正義のヒーローヘヴンホワイティネス (アトラクション)
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~序章~
0・死ぬのは簡単


はじめまして。頑張って書きます。
小説として破綻してるかもしれません。描写も綺麗じゃないし、暇潰し程度に読んで頂ければと思います。



『正義のヒーロー参上!ってね』

 

 俺のスマートホンから可愛い高音の声の声優が、キャラクターを通して流れる。

 

 俺は佐久間ギンジ。もうすぐ30になるしがない中年。

 

 コレと言った任せてもらえる仕事も無し、恋人もいなければ家族もいない。いわゆる天涯孤独とかいうやつだ。

 

 『悪の組織ヘルブラッククロスの好きにはさせないわ!』

 

 俺のやっているゲームは、かつてその界隈では非常に人気のあったムフフなゲームだ。正義の組織に所属するヒロイン二人が、陵辱の限りを尽くされて、堕ちていくゲーム。主人公は悪の組織の1戦闘員の視点で物語が進んでいく。

 

 友達も今となってはいない俺には会社の昼休みにやることと言えば決まってこのゲーム、正義のヒーローヘブンホワイティネスだ。

 

 ─ねぇねぇ、佐久間さんって・・・

 ─また一人でスマホいじってるね・・・

 ─ほっときましょ、目つき怖いし・・・

 

 昼休みのオフィスでは、食事を終えて戻ってきたOLの方々は各自好きに俺の話をしては嫌味やら、なんやら好き放題話して来やがる。

 

 個人的にいい歳した社会人の昼休みじゃない事はよくわかってる。なんだったら今からでも新卒の子たちを連れて昼飯でもなんでも行けばいいんだけどな。

 

 でも就職してから俺には特に親しい上司、部下、同僚も出来た試しがない。作りたかったんだけどね。

 

(俺、まじでなんの為に生きてるんだろうな)

 

 もう少しマシな未来だったら良かったのになぁ、っていつも思ってる。今更何を考えてもしかたないんだけどさ。

 

 だんだん周りには昼休憩を終えて、オフィスに戻りつつあった。お疲れ様です、の一言も俺にはない。いや別にいいんだけどさ。

 

 誰にも必要とされてない訳だし、別にいまからこの席を離れて飯を食いに行ったって文句すら言われない。

 

 (行くか)

 

 非常に無気力で給料だけもらって生きてるのは周りからすれば楽そうだなって思われてるかもしれない。けど、現実はそんなことない。どんどん精神を病んで行くしやる気すら出てこない。

 

 オフィスを離れてから、ゲームの方はヒロインの片割れである神宮カエデというキャラクターが触手の怪人に絡め取られて、陵辱タイムが始まろうとしていた。

 

 もう片方のヒロインでもある宮寺レンは戦闘員の数の多さに押し込まれ、手が出ない状況に追い込まれていた。

 

 このゲームの実用性の高さから俺はこのゲームをひたすらやり込んでいる。変な縛りプレイもやったし、cg集のコンプも初日で達成できたし、なにより、出てくるヒロインは全員可愛いし見てるだけでも楽しいゲームだ。

 

 もう26周も遊んでセーブできる箇所が無いぐらい遊んでる。通勤中であのイベントやらこのイベントやらを思い出して、現実逃避したくなるぐらいだしな。

 

 だが、楽しいゲームであるのだが、一つだけ不満点もあった。

 

 「ヒロイン達のバッドエンドしかないんだよなぁ、このゲーム」

 

 エレベーターを待ちながら独り言の様に呟く。周りより一時間遅くオフィスを出ているのだから、今俺の周りに人はいない。

 

 会社のビルを出ながらゲームやっていると、日差しの強さに嫌気が出る。

 

 もうこのまま帰ろうかな。誰も俺の話なんて聞かないし、話しかけてもシカトか、睨むだけだしな。

 

 なんで俺生きてるんだろ。このゲームの主人公のカエデみたいに、前向きで誰かのヒーローになることを俺も望んでたのに。

 

 マジで、俺、なんの為に、生きてるんだろう。

 

 仕事もない、頼れる人もいない、恋人もいない、家族もいない。

 

 俺にあるのは・・・。

 

 「危ない!!」

 

 え?ふと、怒鳴られた一言に、ハッとする。スマホから視線を外し、前方を見ると、横断歩道の信号は赤。

 

 「あ、やべ」

 

 戻ろうとして焦ったのか、スマホを落とす。拾おうとしたら・・・。

 

 パアアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 クラクション。音の方へ向くとひときわ大きいトラック。

 

 死んだ。一瞬でそんな事を思った次の瞬間には、全身に想像以上の重たい衝撃が骨身に響き渡る。

 

 宙でも舞ったのか、アスファルトに叩きつけられた。

 

 (あ・・・これは死んだな)

 

 コンクリートに打ち付けられた俺の視界は赤く染まる。血がにじむ様に広がり、青い空が赤く、黒く染まっていく。

 

 (ああ、死ぬんだな。何もできず)

 

 その瞬間俺の意識は一瞬で闇に引きずり込まれて行った。周囲の喧騒が遠のいていくのを感じて俺は死を確信していった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

───未来、2102年。

 

 悪の組織ヘルブラッククロスが日本の支配を成功させ、世界へと戦線布告を行い、圧倒的な技術力、軍事力、そして容赦ない蹂躙劇を見せられては今や日本中にヘルブラッククロスに逆らう者達はいない。

 

 一部の組織を除いては。

 

 『リーダー、ついに第一、第二防衛ラインが突破された!もうここはだめだ、俺達もだめだ!先に逝くぜ』

 

 通信機に入った仲間の悲痛な叫びが対ヘルブラッククロスの組織、日本奪還を目的に活動するレジスタンスのリーダー・シルヴァの耳に入ってくる。

 

 「ああ、逝け!楽しかったぜ、あばよ!」

 『リーダーもどうか無事で!オーバー』

 

 通信が切れる前に大きな爆発音が響き、ブツり、と、通信機からノイズが走る。

 

 ここはかつて東京と呼ばれた場所だった。80年前まで有名な観光名所のタワーがあったと、シルヴァは聞いている。

 

 今やレジスタンスは袋のネズミ。10年以上日本を取り戻す戦いをしてきたが、アジトがバレて大襲撃を受けている最中だ。

 

 「気がつけば、ここもこんなに荒廃してたんだな」

 

 シルヴァはかつての思い出に浸るが、一瞬で現実に引き戻される。

 

 「おう、お前ら!女は避難させとけよ。奴ら、女と見れば見境なく襲ってきやがる。それも己の本能のままにな。まったく不愉快だぜ」

 「同意。リーダー、私はいつでも、戦える。指示を」

 

 シルヴァの隣に立つクールな表情な少女が現れる。ボディラインがきっちり強調されるような近未来的な印象をいだかせるスーツに身を包み、両手にはおおよそ少女には似合わない、大口径の拳銃を持っている。

 

 「宮ちゃんか」

 「その、呼び方は好きじゃない」

 

 落ち着いた、だがそれでいてどこかゆったりした口調でスカイブルーの髪色の少女はシルヴァに向き直る。

 

 「いつも言ってんだろ、宮寺レンって女は俺たちレジスタンスの切り札だって。荷物の準備は済んだか?」

 「いつでも」

 

 今二人は防衛第三ラインの内側に立っていた。

 

 大雪を降らせる環境兵器と、それを利用した戦術で、レジスタンスはもはや壊滅したも同然の状態である。本来ならこんな所で余裕に話している状況ではない。

 

 「リーダー、やっぱり私も、戦う」

 「だめだ。切り札には切り札らしい使い方があるんだ」

 

 言うと、シルヴァはタバコを咥え、サングラスをかける。

 

 レジスタンスの切り札は正確には宮寺レンではない。本当は、第三防衛ラインの地下に密かに作られたあるマシンだ。

 

 それを使えるのは宮寺レンただ一人の為に設計されているから、要約されて宮寺レンが切り札、という扱いをされている。

 

 「もう時間がない。これが今生最後のタバコだ」

 

 大雪でも寒くても、きっと死にかけでもシルヴァはタバコをやめないだろう。

 

 「さぁ、地下へ行け。これやるから」

 「・・・」

 

 手渡されたそれは、ビームを射出する剣。シルヴァがレジスタンスのリーダーとして、長年使い続けた武器だ。

 

 「あんたら、まだこんな所で油をうってたのかい!?」

 「げ、婆さん」

 

 しわがれた老婆が、地下の入り口から飛び出てくる。

 

 「あ、悪いな婆さん。こいつのこと、頼むわ。レン、剣の使い方はわかるよな?」

 「あ・・・だ、め・・・リーダー、リーダー!!」

 

 レンの視線には防衛ラインを乗り越えようと、ヘルブラッククロスの戦闘員達が様々な武器を背負って、こちらに迫ろうとしていた。

 

 「変わりに、お前の拳銃借りるからよ」

 「シルヴァ、はやくおし!」

 

 老婆は早くとせがみながらも、その視線は今まさに迫ろうとしていた戦闘員達に向けられていた。

 

 「早くおいで!レン!」

 「リーダー!リーダーーーー!!」

 「頼むぜ、レン。───を、変えろ」

 

 腕を引っ張られて、地下へと連れて行かれるレン。シルヴァが何を言っているか途中聞こえなかったが、何を言っているのかはわかった。

 

 シルヴァの戦闘が始まるや否や、重い鉄の扉は閉められ、アジトの地下へとどんどん連れて行かれる。とても老婆とは思えないフットワークと力は、ときおり老婆である事を忘れてしまう。

 

 地下に密造されたマシンの部屋の直前まで、連れていかれ、そのマシンの前で老婆は止まる。気づけば、最後のレジスタンスの仲間達が老婆とレンを囲んでいた。

 

 「あ、みんな・・・」

 「顔をよく見せてレンちゃん」

 

 老婆の両手は驚くほど暖かく、やわらかいレンの頬を包む。

 

 「最後だから言うけど、僕、レンの事好きだった」

 「たのむよ、宮ちゃん。貴女にしかできないからね」

 「み、みんな・・・わ、私は、死ぬのはこわくない・・・でも、レンちゃんが居なくなるのは嫌だから・・・」

 

 みんな思い思いに言葉を送る。まるで本当に最後のお別れの言葉みたいに。

 

 「無理。私も、戦う」

 

 レンも覚悟していたのだ。レジスタンスとして戦うことは命に関わることだと言うことを。

 

 死ぬのは怖くない。死ぬのは簡単なのだから。

 

 「レンちゃん・・・わたし達のわがままをきいてちょうだい」

 「お婆さん・・・」

 

 老婆の瞳は真摯で真っ直ぐレンの瞳を見据える。覚悟の重さの違う強い瞳の色を宿していた。

 

 「死ぬことは簡単なのよ。けれどね、死を受け入れることは簡単じゃないの。だからレンちゃん、レジスタンスの切り札として頼むわよ。貴女は、きっとやれるわ。ここはわたし達に任せて、貴女は行きなさい」

 

 その言葉を聞いたとき、レンは泣くしかなかった。生まれてからずっとお世話になった兄妹、親、家族同然の盛大な見送りに、レンは涙を流すしかなかった。

 

 「さぁ、ここは任せて、あとは頼んだわよ」

 

 「みんなぁ・・・ごめんなさい・・・ひぐっ、ぐすっ・・・ありがとう・・・」

 

 涙を流しながら、レンはマシンの部屋へと足取り悪く向かう。

 

 「よかったのですか?」

 「構わないよ。シルヴァのガキは嫌いだけどね、あいつが言ったらこれが最善なのさ」

 

 老婆は苦笑しながら、低い天井を見上げる。

 

 「さーて、逝くとしようかね。日本の婆さんは敵に回すと痛い目に合うって事をやつらに思い知らせてやろうじゃないかね!」

 

 嘘だ。本当は勝てない事を老婆も、この場にいる仲間たちも、レンもシルヴァも日本中がわかりきっていた。

 

 でも、それでも悪に屈しては、全てが終わってしまう。

 

 大きな闇がある時、小さな粒程度でも光があれば、いずれは全てを照らす太陽の如き閃光となる。

 

 レジスタンスはレンを光の粒と例えて、彼女に全てを託した。

 

 マシンの部屋では、またがって座れるような、二輪の形をしたマシン──タイムマシンが置いてあった。整備は済んでおり、後部にはレンが今着用している戦闘用スーツが二着、わずかな食料、80年前の日本が使用していた金銭少々。

 

 「・・・気持ちに、答える。私、必ず勝つから・・・」

 

 跨り、少女は時を渡る決意をする。

 

 アクセルを回し、マシンが動き出す。徐々に狭い機械達で形成された部屋は、歪んで行き、自身も光の渦となる。

 

 (必ず・・・勝つから!!)

 

 そして少女はやがてその部屋から消え去る。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ───現代、2022年、度固化(どこか)市。

 

 

 どこかの繁華街だろうか。待ちゆく人々は楽しそうに歩き、カップルやサラリーマン、学生や、夫婦、家族連れ・・・様々な人たちが夜の繁華街を、それぞれ謳歌している。

 

 豊かなポニーテールに、むっちりしたストッキング。ハイヒールで地面をコツコツと踏みながら、上下スーツで真面目な表情した女性が繁華街を歩く。彼女の名前は甘白ミドリコ。

 

 公安に所属し、三年前は軍隊にも所属していた。

 

 そんなミドリコだが、激務を終えて久しぶりの休日だと言うのに、誰とも遊べていなかった。暇だから飲みに行こうと、いそいそと歩いていた。

 

 ここ最近この度固化市でおこっている集団犯罪の、検挙に彼女は名乗り出ていたが、なぜか捜査から外されてしまう。

 

 意味不明な状況で手に入った休暇、飲まずには居られない。

 

 ミドリコは正義を信じていた。この生まれ育ったこの街で、犯罪者がのさばっているなど断じて許せるものではなかった。

 

 ふと、視線をやれば何やら人だかりが。

 

 耳をすませば、事故だなんだと声がする。─なら、私が出るしか無いな。

 

 公安の正義感に伴い人だかりの波や壁を超えて、その目で見たものをミドリコは驚愕する。

 

 「な、なんだこれは・・・バイク・・・?と、少女・・・」

 

 スカイブルーの髪をした少女はまるで本当に事故ったかのような姿で気絶でもしているのか、不思議な印象の服と、見たこと無い造形のバイクが転がっている。

 

 「君!大丈夫か」

 「・・・・・・」

 

 抱きかかえた少女の脈と呼吸は正常・・・。

 

 「私は公安に所属する者だ。この子を病院へ送る、そこをどいてくれ」

 

 自分のスマホのワンボタン送信できる、緊急連絡を通して、救急車を呼び、ミドリコは気絶した少女をおぶる。

 

 「なにあれ」

 

 その人だかりを遠くで見つめる金髪の少女。

 

 「カエデお嬢様、そろそろ」

 

 黒服に細則され、カエデと呼ばれた少女は繁華街を後にする。

 

 「後であの繁華街に何が起こったのか調べてちょーだい。なんか気になるのよね、あたし」

 

 カエデはうーんと考えるそぶりをしながら、歩き出し、その半歩後ろを黒服が着いてくる。

 

 「お嬢様、あたし、ではなく、わたくし、と呼称くださいませ。貴女はいずれ神宮財閥の・・・」

 「はいはい、わかったわかった」

 

 黒服の小言をうっとおしそうに流し、夜の繁華街を抜けていく。

 

 ただの偶然か、ここに運命の三人が揃い、歯車は動き出す。

 

続く




設定広げすぎたけど大丈夫かな。

後書きに書くこと無いので、キャラクターのネタでも書きます

佐久間ギンジ
物語冒頭でなんか事故って死んだやつ。一応この物語の主人公。次回はもっと出番があります。

神宮カエデ
財閥のご令嬢。メスガキみたいなポジション。
次回の出番はありません。

宮寺レン
クールビューティーさん。今後の活躍に期待。でも次回に出番はありません。

甘白ミドリコ
彼氏居ない歴=年齢。本人はかなり真剣に悩んでいます。
次回少しだけ出番あります

シルヴァ
レジスタンスのリーダー。タバコとサングラスと拳銃奪って剣渡した色々悟ってる人。

老婆
レジスタンスの花

応援やコメント等評価を頂ければと思います!頑張れる糧になりますので、頑張れますので…!
風邪ひかぬように…!


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1・佐久間ギンジ

こんにちは。第一話です。厳密には二話とか無粋な事は言いっこなしだぜ!

相変わらず書きたいものを書いてるだけなので、あんまり面白くなかったらごめんなさい。

それでは、どうぞ


何本もの人が入れるほどのシリンダーが立ち並ぶ、異様な光景に豚の顔をした怪人は息を飲む。

 

 「くふふふ」

 

 その中で一本だけ稼働中の培養液と人の入ったシリンダーの前で、その場所に似合わない薄気味悪いくぐもった笑い声が反響する。

 

 「ドクター、これは新しい怪人ですか?」

 

 軍服に身をまとい、礼儀正しい口調の豚顔の怪人─オーク怪人がシリンダーに目線を合わせる。

 

 「そうだよ、オーク。くふふ、この怪人は素晴らしい結果を残しているんだ」

 

 ドクターと呼ばれたのはだれがどうみても女子中学生か高校生にしか見えない低身長の少女だ。

 

 黒みがかったセーラー服に身の丈に合わない白衣を着て、余った袖の部分で口元を隠して、笑う。

 

 一見すればその仕草はとても可愛らしい仕草なのだが、表情は狂気に満ち溢れたもので、眼鏡の奥から覗かせる瞳は暗い奈落のような眼をしていた。

 

 オーク怪人は軍帽を外し、近くの机に置くと、ドクターに近寄る。

 

 「これは・・・この人間?は、昨日アジトの前で死にかけてた謎の人物でしょうか?」

 

 培養液に入ってる人間は、綺麗に丸裸。泡立つ培養液に身体の機能を回復させられ、死にかけていたと言っても嘘に見える。

 

 「総統には捨置けと言われたモノだったはずですが・・・」

 「くふふふ、捨てていいならわたしの自由にしていいって言ってるような物だからね。くふ、くふふふ、科学者としての欲望に負けたんだよわたしは」

 「ドクターミヤコ、貴女のその熱意に我々怪人達は経緯を評しますが、そろそろ次の作戦を考えないとですね、またヘブンホワイティネスの奴らに邪魔をされてしまいますよ」

 

 訝しむ表情は隠したままだが、声音は明らかにドクターミヤコへ焦りを感じさせるものがあった。

 

 「くふ、だーいじょうぶだよん。だってわたしが組み立てる作戦に間違いはないし、計画が進められない以上は、戦闘員君達にまかせておけばいいのさ。くふふふーふふ」

 

 ドクターミヤコは可愛らしく笑っているつもりだろうがその表情はまさしく狂気のマッドサイエンティストにほかならない。

 

 (・・・ドクターミヤコは今日もかわいいな)

 

 雑念を振り払い、オーク怪人はブヒュウ、と鼻息。

 

 「では、その戦闘員が犬死にするのは良いのですか?ドクター」

 

 別の方向の、ライトがついていない暗闇からもう一つ、低く落ち着いた男性の声音が聞こえてくる。

 

 紫色のマントに紫色のお面。奇妙な出で立ちの存在がドクターミヤコとオーク怪人の下に現れる。彼はドクターミヤコの護衛部下でもある戦闘員だ。

 

 名前など与えられないので、色から汲み取ってドクターミヤコは彼を紫と呼んでいる。

 

 「紫。なんの用だ」

 

 明らかな苛立ちと敵意を向けたオークの言葉に、表情の見えない紫も苛立ちを感じる素振りを見せる。

 

 「その新しい怪人?に興味がありましてね。ドクターが昨日から寝ないで研究に没頭するから、新しい発見でもあったのかと思ってね」

 「くふふ、発見ならたくさんあったよ。くふ、くふふふ」

 (え、今日のドクター可愛いすぎん?)

 (ブヒ、今一瞬惚れかけた)

 

 紫も雑念を振り払う。そんな事を考えている場合じゃない。

 

 このシリンダーに入って実験に使用されている人間は、先にもあった通り昨日アジトの前に死にかけのまま倒れて居た者だ。

 

 戦闘員が発見した時もいつからそこに居たのか、なんで死にかけていたのかすらも解らない。

 

 ただ一つ解っているのは、明らかに胸囲、腹囲の合っていないスーツの上下セットに、スーツの胸ポケットの中に入っていた社員証による、この実験体の名前だけだ。

 

 佐久間ギンジ。それが死にかけていた謎の人物。

 

 「写真とまったく違う顔つきだな。面影はあるが・・・なんというか、若返った様な気がする」

 

 顎を抑えて紫が培養液に入った男、ギンジをマジマジと見つめる。

 

 「しかし、これはただの人間なのではないだろうか?」

 「違うよオーク。くふふ、彼は確かに私と同じ人間なのだけど、何故か遺伝子配列がわたしと違うのだよ。不思議なことに、体組織も血液も骨組みも全てが同じ見知った人間なのに、彼は通常の人間と違う【何か】がある。くふふ、素敵じゃない?」

 

 ドクターミヤコが無邪気に笑いながら、資料を二人の側近に手渡す。

 

 「これは・・・」

 「ブッヒ。ドクターミヤコ、正気ですか」

 

 手渡されたその資料には情報ではなく研究に使ったある項目だ。

 

 それを眼にした二人は驚愕する。

 

 「言ったでしょ、くふふ、科学者としての欲望に負けたって」

 

 再び狂気に満ちた笑顔で、ドクターミヤコは、ギンジの入ったシリンダーを背に、腕を広げる。

 

 「人間には作用しない筈の、怪人の細胞を全量投与したのさ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ドクターミヤコやオーク怪人、紫が所属する組織の名は、ヘルブラッククロス。日本を転覆し支配した後に完全独立国家を組み立てる事を目的とし、総統閣下なる人物が一代で立ち上げた、巨大な組織だ。

 

 目的の達成の為なら、世間が悪とする犯罪行為を良しとする、容赦のない集団だ。

 

 一般市民への誘拐、暴力、洗脳、陵辱、略奪等、なんでもありの無法者達の集まりだ。

 

 構成人数は今や3000を超えて徐々にその存在が、世間に公表されていっている。

 

 そんな犯罪組織の横行を止める為に、現れた正義を名乗る組織、ヘヴンホワイティネスとの戦いに、ヘルブラッククロスは幾度も激突していた。

 

 その組織内では現在ヘヴンホワイティネス対策会議を開き、各地から大幹部を招集し、作戦を考案している最中だった。

 

 「再び邪魔が入りまして、どうでしょう、総統。あの女の子二人をこちらに引き込みませんか?」

 

 巨大なホログラムを出力するモニターマシンの前で、ドクターミヤコは総統へ向けて提案をひとつ。

 

 『しかし、奴らは相当手強いと聞いている。どう引き込むのだ?』

 

 モニターに映るのは真っ黒な服装の、威厳に満ち溢れた風格を持つ総統。

 

 「はい。わたしは思ったのです。奴らはわたしや、他の一部の大幹部と同じ、女性であると」

 

 ドクターミヤコの狂気じみたその表情はいつも総統の期待以上の提案や報告をくれる時にもしてくれる。この組織にしてもそうだが、総統はミヤコという少女に期待を寄せている。

 

 「わたしの作る兵器や作戦も日々の戦闘において役立つとは思いますが、新しい試みを行おうと思いまして」

 

 総統に物怖じしない態度と口調で話すミヤコの後ろに軍服を着たオーク怪人がノシノシと歩き近づいている。

 

 「わたしが作る怪人で彼女達を陵辱しようと思いまして」

 『弱点とは何だ?お前の提案には期待しているが、話が長くなるのはいただけない、簡潔に話せ』

 「失礼いたしました。こちらをご覧ください」

 

 大幹部や総統の手元に、資料のデータが送られる。送信したのはミヤコの後ろに付くオークだ。

 

 「女性であるからこそ、嫌悪感の抱く見た目の怪人はそれだけで戦うのが苦しい物と予想します。戦えなくなれば、後は絡めとって、ぽい、です。くふふ」

 

 さらにドクターミヤコは続ける。

 

 「怪人を使った略奪や侵略作戦に一般市民を巻き込むのです。これだけでも奴らはきっと身動きひとつ取れなくなります。さらにつけくわえれば、守るはずの者をこちらに人質として取り入れ、ひどい目に合わせるのです」

 

 次々と提案を流し込む。今までの作戦では、両組織がぶつかることは何度もあってもだいたい、白の二人と黒の怪人二人の激突だけだった事も重なり、周りの大幹部達はミヤコの提案に安堵の表情を見せる者や、大きくうなずく者、側近の部下と話し初め次の作戦への理解を増やしたりと、どよめきが次第に大きくなっていく。

 

 しかしそれは決して否定的な感情は一切なく、むしろ感心の色が強い。

 

 周囲の反応を見るに、オーク怪人は内心ほくそ笑む。当然だ、我らがドクターはお前らより数倍仕事しているんだ、と。

 

 『規模も増えて来ているからな。もはや駆けつける公安では対処はできないだろう。問題であったヘヴンホワイティネスへの対処もそれでようやく可能か』

 「はい。さらに、戦闘員とは違う、怪人達ですが、既に陵辱プロジェクトとして、開発が済んでおります」

 

 白衣で口元を隠しながら、再び後ろからオークがミヤコに変わり、スイッチを入れる。

 

 円型の会場に3つ、台車に乗せられたコンテナが戦闘員によって運ばれて来る。

 

 「まず総統に黙って、三体も怪人を開発したことをお許しください。くっふっふ」

 

 オークが左のコンテナを開く。

 

 現れたのは、ヌルヌルとした液体をしたたり落ちる触手を持つ怪人がその姿を表す。顔と思わしき部分にある眼は眼球が黒く、瞳は赤い。

 

 「こちらは触手怪人。女性に効く神経毒を持つ怪人であり、先に作られたタコ怪人をベースに作り上げられました。このヌルヌルテカテカが可愛いのなんの」

 (ブヒュ、かわいいのは貴女です。ドクターミヤコ)

 

 オークが右のコンテナを開く。

 

 現れたのはチワワ・・・の顔をした筋骨隆々の怪人。こちらも眼球は黒く、瞳は赤い。

 

 「彼は犬怪人。なんか嫌悪感抱きません?パワーは戦闘員や武装した公安の戦闘力を100とするなら、この状態で犬飼人は6000あります!二足で歩くから、犬っぽさは顔だけです」

 

 いよいよお待ちかねと言った真ん中のコンテナ。貴重なリソースがかかる怪人を短時間で3体も完成させるドクターミヤコに歓喜の視線が集まる。

 

 「それでは、最後の怪人紹介です。くふふ、これはすごいですよ。わたしの最高傑作です!」

 

 オークがコンテナを開く。現れたのは・・・ツーブロックにオールバックの髪型、金髪、筋肉質な体、薄手のインナーに身を包み、目つきと機嫌の悪い男。

 

 そしてこの怪人として紹介されたこの男も眼球は黒く、瞳は赤い。

 

 人間?と、周りが少し不穏と困惑の空気感になる。やや拍子抜けの雰囲気だが次の瞬間、それはすぐに歓喜、拍手喝采となる。

 

 「彼こそは、わたしの最高傑作、改造人間怪人、佐久間ギンジです」

 

 長いこと、ただの人間を怪人にすることが出来ていなかったからこそ一瞬で組織内が歓声をミヤコに向けて贈り続ける。

 

 『素晴らしい!!よくぞ組織の課題を乗り越えてくれた。量産は可能か?』

 「残念ながら、彼は人間としてもレアモノでして・・・他の人間は怪人の細胞に完全適合を果たせないのです。しかし、しかしですね、彼は適合を果たせました、これは後々この怪人佐久間ギンジからDNAを採取し、人間に打ち込んで改造人間にできるか試す所存です。拒絶反応も多く難しいですが、くふふ」

 (・・・なんか運ばれたと思ったら変なことになってるな。つーか俺事故ったよな?なんでこんなことになってるんだ?身体も軽いし、怪我はどうなったんだ?会社はどうなったんだ?)

 

 ギンジは今全くもって現状を理解できていなかった。

 

 『では、今後の怪人を使った作戦はドクターミヤコに任せるぞ。他の幹部達も異論はないな?』

 

 モニターの奥の総統は満足気に言い放つと、ミヤコは深々とその言葉を賜るように膝まづく。

 

 まだ少女だと言うのに、ミヤコは何をやっても許されるこの組織を大いに気に入っていた。

 

 『では、解散とする。各自、次の作戦まで準備を怠るな』

 

 その後諸々の大幹部達が経過発表や、報告等を、話し終えると総統が重圧感のある声音で会場に向けて発言する。どうやらミヤコ以外の報告はあまり好まない内容だったらしい。

 

 モニターは切れて、会議が終わる。

 

 「なにこれ・・・どうなってんの・・・」

 

 まだ理解出来ずに居たがギンジは今ものすごい状況に立たされていた。

 

 (俺・・・ヘルブラッククロスの怪人にされてるーーーー!?)

 

 心の中の叫びはギンジをどんどん混沌へといざなっていく。

 

 「さぁ、始めよう。ミヤコ部隊の作戦会議を、ね。くふふふふ」

 

 なんでこんな混沌とした状況に立たされたのか・・・。

 

 事の経緯は・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 あれ・・・視界が真っ暗だ。

 

 俺は会社を出て、そうだ、信号が赤で・・・。

 

 自分だけは鮮明に写る、真っ暗な空間に俺は居た。何か悲しい気持ちと同時に、不気味で少し怖くなる。

 

 「お前もここに来たのか」

 

 声がする。だけど、どこを向いても声の主は居ない。

 

 ──誰だ。

 

 声が出ない。喋れないとかじゃなく、声が出ない。今の言葉も頭の中に言葉としてはっきり出てるのに、声を出そうとしたら喉にモヤモヤみたいな物が膜を貼って塞ぐような、息苦しい気分になる。

 

 「こんな所に飛ばされて何したらいいかわかんないんだけどよ」

 

 声の主は少し興奮気味に俺に語りかけてくる。いや、俺に声をかけているのかは解らないんだけどね。

 

 ふと、気がついたら大きく重たそうな扉が眼に入った。なんだか身体が軽いし、けどよく見たら俺全裸やんけ。

 

 ──なぁ、この扉通っていいのか?

 

 その扉は壁に埋め込まれてるとかそういうのではない。空間の真ん中にただ建てられてる様な、粗雑な扱いだ。

 

 後ろから見ても、前から見ても、その扉はただの扉だった。

 

 「おういいぜ。俺には無理だったからよ、お前なら行けるんじゃないか?」

 

 あっけらかんとした男の口調は、俺の耳に丁度聞きやすいトーンで話してくる。

 

 「その扉は通るとどうなるかは流石にわからないけど、まぁ俺には通れないしなんでもいいんだが・・・」

 

 本当にどこから声をかけているのか。俺にもわからない、参ったねこりゃ。

 

 「もしその扉通るならひとつお願いがあるんだ」

 

 男の口調がやや慎重なモノにかわる。初対面(?)にお願いってあんた・・・。姿も見えないのに。

 

 「まぁ、返事できないお前に拒否するもなんでも任せるが、もし、その扉の先が、俺の知ってる世界なら、未来を───ほしい」

 

 ──未来?未来がなんだって?

 

 「頼んだぜ、佐久間ギンジ」

 

 ──なんで、俺の名前を・・・。

 

 振り返っても姿の見えないその存在と、俺の名前を知っている謎が残るが、気味悪いし、もう行こう。

 

 「・・・」

 

 もう声が聞こえない。なんだったんだろうか。

 

 でもなんでもいいや。ここは地獄か天国か、この扉開けりゃあ、わかるだろう。

 

 俺は木製のドアノブに手をかける。そして、回し、扉を開く。

 

 「うおっ・・・」

 

 声が出た、その瞬間俺はまるでさっきとは違う別世界へと落ちていく様にな感覚にうっすら嫌悪感と困惑、それからここからが本当の死後の世界なんだと自覚していった。

 

 「あーどうせ死ぬなら27周目のヘヴンホワイティネスをクリアしとけばよかったなーあークソー」

 

 地面が見えてきた。もう終わりか。落ちてるってことは、地獄行きなんだろうなぁ、俺は。

 

 地面と思わしきその大きく平面に広がる底にぶつかる瞬間、俺は眼を閉じた。

 

 ・・・。

 

 ・・・・・・。

 

 ?

 

 おかしい、ぶつかってない?いやそんな筈は。

 

 恐る恐る眼を開く。そこに見えたものは、コンクリートを打ちっぱなしにしたような、天井。あっれれー?おかしいぞー?

 

 マジでおかしいって。なんでこんな四角い部屋なの?

 

 今まで確かに暗闇に居たはず。だけど、落ちて激突する瞬間、俺は眼を閉じて、そして開いたら何かよくわかんない簡素な作りの病院ベッドみたいなんに、寝てた・・・?

 

 「どういうことだ・・・あ、そうかここは病院か」

 

 だがナースコールを探しても見つからない。そもそも俺トラックに撥ねられて、宙を舞ったからにはどこか骨も砕けてるはずなんだけど。

 

 身体は軽いし、首もバキバキ骨がなる。右側に首を鳴らした時、壁に取り付けられた簡単な作りの洗面台の鏡に俺の顔がチラッと映り込む。

 

 一瞬だけだったが、自分の顔が信じられないモノになっていた。もう一度見てみるか?夢っぽいしな、見てみよう。

 

 鏡に写った自分の顔は間違いなく俺の顔だ。うん。見慣れた生きた屍みたいな顔。

 

 だが、違和感が2つ。1つめは一番気になることだが、先ずそこはいい。

 

 30歳だったよな、俺。

 

 でもシュッとして、高校卒業したての頃の俺の迷走時代に近い。

 

 なにより髪型だ。左右と後ろ側を刈り込み上だけ残す髪型。ツーブロックだ。そんで金髪。怖い。

 

 「俺、もしかして若返ってるううううう!?」

 

 具体的には20代、もしかしたら成人してすぐぐらいの年代ぐらいまで、俺は若返ってた。ありえないわこんなこと・・・。

 

 さらにもう一つ無視しては行けない事が。

 

 「お、俺の眼・・・なんだこの色」

 

 黒く、赤い。不気味な見た目をしているが、これ、なんか見たことある。

 

 「でかい声を出せるなんて素晴らしい元気っぷりじゃないか。くふふ」

 

 すぐ真後ろから可愛らしい少女の声がする。

 

 一瞬で振り向くと、セーラー服に白衣を合わせた奇抜な格好の女の子が居た。ん?見たことがある?

 

 「はじめまして、佐久間ギンジ、嫌今は改造怪人、佐久間ギンジかな?くっふっふふふっふ」

 

 ・・・。俺は、この人を知っている。そして、もしかして。

 

 「あの、なぁ、今って2022年か?」

 「うん?そうだよ。あ、私は君の命の恩人・・・」

 「ドクターミヤコだろ」

 「・・・これは驚いた、どうしてわたしの名前を?」

 

 まさかとは思ったが、俺はヘヴンホワイティネスの世界に来たのか?流行りの異世界転生とかいうやつ?

 

 いや、言い換えるなら──。

 

 「やれやれ・・・また異世界転生モノかよ」

 「ん?おかしな事を言うね、君はこの時代の人間で」

 

 え?今結構小声で言ったのに聞かれた?はずかしい!やめてきかないで!マジレスで返さないで!自分より年下の女の子に、こんなどうしようもないことで言い返されるのは羞恥心が・・・。

 

 あれ、羞恥心?こんなに恥ずかしい気持ちになったの久しぶりな気がする。

 

 きっと若返った影響なのかもな。感受性とかそーゆーよくわかんないモノまで若返って来てるのかも。

 

 それはそうと。

 

 「あんた、えーとドクターミヤコって本名は誰かに話してるのか?」

 

 俺の記憶ではこのドクターミヤコという少女は、悪の組織の研究員だ。そして名前だけの登場で、公式ブック(製作者のサイト)には、このキャラクターの名前やら裏設定やら色々見ていたから覚えてる。

 

 でもドクターミヤコがこんな少女とかって情報は見たこと無いな?

 

 「わたしの本名?んー誰にも話したこと無いけど」

 

 ならば、本名知ってる風なキャラを演じたらどうなるのかな。冷酷非道なキャラって記憶だから、あんまり舐めた事したら半殺しとかには合いそうだな。

 

 「あんた、鈴村ミヤコってんだろ?知ってるぜ、ヘルブラッククロスの研究員で・・・」

 「・・・ッ」

 

 やはり驚いた。このキャラは組織に忠誠を誓ってても、誰も信用していないのがこのキャラだったはずだ。

 

 「な、なんで・・・わたしの名前を・・・」

 

 ん?

 

 「嬉しい。嬉しいよ、佐久間ギンジ」

 

 なんて?

 

 「きっとわたしが命を助けて、怪人にしてあげたから意思のみでわたしの本名を理解してくれたんだね!素晴らしいよ!」

 

 嬉し涙を浮かばせながら、白衣で隠れた両手で口元を隠す。瞳はキラキラと光らせて俺を見つめる。

 

 え、これ見たことある程度の知識だけど・・・これ、この表情、ガチ恋してね?そんなことない?

  

 「くふふふふ。君とわたしはもはや一心同体なのかもね」

 「どゆこと」

 「直ぐにわかるよくっふっふ」

 

 ドクターミヤコは心底嬉しそうに、俺に笑顔を向ける。

 

 「大好き」

 

 まじでどゆこと。

 

 一気に顔を真っ赤にした彼女は、顔をおさえながら壁の方へ向く。

 

 「あ、ああそうだ。ギンジ。きみを皆に紹介したい。準備を終えたら、部屋の近くにわたしの側近が待ってる。彼の指示にしたがってくれると・・・そ、その嬉しいな」

 

 本名言っただけでなんなんだ。そんなに嬉しいのか。じゃあ今度からミヤコって呼ぶか。

 

 言われるがまま支度を終えると紫色のお面をつけた戦闘員が、出迎えてくれた。

 

 「はじめまして、怪人ギンジ」

 

 おれはこのキャラクターは見たこと無いが、ゲームヘヴンホワイティネスの戦闘員と同じ姿をしている。適当に挨拶をすませるとコンテナに入る。

 

 別に暴れたりなんかしないんだけどな。

 

 コンテナに揺られながら、少し考える。

 

 俺はドクターミヤコといい、戦闘員、そしてコンテナに入る前にチラッと見えた、豚顔の怪人も、あれはきっとオークの怪人だろう。

 

 「間違いなく俺は、ヘヴンホワイティネスの世界に来たんだな」

 

 と、すれば俺はできれば神宮カエデや宮寺レンと言ったキャラ達に会いたい。どちらかと言えばこのゲームのバッドエンド一直線は、なんだか可愛そうになるぐらい凄惨な未来だったし、もし俺がこの世界にいたなら、正義のヒーローとして戦いたいな〜なんて考えてた。

 

 コンテナの心地よい振動に、揺られながらこの世界について色々考えてみたが、俺・・・まさかと思うけど。

 

 このままヘルブラッククロスの1怪人として戦わされるのか?

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 (やっぱり俺ヘルブラッククロスの怪人になってるうううう)

 

 ありえない現状にギンジは、またも驚く。

 

 「どうしたギンジ、体調でもすぐれないか?」

 

 隣のオーク怪人が気を使ってくれているのか、ギンジの肩に手をポンポンとタッチしてくる。

 

 「ねぇーねぇーそんなことより、あっしは必殺技を考えてるんですよ」

 

 隣でシュルシュルと触手を引きずりながら触手怪人は、頭の悪そうな事をずっと喋っている。

 

 「フンッ!フヌゥウッ!」

 

 決めポーズをしながら息を絞るチワワ顔の犬怪人は、自分の筋肉美に酔いしれている。

 

 「くふふふ、皆元気そうでわたしは嬉しいよ。これから君たちには、実践訓練をしてもらうよ。いいね?」

 

 ミヤコを除く四人の怪人達は、会議を終えて、研究施設の奥にある怪人達の戦闘レベルを図る、実践会場に向かっていた。

 

 (どうやったらヘヴンホワイティネスになれるかなー。そもそもどうして俺はヘルブラッククロス側に転生したのかなー。神よ、なぜです!!)

 

 自分が転生したことは認めたものの、できれば一般市民を助ける側がよかった。とは言え、何者でもなく無気力に生きて来たギンジにはこれが正しい転生なのかもしれない。

 

 「ねぇ、必殺技・・・」

 「うるさい。それよりチワワの筋肉を見てくれ素晴らしいだろう。この筋肉!上腕二頭筋、大腿二頭筋、そしてチワワの形になる背筋ッ!!」

 「お前こそうるさいわ筋肉きんにくと!あっしのハイグレードメガテンタクルエクスペリメンs」

 「長い!チワワを見習ってもらおう、必殺のマッスル筋肉メガトンチワワに解明しろ!」

 「それもう筋肉質なチワワじゃねーか!このバカ!」

 「チワワよりお前の方が馬鹿だ!」

 (お前ら二人ともバカだろ・・・)

 

 ギンジをよそに、新怪人二人は、必殺技だの筋肉だのとどうでもいい会話をしている。

 

 「お前ら二人とも・・・」

 

 軍帽を抑えてついにオーク怪人が口を開く。

 

 「筋肉と必殺技は両方とも大切なものだ。お互いを尊重しあって極めろ。それがドクターミヤコを初め組織への貢献となる」

 

 グッ、と親指を立てたオークに新参二人の怪人は感銘を受ける。

 

 「ギンジ、貴様はどっちだ?」

 

 オークがいきなり会話に入れてくる。

 

 「え、あ、ああ・・・えーと、お、俺は・・・」

 

 気がつけば、触手怪人と犬怪人は期待に満ちた瞳でギンジをみつめる。ミヤコも気になるのか、この話においてはチラチラとギンジの方へ振り向きながらも、その足取りは緩まない。

 

 「あ、えーと・・・俺はどちらでも無いっていうか。その、なんだ、正義のヒーローの方がいいな〜って。へへ、駄目っすかね?」

 

 ──へへ、ってなんだよキモすぎンだろ。とは思いつつも、一瞬で思い出す、ここは自分に取ってみれば敵陣のど真ん中。今、戦えるかどうかも解らないのにこんな孤立する様な発言は、再びギンジ自身が生きた屍に戻ってしまうのでは無いのだろうか。

 

 「スッ」

 

 しかし。

 

 「すっげえええ!!!」

 「チワワは今オーク先輩より感銘を受けた」

 「ブヒ、流石だ、ギンジ。己の正義を既に持っているとはな。一流の戦士に今一番近いぞ」

 「くふふ、素敵だよ、今の発言。やはり最高傑作だね、くふふふふふふ」

 (あれ?なんか褒められてる?ピンチを回避できた感じ?)

 

 良くわからないが、正義のヒーロー=この組織における正義の象徴だったのだろうか。

 

 (この組織・・・やりづらいなぁ)

 

 なんとかしてヘヴンホワイティネスとの交流を持たなければ、ギンジに未来はない。いや、このまま悪の組織の1怪人として活動すれば、その内ヘヴンホワイティネスとぶつかるかもしれない。だが、その時、自分がもう戻れなぐらいの悪事に手を染めていたら、正義のヒーローを助けられないかもしれない。

 

 (早い所脱走でもなんでもして、寝返らないと・・・)

 

 怪人たちや組織に対して裏切る事は直ぐにできるかわからない。そして、自分の命を救ってくれた、ドクターミヤコは話を聞く限り命の恩人の様だ。

 

 裏切るのは簡単ではないのかもしれない。

 

 「さぁ、着いたよ。準備して、3怪人!」

 

 実践会場に到着するや否や、部屋に押し込まれる三人。オークはいつの間にか、会場の装置を操作しており、部屋の中央に四角いリングが現れる。

 

 ギンジの記憶ではこれは怪人達が戦闘経験を積んで、徐々にヘヴンホワイティネスへの対策を培う場所だったはずだ。宮寺レンというキャラがさらわれた時に、ここではひどい目に合わされていた。

 

 リングに立たされた三人はそれぞれ三方向向かい合わせの構図になる。

 

 「なんでもありのルールだよ〜くふふ、能力も毒も身体能力も全て使って自分の強さを見せてねくふふ」

 

 マイクを使って知らせるミヤコの表情はギンジに向いたモノであったが、三怪人は特段気にしていない。

 

 さっきまでの和気あいあいとした雰囲気はなくなり、怪人達はその気になれば簡単に人間を殺せる程の力を持った気迫を奮い出す。

 

 「あっしはチワワにもギンジにも負けないぞ。なんせもう必殺技は100種類を超えているからなぁ・・・この奥義・天空ハイグレードインビジブルテンタクルズケイオスで打ち付けた後、ダークブレード真空ショックウェイヴクロウラーで動きを封じて、最後はこの最終奥義、ザ・神経毒を食らわせてやる」

 「最終奥義だけは名前短いな。いいのかそれで?」

 「・・・確かに。良い着眼点だ、ありがとうギンジ、一緒に犬を倒そう」

 

 触手怪人が己の武器でもある数本の触手から神経毒をしたたり落とす。まるでドリルの様な触手、刃もあるのか、一本一本の凶悪さはギンジも知っていた。ただし、使われた触手は【別の用途】であったが。

 

 そしてひたすらバカである。その事を知っているギンジは、こいつの長考も合わせて戦う時間を遅らせようとした。

 

 「チワワも負けない。この筋肉に勝てる怪人は居ないということを教えてやろう」

 「あんたのパワーもやばそうだけど、上手く戦えるのか?」

 「チワワは可愛い。それが上手く戦うのに必要な知識だ」

 「筋肉だけに頼らない方がよさそうだぜ。上手く冷静を保って戦おうな」

 「ほう、チワワは今力で戦う事を考えてた。ありがとう、チワワはギンジの味方だ」

 

 この犬飼人も筋肉に物を言わせたパワープレイが得意な怪人だ。暴走すると視野が狭くなる。これもギンジがゲームをやっていた知識だ。そしてこの怪人二人が手を組むとバカとバカでおそろしく強いのも覚えている。

 

 「くふふ、頑張れギンジ君ぅ〜ん!あ、つい心の声が。がんばれ三人!」

 「ドクターミヤコ・・・。えこひいきは駄目ですよ」

 

 ついうっかり口を滑らせたミヤコにオーク怪人がたしなめる。

 

 「あっしの必殺技を喰らええええい!」

 

 まだ開戦のゴングも鳴っていないのに、しびれを切らした触手怪人がチワワをめがけて多種多様な触手を振り回していく。

 

 「筋肉!マッソゥ!!」

 

 大胸筋を活かした鉄壁のガードが、全ての触手を弾く。

 

 「チワワスマッシュ!!」

 

 犬怪人が触手を一本掴み、力任せに上空へ投げ飛ばす。

 

 「これならどうだ!天空インビジブルテンタクルズケイオス!!」

 

 無数の触手をリングに向けて、雨あられと見間違う程のラッシュをぶつけてくる。

 

 「筋肉ううううチワワ筋肉!!!」

 

 もはやチワワなど一切関係ないただの我慢でしかないのだが、ダメージはそれほど無さそうだ。

 

 「なんか視力良くなったのかな。全部避けられるわ」

 

 無差別に振り注ぐ触手のラッシュは、ギンジにも向かって落とされていたが、それを軽々避ける。ギンジの視界からは触手の一本が非常に緩やかに見えていた。

 

 「チワワ粉砕!」

 

 それまで静観してたギンジへ向けてチワワの裏拳が飛んでくる。一瞬拳にオーラみたいな物がチワワの形を成して襲ってくるように見えた。

 

 「アブね」

 

 何事もなく拳を、避けて、触手も避け続ける。そろそろバカの触手怪人もバテてくる頃合いだ。

 

 「悪いな、犬!」

 「ん?」

 

 走り出し、犬怪人の膝を踏みつけ、次に顔面に蹴りをぶちかます。

 

 (想像してた動きができる・・・俺、本当に怪人になったのか・・・)

 

 嬉しいような、悲しいような。おおよそ人間離れした身体能力だが、まだまだ動くギンジの身体。

 

 改造人間とはこの事だったのか。

 

 さらに犬怪人の後頭部を踏みつけ、跳躍、上空では既にスタミナ配分をミスって、バテる触手怪人。

 

 「くっ、流石にやるな、ギンジ。チワワは今、油断した」

 

 あたりを見渡しても、そこにギンジの姿はない。

 

 では、ギンジはと言うと・・・。

 

 「あっしはヘルブラッククロスの怪人だ、お前にも負けん。行くぞ、ギンジ!」

 「おうよ、俺も誰にも負けねぇ!〈俺の未来〉を作るためにな!」

 「ええ!?俺〈たち〉の未来!?結婚はまだはやいよ〜ギンジ君〜わたしまだ結婚できない年齢だよぉ、くふふ」

 「ドクターミヤコ、そんな事は誰も言ってません」

 

 上空に舞う触手怪人の、ハンマー状の触手の振り下ろしがギンジの頭部をめがける。これは当たる。その確信の表情が疲れた顔を無くす。

 

 「今のマジで殺る気だったろ」

 

 ハンマーを両手で受け止め、両足で触手部分にからみ付く。

 

 (やっぱり想像どおりの行動ができる・・いける、これなら!)

 

 一撃の重さも、普通の人間ならば間違いなく、その触手の前に命を落とすことになるだろう。ギンジは防御に使った腕はやや痛いぐらいだ。

 

 「お前、触手の根本が弱点だよなぁ?」

 「??」

 

 うち落とせなかった男の発言に、触手怪人は一瞬何を言っているかわからなくなる。

 

 「う、オラァ!」

 

 右手の鉄拳が触手怪人の根本に直撃する。

 

 「ぐっ!?」

 「そんでそのまま・・・落ちろ!」

 

 右手の拳が刺さったまま、触手怪人を空中でぶんまわし、地面に向けて投げ飛ばす。

 

 地上のリングにいるのは、犬怪人。そこをめがけてぶっ飛ばした。

 

 『ゲべッ』

 

 二人の怪人が恐ろしい速度で激突し、リングが砕ける。

 

 「戦い方は荒削りだが、素晴らしいパワーだ。あれなら直ぐにヘルブラッククロスの一流の戦士になれそうだ。ブヒ」

 

 ギンジの戦い方を見てオークとミヤコは最強の怪人の誕生を目の当たりにしたような気分だった。もちろん触手怪人も、犬怪人もミヤコが思っている以上の成果を出していた。及第点だ。

 

 瓦礫をかき分けて、犬怪人と触手怪人が出てくる。ギンジも尖った瓦礫に上手く着地して来ていた。

 

 (なんか・・・もっと戦いたいな)

 

 この数分の闘争において、ギンジの身体は何か満たされない、さらなる刺激を求める【何かを】感じていた。

 

 自分の手を見る。傷一つない、若い時の右手、左手。その両手はわずかに震えている。

 

 「流石に強いな、チワワは感激だ。さぁ、行くぞ、第2ラウンドだ」

 「あっしもやるぞ・・・必殺技たっくさん出すんだ!」

 「へへへ、やるか!」

 「いいよぉ〜もっともっと暴れちゃえ〜!!」

 「もうリングは必要ないな。ブヒ、ドクターミヤコにだけは怪我をさせるなよ」

 

 最早止めるものが居ない、訓練と称した喧嘩は夜遅くまで続いた。

 

 (もう少しだけ、もう少し戦って満足したら・・・謀反でもおこそっかな)

 

 自分でも理解できない、抑えきれない感情、そして今後の思いつきの目標を今は闘争で忘れる事で、ギンジは生きてる実感を全身で感じていった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 時間は少し遡る。具体的にはまだ三人の女達がすれ違う前、2022年1月。

 

 年を開けたばかりの早朝のオフィスには、ほとんど同僚がいない。

 

 最近度固化市の繁華街、住宅街、物流を任されるコンテナ等のエリアで奇妙な服装の集団犯罪が増えてきているという。

 

 その事件の数々は単純な泥棒にとどまらず、大規模な強盗や女性の拉致被害など、数えればキリがない。

 

 公安のオフィスにおいて甘白ミドリコは、事件の書類を見ていると嫌気が指して来ていた。

 

 

 自分は事件から外された。なのにその重要な事件の内容や、警察組織が、要約すると手に追えませんでした、で終わっているファイルの内容を頭にいれるたびに、悔しさで涙が出そうになる。

 

 事件の内容に共通しているのは、いずれも女性が大なり小なり、被害を受けている事から、ミドリコへの配慮として外されたのかもしれない。

 

 (だが、それでも、私はこの事件を追わないといけない。そんな気がする、だけだが)

 

 だが自分なりに人の正しさは自覚して生きてきたつもりだ。だから軍隊にも入隊したし、辞めた後も国の正義を守れる存在として公安に所属することを決めたのに。

 

 「よ!ミドリコちゃん!」

 

 陽気に声をかけてきた中年の男性は、まるで反社の様な出で立ちをした顔の濃いミドリコの上司だ。声をかけると同時に、ミドリコの肩にやらしく触って来る。

 

 「なんですか藤原さん。セクハラですよ、触らないでください」

 

 睨みもせず、見もせず、淡々とした口調でミドリコは藤原へ言い放つ。

 

 「嫌になっちゃうね〜おじさんそんなつもりなかったのに」

 

 わざとらしくおどけた藤原は、ミドリコのデスクに一瞬眼を通す。

 

 例の事件の事で悩んでいるのだろう。おじさんなりに気を使いたかったが、これに関しては藤原でもどうしようもない。なぜなら藤原もまた操作から外されたからだ。

 

 「あのよ」

 

 少し前までのおどけたおじさんの声音はなくなり、それなりに貫禄ある公安としての立場で、藤原は声をかける。

 

 「甘白君、気持ちはわかるが、その事件はもう追いかけることはできない。なんせこの第4(組織犯罪対策課第四班)でさえ、事件を追うなって上からのお達しなんだぜ」

 「なんでも上から上からって、そんな事言ってて、悔しくないんですか!」

 

 ミドリコにしてはかなり珍しく、激高する。全て悔しさから来る怒りの感情が藤原の耳を貫く。

 

 「いやさ、おじさんだって悔しいよ?そりゃ。住んでる場所近いし。んでも本当にどうしようもないらしいし、第1がなんとかするってんだから、第4のおじさん達は、貰った休暇でダラダラしましょうや」

 

 今、休暇と言ったのか?信じられない。こんな状況で、犯罪が今にも大きくなりそうだと言うのに、今この男は休暇と言ったのか?

 

 明らかな殺意を感じ取ったのか、藤原は直ぐに休暇申請書を見せる。

 

 「ほ、ほら、ミドリコちゃんのもあるヨ。も、もう既に申請しといたよ、ほら、午後半休、明日、明後日」

 「勝手に申請するなーーーー!!!」

 

 ミドリコの怒りはまっとうな物で、色々混ざった本気のキレっぷりで、10以上年上の上司、藤原をすぐに退散させた。

 

 (クソ、こおままじゃ駄目だ。この組織では、これから増える巨悪に太刀打ちできない。何か、仲間が必要だ・・・)

 

 苦悩を抱えながらも、勝手に申請された休暇を使おうと、繁華街へと向かおうかと考える。一先ず、何をするのかは決まっていた。

 

 (酒だ。こんなクソみたいな状況ではまともに頭が働かないっ)

 

 ここ数日のイライラがずっと頭を支配している。いざとなった時に、何か事故があった時に、冷静な対応ができない様な気がする。

 

 「こんなことなら休暇貯めとくんじゃなかった・・・」

 

 休日も真面目に犯人逮捕の為に、動き続けたミドリコにはもはや休暇だけで1年は休職ができる程だ。

 

 それでも休まないのは彼女が強く、自分の正義の為に、ひいてはこの社会の平和の為に働いていると本気で信じていたからだ。

 

 (なんで、なんで捜査から外すんだ・・・)

 

 いつも気丈に振る舞っていても、一人になった瞬間に泣きそうになる。

 

 もう何をしていいのか解らないから、一先ず飲もう。それしかない。

 

 ミドリコは泣くにも怒るにも、せめて今日だけは酒ですべて忘れてしまおうと繁華街へと向かうのであった。

 

続く

 




お疲れ様です。更新頑張りました。適度に休憩はさみながら書いてるから話が前後したりして大変でした。自分の頭の悪さに毎日苦戦してます。

応援やコメント等いただければ感謝です。

後書き書くことないからまたキャラクターのネタ書きます。

佐久間ギンジ
主人公。なんか若返って転生した。

ドクターミヤコ
悪の組織のかわいい研究者。本名は鈴村ミヤコ。
色々やばい

オーク怪人
ブヒブヒしゃべるけど、冷静沈着な怪人。組織の怪人としては現状№1
ミヤコに絶対忠誠。


途中出番なかった。ミヤコの側近。

触手怪人
陵辱プロジェクト第1号として登場した怪人。
バカ、厨二。

犬怪人
チワワの顔した怪人。筋肉が全て解決すると思ってる。
触手怪人よりは頭いいけどバカ。一人称はチワワ

藤原
おじさん。セクハラとか勝手に部下の休暇申請するおじさん。
日頃から行っているので、本来なら免職レベル

それではまた次回!アトラクションでした!


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2・ヘヴンホワイティネス

なんか筆が乗った気分だったので。頑張って書きました。

ぜひ、楽しんでいただければと思います。




 これは、神宮カエデ、宮寺レン、甘白ミドリコのヘヴンホワイティネス結成の物語。 

 

 コンクリートの造りの簡素なマンションの一室。

 

 2022年、1月中旬。まだまだ寒い日本の冬。

 

 朝日がカーテンから漏れ出し、その光の暖かさ、眩しさと共に来る冷え込みで宮寺レンは眼を覚ます。

 

 あの日──レジスタンスがレンに全てを託し、レンは過去の世界へと飛んできた。

 

 今は保護してくれた女性の家を住居として登録させてもらい、住まわせて貰っている。言うなれば居候だ。

 

 「レン、入るぞ」

 

 レン五畳しかない小さな部屋へ、低く落ち着いた女性の声がする。ノックの後に扉が開く。

 

 「おはよう、ございます。甘白さん」

 

 やや寝ぼけ眼のままミドリコへ朝の挨拶を済ませる。

 

 「ああ、おはよう。昨日はよく眠れたかな」

 「問題ない。言われた通り、8時間は寝れた」

 「顔、洗って来な。朝食を済ませよう」

 

 言われると、レンは洗面台で行き身だしなみを整え始める。

 

 タイムスリップしてきた夜、ミドリコに保護されたレンは全てではないが、自分の情報を話した。レンの産まれた時代での常識の範疇で話した事は、ほとんどの人間がまともに聞き入れず、精神病棟へ勧めてくれた。

 

 たった一人を除いては。

 

 「甘白さんは、今日は仕事?」

 

 身だしなみを整え、スカイブルーの髪を綺麗に纏める。一本だけ、意思を持っているのか反発力がすごい。

 

 朝食を食べようと、席に付くレンの眼の前で、簡単な化粧を済ませるミドリコ。

 

 「ああ、そうだ。今日は帰りが遅いと思うから、戸締まりをしっかりしていて欲しい」

 「了解。甘白さんも、奴らが現れたら、直ぐに呼んで欲しい」

 

 奴ら。レンが話した巨大な悪の組織、ヘルブラッククロス。

 

 ミドリコを初め、公安のほとんどが存在の尻尾すらつかめないその巨悪を、追いかけるのに躍起になっていた所の、ミドリコに取っての僥倖。

 

 初めて合った時、気絶していたレンを助けてくれた恩義と、ミドリコの立場を知って協力関係を結ぶ為に、二人は日夜ヘルブラッククロスの知り得る情報をレンは伝えたのだ。

 

 それについては80年後の未来でも、悪事を働いている今より巨大な

組織で有ることをミドリコも最初は、にわかには信じられなかった。

 

 ミドリコが追いかける集団犯罪と、レンの話す組織の話と複数の共通点、そしてなによりレンの話には覚悟を感じた。だから二人は協力して戦う事を選んだのだ。

 

 「ん、肝に命じておく。それより、レン」

 「?」

 「寝癖、治ってないぞ」

 

 これは意思を持っている。それを力説するのに時間がかかってしまった。

 

 軽めの朝食を済ませると、レンも学校へ通う支度を始める。

 

 今後の活動の為にも、両親の仕事の都合上、親戚の家に引っ越して転校してきたという設定で、レンは度固化野名神(どこかのめいじん)高等学校に通わせて貰っている。

 

 年明けすぐの転校生で、髪色も珍しいと言うことで、話題になったが、レンはそこまで会話が得意じゃない。浮かずとも、受け入れられず、といった環境でいる。

 

 中休みの時間ではひたすら屋上から、犯罪が起こっていないか日々調べてる。

 

 「今夜のお金を置いとく。いつも少なくて悪いな。今度休みの時はもう少し良い食べ物を買いに行こう」

 

 1000円と少々の小銭を机に置き、スーツを着るとミドリコは、鏡の前で身だしなみを整えてリビングを後にする。

 

 「今度は、コロッケ、アジフライ、買おう」

 「惣菜は素敵な味方、だな。行ってきます」

 

 ミドリコを見送ると、レンも時間に送れないように、マンションを後にする。

 

 (ふむ、時間はいつも通りだな)

 

 ゴッゴッ、っとヒール鳴らしながら歩き、左腕の時計を見て、曲がり角で人とぶつかる。

 

 「あわわ」

 「あ、すいません。時計を見て、よそ見してました。申し訳ない」

 ミドリコがぶつかったのは黒みがかったセーラー服と赤縁のメガネをかけた小柄な少女だ。

 

 「いえ、こちらこそすいません。わたしもよく前を見ていませんでした」

 

 礼儀正しい少女に道を譲ると、ミドリコは少女の後ろ姿を見る。

 

 おそらく中学生ぐらいだろうか。あんなに可愛い少女も暮らしてるこの街で犯罪が横行してるなんてやはり許せない。

 

 力強いミドリコの一歩は自身にやる気を出させる。必ず、犯罪を無くしてみせると。

 (しかしかわいい娘だ。きっと子猫とか子供には優しいはずだ!がんばれ少女!)

 

 勝手にぶつかった人に声援を贈りながら、ミドリコは足早に職場へと向かう。

 

 (きれいな人。わたしが実験材料として連れて行ったら、みんなよろこぶかな、くふふふ)

 

 表情には見せないが、おそらく狂気を混ぜた奈落の様な瞳で、ミヤコは上機嫌になりながら振り向く。

 

 ぶつかった女性がこちらを向いている。

 

 「気をつけて学校へ行くんだぞ!」

 (うざ)

 

 おそらくあれは真面目な新任教師なのだろう。一瞬で興味を無くしたミヤコは再び行くべき道をあるき出す。

 

 足取り軽くスタスタ進むミヤコの姿へ、背中合わせになる形で、レンは歩いて行く。

 

 学校とはなんとも素晴らしい場所だ。なんと言っても、産まれた未来では学び舎なんて存在していなかった。未来の世界で学んだことと言えば、文字の書き取り、計算、言葉の意味。

 

 そして。

 

 (戦い方だけ。それだけ)

 

 出会ったレジスタンスの仲間は皆家族だ。だから友達を作れる場所としてレンは楽しみにしていた。

 

 しかし実際は、レンが会話が得意じゃないと知ると、周りの反応は急激に薄くなった。とは言え、彼らが悪い訳じゃない。レジスタンスでも新しい武器を調達したら、子どもたちはそれに興味津々だった。でも次第に触れないし、見れなくなるしで興味を無くすのだ。

 

 それと同じだ。さらに言えば、レンはこの時代にお友達を作りに来ているわけではない。

 

 その事を肝に命じて、うつつを抜かさない様にしないと行けない。

 

 結局気を抜けば、次は、次こそは死ぬかもしれないのだから。

 

 (遅れないように、しなきゃ)

 

 ほんの少しの虚無感と戦う使命感を背負い、レンは日差しが強くとも、寒空の下を歩くのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 豪華な白いレンガ造りの大きなお屋敷に呼び鈴が鳴る。

 

 『おはようございまーす!角倉でーす』

 

 元気な少年の挨拶に、給仕が返事をする。ここ最近の少年──角倉ケイタの朝のルーティーンであり、友達と毎日登校している。

 

 大門を超えた中庭からは、美しいバラの庭園が左右からケイタを出迎える。

 

 「あら、おはよケイタ」

 

 耳に心地よい声がケイタを出迎える。

 

 「おはようカエデ!」

 

 角倉ケイタはこの場所、神宮財閥が所有する土地に建てられた、神宮家の一部に来ていた。

 

 神宮財閥の一人娘である神宮カエデと中学の時に仲良くなって以来、彼はずっとこのルーティーンを続けている。

 

 「毎日来なくてもいいのよ?学校とは反対だし、疲れるでしょ」

 「いいよ大丈夫だよ。僕が来たくて来てるんだし。それに一人で行くより二人の方が楽しいからさ」

 「ふふ、変なやつ。暇じゃないなら、さっさと行けばいいのに」

 

 カエデは朝の紅茶を飲みながら悪態をつくが嘘だ。

 

 本心ではケイタが来てくれるのを嬉しく思ってる。

 

 神宮カエデというお嬢様は、昔から高慢ちきな性格で、神宮家の格闘術を幼少の頃から習っていた事もあり、いじめっ子を一捻りで沈めたり、成長と共にその性格もどんどんキツくなっていた。

 

 財閥令嬢としてのプライドと、常に完璧でいなければいけないプレッシャーもあったからか、話す人全てに強くあたっていた。

 

 それ故に嫌な人というレッテルだけ貼られて、周りからは誰からも好かれない、可愛そうに孤立してしまう存在になってしまった。

 

 そんな今更どうしようもない状況で声をかけてくれたのが、角倉ケイタだ。

 

 ただ、カエデ自身は何も、自分の力を誇示したいわけではない。

 

 いじめだったり、ひったくりだったり、人として間違っている事が嫌いなだけなのだ。

 

 人は暴力だけでは問題を解決できない。だから言葉がある。それでも言葉を聞き入れない人には、仕方がないから手を出してきた。カエデの真っ直ぐな思いをケイタは知っている。その真っ直ぐさに仲良くなれると思ったから、財閥の令嬢とかの立場とかは関係なく、分け隔てなく接しようと、決めたのだ。

 

 「学校で何かあったらいつでもあたしに言いなさいよ、ケイタ」

 「あはは、何も無いに越したことはないけどね。でも、ありがとう、カエデ」

 

 黒服のお見送りを受けて、二人は学校へと向かう。

 

 通学中、二人が話す事はなんでもない他愛ない話だ。

 

 最近街で起こってる奇妙な犯罪事件や、昨日のニュースでやってた美味しいスイーツお店とか。

 

 「あ」

 

 通学していると様々な生徒と出会う。同じ学校の生徒だし、高校生になったカエデは昔ほどの凶暴さは無くなり、今では普通に友達と呼べるだけの存在がたくさんいる。

 

 目に入ったのは、最近転校してきたという少女。ケイタもカエデも同じクラスで挨拶は積極的に行っている。

 

 「おはよう!宮寺さん」

 

 カエデの良い所は季節、時期問わず元気なところだ。言葉使いも令嬢に寄せていればきっともっと人気になれるだろう。

 

 「おはよう、ございます。えと、神宮さんと・・・角倉くん」

 「おはようございます!」

 

 ケイタも元気に挨拶を返す。

 

 「宮寺さん、今日は元気無い?」

 「い、いえ・・・そんな事は」

 

 ケイタの質問に首を振るレン。

 

 「じゃあ、少し体調悪い?無理しないでね、僕たち同じクラスなんだから」

 「・・・いえ、お気になさらず。本当に」

 

 体調でも悪く見えたのか。これでもちゃんと寝て健康なのだが。

 

 「コラ、バカ」

 「いでっ」

 

 ケイタの後頭部に革製の丈夫な鞄がぶつけられる。もちろんぶつけたのはカエデだ。

 

 「あはは〜ごめんね宮寺さん。ちょっとこっち来なさい」

 

 無理やりケイタの腕を引っ張るカエデ。少し怒ってるのかいつもより力が強い。

 

 「女の子には色々あるのよ。不用意に聞いたら駄目よ。いくらなんでもデリカシー無さすぎよ」

 「だからって鞄で叩く事ないだろ・・・僕の頭だって頑丈じゃないんだぞ」

 「・・・」

 

 カエデの気づかいのつもりだろうが、そのフォローは小声ではなく普通に聞こえる声量だった。

 

 「その色々へ配慮できていなかったのは、僕の責任だけど、カエデの声も十分でかいよ」

 「あたしはいーのよ!」

 「なんでさ」

 「・・・」

 

 二人の会話を横に聞いてるレンは少しだが口角があがる。

 

 「お、女の子だから・・・?」

 

 あまり考えていなかったのか、あまりにも適当な答えに「なんじゃそりゃ」と、ケイタが不服そうな表情を見せる。

 

 「・・・くっ」

 「あ、今笑った!宮寺さんが笑ったよケイタ!」

 「あ・・・その、私が笑うと・・・不愉快ですよね?」

 『なんで?』

 

 二人して同じ返答。レンにとっては新鮮な光景に、ついに口角だけじゃなく表情全体が明るくなる。

 

 「ほらーあたしの言うとおりよ、宮寺さんはあたしみたいにハイレベルな人間じゃないと笑顔になれないのよ」

 「どういう理屈なのさ、僕だって宮寺さんを笑わせられるよ」

 「へ〜じゃあやってみなさいよ。デリカシー無し男に果たしてできるのかしらねぇ」

 

 自分をハイレベルと言ったり、デリカシー無し男と呼んだり、未来には無いワードがたくさん出てくる。神宮カエデという人間は最初は、取っ付きにくい様な印象をレンは抱いていたし、自分から話すのも少し気が引けていた。

 

 「あははははは」

 

 通学中、三人の周りには同じ様に学校に向かう生徒達が半数以上を占める中、この寒さにやられて通学をけだるそうにしている生徒も多い。

 

 そんな中、普段笑わないことで周りから冷たい等の印象を持たされていたレンが周りに聞こえる程の爆笑を放つ。

 

 「ぷっ、ふふふ、あはははは」

 「あはははは」

 

 それに釣られてカエデも爆笑する。

 

 もうこの場面をみたら直ぐに学年中に噂が広まるだろう。神宮カエデがまた友達を増やしたと。

 

 「も〜何がそんなに面白いのさ。はやく学校行こうよ・・・」

 

 たまにはこんな風に笑ってるのもいいのかもしれない。ただ自分が思い込んでいただけで、笑顔になってもいいのだから。

 

 神宮カエデ。この人とはきっと仲良くできるだろう。

 

 レンはこの世界で少しだけ窮屈だった気持ちが、解れて優しい気持ちになった。

 

 でも、それでも。

 

 彼女達は、私が守らないと、いけない。使命を背負って生きているわたしと、将来へ向けて勉強して、恋もして、仲間と遊んで生きなければいけない、彼女達はわたしが守るんだ、と。

 

 より一層の覚悟が重くのしかかると思ったが、今だけはこの、笑う、という感情を無くしたくない、とレンは心に押し留めるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 繁華街の規模は日々開拓によって広がっており、新店舗がたくさん入れ替わる。1月とう季節はこの街の年末商戦や正月商戦に負けた店舗が直ぐに去っていく。

 

 路地裏にも等しい薄暗いワンスペース。そこに灰色の服を着た戦闘員達は、今日の作戦について話し合っていた。

 

 ドクターミヤコが開発した消音ボトルは、声を外に漏れ出さないようにする為の優れ物で、外で活動する事の多い下っ端戦闘員はいつもこのボトルを持たされている。

 

 「なぁ、この戦闘服って、マスクの部分に黒い眼球の刺繍があるじゃん。これ何かわかる?」

 「俺たちが知るかよ。そんなことより、今日は怪人様も一緒に出撃してくれるそうだぜ」

 

 戦闘員の数は10人程。この下っ端達は、今回が初の作戦と言うことで、少数精鋭での動きになるという。

 

 「皆いるな?」

 

 路地裏の光を通さない闇の向こう側から、重たい威圧がやってくる。その威圧を感じた瞬間、態度悪く座る戦闘員達が、それぞれ整列し、背筋を伸ばす。

 

 ヘルブラッククロスの戦闘服はいわゆるパワードスーツだ。

 

 非力な一般市民が公安などに立ち向かう為には、防弾や攻撃にある程度耐えれる為の装備である。

 

 暗闇からいかにも重たい足音と、重たそうな巨躯。人の顔ではない豚の顔をした戦闘員達の上司。

 

 (オーク怪人って聞いてたら、俺ら、態度なんて悪くしてなかったよ。こえーんだよこの人)

 

 ここにいる戦闘員達のリーダー格は、オークと目が合わせられない。まるで冗談の通じない感じがしているからだ。

 

 「今日君たちには、ある場所を襲撃してもらいたい」

 

 軍服に身を包んだ豚顔の怪人は、後ろからもう一人の怪人を紹介する。

 

 「今回の襲撃作戦には、この怪人が付いていってくれる。紹介しよう、紐の怪人だ」

 

 紹介されたその怪人は漆黒のロープそのものだった。

 

 それはまるで誰にでも書ける落書き、棒人間に似ている。

 

 「ホッホッホッ、私が紐怪人です。はじめまして捨て駒の諸君」

 

 明らかに見下している様な発言を出会い頭に言われた為、明らかに不穏な空気が流れる。

 

 「せいぜい、我々の役に立ちなさい。あなた型【使い捨て】の働きが、組織、そして総統、さらにはドクターミヤコへの恩義と忠誠の形になるのです」

 

 顔の部分は円型の空洞。大きなリングだ。だが、次の瞬間、首と思わしき所につながっている、輪っかの下部分から上に向けて紐が別れ始める。

 

 その紐は真ん中まで進むと2つ、上下に分かれる。まるで一つの瞳が開くように、ゆっくりと開かれたその紐はやはり瞳の模様が浮き出る。

 

 眼球は黒く、瞳は赤い、怪人特有の眼だ。

 

 「すごい・・・オークさん以外の怪人はタコ怪人さん以外では初めてみましたよ」

 

 リーダー格の後ろに居た、舐めた態度の戦闘員が歩きながら、紐の怪人に近づく。

 

 「ホッホッホッそうですか。素晴らしいでしょう。では死ね」

 「え?」

 

 紐の右手が戦闘員の首を締め始め、持ち上げる。体重に支えられなくなった首がボキり、と嫌な音を響かせる。ピクピクと動くもはや死んだも同じ状態の戦闘員を自分から分離させた紐で、吊るしあげる。

 

 「そう勝手に殺されては困るな、紐の怪人」

 

 オーク怪人が軍帽で眼を隠す。やれやれ、またか、といった態度だ。

 

 「あ、申し訳ない・・・私が、ちゃんと抑えていなかったから」

 

 リーダー格の戦闘員が、声を震わせながら謝罪する。こんな簡単に部下を殺すなんて想像以上だ。タコ怪人やオーク怪人はまだこんな事はしない。

 

 にっこりと微笑んでいるのか、瞳はUを反転させた様な表情をしていた。

 

 「いえ、わたくしも失礼いたしました。何分殺したりなかったので」

 

 「それでは、行きますよみなさん」、と紐の怪人はオークをすり抜けて、路地裏の闇へ歩みをすすめる。

 

 「気をつけろよ、戦闘員。我々怪人は癇癪で人を殺す。特に紐怪人は残虐だ」

 

 リーダー格を初め9人前後の戦闘員はこの有様を見たら逆らうはずがない。

 

 『了解であります』

 

 その場に居た全員の戦闘員が、声を揃えて敬礼する。

 

 「皆さん、初めからそれぐらいの気合で居て欲しいものですよ」

 

 紐怪人が後ろに手を組みながら歩いている。はたから見ればその姿は結構コミカルな絵面かもしれない。

 

 「あ・・・」

 

 重要な事を忘れていた。作戦となる舞台をまだ伝えていなかったオーク怪人は急ぎ早に紐の怪人に伝える為に、足早にその場を後にする。

 

 吊るされた戦闘員は組織の誰かが、回収するだろう。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「それでね、その時ケイタが・・・」

 

 学校の昼休み。各自学食なり、持参したお弁当なりを持ち寄って、思い思いに50分という短い時間を有意義に過ごすだろう、学生達には憩いの時間だ。

 

 カエデとケイタとレンは、朝のまま一気に仲良くなり、昼休みも一緒に過ごしていた。朝食を食べてるのは、暖房の聞いた空き教室だ。話してる内容と言えば、カエデやケイタの幼少から今に至るまでの経緯だ。

 

 レンにしてみても新鮮な話題、今だけは自分の使命を忘れてもいいだろう、とコンビニのパンを食べながらカエデの面白可笑しい話を聞いている。

 

 「あーはいはい。もういいよ僕たちの話は。宮寺さん困ってるよ」

 「大丈夫。時間があるなら、聞いてみたい」

 

 久しぶりに、いやもしかしたら初めてかも知れない。これだけの楽しい時間を過ごせたのは。

 

 「あーでも確かに話しすぎたかもね。そうだ、宮寺さんはこの学校来る前は、どんな風に過ごしてたの?お友達は?地元は?」

 

 カエデの質問責めには困惑したが、自分に興味を持ってくれるのは嬉しい。

 

 でも、前に住んでいた所・・・未来とか行ったらまた精神病棟を進められるかも知れない。

 

 ジモトとはなんだろうか?

 

 お友達は・・・居ない・・・とも言えない。

 

 「あ、えと・・・と、友達は、し、シルヴァって言いまして・・・」

 

 到底わかり得ない話をうっかりしてしまいそうだった。

 

 せっかく仲良くしてくれてる人に嘘を話す事が、気が引けてしまっていた。 

 

 だから正直に未来の話を・・・そこでシルヴァの名前を出したが、これは不味い。

 

 シルヴァの事を根掘り葉掘り聞かれては、いよいよ隠せなくなってしまう。

 

 「え!?外人さん!?帰国子女!?きゃーーすごいわよケイタ!宮寺さんって外国のお友達がいるみたいよ」

 「ちょ、痛いって、あ、あああ、待って弁当が溢れる!落とす!」

 

 興奮気味なカエデの暴走に困るケイタ。それを見ながらまた笑うレン。

 

 「で、シルヴァさんてどんな人なの?」

 

 ケイタからも質問が来た。一瞬困ってしまう。なんて答えたらいいのか。一言で言うなれば。

 

 「お、恩人です」※間違いではないです

 「ほー恩人ですか」

 

 急に真剣な表情になるカエデの視線にギクリと視線が震える。

 

 「え、えーとその、どういう形で恩人になったのかな?ぜひ教えてほしいな」

 

 ケイタのフォローが再びレンにチャンスが訪れる。

 

 「その・・・私は親の事情でこっちに引っ越して来てて」

 「うんうん」

 「その、引っ越す前に、私が引っ越す事を、伝えられていなくて、喧嘩しちゃって、えーとえーと」

 

 しどろもどろしていると、昼休みが終わりを告げて、地獄の午後が始まるチャイムが鳴る。

 

 「あ、戻らなきゃ」

 「気になるはなしだけど、また後で聞かせてね!放課後一緒に帰りましょ」

 「また、そうやって勝手に話をすすめる。でも僕も気になるな」

 

 三人でお弁当屋パンの袋を片付けながら、急ぎ目に教室に戻る。

 

 

 (楽しみだな)

 

 レンの期待や楽しみ。そしてなにより初めてのお友達との一緒に帰宅する事は本当に嬉しく思っていた。しかしそれは放課後、崩れることをまだ知るよしもなかった。

 

 「あれ、なにかしらこれ。リング?にしてはでかいわね」

 

 最後に暖房を切って、教室を出ようとしたカエデの足元に蛍光色に光る輪っかを見つける。吸い込まれそうな光のリングは、きっと誰かの忘れ物かも知れない。

 

 (あとで、届けとこっと)

 

 そのリングを持ち出し、カエデは足早に空き教室を後にした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

夕日が早めに沈む放課後に、進級の話題でもちきりの下校する生徒達。もうすぐ三年生は卒業、カエデ達は二年生になる。

 

 冬により暗くなるのも早いのと、近くの街で事件が起きている事から、部活動に所属していない生徒は早めに帰宅することを推奨されている。

 

 部活動の生徒達も本来より1時間早く下校を義務付けられ、暗い時間に帰る時は集団下校を命じられていた。

 

 それをめんどくさがって、ほぼ野名神高等学校は生徒の居ない校舎となっていた。

 

 残っているのは、真面目な生徒会や、規模の大きい吹奏楽部、卒業式に向けて垂れ幕の準備を受け持つ美術部ぐらいだ。

 

 先に下駄箱で待つように命じられたケイタはレンとカエデを待つ。

 

 「遅いなぁ」

 

 落とし物を渡してくると言うカエデ。忘れ物を取りに戻ったレン。

 

 行く先はバラバラだから二人して合流するなんて事はないはずだ。

 

 「そういえば、カエデは何を拾ったんだろ。何か真面目な顔してたけど」

 

 ケイタの知る、真面目なカエデの顔は何か正しい行いをしている時だから、心配はあまりしていない。

 

 宮寺さんの方は、転校してきたばかりだけど流石に教室から下駄箱までの道のりは解るだろう。そして戻ってくるのが遅いということは・・・。

 

 (あ、トイレかな!)

 

 女性が用を足す時は決まって長い。色々ヘアスタイルなり、男には見えない化粧を直したりで時間がかかることをケイタはなんとなく察した。

 

 「失礼、あなた、この学校の人間ですか?」

 

 下駄箱近くの校門の方から声がする。視線をやればそこには、謎・・・棒人間みたいな人から声をかけられる。

 

 その後ろには灰色の奇妙な服を着た、前が見えるのかよく解らないマスクをつけた人たちが後ろから近づいてくる。

 

 「聞こえてんのかーおい」

 

 後ろのリーダー格だろうか。棒人間みたいな存在の後ろからケイタに怒鳴る。

 

 「あ、えーと、僕ですかね」

 「ホッホッホッ脅かしてはいけませんよリーダーさん。失礼いたしました、わたくし、紐の怪人と申します」

 

 空洞の顔部分にはあやとりみたいな目玉が描かれており、それは黒く、中心部分、瞳の部分は赤く染まっている。

 

 「そうです、貴方ですよ」

 「えと、卒業式の準備の仮装ですかね?完成度高いですね・・・あはは」

 「やれやれ、わたくし達を前に冗談を言える余裕はあるそうですね」

 

 静かに、そして丁寧なそぶりは、不気味さを引き立てる。

 

 「どうしますか」

 「目的は不特定多数の瑞々しい女性と聞いてます。殺してよいでしょう」

 

 校門を一瞬で乗り越え、一人の部下と思わしき男がケイタに肉薄する。

 

 「がはっ」

 

 パワードスーツに強化された拳は、素人同然の動きでも十分な威力を発揮する。みぞおちにめり込んだ、拳はケイタを激痛によって悶絶させる。

 

 膝から崩れ落ちた男子生徒を尻目に、紐の怪人が校門を抜けて、ケイタに近づいていく。

 

 「君の名前は?」

 「・・・っ、くぁ・・・」

 

 痛みで腹を抑えるのに精一杯なケイタに、意地悪するような声音で紐の怪人が尋ねる。

 

 「おや、痛くて喋れませんか。それでは・・・死ね」

 「うぐっ・・・」

 

 一瞬で伸びた紐に首を締められ、呼吸が苦しくなっていく。

 

 「・・・何をしているんですか、みなさん」

 

 ケイタの首を締めながら、紐の怪人は自分を取り巻く戦闘員達を睨みつける。

 

 「はやく女性を攫うのです!邪魔立てするなら殺して構いませんよ!」

 

 一気に戦闘員達が散開し、捜索を開始する。

 

 直ぐに学校中からガラスの割れる音や、悲鳴が聞こえ始め、ケイタは絶望する。

 

 ただ一人の戦闘員を除いては、戦闘員達はすぐに作戦に取り掛かったのだろう。

 

 「おっと貴方は駄目です」

 「ひ、紐の怪人様、ど、どうして私はだめなのでしょうか」

 

 首に紐をかけられ、後ろ向きに、引きずられる戦闘員はついさっきケイタを殴った戦闘員だ。

 

 「わたくしは、貴方にこの男を殺せと命じました。でも貴方、躊躇いましたね?」

 「お、お許しを・・・」

 「次は無いですよ。貴方が攫った女性は必ず私の前に差し出しなさい。そしてその人は私の前で殺しなさい」

 (ぐううっ・・・めちゃくちゃだ・・・)

 

 首を締められながら、ケイタは紐の怪人の発言に恐怖する。

 

 「殺しを躊躇する者はこの組織にいらないんですよ。命令に忠実じゃないから貴方達下っ端は捨て駒なんですよ。ですが、わたくしも鬼ではありません、先程も言った様に、貴方の攫った女性が一人でもいれば、その一人をわたくしの前で殺しなさい。そうすれば貴方は、我々の組織に重宝されるでしょう」

 

 非道な提案に戦闘員は動かない。腕はだらんと脱力しており、首はちぎれた綿人形みたいにひしゃ曲がっていた。

 

 (ひいいい、人殺しだああ)

 「返事は・・・ああ、もう絞め殺してしまいましたね。これだから人間は・・・。さぁ、次は貴方の番ですよ」

 (い、嫌だ、死にたくない!)

 

 もはや呼吸はできないぐらい、身体が固まっている。こんな意味不明な死に方なんて。まだ、まともな恋愛も出来ていないのに。良い大学に入って、家族に自慢もしたい。友達と遊んだり、カエデと遊びに言ったり、宮寺さんのお友達の話も聞きたい。

 

 ・・・。まだ、学校にはカエデと宮寺さんがいることを思い出した。

 

 (まだ・・・死にたくない。男だろ。角倉ケイタ!痛くても、苦しくても、彼女達を守れる人間にならなきゃ駄目だろ、動け、僕の身体)

 

 薄れ逝く意識に、最後の気力を振り絞って、この紐みたいな腕を掴む。

 

 「おや、命乞いですか?」

 

 その腕は引っ張ればメジャーみたいに内側に巻いて収納されてるような感覚があった。引っ張ってたるんでも、首を締める力は弱まらない。

 

 できることは、たるんでゆとりが出来た、紐を口に運び、思いっきり噛み付く。

 

 「あだだだだだだだ!」

 

 力が弱まり、拘束が解ける。その一瞬の隙に、自分の鞄をこの紐の怪物に目玉をめがけて力任せにぶん投げる。

 

 「くぎょおおおおおお!!この、人間風情がァ!目が!目が痛い!」

 「やった・・・」

 

 一安心からか腰を抜かしてぺたりと座り込む。もう動けないかもしれない。

 

 「このクソガキ!クソ人間!やはり人間はドクター以外には信用できない!」

 

 暴れ悶える紐の怪物を前にもう呆然とするしかない。

 

 「ちょっとなんの騒ぎよ!」

 

 慌てながらも下駄箱に到着したカエデは校門前で、暴れる・・・棒人間みたいな存在に困惑しながらも、そこに座り込み、呆然としているケイタを見るや、カエデの怒りのボルテージがマックスになった。

 

 「そいつに・・・触るなァあ!!」

 

 腰を深く落とし、ストレートを打ち込む。見たこと無い常識を超えた様な存在に、見事拳を叩き込む。

 

 「あぐっ」

 

 カエデの四肢に紐が絡みつく。

 

 「許さんぞ、絶対に許さんぞクソ人間共!なぶり殺しは辞めだ!先ずは、貴様ら二人を締め殺す!!」

 

 「くっ・・・ああああ」

 「カエデ・・・うわああ」

 

 二人同時に紐で吊るしあげ、首に紐が巻き付く。

 

 だが、そこに大きな破裂音が響く。

 

 一瞬、なんの音かわからなかったが、紐の怪人の目の前で、二人を吊るしてた紐が千切れていた。

 

 「かっ!?何が起こった!?おい、戦闘員!」

 「お探しの人達は、これ?」

 

 凛とした声。そこには明らかに怒りの感情が混ざっていた。

 

 天使が舞い降りる様に現れたレンはぴっちりとしたボディラインが強調されるような、青と白を基準としたスーツに身を包みゆっくりと降下する。戦闘員を纏めた一つの球体を紐怪人の目の前に落とす。落ちた8人の戦闘員は人の形は保っているが、鋭利な物で斬られたり刺された後がある。

 

 学校内で起こった騒ぎを聞きつけて、レンは忘れ物を探すのを中断して来てみれば、見慣れた因縁のある戦闘服、そして女性をさらおうとする悪行、学校の備品の破壊。

 

 ──ゆるさ、ない。

 

 学校中の戦闘員を直ぐに殲滅して回る中、最後の一人の発言、「紐怪人様には勝てないぜ」、を聞いたレンは嫌な予感がしていた。

 

 「あなたに聞くわ。あなたは、ヘルブラッククロスの怪人?」

 「ええ、そうですよ。かわいいおじょうさん。死ね」

 「なっ」

 

 速い。遠距離からミドリコの援護射撃があったのに、もう腕は再生している。その再生した腕に、先程のカエデと同じ様に全身を絡め取られる。

 

 「・・・っ、え、宮寺さん!?」

 「え・・・?」

 

 スーツを着ていれば顔はわからない筈。だが、頭を抑えながらカエデは、今紐怪人によって締められる少女をはっきりとレンであることを確認していた。

 

 「み、宮寺さん・・・?どこに?」

 

 ケイタには目の前の少女が居るのは解っていても、それが宮寺レンであることを見抜けていない。

 

 『レン、抵抗はしないでくれ。上手く狙えない』

 「わかった、から、はやく」

 

 再び空気の弾ける様な音が響く。またもや腕を千切られる。二度目のミドリコの援護射撃だ。

 

 「くぅぅぅ、【紐】は無限じゃないんだぞ・・・!」

 「コレで、終わりよ」

 

 レンはビーム剣を引き抜き、紐怪人の胴体を横に薙ぎ、順番に足、腰、身体と切り刻んで行く。

 

 「くおおおお舐めるなぁぁ!!」

 

 直ぐに再生した紐怪人は再び腕を伸ばす。その伸びた先は、レンではない。

 

 「カエデ!この!カエデを離せ!」

 

 次はカエデが囚われた。ケイタは紐を外そうと、必死に鞄をぶつけるが上手く当たらない。

 

 「ホッホッホッ。最初からこうすればよかったですね・・・」

 「卑怯よ、離して。私のと、友達を・・・離しなさい、ヘルブラッククロス」

 

 捉えたカエデを弄ぶように、レンとケイタに見せびらかす。

 

 適当に振り回しておけば、狙撃されることも無いだろう。

 

 「さぁ!余裕ぶっていられるのもここまでですよおバカさん。今からこの小娘を絞め殺してやりますからね。覚悟なさい」

 

 (また、私は、何も守れないの・・・?)

 

 ゆさゆさと上下に振られ拘束を振り解けない。このままではカエデが殺される。

 

 (くそ、これじゃ上手く狙えない。怪人なんて初めて見たが、本当だったんだな、レン)

 

 ミドリコは学校の隣にある体育館の屋上からスナイプしていた。あんなに揺らされてば、狙える的も狙えない。それどころか、一か八かを試そうにも、すでに怒りの頂点を迎えているあの怪人が、もったいぶるとも思えない。

 

 「くっ、この、離せ!離しっなさいっよ!このバカ!」

 「離すわけ無いでしょう。あとおバカさんは貴女ですよ金髪娘!」

 

 その時、カエデは揺らされながらもある違和感を覚えていた。

 

 (宮寺さんの格好、かっこいいわね。っていうか、なんでこんな揺らされてるのに、あたしってば酔ったりしないのかしら。あ、もしかしてこれは隠された正義のヒーローのソシツってのがあるからなのね?)

 

 なんとなくの違和感を前向きに解釈していたが、それは次の瞬間違うという事がわかった。

 

 ブレザーのポケットからまばゆい閃光が迸る。

 

 (へ、な、何・・・)

 「ぐおおお、またもや目が痛い!」

 「神宮さん・・・?」

 

 「これって・・・あのリング・・・?」

 

 空き教室で拾ったリング。騒ぎが始まったから、預かり所に届けられていなかったリングが、カエデを守るように光を発する。

 

 そして、解かれた拘束から着地すると、ポケットに手を入れる。

  

 「カエデ・・・?」

 

 眩しいはずだが、直視できるリングの光に、カエデは右腕を通す。なんとなくだが、そうしてくれとリングから言われてる様な気がした。

 

 本能でそれを理解したら後は実行に移すだけ。腕に回ったリングは直ぐにカエデの細い手首に、ハマる大きさへと縮小していき、まばゆ閃光はカエデの全身を包み込んでいく。

 

 「まさか、これは・・・神宮さんが・・・適合したの?」

 

 本来であればこの時代に適合できる人間は居なかったはずだ。

 

 そしてあのリングはレンの忘れ物であり、どういうわけかカエデが持っており、そしてリングが適合した。

 

 (よろこんでも、いられない。彼女を戦いに、巻き込んでしまう・・・角倉君も・・・)

 

 閃光が弱まり、徐々にカエデが姿をあらわす。

 

 その姿はレンと同じ様に、ボディラインを強調させ、ヒールのあるブーツに、拳や腕を守るガントレット。白を基準に赤いラインの引かれた戦闘スーツであった。

 

 「あら、何よこの格好・・・悪くないわね」

 「カエデ、君は一体・・・」

 

 意外とあっけらかんとするカエデに、すり寄るケイタ。

 

 「ケイタ、大丈夫よ。あたしがついてるから、宮寺さんと一緒に、あいつ、やっつけちゃうね」

 

 ニシシ、と笑い、ケイタへ背を向ける。向いた方向には紐の怪人。

 

 そのカエデの隣に、レンも並び立つ。

 

 「ごめんなさい。巻き込んじゃって」

 「いーわよ、なんのこっちゃわかんないけど、終わったら話、聞かせてね!」

 

 拳を握ると、ガントレットがスチームを放出し、ギアが回る。

 

 カエデの怒りが、スーツと共に呼応して、赤いラインが色めき立つ。

 

 「あたし達、友達でしょ!」

 

 言うが速いか、行動も速いか、一気に距離をつめるカエデに驚く紐の怪人。

 

 「なっ」

 「よくも学校を、よくもケイタを!そして、よくもあたしの友達を!!!」

 

 顔面を容赦なく殴り飛ばす。いつもの神宮式格闘術では絶対に出ないような力が、出てきてビックリする。吹き飛ばされた紐怪人に追い打ちを掛けるように、一瞬で追いつく。足を掴み大回転を加え、投げ飛ばす。

 

 投げ飛ばした先は、レンが立つ場所。わざとそこに向かって投げ飛ばした。

 

 「ありがとう、神宮さん」

 

 ビームの剣を最大出力に。そして大上段に構え・・・。

 

 「やめ、やめろおおおお」

 「無理。お前は、許さない」

 

 振り下ろす。紐怪人の身体が斜めに斬り裂かれる。眼球だけになってしまい、再生が不可能となった紐怪人。

 

 「クソおおおおお!!」

 

 紐怪人は敗けた。負けること自体はなんでも良い。だが、このまま成果が出ないのでは、自分を作ったドクターミヤコに申し訳が立たない。

 

 「ゲッチュ〜」

 

 羽を生やした、コウモリの様な新手が現れる。そのまま、頭部だけとなった紐の怪人を連れて行く。

 

 「あっこらコラ〜!待ちなさーい!」

 「神宮さん、大丈夫、追いかけなくていい」

 

 怒るカエデを抑えて、レンは上空の新手を睨みつける。

 

 「キキキ・・・仲間が世話になったねぇ。次はこうはいかないよ、このメスガキ」

 

 捨て台詞を吐くと飛び立つ怪人。

 

 「覚えておくのですよ!次こそは、このわたくしが貴女達を恐怖のどんぞこへ送ってやりますからね〜〜〜〜・・・」

 

 紐怪人がまだわめき散らかしているが、その言葉や罵詈雑言はほとんど距離が離れて何も聞こえなかった。

 

 「カエデ・・・」

 

 ケイタが変わり果てたカエデの姿を見て、まじまじと見つめる。特に胸を。

 

 「見るな、バカ」

 

 これから、この二人にはなんと話そうか。レンには隠し事が多すぎる。記憶を消去する道具もあるが・・・。

 

 「一先ず、一件落着だな」

 

 ミドリコがいつの間にか、降りてきていた。

 

 今日は仕事で遅くなるって言っていたはずなのに。どうしてここに来れたのか。

 

 「先ずは、君は神宮財閥のご令嬢、神宮カエデ君だね?私は甘白ミドリコ。彼女の、宮寺レンの親戚・・・ということになっている」

 

 ライフルをケースにしまいながら、ミドリコが更に口を開く。

 

 「先ずは、変身をときたまえ。その姿、結構めだつらしいぞ」

 「解除って願えば、変身は解ける」

 

 レンも続いて言葉を発する。その表情はケイタとカエデを二人、戦いに巻き込んでしまった事に対する大きな罪悪感が色濃く表情に出てきていた。

 

 「もうすぐ、公安が来る。学校には私から説明するから、三人とも、ウラに回っていなさい。私もすぐに行くよ」

 

 ミドリコに促されるまま、カエデは変身を解除する。

 

 「うわ、元のブレザーだ!」

 「驚く所、そこ〜?」

 

 カエデの反応もさっきまでなら面白いと思えていただろう。

 

 「宮寺さん」

 

 戦いに巻き込まれた少女は、今にも押しつぶされそうなレンの手を握る。

 

 「ちょっと話を聞かせて。ゆっくりでいいから」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 学校のウラでは、ミドリコの車が置いてあった。その車に乗せてもらい、三人は重たい空気の中話をしていた。

 

 本当はレンが未来人である事。未来では、紐の怪人を初め多種多様な怪人が存在している事。

 

 そしてその怪人達を仕切る悪の組織・ヘルブラッククロスの事。

 

 その組織は今この街で悪事を働いていること。

 

 ミドリコと一緒に居る理由、話せることは全て。

 

 「え、と、それじゃあ宮寺さんはずっと今日まで一人だったってこと?」

 

 素頓狂な声に驚くが何よりも驚いているのはカエデとケイタの二人だ。

 

 「ごめんなさい、こうなるとは、思ってなかったから・・・」

 「ん、謝らないで宮寺さん。僕たちも死んでたかもしれないし」

 「そうね、正直あたしも、こんな事経験するとは思ってなかったし、最初は生きた心地がしなかったわ」

 「・・・怒らない、の?」

 『なんで?』

 

 また同じタイミングで二人の声が重なる。

 

 「戦いに巻き込まれた〜なんて思わなくていいわよ。怖いとは思ったけど、あたし正直楽しかったし」

 

 あっけらかんとした態度でレンを見つめる。レンは申し訳無さからか、俯いたままだ。

 

 「一人で戦う辛さはあたしにはわかんないわ。だけど、一人で居る事の辛さはあたしは知ってるつもり」

 「僕も、一人でいる怖さは解るよ。家に一人の時って少しこわいよね」

 「ちょっと待ってね、宮寺さん」

 「痛った!なんで殴るの!?」

 

 ズレた回答をしたのはケイタなりの優しさだろうか。それともただの天然ボケなのか。でもなんかムカついたからとりあえず鉄拳制裁だ。

 

 「えーとね。つまりね、あたしにも手伝わせてくれない?」

 「え?」

 

 カエデやケイタから絶交されるのではないかと思っていた。あまりに予想外の提案に顔を上げて、固まるレン。

 

 「あなたのいう最悪な未来、一緒に変えましょ!」

 「で、でも・・・きっと痛いよ、たくさん怪我もしちゃうし、わ、私は、友達が怪我するのなんて、嫌だよ」

 

 声が震える。嬉しい申し出だが、相手は規模が未知数の犯罪組織。普通ならここで退くのが懸命だろう。

 

 だが、神宮カエデは違った。

 

 「怪我?戦うなら当然よ」

 

 カエデの言葉の一つひとつはもう既に覚悟を背負った重みがあった。

 

 一人の戦士としての、決意の言葉だった。

 

 「痛み?そんなの・・・みやでr・・・レンの辛さに比べたら、どうってことないわ」

 「うわ、ちょっと僕泣きそう」

 「なんでよあんたが泣かないでよ」

 

 狭い社内でカエデは隣に座るレンを優しく抱きしめる。

 

 「・・・っ、死んじゃうかもしれないよ・・・」

 「その時は死なないように守ってね。レンの事はあたしが守ってあげるから」

 

 その日、孤独を背負い戦い続けた戦士は一人の少女となる。

 

 もう泣かないと決めていた。だけど、今日だけは。

 

 「うわあ・・・ああああ・・・」

 「辛かったね。今日まで犯罪組織を抑えてくれてありがとう、レン」

 

 車内の空気に耐えられないわけじゃないけど、ケイタは車から出る。

 

 「聞いてたんですか。甘白さん」

 

 車から出て直ぐ、車には見えない位置から背を向けて、上ずった声でミドリコは答える。

 

 「全部聞こえてるさ。あの子の悲痛な叫びは出会ってからずっと。そして、感情がちゃんとある子でよかったなって、思ってるのさ」

 「・・・そうですね」

 「これからも友人で居てやって欲しい」

 「もちろんですよ」

 (もう、年かな。涙腺が緩んでしょうがないや)

 

 三人の女達は戦う事を決意した。冬の夕日はまもなく完全に沈み、夜となる。今日は空気が澄んでいて、きっときれいな夜空がみえるだろう。

 

 「カエデ・・・かえでえええ・・・」

 「ひどい顔してるわよ。あたしたち、今日から親友だね」

 

 孤独の少女は孤独で無くなり、新たに友情を手に入れた。

 

 夜、車に乗りながら、四人はそれぞれの家へと、帰宅していく。その道すがら、カエデはまた新しい提案をする。

 

 「ヘヴンホワイティネス」

 「な、何?それは」

 

 レンの疑問に、カエデはニッと笑う。

 

 「あたし達のチーム名よ。奴らがヘルブラッククロスなら、あたし達は、ヘヴンホワイティネス。これにはいつか白黒つけてやるって意味合いもあるし、レンもミドリコも今まで大変だったんでしょ。あたしが資金面は援助してあげるから、ドーンとやるわよ、どーんと」

 「うん。頼りにしてる、カエデ、ミドリコ」

 「ようやく名前を呼んでくれたな、レン。私は嬉しいよ」

 「僕は?」

 「あんたはなんでもいいわよ。あ、鞄ぶつける係でどう?」

 「あはははは」

 

 かくして。三人の女達は、覚悟が決まった。

 

 宮寺レンは未来からの想いを背負うため。

 神宮カエデは親友の想いを背負うため。

 甘白ミドリコは二人の正義を背負うため。

 

 ヘヴンホワイティネスは新たなる未来へと戦うのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 2022年、2月上旬。

 

 度固化市の住宅街エリアにて、怪人発生を確認したレンとカエデは急ぎ現場へ向かう。

 

 「キキキ・・・ここには若い女がいっぱいだ」

 「ホッホッホッ、存分に暴れるとしましょう」

 

 コウモリの怪人と、紐の怪人が現れ、住宅街はパニックだった。

 

 だが、そこへ。

 

 『そこの怪人止まりなさい!』

 

 かけつけた警察の機動隊からメガホンを借りてパトカーの上でヘヴン1となったカエデが、二体の怪人に指を指す。

 

 『善良な市民とコウモリを代表して、言うけど、あんたらやっぱ流行らないよ。今直ぐ帰ったら?』

 「ふざけた事を抜かしますね・・・」

 

 紐の怪人が怒りでプルプルと震える。

 

 『それじゃあ、干物怪人、今直ぐ、帰りなさい』

 

 もう一人、ヘヴン2となったレンが怪人めがけて辛辣な言葉を発する。

 

 『誰が干物か!』

 

 紐の怪人とコウモリの怪人は相性がよいのかもしれない。

 

 「頼んだぞ、ヘヴンホワイティネス!」

 

 警察がその場を離れる。

 

 レンが左手に構えるビーム剣に合わせて、カエデは右手の拳を剣と同じ方向に、標的の怪人へ向ける。

 

 『油断するなよ、二人とも』

 

 無線からミドリコの声も飛んでくる。

 

 「はっ、誰が油断なんかするかっての!」

 「同意。ミドリコは心配性」

 

 二人して笑い合う。

 

 今日も彼女達は、街の平和を守るヒーローとして、ヘヴンホワイティネスとして戦う。

 

 悪が滅びるその日まで。

 

 彼女達の未来を変える戦いは、こうして幕が開いた。

 

続く




頑張りました。着想があるから構成するのは楽だけど、結構書ききるまでが大変。やっぱこういう投稿をコンスタントにできる人ってすごいなあああ・・・

キャラネタ書きます

宮寺レン
最愛の親友を手に入れた人。実は左利き。
好きな食べ物は、コンビニのパン、コロッケ

神宮カエデ
お転婆さん。格闘技は結構なんでもできる。
得意なのは合気道。好きな食べ物は甘いもの全般。逆に嫌いな者はエビとかカニとか。ちなみに両利き


角倉ケイタ
やや天然タイプ。実はムッツリすけべ。でも勇気とかは土壇場で出せるタイプ。右利き。

甘白ミドリコ
大人の余裕を見せたいが、上手く発動しない為、彼氏ができない。あと最近涙腺がゆるい。右利き(銃は左利きの扱い方)

紐の怪人
当初のコンセプトでは女性タイプだったけど、なんか気がついたらフ○ーザ様みたいになってた。
ちなみに詳しい容姿は棒人間を想像してください。頭には猫耳みたいな角が二本。頭の部分に怪人の瞳

次の投稿もなるべくはやく出せるように頑張ります。
アトラクションでした


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3・俺は未来人じゃないが、未来を知っている

みなさまこんにちは

この話から物語は大きく動き出します。

かなり長い話になってしまったので、要所で区切るところが多いです。休憩をはさみながら読んでください。


 身体の細胞一つひとつが喜びに震えて、ギンジは自分の手を抑える。

 

 自分の身体は人間のソレではないと、普通の拳銃や刃物、打撃など最早自分にはたいしたダメージにはならない。

 

 日々組織の1怪人として訓練し、実際に犯罪に手も出した。

 

 最早人としての常識等、ギンジには【過去】の物となってしまっていた。

 

 「人を殴るのにも抵抗感が無い?それは君が怪人として成長している証拠だよ。くふふ」

 

 一度の任務を終えると決まって、ドクターミヤコの研究室に呼び出されてメディカルチェックを受けるギンジ。

 

 「怪人としての思考は人の常識なんてものが無いからね」

 

 冷たいのか興味が無いのか、目の前の少女は特に気にしない様な素振りで、椅子にもたれかかる。

 

 「真面目な事はいいことだけど、ギンジ君のやりたいようにしていいからね。くふふ、戦闘員からの評判もいいしね」

 

 でも辛い。悪として認識していたものが、自分自身の行いで音を立てて崩れているのが。

 

 「同じ人間だからよ。戦闘員は殺さないし、できるなら一般市民への攻撃も俺は・・・したくないな」

 

 態度悪く座るギンジの目の前でミヤコは、嬉しそうに微笑む。

 

 「同じ、人間か・・・怪人にしては人の心まで持っている。うん、君はさすがだよ、ギンジ君」

 「別に。これぐらい普通だろ」

 

 どうしてもミヤコの嬉しそうな笑顔を見ると、照れてしまうのかギンジはそっぽを向く。

 

 「じゃあ、俺はもう行くぜ。もういいだろ、ミヤコ」

 

 メディカルチェックを済ませると、ギンジは足早に研究室から出ていく。

 

 悪の組織の怪人だからこそ、彼は裏切ってでもこの組織への謀反を企てていた。本当ならば自分の知っている正義とは、ヘヴンホワイティネスが未来を守る為の戦いを言うのだから。

 

 だけど。どうしても。

 

 ギンジは自分に優しくしてくれる怪人仲間や、自分へ好意を寄せるドクターミヤコと接していると調子が狂う。

 

 時期は3月。そろそろ日本の寒い冬も開けて、春の陽気が日本中を包み込む。どんなところでも出会いと別れが生まれる季節だろう。

 

 だが、一人で抜けてどうなる。ヘヴンホワイティネスと共に戦えると言うのも確定したわけではない。その上、裏切ったとして失敗したらどうなるかは想像に難くない。

 

 「あ、ギンジさん!お疲れ様です」

 「ギンジ様、今日の作戦も大成功ですね」

 「ギンジの兄貴、今度も頼まぁ」

 

 戦闘員達が廊下を歩くギンジを見つけると、それぞれ労いの言葉を送ってくれる。生きた屍であったギンジにはこれが何よりも嬉しかった。

 

 人の心の暖かさはきっと誰でも持っている。それはギンジでもミヤコでも、きっとあの総統とかでもそうだろう。

 

 その基準がヘルブラッククロスにおいては、犯罪行為も真面目に行えばまた違った暖かさがギンジを包む。

 

 でもそんな事は自分の感情だけの話である。

 

 裏切って今直ぐヘヴンホワイティネスに寝返りたい。でも自分を慕う部下達を裏切りたくない。

 

 板挟みの状態が非常にもどかしい。

 

 「は〜誰か味方になってくんねぇかな〜」

 

 ギンジのため息と同時に出た言葉は、アジトの廊下の静寂に飲み込まれていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 翌日。

 

 朝日がまだ眩しい時間に、アジトへ来客が。

 

 大幹部の一人が他県での任務を終えて、ヘルブラッククロスのアジトに帰還するらしい。

 

 初顔合わせだからって、オーク怪人に俺はたたき起こされた。

 

 そんでアジトの正面玄関でお出迎えの為に立たされている。

 

 周りを見渡せば、マントをつけた上級戦闘員や怪人の面々。特に怪人は俺が知るそうそうたるメンツだ。横並びにされてるのは、紐の怪人、コウモリ怪人、タコ怪人。

 

 俺の近くでミヤコを囲む様に待機を命じられてるのは、オーク怪人、触手怪人、犬の怪人。

 

 ミヤコは俺と目が合うと嬉しそうにはにかむ。やめろ・・・俺をそんな初恋の相手みたいに見るな。なまじ顔が可愛いから一瞬本気になりかねん。

 

 でもなんか研究中に事故でも起こしたのか、左目に眼帯のガーゼをつけていた。昨日までそんなもんつけてなかったが・・・。ま、いいか。後で聞いてみよう。

 

 温かいが日差しがガラスを通して俺たちに降り注ぐ。

 

 「まだ眠りたいぜ」

 「ギンジさん、そうは言っても我々は幹部じゃないし、無理ですよ」

 

 俺の隣で大幹部に一人は付いている護衛の部下、紫が伸びをしながら眠そうな声を出す。こいつはミヤコの側近の戦闘員だ。

 

 一瞬寝そうになりながらも、春のポカポカ感がいい感じに俺の身体を温める。これなら布団がなくても外で寝れそうだぜ。

 

 さて、大幹部だが俺が知る限り、このゲームにおける大幹部は設定上は何人かいるが、実際にゲーム内に登場するのは一人だけだ。

 

 鈴村ミヤコはドクターミヤコとして名前だけの登場。だが存在自体は冷酷非道な性格で、シルエットだけでの登場人物としてヘヴンホワイティネスを様々な兵器、怪人、作戦で苦しめた。

 

 結構【お世話】になったが、26周もゲーム攻略をしていると段々、神宮カエデや、宮寺レン、甘白ミドリコが可愛そうにもなってくる。

 

 で、もう一人。こいつは俺の予想が当たっているのなら、堕とす対象のキャラクターのはず。

 

 「なぁ、紫」

 「なんだい、ギンジさん」

 「今日来る大幹部って、もしかして──」

 「ああ、そのまさかだ。情報が速いな」

 「あ、ああ。一応な、情報管理?とか大事だしよ、さっき確認しといたんだ、へへへ」

 

 くっそー話を逸らしちまった。

 

 「やはりギンジさんはすごいな。オークの奴が目にかけてて、ドクターがべた褒めするのも解るような気がするよ」

 「ハハハ、ソリャドーモ」

 

 こういうトコだぞヘルブラッククロス。またそうやって俺の自尊心を高く評価してくれる。おかげでプライドが折れない。イイソシキダナー。

 

 いや違う。そうじゃない。

 

 「あんまりおしゃべりはするなよ、ミヤコ派」

 

 別の大幹部のグループから注意を受ける。はーいさーせんさーせん。

 

 確認は取れなかったが俺の予想しているのが、ゲーム本編に登場するあの大幹部なら、組織を抜けるのがドンドン難しい事になりそうだ。

 

 いっそここで暴れようかとも思うが、一瞬でお陀仏になりそうだからやめとこう。俺はまだ死ぬわけにはいかない。いや一度死んでるんだけど。

 

 (あ〜マジで味方がほしい)

 

 俺の野望を知ったらきっとミヤコは怒るのかな。オークはきっとぶん殴りそうだし、困ったな。あいつ強いって設定だから今の俺が戦っても、きっと勝てないだろうな。

 

 そうこうしてたら、アジトの入り口の大門が開く。

 

 ガレージみたいなシャッターが開くと、温かい陽気が漏れ出ていくのを感じる。

 

 (やっぱりか)

 

 俺の視界に入ったのは、へそ出しのラバースーツの上に黄金のショルダー、黄金のレガース。そして背中には折りたたみできるコレまた黄金の武器、刀。

 

 つまらなさそうな表情に整った容姿。俺の〈大好きな人たち〉の一人・・・。

 

 大幹部リコニス。 

 

 組織への命令違反が多い事で有名で、ゲーム中じゃ腫れ物を触る様な扱いを受けていたのに、ここじゃお出迎えされる程偉いんだな。

 

 「はぁ、わざわざお出迎え、ご苦労さま。暇なの?」

 

 歓迎と言ったムードではないことは俺もわかる。特にミヤコとオークは敵意の視線を向けていた。

 

 「で、私の新しい部下になるっていう怪人はどれ?そこの棒人間?もしかしてそのチワワみたいな奴?」

 『リコニス。先ずは遠征任務ご苦労。ないとは思うが、貴様に暴れられても困るからな、警戒態勢で出迎えさせてもらった』

 

 けだるそうな大幹部様に声をかけたのは、モニターから見ていた総統様。なんかいつも姿見せないなこいつ。

 

 「別に暴れたりなんかしないですー。今はね」

 

 最後の一言に思わず戦闘員達が背筋を伸ばす。それに合わせてオークもミヤコの前に立つように警戒の姿勢を取る。

 

 流石に他の大幹部もいるしここでバトらないよね?ね?

 

 「立ち話なんかしたくないんだよね〜、さっさと会議室行かない?」

 

 リコニスの提案は大幹部達のヘイトを買うのか、どんどん睨みつけが激しくなっていく。

 

 アジトのエントランスの扉が開くと、誰よりも早くリコニスが入っていく。

 

 大丈夫なのか、今の所腫れ物みたいな扱いにはなってるけど・・・。

 

 まだ、この時俺は予想もしていなかった。

 

 この時点でこの先の未来が、ゲームの通りに進んでいないことを、緩やかに未来が変わっていることを。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 リコニスが帰還し、会議室で行われていたのはリコニスを始めとした大幹部達の報告会。そこでは2月に行われた略奪の金額や物資の多さを競う様な無駄な話をしていた。

 

 (退屈)

 

 自分の用意された椅子に態度悪く座りながら、心の中で悪態をつく。

 

 自分が今こんな所で座ってるのがつまんなくてしょうがない。

 

 本当なら今組織の目的を妨害してくる噂の、ヘヴンホワイティネスと戦いたい。すぐに見つけて一生消えないトラウマでも植え付けてやりたい。

 

 加虐心が肌を震わす。怪人でも手に追えないような強敵と戦えるなら、どんな手を使ってでもリコニスは実行に移すだろう。

 

 「くふふ、じゃあ最後はわたしですね」

 

 リコニスの視界に写るのは自分より間違いなく年下の、ドクターミヤコ。裕福そうな家庭で育ったのだろうか、初めて会ったときから彼女の事が気に入らない。

 

 「今回も怪人の発表ですが、報告はふたつあります」

 

 会場の真ん中でミヤコは、左目につけたガーゼを取る。

 

 オーク怪人が手元のカメラを持ちながら撮影し始める。その映像は各大幹部のデスクのモニターに送られる。ミヤコの顔がドアップに映される。

 

 その彼女の左目は眼球は黒く、瞳は赤く染まっていた。

 

 「ご覧ください皆様。わたしは怪人の細胞を人間に定着させる事に成功しました」

 

 この発表には流石にリコニスも驚いた。人間には作用せず、かわりに死をもたらす怪人の細胞。それを自分に打ち込んだのか。それとも細胞を改造させたのだろうか。

 

 いずれにしてもこの怪人化の成功に、周りの怪人達が、大幹部達が、戦闘員も、あの総統でさえミヤコに向けて大きな拍手を送っている。

 

 「生死の境をさまよいましたが、わたしはついに人間をそのまま怪人にできる技術への発展を確立させつつあります」

 

 撮影が終わり、全員の視線がミヤコに向けられる。

 

 「ここにいる改造人間怪人、わたしのおっt・・・」

 

 ・・・。少しの沈黙。慌てたようにミヤコは言い直す。

 

 「わたしの最高傑作、佐久間ギンジに適合の後に、定着した細胞をわたしに打ち込みました。これにより、毎日吐血、頭痛、腹痛などありましたが、こうして怪人化することができました」

 (ふ〜ん。佐久間ギンジ、ね)

 

 リコニスの視線は演説するミヤコよりも、ミヤコ派の席にいるツーブロック金髪の男に視線を合わせる。

 

 (??)

 

 疑問が走る。どうみてもあれはただの人間の様に見えた。だが、あれがミヤコの最高傑作だと言う。

 

 (面白そ・・・少しからかってみようかな)

 

 リコニスの言う、からかうは、戦闘をふっかける、という意味合いも含まれている。もし戦ったとして、リコニスが勝てばミヤコへの大きな嫌がらせにもなるからだ。

 

 危険。自分の中の何かが、ドクターミヤコに対する危険信号を送る。

 

 (えええ〜!もしかして最近のメディカルチェックってその意味合いもあったのか・・・?)

 

 一方のギンジはまさかの展開に驚愕していた。リコニスから見たギンジの表情は特に変わっていないように見えていた。

 

 (あの佇まい、学校にいるヤンキー崩れそのものじゃない。あれのどこが最高傑作なのかしら)

 

 退屈そうな彼女の瞳には、興味の塊となった男だけが釘付けになっていた。

 

 「さて、次のご報告になります。同じ様に、この改良された細胞を使い、健康状態の良かった善良な一般市民を使った実験をしました」

 

 この報告はもはやミヤコの独壇場。サイズの合っていない白衣をパタパタとはためかせ、次々と報告を行う。

 

 「この実験によって産まれたのは新たな次元を超えた怪人です。今までの怪人達は言うなれば、フェーズ1。今から紹介する新たな怪人は、怪人の細胞・改を打ち込んだ新種、フェーズ2です!」

 

 どよめきの中、オークがコンテナを開ける。

 

 そこから現れたのは、赤い髪に、灰色の顔。炎の様なゆらめきを携え、右手にはレールガンを彷彿とさえる砲頭が腕と同化し、パイプに繋がれたシリンダーと肩が融合した、圧倒的な人間感を残しつつも機械的、そして怪人的な印象を思わせる見た目をしていた。

 

 「バーナーの怪人です」

 

 圧倒的な程の狂気を解き放つミヤコの表情と新たな戦力増強により、大幹部達が先程よりも大きな拍手を送る。

 

 『ほほう。素晴らしいものだ。ドクターミヤコ、怪人の細胞の改良を褒め称えよう。早く人間に完全適合する怪人の細胞を作るのだ』

 「もちろんでございます総統閣下。未だこのDNAを量産できるのがわたし、ミヤコとそこのギンジ、そしてこのバーナーの怪人しか居ません。フェーズ2になりえる鍵は佐久間ギンジだとわたしは思っています」

 

 最後の方は最早ミヤコがギンジを自慢したいだけの報告だが、総統はモニターの奥でウムウムとうなずくばかり。

 

 大幹部会が終わりに近づくと、リコニスの姿はもう既になく、ミヤコ派達も撤収にまわる。

 

 「良〜ぃ事思いついちゃった〜」

 

 柄にもなくスキップしながら会場を抜けたリコニス。

 

 あんなに面白そうな物が2つもある。しばらくの退屈しのぎにはもってこいな状況と展開作りに、リコニスは思考を巡らせる。

 

 会場では大幹部達が部下を引き連れ離れて始める中、左目が怪人となったミヤコがギンジに近寄る。

 

 「ね?わたし達相思相愛って言ったでしょ?」

 「どゆことよ。なんで俺の細胞使ってんの!?っていうかメディカルチェックしてたのって・・・」

 「くふふ、君が初めて怪人になった時から既にわたしに打ち込んでたよ」

 「おいおいミヤコよぉ、それじゃあメディカルチェックはなんの為にやってたんだよ」

 

 ギンジの問いかけに少女の顔で頬を赤らめる。

 

 「君の身体に触りたかったから・・・きゃーー言っちゃった」

 「ついに前進しましたね、チワワは感激です」

 

 犬の怪人がギンジとミヤコの会話に、ワンワンと首を縦に振る。

 

 「身体触ったからって前進するかーー!!」

 

 ギンジの今の年齢と精神年齢的にも、未成年との恋愛は一発アウトだ。だがそんな事言った所で、ここは悪の組織。外の常識は一切通用しないだろう。

 

 前途多難な状況に再びギンジはため息を付く。

 

 (誰か・・・助けてくれーーーー)

 

 そんなギンジ達を後ろで見つめるバーナーの怪人。

 

 (俺様も喋りたいぜ)

 

 命令が無いから今は黙っているだけ。撤収しながらも少しだけ、ここのメンバーは楽しそうだと、バーナーの怪人は期待を膨らませていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「そっか〜カエデとレンちゃんはそんな仲良しになるほど遊んでるんだね〜」

 

 昼の繁華街。

 

 カエデ達はいつもの三人ではなく、女子トークをするため、高校からの友達である菊沢トモカをケイタと入れ替え、レンを連れてショッピングモール・アモーレの喫茶店で昼食を取っていた。

 

 今はレンもカエデも正義のヒーローとして活躍しているが、その実態を知る者は角倉ケイタのみ。

 

 スポーティな印象をもたせるトモカの小麦色の肌は、それだけで健康な事を印象つけるのにはピッタリだ。

 

 今日初めて合うものの、レンも会話は得意じゃない。だけどゆっくり喋ってくれるトモカの喋り方と優しい性格は、人見知りしやすいレンには相性が良かった。

 

 カエデの交友関係の広がりの一つにまたもや増えた、宮寺レンという少女が気になってコンタクトえを取ったのだ。

 

 「と、トモカ・・・さんとも、仲良くできるなら、これからも、お昼ごはんを一緒に、食べたいな」

 「トモカでいいよ〜。うち、同学年だから、さん付けじゃなくてね〜いいから」

 「うん。ありがとう」

 「あ、レンちゃんもカエデちゃんもさ〜聞きたい事あるんだけど聞いていい?」

 

 トモカの会話は決まってスポーツの話だと、カエデ聞かされていたレンは、話を合わせられるようにソフトボールと野球の知識は一応勉強してきた。

 

 昨日は野球のゲームでミドリコとずっと遊んでいて、その面白さや野球、スポーツの奥深さに思わず夜ふかししてしまいおかげで今日は寝坊しかけた。

  

 「カエデちゃんとレンちゃんはさ〜ケイタ君の事、恋愛感情に入ってるの?」

 「ケイタ?ないない。付き合いは長いけど、あたしはあんまりかな」

 「れ、レンアイカンジョウって何・・・?」

 

 予想外のトモカの会話にまた新しい過去時代の言葉を覚えたレン。

 

 「レン、恋愛感情ってのはね、人を好きになるってことよ」

 「じゃあ、私から見た、カエデとトモカだね」

 「ケイタ君はいないんだね〜」

 「この場合、外すのが、面白い」

 「さすが、お笑いを解ってきたわね、レン」

 

 本当に他愛ない会話。これで戦いが無ければ彼女達は本当の意味で幸せだろう。

 

 3月に入ってからヘルブラッククロスの犯罪が少し減ってきている。

 

 先月もコウモリの怪人を再起不能にし、タコ怪人は茹でて、触手怪人は二人がかりで捻じ切ってやった。いつも倒し切るまでいかないがおおよその主力級の怪人はなんとか倒せている。ミドリコの援護もあり、三人は今日まで無事である。

 

 ただ一人の怪人との戦闘を除いては。

 

 軍服を身に纏う豚顔の怪人には苦戦させられた。見た目通りのパワー型なのに力押しだけに頼らず、地形、物を使う、はてには車を投げつけてきたり、だまし討ちによる絡め手の多さに、2vs1でもヘヴンホワイティネスは苦戦を毎回強いられる。ミドリコの射撃にも察知できる強敵でもう何度かは出くわしている。

 

 常に次の一手を考えて戦う。怪人ごときがそんな余裕を持っているのがなんとも悔しい。負けはしなくとも辛酸を舐めさせられた気分だ。

 

 そんな気分でも犯罪が減る事は喜ばしい。カエデとレンは春休みを満喫して、次の戦いへの心の栄養を取りに来ていた。

 

 「二人共〜大丈夫?なんかつらそうだけど」

 「え?ああ、別に。ちょっと食べ過ぎちゃったかも」

 「同意。ここのケーキは美味しい」

 

 取ってつけた様な嘘だが、本当の事は絶対に話せない。

 

 偽りでも笑顔で取り繕う。その笑顔は今の所見抜かれては居ない。

 

 (なるほど。嘘をつかなきゃいけないのは辛いわね。こんな事の積み重ねをずっと一人でやってきたなんて、レンはやっぱ強いわ)

 (カエデも直ぐに順応して、対応力を完璧に発揮してる。ヘヴンスーツの適合率が、私より高いのも納得)

 

 ヘヴンスーツとはレンが未来から持ってきた武装。リングをもとにスーツに変身できる。命名は神宮カエデだ。

 

 「そう?うちはもっと食べられるよ〜」

 「くっ・・・うらやましい」

 「私もまだ、食べたい。こーひーぜりーが美味しい」

 「好きなだけ食べなさいな。あたしはもう無理!お腹いっぱい!」

 

 未来にはコンビニはおろか、米もなかったらしい。甘いものも無く、いつも水とパンと野菜だけ。

 

 それ故にミドリコに食べさせて貰った惣菜のコロッケは、レンに食事における歴史を変えさせた。カエデと遊びに行くようになっても、甘い食べ物はレンの欲望を進化させつづけている。

 

 事情を知っているからこそ、レンにそれ以上はやめとけとは言えない。

 

 せめて今だけは親友に幸せな時間を楽しんでいて欲しい。レンの辛さも背負うと決めたからには、これぐらいは令嬢の寛大な心使いで、不安無く食べさせたい。

 

 「あ、じゃあさ〜スポーツでは・・・」

 

 トモカのスポーツ話が始まった。これは長くなると思い、カエデは覚悟を、レンは期待を乗せた瞳で話が盛り上がっていく。

 

 女子トークはまだまだ終わりそうにない。

 

 家族連れや、カップル等で人混みがいつもより多い春休み。

 

 ショッピングモール・アモーレに続く、繁華街では不穏な影が近づきつつあった。

 

 「正義とは・・・なんだ・・・」

 

 バーナーの怪人の表情は死んでいた。

 

 「悪とはなんだ・・・」

 

 右手の砲頭に熱エネルギーを溜め込み、アモーレに向けて構える。

 

 「その答えを、俺様に教えてもらおう・・・佐久間ギンジ、ドクターミヤコ!!」

 

 破壊の一撃とも言える業火球がアモーレに直撃する。一瞬の静寂と大爆発に周りの人間は恐怖と共に、またたく間にパニックとなる。

 

 「・・・俺様は【どちら】だ!」

 

 怪人の出現を一般市民が認知し、さらに恐怖でパニックになる。

 

 さらに砲頭を構え空に向ける。業火球を何発も発射し、雄叫びを挙げる。

 

 「さぁ、来い。何が正義で、何が悪だ・・・!」

  

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 時間は朝まで遡る。

 

 ドクターミヤコが用意した戦闘訓練場では、勤務態度の悪い戦闘員を相手に怪人の実践訓練と称した処刑が行われていた。

 

 バーナーの怪人の摂氏1000を超える炎のブレスは、調子に乗った戦闘員を一瞬で消し炭に変える。パワースーツも纏めて焼き尽くす業火を操るその力は、きっとあのヘヴンホワイティネスでも敵わないだろう。

 

 「俺様は合格か?ドクターミヤコ」

 

 防火服を身に着けずその場に立ち尽くすミヤコの表情は、憧れの人を見ているような輝く笑顔であった。

 

 「おいおいマジかよ・・・」

 

 その隣で丁度良い高さの瓦礫に、ギンジが腰掛けながらバーナー怪人の凄さに息を飲む。

 

 「文句なしの1万点だよ、バーナー。くふふ」

 

 この戦闘員達は全てミヤコにセクハラしようとして、オーク怪人に連れてこられた者達だ。かわいいからしょうがない、は通用しない。ここでは大幹部が戦闘員より格下に見られるような行動を発見した場合、容赦なく制裁を与えていいのだ。

 

 それはたとえ命を失う様なことであっても、問題なく行われる。

 

 「じゃあ、フェーズ2同士、少しお話しててよ。ギンジ君は君の先輩だから仲良くしてね」

 

 後処理にでも入るのかその場を去るミヤコ。どことなくうきうき気分なミヤコの背中は、年相応の子供の様なそれとまるでかわらない。

 

 「俺様はこれが訓練とは思えないな」

 「まぁ、そりゃそうだろうな。こんなの一方的な虐殺だぁな」

 

 疑問はあったのかバーナーの怪人の表情は曇りがあった。

 

 「教えてほしい、ギンジ」

 「ん?俺に答えられるならなんでも」

 「俺様の行った事は正しいことなのか・・・?」

 「・・・」

 

 例え処分の対象であっても、同じ組織の部下を手にかけた事は、バーナーの怪人の心に何か引っかかるモノがあった。

 

 右手のレールガンを撫でながら、怪人は悲しいいとも取れる複雑な面持ちだ。

 

 「俺は・・・これは間違っていると思う」

 

 ギンジに残る人間の部分で訴える。それは人間らしさの無い顔からは簡単に出るモノじゃない。

 

 「ならば、どうすれば良かった?俺様は怪人だが、与えられた知識にはこんな事・・・当たり前ではなかった。ここは何かがおかしいのか?」

 「まぁ、悪の組織だしな。ここ」

 

 バーナーの怪人の苦悶にギンジは冷静に答える。もちろん戦闘員は人間だが、失った人間の部分ではそれはそれとして考える事もできてしまう。

 

 「ここが悪の組織・・・?おかしい事を言うんだな。俺様の行いは正義ではなかったのか」

 

 内部でこんな事をやらされれば、ギンジだってきっと同じ事を考えてたかも知れない。元々ヘルブラッククロスに所属するつもりはなかったのだが。

 

 「ここが悪ならば、教えて欲しい。正義とはなんだ」

 

 灰色の皮膚から目立つ赤色の髪。そこから覗かせる怪人特有の赤い瞳が真っ直ぐ真摯にギンジを見据える。

 

 「正義ってのは・・・」

 

 答えが出ない。ギンジが知る全てを話しては、きっと激突が生じる。

 

 「わかんねぇ・・・わかんねぇ、けど、この組織が行っている行為がこの世界において正しいことではない、俺は思ってる」

 

 この答えが今の会話において正解か、それすらも解らない。だけど、認めたくない。自分の中の人間が、増えつつある内側の悪に蝕まれて、いずれなくなってしまうのが。

 

 そしてこのまま行動に移せずにここに残り続けていれば、先ず間違いなくギンジの望む目的も達成できなくなる。

 

 「俺様の・・・記憶にはドクターミヤコを初め、お前らしかいない。居ないはずなのに・・・何かが頭の中で、俺様にうったえて来るんだ」

 

 その言葉を聞くと考え込むギンジ。

 

 (確かこいつのキャラ設定は・・・)

 

 26周したゲームの情報はイベントを初めするする出てくる。

 

 バーナーの怪人は組織の作り出した唯一のフェーズ2。その強さは圧倒的なのは確かだが、開発に回せるリソースが足りず今回限りの登場。

 

 3月9日に繁華街のショッピングモールを襲い、ヘヴンホワイティネスの友人、菊沢トモカを誘拐する。刺し違えてでも助けると誓った神宮カエデと交戦し、激戦の後に敗北。

 

 菊沢トモカを救出することができなかったカエデは、自責の念に苦しむ・・・。

 

 非常に目的や、命令に忠実で、強者と戦う事を自身の生きがいとしている。

 

 (たしか、こんなだったな)

 

 命令に忠実なのは確かだが、目の前の怪人は今ゲームの神宮カエデと同様自責の念、それと疑惑に頭を悩ましている。

 

 

 この時点でもう何かがおかしい。

 

 (・・・何かこいつの関する情報は抜けてないか?)

 

 ゲームのバーナー怪人をよく思い出す。今ギンジの視界に入るこの怪人と同じだが、どうみてもバーナー怪人の様子がおかしい。こんな冷静に物事を考えられる奴じゃない。

 

 ましてや悩んでいるのは、命と正義と悪の違いだ。

 

 ・・・。

 

 (あ・・・こいつ、ゲームの中じゃ、人間を使って造られてないぞ)

 

 少しの沈黙に、ギンジは会議室でミヤコの発言を思い出す。

 

 『さて、次のご報告になります。同じ様に、この改良された細胞を使い、健康状態の良かった【善良な一般市民を使った】実験をしました』

 

 そう、確かにこう言っていた。

 

 (まさか、人間を使った怪人には自我が最初からあるのか・・・?)

 

 そう思うと、フェーズ1と呼ばれる怪人達には、いくつか共通点がある。

 

 1、全てドクターミヤコが開発。

 2、怪人達はミヤコへまるで母親へ接するような態度が多い

 3、会話はできても、命令しか聴かない

 4、ほとんどの場合、【自分】がない。言われたことしかやらない

 

 対してフェーズ2のギンジとバーナーの怪人は最初から考え、悩み、行動にムラがあるのも納得が行く。

 

 ──きっと、それだけじゃない。人の心が俺たちにはあるんだ。

 

 この怪人はきっとこの世界における【素材】で造られたから、不完全体とも言うべきか、心が未完成なのかもしれない。

 

 「教えて欲しい、俺様はなんなんだ」

 「お前は、きっと人間だよ」

 

 佐久間ギンジは、この世界におけるいわゆるレアモノ、とミヤコはかつて言っていた。特別な何かを持っているのではなく、元より【この世界】の人間じゃない。わずかに違う遺伝子配列の資料を過去に見せて貰ったことがあるが、それはきっとそういうことなのだろう。

 

 【素材】が違えば完成品の姿も変わる。ギンジとバーナーの怪人の違いはそこにあった。

 

 その姿は【心】として結果を出したのだろう。

 

 「人間・・・?この姿が、か?」

 「この行動が間違ったことなのかも知れないと悩むならお前は人間だよ。人を殺すのに躊躇うのも人間の証拠だぜ。そうやって悩むのもお前の中の人間が・・・こう、なんだ、胸にあるんだよ。人間が」

 「・・・」

 

 ギンジの言葉はよく理解できなかった。だけど、それは頭の中ではだ。

 

 バーナー怪人の胸の中にある人間とやらが、苦しくなっていく。締め付けるとも、押されるとも違う、見えない何かがギュッと押し寄せる。

 

 きっと心は、その言葉を理解できていたのかも知れない。

 

 「・・・ギンジ、教えて欲しい。俺様は、そんな事を誰からも教えてくれなかった。昨日、目が冷めてからドクターミヤコもそこまでの事を教えてくれなかった」

 

 淡々とした口調で表情は暗いまま、怪人は言葉をつなげていく。

 

 「俺様達が話に聞いている任務は、この狭い世界における悪い事なのか?」

 「・・・悪い、ことだぜ」

 

 ギンジは教えて欲しいと言われた事は自分の知る範囲でなんでも答えた。悪とは?人間とは?心とは?怪人とは?家族とは?食事とは?

 

 そして正義とは?

 

 「正義ってのはな、俺の考えだが例えば、さっき教えた家族ってあるだろ?それには子供がいるんだ。子供は親が居なきゃ何もできねぇ。じゃあ、悪が親を殺したらどうなると思うよ」

 「・・・」

 

 別に殺さなくてもいい。親と子供が離れ離れになるならなんでもいい。

 

 「つまり、話に聞く任務は悪いことなんだな・・・?」

 「おう、そうだ」

 「じゃあ、ギンジはどうしてここにいるんだ?」

 

 ・・・。今なら、上手く答えが出るかも知れない。

 

 「俺は、正義の為に戦いから、ここに居る。本当は、こんな地獄みたいな場所、居たくないんだ」

 

 たとえ決心が鈍る程の喝采を貰っても、ギンジの気持ちは変わらない。命を救ってくれたミヤコには恩義こそあれど、このまま悪に身を委ねることだけは決してしない。

 

 「ブヒ、盛り上がっているな」

 

 二人が話す中、オークの怪人が現れる。

 

 「バーナー怪人。ドクターがお呼びだ。研究室まで行ってくるんだ」

 「了解した・・・」

 

 少し寂しそうな顔をしながらもバーナーの怪人は、ギンジの横を通り抜けて行く。

 

 「今の、内緒にしててくれよ、恥ずかしいからさ」

 「約束しよう」

 

 二人して笑うと、直ぐにその場を去る。

 

 「何を話していたんだ?」

 「なーに、怪人としての教授をしていt」

 

 オークの怪人の表情はいつもみたいに、仲間に向ける優しい表情じゃない。

 

 敵を発見し、今にも攻撃してきそうな顔だ。それを見たからギンジは言葉が出ない。

 

 「お前を目にかけているのは、ドクターミヤコの最高傑作の怪人だからではない。お前のその眼が、不穏な空気を見ているからだ」

 

 言葉に覇気を感じる。裏切りを察知されたのか。

 

 「話は全て聞いている。この組織を裏切っても、ドクターミヤコのご期待だけは裏切るなよ・・・」

 

 不味い。この状況、そしてバレた相手が悪すぎる。

 

 「あ、ああ。肝に命じておくよ」

 「フン。お前を孤立させる為に、バーナーの怪人にはドクターが呼んでいると言ったが、実はお前もドクターに呼ばれている。ついて来い」

 

 つまりはうまいこと状況を利用してきたのだ。

 

 (ん・・・?命令は聞いているが、こんな俺達の会話を盗み聴きする様な真似、オーク怪人はできたのか・・・?)

 

 一つ、新たな仮設がギンジの頭の中に浮かび上がる。

 

 怪人達は造られてから生活をする期間が長いほど、成長していくのではないかと。

 

 もしそうならおそらくオーク怪人は・・・。

 

 (こいつもフェーズ2なのか・・・?)

 

 とことんギンジを追い詰める状況が作られて行き、再びあの言葉をギンジは脳内で叫ぶ。

 

 (誰か助けてくれーーーーーー!!)

 

 先にギンジやオーク怪人よりドクターの研究室に向かう途中、バーナーの怪人は廊下に寄りかかり、腕組みをしつつ、まるでバーナーの怪人を待っていた、といった態度の女性と眼が合う。

 

 へそ出しのラバースーツに豊満なスタイルは、きっとこの組織内部に居る男性戦闘員を虜にすることだろう。

 

 「ハーイ。待ってたよ、フェーズ2の着火マン」

 

 大幹部リコニスが俺様になんの用だろうか。バーナー怪人は特に警戒せずに彼女に近寄る。

 

 「正義と悪の違いは知れた?理解できた?楽しいお勉強ができたね?」

 「・・・リコニス様、貴女も俺様にわからないことを教えてくれるのか?」

 「うんうん、教えてあげるよ〜」

 

 リコニスは中腰の姿勢で見上げる。上目遣いで、きっと人間相手にも欲情するであろう異形の怪人に、妖艶な笑みを浮かべる。

 

 「私が教えてあげるのは、本当の正義、本当の悪・・・に、ついてね」

 「・・・ぜひ知りたいな。ギンジからは教えてもらっていない事だ」

 

 食いついた。リコニスは悪い顔をしているだろう。言うなれば、人の皮をかぶった悪魔・・・その表現が正しい。

 

 「歩きながら話しましょ。ドクターの研究室はこっちよ」

 「こっちを左じゃないのか?」

 「こっちの方が近道なのよ」

 

 ニヤニヤと。三日月が笑う。

 

 「それじゃあ、本当の正義ってね、私達のことなのよ。ヘルブラッククロスの目的は知っている?」

 「この国を転覆させる事・・・と聞いている。だが、それはギンジが悪いことだと」

 

 強気な口調だが、どこか幼子の様な言い分がリコニスの加虐心に、火をつけて大きく燃え広がる。

 

 「そう。でもそれはいわゆるここのお外のお話。アジトの外は危険がいっぱいなのよ。きっとギンジちゃんは、わかりやすい例えで教えてくれたのね」

 「・・・外の世界・・・」

 

 新たな言葉の意味を知りたいが、リコニスはバーナーの怪人の質問をやや大きな声音で遮る。

 

 「でも、その例えを反転させて教えちゃうのはいけないことなのよ」

 

 いけない事。嘘も悪の一つというのは、捉え方かもしれないが、リコニスの話す言葉の一つ一つがギンジよりも、黙って聞いていられる程の簡単でわかりやすい説明。

 

 「本当の正義は、ヘルブラッククロス。悪は、ヘルブラッククロス以外。ヘルブラッククロスは今、世界からイジメられてるのよ。正しいお行いが、正しくない人たちに貶められているの」

 

 リコニスが教えるのは、周りは巨悪の海。自分たちが正義の為に動く船であると。

 

 「・・・わからない。ならばなぜドクターは俺様に仲間を殺させた?」

 「簡単だよ」

 

 リコニスの言葉はバーナー怪人の【心】に影を落とす。

 

 「ミヤコが本当の悪だからだよ」

 「うぐぐ・・・でも、ギンジは・・・そんな事」

 「信じて。私の顔を見て」

 「顔?」

 「そう。私を信じて。ギンジよりも先に、長く、本当の正義の為に戦っていたのは私だよ」

 

 そうこうしてる内に、二人はミヤコの研究室に到着する。

 

 「じゃあ、私はこれで。授業はお・し・ま・い。ミヤコの話を聞いたら、後は好きにしていいよん」

 

 悪魔の笑顔でリコニスは研究室の扉から離れる。

 

 (あ〜これからどうなるかな。せいぜい暴走してくれればいいけど)

 

 引っかき回して、暴走させて、自分は高みの見物。

 

 当初はギンジに向けて行う予定だったが思わぬ邪魔が入った。オーク怪人の登場は誤算だった。

 

 ギンジと共にバーナーの怪人が居ることも誤算だったが、なにやら二人は興味深い事を話していた。正義と悪についての話は、普通なら怪人同士する話じゃない。

 

 (今度はギンジちゃんもからかってみよっと)

 

 佐久間ギンジもなにやら面白そうだった。

 

 ミヤコのお気に入りなら、いっそ壊したり、手元から離してやるのも面白そうだ。

 

 新しい遊びにリコニスの狂気が花咲く瞬間だった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 俺とバーナーの怪人が呼び出されたのは、今日の午後から繁華街を襲って欲しいとの事だった。初めて人だかりのあるところへの任務だな。

 

 バーナーの怪人は慎重な顔をしていた。さっき話した事が、少しでもこいつの心に響いていれば幸いだが。

 

 「くふふ、二人ともフェーズ2だし、今日こそあの憎きヘヴンホワイティネスをやっつけちゃおう。そしてどちらかを捕まえて陵辱だ!」

 

 コラコラ、そんな可愛い顔で陵辱なんて発言しちゃ駄目です。俺みたいに生きた屍が聞いたらどーすんの。大きいお友達が大変な事になるぞ。

 

 「オーライ。もうなんでもやってやるぜ」

 「・・・俺様も了解した」

 

 そういえば俺が来る前、こいつとミヤコは何か喋っていたみたいだが、なんだったろうか。

 

 まぁ、ミヤコが話すことなんて、怪人の褒め言葉ぐらいしか無いような気もするけど。

 

 「今回の任務には別働隊として・・・あまり嬉しくはないけど、リコニス派の上級戦闘員達が手伝ってくれるみたい」

 

 不服なのかミヤコはふくれていた。

 

 ん・・・?バーナー怪人の初任務・・・?だよな、あれ?

 

 何か違和感がある。

 

 「なぁ、今日って何日だっけ・・・?」

 

 不安を感じながらも俺は恐る恐る聞いてみる。

 

 「ん?今日は3月9日だよ。くふふ」

 

 な、なんだって・・・!?

 

 嘘だろ。バーナーの怪人の初任務にリコニスの登場。そして更には、その任務に俺もついていくこと。

 

 予想外・・・と言うか、今日の日付がわかんないとは俺も総統間抜けだな。スマホが欲しい・・・。

 

 イベント通りに事が進むなら、きっと俺にとっても大きなターニングポイントにもなる。ようやくあのヘヴンホワイティネスとの邂逅が見えて来た。

 

 「失礼ながら今回の任務、ギンジを連れて行くのはよろしくないかと」

 

 おいこら豚テメーこのやろう豚コラ。邪魔すんじゃねー!

 

 「くふふ、大丈夫だいじょうぶ。きっとこの二人ならヘヴンホワイティネスに勝てるから心配しないで。いつもありがとうねオーク」

 「ブヒ、もったいないお言葉」

 

 豚野郎マジでミヤコには素直だな。上手く操るならミヤコに頼んだほうがいいな。

 

 ところでバーナーの怪人はさっきからずっと黙ったままだが、ソレほどまでに何か考えることがあるのだろうか。悩みがるなら現地についた時聞いてみよう。

 

 それに俺はもしかしたら、バーナーの怪人が味方になってくれるんじゃないかと、淡い期待を寄せてるんやで。

 

 「それじゃあ、いつもどおりの道順で進んで貰うから、よろしくね。あ、ギンジ君には目隠ししてね」

 

 俺に残る人間の部分を知っているのか、いつも任務に行く時は俺に目隠しをかけている。これじゃあヘヴンホワイティネスに売り込む情報が少ないままだぜ。

 

 研究室を後にし、俺たちは繁華街へ通じる道に連れて行かれる。

 

 上級戦闘員達も続いているのか、足音はたくさん増えている。

 

 「ついたぞ」

 

 早っ!?

 

 まだアジトの中にいる様な気分だったが、気がつけば風が吹き、人々の喧騒、家族連れの会話などが聞こえてくる。

 

 ここが外だと直ぐに解るほどに。

 

 目隠しを外されると、そこは広いワンスペース。光を通さない闇がいくつもある路地裏。

 

 任務が始まる時は決まってここからのスタートだ。

 

 いつも思うけど、こんな路地裏からアジトに繋がってるとは思えない。

 

 「作戦のブリーフィングを始める」

 

 オーク怪人の一声に、その場に居る全員が整列する。

 

 上級戦闘員達はこういうのに慣れてるのか、直ぐにきれいな列を組み直す。

 

 いよいよか。俺の知ってるイベントなら、アモーレの襲撃だろう。

 

 「バーナーの怪人はショッピングモール・アモーレの正面から攻撃。お前の中にある正義を示してやれ」

 

 バーナーの怪人は未だに神妙な顔つきをしている。何か思う所あるだろうが、きっとこいつは正義と悪の間に揺れてる。異を唱えてくれれば「了解した。俺様の攻撃で全てが始まるな」

 

 おいいいい!?ノリノリじゃん!俺の今の思考を返してくんない!?

 

 「その後別働隊のリコニス派の戦闘員達は、アモーレの中にいる女性の拉致を行え。憎きヘヴンホワイティネスが現れたら交戦しても構わない」

 

 どうせ勝てないだろうがな。オークの怪人の最後の一言には嫌味たっぷりだったが、さして戦闘員達は気にしていないそぶりだ。

 

 「そして佐久間ギンジ。貴様はここで少し待機だ」

 「お、俺だけか?」

 「そうだ、貴様だけは数分遅れてから突撃だ。これはドクターミヤコの命令でもある」

 

 一緒に突撃すればその方が楽なんだけどなー。

 

 いや、待てよ?

 

 後から突撃したほうが、なにかと都合がいいんじゃないか?

 

 もしかしたら、ヘヴンホワイティネスの手助けができるはずだ。うん、なんかそっちの方が良い様な気がしてきた。

 

 「ん〜解ったぜ。了解だ」

 

 始まる。ゲームのイベントと同じ内容の作戦が。

 

 果たして俺は、バーナーの怪人の悩みの解決や、ヘヴンホワイティネスとの合流もできるのかな。できればここらへんで謀反を起こすのもありかも知れない。あの、オークさん?そんな敵意丸出しで俺を見ないでよ。

 

 「では、俺様は行く。また、後でな、ギンジ」

 

 この言葉が、怪人として、いや、組織の仲間として交わす最後の言葉になるのも、この先の展開がゲーム通りに行かないことを早く気がつくべきだったと、俺は深く後悔することになる。

 

 光が通らない闇の向こう側へと歩き出し、バーナーの怪人は大きく息を吸い込む。

 

 ショッピングモール・アモーレに続く、繁華街では不穏な影が近づきつつあった。

 

 「正義とは・・・なんだ・・・」

 

 バーナーの怪人の表情は死んでいた。その事を俺は気づいていなかった。

 

 「悪とはなんだ・・・」

 

 右手の砲頭に熱エネルギーを溜め込み、アモーレに向けて構える。

 

 「その答えを、俺様に教えてもらおう・・・佐久間ギンジ、ドクターミヤコ!!」

 

 破壊の一撃とも言える業火球がアモーレに直撃する。一瞬の静寂と大爆発に周りの人間は恐怖と共に、またたく間にパニックとなる。

 

 「・・・俺様は【どちら】だ!」

 

 少し遠くから爆発が聞こえる。

 

 俺も覚悟しなければいけない。例えゲームと同じでも何が起こるのは最早想像がつかない。

 

 イベントが始まった。俺も行こう。

 

 「ギンジ」

 

 呼び止めたのはオークの怪人だ。

 

 「貴様を信じるぞ。行け」

 

 俺の中の考えを聞いていた癖に、まだ俺の事を信用すんのかよ。

 

 それもきっと、オーク怪人の正義なんだろうと、それもまた、心なんだろうと、俺は闇の向こう側へと走り出す。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 あたし達が楽しく会話し、食事したりしている間に何が起こったのか。

 

 急な爆発音。そして吹き飛ぶ人、破片、火の粉。

 

 一瞬であたしとレンはこれがヘルブラッククロスのバカが巻き起こした、無差別な攻撃だと判断できていた。

 

 「レン、これは・・・」

 「解ってる。行こう、カエデ」

 

 あたし達二人はうなずき合うと、パニックになってる喫茶店から出ようと席を立ち上がる。

 

 「カエデ〜、レン〜・・・」

 

 トモカはあまりの衝撃か、腰を抜かしてカーペットにぺたんと座っていた。無理もないわ、あんな大きな音と地響き。

 

 友達の泣きそうな顔を見ると、やっぱりヘルブラッククロスを許せない気持ちがいっぱいになる。

 

 「トモカ、避難しよ」

 「うん・・・」

 

 なんとかトモカを抱えて立ち上がらせると、なだれ込む様に逃げ惑う人の波が喫茶店の前を通り過ぎていく。あまりに現実離れな現状に野次馬なんていない。

 

 (ああやって怯える人を出さないようにって決めてたのに・・・)

 

 でも今は悔しさに歯噛みしてる場合じゃないわ。急いでトモカを逃して、戦わないと。

 

 「歩ける?トモカ」

 「大丈夫〜・・・」

 

 レンが喫茶店の従業員入り口を見つけてくれていた。ナイスだわ。

 

 「こっち、早く行こう・・・!」

 

 友達ってこういう時いるだけで安心できるのよね。トモカはちゃんと直ぐ動けるようになったし、早く逃げようとしてくれている。

 

 (あれって〜・・・)

 

 トモカが一瞬よそ見していたような気がしていた。

 

 次の瞬間、従業員入り口じゃなくて、喫茶店の入り口に向かって走り出した。何をバカな事を・・・!

 

 「君〜大丈夫・・・?お母さんとはぐれちゃった〜?」

 

 あ・・・。バカはあたしだ。

 

 トモカが見つけたのは五歳ぐらいの子供・・・それも親とはぐれた。

 

 もっと周りを見るべきはあたしなのに、それに気が付かないなんて。

 

 戦う事だけしか頭になかった。ううん、もっと言えばそれだけしか考えてなかった。

 

 「カエデ、トモカ」

 「解ってるわよ!トモカ、早くこっちへ」

 「大丈夫だからね〜・・・お、お母さんにすぐ会えるから」

 

 声が震えてる。当然よね。必ずこんな恐怖を抱かない未来を私達がつくるから。

 

 だから・・・。

 

 「ごめん、トモカ!」

 「え?」

 

 今思えばかなりめちゃくちゃな事をしたと思ってる。あたしはトモカと大泣きする子供をはじめ、喫茶店のお客さん達を、従業員入り口へ先に進ませると、扉を閉める。

 

 「もう、ドアは開かない。カエデ?」

 「ごめん・・・平和ボケしてた」

 

 戦う事で誰も傷つかないなら、あたしはいくらでも戦う。レンの想いを背負う時にそう覚悟していたから。

 

 永遠に戦うのがあたしの地獄なら死ぬまで戦う。その気持ちでいたのに。

 

 気が付かなきゃならない重要な事、たくさん見逃してた。

 

 「レン、ごめん。一緒に来てくれる?」

 「大丈夫。自分を責めないで」

 

 あたし達は正義のヒーローヘヴンホワイティネス。

 

 戦うだけじゃ駄目。守るために戦わなきゃ。

 

 『二人とも聞こえているか?』

 

 ヘヴンスーツに変身したあたし達に、ミドリコから通信が入る。

 

 『怪人反応が出たぞ!場所はショッピングモール・アモーレだ!』

 「知ってるわよ。今まさにアモーレに居たからね」

 

 喫茶店から抜け出し、アモーレの外へ向かうために人混みを抜けていく。いつもなら正義にヒーローだなんだとあたち達をもてはやす市民も、今では一目散に逃げていく。

 

 『怪人の反応は強いぞ、以前の豚の怪人と同レベル・・・』

 「問題ない。何が来ても、私達は勝つ」

 

 余裕に言ってくれるわ、この子。けど、そうね、それぐらいの余裕じゃないと意味がないわね。

 

 それにしても人混みがすごすぎる。春休みだからって多すぎじゃない?

 

 (まどろっこしいわ!窓を突破ろう)

 

 レンも同じ事を考えてくれたのか、二人して窓から飛び出す。ここは4階だけど、今のあたし達なら軽く着地できる。

 

 こっちは裏通り側。あの薄気味悪い路地裏の近くだけど、正面玄関に向かうならこっちの方が、速い!

 

 『ん?なんだこの反応・・・』

 

 同様するミドリコの声と同時に、ヘヴンスーツのバイザーから奇妙な反応。

 

 「え?あれは・・・」

 「人間・・・?」

 「え?」

 

 あたし達の地面の着地に合わせて、真下に居た人間?と眼が合う。

 

 「あぶねー!なんで上から人が・・・ってあれ」

 

 眼の前の男は、金髪にツーブロックに七歩袖の黒い洋服。

 

 普通に判断すれば、よくいる喧嘩自慢みたいな格好ね。

 

 「カエデ、離れて」

 

 一瞬で飛のく。普通の人間じゃない。バイザーの反応でも、バイザー越しでも解る。この男は人間じゃない。

 

 「おいおいマジかよ!やったぜ、ヘヴンホワイティネスだ!俺の〈大好きな人たち〉だ!」

 

 変な事を口走るわね、こいつ。バカなのかしら。

 

 『カエデ、レン!おそらく組織の新しい怪人だ!油断するなよ!私も直ぐに行く!』

 

 通信が切れると、あたしたちは眼の前の男に向き直る。

 

 「あんた、ヘルブラッククロスの怪人よね?」

 「げ、なんでバレた・・・あ、眼球か」

 

 そう。バイザーの反応にははっきりと怪人として表示されていた。けどひと目でわかるその眼球。気味が悪い怪人特有の瞳に、今既に嫌悪感が走ってる。

 

 「あんたがこの騒ぎの怪人ね!正義のヒーローが成敗してあげるわ!」

 「油断大敵。どんな能力を持っているか、わからない」

 「ちょちょちょちょーっと待った!」

 

 あら?怪人にしては命乞いなんて早いわね。あ、もしかしてだまし討ちの準備かしら。

 

 「アモーレに菊沢トモカってのいるだろ!」

 「なんで、この怪人トモカの事を」

 「あんたはヘヴン2の宮寺レンだろ?有名だぜ。俺の中では」

 

 なっ・・・。

 

 絶句した。この怪人はあたし達の事を知っている・・・?しかも本名を知られているなんて。

 

 今直ぐ殴り倒そう。一気に踏み込み、ナックルのギアをフル回転させて怪人に殴りかかる。

 

 「うおーーっ!危ねって!あんたヘヴン1の神宮カエデだろ!?」

 「あーらバカの怪人に名前を知られてるなんて光栄だわ!死ね!!」

 「思っていたより、敵の情報収集は、範囲が広い。ここで倒す」

 

 どんな能力か知らないけど、トモカのことまで知ってるなんて・・・。

 

 まさかあたし達にこうやって近づく為に、アモーレを襲撃したのね?そうなのね?

 

 「待てよ!」

 

 怪人はさっきから攻撃してこない。それどころかいつもの怪人らしからぬ、臨戦態勢にすら入っていない。

 

 「この襲撃の主犯は俺じゃない!頼む、話を聞いてくれ」

 

 なんだって・・・?

 

 「俺はお前たちを助けたい、他にも助けたいやつがいるんだ」

 「もういいわ!どうせ怪人なんて嘘しか言わないんだから!」

 「待っ、危ねっ、二人がかりなんてヒキョーだぞ、おい!」

 

 こいつさっきから本当に攻撃してこないわね。避けるか防御するか。何か変ね。

 

 「宮寺レン!あんたは未来から来た未来人だ!そうだろ?凄惨な未来を変える為にこの時代に飛んできたはずだ!」

 「なっ・・・?」

 「そんで格闘のあんたは、神宮カエデ。神宮財閥の娘で、父親は18代目!」

 「はぁあああ!?」

 

 なんでこんなことまで知ってるのよ!

 

 思わず攻撃の手が止まる。

 

 「そんであんたら二人の協力者は公安の一部の人間で、代表者は甘白ミドリコだ。お友達についても俺の知ってる情報を話そうか・・・?」

 

 眼の前の怪人は必死に何かを訴えたいのかも知れない。何か、そう思わせる様な表情をしていた。

 

 「・・・あたし達の協力者が一人来るわ。それまで身柄を拘束させてもらっていいかしら」

 

 一つの提案。これで断るならこいつは黒ね。きっとなんらかしらの否定を出して異を唱えてくるは「おういいぜ、ここに来るのは甘白ミドリコだろ」

 

 えええええ!?なんでこんな即答してくるのこいつ。あたしの思考を返してほしいわ!

 

 しかも嬉しそうにニヤニヤして・・・。なんか調子狂うわね。

 

 それから何分とまたない内に、ミドリコがやってきた。

 

 それまでこの男を挟み撃ちになるように、あたし達は警戒していた。

 

 まだ喧騒が続いてる阿鼻叫喚を聞くと、居ても立ってもいられなくなる気持ちであたしの胸は張り裂けそうになる。

 

 「三人揃ったな?」

 

 金髪男が地面に座りこみ、あたし達三人の顔を見渡す。ニヤニヤしないでくれるかしら?

 

 「まずは始めまして。訳あってヘルブラッククロスに怪人にされた、佐久間ギンジだ」

 「ん?何か特徴を捉えた名ではないのか?」

 

 ミドリコの疑問にあたし達もうなずく。

 

 「怪人特有のネーミングは置いといて、俺のことはギンジでいいぜ」

 

 誰が呼ぶか。

 

 「さて、今起こってる問題だが、お前らが解ってる通り、悪の組織が襲撃中だ」

 「まて、怪人は二体来ているのか?」

 「正確には二人、な。んで、ここにもう一人来ているのはバーナーの怪人。それから、上級戦闘員達が複数名」

 

 なんでこんな情報まで話せるのこいつ・・・佐久間とか言ったわね、後で家の者に身辺調査をさせよう。

 

 「お前らはこのままだと、バーナーの怪人を倒せても、菊沢トモカは救えない」

 「トモカは、必ず助ける。お前が決めるな」

 

 そうよそうよ。レンの言うことは当たり前だわ。

 

 「俺が怪人だからって邪険にするなよ。お前の、お前らの未来の為にも必要な話だ。続けるぞ、バーナーの怪人とお前らは一生懸命戦うんだ。だが、勝てても二人とも満身創痍で動けなくなる」

 

 ははは。そんなことないでしょ、何言ってるの。やっぱりバカね。

 

 「豚顔の怪人とは戦ったか?」

 「・・・君は何を知っているんだ」

 「いいから!戦ったか?」

 

 ミドリコの怖い顔にも臆さずなんてやるじゃない。感心してるわけじゃないんだけど。

 

 「戦った。正直、負けるかと思った」

 「そうだろうな。あいつは強い。それよりもレベルが上なのがバーナーの怪人だ。それをなんとか倒したら二人して動けないし、後方支援の甘白ミドリコは、攫われた女の子に気づかず・・・あとはわかるな?」

 

 そんなこと・・・。無い。あっていいはずがない。あたし達は敗けないし、トモカは助けられる・・・。

 

 なのに・・・。なぜかしら、何か、妙に胸騒ぎがする。

 

 こいつの言うことがまるで真実味を帯びてる様な。

 

 「俺を信じないで行動したら、お前らの心には大きな傷ができる」

 

 胸が痛くなる。守れないときの事を想像しちゃったわ。

 

 「でも、俺を信じて行動すれば必ず皆助けられる。俺はお前らを含めて、今暴れようとしているバーナーの怪人も助けたいんだ」

 「解らないな。それで君達の組織になんのメリットがあるんだ」

 

 言葉が出なかったあたし達に変わって、ミドリコが冷たく言い放つ。こいつ、あたし達の事しか話してないし、悪の組織にいる怪人だよね・・・?

 

 「いや、悪の組織にメリットはない。お前らヘヴンホワイティネスにはメリットがある」

 

 その言葉を聞いた瞬間、この男は信じられない行動に出た。

 

 「お前らの未来が・・・いやこう言い換えるべきだな。お願いします。力を貸してください」

 

 土下座。空っぽそうな頭なのに、頭突きの勢いでコンクリートが砕けてるわ。

 

 「わかった・・・」

 「レン!?」

 「私も賛成だ」

 「ミドリコまで!?」

 

 二人して・・・この流れはあたしも、こいつに力を貸すのを認めないといけないじゃない。

 

 「あーもう、解ったわよ!」

 

 佐久間が頭を上げると直ぐに立ち直る。

 

 「それで、作戦は?」

 「先ずはお前らは、正面玄関から4階まで行ってくれ」

 

 げ。また戻るの?

 

 「そこの従業員連絡通路に菊沢トモカがいるはずだ。逃げ遅れの一般市民様と一緒にな」

 

 うんうん。

 

 「そしたら、シャッターでもなんでもぶち壊してとにかく全員避難させろ。途中にいる上級戦闘員達は、宮寺レン、甘白ミドリコが撃退、ないしはぶっ殺してもいい」

 

 うんうんうん。

 

 「2階まで降りると問題のバーナーの怪人が居る。そいつを止めるのは俺に任せろ」

 

 うんうんうんうん。

 

 「で、神宮カエデだが」

 

 お、ついに来たわねあたしの出番!

 

 「何があってもお前だけは戦闘するな」

 

 え・・・。

 

 「お前の力は、戦うだけのものじゃない。守る為の力なんだ。俺は信じるからな」

 

 なるほど。守る為の力って、怪人の癖に言葉選びいいじゃない。

 

 つまり作戦はの内容はあたしが、一般市民の避難誘導、および障害物の破壊。

 

 レンとミドリコが敵と交戦。

 

 佐久間がバーナーの怪人とやらを止めるのね。

 

 「ここまで、聞いていて、疑問がある」

 

 完全には信用できない様にレンが佐久間に質問をする。

 

 「あなたはなんで、未来の話を知っているの?私達の事まで、情報を持ってるなんて、領域じゃない」

 「同感だ。君は一体何者なんだ。何が目的なんだ」

 

 そうだ。佐久間は怪人で、ヘルブラッククロスの情報を知っている。この先に起こる事を知ってるなんて、未来予知でもしてるようだわ。

 

 「目的は俺個人が・・・ああ、ま、今はいいや

 

 少しバツが悪そうに佐久間が肩をすくめる。 

 

 「今からめっちゃ恥ずかしい事言うけど、笑わないでくれよ」

 

 相変わらずニヤニヤしてるけど、なんか悪くないわね。

 

 「俺は未来人じゃないが、未来を知っている」

 

 納得はいかないけど、あたし達はその言葉を聞くと、どこか信じてもいいかと思えて来た。

 

 「いいわよ、今だけは信じてあげる」

 

 あたしはニッと笑うと、レンもミドリコも、そして佐久間ギンジも一斉に動き出した。

 

 まだ続く阿鼻叫喚の嵐に、あたしは嫌な汗を拭う。

 

 待っててトモカ。今直ぐ行くから。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 「あ〜〜ギンジちゃん、いらない事してるね〜」

 

 アモーレの屋上から会話を盗み聞きしていたリコニスの表情は、悪い事を想像する悪魔の顔をしていなかった。

 

 本来の目的であれば、佐久間ギンジをリコニスが襲撃して力試しをするつもりで居た。だが、予想外にもあの噂のヘヴンホワイティネスの二人が現れたのだ。

 

 もう少しで降りようとしていただけに、流石に肝を冷やした。別に交戦しても負ける筈はないのだが。

 

 「う〜ん。面白そう。あはは、それじゃやっぱり【最後】まで取っとこうかな」

 

 背面に携えた黄金の刀を撫でながら、リコニスは再び、三日月の如く表情を歪ませる。

 

 ──助けられる者が眼の前で守れなかった時、あの気が強そうな少女は泣くのかな?それとも怒るかな?

 

 ──スカイブルーの髪の子はどうかな?

 

 ──怒る?泣く?おかしくなって笑う?

 

 ──スーツを着たうざそうな女はどうかな?

 

 ──怒る?泣く?絶望して放心する?

 

 ──ギンジちゃんはどうかな。

 

 ──きっともの凄いキレそう。

 

 ──ああ、楽しみだ。正義を正義と信じて疑わず、希望を持って生きてる、まだ未来があると、つかめると、本気で信じている者たちの眼の前で、私という悪が本当の正義を教えてやるのが楽しみでしょうがない。

 

 「あ、そういえば、未来人がどうとか言ってたね。じゃあ、ギンジちゃんとスカイブルーの子は死ぬより辛いと思わせる程苦しめてあげよう」

 

 この世はなんて退屈だ。そう昨日まで思っていた。

 

 だけど。

 

 「面白い世界に替えて頂戴!!!ヒャーハッハッハッハッ」

 

 リコニスの悪魔の様な笑い声は、続く爆音に飲み込まれた。

 

 ギンジ達も、バーナーの怪人も、逃げ遅れたパンピー達は全て・・・。

 

 「私の掌の上だよ」

 

 悪魔はきっと笑い続けるだろう。

 

 全てを塗りつぶして、消し潰すだろう。

 

 なによりも深い暗い悪の心が、リコニスをより【本当の正義】へ覚醒させていく。

 

 それでさえただの楽しみ、面白そうと、リコニスは高みの見物を決めるのであった。

 

  

 

 

続く

 

 




お疲れ様です。

長くなってしまいもうしわけありません。

次回はHWの三人がドタバタします。ギンジは燃えます。

キャラネタ書きます

リコニス
ミヤコとは違う意味で狂っている。実は学生。
黄金が好き。お子様ランチの旗も好き。ギンジちゃんも好き。

バーナーの怪人
善良な一般市民を素材に作られた無垢な俺様キャラ。
右手のレールガンは着脱不可。そして右利き。哀れ。
正義と悪の間に揺れている。

佐久間ギンジ
ようやく目的のヘヴンホワイティネスに会えた。

次回はキャラネタではなく、設定とか背景等を入れられればと思います。

熱中症などに気をつけてくださいね。

それでは、アトラクションでした


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4・それぞれの持つ正義

こんばんは。毎日がんばって書いてます。

楽しんでいただければな〜!ありがたいな〜!

お気に入り登録ありがとうございます。

応援も感想もありがとうございます。もっとください(欲望の怪人)

それでは始まります!


 ギンジを見送ってから自分の研究室に戻ったミヤコは白衣を脱ぎ捨て、散らかった机になげつける。

 

 「早起きだったし、怪人化のデータも、睡眠中どうなるか見たいからわたしは少し寝るね」

 

 リコニスの帰還のせいでまともに眠れていない。眠れないとイライラする。たくさんの嫌なことを思い出す。

 

 この数時間で怪人の細胞によって死にかけて体力も限界だった。

 

 だが、全てギンジのDNAと自分のDNAが混ざりあった事で、本当の意味で一つになれた事だけで、ミヤコは気合いという不可思議な力で乗り切った。

 

 「御意。それまで誰も研究室には入れません」

 「ありがとう」

 

 フラフラとセーラー服のままで研究室の奥、さらにミヤコの自室がある。

 

 完全防音で換気しかできない小さな部屋だが、寝心地の良いベッドが置いてありいつもそこに寝ている。あと部屋についているのは、トイレとお風呂、洗面台。

 

 ベッドだけはダブルサイズ。

 

 妙なこだわりがあるのか枕は蕎麦殻。

 

 「くふふ〜・・・ギンジ君、だいすき〜・・・」

 

 最近のミヤコの眠りに付く時の、日課はギンジへの愛を吐き出し眠ること。

 

 灰色の世界が、ミヤコを奥へおくへといざなっていく。

 

 まただ・・・。またこの夢。

 

 ミヤコの夢は、ミヤコを苦しめる。

 

 首輪をつけられて暴力によってボロボロになった女の子が、ミヤコと眼が合う。

 

 「助けて」

 

 大泣きしながら少女は助けを懇願していた。でもミヤコにはどうすることもできない。

 

 (こんな悪夢・・・見たくないから、皆が幸せな夢がみたいよぅ)

 

 自分にしては弱気な口調だ。いや、年相応なのはこれぐらいだろうか。

 

 いずれにしてもミヤコは眠りに付く。

 

 悪夢にうなされ、起きる時はきっと涙で枕カバーが濡れていることだろう。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「カエデ!急げ!」

 

 ミドリコが拳銃で上級戦闘員を撃ちながら、火事や瓦礫で荒れる戦場となったアモーレで、四人はそれぞれの行動を、できる最善で行っていた。

 

 既に守れなかった人たちも多い。うめき声や既に絶命してる人たちを尻目に、カエデは悔しさと焦りの混じった声で叫ぶ。

 

 「ほら、はやく逃げて!」

 

 逃げ遅れた一般市民を助けながら、避難誘導。きっと二人だったら出来なかった事だろう。一般市民の犠牲者を増やさないと言いながら、結果助けた人数より、犠牲者の方が多かったかもしれない。

 

 これを見越していたのか、ギンジの先程の発言を思い出し、カエデとレンは感心する。

 

 おまけにこの男は上級戦闘員をもなぎ倒す。

 

 「お、お前、裏切りだぶえぁ」

 「ごちゃごちゃうるせー!邪魔すんな」

 

 上級戦闘員をアッパーカットで黙らせる。 

 

 「大幹部様にいいつけるぞ!」

 「好きにしろバカが。邪魔すんな」

 

 今度は頭突き。そのあと膝から崩れ落ちた、戦闘員の頭を掴んで顎に膝蹴り。

 

 「酷い」

 「まぁ、しょうがねーな」

 

 言いながらもレンは、ビーム剣を突き刺したり、切り上げで戦闘員を打ち上げたり、押し倒した戦闘員をギンジに踏みつけて貰ったり。

 

 「刺し穿つ・・・っ!」

 「レン、佐久間、そっちに行ったぞ。カエデを守ってくれ」

 

 少し離れた位置からミドリコが援護射撃しながら、二人に情報を送る。

 

 「神宮カエデはお前が守れ。打ち漏らしは頼む」

 「わかった。カエデ」

 「市民はあたしが守るわ!」

 

 今まではカエデとレンが同時に前線に出ていた。それをミドリコが補佐するという形で複数体と戦う時には、不意打ちへの反応によく遅れた。

 

 だが、今はギンジとレンが前線、カエデは護衛対象を守れる位置での防衛、ミドリコがつかず離れず銃撃による支援、状況報告により、完璧のフォーメーション、抜群のコンビネーションが発揮されていた。

 

 (この男、今は敵じゃなくて良かった)

 

 レンの心の中では、佐久間ギンジという男の戦い方は、見たこと無い程の暴力的なものだった。力も見た目以上にあるのだろう。

 

 「おう、そろそろ二階だ」

 

 正面玄関から二階にあがれば、様々な店が立ち並ぶフロアに出る。

 

 どこかしこも破壊の跡、火事によってここにも上級戦闘員が立ちはだかる。

 

 「クソ」

 

 ギンジが苛立ちながら吐き捨てる。

 

 四人の眼の前に現れたのは、バーナーの怪人。

 

 予測していたよりも早い登場に、ヘヴンホワイティネスの警戒度が高まる。

 

 「どうするの?」

 「神宮カエデ、言ったとおりだ。俺があいつを止める。こんな暴走、あいつだって苦しんでるはずなんだ」

 

 どうしてこの怪人男は他人のことばかり考えられるのだ。

 

 カエデから見ても見た目は人間なのに、怪人。相容れないはずの存在が放つ、言葉の一つ一つが人間味を感じる。

 

 「ギンジ・・・」

 

 レールガンをこちらに向けて、炎のエネルギーが砲頭に収束していく。

 

 このまま撃ってくる。

 

 「クソ、皆離れろ!」

 

 ギンジの言葉に三人は離れる。

 

 放たれた業火球は、ギンジをめがけて撃たれ、直撃。

 

 爆発があたりを包む中、レンはギンジを見る。

 

 「・・・死んでない」

 

 普通ならこの怪人も死んでいてもおかしくない程の、熱量を感じていた。レンもミドリコもカエデも間違いなくギンジは燃え尽きたと、誰もが見ても、そう判断できるものだった。

 

 「熱っちーな・・・」

 

 爆炎に身を焦がしながらも、業火球を割るように振り払い、ギンジは何事もなかった様な素振りで、火の粉を払う。

 

 「行け!こっちの問題は俺がなんとかする!お友達を救ってこい!」

 「おっと、行かせるか」

 

 上級戦闘員がカエデ達三人の妨害をしようとするが、波の様に流れる爆炎が渦を巻き、戦闘員を焼き滅ぼす。

 

 「俺様はギンジと話がしたい。お前たちは上に行け」

 

 左手が指差す方向は動かないエスカレーター。

 

 「佐久間、本当に任せていいんだな」

 「早く行け。あいつの気がかわらないうちにな」

 

 ミドリコはそれ以上何も言わない。カエデとレンを追いかけ、上の階へと走り出す。

 

 「さて、お前ともう一度対話しないと行けないな」

 「俺様の知る正義には2つ意味があったぞ。何が正解で、間違いか、教えてくれ」

  

  言いながらも不意打ちに近い形で、炎を炸裂させる。

 

 「何やってんだお前はーー!」

 

 その炎を上手く避けて、バーナーの怪人の顔面にドロップキックが炸裂する。

 

 あまりの強さに吹き飛ばされ、奥の炭になった店舗へ激突していく。

 

 「先ずさっきの炎の分だ。立てよ、お前の知りたい事全部教えてやる!」

 

 手でかかってこい、と言わんばかりの挑発をした次の瞬間、炭の向こう側から炎の光線が飛んでくる。

 

 「正しいのはお前じゃない、ギンジ!」

 

 光線に胸を焼かれ、その衝撃でギンジも吹き飛ぶ。

 

 「何が正しいのかは俺が教えてやる。オラ、もっと来てみろ」

 

 二人の怪人が再度激突する。

 

 組み合ったままの姿勢で、にらみ合う。

 

 「俺様は正義と悪を聞いた。リコニスもドクターミヤコも、そしてお前も、全部言うことが違うじゃないか」

 「正義も悪も捉え方だ。リコニスもミヤコの言う正義も、俺には解らないが、少なくとも・・・」

 

 体制を落とし、崩れたバランスに頭突き。しかし、バーナーの怪人の右手のレールガンに阻止される。

 

 「少なくとも、お前が好き勝手に暴れるコレは正義じゃねぇ!」

 「こうすることが正義だ!ドクターもリコニスもこう教えた」

 「最初に言葉も、正義と悪の意味も俺が教えただろうが!」

 

 レールガンを蹴り飛ばすと、真上に腕があがる。おそらく攻撃手段はこの炎の砲頭。これを封じればバーナーの怪人は、まともな攻撃できない筈、とギンジは考える。

 

 一瞬の隙もつかの間、右手のレールガンを勢い強く振り下ろす。ギンジの頭に命中し、今度はギンジがバランスを崩す。

 

 「このっ・・・」

 

 バーナーの怪人の左手がギンジの首を握りしめる。その手は高熱を帯びた、触れるだけでも焼けそうな熱さに、何も喋れなくなる。

 

 まるで喉の中身を焼かれるような地獄の時間。

 

 「・・・お前は【悪】なのか・・・」

 

 レールガンの砲頭を藻掻くギンジの顔面に構え、バーナーの怪人はお別れを告げる。

 

 「・・・さよならだ」

 (クソぉ、やべぇ、死ぬ・・・)

 

 何も達成できず、何も抗えず、ギンジは何か対抗できないかと、辺りを見渡す。

 

 (クソ、駄目だ。何も無ぇ・・・)

 

 呼吸もできず、抵抗もできず。意識が遠のいて行く。

 

 炎が眼の前で集束していく。もう駄目だ。間違いなく死んだ。

 

 (あーしくじったな)

 

 ギンジの首から上を爆炎が、通る。

 

 本当に佐久間ギンジの人生は終わった。

 

 ここで何も残せず、生きた屍だった男の魂は、燃え尽きる。

 

 筈だった。

 

 (!?)

 

 急に身体が落ちる。一瞬何が起こったのかと思えば、バーナーの怪人は動きが止まる。

 

 「かはっ・・・ゴホッ・・・」

 

 熱を吐き出し、苦しみから開放されるが、数秒は動けそうにない。

 

 「ギンジ・・・」

 「?」

 

 バーナーの怪人はレールガンの左腕も下ろす。

 

 「おれさまは・・・人間か・・・?怪人か・・・?」

 

 バーナーの怪人は再び困惑していた。

 

 「頭のなかで・・・何か・・・訴えて・・・ううっ」

 「バーナー!?」

 

 崩れ落ちるバーナーの怪人に、寄り添うギンジ。

 

 「もういい、正義だ悪だなんだと考えるな。お前が今日一日で知る知識には限度がある」

 

 背中を軽く叩きながら、それでも悩む怪人に再びギンジは優しさを見せる。

 

 「俺が悪かったよ。これから教える事は本当の正義だ。悪の心に蝕まれるな、意識を強く持て」

 「なにが本当で、何が間違いなんだ・・・」

 

 泣きそうな程に苦しみ、罪悪感に憔悴していく。

 

 「いいかよく聞けよ、正義ってのはなぁ」

 

 握り拳を作る。固く、強く、戦闘員や他の怪人達が、痛いと絶賛するギンジのお手製拳骨。

 

 「こういう事するやつだ」

 

 その拳はバーナー怪人の胸に当たる。だが、それに一切の勢いはない。攻撃の意図で殴ったものではないのだ。

 

 「こうやって、人に攻撃するやつが悪だ。今本気で殴られてたら、の場合だけどな」

 

 乱れた金髪の髪をオールバックにしなおす。

 

 「そんで、そこは身体が痛くなるとかじゃない、殺されたとかじゃない、家族と離れ離れにさせるとかじゃない」

 

 うつむくバーナーの怪人の眼を見る。

 

 お互い眼球は真っ黒でも、ちゃんと見える。

 

 お互いの顔が、表情が、眼が見えているのではない。

 

 この場にいる二人の怪人の心が、お互い見えている。

 

 「悪ってのはなぁ、人の心を笑いながら平気で踏みにじり、傷つけ、壊す奴らの事だ」

 

 ハッとした表情で、バーナーの怪人は思い出す。

 

 リコニスは常に嘲笑う様な表情だった。ギンジとは真反対の事を教えてくれた。ミヤコは悪だと。

 

 ドクターミヤコも同じだ。笑っているが、瞳の奥は笑っていない。ギンジともリコニスとも違う独自の正義と悪を教えてくれた。リコニスが悪だと。

 

 ギンジは良い悪いの区別で片付けられない事を悪だと教えてくれた。この、バーナーの怪人が生まれた場所こそ悪だと。

 

 「心ってのは、誰にとっても大切なモノなんだ」

 

 まるで大人の様に、はたまた親の様に。

 

 ギンジは真摯にバーナーの怪人に向き合った。

 

 「平気で人の大切なモノを傷つける奴らの言葉に負けるな!俺はお前の心を傷つけたやつが、もしいるなら許さねぇ」

 

 理解ができた。新たな知識に、新たな言葉。そして心。

 

 今、バーナーの怪人は【心】を手に入れた。

 

 「そんな奴らから心を守るのが俺の正義だ」

 

 ヘルブラッククロスは主に女性を狙った犯罪が非常に多い。

 

 ゲームの中ではそれが当たり前に行われているが、あくまでフィクションの範疇だ。

 

 それが、例え転生先でも起こってるなら、なんとかして阻止しないと行けない。それで自分が傷つくならなんでもいい。

 

 悲しみや苦しみで涙を流す人が居なくなるなら、なんでもいい。

 

 神宮カエデや、宮寺レン。甘白ミドリコも、菊沢トモカも、角倉ケイタも、鈴村ミヤコも、リコニスも。

 

 俺の〈大好きな人たち〉が、凄惨な未来から開放されるなら俺はなんでもやってやる。

 

 その気持ちが今は全部自分の力だと思ってギンジは改めて決意する。

 

 地獄を抜けてやる。天国の様な優しい、誰も泣かない世界を、輝かしい未来を手に入れると。

 

 「・・・気持ちが晴れやかだ」

 「そうかい。それは良かったぜ」

 

 正義も悪も、結局は人の捉え方だ。でも、その捉え方が、時に人の一生を左右することがある。

 

 二人の怪人は、人間として、友を得た。

 

 今はその嬉しさに、二人は笑らい合うのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 もう一人、怪人ではない何か強大な悪の波動を感じた。

 

 今まで戦ってきた怪人や戦闘員とは違う、底知れぬ悪意の出現に、ヘヴンホワイティネスの二人はあっけに取られた。 

 

 先に一般市民を逃がす為に、手を出したのはカエデ。

 

 菊沢トモカをはじめ、逃げ遅れた一般市民の安全を優先するため、この聞かされていなかった悪意にむかって、走り出した。

 

 「ぜーんぜん駄目。ダメダメだね、君」

 「はぁ、はぁ、駄目かどうか、やってみないとわかんないじゃない」

 

 ギンジの言いつけを守らず、戦闘に出たのは、彼の言うことが信用出来なかったのもある。だけども、それを一瞬で忘れ去り正義として戦わないといけない使命が、カエデを突き動かした。

 

 「さっきから、二人で向かって来るけど、アハハ、そんなんで勝てるの??」

 

 レンも共にビーム剣を振るうが、目前に迫る悪意になかなか当たらない。

 

 「あたし達は・・・敗けないっ!敗けないんだからっ!」

 

 突如現れたリコニスの黄金の鎧に向かって攻撃するものの、カエデの格闘も防がれるか、ほとんど避けられる。

 

 カエデとレンの連携の間を縫って、撃たれるミドリコの銃撃でさえ、刀か黄金のショルダーで弾かれる。

 

 「クッ、なんなんだ、こいつは!」

 

 ミドリコが救出目前の市民達が逃げられる道を背後に、拳銃を構えて最後の砦と言わんばかりにリコニスをにらみつける。

 

 誰一人として生き残りへの被害を出さないように、避難させてからの戦闘になったが、それにしても唐突すぎる。

 

 この新たな敵は強い。

 

 「邪魔を、するな」

 「てやあーー」

 

 レンとカエデの連携攻撃が次々と迫るのに余裕な表情で、攻撃を弾き、避ける。ある時はアクビをしながら、あるときは眼を閉じながら。

 

 甘く見ている。何一つとして有効打が打てないのに、リコニスの攻撃は二人に命中し続ける。

 

 「アハハハ、悔しそうな顔!もう諦めれば?あ、この場合退屈だからはやく死んでって意味ね〜」

 「ぐぬぬ・・・」

 「バカにしてくれるわね・・・」

 

 まだ諦めない。最後まで。戦い続けると決めたのだ。守るために、レンの未来を守る為に。

 

 なのに、この悪意に何一つ通用しない。もう意地だけで戦ってるような状況に、カエデはどんどん悔しくなっていく。

 

 「ここで諦めたら、世界が終わるのよっ!」

 「終わっちゃえば〜?」

 「ここで終わったら、もう何も残らない。私たちは、お前たちの様な悪に敗けない、敗けたくない」

 「その通りだ!私達が守らなければ、誰がこの街の平和を守るんだ!」

 

 ミドリコもアーミーナイフ片手に突っ込む。もうこれ以上、若い二人が傷つくのは見ていられない。

 

 「っ!駄目!」

 「はーい、1取った〜」

 

 悪魔の様な表情は底を見せない程の、悪そのものに満ちていた。

 

 「ぐううう〜・・・ぅぅ」

 

 覚悟していたが、想像以上の痛みに苦悶する。せめて斬られるなら良かったかも知れないが、その時は一瞬で死にかけたかもしれない。

 

 腹部に黄金の刀が貫通する。スッ、と音もなくミドリコのスーツとワイシャツが赤く滲んでいく。

 

 けど、ここで引いては意味がない。ナイフを落とし、変わりに拳銃を構える。

 

 「元・自衛隊を舐めないでも、らお・・・う」

 「あら、西部のガンマンみたいに3・2・1で決めて見る〜?」

 

 リコニスの眉間には拳銃、ミドリコの腹部には黄金の刀。

 

 「あ、ああ・・・」

 「なんて無茶を・・・」

 

 レンもこの状況には絶望していた。自分の恩人が今殺されかけてる。

 

 カエデもおびただしい血液の量に顔が青ざめる。

 

 「ガフッ・・・」

 

 刀をねじ込まれ、吐血する。

 

 「あ〜ほらほらぁ、血なんか吐いたら、美人が台無しだよ〜?」

 

 何も悪びれずリコニスが微笑む。

 

 「撃ってみなよ。ほらほら、引き金をポン、ってすればいいだけだよ」

 

 撃てない。ミドリコから見えるこの悪意は、ただの少女が大人を煽っているようにしか見えない。ただの人間にしか見えない。ミドリコの中にある善意が邪魔して、撃つことができない。

 

 「あれ〜撃てないのかな〜??撃ちなよ〜ほらぁ」

 

 撃てないとわかりきっているのに、撃てと、撃ってみろとせがむリコニスの表情は弱いものをじわじわ追い詰める悪魔を通り越して、死神に見えるほどひどい。  

 

 「がっ・・・あっ・・・」

 

 ミドリコの身体が脱力する。重みに耐えられなくなり、リコニスの手元からするりと落ちる。

 

 「で、どうする?殺していいなら殺すけど」

 「ま、待って・・・お願い、ころさないで」

 

 カエデが力なく横たわる、ミドリコを守る様に前に出る。

 

 「うぐぐ・・・駄目だカエデ」

 「あっ・・・ああ・・・」

 

 倒れるミドリコに駆け寄るレンの表情にもはや戦意は残ってなかった。

 

 「こ、ここで・・・あたし達が敗けたら・・・未来だけじゃない、今が、終わる。恐怖におびえて、みんなが涙すんのよ・・・あんたに、敗けてたら・・・」

 「ボソボソ何喋ってるの〜?」

 

 初めての敗北。それも、一撃必殺に等しい、死。

 

 大切な人が傷つき、死にかけた事で、カエデにももはや戦意は無くなっていた。

 

 「その正義の心オオォォ」

 「俺様達が、受け持ったアアア!!」

 

 下の階から炎の渦が床を破壊して、灰色の肌の怪人が現れる。

 

 それと同時に、ツーブロック金髪の男も現れる。

 

 「正義のヒーロー、参上ってなァ!」

 

 驚いた。信用していなかった者が、現れた。

 

 きっとこの状況もこの男が作ったものだとカエデは、心を燃やしていた。

 

 だが、佐久間ギンジと名乗った怪人は、自分たちの専売特許、正義のヒーローを名乗って、現れたのだ。

 

 「テメェリコニスウウウウ!ミドリコに何してくれてんだああ!」

 「え?」

 

 ギンジが走り出したと思った瞬間、身構えた。しかし、男は一瞬にも等しい速度で、リコニスに肉薄する。

 

 「来るの早かったね〜もしかして、喧嘩は終わったの?」

 「おうよ、バッチリ仲乗りだ、俺たちダチだからな」

 「ふーんそう」

 

 こんなのは予想していない。リコニスの頭の中では、どっちかが勝って、心を壊せていたはずなのに。

 

 つまんない状況。つまんない結果。

 

 より怪人として高みに立つことで、その代償として心が壊れているはずなのに。

 

 「いったい何をしたのかしら」

 「話を聞いた!お前、よくもいけシャアシャアとバーナーに変なこと教えてくれたなぁ!」

 

 怒り狂っているものの、攻撃はしてこない。

 

 不思議なものだが、その後ろでバーナー怪人が突撃してくる。

 

 「俺様は、正義の為に戦う!もう、戻らない。俺様も、ギンジも!」

 

 バーナーの怪人の言葉にいらだちが大きく見えるリコニス。

 

 「神宮!宮寺!こいつはヘルブラッククロスの大幹部の一人、リコニスだ!本来ここに居るやつじゃない!」

 「な、何を言ってるのあんた・・・」

 「言っただろ、未来を知ってるって。ここにこいつは本来居るべき存在じゃない!イレギュラーだ!」

 

 ギンジにとっても予測していなかったリコニスの介入だったが、裏切るならここが最後のチャンスだろう。

 

 反旗を翻す為に、バーナーの怪人と共にヘヴンホワイティネスへの合流をしようとした。

 

 「つまんない事しないでくんないかなぁ〜?ギーンジちゃ〜ん?」

 

 黄金に彩られた鎧から殺気が溢れ出てくる。

 

 リコニスの悪意と殺意と敵意と、色々な感情が混ざり合い、ドス黒い霧のようなオーラを纏う。

 

 「退屈にさせないでちょうだい!!」

 「ギンジに手を出すな」

 

 まさしくバーナーと言うべき炎の壁が、リコニスを遮る。

 

 「・・・着火マン、君には色々教えてあげたのに、どうして私の邪魔をするのかしら」

 

 苛立ちはやがて怒りに直結する。

 

 「今、リコニスがした事は、悪の行為だ。俺様は、お前やドクターよりも、ギンジを信じる」

 「あ、そ。じゃあ壊れな・・・ッ!」

 

 黄金の刀を突き刺すように飛び出し、バーナーの怪人とリコニスがぶつかる。

 

 ミドリコを二人して安全圏まで運ぶカエデとレン。

 

 出血が激しいものの、破ったスーツで包帯代わりとして、なんとか痛みに負けず意識はしっかりしている。

 

 「何があったの・・・」

 

 ヘヴンホワイティネスの三人の視線の先には、炎を吹き出す怪人の姿。そしてあんな危険な威力の炎をものともせずに、悪意の塊が戦っている。

 

 正直、ミドリコが刺された時にカエデは心が、正義としてのプライドが折れかけた。

 

 「・・・すまない」

 「ミドリコ、喋らないで、大丈夫だから」

 

 レンにしてみても自分を保護してくれた恩人だからこそ、傷ついたこの事実を受け入れられない。

 

 「よう、ヘヴンホワイティネス」

 「・・・何よ」

 

 ギンジがさっきより真面目な表情で、カエデに近寄ってくる。

 

 「こ、これもあんたが仕組んだことでしょ・・・どうせあんただって怪人・・・」

 「悪かった」

 

 怪人ギンジの手がカエデの肩に置かれる。その手はどんな怪人よりも優しく、強く、そして人間らしさがあった。

 

 「来るのが遅れたな。でも恨み事言わないでくれな」

 

 ギンジの視線は三人の女性を見据える。

 

 「正義のヒーローは遅れて登場するからよ。メリット云々の話したが、こんな事になるのを阻止できなくて、悪い」

 

 その謝り方も、人間らしさがあった。

 

 「ぐう、私は大丈夫だ。佐久間、あいつは、大幹部のリコニスとか言っていたな、あいつはなんだ・・・」

 「その話は後だ。神宮、宮寺、お前らまだ動けるか?」

 

 二人はうなずく。先程のギンジよりも人間らしさを見たおかげか、怪人という事実はあれど、共闘する立場を確立させていく。

 

 「作戦は?」

 

 カエデが耳元で囁く。

 

 「無い!突っ込むしかない」

 

 ああ、やはりこの男はバカだ、とレンもカエデもミドリコも思った。だけどこのバカさ加減もある意味では人間だろうか。

 

 「邪魔なのよおおー!」

 

 炎を斬り払い、リコニスの怒号が辺りに響き渡る。

 

 「そちらに行くぞ、ギンジ」

 

 ギンジ達に向かって、黄金の刃が振り下ろされる。が、レンのビーム剣がそれを阻止する。

 

 余裕が無くなったのか、それとも冷静さを失ったのか、カエデのフル回転ナックルがリコニスの腹部に命中し、天井へ向けて殴り飛ばされる。

 

 「いい加減にしなさい!」

 「グハッ」

 

 あまりの衝撃と予想以上のダメージに、リコニスの表情に苦悶が走る。

 

 続けざまに、バーナーの怪人が業火球を発射し、リコニスのめり込む天井が爆発する。

 

 「フーザーケールーナーァァァァアアアアア」

 

 ムカつくにも程がある。こんな寄せ集めみたいな奴らにダメージを負わされるなど、リコニスの大幹部としてのプライドも、【本当の正義】としての自尊心も大きく傷つく。

 

 こんなのあってはならない。

 

 再び向かうも先程と同じく、突き刺すように突進するだけ。

 

 ギンジの勝利を確信した微笑みがたまらなく悔しい。リコニスにとって思い描いていた、余裕の勝利は程遠いモノとなっている今の現状が、どんどんリコニスの冷静さを失わせる。

 

 「もうあいつは自分の怒りだけで戦ってるぜ。これは勝負あったな」

 

 まだ戦えるし、まだ動ける。先程から攻撃すらしてこないギンジにムカついてしょうがない。

 

 かくなる上は。

 

 「その負傷者を・・・殺す、絶対に!」

 「させない」

 

 リコニスの怒り狂った表情は死神ではなく、悪魔でもなく、罪から言い逃れできない容疑者が自分勝手に怒っているだけの顔つき。

 

 ビーム剣で攻撃を弾き、回し蹴り、さらに回転を加えた剣術により、リコニスが押し返される。

 

 膝を付き、後退させられ、自分のやられたことだけが鮮明に、そして確実にリコニスを狂わせる。

 

 「全部、全部全部全部ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ許さない!!!!!!!!!!」

 

 退屈。それが彼女の悪の動機。自分が面白くない事は、すべてが悪として生きてきたリコニスはもはやわがままを言う子供の様な勢いで、わめき散らす。

 

 「終わりだ。大幹部リコニス。俺様達が、お前の言う正義に勝った」

 「これでチェックメイトってやつだぜ、リコニス様よぉ」

 

 リコニスの後頭部には、バーナーの怪人のレールガンが構えられる。

 

 「っ・・・」

 「観念しなさい」

 「もう、貴女は、ここで終わり。ヘルブラッククロスなら、許せない」

 

 レンの顔にも怒りがある。カエデにも同じ様に。

 

 「まだだ・・・」

 

 苦し紛れか、それとも新たな妙案を思い出したのか、リコニスは不敵な笑みを浮かべる。

 

 そこでギンジはある事を思い出す。

 

 (バーナーの怪人って一度切りの出撃・・・そして理由はヘヴンホワイティネスに破れたから・・・だが、なんだ?なんかまた妙な違和感が)

 

 バーナーの怪人の心を助けた。ヘヴンホワイティネスは菊沢トモカを助けた。

 

 イレギュラーは佐久間ギンジと大幹部リコニスの登場。

 

 「これでおあいこよ」

 

 次の瞬間に起こったことは、ギンジにとって一生忘れられない事になる。

 

 立ち上がり様に後方へ振り向き、袈裟斬り。バーナーの怪人の右腕が綺麗に斬り落とされる。

 

 「なっ・・・なんだと」

 

 全員が驚いた。そして動けなかった。

 

 次にリコニスの行動は、バーナーの怪人に刀を突き刺す。

 

 刺された場所は・・・左胸。

 

 それまで攻撃しなかったギンジの中で何かが切れた。

 

 「テメェエエエ!!!」

 

 何が起こったのか、理解が追いつかず、バーナーの怪人は倒れる。

 

 そして刺された事を確認したギンジは怒りが身を包む。

 

 「さっきの私と同じだね〜ギンジちゃ・・・ん」

 

 なんだこれは。

 

 今リコニスもカエデもレンも、誰よりも強い意思の力を感じ取った。

 

 (・・・今、何を思ったの私は)

 

 リコニスの顔がひきつる。

 

 ギンジを怒らせたかった。それは間違いない。けど、それよりも自分が敗けそうな事が許せなかった。

 

 だからギンジの心を壊してやりたかった。そうすれば逃げられると思ったから。なのに、なぜ。

 

 (なんで・・・)

 

 なんで、怖いなんて、思っているのだろう。

 

 一先ず、動かなくなったバーナーの怪人を飛び越え逃げ出す。

 

 (まずい、まずい、なんでこんな事に)

 

 ギンジがキレる事は予想できていた。なのに、いざ怒らせたら、悪戯がバレて逃げる子供の様に逃げ始めていた。

 

 情けないとか、悔しいとか言うよりも、本能が逃げろと言っている。

 

 今のギンジは・・・怪人を通り越した【何か】だ。

 

 「やっと本性を表したね〜ギンジちゃん」

 「があああああ!!」

 

 何か言葉を紡いで時間稼ぎをしないと、この怒り狂った【何か】の威圧に押しつぶされそうになる。

 

 「うるせえええ!!」

 

 ギンジの後ろに倒れ付すバーナーの怪人から炎が逆巻く。

 

 その炎はギンジの両腕にまとわりついて行く。

 

 蛇の様に絡み合う炎の腕が、リコニス目掛けて振り回され始める。

 

 「何が起こってるの・・・」

 「解らない、だけど、敵同士潰し合ってくれれば、好都合。ミドリコを運ぼう、カエデ、手伝って」

 

 ギンジとリコニスがぶつかり合うその背景ではカエデとレンが負傷したミドリコを担ぐ。

 

 「あ〜やっぱり、気が変わってきたな〜。やっぱギンジちゃんも殺しちゃお」

 「やってみろコラ!」

 

 恐怖は拭えたのか、それとも怒り狂うギンジが滑稽に思えたのか、リコニスは再びあの悪魔のような顔となる。

 

 黄金の刀と炎の腕がぶつかり合う。

 

 金属が衝突する様な音を響かせながら、刃が擦れ、炎が弾け、命を散らしていく。

 

 「クソ!クソ!クソおおお!!」

 「そんなんで、勝てるの〜・・・?」

 

 友達が刺された。それだけでギンジにとって戦うのには十分な理由だった。それに、このリコニスというキャラクター。

 

 自分が好きなキャラだった故に、こんな猟奇的で、自分勝手に他人をかき回すキャラだとは思ってなかった。

 

 だけど、これだけは許せない。笑いながら命を奪うなんて、簡単にそんな事をするような奴は、ギンジの正義の基準で考えれば、絶対に許しては行けない。

 

 怒りと、バーナー怪人の炎がギンジの身を焼いていく。怒りでそんな事は気にならないが、徐々にそれは身体を蝕んでいく。

 

 「ぐっ・・・」

 

 身体に痛みが走る。

 

 それでも怒りは収まらない、動きは止まらない。

 

 「ウラアアーー」

 

 爆炎の右手がリコニスの肩をめがけて、叩きこもうと腕を伸ばす。

 

 「どうしてそんな所殴るのかしら」

 

 あっけなく刀で手が弾かれる。

 

 「もしかしてギンジちゃん、私が女の子だからって怪我させない様に戦ってる?意外と紳士なんだね〜」

 「そんな事は・・・」

 

 一瞬の隙をついて、黄金の刃がひと振り、ふた振り、3、4、5、と連続で斬りつけられる。

 

 「きっちり痛めつけてやるわ!」

 

 ギンジも出血が大きくなる。血に濡れても、両腕の炎は消えない。

 

 消えたのはギンジの戦意だ。

 

 「もう抵抗もできない?痛い?ミヤコにそのボロボロの姿見せたら、あの子どうなっちゃうのかなぁ〜!」

 

 嬉しそうに無抵抗のギンジを斬り続ける。

 

 「なにやってんのあいつ・・・」

 

 ミドリコを担ぎ上げ、ギンジを見たカエデの視界にはただただ攻撃をもらい続けるギンジの後ろ姿。

 

 「ほらほら、正義のヒーローなんでしょ!?ヘルブラッククロスを裏切ったんでしょ?真面目に戦わないと、ギンジちゃんの首をミヤコに届けちゃうよ?そして絶望したミヤコも殺しちゃうよ?ねぇ?その後、聞いてた以上に弱かったヘヴンホワイティネスも殺しちゃおっかな〜?キャハハハ」

 

 好き放題言ってなおもその刃は止まらない。その言葉の一つ一つが今までのヘルブラッククロスとは違う、明確な殺意を感じ取ったカエデは、大きく怒りの感情がこみ上げてくる。

 

 (なんで、動かないのよ、あいつ・・・)

 

 もどかしい。ミドリコをレンに任せると、カエデはギンジの方へ走り出す。

 

 「動かないの?」

 

 目線は怒っている者の、その身体は動かないギンジ。

 

 そうだ、こんなのに恐れる事はないんだ。だって私の方が強いのだから。リコニスは自分の強さに裏打ちされた自身で、ギンジを痛めつける。

 

 「そう、動かないんだ?じゃあ、壊れろ」

 

 最後は冷たく言い放ち、首をめがけて、黄金の刀が横薙ぎに振るう。

 

 「俺の命の恩人まで・・・手にかけようとするんじゃねええぇーー」

 

 鮮血にまみれた燃える左手で、リコニスを殴りつけるギンジ。

 

 「なっ・・・はっ?」

 

 あまりにも予想外な一撃の重さに、困惑する。

 

 「この最低最悪の・・・悪魔ァァ!!」

 

 さらにギンジの後ろからカエデが、全力の助走をつけて飛び込み蹴り。

 

 「必殺!オーバーチュア!」

 

 カエデの必殺の拳が技名と共に、正義の光の如く、閃光を纏う。

 

 「吹き飛べーー!」

 

 まさかの二撃に窓の外へと、飛ばされる。

 

 しかし、パワードスーツのブーストで落下は防ぎ、空中を舞う。

 

 「へぇ〜・・・ミヤコが弱点なんだね、ギンジちゃん」

 「テメェ!ミヤコに手を出したら・・・」

 「組織を裏切ったギンジちゃんが、またドクターミヤコの所に戻るの?」

 

 その言葉にギンジは我に返る。隣には、神宮カエデ。彼女の瞳を見ると、もう二度と、寝返るチャンスは来ないかも知れない。

 

 「ヘルブラッククロスに戻れるなら、ミヤコを守れるかもね〜」

 

 もう決めた事なのに、また決心が鈍る。

 

 いや、まだだ。まだ、リコニスに対して切り札がある。

 

 「俺は組織には絶対戻らないけど、ミヤコには最強のガードがいるぜ」

 「・・・」

 

 それを聞いた途端、リコニスの表情に陰りが見える。

 

 「オーク怪人はお前の天敵だ。さらに言えば、あいつは俺たちと同じフェーズ2の怪人だぜ。解ったらミヤコに手は出すなよ」

 「チッ・・・」

 

 舌打ち。別に天敵同士なんて設定はない。ギンジの信用する、オーク怪人の忠誠の深さに信じて賭けるしかない。

 

 ドクターミヤコもおそらく弱くない。組織から離れてしまう以上、もうミヤコにはしばらく会えなくなる。

 

 ならば後はオーク怪人に守ってもらうしか無い。

 

 ギンジがミヤコを守った事等一度もないのだが。

 

 「は〜白けた。謀反でもなんでもおこしなよ。好きにしなよギンジちゃん。私が興味あるのは、楽しいことだけだし」

 「おう、そうさせてもらうぜ」

 

 やはりこの怪人は、佐久間ギンジは無害なのか、そう考えながらカエデはギンジの横顔を見る。

 

 「じゃあね〜今度は絶対殺してあげる」

 

 ほんの少しだけ、早口気味に言うと、降下していき、アモーレから離れていく大幹部を見下ろすとギンジもカエデも、一つの答えが、目標が決まる。

 

 (いつかあいつとは決着をつける)

 

 一先ずの驚異が去ったことで、ギンジの腕から炎が消えていく。

 

 振り返れば、レンもミドリコも青い顔をしている。

 

 「神宮、先に下に行っててくれ」

 「え?あんたは・・・?」

 「甘白、やばそうだぞ。治療も必要だろうし、一旦救急車にでもなんでも乗らせとけ。手遅れになる前に」

 「解った・・・レン、待たせてごめん、行こう」

 

 ヘヴンホワイティネスを見送ると、ギンジは未だ倒れたままのバーナーの怪人に歩み寄る。

 

 正義を知り、生き生きしていた灰色の肌に生気はない。

 

 瞳は空いているが、赤い瞳にも、もう光が通っていない。

 

 だがそれでも怪人故に、まだ少しだけ、わずかに呼吸が聞こえる。

 

 「大丈夫か」

 「ああ・・・ギンジ・・・」

 

 先程とは違う、か細い声。死ぬ事を身近に捉えた者の声。

 

 「俺様は・・・全部、思い出した」

 

 バーナーの怪人の瞳が閉じる。

 

 「娘に、あいたい・・・」

 

 善良な一般市民。それがバーナーの怪人の素材。

 

 つまりは【彼】もヘルブラッククロスに踊らされた人形に過ぎない。

 

 「名前を・・・教えてくれるか」

 「─中、──」

 「・・・聞こえねぇよ・・・」

 「たのんだ・・・、おれ─まの、ちか─を・・・」

 

 声が出ない。かすれて、生きる力を失って、変わりにギンジへ想いを託す。

 

 「最後に、人の部分がちゃんと出てきてよかったな・・・」

 「ああ・・・ありが─う─ギ、ン・・・ジ・・・」

 

 晴れやかな気持ちのまま、悔いは残るが優しく笑顔で、バーナーの怪人は炎となって霧散していった。

 

 胸の部分が消える時、真っ赤な炎を秘めた塊が、ギンジの胸に入り込む。

 

 バーナー怪人の無念や、これからどんな人生を歩むのか、もし生きていたら、【彼】の家族に会えたのか。沢山の感情がギンジの胸の中にしまわれていく感覚が、余計に悲しくなってくる。

 

 「クソ」

 

 無人となったモールで、ギンジはありあったけの力で叫ぶ。

 

 「クソおおおおおおお!!!!!!」

 

 死。それは誰にでもぶつかる問題。

 

 命を簡単に奪われては、誰も浮かばれないだろう。

 

 ギンジはまだ、弱かった。バーナーの怪人にもリコニスにも殺されかけた。

 

 友の無念を背負ったからには、もう負けられない。死ぬわけにはいかない。

 

 自分がこの世界で生きる目標を手にし、怪人佐久間ギンジはショッピングモールを後にする。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 薄暗い道を通り抜けて、オーク怪人の待つ場所へ戻る。

 

 伝えなければいけない事がたくさんある。

 

 「リコニス様・・・?」

 

 訝しむ表情と声に、リコニスは一瞬不快になりながらも今はその感情を押し殺す。今の自分は、裏切りを伝えに来た伝令兵。

 

 「豚ちゃん、ミヤコと総統にお伝えしないといけない事があるわ」

 

 オークの怪人がその内容を聞くと、瞳孔が開き、驚きに鼻息を荒くする。

 

 「ブッヒ、その話は本当か、事実なのか?」

 「まさか、あのヘヴンホワイティネスと手を組むなんてどうかしてるわ。ミヤコの事、疑うわけじゃないけど、あれ本当に最高傑作なの?」

 「いや、しかし、ドクターミヤコに限ってそんな事・・・」

 「生きてる以上、絶対失敗しないなんてありえないわ。怪人でも人でもね」

 

 リコニスが伝えたのは一つ嘘を交えた事だった。

 

 佐久間ギンジが謀反を起こし、バーナーの怪人と交戦、そして彼の怪人をその手にかけたと。

 

 ドクターミヤコの傑作同士、潰し会いをさせたかったのは事実だが、本当の理由なんてなんでもいい。ただ、ミヤコが気に入らないからここでも事実になりえる嘘を付く。

 

 「さ、アジトに戻りましょ。私がたまたま部下の救助の為に、現場に居てよかったわね」

 

 オークの怪人が背を向けて暗闇にあるき出す。その表情はどこか信じられないのと焦りを感じる

 

 その背中を見たリコニスの顔は特に変わらず、でも内心はかなりほくそ笑んでいる。

 

 (せいぜい、無駄に暴れて皆壊れちゃえ)

 

 オーク怪人の後を追うように彼女もまたヘルブラッククロスだけが通れる道を進んで行く。

 

 無人となった路地裏では、虚しく風が吹く。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ミドリコの応急処置を終えて、救急車の中でカエデとレンが二人手をつなぎ合っている。

 

 あれからトモカとも連絡がとれて、皆無事である事が確認できて、一安心だ。

 

 カエデが閉めてしまった扉については、焦って間違えたということにした。

 

 何をしているか、事実は話せない以上こう伝えるしかない。

 

 「で、なんであんたも乗ってるのよ」

 

 不安な表情になりつつもカエデは向かいに座るギンジに声をかける。

 

 ショッピングモールから抜ける時に、眼球隠しの為にサングラスまでちょろまかして、ギンジは三人の元へと戻って来ていた。

 

 「いや、俺もけが人よ?」

 

 見ればところどころ傷口があり、まだ出血も止まっていないのか、生々しい程にギンジの身体は傷だらけだった。

 

 「他に、行く所もないしな、さっき言ったろ、俺はお前らの力になりたい。きっと役に立てるぜ」

 「信用は、できない。私達は、ヘルブラッククロスが嫌い。きっと扱いは、ひどいよ。いいの?」

 

 レンなりの気遣いだろうか、初めて人間らしい怪人を見た時に、嘘は言っていないように見えた。その言葉の真意としては、ギンジが人間であるなら戦いに巻き込みたくはない。

 

 「構いやしねーよ。俺は、お前らの正義の為の行いを見てきた」

 

 何を言っているのか。まだヘヴンホワイティネスは活動を開始して、二ヶ月も無い。全部見てきたのか?

 

 「そんな不思議そうな顔すんなよ、言っただろ、俺は未来を知ってるって。お前らの身に今年何が起こるのかを俺は知ってる。全部な」

 

 疲れ気味にギンジはもたれる。

 

 「いずれ、なんで知ってるのかは信用を得られた時に話すよ。今言っても余計な混乱を招くだけだからな」

 

 二人の少女は確かにギンジが守りたいと固く誓った女の子達だ。菊沢トモカの無事を聞いたときも、感嘆のため息を漏らしていた。

 

 ミドリコが一命を取り留めたときは三人揃って安心していた。

 

 「君が信用を得るまでに、何をしてくれるんだ」

 

 ミドリコの意識ははっきりしている。

 

 ギンジへの問いかけはこの三人全員が聴きたい事だった。

 

 「お前らを守り続ける。人の未来を奪ってヘラヘラ笑っている奴らを放っておくのは駄目だ」

 「・・・そうか」

 

 その言葉の重さをギンジは強く受け止めた。

 

 ゲームの通りの日時でイベントが進んでも、ゲームの通りに行かないこともある。

 

 3月9日。この日はギンジに取って絶対に忘れてはいけない日になった。

 

 ヘヴンホワイティネスを助けて、菊沢トモカも助けられた。

 

 だが、この世界ではじめての友達は助けられなかった。

 

 度固化病院に向かう道すがら、四人を乗せた救急車は、夕方の繁華街を超えて行く。寂しさ、覚悟、痛み、悲しみを乗せて。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 無造作に散らかった机に八つ当たりをしていく。

 

 書類が舞い飛び、ペンやハサミ、パソコンなどがどんどん破壊されていく。

 

 「あーもう!なんで!なんで!」

 「ど、ドクターミヤコ、お気を確かに」

 

 護衛の紫が珍しく憤慨する彼女を止めようにも、ハサミやカッターが飛んでくる為手に追えない。

 

 睡眠を邪魔され、総統に呼び出しを貰ったかと思えば、自分の愛する者が裏切り?謀反?傑作同士が殺し合い?

 

 全てがミヤコにとってありえない事だった。なぜならドクターミヤコにとっては完璧かソレ以外しか無いのだから。

 

 「おまけに、フェーズ2の量産を限られた数しか作れなくなるなんて・・・」

 

 今までのドクターミヤコの功績を考えれば、これぐらいの処遇が適切と捉えた総統の判断。それに逆らわないとしても、怪人開発が今後はスムーズにできなくなる。そのリソースを逆に兵器開発に回して欲しいというのだ。

 

 「あーら、ドクター、そんなに怒ってたらかわいい顔が台無しだよ〜」

 「フーッ、フーッ、リコニス・・・」

 

 怒りで髪は逆立ち、ツヤのいい黒髪はボサボサになっていた。

 

 「ねぇ、あの裏切り者、私に追わせてよ」

 「ッ、駄目だよそれは」

 

 リコニスが何を考えているか解っている。それはきっと佐久間ギンジの殺害だろう。

 

 「あ、もし殺される、なんて思うならそれは勘違いだよ。私は、ギンジちゃんに興味が湧いたんだ〜。無傷は無理でも、捕まえる許可をくれれば、すぐにでも行ってきてあげるよ」

 「わたしの部下の責任はわたしが取る・・・お前の手は借りない」

 「へぇ〜じゃあ、私が勝手な事をしたらどうする・・・?」

 

 リコニスとミヤコが激しく火花を散らし合う。

 

 「お言葉がすぎますね。貴女がドクターミヤコのお役に立てるとでも?」

 

 間に入ったのは静かな怒りを灯す棒人間、紐の怪人。

 

 「あっし達の領域に入らないでくれませんかね、リコニスさん」

 

 続いて、リコニスの背後には触手の怪人。

 

 「チワワ、お前嫌い。なんか臭そう」

 

 ただの悪口を言いに来た犬の怪人。

 

 「キキキ、ドクターに装備を作ってもらった分際で、あまり偉そうにはしないことだ」

 

 その面々が揃う天井では、コウモリの怪人。

 

 「・・・」

 

 ふわふわと浮いているだけかと思いきや、その目線はしっかりとリコニスを警戒するタコ怪人。

 

 「あらら、嫌われたモノね〜。えーんリコニスちゃん泣いちゃう〜」

 「泣きたいのはドクターミヤコだ。リコニス、今これ以上おちゃらけた事を話すつもりなら・・・ミヤコ派とリコニス派で戦争が起きるぞ」

 

 オーク怪人は全てを察していた。おそらくこの女が、ギンジを戻れなくした何らかの原因があると。

 

 それがたとえ自分の勘違いならそれでいい。ギンジの意思でもう戻らないと決めたのならそれもよし。どちらにせよ怪人達は組織に、いや、ドクターミヤコという【母】についていくだけなのだから。

 

 「あら、怪人をこちらに差し向けるの?」

 

 今この場で叩くなら間違いなく、リコニスは敗けるだろう。

 

 ソレほどまでに怪人達の憤りと敵意を感じる視線は、リコニスを部屋から追い出すのには十分だった。

 

 「あんた達ぃ、それぐらいにしときなさいよ。その子、かわいそうぢゃん」

 

 美しい妖艶な声。狭い研究室なのに、次々と怪人が現れる。

 

 キャットスーツに身を包み、黒い羽と黒い尻尾。茶色の髪と香水、化粧の香りが、女性であることを意識させられるような見た目。

 

 「はじめまして、皆様。あーし、サキュバスの怪人。しくよろ」

 

 軽めの挨拶を済ませると、サキュバスもリコニスを敵意丸出しの態度で挑発する。

 

 「女性に対して無礼ですよ、皆さん」

 

 もう一人甲高い女性の声。

 

 サキュバスほどではないがこちらも露出の多い、大事な部分だけを隠したビキニアーマー、腰巻きの鎧、腰にぶらさげた長剣、左手の盾、ラウンドシールド。そして漆黒のマント。

 

 「お初にお目にかかります。私の名前は、剣士の怪人。以後、お見知りおきを」

 

 新たなフェーズ2の開発は完了していた。その為、本日を以て、この場に姿を表したドクターミヤコの新たな部下。

 

 「ふーん・・・つまんな」

 「なら早く出ていってくれるかしら。わたしは今、も、ものすごく虫の居所が悪いの」

 

 お互いににらみ合いながら、リコニスは部屋を抜けていく。

 

 振り向きざまに、ミヤコを見ようとしたが、怪人達が壁になってもう見えなくなっていた。

 

 「いつか泣かしてやる」

 

 捨て台詞を吐くと、リコニスはアジトの廊下を苛立ちながら歩き去る。

 

 「さぁ、ドクターミヤコ、我々に指示を」

 

 オークの怪人をはじめ、護衛の紫、紐、触手、タコ、犬、コウモリ、サキュバス、剣士、それぞれの怪人がミヤコのデスクの前にひれ伏す。

 

 彼ら彼女らの目的はドクターミヤコの成功の為に尽力し、己の命を燃やすこと。

 

 その為なら組織などどうでもいい。全てミヤコの為に生きているのだ。

 

 「取り乱してごめんなさい」

 

 ミヤコの謝罪に、怪人達は何も言わない。我々がもっと配慮できていれば、とそれぞれの思惑が飛び交う。

 

 自分を造ってくれた大いなる存在に、頭を下げさせるなんてあってはならないのだ。

 

 「はじめましょう、作戦会議を」

 

 静かに言うと、ドクターミヤコは計画を練り直す。

 

 何をしても許してくれる組織にミヤコなりの忠誠があっても、自分の愛する怪人を二人失うのは、許せない。

 

 ヘヴンホワイティネスを倒す。陵辱などどうでもいい、佐久間ギンジを奪ったあいつらを倒す。一般市民も邪魔するなら殺す。

 

 警察も公安も正義も悪も。すべて邪魔になるなら倒す。

 

 「わたしの正義の為に。くふふ」

 

 またひとつ。大きな闇が動き出そうとしていた。

 

 未来への歯車が、また動きつつあった。

 

続く

 

 

 

 




お疲れ様です、アトラクションです。

バーナーの怪人ってうちこみすぎて、キーボード見なくても打てるようになりました。

会社のレポートでバーナーの怪人とか打ち込んじゃって黒歴史作る所でした(滝汗)

今回は設定等を書きます。

ヘヴンホワイティネス
言わずと知れた正義のヒーロー。ギンジが転生するまえの世界にて26周もあそんだエ○ゲー。本作の色々な鍵であり、神宮カエデ、宮寺レン、甘白ミドリコが所属する正義のヒーロー。
本来の未来であれば、彼女達は快楽に堕とされるはずだった。

ヘルブラッククロス
言わずと知れた悪の組織。目的は日本を転覆させ、独立国家を構成すること。ヘヴンホワイティネスに苦しめられた為、取り込もうとするがドクターミヤコが復讐に燃えた為、陵辱計画は無きモノに。

怪人
戦闘員より強力な戦力。総統が手に入れた怪人の細胞をミヤコが改良し、処女の生き血+怪人の細胞+なにかで生まれる存在。
生き血に関しては今まではミヤコの血で代用してきたが、現段階では彼女にも怪人の細胞・改が入っているため、どうしてもフェーズ2の怪人が生まれる。

怪人の細胞、細胞・改
総統が手に入れた闇そのもの。無機物と血液や、人間以外の動物に作用し、変容を繰り返す細胞。
佐久間ギンジは善良投与された事により、彼の定着した細胞とミヤコの細胞が混ぜられることとなった。これにより容易にフェーズ2の怪人の研究が簡単になった。ゲームには登場しない。

公安
甘白ミドリコ、藤原が所属する公安警察。
国家全体に対する驚異の集団に対して専門的に立ち回る組織。機密性が高い為、一般的に甘白ミドリコはただの警察としての扱いになる。

なおこの世界では給料が低いと(ミドリコの意見)不満がある。

神宮財閥
神宮カエデの実家。普段は強気なカエデだが、家ではちゃんとお嬢様してる。父親は18代目

さてさて、今の所紹介できる設定はこんなところでしょうか。
ちょっと展開に無理やり感もあるかとは思いますが、ぜひ楽しんでいただければと思います。
感想等くれればもう歓喜の怪人になります。
それでは、また次回で!


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5・仲間

毎日熱いですが、熱中症には気をつけてな!

今回の話も長いので、休憩をはさみながらお楽しみください。




 あの戦いから5日ほど経っただろうか。

 

 あれから病院での入院を終えると、俺とミドリコは退院の手続きを済ませて、迎えの車を待っていた。

 

 「君は怪我はもういいのか?」

 

 ミドリコが俺に訪ねてくる。気まずいのか、不機嫌なのか、神妙な面持ちだ。

 

 顔は美人なんだけど、仕事において生真面目だし、公安の人間だから年齢=彼氏居ないんだよな、この人。

 

 「あんたこそ、腹、刺されてるだろ。5日ちょっとで復活できるのか?」

 「元々は私の自己責任だ。この怪我も、あんな無茶さえしなければ・・・」

 

 俺たちが入院している間、ヘルブラッククロスは活動をしていなかった様だ。神宮も宮寺もお見舞いには来ていた様だが、俺には会いに来てくれなかった。泣きそう。

 

 「佐久間、君は私達に協力するということだが、信じていいのか?」

 「その話何度目だよ。俺はお前らに協力するし、またあんたが無茶しないように見ていないといけないしな」

 「ふっ、君に守られるほど、私は弱いつもりはないよ」

 

 お、ようやく俺との会話で笑ってくれたな。そうだよ、やっぱ美人は笑顔がいいよな。

 

 「ん、あんまり顔を見るな。照れるだろう・・・」

 

 免疫ないからな、この人。なんでも自分に気があると思わせたら、コロっと堕ちそうなんだよな。俺はそこが心配。

 

 そうこうしてると、赤い車がこちらに向かってくる。ミドリコの上司が迎えに来るらしいんだが。

 

 「佐久間、一応サングラスを掛けとくんだ」

 「もう準備は万全だぜ」

 

 入院中はサングラスかけるな〜とか言われまくったけど、眼球の件で特に問題はなかったけど、今後外に出るなら、こういうカモフラージュは必要だな。

 

 さてと、サングラスも掛けたし、車に乗らせてもらうか。

 

 「やっほーミドリコちゃん」

 「どうも藤原さん。この度はご迷惑を」

 「いーよいーよ、そのかわり、またお尻さわらsいでででで」

 

 なるほどこいつが藤原か。いやらしそうな目つきしてるが、顔はマジのヤクザだな。怖い。

 

 「ちぇ、プライベートだし、よかれと思ったんだけどな」

 「いえ、セクハラです。やめてください。癌が感染ります」

 「なってねーよ!っていうか、癌ってうつるもんなのか!?」

 

 なんだかんだ調子の良いコンビなのかもな。俺からすれば、ヘヴンホワイティネスとして行動しているミドリコしか知らないから、この反応は新鮮だ。

 

 「で、そこのグラサンは・・・」

 

 藤原が俺に視線を合わせる。というかメンチみたいな顔つきになる。

 

 「あ、彼は佐久間ギンジだ。私が保護する二人目の協力者だ。今はな」

 「ほー。こいつが」

 

 この人の声音はなんというか腹の底に響くような威圧感がある。あの総統に比べるとかわいいモンだけど。

 

 「いいか、甘白はな、おじさんの優秀な部下なんだ・・・」

 

 俺の部下に手を出すなよ、とでも言うつもりか・・・?喧嘩ふっかけられるのは嫌なんだけどな。

 

 「お尻が弱点だ。いつでも触れるように手を鍛えておけよ」

 「ふ〜じ〜わ〜ら〜さ〜ん〜?」

 「優秀な部下さん、マジギレ寸前だけど大丈夫そ?」

 

 セクハラ上司、セクハラ男は成敗されるのが世の常だ。合唱しとこう。

 

 「嫌になっちゃうね〜〜〜」

 

 昭和みたいな吹っ飛び方だな。

 

 さ、車に乗せてもらおー。

 

 車を運転しているのは藤原。助手席にはミドリコ。後部座席を優雅に座れるのは気分がいいぜ。

 

 この街で起こっている犯罪や、先のアモーレ、ヘルブラッククロスの情報を洗いざらい全部探しているんだと。公安の人とつながりができるのはいいけど、この藤原って男、相当な曲者だったことを俺は知っている。

 

 5月半ばには連絡が取れなくなって、6月頭には、ヘルブラッククロスの1構成員としてスパイになる。その後ミドリコを自分の良い様に、奴隷として働かせる・・・そんなキャラだったはずだが、今はどういう訳かセクハラで済んでいる。

 

 いや、まだ3月だしな、こいつが正義を裏切るのは時間の問題か。

 

 「あ、えーと藤原さんだっけ?」

 「おう、便所か?」

 「いや、トイレは大丈夫だ。で、あなたに聴きたいことがあるんだけど」

 

 少し情報収集と行こう。

 

 「あんたはヘルブラッククロスについてどこまで知ってる?」

 「いや〜一般市民には教えられないな〜おじさん、これでも守秘義務を守る人間なもんで。ね、ミドリコちゃん」

 「触らないでください。性病が感染ります」

 「性病になんかなってねーやい」

 

 やっぱり公安の人間だしな。そう簡単には教えてくれないか。なら、こんなのはどうだろう。

 

 「俺はヘルブラッククロスの情報の一部を持ってる。取引しないか?」

 「・・・ぜひお聞かせ願いたいね」

 「藤原さん、彼は私の協力者です。ある程度の事情は知ってます。話すのは・・・」

 

 ミドリコの助力も得られると思ったが、車に急ブレーキがかかる。

 

 「いてっ」

 

 シートベルトをつけていなかったから、俺は前の座席にぶつかってしまう。

 

 「あのなぁ、おじさん達は第4(組織対策課第4班)なのよ。いくらお前らが、あのヒーローごっこやってるからって、情報を知ってるってだけで、俺の知ってる事は教えらんないの。ったく、嫌になっちゃうな」

 

 ヒーローごっことかいう事に憤りを感じるけど、まぁ、今はそこはいいや。

 

 このおじさんは要注意人物だな。

 

 「・・・失礼しました」

 「いいよ。おい、グラサン坊主」

 

 なんだよグラサン坊主って。

 

 「甘白はおじさんの優秀な部下だ」

 

 またかよ。

 

 「協力するってんなら、しっかり守ってくれよ。俺ァ、女が傷つくのはみてらんねーよ」

 

 ・・・。なんだ、正しい考えを持っているじゃん、このおじさん。またセクハラしようとして、指を曲げられてるけど。

 

 一先ず、今は心配いらないのかな。

 

 「ほら、ついたぞ」

 

 車から降りると、そこにはコンクリート造りの簡素なマンション。甘白ミドリコの今の住居だ。

 

 「お前まだこんな所住んでるのかよ」

 「住めば都と言うでしょう。それより、マンションの敷地内には入らないでください」

 「なんで?おじさんもせっかくだからお邪魔しようと思ったのに」

 「いえ・・・それはまぁ」

 

 ミドリコは何か言いにくいのか、顔を手で隠す。

 

 「痔がうつるので・・・」

 「本当に失礼なやつだな!うつんねーよ!」

 「あーでも痔を持ってそうな顔してるわ」

 「グラサン坊主お前!」

 

 藤原さんが涙目で車に乗り込む。

 

 「バーカ、バーカ!お前らなんてもう2、3日風邪引いて休んじまえばいいんだ!」

 

 捨て台詞まで吐いて車を走らせ、高速で去っていく。よほど悔しいんだろうな。30超えたおじさんが泣くなんて。

 

 いやそれとも、恩を仇で返されたのが嫌だったのかな。

 

 「佐久間、こっちだ」

 「ほいよ」

 

 言われるがまま俺はミドリコについていく。エレベーターに乗ると、直ぐ。4階にミドリコの部屋があるらしい。

 

 「言っておくが、私やレンの洋服に触れたら、君を逮捕するからな」

 「別に触ったりしねーよ。あんたに女性としての魅力を感じないからな」

 

 冗談で言ってみたつもりだが、ミドリコはショックで、この世の終わりみたいな顔で膝から崩れ落ちる。

 

 「ううっ、わかっていたさ・・・私には魅力なんてないことを・・・でも、いいじゃないか、部屋に男性を入れることなんて無かったんだ。言ってみたかったんだ・・・」

 「あー悪かったよ!泣くなよ!冗談だよ」

 「よし、では行こう」

 

 何事もなかったように、立ち直り、涙すら綺麗に無くなってる。

 

 女ってコエー。

 

 部屋にいれてもらうと、想像していた女性の部屋というキレイなモノではなく、リビングは洋服、化粧品、新聞、紙袋、無造作に置かれたペットボトル、ゴミ、ゴミ、ゴミ、ゴミ・・・。

 

 「汚なすぎんだろ!これが生活のスペースか!?オイ」

  

 多分、男の独り暮らしでもここまでゴミ袋やら、私物の片付けをしていない等ないだろう。俺でもここまではひどくなかった。

 

 キッチンに眼をやれば、食器は洗われず、惣菜のパックが纏められたシンク。虫が湧くぞ。

 

 「マジ女性だろ!?もっとこう、ちゃんとあんだろ!ひどすぎる!」

 「しょうがないだろう!私は基本仕事が忙しくてできないのだから」

 「じゃ、宮寺にやらせとけよ!」

 「レンはやり方がわからなくて、教えてあげられてないんだ」

 「・・・」

 

 ちょっと怒鳴りすぎたか、ミドリコは申し訳無さそうに、遠くを見つめる。っていうか、この人生真面目な性格ってキャラだったはずだが・・・。もしかして彼氏できないのってこういう生活のガサツ感が見えてるんじゃないか・・・?

 

 「と、とにかく、今日の夜前にはレンも帰ってくる。君には、このキッチンの掃除を任せたい」

 「おいおい嘘だろ」

  

 力になるとは言ったが、こんなん聞いてないぞ。

 

 「じゃあ、頼む!」

 

 ドーン、と背中を押されて、ゴミキッチンvs俺という構図が完成した。

 

 長期戦になりそうだが、俺も独り暮らしは長い方だったし、いっそ気合いれてやってやるか。もし無理だと悟れば、その時は。

 

 バーナーの力で全て焼き尽くそうか。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 神宮家の敷地はかなり大きく、一つ一つの部屋が広い。

 

 ミドリコが入院から退院までの間、宮寺レンは神宮カエデの厚意で、しばらく宿泊させて貰っていた。

 

 「おはよう、カエデ、レンちゃん」

 

 声の主は春休み中、暇を満喫していた角倉ケイタ。

 

 彼は家も近いため、こうしてほぼ毎日遊びに来ている。アモーレの襲撃の日は、流石に来なかったが。

 

 「おはよう、ケイタ君」

 「おはよ、あんたまた来て、スマ○ラは今日はやんないわよ」

 「ゲームしに来たんじゃないよ」

 「じゃあ、ケイタ君は、今日はどうしたの?」

 

 カエデの豪華な自室の椅子に、ケイタがレンの向かいわせになるように座る。

 

 まだまだ春休みだが、休みはそう長くない。もうすぐ終わる。

 

 「どこか、三人で遊びに行ってみない?クアッドタワーとか、有姪(ゆうめい)海岸とかさー」

 

 繁華街最大規模の超大手の企業が軒並み揃う、クアッドタワー。度固化市第2の繁華街とも言われる商業施設だ。光の反射で真っ黒に見える事で話題になり続けてる。お買い物だけではなくホテルや、アミューズメント、映画館、企業エリア等、観光スポットとしても。

 

 もうひとつの有姪海岸は一年中出店が展開されているキレイな海。毎日、人の出入りが激しい場所でもある。

 

 「そうね〜、最近ずっと外に出てなかったし、どこか出かけるのはアリね」

 「私も、賛成。そろそろヘルブラッククロスが出てこないか、心配」

 

 カエデの家の人間は誰一人として、ヘヴンホワイティネスの正体は知らないが、ケイタは彼女らの正体を知っている。

 

 戦えない自分が、女の子に戦ってもらっている。

 

 (僕も、戦えればな・・・)

 

 少年は苦悩していた。自分の友人たちが、つい最近、炎を発射する怪人と、例の悪の組織の大幹部とやらと交戦したという。

 

 カエデもレンも幸い大きな怪我はなかったようだが、ケイタはそれを聞いた時、ニュースに映るヘヴンホワイティネスを見て気が気じゃなかった。

 

 「ケイタ君?」

 

 落ち着いた声が角倉ケイタを現実に引き戻す。

 

 「あ、ああごめんよ。ちょっと考え事してた」

 

 自分の友人へ悪事への対処を、全て任せきりなのがどうにももどかしい。

 

 しかもケイタはそこらの一般市民とは違い、事情を知っている。

 

 年明けして直ぐぐらいの通学で、宮寺レンと仲良くなった。そしてその日は、一日中青春を満喫していた。

 

 興味ないふりしてたけど、ケイタは次第にレンとの会話が楽しくて、不思議な印象の彼女を気になっていた。

 

 しかし、当たり前の平和が訪れることはなく、その日の放課後はケイタもカエデもレンも、この場にいる三人が忘れられない、怪人との初遭遇。

 

 そして、記念すべきヘヴンホワイティネスの結成の日でもあった。

 

 春休みが始まるまでは、しばらく三人で一緒に居たと記憶している。

 

 「どっちにする?」

 「私は、どちらでも。皆といれば、きっと楽しいから」

 「そうだね、学校始まると勉強とかも忙しくなりそうだし、僕は海の方がいいかな。思い出に写真とか取りたいし」

 

 趣味のデジカメを持ってきてるんだ〜、とほんわかした表情でケイタの顔を見るレン。

 

 (いいな、趣味か・・・)

 

 未来からやってきたレンには、おおよそ趣味と呼べるものはない。

 

 カエデも生花、ケイタはカメラ、ミドリコは“ねっとさーふぃん”とやら。

 

 二人はともかく、ミドリコは捜査の一環とも言っていたが本当だろうか。

 

 「じゃあ、今から行こう!」

 「い、今?」

 

 カエデの良い所は即断即決の行動力。

 

 決めたらもうなかなか変わらない。

 

 と、そこへレンのスマートフォンに電話が。

 

 「ごめん、また後で」

 「はーい、ごゆっくり」

 「・・・僕たちは準備してるね」

 

 レンの電話相手は一人しか居ない。もちろん、甘白ミドリコだ。

 

 チャットアプリでは、カエデ、レン、ケイタ、トモカ、ミドリコは居る。

 

 『おはよう、レン』

 「おはよう、ミドリコ。怪我は大丈夫?」

 

 携帯の声は落ち着いていた、いつものミドリコの声だった。それを聞くと安心したのか、思わず笑顔になれる。

 

 「退院の日に、行かなくて大丈夫、だった?」

 『ああ、カエデ達と一緒に居るほうが楽しいだろうと思ってな。あとで、迎えに行くよ。神宮家の方にご挨拶とお礼もしたいしな』

 『おーい、ミドリコ!なんだよこのゴミ箱!お前、こんなん、虫が湧くって!!』

 

 聞き覚えのある男性の声。

 

 『ああ、済まないレン。今、佐久間も来ていてな』

 「佐久間・・・ギンジが家にいるの?」

 

 その明らかな男性の名前の登場にケイタがそわそわし始める。

 

 「ねね、カエデ、今のなんとかギンジって、誰?」

 「あー・・・なんというかバカ一直線って感じの変なやつよ」

 

 もしかして、ニュースに写っていた、ヘヴンホワイティネスと一緒に協力していたあの金髪の喧嘩自慢みたいな人が、ギンジという男だろう。

 

 『おいいいいこのパンカビ生えてんぞ!捨てろすてろ!』

 『ま、待て、色々捨てるな!』

 『食えないだろ、これ!』

 「ミドリコ、掃除まかせて、ごめんなさい。今度は、機会があれば教えて欲しい」

 『もちろんだ、ああ、佐久間!洋服には触らないでくれ!』

 『っせーバカ!全部ほこりっぽいぞ!全部洗濯だ!』

 

 怪人なのに洗濯もできるのか。きっと佐久間ギンジは私より生活能力が高い。

 

 『と、とにかく、後で迎えに行くよ。何時頃がいい?』

 「ミドリコ、ごめん。私達、これから海に、行こうと」

 

 せっかくのお迎えに、久しぶりにミドリコに会える楽しみと、海に行く楽しみで、板挟みになる。

 

 『そうか、海か。あの海はいいぞ、昼間から輝いてとても綺麗なんだ。存分に遊びに行ってくるといい』

 「いいの?」

 『構わない。君には遊ぶのも必要だよ。あ、こら、佐久間!私の部屋にはいるな!』

 『リビングでこんなんだからお前の自室は・・・うわっ』

 『うわっとか言うなああーーー』

 

 よほど慌てていたのか、恥辱の悲鳴と共に通話が切れる。

 

 確かに、ミドリコの部屋のあの有様を見たらうわっ、となるのは全人類共通だろう。

 

 「まさか、佐久間がミドリコの部屋に入ったの?」

 「なにか、掃除を、していたみたい」

 

 あの汚いリビングを二人で掃除しているのも驚きだが、ギンジの生活能力の高さを帰宅したら見れるのは、少しだけ楽しみでもある。

 

 「カエデもその佐久間さんを知っているんだね」

 

 ミドリコの家にいるということは、アモーレの一件から仲間にでもなった新たな協力者なのだろう。

 

 (もしかしたら・・・)

 

 ケイタの脳内にある想いがよぎる。もし、自分も生身で戦えるようになるには、その佐久間ギンジに戦いの仕方でも学べば、友人達への役に立てるはずだ。

 

 「今度あわせてよ。もし悪い人なら、僕がやっつけて・・・」

 

 飲み物を飲み干すと、ケイタの言葉にあわせてレンが首を横に振る。

 

 「アレは、多分、普通の人間じゃ勝てない」

 「そうね、耐久も人間以上だし、化け物よ、アレ」

 「そ、そうなんだ・・・」

 

 謎の男の介入に、ケイタは何か焦りを感じる。

 

 ミドリコとレンの暮らす家に、その人は入れてもらえてる。

 

 (僕は一度も入れてもらえてないのになぁ・・・)

 

 少し、ほんの少しだけ悲しい。

 

 きっと協力者って言うからには、悪い人ではないようだが・・・。

 

 「さって、そうと決まれば海にいくわよ!」

 「あ、水着は・・・」

 

 レンも楽しみを隠しきれない興奮気味な感情で、海へのイメージと希望を言葉にするが。

 

 「え?3月じゃ、海入れないわよ」

 「・・・っ!?」

 

 雷が落ちるような衝撃。

 

 「いくら暖かくなるからって、まだまだ海に入ったら、凍えちゃうよ」

 「そ、そんな・・・ッ!?」

 

 海を初めて見るレンには泳げると思っていたのか、それが叶わないと知った絶望の表情は、カエデが爆笑するまでそう時間はかからなかった。

 

 「また暑くなったらいくらでも泳げるわよ。さ、ご飯食べたら出発よ」

 

 時刻は11時30分が過ぎようとしていた。お昼には丁度いい時間帯だ。

 

 昼食は神宮家のおかかえシェフの作る、豪勢な料理だろうか。それとも海で食べる用のお弁当にしてくれるだろうか。

 

 家ではお嬢様のカエデもやはり素のわがままな所も、出てくるかも知れない。

 

 ケイタは楽しみにするレンの横顔を見て、自分も楽しみな気持ちになる。

 

 無垢だからか、彼女の反応がすべて面白い。そしてその反応によって嬉しそうな彼女が、かわいいと思えている。

 

 嬉しそうな表情だけに限らず、戦いに向かうレンや、美味しいものを食べるレンや、本を読んで勉強するレンを見て興味が尽きない。 

 

 いつかケイタはこの感情を恋と知るが、それはまた別のお話。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「佐久間、掃除、ありがとう。さぁ、君も海に行き給え」

 「なんで俺も海に行くんだよ」

 

 部屋全体の掃除を終えて、お茶を飲み下しながら、昼ごはんはどうしようか、と考えている所に手を洗いながらミドリコは息切れしている。

 

 聞けば、カエデとレンがお友達と海へ行くらしい。

 

 こんな寒いとも温かいとも知れない季節で海に行くなんて、どうにかしている。寒中水泳でも行おうとしているのか。

 

 「私は、少し、つかれた。うう、君に部屋をみられるなんて、もうお嫁にいけない」

 「いや、悪かった。流石に冷静じゃなかったし、デリカシーがなさすぎた」

 

 ミドリコの部屋はリビングやキッチンに比べると、綺麗目ではあった。あったのだが・・・。

 

 (黒とか、赤とか、紫、多かったな・・・)

 

 何がとは言わないが、過激なモノが非常に多く、しかもそれのセットをベッドの横に吊るしてあったのだ。ちょうど部屋を開ければ直ぐに見える様な位置にあった為、インパクトが強い。

 

 「嫁の貰い手がないなら、あの藤原さんとなんてどうよ」

 「次そんな事言ったら、銃を撃つぞ」

 「・・・ナンデモゴザイマセン」

 

 どこからか拳銃を取り出し、ギンジに向けている。迷いなく引き抜かれたソレを見ると、ギンジは思わず敬語になる。

 

 「いや、俺も悪かった」

 「入院する日から片付けてなかった私も悪いさ。でもなー・・・見られた・・・乙女のプライドが・・・ああ・・・」

 「頭抱えるなよ。今度買い物でもなんでも手伝ってやるから」

 「いや・・・まぁ・・・そうか、そうだな」

 

 ソファに座りながらミドリコは髪をワシャワシャしている。

 

 「ところで、君は屋内でもサングラスを掛けたままにしてるんだな」

 「まぁな。この黒い眼球じゃ、怪人の特徴を知ってる人にバレたら大騒ぎになるしな。なるべく要らん混乱は招きたくない」

 

 ギンジとてどんなところでも怪人だなんだと、騒ぎを立てられたのでは面倒でしょうがない。

 

 それにギンジは怪人であっても心は人間だ。自分を怪人と呼ばれるのはあまり良い気分ではない。

 

 「バーナーの怪人は残念だったな」

 「俺がもっとイレギュラーに気を配ってればこんな事にはならなかったしな」

 

 そんな怪人人間の表情は悲しみと悔しさが入り混じった複雑なモノになっている。

 

 「この世界で、俺にとって初めての友達だったんだ」

 

 付き合いはわずか半日と、友達になったというにはあまりにも短すぎる時間。だけど、間違いなくそれは彼にとって正真正銘の友を得たという、何者にも覆せない友情があった。

 

 もう二度と自分の守りたい存在の命や心を、奪わせやしないと、ギンジの目に潤いが溢れる。

 

 「そうか、君は、人間なんだろうな」

 「当たり前だ・・・」

 

 ミドリコには見えないように瞳を拭うギンジの後ろ姿を見て、今までぶつかってきたどんな怪人よりも、人間味を見たような気分になる。

 

 「きっと、その涙が君の人間たらしめる理由だろうな」

 

 怪人は涙を流さない。ましてやそれが、【友】の為の涙を流せるなんて、今までのミドリコの常識なら、そんな怪人は存在しないと決めつけていた。

 

 故に、彼は間違いなく人間。その心まで。

 

 「で、俺はどうやって海に行けばいいんだ?」

 

 話が元に戻る。

 

 「ああ、ここから有姪海岸だと、電車に乗って・・・」

 「俺、お金ないんだけど」

 「・・・私も入院費用に使ってしまってな・・・」

 

 いつも生活はどうしてるんだと、一気に不信感が募る。

 

 「じゃあ、どうやって海に行くんだよ」

 「・・・車しかないか」

 「ミドリコも行くのか?怪我は大丈夫にしても、泳げないだろ」

 「いや、3月だしな、泳げないだろう」

 「それもそうか。なんだってこの季節に海へ?」

 

 そもそもの海に行く理由を聞いてないギンジの言葉に、少しほほえみながら答えを返す。あの二人が海に行くっていう理由だけでは特に行きたいとは思えない。

 

 「さっきも話したが、カエデ達が海に行くと言うんだ。本当はカエデのご実家にお礼と挨拶を兼ねて行くつもりだったんだけどな」

 

 そこにギンジが行く意味はあるのだろうか。

 

 「あいつらだけで遊ばせてやりゃいいんじゃないか?」

 「まぁ、それもそうなのだが、私は今はあまり戦えない。もし、ヘルブラッククロスが襲撃をしてきたら、君にしか迎撃を頼めない場合もあるかもしれない」

 

 なるほどと彼女の言うことも理解できる。一理ある考えだ。

 

 「海に襲撃してくるかな・・・?」

 

 イベントが何かあったか・・・と考えるもこの時期には特に大きなイベントは無かったはずだ。

 

 とはいえ、アモーレの一件もあるので絶対何もないとは確定できない。

 

 そもそもゲームの中では描写されていないだけで、ヘヴンホワイティネスはプレイヤーであるギンジが見えないところでも戦っている事もあるだろう。

 

 「実際に海に奴らが来るかは不明だが、行くだけ行くか」

 「そうか。それでは、車を用意してくるよ」

 

 言うと、ミドリコは可愛らしくない私服から、スーツに着替える。

 

 「なんで仕事に行くような格好なんだ」

 「人様の親御さんに会うんだぞ。適切な格好で行かねば失礼にあたる」

 

 宮寺レンは親戚である甘白ミドリコの下に親の仕事の都合で・・・っという理由を思い出して、ギンジは納得する。

 

 「それじゃあ、行こう、ギンジ」

 「あれ、名前・・・」

 「ギンジ、と呼んでいいのだろう?」

 

 今まで名字呼びだったが、少しだけ距離感が縮まった様な気持ちに、少し嬉しくなる。

 

 「よーし、運転は任せるぜ」

 「もしかして免許ないのか?」

 「前の世界なら持ってた」

 「そ、その話詳しく!!」

 

 部屋を出て、鍵を閉める。そのまま駐車場にて車に乗ると、ゆっくりと進み始める。

 

 二人を乗せた車は海へ向かっていく。明るく蒼い空が、ギンジには心地よい眩しさだった。

 

 「なぁ、ギンジ」

 

 運転しながらミドリコは、助手席に座るギンジへ声をかける。

 

 「いつか、サングラスを外して、生活できるといいな」

 

 その日が来るのはいつになるのか。

 

 でも、それができるなら、いつかその日が来るなら、ギンジはいよいよその時こそ人間と認められた未来でだけであろう。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 有姪海岸は春休みシーズンと、まだ少し肌寒い季節感という事もあり、そこまで人は多くなかった。

 

 だけど、見渡せば、公園には小さな子供を連れた親子、犬と散歩する老人、出店に並ぶ高校生、車にもたれる佐久間ギンジ・・・。

 

 「なんであんたがここにいるのよ!」

 

 カエデ達が連絡を貰うと、海岸沿いの駐車場の道で、見覚えのある金髪ツーブロック、サングラスのいかにも見た目のガラの悪い男がミドリコの車にもたれていた。

 

 「よ、無事に退院してきたぜ」

 「よ、じゃないわよ!何平然とあたし達の前に現れてんのよ!」

 「まぁ、そんな連れない事を言うなよ。一応俺たち共闘した中なんだし」

 

 憤るカエデをいさめる様に、ギンジは笑顔に対応する。

 

 「この前は、ありがとう。でもそれだけ。お礼はこれっきり」

 

 警戒の色は強いが、レンなりの礼儀だろうか、お礼だけはしっかり伝えてくれた。

 

 今後も協力する姿勢は救急車の中でしっかり伝えた筈なのだが。

 

 「あ、あのはじめまして!」

 

 元気よく話しかけてくるのは、角倉ケイタ。

 

 少し怯えてるのか、声が震えている。

 

 「僕は、角倉ケイタです」

 「始めまして、今日からヘヴンホワイティネスの一人で活動することになった、佐久間ギンジだ。親しみを込めて、ギンジでいいぜ」

 「待てーい!勝手に話をすすめるんじゃないわよ!」

 

 角倉ケイタもギンジの情報では、事情を知っている一般市民としての扱いで良いはずだ。

 

 「あの、なんで、僕にそんな事を・・・?」

 「気にしなくていいぜ、俺は未来を知っているからよ」

 

 まただ。未来を知っているなんて言葉、普通なら信用できない。

 

 だけど、言ってる事に妙な人間臭さと、何か真実味を帯びた喋り方が、あの日、カエデの心に迷いを生じさせた。

 

 こいつは怪人。それだけで、協力者であってもなるべく仲良くはならないようにしていこうとしている。

 

 「私は、その言葉を、確実には信用できない」

 「宮寺。まぁ、普通ならそうだよな。けど、いいぜ、これからの行動で全部決まると思うからよ」

 「あーら、怪人様にあたし達の信用なんか得られるのかしらねぇ」

 

 明らかな嫌味と嘲笑たっぷりの物言いに、まだ溝は深そうと、肩を落とすギンジだった。

 

 「皆、なんで海に行こうとしていたんだい」

 

 ミドリコがいつものスーツ姿のまま、飲み物を人数分用意してくれていた。

 

 「あら、ありがとうミドリコ」

 「ありがとうございます」

 「感謝」

 「サンキュー」

 

 海に来た理由はなんでもないただの思い出作りだ。

 

 それぞれの春休みを満喫するだけの、本当に簡単な理由だった。

 

 「もう、海は見たのかい?」

 「まだ。どうせミドリコ達も来たなら、一緒に見たい」

 

 やや強い潮風がレンの髪をあおっていく。

 

 「なら、一緒に行こう」

 「海なんて、何十年ぶりだ・・・?」

 

 ギンジの言葉が気になるが、とりあえず聴かないことにする。

 

 カエデは一度だけの協力だと思っていたし、今後も仲良くするとまでは言っていない。

 

 怪人は結局怪人でしかない。

 

 きっと、いつか裏切る。元いた組織も裏切ってきてるし、なによりギンジのあの見た目が気に入らない。

 

 「ミドリコは上手く丸め込んだみたいだけど、あたしは信用しないわよ」

 「ご期待に応えてみせるよ」

 「期待なんてしてないわよ。バカ」

 

 まるっきり信用されてないまま、カエデは足早に少し先に進むレン達の下へ寄る。

 

 「口の悪いご令嬢だ」

 

 だが、カエデの言う事も理解できる。だから、信用を得るまではしょうがない。

 

 サングラスを掛け直し、別に行きたくもない海を眺めようと、ギンジも皆に続く。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 海中では全く人の泳いでいない冷たい世界。

 

 そこの浅瀬に触手の怪人は冷たさを身体にまとわせるように漂っていた。

 

 「あっしら、なんでこんな海に配属されたんですかね」

 「・・・」

 

 同じ場所で同じ様にふわふわと漂うのはタコ怪人。

 

 いつも無口で何もしゃべらない謎多き怪人だ。

 

 「あ、タコさん、あっし必殺技新しくできたんですよ」

 

 嬉しそうな声音で触手を海の中で振り回す。

 

 「その名もデーモンエクスペリメンス・エクスペンダブル・テンタクル・インフィニティストライドってんです。水陸両用の必殺技なんすよ」

 「・・・」

 

 うなずくばかりでタコの怪人は喋らない。だが、その表情は心なしか喜んでいるようにも見える。

 

 目の前に魚が通れば一瞬でかじりつくタコの機敏性に、会話よりも食事が優先されているのがわかる。

 

 つまり、触手の怪人の必殺技の話題より、食欲に負けている。

 

 「あ、この前チワワを実験体に・・・」

 

 それでも触手の怪人の無駄話は止まらない。

 

 「それにしても、人、居ないッスね」

 「・・・」

 

 ドクターミヤコの命令では、海岸に人がいれば襲え、というザックリしたもの。

 

 もし怪人二人が暴れて騒ぎを聞きつけて、ヘヴンホワイティネスが来たなら、迎撃、ないしは佐久間ギンジ奪還を、命令として受けている。

 

 「あのギンジが裏切るなんてね〜信じられませんわ」

 「・・・ッ」

 

 タコ怪人からしてもあのギンジの裏切りは予想だにしていなかった。

 

 裏切る、言葉の意味は知っていても、ドクターミヤコに造られている以上、そんな感情を持つこと自体、タコにしてみても、触手にしてみてもありえない事だった。

 

 (・・・、ギンジ)

 

 タコ怪人はそれでも喋らない。心の中では、今でも仲良くしてくれたあのギンジの優しい表情が頭に浮かぶ。たった一度の略奪任務でしか行動していないが、彼の怪人基準での優しさにタコ怪人は嬉しかったのを思い出していた。

 

 今は敵になったかも知れないが、ヘヴンホワイティネスさえ倒せば、きっとギンジはこちらに戻って来てくれる。

 

 自分の感情や言葉はいらない。ドクターミヤコの為に、全てを捧げればそれでいい。

 

 「あ、あれギンジじゃないですか?」

 「・・・!」

 

 真っ先に眼を海面から出す。

 

 海を眺めに来ている集団から半歩離れて、ギンジは歩いてる。

 

 「あっしのレーダーすごいでしょ?これがあれば眼の代わりを果たしてくれるすぐれものでして」

 「・・・(ありがとうのサイン)」

 「これぐらいなんでもござーせんよ」

 

 触手話で、お礼を告げると、タコ怪人は急いで砂浜まで泳ぎだす。

 

 同じ触手を持つモノ同士、怪人言語みたいな特殊な会話が可能としている。

 

 同じ事ができるのは、同じ四足歩行の動物が素となった、オーク怪人と犬の怪人。

 

 ドクターミヤコにも、部下の戦闘員にも通じるあたり、タコ怪人のその技術は喋れない者にとっての、革新的な技だろう。

 

 ひょっとしたら、これがミヤコの言うフェーズ2なのかもしれないが。

 

 「・・・!!!」

 

 思いっきり高速で全身の筋肉を動かし、浅瀬に到着する。

 

 「あ・・・タコ怪人」

 

 存在に気がついたのはギンジではなく、レン。

 

 「・・・(こんにちはのサイン)」

 「こ、こんにちは」

 

 人みたいな礼儀の正しさに、思わず返事をするもタコ怪人の表情は一気に臨戦態勢に入る。

 

 「あれ、タコちゃんじゃん」

 「あんたまさか、ここにも怪人連れて来たの!?」

 「いや、俺じゃねーって」

 

 いきなり現れたタコ怪人に、カエデはギンジを疑うが、それにあわせてタコ怪人は砂浜に何か書く。

 

 砂浜を見るカエデ、レン、ケイタ、ミドリコ、ギンジの五人。

 

 “くたばれヘヴンホワイティネス”

 

 「よーし決戦ね」

 「手加減、しない」

 「今日も茹でてやろう」

 「・・・(かかってこいのサイン)」

 

 一気に空気の悪くなる海岸。

 

 「え、ここで戦うの・・・?」

 

 ケイタの困惑もさることながら、美少女二人は正義のヒーローヘヴンホワイティネスへ変身する。

 

 海岸はまだ寒いから人は居ない。わざわざ隠れなくていいならこっちの方が好都合だ。

  

 「きゃぁッ!」

 

 声の方に振り向けば、ミドリコが触手に絡め取られている。

 

 伏兵とも言うべき立場で、触手の怪人が砂浜を突き破りながら現れる。

 

 「ヒョヒョヒョ。あっし達テンタクルブラザーズコンビにかかれば、こんな人質とるぐらい訳ないんすわ」

 「卑怯よ!ミドリコを離しなさい!」

 「そりはできませんねぇ〜」

 (コンビなのかブラザーズなのかはっきりしねぇなぁ、お前)

 

 言わないでおくがギンジはそう心の中で呟く。

 

 人質取って余裕そうな表情が気に入らない。

 

 本来ならここでカエデもレンもミドリコの命の為に、武装を解除するだろう。

 

 だけど今は、ギンジがいる。

 

 「悪いな、触手!」

 「ギンジさん?まさかあっしの事殴らないよね?」

 「だから、【悪いな】、触手」

 

 ニヤリと顔を変えると、思い切り触手怪人の頭を殴り飛ばす。砂浜に叩きつけられ、放りあげられたミドリコをお姫様抱っこの要領でキャッチするギンジ。

 

 「あんた意外と軽いな」

 「ほわぁ・・・あ、意外とは余計だ!」

 「はいはい」

 

 初めての男性からのお姫様抱っこに、恋するお姫様の心情になるが、一瞬で冷静になる。

 

 「・・・(かかってこいのサイン)」

 「あたし達もやろう、レン!ケイタは離れてて」

 「今度も、勝つ。ケイタ君がいたら、戦えない」

 

 レンの言うとおり、カエデの言うとおり、ケイタは正直足手まといだ。だから砂浜を走って逃げる。こうするしかないのだが、また男として悔しい気持ちになる。

 

 チラりと後ろに視線をやれば、あの佐久間ギンジは生身で非常識的な存在と戦っているのに、どうして僕には力が無いのだろう。それを考え、悔やむばかりだ。

 

 (でも、今の僕じゃたしかに戦えない。ごめんよ、カエデ、レンちゃん、ミドリコさん!)

 

 少年の悔しさは砂浜を蹴る力を強くした。

 

 「敵になったってのは本当なんだな・・・あっしは、ギンジの事尊敬してたのに!」

 

 触手の先端から神経毒を撒き散らす。女性なら必ず効く毒だが、ギンジも何故か避ける。

 

 「ミドリコ、当たるなよ」

 「問題ない、霧状の攻撃は避け方を心得ている」

 

 少し離れた所からサイレンサーをつけた拳銃を構えて、いつでも撃てる姿勢を整えている。

 

 しかし。

 

 「むぐっ」

 

 ギンジの顔に吸盤のついた触手が死角から飛んで来る。

 

 「しまった、ギンジ!」

 「余所見してたら、あっしが食べちゃうぞ〜ヒョヒョヒョ」

 「くっ」

 

 見れば、カエデもレンもタコ怪人の吸盤に吸い付かれて、まともに動けていない。

 

 「くうう・・・触るなァ・・・!」

 

 左手が拘束されていない以上、レンにはビーム剣がある。

 

 それを綺麗に操り、的確に吸盤とタコの腕を切り落とす。

 

 「・・・!?」

 

 痛い。マジで痛い。そういった顔つきになるタコ怪人は、ギンジとカエデをレンの前に差し出し、一瞬、レンの追撃を止める。

 

 「ッ?」

 

 一瞬、カエデを斬りそうになった。手が止まるのを確認したら、タコ怪人が触手を広げて、口のある部分をグパァ、と開く。

 

 その穴は黒く、何か液体めいたものが浮かんでいることが確認できた。

 

 レンが警戒しているのを確認すると・・・。

 

 ブシュ。

 

 何か水気の音が混じった弾ける音。

 

 墨を吹き出す。

 

 「ぐうう・・・」

 

 墨をモロに食らうレン。その正面半分は真っ黒になってしまう。

 

 墨を拭おうと顔に手を当てるが、それと同時に背中に掴まれるような感覚。

 

 タコ怪人が背後に周り、レンを捕まえて居た。

 

 「こらぁー!このバカタコ!レンを離しなさい!」

 「むぐぐぐーむーぐぐーむぐむぐむっぐ!」

 

 顔面を吸い付かれて居るため、何を喋っているのかわからないが、おそらくタコへの罵詈雑言だろうか。

 

 「なっ・・・何を」

 

 背中を引っ張られる様な変な感触がレンに不快感を抱かせる。

 

 まるで片手で小さな少女を持ち上げる様なポージングで、触手の怪人の方角を向く。

 

 ミドリコが距離感を保ちながら、触手の怪人と戦っている。

 

 完治していない為か、ときおり腹部を抑えながら、触手の攻撃を避けている。

 

 

 それを確認したのか、タコ怪人はレンを持ち上げる腕を、思い切り振り下ろす。

 

 レンをそのまんま投げ飛ばした。

 

 「うわああーーー」

 

 明らかに人には出せない力での豪速球・・・いや豪速レンだが、触手の怪人の触手に絡め取られ、見事なキャッチにレンは事なきを得る。

 

 「レン!?大丈夫か」

 「あっしの触手キャッチ・インザヘヴンホワイティネスを見ましたか!これもあっしの」

 「お前は、話が長い・・・!」

 

 普通なら傷ひとつつかない触手の怪人の腕を、何本か纏めてビーム剣で斬り払う。

 

 「痛ってーーー!何すんだ!」

 「ミドリコ、ごめん。私が、こいつと戦う」

 「了解した。サポートは任せろ」

 

 タコ怪人はと言うと、吸盤の中身を予想していない高熱、炎によってギンジを離してしまい、それにより拘束の緩んだカエデが踏みつけにも等しい蹴り技で、タコの胴体を海へ吹き飛ばした。

 

 「炎使うと体が焼けるンだな・・・」

 

 腕を払うと炎が消える。

 

 バーナーの怪人の力を得たギンジの新たな能力だが、あまりの諸刃の剣っぷりに、ピンチになったら使おうと考える。

 

 再び海面から墨を吐き出しながら空中を舞う。空を飛ぶ様に、ギンジとカエデの上空へ浮遊し、ユラユラと二人の正面に降り立つ。

 

 「神宮、手を貸すぜ」

 「いらないわよ!こいつはあたしがやっつけるんだから」

 「・・・(両方かかってこいのサイン)」

 

 砂浜のあまりの騒ぎに野次馬が現れ、怪人を見て撮影するもの達が現れる。

 

 「・・・」

 

 タコ怪人の目線がそちらの野次馬達に向けられる。

 

 「あれの中に、いい人質になるのはいるかな〜」

 

 触手怪人も同じく野次馬に狙いを定める。

 

 「余所見、してたら、また捻じ切る」

 「これは失敬・・・」

 

 タコ怪人も野次馬に向けて、墨を吐こうと構えるが・・・。

 

 「タコちゃん、お前にも悪いが・・・」

 

 跳躍してからタコ怪人の目線が合うように、ギンジが太陽を背にする。

 

 「今日は俺達の相手をしてもらうぜ」

 

 落下に合わせて踵落とし。その威力と動きは人間の出せる限界を超えたモノ。圧倒的な破壊力は墨を凝縮した塊により、相殺される。

 

 「早く逃げて!ここは怪人達が暴れてるから!」

 

 カエデの叫びによって現実に引き戻された野次馬たちは、この前のアモーレの一件を思い出し、直ぐにその場を離れていく。

 

 「これで集中できるなァ」

 「うるさい!」

 

 カエデに横並びになるようにギンジが冗談めかした様に笑う。

 

 ギンジ、カエデvsタコ怪人。

 

 レン、ミドリコvs触手の怪人。  

 

 かくして砂浜の交戦が始まった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 触手の怪人には目標と言うべき人物がいた。

 

 造られたその日からドクターミヤコに愛を向けられ、オーク怪人に目をかけてもらい、下等と侮る戦闘員達から慕われる男、佐久間ギンジ。

 

 自分と同じ時間帯に造られたにも関わらず、組織のトップである総統にも期待を寄せられた男。

 

 居るだけでその存在が周りから認められる男。

 

 己の正義と志を持っていた佐久間ギンジは、任務においても己の美学、徹底力を維持し続ける。おまけに怪人同士の戦闘においてもほぼ負けなしの強さ。

 

 そんなギンジの凄さを、同じ怪人として尊敬していた。

 

 怪人の視点で言うのもおかしな話だが、本心から尊敬していた。

 

 なのに、あの尊敬の対象は、あまりにも簡単にドクターミヤコという大いなる存在を裏切ったのだ。

 

 不可解でしかない。組織に就いていれば、女にも、暴力にも困らないのに。

 

 おまけにギンジには将来を約束された様な物なのに。

 

 もしかしたらヘヴンホワイティネスという女が欲しいのか?

 

 だったら両方とも捕獲してやらねばなるまい。それが、ギンジの為にもなるし、ドクターミヤコの為にもなる。

 

 (あっしの目的は佐久間ギンジを取り戻し、ドクターミヤコに本当の意味で仕える事。その為なら、目的は問わない。美味そうな女も、貧弱な吠えるだけの人間も、必要になったら自分勝手に取りに行けばいいだけ)

 

 言われるがままでしかないが、それが怪人の役目。そう、それだけでいい。

 

 今回の任務も、ギンジを見つければ、捕まえる。簡単な任務だ。

 

 その際邪魔が入るなら、適当にあしらう。

 

 (でもな〜ヘヴンホワイティネスが目の前にいるしな〜。ついでに倒せば、良い女がもらえたりするかね)

 

 ほんの少しの欲望が、触手の怪人のやる気を大きくさせる。

 

 それが今回の任務の動機。ギンジが見つからない日も続いたが、今日はなんという僥倖か。

 

 「あっしの邪魔をしないでもらおう!」

 「お前が邪魔だ!」

 

 ミドリコのニードルガンが硬い触手を貫く。対怪人用の専用弾丸の入った特別性だ。

 

 「お前は、ここで倒す、抵抗するな」

 

 レンの冷酷な言葉と共に振るわれるビーム剣が、無慈悲とも言えるだろうか、触手の怪人にどんどん大きなダメージを与えて行く。

 

 「このっ・・・!」

 

 隠していた触手をバラっと広げると、扇状に神経毒を撒き散らす。

 

 この神経毒は女性の神経にのみその効力を発揮する、特殊な毒。

 

 特別死に至る様なモノではないが、長時間吸い続ければ廃人になれる。

 

 そんな毒を簡単に出し、この怪人は一体何を考えているのだろうか。

 

 もしこれで大量の被害者が出ることだけは阻止しないとならない。

 

 「お前達ヘヴンホワイティネスが、あっし達の仲間を、ギンジをたぶらかしたんだ」

 「違う、彼は自分の意思で私達の味方になると言ったんだ!」

 「それこそありえない話だ。奴には己の正義も、志もあったんだ。我々の正義の為に働くと・・・」

 

 かつてギンジは正義の為に戦いたいと、本気で言っていたことを思い出す。

 

 自由が約束されるこの組織で、なんでわざわざ裏切る必要性があるのか。

 

 「納得がいかなくても、関係ない。彼は、ヘヴンホワイティネスへ、味方になると言った。まだ、信用は、できないけど」

 

 レンを捉えようとする触手の波を斬りつけながら、怪人に接近する。

 

 「あっし達はギンジにしか用事がないのでな、邪魔をしないでもらおうか!」

 

 接近する少女の背後に、ドリル状の触手を何本か纏めて突きつけようと、貫こうとする。どうせ特殊なスーツで守られているのだ、簡単には本体にダメージはそこまで通るまい。

 

 「させるものか」

 

 ニードルガンを構えたミドリコから低く、落ち着いた声の後、針が発射される。その銃の先にはレンの背中ごと射抜く様な姿勢に見えていた。

 

 「もうその銃は止めてもらおう」

 

 手の形をした触手が針をキャッチする。それと同時に、レンの背中に迫っていたドリル触手が動きがとまる。

 

 「やはりな。お前は、目線の先に集中すると、他の触手の動きが止まる。いいのか、私を見ていて?」

 

 ミドリコに注視した結果、触手の根本・・・つまり触手の怪人の弱点であり、胴体の手前まで到達するレンがビーム剣を構えて、斬ろうとした瞬間にまで迫っていた。

 

 「取り返したいなら、今度はもっと本気で来ること。そうじゃなければ、あなたじゃ、私達は、倒せない」

 「うぐ・・・た、タコさん!助けてくれ!」

 

 もはや打つ手なし。今の任務の相棒に助けを求めるも、タコ怪人の方も戦闘は大詰めの様だ。もちろんギンジとカエデが勝利をおさめようとしている。

 

 「さよなら、触手さん」

 

 ビーム剣を最大出力にして、無数の触手をばっさり斬り落とす。

 

 そのまま大回転斬りによる小規模な竜巻が、触手の怪人の胴体を上空へ巻き上げる。

 

 「終わりだ!」

 

 上空の触手怪人へ、構えるはロケットランチャー。

 

 撃つのは甘白ミドリコ。容赦なく爆発する大火力の兵器をキレイなフォームで撃つと、触手の怪人は竜巻共に大爆発に巻き込まれた。

 

 「私達の勝利だ・・・流石に傷が痛むがな」

 「ありがとう、ミドリコ。ナイスサポート」

 「任せ給え」

 

 二人の戦士はハイタッチを終えると、ギンジとカエデの方に振り向く。

 

 二人は言い合いをしながらもうまくタコ怪人を追い込んでいた様だ。

 

 もうひとつの戦いも決着が近い。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 タコ。文字通り海で泳ぐ、よくみるアレだ。

 

 軟体動物などと呼ばれ、墨を吐き、その吸盤で獲物を捉え、まる齧りする、実は凶暴な生物。

 

 海に引込めば、人間だって喰らう恐ろしい生物。

 

 まさか自分が人に食べられるとは思わなかった。

 

 イケヅクリと言う、人間の料理の一種。生きたまま食べられるなんて、屈辱だ。

 

 『あー!!』

 

 まだ子供だろうか。思い出の中のその人物は、嬉しそうに、はたまた何か思い付きがあったのか、タコを見るや、ピョンピョン撥ねている。

 

 『どうしたんですか』

 『いい事思いついたのさ』

 

 人の言ういい事、なんてどうでもいい。殺すなら殺せ。

 

 もう神経も針の様な物で刺されて体が動かない。

 

 『いい事?それは一体・・・?』

 

 目の前の人間はタコの頭を持ち上げると、恐ろしい、深海よりも深い瞳で変な事を口走る。

 

 『コレを怪人にするんだよ。くふふふ』

 

 食卓に並べられたタコと、ドクターミヤコの出会いだった。

 

 ある意味では命を救われた。ただそれだけの理由で、タコはタコの怪人へと進化し、絶対的な忠誠を彼女に誓う。

 

 かつてブルーフィッシュが言っていた、人を相手に愛着が湧く時があると。

 

 これがそうなのかも知れない。

 

 ドクターミヤコへの恩義に報いる。それだけでいい。

 

 それが自分の存在意義でしかない。

 

 ドクターミヤコが悲しんで、苦しんでいるなら、その原因を排さないといけない。

 

 その原因であるヘヴンホワイティネスが今目の前にいる。

 

 なのに、あの佐久間ギンジは、そのヘヴンホワイティネスと共にタコ怪人に襲いかかってきている。

 

 これが人間という生き物。己の理のためにしか動かない生き物。

 

 ならば佐久間ギンジは人間であるという事を忘れさせてやらないと行けない。

 

 怪人である事を思い出させてやり、ドクターミヤコとの将来を誓わせないといけない。

 

 でも。

 

 かつての仲間に、この触手を、武器をちゃんと振るえるのか。それをいつも考えていた。

 

 戦うイメージはできていても、戦う覚悟はタコ怪人には出来ていなかった。

 

 「考えこんでていいのかー!」

 

 吸盤の吸い付きにも慣れたのか、絡め取られながらもギンジはくつろぐ様にタコ怪人へ激を飛ばす。

 

 「動かないなら好都合よ!余計な事させないで!」

 「いやまぁ、そうなんだけど、こいつ考え始めるとあんまり動かないからなぁ・・・」

 「あんたなんなのよ!」

 

 カエデの怒りも最もだが、ギンジからしても無抵抗になりつつあるタコ怪人を、殴る蹴る燃やす等攻撃するのは気が引ける。

 

 「なんなのかって言われたら、そりゃー正義の味方の味方よ」

 「そうじゃないわ!このバカ!」

 

 タコ怪人の動きが再度始まる。標的はカエデに決まったようだ。

 

 無数の触手がカエデを目掛けた攻撃だが、その殆どは避けられ砂浜に叩きつけられる。

 

 当たったかと思えば、衝撃波による拳や脚の強化で弾く。

 

 もう吸盤に悩まされることはない。

 

 「ほら、動きなさいよあんたも!」

 「お、悪いね」

 

 太いタコの触手ごとギンジを殴ったつもりが、ギンジにさしてダメージはない。

 

 「やっぱ、噂のご令嬢はお優しいね」

 「はぁ!?何言ってんのよあんた!」

 「いやだから、優しいねって。だらけて捕まってたのに、助けてくれるなんて。ありがとうよ」

 

 その気になればいつでも脱出できると考えていたが、カエデのフォローが嬉しかったから、皮肉は交えたがお礼を述べただけだ。

 

 何か嬉しそうな顔をしているが、余計にやる気を出したのか、衝撃波が強くなっている。

 

 (あ、そういえば、神宮カエデは正義のヒーローになってから、お礼を言われるのが嬉しいみたいな設定があったな)

 

 平和の為のお礼の言葉は、神宮カエデには言われない。神宮カエデ扮するヘヴン1にお手紙やら感謝の言葉が来るのがたまにもどかしい気持ちになる。

 

 (そんな設定もあったなー)

 

 タコ怪人の連続攻撃は、カエデだけじゃなく、ギンジにも向けられる。

 

 戦う相手と定めたのだ。

 

 「タコちゃんも、覚悟決めな。俺はとっくに決めたぜ。俺は俺の正義の為に戦う」

 

 ギンジの言葉を聴くとタコがうなずく。

 

 怪人としての覚悟を持ちながら、お互い相容れない立場になってしまったのだ。もう引けないところまで来てしまった。

 

 「行くぜ!」

 

 攻撃を避け、カエデと即興のコンビネーションを上手く決めながら、攻撃が命中していく。

 

 想像通りに動ける戦闘思考が、どんどん進化していっている。

 

 カエデの動きが予測できれば、それに合わせた動き。

 

 タコ怪人の動きが予測できれば、あとはどうやって接近するか、映像の様なイメージとして頭に想像できれば、その行動が思い通りに行く。

 

 身体能力はもう人間ではないし、怪人としての能力をフル活用しながら、拳はタコに命中していく。

 

 合わせて、カエデの追い打ち。さらにギンジの飛び蹴り。

 

 必殺技も打ち込み、いよいよカエデの攻撃に耐えられなくなってきたタコ怪人は、墨を吐き出し、目くらましを行う。

 

 「うわ、また墨!もう、煩わしい!」

 

 その墨の向こう側から、吸盤をむき出しにした触手が、カエデを捉えようと伸ばしてくる。

 

 「今、油断、したろ」

 「うるっさい!」

 

 掴まれる瞬間、ギンジがカエデの横から、抱きかかえ、距離を離す。

 

 しかし、触手に捕まっていれば、逆にピンチだったかも知れない。

 

 「・・・ありがと」

 「何?」

 「ありがとって言ったのよ!このバカ」

 

 気恥ずかしさもあり、ギンジの頭を叩く。

 

 「お礼言いながら、殴るなんてどーゆー神経なんだ」

 「うるさいわね!さっさと離れてよ!」

 

 まだ抱きかかえたまま、タコの猛攻を避けていた。

 

 「いいか、離したら、右に行けよ。俺は左に行く」

 「・・・私が左よ」

 「わかった、なんでもいいから、挟み撃ちにすんぞ」

 

 上段に振り下ろされた吸盤に対して左右に分かれるように離脱する。

 

 「決めるわよ!」

 「おう!初手は任せろ」

 

 思わずレンと戦っているときみたいな、いつもの口調が出てきてしまった。

 

 レンと言葉を通わせながら戦う事はできても、完璧ではない。

 

 でも、この男は、佐久間ギンジはまるで意思を通わせながら共に戦っているような、シンクロしているような感覚で動けた。

 

 本来ならダメージになるような攻撃を、ギンジは事前に抑える。

 

 そして、攻撃の為の有効打になりえる展開、状況作りを行ってくれる。

 

 カエデにとって非常にタイミングを合わせやすい。

 

 もし・・・。

 

 もし本当にこの佐久間ギンジの言う協力が、今後の戦いにおいて役立つなら、少しは、本当に少しは信用してもいいかもしれない。

 

 「オラ!」

 

 ギンジのタックルがタコ怪人のバランスを崩す。

 

 「任せたぜ、カエデ!」

 「任されたわ!」

 

 せっかく任せてくれたのだ。盛大に決めたい。だから、任せてくれた彼の名前を呼ぶ。

 

 「ギンジ!」

 

 ナックルのギアをフル回転させる。スチームを放出し、両手が熱くなる。

 

 カエデの必殺技が、タコ怪人に命中する。

 

 「必殺!メガトン・インパクト!!」

 

 奥義とも呼ぶべきか。溜めた衝撃波は小規模な爆発を起こす。腕が爆発するそのジェット噴射とも言うべきスチームの勢いを利用して、両手の掌底を突きこむ。

 

 「・・・!!?」

 

 タコ怪人が海の向こう側まで吹き飛び、ボシャーンと大きな飛沫を上げて、沈んでいく。

 

 「やったな、カエデ」

 「・・・」

 

 名前呼びは不味かったか、彼女は睨みが強い。

 

 「ギンジ」

 

 小さく、弱気な声。

 

 ヘヴンホワイティネスとは言え、その正体はただの女子高生。

 

 カエデはギンジを見つめる。

 

 「あんたを・・・信じていいのね?あ、まだ少しよ!少し!ほ〜んの少し!」

 

 少し。それでも信用。大きく信用してもらえるなら、今後も彼女達の為に尽力しなければいけない。

 

 「おう!佐久間ギンジの今後に乞うご期待・・・ってな」

 「なによソレ」

 

 安心から来る笑み。

 

 そうだ、神宮カエデだってただの女の子。本当は戦いだって怖いはず。

 

 それを決して表に出さないのは、ひとえにカエデの精神力の強さだろう。

 

 「向こうも勝ったな」

 

 ギンジの視線の先には、レンとミドリコが手を降っている。気がつけば、ケイタもレン達に合流したようだ。

 

 「ほんっっっとうに、少しだけど・・・」

 

 溜めた言葉を、ギンジに伝えようとするが、その言葉は出ない。

 

 「なんでもない。これからもガンバ」

 「なんだよ、ソレ」

 

 同じ様なやり取りの繰り返しに、二人は笑顔になる。

 

 さっきまでの嫌味な視線、口調は収まった様に見える。

 

 (まだ、仲間にはなれないか)

 

 溝は少しだけだが、底が見えてきた。

 

 距離は少しだけ縮まった。

 

 (一瞬・・・こいつが、ギンジが仲間になってくれたらな・・・なんて考えちゃった)

 

 この瞬間まで、嫌味な態度を取り続けた事を申し訳なくなりつつも、カエデはその感情を押し殺す。

 

 今は、まだ。

 

 でもいつかきっと。自分の気持ちが、レンとミドリコも認めたら、その時は。

 

 (その時は、仲間ってちゃんと言ってあげようかな・・・)

 「おいおいカエデ聞いたか」

 

 一人で考え込むカエデを尻目に、ギンジはなにやらケイタと面白そうな談笑をはじめていた。

 

 「ケイタがうまそうな出店みつけたんだとよ。行こうぜ!戦ったら腹減ったよ」

 「同意。これはギンジの言うとおり」

 

 いつの間にかレンもギンジ呼び。

 

 「あ、もしかしてダイエット中?」

 

 ケイタのデリカシーの無い発言が、カエデの血管をピクピクと動く。

 

 「おいおい、ケイタ、そんな事言ったら駄目だぜ。きっと、お腹空いたーって、言うのが恥ずかしい年代なんだよ。それか便秘だな」

 「あーなるほど。さすが佐久間さん」

 「ギンジでいいぜ」

 「ギンジ、君も大概だな・・・」

 「ミドリコ、ベンピとは、何か知りたい」

 「あ、えーと・・・レンちゃんは知らないほうがいいよ」

 

 ギンジのありもしない冗談か、はたまた大真面目か、その言葉が面々を盛り上げる。

 

 乙女のプライドに怒りの剣を振りかざす。

 

 「やっぱり認めるかーーー!!!」

 

 有姪海岸にヘヴンホワイティネスの悲鳴アリ。3月中はその噂が、街で広まるのであった。

 

続く

  

 




お疲れ様です。戦闘の描写って難しい。むりくり感あるかもしれませんが、それでも楽しんでいただければ幸いです。

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
必殺技はまだない

神宮カエデ
必殺技は何個かある。触手の怪人みたいに長い必殺技は無い。
たまにネーミングを触手の怪人から拝借したいらしい

宮寺レン
必殺技は、大回転斬り、ビーム剣超乱舞。いずれもカエデが命名

甘白ミドリコ
必殺技を持っている様な人ではない。が、何故か色々な重火器を持っている。生活はズボラ。

角倉ケイタ
必殺技は天然デリカシー皆無爆弾。
戦う力が欲しい

今後もがんばってかくぞおおおおお


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6・角倉ケイタの恋心

告白のシーンとかむっずいねん。
気持ちの表現がうまくできていればいいなぁ、と。

今回の話は短いです!


 恋。

 

 それは学生であれば誰もが経験し、誰もがその苦い経験に涙し、誰もが甘い一瞬に胸が踊る、そんなあいまいな物。

 

 僕、こと角倉ケイタは高校になっても好きという感情に、左右されることはなかった、と思う。

 

 それは何故か?

 

 僕には神宮カエデという暴れ馬、もとい、じゃじゃ馬さんがいつも近くにいる。

 

 いややっぱり、とても可愛い素敵な財閥のご令嬢様が友人にいる。

 

 言い換えておかないと後が怖いからこう呼ぶよ。うん。

 

 そんなご令嬢様は高慢ちきな性格で、曲がったことが大嫌いなお人です。

 

 僕も周りの目線を気にして生きていたから、なんとなく、流される生き方、人生になると思っていたりした。

 

 でも、令嬢だからと後ろ指さされても気にしないし、むしろ積極的に発言するし行動するし、手が出るし。

 

 でも、そういう気合?生き方?を持っているからこそ、【自分】がある人なんだろうな、っていつも思ってた。

 

 だから、僕も周りがどうとか、人が言っているからって、あいまいな理由で人との距離を作ることを辞めた。

 

 変わりに僕は、誰にでも分け隔てなく接する様にしようって決めた。

 

 今の僕の有り様は、きっと神宮カエデの影響で周りに負けない自分になろうって作られた、僕の心だ。

 

 そして、僕には新しく友人ができた。

 

 宮寺レン。無口で、言葉使いも少し変だけど、カエデと一緒に居ることで、女の子らしさを手に入れた子だと思う。

 

 皆がレンちゃんって呼ぶから、僕もレンちゃんって呼ぶ。

 

 僕みたいな男に名前で呼ばれるのは嫌かもしれないけど、それでも冗談めかして呼んでみれば、驚きと嬉しそうな感情表現が、面白かった。

 

 これで、カエデ、レンちゃんに、ウラの顔があるって知らなければ、それはそれは幸せだったと思う。

 

 「はぁ〜・・・僕にもなにか特別な何かがあればな・・・」

 

 ため息は虚空の空に消えていく。

 

 本当なら男である僕が、彼女達に変わって戦えれば傷つく事も怖い思いもしなくて済むはずなのにな。

 

 などと考えながら僕は、神宮家に向かっている。

 

 「おはようございまーす」

 

 呼び鈴を鳴らして出てくるのは、いつもの給仕さん。

 

 門を開けてもらい、僕は自宅と言うにはあまりにも大きい屋敷へと歩をすすめる。

 

 今日から新学期も始まる。本格的に春という季節が迫ろうとしていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 二年生になった僕たちはいつもの通学路で、カエデとレンちゃんを連れて、度固化野名神高校へ向かう。

 

 新一年生のキレイなブレザー、キレイな鞄。

 

 僕たちのも雑に扱ってはいないはずなのに、なぜか革製のそれは年季の入ったもののように見える。

 

 「なにボケ〜っとした顔してんのよ」

 

 カエデとレンちゃんが僕の数歩先でこちらを振り向く。

 

 いつもの見慣れた二人に、僕は急ぎ足で二人に追いつく。

 

 「ごめん、新しいブレザーが羨ましくてさ」

 「確かに、きれいよね。あたし達のもあんなにきれいだったのに」

 「レンちゃんのはキレイだよね」

 

 宮寺レン。彼女は、親の仕事の都合で、親戚の所に預けられている。

 

 表向きは、だけどね。

 

 それだから転校生の為に新たに作られた、ブレザーは未だ、真新しく見える。新一年生とそんなに変わらないキレイめなブレザーだ。

 

 「うん。だけど、もうほつれて来た・・・せっかく綺麗な制服なのに、もったいない」

 「あら、それじゃ直してあげるわよ。裁縫は得意だし」

 「ありがとう、カエデ」

 

 何気ないやりとりにレンちゃんが笑顔になる。

 

 屈託なく笑う彼女の顔は、転校してきた時よりも、より少女らしさを際立たせる。

 

 機械みたいな者から、人間として認められる。

 

 この笑顔を見るのがなんだかたまらなくて、何か面白くて、だからずっと反応を見たくて目で追ってしまう。恋をしていたらきっと可愛いって思えるのかな。

 

 (あ・・・)

 

 今僕は気づいた。気づいてしまった。

 

 (きっと僕は・・・)

 

 彼女を・・・、宮寺レンを好きになってしまったのだろう。

 

 「ホラ!ボサッとしないの!ケイタも早く!」

 「ケイタ君、体調悪い?」

 

 カエデの言葉より、レンちゃんの言葉の方が耳に入りやすくなってしまう。

 

 (そうか・・・これが恋なのかな・・・)

 

 僕は胸の中の変な気持ちを振り払えず、何度も脚が止まりそうになった。

 

 息もいつもとは違う感じがした。お腹がギュウっと締め付けられる感覚。

 

 そして頭の中は、気持ち悪いかもしれないけど。

 

 (レンちゃんでいっぱいになっちゃった・・・)

 

 僕は経験したことない感情を引きずったまま、学校を過ごす事になる。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「おい、おい、起きろ」

 「ふぇ?」

 

 有姪海岸の砂浜に異様な人影。それは人ではない存在、怪人。

 

 「あれま、おはようございます、チワワ。なにゆえこんな所に?」

 「チワワは戦闘員と共に、ここに来た。目的は、お前たちの回収だ」

 

 本当の犬の様にハッハッと呼吸しながら、犬の怪人は胴体だけの丸焦げの触手の怪人を起こす。

 

 「ドクターが心配している。タコも女性戦闘員達が回収した」

 「ありゃぁ、あっしはロストしてなかったんですね」

 

 手酷く敗けたあの日から、発見される今日まで、触手の怪人は眠りこけていた。

 

 「ドクターが心配している。帰還しよう。ドクターに治療してもられえれば、お前も戦える」

 

 自慢の筋肉で触手の怪人を持ち上げると、犬の怪人はナイスバルクを見せつけるように人気のない海岸を歩く。

 

 「チワワは、お前と共にギンジを追うべきだと思ってる」

 「そりゃまた突然。でもなぜあっしをペアに?」

 

 触手の怪人は焦げた顔を揺らしながら、犬の怪人に聞いてみる。

 

 「同期だからだ。チワワも、お前も、ギンジも」

 

 空いている右手で握り拳を作る。そしてその力は強く、固く、筋肉で震える。

 

 「同期組ならギンジもこちらにもどってくれそうだ」

 「はぁ、あっしだってギンジを取り戻したいですよ?」

 

 触手の怪人の焦げた匂いがチワワの嗅覚を刺激する。

 

 「とりあえず、あっしが言いたいのは、アレですよ」

 「なんだね」

 

 触手の怪人がポリポリと、残った小さな触手で頭を掻く。

 

 「こんな事言うのもね、本当は恥ずかしいんですけど、一緒に・・・」

 「一緒に・・・?」

 「一緒に、ヘヴンホワイティネスを倒そう。ヘルブラッククロスとして・・・」

 

 そしてギンジの友として、同期として。

 

 二人の怪人は海を眺めながら、近い将来の話をする。

 

 ここでも友情が生まれていた。

 

 「復活したら必殺技を・・・」

 「お前のネーミングは長い。ハイマッスル・フルパワー・ライオンに改名するんだ」

 「それもうめちゃめちゃ筋肉質なライオンじゃねーか!っていうか犬ですらねーぞ!!」

 

 めちゃくちゃな言い合いをしながら怪人達は、ヘルブラッククロスのアジトに戻る。

 

 犬の怪人出没注意。その看板が有姪海岸のあちこちに立てられると4月中はいよいよ人の出入りが無くなった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 放課後。あのままどうしていいのか解らず、僕は屋上にレンちゃんを呼び出していた。

 

 事前知識なんてないし、これが正解とか、不正解とか解らないけど、なんか勢いで呼び出してしまった。

 

 あの子の笑顔をみていると苦しくなる。

 

 その笑顔が消え失せて、戦いへの覚悟になる時は、心臓を掴まれる様な気持ちになる。

 

 全部、全部、どうしていいか解らない。

 

 「好きです、は違うよな。お付き合いください!・・・いやぁ、これも気持ち悪いかも・・・」

 

 うわああ。もう駄目だ、逃げたいかも。

 

 そうだよ、今日じゃなくたっていいんだ。そうと決まれば連絡して、やっぱりキャンセルしよう。

 

 僕はスマートフォンを取り出す。み、み、みやでら・・・あった、宮寺レン。レンちゃんのチャットに・・・。

 

 ・ごめんけいたくん もうすぐ屋上に、つきます

 

 うわあああ、もう駄目だ、手遅れだ。

 

 「どどど、どうしよう、本当にどうしよう」

 「ごめんなさい、少し、遅れた」

 

 ぐあああ!もう来てしまったーーー!!!

 

 「お話って、なにかな」

 

 少しも警戒していないよレンちゃん。無邪気な顔で僕をみないでぇえ・・・。

 

 「ケイタ君?」

 「ア、ハイ」

 

 背筋が伸びる。

 

 もう逃げられない。もう嘘は考えられない。

 

 「あ、あのレンちゃん・・・」

 

 僕は本当にどうかしていた。

 

 人を好きになると、バカになるなんて聴くけど、本当に今の僕はバカだ。いやソレ以上だよ。

 

 佐久間さーん!助けてーー!今は貴方の男らしさが必要だー!

 

 「ケイタ君、本当に大丈夫?今日は、ずっと変だよ」

 

 怪しまれてる。当然だよ、きっと今の僕は変だよね。アハハ、笑ってくれ、神様。

 

 でも、僕は、この気持ちに嘘はついちゃいけないのかも知れない。

 

 それが神様が僕に与えた試練なんだよな、きっと。

 

 もうこうなれば、ヤケだよ。上手く転がってくれ!

 

 「あのね、今日呼び出したのは・・・」

 

 ああ、胸が締め付けられる。その感覚がさっきより強くなってくる。

 

 でも、なんだろう。言おうと思えば、するする言葉が出てくる。

 

 覚悟があれば、怖くない。意味合いは違うのかもしれないけど、戦う時のカエデやレンちゃんも、その見えない不思議なもの、【覚悟】を持っていたから、前に進めたのだろう。

 

 ならば、僕も【覚悟】を持とう。

 

 僕がレンちゃんを想う気持ちに嘘だけはないのだから。

 

 「僕は、君が好きです・・・」

 「・・・っ!?」

 

 気恥ずかしさが全身を焼いていくような感覚。

 

 「えーと・・・」

 

 あ、駄目っぽい。終わりだ。さよならお母さん、お父さん。先立つ不幸をお許しください。

 

 「好きっていう、感情は、よくわからないの。気持ちはすごく嬉しい・・・」

  

 レンちゃんの言葉は僕を現実に引き戻してくれる。

 

 「あの、その、どうして私を、好きになったの?」

 

 それは聞いちゃ駄目だよ。禁句だよ。泣きたい。

 

 「えと・・・」

 

 そもそもレンちゃんは気になるだけの人でしかなかったんだ。

 

 でも、この関係が終わるのは嫌だけど、もう僕は終わったようなものだし、関係ないや。もう、言えるだけの全部吐き出しちゃおう。

 

 「・・・僕は、最初、君の事をそこまで興味なかったんだ。でも、君が、レンちゃんが戦う事情を知って、僕たちの及ばない驚異と未来から今にさかのぼって戦う君を見て、興味が出来たんだ」

 

 もしかしたら今の僕は泣いてるかな。

 

 「レンちゃんは今の、君から見た過去の時代の物は、なんでも初めて目にした物に色々な思いを乗せてそれを感情に出している君を見て、毎日見ていたくなったんだ」

 

 ああ、喉が狭くなる。多分、言わなくていいことも口走りそうだ。

 

 「戦いに向かうレンちゃんを見ていたら、君を守りたくなったんだ。力じゃない、僕が戦うんじゃない、僕は戦えない・・・」

 「大丈夫、ゆっくりでいいから、聴かせて欲しい、ケイタ君の言葉を・・・」

 

 言葉に詰まる僕へのフォローが、僕の背中を押してくれる様な気がした。

 

 「僕は、僕は、君を戦闘で守る事はできないし、強くないし、かっこよくもない・・・でも、戦いに傷つくレンちゃんを見てられない時もあるんだ」

 

 上を向いて、下を向いて、また上を向く。

 

 涙で崩れた僕の顔はきっと情けないし、ひどく気持ち悪いと思われているかも知れない。

 

 でも彼女の表情は優しく、ずっと眼を逸らさずに僕をみていてくれている。

 

 ならば僕も眼を逸らしちゃいけないと思った。

 

 「今後、君とは友達じゃなくてもいいから、親友になれなくたっていい!」

 

 僕はありったけの想いを宮寺レンという少女に、ぶつける様に言葉を絞り出す。

 

 「君の心を、僕に守らせてくれないか・・・!!」

 「・・・!」

 

 好きな人の為に、何か力になりたい。

 

 でも今の僕が、レンちゃんの力になれないなら、せめて何かを守れる人になりたい。

 

 「ケイタ君・・・ありがとう」

 

 その言葉は重く感じた。決して悪い口調で放たれた言葉ではないが。

 

 「好きの感情は・・・ごめんね、私も本当に、よくわからないの。大切な人っていう意味なら解る」

 

 そのままの優しい声音が、僕を押しつぶすようなプレッシャーにも感じる物があった。

 

 「私は、皆の未来を守れるなら、なんでも良かった。独りだとずっと思っていたから。でも、守るべき筈の人たちを、戦いに巻き込んで、カエデとか、ミドリコとか、ケイタ君も、申し訳ない気持ちがあったんだ」

 

 少しずつでも、言葉を選ぶような喋り方。

 

 「でも、私だけじゃない、ここに居る皆が、私にとって守りたい人、全て大切な物なんだ。その感情を理解できるまで、時間はかかるかも、知れない。ケイタ君も大切だよ。だから、ケイタ君に、それを教えて欲しい・・・」

 

 少しだけ恥ずかしそうに、彼女は笑う。

 

 「私にはまだわからない。恋というものが。だから教えて欲しいな」

 「僕が、教えられるかな・・・でも頑張るよ」

 「期待、してるよ?」

 

 まだ、交際には至らないかも知れない。

 

 けど、僕は涙を拭うと、レンちゃんの手を握る。

 

 「今はまだ不甲斐ないかもしれないけど、僕は君が好きだ。いつかこの気持ちを理解できたら、その、へ、返事をくれるかい?」

 「うん。気持ちを今は、受け取るだけだけど」

 

 それだけでいい。受け取るだけ。捨てられなかっただけでも嬉しい。

 

 それから僕たちは二人で下校した。

 

 これからの戦いの事や、僕ができることを精一杯二人で考えながら、楽しく話した。

 

 結局、答えはでないけど、僕の目標は決まった。

 

 それは戦いに向かう友人、いや、仲間の為に心を守ること。

 

 尊重し、癒やし、守る。

 

 きっとあのヘルブラッククロスと僕はどうしても戦えない。

 

 だけど、ひとつの戦いが終わったら、彼女達の話を聞こうと思う。

 

 僕だけができる戦いが、ひとつだけ、幕を開けた。そんな気分だ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 暗い円型の会議場に、スポットライトが点灯し、一人の人物を照らし出す。

 

 糸目に華奢な身体、スーツの様な礼装に身を包み、芝居じみた仕草で、影の向こうに見える、威圧的な人物へと一礼を行う。

 

 会議場にはそれぞれヘルブラッククロスの大幹部二人が並ぶ。

 

 片方は、サイズの合っていない白衣と子供の様な印象を思わせる、科学者のイメージが持ちやすい少女・ドクターミヤコ。

 

 もう片方は、黄金の鎧と刀を携えたこちらを値踏みするように見回す、悪魔の様な雰囲気を持つ女性・リコニス。

 

 その中心には闇で上半身が隠れ、素顔が見えない謎の人物。

 

 「お初にお目にかかります。我が名は、狐の闇人(やみびと)と申します」

 

 その大げさな身振り手振りで狐の闇人は、二人の大幹部にもそれぞれ一礼を行う。

 

 「オレが銀狼の魔人だ」

 

 狐の闇人の後ろで腕組みしながら、不機嫌そうな顔つきの大男が、二人の大幹部と、中心に座る総統に軽く一瞥を行う。

 

 「よくぞここまで来たな」

 

 総統の声は悪の力がそのまま、出てきたような声音。

 

 「はい。こうして我々をかの有明なヘルブラッククロスに迎え入れてくれて、大変感激でございます」

 「ま、その辺はオレも感謝してるぜ」

 

 この二人はヘルブラッククロスの言う所の怪人ではない。

 

 怪人と同等の存在でありながら怪人達とは似て非なる存在。

 

 「我々の所属していた組織は、ある強敵の前に崩れ去りました」

 「オレ達、闇のガワにいるやつらにはどうしても敵が多いからな、くそったれ」

 

 二人の異人達は、大幹部二人と総統を前にしても全く臆していない。

 

 「まさか他の2つの組織が潰れるなんてね〜。早めにヘルブラッククロスに媚びへつらえれば、こんな事にはならなかったのにね?」

 「くふふ、新たな研究対象が増えそうで、嬉しいですよ」

 

 顔だけみれば人間に見えるこの二人も、この組織における重要な役割を持たされているのだ。異人二人に全く臆さない。

 

 狐の闇人の組織、マージ・ジゴックは強敵に潰された。

 同じく銀狼の魔人の組織、ゲヘナミレニアムも強敵によって壊滅させられた。

 

 孤独の残党同士、意気投合し、残った裏社会の組織へ身売りし、今に至る。

 

 「お前たちを迎え入れたとして、メリットはあるかね?」

 

 総統が再び口を開く。

 

 世間で言われる悪の組織。3つの地獄とまで呼ばれていた巨悪は今や、技術力、軍事力、戦闘力、全てがトップと呼ばれているヘルブラッククロスしか残っていない。

 

 「我々の力を存分に使ってください。先ずは、えー、ヘヴンホワイティネスというあなた達の強敵へ向ける矛となりましょう。我々も自分の組織では、ソレ相応の立場に居りました。きっとヘルブラッククロスを倒すのに役立ちましょう」

 

 右手を胸に当てながら、芝居の様に自分を演説する。

 

 「なるほど。それで、勝てたら何が欲しい?組織の復活かね?」

 「勝てたら、じゃないぜ閣下。オレ達は勝つよ」

 「無論です。そして勝利を手に入れたら、2つ、不躾ですが褒美が欲しいのですよ」

 

 おどけた様な態度で狐の闇人が、両手を広げる。

 

 「我々の本来の敵を倒す為にお力をお借りしたくおもいます」

 「そいつが1つ目で、2つ目は・・・」

 

 狐に続いて、銀狼が口を開く。

 

 「オレ達を大幹部にしてもらいてぇ」

 「くふふふ、随分大きく出たね」

 「へぇ〜できるかなぁ〜?弱っちょろそうだけどね・・・」

 

 大幹部二人の殺意が大きくなる。

 

 「くハハハハハハ」

 

 しかし総統が大笑いをする事でその殺意が収まる。

 

 狐の闇人も、銀狼の魔人も同じく殺意に対応したが、それも総統の大笑いで消える。

 

 「よかろう。お前たちの実力を見て、見事ヘヴンホワイティネスを撃破したならば、その2つの褒美を取らせよう」

 

 総統の言葉は絶対。このお方が決めた以上は、ドクターミヤコも、リコニスもそれ以上は何も言わない。

 

 (・・・もうすぐだ。憎きあの怨敵を倒し)

 (オレ達の真の目的をはたすチャンスがやってきた)

 

 異人達は野望を持っていた。

 

 ヘルブラッククロスとは違う、マージ・ジゴックとも、ゲヘナミレニアムとも違う。

 

 (我々だけの世界を・・・手に入れる!)

 

 会議場の中で、闇と魔が嗤う。

 

 (ま、偉そうな事言ったが、オレは、組織を潰してくれたあの女を倒せればそれでいいんだけどな)

 

 顔の見えない総統は、二人の異人を見下ろす。

 

 (ミヤコに任せよう。こいつらは役に立た無さそうだ)

 

 大きな悪に、闇と魔の混じり合った存在達が加入した。

 

 地獄は広がっていく。どこまでも、永遠に。

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。アトラクションです。
ようやく恋愛の話として一つ、切り出せた様な気がします。

難しいなぁ、とは思いつつ、書きたいようにかけたかな、と。
がんばるぜ!

キャラネタ書きます
狐の闇人(やみびと)
丁寧な口調と芝居みたいな仕草が目立つ、糸目の異人。
普段は人に化けている。所属していた組織はマージ・ジゴック

銀狼の魔人
粗暴な口調と、威圧するような見た目が特徴的な態度の悪い狼。
所属していた組織はゲヘナミレニアム

うおおおお次回は話が長くなりそうだぜええでも、楽しみに待っててほしいズラ。

がんばります!


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7・魔法少女と退魔警察と怪人と

今回の話は長くなってしまったので二話構成でわけております。

最後の所は違和感あるような終わり方(いつも違和感あるかも)かもしれませんが、是非お楽しみいただければと思います!
で、ついでに後編になる方のお話も今書き直しております。
重要な所を抜いてたり、登場させるはずだったミヤコがいなかったり。。。やっちまったー!感で書いております。
それではお待たせしました7話です!
お楽しみください


 佐久間ギンジ。

 

 東京某所で働く30歳、独身。

 

 コレと言った任せてもらえる仕事、無し。

 

 家族、友達、恋人、役職、情熱、全て無し。

 

 生活能力、有り。

 

 やる気も出せず、ただ会社に居るだけのサラリーマン。

 

 底辺。その言葉が似合う生きた屍。

 

 そんな彼の最近のマイブームは、スマホでもできるゲーム。

 

 【正義のヒーロー・ヘヴンホワイティネス】

 

 そのゲームだけが彼にまだ生きる気力を残していた。

 

 『くうう、やめろおお』

 

 スマフォの画面内で、神宮カエデという綺麗な顔つきの少女のキャラクターが、様々な凌辱により望まぬ快楽を与えられている。

 

 その様を見て、佐久間ギンジは性的興奮を抑えられない。

 

 でも、たかがゲームだ。

 

 物語が終われば、一気に虚無感と脱力感が、中年の身体に襲いかかってくる。

 

 「俺、まじでなにしてんだろ」

 

 6畳の小さな部屋での天井を眺め、ギンジは死人の様な顔で一人呟く。

 

 今日はあまりにもやる気が出せず、会社を無断欠勤した。

 

 そうすれば誰かしら連絡をくれるからだ。

 

 普通であれば、だが。

 

 「マジで連絡こねぇ・・・もう俺居る意味ないじゃん・・・」

 

 普通の企業であれば、無断欠勤等ゆるされる筈ではない。しかし、ギンジの携帯には会社は疎か、直属の上司でさえ連絡をくれなかった。

 

 寂しいとか、悔しいとか、そういう感情ではない、無が、ギンジの心を蝕んでいく。でも、明日も何食わぬ顔で出勤すれば、誰も彼も佐久間ギンジを居ない者としての扱いをする。

 

 「一体俺が何をしたってんだぁ?」

 

 小さな部屋、小さい布団の上で、得も言われぬ孤独に涙すら出ない。

 

 もう何をしたらいいのか。

 

 「あーあ、俺も正義のヒーローだったらなぁ」

 

 視界の先はスマフォ。その画面はヘヴンホワイティネス。

 

 ホーム画面は神宮カエデ、ロック画面は宮寺レン。

 

 オタクの痛スマフォみたいな状態になった、カバー。

 

 「俺にはもうこれしかないな・・・」

 

 ヘヴンホワイティネス。最早それだけがギンジの生きる糧。

 

 「あ、そういえば」

 

 時間は13時。

 

 昼時に丁度いいその時間帯、ギンジはセーブすると、手慣れた捜査で動画投稿サイトへと移動する。

 

 あのヘヴンホワイティネスを作り、販売した同人グループが待望のラストアップデートを宣言したのだ。

 

 その情報を見逃しては行けないと、社会人にあるまじき行動、無断欠勤に打って出た。

 

 本当は誰かに心配してもらいたかっただけだが、今はもうどうでもいい。

 

 『どうもー!同人グループの・・・』

 「自己紹介なんてどうでもいい!早く内容を!今度こそ、カエデやレンやミドリコとか、リコニスのハッピーエンドだよな!?そうだよな!」

 

 声が反響するぐらい叫ぶ。

 

 『今回はゲストに、神宮カエデ役のこのお方をお迎えします!』

 

 声優とはゲームを彩る素敵なスパイスだが、それすらもどうでもいい。

 

 重要な所だが、そうじゃない。

 

 『さて!今回のラストアップデートですが!こちらをご覧ください!』

 

 同人グループのリーダー核らしき男が、テロップを画面上に露わにする。

 

 【魔法少女サクラと退魔警察レイナが、ゲームヘヴンホワイティネスに登場!?最強コラボレーション!!】

 

 内容に唖然とした。

 

 「なんだ、よ、これ・・・」

 

 ガクーンと肩を落とす様な気分で、ギンジは更に映像を確認する。

 

 魔法少女サクラも退魔警察レイナも、ヘヴンホワイティネスの制作した同人グループの送る力作だ。

 

 絵も可愛いし、内容は陵辱にまみれたよくあるその手のゲームなのだが、ギンジもそのゲームの存在は知っていた。

 

 「いや、別にやらんし」

 

 でも、ヘヴンホワイティネスが良作だからと言って、そこと同じ製作元の出すゲームだからとやる気には、何故かなれなかった。

 

 『今回のアップデートはなんと!無料です!』

 

 無料。ギンジの様な永久貧乏社会人にはありがたい。

 

 「ま、無料ならいいか・・・」

 

 内容としては、サクラとレイナがヘヴンホワイティネスと協力するも、ヘルブラッククロスに捕まって・・・。

 

 「つまりはバッドエンドなんだろ。はーつまんね」

 

 でも内容を知った以上、しかも無料ならやるのだが。

 

 「飯でもたべるか」

 

 やる気を出さなくても、腹は減る。

 

 のそのそと立ち上がり、スマフォをスリープにし、小さなテレビをつけると昼間だがニュースが流れる。

 

 『続いてのニュースです。相次ぐ交通事故で死者多数・・・』

 

 まただ。最近東京都内では交通事故が多い。

 

 「信号守ってたら普通、事故らないだろ。間抜けだなー」

 

 テレビをぼんやり眺め、ギンジは鼻で笑う。

 

 「さて、まともに食える飯が無いし、コンビニでも行くか・・・」

 

 帰宅したら例のアップデートも試そう。

 

 もしかしたら、生きる為の新たな気力が湧き出るかもしれない。

 

 足取り軽く生きた屍は、今日の食事を手に入れる為に、自宅を出る。

 

 (あんな間抜け共みたいな、死に方、俺はやだな)

 

 その一週間後。佐久間ギンジはその間抜け共の仲間入りを果たす。

 

 ただし、旅立つ場所は天国でも地獄でもなく、新たな世界へとなるが、未来に希望を見いだせない男・佐久間ギンジは、今はまだその事を知らない。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 レンとミドリコが風邪を引いてしまった。

 

 しかたなくヘルブラッククロスのアジトを探すパトロールは、カエデとギンジだけでおこない、なるべく戦闘は避ける様に行動しなければならない。

 

 「あんた、風邪もらってないでしょうね」

 「感染るもんかよ。俺がどうやって寝てるか知ってるか?ベランダだぞ、ベランダ。嫌でも免疫力高まるわ!」

 

 流石に女性が二人いるマンションに、こんなヤンキーみたいな男が一つ屋根の下、共に寝るのはまずいというミドリコの判断で、ギンジはベランダで寝ている。ただし、簡易ベッドとブルーシートでの屋根代わりはつけさせて貰っている。

 

 「ベランダ・・・ベランダかー・・・」

 「なんだよ・・・」 

 「ん、別に」

 

 何か確信めいた表情でカエデが考え込むが、ギンジの一声でまた目の前に集中し始める。

 

 「あんたの話じゃ、この繁華街のどこかにアジトの入り口があるのよね?」

 「そうなんだけど、あの路地裏が見つかんねーんだよ」

 

 ヘルブラッククロスの戦闘員や怪人達は、光を通さない闇のワンスペース、通称・入り口と呼ばれるあの空間を持っている。

 

 アモーレの跡地の近くにあった路地裏から行けた筈なのだが、どこにもその路地裏への道が無いのだ。

 

 「こんなラーメン屋あったっけか?」

 「あったかもね。もーなんでもいいわ。小腹が空いたから、甘いもの食べたいわ」

 「いや、この豚骨の香り嗅いだら、ラーメンの口になるだろ」

 「あたしラーメンとか苦手なのよ!」

 

 急に怒りながらギンジの頭を叩くカエデ。

 

 もはややられ慣れたその光景は、顔の良い彼女と、明らかなチンピラのカップルの様にも見える。

 

 「なんで?ラーメンうまいじゃん」

 「すすれないから嫌いなの!」

 「あーそういう人いるよな」

 

 それ以上はラーメンの話題を出さない。

 

 (いやーでも、昼時の豚骨の香りはやばいな。今度ミドリコに頼むか)

 

 お金のないギンジは、まともに外食は出来ない。

 

 故に、ミドリコに頼むしかない。

 

 「おっと」

 

 ラーメン屋を尻目に、先に進むカエデを追いかけようと、小走りになると、女性にぶつかり、転ばせてしまう。

 

 「あいたた・・・」

 「悪い、ちゃんと前見てなかった。立てるかい?」

 

 グレーのスーツを着たリクルート姿の女性に、手を差し伸べる。

 

 「ちょっとなにやってんのよギンジ!ごめんなさい、お姉さん。こいつのせいで、転ばせちゃって」

 「いえ、大丈夫ですよ。すいません、急ぎますので」

 「あ、ああ。ごめんなー」

 

 女性はギンジの手を掴んで立ち上がると、砂埃を払いながらもあるき出す。

 

 向かう先はあのラーメン屋。

 

 「気をつけなさいよ。あんた、眼、バレたらめんどくさいんでしょ」

 「いやぁ、今のは完全に俺が悪いや」

 

 カエデは違和感を覚える。

 

 これまでもギンジは同じ様な見た目をしたヤンキー崩れや、本物みたいな人達には意地でも道を譲らなかったり、妙に喧嘩腰な態度が多いのに、相手が女性となると素直になる。

 

 (そういえば初めてあたし達と戦った時も、手は出してこなかったわね。でもリコニスとは手を出してたし、何かしら、あたしの気のせいかしら??)

 

 ま、いいか。今は考えてもしょうがないと、カエデはパトロールに戻る。

 

 でもその前に。

 

 「ギンジ、甘いもの食べたい」

 「俺お金ないんだけど・・・」

 「あたしが出してあげる。行くわよ、バカギンジ」

 

 有姪海岸での戦いから、カエデとギンジはよくパトロールに出向いている。

 

 とは言え、仲良くなっている訳ではないが、誰が見てもデコボコカップルみたいなやり取りに繁華街の住人達は、何か尊い者を見るような視線を送る者も居た。

 

 まだギンジは仲間として認めてもらえていないが、この距離感ならばきっとそれはすぐだろう。

 

 先程ギンジ達がぶつかった女性がラーメン屋から出てくる。

 

 「・・・あの人の手・・・」

 

 左手の感触を思い出す。

 

 明らかに人ではない、【何か】の力を感じた。

 

 「もしかしたら、あの子が言ってた、狐の・・・なんとかみたいね」

 

 女性はニヤリと笑うと、腰まで届きそうな長いポニーテールを、手で撫でるように払う。

 

 スタイリッシュな八頭身に肉付きの良い身体。スラリと伸びた脚は、パンツルックのスーツ姿をより綺麗に際立たせる。

 

 女性はギンジ達が向かった先を見る。

 

 「逃げた魔人も厄介だが、あの子の為だ。悪く思わないでよ」

 

 明確な敵意を持ち、彼女はギンジ達のいるであろう方角へと進む。

 

 「でさー、ケイタがね」

 「へぇ、あのおぼっちゃんが。勇気だしたんだな」

 

 テラス席のある喫茶店でパフェを食べながら、ギンジとカエデが談笑している。話の話題としては、あの角倉ケイタが宮寺レンへ告白したとか。やがてケイタとレンが交際することを知っているが、その経緯までは知らなかった為、ギンジは内容に興味津々だ。

 

 そんな話をする二人の真横を、ローヒールを打ちながら、それでいて静かな、歩き慣れた音で通り過ぎていく。

 

 顔とかの特徴も覚えた女性は見落とすはずは無かったが、喫茶店の店員の配慮で用意されたパラソルによって、うまいこと見えない様に隠れてしまった。

 

 (あまり覗いて、もし人違いなら申し訳ないしな)

 

 声までは覚えていない。だから顔で認識するしかない。

 

 女性は繁華街を歩く。とある協力者の為に、狐のなんとかを見つける為に。

 

 (そうだ、名前があったな・・・確か、ギンジ)

 

 連れの女の子がいた事を考えると、先ずほとんどの場合、白だ。

 

 なぜならあいつらは、女性を自分の道具としか思っていない。

 

 しかし、女性はギンジと呼ばれた男の手の違和感をしっかり覚えている。

 

 (あれは、人間の手じゃない)

 

 その確信だけが彼女を、熊沢レイナを正しい事へと動かす動機となる。

 

 (必ず見つけるぞ・・・!)

 

 闘志を燃やす思いで、レイナはその歩みを強めて行く。

 

 彼女は退魔警察。人知れず、魔を退ける正義の使者。

 

 昼間の繁華街は誘惑が多い。

 

 食事やお買い物ではない。【悪】の誘惑だ。そこかしこに人を惑わす誘惑が多い。

 

 それを根絶やしにするために、レイナは戦っている。

 

 それだけが彼女の戦う理由。

 

 レイナは再度先程の喫茶店を振り返る。しかしそこにさっきまで座っていたであろう、あの人物達はもうその席には居らず、パラソルも店員によってしまわれようとしていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 繁華街の外れにある国道沿いを抜けると、駅前エリア。

 

 その駅前エリアから北方面に行くと北度固化市。中心地となる度固化市程活気のある街ではないが、海を一望できる立地の多い素敵な場所。

 

 自宅から見える海を眺めながら、小町サクラは最後の戦いを終えた安心感と、これからやってくる望んだ人生に胸をときめかせる。

 

 「マージ・ジゴックは壊滅したし、私達も暇になったし、やっとまともな高校生になれる〜」

 

 暇と言っても学業や友人付き合いはまだまだ続く。

 

 退屈だけどこの退屈という時間を守る為に、サクラは人知れず悪の組織、マージ・ジゴックと戦ってきた。

 

 まともな協力者が居ない孤独な戦いだったが、二年近くにも及ぶ激戦を繰り広げ、ついに魔法少女サクラは、この強大な悪を仕留める事に成功した。

 

 今は手に入れた平和とその平和から来る、充実感に身を委ねている。

 

 「でもなぁ・・・狐が逃げたのが不安なんだよなぁ」

 

 自分の学習机で勉強をするが、1ページも進んでいない。

 

 集中できないのには理由があった。マージ・ジゴックの中でも飛び抜けて凶悪かつ強敵であった狐の闇人の存在。

 

 その狐の闇人がサクラの前から姿を消したのだ。

 

 奴はまだ北度固化市に潜伏している筈。

 

 たまたま発見した際に、今度こそ決着をつけようとしたものの、奇妙な反応の狐への助太刀に妨害されて逃してしまう。

 

 銀狼の魔人。それが狐の闇人の助太刀にやってきた、マージ・ジゴックとはまた違う悪の組織から現れた強敵。

 

 魔法少女サクラとしての戦いは終わりを告げた。

 

 だが、まだ本当の意味での悪との戦いは終わりではなかった。

 

 銀狼の魔人に妨害された時、2vs1の構図になり、苦戦を強いられた。

 

 「強かったな・・・」

 

 魔法少女として研鑽したサクラの力は、悪の組織の幹部達を次々と倒し、自分の実力に自信を付けていた。ついには一人で、手薄になったマージ・ジゴックの本拠地を破壊したのだ。

 

 今更狐の闇人ぐらい・・・と思っていたが、それでも悪の幹部。そしてあの銀狼の魔人の登場。

 

 これはもう自分一人だけの戦いではない。それを確信したサクラは、同じ覚悟を持つ一人の協力者と出会う。

 

 熊沢レイナ。南度固化市で警察として、そして退魔の使命を背負った女性。

 

 強く、美しく、優しく。

 

 ポジティブな三拍子が綺麗に揃うレイナにサクラは大きな憧れを抱いた。

 

 「レイナさん、大丈夫かな」

 

 再び海を遠く見つめ、また勉強に戻る。それを繰り返しながら、やはり頭の中は、新たな悪の誕生の危惧。

 

 「やっぱり、こうしちゃいられない。私もドーンとやろう!」

 

 思い立ったら即行動。それがサクラの良い所でもあり、悪い所でもある。

 

 日曜日。高校三年生の貴重な休日。

 

 大学受験や、将来の事を本気で考えるべきだが、それどころじゃない。不安があるなら取り除かなければならない。

 

 それが普通の人間に対処できない悪であるならば、正義の魔法少女の出番というもの。

 

 「やるしかないでしょ!」

 

 自宅を出るや、いきなり魔法少女に変身し、サクラは空を飛ぶ。

 

 レイナがいるのは中心の度固化市。先ずは合流だ。

 

 自分なりの正しさと、正義を胸に、魔法少女サクラはマジカルステッキに跨り、飛び出す。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ごめん、なんか体調悪いかも・・・」

 

 時間は夕方、正確には16時を回る頃だろうか。

 

 あれから諦めず俺とカエデは、ヘルブラッククロスのアジト捜索をしていたが、カエデの顔色が悪くなる。

 

 「おいおい、風邪か?最近春風邪流行ってるからな・・・」

 

 正義のヒーローとて、やはり人間だし、風邪ぐらい引いても当然だ。

 

 冬が開ける前からずっと戦ってたらしいし、少しは休んでほしいな。

 

 「でも、大丈夫よ。あたしは風邪には敗けないし、悪にもイッキシ」

 「風邪は引きはじめがどうとか言うしな。今日はもう帰れよ」

 「何よ、別に大丈夫よ」

 

 だから帰れよ。もしこれで戦闘になるなら、マジ庇えないぞ。

 

 「大丈夫よ。少し喉と鼻と頭が痛いだけなんだから、これぐらい」

 「いやもう帰れって。俺ももう帰りたいし」

 「へん、アンタはいいわよね、この季節でベランダで寝てても風邪ひかないし」

 「怪人の免疫力、強いからな」

 

 そうじゃないが。

 

 「あのな、ここでもしお前が倒れたら家まで運ぶの結構大変だぞ。無理すんなって。戦闘でもそうだけど、今はヘヴンホワイティネスを休業するべきだと俺は思うぜ」

 「それもそうだけど」

 

 食い下がらないのはカエデの正義感が強いからだろうな。その気持ちはいつまでも忘れないで居て欲しいけど、風邪は悪化すると辛い。

 

 「だーかーらー、心配になるような事すんなって。お前ら昨日も一緒に居たんだろ?レンから風邪貰ったんだよ」

 

 間違いなく土曜日にレンとカエデがでかけた時点で、レンの風邪が感染ったに違いない。

 

 ついでに、ミドリコも。

 

 いやー風邪引かないっていいなー。俺は怪人だからインフルとかがギリ流行る3月でも、ベランダで寝てても問題ないし。え?ベランダで寝る方がおかしい?ハハハ、怪人なら普通ですよ、奥さん。

 

 怪人じゃねーよ、人間だよ。

 

 「うう、アンタに心配されるなんて・・・」

 「これはもう勝ち負けとかの問題じゃないし、しょうがねーさ。また回復したら活動再開しようぜ」

 

 本心から俺は言う。本当に無理しないでほしいし、なんだかんだ一緒に居れないと俺が寂しいからな。

 

 それに、ヘヴンホワイティネスに未だ俺の居場所は無いに等しいしな。

 

 「俺一人でも、戦闘になったら無理はしないし、うまく逃げるからさ。今日はもう休もうぜ」

 「別にギンジの事は心配してないわよ」

 

 あーそうですか。顔は可愛いのに、平気でこういう事言うから、たまにイラッと来るぜ。

 

 (何よこいつ・・・心配してるような素振りで、仲間にでもなったつもり・・・?あーだめだ、ぼーっとする・・・)

 

 何やら視線も強いが、まだ信用は得られないか・・・。

 

 ならば、これはどうだろう。怪人人間ギンジのジョークで笑わせてやるぜ!皆これを聞いたら抱腹絶倒!

 

 全然関係ないけど、報復絶刀って武器かっこいいな。リコニスの刀なんだけどね。

 

 「しょーがないなー神宮さん、俺がご自宅までお送りしてさしあげ・・・」

 

 カエデの様子が変だ。明後日の方向を見上げて、フラフラしてる。

 

 「ご、めん・・・家まで送ってくれるかしら」

 「冗談抜きでやばそうだな。解ったよ、任せろ」

 

 カエデのおぶると、体温の高さが伝わってくる。

 

 っていうかこいつの家知らねーわ俺。

 

 「終わった・・・」

 

 マジで家の住所わかんないな。カエデのスマフォ触ると何言われるかわかんないし、しょうがない。

 

 「ミドリコの家まで連れてくか」

 

 呼吸も荒いし、熱もあるし、声も変。

 

 もっと早く気付けていれば、こんな事にはならなかったかもな。俺ももっとちゃんとしよう。

 

 (こいつら遊びの、正義のヒーローごっこをやってる訳じゃないしな)

 

 繁華街を抜けて住宅街エリアに行くと、空は暗くなりつつあった。

 

 その間もカエデは荒い呼吸で、完全にダウンしている。

 

 「・・・あれは」

 

 ずり落ちていくカエデを背中に背負い直し、少し空を見上げれば、ある影を視認できた。サングラス越しでも解る明らかな異様な存在。

 

 「怪人か・・・」

 

 ミヤコが造った空を飛べる怪人はコウモリの怪人だけの筈だ。と、すると奴はコウモリの怪人。

 

 ここにいるとバレると不味いから、俺はカエデを刺激しない様に急ぎ目にミドリコのマンションに帰る。

 

 「入るぞ」

 

 静かに扉を開けてからリビングに入ると、机にミドリコが。まだレンは寝てるのだろう。熱もあるだろうし寝といてくれ。

 

 「コホ・・・ギンジ、おかえり」

 「おう、ただいま。悪いんだけど、カエデを頼みたい」

 「あ、ああ、それはいいが」

   

 おぶるカエデをソファに寝かせると、毛布をかぶせて俺はリビングを出ようとする。

 

 「ギンジ、どこへ行くんだ?もうすぐ夜だが」

 「悪い、近くでコウモリの怪人が飛んでるんだ。ここがバレると色々まずいからよ、追っ払っとく」

 

 それに、おそらくだがコウモリの怪人の目当てと言うか、目的は俺だろうしな。

 

 それだったら戦闘にならなくとも、わざと俺だけバラして、あとは適当に逃げ回ってても問題無さそうだし、少し住宅街エリアから離れよう。

 

 (こいつらにあまり不安な気持ちにさせるのも悪いしな)

 

 ミドリコに後のことを任せると、俺は部屋を飛び出す。

 

 「ふむ・・・ここの近くにも怪人か。そろそろ場所を変えないと、駄目かも知れないな」

 

 痛む喉と戦いながらも、カエデに冷えピタを貼り付けるのを見てたら、余計にこいつらを守りたくなった。

 

 大事にはしないから少しだけ待ってろよ。

 

 外に出ると外は暗く、本格的に夜になっていく。

 

 怪人も本腰入れて活動する時間帯で、俺は嫌な事を想像する。まるで、3月9日の様な、何かの違和感。

 

 そう、ゲームの通りに行かないイベントの事を、思い出していく。

 

 4月20日。この日のイベントは何かあったかと、頭の中で記憶をさぐるもあまり思い浮かばない。

 

 「これはもしかしたら、家から離れたのも正解かわかんねーな」

 

 でも今はコウモリの怪人。あいつをミドリコ達の自宅から、遠ざけないといけない。

 

 何かしらの嫌な事への覚悟をしとかないといけないかもな。

 

 まだ何が起こるのかわかっちゃいないけど、とにかく俺はコウモリの怪人が飛んでる近くまで走っていくことにした。

 

 仮に戦闘に持ち込んでしまったとしても、戦うのは住宅街エリアじゃ絶対に駄目だ。

 

 (騒ぎを聞きつけたら、カエデもレンもきっと正義感で動くに違いないし、これで無理されてあいつらのどちらかが攫われて、孤立するような真似だけは阻止したいしな)

 

 コウモリの怪人がどこに向かって飛んでるのか解らんが、俺の存在をバラしてやらないとな。

 

 そんで、このエリアから離す!これしかないな。

 

 俺は走る力を強めてコウモリの怪人をめがけて、突き進み一つの戦いへと挑む所だった。

 

 この住宅街エリアを飛んでるのには、きっと何かしらの命令と、俺の捜索の可能性が非常に高い。

 

 コウモリの怪人はまだフェーズ1のままのはずだ。

 

 だとすれば、ミヤコの命令なくコウモリ野郎が勝手に外に出られるわけない。

 

 ま、正直な事言えば戦わないに越したことないんだけどさー。

 

 ヘルブラッククロスがまた悪事を働くなら、正義のヒーローヘヴンホワイティネスの出番だ。

 

 夜の住宅街を走り続け、俺はコウモリの怪人を追いかけるのだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 住宅街エリアを抜けて、工場エリア。様々な工事現場があり、土地の改装や、企業の工場、工場などが並ぶ人気のない暗い場所。

 

 満月の光が鉄骨で組み立てられ、内装がむき出しになった部屋を怪しく照らす。ボロボロになった建物、廃工場には3つの人影が揃う。間違いなくそれは人間ではなく、怪人。

 

 「キキキ、今夜は力が溢れそうだ」

 

 コウモリの怪人が薄暗いむき出しの部屋にて、もう2つの影に向かって口を開く。

 

 「ええ、まったくもってその通りですね。わたくしも力が溢れそうですよ」

 

 続いて狐の闇人が壁を背にして、芝居の様な態度でおどけてみせる。

 

 「オレも今日ばかりは、存分に暴れられそうだぜ」

 

 更に銀狼の魔人が腕組みしながら、鉄骨の上でギラリと牙を見せる。

 

 その口元は血で濡れている。

 

 「銀狼さん、また何か食べたんですか?」

 「いんや?捕まえようと思った女が、こう、無駄に抵抗するから、首にかぶりついてやっただけだぜ。そしたら、動かなくなっちまったんだぜ」

 

 好き放題に嬲ると満足するのが、ここにいる異人三人。

 

 どんな目的でも、女でも男でも自分の何かしらの欲求を見たせれば、後はなんでもいい。

 

 そうすればゴミの様に人間を捨てる。

 

 女ならばまだもう少しだけ利用価値はあるのだが、それも壊れるまで満足するまで扱う。

 

 口元の血を拭うと銀狼の魔人の視線は、上空へ向けられる。その視線の先には雲がかった満月。

 

 「ひとつ吠えたい気分だぜ」

 

 牙を鳴らしてそれに呼応するように、コウモリも狐も羽や尻尾を反応させる。

 

 悪の心を持った三人がそれぞれの思惑の中、いやらしい笑みを浮かべる。

 

 彼ら三人が集まって行動しているのには訳がある。

 

 「ところでよォ、あのドクターって女の子やけに顔がいいな。この作戦が完了したら、オレが食ってもいいのか?」

 

 銀狼の魔人の失礼な物言いに、コウモリの怪人の眼が見開き怒りに飲まれる。

 

 「キキキ、ぶち殺すぞ狼。あのお方には将来を約束している怪人がいる、お前ごときがおこがましい」

 「おや、是非その怪人の事をお聞かせ願いたいですね。ミヤコ様へのいい交渉材料になりそうだ」

 

 相変わらず演技じみた喋り方に、芝居の様な動作で狐の闇人が二人の間に割って入る。

 

 「でも、その話は後にしましょう。今は余計な事を喋っている場合でもないですしね」

 

 銀狼の魔人とコウモリの怪人は放っておくと、直ぐに喧嘩じみた言い合いを始める。

 

 ヘヴンホワイティネスを倒すためのお目付け役とはいえ、狐からしてみればコウモリよりもドクターミヤコの側近であるオーク怪人や、それと同じ実力を持つフェーズ2と呼ばれる怪人の方が良かったのは事実だ。

 

 言葉にも表にも基本出さないが、コウモリでは役不足。そう思っていた。

 

 「それでコウモリさん」

 

 狐が銀狼をいさめるとコウモリに向き直る。

 

 「件のヘヴンホワイティネスとやらはいつ現れるんですか?」

 

 今日はドクターミヤコの命令どおり、コウモリが日中飛び回り存在のアピールをしていた。戦わずともおびき寄せればそれでいいからだ。

 

 「今日は方方で飛んだが、姿が現れなくてな」

 

 首をかしげながらコウモリは羽で身体を包む。

 

 「あんな女の子の命令通りじゃなくてもいいと思うぜ。姿を出したなら、大暴れしちまえばいいんだよ」

 

 銀狼の不遜な言葉遣いがいよいよ、コウモリの堪忍袋の尾を破壊する。

 

 「キキキ、いい加減言葉使いを改めるんだな。ヘヴンホワイティネスを倒すのに、お前の力は元々いらないのだ」

 「へぇ、それじゃあどうすんだ?ええ?」

 

 二人が再び言い争いを始める。その光景を今日何度も見ていた狐の闇人はもう止めるのも面倒といった素振りを見せている。

 

 「こうしてやる!」

 

 コウモリが跳躍し銀狼の肩を掴むと、高い位置から飛び立つ。

 

 「死ぃいねぇ!!」

 

 滑空の勢いでコンクリートの道に、銀狼を叩きつける。

 

 砕けたアスファルトが塵となり、煙が舞うがその中から銀狼の魔人が眼を光らせてコウモリへと噛みつこうと、大きく飛ぶ。

 

 「決めたぜ!例のヘヴンホワイティネスより、まず先にお前をぶっ殺す!!」

 

 異人同士の喧嘩など犬も食わない。

 

 狐から見える二人の実力はおそらく同じレベル。戦闘における能力の違いで言うならば、地上で銀狼が有利、空中でコウモリが有利と言った所。

 

 「ま、暴れれば出てくるかもしれないっていうのは、我も同じなんですけどね・・・」

 

 ヘルブラッククロスに席を置く以上は、言うことを聞こうと思っていたが、暴れずに存在感だけアピールせよ、という命令の内容には首をかしげざるを得なかった。

 

 ドクターミヤコはついでに手に入れたい【ある人物】が居るとか言っていたが、もしかして女性同士が好みなのだろうか。

 

 (うーん、あの人の事はよくわかりませんね)

 

 その【ある人物】を手に入れる時に怪我されたは困る・・・とのことだからなのか、それとも手荒につかまえてもいいのか解らないが、気になるところだ。

 

 建物の外で暴れる二人を見やると、そろそろ決着・・・というか、喧嘩が終わろうとしていた。

 

 「ハァハァ、お前なかなかやるじゃないか」

 「キキキ、貴様こそ・・・ヘヴンホワイティネス以外で苦戦させられたのは、ギ・・・いや、お前が初めてだ」

 (ギ・・・?変ですねぇ、今なにか言いかけた様な・・・?銀狼?いや、違いますね。何か匂う)

 

 狐の勘が何かを伝える。

 

 前から思っていたが、ヘルブラッククロスは何かを隠している。

 

 それは目的とか、物とか、作戦とか、切り札とかそういうものではない。

 

 何か、ソレ以外の何かを狐と銀狼に隠している。

 

 「マジカルマジカル〜・・・」

 

 何かの聞き覚えのある声が聞こえる。

 

 「この声は!!」

 

 忌々しい少女の声。汚らわしいのにマージ・ジゴックを紙くずの様に蹴散らしたあの声・・・。

 

 「魔法少女サクラか!」

 「ピンクミサイル!」

 

 狐の驚愕の声に合わせて、魔法少女の必殺技が飛んでくる。命中したのはコウモリと銀狼にだが。

 

 (まだ隠れていて正解だな・・・すまない、銀狼、コウモリさん)

 

 影に隠れるように、狐の闇人は気配を消す。

 

 「お前が狐の闇人だな?今度は間違えない」

 「何!?」

 

 狐の真後ろから、低く落ち着いた女性の声。

 

 気が付かない内に背後を取られ、呆気に取られる。

 

 「破邪の剣!!」

 

 虹色の鞭の様な剣を振り回し、狐へ容赦なく攻撃を繰り出す。

 

 前転するようにその攻撃を避けると、逆さまになった視界から見えたのは、白い修道服によく似たコートを着た、髪の長い女性の姿。

 

 「なるほど、退魔警察というのは、貴女ですか」

 

 壁のない建物を飛び出ると、コウモリと銀狼の居る場所まで降り立つ。

 

 「大丈夫ですか、お二人とも」

 「キキキ、いったい何が。これはヘヴンホワイティネスの攻撃ではないねぇ」

 

 コウモリの怪人が頭を抑えながら、煙を振り払う。

 

 「オイオイ、どこのおバカさんだ?」

 

 続いて銀狼の魔人も撃ってきた相手を見据える。

 

 目に入ったのは桃色の魔女装束に身を包んだ少女。魔法少女サクラが勝ち誇った様な笑みで三人の異人達を見ていた。

 

 「おい、狐、あれが魔法少女とかいう女の子か?」

 「ええ、そうですよ。忌々しい・・・ここまで追いかけてくるとは」

 「へへ、美味そうじゃねぇーか。どれ、剥いてやるか」

 

 言うと、全身の筋肉を膨張させて四足体制で、サクラの方に突進する。

 

 サクラが身構えるよりも早く、その横を通り過ぎて行く、もう一つの影。

 

 銀狼の魔人が大牙を開けて、突進してくるもサクラを守るように現れたその影は、銀狼の魔人の眉間に踵落としを綺麗に命中させる。

 

 「グルゥルォ!?」

 「オイワンちゃん!伏せ!」

 

 見ればその影は間違いなく姿は人間、脚力は人間以上。

 

 「お前ら二人とも早いなぁ。せっかく勘違いを解決できたんだから、もっと浸ろうぜ」

 「ナハハ、ごめんねギンジくん。でも、私達、悪は見逃せないの」

 「そうだね。でも、佐久間さんが敵じゃなくてよかったよ」

 

 レイナもサクラとギンジの前に降り立ち、ギンジは銀狼の魔人を蹴り飛ばす。

 

 「貴方を止めるとは、相当強そうな相手ですね」

 「おう、あの男は強そうだ。オレが闘りてぇ」

 「キキキ、ドクターの目的がここに・・・これは好都合だ」

 

 三人の異人達が、サクラ、レイナ、ギンジを見据え、臨戦態勢に入る。

 

 「で、どれが俺の相手になるんだ?」

 「私は狐と戦うわ。今度こそ決着つけるんだから」

 「では、私もゲヘナミレニアムと決着をつけよう。忌々しい悪を滅ぼさないといけないからね」

 

 正義の志を持つ三人が、コウモリ、狐、銀狼を見据え臨戦態勢に入る。

 

 満月の夜の決戦が始まろうとしていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 くっそーコウモリの怪人どこまで飛ぶんだ?

 

 俺は走りながらあいつが降りるところまで、追いかけようとしていた。もしかしたらアジトの場所も解るかも知れないし、それと同時にミドリコのマンションから遠ざける事もできるかも知れないし。

 

 ついでに戦うことになるかも知れないし。

 

 「っというかコレだんだん工場エリアまで行ってないか?」

 

 おとなしく帰ろうかな。住宅街エリアもそろそろ抜けそうだし、なにより面倒ごとが起きないならそれでいいやな。うん。

 

 コウモリの奴は未だに飛んでるし、これ以上追いかけても意味はなさそうだし。

 

 そう思ったらもう帰りたくなってきた。何もならないなら、カエデ達が心配だし、もう帰ろう。

 

 「よっしゃ、帰ろう・・・」

 「居たぞ、あの男だ」

 「オッケーレイナさん。マジカルマジカル〜・・・」

 

 え?何?俺何か狙い撃ちされようとしてる?

 

 (まさか、待ち伏せ!?)

 

 しまった、だとしたらコウモリは最初からわざと俺に気づいて、俺をここまでおびき寄せられたのか?

 

 「ピンクフィール・スナイプ!」

 「あぶねぇ!!」

 

 ピンク色の弾丸が俺の頭を目掛けて発射されてきた。

 

 避けてなかったら死んでたかもしれない。コンクリートに綺麗な穴あいてるもん。

 

 「え、嘘・・・今避けたよ」

 「今度は私が出る。狐の闇人とやらを止めるぞ」

 「ちょ、ちょっと待て!!」

 

 白い修道服?シスターみたいな女性が、俺に向かって突っ込んでくる。

 

 「あんた、多分だけど昼間にぶつかった人だよな?」

 「破邪の剣!」

 

 白い鞭の様な、でも鋭利な刃物みたいな物で俺を攻撃してくる。

 

 防御は・・・できそうにないな。

 

 俺が後退しながらも、脚の付く場所を目掛けてその刃を飛ばしてくる。

 

 上手く転ばせてダウンを取る戦法か、強いなこの人。

 

 おまけにもう一人隠れながら、俺に目掛けて遠距離攻撃を連発してくる。 

 

 「お前が狐なんだろう!姿を表わせ!」

 「狐!?俺は人間だ!っていうか、攻撃すんなあぶねーって!」

 

 ピンク色の弾丸が絶え間なく飛んでくるし、それが止んだかと思えば、再び光の刃で攻撃してくる。

 

 お互いのクールタイムに俺を近づけさせない様に、交代しながら攻めてくる。

 

 いい連携だけど、カエデやレンとミドリコには遠くおよばないかなー。うわあああ。弾丸かすった!怖ぇえ。

 

 「この!いい加減にしな!」

 

 このままじゃラチが開かない。足元のコンクリート片を蹴り上げて、さらに地面を踏みつける。

 

 想像通りなら、1mちょっとのコンクリートが持ち上がるはずだが。

 

 「な、なにあれ!?」

 「飛び道具とはこざかしい」

 

 二人の目の前にはコンクリートの破片と1m少しの壁。

 

 「悪いな、攻撃する気はないけど、おりゃ」

 

 シスターへ向かって壁を蹴り飛ばすと、直ぐに横転。そのまま、隠れてるもう一人へ向かって突き進む。こういうのは後衛を叩くのが先決だ。

 

 壁は思っていた通りシスターにぶつからず、寸前でバラバラにされている。

 

 だけど、壁を気にした時点で。

 

 「お前らの敗けだ」

 

 尖ったコンクリート片を持ち上げ、もう一人の方へ近づき頭に構える。

 

 何されても俺はこいつらに攻撃はしないが、逆上されたら嫌だな。

 

 「ご、ごめ〜ん。後ろ取られた・・・」

 「っ!?サクラ!」

 

 なるほどこの子はサクラって言うのか。ん?サクラ?どこかで聞いた様な。

 

 そんなサクラとか言う女の子はいかにも魔法少女、という言葉が似合う服装をしていた。

 

 「卑怯物!か弱い女性にそんな事して恥ずかしくないのか!?恥を知れ!」

 「問答無用でいきなり攻撃してきたのはそっちだろ、オネーサン」

 

 二人の警戒はそのままだが、俺はとにかく今直ぐ攻撃をやめてもらいたい。

 

 「とりあえず、攻撃しないなら俺は話を聞けるぜ?何がなんだかいきなりだったから、わかんないけども」

 「・・・サクラ、どうする?」

 「レイナさん、この人、違う・・・」

 

 違う?なんのことだろうか。

 

 「この人、狐の闇人じゃない・・・」

 「え・・・じゃぁ、君は・・・」

 

 ポカーンと目を丸くする、レイナとかいうこの綺麗な女性。レイナって名前もどこかで・・・。 

  

 うーん・・・思い出せない。

 

 「君は・・・狐じゃないなら」

 「多分、人違い?」

 

 この二人からの戦意が収まるのを確認すると、俺もブロック石を近くに転がすと見目麗しい女性達の話を聴くことにする。

 

 「私は熊沢レイナ。さっきも繁華街であったね」

 「あんた宣教師かなにかか?」

 「いや、申し訳ありませんでした。人違いとは言え攻撃するとは」

 

 いやーいいんだけどさ。

 

 でもなんで攻撃されたのか気になるな。

 

 「本当にごめんなさい。あ、私は小町サクラ。そしてこの人が熊沢レイナさん。あなたは」

 「俺は佐久間ギンジだ。で、なんで俺を攻撃してきたんだ?」

 

 丁度いい高さの廃材に座りながら、俺は二人を見る。

 

 「で、見た感じ、ヘルブラッククロスとかじゃあ無さそうだし、おそらく正義の味方ってとこじゃないか?何者なんだ」

 「あの組織について知っているのか・・・」

 

 レイナが険しい顔つきになる。彼女も廃材に持たれる。

 

 「ヘルブラッククロスって、この街に潜む悪の組織だよね?」

 「なんだ、あんたも知ってたのか。ヘヴ・・・いや、なんでもない。二人はヘルブラッククロスでも追いかけてたのかな?」

 

 この二人の目的がわからない以上、俺が怪人と睨んで襲ってきた可能性もあるからな、聞いとくに越したことはない。狐っていうのが気になるが。

 

 「私達、実は・・・」

 

 サクラが口を開く。話を聞いたら俺はまったく信じられない気持ちになった。

 

 先ず、この度固化市はもっと大きな街だったという事実。

 

 そして北と南にはヘルブラッククロスに並ぶ、悪の組織の存在。

 

 マージ・ジゴックとゲヘナミレニアム。さらにその2つの組織と戦う正義のヒーローポジションがあと二人も居た。

 

 魔法少女サクラと、退魔警察レイナ。

 

 サクラの方は表向きは今月で高校三年生になった、普通の一般市民。

 

 熊沢レイナの方は表向きは南度固化警察署で勤務する刑事。

 

 その2つの組織は既に壊滅させられたとの事だが、どうやら残党が逃げたとの事。

 

 そして熊沢レイナの話では、今までその2つの悪の組織は、ヘルブラッククロスとも事あるごとに協力体制にはあったとのこと。

 

 それぞれの組織では闇人、魔人と呼ばれる存在も居るとの事。

 

 ヘルブラッククロスで言う所の怪人かな?と、するとドクターミヤコみたいのが本来は三人もいた事になるのだろうか?

 

 俺の知ってる情報とは全く異なる展開に、俺の頭の中ではハテナマークが脳みそを半分こにして、踊っている様な気分だ。

 

 残党にしたって狐?銀狼?闇人?魔人?なんだそりゃ。

 

 「私からも聴きたいのだが、君は何者なんだ?魔人の様な力も感じるし」

 「闇人の様な魔力も感じるよ・・・」

 「俺は・・・」

 

 俺の事情も話すべきだろうか。

 

 (あーもうめんどくせーな。これ話してまた敵視されるのも嫌だしな・・・)

 

 あ、いいこと思いついた。

 

 「俺は、正義のヒーロー・ヘヴンホワイティネスの協力者だ」

 『協力者?』

 

 二人がポカンとする。それはそうかもしれないが、もし俺がヘヴンホワイティネスです、と言えば何かしらカエデやレンやミドリコに迷惑がかかるかも知れない。

 

 でも協力者と言っておけば、常に行動しているとかは解らないだろうと、浅知恵かも知れないけどこう言っとけばまぁ大丈夫だろう。

 

 「それでは、あの正義のヒーローの味方なのかね!」

 「わぁ〜いいなぁ!私達も正義の為に戦ってたから、こういう親近感湧くのは嬉しいな」

 

 でも俺協力者だから。仲間とは認められてないから、声を大にしてヘヴンホワイティネスです!とは言いづらい。

 

 「ならば昼間の疑問は拭いされたよ」

 

 レイナが納得といった表情で俺にうなずく。

 

 「私達、さっき説明した狐の闇人を倒すためにここまで追いかけてたの」

 「丁度探していた所に、ギンジが曲がり角から出てきてな。サクラと合流の後に、勘違いとは言え攻撃してしまった」

 

 それで俺を追いかけてわざわざ隠れてまで、不意打ちしたのか。

 

 「それで、ギンジくんはこんなところまで走って何をしていたのかな?」

 「ああ。コウモリの怪人・・・っていうのが居てな、そいつを追いかけてた。俺の今住回せてもらってる人の家の近くまで飛んでたからよ、追っ払っとこうと思ってな。そんで追いかけてたら、サクラとレイナに襲われたって事だ」

 

 あ、呼び捨ては不味かったかな・・・?ま、いいか。向こうも俺をギンジって呼んでくれてるし。もっと親しみ込めていいのよ?

 

 「そのコウモリの怪人というのはどこに向かったのか?」

 「多分、私の推測だがこの先の工場エリアじゃないかな」

 

 サクラの質問は俺に向けられた物だが、すぐにレイナが入ってくる。

 

 表向きは警察とか言ってたから、こういう推理力みたいのを働かせては、直ぐに行動できる様な能力が常にあるのだろう。

 

 うちの甘白ミドリコという公安警察とは偉い違いだな。

 

 まぁ、あっちは戦えないからゆえの、慎重な言動が多いのかもしれないが。

 

 「それじゃあ、さっきのコウモリの闇人が向かったかもっていう、工場エリア言ってみようよレイナさん、ギンジくん」

 「無論そのつもりでいるよ。ギンジはどうする?」

 「あー・・・ま、そうだな。俺もついていくよ」

 

 この展開は予想していなかったし、なにより銀狼だの狐だのとまた違う敵がいるなら、これを放っておくのも何か違う気がするしな。

 

 それにこの人達、サクラもレイナも正義を信じて戦ってるんだ。

 

 コウモリの怪人の向かった先に、狐とか銀狼とかがもし居たとして、そのまま交戦になるんなら、人数的にも不利になるしな。

 

 今回の件も、やっぱり戦闘になるかなー。痛いの嫌なんだよな。

 

 泣き言も言ってられないし、しょうがない、付き合おう。

 

 「それでは、やることは決まったな?行こうか」

 

 レイナが仕切り始める。

 

 なんというか大人の余裕だよな。このシスター。

 

 俺とサクラとレイナ。普段のカエデやレンとはまた違うメンツ。不思議な正義の志を持った三人で俺たちはコウモリの怪人が向かったであろう工場エリアに進むのであった。

 

 「今夜は満月か」

 

 ふと空を見上げると夜空は満月。

 

 (変な感じだが、なるようにしかならないな)

 

 覚悟を決めて、ヘヴンホワイティネス本編には無い展開に俺は挑もうとしていた。

 

 誰も死なせない。これだけを一先ずのミッションとして、俺はこの二人を無事に帰らせよう。

 

 (よーし、気合も入った。行くか)

 

 心の中で俺は気合を入れると、工場エリアへと三人で進むのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 頭痛がする。恐ろしく痛い。

 

 その痛みでカエデは目を覚ますと、そこは見慣れない天井の色と、なんだか寝心地の悪いベッド。それと寝汗。

 

 首にまとわりつく気持ち悪い水滴を手で拭うと、カエデは身体を起こす。

 

 「いや・・・これ、ソファじゃない」

 

 喉の痛みも鼻の痛みもあるが一人起きる。

 

 「ミドリコ、カエデが起きた」

 

 すぐ真後ろで顔色の悪いレンが、同じく顔色悪くキッチンにいるミドリコに声をかける。

 

 「おはようカエデ。と言ってももう夜だけど」

 

 苦笑しながら、生姜湯を淹れる。

 

 「あれ?ギンジは?」

 「ギンジなら近くで怪人がいるとかで、さっき飛び出したよ」

 

 ここまで運んできたのはギンジ。と言う説明を聴くとカエデが申し訳無さそうな表情をする。

 

 「あいつはどこに居るの?」

 「わからない。けど、ミドリコは知ってる?」

 

 レンとカエデの視線はミドリコに向けられる。

 

 「このマンションの近くで、コウモリの怪人が飛んでいたらしくてな、一人で迎撃しに行った・・・が、果たして一人で行かせてよかったのか」

 

 ミドリコの体調の悪さの顔が、不安な気持ちになる。

 

 「これで、彼が怪人を連れて来たら、と思うとな」

 

 もしギンジが実は裏切ってませんでした、となっていたらここが襲われる。

 

 襲われたらきっと今の状態ではまともに戦えないだろう。

 

 「でも、ギンジはカエデを、ここに連れて来た。もうそろそろ、信用してもいいのかも知れない」

 

 もしもカエデが体調悪いのを知っていて、怪人と鉢合わせになるなら、そのままカエデを引渡せばいいはずだ。それをしないで、カエデを預けるとギンジは一人で飛び出していた。

 

 (バカね・・・あいつ)

 

 少しだけ嬉しくも、少しだけ悔しい。複雑な感情がカエデの心を揺らす。

 

 カエデをここに置いていったのも、怪人に一人で向かったのも、ギンジなりの優しさだろうか。

 

 「ミドリコ。ゴホッ、私決めたわ」

 

 ソファから立ち上がり、テーブルに出された生姜湯を取る。

 

 「か、カエデ、それは私のだ」

 「もう一回淹れてもろて」

 「もろて」

 

 カエデが生姜湯を飲むと、ミドリコは新たにやかんにお湯を沸かし始める。

 

 レンも熱いそれをちびちび飲みながら、カエデを見やる。

 

 「決めた、って何を?」

 「よくぞ聞いてくれたわレン。あたしは少し考えたのよ。ヘヴンホワイティネスにはアジトが無いって」

 

 カエデの顔は体調は悪いままだが、新たな提案をミドリコとレンに突きつける。

 

 「我が家の財力を使って、アジトを作るわよ!」

 「じ、神宮家の財力を・・・?そんな事して良いのか?」

 「あたしがわがまま何度言ってきたと思ってるのよ。これぐらい家の人間なら、簡単に言うこと聴くわよ」

 

 胸を張りながら誇らしげに生姜湯を飲み干すと、再びソファへ。

 

 「なぜ急にアジトを?」

 「ここがバレて色々大変になりそうなら、怪人達がなかなか捜索範囲に入らない場所に家を立てればいいのよ。それに、あいつの寝る場所だって、ちゃんとしてあげたいじゃない」

 

 ベランダ。今はそこがギンジの寝る場所だ。

 

 今日家に送ってくれた事もそうだが、それ以前でも戦闘や、パトロールにて色々ギンジは助けてくれた。

 

 その恩がある、とまでは行かないにしてもカエデなりの考えでは、ギンジを信用してもいいと考えていた所でもあった。

 

 「でも、お金とかの問題も」

 「引っ越す時に色々相談すればいいわ。なんだったらあたしが出せる分は協力したげるしね」

 「カエデはたまに、こういう時頼れる」

 「たまに、は余計よ」

 

 三人は気楽に笑うと、そのままアジトの内装やら、部屋の数やらで相談し始める。

 

 一方のギンジは今まさに戦いに入ろうとしているのを、ここの正義の為に戦う三人はまだ知らない。

 

 「ところで、時間は大丈夫なのか?」

 「あとで家の者が迎えに来るわ。心配しないで」

 

 ミドリコの問いかけにカエデがさも当然と言った様に答える。

 

 (あ、っていうか完璧にダウンする前に、携帯で家に連絡すればよかったわね)

 

 うっかりしていたが、あの時冷静じゃなかったし、しょうがない、と頭の中でうなずく。

 

 (それと・・・)

 

 後でギンジにもお礼を言っておこう。

 

 机の上では三人分の生姜湯が湯気を出し、部屋の中に温かい優しい香りが漂っていた。

 

 「それより、ギンジはまだ帰ってこないの?」

 「同意。私が起きてから、1時間は立っている。連絡は?」

 「そういえばギンジは携帯とか持っていたかな?」

 「あいつ・・・お金も無かったんじゃない?」

 

 三人の中で沈黙。

 

 「これはまずい事になったかも知れないな・・・」

 

 ミドリコが絶望の表情をする。

 

 「ハァ。解ったわよ、あたしがあいつのスマートフォンとかも用意するわ・・・」

 

 とりあえずは今ギンジが、無事に帰ってきてくれればそれでいい。  

 

 深呼吸して今後の事を考え始める。

 

 窓の奥は暗い。様々な家で明かりが付き、夜であることを確認できる。

 

 「さて、そうと決まれば先ずはヘヴンホワイティネスを休業するわよ」

 

 先程ギンジに言われた事を思い出し、カエデはレンとミドリコに言う。

 

 「了解。体調が悪いと、まともに戦えない」

 「カエデの言うとおりだな。私も本業に戻るためにはちゃんと休まないとな」

 

 カエデの真意を汲み取り、二人はうなずく。

 

 ギンジのいない所でヘヴンホワイティネスが、新たな計画を実行する。

 

 休業。彼女らもまた人間なのだ。体調が悪いなら休むべきだろう。

 

 今までは体調不良を押してでも戦う事もあったが、ギンジの加入で今の所は無理しないで戦えていた。しかし、いま新たに頼れる人がいるからこそ、カエデ達はちゃんと休むことができる。

 

 後はギンジを仲間として迎え入れるだけだが、まだそれはいいだろう。

 

 「アジトができたら・・・言ってあげようかな」

 

 二人には聞こえない様に呟く。その表情は体調不良とはいえ、優しい普段の神宮カエデの笑顔だった。

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。アトラクションです。
同じぐらいのボリュームで次回も入ります。

今回のお話を書くにあたり、後付設定になってしまったわい。思い付きで書いてるとこうなるからアレほど構想練る時はしっかりしろって言ったのに!って過去の自分に言いたいですね。

キャラネタ書きます
小町サクラ
ゲーム・魔法少女サクラに登場する主人公。高校三年生にしてはスタイルが弱い。貧相とか言ったらマジカルされる。
好きな食べ物はアズキアイス
この世界においてはマージ・ジゴックとの戦いに勝利した。

熊沢レイナ
ゲーム・退魔警察レイナに登場する主人公。
修道服は彼女の趣味。
好きな食べ物は豚骨ラーメン、ハンバーグ、焼き肉、餃子、パスタ、男
この世界においてはゲヘナミレニアムとの戦いに勝利した。

次回も頑張って投稿するぞえ!
アトラクションでした!


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8・進化の怪人、またの名を──

お疲れ様です。

手直ししたけどなんとか間に合った様な気がします。

楽しんでいただければ幸いでございます。




 工場エリアの一角で戦闘が開始される。

 

 戦っているのは、かつてヘルブラッククロスの怪人として、ドクターミヤコとの将来を約束された怪人の最高傑作、佐久間ギンジと、見慣れない桃色の少女と、白い修道服を着た様な女性。

 

 「なんだあれらは・・・」

 

 ドクターの命令だからこそ快く聞き入れたその者は紫色の戦闘服に身を包んだ、大幹部の護衛、紫。

 

 戦闘が見える範囲でなるべく目立たない高い場所で、下で戦う6人を見下ろしながら、カメラを向けている。

 

 カメラが映す映像は、ドクターミヤコが遠隔で見ている。

 

 もし戦闘になるのであれば新参の異人の、戦闘力を図る・・・というものだが、実際強そうには見えない。

 

 ミヤコの命令で来ているのは、コウモリの怪人のお目付け役・・・ではなく、狐の闇人と銀狼の魔人の監視だ。

 

 「ギンジさんが来るのはある程度予想の範囲内だけど、また違う戦闘のメンバーが来るのは予想してなかった・・・」

 

 本来であれば来るのはヘヴンホワイティネスの方だ。だが今回はギンジが違う味方を連れて来た。

 

 なんなのだあれは。まったくもって予想外だ。

 

 「いや・・・もしかしたらギンジさんは、我々の知らない所でまた違う戦力を味方に付けたのかも知れないな・・・ふーむ、ドクターミヤコに報告する事が増えたな」

 

 カメラで送る映像では今まさに、ミヤコをはじめ他の怪人達も見ているのだろうが、あれらの存在の詳細を聴かれたら、そう答えるしか無い。

 

 「さて、あまり強そうじゃないあいつらの実力はいかほどかな」

 

 紫がカメラと共に見下ろす。

 

 その真下ではギンジがコウモリをぶん殴って、組み立て途中の鉄骨が並ぶ建設物へと、飛ばしていた。

 

 「コウモリの奴は俺に任せろ!ちょっと因縁あるやつなんだ」

 

 ギンジが後ろ二人に声をかけると、二人の女性もうなずく。

 

 「わかった!私は狐を相手する!」

 「皆なにかに因縁があるね。いいだろう、私も己の因縁にケリをつけよう。破邪の剣!」

 

 サクラとレイナが、それぞれ狐の闇人、銀狼の魔人へと交戦が開始される。サクラの魔法は狐に向けられ、小規模な爆発を起こす。

 

 レイナの攻撃が銀狼の魔人の爪と激突し、金属がぶつかる様な音が辺りに響き渡る。

 

 「ここで会うとは思いませんでしたよ。魔法少女・・・」

 

 狐の闇人が爆風の中から、余裕そうに出てくる。

 

 忌々しい敵である魔法少女を前に、いつもの様な演技の様な素振りがない。そのかわり右の糸目が薄く開く。金色の瞳がサクラを視界に入れると、狐の口が開き何かの禍々しいエネルギーを貯め始める。

 

 「消えなさい!マジカルマジカル〜ピンクキャノン」

 「消えるのは貴女の方ですよ、魔法少女」

 

 ピンクの魔法と、金色のエネルギー弾がぶつかり、電流が迸ると爆発する。

 

 その爆発をすり抜けるように、レイナが銀狼の魔人と爪と剣をぶつけ合いながら、鍔迫り合いを繰り返す。

 

 「お前みたいな顔の良い女は、ぜひとも抱いてやりたいぜ」

 「下劣な男・・・あいにくだけど、私の相手はお前じゃつとまらんよ」

 

 銀狼の魔人の下卑た笑みがレイナに不快感を抱かせるも、お互いの目線は次の攻撃への警戒をし続けているので手元を見ている。

 

 お互い油断はしていない、一撃の先手も譲らない素早い攻防が連続で繰り広げられる。

 

 「すごい戦いだ・・・」

 

 ギンジとコウモリの怪人の姿は、建物に入ってから見えないものの、あの女性二人と新参の異人二人は共に負けず劣らずの一進一退を絶えず続けている。

 

 「これは想像以上だな。ドクターミヤコが研究に熱心になるのもうなずける」

 

 すぐ真下の激戦を見ながら、紫は驚愕の連続であった。

 

 あの魔法少女と呼ばれた少女の攻撃はヘヴンホワイティネスでも、見ないような強力な威力。

 

 対するシスターの様な格好の女性は技自体はパッとしなくても鞭の様な剣を振り回したり、切りつけたり、身体能力と合わせても非常に強い事が解る。

 

 「ぜひともアレらを捕まえて欲しいものだ」

 

 かく言う紫も、異人二人の事は信用していない。負けてもいい。

 

 それでも構わない。ヘヴンホワイティネスに負けてボロボロになった二人の異人を、ヘルブラッククロスが捕まえてからドクターの研究材料として手土産にしようと考えている。

 

 無論これは紫の頭の中で描いている、サプライズなのだが。

 

 「ドクターもこれで、褒めてくれないかな〜ぐふふ」

 

 表情は見えないがきっとお面の中は、汚らしい笑みを浮かべているのだろう。

 

 『紫さん、これ・・・わたしの為に!?素敵!』

 『もちろん・・。全てはあなたの為に・・・』

 『さすが!結婚して!』

 

 頭の中で美化されたドクターミヤコが、紫とありえない会話をする。この妄想が現実になればなーとは思うが、ドクターは人間に興味を示さない。

 

 顔がかわいいし小柄だからか、戦闘員からも人気が高い。

 

 かくいう紫も本当はドクターミヤコに憧れたからこそ、大幹部になれる実力をつけていながらも、大幹部護衛に就く道を選んだ。

 

 「まぁ、あの異人よりもギンジを連れ帰る事の方が、ドクターにとっての最大のサプライズかな」

 

 風に煽られながら自分の考えを口に出すと、カメラの位置を調整しつつ戦闘を見守る。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「キキキ、さて、こちらも始めようか、ギンジ」

 「テメェ、どこにいやがる」

 「コウモリは打たれ弱いんだぜ・・・お前と本気で戦ってたら、こっちが敗けてしまう。だから、少々ずるい事させてもらうよ」

 

 鉄骨と布と、完成した壁が光を通さない薄暗い一室で、姿が見えないコウモリが低く呟くと耳鳴りの様な音が波打つような、甲高い音がギンジの頭に響く。

 

 「ぐっ・・・うるせえなぁ」

 「お前だけはまともに戦っても勝てないからね。認めるよキキキ・・・さっきの狼よりもお前の方が強い。故に何があっても、再起不能にし、ドクターミヤコの下へ連れて帰るよ」

 

 音。コウモリの怪人の出すこの音は、超音波。

 

 普通の人間なら鼓膜はやぶれ、脳内は揺れて壊される。さらにここには鉄とコンクリートが沢山ある。

 

 それはつまり音が抜けづらいということ。

 

 超音波が壁や鉄に反響し合い、ギンジに何重と超音波が重なってくる。

 

 「そうら、捕まえた〜ゲッチュ〜」

 

 完全に動けなくなったギンジの肩を掴み、持ち上げる。

 

 「キキキ、重いねぇ」

 

 建物の上へと飛びながらギンジを運ぶも、上の階層部分まであがると超音波の効果が、薄れていくが捕まえれば勝負がつくと思っているのだろうか。

 

 「いいや、捕まえたのは俺の方だぜ・・・コウモリ!」

 「あ・・・」

 

 ギンジが右手を力任せに振り下ろし、右肩のコウモリの脚から抜ける。

 

 バランスを崩しながらも飛び回る、コウモリの右足を今度は逆に捕まえる。

 

 「自慢の超音波でも、例の粉でも振りまいてみな!」

 「うおうお、バカ、引っ張るな」

 「じゃあ、下ろしてもらおうかな」

 「それはできん」

 

 コウモリの右足を下に引っ張るように、腕に力を込めると、上のコウモリと位置が入れ替わるような体制になる。

 

 「力じゃ勝てないってよく解ってんじゃねーか。でもこの状況は勝ちだな、俺の」

 「キキキ、馬鹿め・・・どちらにせよ落ちるのはお前だギンジ」

 

 上手くコウモリの身体に足を引っ掛けると、今度はギンジがコウモリより下に落ちていく。

 

 「ハッハッハッ、これでお前も俺も落ちれるぜ」

 「キキキ、離せ、このままじゃ二人もろとも落ちるぞ!」

 

 落下を利用してギンジは想像する。

 

 このまま落ちる力を利用して、コウモリの怪人を壁にでも激突させられるような想像を。

 

 イメージが湧く。そしてそのままの行動を行う。

 

 (ここで俺の取れるより現実味のある行動は・・・)

 

 思いっきり身体を上に反らす。

 

 すると風圧で身体が浮く。

 

 そのまま足にコウモリの怪人をひっかけたまま、一回転、二回転。

 

 三回転目で勢いを殺し、途中に見える鉄骨がむき出しになった壁に蹴り上げる。

 

 コウモリの怪人はその勢いのまま鉄骨に命中し、壁となる鉄骨はめちゃくちゃな形にひしゃげる。

 

 二階に相当するであろう部分の、小さな鉄棒に捕まりアクロバティックに回転してから、コンクリートに固められた横向きの柱に上手く着地する。

 

 (行けた・・・。こんな馬鹿げた事でも、想像したら本当に行けるんだな)

 

 自分の想像力に驚き、無事に成功したことに喜ぶのもつかの間、再び超音波がギンジを襲う。

 

 「ぐうぅ・・・またこれか・・・」

 「やるなギンジ。お次はどうかな!」

 

 今度はコウモリの怪人がギンジの正面にバサバサと現れる。そして少しギンジの目線より高く上昇すると、羽を折りたたみ錐揉み回転しながらギンジへ頭をぶつける。

 

 「ぐほっ・・・!?」

 「同じ目に合わせてやろう!」

 

 ギンジが大の字で回転しながら、先程のコウモリの怪人の様に、鉄骨へとぶつけられる。

 

 「回転の力を加えられるのは、ギンジだけじゃないんだぜ。痛いだろう?」

 

 鉄骨は折れ曲がり、ギンジも内蔵を押しつぶされるような激痛に一瞬気を失いかける。

 

 「ゲホ・・・クソ、なんだお前強いじゃないか」

 「お前もな、この技は犬の怪人でも耐えれなかったのに・・・自信が折れそうだ」

 「そうかい、皆ちゃんと訓練してんだな・・・」

 

 鉄骨にめり込んだ身体を離すと、すぐ下にある足場に着地する。

 

 そしてギンジは視界に違和感を覚える。

 

 顔からサングラスが外れている事が解る。

 

 「このやろうが・・・俺が勝ったらサングラス弁償しろよ」

 「キキキ、お前こそ組織に戻ってこい」

 

 錐揉み回転の時に外れてしまったサングラス。もうどこにあるのかも解らないが、とにかくコウモリの怪人に払わせる。

 

 「行くぜおい!」

 

 ギンジが叫ぶと、コウモリの怪人もニタリと笑い、再び暗闇に姿を消す。

 

 (クソ、また消えたな。何か方法はねぇかな・・・)

 

 辺りを見渡し、超音波と突進攻撃と掴みを警戒する為、壁を背にする。

 

 コウモリの怪人の記憶、情報を探るもコレと言った弱点も見当たらない

 

 力押ししかないようにも見える状況で、ギンジからは怪人の姿

が見えない。

 

 「キキキ、警戒しているね」

 

 ギンジの姿をコウモリの怪人は見えている。

 

 勝つには少々厳しい戦闘の条件だ。

 

 しかし足元にあるものを見つける。

 

 「これは──」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 建設中の建物から衝撃音が聞こえるが、紫はその音の方へ首を向けない。

 

 おそらくあの中でギンジとコウモリが戦っているが、そこよりもヘヴンホワイティネス以外の戦闘を見るのが楽しくなっている。

 

 今の所戦況は魔法少女とシスターの方に軍配が上がっている状況だ。

 

 狐の闇人も先程の余裕がないのか、どんどん身体を変化させ、銀狼の魔人の方も徐々に爪や牙を砕かれつつある。

 

 魔法少女の方も決して無傷ではなく、足やら腕やらから出血している。レイナの方も修道服はところどころ裂けており、唇を切ったのか血を流している。

  

 「いい加減に倒れなさい!」

 「断らせていただきます。私もマージ・ジゴックに最後までの忠誠を誓っております。このまま何もしないで倒れるのは、拾ってくれたヘルブラッククロスにも申し訳がたたないのでね」

 

 狐の闇人なりの覚悟を持って、新たに手に入れた目標の為にヘルブラッククロスに就いたのだ。ここまで来て終わるわけにはいかない。

 

 「オレも同じだぜ、まぁ、オレはここにいるレイナを倒せればそれでいいんだけどよ・・・でも負けっぱなしは悔しいじゃねぇか。だからオレは引かん!」

 「ゲヘナミレニアムの執念には毎度驚かされるばかりだ。だが、お前たちという悪を私は絶対に許さない。覚悟しろ」

 「それはお前もだぜ、レイナァァ!」

 

 銀狼の魔人はただの報復がメインだが、結局一人では何もできないと悟った魔人はこうしてここまで来たのだ。

 

 闇に付いている者達は、やがて大きな闇へと引きずり込まれていく。

 

 狐も銀狼もその闇の法則に則っただけ。

 

 「さて、この勝負はどうなるかな・・・」

 

 紫の見下ろす視点での四人の戦いは更に苛烈を極めていく。

 

 狐の闇人が両手に黒い炎の様に揺らぐエネルギーを溜めて、サクラに向けて打ち込む。

 

 銀狼の魔人もそれに合わせて、指と同じぐらいの長さの爪を伸ばし、より鋭利なものとして、レイナに突っ込む。

 

 「来るよ、レイナさん!」

 「問題ない、サクラも大技を決めろ!私が抑える」

 

 言うと、黒い炎を破邪の力で弾きながら、銀狼の魔人と肉薄する。

 

 「破邪の双剣!」

 

 二本の剣を持ち、同じく二本の腕で戦う銀狼の魔人と激しくぶつかり合う。

 

 狐の闇人が再び金色のエネルギー弾と黒い炎を構え、レイナめがけて発射する。

 

 「邪魔をするな!」

 

 双剣の片方でエネルギー弾と炎を弾くも何発かは、炎の方がレイナの背中や、足に当たる。

 

 「ぐっ・・・」

 「取った!」

 

 銀狼の魔人が腕を広げ、跳躍しレイナに両の爪を振るう。

 

 片手では防ぎ切る事はできず、左肩を裂かれる。

 

 「ぬぅぅ〜・・・!」

 「チィ、まだ倒せねーか??」

 

 続け様に攻撃を繰り出す銀狼の魔人に、片手の剣だけでは対応しきれない。

 

 「マジカルマジカル〜マ〜ジカ〜ル〜」

 「おっと、そうは行きませんよ!」

 

 狐の闇人がサクラに新たな攻撃の姿勢を取り立ち向かう。その狐の顔は鬼気迫るものだった。

 

 「マジカル〜・・・」

 「貴女もここで終わりですよ!」

 

 金色のオーラを纏わせた腕で殴ろうとするが、サクラの表情は満面の笑みに変わる。

 

 「マジカル〜・・・エクスプロード・ファイア!」

 「なん・・・だとぉ・・・!?」

 

 魔法のステッキから超強力な程の炎の塊が発射される。

 

 ポン・・・、という気の抜けた音でかなりゆったりと進んでいる。

 

 「・・・」

 

 狐の闇人が思わず攻撃の手を解いてしまう程の拍子抜け感。

 

 「狐ぇ!ブラフだ!」

 「もう遅いよ・・・!」

 

 銀狼の魔人が叫ぶも、狐の闇人が気づくのにはワンテンポ遅かった。

 

 狐の闇人の真上から何かが見下ろすような影。その影を見上げると、巨大な猫の顔をした棒状の何かが、見下ろしていた。

 

 「なん、これは・・・これは・・・!?」

 「マ〜ジ〜カ〜ル〜」

 

 ステッキを思い切り持ち上げて、振り下ろす。

 

 「ラブリーにゃんこプレーーーースッ!!!!」

 『ギニャ〜〜〜〜』

 「にゃあああああ!?」

 

 狐の闇人の悲鳴は重たそうな猫のハンマーフェイスに潰されて、消えるように潰された。

 

 「オイ!嘘だろ!オイ狐ぇ!!」

 「お仲間を心配しているなんて・・・随分余裕なんだな」

 「・・・レイナ、テメェ・・・」

 

 最大限のブラフに騙されて攻撃の手が止まってしまったが、それをチャンスとし、レイナが最大技の準備に入っていた。

 

 「破邪の・・・」

 「クソがあああ!!!」

 

 銀狼の魔人も敗けじと爪と牙と全身をフル活用させて、タイヤの様に回転しながらレイナに突っ込む。

 

 「敗けてたまるかああああ」

 「崩剣!!」

 

 現れた破邪の剣は、鞭の様なものではなく刃だけの丸鋸の様な形状をしていた。その刃は今までの光り輝くものでは無く、鈍色のいかにも刃と言える様な恐ろしい形状を成していた。

 

 爪と刃が当たり、火花を散らす。強力な力と力のぶつかりは、周りの空間を歪ませて拮抗させる。

 

 「グルルルルウウウオオオ!!!」

 「破邪の崩剣!!」

 

 さらに同じ技を銀狼の魔人にぶつける。横から飛ぶ同じ威力の刃が、銀狼の魔人を大きな斬撃となって襲う。

 

 破邪の崩双剣。最大技を超える最終必殺。これがゲヘナミレニアムとの戦いで培ったレイナの最強の退魔の技。

 

 「グッハアアアア」

 「これで終わりだな・・・ゲヘナミレニアム・・・!」

 

 地面に頭から落下し、銀狼の魔人はついに意識を失う。

 

 「がハッ・・・こんなの・・・認めるわ、わけには」

 

 にゃんこハンマーから這うように出てきて、狐の闇人がまだ何か喚いている。

 

 「ゲホ・・・こ、こんな、敗け方・・・」

 「あー、ごめんね、狐。次の準備できてるんだ・・・」

 

 サクラが何も悪びれず気持ちの籠もっていない、謝罪を言うと、狐の正面から先程の炎の塊が、閃光を撒き散らす。

 

 「っ!?」

 

 急な眩しい光にの次は爆発。

 

 炎が狐の闇人を飲み込み、絶大な威力と共に、上空へ舞い上がりさらに大爆発。

 

 「おのれえええええ!!!」

 

 その言葉を断末魔とし、容赦のない大爆発が狐の闇人を次々と襲い来る。その爆発はマージ・ジゴック最後の残党の肉片が完全に消えるまで続いた。

 

 それを見ていた紫は驚愕と喜びの態度を、全身で表現していた。

 

 「素晴らしい力だな・・・」

 

 あれだけの大見得切っていた狐の闇人と銀狼の魔人が、最終的にはこうもあっさりとやられてしまった。

 

 「これじゃあ、1戦闘員である私が戦って勝つのも難しいかな」

 

 戦闘が終わるとカメラを切り、紫が立ち上がり小物を回収する。

 

 この戦いの映像でドクター達が何か得られると良いのだが。

 

 「さて、私達はギンジの下へ向かおうか・・・」

 「レイナさん、少し休憩しましょ・・・魔力使いすぎちゃった・・・」

 

 二人とも戦闘でボロボロだから少しだけ休息を挟むことにする。

 

 「少しだけ休んだら、ギンジくんの所、いきましょ」

 

 肩で息をしながらもサクラもレイナも、因縁への決着をつけた事から喜びの笑みを浮かべて二人で笑い合う。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「おーいコウモリ!これならお前の超音波を相殺できるぞ!!」

 

 ギンジが足元で見つけたもの。それは手頃な大きさの鉄板。手頃と言っても、一枚持つだけなら二人の男が協力しないと、持ち上がらない程の大きさ。

 

 それを二枚片手ずつで持ち上げて、打ち鳴らせる様に構える。

 

 超音波の音を鉄板の反響で打ち消す作戦に打って出た。

 

 (ついでにこれでコウモリを撃ち落とす!!)

 

 やると決めたらやる。だが、外したら次のチャンスが来るまでに、ギンジの方が敗けるだろう。

 

 「お前の独壇場で戦ってやるってんだ!オラ、来いよ」

 (独壇場って・・・超音波をかき消したら、もうその時点で独壇場じゃないんだが・・・)

  

 ギンジの頭の悪さも相変わらずだが、コウモリはそのバカさ加減も気に入っていた。

 

 (このまま倒すのも気が引けるものだが、キキキ、いいだろう、それでも戦わないといけないなら本気を出そう)

 

 再び超音波を発動し、コウモリは様子見を行う。

 

 「来たな・・・オラァ」

 

 鉄板をかなり強く打ち鳴らし超音波を相殺する。その音はあまりにも大きく超音波よりも一瞬だけ強い。

 

 耳をつんざくような反響音が、コウモリを驚かせる。

 

 「キキキ、これは驚いた。恐ろしいほど力が強いじゃないか」

 

 その音のせいで隠れても居場所がまるわかりだが、特に気にならない。

 

 というよりそもそもギンジはその場を動いていない。

 

 「いつまで壁を背にしているんだい?そのままじゃあ、攻撃しづらいじゃないか」

 「またあの錐揉み攻撃されたんじゃ、きついからな。ホラホラどうしたよ、超音波だけか?」

 「次はコウモ鱗粉でも撒こうかと思っていてね、準備中だよ」

 

 女性に発情の効果を上げるコウモリの鱗粉攻撃。あれが男性にも効果があるのか不明だが、警戒はしておく。

 

 (クソ・・・これじゃラチがあかないな。さて、どうするか・・・何か、あいつの居場所がわかる様な方法でもあれば・・・)

 

 その時ギンジの中にある力の存在を思い出す。

 

 バーナーの怪人の力、炎の力を。

 

 あれを使えばこの状況は好転するが、また身体を焼く事になる。

 

 ギンジの力を飛躍的に向上させるものの、自身の身体を痛める諸刃の剣に、使いどころを選ぶ様な能力だ。

 

 「あたり一面燃やそうと思うんだけど、コウモリはどうする?」

 「キキキ・・・タコの報告にあった例の燃える力か・・・」

 「お!情報が早いねぇ〜・・・で、どうよ?コウモリって熱いの苦手だっけ?」

 「燃やされるのは勘弁だな。だからこうしよう」

 

 暗闇から声が消えた瞬間、ギンジの足元のコンクリートが砕け、コウモリの怪人の頭が錐揉み回転しながら突き破って来る。

 

 「真下からとはビビったぜ!」

 「からの、こうだ!」

 

 油断したギンジの真正面で粉を振りまく。コウモ鱗粉。普通のコウモリも怪人のコウモリも有害な猛毒を秘めている物。それらに更に、超音波を与えれば、電撃の線となってギンジに降りかかる。

 

 「うおおお・・・!?」

 

 鉄板の通電もものともせずにギンジの全身に雷の衝撃が全身を駆け巡る。

 

 「キキキ、これがコウモリの怪人としての新たな領域・・・フェーズ2だ!」

 「驚いたぜ・・・お前までフェーズ2に上がってるとはな・・・」

 

 ギンジの知識とこの世界の予想においては、コウモリの怪人はフェーズ1の怪人としてのレベルでしかいなかったはずだが・・・。

 

 「そのアフロみたいな焦げたヘアスタイル、ドクターはきっとお喜びになるぞ。ドクターへのお土産にする前に、全身真っ黒になってもらうがね」

 

 いよいよ本気で戦いに挑むコウモリ怪人が再び粉を撒き散らす。

 

 その粉が舞うのを確認すると、ギンジは吹き抜けの穴に飛び込む。

 

 「な!?」

 

 落下しながらギンジの目に入った光景は、今も電流を帯びながら発光するコウモ鱗粉。飛び降りるのを想定してか、先程の準備中という言葉はハッタリでは無かった。

 

 「死んでくれるなよ。今度は本気の超音波だ・・・」

 

 コウモリが見下ろしながら雷を発生させる。巨大な一本の雷となった電気の紐はギンジをまたたく間に囲み、そして包み込む。

 

 「うぐ・・・ぐああああ!!!!」

 

 「心地よい悲鳴だ。この悲鳴が一般市民や、女ならもっと心地よいのだが・・・」

 

 余裕な笑みを浮かべながらギンジの悲鳴を聴き悦に入るコウモリ怪人。そこから見える中心で苦しむギンジの手には、鉄板が無くなっていた。

 

 (?)

 

 正確には無くなったのではない。手から消えたのだ。間違いなくそれを確認した。

 

 ただし、その消え方は手品をしたとかそういう不可思議な類のモノではない。

 

 鉄板が真っ赤に、まるで燃え尽きて溶けるように消えた。何も落とさず、ギンジの手元から鉄板は【焼き消えた】のだ。

 

 「この状態でなおも戦うのか・・・?」

 

 まだ続いている電撃攻撃の中心でギンジは、その両手から広がる炎で全身を燃やしながら、一階の地面へ落ちて行った。

 

 「・・・?もしかして電気熱で燃えた・・・とか、そんな事はないだろうな?」

 

 コウモリの怪人の顔に冷や汗が落ちる。嫌な予感がする、と。不安な表情になる。

 

 直後その不安は、的中する。

 

 「熱っちいなぁ〜!痺れる感覚もあるし、この世界に来てから怖い事も痛い事もほとんど毎日あるわ!」

 

 不満を吐き出しながら、ギンジは燃えながらコウモリのいる場所まで飛び上がる。

 

 「よう!第2ラウンドと行こうぜ!」

 「お前もフェーズ2か・・・!」

 

 不安になりつつも、コウモリの怪人とギンジの表情は嗤っている。

 

 「ギンジ、こういう事もできるんだぞ」

 

 言うとコウモリが電撃を自分に纏わせてから、中へ浮くギンジへ先程の錐揉み回転を発動させる。

 

 その大回転攻撃を正面から受け止めるも、ギンジの身体に先程よりも強力な電撃が襲う。

 

 それと同時にコウモリにも高熱が襲う。

 

 「このまま、最上階の鉄骨にぶつけてやろう!」

 「冗談!その前に決着をつけてやるよ!」 

  

 次に最後の攻撃を決めた方が、この戦いの勝者となるだろう。 

 

 「さぁ、どうする?潔く敗けろ!そしてドクターの良い夫となれ!」

 「後半の部分は別になってもやぶさかじゃないんだが、敗けるのはやっぱなしだ!」

 

 炎を纏い、さらに電撃特攻のこの状態で勝てそうな動きを想像する。

 

 が、何も浮かばない。

 

 (なるほど、俺の想像は他の能力を使ってると、発動できないんだな・・・)

 

 新たな能力の使い方を覚えると、ギンジは想像を捨てて新たな行動に撃って出る。

 

 「じゃあよぉ、これならどうよ」

 

 ギンジの取った行動は・・・脱力。ただし考えなしの脱力ではない。この脱力によってギンジは大技の準備に入る。それを悟られない為の、脱力。

 

 「キキキ、諦めたな?諦めたな?もうすぐ天井の鉄骨だ!」

 「諦めた?いいや違うぜ」

 

 鉄骨に当たろうとするその直前、ギンジの全身からさらに強い炎が溢れる。

 

 「このままじゃ顔、焼けるぜ?どうするよ」

 「この顔が焼けても!この身体が尽きても!お前をドクターミヤコの下へ連れて行く!それがコウモリの怪人の覚悟だ!」

 「お前のその覚悟・・・受け取ったぜ!そして俺の技もついでに受け取れ!」

 

 脱力しきった身体に強く輝く炎が絡みついていく。

 

 「そのついではいらないな・・・」

 「決めるぜ・・・!」

 

 炎によって右足が燃えて真っ赤になる。

 

 「先ずは、右足だ・・・」

 

 振り下ろした右足はコウモリの羽を打ち砕き、守られている胴体まで熱が貫通していく。

 

 「うぐぐぐごおおおお・・・!」

 

 さらに炎によって左手が真っ赤に。その左手はコウモリの怪人の顔面を掴むと錐揉み回転を止める。

 

 「最後は・・・右手で・・・!」

 「ふぬおおおお」

 

 コウモリの回転は止まっても上昇の勢いは止まらない。

 

 (なぜだ!なぜこいつは、我々よりも、早く、強く、成長していく・・・!?何故です、ドクターミヤコ!アナタの最高傑作は、本当に最高傑作じゃないか・・・!なぜ、裏切りなどという不必要な感情をもたせたのです・・・!?)

 

 顔に手が覆われても、左目だけは隠せなかった。

 

 そしてその左目から見えたのは・・・。

 

 ギンジの燃えて白くなった右手。

 

 鉄を熱して、白くなるのと同じ様に、ギンジの右手も真っ白になるほど燃えて居た。

 

 その右手は予想通り、コウモリの怪人の顔面に貫くように振り下ろされる。

 

 「俺は絶対に負けん!燃え尽きろコウモリ!!!」

 

 皮膚が、骨が、中身が、そして雷までもが、熱に敗けて行くのを感じた。

 

 全身に走る物理的な痛みと高熱による衝撃が、コウモリの怪人の頭から足先にまで光線の様になって突き抜けていく。そして殴りつけた後のダメージが遅れてやってきてコウモリの怪人は、地面に向かって回転しながら吹き飛んで行った。

 

 重苦しい破壊音が下の方から大きく響く。

 

 「ふう、また火傷しちゃったぜ・・・」

 

 落下しながらも腕を振り払い、炎を消滅させる。

 

 「あーあ、でも力を使い果たしてイッキシ」

 

 くしゃみをするなんてめずらしい。

 

 このまま地面に落下するのは恐ろしく痛いだろうから、それを阻止したいが頑張りすぎた今のギンジにはあまり力が出ない。

 

 「死なないにしても、もの凄い痛いんだろうな・・・」

 

 もうすぐ地面だ。コウモリの怪人が燃えながら、仰向けに倒れている。

 

 「あぶなーい!ギンジくーん!」

 「うおっ」

 

 魔法のステッキに乗りながら、サクラがギンジの手を引っ張る。

 

 「うわわ、熱いね。手」

 「へへへ、悪いな」

 

 サクラの魔法でゆっくり下に下ろしてもらい、一階の炎はレイナが鎮火していた。

 

 「くぅ〜・・・ギンジ・・・」

 

 か細い声でコウモリの怪人がギンジを呼ぶ。それを聞いたレイナが警戒するが、ギンジがコウモリに駆け寄る。

 

 「・・・覚悟は受け取った・・・」

 「本当に悪い・・・これが、こうする事が俺の覚悟なんだ。悪い」

 「いいさ・・・だが・・・よく聞け・・・」

 

 お互いの立場はよく解っていた。こうしないとどちらかが止まらない。かつての仲間と戦う事を選んだのは、佐久間ギンジだ。

 

 「おまえ・・・の為なら・・・ドクターは、な、んでも・・・する・・・覚えておけ・・・」

 

 もはや身体のどこも動かないコウモリの怪人は、呼吸すらできない程に衰弱していた。

 

 「・・・コウモリ、本当に悪い」

 「いいさ、命ぐら、い・・・」

 

 力なく横たわるコウモリの怪人は目を閉じる。

 

 「ドクター・・・ミヤコ・・・の幸せを・・・か、なえてやれ・・・」

 

 最後の言葉を吐き出すようにしゃべると、コウモリの怪人は足先からどんどん砂になるように消えていく。

 

 コウモリの怪人の胸の部分まで消滅すると、青黒い塊がギンジの胸に入り込む。

 

 (バーナーの時と同じだ。お前も力を使わせてくれるのか?)

 

 まるで上手く扱えと、そう言われてる様な気分になりつつもコウモリの怪人は何もしゃべらない。やがて顔まで消えると、レイナとサクラとギンジの三人が砂の舞う吹き抜けの空を見上げて行く。

 

 「ギンジくんの事、話してほしいな」

 

 無言の空間にサクラがギンジの前に立ちながら、可愛らしげのある仕草で笑みを見せる。

 

 「何かワケアリなんだろう?この戦いを通して、ギンジが悪い奴とは思っていない。話したくないならいいが・・・」

 

 レイナも同じ様にギンジの背中をポンポンと軽く叩く。

 

 「ああ、俺の事情を話すよ・・・そのかわり」

 

 泣きそうな声でギンジは空を見上げる。

 

 「誰にも言うなよ」

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 身体を引きずりながら、銀狼の魔人は工場エリアを抜けて、暗闇へと進む。

 

 暗闇を抜ければ、ヘルブラッククロスのアジトの入り口まで到着できるからだ。

 

 「ハァハァ・・・おう、戦闘員か、ちょうどいい」

 

 やがて見えてくる光を通さない闇の通路を抜けると、ヘルブラッククロスの戦闘員が出迎える。

 

 だがその戦闘員の奥に立つのは、軍服を来た体格の良いオーク怪人であった。

 

 「敗北で終わったね〜くふふ」

 

 オーク怪人の真横では誰かが用意した椅子にだらけて座るミヤコの姿があった。相変わらず白衣のサイズは合ってないし、身体も小さい。

 

 銀狼の魔人から見ているとこの華奢な身体は、とても美味しそうに見える。今はそんな事を考えている場合ではないが。

 

 「ドクターミヤコにも大見得切ってこの様か。失望したぞ、銀狼の」

 「ぐうう、あいつら、二人で来るとは思ってなかった・・・それにヘヴンホワイティネスじゃない敵がいたんだぞ!」

 

 血に濡れた腕を振りながら、銀狼の魔人は吠える。

 

 「アハッ、この期に及んでいいわけですか〜?。ちょーダサいんですけど。ウケる」

 

 オークとミヤコの真上にはサキュバスの怪人が銀狼を見下すように、はたまた嘲笑するように漂っている。

 

 「くっ・・・お前らの話しじゃ、ヘヴンホワイティネスが来るって筈だった!聞いてないぞ、退魔警察が来るなんて!」

 

 何か弁明の余地を取らないと、このままでは倒れてしまいそうだ。

 

 牙を鳴らしながら銀狼はオークとミヤコにすり寄る。

 

 「それ以上はドクターに近寄らないでいただけますかね」

 

 剣士の怪人がいつの間にか銀狼の背後に立ち、怪しく輝くオーラを纏う剣を突き立てるようと構えている。

 

 「バカな・・・オレを殺すのか・・・?」

 「当たり前だ。貴様は我らがドクターミヤコに不敬を働きすぎだ。作戦に役立てない無能はここにはいらないのでな」

 「それに総統にも好きにしていいって言われてるしね。くふふふ」

 

 オーク怪人に威圧された次は、ミヤコから信じられない言葉を聞かされる。

 

 「聞いてる?あんた、あーしらのミヤコさんから、戦力外通告を出されてるのよ」

 

 サキュバスの一言が、銀狼の心をへし折る。

 

 「バカな・・・このオレが・・・ゲヘナミレニアムの大幹部であるこのオレが・・・!?」

 「ここでは新参だ。選べ、死ぬか、命を捨てるか」

 

 剣士の怪人の選択肢は、まったく答えの無いものになっている。

 

 「ドクターああああ!!!!」

 

 銀狼の魔人が発狂した顔でミヤコに飛びかかるも、横から現れた手に背中を叩かれ、上半身が吹き飛ぶ。

 

 「これで大幹部?今、チワワはこいつを撫でただけなのだが」

 

 犬の怪人が手を広げ、下半身だけになった銀狼の魔人の足を掴み、剣士の怪人へ放り投げると、細斬れにしていく。

 

 「くふふふ、あーあ実験材料がなくなっちゃった」

 

 消え失せた銀狼の魔人は血液とわずかな肉片だけが虚しく残り、そしてその遺伝子情報の塊は、戦闘員達によって綺麗に洗い流されていく。

 

 つまりドクターミヤコにしてみても、コレは要らないということだ。

 

 「ドクター、コウモリの生命反応が消えました」

 

 近くに佇む紫から衝撃の事実を聴くと、ミヤコは奈落の瞳を見開き、狂気に震える笑顔になる。

 

 「くふふふ、戦っていたのはギンジ君だよね?」

 

 仲間が倒されたが、ミヤコはさして気にしていない素振りだ。

 

 「コウモリの怪人はより強い怪人によって食べられただけだよ。それに、ギンジ君が裏切った今計画は別の段階にすすんでいるしね」

 

 椅子から立ち上がると白衣を振り回しながら、ドクターがその場にいる全員に告げていく。

 

 「皆、悲しんだりしたら駄目だよ。それはわたしだけでいいの」

 「失礼、佐久間ギンジはさして怪人特有の能力があるようには見えないのですが・・・」

 

 オーク怪人の疑問にミヤコはまたも笑って答える。

 

 「彼にもちゃんと能力、あるよ?」

 

 ミヤコの笑みに、誰もが背筋を震わせる。他の大幹部にはない格の違いを見せつけるその狂気の笑みは、彼女がときおり人間であることを忘れそうになる程だ。

 

 左目の黒い眼球も、普通の右の眼球も輝かせながら、ドクターミヤコはギンジという怪人の、真名を言う。

 

 「彼は、佐久間ギンジ、またの名を進化の怪人」

 

 その場にいる怪人も、戦闘員も、誰もいない筈のその空間に似合わない拍手喝さいが響き渡る。  

 

 「彼にコウモリをしかけたのは、コウモリが戦いたいと、命をかけると申し出たから、わたしは覚悟を受け取ったのです」

 「流石でございます・・・」

 

 オーク怪人が膝を付き、ミヤコに頭を垂れる。

 

 「さーて、皆、帰ろうか・・・くふふふ」

 

 コウモリの怪人の消滅は非常に残念だが、それにより愛する佐久間ギンジが強くなったらそれでいい。

 

 なにせ闘争で進化する細胞、そして怪人を取り込み能力を得る力。

 

 いずれもミヤコが目指す最強の怪人を作る為の計画の1段階にすぎない。

 

 闇の中で、再び悪が嗤う。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 あれから事情を話し、サクラとレイナの連絡先の書かれたメモを貰い、ギンジはミドリコのマンションに戻ってきた。

 

 ギンジにとってみても、この世界における協力者というのはありがたい。

 

 「遅いぞギンジ!なにして・・・って、君全身ひどいことになってるぞ!」

 「まさか、一人で戦ったの?」

 「あんたなにしてんのよ!」

 「へへへ、悪いな、ちょっとバトって来た・・・」

 

 ボロボロのギンジを出迎えると、三人の女性達はギンジの声に違和感があった。

 

 「いやーコウモリの怪人強かったわ・・・エッブシ」

 

 くしゃみ。

 

 「あんた鼻声じゃない」

 「あーもしかして風邪・・・か?」

 「ギンジも、人間、ということがしょうめいされた」

 

 正義のヒーローヘヴンホワイティネスは本日を持って風邪を引いて全滅した。

 

 「怪人様も風邪ひくのね〜いっきし」

 「カエデ、お前もくしゃみしてんじゃねぇかいっきし」

 

 ウイルスをばらまくだけの四人になってしまい、風邪が直るまで四人全員一週間まともに戦えない日が続くのであった。

 

 なお、ヘヴンホワイティネスが活動していない間は、どこからともなく現れる魔法少女と、退魔警察によってヘルブラッククロスの悪事が止められるのであった。

 

 

 

 

 

続く

 

 

 




いやー疲れた。おつかれさまです。

今回もお話を楽しんでいただければ幸いでございます。

キャラネタ書きます
剣士の怪人
ビキニアーマーを身に着けたエッッな女性怪人。めっちゃ強い

サキュバスの怪人
キャットスーツに身を包み、黒い羽、黒い尻尾を持つ怪人。エッッな雰囲気が強い。

コウモリの怪人
今回の任務では死ぬことを覚悟して挑んでいた。
結果は敗けたが、ギンジに新たな力を使わせる為に魂だけは消滅しなかった。

ドクターミヤコ
ギンジ君しか勝たん。
はぁギンジ君好き好きアイシテル結婚しかない、働かなくていいよ?全部私が養うし、子供は何人欲しい?ご飯にする?お風呂にする?それともくふふにする?え?キャラネタが長い?まぁまぁ話しの通じる相手じゃないんだから(省略)

次回も頑張るぜ!アトラクションでした!


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襲撃編
9・剣士の怪人


皆様お疲れ様です。ついにつたないながらもこの物語が10話ですよ!(厳密には9話なんだけどね・・・)
閲覧や、お気に入り登録、感想ありがとうございます!

今回は四話構成の長い話しになります。
小出し感が否めないかもしれませんが、楽しんでいただければ幸いです!


 

 あれから風邪も完治し、季節は5月。

 

 「カエデ、今日も放課後は、アジト探し?」

 

 通学路で隣を歩くレンがカエデに話しかける。

 

 「そうね、奴らのアジト探しもあるけど、あたし達のアジトの立地も探さないとだしね・・・」

 

 普段外に出ている時間が多いヘヴンホワイティネスは、自宅の事はギンジにまかせてミドリコは勤務、レンとカエデは学業と忙しい。

 

 ギンジも外に出れればいいが、今はサングラスも無いためあまりまともに出歩けない。

 

 「バカギンジも日中外に出れればまともに働けるのかしらね。それはそうとケイタ!」

 「はい」

 

 思わず強めの口調に背筋が伸びる。

 

 今カエデの自宅から通学路を歩くのは、角倉ケイタ、宮寺レン、神宮カエデの三人。学年でも新一年生にも噂される、いつもの三人組だ。

 

 周りの視線は悪い捉え方をしていないし、別にさして気になるものでもない為か、今日もいつも通り過ごしている。

 

 「ケイタ、あんたの放課後のよていは??」

 

 腰に手を当てながら鋭い目つきでケイタを睨むカエデ。

 

 「あ、えーと、放課後はギンジと作戦を・・・」

 「・・・」

 「ハァ・・・バカケイタ、あんたは今日の放課後はレンと帰りなさい」

 

 思わずドキリと心臓が跳ねる。ケイタの心中を察してか、カエデが気遣いを見せる。

 

 「いい?ギンジの事はあたしが止めとくから、あんた達は二人で帰るのよ!いいわね?」

 「カエデ、ありがとう・・・」

 

 不器用ながらも友達の恋の為に、距離を縮めようとしたカエデの態度にケイタはお礼を言う。素直にありがたいこの気持ちを隠さずに伝えると、レンも嬉しく思う。

 

 なんだかんだバランスの取れた三人の登校は今日も平和だ。

 

 「でもいいの?ここまで色々、カエデには、頼りっぱなしだし・・・」

 「レンはそんな事気にしなくていいのー!今日ぐらいあんた達が何もしなくても誰も何も言わないし、あたしが何も言わせないわよ」

 「めちゃくちゃだな・・・」

 「角倉さーん?何か言いまして?」

 「い、いえなんでもないです」

 

 そんなやり取りをしながら、三人は学校へと向かう。

 

 そして放課後は学校だけじゃなく、この街の平和を守る正義のヒーローヘヴンホワイティネスとして、ヘルブラッククロスと戦う為に、今日も彼女達は駆け抜ける。

 

 「そういえば最近トモカと連絡取れないのよね」

 「最近学校来ていないみたいだよ。隣のクラスの中谷も連絡取れないぐらいだし。風邪引いてるのかもね」

 「もしかしたら、体調、悪いのかも」

 

 校舎を目指し、彼女達はそんな事を話しながら突き進んでいく。 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「よーし、お前ら席につけー」

 

 教室に入るや教卓の前に立つ教師が、カエデ達をはじめクラス全員に着席するように声を出す。

 

 「今日から副担任が配属される事になった。先生、ご紹介を」

 

 遅れてクラスに入って来たのは美人、その言葉がイメージとして定着しやすいスラリとした女性。

 

 「こちらの先生は、小さい時に眼を事故で怪我されていてな、カラコンみたいな眼をしているが、ちゃんとした眼だから変な事でからかうなよ」

 

 黒板に名前を書き始める。

 

 「レン・・・あの眼」

 「うん。間違いないと、思う」

 

 名前が書き終わると、その美人教師はクラス全員に向き直る。

 

 そもそもこの時期に来るのに、生徒の誰も知らない事も違和感を感じるが、その違和感がカエデとレン、そして離れた席に座るケイタにも一目でわかるあの瞳をしていた。

 

 「初めまして。今日から副担任を努めます、黒井ヒトミと申します。憧れの職業だったので・・・」

 

 ヒトミと名乗ったその女性教師はカエデとその後ろに座るレンと眼が合う。カエデとレン、そしてケイタからすればあの眼球はギンジと同じ──。

 

 怪人の特有の瞳をしていた。

 

 「あー、お話が長くなりそうなので、自己紹介はこれぐらいにしておきますね」

 

 笑顔で話を終わらせると、いつも通りのホームルームが始まる。

 

 しかし、カエデとレンとケイタは敵がこの学校に来た事を知り、心の中で警笛がなるような気持ちだった。

 

 (もしかして、今眼が合ったのって・・・あたし達の事がバレてる・・・?)

 

 嫌な予感がカエデの心を縛る。

 

 学校の生徒を人質に取られた様な気分だ。レンもケイタも同じで、三人は沸き立つクラスの中で浮いた気持ちになりながら、今後の事を話そうと決める。

 

 (あの子達は・・・どうやら【知っている】ようですね) 

 

 ヒトミ先生が笑顔を取り繕うが、その笑顔ですらカエデ達に取ってみれば脅威の対象がこちらの正体を知っている様な、怪しい雰囲気に見えていた。

 

 気が気じゃないまま、学校を過ごす事になる。

 

 (なんとかしないと・・・)

 

 嫌な汗を拭いながら教室の中の雰囲気と、同じ様に盛り上がれない。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 昼休み。授業と授業の間の中休みにはまともな話は出来ないため、いつものメンバーでカエデ、レン、ケイタの三人は屋上に集まる。

 

 いつもなら話すのは今日の放課後の予定や、昨日戦った怪人との反省会になるが、今日の話題は違う。

 

 あの教師、黒井ヒトミの事だ。

 

 「ネーミングもまんま黒い瞳、イコールで怪人よね」

 「間違いない、と私も、思う」

 「ついに学校に二回目の怪人の登場か・・・」 

 

 一度目は紐の怪人の襲撃。その時初めてケイタは怪人という存在に遭遇し、殺されかけた。生きた心地がしないとはまさにこの事で、当時まだ一人で戦線に出ていたレンの救援と、カエデの覚醒によって事なきを得た。

 

 その時の事を懐かしむ様に思い出し、ケイタは身震いする。

 

 再びあの惨劇にも近い状況が学校で行われるならば、なんとしても阻止しないとならない。

 

 「まだ襲う気はないみたいだけど、このまま待ってるんじゃ意味がないわ。正体を暴いて追い出さないといけないし」

 

 手持ちの紙袋を綺麗にたたみながらカエデの言うことにうなずくレン。そのレンも警戒の気持ちが籠もっているのか、あまり食事が進んでいない。

 

 「ギンジと、ミドリコを呼ぼう」

 

 レンの提案ももっともだが、その発言にカエデが首を横に振る。

 

 「いいえ、今回の怪人があの先生なら、ギンジはきっと役に立たない」

 「どうして?ギンジなら、きっと僕たちの戦いの戦力になるのに」

 

 その否定の言葉に自信がなさそうなカエデは、ケイタとレンにそれぞれ向き直り口を開く。

 

 「あたしも最初はそう思ったわ。だけどあいつ、女の人が相手だと・・・多分よ?まともに戦えないのかしら。やけに手を抜く所があるのよね」

 

 推測にも近しい様な言葉に、レンもケイタも小首をかしげる。

 

 「先ず、初めてあたし達がギンジと出会った時、あいつはあたし達を攻撃しなかった。その後も、あのリコニスには手を出したけど、ダメージがあまり無い所ばかりを狙っていたようなフシもあるわ」

 

 思えば別日においても、女性戦闘員には手を出していないギンジを思い出しレンは何か納得が行く。

 

 「さらに、4月30日にぶつかった女性にはあのバカギンジが自分から謝罪しに行ったのよ。信じられる?」

 

 風邪で倒れた日の事を思い出しながら、カエデは二人に話していく。

 

 あの強面一直線かつ、サングラスでそれが強調されるギンジの見た目と性格からは、自分から謝るとは到底思えない。

 

 「でも、怪人ならギンジだって・・・」

 「戦力にならないとは言ってないわ。今回に限り役には立てないって言ってるの」

 

 それでもギンジを呼ぶだけでも安心感があるのか、ケイタが呼びたがるがカエデはそれを今回に限り否定する。

 

 「今後も女性にまつわる敵が相手ならギンジじゃ勝てない。できてせいぜい足止めに終わるわ」

 

 最後に苛立ちを込めた舌打ちをすると、空を見上げて昼の日差しにも嫌気がさすような顔を見せていく。

 

 「放課後の予定は全部キャンセルよ」

 

 新たな言葉にレンとケイタはカエデの顔を見てうなずく。三人の想いは結託した。

 

 今日の放課後は黒井ヒトミの正体と、ヘルブラッククロスへの足がかりを知るためにヘヴンホワイティネスは行動を開始する。

 

 「よーしそうと決まったら早くお昼ごはん食べるわよ」

 「カエデ・・・」

 「何よ」

 

 意気揚々としたカエデにレンが細い声をかける。

 

 そのレンの手元には空になったパンの袋。そしてその隣で座るケイタの手元にも、もう空になったお弁当箱。

 

 「もう、食べ終えた」

 「ごめん、ギンジが役にたたない・・・かもの辺りから、なんだか食が進んじゃって」

 「ケイタのお弁当は、美味しい」

 

 それに加えてコンビニのパンも食べているレンは、眼を光らせてケイタの弁当まで貰っていたようだ。

 

 そして昼休み終了の鐘が屋上に鳴るとカエデは眼を丸くする。

 

 「カエデだけお弁当、残ってる・・・」

 「でも、もう時間ないよ、レン・・・」

 

 まだ食べたいのか。カエデは空腹のまま午後の授業に励む事になってしまった。

 

 「でも安心して、カエデのお弁当は、美味しいから、私が食べとく」

 「なんでじゃああーーー」

 

 昼の終わりに神宮カエデの絶叫が響き渡る。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 甘白ミドリコの家でコーヒーを飲みながら、ギンジはベランダで外を眺める。

 

 掃除の一件以来ミドリコの家には鍵が付いた。ついでにレンの部屋にも。

 

 昼間は家の中では自由にしていていいが、どうにも二人が帰宅する時は、ギンジは屋内に居づらい。風邪の時も無理を押して、ベランダで寝ていた。

 

 「どうしていいのかわかんねぇんだよな・・・」

 

 前の世界でも女性と付き合った事は一人だけだが、どう接していいか解らずに気がついたら別れていた。

 

 おまけに家族も居ない独り暮らしも多かった、ギンジに取ってみれば、家の中に誰かが常にいるのは落ち着かない。

 

 家に一人で居ることが自分に取っての幸せ、なんて思っていた事もある。

 

 孤独。それがギンジの心と佐久間ギンジそのもの。

 

 「仲間とも思われて無ぇしなぁ〜」

 

 どれだけヘヴンホワイティネスに協力的な姿勢を見せても、カエデからはあまり快くはない対応をよくされる。

 

 ここで逆上してしまうのは良くないが流石に・・・とは思ってしまう。

 

 元々が怪人だからっていうのもあるのだから仕方ないが。

 

 ではどうすればカエデをはじめ仲間と呼んでくれる様になるのか、そして仲間と認めてくれるのか。

 

 「わかんねぇなぁ・・・」

 

 ──地道に信用を築いていくしかないか・・・。

 

 昼の日差しを見上げて、ギンジはため息をつく。

 

 「俺にできることってなんだろうなぁ・・・」

 

 何をするにも上手く行く気がしない。

 

 「だークソ。せめてサングラスでもあれば、外に出て気分転換できんだけどな」

 

 コウモリの怪人との戦いの際に無くしてしまったサングラス。あれが無いと外にはまともに出れない。夜ならまだ出歩けるが、それでも人の多い所はNGだ。

 

 いつの日かミドリコが言ってくれた。サングラスを掛けないで暮らせるといいな、と。はたして本当にその日は来るのか。

 

 もし全ての戦いが終わって、この眼球が元に戻せるならドクターミヤコにお願いしよう。

 

 「俺の目標が決まったな・・・」

 

 第2の目標を思いつく。

 

 「そうだよ、ドクターだよ。鈴村ミヤコを捕まえちまえばいいんだ」

 

 だが一瞬でその考えは瓦解する事になる。

 

 「なんだよ、簡単じゃねーか。先ず、怪人達を全員倒すだろ・・・」

 

 そこで気づく。

 

 「え?全員・・・?オークに、犬に、触手に、タコに、紐・・・あと鎧と砂の怪人・・・」

 

 ギンジのゲームでの知識を考えると、そもそも倒すのが難しい怪人ばかりだ。バーナーにしても一度殺されかけている。

 

 コウモリにも苦戦を強いられた。タコは・・・まぁ、手を抜いていた。

 

 「俺の知らない所で変な怪人造ってないだろうな〜ミヤコ・・・」

 

 未だにギンジの目の前に、ゲームと同じ時期で登場していないのは鎧の怪人と砂の怪人だ。だが、ゲームの通りに行かない事もあるという事を考えると、あのドクターミヤコが新しい怪人を造っている事も十分考えられる。

 

 それこそ、レンの居た未来が変わる程の要因になるような・・・。

 

 「・・・なんだ?何か・・・とにかく、なんだ・・・?」

 

 何か妙な気持ちになる。今既に未来が変わる要因があるような不思議な感覚。

 

 だがそれが何か解らない。

 

 5月のイベントに思考を張り巡らせるも、ギンジの知識の中に残っている物は、住宅街スライムランチャー事件。

 

 この事件ではカエデが捕まり散々な目に合う。

 

 6月は上旬にクアッドタワー公開ナメクジショー。

 

 甘白ミドリコが散々な目に合う。

 

 そして6月28日は・・・。

 

 「あ・・・」

 

 運命の日だ。6月28日は、ヘヴンホワイティネスが敗北し、宮寺レンが攫われる。

 

 そして、洗脳に堕ち、次は角倉ケイタが・・・。

 

 「今の変な不思議な感覚、これか。運命の日の攻略をしないと、俺もヘヴンホワイティネスも終わる・・・」

 

 ベランダのベッドに寝そべり、ギンジは思考を張り詰めて行く。

 

 何が自分に取って最善か、何が彼女達に取って最善か。

 

 本気で取り組まないと、7月を全員で迎えられない。

 

 (26周したんだ。全部覚えてる、全部計画を壊す)

 

 次々と襲い来る問題を逆手にとり、ギンジは改めて強く決意しなおす。

 

 必ずハッピーエンドを迎える為に、全員で笑って7月を迎える。

 

 そのためならどうなってもいい、と解っていた筈だ。

 

 仲間として認めてもらう気持ちが早まっていた。ギンジ自身の目的は、ヘヴンホワイティネスの味方となり、彼女達の輝かしい未来を守る事。

 

 (やるしかないな・・・)

 

 覚悟を再び、いやもしかしたらこの先何度でもするだろう。その度にギンジは折れない心を武器に戦えるだろう。

 

 そんな事を考えながらコーヒーを手に取り、一気に飲み干す。

 

 昼の日差しは、徐々に強くなっていく。それはまるでギンジの覚悟と同じ様に・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 午後の授業の終了を告げる鐘がなると、学生は皆様々な気持ちになるだろう。

 

 ある者はやっと学校が終わる。またある者は部活に勤しめる。さらにある者は放課後何をして遊ぼうか、等など上げればキリが無い。

 

 その思いは三人を除いて、不穏な空気を広げる時間となる。

 

 「黒井先生を探すわよ」

 

 今日最後のホームルームが終わると、カエデはレンとケイタを連れて職員室へと向かう。

 

 いつでも戦闘に入ってもいいようにヘヴンスーツの準備を万全とし、ケイタはいつでも逃げられる様に列の最後尾に立ち、必要ならミドリコとギンジを呼び出せるように。

 

 「戦闘になったら絶対に無理しないでね、二人とも」

 

 心配そうな声音でケイタが二人の背中に向けて言うと、カエデもレンも振り向かないが、静かに首を縦に振る。

 

 「失礼しまーす・・・」

 

 いつも以上に重たい感覚がする職員室の扉をあけると、カエデの目の前にはあの副担任、黒井ヒトミが待ち構える様に扉の向こう側で立ちすくんでいた。

 

 来るのが解っていたと言わんばかりの態度に、カエデは怒りが強くなっていく。

 

 「あら、えーと、神宮・・・さんですね?」

 

 怪人特有の黒い眼球、赤い瞳。

 

 その目に写るのは強張った表情の神宮カエデ、宮寺レン、角倉ケイタ。

 

 明らかに警戒の意識の高い態度に、黒井ヒトミは三人へ笑みが溢れる。

 

 「まさかこんなに早くお会いできるなんて思いませんでいたよ、ヘヴンホワイティネス」

 

 その名前をカエデ達に向けて言うならば、間違いなくこの教師はヘルブラッククロスの怪人だ。その言葉使いも、容姿も全て、偽りなのだろう。

 

 「あたし達がヘヴンホワイティネスって知ってたのね」

 「もちろん。この眼球を見てあんな驚きに満ちた顔をするのはもう確定と言っていいでしょう」

 

 先程のおっとりした口調からいきなりハキハキとした声で、ヒトミはカエデ達を見据える。

 

 「戦うなら容赦、しない」

 

 レンの緊張の籠もった言葉が、ヒトミをさらに笑顔にする。

 

 「もちろん、戦いますよ。ですが、今この場所で戦うのは、貴女達にもわたくしにも不都合があるでしょう」

 

 ヒトミは胸元のポケットに入っていた、スマホを取り出しなにやら操作を始める。

 

 「何よ、不都合って。あんたは逃げられないのよ」

 「逃げる?ご冗談を。むしろ逃げられないのは、貴女がたの方ですよ」

 

 ヒトミが取り出したスマホの画面を見せられる。

 

 「なっ」

 「トモカ!?」

 

 カエデもレンも焦りが大きく出る。

 

 その画面に写るのは、菊沢トモカ。カエデ達の親友だ。

 

 写真の中では、鎖で身体を拘束され目隠しをされている。抵抗でもしてしまったのか、おそらく殴られて右頬が赤く腫れている。

 

 「あんた、トモカに何をしたの!!」

 

 職員室にカエデの怒りの声が広がる。

 

 しかし、職員室にいる筈の教員は誰も出てこない。それどころか、人の気配がしない。

 

 「この子は、不本意ながらこちらで預からせていただきました。他の数名の生徒も、教員の方々も」 

 

 本当に不本意なのかどうかは別として、ヒトミの表情に陰りがある。

 

 「なんてことだ・・・」

 

 ケイタも震えながら声が出る。

 

 「あんたの目的は何よ」

 「わたくしの目的ではありません。組織の目的です」

 「じゃあ、組織の目的は、何?誘拐?それとも、私達への脅し?」

 

 レンの問いかけにヒトミが口元を緩ませる。

 

 「組織からの要求h2つ。そのどちらかを飲めば、我々は何もいたしません」

 

 要求。これに従えばトモカを始め、学校の関係者を返してくれるのだろうか。

 

 そもそもいつからこんなに早く、そしてカエデ達が気づかない内に誘拐などを企て、行動できたのだろうか。手際が良いとしても出来すぎている。

 

 「1・ヘヴンホワイティネスが我々の傘下に下る事」

 

 その要求について早くもカエデとレンは嫌な顔をする。

 

 正義の為に戦うヒーロー達が、悪の組織に下るなんてありえない。

 

 「2・この要求の方が、飲みやすいかもしれませんね」

 「早くいいなさいよ」

 

 苛立ちと焦りがカエデの判断を鈍らせる。

 

 「2・佐久間ギンジをこちらに引き渡す・・・というものです」

 「・・・ッ」

 

 2つ目の要求。それは3月から共に戦いに味方してくれた佐久間ギンジをヘルブラッククロスに引き渡すというもの。

 

 その要求を聞いた時にカエデもレンもケイタも、否定の色が強く出たような気がした。

 

 (あいつを渡せば・・・トモカ達が・・・)

 (僕たちがギンジを裏切れば・・・)

 

 カエデにもケイタにも友達や教員を助ける為に、揺れ始める。

 

 その要求を受け入れる事自体が、正義のプライドにヒビが入り始める。

 

 「それを、断ったら、どうするの」

 

 静かに怒りを灯した瞳でレンは目の前の怪人に問いかける。その態度は毅然としたモノで、正義の為に背負っている心の大きさが違う彼女は教師・・・否、ヒトミに投げかけた。

 

 「断ったら・・・そうですね、これも不本意ですが、我々が誘拐したヒトは例外なく組織に連れていきます。何かしら志のあるものは、ヘルブラッククロスに就くでしょうし、役に立てなかったモノは我らがドクターの実験材料になるでしょうから。ギンジにも申し訳ないですが、少々痛い目に会ってもらいます。さらに言えば」

 「黙れ」

 

 ヒトミがしゃべる内容に要求を飲むかどうかの価値を聞き出したかったが、カエデの一言でその場に悪い空気が流れ出る。

 

 「あんた達の要求は飲まないわ。何が要求よ偉そうに。自分勝手のわがままならもう沢山なのよ!」

 

 カエデの激昂にヒトミもレンもケイタも驚く。

 

 だが次の瞬きの瞬間、ヒトミはビキニアーマー、ラウンドシールド、そして黒いマントに身を包んだ奇抜な格好に姿を変えていた。

 

 「それが・・・貴女達の答えで良いのですね?」

 

 怪しく輝く剣を腰から引き抜き、ヒトミは年端も行かぬ少女達に言う。

 

 「当たり前よ!」

 

 傘下にはならないし、ギンジも渡さない。

 

 (あいつは・・・あたし達の・・・)

 「レン!僕はギンジとミドリコさんを呼んでくる!」

 「レン、こいつはあたしが止めるわ。あんたはケイタと一緒に居なさい!」

 「解った・・・後で必ず、合流する」

 

 ヘヴンスーツを発動させて、カエデとレンは正義のヒーローヘヴンホワイティネスへ変身する。

 

 そしてレンとケイタは急いで学校を出る。

 

 トモカが連絡を取れなかった事も、全て、悪の組織ヘルブラッククロスが原因。

 

 「名乗りを挙げさせていただいても?」

 「・・・好きにしなさいよ」

 

 ヒトミが紳士の様に一礼すると、マントをなびかせカエデの前で華麗にターンを決める。

 

 「わたくしの名前は、剣士の怪人。ヘルブラッククロス1の剣士!」

 

 奇妙なポーズを決めると、剣の先端をカエデの目の前に向けて、敵意を持った目つきで剣士の怪人は戦いの体制を整える。

 

 「いざ、勝負!」

 「来なさい!」

 

 カエデのガントレットと怪人剣が、火花を散らし激突する。

 

 直ぐに身体を横に逸らし、一回転を加え横薙ぎに剣を振るうと、恐ろしい程の斬撃が襲い、カエデはそれを避けると、校舎の壁が遅れて大きな斬り傷が広がっていく。

 

 「学校になんて事するのよ」

 「フフ、それでは避けない方が良いのでは?」

 「あんたこそ、あたしの攻撃避けない方がいいわよ」

 「ご冗談を」

 

 言いながらもカエデの拳や回し蹴り、さらには手刀による連続攻撃を剣士の怪人は避けるか防ぎ、それでも一撃の威力はカエデの方が上なのか、剣で防がれた攻撃はわずかに防御体制を崩している。

 

 「フッ!」

 

 軽く息を吐くと、剣士の怪人の突きの攻撃が小刻みに繰り出される。

 

 そのままカエデの胴をめがけて、不意打ちの様な払い攻撃を行うが、それを受け止めると天井へ怪人を打ち上げる。

 

 天井を床の様に蹴ると、真下に居るカエデを目掛けた突き攻撃。

 

 「今のを避けましたか・・・まぁ、許容範囲ですが、ねっ!」

 

 突き刺さった剣はスコップで地面を掘り返すように、コンクリートの廊下をくり抜き瓦礫を飛ばして来る。

 

 「必殺!ドライヴ・レイザー!」

 

 両手のガントレットのギアを高回転、そのまま両拳を連続で突き出し瓦礫を打ち砕く。それだけでは止まらず剣士の怪人をめがけてラッシュを叩きこもうと突き進むも、大幅なバックステップで攻撃が当たらない。

 

 「あら、避けれるのね。まぁ、許容範囲、だけどね!」

 

 同じ様に剣士の怪人へ煽り返す。

 

 同じ様に不意打ちはしないが、かわりにブーツのギアを回転させて、ヒビ割れた廊下を踏み砕く。

 

 「君の方こそ学校を壊しているじゃないか」

 「うるさい!」

 

 これは言い返せない。

 

 下の階に二人して落ちると、鋭い突き攻撃を繰り出す剣士の怪人と、重い打撃を繰り出すカエデが辺りに強い衝撃を撒き散らし、お互いに吹き飛ぶ。

 

 「なかなか手強いわね・・・」

 

 身体に乗っかった本棚をどけながら、目の前の剣士の怪人を目線から外さないように見やる。

 

 「まだまだこんなモノではないのでしょう?」

 

 剣士の怪人も自分の身体にまとわりつくような本の山を斬り払うと、剣の先をカエデに向ける。

 

 図書室に落ちた二人は、せまい部屋での攻防を再び繰り返す。

 

 カエデの視界の右端に見えた、本のタワーを剣士へ向けて蹴り飛ばすと、それはラウンドシールドで防がれるが接近の手段を得た様に、蹴り、蹴り、蹴りの連続。

 

 ハイキックも避けられ、突き出し蹴りは防がれ、足払いは飛ばれ、回し蹴りは剣で弾かれる。

 

 上段斬りは手で防がれ、突きは身を捻り当たらず、シールドによる体当たりは飛ばれ、手元が一瞬背中で隠れる回転斬りは振り向いた時の背後に、飛んで避けられる。

 

 その回転斬りの斬撃は、剣士の怪人の視界に入る全ての本棚を真っ二つに裂き、本が一枚一枚図書室に舞い散る。

 

 (あの剣の斬撃どういう威力してるのよ)

 

 あれを貰ったら、いくらスーツで強化しているカエデでも無事ではないかもしれない。

 

 それにしても先程からちゃんと動けない。カエデの気持ちが戦闘に追いついていない。

 

 トモカを始め他の友達が人質に取られている以上、何をされるかわからない。

 

 「お友達を気にしていては、戦えませんか?」

 

 そんなカエデの心情を悟ったのか、剣士の怪人は先程と同じ様に回転斬りのを行い、それに反応が遅れた為防御体制を取るも、カエデのガードを吹き飛ばす。

 

 「うわああ」

 「残念。守る人がいる貴女達は強いと聞いていたのですが」

 「くぅ・・・」

 

 続け様に飛んでくる刃、斬撃、シールドによる猛攻にカエデはとうとう壁を背に追い込まれてしまっていた。

 

 「ヤバ」

 「これでおしまいですか、ね」

 

 再びあの回斬り。今度はマントが広がり、カエデへの目くらましがかかり一瞬何が起こったのか、理解できなかった。

 

 (あ、これめくらま、し!?)

 

 気づいた時には左腹部に激痛と言うだけでは、言い難い強い衝撃と痛みがカエデを襲う。

 

 回転斬りの斬撃ではなく、剣そのものがカエデに命中してしまっていた。

 

 「きゃああああ」

 

 図書室の壁を突き破り、外の廊下まで吹き飛ばされる。

 

 廊下の窓を杖がわりに、よろよろと立ち上がるも全身に激痛が走る。

 

 「あグッ・・・?」

 

 剣が当たったであろう腹部から熱感を伴った痛みが走り、手を抑えるとぬるりとした感触がカエデを青ざめさせる。

 

 左腹部は深く斬られ出血していた。

 

 ヘヴンスーツの防御力を上回り、カエデの実体にまでその斬撃が届いてしまっていた。

 

 (こいつ・・・強い・・・)

 

 いつの日か戦ったオーク怪人を上回る強さかもしれない。あの時はレンもミドリコも居たからなんとか勝てたというものだが、今回はレベルが違う。

 

 人気の無い学校には、今は二人。剣士の怪人とヘヴン1である神宮カエデのみ。

 

 壁を斬り崩し剣士の怪人が痛みでうずくまるカエデに向かって、ゆっくりと歩いてくる。勝ちを確信していてなおも余裕な表情はしていない、油断していない対応にますますカエデの顔がひきつる。

 

 「オークや、ドクターに聞いていたより、あまり楽しめませんね。本当にこんなモノですか?貴女の実力は」

 

 カエデを見下ろしながら剣を振り、喉元に怪しい刃が向けられる。

 

 「・・・フー・・・せいっ!」

 

 痛みに耐えながら深呼吸をし、剣を手で弾く。しかしその力はあまりにも弱々しく、耐えていても力が籠もっていない。

 

 わずかばかりの抵抗。それが今のカエデの限界だった。

 

 「どうしますか?力の差に気づき、傘下に下るか、佐久間ギンジを引き渡すか・・・」

 「・・・冗談、あんた達の味方になっても未来は無さそうだわ。ギンジを渡すのも無し」

 「では死にますか?」

 

 無情にも思える剣士の怪人の言葉に、カエデの顔はまだ諦めていないといった表情をしている。

 

 「死ぬのも無しよ。最後に勝つのは、あたし達なんだ、から、ハァ、ハァ」

 

 出血も酷い。身体も痛い。呼吸も荒い。

 

 もしかしたら死ぬかもしれない。でも死ぬ怖さより、怪人に勝てない事の方が怖く感じる。悪に勝てなければ、レンの未来も、自分達の将来も無くなってしまうのだから。

 

 「あたしは・・・ケぽっ」

 

 吐血。経験は初めてだ。口の中が鉄の味でいっぱいになるが、それでもカエデは言葉を止めない。

 

 「あたしは、相棒が死にそうになったら、守って、あげるって約束してるのよ」

 「何を言うかと思えば、変な事を口走りますね」

 

 剣士の怪人は首をかしげながらも、剣をカエデに向けたままだ。

 

 「でもね・・・あたしが死にそうになったら、あたしが死なない様に、守ってくれる相棒が居るのよ」

 

 血で覆われた唇をニッと開き、剣士の怪人の持つ剣をガントレットで握る。素手じゃないから刀身に触るのは大丈夫だ。

 

 「何を・・・?」

 

 不可解な行動で無意味にも思えたが、その不可解な行動に注視した事で剣士の怪人は足元を掬われる。

 

 「!?」

 

 剣士の怪人の左側から青白いビームの剣が、投げつけれる。

 

 それを盾で受け止めると反対方向から、小柄な少女が全体重を乗せた飛び膝蹴りを剣士の怪人の頭部に命中させる。

 

 「なっ・・・に!!?」

 

 現れたのはスカイブルーの髪に、白を基調とした蒼いラインの入ったボディスーツ。

 

 ヘヴンホワイティネスのNo.2。その姿を見てカエデは喜びと嬉しさの両方、そして寂しさから開放された様な気持ちに、思わず涙が一粒だけ溢れる。

 

 「遅いのよ・・・!」

 

 宮寺レンが加勢に現れた。

 

 親友を守る為、戦いの場に戻ってきてくれた。

 

 「よくも、カエデを・・・許さない、覚悟、しろ」

 

 ビーム剣を拾い、自身の顔に刃を合わせるように構える。

 

 「・・・剣士であるわたくしに不意打ちとは、やりますね」

 

 廊下の端まで吹き飛ばされた剣士の怪人が、首を鳴らしながらマントを煽りレンを見据える。決してその赤い瞳はレンを甘く見ていない。

 

 「カエデ、動ける?もうすぐ、ミドリコがギンジを連れて来る」

 「レンが来てくれたから、もう少しだけ動けそうよ」

 

 二人のヘヴンスーツは呼応するように、赤と蒼のラインが明滅していく。その反応のおかげか、カエデの斬られたスーツが徐々に修復されていく。

 

 「怪我が収まったワケ、じゃないから、無理はしないで」

 「解ってるわ。あいつは強いわ、強力な剣線もそうだけど、盾を使った連携の多さや、回転斬りにも注意して・・・」

 

 痛みで顔が引きつりながらもカエデの右拳が、レンの左のビーム剣に合わせる様に、敵である剣士の怪人へと狙いを定められる。

 

 「ヘヴンホワイティネスの本領発揮ですね?楽しみだ・・・!」

 

 剣士の怪人も剣を両手で握り、肩より上に突き出す様に構えるとこの闘争に意義でも見出したのかの様な笑顔で、カエデとレンを視界に捉える。

 

 「では、本気で行かせていただきます」

 

 その言葉に強く警戒し、レンとカエデは身構える。

 

 「怪人剣術──」

 

 いよいよ剣士の怪人の大技が始まろうとするが、レンとカエデも大技を決めようと連携を始める。

 

 友を救うために、正義を守るために、今日の彼女達の長い戦いが始ままった。

 

  

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

 




四話構成1番目のお話でした。お疲れ様です、アトラクションです。

今回のお話を作るに辺り、一度話の構成を組み立て直しました。
そしたら、多分四話ぐらいの構成がいいだろうな、と。ギンジもカエデもレンもミドリコもケイタも大きく決意と成長する話にしていければな、っていうコンセプトはあるのですが・・・うまく書けるかな。頑張りますがね。くふふ。

キャラネタは今回は無し!
次回もお楽しみに!アトラクションでした!


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10・起死回生の力とギンジの弱点

皆様こんにちは。アトラクションです。
四話構成2つめのお話です。

設定とか小説としての作りはめちゃくちゃですけど、今回で正真正銘本当の意味での10話として出せました!はい拍手。

お楽しみください


 オフィスで書類仕事をしながら眠そうな顔をしているミドリコの元へ、レンから緊急連絡が鳴る。その音に何事かとミドリコは端末を開く。

 

 「レンか?大丈夫か?」

 『ミドリコ、学校に怪人が現れた。今は、カエデが一人で戦っている』

 

 続くレンの説明にミドリコはここ最近の、不可思議な失踪事件への画展が行く。

 

 「やはり、ヘルブラッククロスの事件か・・・」

 

 オフィスの誰にも聞こえないように、小さな声で呟くと、直ぐに席から立ち上がり、オフィスを出ようとコードや書類が散らばった道を強気に進んでいく。

 

 「あれ?甘白ちゃん?」

 

 その真横を藤原が声をかけるが、フルシカト。

 

 「あーもしかして、なんかあったのかね」

 

 彼女の後ろ姿を見て何かしらの状況を察すると、藤原はそれ以上は何も言わない。

 

 「・・・ヘルブラッククロス、か」

 

 ニコチンで変色した天井を見上げて藤原は苦渋な顔をする。

 

 「くっだらねぇ」

 

 そうつぶやくと自分のデスクに座り事務仕事をすすめる。

 

 「まだギンジの携帯とかは用意していなかったな?」

 『うん。だからミドリコがギンジを、呼んできて欲しい』

 「解った。君はどうするんだ?」

 

 レンの焦りの声に落ち着いて対応する大人の余裕がある。決して内心は余裕ではないのだが、ここで自分が焦ってもしかたがない。

 

 『ケイタを家まで送ったら、私も、カエデのところへ戻る』  

 「了解したよ。頼むぞ」

 

 二人が会話を終わらせると、ミドリコは再びオフィスへ戻る。ただし自分のデスクではなく、上司である藤原のデスクへ強く踏み出す。

 

 「あれ?電話終わった?」

 「藤原さん、頼みがあります」

 

 折り言ったこの態度に面食らってしまう。

 

 「な、なんだい甘白ちゃん」

 「午後半休をください」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 今はミドリコが自分のマンションに戻り、必ずギンジを連れて来てくれる。

 

 だから強力な加勢は後でいい。

 

 今は親友であるカエデを傷つけた、目の前の怪人を倒すだけに集中しよう。

 

 二人の連携攻撃すら物ともしないラウンドシールドの、防御力に驚くも、そのまま諦めずにカエデの拳や足技、レンのビーム剣の連続攻撃を絶えず剣士の怪人に叩き込む。

 

 確かに攻撃は命中しているのに、この怪人は涼しい顔しかしていない。

 

 「くっふっふ・・・本当に、貴女達は不思議なモノですね。思わず笑みがこぼれてしまいました」

 「笑っていられるのも、今の内」

 「ハァ、ハァ、あたし達の攻撃にいつまで、余裕でいられるかしらね」

 

 余裕が無いのはどうみても負傷しているカエデの方だ。無理を押して激痛に耐えながら攻撃を繰り出している。

 

 「では、これをご覧に入れよう」

 

 二人の攻撃をキリの良い所で、後ろに飛び避けると、剣を構え、怪しいオーラが大きく広がる。

 

 「怪人剣術──」

 

 来る。怪人の大技が。二人はいつでも避けられる様に、飛び避けられた時に、深追いはしていなかった。

 

 「追撃の手を緩めたら、勝てませんよ」

 

 再び笑顔になりながら剣士の怪人は、剣を上段から廊下の地面へと振り下ろす。

 

 表面のタイルが全て衝撃と共にヒビ割れて行き、カエデとレンの足元まで広がっていくと、その足場から赤黒い斬撃の渦が現れ二人の少女を斬り裂いて行く。

 

 怪人剣術・ヘル・トランプル。この斬撃の渦による大技。誕生して3日でこの技を完成させ、防御に自信のある犬の怪人を吹き飛ばす事も実現した。

 

 故に勝利の自信を持ってこの大技を、組織が認める強敵にぶつけていく。

 

 「ぬあああ!」

 「おや、耐えますか。素晴らしい」

 

 渦の中でレンがビーム剣を振り回す。彼女の出せる広範囲かつ高威力の必殺技、大回転斬りで渦をかき消し、なおも回り続ける。

 

 「剣使いの、醍醐味は、これだけじゃない」

 

 回転の勢を殺さず、廊下を回転していく。このまま剣士の怪人へ向かってくるのか、それとも遠距離技を使うのだろうか。

 

 「・・・?」

 

 怪人の目には、敵であるヘヴンホワイティネスの片方が見えない。先程深手を追わせた神宮カエデの姿が見えない。

 

 「今よ!」

 「せえい!」

 

 大回転のビーム剣の先端に乗っていたカエデの一声で、レンがバットの様にビーム剣を振り回すと、カエデが飛んでくる。

 

 (速い!)

 

 剣士の怪人へ右拳を突き出し、弾丸、いや大砲の如くカエデは飛んでいく。

 

 「必殺!!」

 

 痛みも限界。ずっと痛みが全身に響いている。このまま戦い続ければ、きっと命も助からないかもしれない。

 

 だからこれで決める。正真正銘本当の必殺技になると、これで倒すと決めて、今の自分が出せる最大の大技を叩き込む。

 

 何度も怪人を相手に決めたトドメの為の必殺技。これで倒す。

 

 「メガトン・インパクト!!」

 

 両手のガントレットからまばゆい光が溢れ出し、爆発するほどのスチームの噴射と共に、飛ばしてもらった速度を利用した両掌底が、炸裂する。

 

 「素晴らしい力だ・・・」

 「ハアアアア!!!」

 

 左手の盾で防ぐも、その想像以上の威力に敵であっても感心する。

 

 「砕けろオォォ!」

 

 ギアをさらに早く、熱く回転させるとガントレットから限界を告げる高熱と煙の様に黒みがかったスチームが飛び出る。

 

 それでもカエデはこの強力な衝撃を発動し続ける。

 

 この防御ごと貫く勢いでカエデはさらに吐血するが、勢いは止まらない。

 

 ビシッ。

 

 固く強い盾にヒビが入る音が鳴る。このぶつかり合いにカエデが勝利する一歩を進めた。

 

 しかし、現実は無情である。

 

 ヒビを確認すると、身体に迫る勢いを後ろへ流しカエデのバランスが崩れる。

 

 「本当に素晴らしいですよ、あなた達は。ですが、詰めが甘い」

 

 剣を一振り。カエデには当たっていないように見えた。そのままカエデの横をすり抜けると、次の瞬間にはカエデの全身に刃の跡が残像となって連続で斬り刻まれていき、カエデは硬いタイルの上に倒れる。

 

 「あ、が・・・!?」

 「カエデ!」

 

 それを見るやレンもカエデを守るために攻撃に出るも、剣士の怪人が道を塞ぐ。

 

 「次はあなたの番ですよ」

 

 剣士の怪人のマントが、レンの目の前に広がって覆いかぶさろうとしたが、ビーム剣で一刀両断し、開けた視界に警戒をするも怪人の姿は見当たらない。見えるのは、うつぶせに倒れるカエデの姿だけ。

 

 「くっふっふ、今、油断しましたね」

 「!?」

 

 声が背後からした。振り向き様に刃を薙ごうと、振り回そうとした瞬間、レンの身体に予測していないキツイ衝撃が全身に巡る様に襲ってくる。

 

 剣士の怪人の代名詞でもある回転斬りがレンにも命中した。

 

 気がついたら壁に叩きつけられ、頭を強く打つがそれでもレンは何が起こっているのか解っていない。混乱にも等しい状況で剣士の怪人がレンにも剣を向けている。

 

 「・・・コレでは、あの神宮カエデの方が強く感じますね」

 

 本当に何が起こったのか。この一瞬でレンもカエデも反撃できない戦況となってしまっていた。

 

 それぐらい剣士の怪人が強いのか、それとも自分たちが弱いのか。

 

 「カハッ、ゲホッ」

 

 スーツは無事だが、レンの実体、それも中身の方に強いダメージが残る。

 

 内蔵を押し潰される様な苦しい痛み。

 

 「ドクターの造ったこの盾にヒビを入れるものだから、強敵として認め、本気を出したら、この様ですか」

 

 マントが無くなればほぼ局部を隠しただけの露出狂の様な姿で、剣士の怪人が剣を腰の鞘に収める。

 

 先程までの笑みはもう浮かべていない。心底がっかりした感じの声音で剣士の怪人はレンを睨みつける。

 

 もはや呼吸だけで、動けないカエデ。

 

 腹を抑えながらうずくまるレン。

 

 そして余裕の体制を維持し続ける剣士の怪人。

 

 「怪人剣術・イース・トゥルバレンツ」

 

 居合斬りの要領で剣を振り上げると、再び赤黒い斬撃がレンを真正面から襲う。ビーム剣でガードしてもそれは一撃を抑えるだけで、手元から弾かれてしまった。

 

 更に振り下ろしでもう一度同じ斬撃が飛んでくる。

 

 「クあっ!」

 

 切断こそされなかったものの、レンのスーツを斬り破り、実体までその斬撃が通ると強く吹き飛ばされる。

 

 硬いタイルに仰向けになりながら、カエデと同じ場所まで転がっていく。

 

 「うぐぅ・・・レン・・・」

 「カエ、デ・・・」

 

 二人は油断していたわけではない。決して自分達をおごり高ぶっていたわけでもない。

 

 「あなた達は・・・まぁ、強敵と認めたことは間違いでしたね」

 

 まだ動けるようになるまでに、時間のかかる二人へ剣士の怪人がにじり寄る。

 

 殺意の刃が、命を奪おうと迫りくる。

 

 「・・・くっそ〜・・・!」

 

 うつぶせになりながらカエデは、おおよそ令嬢とは思えない言葉を口走る。

 

 でももう身体の全部が痛くて力が入らない。ヘヴンスーツの中身は血液でいっぱいになっていた。

 

 友達を奪われた悲しみか、二人して敗けた悔しさか、それとも弱い自分にか、とにかく色々な複雑な感情が色濃く顔に出てきてしまっている。

 

 でも何を言い訳にしても、ここで自分が倒れていいワケでもない。頑張って腕に力を込めて身体を起こそうとしても、タイルにベタリと倒れてしまう。

 

 「・・・ここ、で、倒れるわけには、いかない、のよ」

 

 悪に負ければ全てが終わってしまう。

 

 「カエデ・・・」

 

 レンも同じ気持ちだからこそ、痛みに負けずに立ち上がろうと、食いしばって身体を起こす。

 

 「ふむ、志だけは立派ですね。だけどまぁ、ここで終わりです。後は佐久間ギンジを探して任務を完遂と行きますか」

 

 二人へトドメに1刺しを決めようとした剣士の怪人。

 

 ─もう駄目だ。力が入らない。ごめんね、トモカ、皆、お父様。

 

 ─ごめん、皆、シルヴァ、おばあさま、ケイタ・・・。

 

 命を容易く奪い取る凶刃が向けられる。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 自分だけが鮮明に写る真っ黒な空間。あたしはきっと死んだのかな。

 

 ここは天国?それとも地獄?どこでもないのかな?

 

 身体に痛みとか、出血とか、さっきまでの苦しさが無い。きっと死んじゃったんだ。

 

 「おーいお姉ちゃん」

 

 どこからか声がする。声の主は辺りを見渡しても、存在が確認できないし、あたしは不思議な空間の中で不気味な感覚になっていた。

 

 ごめんね、レン・・・あたし、あなたの事、守れなかった。

 

 「おーいって。お姉ちゃんよ」

 

 ・・・何よ。あれ?声が出ない?変ね、確かに喋ろうとすれば口は開くのに、喉にはモヤがかかるような、そんな変な感覚。

 

 「まだ、お前は死んでないぜ。目の前を見てみなよ」

 

 言われるがまま目の前を見てみたら、さっきまでハッキリ無かった筈の真っ白な扉が現れたのかしら。

 

 「死ぬなら、せめてこの扉くぐってみないか?」

 

 聞き覚えはあるのに、この声を懐かしい様な、聞いたことあるような、誰の声かしら、これ。

 

 「少しだけ、俺が力を貸してやる。いや、正確には、お前達の力を引き出させてやる。あとは上手くやれよ」

 

 言ってる事がわからないけど、ようするに扉を開ければいいのかしら?

 

 「そうだよー。まだ死んでいないなら、諦める前に足掻いてくれなきゃ、親友にも申し訳ないんじゃないか?」

 

 ごもっともね。だけど、もう動かなかったのよ、身体が。

 

 「出血がひどかったからね。全部見ていたよ」

 

 そう。変な奴。そういえばレンはどこにいるのかしら。

 

 「ああ、宮ちゃんも後で叩き起こす。頼むぜ、お姉ちゃん。あんたが頼りだ。少しズルいけど、傷口は止めといてやる」

 

 随分馴れ馴れしいわねこいつ。けど、何か安心というか、信用してもいいようなその声音に、あたしは黒い空間の見えない足場に一歩を踏み出す。

 

 「なぁ」

 

 扉に手をつけようとした時に、謎の声から呼び止められる。

 

 「今度は諦めるなよ」

 

 うっ・・・。確かに、悔しくて、死にそうになって怖くて、あの瞬間私は諦めちゃったかも知れない。

 

 「覚えとけよ。死ぬのは簡単でも死を受け入れるのは簡単じゃないんだ。宮ちゃんにも伝えといてくれ」

 

 言うと目の前の扉が開く。その先は真っ白の空間。でも光とかが溢れ出るとかではなく、あたしを迎え入れるような不思議な空間が広がってる。

 

 「その先まで進んだら、とにかく走れ。一直線にな。そしてあの怪人は恐らく超強い。勝てなくても、諦めるなよ。さぁ、行きな」

 

 素直に言うこと聴くしか無い。まだ死んでいないなら、あたしは戦える、まだ守れる。

 

 真っ白の空間を駆けるとどこまでも先が見えない。でも後ろを振り向くとあの黒い空間へと続く扉は消えていた。

 

 (死ぬのは、簡単。でも、死を受け入れるのは簡単じゃない)

 

 そうかもね。あたしはニッと自慢の笑顔を作ると、そのまま走り続けた。気がついたら身体は私服から、制服、制服からヘヴンスーツへと早着替えみたいに姿が変わっていた。

 

 やがてあたしの姿は、自分でも見えなくなるほどの白い光に包まれ見えなくなっていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 神宮カエデの後ろ姿を見送ると、扉を閉める。

 

 謎の声の存在は真っ黒い自分だけが鮮明に写る空間で、姿は誰にも見えないものの、安堵のため息を漏らす。

 

 「もう一回・・・いや、二回かな・・・」

 

 もう何度かはこの空間で、自分の願いを伝えては見送るを繰り返してきた。そして謎の声はここに大きな未練や、強い想い、悲しい願いを叶える為に何度も見送っては、元の場所へ送り返す手助けを行ってきた。

 

 だがその手助けは謎の声にかなりの代償、すなわち魂の消費を受けていた。

 

 最初の一回は佐久間ギンジという男に扉をくぐらせた。次は甘白ミドリコ。その後も、たくさんの人を送っていた。

 

 ある一人は娘や妻との再開を望む者。

 

 またある人は病弱な身体から何事にも強くなれると望む者。

 

 さらには見た目はスケベな女性になりたいなどと望む者。

 

 そして今送った神宮カエデも正義の為に、まだ死ねないと望む者。

 

 「さて、あと二回・・・かも?で、次の人は・・・」

 

 スカイブルーの髪をした少女。宮寺レン。

 

 「ここは・・・」

 「宮ちゃ〜ん・・・お前はここで喋れるんか」

 「・・・!?」

 

 レンの目の前には誰もいない。見渡しても、そこに誰も居ない。

 

 「その呼び方・・・」

 

 レンを宮ちゃん等と、くだけた呼び方をする者は、この時代には誰もいない筈だ。

 

 聞き覚えのある懐かしくも嬉しいとも悲しみが押し寄せるその声に、レンは謎の声へその名前を叫ぼうとするも声がでない。

 

 正確には出なくなった。謎の声がやり直すチャンスを与えた希望だからだ。

 

 未来から過去へと、全てを根本からやり直させる為に送り出した希望の光だからこそ、ここでその名前は言わせない。

 

 (シル──!──ダー!)

 

 その者の名前は言える。出てくる。叫ぶ程に呼びたいその名前。

 

 文字として頭の中に浮かび上がるのに、言葉として言おうとすると霧の様なモヤが押し寄せ、喉から出なくなる。

 

 「ごめんな。まだ、その時じゃないんだ」

  

 謎の声はレンの目の前に扉を作る、行き先は先程見送った神宮カエデと同じ場所。

 

 「その扉をくぐれ。そしたらきっとお前は、あの子の力になれる」

 

 何を言っているのかわからない。

 

 レンはその者の存在自体が見えないものの、きちんと解っている。その者が誰なのか。

 

 涙が溢れ出てくる。もう泣かないと決めていたのに、止める事のできない涙がたくさん溢れ出てくる。

 

 「ごめんな。ごめんな。宮ちゃん」

 

 謎の声はしきりにレンへ謝罪の言葉を言い続ける。

 

 「ここじゃあ、他人の名前は言えないんだ。俺も同じでな。だからあの子としか言えないんだけど、その扉をくぐりな」

 

 優しくて強くて、ときどき怖いその声はレンへとずっと謝り続けている。

 

 「お前にしか頼めないんだ。頼む」

 

 その言葉を聞いて未来で見送ってくれた家族達の事を思い出し、レンは涙を拭うが、それでも止まらない。

 

 扉を開けるとその先は真っ白な空間。目を真っ赤にしながらレンはその扉をくぐる。だけど、何度も振り返りながらやはりその声の元へと顔を覗かせる。

 

 もう二度と会えないと思っていたその人に、再び会えたのだから。

 

 姿は見えなくてもレンには解る。その人物が、かつて未来で自分に全てを託してくれた人だということを。

 

 (ねぇ!声をださせて!あなたに、沢山話したい、ことが)

 

 自分に戦いを教え、自分に家族のありがたみを教え、命の大切さを教えてくれた人へ、全てを話しておきたい。

 

 ずっと会いたかった。忘れた事は無かった。声が聴きたくて、泣いた日もあった。あの大きな手で頭を撫でて貰いたくて、眠れぬ夜を過ごしたこともあった。

 

 (・・・)

 

 レンはずっと暗闇の方へ声にならない叫び声を上げ続けている。

 

 「早く行きな、宮ちゃん」

 

 次にレンが白い空間へと進んだ時に、扉を消そうとおもったが泣きじゃくる彼女はもう動かない。

 

 「いいのかそれで?お前をなんの為に送ったと思ってる。そんなんであのお友達を守れるのか?」

 「・・・ッ!」

 

 言葉に強みが出る。

 

 そうだ、レンの今の目的はカエデやトモカ、学校の人間を助ける事。

 

 「ここでくすぶってたら、本当に取り返しがつかなくなるんだぞ。いいのか?駄目だろ」

 

 背中を押された様な気がした。

 

 「俺ができるのは、少しだけ力を与えることだ。その扉を進んで、真っ直ぐ走れよ。止まるな」

 

 勇気付けられた気がした。

 

 「頼むぞ、希望の光」

 

 それから声は聞こえなくなった。気配もしない。

 

 (・・・ありがとう)

 

 未だ止まらない涙を指で拭い、レンは白い空間へ走り出す。

 

 あの存在が何だったのか、レンは知っている。

 

 なぜここに居るのか、それは解らないが、きっと助けてくれる為にここでレンを待っていたのだろう。

 

 自分だけが鮮明に写る真っ白い空間の中で、レンは思い切り走り出す。

 

 やがて自分の姿が見えなくなるその瞬間まで、果てのない空間を走り出す。

 

 「やっと行ったか・・・」

 

 謎の声は安堵と安心の声。かつての家族の成長していない背中をとおくから眺めると、心苦しい気持ちになるのを必死で抑える。

 

 今日で二人見送った。もうあと一回しかここに人を呼び出せない。

 

 もう、この先の展開を覗く力さえその者には残って居なかった。

 

 それ程までに魂の消費が大きい。もう油断したら簡単に消滅してしまいそうだ。

 

 「頼むぞ、宮ちゃん。未来を、──」

 

 その言葉を最後まで伝えることが出来ずに、謎の声の存在は深い眠りへと落ちていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 倒れていた筈だ。間違いなく殺されかけていた筈だ。

 

 それなのに、今自分達の身体には暖かい光に包まれ、凶刃を向けていた剣士の怪人を後方へと押しやっていた。

 

 「なにが・・・起こったのですか」

 

 カエデとレンのスーツが光り輝き、出血だけは収まり、スーツも修復されていく。

 

 「・・・なによ、これ」

 「私、なんで泣いて・・・」

 

 カエデとレンにしてみても、不思議な現象が起こっていた。

 

 「まだ隠し種があったということですね?」

 

 剣にオーラを纏わせながら、剣士の怪人が立ち上がる二人に剣を向ける。

 

 「すごい、力が・・・」

 「レン、ごめんね!あたし、まだ戦えるから!」

 「私もごめん。一瞬あきらめた・・・頑張ろう」

 

 二人の謝罪は志を持っていながら、死ぬ事で諦めを見せてしまった事によってお互いが謝った。

 

 光が収まると、ヘヴンスーツに違和感がある。

 

 「軽い・・・?」

 「私のは、よりビーム剣が強くなってる・・・?」

 

 怪人の剣が二人を分断するように振り下ろされるが、それに早く反応し、カエデのハイキックが剣士の怪人の顔面に命中する。

 

 「そのスーツといい、隠し種といい、やはり面白いですね・・・貴女達は退屈しない」

 

 顔面への蹴りは間違いなくクリーンヒットしている。カエデ自身もこのまま蹴り倒すつもりでいた。

 

 「次はこっち・・・」

 

 ビーム剣を腰に構えると、ビームの先端が上下に大口の様に開き、剣士の怪人に狙いを定める。

 

 「喰らえ」

 

 文字通りビーム剣が剣士の怪人を喰らいつき、その牙で捉える。

 

 (なにこれ・・・速いし、強いを越えている・・・)

 

 レンの頭の中に浮かんでいた新たな戦術には、予想以上の効果を発揮できていた。

 

 「さーらーにー!こっちよ!」

 

 ビーム剣を上に振り上げると、剣士の怪人を吐き出すように飛び出させる。その無防備な姿へ、カエデが両手を固めて剣士の怪人を殴りつけると、硬いタイルへと激突させる。

 

 「スーツが、能力が強化されてる・・・?のかしら」

 

 先程の苦戦が嘘みたく感じられた。自分の両手をマジマジと眺めて、レンとカエデがお互いを見やり笑顔になれる。

 

 二人無事ならばまた一緒に戦えるからだ。

 

 「さすが、お強いですね。やはり強敵と認めましょうか」

 

 剣士の怪人が立ち上がり、再び居合斬りの姿勢にはいる。

 

 あの攻撃を阻止しようと、カエデが一歩踏み出すもそれは間に合わず、廊下の辺り一面の壁を容赦なく斬り崩された。

 

 その行動自体間違いなく攻撃だが、カエデとレンには当てていなかった。

 

 開けた空間となった学校の一部は、この場にいる三人が三人が全力で戦うのに十分な広さとなる。

 

 「さぁ!本気で来なさい!ヘヴンホワイティネス!」

 

 剣士の怪人もいよいよ本気を出すのか、殺意と大きいオーラを纏う剣を持ち、カエデとレンに邪悪に見えるのにどこか美しい微笑みを向けて、カエデとレンもその大きな気迫に負けまいと、激戦が始まる。

 

 おそらくさっきまでのカエデとレンであれば、この気迫に負けていたかも知れない。でも今はスーツが強く、カエデとレンの背中を押してもらっている。だから引かない。

 

 このスーツの強化状態は、なんと呼べばいいのだろうか。

 

 今は起死回生の力と呼ぼう。

 

 「行くぞ!」

 

 二人の正義と一人の悪の激突が再度始まる。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ミドリコが血相を酷いものにし、自宅の扉を強く叩く。

 

 その音に何事かとギンジは扉の覗き穴を見ると、膝に手を突き前かがみで呼吸の荒いミドリコが居た。

 

 一瞬ヘルブラッククロスの刺客を疑ったが、いつもと違うミドリコのお様子を確認するや、扉を開く。

 

 今になって思うのは、自分で鍵を開ければ良かったのではなかろうか。

 

 「オイオイ、どうしたよミドリコ」

 「すまない、ギンジ。緊急事態だ」

 

 緊急事態。詳しい内容を聞けば、カエデ達の通う学校に怪人が現れたとの事。さらに学校関係者が複数名攫われている事も加味した話に、ギンジは頭を抱える。

 

 「ギンジ!君は未来を知っているんだろう!?どうすれば打開できる!」

 「ちょっと待て、今知ってる情報をいっぱい探してる」

 

 焦るミドリコの力強い両手が、ギンジの肩へ寄せられてガクンガクンと揺らされる。

 

 今日のイベントとしてギンジが把握しているものは特に無かった筈だが、学校になんの怪人が来ているのか、そこが気になる。

 

 「学校にはなんの怪人が来ているんだ?」

 

 まさかとは思うが、ギンジの知らない怪人が襲撃に来ていたら、またゲームと同じ展開にならなくなる。それどころか対策が取れない可能性もある。

 

 前回の魔法少女や退魔警察との出会いもそうだが、ここ最近はどうしてもギンジの思い通りに進まない事も多い。

 

 「済まない、私もそこは確認していない。どうにか出来ないか?」

 「どうにかって言ってもな・・・俺の知ってる【未来】とは違う展開が来たからな・・・」

 

 お互いにうーん、と考え込み、そして早くも決断を出すギンジ。

 

 「とりあえず俺に解らない事が」

 「君に解らない事があったら何を信じて戦えばいいんだー!」

 「怒るなよ。予想していない展開、知らない展開が来たら流石に俺にもどうしようも無いぜ。んで、話を戻すが、これからやることは超シンプルな考えだぜ」

 「それは?」

 「今すぐに学校に行ってカエデとレンを助けるんだ」

 

 結局の所そうなる。けど、今のギンジにもミドリコにも貴重な二人が戦えなくなったり、最悪攫われたりしたら打つ手がなくなる。そうならない為にもギンジの出した答えとしては、今すぐヘヴンホワイティネスの手助けに向かうという事。

 

 「君の知らない未来ってなんだ?予想していない展開?いったい君は何を言っているんだ?」

 

 今その質問にギンジは答えない。

 

 「今、俺の言うことを全部聞いてると、きっとヘヴンホワイティネスを助けられるなくなるぞ?」

 「・・・そうだな、少し冷静じゃなかった。済まない」

 「いいってことさ」

 

 二人して自宅を出ると、ミドリコの車へと乗ろうとするが、ギンジがミドリコの肩を軽く叩く。

 

 「なんだ?」

 

 振り向いたミドリコの目の前で、ギンジがニヤニヤしている。

 

 「俺、新しい能力が使えるンだよね。もしかしたら車より速いかもしれないぜ」

 

 腕組みをしながらギンジを見ると、ギンジは半歩後ろに離れて、力を溜める。

 

 「見せてやるぜ、コウモリの力!」

 

 人気のない駐車場でその言動は、間違いなく街で見る痛い人だ。もしミドリコがギンジを知らない人だとしたら、秒で職務質問を行うだろう。

 

 「痛っでええ!背中裂けるのかよこれええ」

 

 ギンジの背中からギンジの身長と同じぐらいのコウモリの羽が生えてくる。洋服と背中を裂き、ギンジは苦悶の表情をしている。

 

 「それが君の新しい力なのか?」

 「おうよ・・・飛べるか試したことはないけど、これで学校までひとっ飛びで行けると思うぜ」

 

 言うと、ミドリコに両腕を引っ掛け持ち上げる。海でやったお姫様抱っこみたいな形に、ミドリコは赤面する。

 

 「お、おい!恥ずかしいだろ!やめろ」

 「暴れるなって!あと今更恥ずかしがるな」

 

 カエデとはまた違う言い合いを楽しみつつも、ギンジは羽に神経が通っている事を確認すると、いつもの様に想像で身体を動かす。

 

 するとふわりと身体が浮き、強い風圧で砂利やゴミを飛ばしながら浮遊に成功する。

 

 「ほ、本当に飛べる・・・」

 「すごい力だな、ギンジ。ときおり君が人間であることを忘れそうだよ私は」

 

 そのまま浮遊し、マンションを超えると飛び方を理解する。

 

 どんどん沈みつつある夕日を眺めて、ミドリコは今が戦いでなければな、とも考えてしまう。

 

 「学校はどっちだ!」

 「ここから9時の方向だ!」

 「おっし飛ぶぞ!しっかり捕まってろよ」

 「こ、ここか?」

 

 赤面しながらもミドリコはギンジの首に腕を回す。

 

 これでは本当にお姫様になったような、気分にミドリコは顔が発火しそうになる。

 

 「や、やっぱ、肩でいいですか・・・?」

 「なんで敬語?いいから、とにかく落ちるなよ」

 

 そしてギンジとミドリコは誰よりも高く飛び立ち、野名神高等学校へと向かう。

 

 「・・・ギンジ」

 「なんだ?」

 

 ミドリコは一つ気になることがあった。ギンジの素性も気になることだが、そこではない。ギンジの戦闘についてどうしても聞き出しておきたい事があった。

 

 「・・・君に弱点はあるか?」

 「あー大多数の戦いじゃもしかしたら無理かもな」

 「そういうことじゃない。何か、私達には言っていない、君の弱点があるんじゃないかな、と思っていてな」

 

 これはミドリコが培っている推理力と、嘘をつく人間への見抜きも兼ね備える、公安警察としての技術。

 

 「例えば?」

 「・・・そうだな、戦いに関して言えば、狙わないやつがいるんじゃないかな」

 「どういう事だ?狙わないやつ?」

 

 首をかしげながらもギンジは飛行を止めない。

 

 「君は怪人や戦闘員との戦いではよく、前線に出てきてくれているよ思う。だけど、女性戦闘員との戦いはこちらに引き付けたり、カエデに任せたりしていただろ?」

 

 パトロールの際にも、女性にぶつかったら自分から謝りに言った、という話を風邪で倒れた時カエデからも聞いていた。

 

 そこである疑問が確信に変わるモノが、ミドリコの頭の中に駆け巡る。

 

 もしかして佐久間ギンジという男は、女性に攻撃出来ないのではないか? 

 

 「まどろっこしーな。本題を言えよ」

 「・・・そうだな、では単刀直入に言おう」

 

 ミドリコはギンジの顔を見つめてハッキリと言う。

 

 「君は、女性が苦手なのか?」

 「ハ?」

 

 きょとんとし、飛行が止まる。

 

 「図星か?」

 「いや・・・」

 

 目を反らすギンジの反応を見て、ミドリコは間違いないだろうと確信する。

 

 「苦手って訳じゃないんだけど・・・」

 「では何故、女性には引き気味の対応なのかね」

 

 ギンジは少し気恥ずかしいのか、うーんと頭を撚ると、直ぐに言葉を発する。その答えはミドリコが確信しているものとは程遠い内容が帰ってきた。

 

 「あんまり女の子を殴ったり、傷つけたくないんだよな。ホラ、今の俺が本気で手を出したら肉片とかにしちゃいそうじゃん?」

 「・・・え?」

 「俺は単純に女の子を傷つけたくないだけで、手はださないって事にしてるだけだぜ。苦手とかそーゆーんじゃない」

 

 ミドリコの顔が落書きみたいな形へ崩れる。

 

 (ええ〜・・・私の推理が全否定される理由だった・・・)

 

 顔をもとに戻すと、ギンジの顔を再び見る。

 

 「よほど強い悪・・・例えばリコニスみたいな奴とかが現れたら、どうんるか解かんないけど、けど、それでも女には手を出さん。男だしな」

 「その騎士道というか、精神論は嫌いじゃないが、それで君が刺されたらどうするんだ?」

 「・・・それでも、なるべくなら手は出さない。男は女に手をあげちゃいけないなんてこの宇宙が生まれた時代から決まってんだ」

 

 その言葉を聴くとミドリコは、ギンジへの好感度が大きく上がるような想いを感じる。

 

 「なるほど、やっぱり君の弱点は女、だな。今後女が敵として現れたら、君はどうするんだ?」

 「女には手を出さないから、お前らに任せるぜ。あ、でもリコニスだけは絶対ぶっ飛ばす」

 

 いずれ決着をつけるならそうするしかないからな、とギンジが言うと再び学校へと向かう。

 

 ギンジともう少しだけ話をしておきたいが、今はカエデとレンの手助けに行くことが大切だ。雑念を振り払うと、校舎が見えてくる。

 

 「あの学校か?」

 「そうだ!ここからは地上で行こう!」

 「このまま飛べばいいじゃねーか」

 「それはそうだが、何をされるか解らない。ここは用心して地上から行こう」

 

 ミドリコの言うことももっともだ。ギンジの知らない怪人が学校に居るかも知れないなら、慎重に行動する方が利口だろう。

 

 降りてから通学路に入り、コウモリの羽をしまうと、洋服と背中が再生していく。

 

 学校を目指すギンジとミドリコの目の前に、黒い眼球の刺繍が入ったマスクをつけ、パワードスーツに身を包む、ヘルブラッククロスの戦闘員達が、道を塞ぐ様に現れる。

 

 「居たぞ!佐久間ギンジだ!あの公安の女もいる!」

 「学校って今仮装パーティーやってるんだ?」

 「あまり楽しくはなさそうだけどな!」

 

 ギンジの軽口に合わせて拳銃を引き抜くと、戦闘員達を睨みつけるミドリコ。

 

 「で?地上からは行かない方が良かったんじゃないか?」

 「・・・済まない。こればかりは私の判断ミスだ」

 「まぁ、いいけど、よ!」

 

 ミドリコの正面から掴みかかろうと襲ってきた戦闘員を、軽く蹴飛ばすとギンジはミドリコの正面に立ち、ミドリコはそれに合わせてギンジの背後を守る為のフォーメーションに変わる。

 

 「ドクターがお待ちだ!おとなしくしろギンジ!」

 

 リーダー格の男が声を荒げると、戦闘員達が一斉に襲いかかってくる。

 

 「行くぞミドリコ!捕まるなよ!」

 「ギンジこそ、私を巻き添えにしないでくれよ!」

 

 ここまで暴動じみた事を起こして街の住人が何もしないのも不気味だが、ギンジとミドリコは学校へと向かうために、夕日の通学路で戦闘を開始する。

 

 「そこをどけえええ!!!」

 

 ギンジの叫びが、戦闘員達を震えさせるが、戦意を奪うまでは行かない。

 

 最悪面倒な場合は、バーナーの力で押切ろうと考えるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 レンに自宅まで送ってもらったケイタは、自室のパソコンで度固化市の失踪事件、いや誘拐事件についてあらゆる手段で調べていた。

 

 インターネットニュース、掲示板、学校の情報通等、自分で調べられる物はなんでも調べてみた。

 

 あまり有力な情報は得られないが、掲示板の中には犬の頭をした謎のマッスルさんが現れるという情報を元に、どこで出現していたのかに重きを置いて調べる。

 

 ケイタはキーボードと、マウスを軽快に操り次々と出てくる嘘か真かの情報を手当たり次第に調べていた。

 

 あのマッスルさんも、カエデとレンの話で聞いていた、おそらく犬の怪人とかいう者だろう。

 

 「もっと、有力な情報を・・・調べなきゃ。僕だけ何もしないなんて、絶対駄目だ」

 

 自分の恋する女の子が命を賭けて、友達を助ける為に戦っているのに、自分だけ部屋のベッドでゆっくりしているなんて、ケイタの気持ち的にもありえない事だった。

 

 「僕にも・・・何かできることがあるはずなんだ・・・菊沢を助ける、何か手段や、方法があるはずなんだ」

 

 ケイタは役に立ちたいという気持ちから、自分なりの戦いの方法を模索していた。彼女達の愚痴を聴き、怪人の弱点を探したり、戦術の提案をしたり、傷の事に心配してあげたり、やれる事は沢山あった。

 

 けど今回のはワンランク上の領域での襲撃。

 

 菊沢トモカがどこで捕まっているのか、それとも犬の怪人がここ3日で目撃されている場所。このどちらかが、特定できればきっとヘヴンホワイティネスが勝つために必要な情報を得ることができる。

 

 何度もなんども違うリンクに入り、その先に現れる情報を全部頭に入れて行く。明らかに嘘と思われる物はスルーしていく。

 

 「この情報ならどうだ」

 

 新たな情報のリンクを踏むと、筋骨隆々の身体にブーメランパンツを履いた、犬と思わしき頭部をした後ろ姿がくっきり写る。

 

 そしてその写真に他に写っていたのは、赤いデコボコが波状に形の長く、大きいコンテナ。

 

 海上コンテナとでも言うのだろうか。輸入品等を輸送する巨大な船とかに入っているアレだ。

 

 「ん・・・?船?」

 

 この写真を保存すると、ケイタは長めの前髪をいじりながら考え込む。

 

 先ずこの写真に写る筋骨隆々の奴は、犬の怪人で間違いないだろう。

 

 そこに写るコンテナ、そして今ケイタの頭に浮かんだ、船という言葉。

 

 「あ・・・もしかしたら・・・」

 

 頭の中で、ケイタはあらゆる情報を紐付けながら考える。

 

 「・・・湾岸エリア」

 

 度固化市の湾岸エリアがケイタの中でピンと来る。この写真も100%信用していいか解らないが、調べる価値だけは絶対あるはずだ。

 

 「今電話しても・・・きっと出られないよね。いいさ、僕だけで行こう!」

 

 本音はワクワク感が勝っていたかも知れない。それでもレンの為に力になりたい。正義の為に役に立ちたい。

 

 抑えきれない心で、ケイタは母親の静止を振りきり、家を出る。

 

 ケイタが走り去る背中を見つめて、一人の少女が舌打ちをする。

 

 「あ〜あ・・・逃しちゃった。ま、どこに行くのか、検討はつくんだけどね・・・角倉くん・・・」

 

 少女の顔は悪魔の様に歪む。口元は三日月の様に曲がり、その黄金の鎧とラバースーツからは得も言われぬ妖艶さを醸し出す。

 

 「ミヤコの奴が言うから、偵察に来たけど、一番捕まえないと行けないの、ああいうタイプなんじゃないの〜?」

 

 ニヤニヤと笑いながらリコニスはケイタを歩きで追いかける。

 

 正義を根絶やしにすると言わんばかりに、悪の勢いが夕日の下で広がっていく。

 

 「逃さないよ、角倉く〜ん。ヘヴンホワイティネスね目の前で、八つ裂きにしてあげるよ〜」

 

 走り出したケイタには、この速度では追いつかないだろうが、リコニスはそれでも余裕な表情で住宅街を歩いていく。

 

 たまに自分を見るゲスな目線の人物は容赦なく、刀を刺して、何事もなかった様にケイタと同じ道を歩いていく。

 

 強気な学生も殺し、話しかけてくるサラリーマンも殺し、騒ぎを聞きつけた警察も殺し、変質者が裸を出しても殺す。

 

 軽々しく命を奪い、リコニスの顔がどんどん緩んでいく。

 

 殺害できる喜びも、弱いものを追いかける楽しみも、全てリコニスにとってこれ以上無い快楽だからだ。

 

 「ミヤコ言うことに乗るのもシャクだけど・・・今だけは踊らされてもいいわ。結局のトコ、楽しければなんでもいし〜」

 

 この作戦における情報操作も、実行力も全てはドクターミヤコの作戦と兵器、そして怪人、大幹部、手下を操る裁量で繰り出される作戦だ。

 

 ヘヴンホワイティネスを倒し、佐久間ギンジを連れ戻す。

 

 その為ならば、街の一つぐらい破壊しても構わないという、末恐ろしい考え。

 

 「ま、そのうちギンジちゃんもミヤコもこの手で壊しちゃうから、それまではただの楽しみってところね」

 

 死体を築き上げたリコニスの後方ではサイレンと人々の悲鳴が響き渡る。

 

 それを背に感じ恍惚な笑みを浮かべながら、リコニスは悪魔の様な雰囲気を出しながら住宅街を歩き去るのであった。

 

  

  

 

  

 

続く

 

 

 

 

 




お疲れ様です。アトラクションです。

後書き特に書くことないのよ

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
コウモリの怪人の力を使ってみたら背中が裂けて痛かった。

神宮カエデ
正義の志は大きいけど今回の戦いで一瞬諦めかけてしまった。

宮寺レン
実は結構寂しがりやで泣き虫。強く振る舞いたいけど女の子なんです。

甘白ミドリコ
実は今年で27歳。まだ彼氏が出来たことがない。
ギンジの精神論が気に入った。

角倉ケイタ
レンの為に力になりたいと考える。彼もまた正義の志を持つ一人。

剣士の怪人/黒井ヒトミ
黒井ヒトミとは世を偲ぶ剣士の怪人の擬態。
実は本当に副担任になる女性をのガワだけ貰った。
剣士の怪人はミヤコの笑い方を真似てくっふっふと笑うようになった。

リコニス
弱いものイジメが大好きというやばい奴。ギンジを壊したいとか言ってるけど、実は毎日ギンジの事を考えてる。

オーク怪人/紐の怪人
「ブヒ、最近出番ないぞ」
「ホッホッホ、私を忘れるとはいい度胸ですね」

次回も頑張って書きます!ヘヴンホワイティネスやギンジ達はどうなるのか!
感想等くださりますととても嬉しくなって踊ります。うちの犬が。
アトラクションでした!


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11・俺を信じろ!!

皆様こんにちは。アトラクションです。

 今回のお話はバトルシーンのテンポを早めに展開しているので、結構無理やり感があるな、と思いますが、勢いで書いたことに後悔は無い!

それではお楽しみください!


 夕日が差し込む暗い倉庫で犬の怪人は巨大な装置を、自慢の筋肉を見せつけるように持ち運び、所定の場所まで設置していた。

 

 「くふふ、やっぱり君がいると、大きな機材や装置を運ぶのに大いに役立つね、チワワ」

 

 その傍らで護衛の紫をつけ、ドクターミヤコは薄気味悪い微笑をし続けている。

 

 総統からの許しを得た今、ミヤコのやることに制限はない。

 

 街すら破壊してでも佐久間ギンジを連れ戻す事を許可してくれた総統には感謝しかない。

 

 無論失敗しても、剣士の怪人や、特殊部隊、今ここに運び出している広範囲洗脳マシンのデータが取れれば、いよいよヘルブラッククロスは全国へと漕ぎ出す足がかりを得られる。

 

 「ね〜あーしずっとここに居ても全然満たされないんですけど」

 

 その装置の上で、サキュバスの怪人が暇そうに気怠く漂っている。

 

 「フッあら、男漁りはいいの?怪人さん」

 

 さらに甲高い声で、サキュバスの怪人を見上げる少女が現れる。

 

 「男漁りなんて言い方、悪いよお姉ちゃんン」

 

 その少女の後ろから少し遅れて、優しそうな声音と怪人への畏怖を込めた発言をする少女。

 

 二人は女性戦闘員の特殊部隊に所属し、整ったヘアスタイルと、モデルの様な体躯、そして同じ様な顔。

 

 似ている、というより誰が見ても同じ顔に見えるその二人の少女に、サキュバスの怪人が苦言を漏らす。

 

 「だあって、あいつら皆、あーしを怖がって全然性欲を開放しようとしないのよ?マジだるくならん?」

 

 両手の爪に施されたコテコテのデコネイルを見ながら、サキュバスの怪人の表情が心底つまらないようなため息を放つ。

 

 「くふふふ、そのうちお腹いっぱい食べれるよ。それより、二人ともごめんね、ここまで来てもらって」

 「チワワ、こいつら初めて見る」

 

 腰に手を当てながら元気かわいい印象を見せつけるミヤコとは対象的に、二人の少女はクール可愛いと言った印象を受ける。

 

 『とんでもございません。我ら、ハーフムーン、いつでもドクターのご命令を受け入れる所存でございます』

 

 息がぴったり揃ったその発言と膝をつけると、深い敬礼を行う少女は双子だ。

 

 「紫ちゃーん。ハーフムーンってなんぞ?」

 

 サキュバスの怪人が瓜二つの少女を見下ろしながら、護衛の紫に質問をする。

 

 犬の怪人も聞いたこと無いようで、興味津々と言った具合だ。

 

 「ハーフムーンとは、我らがヘルブラッククロスの特殊部隊のことだよ。あそこの双子の彼女らは、そのハーフムーンの中でも精鋭の立ち位置でね、今回、万が一剣士の怪人が破れた時に予備としてドクターが要請した凄腕だよ。右に立つのが姉のニュームーン。そして左がフルムーン」

 

 本来精鋭というだけでは、個別のコードネームなどは貰えないが、彼女達の活動、勧誘や略奪等の高い成功率を認めた総統自らが彼女らに名付けたのだ。

 

 「フッ、ワタシならあのヘヴンホワイティネスを必ずや倒してみせましょう」

 「お、お姉ちゃん、ワタシもいるヨ・・・」

 

 鼻で笑うニュームーン、語尾が変なイントネーションになるフルムーン。

 

 二人はミヤコから直々に両月コンビと呼ばれている。

 

 そして犬の怪人、サキュバスの怪人、紫に、ドクターミヤコ。

 

 潮風の匂いが漂うこの倉庫で、ミヤコはメガネをくい、と直す。

 

 「それじゃあ、ここで皆は待機していてね。わたしはそろそろ研究室に戻るから」

 

 暗闇に向かって歩くミヤコは、やがてシルエットのみとなっていくも、メガネの部分だけは光り、怪しく笑みを浮かべながら研究室へと戻っていく。

 

 「さて、ヘヴンホワイティネスがここまで来るとしたら、必ず佐久間ギンジ、ドクターの最高傑作もここに乗り込んでくる筈だ。各員、ギンジだけはなんとしても捉えるんだ。それがドクターの為にもなる」

 

 紫がその場にいる怪人二人と、特殊戦闘員二人に今後の指示を出す。

 

 リーダーとしての素質もある紫の言葉に、犬もサキュバスも怪訝な顔をするが、ニュームーン、フルムーンは尊敬の眼差しを紫に向けている。

 

 怪人からすれば指示を出して欲しいのも、言うことを聴くのもミヤコだけだ。

 

 逆に両月コンビは人間である紫の指示であれば素直に聴きやすい。

 

 ドクターミヤコの命令であれば、どちらの陣営の所属する者でも、素直に聞き入れる。

 

 「では、皆、頼むよ」

 

 紫が言うとミヤコを追いかけるように、暗闇へと進んでいく。

 

 夕日の差し込むこの倉庫で、巨悪がなおも嗤う。

  

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 開けた校内で剣士の怪人の本気の剣術に恐れず突き進み、激しい攻防を繰り返していた。

 

 新たな力を手にして戦うカエデとレンの連携に剣士の怪人は押されていた。

 

 「やはり強いな、ヘヴンホワイティネス!わたくしはとても楽しいですよ」

 

 最早計画等忘れ去る程に、剣士の怪人はこの戦いを楽しんでいた。笑みはカエデにもレンにも出ていたが、明らかに大切な事を忘れているような表情はしていない。

 

 「いい加減に倒れてよ!」

 「ここでつまずいてる、場合じゃない、早く倒れろ」

 「もっと楽しもうではないか!」

 

 もはや罵倒でさえ、剣士の怪人は楽しむ事の一つでしかなかった。

 

 カエデの衝撃が空間を貫き、剣士の怪人をめがけて発射される。

 

 それに合わせてレンも走り出し、ビーム剣の形状を斧に変えて、勢いよく、力任せに振り下ろす。

 

 「くっふっふっふ!その連携も良いぞ!」

 

 盾で衝撃を防ぎ、斧は剣で防ぐ。両手で防御出来ない分、力押しにおいては敗けるのだが、冷静さを失わないままでいる剣士の怪人は、後方にある学生の椅子を蹴り飛ばし、レンに当てて隙きを突く。

 

 「させるかっての!」

 

 同じ様にカエデは教卓を投げつけ、剣士の怪人の動きを止める。

 

 教卓は当たる前に綺麗に両断され、その開けた空間に二人が居ない事に気がつく。

 

 教室も廊下も吹き抜けになったこの階層で、逃げるのは難しい。

 

 そうなると居るのは背後。剣士の怪人と同じ様に不意打ちを決めるのかもしれない。

 

 「甘いですね!」

 

 振り向きに合わせて怪人剣術の回転斬りで、背後を斬ると、剣圧と斬撃がまだ残っている柱や、生き残りの教室の壁が無慈悲に斬り崩されていく。

 

 しかし誰も居ない。

 

 「おやぁ?」

 

 静寂にも思えるが、金属やコンクリートが近くでガラガラと音がする。

 

 瓦礫にでも隠れていたのだろうか、そこへ向かってイース・トゥルバレンツを繰り出し、瓦礫は疎か、壁すら無くなっていく。

 

 「こっちよ!」

 「!?」

 「こっちからも・・・!」

 

 声がしたのは、上空、穴の空いた天井。

 

 もう一方の声は、真下。こちらも穴のあいた床。

 

 「正義連携!」

 

 カエデが天井から、レンが床から飛び出し、剣士の怪人へお互いの必殺技を決める。

 

 「必殺!ヘヴンリー・インパクト!」

 「ビーム長剣・乱舞・・・!」

 

 強化されたガントレットの高速回転による威力上昇と、形状を変えられるようになったビーム剣による連携攻撃がようやく剣士の怪人を捉える。

 

 上空の攻撃は盾で防ぐ。が、強化された彼女の必殺技についにヒビの入った絶対防壁が打ち砕かれる。

 

 「なんだと・・・!」

 

 左腕ごと弾かれ、胴体に感じたことのない巨大な衝撃が命中する。

 

 その強い衝撃に真っ黒な血液を口から吐き出すが、今度は床から、つまり剣士の怪人の背中からレンの乱舞攻撃が繰り出されていた。

 

 払い、叩き、弾き、斬り、潰し、砕き、貫き、そして飛ぶ様にすり抜ける。

 

 カエデとぶつかりそうになるが、右手同士でキャッチしあい、綺麗に着地を決める。

 

 宙を舞いタイルに落ちた剣士の怪人はそれでも、立ち上がる。

 

 「嘘でしょ・・・こつちはもうほぼ限界なのに・・・」

 「でも、諦めない、から。私は、ケイタと、一緒に帰りたいから・・・」

 「そうね・・・あたしだって、レンの未来を守りたいから、ミドリコの彼氏さんも探してあげたいしね」

 「生活がズボラ、だから無理、だってギンジが言ってた」

 「それだけは言えてる」

 

 肩で息をしながらも冗談を言える余裕を取り戻した。

 

 後はこいつを早く倒して、トモカ達を助けなければ。

 

 「素晴らしい・・・強い、強い、楽しいですよ」

 

 きっとどこかの骨も折れてるに違いないのに、ビキニアーマーを着た剣士の怪人の顔は血液に濡れた顔で笑っている。それでも剣を構えて、ヘヴンホワイティネスへと突き進む。

 

 「これで最後にしましょう!ヘヴンホワイティネス!」

 「決着、つけるわよ!レン!」

 「先手は任せて。トドメ、お願い」

 

 剣士の怪人はシンプルだが、とても速い突きの攻撃。

 

 それをレンはスライディングで避けると、ビーム剣の形状をナイフに変えて足の腱を素早く斬るが、剣士の怪人は止まらない。

 

 「カエデ!」

 「大丈夫よ・・・今度こそ負けない!」

 

 恐怖を克服し、今の強くなったこのスーツなら、勝てる!

 

 カエデの顔面すれすれにまで迫った剣の先端を身を撚る様に避けると、その回転の勢いを利用して、右足で踏みつける様にラッシュを叩き込む。

 

 「必殺!シュート・ドライブ・レイザー!!」

 

 何度も繰り出される蹴りの連続に、避けられて隙きをさらし、防ごうにも盾は無く、飛ぼうにも足が動かない。

 

 (そうか・・・腱を斬られたのか)

 

 剣士の怪人にもはやなすすべ無く、その攻撃を受け入れるだけ。

 

 「うりゃああ〜〜〜!!!」

 

 全弾その足技が命中し、剣士の怪人は吹き飛ばされる。

 

 吹き飛ばした方向は先程斬られて壊れた、壁があった場所へと。

 

 「勝てた・・・」

 

 レンが安堵の表情で、カエデに駆け寄ると、二人は強くハイタッチを交わす。

 

 その後すぐに、二人は仰向けに倒れると、元の学生服の姿に戻ってしまう。力を使い果たして、変身が解けたのだ。

 

 斬られた筈の腹部には傷はなく、でも触ると痛かった。

 

 (あの空間・・・結局なんだったのかしら)

 

 レンの同じくビーム剣の進化を感じて、カエデと同じ事を考える。

 

 (さっきまで、思い出せなかった、けど・・・シルヴァ、ありがとう)

 

 未来での恩人へお礼を心の中で済ませると、二人は現実に引き戻される。

 

 「学校、めちゃめちゃ、だね」

 「・・・そうね・・・」

 

 教室や、図書室、理科室やお手洗いを犠牲にした巨大な戦場を見て、カエデは呼吸も荒くところどころ崩れた天井を見上げて、少しだけ考えてから言葉を出す。

 

 「うちの財閥がなんとかするわ・・・」

 

 ともあれ、二人の少女はかつてない強敵との戦いに勝利した。

 

 少しだけ休んだら、ミドリコ達と合流しよう。

 

 ミドリコとギンジが今どこに居るのかは解らないが。

 

 カエデとレンは女の子なのに大の字で倒れたままなのであった。

 

 〜学校の戦い〜

 ヘヴンホワイティネスvs剣士の怪人

 

 勝者・ヘヴンホワイティネス

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 校門から見える校舎では、壁が崩れたり、瓦礫が吹き飛んでいたりとどうやらカエデ達が戦っている模様。

 

 校門に辿り着けそうなのに、戦闘員の数が多く、きっとミドリコ一人だったらたどり付けなかっただろう。

 

 「本当に、君が味方で心強いよ、ギンジ」

 「そうだろそうだろ!」

 

 ただの戦闘員、ミドリコは一対一で倒すのがやっとだと言うのに、ギンジは持ち前の暴力だったり、車をぶん投げたり、マンホールで頭をかち割ったり、たまに炎をだしたりとやりたい放題で戦闘員達を蹴散らしていく。

 

 パワードスーツで強化されている分、たとえギンジの力でも一撃で倒せない者がいるのも事実だ。それをミドリコが補佐する様な形で、トドメを刺していく。

 

 とは言え決して殺害はしていないが。

 

 「それにしても、こいつら全然諦めないな。最後の一人になるまで、とことんやっちまったほうがいいのかね?」

 「いや、そこまでは。一応彼らも人間なわけだし・・・」

 

 隊列をぶち壊し、戦闘員を蹴散らすとリーダー格の戦闘員が、手元の端末を操作する。

 

 「ミドリコ、上に気をつけな」

 「う、上?」

 

 見上げると、パラシュートにくくりつけられた箱。

 

 それがこちらにゆっくりと落ちて来る。

 

 「アーマード・ミステリー・パーソン?」

 

 何やら書かれている英語をミドリコが読み上げると、首を捕まれ、ミドリコが後ろに引っ張られる。引っ張ったのはギンジだ。

 

 「ついにおでましか」

 

 アーマード。それを読み上げた時点で理解した。おそらくこの箱の中にはヘルブラッククロスが唯一量産できる怪人が入っている。

 

 「ミドリコ、お前今から来た道戻って援護できないか?」

 「・・・何か策があるんだな。解った」

 

 言うとヒールを鳴らしながら、ミドリコが走って学校とは反対方向へと向かっていく。

 

 来た道は通学路だが、そこは戦闘員達が倒れている。見る人が見たら、きっと地獄絵図だろう。

 

 「女を逃すなんて優しいじゃないか。ギンジ」

 「まぁな。お前らも俺を見習えよ」

 「言ってろ。ドクターがお待ちだ。行け!鎧の怪人!」

 

 指示の言葉が出ると、箱を打ち破り西洋の鎧に身を包んだ怪人がギンジの目の前に現れる。

 

 「なんだ・・・あれは」

 

 遠目でミドリコが鎧の怪人を見ると、得も言われぬ不気味さに背筋が震え、鳥肌が立つ様な気がする。

 

 「さて、距離感はこのへんで・・・」

 

 ミドリコがライフルを構えようとすると、足音がする。

 

 その方向に顔を向けると現れたのは、戦闘員の一人だ。普通の人間ならこれでも恐怖の対象となるが、正義の志を持ち、より強い正義感で戦うミドリコは違う。臆さず、逃げない。

 

 「公安の女ァ・・・ヤらせろぉ!」

 「・・・まったく、仲間が援護を求めているんだ、邪魔をしないでもらおうか」

 

 ライフルをアスファルトに落とすと、拳銃とアーミーナイフを取り出し構える。

 

 「あっちはあっちでヤバそうだな・・・ま、敵が一体なら大丈夫か」

 「あいつはこの部隊でも指折りの男だ。果たして、公安の女は勝てるのかな」

 「大丈夫だろ。少なくとも、負けねーよ」

 

 まだ喋ろうとしたギンジに、鎧の怪人が拳を振り下ろす。

 

 近くで見ると3m程はありそうな巨躯に、思わず息を飲むがその動きは鎧の重さがかかる故に、遅い。

 

 「上手く避けたな。せいぜい、そいつと遊んでるといいさ」

 

 校門に腰掛けリーダー格の戦闘員がギンジと戯れる鎧の怪人を見ながら、笑っているのか肩を上下に揺らしながらギンジとミドリコの戦いを見ることにする。

 

 「クソ!こいつ本当に女かよ!」

 「女だと思って侮っているのか!」

 「胸でけーから絶対動きが遅いと思ってたのに!」

 「なんて失礼なやつだ!」

 

 元軍人での戦闘経験を活かして、ミドリコは拳銃とナイフによる格闘術でパワードスーツへ飛びかかる。

 

 戦闘員は腕力だけは自信があるのか、必死にミドリコを捕まえようと、弾丸をものともせずにタックルを決める。

 

 「くっ、なんて力だ・・・!」

 

 避けたタックルを見ると、コンクリートで固められた壁を突き抜けて、またミドリコのところまで姿を表す。

 

 「げへへへ、捕まえたら、町中でひん剥いてやるぜ」

 

 戦闘員の手元には細かくくだいたアスファルト。目潰しには最適なそれをパワードスーツでの倍速を利用してミドリコに再度突っ込んでくる。

 

 「うおおおおおヤらせろおおお」

 「バカ者が!」

 

 タックルが来る。そう思って横転で回避するも、男はミドリコの回避を読んでいた。

 

 「しまっ・・・」

 

 ミドリコの顔にめがけて、細かくなったコンクリートが投げつけられる。

 

 「げへへ、さぁて楽しませてもらおうかね」

 

 目をやられた結果、手元の武器は外されてしまった。

 

 「さーて、こんな良い身体してんださぞかし美味しいからだ、を・・・」

 

 未だ目を抑えて暴れ悶える緑ミドリコの両足を抑えようと掴むと、一気に身をよじり、腕から離れてしまう。

 

 「んだとぉ!」

 

 そのままミドリコが立ち上がると、なにごとも無かったように掌サイズの小型の爆弾を袖から用意する。

 

 「眼暗ましとはこうやるんだ」

 

 言うとミドリコは戦闘員に見えない様にピンを抜くと、次は公安のスカートに手を添えてたくし上げる。

 

 その行為に思わず凝視してしまい、動きが止まる戦闘員。

 

 だが、ミドリコは最後までスカート上げきることは無く、小型の爆弾を戦闘員の顔に向けて投げる。

 

 「はっ!?」

 

 爆弾。この至近距離で使うのであれば、ミドリコも危ういはずだがその考えは戦闘員には無かった。爆弾に驚き、逃げようとするも拳銃を拾い直したミドリコは鋭い視線で戦闘員に向ける。

 

 「動くな」

 

 この時点でミドリコの勝利は確定していた。

 

 「な、う、撃ってみろよ」

 「撃たないさ。私は人殺しにはなりたくないのでな。だからこうする」

 

 ゆっくりと近づき、ミドリコは戦闘員の股間を踏みつけるように、ヒールで押しつぶすと、絶叫が通学路に響く。

 

 痛みで倒れる戦闘員をよそにミドリコはライフルの所まで戻ると、ギンジの戦っている場所に狙いをつけるために、ライフルを構える。

 

 まだギンジと鎧の怪人の戦いは終わっていなかった。

 

 「うう・・・くぞぉ〜・・・あ・・・?」

 

 痛みで倒れた戦闘員の顔面には、コロコロと先ほどの爆弾が転がってくる。

 

 「ウソ・・・これ、不発弾じゃないの?」

 

 かなり遅れて閃光を撒き散らし、破片は運悪く戦闘員の顔面と股間に思い切り深く刺さるのであった。

 

 「・・・よくも俺の部下を!」

 

 リーダー格の戦闘員が激昂する。それを見てギンジが笑う。

 

 「な?勝つだろ?」

 

 そして空気の破裂するような音が鳴ると、鎧の怪人の膝関節に弾丸が命中し、動きが止まる。

 

 鎧の怪人をギンジが持ち上げると、校門へ向けて思い切り投げ倒す。

 

 「う、うそだろ、おい!やめろ!」

 「うるせーこのバカ!」

 

 ギンジの力で振るえば、鎧の怪人も武器になる。投げ倒された鎧の怪人は校門に胴体を凹ませ、兜の部分は学校の敷地内へと音を鳴らしながら転がっていった。

 

 「クソ!撤退するしか・・・」

 

 逃げるリーダー格にミドリコは、ためらいなく威嚇射撃をすると、リーダー格がギンジへと構えを取る。

 

 「クソ、逃げられないならせめてお前だけでも倒してやるぞ!ギンジ!」

 

 学校からなにかが飛んでくる。

 

 人の形をした何かをミドリコはスコープ越しで確認する。

 

 「なんだあれは・・・人?」

 

 今まさにギンジと戦闘員が戦おうとする直前、二人の間に色々と露わになった女性が降ってきた。

 

 全身ボロボロになったその姿を見て、戦闘員がいよいよ恐れおののく。

 

 「ひいいい!剣士の怪人が破れたぁああ!!」

 「怪人?これが?どうみても人間じゃないか」

 

 追いついたミドリコが、ギンジの後ろで怪人と呼ばれた女性を、緊張な面持ちで見る。

 

 ギンジからしても見たことのない怪人に、戦慄している。

 

 「うわああ駄目だああーー逃げろ!!」

 

 戦闘員が逃げ出すと、ギンジもミドリコも目の前に倒れ付す剣士の怪人と呼ばれた女性が気になっていた。特にギンジは視線をずらせない。傷だらけでもそのたわわな瑞々しい身体に釘付けになっていた。

 

 「ギンジ、あまり見てやるな。怪人とはいえ、その女性だ・・・」

 「・・・いや、なんか・・・うん・・・生きててよかった・・・」

 「やめんか!バカ者!!」

 

 ガンストックで頭を殴られるも、ギンジには対して効いていなかった。

 

 なぜなら佐久間ギンジも男性。女性の身体には興味津々なのだ。

 

 未知の魅力の前には健全な男子は無敵なのだ。だからマジマジと女性の、剣士の怪人の身体を見続ける。

 

 「だからマジマジと見るなーー!!」

 

 〜通学路の戦い〜

佐久間ギンジ、甘白ミドリコ

     vs

ヘルブラッククロス、鎧の怪人

 

勝者・ギンジ、ミドリコペア

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ボロボロになった校舎へ入ると、ここで激戦が繰り広げられた事が容易に想像できる。

 

 「カエデー!レンー!無事か?」

 

 ミドリコが叫ぶも少女達からの返答はない。

 

 「どこに居るんだ?」

 

 あまりにも無残な校舎を見ると、ギンジでも流石に心を痛ませる。ここで彼女達が学んでいたのに、何も知らない一般市民を巻き込む事に躊躇いを持たない悪の組織が、簡単にこんな事を行う精神がギンジには理解が出来ない。

 

 「おい、お前いい加減に起きろよ」

 「・・・」

 

 そんなギンジの背中には、剣士の怪人がおぶられていた。

 

 今はミドリコのスーツを羽織り、身体を隠す様な状態だ。

 

 「ギンジ、居たぞ」

 「おーい生きてるか〜?」

 

 ミドリコが指差した先には廊下や教室の壁がもろもろ斬り崩されており、ひとつの大きいワンフロアになっていた。

 

 そこの教室・・・正確には教室だった大広間に、カエデとレンは仰向けに倒れていた。

 

 おそらくギンジの背中で気絶しているこの見た目は、露出狂の様な怪人は、カエデとレンに破れたのだろう。

 

 「ギンジ?」

 「え、ウソ、なんであんた居るのよ!っていうか、ミドリコも来るのが遅いわ!」

 

 カエデが痛む身体を抑えながら立ち上がると、ミドリコにぷりぷり怒りながら詰め寄ってくる。

 

 「ところで、ギンジ、なんでその怪人を、連れて来たの?」

 

 レンも不思議そうに立ち上がりながら、ギンジの背で気絶している怪人を指差しながら聞いてきた。

 

 「なんかそのままにしとくのも可愛そうだなって思って」

 

 これもギンジの優しさだろうか、おんぶするギンジがどこかシルヴァと重なって見える。かつて自分がそうして貰っていた時の、レンの幼い記憶を思い出して、再び泣きそうになる。

 

 「で、そんな理由で連れて来てなんのつもりよ。あんた、あたし達がどんな想いでそいつを倒したと思ってるのよ!」

 「なんだよ、急に怒るなよ」

 

 カエデの怒りにギンジは思わず萎縮してしまう。

 

 「こいつはねぇ、この学校の人間を攫ったり、あんたを引渡せば悪事を止めるって言ったり、とにかく色々大変だったのよ!」

 

 剣士の怪人の要求はヘヴンホワイティネスを、傘下として迎え入れるか、ギンジを引き渡すという条件の変わりに、友達を帰すという条件だった。

 

 「じゃあ、それだったら俺を引渡せば、色々大変じゃなかっただろ?なんでそんな無茶を」

 「・・・あんたも、守りたかったのよ」

 

 小声で言うと目を逸らしながらごにょごにょと、最後の方は何を言っているのか解らなかった。

 

 「あんた?俺がどうしたって?なぁなぁちゃんと教えてくれよ」

 「うるっさい!」

 

 いつものやり取りにギンジはまたも殴られる。

 

 「あんたを引き渡したら、ヘルブラッククロスの思うツボって言ってんの!ただでさえあんた強いんだから!」

 「なんで逆ギレしてるんだ、カエデ」

 

 やり取りを見守るミドリコがカエデの暴走を眺めてクスリと笑う。

 

 「さて、色々辻褄を合わせる為に、こいつをそろそろ起こそうぜ」

 

 背中におぶった怪人をタイルに下ろすと、ギンジは怪人の額に手を当てると、微弱な電気を流して怪人を起こそうとする。

 

 それを不思議そうに眺める三人の女性達。

 

 「起きねぇな・・・」

 「当然よ、あたしが思い切り蹴飛ばしたんだから」

 「カエデの、必殺技、強かったね」

 「君たちをここまで苦戦させた敵なのだろう?あのオーク怪人みたいな奴だな、こいつ」

 「くっふっふっふ、ヘヴンホワイティネスは予想以上の強さでしたよ」

 「へぇ、こいつ俺も知らない怪人なんだよな。もう一回電撃やってみるか」

 

 何か変だ。ここにはギンジ、カエデ、レン、ミドリコしか居ない。気絶している剣士の怪人を除いてはこの場に居るのは四人だ。

 

 「ちょっとバカギンジ、もう一回電撃うちなさいよ」

 「ああ、そうだな」

 「結構痛いぞ。もうやめるのです」

 「レン、やはり不思議だ、誰か喋っているそうだぞ」

 「ミドリコ、私も、それを思った」

 

 四人がタイルに倒れている剣士の怪人を一斉に見る。

 

 「・・・何を不思議そうにわたくしを見ているのですか」

 

 剣士の怪人は目を見開き、四人を見上げている。だが抵抗する力は無く、スーツを布団かわりに硬いボロボロのタイルに倒れている。

 

 『起きたーーー!???』

 

 四人同時に剣士の怪人の目覚めに驚愕する。

 

 「さっきの電撃で目覚めましたよ。初めまして、佐久間ギンジ。わたくしは剣士の怪人」

 「はぁ〜・・・さっきの感覚と不安・・・的中してんじゃん。ミヤコぉぉ・・・」

 

 がっくりとうなだれてしゃがむ。ギンジの知らない怪人を、ギンジの知らない所でドクターミヤコは造っていた事実を知り、ギンジの頭の上にはどんよりした空気が漂う。

 

 ギンジから聞こえたミヤコという言葉を聴くと、カエデとミドリコが少し不穏な面持ちになる。

 

 「くっふっふ・・・なるほど、ドクターが言うように、素敵な殿方ですね・・・」

 「ハァ!?こいつのどこが素敵なのよ!」

 「ギンジの良い所なんて女性に手を出さないぐらいだぞ」

 「お前らひどくね?」

 

 次々と、主にカエデがギンジの悪い所を剣士の怪人へ熱弁していく。

 

 「いやだからお前ら、ひどくね?【ら】っていうか、お前がひどくね?」

 「そんな事より、トモカを・・・学校の関係者は、どこに居るの?」

 

 仰向けになって動けない剣士の怪人へ、レンが詰め寄る。

 

 「・・・簡単には口を割ら無さそうだけど?」

 

 そこにカエデも詰め寄る。

 

 「いや・・・わたくしは自分の土俵での戦いに負けました。知りたい事はなんでもお教えしましょう」

 「やけに素直ね」

 

 さっきまで命の奪い合いをしていたとは思えない程の返答に、カエデとレンは拍子抜けな表情になる。

 

 「この学校の関係者や一般市民はどこに攫ったの?」

 「この街の、湾岸エリアです。そこには広範囲洗脳マシンや、犬の怪人やドクターの精鋭が着々と準備を進めております」

 

 剣士の怪人の潔さにミドリコもギンジも拍子抜けな表情になる。

 

 「洗脳マシン?なんだってそんなもんを。しかもソレってあれだろ、ミヤコが造ってた兵器だよな?」

 

 訝しむ表情に変わるギンジの質問に、剣士の怪人はカエデの顔を見上げる。

 

 「何よ」

 「言ったでしょう。不本意だと。わたくしの騎士道精神に反する作戦であった為に、この情報をお伝えしておきます」

 

 言うと剣士の怪人は跳ね起きると、黒井ヒトミの姿に変身し、窓へと走り出す。

 

 「動けないんじゃ無かったのか!?」

 「またお会いしましょう、ヘヴンホワイティネス。そして佐久間ギンジ。わたくしは貴方の優しさを覚えておきますよ」

 

 剣士の怪人の軽いフットワークに驚き、カエデもレンも追いかけるのが遅れる。

 

 「ああ、それと・・・」

 

 飛び出す直前、剣士の怪人はギンジの方へ振り返り、そして順番にカエデとレンとミドリコを視界に入れる。

 

 「我らがドクターは、貴方の為ならばこの街でさえ破壊すると意気込んでおります。ご注意を」

 

 その言葉を最後に剣士の怪人は、ボロボロの校舎から飛び降りる。

 

 飛び降りた先で剣士の怪人は、振り向きながらギンジの事を思い出す。

 

 「くっふっふ・・・佐久間ギンジ・・・ドクターが言う、彼の可愛いさ。なんだかよく解るような気がしますね」

 

 一先ずの自分の役目を果たした。戦いには敗北したが、あとはミヤコ達が上手く事をすすめるはずだ。

 

 「さて、湾岸エリアだってよ。お前ら行けるか?」

 

 ギンジの問いかけにカエデとレンは頷く。ここまで疲弊していても、彼女達に退く選択肢はない。こうしている今でも、トモカや学校関係者はひどい目に合わされているかも知れない。

 

 もしそうなっていたら、カエデは3月9日のアモーレ襲撃の日を思い出しながら、トモカを助けられなかった時の事を思い出してしまった。

 

 後悔と苦痛が心を締め付ける。

 

 それはレンもミドリコも同じ気持ちで、一刻も早く助け出したい。

 

 「でも、その前に、ギンジは、何を知っているの?」

 「広範囲洗脳マシン・・・とか言っていたわよね?」

 「それを使うとどうなるのだ」

 

 女性三人からの質問責めにギンジは少し身動ぐ。

 

 「ドクターミヤコっていう、怪人とか兵器を造る専門の大幹部がいるんだ。そいつは・・・信じがたいんだけど、俺の命を助けてくれた、恩人なんだわ」

 

 ギンジは恩人を裏切ってまでヘヴンホワイティネスへの協力をするということ、ここに来るまでに、自分の身に何があったのかを説明していく。

 

 流石に転生したとか話しても信じては貰えないだろうから、そこだけは省いて説明する。

 

 未来を知っている事も関しても、今日のこの事件についてはイベントとしての知識が無いため、対策が無い。

 

 ここまで戦っているのに、通学路付近で騒ぎが起こらないのは、おそらく洗脳マシンで常識を変えられたからだろう。

 

 「問題はどうやってその洗脳マシンをぶっ壊すか、だな」

 「・・・そのあんたの話を聞いて、あたしが全部信じると思う?」

 「別に全部信用しなくてもいいさ」

 

 相変わらずカエデは、ギンジへの当たりが強い。

 

 「お友達を助けられるなら、話の全部は信用しなくてもいいさ。だけど、仲間だとは思わなくていいし、友達みたいに仲良くならなくたっていいさ」

 「ギンジ・・・」

 

 ミドリコは少なくとも、ギンジの人間らしさを知っている。他人の為に涙を流し、女性に手を出さない精神から彼を仲間と認めても良いと思っている。

 

 「だからそのかわり・・・俺を信じろ!!」

 「・・・」

 「言ってることが、カエデと同じぐらい、めちゃくちゃ。ふふ」

 

 ギンジの言ってる事がつい可笑しくなって、レンは微笑を浮かべる。

 

 「必ず!お前達の味方としてお友達助けるぜ」

 「あんたが言うことじゃないの。バカなんだから」

 

 ほんの少しだけ、カエデの口元が嬉しくて緩んだことをレンは見逃さなかった。

 

 (・・・きっと、カエデもあと少し、だね)

 

 四人がそれぞれ笑い合うと、学校を後にする。

 

 「なぁ、学校、どうするんだ、こんなボロボロで」

 「・・・財閥がどうにかするわ」

 「ワオ。財閥ってスゲー」

 

 正義の志を持った四人の戦士は、日が沈みいよいよ夜になろうとする街を後にする。

 

 さらなる戦いが待ち受けるであろう、湾岸エリアへと足を進めるのであった。

 

 

 

続く

 

 




お疲れ様です。アトラクションです。

次回で四話構成のお話が終わります。長いような速いような。

で、次回だけはめちゃくちゃ話が長くなりそうです。具体的にはバーナーの怪人とリコニスの戦いの時と同じぐらい長いです。でも頑張って書きますので、応援や感想をいただければ幸いです

キャラネタ書きます・テーマは子供の頃の夢

佐久間ギンジ
もっとおともだちを、ふやしたい

神宮カエデ
正義のヒーロー

宮寺レン
ヘルブラッククロスの殲滅

甘白ミドリコ
パパのお嫁さん

ドクターミヤコ
夢なんてない

リコニス
自分が楽しく生きていければそれでいい

小町サクラ
ママみたいなかわいい人をめざします

熊沢レイナ
おじいちゃんと結婚する

角倉ケイタ
全ての国のおんなの人と結婚する

次回も頑張って書きます!アトラクションでした!


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12・湾岸エリアの激戦

お疲れ様です。アトラクションです。
今回のお話で、四話構成のお話は終わりです。
過去最高の長さになったので、適度に休憩を挟んでお楽しみください。




 ギンジ達が通学路や学校で戦っている頃、角倉ケイタは一人で湾岸エリアまで足を運んでいた。

 

 貨物船が着き、様々な商品や人の出入りがあるこの場所で、ケイタは隠れる事無く真ん中を歩いている。

 

 (何かあったのかな・・・)

 

 辺りを見渡せば、確実に誰か居るはずなのに、この時間帯、この場所に人の気配が一切しない。

 

 普通ならただの学生が立ち入りする事は、特別な事情が無い無い限りは入れてもらえない。

 

 だというのに検問所には人が居なく、警備員も、屈強な船乗りでさえ誰一人居ないのだ。

 

 「ここで間違いないのかな・・・」

 

 不気味にも思えるこの状況にケイタは一人、船が止まっている漁港の近くを歩いている。

 

 夕日が海面を照らして綺麗な光を反射させるが、それすらも不気味に思えるケイタに近づく影があった。

 

 「な〜にが間違いないのかな〜?」

 「え・・・?」

 

 ケイタの背後から女性の声がした。それに驚き身動きが出来ずに頭に鈍痛が走り、ケイタは気を失う。

 

 「・・・、君、は・・・」

 

 気を失う瞬間、一瞬だけだが、ケイタは自分を殴ったであろう女性の顔を見る。

 

 その表情は悪魔の様に恐ろしい笑みを浮かべて、倒れゆくケイタを見下ろす女性の顔があった。

 

 (・・・間違い、なかった)

 

 それを本当に面白そうに見下す女性、リコニスは倒れたケイタに踏みつけを行う。

 

 「さ〜て、起きても動けないようにしなきゃね〜?」

 

 やはりただの人間では、リコニスの一撃を耐えることは不可能だ。

 

 戦えない者と情報のやり取りをする事をリコニスは好まない。

 

 「それじゃあ、おやすみ〜ケイタちゃん」

 

 弱い者はこうやれば直ぐに黙ってくれるからイジメがいがない。だから気絶させて、踏みつけた。

 

 「さて、コレってミヤコの情報にあった、ヘヴンホワイティネスの協力者、とかよね・・・」

 

 ケイタの首根っこを捕まえると、肩に担ぎ上げる。その際黄金のショルダーがケイタの腹に押し込まれるが、わざとだろう。

 

 リコニスはケイタを連れて、湾岸倉庫の中枢へと向かう。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 夜。ギンジ、カエデ、レン、ミドリコは繁華街で軽食を終えると、直ぐに湾岸エリアに向かっていた。

 

 あれからレンは何度もケイタに連絡を取ろうとするも、一向につながらない。メッセージにも既読がつかず、レンは不安を隠せないでいた。

 

 不安を隠せずに、前を向いて歩く事にも集中できていないレンにカエデが耳打ちする。

 

 「レン、心配なら、ケイタの家に行っても・・・」

 「それは、駄目。大丈夫、ケイタは確実に、私が家まで、届けた」

 

 それだけは間違いない。だからケイタと連絡が取れないのは、きっと今食事中か、勉強に集中しているだけだ、とレンは心に言い聞かせて、再び前を見てあるき出す。

 

 「あぅ・・・ケイタ・・・」

 「心配なら行ってきなさいな。あんたいつまでそうするつもりよ」

 「でも・・・」

 「肝心な所で優柔不断になるのは、よくないぞレン。私は今の君がちゃんと戦えるか心配になるよ」

 

 ギンジの半歩後ろで三人の女性の会話を聞きながら、うんうんと首を縦にふるギンジ。

 

 「ま、恋してたらしょーがねーよな!その気持ち、このギンジ・サクマよくわかるぜ」

 「別にあんたの意見は聞いてないわよ」

 「っというか、レン、ケイタ君に恋してたのか!?」

 「ミドリコ先生、恋する少女ってのは、いいもんだな」

 「うるさいぞ佐久間ギンジ。・・・詳しく聴かせて!そして、私の恋にも活かせるように」

 

 繁華街を抜けて湾岸エリアへと続く国道を歩きながら、レンの恋の話で盛り上がる。

 

 (この、心配になるという感情が、恋・・・?)

 

 また過去の知識を得たレンは、この後恋の感情によって強くなるのだが、それはまた別のお話。

 

 「見えたぞ」

 

 ギンジが指差す方向は、湾岸エリア。タンカー船や、貨物船、輸送船や豪華客船などが沢山並ぶ、夜景にも最適な場所を指差す。

 

 かつてギンジも怪人になりたての頃に、ここで略奪の任務で襲撃したこともある。

 

 湾岸エリアと繁華街を繋ぐ国道橋で、四人は息を呑む。

 

 今日は全員戦いっぱなしになる。

 

 カエデとレンは剣士の怪人という強敵と。

 

 ギンジとミドリコはヘルブラッククロスの戦闘員と、鎧の怪人と。

 

 そして何が控えているか解らない湾岸エリアで、未知の強敵が現れる可能性がある。

 

 「よし、休憩するぞ」

 

 ギンジが素頓狂な事を言い出す。

 

 それには流石に三人は怪訝な表情になる。

 

 カエデに至ってはキレそうだ。だがギンジはそんな三人の体調を考えての発言だった。

 

 「夜は怪人も活発になる時間帯だ。今ここで疲弊してるカエデとレンじゃ、最初は良くても後々体力も低下してまともに戦えなくなるぞ」

 「もっともな意見だが、私達にはあまり悠長にもしていられないんじゃないか?」

 

 ミドリコが拳銃の残弾数を確認しながら、ギンジをチラリと見る。視線は常に周りを警戒している。

 

 「カエデ、今何時だ?」

 

 ギンジの問いかけに「今は21時を超えたところね」とカエデが言うと、ギンジはニヤリと笑う。

 

 「さっきも言ったけど、夜は怪人が強くなる。剣士の怪人の言うとおりなら、犬の怪人もいるっぽいし、油断はできない」

 「じゃあ、どうするの?」

 

 横からレンがギンジにぴょんと飛びながら顔を覗かせる。

 

 「決まってるじゃないか。夜明けを狙う」

 

 朝ならば怪人が一番パワーダウンする時間帯となる。それを知っているギンジは、三人に説明すると妙に納得してくれる。

 

 「でもアンタも怪人なんだから、パワーダウンするんじゃなくて?」

 「俺はどうだろう。あんまりパワーダウンしている様な感じはないんだよな」

 「でもギンジの言うとおりかも知れないな。少し休憩するのはアリかも知れない。だけど、どこで休むんだ?」

 

 ミドリコが夜の国道橋で次々と銃の整備を行う。

 

 「んー確かに、このまま外で野ざらしで寝るのは良くないよな。美人さんが3人もいるわけだし?」

 「美人って・・・」

 「う、う、う、う、嬉しくはないぞ!」

 

 カエデとミドリコが顔を赤くしながら動揺している。それをレンは冷ややかな目でギンジを睨む。

 

 「ケイタ君よりも先に、言われた・・・」

 

 落ち込むレンは置いといて、ギンジは近くに路駐してある車の扉を引っぺがして開ける。

 

 「オラ、寝床、発見したぜ。今日はここで寝よう」

 「アンタそれ犯罪よ!何考えてるのよ、このバカ!バーカ!超バカギンジ!」

 「これは流石に見過ごせないぞギンジ・・・」

 「いーんだよ。こんなオンボロ路駐車、誰も使ってねーだろ」

 

 確かに見た目はボロいのだが、それでも誰かの乗り物。国道橋に路駐するなんて事はありえない筈だから、きっと誰かがまだ乗っていたはずだ。

 

 それでもお構いなしにギンジは車へ三人を連れ込むと、ドアを車体にねじ込ませると、力任せに歪ませて閉める。

 

 「ギンジは中に入らないの?」

 「ああ、俺はいいよ。見張り役が必要だろ?」

 

 ボンネットに座り、車体がギシリと揺れる。

 

 「この季節なら夜が開けるのは、多分4時後半か、5時前後、ってとこかな。ホラ、寝とけよ」

 

 車内には三人の女性がそれぞれ寝やすい体制で休みに入る。

 

 カエデとレンは想像以上に疲れていたのか、直ぐに睡眠を謳歌する。

 

 ミドリコは運転席で腕を組みながら、目を閉じる。

 

 「さて、行くか」

 

 三人が寝るのを確認するとギンジは、ボンネットから静かに降りる。

 

 国道橋の鉄骨にコウモリの力で飛び乗ると、湾岸エリアを見渡す。

 

 「さて、どこが攻めるのにはいいのかな〜」

 

 遠目から見ても湾岸エリアは人を隠すのとか、マシンを運び出すのには最適な広さだろう。

 

 どこを見ても侵入は容易だろう。この国道橋や、他の自動車搬入口、社員や客が出入りできる陸路。

 

 どこから侵入しても攻撃するのであれば、不意打ちになることは間違いない。

 

 手当たり次第に攻撃するのは無しだが、先ずは何処に一般市民が拉致されているのか、そこを絞らないと行けない。

 

 次に敵の数だ。この作戦にドクターミヤコが一枚噛んでいるなら、怪人は少なくとも2体。そのうち一体は犬の怪人。

 

 「もう一人は誰だろうな。オーク怪人か、紐のやつか、海が近いからタコかもしれねーな。流石に俺の知らない怪人をもう一体、なんて事はないだろうしな」

 

 ゲームにおける知識を考えながら、怪人が出てきた時の対策を考慮する。

 

 後は戦闘員がどのぐらい控えてるのか、そこだよな。 

 

 鉄骨の上で風に煽られながら、ギンジは夜空を見上げる。

 

 「ここも・・・運命の日なのかな」

 

 ゲームの展開に無いこのイベントにもなにか意味があるのかも知れない。イレギュラーな展開をどうにか乗り越えないと行けない。

 

 「あー・・・俺にも転生のチート能力が欲っすぃー」

 

 怪人になっているのがチート能力なのかも知れないが、ギンジは今の現状にかなり頭を悩ませて行く。

 

 この先どうしたらいいのか、この先どうやったらヘヴンホワイティネスが敗けないで戦い続けられるのか。

 

 「ま、やるしかないからな・・・」

 

 屈伸運動を行い、再び車の所へ戻る。

 

 まだ夜が開けるまでは時間がかかる。ギンジはこの後一睡もしないで見張りを続けては、湾岸エリアを視察しに飛び、を繰り返すのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「マジカル、マジカルるんるんるーん」

 

 鼻歌とうろ覚えの歌詞を歌いながら、サクラは度固化市の上空を飛び回っていた。

 

 最近はマージ・ジゴックとの戦いも終わり、残党も倒した。

 

 そして素敵な協力者も得たサクラは毎日登校前の、早朝パトロールを行っていた。

 

 「まほーの杖でぶんぶんぶーん」

 

 夜明けの風は気持ちが良い。この風を浴びることはサクラが魔法少女としての楽しみのひとつだ。

 

 サクラは日差しが照らし、影を伸ばす建物が好きだ。空からこの影の動きを眺めるのが好きでたまらない。

 

 「あれは・・・」

 

 そんな中、一人の男性を見つける。

 

 金髪にオールバック、そしてツーブロックのヘアスタイル。

 

 知る人が見れば、あれは佐久間ギンジであるというのが直ぐに解る。

 

 そんなギンジが国道橋の鉄骨の上で何をしているのだろうか。

 

 何やら頭を抱えては、鉄骨を踏みつけたり、何かぶつぶつ喋っている様だが、今のサクラは特に問題なしと見えた。

 

 連絡先をあげたのに連絡してくれないのが気にかかるが、今はパトロールを優先とする。

 

 「ギ、ギ、ギー、ギーンジー、佐久間ーギンージー」

 

 変なリズムで歌を即興で造る。

 

 あまり出来の良くない歌で、サクラは苦笑する。

 

 「さーて、悪の組織が悪さしないように、パトロール!っと!」

 

 この1時間後にサクラは中央度固化の学校が崩れている事を知り、急いでギンジ達に事情を聞きに来ることをサクラはまだ知らない。

 

 ギンジはと言うと鉄骨の上から橋に降り立ち、近くの輸入品の食料倉庫から皆の朝ごはんを持ってくる。どうせ人が居ないのだから何をとってもバレはしないだろう。

 

 「うーむ。スパムミートって加熱したほうがいいのかな?」

 

 手に持った缶詰の肉は英語表記で何がなんだかよく解らない。

 

 「何してんのよバカギンジ」

 「くぁwせdrftgyふじこlp」

 

 急に後ろから話かけられ、驚きのあまり声にならない声で手に持った缶詰を放り投げる。

 

 それをうまい形にキャッチし、カエデはギンジに投げ渡す。

 

 「あんた車の次は缶詰?」

 「いや違うんよ。これは皆の朝ごはんをだね」

 「あんたあたし達に泥棒の共犯にさせる気!?」

 「違うって!」

 

 カエデとギンジのやり取りはいつもこういう感じだ。

 

 時間は4字時をまわる頃。まだ街の方は暗い。だがこの湾岸エリアからは夜明けの朝日が、国道橋を照らし始め、眩しくも美しい光景が二人の視界に広がる。

 

 「眠れたか?」

 

 結局あれからギンジは一睡もしていない。

 

 「ん、まぁまぁね。あんたこそ寝てないの?」

 「まぁな。色々考えちまってな」

 

 その色々の内容が気になるカエデだが、今は気にしないこととする。

 

 お茶のボトルを開けるとギンジはカエデから明るく照らされる湾岸エリアの方に視線を向ける。

 

 その表情は疲れてるとも、何かを思い詰めているともとれる。

 

 横顔を見ながらカエデはギンジに話しかける。

 

 「ねぇ」

 「ん?なんだ」

 

 視線を変えずにギンジは返事をする。

 

 「・・・話したくないならいいんだけど、あんたって何者なの」

 「・・・何者、か」

 

 答えに詰まる。今この状況における説明はちゃんと出来るのだろうか。

 

 自分が何者か。生きた屍であったギンジの表情は、虚ろなモノになっている。

 

 「・・・今は、まだ言わなくていいかな。まだ、その、上手く説明が出来ない」

 

 自信が無さそうなギンジの声音にカエデは鼻を鳴らす。

 

 「そ。ならいいけど。じゃぁ、この湾岸エリアの戦いが終わったら聴かせてくれないかしら?」

 

 腕を組みながらギンジの真横に詰めより、その行動でギンジもカエデの顔を見る。

 

 カエデの瞳は綺麗に黒い。健康的な顔立ち、整った容姿、薄めプラチナブロンド。そして朝日が照らす後光に思わず、天使の様な雰囲気を醸し出していると思ってしまう。

 

 神宮カエデはギンジにとって〈大好きな人達〉の一人だ。この子を守りたい。その一心で今日までギンジは戦ってきた。

 

 ギンジの眼球は黒く、赤い瞳。おおよそ人間とは思えないその目に、カエデはただじっと見つめてしまう。見ていると吸い込まれそうな気持ちに、鼓動が早まる。

 

 ギンジの背にはまだ暗い街。闇が晴れていく様に見えるその姿にどこか、自分達の闇をも振り払ってくれそうな、希望を持っている様にも思える。

 

 「ねぇ、ギンジ」

 

 静かに、お互いを見つめ合いながら、カエデは声を出す。

 

 「必ず、勝つわよ・・・」

 「当たり前だ。俺を信じろよ。必ず、お前たちを勝たせる」

 

 二人は、車に戻る。

 

 朝日は大きく広がり二人の背に暖かく、背中を押してもらえる様な気持ちになった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 あれから20分程経っただろうか。

 

 全員起床し、軽く運動をしてギンジの持ってきた缶詰等で食事を行う。

 

 今の時間は5時を回る頃。朝日も強くなり、湾岸エリアは活気づく時間帯。

 

 その筈なのだが、人の気配が無いに等しい。

 

 車も動かず、人も来ず。明らかな異常。

 

 「寝心地悪くて、あまり気持ちよくは、眠れなかった」

 

 昨日の戦いの疲労も抜けきらないレンとカエデは、眠そうに缶詰の朝食を食べる。

 

 「今直ぐシャワーを浴びたいわね・・・」

 

 5月とはいえ暑い。汗もかいているし、戦闘も長かった。疲労の色が強いカエデとレンは、今日まともに戦えるのか不安になってくる。

 

 「ケイタと、連絡、まだ取れない」

 

 レンがスマホを見ると、ケイタの既読がまだ着いていない事に気づく。

 

 「通話も通らないとなると、流石に不安になるな」

 「でも、今考えてもしかたが、ないのかな・・・」

 

 ミドリコを見ながらレンが更に不安そうな顔をする。

 

 嫌な予感がする。そういった心境なのかも知れない。

 

 「これが終わったらケイタの家に皆で行こうぜ」

 「うん・・・」

 

 不安を拭える訳ではないがギンジの一言で少しだけ、本当に少しだけ勇気付けられる。

 

 「で、見張りをしていた事で気づいた事があるんだけどいいか?」

 

 車の周辺でカエデとレンが変身し、ミドリコは銃器の装備を始める。

 

 その三人の前でギンジがブリーフィングを始める。

 

 「先ず、奴らがどこに潜伏してるのか解らない。敵の数もずっと見えなかった。そこで作戦としては、先ずミドリコは一般市民がどこにいるのかをスコープで探してもらう。そんでちくいち情報をカエデとレンに送ってくれ」

 「了解した」

 「建物の屋上とかから視察してくれると助かるな。ああ、俺が屋上まで送るから安心してくれ」 

    

 ミドリコが頷くとライフルを背負い、拳銃のセット、アーミーナイフを足と腰に各二本の装備を終える。

 

 「そして、カエデとレンは二人一緒に行動。この国道橋からしばらくは俺と直進。この国道橋を中心線として、湾岸エリア中央まで来たら右に進んで貰う」

 「で、あんたは左ってことね」

 「そうだな。俺はお前らと通信する手段が今の所無いから、何かあったら火柱を立てる」

 

 両手の骨をバキバキと鳴らしながら、ギンジはカエデとレンを見る。今の二人のスーツが微妙に変わっている事に気づく。

 

 「何よ」

 「いや、スーツ、進化でもしたのか?」

 「なんか変だけど、天使の羽みたいなのがついて可愛いでしょ」

 

 カエデは胸に、レンは腰の左右に白い羽のレリーフが入ったボディスーツに変化している。

 

 「雷を上に出したりしたら、俺が戦闘に入ったとでも思ってくれ」

 「炎と、雷?どんどん人間離れしてる・・・」

 「でも俺は人間だぜ!レン!」

 

 親指を突き立ててキメ顔するも、カエデに睨まれたので話を元に戻す。

 

 「で、ミドリコは異常が無いことを確認したら、移動。湾岸エリアまで侵入して一般市民をカエデ達と一緒に探して欲しい」

 「あんたは左に進んだらどうすんのよ」

 「俺も同じく一般市民を探すが、そっちは二番目だな。第一の目標としては広範囲洗脳マシンをぶっ壊す。お前らも見つけ次第ぶっ壊せ」

 

 ギンジの鋭い目つきで三人の背筋に気合が入る。

 

 「それじゃあ、行くか・・・」

 

 四人は湾岸エリアに進む為に足を進める。

 

 この街で起こっている洗脳、一般市民の誘拐。それを止めねば、きっとヘヴンホワイティネスにもギンジにも未来は無くなる。

 

 何が来ても全力で倒す。

 

 そして日常を取り戻す。友達も取り返す。悪を根絶やしにする。

 

 (さーて、マジで頑張らねーと) 

 (待っててトモカ。必ず助けるから)

 (・・・ヘルブラッククロスさえ居なければ・・・)

 (私がどこまで力になれるか・・・)

 

 四人の思いは一度虚空の彼方へと捨て去る。

 

 「行くぞ!」

 

 鬨の声とも言うべきギンジの一声で、正義は悪の潜む湾岸エリアへ駆け出す。

 

 作戦通りミドリコは建物の屋上へとギンジに送ってもらい、そのままギンジはカエデ達の走る道へと降りて後方を歩く。

 

 「あんた空まで飛べる様になったのね」

 「今度一緒に飛ぼうぜ」

 「あんたとはごめんよ」

 

 軽口を叩きあいながらも湾岸エリアの中央へと突き進む。

 

 開けた通りに出ると、フォークリフトや車、荷物を運搬する台車などが散乱しており、先にここが襲撃されたことがハッキリと解るような状況に、カエデは硬唾を飲む。

 

 右を見渡せば、倉庫やお店が立ち並ぶ商業エリア。

 

 左を見渡せば、同じ様に倉庫と海上コンテナを積み上げた倉庫エリア。

 

 「さて、予定通りだ。俺はあっち、お前らはあっちだぜ」

 「任せなさい」

 

 ギンジとカエデ、レンが左右に分かれると、国道橋近くの屋上からはミドリコがカエデ達をスコープで彼女達の周辺を警戒する。

 

 「行こう、カエデ」

 「ええ!」

 

 カエデとレンは先ずは商業エリアを走り抜ける。

 

 「ミドリコ、何か反応はある?」

 

 ミドリコの手元には生体反応などが解るレーダーがある。

 

 それで今まで怪人の立ち位置が解る。

 

 「そっちに生体反応複数だ。でも、変だな・・・」

 

 レーダーの指し示す位置には確かに複数の生命体反応がある。

 

 奥の方に写っているのは間違いない。

 

 しかしカエデ達二人の反応と複数の反応の間に、もう二人の反応が見て取れていた。

 

 「それに・・・怪人反応・・・?」

 

 何かが妙だ。紫色の怪人反応はカエデやレン、ギンジよりも中心の位置に近い。

 

 「ミドリコ、あたし達は屋内に入るわよ。気をつけて!」

 「ああ。怪しい、と言っていいのか解らないが、2つの生命反応がある。怪人じゃないが、警戒してくれ」

 「解った!」

 

 再びレーダーに目をやると怪人反応が中心より、下の方に移動している。

 

 「・・・」

 

 少し考える。

 

 この怪人反応はどこから来ているのか。そして、妙な感じ。

 

 「まさか」

 

 ハッとしたミドリコの背後に鋭く尖った何かが飛んでくる。

 

 それは明確な殺意を持っており、元軍人のミドリコは気づくのが早かった。

 

 その尖った物はハートの形をした矢の形をしたモノ。身を転がしてミドリコが避けると、屋上のコンクリートがハートの形に抉れる。

 

 「なるほど、この怪人反応・・・」

 

 レーダーに写っていた、カエデ達より離れた怪人反応の正体。

 

 それはカエデとレンやギンジを狙った者ではなく、ミドリコを先に狙ってきた。

 

 テカテカに光るキャットスーツに、黒い羽と黒いハート形をした尻尾。サラサラな茶髪にコテコテのデコネイル。

 

 脚を組みながらその怪人は浮遊し、ミドリコを見下ろす。

 

 「今の避けるなんてすごいぢゃん。ちょっとイジメがいがあるかも」

 「貴様か・・・」

 

 ミドリコは怪人とはまともに戦えない。肉弾戦になったら不利だ。

 

 「あーしサキュバスの怪人。しくよろー」

 

 ピースサインを右目にかぶせる様に挨拶すると、サキュバスの怪人はぺろりと舌なめずりをする。

 

 「せめて足掻いてみせよう」

 

 二丁拳銃を構えると、ミドリコはサキュバスの怪人と戦わざると得ない状況になった。

 

〜国道橋の戦い〜

 天白ミドリコ

   vs

 サキュバスの怪人

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「カエデ、ミドリコと連絡が、取れなくなった」

 「でも今更戻れないわ」

 

 二人して不安になるがそれを今は押隠す。

 

 ここで振り返っては、突入した意味がない。

 

 二人の正面には重たそうな鉄の扉がある。

 

 ここまで真っ直ぐ進んできた二人は、お店の裏に固まる倉庫エリアまで来ていた。目の前の扉を開けると、ゆっくり隠れる様に進もうと思ったが、その扉の奥は倉庫と言うにはあまりにも殺風景な光景が広がっていた。

 

 日差しによってホコリが舞うのを視認できるその広い空間では、ヘヴンホワイティネスの他に、積み上げられた海上コンテナの上に、二人の少女が座ってカエデとレンを見下ろしていた。

 

 黒いボディスーツに赤い十字架のマーク。胸には黒い眼球の刺繍が施された制服に、カエデとレンはあの二人の少女が一般市民ではない事を確認できる。

 

 「わ、本当に来たヨ。お姉ちゃン」

 「フッ、まぁ、概ね予想通りね」

 

 語尾が変なイントネーションの少女と、鼻で笑う少女。

 

 「何よあんた達」

 「敵なら、倒す・・・」

 

 カエデとレンは戦闘態勢に入る。

 

 「初めましてヘヴンホワイティネスさン。ワタシ達はハーフムーンって言うノ」

 「フッ、昨日は剣士の怪人がお世話になったそうね」

 

 左右に座る戦闘員とはまた違う様な制服を着る彼女らが、只者ではない事をカエデもレンも理解していた。

 

 「フッ、ワタシはニュームーン」

 「ワタシはフルムーん」

 

 双子の少女がコンテナから飛び降りると、ニュームーンはレーザーで形成された剣を取り出す。

 

 対するフルムーンは両腕に爪を、両足に毒針を展開させてヘヴンホワイティネスに向き直る。

 

 息ピッタリな行動に、カエデもレンもビーム剣、ガントレットを構える。

 

 「フッ、あなた達が探しているであろう一般市民はこの先にいるわ。会えやしないけどね」

 「ヘルブラッククロスの精鋭、ハーフムーンであるワタシ達がヘヴンホワイティネスを倒しちゃうからネ」

 「舐められたモノね・・・」

 「どっちにしても、倒す。私には合わないと、いけない人がいる」

 

 カエデは退かない意思を持って、闘志が沸き立つ。

 

 レンも同じ様に退くつもりは無い。

 

 『覚悟しなさい、ヘヴンホワイティネス!』

 「覚悟ならとっくに!」

 「してる!」

 

 四人の少女が広い倉庫内部での交戦が始まる。

 

 〜湾岸倉庫の戦い〜

 

ヘヴンホワイティネス

    vs

  ハーフムーン

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ギンジ達の突入から40分程経った頃、湾岸エリアに複数箇所ある管理室の中でもひときわ大きく清潔感のある場所に、リコニスと犬の怪人、その隣には洗脳マシンが置いてある。

 

 洗脳装置のある一部屋でリコニスがモニターを見つめて、笑みを浮かべる。そこに写るのは特殊部隊と、サキュバスの怪人が戦闘を始めようとしていた。

 

 ここまでやってきたヘヴンホワイティネス達を、待ち伏せ、襲撃したのはこのモニターで侵入を確認していたからだ。

 

 「始めたわね〜・・・」

 「チワワ、お前嫌い。なんか臭そう」

 

 リコニスがソファにだらけながら、その隣では犬の怪人がリコニスに悪態をついていた。

 

 「さて、あっち三人に侵入者は任せて、私も出ようかな〜」

 

 三日月の口を開き、リコニスが手元の刀を取ると管理室を出ようと歩き出す。

 

 「駄目だ。チワワは言われている。お前をこの作戦で暴れさせてはいけないと」

 

 筋肉をピクピクと動かしながら、犬の怪人はリコニスの前に立ちはだかる。その筋肉の鼓動は今直ぐリコニスをぶっ飛ばしておきたい、という警戒と敵意が混じった威圧を感じさせた。

 

 「一応私、大幹部なんだけど?邪魔しないでくれるかしら。壊しちゃうよ」

 「それで満足するならチワワはいつでも受けて立つ」

 

 怪人の中でもひときわ防御力が高い犬の怪人は、リコニスの攻撃にも耐えられるとミヤコのお墨付きでここにリコニスの監視を指示されていた。

 

 「んもーそんなに睨んだらリコニスちゃん泣いちゃうよー?えーん」

 「ウソなきは良くない。チワワそれを知っている、女の武器というやつ。やっぱりお前臭い」

 「いちいち失礼なのよお前!」

 

 一色即発になりそうな雰囲気だが、隣の部屋から窓の割れる音がする事で、二人は冷静になる。

 

 「・・・今のは、リコニスの連れてきた人質、か?」

 「あーれま。気絶させて、踏みつけたのにまだ動けるんだ〜しぶといなぁ。ま、次は壊しとこうかな。色々と」

 

 悪意に満ちた台詞でリコニスが言うとチワワが道を開ける。

 

 「人質は逃したら駄目だ、リコニスが追いかけるんだ。チワワももうすぐ洗脳マシンのところに行く」

 「はいはい、解ってるわよ。犬っころの癖にそういうトコは賢いんだから」

 

 嫌味な態度でリコニスが隣の部屋に向かうと、それまで拘束していた人質、角倉ケイタの姿が見えない。

 

 「・・・リコニス、もう一人いるぞ」

 「鼻も効くのね。じゃあ侵入者がもう一人余分に居るわけだ」

 

 窓を開けて下と左右を見渡すが、ケイタの姿は見えない。

 

 「・・・ふ〜ん?」

 

 そのまま外に飛び出ると、壁を蹴って三角跳びの要領で屋上まで飛び出る。

 

 「アハッ、そこにいたんだ?」

 「ゲッ、バレたよ!」

 「うっそ!」

 

 ケイタは見慣れぬ少女と共に杖の様な物にまたがっていた。

 

 「あら?確かお前は・・・紫の報告にあった魔法少女ね?」

 「あちゃー、悪の組織に知られているなんて・・・って、4月はギンジくんに変わってヘルブラッククロスと戦ってたし、とうぜんかな」

 

 その少女はピンク色のフリルとミニスカート、白いハットにハートが二重になったステッキを持っている。

 

 魔法少女サクラ。それが彼女の名前だ。

 

 「ギンジの事知ってるからって協力したのにー!これじゃ絶体絶命じゃないかー!」

 「だーいじょうぶ!私がこんな悪そうな人やっつけてあげるわ!」

 

 今にも泣きそうなケイタはサクラの杖にしがみつく。

 

 しかし、サクラは悪意を放出し続けるリコニスに、目を逸らさない。

 

 「初めまして、魔法少女。私はリコニス・・・その子を、こっちに渡す気はないかしら」

 「無いね。ヘルブラッククロスの人なら私は素直に言うこと聴くつもりもないしね」

 「そ。じゃあめちゃくちゃにぶっ壊してあげるわ!」

 

 黄金の刀を引き抜き、狂気を振りかざす悪魔の如くリコニスはサクラをターゲットにし、走り出す。

 

 「ケイタ君は早く行って!そして好きな人に早く合流してね!」

 「ありがとう、サクラさん!」

 

 ケイタが階段を目指して走り出すと、サクラも魔法を唱え始める。

 

 元々ギンジ達の住む街の学校が、ボロボロになっていることをパトロール中に確認したサクラはその危機を伝えに来たのに、たまたまケイタを発見し、事情を聞いたらこんな有様だという。

 

 そうなればここにギンジが居た事にサクラは合点が行った。

 

 きっとこの街の正義のヒーローもここに来ている筈だ。その者達との交流もかねて首を突っ込んだのだが、今は戦いに突入してしまった。

 

 「やるなら容赦しないから!」

 「それはこっちの台詞よ!魔法少女!」

 

 〜湾岸倉庫管理エリアの戦い〜

    魔法少女サクラ

      vs

    大幹部リコニス

 

・・・・・・・・・・・・

 

 管理棟から飛び出ると、ケイタは急いでここに来た目的を果たそうと、行動を開始する。

 

 おそらくサクラの口ぶりからギンジがここに来ている。

 

 となれば、湾岸エリアにヘヴンホワイティネス、即ちカエデとレン、そしてミドリコも来ているということ。

 

 今の自分では不安で死にそうな気持ちになるが、ケイタに弱音を吐いている暇はない。

 

 気絶しながらも、昨晩リコニスや怪人達の話していた、東倉庫にある洗脳マシンの情報をうっすらと聞こえていた。

 

 (あんまり覚えてないけど、きっと東倉庫なら・・・)

 「あれ、ケイタじゃん」

 「ギンジ!?うおおおギンジいいいい」

 「うおっ!なんだ、オイ!離せコラ」

 

 不安で考え込んでいたケイタをギンジが見つけた。

 

 無事を確認しようと声をかけたのだが、あまりの嬉しさにケイタはギンジの腰に抱きつく。

 

 「離れろコラ!」

 「はふん」

 「キメェ声だすな!!鳥肌立つだろ」

 

 軽めに押すとケイタがキモい声で、ゆらゆらと離れる。

 

 「おめー、レンが連絡取れないって不安がってんぞ」

 「え!?本当!?」

 「ウソついてもしょーがねーだろ。それより、お前ここで何してたんだ」

 

 スマホが無い無いとポケットを探すケイタに、ギンジが問う。

 

 「あ、ああ実は・・・」

 

 ケイタはここに来るまでの経緯を全てギンジに話した。

 

 情報を頼りにレンの力になりたかった事、だが情けない事だが、捕まってしまったこと。

 

 そして魔法少女に助けられて、今に至る。

 

 「え!?サクラもここに来てんの!?」

 「え、ああうん。かわいい子だよね」

 「浮気したらテメェ、去勢すんぞ・・・」

 「しないよ!僕はレンちゃん一筋だい!」

 

 ギンジなりの冗談を本気で捉えて、思わず股間周りがフワッとする。

 

 「で、情報とかなんかあるか?」

 

 ギンジの一言でケイタは思い出す。うっすらとした記憶を。

 

 「え、ええと洗脳マシンが置いてある倉庫があって・・・」

 「お、情報ありとは。やるじゃねーかよケイタ」

 「で、東倉庫ってところなんだけど、その、あの」

 「ハッキリしろよ」

 

 しどろもどろ話していくケイタに、ギンジが足元をタンタンと叩き始める。少し苛立ちがあるのか、それともただのせっかちなのか。

 

 「確かな情報じゃないんだ。気絶しながらうっすら聞いてただけだし・・・」

 

 下を向いてうつむいてしまう。本当なら確かな情報を届けて、皆の役に立ちたかった。

 

 だがギンジはそんなケイタの肩を優しく叩くと、男らしい笑顔を見せる。

 

 「そういう情報があるだけでも十分だぜ、ケイタ。お前、戦えないのによく頑張ったな」

 

 その優しさがケイタの重りの様な感情を、軽くさせ吹き飛ばしてくれる。

 

 「いいか、確かな情報じゃなくても、俺たちの選択肢が増えるんだ」

 「でも、それで無駄足だったらって思うと」

 「気にすんなよ。お前の情報だったら間違いでも正確でも、きっとありがとうってレンは言うと思うぜ。俺もその情報はマジでありがてぇ」

 

 二人は頷きあうと東倉庫のエリアまで進んでいく。

 

 海上コンテナが積み上げられた道を抜け、二人はフォークリフトが綺麗に駐車させられた倉庫の入り口を見つける。

 

 「ここじゃねぇか?」 

 「多分・・・ここまで敵の襲撃が無いのが、不気味だね」

 「何か居るには居るだろうけどな・・・」

 

 ギンジが鉄の扉を蹴破ると、そこには鉄の機材や、海鮮の香りが漂う冷凍の箱が並ぶ広間に出る。

 

 「ケイタ、一旦ここで待ってろ」

 「わ、わかった」

 

 この倉庫に入った瞬間からギンジ達をどこかから見ている者がいる。

 

 おそらくここの守りを命令されている、誰かがいる。人の気配ではないとすると、それは間違いなく怪人。

 

 「屋内に来たからな・・・合図が出せねーや」

 

 舌打ちしながらもギンジはゆっくり進む。

 

 「ギンジ!上!」

 「は?」

 

 ケイタの掛け声に反応し、上を見上げると海上コンテナが落ちてくる。

 

 「危ねぇ!!」

 

 急いでその場を離れると、ケイタがギンジに駆寄ろうとする。

 

 しかしその二人の間に、筋骨隆々の怪人が降りてくる。

 

 犬、チワワと同じ顔をした頭部に、ブーメランパンツを履いたナイスバルク。

 

 背筋と腹筋、惚れ惚れするほどの逞しい筋肉。

 

 「ケイタ!離れてろ!」

 「久しぶりだな、ギンジ」

 

 首を鳴らし、マッスルポーズを取りながらギンジに挨拶を行う。

 

 その異様な姿にケイタは、ギンジに言われた通り倉庫から離れる。

 

 「ここにお前がいるって事は洗脳マシンとやらがあるのか?」

 「ある!」

 「素直に言うのかよ・・・」

 「ギンジ、チワワはお前を連れ戻したい。どうか戻ってきてくれないか」

 「・・・悪いな、それだけは出来ない」

 「そうか・・・では、全身の骨を砕いてドクターの下へ連れて行く!」

 

 両腕を上げるマッスルポージングで、ギンジと対面する犬の怪人。

 

 (よりによって俺と戦うのがこいつか・・・)

 

 犬の怪人の防御力はミヤコの造る怪人達の中でも、トップクラス。それだけの硬く暑い筋肉を持ち、パワーも桁外れの怪人。

 

 そしてなにより、素のギンジの能力をチワワは知っている。

 

 「洗脳マシンの所へは行かせないぞ。チワワが絶対守るし、ギンジを連れ戻す!手加減はいらないぞ!」

 「この筋肉バカ犬・・・!」

 

 ギンジにも優しさがある。そして犬の怪人にも思い遣りがある。

 

 ギンジが戻らないと決めた以上、犬の怪人は洗脳マシンの防衛とギンジの奪還を目的とし、この作戦に励んでいる。

 

 「・・・行くぞ、俺の覚悟を見せてやる!」

 「がるるる。本気で行くぞ、ギンジ!」

 

 〜東倉庫の戦い〜

  佐久間ギンジ

   vs

  犬の怪人

 

・・・・・・・・・・・・・ 

 

 国道橋付近の屋上では遮蔽物が少なく、空を飛びながらハートの遠距離攻撃を繰り出してくるサキュバスの怪人に打つ手が少ないと言ったミドリコ。

 

 怪人の作り出す能力においては銃では破壊出来ず、いたずらに弾を消費するだけの現状にミドリコは舌打ちする。

 

 (どこか隠れる場所がないと、これじゃジリ貧だな・・・どうしたものか)

 

 上からの攻撃に避けるのも精一杯だが、頭の中で何かを考える。

 

 反撃の一手を、有効打になる攻撃手段を、そしてミドリコの得意とする、隠れながら一方的に攻撃出来る方法を考える。

 

 今立っている屋上には、建物に入れる入り口が無いタイプの物だ。

 

 貯水タンクがあるが、それだけでは遮蔽物としては機能していない。

 

 「反撃してこないの?アハッ、それじゃあメロメロにしちゃおっか?」

 「女性同士の趣味はないのだが・・・」

 

 会話の間を狙って拳銃をサキュバスの顔をめがけて撃つも、デコネイルで掬うようにミドリコの顔すれすれに弾丸が帰ってくる。

 

 「あ、綺麗な顔だし、あーしといちゃいちゃしない?」

 「ッ、しないと言ってるだろ!」

 「恥ずかしがらなくてもいいぢゃん。そのテンションマジガンサゲ」

 

 今どきの若い人というと適切ではないが、この怪人は昔ミドリコが補導した学生に似ている喋り方をしている。コミュニケーション能力が高く、補導対象に会話の手綱を握られる様な、そんな感覚を思い出す。

 

 怒鳴れば、逆ギレ。優しくすればつけあがる。

 

 でも人の中身の大切さを大切にする。その人種。

 

 ギャル。サキュバスの怪人はギャルだった。

 

 そんなギャルの全てを兼ね備えたこの怪人は、ミドリコに取って非常に会話しづらい、苦手なタイプだ。

 

 おまけに怪人であるがゆえに、攻撃に容赦がない。

 

 「めっちゃ柔らかそうぢゃん、お姉さんの身体」

 「うるさい!」

 

 その発言に怖気が立ち、思わず残り少ない拳銃の弾丸を撃ち尽くす。 

 

 「えーぜったいキモチーよ?あーしと寝たら」

 「断る!」

 

 命の危機より、貞操の危機を感じた。

 

 「ふーん?じゃあー・・・あーしが勝ったら、貰っていい?」

 「・・・何をだ」

 

 一瞬でサキュバスの怪人がミドリコの目の前に移動して、耳元で囁く。ギャル怪人なのに、まるでお風呂上がりの様な香りに思わず心を掴まれそうになる。

 

 「決まってるぢゃん。ハ・ジ・メ・テ♡」

 

 脚に取り付けたアーミーナイフを無言で突き刺す。

 

 キャットスーツから浮き出た形の良い腹筋には刃が当たっても、押して離すぐらいの効果しか無い。

 

 「痛った〜・・・やるぢゃん」

 

 言うとサキュバスの怪人は右手の人刺し指、中指を自分の唇に添えると、わざとらしくキスの音を鳴らす。

 

 唇と指の間に流動する風船みたいなモノが膨れ上がり、やがてハートの形に形成される。

 

 「ラヴ・キャノ〜ン」

 

 ニヤっと艶かしく笑うと、ハートのキャノン砲はミドリコを目掛けて発射される。

 

 「先ずはボロボロにしてあげんよ!」

 

 ハートのキャノン砲がミドリコに当たる直前に、弾けて爆発を起こす。甘い香りが漂うのと同時に足元のコンクリートを砕き、ミドリコは下の階へと落下した。

 

 「痛た・・・まったく、怪人というものはそれぞれ無茶なことばかりするな・・・」

 

 煙で姿が見えない今、拳銃に弾丸を装填し再度戦いの準備を整える。

 

 「よかった〜生きてんぢゃん」

 「覚悟しろサキュバス。ここからは私の独壇場だ!」

 

 屋内についに入る事が出来た。空を飛ぶ怪人を相手にするなら、間違いなくこの建物だろう。

 

 狭い場所なら銃が当てやすい。

 

 そう思っていたミドリコの目に写るのは、先程のハートのキャノン砲。

 

 再びサキュバスの怪人は技を撃ってこようとしていた。

 

 「逃げれるところまで逃げてみる?」

 「・・・では喜んで」

 

 扉を蹴破り、通路を走るとその背後でキャノン砲が爆発する。

 

 建物を壊そうと言わんばかりの勢いに、ミドリコは血の気が引いていく。

 

 「もし命中していたら、私の身体がバラバラになっていたな・・・」

 「ハァ、さっさと敗けを認めちゃえよ〜、ハァ」

 

 更にハートキャノン。階段を飛び降りて事なきを得る。

 

 再びハートキャノン。ヘッドスライディングで避けられた。

 

 何度も打ち込まれるその技の爆風に、追い詰められそうになったり当たらずとも、死を一瞬受け入れてしまいそうな爆発を何度も見ると、流石にメンタルの強いミドリコであっても怖くなってしまう。

 

 「ハァ、ハァ、よけんぢゃねーし、ハァ」

 (撃つたびに消耗しているな・・・パワーダウンの話しは本当の様だ・・・)

 

 一つの勝機を見出す。もし、このまま逃げまわれば、反撃のチャンスが手に入るのではないのだろうか。

 

 そう思ったミドリコはサキュバスの怪人に、攻撃を撃たせつづける。

 

 パワーダウンしているとは言え、殺傷力は確実なモノ。それに当たるわけにはいかない。

 

 (ここは・・・)

 

 ミドリコが降りてきたのは二階。階段の窓から見えるのは、国道橋。目と鼻の距離の先で、この窓からならば飛び出してもそのまま道路に出られそうだ。

 

 (・・・そうだ、閃いた)

 「ハァ、ハァ、あ゛〜・・・マジ腰に来るわ・・・腹ヘリだしさぁ・・・」

 

 おじさんみたいな声を出しながら、サキュバスの怪人がふわふわと降りてくる。

 

 その顔はさっきまでのイキイキとしているギャルの表情ではなく、シワが出始めている。

 

 「クス、さっきの顔の方が、美人だったぞ」

 「うっるさいわ!」

 

 ラヴ・キャノンとやらの技は使えば使うだけ、サキュバスの怪人へ負担が大きいのだろう。

 

 その負担は身体の老化。

 

 「では、私は逃げるとしよう。逃げれるところまで逃げて良いのだろう?」

 

 ミドリコはいたずらに笑うと、窓から飛び出す。

 

 それを階段の上から見ていたサキュバスはとうとう階段を脚を使って追いかける。

 

 「もう、飛ぶ、力も、あと少しだっての・・・」

 

 ヘトヘトの中年の様にサキュバスの怪人は、ミドリコの背中を追いかける。窓を同じ様に飛び出そうと脚をかけると・・・。

 

 「なっ!?」

 「チェック・・・だ!」

 

 サキュバスの怪人の目の前に居るのは、甘白ミドリコ。しかしさっきまでの逃げまわる彼女ではない。

 

 ミドリコのその両手に構えられているのは、対怪人用のロケットランチャー。

 

 国道橋の中央線で、敵意と勝利を確信した顔でミドリコは不敵に微笑む。

 

 そしてその顔と武装を見て、今のサキュバスの怪人は、震えが止まらに。

 

 「逃げれるところまで・・・逃げてよき?」

 「お好きに」

 

 サキュバスの怪人の問にミドリコは目を閉じて答える。

 

 「では鬼ごっこを始めよう」

 

 言うとロケットランチャーを発射する。元軍人の綺麗なフォームで撃たれたロケットランチャーは、窓から逃げようとするサキュバスの怪人が覗く窓に命中し、大爆発を起こす。

 

 「ぎょえええーーーーーまぢありえないんですけどおお」

 「これはおまけだ」

 

 両手を広げると、さらに上空へ手榴弾を何個も飛び交う。

 

 「次はチェックメイト、だ!」

 「覚えてろーーーーまぢゆるさねぇし!!」

 

 片手の拳銃で爆弾の一つを打ち込むとそこから連鎖的に爆発をお越し、建物が本格敵に爆破解体されていく。

 

 これで倒せるとは思っていないが、生き埋めにすることには成功した筈だ。

 

 「・・・一人で怪人に勝ったの、ハ・ジ・メ・テ、かもな」

 

 崩れ行く建物を眺め、ミドリコは湾岸エリアへと進む。朝日はミドリコを優しく迎え入れ、勝利を祝福してくれている様な気持ちにさせてくれた。

 

〜国道橋の戦い〜

甘白ミドリコ

     vs

     サキュバスの怪人

 

勝者・甘白ミドリコ

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 広い倉庫の奥では、なにかがぶつかり合い、強い衝撃音や金属の擦れ合う様な音が学校関係者を始め、攫われた一般市民達は怯えきっていた。

 

 ここに連れてこられ子供を守ろうと、身体が動いてしまった菊沢トモカは、戦闘員にぶん殴られた。

 

 痛かったし、ひょっとしたら奥歯も砕け賭けているのかも知れない。

 

 鎖で拘束された身体が痛い。頬も痛い。心も痛い。

 

 目隠しの布はもう涙を吸い尽くして、重みをましてズレている。  

 

 周りの男性は始めは抵抗していたかも知れない。

 

 もう意思は喪失してしまったのか、誰も動こうとはしない。

 

 怖いからだ。死ぬことが、誰よりも、何よりも。だから誰も動けない、動かない。死にたくないから。

 

 「正義のヒーローだから、あたし達は敗けられないのよ!」

 

 隣から声がする。どこか聞き覚えのある女性の声がしていた。トモカは拘束されたその身体で、ヒーローの存在を知る。

 

 トモカ達一般市民が捉えられている、隣の広い空間では激戦が繰り広げられていた。

 

 ハーフムーンの両月コンビとヘヴンホワイティネスとの激戦が。

 

 「フッ、結構手強いじゃない。剣士の怪人に手酷くやられてたって聞いてた割にやるじゃない」

 

 ニュームーンはカエデと対峙していた。爪と毒針の攻撃は、特殊なスーツによってダメージはあっても効果は望めない。

 

 「さったと退きなさいよ!」

 「フッ、あなたこそ諦めなさいな」

 

 カエデの正義の衝撃とニュームーンの悪の爪の攻撃がぶつかり合う度に、大きな音が反響する。

 

 その一方レンのビーム剣とフルムーンのレーザー剣が、互いに振り回し鍔迫り合いを起こす。

 

 火花が散り、手元を狙い、隙きを見て胴をめがけた攻防をお互い譲らない。

 

 「どうしてこんなに必死なのサ」

 「私達が、この街の、平和を守るって、決めているから!」

 

 このハーフムーンと呼ぶ二人組と、ヘヴンホワイティネスの実力は拮抗している。カエデの格闘術と、ニュームーンの格闘術、レンの剣術とフルムーンの剣術。

 

 おそらくスーツが無く、試合・・・それもスポーツという名目ならばお互い良い勝負が出来たのかもしれない。

 

 だがこの場にいる四人は正義と悪。その志がまともなルールを守って戦うということは先ずありえない。

 

 卑怯でもなんでも勝てば正義。それがヘヴンホワイティネスでもヘルブラッククロスでも同じ事だった。

 

 人数で勝るヘルブラッククロスは、常にヘヴンホワイティネスに有利を取れている。 

 

 それだけでは無く、カエデとレンが二人がかりでようやく倒せる怪人の存在。さらには兵器、今戦っている特殊戦闘員。

 

 全てがヘヴンホワイティネスに取って不利であっても、諦めずに全力で戦ってきた。ここまで来て簡単に諦めるわけにはいかない。

 

 その意思と強さは、両月コンビに不愉快な印象を与えていた。

 

 「フッ、ここでワタシ達と共に戦っていいのかな?悠長にしてたら駄目なんじゃないかしら」

 「一般市民を助けるのもヒーロー様の役目なんだヨ、お姉ちゃン」

 

 二人の声に苛立ちを隠さずにカエデは睨みつける。

 

 「別にあんた達を倒して市民を助けてからでも、間に合うわよ!あたし達には頼れる仲間が後ろにいるんだから!」

 「同意。私達は皆で、目的を持ってきている。ここで貴女達には絶対に敗けない」

 

 この先に起こりうる危機なんて、それが来た時に対処すればいいだけ。

 

 なにせ今のヘヴンホワイティネスには佐久間ギンジという心強い味方がいるからだ。戦闘は自分たちが引き受けて、重要な事はミドリコやギンジに任せればいいのだ。その逆も然りだが。

 

 ヘヴンホワイティネスの諦めないその態度に、両月コンビの顔が逆に苛立つ。

 

 「まだ諦めてないヨ。お姉ちゃン、こいつら絶対潰そゥ」

 「フッ、当たり前よ・・・!」

 「やれるものなら」

 「やってみなさいよ!」

 

 カエデがコンテナを蹴り、ニュームーンへ突っ込む。

 

 ガントレットのギアは2つとなり、より速い高回転で拳の威力が上がっている。

 

 単純なパワーならカエデの方が上。

 

 だが、ニュームーンは軽い身のこなしでカエデの腕を引っ張ると、脚を絡ませて外側に体重を乗せると、床に倒れる。

 

 腕ひしぎ十字硬めを行う。

 

 「フッ、このまま腕一本貰うわよ」

 「このお〜・・・」

 

 フルムーンも同じタイミングでレンと再び激突を開始する。

 

 レーザー剣は突きに特化しており、レンのビーム剣を貫かんばかりの威力を出す。

 

 「ビームアックス!」

 

 形状を変化させ、剣からバトルアックスの形になった武器を振るい、フルムーンの攻撃を弾く。

 

 「レーザーランす!」

 

 同じ様に形状を変化させると、フルムーンの方は槍に変わる。

 

 「てやぁ!」

 「ハァぁ!」

 

 ビームとレーザーが勢い良くぶつかると、弾けた衝撃で火花が散り、閃光が迸る。

 

 「その武器ほしいナ。ドクターへのいいお土産になりそゥ」

 「あげないし、私にしか使えない」

 

 「ダブル!」

 

 レンの掛け声に合わせて、アックスはさらに形状を変える。中心に柄が移動し、それを挟む様に二本のビーム剣が出てくる。

 

 両刃剣、海賊刀、様々な呼び方があるが、レンのこの形状はダブルと呼ばれる。

 

 「貴女が突きなら、私もそれに合わせる。貴女の得意分野で、戦ってあげる」

 

 これは明らかな挑発だ。その挑発を怒り顔で受け取ると、フルムーンは槍を深く構える。

 

 「フッ、そうはいかないよ」

 

 ニュームーンがいきなりレンとニュームーンの間に現れると、レンの背後に周り、首に腕を回すとヘッドロックで締め上げる。

 

 「さすがお姉ちゃン。一気に突き刺す・・・」

 「そう簡単に、行くかっての!」

 

 フルムーンの横からカエデが部ブーストを効かせたドロップキックでフルムーンを壁まで飛ばす。

 

 「油断、した」

 

 レンが己の油断を反省すると、拘束から抜ける。

 

 抜けた勢いで、ビームダブルを振り回しニュームーンを連続で攻撃し、ビームダブルの高速回転は殺傷能力のある扇風機の様に、風を生み出す。

 

 「フッ、何をするのさ」

 「お前も吹き飛ばす」

 

 その風はビーム剣で出す竜巻よりも強く、速い。

 

 カエデみたく技として成立するなら、この技を剣士の怪人に準えてこう名付けよう。

 

 「怪人剣術、改め、ビーム剣術・旋風剣!」

 

 目に見える程の風の束が周り、ニュームーンを包み込んだかと思えば、繰り出される見えない斬撃でフルムーンと同じ場所まで文字通り、吹き飛ばした。

 

 「フッ、腕は壊せないし、相方も強いし、厄介だわ」

 「お姉ちゃン、あいつらなんか強くなイ?」

 

 両月コンビがホコリと風を振り払うと、立ち上がりながらヘヴンホワイティネスへと狙いを定める。

 

 「フッ、あれをやるわよ」

 「オーケい、お姉ちゃン」

 

 レーザー槍の形状を変化させ、ニュームーンの爪にと脚の毒針に纏わせる。

 

 「フッ、これがハーフムーン最強の連携・・・見せてあげる!」

 

 武器を無くしても機敏に動き回れるフルムーンの撹乱しながらのダッシュ。それに合わせて、ニュームーンも同じ様に撹乱していく。

 

 息のあったその攻撃の前動作に、カエデとレンは背中を合わせて警戒する。

 

 「レン、同じ事できる・・・?」

 「・・・今の私達なら、できる」

 

 二人の少女は確信する。これで倒せるか解らないが、それでもやってみる。

 

 「フッ、これで」

 「お前たちハっ!」

 『最後よ!』

 

 二人の敵は撹乱の走りの後に、飛び上がり、中心に立つヘヴンホワイティネス二人へ攻撃を開始する。

 

 「こんなところ、かな」

 「ありがとレン!上出来よ!」

 

 カエデのガントレットとブーツには、レンのビーム剣が纏っている。通常より重くなったが、今のカエデが出せる威力より高い攻撃力を持っていそうだ。

 

 『死ねえぇーーー!』

 「終わるのも、敗けるのも、貴女達・・・」

 

 見上げたレンの瞳には、勝利の2文字が浮かぶモノとなっていた。

 

 その隣でカエデはギアの回転を速め、両月コンビに目掛けて必殺技を解き放つ。

 

 「必殺!ビームインパクト!」

 

 カエデのインパクトの技と同じ物だが、威力は遥かに違っていた。その一撃はレーザーをまとったニュームーンを軽く叩き飛ばし、倉庫の薄張りにされた天井へと激突・・・いや貫通していった。

 

 「お、お姉ちゃ・・・ン???」

 

 何が起こったのか全く解っていない様子で、フルムーンは天井を見上げていた。実の姉は今の一撃でこの倉庫の天井を突き破って、どこかへとぶっ飛ばれていた。

 

 その事実を理解した時、カエデとレンの方向へ向き直るも、もう遅い。次の攻撃の一手が始まっている。

 

 「必殺・・・!」

 「待っ、待っテ・・・!」

 「ビーム・スタンプ!!!」

 

 ブーツにまとわりついたビームで踏みつけているのに、斬っている。そんな一撃がフルムーンの身体に深くめり込み、顔色が悪くなっていく。

 

 「ごめ・・・ドクター・・・おねえ・・・ちゃ」

 

 最後の言葉も言えずに、妹の方も視認できない程の速さで壁まで激突、ではなく貫通していく。

 

 「あたし達の勝利よ!」

 「新しいスーツ、やっぱり強い」

 

 戦闘の空気が引いていくのを感じると、レンのビーム剣が元の形に戻っていく。

 

 二人の連携も厄介なものだったが、勝利を収めたカエデとレンはハイタッチを終えると、一般市民が居るであろう奥の扉へと進む。

 

 『二人とも、無事か!』

 

 通信の声はミドリコの声。

 

 『済まない、怪人に襲われたが、撃退に成功した。カエデとレンは無事か?』

 「こっちは、問題ない。それより、怪人の撃退、すごい」

 「ほんとね。やるじゃないミドリコ」

 

 いつもの三人が戻れた。そんな気分で足取りは軽く、嬉しい気持ちになる。後は正義のヒーローとして、役目を果たす時が来ていた。

 

 「皆さん!助けに来ました!」

 

 カエデがヘヴン1として、扉を開けると、ワッと一般市民からの感謝の喝采が並ぶ。

 

 拘束されている者も救出し、トモカを見つけて鎖を捻じ切って、カエデとレンは胸を撫でおろす気持ちになれた。

 

 「よかった・・・君を助けられて」

 

 カエデとレンは一般市民へ今の街の状況を解る範囲で説明すると、次々とどよめきが大きくなる。

 

 「やっぱり、街の方への洗脳が施されているみたいね・・・」

 「ヘヴン1、急ごう。洗脳マシンを壊そう」

 

 二人が頷きあうと、一般市民へ倉庫に留まる様に注意し、倉庫を出ようとした時、学校関係者や、湾岸エリアで働く従業員達から目一杯の応援と感謝の言葉が送られる。

 

 こういった人たちを守りたいと、この人たちの未来を守りたいとレンは戦っている。その気持ちが素直に嬉しくて、カエデとレンは安全の為に倉庫とエリアの退路確保へと動き出した。

 

     〜湾岸倉庫の戦い〜

ヘヴンホワイティネス

         vs

         ハーフムーン

  

勝者・ヘヴンホワイティネス

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 管理エリアでは、サクラとリコニスの戦いが始まっていた。両者共に正義と悪を持って戦っている者達。

 

 戦っていた悪の組織は違うが、サクラにしてみてもマージ・ジゴックと並ぶ程の巨悪とされているヘルブラッククロスも簡単に見過ごせる様なものではない。

 

 自分の友達が、ギンジが正義の為に戦わなければいけない組織の大幹部がいるならば、サクラとて退くわけには行かない。

 

 「ね〜魔法少女なのに、あんまり強くないんだね?」

 

 戦いが始まったのもつかの間、サクラの攻撃はリコニスに対して効いていない様なものばかりだ。

 

 生身がむき出しになっているのにも関わらず、黄金の肩、脚、腕、そしてこれまた黄金の刀。

 

 サクラの魔法はことごとく潰され、リコニスの攻撃はサクラに命中する度に、激痛が走る。

 

 魔法の力で守られているとはいえ、このリコニスの攻撃はサクラに取って弱点なのかもしれない。

 

 (容赦しないって言ったけど・・・この人強い)

 「報告で聞いてたモノだと、あんたもうちょっと強いって聞いてたけど、そんなモノなの?真面目にやらないとぶっ壊しちゃうよ」

 

 この表情も怖い。実力もある。おまけにサクラの攻撃がまり効いていない。

 

 「で、魔法少女。ひとつ提案なんだけどさ〜」

 「お断りぃー!」

 「はやっ」

 

 サクラは杖で魔法陣を描くと、そこからデフォルメされた様な猫の使い魔を召喚し、リコニスへとけしかける。

 

 「何ぁにぃ〜?こんなネコちゃん。逃げるつもり?」

 

 使い魔達はスパスパと斬られていく。それらを簡単に斬り捨てていくと、サクラを目掛けて足元のネコを蹴り飛ばす。

 

 『ふみぃいい〜』

 「ネコちゃん蹴るなんて!サイテー!」

 

 今のサクラではより強力な魔法を撃つには時間が足りない。レイナかギンジに足止めでもしてもらわないと、にゃんこハンマーや、エクスプロージョンも撃てない。それを無理して撃つなら間違いなく、リコニスに殺される。

 

 (空を飛びながらやったら、魔力なくなっちゃうし・・・)

 

 対するリコニスはこの魔法少女をイジメても、つまらないと思い始めている。まともな攻撃手段があまりダメージもない。

 

 怒っていても、リコニス傷つけない様に戦っていたギンジの方が、まだ戦いがいがある。

 

 (人質逃しちゃったし、こいつぐらいは持ち帰らないと、ミヤコも総統もうるさそうだしねぇ・・・)

 

 リコニスの表情は悪魔のままだが、サクラへの興味は既に無くなっていた。

 

 (どうしよ・・・思っていたより強い・・・)

 

 サクラの攻撃手段ではこれでマージ・ジゴックと渡り合っていた。リコニスはそれを上回る強さだということ。

 

 「それじゃあ、もう壊しちゃうけど良いかな?」

 「一か八か・・・マジカルマジカル〜」

 

 サクラの詠唱が始まると、リコニスが距離を詰めるために地面を蹴って突撃してくる。

 

 「ピンクミサイル!!」

 

 唱えた呪文から繰り出される、ピンク色のミサイルを8発。それを簡単に斬り裂かれるとリコニスの背後で爆発が起こる。

 

 この爆発までは想定内。次の一手で、この戦いを終わらせようとサクラはもう一つの魔法を放つ。

 

 「マジカルマジカル〜タイガーファング!」

 

 ピンク色のトラが現れ、リコニスに襲いかかる。しかし、一瞬で真っ二つにされ、黄金の刀の切っ先がサクラの顔の近くまで突きつける。

 

 「マジックショーは終わり?じゃあ壊してあげる」

 「・・・」

 

 歯が立たない。まさにその言葉が適切。

 

 このままじゃ殺される。そのあまりにも無情な世界に、サクラは悔しい気持ちになるよりも、自分の自信が無くなっていく様な気持ちに、何かを失う様な気分になる。

 

 しかし、リコニスは刃を引っ込める。

 

 「やっぱいいわ。魔法少女、今は見逃してあげる」

 「・・・どうして」

 「なんか、気分が乗らないから。それに今の目的は、ギンジちゃんを見つけてぶっ壊すだけだしね〜」

 

 友達であるギンジがこんな強い人に狙われている。

 

 それならば戦わなくちゃいけない。逃げちゃいけない、逃してもらっては行けない。

 

 かつてのサクラがマージ・ジゴックと戦う時も、こうやって逃げたいという気持ちが強くなって、いっそ本当に逃げ出そうとしてしまおうとした事もあった。

 

 だけど、逃げずに家族や友達の日常を守るために、彼女は強い正義の心で戦ってきた。

 

 それが嫌々でも、自分の使命でも両方持って逃げずに戦って来たのだ。

 

 「悪・・・どんな悪でも、正義の為に、私は逃げない!」

 「あら、なにかやる気になっちゃった?」

 

 サクラの眼に強い意思が宿る。

 

 「マジカルマジカル〜ピンクトルネード!」

 

 次に唱えたのはピンク色の大竜巻。その竜巻をリコニスを狙って発動。

 

 「へぇ〜良い技じゃない」

 

 油断していたのか、リコニスはこの竜巻に飲み込まれ上空へと強い疾風で打ち上げられる。

 

 「ピンクフレイム!ピンクミサイル!」

 

 続いて空中で身動きが取れないであろうリコニスへと、攻撃の魔法を2つ打ち込む。

 

 「ギンジくんに・・・近づくなァ!!」

 

 2つの魔法は混ざり合い、リコニスに直撃する。

 

 (なぁんだ。強いじゃない魔法少女。今日は見逃してあげる)

 

 その魔法と竜巻に吹き飛ばされる様に、リコニスは湾岸エリアの豪華客船の停まる海へと落下していく。

 

 (・・・あのリコニスっていう大幹部、まだ余裕を隠してるの・・・?)

 

 ヘルブラッククロスの強さの一つに、実力の未知数といった物がある。

 

 その未知数の中には、悪の組織を一人で潰したサクラでもなかなか勝てないような巨悪も居るのだろう。今回の場合は大幹部リコニスがそうだ。

 

 「一先ず、ケイタ君とギンジくんに合流しなきゃ」

 

 海から上がってこないリコニスを確認したら、サクラは何かの不安を抱きながらも管理棟の屋上を後にする。

 

 〜湾岸倉庫管理エリアの戦い〜

 魔法少女サクラ

        vs

         大幹部リコニス

 

勝者・魔法少女サクラ・・・?

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 ヘルブラッククロスのアジト、総本部の近くで小さな事故があった。

 

 一匹の子チワワが車に撥ねられて、死にかけているという。

 

 それだけならばただの事故として片付けられる事件だが、場所が悪かった。死にかけで呼吸もままならない小さな犬は、差し伸べられた白衣で隠れた両手に、高い声で鳴いていた。

 

 これが犬の怪人になる前のチワワがドクターによって拾われ、怪人として転生した経緯。ドクターミヤコが命の恩人であるという事は、ギンジと同じ。

 

 聞けば佐久間ギンジも事故がアジトの近くで、事故死しかけていたそうだ。

 

 だから妙に親近感が湧いた。同じ境遇の同じ組織の同胞だと。

 

 そして同じ恩人を持つブラザーだと。

 

 そう本気で思っていた。

 

 「ギンジ、どうしてお前は、チワワと同じ道に進まなかったんだ!他に良い女がいたのか!?」

 「違げーよ、別に女が理由じゃねぇ」

 

 犬の怪人が片手でコンテナを投げると、ギンジはそれを素早く避けていく。

 

 もう投げられる物が無くなっても、お構いなしに今度は機材を投げつけてくる。

 

 「ドクターとの将来も・・・」

 「どいつもこいつもドクタードクター将来将来うるせー!」

 

 振り回す機材を飛び越えて、ギンジの蹴りが犬の怪人の顔に命中し、後ろに倒れる。

 

 体格差はギンジが175センチぐらいだとすれば犬の怪人は300センチ程はあろうか。その筋肉に見合うだけの体格は、普通の人間がぶつかろう物なら、簡単に薙倒せるぐらいの力はあるだろう。

 

 おまけにこの怪力はギンジでも、オーク怪人でも再現不可能な力だろう。

 

 初めて訓練した時のこいつの撃たれ強さには、うんざりさせられたのを思い出した。

 

 「ギンジ・・・チワワはお前の事を尊敬していたのだぞ」

 

 肩甲骨の力だけで起きあがると、犬の怪人はギンジを見下ろす様な姿勢になり、ギンジも同じく前かがみにある。

 

 両拳を作り下に構え、腰を深く落とし右足をあげて、下に踏みつける。

 

 まるで相撲の四股踏み。

 

 「犬がどこでそんなの覚えたんだ・・・?」

 「これか・・・これはスモウと言って、ドクターが毎日観ている日本の国技なんだろう?」 

 「テレビかよ!っていうか、なんでミヤコとテレビみてんだ!」

 「ギンジが居ないって毎日寂しがっているからだ」

 

 犬の怪人にしても他の怪人にしても、ギンジが裏切るなんて思っていない。それどころかまだ戻ってきてくれると信じていてくれている。

 

 そのお人好しの様な怪人達やミヤコにギンジは、悪いと解っていつつも抜け出し、謀反を企てたのだ。

 

 「お前の正義はどこに行ったんだ、ギンジ」

 「始めから、ヘルブラッククロスに持ち合わせる正義は無いんだよ!」

 

 そのまま会話が続くことは無く、犬の怪人は相撲の体制から想像以上のタックルを決めてくる。ギンジはそのタックルに反応できていても避けることはせず正面からぶつかりあった。

 

 「ふん・・・ぬおぉぉ〜」

 「ギンジ、チワワのパワーは随一だっただろう?」

 

 この鉄壁を誇る筋肉は飾りじゃない。守りだけではなく、守りも兼ね備えた巨大な武器なのである。

 

 その武器を全身で動かし、ギンジを持ち上げる。

 

 「相撲じゃねーのか!お前コレ、プロレス技だろ!」

 「マッスル・ギガギンジダンク!」

 「ぶっ」

 

 頭の上まで持ち上げて、小さくジャンプ。ギンジをダンクシュートの要領で硬い地面に叩きつける。

 

 「こ、このやろー・・・」

 

 二人の戦いを見守るケイタは、足元にあるスパナを持ち出し、コンテナで塞がれた道の向こうへ行こうとしていた。

 

 ここで何もしないのは男として、ヘヴンホワイティネスの仲間として駄目だと思ったからだ。

 

 洗脳マシンという物があるならギンジに変わって、自分が壊しに行こうと。

 

 「にしても二人共、すごいなぁ・・・」

 

 コソコソと隠れながら、ギンジと犬の怪人の戦いに見入ってしまう。

 

 フラフラと立ち上がるギンジの眼の前で、犬の怪人が右腕を大きく振り上げる。

 

 そしてその右腕はギンジの胸元に丸太が当たる様に、思い切り振り当てる。

 

 「ラリアット・・・」

 

 誰かに聞こえる訳じゃないが、ケイタはその技の名前を言う。

 

 もう一度立ち上がり、ギンジが反撃の為に犬の怪人へと走り出す。

 

 その走り出したギンジをダックアンダーで抱え込み、前方から来るギンジを後方へと投げ飛ばす。

 

 「ショルダースルー・・・」

 

 機材や廃材、木箱の山に投げられたギンジはいよいよ、道具を持ち出す。

 

 「クソ・・・体中痛いじゃねぇかよ」

 「言っただろ、全身の骨を砕いてドクターの所へ連れ戻すと!」

 

 マッスルポーズを決めている今が好機と、大きなスパナを持ち突っ込むギンジの股下から左手を通し、右手はギンジの肩を掴み持ち上げる。

 

 「またプロレス技かよこのやろう!」

 

 スパナで犬の怪人の顔面をぶっ叩くが、犬の怪人はさして気にしていない様子。踏ん張りが効かない分、当たってもそこまで痛くないのだろう。

 

 体制が整うと、犬の怪人はギンジを右手から体重を乗せて叩き落とした。

 

 「あ、あれは・・・デスバレーボム・・・いや、FUか・・・?」

 

 ケイタは動きが止まってしまっていた。次々と繰り出されるプロレス技の多さに感動していた。

 

 「うぐっ・・・クソ・・・やるじゃねぇかよ犬このやろー」

 「次はこうだ」

 

 ギンジの身体を頭の上に持ち上げると、今度はギンジを仰向けの体制に変えて、首を掴み、両足を巻き込んだ巨腕で下に折り曲げていく。

 

 「バックブリーカー・・・」

 

 日本名では背骨折り・・・そういう名前だったかもしれない。

 

 このままではギンジが危ない。いくら怪人同士とは言えど、背骨を折られればどうなるか、誰でも想像がつく。

 

 「・・・この木箱で・・・」

 

 隠れている近くに置いてある木箱を掴むと、ケイタは告白したときと同じぐらいの気合と緊張で、犬の怪人の背後に回り込む。

 

 「ふんぐぐぐ・・・!」

 「このまま折ってやるぞ、ギンジ!本気!チワワ本気!」

 

 ギンジは必死に抵抗し、折られないように全身に力を込めている。

 

 「うわあああ!!!」

 

 背後に立ったケイタが渾身の雄叫びを上げると、木箱を持って走り出す。

 

 犬の怪人の背中に今の自分が出せるであろう、最大限の力を込めた木箱をぶつける。

 

 その威力とダメージはたいした事はないが、犬の怪人が驚くのには十分だった。

 

 「ありがとうよ、ケイタ!」

 

 驚いた事で力が抜けてギンジが拘束を抜けると、脚に炎を纏わせて、 

踵落としを決める。

 

 「ぎゃいん・・・なんだその脚は・・・」

 「身体が燃えるからあんまり使いたくないんだけど、俺の隠し玉ってやつよ」

 

 犬の怪人にまともな攻撃を与えると、次は着地。足元にあるスパナをケイタへスライドさせて渡す。

 

 「どこにあるかわかんねーけど、とにかく全ての部屋を探せ!洗脳マシンはお前が探してぶっ壊せ!!」

 「あ、ありがとう」

 「そこは『任せろ』って言うんだぜ」

 

 ケイタが走り出すのを見送ると、次は犬の怪人へ燃える拳を叩き込む。分厚い胸筋にはまるでダメージが無い。

 

 「次、捕まえたら、必ず折るぞ。筋肉ゥゥ!」

 「クソ、あのパワーに捕まったら、面倒だな・・・」

 

 炎でもまともなダメージがない。狙うならやはり顔しかないのだ。

 

 しかし近づけばあの筋力からは逃げる手段が少ない。

 

 (へへへ、あのおぼっちゃんには後でお礼を言わなきゃな・・・)

 

 ならば、パワーを捨てて速度で挑むしかない。時間がかかっても確実にダメージを与える速度で攻撃していくしか無い。

 

 「頼むぜ、コウモリ・・・」

 

 ギンジの身体から炎が消え、変わりに雷が迸る。

 

 電気で髪は逆立ち、目に見える程の雷の線がギンジの全身に走る。

 

 「それがギンジのもう一つの能力か・・・チワワも本気で行くぞ」

 「逆に本気じゃなかったのかよ・・・恐れ入るぜ」

 

 犬の怪人が筋肉に物を言わせたパワーで、ギンジを捕まえようと突っ込むが今度はギンジが犬の怪人を殴り飛ばす。

 

 顔が狙えれば、この怪人は弱い。

 

 「今殴り飛ばせたのは、偶然か・・・?コウモリの奴はここまで強くなかったはずだが・・・」

 「油断した。今から本気!」

 「まぁ、もう捕まるつもりはないし、なんでもいいか」

 

 犬の怪人の猛攻が襲い来る。ギンジはそれを全て避けきり、顔に目掛けて膝蹴り。すかさず、浮いた犬の怪人の顎に、電撃を打ち込む。

 

 「こっちの力の方が身体に負荷がかからなくていいな!」

 「ギンジぃ!」

 

 電流で焼かれながらも豪腕を振り下ろし、ギンジを捕まえようとするも、ギンジはまた捕まらない。それどころかその豪腕を上に飛んで避けて、飛んだギンジは羽を出す。

 

 「お前、この技喰らった事あるんだってな。俺はコウモリみたく甘くねーぞ!」

 

 工場エリアにてコウモリの怪人に当てられた大技、錐揉み回転を繰り出す。

 

 「受けて立つ!!」

 

 犬の怪人も敗けじと筋肉を膨張させて、ギンジの錐揉み回転に突っ込む。

 

 「オッラあああーーー!!!」

 「捕まえたぞ、ギンジ!」

 

 想像以上の腕力で錐揉み回転を受け止められるが、ギンジの回転は止まらない。

 

 雷をもっと出し、さらに出し、限界まで出す。

 

 外から殴って駄目なら中に通じるまで、電撃で焼き続けるしかない。

 

 「ギンジーーーー!!!」

 「いい加減に倒れやがれええ」

 

 『うおおおおお!!!』

 

 二人の男の雄叫びが東倉庫に響き、力押しの勝敗は・・・。

 

 「ギンジ・・・お前を、ドクターの下に、連れて行く」

 「回転まで止められた・・・お前すげぇよ」

 

 豪腕がギンジの回転を止めた。そしてギンジの身体を押さえつける両手がギンジを逃さない。

 

 「これで最後だ!!」

 「ルアアア」

 

 急いで変身を解き、羽を無くす。少しだけ隙間が出来た事で、ギンジは自身の力を振り絞って、全力で犬の怪人の拘束から抜け出そうと試みる。

 

 (クソ、駄目だ、覚悟して一発貰うか・・・?それともなんとか抜けるか・・・?いや・・・)

 

 抜けるのも、一発貰うのも無しだ。ギンジにはもう一つの力、想像がある。

 

 この場を抜けるイメージを考えて、この犬の怪人を倒す。

 

 そのイメージの中で見えたのは、犬の怪人がギンジを持ち上げる映像。

 

 持ち上げた時に、身体を力任せに回転させて、腕を振り解く。

 

 そんな映像がギンジの頭の中に出てきた。

 

 (馬鹿げた事だが、それしか無いか・・・)

 

 想像通り、犬の怪人はギンジを持ち上げた。

 

 (このタイミングだ!)

 

 思い切り自分の身体を回転させて、腕の拘束が解ける。

 

 「ぬっ・・・肩が・・・」

 

 犬の怪人の腕に力が入らない。犬の怪人の頭上でギンジは再び炎の力と雷の力を、両足に纏わせる。

 

 (これで倒せなかったら、ウソだ・・・!)

 

 両足を思い切り犬の怪人の顔面に踏みつける。一度踏みつけ、二度三度と連続して攻撃し続ける。

 

 「うらあああ!!!」

 

 犬の怪人の顔を踏みつけ、蹴り潰す。

 

 この怪人が倒れるまで、もう止まらない。脚が焼けようが、雷でしびれようが関係ない。

 

 次犬の怪人の反撃があったら、もう勝つことはむずかしい。

 

 だからここでありったけの一撃一撃を強く打ち出す! 

 

 「倒れろォォ!!!」

 

 最後に上に飛び、回転させながら落雷のイメージで落ち、炎の脚で犬の怪人の頭を踏み砕く。

 

 毛並みのいいチワワの顔は焼け焦げて、骨がむき出しになるまでボコボコになり、ついに犬の怪人が倒れる。

 

 「ハァハァ・・・くっそー・・・体中痛ぇよ」

 

 倒れる犬の怪人に寄り添い、ギンジは手を合わせる。

 

 「悪かったな、犬。でもこれが俺の進むと決めた道なんだ。次はお互い迷いなく戦いたいな・・・」

 

 それだけ言うとギンジは、フラフラと奥に進もうとするが、奥からはケイタが出てくる。

 

 「ギンジ!マシン、多分だけど壊せたよ!」

 

 スパナが曲がるほど、シャツが破ける程本気で壊したのだろうか。

 

 ともあれケイタもマシンの破壊に貢献した。

 

 「ナイスーやるじゃん」

 

 ギンジとケイタは笑い合う。男同士の信頼と確かな友情を、ギンジはまた一つ守りたいと思った。

 

 

〜東倉庫の戦い〜

佐久間ギンジ

      vs

       犬の怪人

 

勝者・佐久間ギンジ

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 洗脳マシンを壊し、ヘルブラッククロスの怪人を倒し、ギンジ達は湾岸エリアから離れていた。

 

 あとの事はミドリコと警察に任せて、レンとケイタは二人で沢山話し合っていた。お互い心配した事や、お互いに大事に想っていた事もあって、泣き出すレンをケイタは優しく抱きしめる。

 

 二人から離れた所で、ギンジとカエデはコンクリートに座り込んでいた。  

   

 「は〜青春だね」

 「そうね」(いよおおおしよくやったわケイタ!)

 

 広範囲洗脳マシンを壊したことで、おかしくなっていた街のインフラが元に戻り、警察も直ぐに出動出来た。

 

 逮捕者は居ない。怪人やハーフムーンは全員が合流した時に、ヘルブラッククロスに回収されたのだろう。

 

 「さて、約束よギンジ」

 「ああ・・・」

 

 ギンジが何者なのか。それについて話すときがやってきた。

 

 「俺は・・・事故で一度死にかけたんだ。どこで、何をしていたのか・・・わかんないんだけどな。そしたら、ヘルブラッククロスに拾われて・・・」

 「・・・ギンジ、ちゃんとあんたの事を教えて」

 

 カエデの表情は真摯な物だ。これから先、ギンジを信用して行くならちゃんと仲間として知っておきたいのかも知れない。

 

 「こんな事言って、信じてもらえないとは思うんだけどさ、俺、この世界の人間じゃないんだ」

 

 それから元居た世界の事、ライトノベルや漫画作品などでよくある異世界転生の話し。

 

 「事故って、気がついたら俺はヘルブラッククロスに実験材料として連れて来られててな・・・笑えるだろ?前の世界じゃ生きた屍だったのに、今じゃお前らの味方になりたい、なんてさ」

 

 一個だけギンジはカエデに嘘をついた。

 

 それは〈この世界〉がゲームの世界であるということを。

 

 そしてもしその話をしたら、カエデ達がどうなるか、それを知っているギンジはまともに話せる自信がない。話しきれない程の性暴力など、この世界に生きているカエデ達が知らなくても良いことだからだ。

 

 「・・・本当にそれだけ?未来を知っているっていうのは・・・」

 「・・・俺が何者かは、話したぜ。その件については、また後日でもいいか?」

 「まぁ、いいわ」

 

 まだ納得が完全には言っていないといった態度だが、カエデは鼻を鳴らす。

 

 「いずれ全部、必ず話す。それまで俺たちは、笑いあり、涙ありで行こうぜ」

 「そうね。あんたを信じて良かったし、改めてよろしくね!ギンジ!」

 

 口の悪いご令嬢の笑顔は、まさしくギンジが守りたい笑顔だった。

 

 この笑顔を守れる様に、ギンジは硬く心の中で誓う。

 

 〈大好きな人たち〉の〈未来〉を守る為に、ギンジは転生者として戦う道を選んだ。その覚悟がまた一つ大きな物となった。

 

 これからギンジの事情を知る仲間達には、またいつか話さないといけない。

 

 学校や、この湾岸エリアの後始末でしばらく忙しくなりそうだが、ギンジもカエデもレンもミドリコもケイタも、次なる戦いに備えてまた少しだけの平和を楽しむだろう。

 

 「あ、あんた明日とか暇?」

 「え?ああ、まぁ暇だけど」

 

 カエデはにっこり笑うとギンジの肩を軽く叩く。

 

 「じゃあ明日開けときなさいな。あんた用のサングラスとスマホ、買いに行くわよ!」

 「ええ、神宮さん俺にそんなの買ってくれるんですか?ありがてぇや」

 「ええ、貧乏人に情けをかけてやるのよ」

 「ひでぇ言い方するぜ・・・」

 

 こうして正式にヘヴンホワイティネスに新たな仲間が増えた。

 

 名は佐久間ギンジ。ヘルブラッククロスからの謀反者。怪人という異色の経歴。

 

 昼前ではあったが全員疲れ切っている。今直ぐ帰って眠るなり、お風呂に入るなり、食事をするなり、色々あるだろう。

 

 (後でミドリコに差し入れでも、買ってあげようかしら)

 

 カエデの優しさもギンジの優しさもやがて、この街の危機を救う大きな力になることはまだ誰も知らない。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ふぇーん、ギンジくん、どこ〜」

 

 湾岸エリアの上空ではサクラが大泣きしながら、ギンジを探していた。

 

 警察が沢山来ている事から察するに、ギンジ達が勝ったのだろう。

 

 だからギンジにもヘヴンホワイティネスにも会いたいのに、肝心のギンジ達が見つからない。

 

 「ふぇ〜〜ん!ギンジくーーん!」

 

 湾岸エリアに魔法少女の涙あり。

 

 5月はその話題が、街中で噂になるのであった。

 

 

 

続く

 

 

 

 




お疲れ様です、アトラクションです。

いやー詰め込みすぎて長すぎた。

今回の反省は戦闘シーンを一話に4場面いれるのはよくないよって事ですかね・・・。もっとちゃんと書けるように頑張らねば。

キャラネタ書きます・テーマは怪人達の好み

オーク怪人
ドクターミヤコ。
理由は単純にしゅき

紐の怪人
ドラゴンの王玉という漫画。自我がなかった時、この漫画を読んで悪役とは何かを知った。

触手の怪人
必殺技の長さを上手く纏めること

タコ怪人/犬の怪人
ドクターミヤコ
理由は命の恩人だから

剣士の怪人
佐久間ギンジ
強く逞しい男性は例外なく好き

サキュバスの怪人


バーナーの怪人
娘と妻

コウモリの怪人
蛍光灯

進化の怪人
エ○ゲー、ヘヴンホワイティネスの味方

これからもガンバリマスので、感想くださりますと踊り狂います。
それでは、また次回!!!


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ドクターミヤコ編
13・鈴村ミヤコ→ドクターミヤコ


アトラクションはパスタが好きです

今回のお話は2話構成!そしてどちらもミヤコメイン回!
ヘルブラッククロスの日常編とも言うべきところでしょうか。

お楽しみいただければと思います。
あ、今回は短めです!


 

 湾岸エリアの戦いが終わって早3日。

 

 俺たちヘヴンホワイティネスの戦い・・・と言うか俺、こと佐久間ギンジの戦いは苛烈極まる物が多かった。

 

 ゲームの展開通りのイベントに対して、中身はゲームの通りに行かなかったり、俺だけプロレス技かけられたり、どいつもこいつもドクタードクター結婚結婚将来将来と・・・。

 

 「あーうぜー・・・」

 

 ミドリコのマンションの、大掃除をしながら俺は悪態を突く。なんで痛い思いもしなきゃならないんだ。だいたい異世界転生って、こうチートありきなものだろ?

 

 無双すんぞーやったんぞーって、王様の眼の前で偉そうにふんぞり返って無理やりドカーンってやるのが異世界転生だろ?

 

 なんで俺の転生は改造されたり、燃えたり、斬られたり、死にかけたり、プロレス技かけられたりせにゃならんのだ。ふざけんな。ふざんけんぬぁ!

 

 「ちょっとギンジ!うぜーだのなんだの言ってないで、これ運ぶの手伝ってよ!重たいんだから!」

 「ギンジ、私の机も、お願いしたい」

 「ギンジ、済まないんだが、このソファ、運んでくれないか?」

 

 今の俺たちは、ミドリコの家の大掃除の待っただ中。それもお引越しの為にだ。

 

 なんでもカエデが財閥パワーを使って、ミドリコとレン、ついでに俺の為の新しい住居を建ててくれたそうな。

 

 財閥パワーってすげぇな。学校もそうだけどあと一週間は休校するそうだ。変わりに夏休みが一週間少なくなるそうだが、それについて俺は声を大にして反抗したい。まぁ俺学生じゃないんだけどな。

 

 さて、問題のモノ運びだが、こいつら自分の運び出せない大きな物を俺にばっかり頼みやがって。

 

 「で、どれから運べばいいんだ」

 「あたしのコレを手伝いなさいよ」

 

 カエデの足元に置かれているのは、ミドリコの私物の入ったダンボール。それをカエデが持ち上げると、いかにも重たそうな動作にカエデは顔を赤くする。

 

 やたらガチャガチャ言ってるけど、それ俺が運んでいいやつなの?化粧品?それとも部屋に置いてあった例のアレ?・・・どちらもヤダ怖い。

 

 「こんなの健全な女子学生に運ばせないでよね、ミドリコ?」

 「ははは、済まない」

 

 ああ、やっぱり例のアレか。うーん。しかしミドリコの趣味のものだしな。

 

 コロン。コロコロ。

 

 音がした。フローリングに何か玉の様な物が弾き、転がる金属音。

 

 「何か落としたぜ」

 「あ、ごめん」

 「あー俺が拾うからいいよ、カエデ」

 

 しゃがんだ俺の視界に見えたのは、9ミリぐらいの筒状のモノ。黄金色に先端が細くて尖っている。

 

 なんというか、拳銃とかに使用できそうな、そう、弾丸・・・。え?弾丸?これを学生に運ばせてたの?

 

 一応この人公安警察だよね?え?違ったっけ?

 

 「コレ弾丸じゃねーか!!!」

 「え!?じゃあこの箱の中身は・・・」

 

 俺の言葉に驚きカエデも箱の中身を確認する。

 

 後ろの方で、ミドリコが「開けるなー」とか言ってるけど、カエデの手は止まらない。

 

 「うーわっ」

 「中身はなんだ?・・・げぇ」

 

 箱の中身はゴツゴツとコテコテが両方揃った拳銃の数々。怪人や戦闘員と戦う為に、用意した専用カスタム銃とかかな。

 

 改めて見るとミドリコってこういう武器のカスタムとか、そういうモンが好みなんかね。変わった女だよな。甘白ミドリコって。

 

 「済まない、その箱は正規の裏ルートで入手した専用のカスタム銃なんだ。あははは・・・」

 

 変に焦りながら箱を閉めて持ち出すと、ミドリコはフローリングにスリッパを引きずりながらリビングを出ていく。

 

 「・・・正規の裏ルートってなんぞ??」

 「あたしに聴かれても・・・」

 「私、前に少しだけ、聞いたことがある」

 

 レンが頭巾を一度取り外すと、俺たちの所にやってくる。

 

 頭巾イクイップ宮寺さん可愛くない?こりゃーケイタのおぼっちゃんも恋しちゃうわ。うんうんわかるよー。(中身30歳の)おじさんにはわかる。

 

 「確か・・・かし、かし・・・かしわもちさんとか言ってたような」

 「美味しそうな名前だな」

 「かしわもちさんは、人の名前。食べ物じゃ、ないよギンジ」

 

 そーゆーのいいから。やめろ!俺のボケを潰すな!

 

 「それじゃあ、別の荷物運ぶか」

 

 カエデとレンの荷物を運び出し、引っ越しの準備を進める。

 

 いやーそれにしても新しい新居か。俺も独り暮らし長かったから、引っ越しが楽しいのは解るぜ。

 

 ミドリコの顔がホクホクしている。解るぜその気持ち。しかも人の金での引っ越しだもんな。財閥ってスゲー。

 

 「あ、ギンジ。あんた、好きな食べ物は?」

 「え?ああ、好きな食べ物か・・・」

 

 唐突なカエデの質問にちょっと言葉が詰まる。

 

 好きな食べ物か・・・。料理とかだよな、うーん。

 

 「は、ハンバーグとか・・・?」

 「なんで疑問系なのよ。まぁでもハンバーグね。了解」

 「カエデ、私は、コロッケ」

 「レンのは知ってるわよ」

 

 なんで俺の好きな食べ物なんか聞いたんだ?でもこれを聞いたら、また怒鳴られそうだから黙っとこう。

 

 カエデもレンも楽しそうに引っ越しの準備するな。

 

 レンにとっても初めての事だから楽しいのは解るんだけど、なんでカエデまでこんあ楽しそうなんだろうな。

 

 いや俺も楽しいんだけどな。

 

 俺たち四人で引っ越しも準備は夕方まで続いた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 さて、夕方から夜に差し掛かる頃、俺たちは準備を終えて家を出る。

 

 住めばミヤコ・・・じゃなくて都とはよく言ったもので、ベランダ生活も板について来たんだがな。

 

 まぁ次のカエデが建ててくれたアジト兼住居は、きっと俺の寝床も用意してくれてる筈だ。地下とか屋上は勘弁。

 

 「それじゃ、ギンジ。また後で」

 「カエデ、また向こうの、家で」

 

 ミドリコの車には色々荷物を入れすぎたせいもあってか、後部座席は座れたもんじゃない。

 

 俺とカエデは電車で隣町まで向かう事になった。

 

 「じゃ、ギンジ。サングラス、つけなさいよ」

 「おう」

 

 湾岸エリアの戦いの翌日。俺とカエデはパトロールも兼ねて、俺のスマホとサングラスを契約と購入。

 

 名義は甘白ミドリコ、お金を払ったのは神宮カエデ。こいつらなんで急に俺に優しくなったんだい?おじさん泣きそうだよふへへにちゃぁ。

 

 いや、そうじゃない。今の俺は20歳前後なんやで。若返り転生サイコー。

 

 「ふーん」

 「なんだよ」

 

 サングラスを付けた俺を見るや、カエデが顔を見回す。

 

 「別に。似合ってるな、って」

 「俺のセンスいいだろ?」

 「選んだのあたしじゃないのよ」

 「いやいやこれと決めたのは俺だぜ」

 

 俺の付けているサングラスは、銀色のフレームに濃い深茶色のレンズ。フレーム部分には本物のシルバーを使っている高級品らしく、レンズ含めかなり頑丈な作りで、真っ先にこれがいいと思った。

 

 シルバーとギンジだしな。あ、ちなみに俺は銀治って書くぜ。銀のフレームに銀だから俺もギンジってんだなんか運命を感じた。

 

 「お金払ったのはあたしじゃない」

 「払ったのは確かにそうだけど、お前レジ行く前に俺にお金渡したじゃねーか。なんだこれだけ買うの恥ずかしいって!」

 「それを買うのが恥ずかしいんじゃなくて、あんたに手渡すのが恥ずかしいって思ったのよ!」

 

 色々めちゃくちゃな事を言い合いになりそうだし、ここらへんでやめとこう。

 

 会話を一区切りで終わらせると俺たちは駅へと歩く。

 

 住宅街エリアも色々あったな。

 

 「そういえば昨日のスライムランチャーだけどさ」

 「ああ、あれね。なかなか気持ち悪い攻撃よね」

 

 あの攻撃には苦戦させられた。敵の主な戦力戦闘員だけだったが、俺とカエデとレンはかなり戦況が不利になった。

 

 スライムの拘束力も厄介だが、それに追加して直接殴りに来たり、人数的に不利になる事もあり結構ひどい目にあった。

 

 ちゃんと勝ったけどね。

 

 駅に向かいながら夕方の住宅街エリアを、俺とカエデは歩いていく。

 

 「あたしは、この街で育ったし、ミドリコもここ度固化市が地元なんだって。綺麗でいい街なのに、あんな悪の組織が幅を効かせるなんて納得が行かないわ」

 「・・・まぁそうだよな。あいつらの目的通りに俺はさせたくないし、日常を崩させたりなんかしたくないって思うぜ」

 

 途方もない戦いかも知れないが、ヘヴンホワイティネスとして戦ってる俺たちにとって、皆想いは一緒だ。敗けられない戦いがずっと迫ってきている。

 

 怪人襲撃は肝を冷やす。怪人の動く任務は、街のどこかのエリアの一部破壊は免れない。

 

 「もっと、強くならないとな」

 「そうね。あんまりボサッとしないでよ?」

 

 カエデが俺の顔を覗きながら、可愛らしい笑顔を浮かべる。

 

 「あんたの事、頼りにしてるんだから」

 

 少しだけ胸を掴まれる感じに、俺の鼓動が早くなるのを感じた。

 

 「おうよ。俺もお前の事頼りにしてるぜ!」

 「そ。ありがと」

 

 なんだよ冷たいなー。

 

 俺たちは意味のない他愛もない話をしたり、今後の為に強くなることを決意しながら駅前エリアへと進んで行く。

 

 あ、もしかして新居で食べる夕飯ってハンバーグかな?

 

 引っ越しそばならぬ、引っ越しハンバーグか。いいね、そういうサプライズの為に好きな食べ物聞いてくれたのか。

 

 ドーン!っと強い音が駅前エリアから聞こえた。

 

 遠くからでも解る人々の喧騒が、俺とカエデの耳に入る。

 

 「ギンジ!」

 「昨日の今日だぜ?勘弁しろよ。行くぞ」

 

 一瞬気怠くなったけど行くしかねぇな。

 

 駅前エリアにたどり着くと、案の定ヘルブラッククロスの怪人が暴れたいた。

 

 「あれは鎧の怪人か・・・」

 「量産が唯一できるっていう、怪人だっけね?いいわ、引っ越し準備じゃ訛りそうだったし、運動がてら倒すわよ、ギンジ!」

 

 言うと変身したカエデは一気に走り出し、俺も追いかけて暴れる鎧の怪人へと走り出す。

 

 まったく、どうしてこう、ゲームの展開にはないことばかり起こるのかね。勘弁しろって。いやまじで。

 

 痛い事覚悟して、戦いますかね。

 

 俺はとにかくカエデとレンとミドリコを守りたい。

 

 その一心で避けられない戦いに、今日もまた身を投じるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ヘルブラッククロスの目的。それは日本の転覆し、独立国家を形成すること。

 

 総統は作り上げた計画を半年で行動に移した。さらに計画始動から1年で300人を超える組織となった。

 

 自分の行う行動や、計画。それらを織り交ぜた日本の未来を新たに創るために、総統はそれぞれの専門家を買収し、または暴力で屈服させて自分の理想へと、街を掌握していった。

 

 氷室コウガ。総統が本名を捨て、巨大な犯罪を動かす為に作った仮の名。

 

 そんな総統は今ヘルブラッククロスの総統の自室に、ミヤコを呼び出していた。

 

 「ドクター。最近のお前はどうしたのだ。あまり成果は乏しくないようだが」

 

 元々の大きい身体と低く威圧的な口調。自分の身ひとつで戦ってきた総統は弱い者を善としない。

 

 それ故に自分の立ち上げた組織の中に、弱者や敗北や失敗を連続して行う者へは容赦の無い対応を取ることが多い。

 

 押しつぶす様な恐ろしく、そして強く落ち着いた口調で頭を垂れるミヤコへ言葉を投げかける。

 

 「ハッ・・・申し訳ございません。総統閣下のご期待に添えないおろかなわたしをお許しを・・・」

 

 14、5歳に見える幼いミヤコへ総統は上半身を見せない黒い影に覆われたまま、言葉を飛ばす。

 

 「お前の技量、それも兵器開発や怪人開発においては組織を代表して言うが、正直感謝してもしきれないぐらいだ。だのに、先の戦いでは怪人三名の手痛い敗北、リコニスも敗走し、洗脳マシンは回収不可能・・・おまけにヘルブラッククロスの特殊部隊の精鋭の重症・・・」

 

 昨日もスライムランチャーを用いた襲撃も失敗した。ミヤコは成果を出すためにここ3日はまともに寝れていない。

 

 「・・・佐久間ギンジ、か?」

 「・・・ッ」

 

 ピクリ、とミヤコの身体が反応する。

 

 「何故お前ほどの者がそこまでただ一人の怪人に、そこまで固執する」

 「・・・わたしの傑作だからです」

 「それは嘘だな」

 

 傑作なのは間違いないが問題はそこではなく、ミヤコが佐久間ギンジ・・・組織名、進化の怪人になぜそこまで固執するか、を聞いている。

 

 「恋と言うものにうつつを抜かしたか?」

 「い、いえ恋など・・・」

 「ミヤコ、お前は、組織に忠義はあるだろう」

 「それはもちろん・・・」

 

 かつてドクターミヤコこと、鈴村ミヤコは組織だけじゃなく総統に大きな恩が出来ていた。

 

 「お前を助け、拾ってやったのは誰だと思っている」

 (あれは・・・1、2年前程だったかな・・・)

 

 忌々しく、思い出したくない記憶をミヤコは総統と話しながら思い出して行く。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ──約1年前。

 

 これはまだわたしがドクターと呼ばれる前の出来事。

 

 将来とか、未来とか、考えてもしょうがない事だと、当時のわたしは思ってた。

 

 「・・・学校って、つまんない」

 

 小学生の頃から、頭は良かったと思う。わたしに解けない問題は無く、天才とか神童とか色々言われて来たけど、わたしには何も響かない。

 

 ああ、今日も学校が終わる。帰るのがいやだな。

 

 地元の中学に進学したわたしは、ここでも勉強において壁はなかった。

 

 だって勉強とかって難しい文字とか数字を並べて計算っぽく見せつけたありきたりな理不尽に過ぎないのだから。

 

 黒いセーラー服のリボンを直すと、わたしは何事もなく学校を出ようと帰路に着く。

 

 まいにちつまらない。

 

 周りを見渡せば、人気のつかない所に二人の男女が向かうのが確認出来た。よくある告白とか言うものだろうか。

 

 (いいな。わたしも恋とかしてみたいよ)

 

 きっとこの時のわたしは死んだ眼をしていたのかも知れない。

 

 鈴村ミヤコ。それが私の名前。

 

 2021年時点で15歳・・・になる。

 

 勉強、出来る。

 

 運動、まぁ苦手。

 

 人間関係、自分からは広げたいとは思えない。

 

 家族、両親と兄が一人。早く居なくなればいいのに。

 

 恋人、居ない。好きになれる人もいない。

 

 生活能力、知らない。

 

 それがわたしという人間の全て。

 

 どうせなら与えられるより、造って誰かに認められたい。

 

 頭の中ではおおよそ、誰にも理解できない数式は沢山出来ている。この数式で生み出されるのは人間を超越した人間の製作図。

 

 素材がないから造る事はできないけどね。

 

 「オイ」

 

 後ろから声をかけられると同時に、頭を小突かれる。

 

 まただ。またやられた。

 

 「ミヤコ、今から帰るのか?」

 

 痛む頭に手は抑えない。痛いと認めたら負けと同じになる。

 

 「今から帰るのかって聞いてるんだよ」

 

 この人は、わたしの兄だった男。鈴村ミヤギ。

 

 勉強で勝てない事からわたしに手を出すようになった男。

 

 「お前、今から帰るならおれの荷物持ってくれよ。重くて叶わないんだわ」

 「それは・・・嫌だよ」

 「口答えすんなゴミ」

 

 教科書とかノートとか必要以上に詰め込んでいるに違いない。重さを利用して、わたしのお腹に振り回して当てて来る。

 

 「ゲホ・・・うぅ」

 「口答えすんなって言ってんのゴミがよ」

 

 周りが観ていようと関係ない。この男はわたしの頭を踏みつける。

 

 「お前本当に何を考えてるのか解かんないやつだな。あ、そうだ今日おれが帰ったら、口答えのお仕置きしなきゃな」

 「・・・」

 

 もう理由なく殴られるのには慣れた。もう理不尽に怒られるのも無慈悲な暴力にも慣れた。

 

 それでもやっぱり痛い。

 

 夏も近いのにわたしだけ春服なのも、この男や父親だった者が執拗にわたしを痛めつけるからだ。

 

 理由なんてない。いつの日か取ってつけたように、【気持ち悪い】とか、【何を考えてるのか解らない】とか、【なんでお前みたいのが産まれた】など。

 

 わたしだって産まれたくて産まれたんじゃないよ。

 

 「ごめんなさいは?」

 「・・・」

 「謝れよコラ」

 

 革靴で頭をひっぱたかれる。

 

 「ごめん・・・持って帰るよ。人が観てるから、もうやめて」

 

 校舎の下駄箱近くで肌から出るとは思えない様な、重たくも爽快な音が鳴る。今度は平手打ちをされた。

 

 「お前の方が母さんに似てるなんてな。その顔ムカつくから帰宅したら、変形するまでボコってやるよ」

 

 高笑いしながらミヤジがわたしに唾を吐いて、校舎に戻っていく。

 

 慣れていても、こんなのはおかしい。実の家族がこんなに暴力を振るうなんて。

 

 痛みでふらつくわたしに教師を始め、同じ女子も声をかけてこない。わたし、鈴村ミヤコには誰も寄添おうとはしない。

 

 重たい荷物を担ぎ上げると、帰りたくない家にゆっくり歩いて帰ることにする。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 帰るなり、働きもしない父親がわたしに酒の空便で殴ってきた。

 

 血が出てる。

 

 痛い。痛い。痛い。慣れていてもずっと痛いよ。

 

 「お前また変なの造って部屋に置きやがったな」

 

 お酒のアルコールの匂いがきつすぎて、わたしはあるだけの道具と知識で自動的に香水を振りまくアイテムを創り出した。

 

 その香りで、機嫌とか、少しでも収まればいいのにな、って思っていたから。

 

 わたしの父親はなにかの研究をしていた科学者らしい。でも病気で研究が続けられなくなって、次第に家に居ることが多くなった。苦手だった筈のお酒にも手を出し、嫌いと豪語していた暴力も振るうようになった。

 

 わたしは毎日暴力の家庭になってしまったこの家で、泣くように眠っている。そして夢に出てくる女性にいつも助けてって、懇願している。

 

 (人ってなんでこんなにかわるんだろう)

 

 優しかったであろう父親は、豹変。厳しかったであろう母親は、実の息子とまぐわう日々。

 

 わたしの人生は、どうしてこうなっちゃったんだろう。

 

 なんで家族はこうなっちゃったんだろう。

 

 「このクソガキ!!」

 

 ゴチン、と鈍い音が頭の中で重くのしかかる。

 

 鍋かなにかで頭を殴られた。

 

 (ああ、やばい。死んじゃう・・・)

 

 意識が遠のき、ミヤコはその眼を閉じた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 腕や身体が傷だらけ。

 

 「うぅ・・・ん」

 

 あれから何時間程寝ていたのだろう。わたしは重く、痛みに震える身体を無理やりお越し、暗い玄関に差し込む光を放つリビングへと向かう。

 

 「ミヤコぉ・・・お前いつまで寝てるんだぁぁ」

 

 酔っ払って見境いなく大暴れでもしていたのだろうか。わたしの父親は母親にまで暴力を奮っていたようだ。

 

 「ひどい・・・」

 「お前もよぉ、口答えしなきゃぁなぁ、こうならなくて済むんだよ、ばかがよ」

 

 血の匂いと汗臭さとアルコールの香り。それらが混ざり合って気持ち悪くなる。

 

 「ミヤギもよぉ、帰るなりおれの女に手を出そうとするからよぉ、見ろよ」

 

 顎で促したその先には、ひどい有様で倒れる兄だった者の無残な姿があった。

 

 頭を沢山殴られたのか、手元にはハンマー、錐、お鍋、本等様々だ。

 

 「ミヤコぉ、お前もこっち来いよぉお」

 「・・・っ」

 

 もう嫌だ。こんなのおかしい。ここで我慢して生きていたらいつか絶対死んじゃうよ。わたしはそんなの嫌だ。

 

 そう思ったらわたしは靴を履かずに家を飛び出した。

 

 このままじゃ殺される。

 

 「はぁ、はぁ、たすけで!だずけてぇ゛」

 

 もう怖くて、泣きながら走っていた。わたしはずっと我慢していたものが溢れ出たように喉も裂けるのではないかと思う程の大声で、目一杯叫んだ。

 

 「・・・」

 

 目の前には人が居る。もうどんな人でもいいから助けてほしかった。

 

 「お、お願いします、助けて!たずげで!」

 「君、なにがあった」

 

 漆黒とも言うのが正確だと思う程のスーツを来たその人へ、わたしはしがみつくように助けを求めた。

 

 「・・・ひとつ聞くが、君は我々に助けられた時、何ができるのかね」

 

 この状況で何を言っているのか解らなかった。

 

 だけど、この瞬間わたしはきっと自分を売るように、この人へ喚いていた。

 

 「・・・君は何ができる」

 

 帽子で隠れた瞳が紅に輝いた様に見えた。

 

 「わ、わたしは、勉強が出来ます!数式を組み換える知識や、人体研究を・・・」

 「よし。それ以上はもういい。あとは私がなんとかしよう」

 

 その言葉を聞いたら早くもおいついた父親が、息を切らしてわたしの肩を掴む。

 

 「ミィやぁコぉ・・・」

 「痛っ・・・離して!」

 

 わたしが叫んだその瞬間、父親の腕はめちゃくちゃな形に折り曲げられていた。

 

 「くぎゅおおおお!?おぶっ」

 

 腕が折られた事で狂乱する父親に、この人はお腹を思い切り殴り潰す。

 

 そのまま吐瀉物を滝の様に放出し、汚い湖に自ら顔を落として倒れ込む。

 

 「・・・名前は」

 「ミヤコ・・・です」

 「闇はお前を歓迎する。他にしてほしいことはあるかね」

 「・・・」

 

 わたしは父親がどうなったか聞いた。即答で殺したと言い放つこの人に、わたしは何か魅力的な雰囲気を放ち続けるこの人に、もう一つお願いした。

 

 「殺して欲しい人が、あと二人いるんです・・・」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 鈴村ミヤギは翌日行方不明。同じく鈴村ミヤエも行方不明。

 

 鈴村ミヤゴは路上で死亡が確認されました。そのニュースがあの日の翌日に街に流れ、いっとき話題になった。

 

 そして一家の長女である鈴村ミヤコも行方不明。父親の死因は交通事故。それで片付けられた。

 

 総統に助けられたミヤコは闇へと踏み出した。

 

 あの日、ミヤコは名字を捨てて、変わりに神が宿る頭脳と称された頭の良さをフル活用して、ヘルブラッククロスの兵器開発、作戦、そして怪人の開発。

 

 功績の多さは非戦闘の立ち位置でありながら、組織内随一。

 

 顔も可愛く、小柄で、頭も良い。計算能力はなんとコンピューターに勝つほどだ。でも何故かサイズの合っていない白衣を身に着けている。

 

 証拠隠滅、殺さないといけない二人の家族。母親はきっと辛かっただろうから情けをかけた。

 

 「わたしを拾ってくださったのは、総統閣下でございます。申し訳ございませんでした」

 

 ミヤコはヘルブラッククロスに大きな恩義と忠義がある。

 

 失敗してしまったことには、素直に受け入れ総統からのバツを受けるしか無い。

 

 「・・・佐久間ギンジを、ドクターはどうしたいのだ」

 「はい、必ずこちらへ連れ戻し、わたしとの将来を誓わせます」

 「ふっ、やはり恋をしているじゃないか」

 「・・・はい」

 

 顔を赤くしながらもドクターミヤコは頭を垂れたままだ。

 

 「何故、佐久間ギンジに恋をした?」

 

 総統は相変わらず態度を崩さずに、ミヤコへ問う。

 

 「・・・私の本名を知っており、怪人の誕生の時の記憶を失わず、かつわたしの研究に大いに貢献してくれた怪人なのです。あと、その・・・上手く言えないのですが」

 

 ミヤコは顔が熱く頭をあげられない。

 

 「初めて見た時、身体が好みで・・・顔もかっこよくて、あと声が素敵だなって。優しくて強い、あと何より、一緒にいると、お腹の下の方が熱くなるんです・・・」

 「ドクターミヤコ・・・」

 

 総統は頭を抱える。これは恋を超えた2ランク上の領域なのだが、総統はあえて何も言わない。

 

 (だがしかし、これでこいつが正常ならばそれもよしとするか・・・)

 

 そこで総統は一つの考えが頭をよぎる。

 

 「ドクターミヤコ。佐久間ギンジを連れ戻したいならば、お前に次の司令を与える」

 「はい・・・?」

 

 影で隠れた上半身、その頭部と見えるところが紅の光を2つ輝かせる。

 

 「佐久間ギンジの弱点はなんだ?」

 「はい、数々の報告で上がっているのが、女性戦闘員とは戦えないと・・・つまりギンジ君は、女性とは戦えないのでは、と報告が」

 「・・・いいだろう、お前の成果を元に戻すために、新たな指令、作戦をこの私自ら立案しようではないか」

 

 総統は誰にもその顔を見せないが、悪の組織のトップにふさわしい笑みを浮かべると、闇を色濃く見せ、ミヤコを震え上がらせる。

 

 「くふふふ・・・総統やべーですね・・・」

 

 二人の悪が嗤い、悪の広がりが再びギンジの知らない展開を作り出そうとしていた。

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。
今日もキャラネタ書きます。(いよいよ後書きに書くことなくなってきちゃったよとほほ)テーマは漢字表記のお名前

佐久間銀治
銀次、銀二等候補あり。

神宮楓
加恵和とどっちにしようか悩んだ結果、カタカナ表記が楽という結論

宮寺蓮
2102年の侵略された日本においても漢字はあったそうです

甘白緑子
公安警察って実は本名で活動しないらしいんですよ。
年齢27歳を偽らず彼氏なしも偽らないのに・・・

角倉圭太
そもそもこっちの方が主人公設定だった。

菊沢友香
僕の黒歴史サムライアームズの方から名字だけ拝借したキャラ。

鈴村都子
みやここじゃないよ。ミヤコだよ。正ヒロインの予定だった。
でもワンチャン?

氷室孔賀
コウガとは世を忍ぶ仮の姿の名前。趣味はパチスロ。

次回のミヤコメイン回にはなんとオーク怪人も出ますぞ!オークオークうるさいって人にはオーク怪人を着払いで贈ります。

冗談です。
次回もお楽しみに!感想や、お気に入り登録、どしどしくれると嬉しいです!
アトラクションでした!


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14・ドクターミヤコのそれいけ怪人伝説

アトラクションです。皆様こんにちは。

体調崩しましたけどちゃんと復活いたしました(本調子じゃないのは内緒)
けれども頑張って書きましたので、お楽しみいただければと思います!

感想などくだされば頑張れるーーーや!!
それではどうぞ


 神宮財閥の建てたヘヴンホワイティネス専用のアジト。

 

 甘白ミドリコ名義の3階建ての家で、これからミドリコとレン、ギンジが共に暮らす家。

 

 住宅街エリア外れの空き地を買い取り、カエデのわがままで完成したこの家には様々な機能が取り付けられ、三人が暮らすのには十分なスペースを取り、地下を含めると4階層建ての家。

 

 内装は全て暮らしやすい、いわゆる金持ちの家という印象をギンジは持った。なにより生活に必要な家具やカーテンなどは全てカエデが用意し、ギンジの部屋も用意された。

 

 「ついに俺にもまともな部屋が・・・」

 

 感激のあまりサングラスを外して新居の、自分の部屋を見渡す。

 

 2階以上はすべて各部屋にベランダが付き、中庭もある。洗濯の分離もしやすいし、なによりミドリコとレンが部屋を広々使える。

 

 「そういえばゲームの中にあったアジトも、こんな内装だったけね」

 

 ギンジの知っているゲームの知識も、こんな内装であったことを思い出す。地下はモニター室、2階は居住スペース、三階は訓練スペース。

 

 防音もきっちりしている完璧な家。カエデハウスと名付けられたその家はかなり派手な作りはされていないが、こんな建物が住宅街にあればニュースに映される様な形になっている。

 

 それほどまでにデカく、きっちりした造りだ。

 

 モニター室や自分の部屋の内装に満足が行ったギンジはカエデや、仲間達にお礼を言いに見たこと無いような上機嫌な態度で、部屋を後にした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 何本ものシリンダーが立ち並ぶミヤコの研究室で、オーク怪人は新たな怪人の誕生に立ち会っていた。

 

 ギンジや他のフェーズ2と呼ばれる怪人と同様に人間を素材にした、新たな怪人。

 

 怪人の細胞・改を中心にミヤコから摘出された細胞。これならば人間を死に至らしめる猛毒にならず、人間を新たな領域へと進化させる。

 

 「くふふふ。ギンジ君程じゃないけど、彼に匹敵する程の良数値だよ」

 「流石でございます。ドクター」

 

 ミヤコがいつものように怪人研究を行う傍ら、オーク怪人はその補佐に回ることが多い。

 

 「いつもごめんねオーク。君にも休暇をあげたいほどだよ」

 「ブヒ、いえ滅相もございません」

 

 バインダーに目を通すミヤコがオークを見ずに謝罪を行うと、オーク怪人は特段気にしない様な素振りで言葉を返す。

 

 この新たな怪人の誕生にオーク怪人も思う所があり、その考えを自分の大いなる存在であるドクターミヤコに、質問してみることにする。

 

 「ドクター。今回のフェーズ2の怪人は、その、ギンジみたく裏切りったりは・・・」

 

 自分達フェーズ1と呼ばれる怪人達とは違い。剣士、サキュバス、バーナーの怪人は全て最初から自我を持っている。

 

 好戦的、誘惑的、無知的、そして記憶を失わない者。それらの怪人の自我を持っていることを、オーク怪人は本心で言えば快くは思っていない。

 

 「ドクターに非があるわけではございません。ですが、ギンジみたく裏切りの懸念を考えると、どうしてもドクターが心配になってしまいます」

 

 オークも実力や長く生きている分、自然とフェーズ2へと進化した怪人だが、自我を持たなかった分、ドクターへの忠誠心は他のどの怪人よりも高く、強い。

 

 今の所剣士の怪人、サキュバスの怪人が裏切る兆候は見られない。自我を持ったまま産まれた怪人に関しては、ドクターの心労を大きくさせてしまうのではないかと、オーク怪人なりの心配だった。

 

 「ふむ。確かに、オークの言うとおりかも知れないけど、別にわたしはそんな事気にしないよ。この怪人は自由を求めて、強く、欲深くあれと造ろうとしているからね」

 

 ミヤコはまたも科学者としての欲望に負けたのか、新しい試みを多数この新しい怪人へ色々と試している様だ。

 

 オーク怪人は自分より小さな少女となんら変わらないミヤコを横目に、少し嬉しい気分になる。

 

 最近のミヤコの成果を考えると、落ち込んでいるようにも見えていたのだが、それを払拭するほどの研究熱心ぶりを取り戻したミヤコを見てオーク怪人は出来る限りのサポートを心の中で誓う。

 

 「この怪人の名前は決まっているのですか?」 

 

 怪人特有の何かの特徴を捉えた名前を、ただの興味本位で聞いてみる。

 

 「くふふ、この怪人の名前はね」

 

 ミヤコは左目の怪人の瞳、右目の人間の瞳、両方の瞳が奈落の色を宿し、小さな唇を開く。

 

 「強欲の怪人だよ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ドクターミヤコという存在はヘルブラッククロスという組織において、無くてはならない最強の科学者だ。

 

 様々な兵器開発や作戦の立案、陣頭指揮。それだけにとどまらず怪人開発も行う後方のエキスパート。

 

 ミヤコ派と呼ばれる大幹部の派閥においては、戦力としては大規模なチーム編成が施されており、武闘派のメンバーも多い。

 

 特筆すべきはやはり怪人による、兵器持ちの戦闘員を超越した戦力だろうか。

 

 オーク怪人はミヤコの傍らでずっと彼女の研究を見守ってきた。だからこそ彼女の研究熱心な姿勢に、少なからずサポートを行い、健康管理等を行ってきた。

 

 オーク怪人はミヤコの研究によって新たに生み出された、強欲の怪人を出迎える準備を整えていた。

 

 培養液に浸された身体を拭き取り、人間と同等の身体構造。まるでギンジに似せているかのような怪人。

 

 だがギンジとの違いは、ミヤコにそこまで興味を持たれていない事だ。基本的に造った怪人には親戚の子を預かるぐらいの感覚でしかなく、オーク怪人やタコ怪人の古参の怪人以外へミヤコはあまり興味を寄せない。

 

 オーク怪人が肌触りが良くはないバスタオルを強欲の怪人に手渡すと腰まで届きそうな長い髪にまとわりつく培養液を拭き取り、薄手のインナーを手渡すと、それを着替える。

 

 怪人特有の瞳を除けば、こうして見るならただの人間だ。

 

 「ふぃ〜・・・」

 「くふふふ。ようこそ強欲の怪人。わたしはドクター。彼はオーク怪人」

 

 中身を全て捨てて再構築された、強欲の怪人の脳みそに与えられた知識にある怪人というワード。ドクターミヤコという人物。

 

 そして体中に染み渡る震える細胞達に、強欲の怪人はミヤコの目の前に立つと、左手でミヤコの顎に手をそえる。

 

 「綺麗な目ぇ、してんだなぁ」

 「ありがとう、強欲。彼にも挨拶しなさい」

 

 ギンジとは違う反応に、オーク怪人は安心する。何故ギンジにはあんなに蕩けているのか、オーク怪人には理解ができないが、誰にでもああいった対応はしない事に内心安堵する。

 

 「あぁ、よろしくなぁ、豚野郎」

 「初対面からご挨拶だな。強欲の」

 「へっ、名乗るならドクターの様に、自分からぁ、だろぉ。脳みそ詰まってんのかぁ?いかにも脳筋って感じだぁなぁ」

 「貴様・・・」

 

 険悪な空気にミヤコが割って入る。その瞬間、強欲の怪人の表情も怪訝な物となる。

 

 「ドクターぁ、お前この俺の邪魔すんの?」

 「邪魔ではないよ。ただ、ここでは怪人同士で争うは禁止だよ」

 「すいませんでした。ドクター」

 

 ミヤコの言葉に直ぐに謝罪に入るオーク怪人とは対象的に、強欲の怪人はまともに謝ろうともしない。それどころかアクビを噛み殺し、つまらなさそうにミヤコを見る。

 

 人間は全員ザコ、ゴミ、カス。そういった幼稚な考えが直ぐに見て取れる程の視線に、オーク怪人がいよいよ怒りを露わにする。

 

 「駄目だよ、オーク」

 「ですがドクター」

 

 ミヤコの視線は相変わらず、奈落の色を宿して、表情は変わらない。

 

 「飼い主に首輪かけられてぇ、身動きできないんだなぁ?こぶたちゃんよぉ」

 「一つ言うが、私に豚というのは褒め言葉だぞ。生まれたての赤ちゃん」

 「テメェ・・・」

 

 一触即発。今の雰囲気はまさしくそういう状況だ。

 

 オーク怪人の右手に血管が浮き出る。対する強欲の怪人にも眉間に血管が浮き出る。両者共に掴みかかる数秒前と言った態度だが、強欲の怪人の背後に刃が突き立てられる。

 

 オーク怪人の背後には犬の怪人が肩を掴んでいる。

 

 「ドクターの研究室から殺気を感じた。チワワ、これはよくないって思った」

 「くっふっふ、新しい怪人は血気盛んなのですね。ここで暴れては、ドクターミヤコにご迷惑をおかけしてしまいますからね」

 

 新しく現れた怪人二人に、強欲の怪人はつまらなさそうに舌打ちをする。

 

 殺意を抑える為に、犬と剣士の怪人が現れたのに、この二人の方が明らかな殺意を醸し出していた。

 

 「あーはいはぁい。わかりましたよぉっと」

 「フン・・・」

 

 強欲の怪人からの殺意が消えるのを確認すると、オーク怪人も殺気を抑える。

 

 「犬、剣士、ありがとう。くふふ、優秀だね」

 「チワワ、ドクターの為ならなんでもする」

 「これぐらい、お安い御用ですよ、ドクター」

 

 オーク怪人、犬の怪人、触手の怪人、タコの怪人、紐の怪人、サキュバスの怪人、剣士の怪人。

 

 ロストナンバーとなった、バーナーの怪人、コウモリの怪人、進化の怪人。

 

 強欲の怪人の脳に刷り込まれた怪人達の情報に、誰に見られるでもなく、強欲の怪人はほくそ笑む。

 

 (こいつらの大切なモンはよぉ、全部俺のモンなんだよぉ)

 

 いつかではなく、必ず近い内に奪って自分のモノにする。

 

 綺麗な怪人の瞳を宿したドクターミヤコを輪の外から眺める。

 

 (俺は強欲・・・女も飯も金も暴力も・・・全部自由にやらせてもらうぜぇ)

 

 その時が来た時、オーク怪人だけは真っ先にボコす。そう心に決めて怪人達を束ねるミヤコに静かに狙いを定める事にしよう。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ヘルブラッククロスのアジト・研究棟にて怪人の戦闘データを図る訓練を行う。

 

 強欲の怪人の戦闘データを図るために、ミヤコが連れて来た。

 

 今の所は言うことを聞いているが、この性格はミヤコにとっても少し誤算だった。

 

 脳に情報を送りすぎたのが災いしたのか、ギンジ以上に喧嘩腰な態度に少し計算をし直す。

 

 完成してしまったモノは仕方ないが、どうにかこの誰とでも喧嘩腰になるのを控えさせられないかと、ミヤコは計算し続ける。

 

 勝手知ったる怪人の創造だが、流石に人格コントロールは無理だ。洗脳も怪人として確定したら通用しない。

 

 (今後は怪人も洗脳出来るように色々考えないとだね。くふふ)

 

 言うことを聴かない怪人を洗脳するマシン、兵器。

 

 (あぁ、簡単だった・・・くふふふ)

 

 そういった物を造れば、最初からギンジが裏切る事は無かった。そう思ったらいてもたってもいられない気持ちになるが、今は強欲の怪人がギンジに匹敵し、憎き怨敵、ヘヴンホワイティネスにもぶつけられるかどうかのデータを確認したい。

 

 「さて、強欲、犬。聞こえるかな?」

 

 透き通る様な声音のミヤコへ、強化ガラス越しに、犬が頷き、強欲がミヤコへ中指を立てる。

 

 「不遜だな。チワワ、お前が嫌いになりそうだ」

 「不敬ぃ、だろぉ?お前バカっぽそうだなぁ」

 

 不敬だと承知の上で立てた中指は、そのまま犬の怪人へ向けて、そのまま手を広げ、「バーン」と呟く。爆発でもさせてやると言わんばかりの挑発に、犬の怪人が牙をむき出しにして、唸りだす。

 

 「やってみっかぁ?わんちゃんこのやろーぉ」

 「お前から来てみろ赤ん坊。チワワ、赤ちゃんには優しくする」

 「舐めてんじゃねぇぞぉ!」

 

 強欲の怪人と犬の怪人がデータ収集の為の訓練を始める。

 

 他人に挑発は平気で行うのに、自分が挑発されるのは嫌。

 

 さらには少したどたどしい言葉使い。

 

 「ふーむ。戦闘力は普通、まぁやる気を出して戦えば中の下、ってところかな・・・」

 

 ミヤコの言葉にオーク怪人が頷く。  

 

 中の下とは言っても、それは怪人基準の話し。怪人の中の下は武装した軍人を5人は同時に戦える程度。

 

 オーク怪人であれば、一個中隊を単独で壊滅まで追い込める。

 

 ガラス越しで強欲の怪人の戦闘方法を見ると、犬の怪人へ自分の力を見せつけようと、色々攻撃するもまったく効いていない。

 

 やる気があろうとなかろうと、強欲の怪人の戦闘力はその程度。それで結論つける。

 

 「うーん・・・何か・・・弱そうだね」

 「あれが強いのですか?ブヒ」

 「自由への想いも欲望の強さも高めに入力したはずなんだけどね・・・あ、そうだ」

 

 ミヤコが何かを思い付き、いつもの笑顔になるとマイクを手に取り、強欲の怪人へと指示を出す。

 

 「強欲〜、君のやる気を出すために、ある事を思いついたよ。くふふ、よく聞いてね」

 

 強欲の怪人が攻撃の手を止めると、ガラスの方へ身体を向ける。

 

 「いいかい?そこにいる犬の怪人にダウンを取れれば、好きなだけ女性をあてがってあげるよ。あ、賞金もあげるよくふふ。それからお酒と美味しいご飯も・・・」

 「おうよぉ!それだよそれぇ!大将わかってんねぇ!」

 

 唐突なご褒美制度に急激にやる気を見せる強欲の怪人。

 

 現金な態度と発言にオーク怪人は再び怪訝な表情を作る。軍帽のズレを直すとミヤコへ耳打ちをする。

 

 「本当に褒美を与えるのですか?」

 「もちろん。このままじゃまともなデータは取れないしね」

 

 急激に意欲を上昇させると、犬の怪人へ突っ込み怒涛の連打を与える。

 

 犬の怪人の分厚い筋肉にダメージは無い。先程までに比べ明らかな戦闘力の上昇は確認できるのだが・・・。

 

 「・・・チワワ、少しだけ本気出す」

 

 ミヤコと目配せをして犬の怪人は静かにそう言うと、強欲の怪人を豪腕で捉える。

 

 「あぁ!?」

 「チワワ、強欲の怪人を捕まえた」

 

 犬の怪人の攻撃を先程まで当たらなかったのに、今度は捕まった。

 

 褒美をもらえると勇み、冷静さを欠いた判断能力の甘さが招いた結果がこの掴まれた状態。

 

 「うーん・・・やっぱり弱いのかな・・・わたしもしかして失敗したかな」

 

 少し肩を落とすミヤコへ、オーク怪人がフォローを入れる。

 

 「そんな事はありません。あいつのやる気がないだけです」

 

 怪人開発まで失敗となると、いよいよミヤコの立ち位置が危うい。それだけはなんとしても阻止せねばならない。

 

 (ブヒ・・・あの失敗作・・・いや、強欲の怪人、どうにかできないものか)

 

 オーク怪人とミヤコが見る強化ガラスの奥では、犬の怪人に数々のプロレス技をかけられてボコボコにされていた。

 

 口先だけの態度と今回の訓練。あまりにも低い数値に、強欲の怪人を失敗作だったと思い、オーク怪人は思わずニヤけていた。

 

 強欲の怪人を鼓舞するために、女性戦闘員の応援や札束の山等を見せつけても、この訓練にて強欲の怪人は一度も犬の怪人にダウンを取れなかった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 各怪人に用意された部屋。強欲の怪人ももれなく用意された自室にあるベッドの上で、白い天井を見上げ腕で額を拭う。

 

 今日は訓練とかいう理不尽な暴行に、強欲の怪人は嫌気がさしていた。

 

 まだ出していないが、きっと自分にも何かしらの能力がある筈。しかし、出し方は解っていても、今日の犬の怪人を相手にはそれを出そうとはしなかった。

 

 (金とか、女とか、飯とか、酒とかじゃねぇんだよなぁ)

 

 誰が聞いているのか解らないから、強欲の怪人は頭の中でそう呟く。

 

 (俺はあのお嬢ちゃんを手に入れたいぜぇ・・・)

 

 あのお嬢ちゃん・・・ミヤコを指したその言葉。強欲の怪人に何か来るものがあったのか、ドクターミヤコの顔を見てある感情が芽生えていた。

 

 その感情をなんと言うのかこの怪人は知らないが、きっと自分の中に溢れ出る様な欲望の一つに過ぎないのかもしれない。

 

 (あぁ・・・お嬢ちゃんの顔が頭から離れないぜぇ)

 

 ドクターミヤコの口元を隠す笑みや、自分に心配してくれる表情、皆を仕切るあの行動力。素直に怪人達があの人間に言うことを聞いてしまうのがなんとなく解るような気がする。

 

 でも強欲の怪人は言うことを聴く気は無い。それどころか、自由を既に求め始めて次の行動を模索している。

 

 (とりあえず、この組織を乗っ取るだろぉ?それからミヤコを奪うだろぉ?そしたらこぶたちゃんをボコしてぇ・・・)

 

 力が沸き立つ感覚が身体に広がるが、それを強欲の怪人は気づかない。

 

 (あぁ、そしたら大金を手にして女をはべらすのもぉ、いいなぁ)

 

 闘気が放出する。

 

 (そんでそんでぇ、酒をたらふく飲んでぇ夜遊びもしてぇなぁ)

 

 さらに力が沸き立つ。そこで身体を身震いさせるのだが、特別気にならない。

 

 (そしてぇ、このアジトとやらを俺好みに改造するのもアリだよなぁ)

 

 欲が止まらない。次々としたいこと、欲しい物が頭の中に浮かびそれを実行するだけの力が溢れる事を強欲の怪人は気づかない。

 

 「ぐふ、ぐふふ、ぐふっふふふふっふ・・・」

 

 闇の中で色の違うもう一つの闇が動きだそうとしていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ハァ・・・ハァ・・・」

 

 唸る様な、絞り出す様な。それをなんと表現すればいいのか解らない。きっと誰もがそう言うに違いない、掠れた声の如く呼吸を行う。

 

 強欲の怪人の身体の震えが止まらない。寒いわけでは無く、かといって何かに恐怖している訳でもない。

 

 これは喜びだ。自分の欲望への歓喜に震える喜び。

 

 自分の思いつく全てに体中の細胞が喜びに満ち溢れ、直ぐに爆発しそうな衝動に駆られる。

 

 今直ぐ殴りたい、倒したい、壊したい、殺したい、犯したい、食べたい。

 

 様々な感情から溢れる衝動に、身体が追いつかない。

 

 強欲の怪人が歩を進めるのはドクターミヤコの研究室。

 

 そこに確実に居るであろう、あの女を自分の手中に収めたい。

 

 「お、新しい怪人様だ・・・」

 

 戦闘員の一人が強欲の怪人を見つけると、一種のコミュニケーションだろうか、軽々しく話しかけてくる。

 

 「お前ぇ、女は好きかぁ??」

 

 戦闘員はさも当然の様に頷く。ヘルブラッククロスに所属している人間は全て例外なく、法や秩序を嫌い悪を好む者しかいない。

 

 ソレ以外に理由はない。

 

 「なぁ・・・俺と一緒に暴れないかぁ?」

 「え・・・?」

 

 困惑する戦闘員の頭を掴むと、長髪を振り乱し戦闘員を投げ飛ばす。

 

 戦闘員がぶつかった先は、戦闘員の休憩室。

 

 煙を吐き火花を散らす扉の奥から、この大きな破壊音に何事かと戦闘員達が出てくる。

 

 「な、なんだあれは」

 

 戦闘員をまとめあげる紫が、強欲の怪人を目にしその暴走とも呼べる力に威圧される。

 

 「ドクターにご報告せねば」

 「俺とぉ!遊ぼうぜぇ!」

 

 女から次は暴動、そして次は遊びたい。

 

 欲の入れ替えが止まらない程に、強欲の怪人は次々と自分の欲を言葉に暴れ始める。きっとここに来るまでも戦闘員達が被害を被ってきたのだろう。

 

 「戦闘員!あいつを捉えろ」

 

 紫の号令に戦闘員達が束になるも、一瞬でそれらは瓦解する。

 

 人間二人を持ち上げながら、人で人を殴るその攻撃性の高さに紫は驚愕する。

 

 「いくら怪人の癇癪とはいえ、これはやりすぎだ!」

 

 なぎ倒されていく戦闘員達を尻目に紫はドクターの研究室へと向かいつつも、通信機を開きミヤコの部屋にいるであろうオーク怪人に繋ぐ。

 

 『何事だ、紫』

 

 オーク怪人は直ぐに通信に出てくれた。これに安堵するも、安心はしない。

 

 「よく聞いてくれ、強欲の怪人が暴れている!戦闘員やアジトのところどころ壊されているんだ。ドクターは近くにいるかい」

 『それについては把握済みだ。ドクターなら・・・』

 

 オーク怪人が話し終えるよりも早く、ミヤコの声が紫の通信機に入ってくる。

 

 『今隣で聞いていたよ。紫』

 

 ドクターミヤコの声を聴くことで、紫はここでようやく安心する。

 

 『たった一人で暴動を起こすなんて・・・くふふ、素晴らしいね』

 「感心している場合ですか。今確認しただけでも、ミヤコ派の戦闘員のほとんどが死亡確認のシグナルを出しています!」

 『知ってる。それにさっきからこの暴動をわたし達は把握しているしね。くふふ、こうなったらしょうがないね。紫、強欲の怪人をしばらく足止めしていてくれるかな?こっちで対策は取り始めているんだ、頼むよ。くふふ』

 「もちろんです!これ以上はマズイ」

 

 通信を切ると、すぐ真後ろでは紫を守ろうとした戦闘員が首をひねられ、一瞬で絶命している。久しぶりに怪人へ恐怖した。

 

 「なぁぁあああ!俺とぉ、遊ぼうぜぇぇ!」

 「遊び感覚で殺されてたまるか!」

 「じゃぁ、サクっと飲もうぜぇ!!」

 

 言いながらも戦闘員の生き血をすすり、腕をもいだり、頭を握りつぶしたりとやりたい放題で暴れている。

 

 「これでも喰らえ!スライムランチャー!」

 

 腕に仕込んだ小型のスライムランチャーを、強欲の怪人へ向けて打ち込むも強欲の怪人はそれを本当の意味で食らう。

 

 本当に食事しているその異様な光景に、紫は怖気が止まらない。

 

 「ちっ、足止めすると言っても、戦闘員やこの平気では役不足だな・・・」

 

 長い廊下を走り抜けながら、緊急防火シャッターのボタンを押し込み、走る紫の真後ろに分厚いシャッターが閉まる。

 

 「おぉぉいぃ!今度はかくれんぼかぁ!」

 

 二枚目三枚目とシャッターを閉じ、紫は呼吸を整える。

 

 シャッターの向こうでは強欲の怪人が窓を見る。

 

 上の階に見えるのは戦闘員達が、防衛の拠点を作り始めているのか資材等の運搬を始めていた。

 

 「あぁ?そっちかぁ・・・」

 

 家具などで固めたバリケードも、怪人によっては突破が難しい物になる。そして即席でバリケードを立てているという事は、そちらに何かが居るということ。

 

 「ぐふふ、女ぁ?酒ぇ?俺から隠し通せるとぉ、思うなよなぁ!!」

 

 雄叫びをあげると強欲の怪人は窓を破って、上の階へとよじ登り始める。

 

 「来たぞ!」

 

 戦闘員達がスライムランチャーや対ヘヴンホワイティネス用の武器をそれぞれ携帯して、強欲の怪人へと戦いを挑む。

 

 「邪魔ぁ、するなよぉ!!」

 

 恐ろしい程の暴力に戦闘員が紙くずの様に舞い飛び、バリケードをも打ち破って部屋の中心へと強欲の怪人が現れる。長い髪が尾ひれを引き、閃光の様に残像が追いつく。

 

 「ホッホッホッ・・・少々お痛が過ぎましたねぇ、小僧」

 

 強欲の怪人の目の前にいるのは怪人。戦闘員だけでは止めることができないと判断したミヤコの対策の一つ。

 

 つまりこの部屋のバリケードはブラフ。わざと見えるようにミヤコが前もって動かしていた作戦の一つである。

 

 それに強欲の怪人は見事に引っかかり、今は紐の怪人が強欲の怪人を止めるためにここに派遣された。

 

 「俺とぉ、飯食べようぜぇ?」

 「お前の様に汚らしい者と食事などするわけ無いでしょう」

 「じゃぁ、一緒に何かぶっ壊しにぃ、行こぅ!」

 

 目の焦点は合っていなく、ぐりぐりと動かしながら、強欲の怪人は暴走し続ける。

 

 「ホッホッホッ、いいでしょう。君の言葉を借りて言うなら」

 

 紐の怪人の瞳が開く。あやとりにも見えるその造形の眼球に、強欲の怪人が面白そうに目を見開く。それに対して紐の怪人が、言葉を続ける

 

 「ぶっ壊してあげましょう。行きますよ、強欲さん!」

 「ぐふふふぅ!!」

 

 紐の怪人と強欲の怪人が交戦を開始する。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 とうとう怪人同士の戦闘が始まってしまった。

 

 ドクターの研究室では、ミヤコ、オーク怪人、触手の怪人がモニターを観察していた。

 

 オーク怪人はドクターミヤコを見ると、ミヤコの悲しそうな顔つきに心を痛める。

 

 いくら興味を持たないと言っても、自分の造り出した子供の様な存在、怪人。

 

 それらが戦闘をするとは思っていないし、ミヤコからすれば大切にしたい怪人達。

 

 強欲の怪人だってその一人なのだ。

 

 「戦闘力が飛躍的に向上している・・・くふふ」

 

 悲しみがあるのにも関わらず、ミヤコは研究心で上書きしていく。それを何度か見たことのあるオーク怪人は、ギンジが裏切った時のミヤコの顔を思い出す。

 

 「・・・あんなのでも仲間です。必要とあれば、このオーク、貴女の為にいつでも動けます。ご命令を」

 

 軍帽から覗かせる険しい表情になるオーク怪人はミヤコへ敬礼を行う。

 

 「くふふふ、ありがとう。オーク怪人、少しだけ待って欲しい、な・・・あ、あれ、あれれ」

 

 ミヤコがフラフラと倒れそうになり、それを触手の怪人が支える。

 

 「大丈夫ですか、ドクター」

 「くふふ・・・ありがとう・・・」

 

 ここ数日の寝不足、そして成果の出ない日々、今回の強欲の怪人の暴動。

 

 ミヤコへのストレスの大きさは計り知れない。そのまま触手の怪人に守られる様に、顔色悪くうずくまる。

 

 「あちゃー紐っち負けてますね」

 

 触手の怪人がミヤコを支えながら、モニターを見ると紐の怪人は強欲の怪人を止めることが出来なかったようだ。

 

 「状況は好転しないな・・・」

 

 オーク怪人は軍靴を鳴らし、研究室のモニター近くのマイクを手に、それぞれブラフに配置させた怪人たちへ指示を出し始める。

 

 それぞれの怪人達の持つ通信機にのみ通じる回線を通し、オーク怪人は言葉を発し始める。

 

 「聞こえるか、怪人諸君。指揮官であるドクターは現在休息を取っている。その間はこの私オーク怪人が指揮を取ることとする」

 

 軍人らしいハキハキとした口調でオーク怪人は、マイクを握り続ける。

 

 「剣士の怪人はこのまま、本部への道を犬の怪人と共に封鎖。総統や他の派閥、特にリコニスには勘ぐられるな」

 

 犬の怪人がモニターを通して敬礼を行う。

 

 「次にタコの怪人は、研究棟のインフラを一時的に遮断せよ。理由はなんでもいい。ここで暴動が起こっていることを悟られるな」

 

 タコの怪人から手元の端末へメッセージが送られる。

 

 【りょうかーい^_^】

 

 喋れない分、こういうやり取りはやや可愛げのあるものとなり、少しだけ張り詰めた緊張感がほぐされる気分になる。

 

 「そしてサキュバスの怪人は、もしできるのであれば奴の性を吸い尽くせ。ただし交戦には入っても絶対に殺すな」

 『はいはーい。別に殺っちゃってもいーんしょ?』

 「駄目だと今言ったはずだが・・・?」

 『オークっち、冗談通じ無さすぎ〜!』

 

 この冗談のやり取りも信頼故か、お互いに口元を緩ませる。今はそんな事で笑い合っている状況ではないことを直ぐに理解すると、お互いに通信機を切る。

 

 「触手。貴様にも迎撃に出てもらおうかと思ったが・・・」

 「あっしはドクターを診ていますよ。正直あんな暴れ方するやつを、あっしが止められるとは思いませんしね」

 「了解した。迎撃はこの私が出よう。ドクターを頼むぞ」

 

 二人の怪人が頷くと、オーク怪人は研究室を出る。

 

 『オーク、こっちには強欲は来ていません。通信越しだと、奴はまだ2階で暴れている模様です』

 「済まない。状況は随時報告を頼む」

 

 剣士の怪人からの報告を聞き入れると、急ぎ2階へと進む。

 

 「これ以上ドクターの顔に泥を塗るならば、容赦はせんぞ強欲・・・ッ!」

 

 オーク怪人にとって見れば偉大なる母の存在、ドクターミヤコ。そんな彼女が生み出した怪人がギンジよりも酷い暴走を起こす。

 

 「許さんぞ・・・」

 

 怒りとも闘志とも取れる言葉を吐き捨てると、軍靴から重い音を鳴らし廊下を走る。

 

 オーク怪人を見送った触手の怪人は量産中の鎧の怪人を、6人出撃させる。

 

 「頼みまっせ、みなさーん。ドクターの為に働いてもらいますからね」

 

 コンテナから出てきた鎧の怪人はミヤコへ敬礼を行うと、直ぐに研究室からオークを追いかける様に廊下を突き進んでいく。

 

 一方、本部への道に通じる検問所では、剣士の怪人と犬の怪人が防衛の為に立っていた。

 

 「くっふっふ・・・犬さん、貴方も迎撃に出ても構いませんよ」

  

 いつものビキニアーマーの上から腕組みをしながら、犬の怪人へ視線を送る。

 

 「チワワ、ここを守れと言われた」

 「ええ、解っています。ですが、あれだけの戦闘員を蹴散らす強者、果たしてオークさんだけで止められるでしょうか」

 

 パワードスーツで強化されてるとは言え、決して弱くはない戦闘員をゴミの様に潰して回る強欲の怪人の強さは間違いなく怪人としての強さを誇示するには十分だった。

 

 昼間の訓練からは想像できない程の急成長っぷりと言うか、隠された実力は何をしてくるか解らない。

 

 「わたくしに言わせれば、貴方の鉄壁の筋肉が必要なのでは、と愚行しますがね」

 「くーん・・・でも命令だし・・・」

 

 お互い命令によってここに居る。ミヤコの指示はそれ程までに絶対の権限。

 

 「オークさんだけで止められると思いますか?」

 「・・・」

 

 剣士の怪人の口調は淡々としているものだった。

 

 「ここの防衛は、本部ガワも、内側の強欲の怪人にも両方を通さないものだ・・・チワワは、ドクターの命令を守りたい」

 

 犬の怪人の筋肉は非常に強い。攻防兼ね備えるその力を剣士の怪人は買っていた。

 

 「でも、それ以上にドクターの心を守りたい・・・」

 「見事です。犬の怪人」

 

 ここでも二人の怪人はうなずき合う。犬の怪人が裸足の強い一歩を踏み出す。

 

 「剣士の怪人!チワワはこれより、オーク怪人の援護に出る。ここを頼む。チワワ、お前を信じる」

 「気持ちは一緒ですよ。犬の・・・いえ、チワワ。ここはわたくしが死守します。たとえヘヴンホワイティネスが来ても防衛しましょう」

 

 覚悟の大きさはそれぞれでも、背負う想いはどの怪人も一つだ。

 

 ドクターミヤコを守りたい。その気持ちだけは何もゆるがない。

 

 「頼みましたよ、チワワ」

 

 同じ攻防一体型の怪人同士の友情か、剣士の怪人は走る犬の怪人の背中を見送り、悪に染まった怪人では出せない笑みを浮かべる。犬の怪人も同じ様に、背中から感じる期待、信用に笑みを浮かべる。

 

 「待ってて、ドクター。チワワ、直ぐに行く」

 

 怪人の大きな覚悟がそれぞれ動きだしていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ドクター!ご無事ですか?」

 

 研究室に駆け込んできた紫は、触手の怪人とぶつかりそうになる。

 

 「くふふ・・・大丈夫〜」

 「少し疲労があるようで、今はあっしをベッド変わりに休んでもらっていますよ。ああ、まだここでは戦闘はないっすね」

 

 顔色が悪いが、いつものドクターの姿を見て紫は大きく安堵する。

 

 「よくぞご無事で。この紫、安心いたしました」

 

 時代劇みたいな姿勢でミヤコの無事を祝うと、次はモニターへ顔を向ける。

 

 「強欲の怪人はまだ2階か・・・」

 「今はオークが迎撃に向かってるんすよ。あっしも行きたいけど、ドクターを診ていないといけんですし」

 「いや、それはいい。ドクター、ひとつお伺いしても?」

 「うん・・・なんでもどうぞ」

 

 触手の上でぐでーっと倒れるミヤコの顔色は体調不良そのもので、あまり今のミヤコに無理はさせたくない。

 

 紫には気になる事があった。それは訓練ではやる気を出さなかった強欲の怪人が、今なぜあのような暴動を単身行っているのか。

 

 「うーん・・・」

 

 ミヤコが少しだけ考えると、ハッと気づいた素振りで、でも身体を起こさずに紫に指を指す。

 

 「欲望をたくさん出しすぎて、自分でコントロールができないのかも・・・」

 「と、言いますと?」

 「本来、フェーズ2の怪人にはある特徴、つまり能力を持っていてね・・・」

 

 少し落ち着かない呼吸でミヤコは紫と触手の怪人へ、フェーズ2の怪人が持つそれぞれの能力について話し出す。

 

 「まず、触手、犬、タコ、コウモリ、オーク、鎧はフェーズ1。この子達は最初は能力を持たず、肉弾戦でしか戦えない」

 

 しかし長く生きて知識や、闘争を行い続ければ必ずなにかの能力を得る。端的に言えば進化だ。

 

 「そして・・・そういった進化の段階を超えて造られたのが、フェーズ2だよ。バーナー、剣士、サキュバス、今暴れてる強欲。そして・・・」

 「ギンジ、か」

 

 紫はその名前を出すと、表情は見えないものの声音に不機嫌な感情が籠もる。

 

 「で、フェーズ2はそれぞれ能力を自身でコントロールは出来るんだけど、感情や思想によってここまで暴走するとは思っていなかったよ。くふふ・・・」

 「あっしからも聞きたいんですが、なんで強欲ニキはあんなに強く?」

 

 触手の怪人の質問こそが紫も聞きたい本質だった。

 

 「わたしが設定した能力だと、思想をたくさん練れば練るほど力を増す・・・そういう能力だったはずだけど。あー紫、そこのバインダーとって」

 「これですか」

 「そーこれ。ありがと」

 

 相変わらず横になったまま、ミヤコは具合が悪いままだった。

 

 「あーこれだ」

 

 ミヤコは手元のバインダーを紫に見せる。

 

 ・自分勝手な性格。

 ・欲を考えると力が増す

 ・増した力は制御可能

 

 との内容にさらに困惑し首をかしげる紫。

 

 「制御可能・・・?しかし、奴は今暴走していますよ」

 「うーん、そこなんだよね。わたしは数値の設定だけは間違えないし・・・」

 「もしかしたら自分でも制御不可能な程の力を蓄え続けたんすかね?」

 「・・・」

 「くふふふふ。面白いこと言うね」

 

 触手の怪人の何気ない一言に、ミヤコと紫は顔を見合わせる。

 

 「くふふふ。つまり彼は自分で力を溜めすぎて、暴発しているんだね。さすがわたしの怪人。さすがわたし」

 「ドクター・・・ですがこれでは、強欲の怪人を処分せねばならなくなりますよ」

 

 紫が処分と言う言葉を吐くと、口元を抑える。

 

 「失礼いたしました。今のは失言でした」

 「処分・・・処分・・・それだよ、紫」

 「え?」

 

 ドクターミヤコは再び科学者としての欲に負ける事になる。

 

 それは奇しくも強欲の怪人と同じ気持ちになったのかも知れない。

 

 ただし、実行できる者か、実行できない者か、ミヤコと強欲の怪人とでは欲の規模も種類も違っていた。

 

 そして触手の怪人の上から起き上がると、ミヤコは薄気味悪い笑みを浮かべる。

 

 その表情は体調不良の顔色の悪さも相まって、まさしく【悪】そのものというのが相応しい顔。怪人が死ぬことを本来は良しとしないミヤコから衝撃の言葉が告げられた。

 

 「くふふふふ。強欲の怪人を処分しよう」

 

・・・・・・・・・・・・・

  

 オーク怪人が研究室を出て、走り続けていた。向かう先は強欲の怪人が暴れる2階。

 

 「これ以上の破壊と騒動は、本部にも届きそうだな。早めに

止めねば・・・」

 

 廊下は破壊され、戦闘員の死体がそこかしこに散っていた。

 

 血で染まった廊下を踏み越え、オーク怪人には焦りが見える。

 

 「この階段を降りれば・・・」

 

 下階からは悲鳴が聞こえる。その聞こえた断末魔に歯ぎしりしながら、オーク怪人は苦虫を噛み潰した表情で、階段を飛び降りる。

 

 階段を降りた先では、ここでも戦闘員の死体や平気、割れた窓に壊された兵器、資材の数々。

 

 これ以上戦闘員が死ぬことはいいとしても、ドクターの造った兵器や物が壊されるのはオーク怪人にとって許せない。なんとしても止めねばならない。

 

 「ドクターの心血注いだ努力の結晶を、あんな奴にないがしろにされてたまるか・・・!」

 

 焦りの他にも、怒りを露わにする。どれだけの破壊をすれば気が済むのか。

 

 オーク怪人の通信機に連絡が入り、画面を覗くとそこにはドクターの発信である事が解るシグナルが来ていた。

 

 「ドクター!体調は大丈夫なのですか」

 

 どうしようもない程の気持ちになりつつも、その言葉しか出てこない。そんな自分に嫌気が刺しつつも、オーク怪人は走りながら通信に出る。

 

 『ごめんねオーク。ちょっと心配をかけたね』

 「もったいないお言葉です、ドクター」

 『くふふふ・・・オークにお願いしたい事があるのだけど、良いかな?』

 「ブヒ、なんなりと」

 

 ドクターの頼みであれば命令であろうとなんだろうと、オーク怪人は聞き入れて来た。それが怪人として当たり前であり、怪人の存在意義だとオーク怪人は信じて疑わない。

 

 『くふふふ・・・オーク怪人、わたしの強く賢い怪人に命じます。強欲の怪人を処分してきなさい』

 「・・・今、なんと」

 

 思わず走る脚を止める。

 

 衝撃の一言だった。強欲を処分・・・?

 

 あのドクターが自分の造りあげた怪人を怪人同士で処分させる・・・?

 

 「ど、ドクター。強欲の怪人を処分と、言うのは・・・殺す、という事でお間違いないですか?」

 

 おずおずと聞いてはいけない事だと思ったが、オーク怪人はミヤコへ質問を返す。

 

 『そうだよ。オークの言ったとおり、アレを殺して欲しい』

 「・・・理由をお伺いしても?」

 『あの怪人をこのまま野放しにしては行けないと思ったし・・・それに戦力増強にはもう一つ方法もあったと思ってね。くふふ』

 

 いつもの笑い声でミヤコは続ける。

 

 『何も怪人を増やすだけではない。オーク、君をフェーズ2としてさらなる強化を施したい』

 

 一応オーク怪人もフェーズ2の領域に居る事は、ドクターミヤコ自身も知っている。だが、能力の覚醒に至っていない事も、オーク怪人もミヤコも知っている。

 

 能力・不明。それが現在のオーク怪人の素性。

 

 『君が何の能力を使えるのか、そして覚醒しているのか。それをあの強欲の怪人にぶつけてみて欲しい』

 「しかし・・・」

 

 オーク怪人も解っている。あの強欲の怪人を止めねば、いずれ本部にもこの騒ぎを聞きつけ、リコニスとか面倒な存在がこちらに来るかも知れないと。

 

 かと言って、ミヤコが止められるか解らない存在になってしまった、強欲の怪人を止められるのは同じ怪人だけ。

 

 オーク怪人は殺さない様に指示を出したのに、ミヤコは殺せと指示を出す。

 

 『・・・あれはもう、わたしの怪人ではないよ。ここまで暴れられたら、流石に総統もお許しにならないだろうしね。それに、わたしの部下をここまで酷い目に合わせたお礼はするべきだと思うしね。研究棟の破壊も許せない』

 

 寂しそうな声音はオーク怪人の心に、沈むように届いていく。

 

 『裏切りではなく、私利私欲で暴れているなら殺処分しかないよね・・・』

 「では、私の手で、始末をつけさせていただきます」

 『よろしく頼むよ。いつもごめんね。汚れ仕事ばかり』

 「何を言いますか。ドクターの為なら、なんだってしますよ。ブヒ」

 『ありがとう・・・』

 

 ミヤコのお礼にオーク怪人は強欲の怪人を止める、ではなく倒すに使命が変わる。

 

 (お優しいドクターがここまで想うのだ。私がその期待に応えて見せよう)

 

 再び脚を早める。

 

 強欲の怪人が暴れるのは2階。再び肉が潰れるような破壊音。

 

 その音が近くなる場所まで進んでいく。

 

 「いっぬううーーー!!」 

 

 曲がり角に面した時、オーク怪人の目の前に犬の怪人が吹っ飛んでくる。

 

 「犬!何をしているんだ」

 「きゅーん・・・チワワ、油断した」

 

 犬の怪人が飛んできた方へ目をやると、その先には長い髪を振り乱し全身から血の匂いを染み付けた強欲の怪人。

 

 「出たな・・・」

 「ぐふふふ・・・遊んで、食って、犯して、殺して、奪って・・・ぐふふげひゃははは」

 

 「犬、お前も先に戦っていたのか?」

 

 壁にめり込んだ犬の怪人を背に、オーク怪人は語りかける。

 

 「ぐう・・・あいつさっきより強い」

 「だろうな・・・ここは私が出る!お前は・・・」

 「いいや、チワワも戦う。ドクターの為に、力にならねば」

 「フン。気持ちは一緒だ。脚を引っ張るなよ」

 「さぁあああ遊ぼうぜぇ!!!」

 

 支離滅裂な事を口走り、なおも暴走が止まる気配が無い。欲ばりすぎた結果がこれなのでは、ドクターもさぞ悔しい事だろうと、オーク怪人は考える。

 

 「行くぞ強欲!」

 「食っちまうぞぉぁ!」

 

 誕生した時の挨拶から、強欲の怪人が気に入らないと思っていたオーク怪人と強欲の怪人が拳を交差させてお互いの顔に当たるも、強気な視線はこれだけでは落ちることはない。

 

 「チワワハイマッスル!」

 

 犬の怪人もそれに合わせて筋肉を膨張させ、引いたオーク怪人と入れ替わるように、強欲の怪人へとタックルを決めようと豪腕を広げるも、強欲の怪人の人間の部分的にはありえない身のよじりかたで避けられる。

 

 「遅いんだよぉ!間抜けぇ!!」

 

 犬の怪人の真下に仰向けで潜り込み、おおよそ犬の怪人が視認できない程の早さですさまじい殴打を連続で叩き込む。

 

 強靭な筋肉に穴を穿ち、犬の怪人の身体が空中に浮きあがり、顔にめがけてサマーソルトキックが命中する。

 

 「ぬぅ?」

 

 このまま勝ったと思い込んだ強欲の怪人の右足を、その豪腕で捕まえると、遠心力を込めて硬い床に叩きつける。

 

 「よくやった、犬!」

 

 オーク怪人がの捨て身の攻撃に援護をするために、床に叩きつけられた強欲の怪人へ、全体重をかけた踏みつけを当てようと飛び込む。

 

 「ぐふふひゃははへへはぁ」

 

 下卑た高笑いをしながら、強欲の怪人が身を捻り犬の怪人の拘束を抜けてさらには、オーク怪人の踏みつけをも避ける。

 

 砕ける程の威力の踏みつけに、強欲の怪人はそれでも笑う。

 

 「避けるな貴様!」

 「もう一回捕まえるのは、厳しいぞ、チワワ」

 

 防御力だけは自信のある犬の怪人の筋肉に、穴を開けるのは今の所剣士の怪人との訓練でしか見たことのないオーク怪人は、血を吹き出しながらも立ち上がる犬の怪人より一歩前に出る。

 

 「下がれ。このままではお前も危ない。ドクターを悲しませるな」

 「・・・血が止まれば、直ぐに、手助けする・・・」

 「頼む」

 

 話している間にも、強欲の怪人がオークの身体めがけた鋭い攻撃が迫りくる。

 

 「先程の拳もそうだが、ここまでの力を持っていて・・・貴様は何を考えているのだ!」

 「俺はよぉ、全部自分の夢を叶えたいんだよ、ぐふふ」

 「その夢が、こんなことか!」

 

 強欲の怪人の腕を掴むオーク怪人と、胸ぐらを掴み首を締める強欲の怪人。

 

 拮抗する力でお互いに押し合いになる。掴んだ腕を折るぐらいの力を込めているのに、異常な硬さだ。

 

 (これがこいつの能力だと言うのか・・・)

 

 欲望の数だけ力を増す。そうだとしたら、組織の目的も、ヘヴンホワイティネス撃破も、ギンジの奪還も一気に楽になるだろう。

 

 それなのに、自分の夢とやらをこんな暴力に頼ったやり方で暴走し、敵も味方も区別がついていない。しゃべることも支離滅裂。

 

 おまけにドクターを悲しませる。

 

 こいつが許せない。全てにおいて。

 

 「許さんぞ!強欲!!」

 「じゃぁ、許してくれるまでぇ、俺とエロい事しようぜぇ!」

 「狂っているな貴様・・・せぃっ!」

 

 腕を上に引っ張り上げ、肩に回し思い切り投げる。一本背負い投げの様に技を決めると、強欲の怪人は投げられるその衝撃を生かしたまま、着地し、強い衝撃音を残す。

 

 「ぐひひはは、いいなぁ!」

 「ぬおっ!?」

 

 次は強欲の怪人が怒涛の殴打を繰り出す。

 

 指先も強くなっているのか、オーク怪人の軍服を難なく貫き、確実にダメージを与えていく。

 

 「ぐっふひゃふぃふぃふぁ!倒れろ倒れろ倒れろ!壊れろ壊れろ壊れろ!死ね死ね死ねぇぇぇ!!!」

 

 軍服を裂き、肉を破り、骨を砕く。喧嘩技術ではない、怪人の腕力、脚力をたくみに操る攻撃はオーク怪人が倒れ骸と化するまで止まらない。

 

 「・・・ぬぅ・・・ッ!!」

 

 止まらない連続攻撃に、オーク怪人は防戦一方となる。

 

 (次の攻撃に、2手先を考えねば・・・)

 

 オーク怪人の得意な事は、自分で考え常に思慮深く戦闘の先を考察すること。

 

 しかし思考が追いつかないほどの猛攻に、防御を崩さないで戦うだけで精一杯だ。

 

 (どうする・・・このままではジリ貧だ・・・)

 「もらったぁ!!」

 

 交差した腕を弾かれ、心臓、首、頭ががら空きとなる。

 

 (マズイ・・・!!)

 

 今この瞬間。強欲の怪人の動きが遅く見えた。

 

 繰り出されるのは左手の突き。これがまともに当たれば間違いなく致命傷になる。

 

 「チワワ・・・スマッシュ!!」

 

 ガードを崩されたオーク怪人を手助けしたのは、犬の怪人。

 

 強欲の怪人を背後から殴り、攻撃を中断された事でオーク怪人が裏拳を強欲の怪人に命中する。

 

 怒りを込めた一撃はいつもより強く、そして人間ならば確実に死なせる事ができる威力。

 

 「すまん、助かった」

 「ふぅ・・・でも、ここまでですよ・・・チワワ、いまので体力切れた」

 

 膝をつきながら犬の怪人は、肩で呼吸する。

 

 「後は任せてもらおう。ブヒ」

 

 オーク怪人が犬の怪人の肩を優しく叩くと、すぐに強欲の怪人へと駆け出し、ドロップキックを決める。

 

 「ぐぶっ」

 「骨まで砕けろ・・・!」

 

 アジトの壁を強欲の怪人ごと貫き、二人で中庭に落ちる。体重的にも先に地面に落ちるのは、オーク怪人だ。

 

 「来い!強欲!ここで決着をつける!」

 「ぐふふ・・・女ぁ、遊びぃ、しようやぁ」

 

 中庭の芝生に落下しながらも、近くの瓦礫を掴みオーク怪人へと、何個も投げつける。

 

 それらを弾き、防ぎ、撃ち落としながら、空に浮かぶ強欲の怪人を睨む。

 

 「小癪な真似を・・・」

 「一緒に壊そうぜぇ!!」

 

 また一つ強欲の怪人に力が沸き立つ。

 

 こんな簡単に強化ができる贅沢な能力なのに、ドクターに付かないとは非常にもったいない。

 

 「壊すのはお前だけだ!」

 「ぐぅえうぇっへははははっひひひ!!力が、力が、溢れてくるぜぇ!!!」

 

 素早さが増し一直線に強欲の怪人が飛び出すと、長髪が尾ひれを引くように残像が発生する。

 

 驚くべきはその残像が発生する程の速さ。そこから繰り出されるのは強力な一撃。

 

 明らかな実力差を見せつけるには十分な鋭利な殴打は、オーク怪人の腹部にめり込むと、スクリューするように腕を回し体格差のあるオーク怪人を中庭入り口の門までぶっ飛ばす。

 

 「ぐふっぐふっえうぇひうふぃすへへへ!!!」

 

 力が止まらず、溢れ出し、身体がどんどん進化していく感覚と、頭の中に無限に出てくる無限の欲。

 

 「やるな・・・この力が制御できていれば、貴様は一流の戦士だと言うのに」

 

 土煙を振り払いオーク怪人は立ち上がる。破壊力は抜群でも怪人を一撃で仕留めるには程遠い物だった。

 

 (しかし・・・距離が離れても、この私でさえ反応できない速度。そして防ぎようの無い、拳の一撃。どうするか・・・)

 

 考えている間にも強欲の怪人が残像を後ろに追わせて、自らが特攻してくる。オークが身構えるよりも早く、頭部を捉えた蹴りにオーク怪人は再び飛ばされる。

 

 (厄介な・・・次はどう来る!)

 

 再び距離を離された。あの速度で接近か、飛び道具でも使うか、それとも目標を変えて逃走するか・・・。

 

 (どうにも対処が難しい・・・攻撃だけはなんとしても耐えるか?)

 

 踏ん張って耐えようにも、強欲の怪人の一撃に飛ばされずに立ったままいられるだろうか。捨て身の行動は今は命取りになりかねない。

 

 「ほらぁ!!次は何すんだぁ!!」

 

 強欲の怪人は目の前に現れる。そしてオークの全身めがけて再びあの連続殴打。防御が遅れて攻撃をフルヒットさせてしまう。

 

 しかしオーク怪人は退かずに、この攻撃に対して同じ様に連続で攻撃を与える。このまま何もしないのでは勝てないと読んだからだ。

 

 拳や足技が巡り合う度に、強欲の怪人の攻撃速度が上昇していく。

 

 きっと勝ちたいというのも欲なのだろう。そんなささいな欲望でさえ、願えば強欲の怪人が強くなっていく。

 

 無限に進化し続けるこの怪人にオーク怪人は、勝てる算段をなんとかして頭の中に構築する。

 

 しかしこの肉弾戦の鍔迫り合いは、強欲の怪人の力押しで制される。

 

 「チィっ!」

 「ぎょえへへへ」

 

 下卑た笑いに苛立ちが強く出てくる。

 

 「負けるものか・・・!」

 

 そうは言っても、肉体的な強化が常にかかる強欲の怪人には最早疲労すら無い。対するオークは疲れる一方だ。

 

 強欲の怪人の連続殴打の嵐が再びオーク怪人を襲う。

 

 (右手、左手、右手、左足、左足、右手、右足、右手)

 

 次々と繰り出される攻撃にオーク怪人は不思議な感覚を覚えた。

 

 何故か強欲の怪人の攻撃に繰り出す四肢を、頭の中で全て理解した。とは言え攻撃を防いだわけではないのだが、次の攻撃の順番が見えた。

 

 (これは・・・なんだ?)

 

 今も攻撃を受けているのだが、その先の攻撃が脳裏に浮かんでくる。

 

 この殴打が終わったら、顔面を狙った頭突き。

 

 その映像が切れる瞬間にオーク怪人の意識は、目の前の強欲の怪人に戻される。

 

 2つの意識で、目の前の物事に対応させられた様な気分に、頭の中が困惑しそうな気持ちになる。

 

 殴打が終わり、次の攻撃は・・・。

 

 (頭突き!)

 

 あらかじめ来ると解っている場所なら直ぐに対応できる。同じ様に頭突きを繰り出す。豚の頭骨を怪人の細胞で強化した頭突きは、装甲車でさえ容易く打ち砕く。

 

 その威力は強欲の怪人の頭突きとぶつかり合い、強欲の怪人の頭部を逆に跳ね返すに至る、今までの最大の一撃となった。

 

 (これは・・・未来が見えたのか・・・?)

 

 断片的にだが、頭突きを貰う未来が見えていたのか、それともオーク怪人の読みが正しかっただけなのか。

 

 またオーク怪人の脳裏には映像が流れてくる。

 

 《強欲の怪人が立ち上がり、残像を追わせた突進。オーク怪人は吹き飛ばされ、首を締められる。》

 

 次は突進が来る。ならば・・・。

 

 「次はこうだ!!」

 

 オーク怪人の頭突きに押し負け、キレた強欲の怪人がオークの胸をめがけて突進をしかけてくる。

 

 オーク怪人は地面を踏み、芝生を盛り上げる。壁を作るまでは行かないが、盛り上がった土はオーク怪人の足元に程よい丘を作り出す。

 

 それを思い切り蹴飛ばすと、土の塊が強欲の怪人への目潰しになる。

 

 「ぬううあああああ」

 「それでも来るのか・・・!!」

 

 良いように事が運ぶ。その都合の良い映像は流れず、拳はオーク怪人の顔を貫いている映像。

 

 つまりこのままでは死ぬという、数秒先の未来。

 

 (ならば・・・) 

 

 今度はギリギリの所で避ける。手刀となった殴打は、オーク怪人の顔の横をすれすれに捉え、首と肩で強欲の怪人の手を抑える。

 

 そしてすかさず、強欲の怪人の肩を引っ張り、首に両足を引っ掛けた飛びつきで、体重をかけて折りに行く。

 

 飛びつき腕十字で押し倒しで抑え込むと、オーク怪人は次の一手を決めに行く。

 

 オーク怪人のフェーズ2の能力が覚醒した瞬間であった。

 

 その能力とは数秒先の未来を映像化する能力。

 

 (このままでは動けんからな・・・だから)

 

 だからオーク怪人は、一人では完全に倒す事のできないからこそ、頼りにできる仲間を呼び出す。

 

 強欲の怪人を処分するために。

 

 「ドクターへの忠義を示すのだ!出でよ!ヘルブラッククロスの怪人たちよ!」

 

 オークのその号令に、アジト内から次々と怪人達が出てくる。

 

 既にミヤコの命令で、研究棟に戻っていたのか、怪人達が一斉に中庭に出現していく。

 

 「絶対に許しませんよ、虫けらの分際でぇ!!」

 

 先ずは紐の怪人が伸ばした紐で、強欲の怪人を縛りあげると、芝生に何度も何度もぶつけていく。

 

 「さぁ!お行きなさい!」

 

 上へ投げると浮遊していたタコの怪人が、吸盤で強欲の怪人へと吸いつき、身体を絞るようにぐりぐりと強欲の怪人を締め上げる。

 

 「ぐうおおおお・・・離せぇ・・・!」

 

 墨を0距離噴射し、強欲の怪人を更に上空へと打ち上げる。

 

 「そんぢゃ、ちょーしコキすぎだからあんた。ちょー痛いよ、コレ」

 

 人刺し指と中指をピンと立てて、唇に添えると巨大なハートの形をしたキャノン砲を解き放つ。ぷくっと膨れ上がったそのハートは、強欲の怪人に当たると、爆発を起こす。

 

 「なぁんぅのぉ!まぁだぁだぁ!」

 

 その爆発の中でも元気いっぱいになりながら、強欲の怪人は大声をあげる。

 

 「ハァ?マジキモいんですけど。ウケる。触手、ぱぱっとやっちゃいなよ」

 「ハイパーデス・マンダリン・スゴイ・デ・ヤンスオメガテンタクル・エクストライクシード!!!」

 

 長ったらしい必殺技の掛け声と共に、様々な形状の触手でめちゃくちゃに叩き回し、強欲の怪人の口内に突きこんだグロテスクな形状の触手で、The・神経毒を流し込む。

 

 「ほら、チワワ、行け!」

 「ハイマッスル・ギガグリードダンク!!」

 

 空中に放りあげられた強欲の怪人を豪腕で抱きかかえると、そのまま頭から地面へ向けて叩き落とす。

 

 「ぐはぁ・・・いいかげ、んに」

 「次は任せた・・・剣士!」

 「では、おまかせを」

 

 地面に待つ剣士の怪人が居合抜きの要領で、剣を抜くと赤と黒い斬撃が強欲の怪人へ向けて繰り出される。

 

 「怪人剣術・イース・トゥルバレンツ!」

 

 剣士の怪人の必殺技が強欲の怪人を斬り裂き、今度こそ追い詰めた。

 

 「ブヒぃ・・・これで終わりだ・・・強欲!!!」

 

 最後のとどめにオーク怪人が左脚を強く踏み出し、右拳を硬く握り強欲の怪人の顔面を打ち貫いた。

 

 「・・・!」

 

 声にならない声で強欲の怪人が叫んでいるようだが、もはや顔がなくなった強欲の怪人は何も喋れず、噴水の様に吹き出る出血と、砕けて中身が飛び散った脳みそ。

 

 オーク怪人が腕を引き抜くと、剣士の怪人が亡骸となった強欲の怪人を細切れにし、犬の怪人が叩き潰す。

 

 「くふふふ、皆お疲れ様・・・」

 

 鎧の怪人と紫に守られるように、ミヤコが中庭にやってくる。

 

 オーク怪人を始め、この場にいる怪人達がミヤコに膝を折り、頭を垂れる。

 

 「皆、わたしの尻拭いをさせてごめんなさいね」

 

 強欲の怪人の自己中から起こった今回の事件は、どの怪人も紫もミヤコのせいだとは思っていない。

 

 「本当に、本当にごめんなさい」

 

 ミヤコの言葉に全員が表を上げる。

 

 視線の集まったミヤコは左の黒い瞳、右の人間の瞳を揺らしながら、悲しみと不甲斐なさに振るえた声で、だけどしっかりとした強い声音。

 

 ミヤコの失敗で、ミヤコの愛する怪人達が傷つき、部下はほとんどを失った。

 

 「その、ドクター。強欲の怪人の事は、あなたのせいでは・・・」

 「ううん。これはわたしの研究。わたしのミスで起こったことと同じ。だからわたしは責任を取るわ」

 

 ドクターミヤコの責任。その言葉に、その場にいる全員がドクターに背負わす申し訳なさを飲み込み、変わりに期待と羨望の眼差しを向け始める。

 

 「私が強欲の怪人の名を継ぐわ。くふふ。それが私の責任」

 

 ミヤコにも欲がある。他の怪人達も同じ様に欲がある。

 

 科学者としての欲望と、ギンジを愛していく欲望。

 

 それらはとてつもなく大きい欲。まさしく強欲なのだろう。

 

 「それからオーク。君には後でお話があるよ。研究室に来てね」

 「承知しました」

 

 研究棟で起きた戦いは終わりを告げた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 総統の座る暗く深い闇が漂う部屋で、ミヤコとオークが敬礼を行う。

 

 「オーク怪人が・・・フェーズ2として覚醒したと、聞いたが、詳しく聴かせてくれるか?ドクター」

 「総統閣下、この度私、オークは新たな戦力として、そしてドクターやヘルブラッククロスの1戦闘員として、強力な力を得ることができました」

 

 頭を下げたままだがオーク怪人は総統へ向けて、自身の強化された能力について、説明を始める。

 

 研究棟で起こった事件については事前に、ミヤコから知らされている。

 

 もっとも内容を知るのは、ミヤコと怪人達、そして報告を貰った総統のみ。

 

 「その能力は数秒先の未来を見るということ・・・この力があれば、あのヘヴンホワイティネスをも確実に倒せます」

 「ああ、その事だが」

 

 総統は紅の眼光でオーク怪人とミヤコを見下ろす。

 

 「倒すのは後でいい。先にすべき事がある」

 「ブヒ?」

 「ヘルブラッククロスはこれより、佐久間ギンジ奪還に動き出す。そしてその後、本来の計画である、日本転覆計画を実行する」

 

 総統の威厳に満ち溢れた発言からギンジの名前が出たことに、オーク怪人は非常に驚く。

 

 佐久間ギンジの奪還作戦。それには総統が立案した作戦があるとのこと。

 

 そして日本転覆計画。

 

 総統が目指す、力がある者だけが生き残れる真の実力社会。

 

 暴力ではなく、弱者をねじ伏せる力で構成された国。

 

 大幹部のみが知る、ヘルブラッククロスの目的。それが日本転覆計画。

 

 「新たに統治された世界を作り上げるぞ。そのためにはミヤコに本来の力を取り戻してもらわねばなるまい」

 

 今の日本を倒し、新しく日本という国を作り変える。

 

 力のあるものが生き残れる、総統の望む世界。

 

 知恵も、戦闘も、技術も。

 

 なにかに突出した者だけが生き残れる世界。

 

 強ければルールを敷く事も許される、超人達の住まう世界。

 

 それを実現することが総統の望む世界であり、新しい国である。

 

 いずれはこの世界中をヘルブラッククロスに認めさせ、完全独立国家を作る。力のある者だけが生きられる、争いを争いで止める平和な世界を。

 

 そのためにドクターミヤコの要望を聞き入れ、佐久間ギンジを奪還の後、ミヤコに洗脳を施してもらうというのだ。

 

 「オーク怪人。お前にこの話しをした事の意味、わかるな?」

 

 総統の言葉にオーク怪人は立ち上がり敬礼をする。

 

 ヘルブラッククロスという組織に、前代未聞の怪人大幹部が誕生すると言うこと。

 

 「くふふふ。おめでとうオーク。わたしも鼻が高いよ」

 「これからもお側で尽力させていただきます」

 

 立場が対等になろうとオーク怪人の気持ちだけは変わらない。

 

 「さて、始めよう。ドクター、例の装置は?」

 「はい。あと3日ほど・・・6月28日には、実践も可能です」

 「良かろう。では、頼むぞ・・・」

 『ハッ!』

 

 こうして誕生した新たな大幹部・オーク怪人。

 

 フェーズ2の能力・数秒先の確定未来の映像化。

 

 この能力を持って、必ずギンジの奪還、そしてヘヴンホワイティネスの撃破。さらには日本転覆の尽力。

 

 「くふふふふ。期待しているよ、オーク怪人」

 

 ヘルブラッククロスの計画が、また一つ運命の歯車を大きく動かし始めていた。

 

 それと同じくドクターミヤコの怪人が、伝説として語られる英雄譚もまた運命に組み込まれるモノになりつつあった

 

 

続く

 

 

 

 

 




おつかれさまです。
ミヤコメイン回っていうかオーク怪人メイン回になってしまった。
けどまぁ、いっか!(ヲイ)
ちなみにオーク怪人はミヤコ一筋みたいな雰囲気出してますけど、襲撃で攫った女性を食べてます。皆虜になるらしいです。

キャラネタ書きます
オーク怪人
フェーズ2の能力が覚醒した。

紐の怪人
久しぶりの登場なのに、かませになった。最後は見せ場もあった

犬の怪人
筋肉に穴を開けられてショックですワンワンおー

タコの怪人
ギャル物にハマっている。サキュバスの怪人となかよしー。ウチらズッ友らしい

触手の怪人
ミヤコを寝かせた時「あー骨ばってますね。もう少し肉突きがないと、ギンジさん抱き心地良くないんじゃないんすかね?」
その言葉を最後に触手の怪人は消息を断った。

サキュバスの怪人
「タコっちって・・・意外とテクスゴイよね」

剣士の怪人
なにかと剣を突き立ててる怪人。ビキニアーマー。

強欲の怪人
自分でも抑えきれないみなぎる力を制御できなかった怪人。
最後は悲惨だった

バーナーの怪人
再登場はあるのか

コウモリの怪人
再登場は多分ない

鎧の怪人
絶賛量産中だが、研究棟が壊れた為、現状量産はストップ。

砂の怪人
まだ名前だけの登場。出番はかなり先の予定

佐久間ギンジこと進化の怪人
まともな出番が2話たてつづけに無かったグラサン坊主。次回は主人公らしく輝きます。

次回は退魔警察のあの人も再登場。ギンジにも出番が復活し、物語は運命の日へと繋がっていきます。

お読みいただきありがとうございました!また次回!!!!


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退魔教会編
15・退魔教会


いつも思う。僕の物語は無理やりだなぁって。

ま、まあプロじゃないし?多少はね?(いつも多少を多用、多様に操る左様、、、、すいません調子乗りました)

 楽しんでいただければと思います。



 ゲヘナミレニアムとの戦いが終わって、早くも2ヶ月経っただろうか。

 

 南度固化市は人知れぬ悪から守られ、平和の日常を取り戻していた。

 

 熊沢レイナはその平和に充実感を得つつも、中央度固化の巨悪の存在、ヘルブラッククロスが気がかりになっていた。

 

 退魔警察と普通の警察。正義の為の二足のわらじを履きながらも、彼女は人が認知しえない強大な悪の組織の存在が、どうしても頭から離れない。

 

 そして悪の身をもちながらも、正義の為に戦う佐久間ギンジという存在。

 

 ヘルブラッククロス出身の怪人であり、かの正義のヒーローヘヴンホワイティネスに味方する正義を信じている悪の怪人。

 

 「彼は元気かな・・・」

 

 工場エリアでの戦い以降一度も再会は出来ていないが、きっとギンジは元気だろう。

 

 工場エリアで彼の話したくれた事情に、レイナは関心と、佐久間ギンジに興味が湧いていた。

 

 (また、会いたいものだ・・・)

 

 心の中でレイナが呟くと、目の前にはレイナに取って実家とも言うべき建物が見えてくる。

 

 6月26日。初夏が始まり、夏への入り口を開かせる季節。

 

 春の陽気と涼しさは消えて、灼熱の夏が始まる季節。

 

 紫陽花が色とりどりに植えられた、綺麗な石畳の道にスタイルの良いレイナがいつものスーツ姿で歩いていく。

 

 ステンドグラスが上部に取り付けられ、白レンガで構築された、くすんだ黄金の鐘のある、教会の建物。

 

 聖カエルム教会。そこの孤児院で熊沢レイナは育ち、成長していった。

 

 それと同時に彼女は退魔師としての資質も見抜かれ、退魔の力も着実につけていた。そうして退魔師としても、警察としても力をつけた彼女はこの南度固化における最強の退魔師として活動を続けていた。

 

 今回ここに呼び出されたのは間違いなく、裏から平和を守る組織、退魔教会に招集をかけられたからだ。

 

 また目に見えない超常的な存在が現れたのだろうか。

 

 カエルム教会に近づく度に、レイナの脳裏には懐かしさと、退魔教会の思い出が蘇る。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ──10年前。

 

 熊沢レイナ17歳。退魔師としての実力を覚醒させ、最強を名乗るにふさわしい実績を残しつつある時のレイナはきっと成人したときよりも、自信と行動力に満ち溢れた退魔の戦士だっただろう。

 

 若さ故の自信と、根拠のない自信。

 

 2つの自信は混ざり合い退魔師として、レイナのプライドを大きくしていた。

 

 退魔教会の地下。かつて防空壕だった古い地下室を改装し、退魔の修行を行う施設となる場所。

 

 内装自体は、道場の様な木製の床に、寺院の様な雰囲気を多数併せ持つ薄暗くも、聖なる力が身を鎮め、清めてくれる様な雰囲気がある。

 

 そこに熊沢レイナ、そして彼女のパートナーである如月ナルミは退魔教会上層部である二階堂マサヨシに呼び出されたいた。

 

 レイナとナルミはこのカエルム教会の孤児院で共に育ち、なんの運命か二人共に退魔の資質があった。

 

 故に幼少の頃から切磋琢磨し、お互いを高めあった姉妹兼大親友とも言うべき存在。

 

 「先日、ゲヘナミレニアムなる存在が、この街で悪事を働いている事が解った・・・」

 

 南度固化に現れたいわゆる悪の組織。そんなモノ、退魔師である二人が相手等する必要があるのだろうか。

 

 「その・・・なんとかミレニアムってのは・・・」

 

 ナルミが機嫌の悪い声音でマサヨシに言うと、直ぐに言葉は遮られる。ナルミの機嫌が悪いのは、そんなポッと出た組織を紹介するために呼び出されたからではないのかとレイナは推測する。

 

 「ゲヘナミレニアムだ。で、その組織をただ紹介するなら、表の世界の者達に頼むさ。君たちを呼んだのは・・・」

 

 マサヨシは淡々そした口調で、レイナとナルミに言い放つ。

 

 「奴らが普通の悪なら、放っておくさ。だが、奴らは・・・魔を操る・・・意味が解るかね」

 「まさか・・・」

 

 マサヨシの言う、魔というもの。それらは人には見えず、人の平穏を喰らう超常の存在。

 

 カエルム教会に所属する退魔師は、人の日常に土足で踏み込み荒らしてくる、魔の存在を打ち払う為に、日々戦っている。

 

 三年前から戦場に飛び出ているレイナとナルミも、同じ様にその魔の存在を知っているし、何度かピンチに陥る事もあった。

 

 けれど、二人の信頼と絆、なにより正義の志が勝利を揺るがないモノにしていた。

 

 それを把握しているマサヨシは男らしい笑みを浮かべて、二人の少女に指令を下す。

 

 「ゲヘナミレニアムを倒すぞ・・・魔を操る者を、そして魔に与する者達は、野放しにはできない。平穏を守るために、皆で戦おう」

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 初夏の強い日差しと熱気が、レイナを現実に引き戻す。

 

 聖カエルム教会の大きな鉄扉の前で、レイナは10年前の事を思い出す。

 

 ゲヘナミレニアムを完全に倒し切るまでに、10年はかかった。

 

 組織の壊滅に6年。残党潰しに4年。それだけの歳月をかけた長い戦いには沢山の出会いと悲しみと悔しさ、そしてレイナ自身が人として成長する機会に沢山巡り会えた。

 

 そしてこの10年において、失ったモノは数え切れない。

 

 初恋の人、貞操、心、そして如月ナルミという大親友。

 

 さらに・・・。

 

 「マサヨシさん・・・」

 

 レイナとナルミの師匠であり、10年前まで最強だった退魔師。

 

 今でこそ退魔教会という組織は、日本中に展開する巨大な組織だ。そして生きている以上、熊沢レイナは常に悪と戦い続けなければならない。

 

 レイナは億劫になりながらも、教会へと脚を踏み入れる。

 

 扉を開けて視界に広がるのは木製の横長の椅子。

 

 ひっそりとピアノが置いてあり、その直ぐ近くには彩り豊かなステンドグラスから美しい色のついた光が、床から伸びていた。

 

 「お待ち・・・していましたよ。レイナさん」

 

 美しい教会なのに、人の気配は一切ない。

 

 気配は無いがレイナの正面には、ぼんやりとした白い人の形をした存在が、レイナを招き入れる。

 

 「・・・ご無沙汰しております」

 

 レイナの挨拶に白い者は無言で会釈を行うと、懺悔室を横にずらす。そこから見えるのは教会の地下へと通じる階段。埃っぽく汚いのだが、どこか落ち着くその場所。

 

 白い者の後についていきながら、階段を降りるとその先には見慣れた道場の光景。

 

 相変わらず精神が研ぎ澄まされるような感覚を、無意識ながらレイナは覚醒させる。

 

 そして降りきった先には寺院の様な鳥居。その周辺に5人の老人達がそれぞれ好きな体制で座り、レイナをジッと見つめる。

 

 彼らは五天。南度固化の退魔師で、昭和の時代から戦いを続ける正義の志を持った退魔師・・・のはずだが、今は見る影もない。

 

 どうにもこのかつて最強だった退魔師達に見られるのは、苦手だとレイナは思っている。かつて最強とは言ってもその成果や実績はレイナがとっくに追い越している。故に、退魔教会でふんぞり帰るこのご老体達がレイナからすれば自由に生きられない枷となっている。

 

 (目つきがいやらしいのよ、このじいさま方・・・)

 

 侮蔑の念をおくるレイナ。それに気づいたしわがれた老人が、レイナを睨みつける。だがそれでさえもレイナは無視する。

 

 「レイナ・・・今日呼んだのは・・・」

 「また魔の者でも現れたのかしら」

 「・・・そうだ」

 「で、それを私に倒してきて欲しいって、ことでしょ」

 

 腕組みをしながら吐き捨てるような態度に、老人達が再び睨みつける。怒りっぽい性格な人たちがいるのは、古い思考を持った、時代の生き残りしかいないからだろう。

 

 レイナには実力も遠く及ばないのに、偉そうにいつまでもレイナの上に立ち続ける。

 

 「・・・実は調査をこちらの式神が行っていてな。中央度固化市に、現れた魔に近い巨悪が動いているようなのじゃ」

 「知ってる。それの名前は、ヘルブラッククロス。何度か私も戦ったわ」

 

 4月は風邪を引いたギンジに変わり、サクラと共に悪の組織の進撃を食い止めていた。そもそもレイナの職業は警察だ。度固化全体の法を超えた悪行については、だいたい把握している。

 

 「そーかい・・・もう、退魔師も少ないからねぇ・・・レイナちゃん、子供はできないのかい?」

 「(死ね)そうですね。いません(くたばれ)」

 

 急に話を逸らしたかと思ったら、結婚もしていない女性に対して常識を超えた失礼な発言に、レイナは心の中で悪態をつく。ナルミも一緒にいれば心強いのだが。

 

 彼女はもういない。

 

 「そう、この式神が持ってきた、情報があるんだけど・・・まぁ、近くに寄りなさい」

 

 断りたい。そして今直ぐ帰りたい。

 

 どうせ近寄ったらさいご、満足するまで枯れた男たちに身体を触られ続ける。

 

 「どうしたね。はやく来なさい」

 「(今行きます)死ね。(お待ちください)くたばれ」

 「ええっ!?」

 「あ、すいませんでした。今直ぐ天国へ旅立ってください」

 

 ストレートな悪口は悪いと思ったのか、天国へと旅立てという言葉に置き換える。本音の方がついつい出てしまうのはレイナの悪い癖だ。

 

 「五天様・・・」

 

 老人の背後に式神だろうか、銀色の修道服に、バイザーとマスクをつけた女性の声音の者が現れる。そしてそれはレイナが何度も見たことのある眩しい存在が現れる。

 

 見た目の年齢的には15、6歳程だろうか。

 

 大胆なスリットに、胸元や背中の空いたその服は最早修道服では無いほどに妖艶なモノだった。きっとこの老人達の趣味で産まれた式神なのだろう。

 

 「おおぉ、戻ったか、ウメミツキ」

 

 ウメミツキと呼ばれたその者は、一枚の写真をレイナに手渡す。

 

 「これが式神の集めた情報です」

 

 話が脱線しそうになったら、いつもこのウメミツキがレイナに情報提供や任務について説明してくれる。こんな見た目でも真面目だからレイナは助かっている。

 

 「写真をご覧ください」

 「・・・」

 

 手渡された写真には何体か見覚えのある者がいる。それぞれ隠し撮りしたのか、様々な者達の視覚情報。

 

 豚顔の軍人、宇宙人みたいな頭に触手を生やす者、見た感じはタコの浮かぶ怪物、ビキニアーマーを着用しカメラ目線の奇妙なポージングの者、顔だけチワワの嫌悪感を抱く謎の筋肉、そして・・・。

 

 「これは・・・」

 

 最後の写真に、レイナは顔をしかめる。

 

 月光を背に、海上コンテナの上で、警備員を殴っている男の写真。

 

 金髪のツーブロックにオールバック。黒い眼球、赤い瞳の青年に見える男の写真。

 

 「その者たちは、ヘルブラッククロスに居る怪人と呼ばれる者達なのはご存知かと。そして最後の写真の男、その名なギンジと呼ばれているそうです」

 

 ウメミツキの言葉がさらに続く。

 

 「今年の2月。その怪人ギンジは、中央度固化の湾岸エリアにて、略奪を行っています。さらに警備員の妨害。そして、五天様の貴重な式神の札の入ったコンテナをここで破壊しつくしたようです」

 「・・・でもその事件って2月・・・なのだろう?何故今になって・・・」

 

 どうにも理解できないレイナの質問はもっともなのだが、それには無視しウメミツキはギンジについての話を行う。

 

 「・・・この人間?怪人?について調査をお願いしたいのです。ヘルブラッククロスという悪もそうですが、どうにも魔の者の気配を感じるのです・・・この男にはなにやら悪の波動も感じます」

 「ふむ・・・」

 「そして魔の者であれば、容赦なく滅するのです。これ以上、こういった存在が生きながらえる事を、許してはいけません」

 

 ウメミツキと五天、そして退魔教会の目的は常に勧善懲悪。

 

 魔が関わる事件には必ず、戦いに巻き込まれる。そしてこんな怪人達を教会としても放ってはおけない。それはレイナも気持ちとしては変わらない。

 

 だから度固化市でまともに戦える退魔師である、レイナに依頼をするのだろう。

 

 「ヘルブラッククロスについては警察も行方を追っている最中だ。私が退魔師として、この怪人男の情報をつかめば良いのだな?」

 「物分りがよくて助かります。それでは・・・」

 

 ウメミツキは手をお腹の前で組むと一礼。

 

 五天の老人達が相変わらずいやらしい視線を送ってくるが、それらをレイナは全て無視する。

 

 適当にその場を後にすると、レイナは表情を変えずに頭の中でギンジの事を考える。

 

 (さて、厄介な事になったな・・・ギンジにこれから会えないだろうか・・・)

 

 幸いレイナの役職であれば、表の警察も簡単にお休みを取れる。

 

 であれば直ぐにギンジと合流して、話を行わないといけない。

 

 彼を守るために。

 

 教会を出ていき、レイナは紫陽花の道を通る。

 

 そんなレイナの後ろに白い者が気配無く、気づかれることなく着いてきていた。

 

 不穏な陰りはやがてレイナの運命に大きな試練を与える。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「と、言うことなんだギンジ」

 「何言ってんの?」

 

 繁華街で偶然ギンジと、神宮カエデをみつけたレイナは二人をカフェに招待する。テラス席で三人が座りながら、レイナは事の経緯を話していた。

 

 ギンジとカエデは相変わらず、ヘルブラッククロスのアジト探しに繰り出していたようで、そこをレイナに発見された。

 

 事の経緯を話されたギンジだが、何を言っているのかあまり良く解らない。

 

 「ねぇ、バカギンジ。この人とはどういう関係なの?」

 

 カエデがギンジの耳元で語りかける。

 

 「あーこの人、警察なんだよ・・・いや、それは表の顔なのかな?えーと・・・」

 「・・・時にギンジ、この麗しいお嬢さまは一体何者なのかな」

 「やだ、麗しいなんて・・・」

 「いやいやレイナ、この人は全く持って麗しいなんて言葉は似合わないぜ。だって気が向いたら暴力を振るう・・・」

 「おほほほ。何か言いまして?」

 

 ビシぃっと、ギンジの脛にカエデの革靴がめり込む。

 

 「痛ってぇ・・・マジで痛い・・・」

 「で、レイナ・・・さん?は、こいつとどういう関係なんですか?」

 

 痛みで悶絶するギンジの横で、カエデとレイナの会話が始まる。

 

 カエデの問いに、レイナは紅茶を揺らしながら答える。

 

 「ふむ・・・簡単に言うなら、友達、かな」

 

 大人の女性の雰囲気でそう返すとカエデの瞳が揺れる。

 

 「へぇ、友達・・・」

 「あ、そういえばレイナの連絡先登録しといたぜ・・・特に用事なかったから連絡してないけど」

 

 痛みから復活したギンジもアイスコーヒーを飲みながら、レイナと談笑を始める。

 

 それを隣で眺めると、なにか気に入らない様子のカエデ。

 

 (まぁ、別に友達ぐらい出来てても、不思議じゃないし・・・)

 

 アイスティーを飲み干す。初夏の気温で火照った身体を、アイスティーが冷やしてくれる。

 

 その心地よさと気に入らない気持ちがぶつかり合うと、相殺してくれる感覚でほんの少し気持ちがやすらぐ。

 

 「で?俺は何をすればいいのさ。教会とやらに足を運んで、お祈りでもすればいいのか?それとも懺悔かな?」

 「・・・ここにカエデ君がいると話しづらい・・・」

 「あーらお二人で仲良くやりたいのね〜怪人様はおモテに・・・あっ

 「え・・・」

 

 カエデが口走った言葉は普通の一般市民には、決して理解できない。そしてまさか怪人と口走ってしまった事で、レイナはカエデを睨みつける。脅しではなく、刑事としての睨みの聴かせ方だ。

 

 「君は・・・何を知っているのだ?ギンジが怪人という事を知っているということは・・・」

 「あーえーと・・・」

 「おいレイナ、ここではあまりそういう話はだなぁ・・・」

 

 レイナの刑事モードにスイッチが入ったのか、カエデに尋問を開始する。

 

 嫌な汗が止まらない。ただの高校生の女の子では、この刑事の睨みから目を逸らせない。

 

 「ギンジに虜にされているのだな・・・」

 「ハイ??」

 「と、とり・・・されてないわよ!!」

 

 テラス席のテーブルを強めに叩き、反論する。

 

 「怪人は皆性欲が強いと聞いているからね・・・君も事情を知っている、哀れな一般市民・・・」

 「違うわよ!」

 「って言うか怪人って性欲強いのか!?」

 

 ゲームであればその設定も理解できる。しかし、この世界における怪人達はどちらかと言うと、好みはそれぞれあれどそこまで女おんなと騒いでいる様なところは見られない。

 

 「ギンジの性的な強さに・・・君は常に行動しているんだな?」

 「ちょっとギンジこの人話が通じないんですけど!!」

 「・・・俺も知らねー。こんな一面があったなんて」

 

 話が通じない。だが、カエデは、ギンジを怪人と知っているレイナへ、かつヘルブラッククロスを知っている様な口調と、会話ぶりから自分の正体を明かそうかと考える。

 

 「あのねぇ、レイナさん!」

 

 カエデが立ち上がり、レイナに指を指す。

 

 その直後に喫茶店の中から、爆発が起こる。

 

 唐突に起こったその大きな衝撃に、カエデの身体浮き、飛ばされそうになるもギンジがしっかり受け止める。

 

 「何事だ・・・?大丈夫か、カエデ」

 「あ・・・うん。ありがとう・・・」

 

 テラス席の他のお客も何が起こったのか、理解できずにどよめきが広がる。

 

 「また怪人の襲撃か・・・?」

 「かも、ね。ところでギンジ」

 「なんだい」

 「いつまで背中にくっついてるのよ!」

 

 肘で顔を殴られる。

 

 「いや、お前が怖いと思ったら可愛そうかなって・・・」

 「余計なお世話よ」

 

 辛辣な態度だが、内心はちょっと嬉しかったし、爆発においてはビックリよりも怖いが勝ったのも本当だ。その心使いが、レイナではなく自分に向いた事が、少しだけだが嬉しいのは事実。

 

 「この爆発は・・・」

 

 レイナがしゃがみながらギンジとカエデの元に近寄ると、二人に耳打ちをする。

 

 「申し訳ないギンジとその虜君。これはどうやら私の客の様だ」

 「レイナの客?どゆこと」

 「あとあたしは別にギンジの虜じゃないわー!」

 

 黒煙が吹き荒れる店内からは、銀色の修道服に身を包んだ、妖艶な女性の姿が確認できる。札をトランプみたいに持ち、辺り一面を爆発させる。

 

 「おいおい、めちゃくちゃだな・・・」

 「なんなのあいつ・・・」

 

 人に当たらなければ、その札は爆発するが人に当たればその札に吸収されて事なきを得る。

 

 「何故・・・その怪人男と一緒に談笑しているのでしょうか?」

 「ウメミツキ・・・」

 

 無表情な女性の目線は、どこを向いているのか解らない。

 

 「それの身体からは魔を感じる・・・」

 「違うんだ、ウメミツキ!彼は・・・ギンジは魔の者じゃない!!」

 

 ウメミツキが狙う先にいる、ギンジとの間にレイナが割って入る。

 

 「怪人・・・じゃなさそうだな・・・」

 「どちからかと言うと、悪者っぽさは感じられないけど・・・爆発させるなんてイカれてるわ。ギンジ!市民をお願い」

 「任せろ。女とは戦えん」

 

 黒煙に隠れてカエデがヘヴンホワイティネスへと変身をすると、レイナの横に立つ。

 

 「君は・・・え、ギンジの虜君??」

 「ヘヴン1よ!っていうかなんで解るのよ」

 

 ヘルメットは付けていないが、普通の人になら顔は隠れている様に見えているはずなのだが、レイナはカエデの顔を視認できている。

 

 それはつまりなんらかの特別な力を持っているという事だ。

 

 「レイナさん。貴女はあの怪人男をかばうのですか」

 「見ただけの魔を感じ取っただけで、あれを悪と決めつけるな!彼は私の友達だ!」

 「友達って本当だったの・・・?」

 

 ウメミツキの表情や目つきは常に見えないが、口元はへの字に曲がり、明らかに不満を垂れ流しにしている。

 

 「あれを放っておいたら、市民が危険にさらされるのですよ」

 「あんたの行動の方が、危険よ!」

 「我々の行動は、全て平和のためです。部外者は引っ込んでいてください」

 

 ウメミツキの言葉は淡々とした機械の様な物だ。カエデであってもレイナであってもこの式神には、何を言っても通用しないだろう。

 

 「式神がここまでの事をして良いのか?五天に消されるぞ」

 「貴女が・・・魔の者と談笑しているのが悪い」

 「知ったような口を」

 

 レイナもカエデと同じ様に、変身する。修道服に変わると、臨戦態勢を組み始める。

 

 ここで戦闘を行うのだろうか。ただ、一般市民は札に封じ込め、被害が及ばないように配慮はしてくれている。

 

 だが敵意の態度はレイナにもカエデにも向けられず、市民の避難誘導に動き始めたギンジにのみ向けられている。

 

 「あんたの目的は何よ。ここで暴れようなんて考えてるんじゃないわよね」

 「それはあの魔の者の対応次第です」

 

 五枚の札を取り出したウメミツキは、それをカエデの後ろにいるギンジへと投げてくる。

 

 「破邪の剣!」

 

 レイナの掛け声と共に現れた鞭のようにしなる剣が、ウメミツキの札を斬って落とす。

 

 「レイナさん。本当に魔の者に与してしまうのですか・・・?」

 「ふざけた事を抜かすな。彼は魔の者ではない。私が保証する」

 「魔の者かどうかは知らないけど、少なくともあいつは悪い奴じゃないわ!正義の仲間に手を出すなら、痛い目に合うわよ」

 

 カエデとレイナが構えるが、ウメミツキも同じ様に構える。

 

 「なぁ、あいつって式神・・・?とか言うの?」

 

 カエデとレイナの真後ろで、覗き込む様にギンジが顔を出す。

 

 「退魔教会、と言う者たちが常時展開できる式神だが・・・それがどうしたのかな」

 「いや・・・なんか、不思議というか」

 「何がよ」

 

 ギンジの言葉に警戒するカエデが視線を変えずに、ギンジに問返す。

 

 ギンジにはある事に違和感を持っていた。式神と呼ばれているウメミツキはより人間らしさを残した、平和の為に真面目に、真っ直ぐ動いている。

 

 そしてなにより式神と呼ばれる者が、ただの襲撃ではなく人を襲わず、単独自分を狙うこと。

 

 「付け加えて言えば式神が御札、なんて使うもんなのか?」

 「事例が無いわけじゃないが・・・普通ならありえないが」

 

 ウメミツキの正体が何者なのか。それが今ギンジに取って気になる事だった。

 

 ギンジも知識程度でしか無いが、式神がこんな人間味があることに違和感を感じていた。

 

 「なんというか・・・人間っぽいというか」

 「あれは間違いなく式神だと思うが」

 「魔の者・・・ここで」

 

 ウメミツキの言う言葉が最後まで伝えられることはなく、サイレンが繁華街に鳴り響く。警察が来たのだろう。それと消防車と救急車も。

 

 「・・・またお会いましょう。レイナさん」

 

 急に戦闘態勢の構えを解き、ウメミツキは札に封じ込めた一般市民を開放する。そのまま翻し、綺麗にはだけた背中を見せつけるように、壊れた店内へと姿を消す。

 

 それらをギンジとカエデが受け止めると、レイナは修道服のままウメミツキを追いかけようとするも、ギンジが呼び止める。

 

 「待て!今は追いかけるな。今は市民の優先じゃないか?警察さん」

 「・・・そう、だな」

 

 急な襲撃だったが、一先ず大事にならなくて済んだ。今はその事に安堵し三人は都合が悪くなる前に、喫茶店のテラスから離れるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 一先ずアジトであるカエデハウスへと逃げてきたギンジ、カエデ、レイナの三人。

 

 1階の食卓を囲める大きなテーブルで、ミドリコとレン、遊びに来ていたケイタの向かいの席に、ギンジ、カエデ、レイナが座る。

 

 同業者故か、ミドリコとレイナは話せる程度のお互いの情報を話し、中央度固化市で戦う正義のヒーローヘヴンホワイティネスの正体を知ることになる。

 

 「まさかゲヘナミレニアムと戦っていたとは」

 「甘白さんこそ、ヘルブラッククロスを追っているとは」

 

 ミドリコとレイナが並ぶと美人姉妹みたく思えた。二人ともスタイルは良いのだ。

 

 ギンジからすれば見慣れている事もあってか、ミドリコの方が幼稚に見えてしまう。

 

 「で、レイナさん。あのウメなんとーかっていうのはなんなの?」

 

 カエデはカップに入ったアイスココアを飲みながら、レイナに聞いてみる。

 

 「・・・退魔教会の式神だ」

 「その、退魔教会、というのは?」

 

 次はレンが口を開く。

 

 「平和の為の志を持った、正義の過激派・・・とでも言うだろうか」

 「過激派ぁ?そんな奴に狙われてるなんて光栄だね」

 「バカギンジはちょっと黙ってなさい」

 

 ギンジのふざけた態度にカエデが一喝する。

 

 「退魔教会・・・その組織がいることは知っているが、なぜ熊沢さんはそこに所属を?」

 

 ミドリコもついで口を開く。

 

 「・・・私の育った孤児院が、その教会。聖カエルム教会で育った退魔師なんだ」

 「今更何があっても僕は驚かないけど、退魔教会って組織はどんな組織なの?」

 「・・・そうだな、人知れず心を踏みにじる悪と戦う組織、とでも言うべきかね」

 「ほー。そんな組織だったんか。てっきり退魔警察とか言ってたから、警察組織ともつながりがあるかと思ってたぜ」

 

 ケイタの質問にも答え、次のギンジの発言にも答える。

 

 「実際、つながりはあるんだ。退魔師はほとんどの場合警察との協力関係を結びながら戦っている事もある。私の師匠であった、二階堂マサヨシって人も表向きは警察だったからね」

 

 そのレイナから出てきた新たな人物の名前に、ミドリコは反応する。

 

 「二階堂さん!?あの、警視長の、二階堂マサヨシさん!?あの犯罪組織のアジトで大暴れして、最後は自爆特攻したという伝説の・・・」

 「あ、ああ。間違いなくその二階堂マサヨシさんだろうな」

 

 ミドリコの興奮にレイナは表情を曇らせる。

 

 「表向きは自爆した事になっているが、死の真相はゲヘナミレニアムの魔人との戦いにて破れた・・・のが真相だ」

  

 レイナの語りに、その場の五人が黙り込む。

 

 「私の親友も・・・戦いで命を落としてな」

 

 寂しそうに語るが、話を本筋に戻す。

 

 「退魔教会はこの街だけに限らず、世界に蔓延る魔の者の存在を許してはいない。魔の者が絡むことならば、全力をかけて滅する。それが退魔教会」

 「わからないのが、なんで俺を狙うんだ?俺は人間だぜ?」

 

 ギンジの目の前に教会で預かった写真を見せる。ギンジは無言のままそれを受け取ると、何枚かの写真に目を通す。その隣でカエデが覗き込んでくる。

 

 「こりゃ怪人達の写真だな。オーク怪人、触手、タコ、犬、剣士・・・」

 「ギンジもいるわ」

 

 カエデが奪い取ると、その写真をミドリコとレンとケイタに見せる。

 

 「うわぁ・・・」

 「なんだよケイタ。男前だろ、その写真の俺」

 

 ギンジ達三人の向かいのミドリコ達に見せた写真は、物々しいギンジの写真。コンテナの上で月光を背に警備員を殴り飛ばすギンジの写真を見て、ケイタは怖いとでも思ったのだろうか。

 

 「あーこれ、まだ2月ぐらいのときだな。ヘルブラッククロスに怪人にされてわりと直ぐだわコレ」

 「この写真を元に、君を、退魔教会は身辺調査をしきりに起こっていたようだ。だが見つからなかったらしい」

 

 理由は明白だろう。なぜならギンジはヘルブラッククロスを離反した後、公安警察であるミドリコの家に匿ってくれていたからだろう。

 

 だから今日まで存在は知られていても、見つかることは無かった。だが今日はレイナと邂逅した事でギンジは退魔教会に狙われている事が発覚した。

 

 「まー要するに俺の身の潔白が証明されればそれでいいんだろ?」

 「それはそうだけど・・・」

 

 レイナの弱気な態度にギンジは少し苛立つ様な気持ちに、語気を強める。

 

 「その退魔教会ってところに、顔出してやろうじゃねぇかよ」

 「ちょっとバカギンジ!」

 「いいんだよ。狙われるならヘルブラッククロスだけでいい。正義の過激派って言っても、俺たちと同じ志を持ってるなら、俺の潔白を証明してヘヴンホワイティネスの味方になってもらおうぜ」

 

 ギンジの提案はたまに、ヘヴンホワイティネスの面々を感心させる。

 

 「君を、逃してくれるとは思えないが・・・」

 「俺が魔の者じゃありませんよーってのを証明して、それでも文句言ってくるなら、ぶっ飛ばす。それでいいだろ」

 

 そう上手くいかない事も多いが、今のギンジにしてみればゲームの展開通りに行かない事件に出くわすことが多い。

 

 どうせ色々なイレギュラーに今後も出くわすなら、早めに解決しておいたほうが良い。

 

 「じゃあ今から行くか」

 「今!?」

 「ちょっと待つんだギンジ。少し日を開けたほうが良いんじゃないか?」

 

 ミドリコの静止をギンジは聞き入れずに席を立つ。

 

 「来たくなかったらお留守番でもいいぜ。それでも俺は行くしな・・・あまり時間もないしよ」

 

 今日は6月26日。運命の日は近い。そんな日にイレギュラーを抱えて28日に何か邪魔があってからでは、いよいよギンジの守りたい未来は破綻してしまう。

 

 「レイナ、教会まで行こうぜ」

 「本当にいいのか?」

 「当たり前だぜ」

 

 カエデはこういうギンジの行動力の高さを、カエデなりに評価はしている。

 

 「レンはどうする?」

 「私は、ケイタとまだ一緒に、居たいから・・・」

 「そ。それじゃ、あたしとミドリコはお邪魔みたいだし、せっかくだし、レイナさんの手伝いに行くわ」

 「え、私もか・・・?できれば若者の尊い瞬間を・・・」

 「いいから行くわよ!!」

 「はい・・・」

 

 やることは決まった。退魔教会に顔出しして、ギンジが悪者ではないと言うことを証明する。

 

 レイナ、ギンジ、カエデ、ミドリコはカエデハウスを出ると、南度固化市へと向かう。

 

 昼間の時間は終わりに近づき、夕日となりその顔を沈ませる。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 場所は再びカエルム教会の地下。ウメミツキは繁華街で起こった事を五天に報告していた。

 

 たわわな身体を舐め回すように見回す老人達に、ウメミツキは何も抵抗をしない。

 

 「・・・ウメミツキ・・・お前は過去の事を覚えているか?」

 「私に過去はありません」

 「よしよしいいぞ・・・」

 

 ウメミツキの胸や足、指先、首筋のひとつひとつを老人達はいやらしく見つめ続ける。

 

 「しかし、この子を式神と信じているなんて、レイナは意外と鈍臭いんですなぁ」

 

 右側に座る老人が悪い笑顔を浮かべる。

 

 「くっくっくっ・・・」

 

 ウメミツキから視線は外さず、中央の老人はいやらしい下劣な笑みで舌なめずりをする。

 

 「今はどんな気分だウメミツキ・・・いや、如月ナルミ」

 

 左側に座る老人退魔師が、汚らしい声でウメミツキをの真名を呼ぶ。するとウメミツキが身体をピクリと動かす。

 

 「緊張しているのか・・・?ま、無理も無い。さぁ、こっちへこい」

 

 老人達にせがまれるとウメミツキは少し躊躇ったのか、足が動かさない。しかし直ぐに老人達への思いを払拭すると、道場の中心まで進む。

 

 本当は報告など必要ない。この老人達にとっては、若い女を自分のモノにできていればそれでいいのだから。

 

 ウメミツキ、こと如月ナルミは既に死んだ事になっている。

 

 ゲヘナミレニアムとの戦いのさなか、レイナへの攻撃をかばって死んだ。という事になっている。レイナもそれは目の前で見ている。彼女の心が大きく傷ついた原因でもある。

 

 しかし致命傷のところを助けて、復活させたら今度は退魔師ではなく、五天の老人のおもちゃにされて5年以上も気持ち悪い人生を送ってきた。

 

 致命傷の影響でもはや如月ナルミの心は壊れ、レイナの事を誰だったのかもあまり思い出せていない。そんな状況下において老人達はいいように嬲った。

 

 心はさらに壊され、身体を汚され、人格を否定され、退魔師としてのプライドも、一人の女性としての夢をも失い、今はまともに動けない老人達の世話係。それがウメミツキ。如月ナルミのもう一つの名前。

 

 道場の中心まで行くと、中心に座る老人が手を叩きウメミツキの礼装を弾け飛ばす。それすらも彼女は動じずに受け入れる。

 

 「ふん・・・傷だけは気に入らないが、その綺麗な身体はやはり瑞々しいな・・・」

 

 今日もウメミツキは老人達のなぐさみものとなる。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 カエデハウスを出て、ミドリコの車で南度固化に向かうギンジ一行。

 

 車内ではレイナとカエデが仲良くなっていた。

 

 助手席でギンジがサングラスをかけ直し、ミドリコは運転の姿勢を崩さず、レイナとカエデは後部座席でお互いの正義の話や、志の話で意気投合でもしたのだろう。

 

 「ところで・・・カエデ君と甘白さんはギンジとどういう関係なのかな」

 「別に・・・ただの・・・アレよ、味方よ」

 「正義の味方、だな」

 

 「じゃあヘヴンホワイティネスの味方、って事で仲間ではないのかな?」

 

 妙な言い回しをするカエデとミドリコに、レイナは悪戯っぽく微笑むとギンジに視線をうつす。

 

 「退魔師にならないか、ギンジ?」

 「急な提案だな。別にならんよ」

 「そうか・・・君程の実力者なら歓迎なのだがな。人手も少ない現状だしな・・・」

 

 どこか寂しげに言うレイナの言葉にギンジは「考えとく」と一言添えておく。

 

 「今はヘヴンホワイティネスの方で忙しいしな」

 

 今カエデとミドリコがギンジを、仲間と言わなかったのが不服だったのか、少しふて寝するような態度に、ミドリコが苦笑する。

 

 「そうか。今日の事が無事に終わったら、また返事を聴かせて欲しい」

 

 嬉しそうな笑みにカエデは何か不安になる。ギンジが本当に退魔師になったらヘヴンホワイティネスは・・・。

 

 (あら・・・今日なんでかバカギンジの事をよく考えるわね・・・)

 

 レイナと仲良くしゃべるギンジにむかつき、レイナの提案に対して考えておく、等と口走るギンジに不安な気持ちを抱く。

 

 ささいなことだが、カエデの心に少しだけ痛みが走る。チクチクとした痛みが。

 

 それはさておき車が南度固化に入る。いよいよ目的地に近づくその瞬間にギンジとレイナは神妙な顔つきになる。

 

 聖カエルム教会。レイナの育った場所であり、度固化全体における魔の侵入を防ぎ、人々の平穏の為に戦う退魔教会の支部。

 

 「見えたぞ。甘白さん、あの白い教会です」

 

 車内に居る皆にレイナが、目的地である教会へと指を指す。

 

 指し示した白いレンガの教会に、ギンジは硬唾を飲み込む。実際どうなるか解らない事だが、どうにもこの教会には正義を感じられない。不思議と悪趣味だな、と頭の中で思ってしまう。

 

 上手く考えはまとまらないが、ここに来た目的はただひとつ。ギンジ自身の身の潔白を証明することだけ。

 

 レイナが言ったようにそう上手く行けば、何も面倒事は起きなくて済むのだが。

 

 教会の近くの道路に車を停めると、四人は教会へと足を進める。

 

 荘厳と言うと大げさだが、確かに美しい教会の姿形に、カエデとミドリコは心が現れる様な気持ちになる。

 

 不思議とここに居るだけで、正しい精神力をもらえる様な。根が善に傾いている三人の女性は居心地が良いのかもしれない。

 

 心は善でも身体や思考は、悪に近い形で造られたギンジにはここの雰囲気がどうにも気持ち悪く感じていた。

 

 夕日が照らす教会は尚美しい輝きを放つステンドグラスが、迎え入れる・・・というよりは飲み込むという感覚がギンジからすると正しい表現かもしれない。

 

 「どこにその退魔教会なるものが居るのかしら?」

 

 カエデが腰に手を当てながら、夕日に照らされる石畳の道を歩く。

 

 「そんなのなんでもいいだろ。来てやったんだから、今度はこっちが呼び出そうぜ」

 「呼び鈴なんて無さそうだけど・・・?」

 

 ギンジの横暴とも取れる対応に、カエデが横からぶつかる。

 

 その二人の行動を後ろで眺めるレイナは、かつての自分を思い出す。如月ナルミと熊沢レイナの任務帰り、よくこうして雑談しながら夕日の道を歩いた。それをギンジとカエデに置き換えて、過去を体験した気分に浸っていた。

 

 「いつか彼女達が、戦いを考えずに笑い会える未来を、守らないといけませんね」

 

 ミドリコがヒールを鳴らしながら、レイナの横で微笑する。それを聞き入れるとレイナも同じ気持ちで頷く。

 

 「そうですね。同じ警察として、お互い精進しましょう」

 

 レイナのその言葉にも同じくミドリコが頷き、再び視界をギンジとカエデに移す。

 

 「おーい退魔教会の皆様〜。佐久間ギンジが来ましたよぉおおおお〜コラーおいー」

 「コラコラギンジ、そんな呼び方したら駄目よ。っていうか教会なんだからサングラスぐらい外しなさいよ」

 

 当たり前だが教会の眼の前で、ガラの悪い大声を上げる事は許されない。

 

 「ここはちゃんと礼儀正しくするのよ」

 

 カエデが教会の扉を強めにノックすると、重たそうな扉が少しだけ開く。

 

 そして影の広がる向こう側からは2メートル程はあろうか、人の形をした紙がギンジとカエデの目の前にスルリと抜け出てくる。

 

 「魔の者の気配を一瞬感じましたが・・・なんだただの人間ですか。頭の悪そうなお嬢さんも帰りなさい。ここはじきに暗くなります。それでは」

 

 謎の紙人間はそれだけ言うと再び教会の中に戻る。そして重たい扉が音もなく閉じる。

 

 「熊沢さん、あれは一体」

 「あれが式神です、甘白さん」

 

 ギンジ、カエデの半歩後ろで二人の警察が、小声で話す。

 

 頭の悪そうなお嬢さんとはどういう事だろうか。カエデはこれでも成績もスポーツも優秀な神宮財閥19代目(予定)なのだが。

 

 その隣でギンジもイライラしているのか、急に怒鳴りだす。

 

 「テメェらが俺を探しているって言ったんだろうが!だから来てやったんだろうが!バーカ!バーカ!」

 

 最早成人男性とは思えない言葉で、教会の入り口で騒ぎ立てるギンジ。そんなチンピラみたいな見た目のギンジの肩を優しく叩くとカエデが注意をする。

 

 「ちょっとギンジ、口が悪いわよ」

 

 注意をしたカエデの表情も怒りが出てきているのか、口角が引きつっている。

 

 「だけど今は許すわ」

 

 その言葉をギンジが聞いた途端二人で、教会へ向けて罵詈雑言を浴びせる。

 

 『バーカ!バーカ!』

 

 それでいいのかヘヴンホワイティネス。

 

 「落ち着き給えよ二人とも」

 

 そんな二人の暴走をミドリコが纏める。

 

 落ち着くと、再びギンジが扉に手を抑えて開ける。

 

 「お邪魔〜っと」

 「もっと礼儀正しくしろギンジ。事を荒立てに来たのではないんだぞ」

 

 ミドリコの指摘は最もで、ギンジは先程の事を悪ノリと一言で片付ける。

 

 「さっきの紙っぺらいないわね」

 「いいな、それ。式神の事紙ッペラって今度から呼ぶか」

 (ギンジとカエデは仲が良いな・・・)

 

 ミドリコが横目に二人を見ると、出来の悪い兄と、出来の良い妹の兄妹を見ている様な気持ちにほっこりする。今はそういった状況ではないのだが。

 

 「おーい。退魔教会の標的が来てやったぞー。ってマジで誰も来ねぇな。レイナ、本当に退魔教会ってここなのか?」

 「ああ。間違いない。私が帰ってきたのに、反応が無いとすると地下だな・・・」

 

 レイナの鋭い視線は、礼拝堂にひっそりと置かれた懺悔室へと向けられる。

 

 「あの小さい箱知ってるぜ。懺悔室ってやつだろ」

 「ギンジにもなにか後悔してること、あるのかしら」

 「ん・・・まぁ色々あるかな。前の世界のこととか」

 

 ギンジは転生者。湾岸エリアでの激戦を終えた後、ギンジに聞かされた話はにわかには信じがたいモノだったが、元々のヘヴンホワイティネスに所属するカエデ、レン、ミドリコ、そして事情を知るケイタもその事を知っている。

 

 唯一ギンジが伝えてないのはこの世界がエ○ゲーの世界であるということだけ。

 

 そんなギンジの前の世界では、生きた屍だったと聞いているカエデは、どんな後悔があるのかと少し興味が湧く。

 

 (聞いてみようかな・・・でも・・・)

 

 聞いてはいけない事なのかも知れない。おいそれと踏み込んで良い話題じゃないかも知れない。

 

 「ギンジの後悔とやらは非常に興味深いが、今は地下に言ってみよう。本来なら、部外者は入れないが、あなた達ヘヴンホワイティネスは別だ」

 

 美しい顔立ちでレイナが笑うと、思わずカエデとミドリコが可愛いとさえ思ってしまう。

 

 ギンジはアクビを噛み殺すと言った態度のままだ。きっとこの空間に漂う聖なる雰囲気が気に食わないのかもしれない。

 

 レイナが懺悔室を動かすと、その先には地下へつながる階段が姿を表す。そしてその先からは形容しがたい邪な雰囲気を感じる。

 

 「・・・ひと悶着ありそうだな。ミドリコ、銃は?」

 「あるにはあるが、あまり万全じゃないな・・・」

 「オーケイ。なら、ミドリコは車で待機だ。何かあったとき、カエデとレイナが無事に帰れるようにな」

 「ギンジも、でしょ」

 「もちろんよ」

 

 カエデの付け足しにギンジが頷き、ミドリコは言われたまま車で待機する為、教会を出る。

 

 残ったギンジ、カエデ、レイナはレイナを先頭にして階段を降りて進んでいく。

 

 洞窟とも言える様な薄暗い道を、ゆっくりと進む。ほんの少し歩いたら、木製の扉がギンジ達の目の前に現れ、その扉の前で印を結び始める。

 

 退魔師の技だろうか、その技が成功するとほのかに明るい光を展開させて、扉に集束すると木製の扉が開く。

 

 扉が開くといくつもの鳥居が並ぶ道に出る。

 

 一本の橋の様な土の道に鳥居が打ち込まれ、その左右には水が流れている。

 

 「この先だ」

 

 レイナの後方を進みながら鳥居の先を指差す。そこには神社の様な不思議な建物が、水の流れる地下空間の中心にそびえ立ち、中から薄暗い光が漏れ出ている。

 

 「幻想的ね・・・」

 

 辺りを見渡しながらカエデが呟くと、少し先にいるレイナに小走りで向かう。

 

 意外と歩くのが速いレイナに、カエデは気がついたら遅れていた事に気がつく。

 

 「ここだ・・・」

 

 神社に近づくと真っ先にギンジが作を飛び越えて、神社の入り口に立つ。

 

 「ギンジ?何をするつもりだ?」

 「決まってるだろ。俺を狙ってきてるやつらが、ここまで俺が来てるのに行動しないなんておかしーぜ。直接殴りこんでやろうとな」

 「やめなさいよバカギンジ。なんであんたってそんなに後先考えないのよ」

 

 確かにギンジがここまで来ているのに、出迎えたのはさっきの式神一つ。

 

 何かがおかしいとは思いつつも、ギンジの言うことにレイナとカエデもその通りだと首をかしげていた。

 

 「開ければこの先に、レイナの上司がいるのか?」

 「居るとは思うが、本当、手荒な事はしないでくれよ」

 「わーってるよ。大丈夫だよ。そりゃ」

 

 言ったそばから、神社の入り口を蹴っ飛ばして破壊する。

 

 「何をしてるんだ君はーー!」

 「まあまあ、気にすんなよ。俺が悪者じゃないって事を証明しに来たんだからさ」

 「言ってることとやってる事がめちゃくちゃよバカギンジ!えいや!」

 

 いつの間にか変身していたカエデも作を破壊する。

 

 「やめろーー!それなりに歴史のある場所なんだぞ!」

 「まあまあ、全て終わったら全部直してやるからさ、気にすんなよ。オラァ!」

 

 次々と破壊を繰り返すギンジとカエデに、混乱が収まらないレイナ。

 

 「ハハハハハ!」

 「キャハハハ!」

 

 二人がこんなにおかしいとは・・・。何が起こっているのか。

 

 二人は半狂乱になりながらも神社を破壊し尽くし、レイナも次第に口元が緩み始める。

 

 「ふひ・・・ふひひひ」

 

 ついにはレイナも変身し、壊れきった神社へ攻撃を開始する。三人の破壊は止まらない。でもそれが楽しくてしょうがない。

 

 「アハハハハハハ」

 

 レイナの半狂乱に攻撃をし続ける。

 

 ここで幻惑を見せられているとも知らずに。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 「おい!カエデ!レイナ!どうしたんだ!」

 

 神社の前で、急に動かなくなってしまった二人の女性に、ギンジは身体を揺らすが、カエデとレイナから反応はない。

 

 神社にたどり着いた瞬間に二人は、ここで倒れてしまった。

 

 「ほう・・・一人だけ幻惑に飲まれなかったか」

 

 ギンジの後ろで謎の老人が、先程繁華街で喫茶店を襲撃してきたウメミツキがギンジを迎え撃つ準備を整えていた。

 

 「魔の者・・・」

 「また会ったな・・・綺麗なお姉さん」

 

 二人を見上げながらギンジは思考を巡らせる。

 

 (相手は二人・・・。爺さんの方はいいとして、お姉さんのほうが厄介だな)

 

 ギンジは明確な理由がないと、女性をなるべく攻撃しない。

 

 (うーん・・・でもカエデもレイナも襲われたらマズイしな・・・ここは心を鬼にしてあのお姉さんを叩いた方がいいか?)

 

 ここでミドリコを待機にさせたのは失敗だったか。

 

 (いや、守らないといけないのが一人増えるだけだな。レンもいなくて正解だこれは・・・)

 「考えはまとまったかね」

 「では・・・行くぞ、魔の者!」

 

 思考を巡らせている最中だが、老人の言葉で現実に戻りギンジはコウモリの羽を生やす。

 

 「変身した・・・?」

 

 飛翔するギンジに狙いを定め、札を展開させるウメミツキの攻撃体制に、ギンジは急ぎカエデとレイナを担ぎあげ、鳥居の奥の洞窟の入り口へと運ぶ。

 

 何かしらの攻撃で怪我をさせてはいけないと、ギンジの配慮で二人は階段に座らされる。

 

 「何をしているのかね、小童。その女は我々の所有物だ。返してもらおうか」

 「ヤダね。俺の友達なんだわ。あと、人を所有物とか言う奴にわざわざ渡さねぇよ」

 

 赤い服の老人の言葉がギンジに届くことはない。

 

 「魔の者・・・お前みたいな者がいなければ、人々は平和に暮らせるのに・・・!」

 

 先程展開した札をギンジに向けて風を吹き出す。その風圧でギンジは浮いてしまうが逆手にとり上手く飛翔する。

 

 「これでしまいじゃ、小童ぁ」

 

 赤い老人が術を発動させると、爆炎となり飛翔するギンジに命中する。恐るべき速さに避けられなかった。

 

 「今じゃ・・・ウメミツキ」

 「怨喰転密払怪舎・・・封!!」

 

 ウメミツキの呪文で燃えるギンジの周囲に、封印の札が展開されていく。

 

 「こんなモンで俺を止められると思ってんのかぁ?」

 

 円型に展開された札を、中心にいるギンジが一枚ずつ火炎放射で焼いていく。

 

 そして爆炎を割るように、不敵な笑みを浮かべた怪人が現れる。

 

 「あの魔は強そうだなぁ・・・」

 「逆に爺さんは弱そうだな!」

 「抜かせ小童ぁ!」

 

 挑発に反応し、赤い老人が術をさらに展開していく。何個も炎を飛ばすも、今度はその炎をギンジが右手で吸収して、左手で打ち出す。

 

 「炎はこうやって使うんだぜ」

 

 射出された炎はウメミツキが札で斬るが、2つに別れた炎はウメミツキを中心に背後へと飛んでいく。そしてその炎は守られた赤い老人を挟み込む様に不規則な動きで、赤い老人に命中する。

 

 「ぐおおお!?小童ぁ・・・!な、ナルミ!助けんか!」

 「赤天様!」

 (ナルミ??あれの名前、ウメミツキとか呼ばれてたよな・・・?)

 

 赤い老人の呼びかけたその名前に、ギンジは再び思考を巡らせるが、その考えは一瞬で無くす。

 

 ひとまずはカエデとレイナを助けないと行けない。

 

 (幻惑がどうとか言ってたな。水に落とされる前に老人の動きでも止めてみるか)

 

 その考えが決まると再び飛翔。雷を纏わせ錐揉み回転で赤い老人へと突っ込む。普通に飛ぶよりも早く、ギンジは赤い老人をその両手で抱込むように捕まえる。

 

 「ゲットぉ!」

 「離せ、小童!」 

 

 燃えたままの赤い老人を持ち上げて、首にギンジの左手が食い込む。

 

 「魔の者が・・・その手を離せ」

 

 ウメミツキが再び札を展開させようとするが、ギンジがまるで盾にするかの様に燃える老人を差し出す。

 

 「攻撃したらこの爺さんを殺す」

 

 ギンジの性根はどちらかというと悪に傾いている。それ故抵抗されれば本当に首を折るつもりでいる。

 

 「爺さんが抵抗しても殺す。息をしたら殺す。声をあげたら殺す。あのお姉さんに指示を出しても殺す。そしてお姉さんがなにかしてきても殺す。さらに文句を言ったら殺す」

 「殺す殺す言うんじゃない!あ、待って、痛いいたい」

 

 本当に首を折られるかと思った。それぐらいの強い力で首に爪が食い込み、骨に届きそうだった。

 

 未だ燃える老人にギンジは一先ず容赦する気はない。

 

 「幻惑がどーのこーのとほざいてたけど、解除の手段、及び方法はあるのか?」

 

 低い声で、そして明らかな殺意を持って首を握るギンジは、赤い老人に脅しをかける。

 

 「・・・そうだな、儂が死ねば解除されるかもしれんぞ」

 「じゃあ試すか」

 「待って!嘘です!ごめんなさい!」

 「ふざけたことを抜かすなよクソジジイ。次は必ず折るぞ」

 

 最早抵抗も出来無くなってしまった老人は、自分の命惜しさの嘘は通じないと観念してしまう。もう身体はやけどでボロボロだ。

 

 「・・・儂の任意で解く・・・それで許してくれ」

 「おう、じゃあ今直ぐ解除しろ。やんなきゃ殺す」

 「死ねば解除できなあだだだだ解ったから、もうやめてくれぇ〜。死にたくないんじゃ・・・」

 

 情けない声で懇願し、幻惑の術を解除する。

 

 「ニャハハハハ・・・あれ?」

 「きひひひひ・・・ん?」

 

 カエデとレイナが高笑いをしながら目を覚ます。

 

 「おーい無事かー?お前ら幻惑とやらにやられてたみたいだぞ」

 「やられた・・・私とした事が・・・」

 

 ギンジが赤い老人をそこそこの高さから、水に投げ落とすと、次はウメミツキの方へ降りる。

 

 「でさー、こいつナルミっていう名前らしんだけど、レイナ知ってる?」

 「・・・は?」

 

 幻惑の世界では楽しかったのか、少しツヤツヤしている様に見えるカエデとレイナに、ギンジは二人の無事を確認して安堵する。

 

 しかし、ウメミツキを指差して放たれたギンジの言葉はレイナにとって信じられない事を聞いた。

 

 「バカな事を言うなギンジ。ナルミっていうのは・・・」

 

 レイナがギンジとウメミツキの居る場所へ向かおうと、強めに踏み出すが、その足元を先程の赤い老人がはいでてくる。

 

 「ぶほぉ・・・早く助けろ、ナルミ!儂が死んでしまう」

 「・・・赤天様・・・今、なんと?」

 

 レイナが赤い老人を腕を引っ張り上げると、激しく咳き込みながら苦悶の表情を浮かべる。ウメミツキの方を向いて安心する。

 

 そして自らを助けた人物を見て、老人の顔はひどく戦慄したモノになる。

 

 「・・・ウメミツキがナルミ・・・?ど、どういう事なんですか・・・」

 

 レイナの記憶が正しければ如月ナルミという存在は、ゲヘナミレニアムとの戦いで死んだ筈だ。

 

 墓だって立てられ、その為の墓参りだって月命日をかかさず来ていた。

 

 ウメミツキは困惑するレイナを見て、動かない。

 

 老人は何か言い逃れを考えるような、悪い顔をしている。

 

 「ワケアリみたいね」

 「まぁこういう奴らは、だいたいワケアリだろ。さーて、クソジジイ。死にたくなかったら、洗いざらい・・・」

 「待ってくれギンジ。私が話をする」

 

 にじり寄るチンピラスタイルにレイナは軽く言うと、ギンジは後ろにさがる。レイナの表情は色々な感情が混ざりあった複雑な顔をしている。

 

 その隣でカエデもレイナと老人を見守る。ギンジはウメミツキの動きに変化がないか警戒する事にする。

 

 「あなた達は・・・何をしているんですか・・・答えてもらうぞ」

 

 レイナはスーツのまま破邪の剣を引き抜く。

 

 顔はだんだんと虚ろなモノとなっていき、精神を病んでいる様な形であり、とても怒りや悲しみだけでは表せない表情に老人は追い詰められる。

 

 「レイナ・・・あ、あれは・・・ウメミツキは、だな、如月ナルミなんだが、なんていうか」

 

 口をモゴモゴしながら話しを始める老人に、破邪の剣が鼻先を掠める。次は耳を切りつける。

 

 「・・・早く言わないと・・・私、どうにかなりそうです」

 

 刃を一度引くと、老人は出血を抑えながら、話し始める。

 

 「ナルミが・・・こうなったのには、理由があるのじゃ」

 

 ゲヘナミレニアムとの戦いで死んだ筈の、レイナの親友が今こうなった真相を。

 

 聖カエルム教会の孤児院で育った、レイナとナルミ。姉妹であり、親友とも言える二人。

 

 意対化(いつか)市。

 

 ゲヘナミレニアムの支部があると言われたこの街では、氷の魔人の出現が社会の裏を牛耳っていた。

 

 その氷の魔人との戦いには、レイナとナルミが二人で討伐に挑む。

 

 二階堂マサヨシは死亡し、二人に大きな心の傷を与えたが、今までもなんとかお互いに助け合いながら戦っていた。

 

 そんな状況下において、魔人の討伐はできてもナルミは無茶な戦いをしてしまい、深手を負ってしまっていた。

 

 「気絶したままのナルミを、その時は預かったのじゃ・・・」

 

 赤い老人がわなわなと喋る内容に、レイナの表情は変わらず、老人の眼の前で破邪の剣をぷらぷらと動かしている。

 

 「ふひ、確かにその時は預かったのじゃ・・・お前が必死だったしな・・・だけど、そのう・・・ナルミをこのまま治療しても、後々の旨味がないと思ってな・・・」

 

 旨味。その言葉にギンジの眉がピクリと動く。

 

 聞いていれば、ナルミ・・・ギンジから見たウメミツキはレイナの友達。

 

 その友達に対して、こいつらは何をしたのか。

 

 「なぁ、俺からも聞いていいか?」

 

 レイナの後ろでギンジからの一声。

 

 「レイナと・・・そのナルミっての、姉妹でかつ親友?なんだろ?で、そのナルミさん?は、なんでレイナと身長が違うんだ?あと、幼くも見えるんだけど」

 

 ギンジの考えにレイナが後ろを振り向く。その恐ろしい程の虚ろな顔に、カエデが背筋を震わせる。

 

 そしてギンジの言う、幼く見えるという単語を聞いて赤い老人が身体を震わせる。

 

 「その答えをそこのジジイは解ってるみたいだな?」

 

 再びレイナが無言のまま老人へ向き直る。

 

 「早く言わないと俺よりやばい事しそうだぜ、その人」

 

 脂汗を流しながら、老人は口を開く。

 

 恐れと、恍惚。2つを混ぜ合わせたいびつな顔。

 

 「・・・ナルミを預かった時、肉体を改造してな・・・若く、瑞々しければ、儂らの為になると思ってのう・・・」

 「なによそれ・・・」

 

 薄暗い洞窟でカエデが怖気に震える。

 

 肉体を改造するという聞き慣れない単語に、カエデが拳を硬く結ぶ。

 

 「ふひ・・・退魔師として優秀ならば、少しぐらい儂らの愛玩として扱ってもよいだろう?術式をいじくり回してな、こう、治療を終えたら儂ら先輩が、教育をほどこしてなぁ」

 

 その話を聴く傍ら、カエデがウメミツキを見る。彼女は動かず、微動だにしない。

 

 でも、涙を流しているような、悲しい表情に見えている。

 

 実際に泣いている訳では無いが、その姿にカエデははっきりと感じた事がある。

 

 (きっと・・身体が、心が泣いている・・・)

 

 痛む心に、胸を抑えるカエデの隣でギンジが、老人を睨む。怒りに身を燃やす。その心が怒りに燃え始める。

 

 「幼くして、柔らかくして、そして毎日泣き叫ぶまで、いじめてやった・・・」

 「ふざけんなぁ!!!」

 

 赤い老人が話し終えるよりもはやくギンジが、叫び走り出して膝蹴りを老人の顔にめり込ませる。

 

 鈍い音が洞窟に鳴り、地面を転がる老人。

 

 ウメミツキの正体はナルミという女性。

 

 そして私利私欲で退魔教会の老人は、今レイナの心を傷つけ、ナルミという女性の心を踏みにじった。

 

 今日の今日まで。

 

 「こいつは・・・俺が一番嫌いな事をしやがる・・・平気で・・・」

 「・・・」

 

 レイナは通路にぺてりと座り込む。もう視界はどこを向いているのかわからない。

 

 「ギンジ・・・」

 

 カエデは何か恐ろしい者を見ている様な、畏怖の視線をギンジに送る。

 

 「レイナ!立て、おら立つんだよ」

 「あ・・・」

 

 虚無に直行する彼女の襟首を持ち、無理やり立ち上がらせる。

 

 「俺の眼を見ろ。よーくみろ」

 

 レイナの眼の光が少しだけだが戻る。

 

 「あんな奴らにお前の友達はヒデェ目に合わされて、今あそこで突っ立ってるんだぞ。モノ言わねぇ人形にされて、心を踏みにじられてるんだぞ!」

 

 かつてギンジはこの世界での初めての友達である、バーナーの怪人に教えたことがあった。

 

 悪の存在を。平気で人の心を踏みにじれるやつこそが悪だと。

 

 ギンジの基準での悪が、目の前で嗤っていた。それがとても許せない。

 

 「実は生きていた・・・なんて・・・」

 

 レイナの言葉にギンジが、さらに怒りをヒートアップさせた。

 

 「こんな奴らに首輪繋がれて、人形同然にされてる奴が、生きてるなんて言えるかよ!!!」

 

 ギンジの怒りは彼なりの正義での話である。だけど、一緒に戦った友達であるレイナの心を踏みにじる事も許さない。

 

 「お前に友達って何かを教えてやるよ。もちろんこいつらクソジジイにもな!!!」

 

 ウメミツキはそれでも動かない。

 

 「レイナさん。その、上手く言えないけど・・・お友達、助けようよ。あたしも手助けするから。もちろんミドリコも、レンもケイタも。そしてこのバカギンジも」

 

 少なくとも、話に聞いていた退魔教会は正義の為に動いてなさそうだ。

 

 「その為に正義のヒーローがいるんだから、ね」

 「そうだな。今蹴っ飛ばした老人はもう喋れ無さそうだし、あとこんなクソジジイが何人程いるんだ?」

 「あと・・・四人。黄、緑、青、黒。退魔教会の五天と呼ばれる、かつて最強だった退魔師たちだ・・・なんで、どうしてなんだぁ・・・」

 

 地面に手を突き、大粒の涙をこぼす。レイナの信じていた正義は、今ここで崩れ去った。

 

 嫌な人でも、信用だけはしていた。何故こんな大事になったのだろうか。

 

 「泣くより先に、あのお友達どうにかしてこいよ」

 

 カエデがレイナの肩を叩き、二人でゆっくりと立ち上がる。

 

 そしてバイザーを取り外し、レイナはかつての友の姿を目にし、悔しさと、親友が生きていた喜びに涙がたくさん溢れ出す。

 

 幼くされたナルミの眼に光は無く、その眼はレイナが見えているのかわからない。

 

 「ナルミ・・・ごめんね、気づかなくて、解らなくて、助けてあげられなくて・・・ごめん、ごめんね・・・」

 

 気づかないとかわからないとかそういう問題じゃ、無いのかも知れないが、一先ずギンジは神社内を確認する。

 

 しかし道場みたいな内部には、誰もいない。

 

 (・・・後四人いるんだよな・・・?)

 

 ほんの少しだけ、嫌な予感がする。

 

 (まぁ。今は感動の再会ってことでいいか・・・)

 

 カエデに後を任せると、ギンジは上に戻る。

 

 洞窟ではレイナが、大声で泣きつづける。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 「レン!緊急事態だ!今、襲撃されている!」

 

 車内で立てこもり、ミドリコはレンに連絡を送る。

 

 『怪人の反応は、無いけど、どうしたの?』

 「か、紙吹雪に襲われている!!」

 

 ミドリコの視界に映るのは、大量の紙。

 

 やたらと動き回り、一人になったミドリコの頬をスパッと切った。それらが何枚も襲ってくるのでは、拳銃一つではどうにも抵抗ができない。

 

 「頼む!ギンジ達が近くに居ないんだ!通信もつながらない!助けてくれ!」

 『解った・・・直ぐ、行く。待ってて、ミドリコ』

 

 通信を切ると一縷の望みを託した気分で、最後の弾薬を装填する。

 

 「早く来てくれ・・・私を一人にするなーーー!!」

 

 夜の教会で成人女性の叫びがこだました。

 

 

続く 

 

      

 




お疲れ様です。
前回より少し間が空きましたが、失踪してないです。
仕事が忙しく、そして例のアレに感染し、休みやすみでしたが、なんとか頑張ってます。

キャラネタ書きます

ウメミツキ/如月ナルミ
2月が由来。

熊沢レイナ
久しぶりに登場。泣いた

佐久間ギンジ
心を平気で踏みにじる者を悪とする。いいな!

バーナーの怪人
「俺様の出番まだぁ?」多分ない

神宮カエデ
なぜか解らないが、ギンジが他の女性と仲良くしてるとイライラするし、胸がなんか痛い気がする。気はするだけ

次回も頑張ります。感想お待ちしてます!それでは、また次回


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16・君を想う願い

こんにちはアトラクションです。

最近、辛いモノが美味しく感じる様になりました。
挑戦する辛さは苦手だったのですが、激辛料理が美味しく感じてます。

今回の話で退魔教会編が終わります。いよいよ物語は運命の日へと歩を進めていっていきます。

それでは、どうぞ!


 退魔教会。

 

 人知れず平穏を脅かす超常の存在と、戦い続ける組織。

 

 南度固化市の退魔教会の行う正義は、私利私欲に飲まれた汚い悪に染まっていた。

 

 ヘルブラッククロスとはまた違う悪の道に、ギンジは怒る。平気で人の心を踏みにじる者を悪とするギンジに取ってみれば、何も知らないレイナをずっと自分たちの都合の良い様にあやつり、その友達でもあり姉妹同然のナルミの人格さえも否定した。

 

 「そろそろ行きましょう。レイナさん」

 

 未だ洞窟で咽び泣くレイナは、姿を変えられたナルミを抱きしめながら、長年の思いを叫ぶように泣き続けていた。

 

 ギンジは先に戻った。後は、まだ四人いるという五天をぶちのめさなければならない。

 

 「ナルミさんも、連れて行きましょ。このままここに置いていくのはアレだし・・・」

 「・・・すまないカエデ君」

 「いーのよそんなの。だってあたし達は正義の味方なんだから!」

 

 胸を張りながらドンと構えるカエデに、レイナはとても救われた気持ちになれた。

 

 「・・・君たちは、かっこいいな・・・」

 

 正義の意味を知っているつもりだったが、レイナは自身の育った環境に大きく裏切られた。

 

 五天とも呼ばれる老人達がどうしてこうなったのか、それを知りたいが、今はカエデの言うようにナルミを連れて上に戻ろう。

 

 (よくもナルミを・・・許さないっ)

 

 奥歯を噛みしめ、三人は洞窟を後にする。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 黄、青、緑、黒の老人達それぞれが、赤が破れた事を感じ取る。

 

 青い老人が紙吹雪を操りながら、ミドリコの乗る車を攻撃し続ける。

 

 「ひっひっひ・・・あのオナゴも、旨味がありそうじゃ」

 

 涎を垂らしながら、式神の術で追い打ちをかける。

 

 動けなくすれば後は、自分達のおもちゃとして扱える。

 

 かつてナルミにした様に、レイナが連れてきたこの女性、ミドリコでさえも使おうと決めている。

 

 「一目見た時から、好みの女じゃぁ・・・!」

 

 紙吹雪は車を包み込むと、ギシギシと鈍い音を鳴らす。

 

 「おのれぇ・・・一体なんなんだ!」

 

 ミドリコが視界いっぱいに広がる紙キレを見て、車内で迎撃の体制を整える。最早逃げ道はない。自爆覚悟で突っ込むしか無いかとさえ考える。

 

 「何してんだクソジジイコラ」

 

 聞き覚えのある威圧的な口調に、ミドリコは思わず頬を緩ませる。

 

 紙吹雪は教会から飛び出したギンジの炎の力で、またたく間に燃やされる。火力が強すぎたのか、タイヤも焼いてしまったが、今のギンジはそれも気にしていない。

 

 「な、なんだお前は・・・」

 「う る せ ぇ」

 

 炎をまとった拳骨が青い老人の頭に命中して、ぐしゃりと強い耳障りの悪い音が手元で鳴るのを確認すると、蹴っ飛ばして花壇に突きこまれた。

 

 恐らく死んだ。それを確認したミドリコは、全身を燃やすギンジの姿に、いつもと違う【何か】を感じた。怪人とも違う、人という存在とも違う、異質な怒りを肌で感じ取った。

 

 「ギンジ、どうしたんだ・・・大丈夫なのか?」

 「・・・悪い、今は冷静になれそうに無いんだ」

 

 駆け寄るミドリコにギンジは炎を振るうと、花壇を燃やし尽くす。焦げた土の匂いがミドリコの鼻腔に入ると、ハンカチで口元を抑える。

 

 「この教会・・・退魔教会は悪者そのものだったぜ・・・」

 

 人の心を踏みにじる悪そのものであるという説明を受けても、ミドリコからすれば今のギンジの方が悪に見える。

 

 カエルム教会の鐘の上で、緑の老人が驚愕する。

 

 「なんなのだあれは。あんな怪物だなんて情報はないぞ」

 

 その真後ろで黄の老人も燃えさかる人間を見ると、恐れで身体震えていた。

 

 おそらく赤い老人を倒したのも、あの男なのではないかと緑と黄の老人同士で驚愕の連続。

 

 このままでは、自分達の欲望にまみれた楽園が維持できなくなる。

 

 「ギンジ、もうやめろ・・・孤児院だってあるんだぞ」

 「これ、見てみろよ」

 

 ギンジが懐からある本を取り出す。

 

 特殊な術でもかけられているのか、その本はギンジの炎でも燃えずに形を維持していた。

 

 ギンジから本を受け取ると、カエルム教会としての建前と、退魔教会としての本音が乗せられた内容にミドリコは戦慄する。

 

 内容としては孤児院には、ほとんどの場合女の子しか引き取らないということ。建前としてはシスターとして教育を施す為。

 

 「なんだこれは・・・」 

 

 本音としては、退魔師として育成する傍ら、上層部の良いように操り人形を作るだの、核心に繋がりを持つものは消すだのと言った内容という。

 

 そして出来の良い退魔師はいつかその心を使い、五天達の奴隷として操られるという酷い内容。出来が良ければ、今後は子供でさえも使う。その内容はヘルブラッククロスとは形が違くとも、ミドリコには信じがたい実体を知り、震えが止まらない。

 

 「これが退魔教会なんだとよ・・・胸糞悪いから、レイナの上司達は全員倒す。いいな?」

 

 それはとどのつまり、殺害をして、今後の悪の心の侵食を潰すというものだと感じ取った。

 

 「ギンジ・・・駄目だ、君は人殺しをしていい人間じゃない。やめてくれ・・・そんなギンジは、みたくない・・・」

 「じゃあよ・・・止められるか?こんな奴らを・・・俺は法では無理だと思うぜ」

 

 だからといって殺していい理由にはならない。その言葉を出そうとしたが、ギンジの方が先に口を開く。

 

 「俺たちだって戦闘員を殺して、怪人を倒して退けた先で、ここまで来たんだ。こいつらは悪だぜ。それも救いようの無い、最低の悪だ」

 

 自分でもこんなのは屁理屈だとは解っている。

 

 それでも止まらない思いがギンジにはある。友達の友達を守る事も、自分を守る為にも、そしてヘヴンホワイティネスを守り通す事も彼にとっては大きい事。

 

 「俺はさ・・・レイナの事も〈大好きな人たち〉の一人に加えたいんだ・・・お前もそうだけど、たくさん守りたい人たちがこの世界でできてんだ」

 「なおさら君に人殺しはさせたくない・・・どんな理由があっても、手を汚すのは、もうやめてくれ」

 「じゃあどうするよ。あのジジイ共、レイナの友達を・・・」

 「ギンジ・・・君は私達の仲間なんだ。君がここまでするなら、それほどの悪なのだろう?でも、上手く言えないけど、君が怒りで道を踏み外すのが、怖いのかも知れない・・・」

 「なんだそりゃ」

 

 ミドリコから見える今のギンジは、怪人を超えた怖い生物。

 

 言葉では説明できないが、どうしてもギンジが怖い。そして、守りたい。今のギンジを放っておけば、誰にも止められない怒りそのものになりそうで、それがミドリコには怖く感じた。

 

 「・・・あーなんだ、悪かった」

 

 怯えるようなミドリコを見て、冷静になったギンジの脳内では一瞬後悔しそうな気持ちでいっぱいになる。

 

 (今、俺はミドリコの心を傷つけてたかもしれないな・・・)

 

 炎を収めると花壇の火も鎮火する、正確にはさせたの方が正しい。

 

 「・・・ヘルブラッククロスの怪人はどうすんだ」

 「怪人は・・・倒す。悪も、倒す。でも、ギンジは道をもう踏み外さないでほしいんだ。済まないな、いつもならもっとちゃんと言葉がでるはずなんだが」

 

 少し気恥ずかしいが咳払いをすると、落ち着きを取り戻したギンジの後ろからカエデがいきなり現れチョップする。

 

 「ちょっとまたひと悶着起こしたの?本当にバカなんだから」

 「いてーなー。急に暴力振るうなよ」

 

 カエデの後ろの教会から、レイナとウメミツキが出てくる。

  

 とぼとぼとお先真っ暗な表情なレイナと、無表情で佇むウメミツキ。

 

 「そちらは・・・?」

 「ああ、ミドリコはまだ知らなかったな。さっき繁華街で襲撃してきて、さらには・・・ああ、いや」

 

 全部主観で教えるのは流石にレイナに悪い。そう思ったギンジは言葉を変える。

 

 「被害者、だよ」

 

 レイナはもう喋らない。泣き晴らした赤い目元と、疲れ切った顔。

 

 彼女のショックは計り知れないだろう。

 

 「で、これからどうするの?」

 「ギンジ、君はどうするんだ」

 

 カエデの言葉に少しだけかぶせ気味に、ミドリコが言う。

 

 「んー・・・まだ三人・・・敵がいるんだよな。一先ずここを離れないで、敵を待つのがいいと思うんだが・・・」

 

 「敵というのは儂らのことかな」

 

 声のする方に、黄と緑の老人が二人、トコトコと歩いてくる。

 

 「よくも五天の内、二人をやってくれたな小童共・・・」

 「退魔教会の敵として、お前らをこの儂らが滅するとしよう・・・」

 

 恐怖はあった。だが、炎が消えた人間なんて恐るるに足らず。

 

 「ギンジ・・・あれは先程の・・・」

 「ああ。よく似た顔してるぜ、クソジジイ共」

 「儂の式神は、そこらのインスタントとは違うぞ。行け!磁力の式神」

 

 黄の老人が札を取り出すと、大柄な切り絵の様な顔をした式神が現れる。

 

 「儂も行くぞ・・・いでよ、式神!」

 

 緑の老人が呼び出したのは、人の形をした顔のない複数体の式神。

 

 「レイナ、下がってろ」

 「ああ・・・」

 

 ギンジの掛け声に、レイナがウメミツキの腕を引っ張る。もう生気が無いようにも感じる。

 

 「あんま無理すんなよ。レイナ」

 「・・・」

 

 ギンジが式神の群れに突っ込み、カエデも変身してギンジの後に続く。

 

 ウメミツキはずっとレイナの隣でたたずむだけ。

 

 「ナルミ・・・」

 

 力なくボソリと親友の名前を呟く。

 

 「うおっ!?」

 「きゃあ」

 

 後ろで銃を構えるミドリコの足元に、ギンジとカエデが転がってくる。

 

 「いてて・・・」

 「ちょっとあんたちゃんと連携してよ」

 「いやなんか動きづらくて」

 

 スススと、ギンジとカエデが近づく。

 

 「っていうかなんかあんた近くない?」

 「いやお前の方が近づいてきてないか?」

 「え?」

 「・・・え?」

 『え?』

 

 ギンジとカエデが離れて、再び敵に向かって構える。

 

 「何か変だぞ」

 「解ってるわよ。あんたバカなんだから、敵の術中なんかにハマんないでよ」

 「二人とも、来るぞ!」

 

 ミドリコが二人の言い合いの間に入ると、式神の群れが迫っている事に気づくギンジとカエデ。

 

 そのまま突撃する二人の後ろ姿を見て、ミドリコはどこか落ち着かないと言うか、胸の中にモヤモヤが広がる。

 

 (集中しろ、私!)

 

 限られた武装しか無いミドリコは必然的に、レイナとウメミツキへの盾になるしかない。

 

 (それなのに・・・)

 

 何故かギンジを心配する事の方が勝っている。

 

 (私も、もっと戦えれば・・・)

 

 先程の外道に進みかけ、堕ちかけたギンジを心配してから、どうしても眼が離せない。

 

 だが今はその事は別だ。

 

 「っ!ナルミ!」

 

 レイナの方に眼をやると、ウメミツキがふわふわと浮き始め、レイナが手を伸ばしている。冷静さをかいたレイナは、うなだれる様に浮かび始めたウメミツキの手をつかもうと腕を伸ばすも、その手は届かない。

 

 「やめろ・・・これ以上ナルミを・・・私の親友を・・・弄ぶなぁぁーー!!」

 

 レイナの退魔師としての姿に変身する。修道服に身を包んだ彼女の飛躍的な戦闘能力の向上による飛び込みで、ウメミツキの・・・否、ナルミの腕を掴む。

 

 「ホホホ、餌が2つ連れたワイ」

 

 黄の老人がいやらしい笑みを浮かべて、磁力の式神の後ろでレイナとナルミを迎え入れる。

 

 「いい顔してるのぉレイナぁ・・・」

 「この・・・!」

 

 黄の老人の笑みは、最早正義を志にする者の顔ではない。 

  

 「貴様らは・・・どこまで腐ってるんだ・・・!」

 

 レイナの27年はこうも簡単に崩れ去った。拠り所でもある故郷で、こんな憎悪が生まれていたとは。

 

 「ホホホ。あの男も、お前みたいな眼をしていたよ、レイナぁ〜ぐほほほぐほぐほ」

 

 あの男。普段のレイナであれば長考の後に、答えを導き出す。刑事としての技術がある。

 

 だが、この老人のいうあの男・・・その人が頭の中に直ぐに浮かび上がる。

 

 「・・・マサヨシさんか・・・」

 「あーそんな名前だったな。本当はどうして死んだと思うかね?ゲヘナミレニアムとの戦いで死んだかと思ったかね?」

 

 磁力に縛られ身動きできなくなり、レイナは見えない柱に固定される。

 

 「目障りだったのじゃ。ずううううう〜〜〜っとなぁ!だから、ゲヘナミレニアムと一時手を組んで・・・殺してもらったのじゃ」

 「貴様ぁ・・・ッ!」

 

 言葉が出ない。その話を聞いて、怒りだけじゃない様々な感情が溢れ出す。

 

 正義の為の、平穏を守る為の組織とはなんだったのか。

 

 「許さないぞ五天!!!うああああ!」

 

 磁力で縛られ動けないレイナが必死に叫ぶ。

 

 その一方でギンジ達もピンチに陥っていた。

 

 「だー!カエデ!離れろって!」

 「あんたこそ離れなさいよ!」

 

 二人は背中をピッタリくっつけながら、式神の群れと戦っている。

 

 どうみても戦いづらそうな姿勢に、緑の老人がけたたましい笑いをあげている。 

 

 「暑苦しいのよ!このバカ」

 「いいや暑いのは季節のせいだって!・・・いや俺の炎のせいか?」

 「やっぱあんたのせいじゃないのよ!」

 

 次々と襲い来る式神の抑え込みから、次は真上から大量の式神の群れが襲撃してくる。

 

 「カエデ!スーツの防御全開にしろよ!!」

 

 言うとギンジは全身に電撃を纏わせて、周りに高電圧の衝撃を発動させる。

 

 このままではカエデもろともだが、この一撃だけの発動だ。

 

 迸る電撃はギンジとカエデの背中の張り付きをより強くするが、式神は全て電気熱で燃えて弾け飛ぶ。

 

 「ちょ、ちょっと・・・なんであんたそんなに近づいて・・・あっ、ちょ、変に動かないで」

 

 いつも聞いている声より、少女らしく可愛らしい声でギンジと背中合わせ。

 

 ギンジの背中越しにも解る、カエデの身体の感触。柔らかく、しかし程よい筋肉質の背中。

 

 (なんでギンジと、こんなぴったりくっつきながら、戦わないと行けないのよ)

 

 こんな状況で戦う事が嫌だ。

 

 「でも、また来たな・・・どうするか・・・」 

 

 第二波の式神の群れが襲ってくる。

 

 「ぬうう〜身体がまともに動けば・・・!」

 「か、カエデ、全部燃やしてもいいか?」

 「駄目に決まってるでしょ!!このバカ!」

 

 二人の言い合いの影に立つミドリコを誰かが追い抜かす。

 

 「・・・来たか」

 

 二人のピンチを見ていても、まともな援護が出来ないミドリコは緊張が解ける気分になった。

 

 教会へと続く石畳の道を走る一人の少女。

 

 青いラインの入ったボディースーツ。

 

 スカイブルーの髪に、左手はビームの剣を展開をさせている。

 

 レンの加勢にギンジとカエデが驚く。

 

 「あの、ミドリコさん!」

 

 更にミドリコの背後から少年、ケイタが武装のアタッシュケースを重たそうに持ち上げながら、ミドリコに手渡す。

 

 「僕もなにかしないと、っておもって」

 「ありがとう。これで私も戦える」

 

 ケースを開き、追加の弾薬、ナイフ、そしてライフルにランチャー、手榴弾、他にも圧倒的な武装を装備する。無論全部使うわけではないが、後方支援として適材適所で使い分けるつもりだ。

 

 レンはビーム剣を振り回し、式神を斬り崩していく。

 

 「ごめん、カエデ。遅くなった」

 「レン・・・ありがとう!」

 「ところで、どうして、ギンジとカエデは、背中を合わせてるの?」

 

 襲い来る式神達を見もせずに、斬り倒してカエデとギンジに目線を合わせる。

 

 「情けない事に、敵の術中にハマったっぽい。どんな敵がやったのかも解ってる。あの、磁力の式神だ」

 

 ギンジの指差す方角へレンが向かう。

 

 「あれを、崩せばいいの?任せて」

 「ちょっ、レン!こっちもピンチなんだってば〜!」

 「大丈夫だ、カエデ!ギンジ!伏せろ」

 

 走るレンを引き止めようとしたカエデに、ミドリコから指示が下る。

 

 二人で同じタイミングでしゃがむと、ミドリコがミニガンを式神の群れに構え、何本もの銃口が回り弾丸掃射を開始する。

 

 焼け焦げた土や、教会に穴を開けながら、式神達が吹き飛んでいく。文字通り紙吹雪となる程の蹂躙が終わると、次は手榴弾を投げて、緑の老人の次の式神召喚に合わせて爆発させる。

 

 「なんなのじゃ、貴様らは・・・!」 

 『うっらああああ!』

 

 背中をくっつけたまま、カエデとギンジが緑の老人に拳をめり込ませる。

 

 ギンジの左手、カエデの右手が老人に当たり、後方へと退かせる。

 

 「おにょれ、舐めるな!!」

 

 緑の老人の雄叫びに、式神が再び召喚される。

 

 しかし・・・。

 

 「お、離れたぜ」

 「やるじゃん、レン!」

 

 ギンジとカエデの背中が離れる。見れば、レンが磁力の式神を真っ二つに切り裂き、黄の老人をレイナと共に制圧していた。

 

 「こ、こんな事して、許されるとおもうなよ、レイナ」

 「構わないね。私もお前たちを許すつもりはない・・・法の下で裁かれろ。一生な・・・!」

 

 レイナの見下す憤怒の視線に射抜かれ、黄の老人はついに戦意を失う。

 

 「さて、緑のクソジジイ、俺たちの勝ちだぜ?」

  

 ギンジの手は炎と雷をまとっている。

 

 「あんた達みたいな最低な組織・・・いますぐ潰してあげるわ」

 

 カエデのガントレットから鋭いギアの回転音。

 

 「私はこの場に居たわけではないが、お前たちは間違いなく公安警察が止めないといけない存在だ。選べ、痛い思いをするか、このまま逮捕されるか・・・」

 

 ミニガンを老人の顔の前で構える。もちろん彼女は撃たないが、砲頭は回転させている。

 

 「・・・ぐうう、無念だ」

 「何が無念だコノヤロー。そういう言葉はレイナが言うもんだぜ」

 

 しかし、もう一人いる筈の老人が見当たらない。それどころか、どこにいるのかさえ解らないうえに、襲撃してくる気配もない。

 

 「・・・最後のひとりはどこに行ったんだ?」

 「奴は逃げたさ・・・勝てない事にぶつかると直ぐに逃げるやつだからな・・・」

 

 緑の老人が悔しさを丸出しにしながら、ギンジ達を睨みつける。

 

 退魔教会の五天。赤、青、緑、黄は下した。幸か不幸か、全員命に別状は無く、全員逮捕された。

 

 後は・・・。

 

 「レイナ・・・大丈夫か?」

 「ああ、まだ気持ちの整理がつかなくてな・・・」

 

 彼女のショックはとてつもなく大きい。

 

 信じていた正義はレイナが知る中では、ゲヘナミレニアム以上の悪の塊だった。その上、親友の改造、心と人格の否定。

 

 「これから私はどうしたらいいんだろうな」

 

 ミドリコの呼んだパトカーによって、五天はそれぞれ車内に連れ込まれる。

 

 それをぼんやり眺めながら、レイナはナルミを見る。

 

 彼女は命令がなければ喋らないし、動かない。自由にさせてあげたい気持ちと、自分にはどうしていいのか解らない気持ちが、同時にレイナの背中に重くのしかかる。

 

 「ん・・・まぁ、あれだよ。とりあえずさ、飯、食おうぜ。孤児院の子供達を呼んでさ、神父とかってのもいんだろ?」

 「なんで・・・この状況で・・・」

 

 レイナの隣でギンジは腹を擦る。

 

 「いいや?強いて言えば、俺が腹減ったってのもあるかね。まぁいいじゃねーか。辛い時は飯食おうぜ。な、ナルミ」

 

 ギンジが呼んだのはレイナではなく、ナルミ。そしてソレに対し、ナルミは小さく頷く。相変わらず表情は解らないが、レイナも今はとりあえずギンジの言うことに従う事にした。

 

 今の自分はどうしたらいいのか・・・。それを冷静に考える為にも、食事は必要なのかもしれない。

 

 済ませる事を済ませて、ギンジ、カエデ、レン、ミドリコ、ケイタ、レイナ、ナルミは孤児院へと赴くのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 聖カエルム教会の裏には、五天の秘密の逃げ道があった。

 

 黒い老人は馬の式神に跨り、森で隠れた逃げ道を走っていた。

 

 五天の中でも一番の実力を持った彼は、いの一番に逃げる事を作戦として、後の四人に全てを任せた。

 

 退魔教会は、黒い老人一人でも立て直す事は出来る。金も、女も、自分たちの欲求を満たすためならば、なんでもする。

 

 「必ず、必ず復活させるぞ・・・」

 

 神に背いても、黒い老人は正義を捨てた。自分が気持ちよくなるために、なんでもしてきた。都合の悪い存在は、都合の良い様に消し去ってきた。

 

 それで言うとレイナとナルミや、孤児院にいる身寄りのない女の子達は、それはそれは老人達に都合の良い存在だった。

 

 しかし子供というのは成長が早く、なにより女の子は精神的な成長も強い。

 

 レイナとナルミの成長によって自分達が超えられるのが許せなかった。

 

 黒い老人は、ゲヘナミレニアムもそうだが、もう一つの協力先があった。

 

 五天の誰にも話していない、もう一つの協力先。

 

 「くふふふふ。待ってましたよ。五天の一角、黒」

 

 森を走り、開けた場所に出ると、薄気味悪い少女の笑い声。そしてその少女は黒い老人の好みの女。

 

 だが、ただの人間とは違う異質な女の子。左目は黒く、赤い瞳。

 

 黒みがかったセーラー服に、サイズの合っていない白衣。

 

 「お主、ミヤコ女史だな・・・こうして合うのは、久しぶりと言ったところじゃな」

 「いえいえおじいさま。それで、緊急というのはどういう用件ですか。くふふ」

 

 協力先、ヘルブラッククロス。ゲヘナミレニアムよりも高い軍事力と、怪人と呼ばれる最大戦力。それをまとめ上げる少女ドクターミヤコ。

 

 「・・・主らの、組織に正式に入りたい」

 

 黒い老人は世間的に知られているのは、教会の最高責任者という立ち位置。その地位を捨ててまでヘルブラッククロスに入りたいとは何事なのだろうか。

 

 興味は湧くが、ミヤコはそれを拒否する。

 

 「駄目、ですね・・・」

 「何故じゃ!儂が正義を掲げているからか!?お主達の戦力強化にも役立つ!儂なら、ミヤコ女史を満足させる結果が・・・」

 

 パシュ・・・。

 

 空気が抑え気味に弾ける音が森林に鳴るが、その音は風と、木々が揺れる木の葉の音でかき消される。

 

 黒い老人は撃たれた。

 

 ミヤコの後ろで、黒い高そうな三つ揃いを着た男が、拳銃を構えていた。

 

 黒い老人は眉間をしっかり撃たれていた。もうこの老人は動かない。

 

 「おや、大幹部の柏木さん。どうしてここへ?」

 「同じ大幹部同士、採用試験はしっかりしたほうが良いかと思いましてね」

 

 柏木タツヤ。表向きは公安警察組織として動き、政府の行動をヘルブラッククロスへと横流しする者。

 

 裏向きは、ヘルブラッククロスの兵器管理責任者として、日々武器の調達、裏社会への大規模取引を行う冷徹な男。

 

 彼もまた力による日本の統一、争いによる支配への世界へ魅入られた者である。

 

 「一つ聞いてもいいかしら?」

 「なんでもどうぞ、ドクター」

 「どうして殺したの?くふふ、容赦ないのは良いことだけど、これはわたしの客人なのだけれど」

 「ああ。それは失念しておりました」

 

 タツヤがネクタイを直しながら、拳銃をしまう。

 

 「この男は、内面に、自分の目的をかくして居ましたから。それに、もう退魔教会は終わりです。例の、佐久間ギンジ・・・奴が潰しましたから」

 

 淡々と話すタツヤに、ミヤコはうなずいた。

 

 「私利私欲を成せるのは、ヘルブラッククロスだけです。個人の持つ私利私欲の復活を目論むだけでは、いずれ内部崩壊を誘発させます。確固たる信念を周りに向けられない者は、我々の組織にはいらんでしょう」

 「くふふふ。確かにそうだね。剣士」

 「はっ」

 

 タツヤの殺した説明に納得すると、ミヤコは次の行動に出る。 

  

 「そのおじいさま、処分しておいてちょうだい。ああ、でもやりすぎないでね。くふふ、28日には君にもたくさん働いて貰うからね」

 「畏まりました」

 

 剣士の怪人が命令を聞き入れると、黒い老人の死体と馬の式神を斬って無残な姿にしていく。

 

 「柏木大幹部、これは返しておく」

 

 剣士の怪人が、頭部に詰まった弾丸を剣で弾くと、タツヤはそれを受け取る。

 

 これでもし死体が見つかっても、銃殺とはバレないだろう。

 

 老人を四方に分解して、後は小動物が自然の糧として、無かったことにしてくれる。

 

 なによりここはヘルブラッククロスと、五天しか知らない秘密の逃げ道。

 

 そうそう見つかることは無い。

 

 「それじゃ、戻りましょうか」

 

 ミヤコの一声にタツヤと剣士の怪人は頷き、光を通さない闇へと姿を消した。

 

 血の匂いが充満したその場所で、馬の式神の一部分が動き出すも、それは力なく、ただの紙へと成り代わりひらりひらりと落ちてくる木の葉に埋もれて、動かなくなった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 孤児院の子供達を呼び出し、中庭でバーベキューが開催される。

 

 「教会って、肉とか食えるんだな」

 

 神父や子どもたちは、予定していた物とは違う豪勢な食事に大喜びだ。

 

 「そうだな。子供だし、栄養のあるものは食べてもいいんだ。後は、元となった動物に祈りを捧げれば問題ない」

 

 ギンジの隣で、レイナはまともに食事が出来ず、でも生気が宿った表情に戻っている。

 

 きっと何年かかっても、レイナはナルミをウメミツキから引き剥がし、元に戻すだろう。それを誓う。

 

 「肉とか、こういう物を手配してくれて、ありがとう」

 「いいや、用意したのはカエデだから、あいつにお礼を言ってくれ」

 

 神宮財閥の力に感心し、子供達はカエデとレンとミドリコと遊んでいる。

 

 夜も遅くなるような時間だが、今日は無礼講だろう。

 

 「なぁ、ギンジ」

 

 レイナは椅子に座りながら、ギンジを呼ぶ。

 

 「退魔教会は、今人手が足りない。君の戦いも解るが、また力を貸してくれないか?」

 「当たり前だろ。すぐには無理かもしれないけど、困ってたらいつでも助けるぜ」

 

 退魔教会の今の状態を見れば、それは当然の事。 

     

 「だって俺たち、友達だろ」

 「・・・そうだね」

 

 一つだけ、レイナには新しい感情が芽生えた気持ちになる。

 

 (ああ、そうか。そういう事、なんだな)

 

 正義の志を持ったギンジの怒りと、言葉にレイナは救われた。

 

 ──こんな奴らに首輪繋がれて、人形同然にされてる奴が、生きてるなんて言えるかよ!

 

 今になって思えば、ゲヘナミレニアムと戦っている時も、戦いが終わった後も、レイナも五天に首輪を繋がれていたのかも知れない。

 

 (そう考えたら、私達は、ギンジに助けられたのだろうな)

 

 この恩はきっと一生忘れない。

 

 それと同時に恩義と同じく、また違う想いが芽生える。

 

 「ギンジ、全てが終わったら、退魔教会に来ないか?」

 「ん〜退魔師になるのは自信ないぜ」

 「なるべく早くてもいいんだよ」

 「なんで?」

 

 レイナはギンジの顔を見上げると、美しい笑顔になる。

 

 「決まってる。私と一緒に、悪と戦う為さ。君にサポートしてほしい」

 「だから自信ないって・・・」

 「君になら今後の事も任せられそうだしな」

 

 レイナは左手の薬指を右手の人差し指でなぞる。

 

 「佐久間ギンジ。私はお前の事が好きになったよ・・・人としても、男としても」

 「おいおい本気か?」

 「冗談では言わないよ。今はナルミの事もあるから、だいそれた事はしないが・・・ギンジがよければいつでも迎え入れるさ」

 

 クールに装うが明らかにギンジは動揺している。

 

 「それに・・・ギンジが困っていたら、なんでも言って欲しい。私はいつでも駆けつけるよ」

 「へへへ、ありがとうな」

 

 レイナの隣でナルミは銀色の修道服を揺らし、レイナの肩に手を置く。

 

 「ナルミ・・・」

 「・・・」

 

 それでもナルミは喋らない。

 

 ギンジは退魔教会の件については、協力姿勢は少なそうだが、この告白においてはハッキリと否定はしなかった。

 

 ならば、彼らの戦いが終わったら、まだチャンスはあるという事。

 

 「返事はいつかしてくれればいい。ああ、あと私の好きな食べ物は男だ。君も男だな?」

 「あんた修道服とか着てるのに、かなり肉食なんだな・・・」

 

 今退魔師にならない事については、ギンジの考えとしては、ヘヴンホワイティネスを最悪の未来から助けたいから。その後の事はどうなるかは考えていない。

 

 「仲間の為に戦うことを選んだからさ。今直ぐにはどうしようとか、あんまり考えてないんだ、俺は」

 「いいさ。いつでも待ってる。もう一度言うが、好きだよ、ギンジ」

 「そりゃ光栄ですね」

 

 教会のバーベキューはまだ続く。

 

 子どもたちの心から楽しそうな光景を眺めて、ギンジもレイナもまた守りたいモノが増えた。

 

 「・・・ミドリコ、レイナさんの話し聞いた?」

 「ああ・・・まさかのギンジを選ぶとは・・・」

 

 レイナ達のテーブルから離れた場所で、カエデとミドリコは飲み物を取りに来ていた。

 

 ハッキリと聞こえた言葉は全部ではないが、レイナの急な告白だけは二人の耳に届いていた。

 

 (・・・あ・・・)

 

 カエデはそんな二人を見て自覚する。

 

 この感情や、先程身体がくっついた時の事を思い出し、嫌と思うより、少しだけギンジの背中の温もりが心地よかった事を思い出す。

 

 ちょっと前までなら、間違いなく嫌だったのに、今はどうしてか胸が痛く感じる。

 

 これは知らないことだけど、でもなんとなく知っているあの感情。

 

 「おーい、カエデ〜ミドリコ〜」

 

 ギンジがこちらに近づいてくる。

 

 「次は俺がガキんちょ共と遊んで来るからよ、飯、食べとけよ」

 「ああ、うん、ありがとう」

 

 バーベキューは美味しいしカエデもミドリコもお肉は嫌いじゃない。

 

 なのに、今は肉を食べる事が少し億劫だ。胃もたれを起こしそうになる思いをギンジへの想いで上書きすると、二人は食事を始める。

 

 「ただの心配・・・だったんだけどな」

 

 ミドリコもどこかソワソワしている。

 

 カエデもきっとソワソワしているに違いない。

 

 「いつでも君を想っているよ。ギンジ・・・」

 

 レイナはそんな二人の心情を知ってか知らずか、ナルミと共に子どもたちと一緒に遊び始める。

 

 (もちろん、ナルミを元に戻すことも、私の願いだ。七夕にでも書こう)

 

 熊沢レイナ。

 

 表向きは警察。裏の顔は退魔教会に所属するエリート退魔師。

 

 通称・退魔警察。

 

 そして6月26日、恋をしたのだとか。

 

 運命の日は着々と近づいていたが、今だけは平和で楽しい、当たり前の日常で忘れる事にした。

 

 

 「痛てて、髪をひっぱるな!あ、サングラスは触んな!コラ、おい、やめ、クソガキ共ぉぉーー!!」

 「あのギンジおじさんは、悪者、皆、倒すの。サングラスが弱点、だよ」

 「あわわ、ギンジ、子供相手に本気になったらだめだよ〜」

 

 ギンジのお怒りに、レンが悪ノリし、ケイタが止める。

 

 これもまたひとつの平和の形だろう。

 

 

続く

 

  

  




お疲れ様です。
次回からヘヴンホワイティネスの面々の非常に辛い戦いが展開されるかもしれません。
頑張って書きます。

キャラネタ書きます

熊沢レイナ
親友を助け、自分も助けてもらったギンジをスカウトした。あとギンジに恋もした。年の差はあまり気にしない。

如月ナルミ
今の見た目は14〜16歳程。五天になぐさみものとして扱われたが、今はレイナと共に行動している。

五天・赤、青、緑、黄、黒
かつては正義のためと、本気でがむしゃらに頑張っていたが、繰り返される戦いに嫌気がさしてしまい、価値観がひっくりかえったクソジジイ。黒だけはヘルブラッククロスと内通していたが、信用を得られず秒殺された。

神宮カエデ
もしかしたらギンジに・・・

甘白ミドリコ
ヘヴンホワイティネスの年長者として、皆を心配していたが、ギンジにもしかしたら心配では何か別の感情にやきもきしている。

宮寺レン
銃器等の武器を持つケイタを持ち上げて駆けつけた。

角倉ケイタ
二人きりを楽しんでいたけど、仲間の危機に急いで行動を開始した。
ちなみに何がとは言わないが、脱した

ドクターミヤコ
計画に支障はない。そう豪語するのはオーク怪人その人である。

柏木タツヤ
公安警察に所属しながら、ヘルブラッククロスの大幹部。ちなみに三つ揃いというのは、ジャケット、パンツ、ベスト等を揃えたスーツ姿の事。
今回の新キャラで今後の出番は・・・これいじょうはネタバレ
好きな食べ物はチョコレート、お酒。
嫌いな食べ物はうどん、うに。

次回も楽しんでいただけるように頑張って書きますので応援をよろしくお願いします!!!!!!!
それではまた次回!





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運命の戦い編
17・運命の日


どうもこんばんはこんにちはアトラクションです。

一日だけの休日で疲れが取れるかああ!!!

今回のお話はヘヴンホワイティネスがめちゃピンチになります。ならんかも。なるかも。

どっちでもいい!正義は勝つ!
それではどうぞ


 

 6月27日。

 

 本格的に夏が始まりそうな日本。

 

 そして度固化市の公安警察所第4のオフィスでは、甘白ミドリコが熊沢レイナと連絡を取り合っていた。

 

 6月26日に起きた事件での確認として中央、南での警察組織同士で、情報のすり合わせを行っている。

 

 「それは・・・本当ですか?」

 

 結局最後まで見つからなかった五天のうちの最後の一人、黒天が無残な死体となってレイナに発見されたという。

 

 何かの事件として見てもあまりに不自然な死に方に、また別の事件性があるとみて、連絡をミドリコによこしたという次第。

 

 「・・・甘白ちゃーん?」

 

 電話するミドリコの横で、ヤクザみたいな顔をした藤原が暑さにやられてだるそうな顔をしている。

 

 「ねぇ・・・どぼじて無視すんの?おじさん汗臭い?ねぇ、ねぇ」

 「あーもううるさいなこのおじさんは!糖尿が感染るから話しかけないでください!」

 

 ──糖尿ぢゃないよ。おぢさん、健康だよ。肝臓の数値は悪いけども。

 

 あまりにも辛辣な言葉に最早言い返せない。それより暑いのだ。

 

 あつすぎて、いつもの真紅のジャケットを脱いで、扇子を仰ぐ。

 

 「あー君」

 

 藤原が指をさした若手に、アイスを持って来させる。

 

 アイスを受け取ると、藤原は再びミドリコの席にちょっかいを出しに行く。

 

 「あーますぃろちゃ・・・あれ?」

 

 そこに部下である甘白ミドリコはいなかった。書き置き一つだけあり、その内容に眼を通すと、藤原はしかめっ面で書き置きを机に放る。

 

 「まーた午後半休・・・そしてあしたは有給・・・いやいいんだけどさぁ〜」

 

 基本公安第4というのは暇な課だ。最近の組織犯罪と言えば、巷で有明なヘルブラッククロス。そしてまだ公には出ていないが、聖カエルム教会の責任者の一斉逮捕。

 

 「こりゃあ、何か核心に迫るモノでもあったか・・・?」

 

 15年以上も警察という職に就いていれば、勘が自然と冴え渡る。

 

 しかしながら、命令が無ければまともに動けないのも第4という組織。自分の部下が人知れず戦っている事は理解を寄せているが、あまり勝手な行動は控えて欲しい。

 

 「なーにがヘルブラッククロスだ・・・くだらねぇ」

 

 自分達の仕事を増やし続ける悪の組織に悪態をつくと、藤原はデスクに戻る。

 

 「・・・ヘルブラッククロス、か。チトセ、お前・・・いやなんでもねぇ」

 

 自分のデスクに飾ってある、女性の写真に語りかける。

 

 今より若干若い藤原と、同じぐらいの年齢の女性の二人が写る間に、産まれて間もない赤ん坊の写真。

 

 「・・・おれだって行けるなら、すぐ行きてぇよ」

 

 悔しさと苛立ちに頭を抱えた藤原に、コツンとヒールの音が鳴る。顔を上げると、そこに居るのは甘白ミドリコ。

 

 「どこに行くって・・・?」

 「いやー甘白ちゃんと草津温泉にでも行きたいなってね。げへへ」

 「行くわけ無いでしょう。水虫が感染ります」

 「ひでぇなぁ・・・で、何しに戻ってきたの?」

 

 藤原が扇子を仰ぎながら椅子にふんぞりかえる。

 

 「はい・・・実は、東度固化にある刑務所へと行きたいのですが・・・」

 「なんだってあんなワケありしか集まらないブタ箱に・・・っていうかそもそも、午後半休取ったんじゃ?」

 「はい。許可証発行しといてください。7月になったら行きますので」

 「理由は?」

 「南度固化の刑事熊沢さんからの、共同操作でして」

 

 共同操作。それほどの事件があったのだろうか。

 

 とは言え、おとなしくしててもらうには、言うことを聴くしかあるまい。

 

 「藤原さん・・・発行のついでにお腹を触るのは立派なセクハラです。一度死にますか?」

 「・・・お前本当に警察・・・?」

 

 未成年に銃をもたせたり、ランチャーぶっ放したり、ライフルを白昼堂々と撃ったりしているが、ミドリコは正真正銘公安警察。

 

 「ほらよ。機嫌は7月末までだ」

 「ありがとうございます!それじゃ!」

 

 足早に帰宅するミドリコを凝視するミドリコ。

 

 (ああ・・・そうか・・・暑いもんね)

 

 ストッキングの無い、スーツスカートの生足を凝視して、少し興奮する。

 

 「夏っていいな」

 「いいですね。ちなみに僕はシャツから透けるブラの色を凝視したいです」

 

 若手の警察とそこそこのベテランの会話は、今日も酷いものだった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 6月28日。とうとう来た。ゲームの通りのイベントと同じ日付。

 

 今まで俺の知ってる展開とは違う、イレギュラーも多く、戦闘は常に痛いし、出血止まんなかったりと、俺は散々な目に合ってる。

 

 まぁでも何かしら色々あっても、最終的にカエデ達が笑って暮らせるなら、それでいいんだけどよ。

 

 さて、今日のヘルブラッククロスの襲撃・・・というか、攻略チャートだが。

 

 1・カエデ達と繁華街のカフェの新作スイーツを食べに出かける。

 2・ヘルブラッククロス大幹部のリコニスが待ち構えてるので、変身させてします。しかし変身したスーツに対する洗脳作用のあるマシンがあるので、俺こと佐久間ギンジが先回りしてぶっ壊しておく。

 3・全員ぶっ飛ばす。

 4・皆で7月を向かえる。

 

 完璧だ。特に2と3が完璧。俺もしかして天才なんじゃ。

 

 っていうかそもそもこの作戦を立てて思うんだけど、1いらないんじゃないかな。わざわざケーキとか食べに行かなくてもいいじゃろ。ん?どうなんだい?

 

 俺はふと、リビングにいるカエデ達に目をやる。すると元気はつらつな彼女たちは、しっかりちゃんとどのケーキを食べるのか、という話題を雑誌を持ちながら話している。

 

 いいな、甘いモン俺も食べたいな。ミヤコに頼んだらすぐ持ってきてくれるからな・・・。いやまぁ、いいんだそんな事は。

 

 天気もバカバカしいぐらい晴れてるし、引き止めるのは無理だな。

 

 ここらへんはゲームの通りか。

 

 ならば向かうのは繁華街のカフェとケーキ屋、ヘヴンホワイティネスとレンを引き裂いたあのイベント。

 

 ゲームの内容としては、ヘヴンスーツに作用する洗脳マシンで身動きが出来なくなり、自我を保ったままヘルブラッククロスの戦闘員に犯される。

 

 そして一瞬の隙きを見て、レンがリコニスを人質にして、カエデとミドリコを逃がすのを条件に、一人拘束されるというイベント。

 

 その後レンが公開洗脳ショーを受けて、救出に向かったカエデもミイラ取りがミイラよろしく、捕まって・・・。

 

 そこからヘルブラッククロスの、日常改変からの侵略を始める。

 

 それだけは絶対に阻止しないと行けない。彼女達が今、奴らに捕まったら何をされるかなんて、俺はもう想像したくない。

 

 「こいつらを助ける為に、俺はここまで来たんだしな。失敗はできない・・・」

 

 様々なイレギュラーとの戦いと、ゲーム通りのイベント。それらのよくわかんない敵との戦いも超えることが出来たんだし、今更失敗はしないし、失敗するつもりもない。

 

 それと同時に、俺の頭の中では何かの不思議な感覚。今、まさしく未来が変わるような、未来への本来の道筋が変わっている様なあの感覚がずっと頭から離れない。

 

 「必ず・・・成功させる・・・」

 

 両手をキツく握りしめて、覚悟を決める。

 

 「おーっす。ケーキ屋で何食べるか決まったのか?」

 

 あとはいつもと同じ感じで接してあげれば・・・。

 

 「ギンジ?どうしたのアンタ、顔怖いけど。一昨日の退魔教会の事、まだ怒ってるの?」

 

 カエデの言葉はたまに鋭い所を突いてくる。怒っている訳じゃないんだけど、顔はやばかったかも。

 

 「なぁ、皆聞いてくれ」

 

 嘘をついてもしょうがない。楽しい空気に水を刺す様で申し訳ないけど、俺はこれから起こる襲撃について説明しようと思う。

 

 「今日は、俺の知ってる未来の日だ。恐らく、いや、必ず。必ずヘルブラッククロスの襲撃が来る日だ。言いづらいけど、レン」

 

 少し威圧してしまったかも知れないけど、俺は仲間の一人に声をかける。

 

 「もしピンチになっても、決して一人で行動しないでくれよな」

 「・・・解った。襲撃の内容については、知っているの?」

 

 もちろん知っている。だけど、それについてはある作戦を考えている。

 

 「ああ、知ってる。だけど、レンが一番戦いづらい相手かもな。だから、そっちは俺に任せてくれ。それから、カエデ」

 「何よギンジ」

 

 ケーキの雑誌に目を通しながら、カエデは俺と眼が合う。やっぱりゲームと同じで、顔が可愛い。

 

 そこはまあいいとして、俺は今回の襲撃において重要な事を話す。

 

 「お前は何があっても、俺が指示するまでは絶対に変身するなよ・・・」

 「はぁ?そんなんじゃ戦えないじゃない」

 「いいんだ。戦わなくても、遅かれ早かれ戦う事にはなるかもだし、あとなんと言っても、お前ばかりダメージを追うのもな・・・」

 

 いくらスーツに守られていると言っても、そのスーツの動きを止めるマシンとの戦いはいくらなんでも不利に見えるし、そのまま戦闘員達に囲まれるのも可愛そうだ。

 

 だから俺がぶっ壊すンだけどね。

 

 「な、ば、べ別に、ダメージの事を心配されても・・・」

 「ダメージだけじゃない。精神的にも俺はお前たちの戦いが心配になるぜ」

 「それは君も、だろうギンジ?」

 

 うっ。教会で怒り狂った時に、ミドリコにたしなめられたが、そうだったな。心配してるのは俺だけじゃないしな。

 

 「ふーん、心配してくれてるんだ・・・」

 

 あれ?なんかカエデさんいつもと反応違くない?なんか怖いんだけど。

 

 「それで、ギンジ。私はどうしたらいい?」

 「ミドリコはいつもと同じで後方支援だ。三人で固まって行動するのは、今日に限り無しだ。お前には俺がついてるから、上空からも不意打ちにも全部俺が対応する。背中は守るさ」

 「・・・ありがとう。了解した」

 

 やけに素直だな。あとなんか一瞬眼を見開いたけど、なんか悪い事言った?

 

 「それはそうと、ヘルブラッククロスはどこから襲撃してくるの?」

 

 詳細な場所もちゃんと教えないとな。

 

 「これからお前たちが行こうとしてた所・・・繁華街のケーキ屋さんだぜ」

 

 楽しい空気をぶち壊してホントすまんなんだけど、もう少しだけこの運命の日を超える為に協力して欲しいぜ。

 

 それにこのイベントを乗り越えれば、きっと未来は変わる。

 

 未来・・・。未来か。

 

 なんだろうなぁ、この不思議な感覚。

 

 前に学校が襲撃された日も、こういう感覚に襲われたしな。今日は起きてからなんかずっとこーゆーのが頭の中で渦を巻いている気分だ。気持ちわりい。

 

 「詳しい事は省くが、俺は目的地に先に突入するぜ。その後はミドリコの援護にまわる。んで、ヘルブラッククロスが繁華街に出てきてからが本番戦・・・つまり戦闘が始まる」

 

 俺の話しに三人の美女が硬唾でも飲み込むのか、神妙な顔つきをしている。まぁ、こんな話しをしたらそうなるだろうな。

 

 「ほら、いつでも戦闘の準備はしとけよ」

 「あんたこそヘマしないでよ、ギンジ」

 

 言われるまでもねーやそんな事。

 

 俺たちは昼前にカエデハウスを出ると、不思議な感覚に見舞われながらも繁華街へと向かう。

 

 どんなイレギュラーが来ても、全部跳ね返してやらぁ。

 

 なんでもかかってこい。俺は、俺達は必ず勝つ。

 

 ヘヴンホワイティネスの、輝かしい未来を手に入れる為に。

 

 ヘヴンホワイティネス・完。正義よ、永遠であれ〜。みたいな。

 

 そもそも大元のヘルブラッククロスを倒していないのに、そんな事にはならんだろうけどな。

 

 「何ニヤニヤしてんの?」

 

 くだらない事を考えてると、俺の隣を歩くカエデが、肘で小突いて来る。絶妙に力強いよ、お前。

 

 「いいや。この先の難関を超えたら、全員で7月を迎えられるンだなって、思ってさ」

 

 ここまで全員無事で(主に貞操)ここまで来れたのが素直に嬉しいよ、俺は。

 

 身体張って来てよかったよ、ホント。

 

 「ふーん?まぁ、あんたが楽しいならなんでもいいわ。あ、ケーキ食べるのはアンタは抜きだからね」

 「ええ?」

 

 さも当たり前でしょ?みたいな顔で軽く言ってくれるな。俺もケーキ食べたかったなー。

 

 「変わりに、昼ごはんはギンジ一人で食べてきていいぞ。お金は昨日渡しただろ?」

 

 財布はないから、五千円札をそのまま手渡されたが、高校生の小遣いかよって思ったけど、昼飯ぐらいならまぁこれでいいか。

 

 「なんで俺だけ一人飯・・・あぁ、暇ならサクラでも誘うか」

 「サクラ・・・?誰よそれ」

 「ギンジ、君は一体どこまで女性と交友があるのか、聴かせてもらいたいな・・・」

 「ギンジ、意外と女タラシ説、無い?」

 

 なんだなんだこの人らは。サクラってのはレイナと一緒に戦ってくれた魔法少女様だぞ。

 

 カエデの目つきが鋭いし、ミドリコはナイフを光に当てて、「よし」とかつぶやいている。こえーよ、なんなんだよ。

 

 「なぁレン、なんか俺気に触る事でもしたかな」

 「・・・ふふ、多分・・・」

 

 なんだよ多分って。

 

 「ま、なんでも良いわ。行くわよ、皆」

 

 カエデがニッと笑うと、住宅街エリアを抜けていく。

 

 そして目の前に広がるのは、繁華街。相変わらず活気のある人混みに、なんだか久しぶりにここに来た気分だ。

 

 これはあの台詞を言うべきだな、転生前に一時期流行ったネットミーム!!

 

 「テーマパークに来たみた・・・「あ、ギンジ見てみて、アレ!」

 

 カエデが興奮気味に俺の言葉にかぶせて来る。

 

 こんなかぶられ方したの初めてだよ。

 

 「なんだ・・・?」

 

 カエデの指差す先は、今流行のケーキ屋さん。先程カエデハウスで読んでいた、ケーキの雑誌のお店。

 

 メッチャー・ゲボウマー。それがお店の名前なんだが、何語だ・・・?

 

 あ、めっちゃゲボ美味い・・・か?んー食欲の沸かない名前だな。

 

 でもこのお店に並ぶ女性達は全然気にしていないな。女ってたまにわからん。

 

 「さて・・・」

 

 本来の目的ならケーキを食べるだけ・・・なのだが、これから俺たちの運命の戦いが始まる。運命の戦いとか言ってるのは俺だけだけどね。

 

 でも、実際運命・・・この日本の運命も、カエデ達の運命にも、そしてこの世界の未来にも、全て今日この日がかかってる。

 

 少し先に眼を向けると、カエデ達がやる気を見せている。

 

 その負ける気がない、という余裕故か、笑顔で話し続ける三人に、俺はこの子達が泣かないで生きていける未来を、心のそこから守りたいと思った。

 

 戦いに出るっていうのに、呑気なもんだぜ。俺がそんな事考えるなんてな。

 

 それぞれの配置場所に向かう為に、俺達は行動を開始する。

 

 きっとマシンを壊せさえすれば、俺たちは今日も勝てる。イレギュラーがあっても、勝てる。なにがなんでも勝てる。

 

 負けるつもりでここには来ていない、今日までダテに戦ってない。

 

 「絶対勝とうな」

 「当たり前よ」

 「もちろん、勝つ。奴らの好きには、させない」

 「私も最大限援護する。行こう、皆」

 

 俺たちの運命の日の、運命の戦いが始まった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 数時間前。時間的には早朝。

 

 ヘルブラッククロスの研究室に長い机が置かれる。

 

 そしてそこには、それぞれ紫、オーク怪人、タコの怪人、ハーフムーンの二人、サキュバスの怪人、剣士の怪人、女性戦闘員達が座って、ミヤコの登場を待っていた。

 

 「流石ミヤコの精鋭達ね〜。私を呼び出しておいて席すら用意してないなんて・・・」

 

 少し離れた場所で壁に寄りかかりながら、リコニスがつまんなそうに口を開く。 

 

 ドクターミヤコはバカ。そしてその部下もバカ。そういった意味合いを持つ、リコニスの言う【流石】の言葉に、紫のお面に苛立ちが見て取れる様になる。

 

 「アハハハ、ごめんなさいね〜?おバカの紫ちゃんには、こんなんでも煽りになるのかしら〜?」

 「相変わらず協調性の無い女だな・・・」

 

 ため息混じりの紫の言葉に、オーク怪人も鼻を鳴らす。

 

 どうにもミヤコ派の人材は、同じ大幹部のリコニスとはウマが合わないようで、一色即発の空気が流れる。

 

 「よしなよ、あーしら別にヤリ合う為にここに集まったワケじゃないんしょ?」

 

 やすりで爪をこすりながらサキュバスの怪人が、爪に一息吹きかける。

 

 綺麗に整った爪を見て、サキュバスの怪人が研究室の扉に眼をやる。

 

 腕組みをしながら眠る様な姿勢の剣士の怪人も、瞳を開くとサキュバスと同じ様に、扉を凝視する。

 

 決まった一定のリズムの足音。主の気配。迎え入れるべき母なる存在の到着。

 

 「ドクターのお越しだ」

 

 オーク怪人が席を立つとこの研究室の扉を開く。

 

 そして登場する、ドクターミヤコ。

 

 相変わらずサイズの合っていない白衣に、黒もがかったセーラー服。

 

 メガネに反射する光の奥で、その眼の怪しさを際立たせる。

 

 暗く奈落よりも深い闇の色を宿した、ミヤコの瞳。

 

 ミヤコが会議机に近づくと、オーク怪人が先に椅子を引き、彼女が座りやすい様に適切な行動を行う。そのままオーク怪人は座らずに、ミヤコの斜め後ろに立つ。

 

 「同じ大幹部なんだから、君も座りなよ、オーク」

 「ブヒ。立場は対等・・・というのもおこがましいですが、私はいうなれば後輩です。偉大なる先輩がの為に補佐をさせてください」

 

 丁寧に、対等な立場であっても礼儀をわきまえるのが、このオーク怪人だ。

 

 いつもこうやってドクターを支えて来た。だから今回もこうやって補佐をする係を、自ら申し出る。

 

 それが生きがいでもあり、自分の存在意義として疑わないからだ。

 

 「じゃあ、私はここに座ろ」

 

 空いた席にリコニスが態度悪く座り始める。

 

 向かい合わせのハーフムーン、その両月コンビと呼ばれている双子の姉妹の妹、フルムーンと眼が合うとリコニスはにんまり笑顔になる。

 

 その笑顔は非常に悪辣で、見えない悪が奥に隠れている様な表情に、フルムーンは背筋が寒くなる。

 

 「お、お姉ちゃン。あの人怖いヨ」

 「フッ、大丈夫よ、ワタシも怖いから」

 

 ミヤコが各員の手元に書類を配るように、オーク怪人に命じると、無言で頷き今回の作戦の資料が全員に配られる。

 

 「さて・・・本日、6月28日の重大な任務について説明するよ」

 

 ドクターミヤコが開口すると、椅子に座る全ての怪人、戦闘員、リコニスも一斉にミヤコの方へ視線を集める。

 

 「作戦名は、進化の怪人奪還。・・・今から内容を説明するね」

 

 進化の怪人。それは佐久間ギンジの組織名。

 

 その存在を知るこの場の人物達は、その怪人の名前の入った作戦に、いよいよかと思い思いに微笑を浮かべる者が現れ始める。

 

 リコニスもその作戦名を聞いて、ニヤリと悪魔の本性をむき出しにした笑みを浮かべる。

 

 「奪還・・・ってことは、ヘヴンホワイティネスとも戦うのかしら?」

 

 リコニスの挙手の無いいきなりの質問に、ミヤコは悪の形に微笑む。

 

 「そうだね。憎き怨敵、ヘヴンホワイティネスとも戦う。できれば満身創痍で連れて帰りたいけど、それが無理なら、殺してもいいよ」

 

 軽々しく言い放つドクターミヤコの言葉に、リコニスは再び悪魔の、いや悪魔を超えて死神の宿る様な笑顔になる。

 

 「今回は、ほとんどの行動を女性戦闘員達に任せて、オークは陣頭指揮、サキュバス、剣士、タコは直接ギンジ君の妨害に入ってほしいな」

 

 一番はとにかくギンジ。彼を捕まえる事が目的になる。あわよくばヘヴンホワイティネスの捕獲。

 

 「ブヒ。そのために工作員を手配し、繁華街に例の洗脳マシンをセッティングをしている。おそらくギンジはこれを破壊して回る可能性が高い」

 「くふふ、そうだね。彼は、本当に予想外も行動の連続・・・そこが好きなんだけど」

 

 ヘルブラッククロスへと謀反を起こした問題児、佐久間ギンジ。

 

 様々な作戦への先回り、妨害、任務内容の把握。とても彼だけでやられたとは思えない。

 

 先んじて作戦の内容を知っていないとできない事も、ギンジの知らない怪人をぶつけても彼らは壁を乗り越えてくる。

 

 しかし、ヘヴンホワイティネスに彼が参入した事で、ミヤコの立ち位置が危うくなったり、フェーズ2のバーナー怪人を失ったりしている。

 

 本来予定していなかった、追加の作戦においてもコウモリの怪人を失い、思うように動けなくなったのも事実だ。

 

 「さて、そんなギンジ君への対応だけど・・・」

 

 再び全員の視線がミヤコに集まる。

 

 「四肢を失わせても構わないわ。最終的にわたしの所に戻ってきてくれれば、それでいい。孤立した所を狙いなさい。その為にダミーのマシンも紛れ込ませてるしね」

 

 ヘヴンホワイティネスへの洗脳マシンは実は用意していない。

 

 用意しているのはギンジのDNAを入れた、対怪人洗脳マシン。これには一般市民にも通じる洗脳の波動を流しこむ。

 

 とすればあの公安の女も上手く操れるだろうが、そっちには興味がない。

 

 「ギンジの孤立を確認したら、すぐに作戦を開始する。この作戦は三人の大幹部の合同の作戦だ。諸君の働きにかかってる」

 

 オーク怪人が中央に立ち、各人に使命を言い渡す。

 

 「それじゃあ、行動を開始しましょう・・・くふふふふ」

 

 ミヤコの笑い声が、研究室に反響してより悪としての側面を大きくしていく。

 

 未来への歯車が大きく動きだしていく。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 昼。丁度12時を回る頃あいだろうか。

 

 俺たちはそれぞれ作戦を開始していく。

 

 カエデとレンはお店の中へ。すぐに出られる様に、変身しないで脱出をお願いしている。

 

 ミドリコは俺と、店の外・・・向かいの建物の屋上でライフルを構えて貰っている。

 

 そして俺は周りの警戒をしつつも、敵がいないことを確認したら、マシンの置いてある所へと動く。

 

 「すぐに戻るぜ。常に、上と背後には警戒しておけよ」

 「解った。ギンジも、無理はしないでくれ」

 

 俺とミドリコが拳を軽くぶつけ、コウモリの羽でケーキ店の裏口へと回る。

 

 「やっぱりか・・・」

 

 裏口には、ヘルブラッククロスのパワードスーツに身を包んだ戦闘員達。店の中にはリコニスが居るはずだが、イレギュラーも想定しておかないといけないしな。一人だけ残して情報を集めよう。

 

 「・・・あ、ギンジだ!」

 「なんだと?げ、マジかよ」 

 

 多分路地裏に降りる俺は、光を背にして優雅に飛び立つ怪人にも見えるんだろうな。

 

 「丁度いいぜバカ共。聞きたいことがあんだわ」

 

 着地するやいなや、両手に溜めた電撃を放電すると、高圧電流に耐えられるわけない戦闘員達が、次々と倒れていく。

 

 「うっ・・・」

 

 一人だけ耐えた奴がいやがるな。じゃあこいつに聞こう。

 

 首を抑え込み、壁に叩きつけると戦闘員の顔と身体を抑え込み、俺の右手で炎の球体を造り出す。脅しには十分だろう。

 

 「お前ら、洗脳作戦でも企てたんだろうが、今回も阻止させてもらうぜ。ヘヴンホワイティネスはお前たちじゃ捕まえられないしな」

 

 苦しいだろうがこのまま力は込めたままにする。途中で暴れられて逃げられたら嫌だしね。

 

 「で、今回の作戦には、リコニスも一枚噛んでるんだろ」

 「うぐ・・・ゲホ、我々は何も知らない。たしかにリコニス様は来ているが、それしか知らないんだ・・・」

 「・・・作戦の内容は?」

 「へ、ヘヴンホワイティネスの捕獲と聞いている・・・そ、それだけだ、本当だ」

 

 どうやら嘘は言っていないな。と、すればリコニスとヘヴンホワイティネスが店内でおっ始めたら面倒だな。

 

 これは早い所洗脳マシンを壊さないと。

 

 「今回の作戦の要である洗脳マシンはどこにあるんだ?」

 

 戦闘員は苦し紛れか、それとも真実か、店内の方へ指を指す。

 

 どっちにしたって店内かよ。バックルームにつながる所には多数の戦闘員と、リコニスが待ち構えている筈だ。

 

 一度ミドリコ達に情報提供の為に戻るか・・・?

 

 「ゲホ、頼む、もう離してくれ。まだ死にたくない」

 「ああ、悪かった・・・な!」

 

 最後にみぞおちを狙って殴る。気絶したこいつをその場に落とすと、俺は再び空を飛ぶ。

 

 「ギンジ、何か収穫はあったか?」

 「店内にマシンがあるんだとよ。一度カエデとレンをこっちに戻せ」

 

 屋上で警戒しながらもミドリコは二人に連絡をしてくれている。

 

 『わかったー直ぐに戻るわ』

 『同意。嫌な気配が、漂ってる』

 

 レンの言う嫌な気配ってのは、間違いなくリコニスのことだろうな。俺もあいつキャラクターとしては好きだけど、いざ実際に対面したら憎悪が湧いた。

 

 「ギンジ・・・?」

 

 多分俺のが苦虫潰した顔にでもなっていたんだろうか、ミドリコが心配そうな顔をする。

 

 「大丈夫だ。ちょっとバーナーの怪人の事を、思い出したんだ」

 「そうか・・・思い詰めないで、な」

 「ありがとうよ」

 

 こういう時一人だったら、なんもかんも有耶無耶になるんだろうけど、ミドリコみたいに常に冷静な奴がいると助かるぜ。

 

 「ここに居たのね」

 

 カエデ達が一瞬変身したのか、ヘヴンスーツでミドリコと俺が待機する屋上に飛び越えてやってくる。

 

 「俺が手に入れた情報を話そうと思うが、ひとまず冷静に聞いて欲しい」

 

 洗脳マシンは店内に置いてある。

 

 そしてそれはおそらくリコニスが守ってる。

 

 あれを発動されたら俺たちは負ける。

 

 「だから作戦を変更する」

 「どういう事?」

 

 カエデの目つきが鋭いよー、怖いよー。

 

 「いいか、スーツに対応されてるって事はだ。お前たちへの対抗手段を戦闘以外で奴らが先に一枚上手になったって事だ」

 「悔しいけど、ギンジの言うとおり。だけど、それと、作戦の変更について、どうなるの?」

 「お前たちはこれからケーキ食べたいだろ?で、俺も事がすんだら一人で飯を食わされるんだ。そして洗脳マシンを破壊するには、外側でひと悶着起こさないと行けないわけだ」

 

 出来ることならこいつらの幸せの時間を、俺は極力守ってあげたい。

 

 やることは一つしかないんだ。今回においては洗脳マシンの破壊、及びリコニスの撃退、ないしは撃破。

 

 あれ?やること2つあるじゃん。まぁいいか。

 

 「で、一般市民も怪我をさせず、お前らが無事にケーキを食べる手段も俺は考えたのよ」

 「解らないな。君は何をするつもりなんだ。追加の怪人だって確認できていないのに、どうやって・・・」

 

 ミドリコの言うことにレンが頷き、カエデは俺を鋭い視線で見つめてくる。

 

 「いるだろ。怪人ならここに。人間でもあり、怪人の俺なら、ヘルブラッククロスに変わって騒動に発展させられるぜ」

 「つまり、あんたが店内にいる人達を追い出し、ヘルブラッククロスもおびき出すって事かしら?」

 「そゆこと。流石口の悪いお嬢様。物分りが良くて助かっちゃうな」

 「怪人様に褒めていただけるなんてとても光栄ですわ。このバカ」

 

 少し煽ったらすぐこれだもんな。お嬢様仕草は可愛いのにもったいない。

 

 「で、ギンジが騒動を起こして、おびき寄せたら君はどうするんだい?」

 「その後は・・・」

 

 俺が裏に周り洗脳マシンをぶっ壊す。

 

 やることは単純なんだ。それでいいんだ。

 

 「後は、俺がうまいことやっとくさ。心配すんなって」

 

 この時もまだあの不思議な感覚が、俺の脳内にこびりついたままだが、それでも来るトコまで来たんだし、やるしかないさ。

 

 「ホラホラ、始めるぞ」

 「え?もう?」

 「当たり前だぜ」

 

 カエデの言葉に俺は直ぐに行動を開始する。

 

 滑空し、顔を炎で隠し、燃えるコウモリの怪人として、ヘルブラッククロスを釣る餌となる。

 

 「あーあ行っちゃった・・・こうなったら仕方ないわね。レン、ミドリコ!やろう!」

 「同意。頑張ろう、カエデ、ミドリコ」

 「頼んだよ、カエデ、レン」

 

 俺たちの運命を決定つける様な戦いは、この時から既に違った方向に進んでいる事を、全く疑っていなかった。

 

 俺たちは絶対勝てると信じていた。

 

 なのに・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 金属が激しく擦れる音がなると火花が散る。

 

 下では、カエデとレンが戦闘を開始した。

 

 見事にギンジの言うとおりに、ヘルブラッククロスの面々が沢山店内から出てきた。

 

 ここまでは彼の目論見通り。

 

 さて、私はと言うと、カエデ、レン、ギンジに先行してもらい、屋上で常に戦況を見守る。

 

 私、甘白ミドリコだけが出来る戦い、後方支援。銃を多様に操り、敵への威嚇射撃、戦況の報告、そして対怪人用の弾丸を用いた狙撃。

 

 ロケットランチャーも使いたいが、ここから撃つのでは街への被害も大きくなる。

 

 戦闘において重要な事は2つある。

 

 一つは、常に彼女たち二人へと迫りくる、襲撃や攻撃をいち早く察知し伝える事。

 

 二つ目は私が迷わない事。

 

 特に二つ目が非常に重要だ。私とて、人間。戦闘員を撃つことを躊躇ってカエデ達がピンチになることもあった。

 

 ギンジの事を言えないかもしれないが、私も正義の為にこの引き金を何度も引いて来た。

 

 きっと一人だったら、罪悪感に押し潰されて死んでいたかもしれない。

 

 「上手くやれよ、ギンジ・・・」

 

 私はそう祈ると、再びスコープ越しに戦況を見守り、要所要所で引き金を引く事に集中する。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ギンジの行動はたまに大胆。たまに消極的。

 

 それが最近の私の中の印象。

 

 佐久間ギンジ。ヘルブラッククロスの怪人でありながら、未来人である私、こと宮寺レンと同じ未来を知っている不思議な存在。

 

 彼の言うことなら、この先に起こることを信用出来ていけるような気がしていた。

 

 ギンジの暴走の演技に私達が付き合うと、早々にカエデがギンジを上空へと突き飛ばす。

 

 騒ぎを聞きつけたヘルブラッククロスが、店内から踊り出てくる。  

   

 「あーれれ、ヘヴンホワイティネスじゃない・・・久しぶり〜」

 「・・・貴女は」

 

 黄金の鎧を身にまとった妖艶・・・というのが正しいのか、不思議な衣装を身にまとう大幹部リコニスが出てくる。

 

 もう刀を引き抜いている辺り、私達の事はバレていたのかな。

 

 「ギンジちゃんが余計なことしてくれたせいで、大変な事になっちゃった〜。あんたらで償ってもらおうかな」

 「あんたこそ罪の無い一般市民を巻き込もうとして、恥ずかしくないの?それとギンジちゃんて呼ぶのやめくれないかしら」

 

 そこはどうでもいいよ、カエデ。

 

 「なんで〜?別に私がギンジちゃんを何て予呼ぼうが私の勝手じゃない?」

 

 それもそうだと思うけど、そこもどうでもいい。

 

 「なんかムカつくのよ!」

 「アハッ、急にやる気になっちゃって・・・!いいわ、久しぶりにまたイジメてあげる!」

 

 カエデが先に突撃する。新しく進化したスーツの力出、今度こそこいつを倒す。

 

 でも、私には他にやることができたみたい。

 

 辺りを見渡すと、戦闘員達が、私を取囲もうとしていた。

 

 「今日こそ倒してやるぜ、ヘヴンホワイティネス!」

 「それ、ザコの台詞、ってギンジが言ってた」

 

 一斉に襲いかかる戦闘員達を前に私はビーム剣を展開すると、すぐに斬り伏せていく。

 

 「ヘヴン1の、邪魔は、させない。退いて」

 

 一度に複数人倒すだけではこいつらは止まらない。

 

 その呆れた戦闘意欲だけは、認めるけど、私達に今の戦闘員じゃ勝てない。

 

 「邪魔」

 

 新しいビーム剣の力、ここでも発揮していく。

 

 私の新しい力・・・シルヴァが託してくれた私の力。

 

 正義と平和の為の力。

 

 そしてなにより、ケイタを守る力だから。

 

 敗けられないし、退けない戦いの為の力。

 

 黒い絨毯とも呼べる戦闘員達が舞い上がり、私に襲いかかってくる。

 

 「この力、惜しまない。ビーム剣術─」

 

 ビーム剣に力を込めて、本気で戦う。もう恐れない為に、みんなでケーキを食べるために。

 

 そして明日もケイタと一緒に居るために。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 よしよし。奴らにバレない様に上に飛ばせ!って叫んで良かったぜ。

 

 これなら難なく洗脳マシンをぶっ壊せるぜ。

 

 ほら、店内はもぬけのから。

 

 俺の作戦の勝ちだな。

 

 「・・・」

 

 しかし妙だな。上手く事が進んでいるのにも関わらず、手薄での襲撃だったのか? 

 

 あーまぁ考えてもしかたないな。洗脳マシンは目の前にあるんだし、ぶっ壊しちまおう。

 

 うーんと頭を撚ると、真後ろから俺を覆い尽くす影が、俺の視界に広がる。

 

 「・・・!」

 

 鈍器の様な、力強い何かでぶん殴られそうになった。

 

 殺気を感じて俺は、背後からの攻撃を上手く避けると、洗脳マシンを背に、俺は立ち直る。

 

 「テメェは・・・」

 「久しぶりだな、ギンジ、いや進化の怪人」

 

 軍服、軍靴、軍帽。

 

 体格の良い身体に、太っていながらも全身筋肉で鍛えあげられた豚顔の怪人。

 

 オーク怪人が現れた・・・。

 

 最悪だ。こいつ頭いいから苦手なんだよ。

 

 しかも設定じゃ常に任務の際は次の一手を考えながら戦う、怪人としては最強の男。

 

 そして俺の転生したこの世界においても、名実共に最強・・・。

 

 間違いなくこいつは強い。戦うことも、女を自分の物として扱うのも上手い。

 

 「ドクターの下を離れてからは、色々とやってくれたな。あれから元気だったか?」

 

 こいつの気遣いしてくれる所、嫌いじゃないけど、これが返ってやりづらさを感じさせる。

 

 「ギンジ。ドクターはお前の事を信じている。もちろん私もだ」

 「そうかい。そりゃどうも。で、こんなトコで何してんだ?まさか俺の邪魔しに来たわけじゃないよな?」

 「クックック・・・邪魔、か。本当に邪魔をしに来ただけだと思うかね」

 

 思ってたけど、なんかその言い方だと違うっぽいな。俺はなんだか逃げたくなってきた。

 

 「聞け、ギンジ」

 

 軍帽を直すとオーク怪人は、俺の目を真っ直ぐ見る。

 

 「我々ヘルブラッククロスはお前を連れ戻しに来た」

 

 言うと思ったぜ。答えは断固拒否だけどな。

 

 「俺を連れ戻して何しようってんだ?」

 「くっふっふ・・・それは貴方自身が良く解っているのでは?」

 

 オーク怪人の裏からもう一人怪人が現れる。この笑い方と、口ぶりは・・・。

 

 「お久しぶりですね・・・佐久間ギンジ。相変わらずの様で安心いたしました」

 

 剣士の怪人・・・。

 

 「あーめっちゃ動揺してるーかわいいー」

 

 俺と洗脳マシンの間に、ヌッと現れ、ギャルみたいな奴が俺の横顔に手を添える。

 

 「な・・・」

 

 もう一人の怪人。ゲームに登場しないイレギュラーか!

 

 「こうして会うのは初めてだっけ?あーしサキュバス。しくよろ」

 

 いかにもなギャルのピースサインを作りながら、俺の目の前でまた怪人が現れていた。

 

 サキュバスの怪人、剣士の怪人、そしてオーク怪人。

 

 洗脳マシンは目と鼻の先なのに、ものすごく距離が遠く感じた。

 

 店外では喧騒と激しい戦闘音。

 

 マズイ・・・。こんなに怪人が来ているなんて。

 

 しかもどうやら俺がここに居る事、洗脳マシンを壊す事を知っていた、もしくは解っていた・・・みたいな・・・?

 

 作戦変更だ・・・。ここで暴れる。ソレしか無い。もっと言うと、リコニスを抑えながら、怪人との相手をカエデ達がどこまで出来るか。

 

 ・・・。色々と今の一瞬で考えたが、一つだけハッキリしている。

 

 「『こんな狭い所では戦えないから、天井を破壊して脱出しよう。』か?」

 

 !?

 

 今オークの奴なんて言った・・・?

 

 「『なんで俺の考えてる事が解ったんだこいつ』・・・解るさ」

 

 ニヒルに笑うオーク怪人の笑顔に俺は「『寒気がした。』だろ?」

 

 「あーたしかに。夏も近いのに、寒そうだね」

 

 サキュバスの怪人の言葉に俺はいよいよ切羽詰まる。

 

 俺の考えてる事がバレている。

 

 「『この状況を打開する状況は・・・』無いぞ、ギンジ」

 

 マズイ。本当にマズイ。洗脳マシンはもう壊さない。

 

 とにかく、全力で、この場から「『逃げなければ』」

 

 全て見透かされている。

 

 「ギンジがヘヴンホワイティネスを逃がそうと、奮闘するぞ。少しだけ泳がせろ」

 

 壁に向かって走り出した俺の後ろで、オーク怪人が笑っているのだろうか。

 

 クソ、クソ、クソクソクソ!

 

 全部こいつは知っていたんだ。

 

 だからこんな不自然な形でイレギュラー展開になった。

 

 壁を破壊して、表通りに出る。

 

 「あ〜ギンジちゃんだ・・・おひさっ」

 

 リコニス・・・!

 

 でも今は戦っている場合じゃない。

 

 「カエデ、レン!作戦失敗だ!逃げるぞ!」

 「ハァ?嘘でしょ?」

 「冗談じゃねぇ!早く行くぞ」

 「ギンジ、何があったの?」

 

 カエデもレンもとにかく俺の言うことを聞いてくれ。

 

 二人の腕を引っ張ると、背中に何かが入り込んでくる感覚。

 

 それは体内に侵入すると、やがで俺の腹から突き出てくる。

 

 「ひっ・・・!?」

 

 カエデの青ざめた顔。なんだよそんな嫌な顔すんなよ。

 

 突き出た物が何かはすぐに解った。俺の後ろにいるのはリコニスだもんな。

 

 血を纏わせた黄金の刀。それは俺に痛いとか、苦しいとかそういう感覚を持たせなかった。

 

 何処を刺せばどうなるか、こいつは知っている。

 

 きっと冷静になったら、すっげー痛いと思う。

 

 「駄目だよ〜。せっかく楽しくなってきたのに逃げるなんて〜。それともギンジちゃんだけ残ってくれるの?」

 「ギンジ!」

 

 レンがリコニスにビーム剣を振るうも、それは当たらずに避けられる。

 

 刀が抜けると、出血が酷くドバドバと出てくる。

 

 でもって戦闘員達はこんな状況で襲ってくる。

 

 それらをカエデがぶっ飛ばして、俺も空を飛ぶ為に羽を展開させる。

 

 「捕まれ!」

 

 飛ぶ瞬間に羽を何かが貫通する。

 

 ハートの形にくり抜かれ、あるはずのない背中のどこかに痛みが走る。

 

 それでもなんとか飛ぶことに成功する。

 

 向かう場所はミドリコの待機する場所。

 

 「ギンジ、無茶は、やめて。死ぬ」

 「あんたバカじゃないの!降ろしなさいよ!」

 「このまま地上で逃げても、いずれ全員捕まる。ゲホ、いいか、今からお前らをミドリコのところまで投げ飛ばす。俺も後で必ず追いつく・・・」

 「それじゃ、ギンジが囮になる、そんな言い方・・・」

 

 レンの言葉でカエデの顔が真っ青になる。

 

 「頼む、そんな顔すんなよ。死ぬわけじゃないし」

 

 〈大好きな人たち〉の一人にこんな顔させるなんて、俺はヘヴンホワイティネスのファン失格かな。

 

 「オーク怪人が裏で全部、こうなることを解ってた。お前たちはケイタとその家族を保護しろ」

 「な、あんたは」

 「いいから言ったとおりにしろ!この繁華街をぶっ壊してでも、必ず追いつく!皆で逃げろ!」

 

 あれだけの怪人の数と、どこに潜伏しているか解らない戦闘員達。

 

 加えて俺の今の怪我。 

 

 もうあんまり羽に力が入らない。

 

 頼むから言うことを聞いてくれ。

 

 「その、【皆の中】に、ギンジはいるの?自分はいるの?」

 「ゲホ・・・当たり前だろ。俺もヘヴンホワイティネスだぜ・・・」

 

 やがてミドリコの居る所まで見えてきた。

 

 ここなら・・・。

 

 「俺を踏み台にして、ミドリコと合流しろ!行け!」

 

 両腕に力を込めて俺は二人を投げる。俺の手を蹴るように、カエデとレンはミドリコの待機する屋上へと上手く着地してくれた。

 

 「ギンジ!何があった、大丈夫か!」

 「詳しい事は、カエデに聞いてくれ。俺は足止めに戻る!早く逃げろ!孤立せずに、全員固まってとにかくアジトまで逃げろ!」

 「待って、ギンジ・・・!待ってぇ・・・!」

 

 カエデの悲痛の叫び。それを聴くと本当に申し訳なくなる。

 

 今だけはそれにかまっている場合じゃない。

 

 急いで下に降りると、リコニス、サキュバス、剣士の怪人に、戦闘員達。

 

 その後ろでオークの奴が俺を睨む。

 

 「俺が仲間を逃がすまで、律儀に待っててくれたのか?」

 「そんな訳ないだろう。ヘヴンホワイティネスも確保する。今、そんな状態のギンジ一人で、我々を倒せると思うのかね?」

 

 クソ。本当に嫌な状況だぜ。

 

 ん?俺じゃなく、ヘヴンホワイティネスも捕まえるのか?

 

 ・・・。

 

 「理解したようだな。この繁華街をヘルブラッククロスが囲んでいる。逃げる先はおそらく北口から、だろうな」

 

 そんな事まで解ってるのかよ。きついな、この状況。

 

 「行かせねぇよ・・・!」

 

 火柱を背後に立てると、それらがビルの屋上まで伸びる。

 

 俺が最後の壁だ。

 

 「死にたくないなら降伏しなよ・・・ギンジちゃ〜ん?」

 「なるべく綺麗な状態で連れていきたい。ドクターの為にも、ここで貴方を捕まえる」

 「キャハハハ。まだ抵抗の意思が消えてないみたいだし、もう少し痛めつけてあげよっか?」

 

 各々好き勝手言いやがって。

 

 つまり、目的はヘヴンホワイティネスを捕まえて、あわよくば俺を連れ戻すってことか・・・。

 

 「いいや違うぞ、ギンジ。ブヒ」

 

 またこいつは、俺の思ってる事を言い当てやがる。

 

 「我々の目的は、貴様だ、ギンジ」

 「そうそう、ヘヴンホワイティネスはついでよ、つ・い・で」

 

 リコニスが俺の血で濡れた刀を、三日月みたいな口で俺に向けてくる。

 

 「だが、どちらも逃がすつもりは無いがな」

 

 まただ。イレギュラーの展開になるのかよ。

 

 ・・・。

 

 イレギュラー?

 

 まさか、この不思議な感覚・・・。

 

 未来が今まさに、変わろうとしているかの様な不思議な感覚。

 

 未来が変わる要因は、必ず敵側の方に問題があるとばかり思っていた。  

 

 でも違った。

 

 この世界におけるゲームの展開が変わるイレギュラーの要因。

 

 俺自身がそのイレギュラーだったのか・・・?

 

 俺が居たことで未来が変わったんだ。俺が居る事で、敵の作戦は失敗し続ける。

 

 そうなればヘヴンホワイティネスの未来が、変わっていくのは必然。

 

 イレギュラーだからやり方を変えるじゃない、イレギュラーが俺だからこそ、展開が変わってたのか・・・!

 

 俺がこの世界に居たからこそ、未来が変わってるんだ・・・。

 

 【今】という未来が・・・。

 

 「・・・覚悟決めてやるしかねぇな」

 

 こんだけの数と、背中と腹の穴。

 

 もう少し踏ん張らんと、あいつらが逃げられねぇ・・・。

 

 今になって身体に走る激痛と、目の前の敵達。それらとこれから戦わないと行けないなんて、怪人冥利に尽きる思いだぜ。

 

 「行くぞ、ギンジ・・・!」

 「かかって来いよ、バカ共・・・!」

 

 嗚呼。皆無事に逃げてくれよ。頼むぜ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 今日の予定ではあたし達は、本当はケーキなんか食べなかった。

 

 いや、食べたかったけど。そうじゃなくて、食べるつもりはなかった。

 

 でもギンジを孤立させるにはこれしかないって思ってたからかな、少し仲間はずれみたいな扱いしちゃった事を、今はものすごく後悔してる。

 

 本当はギンジが好きだって言ってた、ハンバーグを作ってあげたいと思ってた。

 

 そして正式にヘヴンホワイティネスの仲間として、歓迎会も開いてあげたかった。  

  

 だからギンジを一度だけ追い出す予定だったのに、あいつらのせいで予定が全部めちゃくちゃよ!

 

 繁華街を抜ける為にあたし達は走ってるけど、通路には誰も居ない。

 

 洗脳マシンとかが発動しているのかな。あいつらの事だから、きっとまた酷い事をしているに違いないわ。

 

 いいや、正確には人はいる。居るけど、あたし達を居ない者として認識させられている。

 

 「居たぞ、ヘヴンホワイティネスだ。チワワ、前に出る」

 

 あれは・・・。ボディビルダーみたいな立派な筋肉、そして頭がチワワの顔をした犬の怪人。

 

 「退きなさいよ!今からギンジを助けに戻るんだから!」

 「カエデ、待つんだ!」

 

 ミドリコが青い手榴弾を犬の怪人と、後から出てくる戦闘員達に投げると、眩い閃光が迸る。

 

 「こっちだ!」

 

 ミドリコが指を指している路地裏に、あたしとレンは駆け込む。

 

 「カエデ、レン。ちゃんと良く聞いてくれ」

 

 ミドリコの顔が泣きそうになってる。

 

 レンも、あたしも、きっと今はまともに落ち着いてられないと思う。

 

 「後ろを気にしていては、前に進めない。ギンジの事は自分に任せて、私達は早く撤退しよう」

 

 なっ・・・。

 

 「見殺しにするって言うわけ!?」

 「違う!」

 

 ミドリコの瞳に涙が浮かんでる。

 

 何よ、あたしだって泣きたいわよ。

 

 「・・・ギンジが私達に後を託したんだ。そしてこの状況。どうみても私達が不利だ」

 

 曇る空を見上げて、ミドリコは会話を続ける。

 

 「ギンジがどうして私を【上に】立たせているかわかるか?」

 

 ・・・。答えが出ない。

 

 「それは私が常に戦況の確認をギンジに任せてもらっているから、だよ。今までは敵と遭遇したら、戦わないといけないと思っていた。一般市民を守るために、逃げちゃ駄目だと、私も自分に言い聞かせていたよ」

 

 レンも泣きそうな顔をしてる。

 

 「いつか、ギンジに聞いたことあるんだ。我々三人の内、誰か一人でも孤立したら・・・その後は一気に敗北へと話が進んでいくと」

 「最初に孤立したのは、私だって、聞いた」

 「その次はあたしが、ヘルブラッククロスに連れ攫われる、って聞いてたわ」

 「そして今回はどういう訳か、私達全員を狙っているようだ。この意味が解るか・・・我々は今チェックの状態だ。ここで正義の灯火を私は絶やしたくない」

 

 正義。それがあたし達の戦う理由。

 

 それはそうだと解っていても、ギンジを、仲間を、見捨てて逃げるなんて・・・。

 

 「カエデ。君の正義感をちゃんと知っているし、解っているつもりだ。仲間を見殺しには出来ない、というのは本当によくわかる」

 「だけど、ここでギンジを、助けに戻って、道連れになったら・・・」

 「全滅ね・・・」

 

 うう。こんなの嫌だ。あいつらに良いように出し抜かれて、それでギンジが一人だけ取り残されて、さらに出血だってひどかったのに。

 

 「それに・・・言っていただろ・・・後で必ず、追いつくって・・・」

 「ミドリコ、泣かないで・・・私も、その言葉を信じる、から」

 「・・・」

 

 あたしの中で、菜箸みたいなもので、感情の何もかもが巻きこまれて、ぐにゃりと混ぜられて捨てる様な感覚に、膝から崩れそうになる。

 

 自分でも考えてなかった。ギンジは本当に必要な仲間だったんだって、こんな状況になってから気づく。

 

 「ギンジを助けに戻りたいのは、皆一緒だ。だけど今は全滅しない様に逃げる事が重要なんだ」

 

 ミドリコが泣いた所なんて初めて見た。そして私も今、多分、涙を流してる。

 

 ギンジがピンチな状況になってる事を、怖く感じる。あいつが側に居ないことが、寂しくて、それでいて不安になりそう。

 

 「ねぇ、ミドリコ、レン・・・」

 

 あたしは腕で涙を脱ぐ去り、二人に一つだけ聞きたい事を聞いてみる事にする。

 

 「もしも・・・ギンジが捕まったりしたら、あたしは助けるわ。一緒に来てくれる・・・?」

 「あたし『は』なんて、言い方しないで、カエデ。私も一緒に行く」

 「もちろんだ。彼は私達の仲間なんだ。必ず助けよう」

 

 今この場でヘヴンホワイティネスであるあたし達は決断した。

 

 間違いなくギンジはあの状況と、人数不利で捕まる筈。

 

 必ず、仲間としてギンジを助けたい。

 

 (・・・こんなに他人の事で悩むなんて、初めてかも)

 

 それだけあたしがギンジの事を、意識してるってことなのかな。

 

 「どこだー!ヘヴンホワイティネス!わんわんおー!」

 

 犬の怪人があたし達を探して街で暴れてる。

 

 「解ったわ、ミドリコ。今は皆で逃げましょう・・・」

 「ありがとう、カエデ。本当は助けに戻りたいのは、私も一緒だ。いつでも帰ってきていいように、ハンバーグを作って待ってよう」

 「同意。その時はみんなで、ご飯を食べよう」

 

 三人一斉に手を出して、円陣を組む。

 

 「私達のギンジを必ず助けるため、今は全力で逃げよう」

 

 私【達】の、か。

 

 もしかしたらミドリコもギンジ事、意識してるのかな・・・。

 

 えーい、考えるのやめやめ!

 

 とにかくギンジの言うとおり、逃げよう。

 

 あたしは誰がなんと言おうと、追いつくに一票いれとくわよ。

 

 早く帰ってきなさいよ、バカギンジ。  

 

 あんたの事を信じて待ってるんだから!

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「アハハ、まだ頑張るね〜ギンジちゃ〜ん」

 

 リコニスの刃と、剣士の怪人の凶刃。

 

 それら同時の攻撃を避けると、今度はサキュバスの怪人の遠距離攻撃、それに連携される双子と思わしき少女の連携攻撃。

 

 「クソ・・・げポッ・・・げぇええ・・・ハァハァ」

 

 吐血。流石に貫通した身体で、激しい戦闘は厳しい。

 

 身体にかかる負荷も考えると、このままでは死ぬ。

 

 「血が止まらんな・・・大丈夫かギンジ?」

 「テメェ、絶対に心配してないだろ」

 「お前が死ぬことは心配している。ドクターに元気な顔を見せてやれないではないか」

 

 ギンジの身体の心配よりも、ドクターの心配をする辺りはやはり怪人と言ったところだろうか。

 

 「怪人を無力化するこの武器で、お前を捕まえるから抵抗しないでヨ」

 「フッ、どうせもうまともに動けないわよこいつ」

 

 ハーフムーンの二人が、刺股の様な形状の、紫色の淡い光を放つ武器をギンジに向ける。

 

 他の戦闘員も倒せる者は倒せるだけ、攻撃はした。

 

 どうしても女性戦闘員だけは攻撃出来ず、その後のフォーメーションが女性戦闘員でのみ構成され始める。

 

 ギンジを捕獲するためのスライムランチャー、怪人を無力化するという効果の武器。

 

 そしてオーク怪人の的確な指示で、ギンジは防戦一方に立たされていた。

 

 「ハァハァ・・・」

 

 呼吸がまともに出来ない。苦しくて、血を失いすぎて、まともに思考が働かない。

 

 想像も出来ない。

 

 苦し紛れに文句言うぐらいしか無い。

 

 逃げる事が目的だったが、羽は撃たれ飛べない。

 

 炎ももう使えない。

 

 「くぞ・・・」

 

 後ろを向いても、戦闘員に囲まれている。

 

 繁華街の交差点で、ギンジは絶体絶命になっていた。

 

 (最後・・・これでもう二度と飛べなくてもいい。コウモリ、力を借りるぜ)

 

 身体に力を込めると、吹き出す汗と血液が目に見えて解る。

 

 このまま背中を引き裂き、コウモリの羽が生えてくる。力なく、糸を引く様に、弱々しくその羽を羽ばたかせる。

 

 「オォ゛!」

 

 コンクリートを踏み抜き、浮かんだアスファルトを盾に、ギンジは飛翔を行う。

 

 「・・・!」

 

 空を飛び撤退しようとした矢先に、そのギンジの真上にはサキュバスの怪人の姿。

 

 「アハ、その顔マジウケる!」

 

 人差し指と中指を唇に添えると、ハートの形をした巨大な塊がギンジの視界に埋め尽くされる。

 

 「どけぇーーー!!」

 

 ありったけの声量で、出せる全力で叫ぶと、炎もこれで最後と言わんばかりに発動させる。しかしこの炎の力も弱々しく、ハートのキャノン砲を破壊出来ても、サキュバスまでは届かない。

 

 もう打つ手なしでも、ギンジはサキュバスを避けようと飛翔を繰り返す。

 

 ビルの近くまでフラフラと飛ぶも、サキュバスは追いかけてこない。

 

 「上、上、上」

 

 サキュバスの怪人の人刺し指が上を向けている。

 

 「済まないな、ギンジ。全てはドクターの為だ」

 

 上からギンジめがけて落ちてきたのは、オーク怪人。

 

 オーク怪人の膝がギンジの胸に命中すると、そのまま体重を乗せて急降下していく。

 

 「終わりだギンジ」

 

 低く、しかし確実に仕留めると言ったオーク怪人の声音に、抵抗の意思を示すギンジだが、次の瞬間には全身にかかる強い衝撃に、気を失う。

 

 コンクリートに激突し、大の字にめり込むギンジの両手両足に、サキュバスのハートの矢が貫通し、固定される。

 

 そしてそこへハーフムーンの二人が、ギンジの首へ刺股をかける。

 

 「よくやった、これは全員のおかげだ」

 

 オーク怪人の言葉に、この場にいる全てのヘルブラッククロスが、大喜びの狂喜乱舞を開始する。

 

 「MVPは間違いなく私だよね〜。不意打ちで刺したの私だし?」

 「くっふっふっ、ふざけた事を抜かさないでください。わたくしの怪人剣術が効いたのですよ」

 「最終的に地面に固定したのウチだし」

 「なんでもいい!ハーフムーン、首輪は完成したか?」

 

 オーク怪人が三人の女性の言い合いを仲裁すると、両月コンビの刺股が首輪へと形状を変えて、棒から離れる。

 

 怪人を無力化するドクターミヤコの最新兵器。万が一のミスが無いように、ギンジ以外の怪人には通用しないように設計した、対ギンジ専用決戦兵器。

 

 「死んでないよネ?」

 「フッ、なんでもいいわ。とにかくドクターの下へ連れて行くわよ」

 

 女性戦闘員達がギンジを担ぎあげて、コンテナへと収容する。

 

 「ドクターがあれみたらどんな顔するんだろ?」

 「リコニス。余計な事はするなよ・・・?」

 

 コンテナに収容されたギンジを、ヘルブラッククロスのトラックへと乗せられていく。

 

 それを眺めながら、オーク怪人の隣でリコニスが悪魔の顔で笑みを作る。

 

 その笑みを見る度に、両月コンビは悪寒が止まらなくなる。まるで本物の悪魔を見ているような、そんな気分と重なる。

 

 「余計な事はしないわよ〜。ドクター次第だけど」

 

 最後に一言低く呟くと、その言葉を聞き逃さなかった剣士の怪人が、剣を勢い強く引き抜き、リコニスに斬りかかる。

 

 挑発したらそうなると解っていたからこそ、リコニスも刀を引き抜き、お互いの刃がぶつかる・・・。

 

 事はなく、間にオーク怪人が立つ事で、お互いの攻撃が止まる。

 

 「もうよせ。作戦は終わった。これよりアジトに戻るぞ」

 

 雨が降ってくる。この雨は天国の悲しみなのか、はたまた地獄への歓喜の雨だろうか。

 

 いずれにせよ、ヘヴンホワイティネス・佐久間ギンジは敗北し、捕獲された。

 

 「ああ、そうだ。忘れていた」

 

 オークは手元にある洗脳マシンのスイッチをオフにする。

 

 「あと数時間もすれば、この街の洗脳も解けるだろう」

 

 鼻を鳴らしながら言うと、端末を部下に手渡し、ヘルブラッククロスの面々はアジトへと帰還する。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 絶望。

 

 そういっても差し支えない空気が、カエデハウスに漂っていた。

 

 ミドリコは髪をほどき、降ろした状態で頭を抱えている。

 

 カエデもぼーっと天井を眺めている。

 

 レンはケイタと隣同士で座り、何も喋らない。

 

 ケイタの家族は出張中との事で、ケイタ一人だけは敵に捕まらないようにここまで保護してきた。

 

 6月28日、現在時刻は22時を回る。

 

 時計の針の音が、静寂をより強調し、ギンジがいつまでも帰ってこないことへ、絶望していく。

 

 最初は玄関で待っていたカエデも、否定したくても帰ってこないギンジが殺されたのではないかと、心にぽっかり穴が空いた気分になってしまった。

 

 ミドリコのスマホに、振動と通知音。

 

 無表情でそれを開けると、ギンジからのメッセージで有ることを確認する。

 

 「み、皆、ギンジからだ!」

 「え、ギンジ・・・?」

 

 ミドリコの内容に、多分一番喜んだのはカエデかも知れない。

 

 しかし内容は10分程の動画。

 

 メッセージに添付された内容を、この場にいる四人は、見てはいけない様な物を見に行く様な気分でそれを開く。

 

 真っ暗な映像、しかしまもなくそれは開き、そこには無残な姿になったギンジの姿が映し出される。

 

 下半身を黒い床に埋め込まれ、鎖に繋がれた両腕は広げる様に吊るされいる。

 

 そして淡く明滅する紫色の首輪。

 

 血液も拭き取られず、力なく吊るされるギンジを見て、カエデは言葉を失う。

 

 『あ、あー。これマイク入ってる?あ、おけおけ』

 

 可愛らしい少女の声が、スマホの動画から流れてくる。

 

 お面を付けた黒いセーラー服の少女が、カメラ目線でもしているのだろうか、顔を近づけて一人で喋り始める。

 

 『初めまして、憎き怨敵、ヘヴンホワイティネス・・・くふふ、わたしはヘルブラッククロスの・・・ドクターだよ』

 

 ドクターと名乗る少女は、ギンジを背に隠す。

 

 『わたしの最高傑作である佐久間ギンジ君、とても素晴らしいでしょ?くふふ、この撮影が終わったら、身体を直して彼とわたしは一つになるよ。くふふふ、もう邪魔しないでね・・・あぁ、そうだ。ギンジ君が君たちに伝えたい事があるんだって。それじゃ、どうぞ』

 「何よコレ・・・」

 

 カエデがわなわなと怒りを露わにする。

 

 『・・・ヘヴンホワイティネス、俺は──』

 

 この後に放たれた言葉は、それぞれに決意や覚悟を背負わせる。

 

 そして、それと同時に悲しみや苦痛をも、カエデ達に重くのしかかる。

 

 正義と悪の戦いに翻弄される彼女達は、辛くても放棄することを許されない状態である。

 

 ましてや仲間をあんな状態にされて、逃げようとは思わない。  

  

 ヘヴンホワイティネスにとって、避けられない大きな局面が迫ってきていた。

 

 

  

続く  

 

 

 

 




お疲れ様です。

辛いソースでお肉を食べると美味しいって事が最近わかりました。

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
刺されて、ボコられ、拉致られた。可愛そうな主人公。
カエデを可愛いと思ってはいる。

神宮カエデ
もう間違いないのかもしれない。ギンジが・・・

宮寺レン
久しぶりに血を見て、ちょっと辛かった。

甘白ミドリコ
祈りは届かなかった。だが・・・
最近ギンジが夢に出てくるそうです。優しく振る舞ってくれるそうです。
ヨカッタデスネー

角倉ケイタ
「一体何事・・・?」

ドクターミヤコ
ついにギンジと一つになるとまで言い出した狂人。

リコニス
バーナーを刺して、ギンジも刺した。
ドクターの用事が終わったらギンジをつまみ食いしようとしているらしい

オーク怪人
数秒先の確定未来に、相手の考えてることもわかるというチート能力。どうやって打開するのか・・・!

藤原さん
ミドリコの上司。
ミ「チトセって誰ですか」
藤「嫁さんだよ。乳揉ませろ」
ミ「やめてください、肝臓の数値が感染ります」

チトセ
藤原のデスクに飾ってある藤原さんの奥さん・・・?

さーって次回のヘヴンホワイティネスは〜
ギンジ、嘘をつく
カエデ、課金する
レン、ケイタと悪に寝返るの三本です※本気にしないでください

それでは次回もまたよんでください。感想等お待ちしております

アトラクションでした


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18・仲間を守りたい気持ちと、嘘

お疲れ様です。もうすぐ20話ですよ、すごいですよ、20話なんてかつてハーメルンで投稿していた作品でも20話は行ってなかった様な気がします。

しかし相変わらず無理やり展開作ってるな〜って毎度思ってます。
頑張って楽しんでもらえるように今後も励みます!

それでは20話前祭ということで、お楽しみください。


 

 ギンジが攫われて1時間程。

 

 白い光が強く灯され、スポットライトの様にギンジの居る場所へと、明かりが照らされる。

 

 辺り一面はコンクリートみたく打ちっぱなしの部屋。

 

 壁にはトロンボーンのレリーフが刻まれた、四角い枠。

 

 下半身を黒いなにかに埋め込まれ、両腕を吊るされ、身動きできず力なくだれている。

 

 そんなギンジを見て、ミヤコは心配になる。

 

 「ああ、ギンジ君・・・」

 

 アジトに連れて来た時に最低限の治療はしてあげた。傷口を止めて輸血も行った。

 

 でも身体を綺麗にしてあげないのには、一つだけミヤコの狙いがあるからだ。

 

 「ううぅ・・・」

 「くふふ。大丈夫?ギンジ君?どこか痛む?」

 

 ミヤコはギンジに接近し、鼻が当たりそうな程顔を近づける。

 

 「ミヤコ・・・か?」

 「すー・・・あ、うんそうだよ、貴方のミヤコだよ・・・すー」

 「何を・・・?」

 「くふふふ。吸ってた」

 

 顔を離すとミヤコは、相変わらずの対応をギンジに送る。本当に好きな人と一緒になれている事が嬉しくてたまらないのだ。

 

 少しだけ恥ずかしそうにはにかむと、ミヤコの手がギンジの頬に添えられる。

 

 小さく、ほんのり冷たく、綺麗な形をした指が、ギンジの血で汚れた頬に食い込んでいく。

 

 まだ怪我の影響か、ぼんやりとしたギンジの眼をミヤコが合わせると、とてもたまらない気分になる。

 

 好きな人の顔を、自分の手でもにもにと揉みほぐす。

 

 「やめ、ろ・・・」

 「ああ、ごめんね。だってギンジ君と会えるの久しぶりだったから・・・」

 「・・・ヘヴン、ホワイティネスは・・・無事、か?」

 

 憎き怨敵の名前を聴くとドクターミヤコの顔は、笑顔だが明らかに憎悪を孕んだ悪の気配が強まる。

 

 可愛らしい顔をしているのに、影で覆われる顔にはどこか恐怖を覚えそうな程だ。

 

 「良かったね、ギンジ君・・・生きてるみたいだよ・・・逃したみたいで・・・」

 「そうか・・・」

 

 掠れた声で言うと、頭の重さに耐えきれずカクンと、頭が落ちる。

 

 「・・・」

 

 後頭部を見ると、小さな手でギンジの頭を撫でる。

 

 「お腹空いてない?くふふふ。食べたいもの、なんでも言ってね」

 「・・・ああ、じゃあ、先ずは水くれ・・・」

 

 喋ることでさえあまり力の出ないギンジは、水を注文する。

 

 「はーい。待ってて、あなた・・・違った、ギンジ君」

 

 間違えたのは嘘だ。間違いなく確信犯の発言である。

 

 ミヤコが部屋を出たのを確認すると、直ぐに周囲を見渡す。

 

 先ず、部屋の内装。

 

 暗くて手術室の様な器具と、黒く広がった床。視界がいつもより一段低く見えるのが違和感に感じる。

 

 そして見える限りでは、この部屋はかなり広い。

 

 (あ〜駄目だ。腹減って上手く考えがまとまらん。水だけじゃなくて、食べ物も頼めばよかったな)

 

 光も強くて部屋の全てが見渡せる訳でもなく、そもそも後ろはどうなってるのかさえ、解らない。

 

 「お待たせ〜。お水以外にも食べたくなったらでいいから、これも食べてほしいな」

 

 ミヤコがプレートいっぱいに持ってきたのは、水の他にサンドイッチ、パスタ、調理された肉料理、カップラーメン等・・・。

 

 「腹減ってるから、ありがてぇ。腕だけでも外してくんねぇかな」

 「くふふふ駄目」

 「マジかよ」  

 「何が食べたい?」

 

 このままだと食べづらいし、今のギンジは逃げるつもりはない。

 

 もし脱出が出来たとしても、ここがどんな構造なのか、それを解っていないときっとまた捕まって終わるだけだ。

 

 「はい、ストロー」

 

 ボトルにストローを刺して、ギンジの口元に用意してくる。

 

 弱っているギンジがストローを咥え、水を吸い上げる。

 

 ミヤコはコクリコクリ、と上下に動く喉仏を見つめると、なんだか庇護欲が増える様な、母性が溢れる様な不思議な感覚に、恍惚な表情を作る。

 

 「サンキュー。だいぶ喋りやすくなったぜ」

 「どういたしまして。くふふ、さぁ次は食事をする?それともキスする?あ、身体を綺麗にしてあげようかな?」

 「待てまて!食事の後が全部お前の欲望じゃねぇか!」

 「くふーふふ、くふふーふふーふふ。そうだよ」

 

 全く悪びれもしないミヤコの態度は、ギンジの調子を毎回狂わせる。

 

 前にも怪人としてこの組織に所属していた時も、こうやって無理やり関係を持たされそうになったりしていた。

 

 その度に組織への謀反を考え直す様な、曖昧な形での動きになりそうな感じになっていた。

 

 それ故ヘヴンホワイティネスとの邂逅を果たした時は、待ちわびたこの瞬間を大切に扱おうとギンジは思っていた。

 

 「でも食事はしないと駄目だめなので、食べてね、ギンジ君」

 

 ミヤコの小さな手で、様々な食事が開封されていく。温めてあるのか開ける度に白い湯気が立ち登り、そこから食欲をそそる香りが、ギンジを犬の様に素直にさせる。

 

 「解った、腕は解かなくていいから、食べさせてくれ」

 「はーい。熱くても平気?それともサンドイッチから?」

 「・・・サンドイッチからで」

 

 見るからに熱そうな物は後回しとして、今はそれなりに食べやすい物を選ぶ。

 

 「じゃあ。あーん」

 「・・・」

 

 サンドイッチを袋から取り出す。レタスとからしマヨネーズのハムサンドは、それはもう最高に美味しそうな色と見た目。

 

 それを小包から取り出し、ミヤコはギンジの口元へとそれを運ぶ。まるで病人のご飯の食べさせ方に、かなり恥ずかしい気持ちになる。

 

 (見た目中学生の女子に、ご飯を食べさせてもらうってどーゆープレイ!?俺なんかした??この絵面大丈夫・・・?)

 

 ギンジの目線よりやや高く、ミヤコの顔が見える。

 

 真上からの力強い光が、ミヤコの顔を隠すように照らしだし、こうしてみるならば今のギンジに取って天使に見えなくもない。

 

 「美味しい?コンビニのやつだから、マズイ事はないと思うんだけど」

 「あ、ああ大丈夫だぜ。うまいうまい」

 「くふふ。それは良かった。こうして食べさせる事が出来るなんて、本当に嬉しいよわたしは・・・くふ、くふふ」

 

 心から嬉しそうに笑う小さな少女。

 

 ギンジの力で叩けばすぐに殺せそうなミヤコは、底知れぬ知略を秘めた怪物だ。

 

 「ねぇ、ギンジ君は怪人になって、人を超えた生命体になって、心が人と違うモノになって、気分は晴れなかった?」

 

 サンドイッチを食べ終えると、ゴミになった小包をゴミ箱に入れながら話すミヤコの問いかけに、ギンジは顔をしかめる。

 

 「気分が晴れたか・・・そうだな・・・」

 

 何者でも無く、ただの人間であった自分が怪人と言う、超常的な存在になれた時の事を思い出す。

 

 2月の任務では人を殴ることに、躊躇い等無くなっていた。

 

 悪い事をするのにも、この力があれば適当にやっても捕まることはない。

 

 仮に捕まったとしても今のギンジなら、簡単に牢屋を破壊して抜け出せる。

 

 怪人とは法で縛ることは出来ず、力で全てを解決する最強の生物。

 

 ヘルブラッククロスが目指す力の世界における、最も生きる力を示せる生命体。

 

 「最高だった・・・?」

 

 心配そうな顔でギンジの顔を覗き、か細い声で訪ねてくる。

 

 「ああ・・・そうだな・・・」

 

 この力があったからこそ、今のギンジは好き放題暴れる事が出来ていた。

 

 「正直言うと・・・俺に心が出来た様な気がしてたんだ」

 

 転生前の世界ではまさしく生きた屍。転生後の世界では力を手に入れ戦う怪人となった男。

 

 「そう・・・心ね。くふふ、それじゃあ、ギンジ君はなんの為に戦ってたの?」

 

 なんの為に戦っていたのか。

 

 決まっている。

 

 佐久間ギンジという男は、ある意味見方を変えればヘルブラッククロスの1戦闘員。

 

 ヘヴンホワイティネスというゲームは、神宮カエデ、宮寺レン、甘白ミドリコ、リコニス、女性戦闘員、菊沢トモカ、名も無きモブ女性達が、狂わされた日常の中、ヘルブラッククロスのオモチャにされるゲームだ。

 

 26周もしたギンジは、物語の始まりからエンディングの内容まで全部覚えてる。

 

 そんなゲームはとてもギンジのお気に入りで、果てしなく楽しめていた。

 

 ただ一つ、残念な事を除いて。

 

 「やっぱりよ・・・エンディングは、ハッピーエンドじゃねぇと・・・」

 「わたしの為にハッピーエンドにしてくれるの?」

 「・・・お前が良いなら、俺と一緒にハッピーエンドに着いてきてくれないか?」

 

 ギンジの戦う理由。それはたった一つのシンプルな理由。

 

 「俺の戦う理由は一つだけだ。俺は正義の為に戦いたい。あいつらの未来を、正義を守りたい」

 

 この世界がゲームと同じバッドエンディングをたどるなら、それはきっとギンジの望む世界じゃない。

 

 ギンジだけじゃなく、カエデも、レンも、ミドリコも。

 

 ケイタ、トモカ、レイナ、サクラ、そしてこの世界に生きるほとんどの人間が、忌み嫌う最悪の未来になるだろう。

 

 「あいつら・・・それって、やっぱりヘヴンホワイティネス・・・?」

 

 ミヤコは知っている。誰かの為に戦う正義なんてまやかしであることを。

 

 ギンジは知っている。誰かを守る為の正義こそが真に人々を救うと。

 

 「くふふふ・・・そう・・・」

 

 笑い声は静かに消える。

 

 「わたしはね、ギンジ君と一緒ならこんな世界、どうなってもいいって思ってるの。総統の理想とする世界なら、戦わなくてもわたし達は生きていけるんだよ・・・」

 

 元々ミヤコもこんな世界に未練はない。家族に虐げられていたあの人生から、今の様に怪人を造り、見える世界が変わった。

 

 だからどうなってもいい、こんな世界。総統の作る世界でなら、今度こそ本当に幸せに生きていけるから。

 

 鈴村ミヤコにとって佐久間ギンジという存在は、ただ自分の名前を知っているだけなのに、誰も知らない、知り得ない筈の名前を知っているだけで運命の出会いを果たした気分になった。 

 

 「ギンジ君は・・・?わたしと一緒に居たら嫌・・・?」

 

 佐久間ギンジにとってドクターミヤコという存在は、中身を知らなかった喋らないシルエットだった。だが、この世界においては死にかけていた自分を助けてくれただけじゃなく、怪人にまで改造してくれた。

 

 自分の命を助けてくれた恩義がある。ヘルブラッククロスでなければこの子と一緒になるのも、嫌ではないとギンジは思う。

 

 吊るされながら、身動きの出来ないギンジに、ミヤコがすり寄ってくる。

 

 「ミヤコ・・・?」

 「わたしは・・・ギンジ君と一緒に居たいよ・・・」

 

 笑わず、でも泣かず、それでも悪としての側面の強い口調。

 

 「ギンジ君・・・」

 

 ミヤコの顔が近づき、右の耳たぶにカチリと、痛いような、甘いような感触が広がる。

 

 ミヤコに耳を甘噛みされた。

 

 「んむ・・・」

 「痛っ・・・お、おいミヤコ?」

 

 ふぅーっと耳元に息が吹きかけられる。ミヤコの吐息がギンジの耳を伝い鼻腔をくすぐると、頭の中が蕩けそうな、溶かされるような、筆舌に尽くし難い感じと、脳内に弱く甘い電流が迸る。

 

 「話が長くなったけどさ、わたしは、君と一つになりたいんだ・・・」

 「ひ、一つって・・・お前ばかりズルいぞ。俺のさっきの要求はどうなんだよ」

 

 ハッピーエンド。ミヤコが良いなら・・・。その答えを聴いていない。

 

 「くふふ・・・君がヘルブラッククロスを潰せるなら、いいよ」

 「お前それはセコいンじゃねーか・・・痛っ」

 

 また耳たぶを噛まれる。歯が鋭くて痛いのに、唇の柔らかさが後から挟みこまれる事で相殺される。それは相殺だけでなく、甘美な感覚となり次第に痛みを消し去り、非常に気持ちのいい感覚になる。

 

 唇だけじゃない。後から来るのは、ぶよぶよした、しかしザラザラとした感触。

 

 歯で噛み、唇で挟み、舌で触る。

 

 「み、み、ミヤコしゃん・・・?」

 

 感じたことのない不思議な感覚と、普通なら気持ち悪いと思ってしまうその行為に、ギンジは嫌がる素振りすら見えなくなってくる。

 

 「っは・・・ギンジ君、可愛い、好き。本当に、大好き」

 

 反応を見て楽しんだのか、未知の感覚に踊るギンジを見てミヤコはもはや女の顔となっていた。

 

 少女ではない、正真正銘、男を知っている女の顔。

 

 「ギンジ君、ハァーはァー・・・やっば・・・可愛い、好き、食べたい、はぁーー・・・」

 「絵面が!絵面がよろしくないです!誰か助けてくれー!!」

  

 首を振って暴れるもそれは無意味な抵抗。

 

 両手で抑えられると、その動きも止められてしまう。

 

 「くふふふ・・・はぁー・・・ギンジ君」

 

 ニタリと笑顔を作ると、ミヤコの眼がギンジの瞳を真っ直ぐ見つめる。黒い眼球と赤い瞳。それに写るミヤコの瞳。

 

 「あなたの身体がおかしくなるまで、めちゃくちゃにしてあげる。だからわたしの身体がめちゃくちゃになるまで好きにして?」

 

 その言葉の意味はきっと子供じゃなくても解る。それほどまでにギンジへの愛を込めた言葉。

 

 「あなたの事を好きになれるのはわたしだけだよ。好きになっていいのも、わたしだけ」 

 「ミヤコ、おい、やめろよ・・・?」

 

 もう今の彼女にギンジの声は届いていない。

 

 今まで溜めていたギンジへの愛が爆発したのだ。

 

 この状態でなら、あのヘヴンホワイティネスを忘れてくれるかもしれない。それだけの熱情の入った濃密に、とろとろな身体のぶつかり合いが始まるのかもしれない。

 

 「おいいいミヤコおおお!!暴走するな!気持ちは本当に嬉しいけど!」

 「身も心もぐずぐずに一緒に溶け合って、ひとつになりましょ?理解して?解って?わたしの全てを知って・・・」

 

 愛ゆえの暴走が止まらず、どんどん言葉が出てくる。

 

 これがミヤコの本性なのかも知れない。

 

 耳元でまだギンジへの愛情をささやき続ける。

 

 「ミヤコ、もう、やめろって・・・」

 「わたしね、ギンジ君の、──が欲しい」

 

 もう止まらない。ギンジの中で欲望が膨れ上がる。

 

 ミヤコも欲望が止まらない。今、この瞬間だけはお互いがお互いを求め合う新婚夫婦にさえ見えるかもしれない。

 

 客観的に見てこの二人が夫婦と言えば、誰でも信じるかもしれない。

 

 「楽しそうな事してるね〜ミヤコ〜?」

 

 淫靡な雰囲気を一瞬で散らす、悪魔の気配。

 

 「ギンジちゃん、下半身埋まってるんだから、優しくしないと駄目だよ〜?」

 「リコニス・・・何故ここに来たのかしら?」

 (いや正直助かった・・・)

 

 リコニスの登場で、今の雰囲気から脱出したギンジは、そろそろ本格的に脱走を考える。

 

 「ん〜?何故って、私もギンジちゃんと遊びたいなって思ったのよ。お優しいドクター様なら、譲ってくれないかなぁ?」

 「・・・殺すわよ」

 「アハハハ・・・いつか言ったことなんだけどさぁ〜」

 

 右手で腰に取り付けた黄金の刀を引き抜く。光を反射しながらその切先がミヤコに向けられる。

 

 「泣かしてやる・・・」

 「くふふふ・・・」

 

 二人が怒りでピリピリし始める。

 

 腰の裏から薬品の入った瓶を取り出すと、ミヤコはそれらを何本も手に揃えてリコニスに対峙する。

 

 「ふ〜ん?私とやるんだ・・・?」

 「前から気に入らないと思ってたのよ・・・」

 「それはお互い様ね・・・ここで泣かして、その後は殺してあげようか?」

 「おいおい、やめろって、俺こんな状況なんだから戦闘しないでくれよ」

 

 ギンジの静止は届かず、二人が同時に駆け出すと同時にもう一つの静止の声が二人の動きを止める。

 

 「そこまでだ」

 

 その言葉の重みはオーク怪人でも、ギンジでも、他の大幹部でもない。

 

 部屋の遠くから歩くだけで、迫ることが解る威厳と威圧の声。

 

 黒い戦闘服の様なコートに、オーク怪人に似た形の軍帽。ひと目見ただけで解る強靭な体躯と、ヘルブラッククロスを長年一人でまとめ上げた悪の組織のリーダー。

 

 総統がギンジ、ミヤコ、リコニスのいる部屋へとやってきていた。

 

 「総統・・・」

 

 悪のカリスマ、異次元の力、地獄へと導く者。

 

 ヘルブラッククロス・総統閣下の通り名を思い出したギンジは、彼の登場に肝を冷やす。

 

 「・・・ミヤコ、例の計画は順調かね」

 

 不愉快になるような、重い声。それを聴くだけで思わず敬服しそうになるほどの強大な悪の力を感じ取る。

 

 先程まで戦闘態勢に入っていたミヤコとリコニスは、姿勢良く総統の前で横並びになっている。

 

 そんな二人を追い抜かし、総統は吊るされているギンジの目の前に近づいてくる。

 

 生身で見ると明らかに映像や、ゲームとは違う総統の迫力に圧倒されそうになる。

 

 「貴様がギンジだな。怪人としてのお披露目で一目見たきり、だったが」

 「ヘルブラッククロスのトップに、覚えておいてもらえるなんて光栄だね。ここに何しに来た?」

 「威勢は良いようだな・・・!」

 

 設定だけなら総統は人間の筈。ギンジのこの態度が気に入らないのだろうか、直ぐに拳をギンジの腹部にめり込ませ、油断していたギンジの顔が青くなる。

 

 「フン・・・その眼は私の嫌いな光を宿しているな」

 

 殴られても総統を睨みつけるギンジに、総統はある種感心する。その眼の光は気に入らないとの事だが、それを今は後にし、ミヤコとリコニスに向き直る。

 

 「ミヤコ、洗脳マシンの準備はできているのかね」

 「勿論でございます。後は撮影を済ませて、ヘヴンホワイティネスに送りつけるだけです」

 「であるか。リコニス」

 「ハッ」

 

 流石に問題児のリコニスも総統には素直なのか、礼儀正しく返事を行う。なんだかそれが新鮮でギンジは今だけはリコニスがただの戦闘員みたいに見えた。

 

 「貴様にはアジトに帰還し、次の計画の準備に入ってもらう。ここはミヤコとその部下、そして怪人に任せる」

 

 総統の指示を聞き入れると、リコニスは無言で敬礼を行う。

 

 一瞬だけギンジを見ると、ニヤリと口角をあげて部屋を出る。

 

 (ここ、アジトじゃなかったんだ・・・)

 「さて、ミヤコ・・・そろそろお遊びは終わりだ。我々の敵であるヘヴンホワイティネスに、見せしめを開始しろ」

 「畏まりました。くふふ」

 

 総統の命令でミヤコも部屋を後にする。

 

 今この部屋ではギンジと総統の二人。己の中で正義の志を持つ二人だけの空間。

 

 「さて、一度お前とは話してみたいと思っていたのだ。いいかね」

 「話す事なんてあんのかね・・・」

 「お前にはなくても、私にはある・・・この世界の行く末について、話そうではないか、進化の怪人」

 

 総統の重苦しい程の言葉に、ギンジは吊るされたまま身構える気持ちで総統と向き合う。

 

 「この世界は実に不公平だと思わないかね」

 

 総統は語り始める。ギンジにとって興味の無い話かも知れないが、そんな事は関係なく、自らが理想とする世界への話をしていく。

 

 例えば仕事。

 

 誰もが認める実力があるのにも関わらず、顔が怖い、協調性がない。

 

 たったそれだけで昇進を得られない環境、社会。

 

 例えば勉強。

 

 学校中が尊敬するほどの勉学力においても、まともに会話できないという理由だけで虐げられる世界。

 

 例えば・・・戦闘。

 

 命を奪うか奪われるか、常識的に考えたら異常かも知れないが、どこかの国では命を数多く奪った者が功績賞をもらえるはずなのに、殺人鬼等と揶揄される。

 

 「どれにおいても力なのだ。個人個人が持つ、力」

 

 総統は硬く拳を握る。

 

 仕事の話においては、ギンジにも納得が行く。

 

 勉強であればミヤコだろうか。

 

 戦闘ならば、おそらく怪人やリコニス・・・。

 

 「力は正義だ。何においても優先され、誰にとっても正しい正義だ。そして実力の持たない者が、実力のある者の未来を摘み取る事など、誰にも許されていいものじゃない」

 

 だからこそ、と総統はギンジに詰め寄る。

 

 「真の実力社会を、引いてはあらゆる闘争においての力を手にし、この世界を作り変える。先ずは日本を、我らが世界を創る」

 「なるほど・・・まぁ、あんたの言うこともごもっとも、かもな。そこで聞きたいんだけどよ」

 

 ギンジは総統から眼を離さない。

 

 「そんな世界だったら確かに生きやすいかもな。それで、全てにおいて弱い人を守りたい、大切な人を守りたいってなった時に、弱い人たちはどうなるんだ?」

 「愚問だな」

 

 ギンジの質問に総統は即答する。

 

 「弱い者が存在しない世界を創るのだ。我々が創る世界に、弱い者は存在しない」

 「じゃあズルく生きるのも力だな」

 「そうだな。進化の怪人よ、お前は強い。戦闘においてはピカイチだ。お前なら世界を手に出来る、共に来い」

 

 確かに総統の創る世界なら、かつて死んだ男であるギンジならば理解できる世界かも知れない。

 

 だが今の力のあるギンジならば、もっと違う考え方がある。

 

 「やっぱ100%も興味ねぇ世界だな」

 「・・・なんだと」

 

 力があれば生きていける。その変わり弱いものは切り捨てられる世界。

 

 聞こえはいいが、それでは世界は成り立たない。

 

 死ぬ事を簡単に済ませる世界なんて、今のギンジの望む世界ではない。力のある自分だからこそ守りたいモノが沢山あるから、沢山出来たから、だからそんな世界で生きていきたいなんて思わない。

 

 「他人を大切に出来ない世界に未来は無ぇな」

 「・・・不要な感情だ、そんなものは」

 「まだ解かんねぇのかよ。トップって言っても、意外と頭悪いんだなぁ!」

 

 総統の表情は変わらないが、眼が紅の光を灯す。見ているだけで殺されそうな、圧倒的な威圧と殺意。

 

 「いいか、総統サマ。力ってのは、持ってる奴が持たざる奴の為に、手を差し伸べるのが力ってんだよ」

 

 ハッキリと解っている事は、総統の言う理想の世界なんて言うものは、誰にとっても理想ではない最悪の世界。

 

 気に入らないなら暴力で解決する世界など、この世界で誰が受け入れるものか。

 

 「そんで聴いてれば、不要な感情だの、俺の考えが愚問?笑わせるぜ」

 

 その世界は、弱くなったら部下でも仲間でも恋人でも家族でも友達でも切り捨てないといけない、ギンジにとって一番嫌いな世界。

 

 思いやりの心を持てない人間しかいない世界。

 

 「人を思いやる事を出来ない人間に、世界なんて創れねぇよ!」

 

 強く叫ぶ。その声が部屋全体に響き、総統は今まで見たことのない殺意を全身から纏わせる。

 

 「貴様も力の前に破れてここに連れて来られた筈だ」

 「刀ぶっ刺されなきゃ、全員しばき倒したわ」

 

 総統の圧に負けじと、勢いだけで叫び続ける。

 

 「力で従えるのが正義なら、俺も同じやり方でお前らを従えてやるよ。最後に勝つのは、俺だ!!!」

 

 力いっぱい叫ぶと、腹部の傷口が開く。また生暖かい感触が身体いっぱいに広がっていてもお構いなしに、ギンジは総統へと激昂する。

 

 「・・・オーク怪人」

 「ここに」

 

 総統が低い声でオーク怪人を呼び出すと、去り際に命令を下す。

 

 「決行の時間まで痛めつけろ」

 「ハッ」

 

 不意に現れたオーク怪人も、総統の世界のその先を信じている。

 

 「やれよ」

 

 無言で近づくと、総統とはまた違う身体の大きさに気圧される。

 

 「お前の考える事は、いつかドクターにも聴かせてやれ」

 「は?・・・グホッ」

 

 言葉の真意は解りかねるが、それの意味を考える間もなく、容赦無い暴力がギンジに降り注いだ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 あれからどれだけの時間が経っただろうか。

 

 もう夜か、それともまだ昼か。

 

 下半身以外、全身余す所無く、暴力の雨あられがギンジにぶつけられた。

 

 身体がとにかく痛む。特に頭は殴りやすかったのか、一番殴られたかも知れない。

 

 「くふふふ、手酷くやられたね、ギンジ君。痛い?」

 

 今ギンジを吊るす部屋にいるのは、ミヤコの他に、多数の戦闘員と女性戦闘員。 

 

 それからサキュバス、剣士、タコ、オーク怪人がぞろぞろと居る。

 

 ギンジの正面には三脚に取り付けられたギンジのスマホ。

 

 ギンジの真横ではミヤコが再びギンジへ、肉欲を迫ろうとしている。

 

 ぺろり、と首筋を生暖かい何かが這う。

 

 「・・・ッ」

 「くふふ、首すじ、弱いんだね。可愛い、好き。しゅき」

 

 ミヤコの小さな舌が、血液が乾いたギンジの首を舐めた。

 

 「ギンジ君の血と汗の味・・・美味しい」

 

 もはや気持ち悪さも感じるその言動に、怖気がする。

 

 「くふふふ。それじゃあ、後はこの台本を読んでね」

 

 気が変わったのか、それとも作戦が始まるのだろうか、ミヤコは一枚の紙をギンジに読ませると、ヘルブラッククロスの黒い眼球をモチーフにしたお面をつける。

 

 「・・・これ、ヘヴンホワイティネスをおびき寄せる為の、脅しだよな」

 

 書いてある内容はとにかく命乞いをし、自分がヘルブラッククロスの軍門に下るというもの。

 

 そしてヘヴンホワイティネスをおびき寄せ、一網打尽にするというモノ。

 

 内容自体はどうでもいいが、こんな事を言わないと行けないとは、ギンジは嫌気が指す。

 

 「それじゃあ、撮影を始めるよ。台本通りにお願いね、ギンジ君」

 

 ミヤコが言うと、カメラに入らないように手下や怪人達がぞろぞろと離れる。

 

 それを確認すると手下の一人が、ギンジのスマホからカメラを操作し始める。

 

 「あ、あー。これマイク入ってる?」

 「入っております。ブヒ」

 「あ、おけおけ」

 

 ミヤコとオークのやり取りは、いつもの空気感。

 

 「それじゃあ、先ずは私が出るね・・・」

 

 小声で言うとミヤコがお面をつけたまま、カメラの前に躍り出る。

 

 「初めまして、憎き怨敵、ヘヴンホワイティネス・・・くふふ、わたしはヘルブラッククロスのドクターだよ」

 (こういうの慣れてない感じがバレバレだな、ミヤコ)

 

 少しだけ少女の知られざる一面を見て、ギンジは内心妹の様な可愛さを覚える。

 

 「私の最高傑作である佐久間ギンジ君、とても素晴らしいでしょ?くふふ、この撮影が終わったら、身体を直して彼とわたしは一つになるよ。くふふふ、もう邪魔しないでね。あぁ、そうだ。ギンジ君が君たちに伝えたい事があるんだって。それじゃ、どうぞ」

 

 ミヤコがはけると、ギンジが映される。スマホの無機質なレンズがギンジを捉えると、あの台本を思い出す。

 

 (・・・でも、これを言うことであいつらがバカ正直に突っ込んできたら、終わってしまうしな・・・)

 

 どうすれば遠回しに助けてくれと言えるか。

 

 (せめて感情だけで動かないでくれれば、それでいいんだけどな)

 

 少し間を置いて考える。あまり時間を掛け過ぎると、怪しまれてしまう。

 

 (・・・そうだ、俺達は仲間だしな、こーゆーのもアリかも知れない)

 

 浮かんだ言葉を迷わずに放つ。

 

 「・・・ヘヴンホワイティネス、俺は最初からお前たちの事なんて信用していない」

 

 その発言にミヤコを始め全員が首をかしげる。

 

 「俺は最初からお前達の事を仲間だなんて思っていないし、本当は俺がお前らに変わってヒーローを代等してやろうと思ってたんだ。なのに、お前ら・・・正義だの、平和だのボケてんのか?」

 

 言ってて心が痛む。

 

 もしかしたらこの映像を見るかも知れない、カエデの事が頭の中に浮かぶ。 

  

 ──あんたバカじゃないの!?

 

 とか言われそうだ。

 

 自分の心が痛むのはきっと、ギンジが一番嫌いな、他人の心を踏みにじる事に等しいからだとも思う。

 

 「俺をまだ仲間だと思うならもうやめときな。正義のヒーローなんて今日日流行らねぇからな。

 

 たった今からお前らとは決別

 するぜ

 結託だって信じてないし、お前らだっ

 て俺を仲間だとは思ってなかったはずだ」

 

 どこか不自然に、そしてぎこちなく、言ってて辛い気持ちをひた隠しにして、ギンジは毒を吐き続ける。

 

 (頼むから、俺を助けるって感情だけで動かないでくれよ。レン、ミドリコ、このメッセージ、読み解いてくれ!)

 

 どこかぎこちないギンジの態度に、やがて怪人達は不信感が募り始める。

 

 「俺は、俺の力で・・・こいつらをぶっ潰す・・・もう、テメェらの出番はねぇんだよ!!解ったら失せろ、ヘヴンホワイティネス」

 

 撮影中止のボタンがここで押される。

 

 手下達も、怪人達も、台本には書いていない事を言い始めたギンジに視線が集中している。

 

 しかし、ただ一人、ドクターミヤコだけは拍手をしながら、ギンジにすり寄る。

 

 「くふふふ。ヘヴンホワイティネスとの関係を切るなんて見直したよ・・・もっと好きになりそう・・・。でもね、ギンジ君だけじゃわたし達に勝ち目なんて無いよ」

 

 笑顔のまま手元に怪しい光が明滅するマシンを取り出し、ミヤコはそれをギンジに向ける。

 

 「映像を送った次は、怪人を洗脳しないと行けなくてね・・・こんな事、本当はしたくないんだけど、ごめんね?」

 「クソ・・・」

 

 今日だけで2回目の絶対絶命。

 

 (まさかここまで用意してるとはな・・・)

 

 洗脳マシンの光に飲まれ、ギンジはここから以前の記憶を失い、ミヤコの為の、ミヤコだけの怪人として人格が造り変えられていく。

 

 

 (ああ、クソ・・・これじゃあ、あいつらが救出に来てくれても・・・無駄足にさせちまう・・・!)

 

 意識が光に吸い取られそうになりながら、脳内は必死に抵抗する。

 

 ──まだだ、ギンジ。まだ諦めちゃいけない。お前の正義は、お前の守りたい未来はまだ、変えさせない。

 

 意識を失う瞬間、誰かが脳内に語りかけてくる。

 

 それは聞き覚えのあるような、無いような。

 

 (・・・あぁ、やべぇ。俺、駄目かもしれん)

 

 佐久間ギンジが終わる。

 

 新たにミヤコの為だけの進化の怪人が、生まれ変わる。

 

 再び力尽きたギンジの身体に、洗脳マシンが動き続ける。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「何よコレ・・・」

 

 あたし達が見た、ギンジの映像。

 

 「信じらんない・・・!」

 

 これから、ずっと信じていけるって思ってたのに。

 

 なによ、もう終わりって事・・・?

 

 「これは・・・」

 「うん、解った・・・」

 

 ミドリコとレンは何か動画を何度も見直してるけど、あたしとケイタは何もわからないわ。いや、ギンジがあたし達を実は信じてませんでしたって事がよーーーおおおぉぉぉく解ったわ。

 

 結局、怪人はどこまで言っても怪人ね。

 

 今度会ったら、絶対ぶっ飛ばして・・・。

 

 「今度、また今度ってあるの・・・?」

 

 会えるかどうかももう解らないのに、どうしてかあたしの頭の中には、ギンジの事が沢山巡ってくる。

 

 あんなバカの事、信じたあたしの方がバカじゃない。

 

 バカ、バカ、バカ、バカ・・・バカギンジ・・・。

 

 「なんでよぉ・・・」

 

 リビングから離れて、隣の客間で一人で座り込む。

 

 「追いつくって・・・約束したのに・・・」

 

 あの時のあたしの判断が間違えていた。こんなに辛い想いをするなら、あの時無理してでもギンジを連れて帰るべきだった。

 

 「あーもう!バカ、バカ!バカギンジ!!」

 

 床を叩く。手が痛くなるけど、構いはしない。

 

 それに何よ、あたし達の手を借りないで、一人でヘルブラッククロスを潰すですって・・・?

 

 ・・・。結局、あいつ一人でなんでもする気なんだ。

 

 あたし達の事なんか、まったく気にも止めてないって事なんだ。

 

 胸の中の心・・・それが全部塗りつぶされて、あたしの色が消える様な、悲しい気持ちでいっぱいになる。

 

 ・・・。

 

 「・・・やだ」

 

 こんなの嫌だ。あたし達は正義のヒーローよ。

 

 あいつがあたし達の事信用していないなら、それでもいいわ。

 

 いいけど、この気持ちだけは嘘をつかない。

 

 悲しい気持ちを引きずりつつも、あたしは立ち上がり、リビングに戻る。

 

 「ミドリコ、レン!」

 「僕もいるんだけど・・・」

 「うるさい!」

 

 ちょっと乱暴かもしれないけど、あたしの気持ちは決まってる。

 

 ギンジの事は助ける。例え信用されてなくても、あたしがそうしたい。そう決めたら、直ぐに行動しなきゃ気がすまないわ。

 

 「カエデ、怒っているなら今の内に言うが、ギンジは助けてって言ってるぞ」

 「・・・はい?」

 「ギンジは、きっと、こう言わないと、いけないと思う」

 「僕はちょっと意味が解らなかったけど、このトロンボーンのレリーフさ・・・」

 「そんな事はなんでもいいわい!ギンジが助けてって、どういうことよ」

 

 そんな事言ってたかしら。ただ毒づいてきたぐらいの印象しか無いけど。

 

 もう一度動画を見てみる。

 

 ・・・。

 

 「助けて、なんて言ってないじゃない。どういうことよ」

 「カエデ、とりあえずその話は後で。私達は、ギンジを助けるために、場所の特定に入るが・・・カエデはどうする?」

 

 ミドリコの言葉やレンの話を聴くと、納得は行かないけど、でもものすごく安心する。昔、お父様に叱られた時みたいに悲しい気持ちから、許してもらえた時の安心感に近い様な。

 

 「嫌われてなくて・・・よかったわ」

 

 本当にホッとする。

 

 「それじゃあ、どうする?」

 

 ギンジを助けたい。でもって助けたら、嘘でもあんな事を二度と言わせないようにしないと。

 

 あーーーでもムカつく!超!最大!最強!必殺!ムカつく!

 

 「ねぇ、カエデ・・・ミドリコ・・・」

 

 レンがあたしとミドリコを呼び出す。手招きするように、客間へと案内される。ケイタはそのままトロンボーンがどうとか言ってるから置いてけぼりにされた模様。

 

 まぁいいわ。

 

 「それで、どうしたの。レン」

 「場所の特定に何か情報でもあるのか?」

 

 レンはミドリコの言葉を否定する。

 

 「・・・ねぇ、二人は、ギンジの事、好き?」

 「え・・・?」

 

 何か、背中を突き刺すような鋭くて、冷たい何かがあたし達の背後に迫る様な気配。

 

 「ギンジを助けるのは、いいよ。だけど、助けに行くなら、今の気持ちで、行くのはやめた、ほうがいい」

 「それは、どういう事だ・・・」

 

 ・・・正直あたしは言葉が出なかった。

 

 レンがこんな事言うなんて。

 

 「私は、未来では、常に家族を失いながら、戦ってきた、敵になった家族とも戦う事もあった・・・だから、その・・・」

 

 ああ、そういう事。もしかしたらギンジと戦う事もあるかも知れないし、助けたらそれでおしまい、なんて事にはならないで欲しい、ってことを言いたいのかしら・・・。

 

 「コホン、ギンジが好きかどうかはともかく、戦士であるレンの言わんとすることは解る。ありがとう、肝に命じておくよ」

 「あたしも・・・ちょっと、焦ってたかも」

 

 いつもならこういう時、ギンジが居たから上手くまとまってたのよね。

 

 「場所が特定出来次第、直ぐに出発しよう・・・!」

 「うん。ギンジはこれからも必要な、仲間」

 「必ず助けるわよ」

 

 ・・・。ミドリコの顔、少しだけ赤い・・・?

 

 (あたしもそうだけど、ミドリコもギンジの事いっぱい考えてたのかな)

 

 あぁ・・・。こんなにギンジの事で怒ったり、やきもきするんだから、あたしはきっとそういう事なのかも知れない。

 

 とにかくギンジを助ける。これだけは絶対。

 

 「とりあえず助けたらぶっ飛ばすわ」

 「私も、少々怒ってる」

 「同意。仲間の意味を、教えてあげよう」

 

 そしたら。

 

 「そしたら、皆でここに帰ってきて、ギンジにハンバーグ作ってあげなきゃね!」

 

 待ってなさいよ、ヘルブラッククロス。そしてギンジも。

 

 最後に勝つのは、あたし達なんだから!

 

 

続く      

   

 




お疲れ様です。女の子が好きな人への心情を表す時、作者はどう思っているのか・・・

答え:むっずいねん、これで正解か?大丈夫か?このままやっていいか?いいいよし行こう!
です。

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
人を思いやれないやつを悪とする!いいな!

ドクターミヤコ
色々と危ない中学生。

オーク怪人
一体何を考えているのか・・・

神宮カエデ
ギンジへの想いを、怒りで自覚した・・・?あと少し

宮寺レン
ギンジを見つめる二人女仲間に、そろそろ喝を入れたい。

甘白ミドリコ
ギンジの事好き?に対して最速で赤面した。年齢=彼氏いないなのでしょうがないね

角倉ケイタ
あのトロンボーンのレリーフが気になる模様。

リコニス
実はギンジが心配になって覗きに来たら案の定だったので、ミヤコを妨害した。

総統
結構アレな人。ラスボス

作者
パスタが好き

前回の次回予告で、ギンジが嘘をつくのだけは正解でした(だから何って感じだが)

次回は少しだけ話が逸れて、いつの日かあったケイタのメイン回になります。

ヘヴンホワイティネスの正義の為に、次回をお楽しみに!





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19・宮寺レンと角倉ケイタ、夏の夜の下

ケイタばっかりずるいぞ!
こんにちはアトラクションです。

もっとケイタとレンを書きたいと思い、かいてみました。

恋愛はいいぞ!

そしてトータル20話になりました!
これからもよろしくお願いします!
それでは、どうぞ


 

 6月29日。

 

 ギンジの誘拐と襲撃、それからあの映像を見たヘヴンホワイティネスのそれぞれに決意と覚悟を背負わせた。

 

 まともに戦える三人がそれぞれ行動を開始する中、ケイタは一人で気になることを調べていた。

 

 ギンジを撮影していたあの部屋のトロンボーンのレリーフ。

 

 (どこかで見たことあるような気がするんだけどな・・・)

 

 ミドリコからコピーしてもらった映像を自分のスマホに移し、何度もその動画を見る。

 

 どこかで見た事があるというその動画に写るトロンボーンのレリーフ。

 

 未だにミドリコも公安警察の権限を持ってしても、その場所の特定にいたっていない。焦らない様に冷静さを持っていても、どこか内心焦っているようにも見える。

 

 「ん〜・・・僕にもなにかできないかな・・・」

 

 一生懸命自分の出来る事を模索しながら、情報を洗い出す。

 

 「ケイタ、精が出るな。何か見つかったかい」

 

 カエデハウスのリビングに入りがてら、ミドリコがケイタのスマホや、ノートに目を通す。

 

 「まだ何も見つからないよ・・・あいつら、ヘルブラッククロスの動きが湾岸エリアの事件以降、何も探せないんだ」 

 「困ったものだね。私も色々と探しているんだが、見つからないよ・・・」

 

 不安な顔になるケイタとミドリコ。

 

 「必ず、何か情報を掴んでみせるよ。だから、ミドリコさんは、ミドリコさんの出来る事を・・・」

 「解っているさ。時にケイタ」

 

 ミドリコがケイタの側から離れると、キッチンへと移動する。コーヒーでも淹れるのだろうか。

 

 「君は・・・警察とか向いていそうだな」

 「僕が?ハハ、お金とか抜きにしても素晴らしいお仕事だと思うけど、僕はいいかな」

 

 流石に警察という仕事は怖くて出来ない。自信が無いのもそうだが、銃なんて握った事のない、ただの男子高校生がそんな事言われると思わなかった。

 

 「そうかね?誰かの為にそこまで集中してメモや、情報を探すのは誰にでも出来ることじゃないと思うぞ?」

 

 お湯を沸かしながらミドリコが、カウンター越しにケイタを覗き見る。

 

 「それだけの情報を調べて、例え答えに導けなかったとしても、時間は無駄にはならないしね。結果を焦らず、私も頑張るとしよう」

 

 ギンジを助けたいのは皆同じ事だから、と。

 

 ケイタもちゃんと仲間なのだ。戦えない彼のやること、役目は情報収集。今後の為にも、敵の行動はなんとしても掴んでおきたい。

 

 その執念にミドリコはケイタの実力を高く評価していた。

 

 内心自分では思いつかない所から情報を探すケイタの姿勢は、正直警察には欲しい人材だからこそ、警察に向いているのかも知れない。

 

 「そうだ、ミドリコさん」

 

 ケイタは手元の端末から、トロンボーンのレリーフの写真を印刷すると、その紙をキッチンまで持っていき、ミドリコに見せる。

 

 「この写真のレリーフ、調べてもらう事出来る?」

 「これか・・・いいぞ、調べよう」

 

 ミドリコがその写真を受け取ると、ケイタは再び席に戻る。

 

 情報を調べて、必ずギンジの救出に役立つ。その為に調べられる事は全部調べようと、改めて情報収集に戻り始める。

 

 (必ず、なにかあるはずなんだ・・・)

 

 まだまだギンジと話したい事は沢山ある。もっといっぱい男同士でしか出来ない話や遊び、それらをまた出来るように、ケイタは覚悟を持って情報を集め始めた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ビーム剣を振り回し、ダミーの敵を斬り崩す。

 

 レンはただひたすら無心になって訓練を行っていた。

 

 集中し、神経を研ぎ澄ます。

 

 様々な形状に武器を変更して、あらかたプログラムされている訓練を全て終わらせると、次はカエデと交代になる。

 

 「次は、カエデ」

 「はーい。やってやるわよ」

 

 ガントレットのギアを回し、戦闘態勢に入る。

 

 現れるダミーはヘルブラッククロスの怪人・・・オーク怪人と同じダミーのプログラム。

 

 初めて戦った時から異質な雰囲気を持つこの怪人には、かつてカエデ達は三人がかりでなんとか倒せた。

 

 もっと強くならないと、ギンジの救出の際に勝つことは難しいからこそ、今ここで二人は訓練している。

 

 「カエデ、気をつけて」

 「勿論よ!」

 

 レンの声援に応えると、カエデはダミーオークと訓練を開始する。

 

 このオーク怪人は、剣士の怪人と同じぐらいの強敵。

 

 一度敗けかけたその存在との戦いを思い出し、全力で駆け出し、ダミーの怪人とぶつかりあう。

 

 力も、戦闘技術も何もかもがカエデよりも上のオーク怪人のダミーを相手に、自分の出せる攻撃手段で何度も試行錯誤を繰り返す。

 

 この攻撃では駄目だ、ならば次はこうだ、と。

 

 次々と思考を巡らせ、攻撃を与えていく。

 

 ダミーとは言え恐ろしい強さは健在で、カエデの強力な攻撃もほとんどの場合はびくともしない。

 

 「頑張って〜」

 「わかってるわよ!」

 

 二人の少女達は、今日にもギンジの居場所が判ればいいと、そんな気持ちで訓練を行う。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 今の時間は18時を回る頃、僕は相変わらずトロンボーンのレリーフについて調べていた。

 

 学校でも、街でも見たことのあるような、無いような。

 

 「どこかで・・・絶対見たはずなんだよなぁ〜・・・」

 

 僕は今日はずっとこのミドリコさんの自宅である、カエデハウスでジッと調べ続ける事、数時間。

 

 「ケイタ・・・?」

 「ああ、お疲れ様、レンちゃん」

 

 訓練を終えて、シャワーも済ませたのか、とても良い香りがリビングに充満する。

 

 「ずっと、調べ事?疲れて、ない?」

 「うん。僕は大丈夫だよ」

 

 普通の人が見たら無機質に感じるレンちゃんの言動は、僕からすれば美しい天使の姿に見えるよ。

 

 「朝からずっと、だよね?休憩はした?」

 「してません・・・」

 

 湾岸エリアでの一件以来、僕は無茶をしてたりするとレンちゃんに怒られる事も増えた。

 

 勿論湾岸エリアの件は僕が悪い。

 

 僕は彼女達や、ギンジと違って表立って戦う事はできない。

 

 好きな人の力になりたいって、思うのは普通のことじゃないかな。僕が怪我をするならいくらでも怪我したっていいしね、レンちゃんが傷つくのは見てられないよ。

 

 「駄目、だよ。ケイタくんが・・・無理しちゃ、駄目」

 「そうですね。ごめんなさい」

 

 ジトーっと睨まれると思わず敬語になる。なんかトラに睨まれる様な気分になる。

 

 「身体動かさないと、なまるから・・・それと、これからもまだ、調べる事、あるの?」

 

 運動は苦手とまでは言わないけど、僕にはあってないんだよぉ。

 

 調べる事と言えば、相変わらずトロンボーンのレリーフ、そしてそれを飾っているあの動画の部屋。

 

 僕はノートを纏めると、レンちゃんもそれを手伝ってくれる。

 

 レンちゃんの傷だらけの手、指、腕を見るといたたまれなくなる。

 

 本当にこんな戦い、早く決着が着かないかな。

 

 皆可愛そうだ・・・。

 

 「ケイタ、ご飯はどうする・・・?」

 「ああ、そうか、もう夜になるしね。何か買って来ようか?」

 

 訓練とかでも疲れてるだろうし、こういう時は僕が頑張らないと!

 

 「あまり、外に出るのは、駄目。奴らが、どこまで手をのばしてるか、解らないから」

 

 確かにそうだ。だから僕は、カエデハウスに保護されているんだ。最低限の着替えとか持って急いでここまで運ばれたんだよね。

 

 必死な形相のカエデにチョップされたり、ミドリコさんに銃を持たされたりしたけど、それはまた別のお話。

 

 「だから、その、えーと」

 

 珍しく歯切れの悪い口調に、僕はなんだか可笑しくなる。

 

 「一緒に・・・行こう?」

 

 レンちゃんの提案に僕はとても嬉しくなる。

 

 はにかむ彼女の仕草や、丁寧にしようと思って沢山の感情を見せてくれる、この瞬間だけは僕だけのひととき。

 

 「それじゃあ、行こうか」

 

 僕たちは二人で、近くのコンビニまで行くことにする。

 

 ようやく手を繋いで歩ける様になって来たのに、こんなネーミングセンスの悪い部屋で集中し続けるのも変だしね。

 

 それにせっかくレンちゃんと一つ屋根の下で、寝泊まり出来るんだし、こういうイベントがあっても・・・って思ってたけど、そんな楽しい事ばかり考えても行けない。

 

 今はギンジの救出を急ぐ為に、皆思い思いに考えてる。僕だけが戦闘に行かないからって、こんな邪な事ばかり考えるのは駄目だ!

 

 男だろ、角倉ケイタ!

 

 僕は心の中で両手を頬に叩きつけると、引き締まる思いになる。

 

 「ケイタ、行こー」

 (でも手、ぐらいはつなぎたいなぁ・・・)

 

 呼びかける彼女に、追いつく僕。

 

 玄関を開けて、夏の夜を歩き出す。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 私が戦わないといけないのは、産まれた環境のせいだって、かつてはそう考えた事があった。

 

 戦わなくていいなら、私は戦いたくない。

 

 痛い思いもしたくないし、怪我もしたくない。

 

 放棄するならその方がずっと楽だということを、私は知っている。

 

 でも・・・例えばそれで守りたい人が、辛い思いをしないと行けないのは、良くないと思う。

 

 私が戦わないと行けないから、戦う。ただそれだけの簡単な理由。未来から今、過去の日本へ送ってもらえたのも、そういう戦いへの志が大きかったからかも知れない。

 

 私ならきっと勝てると、そう信じて貰えたから。

 

 その期待に必ず応える。

 

 (私は、戦いに勝てれば、それでいいと思った)

 

 でも今は・・・。

 

 ただ勝つなら、ヘルブラッククロスと同じ。その先で何を守るのかが大切。

 

 それはミドリコに拾って貰った時から、そしてカエデやギンジと共に戦い始めた時から、なによりもケイタくんと一緒に居ることで、守りたいものの意味を知った。

 

 私だけが守るのでは駄目。私も誰かに守られる存在である事を忘れても駄目。

 

 最優先に守るなら、ケイタくん。これだけは間違いない。

 

 私に、生きる意味も、友達の意味も、なにより。

 

 「好きになる、ことの意味を、教えてくれた人」

 「え?すき焼き?コンビニに売ってるかな〜?」

 

 ・・・?コンビニにスキヤキなるものがあるの?

 

 未来には無い食べ物の名前が出るたび、私は心が踊る。

 

 「・・・今の、聞こえてた?」

 「ん?すき焼きがどうって・・・」

 

 良かった聴かれてない。

 

 人を好きになる事が、こんなに苦しくて、素敵な事だと教えてくれた彼には感謝しかない。

 

 この時代へと来て、人を知り、守る事の意味を知り、愛する事を知り、人を好きになるという事の意味を知った。

 

 だから私は戦いを我が身可愛さで、放棄したりすることはしない。

 

 例えどんな理由があっても、未来を守るために放棄すること自体が、許されることではないのだけれど。

 

 「・・・」

 「・・・」

 

 一緒に来たはいいけど、何を話して良いのか解らない。

 

 「レンちゃんは、この戦いが終わったら、何かしたい事、あるかな?」

 

 私のしたい事。

 

 「・・・ずっと、皆と楽しく暮らしたい、かな」

 「うん。僕もそれは同感かな」

 

 日が沈みつつある住宅街エリアを歩きながら、ケイタくんは私の顔をジッと見つめてくる。

 

 これだけでも鼓動は、私の意思に関係なく早く動く。

 

 「僕は、この戦いが終わったらレンちゃんと、旅行とか行きたいな」

 「旅行・・・」

 

 言葉の意味は知っているけれど、実際に行ったことはない。せいぜい未来で、ちょっと遠いレジスタンスの遠征にでかけた事があるぐらい。

 

 緑の木々が揺れる道を二人で歩きながら、ケイタくんは話の続きをつなげていく。

 

 「一緒に見たことのない景色や、美味しい物を食べて、二人で大切な一瞬を共有し合うんだ」

 

 両腕を広げながら話す彼の姿勢に、楽しみが増える。

 

 それと同時にいつ終わるか解らない、この戦いへの恐怖が大きく膨れ上がる。

 

 「ケイタくん・・・あのね」

  

 いつも思うことを、いつか話そうとして、今まで先延ばしにして来た。今なら話すべきことだと思う。

 

 本当はカエデもミドリコも居るといいんだけど、今だけは二人で話しておきたい。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「うん?どうしたの?」

 

 夏の夜が広がり、熱気が上から下から来る、この季節。

 

 僅かな風で木々が揺れる。

 

 レンの強張った表情がケイタの表情も同じ様に強張っていく。

 

 「ずっと言おうと、思ってたの、でも怖くて・・・」

 

 レンは歩みを止める。

 

 ケイタも遅れてその足を止めて、半歩後ろのレンへと向き直り、彼女に近づく。

 

 かつての言葉を同じ様に、そのまま返そう。そして少しでも話しやすくなるなら、と配慮もしよう。

 

 「大丈夫だよ、ゆっくりで良いから、レンちゃんの言葉を聴かせてほしいな」

 

 ケイタはレンの手を握り、近くのベンチまで行くと、二人隣同士で座る。

 

 ずっと話そうとしていた事とはなんだろうか。

 

 きっと彼女なりに思いつめていた事も、沢山あるのだろう。ケイタは自分の好きな子の為に、なんとか力になりたいと、時間がかかっても正義の見方であるレンの言葉を、確実に聞き出して行こうとする。

 

 「私、本当は、戦うのが、怖い」

 「・・・」

 

 膝に肘を乗せて、前かがみになるレンの背中を、優しく撫でる。

 

 「そうだよね・・・君はずっと戦ってきて、今日まで・・・」

 

 駄目だ。言葉が出ない。

 

 結局戦わない自分には、命がかかる戦いに身を投じないし、なにより気休めの言葉にしかならない事を、この瞬間で理解すると、押し黙ってしまう。

 

 「でも・・その、僕は、レンちゃんが今まで戦って来た所を、全部じゃないけど、見てきたつもりだし・・・」

 

 どうやっても悪い方に転がっていきそうな気がする。このまま空気を上げる為にも、何か話した方が良いのか、それともこのまま彼女が口を開けるようになるまで待った方がいいのか。

 

 「・・・私はね、ずっと戦う事が、正しいって、思って来たの」

 

 重苦しい空気感の中で、レンが語り始める。

 

 それを隣で静かに聴いているケイタ。

 

 「でも、カエデやミドリコ、ギンジ・・・そして君に、ケイタくんと触れ合っていく事で、戦う事が段々怖くなってきて・・・」

 

 何か言いたいけど、ここは我慢する。自分の彼女が、この戦いへの想いの丈を話しているのだから、口出しは野暮というもの。

 

 そもそもの覚悟の重みが、ケイタとレンではまったく違う。

 

 「私は、未来でもそうだけど、過去である、この時代においても、ずっと戦う事が、普通だと思ってた」

 

 弱々しく言葉を繋げる。今まで戦士として戦ってきたレンとは思えない様な、その口調にケイタはただ黙って聞き続ける。

 

 「でも、守りたい人が、沢山出来て、負ける事が、余計に怖くなったの」

 「レンちゃん・・・」

 「前にケイタくんが、湾岸エリアに一人で、行った事があったでしょ」

 

 その時のケイタの心情を考えれば、力になろうとして行動を起こしてくれた事に感謝の気持ちはある。だけどそれでケイタが死んでしまったら、レンにとってのこの世界の光は無くなるに等しい。

 

 ケイタと同じくレンもまたケイタに恋をし、愛を知ったから・・・。

 

 「ケイタくんが、頑張るのは、すごく嬉しい。それが、私の為なら、もっと嬉しい」

 

 今のレンは未来を守るだけではなく、自分の愛する人を守る為に戦っているのも事実であり、何よりもそれを失うのが怖くてたまらない。

 

 ベンチに座りながら、夏の夜の空気を肌で感じ、ケイタとレンはそのまま話を続けていく。

 

 「いっそ、このまま逃げたい。失うかもしれない、その気持ちを、忘れた事は、無いと思っていたのに、今は、こんなにも戦う気持ちが。守りたいって、思う気持ちが、どんどん無くなりそうで・・・」

 「レンちゃん!」

 

 名前を呼ぶ声が大きくて、レンは驚くが、二人で眼が合う。

 

 「僕も同じだよ。確かに、湾岸の件は僕が悪いとは思うけど」

 

 苦笑しながらもケイタは、レンから眼を離さない。

 

 二人の瞳が逸らされずにその言葉の重みを、二つ繋がっていく。

 

 「僕も、君を失う事がすごく怖いよ。だから、ギンジの言うことを信じてきたんだ。君と立場を代われるなら、今すぐにでも代わりたいよ。でも、僕に戦う事はできないから、君に頼りっぱなしになってしまっていたね」

 

 夕日が消え闇夜に飲まれていく美しくも儚い空を、二人で眺める。

 

 「僕は、君が好きだ。本当に、ずっと、好きだ」

 

 わかっていた事なのに、二人の鼓動は早まる。

 

 「だから、怖いと思ったら、直ぐに僕に話してほしい」

 

 戦えない自分が、戦う仲間の為に出来ること。

 

 話を聴いて、その心をたくさん救う事。

 

 それが戦う事情を知った角倉ケイタの立ち位置。そしてそれは他の誰にも出来る事ではなく、ケイタしか出来ない特別なモノ。

 

 ベンチから立ち上がり、レンの肩を掴む。緊張で震えるような、でもしっかりとした男の手に、形や指の一本まで、感じていく。

 

 「君の不安が少しでも消せるように、僕ももっと頑張る!だから、辛いと思う前に、僕に全部話して欲しい!未来を守れるのは君しかいないんだ、だから、怖くてもいいから、僕を守って欲しい」

 

 自分だけじゃない。

 

 「何度でも言うよ。僕に君の心を守らせて欲しいんだ!」

 「ケイタ・・・」

 

 かつて告白した時も同じことを言った。思い出した訳ではないが、それがきっと今に至り、二人の心が繋がった瞬間なのだとレンもケイタも自覚した。

 

 この戦いが終わらないと、本当の意味での安心や平穏は得られない。

 

 だけど、今この瞬間だけはそれを忘れて、二人は愛する人の為に、再び誓う。

 

 「レン・・・僕が君の心を守るよ」

 「私が、あなたの全てを守る」

 

 『君と、未来を、生きていたいから・・・』

 

 不思議と言葉が解る気がした。

 

 今思う事は二人で言おうとした事。

 

 「忘れないでね、今の言葉」

 「忘れたりなんかしないよ・・・」

 

 夏の夜空の下、二人は唇を重ねた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 コンビニで美味しそうなモノを買い、二人はカエデハウスへと帰路につく。

 

 「旅行とか、一緒に音楽を聴きに行くのもいいね」

 「音楽・・・?」

 「うん!度固化市って意外と、音楽の文化が強い学校が多いんだよ。最近は学園エリアの音楽堂も・・・」

 

 そこで思い出す。

 

 「音楽堂?そこは、きっと楽しい場所、なのかな」

 

 レンの言葉で更に記憶を思い出していく。

 

 「ああああ!」

 「な、何!?」

 

 急に叫びだしたケイタに、レンは驚きでビーム剣に手を伸ばしかけた。

 

 「あのトロンボーンのレリーフ!音楽堂だ!!!」

 「・・・?つまり・・・」

 

 ケイタがずっと気になっていたトロンボーンのレリーフ。

 

 ギンジの動画に載っていた、あの場所。

 

 そこに映っていたトロンボーンレリーフについて、ずっと探していた答えが今みつかった。

 

 「・・・帰ったら、直ぐに調べたい事があるんだけど、レン、力を貸してくれるかな?」

 「勿論。私の、か、彼氏・・・の頼み、だから」

 

 顔を赤くし、眼を反らすけど、レンは言い慣れないその言葉を言うと、直ぐにケイタと手を繋ぐ。

 

 「ありがとう!大好きだよ、レン」

 「それは、私も、同意」

 

 二人は急ぎ足でカエデハウスへと戻る。

 

 角倉ケイタ、非戦闘メンバー。

 

 宮寺レン、戦闘メンバー。

 

 二人の相性は、最高という領域に近づいていた。

 

 運命の戦いの日も、同じく近づいていたのであった。

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。
最近恋愛モノをまた読みたく、色々読みました。

今回は「唇を重ねた」って単語を書きたかったんです。無理やり?いつものことよ

キャラネタ書きます
角倉ケイタ
好きな人の為に一生懸命になれる素晴らしき人。
「次は、もっとロマンチックにしたいな」

宮寺レン
好きな人と、レジスタンスの為に恐怖を隠しながらも頑張って戦って来た健気な人。怒ると怖い。
「ろまんちっく?それは、食べ物?」

甘白ミドリコ
ケイタの集中力を評価し、警察が向いているんではないかと言う。

神宮カエデ
もっと強くならなきゃ、守れる筈のモノも守れないと、意気込んでいる。

ダミーオーク怪人
過去遭遇したオーク怪人と同じ強さのデータ体。
ちなみに今のオーク怪人とは比較にならない弱さ。

佐久間ギンジ
「早く助けてくれー。早く来てー。頼むよー。なぁー。このままじゃミヤコのモノにされるー。いやそれはそれでいいんだけど、洗脳はやだー。はやくー、はやくー」
ミヤコのモノになるのはいいそうです。

次回はついに、ヘヴンホワイティネスvsドクターミヤコ派の、大幹部戦、始まります・・・

それではまた次回・・・!


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20・突撃〜この手を伸ばして〜

おはようございます。アトラクションです。

進化の怪人とかギンジとか、色々風呂敷広げすぎた感は否めない。

けども、上手く纏められるように頑張るぜ!
それではどうぞ


 

 6月30日。

 

 時間はまだ朝日が登り初めて早朝。

 

 警察署にて藤原は装甲車の手配を済ませ、ミドリコと、同じく公安警察に所属する小柄な女性と三人で待機していた。

 

 「藤原さん?お尻を触るのはちょっと・・・」

 「なぁんだいいじゃないの、山吹ちゃーん」

 

 最早当たり前になった藤原のセクハラを、ミドリコが拳銃を引き抜き山吹という女性から手を離させる。

 

 小柄だが、スーツとパンツルック、そして夏なのにベストを付けた清潔感のある服装に、ショートボブのヘアスタイルにインナーカラーを夕日色に染返した、おおよそ警察とは思えない髪色。

 

 彼女の名前は山吹イロ。公安警察に所属し、神宮財閥、繁華街のクアッドタワーの責任者、その他企業との太いパイプを持つ、公安局員管理責任者。

 

 しかしそれは表向きの姿。

 

 「本日は、ありがとうございます。山吹さん」

 「ナハハ、いいよぜんぜん。ミドリコさん」

 

 ミドリコが礼儀正しくお礼を言うと、イロはにへにへと笑顔になり、手を軽く振る。

 

 「しっかし、山吹のお嬢ちゃんが、あのヘヴンホワイティネス結成の縁の下の力持ちとはねぇ」

 

 藤原が扇子を仰ぎながら、イロとミドリコの胸に目線を集中させる。

 

 (なるほど・・・山吹は、オレンジ、甘白は紺・・・)

 

 藤原の観察眼が働き、インナーの色を透視する。

 

 山吹イロ。

 

 性別女性。2000年1月1日産まれ。

 

 表向きは先にも述べた通り、では裏の顔は。

 

 正義のヒーローヘヴンホワイティネスを、結成させた立役者。

 

 「ヘルブラッククロスとかいう、テロ組織以下のゴミ共にはさんざ煮え湯を飲まされたからね?」

 

 装甲車の周りで、イロはミドリコに言うと、ミドリコも同じ様に煮え湯を飲まされた事を思い出す。

 

 ミドリコは、今悪の組織のヘルブラッククロスの大幹部・ドクターと呼ばれる存在の居場所を突き止めた。

 

 度固化音楽堂。

 

 そこにドクターが居るということを知ったのは、ケイタという優秀な協力者の存在あってこそだが、ミドリコは報告の際には、話が混乱しないように、自分が調べた事にしていた。

 

 ヘルブラッククロスを捕まえるため、山吹イロは最初に行動を起こした警察。

 

 次第にその悪の存在を知り、一人で制御しきれなくなった時、公安の柏木と結託し、そして独自に捜査していたミドリコ、さらには常識を超えた存在、ヘヴンホワイティネスへの遠回しだが、しかし確実な援護、支援を行ってきた。

 

 神宮カエデ、宮寺レン、甘白ミドリコを公式のメンバーとし、非公式に角倉ケイタ、名前だけは知っている佐久間ギンジ。

 

 「今回、ヘルブラッククロスの大幹部を逮捕できるなら、ぜひとも協力させて欲しいしね?」

 「ご助力、感謝いたします」

 「ナハハ、大丈夫さ?」

 

 そんな二人の会話を横目に、藤原は再び胸から下へと視線を移動させる。

 

 (・・・なるほど、セットアップにしない方法もあるのか・・・)

 

 真剣な表情の藤原にイロとミドリコが拳銃を引き抜き、足元へと実弾がめり込む。

 

 アスファルトで舗装された駐車場に、高い金属音が鳴ると藤原は驚愕に青ざめる。

 

 「セクハラは死・あるのみ?」

 「死・あるのみですね」

 「やめろや!おじさんを殺す気!?」

 

 中年男性の悲痛な叫びが、駐車場にこだました。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 早朝の蒸し暑いような、肌にまとわりつく空気感と、わずかに垂れてくる汗のしずくを拭うと、ケイタは登りゆく朝日を眺める。

 

 ケイタ、カエデ、レンの居る場所はカエデハウスの中庭。

 

 日差しが入り始める。夏の支配者が顔を覗かせる空を眺めて、三人は戦いへの準備をしていた。

 

 音楽堂について調べられる事は、いっぱい調べた。

 

 この街で、詳細不明の人物が建物を土地ごと買収したり、不審な人物が出入りしている・・・等。

 

 朝日が照らすカエデハウスに、影が伸び始める。

 

 「まさか本当に音楽堂にいるとはね・・・」

 

 ケイタの言葉に、左右に並ぶカエデとレンが苦笑する。

 

 「ギンジに音楽って合わなそうだけど、なんでこのチョイスなのかしらね?」

 「サングラスが、ロックなのかも」

 「顔だけじゃないのよ」

 「でも、ギンジ、エレキギター、弾けるって言ってた」

 「僕もアコギなら弾けるよ!」

 

 今日の戦いが終わったら、ギンジも入れて皆で音楽でも披露しようかと、それぞれ冗談を口にする。

 

 「それじゃ、あたしは先に色々準備してくるわ。レンも遅れないようにね」

 「うん・・・」

 

 屋内に戻りながらカエデはレンの名前だけを呼ぶと、窓を静かに開けて室内から手を振る。

 

 今ケイタを呼ばなかったのは、仲間ハズレにしているからではない。戦闘には連れて行けない者を、軽々しく呼ぶことをカエデはよしとしない。

 

 怖いから、死ぬかもしれないから、だから一緒に来てくれ。

 

 それだけはレンもカエデも、ミドリコとギンジも絶対に言わない。

 

 ケイタにはケイタにだけ出来る事があり、彼に出来ない事は、カエデを始め、仲間が補えばいい。

 

 防御が硬い者はカエデに。武器持ちはレンに、上空の敵はミドリコに。適材適所でメンバーの援護でギンジが動く。

 

 ケイタは戦う場所での事前情報を仕入れて、より作戦の視野を広げる。それが今のヘヴンホワイティネス。

 

 故に一人も欠けてはいけない。

 

 「僕も・・・戦えればいいんだけど」

 

 悔しさから正拳を握る。それを見たレンは自分の恋人の手をソっと包み込む。 

 

 「仮に戦えても、ケイタが傷つくのは、嫌。だから・・・」

 

 レンが包み込んだケイタのその手を、二人の胸の前に上げると、朝日に照らされながらも優しい光を宿した瞳で、レンは言葉を紡ぐ。

 

 「私が、恐怖に敗けないように、何度でも立ち上がれるように、ケイタを守れる様に、私が戦う。傷ついた私の心を、君が、守って・・・?」

 

 仲間を助ける。ただそれだけの簡単な事。

 

 しかし現実は人の手に追えない、怪人との激突が生じる戦い。

 

 決意を硬くしたレンの表情に、ケイタも同じ様にレンの顔を見つめる。

 

 「そうだね・・・ごめん、今度は僕が弱気になってたかも。必ず、勝ってね」

 「勿論。勝つのは私達。ギンジを連れて帰ったら、ケイタも怒ってあげて」

 「ははは・・・逆ギレされそー・・・」

 

 乾いた笑い声に、どこか可愛いと言うのか、愛おしく思えたのか、ケイタのその遠い目をするその顔を見てレンの微笑が浮かぶ。

 

 「応援してるよ!」

 「ありがとう、ケイタ。好き、だよ」

 「僕も!」

 

 6月30日。

 

 運命の戦いは刻一刻と迫りつつあった。

 

 (よおおおし、そのまま押し倒せ!行っちゃいなさい!ケイターー!レーーーン!)

 

 ・・・。カーテンに隠れてカエデは二人の尊い瞬間を、自身の心へと刷り込んでいた。

 

 親友とはそれでいいのだろうか。気を遣ってカエデはレンとケイタを二人きりにしてあげたはずなのだが。

 

 (・・・)

 

 何か頭の中で変な妄想をしてしまった。

 

 その内容は、同じ場所で立っている人物が、カエデとギンジ。

 

 『なぁ、俺、お前のことが・・・』

 「消えろ!妄想!」

 

 手で妄想の中のギンジを消し去り、カエデは現実に舞い戻る。

 

 「別に意識なんかしてないし・・・」

 

 少し不服そうな顔でリビングに戻ると、カエデは先程の妄想を再び繰り返してしまう。美化された気持ち悪い妄想だが、必殺技で再び妄想を消し飛ばすと、今度こそ現実に戻ってくる。

 

 (・・・)

 

 もし。もしもだが、妄想の中のギンジと同じ事になるなら、もっとロマンチックな方がいいと思ってしまった。

 

 (・・・ありえないわね。そもそも助ける事が先なんだし)

 

 妄想の通りには行かなくとも、その内容に近いモノを実現するには、ギンジを救出して現実を取り戻さないといけない。

 

 「待ってなさいよ・・・ヘルブラッククロス!」

 

 力強く言うと、カエデの左手に右手を打ち付け、彼女もまた決意を硬くする。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 カエデ、レン、ミドリコ、イロ、藤原を乗せた装甲車が音楽堂へと向かう。

 

 日常では出てくる事のないその車の怪しさに、道路を走る他の車は自然と道を譲る。さながらそれは王の通る道を開ける騎士達に見える光景に、運転する藤原が上機嫌になる。

 

 「ハッハッハ。どけどけバカ共」

 

 口の悪い運転態度に、ミドリコとイロが眉をひそめる。同じ様に後部座席に座るカエデとレンも、藤原の荒いその姿に嫌いな男子に向ける視線で見つめると、藤原の左手がミドリコの足に伸びるのを見て取れる。

 

 「やめてください。性格が感染ります」

 

 しれっと言い放つミドリコの言葉に、カエデは思わず「おぉ・・・」っといった反応。

 

 「こうして会うのは初めてかな?ヘヴンホワイティネスのお嬢さん?」

 

 左側の前部座席に座る女性、イロが振り向きカエデとレンに挨拶をする。どこか疑問系に聞こえる様な喋り方は、若干だが幼さを感じる。

 

 山吹イロ・・・その名前をカエデは知っては居たが、ヘヴンホワイティネスを公安に認めさせた影の協力者と会うのは初めてだった。

 

 「お父さ・・・父からお話は伺った事はあります。初めまして、神宮財閥・神宮ソウジロウの娘でございます。名を、カエデと・・・」

 

 財閥の令嬢らしく、取り繕ってはいるものの、家に居るときと同じ対応で挨拶をするも、イロという女性は堅苦しく感じる挨拶を、軽くはねのける。

 

 「ナハハ、いいよ?そこまでしっかりした挨拶しなくて?」

 

 レンもあまり見ないカエデの礼儀正しさに、少し微笑みを投げる。

 

 「何よレン」

 「ん・・・心配なのかな、って」

 

 取り繕っていたその態度は、ギンジへの心配を隠すようなモノである事を、レンは見抜いていた。

 

 「ん、ま、まぁ、心配はしてあげてるわよ?・・・文鳥、いや何かしらの小動物レベルのモノだけどね・・・?」

 「・・・ふふ」

 

 微笑を浮かべて、小さく笑う。

 

 本当は心配でしょうがないのに、それを隠す態度を見ていると良い意味で可笑しくなる。

 

 「藤原さん?」

 「あんだよ、山吹ちゃん」

 「そこ、左なんですが?」

 「音楽堂は右だろ?」

 「そっちだと、東度固化市方面ですが?」

 

 公安の装甲車は右車線のまま右折。音楽堂は中央度固化の筈だが・・・。

 

 「山吹ちゃん、地元はどこよ」

 

 藤原は運転しながら横目でイロを見る。イロの不思議そうな顔に、藤原は再度同じ質問をする。

 

 「地元、どこよ」

 「え?ええと、東京の、八王子ですが・・・?」

 「そうかい。度固化が地元の奴・・・特に車を持ってる奴は、こうやって遠回りして行くのさ」

 

 どういう事だか解らないと言ったイロの反応を、ミドリコは頷きながら藤原の話を聴く。

 

 「この時間、朝でも渋滞するんだわ。だからここは、東度固化方面からあえて遠回りすんのさ」 

 

 地元民の力説にイロは頷く。まだ車を運転したことのないカエデも、納得するように頷く。

 

 バイクの運転は出来るレンも、この説明には納得する。

 

 「きっちり連れてってやるさ・・・おじさんこう見えても正義漢なのよ?」

 

 運転の目線はズラさずに、藤原が言うと、その場にいる四人の女性が少しだけ見直す。

 

 見直した・・・のだが、直ぐにミドリコの髪を触ろうとして、いよいよ無言で拳銃を突きつけられる。

 

 再びセクハラをしようとした藤原の評価が、一瞬にして10段階下がってしまった。

 

 「・・・泣きそうだ」

 

 装甲車は音楽堂へと行く為に、道を突き進む。

 

 中央度固化へのメートル数を表記する標識を、無視してさらに真っ直ぐ進む。

 

 「中央度固化の道には戻らず、ここでもあえて遠回りですか?藤原さん?」

 「いや、今のは素で間違えた」

 「このおじさんは・・・」

 

 イロの質問に悪びれもせずに運転を続けると、ミドリコが頭を抱える。カエデもレンも不安になるが、装甲車はもう戻れない。

 

 あえて、ではなく本格的に、遠回りすることになってしまった。

 

 「すぐにUターンですよ、藤原さん・・・!」

 「ちょっと!早く戻って戻って!」

 「ふじわらさん・・・今、すぐに、ひきかえして・・・ギンジが危ない」

 「わーってるよ!こいつを使って、ピンチを脱出してやらぁ」

 

 藤原が取り出したのはパトランプ。それを装甲車の上部に取り付けると、サイレンを鳴らして、少し進んだ先で急なUターンを行う。

 

 あまりにも荒い運転に、全員が引っ張られる感覚でバランスを崩す。

 

 「最初っからこうすりゃ、最速だったかもな!渋滞エリアは無理だが」

 

 道を無視して急激な加速を行い、装甲車は警察の権限を最大限利用した暴走運転で中央度固化へと戻る。

 

 「過激車両の藤原たぁ、おじさんの事よ!どけどけどけ!」

 「昔は本物の暴走族だった過去は本当だったんですか・・・」

 「あたぼうよ!速制に引っかからないから、警察になったんだよおじさんは!」

 「ちょっと!おじさん本当に警察なの!?」

 

 カエデの大声に、ミドリコとイロは頭を抱えながら、ため息混じりの返答を行う。

 

 「残念ながら?」

 「公安警察なんですよ・・・」

 

 装甲車がついに100キロを出し始める。

 

 「運転は正しい姿勢、正しい速度、正しい知識で走れよォ!」

 

 荒いを超えた暴走に、カエデ、レン、ミドリコ、イロは混沌と化した車内を漂い始めるのであった。

 

 (ごめんギンジ・・・!着く前に、倒れちゃうかも・・・!)

 

 身体をぶつけたりするほどの荒い運転に、カエデへのダメージは蓄積していった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 もう一日か2日は経ったのだろうか。

 

 あの撮影の後に、俺は一体何をされていたのだろうか?

 

 何か、こう、とても気持ちいい事をしていた筈だが・・・? 

 

 証明が辺り一面に輝き、折り畳める座り心地の良さそうな椅子が並ぶ。まるでコンサートホールだ。そこに俺と、あの子が立っていた。

 

 「くふふ、大丈夫?傷は痛むかな?」

 

 俺にとってもったいないぐらいの可愛い女。そう、俺の命の恩人であり、俺に生きる指針を立ててくれた・・・言うなれば、嫁ってやつだな。

 

 あーものすごく晴れやかで、気分がいいぜ。

 

 赤縁のメガネから見える、左目は怪人特有の瞳をしている。その瞳を見ると、その子は嬉しそうに俺を見つめると、俺も微笑みを返す。

 

 「怪我の方は・・・まぁ痛いけど、お前の治療のおかげで、この通りだぜ」

 

 軽く腕を回すと、特別な痛みは一切ない。

 

 「くふふふ。それはよかったよ。【進化の怪人】?」

 

 笑顔のまま、そして俺を愛してますって顔で見つめてくれる。

 

 そう、俺、こと進化の怪人は今めっちゃくちゃ気分が晴れやかなモノになっていた。

 

 そしてこの子は、ドクターミヤコ。俺を慕い、俺が慕う、俺の女。

 

 「ん〜。わたしを欲望の目で見てくれるのいいよ〜。キュンキュンしちゃいそう・・・くふ、くふふふ」

 

 ドクターミヤコが喜びにふるえているのか、俺にすり寄って抱きしめてくれる。心地よい暖かさだ。女の暖かさと、やわらかさ、鼓動の速さを身体で感じ取れる。

 

 俺も同じ様に、ドクターミヤコの背中と頭に腕を回し、自分の身体にくっつける。

 

 「くうふふふふーふふ!」

 

 ぎゅう!っとドクターミヤコの手に力が入る。そんなに俺と離れたくないのか?可愛いなぁ、こいつはホントに。

 

 こんな素直さをカエデも・・・。

 

 カエデ?誰だ、そいつ。

 

 「進化の怪人・・・?」

 

 ドクターミヤコが、力を抜いた俺の手に指を絡ませながら上目使いで話しかけてくる。何もかも捨てて、今から抱いてやりたくなる。それほどまでに可愛いし、綺麗で、美味そうだ。

 

 「いいや?気にすんなよ、ドクター」

 「くふふ、そう?」

 「ああ。本当に何もないから、気にしないでいいぜ」

 

 俺はドクターのツヤの良い髪を、横に撫でるとドクターは嬉しそうに、手に頬を当てる。

 

 この顔が何にも変えられない幸せに見えて、俺は絶対にこの子を守りたいと思えた。

 

 「ブヒ・・・ドクター、向こうで機材についてご相談がありまして」

 

 途中の良い所なのにオークの奴が入ってきた。

 

 「はーい。今行くね〜くふふ。それじゃあ、また後でね、進化の怪人・・・!」

 

 小走りで部屋の裏へと向かうドクターの背中は小さく、きっと抱きしめたら俺とドクターの心は本当の意味で一つになれそうだと、本当に思う。

 

 「身体の調子は良いか?ぎん・・・進化の怪人」

 「ああ、すこぶるいいぜ。ベランダで寝てた時に比べたら、もう最高に・・・」

 

 ベランダ・・・?俺、そんな所で寝てたっけ?

 

 ありもしない筈の記憶に・・・何か、なんだろうか。

 

 「まだ記憶が混濁しているのかもな。大丈夫だ・・・お前は、正真正銘の怪人。ドクターミヤコの為の、進化の怪人だ」

 「あ、ああそうだよな。俺は進化の怪人・・・進化の怪人・・・」

 

 一瞬うわ言の様にその言葉を続けて、俺は再び正気に戻る。

 

 「大丈夫か、進化の怪人。ドクターミヤコを守護れよ・・・期待しているぞ、一流の戦士よ」

 

 オークの奴がその分厚い手で俺の肩を叩くと、またありもしない何かを思い出す。思い出す・・・って言い方は絶対間違っているのだが、そうとしか言えないんだ。

 

 どこかの研究所みたいな所で、触手と犬と、それからドクターにこのオークの奴。

 

 そこで肩を叩かれた事を、まるで記憶を映像化するような、不思議なモノが頭に流れる。

 

 「・・・」

 

 俺は無言のまま首輪を触る。怪しい紫色の光が明滅するこの首輪。

 

 それを触ると、ドクターに飼いならされてる様な気持ちになって、無性に腹が立つ。

 

 「・・・?なんで腹が立つんだ?」

 

 こんな事を思うなんて・・・。レンとかミドリコが見たら・・・。

 

 「だから誰だよ・・・」

 

 顔は見えないのに、体格を思い出す。普通の女の子の身長、カエデ。ドクターと同じぐらいの身長の女、レン。そして一番身長の高い、ミドリコ。

 

 いずれも顔がぐちゃぐちゃに塗りつぶされて、その人達が手招きしている。

 

 「進化の怪人・・・」

 

 オークの奴が俺に声をかけるが、俺はそれを聞き流す。

 

 なんだ・・・?俺は、一体・・・?

 

 「ブヒ。今のお前は、何だ?」

 「お、俺は・・・進化の怪人だ」

 

 そう、俺は進化の怪人。ドクターミヤコの為の、怪人。

 

 「ドクターを【好きになれ】」

 

 その言葉を聴いた途端、俺の中に何か渦を巻く様な不思議な、しかし気持ち悪い感覚が、炎で焼かれ、電撃で洗い流される。

 

 間違いなく、俺はドクターを好きになっていた。ソレ以外は何もいらない。

 

 ──もうすぐだ。もうすぐだぞ、ギ──。もうすぐで─。

 

 声が聞こえた様な気がした。

 

 だけど、今はもうなんでもいい。ドクターをこの手で、抱きしめたい。

 

 オークの奴に連れられ、俺たちは戦闘員達と和気あいあいと話す、楽しそうなドクターの顔を見て、気持ちが跳ね上がる。

 

 んーと、さっきまで誰かの事を考えてた様な気がしてたんだけど・・・。

 

 (まぁ・・・いいか)

 

 俺はすぐにドクターに駆け寄る。今直ぐ、この子と一緒になりたい。

 

 その気持ちを胸にしまって、そして考えることを放棄した。

 

 「ギンジの奴め・・・この程度ではあるまい。ドクターは、進化の怪人である【お前を】好いているんだ。ただの進化の怪人には興味はすぐになくされるぞ・・・」

 

 後ろで何か言ってるが、別に興味も沸かない。どうでもいいしな。

 

 「ドクター!」

 「あ、ギン・・・じゃなくて、進化の怪人!」

 

 とにかく俺はこの可愛い顔のドクターを守りたい。触って、撫でて、全部味わい尽くしてやりたい。

 

 強く思えば思うほど、俺の・・・そう、心が・・・震えて、ドクターを大切にしたい気持ちが芽生えていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 藤原さんの暴走運転に揺られ、ついに音楽堂に到着。酷い運転だったわ。

 

 「はぁ、死ぬかと思ったわ」

 「同感」

 「全くだ・・・」

 

 向こう10年、こんなやばいのはジェットコースターでも超えられないわね。それぐらいやばい運転。

 

 「さて、私は戦闘の準備に入る。カエデとレンも少しだけ休息するといい」

 

 ミドリコがあたし達に言うと、装甲車の中で着替え始める。なんでも本気の戦闘服に着替えるそうで、いっぱい装備を持ってきたらしい。

 

 「藤原さんは、ここに居て?」

 「じゃあ揉ませろ、山吹ちゃん」

 「チッ」

 

 本気の舌打ちをされた藤原さんが、泣きそうな顔をしてる。いい気味だわ。

 

 黒いドーム状の音楽堂。コンサートや、ライヴに使われたりしてる、この度固化の名物の一つで、ここは老朽化に伴い取り壊される予定だった。だけど、ケイタの情報では管理会社を含めて、詳細不明な人物が買収していた・・・。

 

 こう聴くと間違いなくヘルブラッククロスの仕業だと、普通の神経をしてたらそう思っちゃう。

 

 もし仮にあたしが戦いに身を置いてなかったとしても、この情報を見たら怪しいなーって睨むと思う。

 

 「済まない、待たせた」

 

 装甲車からミドリコが出てくる。

 

 「ミドリコ・・・かっこいい」

 

 レンが目を輝かせる。

 

 その姿は、迷彩服に、ヘルメット、そして革製と思わしきグローブ、重圧な安全靴みたいなブーツ。

 

 「久しぶりに着たが、どうかな?自衛隊に所属していた時の制服なんだが・・・」

 「ミリタリーコスですか。なるほど、芸術点は低いですが、スタイルが良いのでカバーできてますね。7点と言った所でしょうか。審査員の山吹さん、どう思われます?」

 

 何よ藤原さん。急にペラペラ話し始めて。

 

 「確かに、このコスにおける重要性は、重くても動きやすい事にあると思いますね?アサルトライフルも、アーミーナイフ、そしてパーツをそれぞれの部位に隠したスナイパーライフルも、直ぐに組み立てられるように、胸に隠しているのはポイント高いです?7と言ったところ?」

 

 ミドリコがだんだん顔を赤くしていく。なんの審査かしら・・・?アホしか居ないの?

 

 「えと、ミドリコ、かっこいい!」

 

 10と書かれた立て札を、ふんすふんすしながらミドリコに見せるレンの姿に、これだけは素直に受け取る。

 

 「ふぅじぃわぁらぁ!!」

 

 思い切り拳を振り上げて、藤原さんは思い切りぶっ飛ばされ、イロさんは平謝りしてる。合掌。

 

 朝の空気感をまといながら、あたし達も変身する。

 

 ここにギンジがいるなら、いよいよ戦いが始まるわ。

 

 「覚悟はいいわね・・・」

 「勿論、いつでもいい」

 「無論、私もだ」

 

 ヘヴンホワイティネスとして平和を守るのは当然で、今日は違うわ。

 

 「自分の、大切な仲間を助けるために来たんだよね?私はここで支援するよ?勿論、着かず離れず、でね?」

 

 イロさんの言う通りで、あたし達は、正義の仲間を助ける為にここまで来たの。

 

 「おじさんはなにすればいい?」

 「藤原さんも突撃要員?」

 「マジで・・・?」

 

 イロさんて若いのに、余裕のある人ね。ミドリコとは違った意味で大人の女性って感じ。

 

 「それじゃあ・・・行くわよ!」

 

 あたしの掛け声で、正面入口を蹴破ると、コンサートホールには案の定、戦闘員達の姿が。

 

 「な、なんだ!?」

 「お、おい!ドクターを!」

 「怪人達は朝で力が弱まってるぞ!」

 

 戦闘員達が慌てふためく。

 

 当然よね、こんなギンジみたいな作戦、いつものあたし達じゃ思いつかないし、こいつらもそんな事するなんて思ってないだろうから。

 

 「正義のヒーロー、参上ってね!」

 

 戦闘員達が、あたし達をヘヴンホワイティネスと解ると、襲いかかってくる。

 

 「我々の仲間を返して貰うぞ!」

 

 ミドリコがアサルトライフルをバラ撒き、戦闘員達の動きを止める。

 

 「弾丸変更!」

 

 取り出した新しいマガジンは〈重〉と書かれた、一回り大きいソレをアサルトライフルに装填する。

 

 一連の動作がプロの手さばきで、あたしは戦闘員を殴り倒しながらミドリコの行動が本当にかっこよく見えた。

 

 「重装貫弾・・・!」

  

 多数の戦闘員が、ミドリコに殺到する中、全く臆さずにアサルトライフルを構える。

 

 「この弾丸は、お前らのパワードスーツとやらを簡単に貫くぞ・・・」

 

 さっきまでと違い、重苦しい銃撃音が鳴り、戦闘員達をいとも簡単に貫いていく。

 

 「げぇ!!マジで貫くんだけど・・・」

 「くぞおおお痛てええ」

 

 戦闘員達が簡単に痛みに敗けて、それぞれ悲鳴を上げる。

 

 やるじゃんミドリコ!あたしも敗けてらんないわ! 

 

 「ビーム剣術・アウフ・ラ・ヴェイン!」

 

 左右に2枚の刃、横に広がったビーム剣を展開させて、戦闘員達を掬う様に、斬り飛ばして行く。言葉を上げる事もなく、次々と戦闘員達が巻き上げられ、ある程度浮かすと、上空に溜まった戦闘員達を最大出力に展開したビーム剣で一刀両断。

 

 「邪魔を、しないで・・・!」

 

 珍しくマジ怒りモードね、レン。

 

 「おい、あいつ公安の男だ!殺せ!」

 「え?」

 

 戦闘員の一角が、藤原さんに迫る。

 

 「まずいわ!藤原さんは一般市民と同じで・・・」

 「大丈夫だ。カエデ、見ておくといい。元伝説の不良・藤原さんを」

 

 ミドリコがあたしの肩に手を添えると、あたしは思わず藤原さんをの動きを見る。

 

 「こんなコスプレしてたら喧嘩しずらいだろ・・・」

 

 藤原さんが戦闘員の頭をつかみ、ミシミシとメットがヒビ割れる。

 

 「それに・・・公安に喧嘩売るなら、もっと大勢連れてこいやぁ!」

 

 そのまま戦闘員に膝蹴りで、そいつの身体をくの字に曲げると、首根っこを掴みジャイアントスイングよろしくの大回転を行う。

 

 複数人固まった戦闘員の群れに、首を掴んだ戦闘員を投げ飛ばして、そしてドロップキック。

 

 バランスを崩した戦闘員達の群れに、普通に・・・いやほぼ一方的に戦ってるわ。何者なのかしら。

 

 ギンジも顔負けするかも知れないこの戦い方には正直驚かされたわ・・・。しかも落ちてる道具を武器代わりに好き放題してるわ。

 

 「皆戦えるなら好都合よ!」

 

 別に勝ち負けじゃないけど、あたしも敗けてられない。

 

 「ちくしょう、この女ぁ!スケベな身体しやがって!」

 「あんた達じゃ一生触れないけどね・・・!」

 

 頭を掴んであたしは真上に逆さまで立ち上がる。

 

 「触らせてもあげないわ!」

 

 そのまま脚を開き回転、してこちらに迫る戦闘員達を蹴散らしていく。

 

 「必殺!スパイラル・キャノン!」

 

 回転の勢いで衝撃波を吹き飛ばしながら、どんどん迫る戦闘員達をこの技で一人一人確実に蹴り倒し。最後は土台にしている、この手元の戦闘員の頭から跳躍して、両手を組んだ拳で叩き落とす。

 

 「スカイフォール・ハンマー!」

 

 戦闘員の後頭部にあたしの手が命中し、入り口側まで戦闘員達が転がっていく。

 

 着地して辺りを見渡せば、ほとんどの敵は倒れたみたいね。

 

 「あらかた倒したわね。次行くわよ!」

 

 こっちのコンサートホールには奴らは居ない。

 

 あのドクターという大幹部と、早い所決着をつけないと・・・!

 

 待ってなさいよ、ギンジ!今、助けてあげるから!

 

 あたし達は音楽堂の奥へと突き進んで行った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

  

 「なんの騒ぎだ!」

 

 進化の怪人の居るコンサートホールからも聞こえる、大きな衝撃音にオーク怪人が出る。

 

 「そ、それが・・・ヘヴンホワイティネスが襲撃して来たそうで・・・」

 

 戦闘員が息を切らしながら、オーク怪人への報告を聴くと、内容に驚く。

 

 「ヘヴンホワイティネスが・・・我々を襲撃だと・・・!?」

 

 普段とは違い、ヘルブラッククロスが襲撃される側になった事に憤りを感じるが、直ぐに状況判断を考え、戦闘員に指示を出す。

 

 「ドクターの身の安全を優先しろ!決してここまで突撃させるな!」

 「もちろんでございます!」

 

 戦闘員が頭を下げると、直ぐに行動を開始する為に部屋を出る。

 

 「くふふふ、まさか来るとはね・・・」

 

 オーク怪人の後ろで、進化の怪人の膝の上で向かい合わせになるように座る、ドクターミヤコの言葉にオーク怪人は背中を向ける。

 

 「なんだぁ?敵か・・・?俺が出てもいいが」

 「くふふふ、だぁめ。一緒に居て?」

 「構わない。ここは私と剣士、サキュバス、タコが防衛に入る。進化の怪人はここでドクターを確実にお守りしろ」

 

 オーク怪人の言葉で、今まで潜んでいた怪人達が闇から姿を表す。

 

 黒いマントにビキニアーマー、剣を腰に装備した剣士の怪人。

 

 黒い羽に、茶髪。全身を妖艶に包み込むキャットスーツのサキュバスの怪人。

 

 ふわふわと漂い、吸盤を出し入れしながら眼を光らせるタコの怪人。

 

 「何があってもドクターをお守護りしろ!」

 

 オーク怪人が踵を返すと、複数いる上級戦闘員、ハーフムーンの二人へ指揮を取り始める。

 

 「ここまで奴らを侵入させるな!ヘヴンホワイティネスを倒せねば、ここでドクターの信頼を、引いてはヘルブラッククロスへの大きな打撃となることを総員、覚悟せよ!」

 

 ギンジへの洗脳が成功した今、ドクターの判断、作戦に唯一のほころびや失敗があってはならない。

 

 「覚悟なら今ここでしなさい!」

 

 扉の向こうで声がすると、戦闘員や怪人達に緊張感が走る。可憐な声音と、決意を固くした者の声は、オーク怪人に新たな戦士の登場かと心を踊らせる。

 

 それと同時に自分の力ではヘヴンホワイティネスとは、直接戦う事にはならない立場になってしまった故に、戦えない事を残念に思う。

 

 (どうにしろ、我々が負ける事は無いがな)

 

 扉をぶち破り戦闘員達が、転がってくる。一人一人、決して弱くはないオーク怪人直属の手下達だが、それらがゴミの様に吹き飛ばされる。

 

 「随分早い登場だな・・・ヘヴンホワイティネス!」

 

 扉の暗闇から一人一人、横並びでその姿を表す。

 

 神宮カエデ、宮寺レン、甘白ミドリコ。

 

 そしてもう一人は情報でしか知らない公安の男、藤原。

 

 「ギンジ!!」

 

 カエデが強く叫ぶと、ギンジと呼ばれた進化の怪人は、ミヤコを退けて立ち上がる。

 

 「くふふふ。邪魔が入ったね・・・」

 「おう。俺が暴れてもいいぜ」

 

 進化の怪人がミヤコの顎に手を添えて、静かに微笑みを投げかける。

 

 「敗けない?もし敗けて・・・また、わたしから離れたらいやよ?」

 

 それに対して珍しく、しおらしくなるドクターミヤコの顔。

 

 「例え敗けても・・・離ればなれにはなりゃしねーよ」

 

 振り向き、視界に入るのはヘヴンホワイティネス。

 

 そしてまたミヤコの顔を見る。ミヤコの顔は本当に心配そうな、年相応の少女の顔。

 

 「そんな心配そうな顔すんなよ」

 

 苦笑して、進化の怪人は自分の好きな人の為に、敵であるヘヴンホワイティネスへと歩き出す。

 

 「もし離れるその時は・・・お前も一緒だ」

 

 その言葉はかつての男の面影を見せる。

 

 佐久間ギンジ。ミヤコが唯一愛する、正確には愛していた男の背中を見つめて、ミヤコは再びギンジという進化の怪人に惚れ直す。

 

 こんな世界どうでもいい。だからこそミヤコは言葉に想いを乗せて、そして人の上に立つ者として、この場にいる全ての部下へ、指示を出す。

 

 「皆下がって・・・!進化の怪人が暴れるよ。死にたくなかったら従いなさい!」

 

 ドクターミヤコの指示に、オーク怪人を始めとした全ての戦闘員達が、左右に広がる。

 

 「おいおい、なんの冗談だぁ?」

 「それはこっちの台詞よ・・・バカギンジ」

 

 進化の怪人が歩き出し、カエデも誰よりも先に強い一歩を踏み出す。

 

 「レン、ミドリコ、藤原さんは手を出さないで」

 

 今この部屋に入る時に見えたのがドクターという少女。お面をつけていない彼女を見るのは、ヘヴンホワイティネスにとって初めて見る顔。

 

 そして怪人や兵器を造り出しては、街を混沌に陥れる最悪の敵。

 

 しかし、そこにたどり着く前に、用事を片付けないと行けない。

 

 カエデの前に立つのは、進化の怪人。

 

 対する進化の怪人と睨みを効かせるのは、神宮カエデこと、ヘヴンホワイティネス・ヘヴン1。

 

 突撃は果たされた。後は仲間を助けるだけ。

 

 「ギンジ、そんな猿芝居はもう要らないわよ。あたし達が助けに来たから・・・こんな奴ら全員倒して・・・」

 

 握手が出来る距離まで来ながら話すカエデに、ギンジは炎を鞭の様に振り回し、カエデに攻撃を繰り出す。

 

 「なっ!?」

 

 その攻撃は反応が出来たから避ける事はできた。

 

 続けざまに繰り出される、ハイキック。それは間違いなく殺意と敵意を交えた、確実に殺す一撃。

 

 「危っぶな・・・!何すんのよギンジ!」

 

 カエデの言葉は、進化の怪人に届いていない。

 

 「急な事でびっくりしたけど、もうここにギンジ君は居ないよ・・・ヘヴンホワイティネス。くふふふ」

 

 ステージ上ではあのドクターが、薄気味悪い笑い声を上げる。

 

 「何言ってんのよ!ギンジはここに・・・」

 「ここに昨日まで居た佐久間ギンジは既に死んだ。我々の洗脳によってな」

 

 オーク怪人の小馬鹿にした様な言葉に、カエデを始め、レンもミドリコも驚愕する。

 

 明らかな動揺を隠しきれないカエデに、進化の怪人の拳が腹に深く入る。

 

 「ゲホッ・・・」

 「カエデ!」

 「ギンジ!なんてことを!」

 

 ギンジは女性に危害を加えない。その事は全員の周知の事実だったのに、今の彼は表情一つ変わらずカエデに拳を叩き込んだ。

 

 「おいおいグラサン坊主!女に手を出すなんて見損なったぞ!」

 

 藤原の怒号。そこから飛び出そうとするも、戦闘員がそれを阻む。

 

 「いいわ!あたしは大丈夫だから!」

 

 今のを持って確信した。こいつは敵だと。

 

 カエデは周りに叫ぶと、再び進化の怪人と成り果てたギンジへと向き直る。

 

 「ギンジ・・・あたしね、あんたに会ったら、絶対にぶっ飛ばすって決めてたの」

 

 進化の怪人は歯を食いしばる。

 

 「あたしはずっと・・・あんたの事嫌いだったし、怪人だからって信用してなかった・・・」

 

 カエデは3月にギンジと、初めて会ってから今までの事を話し出す。

 

 「アモーレの時に、あたし達の味方になるって言ってくれて、正直気に食わなかったわ!」

 

 叫びながらガントレットのギアが悲しく回ると、右手の拳が進化の怪人の身体に当たり、鈍い音が鳴る。

 

 「有姪海岸じゃ、あたし達の信用を得られる様に頑張るって言ってさ!『佐久間ギンジの今後に乞うご期待』って誇らしげに言った癖に!」

 「・・・!」

 

 左脚の蹴りが顔に当たり、それでも進化の怪人は動かない。

 

 「風邪引いた時は、バカの癖にあたしと、レンやミドリコの心配もしたのに!」

 

 カエデが叫びながら攻撃をする姿を見て、レンやミドリコは様々な事を思い出していく。

 

 「学校が襲撃された時は、『俺を信じろ』って、自信満々に言ったじゃないのよ!!」

 

 レンは悲しみにまみれた顔で、同じく悲痛な想いで居たカエデを見守る。

 

 ミドリコも同じ様に、今の変わったギンジの行動に、涙が出る。

 

 それでも信じてここまで来た。

 

 「まだあんたの話も、ちゃんと最後まで聞けてないのよ!いずれ全部話すんでしょ!それまで笑いあり涙ありで・・・この先も行くんでしょうが!」

 

 ひたすら連続攻撃。一つひとつ言葉と想いを乗せて繰り出され、防戦一方になる進化の怪人。

 

 「あたしが追うダメージだって心配してくれたじゃない!なんなのよ、今のあんたはぁ!!」

 

 せっかく助けに来たのに、なんで殴られなければならないのか。

 

 カエデの怒りも尤もで、でもそれだけで怒っているのではない。

 

 「必ず追いつくって、信じてたのに・・・怪人サマは本当に大嘘つきね!」

 

 拳が進化の怪人によってついに阻まれる。

 

 貫こうとする力と、阻む力がお互いに拮抗して、ぐらぐらと二人の腕が揺れる。

 

 「悪趣味な首輪もしちゃってさ・・・どうしちゃったのよ、バカギンジ・・・!」

 「・・・!」

 「これ以上はやらせないわ!止めなさい!戦闘員!怪人達!」

 

 ミヤコの号令が部屋に響き渡り、戦闘員達が一斉にカエデに群がる。

 

 これ以上攻撃される彼を見たくないのと、消した筈の記憶を思い出されては都合が悪い。

 

 「邪魔すんじゃねぇ!!」

 

 藤原の怒号と共に振出される蹴りは、戦闘員を吹き飛ばし、そこに続いてレンがビーム剣を振り回し、竜巻を展開させる。

 

 「若者達の・・・邪魔はさせないぞ!」

 

 涙声で叫ぶミドリコの声と共に、どこからかグレネードガンを取り出し、戦闘員とハーフムーンの二人を爆掃していく。

 

 「くっふっふ、そんなモノ・・・怪人には効きませんよ!」

 

 剣士の怪人の凶刃が爆風を斬り裂いて、カエデの背後に回る。

 

 「カエデの邪魔は、させない・・・!」

 「おやおや・・・宮寺さん・・・!」

 

 カエデに迫っていた怪人の剣は、ビームの剣によって阻止される。

 

 その真上では、サキュバスの怪人が唇に指を添えてギンジもろとも攻撃を放とうとする。

 

 「お前も邪魔をするなぁ!!」

 「キャハハ。あんたもまたあーしとヤリたいんだ?」

 「ほざけ・・・!」

 

 対怪人の弾丸を込めたスナイパーライフルを構えて、サキュバスの怪人が睨みを効かせる。

 

 「なんだぁお前」

 「・・・(しょうがないから戦ってやるよのサイン)」

 

 タコ怪人が藤原の肩をこちょこちょとくすぐり、藤原はガンを飛ばす。

 

 (おじさんじゃぁ怪人相手は流石に無理だってー)

 「かかってこいや、タコ野郎!!!」

 

 真紅のジャケットを早脱ぎすると、タコ怪人と藤原が同時にぶつかり合う。

 

 「ブヒ・・・ここまでだな。ヘヴン1・・・」

 

 オーク怪人がギンジの後ろから、重々しい足音を鳴らして近づいてくる。

 

 「・・・このあたしが、わざわざあんたを助けに来たんでしょうが!こんな奴らに敗けて攫われて、さらに洗脳にまで敗けて・・・戻って来ないなら、許さないわよギンジ!」

 

 オーク怪人の手刀がカエデに突きこまれようとした瞬間に、カエデもギンジの顔を思い切り殴る。

 

 「早く戻って来い!佐久間ギンジ!!ギンジーー!」

 

 思い切り力を込めた右手は、ギンジの眉間に当たり、一瞬静寂に包まれる。

 

 そして辺り一帯は、モノクロの様な色に染まり、そして何もかもが混ざりあっていく。

 

 周りには皆居る。レンもミドリコも藤原も、少し後にイロも着いていている。

 

 カエデの目の前にはギンジ、その後ろにはオーク怪人。さらに後方にはドクターミヤコ。

 

 静寂のまま、誰も動かない。

 

 (なに・・・何が起こってるの・・・?)

 

 カエデの姿勢も動かないままだが、このモノクロの空間において思考は動いた。

 

 そのまま、よりギンジの事を強く想う。

 

 (あんたの事、助けに来たんだから・・・だから戻りなさいよ、こっちに・・・)

 

 この気持ちを、こんな形で失いたくない。正義の志だけじゃない、より強い他の感情が色々と、ギンジと混ざり合いたいと、思ってしまう。

 

 (聞こえてるんでしょ・・・ギンジ!)

 

 動かないそのモノクロ空間で、カエデはより深く、強くギンジの心を守りたく、なによりも取り戻したい気持ちで、自分の心の中で、必死に叫び続ける。

 

 やがて視界は黒く染まり、変わりに長いトンネルの様な円型の空間に心が通じていく様な不思議な感覚へといざなわれる。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 地平線の果てまで白く続く床。

 

 床と継ぎ目の見えない青い空。

 

 どこまでも続くその空間。

 

 雲はなく、陽光がどこまでも伸びる。

 

 心地よい風がその場に吹くと、炎と雷が揺れる。

 

 「・・・俺様達の世界に誰か来ているみたいだ」

 「キキキ、まさかオモテの奴、敗けたのか」

 

 片方の男は灰色の肌に、方から突き出たシリンダーの様な器具が身体は異形とも呼べるだろうその身体。

 

 右手にはレールガンの様な砲頭が取り付けられた、普通ならありえない右手。

 

 バーナーの怪人。それはかつて命を落とした怪人。

 

 向かい合わせに座る者は、黒く薄い体毛に、小さな脚と大きな羽。

 

 羽の先には小さな爪と、鱗粉を撒き散らす。

 

 コウモリの怪人。それはかつて仲間と本気で戦い、力を認め破れた怪人。

 

 バーナーの怪人が眩しくない大空を見上げて、コウモリの怪人が果ての無い世界のずっと向こうを見る。

 

 「・・・いいや、敗けたというより・・・無理やり入って来たみたいだ」

 「キキ、それじゃあ、あいつの所まで連れてけばいいのかな?」

 

 バーナーの怪人が、炎を吹き出す。

 

 その炎が渦を巻き、空へと消えると、上空から女の子の悲鳴が聞こえてくる。

 

 「きゃあああああーーー!?」

 

 空から落下する女性の悲鳴は、二人の怪人が見覚えのある少女。

 

 「おやぁ?ヘヴンホワイティネスじゃないか・・・っということは、ギンジに敗けたか、オモテの奴に敗けて、今頃吸収されたのか?」

 

 ふわりとコウモリが浮かび、ヘヴンホワイティネスの少女、神宮カエデを受け止めると、ゆっくりと降りる。

 

 「はっ!?なんでコウモリの怪人が・・・!」

 「初対面ぶりだな、ヘヴンホワイティネス。俺様はバーナーの怪人だ」

 「アモーレの放火魔!?」

 「酷い言われようだ」

 

 白い床に飛び出すと、さっきまでギンジと戦っていた筈のカエデは、新たな増援に警戒して戦闘態勢を取る。

 

 「落ち着いてくれ、俺様達はここでは戦わない」

 

 右の砲頭を下げて敵意が無いことを告げ、コウモリの怪人も戦闘はするつもりもない。

 

 カエデは二人を見ると、警戒心はそのままだが、一旦戦闘の構えを解く。

 

 「ここは何処よ・・・」

 

 警戒をしながらもカエデが聴くと、バーナーの怪人がその質問に答える。

 

 「ここは俺様達の今の住居・・・というよりは」

 「ギンジの中、だね」

 

 コウモリの怪人の言葉にカエデが驚愕する。

 

 「中ぁ!?」

 

 こんな白い床と青空の世界に見えるこの場所が、ギンジの中・・・?

 

 困惑するカエデだが、その様子を可笑しく見えたのか、バーナーの怪人は思わず吹き出す。

 

 「ハハハハハ!」

 「何よ!この放火魔!」

 「いやいや・・・済まない。コウモリも同じ反応をしたことを思い出してな。俺様も理解するまで、そこそこ時間がかかった」

 

 三人がこの場所に立つ事で、コウモリもバーナーもカエデがギンジに吸収された事を理解する。

 

 「来るといい。ギンジに会いたいだろう?」

 「ここにギンジが居るの?」

 「居るとも・・・こっちだ」

 

 バーナーの怪人が歩き出すと、それにコウモリが続き、半歩離れてからカエデもついていく。

 

 どこまでも果ての無い空間に見えるこの場所で、どこにギンジが居ると言うのか。

 

 「あ、あれ?」

 

 ある程度まで進んでから瞬きをしたら、そこは白い小さな部屋。

 

 机と椅子、それからベッド。

 

 「よう。待ってたぜ」

 

 バーナー怪人の案内についてきたカエデの目の前に居たのは、見知った顔のギンジの姿。

 

 態度悪く座る彼の姿に、いつものギンジだと確信し、カエデはギンジに飛びつく。

 

 「このバカ!」

 「うわ!なんだよカエデ!」

 「うるさいこのバカ!バカ!バーカ!」

 

 ポカポカと叩くならば、可愛らしい再会だったかも知れない。まるで力加減をしていないその叩き方は、かなり痛い。

 

 「抱きつきながらブッ叩くって、どーゆー神経なんだよお前・・・」

 「うるさい!」

 

 洗脳によって見たことのないギンジの姿は、見た目は変わらないのに、非常に怖く思えた。

 

 でも今のこのギンジは、間違いなく仲間である佐久間ギンジそのものだった。

 

 「悪かったな・・・色々やらかしちゃって」

 「ホントよ・・・あたしがどんな思いで居たか解る!?もうずぅっと心配してたんだから!」

 

 二人の再会に、バーナーの怪人とコウモリの怪人は部屋を出る。このままここに居ても野暮だと感じたからだろう。

 

 「じゃあさっさと戻るわよ」

 「んー」

 「何よ。まさか戻れないなんて、言うんじゃないんでしょうね」  

 「いや、まさしくその通りなんよね」

 

 腕組みするギンジに、カエデはいつもの様にギンジを煽る。

 

 「自分の中なのに、まったくだらしないわね〜」

 「いやぁ・・・まぁ、そうだな・・・ハハハ」

 

 これには流石にバツが悪く、頭を掻く。

 

 「ああ、でも脱出方法なら解るぜ」

 「ホント?じゃあさっさと教えなさいよ〜」

 

 元気よくコロコロと表情を変えていくカエデは、とても嬉しそうに見えた。きっと見る人が見れば、恋する少女の様に見える。

 

 「外に出たらお願いしたい事があるんですけど・・・」

 「何よ。どうすればいいの?」

 

 ギンジのお願いなら断る事もない。

 

 「外に出たらさ、あの悪趣味な首輪ぶっ壊してくれねぇか?」

 「首輪?ああ、なんか付けてたわね。いいわ、壊してあげる。そすいたらあんたもここから出られるんでしょ?」

 「もちろん。俺を操る進化の怪人と俺の居場所が入れ替わる」

 

 ギンジは洗脳によって、ずっとここに居たもう一人のギンジ、進化の怪人と共生していた。

 

 この心の中で、ギンジという人間への大きな怒りの感情を送っていた存在、それが進化の怪人。

 

 彼というもう一人のギンジが居ることで、佐久間ギンジは怪人として進化し続ける。

 

 より強く、守る為に。

 

 普段は外に出しては行けないその存在を、ギンジは内心居る事をわかっては居たが、外には出さなかった。この世界において、自分が居なくなるような気がして怖かったからだ。

 

 「だから、頼む、カエデ。俺は、またお前らの仲間として、ヘヴンホワイティネスの運命や未来を守りたいんだ」

 

 ギンジの真摯な言葉に、カエデは胸がときめく。今まで見たことのないギンジの言葉に、カエデは今ギンジに対する想いを自覚出来た。

 

 「任せなさい!全部、全部やってあげるわ!」

 「ありがてぇ・・・!首輪をぶっ壊したら、直ぐに戻ってきてやるからよ・・・」

 

 ギンジは少しだけだが照れながら、カエデと拳をぶつける。

 

 「その、ごめんな。そんで、ありがとう、カエデ」

 「・・・気にしないで、ギンジ。今度こそ一緒に家に帰るわよ。ハンバーグ、食べるでしょ」

 「おう!」

 

 神宮カエデと佐久間ギンジ。彼らもまた相性が最高のモノへと近づいていた。

 

 カエデがなんでも良い、その辺の扉を開けると、再びモノクロの色になる。

 

 瞬きをするようなその瞬間、またギンジの眉間を殴っていたあの場所へと戻ってくる。

 

 今この瞬間、動けるのはカエデ一人。

 

 (この首輪を壊せばいいのよね)

 

 今こそ、ギンジの願いを聞き入れる時。

 

 ならば・・・この手を伸ばして、ギンジを助ける。

 

 (絶対に、こんな奴らに・・・あたしの仲間を、あたしが好きな人を・・・渡すもんか!)

 

 首輪に手をかけて、ギアを回転させる。

 

 湧き上がる力を元に、悪趣味な首輪を破壊する。

 

 それと同時にモノクロの世界は、再び元に戻り、全員に色が戻る。

 

 「これで終わりだ、ヘヴンホワイティネス・・・!」

 「終わるのは、テメぇらだ!!!」

 

 ギンジの真後ろで手刀を振り上げるオーク怪人へ、蹴り上げを顎にかち当てると、オーク怪人の身体が浮き上がる。

 

 「我流!」

 「必殺!」

 

 『ヘヴンリー・インパクト!!』

 

 ギンジとカエデの必殺技を、浮いたオーク怪人のど真ん中に打ち込む。

 

 「ブヒぃぃ!?何が起こった???!」

 

 吹き飛ばされるも、その巨体に見合わず軽やかな動きで、ミヤコの目の前に戻る。

 

 (未来が見えなかった。何が起こったんだ・・・)

 

 僅かな痛みに身体を抑えながらも、オーク怪人は一つだけわかった事実を受け入れる。

 

 (戻ってこれたのか・・・ギンジ・・・)

 

 ニヤリと表情を造り、オーク怪人はギンジと対峙する。

 

 「くふ、くふふふ・・・いったいなにが・・・わ、わた、わたしの研究は、洗脳は・・・」

 「ドクター・・・大丈夫です。貴女のご判断には必ず従います。ご心配なきよう」

 

 錯乱し始めるミヤコに、オーク怪人はかばうようにギンジの前に立ちはだかる。

 

 「ギンジ!」

 「おかえり・・・!」

 「グラサン坊主ーー!助けてくれーー」

 

 ミドリコも、レンも、藤原も、そして遠くで戦況を眺めているイロも、佐久間ギンジの復活に喜びの方が勝つ。

 

 「かかって来いよ、豚野郎!」

 「あまり調子には乗らない事だ・・・一流の戦士として、ここでお前を討つ!」

 

 ギンジ、カエデ、レン、ミドリコ、藤原vsオーク、剣士、サキュバス、タコ、ミヤコ。

 

 ヘヴンホワイティネスvsヘルブラッククロスの最初の決戦が始まる。

 

 大幹部戦・・・開幕。

 

 

続く 

 

 

  

 

 




この物語はいったいどこまで風呂敷が広がるのか・・・?

無理やり展開もあるし、そしてとか多いし、表情がとか多いし、多いしが多いし・・・

小説として破綻しているかもしれませんが、どうかお楽しみいただければと思います。

感想お待ちしております、面白くなかったらごめんね☆

キャラネタ書きます

進化の怪人/佐久間ギンジ
ギンジが怒り狂った時に現れた【何か】の正体。ギンジの心に住まう怪人の為、正確は本体のギンジに似たり寄ったり。怪人の特性なのか、ドクターには絶対の忠義を尽くしている。

神宮カエデ
ギンジの事を好きな人認定にまであげたそうです。

宮寺レン
新しい必殺技を発動。相手は死ぬ。

藤原さん
戦い慣れしてるってレベルじゃない公安のおじさん。
趣味・セクハラ、鼻ほじ
ギンジ「よく警察やれてんなこの人」

山吹イロ
22歳で色々な所とパイプを持つ、スゴイ人。物語序盤に書いてあった、一部の公安というのは彼女が代表。

実はショタコンなのはトップシークレット。

それではまた次回!
次回はレンが主役ぞ!レンちゃんファンは喜べ!(居るのだろうか、ファン)




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21・ビーム剣術vs怪人剣術

こんにちはアトラクションです
今回は宮寺レンというメインヒロインではない彼女がメイン回ですぞおおうおおお

それではどうぞ


 

 ギンジの救出。

 

 今の目的を果たしたであろう、カエデがギンジと共に攻撃をあのオーク怪人に命中させた。

 

 場が騒然とする中、大きなコンサートホールでは、剣士の怪人が椅子を斬り崩し、レンはビーム剣を片手に、剣士の怪人と激突する。

 

 以前戦ったから解る。この怪人の強さは、オーク怪人に匹敵するほどの強さが有るということを。

 

 「以前よりは強くなられたようですね?」

 「当然・・・!」

 

 お互いの刃が擦れて鍔に重なり、レンの手元へと刃が滑り落ちるも、のけぞる体制から身を捻り、今度はレンが剣士の手元へとビーム剣を滑らせる。

 

 「はっ」

 

 息を吐いて、体重を乗せたビーム剣の体当たりに、剣士の怪人が押される。

 

 「わたくしとしては、ギンジさんを取り戻した、あの人と戦いたいのですが・・・それは許してくれなさそうですね」

 「当たり前。私はお前を倒す。絶対に乗り越えてみせる」

 

 かつての戦いでは、カエデもレンも一人ではほぼ歯が立たなかった強敵だが、今は違う。

 

 今はレンだけでも、この怪人を乗り越える強さと自信を持って、戦いに挑んだ。

 

 仲間を助けると決めた時から、ケイタと誓った時から、カエデを傷つけられた時から、必ずこの怪人とは決着をつけるつもりでいた。

 

 「カエデの邪魔はさせない・・・ッ!」

 

 カエデとギンジを背に、レンはビーム剣を長剣へと展開させて、その切先を剣士の怪人へと向ける。

 

 必ず勝つという覚悟。それをビーム剣の中に見た剣士の怪人は、レンの姿勢を汲み取る事にする。

 

 「名乗りをあげさせて頂いても?」

 

 一瞬敵意を消し、怪人剣を綺麗な動作で鞘にしまうと、剣士の怪人は腕を前に振り上げて一礼。

 

 「私の相手をするなら・・・お好きに」

 「では・・・」

 

 剣を引き抜き、手元でくるりと回転させる。

 

 「わたくしの名は、剣士の怪人!」

 

 右手に持った剣を天に向け、ラウンドシールドを左側へと振り抜き、刃の切先をレンに向ける。

 

 「ヘルブラッククロス1の・・・剣士!」

 

 力強く振り下ろした剣と奇妙なポーズ。胸が揺れる事も、肌を露出する事もいとわないその名乗り向上に、思わずレンはかっこいいとさえ思ってしまう。

 

 だが今は敵同士。敵として対峙したからには、お互い引くつもりは無い。

 

 「満足?」

 「ええ・・・!」

 

 レンの低くつぶやいたその声に、剣士の怪人は左の指先をレンに向けてウィンク。

 

 「行きますよ・・・宮寺さん。いや、ヘヴンホワイティネス!」

 「なら、私が相手する。せいぜい油断しない事」

 「それは貴女もですよ!」

 

 「ビーム剣術──」「怪人剣術──」

 

 『イース・トゥルバレンツ!』

 

 剣士の怪人からは赤と黒の斬撃が迸り、レンからは青と白の斬撃が迸る。お互いの必殺技の激突は弾ける刃となり、辺りに拡散していく。

 

 「どわわあああ!おい、クール少女!おじさんを死なす気か!?」

 「んもー!剣士ちゃんちょー痛いんですけど!」

 

 タコの怪人と激突する藤原へ、ミドリコと対峙するサキュバスへと刃が弾かれ、敵味方に被害が及ぶが、二人は全く気にしない。

 

 レンも剣士も、別で戦う仲間の事を信じているから。

 

 「怪人剣術・ヘル・トランプル!」

 

 剣を地面に突き刺し、赤と黒の竜巻を発生させ、その斬撃の竜巻がレンの身体を飲み込む。

 

 「たつ、まきなら・・・私も・・・!」

 

 四方八方から来る斬撃に、防御の体制を取るしか無いレンへと、剣士の怪人の凶刃が突き出される。

 

 「怪人剣術・ヘル・ストリーク!」

 

 竜巻の中に自らも突入し、その凶刃はレンのスーツに命中する。

 

 少し前のレンならば実体に届き、その身体は貫かれたかもしれない。いまは鋭い一点へのダメージがレンの身体を後方へと突き飛ばして、竜巻を割る。

 

 「くぅ・・・」

 「こんなモノでは無いでしょう!」

 「当然」

 

 このまま二度三度と攻撃を貰うと、カエデとギンジに届いてしまう。

 

 ここで剣士の怪人を止めると決めたのだから、これ以上の後退はしていけない。

 

 それが例えどんなに怖くても、親友と仲間、そして恋人の為に、未来に残してきた家族の為にレンが決意した事だから・・・。

 

 「ビーム剣術・牙(ファング)」

 

 ビーム剣が大口の様に上下に開き、剣士の怪人へと繰り出し、牙の一つひとつが、ビキニアーマーの女へと喰らいつく。

 

 「ガジガジと噛み付くだけではないんでしょうね・・・?」

  

 未だ余裕な表情を保つこの怪人へ、レンの新たな武器の展開が行われる。

 

 「複合ビーム武器・牙+カノン砲」

 

 牙の形状、喉に相当する部分はレンのビーム剣の柄に位置し、そこから光が集束していく。

 

 「燃えろぉ!光線撃!」

 

 熱線が解き放たれ、小規模な光線撃が牙の外側へと発射される。

 

 レンの新たな戦略と新たな武器の展開の数々に、剣士の怪人は心の底からの笑顔を見せ、その熱線をモロに直撃させられる。

 

 「これは強力ですね・・・」

 

 光線撃による攻撃が剣士の怪人の胴体を焼くが、それを何事も無いように振る舞うと、ラウンドシールドを構えて再度突撃の姿勢を取る。

 

 「まだ終わりじゃない・・・よね?」

 

 まともな攻撃が命中した事で、レンは誇らしげに笑みを浮かべて、剣士の怪人へとビーム剣を構える。

 

 「これでは遊び程度でしょう?宮寺さん」

 「なら、遊び疲れないようにね」

 「楽しいですよ。こういう遊びは」

 

 二人が同時に駆け出し、お互いの剣が何度もぶつかる。レンと剣士の怪人のお互い一歩も譲らない怒涛の攻撃の数々に、火花が舞い、刃が擦れ、金属の衝突する甲高い音が絶えず鳴り続ける。

 

 「ビーム剣・デュアル」

 

 左手で扱うだけでは無く、右手にも同じビーム剣を装備させる。同じ速度で振り回す二本のビーム剣に対して、剣士の怪人もラウンドシールドを操り始め、両腕を使う激しい攻防。

 

 「ビーム剣術・デュアル・エリミネイト・・・」

 

 新しい技を披露し、速度が上昇していく。ラウンドシールドという名の絶対防壁をなんとかして打ち破らなければ、この怪人との戦いには勝てない。

 

 それは以前学校で戦った時に、レンがよく理解した。

 

 右の1振りが、二本の剣線となり弧を描くと、とてつもない硬度のシールドに防がれる。

 

 「まだ、まだ・・・!」

 

 続く左の1振りは、剣士の怪人の盾に傷をつける。

 

 (速い!)

 

 剣士の怪人が驚く速さに、レンはどんどん速度を上昇させて攻撃を繰り返す。

 

 「くっふっふ・・・とても面白いですよ、貴女は・・・!」

 

 強敵と認めたワンランク上の敵性存在。それとこうして戦える事を、剣士の怪人はとても嬉しかった。

 

 敵として出会わなかったら、きっと良き修行相手にだってなれたかもしれない。

 

 「怪人剣術・シャトルフヴィント!」

 

 剣術奥義を唱えると、レンの剣の猛攻から、飛び去って距離を作ると、剣、シールド、マントを三方向に広げてトンと軽く跳躍。その後に回転を行うと、追いかけてきたレンに横薙ぎの刃が襲い来る。

 

 剣士の怪人の代名詞、回転斬り。

 

 この大技を避ければきっと後ろで戦う仲間達に、甚大な被害が及ぶのは間違いない。

 

 「させない・・・!」

 

 あの恐ろしい破壊力を秘めた大技を、止められる武器を何か考える。

 

 そしてできれば、自分にもダメージが少ないモノを考える。

 

 「止められますか!!止められなければ、ここが貴女の墓場ですよ!」

 

 雄叫びにも近い怪人の叫びに、レンは逃げずにビームの武器を構える。

 

 「これなら・・・止められる!」

 「ほう・・・考えましたね!」

 

 剣が破壊を乗せて、レンの武器と衝突する。強烈で甲高い音が鳴ると、一瞬の静寂の後に、暴風と言うのが正しい、剣の圧が吹き荒れる。

 

 「なるほど。点では無く、面ですか」

 「これなら、お前の攻撃を、止められる。そう思ったから」

 

 怪人剣を止めたのは、レンの新しい形状の武器。

 

 四角く、角張ったその武器の姿を見て、剣士の怪人はレンの成長と起点に感動する。

 

 ハンマー。長い棒に、先端部分は両方向に面となる、打撃の重点となる箇所にはトゲが9本取り付けられた、ビームハンマー。

 

  今までの剣タイプや、ヤリの様な牙でも止められない、全く新しい形状。

 

 「重いのでは?」

 

 見た目通りの重さを誇るビームハンマーを、腰を深く落として、両手で肩に担ぎ上げるレンを見て、それでも戦う目付きは、必ず勝つという意思を失ってはいない。

 

 「大丈夫・・・意外と軽いの、コレ。貴女の剣術と同じぐらい、ね」

 「あまり調子には乗らないことですよ・・・」

 

 本当はかなり重いが、それでいい。

 

 この戦いにおいてレンに足りないのは、意思とか戦術とかではない。

 

 剣士の怪人の防御を打ち崩す、カエデにもギンジにもミドリコにも出せない、瞬間的な力。

 

 「自信があるなら、受けてみる?」

 「ご冗談を・・・さて、時間もかかっていることですし、そろそろ幕引きと行きましょう」

 

 怪人剣を両手で持ち直し、再び回転斬りを放つ。

 

 「これで終わりとしましょう。お別れです」

 「ぬぅぁああ・・・・・・・」

 

 自分の精一杯の力で、身体が限界だと悲鳴をあげても、カエデの為に、ミドリコの為に、ケイタの為に、平和の為に、未来の家族の為に、レンは全力で持ち上げる。

 

 「このわたくしに速度を捨てれば、勝ち目は無いですよ!」

 「貴女に勝つために、速度は捨てた。これで貴女に勝つ」

 「世迷言を!」

 

 せっかく楽しくなってきたのに、レンの言葉で本来の目的の為に戦う事を思い出す。

 

 ドクターの為でもあるこの戦い、自分が敗けては意味がない。

 

 勝つと言うのであれば、レンの覚悟がどれほどか、試しに見てみたさもあった。

 

 速度を捨てた力に極振りしたその武器で、この怪人を倒せるのか。

 

 興味は尽きないが、どちらにせよ勝つのは自分だと、二人の女性は自信と自身を持って決めにかかる。

 

 持ち上げる力の限界を超えて、自分を中心にハンマーを回転させる。

 

 回転の打撃と回転の斬撃。

 

 (あの重さでは、わたくしの速度には着いて来れまい)

 

 事実剣士の怪人の刃はレンの攻撃より早く、かつてはカエデとレンに大きなダメージを負わせたこの攻撃。

 

 「取った!」

 

 回転斬りはレンの身体に深く当たり、実体にまで届く。

 

 「ぐっ・・・ああああ!」

 

 しかしハンマーは勢いを落とさず、剣士の怪人へと重撃は横から振り出される。 

  

 「そんな攻撃・・・」

 

 血しぶきをあげてなおも止まらないその攻撃に、剣士の怪人は盾で防ごうと防御体制に入る。

 

 「これで・・・届いて!」

 

 ハンマーがラウンドシールドとぶつかり、再び暴風が巻き上がる。その打撃と重く、力強い音はラウンドシールドで防ぎ切れるモノではなく、レンの限界を超えた捨て身の力により、防御ごと剣士の怪人の腕を叩き砕く。

 

 「くっふっふ・・・侮る、とはこういう事ですね」

 「腕、折れたでしょ」

 「貴女もスーツ、使い物にならないでしょう?」

 

 折れた左腕と盾。

 

 防御能力を大幅に低下したスーツでも、レンはまだ諦めていない。

 

 「これで、決着をつける」

 「本当の最終ラウンドですね・・・」

 

 剣士の怪人は右手の剣を構え、レンも左手のビームハンマーから、ビーム剣に戻し、構え直す。

 

 剣の腕での勝負ならば間違いなく剣士の怪人に軍配が上がる。

 

 だが今の二人の腕ならば、勝負は見えなくなる。

 

 「ビーム剣術」「怪人剣術」

 

 未来で培った剣術、産まれて間もなく知識として与えられた剣術。

 

 『ハアアアアア!!!』

 

 右からの横薙ぎ抜剣。

 

 大上段に構えたビーム剣の振り下ろし。

 

 お互いが飛び出してすり抜けるかの如く、二つ剣が身体を抜けて交差する。

 

 「がはっ・・・」

 

 膝をついて倒れたのはレン。

 

 スーツを斬り裂かれ、至る所から生々しい血液を流す。

 

 「・・・覚悟を感じましたよ・・・宮寺さん・・・」

 

 剣士の怪人の視界が縦半分にズレる。

 

 「言ったでしょ・・・貴女を相手に、速度は捨てたって・・・」

 

 一刀両断。

 

 文字通りのその剣の腕に、剣士の怪人は自分のプライドと同等の剣ではなく、身体そのものを真っ二つに、寸分違う事無く、斬られた。

 

 時間をかけても捨て身にしても、レンの言った速度を捨て、自分の力だけで剣士の怪人との一騎打ちに勝利した。

 

 「ここまで強くなっていたとは・・・くっふっふ・・・最期に頼みを聴いても?」

 「?」

 

 よろよろと立ち上がりながらレンは、剣士の怪人に近寄る。

 

 「わたくしの・・・名前を、教えてくださ、い、ま、す、か・・・?」 

 

 どんどん生気を失う彼女に、レンは覚悟を受け取る。

 

 「あなたの名前は・・・剣士の怪人。ヘルブラッククロス1の・・・いや、私が戦った最高の剣士・・・」

 「ありがとう」

 

 身体が横に広がり、半分こになり、最期は砂となって霧散していった。

 

 最期だと言うのに、消えるその時まで剣士の怪人は悲しむ事無く、死んだ。

 

 レンが無意識に行っていたのは、残った怪人剣をそこに突き立て、供養した。

 

 かつてギンジが言っていた、バーナーの怪人の事を思い出す。

 

 友達として触れ合ったにはあまりにも短い時間だったが、それでも友と認識していた、と。

 

 友達ではないにしても、レンは自分と同じぐらいの大きな覚悟を持った、その怪人の持っていた大きな覚悟に、未来流の供養によって手を合わせると、戦況を眺めに後ろを振り向いた。

 

続く 

 

 

 




お疲れ様です

剣と剣がぶつかる話とか、いつか書きたいなと思って今回ようやく出せました。
でも剣士の怪人退場はもったいなかったかな・・・?

キャラネタ書きます
宮寺レン
ビーム剣、ビーム長剣、牙、ダブル、デュアル、ハンマーと武器の形状を色々変えられる。
強い覚悟に敗けないぐらい強い覚悟を持って強敵を乗り越えた

剣士の怪人
戦う事に自信を持って全力で挑んだ。
この戦いがとても楽しく、敗けた事を悟った時は、潔く身を引いた。
決して負けるつもりではなく、絶対に勝てると信じていた。

次回はカエデメイン回!
神宮カエデのファンは喜べぇえええ!
それでは、また次回


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22・正義の衝撃vs悪の吸盤

こんにちはアトラクションです
今回はカエデメイン回!

頑張る女の子っていいよね。

それではどうぞ


 

 ヘヴンホワイティネスの襲撃。

 

 普段とは違う、本来であればヘルブラッククロスが行う筈の襲撃作戦を、今回は逆に襲撃され返された。

 

 敵の目的は佐久間ギンジの救出、及び撤退、と誰もがそう思っていた。いつも思うのはヘヴンホワイティネスとの戦いは予想通り行かない、現実を見させられる。

 

 「ブヒ・・・なんという事だ」

 

 オーク怪人の攻撃の手が止まる。その視線の先には、ギンジとカエデの二人。

 

 そこから先、つまり彼ら二人の背後に、剣士の怪人が敗れるのを目撃し、オーク怪人はその事実を受け入れられず、ただ驚愕する。

 

 「へぇ、やるじゃん!」

 「流石ね!レン!」

 

 ギンジとカエデの二人が後ろを向くと、変身の解けたレンが手を上げる。

 

 ─私は勝てた。次はあなた達が、勝つ番だよ。

 

 そう言われている気がした。

 

 「へへへ、これは敗けられねぇな、カエデ!」

 「当たり前よ!」

 

 オーク怪人は目の前の二人よりも、剣士の怪人の撃破によるドクターミヤコの精神状態が気にかかっていた。

 

 「ぐぅぅうう〜・・・!」

 

 悔し涙を浮かべているのか、歯をギリギリと噛み潰すようなうめき声に、いよいよ戦闘よりもミヤコの方が気になる。

 

 「貴様だけでもここで倒す・・・!」

 

 オーク怪人の思惑としてはギンジを連れ戻し、次こそミヤコにあてがう。それで彼女の精神の安寧は訪れ、ヘルブラッククロスの平和が手に入る。

 

 「やってみなさいよ。チャーシューにしてあげるわ」

 「ブヒ、それは褒め言葉だ。再戦と行こうか、ギンジ、ヘヴン1!」

 

 身構えるオーク怪人の覇気に、本気であることを肌で感じ取るが、ギンジの視線は別の方に動いていた。それを確認したギンジは戦況を確認し直す。

 

 (ミドリコはまだ戦ってるな・・・レンはもう戦え無さそうだし、なんか後ろに誰か居るけどアレは仲間か?うーん・・・)

 

 サキュバスの怪人の上空からの攻撃に銃で応戦するミドリコ、酷い怪我を負って戦えないレンを見て、次は藤原を見る。

 

 触手に巻き上げられ、四肢を抑え込まれボコボコにされている。

 

 「カエデ、悪い!」

 「何よ?」

 

 ギンジがカエデの腕を引っ張り、持ち上げる。

 

 「え?ちょ、なんなのよ!」

 「あのおっさんを助けろ!」

  

 タコ怪人の暴れる場所まで、思い切り投げ飛ばす。

 

 「頼む!タコを止めてくれ!」

 「ちょっ、ギンジ、バカぁああ!」

 

 カエデも本当はギンジと肩を並べて共に戦いたかったのだが、そんなワガママは言ってられない。

 

 ギンジに飛ばされタコ怪人を捉えると、空中で回りながら体制を整えてから右足を突き出し、タコ怪人の頭部を貫かんと、蹴りつける。

 

 蹴り飛ばされて拘束が緩まると、藤原が硬い地面に落ちる。

 

 「いやぁ、助かったぜ・・・アレ、おじさんじゃ無理だって」

 「そのワリには余裕?藤原さんは回収しておく、頼むよ、神宮さん?」

 

 藤原が顔にアザを作り、痛みに対して気だるげな感想を述べると、イロが回収に入り、藤原を戦線から離脱させる。

 

 「あとはあたしに任せて!」

 

 カエデが藤原とイロの離れる所を横目に確認すると、一瞬ギンジを見て、再び視線を正面、タコ怪人の飛ばされた所を見る。

 

 (ギンジが言うならしょうがないわね。このあたしを投げ飛ばした事も含めて後でぶっ飛ばしておこう)

 

 脳内で物騒な事を考えると、ガントレットのギアを回転させて、戦闘態勢の構えを作る。

 

 タコ怪人はと言うと、奥の機材を破壊して煙を振り払い、立ち上がり様にカエデを視界に捉える。

 

 八本の触手を広げて、カエデに立ち向かう。

 

 「・・・(本気で来いのサイン)」

 「上等よ。正義のヒーローが相手してあげるわ」

 

 カエデの戦う場所から少し離れた所では再びギンジとオーク怪人が拳をぶつけている。

 

 「本当に、敗けられないわ」

 

 先程ギンジの言った言葉に同調する様に、迫りくるタコの触手に衝撃の拳を飛ばして戦闘が始まる。

 

 「行くわよバカタコ!」

 

 触手が弾かれても何度もこちらに返ってくる。一本の威力が大きく、避けて地面に当たる度に、硬いコンサートホールのタイルが抉れて、剥がれていく。

 

 何本も迫り来るその触手を避け続け、どうしても避けられないモノはガントレットの衝撃で弾き飛ばす。

 

 吸盤に吸い付かれれば、その瞬間で戦闘が終わる。かつての戦いでそれを理解しているカエデは、絶対に捕まらない様に身体を動かしては弾きを繰り返し、なんとかしてタコ怪人への接近を試みる。

 

 「邪魔なのよ、この触手!」

 

 一本の触手の吸盤の無い部分を掴み、力任せに自分の下へと引き寄せようとギアの回転が速くなる。

 

 「・・・(接近戦でもこっちが強いのサイン)」

 「だったら小細工無しでかかって来なさいよ!」

 

 カエデよりも大きく巨大なタコに、普通であればこの後はカエデが負ける・・・様に見えてしまうが、この場に居るのはただのご令嬢ではなく、正義の為に戦うご令嬢。

 

 最早体格差なんてよく有ることで、そんな事でいちいちビビっていられない。なによりも怖い事なんて、戦いによって死にかけ、仲間を奪われたカエデにはもう無いも同然。

 

 死にかけても生きているし、奪われてもこうやって共に戦ってくれているギンジを取り戻したから。

 

 今のカエデに恐れるモノなんて何もない。ヘヴンスーツもその気合に応えているのか、いつもより腕や脚、身体に染み渡る力がいつもより大きく感じた。

 

 接近?という無理やりなモノに成功したカエデは、両手のギアの回転を更に加速させて、手が熱くなる。熱を帯びて赤く染まるガントレットを連続で突き出し、交互に右左と、順番に叩き込む。

 

 「必殺!ドライヴ・レイザー!」

 

 タコ怪人も触手を2本防御に回し、残りの6本の触手をラッシュ攻撃に合わせて叩き込む。

 

 腕が二本の人間と、腕が8本あるタコとでは、そもそもの攻撃の手数で押される。

 

 「ううぅ・・・おりゃあああ」

 

 それでも手数に敗けじと、腕を何度も交互に出し続ける。6本の触手による攻撃を弾き、わずかな隙を狙って本体を守る防御の触手へと攻撃を当てる。

 

 最初は互角の攻防だったが、次第にカエデが劣勢に成り変わる。いくらスーツによって身体能力が向上しているとは言え、攻撃の為に動き続けるのには限界がある。

 

 タコの怪人は腕2本だけをカエデの攻撃への相殺とし、残り4本は直接カエデへとダメージを与える事が出来て、かつ余剰の2本は自分の防衛と、抜かり無い。

 

 付け加えれば体力も人間を遥かに超えている為、ますますカエデが不利になる条件が整っていく。

 

 「・・・(お前を人質にギンジを脅してやるのサイン)」

 「・・・んぬぁにをお!?」

 

 息切れをお越し、攻撃の手が緩み始めるこのタイミングで、タコ怪人の卑劣な物言いに、冷静さを失う。

 

 一瞬の限界を迎えると、カエデの攻撃が終わり、呼吸を整えるために一度離れようと、後退する。しかしそれを見逃さず、今度は逆にタコ怪人が守りをやめて8本全部で、カエデを追い込む。

 

 呼吸を整える事もままならず、4本を纏めたドリルみたいな触手攻撃に、カエデが思い切り殴られる。

 

 「きゃああ」

 

 さらにもう半分の触手を纏め、太くねじれた触手を、左右から挟み込み、カエデを叩き潰す。

 

 「ぐふぁぁ!」

 

 その強烈な打撃を貰い、カエデは倒れる。

 

 その倒れた華奢な身体の少女へ、さらにねじれた触手を何度も振り下ろし、煙が舞い上がり、タイルの破片が辺りに飛び散る。

 

 「・・・」

 

 タコ怪人が笑っているのか、獲物を触手で絡めとると、カエデは打撃にやられてダランと逆さまに釣り上げられる。

 

 墨でも吐いて、もっといじめてやろうか?

 

 そう言っているのか、どこか笑みを感じるその顔と瞳に、カエデは自慢の笑顔で復活する。

 

 「あんたの攻撃なんてこれっぽっちも痛くないわ!」

 

 本当はダメージは大きいが、こんな事で弱音を吐いていられない。

 

 すぐさまこの状況を脱出する為に、次なる大技を決めるために、逆さまのまま右手を前に突き出して、左手で右腕を抑える。

 

 開いた掌は、タコ怪人の眉間と思わしき場所に狙いを定められており、思わずこの後起こりうる状況を察したタコ怪人の眼がギョッと細まる。

 

 向けられた掌には赤白いエネルギーが溜まり、五本の指に絡まり手袋の様に手首まで伸びていく。

 

 そこまで伸びたエネルギーを視認して、カエデはギアの回転させて掌から拳を作る。強く、硬く、仲間を助け、悪を滅ぼす正義の拳を。

 

 「行くわよ・・・必殺・・・!」

 「・・・!」

 

 タコ怪人の頭部めがけたその技は、赤白い拳の形となって正義の衝撃が発動される。

 

 吸盤で身体を締め付けられたり、身体の一部が真空となってスーツの奥の実体にでもしばらく跡が残りそうな吸い付きに、痛みが走るものの、その必殺技は途中で終わることはない。

 

 「チャージング・バスターフィスト!!!」

 

 放たれた衝撃の拳は、タコ怪人に拳の跡を焼印の如くつけて、明らかな大ダメージを与えることに成功する。

 

 倒れる直前で墨を吐き出し、カエデに目暗ましを行う。その眼暗ましを前に警戒の姿勢を見せるカエデだが、墨の壁の向こう側から触手が何本も伸びてカエデに襲いかかる。

 

 「どうせ見えてないなら避けなくてもいいわ、そんな触手」

 

 触手はカエデに当たらず、空を切る。

 

 もちろん全弾命中しないわけも無く、カエデの顔や、胴体、脚などに触手が伸びてくるがそれらは、普通に見てから簡単に避けられる。

 

 「これで片付けるわよ!」

 

 墨の壁をガントレットで払い飛ばすと、墨の向こう側で佇むタコ怪人へとカエデは赤白いエネルギーを両手に込めて、タコ怪人の触手の猛攻を避け続ける。

 

 また距離を離されてしまったが、今度こそこっちから突撃する。

 

 上空からの3本の攻撃を、軽い身のこなしで避け、足払いに飛んで来た1本の触手を踏みつけて飛び越えると、2本の触手の吸盤をカエデに向けるも、空中でカッターの様に鋭い蹴りを炸裂させて触手を弾き落とすと、着地して走り出す。

 

 両手の拳のエネルギーは100%まで溜まり、最期の2本の触手が飛んでくる。伸びた他の触手が牢屋の様にカエデを囲み、もう逃げられない。

 

 「・・・(ギンジや世界、お前の親、家族への交渉材料に使ってるのサイン)」

 「いちいち卑劣なのよ!このバカタコ!!」

 

 タコ怪人のカエデを捕えてからの利用方法は、他人への弱みに漬け込んだ、いかにも悪の組織が行いそうなモノで、それがますますカエデをヒートアップさせる。

 

 こんな怪人に今まで攫われてひどい目に合わされた一般市民はどれほど居るのだろうか。

 

 それを考えただけでも、このヘルブラッククロスという組織と、タコ怪人の言動に、正義の志が燃え上がる。

 

 「邪魔よ!」

 

 前方に迫る2本の触手が、カエデの左手のエネルギーによって、叩き弾かれていき、それと同時にカエデの左手のエネルギーが消滅する。

 

 伸び切った触手を戻そうとしても、もう遅い。

 

 「必殺!」

 

 タコ怪人の顔面まで迫った。後はもう何もいらない。この怪人を絶対に倒す。

 

 「バスターフィスト・・・」

 

 呼吸を整え、大きく息を吸い込む。

 

 右拳を叩き込み、息が続く限り、目一杯片手でのラッシュをタコ怪人にぶつけていく。

 

 至る所に拳の跡を作り、タコ怪人に強攻撃が降り注ぐ。

 

 「倒れろォォォオ!!!」

 

 卑劣な巨悪に、女性の怒りの鉄拳が何度も命中して、さらに有無を言わさない連続殴打。

 

 「・・・!?」

 

 全身に走る痛みに苦悶を浮かべ、タコ怪人はいよいよ、身体にヒビが入り始める。身体がその痛みに対する許容を超えてきた。

 

 「ハァハァ・・・これで本当に終わらせるわよ!」

 

 8本の触手を戻し、カエデをめがけて掴みとろうとするも、衝撃の力を今出せる最大まで放出して、ヒビ割れた触手を全て破裂させる。

 

 「!?!???」

 

 ついにまともに戦う為の武器をなくしたタコ怪人は、それでも墨を吐き出そうと、カエデに口を向けるも、その口に向けてカエデが両手を後ろに構えて、ギアが再び回る。

 

 「必殺・・・メガトン・インパクトォ!!」

 

 タコ怪人の胴体に深くめり込む、カエデの両掌。

 

 有姪海岸で戦った時も、それ以前での戦いでも、カエデはずっとこの技でタコ怪人を倒して来た。

 

 今回もその自慢の技でタコ怪人をにトドメを刺す。今度、は無い。今回で最後のタコ怪人との戦い。

 

 「・・・ネサミラ・・・ェカウイスオム・・・」

 

 奇妙な呪文か、最後の言葉を悲しみと、誰かに向けた申し訳無さを込めて、タコ怪人は爆発して辺りに肉片を撒き散らして、その生命に終わりを告げた。

 

 「・・・やっぱしんどいわ。体中痛いし・・・」

 

 肩で呼吸しながら、カエデはその場に座り込む。

 

 「おつかれ、カエデ」

 「あら、ありがと、レン」

 

 疲れたカエデの肩に、同じ様に疲れた顔のレンが手を置く。

 

 残りはギンジとオーク怪人、ミドリコとサキュバスの怪人。

 

 ヘヴンホワイティネスの二人は、この戦いに勝利した。

 

 「よくやるなぁ、お前ら・・・おじさん結構ドキドキしたぜ」

 「えっへっへ・・・あたし達はもう絶対敗けないわ」

 「同意。私達なら、きっとどんな相手にも勝てる」

 「希望が見えたね?とにかく、今は少しでも休んで?」

 

 カエデ、レン、イロ、藤原が、ギンジとミドリコに声援を送る為に、戦況を見渡す。

 

 この勝負、ミドリコが敗けても、ギンジが敗けても、ヘヴンホワイティネスの敗けになる非常に厳しい戦い。

 

 しかし、カエデは二人を・・・特にギンジをその目で見ると、根拠は無いが、この戦いへの勝利を確信し、後の戦闘を任せるのであった。

 

 

 

 

続く  

 

 

 

 




お疲れ様です。

今回の戦闘においてもヘヴンホワイティネスが勝ちました、勝たせました。

剣士、タコと退場しましたが、安心してください!まだ怪人は居ますよ!

キャラネタ書きます

神宮カエデ
悪の組織の行う、誰かの弱みにつけ込む言動や、その手段は人として許せない性分。新しい必殺技を持って、タコ怪人を殴り倒しました。

タコ怪人
最後に喋った言葉は、とある法則で並び替えると答えが出てきます。
正直タコ怪人はカエデには勝てない。
カエデ、レン、ギンジには勝てず、ミドリコ、藤原には勝てる。そんなレベル

タコ怪人の言葉の謎はこの音楽堂の戦いが終わったら答えが出ます。後書きで。

次回は武装形態甘白ミドリコがメイン回!
公安のファンの皆は喜びに震えてお待ちを!

それではまた次回



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23・遠距離現代武器vs遠距離怪人妙技

おはようございます、甘白ミドリコの夫のアトラクションです。

すいません大嘘つきました、アトラクションです。

今回は甘白ミドリコのメイン回!

毎日夜明けまで書いている故に、眠いぞ!
でも頑張って書けた感はある。あるんだけど、これで大丈夫かなという不安もある。
もしかし勢いというのは大切だし、勢いだけで生きてきたので、大丈夫でしょう!
それではどうぞ


 

 音楽堂での戦いに、いよいよ決着が近づいていた。

 

 気がつけば辺りの損傷が激しく、ミドリコは専用カスタムされた拳銃を構えながら、足元にばかり視線が向いていた。

 

 上からはサキュバスの怪人による、ハートの弾丸の乱射、足元には割れたタイルや、斬り崩された椅子、叩き壊された瓦礫の数々。

 

 「ミドリコーー!あたし達は勝ったわよ!」

 「ミドリコ、頑張って・・・」

 

 ヘヴンホワイティネスの二人が、ミドリコに声援を送ると、それを見て彼女達が誇らしく思える。

 

 「いつまでも逃げてばかりでは居られないな・・・」

 

 タコ、剣士の怪人が敗れた事で、上空で血相を変えたサキュバスの怪人が、ミドリコへと数多くのハートの弾丸を撃ちこんでくる。

 

 「さっさと死になさいな!」

 「断る!」

 

 降り注ぐハートの弾丸の威力は、以前国道橋で戦った時よりも、硬い床を鋭く貫いて行く。

 

 音もなくサキュバスの怪人がどんどん攻撃を放つと、ミドリコも走りながら拳銃を引き抜き、相殺していく。

 

 怪人専用弾丸は、銀色で重みをまして爆発力を極限まで高めた、特別な弾丸。

 

 入っている鉛も、火薬もその他科学薬品を特別配合した、特別性の弾丸。それを装填できる特別カスタム銃は弾丸に適応する為に、おおよそ片手で扱うのは不可能な口径の物を二丁、ミドリコは撃ち続けている。

 

 しかしながらその強力な弾丸はサキュバスのハート矢を相殺するのに2発も使用する。人間の限界と、怪人の強さの象徴、力はここでも差がついていた。

 

 「逃げ回るだけじゃつまんないんですけどー?」

 

 サキュバスの怪人は滑空に近い高度で接近し、しなやかな身体で回ると、ミドリコの肩にハイヒールを打ち付ける。

 

 「ぬお・・・!」

 「しょうがないから接近戦で戦って・・・あら?」

 

 直後ミドリコは大口径甘白拳銃の銃口を握り、ガンストックで殴りつけようと振り回すも、その攻撃は当たらず、サキュバスの怪人は後退する。

 

 それをあざ笑う様に舌を出すと、今度は顔面に向けたもう一丁の拳銃が爆発音を響かせる。特別性の弾丸はサキュバスの怪人の顔を目掛けたモノだが、それらは当たらずに軽々しく避けられていた。

 

 「これなら・・・!」

 

 次に取り出したのは青い手榴弾。強烈な光を炸裂させる、閃光手榴弾のピンを引き抜き、怪人にめがけて投げつける。

 

 投げた直後、右胸に引っ掛けているカーボンのケースから、コンバットナイフを取り出し、それを右手で逆手持ちにして怪人へと突っ込む。

 

 「キャハハ。次はどんなマジック?」

 「手品がお好みなら見せてやろう!怪人を花火にする、おがかりな手品をな!」

 「アホ面で叫んじゃって・・・可愛いわね」

 

 浮遊したままサキュバスの怪人は嘲笑の姿勢を崩さない。まるで長いソファに寝そべる様な体位に、余裕の笑みがこぼれている。

 

 その態度に反吐が出るような気分になりながら、ミドリコはナイフを構えて、ダッシュの勢いを殺さずに、前転を行う。

 

 不可解な行動に、サキュバスの怪人は一瞬気を反らすが、再び視線をミドリコのすぐ真上に浮かぶ物が視界に入る。それを確認した瞬間、眩い閃光がサキュバスの怪人を包み込む。

 

 瓦礫に身を隠し、戦いに巻き込まれない様に戦況を眺めていたカエデ達も、その閃光を見てしまい眼がやられる。

 

 「怪人にこんなモノ、効かないんですけどー?って・・・」

 

 サキュバスの怪人がわずかな眼暗ましを受けて、復活するとその周囲にミドリコの姿が無い。

 

 逃げた?違う、彼女なりの戦い方が始まる。

 

 「ふーん?あの時みたいに、あーしの体力消耗作戦でイク気なんだ?」

 

 サキュバスの怪人の見渡すその眼は、閃光にやられたカエデ達が写る。

 

 「でも、それだったら・・・あーしあの子達とオジサマを食べちゃおっかな〜?」

 

 脅しをかけてもミドリコからの返事はない。聞こえるのはわずかにカエデ達が、何かを言い合っている声と、すぐ近くのステージ上で戦うオーク怪人とギンジの交戦音。

 

 「じゃあ、ヘヴンホワイティネス、討ち取っちゃお〜」

 

 妖艶で美しいその身体と綺麗な茶髪を揺らし、カエデ達へと急接近する。肘まで届く漆黒の手袋を二の腕にひっぱり、唇をいやらしく舐めると、グロスによってぷるぷると艶めかしく厚みのある唇が、いびつに開く。

 

 「それじゃあ、いただきま〜・・・」

 「今よ!ミドリコ!」

 

 カエデの叫びに返事する様に、どこからか空気の破裂するような音。

 

 ライフルの超回転弾丸が、サキュバスの鼻先をすれすれで飛び、分厚い鉄の壁に綺麗な穴を開ける。

 

 「猿芝居を・・・!」

 「あんたなんかに、あたしの仲間が負けるもんですか!」

 

 閃光による眼暗ましはフェイク。ミドリコ一人で今の状況において勝つのはほぼ不可能。それを察したカエデは、ピンチになるかも知れないのに、仲間の意思を汲み取った。

 

 カエデの演技に引っかかる事で、怪人のプライドに火が着く。そして挑発で怒りがこみ上げる。

 

 その手を振り上げてカエデを叩こうとするも、その上がった一瞬の右手にミドリコの狙撃が命中する。

 

 「痛った・・・!ええい、このクソ!」

 

 右手が無くなるも、サキュバスの怪人はハートのキャノン砲を、天井に打ち上げると、ハートの形に大穴が開き、瓦礫と埃が落ちてくる。

 

 カエデ達は頭を守るために、避難し、ギンジとオークはミヤコを守りながら瓦礫を壊しながら、戦いを続行。

 

 それをスコープ越しで見ていたミドリコは、瓦礫の穴に注視してしまう。

 

 その結果サキュバスを見失ってしまう。

 

 (私としたことが・・・2秒以上は見るなと教わっただろ!)

 

 自衛隊時代の教訓を思い出し、ミドリコは自分を叱責する。

 

 (どこだ・・・奴はどこに・・・)

 

 サキュバスの怪人の移動先を探しながら、ミドリコはひたすらスコープを覗く。

 

 (あ〜見つけた・・・クソ人間がよぉ)

 

 ものすごく口の悪くなったサキュバスの怪人は、ハートの矢を黒く染めていく。

 

 ミドリコを見つけた真上では、その黒いハートの矢がミドリコの頭上に落ちてくる。

 

 殺気を強く込めた矢はミドリコに当たる直前、横に転がり避けられる。頬をかすめて、血がスゥ、と流れるがそれを気にせず、ミドリコは殺意の来た方向へライフルを構える。

 

 「お前の殺気だけは、本当に判りやすいな!」

 

 しかし構えたライフルの銃口に矢が着弾し、ライフルがバキりと砕けておかしな方向に曲がってしまう。

 

 「くっ・・・怪人が・・・」

 

 お気に入りのライフルをこうも簡単に壊されて、ミドリコも手元を怪我する。それに歯を食いしばり、再びミドリコは、サキュバスの怪人から見えない所まで姿を消しに行く。

 

 サキュバスの怪人もミドリコを追いかけずに、物陰を探し飛びながらミドリコからの攻撃を警戒する。

 

 もうミドリコに使えるのは、甘白カスタム拳銃、重装貫弾装填済みアサルトライフル、グレネードガン、コンバットナイフ。

 

 それに閃光手榴弾と、切り札のあの武器・・・。

 

 「さて次はどうするか・・・」

 

 呼吸を整えて、アサルトライフルのスコープで周囲を見渡す。柱の影や、瓦礫の山、そしてステージ上で戦うオーク怪人とギンジの姿。

 

 「・・・オーク怪人を撃った方が、解決・・・は、しないな」

 

 一瞬目的を見誤る所だったが、それをやめると、再び敵を探す。

 

 「お探しの人は見つかったかしら〜?」

 「!?」

 

 背後からの冷たい声。振り向くとそこにはサキュバスの怪人の殺意に満ちた双眸がミドリコを捉え、ハートの矢で腹部を刺される。

 

 「ぐぅあああ」

 

 痛みに叫び、それを聴いたサキュバスの怪人が喜びに絶頂する。

 

 「はぁ〜その顔が一番昂ぶるわぁ〜!!」

 

 胸を捕まれ、強引に揉みこまれ、押し倒される。

 

 あまりの痛みに声にならない悲痛な叫びをあげて、藻掻き苦しむ。上に乗ったサキュバスの体重によって身動きの取れないミドリコの顔だけでサキュバスの怪人は歓喜に打ち震えた。

 

 身体を仰け反らせて全身でその喜びと気持ちよさを感じ取り、隙だらけになった形の良い腹筋へと、ミドリコの抵抗の一撃が決まる。

 

 「はっ?」

 

 その一撃は刺突。鋭く鈍い光を放つコンバットナイフ。返しのついたギザギザの刃が、抜き出す時に血液を吹き出させ、肉を削りながら先端が顔を覗かせる。

 

 「ぐふっ・・・怪人だろうと、元自衛隊を舐めない事だ・・・」

 

 カスタム拳銃を取り出し、ミドリコは顔についた血液を拭う。

 

 依然として腹部の痛みは消えず、かつてリコニスに刺された時の事を思い出す。まだ嫁入り前なのに、腹には2つの刺し傷があるなんて、実家の両親が知ったら、きっとおおいに悲しむだろう。

 

 「私には私の正義がある。それは仲間である若者達への思いを背負う事で、平和の為に戦う事だ」

 

 痛みでよろよろと後ろに下がりながら、腹部を抑えるサキュバスの怪人へ、ミドリコが一発撃ち込む。

 

 公共の安全と秩序を守る為の公安警察に身を置くミドリコは、今までだってただの一度も悪を見逃したことはない。

 

 そして悪に敗けた事も無い。

 

 自分の産まれたこの街で動く巨悪を前に、ミドリコはただの一般市民も同然だった。怪人だの、悪の組織だの、子供じみた話に興味はなくともいつか掴んでみせると思っていた、その悪の手先とこうやって戦う事になるなんて、思いもしなかった。

 

 「私の目的はただ一つ。彼女達が平穏無事に暮らせるならば、それでいいんだ。お前たちみたいのが居るから、レンやカエデやケイタや・・・ギンジだって・・・!」

 

 大切な仲間の名前を一人一人上げていく。ギンジの名前を出した瞬間、彼が攫われて暴行を受けたのではないだろうか、ということを思い出して、銃を撃つ。

 

 孤独に生きていたギンジの今を守りたい。たとえ彼が怪人でも、人間でも、その心があるなら、人を思いやり、友達を大切にし、女性を尊重し、仲間の為に自己犠牲さえもその身で行うならば、ミドリコは佐久間ギンジという人物を、好きになれたのだろう。

 

 「覚えておけ・・・公安の、いや、私の仲間に、す、好きな人に手を出すなら・・・この世界の全てを破壊することも厭わない女がいると云うことを!!!」

 「一人でべらべら喋って、結局何が言いたいのよ・・・」

 

 サキュバスの怪人が黒いハートの矢を、打ち出す準備を整えている。

 

 「これであーしの勝ちは揺るがないし・・・死ね」

 

 冷たく言い放たれた言葉が言い終わるよりも速いか、ミドリコも顔にめがけて飛んでくる。

 

 「こんなモノ・・・通用せんぞ」

 

 ガンストックで矢を弾くと、ミドリコは再び銃を撃つ。弾丸の全てがサキュバスに当たり、ミドリコめがけたハートの矢も、ミドリコの脚に刺さる。

 

 「ぐぅ」

 「いだぁ・・・」

 

 お互いの苦悶の末に、使える武器はもう少ない。

 

 「これで・・・あーしの勝ち。この距離なら勝てる」

 

 青い顔をしながらも勝ちを確信したサキュバスの怪人に対して、ミドリコも勝ちを確信する。

 

 「恋の手ほどき、教えてあげたんだから、あの世で上手くヤリなよ」

 「断る。もう何度も失敗しているんだ、恋愛は。せめて死ぬ前に、逢瀬ぐらいは叶えたいのでね」

 

 拳銃を構えて引き金を引こうとしたが、黒いハートの矢が飛んできて、思わずそれを銃で防御して手元から剥がされる。

 

 「これであーしの・・・勝・・・ち・・・!?」

 

 サキュバスの怪人の眼の前では迷彩服を血液で汚しながらも、力強く立ち、肩に構える武器に驚愕する。

 

 鉄製のボディに、四角い棒の形状。その重心は黒く、すぐにでも炎を吹き出しそうな銃口に、サキュバスの怪人は何が起きているのか理解出来なかった。

 

 ロケットランチャー。ミドリコの切り札。

 

 「これで私の勝ちだな」

 

 ほぼ至近距離、爆風を気にしないつもりなのか、ミドリコはその指をトリガーに引っ掛けて、絶対に避けられない0距離発射を行う。

 

 「おのれ・・・人間の女風情にぃ!」

 「終わりだ・・・サキュバスの怪人!!」

 

 因縁と言えば因縁。

 

 ヘルブラッククロスの好きにはさせない。ここで自分達が戦わねば、きっともっとひどい未来が待っているのだろうから。

 

 「ギンジは返して貰う!!」

 「ぎにゃあああああ〜〜!!」

 

 強大な爆発にミドリコとサキュバスの怪人が巻き込まれるが、既の所でカエデがミドリコを担ぎ上げて、その爆発からすぐに離れる。

 

 サキュバスの怪人は原型をとどめていないぐらいに、爆発によって燃やされた。

 

 「ふぅ、間一髪ね」

 「助かったよ。ありがとう、カエデ」

 

 痛む傷口を抑えながらもお礼を言うと、倒れた戦闘員や、タコ怪人の肉片、剣士の怪人の墓を超えて、レン、藤原、イロがカエデとミドリコのところまでやってくる。

 

 「流石だな、甘白ぉ!おじさん、上司として鼻が高いよ」

 「やめてください、鼻高が感染ります」

 

 いつものやりとりだが、今回は二人して清々しい顔つきで、このちんどんを繰り返す。

 

 この勝負もヘヴンホワイティネス・甘白ミドリコが勝利を収めた。

 

 「後は、ギンジだけ」

 

 レンがステージ上でのギンジとオーク怪人の戦いに眼をやると、二人の戦いはまだ続いていた。

 

 カエデもレンもミドリコも、彼の戦う姿を見て、応援する。

 

 ヘルブラッククロスを叩く為に、佐久間ギンジという怪人の決死の戦いが本格的に始まろうとしていた。

 

続く 

 

 

  




お疲れ様です。なにげに場面の切り替えのない話が3つ連続でしたね。

当初はこの三人を纏めて書くつもりでしたが、行けるかどうか不安になったので4話構成になりました。

さて、次回はギンジメイン回!いよいよ主人公の復活!!!
vsシリーズはまだ続きます、すいません
そして運命の戦い編(勝手にそう呼んでる)は佳境に入ります!

キャラネタ書きます

甘白ミドリコ
通常時はただのミドリコ。
現在の武装状態は、武装形態甘白ミドリコ
その上が完全武装ミドリコ
そして最終形態が
フルアーマー・スイーツホワイト・ミドリコォン
最後のは嘘です。ギンジの事が好き。

サキュバスの怪人
ミドリコでも勝ててしまったからとて、普通の人間で勝てるわけではありません。サキュバスの怪人は強いんです。多分。サキュバスらしい要素出せないまま退場した。

さてさて次回は、vsオーク怪人戦!

それではまた次回!


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24・佐久間ギンジvsオーク怪人

こんにちは、アトラクションです。

主人公が一度敗けて、そのあと強化して復活するのって燃えるよね。

僕の物語でそれが上手くできたかどうか、見ていただければと思います。

それでは、始まります


 

 剣士の怪人、タコ怪人、サキュバスの怪人が敗れた。

 

 ミヤコはその事実を受け入れられず、ボロボロと涙を流している。

 

 自分はただ自分の愛している人と、一つになりたいだけなのに。何故、こんな思いにならねばならないのか。

 

 納得が行かず、しかし戦う事の出来ないミヤコは、オーク怪人に託すしかない。

 

 自分の子供同然の怪人達が敗れ去り、守り続けられなかった事を悔やんでいる。

 

 人間らしさを残し、オーク怪人がその気持ちを重く受け止める。

 

 自分の恩人でもあるミヤコの為に、なんとしてもギンジを撃破し、この襲撃を終わらせる。

 

 「これ以上はやらせんぞ」

 「そりゃこっちも同じだぜ、オーク!」

 

 ギンジの後ろでは、カエデとレンとミドリコが見守ってくれている。

 

 自分を助けるために、ここまで頑張ってくれたのだから、負けるわけにはいかない。

 

 二人の戦士、否二人の漢は同時に飛び出し、拳をぶつける。

 

 そのまま二人が手を広げ、両腕を激突させる。力ならオークが上で、持っている能力の数ならギンジの方が上で、しかしそれでもお互いの実力は互角の戦い。

 

 オーク怪人がギンジの両手に体重をかけて押し潰そうと、豪腕に力を込める。

 

 「このまま一気に押し通らせてもらうぞ」

 「やってみろ豚が!」

 

 ギンジは想像の力で、体重のかかる身体を仰け反らせ、脚をあげるとオーク怪人の顎にめがけたサマーソルトキック。

 

 その想像上での蹴りは当たらず、オーク怪人っも手を離し攻撃を回避してくる。続け様に身体を捻り、裏拳をギンジに繰り出す。

 

 「お前の行動先は全て見えている」

 

 オーク怪人のフェーズ2の能力は数秒先の確定未来の映像化、その能力の派生というのか、ギンジの考えている事も解っている。

 

 「なんでも見通せると思うなよ!」

 

 裏拳をガードしてギンジは、腕に飛びつき、オーク怪人の身体を固めに入る。

 

 「うおおおおお!!」

 「小癪な」

 

 豪腕の力は犬の怪人との戦いを思い出させる。そのまま折るつもりで全力で挑むも、もう片方の豪腕がギンジの頭を掴む。

 

 「ぬぅおお!」

 

 頭を掴んだまま、右腕を犠牲にステージに叩きつける。

 

 「ああクソ!なんで想像通りに動かねぇんだよ」

 「お前のやろうとしている事は解っている、そう言ったはずだ、ブヒ」

 

 ギンジが跳ね起きると次の一手は頭突き。

 

 オーク怪人は両手を組み、2倍の威力になる拳骨を振り下ろす。この頭突き自体既に確定未来で見えていたモノ。

 

 ゴキリ、と鈍い音が手元でなる。

 

 「ヴヒィ」

 

 ギンジの頭の硬さの方がこの打ち合いに勝った。

 

 「随分可愛い鳴き声だな、解ってるんじゃなかったのか?」

 

 手を抑えるオーク怪人に、ギンジの挑発が入ると痛みを推して、手刀の突きがギンジの胸に深く入り込む。

 

 胸骨が開く様なブチブチとした音が体内で鳴ると、ギンジはその場にうずくまる。

 

 「どうした、想像していたのではないか?」

 「このクソ・・・!」

 

 次の攻撃はギンジの炎。それを映像で脳裏に出てくる。

 

 オーク怪人はそれだけで、この攻撃の対処の後、前蹴りで倒し、踏みつける事を視野にいれると、ギンジに向き直る。

 

 (この攻撃の対処は・・・)

 

 受け止める。それしかない。避ければ、こちらの攻撃の手が一つ消えることになる。

 

 「オラァアア!」

 「ぬううん!!」

 

 ギンジの両手の炎の拳がオーク怪人の強力な豪腕とぶつかり、辺りに炎と風圧が吹き飛び、ギンジの腕の骨にヒビが入るのを感じた。

 

 「クソ・・・強いな。でも、腕、イッたろ・・・」

 「ブヒ。それは貴様もだ・・・」

 

 オーク怪人の腕の中にはまるで筋肉を燃やす様な高熱が染み渡り、熱く重く感じる。

 

 (なんて分厚い筋肉だ・・・マジ硬すぎンだろ)

 (確定未来の映像を見ても思い通りにはならんな・・・)

 

 痛みに熱感が伴い、ギンジは両腕に電撃を流す。

 

 「認めるぜ、お前に力の打ち合いじゃ俺はきっと勝てねぇ」

 「ならばどうする・・・」

 

 炎による攻撃をトドメに回す為に、ギンジは羽を展開させて、スピードで挑む。

 

 「行くぜオイ!」

 

 本気の表情で飛翔すると、全身に雷を纏いオーク怪人に突っ込む。

 

 「来い!ギンジ!ドクターの為に、お前に勝つ!!」

 

 『うおおおおおお!!!!』

 

 錐揉み回転で突進して、オーク怪人の胴体を捉える。オーク怪人はあまりの威力に押され、電撃によって追加のダメージが入る。

 

 熱くとも負けずに豪腕を振り下ろし、ギンジを叩き落とすと、踏みつけて身体を固定させ、羽を力任せに千切る。

 

 「これでもう飛べまい」

 「痛っでえええ!」

 

 床に潰れるギンジの頭を蹴り飛ばし、全身でステージの奥へと転がっていく。

 

 やがて壁にぶつかると、ギンジの羽がさらに左右に2枚となって進化し、さらなる飛翔をしてオーク怪人に突っ込んでいく。

 

 「どんどん進化すんぞコラぁ!!」

 「厄介な特性だな・・・!」

 

 雷を纏い、全身で突撃してくるその攻撃に、オーク怪人の蹴りが飛び出し、ギンジも雷をまとったその脚で蹴るも、その脚はオーク怪人の身体に届かない。

 

 「ぐふ」

 

 届いたのはオーク怪人の脚。体格差によってギンジの攻撃はわずかに届かず、あばら骨がギシギシと歪む音が身体の中で鳴る。

 

 続けてオークの右拳がギンジの顔を殴り飛ばし、更に手刀が襲いかかる。容赦の無い攻撃の数々に、ギンジは無意識にも威圧されている。

 

 手刀を腕で逸らし、首をかすめるとギンジとオーク怪人は雄叫びを上げながら、拳や脚や頭や全身を使って激しくぶつかり合う。

 

 「うおおおお!!」

 

 雷の拳は軍服を叩き、手刀はギンジの身体を深く刺し、羽から振るう電撃はオーク怪人の身体に予想外の威力を叩き出し、オーク怪人の異次元の暴力はギンジの顔を叩き潰していく。

 

 お互いの足技がお互いの顔に飛ぶと、オーク怪人はミヤコの所へ、ギンジはカエデ達のところまで転がっていく。

 

 「・・・」

 「・・・」

 

 ギンジとオーク怪人は身体を床に打ち付けながらも、お互いに視線を目の前の敵から外さない。

 

 「うるぁあああ!!」

 「ぬぅうおおお!!」

 

 先に飛翔したギンジは電撃による加速を利用して再び立ち向かう。オーク怪人は立ち上がり様に雄叫びを再度上げると、向かってくるギンジを迎え撃つ。

 

 「スゴイ戦いだ・・・」

 

 ステージ下でミドリコが目まぐるしく変わる激戦を見て、ギンジの凄さを改めて実感する。

 

 心配ない、彼なら勝てる。そう信じてミドリコは右手で腹部を抑える。

 

 「あれが噂の・・・本当に仲間?」

 

 イロの心配は普通の人間のそれで、カエデとレンは苦笑混じりに頷く。

 

 「そうよ。あれがあたし達の仲間」

 「佐久間ギンジ。私達の、最強の仲間」

 

 期待を込めた言葉に、イロは驚愕を隠しきれない態度だが、早まる鼓動を感じているその横顔は、まるでヒーローの姿を期待する人物そのものであった。

 

 丸太でぶん殴るかの様な蹴りがギンジの腕に入り、それでもギンジは動かず、電撃による速度の上昇、そこから手数を増やして次々とオーク怪人へと拳をぶつけていく。

 

 「これで、終わりにすんぞオーク!」

 

 勝負を決めにかけたギンジは、全身の体内電気を放出し、目に見えない程の速度でオーク怪人に突撃する。

 

 「ブヒぃ!?」

 

 落雷が落ちるかの如く、限り無く光速に近い速度で近づくと、肘打ちをオーク怪人の腹部に命中させ、ついに彼の怪人に膝をつけさせる。

 

 確定未来でも見えていたその動きは、あくまでも映像でしかなく、解っていてもその攻撃に耐えられなかった。

 

 「終わりになるのは・・・貴様だ、ギンジ!!」

 

 目の前に立つギンジの顎へ、オーク怪人のアッパーカットが炸裂する。

 

 これで勝ったと油断したギンジへ、思いっきり力を込めた拳を当てると、オーク怪人はフラフラと、後方に数歩離れる。

 

 ギンジも同じ様にフラフラと後方へと離れ、雷と羽を消す。

 

 佐久間ギンジの右手には炎。

 

 オーク怪人の右手は手刀の形。

 

 『うおおおおおおおおおおおお!!!!!!!』

 

 二人同時に走り出し、二人の戦士の右手が交差する。

 

 ギンジの燃える拳はオーク怪人の顎を焼き、脳を強くゆさぶる。

 

 オーク怪人の手刀はギンジの皮膚を貫き、鎖骨を砕き貫く。

 

 「・・・悪い、皆・・・」

 

 つぶやいた言葉は、カエデ達を戦慄させる。

 

 昨日までの大怪我や、治療もまともではないこの状態で、良く戦えたと自分を褒めながら、ギンジは硬い床に倒れる。

 

 「嘘・・・」

 

 カエデが口を手で覆い、目の前の事実を受け入れられず、顔を横に振る。

 

 「ギンジ・・・!?」

 

 レンも同じ様に目を丸くする。感情があまり表に出ないレンも、これには顔が青ざめる。

 

 「なんという事だ・・・」

 

 自分達は勝てたのにギンジが倒れたとこを見て、ミドリコもより辛い表情になる。

 

 彼女達三人の横で、イロと藤原はいよいよ、人生の終わりを悲観する顔になる。

 

 右手を血に濡らし、オーク怪人はカエデ達を見据えている。その佇まいは歴戦の戦士そのものを彷彿とさせ、初めて怪人という存在の強さを目の当たりにする。

 

 「ドクター、もう少しです。もう少しだけ、お待ちを」

 

 静かに告げてもミヤコはもう何も喋らない。

 

 自分の怪人が三人も敗れ、そしてギンジも死んではいないが、無残な状態。

 

 彼女が放心するのは必然的な事だった。

 

 「さて・・・待たせたな、ヘヴンホワイティネス」

 

 白い光と天井から差し込む日差しとで、オーク怪人の顔はより凶悪な形になり、カエデ達に向けられる。

 

 死、絶望、地獄。そんな3つが混ざりあった場の空気に、カエデはそれでも敵意の視線を覆さなかった。

 

 「ギンジなら、必ずあんたに勝つわ・・・」

 

 信じているからこその言葉が、カエデから自然と出てくる。

 

 「・・・佐久間ギンジは、もう倒れた。認めよう、彼は間違いなく最強の怪人だ。私が戦った中では、な」

 

 敬意を評した言葉であっても、それはカエデからすればただの侮りにしか聞こえない。

 

 「・・・絶対にヒーローは、戻ってくるわよ」

 

 カエデは信じている。佐久間ギンジという正義のヒーローを。

 

 やがて希望を失わないカエデにしびれを切らし、オーク怪人はその手刀を振り下ろしに、ステージを降りた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ただの白い部屋で、自分と同じ顔をした存在、進化の怪人、そしてバーナーの怪人、コウモリの怪人が正座するギンジを取り囲む。

 

 「なんでテメェ負けてんだ!あそこは勝つ所だろ!」

 「俺様は信じられない。この力を使っているのに勝てないとは・・・」

 「キキキ、さすがにあのオークさんは強いねぇ」

 「あの・・・ッスー」

 

 バツが悪い顔をしながらギンジは三人の怪人へと謝罪する。

 

 「悪い・・・いやでもあれで勝てる想像だったんよ・・・まさか鎖骨やられると思わないじゃん?」

 

 最早言い訳になるのだが、それを進化の怪人はキレ散らかす。

 

 「おいざっけ・・・ざっけんな!ざっけんぬぁ!」

 

 キレるのも納得な程の負け方をしたのだから、これは受け入れるしかない。

 

 「だいたいテメェ、俺を表からひっぺがした癖に、結局敗けてここに戻るなんて、お前、おまっ、お前えええ!!!」

 「いやあのー・・・ここに来たのではですね、是非皆様にお力を貸していただければと・・・思ってなぁ」

 

 既にバーナーの炎も、コウモリの電撃も、進化の力も貸りて戦っているのに、これ以上何を貸せばいいのか。

 

 「いや、ちょっと気がついたんだけどよ、俺って要は皆から力を使わて貰ってるだろ?」

 「俺様の炎の能力とか、いつも無断使用だしな」

 「キキキ、飛行も無断だな」

 「え?マジで?進化させるのって許可制だったの?」

 

 ギンジは心の中に住まう怪人たちへ土下座をおこなう。

 

 「俺が使うんじゃ駄目だ!お前らの力を借りないと、本気のあいつに勝てねぇ!」

 

 オーク怪人は現状ギンジ達の最大の壁となる強敵。それを撃破して超えるには、今よりも強く、速く、際限なく進化しないと、オーク怪人や、その先の強敵達に勝てない。

 

 「俺、守りたいモノがたっくさんあるんだ。それを諦めたくねぇ!」

 

 ギンジの思いは心の中に済む怪人達は全部解っている。

 

 「俺様は構わない。魂と心を繋げばいいのだろう?今より深く」

 「キキキ、どうせこのまま死ぬならそれに賭けてみるのもいいな」

 「俺からもそうしてやってもいいが・・・一個だけ条件がある」

 

 バーナーとコウモリは快く承諾したが、進化の怪人はギンジに条件をつけてきた。

 

 「オーク怪人をぶっ飛ばす為に、力を貸すのは賛成だ。それはいいぜ。俺からの条件が飲めるなら、俺もお前の心と魂をつなげてやるよ」

 

 ギンジと同じ顔の怪人は、頬を描きながらギンジを見下ろす。

 

 「・・・ドクターを守ってくれないか?いや、俺はあいつの事、好きだし・・・なにより、ドクターは・・・その、なんだ、幸せになって欲しいからよ」

 

 怪人達は皆ドクターが好きだ。尊敬をし、敬意を込め、そして自分を造った大いなる存在。

 

 「そいつが、本当は俺じゃなくて、テメぇがいるから、だから俺という怪人を重ねて、お前を見ているんだ。もう洗脳には敗けない進化をしたお前は、もう二度とドクターが本当に好きな俺には会えないんだぜ・・・悲しいだろ、そんなの」

 

 ドクターミヤコの幸せを願って、進化の怪人は造られた。

 

 自分の幸せの為に、怪人の細胞に宿る意思感情を、ギンジの身体に注ぎ込んだ。

 

 本当は自分の幸せだけを叶えたかったから。

 

 「ドクターも本当はつらいんだぜ。ヘルブラッククロスの世界も、今のつまらない世界も、どうでもいい。そんな事より、壊れた心を守りたいんだぜ、ドクターは」

 「・・・」 

 

 だから自分の周りには怪人しかいない。ミヤコの心を守れるのは・・・。

 

 「俺しかいないってことだな」

 「そういう事だ。それを約束できんなら、力を貸してやる」

 

 ギンジはもう迷わない。

 

 「それによ・・・また離れるなら、今度はお前も一緒だって言ってやったんだ。オーク怪人には勝たせてやる。だから、ドクターだけはなんとしても守ってくれや」

 

 進化の怪人も、バーナーの怪人も、コウモリの怪人も、ギンジに手を合わせる。

 

 「俺に任せろこの野郎!ミヤコの事は心配すんな」

 

 思えばミヤコが人を求めた事も、怪人を造る事も、もしかしたら自分の心を満たすためなのかもしれない。

 

 攫われて、ミヤコに耳元で囁かれた言葉を思い出す。

 

 

 

 『わたしね、ギンジ君の、心、が欲しい』

 

 

 心を欲しいと言ったのはそういう事なのかと、ギンジは頭の中で思うと、次に助けてあげたい人を決める。

 

 「絶対にミヤコは助ける。外の事は俺に任せてくれ」

 「信じるぜ」

 「俺様はお前の正義を信じているぞ」

 「キキキ、だからずっと言っただろう、将来を誓わせるってな」

 

 三人の怪人の心がギンジの心と混ざっていく。

 

 三人の怪人の魂がギンジの心とまざっていく。

 

 三人の怪人の力がギンジの心と交ざっていく。

 

 「次、外に出る時は・・・きっと強化状態になってるぜ・・・!」

 

 土下座のままギンジは顔だけを上げる。その表情はこの世界に降りたったギンジの中で過去一番かっこいい笑顔を見せる。

 

 怪人の瞳を輝かせ、ギンジは心の外へと飛び出していった。

 

 腕に、脚に、背中に、頭に、そして感情や心に。

 

 怪人達の思いと、力を、心を乗せて、佐久間ギンジは転生者として、そして怪人として、全ての想いを解き放つ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「これで終わりだ」

 

 レンは打ちのめされ、ミドリコは踏みつけられ、藤原は締め上げられ、イロも一撃で鎮められた。

 

 抵抗虚しく、カエデ達は本当の意味で絶望を味わっていた。

 

 「お前たちの言う正義などまやかしに過ぎん。勝った者が正義だ」

 「じゃあ、あんたも・・・その言い草、ルールじゃぁ・・・悪になるわね」

 「なんだと・・・?」

 

 カエデの首を締めながら、オーク怪人は訝しむ表情になる。

 

 「絶対に・・・あたし達が、勝つからよ!」

 

 首を締める腕の中で藻掻くカエデに、じわじわと力が強く入り込む。

 

 「ぐううう〜!!」

 

 苦しみに藻掻き続けるカエデと、勝利間近のオーク怪人。

 

 「なんだ・・・!?」

 

 確定未来の映像が急遽流れてくる。その映像の中身を確認していくと、オーク怪人の腕の力が緩む。

 

 「ケホケホ・・・」

 

 瞬間、カエデの脳裏に、強い怒りと、怪人の気配を感じ取る。

 

 「・・・え?」

 

 オーク怪人も同じ気配を感じ取り、放心していたミヤコも【彼】の気配を感じ取る。

 

 ギンジの倒れていた所から炎の渦が立ち上り、その炎から電撃が溢れ出し、炎は黒く、電撃は紫へと色を変えていく。

 

 紫電と黒炎。ギンジの能力が進化していた。

 

 「よう、待たせたな・・・」

 

 その声を聴いて、オーク怪人はギンジが復活した事を確信し、不敵な笑みを浮かべる。

 

 カエデも仲間たちも、その声に心からの歓喜を挙げる。

 

 黒炎を振り払うと、そこに現れたのは灰色の肌となった顔と手、いつものくすんだ金髪にオールバック。漆黒の衣装に身を包み、袖地を赤く染めた姿。

 

 おおよそ正義の使者には見えない姿と、人間には見えない者が現れた。その姿を見て、カエデは復活して、更に何か強くなった彼を見て、おおいに喜ぶ。

 

 ミヤコが研究としても怪人としても、到達出来ていない新たなる領域・フェーズ3へと、進化をしていた。

 

 「くふ、くふふふふ・・・やっぱりギンジ君はすごいな・・・欲しいよ、君の全部・・・」

 

 ミヤコも椅子から立ち上がり、左目の怪人の瞳を輝かせる。

 

 「正義のヒーロー、ここに復活ってなぁ!!」

 

 先程に比べると傷も治ったのか、ギンジは倒れる仲間達を見て、次にカエデ、最後にオーク怪人を見る。

 

 「めちゃくちゃやってくれたな・・・いい加減決着つけようぜ、オーク怪人!」

 「望むところだ!!」

 

 オーク怪人が軍服を破る様に脱ぎ去り、そこから現れる太めの身体なのに無駄のない筋肉質な身体が現れ、ギンジとオーク怪人が再び対峙する。

 

 『行くぞ!』「ギンジ!」「オーク!」

 

 オーク怪人との最後の戦いが、始まった。

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。オーク怪人はオークの中でもトップクラスのオークなんです。(は?)

次回で、音楽堂の戦いは終わりを迎え、また新キャラが沢山出ます。

次回の次回でこの物語が中盤へと動きます。逆に今まで序盤だった。(本当か?)

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
フェーズ3に進化した怪人人間。ミヤコを守ることを条件に進化させてもらった。

必ず勝つぞ!

オーク怪人
ドクターミヤコの為ならなんでもする覚悟とメンタルの強さをもった怪人。ミヤコを大の恩人として、彼女の耐えなら自害も出来る。
ミヤコの事は怪人基準で世界一の美人として見ている。
ギンジの事は一流の戦士だとしてもミヤコの下を離れようとしている時点でお仕置きの対象。

ちなみに性欲は自在にコントロールできるそうです。強い。

進化の怪人
ミヤコの為に産まれた怪人。ちゅおいけど頭は悪い。

次回はオーク怪人戦、決着!大幹部戦も終わりを迎えるが・・・

新キャラも沢山出てきます!今週は頑張りすぎたからちょっと更新が遅れるかもですが、体調にはお気をつけてお過ごしください。

それでは、また次回!



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25・広がる悪

こんにちはアトラクションです
今回の話で、音楽堂の大幹部戦は終わりです!

そして次のお話で、序盤が完璧に終わり!

恋愛面も戦闘面も両方頑張って書かねば。

それでは、どうぞ


 ヘルブラッククロスのアジト、円卓会議場では、中央の席にて総統が座っていた。脚を組み、無言のままでも小動物を殺せそうな威圧感を醸し出し、 

 

 音楽堂にてドクターミヤコからの定時連絡が来ない事で、総統は不機嫌な態度と顔つきになり、側近として佇む4名の手下達が緊張感に飲まれる。

 

 それを間近で感じる大幹部リコニスは、黄金の刀の柄に手をかけて三日月の口を作ると、総統へと身体を向けて悪魔の存在感を大きく放つ。

 

 「総統〜?私が見てきましょうか?また何かいざこざ起きてるなら、この私が全部片付けてきますよ」

 「リコニス・・・貴女はこちらで別の仕事があった筈です。ここはこの柏木が行きますよ」

 

 リコニスに向かい合わせになるように、同じ大幹部の柏木タツヤがスーツを羽織りながら、総統に言葉を投げるが、いずれも二人の提案を総統は却下する。

 

 「計画を順序良く進めるためには、お前たちには別の事で動いて貰う。では、ドクターはどうするか・・・私が出よう」

 

 リコニスもタツヤもその言葉に驚愕する。普段ならばありえない発言に、タツヤは革靴を鳴らして総統の前に出る。

 

 「お、お待ちください総統!」

 「何かね」

 「何故総統が行くのですか!我々におまかせくだされば、心配事など全部払拭してまいります!」

 

 タツヤのその言動は、仕事と忠義の二つを持った頼れる後輩・・・と言ったそれに、リコニスは何も言わないが、内心では自分がミヤコ達の所へと行きたいと思っていた。

 

 (ギンジちゃん大丈夫かな〜)

 

 尤も、その心配はミヤコへのモノではなく、ギンジ個人に向けられた事で、リコニスはもう一度ギンジの下に遊びに行くチャンスを得られた気分になった。

 

 ギンジにまた会いたい。退屈な日常に非現実的な事をしていても、結局リコニスの嫌うつまらない日々がやってくる。

 

 洗脳されたギンジがどうなっているのか、それが楽しみでしょうがない。

 

 でも総統は大幹部二人の出撃を静止すると、席を立ち上がる。

 

 「ドクターミヤコと共に作戦を成功させたら、直ぐに戻る。それまでここで待機を命ずる」

 「御意」

 「ハァ〜。りょーかーい」

 

 タツヤの礼儀正しさと、甘い声を出しながらしぶしぶそれを了承するリコニス。

 

 総統が部屋を出ようとすると、黒い十字架のローブを身につけた四人の側近が総統の後ろから進んでいく。

 

 「不穏な空気、ですね」

 

 歩くだけでも常軌を逸した威圧感と、悪のオーラ、この二つを持ち合わせる総統を見送り、タツヤはリコニスにそう呟く。

 

 「・・・はぁ〜つまんな」

 

 タツヤの言葉は無視して、リコニスは近くにいた戦闘員を瞬時に斬り捨てる。

 

 「・・・本当につまんない」

 

 血がしたたる黄金の刀を振り血を飛ばす。リコニスは何よりも退屈を嫌う。

 

 悪魔の顔はどこか寂しそうで、しかし刺激を求める顔つきは正しく退屈を嫌い、他人を苦しめる娯楽を考える悪魔そのものであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ギンジの右手に宿る黒い炎が、オーク怪人の強固な腕、身体を焼いていく。

 

 皮膚を焼く焦げた匂いに、オーク怪人が痛みを隠すように苦い顔をしながらも、重く強い蹴りをギンジに当てていく。

 

 「なんでそんなに身軽なんだよ、お前は」

 

 ギンジからのダメージはそれこそ、そこらの怪人なら既に倒れているモノ。異常なタフネスを誇るオーク怪人に苦戦を強いられる。

 

 フェーズ3となったギンジの攻撃でさえ余裕ではないにしろ、耐えて、はたまた無理やり攻撃してきたり、そうかと思えば避けたり・・・。

 

 「お前の様な強い者と戦えるなら、もっと耐えねばなるまい。それに、ここで私が倒れれば、誰がドクターをお守護りするのだ!」

 「安心しろよ、お前を倒したらミヤコは、俺が連れて行ってやるさ」

 

 進化の怪人との約束を守る為に、ただの喧嘩に勝利を収めても意味がない。

 

 この戦いに勝ったら、約束通りにドクターミヤコをこちらに連れて行かないといけない。

 

 だからこそギンジは倒れるわけにはいかない。ここまで助けに来てくれたカエデ達に申し訳が立たないし、自分がこれと決めた正義の為に、ギンジは戦っている。

 

 「そろそろ限界来てるんじゃねーか?」

 「バカ言え、私はまだ戦えるさ・・・!」

 

 黒炎の拳と紫電の脚で次々と攻撃を与える。今までとは段違いの威力に、ギンジ自身でも制御に追われる。

 

 オーク怪人の次なる一手は、防御を崩してからの体落とし。触るだけでもダメージを追うギンジの身体に決定打を撃つには、これしかない。

 

 それに合わせてこの先のギンジの行動を確定未来を観る。

 

 映像の先はギンジの火炎放射と、爆雷の一閃。先ずは火炎放射に飲まれる映像、その先に動けなくなったオーク怪人に、紫電を纏ったギンジの蹴り攻撃が迫り、骨を折られる映像。

 

 果たしてこの攻撃を耐えられるだろうか。

 

 ギンジの怒涛の攻撃の連続に、どうするか考える。

 

 (火炎放射は避けるとそて、問題はあの速度で出される蹴り出しだな・・・)

 

 ギンジが復活する前に刺して来た肘鉄の攻撃は、オーク怪人が確定未来で見据えていても避けるとも、防ぐとも出来なかった速度を誇る。

 

 加えてオーク怪人に膝をつける威力に、もう二度と貰いたいくないと思ってしまう。火炎放射と紫電一閃蹴、この二つをどう切り抜けるかが、オーク怪人の今の課題になる。

 

 「しぶてぇな・・・これなら!どうだ!!」

 

 ギンジの繰り出したのは映像通り火炎放射。両手で口の前で穴を作り、その空洞から黒い炎の波がオークに迫り、極力ダメージの無いように防御の体制に入るも、半裸の状態であるオーク怪人にはこれでもダメージが全身に回る。

 

 「かーらーの!」

 

 次に来るのは紫電一閃蹴。それが来ると知っているオーク怪人は、あの威力の攻撃をどうやり過ごすのか考えながら身構える。

 

 「なっ」

 

 しかし出てきたギンジの攻撃は紫電を纏っていても、蹴りの攻撃ではなかった。

 

 雷を纏った頭突き。ロケットみたく姿勢を伸ばし、硬く強化したギンジの頭突きが炎に飲まれる身体に強く当たる。

 

 それと同時に黒炎は消え去り、熱風の中から開放されると、確定未来の映像とは違う事が見えたオーク怪人に焦りが出始める。

 

 「どうした?またクリーンヒットしたぜ?ご自慢の、『解ってる』ってやつはどうしたよ」

 (何故だ!?確かに確定未来では、蹴りが、見えた筈・・・)

 

 困惑するオーク怪人に、見える未来だけが現実ではないと言う事を、今知らせる時。

 

 「これでも・・・喰らえ!」

 

 右足に紫電を纏わせると、爆雷の音が鳴る。自分でも制御が難しいその速度で思い切りオーク怪人の腹を蹴りつけ、巨体を浮かす。

 

 「ごっふ・・・」

 

 限りなく光速、それに近い速度で再びギンジはオーク怪人を、地面につける。

 

 「まだまだ行くぜ!!」

 

 続く黒炎を纏った両拳が、オーク怪人の全身へと叩き込まれ、洗脳される前にひたすら暴力を振るわれた事を、今仕返しするかの様に何度も強力な力を振るい続ける。

 

 「うおおおおおっ・・・らあああ!!!」

 

 息が続く限り、この力を使う。身体が燃える事無く、かつその炎と雷は常に進化を行い、ギンジの目の前に立ちふさがる巨悪を打ち砕く。

 

 「ギ・・・ン、ジ・・・ぃ」

 

 オーク怪人もただやられるだけではなく、弱々しくその腕を振るう。

 

 いくら弱そうに見えても、その拳はギンジが生きてる中で一番痛い拳だった。

 

 ドクターを守る為、かつての仲間を連れ戻す為、きっと今も色々考えている。その事を察したギンジは、次第に能力を使わずただの拳で殴り合っていた。

 

 「・・・加減はいらない。本気で来い、ギンジ」

 

 ボソりと。

 

 叫び声と打撃音を縫うように、オーク怪人はその言葉をギンジに告げると、まだまだ耐えれるという事を見抜いた。

 

 「お前、まだ本気を隠しているのか?」

 「フン。ギリギリだな。今のお前と戦う上では、な」

 

 相変わらず何を考えているのか解らないが、それでもギリギリを信じて、ギンジは全身に黒い炎を纏って強力な攻撃を与え続ける。

 

 「俺が勝たないと・・・ドクターは救えねぇ・・・!」

 

 全身全霊の黒炎の拳はやがて、目に捉える事が不可能な程の加速、加速、加速、加速と、速くなっていく。その分拳の重さも桁違いの強さを誇り、オーク怪人を押していく。

 

 「ミヤコ!」

 

 攻撃をし続けて、ギンジは自分の恩人の名前を叫ぶ。

 

 「安心しろよ・・・例えお前が【俺を】見て無くても、俺はお前を助けてやる!お前も俺の〈大好きな人たち〉の一人だから・・・!」

 「フン・・・」

 

 ミヤコはその言葉に、自分の真意を見抜かれた気がした。それと同時に、もう自分が想いをよせていた進化の怪人は、居ないけど、その場に居る事、矛盾している様な感覚だが、ギンジの言葉を信じて無言で頷く。

 

 涙で濡れた顔に悔しさはもう無くなっていた。

 

 殴られながらもオーク怪人は、ギンジの定まった考えに鼻を鳴らす。

 

 その答えならば、ただ謀反を起こしただけでは納得が行かなくても、ミヤコを守るのであれば、オーク怪人は納得が出来る。

 

 オークからしてもドクターミヤコという存在の心を、大切に思っている。彼もまた、人の心を持つ怪人だからこそ、手下と上司、それを超えた関係になっていたのかも知れない。

 

 「どっちにても勝つのは俺だ・・・本気で来いよ、次の一発ぐらい」

 「私の本気は・・・痛いぞ?死ぬなよ」

 

 ギンジとオーク怪人がその場を離れ、お互いに距離を離し、お互いに本気の力を振り絞る。

 

 先に走り出したのはオーク怪人。

 

 後に続き、ギンジも走り出す。

 

 ギンジの右手に紫電と黒炎の二つを纏い、この一撃に全力を捧げる。

 

 オーク怪人は確定未来の映像では、このままでは自分が負けるという未来が見えた。

 

 (だが・・・これでいい。これで奴に勝ちたい)

 

 手刀を構えてオーク怪人はギンジを叩きのめす気で居た。

 

 「行けぇぇぇぇ!!!」

 

 何が行くのか、何を行かせるのか、答えは無くとも佐久間ギンジは大いに叫ぶ。

 

 同じぶつかり合いに、カエデやレンもミドリコでさえ、応援していても倒れるギンジを思い出す。

 

 また倒れる。でも倒れないで欲しい。

 

 交差した右手同士。ギンジの右手はオーク怪人の顔面の真ん中へと強く当たり、骨が砕ける様な鈍い音が鳴る。

 

 今度の手刀はギンジに刺さらず、寸前で後ろへと引いて行く。

 

 当てなかったのでは無く、当たらなかった。

 

 命中した拳は勢いを殺さず、巨体のオーク怪人を文字通り本気で殴り飛ばす。

 

 顔を燃やし、身体を感電させ、思い切り殴られた。

 

 床に叩きつけられ、ついにミヤコの最強の戦士・オーク怪人は倒れた。

 

 敗北。一騎打ちによる勝負はギンジが勝利を収めた。

 

 「やったーーー!!」

 

 カエデが喜び、レンも微笑みを。ミドリコも涙を流し、藤原とイロは親指を立ててグッドマークを作る。

 

 ギンジの後ろでミヤコはオーク怪人を見ながらも、最早抵抗は無く、ギンジという最強の怪人を拍手する。

 

 「この勝負・・・俺たちの勝ちだ!!」

 

 勝鬨をあげて、ギンジ達はこの勝負に勝った。

 

〜ヘルブラッククロス・大幹部ドクターミヤコ戦〜

 

 オーク怪人、剣士の怪人、タコ怪人、サキュバスの怪人

 

            vs

 

 佐久間ギンジ、宮寺レン、神宮カエデ、甘白ミドリコ

 

 

      勝者・ヘヴンホワイティネス

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 崩れた音楽堂のコンサートホールで、オーク怪人はミヤコの治療を受ける。

 

 「にしても、お前だけは消えないんだな」

 

 その隣で同じく治療を受けるギンジが、オーク怪人に問うと、オーク怪人は満足げな表情を向ける。

 

 戦闘が終わってからフェーズ3は終息したのか、皮膚の色は元に戻っていた。

 

 「ブヒ。私の方が包帯の量が多い。お前よりな」

 「なんの自慢だ」

 

 藤原、イロ、ミドリコの三人は今後の事を話し合っている様子で、カエデとレンはギンジ達の近くにいる。

 

 倒れた戦闘員達は全員漏れなく、お縄についた。

 

 「で、えーと・・・?さっきの話、もう一度聴かせてもらえる?」

 

 カエデは腰に手を当てながら、ギンジに詰め寄る。

 

 「いやだから、このドクターミヤコを、俺達で保護しようぜって」

 「嫌よ!そうしたらこの豚顔も一緒に来ちゃうでしょうが!」

 「豚顔とか言うなよ。オークだぞ」

 「親しみを込めて、オーク怪人【様】と呼べ、ヘヴン1」

 「うるっさいわ!」

 「オーク怪人様・・・私達は、ヘヴンホワイティネス。怪人を、倒す存在」

 

 ギンジの提案からカエデの否定。そこからオークの小ボケにレンの悪ノリと敵意の混じった会話に、ミヤコは羨ましそうに眺める。

 

 「だいたいなんでこんなのをあたし達が保護しないと行けないのよ!」

 「いやー俺の命の恩人だし・・・それに」

 「それに?」

 

 ギンジはメンタルのやられたミヤコを見ると、相変わらず気恥しさに敗けてはにかむ。進化の怪人として見ていたからこそ、今は佐久間ギンジとして受け入れるのが、少しむずがゆく感じていた。

 

 もう二度と会えなくてもドクターミヤコの最高傑作は確かに、この男の中にいる。

 

 「それに、ミヤコを守ってやりたいんだ。俺しかそれをできねぇからさ・・・ヘルブラッククロスから誘拐、って事になるけど、ミヤコはどうする?」

 

 やるべき事は決まっていても、彼女の意思だけは尊重してあげたい。身体の中で進化の怪人がそう言っている様な気がした。

 

 ギンジ達が今ここで誘拐を無理やり行えば、それはヘルブラッククロスと同じになる。

 

 「わ、わたしは・・・ギンジ君と一緒なら・・・それで」

 「なんかムッっかつく!」

 「落ち着いて、カエデ」

 「お前はどうするんだ?オーク」

 

 

 座りながら話すギンジの言葉に、オーク怪人は断りの態度を取っている。

 

 「私はいい。ドクターが無事なら、次があるからな」

 

 大幹部を誘拐するということは、組織への宣戦布告にも使える上に、色々と交渉にも使える。それだけが目的になるわけではないが、名目上そうしておけば理由として十分になる。

 

 なにより新たな怪人が、ギンジの知らない所で造られる心配がない。

 

 「ギンジ君・・・本当にいいの?」

 「なんだよ、らしくないな」

 

 サイズの合わない白衣で口元を隠し、ミヤコは肩を震わせる。

 

 「くっ・・・ふっ・・・」

 

 泣いているのか、顔をうつむかせる。

 

 「いや・・・まぁ、お前がいいなら、だけどよ。進化の怪人に言われたんだ。ドクターを守れってね。今、進化の怪人は居ないけど、俺でよければその役割、変われないかなって」

 「くふふふふふふふそれってもう結婚でいいんですよね!!!?」

 (!?)

 

 泣いているなんて事はなく、いつものミヤコだった。

 

 「くふふふ、中身はギンジ君でも、身体は進化の怪人だからね・・・わたしがそっちに行けばそれで解決なら、わたしはずっと君と一緒に居るよ!!っていうか居させて!」

 「いででで!抱きつくな!」

 「くふふふ・・・あ、でも怪人殺しが三人もいるのよね・・・」

 

 ミヤコがギンジの身体に抱きつきながら、カエデをにらみ、次にレンを睨んで、最後にミドリコを睨む。

 

 「怪人殺しなら俺も同じだけど・・・」

 「ギンジ君はいいの。そういう怪人だからいいの!」

 「何よその理論・・・」

 「ギンジにだけ手を出すなら、それでいい。だけど、私とケイタに手を出したら、許さない」

 「ちょっと!あたしは!?」

 「・・・カエデが解決して」

 「えー」

 

 レンにはカエデとミドリコ・・・例外として熊沢レイナ。この三名がギンジに恋をしていると見抜いていた。

 

 しかし長らくヘヴンホワイティネスを苦しめた謎に包まれた敵性存在、ドクターミヤコもまたギンジに恋をしている事を気づくと、カエデハウスで起こるであろうカエデvsミヤコは必然的なモノと捉え、なによりそのやり取りは面白そうに思えた。

 

 「さて・・・ミヤコを連れて行く事は決定したけど、オークは本当にいいのか?」

 

 ギンジはミヤコに抱きつかれながらも、ゆっくり立ち上がるとオーク怪人に目を向ける。

 

 「構わない。それより、確定未来で嫌なモノが見えていてな・・・」

 

 その内容はあまり良い内容ではないのか、オーク怪人は怪我を抑えながらギンジの横に立つ。

 

 「もうすぐ総統がここに来るみたいだ・・・だが、一人じゃない」

 「マジで?」

 「私は嘘は言わん。ドクター、もしかしたらお会いできるのはこれで最後になるかも知れません」

 

 その言葉の意味を深読みしたギンジは、これから彼の行う事を察した。

 

 総統への足止めを行うつもりだ。

 

 「お前、いいのかよ。ヘルブラッククロスだろ・・・?」

 「構わん。それに私は、後にも先にも、ドクターにしか忠義を尽くしていない。総統の創る世界とやらには、興味深いモノではあるがな・・・」

 

 焼け焦げた軍帽をかぶると、再び自分の恩人であるドクターの方を向いて敬礼をする。

 

 「オーク・・・」

 「貴女の下で、貴女の為に戦えた事は、このオーク怪人の生涯の誇りであります」

 「オーク・・・っ!」

 

 ギンジから離れて、ミヤコはオーク怪人に抱きつく。

 

 「ずっと・・・長い事、ありがとう・・・いっぱい、ありがとう・・・貴方も大好きよ・・・オーク・・・」

 「見たかギンジ、ブヒハハハ。これが私の魅力の深さだ」

 「だからなんの自慢だよ・・・」

 

 怪人達を全員倒したヘヴンホワイティネスは、非戦闘員であるドクターミヤコを拉致。これにより、捕虜とされる。

 

 この作戦であれば、矛先は街ではなくヘヴンホワイティネスに向くという作戦だが、上手く行くかは解らない。

 

 「上手く行かなくても、俺達はもう敗けない・・・だろ?カエデ」

 「え?」

 

 不意に話しかけられて少しビックリするが、カエデはそれを嬉しく思う。

 

 「そうね・・・!」

 

 ニッと笑うと、心からギンジを助けに来て良かったと思う。

 

 それはそれとして。

 

 「あ、そうそう・・・帰ったら、あんたの事ぶっ飛ばすから、いいわね?」

 「は?」

 「私も、ギンジを叩く、つもり。ビームハンマーで。ミドリコも平手打ちするって、言ってたよ。ふふふ」

 「マ?」

 「じゃあまた怪我したら、ギンジ君の治療はしてあげるね・・・くふふふ・・・色々メンテはしてあげないと・・・色々と」

 「おい、何をするつもりだ?」

 「そんな事はあたしがさせないわよ!」

 「くふふふふふ」

 

 オークが手を叩き、場のなごやかな空気感を静まらせる。

 

 「ここの事は私に任せて、ドクター達はもう行きなさい。総統が来れば、今度こそ終わりになるぞ」

 「っと、そうだな・・・でもよ、お前いいのか本当に・・・」

 

 まだ言いたい事もあるが、できればこんな強い怪人、仲間に引き入れておけば戦力が大きく上昇するとギンジは思う。

 

 しかし頑なにオーク怪人は首を横に振る。

 

 「私が組織に戻る事で、ドクター捜索の任は時間を稼げる。そうすればドクターとギンジの結婚が・・・いや違う、ドクターへの全権を私に預けてもらえる。失敗しても同じ、私は死んでも、ドクター捜索の情報が得られなくなる」

 「わたしは・・・ギンジ君と一緒に居たいから・・・本当は総統の世界も今も世界もどうでもいいし・・・」

 「じゃあ答えは決まったな」

 

 これもまたオーク怪人という人物の覚悟なのだろう。

 

 本当にドクターの事しか考えていないのだが、それもまた怪人という存在の奥底の強さなのだろう。

 

 「では・・・ドクター!お達者で!」

 

 音楽堂を後にしたギンジ達は、オークに見送られて脱出する。

 

 ギンジ救出は成功し、大幹部ドクターミヤコの誘拐を完了させたヘヴンホワイティネスは、ヘルブラッククロスへの大きな被害を与える事に成功した。

 

・・・・・・・・・・

ミミミミミミミミミミ

ヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤ

ココココココココココ

・・・・・・・・・・

 

 

 ギンジ達が逃げた数分後、総統は4名の手下を連れて音楽堂へとやってきた。

 

 「これはどういう事だ・・・?答えよ。大幹部オーク」

 

 総統の威圧は今の怪我に響く。

 

 そこについている4名の手下・・・総統直属の怪人達もオークの失態ににらみを効かせる。

 

 「ヘヴンホワイティネスから襲撃を受けました・・・奴らは、我々の仲間である、剣士、タコ、サキュバスを下し、ドクターを連れ攫いました・・・私も応戦しましたが、彼の者、進化の怪人こと、佐久間ギンジの予期せぬ進化、フェーズ3の力の前に、私は敗北してしまいました・・・」

 

 敗北。その言葉に、総統が殺気を大きく膨れ上がらせ、殺意によって暴風が吹き荒れる感覚の中、オーク怪人は動じない。

 

 (ただの人間にしては恐ろしい殺意だ・・・ブヒ・・・)

 

 手下の一人がローブを取り、中から赤い肌のゴツゴツした身体、一本の黒い角を生やした怪人がオークに詰寄ろうとする。

 

 「だーからー、俺っちがドクターの側近になればこんな事にならんかったんだって」

 「あまりいじめては面白みがありませんわ。赤鬼」

 

 もう一人、凛として、しかし涼しげな声音の怪人が赤鬼と呼ばれた怪人を抑制する。

 

 彼女もまたローブを取り、その姿を見せる。

 

 青い髪に、病的な程白く見える肌、黒い着物とのミスマッチに見える様な対局的な色合いで、瞳はやはり黒い眼球、赤い瞳をしている。

 

 「雪の怪人・・・俺っち、ドクターの為に言ってやってるんだーぜ?おう?」

 「ヒィ!ごごごっご、ごめ、ごめんなさい・・・」

 

 強気な口調だったのに、赤鬼の睨みに直ぐに涙目になる雪の怪人。

 

 「お前たちもローブを取れ」

 

 総統の一声に、残る二人の怪人がローブを取る。

 

 中から出てくるのは、小さな手鏡を持ち、目を包帯で隠した奇妙な出で立ちの怪人。

 

 もう片方は、顔や身体に皮膚はなく、表情豊かに形が変わるドクロの姿で、瞳の部分だけは眼球が穴の形と同じ大きさで、怪人特有の瞳を宿す怪人。

 

 「これからお前の変わりに大幹部に立つ、我々の新しい戦力だ」

 

 総統がオーク怪人に対して一瞥もくれずに言い放つ。

 

 「ブヒ・・・それは・・・」

 

 言葉の意味がよくわからない。

 

 「貴様は力のある者だと思っていたが・・・ヘヴンホワイティネスに敗北し、治療という情けまでかけられ、あまつでさえドクターを連れて行かれた。お前は力が無いようだ。よって切り捨てる」

 

 ヘルブラッククロスの真理にそって言えばそのとおりだ。

 

 力の有るものが残り、力の無い者は、簡単に切り捨てられる。大幹部はこうやって入れ替わってきた。

 

 「ま、そういうこって、お前はもう用済み。おーけー?」

 

 赤鬼の怪人が陽気な雰囲気を出しているが、オーク怪人の額を指でトンと押す。

 

 「赤鬼、雪、鏡、骨。怪人四天王よ!」

 

 総統の号令で怪人四天王と呼ばれた者達がオークを背後に置き、整列する。

 

 「手段は問わん。お前たちに、ドクターミヤコの捜索を任務として言い渡す。見つけ次第、殺せ」

 「ブヒ・・・今、なんと!?」

 

 ドクターが攫われても彼女の事は殺さないと思っていた。

 

 だが今回の事は誰にも予想できない事だった。怪人四天王の4名も、流石に動揺を隠しきれないが、直ぐに総統の意思を汲み取り、敬礼を行う。

 

 「これは・・・マズイ!!」

 

 ドクターが危ない。いつか見つかれば絶対に殺されてしまう。

 

 気がつくとオーク怪人は、音楽堂を走り抜けだして居た。

  

 「くうぅ・・・誤算だ・・・」

 「誤算とは、どういうことかね、オーク」

 

 聞き慣れた落ち着いた超え。普通の戦闘員とは違う紫色の戦闘服を着た、ドクターミヤコの護衛部下、紫がオーク怪人の真横から話しかけて、その足を止めさせる。

 

 「紫・・・」

 「やぁ、久しぶり・・・でもないね。オーク、君は今日付けで、ヘルブラッククロスを解雇だ。人間の言葉でね、クビってやつだよ」

 

 悪びれもせずに紫は、オーク怪人を前に臆さずに語り始める。

 

 「新しくドクターの席には、この私が着くことになってね。総統のお言葉は絶対だ。これからはドクターパープルとでも呼んでもらおうかな。正直、あんな子供に力のある世界の立役者にはなれないと前から・・・」

 「貴様、ドクターを愚弄する気か!」

 

 オーク怪人の認識では、紫はドクターミヤコに憧れて大幹部を蹴って、護衛部下になる道を進んで来た男だ。彼女の功績や研究へのサポートはオーク怪人以上に行って来た実績のある男。

 

 「愚弄?バカな事を言わないでくれたまえ。それで、オークはこの先どうするのかな」

 

 紫の真意はどうやらこのドクターの席が欲しかった様だ。その態度にオーク怪人は怒りとやるせなさが同時に身体に降りかかる。

 

 「貴様・・・!」

 「おっと動かない方がいいよ。このドクターパープル産の怪人も来ているんだ・・・」

 

 紫の背後にはライフルの様な銃を構えた怪人が、銃口をオークに向けて現れる。その出で立ちは鱗に、長い尻尾、薄い布を付けた龍を連想させる様な怪人。

 

 そして手元のライフルは向けられた銃口から見るに、顔の形をしている。機械的な見た目をしているが、これには生命体の様な反応も感じる。

 

 「紹介するよ。彼女は龍の怪人。そして手元のライフルは機械の怪人・・・いずれもドクターミヤコ・・・元ドクターの怪人よりも強化されているんだ・・・さらにもう一人」

 「!?」

 

 オーク怪人の真上から緑色の、ジュワジュワと泡立つ液体を落としてきた少年の見た目をしている者が羽をパタパタとはばめかせ、オークを見下ろす。

 

 「彼女も怪人・・・毒蛾の怪人だよ。素晴らしいだろう?」

 「これが全てお前の造った怪人だと言うのか・・・?」

 

 驚愕する。総統の直属の怪人の存在は知っていたが、短期間でミヤコを超える速さで怪人を三体も造るとは、紫と付き合いの長いオーク怪人は知るよしも無かった。

 

 これだけの実力が有るというのは、やはり大幹部になれるだけの実力があったからだろうか。

 

 「さて・・・今回は顔見せ程度だけど・・・次は容赦しないよ。嫌ならドクターもろとも逃げおおせると良い」

 「貴様・・・!!」

 

 今ここで戦っても勝算は限りなく低い。詳細な能力が不明な怪人三体。

 

 これを相手にして、今のオーク怪人が勝てるとは思えない。

 

 「チワワ、お前には失望した」

 「ホッホッホッ・・・私達のドクターを攫われてしまうとは、貴方も落ちたモノですねぇ・・・」

 「あー、あっしは別にいっすよ」

 

 オーク怪人の背後からドクターミヤコ派の怪人達が次々と現れる。

 

 犬、触手、紐。そして新規の龍、機械、毒蛾の怪人。

 

 「今逃げるならチワワ、お前を追い詰めない」

 「・・・」

 

 龍の怪人も犬の怪人の言葉に頷き、紫は再びオーク怪人を見つめる。お面はくぐもった声を出すが、異様な雰囲気を感じ取った。

 

 「元組織のいち員のよしみとして、今は見逃してあげますよ。さぁ、逃げろ・・・出口はあっちだ、オーク」

 「ここで逃した事を・・・後悔させてやる・・・」

 

 怪我を抑えながらオーク怪人はそれ以上は語らず、無言で走り出す。

 

 「くくく・・・後悔、後悔ねぇ・・・」

 

 どこか寂しげなその背中は、振り向かずに言葉を発する。

 

 「オークこそ、悔いの残らない様に、頼みますよ」

 

 この日、ヘルブラッククロスは大きな損失を与えられたが、新たな大幹部と、新たな怪人により人数の補填が加えられた。

 

 大幹部ドクターミヤコ→大幹部・紫

 

 新規の怪人、龍、機械、毒蛾

 

 そして総統が全国で暗躍していた怪人四天王の招集。

 

 闇は攻撃されても周りを侵食していく。それどころか大きく、深く、広がっていく。

 

 「揃っているな」

 「ここに。総統閣下!」

 

 音楽堂から総統が出てくると、その後続に怪人四天王が現れる。

 

 外の広場にいた者たちは紫を中心に7人が並ぶと、敬礼を行う。

 

 「では・・・ドクターミヤコ抹殺の為に、全員動いてもらおう」

 「ハッ!!!!」

 

 総統は悪辣な笑みを浮かべ空を見上げる。紅に輝く瞳は、どこを見ているのか・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 カエデハウスに帰宅したカエデ達は、とりあえず思い思いの言葉と、ありったけの想いを乗せてギンジに制裁が加えられていた。

 

 「がはっ・・・ごほっ・・・なんで?」

 「必ず追いつくって言った嘘へのバツよ!」

 「俺それ何度も車であやまったやん」

 「私達がどれだけ心配したと思っているんだ・・・」

 

 カエデとミドリコがずっとギンジを問い詰めている。それを見てミヤコは心配をしつつも、ギンジなら大丈夫と、キッチンで何かを温めてるケイタを見る。

 

 「えーと・・・始めまして・・・だよね。僕は角倉ケイタ。君は・・・」

 「くふふふ。初めまして、わたしはドクターミヤコ。何を隠そう、あのギンジ君のお嫁さんです」

 「ミヤコ、嘘はよくない」

 

 ミヤコの大嘘に、レンが即座に否定を入れる。

 

 「いてて・・・まぁでも本当に悪かったよ。まさかあんな事になるなんて思わなかったし・・・ああ、でも」

 

 傷を抑えながらギンジは立ち上がると、カエデ、レン、ミドリコに頭を下げる。

 

 「ありがとう。助けに来てくれて。本当にありがとう」

 

 謝罪の言葉は言い続けたが、お礼は言ってなかった。

 

 だから仲間としても、人としてもギンジはちゃんとカエデ達にお礼を言う。感謝の言葉を。

 

 「ん、もういいから頭上げなさいよ」

 

 ギンジが頭を上げると、キッチンテーブルには温められたハンバーグが置いてあった。

 

 「飯?」

 「そうよ。あんたがハンバーグが好きって言ったんでしょ・・・あたしも、───と、食べたかったし」

 

 最後の所を上手く聞き取れなかったが、カエデが先にテーブルに向かう。顔が赤くなっていた様な気もしたが、ギンジはそれに気づいていなかった。

 

 カエデは少し嬉しそうに、ミドリコも微笑みながら椅子に座る。

 

 「ギンジが無事でよかったって僕も、本当に安心したよ。さ、座って!皆で食べると美味しいよ」

 「くふふふ・・・ギンジ君の貴重な食事シーン見られるってどんな神世界?」

 「・・・へへへ」

 

 自然と笑顔になれる。こうやって自分の仲間とご飯を食べれる事に、嬉しさを超えて感動する。

 

 胸の中に暖かいモノがこみ上げて、今この瞬間を取り戻せて本当に良かったと。 

 

 ギンジは何度目か解らない決意をする。

 

 どんなイレギュラーでも、どんな逆境でも、必ず跳ね返してやると。

 

 そして・・・。

 

 ヘルブラッククロスを必ず倒すと。

 

 〈大好きな人たち〉の未来への歯車は、良い方向へと動き出していた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 ──2102年。未来、東京。

 

 甲高いサイレン音が辺りに鳴り響き、レジスタンスの遊撃部隊長・シルヴァは大雪の中、数の暴力で死んだ事を思い出す。

 

 「なんだ・・・?」

 

 ついさっき希望の光であるレンを送り出し、自分は自爆覚悟で戦闘員達と戦っていたはずだ。

 

 「ああ、そうかい。俺死んだのか」

 

 胸ポケットからタバコを取り出し、火をつける。

 

 「なぁ・・・運命の怪人・・・いや・・・サク・・・いるんだろ」

 

 サクという名を呼ぶと、シルヴァの中から何者かが語りかける。

 

 「──、───!」

 「へぇ、そうかい。そりゃあ良かった。と、すると、日本死ぬ未来は回避されたんだな・・・」

 

 サクと呼ばれた者は、シルヴァの中で何かを熱く語る。

 

 「さて・・・俺がまた死ぬ展開になれば、向こう側に行けるのかね」

 

 真っ暗なあの空間。

 

 シルヴァとサクの二人が死ぬ時、あの空間の支配者として君臨できる謎の場所。

 

 「あと一回使えたのは、俺が戻る為、か・・・じゃあ次はもうチャンスはないんだな?」

 

 拳銃を構えてシルヴァは崩れた防衛ラインの、扉を見る。人の気配は無く、きっと女性は攫われ、男は皆殺されたのだろう。

 

 「・・・頼むぜ、希望の光・・・頼むぜ・・・」

 

 大雪の降り続けるこの兵器の攻撃の中、シルヴァは足取り重く、その場所から離れた。

 

 「ああ、暖かいな・・・」

 

 大雪が降っているのに、こんな暖かいのはおかしい。きっと過去のレジスタンス活動で、命を助けた怪人、運命の怪人のおかげかも知れない。

 

 「・・・あいつの変えた───、見てみたかったな」

 

 言うとシルヴァはもう喋らない運命の怪人サクを、心の中に収めて、果ての見えないかつての国道を、白く凍った道を歩き出す。

 

 もはや人の気配の無い侵攻の後に、漂う空気は絶望に染め上げきったこの世界。

 

 いつまで続くか解らないこの寒く凍った道を、シルヴァは力尽きて意識を失うまで歩き続けていった。

 

 やがて、大雪は何もかもを闇に閉じ込める。

 

 人も、命も、心でさえも。

 

 

 (頼むぞ・・・必ず、勝てよ・・・!!!)

 

 信じた想いは静かに大雪に包まれ、東京と呼ばれていた場所は極寒の監獄とされた。

 

 残るのはただ白い道。東京を覆う巨大な白いドームが、虚しく残っていた・・・。

 

 

続く

 

    

 




お疲れ様です。

タコ怪人の最後の言葉の答えです。

申し訳ありませんをローマ字で反対から読むと、あの不可解な言葉になります。タコ怪人は元々「!やい来てっかか」と、反転させる喋り方を予定していたのですが、あまりにも書きづらいし、読みづらい!やめようってなって、○○のサインという喋らないけど、意思疎通できるキャラになりました。

キャラネタ書きます

怪人四天王
それぞれ、赤鬼、雪、鏡、骨の怪人からなる総統直属の部下。
ミヤコが造ったオーク怪人を元データに、総統が自分で造り上げた怪人。オークよりは後輩になるが、赤鬼、骨の怪人はおそらくオークよりパワーがある。赤鬼、骨は男性、雪、鏡は女性。

龍/機械/毒蛾の怪人
紫がミヤコのデータを元に改良して造った怪人。いずれもフェーズ2で、人間を素材にされている。


本当はドクターを子供と侮っていた・・・?
オークが不要であれば直ぐに消せばいいのだが、それをしなかったのは彼が人間であるから。かつての義理と恩義は少なからずあった為、逃がすという選択に至った。
しかしミヤコへの忠義は嘘だったのだろうか、それが疑問と、オーク、触手、犬、紐は言う。

シルヴァ
大雪に潰された。拾った怪人にサクと名付けている。

佐久間ギンジ
皆で食べるご飯は美味しい

鈴村ミヤコ
ギンジ君と一緒ならもうなんでもいいやの結論に至ったが、怪人達の事は誰一人として忘れてはいない。現在、ギンジの部屋に密かに侵入計画を企てている。

神宮カエデ
ギンジと一緒にご飯を食べたかった

宮寺レン
「カエデ、ミドリコ・・・よかったね」

甘白ミドリコ
そろそろ怪人バスターに転職しようか悩んでいる。

藤原
今後物語において重要な役割を与える予定。おじさんだからって嫌いにならないでね

山吹イロ
オーク怪人にぶっ飛ばされてあばらが折れた。撤退後は病院送り。

オーク怪人
笑う時はブヒハハハと笑う。
紫から裏切られ、総統から切り捨てられたけど、ドクターを守護る為に、いつかギンジ達に加勢しにいく予定。


さて次回は序盤の最後の話。

それぞれのヒロイン達が、ギンジへの愛を大きくしていきます。違う話になったらごめんなさい。

それでは、また次回!!!!


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26・この感情を何と言うか、知っている

こんにちはアトラクションです

今回のお話で序盤が終わり、次回からはこの物語の中盤に入ります。

通常戦闘BGMとか変わりますね、中盤って。

感想等いただけますととても嬉しいです!
それでは、お楽しみください!


 

 くふふふふと、奇妙な笑い声が聞こえる。

 

 カエデハウスの地下医療室で眠るギンジにの上に、重たい何かが乗っている。

 

 人の様な暖かさと、鼓動を感じる。

 

 身体の両脇に何か細長いモノに挟まれ、ギンジは左右からの何かと上に乗る何かに、うなされている。

 

 「可愛い・・・寝顔、かわいい、好き」

 

 上に乗っているのは、問題児ミヤコ。

 

 ギンジへの愛が暴走している色々とやばい狂人なのだが、今はヘヴンホワイティネスに誘拐され、拉致されている。

 

 今の時間は7月1日の、朝7時30分を回る頃。

 

 音楽堂の戦いを追えたギンジは、誰よりも怪我がひどかった為に、自室ではなく、地下の医療室で看病されていた。

 

 普通の病院につれていく事も考えたが、それよりもミヤコであれば怪人の治療が、他の何処よりも速く、確実な回復が出来るという事で彼女がその役目を勝って出た。

 

 実際にその治療の腕は完璧なモノで、ダテにドクターを名乗っていない。正直にスゴイと感心出来る腕前だったが、その治療を快く受けたギンジは睡眠薬をもられて眠ってしまった。

 

 そうこうして朝になるのだが、ギンジの回復を待ちきれない少女は、欲望が抑えられず、ギンジに跨りとろんとした顔で恍惚な表情を浮かべ、恋というよりは夫を求める新婚の妻といった所。

 

 「何してんのよ・・・」

 

 また違う人物の声が聞こえる。

 

 「くふふふ、ギンジ君と一つにつながろうとしてるのよ。立ち入り禁止の札は見えなかった?」

 「そんなモノなかったわよ」

 

 ギンジにまたがるミヤコを見て、カエデは呆れる。どうみても看病をしているようには見えない。

 

 「っていうかあんたも学生でしょ!学校行きなさい!」

 「いーやーだー!学校なんていじめと不条理の塊、行きたくない〜!」

 

 ミヤコの頭を掴んでワシワシと回すも、ミヤコはそれに動じない。ただ学校という環境は嫌いの様で、異常な反応を見せる。

 

 「勉強なんかしなくても、わたしはもう既に頭いいもん!ギンジ君の側にいるのが、一番の勉強で、お嫁さんの第一歩なのよぉーー。これが花嫁修業なんだからあああーーー」

 「そんな花嫁修業あるかい!」

 「あらギンジおはよう」

 「おはようギンジ君」

 

 ついに目を冷ましたギンジ。というより跨がられた時から、実は起きていた。

 

 「おはよう、二人とも。さてミヤコ・・・なんで俺の上に居るのか聴いてもいいか?」

 

 ギンジは起き上がれずに、身体に密着する女の子を見上げる。相変わらずのはにかむ笑顔は可愛いのだが、今は非常にマズイ。

 

 男性の生理現象が、バレないかと不安になる。

 

 「んーーー・・・ギンジ君の経過観察、かな」

 「あんた一晩中ここに居たじゃないのよ、バカミヤコ」

 「くふふふ。そういうカエデモンキーは五分起きに、この部屋を覗きに来てたね・・・」

 

 それについてはギンジも覚えているが、直ぐに意識を落とされた為一晩も、やり取りを行っていた事に驚きを隠せない。

 

 それにしてもバカミヤコ、カエデモンキーとまで呼び合う程仲良くなっていた様で、ギンジは安心する。

 

 元は敵同士のこの二人、今は一つ屋根の下で嫌でも暮らさないと行けないのだから、折り合いをつけたのだろうか。

 

 「はやく退きなさいよ。ギンジが起きれないでしょ」

 「くふふふ・・・もうちょっとだけ」

 「何がもうちょっとなんだ!?も、もう大丈夫だから速く降りてくれ」

 「くふふふ、ギンジ君に言われたらしょうがないかな〜」

 

 少しの迷いも無くミヤコはギンジから降りる。女の子の良い香りと、程よい重さ、柔らかさがギンジを刺激する。

 

 (ふぅ〜危ねぇ〜・・・ほんとに理性を失いかねないんだよ。ミヤコって可愛いから)

 

 ギンジも身体を起こすと、カエデが顔を近づける。

 

 「怪我は?もう大丈夫なの・・・?」

 「ああ、もうこの通り、元気だぜ」

 

 怪人の治癒速度は普通の人間よりも速いが、そこに加えてミヤコの完璧な治療で、ギンジの怪我は無いも同然になっていた。

 

 「そ、良かったわ。じゃ、朝ごはん食べるわよ。早く上がって来なさいよ」

 

 カエデはそれだけ言うと、足早に部屋を出ていく。

 

 「なんだよ素っ気ないな〜。まぁ、いつものことか。ミヤコは朝飯食べたのか?」

 

 カエデを見送ってから愚痴を吐き、ミヤコに向き直ると、ミヤコもニッと笑顔を作りながら、ギンジに言葉を出す。

 

 「わたしはもういっぱい食べたよ」

 

 そのままギンジの耳元に顔を近づけて来た。あの時耳を噛まれた事を思い出し、思わず離れてしまうが、ミヤコの手がそれを許さなかった。

 

 いつの間にか頭を抱きしめる様な腕の回し方に、驚かされる。

 

 もし戦闘になったら勝てないかもしれない。

 

 「ごちそうさま♡」

 「え・・・?」

 「それじゃ、わたしは寝るよ。つきっきりで【看病】してたから、もう眠くてね。わたしの部屋は地下にあるから、いつでの寝に来てね」

 

 一気に意味合いの変わった言葉を聴いて、ギンジは顔が青ざめる。

 

 「何されたんだ・・・何もされてないよな・・・?」

 

 色々と不純な事を妄想するが、ギンジは一先ず朝ごはんを食べる為に部屋を出た。

 

 「くふふふふふ・・・美味しかったよ・・・」

 

 ゾクゾクと悪寒の様なモノがギンジの全身に入り、鳥肌が身体いっぱいに出来上がる。

 

 「だ、大丈夫・・・俺は、何もされていない・・・居ないはずだ」

 

 一晩中カエデとひと悶着があったようだし、心配な事はないだろう。

 

 不安を忘れて今はご飯を食べよう。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 リビングではレンとケイタの姿は無く、カエデがちゃかちゃかと朝ごはんを調理していた。

 

 夏の学生服の上にエプロンをかけて、目に良いモノを見れた。その事に俺は歓喜する。

 

 あのヘヴンホワイティネスの神宮カエデが、俺の為に朝ごはん作ってくれてるんだぜ?こんな嬉しい事ないでしょ。マジで。

 

 顔を洗うと、水の冷たさが心地よい。

 

 もう7月に入った。夏が始まり、常夏を楽しむ季節だ。

 

 夏と言えば夏服よな。薄着の女の子って、なんだかこう、あるよな!?

 

 「キモい顔してんじゃないわよ。早く食べちゃって。ああ、食器とか入れとくだけでいいから」

 「おう、ありがとうな!」

 「・・・」

 

 なんかチラチラこっち見てるんだけど。どうしたん?話聴くよ?

 

 朝ごはんのラインナップは、白米と、ナスの味噌汁。それとハンバーグの残り。

 

 何より、オムレツまであるなんて有能すぎないかこの人。

 

 いやー朝から豪勢ですこと。こんなしっかりした朝ごはん、久しぶりだよ。具体的には23年ぶりかも。

 

 どれを食べても美味しいなぁ、生きててよかったよ。

 

 白米の硬さも丁度いいし、味噌汁も濃くないし、ナスがぷりぷりしてる。ハンバーグは小さいけど、こーゆーのが食べやすくていいのよな。

 

 俺はひたすらもぐもぐ食べるが、カエデはまだチラチラ俺を見てくる。

 

 「・・・味、変?」 

 

 ああ、そゆこと。どうやら俺が黙って食べてるから、まずいか心配になったんだろう。

 

 「いやいや全然!全部美味いよ」

 「ホント!?良かった・・・」

 

 ホッとしたけど、神宮カエデって好きな人とか居たっけ?

 

 あー聴かないでおこう。またぶっ飛ばされそうだ。

 

 にしても、そうだよな、学生だもんな。色恋のひとつや二つ・・・。

 

 「・・・」

 

 そこまで思って俺はなにか嫌な空気に包まれる気がした。カエデはきっと手料理が出来るのは、誰か気になる人がいるからその人の為だと俺は思う。

 

 そこはいいんだが、もしカエデに好きな人が居るんじゃないかと、こう考えたらなんかこう・・・もやっとすんなぁ・・・。

 

 「俺の出る幕じゃないと思うけど、もし・・・お前の事を利用しようとするクズ野郎がいたら、直ぐに教えてくれ。レンとミドリコ、それからレイナとサクラも連れて制裁に行くからよ」

 「え!?ああ、うん。ありがとう・・・?」

 

 この反応、間違いないな。ほとんど恋愛童貞の俺だが、これでもかつては恋人もいたんだ。すぐ別れたけどね。

 

 神宮カエデには気になってる奴がいる!!それかもしくは好きな人がいる!!!!

 

 「・・・じゃ、学校行ってくるわね。バカミヤコと変な事しないでよ」

 「しねーよそんな事。気をつけて行けよ」

 「うん・・・!ありがと、ギンジ」

 

 おーおー嬉しそうな顔しちゃって。

 

 奇妙な関係だが俺達はこうじゃないとな。

 

 カエデを見送って、俺は残りの朝ごはんを食べる。いやー美味しい。まじで美味しい。料理の一つひとつに愛情が籠もってる。そんな気がする。

 

 「さて・・・」

 

 食器を片付けて、朝の強い日差しを見る。

 

 7月突入。本来であればヘヴンホワイティネスは宮寺レンという仲間の一人が離脱し、背水の陣に等しいやばい状況に、カエデとミドリコは立たされる。

 

 しかし俺というイレギュラーが介入した事で、ヘルブラッククロスの矛先は俺に向いた。

 

 それにより、俺を放っておいても全滅のエンディングは回避されたのだが、あろうことかカエデ達は、俺の救出まで成し遂げた。

 

 この救出劇によって、俺はフェーズ3の進化を果たし、誰一人欠ける事無くヘヴンホワイティネスは7月という魔の領域に到達した。

 

 ここで問題が発生する。

 

 その問題とは、ここから先、ゲームのイベントが大きく変わる可能性がある。

 

 本来のイベントでは、基本カエデかミドリコがメインで進み、それぞれ心を握られていく。

 

 今はケイタも無事だし、俺は本当に皆が無事でありがたいよ。

 

 「さて・・・」

 

 問題について本格的に話そう。

 

 先にも言ったが、先ずはゲームのイベント通りに行かない事。

 

 作戦の大半を決めていたドクターは、今は俺たち所にいる。

 

 なので陣頭指揮を取れる者が、きっといないからすぐには動いて来ないから一旦保留。

 

 次に、俺の知らない怪人の出現。これについては色々と有るが、先ずはイベントで出ずっぱりのタコ怪人は倒したからもう出てくることは無い可能性が高い。

 

 更に言えば、ミヤコに次ぐ立場のドクターが居るのかも解らない。可能性としてはある・・・という事で。

 

 「居たとしても・・・ミヤコみたいに強い怪人は造れないだろうな」

 

 ・・・その方がありがたい、切実に。

 

 3つ目、これは無いと思うがミヤコの裏切り。

 

 絶対無いとは言えない為、何かしら対処を考えておこう。

 

 しかし・・・ミヤコがさっき言ったごちそうさまの意味、ものすごく気になるな・・・。

 

 考えても仕方ないが、問題点は結構まとまってきた。

 

 「シャワーでも入るか」

 

 俺はサングラスも無いため、外には出れない。また買ってもらわないとな・・・。

 

 足早にシャワールームへ向かうと、俺は疲れを熱めの温度のシャワーで身を清める事にした。真夏のシャワーって、高温であればあるほどきもちいいよね?ね?

 

 とりあえずさっぱりしたいので、俺はさっさとシャワーを浴びることにした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  

 

 野名神高等学校の廊下を上機嫌に歩きながら、カエデは教室へと入る。

 

 「おはよう、カエデ」

 

 声をかけてきたのは、ケイタ。その隣ではレンがニコニコしている。一旦平和となった事で、ひとまずは安心して二人は登校していた。

 

 「どうしたの、カエデ・・・何か嬉しそう」

 「いや〜・・・ふへへ・・・」

 「怪しい人物みたいだよ・・・初めてギンジと会った時みたいだよ」

 

 明らかにニヤけているカエデの顔を見るなり、ケイタはまた要らぬ一言を言ってしまう。

  

 「いいじゃない。あたしだってたまには嬉しい事ぐらいあるわよ」

 

 ギンジを救出した事もそうだが、それよりも朝ごはんをギンジに褒められたのが嬉しいのだが、それは言わない事にする。もう少しこの嬉しい感覚を独り占めしたい気分のまま、カエデは自分の席に座ると、この後のホームルームに備えて準備を始める。

 

 「きっとギンジが絡んでる、そう思う」

 「ああ、なんだかそうっぽいね」

 

 レンは時折こういう時のカエデの何も教えない態度に対して、洞察力が鋭く光ると時がある。

 

 「やぁやぁおはよう神宮君!宮寺君に、角倉君も」

 「げ、来たわね、委員長」

 

 元気な挨拶をする委員長と呼ばれた男子学生の名は、真鍋アオハル。このクラスの多分野の委員会を纏め、学年の委員会を束ねる事から、ほとんどの人から委員長と呼ばれる頭の良い生徒。

 

 そして現・生徒会の副会長を務める新進気鋭の、2年生。

 

 「ところで君たちは最近学校を休みがちだが、何かあったのかね?」

 「あ・・・えーと・・・」

 

 アオハルの質問は同級生が揃ってお休みしている事への心配からである。クラスを引っ張る者として、相談をしたり聴いたりするのが彼のやり方。

 

 それに救われる事もあり、生真面目な堅物でありながらクラス内の評価は非常に高い。

 

 ヤンキーにも好かれ、教師からも評価され、カエデ達も敵視しない人物がこのアオハル。

 

 「まさかとは思うが・・・」

 「・・・」

 「ヘヴンホワイティネスのグッズ展に行ったのではあるまいな!!!」

 

 そして少しズレている。それが真鍋アオハル。

 

 真鍋アオハル。正義のヒーローとして活動する、ヘヴンホワイティネスのグッズが超絶大好き人間。

 

 なにより学校が襲撃された時に、彼も湾岸エリアに拉致されていた。

 

 その時にヘヴンホワイティネスの存在のありがたみを知り、いつか彼女達に心からのお礼をしたいと本気で願う、高校2年生、真鍋アオハル。

 

 「ご記憶くださいますように」

 「どこ見て言ってるのよ」

 

 明後日の方向を向いて喋るアオハルに、カエデは注意を促す。それを聴くと、アオハルは真面目な表情で再びカエデに向き直る。

 

 「どこか体調とか悪いなら無理はしないでくれ給え。もちろん神宮君だけじゃないし、宮寺君も、角倉君も」

 

 友達として、同じ学校、同じ学年生として、アオハルはカエデ達を心配している。

 

 本当はヘヴンホワイティネスとして活動している彼女達だが、その正体が知られているのは、公安の一人であるミドリコだけなのだ。

 

 何故かギンジはあのサングラスだけで完璧な変装と認知され、気がついたらヘヴン3とまで呼ばれているが、それはまた別のお話。

 

 「ところで・・・神宮君は、今日はいつもより嬉しそうだが、なにかあったのかね」

 「えっへっへ〜実は・・・」

 

 話そうと思ったが、始業のベルが鳴る。

 

 それを聴いたらば、教室内の全員が直ぐにホームルームへと移動し、準備を開始する。

 

 カエデは今日一日は上機嫌で学生生活を楽しむだろう。

 

 (あー早く学校終わらないかな〜・・・)

 

 気持ちは今直ぐギンジと何でもいいから会話したい。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ──同時刻。

 

 東度固化市、綱場尻(つなばしり)刑務所。

 

 数々の犯罪者を収容する刑務所に、甘白ミドリコは熊沢レイナと共にこのワケアリ犯罪者達が集まる場所に来ていた。

 

 理由としては五天、黒の殺害が退魔教会の崩壊後にあり、それを事件としてレイナが調べているからだ。

 

 白い廊下を進み、レイナとミドリコはカツン、カツンとヒール鳴らしている。

 

 警察組織の人間は面会時間を無制限に延長して、収容者と会話することが出来る。

 

 黒の死因について知りたいのと、他にも五天がどんな組織と繋がっているのかを知る必要がある。

 

 つまり・・・事件の捜査としての面会の利用に二人はここまで来ていた。

 

 「そういえば、甘白さん」

 

 レイナが待合室まで進み、ようやく声を出す。収容室前では話す事を許可されておらず、二人の警察はここまで来て初めて会話したような雰囲気と緊張感を持っていた。

 

 「最近、ギンジは元気ですか?」

 「ええ・・・まぁ」

 

 濁す訳ではないが、レイナはギンジに恋をしている。それを知っているからこそ、ギンジの身に何が起こったのかを詳細に話すべきか、少し迷う。

 

 やはりこれは話すべき事ではないか、とミドリコは椅子に座りながら口を開く。

 

 「実はギンジは─」

 

 ヘルブラッククロスに攫われた事や、そこで新たな力に覚醒した事も全て話す。簡潔に纏めた、分かりやすい内容の話は、レイナに納得の頷きと、感嘆のため息を漏らさせる。

 

 胸を撫で降ろした気分のレイナは、ミドリコに近寄る。

 

 「今晩、ギンジにお会いしても?」

 

 整ったクールな顔立ちの美女に言い寄られ、ミドリコは少したじろぐ。

 

 笑顔なのに影のある様な表情に、ミドリコは不安になる。こんな美人に好かれるギンジは苦労者になるに違いない。

 

 (恋・・・恋か・・・)

 

 ミドリコはもうすぐで27歳になる女性の公安警察。

 

 しかし、女子校出身や、自衛隊への入隊、その後の公安警察、更にはヘヴンホワイティネス・・・産まれてこの方出会いがなく、さらには男性経験も無い。

 

 恋愛というモノには常に飢えており、心を許せる男性と共に居たい気持ちも強い。

 

 きっとレイナみたくギンジを想う事ができれば、自分も変われるのかも知れない。

 

 そしてもう一つ、ミドリコには確信しているモノがある。

 

 (私だって、ギンジを・・・)

 

 レイナから目線をずらしてミドリコは、少し落ち込む。

 

 彼はただの仲間だ。だからこそ、道を踏み外しそうな時支えてあげたい。その気持ちのはずだったのに・・・。

 

 今はギンジがまたいなくなる事を考えると、胸が締め付けられる様な感覚があり、苦しくも感じる。

 

 今まで体験した事のない不思議な感覚に、ここ数日ミドリコは苦しめられている。

 

 「熊沢さん、今晩はちょっと・・・」

 「ご自宅にお邪魔するのが駄目なら、ギンジを呼ぶだけでもいいんですよ。あ、連絡先持ってたから・・・」

 「あいつのスマホは破壊されました・・・」

 「許せんヘルブラッククロス。今から退魔警察出動ですね」

 

 取り調べはどうするのか。

 

 しかしながらクールで強そうな女性なのに、ギンジの事となると途端に冷静さを失うこの言動に、もしかしたらいつか自分もそうなるのではないかと思うミドリコなのであった。

 

 (あ・・・解った・・・解ってしまった)

 

 今ミドリコ自身が気づいたこの感覚。ギンジに対する心配や、頼りにしてしまうこの感覚。

 

 ギンジへのこの感情。それは言葉だけなら解っている。

 

 それは──

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 カエデは昼休みの時間でも、相変わらずニマニマと笑顔になっていた。

 

 それ程までにギンジに朝ごはんが美味しいと、言ってくれた事が嬉しかった。

 

 普段ヘヴンホワイティネスとして戦う彼女達への、街の人々からの声援は、ヘヴンホワイティネスへと向けられるモノであって、自分達にではない。とはいえそれを目当てに戦っているわけではないのだから、仕方ないのだが。

 

 それ故に、直接褒められると嬉しい。それがギンジだと言うのだから、本当にずっと嬉しい。

 

 屋上では熱中症予防の為、現在他入禁止にされており、冷房の効く空き教室へと来ていつもの三人で昼食を取る。

 

 「レン、ケイタ!今日こそはあんた達二人で帰るのよ」

 「それはいいんだけど、もう僕の保護はいいの?」

 

 ケイタはヘルブラッククロスに狙われないようにするため、ギンジが誘拐されたあの日、カエデハウスへと保護を命じられていた。

 

 「ギンジが戻ってきたから別にもう大丈夫よ。それでも帰宅する時は、レンと一緒に居なさいね、ってこと」

 「そのまま、ケイタと一緒に、居るのもアリかもね」

 

 レンがコロッケパンを食べながら、ケイタに視線を送る。

 

 「うん!夏だし、暗くなるのも遅いからね。19時ぐらいには、帰るといいよ」

 「ありがとう」

 

 恋人同士、仲睦まじい光景を見て、カエデも幸せな気持ちになる。

 

 親友二人がこうやって恋をして幸せな気持ちのまま、生きていて欲しい。

 

 「あら〜いいわね〜・・・あたしは席を外そうかしら?」

 

 カエデの気遣いのつもりだったが、レンはその提案に対して首を横に振る。

 

 「カエデ、今は一緒に居て。カエデに聴きたい事が有る」

 

 レンの口調は相変わらずのモノだが、その表情はさして悪い感情を抱かせない。

 

 「夏休み前のシケタイ(試験対策)ならなんでも聴いて頂戴」

 「あ、それ僕も聴きたい」

 「聴いても、私の方が点数は上だから、問題ない」

 

 つまり対策を聴く訳では無さそうだ。

 

 レンは水筒のお茶を飲むと、カエデに目を合わせて、微笑を浮かべて質問する。

 

 「カエデは・・・ギンジの事どう思ってる?」

 

 その質問の意味をなんとなくだが、ケイタは聴きたい事の内容を感じ取った。

 

 「ど、どうって・・・」

 

 言葉に詰まってしまいカエデは目を下に向ける。

 

 「これはどうやら僕の方が席を外した方がいいかな」

 

 空になったお弁当箱を手に、ケイタは教室を出ようとするが、それをレンが引っ張って阻止する。この場に居る必要があり、彼もまた聴いておかないといけないと、レンがそう判断したからだ。

 

 「僕も居たほうがいいの?大丈夫」

 「大丈夫。この場に居る人は、皆聴く必要がある」

 

 レンの言葉はどこかしっかりしており、落ち着いた声音。

 

 「ギンジの事、どう思ってるの?」

 

 再び同じ質問をされて、カエデは少し答えづらくなってしまう。椅子に座りながらも落ち着いているようには見えず、かなりソワソワしている。

 

 「〜〜ッ」

 

 顔を赤くして答えづらそうにするカエデを見て、ケイタからすればその顔がもう答えだと思った。だけど・・・レンはカエデの表情が質問に対する答えだと解っていても、ちゃんと真意を聴きたい。

 

 だからこのままで終わらせるつもりはない。

 

 命を預けて戦う相棒であり、生きる意味や指針を授けてくれた親友の為に、その答えをちゃんと聴く必要があるからだ。

 

 「話をはぐらかすなら、私は応援しない。ミドリコに向く様に動かす。そんな力が無くても、私はそうする。もちろん、仮に、カエデが【ギンジ】を好きじゃないなら、そうしても、いいはず・・・」

 

 追い込みたくて追い込んでいるのでは決して無いが、どうにもカエデとギンジは自分を犠牲にして周りの楽しみを作りたがるところが有る。それを知っているレンは、親友としてちゃんと考えを聴きたい。

 

 不器用なりに彼女の背中を押してあげたい。ただ一つのレンの考えである。

 

 「あ、あたしは・・・」

 

 いつでも知っているし、いつでも解っていた事。だけど気づいたのは最近のこの感情。

 

 神宮カエデはこの感情を何と言うか、既に知っている。

 

 そして恐らくミドリコもこれを知っている。

 

 ギンジと会話し、ギンジと共に戦い、ギンジが攫われた時に観た動画と、音楽堂での救出戦にて気づいたから・・・。

 

 「ギンジが・・・好き・・・です」

 

 どう言っていいのか解らないが、これだけで適切とは言えないが、ずっと気づいている。

 

 何度も言い合いをしているものの、結果的に彼に助けられた事は数知れず。

 

 いつから?そんな事はどうでもよく、本当に気がついたらそう思ったのだ。

 

 「でも、あたしもよく解かんないの。こんなの、どうしたらいいかわからないし・・・それに、今は戦いの方が優先されてるっていうか・・・」

 「戦いが優先なのは私も同じ。カエデ、よく聴いて、ね」

 

 レンは机に乗り出して親友であるカエデの手を引っ張り、つなげた机の真ん中側で、手を繋ぐ。

 

 「私は、貴女とケイタのおかげで、この時代において、ずっとくじけずに居られた・・・カエデが私達の為に、色々としてくれた事を知ってる。だからどうしたらいいかずっと、考えてた」

 

 カエデなりの気遣いは何度もしてくれた。その度にケイタもレンも背中を押された。

 

 今度は自分達がカエデの事を応援する番。

 

 「もし、聴いてよければ、教えて欲しいんだけど。どうしてカエデはギンジを・・・その・・・言える範囲でいいけど」

 

 気を使うのかケイタは手を振りながら話す。

 

 「・・・パトロールとか、戦闘とか、ずっとあいつと組む事も多かったし・・・口は悪いのに、戦う時も暴力的なのに、優しかったから・・・」

 

 根本から佐久間ギンジという存在は、女性に優しくする人間。絶対に手を出さない、乱暴な性格でも、決して女性には手を出さない、そういう男。

 

 そして打倒ヘルブラッククロスをかかげる大切な仲間。

 

 そんな大切な仲間と一緒に戦って、助け合って、ギンジが攫われた時は、親が子を想うぐらい心配になった。

 

 カエデの手はいつの間にか、レンの両手が添えられており、優しい力で握られている。

 

 いつでも仲間として居るから、心配しなくていいよ。そう言われている様な妙な安心感に、もっと話したくなる。

 

 「あたしは・・。きっと助けようと思ったら直ぐに動ける所とか、悲しそうにしてるのを見てると、嫌になるんだと思う。できればギンジの事、ずっと助けてあげたいと思ってるし・・・だから、その・・・」

 

 いつも話すのと同じ様に喋れない。

 

 人は恋をするとバカになる。まさしくこれがそうなのかもしれない。

 

 知能指数がどんどん下がるが、それでもこの話は終わらない。

 

 「だから・・・あいつが、好・・・き・・・?」

 「うん。解った。後は、落ち着いたらどうしたい、とかまた教えて。私は、カエデの事もミドリコも応援する。あの、レイナって人も」

 「・・・ミドリコもギンジの事好きなのかなぁ・・・?」

 

 カエデとケイタはあまり考えないようにしていたが、レンにはその感情、恋と言うものがバレていたようで、いつもハラハラしている気持ちになる。

 

 「また後日、この話をミドリコにもするつもり。その時、どうなるかをしっかり決めて、欲しいだけ。ギンジのせいで戦えなくなるのだけは避けたい。もちろん、カエデとミドリコが仲違いするのも・・・」

 

 レンの心配事は別の方面にもあったが、そればかりはならないと言えない。

 

 なぜなら人は恋をすると狂気にも飲まれるから。

 

 未来の情報でしか無いが、レンはその事をよく覚えている。

 

 未来の老婆の話でしか無いが。

 

 「ううぅ・・・ミドリコとは喧嘩しないように努力するわ」

 「口喧嘩なんかしたら法的措置を取られそうだしね・・・」

 「ケイタは、少し、黙ってて」

 「ぴえん」 

 

 いつものやり取りをして、少しだけ緊張感が抜ける。

 

 「でも、カエデが、ギンジを好きっていう、そのことを聞けて、良かった。応援、してるからね、カエデ」

 「・・・ありがとう、レン」

 

 昼休憩は楽しい会話から、恋バナに変わった。

 

 それは非日常に身を置く、彼女達にしかできない恋の話。

 

 好きと、言葉を出した瞬間にカエデの心臓が、跳ねる。

 

 きっと今夜ギンジと顔を合わせたら、まともに会話はできないかも知れない。

 

 でも、それでも・・・。

 

 (あたしは本当にギンジの事、好きになっちゃったんだ)

 

 心は正直にモノを言う。想う事が、ずっと、本当のことを、言葉として出し続ける。

 

 果たして・・・神宮カエデはこの恋を成就させられるのだろうか。

 

 「ところで、あのミヤコって人だけどさ」

 

 ケイタが落ち着いた空気感の中で、急な爆弾を落とす。

 

 ミヤコという言葉を聴いて、カエデとレンは目を白くする。

 

 「ギンジの事、大好きちゃん・・・そういう印象」

 「え・・・と、今ギンジと、ミヤコって家にいるんだよね?」

 

 学生として見られる年齢のミヤコは、学校に行っていない。ギンジは瞳のせいで働けず、ずっと家にいる。たまに怪人反応が出た時に、先んじて出動するぐらいだ。

 

 「えーと、ヘルブラッククロスの元大幹部で、今はカエデ達の捕虜として扱ってるんだろうけど、屋内に居ることだけを条件に自由にしていい・・・そんな条件だけど、野放しにしてたら・・・」

 「ギンジが危ない!!」

 

 ケイタの話す内容に肝を冷やし、一瞬で変身したカエデは窓から飛び出してしまった。

 

 飛び出す瞬間に「早退とどけ出しといて!」っと聞こえたが、レンとケイタは手を振るだけだった。

 

 「本当にいいのかな?行かせちゃって」

 「構わない。ああでもしないと、カエデは動かない」

 

 この話は全てレンが回していた事を改めて思い出したケイタは、少しゾッとする。

 

 朝から叩き起こされ、レンに教えてもらったこの作戦。

 

 この作戦にまんまと釣られたカエデは、今直ぐギンジの下に向かう。

 

 レンはカエデはそう動くと読んだ。だからこんな話でカエデをまくし立てて、やや無理やりだが背中を押した。

 

 親友故の性格の把握・・・それを利用する事で、カエデの恋愛を応援できる。

 

 「・・・無理やりで、ごめんね、カエデ」

 

 それでも、自分の生きる糧をくれたカエデの為に、使えるモノはなんでも使って、必ず恋を成功させてあげたい。

 

 「頑張れ・・・カエデ」

 

 キュッと締めた小さな握り拳は、窓枠に乗せられていた。

 

 そしてその瞳は走り去るカエデを、見送るように向けられていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「くふふふふふ、情報提供ありがとう」

 「───、ど──無事─て─い」

 

 あれから寝ると言ったミヤコは、防音が完備された小さなモニタールームで、何者かと通信を行っていた。

 

 相手の事はミヤコが知る人物だが、その相手の端末は電波が悪いのか、ガビガビな音声とわずかに聞こえる言葉を送る。

 

 ミヤコはそれを聞き取れるのか、最後にお礼を言うと通信を切り、座る椅子でぐるぐる回り始める。

 

 「ギンジ君・・・お昼寝してないかな・・・」

 

 部屋を出て、リビングまで上がるとギンジを探す。

 

 「ふぃー・・・やっぱ夏場のシャワールームは暑いな」

 

 掃除でもしていたのか、シャワールームから出てくるギンジを見つけ、ミヤコは狂気する。

 

 「くふっくふっ・・・なんでそんなに汗をかいているの・・・?」

 「え?ああ、シャワールームが少し汚れてたからさ、少し掃除するつもりが、長丁場になっちまってさ・・・へへへ」

 

 首筋を這う水滴を拭うギンジを見て、ミヤコは自分の欲望が抑えきれなくなる。

 

 ミヤコ、またの名をドクターミヤコ。またある名は、強欲の怪人。

 

 だが今のミヤコはただの恋する女の子。

 

 少し・・・というかかなり歪んだ愛情を持った、少女。

 

 「くふふふふ・・・ギンジ君、これからまたシャワー?」

 「ああ、もう一度入るか・・・するとまた汚れるんだよな・・・」

 「じゃあ一緒に入ろう?また【味わわせて】ほしいな」

 「【また】?今【また】って言った・・・?」

 

 いったい何をされたのだろうか。

 

 「あ、わたしは服着たままでいいよね?それじゃあ・・・」

 「・・・おい、ミヤコ?やめろよ?」

 「くふふふふ」

 

 にじり寄るミヤコに、恐怖する。ギンジは逃げようとするが、ミヤコがそれを良しとせず、抱きつかれるが・・・。

 

 「悪い!」

 「あばばばばばば」

 

 触れた瞬間電撃がミヤコの身体に強く走り、その場に倒れる。

 

 決して攻撃したくはないのだが、こうでもしないとミヤコは止まりそうにない。

 

 「ふう・・・また何をされるのか解ったもんじゃないぜ。着替えるか」

 「くふふふふふ!!」

 「・・・マジで?」

 

 電撃を与えれば、潔く身を引いてくれると思ったが、感電してもミヤコは立ち上がりながら気味の悪い笑い声で立ち上がる。

 

 腐っても半分は怪人。それを証明する耐久力を見せたミヤコはメガネと白衣を払い、ギンジにターゲットを絞る。

 

 「くふふふ・・・大好き・・・好きよ、ギンジ君・・・」

 「おい・・・もうコレ以上は攻撃したくないんだ・・・頼む、酷い事しないで・・・せめて優しくして・・・」

 

 笑い声を上げながらにじり寄ってくるミヤコへ、ギンジは非常に参ってしまう。

 

 一時間後。

 

 「ぎゃああああああ!!!!!」

 

 首に流れる汗をまんべんなく舐められ、ギンジは絶叫する。

 

 さらに一時間後。

 

 「やめろおおおおおお!!!!」

 

 何故か動けなくなったギンジは、左手の薬指を咥えられる。

 

 生暖かい感触と空気が指を全部包み、ミヤコは本当に嬉しそうにギンジを上目使いで見る。

 

 そんな絶叫状態に驚き、カエデハウスの壁をぶっ壊してカエデが入ってくる。

 

 「ちょっとギンジ!?敵!?だいじょ・・・う、ぶ・・・」

 

 敵かと思って急いで入ったカエデは、一気にその状況を見て心が白けていく。 

 

 「ッチュウうううーーーーっ。ちゅふふ、ひんひ君、ゆひ、んちゅるる、ひゅふふふ」

 「うおおお助けてくれカエデええええーーー!!!」

 「・・・」 

 

 恍惚な表情で指を咥えるミヤコと、その下で動けない汗だくのギンジの姿を見て、カエデは助けるよりもドン引きしてしまう。

 

 「あたしはお邪魔のようで・・・じゃ、あとはごゆっくり」

 「え?おーい神宮さん!?助け、助けて!いやあああ拳は入らないって!やめろおおおお!!!」

 

 いよいよギンジの左手そのものを咥えようとしているミヤコへ、ギンジは思い切り叫ぶが、カエデは半ば放心状態になりながら壊れた壁を抜けて、夕日の空を見上げる。

 

 「・・・恋って、なんなんだろ」

 「いいから助けてくれええ!!!」

 

 もうコレ以上は本気で攻撃しないと止まりそうにないが、カエデの耳には聞こえていない。

 

 「これは何が起こったんだ・・・」

 

 ミドリコが帰宅しながら、壊れた壁やギンジの絶叫。

 

 混沌した状況だが、さらにカオスにするのが変身した姿のままの、黄昏るカエデ。

 

 「たーすーけーてーくーれー!!!!」

 

 夕日にギンジの絶叫がこだまする。

 

 ヘヴンホワイティネスは今日も平和であった。

 

 ある意味、ギンジ以外は・・・。

 

 

 

 

 更に一時間後。

 

 ミヤコの暴走を収めるのに、レンがビーム剣を引き抜き、ミドリコがランチャーを引っ張り出す事態にまでなったが、ようやく重大さに気づいたカエデの加勢でギンジは救出された。

 

 「あれ?どうしたのギンジ」

 「うっ・・・うっ・・・」

 

 何故か泣いているギンジを見て、壊れた部屋、疲れ切ったカエデ、レン、ミドリコ。

 

 食材を買いに出ていたケイタは遅れて合流したが、状況を察するにミヤコが暴走したのだろう。

 

 「もう、結婚でけへん・・・男子のプライドはズタボロやでぇ」

 

 膝をかかえる座り方でギンジは泣いている。

 

 「うん、なんか、ドンマイ・・・」

 

 肩を叩くと、ギンジはがくりとうなだれる。相当ひどい目に合わされたのだろうか。あのギンジがこんなにダウンするとは。

 

 「くふふふ、また味あわせてね・・・ギンジ君♡」

 「いい加減にしなさーい!!」

 

 カエデの静止で今度こそ止まるが、ミヤコはまだ諦めてない。

 

 神宮カエデ、甘白ミドリコ、鈴村ミヤコ。

 

 本来交わる筈のない三人の乙女は、この世界に本来存在しない筈の男に恋をした。

 

 佐久間ギンジ。この世界のイレギュラー。

 

 彼女達は、この感情を何と言うか、知っている。

 

 恋、という感情を。

 

 「もう指を咥えるのはやめてくれ」

 「あ、指を味わったのは初めてだよ?」

 「・・・え?」

 

 ミヤコの朝ごはんとはなんなのだろうか。

 

 「え、じゃあ、朝は何を食べたんだ・・・お前、ずっと俺を看病してたんだよね・・・?」

 「くふふふ・・・ヒ・ミ・ツ♡」

 

 

続く

 

 

 

 




どうするんだ、どうすればいいんだ、ってぐらい広がり続けてこの話は序盤が終わりました。

次回も楽しんでいただけるように、頑張ります!

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
左手を犠牲に、色々失った気分。

角倉ケイタ
「ドンマイ、ギンジ。元気出して。今度僕の家でスマ○ラやろう?」

神宮カエデ
ギンジを好きである事は自覚した。自覚したんだけど、いまいち解らなくなってしまった。でも多分熱は冷めてない。

宮寺レン
カエデの背中をひとまず押してあげた。のだが、裏工作ばりの行動をしてカエデを動かした。

甘白ミドリコ
彼女もまたギンジに恋をした一人の乙女である。
レイナの件でそれは解っていたのだが、それを恋と自認できるようになるまでは時間がかかった。ロケットランチャー愛好会のメンバー。

鈴村ミヤコ
ドクターと名乗る事は控えた模様。ギンジの左手は美味しかったらしい。
ちなみに朝ごはんとして食べたモノは乙女のヒミツ。

真鍋アオハル
序盤最後にして現れた新キャラ。
ヘヴンホワイティネスの大ファン。
実はカエデと幼稚園から一緒なのだが、まともに会話するようになったのは高校生になってから

次回からは中盤の始まり!
相変わらず無理やりかもしれませんが楽しんでもらえるように頑張ります。
感想、評価などいただけましたら幸いです。

それでは、また次回!!!!


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~中盤の始まり~
27・怪人四天王・赤鬼


この話しから中盤の始まりだ〜!!

ヘヴンホワイティネスはいったいどこまで行くのか!
頑張って書くぞ〜〜!

それでは、どうぞ


 ドクターミヤコの抹殺。

 

 相当直属の怪人である、赤鬼の怪人が新たに授かった任務は至極単純な任務で、ヘヴンホワイティネスを撃破をして、それら諸共ドクターミヤコを殺してしまえばいいというモノ。

 

 ヘルブラッククロスは簡潔で分かりやすい世界、力による支配と統一を掲げている巨大な組織。

 

 この組織に身を置く以上、敗北は許されないし、ましてや敵であるヘヴンホワイティネスに攫われる等あってはならない。

 

 それが大幹部という立場にある者なら尚更許されない。

 

 「あー・・・めんどくせ」

 

 気怠く、心底面倒な内容の任務に、赤鬼の怪人は吐き捨てるように言葉を放つ。

 

 赤鬼の怪人は背中に金砕棒を背負い、街へと出てきていた。

 

 必要最低限の情報と必要最低限の武器を持って、ヘヴンホワイティネスとドクターミヤコの抹殺の為に・・・。

 

 「・・・参ったねぇ」

 

 人々が何度も通る住宅街エリア。そこからつながる商店街エリアにて、人々の右往左往を見て、赤鬼の怪人は膨張する赤い筋肉を震わせる。

 

 黒い甚兵衛みたいな洋服を身に纏い、頭部、額の部分から突き出る一角は、強く雄々しい印象をもたせる。

 

 なによりその身長と身体の色が、歩く人だかりに眼を引かせる。真夏の青空の下、2メートル近い巨体と、赤鬼の名に恥じない赤い肌が、より一層人でない雰囲気を纏わせる。

 

 「どうしたらいいスかね」

 

 一人語散るが、人間は疎か、誰も赤鬼の怪人には近寄ろうとはしない。

 

 たまにコスプレと勘違いされて変な人に声をかけられるが、そういう類は基本敵に睨むか無視するかしている。

 

 「・・・あ、俺っち怪人なんだから暴れちまえばいいんだな」

 

 思考能力は低いものの、その短絡的な思考は時たまに誰にも手が付けられない暴虐として、別の街で振り回した事もある。

 

 敵を探せないのであれば、こちらから呼べばいい。

 

 「・・・貴様、怪人か」

 「ああ?なんだい」

 

 真後ろから落ち着いた女性の声がする。

 

 真夏だと言うのにその女性はスーツ姿に、膝下ぐらいまであるスカート、筋肉質だが形の良い脚、黒く綺麗に磨かれたハイヒール、清潔感のあるポニーテールと、薄めの化粧を施した女性。

 

 「・・・!!」

 

 ガチン、と金砕棒を落とす。

 

 その女性は赤鬼の怪人から見ても非常に美しく、そして奥ゆかしさ、なにより戦いにおいてはそこらの人間よりも、強く逞しい気品を感じ取った。

 

 「な、ここで戦うつもりか!」

 

 女性は拳銃を引き抜くと、赤鬼の怪人から数歩離れるが、赤鬼の怪人は動じない。そもそも拳銃ごときでは止める事は出来ないのだが。

 

 「あんたぁ、名前は」

 

 赤鬼の怪人はこの目の前の女性に、臆せずに近寄る。

 

 「俺っちは赤鬼の怪人・・・あんた、名前は」

 

 自分から先に名乗り、下から上へ突き出る牙をガチガチと鳴らす。

 

 これは古より鬼の一族が、鬼女へと行う求愛の行為。

 

 「私の名前は・・・」

 

 名乗りを聞けると思ったが、その直ぐ後に発砲音がなり、特別に開発された専用の弾丸は赤鬼の顔に命中するが、牙で器用に挟み込むと、一瞬で噛み砕く。

 

 「いいねぇ・・・そのビビってない感じ。まさに俺っちの女にしたいぜ」

 「不意打ちでも動じていないだと・・・!?ならば、ロケットランチャーを・・・」

 「名前を、教えてくれ」

 

 攻撃してくる素振りの無いこの怪人を、女性はかつて知り合ったある怪人の事を思い出す。今は仲間の、あの怪人・・・。

 

 名前ぐらい教えてあげよう。どうせ悪事を働くなら、私達が倒すのだからと、女性は名乗りをあげる。

 

 「私の名前は、甘白ミドリコだ」

 

 その名を聴いた途端、赤鬼の怪人の人生に春が訪れ様な気分に高揚し、胸を高鳴らせた・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 カエデハウスのリビングにて、ミドリコの隣で牙を鳴らしながら、赤鬼の怪人は求愛行動を行い続ける。

 

 その異様な空間に、ギンジとミヤコは思わず息を飲む。

 

 「彼は赤鬼の怪人。ついさっき、そこの商店街で知り合ったんだ」

 

 あっけらかんとした態度に、ギンジはついにツッコミを入れる。

 

 「待てーい!なんだその、昔からの友達なんだ〜あはは、みたいな紹介は!!どうみてもヘルブラッククロスの怪人だろ!」

 「・・・久しぶりだね、赤鬼」

 「どうも、ご無沙汰ですね、ドクター」

 

 ミヤコは大幹部であった事からこの怪人の事を知っていた様で、赤鬼も挨拶をする。その異形な顔つきからも見て取れるように、目には殺意を宿している。

 

 「俺っちがここに来た事の意味、解ってるんでしょーが、目的はドクターミヤコの抹殺ですぜ。それとヘヴンホワイティネスの撃退」

 

 赤鬼の怪人の言葉に嘘を付いている様な語気はなく、平然と話す赤鬼の姿に、ギンジは警戒マックスの体制で炎を拳を構えるが、ミドリコがそれを静止させる。

 

 「ま、待つんだギンジ!」

 「待つも何も無いだろ!こいつ平然と言いやがって!それにミドリコもなんでこんな奴ここに連れて来た!」

 「俺っちはよぉ。恋をしたんだ・・・」

 「くふふふ・・・え?」

 「はい?」

 

 赤鬼の怪人の言葉にギンジとミヤコが首をかしげる。

 

 どう考えてもおかしいその発言に、ミドリコも不可解な表情だが、彼女の話では無理やり付いてきたらしい。

 

 「これについては、私も正直困惑している・・・怪人に恋をされるなど・・・」

 「いやまぁ、普通ならそうだろうけどよ」

 

 腕を机に乗せて赤鬼の怪人は、ギンジを値踏みするように見渡す。

 

 「あんたが・・・組織が手を焼くイレギュラー、進化の怪人かい」

 「俺?ああ、なんかそう呼ばれてた事もあるけど・・・」

 「あんた、ミドリコの姐さんのなんなのさ」

 

 昭和を思わせる言葉使いと、気迫・・・いや鬼迫に、ギンジは後ろに下がりそうになるが、ミヤコは赤鬼の反応に興味を寄せる。

 

 「そもそも、恋をしたからにはよぉ、俺っち、戦う事は避けたいのよ」

 「どういう事だ?」

 「簡単よぉ。俺っちは、あんたらと話し合いをして、ミドリコの姐さんと結婚する事を条件に、ヘヴンホワイティネスを襲わない、ドクターを殺さない、そして・・・」

 

 赤鬼の怪人は牙を強く鳴らす。

 

 「俺っちの好みの女のためなら、ヘルブラッククロスも裏切ってやらぁと思ってな」

 

 ヘルブラッククロスの怪人は、基本的には女を性的に襲う事が得意な連中であり、ギンジの知る知識では、ゲームに登場する怪人たちは一人の女性には固執しない。

 

 だがこの新たなイレギュラー枠、赤鬼の怪人はなんの間違いか甘白ミドリコに恋をし、彼女を手に入れる為なら、ヘルブラッククロスをも裏切る覚悟でさえ居る。

 

 「何度も言っているが、私は今・・・その、恋をしていてだな・・・」

 「おっ、その話是非聴きたいね。公安の人?それとも一般市民?出会いは?」

 「よさないかバカ者!そ、そんな事おいそれと話せるわけないだろ!」

 

 ミドリコが照れながら早口で話し、その後にうつむくのだが、チラりとギンジを見る。まるで恋をするかの様な、そしてなにより恋をしているのはギンジへなのだが・・・。

 

 「むむ・・・」

 

 ミヤコがその視線を見逃さなかった。ミドリコの顔を見て、何かの危機感を感じ取ると、ミヤコはギンジの左手に指を絡ませる。

 

 「おい!もう指を触るな!」

 「そんな〜」

 「そんな〜じゃありません!!」

 

 年端も行かない少女に、薬指を飲み込まれるわけには行かない。もう二度とあんな変な気分にはなりたくない。

 

 話を戻して、ギンジは赤鬼の怪人を見る。

 

 「お前、ヘルブラッククロスにいる怪人なら、いつ造られたんだ?」

 「あ、その怪人は2年前だよ。くふふ、総統がオークを元に造った怪人なんだよ。わたしのと違って、皆自我が強くてね、オークに匹敵する強さなんだよ、くふふふ」

 

 ミヤコの説明に、ギンジとミドリコは頭を抱える。あのオーク怪人と同等の怪人がここにも居るとは。

 

 それに自我の強いという事は、一人の女性に固執する性格になった怪人なのだろうか。

 

 「なぁ、お前さ、ミドリコと結婚したら、それって俺たちの味方になるってことだよな?」

 「あ?ああ、そうだな?」

 「敵の味方になるってことだよな?」

 「俺っちは別にいいぜ。ヘヴンホワイティネスとドクターをテメェのモノにしたくて、あんたも裏切ったんだろ?」

 「違うよ、わたしだけを自分のモノにしたくて、裏切ったんだよ、ギンジ君は。わたしを物みたく扱って?」

 「黙ってろミヤコ」

 

 赤鬼の怪人の言動は不可解な事ばかりだが、ミドリコに恋をしたというのは本当の様で、今は襲ってくる気配がない。

 

 「なんで、私なんかに恋を?」

 

 ミドリコの疑問に、ギンジとミヤコも黙って聴くことにする。気になる疑問なのは事実だ。

 

 「一言で言うなれば・・・気品だな」

 

 ロックグラスでも持ってるかの様な雰囲気で、手元を回しながら赤鬼の怪人はミドリコ愛を語り始める。

 

※読まなくてもいいです

 「先ずは、一目会った時に見えた美しさって言うんかね。整った顔とスラリとした体つき、どちらも好みなんだが、それに付随して好きだ!と思えるのが、声なんよ。俺っち実は声で女性を選ぶ事も多くてさ、声は良くても身体や顔が駄目!なんてのはよくある話しで、声、容姿、顔、美しさ、勇敢な性格、なにより強い女性と言う気品の高さと、手料理とか得意な感じがしてな。がさつでも、旦那の為になんでも頑張って造ろうとするその健気さを将来の姿で見ることができてさ〜、俺っち、まさしく運命の出会いをしたような気がしてよ。そしてこんな強気でクールだろ?そしてヘヴンホワイティネスの年長者で、包み込むお姉さん感があるだろ?もう全部とっても好きなんだよ。きっと右耳が弱いと見た。あと武器をためらいなく使える姿にも俺っちはしびれたね。なにより何が何でもこんな真面目な性格してるから俺っちみたいに、陽気を持ってる奴が隣にいれば丁度いいと思うのよぉ」

 

 「つまり、全部好きだって事だ」

 

 ちゃんと語り尽くすあたり相当なミドリコファンだと言うことを理解出来たが、ギンジもミドリコもげんなりしている。

 

 簡潔にまとめれば、一目惚れということ。 

 

 「くふふ。つまり簡単に言うと、一目会った時に見えた美しさに整った顔の・・・」

 「いやその流れで行くと長くなるからやめとけ」

 

 ひとまず敵で無いことを理解すると、後はどうするかを考える。

 

 「だが、怪人との結婚は嫌だ」

 「な、姐さん!」

 「あとそのなんだ。話が長い人も苦手でな・・・済まない」

 

 ミドリコの瞳に赤鬼の怪人は写って居なかった。

 

 「そんな〜」

 「そんな〜じゃありません!!あれ?これ二回目?」

 

 ミヤコともしたやり取りを、赤鬼とも繰り返すギンジ。

 

 そのやり取りを見て、ミドリコはクスリと微笑む。楽しそうにする今のミドリコの瞳には、進化の怪人こと佐久間ギンジが写っている。

 

 「・・・姐さん?」

 

 赤鬼の怪人はそれを見抜き心を痛める。

 

 (恋をしているのって・・・なるほど、進化の怪人にか・・・)

 

 楽しそうに談笑する輪の外から、一人で眺める様な気分になる。この恋だけはなんとしても手に入れたい。

 

 赤鬼の怪人はあるひとつの決意を胸に秘め、ギンジを見つめる。

 

 その姿を見て、どこに魅力があるのか、赤鬼の怪人は観察を続けていく。

 

 夕方に入る頃まで、とりとめのない話はずっと続いた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ──夜。

 

 宿敵であるはずのヘヴンホワイティネスと邂逅しても、赤鬼のミドリコ愛は止まらず、それを延々と聞かされたカエデ、レン、ケイタの三人はやはりげんなりしていた。

 

 夕飯を食べることもなく、赤鬼の怪人はギンジに手紙を書き置き、一人で公園に来ていた。

 

 高台から街を見下ろせるような、小規模な公園だが、ジャングルジムや砂場、滑り台、ブランコも完備されている。

 

 「・・・来たかい、進化の怪人」

 

 腕組みをしながら真夏の夜風を全身に浴び、背後から近づく足音に耳をすませると、その足音が進化の怪人─佐久間ギンジである事を確認出来る。

 

 ギンジはボロいサングラスをかけて、この公園までやってきたようで、歩きを止めると、鼻上からするりとサングラスが落ちる。

 

 「あの手紙は・・・読んでくれたか」

 「手紙っていうか、あれ果し状か何かじゃないのか?」

 

 手紙の内容としては【決闘を申し込む。断ったら街を襲う。一人で来い】、といった内容。読んだ時にギンジは本格的な襲撃を警戒した。

 

 「なんであんなの書いたんだ?そもそも決闘って・・・」 

 

 異様な雰囲気も戦意も感じ取れないが、赤鬼の怪人は背中に背負う金砕棒を引き抜き、ギンジに向ける。

 

 「おいおい、マジで決闘すんのか?」

 「俺っちが、お前より強い事を証明できれば、それでいいんだ」

 

 お互い頭はそんなに良くは無いかも知れないが、力ならどうだろうか。

 

 きっと拮抗するか、もしかしたらオーク怪人に匹敵するのか。

 

 「なんでそんなに・・・」

 「俺っちはなぁ、惚れた女には、俺っちの方を振り向いていてほしんだ。ミドリコの姐さんは、お前の方を向いていた」

 

 昼間のミドリコの顔を思い出して、赤鬼の怪人は牙を強く打ち鳴らす。

 

 硬く、鋭く尖り、痛そうな音が鳴るも、赤鬼はさして気にしていない。

 

 「惚れた女の為なら、かっこつけてぇもんだろ?」

 

 金砕棒を頭上で腕ごと振り回して、肩に担ぐとそのままギンジの眼の前で地面を踏みつけ、砂が舞う。

 

 「これで敗けたら、俺っちは、お前の言う事に従って、消えるなり、死ぬなり選んでやらぁ」 

 

 力を信じる世界で産まれた赤鬼の怪人は、自分の納得する条件の下で戦いたい様だ。そうする事で、勝てばヘヴンホワイティネス、敗ければ路頭に迷う。

 

 その状況であることを解っていて、自分の親である総統よりも組織よりも、なによりも自分の恋を優先したのだ。

 

 「そういや、名前、聴いてなかったな」

 

 赤鬼の怪人が牙を鳴らしながらギンジに聴く。

 

 正面に立つギンジは、赤鬼の怪人と眼を合わせて、自分の名前を教える。

 

 「俺は佐久間ギンジ。親しみを込めて、ギンジでいいぜ」

 「ミドリコの姐さんみたいに、名字もあるのか。人間って奥深いな。だから弱いんだよ」

 「その弱いって侮ってる奴に恋した奴がよく言うぜ。小鬼ちゃん」

 「ヌハハハ!こりゃあ違ぇねぇやな。どら、やろうか」

 

 金砕棒を構えて、ギンジも戦闘態勢に入る。

 

 「俺っちはヘルブラッククロス・怪人四天王!そして、甘白ミドリコの姐さんの、大黒柱ァ!赤鬼の怪人!!」

 

 夜の公園にこだまするほど大きな声で叫ぶと、赤鬼の怪人とギンジが同時に駆け出す。

 

 「さぁ・・・」

 「始めるかぁ!」

 

 金砕棒を突くように振り抜き、ギンジの身体を捉えるが、空気を割るように先端が飛び出すその棒を見て、ギンジは防御ではなく横に避ける。

 

 ボン、とギンジの後方まで空気が鳴る音がし、空気砲の様な打ち出しも出来るのだろうか。

 

 「すげぇな、この棒・・・」

 

 まさしく鬼に金棒と言ったその武器の重圧さを鑑みるに、この武器は赤鬼の怪人しか扱えない強力な兵器に等しい。

 

 「避けるだけじゃないだろ!?」

 「オラァアア」

 

 伸ばした腕は隙きだらけ。そう判断したギンジは雄叫びと共に、右拳で赤鬼の怪人の顔をめがけて、手加減無しで殴った。

 

 「かっ・・・たっ!!」

 

 避ける事をせず、その拳は異様な硬さの牙に当たり、そのままダメージはギンジの右手に返ってきた。

 

 「ヌハハハ、なまっちょろいぜ!」

 

 一撃だけ最初に貰うつもりだったらしく、赤鬼の怪人はある程度のギンジの力量を測った。

 

 牙に傷がつかないなら恐れることはない。きっちり痛めつけて、ミドリコの姐さんにボコしたギンジを見せつけてやろう。

 

 「こなくそ・・・!」

 

 仕方なくギンジは炎を纏って、赤鬼の怪人に突撃する。

 

 「むお!?」

 「これなら・・・!!」

 

 炎を纏ったギンジの姿に驚き、動きが止まった赤鬼の腹に、高熱を帯びた拳を当てる。どうやら肉体は柔らかく、普通に攻撃として通るようだが、赤鬼の怪人は我慢して耐える。

 

 「熱ちぃねぇ・・・俺っちも、手加減しないぜ」

 

 ギンジの攻撃には予想以上のモノもあったが、今度は金砕棒を振り回して、頭上から振り下ろす。

 

 重たさ故の遅さがあり、ゆっくりしている様に見えるのに、それはとてつもなく巨大な壁が迫る様な迫力に、ギンジは炎を噴射してその場から離れる。振り下ろされた棒は、公園の地面を叩き割ると、空気を周囲に分散させて、再びボン、という音を鳴らす。

 

 その音の直後にギンジは壁まで飛ばされていく。

 

 「ぐっ・・・うおおああああ」

 

 耐えようとしたがその風圧に炎が巻き上げられ、身体から離れていく。火の粉となったギンジの炎は弱々しく舞い散り、やがて消沈すると、再びギンジの身体に炎がまとわりつく。

 

 壁に張り付く様な風圧は直ぐに収まると、ギンジの顔を目掛けた棒の突き出しを赤鬼の怪人は行う。

 

 空気の弾丸は見えず、しかし重くて強い。なんとか身体を壁から剥がして降りると、今顔のあった場所には空気によって歪な円型にくり抜かれる。

 

 もし当たっていたらと思うとゾッとする。

 

 ふざけている様で間違いなく殺す気の一撃に、再び炎の攻撃を出そうとするも、今度は赤鬼の怪人の接近戦が繰り広げられる。

 

 「骨までぇ!!砕けろォォ!」

 

 金砕棒はギンジではなく、少し隣側の壁を抉り刺し、ギンジに向かって砕きながら迫ってくる。

 

 ガリガリとコンクリートを力任せに砕きながら、赤鬼の怪人の大ぶりな棒を飛んで避ける。

 

 「もう一発!!」

 

 赤鬼の頭上から炎を纏った両脚で踏みつける様に、急降下する。顔に当てて間違いなくダウンを取れるぐらいの一撃を与えるも、赤鬼の怪人は燃える脚を顔面で受け止めると、首の力でギンジを押し返す。

 

 「いっ・・・!?スゲぇ力だな・・・」

 「根性が違うんだよ・・・俺っちとお前とじゃ」

 「なるほど、根性ね・・・」

 

 この根性論はあくまでも怪人基準の話。

 

 続けざまに金砕棒をギンジにめがけて、空気を砕きながら横胴に振り抜く。しかしその攻撃はやはり遅く、ギンジには当たらず壁を叩き砕く。

 

 「バカみてぇに強い力だな、マジで」

 

 ふと思うのはこの怪人がミドリコとくっつき、ヘヴンホワイティネスの味方になるのであれば相当心強いのではないか。

 

 今自分達が戦うことの意味がよく解らなくなってくる。

 

 「なぁ、赤鬼・・・」

 「なんだ?」

 

 ギンジは少しだけ思う事を赤鬼の怪人へと話す。

 

 「お前は、ヘルブラッククロスの怪人なのに、ヘルブラッククロスの力の世界には興味ないのか?総統サマの理想の世界とかいうやつ」

 

 赤鬼の怪人の攻撃が緩まる。

 

 緩急つかず振り下ろされていた棒を、膝下に降ろして赤鬼の怪人は牙を鳴らす。

 

 「力ですべてを支配するっちゅー話は至極単純で分かりやすいだろうな。だけど俺っちは、たった一人の惚れた女と一緒に居られれば、それでいいのさ」

 

 ミヤコみたいな言い分に、なんとなく納得が行く。

 

 本当は生きる為の目標や大義名分はあっても、その世界で上手くやっていけるか解らない。なにより、他人を好きになって愛し合って、助け合えるのであればなんでもいい。

 

 それが叶うなら、力による支配の世界は正直どうでもいい。

 

 そして赤鬼の怪人はその世界へと向かう人生の中、一つの幸せの種を見つけた。

 

 気品のある女性で、強くて怪人に臆さず攻撃できる。

 

 こんな女性ならザコの人間でも大切にしてあげたい。

 

 惚れた女の為なら、なんでも出来る。それが赤鬼の怪人。

 

 「親父には・・・あ、総統のことな。造ってくれた恩義こそあるが・・・まぁ、俺っちの自我には合わないってことだな。地獄が創ろうとしている世界は」

 

 自我・・・つまり怪人の心に従って、彼もまた謀反を企てていた怪人という事になる。

 

 「なんだか、俺たち似てるな。何か持ってるぜ、俺とお前」

 「ヌハハハ。そうかもな。どら、雑談は終わりにしよう。ここいらで本気で、戦りあおうぜ」

 

 言うと赤鬼の怪人は金砕棒を両手に構えて、ギンジも構える。

 

 「ここから本気でやるなら・・・行くぜ・・・フェーズ3!」

 

 ギンジの掛け声に合わせて、足元から黒い炎と、紫電が全身を包む。二つの能力が渦を巻き、ギンジが中から出てくる。

 

 肌は灰色になり、背中には6枚のコウモリの羽。

 

 洋服まで変わる変身っぷりに、赤鬼の怪人は心が踊る。

 

 これが進化の怪人の本気。組織を裏切り、総統の手を焼かせる男の本気。

 

 「炎で燃やすだけしか能が無いと思ったけど、まだまだあるんだな?楽しみだ」

 「空気爆発と、バカ力以外にもあるよなぁ!?」

 

 赤鬼の金砕棒とギンジの黒炎の拳が、ついにここに来て激突する。

 

 黒い炎は金砕棒を燃え広がる火事の様に飲み込み、赤鬼の怪人の手元から身体までを焼いていく。

 

 「くはぁ・・・いいじゃねぇか!」

 

 金砕棒は熱に負けてどろり、と溶けて行き、燃える身体のまま後退していく。

 

 「ウラぁ!!」

 

 紫電を纏った蹴りは赤鬼の腹部に再び刺さり、身体を後方へと転がされる。

 

 「ガバババババ」

 

 転がされたと思ったら今度は感じたことの無い、強い電流によって身体を感電させられる。

 

 動けなくなった赤鬼に次々とギンジの攻撃が続く。

 

 角を引っ張り、頭突き。

 

 身体を持ち上げて、黒い炎で燃やして、ジャングルジムにぶん投げる。

 

 「ゴホッ・・・痛てぇ痛てぇ・・・」

 

 さっきまでとは段違いの強さのギンジに、驚きと衝撃が走る。人が変わったかの様な強大さに、赤鬼の怪人の心が本気で楽しみ始める。

 

 喧嘩とはこういうモノでなくては、と。

 

 「ヌハハハハハハハ!いいぞ、もっと戦ろう!」

 

 感電から立ち直り、大きく息を吸ってからギンジへ向かって走り出し、赤鬼の拳がギンジの拳と正面からぶつかり合う。

 

 その腕力はオーク怪人よりも強く、ギンジの肩ごと容易に跳ね返して、膝を踏みつける。

 

 バランスを崩したギンジの頭に、スレッジハンマーという両手を組んだ拳をぶつけ、前のめりになるギンジの顔を、蹴りでかち上げる。

 

 「この・・・!」

 

 お互いに頭が上がり、思い切り額をぶつける。

 

 頭突きと頭突きのぶつかり合いに、空気を叩き、熱の放出し、互いの空いた両手同士が力押しをするために、激しく交差する。

 

 身長や体重から行っても、有利なのは赤鬼の怪人。しかしギンジにはただの力押しだけにとどまらず、炎や雷がある。

 

 超常的な力を持つギンジの力は、単純に見えてその癖かなり強い。

 

 今まで何度も危機を乗り越えただけのことはある。その実力に敬意を評して、赤鬼の怪人は一切の手加減は捨て、小細工なしの正真正銘自分の力だけでギンジを捻り潰しにかかる。

 

 「くうぅおおおお〜〜!!!」

 「俺っちのパワーで・・・ミドリコの姐さんを手に入れるぜ・・・」

 「おうよ、やってみろ、この、野郎!」

 「ヌハハ・・・」

 

 力は拮抗している様に見えて、お互い余裕が無い。その顔に笑みがあっても、この力と力の鍔迫り合いに、どうやって次の攻撃を繰り出すかを考える。

 

 「・・・この、クソ!」

 

 先に動いたのはギンジだった。押し込まれる力を利用して、倒れる様に後転すると、赤鬼の怪人を巻き込んで後ろへと投げ飛ばす。

 

 「からの・・・燃えろ!」

 

 跳ね起きてから後方へと、黒炎の光線を射出する。高火力バーナーの様な炎のレーザーは、立ち上がろうとした赤鬼の怪人へ命中し、小規模な爆発を起こす。

 

 「ぐるぅおおおお!!」

 

 甚兵衛は焼け、その身体を晒しながらも赤鬼の怪人はギンジに突っ込む。

 

 敗けない、退かない、認めるまでは諦めない。

 

 赤鬼の怪人なりの覚悟を持ったその突撃は、まさしく鬼気迫る。その言葉が正しいと思える迫力。

 

 赤鬼の拳が当たる度に、視界が揺らぐ。重く硬く強い一撃に負けじとギンジも、黒い炎の拳、紫電の蹴り、根性だけの頭突き、体当たり、力任せの喧嘩術に、赤鬼の怪人も倒れそうになる。

 

 「ハァハァ・・・本当に強いな、お前」

 「俺っちも・・・ゼェ、お前が強いと解ったぜ・・・ゼェゼェ」

 

 これが最後になるだろうかと、右手にありったけの力を込めて、二人は雄叫びを上げて拳を当てる。

 

 先に仰向けになって大の字で倒れたのは、赤鬼の怪人。

 

 その後にギンジも仰向けに倒れる。

 

 夏の夜空は綺麗で、星が輝いている。

 

 こんな星空を眺めるだけでも、この世界がどれだけ美しく大切かと、再認識する。

 

 「いやー・・・引き分けだなこれは」

 

 ギンジのフェーズ3が解除されて、元の姿に戻りながらも、その姿は倒れたまま。

 

 「いいや・・・俺っちが先に倒れた。俺っちの負けよ」

 「引き分けでいいだろ」

 

 二人の男は身体をお越し、汚い地面に座り込みまがら話す。

 

 「いいや、俺っちの敗けだ」

 

 頑なに敗けを認める赤鬼の怪人は、ギンジを見つめると、しっかりとした口調と共に牙を強く鳴らす。

 

 「敗けたらよ・・・ヘルブラッククロスには居場所はなくなるからよ・・・これでいいんだわ」

 「最初からそれが目的だったのか?」

 「どうかね・・・」

 

 ヘルブラッククロスはどんなに優秀な力があっても、敗ければ切り捨てられる。それを理解している怪人四天王の赤鬼の怪人は、不敵に笑う。

 

 そして居場所の無くなったであろう、赤鬼の怪人はヘヴンホワイティネスへと入ろうとしている。

 

 目的はたった一つ。甘白ミドリコの為に力になりたいだけ。ただそれだけ。

  

 「惚れた女の為に、組織をも裏切る・・・か。頑張ってる、って言うならきっと俺よりも上だぜ。覚悟の大きさとかも色々な」

 「ヌハハ・・・」

 

 惚れた女の為、赤鬼の怪人は組織よりも恋の為に生きることを決意した。

 

 「あんた、名前は・・・ギンジとか言ったっけな。頼む、俺っちならきっと役に立てらぁ!仲間にしてくんねぇか」

 「いいぜ。俺は賛成だけど、カエデ達の返事も聴いてから、考えるよ」

 

 こんなに撃たれ強く、力のある怪人が仲間になってくれるなら、これほど有り難いことはないだろう。

 

 「恩に着るぜ。それから・・・」

 

 座り込みながら赤鬼の怪人は、ギンジに頭を下げる。

 

 「ミドリコの姐さんは、きっとあんたに惚れている。必ず俺っちに振り向かせてみせるからよ・・・恋愛面の先輩として、そして俺っちに喧嘩で勝った男として、よろしく頼みますぜ、ギンジの兄貴!」

 「あ、兄貴!?いやいや待てまて、情報量が多すぎる!?」

 

 ミドリコがギンジに惚れている?

 

 そんなバカなことはあるだろうか。

 

 (いや俺そもそも、ヘヴンホワイティネスの面々から好かれてないだろ・・・?告白してくれたのは、レイナだけなんだがな・・・?)

 

 とは言え真意を確かめることも出来ず、ギンジは悶々とする。

 

 「そうと決まれば兄貴!家に戻りやしょう!」

 

 赤鬼の怪人はギンジを兄貴と呼び慕い始める。

 

 公園は損害が大きいが、後片付けなどは一切行わず、二人の怪人はカエデハウスへと戻るのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「えー皆さんに紹介したい人が来てます」

 

 カエデハウスのリビングで、カエデ、レン、ミドリコ、ケイタはギンジの方を見る。

 

 何故かミヤコは少し離れたところで、カメラを構えている。 

 

 「だ、誰よ紹介したい人って・・・」

 「落ち着いてカエデ。動揺しすぎ・・・で、誰なの、ギンジ」

 

 少し焦るカエデとその隣のレン。ケイタはいよいよギンジがレイナを連れてきたのかと警戒する。

 

 ミドリコも誰が来ているのか分からないようで、まるで警戒していない。

 

 「それでは、どうぞ。心強い味方になってくれる赤鬼さんです〜ぱちぱちぱち〜」

 

 ドアを開けて入って来たのは、先程までミドリコ愛をめちゃくちゃ語っていた赤鬼の怪人の登場に、カエデ、レン、ミドリコ、ケイタの四人は驚きに椅子から転げ落ちる。

 

 「くふふふふ・・・え?なんで?」

 

 カメラの録画を止めて、ミヤコは冷静になる。

 

 「ど、どうしてお前がここにまた戻ってきた!」

 

 ミドリコが明らかに動揺している。

 

 そんなミドリコに近づき、顎を指で上げると、赤鬼の怪人はミドリコへと再び愛を語ろうとする。

 

 「そんな事より、ギンジもさっきまでどこに行ってたのよ!」

 「ああ、そいつと喧嘩してきた」

 

 あまりに突拍子の無い発言に、再びカエデはズッコケる。

 

 「で、さっきの怪人がミドリコになんの用よ!強引に攫おうってんじゃないでしょうね!」

 「もしそうなら、許さない」

 

 カエデとレンの警戒心が最大まで大きくなるが、赤鬼の怪人はとんでもないと首を横に振る。

 

 「ヘルブラッククロスの怪人として警戒してるなら、もうその心配は無いですぜ・・・俺っちは、さっき退職願を出してきた」

 「え?ヘルブラッククロスって会社だったの?」

 「くふふふそうだよ。後株だよ」

 

 ギンジの現実味の無い疑問に、ミヤコの衝撃的な全容が語られたところで、赤鬼の怪人はヌハハ、高笑いする。

 

 「ミドリコの姐さん・・・俺っちは必ず、姐さんを振り向かせて、みせますんで。この力、期待していてくだせぇな」

 「どうしてこうなったんだ・・・」

 

 ミドリコは困惑し続けるが、それでも赤鬼の怪人は止まらない。

 

 おおっぴらに変なことはしないが。

 

 「退職までして・・・何?あたし達の味方になろうなんて言うんじゃないんでしょうね」

 「大正解だぜ。カエデの姉御、レンの姉御。それからケイタの旦那。ミヤコ姉さんも、ギンジの兄貴も!」

 

 赤鬼の怪人は特段悪い怪人じゃない。

 

 それをなんとなく感じ取れるのだが、もうここまで来たらなんでもいいの精神となりカエデは爆発する。怪人の仲間はギンジだけでいいと思っていたのに。

 

 「あんたらが駄目だって行っても、俺っちは力になるぜ!」

 

 人生で一度も言われたことのない言葉を出し続ける。赤鬼の怪人をチラ、と見上げるミドリコ。

 

 (まぁ・・・変な怪人だが、悪い気はしないし・・・いいか)

 

 こうしてヘヴンホワイティネスに新たな仲間が出来た。

 

 赤鬼の怪人。

 

 ヘルブラッククロスを退職し、ヘヴンホワイティネスへと入社(?)した怪人。

 

 「それじゃ、ミドリコの姐さんと俺っちは同じ部屋でいいっすね」

 「え?」

 「夫になるんだからいいでしょうな!ヌハハ」

 

 赤鬼の怪人はミドリコの部屋へと向かう。

 

 「ま、ちょ、待て!なんで私の部屋を知っているんだ!」

 「あー赤鬼!駄目だ、開けるな!」

 

 ミドリコの部屋に入ろうとする、赤鬼の怪人をギンジとミドリコが止めるが一歩間に合わなかった。

 

 「開けるなぁぁ〜〜!!!」

 

 赤鬼の手が、ドアノブにかかる。そして開けられた部屋には・・・。

 

 「なんだいこりゃ・・・」

 

 ピンク色だったり、薄紫色だったりした、ミドリコの趣味のモノ。

 

 かつてギンジも見たことのある、ミドリコのトップシークレット。

 

 「見るなぁぁ〜〜!!」

 

 顔を真っ赤にして、大人の女性のシャウトがカエデハウスに響き渡る。ロケットランチャーを取り出し、ミドリコは自分の部屋を自分の手で、赤鬼とついでにギンジを巻き込んで爆掃した。

 

 「なんで俺まで・・・」

 「ヌハハハ!ミドリコの姐さんもお盛ん・・・うおっ!?」

 

 2発目のランチャーが放たれ、カエデハウスは2日で全損にも近い大破壊が繰り広げられたのであった。

 

 「女の部屋を勝手に開けるな〜!うわーん!!やっぱり怪人なんて嫌いだ!!」

 

・・・・ミ・・・ド・・・リ・・・コ・・・・

 

 翌日、総統の元に手紙が届く。

 

 封筒と、汚い文字でこれの差出人は赤鬼の怪人である事を理解すると、総統は読まずにこの手紙を破り捨てる。

 

 「・・・読まないでよろしいのですか?」

 

 隣で総統にお酒を注ぐ、見目麗しい怪人、鏡の怪人が総統に口を出す。

 

 「・・・赤鬼の怪人が裏切った・・・しかも、敗北までしたな」

 「!?」

 

 一部始終を見ていた訳でもないのに、総統はこの事態を一瞬で察知すると、鏡の怪人の身体を抱き寄せる。

 

 「きゃっ!・・・総統閣下・・・?」

 

 目隠しをしているが見えている。鏡の怪人は手元のお酒をこぼし、総統のコートを汚してしまう。

 

 それを拭き取ろうと手を伸ばすが、総統は鏡の怪人の手を取り、それを阻止する。

 

 「・・・貴様は・・・裏切りや、敗北等、してくれるなよ」

 

 力強い手と、言葉に鏡の怪人は表情をとろん、と蕩けさせる。

 

 全ては力による支配を目論む総統のお言葉。誰よりも強く、正しい倫理観、正義の為の行い、支配。

 

 すべてが強者として許されている、総統。

 

 そんな総統に心労を祟らせるとは、ドクターミヤコも、赤鬼の怪人も、ヘヴンホワイティネスも許せない。

 

 「必ず・・・総統閣下のご期待にお応えいたします。ご心配なさら・・・きゃあ」

 

 抱き寄せられた身体を持ち上げられ、鏡の怪人は可愛らしい声をあげる。

 

 数秒運ばれたかと思うと、柔らかい布のところへと落とされ、身体の上に総統が乗るのを感じ取った。

 

 男が女を求める欲望もまた、ヘルブラッククロスの力による支配の一つ。

 

 甘く、それでいて強引な総統の肉欲に抗えず、鏡の怪人はひたすらその暴力を受け入れるしか無い。だと言うのに、それはどんな言葉よりも、総統に抱かれることの方が嬉しくてしょうがなくなる。

 

 永遠にこの状態を感じ取りたい。こうされる事が、鏡の怪人にとっての幸福であり、なによりも大切な時間なのだから。

 

 総統の心の傷を、自分だけが修復できるなら、それでいい。そうさせてほしい。

 

 本気でそう思うと、いつ終わるかわからない総統の癇癪に鏡の怪人は満足するまで付き合うのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 かつてドクターミヤコの研究室であったこの場所、研究施設では、今は紫が支配、占領し、彼が扱いやすい様に改装されている。

 

 「これは・・・新しい怪人ですか?」

 

 ヘアクリップで髪を纏めあげて、白い白衣に身を包む女性が、小さな声で話しているにも関わらず、静かなその研究室には声が反響する。

 

 研究のシリンダーいっぱいに詰め込まれた砂の塊を見て、紫の護衛部下兼、助手として活動するドクターハルネは、バインダーを持ちながら紫に近寄る。

 

 「そうだね。この怪人は【師匠】の研究を引き継いで、完成させた怪人、砂の怪人だよ」

 

 紫はハルネの方を向かずにそう答える。紫の師匠と言う存在が気になるが、ハルネは再びシリンダーを眺める。

 

 無機質で言葉を話さなさそうな、異質な雰囲気に飲まれそうになる。

 

 「くくくく・・・これで、【師匠】の目的を、悲願を達成してやる・・・」

 

 紫の肩を震わせる笑い声に、ハルネは応援したくなる。あのドクターミヤコが除名され、本来の大幹部となった事には、本気で驚いたが、今はこの紫の護衛部下として動いている。

 

 その事に喜びながらも、ハルネは定時になることを確認すると、手元の資料を纏めて紫に手渡す。

 

 「それではドクターパープル。ワタシはこれで。また明日来ますね」

 「ああ、君はご家族に弟さんがいるんだったね。うん、お疲れ様。君の家族の無事は約束しているから、早めに帰りなさい」

 

 ヘルブラッククロスは学生の年齢でも入ることの出来る組織。この組織において常識はあまり関係ない。

 

 学生であるハルネは、一つ下の弟の為に、今日もアルバイトまがいの仕事で生活費を稼ぐ。

 

 両親が亡くなった事で、生真面目になってしまって、自分の娯楽をなんでも我慢しつづける弟。

 

 自分の弟を守ることだけが、ドクターハルネの目的。ヘルブラッククロスが弟を手違いで攫った事には肝を冷やしたが、あのドクターミヤコの命令なら、それも普通に有り得そうで怖いと思っていた。

 

 だから、あのドクターミヤコが居なくなって心から嬉しい。なにより、自分の尊敬する上司、紫の下で働けるのも嬉しい。

 

 このまま高校を卒業したらヘルブラッククロスに居続けよう。

 

 それがドクターハルネの目的であり、弟を守る為の生活。

 

 「もしもし?」

 

 ハルネはロッカールームに向かうかたわら、弟に電話をかける。

 

 彼女の名前は、真鍋ハルネ。

 

 好きなモノは、働く力。嫌いなモノはヘヴンホワイティネス。

 

 尊敬する人物は、総統、ドクターパープル、こと紫。

 

 学生でありながら化学兵器を混ぜ合わせた武器をあやつる彼女は、なんの幸運か、紫の護衛部下として出世できた。

 

 度固化野名神高等学校・三年生。弟は、同高校の二年生、真鍋アオハル。

 

 真面目になった弟は勉強する力を持っている。

 

 総統の望む世界でもきっと強く生きていけるから、なんとしてもヘヴンホワイティネスのファンをやめさせたい。

 

 「今日は、黒々カレーでも作ろうか。お姉ちゃん、頑張るわ」

 

 弟との会話は疲れなど無くしてくれる。

 

 弟を守るためなら、なんでもする。だからハルネの選んだ道は、力という正義を持つ、ヘルブラッククロスへの協力。

 

 もうすぐ夏休みだし、弟とどこかでかけに行くのもありだろう。許されるのであれば、紫も一緒に連れて行きたい。

 

 電話を切ると、悪の勢力が広がるかの如く、ハルネは闇の道を進んでいくのであった。

 

 

続く

 

   

 




お疲れ様です。

中盤〜の話を創るにあたり、プロットを組み直した結果70話以上まで伸びました。怪人四天王編や、レジスタンスの話も作りたいな、このまま行くと、もっとキャラ増やさないと駄目かな・・・等。

なので登場する予定の無かったハルネというキャラを引っ張り出して、アオハルのあねというキャラになったり、赤鬼の怪人が仲間になったり、といろいろ作り直しました。

赤鬼の怪人にも、アオハルにも見せ場はあります。その時をお楽しみに。

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
赤鬼の怪人は強かった。ミドリコに惚れられていると言われても・・・って感じ。別に嫌いではないけど、よくわからない。

赤鬼の怪人
ミドリコに一目惚れして、たったそれだけの恋で、ヘルブラッククロスを退職してきた。結構後先考えないタイプ。

甘白ミドリコ
ついに屋内で、しかも自宅で、ランチャーをブッパした。
アダルトな趣味故に、見せられないよ!


真鍋ハルネ
真鍋アオハルの姉。リコニスと同じ学生ヘルブラッククロス。
黒々カレーの作り方。
カレーの一般的な材料達、ローリエ、パセリ、お姉ちゃんの愛情(鍋いっぱい)、黒いなんかの液体。
鍋に全部ぶちこんで煮る。これだけで疲れるのでレトルトのカレーを開けます。ちょwwwカレー美味しんだけどwww


部下にドクターパープルとか呼ばせてる。
師匠とはいったい誰なのか、それは誰にもわからない
ハルネからの尊敬には気づいているけど、別に興味はない。

次回は夏と言えば・・・な、話になります。久しぶりに魔法少女も出るぞ〜出すぞ〜うおおお

次回もお楽しみに!


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サマー編
28・夏だ!海だ!砂の怪人だ!


アトラクションです。
夏と言えば水着。異論は認める。



それでは、どうぞ


 

 7月20日。

 

 世間は夏休みシーズンと言う事もあり、有姪海岸や、繁華街、クアッドタワーのサマーキャンペーン等で人がごった返している。

 

 かき氷に黒密をかけた甘い食べ物の特集が行われており、冷房の効いた部屋でサクラはそんなニュースを見ながら海を眺める。

 

 北度固化の海は商業施設が多く、行くなら中央の有姪海岸の方と、北度固化市の地元民は言う。

 

 「サクラ〜熊沢さんて方からお電話来てるわよ」

 「あ、はーい。ママありがと」

 

 サクラの母、アズサから伝言を貰うと、家の電話へと向かう。

 

 桃色の髪を揺らしながら、電話の主、熊沢レイナへと連絡を取り合う。

 

 「もしもしレイナさん?」

 『久しぶりだね。すまない、スマホの充電が切れていてね』

 

 レイナの落ち着いた声を、久しぶりに聴くことでサクラは安心する。お互い秘密裏に戦う事が多い以上、あまり顔合わせばかりも出来ない。

 

 だからたまにはこうやって情報の交換を行ったりしている。

 

 『ところで・・・サクラは、今夏休みかな?』

 「はい!夏休みでっす!」

 

 元気よく挨拶する。高校生活最後の夏休みなのだが、もう宿題などは無く、2学期からは自由登校になる。

 

 『それは良かった。で、もし良ければなんだが、旅行に行かないか?』

 「旅行・・・ですか?」

 『そう、旅行だ。とは言え、この度固化市の・・・神宮帝国リゾートホテルなのだが・・・チケットを手に入れてね』

 「ほう・・・!」

 

 電話の内容に眼を輝かせるサクラを、横目に母親であるアズサは青春の匂いを感じ取る。

 

 (サクラ・・・あなたあんな綺麗な声の人と・・・旅行!?いいわね、楽しんでらっしゃいな・・・!!)

 

 女性同士の旅行なら何も気兼ねなく行かせられる。

 

 小町サクラの母、小町アズサ、旧姓・桃野アズサはかつて魔法少女であった。

 

 マージ・ジゴックの先代となる悪の組織、アビ・キョウカンとの戦いに、今の夫でもあり、魔法戦士でもあった小町ツバキと共に勝利を収めた。

 

 そして娘であるサクラは、魔法少女として巨悪との戦いに勝利を収めていた。

 

 名実共に魔法少女の中で最強の娘を持った事で、アズサは娘・サクラの事はたいていの事は心配していない。特に戦闘面。

 

 『一泊なのだが、どうかね。高校最後の思い出作りに・・・』

 「もちろん!ご一緒させてもらいます」

 

 サクラの喜びの声を聴いて、母親はクスリと笑う。

 

 「ところでレイナさん」

 

 サクラはこの話において気になる事を、電話越しに聴いてみる。

 

 「いつから行くんですか?」

 『明日からだ』

 

 あまりにも急な提案だが、それでもサクラは喜んでその提案を了承する。流石に明日だとは思っていなかったので驚きの方が強いが、それでも憧れのお姉さん的なポジションのレイナに誘われるなら、断るはずもない。

 

 話が終わり電話を切ると、サクラは急いで準備に入る。

 

 「ママ!ちょっとでかけてくる」

 「はいはい。気をつけなさいね。後、空を飛ぶのは駄目よ」

 「飛ばないよ!じゃあ、行ってくるね」

 

 飛び出す様に自宅を出ると、サクラは明日の旅行の準備の為、色々とアイテムが揃う、繁華街のクアッドタワーへと向かうのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 同時刻、神宮家。

 

 カエデは父親のソウジロウの執務室へと呼び出されていた。

 

 厳格だが優しく、カエデが誇りに思える父親。

 

 父親は遊びほうけている娘を心配しているが、成績を落としていないから特段問題は無いと思っている。

 

 「どうかされましたか、お父様」

 

 夏の強い日差しを背に座る、カエデの父親、18代目神宮財閥頭首・神宮ソウジロウへと面と向かって話すカエデに、父親であるソウジロウは優雅な印象をもたせながらも父親として、聴きたいことがあるからと呼び出していた。

 

 「カエデ・・・今年も夏休みがやってきたが、今年はどこに行きたい・・・というか、どこに別荘を立てたい?」

 「んー・・・いや、今年は別に・・・」

 

 先程までの姿勢の良いご令嬢オーラを消して、素に戻るカエデを見てソウジロウは苦笑する。

 

 「ふふふ・・・まだ、財閥としての気骨は持てないか?」

 「い、いえ・・・その、すいません」

 

 いつも強気なカエデも実の父親の気迫には、どうしても勝てない。

 

 頭の良さとか性別がどうとかの、問題ではなく、単純に人としての器や器量にカエデは勝てない。

 

 「まぁ、そんな青い顔しないでくれ。今年は、どこにも行かない・・・それじゃあ、今年の夏休みは・・・」

 「あ、友達が居てね」

 「友達・・・ああ、角倉さんのご子息かな?」

 「それもあるけど・・・」

 

 カエデはスラスラと友達の紹介を話す。

 

 宮寺レン・・・高校に入ってからの親友で、良く話に聴く。

 

 甘白ミドリコ・・・その宮寺レンの保護者。親戚という。

 

 角倉ケイタ・・・カエデの良き理解者でもあり、友達。よく毎日家に来ては、一緒に登校している。

 

 そしてここから聞き慣れない人物の話を聴いて、ソウジロウの顔に陰りが出始める。

 

 アカ・オーニさん・・・赤鬼みたいな見た目だからそんなあだ名。

 

 ミヤコ・・・高校から知り合った狂ってるやばい人。

 

 そして・・・最後の人物の時だけ、カエデが、実の娘の顔がやや赤くなり、眼を泳がせながら話す最後の友達紹介。

 

 「さ、佐久間ギンジって奴が居てね・・・その、色々と助けてもらってる人で、えーと・・・たまには休んでほしいなって、思ってるの。だから今年は・・・有姪海岸に立ててあるホテルを使わせて欲しいなって・・・思ってて」

 

 最後の人物だけはしどろもどろ話す娘の反応を見て、神宮ソウジロウは奥歯を噛みしめる。

 

 これは・・・この姿と反応は。

 

 (じゃじゃホースでもめちゃくちゃ可愛いうちの娘が、ボーイフレンドを造ろうとしている??????)

 

 コホン、と咳払い。

 

 娘がこんな反応を見せるとは。名前からして佐久間ギンジは男だろう。そうなると、これは・・・恋に違いない。

 

 父親として娘の恋愛には口を出すべきでは無いと解っていても、ソウジロウはその佐久間ギンジが気になってしょうがない。

 

 「カエデ・・・その佐久間さんという方は、どんな人なのかね」

 「えーと・・・?」

 

 言い淀むカエデにソウジロウは質問を変える。

 

 「その、ご両親とか・・・何をされている方の・・・」

 「ああ、ギンジに家族は居ないのよ」

 「・・・じゃあ、その佐久間さんは何歳なんだ?」

 「詳しく聞いたことはないけど、多分成人しているんじゃないかしら」

 「・・・仕事は何をされてる方なのかな」

 「・・・無職」

 「今直ぐ関係を絶ちなさい」

 

 最後の無職という言葉でスパッと斬る。父親としてそんな人物と娘を例え知り合いだとしても突き合わせるわけにはいかない。

 

 まかり間違っても、神宮財閥の娘。付き合う人間関係にまで口を出すつもりは無いが、流石に成人していて無職な人間と娘を近づけるわけには行かない。

 

 「お父様・・・でもギンジはね、優しくて、強くて、何度も助けてくれてね・・・」

 

 父親の言葉に反論しようとして、ギンジの良いところをアピールする。そのアピールタイムで、カエデは顔を赤くしながらうつむく。

 

 「すっごく乱暴なのに、優しくて、その・・・風邪引いた時は、当時そいつが住んでたところまで運んでくれてね・・・」

 「・・・その人をいますぐここに連れて来なさい」

 

 風邪を引いた時に看病と同時に、乱暴されたのに優しい・・・。

 

 (それってもう致してるじゃん!!!!)

 

 神宮ソウジロウ。厳格な人物でその界隈では有明な人だが、実はかなりの親ばか。

 

 (ああ・・・あんなに可愛かったカエデが・・・カレン、君の娘は非行に走った男と一夜を過ごした様だ・・・済まない)

 

 亡くなった妻の写真を見ながら、涙目になって謝罪するソウジロウに、娘であるカエデは少し引く。

 

 「・・・服が汚れるからあまり行きたくは無いが・・・私も付いていってもいいかな?」

 「え・・・?うーんまぁ、大丈夫かな。あ、でもあたしの、じゃなくて、わたくしの友人に変な事をしないでくださいますように」

 

 最後の最後でカエデは令嬢オーラを復活させて、父親に言い放つ。

 

 「それで、いつ行く予定なのかな?」

 「明日!絶対明日」

 

 カエデのわがままなら何でも聴いてあげるが、佐久間ギンジという男を許すわけには行かない。

 

 子の為なら、なんでもする。それが父親だが、流石に娘の恋の相手が気になり、交際を認めるのも父親の努め。

 

 神宮ソウジロウは執務室から出ていく娘の背中を眺め、沢山の思い出が頭に蘇る。

 

 『ぱぱー!』

 

 小さい身体でボールを持ちながら、くしゃくしゃの笑顔で笑うカエデ。

 

 『あっこしてー!』

 

 まだ言葉も喋れないのに、抱っこして、と言われた時は天才かと思った。

 

 『ぱーぱ、おきてー』

 

 休日、部屋で眠る父親の瞼を両手で開いて無理やり起こそうとしたカエデ。

 

 『おちょうさま〜!』

 

 言葉の教育をして、お父様と初めて呼ばれた時は、涙が出るほど嬉しかったのを良く覚えている。

 

 『ぱぱのにがおえ、かいてきたの!』

 

 アカデミーのテストでは、似顔絵を書いて来てくれて、本当に嬉しかった。この子の為ならなんでもする。そう言った妻の言葉を今でも覚えている。

 

 『ぱぱ、だいちゅき!』

 

 これは三歳ぐらいだろうか。朝起きて直ぐに言われた言葉だったのを思い出す。 

 

 『おおきくなったら、ぱぱとままを守れる、せいぎのヒーローになりたいです!』

 

 小学校一年生の発表会とかだろうか。突拍子も無いが、こういうのが大人は嬉しく思う。

 

 「カエデ・・・大きくなったんだな・・・」

 

 もう高校二年生。16歳。

 

 「大きくなるわけだ。君、外しなさい」

 

 近くの何も喋らない秘書に命じると、一礼してソウジロウにティッシュ箱を手渡す。

 

 「流石はカエデお嬢さまですね」

 

 うんうんと頷き、秘書は部屋を離れる。

 

 さて・・・。思い出に浸り、泣くのは終わり。

 

 「佐久間ギンジ・・・我が娘をたぶらかした罪は大きいぞ・・・」

 

 ソウジロウは自分の妻の写真を見つめて、なんにもならないが力を貰う気になって、旅行の準備を始める。

 

 (何者か、必ず突き止めてやる・・・!)

 

 父親の決意は大きく、それを止められる人は誰も居ない。

 

 真夏の日差しは強く眩しく、執務室の中に降り注いでいた。 

  

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 クアッドタワーのショッピングフロアでは、色々と旅行の道具を買い揃える為、ギンジと赤鬼の怪人は荷物持ちをさせられていた。

 

 「一度車に乗せに戻るのは駄目なんか」

 「まぁまぁしょうがないっスよ、兄貴」

 

 赤鬼の怪人はこのままの見た目で居ることが、疑問なのだが、ギンジと同じくサングラスをかける事で完璧な変装が出来ているらしい。

 

 手鏡で見せてもらったら、ただの人間になっていた。

 

 一角まで隠せるとは驚きの変装能力だが、それはあくまで一般市民にのみ通じる。

 

 ちなみにギンジは何も変わらない。なのに、一般市民はギンジをヘヴン3として見えているらしい。

 

 最初は困惑していたが、今はどうにもならないし、興味がない。

 

 「それ、あんまり触らない方がいいぜ。サングラスに指紋つくとダセーから」

 「ガッテンでい」

 「それにしても遅せーなあいつら・・・」

 

 海に行くならば水着が必要ということで、レンがいの一番にこのお店に入って行った。

 

 どうやら3月に海に入ろうとしたらしく、その時は寒くて入れないとかの理由でショックが大きかった・・・という話を聴いてギンジは苦笑したことを覚えている。

 

 今は実家から戻ってきたカエデ、レン、ミドリコ、ミヤコは水着を買いに、お店へ。

 

 ケイタは、皆の海で食べるお菓子なんかの調達。

 

 そしてギンジと赤鬼は荷物持ち。

 

 「んお、カエデからだ」

 

 程よい高さのベンチに座りながら、ギンジの新しいスマホにはカエデからチャットが入る。

 

 「・・・こっち来いってよ」

 「どら、行きますかね」

 

 明らかに海に行くには必要の無い荷物を持たされながら、ギンジと赤鬼は水着ショップへと入店する。

 

 親切なスタッフが大荷物を見るなり話かけ、荷物を預かってくれる。

 

 「どうよ、水着は」

 

 特段興味も無いため、適当に声をかけるギンジにカエデはうーんと頭を撚る。

 

 「どれもしっくり来ないのよね・・・」

 「っていうかご令嬢でもこういうの買うんだな・・・」

 「そりゃあね。家に頼むと100着ぐらい作るか買うから、正直めんどいのよ」

 「100!?」

 

 さらっと聞き慣れないワード、ないしは数字にギンジは驚きのあまり声がデカくなる。

 

 「おほーっ!ミドリコの姐さん!いい水着ですね」

 

 そんなギンジとカエデの横では、赤鬼がハンガーにかかった水着を身体に当ててるミドリコを見て、べた褒めしている。

 

 「くふふふ・・・水着はね・・・なにも露出だけが正解じゃないんだよ・・・」

 「勉強に、なる」

 

 更にその隣では、ミヤコがダイバースーツみたいな水着を試着して、レンが二枚の水着を選びながらミヤコの話を真剣に聴いている。

 

 試着室の隅には、制服と白衣。相変わらずサイズの合っていないモノを着用している。

 

 (そういえばミヤコって季節問わず長袖だよな。そういう子もいるけど、暑くないんかな)

 

 明らかに季節外れの冬服と白衣だが、ミヤコは汗一つ流さずに毎日着用している。

 

 (・・・まぁ、俺が気にしてもしょうがないけど)

 「ギンジ君〜どうどうこれ」

 

 ミヤコがギンジに気づき声を上げる。

 

 ダイバースーツに身を包み、髪を縛るミヤコはギンジへのラブコールが収まらない。

 

 「くふふふ、ダイバースーツならギンジ君も逃げられないね・・・」

 「一応聞くが、何から逃げるんだ」

 「何って、ダイバースーツの中から」

 「お前はダイバースーツで何をしようってんだ!!」

 

 考えてることが解らない。本当にミヤコの発言はギンジの悩みの種である。

 

 頭を抱えるギンジに、レンが蒼い水着を持ちながら、ギンジに話しかける。

 

 「ギンジ、ミヤコは意外と勉強させられる、事が多い」

 「勉強・・・?なんの勉強だ」

 「くふふふふ・・・水着っていうのは、なんでも露出すればいいってことじゃないの・・・例えば、このダイバースーツとか、ボディラインが強調されて、より女の子の身体を意識しやすいのよ。それが返って魅力的に見えたり・・・くふふ、ギンジ君はどう思う?」

 「いやどうって言われても・・・な・・・」

 

 ミヤコの小さな身体を足先から、脚の付け根、それから身体へと視線を動かす。

 

 ちょうど胸の当たりまで視線を動かすと、そこで眼が止まる。

 

 ダイバースーツで身を包んで居ても分かる、膨らみをギンジは凝視する。

 

 小さな少女の身体をマジマジと見つめるサングラスの大男・・・それはさながらロリコンか変質者の様に見えなくもない。

 

 「あ・・・」

 

 その視線にミヤコとレンは気づく。

 

 「も、もう!そんなに見られたら、わたしでも恥ずかしいよ?」

 「ごめんギンジ」

 

 無言で見つめるギンジへ気恥ずかしさから、その小さな胸を腕で覆い隠すミヤコ。その後ろではレンがビームハンマーを構えてギンジをぶん殴る。

 

 「い、いや・・・良いものが見れたかもしれん」

 「何やってんのよあんた達・・・」

 

 倒れるギンジにレンは遠くを見つめ、ミヤコは顔を赤くしながら試着室に戻る。

 

 ミドリコと赤鬼はまだ何か喋っているが、今のギンジには何も入ってこない。

 

 (・・・いや、良いな!ダイバースーツ!)

 

 新たな扉が開かれそうなギンジだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 翌日・・・7月21日。

 

 世間の夏休みブームは始まったばかりで、そのブームに浮かれてヘヴンホワイティネス達も、海へと繰り出す。

 

 有姪海岸には人だかりが多く、カップルや、学生、家族連れ等、多数の人々が海を楽しみに来ていた。

 

 「本日はよろしくお願いいたします」

 

 ミドリコが丁寧に頭を下げて挨拶をするのは、神宮ソウジロウ。

 

 真夏だと言うのに礼節のある紳士服に身を包み、姿勢良くしたその立ち姿に、どことなくカエデも背筋を伸ばしている様に見える。

 

 「では、私は先にホテルに行くとするが・・・その前に、君」

 「へ?俺?」

 

 ソウジロウがサングラスのガラの悪い男、ギンジへと指を刺す。

 

 いつもの七歩袖の黒いシャツではなく、海仕様の黒いアロハシャツとビーチサンダル。なんだかんだ海を楽しみにしているギンジを急に呼び出す。

 

 「初めまして。カエデの父です」

 「ああ、これはご丁寧に。どうも佐久間です」

 

 意外と礼儀正しくするギンジの反応に、少しも興味を持たずにソウジロウは踵を揃えて重い口を開く。

 

 「カエデから良く君の話を聴くのだが・・・君は娘とどういった考えで関係を持っているのかね」

 「えーと・・・どうと言われましても」

 

 ほぼこの世界では役に立たなかったサラリーマン時代の技術を、今ここで使うべきなのだが、あまりにも気品と金持ち感溢れるオーラがギンジにそれをさせない。

 

 「別に・・・なんも無いですよ」

 「君は!私を!お義父さんと呼ぶつもりなのかね!?」

 「ハァ!?いやいや、いきなりなんだよ」

 

 例えそうなったとしてもかなり段階を踏み越えている。ギンジはソウジロウから離れると、直ぐに両手を伸ばして否定に入る。

 

 「そんなん無いって!第一、あいつは、カエデは俺に対して何も思ってないと思うぜ」

 「その言葉を信じるとでも・・・?」

 「ちょっと、お父様!」

 

 カエデの静止にソウジロウがギクリと背中を震わせる。睨みが強いのは母親譲りなのか、その眼を見るとソウジロウはすくみ上がり、ギンジの肩を優しくポンポンと叩き、秘書を連れて離れていく。

 

 「・・・今は、何も聴くまい。後で、じっくり話をしようじゃないか」

 「なんだ、アレ」

 「あたしの父よ。なんかあんたに話があるんだって。そんな事より海よ、海!」

 

 カエデの父親がギンジになんの話があるのか解らないが、とりあえず夏の海を楽しむことにする。

 

 レジャーシートをセットし、パラソルを刺して、ビーチチェアかければ、常夏のビーチを楽しむ準備が出来る。

 

 一方、ミヤコは何やら手元の端末を捜査している。

 

 「ミヤコ姉さん、何を?」

 「くふふふふ・・・妨害電波を出しておこうかと思ってね」

 「妨害?」

 

 赤鬼の不思議そうな言葉に、ミヤコが薄気味悪い笑顔で中央度固化市のデジタルマップを見せる。

 

 「こりゃあ?」

 「いつ、どこで、どんなタイミングでヘルブラッククロスが襲撃してくるか、わからないでしょ?だから、怪人達が目的を見失う可能性が高い・・・それとついでだから、攻撃しとこ」

 

 攻撃というのはどういうモノなのか。それが気になる。

 

 「くふふふ。ヘルブラッククロスのpcにウイルスを送っておいた。対処すればするほど、力が強まるウイルス。くふふ、名付けて【エヴォリューション】・・・我ながら完璧」

 

 くふふふふ、と笑いながらミヤコは端末上で、ヘルブラッククロスを攻撃する。

 

 こうなればしばらく活動は出来ないはず、とミヤコはメガネの奥の瞳を輝かせる。

 

 「これで・・・わたしとギンジ君を邪魔する者は現れない!」

 「なるほど・・・」

 

 ミヤコの隣で赤鬼は良く解っていないが、相槌程度に首をうなずかせる。

 

 「じゃあ、着替えてくるから!荷物見てて、ギンジ」

 「頼んだぞ、ギンジ、赤鬼」

 

 カエデとミドリコ、レンとミヤコが荷物を持ちながら、更衣室へと向かう。

 

 ケイタは既に履いてきた様で、準備万端だった。

 

 「さて、俺たちは、あいつらが来るまでゆっくりしてようぜ」

 「そうだね。まだ昼前だけど、お腹すいてきたよ僕は」

 「俺っちも腹は減ってきたな。ギンジの兄貴、何食べやすか」

 「夏で海だろ・・・。焼きそばだな」

 「ああ、いいね!海で食べる焼きそばって最高だよね」

 「分かるぜ。おおいに分かる。じゃあ俺っち買ってくるっす」

 

 すっかり後輩気質が板についた赤鬼は、急ぎ足でレジャーシートから離れていく。

 

 ケイタはギンジと二人になり、海と人々を眺めながら、これからの予定を話し始める。

 

 「海で死ぬほど遊んで、その後は、カエデの用意してくれたホテルがあるんだけど、そこの下で夏祭りが開かれるんだって!」

 「マジでか!」

 「楽しみだよね!で、祭りのフィニッシュには花火も開くって・・・」

 「今年の夏はいいなぁ〜。こうやって海に来るのも、夏祭りだ、花火だなんて俺は久しぶりだから、結構楽しみだぜ」

 

 ギンジは手元のお茶を飲むと、サングラスのズレを直す。

 

 その横でケイタはシャツを脱ぎ、海に出る為の準備運動を開始する。

 

 「聞き覚えの有る声だと思ったら〜」

 

 ギンジとケイタの少し後ろ側から、優しい少女の声がした。

 

 ふと、ビーチチェアから後ろを覗くと、桃色の髪、桜色の水着の上にサマーパーカーを身に着けた女の子の姿。

 

 そしてその横にはスタイルの良い体格に、程よく筋肉質な身体をして、濃い紫色のビキニを着て、ヒールタイプのサンダルを履いた、美女というのがふさわしい雰囲気を持った大人の女性。

 

 「ギンジくんも来てたんだ?お久しぶり!」

 「ギンジ、元気そうで何よりだ」

 

 サクラとレイナ。なんの運命かギンジと共に戦った戦友達二人も、この有姪海岸へと遊びに来ていた。

 

 特にレイナはギンジに会えて嬉しそうな顔をしている。

 

 「うおおお!久しぶりだな!サクラ、レイナ」

 「あれ、サクラさん!」

 

 喜びながら立ち上がるギンジの後ろで、ケイタは湾岸エリアで助けてくれた恩人、サクラを見てここでも喜ぶ。

 

 「なんだ、君たち三人共知り合いだったのか?」

 「いやーなんか色々あってね。湾岸エリアではありがとうなサクラ」

 「いいよいいよそんなの〜。っていうか湾岸エリアで居たのは知ってたけど、あの後会えて無いんですけど!」

 

 楽しげな空気で会話をして、あれから起こった戦いの話だったり、ギンジが攫われたり・・・そうこうしたら新しい仲間が出来たりと、お互いの近況を話して情報交換を行う。

 

 「色々大変だったんだな。その、ギンジが大変な時に、手助けできなくて、申し訳ない」

 

 レイナはギンジに恋をしている。自分の好きな人が悪の組織に攫われていた。その事は形は違えど、親友のナルミが退魔教会にいいようにされていたのと同じ。

 

 そう考えると、ミドリコから聞いた話でしかなかったそれが、現実味を帯びて胸が苦しくなる。

 

 「今度は、私も力になるよ」

 「私も!私も!」

 

 日に当たるレイナの顔は眩しく、美しい。

 

 サクラもぴょんぴょん跳ねながら、協力の姿勢が見えている。

 

 「心強い味方だね、ギンジ」

 「いやーありがてぇよマジで。レイナもサクラも強いからな」

 「君にそう言われると嬉しいな」

 

 ギンジへの好意をあまり隠していないのか、レイナは丸めてあるレジャーシートをギンジ達の隣へ敷いて、常夏セットを設営する。

 

 「じゃあ、ギンジくんはこっちね」

 「俺が真ん中なの?」

 (カエデが見たら怒りそう・・・)

 

 二枚のレジャーシートの間に座らせれ、その隣にはレイナが座る。

 

 それを見たケイタは状況を見るに、これはカエデが不機嫌になりそうだと、内心では覚悟する。

 

 わがままお嬢さまは不機嫌になると長い。

 

 これから海に入りに行くために、仲間を待っているギンジとケイタ。

 

 それとサクラとレイナ。

 

 この二人の女性達はたまたま当たったチケットで神宮帝国リゾートホテルへと泊まるそうだ。

 

 「あれ、そのホテルって今日泊まるところだよね」

 「ああ、確かにそんな事言ってた様な気がする」

 

 なんの偶然かギンジ達の泊まるホテルも、カエデが用意してくれた高級ホテルなのだが、レイナはギンジの手を握ると、引き寄せてくる。

 

 「同じホテルに泊まるなら、部屋はお、おお、同じでいいかな」

 「落ち着け!そんな事したら多分俺は明日の朝日を拝めない!」

 

 それこそカエデとミヤコとミドリコに、殺されそうな気がする。 

    

 そこへ・・・。

 

 「ギンジーー」

 

 カエデが呼ぶ声がする。

 

 「兄貴〜焼きそば買ってきやした・・・ミドリコの姐さん!!!」

 

 そのタイミングで赤鬼も戻ってくる。

 

 カエデは右胸にヤシの木のマークがある純白のビキニタイプの水着。

 

 健康的な肌と、わずかな玉汗が、この海岸に絶妙にマッチしており、首から下げたサングラスはギンジのものと同じシルバーフレームの女性版になっている。

 

 「うわぁ・・・レン!すっごく可愛いよ」

 「うう・・・あまり、ジロジロ見ないで」

 

 レンの水着はフリフリのプリーツがついた蒼いボーダーのワンピースタイプ。

 

 胸の周りには大きめのリボンがあしらわれており、背中はわずかに隙間をあけておしゃれポイントがある。

 

 「ミドリコの姐さん!!!姐さん!!!」

 「そ、そんなに見るな!恥ずかしいだろぉ」

 

 ミドリコの水着は白と緑色のグラデーションが綺麗な、ビキニタイプ。上下セットの上の方は、胸部分からワイヤーホックで下部分へとクロスさせて繋がっている。

 

 そしてなによりも赤鬼が興奮しているのは、この水着が腰回りを隠す、パレオになっている事。

 

 日焼け帽子に大きく白いハットがあるのもポイントが高い。

 

 「ん〜〜辛抱たまらん!素敵ですよ、ミドリコの姐さん」

 「うるさい!」

 

 そして・・・。

 

 「くふふふふ・・・」

 

 ミヤコはと言うと、タオルで身体を隠しながら、メガネを直しつつ、輪に入ってくる。

 

 「早く来なさいよバカミヤコ」

 「くふふ・・・まさかこんな水着になるとは、よくもやってくれたね、カエデモンキー」

 

 ミヤコとカエデが何やら火花を散らすが、ケイタが指を刺す。

 

 「あれ、ひょっとしてダイバースーツじゃないの?」

 

 顔を真っ赤にしながらもくふくふ笑うミヤコは羞恥心に耐えている様な表情をしていた。

 

 「ギンジ君にだけなら見せてもいいけど、他の人がいるのはちょっと・・・」

 「あたしが買ってあげたんだから、ちゃんと見せなさいよ」

 

 言うとカエデが強引にタオルを引っ張る。

 

 (傷のところが見えないモノを買ってあげたでしょ)

 (そ、そうだけどぉ・・・)

 

 小声で話すカエデとミヤコ。

 

 「じゃーホラ。ギンジ・・・は、駄目だ。あ、ミドリコ、こっち来て」

 「可愛そうだとは思うが・・・セイヤ」

 「あたしもセイヤ」

 

 カエデとミドリコがタオルを剥ぎ取る。

 

 そこから現れたのは、スポーティタイプのビキニ。ビキニとは言っても、首元から、へその辺りまで隠れる薄手のシャツみたくなっており、下の方は飾り気のないレギンスタイプの水着の上下セット。

 

 袖も長く、白いジャージの様なラインが入っており、いずれも小柄なミヤコが着用するには十分すぎる可愛らしさを出す。

 

 『おお・・・』

 

 男三人と、後ろにいるサクラとレイナがどよめく。

 

 「っていうかレイナさんも来てたのね・・・気づくのが遅れてごめんなさい」

 「カエデ、遅すぎ。私は、今気づいた」

 「じゃあレンも遅いじゃないのよ」

 

 そこでカエデとレンは見慣れない顔の少女と眼が合う。

 

 「初めまして!私、小町サクラ!ギンジくんの戦友よ」

 

 ギンジの口から度々出てきたサクラと言う少女は、天真爛漫の明るさと少女らしさを併せ持つ元気かわいい印象があった。

 

 「初めまして・・・あたしは神宮カエデ。事情を知っている人なら話は早いけど、あたし達がヘヴンホワイティネスよ」

 「私は、宮寺レン。初めまして、サクラさん」

 

 レンもかつてケイタから聞いたことのあった、命の恩人、サクラを見て心からのお礼を言う。

 

 「次は私か。私は甘白ミドリコ。熊沢さんの協力者というのは、貴女の事だね」

 「おお、公安の人ですね!」

 

 サクラの嬉しそうな顔が、全員に入ると、赤鬼は焼きそばを食べながら自己紹介をする。箸は使えるようだが、牙のせいで上手く食べれない様だ。

 

 「俺っちは赤鬼の怪人!」

 「え!??怪人!?嘘、今まで人間の姿だったのに・・・」

 

 サクラが赤鬼を見ながら驚く。今怪人と認識するまでは、それまでただの人間に見えていた様で、同じくレイナもそれを見て驚く。

 

 「ようし!それじゃあ、遊ぶわよ!!」

 

 全員の自己紹介が終わり、海へと飛び出して行くカエデ達。

 

 それをパラソルの下で眺めながら、ギンジ、ミヤコ、レイナはお留守番をする。

 

 「彼女達が戻ったら、私達も行こうか」

 「くふふふ・・・ギンジ君、日焼け止めオイル塗ってあげようか?」

 「ああ、それ、私も塗ってあげよう」

 「いや、遠慮しておく」

 

 身の危険を感じて、ギンジはレイナ、ミヤコの日焼け止め地獄を回避する。

 

 「ちょっと飲み物買ってくるね〜」

 

 ミヤコが立ち上がると、海の家まで小走りで向かう。

 

 「結局ダイバースーツじゃないのか。なんなんだあいつは」

 「おや、女性の水着はダイバースーツが好みかね。覚えておくよ」

 「要らん事覚えなくていい!」

 

 レイナの言葉にギンジが否定を入れる。否定ばかりしているが、別に楽しくない訳ではない。

 

 (はぁ〜〜皆綺麗だな〜。生きてて良かった〜)

 

 眼の保養を味わいつつ、ギンジは海岸で遊ぶ仲間たちを眺める。

 

 レンは初めて見る海に興奮しているのか、ケイタと手を繋ぎながらの寄せては返す波を楽しんでいる。

 

 カエデとサクラは意気投合したのか、バシバシと泳いでいる。

 

 ミドリコは足元の小波の冷たさに感動しつつ、後ろでは赤鬼がミドリコが転ばない様に支えている。

 

 レイナは仲間よりもサングラスをかけたギンジを見つめ、何も喋らないがニコニコとギンジの横顔を堪能する。

 

 彼らの常夏はまだ始まったばかり。夏を最高に楽しむことに、ギンジは本当に運命の日を、全員で乗り越えられて良かったと心の底から喜ぶ。

 

 輝かしい未来へとまた一歩近づき、ギンジは青い海を眺めて、ビーチを楽しむ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 夏のビーチには獲物となる人間、それも女が沢山いる。

 

 日本武将の様な甲冑の形をした鎧の怪人は、シリンダーに入った砂の塊を持ち運ぶ。

 

 手のひらサイズのシリンダーは、甲冑の怪人に振り回されて中で暴れている様にも見える。

 

 加えてここはビーチ。砂の怪人の武器となり身体となる条件が整い、この怪人は恐らく無限に巨大化して大暴れ出来ることだろう。

 

 一つ誤算があるとすればそこには、ヘルブラッククロスの天敵であるヘヴンホワイティネスが居る事だろうか。

 

 (何故ここに奴らが・・・ううむ、しかしドクターパープルはここで実験せよ、と言っていたし・・・)

 

 甲冑の中身は空洞なのだが、黒い闇が蠢いているようにも見える。

 

 (・・・しかし、ヘヴンホワイティネスへの人質を沢山作れるとなると、これは僥倖やもしれぬ)

 

 歯は無いのだが、ギリリと犬歯を噛みしぎり、甲冑の怪人は砂の怪人を解き放つ。

 

 (さぁ征け!奴らを一気呵成にたたけ!)

 

 軍配を引き抜き、開戦の刻を告げる様に叫ぶ。その声は誰にも聞こえない筈だが、一人の有る人物にはしっかり聞こえていた。

 

 「ブヒ・・・」

 (む・・・最悪の拍子だ・・・)

 

 海の見える高台にて、オーク怪人はミヤコの観察をしていた。

 

 ギンジと上手くやって行けているか心配だったのか、しっかりとドクターを遠くから見守っていた。

 

 近くに居てもいざこざは起きやすい。

 

 遠くに居れば、こうやってドクターに迫る悪事を阻止出来る。

 

 「済まん。今はヘルブラッククロスの怪人では無いのでな。ここでお前を倒す」

 (・・・皆の者、出会えー!出会えー!)

 

 甲冑の怪人の掛け声で、本来なら戦闘員が出てくるはずなのだが、道路には誰も現れない。

 

 「貴様の声は、怪人にしか聞こえない波長だろう?ドクターはこういう時の事を考えているとは、全く恐れ入る」

 

 右手に力を込めて、甲冑の怪人の頭部を吹き飛ばす。

 

 分厚い拳は容赦なく怪人を叩き、甲冑は音もなく消え去る。

 

 「・・・さて、次は砂の怪人だが・・・」

 

 オークは砂浜を見下ろすも、まだ被害が出ていない事を確認して少し安堵する。

 

 「今から向かうべきか・・・」

 

 踵を返して砂浜まで向かおうとするも、新手がオーク怪人の前に降りてくる。

 

 「貴様は・・・」

 「オ初ニオ目ニカカリマスネ。某ハ骨ノ怪人」

 

 全身ただのドクロなのに、表情に合わせてコロコロと形が変わる不思議で不気味な雰囲気を纏わせる。

 

 「総統の怪人四天王か・・・!」

 「総統【様】をおつけになって?オーク怪人」

 

 オーク怪人の背後にさらにもう一人の気配。

 

 季節に合わない冷たく白い玉を軽くぶつけられる。

 

 「うふふ・・・わたしは久しぶりね。オーク怪人」

 

 黒い着物に身を包み、病的なほど白い肌をした顔の綺麗な怪人が現れる。

 

 「ここで足止めをさせて貰うわ。いいこと?」

 「逃サンゾ・・・」

 

 総統の怪人四天王、骨と雪の怪人。目的な何かオークは想像がついた。

 

 ドクターミヤコの抹殺に違いない。そしてどういう訳か居場所を突き止めここにやってきたのだと・・・そうオーク怪人は思う事にした。

 

 この2名と戦うのは今のオークでは厳しい。だが、逃げるわけには行かない。ここで逃げれば必ず矛先がドクターミヤコに向いてしまう。

 

 「・・・仕方有るまい・・・」

 

 ボロボロになった軍服を脱ぎ去り、オーク怪人は雄叫びをあげる。

 

 「ヒィイッ!?ごごごごごごめんなさい、ごめんなさい、殺さないで〜わたしを好きにしていから〜靴でも舐めますから〜」

 

 しかしそれを聞いた途端今まで強気だった雪の怪人は、びびり倒し泣いてしまう。

 

 「相変ワラズ調子ノ狂ウ怪人ダ」

 

 しかし泣きながらも扇子を回し、雪の怪人は、大雪を召喚するとオーク怪人へと転がしてくる。

 

 それに合わせて骨の怪人も、どこからともなく骨の破片をつなげて広げると、巨大な手を作りオーク怪人へとそれを差し向ける。

 

 「・・・来い!」

 

 巨大な破裂音が鳴り、オーク怪人と雪の怪人、骨の怪人は交戦を開始した。

 

 「ふむ・・・結果が楽しみだ」

 

 それを木陰から眺める紫の姿があった。

 

 恐らく・・・というか確実にミヤコの妨害もあったのだが、紫はそれを難なく突破してここまでやってきた。

 

 「お手並み拝見と行こうか・・・」

 

 紫はオーク怪人の交戦を眺める傍ら、砂浜にも現れる謎の巨大生物を見下ろす。

 

 砂の怪人による襲撃も始まろうとしていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「何・・・あれ・・・」

 

 誰かがその一言をつぶやいた時、砂浜に巨大な影が現れる。

 

 具体的には下半身の無い巨大な人の形をした、異様な存在。

 

 巨大な腕は振り下ろすだけで、多数の死者を出しそうなほど大きい。

    

 「なんだアレは・・・」

 

 砂浜でパラソルに身を隠しながらレイナは、巨大な怪物を見上げる。

 

 「ありゃあ・・・砂の怪人だな・・・」

 「ギンジ〜」

 「兄貴!!」

 

 砂浜に現れた巨大な怪物の登場と、異変を感じ取ったカエデ達が戻ってくる。

 

 「カエデ、悪い知らせだ・・・砂の怪人がここに襲撃して来た!」

 「どうして、このタイミングで・・・」

 

 レンが悲しそうに言うとケイタも悲しそうになる。

 

 「変身の道具は持ってるよな?」

 「もちろんあるわよ!」

 「ミドリコ!赤鬼!」

 

 カエデの返事を聴くと、次はミドリコと赤鬼に声をかけるギンジ。

 

 「こっちは万全だぜ、兄貴!」

 「私は武器が・・・」

 

 ミドリコは悔しそうに言うと、赤鬼がかばんをゴソゴソと漁る。

 

 重くがちゃがちゃとした音を立てて、砂浜に落としていくのは、様々な武器・・・それもミドリコの専用カスタム銃がたくさん出てくる。

 

 さらには戦闘の為の迷彩の服。

 

 「言ったでしょ、万全って!さぁ、姐さん!」

 「ありがとう・・・!」

 

 パレオを剥ぎ取り、その上から迷彩の自衛隊衣装を身につけるミドリコ。

 

 それに続いてカエデとレンも変身をする。

 

 「サクラとレイナはどうする?バカンスを楽しめる雰囲気じゃないけど・・・」

 

 ギンジのテキパキとした支持出しに感心を示すレイナが、サクラと共に変身を済ませていた。

 

 「もちろん、私達も協力するよ!」

 「無論だ。ギンジ、君達もバカンスの途中だったんだ。もちろん私も。君の隣で海を眺めるのは、なかなか幸せだったよ」

 「へぇ〜泳ぎもせずにそんな事してたのねぇ〜」

 

 レイナの言葉を聴いてカエデは笑顔のままギンジに詰め寄る。

 

 「あたしも!あんたと!遊びたかったんですけど!?」

 「いやぁ・・・それは悪い事をした・・・それじゃあ、後で付き合ってやるから・・・」

 「ええ!」

 「あいつをぶっ倒すぞ!」

 

 ギンジ、カエデ、レン、ミドリコ、赤鬼、サクラ、レイナ、ケイタは砂の怪人へと全員視線を合わせる。

 

 「僕は市民の誘導を行うよ!」

 「それなら私も!空を飛べるから、誘導は魔法でも出来るしね!」

 「ごめんねサクラさん・・・」

 「気にしないで!カエデちゃん!」

 

 言うと、ケイタとサクラはそれぞれ行動を開始する。

 

 「行くぞ!!」

 

 ギンジの掛け声に合わせて、ヘヴンホワイティネス、退魔警察は一斉に行動を開始する。

 

 正義のヒーローのいきなりの出現に、有姪海岸にいる一般市民から歓声が上がる。

 

 「死にたくなかったらさっさと離れろ!!」

 

 ギンジの一喝で、周りのギャラリーは一斉に離れていく。

 

 砂の怪人vs正義のヒーロー達の戦いが始まった。

 

 「くふふふ・・・さて・・・どうなるかな〜」

 

 海の家で走るギンジ達を見て、ミヤコは不敵に微笑む。

 

 もう悪としての側面は無いのだが、それでも彼女はギンジが勝つと信じている。

 

 砂の怪人は海の家はターゲットにしていない様で、ただ浜辺をドシドシと叩いて大暴れしている。

 

 それどころか人間をターゲットにさえしていない。

 

 だと言うのに、ギンジ達は砂の怪人を倒す為に、立ち向かう。

 

 「くふふふふ・・・完璧だね・・・でも・・・【師匠】とやらは超えれたかな?紫」

 

 たこ焼きを食べながら、ミヤコは砂の怪人を見上げる。

 

 そして心の中で彼女は謝る。

 

 (ごめんね・・・砂。君は、実験に使われている・・・わたしの怪人として産まれたなら結末は変わったかもね・・・ごめんね・・・)

 

 後のことはギンジが上手くやる。ミヤコは手元の端末で、さらなる妨害電波を送ろうと、操作し始める。

 

 ミヤコと紫の電子機器を操る、頭脳戦が始まろうとしていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「破邪の巨剣!」

 「ビーム剣術・シャトルフヴィント!」

 

 レイナの巨大な剣と、レンの回転斬りが砂の怪人の根本に炸裂する。

 

 砂を巻き上げ、バランスを崩すが、斬られた箇所は砂を吸収して復活していく。

 

 「マジカルマジカル〜・・・ピンクキャノン!!」

 「空気ごと砕けろやぁ!!」

 

 サクラの打ち出す砲丸を、赤鬼が金砕棒で思い切りの良いフルスイングをブチ当てると、速度の限界を超えて砂の怪人の根本を再び破壊する。

 

 再び再生を繰り返そうとするも、今度はギンジとカエデとミドリコが同時に再生箇所に向かって攻撃を当てにかかる。

 

 「オラァアア!!!」

 「必殺!チャージング・バスターフィスト!」

 「2連装・ロケットランチャー!」

 

 豪雷を纏ったカエデの必殺技が炸裂し、その直後にロケットランチャーが大爆発を誘発する。

 

 これだけの攻撃を与えても、砂の怪人は傷ひとつ付かない。

 

 「どうなってんのよ!」

 「ギンジ、何か対策を・・・」

 

 触手の様に砂を飛ばし、砂浜を突き刺して来る。

 

 それらを避けながらカエデとレンはギンジの下へ走る。

 

 「砂の怪人は俺の知識にもあるぜ。安心しな」

 「その知識とやらを披露して欲しいぜ、兄貴」

 

 ゲームでの知識を思い出す。

 

 この怪人は実は中に、個体となる砂の塊がある。

 

 それを探す為に、カエデは捨て身で飲み込まれる。

 

 中は柔らかい砂で一杯で、蒸し暑く最悪な空間の中でカエデは弄ばれる。

 

 その後なんとかして実体に個体の下へとたどり着き、破壊することでカエデは勝利を収める・・・のだが、快楽の後遺症が大きく残ってしまう。

 

 というものだった。

 

 「いくら根本を攻撃してもしょうがねーぞ。中身に実体・・・というかコアみたいのがある。それをぶっ壊すしかねぇ!」

 「手当たり次第ぶっ壊せばいいんだな?分かりやすいぜ、兄貴」

 「外側を壊すにはどうしたらいい?」

 

 ミドリコが砂の触手を銃で落としながら、ギンジの後ろをついてくる。たまに触りそうになる触手は赤鬼が粉砕していく。

 

 「ここじゃどうしても俺たちが不利だ。なぜなら、あいつは砂がある限り無限に復活し続ける!」

 「でも敵が移動しないんじゃ、戦えないよ!?どうするのギンジくん」

 

 そのとおりだ。相手は動かせない巨大な怪物で、その背後が海であっても、押し倒せないと意味がない。

 

 「・・・サクラ!」

 「なあに!?」

 「あの大砲・・・もう一回出せるか!?」

 

 ギンジは想像する。誰も中に入らず、再生しつづけるこの怪人を倒す想像がイメージとなってギンジの脳裏に浮かぶ。

 

 しかしその想像は非常に難易度が高く、成功している想像が出来ない。

 

 サクラに打ち上げてもらい、急降下して中身ごと怪人を叩くというモノだが、その断片的な想像しか出てこない。

 

 「上手く行くかわかんねぇけど、今は皆の力が必要だ!」

 「不安なの!?怪人様が弱気ねぇ!」

 

 隣でカエデが触手を打払い、ギンジを煽る。

 

 「どうにしろ・・・ギンジにしか頼めないなら、お願い。アレを倒して」

 

 左隣ではレンがビーム剣を振り回して、砂の弾丸を防ぐ。

 

 「俺っちはなんでもいいが、ミドリコの姐さん達の夏休みを、守ってやりてぇ!兄貴!ドカンと頼みますぜ」

 「早く幸せな時間を取り戻したいな。力を貸すよ、ギンジ」

 

 赤鬼とレイナもギンジの援護に回る。

 

 「ギンジ!君たちと違って私は走り続けられない。どうしたらいい!早く結論を出してくれ」

 

 ミドリコも拳銃を撃ち、ギンジの防衛に入っている。

 

 自分たちだけじゃない。ここに遊びに来ていた一般市民を守るために、そして、個人こじんが楽しんでいた幸せな時間を取り戻す為に、ギンジはその答えを出す。

 

 「頼む!サクラ大砲を!」

 

 ギンジの指示でサクラがピンク色の大砲を用意する。

 

 「赤鬼!俺に棒を貸せ!レンもだ、武器を貸してくれ」

 「よし来た!」

 「形状は何にする?」

 「長剣だ!」

 

 二人からビーム長剣、金砕棒を預かる。

 

 「レイナ、カエデ、サクラの三人で、この大砲を思い切り打ったたけ!」

 「何をするつもりよ!」

 「カエデ達にしか出来ない事を頼んでんだ。やるぜ!」

 「解ったわ。信じてるから!」

 「任せとけ!」

 

 言いながらギンジの取った行動は、大砲の砲身に入るという奇行。

 

 「よいしょっと・・・あれ?どうしたの皆」

 「何ふざけてんのよ!」

 「いやいやこれが作戦なんだって!間抜けな行動かもしれないけども!」

 

 ギンジの頭を叩くカエデだが、ギンジはいたって真面目な行動をしている。これで勝てるとは思えない。

 

 「それで、私達はどうすればいいんだ?」

 

 レイナの声に焦りが見える。早くしないと砂の触手がどんどん迫ってくる。

 

 「ありったけの必殺技で、この大砲をぶっ飛ばせ!火力の大元はお前ら三人の必殺技が俺を打ち出す火力になる!」

 

 足元に黒い炎を纏い、フェーズ3を発動する。

 

 「行くわよギンジ!」

 「力みすぎるなよ!」

 「死ぬことも覚悟してね!これ、人を打ち出す大砲じゃないから!」

 「なんでもいい!俺に任せろ!!!」

 

 ビーム長剣と金砕棒を砲身から飛び出させ、ギンジは発射の体制を整えている。

 

 全身隠して、武器隠さず。そんなありもしないことわざが似合う状態のギンジへ、カエデ、レイナ、サクラがそれぞれ必殺技を放つ。

 

 迫りくる砂の触手は、赤鬼とミドリコとレンがなんとかして抑えている。

 

 「砲身を真上へ!」

 

 サクラが魔法で砲身を上に向ける。狙いは空。常夏の支配者が顔を向ける、大空へとギンジを飛ばす。

 

 もう何も言わずに、その不可思議な言葉をただ信じて、三人の女性達は、各々必殺技を混ぜてこんな技を創り出した。

 

 「必殺!」

 「破邪の・・・!」

 「マジカルマジカル〜・・・」

 

 『怪 人 大 砲 ! ! !』

 

 三人の必殺技が大砲に命中し、大きな爆発音と共にギンジが黒い炎を巻き上げながら大空へと吹き飛ぶ。

 

 「頼んだわよ・・・ギンジ!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 大空へ。ひたすら上へ。

 

 再生し続ける砂の怪人を撃破する想像は、あまりにも雑な映像しか流れなかった。

 

 でも、その映像を信じてイメージ通りに動けば、間違いなく勝てる。

 

 「行くぜ・・・我流ビーム金棒剣術!」

 

 ビーム長剣に黒い炎を、金砕棒には紫電を纏わせ、前転するように回転していく。

 

 「うるおおおおおおおお!!!!!!」

 

 炎と雷の二つの力と、斬撃、打撃の力。

 

 4つの力を借りて、ギンジはずっと下の砂の怪人へと、大回転しながら落下する。

 

 「やったんぞオラァアアアアア!!!」

 

 やがて空からギンジが見えてくる。

 

 「来た・・・!」

 

 ケイタがそれを捉え、喜ぶ。

 

 丸鋸の様な、巨大な回転は、砂の怪人の真上から直接ぶつかる。

 

 ギャインギャインギャイン・・・。

 

 砂を砕き、斬り、燃やし、通電させて行く。

 

 「ギンジーー!」

 「行け!兄貴!」

 「がんばれ・・・ギンジ!」

 「信じてるぞ・・・!」

 「君にしか出来ないな、これは!」

 「やっちゃえギンジくん!」

 

 砂の怪人の頭は砕かれ、胴体は斬られ、左右に別れた巨大な砂の塊は燃えて、もしくは雷で爆発させられる。

 

 「復活する前に・・・頼む!!」

 

 回転が終わり、浮かんだ砂の怪人コアを見据えて、ギンジは叫ぶ。

 

 「カエデ!!」

 

 叫んだ大トリを務めるその者の名前を。

 

 「必殺!ヘヴンリー・インパクトぉぉぉ!!」

 

 ガントレットからギアをフル回転させて、カエデは自慢の必殺技を解き放った。

 

 砂の怪人のコアは非常に脆く、弱く、この一撃には耐えれずに粉微塵になって吹き飛ばされた。

 

 砂の怪人の撃破を確認したカエデはギンジの肩を叩く。

 

 「おつかれ!」

 「おう・・・ありがとうな、カエデ」

 「〜っ、別にいいわよ・・・」

 

 いいとは言っても嬉しい。好きな人に褒めてもらうのは、こんなにも嬉しい。

 

 喜びに顔を上機嫌にさせて、仲間達が集まる。

 

 そしてヘヴンホワイティネスが有姪海岸中に、放送を行うと、すぐに一般市民が集まり、賞賛と拍手喝采が広がる。

 

 「なあ、そう言えば、ミヤコは?」

 「へい、それがどこを見渡しても見つかりませんで・・・」

 

 ギンジも辺りを見渡すが、ミヤコの姿は見つからない。

 

 もしかしたらケイタがどこかで見つけて、合流しているのかも知れないと、ギンジはそう思い、ギャラリーから抜け出していく。

 

 「ギンジ・・・今の怪人、何か変じゃなかったか?」

 「変って・・・?」

 

 ミドリコの言葉に、ギンジも疑問に思う。

 

 そう言われてみると、砂の怪人は何か不思議だったと思う。

 

 「なぁ、誰か・・・砂の怪人からダメージとか貰ったりしたか?」

 「え?いやぁ・・・全員無傷じゃないかな?」

 

 サクラは何もなかったよね〜っと呑気に話す。

 

 「違和感というか・・・なんだろうか・・・」

 

 ミドリコはなにかおかしく感じるが、撃破したのだし夏のバカンスを楽しむことにする。

 

 「さ!遊びを再開するわよ!」

 

 人混みから離れて変身を解除した面々は、再び海へ戻る。

 

 「ギンジ!行くわよ!」

 「お?おう!」

 「私も行こう!」

 

 ギンジの腕を引っ張りながら、カエデが走り出し、その後ろをミドリコが走りついていく。

 

 「ケイタ・・・どこ・・・?」

 

 レンはケイタを探しているが、すぐには見つからなさそうだった。

 

 「くふふふふ・・・」

 

 そして海の家ではミヤコが、砂の怪人撃破に心からの賞賛を送る。

 

 遠くからの拍手は誰に聞こえる訳でもないが・・・。

 

 「ね?ギンジ君なら勝つと言ったでしょ・・・紫」

 

 そこに紫は居ないが、確かにこの言葉が紫には届いている事だろう。

 

 「くふふふふ・・・くふふふふ・・・」

 

 薄気味悪い笑い声を上げながら、ミヤコはギンジを見つめる。

 

 「くふふふ・・・素敵だよぉ〜ギンジ君・・・これからも期待してるからね?」

 

 遠くから好きな人を眺めているだけでいい。

 

 今は・・・まだ、それだけでいい。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「何ノ冗談ダ」

 

 骨の怪人と雪の怪人の目の前に現れた、その存在にオーク怪人も同じ様に驚く。

 

 「撤退だ・・・」

 

 薄手の布に身を包んだ龍の怪人が、槍を突き刺して戦闘を中断してきた。

 

 正直このまま戦っていたらオーク怪人は、死んでいたかもしれない。

 

 怪人四天王はダテではない強さであった。

 

 「・・・」

 

 後のことは龍の怪人は話さない。ただオーク怪人を睨むだけ。

 

 「ふふ・・・せいぜい拾った命を大切にすることね・・・」

 

 泣きながら戦っていた癖に、今は高圧的な態度でオーク怪人を侮辱していく。

 

 骨の怪人はもうそれ以上は喋らず、龍の怪人の指示に従い、離れていく。

 

 「・・・ぶひぃ・・・身体が痛い・・・マッサージにでも通いたい気分だ・・・」

 

 ひとまずのドクターへの脅威は去った。

 

 その事に安堵してオーク怪人は、軍服を着ると痛みで震える身体を抑えるのであった。

 

 

続く 

 

 




お疲れ様ですアトラクションです

サマー編の始まりです。サマーと言えば、今年の夏は死ぬほど暑かったですね。そんなサマーもおわりオータムがやってきますね。

風邪には気をつけてください

それにしても今回はキャラが多くなった。多分、ドクターミヤコのそれいけ怪人伝説以上にキャラが一度に登場した様な、そんな感じがするです。

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
カエデとミヤコの水着はポイント高かった。うん。ダイバースーツも良かったけどな〜

神宮カエデ
ギンジと遊びたい!
好意を隠しているのか隠していないのか・・・

宮寺レン
念願の海に感動。水着を褒められてうれぴっぴ寺さんだった

甘白ミドリコ
まさか海で武装形態になるとは思わなかった。
パレオをつけるとなんか安心する。

角倉ケイタ
普通の海パンで来た。レンを見てっぐあああってなった。

鈴村ミヤコ
ダイバースーツ。
しかし、傷でもあるのか、別の水着になってもわりと長袖気味だった。
カエデはミヤコの身体のその真相を知っている模様。

小町サクラ
久しぶりに登場した桃色ヘアー魔法少女。
ピンク色の水着。

熊沢レイナ
結構きわどい水着かもしれない。ナルミは放っておくと、脱水症状で倒れる為、教会に置いてきた。

赤鬼の怪人
ミドリコの水着にムラムラした

オーク怪人
遠くからミヤコを見守っている。

骨、雪の怪人
怪人四天王達。直ぐに泣くのは雪の怪人。カタカナで喋るのは骨の怪人。加工声だと思ってください

砂の怪人
まともな攻撃はしていない・・・?
元々はミヤコが造ろうとしていたらしいのだが・・・?

次回は少し間があくかも知れませんが、頑張って続きを書きます。毎日眠い・・・

それでは、また次回!


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29・夏だ!ホテルだ!夢の世界だ!

こんにちはあとらくそんです

今回のお話でトータル30話!
相変わらず。。。というかいつも無理やり、ノリも軽い、伏線も微妙、意味が解らない。。。

でも、これ一話書いて、読み直してみて、(うわっだせぇな)って思ったら投稿してます。勢いだけで書いてるこの作品が誰かの暇つぶしにでもなってくれれば嬉しいです。

でもなんとか頑張って30話!30話までかけたよおおお俺やったよおお
まだまだ頑張って書きますので、応援や感想をお待ちしております。
それでは、お楽しみください!


 砂の怪人を撃破して、有姪海岸には一般市民の人々が再び夏を、海を、楽しみ始める。

 

 ビーチバレーや、かき氷、海を楽しむギンジ達も、元通り。

 

 戦っていた事など誰にも知られず、彼らは常夏を心から楽しんでいた。

 

 海岸の入り口にもなる、小さな石段でギンジは夕日によって煌めく海を眺めて、座りこんでいた。

 

 砂の怪人の撃破後はカエデやミドリコ、レイナ、ミヤコに付き合っていてあっという間に時間が過ぎていた。

 

 ミドリコとはかき氷を食べて、レイナとは勧誘を断りながらもビーチバレーをしたり、カエデとは泳いだり何か食べたり言い合ったり、ミヤコにはシャワーに連れて行かれそうになったり・・・。

 

 「今日一日だけでもめちゃめちゃ遊んだな〜」

 

 砂浜を見るや他の海岸利用をしている一般市民も、荷物を片付けたり、ゴミをまとめたりとせわしなく動いている。

 

 それと同じく赤鬼とケイタは疲労しながらも、自分達の荷物を片付けている。

 

 「ギンジ」

 

 ピタリ、と。ギンジの頬に冷たい瓶が押し当てられ、一瞬心地よいが、それよりも驚いて身体を動かす。

 

 「冷て。なんだ、カエデか」

 「なんだ、とはお言葉ね」

 

 ギンジに手渡すようにつけられたソレは、サイダーの瓶。ソレを受け取るとサイダーを開けて飲み込む。

 

 「隣、いい?」

 「おう」

 

 ギンジの隣にカエデが座り、自身の手に収まるサイダーを開けて、カエデも炭酸を飲み流していく。

 

 夏の味がするそのサイダーの瓶を夕日に当てて、乱反射する美しい光をジッと眺める。

 

 「今日は色々あったけど、楽しかった?」

 「ああ、最高だったぜ。こうやって遊びに行くのも何年ぶりって感じだったしな」

 

 遠くを眺めて瓶を足元に置く。

 

 その隣でカエデはサングラスをギンジと同じ様にかけて、隣で夕日を見つめる。

 

 茶色のグラスは日の光を軽減させるが、真に美しい世界をこの視界では見通す事はできていない。

 

 きっとギンジは嫌でもいつもこの風景を見ているのだろう。サングラスによって隔たりのある、この世界を・・・。

 

 「ギンジ・・・あんたは、この世界に来れて良かった?」

 

 良いも何もないのだが、カエデは普段と違う様子でギンジに尋ねると、サイダーの二口目をつける。

 

 「まぁ・・・それなりにはな。痛い事とか、怖いことも沢山あったけど」

 

 以外にもギンジにも怖いと思う事もある。それを聞いたカエデも自分に置き換えれば、戦いというものは怖いと思う。

 

 「でもさ・・・」

 

 ギンジがカエデの方に目を向けて、サングラスが輝く。

 

 「俺、お前らと仲間になれて良かったよ。こうして一緒に遊べたり、戦えたり色々できるし。でもって、カエデを、皆を守れるのが、俺は本当に嬉しいって、そう思うんだわ」

 「・・・うん」

 

 戦いの覚悟は人それぞれ違うが、きっとギンジとカエデの戦う理由は一つに纏まりつつある。

 

 再び拳を握り、生きた屍であった男は夕日を向く。

 

 サングラスから覗けるその瞳は、揺るがぬ決意を宿していて、カエデはそれを少しかっこいいとも思えてしまっていた。

 

 「ギンジ・・・必ず、この戦いに勝つわよ」

 「当たり前だ。俺とお前が暴れれば、向かうところ敵無し・・・だぜ」

 「簡単に言うわね」

 

 苦笑しながらもカエデは「そうね」と頷く。

 

 「簡単さ」

 

 言うのは誰でも簡単だが、ギンジは違う意味も込めていた。

 

 〈大好きな人達〉と共に戦えるなら、俺はなんでもする。

 

 その気持ちも込めて、ギンジは改めて言葉を出す。

 

 「俺とお前がやるんだ。絶対簡単だ」

 

 勿論仲間も含めているのだが、今この場にはカエデしかいない。

 

 自分を助けてくれた命の恩人に、心の恩人へ、ギンジは深い感謝と、芽生えている新たな感情の様なモノもあったのだが、本人はそれに気づいていないようだった。

 

 海は赤く、しかし綺麗に波打ち、ギンジ達のビーチは終了していった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 海で遊び過ぎて、流石に皆疲れてしまった。なので夏祭りは行きたい人だけで行き、休みたい人は休む。

 

 各自別行動になるのだが、ギンジだけはカエデの父であるソウジロウが泊まる部屋へと呼び出されていた。

 

 カエデは隣に立たされており、ソウジロウのその視線はかなり鋭い。

 

 こうして見るとこの睨み目付きの鋭さは、父親譲りなのかもしれない。

 

 高級感のあるホテルの一室は、空気感も一味違う。

 

 「それで・・・俺が呼び出されたのは・・・」

 

 緊張の色が強いのか、ギンジはどこか弱気な姿勢がある。

 

 「サングラスを外し給え」

 

 人の親と話すのだから当然なのだが、今のギンジにはこのサングラスを外せない理由がある。本当は怪人であると言う事をここでバレるわけには行かない。

 

 「あーえーと、実は俺、目に怪我があって。常に隠していないといけないっていうか・・・へへへ」

 

 最後に笑ったのは間違いだったかも知れないが、緊張するとどうしても笑ってしまう。

 

 「お父様、ギンジは本当にひどい目の怪我、というか傷があって・・・醜いのよ・・・」

 

 嘘でも少し傷つく。しかしそれが決め手となってソウジロウは怒鳴り始める。

 

 まるでそれは駄々っ子の様な。色々な人間を見てきたギンジだが、これを見た瞬間、ギンジはカエデの父親であるソウジロウが親ばかである事を理解する。

 

 (まぁ、そりゃそうよな。こんな得体の知れない奴と、娘が一緒にいれば嫌になるわな)

 

 しかもほとんどの場合はカエデハウスに居るのだ。その事も聴かれると面倒な事になりそうだ。

 

 「さて・・・佐久間君・・・君は娘と、どういう関係なのかね」

 

 海でも似たような事を聴かれたが、ギンジは今度はちゃんと聞こえる。カエデも口を出すつもりは無いようだ。

 

 「俺は・・・娘さんの使用人ですよ。あまり対した事は言えないけど、そんな関係です」

 「違いますお父様、下僕です、下僕」

 「カエデは少し静かにしなさい」

 

 ソウジロウの言葉にカエデは冗談が過ぎたといった態度で、押し黙ってしまう。

 

 「正確には使用人みたいな関係ですよ。娘さんの立てた家の掃除とか色々・・・」

 

 取ってつけたような嘘だが、事実掃除関係はほとんどギンジが受け持っている。

 

 「その割には、随分距離が近い様だが・・・?」

 「そりゃあ、俺と娘さんの波長が合うからでしょうな」

 「ハァ!?あたしが合わせてあげてるんですうー!あたしと同列に思ってるの〜?これだから怪人様は・・・」

 「お、オイオイバカ!」

 「あ・・・」

 

 いつもの様に小馬鹿にしながら煽りを入れてしまった。言ってはいけないワードも入れてしっかり言ってしまった。

 

 「怪人・・・?」

 

 ソウジロウの疑問の言葉に、二人に汗が流れる。

 

 (オイオイどうすんだよ!バレるぞ!いいのか!?駄目だろ!)

 ※目線で話してます

 

 (っどどどどどっど、どうしよう言っちゃった!あんたのせいよ!)

 ※目線で話してます

 

 (俺のせいではないだろ!どう考えても!!なんで黙れって言われた時に黙ってないんだよお前はよぉ!)

 ※目線で話してます

 

 (ついつい言っちゃったのよ!あんた煽ると楽しいんだもん!)

 ※目線で話してます

 

 かわいい顔してえげつない事をはっきり言われて再び傷つく。

 

 何気に酷い事ばかり言われているが、目線で話す二人をよそにソウジロウは咳払いを行うと、ハッと元に戻ってくる。

 

 「カエデ・・・怪人の事、知っているのかね?」

 「し、知らないです」

 

 ソウジロウの質問は、いつギンジが怪人とバレてしまうのかヒヤヒヤする。

 

 父親だからって気を許しているとか、そういう問題ではない。

 

 ソウジロウはふと、ある事を思い出す。街に出ればある噂を良く耳にするからだ。

 

 「家の者に調べてもらった事があるのだが、怪人という存在はどうも眼が黒いらしいな」

 (バレてる・・・?やばいぞ・・・)

 

 今ここでギンジは正体がバレてしまうという、一歩手前まで運ばれてしまった。もし次に、サングラスを外せと言われたら・・・。

 

 「・・・私はね、娘が何か変な事に巻き込まれているのではないかと、毎日心配しているのだよ・・・」

 

 鼻でため息を吐き出すと、ソウジロウは一瞬だけカエデを見て、次にギンジを見つめる。眼を、はっきりと見ている。

 

 「ヘヴンホワイティネス、というものを知っているかね?」 

 

 確信に近づいて行くのか、それとも偶然なのか、はたまた知ってて質問しているのか、冷房が効いているにも関わらず、カエデとギンジは汗が止まらない。

 

 喉もカラカラになって、口内がパサついていく。

 

 「公にも出てきて、そして今日の昼間も、なにやら戦っていたようだが・・・」

 

 何故。何故ここまでの事を言ってくるのか。

 

 「学校でも、街でも、湾岸エリアでも、どこでも・・・カエデの行くところに、あのヘヴンホワイティネスが居るのだよ。そしてその場には怪人も・・・」

 「お父様、あたしは何も知らないって・・・」

 「お前が知っているか、知らないかなどはこの際どうでもいいのだ。怪人というあんな常識の通じない者達がもし、私の娘に危害を加えているのであれば、それは見過ごせないのだよ」

 

 父親として娘の身の安全を按じるのは当然の事で、カエデの発言から出た怪人というギンジに向けられた言葉を、ソウジロウは眉を潜めている。

 

 「さて、ここまで話したが・・・佐久間ギンジ、もう一度言う。娘とはどういう関係で、そしてサングラスを、外せないかね」

 「・・・ギンジ」

 

 父親への言い訳をどうやって絞りだそうか必死に考えながらも、カエデは、か細い声でギンジを呼ぶ。

 

 「・・・どうかしたかね。娘とはどういう関係なのかを私は聴いているのだ」

 「ごめん・・・ギンジ・・・」

 

 うつむいてしまい、前髪でカエデの表情は解らなくなる。

 

 「・・・ああ、もう隠せないかもな」

 

 今ギンジが正体をバラすだけならヘヴンホワイティネスの正体・・・即ちカエデが何をしているのか、ということだけは嘘でも守り通せる。そこがバレてしまうことの方が、今のギンジ達にとって都合が悪い。

 

 「・・・ああ、サングラス、外すよ」

 

 カエデのうっかりからこんな重い話になるなんて、誰も予想しなかった。もうこうなってはしょうがない。

 

 右手をフレームに当てて、ギンジはサングラスを外す。

 

 ソウジロウの瞳に写ったのは、傷も何もない綺麗な眼、黒い眼球、赤い瞳が茶色のグラスからその姿を現す。

 

 怪人の瞳。それがカエデによってバレてしまった。

 

 「・・・ふむ、一つ聞くが、その眼は黒いが、生まれつきではないのだね?」

 「・・・ああ」

 「赤い瞳は、手術でつけたのかね?」

 「いいや・・・」

 

 ソウジロウの強い語気は、カエデの背中をピンと張らせる。

 

 ギンジはもう言い訳もせずに、言われたことへ答えるだけになった。

 

 「では、お前は・・・噂の怪人なのかね?」

 

 怒りにも、失望にも似た声音と目付きで、ソウジロウはギンジへと質問をしていく。

 

 「・・・いいや、俺は人間だ。でも、怪人とも呼ばれてる」

 

 馬鹿げた事なのだが、それでもギンジは自分が人間だと信じている。

 

 だけどそれは事情を知る者だけ。事情を知らない一般市民の部類にカテゴライズされている神宮ソウジロウには、最早畏怖を込めた顔つきになっている。

 

 「嘘をつけぇ!」

 「お父様・・・!」

 

 怒鳴るソウジロウへカエデが前に出る。

 

 「お前は怪人だ!その人間らしからぬ黒い瞳!まちがいなく貴様は怪人だ!どうやって私の娘に近づいたかは知らないが、許さないぞ!」

 

 かつてアモーレを襲撃した怪人、炎を吹き出す怪人の顔をニュースで見たことがある。

 

 その顔は辺り一面を燃やしながら、恐ろしい顔つき、黒い眼球と赤い瞳をしていて、ソウジロウは本能から恐怖した事を覚えている。

 

 あんなのがまだ何体いるのだろうか。そしてそこに遊びに行っていたカエデは無事なのだろうか。

 

 本当にどうしていいのか解らなくなった時もあった。

 

 「こいつは、本当は良い人で、正しい行いをしている、皆の仲間なのよ!」

 「だが、怪人だろ!」

 

 否定は出来ない。いくら人間と言っても、こうなったら信じてもらえない。

 

 「怪人に良いも悪いもあるものか!怪人ならば、こいつは悪だ!」

 

 ソウジロウは取り乱している。ギンジが怪人とバレ、それが自慢の娘と仲良くしていた・・・プライドよりも心配が勝つ。

 

 それからギンジが悪だと言うことを証明するありもしない言いがかりを、沢山ぶつけられた。

 

 怪人は悪。事情を知らなければ誰だってそう言うかもしれない。

 

 どこまで行っても悪は悪。

 

 「お父様!あたしの、大切な友達なのよ!こいつに何回も危なかったところを」

 「カエデ!」

 

 ソウジロウの糾弾を静止しようとしたカエデを、ギンジが止める。

 

 名前を呼んだ事が気に食わないのか、ソウジロウは怒りがこみ上げる。

 

 「貴様の様な悪が!街を脅かす脅威が!法すら乗り越えてくる犯罪者の産物が!私の娘を、軽々しく呼ぶなぁ!!」

 

 ソウジロウが叫び、カエデを後ろに退ける。最後の最後まで、娘を守ろうとするその姿勢に、ギンジは感動すら覚える。

 

 自分の親もかつてはこうだったのか、確かめる術はもう無いが、ギンジはサングラスをつけ直すと、ソファから立ち上がる。

 

 「・・・娘から離れろ。そして、娘の友人達からも・・・何もしないと、悪い者ではないと証明出来るなら、今直ぐここから出ていけ」

 「お父様、もうやめて!やめてよ・・・!」

 

 泣きそうな顔をするカエデをそれでも後ろに退けるソウジロウ。

 

 「・・・わかりました」

 

 寂しいとか、悔しいとか、悲しいとかはない。これで関係が終わるわけではないと、そう信じてギンジは部屋を出ようとする。

 

 「もう二度と!うちの娘に近づくなァ!この、化け物!!!」

 

 立場だとかプライドとかもすべて捨て去った、父親の発言。それはギンジにとってもカエデにとっても大きなショックを与えるが、それでもギンジは振り返らずに、ホテルの部屋を出ていく。

 

 カエデからは見えないが、その表情は暗くなっていた。

 

 それと同時に、ギンジはカエデが本当に親に大切にされている事を、理解できて、なぜだか嬉しく感じる。

 

 (良かったな、お前の家族は、本当に暖かい家族みたいで・・・)

 

 少しだけ、カエデと離れる事だけは、心に穴を開ける様な喪失感が背中に重くのしかかり、ギンジは扉がしまるその時までソウジロウに罵詈雑言を浴びせられた。

 

 「お父様のバカぁぁあああ!!」

 

 今だけは娘を守る事が優先。そう断じたソウジロウは泣き叫ぶ娘の言葉をなんでも受け入れる覚悟でこうした。

 

 「解ってくれ、カエデ・・・」

 

 力ないその言葉は、カエデを余計に追い立てた。

 

 元はと言えば、それは自分の発言で、いつもの通りの発言でそうなったと言うのに・・・。

 

 父親を押しのけると、カエデはギンジを追いかける為に、部屋を飛び出して行った。

 

 (ごめん、ごめんねギンジ・・・ごめん!)

 

 いつものやり取りをしてただけなのに、こうなるとは思っていなかった。

 

 カエデは本当に自分がバカだったと大きく悔いる。

 

 (ギンジ・・・どこ?)

 

 海で遊んだ疲れからか、少しだけ眠気が襲ってくる。だけどそれよりも、ギンジが心配になる。

 

 (どこにいるのよ・・・バカギンジ!バカバカバカ!)

 

 ホテルの廊下を走りながら、カエデは我に還る。

 

 「全部・・・こうなったのあたしのせいじゃん・・・バカは・・・あたしじゃん・・・」

 

 小さくとも強いプライドが崩れかける。

 

 それでもなんとしてもギンジを探し出して、ちゃんと謝らないといけない。

 

 いくらなんでもアレは酷いと。そしてギンジが良いなら、ずっとカエデハウスに居て欲しい。

 

 これが夢であって欲しい。

 

 焦燥する気持ちと、ギンジに申し訳なく思う気持ちがカエデの胸いっぱいに広がっていく。涙を拭き取り廊下を走る。 

 

 (探さなきゃ)

 

 長い廊下をカエデは走り続ける。

 

 長い、長い、長い、長い・・・廊下を・・・。

 

 ?

 

 (あれ・・・ホテルの廊下だよね?こんなに長かったっけ)

 

 それはいつまでも終わりの見えない道を走り続ける様な、気持ちの悪い感覚が、カエデにまとわりつく様な、変な気分になる。

 

 そのままカエデは永遠とも続くかもしれない、このホテルの廊下を走り続けていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 子供達の歓声が聞こえる。何かを応援するかの様な、黄色い歓声が飛び交っている。

 

 それよりも大きいのが川の流れる音。

 

 水を弾く様な冷たい音と風が、レンの耳に心地良く伝わってくる。

 

 「・・・ケイタ、起きて」

 「ふご」

 

 レンは不思議な場所で眼を覚ます。

 

 間違いなくホテルで眠りに入った事を覚えているのだが、ここはホテルではなく、森。それも涼しくて川のせせらぎや、小鳥のさえずりが聞こえてくる、穏やかな空間。

 

 少し先に見えるのは、テーマパークの様なお城の建物。

 

 「おはよう〜・・・ん?あれ!?どこここ!?」

 

 むにゃむにゃと寝ぼけ眼で、レンの腰に抱きつきながら、ケイタはその肌寒くも感じる涼しさに、一瞬で眼が覚めると、一面森のこの空間に驚愕する。

 

 「レンの姉御、ケイタの旦那、起きやしたかい」

 

 二人の寝てた場所では赤鬼が居たようで、川で顔でも洗って来たのか、さっぱりしている。

 

 「くふふふ〜ギンジ君・・・あ、そこはらめぇ〜」

 「起きてるでしょ、ミヤコ」

 

 あからさまな寝言を言うミヤコへ、ケイタがツッコミを入れる。するとミヤコも眼を覚ます。

 

 「・・・バレた?てへ」

 「そんな寝言は普通は言いやせんよ、ミヤコ姉さん」

 

 苦笑する赤鬼に、ミヤコはしっしっと手を振る。

 

 「さて、現状の確認と行きやしょうや」

 

 何か変な空間にいる、レン、ケイタ、ミヤコ、赤鬼の四人。

 

 「これはいったい・・・?ケイタ、どこか痛いとか、ある?」

 

 レンが警戒しながらも、ケイタに聴くと、身振り手振りで何も無いことを証明する。

 

 さっきまでここの四人はホテルに居た筈だ。

 

 赤鬼とミヤコとミドリコは、夏祭りを楽しもうと準備をしていた。途中でミドリコがギンジとカエデを呼びに行くと言うので、彼女を待っていた。

 

 ケイタとレンはせっかくホテルに来たのに、もったいないと解っていつつも、眠ってしまった。それほど海が楽しくて幸せな時間を楽しんだから。

 

 「俺っちは兄貴とカエデの姉御が心配だけど、なによりもミドリコの姐さんが心配だ・・・」

 

 赤鬼が腹を掻きながら言うと、この場に居ない仲間の事が確かに心配になる。レンはうーんと考えると、手元に何があるかを確認する。

 

 先ず、レンはいつも身につけているヘヴンスーツ。ビーム剣もここに収納されている。

 

 ケイタはスマホ。しかし電波は通っていない。

 

 次にミヤコ。彼女はメガネが無くてふらふらしている。

 

 最後に赤鬼。彼も武器を持っていないどころか、何もない。

 

 「くふふふ・・・いかにも不思議な空間だね。森の向こうのお城とか、この川、土とかもそのまんま・・・なんだろうね」

 

 ミヤコの言葉にそれぞれ、反応を示す。

 

 不思議と思っていた感覚は、風や土を踏んだ感覚、川の冷たさ、子どもたちの歓声、小鳥のさえずり、頬をつねった痛み。

 

 そのどれもが現実と思い、ケイタは顔が青くなり、レンもおとなしくしているが驚いている。

 

 「どら、ひとまずは、あのお城、行きやせんか」

 

 赤鬼が指を刺した先に見えるお城、そのお城に行こうという提案に、皆が頷く。

 

 「何があるか、解らない。私が先頭を歩くから・・・」

 

 レンの言葉を遮り赤鬼が一番前に躍り出る。

 

 「レンの姉御は一番後ろを頼んます。一番前は俺っちが守りやすんで」

 

 戦えないケイタと、視界の悪いミヤコ。それを挟む様にしておかないと、もし戦闘になったら上手く守れない可能性がある。

 

 だからこそ、隊列は赤鬼、ミヤコ、ケイタ、レンの順番にある。

 

 「なんか夢みたいな空間だね・・・?」

 「夢なら、川とか風とか、現実にあっちゃあ駄目でしょ、ケイタの旦那」

 

 ケイタの不可思議な発言に、赤鬼は否定する。その口ぶりはどこかワクワクしている様な、わんぱくさを感じるミヤコとレン。

 

 「夢・・・夢、夢ねぇ・・・くふふ」

 「何か解ったの?ミヤコ」

 

 何か知っているのか、うーむと動くミヤコの言葉に何かを期待するレンであったが、ミヤコは首を横に振るううと、フラフラと歩き始める。

 

 「・・・」

 

 綺麗な青空を見上げてレンは、ここにギンジ、カエデ、ミドリコが来ているのかどうか、その先は不明瞭で解らないが、きっとここに来ていると信じてヘヴンスーツに変身する。

 

 ビーム剣を持って、この不思議な空間を突破せねばならない。

 

 (カエデ・・・)

 

 居ない親友を思うと心が痛くなる。もちろんギンジとミドリコも心配なのだが、この状況のカエデを心配している。きっと一人でもなんとかするだろうが・・・。

 

 森を超える為に、不思議な編成でヘヴンホワイティネスは先に進むのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 んん・・・。

 

 「わーーーー!」

 「かっこいいーー!」

 「ロケットパンチだ!ミサイルだ!」

 「やらせはせん!やらせはせんぞ!」

 

 なんだ・・・。嫌に子供のような声が私の耳に入っている。

 

 今何をしていたんだっけ。

 

 そうだ、赤鬼とミヤコと、カエデとギンジを連れて祭りに行こうとしていて、それで私は皆を呼びに言ったのだった。

 

 目的を思い出した私はゆっくりと眼を開けようとする。

 

 しかし変だな、身体が妙に重い、というか硬い。

 

 「かっこいい!」

 「すてきだねー」

 「すごい・・・5倍以上のエネルギーゲーンがある・・・!」

 「プリティ・メイヤーよりかっこいい!」

 

 なんだなんだ。この私ミドリコがかっこいいだの素敵だのと・・・。

 

 ふふふ、嬉しいじゃないか。いいぞいいぞもっと褒めてくれ〜。

 

 いや、実際のところは解らないのだが、私に向けてその言葉が向けられている様な気がしたのだ。

 

 ところで眼が開かないのだが、どうすればいいのだろうか。

 

 そして身体が重い。呼吸は、出来ている。

 

 鼓動も、ある。まるでエンジンが稼働している様な、熱く早く動いている。

 

 ・・・人間の心臓ってこうだっけ?

 

 試しにこの重たい腕を動かそう。

 

 ギュオーン。変な音が鳴る。

 

 人間の腕ってこんな音なるものか?

 

 この腕を動かした時、また子供達の声が沢山連なって、私に向けて褒め称えられる。

 

 「当たらなければ、どうということはない!」

 「うおおおロボだアア!」

 「まっしーん!」

 「きゃあああすてきーー!」

 

 ・・・さっきから初代のアレが好きな子供がいるな?

 

 それはいいとして、ロボとか聞こえたな・・・どういう事だ・・・?

 

 ビコォン・・・。そんな音が鳴ると、私の視界が広がっていく。ああ、空が見える。

 

 青空・・・なのだが、声は下の方から聞こえる。

 

 ゆっくりと首を動かして、私は自分の足元を見る。

 

 すると子供達が私に向かって手を振っている。

 

 え・・・?なぜだか私、大きくなっていないか・・・?

 

 わ、私の脚って、こんなメカメカしていたかな?

 

 腕も・・・こんなゴツゴツメカメカしていたか・・・?

 

 何より、違和感があると感じていたのが、視界の高さだ。目線とも言うべきだが、今の私は・・・。

 

 「わーロボットロボットー!」

 

 子どもたちの声援が私に沢山飛び交ってくる。

 

 そう、今の私は、甘白ミドリコは。

 

 「ロボットになってるうううううう!?」

 

 名付けるなら、そう。

 

 フルアーマー・スイーツホワイト・ミドリコォンとでも言おうか。

 

 いやしかし。これは夢だろう。やたら現実味のある夢だが、まぁいい。久しぶりの海で、気合を入れてしまって寝ているのだ。そう、これは夢!

 

 夢の世界なのだ!

 

 そうでなければ私が巨大なロボットになっているのにも、説明がつかないしな!

 

 うんうん、そうに違いない、ちがいない、ちがい、ない・・・。

 

 (しかし・・・なんだろうか。この、妙な気持ちは)

 

 妙な気持ちを抱いたまま、やがてそれは不安になる。

 

 ああ、何か怖い。まるで、見えない敵から操られているような、踊らされているような・・・。

 

 しかし、私は公安警察に身を置く者。子供達の声援には答えねばなるまい!

 

 動く度にどこか聞き覚えのある音を垂れ流しながら、私はこの夢の空間でしばらく決めポーズだったり、子供達の要望を聞き入れる事にした。

 

 あ〜でもやっぱり不安だ。ギンジ、カエデ!赤鬼!助けて〜。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 7月22日、午前0時。

 

 ほとんどの利用客が寝静まる中、ホテルには異様な人影が、ひたひたと歩いていた。

 

 「・・・きゅっふっふ・・・」

 

 童子の様な衣装に、ヘルブラッククロスのお面をつけた、幼女の様な声の怪人が薄暗いホテルの道を歩く。

 

 ほとんどの人間を、向こうの世界へと送る事ができた。

 

 後は、目標を見つけて一人ひとり殺害して回るだけ。

 

 「きゅっふっふ・・・でもアレだな、人間の使うマッサージチェア、気になるよな」

 

 奇妙な笑い声で、温泉のある場所へと向かう小柄な怪人。そこへたどり着くと、マッサージチェアを使う利用客を見つける。

 

 どうせ一般市民だ。殺してしまえばいい。女なら、好きにしよう。

 

 「・・・」

 

 マッサージチェアの人物は、動かない。

 

 小柄な怪人はその者のところへと歩みを近づける。

 

 「寝ているなら・・・夢の世界へと送ってあげよう・・・きゅっふっふ・・・」

 「いや、失礼、私は眠っていない。ブヒ。初めて使うモノだったので、少し緊張していてな・・・」

 

 聞き覚えのある真面目な声。

 

 「・・・ブヒ、どうかしたかね。隣なら空いているぞ。使うといい」

 (ご、なっ、あああ、なんで、なんで!!)

 

 オーク怪人が何故かここに居た。そしてマッサージチェアを使ってしっかりマッサージを堪能していた。

 

 (まずいまずい・・・殺される・・・こっちじゃ勝てない)

 

 小柄な怪人は音を立てずに、この場から離れようとするが、のれんの向こう側から、もう一人現れる。

 

 それも、この小柄な怪人は知っている。

 

 (ばばばばばかな!し、しし、しん・・・!)

 

 進化の怪人。写真でしか見た事はないが、この怪人も相当強いと聴いている。

 

 (駄目だ。組織を捨てたこの二人を相手に、同時に戦うのはぜったい駄目!しんじゃうよぉ!)

 

 小柄な怪人はバレないように、身を隠して二人の怪人からバレない様に、とにかく一目散に逃げる。

 

 (きゅっふっふ・・・どっちにしたって、ヘヴンホワイティネスの奴らは、あちの夢の世界へと連れてかれてる。確証はないけどネ)

 

 確認はしていないが、おそらくヘヴンホワイティネスは夢の世界へと送られている。

 

 きっと、多分、おそらく、もしかしたら。

 

 確認をしないで勝手な行動をして、その相談をせずに押し進む怪人。

 

 小柄な彼女の名は、夢の怪人。

 

 組織では指折りの実力者であることは間違いないのだが、協調性がとても低く、そして新参の怪人でありながらも先輩の怪人達を差し置いて、フェーズ3という領域に立つ。

 

 能力は人を眠らせる。

 

 フェーズ2では、夢の世界へいざなう事。

 

 フェーズ3では、夢を現実とリンクさせて、殺すも生かすも自在になるという能力。

 

 彼女もまた、ドクターミヤコ抹殺を命じられてここに来た。廃棄となるはずだった怪人。

 

 (きゅっふっふ。とにかく、こんどはあちも寝よう。そして、向こう側で、好き放題しちゃろう・・・きゅっふっふ・・・)

 

 空気を抜くような笑い声を、心の中であげる。

 

 ホテルの薄暗い道を、スキップしながら、彼女はうきうきで安全な場所へと向かう。

 

 もし寝てる間に攻撃でもされれば、能力が解除されてしまう。少しの刺激も許されない夢の怪人は、極度の緊張感を持ちながら、眠りに入らないといけない。

 

 「きゅっふっふ。勝つのは、あち達だ・・・ヘヴンホワイティネス・・・!」

 

 確認をしていないのに、どこからか溢れるその自信で、夢の怪人はおおいに満ち溢れる。

 

 悪と正義の戦いは、夢の世界にまで広がるのであった

 

 

 

 

 続く

 

 

 

 




うほほい30話だよ!誤字脱字多いかもしれませんが、ご容赦ください。一度読み直してはいるんですけど、何故かあるんですよ、誤字脱字

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
カエデへの思いが少し変わった。
だけどカエデパパに色々言われて内心ショック

神宮カエデ
お父様があんなに激昂してる久しぶりに見た。
うっかり口を滑らせるのは癖なのかな?直せ

宮寺レン
変な空間で目覚めた。こわい

角倉ケイタ
同じく変な空間でめざめた、ちょっと冒険心が勝る

赤鬼
今回からなるべく赤鬼表記。
ミドリコの姐さんはどこだあああ

鈴村ミヤコ
夢という単語に少し思うところが有る模様。

神宮ソウジロウ
カエデのパパさん。娘を想うあまり言葉が強くなった。
おそらく娘は恋をしていたが、相手が怪人なのはちょっと・・・

オーク怪人
マッサージチェアを堪能していた。次回、出番あり

夢の怪人
童子みたいな見た目のヘルブラッククロスの怪人。
一人称をあち、とする。オーク怪人より一年後に誕生。
協調性のなさと、あまり強くない事から廃棄される予定だったが、今回処理場から呼び出されて、復帰のチャンスを貰えた。

フルアーマー・スイーツホワイト・ミドリコォン
夢の世界にてミドリコのなっていた姿。コックピットがあるとかではなく、ミドリコがそのまま人間の形をした巨大なロボになってた。
解りづらくてすいません

サクラ/レイナ
夏祭りに出ている為、夢の世界には行っていない

リコニスとその他の怪人達
「最近出番ないんですけど」

次回はいよいよサマー編ラスト!
vs夢の怪人戦、始まります!
次回をお楽しみに!楽しんでもらえるようにもっと頑張ります!


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30・夏だ!夢の怪人だ!カエデパパだ!

こんにちは、アトラクションです。

ちょっと間が空いた様な気もします。
いやほら、アークナ○ツがイベント来たしね、たまにはゆっくりしたかったのもあるしね、布団カバーを買い替えたり、牛丼食べたりね

アークナ○ツが一番理由としてはでかい気がします。。。w

それでは、どうぞ!サマー編ラストです!


 

 ホテルのマッサージチェアで、昼間の襲撃の疲れを癒やしながら、オーク怪人は隣に座るギンジと話していた。

 

 「以上が、私の仕入れた情報だが・・・」

 

 ブヒ、と鼻を鳴らした浴衣姿のオーク怪人は、マッサージにゴリゴリされながらも、声を震わせる事は無く、いつも通りの対応をする。その隣ではギンジが背中をゴリゴリと振るわせながら、心ここにあらずと言った態度で相槌を打っている。

 

 オーク怪人とはたまたまここで再開したのだが、ギンジはひたすらぼーっとしている。

 

 無言の間に耐えられず、放心にも近い状態のギンジを見て、仕入れた情報を伝える事にしていたのだが、ギンジがこんな状態では張り合いみたいなモノが足りなく感じる。

 

 「どうしたと言うのだ」

 「どうもこうも・・・別に、何もない」

 

 落ち込んでいるのか、少し残念な気持ちなのか。

 

 「そんなことよりお前、生きてたんだな」

 

 音楽堂での戦いの後、ギンジ達を逃したオーク怪人は、ヘルブラッククロスから除名されてしまった。急いでギンジ達を追いかけたにもかかわらず、かつての同僚からの裏切りや、新たな怪人の誕生、そしてドクターミヤコの抹殺・・・。

 

 いくらでも組織に対する忠義は持ち合わせられるが、自分の親同然のミヤコが殺されるのは良しとしないオーク怪人は、ヘルブラッククロスから離反したのだ。

 

 「夢の怪人のことも話した筈だ。いつまで呆けているのだ」

 

 ギンジとオーク怪人の間には、友情とまではいかないが奇妙な関係が出来ていた。

 

 協力の体制が出来ているので、いつでも手に入れた情報はギンジ達に伝える気だったのだが、肝心の自分の打ち負かした男は、こうも抜け殻に等しいと、残念な気持ちになる。

 

 今、ここには紫と呼ばれる元ミヤコの護衛部下の解き放った怪人達が来ているとの事、そしてそれに合わせて怪人四天王も襲撃に来ていたというが、それらの話はあまりギンジの耳に入ってこない。

 

 と言うより、聴く気がない。

 

 「ヘヴンホワイティネスと何かあったのか」

 「・・・!」

 

 一瞬顔を動かしたギンジだが、何も喋らない。どうしたものかと思ったが、おそらく喧嘩でもしたのだろうか。

 

 「なぁ、例えばの話だが・・・」

 

 ギンジはオーク怪人へ言葉を投げる。どうしても今になって寂しいと思える様な、弱気な声音にオークが耳を傾ける。

 

 「例えば、他の怪人達が、仲間だったのに、急に親・・・お前らの場合、ミヤコから二度と近づくなって言われたら、お前ならどうする?」

 「言葉の意味がわからんな」

 「だから、ミヤコから・・・嫌われたりしたら、お前らはどう想うんだ。例えばだぞ、例えの話な」

 

 そんな例えはないのだが、オーク怪人はマッサージを堪能しながら、ギンジの質問に答える。

 

 「ドクターが決めた事なら、我々怪人は従うしか無い。そうあれと造られているのだからな」

 

 ヘルブラッククロスと似たりよったりなのだが、ミヤコが言うなら、ミヤコの怪人達は皆それに従うしかない。そこに怪人達の感情等は関係ないからだと言うことを皆理解しているからだ。

 

 「しかし、今は違う。今は、何があってもドクターの下へ戻ろうと思っている。あんなに組織に尽くしてきたドクターを、こうも簡単に切り捨てるのは納得がいかん」

 

 静かな怒りを灯し、オーク怪人は腕に力を込める。

 

 「組織も組織だ。総統の望む世界は、あんな残酷なモノで良いのか?」

 

 あろうことか、オーク怪人は組織の望む世界、力の支配世界に疑問を持ち始めている。

 

 「何に悩んでこうなっているのか知らないが、自分の望む通りにやればいいだろう。お前はそうやってヘルブラッククロスを裏切り、ヘヴンホワイティネスへの味方をすると決めたのだろ?」

 

 オーク怪人の言うとおりだ。ギンジは何があっても自分がこうだと思って行動してきた。それが正しいとか間違いだとかは関係ない。

 

 でも、今回はカエデの父親に結構酷い事を言われた。父親だからしょうがないかも知れないが、それでも二度と近づくなとあそこまで言われてしまうと、ギンジの心が大きく傷つく。

 

 「明日起きたら、色々と話してみるといいさ。あ、でも夢の怪人をみつけるまでは寝るなよ」

 「なんで?」

 

 また夢の怪人の脅威について話さないといけない。そう思うと、すこしだるくなってしまったオーク怪人であった。

 

 だけど、この男には少しだけ、眼に光が戻った様な気がする。

 

 何かの力になれればよかったのだが、オーク怪人は思う。

 

 「さて、再度説明するが、夢の怪人というのはだな・・・」

 

 ギンジはその話を聞きながらも、こくりこくりと首を落としそうになる。

 

 「能力を発動している時、無条件で睡眠した者を、自分の世界に取り込み・・・」

 

 オーク怪人の話す内容に、耳を傾けてはいるのだが、瞳を閉じてしまう。海で遊び疲れてしまっているのも事実。

 

 ソウジロウから罵声を浴びせられた後は、一人で物思いにふける気持ちになりながら温泉にも入った。一日トータルの疲れがここに来てギンジに一気に襲いかかってくる。

 

 それどころか、ギンジは毎日何かのトラブルと戦っている。疲れていないわけがない。

 

 (いっそ疲れなんてなければいいのになぁ・・・やべぇ、眠い)

 

 マッサージチェアの振動が心地よく、そして疲労している身体になんとも言えない気持ちよさが広がってくる。

 

 隣でオーク怪人が何かを叫ぶ様にこちらに話しているが、もうギンジには何も入ってこないし、何も聞こえなくなった。

 

 「寝るな!バカ者!おい!寝るな!ギンジ!寝るな!ここは言わば戦場だぞ!しかも敵陣の真ん中だ!寝るな!」

 

 身体をゆすり、叩き、マッサージチェアごと持ち上げるも、もうギンジは起きない。

 

 彼もまた夢の怪人によって、夢の世界へといざなわれて行った。

 

 「・・・仕方有るまい。寝てしまったのなら、私は私のやり方で行かせてもらう」

 

 ドクターを守るために、オーク怪人は今この瞬間で奮起する。

 

 「・・・もう少しだけ、コレを味わおう」

 

 マッサージチェアはオーク怪人の好みになったらしい。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「うおおおおお!!!!姐さあああああーーーん!!!」

 

 森の中で赤鬼は一人叫ぶ。テーマパークの様なお城のある場所までは、距離はそこまで無いように見えて、相当遠い。

 

 自然が造り上げた迷宮には、猿や狼と言った、様々な動物達が、レン達に立ちはだかる状況にあった。

 

 しかし、どんな獰猛な動物も毒を持っている虫でも、今のレン達には、鉄壁と暴虐を二つ同時に兼ね備える赤鬼が暴れ回れば、たちまち全滅させられる。

 

 邪魔をするから倒すのではなく、ミドリコを探す過程でたまたまぶつかっているので、轢いておこう、ぐらいの感覚でしか無いのだが。

 

 「しっかし、兄貴もカエデの姉御も、ミドリコの姐さんもどこにも居やせんぜ・・・あの城にもたどり着けん」

 「確かに。このままじゃ、いつか皆倒れる。どうにかして、皆と合流しないと、私と赤鬼だけじゃ、戦闘になっても、戦い続けられるか、心配」

 

 レンの言葉に、ケイタと赤鬼が頷く。ミヤコは相変わらず何か考え込んでいる様で、今はひとまず列の一番後ろに運んでいる。

 

 辺り一面優しい日差しに照らされる、穏やかな森だと言うのに、いたる所に狼やら猿やらがぶっ飛ばされて転がっている惨劇と言うのが正しい環境になっていた。

 

 耳をすませば、所々から聞こえる子どもたちの歓声に、ケイタとレンはずっと違和感を覚えている。

 

 「この歓声、レンはどう思ってる?」

 「私には解らないけど、ずっとこの歓声には、怪しい何かを、感じてる」

 

 鳴り止まない時もあれば、等間隔で広がる様に子供達の声が聞こえる。

 

 その歓声には何か意味があるのか解らないが、レン達は再び迫りくる狼や猿達に、行手を阻まれながらもお城まで向かう事にする。

 

 この謎の空間には、痛みも、血の感覚も、攻撃する感触も全てが現実になっている。正確には現実に感じている。

 

 水の冷たさも風の心地よさも、この空間の肌寒さも。

 

 「もし、子どもたちが、何かに巻き込まれているなら、それは、正義のヒーローの出番。必ず、脱出しよう」

 

 急に取り込まれたこの空間をいち早く脱出して、ケイタと夏休みを満喫したい。それを胸に秘め、レンはビーム剣を力強く持って、妨害を斬り捨てながら進むのであった。

 

 「・・・夢・・・夢・・・うーん」

 

 一方のミヤコは、未だに何かが引っかかるようで、ずっと頭をひねっている。

 

 テーマパーク(仮称)に到着は出来るのだろうか。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 赤く濁った水面には、様々な瓦礫、かつて建物であったであろう、残骸が沢山浮いている。

 

 満月・・・と言えばいいのだろうか、怪しい光を吐き出し続ける、謎の月の様な物体が赤く暗い空に浮かび、その光に照らされてソウジロウは眼を覚ます。

 

 「ここは・・・!?」

 

 常人でなくてもこんな所で眼を冷ませば、誰でもびっくりする。足元の水面に引っ張られる様に、脚を滑らせてソウジロウは自慢のスーツを汚してしまう。

 

 「・・・以外と浅いな」

 

 浅いと言っても膝まではある深さの赤い水に、ソウジロウは血の気が引いていく。どう考えても不気味で、おかしいこの空間に、もう一人の人影がある事を確認する。

 

 同じ状況の人間を発見すると、ソウジロウは喜びながらも、その人影に近づいていく。

 

 その者はソウジロウが一番大切に想い、16年間ずっと大切にしてきた実の娘の姿があった。

 

 カエデもこの空間でうつ伏せに倒れて、眠っていた。

 

 「カエデ!起きなさい、カエデ!大丈夫か!」

 

 見た目では怪我は無さそうで、呼吸も正常に思えた。

 

 「あ、あれ?・・・お父様?」

 

 ソウジロウがその身体を抱きかかえると、カエデは眼を覚ます。そしてこの異様な空間に驚き、勢いでスーツに変身してしまう。

 

 その姿を見てソウジロウは、自分の娘であるカエデがあのニュースでよく見るヘヴンホワイティネスである事を知ってしまった。

 

 「・・・」

 「・・・あ、しまった」

 

 いつもの襲撃と思い、警戒してしまったのか、ここでもあっさり正体をバラしてしまった。

 

 「うん、夢だな」

 

 あまりに現実離れした事が重なり、ソウジロウは現実逃避することにした。娘の恋する人物が、怪人で、気がついたらこんな所で眼が冷め、そして娘は綺麗なスーツに変身する。

 

 情報量が多すぎて、ついていけない。

 

 「きっと私は疲れているのだろうな。夢の中だが、二度寝しよう」

 

 ここで寝たらどうなるのか解らないが、カエデは変身を解いてソウジロウに詰め寄る。

 

 「駄目です!お父様!寝ないで」

 「やっぱり・・・いいや、パパは信じないぞ!」

 

 変身が解けた娘の姿は見慣れたカエデという実の娘なのだが、ソウジロウはここが夢だと信じ込み、一切の情報を遮断しようとする。

 

 「本当に夢だと思う?ほっぺつねりましょうか、お父様」

 「ぜひ頼むよ。本当のカエデならめっっっっっちゃ痛いから」

 

 素が出たのか、言葉使いを緩ませるソウジロウに、カエデが思い切りほっぺをつねり回す。

 

 「あ、ものすごくいた〜い・・・ふざけるなぁ!!」

 「神宮財閥ジョークをここでも・・・!」

 

 流石ですお父様、と頷くボディラインが強調されるスーツを身にまとうカエデを見て、ソウジロウはいよいよ膝から崩れそうになる。

 

 「あっさり言ってくれるが、本当にここは夢じゃないのか・・・」

 

 ほっぺの痛みもさながら、カエデの仕草や声を聴いていよいよ戦慄するソウジロウ。

 

 「い、いやいや・・・!そんな事より、聴きたい事が沢山あるぞカエデ!なんだその格好は!」

 「い、いや〜・・・なんだと言われましても」

 「今直ぐ脱ぎなさい!はしたないぞ!」

 

 ソウジロウの一喝を聞き入れ、カエデは変身を解く。光に包まれて綺麗な身体の線を描くと、元の姿に戻っていく。

 

 元の夏服に戻ったカエデを見て、ソウジロウは安心感と同時に、またもや疑問が出てくる。

 

 「なんで変身出来るの・・・?」

 

 ソウジロウが見たその姿は間違いなく、テレビやニュースで目撃したあのヘヴンホワイティネスの姿そのもの。世間が正義のヒーローとはやしたてる、例のあのヒーロー。 

 

 「・・・あたし、実は変身出来るの」

 「何を言っているんだ?」

 「実はお父様に内緒で、正義のヒーローになってたの」

 「マジで何言っているんだ?このアホ娘は」

 

 次々と出てくる娘の言葉に、困惑、戦慄、怒り、悲しみ、成長、様々な感情がとうとうソウジロウの脳をバグらせて、言葉使いを悪くさせる。

 

 「詳しい事は、また後でいいかしら?お父様」

 「いやいや駄目だ!今!今説明しなさい!」

 

 ソウジロウの強い語気に赤い水面が揺れて、瓦礫を避けるように音も無く消えていく。

 

 「とにかく、今説明している場合では無いので・・・」

 「いいや!今!今してくれないとパパ泣いちゃうぞ!既に色々ありすぎて、もう倒れそうなんだ!」

 「困ったわね」

 

 ソウジロウの言うことも尤もなのだが、カエデは今この状況をあまりよろしくは無いとしっかり解っていた。

 

 こんな所に人を運び出せるのは、間違いなく悪の組織・ヘルブラッククロスの仕業に違いない。それも兵器とかではなく、怪人クラスの何者かの仕業。

 

 「お父様!早くここから脱出しますわよ!」

 「え?出られるの?」

 「・・・」

 「カエデ?」

 「・・・」

 「何か言いなさい。怖いから、パパ怖いから!」

 

 ソウジロウの言い分を無視して、カエデは後ろを振り向く。

 

 その先に見えるのは、塔の様な形をした瓦礫。建物として中には入れそうなモノを見据えると、カエデはそれを怪しいと睨む。

 

 それと同時に、戦いの中で幾度も感じた気配・・・怪人の気配を、カエデは確かに感じ取っていた。

 

 (怪人が居る・・・)

 

 不思議なモノで第六感のようなモノが働く。それは決して無視しては行けない悪の気配。

 

 「お、おいカエデ?」

 

 あまりにシカトされ続けたので、とうとう真面目な雰囲気を感じ取り、ソウジロウはカエデの腕を引っ張る。

 

 「・・・お父様、本当に・・・説明している時間は無さそう」

 

 その塔の頂上から怪人の気配が強くなる。

 

 そこにヌッと現れたのは、くすんだ金髪にツーブロックヘア、そしてサングラスをかけた黒いアロハシャツを着た・・・。

 

 「ギンジ!」

 「うおっ!カエデ!・・・と、おとーさんじゃん」

 「なんで貴様がいるんだ!!!!!」

 

 唐突なギンジの出現に喜ぶカエデと、怒りに身を焦がすソウジロウ。

 

 二人をきょとんと見つめるギンジは、何がなんだか解らない様子で塔の頂上から、カエデ達の居る所から飛び降りてくる。

 

 高さはかなりあるが、ギンジはコウモリの羽で滑空すると、最後は綺麗に着地を決める。

 

 「ギンジ、ごめんね・・・あたしが余計な事を言ったばっかりに・・・」

 

 ソウジロウの泊まる部屋でも失言を謝ろうとするカエデに、ギンジは特別気にはとめていないと言った態度で、両手をひらひらと振って何事も無いという素振りを見せる。

 

 「あーあーいいってそんな事は・・・それより、よ」

 

 ギンジはソウジロウを見る。少しだけバツが悪い顔で目を逸らすと、次に怪しい満月を見る。

 

 「ここってよ、色々さまよったんだけど、夢の世界らしいぜ」

 「やっぱり?変だとは思ってたのよね」

 

 ついさっきまでの緊張に強ばっている様に見えたカエデの表情は、とても明るくて頬を少し朱に染めている様に見えた。

 

 ソウジロウは二人の会話に割って入る事はせず、ただジッとカエデの横顔を見つめる。

 

 (・・・やっぱり恋してるぢゃん。おとうさんショック)

 

 カエデの顔は間違いなく、かつての妻、カレンと同じ顔をしていた。親子だから解るその表情にソウジロウは心をやきもきさせる。

 

 「さて、脱出の手段だけどよ」

 「何か案でもあるの?」

 「ハッキリ言うが無い!」

 

 ハッキリしすぎたギンジの発言は、ソウジロウを落胆さえてしまうが、カエデは違った。

 

 「なあんで何も無いのよ!嘘でもいいからこういうのはビシッと決めなさいよ!」

 「しょうがねぇだろ!こんなんなるとは思ってないし!っていうかこんな世界で彷徨うならちゃんとオークの奴の話し聴いとけばよかったーー!!」

 

 行き当たりばったりな事を繰り返すギンジと、それを叱るカエデのデコボココンビを見ていると、少し面白くも感じる。

 

 「私はお前だけは認めんぞ〜!!!」

 

 カエデパパの絶叫がこの残骸だらけの空間にこだました。

 

 「そう怒らないでくださいよおとーさん」

 「黙れ青二才!化け物!お前の様な息子はお断りだ!」

 「いやいや、脱出するんだから、ここは仲良くしとこうぜ。ほら、行こうぜ」

 

 ギンジが指を指し示す方向は塔の頂上。

 

 「あそこから俺は来たけど、あっちまで行くと、なんかでかい城の所に通じてるっぽいんだよ。行こうぜ」

 「ここで何もしないよりマシね・・・じゃあ、行こうか」

 

 ギンジの提案をすぐに受け入れると、カエデは移動し始める。

 

 「待てーい!」

 「なんだようるせーなこのおじさんは。藤原か?」

 「あたしのお父様よ!あんなおじさんと一緒にしないで!」

 

 また新しい人の名前が出てくる。いったいカエデの交友関係はどうなっているのか。

 

 「ちゃんと説明してくれ!それまで動かんぞ私は!」

 「・・・えーとここは夢のせかいで、夢の怪人が」

 「黙っていろ青二才!カエデ、まずはお前のことだ!ちゃんと説明しなさい」

 

 この空間で眼が冷めて何度、説明と言う単語を出しただろうか。

 

 「うーん・・・家族の事は、カエデに任せた。周りを警戒しとくからよ、頼む」

 「説明して解ってもらえるかしら・・・」

 

 簡潔にまとめられるか心配だが、カエデは事の経緯を全部説明していく。

 

 正義のヒーロー・ヘヴンホワイティネスの正体。

 

 宮寺レンという親友の事情。

 

 ヘルブラッククロスという悪の組織の存在。

 

 怪人という超常の存在のヒミツ。

 

 そして佐久間ギンジという男について、色々と説明出来る事はなんでも説明した。

 

 日夜秘密裏に戦ったり、急な襲撃による戦い等など、色々全部話していた。

 

 「・・・にわかには信じがたいが、本当にカエデがあのヘヴンホワイティネス・・・なのか?」

 「そう、です・・・」

 「グッズも出てるあのヒーロー?」

 「そうです・・・」

 

 本当に信じられない。

 

 実の娘は危険な戦いに身を投じていたとは、父親として心配になってしまう。

 

 「でも・・・あたし達は、絶対勝つから、心配しないで!」

 「いや、しかし、ううむ・・・」

 

 未だにそれを見ても全てを信じきる事は難しい。

 

 理解が追いつかない。

 

 「人間に善悪の際限があるように、怪人だって正義の為に動く奴も居るんだ。俺もその一人だしさ。俺を信じなくてもいいけど、ここを脱出するまでは、俺とカエデと一緒に居た方がいいぜ」

 「カエデとは一緒に居るが、貴様とは慣れ合わん!」

 「強情だなぁ・・・」

 

 相変わらず敵意は強いが、ある程度の話しを聴いてソウジロウは歩み始める。

 

 これはギンジの事を信用しているのではなく、カエデを守る為。小さい頃から、自分が守ってきた娘と共に行動するため。

 

 そして全てが無事に終わったら、最後は娘と話そう。こんな危険な事、続けさせるわけには行かない。

 

 「見つけたよぉ〜きゅっふっふ」

 

 空気の抜ける様な笑い声が上がり、ギンジとカエデはソウジロウを守る様に、警戒を始める。

 

 「なんだ、どこから来てる?」

 「解らない。お父様はしゃがんで!」

 

 カエデが言いながらも再度スーツに変身し、ギンジも右手に炎を構える。

 

 「ここだよ」

 

 その声の主はギンジの瞬きの間に、目の前に現れる。

 

 着物に身を包み、仮面をつけた童子の姿のそれを見て、ソウジロウは驚きへたりこむ。

 

 「何モンだ・・・お前」

 「あちは、夢の怪人。・・・ここでお前たち、ヘヴンホワイティネスを倒す者だよ!」

 

 童子が叫ぶと髪の毛を槍の様に変質させて、ギンジたちに向けてくる。

 

 「カエデ!おとーさん連れて離れてろ!」

 「解った!」

 

 指示を貰って直ぐに動き出し、カエデはギンジにこの場を任せると、ソウジロウを担ぎ上げて、赤い水面に浮かぶ瓦礫と瓦礫の間を飛び越えて、夢の怪人との距離を開けていく。

 

 「きゅっふっふ!」

 

 槍の髪は、太く、そして不規則に動き、ギンジを確実に追い詰める。その攻撃を避けても、直ぐに形を変えて、刃の先を標的であるギンジへと方向転換していく。

 

 「向こうじゃお前には勝てないが、こっちだったら、進化の怪人なんて赤子の手を撚るぐらいさ!」

 「やってみろ、クソガキ!」

 

 急に現れたこの怪人はギンジの事を知っているようだったが、今は二人とも戦闘を開始する。

 

 ギンジの炎と、夢の怪人の槍の髪が幾度もぶつかっていく・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 赤鬼達はようやく森から脱出して、テーマパーク(仮称)へとたどり着いていた。

 

 「よ、ようやく着いたね」

 

 ケイタが荒い呼吸でレンと隣同士で歩いてくる。

 

 あれから森に出口は見つからず、手当たり次第破壊して進む事にした赤鬼の提案で、森を野ざらしにした。

 

 その後渦の様な形状の何かに触れたらここにたどり着いたという。

 

 ここまでの行動を起こしておきながら、赤鬼はまったく疲れておらず、それどころかまだ暴れられるといった様子に、ケイタは今だけは怪人の体力が欲しいとさえ思っていた。

 

 「ケイタの旦那、大丈夫ですかい?俺っちに手伝える事あらぁ、いつでも言ってくだせぇ」

 「あはは、ありがとう」

 「問題ない。私がケイタの、サポートをするから。ありがとう、赤鬼」 

 

 赤鬼の心使いに素直に感謝を述べると、レンは再びミヤコの方へと視線を動かす。

 

 彼女はこの空間に来てからと言うもの、ずっと何かを考えている。きっとギンジが居ないから心配なのかもしれないと、冷静さを保っておきたいのかもしれないと、レンは考えていた。

 

 『おおおーーーい、れーんーあーかーおーにー』

 

 上から声がする。ものすごいエコーのかかった声に名前を呼ばれると、なんだか頭頂部が痒くなってくる。

 

 「うおおおお!」

 「ろっ・・・」

 

 赤鬼とケイタは上から話しかける存在が何者かが解った様で、そしてその者の姿に偉く興奮している。

 

 「くふふ・・・新たな強敵みたいだね・・・」

 「でも何か、見覚えがある・・・」 

 

 ミヤコとレンはそお上から覗く存在に、違和感を覚えつつも敵として見定める。

 

 超合金で出来たであろう、その顔部分、そしてネイビーに色をした肩や腕に、ボディもネイビー。まるでボタンの様に中心に止まる黄金色のポチポチにいかつい形をした肩に積まれたロケットランチャー・・・。

 

 「うおおおおお!うおお!うおおお!ミドリコの姐さーーーん!!」

 

 赤鬼は心からその姿を感じ取ったのか、大興奮している。

 

 その隣ではケイタも同じく興奮している。それはミドリコが見つかったからではなく、ロボットだから・・・という事からなのだが。 

 

 辺りを見渡せば、子供達の姿がたくさんあり、それぞれ幼少の子たちが多い。

 

 ある子はレンを見るやヘヴンホワイティネスだと、目を輝かせ、またある子は赤鬼を見て少し怯えている。

 

 「ガキんちょ共〜食ぁべちゃうぞぉ〜」

 

 赤鬼の冗談に子どもたちが怯えると、少しだけ力が増したのか、赤鬼は調子づく。しかしそれを真上から制裁する為に迫ってくる、巨大な超合金の拳が赤鬼を殴り潰す。

 

 『や〜め〜ん〜か〜ば〜か〜も〜の〜!』

 

 ミドリコがでかいロボット故か、声が遅い。

 

 明らかに一撃必殺級のダメージなのに、血だらけになった赤鬼はクレーターから這い上がると、涼しい顔をしているつもりなのだが、その血だらけの顔を見た子供達が、とうとう大泣きし始める。

 

 「皆、問題ない。私が、この怪人を、倒す」

 

 ビーム剣を振るい赤鬼を斬り捨てるフリをして、赤鬼がわざとらしく倒れる。

 

 一瞬眼が本気だったが、いつかふざけていると斬られてしまうかも知れない。

 

 「ぐぅうぁあああ!やられた〜・・・ぐふ」

 「くふふふ・・・意外と相性いいね、あの二人」

 「え!?そんな事ないよ!絶対ない!」

 

 ミヤコの言うのは、会話という意味合いだったのだが、ケイタは違う意味合いで感じ取り、焦って否定する。

 

 「おねーちゃーん!あそぼあそぼ!」

 

 一人の可愛らしく小麦色に焼けた女の子が、子供特有の突進力でミヤコに抱きつく。

 

 「くふふふ・・・いいよ、何して遊ぶ?」

 

 左の黒い眼は奈落の様に深く、おぞましく、なにより子供にも本能的な怖さを引き立たせる。

 

 鳥肌が立ち、子供は涙目で離れていく。

 

 「ミヤコ姉さん、今怪人の力使ったでしょ」

 「くふふ。子供はあんまり好きじゃないからね・・・」

 

 メガネのズレを直してミヤコは、くふふと短く笑う。

 

 子供なんてギンジ君との間に出来たのしか信用しないし、ソレ以外はフェーズ2の研究にしか使わない。

 

 確固たる思いを持ちながら、ミヤコは子供達を視界から離すと、空を眺める。

 

 「くふふ・・・そうかそうか・・・ここは、【そういう場所】なんだね」

 

 ミヤコはまるで夢みたいなこの空間に、ある確信を持った。今までも考えていたのだが、夢という単語についてずっと考えていた。

 

 ここは、この空間は。

 

 「ここは、夢の空間だったかな。夢の怪人が創り出せる、人の精神を運び出せる世界・・・」

 

 ミヤコの言葉は誰かに聞こえる訳ではないが、この空間の対処方を思い出す。

 

 夢を望めば、なんでも出来る世界。つまり・・・。

 

 「ギンジ君がここにいるとは思えないし、わたしは先に帰るね」

 「え?帰れるの?」

 

 ケイタの質問にミヤコは遠い目で、言葉を返す。

 

 「うん。ここは夢の世界だからね。帰りたいって夢を持てば帰れるよ。くふふ、ギンジ君はこんな所でつまずく様な人とは思えないし、わたしはギンジ君と一緒に寝たいから・・・おさき!」

 

 ギンジ以外はどうでもいいと言ったミヤコの態度に、レンと子どもたちは露骨な怪訝な表情を出すも、次々と子どもたちも帰ろうと、夢を持ち始めていった。

 

 「えーと・・・それじゃあ、僕たちも帰る?」

 

 そのあっさりとした光景を見て、ケイタは仲間達に訪ねるとレンと赤鬼は首を横に振る。

 

 「まだ・・・カエデを見つけてない。私は探してから、帰る」

 「俺っちも同意見ですね。ギンジの兄貴は、姉さんの言うとおりだと思いやすが、カエデの姉御も来てるかも知れやせんぜ?旦那のお友達でしょう?」

 「うっ・・・確かに」

 

 レンと赤鬼の仲間意識の強さを見て、ケイタも一旦夢を持つ事をやめる。

 

 「ミヤコは・・・本当に帰る?」

 

 子どもたちがどんどん夢の世界から帰るさなか、ミヤコはジッとしていた。

 

 「・・・何、これは・・・?何・・・!?」

 

 最後の子供が現実世界へと消えると、この場に残っているのは、ケイタ、レン、赤鬼、ミヤコ、フルアーマーミドリコのみとなるそのお城の空間に、ミヤコだけは何かを感じ取って、震えてその場に座り込む。

 

 「姉さん!ケイタの旦那ぁ!」

 「わかった!ミヤコ、こっちへ・・・」

 

 赤鬼がその異様な雰囲気を見て、一度ケイタにミヤコを連れて引き換えさせようとする。

 

 「ひっ・・・!?」

 

 ケイタがレン達の後ろに下がろうとして、ミヤコとケイタの視界に謎・・・というよりはかなり異質な存在がそこには立っていた。

 

 「ケイタ・・・!?」

 

 レンも赤鬼もミドリコもそれを見て、身体が固まる。

 

 その場に唐突に現れたのは、殺気を凝縮いたかの様な、黒い人の形をした明らかな敵。

 

 それもただ、怪人だとか、ヘルブラッククロスだとかそういう類に収まらない様な、とにかく常軌を逸した怪物。

 

 「・・・なんだい、あんたぁ」

 

 赤鬼が一番前に出て、その異質な怪物の目の前に大きな身体を見せつけるように立つ。レンはその後ろでビーム剣を構えている。

 

 「我らは・・・無であり有である」

 

 どこが正面か解らないその人の形は、赤鬼の質問に答えたのか、身体に浮かび上がる炎の様な模様が脚から頭へとメラメラ上がっていく。

 

 「我らは・・・個であり、多であり、命であり、死である」

 「つまり、敵・・・?」

 

 震える手でビーム剣を持ちながら、レンは敵から視線を外さない。

 

 感じたことのない殺気を肌で感じながら、ケイタは倒れそうになる。ミヤコも同じようで、その眼には涙を浮かべている。

 

 「用が無いって事ぁないんだろうが・・・何もしないなら、とっとと帰んな」

 

 赤鬼が睨みを効かせながら異質な怪物に、近寄っていくのだが、怪物が手を振り上げた瞬間に、重い打撃の音が鳴り赤鬼が飛ばされる。

 

 「ぐぅお!?」

 

 攻撃をされた事でレンがついに戦闘に立ち向かう。ミドリコも超合金の拳を振り下ろし、異質な怪物へと命中した。

 

 命中したのは間違いないのだが、超合金の拳は直ぐに壊され、内側から怪物が出てくる。

 

 『うわあああああああ〜』

 

 振り下ろした左手が壊され、苦悶の絶叫を上げるロボミドリコを見て、赤鬼がキレて突撃する。

 

 「あんまり舐めてると殺っちまうぞゴルァ!」

 「ビーム剣術─!」

 

 レンも赤鬼も同時に攻撃を繰り出すが、赤鬼の拳は届かず、レンも剣が弾かれた。

 

 「我らは、全であり、1である。全ては等しく、死へと至る」

 

 低くつぶやくと、体制を崩したレンと赤鬼をすり抜けるように、背後に立つ。一瞬遅れてレンと赤鬼が動けなくなるまで全身を殴打される。

 

 「うっ!」

 「なんだ・・・!?」

 

 何をされたのか解らない。それほどまでに速く、予測不可能な攻撃を受けたレンは、その場に倒れてしまう。

 

 「レン!」

 

 ケイタがレンの下へ走りだそうとするが、赤鬼が立ち上がりケイタを静止する。

 

 「駄目だ!旦那はミヤコ姉さんを連れて、少し離れた場所に居ろ!」

 

 夢の中に現れた異質な怪物。おそろしく強い。

 

 レンは倒れて動けず、ロボミドリコも腕が壊れてまともに動けない。

 

 「今まともにやれるのは、俺っちだけか・・・!」

 

 赤鬼の目の前に異質な怪物が現れる。

 

 「やっべ」

 「我らはお前であり、その少女であり、怪である」

 「なんだと・・・?」

 

 攻撃が来る。次は今まで一番強い一撃。

 

 それを本能でなんとなく感じ取った赤鬼は、死ぬ事を覚悟した・・・。

 

 ミヤコが震えながらも立ち上がり、異質な怪物へと夢を吐き出す。自分の今の夢を。

 

 「わたしの夢は・・・!お前がいなくなること!」

 「・・・我らは、夢であり、現実である。今は、その言葉通りにしよう」

 

 異質な怪物はミヤコの言葉を聞き入れると、その場所から攻撃せずに音もなく消え失せた。

 

 「ふぅ〜・・・」

 

 夢の世界の特殊な法則を理解したミヤコは、自分の夢を言う事で、あの怪物を退く事に成功した。

 

 緊張感が一気に抜けて、赤鬼はその場で息を吐くと、石畳に座る。

 

 「いや〜流石姉さんだ・・・助かったぜ」

 

 ミヤコは今の怪物の事をずっと忘れないようにしようと、心に留める。

 

 「・・・私は、まだまだ、弱いのかも・・・」

 「そんな事、無いよ。レンは強いから、戦えない僕が言うのもアレだけどさ・・・」

 

 上手く慰められない。それよりもあの脅威的な殺意を、まだ身体が覚えていて、ずっと震えてる。

 

 恐怖からずっと・・・。

 

 「・・・少し休んだら、カエデを探そう・・・」

 

 レンの言葉でそれぞれが頷き、青い空を眺める。

 

 「・・・僕、まだ怖いや・・・あはは・・・」

 

 レンも赤鬼も手が出なかった強敵に、ケイタは未だに震えが収まらない。もしアレと戦うのがギンジだったら・・・。

 

 (くふふふ・・・ギンジ君だったら、あんなの簡単に、倒してくれるはず・・・早く会いたいよぉ・・・)

 

 この場に居る五人全員が、あの異質な怪物と戦うとして、ギンジなら勝つと信じたい。

 

 そう思いたくなるぐらい強い殺気を全員が味わい、死を意識してしまった。

 

 一気に疲れてしまったがレンは再び、拳を握りしめる。

 

 もう二度とあんな強敵が来ても敗けないようにしないと。

 

 もっと強くならないと。

 

 勝てなかったら、何も守れない。

 

 戦えなかったら、誰も守れない。

 

 立ち向かわなかったら、未来も守れない。

 

 正義の志を持って、ケイタを見つめる。宮寺レンは改めてそう思った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 赤い水面の上に浮かぶ瓦礫を蹴って飛びながら、カエデはソウジロウを抱えて飛び続ける。

 

 何度も何度もギンジと夢の怪人から離れているのに、気がついたら目の前に夢の怪人とギンジが現れ、攻撃が飛んでくる。

 

 (ったくどうなってんのよ!) 

  

 この空間はまるで地球みたいに、一周する様になっているのか、カエデは何度も激しい戦いの目の前に出てくる。

 

 逃げ場の無い様なこの空間は、やはりギンジの言うとおりに、塔の頂上から出ないと行けないのかも知れない。

 

 「カエデ!さっきから何やってんだ!早く逃げっ・・・がああ」

 「ギンジ!」

 

 夢の怪人の手数もさながら攻撃力も高く、ギンジは既に何度か水面に落とされている。

 

 それを見たカエデが常に心配になるが、ソウジロウはほくそ笑んでいる。

 

 「クソ・・・あのガキ意外と強いぞ!マジで早く逃げた方が良い気がしてきたぜ」

 「あの塔の頂上に行くのも、なかなか大変そうね。手、貸した方がいい?」

 「頼めるか?」

 

 ギンジの問には快く聞き入れる。その後すぐにいつもの笑顔で笑うと、ソウジロウを広めの瓦礫に置いて、夢の怪人の方へ向き治る。

 

 「お父様は少し待ってて」

 

 直ぐに加勢に向かおうとするも、ソウジロウはカエデの腕を引っ張る。

 

 「お父様!もういい加減に」

 「カエデ・・・本当に、お前はあんな得体の知れない奴らと戦って、街の平和を守っていたのか?」

 

 悲痛な顔をしながらソウジロウは、未だに娘が正義のヒーローとして戦っている事が信じられない・・・受け入れられる様な気がしない。

 

 「あたしはね・・・自分の育ったこの街が好きだし、お友達もたくさんいるし、なによりレンっていう、親友が出来たの」

 

 腕を引っ張られながらも、嬉しそうにそんな言葉を告げる。カエデの瞳は確かな想いを乗せていた。

 

 「たくさん笑って、人と触れ合って、楽しく生きていけるはずの未来が・・・80年後にはなくなってる・・・なんて、信じられる?」

 

 2102年。レンの居た未来では、既に日本という国は崩壊しており、希望を失わないレジスタンス達が、勝てないと解っていても、諦めきれないで戦い続ける、そんな世界。それが、80年後の日本はそうなっている。

 

 レンから聞いた話しを全部信じて、それでもカエデは自分が本気で助けてあげたい親友だから、今日までこうして戦って来た。

 

 誰に何を言われようとも、怪我をしようとも、光を失っても。

 

 神宮カエデは、自分の家の家訓を誇りに思っている。

 

 「困っている人がいるなら、手を差し伸べる。それってヒーローと同じでしょ?あたしは、困ってる親友を助けたい。そして、ギンジの事も・・・」

 「カエデ・・・」

 

 どうやらカエデは、自分の娘は、ソウジロウが思っていた以上に成長していた。

 

 「あいつの事、きっと最初は皆嫌うと思うの。だけど、正義の為に戦って、誰かの為に戦える行動力をもっているから・・・」

 

 自分の正義を持っていても、ヘヴンホワイティネスの正義の為に協力してくれている。

 

 カエデ達を信じて、トモカを助ける時や、学校が襲撃された時も、逆に助けに行ってあげた時も、なんだかんだお互い信じてたから、ここまでやってこれたのかも知れない。

 

 「時間はかかってもいいから、あいつの事、信じてあげて」

 

 カエデのその言葉が決め手となり、ソウジロウは娘の腕を離す。

 

 「行ってきなさい・・・正義のヒーロー!」

 「ありがとう・・・パパ、大好きよ!」

 

 最大の笑顔を浮かべてカエデは、瓦礫を蹴ってギンジの加勢に向かう。

 

 かつてのカエデの夢は、正義のヒーローになることだった。

 

 大好きなママとパパを守れる正義のヒーローになる事を、発表してくれた事を思い出す。

 

 自慢の娘は文字通り大人へと成長していた。

 

 (・・・でも交際とかはまだ認めないぞ)

 

 槍の髪の毛が幾度も往復して、とうとう逃げ場をなくすギンジ。

 

 「必殺!ドライヴ・レイザー!」

 

 ガントレットのギアを回し、熱くなったスーツと拳はカエデの速度を向上させ、無数の拳を生み出せる速度で、槍の髪の毛を粉砕していく。

 

 「待たせたわね、ギンジ!」

 「助かったぜ、カエデ!」

 「きゅっふっふ・・・獲物が増えても、こっちの世界じゃ、あちが勝つんだ!」

 

 再び槍の髪を展開させてギンジとカエデが立つ瓦礫に向けて、複数本が激突していく。

 

 煙と水しぶきをあげてギンジは空を飛びながら、カエデを抱きかかえている。

 

 「行くわよ、ギンジ!」

 「任せろ!」

 

 最早戦闘における信頼感は非常に高く、迫りくる槍の髪を華麗に避けながら、夢の怪人へと突っ込んで行く。

 

 「とりあえず夏休み始まったばっかりなんだから・・・邪魔しないでよこの、大バカ怪人!」

 

 ギンジの腕の中で、ガントレットに力を込めておおいにその力を振るう。

 

 「飛べぇ!」

 

 回転滑空しながら真上の月へとカエデを、飛ばして夢の怪人へと向かうのはギンジ。槍の髪が妨害するも、炎で焼き払いながら突撃を繰り返す。

 

 「お前の防御はここで・・・打ち滅ぼす!」

 

 炎と同じ様に雷も両手両足に纏い、槍の髪の防衛を破壊していく。

 

 「きゅっふっふ・・・無駄無駄ぁ!」

 

 髪はいくらでも復活して、ギンジの攻撃に対応していくが、それを真上で見つめるカエデは、現状最大の必殺技の準備が出来ていた。

 

 両手のガントレットのギアを最大まで回転させた、神宮カエデの今の最大の必殺技・・・!

 

 「必殺!チャージング・バスターフィスト!」

 「きゅっふっふ・・・解っていた事さ・・・!」

 

 夢の怪人が円型の盾になるように、槍の髪を組み合わせて、カエデの必殺技を防ぐ。防がれた事で、カエデの両肩には跳ね返る衝撃が強く、盾の上で動けなくなってしまう。

 

 空いた胴体へ向けてギンジの攻撃も迫るが、夢の怪人は一切動じず、空気の抜ける笑い声をあげる。

 

 「あちの夢は・・・お前に勝つ事だ、進化の怪人!」

 「はぁ?」

 

 いきなり意味の解らない事を言われるが、それでもギンジの拳は止まらずに夢の怪人の顔に当たろうとしていた。

 

 「・・・おいおい、お前まさか・・・」

 

 ギンジはある事に気づく。速度を落とした拳は、夢の怪人には簡単に避けられしまい、身体を髪に巻き疲れて、形成逆転してしまう。

 

 「ギンジ・・・!」

 「次は、お前だぁ!」

 

 髪を束ねて巨大な一本の丸太に成り、それを動けないカエデに思い切り当てる。

 

 「きゃあああ・・・!」

 

 死角からぶつけられ、赤い水面に落下していくカエデを見て、ソウジロウは娘の危機に走り出す。

 

 赤い水は浅かったはずなのに、カエデが落ちた場所へ向けば向かうだけどんどん深くなっていく。

 

 「カエデ!カエデぇええ!」

 

 必死になって娘の名を叫び続ける。

 

 やがて沈み行くカエデをその目で捉え、ソウジロウは濡れたり汚れたりする事を気にせずに、自らも沈んでいく。

 

 「うぐぐ・・・離せ、このクソガキ」

 

 夢の怪人の髪に力を込めて引きちぎろうとするも、締め付ける力の方が強くなっていく。口も塞がれてまともに喋れなくななったギンジへ、槍の髪が何本も狙いを定める。

 

 「きゅっふっふ・・・終わりだ!」

 (クソ!こいつが女じゃなければ・・・!)

 

 ギンジの気づいた事は、この夢の怪人が女の子だったということ。今はそんな事を言っている場合ではないのだが、カエデも気になる。

 

 早く助けないといけない。なのに今の自分は動けない。

 

 早く助けに行かないと、ここで二人共死んでしまう。

 

 (もうなりふり構ってられねぇ!フェーズ3!)

 

 心の中で念じて、ギンジは黒い炎を巻き上げて、切り札にも等しいその力を発動する。

 

 これに頼らないと行けないぐらいの強敵。

 

 そう判断した上で発動したフェーズ3の黒い炎による力で、夢の怪人の髪を焼き払い、急いで脱出してから水へと向かうも、夢の怪人が再び髪を鉄格子の様に展開させて、ギンジの逃げ場を無くす。

 

 「きゅっふっふっふ!ここで終わりにしてやろう・・・!」

 「退けぇ!」

 

 未だ浮かんでこないカエデとソウジロウに気を取られて、槍の雨とも呼ぶべき攻撃が、ギンジに襲いかかってくる。

 

 「うおおおおらああああ!!!」

 

 黒い炎と紫電を纏わせ、夢の怪人を殴り倒そうと、全力で挑む。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 赤い水は、色がついていてもただの水の様で、飲み込んでも大丈夫なようだ。

 

 カエデは攻撃がクリーンヒットしてしまい、気絶に近い状態で沈んでいた。うっすらと見える視界では、怪しい満月が揺れ動きながら、こちらに光を与えている。

 

 照らす光は闇には勝てず、どんどん沈む度に何も見えなくなってくる。

 

 (ああ・・・ごめん、皆。あたしきっともう、駄目かも・・・)

 

 鈍痛で動かせない沈みゆく身体を自覚して、カエデはひたすら沈んで行く。

  

 もし助かっても、もう・・・。

 

 しかし、沈んでいたのに、何かがカエデの脚を引っ張りながら、浮上を目指そうとソウジロウが必死になって泳いでいた。

 

 (ああ・・・お父様)

 

 痛みに敗けてカエデはとうとう意識を手放しかける。それは父親が助けてくれた安心感もあるのかもしれない。

 

 (カエデ・・・やっぱりお前にこんな事はさせたくない・・・)

 

 ソウジロウは自慢の娘が危険な戦いに身を置いているのが、どうしても納得できない所もあった。

 

 正義のヒーロー。聞こえはいいが、現実はこんなにも残酷な事もありえる。

 

 (カエデ・・・お前を守れるなら、私はなんだってしよう、今だけでも、お前と立場を変われるなら・・・)

 

 自分の娘は自分で守ってあげたい。

 

 ソウジロウから力強く握られる右手はカエデのヘヴンスーツへと、意思が組み取られているのか、赤い光は明滅していた。

 

 (・・・なんだ・・・光が?)

 

 赤いラインの入ったヘヴンスーツは、ソウジロウを包むように発光する。何かを守りたいという想いと、立場を変わってあげたいという、今この瞬間の夢が、ヘヴンスーツを動かした。

 

 その光はなによりも優しく、強く、正義の心を、より深く、より輝いてソウジロウの身体にまとわりついていく。

 

 (ああ・・・カエデはいつも・・・こうやって・・・)

 

 自分の娘がどんな思いで戦っていたのか、ソウジロウは一瞬で理解していく。

 

 これだけの強い気持ちと志、それらはカエデが精神的な成長だけじゃない、もっと違う別のモノをたくさん感じ取る。

 

 (・・・ああ、解ったぞ。一緒に戦おう)

 

 ヘヴンスーツの訴えかけなのか、ソウジロウはスーツから来る様々な想いを受け取り、力を借りる。

 

 (・・・待っていなさい、今直ぐに行く)

 

 今までとは比較にならない力で、ソウジロウは上へ上へと急加速して浮上する。

 

 大きな水しぶきをあげて、瓦礫が浮かぶあの不気味な場所へと、ソウジロウは浮上した。

 

 「え・・・」

 

 ギンジはその姿を見て誰かが解らなかった。

 

 カエデを両腕で抱きかかえつつも、それをしている姿は赤いラインの入った白がメインとなるスーツに、オリンポスの戦士を思わせるヘルメット。

 

 薄く、透明に近い白地のマントを身につけた・・・ヒーローの様な姿をした、新たな存在。

 

 「お前は・・・な、何者だ!」

 

 夢の怪人が警戒を最大まで上げながら、言葉を出す。

 

 「子供を・・・自分の娘を守るためなら、なんでもする・・・」

 

 カエデは薄れ行く意識の中で、自分を抱きかかえる者を見上げる。

 

 その姿は常に憧れている、正義のヒーローだった。それを見ると、カエデは意識を落とす。

 

 ソウジロウは全力で自分が何かを伝える。

 

 「ただの、父親だ!」

 

 両腕に抱きかかえた愛娘を、愛おしく見つめて、正義の力を借りた父親は、怪人を倒す為に

 

 夢の怪人がその名乗り口上に苛立ちを見せると、槍の髪を多数突き込んで来る。

 

 顔に飛んでくるモノも簡単に避け、上から飛んでくる槍も後退しながら飛び下がり、避け続ける。

 

 「動きがまるでカエデみたいだな・・・おとーさん、意外とやれる方か・・・?」

 

 ギンジの感心をよそに、ソウジロウは夢の怪人の攻撃に乗ったり、避けたり、弾いたりと忙しなく動いているのに、その動きの一つ一つは余裕を見せつけている。

 

 ヘヴンスーツはカエデやレンと違って、ボディラインを強調せず、聖なる鎧の様に見える。天使の大きな翼にも見える模様は、カエデの羽のモノより強い事を証明している事が解る。

 

 つまりスーツの適合率は、カエデよりもソウジロウの方が高いという事になる。

 

 「何故だ!当たると・・・攻撃が当たる夢を見ているのに!」

 

 夢の怪人の叫びと共に増える槍の髪を空中で舞う様に、回避し続けるソウジロウへ、更にさらにさらに増やしていく。

 

 「おぉっとそうはさせないぜ!」

 「ようやく・・・みつけた!」

 「ギンジ、カエデ!無事か!」

 

 増えた槍の髪を塔の真上から飛び出した赤鬼、レン、元の姿に戻ったミドリコの攻撃によって、髪が滅びていく。

 

 しかしそれで全部は消せず、残った髪をギンジが焼き払う。

 

 「くふふふ・・・まさか本当に夢の怪人がいるなんてね・・・」

 

 ミヤコとケイタもこの不気味な空間へと、来ていた。

 

 「おお、お前らも来てたのか!ナイスタイミングだぜ!」

 

 ギンジの言葉に、仲間たちが全員緊張を解いたのか、それぞれ笑みを浮かべる。

 

 「ふざけるな!あちの夢が・・・夢が、叶わないなんて!!!」

 

 夢の怪人が焦りから叫び、攻撃を増やし続けるが、それを赤鬼とレンが阻止していく。

 

 「この夢・・・終わらせてもらおう・・・!」

 

 空中の槍の髪の上に乗り、ソウジロウは拳を構える。

 

 「必殺・・・!ゴッドブレス・バスター!」

 

 構えた右拳は閃光を纏い、夢の怪人へと向かって光線となり、明らかにどんな技よりも強い迫力を示していた。

 

 「娘を傷つけた事、償ってもらおう!!」

 「うぅ・・・!」

 

 再び槍の髪で円型の盾を張り、防御の姿勢を取るもその光線は硬い髪の毛を容易に貫き、夢の怪人へと命中する。

 

 「バカな・・・!そんな、バカな!夢を・・・見ていたのに、なぜだああああああ!!!!!」

 

 光線が夢の怪人を貫いて、その一撃が終了すると、夢の怪人は髪を全て失い大爆発を起こした。

 

 その爆発と同時に空間にヒビが入り、割れた亀裂から全員が吸い込まれる様な風圧が起こる。

 

 「くふふふギンジ君がここにいたなら話は早い!一緒に夢をみましょ?ね?ね?」

 「急になんだー!」

 

 吸い込まれる途中でミヤコが抱きついてくるが、ギンジはそれを離れようとする。

 

 「さっきまでギンジはここにいない〜って言ってたくせに・・・」

 「ケイタの旦那、ありゃぁ、噂のツンデレってやつですぜ」

 「二人とも違う。あれは、ただの面倒な、性格をしているだけ」

 「何はともあれ、全員無事で良かった!」

 

 それぞれの仲間達との合流に安心して、ギンジは少しだけ嬉しく思う。かつてのギンジの心にはこんな感情なんてなかった。

 

 本当に一緒に戦える仲間がたくさんいて良かった。

 

 そう思いながらギンジ達は、空間の亀裂へと吸い込まれて行った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ホテルのどこかで眠っていたはずなのに、どうしてか夢の怪人は最悪の存在にバレてしまっていた。

 

 「ブヒ・・・何か言い訳はあるか」

 

 オーク怪人が怒りによって血管を浮かばせながら、手刀を震わせている。

 

 「あちは・・・あちは・・・」

 「・・・終わりだな」

 

 ヘルブラッククロスでも協調性が持てないという理由で、切り捨てられた彼女だが、今回は復帰のチャンスを貰ったのにも関わらず、戦闘に敗けた。

 

 そして反撃のチャンスを伺おうと、眼を覚ましたら目の前にはオーク怪人の姿。

 

 絶体絶命とは、こういう事だろう。

 

 現実世界では一切の力を持たない夢の怪人は、ここでその生命に終わりを告げるだろう。

 

 「貴様はドクターミヤコに危害を加えた。ブヒ、ここで終わりだ・・・!」

 

 手刀を構えて突き刺す様な強さで、夢の怪人の仮面を貫く。木が割れる様な音と、骨を砕きながら貫通する腕。

 

 夢の怪人はここで息絶えたのだが、まだ身体はビクビクと動いている。

 

 吹き出る血液を拭い、オーク怪人は浴衣を脱ぐと部屋を出る。

 

 「やれやれ・・・もう一度温泉に入らないとな」

 

 その部屋には、砂となり霧散していき、童子の着物と割れた仮面だけがそこには虚しく残っていた・・・。

 

 これでドクターミヤコの脅威は一つ減った。

 

 その事に安心し、オーク怪人は再び浴場へと脚を進めた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 朝。

 

 ギンジは朝食前に、カエデに呼び出されて、ソウジロウの部屋に向かっていた。

 

 「でも良かったぜ、お前が怪我してなくて」

 「そうね。ありがと」

 

 素っ気ない態度で返事をするカエデだが、内心はすごく嬉しい。

 

 しかし今はそれどころじゃない。昨日の失言もそうだが、またソウジロウがギンジと話がしたいと言う事に、カエデは怯えていた。

 

 またギンジが色々言われるのでは無いかと、それが心配だった。しかも、夢の世界で戦った事も、ヘヴンホワイティネスとして、日夜ヘルブラッククロスとの戦いに身を投じている事も、全て話してしまった。話すしかなかったのだが・・・。

 

 「なんか体調悪いか?大丈夫か?」

 「ううん、大丈夫。ありがとう」

 

 本当に嬉しいのに、今はいつもみたく反応が出来ない。

 

 「お父様、入ります」

 

 ホテルのカードキーを使い、ソウジロウの部屋に入る。

 

 昨日の今日で、再びカエデパパと対話する事になるとは。

 

 「来たか・・・待っていたよ」

 

 ソウジロウはなにかの書類をまとめながら、一枚だけギンジに手渡す。

 

 「これは・・・」

 「雇用契約書だ」

 「はぁ!?」

 

 ソウジロウは何か考えがあるのか、後ろ手に組んで窓を見る。そこから見える海の景色はとても美しく、これを見るだけでも夏季休暇を取って良かったと思える。

 

 そしてそれを守る為に戦うのが、自慢の娘であるカエデ。

 

 「我が神宮財閥が君を雇おう。あれから娘とも色々話してね。誤解があったとは言え、済まなかった」

 「雇用って事は、給料が出たり・・・?」

 「残念ながら、君には個人の口座が無い。故に支払わないが、正義のヒーローなら、別に必要ないだろう?よく契約内容を読み給え」

 

 ソウジロウの言葉通りに契約内容に目を通して、その内容にギンジは表情を緩ませる。

 

 正義のヒーローとして認めてもらい、かつ、カエデハウスへの永住を許可されている。

 

 それはつまり・・・。

 

 「ヘヴンホワイティネスとして活動していていいって事か!」

 「無論だ。これからも私の娘を頼むよ、佐久間君」

 

 ソウジロウは朝日を背中に座り、ギンジを見つめる。

 

 「では、夏休みを楽しんで来なさい。それから、カエデ」

 「はい!」

 

 カエデはビシッと背筋を伸ばして、ソウジロウに向き直る。

 

 「これからも街の平和の為に、頼むぞ。無理だと思ったら、直ぐに私に言いなさい」

 「・・・はい!」

 

 正義のヒーローとして人知れず活動する事も許してくれた。

 

 スーツの適合率が高いなどの話も、カエデから聞いたのだがどれだけ適合出来たとしても、もう自分が出る幕は無いだろう。

 

 (それに・・・あの空間だからこそ、なのだろうな)

 

 夢の空間だったからこそ、ソウジロウはあの戦いが出来たのかも知れない。

 

 とはいえ、また娘がピンチならば、いつでも戦うつもりでは居るのだが。

 

 「サインは済んだかな?」

 「あ、ああ・・・でも、いいのか?俺、おとーさんの言う、化け物なんじゃ・・・」

 「娘を守るのであれば、敵とは判断しない事にしたよ。だが、まだ君の事は認めないぞ、私は・・・!」

 「お父様・・・」

 「へへへ・・・」

 

 何を認めてもらうのかは解らないが、離れる事にはならないとギンジは喜んでその契約書にサインをして手渡す。

 

 「で、俺の役職はなんになるんだ?」

 「契約内容を読んでないのか?」

 「え?」 

 

 カエデが雇用契約書をソウジロウから取り上げると、その内容をギンジが覗きに来る。当たり前の様な距離感に、一瞬イラっとするがそこは流す事にする。

 

 気になる役職はただの正社員かと思っていたのだが・・・。

 

 「おい、これなんだ?下僕とか書いてるぞ」

 「ああ、カエデの下僕だ、君は」

 「なんだこれ!役職ですらねぇじゃねーか!」

 

 雇用契約書と言う名の奴隷誓約書に、ギンジが怒り、カエデは笑う。

 

 「ぶわはははは!もうサインは貰ってるもんね〜!ばーかばーか!せいぜいカエデにいじめてもらえ!」

 

 子供の様にはしゃぎながらソウジロウが爆笑すると、カエデもそれに準じてギンジを煽り、ギンジは二人と舌戦を繰り広げる夏の朝なのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ホテルのビュッフェ形式の朝食を食べながら、全員が集まる。

 

 モーニングブレットの香ばしい香りや、コーヒーの香り、白米の炊きたての香りやら、とにかく空腹を刺激する。

 

 「ギンジくーん!カエデ〜!こっちこっち」

 

 サクラが遅れてきた二人を呼びながら手を振る。

 

 「おはよう、ギンジ」

 「おう、レイナ!おはよう」

 「席は開けてあるんだ。こ、こっちで二人で座らないか?」

 「お、悪いね〜」

 

 ギンジがレイナに案内された場所へ行こうとすると、今度はミヤコがギンジの腕を引っ張る。

 

 「くふふふふ・・・朝は卵の口移しでしょ?くふ、くふふ」

 「毎日やってたでしょ?みたいに言うんじゃねー!」

 

 さらにカエデが不機嫌気味な顔でギンジを睨む。

 

 「あんたはあたしの下僕でしょ!こっちに来なさい!」

 

 少し離れた所では、ケイタとレンが目玉焼きと食パンのモーニングセットにプラスアルファの一品を追加した美味しそうなセッティング。

 

 その隣では赤鬼がミドリコを逃がすまいと、色々料理を持ってきていた。

 

 ギンジ、カエデ、レン、ミドリコ、ケイタ、赤鬼、ミヤコ、サクラ、レイナ・・・。

 

 気がつけば正義の志を持った者達はこんなに増えた。

 

 元々三人しか居ないヘヴンホワイティネスも、今では常時戦えるのが五人。情報収集が一人、科学面サポート(捕虜)が居る。

 

 ヘヴンホワイティネスではないが、同じ志を持った仲間が公安にも、魔法少女や退魔警察。

 

 きっとこれからもっと協力者が増えて、正義の為の戦いはより大事になっていくかも知れない。

 

 「へへへ・・・」 

 

 ギンジは笑った。この光景がとても嬉しくて、尊いと思えたから・・・。

 

 (まーた守りたいモンが増えたぜ・・・気合いれてかないとな)

 

 サラリーマン佐久間ギンジから、ヘルブラッククロスの進化の怪人、そして無職の正義の怪人から、果ては神宮財閥・19代目予定の神宮カエデの下僕・・・。

 

 ひとまずは戦いの事を忘れて皆でホテルの食事を楽しんで行くのであった。

 

 彼ら、彼女達の夏休みは、まだ始まったばかり・・・。

 

 こういった簡単な日常を、守っていかないといけないと思う。これもまた、ギンジの持つ夢の一つに加えられた。

 

 ヘヴンホワイティネスのハッピーエンドを見る為に、ギンジはまた今日も明日も楽しみにするのであった。

 

 

 

続く

 

 

 

 

 




お疲れ様です。

今回でサマー編は終わり、次回からは赤鬼が主役か、ミドリコが主役の話を書こうと思ってます。

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
何故か下僕にさせられた。解せぬ
フェーズ3に頼る事が増えた

神宮カエデ
今回、新たに下僕を手に入れた。

宮寺レン
夢の世界で出会ったあの異質な怪物にはもう敗けたくない。

甘白ミドリコ
夢の世界のロボミドリコを、現実でも造れないかミヤコと相談中。

赤鬼
かつてない強敵だったぜぇ、と異質な怪物とはあまり会いたくないらしい。

角倉ケイタ
夢の世界でもう一度レンと歩きたい。

鈴村ミヤコ
ギンジ君がいればそれでいいんです。はい。

異質な怪物
夢の世界に現れた謎の敵性存在。
赤鬼をしてかつてない強敵、レンをしてあれに敗けたら全ての終わりとまで言われてる。
ミヤコはこの存在を本能で恐怖の塊として見て、ケイタは動く殺害衝動と思った。
ミドリコはその時人ではなかったので、感情では感じていない。

神宮ソウジロウ
夢の世界でヘヴンスーツと適合した。適合率は非常に高く、カエデを超える程。ただし夢の世界で、娘の立場を案じたことから出てきた夢による力が大きい。

オーク怪人
夜明け前にホテルから逃走した

それでは、また次回!!!!!!!


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非日常に身を置く者達編
31・赤鬼の叫びと、チャンスと、繋がり


こんにちはアトラクションです。

最近寒くなって風邪を引きました。
でも仕事休めないから辛いのよね

今回は新章・非日常に身を置く者達編(今命名した)が始まります。
まだまだ中盤は続きます。

それではどうぞ


 真っ白なタイル、研究施設だと一目で解る広い空間。

 

 そこに似合わぬ鉄格子と部屋が並び、血液の匂いが充満する気味の悪い場所へと、ボンテージ衣装に身を包んだ者がヒールをわざとらしく音を鳴らして歩いてくる。

 

 一目見ればその者は女性と見える顔立ちと、アフロみたいにボリュームのあるヘアスタイルをしているが、髪の一本ずつにパーマを当てて、ツヤが目立つ。

 

 体つきは非常に筋肉質で、健康体である事を伺える。そのしなやかな腕と脚は正しく怪人達やヘルブラッククロスの戦闘員が好みとする、綺麗で瑞々しい女性。

 

 なのに胸に膨らみはなく、どことなく男っぽさを感じる。というより胸を隠さず、出すとこは全部出している。

 

 真っ黒な唇の化粧は蠱惑的な印象をもたせ、きっと男女問わずその魅力に引き込まれるかもしれない。

 

 腰にぶらさげた革の鞭はプラプラと揺れて、むき出しの腹筋はいやらしく蠢く。

 

 「さーて、ここで哀れな一生を終えようとしている廃棄物たちよ!」

 

 大手を振ってその者は、鉄格子の奥にいる【処理】を待つだけの怪人たちに声をかける。演説でもするのか、自己紹介でもしているのかの如く、大げさに声を出す・・・。

 

 一見女性に見える彼の名は暴力の怪人。ヘルブラッククロスの怪人部隊の隊長だったのだが、総統のやり方に異を唱えたら、廃棄行きに決定させられた怪人。

 

 気に入らなければ力で示せば良い・・・その世界のあり方に暴力の怪人は嫌気が刺した。

 

 で、あれば消される前に自分も力を示せばそれでいい。

 

 一人では勝てない。なので、同じく自我を持ちながらも従うだけしか能の無い、処理を待つ怪人達を引き込もうという作戦。

 

 「初めまして!オレは暴力の怪人!女性も男性も従える女王様(♂)だよ!」

 

 その自己紹介に鉄格子の奥にだらけるだけの怪人達は、歓声をあげる。死ぬ前の最後の余興と言わんばかりに。

 

 「ここから出たくないか?ただ、使え無さそうってだけで、処理を待つだけなんて非常にバカバカしく思えないか?」

 

 その大声に歓声からどよめきに変わる。

 

 「オレだったら・・・人間だけじゃなく、怪人も従えられる!共に掴みとろうじゃあないか!力の世界を、力で奪おう!怪人達にはそれだけの権利がある!」

 

 鞭を床に叩きつけて暴力の怪人は、再びあがる歓声を黙らせる。

 

 「たーだーし!」

 

 強めの語気は牢屋の怪人達を唸らせる。

 

 「今、本気で抜け出したい奴は、ここで殺しあえ!騒ぎを聞きつけやってくる戦闘員達を蹴散らすだけの、力はあるかどうかを・・・見せてみなぁ!」

 

 血走った目で言うと少しの静寂の後、牢屋の一つから激しい戦闘音が鳴る。

 

 それに続き我こそはと名乗りを上げる者達が、光のある世界を求めて本気で殺し合いを始める。

 

 「・・・」

 

 コレこそが怪人の本領。力があるから許されるのであれば、何をしてもいいのだから・・・。

 

 結局の所暴力の怪人は、自分の力を誇示できればそれでいい。同じ力を持って、自分を切り捨てたこの組織に報復できればそれでいい。

 

 思えばあのドクターミヤコという者が造った怪人達は皆優秀と聴く。

 

 ここに居る怪人達は、他のドクターが造りあげた怪人達なのだが、いずれも何かしら問題があるらしい。

 

 (オレが上手く手綱を引いていれば、それでいいのさ・・・)

 

 従えないなら、暴力を持って従える。それでいい。

 

 やがて戦闘が終わると、生き残りはたった2名のみである事が解る。

 

 近くの端末を破壊して暴力の怪人は、その2名の怪人達を牢屋から出す。

 

 一人目は、蝶の羽の様なモノを背中に出す、おとなしそうな少女の怪人。なんの能力なのか不明だが、無傷で怪人達を殺したのは賞賛できそうだった。

 

 虚ろな瞳は怪人特有のモノと相まってとても狂気的な力強さを感じる。

 

 もう一人の怪人は周りの血液を足元から吸収して、力を蓄えるタイプの怪人の様で、非常に強そうだ。

 

 人間で言う男爵と言うのか、エレガントな雰囲気を纏わせるのだが、ヒゲは赤く、眼はやはり黒と赤。

 

 今まで溜め込んでいた鬱憤を晴らす、良い機会を得たと言わんばかりに、その怪人は暴力の怪人を見据える。

 

 「いいね〜・・・名前は?」

 

 暴力の怪人はその名前を聴く。信頼を築いておきたいからだ。

 

 「わ、私は・・・拒絶の怪人」

 

 おとなしそうで気弱な怪人の方は、拒絶の怪人。

 

 「吾輩は血の怪人である。」 

 

 拒絶、血、暴力。

 

 三人の怪人は研究所を飛び出す。

 

 「感謝するぞ・・・暴力の」

 「あ、ありがとう・・・ございます」

 「お前らは今日から、オレの右手左手だ・・・オレ達を切り捨てたヘルブラッククロスに報復して、この国も組織もオレ達がいただく事にする!」

 

 今日、ヘルブラッククロスの組織から三人の怪人達が脱走。

 

 翌日直ぐに行動を起こす為に、まずは人間を取り込んで頭数を増やそうと策を講じる。

 

 暴力の怪人は組織を立ち上げるつもりで居たのだ。

 

 ヘルブラッククロスにも、人間達の正義の組織、ケイサツにも勝る組織を立ち上げようとしていたのであった・・・。

 

 

 その為の1計画として、組織が手を焼く正義を自称する組織・・・ヘヴンホワイティネスを手中に収めようと、行動を開始する・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 夏休み真っ只中の日常は至って平和で、それぞれ思い出作りやら食事やら勉強やらに勤しんでいる。

 

 勿論それはカエデ達も同じで、勉強する必要の無いギンジ、ミドリコ、赤鬼、ミヤコはそれぞれカエデハウスで涼みながらもテレビを見たり、藤原とイロが持ってきたスイカを食べながら、夏を楽しむ。

 

 相変わらずミヤコは長袖と白衣で、赤鬼はミドリコの隣にずっと居る。

 

 最近はずっと赤鬼と会話している事が多く、ギンジを視界に入れるチャンスが少ないと、ミドリコは内心嘆いているのだが、どうにも赤鬼の発言は悪い気がしないし、女性が言われれば嬉しい単語を次々と投げてくる。

 

 「あちぃ〜」

 

 冷房が効いてても、これだけ人数が揃っていれば部屋が暑いのはしょうがないかもしれない。

 

 「暑いのは皆一緒よ!っていうかバカミヤコはいい加減ギンジから離れなさいよ」

 「くふふふ・・・カエデモンキーは解ってないなぁ〜・・・ギンジ君とくっついてると、自然と涼めるんだよ?」

 

 さもそれが当然で当たり前と言わんばかりに、ミヤコが言うと白衣の余った袖部分で口元を隠してくふくふ笑っている。

 

 「そんな訳あるかーー!」

 

 リビングのテーブルで参考書や夏休みの宿題を解きながらも、カエデはミヤコと言い合いを始めている。その傍らでケイタとレンは隣同士で、難しい問題とにらめっこを行いながら、夏休みの宿題と戦っていた。

 

 国語は二人共苦手らしい。

 

 「ミドリコの姐さん!肩を揉みましょうか!」

 「いや、大丈夫だ」

 「じゃあ、色々揉みましょうか?」

 「せんでいい!」

 

 手をわきわきと動かしながらすり寄る赤鬼に、藤原に似た何かを感じ、ミドリコはどこからか取り出したガンストックで赤鬼を殴る。

 

 「若いっていいな〜おじさんなんか、もう涙が出そうだぜ」

 

 藤原が黒いシャツだけの姿でスイカを食べながら、カエデハウスの若者達を眺めると、物思いにふける。

 

 「そういえば見ない顔がいるね?あれは・・・?」

 

 イロがミドリコににじり寄る赤鬼へと、近寄っていき自己紹介を行う。

 

 「あんたが山吹さんかい!俺っちは赤鬼の怪人!皆からは赤鬼と呼ばれてるぜ」

 「そう、赤鬼ね?」

 

 ミドリコの上司だからとさん付けで呼ぶことにしたらしい。

 

 彼らの夏休みはとても楽しくそして平和な日常であり、充実そのもである。

 

 怪人の反応も検知されずに・・・と思っていたのだが、そこへ怪人反応のブザーが鳴ってしまい、怪訝な表情をするカエデ。

 

 「何よもう。せっかく今いいところなのに」

 「何か問題事か?俺が出てもいいぜ」

 

 せっかくまともな日常のまともな夏休みを謳歌しているのだ。それを邪魔させる訳にも行かないと、ギンジは普段のカエデ達の役目を買って出る。

 

 「まぁ、姉御達は夏休みですしね。俺っちも行きやすよ、兄貴」

 「なら、私も出よう。ちょうど非番で暇だったしな」

 

 ミドリコと赤鬼が二人名乗り出て、カエデは申し訳なく思う。っというよりギンジが出るなら自分も一緒に行きたいと言うのが本音として出てくるのだが、ケイタとレンの勉強も見ていないと行けない。

 

 「じゃー何かと大変そうだし、おじさん達はもう行くわ」

 「お邪魔しました、甘白さん?」

 

 藤原とイロも怪人の反応に難色を示すが、戦闘員ならまだしも怪人が相手ではどうにもならない。

 

 「まぁー心配すんなって。ただ怪人が暴れてるだけなら、軽くぶっ飛ばしてくるからよ」

 「うーん・・・解ったわ」

 

 いつものギンジの態度を見て、腕っぷしだけなら頼りになる赤鬼と、冷静なミドリコも居るし・・・と、カエデは夏休みの宿題に戻る。

 

 少し不安なのか何かまだ言いたそうであったが、レンに呼ばれて一度その不安を拭い去ると、再び机に戻る事にした。

 

 「ミドリコ、反応はどこから来てるんだ?」

 

 ギンジと赤鬼では端末の操作が解らず、いつもミドリコに任せっきりである。ミドリコはそんなギンジに頼られていて、少し嬉しくも思う。

 

 (相変わらず、姐さんは、兄貴一筋なんかねぇ)

 

 ギンジとミドリコが二人話しながら、藤原とイロを見送るのを確認すると、再び端末を確認する仲間二人に視線を動かす。

 

 あまりミドリコの笑顔を見ない赤鬼は、ギンジと話すと心から嬉しそうな顔をするミドリコに、漢としては情けないと解っていつつも、ジェラシーが出てきてしまう。

 

 しかしそんな表情の一つも見逃さない赤鬼は、今日もこう思う。

 

 (はぁ〜やっぱり笑顔も素敵だぜ、ミドリコの姐さん)

 「おーい赤鬼、何してんだ。早く行こうぜ」

 「へい!場所はどこで?」

 「工場エリアだってよ」

 

 現実に引き戻されて、牙を鳴らしながら赤鬼はギンジの後ろに付いてくる。本当の子分の様なその姿は、ミドリコからは不思議に思える。

 

 (・・・いつも無理をさせているのかな・・・一度ちゃんと話す時間が欲しい所だ・・・)

 

 ミドリコからも赤鬼の気持ちは悪いモノではなくなっているのだが、それでも毎日の求愛発言には少し・・・いやかなり滅入る。

 

 いっその事ギンジを諦めて、赤鬼からの求婚を受けるのもアリなのではないかと、若干、ほんの少し、しょうがないから、そう思う時もある。

 

 (でも、私だって本気なんだ。ギンジからちゃんと、返事を貰いたい)

 

 いくらだけ歳をとっても、恋する乙女の気持ちだけは揺るがない。それはミドリコの恋愛感覚であり、出会いの無い彼女への僅かなチャンスでもあるからだ。

 

 「それじゃー行ってくるぜ」

 

 ギンジ達の声がすると、次にドアが閉まる音がする。

 

 「本当にギンジ達だけで行かせて良かったかな・・・?」

 「どういうこと?」

 

 カエデは未だにうーんと何かを考えこむ様な表情で言葉を告げると、ケイタはそれに反応を示す。

 

 「なんか・・・上手く言えないけど、大丈夫なのかなって・・・」

 「くふふふふ・・・ギンジ君なら上手く行くよ。信じてるなら、心配しなくてもいいんじゃない?」

 

 カエデ達の使うテーブルの横では、ミヤコがなにやらマシンを組み立て始めていた。何を造っているのかは不明だが、ヘヴンホワイティネスの協力の為のモノを造っている様だ。

 

 「うーん・・・そうかな。何か、なんだろう・・・」

 「心配なら行く?」

 「駄目。国語が解らない」

 

 ケイタの提案はレンによって即座に却下される。

 

 「バカミヤコなら何かしら解るんじゃない?」

 「くふふふ・・・カエデモンキー、わたしも国語は苦手でね」

 「絶対嘘ね」

 「くふふふ」

 

 お互い笑顔だがその目はお互い火花を散らす。

 

 カエデの不安・・・胸騒ぎは、ギンジではなく赤鬼へのモノなのだが、今はとにかく夏休みの宿題に戻ろうと決意したカエデだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 工場エリアには使われて居ない廃棄施設となった、小規模な工場が何個もあり、日夜不良や悪い奴らのたまり場になっている。

 

 噂ではウラ取引も頻繁に行われている場所らしいのだが、今はそこまで人の出入りはあまりない。

 

 一応稼働している工場はそれなりの数があるので、決して人の出入りが無いわけではない。それでも非行に走る者達の出入りは減らないのだが・・・。

 

 「例の失踪事件とかも関わってるのかね」

 

 ギンジが静かにつぶやいた事件。それは7月中旬になってから、ここでは若者達が良く失踪しているとのこと。

 

 幽霊が出る等、異世界に通じているなど、根も葉も無い噂が飛び交い、結果を確かめようとした人々が居なくなるという。

 

 「間違いなくヘルブラッククロスの仕業だろうな。何をしているのか不明だが・・・」

 

 今回はそんな工場エリアでの怪人の反応。

 

 今まで失踪した被害者は、ヘルブラッククロスが原因なのだが、今回の事件と呼ばれているのは、男女問わずさらわれている事がミドリコの頭の中にひっかかる。

 

 「でもよぉ、なんだって男もさらってんだ?フェーズ2の研究とやらはミヤコ姉さんしか出来なかったはずよな?」

 

 顎に手を添えながら赤鬼は金砕棒を背中に背負い直す。

 

 「何か妙だな・・・ミドリコ、市民の反応は?」

 

 工場エリアでの反応は、普通に働いている人間の反応しか出てこない。それを確認したミドリコはもう一つある怪人の反応は3つだけあることを見ると、眉を潜めた。

 

 「反応は普通だ。怪人が三人」

 「こっちも三人だな。相手の能力や戦術をどう使って来るか解らないが、各個撃破を狙えるならそれでもアリだけど・・・赤鬼」

 

 少しだけ間を置いてギンジが赤鬼を呼ぶ。本当に先輩と後輩と言った様なやりとりなのだが、赤鬼は直ぐに返事をする。

 

 「へい・・・俺っちが思うに、最初は様子見ですかね。ま、そんな事しないで行くとしたら、その反応の近くで大暴れってとこっスね」

 

 様子見か、大暴れ。短絡的で非常に分かりやすい作戦だが、それで赤鬼が怪人だなんだと騒がれては問題になる。

 

 怪人の出方を伺うならば先ず間違いなく様子見にしておいたほうが、情報は得やすいかもしれない。

 

 「じゃあ・・・」

 

 ミドリコの方に指を向けて、ギンジは今日のメンバー二人に指示を出す。 

 

 「俺が先に行って暴れてくるぜ」

 

 まさかのギンジが先に特攻するという作戦に、ミドリコと赤鬼はそれを静止する。一番頼りに出来る者が居なくなると士気にも関わってくる事も多い。

 

 ギンジはそれを見越して赤鬼に次なる指示を出す。

 

 「んで、赤鬼とミドリコは様子見だな」

 「何故ギンジだけで行くんだ?理由を聞いてもいいか?」

 

 訝しむ顔をしながらミドリコの目線は、真っ直ぐとギンジを見つめていた。

 

 「もしかしたら、の話しだけど・・・不意打ちも想定した方がいいかな、とは思ってな。無いとは思うけど、反応の怪人がこっちに気づいていないとも限らないしな」

 

 確かにギンジの言うとおりだと、そこでミドリコは気づく。いついかなる時も敵への警戒を怠らない様にするのは自衛隊でも習っていた事を思い出す。

 

 赤鬼はその作戦の内容に感心しており、ますますギンジへと尊敬の眼差しが強くなる。

 

 一長一短の提案からこんなにも深く考えられる・・・しかもミドリコと自分へ向けて、襲ってくるかもしれない敵への警戒心を持てという事を、ちゃんと考えている。

 

 思慮深く、そして強い。さらには仲間の事を考えた単独行動と捉える。

 

 男として必要なモノを兼ね備えたギンジに、赤鬼は敬服する思いだ。

 

 「ミドリコ、反応の怪人はどこだ?」

 「あの廃ビルの工場からだ。本当に一人でいいのか?」

 「構いやしねーよ。それに何かあったら直ぐに戻ってくるからよ」

 

 もう6月の様に自己犠牲の精神では行動しないと、心に決めているギンジは心配させないように、ピンチの時は直ぐに撤退する事にしている。

 

 もう二度と仲間であり、〈大好きな人達〉に悲しい思いはさせない。

 

 そう肝に命じているギンジはミドリコと拳を軽くぶつけると、廃ビルの工場へと歩いていく。

 

 「ミドリコは常に上空、赤鬼は周囲の警戒を怠るなよ」

 「了解した」

 「姐さんの事は任せてくだせぇな」

 

 二人の返事を聴くと満足そうに笑みを浮かべてサングラスをくいくいと直す。後は件の怪人達がどうなるか・・・。

 

 ミドリコは想い人が歩く背中を少しだけ眺めると、直ぐに指示通りの上空警戒に行動を移そうとしていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   

 

 廃ビル工場の建物内は閑散としており、人気はおろかほとんど物が置いてある気配もない。何かあるとすれば不法侵入した者達の、持ち帰られなかったゴミやらが散乱している。

 

 他にバットだったり、折れた角材だったり・・・。

 

 数えればキリが無いのでここまでにするが、ギンジは怪人達がいるであろう場所まで進んでいく。

 

 どこに居るかは解らないが、物音を頼りにすればもしかしたら発見できるかもしれない。

 

 コウモリの怪人みたく、超音波でも出せればそれは容易かもとは思ったが変わりに飛行が出来なくなるのはあまりにももったいない。

 

 「さて、どこにいるのかな〜っと」

 

 その辺の手頃な高さの木材を蹴り、ギンジは階段を登る。蹴ったのは特別意味はない。

 

 「あ・・・」

 

 割れた窓やスプレーの落書きが多数彩られた、いかにも治安の悪そうな雰囲気の屋内では、蝶の羽を生やした見た目は可愛らしい少女が、ギンジとバッタリ遭遇する。

 

 ここに女の子が居ること事態不自然だが、それよりもギンジは蝶の羽の女の子の瞳と全身の見た目で判断して、間違いなく怪人だと言うことを確認した。

 

 「お前がここの怪人かぁ〜。手荒な真似はしないから

ちょっと話そうぜ」

 

 何か異様な雰囲気を纏うサングラスのチンピラみたいな男から、怪人という単語が出てきて、蝶の羽の怪人はかなり恐れを抱く。

 

 はっきり人間でも近寄りがたい雰囲気を持っているこの男は、手荒な真似はしないと言いつつ、きっちり暴力を奮ってきそうだ。特に性的な方面で。

 

 「こ、来ないで・・・」

 

 恐れながらもふるふると顔を横に振り、少女はギンジを拒絶する。

 

 「こ、こ、来ないで!!!」

 

 力強く叫んだその言葉と同時に、少女の正面側から黒い波動が飛び出てくる。

 

 風圧とも威圧とも、打撃とも取れるその波動はまたたく間にギンジを包み、壁へと押し込んでいく。

 

 「うおっ・・・!いきなりかよ・・・!」

 

 壁に着地する様に蹴る力で、その押し込みに対して抵抗をするも、この黒い波動はそこそこギンジよりも強いらしい。

 

 (攻撃してきたって事はこいつ、黒だな。ちゃちゃっと捕まえて、洗いざらい吐かせてやろう)

 

 まとわりつく様な黒い波動に押されても、ギンジは決して退かずに炎の力で黒い波動と渡り合う。

 

 「い、いや・・・来ないで!来ないでってば!!死ね!!」

 「出会い頭になんて野郎だ・・・女は殴らねぇから安心しろよ・・・」

 「う、嘘よ!男は嘘しかつかない!き、消えて消えて消えてきえてきえてきえてキエキキエキエキエキエキエキエキエキエ」

 

 一瞬で狂ったのか、目をギョロギョロと動かし、頭もぐりぐりと動かしながら、先程よりももっと強い黒い波動が飛んでくる。

 

 「ホラーだな、あんた!」

 「キエキエキエキエキエ」

 

 彼女の名前は拒絶の怪人。

 

 一度拒絶に失敗するとこの様に狂って制御出来なかった為、廃棄行きに設定された哀れな怪人・・・。

 

 「ぎええええええんぎょええええっへっへっへっへ!」

 

 真っ赤な涙を流しながら奇声を上げて、黒い波動はますます強くなる。その衝撃はコンクリートの壁や窓をミシミシと軋ませて、今直ぐにでも破壊しようと言わんばかりだ。

 

 「こうなったら・・・これでどうよ」

 

 左手を地面に添えて電撃を流す。

 

 黒い波動を超えてコンクリートの脆い床へと電撃が流れ、それはギンジの眼の前に居る怪人へと直撃する。

 

 本当は攻撃したくなかったのだが、こうなったらもう仕方がない。怪人とは言え気絶させるつもりで打ち込んだ電撃は、一瞬で少女の動きを止める。

 

 「キエエエエエエ!?」

 

 一瞬で黒焦げになった怪人の少女を倒れる直前、ギンジは駆け寄りながらも担ぎ上げる。

 

 「さて・・・一人撃破、と」

 

 攻撃してしまった罪悪感はあるので、このまま放置はせずにギンジなりの礼儀として彼女を敵陣まで持っていこうとしていく。

 

 「気絶させちまったし、このまま交渉材料にでもなればいいけどな〜」

 

 軽い気持ちで発言して、そのままビルの廊下を進む。

 

 敵に会えればこのまま戦闘をしないでいい理由を手に入れたギンジは、工場の上へと進む。

 

 「何か聞こえたよな?」

 「また拒絶のが、暴走を起こしたのかもしれん」

 

 一言で言えば男爵というのが正しい恰幅の良い男性が、奇抜なボンテージ衣装に身を包む男?女?みたいな人物と会話をしている。

 

 (なんだあれは・・・)

 

 焦げた怪人を盾にしながらギンジはもう少し、彼らに近づいてい見る。

 

 「ところで・・・ヘルブラッククロスを潰すための、人員はそろそろ集められそうかね?暴力の」

 

 男爵の方の男は、なにやら興味の湧く言葉を出した事に、ギンジはもう一人の男の方・・・暴力と呼ばれた者へと視線を動かす。

 

 「そうだな。だが、人の勧誘ってどうやるんだ?手当たり次第声をかけてはいるんだけどなぁ・・・皆喧嘩売ってくるから、全員喧嘩になっちゃうんだよ。まぁ、オレ暴力の怪人ってだけあるから、そこらに居るチンピラちゃん達なんか瞬殺できるんだけどさ」

 

 ボンテージに身を包んだアフロパーマみたいなヘアスタイルの男は、怪人・・・暴力の怪人と言っていた。

 

 そして拒絶と言うのは、この焦げた女の怪人だろう。とすれば最後の怪人は・・・。

 

 「そろそろ血が足りないでな。吾輩はそろそろまともに戦えなくなるぞ・・・」

 「血液なら直ぐに手に入るって!ヘルブラッククロスを乗っとる時にさ、こう、戦闘員とかボコボコにしてよぉ」

 

 血液がモチーフとなる怪人ならさしずめ、血の怪人とでも言うのか。

 

 ヘルブラッククロスを潰す、乗っ取る・・・等、怪人だと言うのにここまで離反的思想が強い発言をしている彼らに、ギンジにとってこれまたなかなか無いチャンスを得た気分になる。

 

 思い切って声をかけてみようと思い、ギンジは二人の後ろから近づいていく。

 

 「なぁ!」

 

 ギンジが声をかけた時、二人は何気ない声掛けに驚き飛び下がる。

 

 「何奴・・・!?」

 

 男爵怪人男が、ギンジに警戒を示し血液で刃を作ると、暴力の怪人に手渡し、自身も手を血液で固める。

 

 「いやーそう警戒しないでくれ。あ、俺佐久間ギンジ。親しみを込めてギンジでいいぜ。そんで・・・」

 

 いつもの自己紹介をして、ギンジはサングラスを外す。怪人同士ならば普通に伝わりやすい、この自己紹介を行う。

 

 「その眼は・・・」

 

 暴力の怪人がギンジを見て驚く。

 

 手元でダウンする仲間である拒絶の怪人も気になるが、フレンドリーに接して来るこの男、ギンジが怪人である事を見ると、彼もまたチャンスを、大きなチャンスを得た様な気持ちに心を踊らせる。

 

 「・・・この後、時間はどのぐらいあるんだ?」

 

 ギンジは不敵な笑みを浮かべて、二人の怪人と対面する。

 

 「暴力の怪人だ」

 「・・・吾輩は血の怪人」

 「俺は組織名じゃ、進化の怪人とかって呼ばれてた。つもる話しもありそうだし、ちょっとお互い情報交換と行こうぜ」

 

 拒絶の怪人を持ちながら、ギンジと暴力、血の怪人は隣に有る小さな部屋へと移動をする。

 

 そんな出会いを果たした彼らのビルの真上には、怪しく漂う飛行船の姿があった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「な、なんだアレは・・・」

 

 ミドリコの眼に映るのは、飛行船。

 

 「なんでい、あいつらあんなモノもってたのかよ。ったくズルいぜ」

 

 その隣で赤鬼もミドリコと同じ様に空へと視線を動かすと、飛行船の大きさに舌打ちをする。

 

 そこから見えるのはただの飛行船ではない。黒い十字架のマークをつけたエンジン部分に、ミドリコは表情をしかめる。

 

 真夏の空の飛行船は著しい怪しさを醸し出す。

 

 二人が空に注視している真後ろでは、一際物々しい装備に身を包んだ戦闘員が一人、音もなく接近していた。

 

 接近していたのだが・・・。

 

 「動くな」

 

 視線をひとつも動かさずに、後ろに拳銃を向けるミドリコに、戦闘員が驚く。

 

 「あぎっ」

 

 戦闘員はすぐに赤鬼によって頭から持ち上げられ、苦悶のうめき声を上げるが、装備の重さに身体を引っ張られて、頭から上は怪力に持ち上げられる。

 

 「今は姐さんと一緒なんだ。邪魔すんじゃねぇ!」

 

 頭を掴んだまま投げ飛ばし、戦闘員は工場エリアの端まで転がっていく。

 

 「ここで敵の襲撃か・・・ギンジの兄貴を呼びやすか?」

 「いや、ここで待機だ。あまりビルの中で戦闘音が聞こえないし、ギンジの方でもなにかあるかも知れない」

 「それでしたら、姐さんは兄貴の所へ向かった方が・・・」

 「いや・・・私達はここでたいっ」

 

 一瞬。本当に一瞬だった。

 

 赤鬼にもミドリコにも気づかれず、もう一人の戦闘員が、ミドリコを抱き止めて空を舞う。

 

 ジェットパックを背中に付け、強靭な身体をアピールできる様なパワードスーツ。

 

 「しまった・・・!?」

 「はははは!公安の女ゲットだぜ!アジトにつれてってめちゃめちゃにしてやるぜ!」

 「くっ・・・下衆が!」

 

 不意打ちで持ち上げられた時に銃を落としてしまった様で、今のミドリコにはナイフしか手元にない。

 

 しかしここでこいつを攻撃して落ちてしまったら、きっと命は助からない。そんな高さまで来てしまっている。

 

 「飛行船でマワされる覚悟、しとけよしとけよ〜!ぎゃははは」

 「このぉ・・・!」

 

 一気にさらわれる不安と恐怖がミドリコを支配する。

 

 飛行船へと飛び込まれ、ミドリコはいよいよ本気で抵抗がしづらくなってくる。

 

 内部にはまだ同じ格好をした戦闘員達が、ミドリコを迎え入れるような光景に、彼女の抵抗力を徐々に奪っていく。

 

 「こんのボケカスゴミクズがぁ!俺っちの女だぞ!!!降りて来いやこのボケがぁ!殺すぞオラァ!」

 

 下では怒り狂った赤鬼が金砕棒を振り回し、辺りにぶつけながら罵詈雑言をとにかく撒き散らす。

 

 「そうだ!兄貴!兄貴なら空を飛べらぁ!」

 

 ギンジが飛べる事を思い出して、赤鬼は急ぎ廃ビル工場へと向かうのだが、新しい戦闘スーツに身を包む戦闘員達が、次々と空から降りてくる。

 

 まるで赤鬼の妨害をしているかの様に。

 

 そしてギンジという最大の敵がいない事を、見計らったかの様なタイミングでの襲撃。

 

 「誰かに見られてたかぁ?」

 

 赤鬼は戦闘員達ににらみを効かせるが、彼らからは返事がない。

 

 ここにいる全ての戦闘員は、おそらくは上級戦闘員と呼ばれる者達だろう。今までの戦闘員よりも強いスーツを持つ事を許可された選りすぐりの戦士達。

 

 「誰から知った?ああ?」

 

 それでも戦闘員達は誰も答えない。

 

 「ああ、そうかい。全員殺される覚悟あるんだよなぁ??」

 

 握る金砕棒は怒りで先端まで震えて、赤鬼の闘志が伝わってくる。

 

 「姐さんを助けねぇといけねぇんだ!兄貴に報告もして、姉御達にも、旦那にも、姉さんにも・・・」

 

 そこで赤鬼は気づく。怪人の反応や、ここでこのタイミングでの襲撃。

 

 さらにはギンジがいないタイミング・・・。

 

 (まさかたぁ、思うが・・・姉さん、誰かとつながってないか・・・?気のせいか?)

 

 赤鬼の脳裏ではミヤコの顔が浮かび、顔の中心から渦を巻いて闇に飲まれていく。

 

 毎朝誰かと通信をしていて、聞けばギンジ達にさらわれた時も、誰かと通信をしていたらしい。

 

 特別な友達等、ミヤコには居ない。そして学校にも行っていない天才ミヤコには毎朝通信を出来る人が居るとは思えない。

 

 つまり・・・可能性があるとすればヘルブラッククロスに、今のミヤコの状況を知ってなお、通信でのやり取りを行える内通者が居ると言うこと。

 

 この全ては赤鬼の推測でしか無いのだが、そう考えてしまうとひっかかりが大きくなっていく。

 

 頭の悪い赤鬼だが、何か、得も言われぬ嫌な予感がよぎるのだが、一先ずは目の前の戦闘員を撃破して、ミドリコをいち早く助けないと行けない。

 

 「気になる事は、帰ってから聞けばいいやな。どら、ぶっ殺してやるから、全員横一列に並べやコラ」

 

 怒りの血管が浮かびあがり、金砕棒を持ち上げて上級戦闘員達へと突っ込む。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 戦闘員達が文字通り簡単に殺されて行く中、紫は廃ビルの屋上で、モニターを展開して赤鬼の戦闘内容を確認する。

 

 「空気を破裂させて、次の一撃を追加で出して、さらにリーチを伸ばす。なるほどなるほど・・・」

 

 能力に感心しながら紫は下で大暴れしている赤鬼を見下ろし、その強さにゾクゾクと背筋を震わせる。

 

 「【指示】通り、邪魔者を孤立させたけど・・・果たして、上手く行くかな。いつも突拍子ないからなぁ・・・そこが【師匠】の魅力でもあるが。ふへへ」

 

 表情の見えない仮面の奥で下卑た笑いを浮かべるが、一瞬でそれを取り払い、紫、ことドクターパープルは上級戦闘員のデータも観測していく。

 

 「・・・面白い事になりそうだ。もしバレたら、【寝返る】つもりでいるよ・・・」

 

 どちらに転んでも紫はとてもこの状況を楽しんでいた。ヘルブラッククロスの科学者はこうでなくては、と。

 

 ドクターミヤコではないが、こういうデータの観測こそ、そして観測に至る道のりこそ、科学者としての欲に負ける・・・というものかもしれない。

 

 「くく・・・ギンジが、公安の女を救出できたら、次の段階、か」

 

 誰にも聞こえない様に呟くと、紫は裏切り者である赤鬼の怪人の戦いへと再び観測に戻るのであった。

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。

どどどどどどうしよう後書きには、もうキャラネタしか思い浮かばない・・・っと思ったので、今回はゲームの設定についてお話できればと思います。軽くだいたいこんな感じ〜って感じのふわっとしたのをどうぞ

正義のヒーローヘヴンホワイティネス
プレイヤーはヘルブラッククロスの1戦闘員で、怪人カードを使いながらヘヴンホワイティネスと戦う。怪人カードは0〜9のカードを組み合わせて、三枚まで合わせた数字の合計で、ヘヴンホワイティネスへのダメージを与えたり出来る。
触手の怪人のカードと、犬の怪人のカード組合わせたりすることで、様々な必殺技が楽しめる!cg集は全てアニメーションで動き、怪人を強化したり、兵器を造ったりして正義のヒーローを堕とせ!

魔法少女サクラ
基本的にはADVのゲームなのだが、日常編では情報を集めて戦闘ステータスを強化していき、非日常編ではマージ・ジゴックと戦うシーンがある。rpgの様に探索もある。
生意気な元気小娘を堕とせ!

退魔警察・レイナ
基本選択肢式のADVゲーム。
選択肢の幅は広く、最低でも4周は必要な程、cg集が多い。
お爺さんに触られたり、ナルミが人質になったり、触手と・・・だったり。そんなゲーム。全てアニメーションでヌルヌル動く。

※上記3つのゲームはフィクションです。本気にしないでください。

さて次回は、赤鬼の身に迫る危険、ギンジの身に迫る危険、ミドリコの身に迫る危険、そして暴力の怪人達との対話は成功するのか!?

また次回!!!


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32・頼んだぜ、兄貴

こんにちはアトラクションです。

今回のお話も結構・・・無理やり、なのかなぁ

風邪を引いても仕事を休まず、変わりに寝る時間を増やしました。
おかけで風邪はすっきり

ちゃんと食事する事が大切!

赤鬼の覚悟を受け取ってくれえええ
それではどうぞ


 廃ビル工場の屋内、そこの小さな部屋でギンジと暴力の怪人、血の怪人、そして電撃によって焼け焦げた拒絶の怪人を隅に置いて、三人は対話を初めていた。

 

 なにゆえ怪人であるこの二人が、出生した場所の大元であるヘルブラッククロスを潰そうと考えているのか・・・。

 

 暴力の怪人はその名に恥じず、気に入らないと暴力で解決しようと目論む事が多い。

 

 血の怪人もそのやり方には賛同している様子で、自分を捨てようとした組織への反感は大きい、そう一目で解る態度をしている。

 

 「つまりよぉ。オレ達は単純に、自分達の気に入らない奴らを、自分達で納得する方法で戦いに挑んでるってわけよ」

 

 暴力の怪人は廃材をまとめた山の上に脚を組みながら座り、鞭の先端を形の良い爪でなぞりながらギンジへと言う。

 

 「潰すにしても、明らかに数が足りないのだがな・・・」

 

 その隣で血の怪人が赤いヒゲを伸ばしながら、横目に話して再び暴力の怪人が笑う。

 

 「ヘルブラッククロスを潰すなら、俺達も同じ目的なんだよ。協力はできそうだと思うんだけど、どうだ?」

 

 ギンジは今のままの戦闘メンバーでは、勝てないかも知れないと言う事だけはなんとなく解る。地道に戦っても、敵は怪人という存在を造れるし、いつかは追い詰められる事も、考察はしている。

 

 決して楽に勝てる訳ではないし、敵の手札を減らし続けてれば、いつかは勝てると言うのも違う。

 

 「だから、俺達と協力しないか?」

 

 ギンジの提案は決して悪いモノでは無い。それどころか、拒絶の怪人をこうも簡単に気絶させられる様な強い力を持っているなら、暴力の怪人からすればとてもありがたい戦力になると思っている。

 

 「君も、組織から脱退している様なのだが、何者なのかね?」

 

 血の怪人の疑問にギンジは、少しだけ警戒しつつも、自分の素性を話せる範囲で伝える事にする。

 

 サングラスを直し、強気な笑みを浮かべて答える。

 

 「俺は、今はとある正義の組織の為に戦う、ヒーロー様達の仲間で通ってるぜ。なんの組織に所属しているかは言えないがな」

 

 今全ての素性を話すと、もしかしたら神宮財閥や、仲間達になにかしら不都合が発生する可能性も有るため、おいそれとは話せない。

 

 「あんたらがハグレの怪人ってのは良く解ったけど、ヘルブラッククロスを潰したらどうすんだ?」

 

 ヘルブラッククロスという巨悪を倒したその先・・・。ギンジとて何もかも考えていない訳ではないが、いつそれが達成出来るかは解らない。

 

 本当に実現出来たらそれは、その時に考えればいいのだが、今はこのハグレの怪人達の意見とかも聴いておきたいから、計画性を知りたい。

 

 今後も協力出来るなら、それに越したことはない。

 

 「簡単に怪人という種族を切り捨てず、人間と共存出来る道を探したい・・・っていうのは建前で、本当は何も考えてねぇんだ、これが」

 「共存・・・」

 

 今まで考えた事はなかった。

 

 怪人と人間の共存関係。もしそれが公に出ればギンジにとっても、生きやすい環境にはなる。

 

 そうしたくても、簡単に命を切り捨てるこの組織のやり方に、暴力の怪人は嫌気が刺していた。だからこそ離反し、革命でも起こそうという。

 

 途方も無い話しだが、大きな目標ともなるその話しは、ギンジの心を揺れ動かす。

 

 (きっと・・・こいつらにも、心があるんかな)

 

 どこまでその目標を本気で考えているかは解らないが、暴力の怪人なりに、そしてこいつに付いてきた怪人二人なりにきっとたくさん思う事はあるのだろう。

 

 ギンジ個人だけでは計り知れない思いが、たくさん。

 

 「本心から言えば、女を好き放題できればいいんだけど、さすがになぁ?嫌がる女ってのは美味いんだが、強引にやっちゃあなぁ?」

 

 暴力の怪人の本音も本音はそこに有るのかも知れないが、強引に犯すのはヘルブラッククロスと同じ。人間と同じ手順を踏むことこそ、真の快楽があると豪語するのは暴力の怪人その人である。

 

 とはいえ調教する方が好みなのだが。

 

 ギンジと暴力の怪人はそれからも色々話し込む。お互いの目的が同じで、共通の敵、ヘルブラッククロスをどうやって倒すのかを決める。

 

 協力者、そして同盟者。

 

 カエデ達の下に戻ったら、色々報告する事が増えた。それによって喜んで貰えたり、言い合いをしたり、きっと有用な情報を話せるかも知れないと、ギンジはそれを・・・。

 

 (・・・楽しみ、なのかな)

 

 一瞬、そう思った。そう考えた事がギンジに取ってみれば、不思議に思えた。

 

 ──あいつらと、一緒に入れるのが嬉しいのか、俺は・・・?

 

 脳裏には、レン、ケイタ、ミドリコ。次に並ぶのは、赤鬼、藤原、イロ、サクラ、レイナ・・・その中心にはミヤコとカエデ。

 

 仲間達が次々と並び、これらの中にバーナーの怪人や、コウモリの怪人。自分と同じ顔の進化の怪人まで・・・。最後にリコニスだけが少しだけ残る。

 

 ここまで広がったギンジの宝とも呼べる〈大好きな人達〉は、一緒に居るだけで本当に楽しい。

 

 (なんだろうな。なんか、これからがすげー嬉しいし、楽しみだ)

 

 なぜだか解らないが、ミヤコとカエデは消えずにしばらく脳裏に残り続けた。

 

 脱走した怪人達三人をよそにギンジは、微笑みが強くなる。

 

 帰ったら、もっとたくさん話をしよう。

 

 「兄貴ィィィィ!」

 

 和やかな雰囲気をぶち壊す野太い男の声。赤鬼の怪人が廃ビルに突撃していた様子は、何か危機を知らせようとしているのか、焦りの色が強い。

 

 「兄貴!居た!」

 

 赤鬼がギンジ達の居る小部屋へ入り込んでくる。その荒れっぷりは本当になにかの危機感を募らせる。

 

 「おいおい、怪人同士徒党を組んでるのはオレ達だけじゃないのか!」

 「いや、こいつ・・・総統の直属の・・・!」

 

 血の怪人が警戒して臨戦態勢に入るが、入り込んだ赤鬼の後ろからヘルブラッククロスの戦闘員がぞろぞろと迫っている事が解り、警戒を別の方へと向ける。

 

 「敵襲か!」

 

 血の怪人が血液を発動して武器を造ろうと、その姿勢をより本格的にするが、赤鬼は後ろの戦闘員を扉ごと叩き潰して、向き直る。 

 

 「おうよ敵襲だ!」

 「何があったんだ?」

 

 赤鬼が討ち漏らした戦闘員を横で殴り飛ばして、ギンジは経緯を聞きに回る。

 

 「ヘルブラッククロスが、ミドリコの姐さんを攫っちまった!すまねぇ!全部俺っちの不注意での責任だ・・・」

 

 不覚を取った赤鬼は非常に参った表情をしており、ミドリコがこのビルの上に飛行船に乗せられた事を聴くと、ギンジも表情に焦りが出る。

 

 「なにやら揉め事か?」

 

 暴力の怪人が鞭を引き抜き、騒ぎによって目を覚ました拒絶の怪人が、辺りを見渡す。その仕草は小動物じみた可愛さがある。

 

 「俺の仲間がヘルブラッククロスにさらわれた・・・なぁ、暴力の怪人君よ」

 

 ギンジはさらに部屋に入ろうとする上級戦闘員を殴り飛ばして、暴力の怪人へ一つの提案を行う。

 

 「俺達は正義の為に戦う、ヒーローって奴なんだ。もう、正体をバラす事にするが、とにかくそういうモノなんだ、俺たちは。この赤鬼も同じでな」

 

 瓦礫を持ち上げて崩れた入り口を閉じ込めて、ギンジはさらに続ける。

 

 「仲間を助けるのに協力してくれたら、知りたい情報を、いつでも教えてやる。お前たちの協力も惜しまない。だから・・・ここを任せてもいいか?」

 

 ミドリコを助けないと行けない。しかし、ひっきりなしに部屋に入ろうとする戦闘員達を誰かが抑えないと、上に迎えない。

 

 「お安い御用だぜ。怪人四天王がどうしてここにいるかは解らんが、一先ずは了解した!」

 「後で話せる事は話すぜ・・・!じゃあ頼んだ!」

 

 天井を打ち壊し、ギンジと赤鬼は上の階へと飛び乗る。

 

 「それじゃあ・・・暴れるか!」

 「血をよこせ!」

 「な、何か解らないけど、キエてキエて・・・」

 

 暴力の怪人の鞭のひと振り、血の怪人の血液の打撃、拒絶の怪人の黒い波動がヘルブラッククロスの戦闘員達を蹴散らし始める。

 

 普通に考えれば上級戦闘員だけでは、この欠陥だらけでも普通に強い怪人達は止められない。

 

 ギンジ達は上の階を突き進むも、こちらにも上級戦闘員達が、ジェットパックでビルの内部へと侵入してくる。

 

 「退けコラ!」

 「赤鬼、やっちまえ!」

 「ガッテンでい!」

 

 金砕棒を振り回して前方へと突き出すと、一人の上級戦闘員はぐしゃりといびつな音を立てて身体が破壊され、その後ろへと空気が飛んでいき、狭い通路に集まる戦闘員達を破裂させていく。

 

 たった一撃でもこの威力を誇る。文字通り一撃必殺の怪力で、戦闘員を次々と粉砕していく。

 

 「兄貴!早く屋上へ!そこの窓から!」

 「任せろ!」

 

 赤鬼が敵をせき止めて、ギンジは窓から飛び出して、羽を展開するとそのまま上へと、屋上へと飛び立つ。

 

 屋上にたどり着くと、そのまま飛行船へと狙いを定めてギンジは速度をあげる。

 

 しかし、視界の右端からは、黄金に輝く刃が飛び込んで来て、ギンジは弾かれてしまった。

 

 「キャハハハ!しっかり刺すつもりだったのに、流石だねぇ〜ギンジちゃ〜ん?」

 「テメェ、リコニス・・・!」

 

 右頬からは僅かな切り傷をつけられ、血を流す。本当ならすぐに出血が止まるはずなのに、リコニスの刃はどうにも怪我の治りが遅くなる効果がある。

 

 「久しぶりだね、ギンジさん。音楽堂では、オークに勝てたようだが、その後ドクターミヤコはお元気かな?」

 

 もう一人の声がリコニスの背後から聞こえてくる。

 

 ヘルブラッククロス、怪人の瞳をモチーフとした紫色の仮面をつけ、紫色のコートを身にまとう、ドクターミヤコの護衛部下だった男。

 

 「紫・・・お前まで居たのか」

 「今はドクターミヤコの座を引き継いで、大幹部になったんだ。ドクターパープルとでも呼んでくれ」

 

 後ろ手に組みながら紫は、何かをリコニスに耳打ちする。表情の見えない彼の言動は、ギンジからすると、とてもじゃないが不気味に思える。

 

 「ふ〜ん?了解・・・じゃあ、ギンジちゃん。殺さないように、ゆっくり、優しく、調理してあげるわ・・・!」

 

 甘くてとろりとした声音の中に潜めた悪意が混ざり、より悪魔らしく凶悪な雰囲気を持たせている。黄金のパワードスーツに身を包み、黄金の刀を構えたリコニスの姿の後ろには、まるで本当に悪魔と死神が融合した幻影が見えて様な気がした。

 

 「俺を調理できるか、試してみな・・・速攻返り討ちにしてやるぜ」

 

 ギンジは本当なら女性を攻撃しないが、リコニスだけは別。この世界に降り立ったギンジに取って初めての友達、バーナーの怪人の命を奪ったこの女を、ギンジは最早女性として見ていない。

 

 例え〈大好きな人達〉の一人であっても、こいつだけは必ずぶっ飛ばす。

 

 「行くぜリコニス!」

 「フフフ・・・キャハハハ・・・ヒャーヒャッヒャッヒャッ!いいよいいよ、その顔。本当に可愛いよギンジちゃん!音楽堂じゃ遊んであげられなかったから、今度はたっくさんイジメてあげる!」

 

 三日月の口を歪に歪ませて、リコニスとギンジは同時に駆け出し、戦闘を開始する。

 

 「ああ、ぶっ殺したいわ〜!!」

 「仲間がピンチなんでな。俺もお前を殺す気で行くからな、後悔すんなよ!」

 

 フェーズ3を発動して、ギンジはリコニスの黄金の刃と交戦していく。その後ろで紫は、何度もギンジを振り返りながら飛行船へと乗り込む。

 

 「・・・5分だけ、猶予をあげよう。なんとかしてみせろ、ギンジ」

 

 紫の言葉は誰に聞こえるわけでもないが、確かなその言葉は間違いなくギンジへと向けたモノとなっている。

 

 飛行船はエンジンを再稼働させて、浮上の準備を整え始める。

 

 「さて、お手並み拝見だ!」

 「どけえええ!」

 「ヒャハハハ!」 

 

 黒い炎が黄金の刃を弾き、リコニスは嗤い、ギンジは睨む。

 

 運命の歯車が、また一つ、狂い始める。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 金砕棒を振り回してその一撃一撃が重い音と、骨と肉を叩き潰す鈍い音が通路に響くと、赤鬼は周囲を見渡す。

 

 その周辺にはもう戦闘員達が全員死んでいる事を確認して、赤鬼は上の階・・・屋上を目指してとにかく走り出す。

 

 「これだけ血があるなら、吾輩も役には立てそうだ」

 

 赤鬼の暴虐が済んだ道を通りながら、三人の怪人達もギンジを追いかけていく。

 

 その傍らで血の怪人は戦闘員達の屍から、血液を吸収し続ける。今こそ食事と言った表情には、まるで人間の生気を感じない。

 

 「拒絶、まだ暴走するなよ?」

 「だ、大丈夫・・・です」

 

 少しフラフラしているのか、拒絶の怪人は暴力の怪人の言葉に、虚ろな瞳のままで答える。

 

 通路に倒れる戦闘員達の死体を踏み越えて、暴力、血、拒絶の怪人は赤鬼とギンジを追いかけていく。

 

 赤鬼が突き進む屋上の手前の部屋まで到達すると、赤鬼の顔面をめがけた灰色の硬い何かが飛んでくる。弾丸の如く飛んできたそれを角で弾き落とすと、敵の方へと視線を向ける。

 

 そこに佇んでいるのは、腕に様々な形状の銃口を携え、装備がより重装になった戦闘員の姿がそこにはあった。

 

 「そんなチンケなモンで俺っちを止められると思ってんのか?」

 

 次の弾丸が飛ぶより早く、赤鬼が金砕棒を振るうと、空気が飛び出しその戦闘員も倒される。

 

 「邪魔すんじゃねぇ!」

 

 さらに現れた戦闘員の姿を見て、赤鬼がキレ始める。

 

 もう一人の重装戦闘員は両腕の筒状の銃口を、赤鬼に向けてると色のついた空気砲を発射する。

 

 「空気で俺っちと勝負しようってか?」

 

 空気をフルスイングで打ち出すと、色のついた空気と激突して、形の無い煙の様にその姿を様々な姿に変えて、ユラユラと揺れている。

 

 しかしその色のついた空気は消えずに、床に低態する様に、ゆっくりと舞う。

 

 「ただの空気じゃねぇな?」

 「赤鬼よ、これはガスだな・・・」

 

 追いついた血の怪人が赤鬼の後ろから話すと、赤鬼は壁を殴り壊して、ガスを抜き出す。

 

 「これで問題ねぇな!どら、後はお前らだけだ」

 

 もはや戦闘員がどれだけ強かろうと、数が多かろうと、四人の怪人を相手には勝ち目は薄いだろう。

 

 しかしソレだと言うのに、戦闘員達は死ぬこと誰一人して恐れずに、赤鬼達へと突撃してくる。死ぬ事を恐れないその突撃姿勢は怪人達の闘争本能を掻き立てる。

 

 「姐さんを助けに行くんだ、邪魔すんじゃぁ・・・ねぇええ!」

 

 後ろからも前からも迫る戦闘員と、赤鬼達の戦闘が激化する。

 

 勝つのは間違いなく怪人達だが、ミドリコを救えなければ敗北する。この戦い、必ず敗けられない。

 

 屋上前の部屋は、血と肉片と悲鳴とガスが舞い続けた・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 屋上での交戦も激化していた。

 

 リコニスはギンジと戦える事に、退屈から抜け出す意義を見出し、本当に楽しそうに戦っている。

 

 不意打ちでバーナー怪人の命を奪い、不意打ちでギンジを突き刺し、今回も不意打ちでギンジの妨害が出来た。

 

 本当ならこの作戦も退屈が故に傘下する事は無かったのだが、紫からギンジに会わせてもらえると言うのを聴いて、心を踊らせた。

 

 強く、揺るがぬ想いを持った、あの男、佐久間ギンジと会える。

 

 今のリコニスにはそれだけが退屈を打払う、最高のスパイスとなってリコニスの全てを潤してくれる。

 

 力で全てを支配する世界を目指しているからこそ、自分の持つ力でギンジと潰し合いたい。ただそれだけ。最早そこに自分の命なんて関係ない。

 

 三日月の口と、死神の鎌に見立てた黄金の刀が、ギンジの首元を狙って振るわれる。居合いにも近い姿勢から繰り出すその一刀は、ギンジの持つ能力、紫電により弾かれる。

 

 手元に走る電流の苦痛に、歪んだ笑みを浮かべながら、今度こそ本気で襲ってくるギンジの迫力に、脊髄からブルりと全身を震わせる。

 

 「あはっ・・・そうそうその怖い顔!それがいいのよ!」

 「気色悪い奴・・・!」

 

 上段から刀を降ろし、ギンジは身を捻りながら避けて、リコニスの顔をめがけて回し蹴り。踵を使った高い位置を狙った蹴りに、リコニスが吹き飛び、しかしそれでも彼女の顔は悪魔の笑みを宿したままである。

 

 「本当に殺すぞ!」

 「殺ってみせてよ!ヒャーハハハ!」

 

 黒い業火球を十字に斬裂して、まるで黒衣を纏うように黄金の鎧を燃やしながら、ギンジへと力を込めた強力な突き攻撃が展開される。

 

 「アブねぇ!」

 「さすがぁ!」

 

 避けたギンジの反応速度に驚き、返す手で黄金の刃を振り回す。

 

 時には掠め、時には弾かれ、それでもギンジの攻撃姿勢と、リコニスの悪意は止まらない。

 

 足元を狙ったリコニスの体術にバランスを崩しても、羽を使って飛び回ると、後ろへと下がり体制を整える。

 

 紫電による一閃を右足に纏わせて、滑空から一度に決めにかかる。

 

 いくら防御能力も攻撃能力もバランスが良かろうと、へそを出している腹部はリコニスの弱点とも呼べるだろう。

 

 そこをめがけたギンジの作戦を開始する。

 

 「これならどうだ!」

 

 黒い炎を連続で拳から打ち出す。これが目暗ましになればそれでいい。

 

 これでダメージが通るとは思えない。実際リコニスは避けもせずに刀で炎を弾く。それを余裕そうに見せつつ、ギンジから視線を外さない。

 

 「ほらほら、飛んでばかり居ないで、降りて来てよ・・・いっぱい命の潰し合いをしようよ〜ギンジちゃ〜ん!」

 「言ってろ!このバカ!」

 

 黒炎の球体をさらに生成して、リコニスへと投げつける。

 

 リコニスはギンジの居る方へ、視線を向け続ける。故に、この眼暗ましが最後の手段になる。

 

 決着をつけて、できれば再起不能にして、もう二度と戦いたくない。

 

 飛ばした球体はやはりリコニスに斬り壊されて、2個目も破壊される。

 

 炎が巻き上げられ、上空で大爆発が起こる。

 

 「なんだ!?」

 

 突然の爆発にギンジもリコニスも、飛行船の入り口で佇む紫も驚愕するが、これでリコニスの注意が逸れた事を先に確認したギンジは、リコニスめがけて滑空、溜めに溜めた右足の紫電を、ついにリコニスに当てる。

 

 「ぐっはぁ!?」

 「倒れろ・・・リコニス!」

 

 めりめりと形の良い腹筋にギンジの紫電一閃蹴が深く刺さる。

 

 「ヒャハハハ・・・げほげほ、あぁ゛〜・・・いい、これ、好き・・・キヒヒヒャ・・・」

 

 痛みに恍惚な表情を見せながら、血を吐き出した。それなのに、この痛みを、身体に走る激痛は辛い、苦しいと言った感情にはならずに、愛おしく感じていた。

 

 痛い事が気持ちいいなんて、普通ならあってはならない。ましてやこれは命を狙った戦いになっている。死ぬことを気持ちいい、好きだという対応を見せたリコニスの表情に、ギンジの精神を大きく揺さぶらせる。

 

 (・・・クソ、なんで・・・!)

 

 こんな状況になっても、女性を傷つけた事に罪悪感が今、ギンジを襲ってくる。

 

 (それでも、もう退けねぇ・・・俺のせいで、ミドリコを助けられなかったら、どうすんだ。動け、俺!)

 

 右足を引き抜き、両手には黒炎を纏わせて、リコニスの全身をめがけて拳を叩き込む。何度も、何度も、力強く・・・絶対に倒すと、心に誓いを立てて。

 

 「リコニスをも倒すか・・・進化は止まらないな・・・」

 

 偶然が重なったとしても、フェーズ3のギンジは今のリコニスを上回る強さを持ち始めている。

 

 紫がギンジの勝利を確信して、新たな報告が増えた事で、時計の針は5分を過ぎた事を確認する。

 

 「・・・勝負には勝ったが、我々個人個人は敗けたかね。では、公安の女はもらっていこう・・・【邪魔者】は消せるし、いい事だろう」

 

 飛行船に乗り込みながら、搭乗口を閉めようとする。

 

 「オオオオラアアアアアアア!!!!」

 

 黒炎の拳でリコニスに攻撃を当て続けて、ギンジのラッシュは止まらない。

 

 「ヒャハハハハハ・・・いいよぉ、素敵ぃ・・・ここまで強くなったなら、ギンジちゃんの事、本当に好きになれそう・・・」

 

 力強い男に女性としての本能が出始める。自分を倒せる男ならば、全てを許せる。それが怪人であれ、なんであれ、退屈だけは絶対にしないからだ。

 

 「でも、今じゃないね・・・」

 

 焼けた黄金の鎧を身に纏うリコニスは、ギンジの猛攻を縫って刃を左肩に突き刺す。

 

 「うぐっ・・・うおおおお!」

 

 深く刺されても構わず、リコニスを担ぎ上げて空を舞う。

 

 「どうせ落としても死なねぇだろ。でもしばらく眠っててくれや!」

 

 空中で一回、二回、三回転と縦に滑空しながら回り、工場エリアの廃ビル工場の外側、つまり地上へ向けて紫電の爆雷と共に、リコニスを投げ飛ばす。

 

 殺すつもりは無いが、こうでもしないとミドリコ救出が間に合わない。

 

 「今度は一緒に昂ぶろうね・・・?ギンジちゃ〜ん・・・!」

 

 相変わらず甘ったるく可愛い声で、リコニスは地上へと落ちていく。

 

 紫電の光に飲まれたリコニスは、それでも悪魔的な悪辣な笑みを浮かばせ、地上へと雷速で落とされた。

 

 「クソ・・・めんどくせぇ・・・」

 

 いくら〈大好きな人達〉の一人でも、もう二度と戦いたくないという気持ちが強くなる。できれば傷つけたくないのだが、そう出来るならそうしたい。

 

 いつかまた戦う事にはなりそうだが、一先ずギンジは屋上に戻る。

 

 「時間切れだ。そのまま飛んでいれば良かったモノを、わざわざ着地するとはな・・・」

 

 飛行船は浮上を初め、飛び立つその瞬間がギンジに焦りを大きくさせる。

 

 「待て!」

 

 黒い炎を出して撃墜しようと、展開した瞬間、ギンジの両腕が爆発する。

 

 爆発に驚き辺りを見れば、色のついた空気が充満していた。

 

 匂いで解る。これは引火性のガスであることを理解すると、痛み左肩を抑えながらもう一回飛ぼうとする。

 

 「兄貴!」

 「ギンジ!」

 

 暴力の怪人が赤鬼を前に出し、暴力の怪人達は、屋上の扉を締める。

 

 扉の向こうは戦闘員達がたくさん向かってきている様で、バンバンと叩く破壊音が響いている。

 

 「こりゃあガスだぜ!炎じゃ駄目だ!」

 「じゃあどうすんだ!このままじゃミドリコが・・・」

 「俺っちに任せてくれや!」

 

 赤鬼の力で投げ飛ばしても、おそらく届かない。

 

 しかし、赤鬼が甚平から取り出したのは、手のひらに収まる小さなライター。

 

 ここで火を出せば間違いなく引火して、爆発を引き起こすのを、ギンジは今自身で身を持って知ったところである。

 

 「赤鬼・・・お前何を」

 

 ギンジが近寄ろうとするも、赤鬼は金砕棒の先端をギンジに向けて威嚇する。

 

 こっちには近づくな。そう言っている。

 

 「ミドリコの姐さんは、あんたを信じてる。あんたを好きなんだ。俺っちは諦める訳じゃないが、兄貴になら任せられると思ってる」

 

 何を言い出したのかギンジには解らない。

 

 でも赤鬼の表情は牙を鳴らし、覚悟を決めた漢の顔をしていた。

 

 「きっと兄貴は仲間の為なら、なんでもするんでしょうな。俺っちも同じ事よ、惚れた女の為なら、なんでもする。その覚悟で裏切ったんだ」

 

 そこまで聴いてライターを取り出した意味を、ギンジは理解出来た。

 

 ここで自爆して、ギンジを飛ばすつもりなのだ。

 

 より強力な爆発を持って、さらに大きな爆風を使って、ギンジをミドリコの下へと飛ばす作戦だと云うことを。

 

 「ミドリコの姐さんは、この先の戦いにおいて必要なんだ。ここで離脱させちまったら、姉御達が悲しんじまう」

 「・・・」

 

 覚悟を決めた漢に、ギンジは何も言わない。いや、何も言えないというのが正しい。

 

 「それから、ミヤコ姉さんには気をつけな。多分、組織の誰かと繋がってる。しかもそれは、兄貴・・・あんたと一つになるためだ」

 「・・・この襲撃もミヤコが?」

 「いいや、脱走したこの怪人達とは無関係だと思いやすけどね。勘でしかねぇんですが」

 

 そうこうしている間にも飛行船は、どんどん遠くへと飛んでいき、指で作る輪っかではその円の中に収まる程遠くへと、飛び立っている。

 

 「ギンジの兄貴・・・!ミドリコの姐さんを助けてくれーー!」

 

 その言葉を聴き終わるより早く、ギンジは駆け出す。

 

 羽を展開させながら、脳裏の中に浮かんだ自分の仲間達の中から、赤鬼だけが、薄れて消えていく感覚。

 

 〈大好きな人達〉の一人が、こんな形で消えてしまう。だけどそれよりも大きな仲間が消えるのだけは、ヘヴンホワイティネスの全滅の一手となってしまう。

 

 「ギンジの兄貴!行けぇぇぇーーーーー〜〜ッ!!!!」

 

 赤鬼の悲鳴がギンジの耳に痛くて、鋭くて、そして悲しく入ってくる。

 

 カチン。

 

 ライターが点火する。

 

 小さな爆発はいつの間にか充満するガスに引火して、小規模な爆発を広げていき、またたく間に爆発同士で繋がっていく。

 

 巨大な爆発となり、屋上からは空気を揺るがす程の爆発を引き起こし、黒煙が立ち登る。

 

 血の怪人が血液のドームを作り、暴力の怪人が力でそれを抑え、拒絶の怪人はドームに向かう爆発だけを拒絶する。

 

 爆発の中心に立つ赤鬼は、光に飲まれて、意識が遠のく。いくら頑丈であっても、こんな爆発では怪人とてひとたまりもない。

 

 同じ怪人として、そして自分が認めた漢に、願いと想いを乗せて赤鬼の怪人は、最後にギンジに全てを託した。

 

 (頼んだぜ、兄貴・・・!)

 

 最後により大きな爆発が起こり、赤鬼はその意識を光の彼方へと、飛ばされてしまった。

 

 ギンジは黒煙と強い爆風から身体を曲げて、回転して飛行船へと飛び出す。

 

 「ミドリコおおおお!!」

 

 その手を伸ばして飛行船へと噛みつきが如く、鉄パイプを掴む。

 

 赤鬼の覚悟を受け取った。それと同じ形で、金砕棒を手にする。ギンジの身長に合わせて採寸されたその棒は、赤鬼のモノと同じなのだが、ギンジが扱いやすい様に姿形を変えていく。

 

 トゲが付き、片手で震える程の大きさ重さ。

 

 鬼の金棒。ギンジの雷を纏い、新しく得たギンジの心に宿る力。

 

 (赤鬼・・・必ず、お前の期待に応えてみせよう!)

 

 金棒を振るい、飛行船のエンジンルームへと侵入する。むき出しになった複雑なマシンは、今のギンジからすれば弱点を晒した心臓にすぎない。

 

 「おっらああああ!!」

 

 雷が後を引く金棒を振り回して、エンジンを破壊する。

 

 爆発はしないが、止まったエンジンから、エネルギーの供給が出来ないと、飛行船は簡単にその動きを止めて、徐々にその浮力を失う。

 

 「ミドリコ、助けに来たぜ!」

 

 飛行船の内部に壁を破壊して、入ってくるギンジに、戦闘員達が迫るも、金棒、炎、雷を操るギンジに全員瞬殺されていく。

 

 「ギンジ・・・!済まない・・・私が不甲斐ないばかりに」

 「いいって。今は謝るのは無しだ。ほら、これ使えよ」

 

 涙目になるミドリコからの謝罪を、今は聞き入れずにギンジは足元の拳銃をミドリコに手渡すと、二人は臨戦態勢に入る。

 

 「ギンジ、赤鬼は・・・」

 

 金棒を持つギンジを見て、赤鬼を思い出す。

 

 しかしギンジは一瞬だけ言葉に詰まるが、何も言わずに戦闘員を撃破していく。

 

 「ギンジ?」

 

 不穏な空気を感じ取ったが、今は戦闘に集中する事にした。

 

 「ギンジさん。ここまでやるとは流石だね」

 「紫・・・」

 

 操縦室から紫が出てきて、ギンジと対面する。

 

 仮面の奥に表情が見えないが、どことなく寂しそうにしているのか、声音は低くなっている。

 

 「もう、本当に組織には戻らないのかい?」

 「聞き飽きたし、言い飽きたぜ。ヘルブラッククロスは潰す。今日から、絶対許さねぇって決めたぜ」

 

 元々許すつもりは無い。命の恩人であるミヤコは自分達の手元に置き、組織から離れている。もうそこに戻る必要はなく、行く必要しかない。

 

 ぶっ潰す為に、こちらから出向く必要があるから・・・。

 

 「そうか。どうやら、今回は、私個人も敗けて、組織も敗けたみたいだね。そうだ、ヘヴンホワイティネスの二人は今何していると思う?」

 

 今まさに金棒を振りおろそうとするギンジへ、紫が無情な言葉を投げかける。

 

 「・・・!」

 

 カエデとレン。ケイタにミヤコ。街への被害が容易に想像できてしまう、その紫の言葉でギンジは我に返る。

 

 「今、私を倒すことより、街に戻る方がいいんじゃないかな?」

 「お前・・・覚えとけよ」

 

 募る不安の中、ミドリコを抱きかかえると、ギンジは飛行船から飛び出して、一度工場エリアに降りる事にした。

 

 「さて、この状況、どう報告しようかな・・・」

 

 紫は最近の暴走気味な総統へと、どう報告しようか悩み始める。姿勢悪く、落下し続ける飛行船の中で、もう一人操縦席から紫の配下が姿を現す。

 

 全身メタルシルバーで構成された、質量保存を無視した体型の、機械的な印象をもたせる、機械の怪人。

 

 「ここから出ましょう、ドクターパープル」

 「・・・そうだね」

 

 悩みの種を持ちながらも、紫もそこから脱出する事にして、飛行船は工場エリアに落下していった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 救出されたミドリコは、ギンジの言葉に疑いと驚愕を隠せなかった。

 

 まさか自分を助ける為に、赤鬼が自爆するとは・・・。

 

 「そんで、こいつらが、反応にあった怪人達だ・・・今は味方だけどな」

 

 暴力の怪人が手を振ると、なにやら三人で会話を始める為に、その場から少し離れた場所で三人で輪を作りながら何やら話し込んでいる。

 

 「・・・ギンジ、本当にごめんよ」

 「気にすんなよ」

 

 ミドリコは強く重く赤鬼の離脱を受け止める。

 

 ここまで自分に慕ってくれた男は彼が初めてだった。心が傾いているのか、赤鬼へと感情を少しばかり向けていたミドリコは、ギンジの背中に頭をつけて、涙を流す。

 

 「もっと・・・私も強くなるから」

 「ああ」

 「済まない。少しだけ、こうさせてくれ。ごめん、ごめん・・・赤鬼、ギンジ・・・」

 

 赤鬼の好意に気づいていながら、まともな会話は出来ていなかった。その事を後悔して、ミドリコは悔しさに涙を、大きな涙を流す。

 

 「お前が俺に謝る事なんて、何一つ無いぜ・・・」

 「ううっ・・・っ・・・」

 

 喉から息引く様な呼吸で、ミドリコは静かに泣いた。

 

 「オレ達、お邪魔みたいだし、これだけ伝えて、移動してくわ」

 「世話になったな、進化の」

 

 暴力の怪人達が、ギンジ達二人の前に歩み寄り、言葉を告げる。

 

 「オレ達も、あんたら正義の面々も、共通の敵を持ってる。そこで、何かあったらオレ達はお前達の加勢に向かう事にした。まだ人数は少ないけど、いつかヘルブラッククロスに敗けない頭数を用意して、必ず助けに行く」

 

 それだけ告げると、暴力の怪人達は、ギンジに背を向けて歩き出す。

 

 「ああ、そうだ。オレ達の組織名なんだけどよ」

 

 艶めかしいボンテージ姿を見せつけるようにして、ギンジに再度振り返る。

 

 「正義の革命軍・レジスタンスだ。よーく覚えておいてくんな」

 

 手を振り、彼らは工場エリアから離れていく。

 

 それを見送り、ギンジはミドリコに向き直る。

 

 「赤鬼から新しい力を貰ったんだ。俺の心に、あいつの金棒を手に入れた。もうへとへとだから今は出せないけど、あいつの仇を、必ず取ろう」

 「ああ・・・必ず、奴らに・・・私の怒りを思い知らせてやる」

 

 ミドリコの表情は復讐に燃えるモノではなく、躊躇しない覚悟を持った、凛々しくも強い恋する乙女の顔をしていた。

 

 その眼に居るのは今はギンジではなく、この瞬間だけ、赤鬼が居るように見えたギンジは心中で赤鬼のある言葉を否定する。

 

 (やっぱ、ミドリコは俺に惚れてなんていないぜ。よかったな、赤鬼)

 

 舎弟とか弟分、後輩等という分類ではなく、短くとも共に戦ってくれた仲間として赤鬼を認めて、ギンジは空を見上げた。

 

 (お前の仇を必ず取るからな・・・)

 

 散っていった仲間の無念を、胸に秘めて・・・さらなる戦いの為に、ギンジとミドリコは帰宅する事にした。

 

 もしかしたらカエデとレンも今、襲撃を受けているかもしれない。

 

 もしそうなら、今直ぐ加勢に向かわねばならない。

 

 悲しみと寂しさを背負いながらも、ギンジとミドリコは正義の為に、一度戻るのであった・・・。

   

 

 

 

 

 

続く

 

 

 

 




お疲れ様です。

今回のお話では赤鬼が離脱。でも、赤鬼初登場時のキャラネタを思い出してください。彼は結構後先考えない奴なんです!

今回の自爆も彼なりの考えです。後先考えないなりに、結構がんばったのかもしれません

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
フェーズ3で戦い続けて、心臓が痛くならないのか。
今回新しい力、金棒を手に入れた。
赤鬼という漢を絶対に忘れない・・・

甘白ミドリコ
赤鬼が自分の為にした事は嬉しく思う反面、死んでしまうとは思っていなかった。今はこの感情を悲しみとして、自分の心に刻んだ。
ひょっとしたら赤鬼の事を好きだったのかも知れない。でも、ギンジも好き。

暴力の怪人/血の怪人/拒絶の怪人
ヘルブラッククロスから脱走した怪人。色々欠陥はあるようだが、この三人はバランスが良い。
暴力の怪人は、一方的な戦闘になると歯止めが効かない暴走
血の怪人は血液を失い続けると、血求状態になり無差別攻撃を繰り返す暴走
拒絶の怪人は男性恐怖症もあり、一度波動で倒せないと、暴走する
三人はレジスタンスとして、ヘルブラッククロスと戦う傍ら、いつかギンジ達に協力を言いつけて、工場エリアから離れた

赤鬼
組織名・赤鬼の怪人
漢であり、惚れた女の為になんでもする覚悟が、自爆という選択肢を造った。これまで無理やりミドリコを襲わなかったのは、本気で愛していたから。本当に好きだったから。後をギンジに託して、爆発に飲まれた。金砕棒は最後の力で、ギンジへと向かわせた。
明確に死んだ所を誰も見れてはいない

リコニス
相変わらず狂ってるへそ出し女。今回はギンジの正体である、進化の怪人も知っていた為、恐れる事はなくなっていた。ギンジちゃんの事を毎日考えているので、実は恋愛的な意味合いになりつつある。
ちなみに、リコニスが今回の話で言っていた、好きになれそう、というのは退屈から解き放ってくれそうって意味合いがある。

次回は久しぶりにカエデ、レン、ギンジだけの三人回!
新たな正義のヒーローも現れ・・・?
な回です。

毎度のことですが、感想や、応援いただけましたらとても幸いです。

また次回!!!アトラクションでした!


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33・もっと強く

アトラクションです!

筆が乗った気分だったので、ちょっと頑張った!病み上がりだけど関係ない、書く

今回は新キャラが出てきます。少し話しの本筋からは逸れてしまうのですが、色々後々に必要なピースなのです。

楽しんでいただけましたら嬉しいです。

それでは、どうぞ


 意対化(いつか)市、意対化区、真宵(まよい)町。

 

 かつて人知れず悪が蔓延ったこの街で、月島ルカは友達、仲間を失いながらも、なんとか少数の味方と共に巨悪を撃退する手前まで来ていた。

 

 悪の組織の名は、サン・アンフェール。

 

 対となる正義の組織の名は、ムーン・パラディース。

 

 このサン・アンフェールとの戦いの、最大の目的はボスである、タイヨーズを撃破すること。

 

 10人居た正義の仲間は、今はもう4人だけとなった。

 

 正確に言うと戦えるのは、二人だけ。

 

 でも、その戦えるもう一人は戦意喪失して、引きこもっている。

 

 では残る二人は・・・。

 

 「やぁ、お見舞いに来たよ」

 

 ルカは夕日の美しい光が覗く、小さな病室へと脚を運んでいた。

 

 仲間である彼女達が好物だったお菓子や、果物を持ってきて。

 

 「・・・」

 

 仲間の一人、星カナミは虚ろな表情をしており、唇はカサカサで、やせ細っている。

 

 病気と思える見た目をしているカナミは、健康ではある。

 

 外傷も無ければ、髪だってちゃんときれいなままだ。

 

 何の問題があって入院しているのかと言うと、彼女は心が壊されている。守りたかった一般市民が、目の前で一人ひとり嬲られて、殺されて、屈服させられて。

 

 一人では無力─そう思い知らされてしまった彼女は、植物状態に近い所まで、悪の手によって追い詰められた。

 

 ルカはかつての元気な彼女を元に戻してあげたい。その為に、ほぼ一人になっても戦い続けてきた。

 

 そしてもう一人は・・・。

 

 「んぁっあああ〜♡♡る、ルカぁ〜・・・♡」

 

 鉄格子に身体を拘束され、涎も汗も体液も、全てを振り乱しながらも意識をはっきりとさせており、絶えず溢れ出る快楽の波に身体を泳がされていた。

 

 彼女の名は宇宙ナズナ。ムーン・パラディースの切り込み隊長で、スポーツ万能かつ、仲間想いの優しい子だった。

 

 「か、身体がうずくのぉ♡お、お願いぃ、も、もうごろじて〜♡それが駄目なら、拘束解いて〜♡」

 

 身体の底から湧き上がる性の衝動は、サン・アンフェールの科学者によってつけられた淫紋による影響で、身体はもうこれに支配されてしまった。

 

 寝ずに一人で致し続ける為、家族の了承の後、こうやって拘束されている。暴走を抑える為には睡眠薬で眠らせるか、食べ物を食べさせるしかない。

 

 こんな悲惨な状態になって、会うたびに殺してくれと言われるルカのストレスはとにかく酷いモノだった。

 

 「それでも、僕は・・・君達を助けるから・・・」

 

 落ち着いた声音で、正義の代表者としてルカは戦う覚悟を持ち続けていた。

 

 でも、それがいつまで続くのかは解らない。

 

 引きこもっている仲間は、銀河シズハ。彼女はもう、二度と家から出てこない。戦意喪失した理由が大きい。

 

 顔も身体もぐちゃぐちゃにされるまで殴られ続けた。救出が遅れて仲間達も信用しなくなった彼女は、もうずっと毎日家で泣いている。

 

 その事をシズハの親から聞かされた時、ルカは怒りと後悔でどこにも逃せない、どうにも表せない気持ちが爆発してしまった事を思い出す。

 

 治療が済んでも歩けなくなり、顔は女の子とは思えないムゴい顔をしているのだとか。

 

 「ほら、ナズナ・・・食べて」

 「〜〜はむっもぐっ・・・」

 

 身体を快楽に焼かれても、意識だけはしっかりしている。

 

 美味しいクリームパンを頬張りながら、少しだけ落ち着くと、彼女は静かに涙を流す。もうまともな生活が送れないぐらいには、快楽の後遺症が進んでしまっているから・・・。

 

 本当は他愛ない話をしていたい。来週はテストだ、夏休みはどこに行こうとか、今年こそあの子に告白しよう・・・。

 

 色々な想いがあるが、壊れるか壊れないかギリギリの所で、ルカはずっと一人で居た。

 

 やりきれない想いをその手に持ちながら、ルカは時間を見計らって病室を後にする。

 

 助けられるはずの命や仲間を助けられずして、何が正義のヒーローなのか。

 

 病院から出て、暗くなる道を歩く。

 

 サン・アンフェールは最早風前の灯火。

 

 ムーン・パラディースも同じく風前の灯火。

 

 あと少し・・・あと少しで正義は勝つ。

 

 あと少し、もっと強くならないと行けない。

 

 ルナフォースと呼ばれる変身の為の道具を持って、月島ルカは握りしめて行く。

 

 仲間や、友達の為の運命をここまで変えた悪の組織を倒す為に。

 

 「うわ」

 「おっと・・・」

 

 住宅街の曲がり角でルカは男性とぶつかる。

 

 少しだけ強くぶつかったからか、尻もちを付きそうになるが、その男性は手を伸ばして、ルカを引き寄せる。

 

 「悪い、大丈夫か?よそ見してて・・・」

 

 その男性はもうすぐ夜になろうとしているのに、サングラスをつけたままだった。

 

 「ねぇあれ・・・」

 

 その男性の背後側では、金髪の綺麗な女の子と、スカイブルーの髪をした女の子がなにか話しているが、あまり良くは聞こえない。

 

 「どうかしたか?ぼーっとして」

 「え、ああ、いえ・・・」

 

 男性は金髪の女の子に耳を引っ張られて、どこかへと連れて行かれる。

 

 この街にはあんな特徴的な人達、あまりみないからきっと観光に来たのかもしれない。

 

 ルカはまた帰路につこうとするが、その道の光景にあっけに取られる。

 

 「これは・・・」

 

 ルカが見たそれはサン・アンフェールの兵隊達が、全員ボコボコにされて斬られて、燃やされている。

 

 街に被害が出ないようにした、丁寧かつ豪快な戦いの跡に、ルカは急いで先程の三人の方へと向き直る。

 

 「やっべ・・・こっち来た」

 「───が、片付けないから。ちゃんと、隠さないと、駄目」

 「ほらぁ!あたしの言ったとおりじゃない!度固化とは違うのよ!」

 「事情知られるわけにもいかねーし、逃げるぞ!」

 

 ルカが聞こえるより早く、彼らは走り出す。間違いなくルカがこちらに迫る事を把握した上での、移動・・・。

 

 彼らが何者なのか知りたい。サン・アンフェールの兵隊を、たった3人で蹴散らし、かつ余裕なんて・・・どんな超人でも不可能と思ってさえいる。

 

 走る速度は人並み以上に早いようだが、ルカも正義のヒーローとして活動している。変身してしまえば、簡単に追いつくどころか、目の前に出られるだろう。

 

 「ルナフォース!」

 

 変身の為の掛け声をあげて、ルカは正義の衣装に変身する。

 

 エメラルドグリーンがメインカラーとなり、半月の模様が背中に描かれたぴったりとした正義のスーツ。

 

 首元からはローブが垂れており、胸元、首下、肩甲骨を覆い、髪はエメラルドと月の様な色をした髪飾りにより、真ん中分けになる。

 

 換装が終わると、ルカは先程の3人組の所へと走り出し、一気に目の前に現れる。

 

 加速による走りは人間のそれではなく、真夏の暑い道にほんの少し風を巻き上げて涼しさすら感じる。

 

 「げええ!追いつかれた!やっぱあいつらの手下っぽいぞ!俺は無理だ!もし戦うなら頼む!」

 「あー・・・やっぱり・・・」

 

 サングラスの男は、なにやら騒ぎ、金髪の女の子が横目に何か言っている。

 

 警戒されるのだが、ルカは彼らに追いつくためだけに、この力を使っただけ。敵意が無いことを伝える為に変身を解除する。

 

 「待ってくれ!僕は、月島ルカ!サン・アンフェールの兵隊を倒したのは君たちだろう?」

 

 運命の出会いによって、月島ルカは久しぶりに、本当に久しぶりに、楽しみなこの感情を思い出す。

 

 「ワケアリみたいだし・・・話せる事、話しとこうかしら。ギンジ?」

 「・・・それじゃあ」

 

 金髪ツーブロックヘアスタイル、サングラスの男は口を開く。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 赤鬼が自爆してから、だいたい2日か3日ぐらい・・・。

 

 俺達は・・・カエデとレン、そして赤鬼の自爆にショックを隠せないミドリコ。

 

 カエデもレンもケイタもミヤコも、赤鬼が自爆で死んだ事に、驚愕していた。

 

 そんでもってミヤコが、「そんな事になるなんて・・・」とか言ってたけど、何か知ってそうな口ぶりに、俺は正直怪しいとさえ思ってる。

 

 でも・・・仮に赤鬼のやつが言ってた様に、ミヤコがまだヘルブラッククロスと繋がってるなら話を聴く必要が有るな。

 

 って言ってもあの子、捕虜だったんだけどなー?なんで?どうして?

 

 ウラが取れるまではおいそれと話さない方がいいかなー。

 

 「しかしどうしたモンかね・・・」

 

 今の俺たちには、いや俺にはかなり問題が出来ている。

 

 ヘルブラッククロスとの戦いは勿論、ミヤコの裏切りの懸念、まさかのレジスタンスを結成した脱走した暴力の怪人達他・・・。

 

 ミヤコは今の俺たちからして捕虜の扱いをしている。

 

 こう言うと誤解がありそうだが、俺は正直ミヤコが今のヘヴンホワイティネスには必要だと思ってる。

 

 色々と作戦を組み立ててくれたり、怪人である俺の為にメディカルチェックをこまめにしてくれたり・・・なによりカエデとレンとミドリコの装備のメンテナンスもしてくれている。

 

 色々と狂ってるけども、大切な仲間だとは思っているんやで。

 

 そしてもう一つの問題点。今はショックのあまり、ここ2日か3日程寝込んでるミドリコ。

 

 お酒も飲まないとは・・・おいたわしや・・・。

 

 これから仲間を失わない様に、もっと強くならないとな。

 

 フェーズ3で戦う事も増えたけど、逆に言えばそれを使わないと勝てない敵が増えて来たってとこだな。そしてこのままそれに頼り続けてると、やがて勝てなくなってきそうだ。

 

 俺は何か今より強くなれる手段があればいいな、とは思うんだけど、何かいい方法ないかな・・・。

 

 オークの奴と戦うのもありかと思うけど・・・。

 

 「トレーニングルームは今、あいつらが使ってるしな」

 

 カエデハウスのトレーニングルームでは、今まさにカエデとレンが強くなろうとトレーニングしている。

 

 俺は悩んでるよ。何がヘヴンホワイティネスの輝かしい未来を手に入れるのに、必要なのはなんなのか。

 

 それを探すのに精一杯、今は悩んでる・・・。

 

 『ただいま意対化市ではこちらのお店の・・・』

 

 意対化市って・・・どこだったっけ?なんか聞いた事あるんだけども・・・。

 

 ふとテレビに目をやると、そこに映る特集に俺はある秘策を思いつく。これならミドリコを・・・復活させられるんじゃなかろうか。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 カエデハウス・トレーニングルーム。

 

 ギンジ救出の際にも使われていたが、今は赤鬼の自爆を知ったカエデ達が、自分達もちゃんと戦えるようにならないと、という意味で修行していた。

 

 カエデは悩んでいた。もっと戦う力をつけなければ。

  

 レンは悩んでいた。もっと守れるだけの力をつけなくては。

 

 「はぁ〜・・・」

 

 カエデが深く息を吐き出して、ダミー怪人へと再び突っ込む。ガントレットが激しくギアを回して、ダミー怪人の頭部を粉砕する。

 

 「ビーム剣術・・・!」

 

 腰を落とした姿勢で、左手を顔の右側へと持っていく。ビーム剣の刃はレンの顔の前に光り、鋭く輝く。

 

 「ビーム・スティング!」

 

 低い姿勢からは想像出来ない速さでダミー怪人へと突き進み、白いダミーの怪人の腹部を刺し穿つ。

 

 「必殺!ドライヴ・レイザー!」

 

 カエデのお得意の連続攻撃が、ダミー怪人を幾度も殴り続けて、トドメの一撃が顔を殴り飛ばして、ダウンを取る。

 

 そんなカエデの背後から迫るダミーの剣士の怪人の刃が来るが、その真上からレンがビームハンマーで叩き潰す。

 

 「ありがとっ!」

 

 ビームハンマーを蹴り登り、面の部分に着地する。そこからダミーコウモリの怪人の顔面を蹴り、三角跳びの要領で天井に飛びついて、レンもそれに合わせてビームハンマーを振り回す。

 

 「油断、大敵・・・」

 「解ってるわよ!」

 

 天井を蹴って着地する。その足元にはダミーのタコ怪人を踏み潰しており、レンも背後を狙われていた。

 

 「油・断・大・敵!」

 「同意。まだまだ、集中が足りない」

 

 二人の少女はダミー怪人を相手にした、戦闘訓練を行い続ける。

 

 「これじゃ足りないわね!」

 「・・・もっと、頑張ろう」

 

 カエデもレンももっと強くならなければならない。

 

 (もっと・・・)

 (もっともっと・・・)

 

 もっと強くならなければならない。これ以上仲間を失わない為にも、これ以上敗けないためにも。

 

 「おいーっす、修行は順調か〜」

 

 部屋に入るなり、ダミー怪人をぶっ飛ばしながら、カエデとレンを視界に入れたギンジは、上機嫌に二人に話しかけてくる。

 

 それが合図となり、ダミー怪人は動きを停止して、プログラムとして入る怪人達が全員消えていく。

 

 「どうしたのよ。そんなニヤニヤしちゃって」

 

 ギンジの態度に、少しだけ安堵感があるのか、カエデはギンジに歩み寄る。

 

 「いやさ、意対化市に特集がやっててよ」

 

 ギンジは自分のスマホのニュースをカエデとレンに見せる。その内容は意対化市の酒造店にて、元気がでるお酒なるモノが二人の目に入ってくる。

 

 「お酒・・・?まだ、私達は飲めない、よ?」

 

 あっけに取られたレンは普通に、未成年として当たり前の事を言い放つ。

 

 ベンチに座るギンジへついていく様に、隣に座るカエデ。その姿は最早当たり前の距離感で、レンはそんな二人を見るとどこか微笑ましい雰囲気になる。

 

 「酒なんだけど、今ミドリコは寝込んでるだろ?だから元気付ける為に、ちょっとお買い物しようと思ってな」

 「へぇ、仲間想いじゃない」

 「そうだろそうだろ?もっと褒めていいんだぜ」

 

 笑いながら会話するギンジとカエデ。ギンジは本当に心から笑みを浮かべているようだが、カエデはどことなくスマホの酒特集よりも、ギンジを見つめて笑顔になっている。

 

 (このままじゃ、ミドリコの方しか、向かないよ。カエデ、頑張って、次の会話を見つけて)

 

 レンもレンなりにカエデの恋愛を応援している。だからこそ、こういう時にカエデが言葉に詰まる所を見ていると、少しもどかしい。

 

 「で、だ。お二人とも、この後暇かな?」

 

 スマホをしまいながらギンジは、カエデとレンに言葉を投げる。

 

 ミドリコ復活の為に、何か力になりたい。そう思ったギンジの意思を汲み取り、正義のヒーロー二人は、首を縦に振る。

 

 「意対化市に行くのは久しぶりだけど、いいわ。あたしも行ってあげる」

 「流石カエデ!話が早いね〜」

 「私も行く。今日は、ケイタも勉強で忙しいって、言ってたから」

 

 ギンジの提案に、カエデとレンは快く快諾する。

 

 「くふふふ・・・いいね、皆でおでかけ?」

 

 トレーニングルームには、ミヤコがのそっと現れる。寝不足なのか、かなりフラフラしている。

 

 「ギンジ君、もし意対化市に行くなら・・・美容液、お願いしてもいい?」

 

 顔色の悪いミヤコのおつかいも頼まれて、ギンジは喜んで返事する。

 

 「おういいぜ。ところで、行く前に話があるんだけど、いいか?」

 

 ミヤコへ向けて放たれたギンジの顔は少しだけ険しい。寝ぼけ眼ながらも、ミヤコは最愛のギンジの頼みならと、断るわけがない。

 

 「じゃあ、俺の部屋で・・・」

 「ちょっと?話なら別にギンジの部屋じゃなくてもいいでしょ?」

 

 いきなり肩を掴まれて、ギンジは何やら恐ろしい気配を感じ取る。

 

 「とは言え、ここで話すのもなぁ〜」

 「じゃあ談話室使いなさいよ!っていうかあんたらが二人っきりなるのは駄目よ!このバカ」

 「くふふふふ・・・わたしが眠った時に唇をうばうつもりなのね・・・!」

 

 白衣を脱ごうとするミヤコへ、レンがそれを静止させる。

 

 カエデからすればこの二人は、家主達が居ない時に色々大変な事をしていた。愛故の暴走をお越したら、今度こそギンジが危ない。

 

 だからカエデはギンジとミヤコの二人っきりを阻止したい。

 

 「とにかく!話が進まないから行くぞ、ミヤコ」

 「はぁい・・・くふくふくふふ」

 

 トレーニングルームを出ていくギンジとミヤコを見送り、カエデとレンは変身を解く。スポーツウェアに滲む汗を隠しながら、二人は出かける準備を始めるのであった。

 

 「話って・・・何を話すんだろ」

 

 少しだけ不安になるカエデの表情は、レンからすると少し可笑しくも思えるのだが、怒らせたくはないので、何も言わない事にする。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 地下のモニタールームで、ミヤコは書類やら、マシンやらが散乱する机の前に座りながら、ギンジとミヤコは二人きりになる。

 

 薄暗く、部屋の明かりはモニターからの光のみで、余計に怪しさを漂わせる。

 

 こんな部屋では眼が悪くなる一方だろう。

 

 埃っぽい臭いと、女の子らしい香りが二つ入り乱れる部屋で、ギンジはミヤコの前に座っている。

 

 「話って・・・何かな」

 

 眠気に抗いながらも、ミヤコはギンジとお話がしたい。ただ一緒に居るだけでも嬉しいのに、部屋に来てくれるなんて、今日はなんて良い日なのだろうか。

 

 可愛らしい小顔をかしげ、ギンジを上目使いで見つめると、ギンジも気恥ずかしさに少しだけ眼を逸らすが、そろそろ話の本題に入ろうとする。

 

 「なぁ・・・お前は、まだヘルブラッククロスに戻ろうとか、考えてるのか?」

 

 単刀直入すぎたかも知れないが、赤鬼が教えてくれた懸念には、ミヤコの裏切りが入っていないとは、絶対に言い切れない。

 

 「俺とミドリコ、そして赤鬼が怪人反応を見つけて、討伐に向かったら、そこへ紫達の襲撃を受けたんだ。それは前に話したよな?」

 

 あの日の襲撃・・・赤鬼が自爆した時の話は、ミヤコにも話している。それを聞いたミヤコは動揺していた事を、ギンジは覚えている。

 

 「・・・それが、どうかしたのかな」

 「あいつは今、お前の席を継いで大幹部になってるんだ。俺たちが、各自離れ離れになるように、お前が仕組んだ事じゃないかと、俺は思ってる」

 

 それが間違いであるなら、それでいい。だが、有姪海岸の砂の怪人の襲撃や、数日前の紫の襲撃。

 

 この時にミヤコは何か別の事をしている。そう決めつけにも近い考えがギンジの脳内で確率されている。

 

 怪人とは言え、仲間として認めていた漢が、一人居なくなったのだ。命はこんな簡単に亡くなって良いモノじゃない。

 

 「わたしは、別に戻りたいとは思ってないよ。音楽堂でも言ったけど、わたしはギンジ君と一緒に居られるなら、総統が創ろうとしている世界なんてどうでもいいからね」

 

 つまり正義だ悪だと言う概念ではミヤコは立っていない。

 

 メガネを拭きながらミヤコはこの会話を続ける。

 

 「それにヘルブラッククロスと繋がっているとしても、わたしは情報の横流しとかはしていないよ。これだけは絶対。優秀な部下・・・だった人とは、何度か通信でのやり取りはしているけど、この前それがバレて死んじゃったみたいだし」

 

 再びメガネをかけると、白衣を捲くりやや伸びた爪を眺める。

 

 「じゃあ、お前は・・・俺たちを裏切ろうなんて考えてない・・・って事でいいんだよな?」

 「そうだね。くふふ、そんなに疑わないで・・・」

 

 笑いながらも少し悲しい気持ちになって、下を向いてしまう。流石に顔が怖いと思われたかもしれないので、ギンジは少し呼吸を落ち着かせて一息つく。

 

 「でも・・・どうして疑ったのかな?」

 「そりゃあ・・・今の俺たちには、お前が必要だからだよ」

 

 表向きは捕虜であっても、確かにギンジは、この小さな少女ミヤコを仲間だと思っている。

 

 仲間は大切にしてあげたい。だからこそ、ミヤコの裏切りの懸念は潰しておきたい。

 

 もし裏切るならまた戦わないと行けない。

 

 それだけは嫌だ。なんだかんだ頼りにしているのは事実だから・・・。

 

 「必要だし、頼りにしてるからさ・・・もし裏切られたら、俺は嫌だなーって・・・」

 

 上手く言葉が出てこないが、それでもギンジ個人が、ではなくてヘヴンホワイティネスとして、必要である事をなんとか説明したい。

 

 そんなしどろもどろするギンジを見て、ミヤコは今の自分が大切にされて、頼りにされている事に喜んでいく。

 

 家族にも愛されなかったミヤコは、悪の組織で尊敬と信頼を集めても、愛情なんて得られなかった。今ギンジが話してくれているのは信頼もあるだろうが、そこにはわずかばかりの愛が込められていると確信した。

 

 〈大好きな人達〉。その言葉の真意は解らないにしても、ミヤコはもう一度ギンジへ正直な言葉を告げていく。

 

 「くふふ。わたしは絶対にギンジ君だけは裏切らないよ。君が辛くなるようなことだけは絶対に・・・そしてヘルブラッククロスとの繋がりは、100%無いよ」

 

 ハッキリとした口調と姿勢に、裏切りの懸念は無い事を知る。それだけでギンジはちゃんと話をして良かったと思った。

 

 「くふふふふ・・・せっかく好きな人とひとつ屋根の下で、暮らしているのに、こんなチャンスの宝庫、失うわけにはいかないからねぇ・・・くふ、くふふふ、くふふふふふふ」

 

 相変わらず薄気味悪い笑い方だが、その恋する乙女と言わんばかりの態度は、毎度ギンジをビビらせる。

 

 「ふへ、くふふへ、わたしはね、欲深いんだよ・・・大切にされてるなんて、言われたら・・・も、もう我慢出来ないんだよ、くふふじゅるり」

 「い、いや・・・せめて酷いことしないで・・・」

 

 何故かミヤコが暴走を始める時、ギンジは恐れからか襲われる直前の女の子みたいになってしまう。

 

 飛び込んできたミヤコは、ギンジに触れる直前で床に倒れる。

 

 きゅう〜っと倒れたミヤコは、とうとう体力の限界が来たのか、気絶した様に眠ってしまった。

 

 「・・・助かった・・・もう、寝とけ、ミヤコ」

 

 倒れたミヤコを持ち上げて、書類とギンジを模したフェルト人形が並ぶ、ミヤコのベッドへと彼女を寝かしつける。

 

 「それじゃあ、美容液・・・買ってくるからな」

 

 希望のモノを頼まれたギンジは、静かにミヤコの部屋から離れる。

 

 (くふふふ・・・ごめんね、ギンジ君)

 

 眠りそうになりながらもミヤコは、心の中で最愛の人へと、謝罪をする。

 

 (本当は、まだ・・・繋がってるんだ。でも、本当に、君だけは裏切りたくないの・・・。【彼】は、わたしについてきてくれるって言うから・・・あと、少し、ほんの少しだけ・・・)

 

 ミヤコには一つだけ嘘があった。しかし、それは必ずギンジ達を助ける為、ひいては自分の恋の為に、【彼】という人物は着いてきてくれると言った。

 

 その為にミヤコは、自分の怪人達を置いてまでして、捕虜になる道を選んだ。

 

 それ以上の事を、嘘をつく事を辛く感じていても、ミヤコは深い眠りへと意識を落としていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 意対化市、意対化区、真宵町。そこでしか売っていないお酒を買いに来たギンジ達だが、街に到着するなり、陽の色を宿した謎の戦闘員まがいの、変な奴らに襲撃を受けていた。

 

 一応襲撃の合間を縫ってお買い物は色々済ませたのだが・・・。

 

 「どこ行っても、月がどうとか言って襲って来るな、こいつら」

 「でも、なんか・・・弱い」

 「対した戦闘力じゃないわね、こいつら」

 

 夜が近くなるまで戦い続けていたのだが、あまりにもこの戦闘員まがいの悪の組織の構成員は弱い。

 

 (・・・まさかとは思うけど、ここにも正義と悪が戦ってるなんて無いよな?)

 

 金棒を心にしまうと、ギンジは道端に倒れる謎の襲撃者達を横目に

、少し先を歩くカエデ達に駆け寄る。

 

 「つ、月の波動を持っている奴らが・・・こんなに・・・」

 「まだ言ってるよ。置いてこうぜ」

 

 ギンジがそう言うと、襲撃者達を片付けずに、道を歩いていく。

 

 「ここは度固化とは違うのよ?隠さないとマズイんじゃない?」

 「流石に、よくない、ギンジ、ちゃんと片付けて」

 「俺だけかよ!」

 

 3人で歩きながら、帰路につこうと駅を目指す。

 

 途中の住宅街を通る傍ら、ギンジは少年・・・みたく見える女の子とぶつかってしまった。

 

 不思議そうに見つめてくるその女の子に、ギンジは少しだけ申し訳ない気持ちになりつつも、サングラスのズレを隠す。

 

 この街にも怪人の存在が知られていないとは限らず、自分の姿がバレるのは避けたい。

 

 「どうかしたか?ぼーっとして」

 「え、ああ、いえ・・・」

 

 会話が出来ない訳ではないが、これ以上襲撃に巻き込まれるわけにはいかないと、カエデはギンジの耳を引っ張り上げて、住宅街を抜けて行こうと歩みを進める。

 

 「どうみても、男の子に見えた・・・」

 「同感ね。あたしもアレは男子に見えたけど」

 「いやぁ・・・なんというか、女の子の気配がしたぜ?」

 

 何かとギンジは女の子に甘い態度を取ることも多い。それが余計に耳を引っ張るカエデの力を増幅させる。

 

 「いででで!ちぎれる!千切れる!」

 

 ぶらさがるぐらい強く抓られ、ギンジは後ろに眼が回る。

 

 するとその視界には、先程の子がこちらへ向かって走っているのが確認出来た

 

 「やっべ・・・こっち来た」

 「ギンジが、片付けないから。ちゃんと、隠さないと、駄目」

 「ほらぁ!あたしの言ったとおりじゃない!度固化とは違うのよ!」

 「事情知られるわけにもいかねーし、逃げるぞ!」

 

 直ぐに走り出して逃走しようとする。もしかしたらあの子は、襲撃者の仲間かもしれない。この街の悪はこの街の正義に任せよう。

 

 無責任かもしれないが、最初に問答無用で襲ってきたのは、この敵達だ。面倒事をこれ以上増やさないためにも、ギンジ達は逃げることにする。

 

 「なんで買い物に来ただけでこんな事になるんだ」

 

 ギンジが走りながら愚痴をこぼす。

 

 そんな彼らに先回りするように、先程の人物と思わしき者が、変身してまでギンジ達の目の前に回り込んできた。

 

 「げええ!追いつかれた!やっぱあいつらの手下っぽいぞ!俺は無理だ!もし戦うなら頼む!」

 「あー・・・やっぱり・・・」

 

 カエデのいうやっぱり、というのは、この目の前の人物が女性で有ることを示している。ギンジはどうしても女性とはまともに戦えない。

 

 それがギンジの決めている精神論である事は承知しているが、時たまにそれをかっこいいと思う時もあれば、場合によってはイラっとするときもカエデにはある。

 

 3人は目の前の人物に警戒して、変身しようとするが、先に変身を解かれる。

 

 「なんだ?」

 

 変身を解いた事で訝しむ表情を見せるギンジに、先程ぶつかった女性・・・には見えない服装の存在が、自己紹介を始める。

 

 「待ってくれ!僕は、月島ルカ!サン・アンフェールの兵隊を倒したのは君たちだろう?」

 

 サン・アンフェールとは街につくなり襲撃してきた敵性存在の事だろうか。

 

 「ワケアリみたいだし・・・話せる事、話しとこうかしら。ギンジ?」

 「・・・それじゃあ」

 

 変身が出来て、かつ何かの事情を持つルカと名乗る存在は、どこか楽しそうで、そして追い詰められて必死になっているように見えた。

 

 カエデはそれを見て、事情があると察したのもそうだが、どこか困っているようにも見えた。

 

 このまま見過ごすわけには行かない。元はと言えば、自分達が戦闘後を隠さなかったのが悪いのだから・・・。

 

 佐久間ギンジと、月島ルカ。

 

 本来会うはずの無い二つの正義の志を持った二人が、今出会った事で、歯車は一つ追加されて、大きく動き始める。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 住宅街近くの喫茶店は賑わっており、ここでも平和を実感出来る。

 

 実感は出来るのだが、賑わいに反して、どこか元気が無いようにも感じる。

 

 「改めて自己紹介を。僕は、月島ルカ。訳あって、この真宵町で戦っている正義のヒーロー・・・と、言うと自身がないけど」

 

 アイスティーを飲みながら話すルカの顔は、正直疲れ切っている様にも見える。

 

 「へぇ、正義のヒーローね・・・あ、俺は佐久間ギンジ。親しみをこめて」

 「あたし、神宮カエデ!で、こっちは」

 「宮寺レンです」

 

 それぞれの自己紹介を終えると、ギンジはいつもの挨拶ができなかったとへこむ。

 

 「サン・アンフェールの兵隊をあんな大量に片付けるなんて、すごいよ君たちは!いったい何者なんだい?」

 

 疲れていても興奮を抑えられないルカは、机に乗りださんとする勢いでギンジ達に色々聞き出そうとしている。

 

 「その・・・なんだ?アンフェアエレジーって」

 「ギンジ、違うよ、サンアンドレアスだよ」

 「違うわよ、サンアンドムーンよ」

 「3人揃って違うわ!」

 

 サン・アンフェール。太陽のマークを模した旗を掲げた、意対化市全体を牛耳っていた悪の組織であることを、ルカはギンジ達に説明する。

 

 逆に、正義のヒーローとして活躍するルカは、ムーン・パラディースの最後の一人である事を説明し、ギンジ達は感心している。

 

 「で、戦う事が出来ると言う事は、君たちも何か、特殊な能力を持っているのだろう?」

 

 ギンジがコーヒーを飲んでから、ルカに自分達の境遇を話そうとするが、カエデがそれを指で止める。

 

 「持ってるんだけど・・・」

 

 果たして全部を信用して話して良いモノかを悩む。見た所悪い人ではないと言うのは解るのだが・・・。

 

 「ああ、僕の境遇を全て話す方が先だよね・・・ごめん」

 

 ルカが謝ると追加のアイスティーを頼み、注文したモノが来るまでの間はルカが話そうとする。

 

 「元々僕たちは10人で構成された正義の組織でね。生き残りは僕を含めて4人・・・残り6人は行方不明になったり、目の前で殺されたりしたよ・・・」

 

 悔しそうに唇を噛み、その瞳はどこか後悔を孕んでいる。

 

 「でも、二年かけて、頑張って悪の組織を追い詰めたんだ。失ったモノはすごく多いけど、正義の為に戦ってこれて・・・悪を根絶やしに出来る直前までこれて・・・」

 

 言いながらもルカは今にも泣きそうで、隣に座るレンが肩を優しくさする。

 

 「最後まで諦めたくないし、仲間達の日常を取り戻す為に、僕は戦ったんだ」

 「・・・」

 

 ルカの正義の話しはとても興味深いのだが、ギンジは冷や汗が止まらない。

 

 (なんでそういうイレギュラーばっかり出るのおおおお!?)

 

 ムーン・パラディースも、月島ルカというキャラクターを知らないギンジは、悪だけではなく正義にもイレギュラーが居た事を知り、ついに対処しきれないと判断した脳ミソが、ブレイクダンスを踊り狂う。

 

 恐らくはヘヴンホワイティネスのゲームに何か関係あるキャラクターなのかも知れないが、流石にギンジはそこまで把握出来ていないし、解らない。

 

 「あと少しで倒せるんだ、その悪の組織・・・サン・アンフェール」

 

 少しだけ期待に満ちた声で、ルカは強く拳を握る。

 

 「お互いギリギリの状況下で戦ってるんか・・・大変だなー」

 

 まるで他人事の様に話すギンジへ、カエデとレンの視線が鋭く刺さる。ギンジは直ぐに言葉を出して、二人からの反感を消していく。

 

 「その戦い・・・辛いなら、俺たちが協力するぜ」

 「え・・・?」

 

 困ってる人を助けるのが正義のヒーローなら、喜んで助けてあげるギンジの姿勢に、カエデはニッと笑顔になる。

 

 「まぁ大体の状況は解ったしな」

 

 レンもその言葉に頷く。

 

 「い、いやでもまだ君達の素性とか、名前しか聞いていないんだけど・・・」

 「あたし達も正義のヒーローよ」

 「ホームグラウンドは度固化市だけどな」

 「協力するのは、賛成」

 

 ルカの眼の前の三人は、どこか勢いだけに見えるものの、その強さは兵隊達を蹴散らしていた事で、格上だと言うのが良く解る。

 

 「ん・・・度固化市で戦う正義のヒーロー・・・?」

 

 聞き覚えのある単語を思い出したルカは、カエデと眼が会う。

 

 「そう、度固化市のヒーロー・・・」

 「ま、まさか・・・」

 

 憧れの芸能人にでも会えたかの様に、顔を輝かせるルカは、次に期待通りの答えが帰ってくる。

 

 「そうよ。あたし達は正義のヒーロー、ヘヴンホワイティネスよ!」

 

 小さな喫茶店では、ヘヴンホワイティネスとムーン・パラディースの同盟が組まれようとしていた。

 

 「ま、訳あって今はここに来てるけどな。改めてよろしくな、ルカ」

 

 ギンジはサングラスを直して、ルカへ握手を求める。

 

 ルカは希望を取り戻した笑顔で、その握手に応じる。

 

 「本当は、もう二人、居るけど、それはまた後日紹介するね」

 

 レンも同じく握手をしてあげる。

 

 「協力の日程を詳しく決めたいのだけれど、これから時間あるかしら」

 

 カエデも気品のある対応をして、ルカと握手をする。

 

 ここまで気丈に振る舞っていても、正直疲弊しきって居る様に見えたからこそ、ギンジもカエデもレンも助けてあげたいと思ったから。

 

 ヘヴンホワイティネスは正義の為に戦う。それは時には、目的から逸れた違う悪と戦う事もあるだろう。

 

 「ああ、これ、連絡先・・・交換しとこうじゃないか」

 「おっいいっすね」

 

 ギンジがルカの隣に態度悪く座りながらスマホをいじる二人は、どうみても悪い人と善良な高校生にしか見えない。

 

 「あ、ありがとう・・・えと、ヘヴン3・・・さん」

 

 スマホで口元を隠したルカの感謝に、ギンジは気を良くして高笑いする。

 

 まさか憧れの正義のヒーローと協力して戦える日が来るとは、ルカ自身思っても見なかった。

 

 これほど嬉しい事はない。

 

 「とりあえず俺たち、今夜は帰らないと行けないからさ。仲間が待ってるんだ。でも心配すんなよ、どんな敵でもぶっ飛ばしてやるからよ」

 「必ず、連絡してちょうだい!あたしからも連絡するから!」

 「月島さん、私も、力になる。貴女の守りたい人達、一緒に守らせて?」

 

 正義の優しさにルカは泣きそうになるが、ぐっと涙をこらえる。

 

 会ったばかりの人間にここまで優しくしてくれるなんて、本当に絶望に近い状況だぅったルカは心から、この三人をあの時追いかけて良かったと思う。

 

 「・・・ところで、ミドリコを呼んで話す前に・・・」

 

 喫茶店の席を立ち上がるギンジは、窓にへばりつく兵隊達を見る。

 

 「サン・アンフェールの兵隊・・・!?どうしてこんな所まで」

 

 気が付かない内に現れた兵隊達に、ギンジは他の客が騒ぎ出す前に、臨戦態勢に入る。

 

 「カエデ、レン!裏口まで行ってこい!」

 「了解」

 「一般市民の安全を守らなきゃね!」

 

 纏まった行動力に感心するのもつかの間、ルカもカエデ達についていく。

 

 「仲間がふさぎ込んで待ってるんだ・・・さっさと退いてもらうぜ」

 

 喫茶店を飛び出し、ギンジは兵隊達を全員まとめて殴り倒しにかかる。

 

 おそらく兵隊達の言う月の波動というのは、正義の志の事なのかもしれないと、ギンジは頭の中で片付けると、少し遅れて、カエデ、レン、ルカが換装を終えて、喫茶店の上から飛び出してくる。

 

 「さーて・・・正義のヒーロー、参上ってな!」

 

 炎、雷、金棒を出して、ギンジ達は兵隊達を軽く蹴散らしてから、意対化市から帰宅するのであった。

 

 正義の為の戦いは、きっとどこでも巻き込まれるのかも知れない。

 

 今後は迂闊に市外にでかけるのはやめとこうと思うギンジなのであった。

 

 

 

続く

 

 

 

  




お疲れ様です。

背骨が痛いのですが、なんなんでしょうね?

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
勢いで生きてる人1
ルカの境遇を知って、協力してやろうと思った。

神宮カエデ
勢いで生きてる人2
ギンジのミドリコへの仲間想いに少し嫉妬したけど、仲間の事を思うギンジを結構高く評価している。
神宮家の家訓でもある、困ってる人が居るなら、すべからず助ける
これを今日まで忘れた事はない。

宮寺レン
最近出番が無かった人
ビーム剣はまだまだ形状が増えるらしい。
ミドリコには家に住まわせてくれた恩義が大きい為、ギンジの提案に賛成した。
ついでにルカの手助けにも賛成した。例え自分の目的と違っても、困ってる人が居るなら必ず助けてあげたい。

月島ルカ
意対化市のヒーロー、ムーン・パラディースの一人。
仲間が次々と離脱して心が壊れなかったのは、ものすごいメンタルかもしれないが、正直可愛そう。
ヘヴンホワイティネスを憧れのヒーローとしており、実は魔法少女の存在も、退魔警察の存在も知っている。

このイレギュラー存在はギンジの世界におけるゲームのキャラではなく、実在しない為、転生先にのみ存在するヒーローという事になる。
実力としては少数の相手なら問題ないが、怪人との戦いでは結構苦戦する。そのぐらいの強さ。ちなみにヘルブラッククロスの怪人とぶつけられたらオーク、龍、機械、毒蛾、雪、骨、鏡には勝てない。勝てても命をかける覚悟が必要。触手、紐、犬にはまぁ勝てる。

キャラネタ長いけど、次回もルカが出てきます。
次回はもっとルカを掘り下げた話になります。もちろんギンジも出るし、ブヒブヒ喋るあの人も再び出るよ!

感想や応援いただけましたら幸いです。

また次回!


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34・決戦!サン・アンフェール

お疲れ様です、アトラクションです。

お肉美味しい!お肉最高!

お肉が美味しい秋の季節ですが、この世界ではまだ夏です。

暑い季節で、熱い話になればいいなと思います。強引な作りではあるのですが・・・!
それではどうぞ!


 意対化市から帰還し、ギンジ達はミドリコをリビングに呼び出していた。

 

 色々と報告する事はあるのだが、今は彼女の復活を期待して、元気付ける為に、お酒を買ってきてあげた。

 

 「なんでお酒を・・・?」

 

 キッチンテーブルに座りながら、ミドリコはお酒を買ってきてくれたギンジ達へお礼を言うのも一瞬で、直ぐに疑問の声を出す。

 

 「・・・元気無いかと思ったからよ、これで元気出してくれればいいなーってな」

 

 ギンジの心使いに感謝して、ミドリコは赤いラベルの元気が出るお酒を飲んで見る事にする。

 

 色は薄い黄土色でありながらも、強いアルコールの香りがして、香りだけでも度数が高いお酒だというのが、年齢的にも飲めないカエデ達にも解る。

 

 ミドリコは香りに満足して元気になり、みるみる内に顔に生気がやどり始める。

 

 「あ、ものすごい回復して来た顔してる。良かったね、ミドリコ」

 

 こんなにいいお酒なら少し飲んでみたくもなるが、カエデはまだ未成年。飲めないのである。お酒は成人してからが当たり前である。

 

 「それでよ、ちょっと話したい事があるんだけど・・・」

 

 お酒を飲む前にギンジ達が神妙な顔になりながら、ミドリコに意対化市で遭遇した事を報告しようと、ギンジがミドリコの向かいに座る。

 

 それに合わせてカエデ、レンも座る。

 

 「俺たち、意対化市で・・・」

 

 真宵町に到着するなりそこに所属する悪の組織、サン・アンフェールに襲われた事や、それらの悪の組織と戦う正義のヒーローと出会った事・・・そして月島ルカという正義の志を持った人に協力する事を、全て話す。

 

 するとミドリコの顔がコロコロ表情が変わるが、あらかたの話しは理解して、直ぐに返事を返す。

 

 ずっと泣いていたのか、目元は擦れて赤いミドリコは、笑顔に戻りギンジとカエデとレン。仲間達へと、いつもの毅然とした態度を見せる。

 

 「悪が蔓延るなら見放すわけには行かないな。いいだろう、私も協力させて欲しい」

 

 きっと赤鬼もここに居れば、喜んで協力を申し出ただろう。

 

 ミドリコは赤鬼が自分にしてくれた様に、その行動を絶対に忘れない様にと覚悟を決めたのだ。

 

 もう弱音を吐いている場合じゃない。泣き言も言っていられない。

 

 「・・・彼の死を無駄にしないためにも・・・いや、私の心に生きているからこそ、正義の役割を全うしないとな」

 

 もうミドリコには赤鬼の覚悟うぃ受け入れる事が出来た。

 

 それはきっと大人としての余裕か、はたまた正義の志を持つ彼女なりの新しい覚悟か。

 

 無理をしてでも受け入れる事が多い若者達とは違い、直ぐ受け入れようとするミドリコの精神力は非常に強かった。

 

 (済まない、赤鬼・・・君の覚悟、塞ぎ込んだまま、何も受け取らないかも知れなかった・・・)

 

 決意を宿した大人の女性は強い。ギンジはミドリコの強さを垣間見えた様な気がした。

 

 「さーってそれじゃあ、ルカに連絡するわよ!」

 

 いつ決戦が始まるとも聴いていないのに、こちらで進めようとするカエデの行動力には驚くが、レンもギンジもミドリコも悪は野放しにはしておけない。

 

 そう思うとどうしてもヘルブラッククロスにも敗けられないし、同じ正義のヒーローとはできるだけ協力もしておきたい。

 

 「ぶっ飛ばすって約束したしな。俺もやれる事はなんでもやってやるぜ。ルカの想いを助けてやろうぜ」

 

 拳を掌に打ち付けて、ギンジは何故か外に出ようとする。

 

 「どこか行くの?」

 「おう、少しな!ちょっとそこまで・・・だけど」

 

 少し不審な思いを寄せるレンへと、ギンジはそれだけ伝えるとカエデハウスから出る。軽く散歩するぐらいの気持ちで、ギンジは赤鬼と戦った高台の公園へと脚を進める。

 

 真夏の夜はまだまだ続きそうだが、今日は月が輝いていて、ほんの少しだけ涼しい。

 

 「悪の組織ってどうやって潰すか解かんねぇからな・・・頼れる仲間に、俺も連絡しようかね」

 

 スマホを取り出してギンジは、頼れる協力者であるサクラにメールを送る。もし気づくのが遅くても、サクラにも生活がある。

 

 無理強いだけはしないが、諸々の事情を伝えて連絡の折返しを待つことにする。

 

 「よし。次は・・・」

 

 熊沢レイナへと直接電話をする。レイナにもサクラと同じく生活があるのだが、悪が絡んでいるのであれば協力はしやすいかもとギンジは思う。

 

 『もしもし、ギンジか?どうかしたかな』

 「1コールで出るなんて、流石だな」

 

 電話連絡を行おうとして、コールをかけたのだが、レイナは一瞬で出た。

 

 『まぁ、ギンジからの連絡ならば、出ないわけには行かないからな。それで用件は・・・ついに退魔師になる決心がついたのかな?』

 

 相変わらずの退魔師勧誘だが、今回の用件は違う。

 

 「その話しはまた今度で。で、急で悪いんだけど頼みたい事があってさ・・・」

 『君の頼みなら是非も無い。なんでも言ってくれ。ぬ、脱げばいいかね?』

 「どうしてそうなる!脱ぐな!」

 

 レイナのスタイルはモデル体型並みである。その事を実際に海で見て知っているギンジは、きっと脱いだらスゴイというのは容易に想像できるのだが、今は違う。

 

 下心が無いわけではないがとにかく違う。

 

 「ちょいとヘルブラッククロスとは違う、別の悪の組織とぶつかってよ・・・」

 

 サクラにメールで送ったのと同じ様な内容を諸々話して、話しを聞いたレイナは了承してくれる。即断即決とも言える様な彼女の言動は、口の悪い令嬢や、無口なビーム剣術使い、所構わずロケットランチャーを発射する女達とは大違いだ。

 

 かと言って嫌いではないのだが。

 

 『日程が決まったら教えてくれ。意対化市については色々知っているからな・・・』

 

 かつてレイナは如月ナルミという、相棒を連れてゲヘナミレニアムの魔人との戦いに赴いた事が有る。

 

 それ故に色々とトラウマのある場所でもあるのだが、それでもレイナはギンジに協力すると言ってくれた。この感謝は後で何かお礼をしないと行けないだろう。

 

 「ありがとう、レイナ。詳しい事はまた連絡する。うん、うん、あーオッケー・・・いやそれは嫌だ」

 

 最後の最後までレイナは退魔師勧誘を勧めて来たが、これだけは断って、ギンジは電話を切る。

 

 夏の夜空は熱気を上げて、綺麗な空を展開させる。

 

 この高台の公園は遮るモノが無く、星空が良く見える。

 

 (皆で、星とか見るのも風情があって楽しいかもな)

 

 ヘヴンホワイティネスの面々で、こんな綺麗な星空を見に行くのもきっと楽しいかもしれない。

 

 「・・・よし、後一人!」

 

 星空を眺めるのもそこそこに、さらなる協力者を呼ぶ為に、ギンジは一度カエデハウスに戻ることにする。

 

 その協力者というのは、ギンジが知る中では現状、最高の戦力になる人物。

 

 「呼ぶならミヤコが居ないと駄目かもな・・・」

 

 戻りながらギンジはドクターミヤコの協力も得ないと行けない。しかし彼女は今は寝不足と研究、更にはギンジ達の装備関連のメンテナンス関連で深い眠りについている。

 

 協力者を呼ぶなら、翌日・・・更には早朝がいいだろうとギンジは考え、今夜は少し早めに寝る事にした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「くふふふ・・・早朝に呼び出すなんて、ギンジ君もついに我慢できなくなった?」

 

 早朝。まだ夜明けの光が登り初めてすぐの時間。正確には、4時近い。

 

 夏というのは夜が明けるのも早く、直ぐに暑い空気が舞い上がるそんな時間帯。

 

 「お前に少しだけ協力してほしくてよ」

 

 ギンジのすぐ隣であらぬ妄想を口にしながら、くねくね動くミヤコをよそに、カエデハウスの屋上に二人で出てくる。

 

 眩しい日差しが入り始めるさなか、ミヤコは軽く身体を伸ばすと、ギンジの顔を見つめる。

 

 サングラスをかけたいつもの見慣れたギンジの横顔は、思わず直視ができなくなるほどかっこいいとさえ思う。このまま予定等全部取っ払って、一緒に居たいとミヤコは考えてしまう。

 

 「ほれ、捕まってろ」

 

 これから向かおうとする場所は、繁華街エリア。

 

 ギンジはミヤコに手を伸ばすと、顔を逸らしてその手を握ろうとする。

 

 「これから空飛ぶからよ、落ちないようにしてろよ。あ、言っとくけど、変なとこ触るなよ!」

 

 もし飛んでる時に何かされれば事故りかねない。

 

 釘を刺したギンジは、ミヤコの手を引っ張り上げて、お姫様抱っこに近い状況になる。

 

 背中から肩へと回るギンジの腕の硬さ太さと熱を感じて、顔が熱くなっていく。

 

 見上げればギンジの顔がそこにはあり、昔絵本で呼んだおとぎ話の王子様をこの眼で見たような気分に、さながら自分はお姫様になった様だ。

 

 嬉しい。こうしてもらえる事が。

 

 必要とされて、これからの目的の為に、自分を頼りにしてくれているのが、本当に嬉しい。

 

 (・・・本当に、好きになり続けちゃうな)

 

 心の中でそう呟くと、ミヤコは全身がさらに熱くなるのを感じていく。もうこの気持ちが抑えられない・・・そうなってお互いが溶け合えればいいのにと、しばらくはそう思い続ける。

 

 この瞬間をずっと独り占めしていたい・・・。

 

 好きになる。このときめきが、ずっと増え続ける。お腹が熱くなる。頭が焼けそうな程、ギンジから眼を離せなくなる。

 

 「じゃあ、飛ぶぞ。しっかり掴まってろよ」

 「ほわぁ・・・え?あ、うん!はい!」

 「元気な返事だな・・・」

 

 一瞬このままでも夢見心地になっていたが、現実に引き戻されてミヤコはギンジの首に腕を回す。

 

 匂いを、身体の汗を、肌の感触・・・どれをとっても今のミヤコには発情する為のクスリにしかなっていない。

 

 (はぁ〜〜・・・駄目だよ。全部、全部全部ぜんぶぜんぶ・・・)

 

 抑えきれなくなりそうな、理性の上限を簡単にブチ破る本能が、脳内を焼き切って、しかしそれでも嫌がるかもしれないから、ミヤコはなんとか耐える。

 

 耐えようと思って、でも我慢できなくなって。

 

 「ミヤコ、具合悪いか?」

 「へぇ?ら、らいじょーふでしゅ・・・」

 

 顔がどんどん熱くなって、赤くなっていくミヤコを、飛び立つ前のギンジは、少し心配になる。もし体調が悪いなら、あまり無理はさせたくない。

 

 昨日も寝不足だったミヤコの身を心配するギンジの事が、どんどん好きになる。

 

 恋をすると人は馬鹿になる。それは天才科学者・ドクターミヤコも例外では無かった。

 

 「無理すんなよ?・・・じゃあ、飛ぶぞ」

 

 コウモリの羽を展開させて、ついにカエデハウスの屋上から飛び立つ。

 

 ふわりと浮いて夏の風を感じる。肌にまとわりつくような、暑い空気は一人の少女を狂わせるには十分なスパイスになる。

 

 それだと言うのに、なんども近づこうとしている顔が凛々しくて、かっこよくて、無理やり襲おうとは思えなくなる。

 

 少し強く腕に食い込むギンジの指を、右手で愛おしく触れると、今はこれで我慢しとこうと思うミヤコだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 早朝の繁華街。人の出入りが激しいこの街も、早朝だと閑散としている。

 

 決して人が居ないわけではない。サラリーマンや、朝からオープンするお店の準備等で働くスタッフ、犬の散歩をする老人や、辺りを見渡せばそれなりには人がいる。

 

 そんな中、グラサン男と、白衣をセーラー服の上から着た少女は、未だ取り壊されてから、再建設を行われていない、元ショッピングモール・アモーレの裏路地へと脚を運んでいた。

 

 ここはかつて、ギンジとヘヴンホワイティネスが邂逅した場所。ここでギンジは裏切りの為の一歩を踏み出した、歴史の動いた場所。

 

 「ミヤコ・・・さっきから大丈夫か?」

 

 ギンジの少し後ろを歩くミヤコは、興奮さめやらぬ顔で、内股しせいに項垂れながらも、呼吸を荒くひょこひょこ歩いている。

 

 普段人に見える程汗をかかないミヤコが、頬から顎下へと、雫を落とすぐらいにはその汗が見て取れる。

 

 「くっ・・・ふふふ!大丈夫、大丈夫。軽く、い、いやなんでもないです・・・はぁーはぁー・・・くふふふくふふふ・・・っ」

 「明らかに大丈夫じゃなさそうだけど」

 「駄目!今、優しく触られたら、きっともう、今度こそ・・・暴走しちゃうよぉ」

 

 この小さな少女は何を言っているのか。

 

 荒い息使いでなにやら話すミヤコに、本能的な恐怖・・・甘く可愛く全てが溶けてしまうような恐怖が、一瞬だけギンジの背中に走り、ミヤコから離れる。

 

 「いて」

 

 離れた背後には、硬い何かがありそれにぶつかってしまう。

 

 「なんだ・・・?」

 

 振り向いたギンジの視線には、軍服に身を包み、鼻息を強く出す豚顔の大男・・・。

 

 「ブヒ。リゾートホテル以来だな、ギンジ。そして」

 

 ギンジを押しのけて、大男は向こうにいる少女、ミヤコへとゆっくり歩き出す。

 

 近づくと膝を折りながら頭を下げる。

 

 「くふふふ・・・久しぶり、オーク怪人。無事な様でなによりだよ」

 「はっ。このオーク怪人、ドクターミヤコを奪われた罪で、ヘルブラッククロスから除名されておりますが、今でも貴女への忠誠に違わぬ働きを、これからもずっとしていく所存です」

 

 ギンジの背後に現れたのはオーク怪人。

 

 元・ヘルブラッククロス初の怪人大幹部で、6月30日には音楽堂にてドクターミヤコを守護る、最後の盾となった強敵。

 

 ドクターミヤコが敗北して、ヘヴンホワイティネスに捕虜にされた事を罪として、ヘルブラッククロスから除名されてしまった孤立無援の状態となっている。

 

 「グッドタイミングだぜ。オーク!」

 「・・・私に何か用か?二人とも取り込み中ではなかったのか?」

 「くふふふ・・・ギンジ君てば、お外で、その・・・シタいらしくて・・・」

 「なんだと!?どこまで進んだんだ!教えろギンジ!」

 「話がややこしくなるから黙ってろ・・・」

 

 ギンジが探していた協力者は、まさしくこのオーク怪人。本当にここに現れてくれてタイミングがよかった。

 

 だと言うのに、ミヤコがまた変な事を言い始める。

 

 「ほ、本当はね・・・外で、強引にサレそうで・・・」

 「本当か!?合意ではない事は許されんぞ!どこまで進んだ!」

 「よーしお前ら二人共ぶっ飛ばすから、少し黙れコラ」

 

 金棒を出現させて取り出すと、ギンジは本当に脅しをかけようとするも、ミヤコがスカートをあげようと手を出す。

 

 「ぼ、暴力的なのがお好みなら、いいよ?いっぱいぶって・・・?」

 「ギンジ貴様!SM系までやってるのか!?どこまで進んだ!」

 「うるせええええ!!!」

 

 金棒がオーク怪人の頭に突き刺され血の噴水を吹き上げると、ギンジはミヤコの手を取りながら説教する事になる。

 

 その手を握られて、ミヤコは先程言っていた暴走のスイッチが入ってしまった・・・。

 

 「いやああああ!!!!」

 「くふふふふ!!!!」

 

 うつ伏せに倒されてしまい、背中に乗ってきたミヤコは、ギンジの首の後ろに舌を這わす。

 

 「ほう・・・主従逆転か・・・興味深い」

 「いいから助けろこの豚野郎!・・・あっ♡」

 

 ゾクリと身体が震える所を、柔らかくて小さな舌が這い回る事で、ギンジは高く可愛い声が出る。

 

 「ギンジは実はドMと・・・」

 

 丁寧にメモに書き記すオーク怪人に、再び金棒を投げつけてミヤコの暴走への抵抗手段をなくしたギンジは、路地裏で絶叫を上げる事になるのであった。

 

 「くふふふ・・・もう、逃げられないよ。オーク、そっち抑えて」

 「了解です、ドクター!」

 「アホしか居ねぇのかヘルブラッククロスはぁあああ!!!!」

 

 それから暴走を止める為に、そして話の本題に入る為に昼頃まで戦う羽目になったギンジは、心底疲れてしまった。

 

 ──でも女の子にここまで言い寄られるなんてのは、無かったことだし、嬉しくはなったな。うん。いや、ほーーーーんの少しだけな?強引なのは嫌だけど。顔が可愛いから、そのうち本気になったらどーすんだバカ。

 

 そのままお昼頃・・・。

 

 「ごめんなさい、ギンジ君が可愛い声だすからつい・・・」

 「ブヒ、ドクターが謝る事なんてありません。こいつが意気地なしなのが悪いのです」

 「お前らなー・・・」

 

 普通に戦うよりも、いつも以上に疲れてしまったギンジは、へたりとそこに座り込む。

 

 ミヤコは顔がつやつやとしており、元気そのもになった。

 

 オーク怪人も軍服のズレを直して、軍帽の埃を落とす。

 

 「話の本題に入ってもいいか?」

 「くふふふ。式はいつ開く?」

 「お前本当に黙ってろ」

 

 そろそろ収集が点かなくなって来るので、ここらで本当にふざけるのをやめてもらう。

 

 「ブヒ。私に何か用があるらしいが、何用だったのだ」

 

 オーク怪人の毅然とした態度は、どこか以前よりもトゲが無い雰囲気を持たせる。

 

 「ちょっと悪の組織をぶっ潰そうと考えててよ」

 

 月島ルカの戦いの話を説明して、ミヤコもこの話に賛同してくれる。

 

 サン・アンフェールとの戦いとは本来関係無いし、誤解を恐れず言うのであれば気にしなくてもいい筈だった。

 

 そもそもヘルブラッククロスとも、何度か小競り合いを起こしている敵対組織である為、ミヤコは二つ返事で答え、オーク怪人は少し考え込む。

 

 「一つ聴きたいのだが、どうしてギンジがそこまで、そのムーン・パラディースとか言う自称正義の組織の為に、力を貸してやろうと言うのだ?」

 

 怪人として、人間らしさを捨てている者はそれなりに多い。

 

 ギンジのやってる事は、会ったばかりの友達の為に、力を貸すというお人好しにも近い行動をしている。

 

 それを見て聴いてオーク怪人は、どこか自分には無いモノを持っているギンジへと、純粋な疑問が出来てくる。

 

 「どうしてって、言われてもな」

 

 サングラスを掛け直して、オーク怪人と眼を合わせる。

 

 ギンジはここまで怪人として生きているのに、自分を人間と信じて疑っていない。たまたま自分が戦える力があるから、それを暴力ではなく、何かを守れる力として振るっているだけ。

 

 誰かと助け会えないまま死んだからこそ、転生したこの世界では誰かを助けられる、助けてもらえる、助け合える世界にしたい。

 

 ヘヴンホワイティネスに協力するのもそれが動機で、理由である。

 

 ならば・・・ムーン・パラディースに協力するのも、これが理由になる。

 

 「別に。困ってたら助けてあげたいだろ。オークだって、ミヤコが困ってたら、理由なしに手助けするだろ?」

 「・・・ふん」

 

 軍帽でその眼は見えないが、オーク怪人は納得が行った様で、深呼吸をしながら鼻を鳴らした。

 

 「私は、何をすればいいのだ」

 

 真っ直ぐと見つめる黒く赤い瞳は、ギンジへと向けられる。

 

 「とりあえず、都合よく話するには場所を変えようぜ」

 

 オーク怪人という協力者を探すミッションは達成した。一度カエデハウスに戻り、細かい事はそこで話そうとするギンジだったが、オーク怪人は首を横に振る。

 

 「くふふふ、どうしたの?」

 「いえすみません。ヘルブラッククロスのアジトを探しておりましてね」

 

 オーク怪人がこの路地裏に居て、偶然ギンジ達とぶつかったのには、そういう理由があった。

 

 しかしオーク怪人がどこを探しても、光を通さない闇の路地裏が一切出てこないという。

 

 以前カエデとギンジがパトロールで探した時も、道がなくなっており何かの店が出来ていた事を思い出す。

 

 「もし見つかれば、もう一度組織の動向を探ろうと思ったのですが・・・思うように行かず、申し訳ありません」

 

 ドクターミヤコの抹殺。そんな総統のミッションにより、オーク怪人はそれに理解を示せず、除名されている。

 

 ドクターミヤコを守るのであれば、組織の動向は常に頭に入れておかないといけない。

 

 「くふふふ・・・オークは、わたしが組織に戻るなら、君も戻るのかな?」

 

 ミヤコの発言はギンジに警戒心を持たせる。もちろんミヤコからすれば戻りたい等とは思ってもいないのだが。

 

 「貴女が戻るのであれば、私はついて行きます。今は共に行動は出来ませんが、必ず貴女の下についていくのは、怪人として当然の事」

 

 どうしてコレほどまでに忠誠心が高いのか。

 

 「それに、この繁華街から離れるとしたら、その時は紫が出て来た時だけです。奴は何か怪しい」

 「・・・そうだね」

 

 オーク怪人の発言に、ミヤコは笑わずに返答をすると、何か違和感を感じたギンジだが、それは直ぐに忘れる事にする。

 

 「サン・アンフェールは意対化市にいるのだろう?殲滅の為に向かうのであれば、それは構わないが・・・ギンジ、ドクターその際どこに置いておくのだ?」

 「俺たちのアジトの予定だけど・・・」

 

 オーク怪人の心配の種は、ミヤコ抹殺に動く戦闘員や怪人達の行動。それを阻止する為にギンジに任せていたのに、件の殲滅ではまさかの置いてけぼりをさせようと言う。

 

 「でも、見つからない場所だし、わたしも妨害電波ぐらいは・・・」

 「駄目です!ギンジから離れてはいけません!貴女を抱く事が許される唯一の男なのですぞ!」

 「本当にぶっ殺すぞ」

 「とにかく!ドクターも作戦に参加させるのだ、ギンジ。そうでなかれば安全は保証されないし、私も参加せんぞ」

 

 悪の組織を潰す為の作戦の話をしに来たのに、なんだか話がややこしくなってしまった。

 

 「解ったよ・・・ミヤコも作戦には連れて行く」

 「ブヒ、それでいい。む、そうだ、これを渡しておく」

 

 軍服から端末を取り出し、ギンジに見せる。画面にあるのはチャットアプリ、ライーン。よく若者達が連絡の用途に使うよくあるアプリだ。

 

 「ふりふりすると連絡先が交換されるぞ」

 「なんでそんな使い方知ってるんだ」

 「IDの方がいいか?それともQRコードか?いや、電話番号か?」

 「ふりふりでいい!貸せ!」

 

 奪い取るとそのまま自分の端末とオークの端末をふりふりして、お互いの連絡先を交換する。

 

 【さすらいの叉焼横綱さんが、あなたとお友達になりました!】

 

 写真のアイコンはドクターミヤコ。しかも怪人になる前の、綺麗な人間の白い眼をした時のモノだ。

 

 「細かい作戦が決まったら追って知らせてくれ。私はしばらくここに居る」

 

 言うとオーク怪人は最後にミヤコへ敬礼をして、ギンジへと笑みを投げると路地裏の奥へと歩いていく。

 

 「・・・必ず来てくれよ。お前の力が必要なんだ」

 「ブヒ、心配はいらん。ドクターがいるなら必ず行く」

 

 未知の強敵と成り得るサン・アンフェール。それを倒すためにはとにかく戦力を広げておきたい。

 

 手を振って見送ると、ギンジとミヤコは空腹でお腹が鳴る。

 

 「・・・何か食べるか」

 「くふふふ。わたしのはちみつ漬けとかいかが?」

 「・・・」

 「・・・え?だめ?」

 

 もうめんどくさくなって悲しい目で見つめるギンジへ、ミヤコは素になった反応を見せる。その小顔をかしげる動作がやはり可愛らしく、ドキンと鼓動が早まる気がした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 月島ルカは、夏休みを利用して居なくなってしまった仲間や、守れなかった友人の墓参りに来ていた。

 

 一人ひとりそれぞれの思い出を、懐かしむかの如く彼女はお供え物を置いていく。

 

 「・・・これで最後かな」

 

 もうこうやってお墓に来る事は、これで最後になるかもしれない。

 

 いつか決着を付けようとして、今日まで長引いてしまった。一人で戦っていたのだから、時間がかかるのは仕方ないが、それでもあまり悠長には出来ない。

 

 「あとは・・・」

 

 一枚の手紙を持ってルカは真宵町に戻る。

 

 決戦に出る報告を、墓石の全部に伝えて来た。

 

 病院に居る仲間二人にも、決戦を伝えた。カナミは動かなかったが、少しだけ指先が動いた。

 

 ナズナは快楽の波に揉まれながらも、こんな身体にしたあいつらを全部やってけてくれと鼓舞してくれた。

 

 残るは・・・。

 

 「シズハ・・・今から行くからね」

 

 ルカは夏空の下でより強い決意を宿した瞳で、霊園を力強く歩いてく。

 

 真宵町の住宅街エリアの、ほんとに小さな家に着くとルカは呼び鈴で呼び出すと、いつもの様にシズハの母親が出てくる。

 

 戦いの事情は知らないにしても、友達であったルカが来てくれると、嬉しく思ってくれているらしい。

 

 「こんにちは!あの、シズハは・・・」

 「いつもの感じよ。ずっと泣いているわ」

 「・・・っ」

 

 シズハがさらわれた時、助けに行くのが遅れた事を思い出してしまう。今まで忘れていた訳ではないが、悲惨な状態になるまでボコボコにされてごみ捨て場に置かれていた彼女を思い出し、怒りと屈辱がこみ上げる。

 

 目的を一瞬忘れそうになったが、ルカは手紙をシズハに渡して欲しいと、シズハの母親に手渡す。

 

 「・・・必ず、読んでくださいって、伝えてください」

 

 ルカはそれだけ告げると、シズハの家から離れていく。もう二度と会えない彼女へ、精一杯謝罪と、今までの戦いに関する感謝を込めて、さらには自分が決着をつけに行くという内容のモノ。

 

 「・・・必ず、僕は・・・勝つから」

 

 その目線はもう迷いは無く、真っ直ぐ先を見つめていた。

 

 ヘヴンホワイティネスと協力し、サン・アンフェールを倒す。

 

 その最後の戦いにおいては、死んでもいい。勝つ為に、絶対敗けない為に、月島ルカは自分の正義の為に、自分の命を賭けて戦いに挑もうとしていた。

 

 人々を怖がらせ、悲しい気持ちにさせ、自分達の私利私欲で仲間が一人ひとりひどい目に合わされた。

 

 「この報いは・・・必ず受けてもらうぞ、サン・アンフェール!」

 

 月島ルカの最後の戦い、最初で最後の命を賭けた決戦は、刻一刻と迫っていた。

 

 そうと決まれば、決戦の日程を決めて、カエデ達に連絡を送る。

 

 ありがたい事に、彼女達はいつでも協力してくれると言う。

 

 (彼女達は強い。きっと僕よりも)

 

 ならば、死ぬほど強い覚悟で共に戦わねば失礼になる。

 

 死にたくはないが、死ぬかもしれない覚悟を改めて強く持ち、ルカは決戦の日程を決めるのであった・・・。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 真宵町の外れにある高級感のある宮殿。太陽を模した形をした宮殿の高部には怪しくも神々しい光を宿して、夜の真宵町を明るく照らしていた。

 

 サン・アンフェールの本拠地・・・。

 

 ここに宣戦布告を送りつけようとしたギンジの指示で、ミヤコからの通信インフラの妨害と、ルカの手書きの果し状を送りつけ、タイヨーズは怒りを顕にしている。

 

 側近の美女を全員殴り殺す程には、その怒りの色が強く出ていた。

 

 兵隊達を全て迎撃と警護に向かわせて、タイヨーズは王座にふんぞり返っているだけ。

 

 長く腹にまで届きそうなヒゲを撫でると、次はその瞳に宿した悪しき太陽の光が輝く。その姿の背後からは朝日の様に清らかなのに、邪悪な力が宿る後光。

 

 「我ら太陽の化身に逆らうか、月に踊らされた愚かな人形共め」

 

 その声は広間に響かず、おそらくは誰にも聞き取れない。そんな小さな声でもはっきりと殺意を込めた発言に、また側近の美女が震える。

 

 もう一人いた美女が宥めようとして殺されている。それを見た生き残りの側近はもう余計な事は言わない。

 

 「お前・・・何を震えてるんだ?太陽を前にして、寒いのか?」

 

 熱が出る。人体を簡単に焼く熱が。

 

 その熱に煽られて、美女がまた一人泣き叫ぶことも出来ずに焼け死ぬ。

 

 焼け焦げた死体を踏み砕き、タイヨーズは再び王座に座る。

 

 「来るなら来い・・・ムーン・パラディース」

 

 決戦の日が始まっていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 宮殿の外では、見張りの兵隊をぶっ飛ばして、ギンジがルカと並び立っていた。

 

 「本当に今日でいいんだな?っていうかもう来てるんだけどよ」

 「ああ・・・今日でいい。今日が、ムーン・パラディースの最後の戦いの日だ!」

 

 ルカの言葉にギンジが頷く。

 

 その背後では、カエデ、レン、ミドリコ、ミヤコが合流して、さらにはサクラとレイナ、一番後ろにオーク怪人が出てきていた。

 

 集まった面々はそれぞれ理由はあれど、ギンジの協力としてここに来てくれた。

 

 憧れの人々がここに集い、ルカは泣きそうになるが、今はまだ違う。泣く時ではない。

 

 甘白ミドリコ。

 

 宮寺レン。

 

 神宮カエデ。

 

 佐久間ギンジ。  

 

 月島ルカ。

 

 ドクターミヤコ。

 

 オーク怪人。

 

 小町サクラ。

 

 熊沢レイナ。

 

 ・・・。

 

 ヘヴンホワイティネス、魔法少女、退魔警察、元ヘルブラッククロス、そしてムーン・パラディース。

 

 悪の組織を潰す為の戦いに、ここまでの同士が揃った。

 

 佐久間ギンジとは何者なのか・・・。

 

 ここまでの戦力を集めて、自分の為にここまで協力してくれる男に、ルカは深い感謝と尊敬を込めて、横目でチラリと見る。

 

 サングラスの奥から覗ける瞳は、人間のソレではないというのをなんとなく解ったのだが、今はどうでもいい。

 

 豚顔の怪人とも面識が有る所を見ると、やはりギンジ個人は只者ではないと思う。

 

 「よっしゃ!オラ、さっさと突撃しようぜ!」

 

 ギンジがはしゃぎ初めて、カエデがチョップのツッコミを入れる。

 

 「いいわよそんな事言わなくて!っていうかなんでオーク怪人まで居るの!?」

 「ブヒ。ギンジがどうしても言うから来てやったのだ。あんなに土下座されれば・・・仕方ないだろう」

 「してねぇよ土下座なんか!」

 

 オークの小ボケにすぐにツッコミを入れるギンジだが、その後ろではレンが何やら笑い始める。

 

 「そういえば、ギンジは、私達と初めて会ったときも、土下座してた」

 「懐かしいわね。コンクリートを破壊した土下座ね」

 

 カエデとレンがわいわいと話し始めて、アモーレの戦いの時の思い出に、ミドリコも混ざりながら和気藹々とし始める。

 

 「まったくカエデったら〜緊張感ないんだから〜」

 「ふふ、まぁ良いじゃないか。ギンジ達らしい」

 

 そこへサクラとレイナが混ざり更に会話は混沌とし始める。

 

 「くふふふふ・・・あの時、ギンジ君が離れちゃって、わたし、すっごい寂しかったんだよ?」

 「ブヒ。ドクターはいつもギンジの身を案じていましたからね」

 

 なんなのだろうか、彼らは。

 

 不思議な繋がりなのに、それぞれ結束力が高く感じる。それなのにこの余裕。

 

 少しだけ緊張で張り詰めた糸が解けて、ルカはこわばった思いが抜けていく。

 

 「長話してる場合じゃねーし、そろそろ行こうぜ!ルカ!」

 

 ギンジが混沌とした会話に区切りをつけると、ルカを大声で呼ぶ。

 

 「お前の戦いだ!俺たちが好きに暴れる為に、開戦のゴングを鳴らしてくれ!」

 「ぼ、僕でいいのかい?」

 

 好きに暴れる事に許可はいらないでしょ、と隣でカエデがギンジの頭を叩き、再び言い合いを始める。

 

 その様子を見るとカエデとギンジの距離感が近い事に、少しだけ得も言われぬ感覚が胸の中で広がるが、一瞬でそれを消していく。

 

 「それじゃあ・・・皆、僕の戦いの為に、来てくれてありがとうございます」

 

 ルカはムーン・パラディース最後の一人として、今日まで戦ってきた。今日はその戦いに決着を付ける日。

 

 敵の層は暑く、もしかしたらボスであるタイヨーズの下に到達出来ず、死んでいたかもしれない。

 

 「必ず、勝ちます!暴れてやりましょう!!!」

 

 ルカの言葉に、協力者達が士気を高める。

 

 「ふふん。ヘルブラッククロスを潰す前の前哨戦って感じだわ!」

 「同意。ここまで来たら、こんな所で、敗けられない」

 「油断するなよ、二人とも。それからギンジもな」

 

 カエデの言葉にレンが同調して、ミドリコが釘を刺していく。

 

 もう仲間を失う訳には行かないと意気込んでいるミドリコに、カエデとレンはニッと笑うと3人で頷きあう。

 

 「よーし、上から爆撃しちゃおう!」

 「私も新必殺技を引っさげて来たのだ。本気で行こう」

 

 サクラとレイナは既に悪の組織を潰した経験がある正義のヒーロー。

 

 二人の女性達もギンジへと協力を飲んで、ムーン・パラディースとの戦いに参加してくれた。

 

 こんなに心強い同士は1000人の味方を付けた気になる。

 

 「くふふふ・・・わたしはお月さまも魔法も退魔師も興味ないけど、今回はギンジ君の頼みだからね。協力してあげる。ほい、ポチッと」

 

 ボタンを押したミヤコが宮殿の電子ロックを解除させて、鉄柵が開かれる。

 

 「流石です。ドクター・・・」

 

 鉄柵が開かれた事で、宮殿の中から兵隊達が慌ただしく出てくる。

 

 「なんだお前らはぁ!」

 「ブヒ。【お前】?誰に向かってその口を開いたぁ!!!」

 

 オーク怪人が地面を蹴り出して突っ込むと、複数の兵隊達が吹き飛ばされる。

 

 そこへイノシシの姿をしたサン・アンフェールの幹部がオーク怪人と激突をして、オークの巨体がミヤコの下へと押し返される。

 

 「ブシシシ!なんだぁ、ムーン・パラディースは動物園でも始めたのかぁ?」

 「チョトツ・・・!」

 

 突撃に続こうとしたルカの表情が険しくなる。

 

 「そんな小娘に従うこぶたちゃんはこのチョトツ様がいじめてやるぜブシシシ」

 「【小娘】・・・?貴様、ドクターを愚弄したな」

 「こぶたはいいのかよ・・・」

 

 おどけて見せたチョトツの態度よりも、ミヤコを馬鹿にされたオークが怒り始める。

 

 「くふふふ。勝てるよね?」

 「無論です」

 

 兵隊達が引き続き襲い来るが、オーク怪人の左右からカエデとレンが飛び出て、兵隊達をなぎ倒す。

 

 「邪魔よ!」

 「退いて。リーダーが通れない」

 

 その上空からはギンジが金棒を振り下ろし、隕石の如く落下して宮殿の入り口に大破壊を発生させる。

 

 そこに続いて次はロケットランチャーが次々と発射される。

 

 「悪は許せないのでな!ここで潰させてもらうぞ!」

 

 ロケットランチャーはまだまだ変えがあるのか、背中、腰、肩にとりつけており、いうなればランチャーアマゾネス・甘白ミドリコと言うべきか。

 

 「ルカ!カエデ!宮殿に行くぞ!」

 「解ったわ!行くわよギンジ!」

 「何ボサッとしてんだ!ルカ、早く来い!お前の戦いだぞ!」

 

 ルカはこんなに心強い仲間に背中を押されている。

 

 ムーン・パラディースの最後の戦いは始まったばかりだ。

 

 「行ってきて、リーダー。後から、私も、追いつく」

 

 レンの言っていたリーダーとはルカの事であった。

 

 ギンジ、カエデ、ルカがレンの言葉に力強く頷くと、彼らは兵隊達を蹴散らしながら宮殿へと攻め入る。

 

 「おーい!私達は上から行くね〜」

 「ギンジ!月島君!また後で!」

 

 サクラの魔法で浮きながらレイナは下にいるギンジ達にそう告げると、宮殿の屋上へと進む。

 

 「あわわ、こっちにもなにか居たみたい」

 「私達なら問題ない!正義の味方の為に協力しに来たのだ!」

 

 サクラとレイナの目の前に立つのは、赤いコートを着た半裸の男。

 

 陽の色を宿す剣を携えて、男は二人の侵入者を迎撃に向かう。

 

 「俺はサン・アンフェール幹部・ゾネ。見たことしか無かったが、魔法少女と退魔警察だな?」

 

 ゾネと名乗った男は剣を二本引き抜いて、サクラとレイナの攻撃を軽々と弾く。

 

 「兵隊は弱いと聴いていたが、幹部は違うみたいだな」

 「油断しないで行きましょ、レイナさん」

 

 レイナが破邪の剣を展開し、サクラはステッキにまたがったまま魔法の準備を整える。

 

 「ここで絶対に止めるぞ!こいつは強いみたいだしな」

 

 レイナの言葉に気迫を感じ、ゾネはニヤリと剣の先を二人の女性に向ける。

 

 「俺は実力が本格派なんでな。お前らみたいのと戦えるなら、思う存分やれそうだぜ。がっかりさせてくれるなよ」

 

 宮殿の入り口ではオーク怪人がチョトツと豪腕を絡ませ、力の押し合いが始まっている。お互い拮抗した力に、ミヤコは余裕そうに戦いを眺めている。

 

 「ミドリコ、あの兵隊、任せてもいい?」

 

 レンが指差した先にいるのは、腕をライフルに改造したであろう兵隊のリーダー格。狙いをこちらに定めて、今にも銃を発射しそうな雰囲気だったが、ミドリコはそれをランチャーで妨害する。

 

 「私がミヤコの防衛に回る。レンも宮殿へ!」

 「了解。無理しないで、ね」

 「君もな!」

 

 あらかたの兵隊達は倒され、今度はレンが宮殿へと走り出す。

 

 宮殿に入ると既に兵隊達はボコボコにされて、いたる所に倒されている。

 

 「ほほほ・・・まだ侵入者が居るのですか」

 

 女性の様な声音だが体つきは男。

 

 怪しくも美しい着物の様な服装で、大きく胸元を開けた芸者の様な達振る舞いの男がレンの目の前に立ちはだかった。

 

 腕を覆う大きな袖から、大きな扇子を二つ構えてレンの目の前に現れる。

 

 「初めまして。わーしはソル・レヴェンテ。一応幹部でやらせてもらってます」

 

 ビーム剣を二本、デュアルの形状に変えるとレンはソルと名乗った男へ問答無用で攻撃を開始する。

 

 「ほほほ・・・お強い女性ですね」

 「何か、芸ができるなら、今のウチ、だよ」

 「あなたがバラバラになる芸なら、わーしは出来ますよ」

 「ほざいてろ」

 

 ギンジから学んだ喧嘩口調を言うと、ソルは顔に血管が浮かび上がる。

 

 「友達が、平和を望んでるの。邪魔しないで」

 

 本当はレンは自分の未来を守るために戦っている。だけど友達になったルカの未来を守るのも、今の自分の使命なのだ。

 

 正義の為に、彼女は戦に身を投じた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ムーン・カッター!」

 

 ルカの必殺技が兵隊を倒し、その後ろでギンジは興奮する。

 

 「すげー技だな・・・カエデもなにか飛び道具ないの?」

 「あたしは無いわよ。近づいて攻撃する。それだけ!」

 

 単純で分かりやすい戦い方に、ギンジとカエデは笑い合う。

 

 「ルカ、大ボスのタイヨーズってのはどこに居るんだ?」

 「宮殿の最上階!あいつは太陽の化身とか言ってるから!上の方がお好みなんだよ!」

 「なるほど。太陽だからか・・・頭悪いんじゃね?」

 「あたしもそれ今思った!」

 

 走りながらギンジは炎で兵隊を焼き払う。

 

 カエデも衝撃で兵隊を打払い、ルカのサポートに回る。

 

 ルカの背後に迫る兵隊はカエデが倒し、カエデの背後に迫る兵隊はギンジが倒す。

 

 そしてギンジに迫る敵は・・・ギンジ自身が倒す。

 

 「ニャハハハ・・・暴れ過ぎだ」

 

 細い通路にて走るルカ達の前に、ネコの様な見た目をした怪人というのが正しいのか解らない見た目をした怪物が現れる。

 

 「ガット!?馬鹿な、倒したはず!」

 

 この怪物はルカが最後の一人になった時に、苦戦しつつもなんとか倒した敵性存在。

 

 一人で倒すのも苦戦した覚えのある怪物だが、ルカ、ギンジ、カエデは臨戦態勢に入るが、ガットと呼ばれる怪物はニタリと嗤う。

 

 「やるぜカエデ!」

 「立ちふさがるなら容赦しないわよ!」

 

 ガットが爪を出して、彼も戦闘態勢に入る。

 

 「二人とも、そいつは手強い。ボスのタイヨーズが信頼する側近で・・・」

 「大ボスの足元に這いつくばる子猫ちゃんが、本当に手強いのか?」

 「きっと弱いだろうから、ギンジとルカは先に行っていいわよ」

 

 完全に舐めてかかっている侵入者に、ガットが怒りを顕にする。

 

 「いいわよ、ここはあたしに任せてちょうだい!」

 「そ、そんな簡単に・・・」

 

 カエデの自信満々な態度に、ルカはなんだか不安の方が強くなるが、ギンジはカエデを信じてガットを通りすぎる。

 

 「カエデ、頼むぜ」

 「勿論よ!」

 

 そのまま先に駆け出すギンジを見て、ルカも先に進もうと走り出す。

 

 しかしそれをガットが爪で阻止するが、カエデのガントレットが爪を弾き返す。

 

 「ニャーン・・・お前から先にねこねこにしてやる!」

 「ネコより犬の方が好きなのよ、あたし・・・」

 

 カエデの衝撃の拳がガットの分厚い胸筋に当たり、細い通路の壁にぶつかると奥の部屋へと転がっていく。

 

 「ニャアアア!?なんだこの力は」

 

 痛みで悶絶しながらも、ガットは血反吐を吐き出す。

 

 「ほら!ルカ!」

 

 カエデは立ち止まったままのルカへ振り向き、ニッと笑顔を見せる。同じ女性のルカから見ても憧れのヘヴンホワイティネスの笑顔は可愛いと思えた。

 

 「ここはあたしに任せて!ギンジを頼むわよ!」

 

 ガントレットのギアを回して、カエデも自分の戦いに入る。

 

 「あなた達の正義の為に、全力を尽くして行くのよ!ムーン・パラディース!」

 

 カエデの強い言葉に、また背中を押される。

 

 ルカは急いでギンジが走った方向へと走り出す。

 

 (そうだ・・・僕はこの戦いに決着をつけるんだ。戸惑ったり、悩んだりして、足を止めている場合じゃない!)

 

 決意をしていたのに、足がすくんでいたのかも知れない。

 

 ここまでギンジ達が繋いでくれたのだ。もう止まれないし、退く事はできない。

 

 そういう領域まで来た戦いなのだ。

 

 (皆・・・僕は、必ず勝つよ)

 

 先に旅立った仲間へ、ルカはまた同じ決意を飛ばす。最初に比べてより強く、より重く。

 

 正義と悪の決着は、あと少しの所まで進み始めていた。

 

 佐久間ギンジという男は不思議だ。

 

 強くてあらっぽいのに、勢いだけで発言して、そして誰よりも仲間が多い。

 

 一人になってしまったルカは、目的の為にありもしない希望にすがりながら、なんとか戦っている生きた屍みたいになっていた。

 

 しかし、そんな生きた屍を救ってくれた男は、今の自分には持っていないモノをたくさん持っている。

 

 仲間も友人も。正義の志も、優しさも全て・・・。

 

 「佐久間君・・・君はすごいね」

 「おうよ俺はいつでもすごいんだよ!この先も期待してていいぜ!絶対力になるからよ」

 

 二人が走る道は警備が薄くなっている。

 

 「そろそろ大ボスが近いってことだな!やろうぜ、ルカ!」

 「ああ・・・!」

 「お前の正義を勝たせるんだ!必ず出来るぜ!強い必殺技持ってるしな!」

 

 ギンジの期待の言葉にルカは、本当に背中を押される。

 

 (本当に不思議な人だ・・・)

 

 大きな光に包まれた気分のルカは、ギンジの隣を走る。

 

 走るその先には太陽のマークを模した鉄扉が見える。

 

 「あそこだな!」

 

 ムーン・パラディースとして、決着をつけに来た。

 

 月島ルカの本当の意味での最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

続く   

 

 

 

 

 




お疲れ様です。

最後戦いとか言ってるけど、ヘヴンホワイティネスの戦いはまだまだ続きます。このムーン・パラディース編が終われば重要なピースは揃うんや!

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
ミヤコに襲われたりカエデにチョップされたりと不遇な主人公。

神宮カエデ
ギンジの事好きなのに、なんか暴力的な事もおおい。
現在、幹部のガットと交戦中

宮寺レン
友達であるルカの未来を守るために、この戦いに参加している。
正義のヒーローの味方をする正義のヒーローです
現在、幹部のソル・レヴェンテと交戦中

甘白ミドリコ
この戦いが終わったら元気の出るお酒を飲もうとしている。
赤鬼の様に自己犠牲にならないように頑張ろうと思う。
現在、ミヤコの防衛入っている。

小町サクラ/熊沢レイナ
ギンジの連絡で参加した正義の味方。
現在、幹部のゾネと交戦中

オーク怪人
ドクターミヤコの為だけに動いている一流の戦士。
音楽堂のときよりも少し雰囲気が柔らかくなった。
現在、幹部のチョトツと交戦中

チョトツ/ゾネ/ソル・レヴェンテ/ガット
それぞれサン・アンフェールの幹部。
暴力的でシズハをボコしたのはチョトツ
ゾネは科学者でもあり、淫紋をナズナにつけた
ソルはいたぶるのが趣味で、カナミの眼の前で一般市民を嬲った。
ガットはルカに倒されたが、以前はルカの仲間を攫ったりしていた。
サン・アンフェールの目指す弱肉強食の世界倫理に感動しており、それを実現しようと全力で動いていたが、ルカ一人に苦戦していた。

ヘルブラッククロスとは敵組織同士小競り合いをよく起こしていた。

次回はオーク怪人の主役回!オーク怪人ファンは喜べぇええええ!

ちなみに次回からは○○vsシリーズになるので少し更新は早くなるかと思います。
感想や応援等いただけましたら幸いです。
それでは、また次回!


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35・オーク怪人vsチョトツ

こんにちはアトラクションです
最近仕事忙しすぎてワロエナイ

なんで全部早出なのー!?ありえなーい!

さて、今回のお話を作るにあたって実は仕事で疲れて眠くてサボる事がありました(正直)
仕事も大切だけど、ヘヴンホワイティネスも大切。両方大切にしなくちゃあならないのが社会人の辛い所。覚悟は出来てるか?俺は出来てる!

それではどうぞ!オーク怪人の主役回!オーク怪人の必殺技もあるで


 サン・アンフェールの本拠地となる宮殿。その入り口前の噴水の有る庭園にも見える場所では、オーク怪人が、サン・アンフェール幹部であるイノシシの大男、チョトツとの激突を果たしていた。

 

 「ブシシシ!パワーのある上物だな!鍋にしちまおうか」

 「ほざけ愚か者め!」

 

 力は互角・・・少しだけチョトツが上回るだろうか。

 

 このチョトツと名乗る怪物は、襲撃に先んじて突撃して来た幹部。まだヘヴンホワイティネスが結成される前には、オーク怪人とは顔合わせ程度した認識していなかったし、お互いあまり覚えていない様な、そんな関係性。

 

 どうみても頭の良さはオークに軍配が上がるが、見た目通りで想像以上のパワーを持つチョトツの攻撃は、ギンジでも苦戦したオーク怪人の身体を軽々と打ち上げる。

 

 力任せと根性しか無い攻撃なのに、そのパワーはオーク怪人もミヤコもミドリコも、驚かせる破壊力を秘めている。

 

 「いいなぁ?女が後ろに二人も居てよ!」

 「羨ましいか?貴様にはやらんぞ」

 「もらわなくて結構だな!奪っちまえばいいんだからさ!」

 

 タックルを決めて触れるか触れないかのギリギリの距離感から、圧が生じると、まるで鋼鉄同士を思い切りぶつけ合った様な音が鳴り響く。

 

 チョトツの右腕の大ぶりな攻撃をしゃがみ、オーク怪人の足払いに踏みつけで対応する。

 

 しかし確定未来で見えていたオークは足払いをフェイントとし、蹴りの勢いで立ち上がると背中を叩きつける鉄山靠。

 

 「ほへぇ〜・・・やるじゃんか」

 「ぬっ!?」

 

 オークのフェイントをつけた攻撃を真正面からモロに貰っても、それでもまともなダメージは無い様に見える。

 

 恐ろしく頑丈である事を理解はしたが、それでもオーク怪人は退かずに、連続で殴打を与える。

 

 「やめときな・・・!」

 

 オーク怪人の持つ攻撃力は並の怪人の非ではないのに、このチョトツは既にビクともせずに余裕を見せている。

 

 「オーク!下がって!」

 「ッ!」

 

 ミヤコの指示で攻撃を中断して、後退する。それに合わせてミドリコが閃光手榴弾を投げつけて、チョトツへの前進を妨害する。

 

 「オーク、何か変だよ。あのイノシシ、まるで攻撃が聴いていない様に見えるんだけど」

 「ブヒ。面目ありません。私も攻撃に手応えを感じないのです」

 

 拳は確かに当たっている。先程の鉄山靠も。

 

 当てた手応えを感じても、ダメージを与えた手応えは感じない。

 

 「ブシシシ・・・そりゃあそうだろう。お前みたいな奴のへなちょこパンチ、効きゃしないぜ」

 

 もう閃光から回復したのか、チョトツは足元に転がる兵隊を蹴飛ばして、オーク怪人へと向かって来る。

 

 「なんてことをするんだ!仲間じゃないのか!?」

 

 自分の組織の部下を軽々しく痛めつける行為に、ミドリコが大きく叫ぶも、チョトツは鼻で笑いながらそれを否定する。

 

 「仲間?違うな・・・こいつらはサン・アンフェールに所属する奴隷だ!」

 

 奴隷。その言葉には様々な意味も込められるが、きっとチョトツから見れば道具という見方。それも壊れやすい、使いまわしの効く安物。

 

 「強者が従えれば、ザコ共は一方的にボコられるのが義務になるんだよ!義務だぜ?義務!義・務!」

 「ふん・・・義務、ぎむ、とうるさい奴だ。いずれにせよ貴様は、部下に対する良心を持ち合わせて居ないようだな」

 

 怪人は癇癪で人を殺す。しかしオーク怪人は、自分の部下や、人間を自分勝手な理由で殺したことはない。

 

 ──ドクターによ寄り着く悪い虫は殺したがな。

 

 ドクターがいくら無能な怪人を相手にしても、基本的には処分しない事を知っているから。

 

 だからドクターを真似て、彼女みたく部下を大切にしようとしていた。

 

 そんな自分にも付き従う戦闘員達がかつては居たのだ。

 

 ミヤコと同じ立場になってようやく解る、部下という存在のありがたみを。

 

 「ヘヴンホワイティネスに同調する訳では無いが」

 

 オーク怪人はかつてカエデとレン、そして今後ろに居るミドリコと初めて出会い、戦った時の事を思い出す。

 

 何度力で押し込んでも諦めない彼女達は、守りたいモノの為に命を賭けていた。

 

 譲れないモノもお互いにあるからこそ、戦わないと行けなかった。

 

 その時に自分を守って倒れた戦闘員の大切さを、オーク怪人は今までずっと忘れた事はない。

 

 そして明らかな闘志を燃やしたオーク怪人の表情は、真っ直ぐとチョトツを見据えて、言葉を叩き出す。

 

 「他人を大切にできん奴には、敗けるわけにはいかんな!」

 

 軍服を脱ぎ去り、オーク怪人は本気の戦闘態勢に入る。

 

 何か攻撃の届く手段を考えねば。

 

 (いや・・・そもそもこいつは、何か強力な防御手段を持っているのか?それがこいつの能力の可能性はあるな・・・)

 

 この一瞬の中、オーク怪人は次なる一手の為に考え始める。

 

 この戦いに勝つ為の一手と、このチョトツの持つ能力について考察する。

 

 もしかしたらとは思うが、犬の怪人みたく防御力が突出して高い可能性もあるし、能力的な隠し玉もあるかも知れない。

 

 その二つを抑えてかつ、自分の攻撃を与える手段を何か用いなければ、いずれ体力が切れて敗北してしまう。

 

 「ほらほらどうしたこぶちゃん?来ないのか?」

 

 チョトツが下卑た笑みを浮かべながらも、重い一歩を踏み出して来る。

 

 ここでオーク怪人は、自分の思考を張り巡らせながらも、後ろに立つ敬愛なるドクターへと助力を試みる。

 

 「ドクター。奴は抑えます。奴の能力を解析していだけますか?」

 「くふふ・・・いいとも。でも、必ず勝ちなさい。それが条件だよ」

 

 メガネをかけ直しながらミヤコが出した、至極当然な条件はオーク怪人に、余裕を生み出させる。

 

 「無論です」

 

 呟くような言葉を出すと、オーク怪人は再びチョトツと激突する。

 

 「なんだ?また力比べでもするのかね!」

 「イノシシめが・・・!」

 

 チョトツの毛深い腕がオーク怪人の腕と力強く鈍い音を叩き出しながら、ぶつかり合う。

 

 「さて、公安おねーちゃん。わたしの防衛は頼むよ。くふふ」

 「当たり前だ!でも早くしてくれよ!弾も無限じゃないんだ!」

 

 未だ恐れずに迫る兵隊達を、マシンガンやらライフルやらで防戦しながらも一定距離に近寄られないように、ミドリコが防衛してくれている。

 

 ソレ故にミヤコは無事になっていた。

 

 次にミヤコはお手製のマシンを使って、チョトツという怪物の体内パラメーターを解析する。

 

 【チョトツ

 

 本名・小山田チョトツ・モーシン

 

 サン・アンフェール幹部

 

 イノシシと人をベースとした怪物

 

 自信家でいじっぱりな性格。レベル10の時、タイヨーズに拾われた後に改造された。

 

 数々の暴力的な行動を起こしてきた真宵町の驚異。

 ムーン・パラディースとの戦いにおいてはほぼ敗けなしの実績をほこり、攫ったムーン・パラディースの一人を容赦なく暴行しつづけた過去、実績あり。

 かつてはヘルブラッククロスの総統直属の怪人である、赤鬼の怪人と互角の戦闘を繰り広げた

 

 好きなモノは痛めつける事、嫌いなモノは痛めつけられる事

 好きな女性のタイプはおしとやかで尽くすタイプ。でも気に入らないと殴る

 

 力A+ 俊敏性C+ 防御力D 耐久持続性C

 特殊耐性C 性S 女性に対する奴隷欲求S

 

 オーク怪人のパラメーターにおいて比較すると、防御力との乖離があります。

 

 特殊能力・サンフォース使用中】

 

 (サンフォース・・・?)

 

 銃撃音が響くミドリコの背後で、ミヤコは気になる項目を解析する。

 

 (解析に時間がかかりそうだ・・・そうだ)

 

 マシンのレンズに眼を通しながら、ミヤコはオーク怪人へとある提案を飛ばす。

 

 「オーク!その猪ちゃんの動きを止めて!」 

 

 ミヤコの指示で、チョトツの攻撃の隙きをついてタックルで押し倒すと、そのまま両腕を抑え込む。

 

 「やりました!」

 「ぐぬ・・・!舐めるな!」

 「オーク、使え!」

 

 抑え込んだオーク怪人へと、ミドリコは手榴弾を投げる。ピンは抜かれておらず、このままでは爆発はしない。

 

 片手でそれを受け取り、チョトツの口へと突きこむと、再び両腕を抑え込みさらに体重をかける。

 

 「ふごごふごふご」

 「喋れまい・・・今です、ドクター!」

 

 オーク怪人の叫びを合図に、ミヤコが急ぎ足でチョトツの全身を解析する。

 

 サン・フォースという特殊能力について、ミヤコは興味津々に調べる。

 

 今後の研究材料になるかも知れないから・・・。

 

 【サン・フォース

 

 元々はムーン・パラディースの変身道具

 

 チョトツのは銀河シズハのモノを奪い取り改造され、チョトツの能力を向上させている。変身能力は失われているが、本来の持ち主の防御力向上をそのまま使用されている

 

 また、その防御力をいかした突撃は武器としても使用可能

 

 サンフォースは腰に装着中】

 

 「っていう解析が出たよ。くふふふそれじゃあ〜」

 

 ミヤコは怪しい笑みを浮かべながら、チョトツの腰をまさぐる・・・前に手袋をつける。

 

 「なんの疫病があるか解らないからね」

 「流石ですドクター」

 

 もう何をしても流石と思うミヤコの行動へと、感激するのだが、ミヤコの背後には兵隊が迫って来ている。

 

 「ドクター!」

 「くふふふ・・・大丈夫」

 

 白衣で口元を隠すミヤコの背後には、火炎放射が壁を作ると同時に兵隊達が焼き払われる。

 

 「ミヤコの事は私に任せろ」

 

 ミドリコがさらなる兵器であるG・バーナーとレリーフが掘られた武器を構えて再びミヤコの防衛に入る。

 

 「G・バーナーの威力・・・凄まじいモノだな。毎度君の科学力には驚かされる」

 

 今は敵でない事に感謝して、火炎放射G・バーナーを操る。

 

 「さて・・・失礼〜」

 

 ミヤコの手袋がそのままチョトツの腰を触る。その目線は無を宿しており、まるで嫌いな男性にボディタッチをしなければならない様な、そんな表情をしている。

 

 「ふぐごふご!ふぐごふご!」

 「貴様、ドクターに触れてもらえているのに喋るな愚か者!」

 「ふごぉ!」

 

 抑え込むオーク怪人からの頭突きをもらい、ダメージは無いがチョトツの後頭部がコンクリートにめり込む。

 

 「あ、あったこれだ」

 

 腰をくねらせ抵抗するチョトツだったが、抵抗は敢え無く無意味となり、容易に切り札と同等のサンフォースを奪われてしまう。

 

 「ぺっ!おいふざけるなクソガキ!それは各幹部が貰った最強の道具なんだぞ!触るな!」

 

 サンフォースはつまり、チョトツを含めて4つある事になる。

 

 手榴弾を吐き出して、ミヤコに暴言を吐くが、そこをオーク怪人が引張り上げて持ち上げる。

 

 「【クソガキ】・・・許さんぞ、貴様ぁ!」

 

 ミヤコは焦りながらも抵抗するチョトツへと、サンフォースを見せつける。

 

 「これ欲しい?いいよ、ほら」

 

 悪戯な笑みを浮かべてサンフォースを背後に投げるミヤコ。

 

 「さ、サンフォースを、返せぇぇ!!」

 

 その背後では燃料を使い果たしたミドリコが、怪人用のカスタム拳銃を抜いて戦闘を行っているが、たまたまミヤコが投げたサンフォースが落ちた場所に、ミドリコのハイヒールが深く刺さる。

 

 レンズが割れる音を鳴らして、サンフォースが砕け散る。

 

 「・・・ッ!?」

 

 自分の弱点を補う強化アイテムを壊されて、その視線はドクターミヤコへと向くが、チョトツの真下に居るオーク怪人がその巨体を持ち上げたまま飛ぶ。

 

 身体の上でチョトツが回されて、頭を地面に向けられた姿勢で、オーク怪人は本気の怒りのダンクを決める。

 

 「ドクターを三度・・・愚弄したな!もう貴様に生かしておく余地は無いと思え!」

 「こ、このぉ・・・」

 

 防御能力が失われたためか、頭部から血を流して頭痛に苦しみながらも、チョトツはよろよろと立ち上がる。

 

 「これできっとまともな攻撃が通るよ・・・!」

 

 特殊能力による攻撃手段を持たないオーク怪人では、肉弾戦でのみの戦いとなる。

 

 故にヘヴンホワイティネスと戦うときも、実体に届きうる破壊力で戦うしか無かったのだが。

 

 「来い猪!お前にドクターの偉大さと、ヘルブラッククロス怪人大幹部の実力の差を見せつけてやろう!」

 「・・・絶対に殺してやる!」

 

 力だけであれば組織でも上位のチョトツは、今も残っている幹部達の中でも戦闘は最強。

 

 サンフォースを失おうとも、これをなくしたからとて敗けるわけでない。

 

 「ライジング・アッパー!」

 

 オーク怪人の拳が目測で見るよりも早く振出される。チョトツの顎をかち上げて、上体がそれる所にオーク怪人の拳が連続で繰り出される。

 

 「ラヴ・ドクター!!」

 

 さながら愛の拳。敬愛なるドクターを愚弄された事による、怒りと共に、私がここまでドクターを愛しているという想いを乗せた連撃。

 

 「舐め、るな・・・ぁ!」

 

 連撃が止まるとチョトツも負けじと、大振りな拳をオーク怪人の顔面へと叩きつける。

 

 いくら能力解除されているとは言え、この力の強さは少し予想外だった。腐っても幹部、その実力は本物である事は間違いない。 

 

 「こぶたが!イノシシに!逆らうんじゃねぇ!!!」

 

 言葉を一つ吐き出す度に一撃がくだされる。

 

 「所詮、お前らヘルブラッククロスも!あのヘヴンホワイティネスも!魔法少女も退魔警察も驚異じゃねーんだよ!お前を造ったあのクソガキも!」

 

 またもやミヤコをクソガキと呼ばれて、本気でオーク怪人の怒りに火を付けた。もとより三度目で許すつもりはなかったのだが、もう言い逃れもさせる気はない。

 

 「不遜な男だ!ここで死ね!」

 

 攻撃を大ぶりした結果、息切れを起こして威力が下がっているチョトツ。

 

 サン・アンフェール最強の攻撃力を誇る男を持ってしても、オーク怪人を退く事は出来なかった。

 

 「こっのクソブタがぁあぁあ!!」

 

 両腕を振り回してオーク怪人の顔面を狙った攻撃は、軽く避けられる。

 

 速く強く鋭い拳は虚しく空気を裂き、オーク怪人はチョトツの背後に回る。

 

 「防御能力があれば解らなかったが、今のお前ならドクターの最高傑作の足元にも及ばんな・・・」

 

 襟首を掴み、力任せにぶん回す。遠心力を活かした大回転の後に、空高くへと投げ飛ばす。

 

 「オーク怪人・・・とどめを刺しなさい」

 「了解いたしました!」

 

 ミヤコの指示を聞き入れるとすぐさま飛び立ち、上空のチョトツの頭を掴む。

 

 「ここで貴様らとの因縁も終わりだ!」

 「このぉ!!」

 

 足を絡ませ、腕を身体に巻き付かせ、指はチョトツの筋肉に食い込ませる。身体をお互い落としながらここでも更に回転力を上げていく。

 

 「あの世でドクターに詫びろ。地獄の番人が貴様を待っているぞ」

 

 オーク怪人の顔は地獄にいる死神・・・豚の頭骨で形取ったお面をつけた死神。

 

 例えるなら荒れ狂う地獄の中で、黒い十字架を罪人達へと突き立てようとした、巨大な死神の気迫。

 

 「ヘルブラックフォール!」

 

 その気迫に押されて何も喋れずに、チョトツは地獄と称したコンクリートへ思い切り叩き落とされる。 

  

 その真上にはオーク怪人が乗り込み、全体重と回転を二つ加えた完全破壊を目論んだ文字通りの地獄落としである。

 

 「・・・!」

 

 チョトツは全身の骨をバラバラに砕かれ、何かを喋ろうとしたがそれは言葉として成立せず、力尽きた。

 

 「ブヒ。ドクターを愚弄した者に、明日は来ないと思え」

 

 勝利を収めたオーク怪人の姿を見て、兵隊達が恐れて、尻込みする者達が現れる。

 

 「お疲れ様、オーク」

 

 ミヤコは余裕な笑みを浮かべてオーク怪人へと歩み寄り、オーク怪人の軍帽を手渡す。

 

 (これだけの力を持っていながら、何故正義の為に動かないんだ。ギンジにも勝る程の力を持っているのに、不思議な奴だ)

 

 兵隊達の戦意が消えた事を確認したミドリコは、背後に立つオーク怪人を見てその実力に感心すると同時に、少しだけ怖いとも思ってしまう。

 

 宮殿の入り口における戦いは、オーク怪人の勝利で決まった。

 

 (ブヒ。ドクターをお守護り出来て良かった。しかし・・・)

 

 オーク怪人は宮殿の屋上から迸る光と、耳をすませば聞こえてくる金属の擦れてぶつかり合う音や、宮殿の内部の破壊音に、他の幹部が居ることを知る。

 

 さらに言えばあのサンフォースと呼ばれる、特殊な強化アイテムを持った幹部が他にもまだ居るということに、戦況はあまり良くはないと問題点を懸念する。

 

 「ドクター、ここから先はどうされる予定で?」

 

 軍帽をかぶりながらミヤコに訪ねたオーク怪人。その様子にミヤコはさも当然と言った様な態度で、白衣の余った部分を振り回す。

 

 「勿論!ギンジ君が戻ってくるまで、待ってるつもりだけど・・・」

 

 大人に甘えた子供の様に、ミヤコはオーク怪人とミドリコに詰め寄りながら、わざとらしく右往左往する。

 

 「あーでもでもオークが一緒に居てくれると心強いしな〜宮殿を見学したいしな〜。わたしの研究がさらにレベルアップするかも知れないしな〜誰かわたしのボディーガードしてくれないかな〜ギンジ君よりも強い怪人とか居てくれたらな〜公安の人とか居てくれたらありがたいな〜!!!!」

 「行きたいならそう言えばいいだろう?付き合うよ、ミヤコ」

 

 ミドリコはミヤコの行動に苦笑混じりに返すが、オーク怪人はビシッと背筋を伸ばして敬礼を行う。

 

 軍人らしいと言うか、忠誠心の高さからその姿勢を見せるオーク怪人は、ミヤコの意思を汲み取り全てを察するが、自分の尊敬と敬愛と信頼を持ったドクターミヤコの為に行動を開始しようとする。

 

 「な・・・なんだ、あれは」

 

 ミドリコはそんなオーク怪人の変わり様を見て、あっけに取られるがヘルブラッククロスではこれが常識なのだろう。

 

 「くふふふ。流石オーク。優秀だね」

 「ハッ。もったいないお言葉です」

 「よーし!そうと決まれば、宮殿へ突撃だ〜!」

 

 歳相応のはしゃぎ方をするミヤコは、ミドリコから見れば可愛くも思えるのだが、今はまた違う動機で動いているミヤコを少女とも見て取れれば、何か隠し事をしているようにも見える・・・。

 

 ミヤコ、オーク怪人、ミドリコは宮殿内部へと突撃するのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

現在の戦況

 

宮殿入り口

オーク怪人vsチョトツ

オーク怪人の勝利→ミヤコ、ミドリコと共に宮殿へ

 

宮殿屋上

サクラ、レイナvsゾネ交戦中

 

宮殿内部

宮寺レンvsソル・レヴェンテ交戦中

 

宮殿上部

神宮カエデvsガット交戦中

 

宮殿最上部

ギンジ、ルカ、タイヨーズの部屋突撃

 

サンフォースは残り3つ!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

続く

 

 

  

 




お疲れ様です。

眠いけど、毎日すこしづつ書き留めて、頑張りたいのです

お肉美味しいので頑張ります。頑張れる内は勉強でも仕事でもヘヴンホワイティネスも頑張るのです!

キャラネタ書きます
オーク怪人
力A+ 防御力B2 ドクターへの尊敬─(測定不可)
性欲─(変幻自在) ドクターミヤコSSS+ 
ヘルブラッククロスの幹部連中ってみんな死神の気迫を出せるそうです。つまりミヤコも・・・

鈴村ミヤコ
力C−(人間の女性相当) 防御力C−(人間の女性相当) 科学力S+ 
性SSS(ギンジにのみ) ギンジ愛X+ ヘルブラッククロスF−(戻るつもりはない)
結構まともに頭を働かせてその実どうやってギンジを手篭めにしようか考えている。たまには戦闘にも出ないとね〜

甘白ミドリコ
力B3+(平均の女性より高い) 恋愛D 酒A(実は酒豪)
洗脳対策B3+(洗脳無効化) 赤鬼A+(命の恩人だからな)
今回は珍しくミヤコの防衛に入っていた。
新しい兵器のG・バーナーはギンジ・バーナーの略称。
ミヤコがギンジの炎をもらい、造り上げた火炎放射器。
10秒で鉄を溶解できる火力を持つが燃費が悪い。

次回はなるべく速く更新できるように頑張ります!
そしてそして次回はサクラとレイナペアのメイン回です!
魔法少女と退魔警察が好きな人たちは喜べぇぇぇあいあいあー!

それではまた次回!


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36・サクラ、レイナvsゾネ

こんにちはアトラクションでございます。

vsシリーズは話の尺が短いから少し書いてて物足りなさを感じる時もあり、読んでくださる方たちが、あーもう終わりかーってならないか心配。。。もう少し戦闘の密度を上げた方が良いのかも知れません。

今後も精進あるのみ!

それでは、どうぞ!


 

 宮殿の屋上からギンジ達を見送った後、サクラとレイナはサン・アンフェールの幹部であるゾネと交戦を開始していた。

 

 半裸の上に赤いコートを着た男、ゾネは二本の陽の剣を構えては、飛ぶ様な威力の斬撃を飛ばしてくる。

 

 「避けてばかりか!俺をがっかりさせるなよ」

 

 まるで地面を走るような斬撃は、宮殿の屋上を削り取りながらレイナへと向かう。

 

 銀色の修道服を揺らして虹の様に光輝く刃、破邪の剣を展開させてから陽の斬撃を打払う。払って直ぐにレイナがゾネへと飛び出して、破邪の剣を二本振り下ろす。

 

 「破邪の双剣!」

 「ぬるいな!」

 

 二本の剣を鞭の様にしならせながらも、レイナはゾネの刃に受け止められる。その隙を逃さずにサクラはゾネの後方から魔法を発動する。

 

 ピンク色の魔法陣が展開して、五芒星の模様が描かれる。その直ぐに円型に火柱が立ち上り、五芒星の中心へと火柱が集束して行き、またたく間に光線の如き炎となる。

 

 「マジカルマジカル〜・・・マジックファイア!」

 

 呪文を唱えると集束していた炎が、ゾネの背中をめがけて発射された。

 

 「2対1だからと、高をくくっていないか?」

 

 左手の剣でレイナと剣をぶつけ合い、右手の剣はサクラの魔法と力押しを始める。

 

 「偉そうな事を言うなよ、犯罪者が!破邪の連剣!」

 

 二本の剣を消滅させてから一度退き、御札を取り出して中からは先程の破邪の剣が出てくる。しかしそれはただ同じモノではなく、掴んだ瞬間からトランプカードを広げるかの様な広がり方を見せる。

 

 「なんだ・・・曲芸でも見せてくれるのか?」

 「きっと気に入ると思うぞ」

 

 ゾネの挑発に乗って、レイナが再び飛び出す。その手に持った破邪の剣を振るう事で、剣の後ろから刃が何本も追いかけてくる。

 

 陽の剣でそれを受け止めると、肩まで届く衝撃が走り、その衝撃が数秒遅れで、何度もゾネの腕にぶつかっていく。

 

 「もう一回!マジックファイア!」 

 

 サクラが再び魔法を唱える。炎の光線はゾネをめがけて発射されて今度は命中する。

 

 「ぐおっ!?」

 「ナイスだサクラ!」

 

 バランスを崩したゾネに、レイナの攻勢が開始される。

 

 「連剣・陰陽斬り!」

 

 破邪の連剣を使った、退魔の能力を宿した札との連携にゾネが、吹き飛ばされる。

 

 「おのれ・・・!アポロン・スライス!」

 

 空中を舞いながらも、二本の陽の剣を振り下ろして斬撃を発射する。その反動を利用した復帰攻撃に合わせて、サクラが迎撃に入る。

 

 「ここで落ちちゃえ!マジカルマジカル〜ピンクミサイル」

 

 ピンク色のミサイルが何本も射出されて、不規則な弾道を描きながら敵であるゾネをめがけて集まっていき、一本のミサイルが爆発すると、連なって隣同士のミサイルが爆発する。

 

 煙が巻き上がりその中から陽の剣を振り回して、サクラへと飛んでくるゾネ。二本の刃を構えたゾネはまだまだ戦える様で、余裕な表情を残している。

 

 「いい身体してるなぁ!淫紋つけちゃるよ!」

 「私の友達に汚らしい顔を近づけないでもらおう!」

 

 サクラとゾネがぶつかる中、その真下ではレイナが破邪の剣を投げようとその姿勢を整えていた。

 

 「破邪の・・・六刃剣!」

 

 持ち手の部分を中心に円型のリング、それぞれ6枚の刃が飛び出る。手裏剣の見た目をしているその武器は、容赦無くゾネに向かって飛んでいく。

 

 しかしそれはゾネの顎先を軽く傷つけるだけで、本命となるダメージはそこまでは無かった。

 

 「あぶねぇ!まったくちょこまかと・・・アポロン・ジェノサイド」

 

 空中戦をやめて真下へと剣を向けた。その陽の剣には本当の太陽に似た光を出して輝き、レイナをめがけてゾネが急降下してくる。

 

 「砕けちまいな!退魔警察!!」

 「うわーーー!」

 

 宮殿の屋上を叩き壊して、レイナは煙と衝撃に飲まれる。

 

 「レイナさん!」

 

 サクラはステッキにまたがりながらも凄い速度で、レイナの下へと急ぐ。

 

 「次はお前だ、魔法少女!」

 

 赤いコートを外側に揺らしながらゾネは回転してくる。

 

 「アポロン・ビット!」

 

 回転しながら陽の剣が砕けていき、刃となっていたモノがサクラの周囲を取り囲む。

 

 「俺は天だ・・・天に唾を吐けば、己に帰ってくるぞ!」

 「くっ・・・」

 

 ゾネは自分達サン・アンフェールこそが、民衆へ向けられた光であると信じて疑わない。

 

 刃だったモノを自由自在に動かして、サクラをめがけた光線を次々と当てて行く。

 

 身体を刺される様なダメージに、サクラも落とされそうになっていく。

 

 「くっ・・・うぐうあ!」

 「このアポロン・ビットはお前を逃がす事は無い!勝負あったな!」

 (まずい・・・こんな、こんなの・・・)

 

 悪の組織を潰したことのあるサクラに取って、悪の組織のメンバーに敗けるのは屈辱でもあり、正義のプライドを持つ者として、あってはならないことである。

 

 まだこれで倒れるわけではないが、それでもかなり劣勢に近い。

 

 「破邪の噴剣!!!」

 

 宮殿の砕けた足場の下から、瓦礫を破壊して破邪の剣が複数本飛び出てくる。

 

 「まだ生きてるのか!?ムーン・パラディ−スならこれで倒れたぞ!」

 「ならば退魔警察はこれでは倒せないと、しっかり覚えておくのだな。勿論、次があれば、だがな!」

 

 アポロン・ビットを打ち破り、レイナが屋上のまだ壊れていない所へと飛び出てくる。まだ倒れる雰囲気はなく、サクラもレイナの背後へと降りてくる。

 

 「まだ戦えるか?」

 「もっちろんよ!」

 

 サクラとレイナはお互いに笑みを浮かべて、再び正面に立つ幹部ゾネに向き直る。

 

 ゾネの手元の陽の双剣は刃が元に戻り、強力な武器の姿を取り戻す。陽の剣を振り回してから地面に叩きつけると、光を伴った衝撃波が、飛び回るサクラとレイナへと広がっていく。

 

 「アポロン・バン!」

 

 風圧からも解るぐらい強い威力と、熱の波状攻撃が二人を襲う。

 

 「きゃああああ」

 「サクラ!貴様よくも!」

 

 その風圧には耐えきれずサクラは、宮殿の外へと吹き飛ばされてしまい、レイナは破邪の剣を地面に刺して身体が飛ばないように支えている。

 

 「このぉぉ〜!!」

 

 吹き飛ばされながらも、空を自由自在に飛べるサクラは、空中でその姿勢を整えると、レイナに迫るゾネへと再び魔法を唱える。

 

 「マジカルマジカルマジカル〜・・・」

 

 詠唱と魔法陣の展開に時間がかかるが、それまではレイナがゾネを抑える。

 

 「しぶとい奴らだ。いいぜ、楽しくなって来た!」

 

 陽の剣を操りながら力強い一撃となり、レイナの破邪の剣と何度もぶつかり合って、レイナも術と剣で抵抗していく。

 

 レイナの手に握られた破邪の剣を、ゾネが蹴りで弾くとそのまま胴体をめがけた剣の一閃。

 

 陽の色を宿した剣は、本物の太陽の優しい光を宿しているのに、扱う者がこんな悪の組織の幹部である事に苛立ちを覚えるレイナ。銀色の修道服を切り裂き、レイナの腹部からは血が出る。

 

 「くっ・・・破邪の・・・!」

 「おっと終わりだ」

 

 ゾネの左手の剣は再びバラバラに飛び回り、レイナを狙っている。アポロン・ビット。その技が既に発動されていた。

 

 「やはり俺の改造したサン・フォースは最高だ!こんな俺でも戦えるのだからなぁ!勝負アリだ!退魔警察!!!」

 

 高らかに勝利宣言を上げるゾネに、レイナは負け惜しみに近いお決まりの言葉を吐く。

 

 「いいや、まだ私達は負けていない」

 「減らず口を言いやがる。命乞いするなら身を焼く様な快楽で、溺れさせてやるのによぉ・・・」

 「お断りだな」

 

 レイナの言葉に反応してアポロン・ビットが光線を撃とうとしていたが、そこへ桃色の光線がアポロン・ビットを全て狙い撃つ。

 

 「マジカルファンネル!よかった間に合って」

 

 サクラがレイナの後方から光線を撃つ魔法を発動し、レイナの危機を救う。アポロン・ビットは全て破壊されて、粉になるまでファンネルが破壊して行く。

 

 「馬鹿な・・・!?俺の科学が・・・!」

 

 サン・アンフェールの科学者でもあるゾネは、コートをなびかせムーン・パラディースから奪って改造を施した、サン・フォースの一部が破壊されて驚愕する。

 

 「ふざけるな・・・こんな事が・・・」

 

 科学に勝る魔法は無い。その言葉を信じていたのに、サクラの魔法はゾネの科学力を打ち破った。

 

 「クソクソ!俺の科学力の方が、上なんだぞ!ふざけるな!」

 「ふざけるな、はこちらのセリフだ!」

 

 憤るゾネへとレイナが立ち上がり、破邪の剣をより強い練度で練り上げて退魔の能力を放出する。

 

 「悪者の科学力なんて、たかが知れてるもんね!それに・・・」

 

 サクラも同じく魔法陣の展開をして、狙いを定める。

 

 サクラは知っている。魔法をも超えるかも知れない存在を。

 

 レイナは知っている。科学力を超えるかも知れない存在を。

 

 そして両者は知っている。正義の志を持ったあの男だけが、最強の正義のヒーローである事を。

 

 更にサクラとレイナは信じている。

 

 最後には必ずその正義のヒーローが勝つ事を。

 

 「どっちにしたって、ヘヴンホワイティネスの相手にはならないね」

 「当たり前だ。こんな半裸男、ギンジに合わせるわけにはいかん」

 「お、俺が・・・俺達サン・アンフェールが・・・!」

 

 魔法少女と退魔警察の二人が、必殺級の大技の準備が終わる。 

  

 「ムーン・パラディースでも無い奴らに敗けるなんて!!」

 

 この二人の迫力に押されて、かつ科学力を完全否定された事で、震えながら戦意を喪失したゾネに、正義からの容赦ない攻撃が振り下ろされる。

 

 「マジカルマジカル・マジックル・マジカルピンクキャノン!」

 「破魔の聖剣!!!」

 

 現状二人が出せる最大の魔法と、破邪を超える領域、破魔の大技。この二つが混ざり合い、衝撃の渦を炸裂させると、ゾネを巻き込んで斬り刻みながら大爆発を上空で起こして消し飛ぶ。

 

 「悪は滅びるモノだ・・・失せろ、外道」

 「月夜に散りなさい、悪党!」

 

 ゲヘナミレニアムにもマージ・ジゴックにも居ないタイプの悪だったが、これらを潰した彼女達の敵ではなかった。

 

 「よーし終わりおわり!ちょっと強かったけど、問題なし、だね!」

 「そうだね。早い所ギンジの所に合流しよう」

 「レイナさんて、ギンジの事ばかりだね〜」

 「な、うるさい!いいだろう。好きなんだから・・・」

 

 戦闘に勝利して、サクラがレイナをからかうが、レイナは自分に正直に言葉を出して、顔を赤くしていた。

 

 「それじゃあ・・・あいつが開けてくれたこの崩れた穴から行こうか」

 「オッケー!後ろは任せて!」

 

 ゾネが先程開けた屋上の地面から飛び降り、二人も宮殿内部へと突撃していく。

 

 宮殿屋上の戦闘は魔法少女と退魔警察の勝利で幕を降ろした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

現在の戦況

 

オーク、ミヤコ、ミドリコ

宮殿内探索中

 

サクラ、レイナvsゾネ→サクラ、レイナの勝利

宮殿内へ突撃開始

 

レンvsソル・レヴェンテ交戦中

 

カエデvsガット交戦中

 

ギンジ、ルカ、タイヨーズの部屋突撃←次の視点はここから

 

 

サン・フォースは残り2つ!

・・・・・・・・・・・・・・・・

  

 「大物ぶった小物の部屋はここかぁ!!!」

 

 立ちふさがる兵隊達を軒並み蹴散らして、ギンジとルカはサン・アンフェールのボス・タイヨーズの部屋まで突撃を果たした。

 

 黄金の床に赤いカーペット。南国のイメージを持たせる石柱が並ぶ、まさしく王の謁見の間となる大部屋に、ギンジとルカは扉を破壊した轟音と共に、現れる。

 

 月島ルカ個人と、ムーン・パラディースの宿敵の目の前に立ち、強く一歩を踏み出す。

 

 「タイヨーズ・・・」

 

 ルカの声は憎しみか怒りか苛立ちか・・・。

 

 様々な感情を孕んだ声音を乗せて、宿敵の名前を呼ぶ。

 

 「月に踊らされた人形め。今度は、そんな変り身を連れて来たのか」

 

 タイヨーズの言葉にギンジはピキリと、苛つきを強く出す。金棒を背負ったその姿はまさしく今から喧嘩に出ようとする、半グレそのものみたいな歩き方をして、ルカの少し後ろをついていく。

 

 「テメぇこそ、今更身代わり使って逃げようとすんなよ」

 「誰が逃げるものか。お前達みたいな泣いてばかりいる弱者共に、我々が今更臆するとでも?」

 

 威厳はあるのだが、どうにも小物臭さが見える。そんなボスと呼ばれるタイヨーズを見て、ギンジは強い志を持ったルカ達が敗けそうになっている事が信じられなかった。

 

 ここに来るまでの兵隊達は、正直ヘルブラッククロスの一般戦闘員よりも弱く感じた。

 

 「もうじき我々の進撃が始まるのだ。お前達は今日、ここで消すぞ。覚悟してもらおう、ムーン・パラディース、そしてヘヴンホワイティネス!!」

 

 タイヨーズが王座に座ったまま、陽の力を展開する。その光は左手に集まり、豪速球となってギンジ達へと発射される。

 

 「フルムーン・シールド!」

 

 黄金の満月の盾が展開され、ルカとギンジは事なきを得る。すぐさまギンジはシールドから横転して、雷をまとわせた金棒を肩に担ぎ、タイヨーズへと突撃する。

 

 「オッラアアア!」

 「無駄だ。雷ごときでは、我が力は止められぬ・・・」

 

 再び陽の豪速球が飛び出す。今度は複数の球となり、ギンジに幾度も飛び込んでくる。無慈悲な機関銃の如く打ち出されるが、ギンジはそれらが自分の身体に命中しそうなモノのみ、金棒で弾く。

 

 四方八方に飛び散る陽の豪速球は、床を焼き、石柱を貫き、天窓を破壊し、壁を溶かして行く。

 

 「こんなんで止められると思ってんのか!?」

 「止められないと、思っているのかね?」

 「佐久間君、上だ!」

 

 ルカの指摘にすぐ真上を確認すると、ギンジの視界に写るのは大きな陽の球。それは屋内に君臨する太陽そのもの。

 

 「堕ちろ。天国を望む者よ。強者の陽撃(サン・アンフェール)

 「!?なんだ?」

 

 ギンジの真上の太陽が落下すると、タイヨーズの大部屋のカーペットと床と共に、大穴を開けて下へと落とされた。

 

 猛烈な熱撃に、普段炎を操るギンジでさえ、苦しいと思える大きな火力。

 

 「ぐっぅぅ・・・うおおおお!フェーズ3!!」

 

 土壇場でフェーズ3を発動するも間に合わず、下の暗闇と共に落とされた。

 

 (クッソ・・・!なんだよ強いじゃねぇか・・・!)

 

 黒炎と紫電を身体に走らせて防御力を全開にしても、この攻撃の方が早かった。これは間違いなくギンジの油断。大きな、大きな油断。

 

 この油断によってギンジは下層も下層、宮殿の最下層へと落ちて行った。

 

 「ククク・・・ヘヴンホワイティネスもあっけないモノだ。この程度の存在に、ヘルブラッククロスは手を焼いていたのか?」

 「よくも・・・よくも・・・」

 

 タイヨーズの失笑に、ルカは泣きそうになりながらも、月の力を発動する。このまま敗けるわけには行かない。

 

 ギンジは決して弱くない。しかし、ギンジ程の男でさえもこうやって簡単に撃破するのが、サン・アンフェールのボスたる所以。

 

 絶対強者として、そしてその名を関する王として、タイヨーズは悪辣な笑みを浮かべる。

 

 「覚悟ォッ!サン・アンフェール!」

 「遊んでやろう、ムーン・パラディース!」

 

 月光と陽光の戦いは、最終決戦へと突き進む・・・。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「あーくそ。油断した」

 

 最下層。わずかに光が見える所まで落下してしまった。

 

 「うーん・・・このままじゃザコにしか活躍していない口先だけの男と思われそうだ・・・参ったね」

 

 防御能力が功を奏したのか、ダメージはほとんど無い。ピンピンしており、無傷に近い。

 

 「よっと」

 

 足に挟まった木材と瓦礫を金棒で破壊して、指先に火を灯す。周りに暖かな光で照らし、周囲を見渡す。

 

 その火の明かりに反応して、床に転がった黄金色に光るモノをみつける。丸味を帯びて円型のリングの形状であり、一部分には三日月の形をした宝石がはめ込まれている。

 

 「これは──」

 

 月の形の宝石を見て、それが美しいと思う。直接心に語りかけてくる様な美しさ・・・。

 

 「これは・・・」

 「・・・え?誰か居る?」

 

 その場にはギンジ以外誰も居ないはずなのに、女性の声がした。

 

 低く穏やかな声が。

 

 女性の声はギンジにさらなる覚悟と決意を背負わせる・・・。

 

 「初めまして・・・アタシは──」

 

 

 

 

 この話を聴いて、ギンジはさらなる決意と覚悟を持つ事になる。

 

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。

もうすぐトータルで40話まで行けそうですね!
ところでこの作品は0話からスタートしているので、二桁目が9のつく話に行くと10話になりますね。

つまり39話になると40話!トータル40話!まだ40話になってないけど40話になったかの様な書き方で!40話!
40話どころか80話以上プロットあるんだけどね、、、
完結まで楽しんでいただければと思います。

キャラネタ書きます

小町サクラ
ギンジの連絡でこの戦いに参加した。
ギンジの強さを一目置いて評価している。だが好みのタイプではないので実はヒロイン枠ではないのです

熊沢レイナ
南度固化市最強の退魔師
相変わらずギンジの事は好きな様子。しかし取乱さず、大人の余裕を見せつける。
破邪→破魔→破悪と3段階あるけど破悪の領域は免許を取得していない。

ゾネ
サン・アンフェールの幹部であり、科学者。
本名・中曽根シゲオ
ムーン・フォースを改造した張本人。宇宙ナズナのムーン・フォースを所持していた

チョトツ
前回の話でキャラネタを忘れてたのでこちらで。
本名小山田チョトツ・モーシン
一方的な暴力を好み、自分は傷つけられるのは嫌だというクズ。
銀河シズハのムーン・フォースを所持していた


佐久間ギンジ
最後に拾ったモノと、ギンジに語りかけて来たのは・・・

次回はいよいよヘヴンホワイティネスの出番!宮寺レン主役回再び!
ビーム剣っていいよね。ライトセーバーみたいで。

感想や応援、お待ちしております!がんばりますので。また次回!
チョトツ


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37・レンvsソル・レヴェンテ

こんにちは、アトラクションです

最近まともに眠れない事も多いですが、私は生きてます。生きているんだ!

今回は我らがビーム女、宮寺レンの主役回!

いつもと尺は短いのですがお楽しみいただければと思います!

それではどうぞ


 

 宮殿内部、第一階層・・・。

 

 損傷の激しい宮殿内部では、兵隊達の倒れる広間でレンは幹部(ソル・レヴェンテ)と交戦していた。

 

 怪しくも美しく見える、胸元が大きく開いた着物と、腕を隠せる大きさの袖から人の頭程の大きさの扇子を取り出し、レンのビーム剣と繰り返しぶつかり合う。

 

 レンの展開するビーム剣の形状は二刀流・デュアル。

 

 リーチの短い剣と、長い通常の剣を鎖で繋げた武器。鎖を後ろにまわして、ソルの扇子と鋼鉄がぶつかった様な音を響かせ、幾度も突撃する。

 

 「わーし、しぶとい女の子って嫌いなんですよ」

 「私も、防御ばかりの敵は、嫌い」

 

 返す言葉に返す攻撃。 

 

 「なら、さっさと倒れてくれませんかね」

 「それは、断る。友達の為に、私は・・・いや、私達(ヘヴンホワイティネス)は、ここまで来たの。ムーン・パラディースは敗けないし、私個人も敗けない」

 

 レンの言葉に強みを感じて、ソルは扇子を開いて攻撃をガードする。

 

 扇を開くと、中には釘の形状をしたトゲが何本も飛んでくるが、レンはデュアルビーム剣で全て弾く。

 

 鎖から手を回して、ヌンチャクの如く振り回してソルのだまし討ちを完璧に防ぐ。

 

 「それで防げるって・・・驚かせてくれますね・・・」

 「逆にこれで倒せると、思ってるなら、驚いてる」

 「口の減らないお嬢さまだ。いいさ、どうせ勝つのはわーしらだしな。日の本・神楽!」

 

 両手の扇を開くと、小さな炎の塊を出して仰ぐ。仰がれた塊はみるみる内に大きくなり、閉じた扇子による打ち出しで、レンの居る方向へと転がって行く。

 

 レンはその塊を前にしても、自分が敗ける事は想像していない。デュアルの形状から、片刃の細長い剣、刀・・・ハーフブレードへと形状を変えて出力を上げる。

 

 ビームから吹き出す闘気が、波打ちながら刃をどんどん大きくする。

 

 大上段にハーフブレードを構えて、レンは思い切り振り下ろす。

 

 「これより熱い炎を、私は知っている。そんなんじゃ、倒せないよ」

 

 炎の塊を真っ二つに斬り崩し、塊がレンの左右を抜けていくと、炎の塊は直ぐに消える。中心には、ソルから視線をズラさないレンは、次なる攻撃に備えて、ビーム剣・ハーフブレードを構える。

 

 「恐ろしいね・・・これなら・・・!」

 「させない」

 

 次のソルの攻撃姿勢に反応して、ハーフブレードが振り下ろされた。両の扇子で防御して、身を後方へと捻り弾丸を撃ち出すかと思える速さで、レンの腹に蹴りが突きこまれる。

 

 体重を乗せた強力な飛び蹴りと同等の一撃に、レンは後ろに倒れる勢いを利用して背中を擦りながら、身体を回して逆さまになる。地面に刺したハーフブレードで勢いを殺して、腰を落とした様なしゃがむ体制を整える。

 

 「ビーム剣術・八十噛み!」

 

 ビームで出来た刀であるハーフブレードを横に払うと、噛み付く様な形の斬撃が飛び交う。

 

 ソルの扇子で叩き落とそうとしても、それらは扇子に噛みつき、勢いが止まらない。

 

 「ぬお・・・こりゃあ、厄介だなぁ」

 

 ガジガジと噛みつきながら、その歯は着物も噛みちぎろうとしていた。ソルが身体にまとわりつくその斬撃達を、開いた扇子から陽の色を宿した放射線を発動し、歯を吹き飛ばして行く。

 

 吹き飛んだ歯は空を噛みつき、歯と歯がぶつかる音を鳴らして、この空間から消えていく。レンのハーフブレード専用の技が消えると、次はソルが放射線を広間全域に広がる様に、天井へと飛びながら発動。

 

 「この放射線は人体を燃やす様に、内側から破壊していくわーしのとっておきじゃい!こんな芸風しか出来なくて悪いね」

 「・・・?」

 

 ソル・レヴェンテの放射線の範囲は、間違いなくレンに当たっている筈なのに、彼女は身構えるばかりで、特にコレといった反応が無いため、首をかしげる。

 

 「上手く当たらない様に立ち回ったか?そいじゃもう一回!」

 「!」

 

 今度は真上からの放射線。レンの周りに倒れる兵隊達は、この放射線に当てられて、身体の内部から発火して無残にその生命に終わりを告げていく。

 

 「・・・?さっきから、何をしているの」

 「・・・至近距離なら!」

 「!」

 

 開かれた扇から放射線が発動されて、レンはガードに入る。痛みを耐えようと薄目にして、意味不明な攻撃をガードする。

 

 陽の色を宿したヒーターの様な放射線は目に見えるモノなのだが、レンは防御の姿勢から何も来ない事を察知すると、薄目を開きガードの姿勢を解く。

 

 ソルの顔は不思議な表情をしており、二人して首をかしげる。

 

 「ん〜おっかしーね。手下共には効いているのに、何故お前には効かないんだ?」

 「答えはきっと・・・こうかもしれない」

 

 レンの答えは単純な答えで、ハーフブレードからビームハンマーへと形状を変えてソルを不意打ちで叩き飛ばす。

 

 「不意打ちとは卑怯なり!」

 「反応できない、方が悪い」

 

 ビームハンマーの重さもさることながら、その大きな面に乗せられた9本のトゲからの一撃に、ソルは壁、床、天井にぶつかりながら広間の奥へと突き飛ばされた。

 

 「この・・・陽放射線が効かないなら、これでどうだ!」

 「また曲芸?」

 「見せてやる!わーしの舞を!」

 

 立ち上がったソルは右腕の扇子を頭上に、左腕の扇子を膝下まで降ろした横向きの構えを取り、足を滑らせながらレンへと舞踊を見せつけるる。

 

 「日の本舞踊・(おぼろ)!」

 

 放射線を自分の身体にまとわせて、ソルの姿が見えづらくなる。はっきりとしない、陽炎の様に身体を揺らしながら、ソルは次の舞踊を開始する。

 

 「日の本舞踊・荒事(あらごと)

 

 扇子を二つ束ねてレンの正面から殴りつける。重苦しい打撃音を鳴らし、レンは膝を付く。

 

 頭を抑えながら見上げる敵の姿は、うっすらと見えては居るが、やはりはっきりとしない、朧気に見える姿そのものだった。

 

 (なに・・・今の・・・!?)

 

 ソルの攻撃は見えなかった。手元は動かない様に見えたのだが、どこか正面のどこかから、見えない鈍器の様なモノで殴られた。

 

 普段は専用のヘルメットに守られている、頭部の実体に届く一撃にレンは警戒を高めて、ビーム剣を長剣へと形状を変える。

 

 防御にも、リーチのある攻撃にも使えるこの武器であれば反応は容易い。

 

 その筈だった。

 

 「日の本舞踊・荒事(あらごと)連ね(つら)!!」

 「がっ、あうっ・・・」

 

 今度は背後から後頭部を狙われていた。この一撃も実体に届き、次に繰り出された二撃目も顔を狙われる。

 

 「・・・ッ」

 

 見えているのに見えない敵に、レンはビーム長剣を握りしめる。

 

 「わーしはお前みたいに、気の強そうなオナゴを嬲るのが趣味でね・・・も少し痛い目に合ってもらおかなっと!」

 

 未だ揺らめくソルのその姿に、レンはビーム長剣を突刺そうとして、それは煙を攻撃するみたく、虚しく空を切る。ソルの身体に穴をあける姿は、腕を振り上げているが、おそらく振り下ろしの攻撃は来ない。

 

 (マズイ・・・また頭を狙われる・・・)

 

 いくら身を守るとは言え、このまま防戦一方では勝つことが出来なくなる。ジリ貧のままギリギリで勝つのも駄目。

 

 この先に控えているであろう、ルカの戦いの援護に回らないと行けない。

 

 (・・・どうすれば)

 

 考えているだけで、行動しなかったレンの顔を狙った左右からの扇子の殴打。

 

 視界が揺れて立つ事が少しできなくなってくる。

 

 (ま、ずい・・・)

 「これで終わりだ・・・日の本舞踊・奈落(ならく)!!」

 

 扇子を握りしめて両方突き出す様にして、それらはレンの首を挟み込む。

 

 「勝負アリだ・・・!」

 「・・・ッ」 

 

 身長の差で持ち上げられて、骨を圧迫しながらも首を締められる姿勢に、レンはどんどん視界が狭まる気がしていく。

 

 意識が遠のき、終わりそうになる。

 

 「さぁ!これで幕引きと行こうか!日の本舞踊・陽衝靠(ようしょうこう)!」

 (あ・・・)

 

 身体を頭から持ち上げて宙に浮いたレンを、ソル・レヴェンテは陽の力をいながら、強力な大技を発動する。

 

 しかし、この瞬間・・・レンは勝利の為の条件が解った気がした。パズルゲームをする際のなかなかクリアできない時・・・ふとした瞬間に現れる閃きの様な感覚を持ち、レンは意識を持ち直す。

 

 「気絶してもまだまだ嬲ってあげますから・・・ね!!」

 

 陽の力の体かましは、レンに深く命中する。

 

 「・・・私、あなたに勝つ・・・絶っ・・・対、に」

 

 実体に届いた一撃に苦悶の表情を見せながらも、レンは勝つと宣言する。その言葉と、希望の光を失わないレンの瞳を見て、ソルは大きく苛立ち、くっついたままのレンを強く突き飛ばした。

 

 「・・・わーしの勝ちだ・・・かなーり苛立ったぜ、その言葉」

 

 宮殿の石造りの壁を破壊しながらも、向こうの部屋へと飛んだレンは、勝つ瞬間が見えている。

 

 身体に痛みはあれど、骨は折れていない。ただ、痛いだけ。

 

 「さてと・・・気絶しただろうから、も少し嬲り・・・」

 「ビーム剣術──」

 

 崩れた穴からソル・レヴェンテはレンを更になぶろうと覗き混んでくる。

 

 この覗く、殴る為に近づく、身体を持ち上げる・・・この行為こそがレンがソル・レヴェンテに勝つ条件の一つ。

 

 朧という技で姿を捉えられなくなっても、どこかにその本体は居る。

 

 ならばその本体が自分の見える所にまで居れば、そこに攻撃は通る。

 

 「光線撃!」

 

 ビーム剣のカノン砲の形状から出せる技。光線撃。

 

 光と熱を集束させた、レンの武器による文字通り光線(ビーム)となり、ソルの顔へと飛んでいく。

 

 「あっぶ!?まだ意識が・・・はっ!」

 「ビーム剣術・・・!」

 

 カノン砲の形状の次はドリル。ビームドリルとなり、腰を深く落として回転させる。

 

 好き勝手に殴られたお返しをする。その仕返しは打撃ではなく、斬撃と呼ぶ削岩機の形状をしたビーム剣で!

 

 「ドリル・リヴェンジ・・・!」 

 

 ギュオオオオオ──。高速回転を行い、ドリルを突き出す。

 

 「う、お、日の本舞踊・六方(ろっぽう)!」

 

 焦ったソルへと迫るドリルは今まで戦ったどんな強敵よりも強く、デカく恐ろしく見えた。

 

 自慢の必殺技、六方で受け流すも扇子はドリルで破壊され、ついでに右手をその衝撃で巻き込まれる。

 

 「ぐっおおあああ!」

 「ようやく、捉えた。もう逃さない」

 

 まだ朧の効果は残っているのに、その身体はしっかりとレンの攻撃範囲に居る。

 

 さらなる武器の形状、ビーム蛇腹剣。

 

 刃と刃を連結させた鞭と剣の融合武器に、ソルの身体は確実に締め上げられる。

 

 「わーしの舞踊が・・・!こんな奴に・・・わーしらは、神にも近い、弱肉強食の楽園に生きる・・・」

 「残念。楽園を生きるのは、私達。悪には悪の地獄・・・ケイムショが待ってるよ」

 

 ビーム蛇腹剣の先端部分に巻き上げられ、手元部分は剣の形状となっていく。

 

 「ま、待て!わーしのちゃんとした舞踊を見せるから!見逃して!」

 「ビーム剣術・クリュソーレ・ヴィント!」

 

 見え見えの命乞いを無視してトドメの必殺技を決める。

 

 動けないソル・レヴェンテに思い切りビーム蛇腹剣を、これでもかと振り回す。

 

 斬りながらも、レンは格闘術を決めていく。ヘヴンスーツの力を最大限に込めて、嬲るのが趣味というこの男はきっと数多の女性を泣かして来たのだろう。ならば女性の怒りと無念を乗せて、レンは最大限の大技を決める。

 

 (剣士の怪人・・・貴女の技、貰うね)

 

 かつて戦った最大の強敵の技を、今この手に握るビーム剣に乗せて、発動する。

 

 「ビーム剣術・ヘヴン・トランプル!」

 

 青白い斬撃の渦は、天国に居る天使の剣にも見える。

 

 神の居る国を守る聖なる天使の斬撃に、ソル・レヴェンテは打ち上げられ、その斬撃に飲まれていく。

 

 「ぬっ・・・ああああああ!!!!」

 「嬲るのが趣味なら、今度は、嬲られるのが、趣味になったらいいよ」

 

 留まる事の無い斬撃の嵐は、宮殿の壁にぶつかりながらもソルを攻撃し続け、宮殿に大きな風穴を開けて、ソルを外へと斬り出す。

 

 「・・・」

 

 結構苦戦させられたが、この戦いはレンの勝利となった。

 

 「早く、カエデ達を、追いかけないと・・・」

 

 ビーム蛇腹剣を元のビーム剣に戻して、レンは激しい戦闘跡が残る広間を走り抜けるのであった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

現在の戦況

 

オーク、ミヤコ、ミドリコ

宮殿内探索中

 

サクラ、レイナ

宮殿内探索中

 

レンvsソル・レヴェンテ→レンの勝利

ギンジ、カエデ、ルカを追いかける。

 

カエデvsガット交戦中

 

ルカvsタイヨーズ交戦中

 

ギンジ

最下層にて姿の見えない女性と会話中

 

サン・フォースは残り2つ・・・?

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

続く  

 

 

 

 




おつかれさまです。

今回はちゃんとサボらず書けた!毎日小説かけるのはいい生活ですね(破綻した小説ですが、お楽しみいただければ幸いです)

キャラネタ書きます

宮寺レン
新たなビーム剣の形状、ハーフブレードと蛇腹剣が登場。いったいどこまで増えるんだ。質量保存の法則って知ってる?
ハーフブレードは刀、日本刀と同じ形状。リコニスがあんなの使ってたな〜ぐらいの思いつきで形状が完成していた。
蛇腹剣はとっさに思いついた形状で、敵を縛りながら攻撃できる。実在する蛇腹剣はほぼ鞭と豪語するのは宮寺氏その人である

ソル・レヴェンテ
サン・アンフェールの幹部。外国人だが国籍は不明。顔立ちは良く、高身長でイケメン。
日本舞踊が偉く好みで、出会って以来はずっと胸元を開けた着物の格好。何か条件をつけて女性を嬲るのが趣味というクソ野郎。
トイレ行った後、手を洗わないタイプ。
技名のほとんどは歌舞伎に由来する。

次回はカエデメインの戦闘回!そ、そろそろ2万文字〜3万文字ぐらいのストーリー書きたい・・・!
でもあと一話だけvsシリーズが続きます!
それでは、また次回!


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38・カエデvsガット

こんにちは、パスタ大好きマンです

背骨が鳴ると怖い。ボキキッって鳴るので。スーツ着る時、ボキキッて鳴るんです。いったいなんなんでしょうね?スタ○ド攻撃受けてるかな?

今回のお話はカエデメイン回!張り切っていくぞー!

それでは、どうぞ


 

 宮殿上層・・・。

 

 ギンジとルカを先に進ませたカエデは、サン・アンフェールの幹部である、猫の怪物ガットと交戦を開始していた。

 

 ガットの爪は鋭くて強い。両腕を正面に振り下ろすと、ガットからみた左右の壁が三本の傷跡をつけて、壁を斬り崩す。

 

 「さっきは油断したけどにゃー。お前の攻撃力はだいたい解った。もう受けん」

 「言うじゃない猫ちゃん。次は世界の果てまでふっとばしてあげるわ」

 

 ガットの爪の威力はカエデも見た通り、リーチ以上の攻撃範囲を誇る。あの爪の攻撃はもしかしたらカエデの実体に届くかもしれないから、油断はしない様に、ガントレットを構える。

 

 両者動かず様子見するが、しびれを切らして先に動いたのはカエデ。ガントレットのギアが回り、ガットの顔をめがけたドライヴ・レイザー。

 

 カエデの連続攻撃はガットへと向かうのに、一撃もそれが当たらない。隙間をすり抜けるかの如くスラスラと拳を避けられ、ガットは挑発的に微笑み、カエデはその顔に苛立ちを覚える。

 

 拳を止めて、ブーツのギアを回転させて振脚を行い、ガットの足元から攻撃を行う。

 

 床を揺らした振動から衝撃波が飛び、ガットを宙に浮かす。

 

 飛んで避けられただけだが、カエデはそれを攻撃のチャンスとして見逃さない。同じ空中に飛び、両手を組んで叩き落とそうと技を決めにかかる。

 

 「必殺!スカイフォールハンマー!」

 「ニャハハハ」

 

 強固なガントレットの振り下ろしを、空中ではするりと避けられる。正確には、腕の隙間を縫って猫の運動神経を利用した動きに、必殺の一撃は回避された。

 

 「空中なら身動きが取れないと思ったかにゃー?」

 

 カエデの肩に爪を食い込ませて、ガットは、左手、両足の爪を伸ばして、猫目に殺意が宿る。

 

 「キャットレイド(猫十字爪斬)!!」

 「なっ・・・速い・・・ッ!?」

 

 ガットの技から繰り出された爪の十字斬りが、カエデの背後を捉えて防御も間に合わずに、床へと落とされる。

 

 着地して次の臨戦体制を取り、ガットは空中から更に両手の爪を降り出す。

 

 「お前たち正義を自称する者達は、力があるのにどうして支配に使わない。そんなんだから、弱いんじゃないのかにゃー!」

 

 爪をとびだせた突き攻撃は速く、カエデは避けるより防御に回る。ガントレットの防御により、お互いの腕は弾かれる。

 

 「ムーン・パラディースも同じ、どうして人数差で敗けているのに、諦めずに勝とうとするのか疑問だにゃー。我々のほうが強いし、地理も強いのに、作戦だって常に上だ!」

 

 ムーン・パラディースと戦っていた長さは、サン・アンフェールという組織の中では、同じ幹部のチョトツと同じぐらい歴がある。

 

 ソレ故にムーン・パラディースはいつも後手に回る事を知っており、いつも登場が遅い。それなのに必ず自分達に勝とうとするのが煩わしくてしょうがないから、一人ひとり誘拐もしてやった。

 

 それにより成功したのはムーン・パラディースの崩壊。ガットの行動で苦戦した敵相手に人質や、要求、さらにはゴミの様に捨ててやる事で、心を壊したりしてやった。

 

 「ムーン・パラディースを潰したら、ヘヴンホワイティネスもヘルブラッククロスもまとめて相手してやろうと思っていたんだ。手間が省けて「だまりなさい」

 

 ガットがつらつら喋る内容は聴くに耐えず、カエデがその言葉を遮るった。その顔は非常に強い憤りを宿している。

 

 「あんたら悪はいつもどこでも同じ事しか言わないし、同じ事しかしないのね・・・!もううんざりよ、そんな暴力だらけの思想!」

 「まだ解らないのかにゃー・・・「解る必要も無いって言ってるのよ!」

 

 再び食い気味に言葉を遮った。ガットはザワザワと毛を逆立ててキレる寸前まで来ていた。

 

 「例えどんなに人数差があろうと、どれだけあんた達の作戦が効率よかろうと、そしてどれだけムーン・パラディースよりサン・アンフェールが強かろうと・・・」

 

 ガントレットのギアが今までに無いぐらい強く回り、蒸気が吹き出す。

 

 ヘヴンガントレット・フルスチーム。カエデの感情に呼応してガントレットが強く強く回る。

 

 「そんな御託が、あたし達正義のヒーローが敗ける理由には一切成りえないわ!!」

 

 怒号を飛ばす。どんな理由があれど、カエデ達は敗ける訳には行かない。そもそもヘルブラッククロスとの戦いにおいても、そんな言い分は聞き飽きている。

 

 やれ人数が、やれ作戦では上回ってるや、やれそんな実力では勝てないなどなど。

 

 どんな事を言われようとも、カエデ達ヘヴンホワイティネスはちゃんと勝利を収めて来ている。

 

 どんな絶望的な状況、敵の数であれ負けずに今日まで頑張って戦ってきた。

 

 「お前たちがどんな事を述べようとも、我々の敗ける事などありえんのだ!力のある強者が生き、ムーン・パラディースの様な弱者が喰われる、この世界はそうやって出来ているのにゃー!」

 

 悪という存在はどうして、こんなに酷い事を言い続けられるのだろうか。

 

 人々が悪に襲われて行き場を失えば、待っているのは一方的な悲しみしか無いのに・・・。

 

 友達になったルカを守りたい。ギンジの勢いから出た発言はそういう意味もある。

 

 だからカエデはそれに賛同した。誰かが誰かを助けられる様に・・・。悪に追い詰められて、泣き叫びたい気持ちで戦うルカを助けたい。

 

 (憧れた人の為に・・・)

 

 佐久間ギンジという男はカエデから見ても不思議だ。

 

 いつも乱暴な癖に優しいし、誰かの為にすぐに行動できる。

 

 それを正しいとして、人の手に負えない悪をぶっ飛ばしている姿を、カエデは本当の正義のヒーローに被せて見え始めている。

 

 と、すればきっとこれは憧れ・・・。

 

 そして憧れに少しでも追いつけるように、神宮カエデは覚悟をより大きなモノとして、ヘヴンホワイティネスを続けている。

 

 本当は怖くて、辛い時もたくさんあった。

 

 その恐れはきっとルカも同じなのだ。同じ想いを持った【仲間】を、カエデは大切にしたい。

 

 ──ギンジがそうした様に!

 

 「あんた達みたいにな奴らは・・・ヘルブラッククロスと同じよ!」

 「あんなチンケな連中と一緒にするのはやめてもらおう!」

 

 カエデの叫びに対して、ガットは爪を大きく尖らせる。

 

 猫らしく喉を唸らせて、カエデをジッと見つめる。カエデも同じ様に、睨みを効かせてフルスチームを放出する。

 

 「必殺!メガトン・インパクト!」

 

 通常よりも高まった威力で、迫りくるガットの爪を自慢の第一の必殺技で弾き返す。

 

 「ヘヴンリー・インパクト!」

 

 さらにもう一段階上の技を叩き込む。続けざまに突撃した強力な衝撃に、ガットの身体が打ち上がる。

 

 「にゃーーー!」

 

 ガットが爪を振り回すとカエデの顔をかすめる。

 

 一撃の重さはカエデが上になるが、その威力よりも素早く攻撃してくるのはガット。

 

 「猫爆裂爪(キャット・バビロン)!」

 

 縦横無尽に爪を振り回し、カエデもそれに恐れず、ガントレットを連続で突き出す。

 

 「チャージング・ドライヴ・レイザー!」

 

 高速回転するギアのおかげで、チャージが必要な大技を叩き込む。

 

 火花が散り、音が鳴り、お互いの雄叫びが舞い上がる。

 

 爪による払い、突き、振り下ろし。

 

 拳による突き、フック、アッパー。

 

 爪がガントレットを弾き返し、ガントレットが爪を打ち砕く。

 

 両者譲らぬ技のぶつかり合いに、斬撃と衝撃が辺り一面に飛び出てくる。その斬撃に壁や、天井、床を脆くしていき、後から飛び交う衝撃にが直撃していき、崩壊していく。

 

 「貰った!」

 

 ガントレットをちょうど同じタイミングで、両方弾き上げてガットが勝利に一歩近づいていく。

 

 「しまっ・・・」

 

 首、胴体、心臓が隙だらけになり、ガットがすかさず技を決めにかかる。

 

 「白爪(はくそう)サザン!」

 

 打ち上げるかの如く、真っ白な斬撃となった三本閃が、カエデの胴体から顎までを狙い、ひっかき上げた。

 

 ヘヴンスーツの防御能力を超えて、実体にまで届く威力の斬撃にカエデは耐えきれず、穴の開いた天井まで吹き飛ばされる。

 

 「・・・このままじゃ駄目ね・・・」

 

 穴を超えて、宮殿の屋上まで落ちたカエデは、跳ね起きると追いかけてきたガットに目線を集める。

 

 こんな所で苦戦している様では、今後控えているヘルブラッククロスとの戦いにもまともに戦えない。

 

 もっと・・・。

 

 「もっと強くならなくちゃ・・・!」

 

 カエデの怒りだけではなく、戦う闘志、恋する気持ち、憧れ。

 

 様々な感情に呼応して、赤いラインの入ったヘヴンスーツの明滅が強くなっていく。

 

 「にゃはは・・・これで終わりにしてやろう」

 

 カエデの右拳を地面につけた中腰の姿勢を取る。反撃の構えを取り、フルスチームがガントレットだけではなく、ブーツからも、そして全身からも吹き出す。

 

 赤いオーラがガントレットを包み込み、黄のオーラはブーツを包み、青いオーラが全身を包む。

 

 3つの色が混ざり合い、カエデの白と赤がメインとなったスーツを、変色させていく。

 

 赤、青、緑・・・これらが混ざる事で生まれるカラーは、黒。

 

 カエデの様々な感情と、持ち主と苦楽を共にして戦って来たヘヴンスーツは、その生命を持っているが如く、新たな姿を見せる。

 

 優しき小さな天使は、黒色へと翼を変えて、勇ましき天国の戦士となる。

 

 そして白を全て黒に黒に変えたスーツに残り続ける赤いライン。

 

 「まるで・・・怪人の瞳みたいね。でも、いいわ。ギンジと似た配色なら、悪くないしね!」

 「なんだその姿・・・ねこねこか?」

 

 意味が解らないが、カエデの中の潜在能力みたいなモノが、ここに来て覚醒したのだ。

 

 それも自分の意思で引き出した力により、カエデは新たなスーツを得た。

 

 剣士の怪人に敗けそうになって発動された、起死回生の力の本来の姿が、今ここに溢れ出た。

 

 「あたしの技・・・受けてみなさい」

 

 湧き出る力の本流に、ガットはぞわぞわと恐怖を感じる。

 

 「くっ・・・これを使うか」

 

 逆立った毛は、威嚇ではなく本能的な恐れを感じたから。

 

 毛皮の中から取り出したソレは、太陽の形をした円型のリング。

 

 「サン・フォースを発動するにゃー・・・これでお前を誘拐間違いなしにゃー!!」

 

 ムーン・パラディースから奪った変身の道具を発動して、ガットは毛並みが紅に染まっていく。

 

 爪にも鱗が生えたかの様な奇怪な姿となり、S字に進化していく。

 

 今なら触れる者全て切り裂けそうな、禍々しい爪と、胸に浮かび上がる陽のマークに、ガットは先程よりも強化された状態となった。

 

 「わざわざ変な道具を使うの、待っててあげたんだから・・・耐えてみなさい、よっ!!!」

 

 強化が終わったのを確認すると、カエデは黒く変色したブーツでの前蹴りを、ガットの腹部に命中させる。

 

 先程よりも速く、重く、強い。その一撃は、今までのカエデの技を置き去りにする程の高い威力を誇った。

 

 「ギニュオッ!!?」

 「うっわ・・・!?」

 

 軽く使ったつもりだが、その蹴りのあまりにも大きな力に、カエデは右足が引っ張られそうになる。

 

 腹部を蹴られたガットは、強化状態に入ったと言うのに、明らかに大ダメージを貰っている。腹部を抑えながら悶絶するガットへ、カエデは強すぎる一歩を踏み出して、床を踏み砕いてしまう。

 

 「え゛っ!強すぎ・・・!」

 

 黒いヘヴンスーツは力の出力が大きく、カエデ自身も上手く操れていない。

 

 言うなれば制御が出来ていない力になっている。

 

 (長時間使うのは危ないかもね・・・せっかくの新しい力だけど・・・)

 

 少し残念に思いながらも、カエデはもう少しだけ、この力を操ろうと努力する事にした。

 

 無重力状態に近い感覚で、カエデは軽く飛んで見る。やはり想像以上に高く飛び出し、宮殿が小さくなっていく。

 

 「このまま落下の勢いで何か出来ないかしらね・・・」

 

 落ちながらもカエデは考える。ただの蹴り一発で、未だに強化ガットは悶絶して苦しんでいる。

 

 「はぁーはぁー・・・こんな、事・・・あってたまるか!ムーン・フォースを改造したんだぞ!非力なムーン・パラディースの道具じゃ、非力になるままか!」

 

 ガットのわめきを聴いて、カエデはピクリと肩を震わせる。あの強化したアイテムは、ルカの仲間から奪ったモノなのだろうか。

 

 だとしたら、許せないと、正義の志が大きく揺れる。

 

 フルスチームによる大きな開放感と、上がり続ける怒りのボルテージ、そして憧れへの想い。

 

 なによりも仲間を守りたいと思う、カエデの戦う原動力が両のガントレットに、黄金のオーラとなって螺旋状にまとわりつく。

 

 (そう・・・この力、この技ね・・・)

 

 ヘヴンスーツにこの技を使えと、指示されている様な気がした。

 

 落ちながらもカエデは全開にした力を発動する。

 

 メガトンよりもヘヴンリーよりも、打ち下ろす隕石の如く落ちる技。

 

 頭の中にその言葉が並び、神宮カエデは黒いスーツと共にわめき散らすガットへと、狙いを定めて急降下する。

 

 「ヘヴンホワイティネス風情に・・・!敗けるモノか!」

 「そんな言葉も聞き飽きたわ!必殺!」

 

 落ちる勢いと共に、制御の効かないこの大きな力を、正義の為に、ムーン・パラディースの勝利の為に捧げる。

 

 「メテオライザー・インパクトぉぉ!!!!」

 

 ガットの禍々しい爪による防御も完全に無視して、今まで以上、そして過去を置き去りにするほどの大衝撃は、容易にその爪を叩き砕く。

 

 バキバキと、ガットの骨を砕きながらも、カエデは悪を滅ぼす正義の衝撃を、全身全霊で叩き込んだ。

 

 「巨悪はここで滅びなさい!!」

 「ギッ・・・〜〜ッニャアアアーーーー!!!!!!」

 

 宮殿の上層へ、そして中層へ、さらに下層、下層、下層、最下層へと床を貫きながら、ガットは絶叫を上げて落ちていく。

 

 サン・フォース諸共衝撃により砕かれ、ガットは完全敗北を味合わされた。

 

 衝撃を打ち出して、スチームが抜けるのをその身体で感じると、カエデはヘヴンスーツを元の白と赤のカラーへと戻し、その場にへたり込む。

 

 身体に重くのしかかる疲労感と、悪を倒した達成感が同時に来る。

 

 圧倒的とも言える強い力だったが、それと同時にカエデの中で危険信号が走っている。

 

 (強くて、いい力だったけど・・・)

 

 使い方を間違えたらきっとそれは、悪にもなってしまうのかもしれない。

 

 握り拳を作り、カエデは胸の前でその手を震わせる。

 

 制御出来ない力は無理に扱うべきではない。

 

 無理してこんな強力な力を操ろうとしたら、きっと何か大切なモノを傷つけてしまうかもしれない。そうなる事をカエデは望んでいないし、何よりこのスーツは戦うだけの力ではなく、守る為の力なのだ。

 

 「・・・」

 

 深呼吸を行う。

 

 戦いの後だと言うのに、夏の空気はカエデを少しだけ落ち着かせてくれる。

 

 何はともあれ、この戦いはカエデの勝利で幕を降ろした。

 

 恐れを隠しながらも、カエデは疲労感と共にギンジを追いかける。

 

 (・・・この力、なるべく使わないようにしよう・・・)

 

 カエデの新たな大きな力は、何かを代償にしてしまわない様に、心の中で強く自分に誓ったのであった・・・。

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

現在の戦況

 

オーク、ミヤコ、ミドリコ

宮殿探索中→何かが目の前から落ちてきた

 

サクラ、レイナ

宮殿探索中→兵隊達にかこまれたけど問題なし

 

レン

宮殿探索中→何かカエデの身の危険を察知した

 

カエデvsガット→カエデの勝利

 

ルカvsタイヨーズ交戦中

 

ギンジ

なんか隣の部屋に落ちてきた!?

 

サン・フォースは残り1つ・・・?

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

続く   

  

 

 

 

 




お疲れ様です。
今回でvsシリーズは終わり、次回からいつも通り長いぞー!うおー!

次回は40話!39話だけど40話という記念すべき・・・き、きねん・・・とにかく40話なんじゃ!

キャラネタ書きます

神宮カエデ
黒いヘヴンスーツはとても強力なモノだったけど、制御が上手く出来ず、少し怖かった。
怪人の瞳みたいなカラーリングになったが、これは憧れをギンジとして見た影響が強い。彼の瞳に寄せた結果、この配色になった。
なお、ボディーラインは相変わらず強調されている。
力に溺れる真似だけはしたくないと、心に固く誓った。
使う分には、非常に強いので有り難い強化。
インパクト三段活用が可能になった。
使用例:ギンジへのツッコミ、戦闘等。

ガット
猫と人をベースとしたサン・アンフェールの怪物。
星カナミのムーン・フォースを所持していたが、カエデの黒いヘヴンスーツの強化状態により圧倒された。
以前は人攫いなどを行い、ムーン・パラディースの崩壊を招いた。
子持ちの人妻系が好み。

次回は・・・お待たせしました、月島ルカと佐久間ギンジペアの見せ場となります!つまりメインとなる二人のはなしです!
ムーン・パラディース編も佳境!待て次回!

応援や感想お待ちしております!
これからもヘヴンホワイティネスをお楽しみください。

それでは、また次回!


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39・月島ルカ、叫ぶ

こんにちは、ムーン・パラディースです

いえ、アトラクションです。

今回のお話でなんと!40話です!39話なんだけど、トータル40話なんです!キラリ

40話突破記念・・・なんも考えてないけど、これからも物語を面白くするために頑張るんじゃああああああ

それでは、どうぞ


 

 ムーン・パラディースはいつも真宵町の平和を第一に、次に仲間の信頼を大切にするために今日まで戦って来た。

 

 例え仲間が一人ひとり失おうとも、正義と平和の為に誰もが命を賭けてこの戦いに参加して、散っていった。

 

 生きている者は、もう四人。

 

 月島ルカ、銀河シズハ、星カナミ、宇宙ナズナ・・・。

 

 散った仲間は後をルカに託して、その命を費やした。

 

 死にものぐるいでダサくても、必死に託された想いを繋ぐ為に、月島ルカは一人になってもその身一つ壊れるまで戦う覚悟で来たから。

 

 そんな彼女には頼れる者は居らず、それどころかまともな協力者は居ない中、一人でサン・アンフェールを追い詰めるところまで来れた。だから、この戦いに何が起きても最後まで戦う覚悟があった。

 

 ルカには絶望しか無かった。

 

 闇夜に覆われた暗い世界で、一人で走り続ける絶望。

 

 生きた心地のしない絶望程、ルカにとって苦しい世界は無かった。

 

 しかし・・・。

 

 絶望が背後に迫るムーン・パラディースに、一筋の希望の光が舞い降りた。

 

 それは闇夜を照らす陽の光では無く、天国の様に暖かく、美しい光。

 

 優しく心を包み、守ってくれる涙が出る程嬉しい光。

 

 佐久間ギンジ、神宮カエデ、宮寺レン。

 

 彼らヘヴンホワイティネスとの出会いによって、月島ルカの戦いは大きく動き初めて行った。

 

 「どうした。変わり身を持ってきたのに、速く壊されてもう戦意喪失したのかね」

 

 タイヨーズの様々な陽撃に、ルカは終始劣勢に陥っていた。

 

 ギンジが落とされて、敗北・・・。これはかなり精神に来る大きなダメージとなっている。

 

 黄金の床に、膝をつきながらもルカはその表情を、まだ諦めていない。

 

 必ず勝たないといけない。仲間達の無念を晴らすために、彼女に逃げる、無理だった等という、そんな諦める事ばかりに都合の良い言葉を並べる訳には行かないのだから。

 

 「はぁ・・・はぁ・・・」

 

 最初に近づけた時の一撃しか与えられていない。そこから先は、一切近づけず、ひたすら遠距離攻撃によって、地道に追い詰められていた。

 

 身体が熱い。陽撃の熱さに、身体が焼けそうになる。

 

 「お前の様に、心が強いだけでは、この世界は統べる事はできん」

 「・・・」

 

 この世は力、力が全て。戦いに勝たなければ、他の戦いが強い生物に敗けるからだ。

 

 そうなれば後は喰われるしかない。

 

 「力で、誰かの価値を決めるなんて、僕は反対だ・・・!」

 

 誰かが誰かの価値を、力が強いか弱いかで決めて良いはずがない。

 

 そんな独裁政権、この先の世界には絶対に必要無い。

 

 「僕はそれでも、自分の正義に従って・・・お前を倒す。絶対に!」

 「愚かしいなぁ、ムーン・パラディース。正義だ悪だと言う話をしている時点で、お前たちは弱者だと言われるんだ!」

 

 タイヨーズの指先から陽の光線が飛び出し、ルカの正面から焼き尽くさんとする。

 

 「がああああああ!!!」

 

 より強力な光線に当てられ、ルカは激痛から悲鳴を上げる。恐ろしいとも思えたこの容赦ない攻撃に、ルカは倒れてしまう。

 

 (・・・どうして、僕には力が無いんだ・・・)

 

 無力。あまりにも無力。圧倒的無力。

 

 悔しさに涙を流し、拳は床を叩き、でも身体はまだ動かない。

 

 ここまで協力してくれたヘヴンホワイティネスに申し訳ない。

 

 敗けないと言った側からコレでは、きっと散った仲間にも残念に思われてしまうかも知れない。

 

 「これで終わりだ、ムーン・パラディース!貴様のムーン・フォースも貰うぞ!」

 

 強者の陽撃(サン・アンフェール)が再び発動される。ギンジを落としたあの大技を、今のルカは避ける気力が無い。

 

 「さらばだ!」

 「ううぅ・・・クソ、クソクソ!!」

 

 身体が動かない。悔しさから涙が止まらない。そして迫るのは間違いない、死そのもの。

 

 「オッラアアアアア!!!!」

 

 陽の塊が降る瞬間に、タイヨーズの部屋にこだまする男の咆哮。

 

 ルカの目の前に強く脚を立たせて、その者は現れた。

 

 右手にはトゲのついた金棒、左手には、月光を宿す長ドスみたいな刀。

 

 それら二つを振り飛ばし、陽撃をホームランスタイルで跳ね返す。

 

 「大丈夫か?」

 

 ムーン・パラディース同様の満月のマークのついた小さなマント、目を隠すバイザー、そして黒と新緑色でカラーリングされたスーツに身を包んだ男は、ルカに手を差し伸べる。

 

 「まったく・・・先に行っちゃうんだから・・・」

 「同意。追いつくのは大変だった」

 

 部屋の入り口には、カエデとレン、さらにその後ろには魔法少女サクラと退魔警察レイナの姿もあった。

 

 「くふふふふ。わたしはやはり天才だね。あのパワー、間違いなく正義の力と怪人の魅惑のコラボレーションだね・・・!」

 「ブヒ。流石はドクター。こうなる事を見越して、ここまで頭脳を働かせるとは、このオーク感動しました」

 「月島君、大丈夫か!?」

 

 ぞろぞろとタイヨーズの部屋へ、ヘヴンホワイティネスの仲間達が入ってくる。

 

 カエデ、レン、ミドリコ、サクラ、レイナ、オーク、ミヤコ。

 

 「・・・それじゃあ、君は・・・」

 

 ムーン・パラディースの戦闘スーツになるアイテム、ムーン・フォースを使って変身しているこの男は・・・。

 

 「待たせて悪かったな、ルカ。ここからは、11人目のムーン・パラディース・佐久間ギンジがあいつをぶっ飛ばしてやるよ!」

 

 タイヨーズに落とされたギンジが仲間を引き連れて、今復活を果たした。

 

 「・・・貴様・・・なんだそのスーツは」

 

 タイヨーズの訝しむ表情に、ギンジは不敵に笑いながら、バイザーに隠された瞳を赤く輝かせる。

 

 「俺の新しい力だ!テメぇら悪をぶっ飛ばす、友達から貰った大切な力だぜ!」

 

 金棒と長ドスを構えて、ギンジは座るルカの目の前に仁王立ちする。

 

 「じ、神宮君・・・佐久間君はいったいどうしたのだ・・・?」

 「話すと少し長いんだけどね・・・あいつ・・・」

 

 希望の烈風が月光を携えて現れ、ルカは驚愕していた。

 

 11人目のムーン・パラディースとは・・・?

 

 色々と溢れ出てくる情報量の多さに、困惑しているルカとタイヨーズだが、カエデはお決まりの笑顔を作りながら、ギンジがこうなった経緯を説明する。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

  

 「初めまして・・・アタシは、天体アキハ」

 

 タイヨーズによって最下層に落とされたギンジは、姿の見えない女性に自己紹介されていた。

 

 「お、おう?俺は佐久間ギンジ。親しみを込めて、ギンジでいいぜ」

 

 姿の見えない女性へ、ギンジも挨拶を返す。すると姿が見えないのに、どこか穏やかに髪を払う様な仕草でもしているのか、なんとなく雰囲気がそう感じた。

 

 「そう、ギンジ、ギンジね。覚えておくわ。それで、ここに来たあなたに質問がしたいのだけれど、いいかしら?」

 「おうなんでも良いぜ!答えられる事はなんでも答える・・・けど」

 「けど?」

 

 アキハの言葉に、ギンジは快く返すが、あまり悠長に長話はしていられない。今もこの上でルカあが一人で戦っているのだから。

 

 ルカだけではなく、自分に協力してくれる皆も、きっと戦っている。

 

 「悪い、上で仲間と友達が正義の為に戦ってるんだ。早めに切り上げたいんだけど、いいかな?」

 「問題ないわ。アタシが聴きたいのは、その事についてだし」

 

 やはり姿が見えないのに、どこかのご令嬢にも似た雰囲気をまとわせている様な気がしている。

 

 「それで、アキハさんはこんな所で何を?」

 

 サングラスをかけなおしながらギンジは、指先の炎をちょうど近くにあった燭台に灯すと、それを明かり代わりに、落ちている月のアクセサリーみたいなモノの拾う。

 

 「アキハでいいわ。親しみを込めて呼べる事を光栄に想いなさい」

 「高圧的だな〜・・・いやいいや。それで、アキハの質問ってなんだ」

 「アタシは、今ギンジが拾ったムーン・フォース・・・いえ、今はサン・フォースって言うのかしら?それに心だけを取り込まれてしまってね・・・情けない話だけど、一人じゃ何も出来ないのよ」

 

 アキハは直接ギンジの脳内に語りかけてくる。

 

 どこか期待を込めた口調は、ギンジにも伝わった様であり、手元でサン・フォースと呼ばれた道具をくるくる回し始める。

 

 「質問、その本題に入るわ。ギンジ、貴方はルカ、アタシの親友に協力してくれているのよね?全部見てたし、知っているわ」

 

 どうしてそれを知っているのかは不明だが、アキハはギンジの答えが帰ってくる前にもう一つ付け足す。

 

 「単刀直入に言うわ。力を貸してくださらない?」

 「質問っていうか、そりゃお願いに近くないか?」

 「あら、いちいち細かい事を気にするのかしら?」

 「・・・力を貸すのは構わないぜ。っていうか今にも、上に戻ってもう一回暴れてやろうと思ってたからよ」

 

 お願いをされて、ギンジは簡単に首を縦に振る。その行動には一切の迷いが無く、ためらいなんてものも無かった。

 

 友達の為に戦う事に協力を申し出たのだから、ルカを知っているアキハの頼みを断るわけもない。

 

 「貴方・・・アタシの変わりに、ムーン・パラディースになる気は無い?ちょうど男子メンバーが欲しいと思ってたのよ」

 「それは無理だな。俺にはヘヴンホワイティネスっていう本業があるからよ」

 

 アキハの提案は簡単に断られてしまったが、ギンジの返答に納得をしたのか鼻を鳴らす。

 

 「そう。それじゃあ、そのサン・フォース・・・元に戻してくれたら、アタシの貴方に力を貸すわ。もうアタシ一人じゃ同仕様も出来ないし・・・」

 「なぁ、元に戻ったらなんかあるのか?」

 「そのムーン・フォースは、本来の力である、変身能力に加えて、持ち主の気持ちに答えてもう一つ能力を付け足してくれるのよ。人によるけど、武器を出したり、能力向上だったり様々だけどね」

 

 落ち着いた淡々とした口調だが、その声音は期待に満ち溢れている。

 

 「ふーん・・・でもこれって・・・何ていうか、正義の為の道具だろ?いわゆる変身スーツ的な。俺、こう見えても怪人なんだぜ。俺に使えるかな?」

 「問題ないわ。貴方が使えないとしても、ルカに手渡せば、彼女は有効活用してくれる筈だしね。それに・・・」

 

 少し言い淀みながらも、アキハはその見えない表情に陰りを見せる。

 

 「もうあの子が泣いている顔は見たくないのよ。一緒に戦ってくれる人が居なくなったルカは毎日辛そうに泣くのを我慢してる。アタシがもし一緒に居れば戦って上げることも出来たけど・・・」

 

 サン・アンフェールにいっぱい食わされ、アキハはルカを逃す為に自分が殺された事を話してた。

 

 仲間をここまで追い詰めた敵を倒すために、アキハはムーン・フォース(自分)を手に取る者が現れるのを待っていた。

 

 心だけになってできる事は、幽体離脱みたいに町の様子を探る事だけ。

 

 そしてアキハは、まだ生き残っている仲間が無念に飲まれて、酷い想いを味合わされている事を、良しとしていない。自分も同じ様に、悔しさで心が張り裂けそうになっていた。

 

 「アキハは、ルカが好きなんだな!」

 「・・・そうね、大好きよ。真面目で真っ直ぐで、自分よりも他人を優先して、動こける彼女を見て、アタシは成長出来たのだし」

 

 かつて共に戦う時は、合理的でないと動けなかったアキハを、精神的に支えてくれた仲間が月島ルカであった。

 

 彼女に助けられた恩は非常に大きいのに、何も出来なくなってしまった自分が悔しくてしょうがない。

 

 「そういう事なら任せとけ!こーゆーのに詳しい奴が一人居るんだ。そいつに頼めば・・・」

 

 ギンジが笑顔で話す傍ら、隣の部屋に強い衝撃音が鳴り響く。強い振動と、木製の壁や石材を叩き砕く轟音に、ギンジはびっくりする。

 

 「び、ビビってねーし」

 「あ、アタシも驚いてなんかいないわ・・・」

 

 二人してこの轟音にビビってたのは間違いないが、出口の見えないこの部屋の壁に大きな亀裂が入り、それらがガラガラと崩れていく。

 

 奥の部屋に見えるのは、瓦礫の身体を埋めながらも、顔をひしゃげた猫みたいな怪物が意識を失っていた。

 

 「ガット・・・!?」

 

 強敵である幹部・ガット。こいつのせいで仲間は崩壊していったのを、アキハはよく覚えている。

 

 そんなガットここまでボコボコにするとは・・・。

 

 「カエデの奴、また派手にやったな・・・!」

 

 アキハの隣でギンジがニヤリと微笑む。悪辣にも見えるその笑顔に、アキハは衝撃が走った。

 

 「これ・・・貴方の知り合いが倒したの?」

 「おう。上で、俺たちを襲ってきたやつなんだけど、カエデっていう俺の仲間が、足止めを買ってくれてよ。んで、多分カエデがこれをやった」

 

 さも当然みたいな言い回しに、アキハはこのチャンスを佐久間ギンジという男に託して良いと確信する。

 

 ガットとて決して弱い幹部ではないし、なんだったらかなり強い部類である事を覚えている。

 

 それをこんな形で倒せる仲間が居るとは・・・。

 

 「それじゃあ、アキハ。お前のお願い、俺たちヘヴンホワイティネスが請け負ったぜ!さっさと仲間に合流だ!」

 

 サン・フォースを回しながら、ギンジは瓦礫を飛び越えて上の階層へと飛び出す。

 

 「ブヒ・・・今何が落ちてきた・・・」

 

 オーク怪人、ミヤコ、ミドリコが進軍する中、真上からものすごい勢いを伴って落ちてきた何かの大穴を覗き込み、生唾をごくりと飲み込むオーク怪人。

 

 「上の戦いも激化しているようだな。ギンジ達が心配だ、私達も急ごう」

 

 ミドリコの言葉にうなずき、ミヤコとオーク怪人は先に進もうとするが、ミヤコがその脚を止める。

 

 「どうかされましたか、ドクター」

 「くふふふふ・・・来るよ」

 

 大穴を避けながら進もうとするオーク怪人とミドリコの後ろで、ミヤコはひたすら愛のある視線を大穴に向けている。

 

 ミヤコの本能だろうか、そこにギンジが居て、もうすぐ来るというのを心が感じている。

 

 「よっ、ほっ、とう!」

 「来たあああああ〜〜!!!」

 

 大穴からは羽を出しながら、ギンジが瓦礫を蹴りながら飛んできた。

 

 宮殿の下層に戻ってきたギンジはミヤコの絶叫に驚き、同じく声に驚いたミドリコとオーク怪人がギンジの登場に歓喜している。

 

 「あれ?ミヤコじゃん。ミドリコとオークも・・・。珍しい組み合わせだな」

 「貴様はこんな所で何をしているんだ」

 

 オーク怪人が詰めよりながら言葉を放ち、ミヤコもくふくふと笑っており、ミドリコは周囲を警戒しながらもギンジに近寄る。

 

 「無事だったんだな。月島君は?」

 「悪い、その話は後だ。ミヤコ、頼みたい事があるんだけど・・・」

 「わたしに?いいよ、なんでも言って!あ、脱ぐ?」

 「脱ぐな!」

 

 ミヤコの小ボケに付き合っている場合ではない。

 

 「これ、ミヤコなら中身を解析して、元に戻す事できるか?」

 

 ギンジがミヤコに見せたのは、サン・フォース。

 

 サン・アンフェールの幹部連中が持っていた、強化アイテムだ。

 

 「どうしてギンジがこれを・・・?」

 

 オーク怪人は訝しむ表情をしているが、特段何か警戒している訳でもない。ギンジが幹部を倒した可能性があるからという信頼も込められているのもあるからだろうが。

 

 「この中にアキハってやつが・・・」

 (無駄よ。アタシの存在はこの世の人には伝わらないのよ)

 「・・・?なんて?あ、ちょっと待っててくれ」

 

 オーク怪人、ミヤコ、ミドリコから少し離れて、ギンジは再びアキハと会話を始める。

 

 (普通、心だけの存在が、人と話せる訳無いでしょう)

 「いやお前は俺と会話出来てるじゃんかさ」

 (そうね、何か不思議だけど貴方とは会話できるみたいなのよ。よくわからないけど、話が混乱しそうだから、適当にごまかしてムーン・フォースが取り戻せるようにしてちょうだい)

 「・・・解った」

 

 アキハは既に殺されて、心だけがこのサン・フォースに取り憑いている。幽霊みたいな存在になってしまったが故に、誰とも意思疎通が出来ないのだが、何故かギンジとコンタクトしてみたら上手く行ったので、このまま事を上手く運んで来た。

 

 「悪い、待たせた。えーと、ミヤコ。ここに研究室とかあったかな?」

 「おかえりギンジ君。えーと、何かあったの?」

 「ミヤコにしか出来ない事があるんだ。確実じゃないが、このサン・フォースを、ムーン・フォースに戻して欲しいんだが、できるか?」

 「・・・機材が整っていれば、改造から元に戻す事は出来るかもしれないけど、何かあったのかな?」

 

 ミヤコは笑顔のままだが、怪人の左目が、サン・フォースを視界に入ることで、少しだけ殺意が浮かび上がる。

 

 これは敵であったサン・アンフェールの改造した道具。できれば破壊しておきたいのが、元ヘルブラッククロス二人の意見にも近い態度。

 

 ミドリコはコレの存在をまともに知らない為、ギンジが言うならと研究室を探そうとしている。

 

 「ギンジ、こいつに聴いてみるのはどうだろうか?」

 

 オーク怪人が手に掴んだのは、倒れた兵隊の一人。

 

 「じ、自分ただの下っ端でしゅ!暴力反対!」

 

 そんな兵隊の眉間には、ミドリコの拳銃とギンジの金棒が構えられる。

 

 「研究室はどこかにあるのかな?くふふ、早く答えないと、大変な事になりそうだね〜くふふふ」

 

 幹部であるチョトツを倒したオーク怪人と、親しげにしているギンジと言う金棒マンに、容赦なく拳銃を引き抜いた女に、兵隊はもういっそ気絶したいとさえ思い始めていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 兵隊を一人脅して、ギンジ達はサン・アンフェールの研究室へと脚を運ぶ。

 

 正直、こんな事で時間を使っている暇はない。早くルカの元に合流しないと行けないのだから。

 

 焦るわけではないが、なるべく早く戻ってあげたい。

 

 「くふふふ・・・これはなかなか高密度な改造を施されているね。時間がかかりそうだよ」

 

 サン・フォースを解析装置に置いたミヤコが、楽しそうにそんな事を喋るが、ギンジからしてみれば何も楽しい事ではない。

 

 「心配そうな顔をしないでよ、時間がかかるのはわたしでなければ、だよ。わたしは天才だよ。こんなモノ、ギンジ君の寝込みを襲うぐらい簡単だよ」

 「・・・襲うな」

 

 真面目な顔で注意するミドリコに、ミヤコは舌を出して可愛く反応する。

 

 そのままミヤコは解析装置と、ミヤコの解析装置、それから様々な機材をたくさん持ち出し、サン・フォースの改造返しを開始する。

 

 「ドクターにまかせておけば何も問題は無い。ギンジ、解っているな?」

 「そりゃあそうだろうな。俺もミヤコならこれを出来ると思って探していたしな」

 

 アキハの無念を知ったギンジなりに、この行動を行うしかないと思っている。

 

 「くふふふ。陽の奴らの科学力なんて、こんなモノかな」

 

 得意げに笑いながら、ミヤコは改造返しを終えている。

 

 (あら、速いわね。アタシの専属ドクターになってほしいわ)

 (やめとけ。そいつは結構狂ってるから)※目線で会話してます

 

 

 アキハの感想に、ギンジが返し、ミヤコの下へと近づいていく。

 

 「はい、終わったよ、ギンジ君。色々と追加機能も追加してあるけど、きっとあのお月ちゃんも使えるかも?あ、でもギンジ君に使ってほしいな〜」

 「ありがとうな!これでアキハも無念から救われるはずだぜ」

 

 アキハという名前にミヤコが反応するが、ギンジの感謝と笑顔を見ればそんな事はどうでもよくなる。

 

 「よっしゃ!後はカエデ達と合流して、タイヨーズをぶっ飛ばしに行くぜ!」

 

 ギンジの言葉に反応してムーン・フォース改が、大きな月光を出していく。それはギンジの手元から布の様に多い被さり、身体を包み込んでいった。

 

 (あら・・・なによこれ)

 「うおおお!?ミヤコ何しやがった!?」

 

 驚くアキハとギンジに、ミドリコとオーク怪人は、まるでヘヴンホワイティネスの変身みたく身体を光らせるギンジを見て、ミヤコの天才さを改め確認した。

 

 「ミヤコ、君はいったい何をしたんだ!?」

 「くふふ。悪い事はしてないよ。わたしはギンジ君の為になることしかしてないからね・・・」

 「ブヒ。流石ですドクター・・・そしてギンジよ、ドクターに貰ったその力、思う存分、ドクターの為に振るえ!」

 

 換装が終わると、ギンジの身体には黒い満月のマークをつけた小さなマント、サングラスと融合したバイザー、黒をメインとした深緑色のカラーリングの戦闘スーツ。

 

 天体アキハのムーン・フォースは、ミヤコの介してギンジの新たな力へと変貌を遂げた。

 

 (へぇ・・・悪くはないわね。この新たなムーン・フォース。貴方の身体に合わせてピッタリじゃない。この力でルカを助けてあげてちょうだい・・・)

 

 アキハもこれには驚いている、。本当はルカに使ってほしかったが、疎通が出来ない以上は、ギンジと心を繋げた方が理にかなっているのかもしれない。

 

 (それじゃあ、頼んだわよ。11人目のムーン・パラディース)

 

 アキハの言葉が脳内を駆け巡り、ギンジは新しく自分の心に宿る力を感じて、拳を握る。

 

 「ようやくギンジにも変身スーツが・・・」

 

 ミドリコの言葉に我に還るギンジ。

 

 「いやいや待て待て!色々追いつかないって!なんでこんな事になったんだ!そもそもこれは俺の使うモノじゃなかったんだぞ!」

 

 ミヤコの暴走かと思ってしまったが、これは間違いなくルカの為に返そうとしていた力、天体アキハのムーン・フォースなのだが、どういうわけか、ギンジに反応してしまった。

 

 「くふふふ・・・怪人と正義の魅惑のコラボレーション・・・どんなモノでも自身の糧にする、進化の怪人の能力だね・・・ああ、わたしはやはり天才!怪人には本来毒となる善なる力を、無害でギンジ君につけられるなんて!くふふ・・・くふふふふふふ」

 

 高笑いするミヤコへ、オークは紙吹雪を舞わせる。

 

 ミドリコも変身スーツを羨ましそうに眺めるが、ギンジは気が気じゃない。

 

 (いいじゃないギンジ。この力、存分に使って頂戴。そして・・・)

 

 ルカを助ける。どんな姿になっても、ギンジとアキハの願いは変わらない。

 

 ここまで来たらもう何がなんでもルカを助けて、そして勝とう。

 

 「・・・しょうがねぇな!やってやらぁ!ヘヴンホワイティネスは休業!」

 

 変わりに・・・。

 

 「なってやるよ!ムーン・パラディースにな!」

 

 金棒を取り出して、もう一つムーン・フォースに宿る力を取り出す。

 

 鍔の無い軽い刀を胸から取り出す。

 

 引き抜いて現れたソレは、ドスと呼ばれる形状をした刀。

 

 月光に輝き、刀身は美しく煌めいた月をイメージさせる薄く透明な刃、長くて強い立派な武器である。

 

 持っているだけで正義の志が流れ込んでくる様な、胸に熱い気持ちがこみ上げる新たな力。

 

 「・・・よし、やるぞ」

 

 バーナー、コウモリ、進化、赤鬼、ムーン・フォース。

 

 それぞれの力を持ったギンジは、仲間を引き連れ研究室を後にした。

 

 上へと進みながら、サクラ、レイナと、カエデとレンに合流も果たした。

 

 最初はこんな姿になったギンジに驚いた面々だが、事情を説明しいてからは皆納得してくれた。

 

 新しい力を持ったギンジへ、皆が賞賛してくれたし、カエデもレンも驚いてはいるものの、変身スーツを入手して、ようやくヘヴンホワイティネスとしての活動形態がちゃんと定まった様な気もする。

 

 11人目のムーン・パラディースとなったギンジは、今度こそルカの為に自分の力を振るう。悪から彼女を助ける為に。

 

 最上層のタイヨーズの部屋が見えるなり、ギンジが真っ先に突き進む。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 経緯を聴いてルカは衝撃が走る。

 

 今目の前に居る男は佐久間ギンジで、ムーン・パラディースになったという。

 

 「あたしも正直意味が解らなかったけど、それでもあれは間違いなく、ギンジの意思よ。あいつは自分の意思で、こうなることを選んだの」

 

 カエデの肩を借りながらルカは立ち上がる。

 

 ギンジの意思とは言え、こうなったとはルカは愚かカエデ達にも予想が付かなかった。

 

 「ムーン・パラディースの無念も、この戦いの重さも、ルカの正義も、全部俺が背負ってやる。俺を信じて、待っててくれ。アキハもそう言ってるぜ」

 「・・・ッ!」

 

 天体アキハ・・・ルカの親友である彼女の名前を聴いて、ルカは涙が溢れてくる。

 

 詳しく聴きたい事がたくさんあるのだが、今は目の前にいるタイヨーズを倒すことが先だ。

 

 「今からこの宮殿ぶっ壊すからよ、皆避難でよろしく!」

 「やることが悪役のソレね。いいけど」

 

 ギンジとカエデの会話が終わると、すぐにカエデは壁を破壊して、脱出の道を作る。

 

 「後は、頼んだよ、ギンジ」

 「必ず勝ってくれよ!」

 

 レンとミドリコが声援を送ると、その後にサクラとレイナがギンジにエールを送る。

 

 「外で待ってるからね!」

 「・・・どうか無事でいてくれ」

 

 元気な応援と、心配する声。

 

 ギンジの強さは知ってるが、それでも心配になってしまう。カエデも同じだが、信用の度合いが違うのか、「必ず勝つでしょ、ギンジなら」その具合である。

 

 「本気で暴れまわるギンジ君を見てみたいな〜」

 「駄目です、ドクター。今回ばかりは、おとなしくしましょう」

 「くふふ・・・わたしの改造返し、上手く扱ってね、ギンジ君」

 

 そこに続いてオーク怪人とミヤコも壁の穴へと近づく。

 

 「ルカ・・・?」

 

 カエデが人数を確認して飛び出そうとするが、ルカを見てカエデは脚を止めた。

 

 「・・・僕は残る」

 

 ルカはムーン・パラディースとしてこの戦いに来ている。仲間意識が無いわけでなく、己の覚悟を持ってここに居るのだ。

 

 だから・・・。

 

 「僕は、自分の正義の為にここに残る。佐久間君の言うことも解るし、君たちの言うことも解る。敵の言うこともね」

 

 変身したままの状態でルカは、頬を流れる涙を拭き取る。

 

 「このまま、僕だけなにもしないでここから離れるなんて、そんなの嫌だ!」

 「ほう・・・戦士の心得はあるようだ」

 

 ルカの言葉に、オーク怪人が感心した様な表情を送る。

 

 「ならば、ヘヴンホワイティネスよ。ここのしんがりは私が引き受けた」

 

 一流の戦士である事を自負するオーク怪人っが、ミヤコを置いてこの場所に残る事を買って出る。

 

 「ちょ、何勝手な事言ってるのよ!」

 

 そんなオーク怪人に、カエデが怒りながら顔を近づける。

 

 「皆して残りたいとかは任せるけどよー・・・マジで見境なくやるつもりだから、気をつけろよ!」

 

 そろそろ交戦を開始しようと、ギンジとタイヨーズが構えを取り始める。

 

 「カエデ・・・」

 

 口論を開始しようとしているカエデへ、レンが話しかけてくる。

 

 「ここから先、一度宮殿から離れるなら、私達は降りるよ。指揮は私が取るから、カエデもここに残って」

 「え・・・」

 「こっちは大丈夫だ。カエデ」

 

 レンとミドリコが親指を立てて、穴の開いた壁の外側へと身体を向ける。

 

 「降りる人は決まったかな?それじゃあ、私の魔法で、どかんと行くよ〜!」

 

 サクラが魔法を唱えて、レイナ、レン、ミドリコ、ミヤコを浮かばせて、一緒に脱出する。

 

 去り際までミヤコはオーク怪人を見つめて、オーク怪人はそんなミヤコへ敬礼を取る。

 

 「さーてそれじゃあ」

 「ブヒ。あいつの戦いだ。邪魔はしてやるなよ」

 「あんたこそ、同じ悪の癖に、いきなり裏切ったりしないでよ」

 

 お互いの距離感は遠く、かなり険悪気味な空気だ。

 

 「佐久間君、君が戦うと言ったが・・・この戦い、最後(倒れる)まで、僕も行かせて欲しい」

 

 ギンジの隣に立ったルカは、自分の気持ちに従った行動を取った。

 

 「・・・解った。なら、とことん戦おうぜ。俺たちはムーン・パラディースだからな」

 

 一時的とは言え、ムーン・パラディースになぅったギンジは、ルカの宿敵であるタイヨーズへと向き直った。

 

 「ギンジ!頑張って!」

 「行け、貴様が、月光の者が戦士になれるか見届けてやる!」

 

 二人の後ろではカエデとオーク怪人がそれぞれに、応援を取ると戦闘に巻き込まれないように、離れておく。

 

 「終わったかザコ共・・・それでは、死ね」

 「ザコはお前だろおじーちゃん。最強の技とか言いながら、全く俺は効いてないぜ」

 「愚か者め・・・その減らず口ごと、陽の光に滅っしてくれる!」

 

 もう人任せにはしない。ここまで来て逃げるわけにも行かない。

 

 ここまで繋いでくれた仲間の無念を晴らすために、月島ルカは最大限の力で月光線を解き放つ。

 

 タイヨーズもそれと同じく陽光線を放ち、お互いの光線がぶつかる。

 

 「お前らの様な、なんでもかんでも食い潰そうとする奴らは、俺たちがぶっ潰してやるよ!オラ、覚悟しな!」

 (ギンジ・・・ルカをお願いするわ。月光刀の力、思い知らせてあげなさい!)

 

 ギンジもルカの攻撃に続き、金棒と月光刀の二つを大きく振り上げて、タイヨーズに突撃する。

 

 このスーツにおける能力はおそらく、天体アキハのスーツと同じ能力である事を、身に包んだギンジ本人がなんとなくだが感じ取っている。

 

 この善に満ちた能力、ギンジの炎と雷の怪人の力とは合わせて発動するのは、不可能な様だが金棒だけは操れる。

 

 「行くぞオラ!」

 

 光線を押し合いながら身動きの取れないタイヨーズへと、ギンジの攻撃が迫る。鬼機せまる迫力と、タイヨーズが嫌う月光を宿した長ドスが振り下ろされる。

 

 「ふん・・・強者の陽撃(サン・アンフェール)

 

 ギンジを落とした陽の塊が、月光線を片手で抑えながら発動される。例え目の前にそんなモノが再び来ようと、ギンジはもとよりこんな攻撃に遅れを取るつもりは無い。

 

 金棒でぶっ叩き、月光刀で一刀両断。そこからさらに空間を踏み込む要領で満月の足場が一瞬浮かび上がり、それらを踏みながらタイヨーズまで肉薄する。

 

 「よう!まだ俺は止められないか?」

 「ギンジ!やってくれ!」

 

 ルカの言葉にギンジは口角を上げて、二つの武器を振るう。

 

 「貴様らっ!」

 「よそ見するな、タイヨーズ!」

 

 ギンジを見て一瞬の油断を招き、ルカの月光線がタイヨーズの光線を正面から打ち破り、陽の防御が崩された。

 

 そこへギンジの金棒による想像しているよりも深く重い一撃、そして長ドス・月光刀による連続攻撃。

 

 打撃に飛び退くタイヨーズへと振り出された、月光色の斬撃がタイヨーズへと勢い強く飛んでいく。

 

 「月光飛斬(ブラストキャリバー)・・・」

 

 アキハの使う技をギンジが完璧にモノにし、しかもその威力はアキハよりも大きい。

 

 このまま攻勢を崩さずに、ルカもギンジの後隙をカバーしに入る。

 

 「ムーン・フィスト!」

 

 斬撃に斬られて、身動きが取れないタイヨーズへと、今度はルカが月光の拳を叩きこみタイヨーズを吹き飛ばす。

 

 「おのれっ・・・ザコ共めが!」

 

 悪の組織のボスとして、押されるのはマズイと、タイヨーズは反撃の陽の力を解き放つ。その力はすぐにギンジとルカを浮かし、空中に舞う二人へ、指先が向けられていた。

 

 「燃えろ!絶対強者の陽牙(サン・アンドレアル)!」

 

 鋭いトラの形をした陽が、牙を燃やしながらギンジとルカへと噛み砕きにかかる。二人してそれに噛まれるが、中からギンジが上顎を破壊して、喉からはルカがムーン・カッターで突き破って脱出している。

 

 「舐めんなよ・・・」

 

 上に飛び出たギンジは金棒で天井をぶち壊して、その反動の勢いを利用してタイヨーズへと突っ込んでいく。

 

 同じくルカも床に着地してからタイヨーズへと振り返りながら、次の攻撃の準備を整えて、攻撃を開始する。

 

 「いちいち破壊しないと気がすまないのか、貴様らは」

 「敵の本拠地はぶっ壊して行くのが基本って、教わったからな」

 「地獄(ヘルブラッククロス)の基準をここに持ち出すな」

 

 タイヨーズの言葉に、ギンジが反応する。足元を斬り崩し、金棒で瓦礫をかっ飛ばす。

 

 「言ったろ?見境なくぶっ壊すってよぉ!」

 

 さらに怪人の腕力とムーン・パラディースの強化による二つの力を同時に振るい、床に長ドスと金棒を叩きつけて行くと、ギンジからタイヨーズへと破壊のエネルギーが床を砕きながら走り出す。

 

 その破壊の一撃は、カエデとオーク怪人の居るところまで届き、ギンジを中心として壁や、まだ壊れていない天井まで壊れていく。

 

 「おのれ・・・我が太陽の宮殿を・・・!」

 「どれだけテメぇらが強かろうと、ムーン・パラディースには勝てないぜ。なんせ俺という最強の11人目が出来たからな・・・」

 

 タイヨーズが落ちてくる瓦礫を燃やして難を逃れると、その正面にはギンジの姿があり、今まさに武器を振るおうと襲いかかって来ていた。しかし余裕の表情を見せてタイヨーズが両手を開くと、ギンジは陽の光の爆発に飲まれる。

 

 「愚か者め・・・!」

 「愚かは・・・お前だぁぁ!!」

 「!?」

 

 タイヨーズの背後、さらに足元・・・。

 

 ルカが両手に月の力を込めて、最大の大技を放とうと、準備が完了していた。ギンジは囮であり、ルカのこの技が本命。

 

 その構図を描かれ、タイヨーズは初めてムーン・パラディースを相手に冷や汗をかく。

 

 しかし油断していてもこの程度、容易に対処可能である。

 

 そもそもムーン・パラディースとサン・アンフェールとでは、実力の差が違うのだから・・・。

 

 「いつまでも自分が敗けるとは思ってない、って顔してんな?」

 「貴様・・・!?」

 

 悪の大ボス、その背後にはギンジが金棒を首に回して、羽交い締めにしている。

 

 まだギンジは倒れていない。それどころか、まだまだ余力がある様子だった。

 

 「流石ね・・・」

 「ブヒ。ギンジならあの程度、普通以下だろうな」

 

 崩れゆく石柱に腰掛け、カエデとオーク怪人はギンジのさらなる活躍に期待の視線を送る。

 

 カエデは戦いにおいても、人としても尊敬が出来る様なそんな視線。

 

 オーク怪人はこの戦いにおけるギンジの成長と新たな能力に、感動すら覚える。

 

 「ぬぐ・・・貴様、離せ!」

 「暴れんな!今だぜ・・・やっちまえルカ!」

 (ルカ・・・決めなさい!)

 

 ギンジの言葉に続きアキハも叫ぶ。その言葉が伝わらなくとも、その想いは伝える。

 

 「はぁぁぁ〜・・・!」

 

 両手の月の力を発動。その両方の月と善の力は、かつてない程のルカの全身に回り、拳とスーツを強化する。

 

 確実の悪を葬る。その気持ちがこもった、ルカの全てを込めた願いの大技はタイヨーズの身体に深く刺さり、更に輝く月光が炸裂する。

 

 この一撃により、その月光の衝撃は部屋全体へと響き、とうとう宮殿の最上層は破壊されて行った。

 

 そんな破壊の中心で、ルカとタイヨーズはお互いに睨み合っている。

 

 「タイヨーズ!ここで最後にしよう!僕は、僕達は、必ずお前に勝つ!」

 「小賢しい!弱者は弱者らしく、強者に喰われろ!お前以外のザコはそうやって歯向かったから喰われて行ったのだろう?」

 

 ザコ・・・。その言葉はルカの心を強く傷つけ、そして強い憤りを、そして仲間の無念を思い出させる。

 

 「佐久間君・・・ありがとう、後は、僕にまかせて・・・」

 (ルカ・・・!)

 

 怒りに震えた声でギンジに告げると、ギンジは変身を解く。その手元にあるムーンフォースをルカに捧げると、光の粒となり、ルカの心へと入り込んでいく。

 

 「返すぜ。『有効活用、しなさいよ』、って言ってたぜ。必ず勝てよ」

 「・・・ありがとう」

 

 

 月の一撃で動けないタイヨーズから離れて、ギンジは瓦礫を蹴りながら、そして飛びながらカエデへと近づく。

 

 「もういいの?」

 「ああ、まだ終わりじゃないけど、俺のムーン・パラディースとしての活動は終わり!こっからはまたヘヴンホワイティネスに戻って・・・」

 

 ギンジはカエデを抱きかかえて、飛ぶ準備を始める。その傍らでルカを見つめる。

 

 「最後の戦い、本当の最後の真の最終ラウンド・最終回って感じだな」

 「意味わかんない事言ってんじゃないわよ!早く飛びなさい!」

 「はいはい」

 「ブヒ。私は飛べないのだが」

 「おめーは自分でどうにかしろ!」

 「フン。扱い方が解ってきたじゃないか。ドクターみたいだ」

 「ミヤコはこんなんじゃねーやい!」

 

 次なる月光の衝撃が飛び、宮殿はさらなる破壊が広がる。

 

 破壊に巻き込まれないように、ギンジとカエデ、オーク怪人はレン達の待つ外へと降りる。

 

 「大月光・狩花(カリフラワー)!」

 「ぬぐおっ」

 

 ルカに流れ込んだもう一つのムーン・フォースが、さらなる力を与えて、ルカの大技を強化していく。

 

 タイヨーズを上空へと強く吹き飛ばし、ルカも満月板を踏み込みながら追いかける。

 

 天体アキハの力を持ち、月島ルカとして、正義の為に、最後まで力を振るう。

 

 宮殿を突き出て、タイヨーズは陽の力を最大限に発動する。それを追いかけたルカは、アキハとギンジが操っていた長ドスを取り出す。

 

 「何故理解出来ん!力のある者こそ、弱者を侍らせてこの世界を統べる事が出来る!ザコはザコらしく・・・」

 「そのザコというのは・・・僕たちの仲間の事か・・・」

 

 天体アキハ、宇宙ナズナ、星カナミ、銀河シズハ・・・。

 

 惑正サリュウ、望遠ミヅキ、通過リサ、黒点ハスミ、間際クレア。

 

 彼女達の名前を一人ひとり呟く。ムーン・パラディースの仲間達の名前を。

 

 「ああ〜・・・そんな名前だったな。生きてる事だけでも恥ずべきザコ達の名前がどうかしたか?」

 「お前えええええぇぇぇッ!!!!」

 

 限界を超えた怒りでルカは叫んだ。

 

 「あんなザコに思い入れするとは、認めてきた矢先にがっかりさせてくれるな。この世は弱肉強食。強い者だけが生きるのさ・・・」

 

 陽撃を一つに集束させて、対峙するルカへと、先程よりも大きい陽光線を解き放つ。

 

 ルカも自分のムーンフォースと、アキハのムーンフォースの力を解き放ち、大月光線を解き放つ。

 

 上空で繰り広げられる光線同士のぶつかり合いを、ギンジ達は地上から眺める。

 

 「大丈夫だ・・・行け、ルカ!」

 

 ギンジが呟く。 

 

 「頑張れ!ルカ!」

 

 同じ正義のヒーローとして、カエデが声を上げる。 

 

 「ルカ、貴女なら勝てる」

 

 レンも同じく、正義の志を持つ同士として伝える。

 

 「全力で行くんだ、月島君!」

 

 ミドリコが月光をその眼に焼き付けて、ルカを激励する。

 

 「ルカちゃんなら絶対に勝てる!」

 

 サクラも杖を上げて大声で応援する。

 

 「ムーン・パラディース・・・勝て!」

 

 退魔警察として、同じ正義の使者としてレイナもルカを応援する。

 

 「くふふふ・・・勝敗は興味無いけど、これはお月さまが勝ちそう」

 

 ミヤコにも思う所があるのか、興味が無いと言いつつも、どこかその表情、その瞳には希望が宿っている。

 

 「ブヒ。ここまで来たのだ。戦士として、行け!」

 

 正義や悪としてではなく、一流の戦士としてオーク怪人も強く握り拳を作る。

 

 「クハハハハ!下でも愚か者共が何か叫んでるぞ!」

 「皆・・・!」

 

 ルカの光線が押され、再び劣勢に追い込まれる。光線のぶつかり合いは、タイヨーズの方が有利な様子だったが、そんなルカの背中から、今は亡き友・・・仲間の手が添えられる。

 

 確かな実体を持ち、ルカを押してくれている。

 

 「ルカ・・・今までごめんなさい。ずっと貴女の側に居てあげられなくて。ここからは、これからも、一緒に戦うから・・・!」

 「アキハ・・・ああぁ、ああ、ありがとう・・・!」

 

 姿は見えなくても、そこに居るのは、そして聞こえた声は、間違いなく天体アキハの声と手。

 

 「ずっと一緒に居るから。必ず、皆の仇を取るのよ。行きなさい、ムーン・パラディース!勝ちなさい、月島ルカ!」

 

 アキハの心が、ルカの心へ勇気と力を希望に変換して、より強く月光線を大きくしていく。

 

 その大きい光線はより規模を増してタイヨーズの光線をじわじわと押し返す。

 

 「僕の仲間は誰一人としてザコなんかじゃない、道具でもない、ただ嬲られるだけの奴隷でもない・・・他人を大切に出来ない愚か者が、力の有る無しで価値を決めつけるなんて、あっちゃいけないんだ!」 

 

 光線は更に勢いを増す。

 

 「なんだ・・・この力は・・・!?」

 「お前の様な、自分勝手で、暴力でしか人を従わせられない奴は・・・僕は・・・大っ嫌いだぁぁぁぁ!!!」

 

 そのルカの叫びを皮切りに、大月光線が陽光線を更に強く押し返していく。

 

 光線がぶつかるそれは、どんどん陽光線を小さくしていき、タイヨーズに迫り来る。

 

 「なんだ・・・なんだコレはぁ!??!?」

 

 ありえない。ザコと罵っていたこんな奴に、自分が敗ける等。

 

 ありえない。ありえない。有るはずが無い。

 

 自分の野望を成し遂げられず、ザコに敗ける等。

 

 あって良いはずがない。そのプライドを押しつぶされ、もう目の前は月光に覆い尽くされていた。

 

 「消えろ!偽りの陽光よ!はああああああ!!!!」

 

 月光がタイヨーズを押し込み、その光の本流に陽光ごと巻き込んで行く。力押しが終わり、月光の放出を止めると、タイヨーズが漂う空中では、一瞬遅れて大爆発を起こす。

 

 中心にタイヨーズを残し、煙による輪を残し、タイヨーズは崩れた宮殿の外側へと落ちていく。

 

 「馬鹿な・・・こんな事が・・・!?」

 

 いいやまだだ。まだ陽の力が宮殿にある。

 

 「陽の力があれば・・・まだ、サン・アンフェールは・・・」

 「よう、どこに行こうってんだ」

 

 這いずってでも宮殿に戻ろうとしたタイヨーズの背後には、ヘヴンホワイティネスとそれに協力した面々が勢揃いしていた。

 

 「このごに及んで、まだ悪事を働こうってんじゃあるめぇな!」

 

 ギンジの恫喝に、いよいよビビリ倒すが、まだ兵隊が居るはず。

 

 それら兵隊を呼ぼうとするも、次の瞬間には兵隊達が雨の様に振ってくる。

 

 「お探しのモノはこれかしら?」

 

 カエデの悪戯な笑みにさらに萎縮し、サクラの魔法で兵隊達がタイヨーズに落とされていく。

 

 「では・・・逮捕だな」

 

 公安警察と退魔警察が手錠を取り出すと、いよいよ観念したのか、タイヨーズはおとなしくなった。

 

 この大勝負は、ムーン・パラディースの勝利となり、この世界にまた一つの悪が滅びたのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 崩れた宮殿の中、タイヨーズの王座があった場所で、ルカはかつてアキハのモノだったムーン・フォースを両手に出して、アキハの残留思念・・・心と対話をする。

 

 「ごめん・・・アキハ」

 

 ルカの謝罪は辛く、重い言葉だった。

 

 自分を逃してくれたのに、助けてあげられなくて、そうして死んだ彼女をまともに弔う事も出来なくて。

 

 ごめんじゃ足りない。なのに、アキハは自分が来る事を信じてくれて、更にはギンジにも力を貸して・・・最後には、不甲斐ない自分にも力を貸してくれた。

 

 (謝らなくていいのよ。アタシも、貴女の為に最後まで一緒に居てあげられなくてごめんなさいね。ちゃんと最後まで戦えなかったし・・・貴女を一人にさせて・・・)

 

 アキハの声がどんどん細く、弱々しくなってくる。

 

 ともあれ仲間と共に悲願を達成出来たのだ。ルカはアキハ(ムーン・フォース)を抱きしめる様に胸に手繰り寄せる。

 

 アキハの心も、膝から崩れて涙を流す彼女を優しく抱きしめる。

 

 (これからは・・・ずっと一緒にいるから・・・ごめんね、ごめん・・・ルカ)

 「ありがとう・・・ありがとう・・・」

 

 悲願達成の涙か、それとも友の為の涙か・・・。

 

 あふれる熱い想いを今は、悪を成敗した正義のヒーローではなく、友達であり、仲間であり、人間であるモノとして、アキハと共に分かち合うのであった。

 

 「アキハ・・・」

 「・・・ルカ」

 

 二人の少女の涙は、満月の空の下、大粒の雫となり流れて行った。

 

 悲痛、苦痛、苦悶、絶望、離脱、別れ・・・。

 

 様々なモノをその心に取り込みながらも戦い続けたルカは、耐えきれず溢れ出る涙と共にここ数年の戦いを思い出していく。

 

 風に煽られた涙が天に舞い、それは仲間一人ひとりの無念を乗せて、本当の意味で天国へと飛んでいく様に見えている。

 

 一先ずは彼女達が泣くのを、誰も止める者は居ない。

 

 後悔があっても幸せで、平和な町での暮らしがこれから待っているのだから。

 

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。

今回でトータル40話!でも特に何か考えていたわけではない!

これからもこの物語をお楽しみください。

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
新たな力、ムーン・フォースを手に入れたけど、ルカに返した。
ムーン・パラディース11人目のメンバーになったけど、その日の内にヘヴンホワイティネスに戻った。ルカの正義の為に戦ったのは間違いじゃないと本気で思ってるし、ルカが勝った事で協力して良かったと思ってる。

神宮カエデ
何気にギンジにお姫様抱っこされたの二回目。今回は嬉しかったそうです。よかったねー

オーク怪人
ルカの戦いにおいて、戦士の気概を感じた。一流の戦士に近いモノがあるらしい。

鈴村ミヤコ
サン・フォースを改造返しして、ムーン・フォース改にした。ギンジの中にいる怪人の細胞に反応するように自分の血を少量いれたが、アキハに阻止された。

天体アキハ
改造されてもサン・フォースの中にずっと心だけ残っていた残留思念。
誰ともコンタクトを取れなかったが、この世の存在じゃないギンジとは初めて会話が出来た。
また、ルカの心に入る事で、彼女とも会話が可能となった。
落ち着いたお嬢さまだが、ルカの事が大好き。
生前ではルカがピンチになったら自分が救出するも油断して二人共大変な事に合う・・・っていう小説を書いており、色々とルカを性的な目で見ていた可能性はあるものの、長らく戦ってきた仲間としての信頼感は非常に大きい。ギンジの心は居心地が良いらしい。

月島ルカ
ムーン・パラディース最後の一人。ギンジ達のおかげで勝つ事が出来た。
アキハとの再開と、ギンジがアキハの力を持った事に驚いたが、それでも【仲間】がまだ居た事に大きな希望を持ったルカは、タイヨーズを撃破した。この悲願を達成した事で、彼女は現在大泣きしている。

タイヨーズ
サン・アンフェールのボス。弱肉強食をモットーに強くあろうとしていた善良な格闘家が、やがて世界の価値観を大きく変えて、暴力、特殊能力を用いて、悪の組織として動き始めた。ヘルブラッククロスの総統とはその頃から砂掛けをしあっている。
今回はルカに敗けた事で、まだ抵抗しようとしたがお縄についた。

ムーン・パラディース
10人からなる意対化市の真宵町を守る正義のヒーローだった組織。全員学生で、3人は死亡、3人は行方不明、4人生存(2人は入院、1人は引きこもり残り1人はルカ)という割と凄惨な状況だった。
今後はルカ1人での活動になることが決定している。

さてさて、次回でムーン・パラディース編は終わりとなります。もう少しだけ続くんじゃ。
まだまだヘヴンホワイティネスは続きます!最終回じゃないよ!

それでは、また次回!


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40・月光を携えて、彼女は戦う

こんにちは、アトラクションです。

妹欲しいな〜って思うんだけど、今から妹出来たら娘と親みたいになるので、結局いらない。

眠いけど、毎日少しずつでも頑張っています!

それでは、どうぞ!


 

 サン・アンフェールを撃破し、真宵町の悪は滅びた。

 

 その手紙が届いた。

 

 差出人は月島ルカ。可愛らしいシールを張った、女の子が使う様な色の封筒のそのタイトルを読んで、銀河シズハは治療されたとは言え、ぐちゃぐちゃの暴行の跡が色濃く残る手紙を、読み倒していた。

 

 もう一通、戦いに出る、そのタイトルがついた手紙は先日、ルカが自宅まで来て渡してくれたものだ。

 

 (・・・今更・・・)

 

 今更どうしていいのか解らない。サン・アンフェールはちゃんと撃破されたのを、ニュースで見たし、胸がスいた気分になった。

 

 晴れやかな気分と高揚する気持ちで一杯だったが、シズハは未だに自宅から出る決心が付かないのだ。

 

 シズハもかつては正義を信じて、ルカと共に戦っていた。

 

 しかし敵にさらわれて、何度言っても、何を言っても暴力に尽くされる地獄の一週間を過ごし、最後まで助けに来なかった・・・正確には助けに来れなかったルカ達が自分を見つけた時、既に虫の息で、かつごみ捨て場だった。

 

 10代の少女が世界に絶望するのは、当然とも言える無慈悲なモノだった。

 

 救出後は、全治6ヶ月、ムーン・フォースは敵に奪われてしまったし、ルカ達の慰めの言葉は全て蔑みの言葉にしか聞こえなかった。

 

 だから・・・自分がこうなったのは、全て仲間のせいだとわめき、泣き叫び、罵詈雑言を浴びせて、何もかもを失った。

 

 それから冷静さを持ち直しても、シズハに残っていたのは後悔と憎悪。ただそれだけを残し、それらを涙に変えて毎日泣く生活を送っていた。

 

 そんな生活を一年程過ごしただろうか。

 

 ある時、ルカから手紙が来た。

 

 戦いに出る。そのタイトルの手紙が・・・。

 

 サン・アンフェールを倒した手紙は読んだ。

 

 でもこの手紙だけは読んでいなかった。この手紙だけではなく、それ以前のお手紙も。

 

 シズハは全部締め切った外を根絶したこの自分の部屋で、その手紙を読む事にしてみる。

 

 【シズハへ】

 

 〔あなたの怪我の具合はいかがですか。身体ではなく、心の方です。君を助けられなかったのは全て、僕の責任です。これからその責任を果たすのと、あなたの報復を行う為に、サン・アンフェールとの最後の戦いに出ます。取り戻せるか解らないけど、あなたのムーン・フォースも取り戻せる様に尽力します。

 

 必ず、これを約束できない僕をゆるしてほしい。なぜなら、ぼくも命をかけて、本当の最後戦いに出るからです。

 

 それで、もし生きて帰ってくる事が出来たら、あなたにお話したい事がたくさんあります。駅前にあなたが楽しみにしていたお店が出来ましたし、洋服も買いに行きましょう?もちろん、本当に生きて帰ってこれたら。

 

 もう一度あなたに会えるのを楽しみに、人生で一番必死に戦ってきます。君の仇を取ります。親友・銀河シズハの仇を、絶対に取れる様に・・・親愛なるムーン・パラディースの仲間へ、月島ルカより〕

 

 所々滲んでおり、それはきっと涙なのかも知れない。

 

 しかし、手紙の内容を読んだシズハは、サン・アンフェールを撃破した手紙の内容を先に読んでしまった。

 

 でも、ちゃんと勝てた事を知った時、シズハの心から、ちゃんとした涙が溢れ出てくる。

 

 もう何日も充電していないスマホを充電して、今すぐ電話して伝えたい。

 

 あの時、酷いことを言ってごめんね、と。同じ境遇だったら、もしかしたらルカもそうなるかも知れなかったのに、何も考えず自分勝手でごめんね、と。

 

 謝りたい事は沢山ある。

 

 それよりも、ルカとまだ生きている仲間と全員で合って、喜びを共有したい。

 

 銀河シズハの心に、希望が戻りつつあった瞬間である。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 サン・アンフェールを撃破した翌日のことだった。

 

 「はい、佐久間です」

 

 スマホから音がなり、目覚ましではない事を寝ぼけながら確認すると、それは電話だった。俺はまだまだ眠いんだけどなー。いったい誰だい、こんな時間・・・いや、もう昼前か。

 

 『佐久間君か。よかった、僕は月島です』

 

 なんだルカからか。そういえばチャットしか名前の登録してなかったな。

 

 「どうした〜?まさか悪の残党とか居た感じか?」

 

 布団の中で身体をよじりながら、俺はゆっくりと意識が復活していく感覚が脳内に冴え渡ると、俺は通話に集中していく。

 

 『おやすみだったかな』

 「いや大丈夫だぜ」

 『それならいいんだ。もし、今日は用事が無いなら、その・・・昨日出来なかった祝勝会、とか開きたいんだ。あ、も、もちろん、無理にとは言わないし、今日は来れない人もいるだろう?』

 

 焦りながらも来て欲しいというのが伝わる様な早口で、ルカに言われると、俺はなんとも断りづらくなってくる。そんなに必死になるなよ。

 

 「行くよ、祝勝会ぐらい。でも、多分ミドリコとサクラ、レイナ、それからオークの奴は多分無理だぞ。声はかけとくけど」

 

 それぞれ住んでる場所違うしな。オークのやつはどこい居るのかさえ分からん。いや、繁華街エリアなのは解るんだけども。

 

 『夜からでいい。神宮、いや、カエデとレン、それからミヤコちゃんにも声をかけて欲しいな』

 「おっけー。あ、もしあれならミドリコの変わりに、非戦闘員が1人いるんだけど、呼んでもいいか?」

 『君たちの仲間だろう?勿論いいとも!』

 「おーけー。それじゃ、また夜に」

 

 スマホを切り、俺は再び枕に頭をつける。

 

 そして通話中は気づかないフリをしていたのだが、腰あたりに重いモノを感じている。人肌の暖かさを冷房によって相殺している、コレの正体は・・・。

 

 「・・・」

 

 ふとんをまくると、俺の腰にしがみつく様に眠る少女の姿がそこにはあった。長い髪をなんにもつけず、真っ黒なサテン生地のパジャマに身を包む女の子・・・。

 

 「何してんだミヤコ・・・」

 「・・・くふーくふー」

 「コラコラ女の子はそんな寝息を立てません。たぬき寝入りはやめなさい」

 「・・・くふっ・・・くふー」

 

 なんてこったマジで寝てるじゃんこの子。無理やり起こしたら可愛そうな気がしてきた。

 

 サン・アンフェールをぶちのめしてから俺たちは、それぞれ解散していった。

 

 一先ずの面倒事は警察にまかせて、俺、ルカ、カエデ、レン、ミヤコ、サクラ・・・俺たちはまた次なる戦いにお互いを呼び合い、手助け出来る様な協力関係を結べる様になっていた。

 

 魔法少女が困れば、正白の天国(ヘヴンホワイティネス)と退魔警察とムーン・パラディースの誰かが手助けに行くという感じの。

 

 逆に俺たちが困れば、他3つの正義の志を持ったヒーロー達が手助けし合うという・・・なんかフワッとしてるけど、正義の連合とでも言った感じだな。うん、いいじゃんこういうの。いつか俺たちのピンチにルカもサクラもレイナも手助けに来てくれたりしたら熱い展開じゃん!

 

 そうそう手助けが必要になることもあんまり無いかも知れないけどな。

 

 そうだ、オークの奴なんだけど、あのやろーまだ諦めてないのか、最後に帰ろうってなった時まで、「ドクターとの将来を頼んだぞ!ギンジ!ぶひいいい!」とか言いやがって、さっさと走ってどっか行きやがった。あいつあの体格とあの怪人の瞳で、よく街を出歩けるよな。

 

 「ミヤコ、起きろ、もう昼になるぞ」

 「うーん・・・っもうちょっとだけ、ギンジ君の身体を味わいたい〜」

 「駄目だって、言い訳出来なくなるって。運営の怪人に消されるぞ」

 「・・・そんな怪人造ってない〜」

 

 ぎゅーっと弱々しい力で抱きつかれるが、今のこの力ならば容易にはがせるぞ俺は。

 

 「・・・」

 

 いやしかし、やっぱミヤコって顔可愛いよな・・・。

 

 ゲームの中じゃシルエットだけでよくファンアートもあったよな。どれも今ここに居るミヤコとは違ったんだけどさ。

 

 まさかの14,5歳の女の子なんて誰が想像できたと思うよ。中身がおじさんの俺でもかわいいと思っちゃうぐらいのちゅーがくせいなんて最強やろがい!

 

 いや違うんだ、話が逸れた。

 

 とにもかくにも、こんなのやめさせないと、いつ俺の本能が理性を上回るかわからんぞ。わからんぞ!!

 

 「・・・取り敢えず、もう起きるか」

 

 眠ったままのミヤコをそのまま布団に置いて、俺は部屋から出る事にする。

 

 夢見心地っちゃ夢見心地の良い感じの欲望が垣間見える、素晴らしい光景なのだが、今はソっとしとこう。色々疲れてるだろうしな、ミヤコも。

 

 「ん・・・ッ。ふぅ」

 

 身体を伸ばして、いつもの服に着替えて・・・まぁ、なんだ、お昼ごはん兼朝ごはんでも食べるか。

 

 足取り軽いまま、俺はカエデハウスの自室から出て、夜に向けた支度を行う。

 

 「ああ、カエデにもちゃんと連絡しとかないとな。ケイタにも」

 

 スマホからチャットを飛ばしてから、俺はリビングに行く。昨日夕飯の残りを、今日のお昼とはなかなか嬉しいルーティーンで、これまた俺の好きなお料理で展開されてるから、ありがたいわね。

 

 温め直してから食べる手料理とはかなり匂いも良く、とてつもなく美味しい。女の子の手料理ってのがいいよな。うん。

 

 「・・・やっぱミヤコと一緒に食べるか」

 

 1人で食べるのも悪くはないんだけど、せっかくミヤコも居るんだし、一緒に食べたいな。多分一緒に食べようって誘えばどんなに疲れて眠っていても、一瞬で飛び起きるんじゃないんかな。

 

 そういう面では扱いやすいけど、暴走させたらもう今後は俺1人じゃ止めるのは無理かもな・・・。

 

 食事ってのは、皆で食べると何故か超美味いから、やっぱり俺は1人なのは嫌なんだな、とか思うんだ〜・・・。

 

 起こすのが悪い気がするのだが、やはりミヤコも起こしてあげよう。俺1人で食べるのもアレだしね。

 

 そう思うと俺はミヤコを(疲れてる所申し訳ないけど)お越しに自室に戻るのであった。

 

 起こした後は、やたら口移しや、あーんを強要されるなだが、それはまた別のお話☆

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 再び場所は意対化市、真宵町。

 

 銀河シズハからの連絡を受け取り、ルカは予定を全て蹴っ飛ばして、彼女の家まで走っていた。

 

 連絡が来るのはいつぶりだろうか。親友の為に戦って来て本当に良かったと、心の底から想いながら月島ルカは、仲間の家である銀河家まで走り続ける。

 

 (ちょっとルカ、そんなに走ったら転ぶわよ)

 「ありがとう。でも、止まれないんだ」

 

 気持ちは解るが、そんなに急がないで欲しい。せめて信号ぐらいは守って欲しい。仮にも正義のヒーローなのだから。

 

 あれからギンジを介して、ルカの心に住まう思念となったアキハは、ずっと苦しんでいたルカと、同じ苦しみや絶望を共有出来る様になっていた。

 

 お互いの考えてる事が解る様になり、お互いの心の中の暗い世界に、一気に光が舞い降りた。

 

 それは今までの悪の太陽ではなく、天国の様に輝かしい光、天使達がラッパを拭きながら、道を作るように、二人の心は晴れやかになっていた。

 

 「はぁ、はぁ、次の信号は止まるよ」

 (そうね。嬉しいのは解るけど、少し落ち着きなさいな。汗もすごいし)

 「うん・・・はぁ、はぁ、ありがとう」

 

 手元のハンカチで額の汗を拭き取り、ルカは自分が言った通り、次の信号ではしっかり立ち止まる。

 

 「ふぅ・・・祝勝会の前に一度シャワーに入らないとね」

 (そうね。ギンジに申し訳ないしね)

 「な、なんで佐久間君が出るんだ!?」

 

 アキハの鼻を鳴らした言葉に、ルカが動揺する。

 

 (あら?てっきり、ギンジと仲良くなってたのかと思ってたのだけれど。てっきり彼の強さに惹かれてるものかと)

 「そんなんじゃないよ・・・確かに強いとは思うけどさ」

 

 信号を待ちながら、ルカとアキハはギンジやヘヴンホワイティネスの事について話始める。

 

 否定をしたルカだったが、長い事共に戦い、そして心の中を読もうとすれば読めるようになったアキハは、間違いなく親友であるルカがギンジに心惹かれている事をなんとなく解るのだが、本人が違うと言うならば、今はそうしとこう。

 

 「シズハにもアキハの事を・・・」

 (伝えるのは構わないけど、ムーン・フォースがないだろうから、多分話すのは無理ね。アタシも会話はしたいけど・・・)

 「そっか・・・。うーん、残念。ところで、どうしてアキハは、ギンジとはコンタクトが取れたの?」

 

 言うなれば幽霊みたいな存在になっているアキハ、誰ともコンタクトを取れずに居たのに、何故かギンジとはコンタクトが取れていた。

 

 (不思議よね。アタシもそれだけはわからないわ。でもまぁ、きっとギンジも【この世の人】じゃないのよ。そうじゃなきゃ、上手く説明できないし)

 「とにかく不思議だね・・・」

 

 信号が青になる。光を確認して、ルカとアキハはシズハの家まで向かう。これからも友達で居るために、そしてこれからもずっと仲間として生きる為に、彼女達は運命の再開を果たす時が来たのであった。

 

 「ああ、楽しみだ」

 

 ルカの言葉に微笑みながら頷き、アキハも心からの再開に胸を高鳴らせるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 夜・・・。

 

 ルカに言われた様に、ヘヴンホワイティネスの面々は、ルカが住む住宅街近くの喫茶店で集合していた。

 

 カエデ、レン、ケイタ、ミヤコにギンジ。

 

 全員が揃ったのだが、ルカは何故か大泣きしている。

 

 「なんで泣いてんだよ」

 「くぁwせdrftgyふじこlp・・・オンドゥルラギタン・・・」

 「何言ってるかわかんねーよ!!」

 

 カエデの話では、ここに来る前に長らく連絡が取れなかった仲間と再開を果たし、ようやく希望を取り戻せた事でお互いずっと大泣きしているのだとか。

 

 アキハも静かにしているのを見ると、きっとルカの心に閉じこもって泣いているのかもしれない。

 

 「え、えーと・・・僕、居る必要あるかな・・・?」

 「ケイタも、私達の仲間、だから、居なきゃだめ」

 

 少々困惑しているが、ケイタもちゃんとした仲間なのだ。だからギンジが誘い、レンが喜んで連れて来た。

 

 「うう。すまない、取り乱していたよ」

 「乱しすぎよ。ほら、涙ふいて」

 

 カエデのハンカチでルカは涙を拭き取る。

 

 「さて、集まってくれてありがとう。この度はムーン・パラディースの最終決戦に協力してくれてありが」

 「硬いかたい。いいぜ、そんなに気を使わなくてもよ。俺達がしたくてした協力・・・言わばおせっかいだからよ」

 「そうね。あたし達が本当に手助けしたいって思ったことだし。気にしないでいいわ、ルカ」

 「同意。それよりも、勝てて良かったね。最後の光線、すごかった」

 

 タイヨーズを撃破した瞬間の戦いを見守っていたギンジ、カエデ、レン、ミヤコの4人は、ルカの勝利を称える。

 

 「皆、本当にありがとう!」

 

 正義の志を持つ者として、ちゃんとお礼を言うその姿勢に、ギンジを始め全員で小さめの拍手を行う。

 

 「それじゃー・・・飯食べようぜ!」

 「くふふふ・・・わたしギンジ君の隣!」

 「あんたって本当にギンジの隣座るわね。バカミヤコの癖に」

 「カエデモンキーはあっちのカウンター席に座りなよ」

 

 ミヤコの指差した先は、誰も座っていないカウンター席。

 

 それを見たカエデはミヤコと視線上で、バチバチと火花を散らす。

 

 「何よ・・・!」

 「何さ・・・!」

 「喧嘩すんなよ・・・」

 

 ギンジの仲裁で二人の闘志が収まると、二人は何事も無かった様に、元に戻る。

 

 ギンジの左隣には、ミヤコが座り、右隣にはカエデが座る。さりげなく座るカエデの距離感の近さに、レンが心の中で親指を立てる。

 

 ケイタとレンも隣同士で座り、会長席にはルカが座り、皆で飲み物を持ち乾杯の音頭を取る。

 

 生きている喜びと、それに付随する感謝。色々な想いがあふれる中、この戦いに参加した全員が悪を一つ滅ぼした事で、繋がりを強くしていった。

 

 「佐久間君・・・」

 「ギンジでいいって。一回呼んでみな」

 

 未だに名字で呼ばれると、壁が有るような気がしてしまうので、一度名前で呼んで欲しいのだが、ルカはどうにも苦手な様だ。

 

 「ご、ごめん・・・もう少し慣れてからでもいいかな。男性と話すのはあまり慣れていないんだ」

 「言ったって、お前もう高3だろ〜?」

 (言い忘れてたけど、アタシ達は女子校よ。特にルカは母子家庭だから、男性に慣れてないのよね)

 「うう・・・面目ない」

 

 いきなりぬっと現れたアキハに驚くギンジだが、やはりその姿はルカとギンジにしか見えていない模様。

 

 カエデにもミヤコにもケイタ、レンにはその姿は見えていないようだ。

 

 戦いに出られないケイタは、皆の為にサラダを取り分けたり、飲み物を配ったりと割と忙しそうに動いている。

 

 戦いとは常に無情でも、時にはこういう楽しい空間を皆で共有出来る。

 

 その事をとても嬉しく思い、勢いだけで手助けした事を、誇りとして、正義の為の戦いが出来てよかったと、心からそう思う。

 

 ルカが何度も涙を流しながら、ずっと同じことを言ったり。

 

 そんなルカの後ろでは、アキハがよしよしと頭を撫でる。

 

 カエデはギンジと喫茶店のメニューを見ながら色々と話したかと思えば、次はミヤコと再び口論を始めたり、それの矛先がギンジに向いたり・・・。

 

 レンとケイタは最早蚊帳の外で、二人して愛を語らう始末。

 

 祝勝会なのに脱線しているのだが、こういう光景が本当に、何より大切だと、誰もが尊く当たり前な楽しい瞬間を、ずっと自分の心にしまっておきたい。

 

 皆を見ているだけで嬉しくなってくる。

 

 ギンジにとって守りたいモノがまた増えた。新しい正義の志も加入した。

 

 こんな幸せな時間をずっと守りたい。一つたりとも欠けてはならない、未来へ繋ぐ人々の心の反映が、きっと今だから・・・。

 

 それがきっと、ヘヴンホワイティネスのゴールだと思うから。

 

 「さ、さく・・・んっ、ぎ、んじ・・・君」

 「ん?どうした?」

 

 祝勝会も良い頃合いになってきた所で、ルカはかなり言い慣れない口調でギンジを呼ぶ。

 

 「・・・渡したいモノがあるんだ」

 「?なんだい」

 

 ルカとアキハが手渡したそれは、ムーン・フォース。

 

 「お前、コレ・・・」

 「・・・アキハの形見で、君に持っていて欲しい。これは、アキハのモノだけど、僕のを除けば、きっと最後のムーン・フォースだから・・・」

 

 正真正銘、ルカ以外が持つ最後のムーン・フォース。中に居たアキハは月島ルカの心に入り、もう外に出ることは無い。

 

 月の力は残り続け、それはこれからのギンジの戦いを助ける、新たな力になるだろう。

 

 「本当に俺が持っててもいいのか?仲間の最後の形見だろ?」

 (持ち主であるアタシが良いって言ってるんだから、いいのよ。ルカもそれでいいって言ってるのだし・・・それに)

 

 アキハの淡々とした口調には、感謝の念も込められているのか、親しみのある声音をしている。

 

 「それがあれば、君はずっとムーン・パラディースで居てくれるしね・・・」

 

 ずっとはどうだろうか・・・。

 

 「いやそもそも俺、ヘヴンホワイティネスが本業なんですけど」

 「そうよ!こいつはあたしの下僕だから、ヘヴンホワイティネス専業なんで!」

 

 カエデが焦りながら間に入り込み、ルカとギンジを分断する。

 

 「でも、貰えるなら、持っておいた方がいいよ」

 

 レンはギンジの新しい能力が増える事には賛同で、ただせさえ強いギンジがさらなる強化を施されるのは、この先の戦いにおいても必要な力になるからだ。

 

 レンもギンジの強さを信用している。

 

 自分の生まれた時代に活躍する悪を潰す為に、この力を信じている。

 

 「くふふふ・・・ギンジ君に変身スーツがあるなら、わたしのメンテナンスももっと役に立ちそうだね。くふ、くふふ」

 「ギンジってどんどん強くなるね・・・羨ましいなぁ」

 

 ミヤコとケイタはそれぞれの思いをギンジに話す。

 

 「君に持っていて欲しいんだ。君たちの戦いにも役に立つ。そして、僕も、必ず・・・君たちが困っていたら手助けをしに行くよ」

 

 ルカの言葉は強く、その顔は初めて見る生気を取り戻した、少女らしい笑顔を宿していた。

 

 「・・・後で返せなんて言うなよ」

 「言わないさ」

 「じゃ、遠慮なく」

 

 ルカの手にあるムーン・フォースを受け取ると、それはすぐに光の粒となり、ギンジの胸へと吸い込まれていく。ギンジの心と同化して、正式に新しい能力となった。

 

 「ありがとな。俺たちも必ず勝とうぜ!」

 

 ギンジの激励に、カエデもレンも大きく頷く。何故かその隣のミヤコは目を「♡」の形にして、ギンジを応援している。

 

 ケイタは戦えないが、それでも自分のやれる事がある。これも一つの力であると信じたケイタは、少しでもギンジ達の為に頑張ろうと決意する。

 

 「まだまだご飯は食べられるかい?もう一回乾杯しよう!」

 「まだ喰うのかよ」

 

 ルカの食欲には呆れたが、それぐらい今日は見逃しておこうとするギンジであった。

 

 

 こうして、ギンジ達に協力する正義のヒーローがまた現れ、仲間同然となるのであった。正義の協力者は、再びまた手を取り合いながら戦うのである。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 8月15日。

 

 意対化市、真宵町。

 

 サン・アンフェールという悪は滅び、それをチャンスとして別の悪が進撃してきていた。

 

 「あっしがここに来るなんて・・・ここ、遠いっスよ?」

 

 気だるそうにしていても、どことなくソワソワしたその存在は、隣を歩く棒人間みたいな相方に声をかける。

 

 「確かに。勢力拡大を目的とした任務ですからね。我々の敵でもあったサン・アンフェールが滅んだ事で、いよいよ本格的な枝伸ばしに入った・・・という事ですかね・・・」

 

 触手をズラリと伸ばして、その先には神経毒がポタポタと垂れている。

 

 一方、紐の様な見た目をした者は、後ろに手を組みながら姿勢よく歩いている。

 

 触手の怪人、紐の怪人。両怪人がサン・アンフェールの後釜を手に入れる為、ヘルブラッククロスの任務でこの町へと脚を運んでいた。

 

 「おや・・・女性が居ますね・・・」

 「あ、ほんとだ。あっしが捕まえちゃうぞ〜うししし」

 

 二人の怪人が歩く目の前には、ボーイッシュな見た目をした女性が、すぐ目の前を歩いていた。

 

 いやらしくヌラついた触手を伸ばして、ボーイッシュな見た目をした女の子へと捕獲の触手を伸ばす。

 

 しかし、その触手は次の瞬間には、円型の刃によって斬られてしまった。

 

 「何者です!?」

 

 紐の怪人が警戒を強めて、戦闘員を目の前に立たせる。

 

 「・・・お前たちが、ヘルブラッククロスか」

 

 女性は月の形をしたリングを、自分の胸元に掲げるとすぐ変身の体制を取り始める。月の光に当てられたその変身に、一瞬だけ怨敵であるヘヴンホワイティネスを思い出す。

 

 そしてこの光、この力・・・。

 

 「気をつけなさい、触手さん!正義の志を持っていますよ!」

 「どーやらその様で。あっし、ああいうの見るとヌルヌルにしてやりたくなるんでスよ。新しい必殺技の、エモーショナル・ハウリング・ディストラクション・レオーナウリンディファス・・・」

 「長いですよ!コケにされてしまいます!早く倒すのです!」

 

 紐の怪人と触手の怪人の会話を聴き終えると、その女性は変身を完了させている。

 

 「どうやら、この町にも正義を自称する愚かな人が居るようですねぇ・・・」

 「初めまして、ヘルブラッククロス・・・僕は・・・」

 

 彼女は自信を持って自分の名乗り向上を上げる。

 

 悪を滅ぼす為に、今日も彼女は月光と共に、正義と平和の為に、そして友の為に戦う。

 

 「僕はムーン・パラディース!月夜の平和を護る者だ!」

 

 この真宵町の平和はずっとムーン・パラディースが守ってきた。

 

 例え1人になっても、最後まで諦めずに、偽りの陽を撃破した正義のヒーロー。

 

 真宵町の住人は、最後のムーン・パラディースが、今も平和の為に戦う姿をこう捉えて、呼んでいる。

 

 叫んだその名を、この町では知らない者は居ない。

 

 彼女の名前は月島ルカ。

 

 またの名を、ムーン・パラディース。

 

 そして・・・

 

 戦いに赴く彼女は、こう呼ばれていた。

 

 

 

 

 

 

 月光を携えて、彼女は戦う、と。

 

 「行くぞ!ヘルブラッククロス!」

 

 ルカの新たな友達を護る戦いが、始まったのであった。

 

 

 

続く

 

 

 

 

 




お疲れ様です。

好きなパスタはペペロンチーノです。

あーやっとこさムーン・パラディース編が終わった!
そしてこれで後々重要なピースが揃った!
いつ再登場するのかはお楽しみに!

次回は再び非日常に〜編の続きです。次回はヘヴンホワイティネス・カエデとギンジのペア回予定ですが、ミヤコ単独回もありかと・・・いや、暴力の怪人の再登場か?

どうなるかは私の気分しだいである。

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
ムーン・フォースを返して、返してもらった。
これで使える能力は炎、雷(飛行)、金棒、変身(刀、月光)となりました。
ムーン・フォース使用中は炎、雷、飛行は使用不可。
金棒、月光、イメージは使用可能。またフェーズ3との併用も不可能となるが、本当に強くなったのか?

月島ルカ
仲間達と苦労を分かちあえて本当に嬉しかった。
触手の怪人と紐の怪人はアキハの指示と適切なフォローもあり、ボコボコにしてやった。

オーク怪人
ぶひいいいい!ぷぎゃあ!ぷごおぉ!ぶひ!ぶっぶっひいいい!
オーク怪人「何をしているんだギンジ。こ○されたいのか」

それでは、また次回!


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41・想いと思い

こんにちは、神宮財閥の平社員・アトラクションです

今回はメインヒロインの1人であるカエデにフォーカスした話になっております。

恋愛の話ってメインのキャラであれば有るほど難しいネ・・・

みんなミヤコみたいにギンジ好き好き言ってりゃあいいのによぉ!
嘘です。キャラの個性をちゃんと出せるように頑張る次第です
それでは、どうぞ!!


 

 ヘルブラッククロスとの戦いはいつも突然だ。

 

 学校を襲撃してきたり街に現れたり、登校、下校中、祝日問わずいつも襲ってくる。

 

 ギンジが加入する前は、いつも単独撃破を強いられ、助けられない命もあった。それらは正義と平和の為に、そして親友の未来の為に戦うカエデにとって、非常に辛い事でもあった。

 

 しかし、ココ最近ではギンジの加入と、ミヤコの事前感知により怪人の襲撃に少し遅れての対応に済んでいる。

 

 不必要な犠牲も少なく、最小限の被害に済んでいるのは間違いなく彼らのおかげだろう。それだけではなく、たまにレイナやサクラ、そして最近ではルカ、信じがたい事にオーク怪人も手助けに入る事もある。

 

 とはいえオーク怪人の目的は別にあるため、手助けはミヤコの指示が無い限り来ないのだが。

 

 「もうすぐ夏休みも終わるわね」

 

 かなり寂しそうにカエデはリビングに居る仲間達へと、その言葉を出す。その言葉を聞いた途端にケイタは顔をやつれさせて、レンは再び学校へと行ける事を楽しみにしている。

 

 「そういえばお前らの学校って、襲撃受けて修繕をしてる間の一週間はお休みになったんだよな」

 

 よく覚えている5月の襲撃。剣士の怪人との初遭遇でもあった襲撃の日。学校を一週間休校にする代わりに、夏休みを一週間早く繰り上げるという前代未聞の事態に発展する。

 

 「夏休みの宿題まで一週間分少なくなるかと思ったら、そんな事なかったよ・・・助けて〜!」

 

 ケイタの悲痛な叫びはリビングに良く響く。もう3日程前から聞いているのだが、レンもカエデも既にクリアしており、ミドリコからすれば懐かしい単語を聴く度に浄化されている。

 

 ミヤコはその頭脳的に、学校の問題等、赤子の手をひねるぐらいには簡単である。ギンジも宿題なんてものはわりかし最後まで残す方だが、それでもちゃんと終わらせる。

 

 「あとどれぐらい残ってるのよ」

 「カエデ〜!」

 

 呆れたカエデがケイタのプリントを見る。

 

 数学、科学、理科、国語・・・。

 

 「まだ、半分も残っている。ケイタは、この夏休み、ずっと遊んでた」

 「・・・」

 

 レンの告発に、ティーチャー・カエデは目を虚ろにする。

 

 それを告発されたケイタも目を虚ろにしている。

 

 「半分「も」って事は、全体何%なんだ?」

 

 進捗状況を聞いたギンジはかなり後悔する事になる。

 

 「・・・20%」

 「よし、ヘヴンホワイティネス出動!パトロールしに行くぞ〜」

 

 即答で現実逃避しに行くギンジに、ケイタは涙目になりながらギンジの脚を引っ張る。

 

 「人でなし!ろくでなし!助けてよ!」

 「知らん。残り2日の夏休みをせいぜい絶望しながら楽しめ」

 

 流石にこの体たらくでは、助けるも何もない。つまり見捨てるしかないのだ。

 

 「自業自得だ!自分でどうにか終わらせろ!」

 「ごむたいな〜!!僕の命を助けると思って!ね?ね?」

 「ケイタ・・・ごめんなさい、私達は、正義の為の、使命がある」

 「だから頑張れ!ケイタ!」

 

 ギンジ、レン、さらにはカエデにまで呆れられて、角倉ケイタはいよいよ、絶望に苛まれる事になった。

 

 「うおおおお助けてー!正義のヒーロー!!!」

 

 ケイタの夏休みの叫びは、誰にも届かずに空虚な夏の空へと消えて行った・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 8月の下旬に近づいたが、世間はまだまだ続く猛暑に苦しめられている。とはいえ夏休みシーズンもまだまだ続いており、度固化市、繁華街エリアには学生と思わしき若者達でごった返している。

 

 可愛い動物を模した夏のスイーツや、冷たさを感じるかき氷やら冷やし中華。それら夏の風物詩とも呼べるモノ達を眺めながら、ギンジとカエデは相変わらずいつものパトロールを開始している。

 

 レンはケイタの為になんだかんだ言いつつも残り、一緒に夏休みの宿題を見てあげており、ミドリコは警察絡みの急用が入った為に、途中で別行動となってしまった。

 

 「思えばこうしてパトロールするのも久しぶりだな」

 「そう言えば・・・そうね」

 

 最後にパトロールしたのはいつだっただろうか。

 

 「最後のパトロールって確か、レイナの親友の・・・ナルミとか言ったな。あいつに襲撃されてさー」

 「退魔教会・・・だったかしら?あれと戦う事になった日ね。覚えてるわ・・・」

 

 退魔教会。南度固化市における正義の組織・・・だったのだが、その実態は私利私欲にまみれた薄汚い【悪】の組織になっていた。

 

 レイナの心を踏みにじった事でギンジの怒りを買い、最終的にはヘヴンホワイティネスによって成敗された。

 

 「その後は・・・あんまり思い出したくないわ」

 

 カエデにとっては辛い記憶。

 

 6月28日には、皆でケーキを食べに行く約束を取り付けていた。本当はギンジの為に色々と食材を用意して、ハンバーグを振る舞おうとしていた。

 

 そんな中、オーク怪人率いるヘルブラッククロスとの交戦・・・ギンジはさらわれてしまった。ヘヴンホワイティネスも悪を目の前にして、撤退だけを余儀なくされた、実に辛い記憶。

 

 あの時からカエデはギンジの評価を良い方向へと変えていただけに、ギンジが自己犠牲の末に捕まった事を、今でも忘れていない。

 

 「あ・・・」

 「ん?どうした、カエデ」

 

 カエデは今の状況を冷静に思い出す。今、ギンジと二人きりで居る事を。

 

 距離感が近かったからこそ、いつもの様に話していたのだが・・・今は再び意識してしまう。好きな人と、今二人で居て、いつもの様に一緒に歩いている。

 

 ギンジが言ってくれるお礼の言葉は、ヘヴンホワイティネスとしてではなく、人として感謝を述べる事で、実は嬉しく思ったりしていた。

 

 幾度と無くピンチを助けて、助けられて・・・次第に怪しいと言う感情は無くなり、信用、そして正義の為に一生懸命になるギンジの強さを憧れとして見始めていた。

 

 誰かの為に一生懸命、必死に頑張るその姿や、ギンジがこの世界に転生してきてからの行動を見てきたカエデにとって、ただの仲間以上の関係、絆を築いてきた。

 

 (不思議なモノね・・・)

 

 いつもはすぐに言い合いをするにあたって、ギンジの反応を見るのが面白くて、そして楽しくて・・・こういう談笑はきっとレンやミドリコやケイタ、ミヤコとは出来ない。

 

 「そう言えばギンジって、あたしが風邪引いてダウンしたときも、ここの繁華街だったわね」

 「あー・・・そういえばそうだな・・・初めて会った時もさ、ここだったよな」

 

 苦笑しながらもギンジは思い出に浸る。

 

 トモカを助ける為に尽力した事、カエデが倒れた時にはミドリコの家までおぶってくれた事、それは正しくギンジの持つ性根の部分の優しさからの行動である事を、カエデは嬉しく感じる。

 

 いつからか学校に居ても、レンと話していても、頭の中にはギンジが居る。居続ける。

 

 大雑把で乱暴な癖に、優しい時はずっと優しい。

 

 困ってる人が居ればきっと今にも誰かを助けに行く、そんな正義のヒーローの様な男が佐久間ギンジだ。

 

 もっともその本質は全て、ヘヴンホワイティネスのハッピーエンドを見たいからなのだが。この世界がエ○ゲーの世界である事をしらないカエデは、ギンジの真の目的を知らない。

 

 (・・・そんなだから、きっとあたしも、こいつの事好きになったんだろうな)

 

 少し先を歩くギンジを横目で追うような目線で、カエデはギンジの横顔を覗く。相変わらずのサングラスだが、その瞳をしっかりとカエデは眼に入れていく。

 

 いつか・・・いつか本当に、サングラスを外して生きていける世界になれればいいな、とカエデはギンジを想う。そうすれば色のある綺麗なこの世界を二人で眺める事も出来るのに・・・。

 

 でもそうなるのは後にも先にも、ヘルブラッククロスとの戦いに決着をつけてからになるだろう。

 

 (ギンジは戦いが終わったらどうするんだろう)

 

 ずっとココに残って居てくれるのだろうか。それとも・・・。

 

 「ねぇ、ギンジ」

 「どうした?」

 

 この戦いが終わった後の事を聞いてみたかった。呼び止めたギンジの振り返った笑顔を見て、カエデは聴きたいと思った事が、言葉として出なくなる。

 

 思わず喉に蓋をしたように、どうしても言葉に出せなくなる。

 

 きっと残り続けてくれる。そう自分に都合よく考えてしまい、上手く言葉が出ない。

 

 「ん・・・なんでもない」

 「そうか?何かあったら言ってくれよ」

 「うん・・・ありがとっ!さ、行くわよ」

 

 どうしても不安になる。だけど今は聴かなくてもいい。もしかしたらいずれ話さないと行けない事になるだろうが、カエデはそれをぐっと我慢する。

 

 「何かあったか?大丈夫か?あ、体調悪かったり・・・」

 「え・・・ああ、いや、うん。大丈夫」

 

 少しだけ心配になったギンジはカエデに訪ねてみるが、返事はどうということはないモノで帰ってくる。

 

 これもギンジなりの優しさからだと思うと、正義のヒーローと学生の二足の草鞋を履くカエデにとっては嬉しく感じる。

 

 正義のヒーローとしてではなく、神宮カエデとして聞いてくれているからこそ、余計に嬉しい。

 

 「・・・ギンジ、その」

 「なんだよ。大丈夫か?」

 

 いつもより瞳を揺らしたカエデの言葉を、ギンジは本当に心配になる。

 

 この気温で体調が悪いなら、すぐに言って欲しいとギンジは思う。

 

 「ううん。体調は大丈夫。その、さ」

 

 言葉に詰まりながらもカエデはギンジと眼を合わせる。真っ直ぐに見つめて、カエデの鼓動が早くなって、苦しくなる。

 

 「今まで、色々ありがとう」

 「なんだよ急に。お礼を言うならこっちもだぜ」

 

 こうして改めて思い出すと、カエデからギンジへ感謝を述べる事は少ない。好きだと想うなら、ちゃんと言葉にしてその感謝を伝えたかったのもあるが、なかなか言えない事もあった。

 

 今なら言えると・・・声を大きくして、しっかりそれを伝える。

 

 「事有る事に叩いたり、殴ったりしてるけど、あたし、あんたの事、嫌いじゃない・・・から」

 「へへへ・・・どうしたんだよ。それにお前にぶっ飛ばされる事なんて、別に嫌じゃないぜ。あ、俺がMってわけじゃないぜ?ほら、なんていうかこーゆーのが当たり前っていうかさ・・・」

 

 言いながらもギンジも言葉に詰まり始める。

 

 自分の憧れであり現実逃避の手段であったギンジの目の前に居るのは、ヘヴンホワイティネス・神宮カエデ。

 

 人としてその精神力や、正義の為に揺るがない信念を持った彼女の事を、ギンジは尊敬している。

 

 カエデの想いを知ってか知らずか、ギンジはなるべく優しく接して行こうと思っている。

 

 (キャラクター)として好きなのは間違いないし、何より怪人の身でありながらも、ずっと戦える事を誇りに思っている。

 

 (この戦いがおわったら、カエデはどうするんだろうな)

 

 神宮財閥の19代目として帝王学でも学びに行くのだろうか。それとも正義のヒーローを続けるのか。

 

 将来の事は不明だが、ギンジはこの戦いが終わったら、いつの日か湾岸エリアで話した事の全容の通りに、カエデ達のサポートをしないと行けない。

 

 この世界が物語の世界である事は伝えた。ならば次は・・・。

 

 (この世界における、本当の意味での俺の生きれる居場所を探さないと行けないしな)

 

 ギンジはハッピーエンドの先を考え始めていた。このままカエデ達と仲良く笑いあり涙ありも悪くはないだろうが、ちゃんとその事も考えないと行けない。

 

 この先何もしないで生きるなら、再び生きた屍に逆戻りになるだろう。それだけは何があっても嫌だ。

 

 出来るならずっとカエデ達と一緒に笑い合っていたい。

 

 (そうするためには、俺がもっと強くなって・・・カエデ達を守れる様にならないとな)

 

 ぐっと握り拳を作りながら、ギンジは人混みを眺める。

 

 何がヘヴンホワイティネスにとって最良な行動になるのか、そしてどうやってカエデ達の笑顔を護り続けようか。

 

 カエデだけではないが、この子達が悲しんだり、悔しそうにしているのを見ると、ギンジとしても胸を痛める事になる。

 

 (・・・もう見たくないな)

 

 サングラスを直してギンジはさらにカエデを横目で見る。

 

 整った顔立ちと、ひと目見て解る綺麗だと言う感想、それからきめ細かい肌に良く似合うプラチナブロンドは、正しく財閥のお嬢様という気品を感じ取れる。

 

 絵で見たソレと同じ顔なのに、ゲームよりも表情豊かで感情も彩り、より神宮カエデというキャラクター・・・いや、女の子を意識出来る。

 

 笑えば可愛く、戦えば凛々しい。こんなに元気で、一緒に居て楽しい人はギンジの人生では初めて知り合えた大切な人だ。

 

 (ギンジってあたしの事どう想ってるのかな・・・)

 (カエデは俺をまだ怪人そのものとか思われてるかな?)

 

 お互いに見ているベクトルは違うモノだが、ふとお互いに眼が合う。

 

 「なによジッと見て」

 「ん・・・いや、なんでもない。パトロール再開しようぜ」

 

 何気ない一言でも嬉しくなる。正確には楽しみ、そういう感情が身体の中で大きく膨れ上がる感覚だ。

 

 (戦いが終わるまでは、しばらくこのままでいいかも・・・)

 

 不安な事等一切消し去るこの瞬間において、戦いの後の事なんて考えなくてもいいだろう。今は・・・まだ。

 

 お互いに笑顔を浮かべながら、繁華街エリアをパトロールするそれはデートの様にも見えたし、仲の良い友達にも見える。

 

 二人はそれでも・・・お互いの想いと思いを交差させていく。

 

 答えの出ない考えを・・・何度でも・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 

 パトロールも適当な所で切り上げて、夏により蒸されたアスファルトを乗り越えてあたしとギンジは帰宅する。

 

 怪人サマはいいわね〜汗とかあまりかかなくて。とか、少し前のあたしなら嫌味たっぷりめで言っていたかも・・・。

 

 でも今は・・・そう、本当に今はあいつを怪人だなんて呼びたく無くなってきたし、人間なんだろうなって思ってるから・・・どんなに馬鹿でも、ギンジの心を否定している様な気がして来てね。あんまり言いすぎるのも良くないって、最近は少し反省してるわ。

 

 でも煽ると必ず返してくれるから、面白いし好きなのよね、ギンジと話すの。

 

 「カエデ・・・また、ニヤけてる」

 

 今のはレンの声。帰宅するなり、あたしとレンは汗を流すためにお風呂に入ってた。

 

 今日はミドリコも帰ってこれないそうだし、残り少ない夏休みには、このあたしも残っていてあげるわ!

 

 まぁほぼカエデハウス(こっち)で寝泊まりしてるんだけど・・・。

 

 「別に〜ニヤけてないし」

 「ギンジと一緒に居る時は、いつもニヤけてる、最近はずっとそうしてる」

 

 湯船に入りながらレンは腕を枕代わりに、前かがみな姿勢を取りつつもあたしの顔を覗き込んでくる。

 

 トラの様な鋭い眼も、ここでは優しい淡いブルーの瞳。

 

 そんな眼であたしの顔をニコニコしながら見つめてくる。抜群のプロポーションしてるけど、見つめても何も出ないわよ。

 

 「ギンジとは、何か進展はあった?」

 

 いつもレンはあたしの事を応援してくれている。それに答えるにはあまりにも少ないモノだが、少しずつ、少しずつ報告はしている。

 

 あたしがレンにしていた様に、レンもあたしと同じ事をしている。

 

 お互いの恋愛には、お互いの応援をしたい。ゴールインしても、次のスタート地点に立っているレンは、早く次の進展を聴きたいとの事で、あたしもそれは良く解る。

 

 だって親友の恋とかすごく気になるでしょ?

 

 「残念ながら・・・このパトロールでもあまり無かったわ」

 「でもニヤけてる。良いことあったんだね」

 

 そ、そんなにニヤけてたかしら?これでも財閥の19代目(予定)なのよ。お恥ずかしいですわ。

 

 「あ、そうだ」 

 

 あたしはギンジと同じぐらいに、レンにも聴きたい事があった。

 

 「話を変えるのだけれど、いいかしら」

 「ん・・・」

 

 ちゃぽん・・・と、水滴の音が湯船から広がる。

 

 「・・・レンはこの戦いが終わったら・・・未来に帰っちゃうの?」

 「・・・」

 

 身体についた泡を流しながら、あたしは聞いてみる。ただの興味本位なのだけれど。

 

 「うーん・・・家族には合いたいけど・・・私は、未来という過去に戻るより、今という未来に、沢山思い出があるから。帰りたくは無い・・・かな。ケイタと一緒に、居たいから、ね」

 

 未来を過去とか、今を未来とか難しい事言うわね。なんとなく言ってる事は解らなくもないけど。

 

 「ヘルブラッククロスを、倒したら、前までは必ず、帰ろうって思ってた。だけど・・・」

 

 レンの口から出てくる言葉は、聞いていると、毎日が楽しいんだなって思う。

 

 ケイタと一緒に居ること、愛を知って、友達を知って・・・。

 

 「ケイタやミドリコ、ギンジの事もあるけど・・・カエデも居るから」

 

 あら、嬉しい事言うわね。撫でてあげようかしらこの子。

 

 「カエデが居なかったら、私はきっと、押しつぶされてた。カエデが嫌じゃ無かったら、私はずっとここに、居るよ」

 「レ〜ン〜!!」

 

 思わず嬉しくて涙が溢れる。

 

 「で、カエデはこの戦いが終わるまでに、ギンジに想いを、伝えられるの?」

 「ふぐっ」

 

 うう、結局そこに行き着くのね。

 

 でも確かにいつまでもうだうだはしてられないわ。

 

 「頑張るわ」

 「うん。応援、してるから。辛かったら、いつでも頼って。いっぱい話そう?」

 「うわーん!レ〜ン〜!!」

 

 ちょっとなんでそんなに良い子なの?泣きそうなんだけど。泣いたんだけど。ちょっともー。

 

 「くふふ・・・いつまで入っているのかな。わたしもそろそろ入りたいのだけれど」

 

 バカミヤコの声が、お風呂の扉の向こう側から聞こえてくる。

 

 海の時もそうだけど、本当に肌の露出を嫌うのよね。

 

 「あーごめーん。今から出るから」

 

 ちなみにあたしは湯船に浸からない派なのよ。

 

 「裸は見ないでおくよ、くふふ。ギンジ君の裸しか興味ないからね」

 「そういう事言うんじゃないわよ!っていうか見たの!?」

 「毎朝みてるよ、くふふふ・・・」

 「ギ〜ン〜ジ〜ッ!!!!」

 

 ギンジを取り巻く人は、何もあたし達だけじゃない。バカミヤコも、レイナさんも居た。そして多分ミドリコも。何よ、モテモテじゃない。

 

 いや(ちゃ)うねん。

 

 そうじゃないのよ。なんでギンジのは、裸をこのバカミヤコが毎朝見てるのよ・・・!

 

 「これは尋問しなければ、そうしなければ、ならない」

 

 レンの言葉に頷いて、あたしは急いでお風呂を出る。

 

 こうなったらミヤコにも問い詰め・・・って居ないわ。

 

 どこに行ったのよ・・・!

 

 「おーい、何か用か・・・?あっ!?」

 「なっ・・・!?」

 

 脱衣所に来たのはギンジ。さっき出かけたままの姿で、どうしてこいつが!っていうか・・・!

 

 「・・・うん、生きてて良かった」

 「なら今日死ねぇぇええ!見るなぁぁぁ!」

 

 マジマジと見ようとしてるんじゃないわよ!

 

 「いや見てない!本当、本当!本当だって!」

 「うるさい!ミヤコにも裸をみ、見せ・・・見せつけて!挙げ句、あたしのまで・・・」

 

 落ち込んじゃ駄目よカエデ。あたしは正義のヒーロー。堂々と覗きに来た事に敬意を評して、直々に叩き潰してあげるわ。

 

 ヘヴンスーツ!あたしに力を!

 

 「なんで変身してんだよ!マジじゃん!マジで殺る気じゃん!」

 「必殺!!!!」

 「お、おい!待って!」

 「メガトンインパクトぉぉぉ!!!」

 

 このギンジの脱衣所入室の背景には、ミヤコが一枚噛んでいるのを知るのに、そう時間はかからなかったのだけど、今のあたしにそんな事を考えている余裕は無く、容赦なくギンジをぶっ飛ばした。

 

 言ってくれたら・・・いつでも・・・見せ・・・いや、やっぱ無理。今は無理。

 

 「くふふ。いいお湯だね」

 「同意。ミヤコ、実は、カエデとお風呂に、入りたくないだけ?」

 「くふふふ、どうかな」

 

 お風呂場では二人が何かお話しているようだけど、あたしの方は、得も言われぬ悔しさと、ギンジに見られた恥ずかしさでとにかくぶっ飛ばさないと気が済まなかった。

 

 「いやでも・・・スタイル良いよな、いやー綺麗なお肌で、濡れた髪が背中に張り付くそのお姿、とっても素敵ですよ?いやマジですいませんでした」

 「素直でいいわね。ぶっ飛ばす」

 「ぎゃあああああ!!!」

 

 もう叩かないようにしようって決めたのに・・・トホホ。

 

 いやでもこれはギンジへの戒めなのでノーカンになるかな?ならない?まぁ、覗きは犯罪なので・・・戒めって事で!

 

 「メガトン・・・ヘヴンリー・・・メテオライザー・・・!」

 「やめろおおお!死ぬ!死ぬ!」

 

 でも・・・いつか、きっと、どこかで見せる事になるのかなぁ・・・お互いに。

 

 あたしの体温がものすごく熱くなって行くのを感じながら、とにかくギンジを必殺技で葬るのでありましたとさ。

 

 

 

続く

   

 

 




お疲れ様です。

最近は早出の連続で、死にそうになりながらも出勤しながら、少しずつ書いてます。少し違う物語も書きたいなーとは思いつつ、ヘヴンホワイティネスを執筆してたり・・・

でも完結まで頑張るぞ!これからもカエデを応援してね!

キャラネタ書きます

神宮カエデ
ギンジへの振る舞い方を変えていこうとは思っているが、どうしてもやや暴力寄りになってしまっている。ついに必殺技を持ち出した。

佐久間ギンジ
色々あるけど、カエデを始め、ヘヴンホワイティネスの悲しい顔を見たくない。絶対に自分が理由で悲しむ事もさせたくない。カエデが悲しんでると胸を痛める事もある。

宮寺レン
未来は自分の居た時代、しかしレンからすれば過去になり、今こそ自分の見る未来である。この先の未来の未来で、彼女は希望の光として戦いに勝つことは出来るのだろうか!!

鈴村ミヤコ
肌の露出はあまりしたくない。ギンジの裸を見てはいるのだが、上半身だけ。興奮してぺたぺた触るだけらしい。

角倉ケイタ
残りの夏休み日数は、3日。
夏休みの宿題は残り68%
行けるか・・・これ?

次回はキャラネタが話の主役という回を予定しております。

語り部はなんとドクターミヤコ。鈴村ミヤコ。強欲の怪人・ミヤコ。

ミヤコ主役でもありキャラネタも話の主役(予定)
違う話になりそうだったら活動報告にて、上げ直します。


また次回!!お楽しみに!


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42・鈴村ミヤコの研究レポート

お疲れ様です、アトラクションです。

少し間が空きましたが、失踪はしてません!自分のペースで少しずつ書いております!

今回のお話はミヤコ主観のキャラネタ祭りです!

それでは、どうぞ!


 

 くふふ、くふふふふ。

 

 わたしは鈴村ミヤコ。皆からはドクターと呼ばれていたり、そのまま名前で呼ばれていたり・・・。

 

 只今、ヘヴンホワイティネスの捕虜として、悲劇のヒロインをしております。はい。

 

 メガネの汚れを拭き取りながら、机の上にある書類に眼を通す。

 

 わたしは今ヘヴンホワイティネスの装備メンテナンスを行いながら、今までの研究のレポートを書いていました。

 

 別にもう提出する組織に居ないから、必要なんてないし、わたし自身はそんな事しなくても、自分の研究は既に頭の中にインプットしているから、正直必要ないんだけどね・・・。

 

 でも・・・。

 

 「ギンジ君の事を書類に書き留めてると、嬉しくて身体が吹き飛びそうになるよね・・・くふふふふ」

 

 流石に部屋の中は自分の機械の熱で熱いので、白衣は脱いでるけどそれでも熱い。暑い。厚い。

 

 ギンジ君とも熱々の一時を過ごしたいな〜。今ギンジ君は、あの憎き暴走暴力連行のお猿さんである、カエデモンキーことヘヴンホワイティネスとしてのパトロールに出かけてるし、自分の研究に没頭しようかな。

 

 ギンジ君が帰ってきたら、一緒にグズグズにならなきゃ(使命感)

 

 さて、研究レポートを完成させましょう。

 

 ここから先、ほとんどの場合は、わたしの書いたレポートによる編成、そして眼を通すのもわたし。くふふふ。

 

 研究レポートをまとめた書類を上から一枚ずつめくり、修正が必要ならすぐに加筆しておきましょう。

 

 さて・・・一枚目は・・・!

 

 【佐久間ギンジ】

 

 いいね〜。一枚目からこれは幸先いいですね。

 

 とは言っても、わたしがまとめてるから当たり前なんですけどね。

 

 読み上げよっと。愛を込めて。

 

 【佐久間ギンジ】

 性別:男性、年齢:推定20前後。

 所属組織・ヘルブラッククロス、ドクターミヤコ派→ヘヴンホワイティネス。

 

 種族・人型怪人。(おそらくはこの世界の人間ではない)

 

 通称・進化の怪人

 

 能力・進化の怪人による他者の能力を自身に吸収して糧にする、闘争による進化し続ける怪人の細胞。

 

 【パラメーター】

 力S 防御能力B+ 機敏性B

 特殊耐性B 洗脳耐性A+(おそらく無効) 優しさSS

 

 わたしこと、ドクターミヤコの最高傑作。

 謀反を起こされたのは予想外だったけど、恐ろしく強い精神力と、怪人としてのポテンシャル、人間としての心を完璧に両立させている怪物。

 

 今年1月にヘルブラッククロスのアジト前に、死にかけで発見され、わたしが治療、改造、怪人の細胞の全量投与を行った結果生まれた怪人。

 

 わたしの誤算であった事は、元の人間を素体に使った結果、進化の怪人を心の中に押し留め、佐久間ギンジ(君)が外に出てきた事。

 まさかわたしの本名を当てられるとは思わなかったなぁ。愛があるからこそだね。

 

 しかしながら、どういう訳かわたしの作戦内容を知っている様で、過去幾度も先回りされて作戦を妨害されたり、一度も流していない任務を知っていたりと、とにかく不思議な人・・・なんだか考えてる事が見透かされている様で、きっと脳までわたしと一つになってるんだね・・・。

 

 【活躍】

 1月に誕生。2月は湾岸倉庫にて、犬、触手怪人と共に初陣、見事に略奪任務を成功。

 3月はショッピングモール・アモーレにてバーナー怪人との襲撃任務の出撃・・・謀反を起こす。

 オークの報告では、ギンジ君がバーナー怪人を殺害して、能力を奪ったとの事だけど、後にリコニスが色々ウラで手回しをしていたらしい。

 おのれリコニス・・・!

 有姪海岸にてタコの怪人との戦闘に入り、これを撃退。

 

 4、5月でも相変わらず組織への妨害を行い、コウモリの怪人を撃破・・・コウモリの能力である、雷、飛行を吸収。

 また、湾岸エリアからの広範囲洗脳作戦においては、犬の怪人との激戦を繰り広げた模様。これもギンジ君の勝利で終わっている。

 

 6月は退魔教会と交戦し、これを撃破。

 同月にわたしの作戦の下、誘拐に成功するも、駆けつけたヘヴンホワイティネスに逆に襲撃され、奪還されてしまった。

 変わりに、ギンジ君をフェーズ3という前人未到の領域に進化させる事に成功した。ついでにわたしも誘拐してくれて、組織から図らずとも離反に成功。

 

 7、8月は赤鬼の怪人と喧嘩したり、赤鬼の怪人の能力?の金棒を吸収。

 また、意対化市真宵町にて、ムーン・パラディースの月島ルカと協力して、サン・アンフェールの壊滅に尽力している。

 

 現在使える能力は下記の通り。

 

 バーナー怪人の炎、コウモリの怪人の雷、飛行、赤鬼の怪人の金棒、ムーン・パラディースの変身。

 さらに進化の怪人の固有能力、吸収と脳内イメージによる戦闘の補助。

 今後もわたしの為にその力を使ってくれたら嬉しくて、身体が吹き飛びそう。愛だね。

 

 女性には手を出さない事と、わたしを大切には思ってくれているので、危険度はFとします

・・・・・・・・・・

 

 「ここまで様々な事をしてるけど、こんなに自我を持つ怪人は初めてだよ・・・くふふふ」

 

 ギンジ君のレポート?みたいなモノは、額縁に飾っておこう。これはわたしの至宝です!

 

 さてさて、次のレポートは・・・。

 

 もう一枚ページをめくると、そこにあるのはまさかの嫌な奴の名前があった。わたしが一番嫌いなお猿さん。

 

 まぁ、嫌でも一度眼を通しておかないとだね。

 

 【神宮カエデ】

 性別:女性、年齢:16歳

 所属組織・ヘヴンホワイティネス、神宮財閥

 

 種族・人間

 

 通称・ヘヴン1

 

 2006年、12月30日誕生

 

 【パラメーター】※ヘヴンスーツありの時の数値

 力A+ 防御能力B 特殊耐性B

 機敏性S 判断能力C 信念B−

 

 これはわたしの嫌う怪物であり、わたしの夫である佐久間ギンジ君との距離感が近いブス。

 2月、未来人である宮寺レンと邂逅した結果、紐の怪人の襲撃任務において、同じく未来の遺物であるヘヴンリングに選ばれた覚醒者。

 

 適合率は非常に高く、本来の持ち主である宮寺レンよりも高い適合者。ソレ故にヘヴンホワイティネスの中で序列ナンバーワン。

 

 どういうわけか、ギンジ君に恋している、憎き怨敵。

 

 【活躍】

 2月、覚醒

 3月、アモーレにてバーナーの怪人、及びリコニスと交戦

 4月、組織の妨害を行う

 5月、なんかギンジ君といちゃいちゃしおって刺すぞこの猿

 6月、音楽堂に襲撃、ギンジ君をフェーズ3にするきっかけになった

 7月、砂の怪人、夢の怪人と交戦

 8月、白で構成されたヘヴンスーツが黒くなる強化状態を獲得。

 興味深いね・・・

 

 わたしとギンジ君の空間を邪魔するなら、オークに頼んで消してもらおうかと思うけど、まぁ今はいいよ・・・くふ、くふふふ

 行動力の高さはギンジ君に匹敵するので、危険度はSとします。

 わたしの最大の敵。

・・・・・・・・・・

 

 「カエデモンキーなんてこんなもんだよ!」

 

 ビリビリに破いてゴミ箱に捨てると、わたしはかなり腹が立つ自分に驚いている。

  

 「ふぅー、ふぅー・・・」

 

 だってそうでしょ・・・わたししかギンジ君と仲良くしちゃいけないし、ギンジ君だって、わたしを・・・。

 

 「・・・っ!」

 

 犬歯をグリグリとしながら、胃が痛くなる。こんな事でイライラしてたら良い女になれないね。

 

 逆立った髪を手櫛で戻しながら、次のレポートを読み上げる。

 

 【宮寺レン】

 性別:女性、年齢:推定16、7歳

 所属組織・未来のレジスタンス→ヘヴンホワイティネス

 

 種族・人間(未来種)

 

 通称・ヘヴン2

 

 2086年、■月■日生誕(おそらく本人の記述から、未来には日付が無い)

 

 2102年の未来の日本から来た、時代を超えたヘルブラッククロスの宿敵。どこか組織の事情を知る事で、ギンジ君との情報交換を行う物静かな女の子と言った印象。

 

 スーツ適合率は、カエデモンキーよりやや低い様で、その代わり身体能力の高さでそれをカバーしている。

 

 未来から持って来たモノは、ヘヴンスーツ二つ(ヘヴンリング)、タイムマシンという不思議なバイク(今は公安によって保管中だが、故障しているとの事)、ビーム剣。

 

 【パラメーター】※ヘヴンスーツ着用時の数値

 力D+ 防御能力A− 身体能力S

 戦闘知識S+ 角倉ケイタX 正義の志X

 

 未来人であり、80年後の未来から現代へと飛び立ってきては、こちらで甘白ミドリコによって保護された戦士。認めるよ、彼女は戦士だよ。

 

 冷静沈着な性格と、鋭い戦闘能力を持ち、かつ諦めない姿勢を持っている・・・きっとギンジ君よりもこの戦いにおける気持ちは強いのかな?

 

 手持ちのビーム剣は色々な武器の形状を持ち、それぞれ変更可能。しかし一度に変更出来るのは一本のみで、ハンマーとドリルを一度に二度の形状は不可能との事。武器同士の組み合わせは可能で、牙とカノン砲みたいな芸当は可能。

 

 本人の技量によるけど、あらかた近接武器は得意な模様。しかしながら、実は遠距離武器の方が得意なフシもある。

 

 スーツよりも武器との適合率が高いらしく、様々な近接武器を操れるのもそこに通じている。

 

 カエデモンキーとレンの未来の技術による装備は、全部わたしメンテナンスによって日々安心して戦ってもらってるよ!カエデモンキーのはいつか壊れればいいと思ってるけどね。

 

 角倉ケイタとは恋人の関係であり、彼のおかげで精神的にも強くなれているのかも知れない。精神を支えて、心まで支えてくれてるって夫婦?

 

 【活躍】

 ヘヴンホワイティネスとして活動する前は、ひたすら甘白ミドリコと共に後手に回りながらも、ヘルブラッククロスと戦っていた。

 コウモリの怪人やタコの怪人とも交戦していたが、軽くあしらわれていた。

 

 2月には、あの神宮カエデ・・・カエデモンキーと邂逅を果たして、彼女と共にヘヴンホワイティネスを結成。本格的にヘルブラッククロスと激突していた。

 

 アモーレ襲撃では、ギンジ君と邂逅し、共にリコニスと交戦を開始した。

 続く有姪海岸では触手の怪人と交戦し、これを甘白ミドリコと共に撃破。

 剣士の怪人との戦いでは、カエデモンキーと共に学校で交戦するも、敗北寸前まで追い詰められたが、スーツの覚醒により剣士の怪人を上回る戦闘能力をカエデモンキーと共に発動して、一度は退いた。

 

 湾岸エリアでの戦いでは、カエデモンキーと共に、ハーフムーンと交戦。これを難なく打ち破るのは、彼女達の実力なのだろうか。

 

 音楽堂の突撃における戦いでは、剣士の怪人と再び交戦。新たな武器であるビームハンマーを取り出して、これと一騎打ちを果たす。

 

 ムーン・パラディースの戦いに参加した時は、幹部のソル・レヴェンテと戦い、新たな武器蛇腹剣を完成させる。未だにスーツの三次覚醒は見えない模様だけど、潜在能力は非常に高く、その実力も未知数。

 

 また、どちらかと言えばカエデモンキー派なので危険度はA−程かな。

・・・・・・・・・・・

 

 「ヘヴンホワイティネスじゃなければ、解り会えた人かも知れないね。ま、ギンジ君に言い寄らないなら見逃してあげる。くふふ」

 

 どんどん読みあげよう。息つく暇もないまま、わたしは次のページをめくる。

 

 【甘白ミドリコ】

 性別:女性、年齢26歳(もうすぐ誕生日)

 所属組織・公安警察機構、ヘヴンホワイティネス

 

 種族・人間(本当に?)

 

 通称・ミドリコ

 

 1995年、9月9日生誕。

 

 日本を脅かす可能性のある、組織犯罪へと対抗する公安警察に身を置く凛々しい人。

 わたしの印象ではずっと後方で射撃してるだけの人だと思ってたけど、普通に戦える強さを持っている。

 

 元自衛隊の経験故か、重火器は多種多様に操れる・・・自衛隊の規模を超えている様な気がするけど、本当に自衛隊の訓練の賜物なのかな?

 

 【パラメーター】

 力B+ 恋愛D 酒A

 洗脳対策B3+ 赤鬼A+ 

 

 彼女だけは普通?人間であるためパラメーターは5つのみ。

 未来から飛んできた宮寺レンを保護して、自分の下に置いた偽善者。

 警察はわたしにとってはゴミ以下なので、この人も嫌い。

 

 自衛隊時代の訓練のおかげか精神力は非常に高く、洗脳を無効化できる強い心を持っている・・・堕とすには、身体を狙うべきだね。

 

 普段偉そうにしてるくせに、オトナの余裕を見せつけるのも嫌い。お友達にはなれない・・・ぐらいだけどね。カエデモンキー程じゃないけど、正義の為に尽力する姿はなかなか見ていて腹立たしいよ。

 

 けれども1人でヘルブラッククロスを探そうとしていた事は、素直に凄いね。普通ならあんな強大な組織、1人でしっぽを掴もうとするのは無謀だよ・・・状況が状況ならば、先に消されていたのはこの人かも知れないね。

 

 【活躍】

 元々の活動記録は不明だが、自衛隊を退職後、警察官へ。東京でキャリアを積み上げて、翌年公安へ。

 

 様々な難事件を解決する傍らで、度固化市にはびこる組織・ヘルブラッククロスの存在を知るも、情報操作によって悪銭苦闘していたのが、おそらく去年の11月〜今年の1月頭。

 

 今年の1月、宮寺レンを保護してからは二人でヘルブラッククロスを探そうとしていたようだけど、流石にしっぽを掴むには至らず・・・というかわたしを捕虜にしてるのに見つけられないんだねー草不可避。

 

 2月はレンにGPSを付けて、学校の襲撃に1早く反応、その後紐の怪人の撃退に成功する。

 

 その後のアモーレ襲撃においては、リコニスに刺されたみたいだけど、頑丈なのか5日ぐらいで完治している。人間・・・?

 

 様々な怪人との戦いにおいて後方支援の多い彼女だけど、何と言っても驚きなのが、5月の湾岸エリアの戦いにおいては、単身でサキュバスの怪人と交戦し、これにほぼ無傷で勝っている事かな。

 

 音楽堂における戦いでも、サキュバスの怪人と激戦を繰り広げた末に、勝利を収めているのは相当強い。普通の人間以上の元自衛隊・・・それを超えているね。 

 

 その後も砂の怪人との戦いや、わたしの防衛とやりたい放題している。この人人間だよね・・・?

 

 赤鬼の怪人が一目惚れしている事には驚いたけど、本人はまんざらでも無いって顔しているね。

 

 ギンジ君と赤鬼!どっちが大切なのさ!赤鬼を選びなさい!

 

 自衛隊の迷彩の制服を持ち、様々な装備を身体に取り付けた武装形態甘白ミドリコというセカンドフォームがあるけど、音楽堂ではその姿になったね。後、砂の怪人との戦いでも。

 

 今度つよつよな武器でも造ってあげようかな。そしたらわたしの防衛に役立ちそうだし。

 

 嫌いだけど話せば解る人。わたしよりは頭良くないけどね。

 ところ構わずにロケットランチャーを解き放つロケラン女帝。

 

 また、公安には武器を購入する所があるらしいけど、いったいなんなんだろうね?レンの話では、「かしわもちさん」なる人から購入やカスタムをお願いしているようだけど、詳しい詳細は不明。

 重火器の使用と、後方支援、戦闘員にのみ近接戦闘も可能な事から、わたしへの危険度はB+とします。

・・・・・・・・・・・・・・

 

 「たまにメスの顔してるね・・・ま、別にどうでもいいけど」

 

 くふふ、といつもの様に笑いながら、わたしは腕時計を見る。

 

 まだ30分も経っておらず、まだまだ時間があるから、も少し読んでいこう。

 

 コップのお茶を飲んで、一息つくと手元のレポートの形をトントンと叩き、形を整えるとすぐに次を読み上げる。

 

 【角倉ケイタ】

 性別:男性、年齢:16

 所属組織・ヘヴンホワイティネス(非戦闘員)

 

 種族・間違いなく人間

 

 通称・ケイタ

 

 ヘヴンホワイティネスが結成してしばらくは、事情を知るだけのただの一般市民だったのが、次第に本格的に仲間になるという、理解不能だけど、好きな人の為に仲間になるとは・・・。戦えないのはわたしも同じだけど・・・。

 ギンジ君が関与しない作戦においては、彼が情報収集を行う事があり、かなり的を得た情報を仲間であるカエデモンキー達に提供する事で、作戦の事前準備を進めていたりと、意外と油断ならない強敵。

 実際湾岸エリアと音楽堂の情報は彼の成果らしい。

 

 心を守る事こそが彼の戦いらしいけど、カウンセリングかな?

 

 でも勉強とかは手を抜くだらけもの。

 

 【パラメーター】※一般市民基準

 

 筋力D+ 体力D+ 頭脳C+

 進学C 情報収集B− 恋愛S

 

 【活躍】

 とくにめぼしい活躍は無い・・・が、今後も決して下には見ないでおこうと思う。なぜなら、彼の情報収集能力が、ヘヴンホワイティネス・・・ギンジ君のピンチを助けるかもしれないしね・・・。

・・・・・・・・・

 

 とくにとりとめのないモノを読んでみたけど、本当にどうでも良いね。宮寺レンと恋仲?勝手にどうぞ。

 

 さて次は・・・ああ、この人か。この人も嫌いだな。

 

 【熊沢レイナ】

 性別:女性、年齢:27歳

 所属組織・退魔教会、南度固化警

 

 種族・人間

 

 通称・退魔警察

 

 生まれも育ちも退魔教会で、ひょんなことからゲヘナミレニアムと戦っていた正義の志を持つ綺麗な人。このわたしから見ても綺麗と思ってしまう。けどまぁ、ギンジ君に言い寄る時点でギルティ!

 

 【パラメーター】

 破壊力B スピードC+ 特殊耐性A

 防御能力A 勧誘C 成長性C

 

 【活躍】

 退魔教会に身を置きながらも、警察として日々刑事の職務を全うする、善良な市民。

 

 ゲヘナミレニアムとの戦いでは、貞操や、友、恩師を失いながらもこれを撃破している。ゲヘナミレニアム自体はそこまで強い組織ではなかったけど、魔人と呼ばれる怪物達はやっかいだったなぁ・・・。

 

 退魔教会として残党である狼の魔人を追いかけながらも、同じ目的を持った小町サクラと意気投合してからは、ペアで動く事も多いらしい。

 

 コウモリの怪人、狐の闇人、狼の魔人の三者が交ざった戦いにおいては、残党である狼の魔人と交戦し、これをサクラと共に撃破。

 

 退魔教会の裏切りに合い、心を壊しかけたけども、友達である・・・如月ナルミを取り戻し、ヘヴンホワイティネスと共にこれを壊滅。

 

 その後はレイナが1人で退魔教会の南度固化市支部長を務めている。

 

 友達を助けて、かつ自分の心を助けてくれたギンジ君に惚れるのはわかるけど、言い寄るからギルティ。処刑です、処刑。くふふ。

 

 破邪、破魔の二つの力を持ち、これらを剣の形に変える事で、攻撃を可能としている。

 

 危険度はAとする。

・・・・・・・・・・・・

 

 しかし退魔警察とも繋がりを見せるとは、ギンジ君の交友関係は広がりを見せるばかりだね。

 

 「はぁ〜・・・本当に素敵だなぁ。くふふふ、くふ、くふふ」

 

 どんなに辛いことがあってもギンジ君を見てるだけで、全てが解決しそうだよ。

 

 ギンジ君とわたしが居ればこの世界は・・・。

 

 「・・・また没頭しちゃう。一度落ち着こう。うん」

 

 そうしてわたしは再び、レポートを読み上げる事を再開していく。

 

 【小町サクラ】

 性別:女性、年齢:17

 所属組織・無し(何か裏には大きな世界規模の組織がついていそう)

 

 種族・多分人間

 

 通称・魔法少女

 

 不思議な事に北度固化市にて、魔法少女としてマージ・ジゴックという組織と戦い、これを滅ぼした正義の使者。

 

 なんの組織に居るのかは不明。ヘルブラッククロス時代で調べたときには、彼女はどこの組織にも所属していないし、かと言ってまともな協力者が居ないのに、マージ・ジゴックを撃破した事には謎が多い。

 

 とはいえわたしの知る限り、ギンジ君の敵にはなっている事は無いし、今後も急にわたしの驚異にならない・・・と良いな。

 

 【パラメーター】

 魔法SS 魔力S 力D

 特殊耐性B− 男性免疫C+ 俊敏性C+(杖使用時俊敏性はAとする)

 

 【活躍】

 先ずは今から二年前、1人で魔法少女としてマージ・ジゴックとの戦闘に身を置き、これを二年かけてついに撃破を果たす。

 

 その後は残党を探しに、中央度固化市に乗り込んでくる。その際に退魔警察のレイナと意気投合して、残党探しの最中ギンジ君を襲撃。

 

 結果としてそれは勘違いで終わった事だが、その直後に狐の闇人、狼の魔人、コウモリの怪人との交戦に入り、これを撃破。

 

 湾岸エリアにおいてはリコニスと戦ったみたいだけど、よく無事だったねこの人。

 

 夏休みでも現れては、砂の怪人との戦いに加勢してくれたり、サン・アンフェールとの戦いにも参加・・・。

 

 意外と好戦的な性格なのかな?こわいこわい。

 

 ギンジ君に言い寄らないから見逃してあげるよくふふ。

 

 危険度はCとします。

・・・・・・・・・・・・

 

 しかしながら、どうにもギンジ君の周りには変な人が多いね。くふふ、皆ギンジ君の魅力に抗えないんだね。

 

 さて、次で最後だ。

 

 「えーと最後は誰だっけ・・・」

 

 【月島ルカ】

 性別:女性、年齢:17

 所属組織・ムーン・パラディース

 

 種族・人間

 

 通称・ルカ、ムーン・パラディース

 

 度固化市の隣、意対化市の真宵町という所の住人。ヘヴンホワイティネスとか、退魔警察、魔法少女とも違う、正義の組織。

 

 彼女はムーン・パラディース最後の1人だった人だね。

 健気で諦めない精神力は敬意に評するけど、しかしながらこの子はどうやら弱いみたいで。

 

 弱くとも決して逃げずに、仲間の無念を晴らす戦いをしていたのは、やはり正義の志を持つ者だからなのか・・・。

 

 【パラメーター】

 力C 防御能力B 戦闘意欲D

 機敏性B 特殊耐性B 食欲A

 

 【活躍】

 サン・アンフェールとの戦いには、最後の1人になるまで全力で戦って来た。自分が弱い事を自覚している様子ではあるけど、どんなに力量に差があろうとも敗けるつもりはないという自負、自信を持っている。

 

 そしてギンジ君の話では、残留思念となった仲間である「天体アキハ」なる人物の心と融合を果たし、今は月光の力を1人で二倍出すという、凄い事になっている。

 

 あとギンジ君に色目を使う所を確認したので刑罰モノです。

 

 サン・アンフェールとの決着後は、真宵町にやってきた触手の怪人と、紐の怪人を撃退したらしいけど、彼らを倒すとは・・・わたしの傑作達は決して弱くはないんだけどなぁ・・・!

 今後も誰かが困っていれば、すぐに手助けに来るとの事。

 危険度はB+ぐらいかな。

・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ふう。レポートとしてはこんなモノかな」

 

 読み上げたレポートを、再びまとめてそれらを電子化する。わたしの操作でこんなのは簡単にポンさ。

 

 「・・・電子化したデータを・・・──に送信、と」

 

 片手間でそんな事をしながら、わたしは・・・自分の協力者である【ある人物】にそのデータを送信する。

 

 5分もしない内に返信が帰ってくる。暗号化されている文章は英語、中国語、日本語、数字、アラビア文字・・・様々な文字の羅列による暗号をお互いに作りながら、わたしは自分の協力者とやりとりをしている。

 

 何故か?くふふ、通話のやり取りじゃぁ、誰かにバレてしまうかも知れないでしょ?

 

 まだ・・・まだギンジ君を始め、ヘヴンホワイティネスにバレる訳にはいかないからね。

 

 それにバレて・・・ギンジ君に嫌われちゃうのは嫌だな。身も心も、わたしが欲しいのに・・・。

 

 わたしのレポートはきっとわたしの企ている計画に、きっと役立ててもらえる。

 

 頼んだよ。くふふ、くふふふふ・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ──ヘルブラッククロス・アジト。

 

 同時刻、研究棟にてドクターハルネは龍の怪人と共に、ドクターミヤコの遺産の処理に追われている。

 

 「・・・」

 

 無口な龍の怪人は何も喋らない。声は透き通るのに、重圧感を感じる。

 

 顔は幼さを見せず、まるでおとぎ話に出てくる姫騎士と言った雰囲気が似合う。髪は短めで、結ぶ程は長くない。

 

 身体は薄手のインナーシャツとカーゴパンツみたいなモノしか身に着けておらず、バランスの良い身体を強調させている。

 

 「龍、ワタシの手伝いをしてちょうだい」

 「・・・」

 

 ハルネの命令に龍の怪人はただ頷くだけ。

 

 「ねーねーハルちゃーん。ボクには何もないの?」

 

 そんな二人の真上から鱗粉を撒き散らしながら、少年の見た目をした怪人・・・毒蛾の怪人がハルネに馴れ馴れしく声を掛ける。

 

 緑の毒々しい髪色に、蛾の羽には怪人の瞳を模様が描かれ、そして半ズボンのすらりとした怪人。

 

 「ハルちゃんではありません!ドクターハルネと呼びなさい!」

 

 ハルネは何度も注意をしているのだが、それでも毒蛾の怪人は言うことを聞かない。

 

 「ハルちゃんって怒ると・・・とっても泣かしがいがありそうだよ」

 「・・・!」

 

 毒蛾の怪人の殺意を龍が感じ取ると、彼女は腕に鱗を生やして剛爪を取り出しながら、毒蛾の前に立ちはだかる。

 

 まるでその姿は、主人を守ろうとする番犬の様な姿勢だが、龍の怪人の眼は毒蛾の怪人の心臓を狙っている様に見えた。

 

 「・・・冗談だよ〜。そんな怒らないでよ姉さん」

 「・・・」

 

 毒蛾の怪人のおどけた態度を察して、龍の怪人はハルネから離れる。

 

 「はいはい。もういいわよ。とにかく、ドクターミヤコの遺産を処理しましょう」

 「・・・」

 「は〜い・・・」

 

 龍の怪人はそれでも頷くだけ。毒蛾の怪人はつまらなさそうに、ハルネの指示に従う。

 

 重たいモノはハルネが持つよりも龍の怪人が持ち上げる事で、分担作業が出来る。龍の怪人はハルネが持て無さそうな重たいモノを、率先して持ち上げる。その度にハルネのお礼を聴いて、龍の怪人は頬を少し緩ませる。

 

 「・・・」

 

 声には出さないし、自分も喋るのは苦手な方だ。

 

 だから言葉にはしないが、相手が何を言おうとしているのかは、見ていればだいたいの事は解ってしまう。

 

 (お礼を言われるなんてぇ♡♡こんなかわいい人間ちゃんにお礼を言われるなんて♡♡ああもう我慢できない♡ハルネちゃんしゅき♡だいしゅきぃぃ♡)

 

 しかし龍の怪人は変態だった。人間で、しかも同じ女性に欲情する生粋のやばい奴だった。

 

 この本性を知る者はおそらく居ない。

 

 故に、龍の怪人はドクターパープル産の怪人だが、彼の護衛部下であるハルネにも忠誠を誓っている。彼女の為ならばこの命を簡単に擲つ程に・・・。

 

 「・・・♡」

 「ん?どうかした?龍?」

 「・・・」

 

 一瞬好意的な目線を送られている様な気がしたが、それは気のせいだろう。

 

 「そういえばさ〜機械の怪人って今どこに行ってるの〜?」

 

 書類を片付けながら、毒蛾の怪人はハルネに声をかける。

 

 「機械の怪人?ああ、彼なら・・・」

 

 先月の怪人脱走の件と合わせてハルネは、ニヤリとその顔を緩ませる。

 

 「脱走した怪人の始末に向かったよ・・・」

 

 ハルネの笑顔に龍の怪人はその視線をしっかりと向ける。

 

 毒蛾の怪人は心底羨ましそうにして、その顔を歪なモノにする。

 

 「ええ〜ボクも行きたかったな〜」

 

 少年の落ち込み方をする毒蛾の怪人に、ハルネはポンポンと頭を撫でる。まるで弟に接する姉の様に。

 

 「大丈夫よ。今度、ワタシの立てた作戦が通ったら、君にもいっぱい暴れさせてあげるから」

 「・・・っ」

 

 龍の怪人がハルネの腕を引っ張りながら、毒蛾の怪人を蹴飛ばす。本気で吹き飛ばされて、毒液を撒き散らしながら本棚にぶつかった毒蛾の怪人は、キレながら立ち上がり、龍の怪人へと技を発動しようとする。

 

 殺意が充満するその空間で、ハルネは何事かと身を低くするがそこには新たな侵入者が現れる。

 

 「なんの騒ぎだ!」

 

 扉を開けて紫が怒鳴り込んできたのだ。

 

 「あの二人がまた喧嘩を・・・」

 「またか・・・」

 

 紫の仮面に手を当ててうんざりしている。この二人の相性の悪さは知っているつもりだったが、こうも喧嘩ばかりだと距離を離させる事も考えないと行けない。

 

 「それより、龍、毒蛾。君たちに緊急の任務だ」

 「・・・」

 「ああ、任務?いいよ、ボクが行くよ」

 

 肩で息をしながら、毒蛾の怪人は紫を見つめる。

 

 「いや、危険だとは思うが、君たち二人にお願いしたい」

 

 紫の考えとは裏腹に、思い通りに進まない事に苛立つ声音でもある。それを感じ取った龍の怪人は、すぐに紫にに敬礼を行い、任務への出撃の支度を始める。

 

 「に、任務の内容は・・・」

 

 ドクターハルネの質問に、紫は再び頭を抱える。

 

 「・・・機械の怪人と連絡が取れなくなったのだ。すまないが、龍と毒蛾の二人には、今すぐ現地に向かい、奴を回収してきて欲しい」

 

 その内容に同期の怪人である、毒蛾と龍の怪人はすぐに危険を察知した。

 

 「・・・機械のやつはどこに行ったのさ」

 「東度固化市・・・河川敷辺りで連絡が取れなくなった。二人の行動に全てを任せる。邪魔する者が現れたら殺しても構わない」

 

 紫の言葉はヘルブラッククロスとして、当たり前の言い方であり、それが当然という態度だった。

 

 「済まないが、私には調べる事がある。総統直属の怪人の開発も行わないといけないしで、やることがたくさんあるのだ」

 「ん・・・了解。行ってくるよ、ドクターパープル」

 「済まないね。頼むよ。研究レポートにも・・・いや、なんでもない」

 

 最後の言葉には気になる事があったようだが、紫はそれを隠す様な仕草で話してしまったが、ハルネ、龍、毒蛾の怪人はそれを全く気にしていない素振りだった。

 

 「それでは、頼むぞ」

 

 龍の怪人の敬礼と、毒蛾の怪人の頷きに、ハルネはこの二人の怪人の忠誠心の高さに関心する。あのドクターミヤコの怪人とはまた違う気迫を、その身で感じるとハルネは急ぎ怪人のメンテナンスマシンの用意に走り出す。

 

 コンディションチェックを行ってからの出撃が必要なのは、紫の怪人はドクターミヤコよりも不完全な怪人しか造れないからだ。

 

 とはいえミヤコの怪人が完璧すぎるだけなのだが。

 

 「・・・機械の怪人を見つけ次第、何を優先しても回収、その後に撤退だ。行け!」

 

 紫の司令を受けて、二人の怪人は進撃の為の準備を開始する。

 

 ハルネのチェックを受けて、悪の組織の怪人達は、アジトを飛び出して行った。

 

 (はぁ〜ハルネちゃんの手♡♡かわいい、しゅき♡一緒にゴロゴロしたい♡ぎゅーってして耳をずっと舐めてあげたい♡♡私に欲情して♡めちゃくちゃにしてあげたい♡♡冷たいおててを暖かくしてあげたい♡)

 

 龍の怪人の愛が止まらない事をハルネはまったく気にも止めていないが、毒蛾の怪人と共に、東度固化市へと飛び出して行った。

 

 悪の手は、どこまでも続いて行くのであった。

 

 

 

続く

 

 




こんにちは、アトラクションです。

今回は話しのほぼ半数がキャラネタでしたね。

たまにはこういう番外編があってもいいかも知れません。

きっちり次回につなげて行きましたけど・・・!

キャラネタ書きます

ドクターパープルとか呼ばれている大幹部。
ドクターミヤコの席を奪い、ふんぞり返っている。

ドクターハルネ
本名は真鍋ハルネ
弟は真鍋アオハル
紫に憧れを持っている。どちらかと言うと悪。

龍の怪人
フェーズ2となる怪人。今は能力詳細は不明。
無口で喋らないが、頭の中はハルネの事で一杯。変態女

毒蛾の怪人
フェーズ2となる怪人。能力は毒液、毒粉等。
ボクっ娘。少年の見た目をしているが、女の子。
頭の中は毒殺する事で一杯。媚毒もあるよ!

機械の怪人
フェーズ2となる怪人。
初登場時はマシンガンにもなり、次の登場時は人形態にもなっていた。
能力はおそらく変形系だが、詳しい詳細は不明

次回は暴力の怪人の再登場!
さらにゲヘナミレニアムの戦意喪失した残党、マージ・ジゴックの戦意喪失した残党も現れて・・・な回を予定しております。

次回もお楽しみに!拒絶の怪人も血の怪人も出るよ〜楽しみにまっててね〜頑張るから〜



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43・名も無き組織

こんにちはアトラクションです。
少し間が空きまして、しかも体調を崩しておりました。

楽しみにしてくださった方はお待たせしてすみません!
体調不良のやつはしばき倒して来ました!

でもまだ少し喉が痛いけど・・・まぁいっしょ、なんとかなるっしょ!

それではどうぞ!お待たせしました、暴力の怪人の再登場!


 

 ある日の夜──。

 

 満月の日だったろうか。

 

 オレは工場エリアから、血液男爵こと血の怪人と、ハイパーメンヘラの拒絶の怪人と共に、東度固化市という所まで逃げていた。

 

 どこまで逃げても、ヘルブラッククロスの追手は数多く、オレ達は正直疲弊していた。何度も撃退しても大幹部の奴らが来ると、どうしてもオレ達は・・・敗けそうになっていた。

 

 今オレ達の居る場所は河川敷。川が流れて澄んだ水の音が耳に心地よいこの場所で、オレ達は皆絶体絶命の状況に立たされていた。

 

 「暴力の。我々二人だけでは抑えきれんぞ!」

 

 血の怪人がオレに向かって叫んだ。戦闘員の群れに囲まれて、拒絶の怪人は能力を無効化にする首輪つけられて、もう手詰まりに近い。

 

 「もう逃げるしかあるまい。行け、暴力の。拒絶を連れて逃げろ。吾輩は自爆する」

 「おいおい、ここまで来てそりゃあ無いぜ」

 

 ボンテージ衣装の紐をひっぱりながら、オレは血の怪人と背中合わせになりながら会話をする。

 

 「怪人と人間の共存世界を創りたいしよ、そのためには先ずヘルブラッククロスを倒して、乗っ取らないといけない」

 「・・・」

 

 オレのふんわりとした目的は、革命に近い。そしてそれは3人という無謀な数では達成出来ない目的だよな。普通ならそう考える。

 

 「オレに着いてくるって決めたんなら、最後まで抵抗すんぞ。逃げるなんて許さねぇ!」

 「・・・では、どうする」

 

 満月の下、今オレ達はとにかく窮地だ。あいつらは・・・ギンジ達は今、何してるかな。オレと同じ様に、どこかで戦ってるかね。

 

 「敗けるのも逃げるのも無しだ!名も無き組織(レジスタンス)として、ヘルブラッククロスと向き合う以上、オレはこいつらを全員全滅(調教)させる!」

 

 戦い尽くしでボロボロになった鞭を取り出し、オレは再び敵の群れを睨む。血の怪人の血液はまだ使えても、このメンヘラがまともに動けないのが、地獄的窮地だぜ!無事に帰ったら調教してやらねぇとなァ!

 

 「行くぞ・・・暴力の!」

 「後ろは任せっからよ!」

 

 オレと血の怪人が同時に突撃して、敵の群れを切り抜ける。このまま敵を全滅させたら何をしようか。まずはメンヘラの拒絶の怪人を調教するだろ?

 

 あとレジスタンスなんだから、アジトが欲しいよな。

 

 それから・・・。

 

 「お前たちが、組織から脱走した怪人達か」

 

 いきなり何者だ。小型飛行機・・・いやドローンみたいな形をしたこいつは。

 

 いや・・・まて、もしかしたらこいつ。

 

 「機械の怪人か!?」

 「いかにも。ここで死ね、暴力の怪人」

 

 なるほど。この戦闘員達を急にけしかけて来たのは、こいつが大元で、こいつの作戦か。厄介だぜクソ!

 

 発射されるのはミサイル。オレはそれを鞭ではね返そうとするも、鞭に着弾した瞬間に、そのミサイルは手元で大爆発を起こす。

 

 「暴力の!!」

 

 血の怪人の叫びが響くが、その後ろでは戦闘員の攻撃が飛び交ってくる。

 

 「キエエエエエ!!!」

 

 手元で爆発したからか、拒絶のやつについていた首輪が壊れた様で、いよいよ溜め込んだ拒絶の感情が爆発する。

 

 真っ黒な波動は戦闘員を蹴散らして、血の怪人が機械の怪人を血液を操る能力で捉える。

 

 「今だ!暴力の!」

 「調教用の鞭!裏切りの一撃(モードレッド・スパンク)!!」

 

 機械の怪人の頭と思われる部分に、オレの鞭を深く命中させる。バシ、と強く当てると機械の怪人は電流を流しながら、オレと共に川に落ちていく。

 

 「暴力の!」

 「だ、男爵サマ・・・まだ次が・・・」

 

 拒絶の怪人が指差すその先には、まだ倒せていない戦闘員が襲いかかろうとしていたが、オレの目の前には機械の怪人。

 

 落ちながらも、オレとこの機械野郎は、殴り合いをしながら川底へと落ちた。

 

 「水中なら・・・こっちに部があるな!死ね」

 

 クソ・・・!水に落ちたんじゃ、オレは呼吸の限界が来る。酸素がないと、どうしても勝つ事はできないし、そのうち溺れてしまう。

 

 機械は調教できねーし、どうしたものか。

 

 それよりも・・・血の怪人、拒絶の怪人・・・お前ら、オレが戻るまで死ぬなよ。

 

 その次の瞬間には、機械の怪人の猛攻が水中で次々と展開されて、オレは気がついたらその意識を落としていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 暴力の怪人、血の怪人、拒絶の怪人。

 

 行動原理は不明ながらも、ヘルブラッククロスへの離反、そして革命を行おうとしている、組織に取っても不都合がある脱走した怪人。

 

 これを見つけ次第殺害するという任務を受けた機械の怪人は、これの発見の後、戦闘員の手配を行い、人数的には確実に勝てる数でこの殲滅作戦に挑んだ・・・のだが。

 

 運悪く不意打ちを貰ってしまった。暴力の怪人の一撃はシミュレートを行うメインコンピューターにまで届く、人間なら間違いなく死ぬ、そんな一撃。

 

 コンピューターは幸いにも無傷だが、ここまで衝撃が届くとは思わなかった。あまりにも強く、侮れない。

 

 機械として、そして脳の部分は人としてあるこの形に、この装甲にこんなダメージを与えるとは。

 

 「油断した・・・とはこの事か」

 

 機械の怪人は川の中で暴力の怪人を殴り倒したが、自分は変形出来ないぐらい小さな岩と岩の間に、すっぽり挟まってしまう。

 

 あと一撃、二撃ほどで、完璧に殺せたのに、いきなり水の勢いが強くなった。それが原因で、暴力の怪人を逃してしまったのだが・・・。

 

 「しかし、もうあの傷では生きていけんだろう。血と拒絶の怪人は、後で必ず始末しよう」

 

 誰よりも人間らしくない見た目で、誰よりも人間らしい悔しさを放ちながら、機械の怪人は連絡用のビーコンを飛ばす。

 

 これによって連絡が届けば、すぐに毒蛾や、龍の怪人が手助けに来るはず。

 

 早く来い、自分がこの任務の手柄を立てる。

 

 早く来い、自分ならば全て力による支配への一歩を、より確実にする。

 

 早く来い、自分であればこそ、出来る事がある。創造主であるパープルに、自分の価値を見せつけられる。

 

 非力な人間共を必ず支配するのはヘルブラッククロスであり、自分だけだ。

 

 龍も、毒蛾も、触手も、犬も、紐も・・・怪人四天王の雪、鏡、骨も全て・・・機械の怪人である自分が支配する。

 

 支配したい。言うことを聞かないあいつらを、必ず痛めつけて、力によって屈服させてやりたい。

 

 手助けは未だ来ず、機械の怪人は流れる水によって、しばらくスリープモードに入る事にする。

 

 ─覚えてろ・・・自分が必ず、ヘヴンホワイティネスをも超えてやるのだ。自然の摂理などに、この機械の怪人が敗ける事などありはしない。必ず、必ず・・・勝利を収めるのはヘルブラッククロスだ。

 

 誰にも聞こえないその決意を、大きな殺意として飲み込み、機械の怪人は手助けが来るまでの数日間、スリープモードで難を逃れるのであった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 満月の夜・・・その日は同時刻、ギンジ達はサン・アンフェールを撃破した日だった。

 

 そんな事の裏では、暴力の怪人はとにかく襲撃に見舞われ、機械の怪人による襲撃を今は逃れた。

 

 夏休みの終わる最後の日・・・。

 

 8月25日。

 

 菊沢トモカは夏休みの最後の日に、女子野球部としての朝練に励んで、お昼頃には帰宅するという、最後まで変わらない夏休みのルーティーンを繰り返していた。進学するつもりではいるが、まだ高校2年。

 

 遊んだり、部活に勤しむのは今だけだろう。

 

 今だけだから別に夏休みの宿題とかも、後回しにしても良いのだ。学生なのだから。

 

 「しかし・・・一週間も早く夏休みが終わりか〜ん〜嫌だな」

 

 この日曜日が開けたら、また明日からは学校・・・2学期が始まってしまう。スポーツが出来るならそれでいいのだが、どうしても勉強は苦手だと、トモカはひたすら絶望している。

 

 菊沢トモカの住む東度固化は、雑貨店の多い住宅街があり近くには、アーケード街。そのアーケード街外れにある花屋が彼女の自宅であった。

 

 最近はただの人間じゃない者達が、どこかからか逃げて来ており、何故か人間達と争うことなく共存が出来ている不思議で不気味で、しかし楽しい活気のある街になってきている。

 

 花屋にお買い物に来る、リスのしっぽをつけた魔人と自称する美人さんや、鹿の角をつけた闇人なる人物達が、徒党を組んで人間達と共存している・・・それが今の東度固化市。

 

 上手く人間に擬態しているのか、見た目は完璧な人間が多いし、人のルールに従いながら生きているなら、トモカは別にコレを気にしていない。

 

 いつもの駅を降りて、帰路についているトモカは昼の暑い日差しにジリジリと焼かれて、年中小麦色の健康的な肌を晒している。

 

 「おや〜」

 

 道順としては河川敷のある道路まで、歩き進んでいる。日差しに彩られたキラキラしたこの川を眺めて帰るのが、トモカの日課でもある。

 

 そんな日課として刻まれている視界には、見慣れない存在・・・人の様な何者かが、河川敷の土手にうつ伏せで倒れているのだ。

 

 それを発見した彼女は、周りに人が居ない事を確認すると、自分がその人の安否を確認をする為に、急ぎ足で河川敷まで降りてくる。

 

 もし人が倒れているのであれば、声をかけて助けないといけない。この気温だし、熱中症の可能性も否定できない。

 

 自分が助けに行くのは何も善意だけではない。憧れのヒーロー・ヘヴンホワイティネスの様に、困っているなら自分の助けられる範疇でなんとかしようとするし、そうじゃなくてもこの気温で倒れている人を放っておくことは、トモカの常識内ではありえない事でもある。

 

 「あの〜・・・大丈夫ですか?」

 「・・・」

 

 アフロにパーマを当てた様な髪は水に濡れてペタリとしており、身体にはなんとも場違いなボンテージみたいな衣装を身に着けて、身体の出るとこはちゃんと出している。その一部分は例えるなら鈍器で殴られたかの様な、そんな傷がたくさん出来ている。

 

 「・・・こういう時は〜、目を開けるんだっけ」

 

 人の脈を調べる時は触れても大丈夫だろうと、トモカは何故か目を触る。

 

 「!」

 

 トモカがその瞳を開こうと、指が触れる瞬間に倒れていたその人物は鞭を取り出し、身体を起こす勢いを伴ってトモカの首を掴む。

 

 「・・・!女ぁぁあ!」

 「〜〜〜っ!?」

 

 信じられない力で首を抑えられ言葉が出ない。苦しい、痛いと言った感情が色濃く出てきてくる。

 

 「・・・!?いいや、お前、違うな」

 

 男はトモカを下ろすと、その首の締め付ける様な手を引いて、苦しみでうずくますトモカの肩を優しくさする。

 

 「ケホケホ・・・」

 「ごめんな、勘違いだった・・・」

 

 涙目で咳き込むトモカを、男はひたすら謝り続ける。

 

 「大丈夫かい?ほんとにごめんな。オレも勘違いじゃなければ、女に手を上げるなんて事しないんだが・・・」

 

 男はボロボロのボンテージ姿で、その場にへたりこむ。弱っているのか、すぐにその姿は大人しくなっていく。

 

 「あ、あの〜・・・大丈夫ですか?」

 

 首を締められたのには驚いたが、トモカは首を抑えながら目の前の男に歩み寄ろうとする。

 

 どうしてか解らないけど、そうする事が正しいと思えたのかも知れない。本来ならこんな事をされれば、どんな人間でも近づかない。それは当たり前の事なのだが、それでも善意が捨てきれないトモカは、男へと助けの手を差し出す。

 

 「・・・オレなんかに何か用かい?かわいいお嬢ちゃん」

 「ん〜・・・なんか、放っておけなくて」

 

 河川敷にてトモカはそう言うと、男は鞭をしまいながら善意を受け取る。

 

 「なんか〜、助けないと行けない気がしたから・・・」

 

 きっとトモカの親友も同じ状況に立ったのであれば、そうするかも知れないと、彼女は心の中で自分の正義を掲げて、倒れたこの人?を放ってはおけなかったのだ。 

 

 「あなた、お名前を聞いても〜大丈夫?」

 

 おっとりとしたトモカの口調は、男の耳に心地よく届く。とても聴きやすく、そして何より怪人としては非常に好みの女性に見えた。

 

 「オレは・・・暴力の怪人」

 

 怪人・・・その単語を聞いた時、トモカは身の危険を感じたが、こうも弱っている姿を見ると、ただの人間にしか見えない。

 

 「私は〜菊沢トモカ〜」

 「そうかい・・・トモカ、ね」

 

 ただの一般市民に過ぎない菊沢トモカと、元ヘルブラッククロスの暴力の怪人。

 

 出会っては行けない二人が出会う事で、また一つ、運命の歯車は動き出した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 東度固化市、商店街エリア。

 

 大きな十字のアーケード街は、買い物や通り道として利用する人が多い。

 

 トモカの善意に甘えて、暴力の怪人は彼女の自宅までついてきた。怪我をしている自分を放っておけないという、それだけの理由でここまでしてくれる女はそう居ないだろう。

 

 どうにか捕まえて自分好みに調教してやりたいと思う反面、見ず知らずのこんな自分を助けてくれるという聖人みたいな人に、そんな事は出来ないし、しては駄目だろう。

 

 それではあのヘルブラッククロスとやってる事が変わらない。

 

 ヘルブラッククロスとは生き方を違えたあの脱走の日から、暴力の怪人は自分の欲をひたすら我慢して、今日までなんとか生きてこれている。もちろん、血の怪人や拒絶の怪人のフォローもあっての事なのだが。

 

 (今あいつらは・・・無事か・・・?)

 

 ゆっくりと今の状況に至る経緯を思い出す。名も無き組織(レジスタンス)の人数確保を行う為の、勧誘作戦を決行しようとしていたら、急なヘルブラッククロスの襲撃・・・。

 

 拒絶の怪人が捉えられて、血の怪人が自爆するとか言い出したり、結果それを阻止させた癖に、自分は機械の怪人と共に川に落ちたり・・・。

 

 (だんだん思い出して来たな。自分の不甲斐なさに呆れるぜ・・・)

 

 ヘルブラッククロスを倒すと決めて、そのすぐにこの有様だ。これではいつか来るヘルブラッククロスとの本格的な戦いには、到底勝てないし、いつかギンジ達への協力をするという約束も果たせない。

 

 己の力量不足を感じながらも、暴力の怪人は行き交う人々の目線を気にせずに、トモカの後ろをついていく。

 

 「傷、痛くない?大丈夫?」

 

 トモカの声が耳に入ると、すぐに崩れた前髪を払いながら暴力の怪人が言葉を返す。

 

 「歩くと身体に響くけど問題は無いな。オレ、こう見えても頑丈だからよ」

 「ふふふ、そっか〜。もうすぐ、私の家だよ〜」

 

 微笑む彼女の顔は見えないが、多分可愛いのだろう。怪人は人間の女性をザコと侮っては居るが、綺麗で美しいと思ってしまうのも多く、意外とコロっと恋に落ちる者は少なく無い。

 

 その恋心を歪な形にして、陵辱という最悪な手段に行き着いてしまうのも怪人なのだが。

 

 トモカの後ろを歩く道すがら、暴力の怪人の視界に入る人間・・・の姿をした同じ怪人みたく見える者達が何人かは見える。

 

 左を見ればリスの様な、猿の様な、馬の様な・・・怪人に似た何か。

 

 右を見ればハイエナの様な、ライオンの様な、キリンの様な・・・怪人に似た何か。

 

 「な、なぁトモカ・・・さん」

 「さんはいらないよ〜・・・どうかしたの〜?」

 

 この商店街(アーケード)に行き交う人の姿に化けている何者かを、暴力の怪人は聞いてみる事にする。

 

 明らかに全員人間では無い、かと言っても自分の同じ怪人ではない不思議な存在を見て、暴力の怪人はそれぞれを奇妙に見つめる。

 

 「その・・・なんだ、言いづらいんだけど、ここって人間の街だよな?」

 

 赤いモヒカンと青いモヒカンの双子みたいな馬の何者かを横目に、暴力の怪人はその言葉を出す。

 

 トモカの言葉が出てくる前に、二人の前方から避ける様に歩いて来るのは、猫目をした人間・・・の様な何者かが通り過ぎていく。

 

 勿論見渡せば普通の人間も居るのだが、なぜだか不思議な街だと言う印象が強い。

 

 怪人に似た、何者かが沢山いるこの街は、暴力の怪から見るととても新鮮でかつ、そういった不思議な何者かが沢山人間達のルールの下で暮らしている。

 

 「着いたよ〜・・・ここが私の家」

 「ここが・・・」

 

 トモカにつれて来られた場所は花屋。家と店が合体したその場所は、生活感あふれ、綺麗な花が飾られる彩りに満ちた大きな入り口。

 

 「おや、トモカちゃん。今帰宅かい?」

 

 話しかけて来たのはお客さんとして来ているおじいさん。見た目は中肉中背なガタイの良いおじいさん。

 

 声も相応に歳を取った声音だが、明らかに怪しいのは眼であった。

 

 そのおじいさんの眼は、黒い眼球で、瞳孔の部分は赤い瞳・・・。

 

 そう、例えるならばヘルブラッククロスの怪人の特徴と一致する、あの瞳。暴力の怪人も何度見ては見慣れたその瞳。

 

 「な、怪人か!?」

 「・・・トモカちゃん、こいつは・・・」

 

 見たことの無い怪人の出現に、暴力の怪人は痛む身体を我慢しながらりんせんを取る。おじいさんは余裕な表情でトモカを隠す様に、暴力の怪人の目の前に立ちはだかる。

 

 「・・・お前、怪人だよな?」

 「だったらどうする」

 

 気がついたら花屋の前には、人だかり。暴力の怪人を囲むように、そしてトモカを守ろうとしている様にな雰囲気に、トモカが前に出る。

 

 「みなさん〜この人は大丈夫だよ〜?悪い人じゃないから〜」

 

 取り囲む様なその人だかりは、全て人間に見えた、人間では何者かがたくさん居たのだ。

 

 「へ、ヘルブラッククロスの怪人じゃないのか・・・?」

  

 暴力の怪人が全員を見渡す。本当に、ただの人間にしか見えないのに、ここに現れる人々は怪人に似た雰囲気を持つ、謎の存在達である事が、気配で解る。

 

 刺す様な視線に囲まれながらも、トモカが全員に敵意が無い事を伝えて回ると、その人だかり達は、すぐに離れて行く。

 

 赤いたてがみの馬と、青いたてがみの馬、そしてリスの美人な奥様と、キリンの土木のお兄さんみたいな人物はそこから離れない。

 

 それぞれが正体を表し、怪人の瞳のおじいさんも依然、トモカを背中に隠す。

 

 「何者だ。我々は異人だ。怪人ではない」

 

 おじいさんの言葉に、馬の双子も言葉を繋げていく。

 

 「そうだぜ。トモカちゃんに手を出したら、おめぇ、右往左往兄弟が黙ってねぇぜ」

 

 赤いたてがみの馬は、膨張する筋肉を震わせながら暴力の怪人をにらみつける。

 

 「異人・・・?いやいや、どうみてもお前ら怪人・・・」

 

 怪人。その言葉を聞いた途端に、キリンの異人は暴力の怪人を見下ろす姿勢で、言葉を放つ。

 

 「ここに暮らす人達を、怪人等と言う危ない存在と一緒に見てんじゃねぇ!」

 「そうね。菊沢さんには悪いけど、この人・・・追い出した方がいいのでは無いかしら。きっとこの見た目、子供の教育に悪いわ」

 

 キリンの言葉に続いて、リスの異人も敵意を向けている。

 

 「大丈夫だよ〜、怪我してるだけだから〜ウチで少しだけ診てあげようとしたんだよ〜。お花の香りで落ち着けるからね〜」

 

 善意であり、優しさでもあるトモカの言葉に異人と名乗る人達は、暴力の怪人から離れる。

 

 「・・・」

 

 異人。その言葉は聞いた事は無いが、暴力の怪人は今この状況をある種のチャンスとして見ていた。

 

 (こいつら・・・全員名も無き組織(レジスタンス)に誘えないか!?ワンチャン行けないか!?)

 

 いまだに複数人に囲まれながら、暴力の怪人は脳内で爆発的で、打算的な事を考えて、このチャンスを手に入れようと計算しようとするも、傷が開き倒れてしまった。

 

 「え、ちょっ・・・暴力さ〜ん!?」

 

 血を流しながら倒れるこの姿を血の怪人が見たら、きっとさぞ大喜びで啜り飲みに来るだろう。

 

 そんな事を思いながらも暴力の怪人の意識は再び、闇に飲まれて行くように落ちて行った。

 

 ざわめきが沢山聞こえていたのに、一瞬で何も聞こえない静寂に包まれ、その音は何もかもが聞こえなくなって行った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「オレ達がヘルブラッククロスを乗っ取ろう!」

 

 組織を脱走したあの日、暴力の怪人から放たれた言葉を思い出しながら、血の怪人と拒絶の怪人は口を半開きにしながらも、どうせ死ぬのを待つだけの人生ならばと、その行動とあてのない計画に賛同した。

 

 怪人としてその命を授かった時から、欠陥と呼ばれた二人はそのまま周りの言うとおり処分されるのが当たり前になってしまっていた。

 

 上手く成果が出せない事で失敗作の扱いを受けて、あらぬ罵詈雑言を浴びせられ、そして死ぬのを待つ。牢屋で過ごした数カ月は退屈で、しかし行動が起こせない残念な日々。

 

 ああ、血が飲みたい。ああ、より誰かを拒絶したい。

 

 ああ、もっと一方的に暴力を振るいたい。

 

 望みを叶えるモノは何一つとして存在しないこの世界で、自分を欠陥として扱った組織への報復、さらには乗っ取りを企てようとした事で、自分の価値を見出そうとしていた。

 

 革命、離反、謀反。言い換えれば自分に都合の良い言葉は沢山出るだろう。

 

 それでもただ死ぬのは嫌だ。何か・・・何でも良いから、デカイ事をしたい。生きているだけでも幸せになれるのが人間ならば、同じ「人」としてそれは怪人も同じなのではないのだろうか。

 

 人と同じレールの上を歩けば良いのだから。

 

 「拒絶の。平気か?」

 

 血の怪人のボロボロになったトレンチコートに身体を隠し、拒絶の怪人は蝶にも見えるその羽をはためかせる。

 

 「だ、大丈夫です・・・」

 

 河川敷における戦闘員、及び機械の怪人の襲撃。それを上手く切り抜けた二人は、川沿いを歩きながら中央度固化市へと脚を進めていた。

 

 その先にある繁華街エリアまで来れた二人だが、街行く人々の視線により拒絶の怪人のフラストレーションが貯まるからだ。

 

 おそらく東に残り続けていれば、次の襲撃に出くわし、今度こそ全滅していたかもしれない。

 

 拒絶の怪人の洋服はボロボロにされており、全身を覆い隠せる血の怪人のトレンチコートで、とりあえずの衣類としている。

 

 「拒絶の・・・奴は死んだと思うか?」

 

 血の怪人は他人を呼ぶ時には、それぞれの特徴を捉えた呼び方をする。決してお前や、おい、等と他人を呼び出したりはしない。

 

 そんな血の怪人が呼ぶ、奴・・・それは間違いなく暴力の怪人。

 

 血と拒絶の二人を引っ張りあげる、名も無き組織のリーダー格。

 

 「わ、わからない。私は、生きていると、信じたいけど・・・」

 

 組織に居た時には特に面識があったわけではないが、今はああいう男の存在がとても頼りになっている。

 

 男性恐怖症を持つ拒絶の怪人は、怪人の癖に人間の男に欲情出来ず、本心からの嫌悪から負の波動を出す事で、拒絶の怪人と呼ばれだした。本来の名前が何だったのかは、本人でも覚えていないし、今となってはどうでもいいことだ。

 

 とにかく怖い。近寄ってほしくない。

 

 しかしそれでも自分に生きる道標を授けた仲間同士、血と暴力の怪人の事は、それなりには信じている。だからこのトレンチコートも信頼して羽織わせてもらっている。

 

 「・・・とにかく、奴を探すのと、進化のに合わなくてはな」

 

 名も無き組織の今の目的としては、二つ。1つ目は暴力の怪人を探す事なのだが、今の二人はまともに戦闘すら出来ない程には疲弊している。まだ血液があっても、温存に余裕は無いし、拒絶の怪人もなにかの拍子でフラストレーションが爆発しては、いよいよ暴走を止められなくなる。

 

 そしてもう一つは、進化の怪人・・・ギンジに協力を仰ごうとなんとかここまで逃げて来た。

 

 敵の中枢が近い場所だが、今一番頼れる人が居る場所に迎えなければ、探せるモノも探せない。

 

 一刻も早く、どちらかを達成出来ねば、お互い死んでしまう。そうなれば、ヘルブラッククロスを打倒する事も出来なくなってしまう。

 

 「吾輩達を切り捨てたあの組織には、必ずや仕返しをしたいしな。敗ける訳にはいかん。拒絶の、立てるか」

 「う、うん。大丈夫」

 

 紳士として淑女に手を差し伸べるのは当たり前なのだが、拒絶の怪人は血の怪人のその手を拒絶する。直接的な手助けは必要が無いと思っているからだ。

 

 「しかし・・・」

 

 血の怪人は困っていた。非常の困っていた。

 

 目的の一つである進化の怪人の住む街に、命からがら逃げて来たのは良いが、その目的となる人物がどこに居るのか解らない。

 

 おまけに、街はどこを歩いてもヘルブラッククロスの戦闘員達が路地裏を占領している。うっかりアジトに近づけば、間違いなく殺される。

 

 お互いの安全を優先しながらも、ゆっくりと進む。決して戦闘員に見つからないように、そして戦闘にならない様に。

 

 薄暗い路地裏を二人で進むが、血の怪人が警戒していた筈なのに、視界に捉えづらい曲がり角で、人?とぶつかってしまう。

 

 「・・・!しまった!」

 「ど、どうしよう・・・」

 

 ぶつかったのは軍服に身を包み、高身長で筋肉質な体躯に、軍帽、そして同じ怪人の瞳を持つ、豚顔の大男・・・。

 

 「ブヒ。怪人か・・・!」

 

 この男を血の怪人は知っている。拒絶の怪人も知っている。

 

 ドクターミヤコの傑作の1人で、ヘルブラッククロス初の怪人大幹部だった男。

 

 「オークの・・・!」

 

 牢屋に居た時に戦闘員の噂話程度でしか聴いて居なかったが、確かこの怪人はヘルブラッククロスをクビになったというのだが・・・。

 

 藁にすがる思いだが、今の血の怪人には余裕がない。この男でも良いから、とにかく協力者が必要だ。

 

 賭けにもなりえると解っていながら、血の怪人と拒絶の怪人は、目的の一つである進化の怪人の話をする事にする。

 

 例え戦う事になっても、拒絶の怪人を逃がす事ぐらいは出来るはずだ。

 

 「吾輩は血の怪人。オークの、同じ怪人として情報交換がしたい。吾輩達は進化の怪人を探している」

 「む、ギンジを探しているのか?」

 

 オーク怪人の表情は少しだけ鋭く、そして重圧を感じる声と体。立っているだけでも感じる圧をその身に感じながら、警戒を最大限に引き上げる。

 

 「・・・何者だ?まぁいい。同じ怪人として、よしみを持つとしよう。着いてくるといい、ここでは不都合だ」

 

 路地裏の通路内で、オーク怪人は血の怪人と拒絶の怪人に手招きする。

 

 そこかしこに居る戦闘員に見つかれば、それは面倒事になってしまう。オーク怪人はそれを避ける為に、路地裏のさらに奥の道へと進む。どこか疲れているその様子に、安心しつつも血の怪人と拒絶の怪人は、オークの後を追いかけるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 異人。そう呼ばれる人物達が現れ始めて、争いから離れてどれぐらいの年月が経ったのだろうか。

 

 戦いが嫌になって逃げた者、襲うのが嫌になって離れた者、組織の外の人間を好きになって離れた者。数えれば人数分だけの理由が見つかって、そしてキリが無い。

 

 人を超える力を持ちながら、それを命の奪い合いに使うのが嫌になって、彼らは平和を求めて、この東度固化市へと脚を運んだ。

 

 細かい事なのかも知れないが、ここには正義も悪も無い、争いが無いただの平穏の世界。

 

 誰が呼んだか、ここは東度固化市、異人町。

 

 「ゲヘナミレニアムなんて組織から離れて良かったわ。あの人にも悪いし、子供の教育にも良くないもの・・・」

 

 リスのしっぽを持つスタイルの良い女性が、暴力の怪人に包帯を巻きながら、そう呟くとトモカは苦笑混じりにその話を聴く。

 

 彼女の名は小栗鼠山(こりすやま)。かつてはゲヘナミレニアムという組織に所属していた魔人という。しかしとある退魔師との戦いに嫌気が刺し、末端の構成員であった今の夫と共にここまで逃げて来た。

 

 「ジゴックのとこも最悪ですぜ。あそこはマジで地獄な職場だった。なぁ、兄者」

 「そうだな弟よ」

 

 花屋のベンチに座りながら赤と青の双子の馬の男達は、腕組みしながら座る。彼らは右往左往兄弟、こと赤い兄・ウオーバ。青い弟はサオーバ。

 

 小栗鼠山は表向きは医者として、そして異人向けの治療を施せる良い奥さん。

 

 ウオーバサオーバ兄弟は表向きはラーメン屋を経営している。

 

 「どうやってここに入ったのか解らなかったが、トモカちゃんと一緒に居たから入れたのか」

 

 おじいさんは、結界の怪人。空間を創り、そして異人町に、同じ異人と一括にしている者達が、不用意に入れないように結界を張っている。

 

 表向きはこの町の自警団をやっている。見た目より若いその仕草で、なかなかのプレイボーイっぷりである。

 

 彼らは全てこの町の人柄の良さを知っている。差別せずに受け入れてくれた優しさに感銘を受けて、ここでは人のルールで働き、生きている。

 

 魔人、闇人、怪人。他にも探せば、それなりには他の種族も居るだろうか。

 

 包帯でぐるぐる巻きにされた暴力の怪人は、口まで包帯で巻かれて、何も喋れない。

 

 「ヘルブラッククロス脱走組なら、そう言えばよいのにな」

 「ふごうふふぉふははほっふぃはほひはふぉんふぁふぉ」

 ※言おうとしたらそっちが取り囲んで来たんだろ。

 

 「でも悪い人じゃ無さそうだし〜クビを締められた時は驚いたけどね〜」

 

 トモカのその発言で、リス、結界、右往左往兄弟が一気に殺意を全開にして再び取り囲む。

 

 花を眺めていたキリンも本来の姿を出して、暴力の怪人へと詰め寄っていく。

 

 「ま、まてまて!違うんだ!怪人のさがと言うか、女を見つけたら、こう、あるだろ!ムラっとしたんだよ!」  

 

 口の包帯を取り外して、暴力の怪人は必死に弁明するも、ムラっとしたのがいけなかったのか、トモカも少し怪訝な表情をしている。

 

 「何も悪い事はしていないって!そもそもオレはヘルブラッククロスをぶっ潰して・・・」

 

 乗っ取りを計画している。その言葉を言うよりも早く、結界の怪人が血飛沫を上げて部屋が血液で汚れて行く。

 

 耳をすませば、遠くでは爆発音。

 

 その音に花屋にいる面々が驚き、結界の怪人が膝を付いて身体から血液を流している。

 

 「なんだ!?」

 

 トモカを庇うように右往左往兄弟が、ここに立ちながら、暴力の怪人は窓を見る。

 

 「おじいさん〜!」

 「ぐふっ・・・小栗鼠山さん、トモカちゃんを・・・この町の人間を・・・」

 「大丈夫です。またあいつらですね・・・」

 

 リスの言葉は苛立ちと恐怖の混じった声と共に、暴力の怪人を押しのけて窓を見る。

 

 まだ昼間だと言うのに、この異人町に襲ったこの爆発・・・つまり襲撃者なのだが、それは間違いなく、暴力の怪人の敵、ヘルブラッククロス。

 

 「もう来たのか・・・」

 

 暴力の怪人の視界には、ヘルブラッククロス・怪人の瞳を模したマークが刺繍された旗がなびいていた。

 

 いつでもどこでもどんな時でも襲撃してくる敵。

 

 そしてその目的は女性の拉致誘拐も入っているだろうが、もう一つある。

 

 「・・・悪い、オレ、行くよ」

 「ごほっ・・・貴様、何を企んでいる」

 

 結界の怪人が血を流しながら暴力の怪人を睨む。

 

 あの旗を使う作戦を、この場に居る怪人は知っている。襲撃と破壊を暗示する作戦。つまり、この町を破壊するつもりでいる。

 

 そしてリスの行っていた、また、の意味・・・何度かここに襲撃しに来ているのだろう。

 

 「トモカ、助けてくれてありがとうな。どうなるかわかんないけど、オレ・・・あいつらひっぱたいて来るぜ」

 

 もう恐怖で動けないトモカは怯えているだけ。こんな善意の塊みたいな女の子を怯えさせるとは、やはりヘルブラッククロスを抜けていて正解かも知れないと、暴力の怪人は思う。

 

 「でもなんだってあんた、こんな大怪我を追ってるんだ?おかしくないか?さっきまで殺意むき出しだった癖に」

 

 鞭を取り出し戦いに行く前に、おじいさん、結界の怪人にその事を聴いてみる。

 

 「簡単だぜ。そいつの結界が、身体とリンクしているからだ」

 

 その説明に出てきたのはキリン。長い首が花屋の当たらない様に、身をかがめながら話している。

 

 「言うなれば、そのおじいさんは、仮の姿、っというよりも見えない壁そのもの、結界がこのおじいさんなんだよ」

 「意味がわからん!もっとまとめてわかりやすく、簡潔に話せ!人間社会じゃ当たり前だぞ!」

 

 キリンの言っている事が伝わらず、暴力の怪人は花屋を出ようと強い一歩を踏み出す。

 

 「・・・オレはヘルブラッククロスをぶっ潰して、乗っ取ろうとしてるんだ。怪人と人間の共存を望んでるからな。急な襲撃で混乱してっと思うけど、オレを信じるか、何も信じずにおびえて逃げるか。好きな方を選びな」

 

 背を向けたまま話す暴力の怪人の言葉が、リス、結界、右往左往兄弟、キリン、そしてトモカの耳に入ってくる。

 

 「・・・何を言っているんだ?」

 

 結界の怪人の疑問に、後は何も答えない。

 

 「ま、まって・・・」

 

 トモカが止めようとするが、もう暴力の怪人は止まらない。

 

 真夏の昼空の下、逃げ惑う人々の真上をすり抜けながら、暴力の怪人は暴れ始めようとする戦闘員の1人を、鞭で叩き倒す。

 

 怪人という存在を造り、そしてそれを自分の目的の為に利用する。使えなかったり、勝てなければすぐに切り捨てる。

 

 そして目的達成の為には手段を選ばない。それによって死人が出るのもお構いなし。

 

 まだまだトモカと話したかった。この町に居る異人達にちゃんと説明したかった。

 

 自分の達成しようとする目的の為に、彼らとちゃんと話したかった。

 

 同じヘルブラッククロスからの脱走者。もし、思想が似ているのであれば、きっと理解出来たかも知れない。

 

 そしてあわよくば名も無き組織(レジスタンス)に加入させられないか、考えて欲しかった。

 

 こんな状況になってはそんな事、後の祭りなのだが。

 

 「オレに仲間はできねぇなぁ・・・」

 

 傷ついた身体で鞭を操りながら、迫りくる戦闘員達を全員まとめて倒す。腐っても怪人。この程度、暴力の怪人の相手にはならない。

 

 「見つけたぞ・・・!」

 「ちっ、またお前かよ」

 

 1人で戦おうと先陣を切った暴力の怪人の真上には、小型の飛行機の姿になっている機械の怪人。

 

 「怪人反応というのは便利だな。ここには沢山反応があった上に、目標のお前まで居るとはな。この脱走者!」

 「うるせぇ!オレはお前ら暇の怪人と違って色々やる事があるんだ!」

 

 言い合いをする瞬間に、暴力の怪人の真横から顔をめがけた泡立つ粘液の塊が飛び出してくる。

 

 飛び出したソレを避けながら、鞭をふりまわしてコンクリートを穿ち、体制を整える。

 

 「へぇ〜避けられるんだ。ボクの毒液に浸れれば、幸せになれるのになぁ」

 

 蛾の羽をパタパタとさせながら、少年の見た目をした毒蛾の怪人が、余裕そうな笑みを浮かべながらこちらを値踏みする様に見ている。

 

 「・・・あぶね!」

 

 もうひとつ、一際強い殺気を感じた。その殺気の正体は真後ろからの豪腕による、確実に命を奪いに来ている攻撃。

 

 それを直前でこの身に当たる事を理解した暴力の怪人は、寸前で身をかがめて攻撃を回避した。

 

 「・・・!」

 

 その者は何も喋らない様な雰囲気を持っているが、表情は殺意と敵意に満ち溢れた凶なる顔をしている。

 

 「おっほ!龍の攻撃を回避するなんてすごいね〜・・・キミ、本当に脱走怪人?」

 

 龍の怪人、毒蛾の怪人、機械の怪人の三名による町の襲撃。

 

 この三人に囲まれた暴力の怪人達の左右を、武装した戦闘員が走って抜けていく。それらを止めようと暴力の怪人が駆け出そうとするも、龍の怪人が目の前に立ちはだかる。

 

 「お前は逃さんぞ」

 

 マシン音を鳴らして、多数のミサイルランチャーを展開させる機械の怪人が、龍、毒蛾と同じく殺意をむき出しにして、暴力の怪人へとその武器を向ける。

 

 「1人でボク達を撃退できるかな〜?こんな状況で、まだ戦おうとするのかな?」

 

 馬鹿にした態度と喋り方で煽られても、そこは耳に入らない。心配なのはこの町で暮らす異人達の事だ。

 

 それが気がかりで暴力の怪人は自分を足止めしに入る、三名の怪人へと警戒色を強くもった表情を向ける。

 

 「確かに今のオレは1人だしここでお前らと戦っても、まともな頭をしてりゃあ、逃げるのが懸命な判断だと思うぜ」

 

 だけど・・・。だけど、こんな見ず知らずの自分を助けようとしてくれたトモカや、そしてそれに集まる異人達は皆、この町の優しさに救われてここに居る。例えこの先仲間に出来なくとも、この町を守りたい。

 

 そう思ってしまった。異常な人物の集まりだろうが関係ない。

 

 ヘルブラッククロスや他の組織から脱走した者は、なにかしらそれだけの理由がある。

 

 「ここまで来て・・・オレは逃げる訳にはいかないんでね」

 

 鞭をしならせながら、機械の怪人をめがけて自分の調教用の鞭を構えて、激を飛ばす。

 

 「オレはレジスタンス!ヘルブラッククロスをいずれ乗っ取る男、暴力の怪人だ」

 

 心からの叫びを乗せて、更にこうも考える。

 

 (血、拒絶。オレは、必ずこいつらを倒してこの町に居る人達を助けるぞ)

 

 それこそが暴力の怪人の目指す世界・・・怪人と人間の共存の世界。

 

 共に生きる為の力こそが、この自分の名も無き組織の目標。

 

 今までのふんわりしたモノではなく、確固たる意思を持った、ちゃんとした組織として、暴力の怪人は戦闘に入る。

 

 「ふははは。言うではないか」

 「・・・み、見直した」

 

 上空には二つの声。

 

 聞き覚えのある低い男性と、まだ若い女の子みたいな声。

 

 「・・・生きてたのか」

 

 暴力の怪人を守るように、血液を固めた槍が降ってくる。

 

 そしてもう一つは黒い波動を流して、龍と毒蛾を弾く。

 

 「待たせたな、暴力の」

 「い、生きててよかった」

 

 血の怪人、拒絶の怪人がここに来て加勢に現れてくれたのだ。

 

 「お、お前ら・・・」

 

 暴力の怪人の表情は豆鉄砲を喰らった鳩の様な、ぽかんとしているようにも見える。

 

 「心配するな。町の方にも、強力な助っ人がいる」

 

 戦闘員達が向かったアーケードには、いつの日か見たあの男の姿がそこにはあった。

 

 戦闘員を軽くなぎ倒し、金棒のフルスイング一回で戦闘員達が吹き飛ばされている。

 

 その真後ろでは、白いスーツを着た二人の女性と思わしき姿を見せながらも、機敏な動きで1人ひとりを確実に戦闘不能にしていく、あの男の仲間だろうか。

 

 もう1人は銃を撃ちながら援護をしているようにも見える。

 

 「・・・あれがウワサのヘヴンホワイティネス、か。毒殺してやろうかぁ・・・!」

 

 毒蛾の怪人が目を血走らせてヘルブラッククロスの天敵である、ヘヴンホワイティネス達を睨むが、そこへ血の怪人が立ちはだかる。

 

 「貴様のオモチャには世話になったが、今度は吾輩がお前を世話してやろう」

 

 オモチャというのは、おそらく機械の怪人の事だろう。

 

 血液の補充が済んでいるのか、両手に血液の鈍器を二つ構えて、毒蛾の怪人へと対峙する。

 

 「へぇ・・・キミみたいな欠陥品が、ボクとまともに戦えるの(やりあえる)?」

 「血液は十分にある。お前こそ、血液が足りていないと吾輩には勝てないぞ、小僧」

 「ボクはこう見えても女の子だよ・・・ムカつく欠陥品だなぁ!」

 

 血と毒蛾が対峙するその横では、龍の怪人が拒絶の怪人が睨み合っている。

 

 「あ、あの・・・」

 「・・・お前たちだけは、今ここで殺す」

 

 低く落ち着いた声は、真っ直ぐな殺意を込めて放たれた。

 

 龍の怪人は普段は喋らないが、相手も喋るのは苦手な様子。わざわざ叫んだり、舌戦を繰り広げる事もないと、龍の怪人は鱗を出した腕を拒絶の怪人へと向ける。

 

 「し、死ぬのは嫌なので、抵抗・・・しますね」

 

 羽をぱたりと織り込むと、先程よりも強く重圧な黒い波動が、拒絶の怪人の身体から放出される。

 

 これだけでも一瞬押し倒されそうになる威圧を感じたが、龍の怪人は高いフィジカルでそれを耐えると、腰を落として臨戦態勢を取る。

 

 「消え、消え・・・消えええ・・・!!!」

 「・・・!」

 

 負けじと龍の怪人も喉を唸らせて、龍本来の姿に近い鱗と丸太の様に太い尻尾を出現させて、龍の力強い咆哮を上げる。

 

 「お前達は不気味だな。人間を従えるだけの力を持っているのに、わざわざ組織を抜け出し、更には我々に勝つ気でいるとは」

 

 機械の怪人の声は無機質で機械的な音声なのに、そこには確実に人らしさを込めた殺意が混ざっている。

 

 「人間ってのぁ、優しんだ。こんな見ず知らずのオレを助けてくれたり、他の・・・異人とかいう奴らも、皆手を取り合おうって決めたら、必ず助け合う、そういう奴がたくさん居るんだ」

 

 暴力の怪人は町を襲撃してきた戦闘員達が、ものの見事に倒されていく光景をみて奮い立つ。

 

 自分の背後に立つ機械の敵に向き直り、もう一度鞭を構える。

 

 「力による支配がお好みなら、やってみろ鉄くず。お前らのルールに則って、返り討ちにしてやんよ」

 「・・・ほざいたな、欠陥品が」

 「人間を道具にしか見ていない奴と、人間と手を取り合える世界を望むオレ。どっちが欠陥品か、試そうぜ」

 

 〜東度固化市・異人町防衛戦〜

 

 暴力、血、拒絶の怪人

 

 

     vs

 

 

 機械、毒蛾、龍の怪人

 

 善を信じ始めた怪人と、悪に染まりきっている怪人の戦いが始まった・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 血の怪人と拒絶の怪人が、異人町へと合流する前・・・。

 

 オーク怪人に案内された裏路地の道を進む。

 

 建物の構造同士がぶつからないように、そして多数に入り組んだこの場所は、不良や裏社会に生きる者達の絶好の隠れ蓑として使えるだろう、怪しく開いた行き止まりの空間がいくつもある。

 

 すぐそこは誰でも通れる開けた道と、店の数々が並ぶのに対し、こっちの迷路は悪が蔓延るダンジョンにも思える。

 

 そんな道を歩きながら、最後にたどり着いた部屋と思わしき空間に3人の怪人は到着する。

 

 屋外なのに屋根が付き、ドラム缶で焚き火を燃やしながら季節にそぐわない暖かさを出す。簡素な造りのベッドと、何かをまとめた書類が乗ったテーブル、電線から直接繋げたコードからはパソコンとスマホが繋がっている。

 

 「驚いたな。こんな場所があるとは・・・」

 

 血の怪人の感想に、オーク怪人は満足げに鼻を鳴らす。

 

 「座るといい。さて、詳しく話を聴かせてもらいたい」

 

 血の怪人は言われたとおりに、自分達の素性、事情、そして今の自分達が望んで立っている状況について簡単に説明する。

 

 処分を待つだけだった事、暴力の怪人に助けられた事、今の暴力の怪人の状況、現在のヘルブラッククロス。話せるだけの事情を全て話す。

 

 そして最後に、自分達を襲撃した機械の怪人に対抗する為、進化の怪人に助力を求める事も・・・。

 

 「なるほど。あらかたの事は理解したが、その怪人・・・紫の造った怪人か・・・」

 

 オーク怪人はふーむ、と座りながらため息混じりな態度を取る。疲れが見て取れるその顔は、拒絶の怪人からも心配になる程である。

 

 「済まない。今回の一件、私は役に、立てそうにないな・・・」

 「オークの。ならば、進化のに会う手段は何かないか?」

 「・・・そこのスマホを使え。ギンジにつながる」

 

 心底疲れているのか、オーク怪人はベッドに倒れる。

 

 「何があったのだ?」

 

 あまりにも疲れた顔をしている彼の者へ、血の怪人がとうとう聴いてみる事にする。何故あのドクターミヤコ直属の怪人であったあのオーク怪人がここまで疲れているのか。

 

 「・・・怪人四天王の襲撃にあったからだ」

 

 総統の直属の四名の怪人である四人の怪人。

 

 赤鬼の怪人は何故か、ギンジと協力していて、自爆したのは記憶に新しい。

 

 残る怪人四天王は雪・鏡・骨の三名。

 

 怪人達の中でも選りすぐりの戦闘能力を持つ彼らの襲撃・・・それを相手にこうやって生き延びているのは凄い事だ。

 

 「鏡の怪人は執念深くてな。たまたまアダルトしょ・・・いや、うーん、そう、スーパーで出くわしてな」

 「そ、その話詳しく」

 

 明らかに聞き慣れない単語であったが、拒絶の怪人が話を聴きたそうにしている。拒絶の怪人をしばき倒し、血の怪人が話を元に戻す。

 

 「ブヒ・・・鏡の怪人が突如として現れてな・・・雪の怪人を連れて、住宅街エリアを襲撃に来たのだ。奴らは相当強い。この私でも、あのギンジでも手を焼く強さで、非常に参った」

 

 あのオーク怪人にここまで言わせる程の強敵であるという事、つまりヘルブラッククロスはまだまだ襲撃の為の切り札を、まだまだ沢山あると言うこと。

 

 「進化のは無事なのか?」

 「ああ、その辺りは問題ない。無事に撃退は済んでいるのだがな・・・」

 

 あまりに疲れているのだろうか、本当に疲労困憊と言ったオークの表情に、思わず心配になる血の怪人だが、今は彼の心配だけに集中している場合ではない。

 

 その事を申し訳ないと思いつつも、オーク怪人のスマホへ手を伸ばして、進化の怪人・・・ギンジへと連絡を取る。

 

 「つ、使えるの?」

 「使い方は与えられた知識の中で、理解している。吾輩はこう見えても、あいてぃー系は強いのだ」

 

 言いながらもチャットアプリの通話項目を開き、ギンジへと連絡を取る。

 

 ものの数秒で彼は通話に応じてくれた。

 

 『はい、佐久間です。あ、間違えた。なんか用か?さっき帰ったろお前。なんか忘れ物でもしたか?』

 「進化の。吾輩を覚えているかね?」

 『・・・?誰だ?オークじゃねぇな?』

 「工場エリアで会った、血の怪人だ。久しぶりだな」

 

 ギンジは一瞬聞き慣れない声に、不信感を募らせる様な声音であったが、血の怪人だと言うことが解ると、すぐに声を大きくする。

 

 『なんだよ男爵か。え?なんでオークのスマホから・・・』

 「済まない。その辺りを説明している場合ではないのだ。今すぐ吾輩達の指定する場所まで来て欲しい」

 『・・・何かあったのか?』

 「暴力の怪人は敗れた。相手は・・・ヘルブラッククロス・機械の怪人」

 

 その内容に唖然とするギンジだが、お互いに協力すると決めて居る同士。困っているならすぐに助けに行こう。

 

 『よーし解ったぜ!俺はどこに行けばいいんだ?』

 「済まないな。東度固化市に・・・」

 

 その事情を聴いただけで二つ返事でOKを出すギンジの返答に、血の怪人と拒絶の怪人は少し嬉しく思った。これが人間という存在の心の大きさなのだろうか。そもそもギンジは怪人という認識でいるのだが。

 

 『すぐに行くぜ!先に行ってろ。あ、カエデ〜・・・』

 

 その名前を呼んだ瞬間に通話は切れた。兎にも角にも、第一の目的は達成された。

 

 「恩に着る。オークの。何かあれば、吾輩達、レジスタンスが貴殿の為に力になろう」

 「ブヒ。ならば、ドクターミヤコとギンジがくっつくように尽力してくれ。私は少しだけ寝かせてもらう」

 

 言うとすぐに簡素なベッドで休眠に入るオーク怪人。軍服も脱がずに寝に入るとは、相当疲れていたのだろう。

 

 「じゃ、じゃあこれで東度固化市へ行くんですね」

 「そのとおりだ。後は共に、暴力のを探し、生きていれば保護、死んでいれば・・・ヘルブラッククロスに自爆特攻でもするか」

 「・・・そ、そうですね」

 

 しかし東度固化市に戻る前に、ほんの少しだけやっておかないと行けない事がある。

 

 「せっかく恩を貰ったのだ。この部屋に誰も来ないように、戦闘員の数を少し減らしておこう。血も欲しいのでな」

 「さ、賛成・・・」

 

 二人の怪人は目を血走らせて、一気に戦闘員狩りを少しの間行ってから、東へと向かうのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 東度固化市の駅に到着したギンジ達の目の前には、血の怪人と拒絶の怪人がお出迎えすると言わんばかりに、待ち構える姿勢を取っていた。

 

 「よう、来たぜ」

 「ギンジ、この怪人達があんたの言ってた奴?」

 

 片手をあげたギンジに、隣を歩くカエデが血の怪人と拒絶の怪人を見て、怪しむ様な素振りを見せる。

 

 その後ろにはレンとミドリコが付いてきている。ミドリコは二人を見ると、あの悲しい事件の事を・・・赤鬼の自爆を思い出してしまう。

 

 「久しぶりだな。進化の。それに公安のも」

 「・・・そちらは元気だったか?」

 

 ミドリコの問いには、二人の怪人が苦笑を混ぜたなんとも言えない微妙な表情で、言葉を返す。

 

 この三人の怪人はヘルブラッククロスからの脱走をした、ギンジとはまた違う思惑で動く離反者である。その事を知っているギンジとミドリコは、久しぶりの再開がこんな形になってしまい、それにも同じ様に苦笑を返す。

 

 「それで、俺たちは何をしたらいいんだ?戦闘か?捜索か?」

 「もしかしたら両方だ。吾輩達は今は拠点をこの東にうつしているからな・・・一つ気になる場所がある」

 「そこは?」

 

 ヒゲをいじりながら血の怪人は、季節に合わないコートのズレを直す。そしてその隣では、どこかのブティックから奪ったのか、タグのついた綺麗な服を着た拒絶の怪人も、羽をぱたりと可愛らしく振る。

 

 「気になる場所・・・それは、ある商店街。アーケード街と呼ばれている場所なのだが、そこは吾輩達は何故か近寄る事が出来ないのだ」

 「は、弾かれる様な・・・よくわからないけど」

 

 その弾かれる様な不思議なアーケード街はすぐ近くとの事。

 

 「なんでそこに行くんだ?暴力の怪人はそこに居るのか?」

 「いや・・・なんと言うか、そこに怪人に近い反応を感じてな。もし、暴力のが居るのであれば、そこに上手く逃げた可能性はあると思い、な」

 「ふーん。そうかい。じゃあ、行くか。ミヤコが心配だし、やることはさっさと済ませちゃおうぜ」

 「そうね。早く帰って、皆でお昼ごはんでも食べましょう」

 

 初めて会うヘヴンホワイティネスに面々は非常に自由で、それでいてかなりの豪胆さを兼ね備えていた。

 

 アーケードに向かう途中で、駅前の広場へと大きな爆発音がする。

 

 その音は間違いなくギンジ達の聞き慣れた爆撃の音。ヘルブラッククロスの襲撃の音だった。

 

 「レン!」

 「解ってる。ギンジ、ミドリコ、先に私達が行く」

 

 カエデの呼びかけに答えて、レンと共に二人の美少女が変身すると、爆発音に向かって走り出す。

 

 「俺たちも急ぐか!」

 「そうだな。装備の確認をするから、後で合流する!先に行ってくれ」

 

 ミドリコは軽く言うと、アタッシュケースの中身から複数の装備を取り出しながら、一先ずギンジたちから離れる。 

 

 「ん。了解したぜ!オラ、行くぞ男爵、メンヘラ!」

 

 あまりにも不名誉なあだ名を付けられることに、憤る拒絶の怪人だが今はそれを我慢して、走り出すギンジ、血の怪人と共に、音に困惑する人混みを避けながらアーケードへと進む。

 

 アーケード街の入り口まで進むと、幾何学模様の薄い壁みたいな何かがそこに広く展開されていた。

 

 大穴を開けられてそこかしこには、炎や煙、破壊の跡が残っている。大穴の近くにはヘルブラッククロスの旗、戦車。そして、待機する戦闘員達。

 

 「!ギンジだ!ギンジを見つけた!」

 

 早速見つかってしまい、戦闘員達がギンジを狙いに行動を開始するが、そこへ上から飛び込んできたカエデとレンが妨害に入る。

 

 カエデの衝撃と、レンのビーム剣の連携によりまたたく間に戦闘員達は吹き飛ばされていく。

 

 「ギンジギンジって・・・あたし達も居るんですけど!?」

 「同意。どちらにしても、私達にはかてないけどね」

 

 その後ろに駆け寄るギンジ、血、拒絶の三名。

 

 「このアーケード街が襲撃受けたんだな。まぁ、暴力の怪人がここに居るかは解らないけどよ、ヘルブラッククロスが襲撃しているなら、ここは正義のヒーローの出番だな!」

 「そうね!行くわよギンジ、レン!」

 

 正義のヒーローとして悪の襲撃は見逃せない。血の怪人と拒絶の怪人の目的とは少しずれてしまうが、共通の敵である事は間違いない。

 

 ならば・・・目の前にいるヘルブラッククロスはレジスタンスとヘヴンホワイティネスの協力によって倒される事だろう。

 

 ギンジ達は全員でアーケードの中へと突撃を開始する。

 

 「進化の!中腹に強い怪人反応だ!」

 「・・・そこに何か居るのか、見てきてもらってもいいか?俺達は先に市民を守りに戦闘員をぶっ飛ばしに行くからよ!」

 

 血の怪人の隣を走りながらギンジがそう告げると、血の怪人と拒絶の怪人は頷き、建物を蹴りながら上空へと飛び立つ。

 

 「ギンジ、待たせた!」 

 

 後ろから声をかけたのはミドリコ。公安への連絡を行いつつ、持てる装備をありったけ持ち運び、ここまで走って来た。

 

 相変わらず背中にはロケットランチャーを背負っている。

 

 「俺たちのやる事は簡単だぜ。戦闘員を全員ぶっ飛ばす!以上!」

 「野蛮な考えね、本当に馬鹿なんだから」

 「でも、わかりやすくて、単純」

 「私達なら問題あるまい」

 

 何が来ても問題ない。何をしてもヘヴンホワイティネスは勝つのだから。

 

 守る為に戦い、敗けない戦いをして今日も平和を守る。ただそれだけの事。

 

 「こうして四人で突撃するのも久しぶりだな」

 「そうね・・・今回も頼りにしてるわよ、ギンジ!」

 「任せろ!カエデも頼むぜ!」

 「下僕があたしに期待してるの?生意気よ!」

 「へへへ・・・いつものカエデって感じだな。そっちの方が可愛いぜ」

 

 二人して言い合いをするかと思いきや、まさかのギンジからの不意打ち。走る脚は止めないが、聞き間違いでは無いことを確認すると、カエデは嬉しそうに戦闘員を殴り倒す。

 

 「よし、いつものカエデだ」

 「だんだん扱い方がひどくなっていないか、ギンジ」

 「・・・そこは反省する」

 

 今やるべき事はこの街の襲撃を止めること。阿鼻叫喚しているこのアーケード街にヒーローがやってくれば、それは平和が訪れると、喝采を浴びるのだが、今は戦いに集中しなければならない。

 

 ヘヴンホワイティネスvsヘルブラッククロス。東の地でも激突開始!

 

 

続く

  

 

 

 




お疲れ様です。少しずつ書いて、結構長く成りました。

失踪はしません。終わるまでは!もし無理だなー続けられないなーってなったら謝った上で未完にはします。ちゃんと最後まで書きたいから頑張るけどね!

毎度読みづらいかとは思いますが、どうか楽しんでいただければと。

最後までお付き合いいただければと思います。

キャラネタ書きます

暴力の怪人
人の優しさとは何かを学び始めた所。
自分の目標である怪人と人間の共存世界を掲げ始めた。

血の怪人
血液男爵。次回、衝撃的な必殺技を放ちます。

拒絶の怪人
メンヘラとか言われてるけど、男性恐怖症なだけです。
リストカットとかしたくないタイプ。
暴力の怪人と血の怪人とは長く居る時間がおおいために、ある程度は慣れた。

異人町の人々
結界の異人
結界を貼る能力を持つ。自分の身体と結界はリンクしており、結界が破壊されると本体にもダメージが行く。

リスの異人
小栗鼠山さん。おっぱい大きい、しっぽもふもふ、真ん中分け美人。
お医者さん。子供は息子が1人、夫と共にゲヘナミレニアムを脱走した。
夫は最初の第一印象は不潔っぽいであったが、なんの間違いか恋に堕ちた。

ライオンの異人
同じくゲヘナミレニアムからの脱走者。リスとは面識はなかった。ステーキ屋を経営中。

キリンの異人
闇人であり、マージ・ジゴックの元幹部。故にサクラと面識はあるが、逃してもらった。頭が悪く、うまく喋れない、まとめられない等欠陥がるが、力を利用して土木、建設、足場、溶接と現場系はなんでもできる。

右往左往兄弟
赤いたてがみのウオーバ、青いたてがみのサオーバ。
それぞれ馬の闇人で、変身すると10m以上の体格を持つお馬さんになれる。
組織が壊滅した時右往左往しながらこの町にたどり着いた。

次回は・・・脱走者3人vs3怪人!
ヘヴンホワイティネスの見せ場もあるよ!
そして非日常に〜編もそろそろ終わりに近づき、新章が近づいております!
次回もお楽しみに!感想、応援等いただけましたら必死にがんばれます!

アトラクションでした!


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44・ヘヴンホワイティネスvs3怪人

こんにちはあるいはこんばんは
アトラクションです

いやー土日休みって嬉しい!おかげで小説かけましたよにょほほ

ちなみに来週あたりにポケ○ン・スカバイ発売しますが、皆様はどちらを買いますか?

私はスカーレットにしようかなって。

ちなみに伏せ字にしているのはタグにつけていないからですぞ〜
今回のお話はそれなりに長くなってしまったので、適度に休憩を挟みながらご覧ください。
それではどうぞ!


 

 アーケード街・異人町。

 

 度重なる襲撃には何度か対応が出来ていた。

 

 しかし今回は結界を打壊され、防衛に優秀であった結界の異人が重症を負ってしまう。

 

 町の人々は凶悪な犯罪集団の登場によって混乱に陥り、例のヘルブラッククロスと呼ばれる者達がとうとう兵器と、怪人を引っ張り出して襲撃をしに、この町への侵入を許してしまった。

 

 店を破壊されて悲しむ者。家族を傷つけられ怒る者。友を攫われて恐怖する者。

 

 様々な襲撃の形に、戦えない人々は泣き叫ぶしかない。自分達が何をしたのだろうか。こんな事しないで欲しいと。

 

 無慈悲にもその悪の手は今まさに、自分へと迫っていた。

 

 迫っていた筈だった。

 

 年端も行かぬ少女の目の前にいる顔の見えない戦闘員は、身体を曲げて町の遠くへと投げ飛ばされて居た。

 

 「無事か!?早く逃げろ!」

 

 サングラスをかけたその男は、メディアでよくみる子供達の憧れのヒーロー。

 

 ヘヴンホワイティネス・ヘヴン3。

 

 ギンジが叫ぶと、その子供はキリンの見た目をした謎の存在が抱きかかえて走り出す。

 

 「げっ!まだ居たのかよ怪人コラ!その子を離せ!オイ!」

 「オレは違う!怪人じゃない!この子を守るから、後ろに来てるのをお願いしたい!」

 「ああ?」

 

 キリンの叫び声に近い言葉を聴いて後ろを振り向くと、再び戦闘員の群れ。

 

 「とりあえずキリンは後にしておいてやるよ。オラ、かかってこい」

 

 金棒を振り回してコンクリートに打ち付ける。

 

 その豪快な音を合図に、戦闘員達がギンジを倒そうと数で抑え込む。

 

 1人ひとりを相手にしているのではらちが開かないのだが、圧倒的な数により、ギンジは戦闘員のドームに囲まれて飲まれていく。

 

 「オッラアああ!!!」

 

 ドームの内側から、黒い炎が吹き出しかと思えば、次は紫の雷が飛び出る。

 

 そして最後は金棒を横に振り回して、ドーム完璧に破壊する。

 

 「数だけはホントおおいよな」

 

 苛立ちながら放つ言葉。ギンジは数だけでも対抗するために、フェーズ3の力を発動していた。

 

 この力でとにかく町を襲うこいつらを全部、倒さねばならない。

 

 戦闘員を軽くなぎ倒したギンジの横目には、赤と青のたてがみを持つ、馬面の双子と思わしき謎の存在が、建物の瓦礫をせっせと崩している。

 

 「兄者!はやく助けないと」

 「弟者!解っている!」

 「どんだけ怪人が居るんだよ」

 

 ギンジがゆらりと近づこうとすると、その馬の双子はギンジに気がつく。

 

 「兄者!ヘヴンホワイティネスの1人だ!サインもらおうぜ」

 「馬鹿者!今はそれどころじゃないだろ!」

 「サイン?ほしいならやるよ、頭かちわってくれてやるよ!」

 

 何故か憧れのヘヴンホワイティネスは血の気が多いらしく、かなり怒っているというか敵意を感じる。

 

 「待つのだ!我々はこの瓦礫の下に居る子供を助けたいのだ!」

 「・・・なんだって?」

 

 怪人が子供を助ける?そんな善意のある怪人がいるとは、なんとも珍しい事なのだが、再び上空から、ジェットパックを身に着けた戦闘員が複数人降りてくる。

 

 「こいつら、本当に数だけは・・・」

 

 金棒を構えたギンジの背後から、二人の馬が飛び出す。

 

 「お前らのせいで!」

 「子供が危険な目に!」

 『会ったんだぞ!!!』

 

 双子らしく息のあった連携攻撃で、上級戦闘員が一瞬で倒されていく。

 

 「・・・なんだぁ?あいつらヘルブラッククロスの怪人じゃないのか?」

 「違うぞヘヴンホワイティネス。我々は右往左往兄弟!」

 「ダセェ名前だな」

 「それでもこの名前で苦労した事はないのでな」

 

 赤と青のたてがみを持つ馬面兄弟の名は、赤のウオーバ、青のサオーバ。そしてギンジも軽い自己紹介を終えると、瓦礫を撃ち砕き、子供を救出する事に成功する。

 

 「その子供、どうするんだ?」

 

 金棒片手にギンジが訪ねると、右往左往兄弟が笑顔で答える。

 

 「親御さんのところにちゃんと返すのさ!ここじゃ当たり前の事だぜ、ギンジさん」

 「親御さんが居なかったらどうすんだ?」

 「一生懸命、一緒に探す!この子の未来を傷つけないためにもな!」

 

 もしかしたらさっきのキリンも同じ理由だったのかも知れない。

 

 ならば子供はこの馬兄弟に任せるべきだろうか。

 

 「この町には、お前らみたいのが他にも居るのか?」

 

 少しの期待を込めて聴いてみると、右往左往兄弟は首を縦に振りながら笑顔で返す。

 

 「ここにいる異人達なら皆そうしてるぜ。おれたちゃ、人間のルールが好きでここに生きてるからな」

 「・・・そうかい。さっきは悪かったな」

 

 敵意むき出しでコンタクトしたことに謝罪をしたのが、気に入られたのか、右往左往兄弟はギンジに頭を下げる。

 

 「頼んます、正義のヒーロー。この町を助けてくれ」

 「兄者と同じく、おれからもお願いします。この町はおれたちみたいな人間じゃない奴らをみんな受け入れてくれる優しい人達の集まりなんだ。子供の救助や、動けない奴はみんなおれたち異人がなんとかする。あんたらは、あのヘルブラッククロスを追っ払ってくれ」

 

 深々とした頭の下げ方に、思わず萎縮してしまうが、ギンジはそれを快く聞き入れた。

 

 「いいぜ。俺からもひとついいか?」

 

 金棒を担ぎながらギンジは右往左往兄弟へと、笑顔で言い放つ。

 

 「絶対に助けられるやつは、諦めずに助けに行け!他の奴らにもそう伝えろ!」

 『もちろんだ!』

 

 ウオーバ、サオーバの二人が同時に言葉を出す。

 

 ギンジがその言葉を聴くと、再び上空から迫り来る戦闘員と交戦を開始するのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 突入時に、あまりの数の多さにギンジとハグレてしまったカエデ達。

 

 カエデ、レン、ミドリコの三名が戦闘員を蹴散らしながら進んだ先は、このアーケード街の避難所と呼ばれる所だった。

 

 このアーケード街で働く人や、たまたま歩いていた一般市民・・・。

 

 さらにカエデとレンはある1人の少女を見て、その身体と表情をこわばらせる。

 

 (・・・トモカ)

 

 驚く事にそこには菊沢トモカ・・・カエデやレンにとっての親友とも呼ぶべき少女がそこには居た。

 

 そして彼女の横には、リスの様な尻尾を持つ怪人?と思わしき人と、怪人の瞳を宿した血だらけのおじいさん。

 

 「おお、ヘヴンホワイティネスだ!」

 「正義のヒーローが来てくれたぞ!」

 「やった!僕たち助かるんだ!」

 

 その喝采を最初に飛ばしてくれたのは、ライオンみたいな顔をした怪人みたいな大男。

 

 色々とツッコミたい事はあるのだが、カエデはヘヴンホワイティネスとしての行動を最優先とし、この避難所に居る人々へと大声で活気つける事にする。

 

 「皆さん!ここから先はあたし達が守ります!何があっても身勝手な行動は控えて、必ず身の安全を優先してください!」

 

 カエデの言葉を皆大真面目に聴くと、怪人みたいな者達も大きく頷く。  

  

 「・・・うおおお、間に合った!!」

 「馬の癖に、脚が遅いな!」

 

 カエデ達の真後ろからは、10m程はあろう巨大な馬が、沢山の要求所者を背中に乗せて、キリンの顔をした謎の人物と共に避難所へと走ってきた。

 

 「あぶねー・・・ほとんどの敵をギンジさんが抑えてくれなかったら、全員助けられなかったぜ」

 

 青いたてがみの巨大な馬がそうしゃべると、カエデとレンとミドリコは、まだ町の方でギンジが戦っているのを知って安心する。

 

 ギンジならば1人でもなんとかするだろう。そういう安心感が彼には有るため、特別気にはならない。

 

 「おほっ、ウワサのヘヴンホワイティネスだ!おれたちを助けてくれ〜」

 

 背中の救助者を全員安全に下ろすと、サオーバが変身を解いてカエデに近寄る。

 

 「サインください」

 「やめんか馬鹿者。申し訳ない、弟が・・・握手してください」

 「やめとけ馬共・・・」

 

 右往左往兄弟の私利私欲を注意すると、キリンが長い首を伸ばしてミドリコにその首を近づける。

 

 「えとーあのー、首にあいらぶヘヴンホワイティネスってサインください」

 『お前がやめろ!』

 

 救助者の避難所入りを手助けする傍ら、コントみたいな展開になっているこの者達を尻目にしながらも、カエデとレンは正義のヒーローとして一つ確認したい事があった。

 

 「あの・・・あなた達って怪人?よね?どうして人助けを・・・?」

 

 カエデの言葉はやや警戒を高めており、その言葉には全員が返答に困ってしまう。

 

 「それについては、私が話そう」

 

 血だらけの姿にあるおじいさんが、リスの肩を借りながらゆっくりと歩いてくる。

 

 「血が凄いな・・・何があったのだ?怪人同士の喧嘩か何かか?」

 

 ミドリコが拳銃の残弾数を確認しながらそう聴くと、リスが返す。

 

 「いえ、私達は、怪人ではありません。全て、異人という新たな種族としてこの町に住まわせてもらっております」

 

 もふもふした尻尾を振りながらリスがそう告げると、次は血だらけのおじいさんが怪人の瞳を輝かせて、ヘヴンホワイティネスへと事情の説明をする。

 

 「初めまして。私は結界の異人。我々は・・・確かにかつては怪人と呼ばれていた。魔人と呼ばれたり、闇人、亜人や獣人・・・呼ばれ方は様々だな。元居た組織がどうしても肌に合わなくてな・・・嫌になって気がついたら、この町に流れ着いていた」

 

 血を抑えながらも結界の異人と名乗ったその男は、ヘヴンホワイティネスを見つめる。

 

 怪人の瞳はどこか人らしさというのが正しいのか解らないが、人間という存在への敵意や侮辱ではなく、人を信じている者の瞳の色だった。

 

 そう、これはギンジと同じ、他人を信じている煌めきを宿している。

 

 「そうこうして生きる為に何をしたらいいか・・・解らないままこの町で暮らすには、とにかく自分達の常識を捨てて、優しくしてくれた人達と同じ様に生きないと行けないと思ってな・・・」

 

 出血に苦しみながらも結界の異人が話す内容に、隣のリスや、避難所に逃げて来た住人達は皆うんうんと頷く。

 

 「私達はこの町にいる人の優しさを知った・・・こんな見ず知らずの私達を快く受け入れて、同じルールで生きる権利をくれた方たちに少しでも恩返しをしたい。げほ・・・しかし、我々はもう人を傷つけないと決めている」

 

 かつて生まれながらにして、悪行を善と信じて戦ってきた異人達だからこそわかる。無慈悲に暴れて、己の私利私欲に動いて来た事がどれだけ無礼で、悪者であったかを。

 

 「でもよぉ、傷つけないって決めたのはいいけど、このままじゃ、お前らが傷つけられるだけなんじゃねーの?」

 

 不意に声がした。その声はカエデ達の仲間であり、最大戦力にも近しい男。

 

 「ギンジ!あんたどこに行ってたのよ」

 

 カエデが少しだけ嬉しそうに近づく。

 

 「きっと1人で暴れてた」

 

 レンも冗談混じりにそんな事を言って、皆で笑い合う。

 

 「おい、馬兄弟。子供、1人だけ見逃してたぞ」

 「あ、すまねぇ、ギンジさん」

 

 ギンジの左肩には子供が泣きながらも、ギンジの頭にしがみついていた。

 

 その幼い子供を避難所に逃すと、ギンジを含めたヘヴンホワイティネスのフルメンバーがここに揃う。

 

 ほとんどの人がここに逃げたのだろうが、見つかるのもおそらく時間の問題の中、ギンジは避難所に居る異人と呼ばれる者達を全員呼び出す。

 

 「全員だ!異人ってやつは全員ここに出てこい!」

 

 どよめきが立つが、避難所の中にいる人間を守ろうとする者、人間に守られて今がある異人達がギンジの呼び出しに答えてぞろぞろと姿を現す。

 

 「カエデ・・・ギンジは、何をするつもり?」

 「さぁ・・・?」

 「ギンジなりの考えだろうが、たまに何をするか解らないな」

 

 レンの問いかけにカエデは首をかしげて、さらにその隣でもミドリコが首をかしげる。

 

 集まったのは、結界、リス、キリン、右往左往兄弟、ライオン、猿、猫、クワガタの異人達。

 

 「何をするつもりなんだ?」

 

 結界の問いかけに、ギンジが金棒をコンクリートに突き刺して、地面に座り込む。

 

 「なんでも人間のルールに従って生きるのは悪いことじゃないけど、お前ら借りにも人間を超えた存在だろ?」

 

 腕組みしながら話すギンジに、異人達はムッとした雰囲気を出す。言い換えるならば、空気を悪くしている。

 

 「でも、人間を傷つけたら、それは自分の居た組織や、ヘルブラッククロスと同じじゃ・・・」

 

 リスが陰りを見せる表情でギンジに言い返すが、ギンジはそれを笑って返す。

 

 「ヘルブラッククロスの戦闘員も確かに人間だろうからな。ま、そこのキリンとお馬さんの兄弟は、既に手を出してるけどよ」

 

 再びギンジは大声で話し始める。

 

 「この町を守りたいのも解った。お前らが人間を守りたいのもよく解った。そこでバラすが、俺も実は怪人なんだわ」

 

 組んだ腕を離して、右手には炎、左手には雷を出して周りを驚かせる。攻撃の意思は無いために、それらはすぐに消滅させる。

 

 ギンジが伝えたい事はたった一つだけだった。

 

 「俺も怪人だけど、今こうして人間・・・いや、ヘヴンホワイティネスとして、ヘヴンホワイティネスの為に戦ってる。俺の意思で、だ。こいつらが平和の為に戦いたいなら、俺もその為に戦いたいし、手助けはなんでもしてやりたい」

 

 いつだってギンジはカエデ、レン、ミドリコ、ケイタ、ミヤコの為に戦っている。

 

 ハッピーエンドを見るために、そしてハッピーエンドの先を共に生きていく為に。

 

 その為に出せる力は惜しまないつもりでいる。

 

 「この町を救いたいなら、お前たちも戦え!人間と同じルールで生きるなら、こんな理不尽な悪を野放しにしちゃ駄目だろ!」

 

 ほとんどの人間達がおびえて動けない人達が居て、それを力を使って守れるのは、この異人達しかいない。

 

 「別に殺せって言ってるんじゃないぜ。追い払うだけでいいなら、それぐらい、人間以上のお前らならそれが出来るはずだ」

 

 助けに来た筈のヒーローが逆に戦えと言うなんてかなりお門違いだが、ギンジから見た今の戦況はかなり分が悪い。

 

 それは圧倒的な数の差。戦闘員の数がいつもより多いのだ。

 

 このままギンジ、カエデ、レン、ミドリコの四人が防戦一方では、いつか敗けるかも知れないし、何よりヘヴンホワイティネスが一番に守りたい命が助けられない。

 

 「逆に言えば、俺たちは大元をぶっ叩く為にも、お前らの力が必要だ。名誉な事だぜ〜ヘヴンホワイティネスと共に共同戦線に立てるってのは」

 「言ってる事がめちゃくちゃよねギンジって」

 「でも、やっぱりわかりやすい。言葉は、悪いけど」

 

 カエデもレンもギンジの言動を見てヒソヒソと話している。しかしながら、ギンジの言う事も理解は出来る。

 

 今までの襲撃とは桁違いの数に、誰かしら大幹部が動いていそうな気さえしている。

 

 「人間を守る為に、異人が暴力を使うのは・・・」

 

 結界の異人がおずおずと喋りだすが、ギンジがその言葉を遮る。

 

 「じゃああいつらのは見逃すのか?俺たちが変わりにやればいいのか?何もしないで、守りたいモノを守らずに、ごねてるだけでいいのか?」

 

 ギンジがそう返すと同時に、ヘルブラッククロスの戦闘員が、上からも、向こう側の道からも走ってきている。

 

 「戦おうぜ。この町を守る為に・・・正義の異人として!俺も力を貸すからさ」

 

 金棒を引き抜きながらギンジが立ち上がると、後は何も言わない。

 

 振り向いたギンジに合わせて、カエデ、レン、ミドリコが共に同じ方向を見て、臨戦態勢を整える。

 

 「俺たちはここを離れて、大元の奴らをぶっ叩く!お前らはいい加減、腹を決めろ!ごねて何もしないか、守りたいモノの為に、授かった力を使うか・・・!」

 「そんなの・・・」

 

 本当に正義のヒーローなのか疑問に思うような事を言われた。

 

 確かに、人を超える力を持つ彼らならば、戦闘員ぐらいは軽くなぎ倒せるかもしれない。

 

 だがそれによって起こるのは、おそらくだが人間達との溝が出来てしまう事。

 

 結界の異人を始め、ここに暮らす異人達は、皆ソレを恐れている。

 

 「私は・・・息子とあの人の為に戦うわ・・・」

 

 リスが薬品を取り出しながら、短く告げる。

 

 ギンジの熱に動かされたのかも知れない。

 

 「・・・ならば自分も」

 

 その次はライオンが。さらにキリンや右往左往兄弟も、猿も猫も、全員が守る為の戦いに、その身を投じようと奮戦しようとする。

 

 「・・・私も、この町を守りたい・・・生きる道は、また探せばいいな・・・」

 

 トモカを始め、町の人々が結界の異人を見つめている。期待と、ヒーローを見つめるのと同じぐらいの期待を込めて・・・。

 

 結界の異人が血だらけの両手を広げて、避難所に大きな結界を貼ると、住人達は次々とヘヴンホワイティネスと異人達に声援を送る。

 

 「正義の為に戦うなら、怪人も人間も異人も関係ねーって事だな。

 一緒に暴れようぜ、結界のおじいさん!」

 

 必ず平穏を取り戻す為に、ヘヴンホワイティネスと異人達は今ここで手を取り合ったのだ。

 

 戦闘員達がもうすぐそこまで迫ってきている。

 

 「よーし行くぜ・・・」

 

 掛け声一つでヘヴンホワイティネスが突撃する。それに合わせて、異人達も防衛の為に、全力でその力を振るい始める。

 

 「俺たち(この町)vs()あいつら(ヘルブラッククロス)!総力戦だ!!!」 

 

 守りたい人達の為に、そしてなによりこの町の優しさを決して誰にも奪わせない為に、異人町の大戦が始まった。

 

 「ミドリコ!ここに残って指揮を取ってくれ!俺とカエデとレンは、血液男爵の所に合流する!」

 「了解した!油断するなよ」

 

 ハイタッチをしながら、ギンジとミドリコはお互いに道を交差する。

 

 「こっちは頼んだわよ、ミドリコ!」

 「私達の方は、心配しないで」 

 「君たちも無理はしないようにな!」

 

 カエデもレンもミドリコの左右を抜けるようにして、戦闘員をなぎ倒しながらギンジの後を追いかけるのであった。

 

 それを見ていた結界の異人が、手元に結界の棒を取り出しながら、ライオン、キリンに手渡す。出血がひどく、まともに戦えるわけではないのだが、彼もまたギンジを信じて声援を送る。

 

 「頼んだぞ、ヘヴンホワイティネス・・・」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 龍、毒蛾、機械の怪人。

 

 この三名はドクターパープルにより造られた、フェーズ2の怪人。 

 

 より残忍でより強くあれと造られた怪人たちである。

 

 一般研究員によって造られた暴力、血、拒絶の怪人と比べれば自己の強さや、怪人としての能力のスペックが桁違いである。

 

 それであれば基本、生物の本能的な所で戦おうとは思わないはずだ。力の差は見て解るモノだと言うのに、脱走怪人達はまったく諦める気配がない。

 

 実力の差をまざまざと見せつけているのにも関わらず、彼らはひとつも諦めていない。

 

 「そういう顔を見ると、もっと苦しませてあげたいなぁ〜?キヒヒ」

 「ぬっうぅ・・・」

 

 毒蛾の怪人は少しばかり口元を血で汚しているが、足元に倒れる血の怪人を毒で埋め尽くし、頭を踏んでぐりぐりと馬鹿にしている。それでも諦めない彼の表情が非常に唆られ、加虐心がゾワゾワと大きくなっていく。

 

 「・・・」

 「がハッ・・・ゴホッ」

 

 その少し離れた場所では、龍の怪人と拒絶の怪人との激突が終わりに差し掛かっていた。

 

 羽をもがれ、全身を殴打され、脚は切り裂かれて、最早意識も絶え絶えと言った拒絶の怪人を、龍の豪腕で首から持ち上げている。

 

 そんな龍の怪人の表情は無そのもので、何も感じていないし、何も思っていない。殺す、そう決めたのだからそれしか無い。

 

 力無く豪腕を触れる拒絶の手は、ぷるぷると震えながらも、鱗でびっしりした腕を弱々しく叩く。ギブアップしているのではなく、抵抗の意思を感じ取る。

 

 「・・・!」

 

 その行動が龍の癇癪を膨れ上がらせたのか、思い切り地面に投げつける。全体重を乗せた叩きつけに、拒絶の怪人の意識はそこで途切れてしまう。

 

 「おのれ・・・」

 「ぺっ!もうお前の死んじゃえ!」

 

 毒性のある唾を吐きかけられ、血の怪人は怒りで立ち上がろうとするが、身体を焼く毒によって最早力が入らない。

 

 「クソ・・・血、拒絶・・・!」

 

 暴力の怪人はと言うと、機械の怪人と互角の押し合いを展開していたのだが、少しの油断と仲間を心配したよそ見により、両足を撃ち貫かれている。

 

 まともな抵抗も出来ずに攻撃を受け続け、河川敷で戦った時よりも条件は悪くないのに、こうも一方的な状況に、全員の強くなれる条件・・・暴走を上手く押さえつけられて戦いを余儀なくされた。

 

 暴走を使わないと強くなれない脱走怪人と、それをしなくとも元々強い3怪人。力の差はここで浮き彫りになっていた。

 

 「我々のルールに則った結果がこれか?暴力の怪人、お前はそれだから欠陥品と呼ばれているのではないのかね?何も考えずに暴れるだけなのだな・・・」

 「うるせぇ、ここからだよ・・・」

 

 口ではそう言うが、実質余裕が無い。いくら強がりを言ったところで、このまま敗北するのはレジスタンス陣営なのは火を見るよりも明らかである。

 

 「暴れたいだけなら、いくらでも組織で出来ただろう。何故しなかった。出来る事を出来る時にしないから、欠陥品なのだよ、お前たちは。それとも何か?女に情でも湧いたか?怪人のサガで動きたくなったか?」

 「ごちゃごちゃわちゅごなうるせぇよ鉄くず。オレ達はどっちにしても、オレ達の目的の為に生きていかなきゃならねぇんだ!」

 

 痛みでグラつく脚に鞭を叩いて、気合で立たせる。

 

 1人でも頑張って戦わないと、この町も危険にさらされ、怪人と人間の共存世界・・・さらにヘヴンホワイティネスを手中に収めるという目的も達成出来ない。

 

 最後まで抵抗しようとしている暴力の怪人の眼の前に、ブスブスと泡立つ液体に全身を覆われた血の怪人がドサリと倒され、その向かいには容赦なくボコボコにされた拒絶の怪人が投げ込まれる。

 

 「・・・っ」

 

 仲間の凄惨な姿を見せられ、血の気が一気に引いていく。

 

 「キヒヒ。びびってるね〜♡ざーこざーこ♡よわむし怪人♡」

 「・・・死ね」

 

 小馬鹿にしながら背後から煽る毒蛾の怪人と、並々ならぬ殺気を放出する龍の怪人の2名が、暴力の怪人へと徐々に迫ってきている。

 

 「・・・終わりだな、暴力の怪人。仲間諸共、地獄に送ってやる。ここで死ね」

 「クソ・・・!」

 

 怒りで血管が張り裂けそうになる。この感情はきっと仲間を傷つけられたからだと思う。自分が敗けるから怒っているのではないと思う。

 

 そしてもう一つは八つ当たりしたいと思う程の、大きな形容しがたい憤り。

 

 組織の都合で産まれたのに、約に立たなければ容易に切り捨てる。

 

 怪人の欲に従えば破壊や女性と共に快楽に流れたり、人間社会に打って出る事を、元々良しとしていなかった。そんな自分はこの世界に不要と決めつけられ、そして今はここで殺されそうになっている。

 

 血も拒絶もそれに反対であったからこそ、脱走に加担してくれたのに、暴力の怪人を助けたばかりに、彼らも死にそうになっている。

 

 「マシナリー・マキナフィスト!」

 

 機械の怪人の必殺技が繰り出される。小型の飛行機に仕込まれた拳代の大きさの攻撃が暴力の怪人の顔面に深く命中し、後方に転がっていく。

 

 単純な実力でも敵わず、容赦の無い攻撃により暴力の怪人は意識が飛びそうになる。

 

 「トドメはボクが刺していいよね?」

 

 毒蛾の怪人が手に毒液を出して、暴力の怪人達にその手を構えて本当に殺害する事への楽しみを顔に出して、ニヤニヤとしている。

 

 (ああ、もう終わりだな。トモカは大丈夫かな?この町の奴らも・・・皆無事に逃げれたかな?)

 

 ここまで人の事を考えられるのに、どうして自分は暴力という名前を持つことになったのか。今となっては最早どうでも良いが、自分はこんな奴らよりも、まともな心を持っている。

 

 それだけがこいつらに勝っている、そう信じて死を受け入れそうになっていた。

 

 「さらばだ。愚かな脱走者よ・・・」

 「・・・」

 「キヒヒ。ざーこ♡悔しそうにしながら死ね♡」

 

 3怪人が暴力の怪人を見下ろしている。昼間の太陽を背に、彼らは暴力、血、拒絶の怪人を確実にこの世から亡き者にしようと、その毒を垂らした。

 

 死へのカウントダウンとなる液体。

 

 1秒─手から落ちた。

 

 2秒─空中から暴力の顔へと垂れた。

 

 3秒─顔をかすめる瞬間に毒は風に煽られた。

 

 4秒─何者かがその場に現れた。

 

 5秒─死を回避する強烈な打撃音が、鳴り響いた。

 

 「そいつ・・・俺の友達なんですけど」

 

 脱走怪人と3怪人の目の前に現れたのは、ヘルブラッククロスの最大の敵・・・ヘヴンホワイティネス・佐久間ギンジ。

 

 右手に構えた金棒と、左手の炎。

 

 その左右に立つのはヘヴンホワイティネスの元々のメンバー二人。ヘヴン1、2が確実な敵意を宿して、3怪人の前に対峙した。

 

 「ギンジ・・・」

 「立てるか?来るのが遅れて悪かったな」

 

 3怪人に囲まれる暴力、血、拒絶の怪人に歩み寄り、ギンジは暴力の怪人に肩を貸す。

 

 「ボクをシカトしないでよ!」

 「邪魔、しないで」

 

 毒蛾の怪人が再び毒を出した手をギンジに向けるが、レンがビームハンマーで壁となる。

 

 「・・・!!」

 

 もう少しで達成出来る目標を邪魔されて、龍の怪人はとうとう怒りに顔を歪ませてギンジではなく、脱走怪人達にその龍の爪を向けて突刺そうとした。

 

 「あんたもよ!邪魔するなって言ってるの!」

 

 殺意丸出しの爪はカエデにより妨害された。この爪により貫けないモノは無かったのに、このヘヴンホワイティネスのガントレットは、どんな硬い物質よりも異常な耐久力を誇っていた。

 

 「これは・・・機械の私が言うのもおかしな話だが、前任のドクターの最高傑作・・・だな」

 「悪かったな・・・もう少し俺たちが来るのが早ければ一緒に戦えたのによ・・・」

 

 機械の怪人の言葉は、まるでギンジに届いて居なかった。

 

 「ギンジ・・・ま、町の奴らは・・・」

 

 暴力の怪人は心底悔しそうに、血なまぐさい声を出してギンジの肩を借りていた。

 

 毒に侵されるのも厭わず、血の怪人も、拒絶の怪人も3人まとめてギンジは担ぎ上げた。

 

 少し離れた場所に運ぶ傍ら、ギンジは暴力の怪人の質問を返す。

 

 「ほぼ全員無事だ。この町のやつらって皆良い奴らだな。皆戦ってくれてるぜ」

 「・・・そうか」

 

 戦いの跡が激しい瓦礫の陰に3人をおろす。

 

 「負傷者は頼むぜ、リス姉さん」

 「承知しました!」

 

 ギンジ達の後に続いて居たリスの異人が、もろもろ治療道具を取り出して、怪人達の治療に入る。

 

 その真上には機械の怪人が飛び回り、ギンジとリスの異人へと攻撃を開始しようとするが、月の色を宿した刃が飛んでくる。

 

 ギンジの善なる力・ムーン・フォースによる長ドスを投げ飛ばしたのだ。

 

 ムーン・フォースを発動したギンジは、黒い満月のマントと、同じく黒をメインとした深緑色の戦闘スーツに身を包んでいる。

 

 予測通り機械の怪人が避けたのだが、そこへは金棒を振り下ろしを確実に命中させる為の、ギンジの布石。

 

 金属が重くぶつかる音を響かせて、機械の怪人を地面に叩き落とす。

 

 それと同時に右手には長ドスが復活している。一定の距離を離れると自動で戻ってくる様だ。

 

 「鉄クズこのやろう・・・俺の友達になんてことを」

 「私は鉄くずではない。機械だ」

 「そうかい。俺の友達に手を出したのも、町に手を出した事も後悔しやがれ!」

 

 〜ギンジvs機械の怪人〜

 

 「カエデ、そっちは任せても、大丈夫?」

 

 ビームハンマーから剣に戻して、レンは視線を動かさずに毒蛾の怪人と対峙する。

 

 「問題ないわ!こっちの怖そうなのはあたしに任せて!」

 「ボクらに勝つ気でいるよ。お前たちはプライドも含めて、毒で全部壊してあげるよぉ・・・っ!」

 

 毒蛾の怪人のいい加減イライラしているのか、レンを獲物として狙いを定めている。

 

 そしてレンも同じ様にビーム剣を構える。町の襲撃も許せないが、なによりギンジが言う友達の事を、ああも一方的な状況は流石に怪人とは言え可愛そうになってくる。

 

 「確実な勝利、それしか無いから、貴女達には敗けない」

 「自信満々だね・・・!泣いて謝らせてあげるよッ!!」

 

 〜宮寺レンvs毒蛾の怪人〜

 

 カエデの前に立つのは、龍の怪人。

 

 お互い理由があってここに立っている。ヘルブラッククロスの未来の為、ヘヴンホワイティネスの未来の為・・・両者譲らぬ想いを背負ってここに来ている。

 

 「悪いけど、あたしも敗けるつもりはないから!」

 

 ガントレットのギアを回して、スチームが出るのを確認すると、龍の怪人も両腕に鱗を展開させて五本の指先からは鋭い爪をさらに突出させて腕を構える。

 

 タンクトップにカーゴパンツ、そして真っ直ぐと敵を見据えるその瞳はどこか軍人を思わせる。うっすらとだが、あのオーク怪人に少し似ているのかも知れない。

 

 「・・・倒す」

 

 低くつぶやいた龍の怪人の言葉には、間違いなく決めたら確実の実行するという凄みを感じさせた。それを肌身で感じたカエデは、今まで以上の警戒体制と共に、その拳を振り抜いた。

 

 〜神宮カエデvs龍の怪人〜

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 毒蛾の怪人が出す毒液は全てを腐敗させる。

 

 表面を焼く熱さで溶かし、血液は混ざれば固形にし、肉は徐々に腐らせ、細胞を破壊していく。

 

 使う毒にもよるのだが、基本はこう言う遅効性の毒を大量に扱うのが彼女の常套手段である。

 

 自分の操る様々な猛毒で、他人が苦しんで死ぬのがたまらなく好きだ。それに抵抗しようと必死になってもがく愚か者が、毒には抗えないのに、自分に対しては強気な言動を取り、しかし毒に敗けて苦しんで死ぬ。

 

 その姿を見るのがたまらない。もうたまらない。

 

 「キヒヒ。ボクの毒で苦しませてあげるよ、ヘヴンホワイティネス!」

 「無駄。このスーツはいかなる環境下でも、いかなる毒も通さない」

 

 ふわりと浮かした身体で、猛毒を両手に携えるが、レンの返答はどうにもつまらないモノだった。

 

 「そのスーツは無理でも、隙間の肌にはどうかなぁ?」

 「試してみる?どうせ、無理だけど」

 

 挑発しているのか、レンの言葉がチクリとメンタルに刺さる。

 

 「ムカつく事ばかり言うなよ・・・スーツがなければただの人間の癖にさぁ!!!」

 「ただの人間、じゃないよ。未来人だから」

 「屁理屈ばっかり!ボクを怒らせるなよぉ!」

 「ふふ、もう怒ってる・・・」

 

 弟と姉みたいな会話のやりとりだが、お互いその手に持つのは命を奪う武器そのものである。

 

 「死ねぇぇぇ!」

 

 猛毒を固形液体をいくつか投げ飛ばして、レンはそれを全て飛んで避ける。空中に飛んだレンは身動きが取れない筈と、さらに毒を投げ飛ばす。

 

 「ビーム剣術・大回転斬り」

 

 空中ではビーム剣を長剣へと変更し、重さを利用した回転斬りを発動させる。

 

 レンに向かった毒はその長剣により、巻き込まれて四方八方に飛び弾かれる。

 

 「着地の隙が・・・大きいんだよ!」

 

 さらに毒液を濃縮させたドロドロのボールが、着地したレンに向かって転がってくる。

 

 「ビーム剣術・ハンマーホームラン」

 

 ギンジから見て学び、そしてミドリコとの野球のゲームで覚えた綺麗に背筋を伸ばしたフォーム。そこから片足を上げてからの、ふんばりを効かせる為の踏み抜き。

 

 両腕の遠心力と腰入れた力を活かして、猛毒をハンマーが撃ち抜く。

 

 強烈なビームの打撃が思い切り猛毒のボールを殴り飛ばし、それは内部に伝わるビームの熱と最大限の打撃力によって粉砕される。

 

 「ビーム剣術─」

 

 ビーム剣の原動力は熱。実際には光線の為斬ると言うよりは、焼くの方が正しい。その丸みを帯びた刀身には熱が秘められている。

 

 いくらでも形状を変えようと、その熱は形状に合わせて大きくなっていく。熱の属性というのが正しいのであれば、毒を焼き払う事も可能なのだろう。

 

 「イース・トゥルバレンツ!」

 

 ハンマーから再び剣へ。その形状からの切り上げによる青白い斬撃が飛び、二度目を振り下ろす事で再度斬撃がもう一度飛ぶ。

 

 「ボクの毒を消した事で、調子には乗らない事だね!」

 

 毒蛾の怪人の激昂にも近い言葉に、強い迫力を感じる。こんな少年みたいな見た目をしていても、間違いなく怪人である事を認識出来る。

 

 毒と斬撃がぶつかり合い、レンの出した二本目の斬撃が毒蛾に向かって飛んでくる。

 

 毒蛾の怪人の造り出す粘着性の高い毒液の壁が、その斬撃を飲み込むように吸収されると、流動の要領で粘毒壁を操り攻撃をしかけてくる。

 

 「この毒はボクが操る最大の毒技だッ!どこまでもキミを追いかけて、必ず死に至らしめる!」

 

 言うとおり逃げ回るレンに向かって何度も猛毒が、べちゃりと音を鳴らして這いずり、または飛び跳ねながら意思を持つような動きで、追いかける。

 

 「斬っても、叩いても、燃やしても無駄だよ!これこそフェーズ2の怪人であるボクの最大の領域!」

 

 両手を交差させて拳を握ると、二つに毒壁が別れて、プルプルと揺れながら左右からレンをねじり巻き込みながら、とぐろを巻くかの如く逃げ道を塞ぐ。

 

 「上・・・なら・・・っ!?」

 

 飛んで逃げようとしたレンの視界には、勝ちを確信した毒蛾の怪人の誇らしげな顔で見下ろす姿がそこにはあった。

  

 「ほ〜らやっぱり勝つのはボク♡ばーかばーか♡」

 

 完全に勝ち誇った様子で、レンを小馬鹿にする。

 

 両手から毒を吹き出す。その毒はジェットスプレーのように噴射され、飛んで逃げようとしていたレンの胸部から思い切り命中し、その勢いで毒のとぐろの中心に落とされてしまう。

 

 「終わりだァ!」

 

 とぐろを巻いた毒液は残していた穴を閉じ、レンを猛毒の海へと閉じ込める事に成功した。

 

 あのヘヴンホワイティネスとてスーツがなければ、ただの人間。未来人であれなんであれ、ヘルブラッククロスの怪人がこんな朴念仁に敗ける事はありえない。

 

 「キヒヒ・・・キヒヒヒヒヒャヒャヒャ!ボクの勝ちだぁ」

 

 怪人としての怪しさと少年の様な心からの喜びを混じえて、毒蛾の怪人は勝利を高笑いを上げる。

 

 毒の内部は非常に苦しい。普通の人間ならばこれは言うとおり致死量の毒であり、すぐに死ぬ事になるだろう。

 

 こんな毒程度で怖がることはない。幾度も怖いことや、絶望に近い状況は乗り越えて来た。それはきっと今後も何度も襲いかかるだろうし、レン自身の決断に迫る事もあるだろう。

 

 どんな事が来ても、その時できる最善を、後悔しないように行うだけ。それこそが、レジスタンスの希望の光として、レンが与えられた使命だから。

 

 「こんな毒じゃ・・・私は、倒せない。絶対に」

 

 そもそも毒に閉じ込められただけで諦める性分じゃない。

 

 ビーム剣を新たな形状に変える為に、レンは新たな装備を考える。

 

 出来る限り火力が維持できて、なによりも扱いやすい形状。

 

 (・・・!)

 

 かつて湾岸エリアで戦ったハーフムーンとの連携攻撃と、それを撃破した時の事を思い出す。   

 

 あの時はカエデのヘヴンスーツに、ビーム剣をまとわせた。そして元々のカエデの能力を倍増させる事が出来た。

 

 この強化状態、自分にも使えないだろうかと、少し考えてしまう。

 

 持ち主であるレンの思想に合わせて、いくらでも形状を増やせるこの未来の武器。これがあれば、自分ももっと戦える筈・・・。

 

 こんな事、こんな場所で手こずって居ては未来は守れない。

 

 もっと強くならないと行けない。そうでなければ、ギンジやカエデ、ミドリコ・・・守るべき一般市民に加えて、ケイタという愛する人も何もかもが守れなくなる。

 

 (ビーム──)

 

 平和と未来。二つを守る為に、レンは新しい力を発言させる。

 

 外では毒蛾の怪人が高笑いを上げ、それがギンジとカエデの耳に入り非常に苛立つが、二人は気にせずに目の前の敵と戦う事に集中する。

 

 「仲間がやられたようだが、心配じゃないのかね?」

 

 機械の怪人の声は心配事を炊きつける言葉で、それが目的だったがギンジもカエデも背中合わせになりながら、全く心配していない。

 

 「大丈夫だ!」

 「そうね・・・レンがあんなのに敗ける筈ないもの!」

 

 信頼。ギンジもカエデもレンが敗けるとは思っていない。

 

 宮寺レンという少女は、ヘヴンホワイティネスの中では一番戦闘能力に長けている。それは未来の時代で戦い続けていたから、能力無しの組手ではギンジもミドリコも敵わない。

 

 故に、一番の生存能力と一番の戦闘能力の高さを持ち、かつ未来の為に戦う覚悟はメンバーの中では一番大きい。その志だけは誰にも引けを取らない。

 

 それを誰よりも知っているギンジとカエデは何も心配せずに、それぞれが戦う敵に集中することにしている。

 

 「へぇ〜随分余裕なんだね・・・そんな事言ってお仲間じはもう、ボクの造った毒から抜けられないみたいだけど」

 「うるせぇ」「うるさい」

 

 ギンジとカエデが二人同時に、毒蛾の怪人の煽りを黙らせる。

 

 「黙って待ってなさいよ。怒らせたら一番怖いタイプが、あんたに必ず制裁しに来るわよ!」

 「そうだな。あんまり舐めてると、本当に痛い目にあうぜ・・・あ、もうひょっとして手遅れかもな」

 

 ヘヴンホワイティネスとはどうしてこうも挑発上手な奴が多いのだろうか・・・。

 

 毒蛾の怪人のしょうりは揺るがない。そうに決まっている、それしかありえない。

 

 現にヘヴン2は毒のとぐろから出てきていないのだから・・・。

 

 「・・・なら死体でもおがませてあげるよ!」

 

 再び挑発により目を血走らせて、毒蛾の怪人は猛毒を操る。

 

 まだ生きていようが、死んでいようが関係ない。ここでもう一度毒に包んで殺してやる。二度死ねばいいのだ。

 

 「ビーム・フォーム・・・!」

 

 操ろうとした猛毒の内側から、落ち着いた少女の声を聞き取れた。

 

 静かな闘志を燃やした、正義の声。

 

 猛毒がいたる所から光を漏れ出し、その大きなとぐろが光の漏れ出た箇所から固形に、そしてボロり、と固まって行き、崩れていく。

 

 「・・・なんだと・・・!?」

 「ほら、言ったろ」

 「馬鹿にしてると、痛い目みるわよ!」

 

 驚愕する毒蛾の怪人の顔は、自信をなくしている。

 

 そんな彼女が見下ろす毒のとぐろは今まさに破壊されきっている寸前である。

 

 青いビームを手足にまとわせ、そして全身にも青い光を宿したビームのスーツ。レンの新しい形状・・・。

 

 「青き天の尖兵(エンジェル・フレア)・・・これが私の、新しい力・・・もう、キミの毒は通用しない」

 

 新しい形状はカエデと同じ様な、肉弾戦を主軸とした近接戦闘用の武装・・・。

 

 毒を両腕から固めて打ち砕き、思空を飛ぶ毒蛾の怪人へと肉薄する。いつ飛んだのか解らない程の跳躍力と、その速度の制御力に毒蛾の怪人が一番その場では驚愕していた。

 

 「うっ・・・おおおおお!!」

 

 猛毒の液体を何度も飛ばして距離を取る。トラの様な眼をしている彼女が、本能的に怖いと・・・恐怖を抱いてしまったからだ。

 

 しかしレンは空中でいながら、まるで地上にいるかの様な身のこなしで猛毒の液体を全部固めて砕く。

 

 「オアソビは終わり。今度は、こっちから行く・・・」

 

 レンが空中の軌道を完璧に制御しており、その速度は恐れからまともに浮遊できていない毒蛾の怪人へ、すぐに接近出来た。

 

 「やめ、やめろおおぉ!こっち来るな!来ないでぇぇ〜」

 「町を襲った事と・・・ギンジのお友達を傷つけた事・・・それだけは許さない」

 

 町を守るのはヘヴンホワイティネスの役目。

 

 友達が例え怪人でも、ギンジの友達が傷つけられたら、一緒に怒り、守る。かつてギンジがトモカを助けるのに尽力したように、今のレンであれば仲間と平和の為にそうしたいと思う。

 

 だからこの渾身の力を込めて、毒蛾の怪人に狙いを定めた拳を振り抜く。

 

 「ビームコンボ──」

 「ひぃ!やめっ・・・謝るからっ!」

 「無理。私を『泣かせる』つもりだったみたいだけど、そんなんじゃ勝てないよ」

 

 怯えきってしまっていても容赦はしない。敵である以上、弱みにつけこまれたら逆転されてしまうから。そういう所はレンはためらわずに攻撃を行う。

 

 「ヘヴン・ソーズ&ハンマーダウン・・・!」

 

 空中での手刀と、鋭い脚技を刃に見立て、ビーム剣の威力を乗せた連続攻撃のあと、カエデの使うスカイフォールハンマーと同じ形の両手を組んだ拳で毒蛾の怪人を思い切り後頭部からコンクリートへと叩き落とした。アスファルトが歪み、砕け、ヒビ割れる。

 

 「・・・『泣いて謝る』なら、見逃してあげる」

 

 砕けた瓦礫に埋もれた毒蛾の怪人へ、聞こえていない筈の言葉を静かにレンは告げると、辺り一面の猛毒は全て粉になり無害なモノに変わっていった。能力者である毒蛾の怪人が意識を失った事で、その効力を失ったようだった。

 

 〜宮寺レンvs毒蛾の怪人・・・勝者・宮寺レン〜 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ほら、あたしの言った通り、あの子が勝つって言ったでしょ」

 「・・・!!」

 

 カエデと対峙する龍の怪人が、毒蛾の怪人が敗れた事でその表情をこわばらせていた。

 

 自分の仲間が敗れる事が信じられない。しかもこんなヘンテコなスーツを身にまとう様な人間の女に。

 

 しかし考えていても今はしょうがない。ここであと二人、龍か機械が倒せばそれでいい。

 

 後々町を襲っている戦闘員の援護も来るはずだ。

 

 飛び出して来たカエデの膝蹴りに、右肘の鱗で打ち返す。

 

 格闘における戦いは龍の怪人は得意とする所だったが、どうやらこのヘヴン1も相当に格闘技は強いらしい。おまけに特殊なスーツによる身体能力の強化も入り、ただの膝蹴りなのに威力は桁違いだ。

 

 「はぁ!せい!・・・やぁ!」

 

 膝蹴りの後の着地に右のフック、左のカーブ、連環腿(れんかんたい)。脚を受け止めたと思ったら、次は掌底打ち。

 

 龍の怪人が知らない技術を持っている様で、一つ一つの威力がやはり戦闘員等が出せる様なものとは比較にならない。

 

 しかしそうは言っても龍の鱗でびっしりと生え揃った腕は無類の防御力を秘めており、表面には強くダメージが入っても、その衝撃は内側まで届く事はあまりない。

 

 そしてそれは龍の怪人の爪による突き攻撃、尻尾を絡めた我流の格闘技、鱗の防御力を活かした攻撃もカエデのヘヴンスーツに当たっていても、実体に届きうる決定打にはなっていなかった。

 

 「硬いわね・・・なんなのよ、この硬さ」

 「ッ・・・!」

 

 カエデの言葉と同じ様に、龍の怪人も同じぐらいの硬さには苦い顔をしている。お互いの拳がぶつかり合いながら、ゴイン!と、鈍い音が鳴り合う。

 

 豪爪を振り下ろし肩に食い込ませて、カエデの動きを止める。

 

 「くっ・・・このっぉ!」

 「龍の口煌炎(ドラゴンブレス)・・・!」

 

 口をガパァっと開き、カエデの顔をめがけた薄紫色の炎を勢い強く吐き出す。形の良い歯並びはギザギザとしており、それらが炎の高温に耐え、喉からの強烈な業火がカエデを焼き尽くさんと全身を包み込む。

 

 「熱っつ・・・!このバカトカゲ!」

 

 炎に身を焼かれているのに、カエデはまだ強気な姿勢を崩さない。それどころか、開いた両腕を使う事で次の必殺技を発動する。

 

 スチームを放出し、光がその手に集束すると前方・・・龍の怪人の腹に強力な必殺技を打ち込む。

 

 (剣士の怪人の盾さえ破壊した攻撃よっ!これでも喰らいなさい!)

 「必殺!ヘヴンリー・インパクトぉぉっ!」

 

 炎を跳ね返す勢いでガントレットに込めた正義の衝撃が、今まで以上に強い一撃となって龍の怪人を後方に押し返した。

 

 鱗をグラつかせる程の衝撃に、とうとう龍の怪人は腹を抑えて膝をつきながらコンクリートを削りながら後ろに下がる。火花を散らせる程の擦りつけが止まると、龍の怪人はその瞳を燃やす。

 

 これは強敵だと。間違いなく強い敵性存在・・・。

 

 そして・・・。

 

 (ちゅよいなら素敵ぃぃぃいい〜♡♡ボコボコにして連れて帰ったら四肢をもいで首輪につないで、壊れるまでいじめてあげたい♡♡♡ハルネちゃんのお土産に持っていってあげたら、け、結婚まで行けるかもしれない♡♡ああ、早く帰ってハルネちゃんといちゃいちゃしたい♡沼りたいわぁ〜♡うひひ・・・女同士って妊娠できたっけ?

 

 ・・・・・・・そして必ずこいつを倒そう)

 

 頭の中でそんな事を考えながら、龍の怪人はカエデに向けて人差し指をビシッっと向けて、必ず倒すという意思表示を見せる。

 

 カエデもソレを理解したのか、何も言わずに左手の指を使って「かかってきなさい」とハンドサインを送る。

 

 「ッ!」

 

 軽く息を吐いて尻尾を地面に叩きつけると、カエデの顔をめがけたライフルにも似た突き出し蹴りをお見舞いするも、それは寸前で身をかがめた事でことなきを得る。

 

 空中で身を捻じり、左脚の踵を思い切り振り下ろし、カエデはそれを両のガントレットで受け止める。

 

 今までの鍔迫り合いとは違う、高い威力の足技に今度はカエデが押される。

 

 カエデのガントレットのギアが高音で鳴り、龍の脚を跳ね返すと彼女のしなやかな身体は尻尾と共に空中で舞い、地面に回転しながら着地する。

 

 その着地を合わせたカエデの突進。しかし突撃される事を読んでいた龍の怪人は咆哮を上げる。

 

 ビリビリと大気揺るがす咆哮に、カエデの動きは阻害され、つんざく音に三半規管が混乱する。

 

 「龍蘭撃(ドラゴンレイズ)

 

 龍化した腕の連撃、脚の蹴り踏みつけ、肘打ち、頭突き、尻尾による脚の絡め取りからの、龍の口煌炎(ドラゴンブレス)

 

 悪の組織の無慈悲な連続攻撃に、カエデは有無を言わさず圧倒される。

 

 実体の届かない攻撃がほとんどとは言え、ダメージがないわけではない。痛いモノは普通に痛い。

 

 「龍の黒衝撃(ドラゴン・インパクト)!」

 「がハッ!?!!?」

 

 浮かんだ身体には龍の怪人のさらなる攻撃が構えられる。カエデに命中させようとしたその一撃は、カエデが先程使ったヘヴンリー・インパクトに似た強烈な一撃。

 

 黒く龍化した鱗をまとわせた衝撃は、カエデの全身に衝撃が響き渡り、より深いダメージが染み渡る感覚。

 

 「ゴホッ・・・げホォ・・・!」

 

 実体に届きかつ、身体の中に痛みが残り続ける。

 

 「なんてことすんのよ・・・ハァ、くっ・・・ハァ」

 

 この連続攻撃に耐えきり、カエデは立ち上がる。レンは勝ったのだ。自分が敗ける訳には行かない。

 

 強い怪人だろうと、そんな事だけで自分が敗ける理由にはならないし、なにより町を守る為にカエデはここまで来ている。

 

 どうせ襲撃の理由なんていつもの女性を攫うことぐらいだろう。あわよくば略奪・・・。それだけでも許せないのだが、もう一つカエデには許せない理由が一つ増えていた。

 

 「・・・あんた達、ギンジの友達傷つけたでしょ・・・」

 「・・・?」

 

 お腹を抑えながらカエデはゆっくり立ち上がる。そして龍の怪人へ向けてその敵意を込めた強気な視線は、キッと強くにらみつける。

 

 「許さないからっ!」

 「・・・」 

 

 カエデの力のこもった言葉に、龍の怪人はただ首をかしげるだけ。それはヘルブラッククロスからすれば、弱い者を支配することを良しとしているため、暴力の怪人達がボコボコにされている事を怒っているのだとしたら、それは到底理解の出来ない事であった。

 

 「ヘヴンスーツ・・・あたしに力を!」

 

 この怪人を倒すには、チャンスを伺っているばかりでは絶対に勝てない。ならば、もう一つのカエデの力を使う。

 

 もうコレ以上の使用は控えた方が良いとは思っても、これでないとまともな勝負にならない。

 

 赤、青、黄のオーラを全身にまとわせる。

 

 ガントレット、ブーツ、スーツからそれぞれ出てくるオーラはカエデの真っ白なスーツを三色で混ざり合いながら違う色に染め上げる。

 

 その力を示したカエデの決意のカラー・黒へと。

 

 赤く明滅するラインを残し、ダークヘヴンスーツへとその姿を変える。

 

 相変わらずこれを発動する事で身体は締め付けられ、しかし否応にも力が湧き上がる感覚が、カエデをより動かしてくれる。

 

 「防御しなさい、バカトカゲ・・・あたしの攻撃は、1段階、2段階・・・いいえ、さらに強化されるわよ」

 「・・・ッ!?」

 

 カエデの異様な闘気を感じ取ったのか、あえて大振りに見せかけたヘヴンホワイティネスの攻撃に、龍の怪人はとっさに防御の姿勢を取る。

 

 言われたとおりに防御したのではなく、防御させられたかの様な、何かがおかしくなるような恐ろしい一撃が繰り出された。

 

 黒いスーツに換装したカエデの一撃は、龍の怪人の鱗に守られた硬い腕へと命中する。折るまで行かなくとも、鱗は叩き割られて重たく強い一撃となり、龍の怪人の防御を貫いた。

 

 すかさず崩した防御へ、更に必殺技を叩き込む。

 

 「必殺!チャージング・レイザー!」

 

 ドライヴ・レイザーの強化技であるラッシュを、腕を引っ張られて肩が千切れそうになる感覚に持っていかれそうになるが、その制御できない力で思い切り目の前にいるヘルブラッククロスの怪人へと、叩き込む。

 

 鱗を叩き、砕くだけではない。何度も繰り返される打撃のラッシュに、龍の怪人の防御能力として機能する鱗は一枚いちまいが確実に破壊されていく。

 

 「ううううりゃああああーーーーッ!!!!!」

 

 打てば打つほど加速するそのラッシュに、腹から雄叫びを上げて全身全霊の攻撃を、ありったけの気持ちを込めて龍の怪人へとぶつけていく。

 

 バシバシバシバシ・・・鱗が剥がれてから、龍の怪人はこのままでは不味いと悟り、反撃に打って出る。膨張させた龍の腕を振るうも、それは遅く間に合わない。

 

 それどころかガードを解いた事が災いして、拳の当たる範囲がより広がって行き、顔や身体、脚まで全身余すとこ無く強力なラッシュが龍のプライドごと叩き、貫き、打ち、破壊していく。

 

 「あああーーーがーーーれえええぇぇ〜〜〜ッッッ!!!」

 

 止まる事の無いラッシュは、やがて龍の怪人を殴りながら浮かせて上空へと持ち上がる。それでも拳は止められず、カエデの意思に反して攻撃本能が止まらなくなる。

 

 身体を破壊しかねないその強い力が、反動して帰ってくると脳からの信号で、スーツの動きが止まってしまう。

 

 ──浮かばせた・・・あとは一撃!一撃だけ!

 

 この状態で彼女が反撃すれば今度は敗北になるかも知れない。

 

 龍の怪人を確実に倒す為、カエデは最後に必殺技を決める。

 

 「これでぇ・・・終わりよ!」

 「ぐっ・・・!!」

 

 龍の怪人もカエデの頭上で炎を吐き出そうとしており、お互いに勝負を決めにかかる。

 

 「必殺!!」

 「龍の・・・」

 

 龍の口からは炎が吹き出す。カエデのガントレットからは、フルスチームが吹き出す。

 

 先に速く攻撃が当たるのは・・・。

 

 「メテオライザー・インパクトぉぉぉ!!!!!」

 「!!?」

 

 顔面を捉えたクリーンヒットにも近い確実な一撃が、龍の怪人へと命中した。炎を吐き出せず口内で暴発しながら、硬い牙、歯をもろともカエデが打ち上げる。

 

 「果てまで・・・吹き飛びなさいっ!!!」

 

 メキメキと骨がきしむが、それが聞こえていながらも、カエデは諦めず、痛みに負けずに龍の怪人へと正義の大衝撃を打ち込んだ。

 

 顔から打ち上げられて龍の怪人は虹の様にアーチを描きながら炎を吐き出しつつ、コンクリートへと落ちて行った。落下の直後にアスファルトを砕きながら爆発音を鳴らし、龍の怪人は敗北した。

 

 「ハァ・・・ハァ・・・やっぱり、こんな力・・・多用するもんじゃないわね・・・身体が痛いわ」

 

 ダークヘヴンスーツの力は確かに強いし、心強いのだが今のカエデではまともな制御が出来ない。重たい武器を力任せに扱った結果、止まれなくなるあの感覚に近い。

 

 スーツを元の色に戻し、反動による激痛に顔はひきつるが、それでもカエデはなんとか右拳を高らかに上げる。

 

 「おつかれ、カエデ」

 「えっへへ・・・レンもお疲れ様」

 

 そんなカエデの後ろにはレンの姿があり、彼女も慣れない力を使った結果か、疲弊している様に見えた。

 

 親友同士の検討を讃え合いながら、ヘヴンホワイティネスは残る最後の敵へとその視線を動かす。残り戦っているのは、ギンジとあの例の機械の怪人。

 

 異人町の決着の()は近い。

 

 〜神宮カエデvs龍の怪人・・・勝者・神宮カエデ〜

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 機械の怪人はかつては主君に仕えるだけの、便利な道具ぐらいの者だった。しかしいつしか怪人としての脳と、マシン性を活かした改造を施された結果自我を持ち、ドクターパープルによって破壊と強奪の限りを許された怪人なのである。

 

 そして敗北は許されず、勝利の2文字を背負う事を約束されている。

 

 故に敗けるわけには行かない。例えこの先ヘヴンホワイティネスに我々が勝てないとしても、自分が引き受けたこの男に敗ける訳には行かない。

 

 前任ドクターの最高傑作を超えるのは、自分だ、自分しかいない。

 

 何故なら、自分こそが・・・ヘルブラッククロスの最強の怪人だからだ。そしてドクターパープルの最高傑作でもあるからだ。

 

 我々こそが最強の怪人だ。だからこそ、目の前にいるヘヴンホワイティネスに寝返ったこの男・・・進化の怪人を倒して名実共に最強で有ることを証明する事を、なによりも優先とし、機械の怪人はそれを野望として来た。

 

 感情なんてモノは不要で、有るのに隠しいて生きている。別に出さなくても良いのだが、今日ばかりは進化の怪人を倒す事に感情が出てきてしまいそうだった。

 

 任務を優先するのは当然なのだが。

 

 「ヘヴンホワイティネスめ・・・よくも同胞を」

 「対した事ないって事だよ・・・」

 「さっきから減らず口ばかりだな・・・」

 

 仲間が倒された事で憤りが出るとは珍しい。

 

 ギンジは長ドスを構えて、銃弾を跳ね返したり、ミサイルを金棒で叩き落としたり、力は間違いなく上位の怪人だろう。

 

 そんな怪人がどうして組織を裏切ったのか、非常に気になるところだが、どうせ倒してしまうのだから関係ない。

 

 「貴様にとってあの怪人達が、そんなに大切かね?」

 「当たり前だ。俺達ヘヴンホワイティネスにとっても貴重な戦力になるし、なにより俺の友達だ!」

 

 貴重な戦力・・・。その言葉がどうにも機械の怪人は理解が出来なかった。

 

 ついさっき自分達に敗けた脱走怪人で、しかも欠陥品である彼らが貴重・・・?

 

 仁王立ちするギンジめがけた銃口は、あまり脅しとしても機能せず、どんどん機械の怪人のシミュレーションに狂いが生じていく。

 

 「何をどう見たら彼らが貴重なのかね?」

 

 それはただの興味本位なのだが、なぜだか口が止まらなかった。知的好奇心が元々の脳に入っていたのか、ソレを聴いてしまっていた。

 

 ギンジはマントをなびかせながら、長ドスを構えながらその質問に返答をする。あくまで警戒は解かずに、戦闘の体制は崩していない。

 

 「別に・・・友達が頑張ろうとしてる事、それを応援したいってのと、一緒に戦おうとしてくれている事が、俺にとっちゃ貴重なんだよ」

 

 返ってきたのはただの個人の思想であり、機械で考えられる事としては曖昧な返事をされるのと一緒である。

 

 「暴力と血と拒絶が掲げてる想いは俺とも一緒なんだよ。死にたくないって想いで毎日生きてる友達を、こんなひどい目に合わせやがって。覚悟しろよ。何度も言ってるけど、覚悟しろよこの鉄クズコラ」

 

 この世界に舞い降りたギンジからすれば、貴重という意味合いでは脱走怪人達も、数少ない友達なのだ。

 

 バーナーの怪人の様に、友達はもう失いたくない。それを守りたいと考えて、そして誰も泣かない世界を創ろうと尽力するのがギンジの目的である。

 

 それを達成すれば、きっとハッピーエンドが待っているから。

 

 「つくづく理解不能だな。やはりお前も欠陥品、か」

 「そうかもな。俺は組織にもヘヴンホワイティネスから見ても欠陥品かもな・・・もしかしたら世界から見た俺なんて間違いなく、発注ミスで完成した人間かもな」

 「・・・お前は怪人だろ」

 「人間だよ」

 

 怪人の力を持つ人間こそが佐久間ギンジである。その事を最後まで伝えようとせずに、ギンジは再び戦いの姿勢を取り直す。

 

 「壊してみろよ!」

 「・・・貴様こそ、ここで壊れろ!」

 

 機械の怪人からの先制攻撃。ミサイルと刃の付いた円型のカッターを射出し、それらがギンジに向かって凶刃、凶弾となって飛び交う。

 

 確実に狙いを定めたそれらは決してギンジを逃さず、的確にそして確実に追い詰めていく。

 

 やがて逃げる事が出来ず、刃とミサイルに挟まれたギンジは金棒と長ドスを二つ振り回して、機械の怪人の攻撃をなんとか回避しようとするが、金棒がミサイルに着弾した瞬間手元から大爆発を連鎖的に起こしていく。

 

 爆風と煙の中で、長ドスを振り下ろし月の斬撃を飛ばして、機械の怪人へと綺麗な光を宿すその斬撃が飛んでくる。

 

 「当たりはしないよ、そんな攻撃!」

 

 当たるとどうなるか解りきっているモノに、わざわざ当たろうとする馬鹿者は居ない。簡単に避けられるが、続いてギンジは月を足場を展開させて、もう一度機械の怪人へと突撃を試みる。

 

 「お前の攻撃もぜんっぜん!効いてねぇ!」

 

 機械の怪人を捉えた金棒と長ドスの攻撃。それはイメージによって作り出された、想像の力と胆力で実現する怪人離れの一撃。

 

 「無駄なあがきを!」

 

 攻撃が振り出される直前、再びミサイルランチャーを発射する。今度はそれがギンジに当たり爆発によって地面に落とされる。

 

 「うおっ!?・・・クソ、厄介な飛び道具持ちだな」

 

 続けざまにガトリング掃射が行われ、月光のシールドを展開させると、その弾丸の雨は弾かれて終わる。

 

 「これならどうだ!マシナリー・アーグメントス!」

 

 機械の怪人が真下に向かって、さらに強化されたミサイルランチャーを多数発射させる。

 

 そのミサイルは月光のシールドに何度も直撃しては大爆発を繰り返す。

 

 「最終的には我々こそが力の支配を統べる!総統のお望みの世界を創る為に、お前らは邪魔だ!ここで終わらせてやる、ヘヴンホワイティネス!!」

 

 繰り返しミサイルが撃ちだされ、その爆発の中にいるギンジは防戦一方に陥る。

 

 その戦いを心配そうに眺めるカエデとレン。

 

 「・・・〜っ」

 

 身体に走る痛みのせいで今はまともに戦えない事が、非常に苦しく思う。レンはそんな歯噛みするカエデを見て背中を優しくさすってあげている。

 

 「大丈夫・・・ギンジなら、勝つ」

 「当たり前よ・・・」

 

 勝つと解っていても、こんな一方的な戦いはいくらなんでも心配になる。自分が恋している相手ならば尚更だろう。

 

 「どうした進化の怪人!もう動けないかね!もう死んだかね!」

 

 機械の怪人が一度ミサイルを止めると、煙と巻き上がる炎を全て巨大なファンで吹き飛ばす。

 

 ギンジの死体を確認するために・・・。

 

 機械の怪人の中にある怪人センサーでは、わずかながらギンジの居た場所に反応があり、それはゆっくりとした点滅を繰り返している。

 

 バイタルがもうかなり減っている証拠である。このまま虫の息になっている怪人にトドメを刺して、機械の怪人こそがヘルブラッククロスの最高傑作として名乗り出よう。

 

 「・・・なんだとっ!?」

 

 そう思っていた。

 

 「ねぇ・・・あれ・・・」

 「信じられない・・・」

 

 機械の怪人にもカエデにもレンにも映る、煙の中心地に立っている存在の姿に驚く。

 

 「吾輩達の喧嘩・・・」

 「ま、任せっきりじゃ・・・」

 「格好つかねぇからなぁ・・・」

 

 3人まとめて一つに固まり、血液、拒絶、そして暴力という圧倒的な力で、ギンジの作りだした月光のシールドを支えて、超強化された大盾の下、脱走怪人が全て受け止めてくれていた。

 

 「馬鹿な・・・怪人反応は確かに・・・!!」

 「おいおい・・・オレがお前に・・・一撃あててたの忘れてんのか?」

 

 暴力の怪人が息も絶え絶えにしながら、鞭を機械の怪人へと向ける。

 

 前日の河川敷襲撃の時、暴力の怪人は機械の怪人の脳天に必殺技を命中させ、おまけに川に二人で落ちた。

 

 その時から既に機械の怪人のコンピューターに狂いが生じている事に、気づいていなかったらしい。

 

 「自分なら大丈夫・・・そう思ってるから、こんな事になるんじゃねぇか?ええ、欠陥品(鉄くず)

 「貴様ら・・・何故動けた・・・」

 「まだ解らないとは・・・流石ヘルブラッククロスの怪人ね」

 

 少し離れた所に居たのは、リスの異人。やれやれと言った態度で、ため息混じりに機械の怪人を見上げる。

 

 その手には、怪人を始め、人間以外であればどんな動物にも適応する彼女の調合した薬の入った、注射器が添えられていた。

 

 「一先ず一命をとりとめただけだから、もう終わりよ。引きなさい」

 

 リスの異人の命令に、血の怪人が先に駆け出し、拒絶の怪人が走りだそうとするも、倒れそうになってしまう。ダメージは大きく、彼女の負担はおそらく一番大きい。

 

 「まだ倒れる時じゃないぜ。拒絶」

 「う、うん・・・ありがとう」

 

 暴力の怪人が倒れそうになった拒絶を抱きかかえて、その場を離れる。

 

 機械の怪人は熱を放出していよいよ怒りの感情を顕にする。

 

 ギンジに一杯食わされ、挙げ句勝ち誇っていた欠陥品に言い返され、肝心のギンジはどこにも反応が無い。

 

 「今だ・・・撃て!」

 「了解(Roger)

 

 ギンジは少しだけ離れた崩れた家屋に隠れ、合流していたミドリコに指示を下す。

 

 ミドリコを始め、町に襲撃してきた戦闘員は全滅させた様だったので、これは好都合とギンジは悪知恵を働かす。

 

 そしてミドリコが発音良く返事すると、空気の弾ける様な発砲音と共に撃ちだされた対怪人用スナイパーライフルの弾丸が、機械の怪人の飛び回るプロペラ部分へ的確な命中を成功させる。

 

 「・・・っ!?貴様、人間に隠れてセンサーをごまかしたな!」

 

 すぐに居場所がバレてしまい、そこへアームハンドが伸びていく。簡単にコンクリートを砕きそうな巨大な手は、まさしく地獄の様な迫力を持っているが、下からビームの一閃が飛んでくる。

 

 「ビーム剣術・ゴエモンストライク・・・」

 

 刀の形状にしたビームによる居合抜き。出力を最大にしたレンの援護により、その手は大きなワイヤーから斬り崩される。

 

 「メガトン・インパクトォ!」

 

 さらにカエデが痛む身体を推してまで援護をしてくれる。

 

 巨大な手を蹴りながら、油断していた機械の怪人へとその衝撃を当てる為に、必殺技を命中させる。

 

 「ギンジ・・・お願い!」

 「任せろ・・・!フェーズ3!」

 

 ムーン・フォースを解除し、次に発動するのは怪人の最高到達地点・フェーズ3。

 

 黒い炎と紫の雷、そして飛行して思い切り滑空する。

 

 「進化の・・・使え!」

 

 血の怪人が血液で巨大な両手剣を展開させて、ギンジへと投げ飛ばす。

 

 炎を纏う血の巨剣、雷を纏う金棒。

 

 二つを合わせて正義の連撃を、衝撃によって飛ばされた機械の怪人へと決める。

 

 「ウラアアアア!!!」

 (馬鹿な・・・馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な馬鹿なばかなばかなバカナバカナバカナバカナバカナバカナ)

 

 いよいよシステムエラーが表に出てきてしまったのか、まともな思考回路にならず、機械の怪人はギンジの乱舞をモロに命中させられてしまう。

 

 叩き、斬りつけ、砕き、割り、弾き、貫き、払い、刺し、蹴り、殴り、粉砕する。

 

 「俺の友達に手ぇ出したら・・・命は無いと思え!!」

 

 機械の怪人が残りすくない理性の中で見えたのは、間違いなくギンジなのだが、どこかその姿は人間ではない【何者】かの姿だった。

 

 同じ怪人の反応なのに、姿なんか人間のままなのに、それでも怒り狂う【何者】かが、そこには居て、確実に自分を撃破しにかかってきている。

 

 今自分の居る場所が地獄である事を錯覚してしまう、そんな迫力。

 

 進化の怪人の、底力を見た。

 

 友を信じて、仲間を信じる彼の者がなんとなくだが、最高傑作と呼ばれる理由を解ったところで、機械の怪人はギンジによってぶっ飛ばされた。

 

 この防衛戦は暴力の怪人達を始め、レジスタンスとヘヴンホワイティネスの協力によって達成されたのであった。

 

 〜佐久間ギンジvs機械の怪人・・・勝者・佐久間ギンジ〜

 

 

続く

 

 




お疲れ様です。

あと4つのお話で非日常に〜編が終わりです。新章になると同時に、カエデ、ミヤコと共に恋愛方面も大きく動き出します。新章まではお楽しみに。
少しずつチクチクやっておりますが、きっと大冒険な話になります。
これからも頑張るゾイ!

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
友達を傷つけるのは許さねぇ!って思うのは生前の世界では友達が居なかったから、大切にしたいという想いが強い。

神宮カエデ
ダークヘヴンスーツを使うと身体痛くなる。無理やり力を限界超えて使うような感じだから、そりゃ痛いよね・・・

宮寺レン
新しい形状・ビームフォームを展開させた。
移動に関して超強化されるが、使うと身体に負荷がかかる模様。

甘白ミドリコ
Roger!
英語は実は喋れる。日本語、英語、ドイツ語、ハングル語と意外と使い所の無い言語を話せる。スペイン語は無理だった。

暴力の怪人
とっさの判断でギンジを手助けした。今の所暴力っぽい要素ないけど大丈夫そ?

血の怪人
血液の力はかなり優秀で、なんでも造れる。
そう・・・女性の身体でもね

拒絶の怪人
男性恐怖症なのだが、暴力の怪人を助けたいと思ったり、倒れそうになった所を暴力の怪人に手助けしてもらうのには、拒絶の暴走をおこさないどころかお礼を言っていた。ワンチャンあるぞ!

毒蛾の怪人
メスガキ怪人とも呼ぶ。戦う相手が悪かった。

龍の怪人
無口な人。技名はちゃんと呼ぶタイプ。戦う相手が悪かった。

機械の怪人
マシンによって形成されている怪人で、一応脳はある。弾数は多分無限。戦う相手が悪かった。

次回はこのレジスタンスvsヘルブラッククロス編が終わり、いよいよ新章に向けた話にシフトが動いていきます。
まだあと4つ非日常編が続きますが、お楽しみに。

感想や応援等いただけましたら幸いです。

それでは、また次回!

ちなみに元々機械の怪人は赤鬼のポジションになるはずでしたが、何を間違ったか立場が入れ替わりました。これはこれで!

ではでは!


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45・レジスタンス結成?

こんにちはアトラクションです

この風呂敷広げすぎてさー色々煮詰まる時とかあるよね?

でもそういう時は、カエデとギンジとミヤコのトライアングル恋愛話を書くと、意外とスルスル進んだりします。

その恋愛話が全員同級生の学園恋愛モノみたいな感じで、息抜き程度にかいているのですが、いつかそんな話も出来たら良いね。

それではどうぞ!


 異人町防衛戦の決着はヘヴンホワイティネスの尽力により、見事に達成された。

 

 町の人々が悪の驚異から逃れた事で、感嘆と喜びを上げて全員で大いにこの状況を喜んでいる。

 

 「血、拒絶・・・ありがとうな」

 

 いっぱしの人間みたいなお礼を暴力の怪人が告げる。

 

 見渡せば壊れてしまった町を、復興させようと頑張ろうと輝く人々が居て、その中にトモカも混ざっており、こちらに気づくと手を振ってくれている。

 

 「なに、気にするな。吾輩達はお前の右手と左手だからな」

 

 血の怪人が毒で腐敗した身体に包帯を巻かれながらも、気にしないと言った態度で返す。

 

 「で、でも、手中に収めようとしてたヘヴンホワイティネスにまさかギンジが居たなんてね・・・」

 

 拒絶の怪人が姿の見えなくなったギンジをキョロキョロと眼で探しつつ、二人の会話に入ってくる。

 

 「羽、大丈夫か?」

 

 龍の怪人によってもがれた羽は、回収はしていても背中からは完全に分離してしまっており、拒絶の怪人のその顔は苦悶そのものである。

 

 一応の治療が施されていても、やはり気休めにしかならない。

 

 「ん、大丈夫です・・・」

 「・・・」

 

 こんな事になるぐらいなら、助けに来なければ良かった。と、そう言われた方が暴力の怪人は気分が少し楽になったのに、彼女は痛みにあら垓ながらも、その辺りを気丈にふるまっている。

 

 「ところで・・・ヘヴンホワイティネスを手中に収めるつもりか?行くなら手伝うが・・・」

 

 血の怪人が静かに言うが、暴力の怪人は落ち込んだ様な態度で、瓦礫に腰掛け、首を横に振る。

 

 「ギンジの居る組織ならやめとく・・・あいつ言ってただろ?オレ達を友達だって」

 

 友達と思ってくれている彼の気持ちを、踏みにじる事はなるべくしたくない。

 

 共通の敵を持っているのであれば、もう一つ違う方法で協力できるはずだと、暴力の怪人は言い放つ。

 

 「・・・いずれ人間達と共存するなら、ギンジ達とは仲良くしといた方が得が大きいと思うしな。なにより、あんな強い奴らなのに、手中に収めるなんて・・・おこがましいぜ・・・おこがましいよな」

 

 名も無き組織(レジスタンス)としても、1人の怪人としても、ギンジ達の強さを知った以上手中に収めるという、下に見る様な事はしない。そもそも友達をそんな風には想いたくない。

 

 「オレはよぉ、なんとかして自分の存在価値を、『低い』から『高い』にしたかったんだ・・・」

 

 ヘルブラッククロスの1怪人として産まれた時に、自分の能力として操れるこの暴力。気に入らない奴はぶっ叩いて言うことを聞かせる、力の支配を望む組織にはうってつけの能力。

 

 戦闘員相手にこの力を振るう時に起こる、暴走が怖くて・・・いずれ振るう事をやめてしまった事を思い出す。

 

 誰もが怖がる怪人、そして誰もが恐れるこの力・・・それを使いたくないという自分の意思。しかし、自分の評価は高めたい・・・。

 

 結果として使い物にならず、廃棄と決めつけられた時の怒り。

 

 本当は組織に仕返しがしたいのではなく、自分の存在価値を上げたいだけ。

 

 「それなのに・・・なんでか今は、本当に人間の為に戦いたいって、なんでか思ってよ。なんだろうな、人の為に戦うっていうか、何か出来る事があればこの力を使いたいって言うかさ・・・上手く言えねーんだけどさ」

 

 鞭をしならせながら語る暴力の怪人を、左右で挟みながら顔を覗き見やる血と拒絶の怪人。

 

 「暴力の・・・それは」

 「き、きっと・・・」

 

 暴力の怪人は二人をキョロキョロと見る。

 

 「心を、手に入れたのだな・・・」

 「・・・良い顔、してるね」

 

 怪人と言えども人。ただの脱走にとどまらず、ヘルブラッククロスの乗っ取り、そして怪人と人との共存。

 

 果てには人間の為に何かをしたいと思う事・・・それこそが、暴力の怪人の得た、他の何にも変えられない・・・最大の宝。

 

 

 「そうか・・・これが、心、か」

 

 存外悪いモノじゃないと、暴力の怪人は自分の胸に手を当てながら、崩れた町を眺めているのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 龍、毒蛾、機械の怪人を倒した事で、ギンジ達は正体を隠す為に少し早めに帰路についていた。

 

 「カエデもレンも大変だったのだな」

 

 誇らしげに言うミドリコの背には、レンが静かに寝息を立てておぶさっている。

 

 慣れない力を使い、さらには無理をしてもう一回必殺技を放った反動か、電池切れの様に力尽きて未来人の少女は眠りについている。

 

 「身体も痛いし、最悪な気分だけどね」

 「降りろ・・・」

 

 そうやって歩くミドリコの隣で、ギンジはカエデをおんぶしている。カエデもまた制御の出来ない力を使って、骨がきしむらしい。

 

 しょうがないからギンジがおんぶしてあげているのだが、女の子の身体を柔らかさと軽さが、普段のカエデとは違うギャップを生み出して居り、おんぶしているギンジは気が気じゃない。

 

 とくに背中に時折ぶつかる柔らかい感触が、とてもじゃないが理性を失いそうになる。

 

 怪人ゆえのサガかもしれないが・・・そういう事にしておく。

 

 (決して俺の意思じゃないしね!ミヤコの時もそうだけど、可愛い女の子だからしょうがないね!)

 

 音楽堂でミヤコに言い寄られた時も、一瞬本能が理性を上回りそうになった時があったが、あの時はリコニスが止めに入ってくれた。

 

 今はきっと・・・多分ミドリコが止めてくれるだろう。そしてカエデももしかしたら本気の抵抗をするだろうから、もしそうなってもギンジがぶっ飛ばされて制裁されるだけなので、問題はない。

 

 「ところで・・・あのお友達、菊沢トモカの事は良いのか?会わなくて」

 

 これもまたゲームの知識なのだが、菊沢トモカと神宮カエデは親友同士、そういう設定でこの世界でもそれは変わっていない。

 

 なんだかんだこれでヘヴンホワイティネスが彼女を助けるのは、今回で3回目になる。

 

 3月のアモーレ襲撃、5月の湾岸エリア、そして8月の異人町。

 

 いい加減偶然でも装って、親友同士話し合えばよいのでは・・・とも思うのだが、そうもいかないらしい。

 

 「別に特別な理由はないけど・・・んひっ!」

 

 ギンジに乗るカエデが高い声でギクリと身体を逸らす。

 

 「ギンジ・・・変なとこ触んないでよ!」

 

 少しずつ落ちてくるのだから、持ち上げようとしてギンジの腕がカエデの腰あたりに手がついてしまう。

 

 それによって分厚くて大きな手と腕が、カエデを支えるのだがそこは何故かゾワリと背中を反らせる敏感な場所だったらしい。

 

 そこに手が触れた事で驚いたカエデは、ギンジの頭をポカポカと叩いてくる。

 

 「だから降りろって!」

 「嫌よ!骨痛いんだもん!」

 「お前の都合じゃねーか!」

 

 ガシッと首根っこを掴まれた次は、カエデの身体が思い切りギンジの背中にくっつく・・・正しく言うのであればぶつかる。

 

 「いっ!?」

 

 今度はギンジが変な声を上げた。

 

 大きくて広い背中に、カエデの柔らかい胸の潰れる感覚が背中に押し広がる。

 

 「・・・〜っ!」

 

 カエデもそれを一瞬で理解したのか、思わず顔を赤くしてしまい、照れ隠しにもう一回ギンジの頭を叩く。

 

 むうぅ、と何かを言いたげにしているのだが、言葉が出てこずに叩くしかないのだが、その威力は飼い犬を優しく叩くぐらいの強さ。最早理不尽に叩く、ではなく優しく撫で叩く・・・その方が印象に残りやすい。

 

 「なぁ、やっぱ降りろって・・・」

 「い、嫌よ・・・!」

 

 少し恥ずかしくなりながらも、それだけは断固拒否するカエデへギンジはもう何も言わない事にした。

 

 「いやぁ〜若いっていいな・・・」

 

 そんな若者二人の尊くなるような瞬間を見て、甘白ミドリコという女は浄化されていく。何故か背中のレンも共に、砂になりかけている。

 

 「様に見えてるだけ、だな」

 「そうね・・・」

 

 駅前のエリアに着く前には降りてもらいたいが、この二人をおんぶしながら、そしてゆったりとした速度では、もうしばらく時間がかかる頃だろう。

 

 「・・・そういえば昨日さ──」

 

 昼から夕方になりつつある道路を歩きながら、前日・・・8月24日から、25日今朝まで起こったある事を思い出したギンジは、ミドリコとカエデに笑い話に変えながら談笑を始める。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 異人町の避難所は怪我した住人や、子どもたちを一時保護する場所として、現状はしばらくリス、結界の異人、そして医療事業の人々で一時終息する事になった。

 

 戦闘員との戦いでは、キリンもライオンも右往左往兄弟も、猿も猫もそれなりに怪我を負った。

 

 特にタフネスの定評のある、ウオーバサオーバ、キリンはかなりのダメージを受けているのに、子供や女性、人間の友達を守る為に、大きなダメージをひた隠しにしながら大暴れしていた。

 

 あのヘヴンホワイティネスにあそこまで言われれば、最後まで諦めない様にしたかったと言うのと、なんとなくだが意地が出てしまったのかも知れない。

 

 無事に町を守りきり、最後まで戦った彼らにやってきたのは、仲間でもあり家族でもある住人達からの喝采。

 

 この喝采を受け入れた時、異人達は涙を流した。人ならざる存在が人の為に戦って、そして守りとおす事が出来た。

 

 その嬉しさと、安心と平和・・・それから受け入れて貰えたことの人の優しさ。それらを全部受け取って、魔人も闇人も怪人も、全てが正義を信じる事が出来た。

 

 全てが愛しく思えた。

 

 きっと涙を流したのは、人と同じく、等しい心を手に入れたからなのかもしれない。

 

 「さて!皆〜ごはんよ〜!」

 

 アーケード街の飲食店を営む者や、異人町のママ友連中がこぞって集団料理を振る舞う。

 

 「何ぃ?ヘヴンホワイティネスが居ない?」

 「めっちゃくちゃ探したんだけどよ・・・」

 

 元ヘルブラッククロスの怪人同士、結界と暴力は二人で座りながら、ヘヴンホワイティネスが急に姿を消した事をひとつの情報として話し込んでいる。

 

 「まぁ・・・彼らにはかなりお世話になったからな。恩返しの一つでもしたかったのだが・・・」

 「ギンジは多分、そういうのいらねんだろ。あ、ギンジってのはヘヴン3の事で・・・」

 

 世間一般的にヘヴンホワイティネスの名前が知られているのは、佐久間ギンジ、甘白ミドリコ・・・政府の上層部には、その責任者に山吹イロがいるという事。

 

 もちろんそんな情報を知っているのは、元ヘルブラッククロスであるこの二人だけなのだが。

 

 ヘヴン1、2の情報については女性という事しか知らない。しかし、突如として現れるヘルブラッククロスへ、急に現れては熱い正義倫理を出して戦う、純粋な正しさを掲げている人達だと言うのが解る。

 

 結界が包帯だらけの腕でビール瓶を開けると、そのままガブガブと飲み始める。こうして見ると結界の異人はただの酒好きなおじいさんそのものである。

 

 「怪我に障るぞ・・・そんなに飲んで大丈夫なのか?」

 「ガハハ!問題ないさ、兄弟」

 「もう酔ってんのか!?はえーよ!」

 

 朝方から昼間まで、トモカを狙う悪だと思っていたのだが、一緒に町を守る為に尽力した者同士、仲良くしようとする。

 

 なにかの縁か、元同じ組織同士、気兼ねなく話はしやすい。

 

 ふと辺りを見れば、拒絶の怪人が子どもたちと楽しそうにしている。

 

 「ふーん・・・子供は平気なんだな」

 

 なんだか楽しそうにしている拒絶の怪人を見たくなってしまう。

 

 よく一緒に行動もすることの多い右手であるからこそ、視界に入れるだけなのだが。それにしても最近はチラチラと眼で追ってしまう。

 

 一方で血の怪人は、巧みな話術と血液を使った手技で、ママ友連中を驚かせている。

 

 「あいつの目的は間違いなく血だろうな・・・」

 

 くだらない事とは思いつつも、血の怪人にとって血液がなくなるのは死活問題だからしょうがない。

 

 何かストックが容易に出来る手段があればいいのだが。

 

 「なぁ〜兄弟」

 「なんだよ」

 

 片手にビール瓶を持つ結界の異人が、机を叩きながら暴力の怪人へ馴れ馴れしく話かけてくる。

 

 怪我による疲労や傷の生々しさを、一切感じさせないおじいさんの言動にやや引き気味になってしまう。

 

 「お前も異人町に暮らすだろ〜?おらおら飲めよ」

 

 言いながら飲み干しているのは、結界の方であった。

 

 「この町は良い所だな・・・」

 

 崩れたアフロに汚れたボンテージをたるませて、暴力の怪人はラバーパンツを伸ばしながら、結界の異人と、町の今の状況を見渡す。

 

 この町の復興と、レジスタンスとしてのアジトの作成・・・。

 

 「なぁ、オレさ、人間と怪人の共存の世界を創りたいんだわ・・・その為によ──」

 

 暴力の怪人が話すのは夢。もしかしたら実現が可能な程の、大きく世界の常識を覆す夢。

 

 そんな大きな目標を胸に秘めて、暴力の怪人は大きく息を吸い込んで、この異人達のリーダー格である結界の異人へと向き直る。

 

 「オレの組織はレジスタンス。目標はヘルブラッククロスをいつの日か倒し、真に怪人、魔人、闇人、超人・・・その他諸々の種族が人間と共存できる世界を創る事だ。その世界を創りたいからよ・・・お前ら仲間になってくれねぇか」

 

 いきなり無理難題を言ったとは思う。

 

 しかし人間と共に、人間の為に戦おうとする彼らを見て、ついつい口走った。

 

 「・・・条件がある。個人的にはありな話だとは思うけどな」

 「その条件は・・・?」

 

 結界の異人が何本目か解らないビール瓶を開ける。

 

 「一緒に酒を飲もうや。それが条件だ。もちろんここにいる異人達もそれで賛成してくれると思うぜ」

 「・・・」

 

 難しい事は考えなくても良かったのかも知れない。

 

 それぞれ個人個人で参加の理由は違うかも知れないが、レジスタンスは今日を持って結成されたのだ。

 

 ──8月25日。レジスタンスは結成された。

 

 この組織には政府、悪を問わず人を受け入れ大きな組織となる。

 また、暴力、血、拒絶の怪人の三名は、とある怪人を加えて、いずれ各個に成長を遂げる。

 そう遠くない未来において、進化の怪人と対等な程の強大な力を手に入れる事となる・・・。

 正義と平和を守るヘヴンホワイティネスへの大きな援護を担う一手を背負う組織となる。

 来る一大事件において、歴史に名を刻む事となり、後に世界の常識を変えるのであるが、それはまた別のお話・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「起きろ・・・起きろ、毒蛾の怪人!」

 「ふあっ?」

 

 無様な姿勢で身体を曲げて気絶していた毒蛾の怪人を、機械の怪人が起き上がらせる。

 

 戦いの後に全員がぶっ飛ばされた場所にて、龍、機械の怪人は毒蛾の怪人の姿を見つけた。

 

 「・・・痛たた・・・痛っつう〜」

 

 全身に斬り傷と打撲の痕が残っている。もしかしたら骨も折れているかも知れない。

 

 痛みを抑えながらも、毒蛾の隣には同じくボロボロの姿になってしまった龍の怪人が瓦礫に腰掛けていた。

 

 「ありゃりゃ生きてたか・・・これでボク達、もう切り捨てられちゃう?」

 

 おどけて居るのに、神妙な面持ちの毒蛾の怪人に、機械の怪人と龍の怪人は首を横に振る。

 

 「総統閣下には・・・ドクターパープルよりお膳立てをしてもらっ た。我々はまだチャンスがあるようだ」

 「・・・即時撤退だ」

 

 龍の怪人が告げると、彼女は人の姿からより強靭な龍そのものへと姿を変える。

 

 黒く輝く鱗に4つの脚・・・爪が伸び出て、体重と合わせてコンクリートを削り取る。

 

 同じく黒く輝く鱗が隙間を無くす様に広がっている尻尾は、人の時のソレよりもより強くしならせている。

 

 神々しさをも感じるその真の姿は、今まさしく敗北による辛酸を吐き出さんと、咆哮をあげる龍そのものである。

 

 そして機械の怪人がその姿へバリアを貼る。ぼやぼやと陽炎みたいに揺れては消えを繰り返す、視界が曲がるような特殊な光を、変身した龍の怪人へとまとわせる。

 

 そうする事で特殊なレーダーでも無い限り、彼らを見つける事は出来ない。

 

 「痛いなぁ〜・・・」

 「悔しいが、我々の完敗だな。だが次は、あの憎きヘヴンホワイティネスを倒す・・・必ずだ」

 

 悔しい。その感情を機械の怪人が出すなんて、そしてその言葉を放つ事も合わせて毒蛾と龍の怪人は信じられなかった。

 

 音を立てず翼を広げると、風圧も無く龍は大空へと飛び出した。

 

 実際には風だけは舞い上がるのだが、やや強めな風でしか無くそれを人為的に起こされたモノだとはどんな存在でも気づかないだろう。

 

 「組織に帰ったら、まずは・・・ドクターパープルにも謝らないとだねぇ・・・はぁ〜ボク人に謝るのって嫌なんだよねぇ・・・いやまぁ、ドクターパープルはパパみたいなモンだからさ、全然いいんだけど」

 

 毒蛾の怪人の引きつった顔で話す内容には、誰も何も返さない。

 

 この大空を飛び交う龍、そしてその背中に乗る毒蛾、機械。

 

 全員が自分を倒した敵、ヘヴンホワイティネスへの大きな仕返しと、敗北の悔しさで頭が一杯だからだ。

 

 冷静な姿を見せても龍はときおり、喉を熱くうならせる。

 

 毒蛾の怪人はいつもと違い、誰も聴いていない話をペラペラと話始めている。

 

 いつもならどんな状況でも感情より、内部計算を優先する機械の怪人は、ずっとギンジと暴力の怪人をどうやって倒してしまおうか、それだけを考えている。

 

 この恨みは必ず返す。必ずだ。

 

 そう念じる3人の怪人は、次のチャンスにこの命をとして戦う事を誓うのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ヘルブラッククロスのアジト・・・その屋上のヘリポートに龍の怪人が降り立つ。疲労感が高いのか、到着するなり人の姿に戻りがくりとうなだれてしまう。

 

 「おやおや・・・大丈夫ですか」

 

 三つ揃いの漆黒のスーツに身を包む男が、襲撃に失敗した3怪人を出迎える。

 

 落ち着いている大人の印象を持たせ、紳士然とした態度でその男は後ろにいる医療チームの部下へと、彼らを保護する指示を出した。

 

 そこに現れた男の名前は、柏木タツヤ。

 

 公安に身を置きながら、ヘルブラッククロスをメインに動く二重スパイ。彼の流した政府や他の組織の情報を、ヘルブラッククロスはおおいに頼りにしている。

 

 「柏木大幹部・・・」

 「おや・・・息巻いて出撃したわりには、こんなにボロボロにされたのですねぇ・・・ドクターミヤコの怪人とは違うという事が証明されてしまいましたね」

 

 機械の怪人達の怪我を見るなり、いきなり小馬鹿にされてしまう。悔しいのだがこれにも反論は出来ない。

 

 「・・・しかし妙ですねぇ〜怪人なのに、襲撃に失敗するとは・・・なんて言ったら意地悪ですね」

 

 くつくつと嗤うタツヤの顔は、誰がどうみても悪意のある表情と形をしていた。

 

 そんなタツヤの背後には、檻の様な形をしたコンテナがあり、その中には様々な色合いのスーツを着る、美少女達が涙を流したり、絶望的な表情を浮かべて虚無を見つめる姿があった。

 

 「わたくし1人でも、ヘルブラッククロスに仇なす愚か者を、簡単に手篭めに出来るのですがねぇ・・・」

 

 大幹部柏木タツヤ。彼は間違いなく人間であり、怪人でもなければ改造もしていない純粋な人間である。

 

 紳士然としているのに、その実かなりのサディスティックでもある。今日もどこかに誕生した、もしくは活動している自称正義のヒーローの団体を容赦なく叩きのめしては、組織の為にここまで誘拐して来た。

 

 よほど怖い思いをしたのか、ほとんどの女の子達がコンテナの中で絶望にすすり泣いている。

 

 「相変わらず怖いヒトですね・・・柏木さん」

 

 毒蛾の怪人がなおもおどけた様にタツヤへとすり寄ろうとするが、タツヤが視線を合わせると、毒蛾の怪人が震え上がる。

 

 「・・・あっ・・・えとっ・・・」

 「嫌だな〜わたくしが怖いだなんて!」

 

 パッと雰囲気を明るくなった。この一瞬だけは、本当に命の先のやりとりになるかも知れない怖い雰囲気だったのに、そんな不穏な空気感はすぐに打ち消された。

 

 しかしそれが余計に怖くなってくる。

 

 「皆〜!」

 

 怖い雰囲気・・・というよりも異質な感情を孕んだ空気に、ドクターハルネが割って入る。

 

 「!」

 

 龍の怪人が疲れた顔でハルネの前に立ち、タツヤへ警戒心を見せる。

 

 「わ、どうしたの、龍・・・」

 

 龍の怪人もまた、タツヤを怖いと思う怪人の1人である。この異質な男だけは、絶対にハルネに近づけさせてはならない。

 

 タツヤと龍の視線が合うと、龍もゾワゾワと鳥肌を立たせ、嫌な汗が流れる。

 

 「ふむ。わたくしはどうやら嫌われているようですし、そろそろ彼女達で遊ぶとしますか。キミ、運んでおいてください」

 

 側近である護衛部下に指示を出すと、タツヤとコンテナの少女達はヘリポートから離れて行った。

 

 「皆、大丈夫・・・?柏木さんと何かあった?」

 

 ハルネの心配をよそに、3怪人は背中を見せているタツヤの姿が見えなくなるまで、その警戒を解く事は無かった。

 

 

続く 

 

 

 

 

 




お疲れ様です。

後書きに書くことないのでアトラクションのスリーサイズ書きますね

B999
W999
H999
嘘です。後書き書くことなくてふざけました。

キャラネタ書きます。テーマは初期設定

佐久間ギンジ
元々は神宮ギンジという名前でした。
執事なのにめちゃくちゃ口悪い感じでした。

神宮カエデ
初期設定時は存在していませんでした。
勝ち気で強気な女の子・・・っというかメスガキみたいなポジションとか言ってたのに、その役目は毒蛾の怪人に取られた。

宮寺レン
初期設定ではメインヒロインでした。このレンこそ神宮家の長女という設定でしたが、ボツ→未来人に

角倉ケイタ
初期設定では存在してませんでした。
一応名字もこの時は藤原ケイタでしたが、某声優様に似てるのでボツに。

甘白ミドリコ
初期設定では女教師でした。
迷える主人公を導くべく教鞭を握る強い先生の予定→「ロケットランチャーを取り出すしか無い!」とか言い出すロケランクイーンになった。なずぇ・・・

藤原
元々ケイタの名字だけになったのが、そのまま命を持ち始めた。

山吹イロ
初期設定では存在してませんでした。語尾が「?」をつけるヒロインの予定でした

サクラ、レイナ、ルカ
完全に後付になっていた人達。これはこれでキャラが立ったかも・・・とは思いつつも隙あらば動かしていこう

オーク怪人
初期設定では軍人気質な、威厳のあるヒト・・・
それしかかいていなかった・・・

ここから下は本編のキャラネタになります

佐久間ギンジ
女の子って柔らかいよなぁ・・・うーん

神宮カエデ
ギンジの背中って・・・堅くて、す、好きかも・・・

宮寺レン
zzz

甘白ミドリコ
若者っていいな・・・わ、私もギンジにおんぶしてほし・・・
いやいや駄目だぞ!でもほんの少しだけ・・・

暴力の怪人
皆で酒飲めば仲間って考えきらいじゃないぜ
え?拒絶の怪人を眼で追うなって?
いやなんか見ちゃうんだよね・・・

血の怪人
吾輩実は血が目的ではなく、恋人を探していたのだが・・・
ん?拒絶のは狙わないのかって?
・・・吾輩では無理なのさ

拒絶の怪人
え、えと・・・暴力と血?
・・・えーと・・・どっちも男性だから嫌かな。

龍の怪人
ここでは普通に喋らせてもらうけど、タンクトップにカーゴパンツを着せるのって作者の性癖だよね。キモい。

毒蛾の怪人
少年の見た目をした少女でメスガキポジションって作者の性癖だよね?
ざーこ♡ざーこ♡作者の特殊性癖♡へんたい♡クソザコ♡
昼飯ぼっち♡スーツに穴開いた♡パスタ好き男♡
・・・メスガキってこれでいいの?

機械の怪人
感情とはなんだ?シミュレーションでは出ない言葉だな。

柏木タツヤ
本人不在。
ヘルブラッククロスの大幹部の1人。
公安に身をおきながらヘルブラッククロスのスパイとして動くスパイ。
久しぶりの登場。ドクターパープルの怪人達も、ミヤコの怪人達も何故か彼を恐れている。
剣士の怪人のみ、彼には臆していないのはそれだけメンタルが強いから。
何か底知れない実力か、特殊な戦闘能力でもあるのか、美少女のヒーロー達を凌駕するらしい。異質な雰囲気を秘めた男。

次回は怪人四天王、ついにヘヴンホワイティネスと激突!な、話になっております。

次回もお楽しみに!


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46・雪女と鏡もちと目的を見失った骨

こんにちはアトラクションです。

今回のお話は怪人四天王編となっております。

三話構成となり、この怪人四天王編が終わる事で、ついに非日常編が終わります。

その後は新章だー!やったー!
そしてこのお話ももうすぐトータル50話・・・!
全体で言えばもうすぐ半分と言った所。約半分ね、約ね。

それでは怪人四天王編・1!行ってみよう!


 

 8月24日・・・。

 

 夏休みも残す所あと一日となる。

 

 現在の時間は夜に差し掛かっており、真夏の街はその輝く世界に光を失っていく。

 

 「ふあぁ〜!終わった〜!!!」

 

 カエデハウスのリビングでは、ケイタがなんとかギリギリ夏休みの宿題を終わらせて、極限まで脱力している。

 

 しょうがないからカエデもレンもミヤコもあまりの量の多さに、しょうがないから手伝う事になった。

 

 「くふふふ・・・こんな問題も解けないなんてね・・・」

 

 呆れているのかミヤコは、ギンジの横にちょこんと座る。

 

 「なんでこんなになるまで溜めてたのよ・・・馬鹿なんだから!」

 「ふえぇぇ〜ごめんよ〜皆ありがとう!!」

 「ケイタ、来年はちゃんと、勉強して」

 「はい・・・」

 

 カエデもレンもケイタを囲んで叱っている。

 

 「麦茶が入ったぞ」

 

 そんな冷房の効いたリビングに、ミドリコが麦茶を用意して皆に配る。この暑い時期、冷たい麦茶が火照った身体を冷まして、更には水分補給まで兼ね備える最強の夏のお供である事は、間違いないだろう。

 

 そんな冷たい麦茶を飲み干したカエデは、ギンジの隣に座る。

 

 露骨に嫌そうな顔をするミヤコと、明らかに敵意を出すカエデがギンジを挟んで今にも一触即発な雰囲気になる。

 

 「またか・・・」

 

 どうにも二人の相性は悪いらしく、ほぼ毎日こうやってギンジを挟んでは口喧嘩をし合う。

 

 「くふふふ、ギンジ君の事を好きじゃないなら、離れなよ」

 「あんたこそ、ギンジじゃなくて身体目当てなんじゃないのかしら?」

 「やめろよ・・・」

 

 いつもヒートアップするこの二人の喧嘩の内容は、お互い一つの感情が大きいから毎日大事に発展する。

 

 神宮カエデも、鈴村ミヤコも・・・。

 

 二人とも佐久間ギンジに恋をしているから、出来る事ならこの時間を独り占めにして、ギンジと一緒に居たい・・・という事なのだが、どうにもこの時間帯、夜だと衝突が産まれてしまう。

 

 朝から夕方までは、だいたいギンジとカエデは一緒に行動する事が多い。

 

 夜から明け方までは、ミヤコがギンジの寝込みを襲う事も多い。

 

 お互いおおよそ4、5時間程は一緒に居るのに、まだギンジを取り合っている。

 

 「ギンジはモテモテだね」

 「ふふ、そうだね」

 

 ケイタとレンは苦笑混じりに、その光景を見て楽しんでいる。

 

 ミドリコは最早見慣れたモノで、ある意味では嫉妬し、またある意味では面白いとも思う。

 

 真夏の夜・・・ギンジ達は思い思いにこの日常を楽しむ。

 

 「くしっ」

 

 ミヤコがくしゃみをする。

 

 「大丈夫か?」

 「んん・・・なんだろう。ちょっと寒いかも」

 

 半分は怪人とは言え、ミヤコは人間。風邪っぽくなることもあるだろう。

 

 「エアコンの温度を少し上げるか」

 

 ミドリコがリモコンに手を伸ばしたが、そのリモコンの小さなモニターには、26℃という、平均的な温度を表示されていた。

 

 だとするとおそらくミヤコの体調の方が悪いのだろう。

 

 「はっくしょん」

 

 誰でも聞き慣れたそのくしゃみを次に放ったのは、ケイタ。

 

 「うう・・・ミヤコが言うとおり、寒いかも」 

 

 二人して夏風邪でも引いたのだろうか。

 

 「ミドリコ、温度はどうなってる?」

 

 ギンジがミドリコに聴くと、ミドリコは先程見たモニターの温度を伝えようとするが、それと同時にミドリコのスマホに着信音が鳴り響く。

 

 緊急のアラートなのか嫌な緊張感が漂う音に、ミドリコはすぐにそのスマホを取る。

 

 なにやら話し初めてしまったので、ギンジがリモコンを取りに席を立つが、ミヤコがそのままギンジの座っていた面積まで倒れ込む。

 

 「くふふふ、ギンジ君のぬくもり!ぬくもりっ!」

 「気持ち悪い事言ってんじゃないわよ!っていうかどきなさいよ!」

 「カエデモンキーもぬくもりを欲しい?ぬくもり、あげないよ?」

 「いらんわー!」

 

 二人の言い合いはまだまだ続きそうだが、カエデもどこか震えている様に見えた。

 

 「エアコンの温度、26℃だってよ。そんな寒いか?」

 

 温度を伝えたギンジ。そうして伝えてくれたギンジも、口元から白い息が漏れ出る。

 

 まるで冬の外で話す様な白い息は、このリビングに居る全員がそうなっている。

 

 「わかりました!直ぐに向かいます!」

 

 ミドリコがスマホでの話を終えると、私服の上からすぐにジャケットを羽織る。

 

 「済まない、公安局の方で怪奇現象に合っているらしい。私はオフィスに向かう」

 「こんな時間からか?それに怪奇現象って・・・」

 

 詳しい内容は解らないようだが、どうやらオフィスの入り口が氷漬けにされて部屋は寒く、誰も出られないらしい。

 

 「・・・間違いなくヘルブラッククロスの仕業じゃねーか?」

 「あたしも今同じ事思ったわ・・・」

 

 ギンジとカエデの勘の鋭さ・・・というか当たり前の襲撃の形には最早驚く事は無いのだが、二人は戦闘が発生するかも知れないと警戒する事にする。

 

 「レン?大丈夫?」

 

 ケイタが自分の恋人であるレンへ心配するが、彼女は特に何も起こっていない。それどころかあまり寒そうにもしていない。

 

 急激に冷え込む様になったこの空間にて、ミドリコは急ぎ脚で玄関のドアを開けると、その視界に現れた季節外れな光景に息を飲む。

 

 「なんだこれは・・・」

 

 その光景は白く美しい銀世界。

 

 雪が降り、しんしんとした寒さが街に降り積もっていた。

 

 「おいおいおいおい!なんで雪が降ってるんだ?」

 

 この急激な冷え込みは、明らかに異変であると知り、ギンジも玄関に飛び出た事で、その異様な光景を目の当たりにする。

 

 「どうして雪が・・・」

 

 レンも訝しむ表情をする。

 

 レンにとって見れば大雪というのは、未来で最後に見た光景。大切な仲間であり、家族を残してこの時代へとやってきた悲しい過去がある。

 

 「さむっ・・・ど、ドアしめて・・・」

 

 ケイタもやってきて、玄関を閉める事になる。

 

 「くふふ。これは多分・・・環境兵器じゃないかな」

 「ヘルブラッククロスの・・・陸地支配型の、突撃兵器、そう記憶している」

 

 ミヤコの言葉に、レンが頭を悩ませる形で、覚えている事を話す。

 

 「そうだね・・・でもわたしが完成させていないのに、どうして開発が進んだのだろう・・・?」

 

 自分が居ないのに、ここまでの事をするとはヘルブラッククロスも相当追い詰められているのか、それとも実験と称した試験運用なのだろうか。

 

 理由は不明だが、このままでは全員凍死してしまう。それほどまでに寒くなってきた。

 

 「と、とりあえずもう一枚服を着ろ!」

 「一枚増やしたぐらいでどうにもならないわよ!」

 「後は、俺が温めてやるから!炎の力で!」

 

 ギンジの言うとおりに、全員がとにかく急いで洋服を一枚増やす。

 

 「カエデ、変身すれば、少しは大丈夫だよ」

 

 カエデとレンの持つヘヴンスーツは、あらゆる環境に適応できるすぐれものとなっており、言われたままにカエデは変身する。

 

 しかしそれでも寒い事には変わりない。

 

 リビングでは無く、部屋の面積が小さい談話室に集まると、ギンジは炎を力による熱を放出し始める。

 

 天然の暖炉の様に部屋が温まり、窓は外の気温と屋内の気温差によって結露が出来始める。

 

 「ヘルブラッククロスの襲撃だとしたら・・・どうやって返り討ちにするよ」

 「くふふ・・・ギンジ君あたたかいね〜」

 

 ミヤコの顔はうっとりして蕩けている。しかし、全員が一度それを無視して、話を続ける。

 

 このまま部屋に籠もっていても、状況は打開しない。

 

 なにかしらの策を講じなければならない。

 

 ミドリコはこの大雪の中、過酷な道のりを超えて公安のオフィスに向かわないと行けない。

 

 同じ職場で戦う仲間を助ける為に、なんとしてもこの極寒の道を乗り越えないとならない。

 

 次にこの環境兵器止めるチームの編成。

 

 この環境でまともに動けるのは、ギンジ、レン、カエデの三名。

 

 そして寒さにやられて動けなくなるのが、ミドリコ、ミヤコ、ケイタの三名。

 

 「俺が残るしか無いか・・・?」

 

 ギンジは暖房係になるのか、間違いなくこの部屋から動けないだろう。

 

 ミドリコ、ケイタ、ミヤコを連れて外に出ることも可能だが、ギンジの力がいつまで持つのか解らない。

 

 「そうなると、私とカエデしか、外に出れない・・・」

 「仕方ないわね・・・あ」

 

 カエデはここである強力な助っ人の存在を思い出す。

 

 「バカミヤコ、オーク怪人は動けないのかしら?」

 

 この街の大雪について、オーク怪人が何もしていないわけが無いと思ったカエデは、ミヤコにそう聴いてみるが、ミヤコは首を横に振る。

 

 「残念ながら、オークは今連絡に出てくれなくてね。くふふ、わたしが呼んでも返事しないとは、こんなの初めてだよ・・・」

 

 期待が削がれてがっくりしているミヤコ。

 

 「環境兵器とやらは、どこにあるのか反応とかは無いの?」

 

 ケイタも作戦に口を出し、ミヤコは手元の端末を操作してみるが、何も答えられない。そもそもそんな反応がどこにも無いのだ。

 

 変わりに出てきている反応は2つの怪人反応。

 

 しかしながら、それも反応があるだけで、どこに存在しているのかが良く解らない。

 

 「手詰まりだな・・・」

 

 そうこうしている間にも雪は強くなっているのか、部屋はどんどん冷たく、寒く、そして暖かさも通用しなくなってきている。

 

 「・・・どうする、レイナかサクラかルカか、誰か呼ぶか・・・?」

 「いや・・・熊沢さんは、今千葉の方へ応援に出ている。済まないが、呼べないだろう・・・」

 

 ミドリコとレイナは警察同士色々と情報交換を行い、今現状では南度固化市には居ないとの事。

 

 同じ度固化市にいるとすれば、後はサクラだけだろう。

 

 「サクラに連絡すればいいのね?」

 

 カエデがスマホを使ってサクラに連絡する。

 

 「中央でこんな状況なんだ。北も凄い事になってんだろうな・・・」

 

 最早今のヘヴンホワイティネスは、この大雪によって動けなくなってしまっている。まともに動く為には、1人か2人、協力者が必要になる。

 

 スマホの着信音が、暖かさを徐々に失いつつある部屋の中で、鳴り響き、焦燥感がひたすらギンジ達の背中をチリチリと刺してくる。

 

 「お願いよサクラ・・・出て!」

 

 カエデの言葉も無情にも届かず、スマホの着信は繋がる事は無かった。

 

 「・・・こうなったら・・・俺が、ここに残る。カエデとレンはなんとしてもミドリコをオフィスに連れて行ってくれ・・・」

 

 ギンジも息が詰まっているのか、力を出し続けるのは非常に苦しいらしい。

 

 「公安の仲間も大切だろ?ミドリコの職場を守るのも、ヘヴンホワイティネスの役目だと思うぜ」

 「・・・解ったわ」

 「私も同意した。ギンジ、ケイタを、お願い」

 「任せろ・・・」

 

 この大雪の中、ミドリコは冬用の毛皮のコートと、冬用のストッキング、それから雪地に適応した軍事用のブーツを履く。

 

 とにかく寒さに敗ける訳には行かない。氷漬けにされた公安のオフィスへ向かわないと行けないミドリコ、そしてそれの援護に回るカエデ、レン。

 

 見つけ次第ヘルブラッククロスの環境兵器を、確実に破壊する。

 

 「頼んだぜ・・・俺もなにかあれば必ず合流するからよ・・・」

 「くふふふ、ギンジ君はわたしと一緒に熱い夜を・・・」

 「頼んだよ、カエデ、レン!」

 

 相変わらず無視されるミヤコと、戦えないケイタは親友と恋人へ応援を伝えると、ミドリコ、カエデ、レンは頷くと、大雪の舞う銀世界へと飛び出した。

 

 向かうは繁華街エリア外れのオフィスビルエリア、公安局。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 怪人四天王・・・。

 

 そう呼ばれるのは総統が造り出した、四名の怪人。

 

 彼らは総統直属の四人で、それぞれ特徴的な戦闘能力を持つ。

 

 雪の怪人は、天候を操り大雪と氷を操る。

 

 ロストナンバーとなった赤鬼の怪人は剛力から繰り出す、空気の撃ち出し。

 

 鏡の怪人はこの世と左右を反転させる世界への引き込み、そして鏡そのものを使用する遠距離攻撃。

 

 骨の怪人は体積を使用して、ほぼ無限の骨の攻撃、変形。

 

 総統に造られ、忠義を誓った彼らに心は存在しなかったのに、赤鬼は恋を覚えて離反、その後ロストを確認。

 

 雪の怪人は最近は自分の能力を使用して、他者を傷つける事を、しょうがないとは思いつつも、大雪を発動している。

 

 骨の怪人は総統の命令は忠実だが、その実何を考えているのか解らないという不可解な所も多い。

 

 鏡の怪人は総統とヘルブラッククロスという組織を、盲信している。

 

 今回の街の襲撃はドクターパープルの指示の下、雪の怪人、鏡の怪人が実働して、その作戦を開始させた。

 

 いつまでもヘヴンホワイティネスの好きにさせては行けない。必ず今日仕留める。それが総統の希望であり、真に秩序のある世界を創れるのだから。

 

 「こんな時間に攻撃を命令するとは・・・流石は総統閣下でございますね」

 

 黒色に染まる、雪化粧の模様がついた着物を着た、色白の肌を覗かせるのは雪の怪人。彼女の声は落ち着いており、そして気品を感じさせる声音を持っている。

 

 彼女の横に佇み、背中を向けているのは鏡の怪人。

 

 白いヴェールを着用して肩と背中を出した大胆な衣装は、戦乙女の様な力強さと雰囲気をまとわせている。

 

 包帯の様な布で眼を隠し、普通の人間となんら変わりない肌を露出した鏡の怪人は、普通なら見えていないモノが見えている。

 

 2人が立つ場所は、繁華街エリアの巨大ショッピングモール・クアッドタワーの屋上。

 

 大きな真四角に区切られた屋上で、観覧車と観葉植物で彩られた一種の小規模なテーマパークとも呼ばれるこの場所で、雪の怪人は大雪を発動する準備を整えていた。

 

 鏡の怪人は雪の怪人の援護・・・もしかしたらあのヘヴンホワイティネスが先んじて妨害に来る事を想定し、戦闘員ではなく四天王が直々にここまで立っている。

 

 妨害に来ないのであれば、大雪を振らせて動けなくなった人間達と共に、一網打尽にする。

 

 そしてもう1人、骨の怪人は工場エリアの襲撃、この作戦に入っている。

 

 骨身だけの彼ならば、ほぼどんな環境でも問題なく行動が可能かつ、力の低下という事もない。

 

 環境兵器や、環境を操れる雪の怪人が作る独壇場において、デメリット無しで動けるのは、彼の大きな強みだろう。

 

 「・・・本当に大雪をふらさないとならないのね」

 

 小さく聞こえる訳でもないが、雪の怪人は口元を着物の袖で隠しながら言うと、空に溜めた雪の塊を発動させる。

 

 「・・・それじゃ、始めるわよ」

 

 両手を握り、大雪が降り出す。最初は勢いが無く、夏の熱気にすぐ解けては雨粒に変わる程のモノであったが、それはだんだんと冷たい氷になり、やがて雪となり白く綺麗な粒が街へ向かって降り立つ速度を早めていく。

 

 冷気をも操る雪の怪人の能力により、気温がどんどん下がっていく。

 

 夏から秋へ、秋から冬へ、そして冬から凍土へ・・・。街の気温そのものを雪に適応出来るように、怪人としての力をどんどん発動していく。

 

 限界を感じさせないその力は、鏡の怪人からしても恐ろしい(美しい)と思わせる。天候そのものを操れる怪人なんて存在は、鏡の怪人が知る中でも彼女だけ。

 

 怪人としてもその実力はかなり上の部類だろう。

 

 ──もしかしたらあの進化の怪人をも超え、この私でさえも・・・。

 

 能力だけで見れば間違いなく最強の強さであろう。

 

 やがて大雪が中央度固化市を襲うのを確認すると、鏡の怪人も複数の鏡の破片を取り出し、身体の周りに展開させる。

 

 彼女もまた、ある場所の襲撃を命じられている。雪の怪人の護衛はここまでだ。

 

 能力を発動した今、雪の怪人に手出し出来る存在はほとんど居ないだろう。

 

 「・・・変な気を起こさないようにね、雪」

 「この私がここまでしてあげてるのよ。あなたこそ気を緩ませない様にする事ね」

 

 高圧的な口調で言い返されるが、このまま言わせておこう。これでこちらが逆上すれば、雪の怪人の弱点を出してしまう。

 

 弱点を出しただけで彼女が弱くなるなんて事はないが、一応念の為に雪の怪人の神経を逆なでしない様に、鏡の怪人はうなずいた。

 

 それだけの行動を終えると、鏡の怪人も行動を開始する。

 

 彼女の向かう場所は、警察、それも組織犯罪に特化した捜査、及び鎮圧を目的に行う公安と呼ばれるチームを、粉砕しに向かう。

 

 目的はオフィスビルエリア・公安局の崩壊。それをするだけでも、ヘルブラッククロスには大きな支配への一歩となる。

 

 抵抗するならば殺せば良いし、降伏するならば真の世界で生きれる一歩を共に踏み出せる。

 

 命が惜しいと思い、少し賢い猿ならばすぐに降伏する。

 

 元々公安への襲撃は、作戦の内容には入っていなかった。今回の作戦に一つ提案を加えた男が居た。

 

 その者の名は柏木タツヤ。怪人であれば誰もが彼に震えてしまう、謎多き大幹部の1人。

 

 自分が本来の所属としていた組織である公安を、こうも簡単に襲わせるとは、さすがに総統も驚かれたいた事を鏡の怪人は思い出す。

 

 彼は本当に人間なのだろうか。考えてもしかたない事だが、どうしても不安な気持ちになる。

 

 総統にも気に入られているタツヤの事を悪く言うつもりではないが、怪人として何か・・・恐ろしい気配を常に感じている。

 

 怪しいとも思うし、力による支配に誰よりも実現に向けた行動力を持つからこそ大幹部なのだが・・・。

 

 「今は別の事を考えないといけませんね」

 

 怪しいのは自分も同じだ。こんな大雪の降る中、こんな格好をしているのは自分だけだ。

 

 総統にも期待されている今回の作戦。ヘヴンホワイティネスをあぶり出すのにも使えて、かつ街の一部をそれぞれ怪人四天王が破壊出来る。

 

 両方達成できれば御の字、ヘヴンホワイティネスを撃破するだけでも、後々他の怪人にでも襲わせれば、どちらに転んでもヘルブラッククロスの勝利だからだ。

 

 「始めようか」

 

 鏡の怪人がクアッドタワーから飛び降り、オフィスビルへと向かう。鏡の破片はそれぞれ雪を映し、はたまたビルを映し、もしくは鏡の怪人を映し、あるいはヘルブラッククロスの未来を映し出している。

 

 雪で濡れて凍りついたコンクリートに着地すると、鏡の怪人はオフィスビルエリアへ向けて進撃を開始した。

 

 「ヘヴンホワイティネス・・・総統閣下に仇なす愚者め・・・来るなら来い・・・!」

 

 その瞳は何を見ているか解らないが、表情だけははっきりと悪意に満ち溢れ、整った顔立ちの美女とう顔とは裏腹に、怪人としての恐ろしさを兼ね備えていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 中央度固化市、工場エリア。

 

 急にやってきた季節外れな大雪と、気温の急激な低下によりここで働く人々は屋内にて避難していた。こんな大雪ではまともに出歩けないし、車で帰るのも大変な事には変わりない。

 

 そんな工場エリアの中央の道には、大雪による妨害をものともせずに骨の怪人が突き進んでいた。

 

 「コノ道ノ先ダッタ筈ダガ・・・」

 

 戦闘員達の噂話程度にしか聴いたことしか無かったが、この工場エリアには異世界に繋がっているという、地元民の他愛ない噂話で盛り上がる時があるようだ。

 

 しかし骨の怪人はかつてここに1人で偵察に来た時、ピンク色の彗星──そう見えたからそう呼んでいるだけのモノが、ネットをかぶせた建設中の建物の上から、飛び出て北の方角へ飛び去った事を覚えている。

 

 アレはもしかしたらヘヴンホワイティネスや怪人とは違う、この世ならざる力の一端かも知れないと、その時は骨の怪人は初めて目撃したソレに感動した。

 

 工場エリアへの襲撃はきっと何かのチャンスだ。それを掴む事に成功した骨の怪人は、この工場エリアへと脚を運んだ。

 

 あの強力な力の反応が何かを突き止め、そして手中に収められれば、きっと総統へのいいお土産になるはずだ。

 

 「アノ力ガ何ナノカヲ知ラネバ」

 

 雪がかぶり覆い尽くしていても、見覚えのある建造物を見上げる。

 

 きっとここの最上階に何かがある。

 

 あるはずだ。

 

 「ううぅ〜寒い・・・どうして、大雪が」

 

 骨の怪人の横から、桃色の髪を揺らして杖から降りるのは、ヘルブラッククロスの報告書に上がっていた例の存在・・・魔法少女の姿が現れた。

 

 「・・・」

 

 骨の怪人の空洞の頭蓋骨の中では、ある事に合点が行く様に、そしてそのパズルみたいなピースが、全て繋がりつつある不思議な感覚を覚えた。 

 

 ピンク色、眼の前に居る魔法少女もピンク色だ。

 

 そして、この世ならざる力の反応をも感じる。

 

 眼の前の少女は何かを知っている。魔法少女という報告が上がってるなら尚更だ。

 

 「うわっ!!?びっくりした〜!」

 

 サクラの目の前にいるのは、ドクロそのものの姿に、胸骨からあばら骨にかけた空洞の中に、ドス黒い球体が浮いている、怪物の存在。まるでおばけの様な恐ろしさもあるが、なによりも見逃せないのが、頭蓋骨部の瞳の箇所・・・空洞に合わせた大きさの黒と、赤い瞳。

 

 それだけでこれは怪人という存在なのが解る。

 

 「何者ダ?貴様ハ?」

 

 しわがれた様なだけど強い口調の声に、サクラは急ぎ後方して、魔法の杖を構える。

 

 この一瞬で臆さずに戦おうと言うのは賞賛できるが、骨の怪人が狙っているのは、この子が使うだろう力の方に興味がある。

 

 「魔法ノ力ダナ?」

 「あなた、ヘルブラッククロスの怪人・・・よね?」

 「知ッテイル事ハソレダケデイイ。ソノ力、我ガ組織ノ為ニ持チ帰ラセテ貰オウ!」

 

 問答無用で襲ってきた骨の怪人に、サクラはさらに後方へと下がり、壁を背に真上へ飛び出す。上空から見下ろす様に、魔法陣を展開させては、寒さに敗けない炎と熱の光線の魔法攻撃を突き出す。

 

 マジカルフレイムクリン。サクラが撃ち出す魔法の中で、脳内詠唱のみで打てる数少ない魔法が、下にいる骨の怪人へと勢い強く落ちていく。

 

 やはりこの力は魔法・・・通常の人間や怪人では扱えないこの超常的な力・・・。

 

 普通の人間や怪人であれば、この力は使用は出来無さそうだが、例えばこの力を持つ魔法少女と、怪人との間に子供が産まれた場合、魔法は遺伝するのだろうか。

 

 (怪人ト魔法少女ノ、ハーフか・・・コレナラバ、更ニ我ガ組織ノ繁栄ヲ望メル!)

 

 期待が膨れ上がる。その力を手に入れる為に、骨の怪人は怪人四天王としての任務・工場エリアの襲撃に新たなミッションを追加する。

 

 魔法少女も捕まえる・・・と。

 

 鉄よりも堅く、石をも砕く強度を持つ自分の骨を、形を変えて肩から飛び出させると、それらは尖った原始的な弾丸となり、サクラへと飛んでいく。

 

 サクラとしてもやるべき事があり、ここまで飛んできたのだが、中央は大雪、やっと到着したら、ヘルブラッククロスの怪人との戦闘。

 

 魔法少女は今日も大変であった。

 

 「とりあえずささっとこんなやつやっつけて、ギンジくんに連絡しないと!」

 「抜カセルモノカ!」

 

 骨と魔法がぶつかる音が、未完成の建造物の中で鳴り、その風圧で外のネットに付着した水分を含んだ雪を跳ね落とす。

 

 襲撃はひとつのイレギュラーとなって確実に、この街を襲っていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 公安局。ここは一般的には警察、刑事の集まるただの警察署に見える場所である。

 

 国を脅かす凶悪で強大な犯罪や、それに準ずる組織に対しての対策及び逮捕の為に動く公安局に、今最大の危機が迫っていた。

 

 「だーくそ!なんだってこんな寒いんだ!んにゃろぉ!」

 

 オフィスの入り口まで寒さに耐えながらも、藤原が思い切り凍った窓のドアを蹴破ろうとしている。

 

 緊急事態として拳銃も抜いたのに、このドアは暑い氷に覆われてビクともしない。そんなドアに何度も八つ当たり気味に攻撃するも、そのドアの氷に押し返されて藤原はすっ転んでしまう。

 

 堅く冷たいタイルも氷張りになりつつあり、革靴とは最高に相性が悪い。

 

 「藤原さん?もうそろそろ、やめましょう?」

 

 ドアの破壊と脱出に賛成だった職員は全員諦めてしまって、各自暖房のある部屋に密集してしまっている。

 

 イロだけはガチガチと歯を鳴らしながら、藤原のその無謀な行動を見守っている。

 

 「はぁ・・・くっそ!どうせこんなのはヘルブラッククロスの・・・自分勝手な作戦・・・襲撃のせいだろ!柏木の奴はどこに行ったんだ!?」

 

 どこかからか漏れ出てきている冷気に身体を冷やし、それでも諦めない藤原は一張羅の赤いジャケットを腕に巻きつけ、氷のドアへと再び突撃する。

 

 同じ公安の柏木タツヤは先程まで、このオフィス内に居たはずなのだが、今はどこにもその姿が見えない。

 

 「ふぅーーっ・・・・ふぅーーっ・・・柏木さんなら、上手く逃げられたのかも知れませんね?」

 

 かじかんで真っ赤になった指先に吐息を強く当てて、イロはそう答える。

 

 1時間前まで、うだる様な暑い夏そのものの季節だったのに、何も考えていない一瞬のうちに冷えて来て寒くなり、凍土となってしまった。

 

 きっと柏木タツヤは、異変に気づきすぐに応援を呼ぶ為に先に脱出したのだろう。昔から気が効く奴だ、それぐらいの事はしそうだと、藤原もイロも考えていた。

 

 「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 おじさんにはきつい重労働的な感覚でも、なんとかここを脱出して、甘白ミドリコの合流を出来るようにしないと行けない。

 

 彼女であればきっと、脱出の為の手段を何かしら出してくれる筈。そう信じたからこそ藤原は、ミドリコに連絡したのだ。

 

 今思えば何か気温に異常があると知ったその時から、屋外に出るべきであったと、タツヤと共に外に出ていれば、なにかしら良い方向へと事が進んだかもしれない。

 

 「今はもうどうにもなりません・・・一度暖房のある部屋に、戻りましょう?」

 「次温まったら、もうおじさん外に出たくなくなっちゃう」

 

 うるうるとしたおじさんの涙目は、22歳のイロからすると非常にキモくて嫌になるが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 

 「駄目です?このままでは、凍死してしまいます?」

 「なら、お前だけでも戻りな」

 

 一応イロの方が上司なのだが、ヘヴンホワイティネスの情報を深く知っている者同士、気兼ねなく距離感は近いままで話している。

 

 時刻は20時56分。

 

 この気温で果たして自分達は生きれるのだろうか。

 

 もはや具合が悪くなって倒れてしまう人も居る中、藤原もイロも諦めずに氷の壁と戦ってきたが、これはどうしようも無い。

 

 「正義のヒーローごっこのあいつら・・・の登場に期待するしか無いか・・・」

 

 苦い顔で吐き捨てる様に言うと、藤原は赤いジャケットを腕から外して、シャツだけの姿で一先ず暖房の部屋へと戻るのであった。

 

 そんな公安局近くの道路では、車の中で凍りついて死んだ人々や、雪から逃げるのが遅れてしまった人々を、鏡の中にしまいながら、鏡の怪人が歩いている。

 

 軽く鼻歌交じりに歩く目隠しした女性の姿は、生きている人が居れば異様な光景に見て取れる事だろう。

 

 街の外はおそらく数え切れないぐらいの人間が、氷漬けにされている事だろう。大雪に埋められてその姿は見えないだけで。

 

 そして屋外はほとんど全滅に近いが、屋内の方はまだ寒さに抗っているのか、まだチラホラ明かりの奥に人の影を確認できる。

 

 「こんな大雪に抗おうなんて、やはりザコの人間は・・・愚か、そういう事、ね」

 

 鏡の怪人は、自分の能力で飲み込んだほとんどの人間を、愛しそうに眺める。本当に愛しく思うのではなく、飼っている虫に向ける程度の愛情でしか無いのだが・・・。

 

 「・・・ここが公安局、ですか」

 

 鼻息を抜きながら話す鏡の怪人は、氷漬けになったドアへと能力で取り出した鏡の破片を発射しようとするが、右側から急接近してくる存在に気づき、大雪に包まれた車のそばに姿を隠す。

 

 相手によっては戦う事になるかも知れない。それがヘヴンホワイティネスなら間違いなく交戦する事になるだろう。

 

 「ぬおおおお寒い!寒い!雪が顔に当たる!」

 

 何か毛皮のコートに身を包んだ女性が、憎き怨敵であるヘヴンホワイティネスの片方に担がれて運ばれて来た。

 

 「文句言わないでよね!こうじゃないと到着するまでに、ミドリコが死んじゃうわ」

 「同意。これでもなるべく、風が当たらない様に、してあげた」

 

 担いで来たのはヘヴンホワイティネス三人だ。しかし気になるのが、初期のメンバーしかココに来ていないということ。

 

 進化の怪人が居ないとなると、好都合と判断したのか鏡の怪人はヘヴンホワイティネスの目の前に姿を表し、歩み寄る。

 

 「初めまして・・・ヘヴンホワイティネス」

 

 余裕は見せない、変わりに出しているのは確実な敵意。

 

 肩を出した戦乙女の様なヴェールは、この大雪の銀世界とは明らかに場違いな服装になっている。

 

 そして見るだけでも解るが、この目隠しさんは間違いなくヘルブラッククロスの怪人。それを見ただけで理解したカエデとレンとミドリコは鏡の怪人へと臨戦態勢を取る。

 

 「この大雪と寒さ・・・あんたの仕業なのね?」

 「いいえ違います。まずは、自己紹介を。私は鏡の怪人・・・ヘルブラッククロスの怪人四天王、と言えば解りますかな?」

 

 怪人四天王。その単語はミドリコには色濃く記憶に残っている。自分の為に命を賭した怪人・・・赤鬼と同じ領域に立つ怪人の事だろう。

 

 「報告によれば、貴女が公安所属の・・・甘白ミドリコ、ですね」

 

 礼儀正しく姿勢の良い鏡の怪人の仕草は、どことなく戦闘の体制を緩ませる。

 

 「残念でした・・・彼にとっても思う所はあったのでしょうが、組織に取っても惜しい男を亡くしました・・・」

 

 悔しそうな口の形を取り、胸に手を当てながらも悲しそうにする。

 

 鏡の怪人のこれは油断を誘う演技だと言うことを、ミドリコは直感ではあるが見抜いていた。しかしながら、カエデとレンは顔を合わせて、戦いの姿勢を解いてしまう。

 

 「赤鬼の怪人は良い奴でした・・・組織の為に真面目に働き、そして愚かにも人の為に生きようとして・・・」

 

 そこまで話した鏡の怪人の頬を、弾丸がかすめる。

 

 「・・・お気に召しませんか?彼の生前の武勇伝は・・・大量虐殺のお話とか、きっと涙を流して・・・」

 「もういいしゃべるな。私の命の恩人を、なぜだかお前が話していると・・・嘘くさくてかなわない!」

 

 反吐が出そうな顔をして、ミドリコは拳銃を構えていた。

 

 おそらく鏡の怪人の話す赤鬼の事は、ほとんどが嘘。職業柄、人の嘘を見抜くのには慣れている。

 

 これでも嘘を貫き通すのであれば、本来は不殺を貫くミドリコも、今回ばかりは我慢ができそうに無いかも知れない。

 

 (・・・私は、なんでこんなに怒っているんだ・・・?)

 

 なんなのだろうか。このむかつきは。この怪人は例え真実でも、知っている事であろうとなかろうと、知った風に話すのが気に入らない。なんとなくそう思ってしまい、あとは拳銃の引き金を迷いなく引いていた。

 

 (・・・いいや、例え何が真実であれ、もう赤鬼は居ないんだ!)

 

 心に刻んだのだ。彼の生き様を。赤鬼が死んだ時に、涙まで流したのだ。

 

 仲間であろうとも、赤鬼の怪人という漢を、侮辱にも近い言葉で語るのは許しがたい。

 

 「ミドリコ、やるのね?」

 「無理、しないで。ミドリコにはスーツが、無いから」

 

 環境に適応できるスーツとは違い、ただの毛皮のコート。それしか着ていないミドリコであるが、もう一つの拳銃を引き抜く。

 

 寒くとも関係ない。

 

 「ありがとう2人共。今の私は、ものすごく燃えているよ・・・!」

 

 怒りか、それともミドリコの知らない赤鬼を語られる嫌気か、理由は解らないが、とにかくこの怪人は気に入らない。

 

 「ふふふ・・・そう、じゃあここで死ね!ヘヴンホワイティネス!」

 

 鏡の破片を複数枚展開させて、鏡の怪人とヘヴンホワイティネスが戦闘を開始する。

 

 「あんたを倒して・・・この雪を止めてやるわ!」

 

 カエデの叫びも、ミドリコの怒号も、レンの眼差しも、全てが煩わしい。

 

 「私が敗ける事なんて・・・ありえないわ!」

 

 鏡の破片が雨の様に降り出し、それらをレンのビーム剣ダブルで斬り払われる。真ん中に柄が取り憑いた両刃のビーム剣は雪と同時に鏡の破片を、斬り崩す。

 

 「必殺!エンジェルキャノン!」

 

 インパクト同じ姿勢から、腕を突き出す時に両手を組み合わせる。行き場を失った衝撃波が、掌の中で膨れ上がりその抑えられない程のデカイ衝撃波を、思い切り撃ち出す。

 

 小規模なバウンドを繰り返すボールは、積もった雪を弾き飛ばしながら鏡の怪人へと飛んでいく。

 

 鏡の怪人の手が鏡となり、その衝撃波を映し出すと衝撃波が跳ね返ってくる。

 

 「私に任せろ!」

 

 取り出した拳銃二丁を思い切り連射する。腕を突き出しながら、そして周りながら、さらには腰の左右に手を構えた西部劇のガンマンの様な姿勢で、どんどん弾丸を撃ち出す。

 

 衝撃波は、ミドリコの弾丸に押し敗けて、鏡の怪人、ヘヴンホワイティネスの間で爆発して風圧を生み出す。

 

 雪を弾き飛ばした爆発は、良い眼くらましになったであろうと、鏡の怪人の前に、カエデとレンが突撃する。

 

 「覚悟しなさい!」

 「覚悟・・・それはそちらよ!」

 

 怪人四天王を撃退して、この異常な大雪を止めないと行けない。焦りもあるが、まずは確実にこの敵を倒そう。

 

 そう胸に誓って、カエデ、レン、ミドリコは新たなる強敵に立ち向かうのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 路地裏による建物の背中が織りなすこの迷路は、身を隠して逃げるのには最適な場所だ。入り組んだ道の先々が、出口と繋がっておりながらも、実は出口の手前、左に曲がれる見えづらい道を通れば・・・等と考えれば、簡単に追手を振り払える迷宮だ。

 

 不意打ちもできれば、隠れる事も出来て、さらには自分の住処も作れてしまう。そんな無敵の秘密基地と言うべき場所にも、やはり弱点がある。

 

 それは天候だ。

 

 オーク怪人の隠れているこの場所は最高の隠れ家で、多少の雨風程度ならば、問題なく暮らせるぐらいには完成されてきている。

 

 しかし・・・今は状況が違った。

 

 暴風の様な音が、建物の向こう側から聞こえるのだが、ここには風はそこまで入ってこない。

 

 問題は上から降ってくるモノだ。

 

 「なんだこの雪は!!」

 

 流石に季節外れなこの大雪に、オーク怪人もなにかおかしいと怒り出す。こんな環境まで操れるのはドクターミヤコしか居ない筈だが、連絡も無しにこんな事をするとは思えない。

 

 「・・・ブヒ、だとすれば・・・ヘルブラッククロスの方か・・・」

 

 ヘルブラッククロスにはいずれ戻るつもりでは居る。どちからかと言えば、オーク怪人の個人的な考えで言えば、力による支配には理解を示せるし、力があればどんな事をしても許される。

 

 そんな古の千年王国が築き上がるのであれば、これほど怪人である自分にとって嬉しい話しは無い。

 

 ・・・だがそれはあくまでドクターミヤコが暮らす世界であれば、の話しである。

 

 ドクターミヤコが暮らしやすい、生きやすい世界であれば、オーク怪人とてそちらに付いていきたい。

 

 「今・・・ドクターの御身に何かあれば問題だ。この馬鹿げた作戦を開始したのは、誰だ・・・紫か?それとも・・・」

 

 リコニス・・・彼女の場合はここまで大規模な事はしないだろう。

 

 短期決戦を望んだり、他人の妨害をする事に心血注いでいるからだ。

 

 紫・・・この男は、どうにも怪しい。ミヤコの席をいつでも奪える様に、龍、毒蛾、機械の怪人を造っていた。もしこの男がドクターミヤコの抹殺に動いた結果、この大雪を降らせる作戦であれば、必ず止めてやろう。

 

 柏木タツヤ・・・この男の事は正直苦手だ。しかしながら組織への忠義は厚い男であることは理解している。

 

 頭は相当切れるし、実力もある。大幹部として今回、何かしらの任務に付いている可能性はある。

 

 「いずれにせよ・・・この大雪の原因を突き止めねばならんな」

 

 オーク怪人は路地裏の自室を飛び出して、凍った道を歩く。

 

 雪化粧に彩られた銀の道となる繁華街は、ホワイトロードと名付けた方がまともに見えるぐらいには大雪が降り積もっている。

 

 「・・・この雪の出どころを探らねば」

 

 寒さに震えている場合じゃない。もしこの寒さにミヤコがやられていると思うと、オーク怪人は寒さを忘れられる。

 

 覚悟の一歩を踏み出して、オーク怪人はホワイトロードと名付けた繁華街エリアを駆け出すのであった。

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。

いやーなんというか最近すこぶる調子が良い。

なんか、こう、めちゃ良い!背骨はボキボキなるんだけどね!

今回はキャラネタを・・・・・・書きま


す!

鏡の怪人
自分以外の怪人四天王はもしかしたら総統の事を信じていないと思い込んでいる。また、話す内容には嘘が多く、嘘をつくと眼をギョロギョロと動かしてしまう為、目隠しをしている。

雪の怪人
高圧的な口調でしゃべる事が多い怪人だが、じつはかなりの泣き虫。
力強い殿方に、めちゃくちゃにされたいらしいが、身体は究極に冷たい為、恋の熱を知らない。

骨の怪人
魔法の力を持って帰れば、きっとヘルブラッククロスの為になると思っている。しかし、彼はまだ知らない・・・魔法の力を手にするとどうなるか・・・

甘白ミドリコ
赤鬼を侮辱したり、ありもしない話で変な事を話すのはやめてもらおう!

さて次回は、各怪人四天王vsヘヴンホワイティネス、サクラ、オーク怪人のバトル展開になります。

主人公ギンジが居らず、かつこの奇妙な組み合わせ。どうなるか楽しみですし、どうやって話を動かすのかが楽しみです。

ちなみに同時刻では、レジスタンスvs3怪人編の始まりになっています。繋がりをもたせたのに、あんまり繋がっていない様な話になってたね、ごめんね

それではまた次回!


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47・3つの戦線

こんにちはアトラクションです

今年は風邪引きやすいですね、皆様風邪にはお気をつけください。

今回のお話も無理矢理感あるぞー!

多分ファンも多いあのキャラも再登場します。

それではどうぞ!


 

 工場エリアに向かう前・・・。

 

 サクラは自分の目的、魔法界への一時帰宅を命じられており、帰還しようとしていたのだが、中央度固化市へと向かっていたが、大雪が降っている事に疑問を抱く。

 

 疑問点としてあがるのはこの雪だけではなく、異常な寒さ。真冬を大いに通り越しているこの気温の低下も含まれている。

 

 まず疑うのはこんな事をするのがヘルブラッククロスしか居ないだろう、とサクラは正義も志の下で考える。

 

 だとすればギンジ達ヘヴンホワイティネスが危ない。

 

 しかしながら、魔法界というサクラの故郷にも緊急事態が発生している為、急ぎ帰還しないと行けないのだが。

 

 工場エリアの建築中の建物には、全ての建物にサクラと魔法界を繋ぐ魔法陣による門を造っている。そこから飛ぶ事が可能なのだが、一番近い門へと近づいた時、サクラの前にはヘルブラッククロスの怪人である、骨の怪人が立ちはだかっていた。

 

 目的は不明ながらも明らかな攻撃意識は、サクラを襲おうとしているのが解る。もしかしたらこの大雪はこの怪人の指揮の下で行われているのかも知れない。

 

 実際立ちはだかったこの奇妙な骨の怪人は、サクラを捉えようとしているのか、はたまたただの戦闘狂なのか全力で骨を使った攻撃が飛んでくる。

 

 どれだけ容赦のない攻撃であっても、悪の組織を潰し、これからも戦う事を決めているサクラからすれば、こんな怪人に敗けるつもりはない。

 

 「マジカルマジカル〜・・・!」

 

 呪文の詠唱に入る。骨の怪人の飛ばす骨の弾丸や、身体そのものは非常に堅く、生半可な魔法ではダメージを与えられない。

 

 「魔法ノ力ヲモット見セテミロ」

 「ご希望ならいくらでも!・・・スパークビーム!」

 

 片手を骨の怪人に向けると迸る電撃が光線となり、骨の怪人へと飛んでいく。

 

 「ライジング・スパーク!」

 

 眼の前に飛ばした雷の光線はめくらまし。当たれば良いな、と発動したモノ。もう一個の雷の魔法が、骨の怪人の足元から真上に向かって炸裂していく。

 

 ワニの大口の様に開いた雷の牙が、バクリと骨の怪人を飲み込み辺り一面に電撃の光と、強烈に焼いていく音が鳴り響く。

 

 「さーらーにー!」

 

 魔法の杖に乗りながら両手を肩に担ぎ上げる様に、腕を上げる。その両手にも魔法陣が重なり、新たな攻撃を与える。

 

 「マジカル・ハンマー!」

 

 四角いピンク色のハンマーが出現して、見た目通り、想像以上の破壊力を秘めた一撃が、骨の怪人を雷ごと叩き潰す。

 

 電撃が静まり、ハンマーによって潰された事を確認して、サクラはまだ警戒を解かない。

 

 ハンマーは内側からヒビが入り、岩を砕く様な音を鳴らしては、内側から骨の怪人が出てくる。まるでこの力が素晴らしいと言わんばかりに、肩をボキボキと鳴らして、表情が変わる頭蓋骨をニヤニヤと嗤い、歯をカチカチと鳴らす。

 

 「素晴ラシイ力ダッ!!!」

 「魔法の力だもん!素晴らしいのは当たり前・・・って効いてないの!?」 

 

 今日一番の大きな声で叫びあげた骨の怪人へ、サクラの余裕な表情から一転、全くのダメージの無い骨の怪人に焦る。ヘルブラッククロスの怪人である触手の怪人とかには、この魔法の一撃はちゃんと効いた上に空の彼方まで飛ばした覚えがある。その分、かなり自信を失いそうになる。

 

 「モット見セテミロッ」

 

 打ち砕いたハンマーの中心であばら骨を一本抜き取ると、それが形を変えて大小様々なトゲを取り付けた棒に変わる。

 

 怪骨剣──そう名付けた骨の怪人の技の一つ。

 

 どことなく先端の尖った長い骨の形は、獣の骨を削って作った刀の様な形にも見える。

 

 変な見た目でも侮らない方が良いと思う禍々しさに、サクラは次なる魔法による詠唱を行う。

 

 この怪人は間違いなく久しぶりに現れた強敵・・・そう確信して、最大で立ち向かう。

 

 「何が目的でここに居るのか知らないけど、もう容赦しないよ!」

 

 正義の魔法少女の言葉に、骨の怪人も骨身を震わせる。まだ他の魔法が見られる。

 

 それが楽しみであると同時にこの魔法少女を、なんとしても屈服させてヘルブラッククロスに持ち帰りたい。

 

 五体満足では返さない。怪人としての本能で剣を構えて、サクラに向かったその荒削りの刃が飛び出してきた。

 

 「うわっ!ほっ!危なっ!」

 

 突き、振り上げ、大上段からの叩き落とし。空気を裂く様な音を鳴らして、サクラに魔法詠唱の為の準備とその猶予を与えない。

 

 「クカカカカカ・・・ソラソラ、次ノ魔法ヲ出セ!」

 

 再び歯を鳴らした嗤い声と攻撃の数々に、サクラは避けるだけ。魔法を詠唱出来なければ、まともな攻撃手段が無く、やや劣勢に追い込まれてしまう。

 

 「〜〜っこっのぉ!」

 

 魔法の杖から飛び降りて指先で杖の面を押し出すと、魔法の杖が骨の怪人の胸骨に刺さる。間をすり抜けて挟まった杖に、骨の怪人が一瞬動きを止めると、それを狙ってサクラの魔法詠唱が始まる。

 

 「マジカルマジカル〜マジックァス・マジック・マジカル・・・」

 

 打撃や雷が効かないのであれば、土、風、氷、聖・・・様々な属性魔法を一つにまとめたサクラの最大の魔法を叩き込むしかない。

 

 (お願い・・・速く!早く!疾く!)

 

 使う属性が多ければ多いほど、詠唱は長くなる。一言でもミスすればそれで中止となり、失敗してしまう。

 

 あと寒い。とにかく寒くてかなわない。

 

 かじかみ、口が震え、ミスしてしまいそうになる。

 

 そして目の前には骨の怪人という強敵の存在。こんな存在が居ては焦らないわけがない。

 

 マージ・ジゴックの大ボスに比べても、この骨の怪人の方が強いだろう。

 

 「先ズハ右肩ヲ貰ウゾ!」

 「マジックツァー・マジカル・メイジ・イン・マジカル・・・」

 

 骨の怪人の言葉等耳には入って来ないが、それでもサクラは詠唱を間違えない様に、必死に脳内に浮かぶ呪文を唱え続ける。

 

 「マジカルマジカル〜・・・」

 

 骨の刃はサクラの右肩に迫り、魔法少女の装束に切り込みが入る。そしてそれは一瞬にして皮膚に当たり、血をにじませた。

 

 「アイソレイト・エレメンタル!」

 

 サクラの骨に到達した刃は、一切の情け容赦無くその肩に傷をつけた。それとほぼ同時に、サクラの最大複合魔法・アイソレイト・エレメンタルが炸裂する。

 

 展開に使用した暴風が骨の怪人の身体を浮かし、次に土属性と呼ばれる岩石の大魔法が骨の怪人を埋め込み、剣の魔法が四方八方から串刺しにしていく。

 

 「これでぇ〜!!!」

 

 傷ついた右肩は痛みに負けずに持ち上がる。

 

 聖属性、炎属性、ふたつの魔法を融合させた銀色に輝く炎がサクラの手の上に現れる。岩石と剣によって動けなくなっている骨の怪人へと、その手を振り下ろして、もう一度発生する暴風と共に銀炎の竜巻を発動させた。

 

 「吹き飛べ!!!!」

 「ヌッ・・・〜〜ッオオオオ!!?」

 

 想像以上の魔法の連続攻撃に、骨の怪人は喜びに打ち震える。

 

 この女をどうにかして捕まえないと行けない。それだけを考えて、歯を再びカチカチと鳴らすが、もう二本増えた剣の魔法によって、脳天から顎の骨を縫い付ける様に、貫通させられる。

 

 岩石をも削っては焼き尽くす炎の渦に、全身を焼かれ、剣の魔法は骨の怪人を執拗に攻撃し続ける。

 

 ひたすら斬りつける刃と、とどまる事の無い強力な魔法攻撃に、骨の怪人はこの建設中の建物の中心から上の階層へと叩き上げられた。

 

 「ナントイウ・・・ナントイウ、素晴ラシイ力ダッ!」

 

 明らかなダメージを追っているのにも関わらず、骨の怪人は上空でなおも戦いを続行をしようと、両手の骨を蠢かせて、刃を突出させた。

 

 「マダ続ケヨウ!」

 「いいえ、これで終わり!」

 

 サクラの手元には先程飛ばした魔法の杖が戻ってきている。杖の先端を真上に向けて、ピンク色の光線が一瞬輝き、それは骨の怪人の空洞の身体に位置する球体へと命中する。

 

 銃を撃ったかの様な姿勢と、その魔法により骨の怪人の身体は、骨のひとつひとつが、肉の詰まった風船みたく膨れ上がり、破裂させる。

 

 その直後に大爆発をお越し、骨の怪人はサクラの上で怪人生命を停止させた。

 

 からんからんと、頭蓋骨の上半分を残した骨の虚しくコンクリートの上に残り、その後は静寂に包まれる。

 

 「はぁ〜・・・なんか変な怪人だったけど、倒せて良かった〜・・。ってイケない!早く魔法界に行かなきゃ!」

 

 強敵とは言え、終わってしまえば呆気ないモノだった。

 

 サクラはすぐに魔法界へと向かい、魔法の杖に乗ると魔法陣へと飛び立つのであった。

 

 「・・・何か忘れてる様な気がするけど・・・まぁ、いっか!」

 

 右肩の血が飛ぶ風圧によって、一滴の雫となり先程までサクラの立っていた場所に落ちていく。

 

 ぴちょん。そんな冷たい音を鳴らしたその近くには頭蓋骨。光を通さない静寂と闇夜と、冷気が充満するその部屋では、未だに悪が嗤っていた様な雰囲気が残っているのだが、サクラはそれに気づかずに魔法界へと飛び去って行った・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 大雪の繁華街。人々は氷つき無残にもその命を瞬間冷凍による攻撃で、氷結されていっていた。

 

 気配をたどれば屋内に居る人々は、かろうじて生きている、そんな状況下。

 

 これが敬愛するドクターミヤコの作戦であれば、今この道を走るオーク怪人も無様だ、と嘲笑していた事だろう。

 

 しかしドクターミヤコが関与していない所で、しかもドクターを巻き込む様なこの環境襲撃を容認は出来ない。

 

 今すぐに止めねばならない。必ず、なんとしても。

 

 「ブヒ・・・どこだ・・・」

 

 明かりすら覆い尽くす様な吹雪に包まれている繁華街エリア全域を、ひたすら駆け巡りながらオーク怪人は、この襲撃の大元を探している。

 

 繁華街エリアに大雪が降っているとすれば、どこかに通じているアジトを探して乗り込む事も考えたが、予想しうる事で言えば、リコニスを始め大幹部や、怪人の妨害、さらには物量による押し込みで流石に負けてしまう。

 

 戦闘員が出てきていない事を考えると、全員アジトに避難しているということ。

 

 だとすればアジトよりも、この襲撃をどこかで実行している人物が居ると考えたオーク怪人は、ひたすら駆け回っている。

 

 「見つからん・・・!」

 

 オーク怪人の向かっていた場所は、クアッドタワーの前。

 

 巨大なエントランスホールには氷一枚の壁を隔てて、中には侵入出来ない。

 

 「むぅ・・・一番高い所から見渡せれば、環境兵器を探せると思ったが・・・」

 

 喉を唸らせて焦りと憤りをふたつ混ぜた顔で、オーク怪人は必死に脳内で考えを張り巡らせる。

 

 何かしら自分の身に起こる確定未来を探しても、何も映らない。

 

 全て相手の行動ありきの能力である事に舌打ちをすると、そのままクアッドタワーを見上げる。

 

 角張った巨大な建造物は吹雪をまとわせて、銀の渦を巻いている。

 

 高くそびえ立つ氷の城となったクアッドタワーは、いたる所に氷が張り付き、元々の形を大きく変えている。

 

 「どうしたものか・・・」

 

 スマホは隠れ家に置いて来てしまった。今更ギンジ達を呼ぼうにも、今はどうにもならない。

 

 彼らならばきっとドクターミヤコを守護ってくれている筈・・・それを信じるしかない。

 

 「・・・時間はかかるが、登るしかないか」

 

 どうあがいても実行犯を探す為には、高い所からそれを突き止めるしか無い。そう判断してオーク怪人は氷の城に手をかけて、いそいそと登り始める。

 

 もし滑って落ちたらいくら上部で頑丈な彼でも、無事ではないだろう。しかしそんな事は考えていない。例えいくら落ちても、死にはしない・・・その考えが勝つからだ。

 

 でも今はなんとしてもドクターへの被害を考えることだ。こんな大雪、確実に人を死に至らしめるに違いない。

 

 組織がミヤコを殺そうとしているのであれば、その時は玉砕覚悟で組織に立ち向かう。

 

 「ぬっ・・・ほっ・・・えいやっ」

 

 器用に手足を使いながら、氷の塊と雪で滑る壁を登っていく。建物としてはまだ3階程だろう。全部で30階まであるこのクアッドタワーを、なんとかして登りきり、確信犯を見つけたらそこまで飛び降りて全身を使って、必ず直撃させてやる。

 

 そう誓ってオーク怪人は全力で登り続ける。

 

 弱音なんて吐いていられない。容赦のない冷気、吹雪、氷が確実にオーク怪人の体温を奪い、命に迫ってくる冷ややかな力をその身で受けながら、オーク怪人は登り続ける。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 怪人四天王という役職ははっきり言うと、ただの雑用だろうか。

 

 ヘルブラッククロスと、そして総統の意にそぐわない存在を消しに行く、怪人という最大戦力。

 

 聞こえは良いが実体はあまり良いモノではない。雪の怪人は産まれてまもなくこの怪人四天王んお座に就いていた。

 

 ・・・自我が芽生える前であれば、力による支配というモノはとても心地が良かったのかも知れない。

 

 過去を思えばきっとそれだけだった・・・自我が芽生えた今はと言うと、組織のやり方に素直に賛同出来ない日々が続いている。

 

 自我が芽生えた時、覚えているのは目から流れる不思議な液体。それを涙と知った時は驚いた。驚いたし、怖かった。

 

 怖くてまた泣いた。泣いた、その行動が怖くてまた泣き続けた。

 

 泣いている自分を馬鹿にされて嫌だった。

 

 泣いている事を怒られて悲しくなった。

 

 悲しいという感情を知った時、雪の怪人は怪人としてどこかがおかしいと決めつけられて、また泣いてしまった。

 

 同じ時期に産まれた赤鬼の怪人に怒鳴られると、怖くて身体が動かなくなり、骨の怪人とは顔を合わせる度にビビり通してしまっていた。

 

 鏡の怪人は自分と会話する時には決まって逆上してくる。それが怖くてまた泣いた。

 

 泣いた。泣いた。泣いた。

 

 涙を何度も流した。

 

 だって怖いから、だって辛いから。

 

 怪人はきっと涙を流さない。ソレが当たり前であって、涙を流す様な設計はされて居ないからだ。

 

 非人道的な行動が当たり前の組織に身を置いていて、かつ怪人四天王という位の高い位置。

 

 そこに立つ雪の怪人は、組織内の一部からはこう呼ばれて居た。

 

 泣き虫雪女・・・と。

 

 しかしながらそんな雪の怪人に興味を示して、怪人として産まれた事を後悔させない様な、素敵な人が居た。

 

 怪人開発の開祖として組織に様々な貢献をもたらした、大幹部。

 

 ドクターミヤコと呼ばれていた。彼女の言動は雪の怪人の黒く汚れた、胸の中にある何かを光で綺麗にしてくれた。それも非人道的な行いなのかも知れなかったが、不思議とドクターミヤコの言う事ならばなんでも聴いてあげられると思ってしまった。

 

 現に彼女の側に立つ怪人達は、怪人四天王である自分達とは違い、とても生き生きしている様子が見て取れた。

 

 それを羨ましいとも思い、悔しくなって、惨めになって、またもや泣いてしまった。

 

 雪の怪人はドクターミヤコが好きだった。人間でありながら怪人という新人類を造り、怪人1人ひとりの・・・。

 

 「何を・・・持っていたのかしらね・・・」

 

 自分で降らした大雪のど真ん中で、雪の怪人は闇夜に膜を張る白い大空を見上げている。

 

 怪人達の何を持っていたのだろう。ドクターミヤコは・・・やはり自分の偉大なる存在であり、造ってくれた元は違うが、彼女の為であればこの作戦も大いに喜んで行ったことだろう。

 

 この胸の中にある・・・感情の素だろうか、なんとも形容しがたいその言葉が出てこない。

 

 あのヘヴンホワイティネスに敗けて、捕虜にされたとのことだが、組織はそんなのお構い無しに抹殺を特命として出している。

 

 彼女を守りたい・・・しかし怖くてまた泣きそうになる。

 

 冷たい大雪に着物と長い髪を揺らして、再び大空を見上げる。この雪が止む頃にはきっとこの街のほとんどの人が死んでいる事だろう。

 

 その中にはドクターミヤコも・・・。

 

 「・・・っ」

 

 胸が痛くて苦しくなる。

 

 でも・・・もう止められない。

 

 この大雪は止まらない。

 

 「環境兵器ではなく・・・貴様だったのか、雪の怪人」

 

 背後からの声は野太い男性の声。鼻息も混ざり、強い男性の印象を思わせる様な、荘厳な口ぶり。

 

 「・・・有姪海岸以来ね」

 「ふん。もう二度と会いたくは無かったがな」

 

 軍服、軍帽、軍靴、豚顔。

 

 クアッドタワーの屋上にて、2人の怪人がここに再開した。

 

 「この大雪・・・納得した、貴様の仕業だな!」

 

 大きな声で怒鳴りあげると、背筋に力が入ってしまいすぐに顔が泣きそうに歪んで行く。

 

 瞳に涙を浮かべて、それはすぐに頬を伝う大きな雫となって、一筋の道を作る。

 

 「ふぇ〜〜!怒鳴らないで〜!!」

 

 また泣いた。今日こそ泣かない様にしようとしていたのに。

 

 (ブヒぃ・・・なんでこいつはすぐ泣くのだ・・・?)

 

 オーク怪人としては普通の事なのだが、何故か雪の怪人は大泣きしている。その涙を確認すると、どうにも叩き潰そうとは思えなくなってしまう。

 

 「怒らないでよぉ!怖いじゃないっ!」

 

 手に掲げた後に上に現れるのは、大雪。塊となったそれをオークにめがけて飛ばして来る。

 

 「ぬぅ・・・今登って来たばかりだから、腕に力が入らんのだが」

 

 氷の壁に悪戦苦闘しながらも、ここまで登りつめたオーク怪人の腕は普段使わない筋肉まで使用してパンパンになっていた。

 

 それに加えて指先は冷えて感覚が戻っていない。

 

 転がってくる大雪を前に、一先ずは確定未来を働かせる。

 

 ここに雪の怪人が居ることは予測出来なかった事だが、こうして戦わざるを得ないのであれば、そうするしかない。

 

 この雪玉攻撃は見た目以上に硬い様で、未来映像に映るのはこの雪玉に跳ね返される映像。

 

 太刀打ちするにはまだ力が足りない。

 

 「避けるしかないか・・・」

 

 雪玉を避けた次の映像は、氷柱の遠距離攻撃。これも砕く事は不可能という映像。

 

 戦いにおける自信は強く高いオーク怪人も、こうも不可能続きだと他の手段を用いて接近しないとならない。

 

 「避けないでよぉ!」

 「知るか!貴様こそこの大雪を止めろ!」

 「また怒鳴ったぁ〜うえーん!」

 「泣くな!」

 

 オーク怪人が怒鳴る度に雪の怪人もどんどん泣きじゃくる。泣き声が強くなればなるほど、雪の攻撃は勢いを増していく。

 

 「貴様のこの攻撃でドクターが苦しむのかも知れないのだぞ!いい加減に止まれ!」

 

 雪の壁に進行方向を塞がれても、無理やり突き進もうとして破壊してくる。

 

 突き破ったその先には氷柱と雪玉。それらがオーク怪人めがけて狙いを定めている。

 

 「おのれっ!」

 

 いくら腕が痛く、指に感覚が無くなろうと、ここまで来たら拳でも脚でも使って戦うしか無い。

 

 まともな遠距離攻撃手段を持たないオーク怪人は、こう言った環境そのものを操れる怪人との戦いはかなり相性が悪い。

 

 氷柱は堅く一本も止められずに身体に命中して吹き飛ばされる。貫通しなかったのは、ドクターミヤコお手製の軍服のおかげだ。

 

 後方に転がりると雪の壁にその身体がぶつかり、勢いが止まったと思ったら小規模な硬い雪玉が何個もオーク怪人にぶつかっていく。

 

 硬球が身体に当たるのと同じで、その威力は本当の意味で命を削るデッドボール。

 

 (不味い・・・!)

 

 床の雪が氷つき次第にオーク怪人の脚を凍らせていく。

 

 (このままではっ!)

 

 夏の海岸で戦った時と違うのは、今の環境操作による雪の怪人の独壇場、そして戦う前準備が何も出来ていなかった事。

 

 言い訳をすれば腕に力が入らないのもそうだろう。

 

 一つひとつの硬球が当たる度に顔を青くしていき、体温を奪いながら止むことの無い遠距離連続攻撃に、苦しめられる。

 

 「皆してそうやって怒って・・・!私はあやつり人形じゃないのよぉ!うっ、うっ・・・ひぎゃああああ」

 

 泣きわめきながら次々と発動する大雪攻撃に、オーク怪人は今度ばかりは死を覚悟する。

 

 相手の状況に入り込んでも勝てると、信じて疑わなかった自信と、ドクターを守るというプライドが、この凍土空間の中では意識と共に失わせる程の能力低下に追い込まれいる。

 

 脚の氷は下半身全体を覆い尽くし、上半身は雪玉と氷の結晶による連続攻撃、背中は雪の壁にくっつけられてもはやまともに動く事すら適わない。

 

 「ドクターにだってもう会えないし・・・つらいのは全部私なのよ!」

 

 雪の怪人が叫ぶとオーク怪人は、今一瞬諦めかけた事を後悔する。

 

 ──ブヒ、私が死んだら・・・誰がドクターミヤコの花嫁姿を見るのだ!誰がギンジとドクターの将来を守るのだ!!

 

 「ぬっ・・・おおおおあああああ!!!!!」

 

 全力で叫ぶ。雪の怪人は泣いていたとしても、そこは怪人。オーク怪人の息の根が止まるまで放つつもりだった攻撃が、オーク怪人の叫びによって、その手が一瞬止まる。

 

 「貴様がドクターの身を案じているのかは知らないが、私はここで敗ける訳にはいかん!」

 「・・・何よ、もう動けない癖に・・・!」

 

 ここで倒す。それしか考えていないオーク怪人は身体の中から熱い気持ちを、全て拳に乗せる。

 

 ドクターを守る為に研鑽したこの力は、何も守るためだけではない。

 

 敵を倒す為の力でもある。

 

 「私はドクターミヤコ派・側近!オーク怪人だぁ!」

 

 まるで熱感でも持ったのか、震える豪腕で正拳突きを繰り出すと、空間が歪んだかの如くドラの様な音が鳴る。

 

 その音と雪を吹き飛ばす力強くも、視認出来ない波動によってオーク怪人の身体の雪と、氷が全て打ち砕かれた。

 

 「なっ・・・何、その力・・・?」

 「・・・なんだこれは?」

 

 確定未来で出ていた動きを真似しただけなのだが、それをやった途端オーク怪人自身にも解らない謎の力が吹き出た。

 

 手の周りには空気が震えているのか、手刀の形を作る事でその周りの空気に熱を持っている事が解る。

 

 「・・・良くわからんが・・・この力ならばまともな攻撃手段にはなりそうだ!」

 

 ここに来て新たな力を覚えたが、オーク怪人にも解らないこの力。上手く扱えるのだろうか。

 

 「・・・貴様、ドクターについて知ってる事も話してもらうぞ」

 「うっ・・・うるさい!氷つけにしてやるっ!びやあああ」

 

 またも大泣きしながら繰り出される雪の攻撃に、オーク怪人は震えるこの手を持って雪の怪人へと突撃していく。

 

 反撃の時が来ていた・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 オフィスビルエリア──。

 

 ここでは鏡の怪人とヘヴンホワイティネスとの激戦が繰り広げられていた。

 

 「ミドリコ!援護お願い!」

 「了解した!」

 

 カエデの掛け声に合わせて、ミドリコが銃を撃ち出す。

 

 鏡の怪人の攻撃として操られる鏡の破片は、攻防一体となる隙の無いモノであり、カエデもレンも上手く近づけないで居た。

 

 「噂のヘヴンホワイティネスもそこまで強くは無いのですね」

 

 馬鹿にする様な言い方でついついカチンと来てしまうが、舌戦に付き合っている訳には行かない。

 

 ガントレットのギアを回して、雪に覆われたコンクリートを殴り飛ばし、鏡の怪人への視界を白い壁に変えると、そこに合わせてレンとミドリコが左右から飛び出して不意を狙う。

 

 対怪人用に開発された弾丸を装填した専用カスタム銃の威力は、鏡の破片一枚と同程度の威力で、本体である鏡の怪人に当てるのは相応に連射しないと行けない。

 

 レンのビーム剣も鏡を複数枚まとめて破壊する為に、ハンマーへと形状を変えてひと振りで何枚も破壊するが、続けざまに出される防御用の鏡の破片が、攻撃と共にレンを押し返す。

 

 「銃の方も厄介だ・・・真実を映し出す鏡を前に臆さないとは・・・洗脳にも対策があるとは素晴らしーですね」

 「怪人というのは、どうしてこうも人を馬鹿にする奴が多いのだ?

 くだらん挑発だと言うことに、何故まだ気づかない」

 「そのくだらない挑発にわざわざ乗っかって戦ってくれる人がいるからよ」

 

 目隠ししている鏡の怪人の言葉に、ミドリコはずっとイライラしてしまっているが、意外と冷静な様子で攻撃をほとんど避ける事に専念している。

 

 無理して前に出て戦わないのは、自分の負傷一つでカエデとレンがまともに戦えなくなるからだ。

 

 彼女達のサポートとしてこの場で戦う一方で、ミドリコはすぐ近くの公安局も心配で、ついついそちらにも眼が行ってしまう。

 

 「行くわよ、レン!」

 「うん。任せて」

 

 2人同時に鏡の怪人へと突撃。カエデはその跳躍力で上空へと飛び出し、レンはビームドリルで真正面から破片ごと狙う。

 

 「同時に来た所で・・・そんなのは無意味だと気づかないのか」

 

 鏡の怪人はなおも馬鹿にしているが、3人の女性達にはあまり聞こえていない。

 

 「必殺!チャージング・バスターフィストぉ!」

 「ビーム剣術・ドリルタンク」

 

 2人の少女の大技が鏡の怪人めがけて飛び出して来るが、それに抵抗する為に防御の為の鏡を展開しようとするが、顔の横を弾丸がかすめる。

 

 この鏡の防御陣を抜けて正確に、顔をめがけた弾丸に眼をひかれる。

 

 視線の先にはミドリコのライフルを構えた姿勢。スナイパーライフルを立ったまま構えたその姿勢からこちらに向けた銃口は正確無比かつ、自分に向けた最大の凶器となっていた。

 

 「私達の勝ちだ」

 

 ミドリコは急に勝利宣言をする。

 

 一瞬だけでも注意がミドリコに引いた事で、2つの殺気を頭から離してしまっていた。

 

 注意不足が招いた結果、すぐに防御姿勢に入るが、上からやってくるカエデの必殺技であるチャージング・バスターフィスト。正面から来るのは、レンのドリルタンクが鏡の破片を砕きながら突っ込んでくる。

 

 2つの攻撃を寸前でガードに成功しても、この2つの攻撃を同時に止めながら力の押しこみ合いが始まる。

 

 「こっの・・・!なんで反応出来るのよ!」

 「いい加減倒れて・・・」

 「貴女達こそ、こんな猿しか出来ない様な事で、私の注意を逸らせるなんて・・・思わないことですね!」

 

 3人の女性のぶつかり合いが始まる中、ミドリコは次なる一手とする弾丸を引き抜く。放たれたスナイパーライフルの弾丸は、鏡の怪人の残った数枚の破片を貫き、脚を狙う。

 

 「あぐっ!?」

 「貰いっ!」

 

 脚を撃たれた瞬間に膝が曲がり、かくりと落ちた鏡の怪人へカエデの必殺技が再び炸裂する。

 

 「レン!」

 

 カエデが叫ぶ。こうしてくれと、何かの指示を出す様なその掛け声に、レンは瞬時に判断するとビーム剣の形状を、カエデのガントレットとブーツにまとわせる。

 

 防御が崩れた鏡の怪人へと、決め込むカエデとレンの複合必殺技。

 

 「必殺!ビーム・インパクト!!」

 

 鏡の怪人の頭上から容赦無く叩き込んだ青白い一撃は、光を反射しながらも強烈な閃光となり、華奢な身体を折り曲げる程の大きな威力を、鈍い鐘の音の様に響きわたる。

 

 「くっうううぉおお!!!」

 

 この一瞬の中で屈辱と激痛が顔に入り、鏡の怪人は後方へと脚を滑らせてその身を引いた。

 

 「なんて威力・・・ホントに女の子?」

 「この一撃でも倒れないなんて、あんたこそ本当に女なの?」

 

 屈辱による憤りから煽りを出したが、カエデも余裕な顔を作り眼の前の怪人へと煽りを返す。

 

 「・・・忌々しい奴らね」

 「それはこっちのセリフよ!」

 

 ビームが手足から離れると、それがレンのビーム剣に戻り、少し離れた場所ではミドリコがまだ武器を構えている。

 

 3vs1だとこういう不利な状況に持ち込まれるのが、面倒でしょうがない。それも特殊能力を持った相手が2人も含まれているとしたら、鏡の怪人も非常に戦い辛いのだが、襲撃もあるので諦める訳には行かない。

 

 「こうなれば・・・奥の手、使うか」

 

 気怠そうに言い放つと、鏡の怪人は虹色に輝く鏡を召喚する。

 

 「最初から使うべきだったんじゃない?」

 

 カエデが再び煽るのは、レンとミドリコと共に戦っている余裕からだろうか。

 

 「ブスになるから嫌なのよ。この姿を出すと」

 「顔隠してる、ブスとか関係ない、貴女は私達には勝てない」

 「つくづくムカつく人達・・・」

 

 レンも同じ様に煽り、鏡の怪人は虹の鏡から光を集めて攻撃を開始する。この鏡から繰り出す大技は鏡の怪人が現状出せる最大の攻撃手段。

 

 「先ずは・・・そこの女から殺す!」

 

 狙いを定めた先に居るのは、ミドリコ。彼女を狙って虹色の光が向けられたが、その場に居る4人全員に重苦しい殺気とプレッシャーが一瞬乱入してくる。

 

 姿は無い。だけど、誰かの気配を感じた。

 

 「・・・何!?」

 「わからな、い・・・」

 

 カエデとレンはそのプレッシャーに気圧されて、鏡の怪人も同じく呆気に取られて居た。

 

 ミドリコだけはこの気配をどこかで知っている様な、懐かしくも怖く思える・・・上手く言えないのだが、そう感じる何かを感じていた。

 

 「・・・貴様ァァア!!まだ生きてたのかぁぁ!!!」

 

 いきなり激昂する鏡の怪人だが、そのプレッシャーに対しては大きな焦りあ見て取れる。

 

 鏡の怪人はこの気配を知っているし、なによりついこの前まで共に戦っていた男である事を察知すると、あの【裏切り者】の存在を思い出して、全ての我慢を吐き出して怒鳴り出した。

 

 しかしその怒号をすり抜ける様に、鏡の怪人の背後から強く分厚い手で、すべすべな綺麗な肩を握り締められる。

 

 その姿は見えなくても、鏡の怪人はハッキリとわかった。【ソレ】がそこに居る事を・・・まだ生きているという事を、ヘルブラッククロスの裏切り者が、確実に居る事を。

 

 誰の姿にも見えないのに、そこに居る。鏡の怪人とミドリコにはその姿がうっすらと見えてるが、果たしてそれが人の形なのか、はたまた異形なのか不明ではあった。

 

 だけどもその存在は確実に鏡の怪人へと気配だけで、押し殺せそうな強い鬼機を持って肩を掴む。

 

 「ハァ・・・ッ・・・ハァ、ハァ・・・ッ!」

 

 恐怖。力だけはおそらく最強なこの男にここまで接近を許せば、鏡の怪人とて無事では済まない。

 

 「その女ぁ・・・殺したら。俺っちが許さねぇぞ・・・!!」

 

 ヘヴンホワイティネスには聞こえないが、その殺気に満ち溢れた言葉声音は間違い無く、鏡の怪人の脳内に、そして体内に響く程の声で伝えられた。

 

 それだけを伝えるとその気配は消えるのだが、カエデもレンもその一瞬で何が起こっているのか理解出来なかった。

 

 (・・・赤鬼・・・?)

 

 ミドリコはこの気配を確かに赤鬼だと思って感じ取った。自分を助ける為に命を賭けたあの漢の魂だけでも、ここに駆けつけて来てくれたのだろうか。

 

 (・・・馬鹿な・・・なんであいつが・・・!?)

 

 鏡の怪人は虹色の鏡の色を変えて黒色に変えると、自分の背後に落としてヘヴンホワイティネスを睨む。

 

 「・・・今回はここまでにしましょう。私は急遽報告しないと行けない事がありますので」

 「待ちなさい!」

 

 カエデが逃げようとしている鏡の怪人へと、走りだそうとするがレンが前に立ってそれを静止する。

 

 「カエデ、目的は公安局の救助。敵を、倒す事じゃない」

 

 こういう時に冷静なレンが居てくれて良かったと思う。

 

 いつもカエデは目の前に集中すると、本来の目的を忘れがちになりやすい。心強い相棒が居るだけでカエデは幸せな気持ちにもなる。

 

 「・・・さらば、ヘヴンホワイティネス。今度は、必ず倒してやる」

 

 憎き怨敵にそれだけ伝えると、鏡の怪人は黒い鏡に沈む様に入り、全身が水面に入るかの如く揺らめくと、鏡も姿を消した。

 

 残った静寂にヘヴンホワイティネスは戦いが終わった事を確認して、彼女達は急ぎ公安局へと進むのであった。

 

 「・・・あいつには助けてもらってばかりだな」

 

 もしかしたらあの気配は本当に赤鬼だったのかも知れない。

 

 ミドリコは胸の中にある形の無いモノ、心に手を当てる様にして静かに彼にお礼の気持ちを贈り続ける。

 

 「さて、カエデ、レン。君たちもありがとう!」

 「これぐらい、大丈夫」

 「そうね。礼には及ばないわ!」

 

 カエデもレンも同じくにっこり微笑むと、ミドリコは更に気持ちが堅くなる。必ず戦いを勝利で終わらせて、彼女達の明るい未来を守らねば、と。

 

 「でも・・・まだ雪が止まないわね」

 

 カエデがしんしんと降る雪の空を見上げる。

 

 「早く解決させましょ!ギンジが心配だし」

 

 カエデが言うとレンも言葉を続ける。

 

 「私も、ケイタが心配」

 「それじゃあ、早く解決しに行こう!まだ私達の戦いは終わっていないぞ!」

 

 元気よくミドリコが毛皮のコートをバサりと羽織り直すと、3人は決意の顔で頷き合いつつも、氷に覆われた公安局の前まで来ていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ここはどこだろうか。

 

 柔らかい場所に寝かされているが、変わりに全身は激痛で起き上がれない。呼吸するだけでも体内がバラバラと痛む。

 

 香りの良い部屋の中では、ろうそくが壁に灯されておりわずかな明かりとなっている。

 

 高級感のあるシックな部屋に、その者は眠っていた。

 

 動かせない腕に視線を動かせば、包帯で巻かれている事を確認出来、身体の感覚を研ぎ澄ませれば、全身に包帯が巻かれている事もわかる。

 

 身体が痛い。目も痛い。呼吸が痛い。

 

 何をしたらこんな大怪我になるのだろうか、そう考えるのも痛い。

 

 「おや・・・お目覚めかな」

 

 視線を動かせば、その先に居るのは銀色の長い髪を束ねた、高そうな生地をふんだんに使った黒とピンク色の装束。

 

 肘まで隠れる長い手袋と、指先はまるで何かを刺せる程尖った爪。

 

 「まだ喋れないだろう?ゆっくりしていくといい、勇者よ」

 

 勇者?そう名乗った覚えはないのだが、今は言われるままにゆっくりするしかないのだろう。

 

 だけど一つだけ気になる事があった。ここがどこかとか、自分はこれから助かるのか、とかそういうのもどうでもいい。

 

 ただ一つだけ・・・本当にコレだけははっきりさせておきたい。

 

 喋れないが、ギョロギョロとゴロゴロとグリングリン眼球を動かしながら、勇者と呼ばれた者は脳内で叫ぶ。

 

 どうしてここに居るのかなんて解らないが必死に叫ぶ。

 

 (ミドリコの姐さんは無事なのかあああああうおおおおおお)

 

 ヘルブラッククロス怪人四天王→ヘヴンホワイティネス→勇者?

 

 そう呼ばれる様になってしまった赤鬼は、怪我が完璧に治るまでは、ひたすらミドリコ愛を頭の中で精一杯かき回すのであった。

 

続く

 

 

 

 




お疲れ様です

赤鬼は実は生きていた!!

キャラネタ書きます

雪の怪人
ドクターミヤコがしゅき
次回決着

オーク怪人
普通に雪の怪人強くてビビった

小町サクラ
魔法界の危機らしいので急いで故郷に帰ろうとしたら骨の怪人と鉢合わせた。

骨の怪人
魔法の力を持った怪人が居れば、組織が強くなると思っている。
実際それは間違いないのだが、今回負けましたよね?大丈夫そ?

鏡の怪人
報告する事というのは、もしかしたら生きている赤鬼の事。
今後も裏切ったままなら、絶対に排除してやらないと行けない。

赤鬼
死んで離脱した時、明確に死んだ瞬間を見た人は誰も居なかった。
そして今知らない場所で療養中。
ミドリコ愛によって下半身がものすごい事になっているらしい
全身は大やけど、複雑骨折、爪の破損、牙は砕けた。
全身もやばい事になってるぞ!!

次回は怪人四天王編完結!雪の怪人vsオーク怪人の決着と、その頃のギンジ達の話しも繰り広げられるぞい!

それではまた次回!!!!!


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48・凍土の街、溶け行く心

こんにちはアトラクションです

最近早出、残業が多くて執筆できておりませんでした。

ブラック企業なんかやめてヘルブラッククロスに就職しようかな。
アットホームな職場環境らしいです。
今回のお話で非日常編が終わります。そしていよいよお待たせしつづけた、次回からの新章!
それではどうぞ!


 震える手・・・そう呼ぶよりかは振動する手を呼ぶのが適切とも思える。この手を振りながら、オーク怪人は目の前に驚きながらもこちらを見つめる雪の怪人へと視線を戻す。

 

 この力が何かは不明だが、向けた先と突き出した先に、空間を震わせる振動による波動の並を打ち出してくれる。

 

 制御は簡単なその力を用いれば、氷も雪も冷気も怖くないと思えてきた。

 

 今なら誰よりもドクターミヤコを守れるのは自分だと、声を大にして言いたいぐらいだ。

 

 とは言え新たなこの力を完全に信用するのは危ないだろう。どこかで制御出来なくなる段階まで来てしまえば、再びこちらが負けそうになるかも知れない。

 

 (ブヒ・・・さて、どうするか)

 

 次の行動を行う前に一手攻撃の為の手段を考える。

 

 これから攻撃するとしても、雪の怪人の攻撃範囲と、その攻撃速度ははっきり言えば不利な状況は一切変わっていない。

 

 ただ自分の身体に当たる氷を粉砕出来るぐらいでしかない。

 

 見えていない場所でも、冷凍攻撃は場所を問わず狙える。

 

 空気そのものを凍てつかせる環境攻撃は、オーク怪人にとっても人類に取っても天敵になり得ることだろう。 

 

 「うっうっぐすぐす・・・」

 

 今だ泣き通している雪の怪人のは、こちらを見ていないのに次の氷柱を召喚しては、オーク怪人にめがけている。

 

 この場所がクアッドタワーの屋上という事もあり、風は抵抗無く雪を運んでくる。

 

 「いい加減寒いのでな・・・ドクターの為に、ここでお前を討つ」

 「ドクタ〜〜うわーーーん」

 

 大わめきの瞬間に氷柱が飛んでくる。それらの一本一本は対した破壊力は無いのだが、それでも人間では死ぬだろう。

 

 相手が怪人であれば無事とは行かずとも、ほとんどの場合は問題無い。

 

 「私だってドクターに会いたいのに!会いたいのにぃ!!」

 

 泣きキレしながら飛び出す氷柱を何本も召喚しては、オーク怪人めがけて来る。それらの攻撃を振動する全身の攻撃により、触れる直前で融解されていく。

 

 ジワジワと溶かされた氷柱は半分程まで進むと勢いが殺されるが、一本全てを溶かすまでは相手にはしていられない。

 

 すぐに二本目の氷柱がやってくる。

 

 「ええい、面倒だ!!」

 

 回し蹴りと手刀のラッシュで、次々と飛んでくる氷柱を破壊しては強引に切り抜ける。続く雪の壁や死角からの硬球雪も、なんら問題なく振動する手で切り抜けていく。

 

 力にモノを言わせた豪快な突破は、文字通りの破壊となって雪の怪人へと近づいていく。

 

 「くっうう・・・シクシク・・・うっうう」

 

 着物の袖で涙を拭き取りながらも溢れて止まらないソレを諦めて、白くなった屋上のコンクリートに手を触れた。

 

 その雪の怪人の手を中心に、バキバキと音を鳴らして氷が広がっていく。氷面にはトゲが飛び出しながらオーク怪人へと伸びていき、足元を狙う。

 

 振動の拳を持ってそれを打ち砕きながら、オーク怪人は雪の怪人へとひたすら突進。

 

 「ドクターを案ずるならその力を今すぐ止めろ!」

 「能力を止めたら私を押し倒すんでしょ!どうせひどい事するんでしょ!?」

 

 それはただの思い込みなのだが、ここまで来ると本当に押し倒すでもしないと止まらないかもしれない。ついでに骨も折るしかないだろうか。

 

 「いい加減にしろ!この大雪でどれだけの人が苦しんでいると思う!?貴様の範囲攻撃で、無意味に死ぬ人間が・・・」

 

 そこまで叫んでからオーク怪人は自分の発言に、大きな違和感を覚える。怪人であり、ドクターミヤコありきとは言え組織に戻りたいと願う自分が、まるでヘヴンホワイティネスみたいな事を口走った事に・・・。

 

 「私だって・・・こんな事したくないのよぉ!もしドクターを巻きこんでるって思ったら・・・ああぁっ」

 

 雪の怪人とてこんな攻撃は不本意だ。本来は街の破壊を目論む作戦だが、色々な事柄が混ざり合って狂乱している。

 

 「貴様がドクターを思うなら・・・」

 

 氷の床、氷柱、硬球雪、雪の壁をもろもろ破壊しては、踏み越えては、振動する手で粉砕してついに雪の怪人の眼前まで迫る。

 

 右手を大きく振り上げて、拳は堅く強く握られる。振動を加えたその拳骨は雪の怪人の顔面の真ん中に狙いを定めて、思い切り撃ち抜く。

 

 「今すぐこの攻撃を止めろぉぉ!!」

 

 形の整った白い肌に思い切りオーク怪人の拳が命中する。その一撃の強さは振動を加えた事により、現状のオーク怪人が出せる限界以上の威力となり、衝撃が脳髄の奥まで届く。

 

 「ぶっひ!?」

 

 殴り倒された雪の怪人の攻撃合図でも合ったのか、床の氷から鋭い氷柱が飛び出し、軍服ごとオーク怪人の腹部を左右から貫いた。

 

 「ぐっ・・・ぬぅう・・・」

 

 両手の手刀で氷柱を砕くと、その場で膝をつく。

 

 「ドクターは・・・まだ生きてるの?」

 

 雪の怪人が頭を抑えながらも、鼻血を出して涙は赤くなっている。血涙となったその雫が頬に伝うと、怪人の黒い眼にととてもよく合う不気味さを醸し出している。

 

 「・・・無論だ、貴様が案ずる事では無いがな」

 「・・・ごめんなさい、少し落ち着いたわ・・・」

 

 いつもの口調に戻りつつも、その声は涙声である。

 

 「ヘルブラッククロスって・・・なんなのかしらね」

 

 雪が舞う都会の街を見下ろしながら雪の怪人が、静かに呟く。

 

 先程のオーク怪人の人間を思いやる様な発言は聞こえていたのか、雪の怪人がその場に座り込む。着物が汚れる事も厭わずに。

 

 「ぶひ・・・ヘルブラッククロスは力による支配を求めた・・・」

 

 そんな当たり前の事を聴きたかったのでは無いと、口に雪が貼り付けられる。

 

 「違うわ・・・ヘルブラッククロスって・・・生きる為には力が必要って言うけど、気に入らない人は暴力で屈服させて、常に闘争本能のままに生きる世界を目指そうとしているでしょ?」

 

 言う慣れば無秩序な世界。相手を叩く事だけが唯一の正義となる、雪の怪人個人は生きて行くことも不可能になるような世界観、思想、破壊だけの世界。

 

 総統はその世界を支配すると言うが・・・果たしてそんな独裁的な世界で怪人達も人間も生きていけるのだろうか。

 

 そしてそこに誰よりも組織に貢献しようとしていた、あの怪人大幹部ともなったオーク怪人は人間を思いやる様な発言。

 

 「私は正直、ドクターミヤコがその世界で生きていくならそれで良いと思っている。ブヒ、あのお方が望む理想を私は叶えたいたいだけだからな」

 

 貫かれた腹部は凍結しいて出血が収まっているが、そこを抑えながらオーク怪人は荒い呼吸でそう話す。

 

 「私も・・・ドクターミヤコ様の為なら、なんでもしてあげたい。ねぇ、オーク怪人、頼みがるのだけれど、良いかしら?」

 

 鼻血をぬぐいながら雪の怪人は、オーク怪人に告げる。

 

 「ブヒ・・・ドクターの敵となるようなら、容赦はしないぞ」

 「・・・そんなんじゃないわ。ミヤコ様がどうお考えなのか。それを知りたいのよ」

 

 先程からの激痛によってかなり落ち着いたのか、雪の怪人は血涙も拭いながらそう告げると、先ずは大空を見上げる。

 

 未だに雪を降らすこの大空をオーク怪人も同じく見上げる。

 

 「先ずはやることがあるわね。この雪を止めないと」

 「どうやって止めるのだ」

 

 雪の怪人が着物の裾で溢れる血の涙を拭き取り、しかし顔は冷たい空気が漂う空を見上げたままでオーク怪人の質問にアンサーを返す。

 

 「私の能力を解除するのは簡単な事よ。気絶させればいいだけ。でも、もう解除自体はしているから余計な事はしなくていいわ」

 

 泣く様なうわずった声で話す雪の怪人の能力、天候操作・吹雪は未だ止まる気配はない。

 

 「心配しないでちょうだい。あと数分もすればこの能力は止まるわ」

 

 こんな大規模な能力を、自らの意思で止められると言うのは、本当に怪人としての実力は高いのだろう。これでフェーズ1の怪人だと言うのだから恐ろしい。

 

 雪が止み、能力も解除されれば復活した夏の熱気によってすぐに消えると言う。雪の怪人が冷気を浴びる様にその両腕を大きく広げた。

 

 「雪が止んだら・・・ミヤコ様に合わせてちょうだい」 

 「・・・ブヒ、了解した。しかし条件があるが、良いか?」

 

 訝しむ表情のままで振動する手を収めると、落ちていた軍帽をかぶり直す。雪でべちゃべちゃになっているが、構わずにそれをかぶる。

 

 「ひ、ひどい条件はやめてね・・・」

 

 相変わらず小心なのか、その声はさっきまでの泣きながらの声に戻ってしまっている。

 

 「軽いモノだ。別にこれ以上痛めつけようとは思っていない。貴様からの不意打ちが来ない様に、拘束だけはさせてもらうぞ」

 「そう。ならばご自由に」

 

 泣き虫雪女は簡単そうに言うと、オーク怪人は痛む腹部を抑えながらもゆっくりと立ち上がり、雪の怪人へと睨みを効かせる。

 

 最低限ドクターと合うまでは拘束しておかないと、何かしら問題行動に出るかも知れないからだ。その警戒心を残したままオーク怪人と雪の怪人は大雪の戦場となったクアッドタワーの屋上を後にした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 血。

 

 ほんの数滴の血液がそこに落ちている。

 

 僅かな命の残りを振り絞ってそれを体内へと取り込まなければ、頭蓋骨の上半分だけとなった骨の怪人は本当に死んでしまう。

 

 工場エリアのこの建築途中の建物は、極寒の冷気によって覆われている。すぐそこに落ちている血液はもう既に氷つきはじめている。

 

 「・・・──グッゴ・・・ォォオ」

 

 唸る様な、絞り出す様な声で、言葉にならない言葉を骨の怪人は喋りだす。

 

 もう変形する能力なんてまともに残ってすらいない。かろうじて、前歯の一部が伸ばせるかどうかだが、この満身創痍の状態では賭けに転じるぐらいしか生き残れる方法が無い。

 

 血液を。血液を。血液を。

 

 それだけが今骨の怪人に残された、生への執着。

 

 自分が生きれるのであれば、最早この後の事は、復活してから考えればそれで良いのだから。

 

 ヘルブラッククロスの為にも、自分は生きなければならない。

 

 そして必ず勝たねばならない。今回の負けはまだ認めていないし、組織の誰にもバレていない。で、あればなんとしても復活して抱腹せねば。

   

 色々と考える事はあるのだが、とにかく今は数センチ離れた血液が完璧に氷になる前に、動かせる骨の一部を伸ばしてその血を体内に取り込まねばならない。

 

 「・・・血ィ──ヲォォ、──ギ・・・オオオア」

 

 冷たい風によってその唸り声は誰にも聞こえていない。

 

 最後までトドメを刺されなかった事をラッキーと思い、骨の怪人は前歯を一本だけ伸ばす。人間の一歩にも満たない程の距離なのに、すぐそこにある血液に歯を伸ばすだけでも、気を抜けば死にそうな程苦しく思える。

 

 ヒビを走らせ、バキバキと砕ける音を鳴らしながらも、垂れた血液・・・魔法少女の血液にたどり着く。

 

 表面は凍りつき始めていて、シャーベットの様にシャリシャリしている。だとしても、今の骨の怪人には大きな壁となっている。

 

 そこまでたどり着いていても、消えようとしている命の灯火は、余裕無く消え入りそうになっていく。

 

 急げ、死ぬ。急がないならば、死ぬ。

 

 何もしなくても死ぬのだから、悪あがきの意味合いも強く、骨の怪人は伸ばした歯をぷるぷると尖らせて、シャーベットを破る。

 

 「オオォ・・・」

 

 血を骨の中へと染み込ませて、そしてようやく喋れるだけの力を取り戻す。

 

 怪人の細胞に魔法少女の血液が入る事で、骨の怪人は頭蓋骨上半分だけの姿でも、復活を果たした。

 

 「魔法少女メ・・・ソノ先ニ居ルノダナ」

 

 いまだかすれたその声は、どうしても弱々しく力の無い声音を放つ。

 

 こうなっても満身創痍なのは変わりない。啜れるだけ啜ったらば、骨の怪人はよたよたと器用にえら骨を動かしながら、自分を打ち負かした敵である魔法少女が進んだ魔法陣の光へと、着実に進むのであった。

 

 そしてその場に残るのは血液も骨も戦いの跡も、何もかもが消えている、刺すような冷たい冷気だけが残るのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 大雪の積もった繁華街はまだまだ寒いままであった。

 

 夏の熱気なんて嘘に思える寒さに、ギンジとミヤコ、おまけの様についてきたケイタがそれぞれ厚着をしながら、このホワイトロードを歩いている。

 

 吹雪が止んだ影響か、街には人の影がちらほら見えている。

 

 時刻は22時34分程・・・明らかな夜だと言うのに、ギンジは相変わらずサングラスをかけたままだ。

 

 「ギンジ、どうして急に外へ?」

 

 ケイタがザクザクと雪を踏み抜きながら、ギンジの隣で話しかける。

 

 ギンジ達3人がカエデハウスにて待機している中、オーク怪人からの連絡・・・更には今居る場所までドクターを連れて来て欲しいとの事。

 

 違和感と不穏さがスマホからでも見て取れる様な内容に、ギンジはミヤコとケイタを連れていつdめお逃げ出せる様に準備を行いつつ、この街までやってきた。

 

 寒さによって完璧に打ちのめされたのか、ミヤコはまともにしゃべる余裕が無い。それでもちゃっかりギンジの左腕に自分の腕を回している。

 

 これはいつものミヤコとしての求愛行動ではなく、寒すぎるのだ。誰にそう説明してもきっと理解はしてくれないだろうが、もうそれでいいとさえ思っている。

 

 ギンジの腕は温かい。できれば全身ギンジの着るダウンに入りたいぐらいだ。

 

 「オーク怪人・・・ってやつがミヤコを連れて来いってんだとよ。俺も一緒に居ないと駄目だろうし、俺達が居ない間にカエデハウスが襲撃されたら、ケイタも危ないしな。無理言ったのに付いて来てくれてありがとうな」

 

 ここまで連れて行くのに、とりあえず着替えて外出るぞー!っというとんでもない発言をしたギンジには正直気でも狂ったのかとさえ思ったが、ケイタは今の話でだいたいの事は理解する。

 

 「ミヤコ、大丈夫か?」

 「・・・んっ」

 

 カタカタと寒さに震えながらも、小さく頷くとミヤコはギンジの左腕に力強く精一杯自分の身体にたぐりよせる。

 

 少しでも暖を取りたい。

 

 少しでもギンジの熱を身体にくっつけていたい。

 

 (こんなのカエデが見たらブチっとキレそうだなぁ・・・)

 

 間違いなく戦争が起きるだろう。

 

 そう思いながらもケイタは何も口を出さずに、この異常な寒さの繁華街を歩く。

 

 最初は寒いと感じたこの道も、徒歩によって少し体温が高くなり極寒世界に適応出来る様になると、男子高校生故か大雪を目の前に少しだけテンションが高くなるのを感じる。

 

 「やっぱ雪と言ったら雪だるまだよね〜!」

 「遊びに来たんじゃねーんだぞ・・・手袋しろよ」

 

 言いながらもギンジは手の高さまで積もっている雪を、片手で弾くと程よい硬さだったのか叩くのが楽しくなる気持ちになる。 

 

 こういうのはどうしても男性故か。

 

 ケイタもギンジも二人して楽しくなっていくのだが、本来の目的を思い出してギンジ達はオーク怪人に指定された場所へと歩みを進める。

 

 「この路地裏なの?」

 「ああ。この先にオークのやつが指定した所なんだけど・・・」

 

 見覚えのある路地裏は、ヘルブラッククロスの戦闘員達が出入りする薄暗い路地裏。僅かな明かりはだらしなく吊るされ、雪から光を反射している。

 

 「2人とも足元気をつけろよ」

 

 ギンジの言葉を聴いて、特にケイタは細心の注意を払う。

 

 わざわざこんな所まで呼び出すとは、本格的にミヤコを奪還しに敵の作戦が開始したのだろうか。

 

 もしかしたらオーク怪人は敵に襲われたのだろうか。

 

 色々と悪い方向へと考えながらも、ギンジはなんとしてもこの2人を守ろうとフェーズ3を発動出来る様に最大の警戒を出しておく。

 

 右へ左へ前へ右へ。

 

 雪に覆われたこの建造物の迷路を、3人が通り抜けると、そこには生活感のある様な資材が積み込まれた小さな空間。

 

 ギンジも知らない路地裏の迷路と、その先の部屋には簡素なベッドと小さめのテーブル。

 

 そしてヘルブラッククロスのアジトの入り口ではない事を、ギンジもミヤコも察知すると、どうやら今回の呼び出しは白である事が解る。

 

 「ドクター!」

 

 呼びかけがあった方へ振り向くとそこに居たのは、いつもの見慣れた軍服のオーク怪人の姿。

 

 しかし腹部には穴が空いているのか、ボロボロになっている。

 

 「お前大丈夫か?」

 「私なら問題ないさ・・・はて、そこの人間は・・・?」

 

 オーク怪人がギンジの後ろに居る少年へと視線を動かす。その先に居るのは、角倉ケイタ。

 

 ケイタはオーク怪人と眼が合うとドキリと背筋が伸びる。なにかと怪人には良い思い出のないケイタは、とにかく怖い気持ちと警戒とが混ざり合う、嫌悪とも取れないが、拒絶とも取れない様な表情を浮かべる。

 

 取乱さないのは、このオーク怪人とギンジが友達っぽく接しているからだろう。

 

 そもそもこんなところでケイタがオーク怪人と出会おうモノなら、一瞬で卒倒する事は間違いないだろう。

 

 そしてもう1人の怪人・・・怪人と決めつけられる要因としての、黒い眼球を持つ女性の姿をしている存在、雪の怪人が手を縄で縛られてオーク怪人の後ろからスッと現れた。

 

 「ひい!また怪人!?」

 

 ケイタが驚くのも無理はない。ギンジがケイタの前に出るようにして警戒する。

 

 ギンジの見たことの無い怪人の登場は、少しばかり緊張してしまう。

 

 「初めまして、ね。進化の怪人。そしてお久しぶりです、ミヤコ様」 

 「ほー俺を知ってるのか。お前は誰だ?」

 

 ミヤコを様付けで呼ぶこの怪人を、ギンジは睨みつけると雪の怪人がすくみあがる。また泣き出しそうになるのを堪えて、雪の怪人は自己紹介を始める。

 

 「私は雪の怪人・・・総統直属の怪人四天王に所属する者・・・そう言えば伝わるかしら」

 「怪人四天王って言えば赤鬼と同じ・・・」

 「ブヒ。そこからは私が話そう」

 

 雪による被害を免れたパイプ椅子を用意したオーク怪人が、全員に座れる場所を提供する。ミヤコのだけは綺麗なブランケットを用意している。

 

 「ドクターはこちらへ。決してギンジから離れない様に」

 「ありがとう・・・」

 

 あまりの寒さにやられているのか、ミヤコにはいつもの余裕が無い表情に見える。

 

 「では・・・話すとするか」

 

 雪の怪人の今回の襲撃任務の全容、そして今のミヤコがどう思っているのかを知りたいという話を、ミヤコは真剣に聞いている。

 

 「私は・・・ミヤコ様が、怪人の【何を】持っていたのかを知りたいのです。そしてこれからはどうされるおつもりなのか」

 

 かつてミヤコが雪の怪人へとしてくれた恩義は、ミヤコからするとあまり記憶に無いモノとなっているのだが、それでも雪の怪人からするとそれは多大なる恩義だと言う。

 

 コレと言った特別な事は何もしていないのだが、それでも雪の怪人はミヤコを慕っている。自分を造った総統よりも、尊敬する先輩を見つめる様に雪の怪人は真っ直ぐにミヤコを見つめている。

 

 「ヘルブラッククロスの力による支配統治で、得られる幸せはありますか?怪人なのに変な事を聞いているとは思いますが」

 「そうだね・・・」

 

 雪の怪人の質問はヘルブラッククロスに居る事が、この先の正解なのか・・・自分の意思ではなく他人にすがらないと答えが出ないからこそ、ほぼ全ての怪人が慕う女王であるミヤコにその答えを示して欲しい。

 

 「わたしはね・・・」

 

 寒くても真面目に、元大幹部としての立場でミヤコは雪の怪人にその答えを出す。

 

 左目の黒い怪人の瞳、右目の人間の瞳、その2つを輝かせてミヤコは雪の怪人に告げていく。

 

 「正直な事を言えば、わたしはヘルブラッククロスの倫理や、総統の目論見なんて言うのはどうでも良くて、わたしが生きられる世界ならなんでもいいの。その生きられる世界には、たった一つの大切な人が居ればそれでいいから」

 

 言いながらミヤコはギンジを見つめる。いつもよりテンションが低いからか、本当に恋い焦がれる少女の表情で・・・。

 

 次の瞬間にミヤコは再び雪の怪人を見つめ直す。

 

 「今までは色々酷い事をして来たと思うんだ、だけど・・・ヘルブラッククロスの望む世界が文字通りの地獄になるなら、わたしはずっとヘヴンホワイティネスの捕虜でいいかなって思ってるんだ」

 「ミヤコ様・・・」

 

 ミヤコの答えとしては、ヘルブラッククロスに居るよりも隣に座る進化の怪人(ギンジ)と共に居たい。それだけとの事。

 

 それなのに、ミヤコの言葉が、行動が雪の怪人の心に刺さる。

 

 「全てを壊し尽くして、その後にやりなおす様な世界よりも・・・どんなに怖くても、わたしはギンジ君と一緒に居たい」

 

 ヘルブラッククロスを離れてまで、ヘヴンホワイティネスの捕虜になる事にノリノリだったのは、それほどまでに恋の力が強かったのだろうか。

 

 自分の意思として大幹部をも蹴るとは、末恐ろしい行動力だ。

 

 「半分怪人になっても、わたしは・・・自分の心に誓って生きていたい・・・そう思ったから・・・」

 

 ミヤコの話にはオーク怪人がハンカチを持ちながら、目頭を拭き取っている。感動するしないではなく、ミヤコのこの決断こそが素晴らしいモノとして、オーク怪人は涙を流しているのだ。

 

 「雪・・・キミはいつも泣いていたね」

 

 それを見てミヤコは組織に居た時の雪の怪人を思い出す。

 

 「怪人はね、涙を流さないんだよ。でも、キミもオークも・・・夫のギンジ君も、ちゃんと涙を流せるのは・・・心があるからだよ」

 「夫じゃねぇ」

 

 心。その言葉を聴いて、雪の怪人はミヤコが持っていた怪人1人ひとりの【何か】の正体を知る事になる。

 

 それこそが心・・・怪人には本来持ち合わせない不要なモノ、それを持っていた事になる。

 

 つまりミヤコにとって見れば、完璧な怪人を造るに際して、心まで植え付けていたのだ。

 

 怪人は部下であっても、奴隷じゃない・・・それをミヤコがわかっていたからこそ、思いやりを持って1人の怪人を完成させている。

 

 「総統や、他のドクターが怪人を造っても失敗する理由、それはわたしと違って道具としてしか見ていないからだよ。オークをベースに造られたキミ達怪人四天王には、その心を与えられる様になってしまっていたのかもね」

 

 辛そうにしている雪の怪人に、ミヤコはどんどん話していく。まるで解らない事を知ろうとする子供に話すお母さんの様に。

 

 その姿をギンジもケイタも、いつもと違うと思いギャップの違いに驚く。

 

 「雪。キミがしたいようにしていいと思うよ。ヘルブラッククロスが嫌なら、一緒に捕虜になる?ギンジ君に近づくなら許さないけど・・・」

 

 冗談じみたはにかみを見せ、雪の怪人はこの話しの中で決意を一つ持ち始める。

 

 ヘルブラッククロスの命令、任務による抵抗感、罪悪感。それらが辛くていつも泣いていた。

 

 もう泣きたくない、辛い思いをしたくない、ならば・・・。

 

 彼女の為に生きていたい。ヘルブラッククロスみたいな、自分にとって既に生きづらい世界より、ミヤコの様に自分の意思で生きていける様に。

 

 「・・・ミヤコ様、私は貴女の為に生きていたいです・・・」

 

 心。それを自分もいつの間にか持っていたのだ。形の無い大切なソレを、いつしかミヤコが自分にくれていたのだから、この心を守りたいと本気で思い始めている。

 

 「ヘルブラッククロスから離反する事になるけどいいのか?」

 「ええ、構わないわ。心・・・これをくれたミヤコ様の為なら、裏切るぐらいなんでも無いことよ」

 

 ギンジの問いかけには意外とすんなり答えられる雪の怪人。

 

 ケイタもなんとなく言ってる事が解るのか、頷くばかり。

 

 「オークも泣かないで・・・これからも、わたしの為によろしくね」

 「無論です。貴女のためであれば、組織に戻るも裏切るままなのも構いません。全ては貴女のお心次第で、我々は動きます」

 

 忠誠心の高い発言にミヤコも笑顔で頷く。

 

 本当にこんなに慕ってくれる仲間が居て、ミヤコという少女は幸せ者だろうとギンジは思う。

 

 「さて・・・これからだけど、雪はどうするのかな?」

 

 離反するという事は決まった。であれば次は、裏切り者の抹殺が開始されるだろうから、心配になったミヤコは今後の事を聴いてみる。

 

 「・・・一度逃げれる所まで逃げてみます」

 「え?ミヤコと一緒に居たらいいんじゃ・・・?」

 

 ケイタの素っ頓狂な声に雪の怪人とオーク怪人は首を横に振る。

 

 「このまま一緒に居れば、多分カエデ達も危なくなると思うぜ。ほとぼりが冷めるまでは、この街からも離れた方が良い・・・って事だよな?」

 「流石ミヤコ様の最高傑作ね。物分りがよくて助かるわ。ああ、一応言っておくけれど、私はヘヴンホワイティネスの味方になるつもりはないから」

 

 高圧的かつ嫌味な言い方に、ヘヴンホワイティネスとして活動するギンジからすると少しムカつくのだが、気にしてもしょうがないから「あーそうですか」とギンジは返す。

 

 「ミヤコ様の為ならば、この雪の怪人・・・心をくれたお礼にヘルブラッククロスをも成敗して参ります!!」

 「くふふ・・・そこまでしなくても良いよ?」

 

 ミヤコはメガネを直して雪の怪人の手を取る。冷たい低音の手はミヤコの熱を確実に奪う冷たさなのだが、それでもミヤコはその手を握る。

 

 この少女の温かくて小さな手を、雪の怪人はなんとしても守りたいと、心の中で何度も何度も思う。

 

 「でもお前のせいで少なからず死んだ人も居るからな・・・」

 「罪滅ぼしは必ずするわ。貴方に言われなくてもね」

 

 この大雪により凍死した人間は何人程か。数えたらキリが無いのは当然だが、ギンジも同じ怪人として行った悪事の罪滅ぼしは、〈大好きな人達〉の未来を守る事でなくそうと考えている。

 

 雪の怪人の〈大好きな人〉というのは、間違いなくミヤコの事だ。

 

 彼女もまたオーク怪人と同じで心を貰ったのだ。だからこそ、いつかはミヤコの為に協力してくれるのだろうか・・・。

 

 雪の怪人の作りだした雪は、心に暖かさを取り戻して行く。雪の怪人の凍てついた心が溶けて、光を取り戻していく。

 

 「・・・そうか、心、か」

 

 オーク怪人がなにやら思い出す様にして、心という単語をつぶやいていく。きっと彼にも思う所があり、また思慮深く考えるのだろう。

 

 「それじゃあ・・・ものすごく怖いヘヴンホワイティネスが戻ってくる前に、早く行きなさい」

 

 新たな主となったミヤコに命令され、雪の怪人はすぐに頷いて、路地裏の迷路へと歩みを進める。

 

 「そう・・・進化の怪人」

 「ん?」

 

 雪の怪人は去り際にギンジを呼ぶ。

 

 「ミヤコ様のこと・・・幸せになさい」

 「よくぞ言った!雪の怪人!」

 「うるせーぞテメェら!!」

 

 ミヤコの夫というのを信じたのか、雪の怪人はミヤコを守る事をギンジに託した。それに合わせてオーク怪人が雄叫びを上げるが、ギンジは憤り、それをケイタが抑える。

 

 かくしてまたもやヘルブラッククロスを裏切った怪人四天王・雪の怪人。

 

 彼女もまた、いつしか来る一大事件で大きな戦果を上げる事になるが、それはまた少し先の未来のお話・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 時刻は現在0時を超えて、8月25日が始まったばかり。

 

 公安局での救助を終えたカエデ、レン、ミドリコは帰り道でギンジ、ミヤコ、ケイタと合流する。

 

 今回の襲撃と、その実行犯となった雪の怪人の事や、鏡の怪人による妨害。それらの情報を交換しながら、6人は雪道を歩きながら帰路についていた。

 

 「なんでその雪の怪人を逃したのよ!」

 「いやー意外と悪いやつじゃなかったんだよ。怪人目線では」

 

 ボソリとつぶやいたその言葉に、カエデは憤慨する。

 

 元々その怪人の攻撃で、中央度固化市は甚大なる被害を被った。

 

 それを逃がすと言うのは、ヘヴンホワイティネスとしては許せない事だろう。なにせ悪を許さないカエデのプライドを傷つける事になってるのだが、ギンジも性根は悪である。

 

 そんな事を言い合いしていると、いつの間にかいつものギンジとカエデの夫婦漫才みたいな光景に、ミヤコは嫉妬の念を送る。

 

 「その雪の怪人とやらは気になるが・・・まぁ、逃げたのなら仕方あるまい。ミヤコのピンチの時には、あのオークみたいに駆けつけてくれるのだろうしな」

 

 ミドリコが毛皮のコート翻しながらそんな事を話す。

 

 だが実際いつか出会った時、少し冷静でいられるかは解らない。正義の下の認識で許せないかもしれない。

 

 その気持ちはカエデもレンも同じである。

 

 「罪滅ぼしはいつかしてくれるもんねーくふふ」

 「そういう問題じゃないわよ!!!」

 

 カエデの怒りの理由も解るが、雪の怪人の気持ちも解る。ギンジは2つとも尊重したいが、難しい問題である。

 

 この雪道も明日には夏の陽気が戻り、すぐに溶けていくのだろう。

 

 凍土の街の戦いは終わり、またいつもの日常・・・戦いだらけの大変な毎日が戻ってくるのだ。

 

 「うう・・・寒くて風邪ひいちゃったかもだよ・・・くふふ、ギンジ君のお布団で温まったら、治るかも」

 「寝かさないわよこの馬鹿!」

 「くふふ・・・」

 

 フラフラと倒れそうになって、ミヤコをギンジが抱える。

 

 頭部に触れると本当に熱く、体調不良は嘘では無いらしい。

 

 「おいおい、本当に熱出てるぞ」

 「いつも寝不足にしてるからよ!早く寝なさいな」

 「いやだ〜ギンジ君と寝る〜」

 「わがままは、駄目。帰宅したら、すぐに寝て」

 

 鋭い目つきのレンには流石に身の危険を感じるのか、ミヤコは無言で頷いた。

 

 「そんじゃ、急いで帰ろうぜ!」

 「あ、待ってよギンジ!鍵、鍵!」

 

 走り出すギンジに、ケイタが鍵を渡そうと追いかけていく。

 

 「うおっ!?」

 「うわわっ!?」

 

 凍りついたコンクリートに男2人が滑り転げる。

 

 「うおおお止まらねぇ〜!!」

 「なんでギンジだけ滑って行くのさ!」

 

 ギンジは身体を大の字にして滑っていく。まさしく滑稽な姿に、仲間同士で笑い合う。

 

 きっと雪の怪人を、カエデ達の許可なく逃したバチが当たったのだろう。

 

 10キロ滑ったぐらいでギンジはアスファルトにぶつかり、大怪我をしてしまうのだが、それすらもヘヴンホワイティネスの日常であった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 大幹部の仕事というのは非常に忙しないモノだった。

 

 始めは公安として、そして市民の平和を守る・・・ありきたりの正義価値観で、潜入していた・・・つもりだった。

 

 「・・・ヘヴンホワイティネス、厄介ですねぇ」

 

 公安局を取り囲む様な小型のカメラマシンから、撮影している映像が送られる。

 

 鏡の怪人は何故か逃亡した。おそらくは組織に戻り、何かをしているのだろうが、この映像を見ている柏木タツヤはそこに興味は持ち合わせていない。

 

 今回の襲撃任務により、ヘヴンホワイティネスと内通している山吹イロと、藤原の2名の殺害、及び公安局の崩壊を目論んだのだが怪人四天王に任せたのは失敗だったかも知れないと、タツヤは胸元に当てた手をとんとんと軽めに叩く。

 

 あの正義のヒーローごっこの少女達は、現状ヘルブラッククロスの最大の敵であるが、二重スパイとして動くタツヤではうかつに彼女達に手を出せない。

 

 あの甘白ミドリコがほとんどの場合、柏木タツヤにとって最大の壁になっているからだ。

 

 「・・・こんな事ならあの人に武器を売りつけるんじゃありませんでしたよ」

 

 薄暗いモニター室で改造した拳銃を眺めては映像に視線を動かす、これを何度も繰り返して、イライラが大きくなっていく。

 

 あのヘヴンホワイティネスの協力者である事はわかっていたが、ミドリコの改造武器は、第一(組織犯罪対策第一科)として動く柏木タツヤの裏ルートのパーツをミドリコに売りつけていた。

 

 元々はただの興味本位と、無様にあがく彼女を見て馬鹿にしていたのだが、今回で確信する。彼女はヘルブラッククロスの天敵の1人であると。

 

 (正体がバレるわけにも行きませんしねぇ)

 

 物静かに考えにふけこむと、後ろでガサゴソと物音がする。

 

 「おや、お目覚めですか」

 

 椅子に座ったまま身体を動かさず、背後の者に声をかける。

 

 「むぐー!むごご、むぐ!」

 

 その者は全身にやけど、切り傷、打撲の跡を色濃く残して、髪は真ん中だけバリカンで刈り上げられている。

 

 見た目は完璧に女性だと言うのが解るのだが、凄惨でムゴイその姿のまま、猿轡に血液をにじませたモノを口につけられている。

 

 彼女はこの度固化市でヒーローと称して行動していた者の1人だった。正義だなんだと口にするのがうっとおしく、タツヤの怒りに触れた事で死ぬほど怖い思いをさせられ、現在は多数の暴行と共にタツヤの部屋で衰弱させられている。

 

 「早く死んでくださいよ・・・貴女じゃ役に立たないのですから」

 

 心無い一言は少女の心を大きく傷つける。

 

 「あーやはり・・・女性はあの人だけに限りますね」

 

 タツヤがそう言うと、机にある写真を自分の顔の近くまで持ってくる。その少女は艶のある黒髪、そしてサイズの合っていない白衣を着用し、ヘルブラッククロス最年少の大幹部であった少女。

 

 彼女こそタツヤに欲求を解消しうる可能性を秘めた、神秘の女性であり最高のおもちゃになれるに違いない逸材。

 

 「ああぁ・・・ドクターミヤコ・・・いつか貴女を泣かしたいと思っていましたよ・・・」

 

 愛おしく、そして狂気に満ちた声でタツヤはミヤコの写真を唾液をふくませた舌で舐めあげる。

 

 「・・・今度はわたくし自らが出ましょうか・・・!」

 

 彼女を捕まえて、自分のおもちゃにする為に。

 

 そしてミヤコの心を踏みにじり、自分の気持ちが良い様に・・・。

 

 「先ずは・・・甘白、貴女の自宅から行きましょうか・・・それとも、出てくるのを待とうか。ん〜悩みますねぇ」

 

 ミヤコは可愛い女の子だ。そんな彼女を、同じ組織に所属していたからこそ、なんとしても自分の手で壊してやりたい。

 

 あくまでも仲間であったし、大幹部としては尊敬もしていたからこそ、そんな事はしなかったが・・・今は組織から除名された彼女をどうしようと、誰も気にも止めないだろう。

 

 「そうだ・・・あの人にも協力してもらいましょうかね」

 

 力による支配を良しとするヘルブラッククロスは、法と秩序、そして社会のルールに則った現在の世界を心底うんざりしていた。

 

 必ず覆したいこのルールを、力でなんでも出来るのであれば、タツヤはなんでも協力してやろうと思って二重スパイになっている。

 

 そしてタツヤはミヤコを壊す目的の為に、ある人物に連絡を取り始める。

 

 相手はヘルブラッククロスの中でも指折りの武闘派大幹部。

 

 強く恐ろしく怪人でも容易には退けない、異常なタフネスを持ち合わせた狂人へと、連絡を取り始める。

 

 ドス黒い闇が漂う様に、そしてまさしく地獄だと思える雰囲気をかもし出しながら、タツヤは通話先の相手とコンタクトを成功させる。

 

 「──あーもしもし、夜分にすいません」

 

 ニタリと蛇の様に嗤う。その表情の極悪さはきっと警察としてはダメな領域にまで立っているのだろう。

 

 異質な雰囲気を醸し出しながら、相手の名前呼んだ。

 

 「実はですね・・・貴女のお力をお借りしたく思いまして・・・

 ええ、いいですか?──リコニスさん」

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。
いよいよ大幹部柏木タツヤも動き始めました。彼は何をするのでしょうね?お楽しみに・・・くふふ!

キャラネタ書きます

雪の怪人
ミヤコによって心を貰った事を、嬉しく思っていた。
怪人四天王として裏切り者になったので、赤鬼同様やばい立ち位置。
再登場をお楽しみに

オーク怪人
彼もまた心が出来上がっていたからこそ、涙を流した。
しかし厳格な人物なのに、ほいほい泣いてしまっていいのかい?
なにより他者を自然と思いやれる事こそ、心の有様なのではないかと
腹部に穴あいたり、心が出来た事で疲れてしまった。

柏木タツヤ
本格的に動き出そうと、リコニスと連絡を取り合った。
実は重度のロリコン。ローリッコーン!
ミヤコをてにいれて壊したいのも、ルゥオルィクォン(ロリコン)としてのサガ故。いいか気をつけろ、こいつはロリコン!ロリコン公安二重スパイ大幹部!
※ロリコンなのはガチだけど、ここまでふざけたキャラではありません

次回は夏休み明けの学校一発!リコニス×カエデの回だよ!
お楽しみに!
感想、応援等いただければぜひ!!ぜひいいいい!ぶひいいい!


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赤い勇者と魔法界編
49・退屈な日常と満たされない心


こんにちはアトラクションです。
アトラクションの対義語はレパルションです。
意義は認められます。

今回のお話で通算50話!!ひゃっほー!そして新章が始まります!

ちょっと書きたい本題のお話までは少しだけ前置きがあるのですが、ちゃんと繋がる様にがんばりますので!

今回は珍しく・・・というか始めてのリコニス主軸回になり、しかもカエデとぶつかるZOY!

それではどうぞ!!


 ヘルブラッククロスにはいつから居ただろうか。

 

 物心が付く前か、それともただ気がついたらこの組織に入隊していただろうか。

 

 リコニスは自分が学生として生きる傍ら、一心不乱に自分に迫りくる退屈を払拭させる人生を送っている。

 

 曖昧な所だが、ぼんやりといつから居た・・・その気持ちと考えの方が大きい。

 

 「・・・そろそろ演じなきゃ、か」

 

 退屈。それこそがリコニスの強敵。刺激のある毎日を送りたい。

 

 お金だけでは得られない、法を無視した攻撃の日々。それだけを、自分が死ぬその時まで送り続けたいと思っていた。

 

 洗面台の鏡の前でヘアスタイルを整えて、リコニスは仮の姿として与えられた、畑中リコとしいて今日は学生という人物を演じなけらばならない。

 

 瓶底眼鏡をかけて、ヘアクリップをつけて灰色のカーディガンを着れば、いつものつまらない方の(自分)が完成される。

 

 「さ、行こうかな」

 

 リコニスが演じる畑中リコという人物は友達が少ない、成績だけは優秀な根暗ちゃんというモノ。不用意な攻撃が出来なくなるという、総統の指示の下でのこの姿に、毎日リコニスは苛立ちと殺害衝動が大きくなっていく。

 

 これが欲求不満ならば今すぐにでも発散したい。

 

 そうやって生きている。襲撃命令や敵勢存在があれば、とにかく一番槍となって攻撃しに行くのがリコニスなのだが、そうヘルブラッククロスの敵ばかりも増やしてはいられない。

 

 「は〜退屈退屈・・・つまんないなぁ」

 

 そんなリコニスにも学生という身分上、気になる相手というの者も作らないと行けない。

 

 より社会に溶け込み、ヘルブラッククロスへの戦闘員補充を行う為の命令と常任務。

 

 「学校に居る奴らなんてみーんな胸しか見てないしなぁ〜・・・」

 

 同じ歳の学生達なんて女の子を性的な眼で見る事しかしていない。それをリコニスは自信を持つと同時に、煩わしいとも思っている。

 

 陰気な学生である畑中リコは、その抜群のプロポーションを持って尚、学生達とは誰一人として手を繋げた事は無い。

 

 否、繋ぐ必要がない。自分より弱くて、闇を知らない人間なんかに、自分の身体なんて触らせないし、いかがわしい目線を持たせるのも正直嫌だ。

 

 「はぁ〜いっそ全部殺したら楽しそうなのになぁ・・・あ、学校を壊して退屈を払拭させられるなら、それもアリかな。いやいや、全員ヘルブラッククロスに入れるために洗脳しちゃうのも、古今例を見ない素敵な作戦〜・・・」

 

 そこまで言ってからリコニスは口を紡ぐ。

 

 「っといっけな〜い。そろそろ演じる方に入らないと」

 

 今日も退屈でつまらない一日が始まる。

 

 畑中リコとして、しなくてもいい学生生活を行わないと行けない。

 

 「それじゃ・・・行こうかな」

 

 時期的にはまだ夏休みなのだが、リコの通う西度固化市の高校で生徒会のイベントの為に、ある学校との共同学習を行うとの事。

 

 こう見えても畑中リコという女の子は、生徒会の書紀を務めている。

 

 学校のメンバーとしてこんなどうでもいいイベントに脚を運ばないといけないとは、生徒会に入るのでは無かったと後悔もしている。

 

 夏休みはまだ一週間残っているが、それはほぼ全てヘルブラッククロスにささげている。そうした方がもっと有意義だから。

 

 「・・・ギンジちゃんみたいな強い人が居ればいいんだけどね〜」

 

 佐久間ギンジ。ドクターミヤコの造った最高傑作。

 

 ヘルブラッククロスから離反し、あのヘヴンホワイティネスと行動を共にする事を理想として、組織へ妨害を行い続けているあのイレギュラー。

 

 怪人としての能力は常に進化を続け、他人の能力を吸収するという今までの怪人の常識を覆した最強の怪人。

 

 ギンジと戦えるのであれば、退屈を忘れて一心不乱に命のやり取りが出来る。そして何より、初めて会ったあの時から退屈を感じない不思議な人。

 

 それ故にアモーレでの交戦を終えた後は、ずっとギンジの事を考えている。

 

 今何をしているのか?

 

 今日は何時に起きたのか?

 

 昼ごはんは食べたのか?

 

 好きな女性は居るのか?

 

 それともゲイなのか?

 

 私の事は考えていてくれるのだろうか?

 

 何にしても興味が尽きない。本当に毎日彼の事だけを考えている。

 

 「・・・また会いたいな」

 

 許されるのであれば全てを投げ出して、ギンジと戦いたい。

 

 しかしヘルブラッククロスの天敵である、ヘヴンホワイティネスに身を置いているギンジとは、いつかまた会える気がしている。

 

 それも遠く無い内に・・・。

 

 自宅を出てリコは学校へと脚を進める。いつもの見慣れた通学路を進み、学校まで歩いていく。

 

 しずしずとしたおしとやかな動作は、陰気な雰囲気さえ無ければ誰もが声をかけたくなるような美少女と言った印象があるかも知れない。

 

 先程まで退屈だと思っていたのに、歩くリコの頭の中はギンジの事でいっぱいになっていた。

 

 もしこれを気になる相手として見れるのであれば、ヘルブラッククロスの命令を一つこなした事になるのだが、事はそう簡単でもない。

 

 「つまんないなぁ」

 

 思い通りにならないもどかしさと、再びギンジに会いたいという気持ちが大きくなる。

 

 ギンジの事を思えば思うほど、胸の鼓動は早く大きく脈打つ。

 

 この気持ちがよく解らない、何かを知らないリコは再びギンジに会える事を楽しみにしつつも、学校へと向かってるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 夏の生徒会室では、中央度固化市の野明神高等学校の、文化祭の実行委員が客人として迎え入れられていた。

 

 秋に向けた学校行事だが、正直リコは参加したくない。

 

 どうやら今年の文化祭は、他校の力を借りて両校の宣伝などを強く打ち出したいらしい。いずれヘルブラッククロスに全て壊されるのに、呑気な雰囲気をリコは内心ではかなり気怠くしている。

 

 「えー始めまして。西高の生徒会長の・・・えー石川です」

 

 元気が無いのか、石川はだるそうにしている。そもそもこんなイベントに興味が無いというのが本音である。

 

 しかしながら中央高の女子生徒は皆可愛いから、そっちの方に興味が湧いてしまう。

 

 「始めまして!」

 

 中央高の1人の男子生徒が元気に挨拶する。声の大きさには、リコも少し驚いたがその男子生徒は返事が返ってくる前に挨拶を続ける。

 

 「野明神高等学校の次期生徒会長になる、真鍋アオハルです!本日はお世話になります!お互いよりよい文化祭が出来る様に頑張りましょう!」

 

 生徒会長になることが決まっているアオハルは、実行委員長として西高に来ていた。

 

 元気溌剌としていて、しかし礼儀正しい所に真面目な雰囲気と頼りがいのある姿勢が見える。

 

 その隣に居るのは生徒会長として活動をしている者が礼儀正しく座っている。

 

 あとは実行委員会として活動している、複数名も西高へと訪問しており、その複数の中には神宮カエデも学校へと来ていた。

 

 リコの視線には中央高の奴らの数名の男子とわざと眼を合わせて、こちらに興味を惹かせている。

 

 しかし何人かの女子・・・特にあの神宮とか名乗る女の子は、目線が強く、何か他の生徒とは違う雰囲気を持っている。

 

 どうやら彼女達の通う中央高は、何かの大きな事件によって学校が破壊されたらしく、修繕に1週間かけた事が影響して、変わりに一週間学校の夏休みが早まって登校になっているらしい。朝は一先ず、この実行委員の仕事として、中央高の人達がこの西高へと来ていたのだ。

 

 レクリエーションやミーティングを行った後は、少し彼女と話してみようか。

 

 退屈でどうでも良い文化祭の話しなんて、本当に無意味だ。それよりも特殊とでも言うのか、1人だけ雰囲気の違うあの神宮カエデという女の子に少しばかり興味が湧いた。

 

 (もしかしたらヘルブラッククロスに向いてるかもね〜アノ子)

 (さっきからこっち見てるけど、あたし何かしたかしら?)

 

 お互い愛想笑いだが、思惑は全く違っていた。

 

 気が強そうという印象を持ったリコは、神宮カエデに何か他の人とは違う・・・上手く説明できないが、そういった何かを持ち合わせている様だった。

 

 (戦闘員補充のノルマもあるし・・・そろそろリコニスちゃん行動開始しちゃおっかな〜っと!)

 

 リコはすぐに頭の中で計算を開始すると、神宮カエデへとターゲットを集中させるのであった。

 

 コンタクトする為の話題は・・・学生らしく・・・恋バナで行こう。

 

 ほとんどの場合は知っている人の居ない、ヘヴンホワイティネスの中身、佐久間ギンジを使って、この神宮カエデを陥落させようとも思う。どうせ失敗しても殺せばよいのだから、何も問題は無い。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 文化祭に向けたミーティングを一通り終えて、中央高はそろそろ学校に戻ろうと支度を始める中、畑中リコは同じ女子同士としてなんの警戒心を持たせない様に、神宮カエデとコンタクトを試みる。

 

 「あ、あの〜。支度中にごめんなさい」

 

 ゆっくりとした口調、低姿勢、メガネの光で眼を見せない様にするのは、上目使いはリコの常套手段。これを使う事で、だいたいの人間は無視ができない。

 

 「あ、えーと・・・さっき何度か眼が合ってた・・・畑中さん!畑中さんだよね!」

 

 元気にかつ、しっかり名前を覚えてくれていたらしい。

 

 そんなカエデからすると、この畑中リコという人物には眼が合ったという印象しか今の所は持ち合わせていない。

 

 どこか見覚えのあるような気がしないでも無いのだが、この畑中リコという人物を、不思議そうに見つめる。

 

 どう見ても1クラスに1人は居る、根暗と言う表現は悪いが、そういった印象がパッと出て来やすい印象のリコへ、カエデはニコニコしながら会話を続けようとする

 

 「今年の文化祭ではよろしくねっ!あたしも色々手伝うからね」

 「あ、ああはい。よろしくおねがいします」

 

 勢いでなんとなくお礼を返す。リコからしても、この神宮カエデと言う少女にはどこか聞き覚えのある声をしている。

 

 とは言え、記憶をたどっていてもこの2人がであっている事は無い。お互い記憶の中を、最低でも今年中では出会った事は無いはずだ。

 

 「どうかしましたか?」

 

 低く甘い声でリコがカエデの顔を見上げる。若干背が小さいのか、リコはいつもの様に上目使いで小首をかしげる。

 

 「えーと・・・なんと言うか、あの、ごめん・・・どこかであたし達会った事あるっけ?」

 

 たはは、と笑いながらもカエデの眼は鋭くつり上がっている。顔立ちの良さがこれにより際立つのだが、それでも普通の人より美人だと印象が崩れない。

 

 「うーん・・・私もどこかでお会いしたような気がするんですけど・・・」

 

 しかし記憶には無い。そもそもリコの本性は、ヘルブラッククロスの大幹部リコニスそのモノだ。普通の一般市民であろう神宮カエデとは会った事があるなんてありえない。

 

 「不思議だね。本当になんとなくなんだけど、会ったような気がするってだけなんだけどね」

 「本当に確かに。ひょっとしたら運命?だったりして」

 「あはは。無い無い!」

 

 2人して談笑が始まる。

 

 中央高の他の生徒達もまだ時間があるからか、西高の生徒達と文化祭の事だったり、ゲームの事だったりで、談笑が始まっている。

 

 「それで・・・あの、急にこんな事話すのもなんだと思うんだけど・・・」

 「ん?なになに?」

 

 興味を引くような言い方で、リコがアタックをけしかける。

 

 実は恋で悩んでいる、いつもの手段でカエデに興味を出させては、ヘルブラッククロスの戦闘員として取り込もうという算段。もし失敗するなら殺す。

 

 他の大幹部と違い護衛部下を持たない彼女は、基本1人でミスをカバーしないと行けない。

 

 「実は・・・あ、あの・・・好きな人がいまして」

 「ええ!?嘘!ホント!?もしかしてあの生徒会長さん?」

 「わわ、声が大きいですよ!あと違います!」

 

 あんなやる気の無い生徒会長・石川なんて興味が無い。すぐにぶっ殺せるあんなどうでも良い人間なんぞ、微塵も興味が無い。何度でも言うが興味なんてわかない。カエデの心の隙を作る為には、こういう嘘でもつかないと行けない。

 

 そして神宮カエデは自分の話に興味を持ってくれた。後はうまいことギンジという人物の名前を出して、自宅と言う名の洗脳マシンがあるアジトまで連れて行くしか無いのだが・・・。

 

 どう転んでもただの女の子だ。難しい事は無いだろう。

 

 「えーと好きな人って言うのがですね・・・」

 「うんうん」

 「強くて・・・勢いのある、力のある人で」

 

 カエデに一通りの特徴を伝える。

 

 「同じ学校の人でしょ?いいな〜恋か〜あたしもしたいなぁ〜」

 

 言いつつもカエデの心の中にも好きな人が居る。

 

 同じヘヴンホワイティネスとして共に戦ってくれている、あの男、佐久間ギンジ。

 

 彼なくしては今のヘヴンホワイティネスは存在していない。ギンジの話では、6月で一人ひとり崩壊させられていたからだ。

 

 一つの滅びの未来を乗り越え、カエデとレンとミドリコの今がある。そのきっかけをずっと作り続けていたギンジには、大きな感謝と恋する気持ちがちゃんと現れている。

 

 だからこそ、畑中リコの言う恋の気持ちが解らない事はない。正直に言えば、自分にそんなお話を聴かせてくれるのは少し違うような気もするが。

 

 「同じ学校だけど、先輩で・・・」

 「あ、名前占いとかしてみる?」

 

 今どき占いとは少し古い感性を持っているが、カエデはスマホで占いを始める事にする。

 

 「はたけ・・・なか・・・名前の漢字はどう書くの?」

 

 カエデのこの距離感の近さに、リコは少しだけ苛立ちと殺気が前面に押し出されている。だが、普通とは少し違うこの神宮カエデにバレる訳にはいかないと、それを理性が必死に引っ込ませていく。

 

 「理に子です・・・」

 「ふんふんふん、お相手のお名前は?」

 

 そこまで来て、リコは恥ずかしそうにしながらカエデのスマホを借りようとする。

 

 「ごめんなさい、ちょっと恥ずかしいので・・・相手の名前は隠してもいいですか〜?」

 「え〜ここまで来て〜?気になるじゃないのよ。あ、じゃあじゃあ、アレよ、あたしが先に占うから・・・どう?」

 「ほえ?神宮さんにも気になる人が?」

 

 ここまで来るとリコもカエデもただの女子高生だ。お互い社会の裏で戦っている人物とは誰が思うのだろうか。

 

 「相手の名前・・・見ちゃっても〜」

 「えぇ・・・どうしよっかな」

 

 リコの時は見せてくれなかったのに、人の時は見たくなる不思議を上手く操り、リコは画面を覗こうとする。

 

 貴女のお名前は?

 【神宮カエデ】

 お相手のお名前は?

 【   】

 

 その画面に表示された名前の空枠に、リコは衝撃する事になる。

 

 何故なら神宮カエデが入力したその名前が、今現在リコ・・・ではなく、大幹部リコニスとして気になっている男の名前が入力されたからだ。

 

 お相手のお名前は?

 【佐久間ギンジ】

 

 「あいつの名前の漢字ってなんだったかしら・・・?」

 

 呑気に占いを始めようとするカエデに、リコはザワザワと波打つ殺気と、この後起こる出来事の楽しみが2つ大きく逆巻き、そして他の人よりも違う雰囲気を持っている事に合点が行った。

 

 ・・・彼女は、神宮カエデは・・・。

 

 「ヘ──ホワ──ネス」

 「えっ?」

 「素敵なお名前だねって言ったんです〜」

 

 リコの目線は瓶底眼鏡の奥では、しっかりとカエデを見つめている。それに加えて、いつものリコニスの鋭い眼光と、ニヤリと開かれた口角は、どこか怪しさをも感じさせた。

 

 「相性ピッタリって出てますよ」

 「え?あ、ほんとだ・・・まぁ、占いだしね・・・こんなのどって事ないない」

 

 とは言いつつもカエデの表情は、上機嫌にほくほくしている。

 

 「そうだ・・・ごめんね、やっぱり恥ずかしいから、廊下でいいかな?その占い」

 「おーい、神宮君、そろそろ学校に戻るよ」

 

 声をかけたのはアオハルだった。そろそろ電車の時間もあるため、中央高の者達はそろそろ帰らないといけない。 

 

 「あ、はーい。あーえっとそれじゃあ、ごめんねリコさん」

 「ううん。大丈夫・・・ああ」

 

 鞄を持ったカエデに後ろから耳打ちをする。

 

 今ここで正体を言及するつもりは無いが、リコは一つ大きな情報を得た様な気分で、精神的なマウントを得た気分だった。

 

 「ギンジちゃんにもよろしくね・・・」

 「!?」

 

 急ぎ振り返る。あの甘ったるい小馬鹿にした様な声は、ヘルブラッククロスの嫌な奴認定している、リコニスの声音であった事を思い出すが、少し離れた所で畑中リコは西高のメンバーと共に手を振るだけだった。

 

 (・・・気のせい、よね)

 

 振り返ったカエデはも同じ様に手を振り、度固化野名神高等学校の生徒達は、西高を出ていくのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「くそっ!」

 

 ガン!と強い音を鳴らしてアルミのゴミ箱がひしゃげてしまう。

 

 誰も居なくなった生徒会室では書紀の畑中リコが、退屈というただそれだけの空間に3時間以上も残され、あのヘヴンホワイティネスへのマウントを取れたのにも関わらず、リコニスとしてあの場で攻撃できなかった事が悔やまれる。

 

 それと同時につまんないどうでもいい文化祭のミーティングによって、ますますリコニスのフラストレーションが溜まっていく。

 

 今すぐ暴れたい気持ちを、畑中リコとして収めるのであれば、このゴミ箱を蹴っ飛ばす事ぐらいだろうか。

 

 そのままモノ言わぬゴミ箱を踏みつけると、最初に蹴りを入れたへこみからますますゴミ箱としての形を失わせていく。

 

 力まかせに八つ当たりしたからか、少しだけ気持ちはまぎれるのだが、どうしてもこの気持ちがますます解らない方向へと進んでいる。

 

 あのヘヴンホワイティネス・・・身長的にも声的にも、間違いなくヘヴン1と呼んでいる女は、まさかまさかの佐久間ギンジに恋をしているらしい。

 

 それがどうしてもリコニスのイライラを加速させる。

 

 上手く言えないが、一緒に行動を共にしている事を、非常に許せなくなってくる。

 

 毎日ギンジの事を考えているリコニスの胸がぎゅうっと締め付けられる感じになり、胃の中に空洞が出来る様ななんとも言えない気持ちが、沢山めぐりまわる。

 

 「ああーーもうムカつく!!ムカつく!なんなのよ!」

 

 普段は学生を演じる時には決して出さないが、黄金の刀を振り回し、生徒会室の本棚や、ホワイトボードを斬り崩す。

 

 切れ味にモノを言わせた破壊行動に、瓶底眼鏡を落とし、ヘアクッリプも外れるがお構いなしに振り回す。

 

 精神的なマウントを取れていたのに、取れていたはずなのに、何故かあの神宮カエデの好きな人が、佐久間ギンジ・・・それを知ってからリコニスの心が抉れる不思議な感覚。

 

 「・・・」

 

 深呼吸をして少しだけ落ち着きを取り戻していく。

 

 今思う事と言えば、全部壊したいのと、ギンジちゃんに会いたい。

 

 自分でもなんでこう思うのか解らないけど・・・とにかくギンジ会いたい。

 

 窓を開けると熱気が入ってくる。夏休みの熱が、ますますリコニスの脳内を狂わせていく。鼻にまとわりつく鬱陶しい程の夏の空気が、ジリジリとリコニスを焦らしていく。

 

 今すぐにでもギンジを探して、無理やり会わないと、この気持ちが爆発しそうになる。

 

 「苦しそうですねぇ〜リコニスさん」

 「・・・柏木じゃん。どうしたの〜?」

 

 学生服のままだが乱れた髪の毛を直して、リコニスは自分の通う学校に現れたヘルブラッククロスの大幹部である柏木タツヤと直面する。

 

 どうやって来たのか、いつからここに居たのか、そしてどうして自分の居場所がわかったのか・・・それらは別にどうでもいいが、とりあえずリコニスは平静を取り繕う。

 

 「いえ、この前のお話なのですが・・・」

 

 柏木タツヤが話していた内容・・・それはドクターミヤコを自分の手中に収めたいから、協力して欲しいと言うモノ。

 

 変わりに対価としてヘヴンホワイティネスに所属している裏切り者である、進化の怪人を差し出すと言う交換条件に、タツヤとリコニスは手を組んでいる。

 

 「貴女の目論見通り・・・っというか当然なのですが、進化の怪人は中央度固化市に居るそうですよ。それも公安のあるメンバーと共に行動をしておりまして・・・ああ、いえ、どちらかと言うと自宅に住んでいる、の方が正しいと思うんですよね」

 

 とある公安というのは、間違いなくあの公安の女である甘白ミドリコの事だろう。

 

 また女性・・・。リコニスの首筋に血管が一つ浮き出る。

 

 「ま、同じ公安ですからね。調べるのはちょちょいのちょい・・・っと言ったところですよ。それに、甘白の自宅にはあのドクターミヤコも居ますからねぇ。どうです?今夜襲撃でも?」

 

 お酒でも飲みに行くかの様な誘い出しに、リコニスは苦しくなっているこの胸を抑える気持ちで、ひたすら顔中に怒りの血管を浮かばせている。

 

 眼を血走らせて、今にも爆発しそうな彼女は無言で、呼吸も荒い。

 

 それだけで了承とみなして、タツヤはスーツの襟首をピッピッと直す。

 

 タツヤがそれを見てクツクツと嗤う。急なお誘いの今夜の襲撃、それはリコニスに取って僥倖。

 

 彼女1人では調べられなかった事が、公安に所属しているこの柏木タツヤのおかげで、ヘヴンホワイティネスの襲撃を直々に行えるのだ。

 

 「必ずミヤコを貴方に差し出してあげるわ」

 「ああ、ご心配無く。わたくしも共に出ますよ。紫に怪人も借りて、ね」

 「ふ〜ん?紫の怪人って、まだ他にも居たの?」

 

 今現状残っているのは・・・。

 

 触手の怪人、犬の怪人、紐の怪人、

 龍の怪人、毒蛾の怪人、機械の怪人、

 量産型鎧の怪人、甲冑鎧の怪人、暗黒騎士型鎧の怪人。

 

 これらの怪人達の他にもまだいるのだろうか。

 

 触手と紐は意対化市に赴いた際に、ムーン・パラディースというヒーローを名乗る奴にボコられたと聴いている。故に現在は治療中。

 

 同じく新しい3怪人もヘヴンホワイティネスにより敗北し、現在は治療中。

 

 鎧の怪人はそもそも最近出撃しているのだろうか・・・?

 

 「疑問もあるとは思いますがね。紫はどうやら新たな怪人を造り出した様子で・・・なんと総統の直属の怪人になれる素質を備えているそうですよ・・・クックック」

 「・・・興味は無いけど、今夜の襲撃ね・・・楽しみだわ」

 

 邪魔をするならあのヘヴンホワイティネスは全員殺す。

 

 そしてミヤコは泣かす。

 

 最後にギンジちゃんとは全力で殺し合う。

 

 時間やチャンスによっては前後するかも知れないが、とにかくミヤコを奪えればそれでいい。

 

 ここに立つ2人の大幹部は死神とも見れる異様な雰囲気を醸し出しながら、夏の日差しが差し込むこの生徒会室で、悪の美談を話し始める。

 

 それを聴いたり喋りながらとしながらも、リコニスはまたもフラストレーションが溜まる。

 

 この気持ちが何かは解らないけど、とにかくギンジに会いたい。殺し合いをしたいのが一番だが、それよりの合う事で安心感を得たい。

 

 止まらないリコニスのこの不明な感情が、より火をつけて大きく膨れ上がっていく。

 

 今夜、ギンジを始めヘヴンホワイティネスを襲撃する。

 

 どうにかして接近の手段を考えなければ。

 

 「面白い事するわよ・・・柏木」

 「もちろんですよ、リコニスさん」

 

 2人の巨悪が嗤うと、それだけでも人気の無い生徒会室は、本当に地獄の様な雰囲気と圧を醸し出し初めて、強く深い黒のオーラが漏れ出ていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 今自分がしている事は正しい事だろうか。

 

 本当ならばギンジ達に相談するべきだろうか。

 

 カエデは一週間早く始まった学校が終わると、レンにもケイタにも何も言わずに、再び西度固化市の学校へと向かっていた。

 

 いつも思うのがこの西の方向は、人気が少なく感じ、夜になればなるほどおぞましい悪意が立ち込める街へと変わっている。

 

 不良とかが多く、なによりも治安が悪い事で地元民には有名な場所だからだ。

 

 (あの声・・・そしてリコって名前・・・)

 

 不安が的中しないならばそれでいい。

 

 彼女がただのちょっかいをかけたいだけの性格なら、それでいい。

 

 だがカエデはヘヴンホワイティネス。ヒーローとしてこの街をヘルブラッククロスの驚異から守り、親友であるレンの未来を守る為に戦っている。

 

 そしてカエデも自分の未来を守るために、戦っている。

 

 ツカツカと強い足取りで、畑中リコの通う学校へと向かう。

 

 人気の無い公園を近道して、わずかにも時間を早める。

 

 時刻は17時近いか。まだ西の高校は夏休みだから、今向かってもリコは居ないかもしれない。

 

 それでも不安の種を摘み取っておきたい。これ以上、あんな巨悪の一員に、踊らされるのは勘弁だ。

 

 (学校の門は・・・空いているのね)

 

 理由なんてなんでもいい。忘れ物したとか言えば、他校の生徒でも通してくれるだろうから。

 

 「あ・・・」

 

 まだ空の明るい夏空は、学校を怪しく照らしている。夕日の光が、校舎全体を飲み込んでいる。

 

 そしてそんな校舎の下駄箱のエントランスには、先程学校で占いで盛り上がった、畑中リコをみつける。

 

 「ほえ?神宮さん・・・どうかしたのですか?」

 

 リコの声は確かに聞き覚えのある声。あの甘くて人を小馬鹿にした様な声。

 

 カエデの耳にも残っている、あのうざい声が耳から離れない。

 

 「ちょっと忘れ物しちゃって・・・」

 「忘れモノ・・・?」

 

 カエデの顔は少しも焦っているようには見えない。それどころか、見る人によっては怖いとも見える。

 

 「何を忘れたのですか?」

 

 カエデの正体を知ったリコは、先程とは違い警戒の色が強くてさらにはいつでも刺せる様に、カーディガンにナイフを忍ばせている。

 

 もういっそここで殺してしまおうか・・・?そう考える事も出来るだろう。

 

 「畑中さん・・・変な事聴くかも知れないけどさ・・・」

 

 カエデは握りこぶしを作りながらも、畑中リコを睨む。

 

 何も無ければそれでいいのだ。でも不安は無くしておきたいからこそ、カエデはリコを強く睨んでいた。

 

 「・・・ヘルブラッククロスって知ってる?」

 「・・・」

 

 問に対するアンサーは無言。ほんわかした雰囲気を一気に無くして、リコはメガネを外す。

 

 ヘアクリップも外して、さらにはカーディガンまで脱ぎ出す。

 

 「・・・これから楽しみな事があるんだからさ〜邪魔しないでよ」

 

 いつものあの甘ったるい声で、リコ・・・いやリコニスがその本性をさらけ出す。

 

 「やっぱりあんた・・・!」

 

 カエデの不安が的中してしまった。あの声を聞いた時に、怪しいとは思っていたが、この畑中リコと言う人物は仮の姿。その正体がリコニスだと知ってしまった。

 

 ならばもう逃げる事はしない。

 

 悪と対峙したのであれば、カエデは戦う事を決意している。

 

 ヘヴンリングからいつものヘヴンホワイティネスに変身すると、カエデはガントレットのギアを回転させながら、リコニスと戦う事になった。

 

 向けられた敵意に反応して、リコニスも自分の装備をどこからともなく出現させては、身体に装着させる。

 

 ラバースーツと黄金の鎧に身を包み、カエデが良く覚えている大幹部リコニスというその姿を見せてきた。

 

 黄金の刀を引き抜き、リコニスはニタリと嗤う。死神にも見えるその迫力にカエデも負けじと応戦の構えを取る。

 

 「今夜は・・・ミヤコを泣かす絶好のチャンスなんだから・・・邪魔しないでよ〜・・・リコニスちゃん怒っちゃうぞ??」

 「・・・なんでミヤコを・・・」

 「秘密♡・・・あ、でもこれだけは教えてあげる。君のお仲間も、きっと危ない眼に合うんだよね〜」

 

 まさかヘヴン1だけで来るとは思ってなかったが、これなら逆に好都合かも知れない。1人倒せれば、ヘヴンホワイティネスは崩壊したも同然。2人崩せば、ヘルブラッククロスの勝利に等しい。3人殺せば全部ヘルブラッククロスの目論見通りに、事が進んでいく。

 

 多少時間はかかるだろうが、リコニスとカエデは今ここで戦闘を開始するのであった。

 

 「お前を殺して〜・・・ギンジちゃんは貰うわね?」

 「あげないわよ!あいつはあたしの下僕なんだから!」

 

 ピキリと苛立ちの血管がまた浮かび上がり、リコニスの凶刃がカエデに迫ってくる。容赦の無い攻撃の数々で、苛烈な激突が繰り広げられるのであった・・・。

 

続く

 

 

 

 

 




お疲れ様です。

今回より50話だ!!!!

50話記念も相変わらずなにも用意していない!

今回から始まる新章も、いよいよ冒険/バトルとタグにあるように、ギンジ達がものすごい場所に向かう予定です。その前置きとなるお話が少しだけありますが、お付き合いいただければと思います!

キャラネタ書きます
神宮カエデ
恋愛と言えば占いという少し古い感性を持っている。
でも恋愛に限らず、占いはなんでも好きらしい。
リコニスがギンジをちゃん付けで呼ぶのを気に入らないと思っている。

畑中リコ/リコニス
実は学生という初期のキャラネタをようやく生かせた。
西の高校は既にヘルブラッククロスによって理事長が人質に取られているので、地道ながらも生徒に洗脳の魔の手が迫っている。
だけどリコニスはそれすらも退屈、つまらないそうです。
このわがまま女め!!
毎日ギンジの事を考えており、会う事で安心感を得たいとまで思っている。

次回はカエデvsリコニス、そしてミヤコの企みが明かされる時!
その時、レンがケイタがギンジが・・・!
紫とか言う変な奴とオーク怪人とか言う変な奴も出てくるよ。
な回です。お楽しみに!それではまた次回!


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50・残った者、外された者

こんにちはアトラクションです。

今回のお話は長くなりましたので、適度に休憩を挟みながらごらんください

そしてなにより、この物語が50話ですよ!7月に始まった時、絶対ここまで行かずにエターするかとも思ってたのに、なんだかんだ続いてますよ!!やったー!続けられてる!物語書くのたのしー!

それではどうぞ


 

 西の高校の校舎からグラウンドまで移動するぐらいの勢いで、カエデとリコニスの激しい戦いが続いていた。

 

 金属がぶつかりながら擦れる衝突音が、鳴り響き火花が散らしながらもお互い一歩も譲らない。

 

 リコニスの刀の操り方は我流らしい荒々しい攻撃だが、なんの特殊な能力を一つも持っていない彼女のタフネスと、荒くとも的確な人間の弱点を狙う攻撃は、カエデを次第に恐怖に追い込んでいく。

 

 (くっ!やっぱりこいつ強い!)

 

 まかり間違ってもリコニスはヘルブラッククロスの大幹部。単身でここまで登り詰めている実力は伊達ではない。

 

 「ほらほら!ヘヴンホワイティネスのカエデちゃ〜ん!避けてばかりじゃ勝てないよ〜!!?」

 

 お互い接近しないと攻撃が出来ないが、武器がある分リーチはリコニスが勝る。

 

 対するカエデは格闘術を習っていた身分であり、隙きあらばリコニスの胴体や関節に重い打撃を叩き込んでいるが、リコニスにはあまり決定打にはなっていない。

 

 黄金の鎧による防御力もさながら黄金の刀による猛攻も、カエデにとってはかなり危ない武器と判断している。

 

 「ヒャハハハ!やっぱり相棒が居ないと辛いんじゃなーい!?」

 

 甲高い笑い声はまさしく悪魔そのもの。それに加えて人として恐怖を感じやすい、悪意の気迫はカエデの背中にゾクゾクと鳥肌を立たせる。

 

 「うるっさいわね!あんたなんかあたし1人で!」

 

 右脚を砂の地面に踏み込ませる。

 

 「ギンジもレンもミドリコも居なくても!」

 

 左手を腰の下に落とし、深く構える。

 

 「絶対に倒すんだから!」

 

 思い切りギアを回して、構えた左の拳が正面に立つリコニスの腹部・・・守られていない臍の部分をめがけて突き出す。

 

 「にゅお!??」

 

 地面を滑るように全身を突出させた突き出す拳は、身体全体で繰り出す大砲。それも攻城砲とでも言うべき回転力と破壊力を秘めたカエデの新しい必殺技が打ち出された。

 

 キャノン・ストライク。そう名付けたカエデの悪を懲らしめる大破壊拳は、リコニスに避けられてしまっているが、流石にこの迫力にはリコニスも避ける事が正解と判断したのか、表情には焦りを見せている。

 

 口笛を吹いて煽っているのか、避けて正解だったと思っているのかは不明だが、リコニスはがら空きになったカエデの首をめがけて黄金の刀を振り下ろす。

 

 「必殺!!」

 「・・・!」

 

 隙を晒したのは、あくまでも布石。油断を誘おうとしたのはカエデの方だった。

 

 使わなかった右手の方は赤いオーラをまとわせている。カエデから見た左側に立つリコニスをめがけて更に必殺技を叩き込む準備を、キャノン・ストライクと同時に用意していた。

 

 「これで倒れろ!チャージング・バスターフィスト!!」

 

 右のガントレットを早く回して、身体をひねる様な姿勢で解き放つ必殺の拳は、リコニスの身体に深く命中する。今度こそ捉えたむき出しの腹へと、カエデの必殺技が叩き込まれた。

 

 「ぬっ・・・ああああ!」

 

 体重をものともせずに、刺さった拳のままリコニスを持ち上げて、投げ飛ばす。

 

 おおよそ常人ならば死んでいる筈の攻撃だが、リコニスは地面に身体をぶつけた勢いで転がり、脚と刀で地面に線を作りながら体制を整える。

 

 「へぇ〜・・・やるようになったんだね。前より強くなっててリコニスちゃん関心しちゃう〜・・・その方がぶっ殺しがいがあるわ!」

 「まだ倒れないなんて・・・」

 

 力はまだ使い果たしていないが、それでも倒せるだけの自信はあった。まだまだ余裕に立ち上がるリコニスを前に、カエデは自分のプライドが少しずつ崩れて行く感覚に敗けそうになる。

 

 やっぱり1人では勝てないのか。

 

 「あれれ〜?この私を倒せると、本気で思ってるの〜?ヒャハハ、かわいい〜」

 「・・・ッ!」

 

 いつの間にかリコニスがカエデの前に肉薄していた。間違いなく今度はリコニスの番。黄金の刃による突き刺し攻撃が、スーツに飛んでくる。

 

 防御が一瞬遅れるが、なんとか直撃だけは免れた。おそらくリコニスの攻撃は実体にまで届きうる攻撃力。

 

 そんなモノをモロに貰う訳には行かない。

 

 必死に間に合わせた防御により、腕が弾かれる。

 

 「は〜い♡がら空き〜!」

 「しまっ・・・」

 

 腕が上に弾かれ身体がまる空きになったら、次はその全身にリコニスの黄金の刃による連続攻撃。

 

 スーツが防いでくれるとは言っても、そのダメージはほとんどの場合本人の身体にも入ってきてしまう。実体に届くというのはその身体に傷を与える攻撃になる。

 

 今までの強敵達もカエデの実体に届く攻撃は行われて来たが、リコニスの容赦の無さだとか確実に命を狙う様な攻撃の数々は、今まで戦ってきた敵の比ではない。

 

 袈裟斬り、突き刺し、上段打ち下ろし、蹴り、横胴、突き上げ。

 

 「がっ・・・ごほっ・・・〜〜ッ調子にっ・・・乗るな!」

 

 一瞬の隙も見せない攻撃に、無理やり割り込みながら両の拳を叩き下ろすが、リコニスの黄金の鎧によって対したダメージにはなっていない。

 

 顔を狙うべきだったと後悔するが、両腕の間にリコニスの顔が入り込んでくる。

 

 普通であれば可愛らしい顔は、他人を小馬鹿にして、しかし殺意を秘めた瞳は同じ人間とは到底思えない。

 

 死神。それも無邪気さを残していながら、確実に命を刈り取る残忍な死神。

 

 鎌の変わりに持つのは黄金に煌めく刀。

 

 「はい・・・それじゃあもう死んでよ」

 「・・・っ!!!」

 

 リコニスが黄金の刀を自身の顔と同じ高さに構えて、その切っ先はカエデの目線と同じぐらいの所まで来ている。

 

 このまま突き刺される!

 

 (あ・・・死ん・・・)

 「破邪の剣!!」

 

 声がしたと思った瞬間、リコニスとカエデの間には虹色に輝く剣が飛び込んでくる。

 

 それはリコニスをめがけて真上から飛んできたが、一瞬で攻撃を察知したリコニスは背後に飛び退きながら、虹色の剣を見つめる。

 

 見開いた眼は怒りと驚きに充血している。

 

 「な〜に〜よ〜・・・まーだ何か居るの〜??殺すわよ?」

  

 犬のように四つん這いに近い体制で、唸る様な声音でリコニスが睨むと、カエデの背後からは銀色の修道服を身に着けた女性が、ヘヴンホワイティネスの庇うように現れた。

 

 「何者・・・?死にたがり?」

 「なに・・・友人がピンチなのでな。急いで来たのだが、まさか神宮君が押されているとは思わなくて、助太刀させて貰ったよ」

 

 現れたのはかつてゲヘナミレニアムを壊滅させた、ヘルブラッククロスの警戒する危険人物。

 

 「ふーん?」

 

 つまらなさそうな態度のリコニス。

 

 「ヘヴンホワイティネスの味方・・・退魔警察・出動だ!」

 

 熊沢レイナ。退魔警察がカエデのピンチに加勢に現れた。

 

 「れ、レイナさん・・・どうして?」

 「甘白さんに頼まれてね」

 

 長めの髪を束ねた修道服は、レイナの美しさをより際立たせている。虹色に光輝く剣、破邪の剣を地面から引き抜くとレイナはリコニスに切っ先を向けた。

 

 「覚悟・・・してもらおうか」

 「・・・は〜〜〜、つまんな」

 

 せっかくヘヴンホワイティネスの殺す直前まで来たと言うのに、ヘルブラッククロスの同盟組織を壊滅させた女が現れるなんて・・・これ以上つまらない事に身を投じていると、メインイベントに遅れる事になる。

 

 「ちょっとさ〜・・・ミヤコを泣かす事が出来なくなっちゃうじゃん。ギンジちゃんも差し出してもらわないといけないんだからさーー」

 「どうしてミヤコを狙ってるのか知らないけど、あんたはここで倒すわ!絶対に!」

 「ヘルブラッククロスが相手ならば、私も容赦する気はない。加勢しよう」

 

 カエデとレイナが構え始めるが、リコニスはさもつまらなさそうに、刀をしまう。

 

 こういう気分で動く所が組織内で協調性が無いと言われる所以だが、特に本人は気にしていない。

 

 「殺せないのは残念だけど、お誂え向きなのあげるよ」

 

 指を鳴らすと、カエデとレイナの背後に、真っ黒な鎧に身を包んだ大きい身体の怪人が上空から落ちてきた。

 

 それと同時に校舎の方からもう一体飛び出てくる。

 

 背後の方は大盾を2つ携え、前方の方は血のついた長斧を二本携えている。

 

 「逃げる気!?」

 「逃げないよ〜・・・ミヤコを泣かしに行くの♡」

 

 カエデの叫びにリコニスは心底馬鹿にした声音と喋り方で、カエデとレイナを見下す。

 

 「行かせない!絶対に!」

 

 大きな鎧の怪人の横を抜けようと、カエデが走り出したがその進行方向を、長斧が塞いでしまう。

 

 「その暗黒騎士型鎧の怪人は、手強いよ〜・・・」

 

 学校のグラウンドを歩き去ろうとするリコニスの背にカエデが必死に叫ぶ。

 

 「リコニス!!」

 「も〜うるさいな〜!大丈夫だよ、ギンジちゃんもすぐ追わせてあげるから・・・」

 

 その言葉の意味はおそらく地獄で会わせる・・・つまりギンジをも殺すつもりなのだ。

 

 ミヤコを泣かす・・・ギンジを殺す・・・そして・・・レイナの登場、友人がピンチ・・・。

 

 この一瞬で色々と考える。頭の中をフル回転させて答えを導きだす。

 

 ヘルブラッククロスの今日の目的は、ミヤコを泣かす事との事だが、そこにはギンジも絡んでいる。

 

 (・・・何かしら、嫌な予感がするわ)

 

 こういう時の嫌な予感はかなり的中しやすい。

 

 「神宮君!あの娘を追うのは後だ!この怪人を片付けるぞ!」

 「・・・ッそうね!」

 

 レイナの声にカエデが我を取り戻し、眼の前の鎧の怪人との戦いに集中する事になる。

 

 そうしている間にもリコニスは呑気な表情で、グラウンドを歩いて離れていく。小さくなっていく黄金の鎧を悔しく眺めて、眼の前の敵の撃破に挑む。

 

 カエデとレイナがこの暗黒騎士型鎧の怪人を倒すのには、裕に30分以上もかかってしまい、その頃にはリコニスの姿も気配もそこには既になくなっていた・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 暗黒騎士型鎧の怪人を撃破したカエデとレイナは、パトカーに乗りながら中央度固化市に戻ろうと急いで走らせていた。

 

 「済まない・・・」

 

 余計な事をしたとは思いつつも、ギンジの仲間であるカエデをあのまま見守る事は出来なかった。

 

 レイナは運転に集中しつつも、傷ついて何やら考え込んでいるカエデに目線を送る。

 

 「ううん、大丈夫。それより、レイナはどうしてここへ?」

 「ああ、これだ」

 

 運転しながらレイナはポケットからミドリコの端末を取り出した。

 

 怪人反応や、変身している味方を見つける事が出来る万能なセンサー。掌におさまるぐらいのスマホにも近い機能をそなえたマシンを、カエデに手渡した。 

 

 これがあった事で西度固化市にいるカエデを見つけて、場所まで割り出して合流したとの事。

 

 「まずい事になってな・・・」

 

 運転しながらレイナの表情は非常に焦燥感が強く出ている。

 

 「先ず・・・落ち着いて聴いて欲しいのだが、甘白さんに逮捕状が発行された」

 「ええ!??」

 

 耳を疑う衝撃的な内容に、カエデはとにかく驚愕してしまう。

 

 「もちろん甘白さんは何も罪を犯していない。逮捕状が公安警察に出されるとしたら、待っているのは社会的な抹消と、物理的な抹消・・・それから」

 「いいわよ!そんな話しは!それよりミドリコは今なにしてるのよ!」

 「・・・山吹さんと共に逃走している、が」

 

 レイナの声は、最早どうして良いのかわからないと言った声音をしている。冷静に見えてかなりソワソワしている。

 

 「ミドリコ・・・」

 「甘白さんの逮捕状はなにかの間違いだ。たまたま一緒に行動している最中、取り囲まれてな・・・正直初めての事だから恐れたよ」

 

 車は赤い残光を残して、どんどん速度を上げていく。

 

 ミドリコと後に落ち合う連絡をしているレイナは、中央に入るやいなや、工場エリアへとパトカーを走らせる。

 

 「とにかく情報が少ない。先ずは皆で合流する事からだろう。宮寺君とは連絡は取れるかい?」

 「あ・・・レン、そうだ、連絡しなくちゃ!」

 

 よほど慌てているのと、ミヤコを泣かそうとしているリコニスの顔が頭から離れず、カエデも冷静では居られなかった。

 

 「レン・・・電話に出ない・・・ギ、ギンジも・・・」

 

 冷静になれないカエデは一気にいつもの余裕を失っている。

 

 ギンジをも殺そうとしているリコニスの発言を、全部信じているわけではないし、ギンジが敗けるとも思っていない・・・。

 

 しかしそれは普段のギンジであれば、の話しだ。佐久間ギンジは女性が弱点だ。

 

 もし仮にギンジの前に女性戦闘員や、リコニスが迫ってきているのであれば間違いなく捉えられるだろう。

 

 しかしレンもギンジも電話に出ない。と、するとケイタもおそらく・・・。

 

 ピローン!

 

 カエデのスマホにチャットアプリの通知音が鳴る。

 

 差出人は角倉ケイタ。

 

 「!」

 

 このチャットアプリの内容は、何事も無く無事で居てくれる様な内容であればいいと、カエデは心臓を大きく動かしながら、アプリを開く。

 

 「嘘・・・」

 

 今日はもしかしたら厄日なのかも知れない。

 

 内容はとにかく嫌な予感が的中する、残念な内容だった。

 

 「神宮君・・・済まないが、戦闘の準備だ」

 

 レイナのかけた声にカエデは車の正面を見やる。

 

 「なんだってのよ・・・!」

 

 レイナの運転する車の前には、見覚えのあるブーメランパンツと逞しすぎる筋肉とチワワの顔をした見るだけでも嫌悪感を懐きやすい、犬の怪人の姿があった。

 

 車道のど真ん中を闊歩し、その周りには戦闘員達が道を塞いでいる。

 

 「・・・これは、不味いな・・・私達はもしかしたら・・・」

 

 苦い顔をしながらハンドルから手を離したレイナ。それに合わせてカエデもヘヴンリングを構え、変身の準備を始める。

 

 「私達は孤立させられたのかも知れん・・・!」

 

 敵にここまでされるとは思っても居なかったカエデとレイナは、ミドリコと合流する為にも、決死の突破戦が開始されるのであった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ・カエデ!まずいよ!カエデハウスに怪人がおそっtききった!

 ギンジもミヤコも家に居ないし、連絡もとっrrるない!たすけて!

 レン ひとりひゃ 

 

 そこまで入力してから間違えて送信を押してしまった。

 

 あまりに焦っていてかなり文章が崩壊しているが、もう打ち直している様な時間的余裕が無い。

 

 もう上の階にはヘルブラッククロスの怪人が迫って来ている。

 

 ここはカエデハウスの地下の防空壕。怪人の急な襲撃にそなえてミヤコの開発指揮を取り作りだされた、新たな地下空間。

 

 ここに入れば電波を通さなくなる為、次の連絡は送れない。

 

 どうしてこうなったのだろうか・・・。

 

 思い返せばちょうど10分前・・・。

 

 一週間早く始まった2学期を終えたケイタとレンとカエデ達。

 

 しかしカエデは何も言わずに学校を飛び出してしまっていた。

 

 しょうがないからいつもの2人で、恋人同士で歩いて帰宅したのだが、カエデハウスの前には見慣れない人物が玄関門の前で立ち尽くしていた。

 

 「・・・あの、何か?」

 

 その人物は普通のスーツ、三つ揃いという紳士スーツを揃えた、この季節感に似合わない男が立っていたのだ。

 

 レンが話しかけると重たい鎌首を擡げるように、蛇の様な雰囲気を纏わせながらレンとケイタを視界に入れる。

 

 「ああ、これは失礼致しました・・・」

 

 男は礼儀正しくレンとケイタに一礼すると、懐から警察手帳を取り出して2人に見せる。

 

 よくドラマとかで見る様な見せつけ方に、ケイタはミドリコの同業者の訪問かと安心するのだが、レンは何かこの男に怪しさを感じている。

 

 「ああ、失礼。申し遅れました、わたくし・・・甘白さんの同僚の柏木タツヤと申します」

 

 柏木。レンがミドリコから聞いた事のある名前で、うろ覚えだった故にかしわもちさんと呼んでいた存在だ。

 

 ミドリコに武器を渡している味方だと認識している。

 

 「・・・公安警察?」

 

 レンの疑問にタツヤは普通に答えてくれる。

 

 「はい。貴女は甘白さんのご親戚の宮寺さんですよね・・・」

 

 そこまで言ってレンはタツヤの怪しさにカマをかけてみる事にする。

 

 「・・・公安の人は、同じ公安の方の家には、来ない・・・そう、ミドリコが言ってた・・・」

 「ええ、実はそのとおりなんですけど・・・」

 

 蛇のようにのらりくらりするような声音で、タツヤはおどけて見せる。

 

 「甘白さんに逮捕状が出てきてしまいましてね」

 「なっ・・・?」

 

 流石にレンにも困惑が走る。

 

 逮捕状?逮捕されるアレの事だ。それがミドリコに? 

 

 「あー面倒なので正直に言いますね。実は甘白さんには、かの犯罪組織、ヘルブラッククロスというモノに関与している疑いをかけられましてね・・・ホラ、ヘヴンホワイティネスっていうの居るじゃないですか。何かの間違いで捕虜としているのであれば、捕まえないと。本来その義務は我々警察にありますからねぇ」

 

 驚愕するレンとケイタの前で、タツヤはなおもおどけた口調で、しかし畳み掛ける様に話す。

 

 「ここにはそのヘルブラッククロスの研究者・・・ドクターミヤコが居る、そう警察の調査で出ているのです」

 

 正義の警察、いかにもそう見える様な姿勢で話すが、レンはなにかの間違いを正そうと必死に考えがめぐる。

 

 「ミヤコを・・・捕まえる?」

 「おやぁ?何かご存知のようですね」

 

 ケイタの表情一つ見ただけで、タツヤがその手を伸ばしてくるが、レンがタツヤの手を払う。

 

 「触らないで・・・ここにミヤコは居ない。貴方は、もしかしてとは思うけど・・・」

 

 ミドリコから聞いていた話しでは、公安警察同士住んでいる場所には干渉しないのが鉄則だと言うこと。

 

 しかしこの柏木タツヤはそれを破り、そしてどういう訳かこのカエデハウスにまで脚を運んできた。

 

 ヘルブラッククロスの事も知っていて、そしてヘヴンホワイティネスの事も。おまけにミドリコの逮捕状。

 

 極めつけはミヤコを逮捕しようとしているのか・・・?

 

 「ああ、そういえば・・・」

 

 タツヤは半歩後ろに下がりながら、左手を上げる。

 

 夏の夜空が見え始める蒼と黒の分かれ目が見え始めている、この不思議に不気味な空の下で、タツヤはニヤニヤとほくそ笑む。

 

 「ここには・・・佐久間ギンジなる人も居るんでしたかね?」

 「っ!」

 

 ケイタの心臓がドキリと跳ねる。この人は何か知っているという領域ではない。全て知っていてここまで来ている。

 

 そしておそらくは警察の正義のためではない。

 

 ここへ来た目的の一つであるミヤコが居ないのであれば、タツヤは次なる手段に打って出る。

 

 「ケイタ、すぐに地下へ、行って」

 「・・・うん!」

 

 レンもいよいよ不味いと判断し、ケイタをカエデハウスの玄関まで向かわせる。

 

 そしてレンはタツヤの方へと向き直るが、もう彼の姿はそこには無い。その変わり同じ場所に立っていたのは、着物の上半分を脱いで見事な筋肉の身体を見せつける様に佇む、スキンヘッドの大男。

 

 レンの背後には眼球が額部分に6つもついた奇妙でグロテスクな形をした顔の男。腕は六本もあり、眼球は黒く赤い、怪人の瞳。

 

 執事の様な燕尾服に身を包んだ6本腕の男と、半裸男がレンを挟む様に現れた。

 

 「いつからここに・・・?」

 「語るに及ばず」

 

 半裸の男の瞳が開く。やはりこのこの男も怪人だった。

 

 「はじめまして・・・だよね、ヘヴンホワイティネス。オイラ達はヘルブラッククロスの総統直属の怪人になる予定の蜘蛛の怪人っ!」

 「・・・同じく鋼の怪人」

 「そう・・・さっきの、男はどこに?」

 

 半裸の大男は鋼の怪人、もう片方の燕尾服の方は蜘蛛の怪人。新たに現れたこの両名の怪人は、カエデハウスに逃げたケイタに目もくれずにレンに狙いを定めている。

 

 「ドクターミヤコがここには居ない・・・それを聞いたから、ここを我々に任せた」

 「そーゆーこっと!お嬢さんには恨みはないけど、ここで気持ちよくなってってね!」

 

 どうやらタツヤはここでは無い別の場所に向かった様子。ミヤコを探しに行ったり、ギンジを探しているのであれば彼らも危ないかもしれない。

 

 しかしここでレンが変身して離れれば、カエデハウスのに逃げたケイタが狙われるかもしれない。

 

 (・・・)

 

 無言のままレンは変身すると、カエデハウスの玄関を背に2人の怪人へと、ビーム剣を構える。

 

 「あの男の子はバラバラにするっぜ!お嬢さんは気持ちよ〜くしてあげっ」

 「シィッ!!」

 

 蜘蛛の怪人のふざけた態度には苛つきが勝り、首をめがけてビーム剣が振り出せれた。

 

 しかしながらなんの問題なくこの蜘蛛の怪人は、後方へと飛びながら攻撃を避ける。

 

 燕尾服を翻したその瞬間に、もう1人半裸の男・・・鋼の怪人が腕を黒く硬化させてレンを頭上から殴りかかる。

 

 レンはその腕をビーム剣で防ぎ、鋼の怪人を睨む。

 

 「覚悟・・・」

 「覚悟なら、とっくにしてる・・・!」

 

 ビームハンマーに形状を変えて力の押し合いを、一度は制するが今度はレンの身体が動かなくなる。

 

 「なに・・・!?」 

 「美味しくしてあげるっぜ!」

 

 蜘蛛の怪人の上から四本の腕の指先が、わきわきと動きつつその指先からは光の反射によってわずかに見える線・・・糸がレンの手足身体に巻き付いていた。

 

 「ぬぅん!」

 

 身動きがとれないレンのボディへ、鋼の怪人の右腕が向かってくる。ただの腕かと思ったが、それは再び黒く硬化して想像を絶する一撃となりレンを殴り飛ばす。

 

 玄関の門を破壊し、ガラスを叩き割りながら皆の食卓へと転がりながらダイニングテーブルを破壊する。

 

 光を背にしながら蜘蛛の怪人と鋼の怪人が、土足のまま入り込んでくる。

 

 怪人の襲撃だけではなく、屋内への侵入までも許してしまった。

 

 「ビーム剣術・・・!」

 

 形状は牙。アギトを開いたその口からは熱を集束させた光の線を吐き出して、一筋の光線となりながら鋼の怪人の左胸の当たる。

 

 半裸の上からのその光線が当たると同時に、左胸から首、腹まで黒い硬化が広がっていく。

 

 「・・・熱いな」

 「へぇ〜まだ反撃出来るなんてやるぅー!ますます気持ちよくしてあげたいねぇ」

 

 怪人としてのサガ故に、性的欲望が大きい蜘蛛の怪人。咎めるつもりも無いのか、鋼の怪人もうなずいている。

 

 その表情は無、そのものであるが。

 

 「・・・今すぐ、この家から出て行って」

 

 この家にヘヴンホワイティネスが居ると知っていて、しかもミヤコもここに居てギンジの事も知っている。

 

 間違いなくあの柏木タツヤと言うのは、ヘルブラッククロスの一員とみなして良いだろう。   

  

 なにより怪人2人を隠しておいた事と、ミヤコかギンジを探しに来ていた理由がここに無いと知った以上、ここを怪人に任せたのだろう。

 

 すぐに怪人をけしかける以上、元々見逃すつもりも無いという意思表示。

 

 「蜘蛛、ここは任せてもらおうか。あの少年を探せ」

 「あいよー。でも壊すなよ兄弟(ブラザー)

 「もちろんだ兄弟(ぶらざー)

 

 蜘蛛の怪人がリビングから別の部屋へと向かおうとするのを、レンが妨害しに向かう。次の形状はハーフブレードにし、眼の前を斬り込みに行くが、それを鋼の怪人が前に出る形で防がれる。

 

 またもや硬化させたのは頭部。ハーフブレードを容易に弾き、レンをリビングの中心へと押し戻す。

 

 「おーこわっ!」

 「させん」

 「邪魔、しないで」

 

 形状をドリルに変えると、レンの目線は蜘蛛の怪人しか見えていない。必ずケイタの下には到達させない。

 

 「行かせない・・・!」

 「さんと言ったはず・・・だっ!」

 

 前に立ちはだかる鋼の怪人へその突撃するが、また黒い硬化で妨害される前にドリルから長剣へと形状を変える。

 

 勢いを殺さず武器を軽くした事で、鋼の怪人の足元をすり抜け、蜘蛛の怪人へと肉薄することに成功する。

 

 「ビーム剣術・・・ビーム乱舞!」

 「おほっ!」

 

 振り下ろし、突き、回転斬り、叩き下ろし、叩き、弾き・・・。眼にも止まらない速さでどんどん攻撃するが、レンの攻撃は一向に当たる気配がない。

 

 「せい・・・やっ!」

 

 レンの左隣からは右足を硬化させた、鋼の怪人の突き出し蹴りがレンの身体を飛ばして、何もない筈の空間にべちゃりと張り付く。

 

 何も無いのではなく、ここに糸・・・それも粘着性の高い糸を張り巡らせ、レンを捕獲した。

 

 「うぐっ・・・」

 「あははは無様〜!」

 「ふざ、けるな・・・ぁ!」

 

 まだ戦えるのにこの粘着性の糸によって、身体が剥がれず身動きが取れない。

 

 「ハァハァ・・・やっば、我慢できないかも。先に気持ちよくなろ?」

 「お前とは、お断り・・・」

 

 悔しいがこの怪人達のコンビネーションは厄介だ。そして個人でもかなり強い。

 

 悔しいが認めるしかない。この2人はおそらく本当に強い。

 

 だけど・・・認めたからなんだと言うのか。レンは自分の未来の為に戦って居る。シルヴァが託した願いの為、もう二度と諦める訳にはいかない。

 

 「ビーム・フォーム!」

 

 ビーム剣の形状をスーツへと変える。光熱を帯びたその光が全身を包むと、粘着性の糸を溶かしてレンの強力な戦闘形態を顕にする。

 

 青白いビームを全身に纏い、本気の力を出し惜しみせずに立ち向かう。

 

 格段な素早さの向上により、蜘蛛の怪人の顔面を殴り飛ばす。

 

 段違いな反撃力に蜘蛛の怪人が何も喋れないでいると、鋼の怪人にもその格闘術を叩き込む。

 

 最初の一撃は肌を殴り、身体を後ろに退かせた。二撃目は全く通用せず、ガン、と言う音が鳴る。ビーム・フォームによる防御能力があるのに、拳に跳ね返る音と痛みを我慢しながら、連続で拳を当てて行く。

 

 呼吸を止めてとにかく連続で殴打するが、鋼の怪人はドッシリと構えてその拳をひたすら身体で受け止め続ける。

 

 「〜〜〜ッッつ!!!!!」

 

 とにかく攻撃が通るまで殴り続ける。ビーム・フォームの出力を最大まで引き上げ、身体に限界が来てもこの怪人か蜘蛛の怪人どちらかを撃破せなばならない。

 

 「おあちゃー・・・全く痛てぇですぜ。絶対に気持ちよくなろうぜ」

 

 蜘蛛の怪人は相変わらずだが、レンにその声は聞こえていない。

 

 「・・・〜〜!」

 

 だがしかしなんとなく気配で立ち上がった事を理解したのか、ラッシュしたまま真後ろに立つ蜘蛛の怪人へと振り返り、レンの猛攻が蜘蛛の怪人へと標的が変わる。

 

 「ぐっへぇあほぉん!?」

 

 やはりダメージの通りは蜘蛛の怪人の方が大きい。鋼の怪人は聞いているのかさえわからない。

 

 再び蜘蛛の怪人を殴り倒すと、そこで息が上がってしまう。呼吸の為に動けなくなり、身体が酸素を求め焼ける様な感覚にレンはもどかしさと同時に、痛みを覚悟する。

 

 何故なら、まだ鋼の怪人は全然余裕を出しているからだ。

 

 「甘い・・・なっ!」

 

 防御も間に合わず避けるのも適わず攻める事も通じず。

 

 振り返ってなんとか反撃に転じようとしたレンの胴体へと、鋼の豪腕を打ち込まれる。

 

 全身をうち震わせる様な強烈な衝撃音と、何かが身体の中でちぎれては、ボギリと聴きたくない音が鳴る。

 

 「かはっ・・・!?ごほっ・・・ううぐっ」

 

 折れてはいないが、それに準ずる程のダメージ。実体に到達するなんてレベルではない。

 

 呼吸もまともに出来ずに、頭が痛くなってくる。視界もボヤけ初めて黒いモヤモヤが視界の端に回ってきている。

 

 (嫌だ・・・諦めちゃ、ダメ・・・ダメなのに・・・)

 

 悔しくて泣きそうになるのに、頭の中ではそう考えられるのに、身体が悲鳴を上げて再びレンに絶望が迫ってきていた。

 

 カエデはまだ来ない。ケイタは戦えない。ギンジはどこにいるのか。

 

 ミドリコは逮捕?された。

 

 (ああ・・・ごめん、ごめんなさい、皆ぁ・・・)

 

 意識が薄れる。もうダメだと思ってしまった。

 

 もしかしたら仲間達は一人ひとり襲撃を受けているのかもしれない。

 

 「ムーン・ドライバー!!」

 

 気高い女性にとも男性ともつかない勇ましい声が、ぶっ壊れたカエデハウスのリビングに響き渡る。

 

 「なにやつ・・・ってまたオイラ!?」

 

 大きな満月のシールドが蜘蛛の怪人に命中して、鋼の怪人のところまで吹き飛ばす。撥ねたとも言えるその突撃に、鋼の怪人も蜘蛛の怪人も憤りの目線を送る。

 

 緑をメインカラーとした満月のマント、満月の模様が描かれた戦闘スーツ。

 

 白く尖ったブーツをフローリングに突き刺し、月の光を宿す大盾を構える。

 

 「僕の友達を・・・恩人を・・・許さないぞ!」

 (角倉君!はやく助けなさい!)

 

 ここに来て救援にかけつけたのは、ムーン・パラディース。

 

 月島ルカが加勢に現れた。

 

 「れーーん!」

 

 泣きそうな声で叫びながら、ケイタはレンを抱きかかえてその場を離れようとする。

 

 「どう・・・して、ルカが?」

 「角倉君が連絡をくれたんだ!カエデと佐久、ギンジ君も連絡が取れないって言うので、僕が駆けつけたのさ!」

 

 「逃がすと思うかい?女の子が増えただけだろ!?一緒に気持ちよくしてやるよ!イケ!」

 「敵が増えただけだ。問題は無い」

 

 蜘蛛の怪人も鋼の怪人も、ムーン・パラディースを相手に全く臆していない。

 

 「マジカルマジカル〜!!!」

 

 次なる声はカエデハウスの上空、天井を超えた先から聞こえて来た。

 

 「エモーショナル・にゃんこハンマー!!」 

 

 天井破壊して現れたのは、巨大な鉄球に猫を焼印が入ったハンマー。

 

 この危機に乗じて、サクラも加勢に来てくれた。タイミングは最高であり、ルカがケイタとレンを抱きかかえて、ハンマーの範囲から離れる

 

 「またオイラかよ!くっそ!!!!」

 「今度は受け止めてやる」

 

 ものすごい破壊の一撃をも、この鋼の怪人は抑え込む。蜘蛛の怪人は攻撃の準備として鉄の様な色をした糸を束ね始める。

 

 「ケイタ君が必死に連絡するからね・・・私も来たよ!」

 「サクラ、ルカ・・・ありがとう、ケイタも」

 「礼には及ばないさ。サクラ、行こう!」

 「もちろん!」

 

 サクラはまた別件でヘヴンホワイティネスに用事があったようだが、今はケイタの緊急の連絡を受け入れて戦いに来てくれた。

 

 ボロボロになってしまったレンが3人にお礼を言うと、ケイタは泣きながらレンを見つめる。こんなに可愛い娘が、自分の恋人が、どうしてこんな辛い目に合っているのだ。彼氏としてこんなひどい事をするあいつらが許せない。

 

 (・・・僕にも戦う力があれば・・・!!!)

 

 この状況において戦えない事が、悔やまれる。本当に悔しく、そして情けなくとも思う。

 

 今の自分が出来る最大の援護は、ルカとサクラを呼んで、後は任せるだけ。

 

 男としては違う。本当は彼女を誰よりも守りたいと思っているのは、ケイタ自身だ。だからこそ戦う力が無いのが本当に情けなくなる。

 

 しかし今はとにかく戦闘に巻き込まれない様に、この場から離れる事に集中する。

 

 (ああ、ギンジ、カエデ、ミドリコ・・・早く来てくれ!!)

 

 角倉ケイタの悲痛な叫びは、恋人であるレンを担ぎながら、脳内でひたすら連呼されるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 【鋼の怪人も蜘蛛の怪人も襲撃には成功。イレギュラーはあったものの、魔法少女やムーン・パラディースを相手に互角以上の成果を確認】

 

 小型に飛行型監視カメラにより送られる映像を見て、ドクターハルネは、未だ街に出歩いてはドクターミヤコを探している柏木タツヤにその報告文を送る。

 

 今ハルネが立つ場所は度固化市の工場エリア。

 

 配下として用意された武者の怪人を1名連れて、逃げた公安を追いかけるという命令で彼女がここまで来ている。

 

 「まさかこの広い工場エリアで籠城でもしようというのかしらね」

 「・・・ハルネ殿、貴女は拙者の後ろへ。拙者がお守りいたします故、どうか前には出ないように」

 

 武者の怪人はその名前に違わず、文字通りの武者だ。

 

 蒼い甲冑と腰から広がるフレアスカートに、鱗の様な止め金を合わせた装備をしている。

 

 顔は見せないのか、ヘルブラッククロスの戦闘員と同じ仮面を装着し、左右の腰、腰後ろ、さらには背中にクロスさせた刀をそれぞれ携行している。

 

 大小長短様々な刀を携えたその姿は、どことなく武神としての雰囲気を持たせ、忠義に熱い好漢にも見える。

 

 しかし怪人故か、その視線は仮面の奥からでも解る様に、ハルネの胸ばかり凝視している。

 

 しかしながら任務もある為、しっかりとハルネを守る事には心血を注いでいる模様。

 

 「犬の怪人達は突破されたそうね。今報告があったわ」

 「なんと・・・それでは犬殿が不憫だ。拙者が仇を討ってまいりましょうか・・・?」

 「目的を忘れちゃだめよ。貴方はワタシの護衛・・・そうでしょ?」

 「拙者の集中力の無さがいたす所、この罪は切腹を持って」

 「怪人四天王の座につける実力を持った貴方が、そう簡単に死のうとしないでちょうだい」

 

 そう言うハルネのミニスカートから見える脚を凝視して、武者の怪人は男の欲求が膨れ上がる。

 

 怪人として、男として、女性に対して持つ感情・・・。

 

 「斬っていいですか?」

 「・・・ふざけてるの?」

 

 武者の怪人。ヘルブラッククロスの怪人四天王(予定)となり、同時期に造られた蜘蛛、鋼と同様の総統直属の怪人になれる可能性を孕んだ、おそろしく強い怪人。

 

 しかし・・・怪人としての欲求は基本的には、性と破壊衝動なのだが、彼は破壊衝動と辻斬りが衝動としてふくれあがっている。

 

 誰彼かまわず斬り捨てたいのだが、そこを制御出来る事から強さとポテンシャルも相まって、武者の怪人は怪人四天王の座につくチャンスを与えられている。

 

 「公安の女がどこに居るのかわかりませんが、全て斬りますか?」

 「ええ、構わないわ。ワタシに被害が及ばないように斬り崩しなさい」

 

 ハルネが口角を上げて微笑ましく告げると、武者の怪人は左右の腰から刀を抜き、ジャグリングでもするかの様に手元でぐるぐると回し始める。

 

 空気を斬り裂く音を打ち出して、さらにはその音が綺麗に【斬れる】ような流れる動作を持って、工場エリアを正面にして腰を構える。

 

 全てを斬り払うその刀は、ハルネがデータを構築し造り上げたドクターミヤコを超えるための武器。

 

 聞けばリコニスの装備はあのドクターミヤコが造ったと。

 

 であれば怪人ではまだ無理でも、怪人が操れる武器だけは超えねばならない。そうしないと、ドクターパープルに認めて貰えない。

 

 アノ人に全てを認めさせて、共に力のある世界を歩んで行きたい。それだけを持ってハルネはこの作戦に協力を申し出た。

 

 「始めなさい!」

 「御意ッ!」

 

 刀を振り回す大破壊が始まった・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ええ、それでは・・・お願いしますね」

 

 日が暮れ始める住宅街を歩きながら、タツヤはリコニスと通話を終える。

 

 どうやら彼女はヘヴンホワイティネスの1と名乗る方とぶつかっていたらしい。それの影響で、作戦の時間に遅れるようだが、合流する時に邪魔たてする者が現れるのであれば、それらの進行の妨害、及び殺害を命じる。

 

 変わりにミヤコもギンジもタツヤが1人で抑え込み、ギンジは差し出すと言う条件に変えた。

 

 ミヤコは自分が貰い、後は彼女の心も肉体も壊すつもりでいる。

 

 「しかし困りましたね〜・・・どこにも居ませんよ」

 

 居場所が解らなくとも、事前情報があればどんな悪い条件でも警察としての力を操れば、人探しなんてどうと言う事はない。

 

 今回の甘白ミドリコ、藤原、山吹イロの逮捕状にしたって、タツヤからすれば内部事情からの攻撃は容易い事。

 

 都合が悪いから怪人に任せたが、彼ら彼女らでは一筋縄では行かなかった。しかたがないから面倒だが、タツヤ自身が表に出歩いて行動を開始させる。

 

 それでも重要な事は全て怪人や戦闘員に任せて、自分は目的達成の為にしか動かないのだが。あくまで最小限の一手を心がけ、不都合が来ない様にする。

 

 それが二重スパイである柏木タツヤの戦い方。この力だけで彼は大幹部にまで登り詰めた実績を持っている。

 

 「とにかく現場をひっかき回していれば、すぐに解決すると思ったのですがねぇ・・・」

 

 ミヤコを探すのもそうそう一筋縄では行かなそうであり、少し途方にくれるタツヤなのであった。

 

 しかしながらその表情はまだ諦めては居らず、むしろ楽しくなってきたと言う感じだ。

 

 「鬼ごっこは楽しいですからね・・・この後の楽しみも増えますね」

 

 ミヤコを捕まえたらどうしようか。

 

 心が壊れるまで苦痛を与えようか。 

 

 それとも彼女の造った怪人達に陵辱させようか。

 

 ギンジの眼の前であの小さな顔を舐め回してやろうか。

 

 身体を徹底的に改造でもするのが良いか。

 

 なんにせよ今の状況はチェスで言うなら、チェックまで来ている。

 

 柏木タツヤ1人の工作や襲撃や命令。これらの事が混ざり合い、ヘヴンホワイティネスはおそらく各個足止めをされている筈。

 

 「ん〜早くチェックメイト、取りたいですねぇ」

 

 再び革靴を鳴らしてタツヤは住宅街エリアの向こう側へと、ゆっくり歩いていく。

 

 その背中には、どんな生物でも近寄れないだろう、異質な雰囲気を纏わせていた・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 時間は少し遡る。

 

 8月26日の朝。今日はいよいよカエデ達の2学期が始まる日。

 

 雪は溶け夏の熱気によって、今の度固化市は地獄の様な蒸し暑さを吐き出している。

 

 「ギンジ〜?早く起きなさいよ」

 「ぇあ?ああ、もう朝か」

 

 相変わらず寝坊しがちなギンジ、そしてギンジの部屋のベッド・・・ではなく、ベッドのすぐ横に布団を敷いたミヤコが眠っている。

 

 雪の怪人の猛吹雪によって彼女は高熱を出したのだが、どうしてもギンジと寝たいと泣き出すのでしょうがないと妥協した提案がこれだった。

 

 カエデの声で起こされたギンジは、ミヤコを起こさないように布団から出る。寝顔は本当に普通の少女。だからこそ可愛いとも思えるのだが、普段の暴走が無くて言い寄られるのであれば、もしかしたら今頃は堕とされていたかもしれない。

 

 (いやまぁ実際堕とされかけたっていうか、堕とされたしな)

 

 6月には洗脳された事を思い出してしまう。あんなに顔を近づけられれば、どうしても意識はしてしまうだろう。

 

 別に好きだとかでは無いが。

 

 「おはようギンジ」

 「おっはーさん!お、今日の朝ごはんは・・・」

 

 食パンの香り際立つトーストに、コンソメ香る卵スープ、さらには食パンに合わせられる色とりどりのジャムとクリームチーズ。

 

 付け合せにはハムと、ボイルチキン、トマトソースも完備している。

 

 用意された飲み物は真夏の朝には最高なオレンジジュースと麦茶、牛乳と豪華でご機嫌な朝食が用意されていた。

 

 「すごいな・・・」

 

 圧巻の光景に2学期からへの気合を入れているらしい。レンとミドリコは先に食事を始めており、それぞれギンジにおはようの挨拶。

 

 「ミヤコはまだ寝てるのか?」

 

 ミドリコはいつもの薄い化粧をしており、その上で朝食を取っている。レンは相変わらず意思のある一本毛が、頭頂部から生えている。

 

 「まぁ昨日色々あったしな。寝かしとこうぜ」

 

 カエデはいつもの様にプラチナブロンドを綺麗に整えており、眠そうとか気怠そうと言った雰囲気は微塵も感じられない。

 

 ギンジに取っての〈大好きな人達〉の面々は、今日も皆元気であった。

 

 「ほら、ギンジも食べなさいよ」

 「おう。ありがたくいただくぜ」

 

 カエデに言われるままに、ギンジも席につく。カエデの今の姿は学生シャツにエプロンをつけたいかにも朝の定番の姿。

 

 こんなに元気可愛いのにヒーローとかでなければ、普通にお近づきになりたいぐらいのポイントの高い女の子なのだが、ギンジはカエデを見ると微笑ましくも感じる。

 

 誰でもそうかもしれないが、生活能力があって誰とでも分け隔てなく接する女の子と一つ屋根の下で共に暮らしている事を考えたら、世の男性たちはどれだけの人数が好意を持たないでいられるのだろうか。

 

 「・・・」

 

 むぐむぐと小麦色のトースターを食べながら、少しだけ胸に形の無い何かが刺さる感覚が出来てくる。

 

 確かにここに居る人達は皆ギンジの〈大好きな人達〉だ。好意と呼べるモノではないが、自分でもわからないが、何故かカエデの事だけはワンランク上に置いておきたい様な、最も大切にしたい宝物みたく感じてしまっている。

 

 とはいえ多分好意があるとはギンジ自身も思っていない。ドキンと胸が動いた気がするが、それを寝起きのせいにして何も無かった事にする。この体熱も冷たいオレンジジュースで流すと、あとには何ものこらない。

 

 (ま、そもそも俺はただのファンみたいなもんだしな)

 

 転生してくる前の自分の生きてた世界にあったムフフなゲーム、ヘヴンホワイティネスを熱心にやり込んでいただけのただの成人男性に過ぎなかった。

 

 このゲームをやってる時だけは、嫌な世界、現実を忘れてただ本当に楽しく生きていける瞬間だった。

 

 中でもギンジは神宮カエデというキャラクター、彼女のエピソードが一番好きでどんなルートでもカエデから攻略していた。

 

 だからなのだろうか。転生してきてからはずっと無意識にカエデと共に行動する事も多かった。

 

 (・・・別に好きだとかは、多分ないな。そもそもカエデが朝飯作ってくれるのって、学校に気になる男が居るからだもんな)

 

 そう思うとさらに胸にトゲが刺さる気分になる。

 

 でも気のせいだと思うことにする。

 

 そう思いながら無心を決めこもうと食事をしていると、カエデ、レン、ミドリコはもう食事を終えて、通学、そして出勤を始めようとしていた。

 

 「くあぁ〜」

 

 玄関に向かう傍らで、ミヤコが上の階から大あくびで降りてくる。

 

 「そんな大口開けないほうがいいわよバカミヤコ。おはよ」

 「くふふ・・・ギンジが居ないから、すぐに眼が覚めたよ」

 

 玄関にてカエデとミヤコが眼を合わせた瞬間、何かの火花をちらし始める。

 

 「早くご飯、食べなよ。ギンジなら、そこに居るよ」

 

 時間が少し押しているからと、レンがカエデとミヤコの衝突を防ぐためにも、一旦はそうやぅって促す。ミヤコに塩を送る様な感じになってしまったが、2学期始まってすぐに遅刻する訳には行かない。

 

 ミドリコも当たり前だが、社会人として遅刻する訳にはいかない。

 

 と、なるとどうしてもミヤコとギンジだけになってしまうのが、カエデからすると許せない。本当はカエデもギンジの布団に・・・いや入るということまでは思っていないが、同じ部屋でお昼寝ぐらいはしたいと思っている。

 

 「ギンジに変な事しないでよ!」

 「くふふ、しないよ〜・・・むしろしてほしいもん」

 

 言いながらもミヤコは3人を見送ってから、鍵をかける。

 

 「やっはーギンジ君おはよう♡」

  

 朝の寝ぼけた声だが、熱っぽさはもう無くいつものミヤコの姿でギンジに声をかける。そして当たり前の様にギンジの隣に座り、一緒に食事を取り始める。

 

 「くふふ、カエデ・・・モンキーのご飯は美味しいね」

 「お、今一瞬モンキー呼び忘れただろ」

 「・・・美味しいね〜朝ごはん」

 「おいおいシカトかよ」

 

 カエデの料理の腕は確かなモノらしく、ミヤコはそれだけは素直に言うと、もぐもぐと小さな顔を全部使ってご飯を食べる。

 

 「あーそうだ・・・ギンジ君って今日はお暇?」

 「ん?怪人反応とか、襲撃がなきゃ毎日暇だぜ」

 

 オレンジジュースを飲み干したギンジは、ミヤコに笑みを見せながらそう言うと、ミヤコはギンジの笑顔が眩しく感じる。これだけでもトキメイてしまう。

 

 (好きだなぁ・・・本当に・・・)

 

 一瞬で顔をうつむかせると、頭の全てが熱くなるのを感じる。

 

 「あ、ああそうだ。暇なら、少しだけわたしに付き合ってくれないかな?」

 

 真面目な雰囲気で場を持ち直す。そうすることでミヤコは気恥ずかしさを和らげる事が出来るからだ。

 

 「何か買い物か?俺あんまりお金ないけど・・・」

 「んーん。くふふ、お買い物じゃないよ」

 

 ニコニコとしながらミヤコはギンジの脚へと手を伸ばす。スリスリと小さな手でギンジの脚のやわらかい所を撫でた。

 

 「くふふ・・・人に会ってほしいんだよね。くふふ、くふふふ」

 「人?まぁいいんだけどよ、脚をそうやって触るのやめなさい」

 「そんなー〜」

 「そんなーじゃありません!」

 

 いつしか繰り返した様なやりとりに、ギンジとミヤコはクスりと笑う。こうした会話を日常として楽しむ分には、2人とも大好物だ。

 

 とくにミヤコはこのやりとりの中で出来る一時を、本当に愛おしく思っている。

 

 こうしてギンジとミヤコは朝食を終えると、身支度を済ませてすぐに出かける。

 

 「まだ暑いな・・・ムシムシするぜ。水分、気をつけろよ」

 「うーん、まったく嫌になるね・・・過ごしやすい季節とかは無いのかなぁ〜・・・くふ、くふふふ」

 

 うだる様な熱気と、溶けきっていない雪の残りから蒸すような空間に2人は苦悶を感じる。

 

 「ところで・・・どこかで待ち合わせでもしてるのか?」

 「くふふふ・・・よくぞ聞いてくれました。向かう先は、わたし達の運命の場所だよ・・・」

 

 運命の場所。それはおそらく、イレギュラーとして戦うことになったあの場所・・・運命の日の運命の戦いを切り抜けたあの場所。

 

 度固化市音楽堂。

 

 今からミヤコはそこである人物と会う約束があるという。それに向かうためには、ギンジはミヤコには付いてきて欲しいのだ。こうして外を一緒に歩くだけでも、まるでデートをしているみたいで心が踊る。

 

 「それじゃあいこう!ギンジ君っ♡」

 

 ミヤコの心底楽しそうな声でテンションが少しだけ上がる。やっぱりなんと言ってもミヤコは可愛いのだ。

 

 こんな風に言い寄られれば悪い気がしないのもまた事実・・・。

 

 ギンジはミヤコと同じ様に少しだけ気恥しそうにしては、何度かはミヤコのボケにツッコミを入れるというのを繰り返しながらも、目的である音楽堂へと向かうのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 音楽堂。かつてはギンジを捉えて、洗脳するための施設として買収してはドクターミヤコの為に機材の運搬を行ったりした、ミヤコ派の専用ルームみたいな扱いをしていた施設。

 

 そんな場所にオーク怪人は来ていた。無用であれば決して立ち入る事の無いこの場所に来たのは、ドクターミヤコからのメッセージを受け取って、彼女が呼んでくれたからだ。

 

 そうでなければ基本的には、こんな場所には来ない。

 

 「人に会わせたいとの事だが・・・」

 

 いつもの軍服と軍帽、軍靴を揃えてオーク怪人は音楽堂入り口前の広間にてその人物とミヤコの到着を待つ。

 

 夏の熱気にに負ける事は無く、強い気合と尋常じゃないタフネスで耐える。そうして待つ姿は仁王像の様な迫力もある。

 

 誰か他に人が居るわけでも無ければ、不法侵入している人物が居るわけでもないので見たらそう思えるぐらいではあるが。

 

 「おや・・・君が一番乗り、か」

 

 声がした。くぐもった様な声音と、低い男性の声。落ち着いていて、しかしオーク怪人には懐かしいその声。

 

 振り返る先に居たのは、ヘルブラッククロスの戦闘員のスーツを全て紫色に変色させて、肩から小さなマントを垂らした特別なパワードスーツを装備している。

 

 その男はドクターミヤコの大幹部の席につき、今はドクターパープルと名乗らせている・・・ミヤコの意思を裏切っている愚か者。

 

 「何故貴様がここに居るのだ・・・紫」

 

 当然ここに彼が現れれば、オーク怪人は敵意も殺意もむき出しにしては、彼を睨みつける。眼が合った者は必ず萎縮させる様なするどい気迫は、眼で見て取れる程の威圧。

 

 「何故って・・・君と同じ理由じゃないかね、オーク」

 

 腕をゆらゆらとさせながら、紫とオーク怪人はお互い拳が届きそうな距離に立つ。

 

 この場で戦うつもりなのか?それともこの場に居る元ミヤコの部下、現ミヤコの部下2人に激突でもしかけようとするミヤコの作戦なのか。

 

 「くふふふ・・・2人とも早いね。到着には少し遅れても良いって言ったのに」

 

 溢れ出る敵意と殺意の渦の中で、第三の到着を果たしたミヤコとギンジが現れる。

 

 「おや・・・ギンジさんも居たのか」

 「紫・・・ッ!」

 

 工場エリアにて赤鬼の死を思い出す。あの襲撃は紫の判断での事であった事を思い出したギンジは、ミヤコの前に立つようにして、攻撃的な姿勢を取る。

 

 「オーク、ギンジさんも私をそう敵視しないでほしいな」

 

 そうは言いながらも紫は腕に取り付けた兵器を構える。

 

 「紫・・・ここで始めるつもりなら、ドクターの為にもここで討つぞ」

 

 オーク怪人も憤りにまみれた表情で戦闘の体制に入る。

 

 「どっちにしても紫は先にぶっ飛ばす」

 

 金棒を構えたギンジは、オーク怪人と紫を視界に入れる様にして立つ。

 

 しかし3人がそう敵意をむき出しにしている中で、中心に向かうようにしてミヤコが不敵な笑みを浮かべている。

 

 「くふふふ・・・3人とも、かっかしないで。今日ここに来た3人はちゃーんと全員味方なんだから、さ」

 

 何を言っているのか良く解らなかった。紫はその言葉で腕の兵器による武装を解除する。

 

 オーク怪人はいまだ警戒の色は強いが、一応は拳を収める。

 

 ギンジはと言うとポカンとした表情をしている。

 

 この場に居る3人が味方?どういう事なのだろうか。

 

 「どういう事だ?」

 「くふふふ・・・もうそろそろ話しても良いかなって思ってね」

 

 ミヤコが久しぶりに奈落の様な暗い瞳を見せる。これこそが彼女がヘルブラッククロスの元大幹部たるおおきな強みの一つ、それを3人に見せつける。

 

 「ギンジ君とオークに先ずは説明をするね」

 

 ミヤコは紫の隣に立つ。

 

 「わたしが6月にヘヴンホワイティネスに攫われる前日・・・ギンジ君を攫ってすぐの日、わたしは先ずは紫に相談はしていたの」

 

 ミヤコの言葉に紫が頷く。

 

 「もしわたしが敗ける様な事があれば、わたしとオークは組織から切り離される事になるから、裏で内通しましょうって。

 その代わりに、情報の横流しが出来る様に、紫は大幹部を自主的に立候補してね・・・ってね。それまでは、わたし達への襲撃も攻撃も本気で行って良しとする・・・」

 

 そんなだいそれた事をあっけらかんとした態度で、ミヤコはなおも話し続ける。

 

 「お互い情報の横流しをしあえば、どうなるかわかるよね。

 わたしの行く先に紫が位置情報を取りやすくなるし、もし何かがあればとっさの判断で動く事も可能になるということ。組織に準じていながらも、遠くでわたしのサポートをしてくれていたって事」

 

 ミヤコは更に続ける。

 

 捕虜になって最初の戦いは砂の怪人。あの時はヘルブラッククロスからの妨害が来ないように、最初に妨害工作をしてきたのはミヤコの方だが、その妨害工作を行った手段として紫にも情報を送る。

 

 故にオーク怪人との衝突を引き起こさせた。

 

 次の紫からの襲撃も同様で、組織から逃げ出した怪人達を仕留めるのもメインの目的ではあるが、同じ様にヘヴンホワイティネスが来る事も読んでいたミヤコは、紫にギンジの行動の妨害、ないしは組織へ戻る気持ちがあるかどうかの確認。

 

 結果的にミヤコの手中において、ギンジはヘルブラッククロスには絶対に戻らない事を理解した彼女は、もう妨害は終了し、組織に戻らない事を決意した・・・その話しを聞かされる。

 

 「ついでに毎日ギンジ君の体調のデータも送っては、メディカルチェック出来る様に、薬とかも設備を用意したのは彼なんだよ」

 「毎日大怪我するから薬の調合が大変だったよ・・・ギンジさん」

 

 紫はやれやれと言わんばかりに頭を振る。

 

 組織に残った者である紫が今度は話し始める。

 

 「私がこういうサポートをする事を選んだのは、たった一つの理由からだ。私もドクターミヤコの為に力になりたい、これだけの理由だ」

 

 マントを翻しながら、紫が話しを続ける。

 

 「最初はドクターが敗ける事を話すなんて、そんなバカな・・・

 そう思っていたけどね。しかしドクターミヤコならば

 いずれはこの世界すら変えるお力を持つお方。で、あればヘルブラッククロスなんかよりもドクターに付いていた方が楽しめるとは思わないかね」

 

 流石に裏切ったフリをしているのには心を痛めたが、それでもミヤコの指示で紫は必死に言いつけを守り続けた。

 

 自分の【師匠】であるミヤコの為に、ただ1人の恩人の為に。

 

 「んん?それってなんだかお前の意思では無いような気がするんだが」

 

 ギンジの疑問にはオーク怪人も同じ意見であり、腕組みをしながら鼻を鳴らす。

 

 「私の意思なんてモノは関係ないさ。ドクターミヤコが言うなら、私は人類の敵にだってなる。元より、ヘルブラッククロスの世界思想なんてどうでも良いモノだからね」

 

 紫はそうすることがさも当たり前と言わんばかりの態度だ。

 

 「例えこの先、ドクターミヤコと正面からぶつかるとしても、私はドクターミヤコの嘘を守り通すために、これからも敵でありつづける。それがこの音楽堂での戦いの前日で話した事だ」

 

 ミヤコの為に、ミヤコの都合の良い展開を作る為に紫は己の持っている覚悟を話した。

 

 「ブヒ・・・それではいつかはドクターを殺してしまうという話にならないか?」

 「流石の着眼点だね。でもこうは考えられないかい?」

 

 紫はくぐもった声をギンジとオーク怪人に向ける。

 

 「ドクターミヤコの最高傑作が共に居れば、敗けることはありえないと」

 

 最高傑作と称してオーク怪人とギンジへ、それぞれに指を向ける。

 

 「くふふ。あなた達2人が、それぞれでわたしを守りながら戦えば、驚異なんて無いよ。紫は常にわたしを攻撃し、オークはわたしを守り、ギンジ君はわたしと結婚を・・・」

 「いやそれは置いといて」

 

 ミヤコの企む事への合点が行かないギンジは、ミヤコと紫を睨んで見る。

 

 「わたしが離反する事はしなかったけど、ギンジ君と共にいる為には・・・そう考えたときに、紫の鶴の一声っていうやつだね。愛する人と一緒にいる作戦を考えたら、こうしてくれた〜って事」

 

 つまりはミヤコがギンジと共に居る事を、誰よりも本気で考えたのは紫。彼が敵であり続ける事を選び、ヘヴンホワイティネスと戦う道を選んだ。

 

 紫もまたミヤコを慕う1人の部下であり、彼女の幸せの為にここまでの計画を考えたのだ。

 

 ミヤコにしてみても、ギンジであればヘルブラッククロスを撃破しうる可能性を秘めていると思っている。

 

 何故ならば、どんなに辛い状況でも常に進化を行える彼は、最強の力をいつかは開放するだろうからだ。そう信じていれば、ヘルブラッククロスの未来よりも、ミヤコの未来を生きる事を望む方が賢いとも言う。

 

 「私が色々裏で根回ししなければ、今頃ドクターミヤコもヘヴンホワイティネスももっと大変な事になっているんだよ。感謝してほしいね」

 「なんか・・・お前って意外と影の功労者なんだな・・・」

 「お褒めにあずかり光栄だよ、ギンジさん」

 

 オーク怪人もミヤコと紫の共謀には感嘆のため息を漏らす。

 

 「それで・・・私が呼ばれた理由はなんなのでしょうか、ドクター」

 

 組織から外された者、オーク怪人がミヤコを見つめる。

 

 「うん・・・多分だけどわたしもオークもギンジ君も、もしかしたらもう二度と紫には会えないかもしれないからね。最後の密会をしたかぅったんだ」

 

 本当はまだ残っている犬、触手、紐の怪人も連れてきてほしかったが、それは叶わない願いだ。

 

 せめて自分の責務を引き継いだ、紫だけにはあっておきたい。

 

 そしてギンジにもオーク怪人にも、彼は意味があってドクターミヤコの敵になるということを伝えたかった。

 

 全てはミヤコとギンジの2人の未来の為に。

 

 その為には自分がドロをかぶり続ける、それが紫の覚悟。覚悟を受け取ってもらう為に、ミヤコは3人を呼び出した。

 

 「この秘密の集合ももう出来ないからね。わたしは永遠に捕虜であり、紫は裏切り者を消す為に動き、オーク怪人はわたしを影で守り、ギンジ君はわたしとけっ」

 「それはさっき聞いた」

 「くふふふ、恥ずかしがらないで・・・大丈夫、痛くしないから」

 「え、おい・・・やめ、おい、にじり寄るな!おい!やめっ」

 

 眼を光らせてにじり寄り飛びつくミヤコに、ギンジは女の子みたいに怯えてしまう。

 

 わーわー叫びながら突撃してきたミヤコへ、再びギンジは餌食になってしまう。

 

 「ブヒ・・・何を考えているんだ?紫」

 「何も。理屈なんて無いことに、心血注ぐのも私がドクターに学んだ大きな事だからね」

 

 オーク怪人と紫が横並びになり、ギンジとミヤコのぶつかり合いを眺める。

 

 「それに・・・恩人の恋は応援してあげたいじゃないか。私利私欲にまみれた野望、企みであっても、ドクターミヤコは十分頑張ってきた。彼女の為に、私は敵になるよ」

 「・・・恩人の為の応援ならば、私も同じだ。しかしながらまさかお前とドクターが繋がっていたとはな・・・」

 

 もうこうして話すことは出来ないのだろう。今後は紫はミヤコのための都合の良い悪役に徹し、ヘヴンホワイティネスを本気で倒しに行くのだろう。

 

 「いつか戦わないといけなくなったとき、私は覚悟を決めている。オークも手を抜かない様に」

 「ほざくなよ人間。誰が貴様に手を抜くか。ドクターだけは傷つけるなよ」

 「なるべくそうならない様に、守り通せ、豚野郎」

 「ブヒ。それは褒め言葉だ」

 

 こういったやり取りももうこれで最後。

 

 「ドクターミヤコはギンジと幸せになるべき・・・君はそう思うかい?」

 「無論だ。ギンジでしかあの方を幸せに出来ないからな」

 「フッ・・・そうかい」

 

 紫とオーク怪人はこれでも付き合いの長いミヤコの部下達。肩肘張り合う事も多かったが、こうして話せば意外と相性は良かったのかもしれない。

 

 残った者、外された者達が望む幸せの為に、地獄が分断された。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ミヤコの裏切りを懸念していたが、結局の所、裏切るんじゃなくて本当の意味で組織と離反するって事だったのねー俺関心したよ。

 

 しかもその為に紫も使ってまでして・・・紫もミヤコと戦う事にノリノリだし、科学者同士で何か張り合ってんのかこいつら。

 

 「いやー悲しいなー」

 

 音楽堂での秘密の密会を終えて、俺とミヤコは帰路についていた。自分達が考えた事とは言え、紫と完全に袂を分かつのは苦しいモノがあるのだろう。

 

 自分に尽くしてくれた部下に、幸せになりたいから敵になれって、普通に考えれば頭おかしいよな。ヘルブラッククロスってキ○ガイの集まりか?あ、そうなると俺もキ○ガイか?

 

 「ねーギンジ君はさ・・・」

 「ん?」

 

 ミヤコが歩く脚を止めて俺に向き直る。くるっとした動作に回る髪は可愛く揺れて、左の怪人の眼と右の人間の綺麗な瞳が両方俺を見つめる。

 

 悲しい様な、でも可愛らしい小顔で俺を見つめてくるなって。可愛いんだから、本気にしちゃうぞ?

 

 いや違う、そうじゃない。

 

 「ギンジ君はさ、好きって事の意味、知ってる?」

 「いきなり難しいな・・・」

 

 正直そんな事の意味なんてわかんないよぉ。

 

 「一緒に居るだけで安心したり、楽しかったり、嬉しかったり、幸せになれる人が、好きって事なんだと思うんだ。それらが全部混ざり合って愛・・・そうわたしは解釈してる」

 

 愛・・・難しいな。

 

 「公園に寄って帰ろうよ。くふふ、公園デートっぽくてよくない?」

 「行きたいところがあるなら、どこでもついてってやるよ」

 

 裏切り者になるんじゃないかと勝手に疑ってたバツを自分に課して、俺はミヤコの公園デートとやらに付き合ってやる事にした。

 

 たまにはわがままにも付き合ってやらないとな。なんだかんだミヤコの事悪いやつとは思ってないしな。

 

 「くふふふ、やったーギンジ君大好き・・・ここで欲情してもいいよ?」

 「しねぇよ!」

 

 まったく・・・なんでこいつは本当にこんななんだ。いやまぁ、可愛いから許すけど。同じ事をカエデに言われても許すな。可愛いから。

 

 「さっきまで昼だったのに、もう夕方か・・・夏も終わっちゃうね」

 「安心しろよ、俺たちの日常はまだまだ続くぜ」

 「くふふふ、そうだね。明日も起きたらギンジ君の顔が見れるなんて幸せだなぁ」

 

 とろとろした顔すんなって。でもここまで言われた事もないから、不思議と嫌じゃない!むしろ言っていい!いいけどモラル考えて!

 

 「そんじゃあ公園、行くか」

 「くふふ。手、繋ぐ?」

 「ばーか。繋がねぇよ。つないだらまた薬指喰われそうだからな」

 「もー勘が鋭いなぁ」

 

 まさか本当にまた口に入れるつもりだったのか!?勘弁しろよ。

 

 でも・・・ミヤコを守るって決めた矢先、ヘヴンホワイティネス最大のピンチに陥る事になるなんて俺はまだ知る由しも無く、ただ呑気にミヤコと公園に向かう事になっていた。

 

 悪という地獄が、ミヤコのすぐ近くまで迫っている事を、俺もミヤコはまだ想像すらしていなかった。

 

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。

ミヤコの裏切りの懸念、それは無かった!

しかしながらミヤコのやってる事はなにげにすさまじい事ですね。やや無理やりだったかな・・・実は紫とミヤコは裏で内通、そういう内容がネタメモにあったのですが、いつ使おうかなーせや、運命の戦いで〜

なんてやってたら気がついたら50話まで引っ張ってました。すいません

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
ミヤコもカエデも可愛いとおもってます。
好きの意味は難しいな、と考えている。

神宮カエデ
実はリコニスよりレベルが10低い領域。レンがいればなんとか勝てるぐらい。

宮寺レン
ボギリとからだの中で鳴った。大丈夫か?

角倉ケイタ
戦う力がやっぱり欲しい。恋人を守るための力が・・・

甘白ミドリコ
逮捕状出された。裏でタツヤの妨害によって現在工場エリアにて籠城中

熊沢レイナ
退魔警察。ミドリコの端末を借りて、カエデのピンチにかけつけた。

小町サクラ
魔法界でなにやら一大事。ギンジ達に協力を仰ぎに来たが、HWのピンチだったのでケイタの連絡を受け取り加勢に来た。

月島ルカ
自分の恩人達の為に、協力に来た。

鋼の怪人
着物の上だけを脱いだスキンヘッドさん。
身体を向けた先が全て硬化し、防御にも使える鋼化の能力。
まさしく鋼の肉体。怪人四天王の席は欲しい。

蜘蛛の怪人
糸を操れる六本腕の怪人。眼が6つある。きもい。
糸の性質はなんでも作れる様で、粘着、硬めの糸、切り裂く鉄糸など。
気持ちよくすれば誰でもコロっと堕ちるとおもってる。
怪人四天王の席は欲しい。めっちゃ欲しい。

武者の怪人
大小さまざまな刀を合計6本携えている。怪人のサガとしては斬る事だけが生きがいらしく、怪人四天王の席も正直いらない。斬り捨てができればそれでいい。ちなみにアレも六本ある。


ミヤコの為に敵になる事を選び、彼女の幸せだけを願っている。
彼もまたHBの世界思想には興味が無い。
早い話、都合良くして欲しいから死んでくれと言われているのだが、それを快く受け入れている。

オーク怪人
紫とはそこそこ長い付き合い。

鈴村ミヤコ
部下にめちゃくちゃな事を言っているが、紫は受け入れた。そんな彼も自分の部下として全力で挑んで欲しいと思っている。たとえわたしを殺すことになっても。

ま、殺されませんけどー!って感じ。次回大変な目にあいます。

さて次回は、ミヤコの身に迫る危機!オーク怪人に立ちはだかる○○○○!正義のヒーロー達、大ピンチ!
その時ケイタに力が・・・出ません。

なるべくコンスタントに出せる様に、次回も頑張ります!

それではまた次回!


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51・「ギンジ君、あのね──」

こんにちはアトラクションです。

今回のお話で、ついに赤い勇者と魔法界編という物語の本筋に近づきます。

前置きなげーよとは思ったけど、書いて良かったかもしれない。

それではどうぞ


 

 夏の夜が近づくにつれてやや冷たい空気感と、まだまだ肌にまとわりつく様な膜の様な空気が気温と共にギンジとミヤコに張り付いていく。

 

 カエデハウスから程近い高台の公園まで向かう道すがらで、2人はこれからの事や、戦いについての思いを話していた。

 

 「なぁ、ミヤコ・・・」

 

 ギンジは自分が何者かを話そうと思う。

 

 今までの事を考えれば、これからも仲間として共に行動をするし、本当の自分を知っておいてもらうのも悪くは無いだろう。

 

 もちろん全てを話すわけではないが、知っておいて欲しい事はちゃんと伝えようとギンジは少し先を歩くミヤコを呼び止めた。

 

 「どうしたのー?」

 「ああ。ミヤコにもちゃんと話しておこうと思ってさ」

 「もしかしてわたしが好きって事?くふふ」

 「ああ、それも間違いではないな・・・」

 

 異性として意識しやすいのも事実だが、この場合は〈大好きな人達〉の意味合いが強い。

 

 「俺さ・・・実はこの世界の人間じゃないんだ」

 

 この入り方はいつも説明が難しく感じるし、どう切り出していいのかもわからないが、とにかくこう言うしかない。

 

 そこからギンジはかつてカエデにも話した様に、自分の居た世界とそこでどう生きていたのか、そして生きた屍であった事や、ミヤコの様な女の子に評価してもらえる様な大きな人間ではなかった事・・・。

 

 この世界が実は物語によって作られた世界であり、そこへギンジが転生した事をつらつらと話す。

 

 何も悪い事はしていないが、どうにも罰が悪いような表情で話すギンジを見て、ミヤコは心が苦しくなってくる。

 

 「俺ははっきり言ってまともなちゃんとした大人じゃなかったし、誰からも居ない者として扱われていたし・・・」

 「くふふ・・・なるほど、だからか・・・」

 

 ミヤコの納得は今ここで繋がった。同じ人間なのに怪人の細胞の全量投与により死なずに定着した事や、人間としての心を持ったままの最高傑作が完成した事に全て納得する。

 

 「でもどんな人であっても、今ここに居るギンジ君は【ギンジ君】でしょ?本来の進化の怪人でさえも、乗り越えた最強の怪人でしょ?」

 「人間だよ・・・人間でありたいんだ。もちろん怪人の力も使うけどさ・・・うまく言えないけど」

 

 命の恩人である彼女には自分を知っておいて欲しい。それだけの思いでギンジはミヤコに話すが、ミヤコは笑みを崩さずにギンジ歩み寄る。

 

 次の瞬間にはミヤコはギンジの身体を抱きしめていた。弱々しいとか力強くとかではなく、全てをさらけ出したギンジを信用するように抱きしめる。

 

 「ギンジ君がどんな人でも、わたしの怪人には変わりないんだよ。くふふ、そうじゃなかったらここまでわたしの事も考えてないでしょ?」

 

 ギンジの硬い胸のおでこをくっつける。鼓動を感じ取り、体温を感じギンジの心を感じる。

 

 はじめは怪人としてしか見ていなかったが、今はミヤコにしてみてもとても大切な人、そういう感情でギンジの身体に自分の身体をくっつけている。

 

 「過去がとかじゃなくて、今を一緒に生きられる事の方が大切だよ。だから悲しそうな顔をしないでいいよ。どんな結末であってもギンジ君が正しいと信じた今を生きて」

 

 怪人達がどうしてミヤコを崇拝し、忠誠を重んじているのか、ギンジは今それを知った様な気がする。

 

 「あとわたしの事だけを愛して」

 「それは今は却下だ」

 「【今】って言ったね!いずれは・・・!」

 「別に嫌いじゃないけど、いずれどうなるかもわからんだろ!」

 

 都合良く解釈してミヤコは嬉しそうな顔でなおもギンジの顔を見つめる。愛おしく見やるその瞳は、ただ1人の女としての色が強い。

 

 今・・・今こそ言うしか無い。

 

 愛情しか無いミヤコは他の怪人よりも大切だと思える彼に、想いを告げる時が今だと判断してミヤコはギンジに声をかける。

 

 「ギンジ君、あのね──」

 

 そこまで言ってミヤコの表情が強ばる、ぐぎりと背中を逸らして、空を見上げる。

 

 それは恐怖を宿した瞳で、あのミヤコが震える程の畏怖の姿勢。

 

 ギンジを突き飛ばして、ミヤコは再び来たあの異質な雰囲気を感じ取る。

 

 「お、おいミヤコ?どうした」

 「・・・ダメ・・・来ないで・・・いや、嫌・・・」

 

 ミヤコとあろう者がここまで怯えるとは何事なのか。

 

 しかしギンジにも解る、謎の威圧。おおよそ人や怪人の出せるソレではないことを知り、それと同時に高台から見下ろせる位置にあるカエデハウスが崩壊していくのが見て取れた。

 

 「なんだ!?」

 

 急な自宅の崩壊。見覚えのあるピンク色の猫と、耳をすませば確かに聞こえる衝突音。

 

 あそこで誰かが戦っている。

 

 今すぐそれを確認しに行きたいが、今はミヤコだ。こんなに怯えるなんて異常だ。

 

 「ミヤコ・・・だいじょう」

 

 そこまで言ってギンジの背後に何者かが現れる。

 

 すぐに振り向き、後方に飛び下がるとミヤコの盾になるようにして、ギンジの視界に現れた存在を睨む。

 

 その存在は炎の様なゆらめきを体内に宿して人の型をなした謎の怪物。顔の部分と思わしきところには、怪人の瞳を大きく宿した1つ目でいて、身長は2mジャストぐらいの敵勢存在。この怪人とも見える怪物から、威圧の正体がこれだと確信したギンジは、なおもこの怪物を睨む。

 

 「我らは、善であり、悪であり、有であり、無である」

 「何もんだテメェ・・・!」

 

 腹の中にも響く様な声で話しかけた怪物の声に、ギンジもミヤコも本能的にこの怪物に適わないと感じてしまう。

 

 ミヤコはかつて夏休みが始まったすぐの日、夢の怪人によっていざなわれた夢の世界で、この怪物と出会った事がある。

 

 過去に遭遇したこの怪物が、再びミヤコの前に現れたのだ。

 

 「我らは、死であり、命である」

 「話が通じる様な相手じゃなさそうだな・・・!」

 

 ギンジが炎をその手に構えて突撃しようとするも、ミヤコが再びギンジを抱きしめた。

 

 抱き止める、その方が正しいその抑え方は、がちがちと歯を鳴らして恐怖に染まった顔であった。

 

 「だめ・・・あ、あれは・・・勝てない・・・勝てないよぉ」

 「ミヤコ・・・?」

 

 普段は余裕で自分を中心として動くミヤコがここまで怯えるとは、一体アレは何者なのだろうか。頭部の瞳を見る限り間違いなくヘルブラッククロス絡みの怪人の類だとは思うのだが・・・。

 

 とにかくこんなに怯えるミヤコを放ってはおけない。彼女を守るのであれば一先ずここは・・・。

 

 「逃げるぞ!」

 

 コウモリの羽根を展開させてミヤコを抱きかかえて飛び立とうとするギンジ。

 

 「おやおや・・・逃げるんですか?」

 

 またもやこの場所に誰かが現れ、馬鹿にしきって侮辱する様な声に、ギンジは思わずその動きが止まる。

 

 夏という季節に似合わない三つ揃いの姿、高級そうな革靴に、清潔感のあるスーツ、そして真っ黒な手袋を身に着け、真ん中分けの整った髪型。

 

 蛇の様な印象を持たせる顔は、ギンジの嫌いなタイプだと直感で理解した。

 

 「柏木・・・」

 「知り合いか?」

 

 ギンジの腕にしがみつくミヤコがその名前を呼ぶと、柏木・・・そう呼ばれた男が少し離れたところからギンジを値踏みするように見つめている。

 

 「はじめまして・・・ですねぇ、進化の怪人・・・」

 

 その呼ばれ方は何度目だろうか。

 

 「いえ・・・佐久間ギンジ、そう呼ぶべきですかね?」

 

 柏木と呼ばれたキャラクターは居ただろうか。ギンジの知識の中でそのキャラクターを必死に思い出そうとするが、そのようなキャラクターは出てこない。間違いなく存在しない者。

 

 つまりはイレギュラー存在になる。

 

 そしてギンジとミヤコに近寄ろうとしている、この異質な怪物も同じくイレギュラー。

 

 「いやーお久しぶりですね、ドクターミヤコ」

 

 ゾクリ、と。

 

 声がするだけで今までとは違う謎の威圧と恐怖心が、ミヤコの心臓を鷲掴みにするような気分になり、寒気と鳥肌がサイズの合っていない白衣の下からでも理解できるぐらいには出てきている。

 

 「何者かしらねぇけど、邪魔しないでくんないかな?ミヤコが怯えてるだろ」

 「貴方こそ・・・わたくしのおもちゃになるその人を手放してくれませんかねぇ?」

 

 人を・・・ミヤコをおもちゃ呼ばわりした事で、ギンジの顔がはっきりと怒るのが見て取れるが、タツヤはそれを見てニタリニタリと笑みを浮かべた。

 

 「・・・ミヤコ、ちゃんと捕まって、絶対手を離すなよ」

 

 柏木と呼んだ男の方は、おそらく問題なく対処は可能だ。問題はミヤコが怯える異質な怪物。そちらが足音一つ立たさずに、ギンジ達に迫ってきている。

 

 「飛んで逃げるなんて無粋な事しないでくださいよぉ、ギンジさん」

 「テメェに名前を呼ばれる筋合いなんかねぇよ!」

 

 とにかく今はカエデハウスも心配だが、もし戦っているのであれば敗ける心配はしていない。ただの襲撃の可能性もあるからと、ギンジがミヤコを逃がす事に集中する。

 

 風圧をお越し、それを利用するように空へと飛ぼうとしたギンジは、すぐにコンクリートへと叩き落される。

 

 「・・・っ!?」

 

 何が起こった?確かに今は飛んだ筈なのに、頭を殴られて気がついたらコンクリートに落下していた。

 

 それと同時にギンジの視界の端には、あの柏木と言う男が着地している様に見えていた。

 

 「ギンジ君!」

 

 今までのどんな状況よりも焦ったミヤコの声。ギンジが起き上がると、眼の前には異質な怪物。

 

 その後ろには柏木タツヤがミヤコを持ち上げて、その身に抱きしめている。

 

 「はーようやく手に入れましたよ。わたくしのミヤコ」

 「ひぃ、嫌、やめて!」

 

 あのミヤコがこうも嫌悪感を出すとは、相当あの柏木という男が苦手なのか。それともギンジ以外の男にはああいう反応なのか。

 

 顔を近づければ、怯えたミヤコは本気で嫌がっている。

 

 「残念でしたねぇ?ギンジさん。飛んで逃げることは想定内でしたよ。ああ、安心してください、ドクターミヤコはわたくしがちゃんとおもちゃとして遊んであげますので」

 

 またもやおもちゃと呼ばれギンジが本気で怒り、突撃しようと走り出すが、異質の怪物がその進行を妨害してギンジを後方へと投げ飛ばす。

 

 首にまとわりついた様な腕は、言う慣ればラリアットの要領でギンジを坂道へと転がしたのだ。

 

 「くっそが!」

 

 先程の飛行の妨害も何が起きたのかわからないし、この怪物の妨害も想定外。今こうしている間にもミヤコは柏木タツヤの手の中でもがいている。

 

 「暴れないでくださいよ、つい思わずわざとじゃないけど・・・」

 

 コキリ。白衣の中にある右の指を握られ、折られた。小気味良い音を聴くと、ミヤコは痛みで悶絶する。

 

 「〜〜〜ッ!!」

 「ああ、すいませんわざとです。暴れないでくださいね?」

 

 タツヤの何一つとして悪びれない言動に、ミヤコは恐れるしかない。

 

 幸せなこのくうかんを一瞬の内に破壊しつくしたタツヤと、ミヤコが恐れるこの異質な怪物の登場で、一気に熱が冷める。

 

 「ミヤコに触んなぁぁああ!」

 

 ギンジの雄叫びには、誰も動じない。異質な怪物が肩や脇、背中から触手の様に腕を生やしては、全てをギンジの妨害に費やす。

 

 「うおおおテメェも邪魔すんなぁぁ!!」

 

 この状況を打開するために、あらゆる行動を想像する。腕を全て避ける想像も、金棒で粉砕する想像も、あらゆる想像がすべからず妨害されて後ろに下がる想像になってしまう。

 

 (クソ!なんでだ!イメージが全部マイナスな状況になりやがる!)

 

 今までこんな事は無かったし、すくなからず自分にメリットのある行動が取れるギンジの能力は、今は何一つとして有効な手段を導き出さなかった。

 

 それどころか普段と違い冷静さを持っていないギンジは、異質な怪物の増える腕によって身体を止められてしまう。

 

 そのまま腹に重い一撃が叩き込まれ、次は顔に平手打ち。

 

 両手両足を引きちぎらんばかりに引っ張り、伸び切った身体には強い勢いの拳や攻撃が無慈悲に飛んでくる。

 

 「壊さないでくださいね〜」

 「やめて、ギンジ君が・・・ギンジくんが・・・」

 

 これ以上自分の好きな人が、傷つくのは見たくない。その一心でミヤコが叫ぶがタツヤは何も聞き入れない。

 

 「あー新しいおもちゃが欲しかったんですよね〜?」

 

 どういう訳かタツヤはミヤコを求めている。それをなんとなくだが理解したミヤコは、折れた指を抑えながらもタツヤの顔を見上げる。

 

 「がっ・・・ぐはっ・・・ぶほ」

 

 顔に身体に関節に、異質な怪物の攻撃はひたすらに叩き込まれる。

 

 もうギンジはまともに喋れず、殴られる度に血液が吹き出てくる。コンクリートにびちゃりと飛び散る血液を見て、ミヤコはいよいよ気が気じゃなくなる。

 

 「ドクターミヤコがわたくしのおもちゃになってくれれば、すぐにでも止めてあげますけど・・・どうしますか?」

 

 タツヤの交換条件はだいたい理解した。

 

 (わたしが柏木についていけばギンジ君が助かる・・・?)

 

 頭の中で必死にギンジが助かる道標を模索する。タツヤが言った通りにすれば、自分はタツヤと共に行き、ギンジは多分助かる。

 

 「わ、わたしをどうするの・・・?」

 

 泣きそうになりながらミヤコは震える声を絞り出す。

 

 「もちろん、わたくしのおもちゃになってもらいます。少しきつめのタイツを履かせて上からもみほぐしてあげたり、フリフリのドレスを何着も着せ変えしてあげたり、ああ、一緒にお風呂に入りましょう?手足を焼いて動かせなくしたら、ご飯を食べさせてあげますよ。それからおやすみの前に歯磨き粉を口移ししたり、おはようの水を2人で頭からひっかぶったり、わたくしの性欲にも付き合ってもらいましょうか、それから・・・」

 

 タツヤの話す内容はとてつもなく独りよがりでかつ、怖気と吐き気が2つ同時に迫って来ては後頭部がクラっとするような内容だった。

 

 嗚咽をしたくなるほどの引く内容に、ミヤコはますますこの男をこわいと感じる。

 

 「ま、とにかく・・・ギンジさんを助けてあげたいなら、今すぐ降伏してください。そうしたらギンジさんは開放してあげます。代わりに・・・リコニスさんが貰っちゃうんですけどねぇ!」

 

 その言葉で絶望が頭の中で逆巻く。あのリコニスが、ギンジを貰う。それを想像しただけでミヤコは大粒の涙がボロボロと流れてしまう。

 

 小さな少女が受け入れられる恐怖と屈辱の許容の限界を、あっさりと軽く飛び越えた。

 

 「あはっ・・・泣いてる〜ザマァみろミヤコ」

 

 そして遅れてもう1人女性の声がする。小馬鹿にしたこの声音は、ミヤコの嫌うあの女、リコニス。

 

 「大遅刻ですよリコニスさん。おや、なんでそんなにボロボロなんですか?」

 

 遅れてやって来たリコニスは、ギンジを一方的に痛めつける異質の怪物を尻目に、その姿は鎧がかけて空いた臍の部分には痣を作り、ところどころ土汚れがめだつ。

 

 「ここに来るまでにまた妨害されちゃってさ〜遅れちゃった〜」

 

 相変わらずおどけたリコニスに、タツヤはやれやれと言った態度である。

 

 「でもさ・・・異質な怪物(あんなの)引っ張り出して、ギンジちゃんボコボコのボコにしてるけど・・・」 

 

 リコニスから強い殺気が放出される。それがミヤコや怪物に向けたモノではなく、タツヤに向けてドス黒い闘気が漏れ出る。

 

 「壊さないでって言ったよね?私に喧嘩売ってるの?」

 

 これでは約束が違う。ギンジとは命のやりとりをしに来たのに、当の佐久間ギンジは異質な怪物によってまだ殴られ続けている。

 

 「遅れた罰ですよ。遅刻なんて社会人も学生も許されませんよ?最初の連絡は納得しましたが・・・2時間も遅れるなんて、流石に協調性無さすぎませんかね?」

 「・・・殺すわよ」

 「出来ますかねぇ?」

 

 ギンジとは本気で戦いたかった。そのはずだったのに、来てみれば約束は守られていないわ、ボコボコにされているわ、さらに言えば自分の知らないところでギンジが傷つけられているのがたまらなく気に入らない。

 

 自分が傷つけるのはOKなのだが、他人が傷つけるのはとてつもなく気に入らない。これでは安心感が得られない。

 

 今日一日のイライラは、ミヤコを使って憂さ晴らしでもしてやろうかと、リコニスは考える。

 

 「貸しなさい」

 

 タツヤの有無を言わさず、うめき泣くミヤコを、異質な怪物の近くまで持っていく。

 

 「もういいわよ!離れなさい、ポンコツ」

 「我らは、力であり、強者であり、弱者でもある」

 

 異質な怪物がギンジをコンクリートに落とすと、今度はリコニスがギンジの上に立ち、ミヤコを前に出す。

 

 「っ・・・ハァ・・・ムゥ・・・アア、コ・・・」

 

 まともな呼吸が出来ないぐらいまで追い込まれたのに、出てきた言葉はミヤコ。その名前が最初に出た事で、リコニスの怒りが爆発する。

 

 「ボロボロのゴミ雑巾ちゃん!よく見ておきなさいよ、君を愛そうと慕っていた女の子はねぇ!」

 

 泣きじゃくり、もう何も言い返せないミヤコの黒いセーラー服の前部を、捻じり切る様に引き裂いた。

 

 「ひゃあ、やめっ・・・」

 

 ギンジのぼやけた視界に差し出されたミヤコのお腹は、綺麗なモノではなかった。複数の刺し傷と、縫い合わせた様な陥没した肌、やけどの跡もあるのか、やや変色した箇所、脇腹から背中に回る様な傷跡も確認出来る。

 

 「ミヤコはねぇ、こんなに傷だらけの身体の癖に、ギンジちゃんと愛し合えると思ってたのよ!ありえないでしょ?馬鹿よね〜貧相な癖に、傷物でさ〜?あーミヤコまた泣いちゃった〜ヒャハハハ!」

 

 ギンジには知られたくなかったミヤコの悲しい家族の記憶が、さらけ出されたことで、ミヤコは再び涙に顔を汚す。

 

 恥ずかしさだけじゃない、大きな屈辱が沢山混ざり合いながら、ミヤコは得も言われぬ憤りを感じている。

 

 それを見てリコニスが悪魔のような高笑いを上げる。

 

 「いつか言ったでしょ?泣かしてやるって!!ヒャッハハハハ」

 「悪趣味ですねぇ〜」

 

 タツヤも同じ様に笑いながらギンジの前でしゃがむ。

 

 「恨むなら、弱い自分を恨んでくださいね?ドクターミヤコはわたくしが幸せ(おもちゃ)にしますので・・・!」

 

 タツヤとリコニスの声に、ギンジは血で汚れた顔をなんとか上げると、激痛が駆け巡る全身に踏ん張って力を込める。

 

 「ミィ・・・ヤコを・・・おぉ、離せ」

 「驚きましたね・・・まさか立ち上がるとは」

 「ギンジ君!!」

 

 立ち上がったギンジへ、ミヤコが大きな声で叫ぶ。泣きながら、涙を流しながらミヤコは大切で大好きな人の名前を呼んだ。

 

 「もういいよ!立たないで!傷ついた姿なんてみてられないよぉ」

 「・・・きずは、いい・・・お前は、どこにもいかせ、ない」

 

 かすれてまともに喋れない声で、ギンジはミヤコの身体に指を指す。

 

 「ひんそう、なんかじゃない。綺麗な・・・からだだろうが」

 

 リコニスの見せつけた事に、ギンジは全否定する。ミヤコはそれだけでも嬉しくなり、折られた指の痛みなんてなくなってしまった。

 

 それでも心が大きく痛む。ミヤコの大好きな人が、こんなにボロボロになっているのは、正直に見るに耐えない。可愛そうになってしまう。

 

 こんなにボロボロになっているのに、無理をしないで欲しい。

 

 でもギンジは立ち上がる。自分の命の恩人を助ける為に。

 

 〈大好きな人達〉を守る為に・・・。

 

 「最後の別れ、ですね。それじゃあ、わたくし達はこれで。リコニスさんに後始末をお願いしますね」

 「・・・つまんない事してくれるわね」

 「痛っ・・・やめ、ギンジ君!ギンジ君!!嫌ぁぁ」

 

 ミヤコの髪を引っ張り、タツヤと異質な怪物はギンジたちから離れて行ってしまった。追いかけようとしてもその脚は、身体は一切動かせず、踏み出そうとすれば身体が倒れそうになる。

 

 「・・・ゴォ・・・ミやろ・・・う」

 

 そこへ立ちはだかる様にリコニスが居るのだが、こんな状況になったギンジとは戦いたくない。弱ったギンジを殺すのでは、これではただの漁夫の利になってしまう。

 

 「次会うときまで生きてたら、今度は殺し合いましょう?私もそんなつまんないギンジちゃんとは戦いたくないんで〜」

 

 またも気分を言い訳にしたかの様な態度のリコニスに、ギンジはもう何も喋れない。

 

 「それじゃ、ばいばーい」

 

 リコニスもボロボロの黄金の鎧を汚しながら、少しだけ心が晴れやかになったのか、タツヤの後を追うようにして、その場から離れていく。

 

 ただジッと見つめる事しか出来ずに、ギンジの意識は薄れて行き前に倒れてしまう。

 

 倒れる直前で、力強い豪腕がギンジを後ろから引っぱり、そのまま肩に担ぐ。

 

 「ブヒ・・・世話が焼ける・・・しかし、間に合わなかったか」

 

 軍服は脱ぎ捨ててその身体は切り傷を沢山残している。

 

 生々しい傷はオーク怪人も一緒ではあるが、ギンジの比じゃないぐらいだ。

 

 「おのれ・・・柏木め・・・」

 

 怒りに震える声で、遠くを歩くタツヤとリコニス、そしてあの異質な怪物を眺める。今すぐにでも追いかけたいが、このままの状態で再び交戦すれば間違いなく2人とも殺される。

 

 それを避ける為には、ギンジを一度連れ帰らないといけない。

 

 「・・・待っていろ、ギンジ。ドクターをお救いするには、貴様の力が必ず必要なのだ」

 

 激しい戦闘の跡を残す身体に鞭を打つようにして、オーク怪人はとある協力者の下へと歩き進むのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 傷ついたギンジを回収する前。時間は程よく1時間前。

 

 最悪の確定未来を見た。

 

 ギンジがドクターミヤコと共に歩き、幸せな時間を共有する最中、異質な怪物がギンジを追い込み、タツヤがミヤコを攫う。

 

 その映像が色濃く頭の中に残り続け、オーク怪人は焦りと怒りがふたつ出てきてしまう。

 

 そんな事には絶対にさせない。紫とも約束したばかりだ。必ずドクターミヤコをお守護りすると。

 

 紫の関与しないところでこんな事になるとは、誰も想像出来なかった。この確定未来というフェーズ2の能力が無ければ、今も気づかずにオーク怪人はあの路地裏に帰っていたかもしれない。

 

 (理由は不明だが、あの柏木がドクターミヤコを連れ攫うとは・・・何事なんだ!)

 

 あまりにも理解の及ばない確定未来の映像に、オーク怪人は唾を吐き出したくなる。重苦しい鉄板入りの軍靴を力強く打ち鳴らしながら、確定未来の映像にあたる公園を片っ端から駆け巡る。 

 

 次に向かう公園は中央度固化市の高台にある、小さめの公園。

 

 そこへ向かう為に住宅街を突き進む。

 

 Yの字になる別れ道まで走ると、真ん中の分かれ道で黄金の鎧を身に着けた女性を発見する。

 

 誰がどうみても日常に似合わないその姿は、明らかに不自然な佇まいをしており、それはヘルブラッククロスに所属していた者であれば、ほとんどが知るあの女。

 

 単身で大幹部にまで登り詰めた、退屈が天敵でドクターミヤコを貶めようとする最大最悪最強の狂人・リコニス。

 

 「あ、オークじゃ〜ん。久しぶり、何してんの?」

 

 後ろから荒い息使い大男が近づいた事で、リコニスがオーク怪人の接近に気づく。

 

 その声は相変わらず人を小馬鹿にした甘い声なのだが、いつもと違うのは腹部に痣を作り、眼は血走っている。

 

 「何故貴様がここに居るのだ?」

 

 呼吸を落ち着かせてリコニスに訪ねた。彼女は手を額に軽く当てておどけて見せる。

 

 「たはーっいい質問するね〜」

 

 それでも眼は血走っている。邪魔するのがたとえオーク怪人であっても確実に殺す、そう言っているのが良くわかる目つきだった。

 

 「私ね、私の居る場所に後からやってきた奴らが、どうして居るの?って聞いてくる事にいい加減イラついててさ」

 

 言いながらも黄金の刀を引き抜く。すらりとした動作は殺しのプロだと言うのをオーク怪人が見ても解る。

 

 「ホントにうんざりするよね・・・この後ギンジちゃんと殺し合いをするんだけどさ、一旦柏木が抑えててくれるって話になってるの」

 

 黄金の刀の切っ先をオーク怪人に向けて、リコニスが牙を見せる。

 

 殺意を込めた瞳に黄金の刃。オーク怪人がよく知る大幹部リコニスの姿を見て、この先もしかしたらギンジの救援が遅れる事を考えてしまう。

 

 「だから今ギンジちゃんに会えないならさ〜・・・オーク怪人、あんたでもいいよ」

 

 とにかく今日一日のフラストレーションを発散したい。気分だけではどうにもならないこの溜まりに溜まった欲望を、オーク怪人へと向ける事にする。

 

 ついでに言えばミヤコを泣かす材料になるかもしれないと踏んだリコニスは、ここでオーク怪人を殺すと、今決めた。

 

 「べらべらと良く解らん事ばかり話すやつだな、貴様は。ドクターが危険な状態かも知れんのだ。邪魔はしないでもらおうか」

 「そーはいかないのよ!!!」

 

 おどけた態度から一変し、激怒をぶつける。強烈な殺意を肌で感じたと思えば、もうすでにリコニスの刃がオーク怪人へと振り下ろされた。

 

 (速い!)

 

 巨体に似合わない素早さで初手の攻撃を回避すると、次はオーク怪人が左肩からタックルを決める。真正面からぶつかったと言うのにリコニスは刀一本で、オーク怪人とまさかの力の押し合いを始める。

 

 胆力だとか腕力だとかの違いではなく、単純にオーク怪人とリコニスは互角。それを証明するかの様に、ぶつかった直後には他を圧倒できる衝撃と風圧が2人を中心にして、Yの字の道路で吹き上がる。

 

 風が止まると左腕を上へと振り上げて、刀を弾くと手刀を用いてはリコニスの身体をめがけた突き出し。返す刀でそれを手首ごと弾かれた。

 

 続いては右手を平手打ちの要領で振り出したが、黄金のショルダーにより防がれ、オーク怪人の右手は自分の力によってその痛みが跳ね返ってくる。

 

 「ぬぅ、流石はドクターの作った装備だ・・・!」

 「はい、胴体がら空き〜!」

 

 文字通りの手段を潰されたオーク怪人の身体を狙い、リコニスの黄金の刀の乱舞攻撃が繰り出される。

 

 1振りで3本の太刀筋が光り、2振りで6本、3振りで9本、どんどん増える光る太刀筋は次第にリコニスを包む球体となり、オーク怪人の身体を斬りつけていく。

 

 人間であっても練り上げた戦闘技術は、一流の戦士を自称するオーク怪人をもうならせる。確実に命を奪う手段を知っているリコニスの攻撃は、その一つひとつが丁寧かつ本気の熱情が籠もっている。

 

 (貴様程の者・・・敵でなければ!)

 

 ここまでの力を持ち、怪人である自分をも押し返す実力。

 

 ドクターミヤコの敵でなければ、この力は間違いなくヘルブラッククロスに貢献し、行く行くは総統の下で動ける最高幹部にもなれただろうに。

 

 もう戻る事の無いオーク怪人が考えても仕方ない事だが、どうにもそう考えてしまっていた。

 

 リコニスもまた力を持つ者。それがどうしても勿体ないと感じた。

 

 軍服を裂かれ、顕になった身体を斬られ、それでもリコニスの連続攻撃が止まらない。

 

 オーク怪人が油断していたわけではないが、今のリコニスは異常に思える力でオーク怪人の巨体を斬り飛ばした。

 

 飛ぶ斬撃にその身を飛ばされてブロックの壁に叩きつけられる。あまりの衝撃に全身が痛む。

 

 「ぐぅ・・・!?」

 「平和な世の中に潜伏して弱くなったんじゃないの?あんたホントにミヤコの最強の盾なのかなぁ??」

 「ほざくな・・・!」

 

 壁を破壊してオーク怪人が再び突進しようとするが、リコニスが後ろに下がり、それと同じタイミングで真っ黒な鎧を身に着けた怪人が上から落ちてくる。

 

 新たな参戦者の登場にオーク怪人も驚くが、これが暗黒騎士型の鎧の怪人であると知ると、継戦の構えを取る。

 

 そういている間にもリコニスは刀を収めて、背中を見せる。あとはこの怪人にまかせて、自分はギンジと会いに行くつもりだ。

 

 「そろそろ遅刻から、大遅刻になっちゃうからさ〜・・・またね」

 

 次は殺す、絶対殺す。確実に。そう秘めた瞳をオーク怪人に向けて、リコニスは高台へと歩いていく。

 

 今はとにかくギンジに会わないと、この心が爆発してしまいそうだからだ。

 

 「ブヒ・・・足止めか」

 

 オーク怪人でも見上げる様な高さのこの怪人に、舌打ちを決めるとオーク怪人は眼の前の敵と戦う事になってしまった。

 

 確定未来に見える映像では、ドクターミヤコが柏木タツヤに寄って捉えられてしまっている。

 

 その映像通りにさせない為にも急がないといけないのだが、おそらくこの暗黒騎士型鎧の怪人も強敵だろう。そう簡単に突破はさせてくれなさそうだ。

 

 「・・・邪魔をするなぁ!!」

 

 怒号をあげてオーク怪人は己の戦いに突入していくのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「──ジ!─ンジ!」

 

 誰かが自分を呼んでいる。

 

 暗闇の中で意識を徐々に取り戻しつつあったギンジへ、女の子の声がとても心配するように呼びかけている。

 

 「ギンジ!!」

 

 眼を覚ましたギンジへと抱きついたのは、カエデ。

 

 今の状況が理解が出来ないが、ここはどこだろうか。

 

 ボロボロで血だらけになってしまっているギンジを、自分が汚れるのも厭わずにカエデは傷ついたギンジを抱きしめた。

 

 「フン・・・眼を覚ましたか」 

 

 すぐ隣にいたのはオーク怪人。

 

 鉄板とコンクリートを打ちっぱなしにした様なこの部屋では、視界を広げればそこにはギンジの仲間達が無事に揃っていた。

 

 レン、ケイタ、ミドリコ、レイナ、サクラ、ルカ、オーク怪人。

 

 そして今まで眠っていたギンジ。

 

 どうやらここにはオーク怪人が運んだ様で、ギンジのスマホを使いカエデ達と連絡を取り合いここに合流した。

 

 「ギンジ、大丈夫か?」

 

 ミドリコが心からの心配な声で、ギンジが今自分がどうなったかを思い出す。

 

 「ミヤコは!?」

 「え?み、ミヤコ?」

 

 カエデを押しのけて、ギンジは部屋の中で叫んだ。

 

 「残念なお知らせだ、ギンジ。ドクターは連れ攫われた。お前の尽力が足りなかったおかげでな」

 

 嫌味な言い方をするオーク怪人も、生々しい傷跡をたくさん残して疲労の色が強い難色を示した顔をしている。

 

 「・・・ッ」

 「え?ちょ、ギンジ!?」

 

 傷だらけ、ボロボロの身体で立ち上がろうとするギンジに、ケイタが止めにはいる。

 

 「ギンジくん、待って!」

 

 サクラも魔法でギンジの身体に鎖を巻きつけて、安静にさせる。

 

 「離せ!ミヤコがやべぇんだ!あいつ、絶対に殺されるぞ!」

 「今のその身体で行ける訳無いでしょ!このバカ!オークが運んできれなかったら、あんた死んでたかもしれないのよ!!」

 

 死。再びその言葉を聴いて、少し落ち着きを取り戻す。

 

 「ギンジ、どうか冷静で居て欲しい。今の状況について説明をするから聴いてはくれないかな」

 

 仲間の事を想うギンジの事を大切に接する。レイナはわかりやすい資料を手書きで作り、それをギンジに見せる。

 

 「現在我々は各個襲撃を受けた。神宮君と私は犬の怪人に、宮寺君は鋼の怪人、蜘蛛の怪人。そこにはサクラと月島君が加勢に入り、なんとか撃退。代償はカエデハウスの全損。甘白さんは逮捕状を出され、逃走した先、つまりここで武者の怪人と交戦・・・」

 

 ミドリコは今のところ無傷のようだが、心底参った表情をしている。

 

 「そしてギンジとミヤコも襲撃を受け、ミヤコは攫われた・・・と」

 

 レイナの説明にどんどん血の気が引いていく面々。

 

 「ミヤコを助けに行くぞ」

 「あたし達皆、新しい怪人に苦戦してたのよ。あんたもそんな身体で、どうやって助けるのよ」

 

 カエデが未だ収まらないギンジをたしなめる。

 

 「第一、柏木がどこに向かったのか、ギンジは解るのか?」

 

 オーク怪人の言葉には、ギンジではなくミドリコが反応する。

 

 「柏木さん?どうして彼の名前が・・・」

 

 ミドリコの記憶では柏木タツヤと言う男は、組織犯罪第一対策課の公安警察の1人だ。

 

 ミドリコに正規の裏ルートでカスタムパーツをくれていた人だが・・・。

 

 「まさか柏木に裏切られるとはね?思わなかったよ?」

 

 聞き覚えのある疑問系の話し方をする人物の登場に、その場にいる面々が声のした方へと振り向く。

 

 「山吹さん!」

 

 奥の部屋から出てきたのは山吹イロ。公安警察の上位に立ち、ヘヴンホワイティネス結成の援助をしてくれているヘヴンホワイティネス代表者。

 

 しかし今までの余裕が無いのか、彼女の左腕は肘から先の途中のとこでなくなっていた。

 

 「いやー魔法とはすごいね。信じて居なかったけど、まさかこんな事まで出来るとはね?」

 

 サクラの方へ向きながら、イロは無くなった左腕をプラプラと動かしている。

 

 武者の怪人の襲撃により、イロは大きな負傷を追ってしまった。

 

 「柏木さんが・・・?」

 

 ミドリコは一つある事を思いつく。もしかして彼はヘルブラッククロス側の人間なのではないかと。雪の怪人に襲われた時も、気がついたら公安局からその姿を消したと聴いている。

 

 元々怪しいとは思っていたが、まさか本当に・・・?

 

 そんなミドリコをよそに、ギンジが回りを見渡して言葉を絞り出す。

 

 「なんで皆ここに集まってるんだ?そもそもここはどこだ?」

 

 ギンジの疑問へ、今度はカエデが答える。

 

 「先ず、ここは工場エリア。あたし達は、全員襲撃を受けてその後ミドリコを中心に合流したってところね」

 「ギンジの、戦った相手も、強かった?」

 「・・・ありゃ勝ち敗けでどうにかなる相手じゃなさそうだったぜ」

 

 カエデの説明には理解し、レンの質問には素直に思った事を考える。

 

 怖いとかではないが、異質な怪物の特徴をしっかり覚えておく。

 

 (次会ったら・・・必ずぶっ飛ばす!)

 「この後は全員どうするんだい?僕は正直、どうして良いかわからないよ」

 (なかなか無い襲撃だったしね。困ったわ)

 

 ルカの言葉にアキハも続く。その声を聞こえるのはギンジだけなのだが。

 

 「オーク、柏木がミヤコを連れて行きそうな場所に心当たりはないか?」

 

 オーク怪人もその質問には首を横に振る。まったく持って所在を確認できない男、柏木タツヤ。ミドリコが調べられるモノをすべて使っても、知恵比べには勝てた事が無かったと言うあたり、雲の様な存在になってきている。

 

 こんな事で、こんな所で躓ている場合ではないのに、ギンジには焦りの色が強く出てきている。

 

 「ブヒ。一先ずヘヴンホワイティネスはうかつに出歩かない方が良い。外はヘルブラッククロスに囲まれ、いつでも襲撃出来る機会を伺っている。おまけにそこの公安の女は指名手配・・・どうやって助けに行くのだ」

 「じゃあテメェは何もしないつもりかよ!」

 「ちょっとギンジ・・・」

 

 オーク怪人の言葉にますますギンジが怒鳴り散らす。そんなギンジを諌めようとカエデが止めるが、鎖が巻き付いているギンジはぐねぐねと身体を動かして抵抗する。

 

 ミヤコは仲間だ。なんとしても助けなければならない。

 

 かつてギンジがカエデ達にそうしてもらった様に、ギンジもなんとかして今すぐ飛び出したい気持ちが強いのだ。

 

 「ねね、ギンジくん・・・こんな時になんだけど」

 

 サクラが杖を手元で回しながら、ギンジとカエデの側に近づいてくる。

 

 「このままじゃヘルブラッククロスに勝てないよ。もちろん敗ける可能性があるって言うんじゃなくて、今敵の策にどハマリしてるのに、無計画に動いても絶対に無謀だよ」

 

 サクラの心配にはカエデもレンもうなずいている。

 

 「同意。それに、新しい怪人は、どれも強敵揃いだった。今の私達じゃ、また戦ったら返り討ちにあう」

 

 レンにしてみれば強敵となるその怪人を、2人同時に相手したのだ。途中でルカとサクラの加勢が無ければ、正直危なかった。

 

 「僕もそう思う。見た感じでしかないけど、ギンジとカエデとミドリコとレン、四人揃わないとあの2人の怪人には勝てない・・・そう見える」

 

 もう怪人の襲撃には慣れたからか、ケイタも冷静に分析する。間違いなくフルメンバーで戦わないと勝つのは厳しいと思えるぐらいには、鋼の怪人と蜘蛛の怪人は強敵だと言うのがわかった。

 

 そしてここに合流するときに暴れていた武者の怪人も、カエデとレイナの加勢でなんとか撃退が出来た。

 

 悪の組織を壊滅させた経験のあるレイナとサクラであっても、非常に辛い戦いにならざるを得ない、まさしく強敵。それを目の当たりにしたのだ。

 

 「じゃあなんだ。強くなりましょうってか?今から修行してる時間なんかあるか!?」

 「よくぞ聴いてくれました!実はあるんですよ」

 

 ギンジの怒号が止まらないが、サクラは満面の笑みでギンジを押し返した。

 

 「実は・・・話すと長いけど、赤鬼さんって覚えてる?」

 

 一般的な認知ではヘヴン4として活躍していた、ヘヴンホワイティネスの仲間。ギンジ達からすれば命を失った貴重な仲間。

 

 彼がどうしたと言うのだろうか。

 

 「私の産まれた故郷・・・魔法界に赤鬼さんが居てね・・・」

 

 サクラの口から出てきた言葉に、ミドリコが反応を示す。

 

 「赤鬼が・・・?嘘つくなあいつは、俺の眼の前で・・・」

 「死んだ・・・でしょ?でも、生きてたんだよ」

 「そ、それは本当か!?」

 

 今度はミドリコが会話に入ってくる。

 

 「それと俺たちが強くなるのに、なんの関係があんだよ。いや赤鬼とはまた会いたいけどよ」

 

 ギンジもカエデもレンもミドリコもケイタもその事実には驚いている。大切な仲間がまだ生きているというのは、にわかには信じがたいが、これが事実なら本当に嬉しい事だ。ミドリコには特に。

 

 「魔法界・・・ここだったら、ギンジくん達ヘヴンホワイティネスが強くなれるんじゃないかな?赤鬼さんも会いたいって言ってたし・・・」

 「だーかーらー!そうしている時間が無いって・・・」

 「時間ならある!あるんだよギンジくん!」

 

 サクラの笑顔で、ギンジは少し冷静になる。一体どういう事なのだろうか。

 

 「もしギンジ達が、魔法界とやらに行くのであれば、私は甘白さんの逮捕状の取り消しを行う為にも動こうと思うよ」

 

 レイナはミドリコと区別は違うモノの、同じ警察。法の中枢へと乗り込み、ヘルブラッククロスの情報操作を覆すつもりでいる。そうでもしないと、ミドリコは家から出られない。

 

 「ブヒ。であれば私はドクターがどこに連れて行かれたのかを調べるとしよう」

 「待て待て、勝手に話進めんな!」

 「それじゃあ、僕とアキハはこの街での襲撃を止めようかな。ぜひヘヴンホワイティネスの力にならせて欲しい」

 (アタシ達ムーン・パラディースが敵を抑えるわ)

 

 次々と協力者たちが自分勝手に口出しを行い続ける。

 

 「落ち着いて聴いて、ギンジくん。魔法界はなんと!時間のながれがこっちの世界とは違うのよ。魔法界の1週間はこっちの3日と半日。それまでに、強くなろう」

 

 異世界転生しているギンジからすると、もはや何も驚かないが今度の舞台は魔法界・・・いよいよヘヴンホワイティネスとも関係ない領域にまで飛んできてしまうのか。

 

 「あ、言っとくけどあたし達はもう賛成してるからね」

 

 カエデがさも当然と言った態度で話すと、ギンジは驚きに首を痛める。 

 

 「同意した。私達も強くならなければ、もう誰にも勝てなくなる」

 

 さらにレンが同じ意思表示をギンジに聴かせると、これでも首を痛める。 

 

 「私もそこには賛成した。特殊能力なんて無いが、何か役立つ事を模に付けないといけないしな」

 

 続くミドリコの言葉ににも驚き、首を痛める。

 

 「ぼ、僕も一緒に行くよ。ギンジ1人じゃ心細いでしょ」

 

 ケイタも言葉をつないだ。4連続コンボによって首を痛める。

 

 そもそもケイタは自分が戦える力が、少しでも手に入ればいいな、という思いだけでついていこうとしているのだが。

 

 「首が弾け飛ぶかと思ったぞ!っていうか何俺抜きでそんな事話してんだー!」

 「あんたがさっきまで寝てたからでしょ!」

 「もちろん、ミヤコを助けないわけじゃない」

 「同意。ミヤコが居なくなったら、ヘヴンリングのメンテナンスが、出来なくなる。ギンジが思ってる以上に、私達も彼女を仲間だと思ってる」

 「お前ら・・・」

 

 ミヤコを助ける為には力をつけないと行けない。ヘルブラッククロスの望む闘争のための力ではなく、仲間を取り戻す力をつけないといけない。

 

 その為には、現実世界における3日と半日、魔法界で修行まがいの何かをするのだろう。

 

 それに力をつけると言う事は、ギンジからしても悪い話ではない。今日の自分はたとえ怪人としての力を持っていても、弱かったと言うことを痛感してしまった。

 

 ──恨むんなら、弱い自分を恨んでくださいね?

 

 タツヤに言われた屈辱の煽り文句を思い出す。

 

 きっと自分もそうだったかもしれない。自分を犠牲にしたのと、最後までギンジを呼び続けたミヤコとでは違うが、攫われたのは同じだ。

 

 必ずミヤコを助ける。力をつけてあの男と異質な怪物に必ずリベンジマッチを叩きつけてやる。

 

 「わかったよ・・・行ってやろうじゃねーか、魔法界とやらに!」

 「やったー!実はですね・・・魔法界に魔王軍の進撃が始まってて・・・」

 

 サクラの真相としては、魔王軍の大進撃が進み自分の国がピンチであると言う。それを止める為に、ヘヴンホワイティネスの力を借りに来たというのであった。

 

 それと同じく、赤鬼にも再開させたいと言うモノであり、結果としては魔法界の危機、赤鬼との再開、ミヤコ救出のための力をつける。

 

 この3つがギンジ達の未来を守る最大の近道である事を、ヘヴンホワイティネス達は知りもしなかった。

 

・・・・・・・・・・・・・・

現在の状況

 

 ヘヴンホワイティネス、魔法少女サクラ

 魔法界へ!

 

 退魔警察

 ミドリコ逮捕の情報操作を覆しに行く。

 

 ムーン・パラディース

 この3日と半日は、ヘルブラッククロスの襲撃を阻止しに回る。

 

 オーク怪人

 ドクターミヤコがどこに連れて行かれたのかを探す。必要であれば雪の怪人を呼び戻す。

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 (待ってろミヤコ・・・必ず、お前を助けてやるからな!)

 

 

続く 

 

  

 

 




お疲れ様です。

今回のお話ではミヤコは攫われました。きっと今頃少しキツめのタイツを履かされて上からもみほぐされてます。

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
ミヤコが攫われた事に責任を感じている。
紫とオーク怪人とも約束した側からこれか・・・

神宮カエデ
眼をさましたギンジに抱きついてしまったが、当のギンジはミヤコミヤコと叫んでいる。ふざけるな
一応ミヤコの事は仲間と思ってはいるので、助けてはあげたい

宮寺レン
骨は大丈夫なのか。
ミヤコをちゃんと助けたいとは思っている。
カエデの恋を応援はしているが、ミヤコとカエデの言い合いは見ていて飽きない。

甘白ミドリコ
山吹イロと共に工場エリアに逃げていた。ギンジも心配でミヤコも心配だが、赤鬼が生きているという話を聴いて、そっちの方の喜びが大きくなった。

角倉ケイタ
魔法界とか初めていくなー。みんな初めてである。
果たしてケイタは魔法界で戦う力が身に付くのか!

月島ルカ/天体アキハ
彼女達は決して弱くないです。精神も落ち着いたので、本来の実力を持ち直してきています。

熊沢レイナ
ギンジの復活に誰よりも飛び出したかったが、今回は神宮君にゆずってあげた。ミドリコの逮捕状を取り消す為に、退魔教会出動!

小町サクラ
一日おきに魔法界と人間界を行ったり来たりしてた。
赤鬼の再開とミヤコ救出の力と魔法界の危機を3つ背負い始めた。

オーク怪人
「もしもし、雪の怪人か?」

柏木タツヤ
ロリコン変態野郎。紳士みたいな設定どこいった!!!
なかなかアブノーマル。戦闘能力は不明。

リコニス
ギンジを今回は見逃してあげた。本当はボロボロになったギンジを見て、胸が苦しくなったのだが、本人はそれを気づいていない。

異質な怪物
夢の世界にも現れた謎の怪物。ミヤコが怯え、ギンジを一方的に攻撃できる強敵。ギンジいわくあれは人類の敵。
怪人とは思われるが、一切の情報が開示されていない謎の怪物。
好きな食べ物はシャインマスカット。

次回はちょろっとギンジ達の出番があり、本来の花形はなんと!
赤鬼です!!
赤鬼主役回!!
命をなげうった彼がいかにして生き延びたのか、そして魔法界で何をしていたのかお楽しみに!!

それではまた次回!


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52・赤い勇者

こんにちはアトラクションです

赤鬼主役回その1!

毎回有耶無耶というか、頑張ってはいるけど読み直すとどうしても無茶な話造りしてるなーなんて思います。

伏線がつながってりゃいいのさ!!(暴論)

それではどうぞ!


 工場エリアの一角、建設中の建物の最上階にはピンク色の巨大な魔法陣が、壁に浮かび上がっていた。

 

 門の様にも見えるその魔法陣は淡い光を宿していて、優しい輝きをかすかな風の音の様なモノを鳴らしながら、明滅している。

 

 鼓動の様にも見えるその魔法陣の前で、ギンジ、カエデ、レン、ミドリコ、ケイタ、サクラは魔法界への突入の準備を行っていた。

 

 サクラの話に出てきた魔王軍や、赤鬼の生存、ミヤコの救出と色々と状況がごちゃまぜになっているその環境では、ギンジが一番イライラしている。

 

 本当なら魔法界の危機とやらに集中するより、ミヤコを助けに行きたいからだ。無謀と思ってもそこは勢いでどうにかしたい所だが、そう簡単な事でも無い。

 

 だから修行という名目でサクラの産まれ故郷である、魔法界へと向かう事になっている。ついでに魔王軍との戦いに加勢もして欲しいというサクラのお願いにも応えないと行けない。

 

 (・・・正義のヒーローだから、な)

 

 仲間の危機と友の危機。ギンジに取ってみれば究極の決断。

 

 両方とも〈大好きな人達〉に入っているからこそ、ミヤコもサクラも両方大切にしたい。両方守りたい。

 

 時として正義のヒーローと呼ばれる者は難儀な立場である。

 

 「さて・・・行ったらしばらく戻れないよ。人間界(こっち)の事は、レイナさんたちに任せて、心の準備を整えて」

 

 

 サクラがこの場に立つ面々に最後の警告じみた言い方で念を押す。正確にはギンジに向けて、だろう。しばらく戻れないからこそ、今この瞬間まで悩んでいるギンジに、カエデは背中を強く叩いた。

 

 皆で話合った結果、オーク怪人はミヤコ救出の為に、攫われた場所を探しに回る。

 

 レイナとイロはミドリコの逮捕状の解除、およびはぐれた藤原の回収。その後、ルカと共にヘルブラッククロスの街への襲撃の阻止を行う。

 

 ルカは述べた通り単身ヘルブラッククロスの街への襲撃を阻止するために、先に戦う事を勝って出てくれた。

 

 今この3人は先に行動を開始しており、夜に傾く街を駆け出している。

 

 「ほーら!いつまでもメソメソしない!」

 

 カエデなりに元気付けてあげたいのか、その叩き方はフルスイングに近しい威力だった。

 

 「痛っ・・・!?」

 「ミヤコを助けたいなら、あたし達も皆で強くならなくちゃ。そうでしょ?」

 「・・・そりゃ、解ってるけどさ」

 

 やはりギンジとしては納得が行かないのだ。それでもカエデ達が行くと決めた以上、ギンジも付いていくしかない。

 

 本当は理解している。このまま無闇に探しても見つからないし、仮に見つけても返り討ちにあうことは明白だ。

 

 ギンジは頭の中で柏木タツヤと、異質な怪物の顔を思い出す。

 

 蛇の様な不気味な威圧を感じる顔と、炎の様なゆらめきを人のシルエットに残すあの1つ目の怪人?の事を。

 

 「覚えてろよ・・・」

 

 誰にも聞こえない様に、悔しさと憤りが混ざった震える声で、小さくつぶやいた。

 

 「ギンジ、ミヤコを救いたいのは、私達も同じ」

 

 レンがギンジの顔を覗き込むように言うと、その隣に立つケイタも声を出してきた。

 

 「僕も・・・戦えないけど、気持ちは一緒だよ。ギンジの大切な人だもんね」

 

 ケイタの言葉にはカエデも反応し、チラリとギンジの顔を見てしまう。

 

 ギンジはひょっとしたらミヤコに好意でもあるのだろうか。

 

 今はなるべく考えない様にする。

 

 「皆でこっちに戻ったら、ミヤコの救出については私も全力で協力するよ、ギンジ。だから、今は目の前の事を片付けよう」

 

 その次はミドリコが声をかけてくれる。

 

 赤鬼のことも気になるのだが、今のギンジを見ていると居ても立ってもいられなくなる気持ちが胸一杯に広がる。

 

 「・・・ありがとうな」

 

 またも小さくつぶやいたギンジの言葉は、今度は全員が何かを言った事に気がついた。

 

 「なんて言ったのよ」

 「別に。オラ、行こうぜ!魔法界とやらに!」

 「ようやく、本調子」

 

 カエデとレンはいつものギンジに戻ったと内心ホッとして、ミドリコも薄い笑みを浮かべる。ケイタもギンジの顔を見て、自分も覚悟を改めて決めて、サクラが魔法陣へと近づく。

  

 「・・・ごめんね、本当はあなた達の協力もしてあげたいんだけど」

 「良いぜ、気にすんなよ。俺たちの都合だけで振り回してばっかりだしさ」

 

 サクラの申し訳なさそうな声にはギンジが返すと、カエデもレンもミドリコもケイタも、全員が笑顔で返す。正義のヒーローはそんな事を気にしていられないのだ。

 

 「それじゃ・・・いいね。魔法陣の奥に入ったら心をしっかり意識して、別世界を受け入れてね、その心で」

 

 サクラの可愛らしい顔で告げた事は、簡単そうで難しいと言う。

 

 ギンジ達ヘヴンホワイティネスが、それぞれ言われた通りに心を意識して、順番の魔法陣へと入っていく。

 

 光に沈む様にして音もなく全員が魔法陣に入ると、サクラが内側からロックをかける。

 

 そのロックにより魔法陣は光を失い、外側からは視認が出来なくなった。誰にも見えなくなったその魔法陣のある部屋は、何も残らないコンクリート臭さが残るだけの四角い部屋、その姿を取り戻すのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 魔法。

 

 それはこの世界ではありふれた能力であり、多種多様な万能に優れた力の総称である。

 

 魔法歴・7900年、獅子の月、72日。

 

 4つの城壁が囲む巨大な魔法帝国・オレキエッテ帝国。

 

 シシリー帝王率いる魔法軍隊が、この帝国の領域及び国そのモノを手に入れようと、敵軍の襲撃を受けていた。

 

 その敵軍と言うのはコンキリエ魔王軍。

 

 新たな魔王であるアマトリが統べる軍事力も、魔法技術力も現状最高峰と噂されており、フットチェネ共和国を半日で粉砕したとして、この魔法界に宣戦布告を行った者達。

 

 その圧倒的な人数を1人で従える魔王・アマトリは強敵と成りうるオレキエッテ帝国を自分の領土、ないしは自軍の勢力拡大に当てようとしており、武力と破壊で従えようとする国のありかたに、オレキエッテ帝国は全国民が反対している。

 

 話し合いでどうにもならないから、コンキリエ魔王軍が仕掛けたのは戦争。それも明け方の襲撃という形で。

 

 この戦争が始まって早くも1週間は経っている。

 

 「帝王、ご報告です」

 

 シシリーが座れる位置は、この城壁の一番外側。

 

 ドーム状の魔法壁によって遠距離攻撃を防ぎつつも、戦況を見守っていた。

 

 シシリーの下にやってきたのは、紫色の髪が鈍色の鎧に似合う可憐な女性騎士・クリムパス。

 

 彼女は魔法戦士としてかなり優秀で、炎と剣術を操るオレキエッテ帝国の序列1という最高の剣士。

 

 今回の防衛戦においては、軍師としてこの場に立たせてもらっている。

 

 「新たな敵の増援、騎空兵が総数100・・・北側から左右50ずつの進軍を確認しております。まだ魔法兵で防衛出来ておりますが、地上は燦々たる有様・・・」

 

 クリムパスが悔しそうな声で報告を上げる。

 

 魔王軍の強さは魔法だけではなく、地の利をいかした戦術、状況に応じたモンスターの出撃、そこに合わせた新たな大魔法や隠していた兵士の出現。

 

 この1週間、こういった逆境に追い込まれてはいても、4つの城壁の内、一番外側の第一城壁はなんとか守れている。

 

 大きく分けて東西南北のエリア、全ての防衛を今の所は抑えられている。だが、続く戦禍によっては突破されるのも最早時間の問題であろう。

 

 「魔女よ、まだ勇者降臨の儀は終わらぬか?」

 

 シシリーの後ろに立つ銀色の髪の美しい出で立ちの女性、魔女と呼ばれた彼女は、首を横に振る。

 

 「地水火風の司祭に指示を出しては居りますが、未だ召喚は成されておりません」

 「で、あるか・・・」

 

 魔女もクリムパスと同じく悔しそうに戦況を眺める。

 

 この国を愛する兵士がまた1人、大斧を振り回すモンスター、ミノタウロスによってその生命に終わりを告げた。

 

 「絶望的、だな」

 

 シシリーは帝王としてのプライドで、臆する姿は見せていない。だが内心では今すぐ逃げ出したい。平和なこの国をたった一週間で滅ぼしにかかろうとする、このコンキリエ魔王軍と、普通に戦って勝ち目は無いとさえ思っている。

 

 だがそれはあくまで個人の考え。帝王としてはそんな姿も思想も、誰にも見せていない。

 

 自分が折れてはダメなのだ。

 

 自分が奮い立たせなければ、この国は滅んでしまう。

 

 「魔女ジェノベ、そして近衛兵長クリムパス。汝らだけでも・・・」

 

 シシリーの言葉は今すぐ逃げろ。そう言われると思ったジェノベとクリムパスはその言葉を遮る。

 

 『畏まりました。我らオレキエッテ帝国の一つの命として、国を愛する一人の命として、最後までこの命、シシリー帝王に捧げます』

 

 剣を胸の前に掲げるこの姿は敬礼の意味。シシリー帝王が何を言うか解っていたからこそ、最後まで共に戦う事を覚悟している魔女ジェノベと兵長クリムパスは思惑とは違う事を詠唱した。

 

 「希望は捨てないでください、帝王」

 

 クリムパスは泣きそうであったが、それでも剣士らしく涙は見せないでいた。気丈にふるまう彼女の姿勢には帝王就任以来、幾度も救われた。

 

 「一先ず、本日も私の大魔法で・・・」

 

 ジェノベが肘まである黒い手袋を通した腕を振り上げて空を向くと、あるモノが目に入り言葉を失う。

 

 「どうした、ジェノベよ」

 「・・・ああっ、ついに・・・!ついに!!!」

 

 シシリーとクリムパスも同じ目線で空を眺める。

 

 黒煙によって薄汚れた青空には、燃える様な赤い光を宿した隕石みたいなモノが、この城壁の下の戦場めがけて落ちてきているのを確認出来た。 

 

 『魔女様!いけました!勇者の降臨です!』

 

 魔女の通信魔法によって、溢れんばかりの喜びの声が鼓膜を通る。

 

 「うおおおおおおおお・・・・・ぉぉぉぉぉぉぉ」

 

 その勇者と呼ばれたモノ?がなにやら叫びながら落ちていく。

 

 城壁の外へ落ちたそれは地面に衝撃を与えると同時に、場の空気が一気に静まっていく。

 

 「なんだ・・・?」

 

 シシリーが城壁の下を覗き込むと、落ちた場所には人の形に穴が空いて居り、そこからヒビを四方八方に伸ばし、そのヒビ自体が敵陣のど真ん中にまで伸びている。

 

 「ぐっる・・・オオォ?なんだ・・・?」

 

 その穴からは真紅の腕を伸ばし、一本の雄々しい角を頭から伸ばした勇者が登り上がってくる。

 

 「どこじゃぁここは・・・?」

 

 心底機嫌が悪いのか、その勇者は到底人とは思えない凶悪な人相をしており、牙も折れている。

 

 自分がなんでこんな所に居るのか全く持って不明であったが、自分はついさっきまでギンジの兄貴にすべてを託して、ミドリコ救出に命を捧げたはずだ。

 

 辺りを見渡せば怪人に良く似た変な奴らが、鎧を着込んだ人間達と共に赤鬼を見つめていた。

 

 「なに見てんだコラ・・・」

 

 赤鬼の威圧は人間達から見ると魔王軍に向けられたモノと思い込み、一気に士気が上がっている。

 

 『聞け、コンキリエ魔王軍よ!』

 

 そうやって困惑している間に、赤鬼は大きな声のした方へと視線を動かす。

 

 巨大な城壁の上には、銀色の髪をした魔女が拡声器に似た何かを展開させ、魔王軍へと脅しをかける。

 

 『ついに人類の希望である我らが勇者が降臨なされた!これ以上戦うならば、容赦はしない!今すぐ退け!』

 

 勇者とはなんのことで、誰の事だろうか。とにかく冷静になってくると、全身が痛くなってくる。見れば自分の身体は大やけどを追っており、爆発の真ん中に居た影響か、全身に想像以上のダメージがある様だった。

 

 「ゆ、勇者だと・・・」

 「ボーンゴーレ様達にご報告だ!」

 「撤退!撤退だ!」

 「・・・俺っちなんのことだか分からんのだが・・・?」

 

 コンキリエ魔王軍がそれぞれ赤鬼を指差しては、恐れおののき撤退を繰り出す。

 

 またたく間に魔王軍が退避して行くと、赤鬼は穴から身体を引き抜かれる。まるで重力を無視したかの様な不自然な浮かび方に、赤鬼は驚くが、こんな事をする奴らが敵ではないかと警戒する。

 

 「勇者殿!」

 

 紫の髪をした騎士、クリムパスが剣をしまいながら浮かんだ赤鬼へと駆け寄る。

 

 「んお?勇者ぁ?」

 「ようやく降臨なされたのですね!今日と言う日をどれだけ待ち望んだか!!」

 

 興奮気味に話すクリムパスをよそに、赤鬼は何がなんだか分からない気持ちでいっぱいになっていた。

 

 「・・・」

 

 なにやら色々と話し初めては、赤鬼の周囲に人が集まるが、ついに身体に反応し始める痛みと大きな疲労によって赤鬼はその意識を落とした。

 

 「勇者殿!?勇者殿ぉ!」

 「勇者様!」

 

 クリムパスとジェノベが二人して気を失った勇者・・・赤鬼を心配しながら、本日の戦場は終息していった・・・。

 

 「と、とにかく勇者殿をお運びせねば!ジェノベ!」

 「解っています!」

 

 2人の美女が赤鬼を魔法で運び出しては、城壁へと向かう。兵士達も仲間で手を取り合い一時の帰還を目指し、おのおのオレキエッテ帝国へと戻るのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ギンジの兄貴、行けぇぇぇええ〜〜ッ!!!」

 

 俺っちが叫んでライターを点火した瞬間、爆発。ここ最近、治療が終わるまでの体感2ヶ月はずっとそんな夢を見ていた。

 

 起きた、っちゅー意識を取り戻せば、次に思い浮かべるのはミドリコの姐さんの事ばかりだ。

 

 あの美しい顔、身体、香り、清楚な声、綺麗な手、飽きの来ない脚線美・・・。

 

 夢の中じゃあ、なんか鏡の奴がミドリコの姐さんをいじめてたから止めたりしたけど・・・まぁずっと見てる夢は、ギンジの兄貴にすべてを託したアノ日の夢しか出てこねぇ。

 

 「ようやく治療が終わるな、勇者殿」

 

 俺っちが寝てたこのシックな部屋に、ほぼ毎日お見舞いに来てくれたのは、この帝国の序列1とか言う魔法剣士サマ、えーと名前はクリームパスタとかそんな名前の・・・。

 

 「クリムパスです。貴方様のお体には魔力が無く、治癒魔法が効かなくて大変でしたね・・・」

 

 そう、治療とか寝床とか食事もそうなんだが、俺っちはどうやらこのオレキエッテ帝国、そこに拾われて命をつないで貰っていたらしい。

 

 どうせ死んだ身体だしな、そんでもって美女が助けてくれたってのは、ギンジの兄貴が話してくれた【イセカイテンセイ】っておとぎ話に近いもんだと、俺っちは感じたぜ。

 

 こうして考えてみりゃぁ、俺っちとギンジの兄貴は境遇が似ているぜ。なんせ、死んだ身体に美女と出会う。これこそがその【イセカイテンセイ】とやらに直結しているらしい。

 

 傷だらけの身体も今じゃ訛りになまって、むしろ機嫌が良いぜ。

 

 「動けるか、勇者殿」

 「あのよぉ、俺っちは勇者って柄じゃあないんだ。なんせ怪人だぜ?」

 「か、かいじん?それは一体どういう・・・?」

 

 クリムゾンとか言うこの女の子は、怪人って単語を知らんらしいな。

 

 「クリムパスです。・・・あ、お話している時間があまり無くてですね・・・ぜひ、帝王がお会いしたいと。歩けるか」

 

 帝王?総統(親父)みたいなモンがここにも居るのか?

 

 そういや俺っちはこの世界の事を僅かな事しか教えてもらっていないんよな。日本って国以外知らないが、ここは外国なのか?いや、死後の世界か。

 

 「どら、その帝王とやらに会わせてもらおーじゃねぇか。この命を繋いでくれた恩義に、お礼もしないとなぁ」

 

 右の折れた牙はガチガチと鳴らす事が出来ず、むず痒さが残り続けらぁ。ま、牙はなんでもいいが、この角が折れなかったのはありがてぇや。ヒビ入ってたらしいけど、飯食い散らかしたら治ったし、気分もいいぜ。

 

 ベッドから立ち上がり、久しぶりに自分の体重を感じる。

 

 俺っちの身体はどうも重たいらしいなぁ。筋肉量も普通の人間とは段違いだから、そりゃーしょうがねぇか。

 

 「・・・お、大きいですね」

 

 グレムリンが俺っちの事を見上げては、驚いてやがらぁ。人間の採寸だと確か2メートルとかそんなんだったか?俺っちの身長。

 

 「クリムパスです。勇者殿、謁見の間までご案内しますぞ」 

 「おお、悪ぃなぁ。道わかんねーからよ、ヌハハ」

 

 まぁこの部屋の中にずっと居たからそりゃ当然なんだが。

 

 それにしても【イセカイテンセイ】かぁ・・・。

 

 もうミドリコの姐さんに会えないと思うと、心が苦しいぜ。寂しさもあるし、惚れた女ともう二度と会えないと思うと、本当に俺っち泣きたい。くすん。

 

 「なぁなぁ、コロンゾン」

 「クリムパスです。勇者殿、どうかしたか」

 

 部屋を出てすぐ外は、紫色の絨毯が敷き詰められ、その下には石の畳が広がるこれまた豪勢な造りの建物だった。こう、なんだ、おとぎ話に出てくる様なお城みたいだな。

 

 このコロボックルの後ろをついて行きながら、俺っちはこの世界について聴いてみることにした。疑問があればすぐ相談。それはヘルブラッククロスの四天王研修で学んだ事だが、まさかここで生きてくるたぁ、思わなんだ。

 

 「クリムパスです。この世界ですか?」

 「そーそー。この世界について今話せるところだけ、教えてくれんか。俺っちも正直何がなんだか未だに解ってねぇし、ここがオレキエッテ帝国・・・って事しか知らんのじゃ」

 

 意識が回復してようやくまともに喋れる様になった時、綺麗な銀髪を振乱すあの魔女と名乗る女、ジェノベがそれだけを教えてくれた。

 

 後に教えてくれた事は俺っちを勇者だなんだとはやしたてる事しか喋らないしで、意味が分からん事ばかりだ。

 

 やっぱギンジの兄貴は凄いんだな。色々な場所に適応しようと理解が出来る。ミドリコの姐さんが惚れるのも解っちまう。

 

 「・・・この世界は、魔法、魔力・・・そういったモノが沢山ある世界。ありとあらゆる生活に魔法が用いられ、賭け事も食事も建築、移動、様々な事に魔法を使用する事になっている世界です」

 

 魔法??サクラのお嬢みたいな事言いやがる。そういやサクラのお嬢もまだ生きてるか?生きてたらまたお会いしたいもんだわ。

 

 「魔法とかよく分からん単語が出たな」

 「それにしては魔法という単語を知っている様にも聞こえますね。勇者殿はやはり認知の幅が広い、流石だな」

 「いや、知ってるっていうか見たことあるしな。なんだ、まじかるまじかる〜みたいな。結構マヌケだよな、ヌハハ」

 

 マジカルマジカル、って攻撃前に準備するの、結構コミカルな感じがするぜ。

 

 しかしながら、俺っちの前を歩くクリンチちゃんが、歩みを止めたかと思えば、次はこっちを振り向いて大声で驚き始めた。

 

 「マジカルタイプの詠唱までご存知とは、大変恐れ入りました。あと、クリムパスです勇者殿」

 「俺っちは勇者じゃねぇよ、赤鬼だ」

  

 その勇者って呼ぶのやめてくんねぇかな。俺っちはヘヴンホワイティネスの赤鬼なんだよな。いやまぁ、もう皆さんに会えないんだけどな。ヌハハ・・・。

 

 「魔法界へようこそ、勇者殿。ここが謁見の間である」

 

 クレンジングが俺っちの前で荘厳な扉に手をかけると、赤い文様が輝き、一瞬でその扉が開く。正しく言うなら光となって消えた、みたいな感じだな。

 

 「クリムパスです。どうぞ、勇者殿」

 「・・・でけぇ部屋だな。親父の部屋みたいだ」

 

 かつてのヘルブラッククロスの親父の部屋は、かなり広くて暗闇に包まれてるが、今入ったこの部屋は大きな窓が何枚も連なり、カーテンを束ねて日差しが入り込んでいる。

 

 埃ひとつ飛ばない清潔な部屋で、右のメイド、左の騎士達が俺っちを出迎えてくれた。

 

 人で作られたこの道をまっすぐ進めた、おそらくは木製っぽい椅子に桃色の絨毯を敷き詰めた玉座みてーなモンが2つ並んでいる。

 

 右側には、ひげが似合う威厳に満ち溢れたおじさんが座ってらぁ。

 

 その左隣にはこれまた美人・・・いや美熟女とでも言うのがいいのか、桃色のドレスを着ているご婦人が優雅に座っていた。

 

 威厳のあるおじさんの隣にゃ、あの魔女と呼ばれている女ジェノベが、こっち見据えて佇んでる。

 

 「よくぞ怪我を乗り越え、ここまで来てくれたな。勇者よ」

 

 またか。また俺っちなんぞを勇者とか呼んでくれやがる。

 

 この威厳のあるおじさんは俺っちを勇者と・・・。

 

 俺っちは別に勇者じゃねぇし、勇者って呼ぶならもっと適任な漢が居るはずだぜ?俺っち怪人だぜ?

 

 「名乗らせてもらおう。我が名はシシリー。このオレキエッテ帝国の国王を務める者だ。そして我が隣に座るのは、妃であるポモドロ。先ずは治療、ご苦労であった。つもる話が沢山あるのだが、お主の名を聞いてもよいかね」

 

 なるほど自己紹介で呼びたかったのか。

 

 「俺っちの名前は赤鬼だ。勇者って名前じゃねぇからその辺よろしく頼まぁ」

 

 メイドも騎士達も俺っちに目を向けると、萎縮でもしてんのか硬唾を飲み込んでらぁ。怪人を見るのは初めてらしいしな、そんなモンだろ。

 

 「不思議な名前だな。では、勇者赤鬼よ、さっそくだがこの国の現状について話したい」

 

 シシリーとか言うこのおじさんが帝国の王様か。ヘルブラッククロスで言うなら総統(親父)で、ヘヴンホワイティネスで言うならギンジの兄貴ポジションだな。うむ。

 

 そこから教えて貰った事は、この帝国が魔王軍とやらにほぼ毎日襲われて居る事や、現状の防衛のレベルの低さや、兵士の疲弊もろもろ・・・。

 

 おまけに兵料も少なくなりつつあり、防衛的にはかなり厳しいと。

 

 そこでこいつらは魔王を討伐する為に、勇者とやらを召喚しようとずっと儀式を行っていたらしいな。それで行くと、どうして俺っちなんかを召喚したのかわかんねぇ。

 

 そもそもそんなのに応えた覚えなんざ無いしな。

 

 「勇者よ。ぜひ、魔王を倒す為に力を貸して欲しい」

 「・・・困ってる奴がいるなら全然手助けしてやるよ。でも条件がある」

 

 俺っちはどこに居ても、ヘヴンホワイティネスに恥じない漢にならないとだしな。

 

 でもその前に勝手に俺っちを召喚したんだ。こっちの条件に付き合ってもらわないとな。

 

 「条件・・・富でも女でも、望めるモノがあればなんでも用意しよう・・・」

 

 おっ話しがわかりやすくていいね。でも富も女もいらないぜ。そんな事より重要な事があらぁな。

 

 「俺っちもあんたらもお互いを知らなさすぎる。互いが互いを知るためによぉ、簡単な想いのぶつけ合いをしようや」

 

 俺っちが拳をバキバキと鳴らしながら、帝国の王シシリーを見上げてやる。

 

 「・・・何をするつもりだ」

 「決まってらぁよ。喧嘩、しようや」

 

 それがお互いを知るのに十分だ。

 

 騎士達と、クレンザーが俺っちの前に立ちはだかり、一気に警戒の色を高めやがった。良いぜこの視線、闘気。これこそが俺っち達怪人が望む最高の気迫だぜぇ。

 

 「国王と喧嘩しようなどとふざけているのか、勇者殿!あと、クリムパスだ」

 「俺っちはいつでも大真面目だ。身体も動かしたいしな、お前らが相手でも構いやしねぇや」

 「ホホホ・・・血気盛んな勇者様、素敵ですわね、あなた」

 「う・・・むうぅ・・・うん」

 

 ポモドロとか言う美熟女は俺っちを評価してくれているが、シシリーはそうでもなさそうだ。

 

 「どら、はじめようや!全員で殴りあおうぜ!」

 「ジェノベ、手を出すなよ!王を侮辱するかのようなこの物言い、許せん!」

 

 クリームコロッケがまたなんかぐちぐち言ってやがる。とにかく俺っちは身体を動かしたいし、この国の危機に立つこいつらがどんな覚悟を持っているのか気になるしな。

 

 「行くぜぇ・・・!」

 「いい加減覚えてくれ!クリムパスだ!勇者殿を止めろぉお!」

 

 王座の前で俺っち達の大喧嘩が始まると、次第に鬱憤でもあったのか騎士同士、メイド同士を巻き込んだ大規模な喧嘩になり、これが夜まで続く事になるとは思いもしなかったぜ。

 

 俺っちのイセカイテンセイライフ、これより開幕!そんな気分で先ずは目の前の騎士さんをぶん殴る事にしたのであったとさ・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 暗く、雷の音が鳴り響く荒野に佇む巨大な城。

 

 怪しさと恐ろしさが同時に成り立つ、不気味な巨城の中、円卓を囲む4人の影。

 

 「勇者が降臨したようだが・・・どうする」

 

 南側に座る者は、尖った耳をした革命の衣装に身を包んだ男が、周りにいる3人に声をかける。

 

 今のこの場に居るものは、勇者対策に応じて招集されたコンキリエ魔王軍、魔王直属の軍隊長、ボーンゴーレ。

 

 南に座るのは突撃将軍ナポリタ。

 

 東に座るのは魔界軍師ペペロンチー。見目麗しい妖艶な女性だ。

 

 西に座るのは破壊元帥カルボーナ。体格の大きい大男だ。

 

 そして円卓の北に座るのは、このコンキリエ魔王軍最大の王。

 

 圧倒的な魔力による武力を行使する最強の魔法使い。

 

 名を魔王。魔王アマトリが北の玉座に座っていた。

 

 禍々しい黒い角を二本やどした兜をかぶり、魔王アマトリは3人に視線を動かしながら話しに耳を傾けている。

 

 「先代の勇者は弱々しかったよな。確か手下共がボコってよぉ」

 

 でっぷり太った身体の破壊将軍カルボーナが下卑た笑い声を上げながら、先代勇者が泣いて逃げるまでの間の壮絶な拷問の話を、思い出みたく話し始める。

 

 「そんなことより新しい勇者だ。降臨して我らが魔王軍がこぞって撤退したそうだが・・・」

 

 魔界軍師ペペロンチーが手にした羊皮紙には、新たな勇者の特徴が上げられている。報告内容としては、今回の勇者は人間ではない見た目をしている、魔法が使えるのかは不明、しかし威圧感がすごい。

 

 「その勇者が本当に強いのかどうかはさておき、我々がどう出るかだ。先代もそうだが捉えるまでは相当に厄介だっただろう?」

 

 突撃将軍ナポリタが薄ら笑いを浮かべながら、円卓上で話す。

 

 「じゃあどうする?」

 

 カルボーナの言葉には、魔王アマトリが遮って口を開く。

 

 「いずれにせよ、あの帝国には戦力が揃ってしまった。我の野望の為には、あの帝国を落としておきたい。ナポリタ」

 「はっ」

 

 魔王アマトリが突撃将軍の名を呼ぶと、ナポリタは椅子から飛び降りて、その頭を垂れる。礼儀正しいその仕草は、魔界軍師ペペロンチーと、破壊元帥カルボーナから見ると鬱陶しいモノであった。演技臭いと言うか、大げさというか、とにかく見ているだけでイライラする。

 

 「ナポリタ・・・貴様に命ずる。我が魔王軍の将軍として、オレキエッテ帝国を地獄に変えてくるのだ。我の意を示せ!」

 「このナポリタ、魔王様の忠義に応えるべく、黒く染め上げる地獄を造り上げましょう!魔王様を神にする為に!!」

 

 コンキリエ魔王軍、及び魔王アマトリの野望・・・それは現魔王、アマトリをこの世界を統べる神に成り変わる事。

 

 ソノためには、帝国にある大魔法の霊石を手にし、膨大な魔力を持ってこの世界を支配、そしてすべてを集中に収め、自分を神格化させる事。

 

 そうすることでこの世界をもっとより良い世界へと変えられる。

 

 その為にはいくらでも命を支払わせ、歯向かう者には容赦なく消していく。

 

 革命家の様な洋服を翻して、ナポリタは円卓をはや歩きで出ていく。出陣の準備を整え、オレキエッテ帝国に打って出る準備をする為に。

 

 (・・・そういえば、会うのは久しぶりだな・・・クリムパス)

 

 かつての旧友を思い出し、ナポリタはクリムパスをこの手で殺せるチャンスが舞い戻った事に、拳を握りしめる。

 

 これは喜びだ。あのザコのクリムパスを今度こそ殺せるチャンスにおる、大いなる喜び。

 

 地獄をモチーフとした突剣・インフェルノを腰に刺して、ナポリタは自分の所有する軍勢の人数確認を行い、突撃の身支度を始める。

 

 (ククク。新たなる勇者とクリムパス。あいつらを殺せば、きっと私は魔王様の、いいや神様の尖兵として扱ってもらえる筈!)

 

 喜びと野望、そして好機と見たこの機会。必ずこの野望を達成させよう。魔王アマトリの為に、この世界のあるべき姿の為に。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 城の大喧嘩を終えて、お互いの良し悪しを理解した赤鬼達は今は大宴会とも言う規模感で勇者降臨の祝宴を開始していた。

 

 「あわわわ忙しすぎますぅーー」

 

 慌てふためきながらも食事を運ぶメイドはペンネー。彼女が色々と叫びながらも各テーブルに豪勢な食事を運んでいる。

 

 「今宵は勇者赤鬼の復活と大喧嘩の勝利を祝して!」

 

 「『「かんぱぁぁぁい!!!」』」

 

 結局数の多さと魔法の数々には勝つことは厳しく、赤鬼はあえなくノックアウトされた。

 

 それでもお互い・・・国と一人は喧嘩をしたことで、お互いを良き理解者と思えた。それによって開かれたこの祝宴で、赤鬼とシシリーは肩を組んで大酒飲みを披露している。

 

 「王様ぁ、あんたイケるな?」

 「ぶわはは、赤鬼も飲むペースが速いな!」

 

 その姿は勇者と帝国の王と言った姿はなくなり、ただの友人になっている。

 

 「やれやれ・・・ところで、ジェノベ」

 

 クリムパスはと言うとプレートメイルを外し私服に着替えており、魔女であるジェノベと共に軽く食事をしている。2人の席は王女ポモドロの近くであり、何者かの襲撃にすぐに対応出来るようにしている。

 

 また東西南北の城壁には、それぞれ地水火風の司祭であるコッツ兄妹に監視を任せている。

 

 そしてポモドロは魔女とクリムパスの護衛、シシリーは赤鬼が護衛?している為今の所は問題はなさそうだ。

 

 喧嘩しながらも互いの状況を知り合えた事で、だいたいの事情は理解してもらえた事に、クリムパスは胸を撫で下ろす。

 

 「いいか良くみてろ!コレが、カエデの姉御のマネ!

 へゔんりぃいいいい〜」

 

 へっぴり腰で身体を震わせながら両腕を後ろに回すその姿は、きっとカエデ本人が見たらぶちキレ案件だろうが、ここは死後の世界。そう思い込んでいる赤鬼は思い切り誇張しすぎたモノマネを行うと、周りはそのバカさ加減に大爆笑している。

 

 国が笑うとはこういうので良いのだ。

 

 「かえで、れん、みどりこ、けいた、ぎんじ・・・聞き慣れない名前だが、きっと素敵な仲間だったのだな、勇者殿・・・」

 

 遠くで未だバカ騒ぎをしている赤鬼とシシリーを見つめて、クリムパスは赤鬼の仲間であるヘヴンホワイティネスの情報をある程度は教えてもらえた事を思い出す。

 

 やたらとミドリコの事を話された事には、うんざりしてしまうが、きっと恋をしたらああなってしまうのだろう。それは人間も怪人も魔族も関係ないのかもしれない。

 

 「おうおう、ブロッコリー!飯食べてるか」

 「クリムパスです。勇者殿も、食べていますか?」

 

 赤鬼が酔っ払いながら、クリムパスの横に座り込む。ジェノベはそんな赤鬼にお酒を注ぐ。

 

 「いんや、飯は十分もらったからよ。実は酒しか飲んでねぇんだ」

 

 意外と冷静なのか赤鬼の酔いは普通のモノに見えた。

 

 「お口に合いませんでしたか?」

 

 ジェノベが心配になった表情で言うが、赤鬼は首を横に振る。

 

 「いやよぉ、魔王軍とかいう奴らに、度重なる襲撃とかでまともに飯食えていない兵士とかが居るって知ってさ・・・なんか俺っちも治療してもらってる間、バカスカ食ってたから申し訳なくてな」

 

 治療中に食べさせて貰っていた恩義があるからこそ、赤鬼はここで食事は取らない事にした。明日からは普通の食事を食べることにはするが、今だけはこの国を愛する兵士達に譲る事にしていたのだ。

 

 「勇者殿は、優しいのだな」

 「漢を学んだからな!ヌハハ」

 

 きっとギンジの兄貴も同じ立場ならこうしたかもしれない。

 

 同じ事をして、少しでも漢は近づけられる様に、そして心を通じ合わせられる様に、ミドリコの姐さんを今日も想い続ける。

 

 「赤鬼殿が協力してくれるのは嬉しいが、抵抗心とかは無かったのですか?」

 

 ジェノベが髪を払いあげて、赤鬼を見つめる。クリムパスも見つめて、王女ポモドロも見つめる。

 

 すると赤鬼は折れた牙を見せつけるように笑うと、怪人の瞳を輝かせて女性たちに向けて、自分が自分として、赤鬼らしくちっぽけな抵抗心が無いことを伝える。

 

 「俺っちはヘヴンホワイティネスだからな!命を拾ってくれた恩義と、誰かが困ってたら助けるのが兄貴と姐さんから学んだ人間と生きる大切な事だからな!ヌハハハハ!」

 

 赤鬼。勇者としてこの魔法界に召喚された怪人。

 

 彼がこの後魔法少女サクラに、この世界に居ることが知られてしまうのだが、それはまた別のお話・・・。

 

 

 

続く

 

 

 

 




お疲れ様です。

お気づきの方もいらっしゃると思いますが、実はこの魔法界編に登場する地名や国、キャラ名はパスタが由来になっている事が多いです。

キャラネタもパスタ祭り。

赤鬼
勇者としてこの魔法界に召喚したヘヴンホワイティネス。
ミドリコの姐さんにまた会えたら今度こそ抱く。

クリムパス
由来はクリームパスタ。
赤鬼から毎回名前を間違われる。しかもレパートリー豊富に間違えられる。
オレキエッテ帝国の序列ナンバー1の魔法剣士。

魔女ジェノベ
由来はジェノベーゼソース。
鏡の怪人のときに出てきていた魔女はこの人。
コッツ兄妹と言う手下・・・もとい地水火風の司祭が居る。

シシリー王
シシリーとはシチリア料理のソースの総称に使われる事が多い。主には料理にたらこを使うと、それはもうシチリア料理に近いのだとか。
国の為に一切退かない精神力を持っているが、個人としてはかなりビビリ。

王女ポモドロ
由来はポモドーロ。まんまやんけ。
シシリーのビビリを知っていながら、誠実さに惹かれてオレキエッテ帝国に嫁いだ。

メイド・ペンネー
由来はペンネパスタ。メイド服の柄もペンネパスタ。下着は黒。

突撃将軍ナポリタ
由来はナポリタン。愛用する剣はインフェルノ。イタリア語で地獄。
次回出番あり!

魔界軍師ペペロンチー
由来はペペロンチーノ。
あまり出番が無かった。

破壊元帥カルボーナ
由来はカルボナーラ。
でっぷり太った力任せに頼る怪物。息が臭い。

魔王アマトリ
由来はアマトリチャーナ。
目的は自分を神にする事。魔王なのか神なのかはっきりしない大物の小物。

オレキエッテ帝国
由来はオレッキエッテパスタ。耳の形ににている幅広い調理方があるパスタ。美味しい。

フィットチネ共和国
由来はフィットチーネ。歯ごたえ抜群で、腹にたまりやすい美味しいパスタ。

コンキリエ魔王軍
貝殻と同じ意味合いを持つパスタで、別種にコンキリアがあります。オレッキエッテみたいなモンです。美味しい。

アトラクション
この作品の作者。パスタが大好きすぎる。パスタの怪人。
本編に登場する事はない。

さて次回は、赤鬼と突撃将軍ナポリタの戦闘開始!クリムパスも登場するでよ!
なんと【あの】怪人も再登場!
ギンジ達?不在です♡

それではまた次回!!

※アトラクションはパスタが大好きです


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53・魔王軍の襲撃

こんにちはアトラクションです。

最近休みがなくて仕事ちゅらい。

仕事の休憩時間も書けなくてちゅらい。どうして私がインターン生の面倒を見るのじゃ。。。

っていうか時期おかしいやろがいいい

とにもかくにもコツコツ書いて53話!
今回のお話もお楽しみいただければと思います!
それでは、どうぞ


 翌日・・・。 

 

 魔王軍としての活動は実に有意義であった。

 

 力があればどんな相手でも従えられる。従わせる事が出来るからだ。

 

 自分の実力に絶対の自信を持っていたナポリタは、過去幾度もオレキエッテ帝国の騎士・クリムパスとぶつかっている。

 

 いつもここぞと言うところで撃破は出来ていないが、剣士、騎士、魔法使いとしてはナポリタの方が実力が上である。

 

 だと言うにも関わらずクリムパスは一切諦めずに、まだ魔王軍に勝てると信じているし、今度は新たな勇者の降臨で息巻いているのだろう。

 

 (その自信に満ち溢れた顔を、悲痛にぐちゃぐちゃに出来るのを、楽しみにしているぞ・・・!)

 

 また再開出来る。今度こそは殺せると信じて、ナポリタは魔馬を走らせて、魔王軍の領域の荒野を、自分の軍勢と共に駆け抜ける。

 

 魔法兵300名、魔法戦士150名、ケンタウロス兵30名、騎空兵100名、そしてこの作戦の大将軍であるナポリタ1名。

 

 魔王直属の親衛隊とも言うべき、ボーンゴーレである彼は地獄をモチーフとした自慢の愛剣・インフェルノを引き抜ける事に心を踊らせていた。

 

 「新しい勇者が如何ほどか、試させてもらうぞ」

 

 オレキエッテ帝国領の国境が見えて来た。再びクリムパスを殺そうとする気持ちと、勇者が強者であるならば、という期待。

 

 ナポリタが大腕を上げて指示を出すと、軍勢が扇状に広がっていき、道中の村を破壊しては帝国の城下町にまで突撃を果たす準備が整った。

 

 「行くぞ、皆の者!」

 

 声高らかに叫ぶと、魔王軍はオレキエッテ帝国へと突撃を開始した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「勇者殿、武器は何が良い?」

 

 今クリムパスと赤鬼が居る場所は、帝国の武器庫。

 

 ここでは大量の武器を保管しており、それぞれ兵士のニーズに合わせた鍛冶場もすぐ近くにある。

 

 そんな薄暗くも溶鉱炉の明かりで照らされる、熱気のある部屋では赤鬼が色々と武器を見る。

 

 しかしどれを見ても刃がついている武器ばかり。剣、槍、刃盾、ナイフ・・・形状は様々だが、どれも赤鬼のお気に召すモノは何一つとして無かった事に落胆する。

 

 「せっかくシシリー王が用意してくださったこの希少金属・オリハルコン、これを使わないのは勿体ないぞ、勇者殿」

 

 オリハルコンと呼ばれるこの世界でも希少なアイテムは、どうやら武器や防具、兵器の為に加工される事が多く、帝国1の鍛冶職人である、ミートソー氏が叩きあげようとハンマーを持ち上げている。

 

 「俺っちは武器はどっちかって言うと、こう、ぶっ叩くモノがいいんだわ。形状は八角でよ、柄の部分から獲物の部分まで長さは均等でさ、細く太くなっていくこういう形状が・・・」

 

 オリハルコンと呼ばれるキラキラ輝く石を、お手玉感覚でコロコロしながら話す赤鬼に、クリムパスは勿体ないと嘆いている。

 

 「いやだから、剣は素人なんだわ。レンの姉御ならうまく扱えるだろうが、俺っちにゃ無理だ。打撃!ぶん殴るのが一番強いんだよ」

 「魔法が使えないのに、打撃で突っ込むなんて無謀だ!多少荒く使っても、刃こぼれなんてしないから、剣にするべきだ!」

 「だーかーらー、俺っちにゃ剣は無理だって言ってんの!」

 「しかし、歴代勇者は、皆剣を使っていると言うぞ!あなたも使うべきだ、剣を!聖剣を、勇者殿だけの最強のひと振りを!」

 

 剣は扱えないと言う赤鬼に、クリムパスも伝統を重んじて説得するが、両者譲らない。

 

 「俺っちは怪人だぞ!聖なる力なんて身体に毒だぜ!そんなの操れる怪人は、ギンジの兄貴だけだ!」

 「今居ない人の事を言っても仕方がないだろう・・・」

 

 クリムパスは今回の勇者とは相当相性が悪いみたいで、頭を抱えている。勇者とは、民を導き剣を取る者であり、それを八角の棒にしたい等、言語道断も良い所である。

 

 「おう大将!このオリハルコン、八角に出来るか?棒だぞ!」

 「へい!任せな!」

 

 赤鬼がオリハルコンを鍛冶職人である、ミートソーに投げ渡すと、彼は気前よくオリハルコンの加工に入り始めた。

 

 「解ったかクリンネス!俺っちは勇者じゃねぇから、剣は使えねぇ!」

 「クリムパスだ!ミートソーさんもそんな簡単に加工しないでください!」

 

 鈍色の鎧が溶鉱炉の光を反射させつつ、クリムパスは赤鬼を押しのけてミートソーの下へと駆け寄る。

 

 「あわわわお昼ごはんですぅーー」

 「ぐっはぁ」

 

 そんな武器庫にお昼ごはんを乗せた台車を走らせた、帝国のメイドであるペンネーが突きこんで来た。赤鬼を避けたのに、クリムパスにはわざとぶつかった様にも見える。

 

 身体をくの字に曲げて、なまくらの武器が入り込んだ木箱の山へと突っ込んだクリムパスを見て赤鬼は爆笑している。

 

 台車は破損する事なく、しかも中のお昼ごはんは無事にさせたままペンネーはオレキエッテ名物のパスタ料理をミートソーと赤鬼の目の前に用意仕出した。

 

 「な、何をするんだペンネー・・・」

 

 腹部を抑えながら、クリムパスが木箱を蹴っ飛ばして出てくる。

 

 「あわわわ勇者様に幸あれ〜」

 

 ぴゅー!っと駆け出す効果音が聞こえそうな走り方をして、ペンネーは武器庫から出ていった。去り際に赤鬼にメイドらしい一礼をしていくと、そのままクリムパスには目もくれずに走り出す。

 

 「慌ただしいメイドだなぁ」

 「くぅ・・・痛い」

 

 赤鬼の隣でクリムパスは腹を抑える。

 

 「女が痛がるのは見てると可愛そうになるぜ」

 「そうか。それでは私の名前をそろそろ間違えないでくれ。心が痛いぞ?」

 

 悪戯っぽく言うとクリムパスは紫色の髪を揺らして、勇者赤鬼を見やる。赤鬼も目を合わせていやらしい笑みを浮かべる。

 

 黒く赤い瞳は吸い込まれる様な気分もしては、どこか底の無い闇が広がっている様にも見える。

 

 ジッと見つめれば見つめるほど、勇者の瞳から不思議と眼が離せなくなってくる。

 

 「クリオネ、腹減ってるか?」

 「クリムパス、だ・・・」

 

 相変わらずの呼び方だが、今のは悪い気はしなかった。

 

 「飯食ったら武器を完成させるからよ、街でも行ったらどうだい勇者さんよ」

 「おっ今日中には出来るのか!」

 

 ミートソーがパスタを食べながら、ハンマーを片手にコツコツ叩いている。オリハルコンの加工は彼に任せれば問題無いと、この帝国の人間は声を揃えてそう言う。

 

 「まぁ、一応の完成形だけどな。あとの細かい調整の所は、実物を見て触って一緒に造ろうぜ」

 

 実際に使う人の事を考えると、見かけだけの武器ではそれは勇者の武器として成立しないのだとか。

 

 だから形だけの完成形を持たせてからが、職人の腕の見せ所であり、赤鬼の言う八角の棒をちゃんと要望として聞き入れたのだ。

 

 「絶対に剣の方がいいはずだ〜!」

 

 悔しいのかクリムパスはまだ喚いているが、赤鬼もミートソーももう聴いていない。

 

 勇者とは本来剣と盾を持ち、悪の魔王軍との戦いに挑むのがクリムパスの勇者のイメージなのだが、それは最早過去の理想なのだろう。

 

 半ば諦めも入っているが街に出るまでは、クリムパスは剣に大きな一票を入れ続けていた。

 

 赤鬼は残念ながらそんな事に首を縦に振ることは一切無く、剣という要望はついに叶うことは無かった。

 

 (こんなに大きい身体しているのに、剣を持ったら絶対かっこいいのにな〜・・・)

 

 哀れクリムパス。

 

 そんな哀れパスと、赤鬼は街へと向かう傍らずっと打撃vs斬撃について語り合う事2時間の戦いを繰り広げるのであった。

 

 「クリムパスです」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 街での散歩を終えた赤鬼とクリムパスは、ミートソーへのお土産である、ドワーフの地酒を持ち帰り、城壁へと入る。

 

 木製と鉄枠を混ぜ合わせた吊橋を超えて、2人は訓練場の横を歩く。

 

 兵士達の掛け声や、魔法の炸裂音。木剣同士がカンコンぶつかりながら、激しい訓練を行っているのが音だけでも解る。

 

 「カエデハウスの訓練部屋を思い出すぜ」

 

 この訓練という単語だけでも、ヘヴンホワイティネスとしてのかつての自分を思い出す。

 

 カエデハウスの3階には、バーチャルで動かせる怪人のデータを映し出す訓練部屋があり、よくそこではカエデとレンとの訓練に付き合う事もあった赤鬼は、カエデの容赦のない猛攻を思い出す。

 

 もちろん強靭な身体を持つ赤鬼は、無傷ではないが攻撃があまり通らないし、データとは違い勝つ為に動こうと考えることが出来る為、訓練には重宝されていた。

 

 「・・・勇者殿?」

 

 朱に染まる訓練場を歩くクリムパスは、隣の赤鬼が歩みを止めて訓練する兵士達を見つめている事に気がつく。

 

 「やっぱ・・・戻りてぇな。姐さんに会いてぇや」

 「勇者殿・・・」

  

 駆け寄りながら、声をかけようとしたが、赤鬼が小さくつぶやいたその言葉に、クリムパスは手を伸ばせなくなってしまった。

 

 (そうだ・・・勇者殿だって、召喚命令に応じた訳ではない)

 

 こんな世界に飛ばされた事は赤鬼からすればまるで意味のわからない、セカンドライフ。正確にはイセカイテンセイライフ。

 

 クリムパスとは違い、赤鬼には恋する人が居て、仲間が居て、兄貴と呼び慕う赤鬼以上の存在がいる。

 

 「・・・」

 

 この大きな背中を見て、それでもこんな強い身体を持った赤鬼よりも強い人が居る。

 

 きっと心を許し、頼れる男なのだろう。ギンジと呼ばれているその男性は。

 

 赤鬼はこの世界で心を許せる相手が居ない。勇者ともてはやされるだけの存在であり、きっとこの帝国に住まう者達が想像している以上に、ストレスとかもあるかもしれない。

 

 「死んだ俺っちが言うのも変な話だぜ。戻ろうや、クリスマス」

 「クリムパスです」

 

 相変わらず名前を間違えるのも、彼なりのストレス解消なのかもしれない。

 

 「・・・仲間を想い続ける事は、難しいことだぞ。いつまでもその気持ち、忘れないでくれ、赤鬼」

 「・・・言われるまでもねぇや」

 

 勇者殿と呼ぶのはあくまで騎士としての職務上でだ。今もその職務全う中ではあるが、この一瞬だけは赤鬼の気持ちに配慮してみたつもりだ。

 

 赤鬼が少しだけ嬉しそうに歩みを早めると、クリムパスもそれに続く。今日はこの後に残っているのは、ミートソーの造った武器の試験運用だけだ。

 

 それを楽しみにしながら赤鬼とクリムパスはオレキエッテ帝国の城内へと帰還した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 いくつもの爆発が連鎖的に繋がる、例えるなら宇宙の様なトンネル。そこを超えると、次は暗闇。眼を開いても閉じても暗い闇一色の世界。

 

 しかしまたたく間に宇宙の様な空間へ、またも飛び出して爆発がまたいくつも繋がっていく。

 

 (・・・ココハ何処ナノダ)

 

 頭蓋骨の上半分だけを残した骨の怪人は、なんとかしてこのトンネルを抜けたい。しかし残された力は僅かなモノで、そこらに居る小学生にも力で劣るまでになった骨の怪人は、もはや繰り返されるこの光景に、考えるのやめる瞬間まで来ていた。

 

 魔法少女との戦いに敗れ、なんとか生きながらえても、結局はこの様に無力。

 

 総統にも申し訳ないし、なにより力を求めた結果がこのざまでは、生きている意味すら見いだせなくなる。

 

 こんなはずでは・・・。そう思っていてももう仕方がない。

 

 最早これまでか。残った力を使い果たして、抜ける事の無いこの神秘のトンネルを抜ける事適わず、骨の怪人は死を覚悟していた。

 

 「魔法ノ力ヲ、手ニ出来ナイト言ウノカ・・・」

 

 命を賭けて魔法少女に死を欺いたのに、こんな終わり方は望んでいない。全てはヘルブラッククロスの為、骨の怪人は己の命をこの組織に費やしてきた。

 

 「オォ、総統閣下・・・ッ!」

 

 またも骨の怪人の視界には爆発が白く広がってくる。

 

 今度はその爆発が遠くではなく、自らに迫ってきていた。

 

 「ヘルブラッククロスニ栄光アレェ!!」

 

 光に飲まれ、その身を爆発に包まれる。最後の最後まで闘争の世界へとついていく事が出来なかった事を悔やむも、骨の怪人の人生においてはとても充実したそんな生活であった。

 

 「・・・」

 

 風がふわりと骨を撫でる。

 

 その視界が広がると、神秘的な世界のトンネルではなくなっており、雷が遠くで光り、生物が生きていけるとは思えない毒沼、枯れ果てて腐った木々・・・。

 

 荒野。一言で言うならば、そういうのが正しいこの場所に、骨の怪人は降り立ったのだ。

 

 生物は居なくとも、骨の怪人が感じ取る気配には、何かの生命体の反応を感じた。

 

 一先ずはそこに向かおう。そこで人でも魔法でもこの身に取り込まないと、この命を維持することは出来ないのだから。

 

 「アノ建物ニ向カウカ」

 

 骨の怪人の向けた視線の先、そこに生命体の反応を感じる。その建物は、禍々しく、怪しさ不気味さを醸し出した、巨城。

 

 そこが魔王の城とも知らずに、骨の怪人は意気揚々と突き進み、血を啜りに向かうのであった。

 

 不思議な場所だが、ここでは自分を打ち負かした魔法少女と同じ気配を持った者の反応も多く感じる。

 

 きっとヘルブラッククロスの有用な戦力を確保して、必ず組織に貢献出来るはずだ。

 

 まだヘルブラッククロスの地獄の灯火は潰えて居ない。必ず元の世界に戻り、総統の実現する力による支配の世界を創って貰おう。

 

 骨の怪人という巨悪もまた、この世界に地獄を創ろうとその一歩を踏み出したのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ほぉ、こりゃすげぇや」

 

 赤鬼とクリムパスが武器庫に戻ると、ミートソーにより完成させられていたのはオリハルコンを使った棍棒の様な形になった八角の武器。

 

 すべてを叩き砕く様な物々しい形状をしており、調整を必要としている状態のはずなのに、赤鬼からするともうこれが完成でも良いと思えていた。

 

 握れば重く、振えば空気を裂いて、ぶつかれば圧倒的な力で圧壊・・・つまり砕くのだ。

 

 本来の赤鬼が持っていたモノよりも、より密度が高く詰まっていて、なによりも赤鬼が使うことで空気を撃ち出す事も可能になっていた。

 

 「勇者さんよ、本当にそれでいいのかい?いや、ワシは好きだがよ、その形」

 

 本来であれば調整が必要なのだが、赤鬼はこれでいいと大喜びであった。

 

 「勇者は剣なのに・・・」

 

 クリムパスはまだ嘆いているが、赤鬼はもう気にもとめていない。

 

 この武器があればもう誰にも敗けない。そんな気がしてくる気持ちで、赤鬼は再度新しい金砕棒を振り回す。

 

 軽々しく操る赤鬼に、ミートソーは感服している。

 

 「魔力も無しにそんなに扱えるとは驚いたぜ・・・」

 「ああ、実力は本当にあるみたいだ」

 

 ミートソーの隣でクリムパスもうなずいている。

 

 「ヌハハ、本当に良いぜこの武器!これだよこれ。こういうので良いのさ!どらっ!どりゃぁっ!」

 

 振り回す度に空気を裂いて、ボンッボンッと物騒な音を鳴らす。

 

 「オリハルコンの他に、魔鋼鉄、ダークマター、アルマイト、ダークストーン・・・おまけにオーガ・ソウルを入れて硬度は」

 「いやぁそういうのはよくわかんねぇからいいや。とにかくありがとうよ!これでこの国に恩返しが出来るぜ!」

 

 数々の希少なアイテムをふんだんに使っている様だが、赤鬼はまったく興味がなかった。

 

 そんな事よりも、命を拾ってくれたオレキエッテ帝国に、恩義を返すためには戦う為の武器が必要だった。ソレ故に、この八角の金砕棒は非常に嬉しい。

 

 「勇者殿は、本当にその武器が良いのか?」

 「おおよ。クリゴハンも打撃を信じてみろよ、ヌハハ」

 

 上機嫌な赤鬼はまたもやクリムパスの名前を間違える。

 

 クリゴハンとはなんなのか。

 

 「クリムパスです。そんなことより、次の防衛会議だが・・・」

 

 クリムパスも諦めずに訂正し、次の魔王軍の襲撃についての国内会議について説明しようとする。

 

 勇者赤鬼が来てから30日ほどは襲撃に来ていないが、もしかしたら明日には再度襲撃があるかもしれない。

 

 本来ならばシシリー王も含めて、戦場に出る全員で話さないといけない内容だが、勇者である赤鬼にはそれを伝えたい。

 

 否、伝えておくべきなのだ。

 

 「良いか、魔王軍は・・・」

 

 クリムパスがミートソーと赤鬼を混じえて、情報を話そうとした瞬間だった。

 

 バゴオオオーーーン!!!

 

 すぐ近くか、それとも遠くか、大爆発の音。魔法なのか兵器なのか、人為的か事故か。それすらもわからないほどの大きな爆撃の音。

 

 「な、なんでい!」

 

 振動するほどの大きな爆発音に、ミートソーが驚き、ヘルメットをかぶる。

 

 「大将はここに居ろや・・・」

 

 赤鬼は動じて居ないのか、クリムパスを掴んで武器庫から出ていく。

 

 すぐ近くのガラスのある廊下から、辺りを見渡せば特に異変は無いように見えた。

 

 朱に染まった夕焼けの空はもうすぐ青と黒の、夜の時間へと刺し迫ろうとしている。ただそれだけの光景なら綺麗だと思えたが、空には無数の黒い点がいくつも重なって見えた。

 

 「点・・・いや、あれは・・・!」

 

 よく眼を凝らして見つめると、それらが人の形をしているのが解る。そしてその背中には羽根の武装を取り付けたコンキリエ魔王軍の武装兵士、騎空兵。

 

 「な、何故魔王軍が・・・!?」

 「狼狽えてもしょうがねぇだろ。どら、シシリーのとこに行こうぜ」

 

 クリムパスは動揺していたが、赤鬼はすぐにこの魔王軍の目的が解った。

 

 それはヘルブラッククロスが得意としているあの戦術、奇襲というありきたりながら、人数を活かした複数箇所の妨害や進行を目的とした襲撃。

 

 そして目的が無いのならば、こんな大規模な攻撃は行わない。何故なら目的の無い襲撃には兵器や攻撃のリソースを裂かない事を、赤鬼は知っているからだ。

 

 「と、すればだ。王様の首ぃ、狙ってるんじゃねぇかね?」

 「なるほど・・・あいわかった!ジェノベ!」

 

 クリムパスが赤鬼の説明を聴いて納得すると、帝国の王であるシシリーを守るために、魔女ジェノベへと通信水晶で連絡を取る。

 

 溜まっている魔力が水の様に入っており、それが中に入っていれば入っている分だけ、同じ色の水晶と連絡が取れる優れものらしいが、赤鬼はこれをスマホに似ていると思っている。

 

 『無事でしたか、クリムパス。それに勇者様も』

 

 水晶には相手の顔も映る様で、ジェノべが銀色の髪を揺らしながら赤鬼とクリムパスを見やる。その表情は急な襲撃によるのか、焦りが見て取れた。

 

 『こちらは今、帝国の精鋭と大臣達で、円卓会議場に─避─しているわ。クリ─パ』

 「何!?なんだ、ジェノベ!ジェノベ!」

 

 通信状況が悪いのか、声があまり聞き取れなくなってくる。

 

 まだ城下町に被害は無いのか、この城の敷地内に魔王軍が降り立ってきた様だった。

 

 「シシリー王が危ないかもしれない!」

 

 クリムパスが走り出そうとして、それを赤鬼と、武器庫から出てきたミートソーが止める。

 

 「まてまてクリムパス!これもってけ」

 

 ミートソーが手渡したのは、飲むだけで傷や疲労をある程度消してくれる、一般的な回復液の入った小瓶。

 

 それを赤鬼にも握らせて、ミートソーは再び武器庫に戻る。

 

 「ここで籠城するからよ!王を頼むぜ、クリムパス!勇者さん!」

 「無論だ!」

 「へいへい、勇者ね。いいけどよ、この武器に恥じない働きをするぜ、大将!無事でいろよ!」

 

 再度響く爆発の轟音に、クリムパスが魔法を詠唱していく。

 

 「マジカルマジックス・ソーエンズ」

 

 城内の道を脳内に映し、そこから最短で王の居る場所までをナビしてくれる魔法と、素早く移動する為の魔法、この二種類を使い、クリムパスはすぐにその場から移動してしまう。

 

 「王よ!!今すぐに!」

 

 帝国の中でも序列1という騎士の氏使命からか、赤鬼を置いて見えないぐらい早く移動してしまった。

 

 「俺っちもはやく追いつくか・・・あれ、そういえば道わかんねぇぞ・・・おい、ナシゴレン・・・居ねぇ」

 

 赤鬼もシシリー王の所に行きたいが、クリムパスは先に行ってしまい、ミートソーは武器庫籠城の為、内側に立てこもっている。

 

 そして赤鬼は一人で廊下に立っている。

 

 「・・・チッ、しゃーねぇな。最悪ぶっ壊して進むか・・・」

 

 赤鬼は迷子になる覚悟を持って、最悪この城を破壊する事も視野にいれてクリムパスを追いかけるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 吊橋を超えた帝国の城へと襲撃に来た、魔王軍の襲来により円卓会議場は混乱に陥っている。

 

 「城下町は大丈夫なのか!?」

 

 シシリーの叫びに魔女ジェノベは、すぐに地水火風の司祭たちに偵察に向かわせる。

 

 「直接この城に乗り込んできた可能性は高いですね。王女と王、それに大臣たちはここに居てください」

 

 魔女の魔法で窓を銀そのものに変えて、扉も魔法陣による結界で封印する。外側からは開けられないように、より強力な魔法で、敵の進行を防ごうと言う作戦。

 

 「警備兵や訓練兵はまだ来ないのか?」

 

 普通ならば城を巡回する警備兵がこの騒ぎに乗じて、シシリー王の下に来ていないと行けないはずなのだが、ほとんどの兵士がここに来ていない。

 

 王の護衛兵達が魔法や、武器の準備を整えてこの円卓会議場を守りに入る。

 

 「今すぐ軍事室にいる兵士達に連絡を取ります」

 

 ジェノベが連絡水晶を取り出し、帝国城の兵士達が集まる軍事室へとその番号を飛ばしていく。

 

 『あろーあろー聞こえる?』

 

 軍事室への連絡は程なくして繋がった。だが、出てきた声は兵士とkなお声ではなく、とてつもなくふざけた声音の男性が、ジェノベの耳に入ってきた。

 

 「・・・貴様は何者だ」

 『おれたちは魔王様直属の親衛隊ボーンゴーレ直系・突撃将軍ナポリタ様の忠実な部下・・・マカロと申します。よろしくどうぞオウイエ』

 

 マカロと名乗った男の後ろでは、兵士達の声は聞こえない。変わりに聞こえてくるのは、まるで水を啜り、肉が千切れる様な音。

 

 「貴様はそこで何をしているのだ・・・」

 

 ジェノベは苛立ちと不安を抱えて、マカロを問いただす。マカロの声を聴いていたシシリーは、何かを察して悲しみの色を孕んだ瞳と、眉間にしわを寄せている。

 

 『グールって知ってる?人・・・ってか命をもぐもぐ食べちゃうあいつら。おれの部下なんだけどさ、少し早めの夕飯を食べさせてやってるんだよ』

 

 良く耳をすませば、ぐちゃぐちゃと肉を混ぜる様な音と、べちゃべちゃとみずみずしい音が鳴り、思わず耳を離したくなる不快な音がなっていた。

 

 マカロはグールと呼ばれる兵士変わりを使い、このオレキエッテ帝国の兵士を喰わせていたのだ。

 

 それを確信したシシリーは奥歯を噛み締めて、剣を引き抜かんばかりの怒りを宿していた。

 

 『今からぶっ殺しに行くからよ・・・王女とメイドと魔女は服脱いで命乞いの準備、しときなよ。オウサマは用無いから、すぐに兵士達の所に送ってやるよ。それともあれだ、ご自慢の勇者様とやらに頼ってみなよ、クソザコ帝国!!!』

 「よく回る舌だな。死ぬのは貴様の方だ。国も王も侮辱するとは、よほど死にたがりなのだな」

 

 マカロの挑発に、魔女ジェノベが何も見せない様な声音で淡々としゃべる。こんな安い挑発に乗るほど短期な性格ではないし、しかし王と国を侮辱した事は命を持って償ってもらおう。

 

 『ゲヒヒヒ。気の強い女は好きだぜ〜・・・全裸にひんむいて、帝国領歩かせてやろうか!おれの第209番目の女にしてやるよ』

 「好きに言っていろ。貴様の命日は今日である事が確定したぞ」

 

 そもそも魔女は屈強な男の方が好みだ。こんな卑劣な事を平気でする様な男は苦手だし、好みにも入らない。

 

 言って通信水晶を破壊すると、ジェノベは王に向き直る。

 

 「魔女ジェノベよっ!あいつらは我が帝国の民を、喰らっていたな!この城に入り込んできた帝国を侮辱した者共を、1人残らず殲滅せよ!」

 

 王の怒号に、魔女ジェノベは頭を垂れて美しい銀髪を揺らしながら、その命令を聞き入れる。

 

 ひとまずはこの部屋の防衛は、護衛兵士と自らの魔法による封印で大丈夫であろう。

 

 「敵はすべてこの魔女・ジェノべが殲滅してまいりましょう。国の仇だ・・・!」

 「・・・頼んだぞ、ジェノベ!」

 

 静かな怒りを秘めて魔女が動き出す。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 帝国の城内にて、訓練場では魔王騎空兵との交戦、警備兵も突撃兵との交戦、そして軍事室は制圧され、マカロ率いる屍鬼兵隊が城内を襲いかかってくる。

 

 「いつかあいつらもグールに引き込むとして、まずはこの国の魔女だよなぁ〜」

 

 口を開けば、涎の糸が上下の歯からネバァっと動く。

 

 派手な白いスーツに、両手には黄金の指輪をすべての指につけて、蛇柄の革靴を履いた、下品な男。その印象が大きく見える。

 

 マカロは屍の魔法を得意とする、魔王軍の兵士の一人。

 

 親衛隊の部下として働き、真の世界創造を目指す魔王アマトリに絶対の忠誠を誓う、優秀な男なのだが、女が大好物すぎていつも女を自分の道具みたく扱う。

 

 使えなくなればグール達の餌にすればいい。

 

 「魔女様はきっと良い声で泣くのだろうな〜?」

 

 マカロが下卑た笑いを上げながら、逃げ遅れた警備兵を一人、逃げ遅れたメイドをまた一人喰らわせてはグールの仲間入りにさせる。

 

 「はぁ〜最高に気持ちいいぜ」

 

 城内に居る兵士達は、こちらに立ち向かう者もいれば、恐れて逃げ出す者も居る。その両方を、グールの耐久のモノを言わせたゴリ押しで必ず屍鬼へと種族を変えさせてやる事に快感を覚えている。

 

 「んお?」

 

 歩くマカロ達の目の前に立つのは、見慣れない大男。赤い肌をしており、雄々しい一本角が頭に生えた謎の存在。

 

 間違いなく帝国にこんなやつは居なかった筈だと、マカロは頭の中で考える。

 

 もしかしたらこいつが例の勇者なのかもしれない。

 

 「なんだぁ、テメぇら」

 

 赤鬼が気づいたそのグール達の群れを従える男へと、睨みを効かせて声をかける。

 

 オリハル金砕棒を背中に携えた赤鬼は、グールの群れの中に帝国のメイドや兵士が居る事に気づき、一気に警戒と敵意の視線を出して、半歩後ろに離れる。

 

 「オーガ族?にしては身体がデカイな・・・もっとずんぐりむっくりしている様な気がするが、お前さんは何者だい?」

 

 マカロが余裕な態度で赤鬼へと質問すると、中指と親指を重ねておく。

 

 「俺っちか?俺っちはヘヴンホワイティネスの赤鬼じゃ。この世界じゃなんでか勇者とか呼ばれてるけどよ・・・」

 

 自分が勇者だと言う事を簡単に話してくれた。魔王軍が探し、必ず撃破する帝国が召喚した勇者。

 

 こんな所で会えるとは思っていなかった。マカロが指を鳴らすと、グールの群れが赤鬼へと突撃していく。

 

 「勇者の屍鬼(グール)なんてとても貴重だ!そいつを喰らえ!」

 

 マカロの指示でグールの群れが、狭い廊下に一気に溢れ出しては赤鬼へとその手を殺到させる。

 

 「なんだか知らんが・・・テメェは、帝国の兵士やメイドに何してんだ?」

 「しれた事だろう?おれ達のグール兵にしたのさ!」

 「・・・そうかよ」

 

 マカロの叫びにははっきりと敵意を感じ取り、そしてなにより赤鬼が尊敬するギンジの兄貴が一番嫌いなタイプだとも感じた。

 

 こいつは自分の目的のためならば、心を平気で踏みにじり、かつ誰であれ簡単に命を奪おうとする者。

 

 つまり悪。悪が相手なら正義のヒーローの出番だ。

 

 グールの群れが赤鬼を取り囲みながら、包み込んでいく。

 

 「そうら、勇者のグール!いっちょあがりっ!」

 

 マカロが下卑た笑みを浮かべながら、勝利を確信する。

 

 しかし。

 

 「グルオオオオ!!」

 

 オリハル金砕棒を振り回し、グールのドーム状の集まりにはオリハル金砕棒のひとふりで纏めて粉砕して来た。

 

 「・・・はっ?」

 

 マカロには目の前で起きた事が理解出来なかった。自慢のグールは耐久力に優れ、わざわざ力が増す夜に差し掛かる時間での襲撃を選んだのに、この勇者は一撃でまとめて10体は撃退したのだろうか。

 

 更にマカロの背後に並ぶグール達の一体が、胸から上を爆発させてその身体を四散させていく。

 

 ボンッボンッという肉体が弾け飛ぶ音と、血しぶきが舞い、肉片や骨片が無数に散る。

 

 「なんっ・・・!?」

 「テメェを狙ったのに、まだ上手く行かねぇな・・・!」

 

 赤鬼がオリハル金砕棒を振り回して、打ち出したのは空気。その空気を使い、マカロのグールを爆発させた。

 

 「この悪党がぁぁ・・・!」

 

 血の雨の中で両目を赤く輝かせ、オリハル金砕棒を担ぎあげて赤鬼は、マカロへと一気に接近する。

 

 「・・・ッ何をしている!あいつを倒せ!無理でも押し止めろ!」

 

 グールでは止められないと、本能で理解してしまったが、マカロは自分の身を守るために、この場のすべてをグール達に任せたいと思ってしまった。

 

 (なんなんだ!勇者ってあんなに強いのか??逃げねば、ナポリタ様にご報告を!!)

 「を゛っ!?」

 

 逃げようとしたマカロの前にはグールの身体が飛んできて居た。

 

 血を吹き出しながら身体をひしゃげた死体が、マカロの前に飛んできて真後ろには勇者の気配。

 

 「よう・・・逃げんなよお兄ちゃん」

 「ま、待て!取引をしよう!おれを助けてくれたら、絶世の美女に合わせてやる!なんだったら好きにしても構わない!」

 

 絶世の美女。その言葉は非常に魅力的ではあるが、赤鬼には通用しなかった。

 

 「俺っちには心に決めた人が居るからよ・・・!」

 「な、待て!そうしたら、金だ!金ならいかがかな!」

 「金か〜・・・使い道わかんねぇから別にいらねぇや」

 

 もう交渉の余地は無いとして、マカロはさっきまでの威勢を完璧に無くして、赤鬼に命乞いをしている。

 

 「おや・・・勇者様」

 

 戦闘音を聞きつけてやってきたのは、この帝国の魔女ジェノベ。

 

 帝国城の石の廊下でのこの戦いの有様を見て、ジェノベは感激している。

 

 魔王軍の襲撃に動じず、かつこの先程の通信相手を一方的に追い詰める姿に、微笑を浮かべている。

 

 「驚きましたよ勇者様。まさかもうすでにこのゲス野郎を倒しているとは・・・ふふふ」

 「魔女さんよ、他にも襲撃受けているみたいなんだが、こいつは任せてもいいか?俺っちは他の所も行ってみてぇもんで」

 「ええ、お任せください。ところでクリムパスは?」

 

 赤鬼がマカロの両腕を折ると、痛みに悶絶するマカロを魔女に投げ渡す。そのまま赤鬼はオリハル金砕棒を背中に担ぎ直して、ジェノベに向き直る。

 

 「クリントンのやつは俺っちを置いてオウサマの所行ったぜ。会わなかったのかい?」

 「・・・こっちには来なかったが・・・」

 「ああ、あの序列1の騎士様は・・・我らがナポリタ様が・・・すでに見つけて襲撃してるぜ・・・」

 

 赤鬼とジェノベの話す内容には、マカロが口出しをして、彼の腹部には魔女のヒールが深くめり込む。

 

 「黙れゲスめ。勇者様、クリムパスの事をお願いしても?」

 「任せとけや・・・って言ってもどこに居るかは分からんのだが」

 

 そんな話しをする2人がの真横にあるすぐ近くの窓の向こうから、再び爆発が起こる。

 

 「おのれ魔王軍・・・っ!」

 

 ジェノベは憤りに憤慨する表情で、折れたマカロの腕に力を込める。

 

 爆発の地点では、炎が巻き上がる。雷も同時に巻き上がり、更には夜にふさわしい月の光にも見て取れる力が渦を巻いている。

 

 「・・・!」

 

 赤鬼の眼が大きく開かれる。

 

 こんな唐突な魔王軍の襲撃において、道も場所も把握出来ていない赤鬼に取って最強の援軍。

 

 死後の世界にまで自分のために助けに来てくれたのかと、赤鬼は窓を突き破って行く。

 

 「勇者殿!?」

 

 ジェノベが様子のおかしい赤鬼へと手を伸ばすが、その手は届かない。

 

 「うおおおおお!!!!」

 

 けたたましく叫ぶ赤鬼は、思い切りその爆発の地点まで突き進む。

 

 「痛てて・・・サクラのやつ、変な所で落としやがって・・・」

 「うおおおおお!うおおおっ!兄貴ぃぃぃぃ!!!」

 

 グールの血液を浴びた赤鬼が、その爆発の中心に居た男・・・ギンジへと駆け込んで来ており、ギンジがそれに気づくとただの血まみれの化け物にしか見えなかった。

 

 「うわーーーーー!!!」

 「兄貴!どうして逃げるんですか!兄貴!兄貴ーーー!」

 

 どうみても今の赤鬼はただの化け物であったが、ギンジはわけがわからないため、逃げの一手に全フリしていた。

 

 それを赤鬼は感動の再開をしたいがために追いかける。

 

 「・・・勇者様が追いかけるアレも魔王軍の手先か?」

 

 ジェノベが窓から赤鬼の追いかけるあの男を見下ろすが、今はこおこでジッとしているわけにもいかず、マカロを連れて城内へ侵入してきた魔王軍の兵士を蹴散らしながら、防衛に入るのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 王の危機にすぐにお守りするためには、即座に行動しなければならない。 

 

 この帝国の魔法使いとして働く者であれば、それは当然の事であり一人ひとりの騎士や魔法使いの使命として義務付けられる。

 

 もちろん帝国の序列1として讃えられるクリムパスも同じ事だ。

 

 騎士として、王のすべてを守る者として、絶対なのである。

 

 しかしながらクリムパスも私情が出てしまう程の、苦い思い出もある。元・オレキエッテ帝国の王の最大護衛兵・ナポリタ。

 

 彼は剣の腕も魔法の腕も軍事作戦力もすべてが、クリムパスよりも上であり、憧れの存在でもあった。

 

 誰もが憧れ、尊敬した強き者であり、次期帝王になれるとも噂されるぐらいには高貴な人物であった。

 

 魔法歴の10年前、つまり7890年。

 

 彼は突如として裏切った・・・。魔法の霊石を手にしたいがために、たったそれだけのことで、裏切ったのだ。この国を、王を、信頼を。

 

 そして10年前にクリムパスを打ち破ったあの時から、否、この帝国に騎士として就任したその時からすでに魔王の手先である事を教えてくれた。

 

 それ故に帝国の襲撃や、遠征任務、帝国領での事件にはほぼ必ずナポリタがそこには居た。

 

 クリムパスが任務として行く先々に、この突撃将軍ナポリタが立っている。自分を見下すように、自分を殺すチャンスを伺う様に。

 

 「・・・ナポリタ、来てやったぞ」

 

 クリムパスが鈍色の鎧を戦禍の炎に輝かせて、城壁の内側に笑みを浮かべて立つ男・・・ナポリタの前まで来たのだ。

 

 大きく開けた通路の真ん中、連絡通路としても扱われている城壁の中で、クリムパスとナポリタが対峙する。

 

 呼ばれて来たわけではなく、王の下へ向かう道すがら彼を見つけた。

 

 今度こそ決着をつけるために。王の意思を傷つけたこいつを黙らせるために。

 

 「くっくっくっ・・・お前から来てくれるとはな。今度こそ死なせてやろう!クリムパス!」

 

 ナポリタが叫ぶと魔法の詠唱が始まる。

 

 魔法陣だけが浮かび上がるその魔法攻撃の色は鈍。

 

 無詠唱で魔法を発動する事が出来るのは、このナポリタの得意中の得意技。

 

 「死突(アルデンテ)!」

 

 ナポリタの突剣から繰り出された強力な突き攻撃は、空気を裂き、遠くの石壁にきれいな穴をあける。

 

 間違いなくクリムパスを殺すための大技に、敗けじとクリムパスも魔法の詠唱を行う。

 

 「ソーズマジカル・マジックソーエンズ!」

 

 クリムパスの得意とする魔法は、剣の魔法。魔力で形成された大小形状様々な剣を発射する魔法攻撃が、クリムパスの得意技。

 

 「シルバーアッシュ・ソーズ!」

 

 クリムパスの魔法攻撃がナポリタめがけて飛んでくるが、ナポリタは余裕の笑みを浮かべている。

 

 「これで攻撃が出来ると思っているのかね?・・・まだ我が魔法が発動されてもいないぞ!」

 「!?」

 

 言うとナポリタが先程の魔法陣を発動する。現れたのは剣。

 

 クリムパスよりも強力だと言うのがひと目でわかる禍々しい瞳の取り付けられた剣の召喚によって、それらがクリムパスの魔法攻撃シルバーアッシュ・ソーズを破壊していく。

 

 「バカなっ!」

 「バカも愚かも貴様だ!死ね!」

 

 再びナポリタの攻撃が突きこまれ、クリムパスは身体を石壁に叩きつけられる。

 

 「ぐあっ」

 「終わりだ・・・今までさんざん手こずらせてくれたな・・・!」

 

 ナポリタの凶刃が迫り、それでもクリムパスは諦めていない。

 

 こんな悪の志を持ったやつ、正義の志を持っている自分が敗けて良いはずがない。

 

 「まだだっ!!!」

 

 剣と剣がぶつかり、クリムパスとナポリタはお互いに火花を散らす。

 

 決着をつけるために、今日まで帝国の騎士として研鑽したこの力を、出し惜しみせずにクリムパスは立ち向かう。

 

 「ふはは!その負けん気も、今度こそ潰してくれる!泣いて謝らせてやろう!」

 「ほざくな裏切り者め!お前だけは私の手で・・・!」

 

 剣と剣、魔法と魔法がぶつかる激しい戦いが始まっていくのであった・・・。

 

 

続く

 

 

 

 

 




お疲れ様です。

今回のお話ではまさかの不在宣言を言い渡されたギンジが出てきました。この後の話しの流れ的にギンジだけは必要と思い主人公召喚!

次回はクリムパスvsナポリタからの、赤鬼加勢!

キャラネタ書きます

赤鬼
勇者として手に入れた新しい武器は、オリハル金砕棒。八角で重く硬い。空気を撃ち出す能力も健在。

クリムパス
相変わらず名前を間違われる。ナポリタと対峙した。

ミートソー
オレキエッテ帝国の兵士達の武器を作っている鍛冶職人。
赤鬼と意気投合。
名前の由来はミートソース

ペンネー
台車で突撃するメイドさん。

マカロ
屍鬼の魔法を操る威勢の良い悪趣味な男。
赤鬼にボコられかけたときに、抵抗できないように腕を折られた。魔女を自分の女にしたいが、それは叶わなさそう。
名前の由来はマカロニから。

ジェノベ
魔女。屈強な男の方が好み。

オーク怪人
「しばらく私の出番はなさそうだな」

触手の怪人
「あっしの出番もしばらくなさそうっすわー」

さて次回はvsナポリタ戦!赤鬼も活躍するよ!
ギンジも活躍・・・するかな?

とにかく頑張って次回も投稿します!仕事に負けずに頑張ります!
それでは、また次回!


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54・vs突撃将軍

こんにちはアトラクションです
 
休日だったので筆がノリノリのノリな気分で書き上げました。

魔法界編もこの話で約半分。もしかしたら増えるかもしれないけど、半分。

それではどうぞ!


 光輝くトンネル。様々な光がいたる所から差し込み、ギンジ達を連れて行くサクラが上を見上げる。

 

 正確にはこのトンネルに上と下、左右と呼ぶ概念は無いのだが、とにかく向いている方向から上を見上げた。

 

 「ねぇサクラ、魔法界っていうのは、あとどれぐらいで到着するのかしら?」

 

 いくら歩き続けてもその目的にたどり着かない事で、カエデがサクラにたずねてみる。

 

 「うーん、実はもう付いているんだけどね、どこにも門が見当たらないんだよね」

 「え・・・それじゃあ僕達はこのまま歩き続けるの?」

 

 ケイタが一気に不安で顔を青ざめさせる。

 

 「そんな事は無いよ。心配しないで、無理やり開くから」

 「無理やり、開けられるの?」

 

 レンも実は魔法と呼ぶモノには興味津々であった。

 

 「なんでもいいけど、さっさと開けちまえばいいんじゃねーか?」

 

 ギンジはと言うと退屈そうに伸びをしながら、サクラ達に言うと、サクラもそれでいいかと顔を明るくさせる。

 

 「無理やり開けたら何かデメリットもあるんじゃないか?」

 

 ミドリコは拳銃の残弾数を確認しながら言うと、サクラは杖をぐるぐると回し始める。

 

 「んーん。そんな事無いよ!無理やり開けても私の腕なら皆無事に魔法界に到着出来るよ。多分帝国領に降りれると思うけど。あ、ギンジくんだけはどこか適当な所に落とされるかもだけど」

 「なんで俺だけ!?」

 

 あまりにも理不尽だ。

 

 「多分ギンジくんだけは重くて、途中で落としちゃうかも・・・ごめんね」

 「はぁーーー!?」

 

 この宇宙みたいな光景が続く空間で、ギンジの叫びがこだまする。

 

 「まぁギンジは重そうね」

 「確かに。恋愛面でも、ギンジは重そう」

 「た、体重の事だと思うけど・・・」

 「そういうわけだ、ギンジは離脱だな!」

 「人の気も知らねーで好き放題言いやがって!あと恋愛面は重くねーぞ!」

 

 いつもヘヴンホワイティネスの会話はこうなのだろうか。そうだとしたらとても面白くてとても楽しそうだ。サクラは後ろで騒ぎ始めるギンジ達を面白そうに眺める。

 

 しかし魔法界に時間が無いのも事実だ。

 

 あまり悠長に出来ないからこそ、サクラは強硬手段に打って出る。

 

 「よーしそれじゃあ皆行くよ!!マジカルマジカル!!」

 

 サクラの魔法でカエデ、レン、ミドリコ、ケイタ、ギンジが浮かび上がる。

 

 その内ギンジだけは身体が浮かび上がらず、サクラの切り出した魔法の門の光に先に飲まれて行く。

 

 「変な所に落ちたらごめんだけど、オレキエッテ帝国ってとこに向かって!日本語は通じるから!ごめんねギンジくん!」

 「わかったぜ!後で合流するぞー!」

 

 言うとサクラ達も門に飛び込んでいく。否、吸われていく。

 

 光に飲まれて行き、次第に草原や岩山、走る馬とか度固化市では絶対に見ない様な奇妙なモンスターの数々。おおよそゲームや本でしか見ないような存在が居る事で、ケイタは興奮が抑えられない。

 

 「・・・あ」

 

 カエデ達を魔法で運ぶサクラが、何かこわばった面持ちで声を出す。

 

 「今、『あ』って言わなかった?」

 

 カエデが不安そうな表情になりながら、サクラの顔を覗く。

 

 その表情は青ざめてかたかた震えている。

 

 「ごめん・・・道間違えちゃった・・・」

 「ええーーー!?」

 

 カエデの不安そうな表情は、不安そのものに変わってしまった。

 

 だとすれば一人で放り込まれたギンジの不安はいかほどか。

 

 例えるなら海外に無一文で放り込まれるのと同じだ。カエデは一気にギンジが可愛そうに思えてくる。

 

 「私達の方が帝国領に遠い所に出ちゃったよ、どーしよーカエデ」

 「どうしようじゃないわよ!あんたの産まれた場所でしょ!」

 「ギンジが危ない。どうしよう、ケイタ」

 「僕もわかんないよー!どうしようミドリコ!」

 「私に聴かれても困るぞ!」

 

 一気に緊張感が走り出し、ヘヴンホワイティネスと魔法少女は夜のこの世界にへと来てしまった。

 

 とにかくサクラの魔法で帝国領と言う所に行かねばならない。

 

 「急いでかっ飛ばすから、皆振り落とされないでね!」

 

 サクラが魔法でその場にいる全員を持ち上げると、一気に帝国領へと全員で飛んで行く。

 

 「ここからどのぐらいの時間がかかるの?」

 

 カエデの質問にサクラはかなりばつが悪そうな顔をしている。

 

 「そうだね・・・一時間ぐらいかな・・・ほんとごめん」

 「いいわこれぐらい。そんなことよりもギンジが可愛そうだわ」

 「もしギンジくんが帝国に付いていなかったら、私が探すから!行くよ〜!マジカルマジカル・・・!」

 

 サクラが魔法を唱えたと思った次の瞬間には、ジェット噴射の様に動き出し、全員にGがかかるが、明らかな高速度は移動していると解る。そして疾く空を移動していると言うのも理解出来る。

 

 「うわぁ・・・」

 

 ケイタが驚きと感動、ソレ以外にも色々あるが感動する。

 

 普通に生活していれば、こんな世界に飛ぶ事なんてありえないし、非現実的な世界と光景には驚かないのが難しいだろう。

 

 「本当に来たんだ・・・魔法界・・・!」

 

 とにかくありえない事の毎日に、角倉ケイタはこの世界で戦う力を身に着けたい、そう心から思うのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「兄貴!兄貴!俺っちですよ!赤鬼です!」

 「来るな!そんな血まみれの赤鬼なんて・・・え、赤鬼?」

 

 帝国の兵士も魔王軍の兵士も両方ぶっ飛ばしながら逃げるギンジに、赤鬼も同じく両軍の兵士をぶっ飛ばしながら追いかけていた。

 

 「ふざけんな赤鬼は死んでるし、あとなんと言うかそんな血まみれではないだろ!」

 「これには深いわけがありやして!」

 

 一応サクラから赤鬼が居るという話しを聴いていたが、変な場所に落とされ、しかも周りは交戦中。そして赤鬼は何故か血まみれ。

 

 「まさか兄貴までこんな死後の世界に来ちまうとは・・・はっ、そうだミドリコの姐さんは!?あの後無事に助けたんでしょうね?」

 

 オリハル金砕棒を地面に突き刺してギンジに訪ねた。そうであって欲しいという想いを込めて。

 

 「あ、ああ。一応あの後ちゃんと助けられたけどよ。あ、そうだ、ミドリコも来てるぜ。ここに来る前にはぐれたけど」

 「本当ですかい!いやっほーー!ミドリコの姐さんにまた会えるぜ!!!」

  

 意気揚々と高らかに叫び、2人に迫る魔王軍の兵士達を赤鬼が叩き飛ばす。

 

 「あれ、お前金棒・・・」

 「ああ、これですかい?この死後の世界で貰った俺っちの武器ですぜ!素晴らしいでしょう?」

 「いや、これあるんだけど・・・」

 

 自慢げに見せびらかす赤鬼に、赤鬼の形見として預かっていた、金棒を見せる。

 

 ギンジのは六角の棘付きだが、赤鬼が持っていた時は八角のオプション無しの形状であった。

 

 今も大切に持ってくれて居たことで赤鬼はさらに気を良くする。

 

 「そいつぁ兄貴が持っていてくださいな。いつか兄貴が手放す時が来たら、伝説の武器として語り継がれやすぜ」

 

 再び飛んでくる魔王軍の兵士を今度はギンジがぶっ飛ばす。

 

 「そうかよ!じゃあありがたく!」

 

 金棒を振り上げる。

 

 「使わせて!」

 

 金棒に力を込めて思い切り振り下ろす。

 

 「貰うぜ!」

 

 魔王軍の兵士の頭を思い切り叩き、そのまま地面まで金棒が振り下ろされると、地面に無数のヒビを作り出し、敵味方もろともまとめて隆起しいた地面でどんどん叩いていく。

 

 「兄貴、蒼い服を着てるのは味方ですぜ。あっちの黒いのを倒してくだせぇ!ヌハハ!」

 「お、そうなのか。いやー悪いことしたぜ。ミヤコの事でイライラしてたからな」

 「積もる話はありやすが、ひとまずイライラ発散に付き合いますよ、兄貴!」

 

 ギンジが右手に金棒を構え、赤鬼も左手にオリハル金砕棒を担ぎ上げる。

 

 「敵が黒ってのもちょうどいいぜ。ヘヴンホワイティネス」

 「出撃!ですね、兄貴!」

 

 何がなんだかわからないと言った魔王軍と帝国兵士達だが、こんな兵隊ぐらいならギンジだけでも軽く一ひねり。更にそこへ赤鬼の連携。

 

 パワー+パワーのコンビに、外側からの襲撃を任された魔王軍はまたたく間に塵芥と化していく。

 

 「え、英霊様だ!勇者様が召喚なされた英霊様だ!!!」

 

 襲撃に悪戦苦闘していた兵士達も勢いつき、この魔王軍の襲撃に勝利が見えてきた。あとは城内を・・・と思ったが、ジェノベがすべて倒して回っている様で、ほとんど心配はいらない様に見えた。

 

 「どんどん暴れてやりましょうぜ!」

 「行くぞオラァ!」

 

 金棒コンビの大暴れは勢いが止まらず、かつかなりの相性の高さに、圧倒的人数不利をものともしていない。

 

 まさしく怪人と呼ぶにふさわしいこのコンビは、後に魔法界の歴史に残るのだが、そんな事すら霞んでしまうぐらいの大暴れによって、魔王軍の襲撃はほぼ失敗に終わるのであった。

 

 「このままどんどん進めぇ!!」

 

 金棒だけに飽き足らず、ギンジは炎と雷も発動して、どんどん敵を倒すのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 度重なる剣の魔法、そして自分を上回る剣の腕。

 

 いくら研鑽を積んでも適わないと思ってしまう、達人の領域にクリムパスは涙を流したい気分だった。

 

 鈍色の鎧は傷つき、ところどころ破壊され、鍛えられた素肌は痣が出来る程殴られ、蹴られ、それでも諦めずに剣を取れば、魔法で追い打ちをかけられる。

 

 ナポリタとの戦闘はほぼ一方的に追い込まれていた。

 

 「もう邪魔者は居ないな。ここで、今度こそ殺してやるぞ、クリムパス!!」

 「くっ・・・」

 

 死んでなるものか。諦めれば、そこから魔王の支配という地獄が広がっていくのだから、死ぬのも諦めるのも無しだ。

 

 まだ腕も動く、脚も上がる、身体だって悲鳴を上げているだけ。

 

 まだ諦める理由なんて、何一つないのだ。

 

 「・・・我が名は、クリムパス!」

 

 クリムパスが剣をもちあげて、余裕綽々なナポリタへと向けて声を出す。

 

 「オレキエッテ帝国の秩序を守り、世の平和を築き上げる、帝国最強の騎士なり!!」

 「・・・その名乗り向上も懐かしいな。だが、もう今となってはただの戯言だ・・・死ねクリムパス!」

 

 最後。首を撥ねて倒すしか無い。クリムパスの覚悟を乗せた剣は、持ち主である彼女の声と魔法により淡い輝きをともし、ナポリタへと差し迫る。

 

 『覚悟!!』

 

 幅広のブロードソードによる横一閃と、細くしなやかなレイピアによる直線一閃。

 

 2人の騎士が互いをすり抜けるように、剣の交差が始まる。

 

 一瞬の光の後、クリムパスの背後にナポリタが立ち、ナポリタの背後にはクリムパスが立つ。

 

 ナポリタの革命の服は一切の汚れと切り傷を見せず、クリムパスの鎧は止め金と胸当て部分を破壊され、インナーのみとなり、さらに自慢の剣も完璧に破壊された。

 

 「黙って女らしく生きていればいいモノを・・・」

 

 膝をついてしまったクリムパスのうなじに突剣を構え、突き立てようとする。これで長い因縁に決着をつけるのだ。

 

 「騎士として・・・お前に殺されるわけにはいかん・・・」

 

 痛む身体を震わせて立ち上がり、クリムパスはナポリタの前に立ちはだかる。

 

 腕を広げて、強く睨む。

 

 もう剣も壊され、魔法でも勝ち目はないのに、それでも諦めないクリムパスの表情が壊れないのが非常に腹立つ。

 

 「お前じゃ勝てないとは解ったはずだ!」

 

 突剣を乱暴にあやつり、クリムパスのきれいな身体を傷つけていく。肉を裂き、肌を擦り、しかしクリムパスは倒れない。

 

 「・・・お前たち魔王軍みたいに・・・卑劣な事でしか生きていない、お前らと、我らの国は違う」

 「ほざけ!この世界は力がすべてだ!どんな存在も、自らを上回る力が正義だ!それを受け継ぎ、魔王様を神とするのが我らの役目だ!」

 「違う!!」

 

 受け継ぐのは確かにそのとおりだが、力だけではない。

 

 この世界の騎士が真に受け継ぐのは・・・。

 

 「誇り高き忠義の魂だ!お前はそんな事も忘れたのか!」

 

 クリムパスの不意打ちの頭突きにナポリタの顔が上がる。

 

 「貴様・・・!死突(アルデンテ)!」

 

 ナポリタの必殺技が、クリムパスに命中する。うまいこと腕の防具で防がれたが、最早関係ない威力に帝国序列1の騎士は吹き飛ばされる。

 

 「おっと・・・手酷くやられましたね、クリムパス」

 

 浮いたクリムパスを、駆けつけたジェノベの魔法によってキャッチされる。

 

 「・・・済まない・・・すまない・・・」

 「・・・」

 

 仲間がやられた事と、王よりも自分の意思を優先して戦いに挑んだクリムパスに、ジェノベはそこからは何も言わない。

 

 「大丈夫ですよ。後のことは、勇者様と英霊様がなんとかしてくれますから。貴女の責任意識も、ちゃんと理解しています」

 

 ジェノベは優しく言うと、クリムパスはジェノベの後ろから現れた2人の影に、眼を開く。

 

 一人は赤い肌の雄々しい一本角、勇者赤鬼。

 

 対するもう一人は特徴的な髪型に、勇者と同じく金棒をかつぎ上げた男。

 

 「女に手をあげるなんてな・・・どうするよ赤鬼」

 「へい。こいつは俺っちの仲間・・・っというか、命の恩人なんですわ。兄貴、ここは任せてくれやせんか」

 「・・・必ず勝てよ」

 

 一緒に行動した時間は短くとも、仲間意識で見ていた赤鬼はクリムパスがボロボロになるまで戦っていた事に敬意を評した。

 

 「勇者どのぉ・・・」

 「大丈夫だ。必ず俺っちが落とし前つけてやるからよ・・・」

 

 言うと赤鬼はオリハル金砕棒を打ち下ろす。

 

 「クリムパス(・・・・・)!そこで見てな、俺っちの本気、見せてやるからよ!」

 「・・・!」

 

 初めて名前を呼んでくれた。それがどこか嬉しく、クリムパスは勇者赤鬼の戦いに赴く背中を眺めるのであった。

 

 「手加減すんなよ、赤鬼」

 「どうかクリムパスの無念を・・・」

 「ヘヴンホワイティネスの赤鬼に・・・全部任せてくんな!!」

 

 ギンジとジェノベが赤鬼に託すと、ガッツを見せると言った赤鬼の豪腕が力強く握られると、そのままナポリタの前に立ちはだかる。

 

 「貴様が勇者か・・・なんというかデカイな」

 「漢はでっかくねぇとよ・・・仲間のために、落とし前つけてもらうぜ」

 「・・・勇者とて容赦はせんぞ!」

 

 ナポリタの語気の強い口調は、赤鬼は何も動じて居ない。そんなモノでは、赤鬼がビビることはない。

 

 「死突(アルデンテ)!!」

 

 飛ぶ斬撃にも見える衝撃が、ナポリタの握る突剣から放たれ、赤鬼の脇腹に当たる。

 

 見えないわけではないが、反応が遅れてしまう速度に赤鬼は一歩後ろに下がってしまう。

 

 「驚いたか!これが我が奥義だ!」

 「驚いた、が大した事ねぇな。兄貴が見てるし、負けてられねぇな!」

 

 次は赤鬼がオリハル金砕棒を振り回すと、ボンという音が鳴り、空気が打ち出された。

 

 ナポリタにはそれが見えたのか、身をかがめて避けると、後ろの石壁が大きくえぐれて崩れていく。

 

 「すごい威力だな・・・素直にそれは認めよう、勇者よ」

 「へっ、一発避けただけで偉そうにすんなや!」

 

 もう一度空気を打ち出し、ナポリタを目がけて発射する。

 

 赤鬼の攻撃の威力は人間界で怪人をしていた時よりもあがっており、ギンジから見てもそれは明白になっていた。

 

 「オラオラ避けてばっかりか!」

 「撃ち出すしか能のない勇者だとはがっかりだ!」

 「ほざけぇ!」

 

 ナポリタの安い挑発に乗ってしまい、赤鬼は冷静さを少し失ってしまう。そこを隙とみて、再び突剣が突きこまれる。

 

 「さらに・・・こうだ!」

 

 ナポリタを捕まえようと腕を振るう赤鬼へ、剣の魔法を叩き込む。

 

 無数に現れた剣の雨に、赤鬼は真上から飲み込まれてしまう。

 

 「勇者様!」

 

 ジェノベが心配そうに叫ぶも、ギンジは腕組みをしたまま静観している。その表情は口角があがり、特に心配なんかはしていない。

 

 赤鬼は確かに力もあるし、意外と起点の利く行動を取る事も多いが、彼の強みはそこだけではない。

 

 「見てな・・・ここからが赤鬼の逆転劇の始まりだぜ。あいつは勝つ!」

 

 ギンジはこの場で赤鬼が敗けるとは思っていない。必ず勝てよ、そう伝えたのだから彼が敗ける事は絶対にありえない。

 

 「勇者、哀れだな・・・」

 

 ナポリタがわざとらしくがっかりした様な態度を見せたが、赤鬼はまだ倒れていない。剣の雨を内側から破壊し、雄叫びと共にその姿を表す。

 

 「俺っちはまだまだ倒れる訳にはいかんのじゃ!この死後の世界において、ミドリコの姐さんとお会い出来るんだからなぁ!!」

 

 死後の世界というのは意味がわからないが、現れた赤鬼にナポリタは驚愕する。この魔法攻撃はクリムパスでは耐える事が出来なかったし、なにより破壊等された事の無い攻撃だ。

 

 「その姐さんという女にあわせてやろうか?魔王軍にお前の様な男が欲しいと思っていたところだ」

 「お断りだね。そもそも姐さんの事を見たことねぇだろうが!」

 「では、こうしよう。お前の望む女を、いくらでも作ってやるぞ。ホムンクルスであれば、問題あるまい!」

 

 ナポリタは決して恐れているわけではないが、赤鬼程の実力があればきっと魔王軍の繁栄に役立つと思ってのヘッドハンティングだ。

 

 しかし赤鬼はそれを断っている。

 

 「俺っちはミドリコの姐さん一筋だ!誰かが作る偽物じゃ意味がねぇ!!」

 

 オリハル金砕棒を振り下ろすがナポリタはその大上段攻撃を、横に避ける。

 

 「そうか・・残念だ!」

 

 赤鬼の好みを理解出来なかったナポリタは、そのまま赤鬼のがら空きになった顔へと自慢の必殺技を連続で打ち込む。

 

 「死突(アルデンテ)!!」

 

 その死角からの攻撃は赤鬼を怒らせるのには十分で、ナポリタが優勢に見えた。

 

 「どうした勇者!そのままか!先代勇者よりも弱々しいな!」

 

 煽りにも聞こえる様な嘲笑い方に、ジェノベとクリムパスが憤る。

 

 「勇者殿!負けないでくれ!」

 「貴様の様な男に・・・我らが勇者様を倒せると思っているのか!」

 

 ナポリタの攻撃はひたすら続き、赤鬼はついに膝をついてしまう。

 

 「フハハハハ!女を貰えばこんな事にはならなかったのにな!ミドリコと言ったか!?その女を見つけた暁には、このナポリタが娶ってやろう!」

 

 その言葉を最後に赤鬼は思い切りナポリタの首を掴んだ。

 

 「なんっ・・・!?」

 「テメェごときがミドリコの姐さんを娶るだと・・・」

 

 品性の無い男がミドリコに近づくなんてあってはならない。

 

 それと同時にこのナポリタという男は、どうも命や女を軽視している様にも見えた。

 

 「そ、その眼に・・・打ち込んでやる!!」

 

 首を持ち上げられても、ナポリタは諦めずに赤鬼に突撃する。

 

 「この私が突撃将軍と呼ばれる所以、お見せしよう!死突刃(アルデン・レア)!!」

 

 より強力なナポリタの大技が赤鬼の顔面、特に眼球にめがけて撃たれる。

 

 「穿(つらぬ)け!!」

 

 しかし赤鬼の眼に当たってもその大技は、弾かれるだけに終わった。

 

 「ハァ!?」

 

 攻撃が終わると赤鬼の怒りによる力任せの一撃が、ナポリタの地面に叩きつける。

 

 石の床をへこませて、強い一撃と共にナポリタが飛び上がる。

 

 「かはっ・・・なんだ、ふざけるなよ!」

 「ふざけてんのはお前だろうがぁ!」

 

 離れようとしたナポリタに肉薄する赤鬼。

 

 さらに離れようとするが、後ろの石壁にぶつかって逃げ場を失ってしまう。

 

 「人の女を娶ろうとするなんざ太ェ野郎だ!そもそもミドリコの姐さんの美しさを、テメェなんぞが簡単に手に入れらるか!」

 

 赤鬼の右拳に空気がまとわりつく。

 

 「あいつ空気を撃ち出すだけの能力しか無かったような・・・」

 

 まるでその光景は、赤鬼が空気を自分で操っている様にも見えた。

 

 ギンジが覚えている限りでは、力任せと空気を撃ち出す、それだけの能力しかなかった筈だが、今の赤鬼は自分の右手に空気を纏わせている。

 

 「だいたいテメェ・・・ミドリコの姐さんを俺っちから奪うつもりなら・・・」

 

 拳を打ち出す。ナポリタの顔にはあえて当てない様にして、寸止めにも見える拳の打ち出し。

 

 「空砕烈拳(くうさいれっけん)!!」

 

 空気を震わせる見えない波打つ衝撃。

 

 それがナポリタの頭の中で何度も揺れては、頭部をシェイクしていく。

 

 「半端な覚悟で行くと死ぬぜ・・・今みたいにな」

 

 赤鬼の言葉と必殺技の発動により、辺りは静まりかえる。

 

 ナポリタの瞳、鼻、口、耳。そこからどろりとした血液が流れ出てきて、そのまま白目を向いて膝から崩れ落ちた。その生命、生涯に終わりを告げたのだ。

 

 「す、すごい・・・」

 

 クリムパスが赤鬼の強さを目の当たりにした。自分では歯が立たなかったナポリタをこうも一方的に倒すとは。

 

 ジェノベも素晴らしいと拍手し、ギンジは強い笑顔を浮かべる。

 

 「な?言ったろ?あいつは勝つって!」

 

 ヘヴンホワイティネスとして、勇者として赤鬼は自らの使命を全うした。そして魔王軍・魔王親衛隊ボーンゴーレの一人、突撃将軍ナポリタを撃破した。

 

 「うおおおおおッ!ミドリコの姐さーーーん!!」

 

 けたたましい雄叫びにはやはりミドリコの名前を叫ぶ。

 

 残念ながらここに居るのは、ギンジとクリムパスとジェノベだけなのだが。

 

 「よくやったな!あかお」

 「姐さーーーーん!!」

 「ぐえっ・・・」

 

 ギンジが称賛の言葉を贈ろうとしたが、赤鬼はミドリコしか頭に入っていない様で、その場から走り去ってしまった。ついでにギンジを突き飛ばした。

 

 「な、なんだ・・・英霊様、今のは・・・?」

 

 クリムパスがギンジを呼ぶと、ギンジにも「俺にもわからん」と一言添えるだけであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 魔法界に降り立ったサクラたちは、1時間かけてようやくオレキエッテ帝国に到着した。

 

 しかし城下町の平和そうな雰囲気とは裏腹に、城の方は戦いの音が聞こえていた。

 

 本当なら街に下ろす予定だったが、サクラの提案によってカエデ達は、城まで飛んできていた。

 

 「あの黒いのが魔王軍!頼んでいい?ケイタくんを安全な場所に下ろすから!」

 「相手が黒なのがちょうどいいわね」

 「ヘヴンホワイティネス、出動、だね」

 「サクラ、あいつらに銃は効くのか?」

 

 ヘヴンホワイティネスとして戦える彼女達は、青と黒の兵士達が戦っている場所に飛び降りた。

 

 「行くわよ!!ヘヴンリー・インパクト!!」

 

 落下しながらも必殺技を打ち出し、黒の魔王軍の陣営の真ん中に激突するカエデと、それを

に追いつく様に降りてくるレンとミドリコ。

 

 「・・・また英霊様だ!勇者様の援軍が来てくれたぞ!」

 

 帝国の兵士達の勢いは死んでいないが、カエデ達の登場で更に勢いが最高潮になる。

 

 「正義のヒーロー、魔法界にも参上、ってね!」

 「後ろは任せて、カエデ」

 「援護するぞ。油断するなよ2人とも」

 

 カエデ、レン、ミドリコがそれぞれ戦闘の体制を取ろうとしたが、魔王軍が一気に崩れていく。カエデにもわからないが、敵が見えないなにかになぎ倒されて行く。

 

 「な、何・・・!?」

 「空気・・・?」

 

 カエデとレンが敵の新手を警戒するが、巻起こった土煙の向こうに居る人の影に、見覚えのある角を確認する。

 

 「ま、まさか・・・」

 「あかお」

 

 カエデとレンがかつての仲間であった赤鬼の名前を呼ぼうとするが、それは赤鬼の雄叫びによって遮られる。

 

 「姐さーーん!!!」

 「あ、赤鬼!!」

 

 周りが見えなくなるほど、赤鬼はミドリコの気配を本能で感じ取り、ここまで走ってきたのだ。それこそギンジと突き飛ばす程に。

 

 赤鬼がオリハル金砕棒をその場に落とすと、興奮度が一気に上がったのか、折れた右の牙と、ヒビの入った左の牙が下から生え変わる。

 

 黒い甚兵衛みたいな洋服を自ら引き裂いて、赤鬼は自分の身体をみせつけるようにしてミドリコに近づいた。

 

 「フーッ、フーッ・・・抱きますよ姐さん!!」

 「再開して言う言葉がそれか君は!!」

 

 怪人として男として、この衝動だけは抗えない。

 

 だが、ミドリコはハイヒールだと言うのに、思い切り赤鬼に飛び込んだ。

 

 野太い首に腕を回して、ミドリコから赤鬼に抱きついたのだ。

 

 「え、ちょ、姐さん!?」

 「生きてて良かった・・・!本当にずっと会いたかったんだぞ!」

 

 自分のために死んだと思われたが、実は生きていてくれた。

 

 命を賭けてまで自分を助けてくれた赤鬼に、ミドリコはずっとお礼を言えていない。赤鬼が居なければ今頃自分はどうなっていたかさえ想像出来ない。

 

 「えーと、ここって死後の世界っすよね?カエデの姉御?」

 「え?死んでないわよあたし達」

 「ここは魔法界、サクラの産まれた場所、そう聴いてる」

 

 つまり赤鬼は死んでいないし、ミドリコも死んでこの世界に来たわけではない。

 

 「死んでない?俺っち死んでいない?」

 「ところでいつまで抱き合ってるの〜?敵がまだいっぱい居るんですけど〜?」

 「ッ!ミドリコの姐さん、抱くのは後だ!先ずは魔王軍をぶっ飛ばすぜ!!」

 

 ミドリコの香りを胸一杯吸い込んだ赤鬼は超絶パワーアップを果たし、空気を全身にまとう。

 

 「・・・レン、気のせいだと思うんだけど、赤鬼のやつ、自分から空気を操らなかった?」

 「多分気のせいじゃない。怪人の能力が、上がってるのかも」  

 

 言う慣ればフェーズ2。その力にすでに覚醒していたのか、それとも元からあった能力なのか不明だが、とにかく赤鬼は以前よりも強くなっていたようだ。

 

 「うおりゃあああッ!姐さん!姐さんッ!!ミドリコの姐さんっ!!!」

 「私の名前を呼びながら攻撃するな!赤鬼!」

 

 ミニガンを乱射するミドリコの背後で赤鬼は、オリハル金砕棒を振り回していた。そんなミドリコの顔はどこか嬉しそうで、赤鬼も晴れやかな表情をしている。

 

 ヘヴンホワイティネスの力を見せつけるようにして、赤鬼はどんどん襲撃してきた魔王軍を蹴散らしていった。

 

 こうしてオレキエッテ帝国を助け出し、魔王軍は撤退を余儀なくされるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 魔王の城。そこではボロボロになった一人の魔王軍の兵士が、伝令を伝えに大きい円卓の部屋にて報告書を読み上げていた。

 

 「突撃将軍ナポリタ様率いる部隊は、襲撃に成功、しかし現れた新たな勇者の尽力により、部隊は壊滅。さらに勇者は英霊を次々と呼び出し、我が魔王軍を壊滅。そして勇者は一騎打ちにて、ナポリタ様を討ったと・・・」

 

 読み上げているだけで信じがたい内容に、兵士は気を失いたい気分であった。

 

 そしてナポリタが討ち取られたことで、魔界軍師ペペロンチーと、破壊元帥カルボーナは眼を見開いて驚愕する。

 

 「馬鹿な・・・!?」

 「信じられん。ナポリタが敗けただと・・・しかも一騎打ちで・・・」

 

 どうやら今回の勇者は一筋縄では行かない、強者らしい。

 

 それを心にとどめると、ペペロンチーはテーブルを強く殴る。

 

 「おのれ勇者・・・我らボーンゴーレの一角をよくも・・・」

 「くそったれなやつだな、勇者。覚えとけよ」

 

 カルボーナが重そうな身体を動かし、報告に来た兵士の頭を掴む。

 

 大きな手と力強さは、これから兵士自身が何をされるのか解ってしまう掴み方だった。

 

 「必ず仇はうってやるし、魔王様の神となったお姿も見せてやるよ・・・おんどりゃあああ」

 

 叫ぶと同時に、兵士を投げ飛ばし、石壁に思い切りぶつけると、全身をぐちゃりと悲痛な音を鳴らして、兵士は死に絶えた。

 

 「・・・こうなれば全面戦争だ・・・」

 

 ペペロンチーが大きな胸を揺らして、舌打ち混じりにつぶやくと、カルボーナもそれに賛成する。

 

 「魔王様の計画にミスが生じちゃならねぇからな。日程と設備を整えて、すぐに進軍だ!」

 

 カルボーナの叫びに、ペペロンチーが頷く。魔王様を神にするために、より強い悪のちからがここに広がっていく。

 

 (ホウ・・・ココハ魔王ノ城ダッタノカ・・・)

 

 それを骨董品に紛れ込みながら、骨の怪人は覗き込んでいる。

 

 自分の体積を回復するために、機を狙っていたからだ。

 

 (実ニ面白イ事ニナッテキタ・・・マダチャンスハアルナ!!)

 

 目的を変えていく。先ずは魔王に自分を売り込もう。そして例の勇者を倒すために協力をしよう。骨の怪人がそう考えると、なんとかして先ずは自分の体積を増やす事に専念する事にした。

 

 魔王に取り入り、勇者を倒して、この魔王軍の力を手にして現実の世界に帰還する。

 

 そう、全てはヘルブラッククロスのために・・・。

 

 魔王軍は今後も地獄を広げるために、全力を尽くし、そして勇者をも倒すのだろうか。興味は突きないが、ヘルブラッククロスの怪人四天王として、骨の怪人は自分の新たな役割を全うするために、計算を張り巡らせるのであった。

 

 

続く

   

 




お疲れ様です。

赤鬼はいつでもどこでもミドリコの事しか考えてません。多分、ミドリコと結婚した後のことも考えている。ちなみに現代社会に溶け込めるようにサングラスでの変装もお手の物。

キャラネタ書きます

赤鬼
勇者と呼ばれるのがむずがゆい。今回ミドリコに会えたので、抱く。抱くしかない。いやむしろ抱かせてもらう。
そう考えてたら、ミドリコに抱きつかれて困惑した。
自分では自覚していないがフェーズ2に覚醒している。

佐久間ギンジ
英霊呼ばわりされているが、別に英霊ではなく怪人。

神宮カエデ
英霊じゃなく正義のヒーロー。

宮寺レン
英霊じゃなくビーム剣術の使い手。

甘白ミドリコ
一番場違いなスーツという格好で来たミニガンウーマン。
赤鬼に再開したことで、感極まって抱きついてしまった。

小町サクラ
開く門を間違えて更に道を間違えて、ギンジの方を先に帝国へ落とした。主犯。

角倉ケイタ
魔法界にやってきた事に感動した。ここで強くなるんだ!

クリムパス
やはり勇者殿は強いのだな!っと感心しているが、ナポリタを倒せず悔しい思いをのこしたまま。

ジェノベ
暴れる赤鬼とギンジと合流して、クリムパスの居場所まで案内してくれた人。意外と優しい。

突撃将軍ナポリタ
突撃あるのみ!って言う感じで突撃していたら魔王軍の親衛隊にまでなった人。赤鬼の怒りを買い、瞬殺された。でも弱いやつではない。

魔界軍師ペペロンチー
魔王軍の軍師。仲間がやられた事でおこぷんぷん。

破壊元帥カルボーナ
魔王軍のナポリタに並ぶ双璧とも呼ばれている。戦争の総大将を任される事も多い強者。荒々しい性格をしているのだが、仲間意識はそれなりにはあった様子。息が臭い。

骨の怪人
未だ頭蓋骨のみの姿。なにやら計画を構築している様だが・・・?

さて次回はミヤコを助けるために修行開始だ!
と、言うが、修行とは関係ない事をやらされるギンジ・・・
カエデもレンもミドリコもちゃんとまともな修行させてもらているのに、どぼじでなんだよおおお
カエデとギンジにも進展が・・・!?
な、回です。

次回もなるべく早く更新出来るように頑張りまっせ!!!
それではまた次回!
※皆でパスタ食べようね


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55・魔法界の修行と、ギンジの大きな問題

こんにちはアトラクションです。

すいません、少し間が空きましたが、実はポケ○ンやってました。

購入してから全然進めてなかったので、有給も使いマッハで楽しんでました。投稿が遅れてすいません。

今回のお話では、タイトルにある通り、ギンジに大きな問題が降りかかります。物語も着実に中盤のど真ん中の章まで進んでおりますし、色々と動き始めております。

でもまだまだ物語は続きますので、そこはご心配無く・・・!

それでは、どうぞ!!!


 

 あれから体感数日。魔王軍を退けた赤鬼と、その英霊として帝国の民達にもてはやされるギンジ達は、サクラに呼ばれて帝国の王・シシリーの待つ謁見の間に招集を貰っていた。

 

 「王様に会うなんて初めてだぜ」

 「あたしもよ。まともで居てよ、ギンジ」

 

 カエデとギンジは隣同士に並び、その隣にはレン、ミドリコ、ケイタ、サクラが並んでいた。

 

 魔王軍の撤退後は、ギンジの怪我の治療、赤鬼の英霊として皆贅沢な休暇気分を味わっていた。

 

 しかし今日になってギンジの怪我の治療も終わったので、こうして王様に呼ばれたらしい。

 

 「赤鬼はどこに居るんだ?」

 

 せっかく仲間と合流出来たというのに、ギンジ達はサクラの別荘・・・と言うよりはサクラの母親の別荘なのだが、そこで治療する事となり、一度巨城からは離れてしまっていた。

 

 「赤鬼さんなら、多分の謁見の間にいるよ。あれでも一応王様を守る勇者だからね」

 

 勇者赤鬼。元々はヘルブラッククロスの怪人四天王で、そこを退職してヘヴンホワイティネスへと席を移動した怪人。

 

 そんな彼は夏休みの途中、8月上旬辺りに、ミドリコを助けるために自爆特攻でギンジを空に飛ばしたことで、死んだと思われていたのだが・・・。

 

 何故か彼は生きており、しかもこの魔法界に召喚と言う名目でここで生活をしていた。

 

 付いた異名は勇者。荒々しく、暴力的な赤鬼だが何故かここでは勇者と呼ばれている。

 

 「勇者っていうか暴君が似合いそうだけどな、へへへ」

 

 ギンジの冗談が、カエデを笑わせる。

 

 「確かに。どっちかって言うと、そっちの方だわ」

 「同意。赤鬼は、勇者では無い」 

 

 レンの言葉もなかなか辛辣であるが、ケイタはそんな事ないと否定の意思が出てくる。

 

 「赤鬼さんって確かに荒いかもだけど、そんな暴君って程ではないとおもうなぁ。ホラ、ミドリコに優しいし」

 

 ケイタの言葉にミドリコの顔が赤くなる。

 

 いつもと反応の違うミドリコに、レンが何かに気づく。

 

 「・・・カエデ、良かったね」

 「何が?」

 

 やれやれと言わんばかりに、レンはため息を付いた。

 

 「皆、準備が出来たって。姿勢を正して!」

 

 どうやら王の謁見の準備が整った様で、サクラがすぐに全員に声をかける。

 

 「なんか緊張してきたぜ。大丈夫かな、サングラスつけとこうかな」

 

 ギンジが言うと、全員がサングラスを外して居た事に気がつく。

 

 「あんた、外してたの?眼は大丈夫なの?」

 

 カエデがすぐに肘を入れるが、ギンジには効いていない。

 

 「ああ、ここの世界の奴ら、それぞれ瞳の色違うだろ?金色だったり、赤かったり。それだったら俺もこの怪人の瞳でもいいかなーって思ってさ」

 

 悪びれもせずにギンジが言うと、確かにカエデも納得が行く。メガネをかけている人も居て、瞳の色がそれぞれ人に寄って違うのだ。それならばサングラスは外しても良いだろう。

 

 「ふーん・・・ま、サングラス無い方が・・・かっこいいけど」

 

 いつものカエデならばこんな事はすぐに言える言葉なのだが、皆が居るとなかなかどうして恥ずかしく、少し小声になってしまっていた。

 

 「そうだろそうだろ、俺はいつでもかっこいいんだよ」

 

 すぐに調子に乗るのもギンジの魅力なのだが、この瞬間では少しイラっとしてしまう。

 

 「あーほらほら、もう入るよ。いつまでもそんな事してないの!あ、ギンジくんサングラスつけない方が似合ってるよ」

 

 何故サクラはこんな事を軽々しく言えるのだろうか。

 

 羨ましいと思う反面、もう少し素直に言えればいいのにな、と悔やむカエデ。そんなカエデを見て微笑を浮かべるレン。

 

 「それじゃ、怖い人だからしっかりしてね!」

 

 サクラが全員に声をかけると、いよいよ王と対面を果たす緊張感が走り、姿勢がつい良くなってしまう。特にケイタはそれが露骨だった。

 

 「英霊様のお通りだ!」

 

 近衛兵が扉を開けた瞬間、左右のメイドや騎士達から喝采が上がる。クラッカーも飛び、魔法による小規模な花火が打ち上がる。

 

 思っていた以上の歓迎ムードで、ギンジ達は嬉しくなる。

 

 「よくぞ来てくれた、英霊達よ!」

 

 威厳のある顔つきと風格を持たせる王、シシリーが喜びながら口を開くと、隣に座る麗しい王女・ポモドロもギンジ達を迎え入れる。

 

 そして・・・。

 

 「兄貴ーーー!ご無沙汰してやす!」

 

 赤鬼が両膝に腕を付いて、深々とお辞儀する。

 

 あの勇者が頭を下げている、と騎士達は驚愕する。本来英霊とは、勇者の呼び出す従者であり、その英霊に頭を下げる勇者は居ないのだ。

 

 何もかもが今までの常識と違う勇者の行動には驚かされるばかりだが、その赤鬼の前にクリムパスの同じお辞儀の姿勢を取る。

 

 「英霊殿、そなたがギンジだな?そして美しいお嬢様方は、カエデ、レン、ミドリコ、そしてケイタに・・・サクラ・・・サクラ様ぁ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げたクリムパスを見てジェノベもすぐに目の前に現れる。

 

 「これはサクラ様・・・お久しぶりでございます。姉上はお元気でございますか?」

 

 ジェノベが礼装に着替えていたのか、いつもより妖艶さを醸し出しているが、サクラは何も気にしていなかった。

 

 ジェノベの姉・・・つまりはサクラの母親の事だろうか。

 

 「うん。ママは相変わらずだよ〜」

 「サクラの母親もこの魔法界の出生なのか?名前がなんか・・・あれだけど」

 

 サクラとジェノベの会話にはギンジが割り込んでくる。突っ込むと言うか、どうしても気になってしまった。

 

 「私のママは先代北度固化市の魔法少女でね、この魔法界出身なんだよ。で、この人はママの妹で、本名はウメって言うの!」

 「ウメです。ですが、今は魔女の席を継いだ身でありますので、名を捨て、ジェノベと名乗らせております」

 

 ジェノベとサクラの関係に少し興味のあるギンジだった。

 

 サクラの母親は魔法少女であり、しかもこの帝国ではかなり上位の立ち位置に居る最強の魔法少女との事。クリムパスが驚いたのにも納得が行く。

 

 「ところで、集まってもらった所で申し訳ないのだが・・・ああ、食事をしながらでいい。聴いてくれ、勇者も英霊達も」

 

 シシリー王が威厳のある態度で言うと、メイド達が食事を運んでくる。その用意された食事の前の席にギンジ達が座ると、サクラだけはシシリー王の前に立ち、着席したギンジ達の方へと振り向いた。

 

 「先ずは・・・私からお話させていただきます」

 

 サクラが魔法で自分の口元に小さな翼がついてマイクを召喚し、次に声を出す。その顔はどこか神妙な面持ちと、恐れを抱いた瞳をしている。

 

 「ギンジくん達にまともな説明をしてなかったから、改めて。先ず、この魔法界、というよりは、オレキエッテ帝国に国の歴史上最大の危機が迫っています」

 

 危機。その言葉はここに来る前にも聞かされたが、詳しい内容は魔王軍が迫っている・・・それしか知らなかったギンジ達は内容を詳しく知りたいとは思っていた。

 

 「前に少し話しただけだけど・・・魔王軍がとても強くて、正直この国は疲弊しきっているの。魔王の目的も、自分を神にするとかふざけてるし、でもそれでも奴らは正直この世界においては最上位の魔法を操る者も多い・・・」

 

 赤鬼から見たこの国の兵士は一人ひとりは決して弱くないが、人数の有利不利で考えれば、毎日戦い続けられるモノではないと見ていた。

 

 自分の治療の時も魔王軍の襲撃は繰り返されており、なんとか撃退していると言った状態。

 

 おまけに勇者の召喚も間に合わず、戦況は悪化するばかり。

 

 だからサクラが魔法界に帰って来た時の現状を見て、これは友の力を借りたいと思って急いで戻ってきたのだ。

 

 「急な事ばかりで本当に大変だし、困惑も正直してると思う。だけど、ヘヴンホワイティネスの力を借りたいの。ママが産まれて、育ったこの世界を守りたいから・・・」

 

 シシリー王もポモドロ王女も想いは同じだ。ジェノベもクリムパスも、この国の兵士達は皆同じ気持ちでいるが、どうにも勝利が見えてこないこの状況下において、赤鬼の召喚、更には英霊達の出現。

 

 そこへサクラの帰還。

 

 「ミヤコちゃんを助けるのもちゃんと協力するからっ・・・。そのために力をつける事にも協力する!だから、お願い!力を貸して、ヘヴンホワイティネス!」

 

 魔王軍を倒して、この魔法界の平和を取り戻す。しかしそれはサクラ一人の力ではどうにもならない。だから・・・。

 

 「・・・ミヤコを助けられなかった時、俺は本気で悔しい想いをしたぜ。あいつを助けるためならどんな力でも吸収して、必ず強くならないと行けないんだ・・・」

 

 ギンジが苦い顔でそう告げると隣で座るカエデも、目をふせながらも同じ決意を持って答える。

 

 「あたしも同じ!ミヤコ(仲間)を助けるなら、ここで強くなるわ!でもその変わりに魔王軍っていう悪を倒せばいいのよね?」

 

 カエデも正義の志を持つ戦士の一人。ならば、友達の為、断る理由は無い。

 

 「いいわ!今更魔王だと聞いても怖くないし、そもそもあたし達が戦っている相手は地獄そのものよ!」

 

 レンもミドリコもケイタも頷き、ギンジと赤鬼はカエデを見つめている。

 

 「魔法界の平和・・・ヘヴンホワイティネスが取り戻してあげるわ!」

 

 勢いの良いカエデの発言に、ギンジも続く。

 

 「サクラ!ミヤコを助ける時にお前の力も必要だからな!必ず手を貸してくれよ!俺も魔王軍をぶっ飛ばすのには全力でやってやるからよ!」

 「カエデ、ギンジくん・・・ありがとう!」

 「おう!全部俺がぶっ飛ばしてやる!」

 「兄貴が行くなら俺っちもやってやらぁな!」

 

 それぞれ仲間達が騒ぎ始めると、サクラは本当にギンジ達ヘヴンホワイティネスに頼んで良かったと思い始める。

 

 「良い友を持ったな・・・サクラ」

 

 声をかけたのはシシリー王だった。

 

 「はい・・・彼らは本当に強い志を持っている人たちです。倒すって言ったら絶対にやり遂げそうな、私の自慢のお友達です!」

 「・・・そうか」

 

 サクラの想いに溢れた言葉を聴いて、シシリー王もクリムパスも強くうなずいた。

 

 「さ、食事の後は、魔王軍が次の襲撃をしてくるまでは訓練だよ!言い換えるなら修行!ふぁいっ!」

 

 声たからかとしたサクラの発言に、ヘヴンホワイティネスはいよいよ活気にも勢いが限界を超えて居る。

 

 このやる気ならばきっと、本当に魔王軍なんか一捻りにできてしまいそうだ・・・。

 

 本当ならば今すぐでもミヤコを助けに行きたいのは、きっとヘヴンホワイティネスの面々は同じ想いを持っている。だからここに来るのだって辛い決断でもあった。

 

 2つ返事で引き受けた様で、その実かなり苦渋の選択であったことは想像に堅くないのだから。

 

 「あのー兄貴」

 

 おずおずとギンジの隣に来た赤鬼が、ギンジに声をかけてきた。

 

 「ミヤコ姉さんは一体何があったんです?」

 「ああ、話してなかったな・・・」

 

 ミヤコがここに居ない事、そしてミヤコを助けるという話しの内容に、赤鬼は何がなんだか・・・そういった表情で居た。

 

 ミヤコが今どうなっているのか、そしてここにギンジ達が来る前に起こった経緯を聴いて、赤鬼も同じ様に苦い顔をしている。

 

 「あの大幹部さんがねぇ・・・意外とロリコンだったんか・・・にしても許せねぇな。ミヤコ姉さんはギンジの兄貴と一緒にならないとダメだろっ」

 

 そこまで話すと一気にギンジが角を掴んで、赤鬼をテーブルにたたきつける。

 

 「や・め・ろ!ソレ以上は言うなよ!色々怖ぇーんだよ!」

 「へい。配慮が足りずすいやせん。こう言うべきでしたね」

 

 赤鬼はほっぺについたマカロニみたいな食材を剥がすと、ゴホンと咳払いを一つ。

 

 「お嫁さんを守れなかったなんて辛かったぐはぁ」

 「お前いい加減にしろよ・・・」

 

 もし隣に座るカエデが聴いていたらと思うと、また理不尽な暴力に見舞われる可能性がある。

 

 身の危険を感じたギンジは赤鬼をひっぱたくと、何事も無かった様に食事を再開する。

 

 「と、とにかくミヤコ姉さんを助けるためにも、ここで強くなりやしょう!兄貴!」

 「当たり前だぜ!所でもう俺たちは一週間以上居る様な気がするんだけど、大丈夫なのか?」

 

 美味しいマカロニグラタンみたいな料理を食べながら、ギンジが言うと食事のおかわりを運んできたメイドが慌てながらやってくる。

 

 「魔法界では30日で一週間です。人間の感覚とは違うのでご安心を。あわわわ、ご飯運ぶの大変ですぅー」

 

 あのメイドはペンネーと言うらしい。いつも慌てては、銀のトレイを乗せた台車を人にぶつけているとの事。

 

 「まだ一週間も立ってないって事だな!そんじゃあ、さっさと飯を食って魔王軍に備える&修行開始だぁぁ!!」

 

 ギンジの雄叫びにも近い宣言に、ヘヴンホワイティネスとオレキエッテ帝国の兵士達の面々が意気揚々とそれに応えるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 食事を終えて、カエデとレンとミドリコは大きく開けた訓練場へ。

 

 3人の女性陣が行う修行は、制御しきれない力を上手く操れる様になるために、精神的なモノを鍛えると言う事。

 

 ケイタはサクラと共に魔法の基礎を学びに、王立図書館へ。

 

 ケイタには正直戦う為のステータスが無い・・・しかしながらそれでも戦わないと行けないと覚悟しているケイタは、サクラと共に潜在能力を開放しに行くという。

 

 赤鬼はクリムパスとシシリー王と次の軍事会議へ。

 

 皆それぞれで各々修行を開始すると、ギンジも敗けては居られないという気持ちでいっぱいになる。

 

 そうしてギンジが魔女ジェノベによって連れて行かれた場所では、作業着に着替え、畑にクワを刺して土を耕し、種を蒔いて、水をやり・・・。

 

 「なんで農作業だ!!!」

 

 魔法界では一人だけ帝国に落とされたり、今度は農作業をしたりと、踏んだり蹴ったりである。

 

 農作業を途中まで開始するまで何も気が付かずに、言われるがままにやっていたギンジもギンジなのだが、これは明らかに修行とは関係ない様な気がする。

 

 「おかしいだろ!なんで俺だけ農作業なんだ!!!」

 「しかし英霊様、貴方には勇者様と同様に、体内に魔力がありません・・・内面ではなく、フィジカルを鍛えようと」

 「思ってた修行と違う!しかも地味!!」

 

 滝に打たれたり、正拳突きをしてお祈りを捧げるとか、そういうのでは無いのだろうか。

 

 「『ギンジは皆を置き去りにした・・・』みたいなぐらい強くなるかと思ったのによぉ!」

 「英霊様のそんなお話に、私が置き去りにされています。あ、そこトマトを植えてください」

 「辛辣な事言うな!悲しくなってくるだろ!ここは指示書だとレタスだぞ!」

 

 ジェノベと言い合いをしたい訳ではないのだが、どうしてもこれはなっとくが行かない。

 

 そもそも農作業が悪い訳ではないが、流石にこれで戦闘力が上がるとは到底思えない。

 

 「あら本当・・・じゃあレタスを植えてください」

 「っていうかそんなん魔法でやれやぁ!!」

 

 納得のいかない状況でもギンジはレタスの種を植える。意外とマメな男である。

 

 「では、次はあの丸太を切ってください。害獣から守るために柵を作りましょう」

 「はいはい。次は丸太ね。ムーン・フォ・・・」

 

 ギンジが何かを斬るとすれば、斬撃を使えるムーン・フォースなのだが、それをジェノべが制止する。

 

 変身しようとしたギンジの腕を掴んで止めたのだ。

 

 「変身は使わず、能力も使用しないでください」

 「・・・?」

 

 ジェノベはニコニコと微笑みを浮かべて、ギンジの腕を優しくさする。

 

 「貴方の修行は身体を鍛える・・・英霊ギンジ様の能力は使用せず、この畑を作ってください」

 「能力を使わず・・・?いや、出来るか?このデカさで・・・」

 

 おおよそ一人でやるには何ヶ月もかかりそうな広さだが、ジェノベは余裕な笑みを浮かべたままである。

 

 「勇者様は半日で出来ましたよ。英霊様でも半日で出来る筈です」

 

 ジェノベの笑みはなんとなくサクラに似ているが、逆にその笑みが少し怖いとも思えた。

 

 「道具はノコギリ、ハンマー、他にも必要な道具があれば言ってください・・・この畑を作るのがギンジ様の修行・・・っていう事で!」

 「・・・ふざけてるだろ・・・」

 

 こんな事をする為にミヤコよりも優先度を上げた訳ではないが、もう魔法界に来てしまったのでやる事はしっかりやろうと思うギンジなのであった。

 

 〜ギンジの修行・畑作り〜

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 帝国所有の王立図書館。

 

 ケイタのお願いを聞き入れたサクラは、ここに彼を連れて来て居た。

 

 「ありがとう」

 

 魔法で明かりを灯しているとはいえ、窓から入り込む日差しだけでは薄暗い、巨大な本棚が並ぶ通路でケイタがお礼を述べる。

 

 「ケイタくんは本当にレンちゃんが好きなんだね」

 「もちろん!・・・でもあの娘にだけ辛い思いをさせてばかりだし、僕もなにか出来る様にならないと行けないかなって思ってね」

 

 男だとか女だとかではなく、ただ純粋に自分も役にたつ事を選んだ。今までの情報収集でも十分かもしれないが、それだけではケイタは納得していない。いつも傷つくのはレンの方なのだ。

 

 しかし自分も傷つく覚悟で挑んでいるケイタに、無情な言葉が告げられていく。

 

 「でもね、本当に申し訳ないけど、ケイタくんは純粋な人間であって・・・その、わかりやすく言うと・・・はっきり言って才能が無い。戦いの才能が」

 「・・・っ」

 

 何かを言い返したいが、魔法という特殊能力を持つサクラにそう言われると、上手く言葉が出てこない。

 

 言葉に詰まってしまうが、サクラはまだケイタに追い打ちではないが、言葉をなげる。

 

 「私の主観でもそうだけど、本来人間に備わっている少量の魔力も無いに等しい、ただ身体を鍛えているだけでもない・・・そしてなにより敵の一撃に絶耐えられるかもわからない」

 

 かつて紐の怪人やリコニスに襲われた時は、遊ばれていたからこそ殺されずに済んだだけであって、敵が本気ならすでに他界していた可能性さえあるのだ。

 

 「敵に挑む、好きな人を守る・・・その勇気はとても大事なモノだけど、それだけじゃ戦えないよね」

 「で、でも僕は・・・」

 

 いつもの優しいサクラの印象とは打って変わって、厳しい現実を見せる言葉だった。それでもケイタは諦めきれない想いがある。

 

 カエデが力に覚醒し、ギンジは怪人で、ミドリコは人間であっても銃を扱うことで、怪人にも真っ向勝負が出来ている。

 

 ヘルブラッククロスに支配された未来という、悲しい世界からやってきたレンを守りたいと思い、彼女は未来を変える為に戦う覚悟を幾度も持ち直している。

 

 そんな彼女が傷ついて、でも心を守るだけでは限界を感じているからこそ、ケイタはレンの力になりたい。

 

 「ただ言われて、その通りにやるだけじゃダメだって解ってるんだ」

 

 ケイタはまっすぐとサクラを見つめて、握り拳を作る。こんな自分でも一人ぐらいは守りたい。

 

 戦う力を持つと言うのは、ソレ相応の覚悟が必要になっていく。

 

 自分が傷つかなくていい、ではなく、自分も一緒に傷つきながら守る。これしか無いというのがケイタの覚悟。その覚悟の中にはいつもどおり彼女の心を守るという大きな約束も入っている。

 

 「今のままの覚悟じゃダメなんだ。もう仲間もレンも傷つくのは本当に嫌なんだ。じゃあ戦いをやめてっていうのも言えない。僕が一緒に戦う、これで彼女を守る」

 「それじゃあもし仮に君が死んじゃったとして、そうなったらレンちゃんはどうなると思う?絶対に死なないと言い切れるかな?」

 「・・・っ!!」

 

 またもや厳しい言葉。例え話と解っていても、もしそうなったら大きな穴を、レンの心に作ることになるだろう。

 

 「・・・それでもっ、それでも僕は・・・」

 

 守る。不安を抱えながらも、ケイタの覚悟がゆるいでいない。サクラの前でケイタは大きな覚悟を出していく。

 

 「それでも僕は・・・レンを守れるヒーローになりたいんだ!」

 「ふ〜ん・・・?」

 

 ヘヴンホワイティネスの様なヒーローになれなくても、とにかくレンを守りたい。そしてレンを守るために、自分をヒーローにたとえて、その覚悟を伝えた。

 

 「いいわね!」

 「えっ?」

 

 サクラがすぐに笑顔に切り替わる。見慣れた笑顔に、ケイタは一気に緊張感が抜けていく。

 

 「もしここでやっぱりやめる〜って言おうモノなら私が魔法で空の彼方に飛ばしてたところだよ!」

 「えっ?えっ?」

 

 どうやらサクラなりにケイタの覚悟の大きさを知りたかったみたいだ。

 

 「いいよ、戦う才能が無いのも、それを鍛えることも正直難しい領域だけど、努力は裏切らないのも事実。ケイタくんの覚悟も知れたし、魔法の使い方、教えてあげる」

 「いいの?よかった〜・・・」

 

 安堵するケイタにサクラが魔法の杖を、一瞬で向ける。その先端には刃が取り付けられており、喉元まで迫っている。

 

 「でも・・・死んだらどうしよう、の答えは聴いてないよ」

 

 サクラは笑顔ではあるが、まだそこの答えを聴いていない。ここでへこたれるようなら、この先の戦いも、レンを任せるのも正直頼りなく感じる。

 

 答えは簡単な一言でいいのだ。それをサクラは知っているからこそ、ケイタからそれを聞き出したい。

 

 「・・・僕は死なない。何があっても!どんな敵が来ても!必ず最後までレンを守ってみせる!!」

 「・・・よしよしよし、とてもよし!いいよ、それじゃあケイタくんの修行を開始しよう!」

 

 サクラが聴きたかった答えを聴いて、笑顔が戻る。

 

 次にサクラが杖を振り回して、自分の背後に杖を向ける。広大なこの図書館を見渡さんばかりに広げた見せ方に、ケイタは目を見開く。

 

 「この大量の本の中に、君の魔力に適応する魔導書があります。それを探してみて」

 「え、この中から?」

 「そう。この中から。見つけるのが第一段階。見つけてからが第2段階!時間もヒントもありません!さぁ、もう始まってるよ!はよはよ!」

 

 手を叩いて催促するサクラに、ケイタは急ぎ顔になりながら、一気に本の山へと立ち向かうのであった。

 

 「・・・素敵な恋人だね、レンちゃん」

 

 ニヤニヤとしながら、尊い2人の間には確かな絆と恋がある事を知り、サクラはケイタの修行に付き合うのであった。

 

 〜ケイタの修行・魔導書探し〜

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 オレキエッテ帝国の訓練場。ここでは帝国の兵士達に混ざり、カエデ、レン、ミドリコの三名が訓練に入っていた。

 

 「私がここの訓練を任されている帝国兵長アラビアだ。よろしく頼むぞ、英霊殿」

 

 いかにも軍人気質と言った態度をした女性が、ヘヴンホワイティネスに声をかける。

 

 「あらかた人を見ただけで、何で伸び悩んでいるかはだいたい解る。そこの金髪のお嬢さん」

 「あ、あたし?」

 

 金髪なのはカエデしか居ないのだが、少し高圧的かつ、迫力のあるアラビアの声に背筋が伸びる。

 

 「君は自分の力の使い方・・・それも特に制御のしかたがわからないとみた。どうかね?」

 「あ、当たってます・・・」

 

 あのカエデが敬語になってしまう程なのか、アラビアの口調はそこそこに怖いと感じてしまう。もしくは萎縮か。

 

 「そして青空みたいな髪色の君は、武器の扱い方に粗があると見た。特殊な力をもっと体力の消耗無しに使えたら・・・そう思っていないか?」

 

 アラビアの指摘はレンにも当てはまり、レンも背筋が伸びる。

 

 「確かに、最近の新しい形状は、扱えてても消耗が激しい・・・」

 「そうであろう。護りたい人が居るのは良いことだが、その戦い方では、おそらくこの先は厳しいモノだろうな。まぁ、魔王軍を相手取る分には問題はなさそうだが・・・」

 

 次に兵士長であるアラビアが、ミドリコを見つめる。人の中の潜在意識を見通したアラビアは、彼女だけは特殊な力を持っている様には見えなかった。

 

 「そこの黒髪の英霊殿は・・・言葉を選ばずに言えば、悪いが戦う力が無いようにも見える。しかしながら、悠然と戦いに挑む力強さを感じるな」

 「はっ!」

 「更に言えば、東方の武器を操る事には長けていそうだ。でるならば、ためらい無く敵を撃つ力でも身につけるべきだろうか」

 

 ミドリコはどちらかと言うと、敵に情けをかけてしまうタイプだ。今までの戦いもどちからかと言うと不殺を繰り返した来た。

 

 ソレ故にあまり敵に銃を撃っても、あえて急所にならない所を狙う傾向がある。

 

 「いいかね、君達英霊殿を鍛えるのは構わないが、それぞれやるべき事は変わらない。魔王軍にも英霊殿の戦いにも、同じ事しかしない」

 

 アラビアの言葉は激が強い。

 

 後ろ手にまわして話す彼女の姿勢は、とても強い意思の様なモノを感じた。

 

 これから控える魔王軍との戦いにも、魔王軍の襲撃にも動じない強い精神力を持っているのかも知れない。

 

 「昨今の魔王軍の襲撃にも部下が何人かやられてしまってな。悔しいが、我々ではどうにもならない事がある。ソノため悔いの残る戦いをしない様に気をつけてもらいたい」

 

 それぞれに与えられた修行の内容は簡単だが、どうにも難しくも感じる。

 

 カエデはダークヘヴンスーツの制御を。限界まで出力を上げつつ、それを制御出来る様にする事。

 

 レンはビーム剣の形状を早く切り替えて、かつどんな形状でも同じ威力で扱えるように成長を促す事。

 

 「そして黒髪の貴女だが・・・」

 

 ミドリコを指差したアラビアの口調に、ミドリコはしっかりとした目線と、きれいに伸ばした背筋で大きい声で返事を返す。

 

 「貴女には、その遠距離武器の扱い方とか、自分よりも大きい男を張り倒すぐらいの実力はありそうだ。ならば、魔力を使った訓練・・・第三の眼を使った、どこに居ても攻撃が当てられる様にする訓練を開始しよう」

 「・・・つまりは?」

 

 ミドリコのきょとんとした態度に、アラビアは口角を少し釣り上げて、訓練内容を課す。

 

 「第三の眼を開眼せよ。それがあればどんな武器でも、相手の気配を【見る】事が出来る。貴女に足りないのはそれだけだ」

 

 ミドリコはその訓練として、不殺でも構わないので必ず敵を見つける事が出来る、気配の感知能力を高める事。

 

 元々ミドリコは後方支援者。銃撃による援護と、敵勢存在のいち早い確認、報告が主な戦闘方法だ。よって彼女に与えられたそれは、壁越しに隠れる敵の気配が見える様になるための、魔力訓練。

 

 それぞれが内容を確認すると、すぐに行動に取り掛かる。修行を開始して、すぐにでもミヤコを救出できるように、そしてサクラの正義のお願いを達成出来る様に。

 

 自分達の未来を守る為に力をつけないと行けない。

 

 〜ヘヴンホワイティネスの修行・各自自分の能力の向上〜

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 彼らの修行は日が暮れるまで続いていた。

 

 各々空が一望出来る訓練場の休憩室にて、集まりつつ軽い食事を取っていた。

 

 カエデは自分の限界を超える為に、ダークヘヴンスーツに変身したまま、あの別次元の力を自分の意思でなんとか操れる所までは来ていた。

 

 レンもビームフォームを始め、長剣、両刃剣(ダブル)二刀流(デュアル)削岩回転機(ドリル)(ファング)大砲(キャノン)(ハーフブレード)鈍器(ハンマー)・・・。

 

 様々な武器を操りつつも、その形状をそれぞれ早く換装させ、かつ強度を高く練度を正確にしたビーム剣の真骨頂を引き出していた。

 

 「シルヴァが、使ってた時みたい・・・」

 

 ビーム剣の本来の持ち主である、未来の恩人シルヴァが使っていた時の様に、レンが一人では出すことの出来なかった領域まで進化させる事が出来たのだ。

 

 後はこのビーム剣を更に強く操る為にも、鍛錬は怠らないようにしようと、青白い輝きを前にしてレンはそう誓った。

 

 ケイタはと言うと、サクラの下で埃まみれになりながらも、自分の魔力に合った魔導書を発見し、開かない魔導書を大事そうに胸にしまっている。

 

 「ふぅ・・・皆大丈夫だったか?」

 

 若者3人の下に疲れた顔でやってきたのはミドリコだった。相変わらずこの世界に似合わないスーツ姿なのだが、そのくたびれた姿と、ハイヒールが地面にめり込む姿勢の悪い歩き方は、社会の荒波に揉まれて荒んでしまった様なOLにも見えた。

 

 どうやらミドリコもアラビアと共に色々学んできたらしい。

 

 帝国の基礎的な格闘術、及び魔法の感知の取り方や、第三の眼というモノの掴みは出来た模様。

 

 ただしその代償はかなり疲れ果てている。よほど大変であったのだろう。

 

 「皆よく頑張ったね!」

 

 サクラの元気な声は、皆が空返事をするぐらいの返事しか帰ってこない。 

 

 「姉御達〜!」

 

 そこへ更に元気な大声で赤鬼とクリムパスがやってくる。もはや赤鬼が兄貴分で、クリムパスがしずしずとついてくるその姿は、従者の様にも見えていた。

 

 「お疲れ様ですっ!!!」

 

 温かく蒸したタオルを、ミドリコにだけ丁寧渡しながら赤鬼が一礼する。それぞれカエデたちにはクリムパスが渡していた。

 

 「ミドリコの姐さんもチョーノーリョクの覚醒ですかね?」

 「いや、そんなたいしたモノは無いし、あっても私には扱えないな。なんとなく気配が見えるというか・・・不思議な感覚だな・・・」

 

 一息ついたミドリコは今も少し離れた所にいる2人の反応と、城内に居る兵士達の反応を脳裏で感じ取りつつも、頭の中が痒くなるようなザワザワするむず痒い感覚に見回れる。

 

 どうにも使い慣れない感じがして、額を抑える。

 

 人の反応は赤い点で確認が出来、怪人は黒い点、モンスターと呼ばれる存在は緑、サクラだけは桃色でそれぞれ反応が見えるからこそ、どうにも気持ちが悪い。

 

 壁越しに人のシルエットと、そのシルエットの胸の真ん中にそんな点が浮かび上がる、そんな映像故にいつもは遮断していても良いだろう。とにかく気持ち悪く見えてきてしまう。

 

 今後のヘルブラッククロスとの戦いにおいては、きっと役に立ってくれるだろうが、使い勝手は良くない。そんな印象。

 

 「姐さん、顔色が優れやせんね。俺っちと混浴したらなおりま」

 「・・・」

 

 無言で睨まれ、しかも拳銃を引き抜いている。その銃口が向けられて、赤鬼はソレ以上は何も喋らない。これ以上ふざけていたら嫌われるかも知れない。

 

 「ところでギンジはどこに居るのかしら?」

 

 修行に疲れて皆色々と動きたくないのだが、カエデは身体を動かしていく。

 

 肝心な男がここに居ないと、カエデも少し寂しく感じてしまっていたからだ。

 

 「そういえば、ギンジが居なかった。私は動きたくない、カエデ、行ってきて」

 「ごめん、僕も疲れちゃったから・・・」

 「いいわよ。気にしないでそこで休んでなさいな。あたしは行ってくるわ!」

 

 レンもケイタも疲れているし、わざわざギンジを一緒に探さなくてもいいとも思う。ミドリコも行こうとしたが、流石に疲労には勝てなかった。

 

 「多分兄貴なら、訓練場裏の畑に居ると思いやすぜ!」

 「カエデ殿、行くなら足元が暗いから気をつけて!」

 

 赤鬼とクリムパスの忠告に、カエデは後ろに手を振るうと、休憩室から離れていく。

 

 少しだけカエデの表情は明るいモノとなっていた。ギンジと会える事の喜びもあるが、自分も強くなった事をギンジに報告出来る楽しみもある。

 

 カエデもまだ完全では無いとは言え、ダークヘヴンスーツの制御が出来る様になってきた。ギンジのフェーズ3みたいな馬鹿力は出ないにしても、あの力は壮絶なモノであり、カエデの切り札にもなっていく。

 

 「確か裏の畑って言ってたわね・・・畑?」

 

 何故畑にギンジが居るのだろうか。そこはわからないが、ギンジはいつも勢いだけで動いている男だから、まぁ不思議ではないなとカエデは考える。

 

 休憩室の螺旋階段を降りて、すぐ眼の前は兵士達の訓練場。そこを石壁の建物つたいに回り込んで行くと、確かに畑が見えてきた。

 

 柵に囲まれて木造の小さな小屋まで出来上がっているその場所に、カエデは脚を踏み入れる。

 

 「ん・・・ギンジ〜?」

 

 軽く呼んで見る。が、返事はない。

 

 もう一度呼ぶ前にカエデは髪型がずれていないかを確認して、制服も汚れていないかをしっかり確認する。

 

 身だしなみを整えると木造の小屋の近くまで行き、再度ギンジの名前を呼んで見る。

 

 人の気配と言うか、いつものギンジの気配がこの木造の小屋の中から感じ取れては居る。

 

 いつもの距離感故か、それだけはなんとなく解る様になって来ている。尤も、近くに居れば解る・・・ぐらいの感覚でしか無いのだが。

 

 そう思うと急にギンジがここに居るという意識をしてしまい、少しだけだが鼓動が早まる感じがする。

 

 「ギン・・・」

 「カエデか?」

 

 再び呼ぼうとしたが、扉が先に開きギンジが出てくる。その顔を伸ばしたドア越しから温かい空気と、鍋を煮込む様なお腹のすく香りが、畑に漂い、カエデの空腹感を促進する。

 

 「ちょうど呼びに行こうと思っててよ。あ、入れよ」

 「あ、ええ、うん・・・」

 

 何か思っていたのと違うが、とりあえず今日はギンジと話したい事もある。

 

 言われるがまま、カエデはギンジの居た小屋に入ると、ジェノベが出迎えてくれる。

 

 決してギンジに限っていかがわしい事をしていると言う事はないだろうが、なんとなくギンジが女性と2人で居る事が気に喰わない。

 

 「何してんのよ・・・」

 「ああ、鍋作ってた!俺の野菜鍋美味いぞ〜」

 

 実際食にうるさいカエデから嗅いでも、かなり美味しい香りなのだが、そこではない。

 

 「英霊ギンジ様の鍋料理は美味しそうです・・・ニホンが懐かしいですね」

 

 サクラの母親と共に度固化市で暮らして居た事を思い出し、ジェノベはやや涙目になっている。懐かしい事を思い出すと涙をながす性格のようだ。

 

 「あんたちゃんと修行してたんでしょうね?」

 「もちろん・・・って言いたいんだけど、ずっと農作業やらされててよ・・・なんで俺だけ農作業なんだ〜つてずっとキレてやってたぜ」

 

 ぐつぐつと煮えたぎる鍋をお玉で混ぜながらギンジが言うと、カエデがキッと強い視線で睨みつけてくるが、それには訳があるとジェノベが間に入ってくる。

 

 「ギンジ様にもちゃんとギンジ様なりの修行をしていたのですよ」

 「どんな修行なの?」

 「ええ・・・農作業です」

 「それ修行じゃぁないじゃない!」

 

 カエデも同じ事を叫ぶ。当たり前だ。農作業は誰でも出来る上に、直接戦闘とは関係が無いような気がする。

 

 それこそ農作業と小屋の組み立てで、ギンジが強くなっているとは思えない。 

  

 農作業と小屋の組み立てで、本当にミヤコを救える気で居るのだろうか。

 

 「それではギンジ様、また明日お会いしましょう」

 

 ジェノべが何も食べずに席を立ち、ギンジとカエデに一礼するとそのまま背を向けて小屋から出ようとする。

 

 「あれ?何も食べないのか?」

 「ええ。明日いただきます。ああ、そうそう」

 

 何か思い出したかの様にジェノべが指を上げる。

 

 魔法使いらしい仕草と、魔女としての動作は2つ合わさって怪しさと共に儚い美しさを醸し出す。

 

 「本日は英霊様達が全員修行の第一段階を完璧に終える事が出来ました・・・次は我が地水火風の司祭を混じえて、修行を開始します。内容はとても簡単・・・彼らに勝ってください」

 

 背は向けたまま銀髪を揺らして話すジェノべに、ギンジとカエデは小首をかしげた。その地水火風の司祭に勝つだけでいいのだろうか?

 

 「なんだ、要は殴り合いか。簡単だろそれなら」

 

 ギンジの余裕な表情を見て、カエデも苦笑混じりにそれにうなずいたが、ジェノべは硬い顔をする。

 

 そこからすぐに微笑を浮かべて、ギンジとカエデに忠告を促す。

 

 「彼らはとても手強いですよ。その余裕が崩れない事を祈っております」 

 

 それだけ告げるとジェノべは魔法で自分の姿を消した。城内へと戻る様な光の球となり、魔女はその場を離れていった。

 

 2人きりになった小屋の中で、カエデはギンジの隣にやってくる。火にかけられた野菜鍋を見て、次にギンジの横顔を眺める。

 

 「ねぇ、ギンジ」

 「ん?どうした」

 

 小さな器にそれをよそいながら、ギンジはカエデの声に耳を傾ける。

 

 「ギンジはミヤコを助けたい?」

 「当たり前だろ、俺の命の恩人だし。仮にお前がミヤコと同じでも俺は助けに行くぜ。お前も・・・カエデも俺の命の恩人みたいなモンだしな」

 

 正直以外だった。ギンジにそう思われているなんて。

 

 「まだ俺が・・・今もそうかも知れないけど、怪人だからって信用無かったってのに、助けに来てくれたろ?」

 

 6月にギンジが連れ攫われた時に、カエデ達は音楽堂まで突撃してきてくれたのだ。アレを本当にありがたいと今でもギンジは思っている。

 

 「そうね・・・でも、今は信用してるわよ。うん、正直に言えばあたしは、あんたが居ないとここまで戦えて来れなかったかもだし」

 

 少しも気恥ずかしさを感じさせないで、カエデが言うとギンジもニヤリと笑う。

 

 「レンが相棒なのも変わらないけど、ギンジもあたしの相棒で居て欲しいからさ・・・だから一個だけ約束してくれない?」

 「俺が相棒?へへ、光栄だね」

 

 相変わらずの軽口だが、ギンジがカエデ達ヘヴンホワイティネスのサポートをするという気持ちは今でもずっと変わっていない。

 

 カエデがいつもみたいな気の強い表情ではなく、正義のヒーローとしてでもなく、ただ一人の女の子としての表情で微笑んでくれている。

 

 「約束って?」

 「簡単な約束。もう何があってもあたし達を置いて、勝手に死にそうな事しないでちょうだい。あんたはあたしの下僕であり、最強の相棒なんだから・・・」

 

 かつてギンジが一人で敵に立ち向かった事は、今でもカエデの心に深い傷跡を残している。取り戻せたから良かったものの、次同じ事になったらどうなるかもわからない。

 

 そう思うまでにギンジという【人間】が大切だと、カエデは想っている。それは恋としても、憧れとしても仲間としても。

 

 「あ、あんたが大切って意味もあるからね!ギンジがあたし達を大切にしてくれるのと、同じで・・・皆気持ちは同じって事よ!変な勘違いしないでよ!!」

 「・・・」

 

 カエデの表情を見ていると、カエデハウスでの朝食を作る顔を思い出す。今までの朝食を作ってもらっていた時、ギンジはカエデにおそらく気になる相手が居ると思い込んでいたのだが・・・。

 

 (・・・まさかとは思うけど、カエデの気になる相手って・・・)

 

 彼女の表情は、ただの仲間に向けるモノではないと言うことだけは解った・・・解ってしまった。

 

 ミヤコとはまた違う一つの形だが、きっと想いは同じ事であろう。

 

 「絶対に自分を犠牲にしないで・・・あたしは、あんたまで居なくなるのは嫌よ・・・」

 「あ、ああ・・・」

 

 前髪に隠れてしまっているが、陰りのある瞳はおそらくわざと隠しているのかも知れないなとギンジからはそう見えた。

 

 カエデにしてみても、今だけはどうしてもギンジの顔をまっすぐに見れない。眼をあわせたら、よくわからない感情が一気に胸にこみ上げて泣いてしまうかも知れない。

 

 「・・・改めて悪かったよ。もう二度とあんな気持ちにはさせないし、今度からは俺たちが勝てるように、困ったらお前を頼ることにするよ。だからミヤコを助ける時も、力を貸してくれ。俺にもお前が必要だからさ」

 

 自分でも少し言い回しが変になったとは思う。

 

 今のギンジにしてもカエデにしても、お互い大切な仲間だ。

 

 「ヘルブラッククロスを倒して、未来を守る事も必ず最後まで手伝う!もちろんお前がピンチになったら絶対に俺が助け出す!怪人人間佐久間ギンジに全部任せとけ!」

 

 カエデが抱く感情が【きっとそんな事ではない】と思い込むのと同時に、意識してしまった気恥ずかしさを隠す為に、少しふざけてみる。

 

 だけどそれをしてもカエデは顔を上げてくれない。

 

 「悪い。少しふざけた・・・」

 「うん・・・」

 

 落ち着きを取り戻して、カエデはゆっくりと顔を上げた。陰りの無い顔は、まっすぐとギンジを見つめている。それはいつもの睨みを効かせた表情ではなく、もっと違う形を見せている。

 

 ミヤコがギンジに見せるのと同じで、カエデも揺れている瞳と、ほんのり赤い頬、緊張にこわばった顎・・・。

 

 「っ」

 

 そこで見えたカエデの顔から眼が離せなくなる。湾岸エリアでの戦闘前や夕日の輝く有姪海岸で眼を合わせていた時の様に、ギンジの鼓動が早くなる。

 

 こくりと、喉が動く音がする。それはカエデの喉から聞こえた。

 

 自分の〈大好きな人達〉の気になる相手・・・否、その領域を超えた所・・・恋愛の感情だと言うことが理解出来てしまう。

 

 (いやいやいやいや!嘘だろ!!カエデが気になる相手って言うか、コレ・・・マジか!?マジなのか!?)

 

 いつもミヤコにその愛をぶつけられていたからこそ、ギンジは気づいて居なかった。

 

 距離感が近いのも、息の合う行動も、考えが良く似る事もあるとは思っていたが・・・。

 

 声が上手く出なく感じる。ゲームでも、この世界でも好きだと思う事は変わらない、神宮カエデという人物だが、こうなるとは思っても居なかった。

 

 ただ自分の境遇がこんな状況だからこそ、カエデやレンやミドリコ、それにレイナにも、そういう感情を持ち合わせるのは間違っていると思っていた。

 

 カエデに慕われる、好意を持たれるのはかなり嬉しい。これは正直にそういう風に思える。

 

 (でも・・・今じゃないな・・・)

 

 今・・・恋と言う感情を出すのは違うと思う。

 

 「・・・絶対にあたしを守りなさいよ。ギンジの事は・・・あたしが絶対に守るから」

 

 恋する瞳にギンジを映しながら、カエデが低く告げると席を立ち上がる。

 

 「あ、ああ、あれ、あれだ!鍋食べないか?」

 

 何を焦ったのか、ギンジはカエデに変な事を口走る。小屋の中は野菜鍋の香りが広がり続け、空腹感がより強くなる。

 

 「皆を呼んでくるわ・・・」

 

 カチコチ動きながら話すカエデが、ゆっくりと小屋を出ていく。

 

 「み、みんな、でご飯たべましょ・・・?」

 「あ、ああ、そうだな・・・」

 

 小屋の扉が閉まる。

 

 そしてカエデが居なくなった事を確認すると、一気に緊張感が抜ける。

 

 「〜〜っふぅーっ・・・」

 

 もしかしたら修行より疲れたかも知れない。

 

 「・・・ミヤコみたいな感じじゃなくて良かったけど、まさかカエデが俺を・・・」

 

 カエデの気になる相手、というより恋する相手がまさかの自分である事を知り、ギンジは途方にくれる。本当なら嬉しい事だが、今はなんだか素直に喜べない。

 

 別にカエデが嫌いだとかではない。

 

 戦う事や、ミヤコからの求愛も・・・。

 

 「・・・あれ」

 

 今ギンジの心に一つの問題点が生じる。絶対に合ってはいけないと、普通ならそうなっては行けない事。

 

 ギンジの持つ強い心の中に、2人の女の子が形を成して現れている。

 

 恋というモノに当たり、今まで封じ込めていたモノが、そのドアを開けて飛び出て来たかの様な感覚。

 

 神宮カエデと鈴村ミヤコ。

 

 癖の強い彼女達が、ギンジの心に居着いた様な感覚だ。

 

 隠していても、想ってしまう事もある。

 

 「・・・あれ、俺もしかして・・・」

 

 今のミヤコの状況でずっと彼女を想う事。

 

 相棒として心強いカエデを大切に想う事。

 

 そして2人共守りたいと、願う事。

 

 ずっと自分でも気づいて居なかった事、感情、想い。

 

 佐久間ギンジは今それに気づいてしまった。

 

 (俺もしかして・・・2人を好きになった、のか?)

 

 佐久間ギンジの異世界転生ライフは、またもや大きな問題を抱える事になるのであった・・・。

 

 この直後どこかギクシャクしながら話すカエデとギンジを見ながら、レンはほくそ笑み、赤鬼もギンジの心境の変化に気づいてわいわい騒ぎ倒すのだが、そこはまたもや別のお話・・・。

 

 

 

続く  

 

 

 




お疲れ様です。

物語においての目的はヘルブラッククロスを倒す事ですが、そこに恋愛も混ぜたら魔法界編で入れるべきと思い、今回のお話でギンジのぶつかる問題を大きくしました。自称誠実なギンジはどちらを選ぶのか、そこはお楽しみに・・・。

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
農作業の他、小屋の組み立てをやらされた。
カエデとミヤコ、2人の少女に恋をしている事に気づいたのだが・・・

神宮カエデ
ギンジに恋をしているのは明らかな事なのだが、ここまで来てようやくそれがギンジに伝わった(伝わってしまった)。
仲間から相棒という所まで来た。レンの事はいいのか。

宮寺レン
ケイタと誠実な恋愛をしている。カエデの恋は応援しているけど、おやつ感覚で見ているととても面白い。

角倉ケイタ
自分の魔導書を発見出来た。明確な修行の成果は次話にて。
果たして戦闘に出れるのか出れないのか!

甘白ミドリコ
ギンジの野菜鍋で元気を取り戻した。西度固化に居るお母さんに会いたくなる味だったとの事。

赤鬼
野菜鍋を食べて元気が爆発しそうになっている。
今晩こそミドリコを抱くつもりか、嫌がることはしないと諦めるのか。

小町サクラ
恋愛っていいな〜

アラビア
オレキエッテ帝国の兵長。
名前の由来はアラビアータから。
それぞれヘヴンホワイティネス達の修行を手伝った。英霊にしておくには勿体ない、ぜひ帝国の為に戦って欲しい。
実は昼間のクリムパスに勝てた事が無い。

クリムパス
アラビアにはいつか幸せになって欲しいと想っている。妹みたいなモノらしい。

さて次回は、いよいよ地水火風の司祭であるコッツ兄妹の登場。

修行の成果を更にあげる修行第2ラウンド!一方、魔王軍はあの怪人を取り入れ新たな戦力拡大を図り・・・?

まて、次回!!!
感想や応援いただけましたら幸いです!
ではでは、また次のお話で!


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56・コッツ兄妹

こんにちはアトラクションです。

今回のお話は少しだけ前回の最後に言っていた事と違う内容となりました。

あの怪人が魔王軍と〜みたいな事を書いていましたが、少し話が伸びそうだったので、そこをカットして、次の次のお話に回す事にしました。

で、代わりに今回は56話にしてついに角倉ケイタに日の目が・・・!

それではどうぞ!


 今日も珍しく魔王軍の襲撃は無く、ジェノべの指示で動く兵士に連れられて帝国領にある遺跡へと向かっていた。

 

 魔法で動く黒鉄の馬車に乗り込み、ギンジ達は遺跡が近づく景色を眺めている。

 

 馬車の中は帝国特別仕様で彩られており、一人の席に小さめのテーブルと、取り外し可能な仕切り板と、土足で踏んでもふかふかする絨毯。

 

 座り心地の良い快適な背もたれに座り込み、ギンジはぼーっと外を眺めている。

 

 平原と岩肌が交互に入り乱れるその光景は、おおよそ日本では見られないし、なにより軽々しく遺跡に入れるという事に、若干テンションがあがる。

 

 (・・・)

 

 心の中では無言を貫いている。今日はめずらしくカエデが隣に座っては居ない。間にはケイタを挟んだその隣にカエデが座っている。

 

 「・・・」

 

 カエデもなにやら無言で居る。緊張でもあるのか、それとも恥ずかしいのか。

 

 「カエデ?」

 「ん?どしたの」

 

 そんなカエデを見かねてレンが声を掛ける。親友がどうにも心あらずでいると、心配になってくる。おそらくこうなっている理由は間違いなく、ギンジ絡みの理由なのは間違いないだろう。

 

 「大丈夫?昨日、ギンジと、何かあったの?」

 

 ヒソリと声を出したレンに、カエデは声を震わせるようにしてレンに返答を出す。

 

 「ううん・・・その、何もないんだけど・・・えーと・・・」

 

 言い淀んでしまうカエデに、レンは再びやれやれと言った態度を見せる。だがいつもの様に本調子で無いことは、これからの戦闘や修行に対して良い結果が出せない事もあるかも知れない。

 

 「ギンジの事、守るって言ったら、逆に守ってやるって言ってくれたから・・・嬉しくって・・・」

 

 ギンジに守られる。いつも正義のヒーローとして、平和と一般市民を守り遠そうとしている。そんな彼女もたまには誰かに守ってもらいたいと考えてしまう事もある。

 

 レンやミドリコに守ってもらう事もあるが、そうでは無く好きな人に守ってもらいたいと・・・。

 

 守るという事を、お互いに出来るのであれば、ソレはとても嬉しいと思える事なのだろう。

 

 ギンジに守って貰える。ならば自分はとにかく敵を倒しに全力を出していい。

 

 「・・・とにかく良かったね」

 

 カエデの嬉しいポイントもたまにズレているが、レンは鼻で笑いながら背もたれによりかかる。

 

 黒鉄の馬車が遺跡を前にその動きを止めると、全員が馬車から降りてくる。

 

 降りる順番はなんでも良いのだが、カエデとギンジは順番で降りる事になっている。カエデが先だ。

 

 先に降りたミドリコとレンとケイタは、青空と新鮮な空気を吸い込み身体を伸ばしていた。

 

 「・・・っ」

 

 少しだけ振り向いて後ろに居るギンジを見ると、何かを言いたくなるのだが、言葉が喉に詰まって何も言えずにカエデがぴょんと降りていく。

 

 ギンジも何か言いたいのだが、今朝からカエデの態度が何かと変だ。いつもみたいに馬鹿にしてこない上に、悪いことも行って来ない。それこそ理不尽な暴力も無いのが、逆に不安になってくる。

 

 「・・・大丈夫か、あいつ・・・」

 

 大丈夫じゃないのはギンジもなのだが、本人はそれに気づいてい居ない様子。

 

 そんな2人を見ていると、レンは余計にニヤニヤしていく。あの2人の距離感を更に埋めてあげたいが、カエデは良くてもギンジにもしかしたら地雷となる行動もあるかも知れない。ソノため、不用意に行動は起こせないのだが。

 

 遺跡は見た目の規模は大きく、ギンジも自分の世界で遊んだ事のあったRPGのジャンルのゲーム、【ドラゴンファンタジア】に出てくる角ばって怪しさ満点、昼夜問わず入り口のろうそくが灯され続ける、お決まりの遺跡のフォルム。

 

 そんな遺跡の前で少しテンションが上がる。

 

 「テーマパークに来たみたいd「ここが遺跡?」

 

 ケイタによって遮られてしまったが、依然としてテンションは高くなる。

 

 「はーいみっなさーん!」

 

 声高らかに空からサクラが現れる。

 

 ここで待っていたのだろうか、相変わらず元気である。

 

 「おはようございます」

 

 遺跡の薄暗い入り口からは、魔女ジェノべが艶のある銀髪を揺らしながら出てくると、ギンジ達に今日一日目の挨拶をしてくる。全員がそれを返すと、遺跡の前に優しくも強い風が吹いてくる。

 

 天気の良さと心地よい風と気温により、戦いの事を忘れて眠りたくもなってくる。

 

 しかしそんな穏やかな雰囲気は一変、ジェノべが大きな魔力を膨れ上げさせて、ギンジ達に臨戦態勢を取らせる。

 

 「皆様、本日の修行は、昨日もお話したように・・・」

 

 ジェノべの話す後ろで、サクラが何やら魔法で小道具を出している。手のひら程度に収まりそうな何かを造り出しているようだったが、ギンジは一度そこからは眼をそらして、ジェノべの方へと向き直る。

 

 「本日は修行の第2段階であり、最後の修行です。その内容は簡単なモノで、一番難しい修行・・・」

 

 淡々として、それでいて強い口調で話していくジェノべに、皆が強張る表情になる。殺気とも敵意とも取れないが、これから戦わないと行けないという強い気配。

 

 「その内容は我が帝国の誇る、地水火風の司祭・コッツ兄妹と戦い、勝利を収めてもらうことです。ああ、先に言っておきますが、彼らはとても手強いです」

 

 そこまで話し終えると、サクラがジェノべに何かを手渡す。先程後ろで作っていた小道具を受け取り、ジェノべは8個あるそれを、扇状に広げてギンジ達に見せた。

 

 「なんだ?これ?」

 「鍵の様にも見えるが・・・」

 

 ギンジがまじまじと見つめたそれは、ミドリコの言う通り鍵の形状をしている。

 

 8個もあるその鍵を、ジェノべが2個だけ取り出すと、ギンジとミドリコに手渡した。

 

 「この鍵をどうするのだ?」

 

 ミドリコとギンジが鍵を手元で見ながら、ジェノべに聴いてみる。

 

 「まず私の手元の6個のうち、2つはコッツ兄妹に渡します。そして残りの4つの鍵は、この遺跡のどこかに隠します」

 

 そこからはサクラがボードを魔法で取り出して、地図と共にジェノべが説明を再開する。

 

 「この遺跡は全部で4階層分ある大きなダンジョン。とはいえモンスターは居ませんが・・・」

 

 遺跡の広大な地図に、ケイタは硬唾を飲み込む。これから戦闘になるかも知れないと、怖気づいた様に顔を青くしている。

 

 しかしながら引くわけには行かないし、レンを守るという覚悟を持っている以上、ケイタは絶対に逃げないと、心にタスキをかけている。

 

 「遺跡の地下3階。そこの中心の部屋にある旗を取った方のチームが勝利となる、鍵の争奪戦です。まぁ、おそらく鍵自体はコッツ兄妹達が先に広い集めているでしょうが・・・」

 

 ギンジ達の手元の鍵は2つ、対する相手チームの鍵も2つだが、すぐに拾うかも知れないということ。

 

 そうなると鍵は敵チームに6つ揃う事になる。

 

 

 「目的としては、鍵を8つ手にし、中央の旗のある部屋へと進む事・・・それが英霊達の修行になります!」

 「つまり・・・あたし達が、鍵を全部手に入れて、旗を奪えばいいのよね?」

 「難しい事じゃなさそうだな。修行って言うのかもわかんねーけど、やってろうぜ!」

 

 ギンジもカエデもいつもの調子に戻り、近い距離感で会話を始める。このまま調子が崩れなければいいのだが。

 

 「さぁ、それでは遺跡へどうぞ!」

 

 ジェノべに促されるまま、ギンジ達は遺跡(ダンジョン)へと入って行く。薄暗い入り口を抜けると、大小さまざまな通路がヒビ割れており、また遠くまで広がる迷路の様な形状の大空洞の中の道々に、息を飲む。

 

 カエデとレンはすぐに変身し、ミドリコも拳銃を引き抜く。ついでに、前日にならった第三の眼を薄く開き、気配の感知を行う。

 

 相変わらずケイタは白い魔導書を胸にしまいながら、レンの少し後ろをついてくる。

 

 「さーて・・・鍵とやらを全部手に入れて、旗をゲットしちゃおうぜ!」

 「足引っ張んないでよ、ギンジ!」

 「へっ!俺がそんなドジ踏まねぇよ!」

 

 カエデとギンジが先に走り出す。

 

 「待つんだギンジ、カエデ!走ると危ないぞ!」

 「いや・・・鍵を持っているのはギンジと、ミドリコだけ。ここは、別々の行動した方が、敗北の条件を、達成させないと思う」

 

 そもそもギンジとカエデが組んで居れば、ほとんどの場合戦闘においては負ける事はないだろう。

 

 レンは2人の後押しすることも考えているが、戦闘においては殊更2人の相性なら問題は無いだろうと信じている。

 

 だから、先行したギンジとカエデはあのままにし、残ったレン、ミドリコ、ケイタは慎重に鍵探しを行う事になる。

 

 「行こう、ケイタ」

 

 レンの掛け声に反応すると、ケイタも魔導書を片手に小走りで近づいていく。

 

 レンの歩く後ろ姿を見ていると、本当に小さな身体をしていると改めて実感する。こんな小さい身体に、あんなに強烈な暴力や攻撃が繰り出されている事を思うと、ケイタはいたたまれなくなる気持ちで一杯だ。

 

 (僕が・・・!僕がレンを守るんだ!守れるように、この魔導書を操れる様に頑張るんだ!)

 

 堅く開かない魔導書を握る手に力が込められ、ケイタはろうそくの灯された薄暗い道を、レンについていくようにして進む。

 

 ミドリコが先頭を歩き、敵の気配感知。

 

 レンは真ん中を歩き、ビーム剣を下手にかまえている。

 

 ケイタは魔導書を携え、一番後方を歩きだす。

 

 不安はありつつも、楽しみも合わせつつ、レン達も突き進むのであった。

 

 一方先行したギンジとカエデは、ただまっすぐ進んでいるだけだったのに、入り口がもう見えない地下まで進んでいた。

 

 「あれぇ?俺たち降りたか?」

 「わかんないけど、少なくとも下った様な感覚は無かったわね」

 「そうだよな・・・ま、何が来ても俺たちなら問題ないだろ!どんどん進んで、鍵ゲットしちゃおうぜ!」

 「当たり前よ!不利な状況なんだから、あんたこそ鍵を取られたりしないでよ!」

 

 勢いをつけたままの2人のダッシュは、遺跡の迷路内に風を造り出す。

 

 やがて道を抜けると、四角く切り取られた様な大部屋にたどり着く。

 

 「敵は・・・居なさそうだな・・・」

 

 周囲の索敵をしつつ、ギンジが安全を確認すると、カエデがいきなりギンジを蹴って突き飛ばした。

 

 「っ!?何すんだ!」

 

 ギンジが叫んだ直後、2人を分断する様に石柱が倒れて来る。

 

 「・・・なるほど、助けてくれたのか。にしてももう少しあるだろ!痛いのよ!あんたの暴力、痛いのよ!」

 「言ってたら間に合う訳ないでしょ!・・・ほら、ごめんね」

 

 石柱を乗り越えたカエデが、眼をそらしながら手を伸ばす。その手を掴み、ギンジも立ち上がると、今度は冷たい風が四角い部屋に染み渡るように吹き、カエデとギンジは2人同人背中を合わせて周囲を警戒する。

 

 見渡してもどこにも敵は居ないが、こんな地下に冷たい風が来る事自体不自然だ。

 

 「・・・敵のおでましか」

 「隠れてる?」

 「いーや。もうすでに出てきてるよ」

 

 ギンジとカエデの少し上、ボロボロになって横倒しになっている石柱に腰かけた緑色のローブを纏った人物がこちらを見下ろしている。

 

 口元が見えるだけの目深にかぶったフードを取り出すと、髪の色も緑色の可憐な顔つきが姿を表す。

 

 「やっほー。はじめまして英霊サマ。私はコッツ兄妹の長女・・・産まれた順番は四番目の、ジン・コッツ。風を司る司祭をやってるんだ〜」

 

 気怠げな声音とは裏腹に、その視線はギンジの持つ鍵に向けられている。

 

 「とーってもめんどくさいんだけどさ、修行に付き合えって魔女に言われててね。殺さない程度ならやってもいいって言うんで、本気で鍵奪っちゃおうかな」

 「お前がコッツ・・・いやっていうか初っ端から女が相手かよ!」

 「あんたとことん女が敵だと無理ね」

 

 戦意を失っては居ないが、ギンジにこのジン・コッツと名乗る相手との戦いは無理だろう。

 

 「ところで鍵を探してる?じゃーっん!鍵ならここに」

 

 ジンの手元に見せびらかしているそれは間違いなく、先程サクラが作った小さい鍵。しかし彼女が持っているのは一つだけ・・・。

 

 「鍵はお前が持ってるデフォルトの一個だけか。じゃあ他の奴らが持ってる可能性は高いな」

 

 ギンジがカエデの後方へと、足を動かして行く。逃げるつもりなのか、その態度が少しだけジンの癇に障る。

 

 「逃げるの?英霊なのに?」

 「戦略的撤退ってやつだよ!」

 「はぁ。あんたってば本当に・・・しょうがないわね、鍵はあたしに任せて、ギンジは他の鍵を探して来て!」

 「・・・もしピンチになったら大声で俺を呼べよ!必ず助けるし、信じてるからな」

 

 ギンジの言う信じると言うのは、カエデが勝つか敗けるかの話しではない。

 

 「カエデが無事に戻ってくるって事をだからな!」

 「・・・うん!任せなさい!」

 

 鍵を握りしめたギンジが遺跡の奥へと進もうとするが、そこへ風の刃が飛んでくる。幾重にも連なり、何本も可視化されたその刃達がギンジをめがけて発射されていく。

 

 「こんなんで終わり?」

 

 ジンが砂煙の舞う地面を高みの見物の如く、静観しているがギンジにはダメージになっていない。

 

 そもそもジンの魔法は命中していなかった。

 

 ギンジが当たる直前でコウモリの羽をはやして、高速で滑空すると、砂煙を超えて彼の姿はもうなくなっている。

 

 「チッ・・・」

 

 地水火風の司祭として、敵を取り逃がすことは基本的には無い彼女だが、ギンジを逃した事でストレスが一気に上がり、顔に血が登っていく。

 

 ・・・。もう一人の女の姿が見当たらない。やたら近未来的な衣装を来た、あの女の英霊。

 

 「・・・まさか、あいつも逃した・・・!?」

 

 その直後にジンの背後から強い敵意を感じ取り、後ろに振り向いた瞬間、想像以上の攻撃力で強い一撃が打ち込まれた。

 

 「ヘヴンリー・インパクト!」

 「・・・!!」

 

 ギンジに気を取られた結果カエデを見失い、そのカエデが自分の背後に回っている。

 

 そして先手を取られて、ジンは部屋の地面へと叩き落されてしまった。

 

 「・・・強いじゃん。めーんど」

 

 地面から身体を引き剥がし、風の魔法を両手に纏わせる。

 

 正面には着地したカエデが立っており、ジンへと指を指した。

 

 「あんたの鍵、あたしが貰うわよ!」

 「余裕ぶっていられるのも今の内だよ・・・」

 

 風の刃を回転させる腕を、カエデのガントレットとぶつかり、砂埃が2つの衝撃と突風により、部屋の壁まで吹き飛んでいく。

 

 「鍵が欲しかったらー私を倒してみなよ、英霊ちゃん!」

 

 なんとなくだが、このジン・コッツと言う女は、リコニスに似ている雰囲気を感じた。カエデはあの憎き強敵を思い出して、顔が怒りに染まっていく。

 

 「怒ったー?」

 「うるっさい!」

 

 交差する腕を上に打ち上げると、ジンがカエデの上に飛ばされる。身を捻りながら回転するジンへと両の拳を構えて、ギアが強く回る。

 

 今までもよりも早く、強く回るギアの回転力を活かして、カエデは連続で拳を打ち出す。

 

 カエデの自慢の必殺技が繰り出される。

 

 修行によって制御、ないしは研鑽を積んだのはスーツだけではない。

 

 「必殺!!」

 

 ジンも空中で風のシールドを作り、防戦の構えを取り始める。

 

 「オーバードライヴ・レイジング!」

 

 高速で打ち込まれる両拳の速度は、かつてのカエデの必殺技である、ドライヴ・レイザーの正当強化技。今まで以上に強い一撃いちげきが、眼の前に塞がる風のシールドを貫いていく。

 

 「ぬー・・・強いなぁ・・・」

 

 ジンは拳が当たる前に、風に乗って移動する。攻撃の範囲内から抜けると、ジンも次なる風の魔法の準備をすると、カエデも同じく次の必殺技を発動しようとその腕と脚に力を込める。

 

 「めんどー。私も暇じゃないからさー・・・さっさと負けろよ!」

 「あらら奇遇ね。私も暇じゃないの!あんたこそ折れて鍵をよこしなさい!」

 

 衝撃の拳と風の拳がぶつかり、再び部屋に強い衝撃と強い風圧が混ざりあった波動が、響き渡った。

 

 「修行の成果なんてどーでもいいよ!」

 「甘く見てると、痛い目に合うわよ!」

 

 カエデは鍵を手に入れて、ジン・コッツに勝たないと行けない。

 

 敗ける事なんて考えていないが、このジン・コッツもそこそこには強く、カエデは決して油断せずに戦おうと意気込む。

 

 自分を信じてくれたギンジの為にも、そして自分の友の為にも、なにより、もう二度と敗けない為に、神宮カエデは修行で得た新しい必殺技を新たに発動する。

 

 「必殺!」

 「マジカル・ウィンドブルマジックス!」

 

 「テラマグナム・インパクト!」「マッハ・スパイラルパイク!」

 

 大衝撃と大烈風。2つの強烈な攻撃が至近距離でぶつかり、2人の少女がお互いの攻撃力に耐えきれずに、遺跡の壁へとぶっ飛んで行く。

 

 「・・・ぐぅ〜、強いなぁ」

 「・・・あんたもね」

 

 心底めんどくさそうにしながら、ジンは立ち上がる。同じくカエデも立ち上がり、再びギアを回す。

 

 「正直、予想外だよ。君一人で魔王軍とか倒せそうだね」

 

 しかしジンも魔女の命令でここに立っている。昨日の修行でカエデ達がどこまで強くなったのかを見ないと行けない。

 

 殺さない程度なら何をしても良いとも言われている以上、どうせなら半殺しぐらいにはしてやりたいと考えていたが・・・あの勇者が逆に頭を下げる者であり、かつ強い。

 

 「なーるほど。地水火風の司祭、ジン・コッツ・・・これより本気の魔法で・・・英霊・カエデを撃破する!」

 

 足元から魔法陣を展開させ、風をイメージさせる緑の魔力が渦を巻き、ジンの全身にさらなる風がまとわりつく。

 

 「この魔法、協力だからー・・・まぁ死なないで」

 「死ぬわけないでしょ!あたしは、あんたから鍵をもらって、ギンジに追いつかないと行けないんだから!」

 「耐えてから言いなって」

 

 やがて風が竜巻となり、その中心でジンが大魔法を唱える。

 

 「マジカルマジックス・ウィンド・ウィンドブル・マジカルス」

 

 竜巻の頭頂部となる所をカエデへ向けて、ジンが突撃してくる。竜巻そのものを、他のモノをすべて斬り崩しては無に還す大魔法そのものとなり、風圧をも操り英霊を撃破する巨大な竜巻・・・。

 

 「終わりだ・・・!!」

 

 しかしカエデは動じない。こんな事で、こんな所で、恐れている場合では無いのだ。

 

 仲間を助ける為の力を手にしたカエデに、ジンという存在の攻撃魔法は何一つとして脅しの材料にはなっていない。

 

 「この天才でパーフェクトのあたしが、一生懸命になってダークヘヴンスーツを制御出来る様にしたのよ。こんな所で躓いてられないっての!」

 

 左右の拳と、両足から白を黒くそめる三色のオーラが溢れ出てくる。

 

 今まではそれが出て、身体に取り憑いて色が混ざり切るまで待たないと行けなかっただろうが、今のカエデは違う。

 

 たった一日とは言え、あの力を自分の意思で操れるようにしたカエデには大きな自信を持って、この魔法界の危機を救おうとしている。

 

 「力を貸して!ダークヘヴンスーツ!」

 

 右の拳を地面に打ち付けると、三色のオーラが一瞬にして身体に取り付いていき、その純白のスーツを黒く染め上げた。

 

 「竜巻だろうと、魔王軍だろうと・・・」

 

 両腕を後ろへと伸ばして、迫りくる大竜巻のジンを正面に捉えた。

 

 「玉砕覚悟・・・?」

 「あたし達が戦ってるのは地獄だって言ってるのよ!あんたらも魔王軍も・・・平気で人々の平穏を脅かすあいつらに比べたら・・・」

 

 正義の志が強く震える。カエデの平和のイメージが流れ込み、ダークスーツはより力を増している。持ち主であるカエデの意思を汲み取る様に、赤いラインがより輝きを増して、ガントレットのギアが超速回転を放つ!

 

 「吹き飛びなさい!超必殺!」

 

 両腕を前方へ、飛ぶ勢いで腕を突き出す。両の手のひらに集う黒と白の光を纏めた衝撃波が、竜巻と正面からぶつかる。

 

 「デストラクション・インパクト!!」

 

 テラマグナム・インパクトよりも更に強い、超衝撃。刃同然の風を打ち破り、中心で回るジンを捉えた。カエデの掌へと到達したジンはミシミシと骨を鳴らして、気がついた時には、遺跡の壁へと突き飛ばされていた。

 

 石柱を破壊し、壁を貫き、道を抜けて、その華奢な身体をいたる所にぶつけていく。

 

 勢いが止まると風すら纏えなくなっており、死にはしないがジンはダルそうにしていた。

 

 何本もの入り組んだ迷路を横断する一本道の先に、ジンが倒れカエデが近づいて来る。

 

 「はーだるい。結局勇者にも勝てないし、その英霊にも勝てない。おまけに魔女には永久に従うし・・・」

 

 カエデのスーツは元の白いカラーに戻っていた。ジンを見下ろす様に立っているカエデは、まだ動けそうなジンへと手を伸ばす。

 

 「大丈夫でしょ?」

 「・・・あーめんどいな」

 

 カエデの手を掴んでジンはゆっくりと立ち上がらせてもらう。

 

 「鍵、渡してよ」

 

 まだ戦う気なら容赦しないと言ったカエデの気迫に、ジンはたじろいでしまう。最後まで戦わなくとも、あれだけの力を出されれば、ジンも認めるしかない。

 

 「はーぁ・・・お兄ちゃん達に怒られちゃうな。はいこれ鍵」

 「いくら魔女の命令でも嫌なら断ればいいじゃない」

 「まぁーそうなんだけどね。ま、とにかく鍵は渡したから。私は少し休憩したら、外に出るよ。ああ、それと」

 

 ジンが説明口調で話しながら、最後にひとつだけ重要な事を話す。

 

 「この遺跡、一応この魔法界の世界遺産だから、あんまり怖さんで。それじゃ修行達成、お祈りしてるよ、英霊サマ」

 

 ジンの言葉を聞き入れ、カエデは元気に頷くと、スーツの力を利用したパワープレイで壁を破壊しながら、遺跡の奥へと進んで行った。

 

 「だから破壊するなよー・・・」

 

 思えば勇者もこの遺跡を破壊していた様な。

 

 「はーま、いっか。後でお兄ちゃん達に怒られよーっと」

 

 ダウナーの様な気だるい姿で、ジン・コッツという少女はこの場にて休息を取るのであった。後で兄に怒られる事を予想し、少し現実逃避もしておきたいのもあるのだが。

 

 「ヘヴンホワイティネス、か・・・めんどうだけど、覚えとくよ」

 

 ジンの心に忘れられない人たちが居付き、地下1階?の戦いはカエデの勝利で幕を下ろした。

 

・・・・・・・・・・・・・

 

現在の鍵数

 

ギンジチーム

3つ

ギンジ、1

カエデ、1

ミドリコ、1

 

コッツチーム

?つ

──・コッツ、?

───・コッツ、?

──・コッツ、1

ジン・コッツ、1→0

 

未取得の鍵、不明!

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 遺跡内部で早くも交戦が始まったのか、崩落の危険性もありそうな地響きが鳴り続け、ケイタは本を傘変わりになんとかレンの後ろについていた。

 

 「・・・むむむ」

 

 ミドリコは両目を閉じて、早速修行の成果を見せている。額の真ん中にあるような、ミドリコにしかわからない瞳。第三の眼と呼ばれるその能力は、銃で後方支援を行うミドリコに取って、気配が見えると言う能力は最大限活用出来る、相性の良い能力だろう。

 

 そしてその第三の眼で見渡す限り、近くに敵の気配は見えない。あるとすれば、一人でどんどん地下に向かっている黒い点はギンジ、上を見上げれば白い点。これはカエデだろう。その少し離れた所に居る黄色の点は敵か味方かがわからないモノとして判別。

 

 レーダーとして脳内で色々設定が可能で、まるで機械でも埋め込んだかの様な能力に、魔法の素晴らしさを理解する。

 

 (使いすぎるのは良くないが、便利だな・・・昨日の開眼までの事を考えれば私も慣れた、という事か)

 

 魔法の基礎と自分の使う能力に対する理解。それを学んだ上で、魔法使いの初歩の初歩を学ばせてもらったのだが、これがなかなかスパルタで、軍人時代を思い出しながらやっていたら、非常に疲れてしまった。

 

 脳内がザワザワするのもあるが、使いすぎると神経が焼けて鼻血が出るらしい。

 

 3人が進みながら辺りを見渡すが、敵も見つからなければ、気配すら無い。下の方にはそれらしい気配はあるのだが。

 

 (・・・これは鍵の気配までは見れないみたいだな。ならば敵を全滅させるのが先決か?)

 

 ミドリコの考えは敵を倒せば修行完遂において、大きなアドバンテージを得られると言うモノ。

 

 しかしヘルブラッククロスとの戦いでもそうなのだが、それが上手く行った事はあまりない。

 

 今回は敵がおそらく四人。

 

 「地・水・火・風・・・だしな」

 

 今回の相手は地水火風の司祭・コッツ兄妹。名前からして兄弟であり、家族という存在にミドリコは少し羨ましさも感じる。

 

 (家族で行動しているとは、なんだか微笑ましいな)

 

 ミドリコにも姉がいるが、海外に嫁いだ為最近は会って居ない。

 

 ふと、普通の眼を開き、後ろを確認する。

 

 自分についていくるレンとケイタと眼が合う。仲間がちゃんと後ろに来ていて、安心する。いくら怖いモノなしのミドリコでも、これには安堵する。

 

 「あ、水だ・・・」

 

 ちょろちょろと流れる遺跡の流水を見て、ケイタが小走りで近づいていく。敵は居ない為、ミドリコもレンも何も警戒せずに、ケイタを追いかけた。

 

 「この水、飲めるかな・・・緊張で喉乾いちゃって・・・」

 「多分大丈夫。私も、実は喉が乾いてて」

 

 薄暗くてもはっきりと底が視認できるぐらいに澄んでいて、水面には顔まで映る。

 

 鼻にピアスをつけ、白と黒の斑模様が浮き上がるその顔、そして少しだけ上顎と下顎が人間より前に伸びた・・・顔・・・。

 

 「ぬぼぉおおお・・・溺れるかと思った・・・」

 「うわわわああああ!!」

 

 ケイタが流水に手を伸ばそうとした時、牛みたいな顔をした男と眼が合い、そして身体が飛び出てくる。

 

 「モー・・・水は苦手・・・し、死ぬかと思った」

 「何者だ!」 

 「ケイタ、離れて」

 

 早くもミドリコの気配感知から逃れて、接近してくる敵が現れるとは思わなかった。

 

 「わ、我が名は地水火風の司祭・水を司るギュウ・コッツ・・・!ウッシッシッシ・・・モー溺れるかと思った・・・」

 

 水を司るのに水が苦手とは難儀な存在である。

 

 「いや失礼した。モー我慢出来なくてな。実はそこの少年に用があってね」

 「ぼ、僕?」

 

 ギュウが我慢できずに両手を握りしめている。そんな彼が水滴を飛ばすと、ケイタを指を向けている。

 

 「ああ、君だ。人間にも見えて実は英霊の君に用だ」

 「ケイタに何を、するつもり?」 

 

 ギュウの怪しい態度に、レンがビーム剣を引き抜きながら構える。

 

 「ウッシッシッシ・・・何もしないさ。ちょっと向こうでお話がしたい。ああ、それだとモー怪しいな。それではここでお話をしよう」

 

 イカツイ顔をしていても紳士然としていると言うか、物腰は柔らかい様で、ケイタは少し緊張感が抜ける。

 

 「お話、ですか。でも、僕はこの魔法界の人間じゃないから、対した情報は持っていないですけど・・・」

 「構わないさ。モーそこじゃないんだ」

 

 ミドリコもレンも警戒しながら、ギュウを挟む様にして臨戦態勢だけは解除はしない。

 

 「先ず・・・名前は?」

 「えっと、角倉ケイタです」

 「ケイタきゅんと呼ぼう」

 

 その呼び方は初対面にしては慣れなれしい上に、レンはチクリとその顔にほんの少しの怒りが宿る。

 

 「兄弟は?」

 「い、居ません。一人っ子です」

 「ちょうど良いな・・・ウシッ、ウシシシッウッシッシ」

 「えーと・・・」

 「では君に最後の質問だ。女か男なら、男、だよね?」

 

 性別の事を聴かれているのか、ケイタは「男です」と答えた。

 

 それを聞いたギュウはうんうんと喜んだ顔を見せる。

 

 「つまり、ケイタきゅんは・・・男の方が好みということだな」

 「はい?」

 「実はこのギュウ・コッツもだ!君の様になよっとした少年は実に好みでな!一目惚れというやつだよ!」

 

 そんな事を大声で話すこのギュウ・コッツは、レンとミドリコが直感で感じなくても解る、ヤバいやつだという事が。

 

 「男同士で愛を育モーじゃないか!何、気にしなくてモー、男同士妊娠は可能だ!ギュウ・コッツの子を産んでくれぇぇ!!」

 

 眼が血走っているこの牛さんを、ミドリコが拳銃を引き抜き、レンがビーム剣を首元へとその刃を向ける。

 

 「なんだね・・・愛を育むのも英霊達の修行の一環。モーたまらんのだ、こんなかわいい少年、我慢すると言うのが難しいのだ。もう一人の男は勇ましくてとても好みだが、どちらかと言えばこの少年の方が・・・」

 

 迷わず首を撥ねようとしたレンの手元に力が入らない。正確に言えば、力が入らないのでは無く、腕そのものが動かない。

 

 「何・・・!?」

 

 ギュウの首元に粘度の高い水が巻き付いており、レンのビーム剣を飲み込んでいる。

 

 ミドリコにも粘度の高い水が迫り、ナイフを取り出し応戦の準備を整えている。

 

 しかしそんな中でケイタは何もされず、ただギュウによって寵愛を一方的にぶつけられようとしていた。

 

 「・・・!ここで戦わなきゃ!」

 

 白い魔導書を構えるが、本は開かない。

 

 「・・・ケイタ、逃げて!」

 

 レンの声に、ケイタは顔を青くしてすぐに逃げる。今のままでは戦えない。本が開かなければ。

 

 (どうして・・・!本、開いてよ!)

 

 ここまで来たのに逃げの一手しか無いのは、本当に情けなくなってくる。

 

 「くっ、このっ・・・脚にも!」

 

 ミドリコとレンの脚にも粘度の高い水がまとわりつき、彼女達は動けなくなる。

 

 「ウッシッシッシ・・・このギュウ・コッツ、好きなのは男なのだ!故に女に手をあげることもないがね・・・それが次男であるギュウ・コッツ!っというわけで、英霊殿よ。あの少年は美味しく頂いてくるよ・・・モーたまらぁああん!!!」

 

 闘牛の如く脚を地面の擦りつけると、思い切りケイタの走った方角へと突進していく。

 

 「・・・っ行かせるかぁ!」

 

 ミドリコがどこからとも無く取り出したソレは、お決まりの最終兵器・ロケットランチャー。おおよそこの世界には似合わない無骨なフォルムは、レンから見ても時たまにかっこいいと思う。

 

 容赦無く撃たれ、発射した弾頭は炎を吹き上げながら、ギュウをめがけて飛んでいく。追尾式なのか、弾頭は正確にギュウの背後を狙っている。

 

 「ンゲーッゲッゲ・・・兄貴に手は出せないヨ」

 

 そんなロケットランチャーの弾頭の真上にて、燃える羽根の様なモノが複数枚飛び出し、弾頭が途中で爆発していく。

 

 その爆発によって燃え広がる炎を、吸い取る様にして、まともや新たな敵勢存在が現れる。

 

 白い髪を左右に分けて、真ん中は真っ赤な髪に染め上げている、いうなれば鶏の鶏冠みたいな髪型。

 

 くちばしの中には人の様な唇に、人とは思えない歯並びの前歯をむき出しにして笑う男。

 

 「いヨーお嬢さん!いいや英霊サマ!おれは地水火風の司祭・火を司るトリ・コッツ!!なんと、三男坊なんだぜ!」

 「と、トリ・・・?」

 

 またもや新たな珍客の登場で、ミドリコは困惑してしまう。レンも困惑しているが、そんなことよりケイタの方が心配で居る。

 

 「レン、急いでケイタを追いかけるんだ!」

 「解ってる。ミドリコは、一人で平気?」

 「なんとかするさ!」

 

 粘度の高い水の魔法を二人して突破すると、レンがすぐにビーム剣を振り回して、トリ・コッツの横をすり抜ける。あわよくば攻撃を当てようとした勢いの良さに、トリはおどけてみせる。

 

 「ンゲーッゲッゲ!おー怖いわ!」

 「よそ見を・・・するな!」

 

 次にミドリコがナイフを投げ飛ばす。お手製の投げナイフはトリの顔面の前に到達した瞬間に火の障壁によって、何も残さずに溶解させられていく。

 

 「行け!」

 

 次は拳銃を撃ち、トリを確実に狙う。しかし狙う場所は急所ではなく、確実に動きを止められる関節等に弾丸が撃たれるが、それすらも溶解していく。

 

 レンはミドリコの掛け声を聞き入れ、急いでギュウ・コッツを追いかける。もはや炎の制止が届かない所まで行ってしまい、トリ・コッツはミドリコにターゲットを変更した。

 

 「魔法の武器でもない、その不思議な武器で、このおれに勝つつもりか?」

 「修行だと言うのに、随分なおもてなしだな。魔法界の住人は誰でもそんな風に血の気が多いのか?」

 「おれはギュウの兄貴と違って、女が好きなんでな・・・あんたに手を出すと赤鬼さんに殺されそうだから、手足のやけどだけにしとこうかな・・・!」

 

 遺跡の流水のあるエリアにて、ミドリコとトリ・コッツが対峙し、レンはギュウ・コッツを追いかけ、ギュウ・コッツはケイタを追いかける。

 

 「ンゲーッゲッゲ!じゃあ、始めようか!!」

 「来い・・・!」

 

 火を操るこの鶏冠ヘッドの司祭は、かなり血の気の多い強敵。怪人とはまた違う好戦的な性格をした強敵であるとミドリコは確信したのだが・・・。

 

 「メガトン・インパクトぉぉ!!」

 「ンゲェ!?」

 

 頭上からカエデが急に現れては、自慢の必殺技を解き放ち、トリ・コッツを一撃で地面に叩き落とした。

 

 「か、カエデ!?無事か!?それとギンジはどうしたのだ!」

 「はぐれたけどギンジなら大丈夫よ!それより、こいつは!?」

 

 地下に進んでいたカエデは道に迷って、気がついたらここまで来ていただけなのだが、たまたま敵とミドリコを見つけたから加勢に現れた次第なのだが、この司祭は完璧に油断していたのか、カエデの一撃で頭を打ち倒れてしまった。

 

 「ンゲーッゲッゲ・・・強い・・・無念」

 

 それだけ伝えるとパタリと腕を落とし、意識を失った。

 

 「と、とりあえず大丈夫そうね。あ、鍵持ってないかしら・・・」

 

 カエデがトドメにその辺に転がる手頃な石で、トリ・コッツにとどめを刺してから、鍵を探し始める。残念ながら鍵は無いようで、ミドリコとカエデは一息付いた。

 

 「ミドリコはここで何してたのよ」

 「私達も2人の司祭に襲撃されてな。ケイタがピンチだ・・・色々な意味で」

 「・・・?」

 

 ミドリコの遠い目をしながらの伝え方に、カエデは首をかしげるのだが、とにかくピンチだと言うケイタを追いかける為、カエデとミドリコはレンが向かった小道へと走り出すのであった。

 

 「つ、つよい・・・女は・・・すきだぜ・・・ザ・グッバイ」

 

 実力としては自信のあったトリ・コッツであったが故に、ミドリコに勝つ気ではいたのだが、ああも恐ろしい威力の攻撃を不意打ちでぶつけられれば、司祭でも厳しかった。

 

 気絶したトリ・コッツは後に魔女に回収されるのだが、その後は地獄の様な恐怖の時間を過ごす事になることを、彼はまだ知らない。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「はっ、はっ・・・」

 

 命を失うかもしれない覚悟。それだけはケイタの心に強く残り、そうなってしまってもしょうがないと、どこか頭の片隅にはそう考えていた所もあったかも知れない。

    

 しかし、死ぬの前には、痛みや苦悶と言った身体や精神に来るダメージがある事を、まだケイタは完璧には理解出来て居なかった。

 

 そう・・・同性から求愛されるという恐怖もまた、精神に来るダメージであろう。

 

 「待って〜!ケイタきゅーん!!」

 

 今追いかけているのが、ヘルブラッククロスの怪人なら立ち向かえたかも知れない。だが、追いかけているのはガチムチの筋肉質な身体に、闘牛の如く力強い脚による踏み込み、ケイタの首ぐらい簡単に折りそうな太い腕、見た目だけでも強靭な肉体。

 

 そしてその者は、本当に性に飢えているのか、レンと2人きりの時に見る、恋する瞳を血走らせて追いかけている。

 

 「何もしないから!ただケイタきゅんの○○○を○○して、後ろから○○○○するだけだから!ウシーーーっ!」

 

 聴くだけで嫌だし、気持ち悪い事を言われている。まともな男子高校生でも効かない様な単語を聴き、内容がわからないと余計に怖くなってくる。

 

 「モー後ろの○○を○して○○○○○・・・」

 「うわあああ!捕まったらなんかされるぅぅ!助けてーー!」

 「一緒に気持ちよくなろう!モーたまらないぞ!男同士と言うのは!!」

 「いやいや男同士は勘弁!!吐いちゃう!僕には恋人が居るんだぁ〜!」

 

 ギュウ・コッツがケイタをいよいよ追い詰め、両腕で壁ドンをする。鼻息の荒いその顔は最早司祭とか修行とかはどうでも良いと言った面持ちである。

 

 「男同士はいいぞ」

 「きゃあああああ!!!!」

 

 命の危機より男の危機を感じ取り、ケイタは涙目で拒否反応を見せる。

 

 ケイタの抱える白い魔導書から、わずかな光の文字が浮かび上がるが、ケイタもギュウもそれには気づいていない。

 

 「ビーム剣術・・・!」

 

 ようやく追いついたレンが形状を蛇腹剣に変える。唯一強化の無かった武器の形状だが、このままでも良いとレンが強化しなかった武器だ。

 

 「クリュソーレ・ヴィント!」

 

 蛇の様に連結部が蠢き、ギュウの分厚い背中へとその刃が連続で斬り込んでくる。

 

 「モー追いついたのか。速いな!」

 「その人は私の恋人。お前には渡さない。ケイタから離れて」

 

 ギュウ・コッツの背中に刃は通らず、再び粘度の高い水の魔法を、背中からレンへと浴びせてくる。

 

 「邪魔・・・」

 

 鬱陶しいその粘液を斬り払うと、レンはさらにギュウ・コッツへと突き進む。ビーム剣の形状はハーフブレードへ変えて、突きが出しやすい姿勢で一気に突進する。

 

 「モーしつこいな。マジカルマジカル・・・」

 

 魔法の詠唱と共に、先程の背中には水色の魔法陣が浮かび上がる。

 

 「アクオス・ダイブ!」

 「わぷっ!」

 

 勢いのある水の噴射。それが激流の光線となり、レンを後方へと押し流して行き、再び距離が離されてしまう。

 

 「レン・・・うわっ」

 「邪魔する者はモー居ないよぉケイタッきゅっ〜んっ!」

 「ゴボゴボ、ケイタ、ガボッ・・・逃げ・・・」

 

 レンは激流によって泳げず、ピンチ。

 

 ケイタも貞操がピンチ。

 

 白い魔導書の文字は少し強く光る。

 

 「え・・・魔導書が・・・」

 

 白い魔導書。それはケイタがサクラとの修行で探し当てた魔法の本。魔を導く書であり、文字通り魔導書。

 

 白く分厚く、しかしそれでいて軽いその本は、汚れ一つ無くその純白さを残し続けている。

 

 (ビーム剣術・・・!)

 

 水中の中でレンはビーム剣を別の形状に変える。柄を真ん中にした左右両方向に刃が伸びた剣、ダブルセイバー。

 

 (スパイラル!)

 

 激流に負けじとスーツの出力、ビームの出力を上げて回転させる。両刃の回転は水の中で切れ味を増していき、激流を四散させていく。

 

 「水牛(すいぎゅう)・一直線!」

 「!」

 

 水から出てくるのは把握していたのか、ギュウ・コッツも身体を水そのものへと変えて、レンへとその巨体を突撃させる。

 

 「闘牛(とうぎゅう)・次郎撃!」

 「ぐっ・・・うう!」

 

 次は水しぶきを拳と同等の威力で打ち込み、空中で身動きの取れないレンを集中砲火していく。

 

 「レン・・・この、魔法よ、撃て!動け!放たれろ!」

 

 ケイタが再び自分の恋人がピンチなのを見て、白く輝く魔導書を振ったり、叩いたりするが魔法は出ない。ただ輝くだけ。

 

 「ケイタ・・・私は、大丈夫だから・・・うあっ」

 

 連続攻撃の中でも、レンはケイタに優しく言葉を投げる。

 

 彼は戦えない。戦う力が無い。それでも危険だと解っていても、自分の為に出来る事を沢山してきてくれたのだ。そんな大切な恋人にこれから戦おうとしなくても、レンは一緒に居てくれるだけでいい。

 

 でもケイタは違う。例えそれで良くても、自分は宮寺レンの恋人だ。

 

 彼女を好きになったのも、守ってあげたいという動機があったからだ。戦いに赴かないと行けない彼女を、自分も守りたいと本気で思ったから。

 

 もうこの先の戦いは、心を守るだけではダメなのだ。

 

 それこそがケイタの決めた覚悟だ。

 

 ギンジの様に強くなくても。

 

 ミドリコの様に銃を使えなくても。

 

 カエデの様に身体能力が高くなくても。

 

 赤鬼の様に撃たれ強くなくても。

 

 そしてレンの様に心や精神が強くなくても。

 

 「僕は・・・ここで戦わなくちゃいけないんだ!自分の好きな人を守る為に、レンの未来を守る為に・・・!さっさと動いてよ!力を出せ!白の魔導書!!」

 

 ガン!!

 

 白い魔導書に右手を思い切り叩きつけた。

 

 その一瞬の中で、ケイタの右手を通して白い魔力が脳へと入り込んでくる。

 

 「うっ・・・!?」

 

 頭痛。吐き気。倦怠感。

 

 体調不良の様な感覚がケイタを襲う。顔色も悪くなり、汗もだらだらと流れ出てくる。

 

 それらと同時に、ケイタの脳内へ何かが入り込んできている。

 

 『よ。痛かったぞ』

 

 可愛らしい女の子の声・・・それはたどたどしさも感じるし、威圧的な感じもある。

 

 『わたしを選んだ上に、勝手に叩きまくって・・・でも、久しぶりにガッツを感じた』

 

 ケイタが頭痛に苦しむ中、レンはギュウ・コッツによって力押しされている。

 

 蹴られ殴られ、水で吹き飛ばされ・・・苦戦している。

 

 『・・・戦う力が欲しい・・・か。いいよ、魔法の力、貸してあげる。せっかく見つけた君の正義・・・見届けさせてもらうよ。我が名はエンジェラ・・・君が選ぶ魔法は破滅の力かい?守る力かい?好きな方を選びなよ。全てはこの魔導書と君の心思う通りさ』

 

 ケイタの中でページがぐるぐると回り続ける。白い魔導書がやがて一つの本に戻ると、それらが再びケイタの目の前に現れる。

 

 『さぁ取りなよ。これが君の思う力さ』

 「ああ・・・僕に戦う力を・・・守る力を・・・エンジェラ!」

 

 手を取る様に、握手する様に、ケイタが開いた魔導書を取る。

 

 その瞬間に白く優しい光が弾け飛び、ケイタの身体に白い魔法使いの装束が纏わりつく。

 

 ローブの様に見えているその魔法の衣が、ケイタの守る為の力。

 

 「・・・!」

 

 もう、頭痛がしない。体調も悪くないし、晴れやかな体調になる。

 

 身体に染み渡る何かの力。コレが魔力だと知り、ケイタはレンを見つめる。決意を宿したその瞳はまさしく正義の為の色を宿しており、2人が頷き合う。

 

 「ケイタ・・・」

 「・・・これはモー驚いた。ケイタきゅんも英霊だったのか・・・」

 

 白く光るページしか表示されていない本を右手に開き、左手は人差し指と中指を伸ばしてケイタはギュウ・コッツへとその指を構える。

 

 「僕の彼女をこれ以上・・・攻撃するな!第一の魔法!」

 

 ギュウ・コッツをめがけた魔法が解き放たれる。

 

 「エンジェラ・アーマ!」

 

 強い光を宿した光弾を打ち出し、ギュウ・コッツへと突き進んでいくが、それをギュウ・コッツは避ける。

 

 避けた先にはレンが居るが、その光がレンに命中する。自分の恋人似魔法を当てた事で、ギュウ・コッツは困惑する。

 

 「な、何を・・・自分の恋人なのでは・・・!?」

 「いいや・・・これが僕の魔法の使い方・・・戦う力であっても、守る為っていうのが、僕の魔法の前提さ!」

 

 ケイタの魔法はおそらく光の属性。無類の強さを発揮することで有名な属性だが、ギュウ・コッツから見たケイタという英霊には魔力が無いように見えた。

 

 故に、この一回でおそらく死にかけると思われるのだが、角倉ケイタは勇ましい表情でここに立っている。

 

 「ビーム剣術・ホーリーレーザー!」

 

 青白い光線が飛び出し、光を反射しながらギュウ・コッツへと当たる。

 

 熱く焼ける様な温度で斬る・・・まさしくビームという存在に、ギュウ・コッツは混乱する。見たことの無い魔法と見たことのない技術が合わさった攻撃に、身悶えする。

 

 「ありがとう、ケイタ・・・」

 「君を守るって約束したからね・・・」

 「うん・・・ケイタ」

 

 レンのスーツには白い翼が生えている。ケイタの魔法により取り付けられた、天使の精鋭・戦乙女のような出で立ちになる時間制の強化型魔法。

 

 そんな美しい姿になり、レンはケイタの方を向いて、言葉の続きを伝える。

 

 「好きだよ・・・」

 「ありがとう・・・僕もだよ、レン!」

 

 レンが先に一歩踏み出し、ケイタはその後に続く。

 

 目の前には立ち上がった修行の相手である、ギュウ・コッツ。

 

 「・・・その衣装を着たまま、○○を〇〇したいな・・・いいかねケイタきゅん。その代わりに鍵をあげるが・・・」

 「いらないよ。僕たちが・・・」

 

 きっとこんな時ギンジなら強気に、こう言うだろう。それをケイタも真似したくなった。

 

 「その鍵は、僕たちが奪い取る!」

 

 力強く、恐れを無くしたケイタが強気に言うと、水の魔法と、レンの突撃が同時に繰り出され、遺跡の戦いは激化していくのであった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

現在の鍵数

 

ギンジチーム

3つ

ギンジ、1

カエデ、1

ミドリコ、1

 

コッツチーム

?つ

──・コッツ、?

ギュウ・コッツ、1

トリ・コッツ、0

ジン・コッツ、1→0

 

未取得の鍵、不明!

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

  

  

続く

 

 




お疲れ様です。

今回のお話はケイタの覚醒がメインとなるお話にしたく、そして骨の怪人も出そうとしていましたが、尺と話の都合上、次々回へと繰越にしました。話が本筋から離れてる?ははは、魔法界編が始まってからずっと以下略

キャラネタ書きます

神宮カエデ
ダークスーツもある程度パワーの制御が可能になった。
通常スーツでも最高峰の威力である、テラマグナム・インパクトを習得。
ダークスーツでもデストラクション・インパクトを習得。
ギンジとは今のままでもいいが、この先進展もしたいとも想っている。

宮寺レン
武器の出力をどの形状でも上げられる様になった。強い。
ケイタがいっちゃん好いとーよ系女子

甘白ミドリコ
第三の眼は現代に帰還したら役立ちそうと思っている。遺跡の中でもハイヒールだけどいいんですか?

角倉ケイタ
おまたせしすぎてついに覚醒。
守る力を求めた結果、第一の魔法は他人に天使の衣の鎧を与える能力になった。
RPGで言うなら補助魔法を主体とするバッファーとかそんな役割。

エンジェラ
白い魔導書の中に住んでた本の精。姿は見えず、どちらかと言うと本そのものが彼女の姿に近い。

コッツ兄妹
ジン、トリ、ギュウ、──・コッツの4兄妹。
地水火風を司る司祭である。オレキエッテ帝国を守る四大元素の大きな力を持っているが、今回は魔女の命令で英霊達の修行に入っている。

地水火風から左からの順番で、長兄、次男、三男、長女。

母親は同じで父親がそれぞれ違う。
昔は野盗として動いていたが、魔女にボコられてから50年以上手下・・・もとい部下として司祭をしている。個人の詳細のキャラネタは次回にて

・・・

さて次回は、ケイタ、レンvsギュウ・コッツ第2ラウンド!
そしてギンジはカエデ、ミドリコと合流し!鍵探しへ!

そして最後のコッツ兄妹、長兄も登場し・・・!
な話です。本当です、もうずれ込んだりしないです!
それでは、また次回!


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57・魔法を撃て!何度でも立ち上がれ!

こんにちはアトラクションです!
年末が近いですね。

多分今年は後1話か2話・・・出せれば終わりかなぁ・・・
まさかの魔法界編は、年をまたぐ!2023年もヘヴンホワイティネスをよろしくね!()

今回のお話ではケイタきゅんが輝くぞ!!

それではどうぞ



 

 遺跡の中枢、鍵のかかった部屋の前の一間。

 

 最後の部屋の前の部屋とでも言うべきその場所で、コッツ兄妹・長兄であるトン・コッツはここに座って待っていた。

 

 薄汚いローブを身にまとい、地の司祭を司る彼は喉が震える様な鼻息を鳴らして・・・ここに来る英霊達を待っていた。

 

 お遊びでここに居るわけではないが、トン・コッツはここで自分のすべき事をするために、座っている。

 

 内容は至極簡単なモノ。鍵を広い集めて、ただ勇者赤鬼の召喚した英霊を呼べばいいだけ。

 

 今現在トン・コッツの集めた鍵は拾った4個だけ。

 

 あとは弟か妹が英霊を撃破して集めてきてくれる筈・・・。万が一敗北すれば、英霊達がここに来る。ならば後はこっちに来るのを待てば、迎え撃つのみ。

 

 「さて・・・我が家族達が勝つか、英霊達が勝つか・・・楽しみだ。ブッヒッヒッヒ・・・」

 

 くぐもった震える声で笑い上げると、トン・コッツの前に足音が聞こえてくる。

 

 「来たか・・・」

 

 体重や足音の数で、ここに来たのは弟達ではないと言うのが解る。目深にかぶったローブの中で眼を隠していても、それぐらいは判別が出来る。

 

 あとは体内の魔力とかでも理解が出来る。

 

 今ここに来た者は体内に魔力が無い。それを気配を掴む様にすれば、敵・・・つまり英霊の内の誰かだと理解出来る。

 

 「お前はコッツ兄妹・・・だよな?」

 

 現れたのは男だ。感じるその実力は見なくても解る、強いということ。

 

 魔力が見えなくても、闘気を感じた。久しぶりに魔法以外での強さを持つ存在に相見えて、トン・コッツは嬉しくなるのと同時に、弟達が敗れた事をここで悟る。

 

 この男が相手ならば、おそらく敗けるだろう。

 

 「おいおいシカトか?」

 「・・・これは申し遅れた。我が名はコッツ兄妹・長兄、地を司る司祭。トン・コッツだ」

 

 ローブを取ると、見にくい豚の顔が顕になる。ニュッと飛び出た牙と、どこか人間らしさを見せるその顔に、優しさは感じられない。

 

 「・・・何かと豚顔のやつとは縁があるなぁ、俺」

 

 くすんだ金髪にオールバック、そしてツーブロックヘアスタイルの男が語散る。

 

 人・・・?否、その男は人間らしさ気配を何一つ感じさせていない。人間にも見えるが英霊でもないし、更には自分と同じ強者である事を理解する。

 

 「ブッヒッヒッヒ。このトン・コッツも強者とは何かと縁があるぞ。意外と似たもの同士だな」

 

 ニタリと笑うと、相手の男もニタリと笑う。英霊だとか人間らしさを感じないお互いの笑みの中では、どこか通じ合う所があるのか、2人は闘気は出したままだが、友好的な姿勢が見えている。

 

 「名前を聞いても?」

 「ああ。俺は佐久間ギンジ。親しみを込めてギンジでいいぜ」

 

 ギンジとトン・コッツ。2人の男がここに対峙し、遺跡内で対話が始まるのであった・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ギュウ・コッツを前にして、レンとケイタは再度激突を果たしている。

 

 ケイタは魔導書の力を開放して、ついに戦う為の力を持と始めた。それを心の底から喜び、恋人でもあるレンも心から喜んでいる。

 

 しかし一気に祝福モードに入れないのも事実。

 

 目の前に立つのはコッツ兄妹次男の、ギュウ・コッツ。

 

 「ケイタきゅんの力・・・モー素晴らしい!」

 

 正直ギュウ・コッツから見ても、ケイタには魔力も無ければ、戦う力すらまともに持っていない様に見える。更に言えば、戦いの才も無い。

 

 そんな彼が魔導書を持ち出し、ここに来てその力を開放した。

 

 白い翼のついた衣をつけたレンのスーツが元の姿に戻る。

 

 ケイタも魔導書から光を出しているが、その実かなり消耗している。

 

 脚が震え、気を抜けばへたりこみそうだ。

 

 「ケイタ・・・無理しないで」

 「ありがとう・・・でも、僕にも頑張らせて!君を守りたいんだ!」

 

 2人の恋人同士らしい息の合う会話に、ギュウ・コッツはジェラシーを感じる。肉厚のその身体に水を纏わせて、再び突撃の姿勢を出し始める。

 

 「モー我慢ならん!ウッシッシッシ!」

 

 再び水牛という技を発動し、ケイタを手に入れる為に突撃してくるが、レンがビーム牙で正面から落とし込む。

 

 水しぶきを弾きながら牛とビームの正面衝突に、ケイタは再び魔法を放とうとするが、上手く近づけないでいる。

 

 「・・・これじゃだめだ、他に方法が・・・!」

 

 何か自分に出来ないかと方法を模索する。

 

 「ウッシィ!!」

 「くっ、ぬぁあ!」

 

 レンが力押しに敗けて突き飛ばされる。

 

 地面に背中を打ち付けてから、跳ね起きるとすぐに次の形状に変える。

 

 ハンマーの形に変えると、片面打撃特化のハンマーに変わっており、代わりにもう片面にはジェット噴射の様なモノが取り付けられている。

 

 ビームハンマーの強化形態に、ケイタも驚くが驚いてばかり居るのもダメである。

 

 「ビームハンマー・クエイク!」

 

 重さをジェット噴射による制御を活かして、思い切り地面に叩きつけると、地面を陥没させる。続く地響きによる崩落。

 

 遺跡の岩石が落ちてくると、ギュウ・コッツは余裕で水のカッターに見える魔法で岩石を綺麗に斬り崩し、よそ見をしたと好機を得たレンがジェット噴射を利用して突撃する。

 

 「モー甘いぞ!猛牛(モー牛)突蓮華(バッファロー)!」

 

 ギュウ・コッツの水が全身に回り、牛の角にも水が回る。

 

 腕も脚も両方水で強化し、頭部の角を思い切りレンへとぶつけていく。

 

 「・・・敗けない!」

 「耐えてみるがいい!ウッシッシ!」

 

 鼻息の荒いギュウ・コッツと、今度はビームハンマーで激突するレンの力押し。

 

 今度は拮抗しているが、魔法の力という別次元の力により、次第にレンが押されていく。

 

 角を何度も何度もぶつけられる。一撃の重さはギンジ以上と判断し、距離を取ろうとするがそう甘くもない。

 

 「第一の魔法・エンジェラ・アーマ!」

 

 距離が近づいたケイタが、レンに魔法の加護を渡すと、再びレンに白い天使の衣がまとわりつく。

 

 単純な防御力だけでは無く、移動速度も上がるこの魔法にレンのスーツが超強化をしてもらえた様な気分になれる。

 

 自分の大好きな人から貰える力なのだ。気持ちはもっと強くなり、自分こそ最強だとも思う。

 

 もう一度この魔法を撃てば、ケイタはいよいよ倒れそうになってしまうが、まだ自分の精神に敗けるわけには行かない。

 

 まだ・・・まだ自分の甘さに敗けている場合ではないのだ。

 

 ──僕は死んでもレンを守るんだ!! 

 

 その覚悟を持ってケイタはこの魔法界に来ているのだから、ここで倒れればいつもと同じ事の繰り返しに他ならない。

 

 「ここで諦めるわけには、行かないんだ!」

 

 ケイタの悲痛な叫びをレンは聞き入れる。自分の為にここまで来てくれている彼に、もう後は何も言わない。これ以上言えば、ケイタの男気に傷をつけるから・・・。

 

 「うん・・・それなら、信じる」

 「任せて・・・!」

 

 レンが押し合いをしながらも、ケイタに告げた。その表情の中には、眼の前の敵に集中しつつも、恋人の覚悟を受け取り、清々しい微笑みも持たせている。

 

 「ウッシィー!!」

 

 再び力押しに敗けたのはレンの方だった。ケイタの魔法を貰いながらも、やはり単純な力はギュウ・コッツのほうが上か。

 

 「ぬぅ・・・!」

 

 後方へと飛びながら、レンは再び突撃の為に形状を変える。

 

 次の形状はドリル。トゲの付いた巨大なドリルに進化しており、その力も回転力も飛躍的に上昇している。

 

 耳が痛い様な回転音を鳴らして、レンが再び走り出す。

 

 「モー無駄だ」

 

 しかしギュウ・コッツは次の魔法を唱えている。両腕を交差せると、レンの左右から高水圧の拳が飛んできて、挟みこまれる。

 

 「!?」

 

 レンには一体何が起きたのかさえ解らなかった。

 

 激痛が全身に走ると、レンのビーム剣は光を失い、音もなく地面に落ち、レンの身体も地面に落とされた。

 

 「・・・ッ!!」

 「れ、レン!」

 

 ギュウ・コッツが水の魔法を新たに唱えながら、倒れるレンに近づいてくる。ケイタも精神の疲れからか、その反応に遅れてしまい、もたつく脚に言うことを聴かせながら、急いでレンの下へと駆け寄る。

 

 「だ、め・・・」

 

 レンに近づくのはギュウ・コッツ。そのギュウ・コッツの狙いはケイタ。そして、ケイタもレンに近づいている。

 

 「モー修行は終わりだ!ケイタきゅんのお腹をギュウギュウにしてあげよう!」

 「あっ・・・」

 

 ケイタとギュウ・コッツの足元にはレン、そして捕まえたい男と、捕まっては行けない男の2人がここで対峙する。

 

 「先ずは抵抗力を削ぎ落とす!マジカル・アクアス・マジカル〜」

 

 この場で魔法を撃たれれば、レンも危ない。

 

 自分はここに何をしに来たのだ。自分の大好きな恋人を守れるようになる為に来たのではないか。

 

 もうケイタに撃てる魔法は何一つとしてありはしない。

 

 だから・・・守る為に・・・。

 

 (・・・命を賭けよう・・・!)

 

 もうケイタは逃げられない。レンも逃げられない。

 

 でもレンをまもりたい。守らないと行けない。

 

 その為なら自分が死ぬことも厭わない。死への覚悟とはこういう事だったのだ。

 

 死を覚悟しながら、レンもカエデもミドリコも戦っていたのだ。

 

 死ぬつもりはなくても、こんなに重いモノが覚悟。それをケイタは今初めて知った。

 

 だから・・・この辛くて苦しくて、重たいモノを自分も背負わせて欲しい。

 

 「・・・ケイ、タ?」

 

 レンが恋人の名前を呼ぶが、ケイタは返事をしない。

 

 そしてギュウ・コッツの魔法の詠唱が完成し、ケイタとレンをめがけて激流の魔法が打ち込まれた。

 

 「タイダル・ウェイヴ!!」

 

 大波にも等しいその水は、遺跡の狭い通路や部屋を水圧で襲うには十分な威力だった。

 

 レンは強く瞳を閉じ、ケイタは恋人に覆いかぶさる様にして、レンを守ろうとしている。

 

 そして2人にはより強力な水撃が命中し、壁まで運ばれていく。

 

 レンはケイタに守られていたからこそ、そこまでダメージは無く、ケイタはモロに命中し、壁にその身体を激しくぶつける。

 

 ケイタの腕に守られたレンは、ようやく動けるようになるが、そこへギュウ・コッツのさらなる連続攻撃が飛び交い、レンとケイタは距離を離されてしまった。

 

 「うぐっ・・・ケイ、タ!」

 

 スーツはまだ限界を迎えては居ない。ならば、まだ戦える。自分の恋人を守る為に、痛む身体を押してまで、レンはとにかく走り続ける。

 

 「モー動けないかね。では、ケイタきゅんはこのギュウ・コッツと・・・」

 「お断り、だね・・・!」

 

 右手に抱えた魔導書をギュウ・コッツの鼻先に叩きつけると、いよいよギュウ・コッツはケイタの抵抗に怒りの視線を向けることになる。

 

 そしてその顔は自分の思い通りにならない事で憤る、ヘルブラッククロスとなんら変わりない感情。

 

 「モーふざけるな!」

 

 ケイタの首を掴み、投げ飛ばす。石柱にその身体をぶつけるも、ケイタにおこまでダメージは無かった、。白い衣が守ってくれた様だった。

 

 「・・・これ以上、僕の好きな人を、レンを傷つけてたまるか・・・!」

 

 ガクガクと震えているのに、芯がある様な感覚が脚に広がる。

 

 傷つく事を恐れたケイタが、今こうして恋人、そして仲間の為に立っている。

 

 これも彼の覚悟だ。こうなるとは解っていても、ケイタはここまで来て、もう逃げないと決めた。

 

 「ケイタ・・・もう、やめて・・・」

 

 辛そうな顔をしているケイタに、レンは本気で制止したいが、もう届かない距離感に居る。

 

 「モー諦めろ」

 

 レンの脚に粘度の高い水が纏りついて走る脚が止めれてしまう。そして水の拳が現れ顎へとアッパーカットしてくる。

 

 魔法の攻撃に苦戦させられ、レンはそれでもケイタを助けたい。

 

 そんな傷つくレンを見たケイタもまた、レンを助けたい。

 

 (せっかくのこの力・・・!僕は戦う為に、皆を守る為に、ここに来たんだ!)

 

 魔導書が再び光輝く。

 

 (魔法を撃つんだ!攻撃出来なくても、この状況を打開する魔法を・・・!)

 

 何度でも立ち上がる為に、ケイタは正義の魔法を頭の中で沢山思い描く。基本、守る為の力であるケイタに攻撃の魔法は撃てないが、とにかくレンを守れる魔法を考える。

 

 白い衣をつけるだけではない、次の魔法を。

 

 (・・・跳ね返すのなんてのも、守れる魔法じゃないかな・・・)

 

 一つの妙案。攻撃が出来なくても、このギュウ・コッツの攻撃魔法からレンを守れれば、それでいいのだ。

 

 撃破は自分には無理だ。だからこそ、レンにトドメをお願いするしか無い。

 

 魔導書が更に光輝く。

 

 「モー勝ち目はない!ケイタきゅんは一緒に愛を育んで、そこの女はここで倒れる!これで修行は終わりだ!」

 

 高笑いを上げるギュウ・コッツをすり抜けて、ケイタは急いでレンの下へと駆け出す。相手がよそ見しているこの瞬間、これが最後のチャンスだ!

 

 「モー逃さなぁい!!」

 

 ギュウ・コッツの魔法が再び発動される。しかし、ケイタはここでもう勝利を確信している。

 

 胸の中にある温かい気持ちが溢れ出て、レンを守れると言う大きな感情の力が溢れ出ているからだ。

 

 「レン・・・勝つよ!」

 「同意。私達は、敗けない」

 「何を言っても、最後に幸せになるのは、このギュウ・コッツだ!」

 

 水撃の魔法・タイダル・ウェイヴが再び発動された。次にこの魔法を喰らえば、きっと壊滅する。

 

 しかし、魔導書の光とケイタはここで勝ちを確信した。

 

 魔導書を開き、新たに光り輝く一文。何を書いてあるか解らなくても、それは言葉となってケイタの脳内に文字が浮かび上がる。

 

 「ケイタ・・・まさか・・・」

 

 レンの眼が大きく見開く。ケイタの魔導書とケイタの表情を見て、レンも勝ちを確信できる様な大きな期待をふくらませる。

 

 「ああ!必ず僕たちが勝つよ!第ニの魔法!」

 

 この短期間で、魔力の無いケイタが心の力で引き出したもう一つの魔法。

 

 これこそがヘヴンホワイティネスとして戦う覚悟を決めたケイタの、戦う為の力。

 

 「エンジェラ・シルド!」

 

 天使の翼が舞い落ちる様に、純白の大盾が目の前に現れる。

 

 外に向けているのに、ボウルの様に内側へとへこんだ奇妙な形をした盾だが、そこへタイダル・ウェイヴが命中する。

 

 水はケイタとレンの左右へ流れ、ほとんどの水撃はこの盾が飲み込んでいる。受け止めたその水はやがてひとつの水の球体となり、ギュウ・コッツへと跳ね返る。

 

 「ギュウ・コッツは水が苦手だと言っていた・・・!自分の水を浴びれば・・・もしかしたら!」

 

 ケイタの妙案は見事に的中したのか。ギュウ・コッツは跳ね返った水撃に驚愕している。

 

 もう魔法を撃てないとタカをくくっていたから、この反撃に驚いている。

 

 「水、水がぁああ来るなぁ!」

 

 打撃に等しい水撃がギュウ・コッツに当たると水浸しになり、ギュウ・コッツは膝を地面につける。

 

 「み、水は苦手・・・」

 「次は水じゃなくて、炎にでもなれば、いい」

 

 レンが空中へと飛び、ビーム剣を構える。この状態ならばきっと決定打が撃てる筈と、勝負を決めにかかった。

 

 「そして炎でもきっと勝てないよ。僕が彼女を守るからね・・・!」

 「ビーム剣術!」

 

 動けなくなってギュウ・コッツへと、レンが再び突撃。

 

 ビーム剣の形状はデュアル。二刀流のその形状は両方とも同じ長さであり、鉤爪の様な返しのついた切れ味の鋭い青白い刃が煌めいている。

 

 「デュアル・エクステンション!」

 

 デュアル・エリミネイトよりも速く、そして強くなった乱舞攻撃。

 

 右で斬り、左で払い、両方で斬りあげ、浮いた敵を回転しながら同じく空中に舞い飛び、更に何度も斬撃を浴びせる。

 

 「よくも、ケイタを・・・許さない」

 

 最後は遺跡の天井を蹴って、下へと飛びながら、かつてギンジが砂の怪人を相手に繰り出したかの様な大回転斬りをお見舞いする。

 

 「デュアル・ダイシャリン!!!」

 

 斬りつけながらギュウ・コッツと共に落下し、遺跡にまたも地響きが鳴り響く。

 

 ケイタを傷つけた事、恋人である自分を差し置いて奪おうとした事、そして・・・2人の仲を引裂こうとした事で、レンの怒りも最大まで来ていた。

 

 そしてここまで来てのレンとケイタの連携による、大反撃。

 

 ギュウ・コッツはここに倒れた。レンとケイタの恋人同士の絆の力の前に。

 

 「やったね!レン!流石だよ!」

 「ケイタもありがとう。貴方が、居なかったから、勝てなかった」

 

 レンとケイタがお互いにほほえみ合う。ケイタは倒れそうになるが、それをレンが抱き抱える。

 

 顔が近づき、2人が見つめう。今まで戦ってきたレンと、今ようやく戦える様になったケイタ。

 

 そんな2人が、やっと同じ境遇として横並びになれた嬉しさで、顔を近づける。

 

 キス。こんな所ですることではないが、2人の愛情がここで爆発しそうになっていた。

 

 なっていたのだが・・・。

 

 「モーたまらん。強いじゃないか、ヘヴンホワイティネス」

 

 そんな2人の間にギュウ・コッツが立ち上がり、空気を破壊する。

 

 一気に現実に引き戻され、レンとケイタが少しだけ距離を離す。

 

 「鍵を渡そう。これは完璧にこのギュウ・コッツの負けだ」

 

 諦めも肝心なのか、素直に鍵を手渡す。

 

 レンが鍵を受け取ると、ギュウ・コッツはレンとケイタに拳を突き出す。

 

 なんの事か解らなかったが、レンにはそれが理解できた様で、拳をぶつける。見様見真似でケイタもそれと同じ事を繰り返し、ギュウ・コッツはウッシッシと笑う。

 

 「ケイタきゅんの事は諦める事にしよう。代わりに・・・」

 

 ケイタの耳に近づいてギュウ・コッツはなにやらコソコソと話し始める。

 

 「あの勇ましい男、いるだろ?名前は確かギンジ。あの男モー好みなんだ。恋人は牛系男子でもいいか聞いてみてくれないか?」

 「あー・・・いや多分無理だよ」

 

 ギュウ・コッツはそれだけ聴くと、がくりうなだれて敗北を2度味わった気分になった。

 

 とにもかくにも鍵を手に入れ、ケイタも戦う為の力を手に入れた。

 

 後は仲間達と合流して、鍵を全部集めればギンジチームの勝利になる。

 

 「それじゃ、行こ。ケイタ・・・ケイタ?」

 「あ・・・ごめん・・・なんか急に腰が抜けて」

 

 ここまで来てへっぴり腰になるケイタは、自分自身がとても情けなく感じる。

 

 初めての戦闘に、初めての事ばかり。覚悟の重さをしったケイタはとにかく倒れそうになるのだが、レンによっておぶってもらい、仲間達と合流を果たすのであった。

 

 ・・・。

 

 ・・・・・・。

 

 ・・・・・・・・・・。

 

 「あれ、普通は逆だろ・・・」

 

 一人残されたギュウ・コッツは、レンとケイタを眺めて、ツッコミを入れるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

現在の鍵数

 

ギンジチーム

4つ

 

ギンジ、1

カエデ、1

ミドリコ、1

レン、1

 

コッツチーム

4つ

トン・コッツ、4つ

ギュウ・コッツ、1→0

トリ・コッツ、0

ジン・コッツ、0

 

未取得の鍵、無し

両チーム半分取得!!

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

続く

 

  

 

 




お疲れ様です。

今回ケイタを輝かせる為に、このお話を書きました。
本当は非戦闘員としての役割をもたせ続ける感じで行きたかったけど、ケイタがどうしてもと言うので・・・!
でも好きな人を守りたいと願い、想うだけではなく行動に移せるのがケイタの良い所なのかもしれませんね。リア充爆発するな、幸せでいろ!

キャラネタ書きます

角倉ケイタ
白い魔導書をもった事で覚醒した少年。
レンを守る事ができる様になって、ホントに嬉しく思っている。
魔力も才能の無い彼が心の力だけで、第ニの魔法まで撃てたのは奇跡じゃないです。愛です。

宮寺レン
ダイシャリン系未来女子。
ケイタに恋し、ケイタに恋されたクールな女の子。
ギュウ・コッツには心底ムカついていた。

コッツ兄妹
魔女の手下

ジン・コッツ
長女でかつ、一番下の末っ子。甘やかされているが、かなりめんどくさがり。
風の魔法を得意とし、父親の種族は魔人(ただし魔法界のであり、ゲヘナミレニアムのとは関係無し)
母親の美貌を受け継いだ。
名前の由来は人の骨

トリ・コッツ
三男であり、火の司祭。出番がまともになく、かませみたいな扱いに終わった。
母親の体つきを受け継いだ。父親は鶏の獣人。
名前の由来は鳥骨。ただし読み方はとりこつになっており、本来はちょうこつと読む場合も。

ギュウ・コッツ
水が苦手の次男。水が苦手なくせに水の魔法を操る。
ガチホモ。母親の特殊性癖を受け継いだ。
父親は牛の獣人。
ケイタは諦めたが、次はギンジを狙っているらしい。身体は傷だらけになってしまった。

トン・コッツ
コッツ兄妹の長男。謎に包まれた所は多いが、野盗をする辺りろくでもないやつなのは間違いない。母親からは何も受け継いでいない。
父親は豚の魔人(魔法界産)
大地を司る司祭。魔女には昔ボコられてから絶対服従。

・・・

次回はトン・コッツvsギンジの開戦!
そして今度こそあの怪人が魔王との接触をし・・・!

正義の衝撃を魔法界に轟かせろ!ヘヴンホワイティネス!

感想や応援いただけましたら、小躍りします。
それではまた次回!


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58・ギンジと豚と骨の怪人と魔王の城

こんにちはアトラクションです!
今年最後の投稿となります!

2022年色々ありましたね〜・・・。

私も物語を書き始めて、なんだかんだここまで続けられているのもそうですが、なんといっても仕事でパスタ工場に行けた事が思い出深いですね。
インターン生とかと口論したりして、めちゃくちゃな事もありましたし、毎日早出、残業、そして小説書く時間を減らされ風邪を引いたりして最悪でしたが、なんだかんだ7月〜12月は思い出深いです。

話がそれましたが、今回のお話で魔法界編も終わりへと近づいて行きます。

それでは、どうぞ!


 

 遺跡の最下層の通路にて、カエデとミドリコ、レンとケイタが合流し、ギンジが向かっているであろう中枢という場所に、ヘヴンホワイティネスは突き進んでいた。

 

 「それにしてもケイタが戦える様になるなんてね・・・」

 

 今は学生服に戻ったケイタを見て、カエデが感心する。

 

 「これからは皆を守れる様に、僕も頑張るよ」

 「期待してるよ、ケイタ。でも、無理だけはしないことだ。君が傷つけば、レンが悲しむ事を忘れないようにな」

 

 ミドリコもケイタが戦える事は嬉しく思うが、年長者故にいらぬ心配を懐きやすい。

 

 しかしながら若者の成長を見ていると、微笑ましく見えて来ており、これからも頼りにできるだろう。

 

 「ミドリコ、ギンジはこの近くに居るのかしら」

 

 カエデが周囲を目視で警戒しながら、ミドリコに声をかける。ミドリコも気配を見ながらギンジを探しているが、ほぼ近くまで来ているとの事。

 

 「ギンジなら、きっと今頃、最後の敵を、倒してる」

 

 ギンジの戦闘力を考えれば、それぐらいは出来ているだろうと言う、レンの信用からの発言に全員が頷く。問題は相手が女性でなければ、なのだが。

 

 「きっと上手に切り返しぐらいしてるわよ。ギンジなら問題ないわね」

 「でも、一番カエデが心配してそう」

 「べっ、別に心配なんてしてないわよ!でも怪我とかしてたり、上手く戦えてなかったり、相手が女だったら・・・」

 「それが、心配って言うんじゃ・・・」

 

 カエデとレンが横並びで会話する。レンから見た今のカエデはなんだか浮足立って居る様に見えて、なかなかソワソワしている。

 

 「と、とにかく行こうよ。先に進まないと、ギンジも今頃なにしてるかわからないじゃん」

 

 焦る様な表情をしながら、ケイタが言葉を出すとカエデも「そうね」と一言短く返した。

 

 「近いぞ。ギンジも、最後の敵も」

 

 ミドリコの見える気配の中では、戦闘なんかは行われていない様にも見えるが、もしかしたらもう戦いは終わっているのか、そもそも始まって居ないのかも知れない。

 

 いざギンジが居るであろうその場所まで近づくと、声が聞こえる。陽気でお調子者のギンジの声が。

 

 その声を聴いて、我先にと走り出したのはカエデだった。

 

 「ギンジ!」

 

 曲がり角を超えれば、大きな蝋燭を灯した事で、非常に明るい部屋というか、ワンフロアというか、角張った空間へとカエデが飛び出す。

 

 そこに居たのは間違いなくギンジだった。

 

 の、だが・・・。

 

 「ブッヒッヒッヒ!それは苦労する人生だな!」

 「へへへ!そうだろ?いやーでもお前も大変だったんだな〜!」

 

 薄汚い豚の顔をした大男とギンジが、2人肩を組みながら談笑している。

 

 その光景を見たカエデはなぜだか非常にイラッとする。

 

 心配をしたのはこちらの勝手なのだが、だとしても何故この豚の大男とギンジが仲良く談笑してるのか。心配して損したとはこの事である。

 

 「あれ、カエデじゃん!お前らも・・・全員無事だったのぐはぁ!?」

 「無事だったのかーじゃないわよ!!」

 

 カエデを発見したギンジへ、カエデのドロップキックが炸裂してギンジが吹き飛んだ。首から聞こえてはいけない音が聞こえたが、多分ギンジは大丈夫だが・・・。

 

 「な、なにすんだよ・・・」

 「あー心配して損した!」

 「ブッヒッヒッヒ!愉快な仲間だなぁ!ギンジ!」

 

 ギンジの横にいた豚顔の男、トン・コッツがほがらかに笑うと、カエデは少し警戒するが敵意が無い事を知る。

 

 「いやさ、お嬢さん方も見目麗しいな。あ、修行だろう?」

 

 トン・コッツは余裕な表情を持って鍵を見せびらかす。

 

 それぞれギンジ、カエデ、レン、ミドリコが鍵を取り出すと、お互いのチームで半数ずつ持っている事が解る。

 

 「この鍵はギンジのモノだぜ。ブッヒッヒッヒ」

 「おう・・・実はトンの兄弟が持ってた鍵は、俺がちゃんと手に入れたぜ。あ、ちゃんと勝ったぜ!」

 「ちゃんと説明しなさいよ!」

 「あダダダ首!首しまってる!」

 

 カエデが憤慨しながらギンジの首を締め付ける。

 

 「まぁまぁ、ギンジがそれじゃあ喋れないよ」

 

 ケイタがいさめると、カエデはギンジから首を離す。

 

 それを見て、トン・コッツは相変わらずブッヒッヒッヒ、と笑う。

 

 ほがらかなこの笑顔を見ると、今までのコッツ兄妹よりかは話ができそうな雰囲気を持っている。

 

 「ギンジがちゃんと戦って勝ったのだろう?何があってこんなに仲良くなったのか聞かせてほしいな」

 「同意。ギンジ、しっかり説明しないと、カエデが許さない」

 「わかったよ・・・あ、でも首をしめないでくれよな!」

 「いいから話しなさいよ」

 「ブッヒッヒッヒ。そうだぞ兄弟、話してやんな」

 

 ヘヴンホワイティネスの質問攻めに、トン・コッツも一緒になってギンジを攻撃してくる。

 

 「あーじゃあ、俺がここに到着してからになるんだが・・・」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 先ず俺がこの場所に到着してからだ。

 

 ここには既にこのトン・コッツが待ち構えていた。

 

 ま、会ってからお互いに自己紹介はしたんだけどさ、そこから鍵の奪い合いについて色々あってな・・・。

 

 「ブッヒッヒッヒ。ギンジ、この鍵が欲しいのだろう?」

 

 トンとか言うオークにも似てるやつが、俺に笑いながら声を荒げてくる。

  

 って言うか、つくづく俺って豚顔のやつと縁があるよな・・・。オーク怪人とかいう変なやつといい、今目の前にいるこいつといい。

 

 「もちろん欲しいぜ。まぁ、ただではくれないよな?」

 「当たり前だ。このコッツ兄妹・長兄であるトン・コッツ、大地を司る司祭!」

 

 声高らかに叫んでくれるが、俺はこういうやつ嫌いじゃないな。なんだか話してて悪い気がしない。

 

 うん、そうだよ豚顔に悪いやつは居ないんや!せやせや!

 

 「では、ギンジよ。鍵の奪い合い、始めようか」

 「急にヤル気だな。いいぜ、この修行と称した鍵の奪い合い、俺たちが勝たせてもらう!」

 「奪い合い・・・というよりは、我々は暴れたくてな。勇者もそうだが、もっと強い男と戦いたいっていうのが、本音さ」

 

 なんだ・・・結局こいつらも俺と同じで、暴れたいだけなんじゃないか?まぁ、俺は理由があって暴れてるだけなので・・・べ、別に暴力ふるいたい訳じゃないんだからねっ!

 

 トンが笑うと、俺も笑う。お互い口角を釣り上げて、一気に臨戦態勢を取ると、先に俺のほうがアタックを仕掛ける。

 

 先ずは俺個人のセオリーに則って、イメージを働かせる。

 

 何をしてくるか分からないから、壁でも使って飛んで見るイメージ。

 

 三角跳びの要領で壁を飛ぶと、三回程飛んでトンに直撃できるイメージ映像が出てくる。直撃のタイミングでの攻撃は、俺自慢の炎の攻撃。燃える拳ってかっこいいよね?

 

 (さっそく決めにかかるぜ!)

 

 直線状に走ってからいきなりの路線変更、そして壁に飛んで行く。普通なら誰にも反応出来ない速度で飛び出すと、俺はイメージ通りに壁を飛んで反射する様にして、トンへと向かっていく。

 

 ジグザクに進んだ事で、俺に狙いはつけられないだろっていう、目論見なんだが・・・これは通るだろ!

 

 「マジカル・アース・マジックズ・・・」

 

 トンもこれに対応してくる。魔法を唱えて攻撃か防御の手段・・・どっちだ・・・?

 

 「バース・フロージェン!」

 「うおっ!?」

 

 トンが魔法を唱え終えると、俺が飛ぼうとした最後の壁に岩が隆起して来た・・・尖っていて鋭利なその岩は、触れれば俺の身体を貫きそうだった。

 

 ま、当たったら痛そー・・・って感じだな。

 

 「当たらねぇけどなっ!」

 

 隆起してきた岩を蹴っ飛ばして地面へと転がり戻ると、すかさず金棒を召喚する。地面からも飛び出す鋭い岩を叩き砕きながら、トンへと突撃する。

 

 怪人の能力とはまた違い、魔法はどこまでの攻撃範囲、一つの魔法でありながら如何用にもその姿形を変える事から、俺は今までとは違う警戒をしていたんだが・・・なんだ、意外と攻略は楽勝か?

 

 しかし現実は甘くなかった。

 

 「マジカル・アース」

 

 トンが再び新たな魔法を唱える。どうでもいいけどこの魔法を唱える詠唱ってやつ、だいたいマジカルから始まるんだな。

 

 「マッド・ウォール!」

 

 声を高らかにして叫んだその呪文?によって登場したのは壁。地面から生えるようにして現れたその壁に、俺は金棒の振り回しが間に合わずにぶつかってしまった。

 

 しかもおろし金みたいに表面がザラついてて、コレが超痛かった。まじで痛い。

 

 ぶつかった衝撃で少し後ろに下がると、トンが壁を破壊して俺の目の前に飛んでくる。

 

 「魔法使いの戦い方は、魔法を撃ち合うだけじゃないんだぜ!」

 「・・・!?」

 

 太った身体を転がしながら、トンは俺に連撃を決めに掛かってきた。肉の大砲みたいなその姿は見ているだけなら滑稽なのだが、おそらく威力は凄まじいだろう。

 

 「豚狩美(ぶたかるび)!」

 

 豚カルビ?ああ、美味しいよね?

 

 「うっおおおっ・・・!!」 

 

 俺の身体に想像していたよりも早く、やはり想像以上の威力で体当たりをぶちかまして来やがった!

 

 防御が間に合わずに、後方へと吹き飛ばされると、魔法で作った壁があり、それらもおろし金の様に刺々しい表面。そこに俺はぶつかっていく。

 

 「くっそ、ふざけてる場合じゃなかった」

 

 怪人じゃなかったら死んでただろコレ。

 

 「ブッヒッヒッヒ!まだまだ行くぞ!」

 「もういっちょ来てみろ!」

 

 またあの美味しそうな必殺技でも打ち込んでくるつもりか、トンは再び身体を転がしてくる。

 

 俺も金棒を突き出し、遺跡の奥のドアらしき場所に狙いを定める。野球みたいに構え、左脚を上げる。

 

 金棒には速度を上げる為に雷を纏わせて、思い切り両手に力を込める。

 

 「さぁてお立ち会い!」

 「行くぞ、ギンジ!豚狩美(ぶたかるび)!」

 

 地面を削り取るような高速回転によって、再びトンが飛んでくる。いやシャレじゃなくて。

 

 バウンドしながら次第に速度を増して、俺の正面・・・ど真ん中を狙ってくるが、それは流石に解ってたぜ!

 

 「おっ・・・〜〜〜っりゃあ!!」

 「ぬぅ!?」

 

 俺を人間と侮ってたか?それとも人間っぽい何かと勘違いしていたのか、こいつが想像している以上に強い力で跳ね返す。

 

 「これには驚いた・・・だが!」

 

 天井に跳ね返り、次は床、その次は壁、魔法の岩、魔法の壁、天井・・・なんども勢いを増してトンが高速反射を繰り返す。まるで跳弾・・・。

 

 「ブッヒッヒッヒ!捉えられまい!」

 「・・・!」

 

 当たるかと思えば身体の横を抜け、後ろの壁から来るかと警戒すれば、今度は床を反射して天井へ。

 

 来るならさっさと来いよ・・・!焦らすな!

 

 「ブッヒッヒッヒ!さぁさぁ・・・受け止めてみろ!マジカル・アースエン・マジックズ・マジカル!」

 

 その巨体を跳ね返しながらも、トンが詠唱を開始する。魔法とこの物理攻撃の合わせ技で来るつもりか・・・!だとしたら俺の方が不利か?不利だな!

 

 「ロック・バレルドリューズ!」

 

 その魔法は岩石が無数に飛び交い、その次は鋭く鋭利な突起物と重なりながら、俺の逃げ場を埋め尽くしていく。

 

 「クソ!」

 

 逃げることは適わず、そして俺の破壊も間に合わず・・・っていうか金棒でさえ跳ね返してきやがる!やっべぇぞ!

 

 「これで・・・決めるぞ!超反射・特上豚狩美(とくじょうぶたかるび)!!」

 

 めしゃぁっと身体が潰れる様な音が腹の中で響く。俺の体内が押されて空気が絞り抜けて、その勢いは残したまま俺の身体を魔法の岩石と共に完璧に叩き飛ばした。

 

 めっちゃくちゃ痛ぇし、ダメージはものすごい・・・あのオーク怪人を超えるぞこの強さ・・・!

 

 「出し惜しみしてたら・・・勝てねぇな!」

 

 幾度も連なる岩石と土の壁を破壊しながら、勢いが止まると壁の中に埋め込まれたが、持ち前の怪人パワーでぶっ壊して脱出する。

 

 「俺も修行の成果があるんだ・・・農作業だけだったけど、これでも力の使い方、操り方はだいぶ理解出来たしな・・・行くぞ、トン・コッツ!」

 

 発動する能力は炎でも雷や飛行でも無い。

 

 ヒーローらしい力で、こいつを倒す。その為に脳内で完成だけはさせてた俺の力!

 

 ムーン・フォース。月島ルカ達ムーン・パラディースから受け継いだ俺の善なる力・・・!

 

 「月の力よ!俺に手を貸せ!」

 

 心の中にしまわれたムーン・フォースを呼び出して、俺はその月の力を身体に纏わせる。優しい月光が身体についてくる事で、俺は俺の為の変身スーツを身にまとう。

 

 鍔の無い刀、長ドスを構えてトンを睨みつける。

 

 「英霊と言うのは誰でも変身できるのか?羨ましいな?しかし、その姿が本気の体制か・・・」

 「いいや?いつでも俺は本気だぜ!」

 

 月の力を溜めたこの長ドスを振るうと、地面を走る金色の斬撃が飛んでいく。

 

 これはルカとアキハの教えてくれた大技の一つ、大月光斬(ブラストキャリバー)・・・。

 

 魔法の隆起を斬り、岩を斬り離し、トンへとめがけて飛んでいく。

 

 「おっと・・・」

 

 しかしながら俺の斬撃は残念ながら、魔法で生み出した土の壁で防がれてしまった。

 

 防御されたが、そこは対策済みってやつだぜ。

 

 「あまりがっかりさせてくれるなよ・・・」

 「言ってろ・・・!」

 

 ムーン・フォース使用時には、俺の炎と雷は使えない。だがもう一つの俺の能力である、金棒はこの変身時にも使用はできる。

 

 そしてこれは赤鬼の力の一端でもある。

 

 左手に金棒を再び召喚させてから、片手で思い切り振り回す。

 

 ボンッ!と強い音を鳴らすと、俺のすぐ目の前にある魔法の土壁に、見えない弾丸が飛び跳ねる。

 

 着弾した瞬間にその壁は内側から破裂するようにして、破壊されていった。

 

 「なに・・・!?」

 

 そりゃあ驚くよな。俺が飛ばしたのは魔法でも、力任せの衝撃じゃないからな。

 

 魔法で捉える事の出来ない赤鬼の力・・・。それは空気を打ち出すあの異常な能力。当たっただけでコンクリートをぶっ壊すあの技を、俺も勢いでやったら使えちゃった。

 

 とは言っても真似してみただけで、正確に同じ能力じゃないんんだけどね。これが出来るってのも、進化の怪人だからなのかな。

 

 能力模倣─そう名付けてみたがなかなか良いネーミングセンスじゃないか?

 

 空気をさらに打ち出して、再び防衛に出てくる魔法の土壁を粉砕していく。いや空砕と言うべきか?

 

 とにかくこの空気の打ち出しを金棒で行い、トンへと地道に近づいて行く。いい距離感を確保したら、今度はムーン・フォースによる強化状態で更に加速!

 

 「よう!土遊びはそろそろ終わりにしようぜ!」

 「ここまで近づけるとはな・・・」

 

 加速の先、俺はトン・コッツへと接近に成功した。今度は俺の反撃の番だ! 

 

 長ドスを振り出し、魔法の防衛手段を斬って潰していく。

 

 金棒で岩を粉砕、土は斬り崩し、あとは俺が直接この豚野郎を蹴るなり殴るなりさせてもらおうじゃねぇか! 

 

 「マジカルマジカっ!」

 「もう魔法は唱えさせねぇよ・・・」

 

 斬り崩した土くれを金棒で弾いて、トンの口内へと投げ込んだ。器用で馬鹿げているようだけど俺のイメージの能力だと、こんな事が実際出来ちまう。俺も気に入ってるぜ、この力。

 

 「ふごふご・・・!」

 「覚悟しやがれ!!」

 

 長ドスと金棒の斬撃と打撃の連続攻撃。容赦なく振り回す乱舞とも呼べるこのラッシュで、トンの身体を容赦無く攻め立てる。

 

 「うおりゃあーーーッ!!」

 

 金棒で叩き上げて、次は長ドスで斬り払い、大回転上段打ち下ろし、からの月光の溜めた斬撃。

 

 「大月光斬(ブラストキャリバー)!」

 

 地面から走らせる斬撃が飛び出し、至近距離のトンへと向かって行く。もうこの距離じゃ魔法の防御も出来ねぇだろうし、俺の勝ちだ!

 

 

 「ブッヒィイイイッアアアア!!」

 

 月の斬撃が遺跡の内部に煌めき、コッツ兄妹の長兄・トン・コッツを押し返した。

 

 「ブヒッブヒッブヒッ・・・強いな・・・その強さ、並の人生じゃなさそうだ」

 「うげげっ。立ち上がったよこいつマジかよ」

 

 何事も無かった・・・なんてわけじゃないが、このトン・コッツは立ち上がっては、清々しく笑ってやがる。ナンダコノヤロー。

 

 いやっていうか勝ったの俺だし、どっちかっていうともう鍵を明け渡して欲しいんだけど・・・。

 

 「ブッヒッヒッヒ・・・いいさ、この勝負自体はおれの負けだ。まぁ座れよ兄弟。お前の生い立ちや、お前の話を色々きかせてくれ」

 

 トンの薄汚い顔が、どこか柔和と言うかなんとなく仲間意識を持ってくれた事を理解すると、俺は言われるがままトンの目の前に座った。

 

 そしてお互いの境遇や、仲間の事・・・どうして俺がこの魔法界に来たのかなどなど・・・。

 

 色々と話す事が増えたり脱線したりで、なんだかんだで俺とトンは仲良くなったとさ・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「っていうのが、俺とトンの兄弟が鍵を手に入れる事になった修行の内容さ」

 「さ、じゃないわよ!」

 「ぐへぇあ!」

 

 ここまでの経緯を聴いていたカエデは、やっぱり心配して損をした気分になった。

 

 戦いはギンジの勝利で、かつ兄弟分を手に入れたとの事だが、本当にギンジという男はこういう時予測が出来ない。

 

 周囲に馴染めなかった男が、この世界にやってきてからお友達をたくさん増やすのは嬉しいし、カエデから見ても微笑ましいのだが、好きだからこそ過度な心配でギンジに強く当たってしまう。

 

 「でも、ギンジが勝ったのなら、良い。そこだけは私も心配、してtから」

 「まぁ、ギンジが敗けるとは思ってないけどね・・・あはは」

 

 レンとケイタがそれぞれ話し、ミドリコもギンジとトン・コッツが仲良く出来ているのを知りつつ、勝利した事には納得した。

 

 「これで鍵を開ければ修行の完了か。終わっちまえばわりとすぐだったな」

 「そうね。余裕とは言わないけど、あたし達にかかればこんなのラクショーよ!」

 「ブッヒッヒッヒ。この部屋の奥だ。旗を手にして、魔女に報告すれば今回の英霊達の修行は完了だな。さて、ギンジよ」

 

 トン・コッツが仲間になりました、みたいな雰囲気でギンジに声をかける。

 

 「改めて言うが、この魔法界へようこそ。危機に陥ったオレキエッテ帝国のピンチに協力してくれると聴き、実のところは期待していたのだ」

 「・・・俺・・・だけじゃなくて、俺たちヘヴンホワイティネスにこの魔法界のピンチは任せろ!ここで得た新しい力で、必ず魔王軍とやらをぶっ飛ばして来てやるからよ!」

 

 ギンジが声を高らかに言い放ち、次はカエデがつなげる。

 

 「そうね。どこに行ったって悪が栄えようとしてるならあたし達正義のヒーローが、全部背負ってあげるわ!」

 

 カエデの表情はギンジに負けず劣らず笑顔であった。優しいその表情にトン・コッツは目をひかれる。

 

 「私も、同じ。自分の未来を、守る為なら、どんな所でも寄り道していく。友達を助けたいから」

 「僕も同じ!悪は放おっておけないし、皆の力になりたいからね!」

 

 レンとケイタがカエデに続いて意気揚々と話す。その言葉の強さと、覚悟の重さの両方を知ったケイタの顔つきは少し前より大分男らしくなっていた。

 

 「ならば私は君達の未来を守りたいという意思を、背負って戦わないとな。ケイタも戦える様になった今、全員が今まで以上に死なない様にしないと行けないしな。無論、私もだがな」

 

 ミドリコも彼らに続いて声を出した。年長者として、よりギンジ達の面倒を見ていかないと行けない。生活よりも戦闘の方だが・・・。

 

 「そうか・・・ギンジ(兄弟)、お前は良い仲間を持っているな」

  

 ギンジと合流した事でこの薄暗い遺跡には、明るい活気が出始める。

 

 トン・コッツ率いるコッツ兄妹がここに揃っていてもなかなか出てこないこの空気感は、羨ましそうに眺めるので精一杯だ。

 

 「へへへ、そうだろ!皆俺の自慢の仲間なんだ!もちろん、あの赤鬼と、もう一人ここには来てないけどミヤコってやつも居てさ」

 「ちょっとギンジ!長くなるから後の事は遺跡出てから話しなさいよ」 

 「あ、ああそうだな。悪い。それじゃ、旗、もらってくぜ!」

 「ああ、もらっていけ。ブッヒッヒッヒ」

 

 コッツ兄妹との修行を攻略したギンジ達は旗を手に入れ、遺跡から脱出。

 

 

 その後はコッツ兄妹は魔女にしこたま怒られ、ギンジ達は帝国に戻り際、サクラとも色々近況を報告しつつ、オレキエッテ帝国に戻るのであった。

 

 この魔法界で得たモノは非常に大きく、来る魔王軍との戦いや、帰還した後の戦いにそれぞれが貢献出来る非常に有意義な修行であった事は間違いなかった。

 

 ギンジ、カエデ、レン、ミドリコ、ケイタがそれぞれ得た新しい力、修行の成果を発揮する時は近い・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 場所は変わって魔王城。

 

 コンキリエ魔王軍の所有する荒野に怪しく佇む巨城は、いつもそうなのだが普段よりも禍々しい魔力を纏い、強烈な殺気と空気を揺るがす程の悪意が満ち溢れ、あらゆる生命体が近寄れない様な異質な雰囲気が漂っていた。

 

 大部分が石と鉄で建造された魔王の居城には、暗黒に染め上げた鎧を身にまとう魔王アマトリを始め、2名の側近を従えている。

 

 妖艶な衣装を身に着けた艶めかしい女性の魔界軍師ペペロンチー。

 

 恰幅の良い身体と雄々しい威圧を感じさせる破壊元帥カルボーナを連れて、魔王城の円卓へとその三名が姿を表していた。

 

 そんな三人はより凶悪な闘気を放出しており、魔力が無い様な存在でも本能的に勝てないと察してしまう威圧を感じさせる。

 

 魔王の兵士達もその威圧に飲まれ、鎧の中でカタカタと身体を震わせる者も少なくはない。

 

 この三名が異様にも思える闘気や魔力を放出しているのには、仲間であり魔王の優秀な側近の一人であった、突撃将軍ナポリタが勇者によって撃破された事が大きな理由であった。

 

 そんな円卓の中心には、魔力を一切感じさせない不思議な存在が珍客として魔王城におとずれていた。

 

 「いったい・・・魔王様に何用なのだ?」

 

 美しい声とは裏腹に、この世界では普段ありえない魔力の無い存在を見て、敵意に満ちた表情と声音をしたペペロンチーが、机の真ん中に佇む奇妙な存在に声を掛ける。

 

 「・・・先ズハ、名乗ラセテ頂ク。我ガ名ハ、骨ノ怪人」

 「怪人?聞き慣れない種族だな。居たのか?そんなやつ」

 

 鉄球に取り付けた鎖を手元で巻きつけるとじゃらりと、重い音がなる。蛇が回るような鎖の音を鳴らしながら、カルボーナが疑わしい者を見るような目つきで、その口を開いた。

 

 魔王アマトリは無言で珍客を見ているだけ。しかし一度無礼を働けば、すぐに消す・・・そういった敵意を感じては居る。

 

 ただ消すと言ってもいたぶることは無く、魔王としての威厳の中で遊び感覚でパッと消すぐらいの感じだろうか。

 

 普段の骨の怪人ならば、こんな威圧だらけの集団には何も臆さないだろうし、話もスムーズに進められた筈。

 

 だが今の骨の怪人はわずかな血液とすすり、この魔王城に居る奴隷の死体を喰らい、なんとか頭蓋骨の形を取り戻せる所までは来ている。その程度の存在でしかない。

 

 今の自分は怪人四天王としての立場すら危うい姿であろう。

 

 ヘルブラッククロスとしての目的はたった一つ。この魔法界に居る魔王軍と協力体制、ひいては同盟を組み、ヘルブラッククロスに戦力強化に促すということ。

 

 そしてその為には、この魔王軍の要請する交換条件を飲むこと。

 

 成果を持ち帰る事・・・先ずはそれを出来ない事には、骨の怪人は帰るに帰れない。

 

 魔法少女をいつか仕返しをして、必ずヘヴンホワイティネスにも一矢報いる。それが目的。

 

 「我々ハコノ世界トハ違ウ世界・・・モウ一ツノ切リ離サレタ世界ニテ活躍スル、ヘルブラッククロス・・・魔王様、勇者ヲ倒ス為ニ、是非トモ協力ヲサセテホシイ」

 「協力だと?貴様の様なザコが・・・」

 

 ペペロンチーが骨の怪人の突拍子の無い言動に憤りを見せるが、魔王アマトリがそれを腕で制止する。怒りは収まらずとも勢いは止まり、ペペロンチーはその身体を椅子に沈ませる。

 

 「コノ骨ノ怪人・・・勇者ノ存在ヲ、ソシテ奴ノ弱点ヲ知ッテオリマス・・・」

 

 骨の怪人の瞳は爛々と輝き、底知れぬ闇を感じさせる。魔王から見て取れるその瞳の奥には、底知れぬ力への渇望、そして力による支配の未来を望んでいる事がよく解る。

 

 それと同じく骨の怪人も満足に動けない身体ながら、この魔王城で調べられる情報はなんでも集めてきた。

 

 勇者の存在や、オレキエッテ帝国の兵士状況、さらには奴隷達から得た近辺の環境問題や、魔力、魔法の素晴らしさ。

 

 極めつけは、勇者の召喚したと言う英霊の存在。まさかあの憎き怨敵達が来ているとは思わず、骨の怪人にとって大きなチャンスが訪れている様な気分であった。

 

 そしてなにより勇者の存在について、骨の怪人は信用に足る大きなアドバンテージがあった。

 

 「勇者の弱点ってぇなんだ?」

 

 口を開けば粘ついた唾液の糸が上下に開くカルボーナの言葉に、骨の怪人が抜け落ちた歯のないこうべをカチカチと鳴らしながら話し始める。

 

 勇者の名前は赤鬼。元同僚である事、そして何故かこの世界には自分よりも先に来ていた事。

 

 そして赤鬼がヘルブラッククロスを離反したのには、ある理由があった事を説明する。

 

 甘白ミドリコ・・・それが赤鬼の怪人が、ヘルブラッククロスを離反した原因。彼女さえ居なければ、きっと今頃もヘルブラッククロスとして力を存分に奮っていたはずだ。

 

 そしてその甘白ミドリコという存在を抑え込むことができれば、今現在勇者としてもてはやされている赤鬼を、一方的に攻撃も出来るはずだ。

 

 そして勇者と英霊・ヘヴンホワイティネスを撃破できれば、オレキエッテ帝国との戦いには、コンキリエ魔王軍の勝利で収められるということ。

 

 「ダガシカシ、勝利ヲ収メル為ニハ、我ガ身体ヲ取リ戻サネバナラナイ・・・ソコデ、私ハ魔王様ニ協力ヲ惜シマナイ・・・ソノカワリ、コノ身体ヲ魔法デ強化シテホシイ・・・」

 

 魔王アマトリはこの骨の怪人の奥底に眠る力に、興味が湧いていた。一息吹けば飛びそうな脆さがありそうなのに、勇者の事を知っているということ、そして別の世界の存在・・・。

 

 すべてが魔王アマトリが神になるのであれば、いずれ通らねばならない道のりだとしたら、この骨の怪人を自分の手中に収めるのもありだろうか。

 

 一瞬の沈黙の後に、魔王アマトリからすぐに返事が返ってきた。

 

 「良いだろう。貴様の身体は、この魔王軍が責任を持って改造させてもらおう。擬似的にとは言え、魔法は使用できる様にはしておいてやる。それと同時に・・・実は近々帝国に進軍を計画していてな」

 「ホウ・・・?」

 

 コンキリエ魔王軍がオレキエッテ帝国に進軍するのは、先にもあった通り突撃将軍ナポリタの仇討ちに行く事。いずれ倒さねばならない壁ならば、この後にでも進軍するつもりではいたのだが・・・。

 

 「丁度・・・貴様の様な【協力者】が欲しいと思っていたのだ・・・」

 

 魔王アマトリが骨の怪人の頭を掴み、魔王軍の親衛隊であるボーンゴーレの残り2人へと大声を上げる。

 

 そしてその声は魔王城すべての兵士達にも伝わる、伝令にもなっている。

 

 「聞け!我が軍の兵共(つわものども)よ!

 我らは今日より、良き協力者を手に入れた!

 そして今日より3日後!我らが魔王軍は勝利を収めるぞ!」

 

 帝国にある霊石を手にし、膨大な魔力をその身に入れ込み、魔王アマトリは神となる。

 

 骨の怪人という、都合の良い道具を手に入れ、魔王軍はより強固な力をこの骨の怪人に注ぎ込む。身体を取り戻させてもやる。

 

 ただし、この城を運べる程の巨大な身体になってもらう。

 

 そうとは露知らず、魔王の協力を得られたと本気で信じている骨の怪人。

 

 この世界における地獄はまたひとつ広がりを見せる。

 

 黒く、深く、大きく・・・。

 

 魔王城にはアマトリの高笑いが響き、荒野の禍々しさはより強みを増して行くのであった・・・。

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。

今年最後の投稿となりました。

次回の更新は1月12日辺りをめどに再開していこうかと考えています。実家帰ったり、新卒入社に向けた仕事とかもそこそこ多いので結局1月頭は忙しいっていうね。仕事納め?ないよ私には。

次回更新を1月12日をめどとはしていますが、もし早く更新できるならもっと早くします。遅くても12日〜って事です

さて今回はキャラネタよりも、年末という事なので、ボツになった話のネタでも書こうかと思います。

話の流れや、展開的に面白くなさそうだな、と思ってボツになったお話たちです。

未来編
10年後の未来へと興味本位で飛んだギンジ・・・未来の度固化市はまともに人間が暮らせる環境ではなく、神と称した人類の敵、ヘヴンホワイティネスが人類を滅ぼそうとする・・・
・何かあった未来においてのお話で、ケイタがビーム剣術を使える未来でのお話の予定でした。未来の組織はグレーゾーン。
・ボツになった理由
ヘヴンホワイティネスが敵になるっていうのが個人的に嫌だった。あと、興味本位で未来へ飛ぶのも、ヘルブラッククロスと戦う本筋にあまり関係ないと思い断念。

ヘルブラッククロスの用心棒編
ヘルブラッククロスが雇っていた用心棒・天元坂アマナ。彼女とギンジの出会いによって、金だけでは解決出来ない、正義と悪の間に揺れる・・・というお話。
・序盤にさしこみ、最後までゲームの中にいたキャラクター・・・っという設定にしたかったのですが、リコニスを出す都合上アマナというキャラの出番は無く成りました。名前は気に入っているので何か別のお話で出せれば・・・
・ボツになった理由
リコニスと両立させるのは難しいと思い断念。そもそもヘルブラッククロスが怪人とか兵器開発が出来るのに用心棒を雇うのも変だな、と思い。

復活のゲヘナミレニアム編
内容は特に考えていなかった。
・ボツになった理由
実はサクラとレイナの2人にも悪の組織を残しておいて、それぞれギンジ達に恩義を感じさせる展開にしたかったのですが、退魔教会編でレイナが、魔法界編にてサクラが、サン・アンフェール編にてルカがそれぞれ恩義のある関係になるため、別にいらないかなっと思い。

ギンジ改めギンコちゃん編
おふざけかと思いきやヘルブラッククロスのドクターハルネにより、性別変更ビームを受けたギンジとカエデ。カエデは宝塚みたいなイケメンになり、ギンジは男性の欲望の詰まったクソドエロボディの気弱な女の子になるというお話
・ボツになった理由
あまりギンジが女の子になるというのが想像できなかった。そもそもTS要素をタグにいれてないし、恋愛面に動いても物語的にはなーどうかなーっと思い断念。

以上4つのお話がボツになったお話でした。でもたまに章の管理の際に、辻褄合わせと言うか、新たにお話を入れ直したりしてたりするので、当初は30話ぐらいで終わる予定が70話以上、いまでは100以上になっています。ちゃんと終わらせられるか・・・?
頑張ります!

それでは年末最後の投稿となりました!
皆様良いお年を!次回またお会いしましょう!
2022年、12月30日
アトラクション


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番外編〜YO-YO〜

皆様新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

今回のお話は番外編になります。最近出番の無いキャラクターが少しだけ登場します。

今年もこの作品を楽しんでいただければと思います!
それではどうぞ!!


 「よくぞ集まってくれた!今年度の新任教員達よ!」

 

 顔の見えない闇の奥底から、けたたましくも勇ましい大声が室内に響き渡る。

 

 ここは都立・ヘルブラ学園。聴く人が聴いたら誰もが恐れる、格式の高い高等学校である。

 

 総統と呼ばれる理事長が3月も半ばの着任挨拶に添えて、4月から教員として働く事になった教員達に挨拶をしているのだ。

 

 今年の新任教員は四名。

 

 「では一人ずつご挨拶をしてもらおうか!」

 

 総統理事長・・・氷室コウガが右手を広げて突き出しながら、着任挨拶を命じる。

 

 「くふふふ・・・ではわたしから」

 

 先ず最初の名乗り出たのは、黒髪がキレイな小柄な少女・・・に見える教師だった。

 

 「皆様はじめまして!4月よりお世話になります、鈴村ミヤコと申します。担当教科は保険です!好きなモノは・・・怪人ですね」

 

 チラリと横に座る男をその視界に入れるが、後は何事もなかった様にして、拍手の中から静かに席につく。

 

 「では次は私が」

 

 次に立ち上がったのも女性。

 

 キリっとした顔つきに、キレイなスーツ。校内だと言うのにハイヒールを履いており、ウェーブロングの髪をポニーテールにして清潔感がある立ち振る舞い。

 

 「同じく今年度よりお世話になります。甘白ミドリコと申します。学校の先生になるのが夢で、ようやく夢が叶いました!これからよろしくお願いいたします!」

 

 ヤル気と元気に溢れたその声は、挨拶を見に来た先輩の先生方にも伝わった様子で、拍手が広がる。

 

 「では、次は僕だね」

 

 続く3人目は怪人の瞳をしている。

 

 この世界にありふれたもう一つの人類、それが怪人。

 

 少年の様な見た目をしていても、どこか幼さを感じさせ、そしてどことなく女の子にも見える。

 

 「僕は毒蛾といいまーす!好きな事は男を毒で○○して○○を○○○○・・・」

 「いや・・・もういいぞ。それ以上しゃべるな」

 

 理事長が一言で黙らせると、毒蛾の怪人は萎縮してもう喋れない。

 

 (あーあ・・・あいつ新年度からの生活終わったな)

 

 可愛そうに・・・とは思いつつも、最後の挨拶が控えている教員が色のついたメガネのズレを直す。

 

 「では最後の君。ご挨拶を」

 「うっす」

 

 最後に残った教員が挨拶をする為に立ち上がると、ミヤコが好機の視線を送っている。

 

 それをなんとなく肌で感じながらも、最後の男は挨拶を行うのであった。

 

 「はじめまして。4月よりこの学園でお世話になります──」

 

 男は強く名乗りを上げた。

 

 常にコミュニケーションを進化させ続ける、教員として最高峰のスキルを持った男・・・。

 

 「佐久間ギンジです!よろしくお願いします!!」

 

 男の名前は佐久間ギンジ。今年度より、このヘルブラ学園にて活躍が期待されている新任教師。

 

 「うむ。元気でいいな。ではここでこの理事長より・・・」

 

 いきなり理事長がパーカーとデニムをダルく着た、ラッパーのスタイルになりだすと、後方からは2年生の担当主任である柏木と、体育を教科とする触手の先生が現れ、即興でDJのブースを造り出す。

 

 「・・・なんで?」

 

 ギンジ先生の疑問は当然なのだが、理事長はここでラップでも披露するのか、マイクを片手に目深にかぶったフードで顔を隠しながら、いきなり流れる音楽と共に理事長が歌い始める。

 

 軽快なディスクスクラッチと、電子音が重なるBGMを背に、教員室が一気に盛り上がる。

 

 一番手に合いの手を入れて大騒ぎするのは、三年の体育を担当する赤鬼の先生。

 

 その隣では剣道部顧問の剣士の先生。

 

 紫いろの白衣を着用すた紫先生と、腹まで伸びたヒゲと陽の色を宿した革靴を履いたタイヨーズ先生も一緒に盛り上がっている。

 

 曲名・ヘルブラップ

 

 作詞作曲・理事長

 

 編曲・オーク先生

 

 総統の渇望(YO-YO)

 時代の盛況(YO-YO)

  

 この力、正に最強

 この街でのし上がるぜ度固化でどうだ?

 

 今まさに力の支配が最速

 この手でぶちかますのが最高

 

 魚が水を得た、この道のりの先のこの世上場

 

 待ちわびた総統の出番

 手下と共に即興で大暴れ

 

 言わす敗北

 かます相当

 我らが新世界の王者・総統

 

 この世上々(YO-YO)

 いえぇあ、チェケラッチョ

 

 (YO-YO)(YO-YO)

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 (ダセェな・・・クソだせぇな)

 

 総統の曲もさることながら、このBGMも非常にダサい。

 

 ラップというものを好きな人が聴いたら、おそらく殴られても文句は言えないそんなラップ。

 

 ギンジはこの学園での着任が一気に不安になってしまった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 少し時が進んで入学式。

 

 『入学生代表・神宮カエデ』

 

 2年生を代表する生徒である、宮寺レンとそれを補佐する月島ルカ。

 

 その後ろではなにやらインカムを使いながら、連絡を取り合う角倉ケイタの姿。

 

 入学生としてこの学園に主席で受験を合格した、見目麗しい生徒、神宮カエデ。

 

 彼女もこの学園での生活を楽しみにしている。可愛らしくも凛々しい顔つきをしており、遺伝でもあるのか髪の色は綺麗で美しい金髪をしている。

 

 「あれが入学の主席か〜・・・不良か?」

 「いいや、見た目はアレでも、中身は清楚と見たねぇ、俺っちは」

 

 主席合格したカエデを見守る傍ら、ギンジは教員の立つゾーンにてふんわりと立たされている。

 

 ギンジの隣では赤鬼先生が並び、二人してありもしない事を話す。結論として、ギンジの不良、赤鬼先生の中身は清楚と言うのは二人とも不正解だ。

 

 何故ならカエデは・・・。

 

 「はぁ〜い♡みなさーん、あらしはぁ〜、ひんぐうカエデっていいましゅ〜♡」

 

 目を虚ろにし、ニンマリした笑みを浮かべている彼女の顔は、蠱惑な雰囲気を持つと同時に、フラフラとしている。

 

 言う慣れば、ビッ○、淫乱・・・そんな言葉が似合う。

 

 舌をいやらしく伸ばしながら話す彼女を見ていると、ギンジはどこか心が痛くなる。

 

 「ヌハハハ!ありゃーいい上玉だなぁ!」

 

 赤鬼先生が豪快に笑うと、その奥に居る甘白先生も鼻で笑っている。

 

 よく見ると甘白先生も目を♡にしており、女性は全員眼が♡になっているのを遠くでも解る程だった。

 

 「・・・」

 

 じわりと嫌な汗を背中が伝う。

 

 こんな事を見る為に、自分は教員になった訳ではないのだが・・・。

 

 「さーてここで総統理事長による、神宮カエデさんの・・・」

 

 内容は上手く耳に入って来なかった。

 

 嫌、聴きたくなかった。

 

 総統とカエデが全校生徒の前で・・・。

 

 「ッ」

 

 眼をそらしたいのに、そらせない。望む、望まざると問わず、見ないと行けない。そうさせられている様な感覚。

 

 全身をガタガタと震わせながら、ギンジの視界には総統とカエデのおぞましい行為が、さも当たり前の様に行われている。

 

 キスから始まり、身体を寄せ合い、抱きしめ合う。だらしない笑顔で喜んでいるカエデは、総統の欲望と力に飲まれて、快楽にむせび泣いている。

 

 (やめろ・・・)

 

 言葉が出ない。その言葉がすぐに喉まで来ているのに、出てこない。

 

 (やめろ・・・やめろよ!やめてくれ!こんなの・・・)

 

 バッドエンド・・・。その言葉が脳内で大きく躍り出る。

 

 そんなモノを見るために教員になったのではないし、ヘヴンホワイティネスとして・・・。

 

 (・・・あれ?俺、今まで何してたんだっけ?)

 

 カエデの無残な姿を見ながら、ギンジの視界がどんどん闇に飲まれて行く。

 

 今の時間は?この時代は?何をしていた?

 

 (あ・・・あれ・・・)

 

 くらりと、おぼろげな記憶を思い出していく。

 

 ここは度固化市。そして街はヘルブラッククロスが支配し、ヘヴンホワイティネスや魔法少女、退魔警察、ムーン・パラディース・・・その他もろもろの正義の志を持つモノ・・・。

 

 この街の支配に成功し、ヘルブラッククロスは、力による支配の世界、そして逆らう者を一人残らず殲滅するこの世界。

 

 (・・・あれ?)

 

 どうしてこうなったのだ。

 

 「く、くふふ・・・皆始めてるし、ギンジ君も、ね?」

 

 気がついたら身体が動く様になっている。男子生徒と女子生徒は、ピンクのモヤモヤがかかる様な不可思議な空間の中で、その身体をぶつけあっている。

 

 それを恐れて見ながらも、ギンジの手を握るのはミヤコ。

 

 「くふふふ、君とこんな形で愛しあえるなんて夢みたい・・・」

 

 愛しく、ミヤコ先生が涙ながらにギンジの手を握る。

 

 力と暴力と快楽に屈服しきった彼女は、ギンジにならその笑顔を見せている。女を知った顔、女の手。

 

 「皆洗脳されてるのに、ギンジ君だけは何度か意識を取り戻したりしてさ・・・精神力がすごく高いのに、でも抗えなくて、また元に戻る。くふふ、かわいいね」

 

 幼くともどこか魅力的に見える顔が、ギンジの劣情を煽る。

 

 (あ・・・)

 

 ミヤコのかわいい顔を見つめると、心がぷつんと切れる音がした。

 

 理性を失い、欲望を求めるだけの獣になったギンジの力を全身で浴び、ミヤコは硬い床の上で愛おしくこの男に抱かれる。

 

 それこそがミヤコの人生の意義であり、この世界のあるべき姿。

 

 強い存在が弱い存在を喰らう事を許されている、そんな世界。

 

 ヘルブラ学園には女性達の快楽を受け入れた心からの叫び声が、一日中響き渡るのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「うわああああ!!」

 

 叫びながら起き上がると、暗い天井。

 

 ズキりと傷が痛み出して、俺は腹を抑える。

 

 「どーしたの!大丈夫?」

 「ちょっとギンジ!?」

 

 慌ててカエデとサクラが飛び出して来て、俺の眠るベッドにやってくる。

 

 そういえばここは・・・アレか、魔法界に来たばかりで匿ってもらってた家か・・・。嫌な夢見たぜ。ありゃ悪夢だろ。

 

 心配そうに俺を見てくるカエデの顔は・・・。

 

 「?・・・何よ、あんた大丈夫なの?」

 

 カエデの顔は・・・よし、♡になっていない、身体も大丈夫そうだ・・・! 

 

 でも一応確認しとくか。

 

 「はっ?」

 

 今になって考えたら本当にくそったれな事をしたと思うが、なんとなく確認はしたかったんだ。

 

 カエデのスカートの端をつまみ、上に上げる。

 

 「ああ、死んだね。それじゃあとは二人でごゆっくり・・・」

 

 サクラが何か言ってるが、あまり聞こえていない。言い訳になってしまうが、俺はこの時の事をよく覚えていない。

 

 「・・・オホホホ、ギンジ?」

 「うん!無事だ!キレイな白・・・え、白?」

 

 その後の事を俺は本当によく覚えていない。まじで。

 

 でも再び意識が飛ぶ瞬間、あんなバッドエンドな未来は絶対に見たくないって思ったし、ミヤコを必ず助けたいと思ってた。

 

 カエデもミヤコも両方大切な・・・仲間だしな!

 

 この先、俺は魔法界で修行をする途中で、カエデとミヤコに恋をしている事に気づくのだが、そこはまた別の機会にでも語らせて貰おうかな。

 

 「必殺!ヘヴンリー・インパクト!!」

 「ハッピー・ニュー・イヤーーー!!」

 

 最後の断末魔は何故かこれを言うべきだと思った。

 

 なぜかはわかんないけどね。

 

2023年もヘヴンホワイティネスをよろしくね

 

番外編・完、そして続く

 

 

 

 




お疲れ様です

今回の番外編ですが、設定やら時間軸やらを完璧に無視したモノとなっております。おまけ感覚で呼んでくださればと思います!

ギンジの見た夢の中でのキャラネタ書きます

総統氷室コウガ
クオリティがやたら低いラップを披露する変な人。
ヘヴンホワイティネスとの戦いに勝利し、支配を成功させた。

佐久間ギンジ
ラップのクオリティの低さにめちゃくちゃげんなりした。
支配を成功させた未来においてもげんなりしたが、ついに心が堕ちた。

鈴村ミヤコ
支配の成功した世界においてもギンジ愛マックスのマッドサイエンティスト。この夢の世界においてはギンジの子を妊娠している。が、ギンジが知らない。

赤鬼先生
保健体育担当?ミドリコ先生と婚約中。

神宮カエデ
洗脳された。最後まで勝利を信じていたが、無情にもそれは適わなかった。

宮寺レン
洗脳された。ケイタよりも総統への愛が大きくなるように操られ、凄惨な目に合っていた。

月島ルカ
ギンジ達を助けようとしたが、勝ち目のない条件付き勝負にて全敗した。後に洗脳。アキハはその時に消された。

角倉ケイタ
女性戦闘員とのハーレム生活を楽しんでいる。洗脳はされていないが人格を破壊された。

甘白ミドリコ
赤鬼先生により心と身体を堕とされた。今はもう過去の事を忘れており、赤鬼の事しか考えていない。

夢に登場していないキャラクター達
全員死んだ

・・・

今年一発目がこれでいいのか・・・っていう番外編でしたが、次のお話はちゃんと本編に戻ります。本当はギャグシナリオにしようか、夢オチシナリオにしようかで悩んだけど、夢オチにしました。

ミヤコも久しぶりに登場したし、次の再登場までは繋いだね!!!

それではまた次回!


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59・巨骨の魔王城、進軍

こんにちはアトラクションです

今回のお話では本編に戻っております。

ヘヴンホワイティネスvs魔王軍、いよいよ開戦!!

それでは、どうぞ!


 魔法。それは怪人にとってとてつもなく大きな、そしてなんとしても手に入れたい大いなる力。

 

 この力があれば、ヘルブラッククロスはより強大な力を手にし、そしてゆくゆくは、度固化の街だけではなくこの世界をも支配出来るだろう。

 

 そう信じて骨の怪人は襲撃を買って出た。そうすれば他の怪人四天王同様、思うがままに力を操れると信じていたからだ。

 

 しかし魔王アマトリは自分の事をどう思っているのだろうか。

 

 怪人という、言ってしまえば魔法の世界の不純物を取り込み、本当に勇者を打倒できるのか。

 

 本質こそ見極める事を出来ては居ないが、骨の怪人は自分を受け入れたこの魔王城を心から信じてしまった。心の無い怪人がこんな事を思うなんて本来はありえないのだが。

 

 「それでは・・・魔力注入を開始します」

 

 魔力という別次元の力を秘めた霊石を、土と木材を混ぜ合わせたチューブの器具に取り付け、それを骨の怪人のコアとくっつけている。

 

 一人の魔道士が魔王を背にそう告げると、骨の怪人に魔力の注入が開始される。魔法の使えないこの身体、どうなろうとも必ずや総統の望む理想の実現の為に活用せねばならない。

 

 骨の怪人の意識はそこで途絶えた。光と熱と形容しがたい感覚が、骨密度のすべてに染み渡り、誰にもわからない、誰にも予想できない大きな力をその身に取り込んでいく。

 

 強大な魔。

 

 その力が身体に入り、充実感を得ながら、骨の怪人はその身に起こる事を何も理解できずに完全に意識を失った。

 

 ドクロの形をしたその怪人は、どんどんと魔力を吸収していきその頭部しか無い骨が広がっていく。

 

 風船に水を入れる様に歪に膨れ上がりながら、やがて脊髄が出来上がり、双肩ができあがり、しかし木の枝の様に何本も別れて行く。

 

 怪人を通り越して怪物とも言うべきその姿に、魔王アマトリは奇妙で奇怪で奇形となるその怪人だった者を見て、悪辣な笑みを浮かべる。

 

 「・・・魔王様、この者は如何様に?」

 

 一人の魔道士が魔王へと声をかけた。顔の見えないフードの奥は、闇そのものとなっており、あまりにも不気味だった。

 

 「我が魔王城と融合させよ。生命を感知し、動き回る巨大な怪物、兼魔王城との適合を果たせ」

 

 魔王の命令に魔道士は「仰せのままに」と静かに告げる。

 

 暗闇の中心の魔法陣が淡く光り出して、魔の力が増幅していく。

 

 「・・・覚悟をしてもらうぞ・・・オレキエッテ帝国」

 

 魔王アマトリの野望の実現・・・神になるという壮大な計画が、着実と進み始めていた。

 

 闇が開き大きく溢れ出すと同時に、その怪人だった者の頭部が割れて更に巨大化していく。

 

 「ああ・・・楽しみだ」

 

 無邪気に嗤うか、それとも悪意に嗤うか。

 

 地獄の如く魔王の魔力が膨れ上がると、骨の怪人がそれに呼応するかの様に巨大化を続けるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 オレキエッテ帝国帝王・シシリーの朝はいつも早い。王女ポモドロと共に起床すれば、すぐに王位の服装に着替え、国の為に奔走する毎日だ。特にここ数年は魔王軍との戦争や、先代勇者の逃亡、新たな勇者との大喧嘩を始め、心労が絶えない。

 

 本当はビビリ倒して気を失いたいのに、そんな事を帝王のプライドが許さない。それと同時に個人の責任もあるだろうか。

 

 「・・・あなた」

 

 二人の寝室にはシシリーとポモドロの他には誰も居ない。香りの良い部屋の中で、ポモドロが心配そうに声をかける。

 

 シシリーが実はビビっている。その事を見ているだけで解る。

 

 「ここの所うなされる事も多いようですが・・・」

 「あ、ああ・・・やはり君には何も隠せないか」

 

 いつもの威厳のある口調ではなく、新婚当初の様な声音。優しさを出しつつも嫌な感じを一切感じさせない柔和な感情である。

 

 シシリーの性格は良く知っている。知っていてそこを好きになったポモドロはこの帝国に嫁いだ。

 

 愛があるからこそ、彼の全てを信じてついてきたからこそ、これからの事を心配している。心労がたたって倒れられたらたまったモノではない。

 

 「済まない。いつも君には苦労をかけてばかりで・・・」

 「気にしなくていいですわ」

 

 お互いの朝はとても早く、そして濃密な愛情が溢れている。

 

 そんな二人の朝を迎えた瞬間・・・。

 

 「おはよーさん!帝王、王女!起きてるかー!」

 

 扉を無遠慮に開け放ち、現れたのは赤鬼。クリムパスと護衛兵の制止も聞かずに、無理やり突入してきた様な感じだ。

 

 まだ身支度も済ませていないのにも関わらず、勇者が帝王の部屋へと入り込んでくるとは何事なのか。

 

 呆気に取られる二人に、寝ぼけ眼のクリムパスもなにやら慌ただしい。

 

 「邪魔して悪いなぁ。それより、一大事だぜ」

 

 赤鬼は珍しく焦りでもあるのか、危機を知らせにこの部屋にまで来たようだった。

 

 危機なんて何度も来ているのだし、どうせいつもの魔王軍の進軍だろう。そうタカをくくった顔をしているシシリー。

 

 そして王女と帝王の二人が顔を見合わせると、赤鬼が窓の高級なカーテンを開く。

 

 帝王の寝室は北の方角を向いており、そこの窓を開けば当然見えるのは北側の城下町。

 

 さらに奥には北側の城壁・・・そしてそのさらに奥には・・・。

 

 「な・・・なんだあれは」

 

 城壁を超えたさらに先・・・オレキエッテ平原の美しい緑が見える程の大きな自然の空間には、いつもと違う見慣れない何かがそこにはあった。

 

 ゆっくりと動き、禍々しい魔力を放出し、風と共に身をうち震わせる様な殺意と敵意。

 

 そしてなにより巨大。城を背中に乗せているのか、亀にも見える動きをする巨大な白骨のモンスター。

 

 禍々しく巨悪の全てを積み込んだ様な、大きな魔にシシリー帝王は硬唾を飲み、王女ポモドロは本能的な恐れを懐き、貴族の振る舞いをなくして尻込みしてしまう。

 

 「・・・ありゃあ、なんなのか・・・俺っちは何か知ってるぜ」

 

 赤鬼も本能的に感じ取っていた。恐怖ではなく、敵意を。

 

 自分に向けられた大いなる敵意。

 

 なぜあの白骨モンスターが勇者である赤鬼に、その眼が合うだけでも殺されそうな敵意を向けているのか・・・赤鬼は本能で感じ取っていた。

 

 「・・・あんにゃろう、生きてやがったんか・・・」

 「勇者殿・・・?」

 

 赤鬼は窓の向こう、城壁のさらに奥に見える巨大で動く城を見て、喉を唸らせている。クリムパスから見た赤い大男の喉仏はゴグリ、と蠢くのが見て取れた。

 

 敵意に緊張しているのか・・・それとも豪快な赤鬼でも怖いと・・・感じるのだろうか。

 

 「あれがここまで来たらやばいから一大事ってんだ。寝ぼけてるとこ悪いがぁ・・・」

 

 シシリーに対して赤鬼がオリハル金砕棒を見せつけ、その後にはカーペットに突き刺した。すぐ下の黒曜石の床を容易に削り抜き、赤鬼がオレキエッテ帝国の敬礼を行う。

 

 「これから大きな戦争が起きるぜ。俺っち達ヘヴンホワイティネスが居れば問題は無いが・・・この国はあんたの国だ。恩義がある以上、俺っちはあんたに従う。命令を出しな」

 

 牙を打ち付けた言葉に、シシリーは威厳を取り戻す。

 

 「帝王、あれは・・・あの城に取り付けられている旗は・・・」

 

 クリムパスの指さした、窓の向こう側。動く居城の頂点にあるのは、黒く塗りつぶした生地に、悪魔をモチーフにした魔王の旗・・・。

 

 「魔王軍の進軍です・・・ッ!」

 

 シシリーとて完全に恐怖の無い人間ではない。このタイミングでの襲撃も過去あった事だ。

 

 だからこそ、今回魔王の居城がその姿を顕にして、そして動かしてまで帝国に進軍してくる事に恐怖しかない。

 

 「どら、ビビってる場合じゃないぜ・・・安心しな、王様」

 

 勇者赤鬼の言葉使いは非常に乱雑で無礼だ。口を慎むとは正にこの場合に使うべきだろう・・・。

 

 「例え相手が魔王軍だろうと、ヘルブラッククロスだろうと・・・」

 

 赤鬼は信じている。自分の力と、自分より強い正義の使者を・・・。

 

 「ギンジの兄貴達が来てくださった今、この帝国は絶対無敵だぜ」

 

 英霊の名前を呼び出して赤鬼は悪辣かつ、不敵な笑みを見せ、そして正義を秘めた表情を見せる。

 

 「・・・解った・・・すぐに兵士達を招集させよう。今すぐ軍事会議を開く!」

 

 シシリーの掛け声に、クリムパスが敬礼を行いつつ、すぐに行動に出始める。帝王の威厳のある言葉には、この場にいる誰も逆らわない。

 

 「にしても・・・骨の奴ぁ・・・」

 

 同じ組織に席を置き、同じ立ち位置だったからこそこの距離でも理解が出来た。

 

 アレが何者なのか、見ただけで解った。

 

 そう、あの巨骨・・・何故城を背中に乗せて運んでいるのかは解らないが、あの巨大な白骨を赤鬼は知っている。

 

 骨の怪人。怪人四天王としてヘルブラッククロスで共に、悪逆を尽くしたかつての同僚・・・。

 

 「気に入らねぇぜ・・・なんだってテメェがここに居やがるんでい」

 

 慌ただしく騒ぎ出す城内を背中で受け止めながら、赤鬼は城壁の向こうに居る、着実な一手を踏み出している居城に睨みを効かせた・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 城内の危機感漂う雰囲気に、ギンジを始め、ヘヴンホワイティネスの面々は赤鬼とクリムパスの言われるがまま、大規模な軍議を行う様な部屋へと連れて行かれる。

 

 部屋で待つのは数百の兵士と、その中央には城壁の模型と、魔法で動きをリンクさせたあの巨骨。

 

 そしてそれを取り囲む様にして、ジェノべ率いる地水火風の司祭、コッツ兄妹と、ジェノべとクリムパス。

 

 「一体なんなんだ?」

 

 回りの嫌な空気感にギンジは胸を抑える。これから大きな戦いでも繰り広げられる事を誰もが予想し、覚悟している。そんな空気感が気持ち悪く、苦しく感じてしまう。

 

 赤鬼も同じなのか椅子にもたれかかり、口から大きな息を何度も繰り返している。

 

 「・・・何があったのかしら」

 「多分、何か大事件が発生した、だからみんな殺気立ってる」

 

 カエデとレンも辺りの空気感には、近寄りがたい何かを感じている。

 

 「・・・何か懐かしくも感じるな。昔の上陸演習を思い出す」

 

 ミドリコはこの空気感を懐かしむが、決して楽観視はしていない。それどころか、ヘヴンホワイティネスの中では誰よりも険しい表情を出している。

 

 「・・・」

 

 ケイタは緊張しているのか、何も喋れていない。 

 

 サクラも恐れていた事が明るみになったためか、ひたすら窓の向こう側と、手元にリンクさせた巨骨の模型を何度も往復するように眼を動かしている。 

 

 「傾聴!これより、あの魔王軍の進軍についての防衛、及び撃退についての作戦を練る!」

 

 ジェノべの言葉により、帝王直属の兵士達が色々会話を始める。

 

 城壁の防衛、これにはより強固な魔法壁を張る事。

 

 平原の段取り、兵士の配置や、戦士、飼いならしている魔法獣の配置。

 

 コンキリエ魔王軍の動き、ただオレキエッテ帝国へとゆっくり進軍している。その距離、魔法馬で約1時間の距離。

 

 ─どういう配置で行くのだ

 ─そもそも敵軍は空からも来るのではないか?

 ─こちらから迎撃に行かないのでは、いずれ押し切られるぞ

 ─魔王軍であるならば、間違いなく卑劣な策を講じているに違いない

 

 ・・・。

 

 様々な意見が入り乱れ、クリムパスの隣に居る兵士長のアラビアが大声で一括させると、静粛な場に戻る。

 

 しかし作戦を考えるとどうしても意見はまとまらなくなっていく。

 

 戦争ならばなおさらだろう。

 

 「あ・・・なぁちょっといいか?」

 

 まとまらない軍議はどんどんヒートアップしていくが、そこでようやくギンジが声を出した。

 

 勇者赤鬼が兄貴と呼び慕う英霊が声を出した事で、兵士達は一瞬で静まっていき、それと同時に期待と羨望の眼差しを送る。

 

 ギンジに向けられたその多数の期待の視線は、まさしく平和を望む者達の眼差し。不安と恐怖、そして戦わねばならない覚悟を秘めた、本当は逃げ出したいけど前を向いていないといけない、弱き者達の眼差し。

 

 一身にそれを受けたギンジはこの軍議において、重要な事を再認識した。

 

 (みんな本当は怖いんだな・・・)

 

 それでも帝国に身を置き、そして戦いに向かわないと行けないという覚悟を持っている。

 

 出来る事なら戦わずに逃げるという選択肢もあるだろうが、民を守り家族を守り、国を守る彼らにそんな事を考えている余裕なんて無いのだろう。

 

 それならば後は正義のヒーローの出番だ。彼らの思いを受け継ぎ、共に戦う。

 

 「国の防衛には全ての兵士で防衛・・・ってのはどうだ?」

 「どういう事だ?」

 

 ギンジの提案にはクリムパスが疑問を投げてきた。

 

 「いやホラ、どうにしても防衛には準備の時間が必要だろ?そして、迎撃の為の人員も割かないといけない。更に言えば、この前・・・なんだっけ、マカロとか言うゾンビ野郎の襲撃で兵士は半分近くは減らされてる・・・そうなると、まともに戦線に立てる兵士は限りなく少ない・・・」

 

 兵士の少なさ、魔法の数、そして敵の全軍突撃。

 

 どう考えても人数が足りていない。守りつつ、戦う・・・そんな事が出来る様な数ではない。

 

 どう見てもあの城の中には魔王軍の兵士達がうようよしているだろうし、城と城のぶつかりあいにおいては、このオレキエッテ帝国には、城下町の民と言う圧倒的な弱点もある。

 

 「国を守る為に立ち向かうのは立派だと思うけど、おそらく迎撃、進軍に人員を割いたら・・・まぁ先ず敗けるな」

 「じゃあどうするんで?兄貴」

 

 コッツ兄妹も作戦内容を見直しつつ、ギンジの話に耳を傾ける。そして赤鬼も体調不良から復活しては、ギンジに質問を投げてくる。

 

 「だからよ・・・この帝国の兵士全軍で、城壁と城下町の防衛だけに挑むんだ。街に侵入されても、それならなんとか対応出来るだろ?ついでに言えば、街に侵入されたら馬鹿騒ぎが好きな連中と一緒に暴れちまえばいいのさ」

 

 ギンジの言う作戦には、今の人数であれば兵士全軍を持って国の防衛自体は可能だということ。

 

 「もちろん城壁の外側での防衛、城壁上での防衛ってのが基本だけど、空を飛んでくる奴も居るわけだ・・・それは魔法や兵器で対応するとして・・・じゃあ一番の問題のあの魔王の城だ」

 

 動く模型を指でつつきながら、ギンジは更に不敵な笑みまで一緒に乗せる。怪人らしいその笑顔は、たまにカエデも赤鬼もゾワリとする時がある。

 

 サクラも話に耳を傾けていたが、なんとなくギンジの考えている事が読めた。そして頭に青筋を立てている。

 

 ギンジらしい考えであはあるが、決めつけは良くない。口を挟まず最後まで聴いてみる事にした。

 

 「魔王城だが・・・そこにはもっと馬鹿騒ぎが好きな連中で突撃しようぜ。どっちにしたって、待ってれば敗けるし、逃げても敗けなら・・・俺たちが行くしかないだろ」

 「あんたホントに馬鹿よね」

 

 つまり魔王城にはギンジ達で行くと言うのだ。それこそ無謀だし、サクラもやっぱり・・・とため息をついている。

 

 しかし・・・。

 

 「ヌハハハハハ!」

 

 豪快に爆笑するのは赤鬼。勇者が笑う事で、クリムパスは眼を丸くしている。

 

 カエデもやれやれと頭を振りながらギンジを睨む。

 

 「なんだよ、悪い作戦じゃないだろ?」

 「別に悪いなんて言ってないわよ。馬鹿とは思っても、わかりやすいしね・・・」

 「ギンジ、カエデは素直じゃない、だけ。このまま突撃は、私も賛成」

 

 カエデとレンはこの内容に納得した様だった。この先ヘルブラッククロスの強敵と戦う事を考えれば、いくらでも無謀な事は思いつくだろう。

 

 ヘヴンホワイティネスの面々は精神が図太いのだ。

 

 「兄貴が魔王城に突撃するなら・・・俺っちもお供さえていただきやすぜ」

 

 肩の骨をバキバキと小気味よく鳴らしながら、赤鬼はあの巨骨について解っている事を話し始める。

 

 「そういや兄貴、あの骨の事なんですが・・・」

 

 サクラも混じえながら赤鬼が揚々と話し始める。

 

 「実はあいつぁ、俺っちと同じ怪人四天王でして・・・」

 

 兵士達がギンジの作戦で勢いつく中、サクラは驚き、ヘヴンホワイティネスも、思わぬ宿敵の一部であった事に驚く。

 

 「え、ええ・・・!?あれが怪人四天王の骨の怪人・・・?」

 「へい。サクラのお嬢もご存知で?」

 

 サクラは度固化市が大雪に包まれた時に、その骨の怪人と交戦していた事を話す。魔法界に帰ろうとしたら、骨の怪人と戦わざるを得なく、あの時はちゃんと撃破した筈だったのだが・・・。

 

 「それじゃあ、サクラの討ち漏らしで魔法界にヘルブラッククロスが・・・?」

 

 ケイタの言葉に罰が悪そうになっていくサクラだが、ギンジとカエデはそこには何も触れない。

 

 「大丈夫よサクラ。むしろ居てくれて好都合だわ」

 「そうだな・・・!」

 

 なにせ相手は魔王軍だけだと思っていた。

 

 ヘルブラッククロスが魔王軍に居ると言うならば、本格的にヘヴンホワイティネスの出番だからだ。

 

 「俺たちこそ魔王城への突撃をするにふさわしいぜ!なぁ!」

 

 振り向けば仲間が居る。

 

 カエデ、レン、ミドリコ、ケイタ。

 

 そして前を向いても仲間が居る。

 

 赤鬼、サクラ、クリムパス、ジェノべ、コッツ兄妹。

 

 ここに居る兵士達は全員正義のために戦おうとしている・・・。

 

 シシリー王の前にギンジが立ち、指を刺して大きな啖呵まで切り始める。

 

 「王様よ、あの魔王城については、俺たちが全壊させてやっからよ・・・この防衛戦、ヘヴンホワイティネスに全部任せとけ!!」

 「・・・民を本当にまもれるんだな?」

 「任せろ。俺たちなら全部守れるし、相手はあのヘルブラッククロスだ!これはぜってー敗けられないぜ!」

 

 ギンジの言葉に赤鬼が横に入ってく。

 

 「すいやせん兄貴、王様は実はヘルブラッククロスの事は知らんのですわ」

 「ここまで大見得切っちまったじゃねーか!先に言え!」

 

 恥ずかしさもありつつも、ギンジがわちゃわちゃし始めたおかげで、作戦は決まった。

 

 オレキエッテ帝国防衛戦の作戦は、城壁を守る兵士、上空からの攻撃に備える配置、コッツ兄妹の完全防壁を造り出す戦い。

 

 城下町はジェノべとクリムパス、アラビア率いる兵士達の防衛戦準備。

 

 そして魔王城突撃に・・・勇者赤鬼率いる英霊・ヘヴンホワイティネスを入れた大突撃作戦。

 

 「ちなみに・・・どうやって突撃するの?何か作戦はあるんでしょ?」

 

 カエデもギンジに近寄りながら話すが、ギンジはあっけらかんとした表情で質問に驚異的なアンサーを返す。

 

 「ああ・・・いや特に何も考えてない。要は魔王の城に突撃して、あの骨をぶっ壊せばいいんだからよ」

 「ハァー!?何も考えてないって何よ!」

 「いやだから突撃しか無いでしょって。俺が飛べても頑張っても最高速度は・・・」

 「あんたが飛べるとかは別に聴いてないわ!!」

 「正面から突撃するしか無いだろ!魔王城にはそれしか接近できねーよ!」

 「だーかーらー、そうなる前にあたし達がどれだけの敵の数に妨害されると思ってるのよ!」

 「なんだ?頭数の有利不利でお悩みか?だったら安心しろよ、俺がお前を守ってやるからよ!」

 

 最後にギンジの発言によって、カエデが黙った。

 

 英霊同士の舌戦においては、どうやらギンジの勝利という事で収まった。

 

 カエデはギンジの言った言葉を受け入れて、顔を赤くしながらも嬉しそうにギンジの口車に乗せられた。

 

 「ほ、本当に正面突撃・・・?」

 

 ケイタも戦える様になったとは言え、ギンジの作戦には不安しか無い。というよりは怖い。

 

 「大丈夫、ケイタの事は、私が、守るから。私のことは、ケイタが守って」

 

 ケイタの恐怖に対してはレンがフォローする。

 

 二人の愛情は間違いなく硬い絆となっており、揺らがない覚悟を再度認識させてくれる。

 

 「さて突撃戦か・・・今回は私は市街戦に徹底した方がよ「ミドリコの姐さんは俺っちが守りやすぜ!ドーンと任せてくださいよ、姐さんを守れるのは俺っちしか居ないんですから!」

 

 ミドリコも赤鬼の熱量に押されたのか、少しどぎまぎしている。守ってもらえるならば、どこかギンジよりも安心感が出てきている。

 

 赤鬼ならば必ずや、ミドリコを守るということを成し遂げそうだ。

 

 かくして勇者一行の勢いに乗せられたオレキエッテ帝国は、次々と士気が高まっていき、魔王城との戦闘に備える戦争準備が始まるのであった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 魔王軍の進軍。生命の住めない荒野にてそびえ立つ巨城を背中に乗せ、巨大な白骨が魔を纏いながら大きな一歩を踏み出しながら、オレキエッテ平原にまで侵入を成功させた。

 

 途中の国境なんてただの通り道としてみなし、崖も気にせず踏み抜き、道無き道を歩き通した。

 

 魔王城を乗せたこの骨は、骨の怪人だった者をに魔力を注入して巨大化させた最大の兵器に等しい。

 

 一歩を踏み出すだけで生命体を踏み潰す魔城。

 

 魔王アマトリの野望を達成する為の前段階の一つとなり、魔王軍の進軍を開始した。

 

 外を見渡せる魔王城のテラスには、魔界軍師ペペロンチーが優雅に座りながらその手を震わせている。

 

 そしてその隣では破壊元帥カルボーナが、いよいよ襲撃が開始されるとして闘気と魔力をその身から放出している。

 

 「いよいよですわね」

 「おおよ、いよいよだ」

 

 突撃将軍ナポリタの仇討ちと、魔王様の野望の成就。

 

 オレキエッテ帝国の保管する霊石・・・膨大な魔力を無制限にも等しい力を秘めた石を求め、アマトリは神になる事を目的としている。

 

 「この襲撃、もとい進軍は戦争になるか?」

 

 カルボーナの粘つく様な喋り方に、ペペロンチーは何も感じない様にした態度で遠くに見える城壁を眺める。

 

 「間違いなく戦争でしょうね。この巨大な魔王城を移動出来る様にしたとは言え、コレは遅い・・・もう敵もコレに気づいて防衛の準備に入っているでしょうね」

 

 気の強い口調とは裏腹に声音はとても落ち着いている。

 

 眼の前とは言ってもある程度の距離はある。その距離感の中で、これだけ移動速度の遅い巨城が迫れば、流石にオレキエッテ帝国も警戒態勢には入っている頃合いだろう。

 

 あのナポリタを単身で討ち取った勇者が居るぐらいだ。 

  

 それだけコンキリエ魔王軍も本気で勝負を決めにかかっている。

 

 平原の中腹・・・魔法馬で約30分の距離まで歩き詰めただろうか。

 

 地ならしをするかの様な足音が、平原に突風となって吹き抜けていく。

 

 ズシーン・・・ズシーン・・・。そういった音が強くなっていく。

 

 もう死んでいるとは思うが、骨の怪人にもヤル気が満ち溢れているのだろうか・・・。

 

 「この戦争の指揮はこの私が取らせて貰います。カルボーナは真正面からの戦闘に際した全軍指揮を取りなさい」

 「ガハハハ、任せておけ。どちらにせよ、あの帝国に生きている者は誰一人して逃がすつもりはない。それはそうと、お前も出るのだろう?」

 

 この戦争には二人の親衛隊が戦場に出ると言う。

 

 カルボーナはナポリタに代わり、突撃の全軍指揮を。

 

 ペペロンチーは戦場全体の指揮を取りつつ、随時指示を出していく。

 

 全ては魔王アマトリの勝利の為に。

 

 「ええ・・・例え相手が勇者であろうと、民の命には変えられないでしょう。私の作戦では、どんな人間でも人質にしてしまおうと思っているわ」

 

 魔界軍師として相手陣営の弱点に成りうるモノ全て、自分の掌に転がしては、勇者を始め帝国の心を攻撃していこうと考えている。

 

 それと同じ様にカルボーナは破壊元帥の名の通り、帝国のいたる所を破壊して回ろうと画策している。

 

 壊して、奪い、殺す。

 

 最後は魔法で全てを従わせる。あの帝王シシリーでさえも、魔王の足元には及ばせない。

 

 二人の親衛隊がより強い殺気立った魔力を解き放ち、平原に暗雲が立ち込める・・・。

 

 オレキエッテ帝国の城壁はもう見えている。

 

 見下さなくとも城下町の時計塔や、屋根の数々まで全てが見え始めている。これから地獄と化する平和ボケしているあの帝国へ、真の正義となりかわる魔王軍の蹂躙が始まる。

 

 「ふふ・・・今更防衛準備を初めても、もう遅いわ」

 「そうだな。もう手遅れだ・・・何もかも破壊して、全部終わらせてやろうぜ・・・おい、野郎共!!」

 

 カルボーナが叫ぶと魔王軍の兵士達が、出撃の隊列を組み始める。

 

 魔法騎士、突撃兵、魔法部隊、空戦部隊・・・そして魔王に忠誠を誓った亜種族連合・・・。

 

 その数おおよそ2000!

 

 対するオレキエッテ帝国・・・。

 

 兵士120、魔法部隊90、司祭4、魔女1、騎士隊長1、兵長1、魔法少女1、勇者1、英霊5、帝王1、王女1。

 

 「ガハハハ!これは勝ったな!!」

 

 魔王軍の人数であればこの戦は籠城戦に持ち込まれたとしても勝利は確実だろう。

 

 しかし破壊元帥カルボーナも、魔界軍師ペペロンチーも、そして魔王アマトリもまだ、驚異を知らない。

 

 ヘヴンホワイティネスという、最大最強の壁が立ちはだかると言う事を・・・魔王軍はまだ知らない。

 

 魔王城を乗せた巨骨に雄叫びを上げる命令信号を送ると、空気を揺るがし魔力をも跳ね返しては、空の彼方に吐き出される様な咆哮が舞い上がった。

 

 それと同時に巨骨が動きを止めると、魔王城から兵士達が次々と飛び出てはオレキエッテ帝国の城壁へと突き進んでいく。

 

 雄叫びが開戦の合図となったのか、帝国兵士達も魔法を唱え始め、防衛を開始する。

 

 魔法界の歴史に残る戦争の火蓋が切って落とされた・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「来たな・・・総員!防衛開始ィ!」

 

 クリムパスの号令が城壁中に響き、兵士達がそれぞれ配置に付く。各々の平和、将来の為に覚悟を決めた兵士達は、国の未来の為に今日逃げずに戦う事を選んだ。

 

 結局ギンジの作った作戦で帝国防衛が開始されている。

 

 帝国の城壁に兵士、街に魔法部隊、ジェノべとクリムパスとアラビアの三名が適材適所でそれぞれ役割を交代しながら指揮を取る。

 

 城壁の上ではそれぞれ地水火風の司祭であるコッツ兄妹達が上空の警戒、及び迎撃体制を取っている。

 

 そして帝王シシリーは城壁外全軍指揮。

 

 帝王こそ守らねばならない存在なのだが、民を守る為に彼は恐怖に押し負けそうになりながらも、前線に出る事を決定した。

 

 これこそが帝王としての責務だと、シシリーは豪語した。

 

 城壁の格納庫、兵器や武器が一時保管される戦闘の準備室とも言うべき場所、そこにはギンジ達が魔王軍への突撃の再確認を行っていた。

 

 「で、結局・・・本当に真正面から突撃でいいのね?」

 

 埃っぽいこの部屋では既にカエデとレンはスーツに変身し、ケイタも魔導書の力を開放している。

 

 ミドリコはいつの間に着替えたのか、迷彩が目立つ武装形態に変わっており、軍事ブーツを履いている。

 

 赤鬼はオリハル金砕棒を背負いながら、ミドリコの姿に見惚れて居る。

 

 ヘヴンホワイティネスが集う中、そこには魔法少女サクラの姿もあった。

 

 「正面からの突撃だ。これしか無いね」

 

 ギンジの自信満々の発言に顔が青くなるケイタとサクラ。

 

 「ほ、本当に正面突撃・・・?」

 

 今度ばかりは死ぬ。そんな気がしてならない。

 

 「ケイタくん死にそうな顔してるよ・・・私も正直に言うと正面突撃はどうかなって思うけど・・・」

 「同意。でも、この怪人男は、言っても聞かないし、こうなったらやるしかない」

 

 サクラのおどおどした態度にレンは逆にソワソワしている。

 

 これからヘルブラッククロスと戦う事になるのが楽しいわけではないが、修行によって得た新たな武器の形状を試す良い機会だからだ。

 

 カエデもガントレットのギアを回しては止め、止めては回しを繰り返している。

 

 ケイタも魔導書を開き、文字を確認する。ほとんどのページは白紙で何も無いページなのだが、いつかは魔法の呪文で埋まるのだろうか。

 

 「みんな。ごめんね・・・」

 「どーしたんだよサクラ〜」

 

 珍しく元気の無いサクラ。彼女は友達の宿敵であるヘルブラッククロスの怪人四天王の討ち漏らしが発覚し、それが魔法界にまで飛び火した事を申し訳なく思っていた。

 

 「いや〜・・・本当なら魔王軍だけの戦いだったのに、私のせいで余計な仕事増やしてそうだし・・・」

 

 サクラの言葉には誰も責めない。元よりこの魔法界に来たのもカエデ達の意思であり、ここで強くなって皆でヘルブラッククロスを撃破するためだ。

 

 「今更ヘルブラッククロスの怪人が一体二体来ようと、あたしは気にしないわよ!」

 「そうだな。私達は皆正義の為に戦っているんだ。サクラの産まれた故郷を守る事も、レンの未来を守る事も、私達にとってはどちらも同じぐらい大切な事だからな」

 

 カエデとミドリコが息の合った言葉を投げ、サクラの表情が少し明るくなる。

 

 「そうだなぁ。骨の奴はふんじばって、ここで何してたのか聴くとして、俺っちも気にしてないぜ、お嬢。勇者としてやる事は既に決まってらーな、魔王軍とついでに骨の奴を倒す。そんでミドリコの姐さんを抱k」

 「やめんかバカ者ぉ!」

 「ヌハハハ、ミドリコの姐さんに叩かれると心地良いぜ。どうだい、今晩?」

 「だからやめんかぁ!!」

 

 ミドリコが顔を赤くしながらもマシンガンで赤鬼をぶっ叩く。

 

 「気にすんなよサクラ。俺達は皆何かしら迷惑かけてるからよ・・・俺のこの作戦もそうだし、へへへ」

 「少数での正面突撃が迷惑って自覚はあったのね・・・」

 「ま、これしか思いつかなかったからな・・・」

 「うん・・・ありがとう、みんな。必ず、魔王軍をやっつけようね!」

 

 サクラの故郷を守る為、ギンジ達はそこにも協力の姿勢を出しているのだ。そんな正義のヒーロー達の笑顔に、サクラは心が救われた気分になる。

 

 「さてと・・・戦争、始まったか・・・」

 

 城壁の外では魔法や剣がぶつかる音がし始める。

 

 戦争なんて経験としてあるわけでもないし、知識なんて授業でぼんやり受けたぐらいでしか無い。それでもギンジは怪人である身分からか、自信を持って少数突撃を狙った。

 

 「とりあえず雑魚はこの城壁と王様にまかせてよ、俺達は突撃しやすい様に、少しだけ遅れてから行くぞ」

 「どうして?」 

 

 ギンジには何か考えがあるようで、カエデは疑問が少々あるようだ。

 

 ミドリコも何やら考えている事がある様子である。

 

 「少数で突撃する分には私は構わないが、どうやって行くつもりなのだ?流石に徒歩とかでは無いだろう?」

 「・・・」

 「ギンジ?」

 

 まさかとは思うが・・・カエデがギンジを睨みつける。

 

 「・・・敵を突破しながら正面から行けるかと思って・・・」

 「よし。今からギンジを皆で殴りましょう。好きなだけやっていいわよ」

 「流石カエデの姉御!」

 「・・・ああ、僕たちは死ぬんだ・・・」

 

 ギンジもバカなのだが、今はそこは置いておく。

 

 「でも行くしかないだろ・・・俺達は勇者一行だぜ。魔王城にたどり着く為には、敵をなぎ倒すしかないって」

 「徒歩で行くのは大分難しい問題だぞ、ギンジ」

 

 ミドリコは経験上は戦争に出向いた事は無いが、少数での目的地の突撃には経験がある。市街地戦であるならばミドリコの得意中の得意なのだが、城壁を出た先は平原。つまり何も遮るモノが無く、ただ敵に囲まれつると言う状況になる。

 

 「サクラの魔法に乗り物出せる奴とか無いか?」

 「流石にないよそんな魔法・・・」

 「じゃあ考えてもしょうがねぇや。ケイタも一緒に戦える様になったんだから、全員で背中守りながら突き進むしかねぇな。魔法の馬も借りられないんだし、それしかねぇや」

 

 ギンジだけはこの状況を楽しんでいるのか、怪人の瞳とマッチする不敵な笑みを乗せて、ワクワク感が溢れている。

 

 「しょうがないわね。あたしをちゃんと守りなさいよ。あんたは、このあたしが守ってあげるんだから」

 

 カエデがギンジの肩を軽めに叩きながら、ニッとした笑顔を見せる。二人して眼が合うと鼓動が早まるのだが、また眼をそらす。

 

 「ケイタは私に守らせて」

 「うん・・・僕もレンを、皆を守れる様に精一杯頑張るよ・・・!」

 

 レンとケイタ、二人の恋人が戦争に出る決意を出す。

 

 「私も今回は援護に徹する。皆が全員生きて帰れる様にするんだ。この作戦で失敗したら・・・ギンジの責任だぞ?」

 「解ってるよ・・・全員俺が守ってやるから安心しろって」

 「ヌハハ、なら兄貴と姐さんは俺っちにまかせてくんな!」

 

 ミドリコの圧にギンジは臆していない。何故なら絶対誰も死なないと信じているからだ。

 

 そんなギンジとミドリコに、赤鬼は豪快に笑い飛ばしながら笑顔を見せる。雄々しい角と牙はより悪としての圧を見せている。その力強さは正義の為に使われるのは間違いないが、どうしてもこの顔は悪そのモノに見えてしまう。

 

 「私の精一杯サポートするよ!魔法の力でぜーーんぶマジカルしてあげるわ!」

 「心強いわね!よーしドカンと行くわよ、ギンジ、サクラ!」

 

 もう観念したのかカエデもギンジの少数突撃(徒歩)に乗り気になっていた。

 

 「ヘヴンホワイティネスもこれで6人だ。全員揃ってるし、サクラも居る。絶対に俺達が魔王軍に一泡吹かせられるぜ!」

 

 ギンジがサングラスの無い顔で言うと、その表情はいつもより新鮮でかっこよく見える。

 

 「そうね・・・無謀に思えるけど、あんたが言うならできそうな気がするわ」

 「そうだろ?実は俺も・・・か、カエデが居るからできそうな気がするんだわ」

 

 言い慣れて居ない筈なのに少し気恥ずかしくなる。これも恋ゆえか。

 

 もちろん自信があるのはギンジとカエデだけではない、

 

 レンもミドリコもケイタも赤鬼もサクラも、このオレキエッテ帝国に住む全ての人々もだ。

 

 悠長に話している時間も無い為、ギンジ達はそれぞれ立ち上がる。

 

 「・・・信じてるわよ、ギンジ」

 「頼むぜ、カエデ」

 

 こういう瞬間の二人はとても信頼しあっている様に見えて、どこかミドリコには踏み出せなかった線の様な距離を感じる。

 

 (そうか、ギンジは・・・)

 

 その姿を見たミドリコはギンジの中の、ある成長を見て、それが何なのかを理解した。

 

 (・・・はは、なんだか寂しいな。っと、今はそんな事を考えている場合じゃないな)

 

 これは失恋。それもミドリコが知らない所での、ギンジとカエデの距離感の近づきに、ミドリコは大人の勘で気がついてしまった。

 

 だけど・・・気にしている場合じゃない。今はサクラの故郷を守るために、魔王軍とヘルブラッククロスを倒すのが先決だ。

 

 「よーーーぉっしゃ!行くぞぉあ!」

 

 ギンジの叫びにそれぞれが頷いて、城壁を飛び出していくと、すぐ目の前には魔王の軍勢。

 

 しかし今のヘヴンホワイティネスにはただの兵隊なんて、ほとんどの場合は相手にならないだろう。

 

 軽く蹴散らしながらギンジ達が突っ込んで行ったのを確認すると、シシリーはより一層帝国の剣に力がこもる。

 

 「勇者達が行ったぞ!なんとしてもこの国を守る為に、全員死力を尽くすのだ!!」

 

 帝王の一喝により兵士の指揮が高まり、防衛戦はより激しさを増して行く。

 

 「行くぞ!魔王城!!」

 

 巨大な骨の見下ろす平原に、ヘヴンホワイティネスが叫び、戦争は激化していくのであった。

 

 

 

続く

 

 

 

 




お疲れ様です

相変わらず無理やりかもしれませんが、この物語もとうとう60話オーバー。終わりが見えてきません!

頑張って書くぞー今年も!!!

キャタネタ書きます

佐久間ギンジ
カエデと共にいるならまぁ勝てるやろ精神。
信頼もあるのだが、恋の感情も若干?

神宮カエデ
相変わらずギンジと言い合うのが楽しい。
舌戦で初めてギンジに敗けた。

宮寺レン
真正面からの突撃作戦を聞いた時、ああ、ギンジも怪人なんだな。
って思った。ケイタを守るのは、私。

角倉ケイタ
正面突撃ってマ?死ぬよ?死ぬって!
でもギンジが怖いので何も言わないし、レンを守りたいので言うこと聞いてる。

甘白ミドリコ
久しぶりの武装形態。どこから迷彩軍服出したの。
流石にいつものスーツスタイルでは危ないと判断。
失恋したと決め込んでいるが、心にタスキをしめている。

赤鬼
ギンジの兄貴の作戦ならば自分は一番槍になって突撃するだけ。
ミドリコの心境については、側にいてやりたいと思っている。

小町サクラ
骨の怪人の討ち漏らしをした人。あれは倒したと思うでしょー・・・
魔王軍討伐とヘルブラッククロスの撃破に協力もするし、骨の怪人は必ず倒すと決めた

骨の怪人
良い用に利用されているとも知らずに、魔王城を運ぶ巨大なモンスターにさせられた。意識はもう無いと言うが・・・?

魔王アマトリ
神になるとか抜かしてる

魔界軍師ペペロンチー
妖艶な魔王軍の軍師。自分より弱い男性に返り討ちにあう妄想がお好み。

破壊元帥カルボーナ
不潔な大男。
鉄球ボンバーと鉄球スパイラルが必殺技。特に使う所は無い。
いつか美女を集めて酒池肉林を開こうと考えている。

・・・

次回はついにボーンゴーレの一人、魔界軍師ペペロンチー戦!
乞うご期待!!(期待に応えられる話作りになっているかは不安ですが・・・)

それではまた次回!


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60・vs魔界軍師

こんにちはアトラクションです。連続短期投稿もたまには良いかも知れませんね。ごゆっくりお楽しみください

ペペロンチーノって美味しいよね。
ペペロンチーも美味しいらしいです
by魔王軍のいち兵士さんからの情報提供

それではどうぞ!


 

 「あれが勇者・・・初めて見るが、なんと言うか奇怪な奴だな」

 

 魔王軍の自慢の精鋭を蹴散らしながら進む7人。

 

 その中心人物となる赤い肌の巨漢を見下ろしながら、ペペロンチーは闇の魔力を片手に微笑んでいる。

 

 自分の指揮なんてモノともせずに突撃してくるあの6人を、カルボーナはとても面白そうに眺めている。

 

 「さてどうする・・・そろそろ我々が出るか?」

 

 勇者の作戦か帝国の作戦かは不明だが、どうやら奴らは魔王城に向けた少数突撃を果たそうとしている様だ。

 

 魔王軍の精鋭とて弱くないのだが、紙くずの如く7人のコンビネーションがそれぞれをカバーしながら確実に魔王城に近づいている。

 

 それとは逆に帝国の兵士達は、誰一人として軍勢の中腹にまで迫ってきていない。皆城壁の防衛に全力を注いでいる。

 

 上空から襲いかかろうとする部隊は、ほとんど魔法や障壁によって防がれ、城下町への侵入もままならない。

 

 「ふむ・・・これではまともに攻め込むのは難しいか・・・」

 

 ペペロンチーが鼻を鳴らしながら静かに言うと、隣に立つカルボーナはどんどん兵士達に突撃を命じている。

 

 「ガハハハ!これはナポリタが敗けるのも納得かも知れんな。おう、出るぞ!魔王様の手を煩わせるわけにはいかん」

 「仕方ないですね。カルボーナ、先手は任せても?」

 「おうよ。お前はあいつらをひっかき回してやれ」

 

 魔界軍師と破壊元帥。魔王親衛隊・ボーンゴーレとして二人は、魔王城に迫る7人に対して自らが出る事を選んだ。

 

 「私達が本気を出すまでの実力かどうか・・・試させてもらうわよ・・・勇者!」

 

 闇の魔法を展開させると、それは人が収まる程の大きさを成し、そこへカルボーナが先に入る。

 

 見える距離ならばどこでも移動出来るペペロンチーの魔法で、ボーンゴーレの二人は7人の進む前へと姿を表す・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ギンジ達の突き進む道無き道には、ただの雑兵ぐらいの敵しか達はだから無い。決して弱くはないのだろうが、魔法を使われても鎧が高性能でもギンジとカエデのコンビネーションの前には型無しとなっている。

 

 例え討ち漏らしてもサクラが魔法で吹き飛ばし、赤鬼は叩き潰し、ミドリコも銃で関節を的確に狙う。

 

 レンとケイタは二人で背中を守りながら進み、攻撃の手段の無いケイタのカバーをレンが行いつつ、ケイタは回数の少ない魔法でなんとかメンバーを守っている・・・そんな状況である。

 

 「オラ、邪魔だ!」

 

 ギンジが両腕を広げると爆炎が巻き上がり、二本の鞭の様に姿を変えて、ラリアットの要領で目の前の兵士達を纏めて焼き倒す。

 

 まだ残っているのを確認すると、次は雷で巻き上げて、カエデのヘヴンリー・インパクトで纏めてクリーニングする。

 

 「やっぱり数が多いよ!」

 「問題ないぜケイタの旦那ぁ!」 

 

 魔王軍の兵士二人がケイタを狙う。ケイタが魔導書を抱きかかえながら叫ぶと、赤鬼はケイタの頭を押して二人してしゃがむ。

 

 空いた二人の背中にはレンとミドリコが待ち構えており、ビームアックスが振り回され、魔王軍の一人を斬り叩き、もう片方はミドリコの正確無比な拳銃裁きで関節を弾丸が貫通する。

 

 そこへすかさず赤鬼のオリハル金砕棒が突き出され、後方に兵士を叩き飛ばすと、何体かをまとめてぶっ飛ばしていく。

 

 「マジカルマジカル・・・ピンクタイフーン!」

 

 サクラの魔法も負けじと前方の大群を空へと巻き上げて、赤鬼のオリハル金砕棒に乗ったレンとビームハンマー、更にハンマーに乗ったカエデ。

 

 両腕のガントレットはギアを鋭く回転させ、インパクトを打ち込む体制が出来ている。

 

 「姉御達に任せやすぜ!飛びなっ!!」

 

 筋力任せのフルスイングでレンとカエデが上空に飛び出し、さらにレンのビームジェットハンマーによるフルスイング。

 

 そこから大砲の如く飛び出したカエデのインパクトが、ピンクタイフーンごと敵を弾き飛ばす。

 

 「必殺!テラマグナム・インパクト!!」

 

 桃色の突風を内側から引き裂く様にも見える大衝撃が、敵陣のど真ん中に炸裂してどんどん敵をなぎ倒す。

 

 「こ・・・こいつら強いぞ!」

 「なんとしても止めろ!」

 「生死は問わないと言われている!必ずここで止めるんだ!」

 

 囲まれているのに、一人一人が怪物と称される程に強い。

 

 これが新勇者赤鬼・・・否、ヘヴンホワイティネスである。

 

 「こんなモンで俺達を止められるかよ!体感もっと多いヘルブラッククロスとこちとらほぼ毎日戦っとんぞ!おおう?」

 

 完全にヤクザのノリであるギンジの恫喝に、魔王軍の兵士達が恐れ始める。

 

 しかしギンジ達の前方に立つ兵士達の背後に、闇の魔力が浮かびあがるとそこから殺気を感じる。

 

 魔王軍の兵士以上に強い殺気を感じ取り、一気に場の空気が重くなるのを感じた。

 

 その闇の魔力の中からの殺気がより強くなるのを感じると、見えない闇の向こう側からは、鉄球が飛び出てくる。

 

 「なんだ!?」

 

 ギンジが叫んだ瞬間、魔王軍の兵士を突き飛ばしながら、ヘヴンホワイティネスを分断する。

 

 カエデ、レン、ミドリコ、サクラの方にはもう一つの闇の魔力が壁を作り出すと、カエデ達の眼の前には黒を基調とした妖艶な女性が現れる。

 

 もう片方のギンジ、赤鬼、ケイタの前には恰幅の良い太った巨漢が現れる。

 

 不潔にも見える様な粘ついた前歯をむき出しにしたその大男は、勇者赤鬼との初対面に鉄球につながった鎖を手綱の様に操り、その眼その身体に強烈な魔力が闘気となって揺らいでいる。

 

 「ガハハハ!お前らがだらしないから、ボーンゴーレが出てきてやったぞ!」

 

 高笑いと共に鉄球を頭上で振り回して、部下である魔王軍の兵士達を草でも刈るかの如くなぎ倒していく。

 

 「戦えねぇ奴はここで死ね!」

 「めちゃくちゃだぜこの鉄球バカ・・・!」

 

 部下を容赦なく見限りをつけ、鉄球で最後の兵士を撲殺すると、地面に重々しくめり込んだ鉄球。それを脚で踏みつけながら、ボーンゴーレと名乗った男がギンジ達ににらみを聞かせた。

 

 「はじめましてだなぁ、勇者さんよぉ」

 「誰だぁテメェは・・・はっ!ミドリコの姐さんがいない!」

 

 ミドリコと分断された事に今更気がついた赤鬼だが、そんな赤鬼の顔面に鉄球が突きこまれる。

 

 「危ねぇだろ・・・そんなモン投げつけたら・・・!」

 

 ギンジがとっさに金棒で抑え込み、真上に弾き飛ばした。こうしなければ赤鬼が負傷していた可能性がある。

 

 「すまねぇ兄貴」

 「気にすんな。でも今は目の前に集中しろよ!」

 「え・・・こんなやばそう奴と僕も戦うの・・・?」

 「ガハハハハハ!元気が良いな!俺は魔王様親衛隊ボーンゴーレが一人!」

 

 落ちてきた鉄球を再び脚げにしながら、巨漢は我が名を叫ぶ。

 

 「破壊元帥カルボーナ様だ!!」

 

 ギンジ、赤鬼、ケイタ

     vs

  破壊元帥カルボーナ

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「あらあら・・・こんな可愛らしい女の子達に、我が魔王軍の兵士は押されていたと言うの?」

 

 妖艶な女性・・・魔界軍師ペペロンチーの作戦の一つ、分断は成功した。

 

 「はじめまして、勇者の英霊さん。私は魔界軍師ペペロンチー・・・魔王様の親衛隊ボーンゴーレの一人・・・!」

 「あんたがこの変な壁を作ったのかしら?」

 

 カエデ達をとり囲む兵士達は、警戒だけは強くして、ペペロンチーの指示を待っている。

 

 決して誰一人逃がすまいとした完全包囲網に、ペペロンチーは勝利を確信した笑みを上げている。

 

 「お前達が魔王軍の最高司令か何かか?」

 

 ミドリコは周囲を警戒しながら、コンバットナイフと拳銃を取り出しながら急に現れた目の前のペペロンチーを見やる。

 

 「コイツは、この魔法界でも有名な闇魔法の使い手だよミドリコさん。魔王軍にスカウトされてからはずっと・・・悪事を働いてきた真の悪党よ!」

 

 サクラの怒りの表情だけでも、倒さないといけないという事が解る悪の登場にカエデとレンがやる気に満ち溢れる。

 

 「なんにせよサクラの故郷を脅かす敵なら、あたし達も協力するわよ!」

 「同意。魔法界でも、私達ヘヴンホワイティネスの出番・・・」

 「当然だな。早くこんな奴は撃破して、さっさとギンジ達と合流しよう!」

 

 ヘヴンホワイティネスの自信に満ちた言葉は、サクラの志をより強く燃やし、ペペロンチーの憤りを増幅させる。

 

 「・・・悪党だなんてひどいわ魔法少女・・・我々は神を創ろうとしているだけなのに・・・」

 

 わざとらしい戯け方にサクラが更に表情を堅くする。

 

 「あなた達の言う神なんて・・・ただの破壊の権化じゃない!魔王が今までやってきた事だってこの魔法界のいたる所を占領しては支配し、それが出来ないなら破壊して・・・おまけに今以上に魔力を得ても、生まれるのは神なんかじゃないわ!」

 

 サクラは自分の故郷がこれ以上、魔王軍によって壊されるのが見たくなかった。

 

 魔王軍は正義と称して自分達の行いを正当化する言い訳にして、侵略して来た。このオレキエッテ帝国をも壊し、奪おうと言うのだからもう許せない。

 

 「この美しい世界をより美しくするには、我が魔王を神にする以外ないのよ・・・そして圧倒的な神の力によりこの世界は新たに産まれかわるのよ」

 

 ペペロンチーの言葉は、本気でそうなると信じて疑わない者の声。

 

 サクラの声は、本気でこんな事を止めたいと思う言葉。

 

 そしてそんなサクラという友の為に、カエデとレンとミドリコは立ち上がった。

 

 ヘルブラッククロスと戦うという大きな使命もあるのに、彼女達は友達の為にこの戦争にまで来たのだ。

 

 「あらあら・・・そう。それじゃあ、魔王様が神となり、より美しい世界で暮らす気はないのね・・・?」

 「あたりまえ!」

 「結局・・・ヘルブラッククロスも魔王も、やる事変わんないのよ。なんでもかんでも力を誇示して、そして気に入らないのは全部壊してさ・・・他人の幸せを全部奪い尽くして、最後は笑ってる・・・」

 

 魔王軍がどれだけすごい可能性を秘めていようと、カエデは悪は許せない。

 

 「あんた達みたいな悪、絶対に許せないのよ!やるわよサクラ!」

 「同意。私もこんなところで、終わるつもりは、ない。援護する」

 「私の同じ気持ちだよ、カエデ、サクラ。皆でこいつを倒して、魔王も私達が倒そう!」

 「うん!皆ありがとう!」

 

 ヘヴンホワイティネスと魔法少女の共闘がここに始まり、魔界軍師を目の前にして臨戦態勢が取られる。

 

 「それが貴女達の答えなのね。魔王様を愚弄した事を見逃してやろうと思ったが、どうやらここまでのようだな」

 

 ペペロンチーの表情は怒りで引きつり、両手に闇の魔法が炎の様に展開されていく。

 

 「ふふ、もうじき我が兵士達も帝国に攻め入る事だろう。そうなれば民の命というモノを使い、お前たちに地獄を味合わせてやろうではないか・・・」

 「卑劣」

 

 ペペロンチーに最初に接近したのはレン。ビーム剣を情け容赦無く振り抜いたが、空中に浮いた兵士によってその攻撃が止められる。

 

 「・・・命までこんな風に使うの?」

 「そうよ。こいつは今戦闘中だと言うのに、あくびを噛み殺していたの。そういう気の抜けた奴・・・嫌いなの、私」

 

 兵士はペペロンチーを守ろうとしたのではなく、この闇の魔女が魔法で防御に使ったのだ。

 

 「奪った命だけど・・・これは、許せない」

 「あんた知ってるかしら」

 

 レンにも怒りの表情が強く出てきており、そんな彼女の隣に立つカエデも笑みの無い強い怒りを宿した瞳で、ペペロンチーを睨みつける。

 

 「未来じゃ命は尊いモノだって事を!」

 「意味の分からない事ばかり言うわね、英霊って。ホラ、お前たちも早く動きなさい!」

 

 ペペロンチーの命令によって、ヘヴンホワイティネスのとり囲む兵士達が一斉に攻撃を仕掛けて来た。四方八方から来る攻撃に、ミドリコはミニガンを取り出して妨害に入る。

 

 魔法を相手に現代の武器で打ち勝つその光景は、もうミドリコ一人でも良いのではないかと思える程の一方的だった。

 

 しかしやはり現代の武器では限界があるのか、兵士達はミドリコに刃を突き立てんと、徐々にその距離を狭める。

 

 「必殺!」

 「ビーム剣術!」

 

 『ヘヴンズコンビネーション!』

 

 カエデの格闘術、レンの剣術の2つが丁寧かつ豪胆に斬り込んでいく連携攻撃に、ミドリコの的確なミニガン掃射が挟み込まれ、敵兵士達がどんどん倒されていく。

 

 そんな彼女達の上空ではペペロンチーの闇の魔法が降り注ぎ、サクラが防御魔法を張ろうと奮戦している。

 

 「手下にだけ戦わせて、自分は安全圏で攻撃するつもり!?」

 「つくづく卑怯で、卑劣。あれは、外道」

 

 兵士達を正義の衝撃で倒す傍らで、レンもひどい言葉を浴びせていく。

 

 「まったくだ・・・こちらを見下ろしているのも気に喰わないな」

 

 ミドリコもその視線を嫌がり、ミニガンを上空へ向ける。もちろんサクラを狙わない様にして、正確に狙ってみる。

 

 「愚かしいわね!マジカル・アンライト・マジカル・・・」

 

 闇の世界に生きる者の、闇の魔法。古来より魂や生命を対価として、絶大な力を振るうことを許される、強力だが禁忌とされて来た魔法。

 

 そんな魔法を代償無しに振るえるというこのペペロンチーは、魔法に関して言えば天才なのだろう。

 

 「死になさい!ダークファイア・ランス!」

 

 黒く、内側に淡い光を灯した炎が揺らめきながら、槍の形を形成していき、カエデ達をめがけて落ちてくる。サクラは空を飛びながらそれを避けるが、槍は一本だけではない。

 

 何本も一度に精製され、確実に敵を倒す気でいる。

 

 手下に任せっきりに見えて、その実力もやはり上位の魔法使いにふさわしい。

 

 闇の槍の魔法。それらが一度にカエデ達に向かって落ちるのだが、軽い質量を持たない様なその槍達は、レンのビーム剣とサクラの魔法、そしてミドリコの乱射によって容易に打ち砕かれる。

 

 雨あられの如く降る槍は手下達を巻き込んでいくが、ペペロンチーは一切気に止めていない。

 

 「仲間じゃないの!?」

 

 カエデの動揺する叫びには、サクラが首を横に振る。

 

 「魔王軍にそんな感情なんて無いのよ!奴隷として扱ってるし、兵士達もそれを自覚してる!」

 

 続けざまにミドリコの横に迫った兵士が脳天を貫かれて死亡し、死ぬ直前まで命を賭けて戦った姿に恐怖する。

 

 普通に考えればこんな事あっていいはずがない。

 

 「アハハハ!死にたくないなら離れなさい!逃げても殺すわよ!立ち向かえ!」

 「なんてめちゃくちゃな事を命令しているんだっ!」

 

 それが当たり前と言うべき態度のペペロンチーの言葉に、ミドリコにも怒りの闘志が宿り、許せない気持ちでいっぱいになる。

 

 「さぁさぁ!臆した者には死を!逃げずに戦った者にも死を!魔王様に忠誠を誓った者はその命を賭けなさい!」

 「いい加減にしろ!」

 

 高く跳躍したカエデがガントレットをペペロンチーにぶつける。しかしその拳は魔法障壁いよって防がれ、身体と共に弾き返されてしまった。

 

 「あら・・・そんなゴミに感情移入出来るの?流石勇者の英霊は、志が高いのね」

 「仲間を大切に、出来ない人じゃ・・・私達には、勝てない」

 

 続いてはサクラと共に上昇したレンが、ビーム剣の形状を槍に変えて突撃する。

 

 「マジカルマジカル〜!エンチャント・パワフル!」

 

 サクラの杖から飛び出したレンに、ピンク色の魔力が身体に取り込まれ、レンの空中での移動を早める。力も速度も著しく向上したレンはビーム槍と共に錐揉み回転しながら魔法障壁に挑む。

 

 「マジカル・ビーム剣術!」

 

 青白いビームはサクラの魔力を飲み込み、より強く強力な刃となる。色も桃色と青の混ざった渦巻きの刀身となり、ペペロンチーに突っ込んでいく。

 

 「・・・ッ!」

 「無駄な事ね!我が闇の魔法は誰にも破られない!」

 「・・・ビーム槍術!シャンタンテ・ヴィント!」

 

 さらに錐揉み回転の速度を上昇させ、全身をドリルにしたような突撃が障壁とぶつかりあう。

 

 「行くわよミドリコ!」

 「本気で頼む!」

 

 地上では兵士達はペペロンチーの攻撃におびえて動かなくなった兵士達をよそに、カエデがミドリコを持ち上げている。スーツのパワーを活かした人間大砲を打ち込むつもりでいる。

 

 「必殺!スイーツ・キャノン!」

 

 迷彩服を着込んだミドリコをペペロンチーの背後に投げ飛ばし、ミドリコは昇る最中でコンバットナイフを魔法障壁にぶつける。

 

 それは金属をこすらせ、火花を散らしながらさらにミドリコは、レンとペペロンチーの真上に飛び出す。

 

 「これならどうだ!」

 

 背中から取り出したのはミドリコの決戦兵器・ロケットランチャー。

 

 「レンちゃん!」

 

 サクラの伸ばした腕を取り、レンが爆撃の範囲から逃れる。

 

 浮いているペペロンチーとミドリコの構図が出来上がり、さらに障壁に砲頭をくっつけてロケットランチャーの引き金を引いた。

 

 ミドリコの自爆にも見える超強力な爆撃が障壁に炸裂すると、空気を揺るがす轟音と黒煙が舞い上がる。

 

 「・・・!見えないじゃない!」

 

 闇の魔力によって黒煙を振り払うと、次は真下からカエデの衝撃が強く叩き込まれた。

 

 黒いスーツになったカエデの超必殺・デストラクション・インパクトが叩きこまれると、油断していたのか障壁ごとペペロンチーの身体がさらに上へと浮かんでいく。

 

 ピシリ。そんな音が聞こえた気がした。

 

 「小癪な・・・!」

 

 闇の魔力から形成された大鎌を振り下ろし、カエデを叩き落とす。

 

 「・・・もう一回!」

 「何!?」

 

 ペペロンチーの真上、まるで卵の様な形をした障壁の上にミドリコが立っていた。

 

 燃えて破けた迷彩服の下は、黒地のタンクトップインナー。こんな姿を赤鬼が見たらきっと大興奮間違いなしだろう。

 

 不安定な足場の上で、ミドリコはさらにもうひとつのロケットランチャーを取り出し、ゼロ距離発射を行おうと言うのだ。

 

 もう一度撃てば、ミドリコが危ない。だが正義の為に戦う彼女は、こんな事で怪我する事を恐れていない。

 

 「先ずは貴様から死ね!」

  

 ミドリコの周囲に黒い魔法の刃が何本も並び、命を奪おうとぐるぐる回り始める。

 

 「ビーム剣術・・・ゴエモン・ストライク!」

 

 上に気を取られたペペロンチーの真下、つまり地上からは再度攻撃が飛んでくる。奇妙な形をした剣の形状、刀。

 

 その斬撃波が飛び出し、魔法障壁をさらに打ち上げる。

 

 ビシッ・・・またそんな音が聞こえた気がした。

 

 「何度も不意打ちみたいな真似を・・・」

 

 ペペロンチーの声が、魔力となって真下に居る英霊達に闇の弾丸が飛んでいく。

 

 「マジカル・ダーカイズ・マジックズ!」

 

 続くのは闇魔法の詠唱。より強力な闇の弾丸を生み出す、悪の魔法。

 

 「ヘルフレイム・ダーカー!」

 

 真上に立つミドリコごと黒い炎が包み、カエデ達も実体が無いのに身体を蝕む触れない炎をその身を襲われる。

 

 手下達も燃やされその苦しみから、無数の苦悶の叫びが巻き上がる。

 

 「くっ・・・なんてひどいことを・・・」

 

 仲間も敵も無差別に攻撃し、カエデも黒い炎に押される。

 

 レンもスーツを燃やしながら、黒い魔力を斬り払うが、手数が足りない。

 

 「うわああああ」

 

 ミドリコが痛みに耐えかね、落下する。

 

 「マジカルマジカル〜!ホーリー・ライト!」

 

 サクラもこの闇魔法に抵抗するべく、聖なる光の魔法によって炎を浄化させていく。

 

 「ミドリコさ〜ん!」

 

 落下するミドリコをキャッチして、サクラはペペロンチーの攻撃範囲の外へと抜けていく。

 

 「ありがとう・・・生きた心地がしなかった・・・」

 「あんまり無茶しないでね!」

 「ああ。でも、これで・・・!」

 

 魔法で身体が浮くという不思議な感覚の中で、ミドリコは腰から折りたたみ式のスナイパーライフルを取り出す。機械的な音を鳴らしながら、ミドリコの正確な射撃が発射されようとしていた。

 

 普通ならばサクラが運んでいる上、さらに空中に居るのにライフルなんて武器は当たらないだろう。

 

 しかしそれは普通の人間であれば・・・の話である。

 

 甘白ミドリコは今や魔法を使えて、自身が傷つくことも厭わずにロケットランチャーを撃ち出す戦士である。

 

 甘白ミドリコの魔法。それはこの魔法界での修行で得た力。

 

 攻撃は出来ず、自分の身体能力を上げたりする事も出来ない。

 

 しかし場所を問わず、色々な人種の気配を見る事が出来る。

 

 名付けたその能力は第三の眼。銃を操り後方支援を主とする彼女にとって、最高の能力と言えるだろう。

 

 カエデの様に圧倒的なパワーは出せない。

 

 レンの様に近接戦が得意なわけでもない。

 

 ギンジの様に怪人の能力を使えるわけでもない。

 

 サクラの様な輝かしい魔法も使えない。

 

 レイナの様な退魔の力があるわけでもない。

 

 しかしそんなミドリコの得た力は、一見地味に思えるが、彼女にとっては最高の能力・・・。

 

 それはどんなに悪い姿勢でも、銃を撃つのに適さない場所でも、彼女ならば誰よりも上手に扱う事の出来る魔法だからだ。

 

 「この距離、この角度。絶対に外さん!」

 

 空中に舞うミドリコの銃口から、怪人にも通用する専用弾丸のライフルバージョンが発射された。

 

 重装貫弾・改。防御力の高い怪人をも貫く事の可能な、ミドリコの主力武装の一つ。

 

 「ハッハッハッ!そんなチンケな小豆で一体何が・・・」

 

 ビシぃ!・・・そんな強くヒビの割れる音が聞こえた。

 

 「・・・は?」

 

 確かに弾丸は発射された。その弾丸は鋭い弾頭を伸ばして、魔法障壁に突き刺さり、薄い壁を抜けた。

 

 文字通りの貫通はまだ止まらず、障壁の向こう側、小さなヒビの向こう側へと勢いを殺さずに抜けていく。

 

 闇の魔力で構築された絶対防壁を打ちやぶり、穴を開けるだけに留まらずに障壁の破壊までをも成功させた。

 

 「な・・・なんだとぉ!?」

 

 ヘヴンホワイティネスが一生懸命攻撃した事で、ヒビが入っていた事に気が付かず、ペペロンチーは障壁の破壊に驚愕する。

 

 闇魔法による炎を再度発動しようと目論むも、今度は障壁がなくなった事で、カエデとレンが一斉に飛び出る。

 

 カエデのダークヘヴンスーツと、レンのビーム両手剣が動じに正義の光を宿し、ペペロンチーの闇魔法と真っ向勝負を決めにかかる。

 

 「ダークヘル・ファイア!我が闇魔法の前に燃え尽きろ!」

 

 ペペロンチーの闇魔法が再び炸裂する。その暗き炎は確かに熱く、身を焦がすには十分であろう。実際スーツを超えたダメージがあるのは事実だ。

 

 だけどこんな炎よりもっと熱く、もっと強い炎をカエデとレンは知っている。

 

 故に、こんな魔王の前座に構っている暇はない。

 

 「必殺!」「ビーム剣術!」

 

 ヘヴンホワイティネスである彼女達が黒い炎に飲み込まれた。闇の炎の中は問答無用の真っ暗な世界だが、二人の少女達は正義の光を宿したスーツによって闇と悪の炎を打払う。

 

 「正白の大十字撃(ヘヴンクロスレイヴ)!!」

 

 カエデの脚力から来る強烈な衝撃と、レンのビーム両手剣からの大斬撃波が2つの軌跡を描き、重なり、十字の型となりながら黒い炎を4つに裂きながら、突撃していく。

 

 「・・・!馬鹿なぁ!!」

 

 自慢の闇の魔法が突破された事で酷く動揺するペペロンチー。

 

 「必殺!スカイフォール・ハンマー!」

 

 十字の一撃は炎とぶつかりあった事で消滅したが、レンの両手剣による吹き飛ばしに乗ったカエデが、ペペロンチーをついに叩き落とす事に成功する。

 

 「がハァ!?・・・ふざけるな、この私が、こんな奴らに!」

 

 地上に落ちたペペロンチーに、ミドリコとサクラが立ちはだかる。

 

 魔王の親衛隊がピンチだと言うのに、兵士達はと言うと・・・最早命惜しさに降伏気味であり、ペペロンチーからの扱いも最悪であった為に、誰も彼女を助けようとはしない。

 

 「観念しろ、魔界軍師」

 「あなた達魔王軍は、ここで終わりなんだから!」

 

 これは悪い夢だ。実力もあり、魔王に仕える自分がこんな簡単に押されるなんてあってはならない。こんなの現実的じゃない。

 

 「マジカルマジカル〜!ピンクミサイル!」

 

 サクラの得意魔法が解き放たれ、ペペロンチーにミサイルが前段命中すると、大小様々な爆発が巻き起こり、高級な黒いドレスを燃やし、平原を転がっていく。

 

 自分がこんな簡単に押されるなんて、これは夢、そう・・・悪い夢。

 

 痛みが現実だと言っているが、これは夢なのだ。

 

 平原に背中を引きずりながら転がっていったペペロンチーは、後頭部を丁度良い高さの石にぶつかり、一瞬、気絶する。 

 

 ・・・。

 

 ・・・・・・。

 

 「むにゃむにゃ・・・ううん?」

 

 眼を開くとそこは蒼い空、白い雲。

 

 これは夢だ。キレイな夢オチだ。

 

 同じく綺麗な青空を仰向けで眺めたペペロンチーは、これが夢であったと安心する。

 

 しかし今この瞬間を夢だと思っているペペロンチーに、二人の影が近寄ってくる。

 

 これは夢ではないと教えてくれる、現実だと再認識させ、ペペロンチーを恐怖のどん底に落とす影。

 

 「まだまだ、こんなモノ、じゃない」

 「そうね・・・行くわよ、ダメ押し!」

 

 カエデとレンが地上に降り立ち、倒れたままのペペロンチーを満面の笑みで追い打ちをかける。

 

 「ヒィ!ああ、ああああ!」

 

 ダークヘヴンスーツのガントレットからギアが高速回転し、レンのビーム剣の形状はジェットハンマー。

 

 「ああああああ!!!!!」

 

 妖艶で美女とも言える容姿端麗なペペロンチーは、カエデの連続攻撃とレンの連続攻撃、合わせて二重の殴打にその全身を打ち砕かれた。

 

 カエデのオーバードライブ・レイジング、そしてレンのジェットハンマー・エクスペンダブルズ。

 

 二人の超攻撃が、卑劣で外道なペペロンチーという悪を粉々に打ち砕いた。

 

 「トドメは・・・」

 「任せたわよ!」

 

 二人動じにペペロンチーを打ち上げ、上空にゴミクズの様に跳ね上げられた。

 

 そこへサクラの強化魔法を取り込んだミドリコのロケットランチャーが、火を吹く。

 

 「これで終わりだ!魔法・ロケットランチャー!」

 

 魔界軍師ペペロンチーは、カエデ、レンの連続攻撃で撃破されたのにも関わらず、最後はミドリコとサクラの融合攻撃により、空中で大爆発を起こして、黒焦げになりながら、敵陣の真ん中へと落ちていった。

 

 「よーっし!倒したわよ!」

 「皆の、力が合わさったから」

 「しかし、魔法使いの敵と言うのは、なかなか手強い相手だったな」

 

 ヘヴンホワイティネスの三人が健闘を讃え合い、サクラもそこに混ぜてもらう。

 

 障壁による防御能力が強かったとはいえ、四人でこれなのだから、魔王はどれほどなのだろうか。

 

 闇の魔力が解けた事で、カエデ達を分断した壁が解除されて行き、その向こう側ではまだギンジ達が戦っている様だった。

 

 ボーンゴーレは残り一人。

 

 勇者率いる英霊と魔法少女が、魔界軍師を下した事で、指揮官の片方を失った魔王軍は戦慄し始めるが、こうなったらもうオレキエッテ帝国の勝利は近いだろう。

 

 もう片方の指揮官が倒されるのも時間の問題だろうと、魔王軍の敗北に一手かかり、ヘヴンホワイティネスは勢いをつけるのであった。

 

 

 

続く

 

 




お疲れ様です。

ボーンゴーレが一人倒されました!二人が協力しながら戦っていればワンチャン・・・あったかも知れません。

キャラネタ書きます

神宮カエデ
魔王軍もヘルブラッククロスもそんなに変わらない、ただの悪。
ただし仲間意識が目立ちやすいHBと比べ、魔王軍は手下も使い捨ての道具として見ている姿に、並ならぬ怒りが湧いた。

宮寺レン
魔王軍の手下の使い方と、戦い方に非常に嫌気が刺した。
修行で得た新しい武器はビーム槍、ビーム両手剣。
質量保存の法則って(ry

甘白ミドリコ
黒地のタンクトップインナーは赤鬼が興奮する。多分見つかったら戦場から連れ攫われる。最近人間離れしている人。人間なんだけどなぁ、おかしいなぁ。まぁ、ロケットランチャーだし、いっか!
実はスタイルがヘヴンホワイティネスの女性陣随一の腹筋、脚、しなやかな腕、形の良い指と爪をしており、赤鬼の採点としては一つ一つの部位が満点クラスであり、俺っちとしてはまずこの綺麗な身体を「途中から赤鬼が喋ってね?」
「バレやしたか。流石兄貴」

小町サクラ
魔王軍による故郷の破壊を阻止するのと同時に、骨の怪人の完全撃破を目論む。しかしながらカエデの協力姿勢と、レンの正義の意思の強さにより、彼女達に協力を要請してよかったと心の底から思う。

魔界軍師ペペロンチー
美人でスタイルも良いのに闇堕ちしており、扱う魔法も闇魔法。
手下は使い捨ての道具としての扱い方をしていた結果、最後は誰も助けてくれなかった。魔王軍の若手兵士には見た目の人気は非常に高い。
ちなみに軍師のくせに軍師っぽい所が出せなかったのも敗因のひとつ

・・・

さて次回は、vs破壊元帥。
迎え撃つのはギンジ、赤鬼、ケイタの三人!
魔王城に到達する最後の壁となる彼に、ギンジ達はどう立ち向かうのか!

赤い勇者と魔法界編もいよいよ佳境!次回もよろしくお願いします!

それでは、また次回!


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61・vs破壊元帥

こんにちはアトラクションです!

魔法界編も残り少しですが、楽しんでいただければと思います。

ちなみに今の段階では、一個前の非日常に〜編とほぼ同じぐらいの長さになりそうでやんす。あーパスタおいち

そろそろオーク怪人出したいブヒ。

彼の再登場までもうしばらくお待ちください。
それではどうぞ!


 

 緑の美しさが一面広がるオレキエッテ平原は、戦争により焼け野原になり、いたる所が砕け、燃えて、命が散っている。

 

 「帝王!避難を!」

 

 一人の兵士がシシリーの身を案じては、そんな事を叫んでいる。

 

 龍の様な見た目をした魔王軍の兵士が、大斧を振り回しながら、城壁にまで迫っている。防衛隊の全軍指揮を取るシシリーが居ると知り、魔王軍の兵士はひたすら城壁の破壊よりも、シシリーに迫って居る。

 

 「覚悟!」

 

 魔王軍の兵士がその手に持つ武器を振り上げた直後に、龍の兵士の手元が斬られる。

 

 何が起きたのか・・・それすらも分からないまま、龍の兵士はその身体に穴を開けられ、血しぶきが上がる。

 

 「・・・何が・・・!?」

 

 帝国兵士の一人がどよめいているが、その後ろでは帝王シシリーの剣が光り輝いていた。その剣を突き出す姿勢は、帝王の魔法攻撃が炸裂したと知るのは、すぐの事だった。

 

 「ついにこっちに向かって来たか・・・全軍、防御を固めよ!」

 

 威厳のある表情の裏には、やはり恐れと逃げたいという感情が見え隠れしているが、シシリーは帝王の覇気を持ってそれを完全に押し殺す。

 

 ここは戦場。目の前は敵、敵、敵。

 

 そして後ろには城壁、兵士、仲間、家族、民。

 

 いくらビビって居ても、勇者が向かった以上逃げるわけにはいかない。

 

 あの勇者と英霊達ならきっとやり遂げてくれる筈だからだ。

 

 ならば、守らなければならない命と未来の為、帝王シシリーは全力でここを阻止しないと行けない。

 

 「なんとしてもこの帝国を守るのだ!勇者赤鬼が託したのだ!我々がここまで来て、敗ける事は許されんのだ!」

 

 帝王の言葉を皮切りとして、平原に立つ兵士達の一人ひとりが武器や魔法を支えとして、立ち上がる。

 

 「さぁ・・・掛かってこい・・・魔王軍!」

 

 次々と迫りくる魔王軍の兵士を前に、シシリーの気合いの言葉が入り、城壁の防衛戦はまだ続いている。

 

 ふと見上げれば高くそびえ立つ城壁の上にも、敵軍の侵入を許している様だった。

 

 先程までの拮抗した防衛は無くなる、劣勢に流れ始めている。

 

 空はしかたないと諦めをつけては、地上の守りに専念する事にしたシシリー。

 

 「諦めるなァ!!」

 

 シシリーの叫びはそのまま電撃の魔法に変わり、魔王軍の兵士の群れを一つは破壊する。

 

 腐ってもビビっても、シシリーは帝王。威厳と民を想う気持ちだけで帝王になったわけではなく、実力も帝王の名に恥じない実力を持ち合わせている。

 

 城壁の上ではコッツ兄妹が魔法と肉弾戦でなんとか被害を最小限にし、城下町に乗り込んできた者は、クリムパス、ジェノべ、アラビア率いる部隊でなんとか対処している。

 

 中心地の帝国城に避難させた民達には、何も危害を加えさせない為にも、シシリーは帝王としてより一層強い責任を持ちながら、剣を振るうのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 闇の魔法による壁の出現と、それによる分断。

 

 カエデを守ると言った側から離されてしまったが、別にカエデが孤立した訳ではなさそうだし、レンもミドリコもサクラも居るなら、問題は無いだろうと、ギンジは考える。

 

 ならば自分の出来る事としては、目の前に立つこの巨漢を倒す事だろう。

 

 「ガハハ!お前らの女達は、きっと今頃我が魔王軍により全身向かれてるだろうなぁ!!」

 

 破壊元帥カルボーナの笑い声に、ギンジを始めケイタの赤鬼もピクリと、ほんの少しの怒りの感情が表に出てくる。

 

 「なんだぁ?お仲間の事を悪く言われて怒ってるのかぁ?勇者も女々しい所があるんだなぁ?」

 「殺すぞ・・・」

 

 赤鬼の殺気立った言葉に、周りの魔王軍兵士は恐れおののく。それまでカルボーナと共にギンジ達を取り囲んで馬鹿にしていたのに、勇者赤鬼一人の殺気に押し込まれてしまった。

 

 「心配じゃねぇのかぁ?」

 「心配はしているさ。だけど、お前らもお仲間の心配したほうがいいぜ。手加減を知らないお嬢様だけを分断させたのは、失敗だったと思うぜ・・・!」

 

 ギンジの意気揚々とした言葉に、カルボーナはつまらなさそうにしながらも、鼻で笑い返す。

 

 「そこの小僧はどうだい?心配だろう?」

 

 小僧と呼ばれたのへケイタ。ケイタ自身もレンが心配なのは間違いないが、本当なら自分もレンの所に行きたい。

 

 そしてもし彼女がピンチなら助けになりたい。彼女の心を守る為に。

 

 そう思うほどにはケイタも心配している。

 

 「僕も心配だけど・・・でも、こっちにだって最強の怪人が二人も居るんだ。お、お前を倒して・・・ぼ、僕たちが、必ず仲間と合流するっ!」

 

 良い慣れていない強気な言葉使いに、ギンジと赤鬼はニタリと笑みを浮かべる。

 

 「ギンジ!赤鬼!僕が守るから!本気でやっつけて!」

 「任せろ!」

 「頼りにしてますぜぇ、旦那ぁ!」

 

 ケイタの魔導書が光り出して、魔法を唱える。

 

 仲間を守りたいと願った、ケイタの戦う力を、ギンジと赤鬼は誇りに思う様な気持ちで受け取ろうとする。

 

 「僕たちで・・・こいつを倒すんだ!第一の魔法!」

 

 ケイタの叫びで、ギンジと赤鬼が目の前に鼻息荒くして立つカルボーナへと二人同時に駆け出す。

 

 「エンジェラ・アーマ!」

 

 天使の羽衣の様な姿になれる防御魔法を、一度に2つ撃ち出す。魔力が少ないとは言えど、ケイタにもコツが理解出来る様になってきていた。

 

 使いすぎればきっと死ぬかもしれないこの魔法だが、その覚悟で手に入れた魔法なのだ。だからきっとギンジにも赤鬼にも役に立つ。

 

 光がギンジと赤鬼の背中に入り込み、二人の身体から煙が出始める。

 

 「・・・あ、アレ?」

 

 ジュワジュワとまるで肉の焼ける音を鳴らして、ギンジと赤鬼はその場に転げ回る。

 

 「うっぎゃああ〜〜!!!」

 「ぐおおおお!?」

 

 ギンジと赤鬼の情けない悲鳴を聴くと、ケイタの顔が青くなる。

 

 「な、なんだこれあああ!!」

 「だ、旦那ァァ!なにしてんだーー!」

 「オイオイ仲間割れかぁ?ガハハハ!情けねぇな!!」

 

 焼ける。身体が燃え尽きる様な感覚に、ギンジは叫び、赤鬼は悶絶する。

 

 「え・・・なんで、どうして・・・レンには普通に機能したのに・・・」

 「死ぬ!死ぬ!」

 「うおおお以外な敵が身近に居たぁぁ!姐さんと愛しあえていないのに死ぬのはイヤだぁぁぁ!!」

 

 平原の土を殴るギンジと、痛みを和らげる為に闇の壁に角ごと頭突きする赤鬼。

 

 そしてそれを見て魔王軍の兵士達から笑い者にされている。

 

 カルボーナもそれを見て腹をかかえて大爆笑している。

 

 「え、えとえと・・・解除!解除!」

 

 魔法を解除すると、煙も出なくなり身体の痛みも一瞬で消える。

 

 この時ケイタはまだ自分の魔法が限りない善光の力である事を理解していなかった。

 

 いくら正義の志を持つギンジと赤鬼でも、怪人という悪の主属性に立つ身体では、この力は猛毒なのである。

 

 「ハァハァ・・・痛くて涙がでるなんて・・・」

 「・・・聖剣を握った時みたいな・・・なんか、毒みてぇなモンでしたね・・・」

 

 聖剣、毒。その言葉を聴いてギンジの表情に陰りが見え始める。

 

 まさかとは思うが・・・ケイタの力は・・・。

 

 「俺達には・・・毒なんじゃねぇか?」

 「なるほど・・ハズレっすね・・・」

 

 カルボーナがひとしきり笑うと、周りの魔王軍に命じる。勇者と英霊を殺せと。

 

 その命令を聞き入れた兵士達がそれおれ魔法と武器を持ち、集団で襲いかかってくるのだが・・・。

 

 「邪魔ァ・・・」

 「すんなぁ!!!」

 

 ギンジと赤鬼の二人の連携攻撃により、やはり兵士達は蹴散らされる。

 

 炎と雷、空気の打ち出しと、圧倒的な破壊力。

 

 「す、すごい・・・や、やっぱり二人は最強だ・・・よ・・・」

 「ケイタぁぁ!!」

 「舐めてんじゃねぇぞクソガキがぁぁ!!」

 

 素直に称賛したケイタ。しかしそんなケイタに殺されかけたギンジと赤鬼は、文字通り鬼の形相で躙り寄る二人に、ケイタは本気で泣きそうな顔になる。

 

 「うわあああごめんなさーい!まさかこんな事になるなんてぇ!」

 「逃げんなコラクソガキがぁああ!姐さんに会えなくなったらどうすんだ!」

 「赤鬼、絶対逃がすな!捕まえろ!地平線の彼方まで追いかけろ!」

 

 金棒コンビに追い回されるケイタは、多分誰にも養護されないのだろう。

 

 すっかり蚊帳の外に立たされたカルボーナは、ちょっぴり寂しい気持ちになりながらも、鉄球を振り回し始める。

 

 まとめて倒してしまえばそれでいいのだ。何も難しい事はいらない。

 

 「オッラァァ!」

 

 頭上で振り回した事による遠心力と、魔法を纏わせたその鉄球はケイタをめがけていた。

 

 「おっしゃあああ捕まえたぞオラァ!!」

 「うわわあああああ助けて!死にたく無い!ごめ、ごめんて!」

 「いいぞ!そのまま○○○もぎ取っちまえ!」

 

 鉄球が空を砕き、ケイタの横顔を捉えたはずだったのに、赤鬼がケイタを持ち上げた事で結果的には、鉄球が無を殴り何もなかった事になる。

 

 「うぎゃあああ」

 

 ケイタを持ち上げた赤鬼がバックブリーカーでケイタを上下させ、ギンジは中指を立ててケイタを煽り倒している。

 

 「次こんな魔法俺達に撃ったらもっとひどい事するからなぁ!覚えとけよお前オラァ」

 「具体的にはレンの姉御にこの事バラシやすぞゴルァ」

 「うっ・・・うっ・・・もう結婚できない・・・」

 「いつまでふざけているのだ!」

 

 カルボーナが3人の前に飛び出すと、体重が重くのしかかり、地面に振動が伝わる。

 

 「なんだお前は・・・あ、なんとか減衰」

 「兄貴、こいつは太っちょ伝説ですぜ」

 「減衰もしてんし、伝説にもなっとらんわ!ふざけるなよ貴様ら!」

 

 鉄球を横に回しながらカルボーナがギンジ達と対峙する。恐ろしく殺気立たせた魔力を纏う鉄球を振り回すその姿は、とてつもなく大きな怪物に見える。

 

 「破壊元帥だ!勇者を倒して現実的に伝説になってやろうではないか!ガハハ!」

 「兄貴、まだ戦えますよね?」

 「当たり前だ!ケイタもまだやれんだろ!」

 「も、もちろん・・・」

 

 赤鬼が担いだままのケイタを自分の前に持ち直すと、ギンジは赤鬼の後ろに回る。

 

 ケイタ、赤鬼、ギンジの順番になりその一列となった男達が一斉にカルボーナに突撃する。

 

 「旦那を盾に!」

 「ケイタを盾に!」

 「それ!」「へい!」「へい!」

 

 明らかにふざけ倒している勇者の行動は、ケイタを盾にしてカルボーナに走ると言うモノだった。

 

 「舐めてるのか貴様らぁ!そんなに死にたいのであれば、喰らえェ」

 

 勢いのついた鉄球はケイタの前に飛び出し、今まさしくケイタを打ち砕こうとしている。

 

 「だ、第ニの魔法!エンジェラ・シルド!」

 

 頭の中に浮かんでいるケイタの呪文を唱えると、白くへこんだ盾がケイタの前に出現する。

 

 天国の様な暖かい光を出しながらその盾に鉄球が当たると、少しだけ力を飲み込んで、カルボーナへとその破壊の一撃を押し返した。

 

 「すげぇな・・・」

 

 最後尾で見ていたギンジにも良く解るその反射は、明らかにカルボーナが投げたモノよりも強くなっている。

 

 「ガハハハ!ようやくやる気になったか!」

 

 跳ね返ってきた鉄球を横に避けると、引っ張りながら全身を使ってもう一度振り回す。

 

 ハンマー投げの様な一撃がもう一度、今度は列の真横から飛んでくる。

 

 「俺っちに任せてくんな!」

 

 ケイタを下ろして、赤鬼はオリハル金砕棒を取り出し、思い切り上段から叩き落とす。力の勝負では赤鬼が勝る。

 

 打ち落とされた鉄球が地面にめり込むと、ギンジはコウモリの羽を生やして跳躍する。

 

 「武器が無ければお前なんて余裕なんだよ!」

 

 

 上空から吹き出す様にして両手を突き出すと、そこからは炎が現れる。業火がカルボーナの上から覆い被さると、そのまま動けなくなったカルボーナへ赤鬼の空気の打ち出しが発射された。

 

 「空気ごと吹き飛びなァ!」

 

 空気の打ち出しにより炎が巻き込まれ、火球となりながらもカルボーナにダメージを与えていく。

 

 「かハッ・・・やるじゃねぇか・・・」

 「おい嘘だろ、立ってるぞ」

 

 炎による爆撃も、赤鬼の一撃も手応えはあるモノの、そこまで大きなダメージにはなっていない。

 

 「やっぱり勇者はこうじゃないとなぁ!」

 

 カルボーナが再び鉄球を振り回し始める。

 

 そこについで、粘ついた糸が見える口元がなにやらぶつぶつ動き出す。

 

 「マジカル・プリティユア・マジカルマジカル・・・」

 

 魔力が吹き上がり、闘気の様に膨れ上がるカルボーナの身体はより強固な力を宿し始める。

 

 「ラゴウ・シンドルク!!」

 

 唱えた魔法は鉄球に魔力を流しこみ、その丸い形を歪な形へと変えていく。

 

 トゲが付き、より黒鉄としての硬さを取り持ち、カルボーナが意のままに操れる破壊の鉄球としてその姿を変えた。

 

 そしてその魔法を唱えた瞬間、周り魔王軍兵士達も糸が切れた人形の様にバタバタと倒れていく。

 

 「・・・なんだ?」

 

 ギンジの見える限りでは、カルボーナの足元に虹色のきらきらした何かが兵士達から流れている様にも見えていた。

 

 言うなれば力をもらっている様な、そんな流れ方。

 

 「ガハハハ!やっぱりお前たちの魔力があって正解だぜ!ホレホレ、死にたくなかったら奴らを抑えろ、。もちろん、お前らごと勇者を殺すがな!」

 

 手下から魔力という戦う力を貰い、そして動けなくなった自分の部下を踏みつけながら下卑た笑みをあげるカルボーナの言葉に、ギンジも赤鬼もケイタも、こいつが何をしているのかが解った。

 

 「このやろう・・・」

 

 ギンジにたった今、この魔王軍所属魔王直属親衛隊・ボーンゴーレの一人、破壊元帥カルボーナを絶対に許せない理由が出来た。

 

 こいつは簡単に人の命を奪い、しかも心まで踏みにじっている。

 

 「ガハハハ!そらそら、魔王様の為に、勇者を殺せ!何寝てるんだぁおい!」

 「うっ・・・苦しい・・・」

 

 魔力を抜かれた兵士の一人が苦悶の表情を上げながら、平原に倒れる。

 

 「た、たすけ・・・ぐぎゃあ」

 

 一人、魔王軍の兵士がケイタに救いの手を期待しながら、命乞いまでしたのに、カルボーナのトゲ鉄球が兵士の背中に重く突き刺さる。

 

 「ッ!」

 

 ケイタは今、例え悪としても許してしまいそうになった。

 

 こんな簡単に他人の命を奪い、奪った張本人は笑っている。

 

 「ガハハハハ!敵に情けを乞うとは・・・魔王様を神にする為にも、一致団結してこのカルボーナ様に手助けしないか!」

 「魔王軍にはめちゃくちゃな奴しか居ないってぇのかい・・・」

 

 赤鬼の語気が強まった。魔王軍の目的なんてどうでも良いことだが、こんな簡単に手下を利用して、その命を奪う事に並々ならぬ怒りが湧く。

 

 きっとこんな事、カエデ達も許せないと怒るだろう。

 

 「赤鬼、ケイタ!こいつもなんだかヘルブラッククロスっぽさもあるし、ぶっ飛ばすぞ!」

 「もちろんでい!」

 「あ、ああ。倒そう!」

 

 ヘヴンホワイティネスとして、こんな悪を見逃すわけにはいかないし、敗ける訳にもいかない。

 

 「この超強化したカルボーナ様を倒せると本気で思ってるのか!」

 「当たり前だ・・・俺はお前みたいに、他人を簡単に利用する奴が許せねぇんだよ!」

 

 ギンジが叫び、赤鬼とケイタが横に並ぶ。目の前に立つのは破壊元帥カルボーナ。

 

 トゲ鉄球を振り回しながら、カルボーナは不敵な笑みを浮かべる。

 

 本当に3人で自分を倒せると思っているのであれば、笑い話に出来る程の愚か者だ。

 

 「ならばここで死ね!」

 

 トゲ鉄球が振り下ろされ、ギンジの居た場所にそれが命中するが、赤鬼がオリハル金砕棒で防ぐ。

 

 「いきなり兄貴を狙って、倒せる訳ねぇだろうが!」

 

 空気をオリハル金砕棒に纏わせ、渦を巻く。そのまま跳ね返すようにして、赤鬼が雄叫びを上げる。

 

 「・・・僕も・・・何かしなきゃ・・・!」

 

 ケイタは魔導書を抱きかかえながら、少しだけ戦線から離れる。

 

 ギンジと赤鬼が暴れてる以上、ケイタがここに居ては邪魔になる。

 

 途端に自分のやるべき事が何も思いつかないまま、ケイタは脚を掴まれて転んでしまう。

 

 「すまない・・・勇者の英霊・・・」

 「え?」

 

 黒い肌をした魔王軍の兵士が苦しそうな表情のまま、ケイタに声をかける。

 

 倒れたままのその兵士は、今にも死にそうな程衰弱している。それほど魔力という力は生命と一つなぎにされており、他人に無理やり奪われる事が危険な事であった。

 

 「・・・英霊よ、どうか・・・我々の無念を背負って欲しい。このごに及んで無責任な事を言っているのは承知だが・・・」

 

 兵士の言葉がどんどん苦しくなっていく。

 

 「魔王様の為に今日まで頑張ってきたが・・・こんなのはあんまりだ。我々はあんなデブの為の使い捨ての道具じゃない。どうせ敗けるなら、英霊、貴方に力を渡したい」

 「ち、力・・・?でも、そんな事したら裏切り者になって」

 「問題ない。どうせ我々は死ぬ・・・だが、こんな武勇も何も無い死に方はごめんだ。あんなデブに殺されるなら、勇者の力にでもなるさ・・・」

 

 今更虫が良いとは思っていても、死にたくないのが本音なのだ。

 

 少し先に目をやれば、ギンジと赤鬼が鉄球デブを相手に苦戦まで行かなくとも、決定打が撃てていない状況である。

 

 「・・・」

 「使い捨てに思われるぐらいなら・・・いっそあんな暴力デブを倒してくれ!我々だって・・・こんな扱いをされるなんて思っていなかった!」

 

 ケイタの手を握り、兵士が悲痛な叫びを上げる。

 

 そうだ。魔王軍も当たり前だが、生きている。こんな無念な思いのまま死ぬぐらいならば・・・魔王軍にはついていけないと思う者も出てくるのだろう。

 

 「頼む・・・魔力を渡す・・・君に、攻撃の為の魔法が無いなら、強く願うんだ・・・友を守りたいとか、好きな人を守りたいとか、そんなモノでいい・・・」

 

 呼吸が弱々しくなっていく。

 

 「私の魔力だ。最後の魔力だが、この魔力で・・・あの、デブを・・・」

 

 黒く光る魔力を受け取りながら、ケイタは兵士の手をもう一度強く握る。

 

 「名前を聞いてもいいですか?」

 

 なんとなくだけど、この人の託した無念の想いを忘れない様にする為に、ケイタは名前を聞いてみる事にした。

 

 「・・・魔王軍、兵士・・・・・・ケータ・・・」

 「・・・僕もケイタって言うんだ・・・ありがとう、無駄にはしないよ!」

 

 黒い魔力は魔導書の中に入り込み、3ページ目が光り出す。読めない筈の魔法の文字が呪文となり、ケイタの脳内にその言葉となって浮かび上がる。

 

 「・・・」

 

 力尽きた兵士はその場に腕を落とし、ケイタの覚悟がより一層強くなった。

 

 「ありがとう・・・無駄にはしないから、必ず・・・」

 

 ケイタには新しい魔法の効果がどんなモノかは分からない。解らないけど、この力、この魔法を無駄にしない為にも、ケイタは魔導書を開く。

 

 文字を読み上げる前に、ケイタはもう一度兵士を見ようと振り返る。

 

 もうケータという兵士は動かない。死んでしまったからだ。

 

 軽々しく人が死ぬ事を辛い、怖いと思いながらも、ケイタはぐっと堪えてギンジ達の戦う場所に戻る。

 

 「・・・一緒に戦おう!」

 

 そのケイタの言葉は、これから共に戦うギンジに向けた言葉か、それともケータに向けた言葉か。

 

 「行くよ!第三の魔法!」

 

 本を開いたまま左手に固定し、右手は人差し指と中指をくっつけてカルボーナを指指す。

 

 角倉ケイタの背負始めた覚悟が、またひとつ大きなモノとなった。

 

 その覚悟は恋人を失わない為に、仲間を失わない為に、そしてこの魔法界の未来を守るために。

 

 「エンジェラ・カジャオング!」

 

 指先から飛び出たのは、白い魔弾。光が弧を描きながら、不規則に動きつつ、その魔法の弾はギンジに命中する。

 

 「・・・あれ?これ今度こそ殺される魔法?」

 「・・・ケイタ〜〜〜!!」

 

 ギンジの怒りともただの雄叫びともつかない大きな叫び声が、大気を揺るがし、ギンジの目を口から光が出てくる。

 

 そして魔力が放出され、地面を穿ち、赤鬼とカルボーナをふっとばした。

 

 「何をしやがったあああああ!!!!」

 

 ギンジの身体には光の力が舞い飛び、平原に小規模なクレーターを作る。まるで溢れる力の覚醒とも言うべきその力が、赤鬼もカルボーナもケイタも目を丸くさせる。

 

 「こういう魔法があるなら・・・さっさと使え!!!」

 

 ギンジの羽が姿を変えて、翼に変わる。頭の上には天使の輪っかの様なモノまで出来上がり、黒い瞳はより禍々しさを増している。

 

 ケイタの新たな魔法、エンジェラ・カジャオングは強化魔法。誰にでも適応できる、新たな守りたい力。

 

 「うおおおお溢れる!力が・・・溢れるぞおおお!!」

 

 筋肉が震え、怪人の細胞達が、歓喜しながらギンジの身体に眠る力を最大限開放していく。

 

 ギンジの心に眠る、炎、雷と飛翔、赤鬼の金棒、ムーン・パラディースの力が一つに混ざっていく。

 

 「なんだいこりゃ・・・兄貴の力が、まるで混沌みたいだ・・・」

 

 赤鬼からもケイタからも見えるギンジは、超覚醒とでも言うのだろうか。

 

 平原に光の柱を作る勢いで、ギンジの力が一つになっていく。

 

 「ぐっ・・・〜〜ッおおおお!!」

 

 光り輝くムーン・パラディースの変身スーツは、炎を纏いながら禍々しさを得て、金棒と長ドスが融合した武器となる。

 

 更に翼は電撃を纏いつつも、神々しさを手に入れた。

 

 やがて力が収まると、ギンジは自分の身体の変化に驚く事になる。

 

 「・・・なるほど・・・これは・・・」

 

 スーツの中の細部に宿る怪人の細胞とその力。

 

 灼熱の如く燃え盛る月面のイメージに、どこまでも進化する武器、そして大天使の様な翼。

 

 「これがケイタの力か・・・!!」

 

 ギンジがケイタにもらった力は、潜在能力の開放。修行だけでは得られない、最高峰の力、最高到達地点。

 

 「これが俺が今一時的に出せる力、か・・・言い変えればフェーズ4って所か!」

 

 フェーズ4の本来の力は不明だが、おそらく近い未来ギンジの出せる進化の怪人の最高能力はこうなるのであろう。

 

 今は一時的でも、このカルボーナを倒すのには十分だと思える。それぐらい力が溢れ出てきている。

 

 「・・・な、なんだその姿は!?それではまるで・・・まるで」

 

 神。魔王軍が本来目指すべき、魔王の真の姿。

 

 しかし、魔王にも神にも見えるのは今目の前に居る英霊ギンジである。

 

 「赤鬼・・・ケイタ・・・やるぞ!コイツをぶっ飛ばす!」

 「おうよ!」

 「僕も援護するよ!」

 

 ケイタも赤鬼もギンジに続く。

 

 こんな悪党に、ヘヴンホワイティネスは敗けるわけには行かないのだ。

 

 「行くぞ・・・!」

 

 跳躍の後、すぐに翼を広げて飛び立つ。今この瞬間のありったけの力を持って、ギンジの右手に握り締められた金棒剣が、炎と雷の2つの力を宿し、剣から斬撃波が飛び出す。

 

 空気を燃やし、感電させながら飛び出した月の刃は、怪人でも人でもそう簡単には出せない力で斬撃がカルボーナめがけて飛んでいく。

 

 怪刃月光斬(イクリプスキャリバー)・・・そう名付けたギンジの大技が、カルボーナのトゲ鉄球と激突を繰り広げる。

 

 「ご自慢の鉄球・・・ぶっ壊してやらぁ!空砕烈拳(くうさいれっけん)!!」

 

 触れなくても中身を揺さぶる空気の拳が、カルボーナの胴体へと命中するのだが、肉厚の身体にはあまり通じていない様だった。

 

 「赤鬼!」

 

 赤鬼のすぐ後ろからケイタの呼び出しと同時に、赤い巨体が突き飛ばされる。

 

 すぐにケイタが離れ、赤鬼は少し前に進むと、二人の間にトゲ鉄球が振り子の如くギリギリを抜けていった。

 

 「流石だぜ、旦那!」

 「もう一回、来るよ!」

 

 続けてトゲ鉄球がケイタに狙いを定めて飛んでくるが、再び赤鬼が空気を操りながら鉄球に飛んでいく。

 

 「豪空壊撃(ごうくうかいげき)!!」

 

 空気を堅くした赤鬼の拳が、トゲ鉄球と真正面からぶつかり合う。拳にも骨にも当たっていないのに、分厚い金属がぶつかる様な音を鳴らし、衝撃も赤鬼と鉄球の周囲に吹き出していた。

 

 「無駄だぜ!意のままに操れるってんだ!破壊してやらぁ!」

 「こんな鼻くそみてぇな武器で・・・俺っちの拳を砕けると思ってるのか!!」

 

 例えどんな強敵であれ、ミドリコと再開し、ミドリコと共に未来を歩めると本気で信じている赤鬼は、もう敗けない。

 

 ギンジとは違うが、愛ゆえに力が漲って来るからだ。

 

 「言っただろぉ?ご自慢の鉄球を壊すって・・・!」

 

 鉄球の勢いと赤鬼の拳がぶつかる最中、その上空・・・ギンジが太陽を背に金棒剣を大上段にかまえていた。

 

 「おおおおっ・・・りゃあああっ!」

 

 翼を広げながらギンジは叫びと共に、炎と雷を全身と剣に走らせて全力で降下する。

 

 金棒剣の刃が鉄球の間のトゲをかき分け、丸い黒鉄の本体に到達する。到達した剣はなんの抵抗も無く真っ二つに斬られ、綺麗な断面図を見せている程だ。

 

 「なっ・・・!?」

 

 壊すと言い放ったのは赤鬼なのだが、それはギンジが達成させた。

 

 「俺っちが壊すと思っていたのかぁ?残念兄貴でしたーー!」

 

 煽り散らした赤鬼の言葉に、血管を浮かびあがらせるカルボーナ。そんなカルボーナは、ついに魔法で強化された鉄球すら壊され、戦々恐々としている。

 

 だが、まだだ。まだ魔法の力がある。

 

 カルボーナは次の反撃の一手を撃つために、魔法の詠唱をはじめるのだが・・・。

 

 「ケイタ・・・センター・バックホームだ」

 「任せて!!」

 

 その辺の手頃な石を持たせて、ケイタに投げさせる。

 

 魔導書の力で強化されている身体能力により、小石は豪速球となる。

 

 「なんっ!?」

 

 カルボーナの額を綺麗に当てて、首が上に上がる。

 

 「このっ・・・クソっ・・・」

 「口が悪いぜこのクソデブ野郎!」

 

 一瞬で赤鬼が背後に周り、後頭部めがけた空気の拳が再び突き出された。

 

 「空砕烈拳(くうさいれっけん)!!」

 「ふぶっ・・・」

 

 今度は頭を逃さない適度な距離感による拳の大技が届き、それは肉の薄い頭部にクリーンヒットした。

 

 どろりとした血液が頭中からとろとろと出てくるが、それでもまだカルボーナは倒れない。

 

 「ナポリタの奴は倒れたが・・・だが、いいさ。兄貴!」

 

 赤鬼がギンジを強く呼び出す。

 

 金棒剣を振り出し、ギンジの高速滑空からの横胴一閃が炸裂する。

 

 「お前みたいな悪党は!ここで!消えちまえ!!」

 

 本気の怒りと本気の一撃。ギンジの正義の志からの、全てをまとめた本気の思いを乗せた最後の一撃が、破壊元帥カルボーナを身体を斬りつけると同時に、鎧を砕きながら空の彼方へとかっ飛ばした。

 

 「空の彼方までぶっ飛んでけ!!!」

 

 破壊元帥カルボーナを宣言通りぶっ飛ばした事で、ギンジの変身が解ける。

 

 「むお・・・あ、俺のフェーズ4が・・・終わっちまった」

 「いやいや兄貴お疲れ様です!」

 

 ケイタも赤鬼もギンジの下に駆け寄ると同時に、もう一人の乱入者がギンジに蹴りを入れてきた。

 

 「あんた何よその力はぁ!!」

 

 言わずもがなカエデだった。

 

 気がついたら闇の壁は無くなっており、カエデ達がこちらに来ていた様だった。

 

 どうやらカエデ達も戦闘に突入していた様だが、それには勝利を収めたらしい。

 

 「えへへ、僕、また新しい魔法を手に入れたよ」

 「・・・うん、お疲れ様、ケイタ。雰囲気、変わったかな」

 

 レンとケイタも合流した事で、二人は健闘を讃え合う。

 

 「まったく・・・で、どんな力なのよそれは」

 「ああ、いや俺が出したわけじゃなくてよ・・・ケイタの新しい魔法でさ、なんか超絶強化された。多分今の俺が個人では出せないと思う・・・」

 「ふーん?自称人間のクセに、どんどん人間離れするわね・・・」

 

 ギンジの能力はどんどん人間を超えて、怪人すらも凌駕する。それを見ていつかギンジが変わってしまうのでは無いだろうかと・・・ほんの少しだけ怖くも感じる。

 

 「ま、この力がいつか自由に使える様になったら、カエデも皆もちゃーんと守ってやるぜ!怪人佐久間ギンジに乞うご期待!ってな」

 「・・・そ、じゃあ期待してあげるわ」

 「なんだよ素っ気ないなー」

 

 今顔をそらしたのにはカエデなりに恥ずかしさがあったからだ。

 

 最近ギンジから守ってやると言われる度に、心臓が跳ねて鼓動が強まる。嬉しくて、顔を見れなくなる。

 

 そうなるとカエデの顔がだらしなくなる。だから、こうも素っ気ない態度になってしまう。

 

 そして敵陣真っ只中だと言うのに、赤鬼はミドリコに視線を釘付けにしている。

 

 黒地のタンクトップインナーから見えるしなやかな腹筋と、程よい形の胸と、綺麗な柔肌。

 

 元自衛隊という事もあり、完成されたその身体が赤鬼のリビドーを加速させる。

 

 「うっおおおお姐さーーん!!」

 「うわああああ!!」

 

 そしてどうみても赤鬼の方が強そうなのだが、ミドリコがガンストックで返り討ちにするところまでがワンセットである。最早見慣れたその光景は、ヘヴンホワイティネスからすれば何も思わないだろう。

 

 「・・・」

 

 魔王軍の兵士達が右往左往している中、ヘヴンホワイティネスのフリーダムっぷりを見たサクラが困惑している。

 

 「なーなー、何か俺悪い事言ったか?」

 「うるっさい馬鹿!こっち見ないでよ!」

 

 「ごめん、第三の魔法、一日一回っきりみたい・・・ごめん」

 「謝らないで。今のケイタは、かっこいいよ」

 

 「腹筋!腹筋だけでいいから触らせ」

 「触らせるか!っていうかどうしたのだ!いつもは嫌がる事をしないとか言うくせに・・・」

 「姐さんが魅力的な身体してるのが悪い」

 

 ・・・。

 

 ヘヴンホワイティネスは強い。確かに強いのだが、全員揃うとこうも自由奔放になるのだろうか。

 

 そうこうしている7人のすぐ近くは、魔王城が白骨と共にそびえ立っている。

 

 ボーンゴーレはこの日、二人同時に敗れた。

 

 魔界軍師ペペロンチーは、丸焦げにされ魔王軍の列に放り込まれた。

 

 破壊元帥カルボーナは、空の彼方に飛ばされ、おそらく無事では済まない。

 

 残すは魔王アマトリ。

 

 オレキエッテ帝国防衛戦は終わりへと近づいていた。

 

 

 

続く

 

 

 

 




お疲れ様です。

カルボナーラって美味しいよね。

さて、魔法界編ですが、次回いよいよ赤鬼が勇者らしい事します。具体的には人の家に入り込んで、タンスとかツボとか漁る家探し勇者します。お楽しみに。

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
フェーズ4に擬似覚醒した。
めちゃくちゃ強いのだが、その制限時間は1分と短い。いつか覚醒させねば。カエデを守りたいと言ったら、機嫌悪くされたそうでショック。

神宮カエデ
ギンジに言われる言葉が一つひとつ嬉しい。嬉しくて顔がニマニマしちゃうので顔を隠してる。ギンジの何がいいのだ。

宮寺レン
ケイタの新しい魔法を見てみたかったが、残念ながらお披露目はなかった。どこか雰囲気が変わった事で、惚れ直したらしいです。

角倉ケイタ
第三の魔法・エンジェラ・カジャオングを習得。魔王軍の兵士ケータの思いを引き継ぎ、無念を晴らした。まともな攻撃魔法、そろそろ覚えようね。

甘白ミドリコ
「そ、そんな、形に指をなぞらせるなぁ!」
結局腹筋を触らせてあげた。

赤鬼
「このお腹の中にいつか俺っちの子が・・・」
腹筋を触って満足した。ちなみに赤鬼は体格故か8つに割れてる。

小町サクラ
ヘヴンホワイティネスのフリーダムモードに困惑した。そういえばサン・アンフェールと戦う時もこんなフリーダムな感じだった様な気がする。

破壊元帥カルボーナ
空の彼方に飛ばされ、目を冷ました時はエルフの国に居た。
エルフ達には手も脚も出せず、奴隷として働く未来が待っている事を彼はまだ知らない。※この世界のエルフは一人一人がギンジ級の強さ。

エルフ
登場すらしていない。歴戦のアマゾネスで構成される事が多く、オークやドワーフとも友好関係を築いている。魔王軍を親の仇と言わんばかりに反撃の手段を講じている。
強い殿方に敗けたら、その人と結婚する種族。意外と血の気が多いが美男美女でもある。あと長寿。出したかったけど出せなかった。次回作ではいつか必ず!!

・・・

次回は魔王城突撃!しかし帝国にも危機が迫っており・・・な話になっております。

魔王アマトリとの戦いも始まりますぞ!

それではまた次回!




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62・魔法界でミドリコ愛を語るッ!

こんにちはアトラクションです

少し間が空きましたが、仕事が忙しすぎて泣きそうです。バーナーの怪人、会社を燃やしてくれ!!!!!!

今回のお話はややコミカルよりかも知れません。

それではどうぞ!


 

 魔王親衛隊のボーンゴーレを下したギンジ達は、ついに魔王城への侵入に成功する。

 

 その辺に居る魔王軍の兵士から入り口と、その入り方を物理的に聞き出したギンジ達は、黒と紫を基調とした魔王城の中に入り込んだのだが・・・。

 

 「中は思ってたより綺麗なんだなァ」

 「なんだか寒いわ・・・」

 「お、おい、もう帰ろうぜ」※裏声

 

 赤鬼とカエデが先陣を切り、エントランスに入り込んだ時に、赤鬼とカエデがそんな事を話していたので、ギンジは少しふざけてみたくなった。

 

 実際に中は肌寒く感じ、冷たい雰囲気と落ち着いた空気感に、どちらかと言うとケイタの方が帰りたい雰囲気を出していた。

 

 「ここまで来たのに、敵のお出迎えも無いのか?」

 「余計な戦闘は控えるべきだろう?」

 

 ミドリコの今の姿は黒地のタンクトップインナー。赤鬼の黒い甚平を羽織らせて貰っているが、それでも少し寒い。

 

 流石にミドリコのその姿は、いくら赤鬼のお気に入りと言えどもギンジもケイタも自然と眼がミドリコに動いてしまう為、赤鬼が着せてくれた。

 

 ギンジではこんな事をしてくれない。っというより視野が狭い。

 

 赤鬼の心使いが妙にミドリコの心を波打たせる。

 

 「敵は居ない・・・訳ではないようだが・・・皆、用心して進むぞ」

 

 ミドリコが前もって気配を確認すると、まだ近くには敵が居ない事を理解する。

 

 皆がそれにうなずき、赤鬼とギンジが先頭に立ち、ミドリコとケイタがその後ろに立ち、カエデ、レン、サクラが最後尾に並びながら警戒をしながら進む体制を取る。

 

 「さーて・・・魔王軍も倒して、骨の怪人も再起不能にしてやったら、いよいよこの新しい力でミヤコ救出が待ってるぜ」

 

 ここにいつも居るはずのミヤコが居ない。

 

 場を破壊する事しかしていない彼女だが、ギンジへの愛情は間違い無く本物であり、今こうして再開出来ていない赤鬼は少し寂しくも感じている。

 

 「・・・戻ったらミヤコ姉さんと何をしやすか?」

 「何・・・か・・・」

 

 赤鬼の質問は何気ない内容だ。その前にミヤコを助け出す事が先なのだが、それが終わってからの事であれば・・・。

 

 「兄貴?」

 

 ギンジからの返事は来ない。

 

 (・・・ミヤコも、カエデも、問題がいっぱいあるなぁ・・・)

 

 ギンジは今二人の女の子に恋をしている。

 

 素直じゃなくても自分を信用してくれているカエデ。

 

 少々歪んでいるが、愛情をいっぱい注いでくれるミヤコ。

 

 そして・・・カエデもギンジに恋をし、ミヤコもギンジに恋をしている。

 

 ミヤコを連れ戻してからその先、どうなるのか、何をしたいのか・・・それはギンジにも分からないというのが正解だろうか。

 

 (何をしたい・・・か)

 

 寡黙な表情のままギンジは歩き続ける。いつもなら〈大好きな人達〉の未来を守る為に、ゲームとは違うハッピーエンドに到達するのが目的だが、ゲームの世界とは違うイレギュラーだらけの世界になった今、真にするべき事は何なのか。

 

 その答えはヘルブラッククロスを倒した時に出てくるモノなのか・・・。

 

 「ここでやるべき事を終わらせたらまた考えるよ」

 

 ギンジの返答はいつものギンジらしくない様な答えで、赤鬼は「そうですかい」と短く返す。

 

 「皆、戦闘態勢だ」

 

 ギンジと赤鬼の後ろを歩くミドリコが、気配を見た事で列に緊張感が走る。

 

 「敵が前方から来るぞ!備えろ」

 

 敵の数は外に比べればそう多くは無い。しかし、魔王直属の兵士なおか一人ひとりが強い殺意を宿しており、平原に出撃した兵士よりも強そうな装備を揃えている。

 

 「居たぞ。あれが勇者だ」

 

 赤いマントを身に着けたリーダー格と思わしき兵士が、二本の刃を取り出す。

 

 そしてもう一人青いマントを身に着けた兵士も、同じく魔法の杖を2つ取り出す。

 

 「サクラ、あいつらの情報は?」

 

 カエデの問いにはサクラは首を横に振るだけ。つまり何も知らないということ。

 

 「我々は魔王様の直属兵・・・スプゥと」

 

 赤いマントの男が丁寧なお辞儀をして、青いマントの方もお辞儀をする。

 

 「私がパスータ。ペスカトレ親衛隊がお相手させて貰おう、勇者」

 

 赤いマントのスプゥ、青いマントのパスータ。それぞれの魔王城の警備をしている二人が、手下をぞろぞろと引き連れ暗い通路の奥から現れた。

 

 「・・・赤鬼、先に行けよ。こっちの奴らは俺に任せろ」

 「兄貴一人で行くつもりですかい?だったら俺っちが・・・」

 

 ギンジが一歩先に踏み出し、赤鬼がそれを制止しようとするが、今度は列を抜け出したカエデが赤鬼の前に出てくる。

 

 「赤鬼、皆を連れて早く行きなさい。あたしとギンジで、こいつらを仕留めとくわ」

 

 カエデもギンジと横並びになり、眼の前の敵に集中する。

 

 「赤鬼は勇者なのだろう?魔王の討伐は、君の役目だ。ギンジ達がこう言っているのだ、私も君についていく。行こう」

 

 ミドリコが二丁のサブマシンガンを両手に構えながら、赤鬼の背後に立つ。

 

 「おやおや、勇者とは戦えないのか?」

 

 パスータの魔法が展開されるが、それをサクラの魔法が上書きするように消されていく。

 

 「赤鬼さんについていくのは、私も同じ!魔王を倒さないと行けないんだから、こんな足止めに手こずってる暇はないよ!GOGO!」

 

 サクラが魔法を唱えながらいつでも発動出来る準備をし、レンとケイタも赤鬼とミドリコの背中を守る様にして隊列を組み直す。

 

 「こっちは俺とカエデが引き受けた!魔王は任せたぜ、赤鬼!」

 

 スプゥとパスータが攻撃の合図を出し、兵士達が突っ込んでくる。魔王にあだなす愚か者を排除する為、侵入者を倒す為に、己の使命を全うしようと攻撃を開始してくる。

 

 「でもよ兄貴・・・」

 「赤鬼、大丈夫。ギンジ達なら敗けない。特にカエデも、やる気を出してるから」

 「レンの言うとおりだね!僕も、一人なら怖いけど・・・皆と一緒なら大丈夫だから!」

 

 レンとケイタも赤鬼に親指を立てると、踏ん切りがついたのか赤鬼はオリハル金砕棒を振り抜いた。

 

 「兄貴!カエデの姉御!」

 

 眼前に来た兵士を纏めて4、5人を叩き潰すと赤鬼はその真っ赤に隆起した背中を見せつけつつ、高らかに叫ぶ!

 

 「必ず追いついて来いよ!!」

 「へへへ、誰に言ってんだ」

 「生意気よ赤鬼のクセに!」

 

 その叫びを聞き入れると、ギンジはスプゥへ踏みつける様な蹴りで突進し、カエデはガントレットの叩き下ろしでパスータに突撃する。

 

 周りの兵士達はギンジとカエデに突きこんで来るが、レンが斬り、ケイタが魔導書で叩き、サクラが魔法で吹き飛ばし、ミドリコが射撃援護を行い、赤鬼がまとめて叩き潰す。

 

 道が開けると、赤鬼が先に飛び出し、ミドリコがグレネードガンを引き抜き、狭い廊下に大爆発を巻き起こす。

 

 その爆風を抜けたレン、ケイタ、サクラ。

 

 まだ抜けた爆風の向こう側から兵士が逃さんと迫るが、ギンジとカエデが抜群のコンビネーションで前に現れ、ギンジは殴り倒し、カエデは回し蹴りで兵士達を倒した。

 

 「姐さん!行きやすぜ!」

 

 赤鬼の号令の下、ミドリコ、レン、ケイタ、サクラの5人が奥へと進み、ギンジとカエデはここに残った。

 

 「よくこれだけ集まるわね」

 「悪党ってのは数が多いんだよ。さ、片付けようぜ!」

 

 ヘヴンホワイティネスの二人へ、スプゥとパスータが煙を引き裂き、再度その姿を表した。

 

 「お前達を倒して快進撃を終わらせてやろう!」

 「勇者の前の前哨戦だ!」

 

 二人のペスカトレ、二人のヘヴンホワイティネス。2つの組織の激突がここに始まった。

 

 「お前らに勇者赤鬼が」

 「倒せるかしらね!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 魔王。

 

 それはこの世界における絶対悪。

 

 魔王。

 

 それはこの世界における悪なる魔を仕切る者。

 

 魔王。

 

 それはこの世界を支配しようと、強力な魔法で支配する者。

 

 魔王。

 

 魔を統べる王。この世界の神となる存在。

 

 魔王アマトリの野望はいつだって自分が神になること。それしか無かった。

 

 自分が新たな魔王となった時も、魔王になる前の貧しい時代で暮らしていた時も、魔法が全てのこの世界では魔力と魔法の質で生物のヒエラルキーが成立する。

 

 上位に立つ為には他者をねじ伏せる魔法が必要だった。そしてそれは魔王になった今も変わっていない。

 

 この世は結局魔法と力こそが全だ。魔法で他を支配し、国を支配する。次は神となり世界をも支配する。魔法が強い存在だけが生きていける世界にする為に。

 

 (ボーンゴーレが敗れ、勇者が城内に侵入した・・・か)

 

 宝石の散りばめられた天井のグラスから、強い日差しに色を付けた光が魔王の玉座に照らされる。その光を浴びながら魔王アマトリは気怠げに玉座に座り込み、身につけた鎧のきしむ音とその鎧が弾いている色のついた光の反射を眺めている。

 

 現在魔王軍の半数はオレキエッテ帝国に進軍し、もう半数はほぼほぼ勇者一行によって撃破されてしまった。

 

 兵士の報告もそうだが、そんな報告なんてもらわなくても全て知っている。アマトリの魔法によって戦況はあらかた把握している。

 

 自慢の精鋭であるボーンゴーレが敗れた事には驚いたが、魔王アマトリはこんな事では動じない。

 

 所詮神となる為のコマにすぎない。彼ら彼女らも、魔王が神として昇華した時、天使としてその身と魂を自分のモノにしようとしていた。

 

 (残念だ・・・ここで終わりにさせられたのはな)

 

 最後までこの事は話していいない。最終的に全ての目的を達成し、自分が神となった暁には、ボーンゴーレをも切り捨てるつもりで居たアマトリにとって、彼らの敗北はこれからの未来において面白く無い世界に行き着きそうであったからだ。

 

 全てコマに働かせ、最後は自分が全てをもらう。全て奪えば本当の意味での絶望を与えられるからだ。

 

 魔王アマトリの真の目的は神になる事。それは間違い無く魔王軍の野望であり、今もそれは変わらない。そこはただの野望の一部にすぎない。

 

 魔王アマトリは神となり、そこでようやくこの世界を壊す事を目的としている。

 

 自分を慕う者、魔王と崇める者、ただ勝手にアマトリに期待する者、全てを裏切り破壊と支配と残虐の限りを尽くす事・・・それこそが魔王であるアマトリの真の目的。

 

 「誰もが持つ希望を絶望に変えられないのであれば・・・今度は勇者一行にその役目を担ってもらうか」

 

 誰かに聞こえるわけでも無く、魔王アマトリはそんな事を一人で口走る。その虚構の眼差しはどこも見つめて居らず、ただ静かに底の見えない闇を宿している。

 

 「・・・来い、勇者」

 

 新たにこの世界に召喚された勇者がここに現れる事を期待して、全てを破壊しようとする魔王はただ静かに待つ。

 

 やがて暗い王の玉座には魔王の凶悪な魔力が吹き出し、風が吹き荒れる。宝石が埋め込まれた柱や壁、床等がその魔力に呼応する様に怪しく輝きはじめ、その大小様々な色と輝きが、魔王の風格をより一層強くしていく。

 

 勇者と魔王。その2つの相容れない存在の対面の時は近い。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 魔王城一階。

 

 水の上に迷路の様に張り巡らせた黒曜石の通路の上で、魔王を守る最後の精鋭を相手に、ギンジとカエデは激化する戦闘と直面している。

 

 相手はスプゥ。赤いマントの精鋭で刃を腕に取り付けた残烈の魔法使い。

 

 片や相方は青いマントのパスータ。魔法の杖を持つ氷結の魔法使い。

 

 相対するは、ヘヴンホワイティネス。

 

 黒い七歩袖の衣装を身にまとい、金髪の男は怪人佐久間ギンジ。

 

 片や相方は白をメインカラーとして、赤いラインが肩から脚にかけて入ったスーツを身に着けた美少女、神宮カエデ。

 

 この場に居る四人が主な激突を繰り返している。

 

 人数不利をモノともしない彼らに、魔王軍の兵士達は精鋭だと言うのに最早まともな手出しが出来ないでいる。

 

 しかしスプゥとパスータは別だ。

 

 彼らは本気で魔王軍の勝利を信じている。魔の方へと魅入られ、魔を信じ、魔と共に生きる事を決めた者。覚悟の重さや戦闘の為の魔力ならば、兵士達とは違う精神力を秘めている。

 

 「死ねぇ!」

 

 スプゥの両手に持った刃が魔法となり、魔力で形成された攻撃を飛ばしてくる。

 

 「マジカル・スー・マジカル!アイシクルスピア!」

 

 パスータもより高度な魔術で構成された氷の魔法とカエデに飛ばしてくる。

 

 「死ねと言われて死ぬ性分じゃないんでな!」

 

 ギンジの右腕に炎を展開させると、カエデに迫ってきていた氷の魔法を溶かして何も無かった事にする。

 

 続く飛んでくる刃はカエデがガントレットで粉砕する。

 

 「そのガントレット高性能だよなー・・・俺も欲しい」

 「ふふん、いいでしょ。あげないけどね」

 

 どれだけ叩いても斬られても壊れないし、傷ひとつつかない最高硬度を誇るガントレットは、未来の技術によって生み出された最強の兵器のひとつらしい。

 

 ヘヴンスーツの一部、という事はカエデとレンが着用するこれらは未来における兵器という事なのだろう。

 

 今は現代で使われいるが。

 

 「ホラ、よそみしない!」

 

 カエデがギンジの肩を掴んで頭上を飛びながら、パスータの次の魔法を蹴り壊す。

 

 「お前も慢心すんなよ!」

 

 ギンジの炎がスプゥの次の攻撃を妨害し、お互いに背中を合わせた攻防一体のコンビネーションを見せる。

 

 「あたしが貸しにしたのよ!1点ってとこね」

 

 そんな余裕を見せるカエデに、再び氷の魔法が飛んでくる。今度はナイフの形をしたモノが複数個カエデの命を奪おうと飛んでくる。

 

 今度はその氷をギンジが炎で溶かし、パスータに向かって雷を纏った蹴りをお見舞いする。

 

 あまりの速さに反応が間に合わず、パスータが思い切り蹴り飛ばされる。雷を纏ったその蹴りは紫電一閃蹴。かつてギンジがオーク怪人に放ち、その威力を認められた一撃。

 

 そんな攻撃によりカエデのピンチを救ったギンジは、高笑いしながらおどけてみせる。

 

 「おーっとギンジ選手1点リード!」

 「同点でしょうが!」

 

 スプゥの連続攻撃をかわしながら、カエデがそう言い返すと、身を捻りながら赤いマントの懐にまで接近する。

 

 「必殺!」

 

 両腕を後ろに伸ばし、掌に溜めた正義の衝撃を解き放つ。

 

 「メガトン・インパクト!!」

 

 肉体からは聞こえては行けないような強い衝撃音を鳴らして、スプゥが黒曜石の壁まで突き飛ばされていく。

 

 しかしこれで彼らが倒れるわけも無く、立ちあがり様に二人の敵が魔法攻撃を再度行ってくる。

 

 「これでカエデ選手も1点リード!」

 「ふざけるな数え直せよ!」

 「選手だリードだ・・・ふざけるな!」

 

 ギンジとカエデがこんな無駄口を挟みながら戦うのは、言うほど彼らが強くないのだ。

 

 「ペスカトレの意地!見せてやる!」

 

 スプゥが北側から刃を魔法で強化すると、カエデに走り込んでくる。

 

 南側に立つパスータが氷結魔法の鎧を装備すると、同じくギンジに走り込んでくる。

 

 「ふざけるなって怒られたぜ。じゃあそろそろ・・・」

 「本気でやってあげましょっか」

 「・・・本気じゃなかったのか?」

 

 だとしたらつくづく舐められている。

 

 勇者の英霊を相手に敗ける事は許されない。

 

 魔王軍の威信を賭けたペスカトレの二人は、急いで勝負を決めにかかる。

 

 「死ね!英霊!」

 「ここで終われ!」

 

 刃と氷。対するは炎と衝撃。

 

 右手のガントレットに赤いオーラを纏わせ、それに思い切り力を込めて、カエデは強い一歩を踏み出す。

 

 右手に怪人の爆炎を纏わせ、軽く操るその姿は余裕がにじみ出ている。

 

 お互いが背中を合わせ、背後を預けて、信じあった二人の一撃がペスカトレの二人の顔面を正確に狙い、ギンジとカエデの本気の一撃がここに発動される。

 

 「必殺!(きわみ)・バスターフィスト!」

 

 修行で得た力の制御はノーマルスーツでも活きており、元々絶大な力を秘めたカエデの必殺技をさらにその威力を引き上げている。

 

 「ガッハァ・・・!??」

 

 スプゥの顔面を的確に狙ったカエデの攻撃は、文字通り必殺級。容赦の無い悪の凶刃は、悪よりも容赦の無い正義の一撃により、跡形も無く消え失せた。

 

 「燃えろォ!」

 

 右手に走る爆炎をギンジに突撃するパスータへと向ける。

 

 その堅く握りしめられた拳を開くと、火炎放射の如く爆炎が渦を造り、氷の鎧を瞬時に溶かしていく。

 

 「馬鹿な!闇より得たこの魔法が・・・ただの、生物の能力ごときに!!!」

 

 ギンジは怪人。それ故に魔力がない。

 

 だから英霊とは言えど、生物として見られ、ただの生物の固有能力と見られたのだろう。

 

 しかし、そんな能力は闇魔法である氷を凌駕し、パスータの身体を焼いていく。それは烈火の如く、はたまた地獄の業火か・・・。

 

 「まだまだ・・・どんどん燃やすぜ!」

 

 正義のヒーローなのに怪人でもあるギンジは、修行によって身体の細胞を進化させていた。

 

 その進化も今までの能力吸収に留まらず、ギンジが操れる今まで吸収した能力そのモノの強化。

 

 炎を自在に操り、雷を際限なく発動し、金棒はより威力を増して、月はその輝きと共に防御力を上げている。

 

 「がああああ!!」

 

 パスータの叫びが漏れる。炎による火力の高さから、全身中身にまで通っていく熱が広がっていき、身体を焼いて行く。

 

 「・・・はっ!!?」

 

 渦巻く爆炎の中で、パスータはギンジの姿を見る。

 

 炎を操る彼の者の姿は、魔を統べる者に似た気迫と、実力。

 

 実際にその姿を変えて居るわけではないが、黒い羽、紫の雷、黒い炎、力を誇示する砕棒、月夜を支配する王の風格、覇気。

 

 (・・・これでは・・・まるで、まるで・・・)

 

 そして漆黒の中に煌めく赤い瞳。

 

 薄れゆく意識の中で何度か瞬きをすれば、この怪人は元の姿になっている。

 

 魔王・・・。それも力だけで生きてきた怪物。

 

 その姿がギンジに重なって見えたパスータは、逆巻く爆炎に飲まれながらも、黒曜石の壁へと叩きつけられ、その意識を落とした。

 

 「・・・なんだよ、勝ったんだからそんな眼で見るなよ」

 

 炎を集束させて鎮火させ、振り向いてみればカエデが怪訝な表情をしていた。

  

 その目つきはギンジを化け物と称した上での、決して良い方面では無い顔。

 

 「また調子に乗って暴走しかけたんじゃないかって心配になったのよ」

 「・・・それなら大丈夫だぜ。まぁ、確かに調子は乗ったかも知れないけど、殺してない」

 

 ギンジが怪人としてその力を操れば、簡単に奪命が出来てしまう。かつてはそうなる事で暴走しかけていた事もあり、ミドリコにも注意された事もある。

 

 「・・・ギンジ」

 

 魔王軍の兵士は全員逃げ去り、静寂が黒曜石の彩る道を支配する中、カエデはギンジをまっすぐ見つめる。こうしてサングラスの無いギンジを見るのも久しぶりなのもあるが、どことなく二人の鼓動が少し早まる。

 

 「ギンジ、お願いだからもうあんな風にならないでよね」

 「ああ、約束するよ・・・そんな心配そうな顔すんなって」

 

 もうカエデに心配をかけさせたくない。そう思って言ってみた言葉だったが、カエデはまだその表情を緩ませない。

 

 「安心しろよ、もう怪物みたいにはならないからさ。それに・・・お前を守るって言ったんだぜ?その力を手に入れたんだから、なるべくヘヴンホワイティネスに嫌われる様な行動は取らないぜ」

 「うん・・・」

 「それにホラ」

 

 ギンジは取ってつけた様な感じで、カエデの笑顔を取り戻す事にしてみる。

 

 「俺はお前の下僕だぜ?大丈夫だって・・・」

 「・・・絶対よ、絶対に変な暴走しないでよね」

 「おう・・・任せとけよ」

 

 ギンジとカエデの中で笑顔を取り戻し、二人は勇者赤鬼を追いかける。

 

 (・・・本当に大丈夫かしら。やっぱり、心配だよ)

 

 カエデはギンジが好きになってしまったからこそ、彼を強く心配する。怪人に支配されかけていた時と、今の怪人の力を自在に操れるギンジ。

 

 いつか力に溺れないかが心配になる。だけど意気揚々と走り出したギンジを見て、そうならない様に自分がしっかりして、彼をいつでもサポート出来る様にしようと思うカエデであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 魔王の巨城の広さは想像以上の広さを誇り、黒曜石で彩られた通路は堅く美しい。

 

 宝石を散りばめた窓や豪華絢爛なシャンデリアが並び、しかしそれでも薄暗い通路の奥には大きな闇が広がっている。

 

 扉を開けば武器庫であり、また違う扉を開けば兵士が待ち構えていたり・・・。

 

 「クッソう、どこに進んでも敵がいやがるな」

 

 そんな道に立ちはだかる魔王軍の兵士を蹴散らして進むのは、勇者一行。

 

 赤い肌、雄々しい一本角、太く強い腕、真っ赤な皮膚に似合う黒い怪人の瞳。

 

 その手に携えるのはオリハルコンという希少金属に、様々な希少素材を一つに束ねた暴力の1振りをそのまま際限したかの様な八角の武器。

 

 勇者としての聖なる剣に変わる、悪辣の金砕棒、オリハル金砕棒。

 

 勇者の名は赤鬼。怪人でありながらこの世界の危機に召喚された運命の戦士。

 

 それに続くのは勇者の英霊として召喚されたであろうと言われている、甘白ミドリコ、宮寺レン、角倉ケイタ、そしてこの世界に数多に存在する魔法少女サクラ。

 

 一撃。赤鬼が振り下ろすと、黒曜石を粉砕し、魔王軍の兵士達をなぎ倒していく。

 

 「気合いが入っているな、赤鬼。頼もしいよ」

 

 赤鬼のすぐ後ろでミドリコが二丁のサブマシンガンを構えながらそう尋ねると、赤鬼も背中越しに返事をする。

 

 「せっかく兄貴が俺っちに託したんだからなぁ!気合いも入るってモンだぜぇ!」

 

 空気を撃ち出す一撃を解き放ち一声上げると、討ち漏らした兵士はレンとサクラが敵兵士を軒並み蹴散らしていく。

 

 そうしなくても赤鬼の恐ろしく強い一撃が繰り出されるだけで、魔王軍の兵士は倒されていく。

 

 その新たな赤鬼の武器であるオリハル金砕棒を大上段に構え、振り下ろせば絶対破壊の最強の一撃という言葉がふさわしいモノになる。

 

 暗い通路にそんな攻撃を繰り出し、闇の顔を隠せば赤い瞳がより一層強く輝く。

 

 「フシュウウゥゥゥゥ・・・」

 

 溜めた息を吐き出し、高熱を帯びた赤鬼の吐息が漏れる。蒸気機関の様なその息が飛び出し、真っ赤な肌と鬼の角。

 

 その気迫だけで奥に控える魔王軍の兵士達はもう赤鬼に道を譲る他ない。譲らずに立ち向かえば容赦なく殺される。

 

 まさしく危機(鬼気)迫る。それが勇者赤鬼の姿。

 

 「赤鬼が居れば、前は無敵。でも、油断しないで。もし怪我したらミドリコが、また塞ぎこむから」

 

 レンも赤鬼を仲間として認めているのか、冷ややかな声で忠告を行う。それを聞いていたミドリコは苦笑混じりにレンの口を塞ぐが、もう遅かった。

 

 サクラにも一瞬何が起こったのか分からないぐらいには、素早い動きで赤鬼はミドリコの前に興奮気味にその半裸の赤い身体を見せつけている。

 

 「フーッ・・・フーッ・・・もうどこにも行きやせんので、ここで始めましょうや、姐さん」

 「敵陣のただ中だぞ!っというより、そうやって変に煽らないでやってくれ!」

 「赤鬼さんて本当にミドリコさんの事好きなんだね!」

 

 なんだかミドリコと赤鬼の距離感は、どことなくギンジとカエデの様なモノを感じたサクラが思わずそんな事を口走った。

 

 「そりゃーもちろん」

 

 サクラは知らなかった。

 

 勇者赤鬼がどうしてミドリコを愛する事になったのか。その理由を知ってみたい気持ちはあったのだが、次の瞬間にはその興味本位が後悔に変わる。

 

 敵をあらかた片付けた赤鬼は、手頃な椅子とテーブルを担ぎ出し、それらに全員を座らせる。

 

 まるでロックグラスを傾ける様な腕つきで、赤鬼は険しい表情、目つきで牙を鳴らしながらサクラを始め、ケイタ、レンにも壮絶なミドリコ愛を語り始める。

 

 (あ・・・これは)

 

 ミドリコ、レン、ケイタはかつて初対面した時の事を思い出した。

 

 ※読まなくて良いです

 「そう、あれは俺っちが怪人四天王として真夏の空の下に放り込まれた時の事。任務で出向いた先に、その美女が俺っちの前に現れた。綺麗な肌、大人の女性の気品溢れる見た目、なにより芳醇な女性の香り、そして所構わずロケットランチャーを解き放つその姿勢が他の人間の女にはない魅力を醸し出していたんだよな。なんと言ってもセミロングをウェーブさせたポニーテールも綺麗だし、ストッキングがより魅力を高めて男ならこれに惚れないと行けないと思わせてしまうようなリビドーを隠している。身体が硬い?いやいやこれは最高に柔らかいし、良い香りがするし、弾ける汗、輝く汗、それを俺っちなら全部飲み干せるレベルだ。あとなんと言ってもどんな奴にも優しく厳しくまっすぐに人と向き合うその姿勢がうんたらかんたらで、拳銃を操る指の強さ、小さくて美しい形をした指、間違った事を正義の下に正す事を実行出来る行動力、俺っちはそんなミドリコの姐さんを守りたいと思っちまったんだよな。いつか初夜を迎える様な時が来たら、怪人としてではなく男としてミドリコの姐さんを優しく抱きしめたい。きっとその身体は柔らかくて、気持ちがいいはずだ。ミドリコの姐さんラブだぜ、ラヴ。解るか?この運命の出会いが俺っちをヘルブラッククロスを飛び出してヘヴンホワイティネスについて、姐さんの為に頑張りたいって思えるし、命も賭けられるって思えたんだ。だから今度は姐さんの為になんでもするし、姐さんを悲しませない様に、漢を磨こうと思ってるんだ。再開出来た事で俺っちはフェーズ2にも覚醒出来たし、ミドリコの姐さんが居なかったら俺っちはただの欲望に飲まれたミソッカスと同じになるところだったぜ。ほんと、ミドリコの姐さんを産んでくれた親御さんには絶大な感謝をするべきだなーって思ったんだ」

 

 「つまり俺っちは甘白ミドリコを愛している」

 「う、うん・・・そうなんだ・・・もういいよ、十分伝わったから」

 

 レンのケイタも制止する事が出来ずに結局聞いてしまい、げんなりしてしまう。サクラも顔を青くして苦悶の表情を浮かべている。

 

 ひとまず赤鬼がミドリコの事を本当に愛していて、大切にしているという事は解った、十分に理解ができた。

 

 「・・・〜〜ッ」

 

 当のミドリコは顔を真っ赤にしてしまい、うつむいて顔を隠している。形の良い(赤鬼基準)の耳まで赤くしており、そんなうつむいたままのミドリコに赤鬼は忖度無しに可愛い、綺麗と言った言葉を投げている。

 

 うつむいたままの姿勢で、ミドリコは赤鬼の身体を見る。

 

 とても筋肉質で、硬そうだ。ほんのり汗ばんだその身体の光沢を見ているだけで、硬唾が自然と出来上がり、それをこくりと飲み込む。

 

 腕も太く強い。脚も強靭で強い。雄々しいのは角だけではなく、その身体も、思想も全てがミドリコの心をじっくりと溶かして行く。

 

 (言ってくれる言葉は全部嬉しいが、流石に人間と交際したい。は、初めて交際するならそれぐらいは選びたい・・・)

 

 だが現実的な話しをすれば、ミドリコには出会いがない。

 

 それ故にギンジに恋をしたり、赤鬼に心が揺らいだりしている。理想が高いが故に自衛隊時代も公安でも、遡れば学生の時にも真面目な性格も相まって、26歳になった今でも一度も経験がない。

 

 「だからまぁ・・・魔法界から帰還したら、俺っちは姐さんに求婚するぜ。無理ならその時にちゃんと答えてくれっかな」

 「・・・」

 

 求婚。プロポーズ。その内容はこの場に居る全員が拍手するのだが、ミドリコがジタバタした事でかき消される。

 

 「ダメ、ですかね?」

 

 赤鬼は牙を見せつける様な笑みを乗せながら、ミドリコにちゃんと向いて声を出していく。

 

 「か、考えとく・・・」

 

 プスプスと煙を出す様なミドリコの頭部。実際赤鬼の事は最初に出会った頃に比べればそこまで嫌いではなくなっている。

 

 前までは即断即決で断っていたが、今は考えるという所まで来ていた。

 

 「ケイタ、次は、私達だよ」

 「うっ・・・もっと勇気が出せる様に頑張ります」

 

 レンとケイタも素敵な恋人同士、誰にも入れない様な空気が出来上がる。

 

 (ヘヴンホワイティネスは皆いいなぁ・・・)

 

 サクラは友としてこんな素敵で楽しくて現実離れした恋愛をしているという事実に、心から羨ましくかつ、楽しそうに思える。

 

 恋も戦いも彼らなら仲間と共にいろんな事を乗り越えて行けそうな気がしている。

 

 マージ・ジゴックと戦っていたサクラには協力者も居なかったから余計にそう思える。

 

 彼らみたいな友は、絶対に失わないように全力で手助けして行きたいと、サクラは本気でそう思い始めていた。

 

 「さて・・・そろそろ行きやすか。姐さん!」

 

 ミドリコに赤鬼が腕を伸ばした。立ち上がらせる為に、分厚くて硬い手を開く。

 

 熱烈な求愛を行う男の手を握ると、恥ずかしさと嬉しさと、得も言われぬよく分からない感情が一つに混ざりながらも、ミドリコはその手に力を込める。

 

 優しくも男らしく力強い赤鬼の手を握っていると、鼓動が早まり握り返された自分の手を包む赤い指から眼が離せなくなってしまう。

 

 これが好きになるという事・・・しかしそれは今のミドリコには理解出来ていない、不思議な感情。

 

 ギンジを前にしても出てこなかったのに、赤鬼になるとズキズキと心が激しく動き出す、そんな感覚。

 

 「よーっし!魔王を早く倒して、こんな戦争終わらせよう!」

 

 サクラの号令で再び魔王城の奥へと突き進み始めたヘヴンホワイティネス。魔王との直接対決の時は確実に迫ってきていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 魔王の玉座。

 

 ついにここまで辿り付いた。迷路の様な城内を駆け回り、立ちはだかる敵を全て倒し、勇者赤鬼とその一行が魔王の待つ強大な魔力が漂う大門の前まで到着した。

 

 「まだ兄貴達が来てねぇが・・・」

 

 扉の前には大きな石段。その石段にも待ち構えたいた最後の兵士たちを山積みにした肉の椅子の頂上に座る赤鬼がギンジ達の到着を待っている。

 

 「カエデとギンジなら、きっと大丈夫。あの二人なら必ず追いつく」

 

 レンはそう言ってもあの二人が追いついて来ていない事を心配している。ギンジ達が居ないのでは、ヘヴンホワイティネスの士気もいまいち上がらない。

 

 ケイタとミドリコは階段に座りながらしばしの休憩。サクラも同じ様にしている。

 

 「魔王を前にしてこんな所でくすぶってても埒が開かないな。赤鬼、そろそろ行こう。もしかしたらギンジ達なら壁やら何やら色々壊して合流するかも知れないぞ」

 

 ミドリコが冗談めかして喋るが、あながちギンジなら本当にそうしそうだ。

 

 そもそもこんな広大で迷路じみた魔王の城なら、道を開ける為に破壊しても誰も文句は言わないだろう。

 

 「僕も正直怖いけど、ここに居る皆となら魔王にもきっと勝てるよ!頑張ろう!精一杯サポートする!」

 「ヌハハ、ケイタの旦那も男前な事言うじゃねぇか。どら、兄貴達が少しでも楽出来る様に、俺っちが頑張るとするか」

 

 兵士達の山から降りると、赤鬼が扉の前に歩みを進める。

 

 怪人だと言うのに勇者としてこの世界に降り立った赤鬼は、この魔法界に蔓延る巨悪、魔王軍との最後の戦いにまで来たのだ。

 

 ここまで来れば、ヘルブラッククロスだとかヘヴンホワイティネスだとかではない、自分の使命に忠実に戦いに出向かなければならない。

 

 自分の愛する人との未来を取り戻す為に、そして自分の命を拾ってくれた帝国の未来も守る為に。

 

 赤鬼が扉の前で最後にもう一回だけ後ろを振り向く。

 

 ミドリコ、ケイタ、レン、サクラが少し遅れて赤鬼と横並びになるだけで、石段を降りきった先の闇の向こう側からは誰も来る気配が無い。

 

 「・・・行くぞ」

 

 喉をうならせる様な赤鬼の言葉に、全員がうなずくと、勇者である赤鬼が先に扉を、自慢のオリハル金砕棒で粉砕した。

 

 思い切り力を込めたその一撃により、豪華な装飾の扉が破壊され、煙の奥から赤鬼達が進軍を開始する。

 

 大広間とも見える様なその扉の先の空間には、外よりも強い魔力で満ち溢れた威圧にも感じる緊張感が走っている。

 

 そして捉えた視界の先の王座に座るは、魔王の姿がそこにはあった。

 

 「来たか」

 

 漆黒の鎧を身に着け、暗黒に染まった魔力が掌から展開される。

 

 いきなりの攻撃に警戒するが、魔王はその魔法によって、侵入してきた5人の人数分の椅子を用意する。

 

 ここに来て椅子・・・?とは思いつつも赤鬼はその椅子を蹴飛ばす。

 

 「丁重にもてなすってのか?ええおい、魔王さんよぉ」

 

 威圧的な態度を崩さない赤鬼。蹴飛ばした椅子は魔王を超えた奥の壁にぶつかるとぐしゃりと破壊されていく。

 

 「血気盛んだな、勇者よ」

 

 漆黒の鎧が目立つ姿でいる魔王アマトリは、赤鬼の態度を気に入った様子で、微笑を浮かべている。

 

 「魔王・・・この進軍を止めてくれないかな」

 

 サクラが魔法の杖を握りしめながら魔王にその声を飛ばすが、魔王は微笑を浮かべたままサクラには目もくれない。

 

 「勇者よ」

 

 魔王アマトリは座ったままそこから身動き一つ見せず、赤鬼を見つめているだけ。

 

 「お前の力・・・全てここで見ていた。気に入ったぞ、我が魔王軍と共に世界を手に入れないか?」

 「あいにく世界にゃ興味がないなぁ」

 「我が魔王軍に加入し、世界を取れば・・・その半分はお前にくれてやろう・・・どうだ?悪い話しではないだろう?」

 

 魔王アマトリの己の目的の為に、希望を持たせて持ち上げて、絶望を見せつけて転落させる新たなコマが必要だ。

 

 その為にボーンゴーレをも乗り越え、自分の直属の兵士を蹴散らしたこの勇者が欲しい。

 

 きっとこいつにも絶望を見せてやろう。何をしても取り返しのつかない悲しい絶望を見せつけてやりたい。

 

 「ん、半分か・・・」

 

 顎に手を当て、牙をこすりながら少し考えてみる。この美しい世界の半分、そんな世界をミドリコと共に生きていけるなら、それも悪くは無い。

 

 「世界の半分ってのぁ、具体的にはどうやってくれるんだ?」

 「知れた事・・・我が魔の力を使えば、簡単だ。お前の愛する人や、気に入らない人物を区別し、そして全て生かすも殺すも・・・貴様しだいだ勇者・・・だから我が魔王軍に入らないか?」

 「そうかい・・・」

 

 レンもケイタもサクラもミドリコも、魔王の提案には反対の意思を見せている。

 

 だとすれば赤鬼もそんな美味しい話しに乗る気は無い。

 

 そもそも悪意がこびりついて、裏に何か隠しているのはミエミエなのだ。

 

 最初から協力するつもりはないし、魔王の言うことを聴く気も無い。

 

 「どうだ?勇者と英霊達よ」

 

 赤鬼の答えは・・・。

 

 「ヌハハ・・・いいぜ」

 

 オリハル金砕棒を一気に振り抜き、魔王アマトリの頭上をめがけて思い切りぶん殴る。

 

 「・・・どうかしたかね?」

 「チィ!」

 

 しかしその一撃は今日初めて通用しなかった。闇の魔力によって形成された魔法の障壁が赤鬼の攻撃を防いだのだ。

 

 「雑魚とは違うみたいだな!」

 「一度死ぬ思いをしないと、交渉も出来ないのか・・・」

 

 魔王の指が空間をなぞると、赤鬼の身体の眼の前で大爆発が起こる。

 

 黒い魔力と黒い光が怪しく蠢き、赤鬼の身体を包むとミドリコの居る所まで赤鬼が吹き飛ばされる。

 

 「大丈夫か!?」

 「ぬあー・・・問題ないぜ、かすり傷みたいなモンよ」

 

 次はレンがビーム剣を取り出し、魔王に突撃する。そこへサクラも魔法を展開するが、二人ともまとめて魔王アマトリの黒い魔力によってその身体が包まれると、再び爆発。

 

 「・・・お前らが止まらねば、この進軍も止めん。早く決断をよこせ、さもなければこの城を再び動かし、オレキエッテ帝国を破壊する」

 

 無情な提案。受け入れれば、進軍を止める。受け入れなければ、この城を乗せている巨大な骨の怪人を動かすと言う。

 

 そんな事をすれば、サクラの産まれた故郷が破壊され尽くしてしまう。

 

 「そんな事・・・絶対させないんだからッ!」

 「お嬢、俺っちも同じだぜ。こんな綺麗な世界を、こんな奴にぶっ壊させてたまるかってんだ」

 

 爆発から抜けたサクラとレンが赤鬼とミドリコの前に降り立ち、ケイタは魔導書を構えている。

 

 「テメェみたいな三下に構ってる暇ぁ無ぇんだわ!帝国の恩義によって、俺っちはテメェを討つぜ!」

 

 勇者としての咆哮を上げると、赤鬼達は再び突撃する。

 

 魔王を撃破し、この魔法界の平和を取り戻す為、赤鬼は魔王アマトリの撃破に挑む。

 

 

 

続く  

 

 




お疲れ様です。

勇者なのに蛮族みたいなやつですね、赤鬼って。

キャラネタ書きます

赤鬼
ミドリコ愛を語らせたら右に出る者は居ない。
まじでミドリコの姐さんを抱く妄想で夜が楽しみすぎる。もうたまらん

甘白ミドリコ
赤鬼の黒い甚兵衛を着せてもらっている。
赤鬼の身体をみてこくりと唾を飲むぐらいには何かを感じた。
もうこれ恋してませんか?まだしてないと言い張るの?あ、そう

佐久間ギンジ
なにやら細胞まで強くなっている。炎と雷もさらに自在に操れる様になり、その威力も上がっている。

神宮カエデ
なんだかギンジの後ろ姿を見ていると心配になってしまった。闇堕ちとかしないで欲しいな・・・

宮寺レン/角倉ケイタ
二人は最高の恋人。

小町サクラ
魔王とついに対面。変な事を口走る魔王にイライラマックス。

魔王アマトリ
名前の由来はアマトリチャーナ!!!(二度目)
闇の魔法のレベルはペペロンチーよりも遥かに高く、詠唱も無しに強烈な威力の魔法を発動出来るが、赤鬼とレンとサクラにはあまり効いていなかった。

スプゥ/パスータ
魔王直属の精鋭・ペスカトレのリーダー。
赤いマントがスプゥ。童貞
青いマントがパスータ。童貞
名前の由来はペスカトーレ
二人合わせてスープパスタ。

魔王軍
ヘルブラッククロスで言う所の戦闘員ポジ。

ヘルブラッククロスの怪人達
「はやく出番をよこせー」すいません

・・・

次回は本命、vs魔王戦、開始!ド○クエで言うならラスボス戦!

ギンジとカエデはちゃんと合流出来るのか!!
そして魔王を相手に勇者赤鬼は勝てるのか!

次回もお楽しみください
感想、応援お待ちしております!

それではまた次回!


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63・vs魔王アマトリ

こんにちは魔王軍の兵士アトラクションです。

今回のお話で、魔法界編も佳境も佳境、魔法界編の終盤の始まりです。
まだ終盤じゃなかったの?って思ったそこの貴方。私もえ?まだ終盤入ってなかったのって思ってます。

それでも魔王軍との戦いも激化していきます
※今回のあとがきにはネタバレが含まれます。できれば最後にお読みください

それではどうぞ


 

 魔王の野望、欲望は尽きる事無かった。絶えず他人に絶望を味合わせたい。ただそれだけの事を行うだけなのに、準備にはやたら時間がかかる。

 

 せっかく集めた自分の精鋭達も、今やヘヴンホワイティネスにほとんど撃破され、まともに残っているのは魔王である自分と、巨大な骨の怪人。

 

 その骨の怪人も今この瞬間は機能を停止し、その巨体を活かした進撃も止まっている。

 

 そしてとうとう魔王の玉座にも、新たな勇者が突撃を果たしてぶつかり合いを果たしている。

 

 黒い魔力の塊が輝いたかと思えば、それは次の瞬間に爆発をお越し、何度も赤鬼を硬い床に叩き落としている。

 

 その英霊達と、この世界の魔法使いも魔王アマトリの攻撃魔法に悪戦苦闘している。

 

 「おっとと・・・どうする?」

 

 サクラは魔法の爆発を切り抜けるも接近がまともに出来ないでいる。

 

 まともに空中戦を行えるのはサクラのみ。地上はひたすら赤鬼とレンが攻め立て、ケイタは所々魔法での援護を行うぐらい。

 

 ミドリコは二丁のサブマシンガンを適度にばらまいているが、まともに魔王には届いていない。

 

 「どうするもこうするも・・・!」

 

 爆風を腕でかきわけると、赤鬼はオリハル金砕棒を頭上で振り回す。

 

 空気を叩く様にゴウゴウと音を鳴らした武器は、それだけでも破壊をイメージしやすい。赤鬼の豪腕だからこそ出来るその振り回しに、魔王は眼を見開いている。

 

 「効くまで打っ叩く!これしかねぇ!」

 「何か別の作、それが無いと、これ以上はジリ貧になる」

 

 赤鬼とレンが横並びになり、そうは言いつつも赤鬼の突撃に合わせてレンもダッシュする。

 

 「ビーム剣術!」

 「空気ごと砕けろやぁ!!」

 

 レンのビーム剣の形状は蛇腹剣。連なる刃を鞭の様にしならせ、叩きつつ斬りつける武器。

 

 赤鬼は空気をオリハル金砕棒に巻きつかせて、レンの攻撃に合わせて空気砲を撃ち出す。

 

 「クリュソーレ・ヴィント!」

 「空鬼剛弾(くうきごうだん)!」

 

 蛇の様な頭を持った蛇腹剣は牙を見せつけるかの如く、魔王の障壁に攻撃を与えていく。

 

 赤鬼も牙を打ち鳴らし、視認出来る赤色の付いた空気の弾丸を撃ち出し、レンと赤鬼の協力攻撃となって障壁に突っ込んでいく。

 

 「ミドリコさん!今だよ!」

 「任せろ!魔法銃掃撃(バレットアーツ)!!」

 

 サクラの魔法で強化されたサブマシンガンの弾丸は桃色に変わり、ミドリコの銃乱射が次々と撃ちこまれていく。

 

 途中、ミドリコめがけた黒い爆発を華麗に避けながら回転しつつその弾丸は的確に障壁に叩き込まれていく。

 

 「第一の魔法!エンジェラ・アーマ!」

 

 ケイタの魔法がミドリコを包み、彼女にも白い天使の衣が鎧となる。そこからさらに身体能力が上がり、ミドリコはさらにアクロバティックな動きで銃を撃ち続ける。引き金が重くなっても、銃が熱くなっても、ミドリコの攻撃は止まらない。

 

 「・・・なぜ貴様には魔法が当たらんのだ」

 

 魔王アマトリの黒い爆発は殺意の塊そのモノとなりながら、ミドリコに向けられているが、ミドリコはこうしていながらもアマトリの向けてくる気配が見えている。

 

 第三の眼を持つミドリコに、即時発動しない魔法は有効打にはならないのだ。

 

 「余所見・・・してていいの?」

 

 アマトリの右側にレンが立ち、ビームジェットハンマーに変わった武器により、思い切り障壁が叩かれる。

 

 フルスイング+噴射による速度向上=破壊力を持つこの一撃も、アマトリの障壁には通用していない。

 

 「小癪な・・・散れ」

 

 アマトリが興味を持っているのは赤鬼だけ。英霊には興味を持っていないアマトリは、再び無詠唱でレンの足元に氷を張る。

 

 足首を絡め取られたレンは身動きが取れなくなり、そこへ黒い魔力が無数に浮かんでくる。

 

 「この至近距離、無数の爆撃・・・いくら英霊でも絶耐えれまい」

 

 冷たく小さく言い放ったその言葉に、レンの顔が強張る。

 

 だが・・・。

 

 「第ニの魔法!派生!エンジェラ・シクスシルド!」

 

 レンを守る為に、ケイタが近くまで飛び込んできており、第ニの魔法の派生技までを発動させる。

 

 「おー流石ケイタくん!」

 「旦那の漢が上がってんなァ!」

 

 ケイタには戦う為の力は低くとも、自分の恋人を守る事には殊更強いらしい。もう見ているだけではないケイタの覚悟と、新たな派生魔法。

 

 レンの周囲を守る様にして現れたその魔法は、通常よりもサイズは小さいモノの、レンの全方位を守れるぐらいには数が多い。

 

 次にはアマトリの魔法が炸裂してレンが爆発に飲み込まれる。

 

 「ふん・・・そんな小さな防御魔法を展開したところで、我が魔法を超えられる訳あるまい・・・」

 

 爆発の後の少しの静寂。

 

 「エンジェラ・シルドは・・・相手の攻撃を飲み込んで、跳ね返す魔法・・・ただの防御じゃないんだ」

 

 ケイタの震えている声は、恐れていてもアマトリをまっすぐ見つめており、確実に魔王を倒す勇気をその瞳に宿している。

 

 そして爆風の中では蒼白い輝きが一筋の閃光となり、次第にレンの姿が顕になる。

 

 彼女にダメージはそこまで無かったようだ。そしてビーム剣を両手で持ちながら切っ先をアマトリに向けながら構える。

 

 「ケイタの魔法は、小さくない」

 

 レンの言葉に反応する様に、ケイタの魔法は飲み込めた分だけ、魔王に向いている。

 

 魔王アマトリの攻撃を倍にして返すと同時に、レンのビーム剣術が同じタイミングで炸裂する。

 

 「ビーム剣術・シャトルフ・ヴィント!」

 

 爆発を乗せた回転斬りが障壁に命中し、アマトリを驚かせる。

 

 「ほう、ここまで来てもまだ諦めないか」

 「次はこっちだよ・・・!」

 

 サクラが大砲を用意、その砲身には赤鬼が装填されている。

 

 ケイタとレンが眼くらましをしている間に、サクラと赤鬼の連携攻撃が突きこまれようとしていた。

 

 「マジカルマジカル〜!」

 「思っくそかっとばしてくれや!」

 

 サクラの魔法が特大サイズの猫のハンマーを造り出し、砲身に火力を注ぎ込む。

 

 集束した桃色の猫の光が砲身を叩き上げると、重苦しい大砲の音と共に赤鬼が発射される。

 

 「赤鬼大砲!!」

 「がああああ空砕烈拳・魔法(マジカルくうさいれっけん)!」

 

 飛び出す風圧に首を持ち上げられながらも、赤鬼の両腕に空気を含ませた触れない拳が障壁を叩く。

 

 その一撃はレンの攻撃に合わせて、障壁をへこませる。

 

 「あと一撃・・・」

 「あと一回当たれば・・・」

 

 レンと赤鬼が悔しそうにそんな言葉を吐き出す。

 

 「サクラ!これで最後の爆薬だ!頼む!」

 

 影に隠れて潜伏していたミドリコが超強力な火力武装を用意していた。

 

 「これにサクラの魔法を流し込んでくれ!ペペロンチーを撃破したあの魔法みたいにな」

 「まっかせて!」

 

 桃色の魔力を解き放ち、ミドリコの持ち出した爆薬に流し込む。通常よりも火力を増して、速度も威力も桁違いになるミドリコの武装。

 

 その火力兵器はいつもの筒状のロケットランチャーとは違い、四角く角張っており、持ち運びの出来る大砲と言った見た目をしている。

 

 例えるならば火縄銃をそのまま大きくさせ、本当に江戸時代ならばどこかの勢力は使っていそうな巨大な砲包。

 

 引き金と撃鉄の近くには、ドクターミヤコプレゼンツと書かれた、ミドリコの決戦兵器の一つ。

 

 「対・巨大怪人用決戦兵器・ミヤコ式城崩し!」

 

 鈍色と木製のパーツが無骨なフォルムを見せつけており、ミドリコが踏ん張ってその弾丸を装填し、重さが倍になったその城崩しと名付けられたミヤコの作った兵器を腰まで担ぎあげる。

 

 「赤鬼!レン!今すぐ離れろ!」

 

 ミドリコの号令と共に、赤鬼がレンの腹に腕を回してその場から退避する。

 

 「・・・そんな兵器で我が障壁を破壊出来ると?」

 「魔王であれなんであれ、あまり日本の警察を舐めないことだ!」

 

 両手で抑え込んだその砲包の引き金を、思い切り引っ張ると、銃身が壊しながら魔法に強化された真っ黒な弾丸が飛び出す。

 

 重苦しい音を響かせ、投石の様な砲丸が飛ぶ事でアマトリの障壁に命中すると、眼の前で大爆発を起こす。

 

 空気を揺るがし、黒曜石の床や壁、宝石の散りばめられた装飾品や窓を内側から侵食する様に破壊していく。

 

 打ち出した衝撃でミドリコが後方に吹き飛ばされるが、赤鬼が全身で受け止めると、事なきを得る。

 

 「済まない・・・ありがとう、赤鬼」

 「気にしないでくだせぇ!」

 「それにしてもものすごい威力だ・・・一度部屋を出よう」

 

 ミヤコの加減の知らない科学者としてのスゴさを垣間見た気がする。

 

 圧倒的な破壊を一撃を見せつけるには十分なその爆発は、なおも広がり続け、魔王の玉座のワンフロアを完璧に破壊しつくし、おおよそ部屋だった場所に変わっていく。

 

 部屋を出てすぐの階段を降りきった所までその熱風と轟音が轟き、吹き出し続ける爆炎にミドリコもサクラも怖いとさえ思える。

 

 「今後ミヤコに兵器を作らせるなら、ギンジの許可を委ねよう・・・」

 「同感ですぜ姐さん。ありゃ殺意マシマシってもんですよ」

 

 なおも続く大爆発に階段まで焼き払われ、どんどん赤鬼達は撤退していく。

 

 これで倒せたとは思えないが、城ごと魔王を崩せるのではないかと思える大破壊が城を崩していく。

 

 「は、走ろう!これじゃ全滅する!」

 

 ケイタの情けない声で全員が冷静になると、大破壊の広がる魔王城を一目散で駆け抜ける。

 

 「オラオラ、死にたくねぇやつはここから飛び出せ!」

 

 赤鬼のオリハル金砕棒で壁にヒビを入れると、レンのビーム剣を突き刺す事で、大穴が開く。

 

 生きている魔王軍の兵士は何事か理解出来ていない様子だが、おそらく魔王が敗けたと悟り、全員急いで大穴から飛び出す。

 

 「全員出たな!赤鬼、急げ!」

 

 サクラが魔法でケイタとレンを運び出して先に脱出するが、赤鬼はミドリコに背を向けたまま、崩落が続く魔王城の奥を見つめている。

 

 「いいや。まだ兄貴とカエデの姉御が来てねぇ・・・」

 

 勇者としての使命もあるが、赤鬼はオリハル金砕棒を担ぎ直して、ミドリコに向き直る。

 

 「俺っちは勇者だ。自分の惚れた女を守るのも使命の一つだがよ、あの魔王がまだ生きてるとも解らねぇだろ?兄貴を探してくるから、後の事は頼みますわ」

 「・・・今度は死ぬなよ」

 「生きて帰ったら、今度は抱かせてくれや」

 「抱かせるか!早く行け」

 

 いつものミドリコの恥ずかしそうな言葉ではなく、苦笑混じりの返答に赤鬼は思い切り笑い飛ばす。

 

 二人の中に芽生えた信頼からの大笑いに、赤鬼は走り出す。

 

 「必ずギンジの兄貴とカエデの姉御をみつけて戻ってきやす!それまで無事でいてくれ、姐さんも、皆も!」

 「君もな!頼むぞ!」

 

 未だ破壊と崩落が進む城内を、赤鬼が走り抜け、ミドリコはサクラによって脱出する。

 

 ミドリコが城を出て、空中に浮かびながら振り返ると、あれほど大きかった巨城は半分以上崩れており、あの兵器によって本当にアマトリも倒したと思える程だった。

 

 しかしながらまだ不安は拭えない。ギンジ達の安否もそうだが、本当にアマトリは倒しているのか。

 

 腐った悪党とは言えど、あれでも魔王。ヘルブラッククロスで言うなら総統と同じ立ち位置の怪物。

 

 「やれやれ・・・城崩しとは大層な名前だが・・・本当に城を崩せるとは、恐れ入ったよ、ミヤコ・・・」

 

 今この場に居ない彼女の名を呼んでみる。ともすれば耳元からくふふというあの薄気味悪い笑い声が聞こえてきそうなモノだが、やはり聞こえない。

 

 必ずこの魔法界の危機を乗り越えたら、ミヤコを助けよう。

 

 彼女が味方でないと行けない理由を、眼の前の崩落を眺めながらミドリコはそう思うのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「おのれぇ・・・!」

 

 焼け焦げた漆黒の鎧を脱ぎ去り、魔王アマトリは苛立ちに満ちた顔で崩れゆく魔王城の最下層へと向かう。

 

 あの障壁が破壊された。そこまではよかった。

 

 自分の魔力が通用しない程の大きな衝撃と、燃え盛る炎。

 

 魔王としてのプライドが一瞬崩れそうな程の大破壊の一撃は、アマトリを驚愕させるのには十分すぎる程だった。

 

 「・・・まだだ、まだ我が魔王軍の最終手段が残されている」

 

 最終手段。この城を乗せる骨の怪人を再起動させると言うモノ。

 

 魔王アマトリが生きていれば、起動は出来る。

 

 この城の最下層まで行けば、魔王の全魔力を開放しては骨の怪人に注ぎ込み、オレキエッテ帝国を破壊しつくして逆転を狙う。

 

 最早そうすることでしか勝機を見いだせない。ヘヴンホワイティネスというヘンテコな集団もそうだが、今回の勇者の英霊達は皆イカれている。

 

 生き残っている魔法陣を展開させ、最下層へと向かおうとするが、どこにも転移が出来ない。

 

 「おのれ・・・勇者ぁ、ヘヴンホワイティネス!!」

 

 怒りを込めた黒い魔力により床を破壊する。八つ当たり気味なその攻撃により、床は砕け散りアマトリはさらに下層へと飛び降りるが・・・。

 

 「イテテ・・・あいつら派手に壊しすぎだろ・・・なにやってんだ」

 

 崩落に巻き込まれたのか、魔王の目の前には瓦礫に横たわる青年がなにやら語散ていた。

 

 人と同じ見た目をしているのに、おおよそ人間とは思えない黒い瞳。

 

 「・・・何みてんだおい」

 「貴様・・・」

 

 戦場となったオレキエッテ平原でこいつを見たことがある。

 

 破壊元帥カルボーナを撃破したこの男も、勇者の召喚した英霊であると認識している。

 

 「っていうか、早くカエデの所に戻らないと後でまた怒られそうだぜ・・・ったく理不尽だよな」

 

 ギンジは崩落の影響でこんなところまで落ちてしまっていたのだ。

 

 「勇者の英霊だな・・・」

 

 今一番鉢合わせたくない怪物の登場に、アマトリは憤りが強まる。

 

 「死ね!」

 「!?」

 

 いきなりの宣言に警戒する間も無く、ギンジは黒い魔力の爆発に飲み込まれた。

 

 「我が魔王軍は・・・こんあところでは終われん!」

 

 アマトリがギンジを片付けると、壁を破壊してすぐの部屋へと入る。真ん中に石柱を立てた寝室がカーテンで仕切られており、崩落の影響か小石やら瓦礫やらが、清潔感のあるこの部屋に流れている。

 

 「この奥に・・・最終手段が・・・」

 

 急ぎ脚でアマトリが部屋の奥にある隠し扉を開く。冷たい魔力が流れ込んでくるその扉の前で、アマトリは勝利を確信して一歩踏み出そうとする。

 

 「ちょっと待てよ・・・」

 

 アマトリの背後で肩を掴んで、立ち位置を入れ替える様にしてギンジが投げ飛ばす。

 

 「貴様・・・!」

 「さっきのは痛かったぞコラ・・・魔王軍ってのは話し聞かない馬鹿しかいねぇのか!」

  

 またもアマトリに立ちはだかる男の存在。

 

 「邪魔をするな!我が目的の達成はすぐそこなのだ!」

 「魔王軍の目的ィ?ああ、お前アレか、魔王サマか」

 

 ギンジの余裕な態度表情に、アマトリの精神はそろそろ限界になってきていた。

 

 「貴様ら虫けらごときにィ!我が野望を・・・邪魔させるモノか!」

 「お前の野望なんて神になるとかドヤ顔ででほざいてる奴だろ?魔王なんてのは皆そう言うんだよ。俺の世界でもそんな魔王(笑)がうじゃうじゃ居たぜ」

 「愚弄する気か貴様!」

 

 指を空中で回して線を描くと、黒い魔力の剣が取り出される。それを構えたアマトリがギンジに切っ先を向ける。

 

 「いいぜ、そーゆーのでいんだよ。この世界の魔王と、俺という怪人・・・どっちが上か白黒つけようぜ!」

 

 ギンジも魔王の気迫に負けじと、黒い炎、紫の雷を展開させる。

 

 今目の前に立つ相手が魔王とわかれば、最初から本気で立ち向かう。

 

 「フェーズ3!・・・行くぞ魔王!」

 

 コウモリの羽を生やしたギンジの真っ黒な、炎が突き出されるとアマトリの顔をかすめていく。

 

 「我が野望の前に跪け!」

 

 漆黒の剣を上段に振り上げてからの打ち下ろし、時間差で三本の刃がギンジに向かって走り出して行く。

 

 思っていたよりも素早いその斬撃に、ギンジは金棒フルスイングで応戦する。

 

 フルスイングの勢いそのまま、電撃を纏わせた金棒からさらにお返しの電撃球を飛ばす。

 

 ゆっくりと進むその電撃をアマトリの黒い爆発で相殺されると、全身に黒い炎での別の生物にも思える様な動きで、ギンジが爆風を突破してくる。

 

 「邪魔するな!」

 「邪魔はお前もだぜ!俺の友達の故郷を襲いやがってよぉ!」

 

 ギンジも一刻も早くサクラの故郷の襲撃をやめさせたい。しかし戦争が始まり、こうして戦わないと行けないならば、ギンジとてやるしかない。

 

 「そもそも俺の仲間はどうした!まさかとは思うが、お前に敗けた訳じゃねぇだろうな!」

 「勇者の事か!?奴らなら、好き放題に我が居城を破壊してどこかい行ったわ!」

 「そうかい、無事ならいいんだけど・・・よ!」

 

 お互いがお互いに肉薄し、金棒と漆黒の剣がぶつかり合う。

 

 剣の柄の部分で金棒を弾かれると、アマトリの小さく開いた左手から黒い魔法の弾が飛び出し、ギンジの胸にめり込んで行く。

 

 「うごっ」

 

 黒い弾が破裂する様にして広がると、体制を崩される。そこにすかさず漆黒の剣の乱舞が繰り出される。

 

 袈裟斬り、回転斬り、叩き下ろし、最後は蹴りで打ち上げると、トドメの黒い魔法の爆発。

 

 「空中では身動きは取れまい!」

 

 さらにアマトリの黒い魔法が展開されると、真っ黒なトラの様な生物が空中にいるギンジへと飛びかかる。

 

 「クソネコが!」

 

 人の胴体を簡単に噛み付ける程でかいアギトに、ギンジが咥えられてしまう。噛み砕こうとその顎に力を込めてくるが、体内放電によりトラは全身を焼かれてしまう。

 

 「隙だらけだ!」

 

 トラの口から脱出すると、ギンジの周囲には漆黒の剣が何本も召喚されている。

 

 「勇者の英霊よ、これで終わりだ!」

 

 その空間に並ぶ複数の剣が、アマトリの合図でギンジに飛び込んできた。

 

 「・・・〜〜ッぬあああ!!」

 

 紫電により全身を活性化させたギンジは、黒炎が走る脚と、金棒で漆黒の剣のラッシュを凌ぎ始める。

 

 目の前の1、2本を妨害しつつも背後の剣は防ぎきれず、かといって後ろに注意を背ければ、前方の刃に対応が遅れる。

 

 「くっそ・・・!」

 

 右手を地面に押し付けると、黒い炎を柱を周囲に展開させ、全ての漆黒の剣を破壊していく。

 

 攻防一体のその炎は、魔法とはまた違う別次元の炎であると理解しいたアマトリは先程の城崩しという砲丸から出てきていたあの異常な火力の炎を思い出す。

 

 「あれは貴様の炎か!」

 「なんの話だ!」

 

 黒い柱の隙間をすり抜け、ギンジは金棒に紫電を流し込んで魔王に再度肉薄する。

 

 「我が魔力に沈め!」

 

 漆黒の剣を横に振り抜きギンジの身体を捉えた。

 

 その黒い一閃となった剣裁きは、素人のギンジから見ても相当な実力者だと言うのが解る。だがそれでもギンジはその攻撃を前かがみの姿勢で避ける。

 

 「お前が例え魔王だろうと、ヘルブラッククロスだろうと、サクラの敵だろうと」

 

 空いた隙だらけの身体に、身体を反らさんばかりに思い切り紫電の蹴りをぶちかます。

 

 「お前が世界の悪なら・・・俺達ヘヴンホワイティネスの敵だ!」

 

 空中に打ち上げられたアマトリの目に映るギンジは、黒い炎、紫の雷、そして金棒を携えた、魔法も魔力も持たない怪物に見えている。

 

 「こんな綺麗な世界を破壊するだとか、神になるだとか・・・好きにやってろ!」

 

 イメージの中では飛翔し、アマトリをぶっ叩く想像をかきたてる。

 

 どれぐらいの力で叩けば、アマトリを倒せるか、あとどれぐらい黒炎を使えばいいか、そのイメージがギンジの馬鹿げた威力を生み出す。

 

 「でもこんな綺麗な世界を、自分勝手に壊すのだけは納得が行かねぇ・・・俺はお前を倒すぜ、魔王!」

 「くっ・・・潰れろ!」

 

 漆黒の剣を捨て、アマトリは両手に黒い魔力を展開させていく。両腕を交差させ、下にいるギンジに向けて魔王アマトリの強烈な魔法が発動されていく。

 

 「我が最大最強の闇魔法!喰らうが良い!」

 

 交差させた腕を開き、黒く輝く魔力の波がギンジ押し寄せる。

 

 確かに今まで以上に強さと、当たったら一溜りもないと思えるドス黒い魔力の塊がギンジを包みこもうと押し迫る。

 

 「悪はこの世に栄えないぜ・・・いい加減、負けを認めな!!」

 

 地上から空中へ。一筋の雷光のように飛翔し、黒い魔力の攻撃を一瞬で切り抜け、ギンジは魔王アマトリに肉薄する。

 

 その両手に握られた金棒は黒炎も紫電も纏わせており、怪人として全てが進化したギンジの強力な一撃がアマトリの頭部に深く命中する。

 

 「サクラの為にも、この魔法界の為にも、そして俺達がちゃんと帰ってミヤコを助けられる様にする為にも・・・」

 

 メキメキと金棒がアマトリにめりこんでいく。骨を砕きかねない強い一撃は炎により威力を増して、雷により速度を上げていく。

 

 「こんな所でうだうだやってる暇は無ぇんだよっ!!」

 

 トップスピードで金棒を振り下ろし、アマトリが地面に叩きつけられる。

 

 「ぐ、ぎぎ・・・我は・・・魔王だぞ・・・」

 「あっそ。悪いけど、俺、最強の怪人なんで!」

 

 地面に叩きつけられたアマトリに向かって、金棒を突き出しながらギンジも急降下していく。

 

 「神になるとかほざいてる王様に、守りたいモノをたくさん持ってる怪人に勝てる訳ねぇだろうが!!」

 

 ギンジなりに掲げている正義を重ねた金棒が、全体重を乗せてアマトリの腹部に突きこまれた。

 

 「落ちろッ!!」

 「ぐっ・・・ああああ!」

 

 石畳みに、思い切り勢いと怪人の能力を全て乗せた一撃により、床が崩落する。

 

 それと同じ様にアマトリが地下に叩き落され、ギンジは飛翔する事で事なきを得る。

 

 「・・・これで一件落着だろ。さて、そろそろ脱出しなきゃ、カエデに理不尽に怒られそうだぜ」

 

 良く耳をすませば未だに崩落は続いているようで、すぐ近くでは倒壊の音が鳴り、反響しているのがよく解る。

 

 「さっさと抜けるか・・・多分カエデもなんとかうまい事やってるだろ・・・」

 

 金棒片手に飛翔したギンジは、天井を破壊して魔王城からの脱出を開始する。

 

 魔王はギンジの手によって倒された。これで魔法界にも平和が蘇る事だろう・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ・・・。

 

 ・・・・・・。

 

 ・・・・・・・・・。

 

 ───ココハドコダ。

 

 意識はあるのに、何も見えない。

 

 ───ナニガアッタ・・・。

 

 聴力も失っているのか何も聞こえない。

 

 「・・・げほっ、ま、まだコアは生きているか・・・」

 

 何かが身体を這い回る様な感覚があり、自分の感覚の中でそれがあるのははっきりと理解出来た。

 

 「・・・ハァハァ・・・ハァ・・・力を・・・」

 

 何者かはこの身体を触り、そして何かの力を求めているらしい。

 

 ───力・・・ソウダ、力ダ。我ガ組織、我ラガ総統ノ為ニ、力ヲ。

 

 鼓動をうつ様な真っ白な壁が、わずかな魔の力を頼りに、反応のある人物を吸収していく。

 

 「・・・くくく、まだ、まだ勝機はあるぞ・・・」

 

 命は虫の息も同然なのに、その吸収した生命体の魔力は相当なモノだった。

 

 この体内に吸収したその虫の息の生命体を喰らえば、ほぼ抜け殻となった身体の修復さえ出来そうだと思わせてくれる。

 

 今自分の身体にめぐる魔力と、この邪悪な力を秘めた魔力を混ぜ合わせたらどうなるのだろうか。

 

 全身にその神経を張り巡らせながら、何も見えない聞こえないその人物・・・巨大化した骨の怪人は、自分の身体に入った存在に骨を隆起させて突き刺した。

 

 「がふっ・・・?」

 

 ───オオォ、力ガ・・・流レ込ンデクル。

 

 魔法というのは素晴らしい。やはりこの力を持ち帰れば、ヘルブラッククロスを強化出来るはずだ。

 

 「がっ・・・なぜだ・・・我が野望は・・・わが、やぼ・・・うは」

 

 吸収されたのは魔王アマトリ。勇者一行と戦い、その身体を傷つけられ、英霊とも戦い、死ぬ寸前まで追いやられた。

 

 そして今度は自分が利用しようとした、骨の怪人に不意をつかれ、身体から全てを奪わんとされている。

 

 「おおお・・・うおおおおおおお!!!!!!」

 

 更に尖った骨が触手の様に蠢き、アマトリの身体を貫いていく。

 

 グチャリ、ドシュ、ザシュン、バキリ・・・。

 

 肉を貫き、引き裂き、血をすすり、魔力を飲み込まれていく。

 

 「・・・はっ」

 

 魔王アマトリが意識を失うその瞬間、視界が開けた。

 

 明るくなったかの様なその空間には、手足が埋め込まれた壁、肉の様な床には首から上を出して吸収されている魔王軍の兵士。

 

 ペスカトレと呼ばれる親衛隊の二人も、その身体をバラバラに引き裂かれ吸収されていた。

 

 「・・・ッ」

 

 身震いがする。視界もモヤがかかり、段々沈んでいく。

 

 恐怖。魔王アマトリが久しく感じていない、恐怖だけがその空間にはあった。

 

 魔力を吸収し、肉体を吸収し、次は命でも吸収されるのだろうか。

 

 意識を失ったアマトリにそれ以上先の事を考える事は出来ず、ただただ絶望するしかなかった。

 

 そして魔王という存在はこの世界に消え失せ、変わりに残った魔王の魂と魔力は、骨の怪人に吸収される事となった。

 

 今・・・今この瞬間、現魔王アマトリは死に、新たな魔王の誕生の瞬間を迎えている事を、魔法界の誰も知らなかったし、知る由もない。

 

 ───さて、これぐライでいイカ。魔法ヲ手に入レた。後は、ヘヴンほわイティネスを・・・倒スのみ!

 

 手始めにこの世界を地獄に染め上げる。そしてこの魔法界を総統やヘルブラッククロスに捧げる。その為に、この力、惜しみはしない。

 

 新たなる魔王─骨の怪人、爆誕・・・。

 

 

続く   

 

 

 




お疲れ様です。

ギンジも活躍したよ!
魔王軍との戦いもそろそろ集結ではありますが、骨の怪人が魔王になってさあどうする・・・ってなっています。

さてここでヘヴンホワイティネスの宿敵であるヘルブラッククロスが動き出しますが、次回どうなる事やら。早くミヤコ出したいよおお

キャラネタ書きます

勇者赤鬼
オリハル金砕棒をえらく気に入っている。
ミドリコの姐さんに自分のオリハル金砕棒(意味深)をにぎにぎ・・・してくれるか?

甘白ミドリコ
相変わらずどこに兵器を隠しているのか分からない。
ミヤコが造りあげた城崩しは未完成品であり、今回何かの用途があれば良いと持ってきていた。っという事はいつも持ち歩いていた・・・?
完成品では、地形崩しがあるがまだ登場していない。
城崩しはその名の通り、魔王城をほぼ全壊させた。サクラの強化も入っているのだから完成品の威力は未知数である。火薬にはギンジの炎が入っている。赤鬼のオリハル金砕棒は触りません。

宮寺レン
ビーム剣術の幅は無限大。ケイタのためならいくらでも力を振るえる。

角倉ケイタ
第ニの魔法に派生技を作った。シクスシルド。
吸収出来る範囲は減るモノの、その範囲を拡大出来る六枚の盾を召喚出来る。

小町サクラ
魔王アマトリを打倒できたのか少し心配になっている。

魔王アマトリ
魔王の座を破壊され、ギンジにも敗け、骨の怪人の力で逆転を狙ったが、最後は吸収されてしまった。絶望を贈りたかったのに、自分が逆に絶望させられたとはなんとも皮肉よの。

神宮カエデ
自分一人でなんとか脱出してた。

・・・

次回、新たなる魔王の誕生、そして広がる魔法界の地獄の暗雲、オレキエッテ帝国の未来はどっちだ・・・。

敵はヘルブラッククロス、ならば勝てるのは・・・!

次回もお楽しみに!
次回もなるべく早く投稿出来る様に頑張ります!


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64・魔法界に侵食する地獄

こんにちはアトラクションです。
今回、間があいてしまいましたが、実は書き途中だったプロットを間違えて削除してしまいまして、書き直しに時間がかかっておりました。

お待たせしてすいません。なるべく早く更新したかったのに!

今回のお話でいよいよ骨の怪人再始動!
それではどうぞ!


 

 それはあまりにも巨大だった。

 

 見上げた者の全てを覆い尽くす、巨大な影。

 

 陽の光を遮り、雲が太陽を隠したのかと見間違える程、巨大。

 

 しかし現実は違う・・・太陽を隠しているのではない。

 

 太陽を背にして、大きな手足を這う様にして帝国の城壁にしがみついている。

 

 石と魔力で構築された城壁は高くそびえ立つのに、それよりも遥かに大きい。そのでかさと人間の頭部に角を生やした様な白骨は、不気味さと得も言われぬ威圧を感じる。

 

 (・・・なん、だ、アレは・・・)

 

 ただただ驚愕するしかない。

 

 巨大な骨が乗せていた魔王城が倒壊したと思えば、次は進撃を再開した骨の怪物。

 

 城下町で最後の敵兵を倒したクリムパスもジェノべもアラビアも、そして帝国城に避難した民達も、その多大なる魔力の反応、そして巨大な怪物が城壁からこちらを見下ろしている骨の怪物。

 

 (ブッヒ・・・なんだってあんなんが・・・)

 

 その巨大な掌で押し込まれ、あちこち崩れかかった城壁の上で、トン・コッツはこちらを見下ろす様な骨の空洞の目を見上げる。

 

 そして城壁からの侵入を試みた魔王軍の兵士も、シシリー率いるオレキエッテ帝国の戦士達も、ここに来て進撃を再開したこの怪物をその視界に入れて、ようやく理解する。

 

 邪悪な魔力、生物を根絶やしに出来そうな殺意、そして。

 

 「・・・なんと言うことだ」

 

 圧倒的な力の反応。

 

 アマトリが魔王として反応した時も感じた、魔王としての魔力反応。

 

 「・・・」

 

 骨の怪物見上げるシシリーは、城壁を押しただけでその動きを一度ストップさせた骨の怪物へ、大きな恐怖心を抱く。

 

 それと同じ様に魔王軍の兵士も、直感で新しい魔王の誕生を感じ取れたのか、困惑をも抱いている。

 

 「シシリー帝王サマ〜」

 

 直視してしまい身動き出来ないで居たシシリー達に、上空から元気な声が聞こえてくる。

 

 「魔法少女サクラ!ただいま戻りました!ヘヴンホワイティネスもみーんな無事です!」

 

 やはり魔王城の中でも激戦が繰り返されたのか、サクラの頬に黒いすす汚れみたいなモノがついていた。

 

 彼女が先に帰還した事で、シシリーも感嘆の思いが溢れ出てくる。

 

 見上げれば骨の怪物の胸骨が見えるのだが、その隙間をぬってミドリコ達が急降下で降りてくる。

 

 桃色の魔法陣が荒れた平原に展開され、そこにレン、ケイタ、ミドリコが先にゆったりと降ろされ、ヘヴンホワイティネスも無事な様子だ。

 

 「姉御ぉぉぉぉぉ!!!死ぬ死ぬ!」

 「あんた怪人でしょ!その前に勇者でしょ!クッションになりなさいよ!」

 「いやいやいくら俺っちが怪人で強靭でミドリコの姐さんの未来の夫でもふぎゃっ」

 

 平原に急降下してきたのはサクラだけでは無いようだ。

 

 「いやーなんとか生きてた・・・」

 「あたしの衝撃の力が活躍したわね」

 

 カエデと赤鬼もあの高い所から落ちる事で脱出していた。

 

 「カエデ!無事だったか」

 

 ミドリコとレンがカエデに駆け寄り、無事に再開出来た事に女性陣は安堵する。

 

 「よう、王様。なんとか戻ったぜ」

 「・・・無事に魔王は倒せたようだが」

 「ああ。多分倒した・・・けどよぉ」

 

 赤鬼とシシリーは同時に真上を見上げる。

 

 骨の怪物は動きを止めているが、またいつ動き出してこの城壁を破壊してくるか分からない。

 

 「そういや兄貴は?カエデの姉御」

 

 倒壊した魔王城の庭から飛び降りようとしていたカエデを見つけた赤鬼が、クッションになれというめちゃくちゃな命令を聞き入れて今に至るのだが、そういえばギンジがここに居ない。

 

 「カエデ?」

 「ぎ、ギンジは落ちちゃって・・・助けに行きたかったけど、あいつならもう脱出してるだろうって思ってたんだけど・・・」

 

 ギンジがまだ戻っていない事に気がついたカエデは、少し泣きそうな顔をしている。

 

 「兄貴・・・」

 「ギンジならきっと無事だよ!何気ない顔で戻ってくるって」

 

 赤鬼とケイタがカエデをフォローする。元々魔王城が倒壊する原因を作ったのはミドリコだが、その場にいながら後先考えて居なかったのは、赤鬼達も同じだ。

 

 「でもまぁ兄貴なら大丈夫でしょう。空飛べやすし」

 「そうそう、俺空飛べるしな。あんまり高度高く出来ないけど」

 「ギンジも早く戻れば、カエデも安心できる」

 「え?誰が戻れば?誰が安心するって」

 

 赤鬼とレンの間にいつの間にか帰還していた主人公、佐久間ギンジがさも当たり前のようにここに戻って来ていた。

 

 「皆どうしたんだよ、なんの話をして・・・」

 「あんたの話じゃー!」

 

 見事なドロップキックからの回転着地を決めたカエデにより、ギンジは城壁へと蹴り飛ばされてしまった。

 

 「戻ってくるなら、空から来なさいよ!」

 「り・・・りふじんだ・・・」

 

 城壁に頭から突き刺さったギンジを一度放っておく。助けに行けなかった事もあり、急に無事に戻ってきた事もカエデには嬉しい事なのであるのは間違い無い事なのだが。

 

 「ええい勇者よ!ひとまず、中で話そう。アレをどうにかせねば、対策を講じたい」

 

 帝王がボロボロになったマントを翻しながら赤鬼に告げると、赤鬼は頷いた後に、再び上を見上げる。

 

 見上げた視界の先に映るのは、巨大な魔王城を乗せた大地をその背中に埋め込んだ骨の怪人だったモノ。

 

 次に首を下ろしてミドリコを見つめる。

 

 「早く戻ろう。行こう、赤鬼」

 

 ミドリコが険しい表情で赤鬼を細則する。

 

 (・・・この()だきゃぁ、なんとしても守り通さねぇとな)

 

 自分が惚れた女に手招きされるのはなかなか良い気分だ。

 

 赤鬼が牙をカチリとはめ込む様な音を鳴らすと、帝国兵達とシシリーと共に地上防衛戦の凱旋を行いながら城下町へと帰還していった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 城壁に入り石畳の道を少し歩いた先には、無数の魔王軍の鎧や、旗が落ちており、ここでの戦闘も非常に大変なモノであったのだろうとケイタは推測する。

 

 綺麗な町並みは見渡せる限り破壊の跡が広がっている。それだけ守るにしても人的資源が少なく、クリムパスもジェノべもアラビアも疲労困憊となった状況でもある。

 

 故に、城下町は捨て、城には一切近づけさせない。ギンジのその作戦により、本当に被害は命にまでは及んでいないらしい。

 

 「さて・・・作戦会議を行う・・・」

 

 簡易的に用意された椅子と木のテーブルには、城の会議にも使われた城壁と城・・・つまりオレキエッテ帝国の模型が用意されている。

 

 次に、北側の城壁には新しく骨の怪人が両手を押し付けている模型が用意されており、未だ動く気配は感じられない。

 

 では死んでいるのかと言うと、それも違う。

 

 あの巨大な骨の怪人はまだ生きている。

 

 「考えたくないが・・・アレが魔王になっている様な、嫌な気配を私は感じている」

 

 クリムパスが腕を抑えつつ、苦悶の表情で告げると、ジェノべも同じく頷いていた。

 

 「ウッシッシ・・・イケメンの魔王アマトリに似た様なモーヤバそうな魔力の他に、なんかいろいろ混ざってる様な反応もある。だよねケイタきゅん」

 「次ケイタに、話かけたり、触ろうとしたら、容赦しない」

 「ま、まぁまぁ」

 

 ギュウ・コッツの最後の言葉にレンが高い殺意で返す。

 

 しかしながら魔力を持っているこの世界の住人は、全てが口を揃えて多数の魔力が混ざっている等、魔王アマトリの力を感じる等、様々ではあるモノの、答えは全員同じ事を言い合っている。

 

 「あの巨大な怪物からの反応と魔力・・・クリムパス、彼らに水晶を」

 

 シシリーがクリムパスに命じると、メガネの様な形をした水晶を持ち出して、それらを勇者赤鬼達に手渡す。

 

 「勇者殿、その水晶越しで、あの巨大な怪物をご覧に入れてください」

 

 言われるがままに、ギンジ達がその水晶を越しに骨の怪人を見つめると、身体の表面からは虹色の様なうねるオーラが空を覆う程広がっており、所々黒いオーラの中に小さく赤いオーラも出てきている。

 

 「なんだあのキラキラしたやつ・・・」

 「それが魔力です。英霊殿」

 

 魔力。つまりあの大きなオーラは単純な実力とでも言うのだろうか。

 

 「ほーん?」

 

 魔力そのモノに興味は無いが、試しに赤鬼を覗いてみる。赤鬼の強靭な身体はそのままに、一切そういうオーラが出てきていない。そこまで実力が無いと言う事になるのか。

 

 「魔法界基準ではそうなるね。でもまぁ魔法が使えない種族も居たりするし、特別なアレでもないんだけどね」

 

 サクラの補助でだいたいの所は理解出来たギンジだが、ついでにサクラも水晶で見てみる。

 

 桃色の魔力がゆらゆらと蠢いており、その光は優しくサクラを包んでいる。

 

 その次はミドリコ。名が体を表しているのか、緑色の魔力、うっすら白い魔力が交互に出たり消えたりとしている。

 

 ケイタの魔力は真っ白なモノだが、ほとんど使い切ったようで、あんまりまともに見えない。元々ケイタの魔力なんて少ないのだが。

 

 「そろそろ続けても良いかね」

 

 シシリーの言葉に、全員が帝王に視線を動かす。

 

 「問題はあの魔力の量だ・・・あんなのは・・・魔王アマトリでさえも出す事の出来なかった領域だ。どうしたら良いか、皆の意見を聞いておきたい」

 「え、ちょっと待って帝王サマ!」

 

 オレキエッテ帝国はまだ終わりを迎えたくないのか、戦いを継続するつもりで居た。

 

 しかしサクラはまだ戦う彼らを見て、そろそろ戦いをやめて欲しいとさえ思っている。元々自分が討ち漏らした敵にまで迷惑をかけるつもりはないからだ。

 

 「まだ何か言おうとしてるみたいだけど、きっともう何を言っても無駄だと思うぜ。俺達の敵がここまで大きくなったんだとしたら、もう倒すまで終わらねぇだろ」

 

 ギンジがサクラを呼び止める様に言う。その声音と態度は少し苛つく様な喋り方だが、ギンジと共に赤鬼も頷いている。

 

 問題なのはこれからあの骨の怪人が動き出したらどうするか・・・それだけだ。

 

 「要は新しい魔王が誕生しました、だけどこのままじゃ帝国は負けそうだから、戦いはやめて私に任せろ〜ってのを言いたいんだろうけど、一人で勝つ算段があるのか?」

 「それは・・・」

 

 ギンジ達がピンチの時に、自分は友達の敵を討ち漏らして、さらにはこの魔法界の危機に手助けまで要請したのだ。自分勝手だとは思っている。

 

 だからサクラは自分の責任として、骨の怪人をちゃんと撃破したいのだが・・・。

 

 「今ここにいるのはサクラだけじゃないわよ。あたし達もいるんだから!」

 「それに、あいつを倒せば、私達もレベルアップできる」

 

 カエデとレンもサクラの前に近寄りながら声をかける。友の故郷の危機なのだから、彼女立ちヘヴンホワイティネスがサクラのピンチに駆けつけるのも当たり前だろう。

 

 「最強の魔法少女でも、そういった事には弱いな!」

 

 シシリーまでもそう言い放つ。

 

 「ここには俺達、ヘヴンホワイティネスがいる。勇者赤鬼もな!」

 「あれが新しい魔王だってんなら、俺っちにもぶっ飛ばす権利があらぁな!どら、さっさと作戦会議でも始めましょうや」

 

 正義のヒーローとしての友であり、仲間。全員がサクラを囲み、不安を隠す様な笑みを見せる。

 

 もうこの魔王の誕生において、サクラ一人の戦いだけでは無くなったのだ。

 

 ギンジも、カエデも、レンも、ケイタも、ミドリコも、赤鬼も。

 

 帝国に所属するクリムパスも、ジェノべも、アラビアも、コッツ兄妹も、シシリー帝王も。

 

 あとなぜか城壁内部に避難してきた魔王軍の兵士達も。

 

 「・・・なんでこいつらも?」

 「へい。自分ら、勇者さんに命を拾われたので!」

 「あ、そう・・・いや、まぁいいけど」

 

 ギンジが当たり前の様に入ってきた魔王軍の兵士のリーダー格の人物に睨んでみるが、どこか赤鬼に似た様な後輩気質が場の緊張感を抜いていく。

 

 「では改めて」

 

 シシリーが魔王となった骨の怪人の模型を指でつつく。

 

 「これがあの新しい魔王である骨のモンスターだが・・・呼称は魔王とする。こいつをどうやって破壊するか、だが」

 

 威厳に満ち溢れた顔も今日ばかりは驚愕と動揺を隠せないでいる。

 

 「まず手当たり次第に攻撃し、脚を崩すのはどうでしょうか」

 

 クリムパスの提案にはシシリーは首を横に振る。

 

 どこまで頑丈なのかはわからないし、魔法がまともに効くとは思えないという理由から否定に入る。

 

 「では頭部に魔法を撃ちつづけるのはいかがでしょうか」

 

 続くジェノべの提案にも却下だ。理由は単純、戦争直後においてそれだけ魔法攻撃が出来る魔力を持っている者が果たしてあと何人いるか分からない。

 

 「じゃあよぉ俺っちと兄貴で、おもっくそ叩いて回るのはどうだ?」

 「お、いいなそれ。かなり有効じゃないか?」

 「あの巨体をあんた達二人で本当に出来ると思う?」

 

 カエデの訝しむ声にギンジと赤鬼はすぐに目を逸らす。

 

 「敵が動かない今、全員の力をひとつにして戦うべきだ。疲弊しきっている所に申し訳ないが、今こそ全員で総攻撃すべきだと私は思う」

 

 ミドリコの作戦は非常に現実的であり、シシリーもこれには難色は示さない。

 

 しかしながら今生存している兵士達は、何人戦えるのか。

 

 オレキエッテ帝国の兵士は、ほとんどが疲弊しきっている。一人ひとりが強くとも、魔王軍の数の多さに押されていたからこそ、今はもうあまり力が出ない。

 

 新たな魔王が城壁一枚隔てて居なければ、休息も取れたかも知れないが。

 

 対する赤鬼に命を拾われたと言う魔王軍。彼らは魔王城から直接ここまで来てくれた様だが・・・ざっと数えても20名程しか居ない。

 

 平原から襲撃していた魔王軍は、ほとんどがシシリー率いる第一防衛線がこれらを撃破している。

 

 そして帝国の中でまともに戦える戦闘員は・・・。

 

 帝国序列1の魔法剣士・クリムパス。

 

 帝国序列2の魔女・ジェノべ。

 

 帝国兵を束ねる女傑・アラビア。

 

 地水火風の司祭・トン、ギュウ、トリ、ジン・コッツ兄妹。

 

 そして魔法少女サクラ。

 

 付け加えるは正義のヒーローヘヴンホワイティネス。

 

 いかに勇者とその英霊が強くとも、流石にこの巨体を相手にするのでは部分が悪いとさえ思えてしまう。

 

 そこに帝国陣営、魔法少女が加勢しても・・・足しになるのかどうか。

 

 「むぅ・・・」

 

 シシリーが模型をまだ睨みつけている。その険しい表情は誰も彼もが不安になる程である。

 

 「どうするか・・・」

 

 誰を戦線に立たせるか。そこが次の悩みどころでもある。

 

 本当なら自分が一番矢面に立ち、民である兵士達を先導して戦わないと行けない。

 

 新しい魔王の最速の誕生に、正直すくみ上がっている。今この瞬間、戦う為の準備や作戦を考えるまではいいが、今度はあのデカイ骨の魔王と戦うとなった時、命惜しさに逃げ出してしまうかも知れない。

 

 ビビリな本性を持つシシリーは、この先に控える戦いが不安でしょうがなかった。

 

 「帝王サマよ、ちっとご相談なんだけど・・・」

 「相談?なにかね」

 

 そんな悩ましく熟考するシシリーに声をかけたのは、あの不遜な態度で強気なギンジという英霊。あの勇者赤鬼が召喚した英霊なのに、位は赤鬼よりも上らしい。

 

 そんな彼の言う相談とはなんだろうか。

 

 「実はよ、多分話したと思うがあの骨のやつ・・・怪人って言ってさ、俺達ヘヴンホワイティネスの敵なんだ」

 「確か、怪人とか言う種族なのだったな?」

 「そうそう。怪人。あれは・・・わかりやすく言うと、俺達が本来暮らしてた世界の魔王軍みたいなポジションにいる組織が開発した・・・知的生命体(すてきなおバカさん)でよ。怪人四天王とか言うポジションにいるやつなんだと」

 

 英霊達の住む世界にも魔王軍に匹敵する怪物軍団がいるのだろうか。

 

 「ヘヴンホワイティネスというのは、敵が多そうだな。それに、苦労しそうだ」

 「いっぱいするぜ苦労はよ。そこで、相談の本題なんだけど」

 

 帝王相手に臆さないギンジは、づけづけと強気な口調でシシリーに言葉を発していく。

 

 「良かろう。この帝王に聞かせてみよ」

 

 人にも見えるが人ではないギンジに、シシリーも帝王の風格を見せつける様にして言葉を絞り出す。

 

 「あの怪人は俺達の敵だ。倒すんなら、俺達ヘヴンホワイティネスが全力で相手させてもらう。そこで俺達を雇わないか?」

 「あいにくだが英霊を雇える程帝国は裕福ではなくてな・・・」

 「支払うのは金じゃなくていいよ」

 

 おおよそ人間とは思えない瞳を輝かせ、ギンジは勇ましい笑顔を見せつける。

 

 「いつか俺達がとてつもなくピンチになった時、もしくは俺達の敵と最後の戦いの時が来た時・・・そんな時に、俺達ヘヴンホワイティネスの味方になってくれないか?今回俺達がした様に、俺達に加勢してほしい」

 

 正義の意思を宿したその言葉は理解が及び行った。しかしながら帝王を相手にそんな事をわざわざ言うとは、この英霊ギンジはかなり大モノかもしれない。

 

 「その変わり・・・今日の俺達はあの骨の怪人をぶっ飛ばしてきてやるからよ、この帝国の未来、俺達にも背負わせてくれ」

 

 見ず知らずの帝国の為に、ここまでの男気を見せるギンジが、なぜ赤鬼よりも位が高いのか。

 

 きっと不器用ながらも優しさがあるからなのだろう。同じ怪人というカテゴリーにくくられていても、人間らしい優しさを持ち合わせているからなのかも知れない。

 

 「ふっ・・・良いだろう。では君達の加勢、救援・・・いつか我がオレキエッテ帝国が手助けをしに参ろうではないか!」

 

 帝王シシリーがギンジと同じく笑みを見せる。ほんのわずかな会話ぐらいしかしていないが、彼ら二人の中には間違いなく絆が芽生えた瞬間でもあるのだろう。

 

 「よおおーーーっし!作戦とか決まってないけど骨の怪人ぶっ飛ばしに行くぞーー!」

 「うるさっ」

 「同感だよレン・・・」

 

 ギンジの気合の雄叫びにレンとケイタは耳を塞ぐ。

 

 「まーたあんたは勝手に色々決めちゃって・・・」

 「ま、ギンジくんらしいけどね・・・」

 

 カエデとサクラもギンジの言動によってある程度救われた事もあるが、今回も彼が上手くまとめてくれた。

 

 ヘヴンホワイティネスのリーダーでも無いのに、ここまで勝手に話しを進めるのはある意味才能なのかも知れない。

 

 細かい事は全部カエデやレンが決めて、ミドリコは援護し肝心な所はギンジが殴りに行く。そして今度は適材適所でケイタが動き、赤鬼はギンジと同じ様に殴る。

 

 今この場には居ないが、ミヤコも加わる事でヘヴンホワイティネスは最強の力、最強の頭脳、最強の正義を持つ事になる。

 

 これから戦う強敵は魔王・骨の怪人。

 

 迎え撃つのはヘヴンホワイティネス。

 

 戦闘の準備に入る為、ありったけの回復薬を持ち出し、オレキエッテ帝国とヘヴンホワイティネスは次なる撃滅作戦に向かう為、それぞれ作戦とは呼べない粗雑な戦いに出向くのであった。

 

 なぜかギンジが言うなら勝てそうな気持ちが、自然と湧き出るからだ。

 

 (・・・期待してるわよ、バカギンジ)

 

 カエデは先に走り出したギンジの後ろ姿を見つめ、信愛を乗せた瞳と、その背中をかっこいいと思いつつ、怪人人間佐久間ギンジの後を追いかけるのであった。

 

 魔法界の歴史に残る戦争はもう少しだけ続く。   

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 昼の明るさが終わりにつれて、魔法界の大空の陽は次第にその色を朱に染め上げて行く。

 

 まるでこらからもう一度大きな戦いが訪れる前触れなおか、どことなく美しい空は怪しさをその光を指し示しているかの景色だった。

 

 防衛戦の緊張感が抜けないまま、オレキエッテ帝国の戦士達はそれぞれが休息を取りながらも、気の抜けない感覚で居た。

 

 それは調子に乗っているギンジも同じである。

 

 「兄貴」

 

 帝国の歪んだ城壁の上で、夕日を背にするギンジに赤鬼が声をかける。

 

 気合いを入れたとしても、やはり一人になればどこかその表情は神妙である。

 

 「俺達は勝てるかな」

 

 弱気になっているわけではないが、ギンジは少しだけそんな事を赤鬼にたずねてみる。

 

 「勝ちやしょうぜ・・・俺っちも敗けられない理由をまた手に入れたんだ。ヘルブラッククロスの怪人が魔王になろうと、俺っち達正義のヒーローが敗けるわけにはいかんでしょう」

 「・・・」

 

 何事もなく無事に終わればそれで良いが、ギンジは今までの経験からまともに勝てるとは思えていない。

 

 今だ動きだす気配を感じない骨の怪人の頭部を、眺めながら赤鬼とギンジは城壁の上で肩を叩き合う。

 

 「この世界にまでコイツが来ていた事は驚きやしたが・・・まぁ、俺っちなら敗ける事はないでしょう。同じ怪人四天王として、そして元ヘルブラッククロスとして・・・コイツとはここで決着をつけたいんでね」

 

 赤鬼が手の骨をバキバキと鳴らすと、ギンジもそれを真似してバキバキと骨を鳴らしている。

 

 「必ず勝って・・・ミヤコを助けに行くぞ」

 「へい。俺っちも出来る限り兄貴の役に立てる様に頑張りますぜ」

 「へへへ、頼りにしてるぜ」

 

 綺麗で美しく、しかし怪しい雰囲気の夕日を二人で少しだけ眺めると、二人は城壁から降りて仲間の待つ場所に向かう事にする。

 

 「とりあえず飯、食いましょう」

 「思えば朝飯から先は何も食べてなかったから、腹減ったな」

 

 勇者と英霊。二人の男は再開の喜びと、これから先の未来に向かう為の他愛もない話しをしつつ、ふざけながらも緊張感を持ちつつ、食事を取る事にしたのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 闇。

 

 暗くて、深くて、恐ろしくて、怖くて、でも好奇心が勝って、道無き道の先の見えない真っ暗な空間に、その手を伸ばしたくなる。

 

 力が満ち溢れ、肉の無い腕なのに筋肉でもあるかの様に、肩ごと腕を大きく突き出して堅い何かを掌で叩いた時、ピクリとも自分の身体が動かせなくなった。

 

 自分のコアに無理やり力を流し込まれたからか、それとも魔力を吸収した反動か・・・。

 

 意識もある。コアの中の鼓動も感じる。

 

 そして怪人としての力だけではなく、もう一つの力。

 

 (まホうか・・・)

 

 この闇の中にいるのは、骨の怪人。ヘルブラッククロスに所属し、総統に仕える直属の部下・怪人四天王の座に付く者。

 

 魔法。普通の人間や怪人では到底操る事の出来ない、超常的な力の総称。

 

 怪人が使う能力とは似て異なる力は、骨の怪人がその存在を羨み、なんとしても持ち帰りたい能力である。

 

 そして強力なその力を、より大きな勢力として持っている魔王軍とコンタクトにも成功した。

 

 そんな魔王軍はどうなったのか、今の骨の怪人には分からない。気配も感じない上に最早どうなったのかさえ分からない。

 

 (・・・でも、モウいイカ)

 

 魔王軍とて自分に有利に動けば、最後はヘルブラッククロスとして全てを奪い尽くすつもりで居た。

 

 そんな事よりもこの身体に溢れる、不思議で邪悪な力。これが全身隅々まで行き渡る充実感が非常に気持ちが良い。

 

 もう何時間こうしているかも解らないが、段々意識も前よりはっきりし始め、指に力を込めてみたい。

 

 自重から解る重さの違いや、身体の規模感もいつもの骨だけの身体に比べれば更に大きくなっている事に骨の怪人は気がついた。

 

 ・・・。

 

 (・・・魔法のちから・・・ひとツ、使ってみるか)

 

 魔法の使い方なんて解らないが、頭の中に言葉が文字となって骨の怪人の中に流れ込んでくる。

 

 (・・・おお、この魔法は)

 

 そんな流れ続ける魔法の呪文・・・詠唱と呼ばれる魔法の条件は、その魔法の中身までも説明文みたく閲覧する事も出来た。

 

 ならば最初にこの魔法を使ってみよう。ここがどこだか解らないが、最早そんな事はどうでも良い。

 

 (む・・・視界が・・・)

 

 その空洞の瞳には、黒い眼球と赤い瞳孔・・・怪人の瞳が浮かび上がる。

 

 身体も動かせる様になったのか、まずは空いたままの口を閉じてみる。

 

 顎の骨がゴギゴギと鳴ると、何かのざわめきを感じる。

 

 開いた眼が最初に捉えたのは遠くの山に挟まれる様にした、美しくも怪しく光る夕日。

 

 次に指を動かす。何かに尖った指が食い込む事で、ボロボロと破片と思わしきモノが崩れ落ちていく。  

 

 もう一度口を動かして見る。開ける事で、魔法陣が展開していく。黒い魔法の光が浮かぶと、そこから最初に選んだ魔法の文字が浮かぶ。

 

 (マジカルリガトーニ・マジックツァー・ファルファッレ)

 

 脳内で浮かんだ言葉と、魔法。

 

 漆黒の光線を吐き出した後に、着弾した場所を破壊する強大な魔法。

 

 魔法陣が二重、三重し、五芒星までが描かれた骨の怪人の口内の魔法陣。

 

 そして中心地に現れる最後の魔法陣の模様。

 

 黒い瞳を模したヘルブラッククロスのメインマーク。それがう赤美上がる事で、いよいよ何かの存在達が騒ぎ始める。

 

 (いまさら気づいたのでは、モう遅イ)

 

 これは最初の魔法という形で魔法少女にやられた身体を復活してもらい、前以上に強くなった怪人の祝砲。それを手始めに発動した。

 

 名も無き魔法だが、名付けるならば・・・。

 

 (ヘル・タリアッテレ・バースト)

 

 こんな美しい世界を、一撃で地獄に変えてやろう。ヘルブラッククロスが望む、暗くて恐ろしい力による支配を成功させる為に、この世界に攻撃を開始する。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 黒い光線が放たれた。

 

 皆この瞬間に気を抜いていた訳では無いが、その光線の発動までは誰も気づけなかった。

 

 夕日に向かって飛び去った光線は、帝国の旗が取り付けられた城の上部を一瞬で削り落とすと、空気を切り裂くが如く、空に轟音が響く。

 

 夕日を挟む巨大な山をも削り崩して、文字通りの大破壊を残して行く。

 

 「・・・!?」

 

 カエデはそんな轟音に驚き、飛んで転ぶ程には驚いていた。

 

 「──!!─!」

 

 空を走る光線の音が大きすぎて、誰が何を話しているのか、それとも叫んでいるのか分からない。

 

 視界が揺れる程の轟音が止むと、鼓膜に走る痛みと共に静寂だけが残る。

 

 「帝王様!!」

 

 シシリーが呆然と立ちすくむ姿を発見したジェノべは、急いで帝王の下へと駆けつけたが、シシリーと同じ景色を眼にした時、ジェノべもその惨劇の姿に我が眼を疑う。

 

 守るべき筈の民が居る帝国城の上半分が、綺麗に削り取られており、砂の様な城の一部が空中を舞う。

 

 「魔王・・・!」

 

 少し離れた場所ではクリムパスが北の城壁を見上げる。

 

 「うわー・・・めんどくさそ」

 「ンゲーゲッゲッ・・・」

 

 クリムパスより城壁の近い所で、トリ・コッツとジン・コッツが顔を引つらせながらも城の有様と、空の彼方に消えた黒い光線を見つめていた。

 

 「おだやかじゃねぇなぁ・・・」

 

 ギンジもカエデと共に立ち上がり、北の方角から押し潰す様な魔王の殺気に、心がざわつく。

 

 「アラビア・・・」

 「ここに」

 

 シシリーが虚空を見つめる表情で、アラビアを呼び出した。彼女はいつもの軍人気質な態度ではなく、いつでも帝王の為にその命を捧げる覚悟を持った戦士の出で立ちをしている。

 

 「今すぐ城に戻り・・・民の無事を確認せよ。そしてもし一人でも生き残りが居るのであれば・・・遠くに逃げよ・・・」

 

 あの城には王女も居た筈。彼の帰りを待つポモドロがもしかしたら死んでしまったのか・・・そう決めつけるのは早計かも知れないが、自分の城がこうなってしまった以上、もしかしたら被害は大きいのかも分からない。

 

 「・・・ケイタ、大丈夫?」

 「あ、ありがとう・・・一体何が・・・」

 

 レンも少しだけ自分の身体に落ちてきた小石を落としつつ、ケイタを守る様にしてビーム剣を展開している。

 

 「ミドリコさん、赤鬼さんはどこに?」

 「む・・・そう言えば姿が見えないな・・・」

 

 サクラの魔法でミドリコも無事だった様子だが、今この通路の簡易テーブルで食事を取っていたメンバーの中で、赤鬼だけその姿が見えない。

 

 「おいおい、帝王サマが呼んでるってよ」

 

 赤鬼を探そうと見渡す面々の中で、ギンジだけは平然としていた。

 

 「ギンジ、あたし達・・・勝てる、よね?」

 

 腰を抜かしてしまったのか、カエデはギンジの身体にしがみついている。そんな彼女の顔は非常に弱気な形になってしまっている。

 

 「弱気になんなよカエデ・・・大丈夫だって、絶対俺達が勝つ・・・」

 「あんたも・・・怖いんじゃない?」

 

 煽る訳では無いが、ギンジの顔もいつもみたいなお調子者の笑みが無い。明らかに驚愕による強張りがある。

 

 「・・・ビビってねーぜ」

 

 嘘だ。正直勝てる気がしない様な魔法の存在に、今回ばかりはビビってしまった。

 

 「ギンジくんでも怖がる事あるんだね・・・」

 「・・・言うなよ」

 「怖いと思える方が、人間らしくていいと思うぞギンジ」

 

 サクラとミドリコも苦笑している。

 

 シシリーが呼んでいると伝令を飛ばしに来た兵士についていく事にしたギンジ達は、この先に控える戦いにおいて恐怖心しか残っていなかった。

 

 「ううううオッラァァァァ!!!」

 

 北の城壁へと走り出し、雄叫びを上げるのは赤鬼。

 

 その豪腕で掴むはオリハル金砕棒。

 

 雄々しい一角が空気を裂いて、赤い烈風となりながら石の壁を昇る。

 

 今にも崩落しそうに斜めに傾いた城壁の上に、飛び出した。

 

 勇者赤鬼はヘルブラッククロス怪人四天王、そして新魔王・骨の怪人の大きな瞳に対峙する。

 

 「地獄みてぇな事・・・やってくれたなぁ。ミドリコの姐さんや、兄貴達、王サマや、クリムパス・・・死んだらどーすんだおい」

 「赤鬼か・・・久しぶりだな。死ね」

 

 赤鬼を握り潰せそうな巨大な手を城壁に押し付けると、その身体を乗り上げてきた。

 

 そして黒い魔法陣を描く口を開き、地獄そのものとなる強大な魔力を秘めた光線が解き放たれた。

 

 

 

 オレキエッテ帝国最終防衛戦

 

 

 vs魔法界新魔王・骨の怪人!!

 

 

 

続く

 

 

 

 

 




お疲れ様です。

いやーほんとおまたせしてすいませんでした。あの時削除を押さなければ・・・!

あまりにも眠すぎて、終電のがしてたから会社でタブレット起動してやってたんですけどね・・・間違えてしまった・・・ハハハハ

わろてる場合ちゃうぞ!!!!

キャラネタ書きます

骨の怪人
新しい魔王になった怪人。
コンキリエ魔王軍の事は、用が済んだら消すつもりでいた。
魔法の詠唱にはパスタが使われている。
ファルファッレとリガトーニがそれです。
超巨大な四足移動型みたいな怪人になっているが、城の上半分を消しとばしたり、山を破壊したりとその魔法の威力は魔王アマトリ以上。
好みの女性はふくよかな人。

シシリー
いつも死尻0って打ち間違える。
城の破壊には、得も言われぬ感情がわいた。

アラビア
シシリーの命令には絶対したがう女傑。

オーク(魔法界産)
めちゃくちゃ紳士な人達しか居ない。戦闘力は多分赤鬼と同じぐらい。
オーク怪人とトン・コッツの関係で登場せず。
強面で乱暴なのかと思ったらエルフの人たちが風邪を引かない様にしたり、パスタ料理が得意な人達が多い。
エルフと結婚する事もまぁまぁ多い種族だが、紳士なので強引な事はしない。

先代勇者
名前は不明。あまり強くないらしく、帝国をおいて逃げた。

・・・

次回、ヘヴンホワイティネスvs魔王骨の怪人!
いよいよ赤い勇者と魔法界編最後の戦い、開始!
ギンジ達は、赤鬼は、オレキエッテ帝国は平和を取り戻せるのか!
次回もお楽しみに!!




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65・ヘヴンホワイティネス!完!

こんにちはアトラクションです。

タイトルは本気にしないでください。まだまだこの物語は完結が見えません。しかし長いなぁ・・・。

なぜヘヴンホワイティネスが完!となっているのか・・・それは本編で是非!

間が結構空いちゃってごめんなさい。実は会社の方も忙しく、新卒相手を歓迎する企画を考えたり、新卒相手にパスタ振る舞うおじさんしたりする予定だったり、終電のがして会社に泊まったり・・・

来週はまともな休日があーるー!

話が逸れましたが、本編始まります。それでは、どうぞ


 

 二度、空を揺るがす巨大な黒い光線が放たれた。

 

 朱に染まる魔法界の空に、遠くの雲を突き抜ける光線が通るだけで、もはやオレキエッテ帝国は絶望の表情が出てきている。

 

 城を破壊し、山をも貫き、空を破壊する。

 

 新たなる魔王の攻撃、そして再び動き出したその巨体。

 

 城壁に乗り出していた赤鬼は、その光線に直撃してしまった。

 

 黒煙が城壁に漂い、えぐれた石面にオリハル金砕棒を突き刺した赤鬼は、その瞳を強大な敵となったかつての同僚にしっかりむけられている。

 

 無傷では無いが、それでもダメージはかなり大きい。

 

 「・・・なぜ死んでイナい?」

 

 骨の怪人の知性が出始めている喋り方に、赤鬼は牙を鳴らして威嚇する様にして答えを返す。

 

 「愛があるからだよ、このボケが」

 

 ミドリコと再開した今、赤鬼は死ぬわけにはいかない。

 

 「もう誰にも無くさせねぇよ・・・どら、もう一回かかってこいよ、人類の敵、ヘルブラッククロス!」

 「ほざいたな、赤鬼ヨ・・・」

 

 オリハル金砕棒を両手に構えて、崩れそうな城壁の上で赤鬼が飛び出す。

 

 こんな巨大な攻撃をもう二度と撃たせるわけにはいかない。この帝国の未来を守る為でもあり、命を救ってくれた恩義を返す為、赤い勇者は今こそ自分の全力を解き放つ。

 

 「覚悟しやがれ!!」

 

 めがけるは骨の怪人の大きな頭部。振り下ろすは赤鬼の勇者の武器。

 

 賭けるはこの帝国と自分達の未来()

 

 分厚く固く大きな骨の頭部に、ありったけの力と渾身の空気を溜めて、赤鬼はその一撃を振り下ろした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「帝王様、ご報告です」

 

 城壁で甲高い音が鳴るのを確認したシシリーの背後に、アラビアが駆け寄る。

 

 城内部の偵察を命じられたアラビアの表情は明るい。

 

 魔王の攻撃により、城は上半分を削る様に破壊されてしまっていたが、幸いにも誰も死者は居なかったとの事。

 

 城の警備も捨てる事で、文字通り全軍防衛を図った事が兵士の命を守れた事にもなっていたのだ。

 

 そしてもう一つが、この民帝国の命。

 

 シシリーの后であるポモドロを始め、民は全て地下に避難していたとの事。

 

 「つまり、確認出来うる限り、全ての民が無事でございます」

 「そうか・・・いや、良かった・・・」

 

 緊張感が少しだけ抜ける。安堵するにはまだ早いのだが、王という立場を考えれば、彼の心労からくる安堵は想像に難しくない。

 

 「帝王サマ〜!」

 

 再び声がする。甲高い元気な声のする方に振り向けば、そこに来ていたのはサクラ率いる勇者赤鬼の英霊達。

 

 「トンデモない事になったな・・・」

 

 ギンジはシシリーと眼を合わせてそんな事を言う。

 

 「・・・2度3度とお願いする事になってしまって、申し訳ないが」

 

 シシリーが何を言おうとしているのか、ギンジは理解した。何万モノ人の命の上に立つ彼の言葉を、聞き入れる前にギンジはシシリーの口を塞いだ。

 

 「ちょっとギンジ!その人一応王様よ!」

 

 無礼な態度であるのは百も承知と言ったギンジの表情。

 

 「その先の事は何も言わなくていいぜ、帝王サマよ。俺達が・・・あいつらを必ず倒してきてやる。戦う覚悟があるなら付いてきてもいいけどな」

 「ぼ、僕も行くよ。皆の助けになりたいし」

 「同意。今更何があっても、私達は、あの怪人を倒さないと、行けない」

 「もちろんだな。私達こそが、あの怪人を倒すべきだ。アレを倒すだけで、レンの未来がどれだけ明るいモノになるか」

 

 ケイタもレンもミドリコもギンジに同調してくれている。一意団結しなければ、あの魔王は倒せないだろう。

 

 「あら?あたしだけ仲間はずれかしら?あたしだってあんなのバチコーンと倒してあげるわよ!ギンジと一緒なら、あんなヘンテコ怪人に敗けたりなんかしないわ!」

 「当たり前だろ!カエデ、さっさく行こうぜ!」

 

 ギンジとカエデが強めのハイタッチをする事で、ヘヴンホワイティネスの士気は高まった。

 

 「済まない・・・勝利の暁には、帝国の全てをもって君たちをねぎらおう」

 「ありがとうよ!で、あんたはここに残ってろよ。帝王なんだから、民の所に居てあげな」

 

 ギンジという英霊の心使いに、帝王シシリーは深々と頭を下げる。

 

 「お待ちください英霊殿」

 

 帝王シシリーの下に、もう一人掛け声を出しながら、鈍色の鎧を夕日に輝かせる女性が向かってくる。

 

 「・・・不肖クリムパス!どうか、この帝国の戦いに、私も参加させていただきたい」

 

 紫色の髪を揺らしながら、クリムパスの険しい表情を余計にこわばらせて、ギンジに頭を下げに来た。

 

 「彼女はこの帝国でも序列1の剣士。で、あれば100人の味方をつけた気分でいいでしょう。そして・・・」

 

 もう一人麗しい女性の声がする。

 

 銀色の長い髪を束ねて、真っ黒で妖艶な魔法の衣、肘までかかる様なロングの手袋をみにつけた女性。

 

 「ジェノべさん!」

 

 サクラが喜びながら、叔母の名を呼ぶ。

 

 「もう2000人の味方はつけないか?ヘヴンホワイティネス」

 

 ジェノべも完全に戦闘態勢に入っている様子で、その魔力は強く唸らせている。

 

 「おや、私が100人で、ジェノバが2000?おかしいな、それでは私の方が弱いみたいな言い方ではないか」

 「事実です♡」

 「今ここで証明しても良いんだぞ・・・」

 

 喧嘩をしている場合ではないが、二人はちゃんと帝国を守る為に今名乗りを上げたのだ。

 

 ギンジとカエデが二人を仲裁すると、シシリーとアラビアはクリムパスとジェノべに最敬礼を行う。

 

 「必ず戻って来るんだぞ・・・」

 「御意」

 「オレキエッテ帝国の為、このジェノべ、全力でヘヴンホワイティネスに協力してまいります」

 

 これで魔王討伐のメンバーは・・・。

 

 ヘヴンホワイティネス

 佐久間ギンジ、神宮カエデ、宮寺レン、甘白ミドリコ、角倉ケイタ。

 

 オレキエッテ帝国

 クリムパス、ジェノべ、小町サクラ

 

 「兄弟、おれ達も忘れてないか?」

 

 そんな大除隊となったギンジ達に、もう一人男の声がした。

 

 「ケイタきゅんとギンジきゅんが行くなら、モー力を貸してあげないとな」

 

 大柄な体躯をした牛を思わせる大男、ギュウ・コッツ。

 

 「まぁ、めんどくさいけど・・・いいわ、協力するって事で」

 

 平均的な女性とそんな変わらないが、内に秘めた魔力は大きいく風の魔法を操るジン・コッツ。

 

 「鍵の争奪戦ではいい所なかったからな!このトリも手を貸してやるよ!ンゲーゲッゲッ!」

 

 鶏冠を思わせる髪型をしている鶏の男は、火を操れる司祭トリ・コッツ。

 

 そして最後の男は、豚鼻から強い鼻息を吹き出し、体温と外気に違いが大きいのかその鼻息はとても白い。

 

 太い腕をマントから取り出し、ギンジ達にその力強い拳を向ける。

 

 「我らコッツ兄妹、地水火風の司祭も英霊・ヘヴンホワイティネスに助力させてもらいたい!このトン・コッツ!兄弟の為に、動向させてもらうぜ!」

 

 コッツ兄妹も魔王討伐の為に、ギンジに協力を申し出た。

 

 「これに協力したとて、貴方達が帝国から離れられる事にはならないのだけど?」

 

 ジェノべはトン・コッツを思い切り威圧しているが、トン・コッツはそれに鼻を鳴らすだけ。彼らは表向きは直属の上司、部下と言った間柄だが、実際はジェノべの手下もとい奴隷みたいな扱いを受けている。

 

 それは過去に色々あったのだが、今はそんな事を話している場合ではない。

 

 「おれは純粋に兄弟に協力したいだけさ。それに、あんな新しい魔王、放置して逃げてもこの世に平穏なんて取り戻せないからなぁ・・・ブッヒッヒッヒ」

 

 混乱に乗じて逃げるよりも、ギンジに協力した方が後々の利点があると判断しての申し出であるという事が解った所で、ジェノべはやや納得気味に鼻を鳴らす。

 

 そこへギンジが近寄り、トン・コッツと拳をぶつける。

 

 「お前が来てくれるなら心強いぜ」

 「そうだろ兄弟。このトン・コッツが来たからには、1万の味方をつけた気になっていいぞ!ブッヒッヒッヒ!」

 

 そんなやり取りをしていると、再びクリムパスとジェノべがトン・コッツに鬼の形相で近寄る。

 

 「私が100でジェノべが2000・・・そして貴様が1万だと!それでは私が一番弱いみたいではないか!」

 「クリムパスが雑魚なのは間違いないけど、この私がこいつより下に見られるのは気に食わん!」

 「え、待てよ。俺はこいつに勝ったんだから、お前らが俺より下だろ!」

 

 何人の味方をつけたつけないでの話では、ついにギンジも入りだす。

 

 「あんたは女の子に手を出せないでしょうが!」

 

 カエデにより拳骨をくらったギンジは、頭部を抑えてうずくまる。

 

 つまりカエデが一番上になってしまった。

 

 「ふざけるなジェノべ!私は帝国序列1だぞ!」

 「序列2だけど、総合的にはあなたより上なのだけれど?」

 「魔女はともかく、クリムパスは引っ込んでいろ!またブヒブヒ言わすぞ!それとももうブヒりたくないのか?」

 「・・・そ、それは話が違うだろぅ?」

 「トン・コッツ、クリムパス・・・その話詳細に教えなさい」 

 「後にしろって!そろそろ行くぞ!」 

 

 ギンジの掛け声でそろそろ集中すると、全員が北の城壁に向かって走り出す。

 

 「ギンジ、必ず勝つわよ」

 「おう!怪我させないようにするからよ。お前は俺が守るぜ」

 「言うじゃない下僕のクセに!ボサッとしないでよ。頼りにしてるんだから」

 

 ギンジとカエデも走りながら軽く手をぶつけあうと、二人が最前線を走り城壁と突き進む。

 

 「ギンジくん!作戦は?」

 「無い!やりたいように攻撃しよう!」

 

 サクラはほんの少し期待したが、ギンジのこの答えには最早笑うしかない。

 

 「ならばコッツ兄妹は、城壁を出たらあの腕を壊しに行こう!」

 

 「お前たちがそうするなら、私とジェノべはあの腕を攻撃しよう」

 

 「だったら私達は・・・ギンジとカエデが、決めて」

 

 「俺は頭部をぶっ飛ばしに行こうと思ったけど・・・」

 「あたしもそれにしようかしら」

 「いいだろう、私もそこについていく」

 「僕も援護するよ!」

 「よし!城壁に到着したらそれぞれ好きに動け!魔王をぶっ飛ばすぞ!」

 

 それぞれの行動が決まった。城壁の上にその顔覗かせて大暴れを開始する骨の怪人をその視界に捉えると、各自作戦とも呼べない作戦を開始する事になった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「モー脚が見えたぞ!!」

 

 ギュウの叫び声で平原を駆け抜けるコッツ兄妹は、骨の怪人が踏み抜いている平原の大地を視認する。

 

 トンの大地の魔法、ジンの風の魔法が2つ重ねて攻撃を試みるが、そこにダメージが通っていない事が確認できる。

 

 続いてはトリの爆炎の魔法を地面から見える踝に当てて見るが、弾かれるかの様に、その攻撃は通らない。

 

 「どう崩す?兄者」

 

 ジンは風のマントを翻しながらトンに聞いてみる。いつも危機的状況や、他の野盗との抗争においては右に出る者は居ない程の知略を持つ長兄トン・コッツはこういう時に憧れの視線を向けられる事が多い。

 

 体格では兄を勝るギュウもトンに対しては、期待の視線を向けている。

 

 「ンゲーゲッゲッ!トンの兄ちゃん、何か考えないとやばそうだぜ」

 「モー・・・こういう時まで、頑張り屋さんだな・・・」

 

 トリとギュウの向ける視線の先には、骨の怪人から発せられた魔力で復活したのか、無数の魔王軍兵士に黒い魔力を被せた、おおよそ魔王軍兵士だった者達が、様々な武器を持ちながらゆっくりと進撃して来ていた。

 

 「ジン、この脚・・・というか新しい魔王にはどういう体制があるんだ?」

 

 トンは冷静に分析しながらも、妹であるジンにその解析を頼んで見る事にする。

 

 「時間かかるよ?」

 「全力で、最速でやれ。変わりに、ギンジ(兄弟)とくっつくチャンスをお兄ちゃんが作ってやる。ブッヒッヒッヒ」

 「いやーあんな感じ(暴力的)のは興味とかないや・・・」

 

 ジンの肩を軽く叩き、トン、ギュウ、トリは復活した魔王軍の兵士へと防衛を開始する。

 

 本来の戦う相手とは少し違ってしまったが、無視も出来ない。

 

 「こいつらモー魔王軍みたいな強さは無いぞ!」

 「ンゲーゲッゲッ!でも殺意マシマシ麺かたって感じだな」

 「強化されているのは武器や身体能力だけだ!決して一人も通すな!兄弟や、クリムパスが、向こうで戦ってるんだ!」

 

 今日は気合いが入っているのか、トンは長兄らしく率先して敵をなぎ倒す。

 

 大地の魔法で隆起させて敵を貫き、肉つきの良い腕や脚を使った攻撃で粉砕し、両手で敵二人の頭を掴みあげると、平原の大地に叩き落とす。

 

 「トン兄ちゃん、今日はすごい迫力だ」

 「モーたまらん強さだ」

 

 そんな事を言いながらもトリは爆炎で敵を吹き飛ばしている。平原の草を焼かないようにすれすれを走りながら、敵が消し炭になっていく。

 

 そしてその隣では水の糸を操りながら敵を吊し上げ、水を纏った拳が敵兵士の強化された鎧ごと叩き砕いて行く。

 

 ジンの背後にも魔王によって操られた兵士が迫るも、ジンは人差し指と中指を顔の近くで上に向けて作ると、疾風の刃が兵士を真っ二つに切り裂く。

 

 詠唱無しの魔法を使いながらも、見向きもせずに骨の怪人の脚に魔法の水晶で、解析を進めている。

 

 (なんかしら攻撃が通じるはずだけど・・・)

 

 面倒くさがりのジンも今回ばかりは、本気を出して解析を初める。

 

 このまま脚を崩せないとしたら、何をすれば通じるのか。必死にそれを考える。

 

 魔法の攻撃か、物理の攻撃か。それとも英霊が使う様な不思議な力が必要か。

 

 解析の結果として出てきたのは、ただ純粋に高い魔力の数値。圧倒的な魔力多さに、薄い膜のガードがコーティングされており、異常な防御力が表に出てきているのだ。

 

 (・・・四人で一本壊せれば・・・良い方かな?考えただけでめんどくさそ)

 

 その巨大な柱にも見える真っ白なモノは、生命体骨の怪人の右脚である。

 

 「・・・兄者、解析できたけど」

 「結果は?」

 「異常な魔力数値と圧倒的な防御力。多分コレ一つの命だけじゃない他の生命が素になった魔力が複数感じられた。めんどくさいけど、四人で頑張って一本折れるかどうかだと思う」

 「・・・ブッヒッヒッヒ、上出来よ」

 

 昼間は魔王軍と戦い、魔力を使って体力も使っている。だが、今は魔王そのモノと戦っている。

 

 なにより自分が帝国の為に戦おうと思える事自体が、ありえない事なのだが、トン・コッツにも守りたいモノが何個かはある。

 

 「四人全員、我ら兄妹で力をあわせるんだ!」

 

 コッツ家の長兄であるトンが叫ぶと同時に、コッツ兄妹はここに集う。

 

 柱の様に太く、空にそびえ立つ様な骨そのモノの脚へ向けて、コッツ兄妹はそれぞれ地水火風の魔力を放出する。

 

 敵も迫っているが、そんなのは後でどうにでもなる。

 

 「マジカル・アースエンド・マジックズ」

 

 トンが唱えるのは大地魔法の最大級の攻撃魔法。

 

 「マジカルマジカル・アクアマリン・マジックズ」

 

 ギュウが唱えるのは男子を守ろうとする未来へ向けた、水の魔法の最終形態。

 

 「マジックツァー・ファイアオークス・マジカルズ」

 

 トリが唱えるのは全てを焼き尽くし、全てを灰に変える業火絢爛の魔法。

 

 「ウィンドブルズ・マジカルマジカル・ウィークネス」

 

 ジンが唱えるのは疾風を超え、暴風を超え、爆風をも乗り越えて、破壊しつくす撃風の魔法。

 

 地水火風の司祭、それぞれが本気で積み上げた強力かつい協力して出す共力の魔法。

 

 大地の光が、水の輝きが、火炎の煌めきが、風の美しさが、全て混ざり合い一つの融合された魔法へとその姿を変える。

 

 集まるはそれぞれの属性の最大魔法。

 

 解き放たれるは、兄妹最強の魔法。

 

 『カッペリーニ・フォースグランドクロス!』

 

 四人の大魔法が十字に取り囲む骨の怪人の脚を捉える。

 

 それぞれの兄妹の出す最大魔法が、混ざり合いながら輝き、強力強大な地水火風が入り乱れる大魔法は、平原に突き刺さる骨の脚を中心に、平原そのモノを光で包みこみながら、魔王軍の兵士を消し飛ばしていく。

 

 大きな輪の衝撃波が飛び立ち、平原の果てまでそれが飛んでいくと、ほぼ全ての魔王軍の兵士達は、その姿を闇の塊へと変えて空へと飛び去っていく。

 

 骨の怪人の右足はその強烈な光に飲まれると、直後に大爆発を起こして、その大きな姿が隠れていく。

 

 大きな爆風と水や炎が弾け飛ぶ四人兄妹の合体魔法は、骨の怪人に確実なダメージを与えられたのか。

 

 まばゆい光が消えると、視界が開ける事で初めてその成果を確認する。

 

 「今のは自信があったが・・・」

 

 トンの視界に写ったのは、骨の怪人の無傷な脚。平原の地面に深く突き刺さったままの、巨大な脚。

 

 「・・・モー大変だ。こんな攻撃、何回も打てないぞ」

 

 ギュウはその無傷な巨大な白骨の脚を見て、顔を引つらせている。

 

 「ブッヒッヒッヒ・・・もう一度試すか」

 

 軽く言うが、その表情は疲労の色が強い。もう一度打てば、倒れるかも知れない程、魔力を今日一日で使っている。

 

 「・・・めんどくさいけど、絶対に諦めたらダメなんだよねぇ」

 

 ヘヴンホワイティネスと戦った事で、彼女達が諦めない心を持っている事を思い出したジンは、兄妹の中でも珍しくやる気を出している。

 

 「ンゲーゲッゲッ・・・もう一回打って崩せなかったら、どうしようか」

 「ブッヒッヒッヒ。その時は、拳で行くぞ。おれも諦めるわけには行かないんでな」

 

 コッツ兄妹の覚悟を決めた戦いを諦めてしまったら、上で戦うギンジ達が苦戦するかも知れない。別世界の友人の為に、少しでも尽力したいコッツ兄妹は、もう一度大魔法を決める為に、四人で力をあわせるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 「マジカル・ソーエンズ・マジックズ!ソードレイン!」

 「マジカルマジカル〜ピンクミサイル!」

 「マジック・マジシャンズ・マジックズ!ギガ・ハンマー!」

 

 クリムパス、ジェノべ、サクラの3人が城壁の上で魔法攻撃を与え続ける。

 

 両腕をめがけた3人の魔法攻撃は、まるで通用していない。

 

 そんな攻撃をモノともせず、骨の怪人は巨大な腕を振るい、城壁に叩きつけたり、魔法攻撃を返したりと、かなり好き放題に城壁を荒らしている。

 

 本当に倒壊するのも時間の問題と言う所である。

 

 「兄貴!」

 「おう!行くぞ赤鬼!」

 

 そんな折、勇者赤鬼と合流したヘヴンホワイティネス。ギンジが口から業火球を作り出すと、それを赤鬼がフルスイングで骨の怪人の頭部へと叩き込んでいく。

 

 「決めるわよ、レン!」

 「任せて、カエデ」

 

 両肩に乗り込み、それぞれ左右から首の骨を狙うのは、カエデとレン。衝撃を溜めたブーツと、大きな丸鋸に形状変化させたレンのビーム剣が当時に、首の骨を狙う。

 

 「必殺!ハイロード・スタンプ!」

 

 衝撃を宿した腕で飛びながら、直線状に飛び出しながらのドロップキックが炸裂する。より強い一撃を生み出すのは脚力となり、衝撃だけは骨の向こう側へと叩き込まれた。

 

 「ビーム剣術!スプラットアウト!」

 

 ビーム巨大丸鋸を背中、首へと回して両腕で叩き下ろす様にした丸鋸の攻撃により、カエデから来る衝撃を逃さない。

 

 「小賢しいわぁ!!」

 

 骨の怪人の巨大な頭部から、空気の振動までが視認出来る叫び声。

 

 肩から鉄板等を容易に貫けそうな突起の付いた骨が、触手の様に飛び出してはカエデとレンを捉えようとする。

 

 「させるかッ!」

 

 城壁の物見櫓の上では、ミドリコが対怪人用スナイパーライフルを構えて、骨の怪人の細やかな攻撃を的確に妨害していく。気配が見えるからか、伸びる骨の行き先を先読みしながら引き金を引いている。

 

 撃鉄が鳴る。力強く甲高い撃鉄の音。それが鳴ると、少し遅れて骨の怪人の攻撃を相殺されていく。

 

 「ナイスミドリコ!」

 

 鎖骨に乗り込んでアクロバティックに、顎骨に飛んだカエデがミドリコを褒める。

 

 「ギンジ、赤鬼!もう一回魔法が来るよ!飛んで!」

 

 ケイタが城壁の一番離れた所で、危機を伝えると、城壁の石床を波打つ黒い魔法が飛んでくる。

 

 足元を絡め取り、動けなくするバインドの魔法と言うモノらしい。

 

 「全く重いなお前」

 「ヌハハ、申し訳ございやせんね兄貴」

 

 黒い魔法にはギンジが飛翔する事で赤鬼を持ち上げる事で事無きを得る。再び城壁に降り立つかと思ったら、ギンジは滑空の勢いのまま空中で一回転する。

 

 「行け!赤鬼!」

 

 そのまま掴んだ赤鬼を思い切り投げ飛ばし、骨の怪人の前歯に激突させる。

 

 「よし来た!このままコアに食らいついてやらぁな!」

 

 前歯をこじ開けて赤鬼が空洞の口内へと侵入を果たす。

 

 無数の魔力が漂う口内の奥へと突き進み、胸部のコアへと迫ろうとするも、勇者の前には魔法で蘇らせた、魔王アマトリの幻影をけしかける。

 

 「・・・」

 

 何も喋らないただの黒い揺らめきとなったアマトリの幻影に、赤鬼は問答無用で突き進み攻撃を開始する。

 

 「邪ぁ魔ぁ!するんじゃねぇ!!」

 

 口内での戦闘が開始された外では、もう一度魔法使い3人の連携攻撃が繰り出されている。

 

 カエデもレンもケイタの補助魔法をもらいながら、全力で骨の怪人の攻撃を続けているが、まともにその攻撃は通っていない。

 

 「ミドリコ!なんか兵器ないのか?」

 「ロケットランチャー、ミニガン、後は・・・」

 

 魔王アマトリを撃破する時に使ってしまったので、城崩しはもう無い。あと残っているのは・・・。

 

 「ミヤコお手製の地形崩し、陣形崩ししか無いが・・・あれを持ち運ぶのには相当時間がかかるぞ」

 「今持ってないのか?」

 「ある。使ってみるか?」

 

 ギンジが物見櫓に飛びながらも、ミドリコに兵器の存在を聞いてみる。だが決定打になるような武器はもう存在せず、手元に残っているミドリコの決戦兵器は地形崩し、陣形崩しのみ。

 

 どちらも怪人に直撃させれば、それ相応のダメージはあるだろうが、今の骨の怪人に通用するかは不明な所である。

 

 どちらにせよ一度きりの武器だ。ミドリコが取り出したその兵器をひとまずギンジが与ろうとその手を伸ばす。

 

 「撃ち方は普通に引き金を引くだけだよな?」

 「そうだ・・・が、両手で扱わないと大変な事になるぞ。肩が砕けそうになる」

 

 一度城崩しを撃った事で、その砲包の反動でミドリコは後方に吹き飛んだ事を語る。最早肩だけにとどまらない破壊力だったのだが、ギンジは気にしない。

 

 「問題ないぜ。これをあの骨の怪人の胸に見えるコアに打ち込んだらどうなるか見てみたいんでな」

 「無茶するなよ・・・」

 

 ミドリコから兵器を預かると、ギンジは物見櫓から全力で飛翔する。

 

 右手に担ぐ、地形崩し。

 

 左手に担ぐ、陣形崩し。

 

 そしてその左右の武器には炎と雷を走らせて、決戦兵器の火力を上げるつもりでいる。

 

 「英霊殿!道を開けます!」

 「クリムパス、なんとしても佐久間様が有効打を撃てる様になさい!」

 「私達3人で協力すればいいんだって!」

 

 再びクリムパスとジェノべとサクラが、3人同時に魔法を唱えるとギンジにその魔法が付与される。

 

 「ヘルブラッククロスを倒すなら、こういう魔法が必要だよね!ギンジくん!」

 「ありがとうよ!力が漲ってくるぜ!」

 

 3人がギンジに打った魔法は、力、速度、防御力が上がる魔法。これにより一定時間、ギンジは強化される事になる。

 

 「ギンジ!」

 

 骨の怪人の肩の上では、カエデが叫んでギンジの名前を呼ぶ。

 

 「思い切り決めなさい!神宮財閥の社員として、必ず成し遂げるのよ!」

 「任せろ!」

 

 そのままギンジは胸部に見えるコアへと飛翔で突き進む。胸骨が開き、先端から骨の触手が伸びてくるが、真正面からそれらを避けていく。顔をかすめ、羽を閉じて降下したかと思えば、伸び切った触手を足場にして走り出して行く。

 

 後方から絡め取ろうとする骨の先端を踏みつけると、そのままギンジはもう一度飛翔する。

 

 速度が上がった事で、飛び立つギンジに触手は届かない。

 

 否、捕まえられない。

 

 コアに到達する直前で、ギンジの真下から何本もの触手が伸びて来るが、それを上に飛翔する事で追撃から逃れる。

 

 花びらの様に広がりながら骨の触手の束が、ギンジを包みこもうと何度も何度も追いかけてくる。

 

 「ギンジに!」

 「兄貴に!」

 

 『触るな!!!』

 

 口内でアマトリの幻影を叩き潰した赤鬼が、隙間を縫ってギンジと入れ替わるようにして、触手の束へとオリハル金砕棒を叩きつけた。

 

 そしてもう片方、城壁の方からは6発のロケットランチャー。赤い弾頭が触手を容赦無く爆撃していく。

 

 「これで狙えるぜ!」

 

 地形崩し、陣形崩し。そして炎と雷の弾丸を構えると、骨の怪人の胸部のコアへとその銃口が向けられた。

 

 ギンジの真後ろには、命を奪おうと回転するドリルの様な触手が鋭く回転しており、今にもギンジに到達しそうではあったが、サクラが魔法で妨害すると、ギンジは今度こそその銃口を爆発させる。

 

 「怪人開発のプロが造った、怪人撃滅用の兵器だ!」

 

 コアをめがけたその兵器を発射した。魔王となった骨の怪人は胸骨に骨の触手を束ねて、更には胸骨を閉じようとするが、足元から響き渡る大爆発に驚き、さらにはバランスが崩れる。

 

 「なんっ・・・だと!?」

 

 驚愕する骨の怪人が足元に視界を移動させる。ギンジも同じく足元に視線を動かすと、写ったそこには地水火風の司祭達。

 

 「へへへ、あいつらもやったみたいだな!」

 

 バランスを崩した骨の怪人の胸骨には陣形崩しが命中する。強大な爆発は、空気を揺るがす。

 

 ミヤコが造った兵器はどれも一級品。彼女一人で戦争でも起こせるかも知れない。そんな科学力を秘めた攻撃兵器は、ギンジの目論見通り骨を粉砕する。

 

 そしてもう一つの兵器である地形崩し。ゆったりとしかし確実に前に進むその弾頭がコアに到着して、大爆発を起こす。

 

 「ぐおおおお!!!!!!!!」

 

 骨の怪人の咆哮。より大きな耳をつんざく咆哮は、怒りそのモノを宿している。そしてその怒りの咆哮は、やがて雄叫びに変わり、ギンジを巨大な掌が叩き落とした。

 

 「ぶっ・・・」

 

 油断していた事もあり、クリーンヒットしたその攻撃により、ギンジは思い切り平原の大地に叩き落された。

 

 「兄貴ぃいぃ!!!」

 

 触手の束の内側から粉砕した赤鬼が、ギンジ叩き落されたギンジを見て、狼狽してしまった。

 

 それが油断となったのか、触手が赤鬼を絡め取ると、黒い魔法による爆発が触手ごと赤鬼を襲い、彼も地面に落とされた。

 

 「ギンジ!!赤鬼!!」

 

 カエデが悲痛な表情で叫び、次はカエデとレンが足場としている骨の肩から、触手が伸びると一瞬でカエデとレンを捉える事に成功する。

 

 「ヘヴンホワイティネスめ・・・!イイ加減に、諦めろォォ!!!」

 

 黒い魔法と共に繰り出される空中爆発。サクラとクリムパスがその爆発に巻き込まれ、ジェノべは最初の一回だけ避ける事に成功するも、骨から突き出た触手により左肩を貫かれ、巨大な掌で城壁へと叩き落された。

 

 魔王アマトリが操っていた魔法を完璧にコピーし、さらに威力を上げている。

 

 なんとか浮遊の範囲から落ちずに済んだサクラとクリムパスだが、重力を操る魔法により、南側の城壁へと落とされてしまった。

 

 「うっああああ!!!離してよ!」

 

 肩に貼り付けにされてしまったカエデとレンは、ヘヴンスーツのパワーを吸い取られてしまっており、まともに反撃が出来なくなってきている。このままエネルギードレインが実体に届いたら、死ぬ事になるだろう。

 

 カエデはギンジや仲間が倒された事で、ヤケになったかの様に眼を血走らせている。

 

 「ぐぐっ・・・ぬぅうう!!」

 

 レンも同じくビーム剣に力を込めるが、スーツに力が入らないので、ビーム剣に想いが届かない。

 

 そんな形勢逆転を果たした骨の怪人に、ケイタは城壁の石を投げつけるが、届くわけが無い。

 

 「レンを、カエデを、離せ!」

 

 精一杯の勇気を振り絞って、ケイタが叫ぶが骨の怪人は大きな怪人の瞳をギョロリと動かす。

 

 眼が合う事で、ケイタは背筋が凍てつく思いになってしまうが、それでも魔導書を抱え込み、必死に骨の怪人をにらみつける。

 

 「死ね」

 

 冷たく言い放たれた言葉の直後、北側の城壁が足元から爆発を起こす。あの黒い爆発が、ケイタの立つ真下で起こった。

 

 (あ・・・まずい・・・第一の魔法・・・!)

 

 一瞬何が起こったのか理解が出来なかったが、ケイタはなんとかして防御魔法を自分にかけようと魔導書を強く握る。

 

 が、次の瞬間に視界に捉えたのは、真っ白なただ広い何かの存在。それがケイタの視界を埋め尽くし、物凄い衝撃が全身に走った。

 

 「ケイタぁぁああああーーーーー!!!!」

 

 普段叫ばないレンが必死になって恋人の名前を叫ぶ。レンとカエデが見たその光景は、城壁の真上から掌を叩きおろし、ケイタもろとも城壁を叩き潰したのだ。

 

 「くっ・・・よくも!」

 

 ロケットランチャーを構えたミドリコ。しかし勇ましく戦いに赴いた彼女の周囲には、黒い球体がふわふわと複数浮いている。

 

 その球体には瞳でもついているのか、ミドリコを視認するともちっもちっ、とミドリコの全身にくっつき始める。

 

 「ぐっ、何を・・・!?やめ、離っ・・・」

 

 もちもちと取り付いたかと思えば、ミドリコの立つ物見櫓が小規模な爆発に巻き込まれる。物見櫓が爆発四散し、ミドリコもろとも黒い魔法によって消し飛ばされてしまった。

 

 「ミドリコぉ!ケイタぁ!!」

 

 泣き叫ぶ様なレンの声に、カエデも涙が溢れてくる。

 

 「次はお前達だぁ!」

 

 平原に突き刺さった左脚を引き抜くと、軽く跳躍。この巨体で飛べば、空を覆う程大きく見え、着地すればその自重により足元に居るコッツ兄妹を軽く吹き飛ばす程の風圧が生じる。

 

 北の城壁は倒壊し、勇者率いる英霊達、帝国の戦士、魔法使い、そして司祭をも、一転攻勢により瓦解してしまった。

 

 オレキエッテ帝国に、魔王の進軍が再び開始された。

 

 右脚がなくなろうと、両腕を匠に操りながら城下町の最初の一軒家を踏み潰し始める。

 

 「ヘルブラッククロスの勝利だ!!!恐れ慄け!魔法界よ!!」

 

 黒い光線を複数本背中から吹き出しながら、雨の様に降らしては大破壊を再開する。

 

 「おのれ・・・」

 

 シシリーがその光景を眼に入れる事で、大きな絶望が走る。

 

 胸部を城下町の道に見せびらかす様に、骨の怪人は這う。命を終わらせる為に、この世界に地獄を送る為に。

 

 この日・・・ヘヴンホワイティネスはヘルブラッククロスの骨の怪人に一杯食わされ、完全敗北を喫した。 

 

 「ヘヴンホワイティネス!終了!」

 

 声高らかに叫んだ骨の怪人に、魔法界もいよいよ絶望一色の世界が出来上がりつつある。

 

 肩に貼り付けにされたカエデとレンもエネルギーを吸収された影響か、変身が解けてするりと落とされてしまう。

 

 「うう・・・クソぉ・・・」

 「ハァ、ハァ・・・ケイ・・・タ」

 

 木材と砂がクッションになったのか、カエデもレンもそこまで衝撃があった訳ではないが、カエデとレンの顔には生気がない。

 

 夕日が沈み、命も沈み、静寂には包まれない破壊と絶望の魔王が帝国へと進撃を再開したのであった。

 

 「勝った!我こそが勝った!総統閣下!我々ヘルブラッククロスの勝利は目前ですぞ!!ヘヴンホワイティネス!完!」

 

 上機嫌なのか暗くなりつつある大空へ向けて、骨の怪人が声を上げて行く。

 

 本当の意味での絶望は・・・ここからだ。正義は死に絶え、真の正義が魔法界に君臨しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それじゃあ、誰がヘヴンホワイティネスのハッピーエンドを見る為に、今後も戦って行くんだ?俺の変わりも、ヘヴンホワイティネスの代わりも・・・」

 

 一人の男が立ち上がった。

 

 希望を常に持った男が、皆の希望を背負った男が。

 

 今、この魔法界、最大最悪の魔王を倒す為に、正義を信じた悪が立ち上がった。

 

 「俺以外、居ねぇだろうが!!」

 

 黒い炎、紫の雷、金棒。

 

 気合いを入れ直す為に、カエデに買ってもらったサングラスをかけ直す。

 

 「俺が終わりになんてさせねぇよ。俺だけが見れるハッピーエンドを迎える為に、ここで終わる訳ねぇだろうが・・・!」

 

 フェーズ3の力を最大限発揮して、佐久間ギンジが再び立ち上がる。

 

 骨の怪人の眼の前に立ちはだかる。

 

 「まだまだここからだぜ、ヘルブラッククロス!!」

 

 英霊が一人立ち上がるだけで、魔法界の希望の光はまだ潰えていなかったと、期待と羨望がギンジに向けられる。

 

 ヘヴンホワイティネスにとっても、かつてない強敵である骨の怪人。敵はより強大な魔王、ヘルブラッククロス骨の怪人。

 

 立ち向かい、彼のモノに打ち勝てるのは、ヘヴンホワイティネスのみ。

 

 「正義のヒーローなら、まだいるぜぇ」

 「死ぬかと思ったぞ・・・」

 

 ギンジに続いて、赤鬼、ミドリコが立ち上がり、怪我をしながらもここまでなんとかたどり着いた様だ。

 

 ミドリコの腕を赤鬼が右腕で担ぎ、左腕ではケイタも引きずって居る。

 

 もうこれ以上一歩も進ませない。もうこれ以上破壊はさせない。

 

 動けなくなってしまったカエデとレンとケイタを、ミドリコに任せて、ギンジ、赤鬼は、眼の前の魔王に撃破を試みる。

 

 「必ず!」

 

 ギンジが声を出し。 

 

 「お前を!」

 

 赤鬼が叫ぶ。

 

 『倒す!!』

 

 二人が最後の締めに言葉を絞り出した。

 

 「いいだろう。覚悟しろ、ヘヴンホワイティネス!!軽く捻り潰してくれる!」

 

 魔王の雄叫びが城下町に轟き、それを合図としてギンジ達は突撃を再開するのであった。

 

 

 

続く 

 

 

 

 




お疲れ様です。

次回、魔法界編の最終決戦終幕!
次回の次回、魔法界編終わり
次回の次回の次回!ついに新章・ミヤコ救出編始動!

お楽しみに。

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
骨の怪人を相手に本気出すぜ!サングラスかけたらなんか気合いが入るらしい。仲間にひどい事されたからげきおこなう

神宮カエデ
ギンジが敗けたのかと思った。普段冷たくあしらってるからか、ギンジがピンチになると不安も大きくなる。

宮寺レン
何気に初めて叫んだ。かもしれない。ケイタもミドリコも彼女にとっては自分の心の恩人である。ギンジとは違うが、大好きな人たち。

甘白ミドリコ
もちもちする黒い爆弾にもちっもちっされた。爆発もしたが、自衛隊式緊急脱出技で事なきを得た。※ミドリコは人間ですが彼女が少しおかしいだけです

角倉ケイタ
骨の怪人にフルボッコにされた。魔法は寸前で間に合ったのと、魔導書発動の羽衣がわりと防御面で働いた。

小町サクラ
骨の怪人に魔力で押し敗けた人。

クリムパス
トン・コッツにブヒらされた事があるらしい。100人分の働きした?

ジェノべ
魔女。2000人分の働きした?

コッツ兄妹/トン・コッツ
魔女ジェノべの手下・・・もとい司祭。
10000人分の働きした?したか・・・右脚破壊したしね。

トン・コッツとクリムパスは一体何をしているんでしょうね・・・
二人っきりで行動している所を見たと言う人は居ない・・・

魔王骨の怪人
魔王アマトリの魔法を操り、トンデモつよつよ怪物になった。
今回、ヘヴンホワイティネスを倒して、物語を完結させようとした末恐ろしい奴。

・・・

安心してください!まだ最終回じゃありませんよ!なんだったら100話超えるよ!確定で。

次回は先にも述べましたが、魔法界最終決戦終幕となります。つまり、魔法界編は残り二話!!
その次はミヤコ救出編もは〜じ〜ま〜る〜よ〜!

それではまた次回!!


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66・大精英霊佐久間ギンジ

こんにちはアトラクションです!

なんなのかよくわからん話になってしまいましたが、自分なりに頑張ってみました!

それにしてもいやーブラック企業だなー。完全週休2日制のヘルブラッククロスに入社したいです。入社したらまずは戦闘員になります。そしてギンジにぶっ飛ばされます。終わります。

今回のお話も少し間が空いてしまい、どうもすみません。
お待たせして本当に、本当にすいません!決してやる気が無いわけじゃないんです!仕事が忙しすぎるんでぃす!

今回のお話では赤い勇者と魔法界編最終決戦終幕!

それではどうぞ!


 

 オレキエッテ帝国の北の城壁がついに破壊されてしまった。

 

 そこから身を乗り出すかの様にして、巨大な白骨の魔王がその頭、腕・・・骨が、瓦礫を押しのけて突撃を果たして来た。

 

 「・・・!」

 

 遠くでもその迫力がわかる。シシリーを始め、帝国に生きる者達、生命体と一括にカテゴライズされている存在であれば、城壁を破壊した巨大な骨の怪物が、人類の・・・この世界の敵・魔王であると理解した。

 

 倒さねばならない。ここに居る全ての命が、そう判断した。

 

 しかし・・・絶望に染まりかけた帝国には、まだ希望が失われていなかった。

 

 大きな闇とより強い絶望が迫る城下町に、小さくとも闇を打ち払わんとする光と、誰にも消す事の出来ない、そして誰もが待ち望んだ大いなる希望が、魔王の前に立っている。

 

 赤い勇者。赤鬼と名乗る帝国が召喚した切り札。

 

 そしてもう一人はそんな勇者赤鬼が兄貴と尊敬する、英霊佐久間ギンジ。

 

 二人が魔王の大きな頭骨の前に立つと、並々ならぬ大きな殺意を醸し出している。赤鬼も勇者として持つ事が許されない殺意を出し、ギンジも英霊として出す事が許されない様な強い殺意。

 

 最早誰も口には出さないが、あそこまで行くと最早勇者だとか善なる者だとか言うラインを超えている。

 

 「勇者・・・」

 

 崩れた城下町でシシリーは二人の背中を、その眼に焼き付ける。

 

 例え人間で無くとも、例え元々悪に居た身でも、今は帝国の為にその命を賭けて戦ってくれている勇者だと信じて、シシリーは震え上がる兵士たちに剣を引き抜いてみせる。

 

 「皆の者!」

 

 帝王の大声が、後ろに控える兵士達を立ち上がらせる。恐怖を払拭させる掛け声に、元魔王軍の兵士たちまでもがシシリーの言葉に反応した。

 

 「今こそ勇者の為に、そしてこの帝国、ひいては世界の未来の為に、命を賭ける時が来た!!総員!死力を尽くして・・・」

 

 こんな事を言える立場であってもシシリーは、本当は今でも逃げ出したい。あんな大きな怪物に立ち向かって勝てる訳ないと、心のどこかでは無理だと諦めている。

 

 それでも・・・この国を守る王なのだ。死ぬとしても、もう二度と逃げない。退いてはいけない最後の戦い。

 

 高らかに上げた剣は、夜に沈もうとする陽光をわずかに跳ね返す。

 

 「死力を尽くして、魔王と戦うぞ!!」

 

 帝王シシリーの宣言に、帝国の兵士が沸き立つ。

 

 「ついて来るのだ!魔王にこれ以上、我が国を壊させやしない!!」

 

 上げた剣を魔王が佇む方向へと向けていく。

 

 「行くぞぉ!!」

 

 オレキエッテ帝国の最後の戦い・・・果たして勝者はどちらに。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「カエデ・・・カエデ・・・大丈夫か」

 

 頬を軽く叩きながら、気絶したカエデを起こそうとミドリコが必死に声をかける。

 

 骨の怪人によってエネルギードレインを受けたカエデとレンは、今日はもうまともに戦う気力はおろか、ヘヴンリングのエネルギーすら残されていない。せいぜい変身が限度だろう。

 

 「み、どりっこ・・・」

 

 カエデの隣で藁に寝かされたレンは、意識を取り戻すとミドリコへと手を伸ばす。

 

 ミドリコが仲間を連れて避難した場所は、北の城壁からかなり離れた西側の城下町の牧場の様な木製の部屋。

 

 簡素な造りであちこち燃えカスだったり、ヒビだったりと戦闘の跡が残る部屋だが、ここならばなんとか出来るだろうと、ミドリコは3人を担いでここまでやってきた。

 

 「レン!大丈夫か?」

 「すこし・・・ふらふらする」

 

 身体を起こそうとするも、レンにも疲労は大きい模様。彼女はすぐに頭を藁に埋める。

 

 レンが寝返りを打つようにして、隣を見る。

 

 親友であるカエデの向こう側には、能力が解除されたケイタの姿が見て取れた。

 

 「ケイタなら無事だ・・・あんな攻撃を受けたのに、見た感じではどこも出血はなさそうだぞ」

 

 ミドリコの言う通りでケイタに外傷は無いように見えた。

 

 「そっか・・・ああ、よかっ・・・」

 「・・・今はゆっくり休むといい。今まで戦いすぎたんだ、私達は」

 

 度重なる疲労、戦闘、そして今回の精神面に大きく残りそうな大ダメージ。最愛の恋人が無事だと解った時、安心感が勝ったレンは、そのまま眠りについてしまう。

 

 本当は戦いに行かないといけないのに、それでももう身体が言うことを利かない。

 

 カエデも呼吸は乱れて居ないから異常は無いと判断し、ミドリコは彼女達を起こす事を諦める。

 

 今はもう、まともに戦えないだろう。

 

 カエデもレンもミドリコもケイタも。

 

 「・・・流石に疲れたな・・・ギンジ達はだいじょうぶか・・・」

 

 ミドリコにもここに来てダメージが大きくなっている事に気づく。

 

 「・・・ねむるわけには・・・」

 「寝てても大丈夫だよ・・・」

 

 顔色の悪いミドリコ。そんな彼女の居る部屋に、ある一人の少女の声がした。

 

 桃色の髪を揺らしながら、折れた杖を片手に持ちながらサクラがここまで来ていたのだ。

 

 「サクラ・・・」

 「ちょーーっと油断したけど・・・まだ私は戦えるから・・・」

 

 サクラは笑顔を作ってみせる。顔がススで汚れて、魔法少女の装束も所々やぶけている。

 

 痛みで引きつった笑顔だが、もうこれ以上ミドリコ達に無理をさせたくは無い。サクラも覚悟をここで決めたのだ。

 

 「ここまで戦ってくれて、ありがとう」

 「お礼なんてとんでもない。むしろ最後まで戦に行けなくて申し訳ない。もっと・・・彼女達を守る力が私にもあればな・・・」

 

 自分の無力を思い知った気分だ。ミドリコはケイタの気持ちを今少しだけ理解出来た気分でもある。

 

 「後の事は・・・私とギンジくんと赤鬼さんで片付けてくるね」

 

 どうにもならないと思うかも知れない。それは無謀だと、ミドリコは声を出して言いそうになってしまった。

 

 だけど・・・同じ正義の志を持つサクラの決意を固めた表情に、ミドリコは何も言わない。

 

 「・・・君たちは若い。まだ、死なないでくれよ」

 「もっちろん!私の故郷をこんなにするんだから、今よりきついお仕置きしてやるんだから!私も最後までヘヴンホワイティネスの味方として戦うからね!」

 

 それだけ伝えてサクラとミドリコはお互いに笑みを交わすと、部屋から飛び出していくサクラ。

 

 (・・・今回ばかりは、本気の魔法・・・使お)

 

 友達の敵を逃し、果ては怪我までさせた。

 

 サクラの魔法少女としての最大の責任を持って、あの骨の怪人を倒そう。それしか彼女達に報いる方法が思い浮かばない。

 

 「・・・もう許さないんだから!」

 

 それと同じ様に故郷をここまで破壊され、サクラの怒りも最大にまで来ていた。魔法少女サクラは、自身の持てる魔力を全て解き放つ最大魔法を発動する準備に入る為、サクラは帝国の夜空へと飛んで行くのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 城下町に進撃した骨の怪人の攻撃は非常に苛烈極めるモノだった。その腕を振りあげれば、大きな影が身体を覆い尽くし、地上に立つ兵士達をほぼ一撃必殺に等しい威力で、撃滅してきている。

 

 まともに戦えるギンジ達でさえ避けるのに精一杯の攻撃。

 

 「あれだけの範囲とリーチがあれば、もう何でもありだな」

 

 加えて魔王や他の魔王軍から吸収した魔法の攻撃。 

 

 黒い魔力に形成された攻撃がほとんど援護攻撃さえも無力化し、接近できても攻撃がほぼ通らない。例え攻撃魔法が命中しても、微々たるその攻撃力ではまともに通用していない。

 

 「死ね!死ね!死ネェ!!!」

 

 人類の巨悪となる骨の怪人の魔法が町に炸裂する。炎とも違う、風とも違う、異質な魔法が次々と命を奪う。

 

 「諦めるなァ!!」

 

 兵士達を鼓舞するのはクリムパスとジェノべ。彼女達も戦線に復帰し、ギンジ達の援護を再開している。

 

 「思っくそかっ飛ばすからな!」

 

 赤鬼は同じく戦線に戻ってきたコッツ兄妹と共に、協力しながら攻撃を開始している。

 

 オリハル金砕棒を構え、トンを思い切り殴り飛ばす。人間砲弾とも呼ぶべきその吹き飛ばしに続いて、ギュウも第ニ射として飛ばされる。

 

 『マジカル・アースアンドアクアズ!』

 

 トン・ギュウの二人の兄弟が同時に魔法を唱えると、大地と烈水の融合魔法そのものとなりながら、二人が骨の怪人の頭部に突撃を開始する。

 

 『コッツ・ブラザーフッド!』

 

 兄弟故のコンビネーション攻撃は、怪人の額に直撃するのだが、まったく気にもしていない。

 

 「トン!!使え!」

 

 クリムパスが浮遊しながら剣の魔法を召喚し、トンに投げ渡す。

 

 「次は・・・こちらの番だ!」

 

 アラビアが腰の剣を引き抜きながらジェノべの魔法を纏うと、雷光の魔法剣が完成する。

 

 そこへトリ、ジン、ギンジも同時に駆け出し、骨の怪人の右腕を破壊しにかかる。

 

 右腕は依然大きくまだ誰もまともに傷をつけられていない。

 

 「めんどくさいけど、あんたがいるんじゃ・・・平穏なんてなさそうなんで」

 「ンゲーゲッゲッ!さっきは良くもやってくれたな!」

 

 兄妹二人の風と炎が融合し、炎の渦が勢いを増して行く。そうして出来上がった炎の渦にはギンジの黒炎が混ざりあい、さらに大きな災禍の大渦が完成し、骨の怪人の右腕の振り下ろしに合わせて突き出す。

 

 「吹き飛ばせーーー!」

 

 ギンジの合図によってジンが暴風を操り、災禍の大渦とアラビアの雷光剣が同時に発射される。

 

 「愚か者めが!」

 

 再び骨の怪人の口に黒い魔法陣が展開されるが、顎をかち上げるかの様に、赤鬼とクリムパスが下から飛びあげる。

 

 「その汚ぇ口を塞ぎやがれコラ!」

 「覚悟しろ魔王!」

 

 口を無理やり塞がれ、動きが一瞬止まってしまう。そのタイミングで、右腕の災禍の大渦が命中する。

 

 「例え魔法で強化されてても、中身は怪人の細胞だ!怪人の攻撃は怪人で無効に出来る!・・・時もある!」

 

 ギンジの考えは今までの怪人との戦いにおける、なんとなく経験談でのお話に過ぎないのだが、それでもあの魔王も元は怪人。

 

 きっと攻撃の手段があるとした仮設は、同じ怪人の攻撃でぶつかり合えば、必ず反撃の一手が生み出されると言う。

 

 「つまり、いつもの殴り合いだな!流石兄貴だぜ!」

 「俺たちなら絶対に勝てるぞ!赤鬼!手ぇ貸せ」

 「ガッテン!」

 

 災禍の大渦に飲まれる右腕が再び上がってくる。

 

 兵士達も迫力に負けじと、魔法で応戦を開始する。そんな攻撃の列を離れて、城下町の中でも比較的綺麗な時計台まで走り出していくギンジと赤鬼。

 

 「勇者殿、英霊殿も何を・・・?」

 

 クリムパスも赤鬼の所まで追いかけている。

 

 向かう先は時計台。

 

 「あの時計台をぶっ壊して、骨の怪人にぶつける!」

 「なっ・・・!?あれはこの帝国でも由緒正しい歴史ある・・・」

 「帝国の未来と時計台、どっちが大切なんだよ」

 「そ、それは言うまでも無いが・・・トンと・・・ごにょにょ」

 「兄貴!どうやらクレンペラーはトン・コッツとの思い出の場所らしいから壊しくてほしくないらしいですぜ」

 

 クリムパスがごにょごにょ言い始めるのを聞き逃さなかった赤鬼は、デリカシーも何も無い発言を出し始める。

 

 「わー!わー!解った!何もないから、壊せばいいだろう!あと、クリムパスです」

 「いやぁ、悪いな・・・クリスタル」

 「クリムパスです」

 

 ギンジと赤鬼とクリムパス。3人とも時計台の前に立ち、ギンジは一度ムーン・フォースを発動する。

 

 「驚いた・・・英霊殿は、色々な能力があるのだな」

 「俺っちの兄貴だからな。このお方こそ最強の怪人であり、ヘヴンホワイティネス最強の男なもんで」

 

 二人が話ながらも、ギンジは長ドスの月光の力を開放し、時計台をジグザクに斬り崩す。流れる様に見えて雑な斬り方は、赤鬼に似た力まかせ感を感じる。

 

 「赤鬼!クランベリーと一緒に、時計台を叩き出せ!」

 「クリムパスだ!」

 「任せろ兄貴!」

 

 斬り崩された時計台をクリムパスが剣の魔法で、刃だらけにコーティングし、赤鬼はホームランスタイルで思い切りかっ飛ばす。

 

 刃の取り付いた瓦礫は空気により、その軌道を完璧に操作されており骨の怪人に次々と命中していく。

 

 これ以上の進軍をさせない為にも、使えるモノはなんでも使って妨害しないといけない。

 

 「そういやサクラはどこ行った?」

 「先程から姿が見えやせんね。ひょっとしたら姐さんと一緒にいるかも知れやせん。見てきやしょうか?」

 

 最後の瓦礫を発射して、赤鬼がギンジに向き直りながら声をかける。

 

 「いや、ミドリコ達と一緒にいるなら大丈夫だろ・・・多分」

 「そうですかい。にしては心配そうな顔してやすね、兄貴」

 

 カエデとレンとケイタが戦闘不能になる、ミドリコも戦線から離脱している。カエデとレンに至ってはエネルギードレインをモロに貰ってしまった為に、今日は戦線復帰は難しいだろう。

 

 仲間をやられてギンジは黙っていない。赤鬼も同じく、自分の大切な人に手を出されてはもう容赦するつもりはない。

 

 死なないでいてくれるのであれば、離れてて貰った方が精神的にはありがたいのだが、隣にカエデが居ない事でギンジは内心とても心配していた。

 

 「けどまぁ・・・今はあいつを倒すのが先決か」

 

 時計台を根本から斬り崩した瓦礫の上で、ギンジは再度フェーズ3い戻る。

 

 骨の怪人は刃だらけの瓦礫が頭部に突き刺さっており、しかしそれを全く気にしていない。

 

 「英霊殿、次は何をするのだ?」

 

 剣の魔法を持ちながら、クリムパスがギンジに尋ねる。ギンジは次にもう一つある兵士達の駐屯所に金棒を向ける。

 

 「アレを使って攻撃しよう。俺と赤鬼で壊して、とにかく遠距離で攻撃する」

 「私はどうすればいい?」

 「そうだなー・・・あ、でっっっかい剣とか作れないか?」

 「魔法であれば・・・可能だが・・・」

 

 クリムパスの剣の魔法により、ギンジが希望する巨大な剣は作成自体は可能。しかし一つの懸念があり、それをクリムパスは相談してみる事にする。

 

 時折ギンジ達を狙った黒い光線が飛んでくるが、距離感を考えれば普通に避けられる為、さして気にならない。

 

 「作る事は可能だ・・・だが作っている間に、狙われるのは間違いないだろう・・・ましてやソレをぶつけるのも・・・」

 「あ、ぶつけるのは気にしなくていいぜ。使うのは俺だからよ」

 

 どういう事だろうか。この英霊は発言もめちゃくちゃな事も多い上に、あの勇者赤鬼が兄貴と呼び慕われている。

 

 そして見た目通りの重さも想像できる巨大な剣魔法を、今度は自分が使うとまで言い始めた。

 

 「見た目はなんでもイイぜ。巨人とかが使えるよーな、とにかくバカでっっっけぇ奴!そんで、お前が狙われると言う問題だが、それも解決の手段を思いついていてな・・・」

 「・・・?どんな作戦なのだ?」

 「いやぁ俺っちに聞かれてもな・・・」

 

 ギンジの言う手段はどんな内容なのだろうか。かなり気になるのだが、一度駐屯所に向かう事にしたギンジ達は、時計台のあった場所から離れるのであった。

 

 「赤鬼、あの建物は根本からぶっ壊してから、クリムトに強化してもらって投げ飛ばせよ」

 「クリムパスです」

 「了解したぜ・・・でもその言い方だと、兄貴は別の事をしそうですね?」

 

 街道を駆け抜けながら、赤鬼がギンジに向けて言葉を出した。その隣で走るギンジは別の道に向かって走っている。

 

 「そいつが狙われ無い様に、ちゃんと作戦を考えたんだ。これでなんとかダメージが入ればいいけどな。俺が戻るまで魔法の剣はつくるなよ!」

 「へい!」「了解した」

 

 ギンジが二人に作戦を任せると、そのまま骨の怪人の居る場所に走り抜けていく。

 

 兵士の亡骸、瓦礫、シシリーの頭を飛び越えて、骨の怪人の目の前にギンジは舞い戻った。

 

 「英霊か?何をしていたのだ?」

 

 戦況を見守るシシリーの後ろからギンジが来た事で、少し動揺するが再び骨の怪人に注目する。

 

 「トン!トンは居るか!?」

 「どうした兄弟!」

 

 大地の魔法でレンガをまとめた土塊を投げようとしていたトンを見つけ、ギンジは彼の元に走って近づく。

 

 「お前に守って欲しい奴がいる!来てくれないか?」

 「・・・?まぁ、良いが。何か作戦なのか?」

 「ダメージが入るか分からんけど、クリムパスに巨大な剣を作ってもらおうかと思ってな」

 「ブッヒッヒッヒ・・・守ってほしいのは、クリムパスの事か」

 

 土塊の攻撃で骨の怪人を妨害したトンは、かなり納得行った表情をしている。鼻についた土の汚れを拭い去ると、トンはギンジの肩に手を乗せる。

 

 「あいつをまたブヒらせたいからな。いいぞ、守ってやる」

 「ぶ、ブヒらせ?」

 「兄弟は気にしなくていい。クリムパスはどこにいるんだ?」

 「こっちだ!」

 

 ギンジとトンが戦線から離れようとすると、骨の触手が伸びて道を塞ぎ妨害してくる。

 

 先端の尖った鋭く鋭利な触手は、ジェノべの魔法とアラビアの剣により、またたく間に粉々にされて行き、ギンジとトンの走る道が開かれる。

 

 「めんどくさっ・・・」

 

 ジンは指を鳴らすと、視認出来る緑色の風が飛び出し、ギンジとトンを飛ばす。数秒でも早くクリムパスと赤鬼の下に届ける為だ。

 

 「さて・・・」

 「こちらも腹を決めよう」

 

 ジェノべとアラビアが骨の怪人の前に立ち、剣と魔法をお互いに構え、この大きな頭部を持つ魔王へと強く出る。

 

 「オオオオォォォォ!邪魔をすルなぁァ!!」

 「邪魔なのは、お前の方だ魔王!!」

 

 けたたましい咆哮を上げる魔王骨の怪人へ、ジェノべは魔法陣を展開させて攻撃を開始する。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 帝国の遥か上空。魔法界に星が輝き始める夜空に飛び出したサクラは、自分の出せる最大の魔法を発動する為に、無数の魔法陣を展開及び固定をしていた。

 

 「・・・次で、最後・・・」

 

 サクラの魔力をそれぞれの属性ごとに展開させ、発動してから一つに集約してから発動する大魔法・エレメンタルピンクフレア。

 

 サクラが母親である先代魔法少女アズサから受け継いだ、最強の攻撃魔法。発動したのはマージ・ジゴックとの最後の戦いの時に発動した限り。

 

 桃色の魔法陣の展開を待つ間にサクラは、自分の魔力残量を確認する。

 

 物凄い勢いで減り続けている魔力を見て、サクラはこれで倒せなかったら・・・なんて悪い事を想像してしまう。

 

 母が産まれ、自分も産まれた故郷を守る為に、家族には内緒にしてここに来ているサクラだが・・・もし失敗して自分が死ぬ様な事があれば、両親はどんな思いになってしまうのだろうか。

 

 (だめ・・・集中しないと)

 

 今は失敗する事を想像してナーバスになっている場合ではない。

 

 大魔法エレメンタルピンクフレアを完成させ、骨の怪人に決定打を与える。これに限る。

 

 桃色の魔法陣の展開が完了した。最後の魔法陣が展開完了により、攻撃魔法が全て夜空の果てに解き放たれると、それが虹の様にカラフルになりながら、サクラの所に戻ってくる。

 

 「・・・この魔法で、今度こそ!」

 

 骨の怪人を倒す。自分が討ち漏らしてしまった責任と、友達の戦いへの協力を今後もしていく為に、サクラの中の最大最強の攻撃魔法が発動された。

 

 「よーし!どかんと行くよおおーーー!」

 

 やがて虹の輝きは桃の一色だけに固まって行き、地上に戻るサクラの行動に合わせて追尾していく。

 

 「小町家最大の攻撃魔法!たんとめしあがれ!」

 

 決死の魔法が更に速度を増して、まばゆい輝きを空に残しながら、地上で暴れる骨の怪人へと向かって飛んでいく。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「こ、これで良いのか?英霊殿」

 

 クリムパスの魔法で作り上げた巨大な剣は、どうみてもギンジが扱おうとして扱えるようには見えない程巨大。今の骨の怪人なら扱えそうな大きさだが、ギンジはこれで良いと言う。

 

 「こんなデケェの・・・兄貴と【同じぐらい】ですかね?」

 

 赤鬼は冗談も交えながらギンジに笑みを見せる。

 

 「いやいや俺のはもっと【デカイ】」

 「ブッヒッヒッヒ!見せてみろよ兄弟」

 「ええ・・・ここでズボン下ろすのはなぁ」

 「要らんことを話合っている場合か!」

 

 クリムパスの怒号で男性陣はくだらない話を終える。

 

 「こんな巨大な剣・・・本当に扱えるのか?攻城用の魔法だぞ?」

 「問題ないぜ。これさ、城壁まで上げる事は出来るか?」

 

 ギンジの指差す城壁は、北。既に倒壊しているのだが、まだ生きている足場部分に持っていきたいと言う。

 

 剣を作る間は、ジェノべ達が防衛と引きつけを買って出た様子で、トンは流れ弾の防御を行っていた。

 

 ギンジと赤鬼も一度前線に戻っては、クリムパスが武器を完成させるまでの間に、トンとクリムパスを二人きりにしていた。

 

 「城壁まであげたあと・・・その時にいよいよ使うんだな?」

 

 クリムパスが鈍色の鎧を締め直し、魔王の暴れる音に過敏に反応する。

 

 「大丈夫だ・・・!城壁に運ぶのは、トンとクリムパスに任せるぜ。俺と赤鬼は、お前らが見つからないように、大暴れを再度開始する」

 

 言うとギンジと赤鬼は再び前線に戻る。

 

 二人が走るのを確認すると、クリムパスとトンは二人して浮遊の魔法で、巨大な剣を上げて行く。

 

 「こ、こうして二人で運び出すのは・・・なんだ、共同作業みたいで気分がいいな・・・」

 

 帝国の未来がかかった戦闘の最中に、クリムパスは何を口走っていたのだろうか。あわてて口を紡ぐが、トンは剣を隔てた向かい側で目をそらしている。

 

 「ブッヒッヒッヒ・・・クリムパスが良ければこの戦いの後も、共同作業をしても良いぞ。おれは・・・構わんしな」

 「ジェノべを倒して、帝国から離れたいと考えていたのではないか」

 

 コッツ兄妹は帝国領では有名な野盗であり、ジェノべに見つかった彼らは容赦なく叩きのめされ、かれこれ10年以上はジェノべの手下・・・もとい地水火風の司祭として活動させられている。

 

 いつかはジェノべを倒してこの帝国から脱出しようとしていたらしいのだが・・・。

 

 トン・コッツはクリムパスとの出会いにより、様々な困難を乗り越えながら暮らしていると、自然とそんな気も起きなくなってきていた様だ。

 

 「・・・全て終わったら、ま、またブヒらせてくれるか?」

 「いいぞ。夜から朝まで・・・たっぷりと、な。ブッヒッヒッヒ」

 

 お互いの信頼と愛情が混ざりながらも、完璧に陽が消え失せた夜空に、その巨大な剣が浮かんで行く。倒壊した城壁に向かって。

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 止まる事のない骨の怪人の暴虐は、次々と圧倒的な破壊力を示して来ている。

 

 破壊。それも悪意が秘められた確実な破壊。

 

 悪の組織の怪人が、自分の私利私欲の為の破壊を、心行くまで楽しんでいる。魔法界に住む人々にはそう見えている。

 

 「ハハハ!どうしたオレキエッテ帝国!ヘヴンホワイティネス!」 

  

 骨の怪人にも何度か攻撃しているモノの、決定打はいつまでも取れていない。

 

 唯一攻撃として有効だったのは、頭部に突き刺さった刃の瓦礫。

 

 あとは建物をぶつけようが、魔法で攻撃しようが、ギンジと赤鬼が攻撃してもその進行を遅らせるだけ。

 

 胸部の骨に見えかくれするコアにも、なかなか攻撃が届かない。

 

 そこでギンジの考えた作戦としては、クリムパスに作って貰った巨大な剣で一刀両断を画策している。

 

 しかしそんなギンジにも、余裕を見せる骨の怪人にも、予想していない事が急に現れた。

 

 それは大空に突如として光出した、桃色の閃光。

 

 夜空を明るく照らす、一筋の閃光が・・・。

 

 「こっちに落ちて来る!?」

 

 ギンジが空からの光を見て驚きからその声を上げる。すると骨の怪人もその首をもたげて空を見上げる。

 

 忌々しい覚えのある正義の志を宿した、あの魔法。あの色。あの力。

 

 「魔法少女ガァアアアッ!!!」

 

 自分が死にかける原因になったあの魔法少女だけは、必ず返り討ちにして四肢を潰して犯す。怪人としての欲求も混ぜ合わせた怒りを孕んだ声で、空からの桃色の光に対して黒い魔法陣が展開させられる。

 

 「魔法少女・・・ってこたぁ、ありゃサクラのお嬢かい」

 「サクラの奴・・・隠し玉でもあったのか!」

 

 正義の魔法による桃色の光の中に、サクラが居る事がなんとなく解ったギンジは急いで攻撃体制に戻る。

 

 目指すは頭部に突き刺さった刃の瓦礫。

 

 あれを起点に頭部を叩き壊す。それがギンジが今思いついた新たな作戦。

 

 「マジカルマジカル〜!!!」

 

 サクラも地上に迫りつつあり、自分の最大魔法を持ってヘルブラッククロス・骨の怪人を撃破に挑む。

 

 ここまでくれば骨の怪人の引きつけも完了したの同然。ギンジは赤鬼にここを任せて、クリムパスとトンの待つ倒壊した城壁へと登り始める。

 

 「今度こそ、その力を貰い、貴様を倒す!覚悟しろ、魔法少女!」

 

 骨の怪人が手元に攻撃をしかけて来る帝国の面々を無視し、上空に迫るサクラを黒い魔法により、正面から魔法と魔法がぶつかる。

 

 「エレメンタルピンクフレア!」

 「リガトーニ・ダークヘルブラッククロス!」

 

 黒い光線を更に強化した凶悪そのモノを体現する光線と、サクラがその身に走らせる桃色の大魔法が激突し、空間を振動させる衝撃が帝国の城下町に響き渡る。

 

 「うっ・・・あああ〜〜ッ!!!」

 

 サクラの決死の大魔法が、骨の怪人の大魔法に押されている。鍔迫り合いにも似た魔法の押し合いには、骨の怪人の魔力の方が上回っている模様。

 

 「オオオオオオッ!!!」

 

 しかしそこへサクラの手助けをする事にしたギンジが、クリムパスの作り上げた巨大魔法剣を持ち上げようと、城壁の上で全力で剣をあげようとしている。

 

 「いくらなんでも無茶だ!」

 「無茶でもなんでも・・・やるしかねぇんだよ!!」

 

 クリムパスの制止も聞かずに、ギンジはとにかく剣をもちあげる。hフェーズ3の黒い炎を全身で吹き出しながら、とにかく剣を持ち上げるつもりで居る。

 

 「その武器を上げるつもりなのか?」

 

 ギンジ、クリムパス、トンの3人が立つ城壁に、帝王であるシシリーがやってきた。彼の険しい表情は月の光に当てられ、より深みを増している。

 

 「・・・英霊ギンジよ・・・君にこの剣を操る力があれば・・・本当にあの魔王を倒せるのだな?」

 「操るって言っても、一発使えればそれでいいんだけどな!」

 「・・・そうか。ならば・・・」

 

 帝王シシリーはギンジに向けて、小さな魔法の杖を向ける。

 

 「この杖はこの見た目に反して、身体を壊すかもしれない程の強大な魔力を秘めている。魔力の塊をつけた、我が帝国の秘宝でな・・・」

 

 シシリーはこの魔法の杖が、魔王アマトリが狙っていた霊石の正体である事をギンジに伝える。

 

 「そんなモン、俺に使って大丈夫なのか?」

 「問題ない。どちらにせよ、本来ならば勇者の身体に、褒美として使うべきモノであったからな・・・」

 

 シシリーがサクラと骨の怪人の大魔法のぶつかり合いを眺める。

 

 「力を求めた神の力が宿る魔法の霊石、その杖。英霊よ、君が使えばきっと道を間違えない正しい使い方が出来るはずだ。どうか・・・再三の頼みで申し訳ないが・・・この帝国を、魔法界を救ってくれ!」

 

 もう勇者だとか英霊だとか人間だとかの問題ではなくなって来ている。

 

 帝王が深々と頭を下げると、ギンジはそうする事の重みと覚悟を受け取った気分になる。この美しい世界を守り、生き、そして愛しているシシリーがここまでするのだ。

 

 ギンジも同じ様にその重さに恥じない覚悟を持つ必要がある。

 

 「力を求めた神、ね。それじゃ、遠慮なく使わせてもらうぜ」

 

 シシリーから受け取った魔法の杖を握ると、ギンジの右腕に反応して、粒子状になっていく魔法の杖。

 

 そんな魔法の杖はギンジを認めたのか、ギンジの腕だけではなく身体、頭、脚・・・全身に魔法の力が宿る。

 

 隅々にまで行き渡る魔法の力は、ギンジの体内に新たな力を呼び起こさせる。

 

 炎は魔力で更に強くなり、雷と飛翔の力は更に強大になり、月の力も更にその防御力を飛躍的に上昇させている。

 

 もう一つある赤鬼から受け継いだ金棒は六角のトゲが、丸みを帯びてより粉砕の為の形状、力を取り戻している。まさしく赤鬼と同じでこれなら空気をも砕けそうだと思える程に。

 

 そしてギンジの能力としてもう一つあるイメージの能力は相変わらずだが、もう既に巨大魔法剣をどう操るかの想像が出来上がってきている。

 

 そのイメージ映像の中でのギンジは、巨大魔法剣をコアへとぶん投げている映像が浮かび上がっていた。馬鹿げた映像でも、ギンジのイメージに失敗はほぼ無い。

 

 「あとは・・・信じるしかないか・・・この力を、魔法を!」

 

 サクラの大魔法と骨の怪人の大魔法がぶつかる中、ギンジが城壁から見えるのは・・・骨の怪人の胸部。その大きな身体を反らせて真上を向き、両腕は支える為に城下町に突き刺している。

 

 胸部の骨に隠されたコアは隙間から丸見えになっており、今からだったら確実に狙えるだろう。

 

 「元々は頭にぶっ刺してやるつもりだったけど、これだったらコアを狙うか!」

 「頼んだぞ兄弟!」

 「英霊殿!お願いします!」

 「行け!英霊よ!今こそこの帝国最大の力を得た君こそが、この魔法界の滅びを回避する最強最大の大精英霊だ!」

  

 大精英霊。それは全ての英霊を従わせ、勇者に力を貸す存在。

 

 全ての伝記に残る、最大の力を持った英霊の事。

 

 シシリーから見て、霊石をその身に宿したギンジは、まさしく大精英霊として写ったのだろう。

 

 「任せろ!今の俺ならなんでもできそうだぜ!」

 

 クリムパスの作り上げた巨大魔法剣の柄を握る。

 

 両手で持ち上げると、その剣は紙でも持ち上げたかの様に軽く上がり、しかしながらその剣の重さはしっかり身体に伝わっている。

 

 (なんだ・・・?軽い・・・けど重い?)

 

 この力は一体なんなのだろうか。何かを軽くする?否、なんでも扱える様になる?

 

 「・・・」

 

 片手で持ち上げ、指先でバランスを取る様にしても、その剣はとてつもなく軽く、ほんの少しだけならば指先から強く上げてもフワリと浮いている感じだった。

 

 魔法の霊石の力の詳細は不明だが、こうやってモノを軽く出来るのであれば問題ないとする。

 

 あとはイメージ通りに動いて骨の怪人のコアに、この巨大魔法剣を叩き込むのみ!

 

 「覚悟しな・・・骨の怪人、いいや、魔王サマよぉ・・・!」

 

 城壁から剣を胴横に構え、片足を上げたギンジは骨の怪人めがけて大きな剣をぶん投げた。

 

 最早斬る用途よりも叩き潰す用途に近い巨大魔法剣。そんな煌めく魔力で形成された剣には、ギンジの黒炎、紫電を両面に走らせ、文字通り魔法剣となって骨の怪人へと突きこまれていく。

 

 「ぐっ!?貴様ァアァァアアア!!」

 

 骨の怪人がギンジからの巨大魔法剣に気づくと、支えに使っている左腕を防御に使う。

 

 しかし・・・。

 

 「さーせーるーかーーー!!」

 

 甲高い少女の声。

 

 「ビーム剣の形状は・・・金棒で良いのね?なら、あとはお願い」

 

 もう一人の少女の声。

 

 「頼まぁ!姉御達!!」

 

 地上では、疲労困憊になっているカエデとレンが赤鬼に希望を託す為に、ここまで復帰して来ていた。

 

 もう戦うには至らないが、それでもカエデは赤鬼に必殺技を放とうとしている。

 

 肝心のミドリコとケイタは・・・。

 

 「やっと・・・追いついた・・・死ぬかもしれないけど、僕も皆と戦うんだ・・・」

 「ギンジ・・・君に最後の武器を託す。使ってくれ」

 

 ボロボロになりながらも、ようやく復帰してもこの有様である。しかしながら、仲間にまかせてばかりは居られないと、ケイタもここまで踏ん張ったのだ。

 

 ミドリコから受け取った武器は・・・甘白ミドリコ自身が決戦兵器とうたう最強の兵器・ロケットランチャー。

 

 「お前ら・・・大丈夫じゃねぇだろうけど、いいのか?」

 「構わない・・・私達も、ヘヴンホワイティネスだ・・・でも、出来る援護はこれ限りだ!」

 「うん・・・あとは、お願いするよ、ギンジ」

 

 ケイタもミドリコもカエデもレンも、これで精一杯。今日ここで使える力の最後を使う。

 

 時刻は丁度──0時を迎える頃。

 

 それと同時にケイタの魔導書に淡い光が浮かび上がる。

 

 魔力がほとんど残っていないケイタは、死ぬ事を臆さずに、第三の魔法を唱える。一日一回、最大の強化魔法・・・。

 

 「必ず、か、勝てよ・・・第三の魔法・エンジェラ・カジャオング」

 

 指先から強化魔法のほとばしる光弾が弾かれ、それがギンジの身体に入り込むと、再び神とも魔王ともつかない禍々しさと正義の象徴たる様なマントに身を包んだギンジの進化が行われた。

 

 一方、左腕に迫る巨大魔法剣を叩き落とそうとした骨の怪人はと言うと・・・。

 

 「必殺!オーガ・インパクト!」

 

 カエデの最後の必殺技には信頼と敵意を込めて、本気で赤鬼を投げ飛ばす。

 

 赤鬼の右手にはオリハル金砕棒。

 

 勇者の左手にはビーム金砕棒。

 

 「赤鬼・・・!」

 

 ギョロリと大きな怪人の瞳が動く。骨の怪人は、ここに来て支えとなる左腕を失う事を予感した。かつての同僚、怪人四天王の赤鬼の手によって。

 

 「オオオオオッ!!」

 

 空気を裂く赤い勇者は、2つの金砕棒を空中で構える。正義の志を持った赤鬼の、空気をも砕き崩す最強の二振りが繰り出された。

 

 「骨も空気も砕けやがれぇぇっ!!」

 

 空気を自分の周囲で動かし、足元から圧縮して体格の良い赤鬼の身体を超速回転しながら、骨の怪人の左腕へと激突していく。

 

 赤鬼のパワーから繰り出される双金砕棒は、少し空気が触れるだけでも文字通り破壊の一撃とも成りうるパワーを秘めている。

 

 カエデの必殺、レンのビーム剣術、赤鬼の空気。

 

 それらが3つ混ざり合う赤き勇者の最大の攻撃。

 

 「名付けるならァ・・・」

 

 ──鬼必殺・ビーム空鬼乱舞とでも名付けようか・・・!

 

 大回転により何度も骨を削り、砕き、叩き、弾き、崩し、破壊する。

 

 「ッ!!?」

 「ヌッハハァーッ!砕けたぜ!」

 

 赤鬼の怪力により、ついに左腕を粉砕する事に成功した。

 

 そこをチャンスと見た巨大魔法剣が黒炎と紫電の勢いを増して、骨の怪人の胸部のコアへと再び突撃を開始した。

 

 「おし!もう一本折ってやるよゴルァ!」

 

 巨大魔法剣の上に赤鬼が着地し、その場所から見える支えとなっている右腕めがけて飛び出す。

 

 左腕が砕けた事でバランスを崩した骨の怪人の光線が弱まり、真上からくるサクラの大魔法の勢いが増す。

 

 胸部にはコアを潰さん勢いで剣が突き刺さっているのに、その光線は止まらない。

 

 それほど骨の怪人の執念も強いのだろうか。

 

 「グッオオオオオ!!!!」

 「ここで滅びなさい!魔王!ヘルブラッククロス!」

 

 サクラの大魔法は1段階勢いを増して、赤鬼は右腕を破壊しに向かう。

 

 そしてギンジは・・・。

 

 「兄弟、いいんだな!?」

 

 トンの大地の魔法による大きなタワーが完成させられており、クリムパスと共にギンジを支えている。

 

 赤鬼とサクラがうまいことやっている間に、ギンジがまた新たな提案を思いついたのだ。

 

 霊石の能力を解明出来そうな何かを理解し、ギンジは高い所から飛び降りて攻撃しようと言う。

 

 そんなギンジはトンに担ぎあげられ、右手には金棒剣、左手にはミドリコのロケットランチャーを装備している。

 

 「投げろぉーー!」

 「お気をつけて!」

 

 ギンジの号令によってトンがいよいよギンジを骨の怪人へと投げる。

 

 「行くぞ・・・骨の怪人!!」

 

 サクラの大魔法とぶつかり合う黒い光線は潰れたコアからも吹き出しはじめ、地上を襲い始める。

 

 「マジカルマジカル・マジックバイト・アンブレウス!」

 「マジック・マジクルス・アンチマジックズ!」

 

 ジェノべとアラビアが二人同時に魔法を詠唱すると、真っ白な魔力で構成された光輝く鎖と防御癖が展開されていく。

 

 骨の怪人の肩に巻き付く様に拘束して鎖と、コアからの光線を反射する反射ぼ大盾が骨の怪人の抑え込む。

 

 「エンチャント・ウインド!」

 「エンチャント・フレイム!」

 「エンチャント・アクアズ!」

 

 ジン、トリ、ギュウの3人もそれぞれの属性を赤鬼に付与すると、赤鬼が再び大回転を繰り返す。

 

 「豪壊鬼乱舞(ごうかいおにらんぶ)!」

 

 風は暴風となり、炎は爆炎となり、水は烈水となり、赤鬼の双金砕棒と混ざりあい、先程の攻撃よりもより強くなっていく。

 

 破壊の竜巻。怪人と魔法のコラボレーションによって生み出された、この世界でしか出せない究極の一撃が、骨の怪人の右腕を一撃で粉砕する。

 

 ついに支えを失った骨の怪人は今度こそバランスを崩して、黒い魔力の光線が止まってしまう。

 

 「これで・・・」

 「終わりだァ!!」

 

 骨の怪人の視界に現れたのは魔法少女と進化の怪人。

 

 「エレメンタルピンクフレア!」

 

 先にサクラの魔法が骨の怪人に突きこまれていく。頭部に深く命中したサクラの大魔法は、文字通り桃色の爆発をお越し、先に刺さっていた刃の瓦礫を介して大きなヒビ割れを作る。 

 

 額から鼻へ、鼻から口へ、口から顎骨を割れる程の大きなヒビ。

 

 しかしこれだけではトドメをさせていない。

 

 あと一撃。

 

 「あと一撃・・・任せて良い?」

 「任せろ!」

 

 サクラの隣に居るギンジがまずはロケットランチャーを、残っている弾数分発射する。

 

 その爆発はいつもミドリコが撃つよりも、疾く骨の怪人へと着弾しては連鎖的な大爆発を起こす。

 

 霊石に秘められた力は、ただ魔力が込められているだけではない。その魔力を秘める事に成功した者を、【落とす】能力だと言うのがギンジには伝わった。

 

 巨大な剣をもちあげる事が出来たのは、能力の一部でしか無い。

 

 本来の【落とす】能力。それは、床でも壁でも、大空でも確実に決めた方向に【落とす】魔法。

 

 「重力魔法・・・!」

 

 サクラが目を見開いて、ギンジの魔法に注目する。

 

 金棒剣を大上段に構え、ギンジは思い切り黒炎、紫電、月光の力を開放する。

 

 カエデが繋ぎ、レンがサポートし、ミドリコが渡し、ケイタが託し、赤鬼が共に戦った。

 

 コッツ兄妹が尽力し、クリムパスが作り、ジェノべが援護し、アラビアが走り、サクラが作ったチャンス。

 

 ギンジの金棒剣にもう一つ、重力の禍々しい力が纏い始める。

 

 「うおおおおおォォォォ!!」

 

 ギンジが雄叫びにも近い最後の攻撃を開始する。

 

 「行って、ギンジ!」

 

 カエデが両拳を握りながらギンジに応援を送る。

 

 「兄貴ぃ!」

 

 赤鬼も地上に降り立ち、ギンジを見上げる。

 

 『どうだ!!』

 

 城壁ではトンとクリムパスが二人同時に声をあげる。

 

 「・・・」

 

 もう声を出す気力も無いが、レンは力強い眼でギンジをみつめる。

 

 「征け!大精英霊!佐久間ギンジ!!」

 

 最後にシシリーの大声がギンジにもう一つ力を与える気分になる。

 

 「ヘヴンホワイティネス・・・!」

 「お前なんかに手こずってるわけには行かねぇんだよ!

 さっさとくたばれ!!」

 

 重力によって骨の怪人に【落ちてきた】ギンジは、魔法での防御が間に合わない程の速さで、大上段に構えた金棒剣によって骨の怪人のヒビに入り込み、堅い骨を斬り裂き、コアを斬り、地面に落ちていく。

 

 大精英霊佐久間ギンジの最後の一撃により、骨の怪人は頭部から胸部にかけてを斬られ、コアの活動が停止した瞬間に骨の部分は全て液状に溶けて崩れていく。

 

 「・・・オォ・・・総統閣下・・・」

 

 コアから絞り出す様な声を発し、骨の怪人は魔力と共に消え始める。

 

 「ヘルブラッククロス・・・ニ・・・栄光・・・アレ・・・ェ」

 

 最後に背中を向けたギンジに黒いコアからトゲが飛び出るモノの、赤鬼によって握られ、折られてしまう。

 

 最後の悪あがきは失敗に終わり、赤い勇者である赤鬼がコアを粉砕する。

 

 金砕棒によって砕け散ったコアは、キラキラと綺麗な輝きだけは残して、そこに住まう生命体は何もかも反応をなくして消え失せた。

 

 「・・・!」

 

 シシリーが魔王の反応が消えた事を確認すると、大きな喜びから大声を上げる。

 

 帝国と勇者の勝利だと、それを告げる声は魔法界の夜空に遠く響き渡った。

 

 「やったな・・・兄貴」

 「ああ・・・俺がな」

 

 二人して肩を叩きあい、液状に解けた骨を見て、二人して大爆笑する。

 

 「でもトドメは俺っちが刺した」

 「MVPは確かに赤鬼さんだね・・・」

 

 サクラもその輪に入るが、ギンジは色々と力の吸収やら疲労やらが一気に襲いかかり、その場に倒れ込む・・・かと思いきや。

 

 「お疲れ、ギンジ」

 「おう・・・無理させてごめんな、カエデ・・・」

 

 カエデの腕にもたれそうになりながらも、ギンジはゆっくりと瓦礫に倒れる。頭だけはカエデの脚に乗せてもらい、ギンジとカエデは夜空を見上げる。

 

 「べ、別に無理なんてしてないわよ。あたしも、あんたが心配だから、頑張ってここまで来たんだし」

 「それを無理してる・・・って言うんじゃねぇの?」

 「うるさいわね!」

 

 ギンジとカエデの間を邪魔する者はひとまずは居ない。

 

 「・・・もうすぐ、帰れるかね」

 「どうかしらね。でも、魔王を倒したんだから、あたし達は約束を守ったわよ。早く帰りたい?」

 「そりゃーもちろん。ミヤコが待ってるしな。ルカとレイナも俺達を待ってるはずだし・・・」

 

 そういえば今は度固化市の町はどうなっているのだろうか。

 

 「でもよ、この先何があっても、お前と一緒なら行けるって、全部倒せるって思ってるんだ。だからさ、これからも・・・」

 「何言ってんのよ、馬鹿ね。あたしだってあんたの事好きなんだから、信用してるのよ?敗けるわけにはいかないじゃ・・・ない・・・」

 

 今カエデは自分自身が何を口走ったのか解っていなかった。

 

 「ギンジ?今の聞いてた?」

 「・・・」

 

 膝下に倒れるギンジからの返事はない。

 

 「ギン・・・ジ・・・?」

 「スー、スー」

 

 カエデは内心大混乱しながらも、ギンジの顔を恐る恐る見てみる。覗いたその顔はサングラスによって瞳は隠れているモノの、口を半開きにして眠りについていた。

 

 何かを言いかけたのに、ギンジは今日の戦いの疲労によって、カエデの膝下で眠ってしまったのだ。

 

 「・・・ふふ、馬鹿ギンジ・・・」

 

 周りの兵士や、赤鬼達は、気づいていないフリをしているのか、カエデとギンジの所には近づいてこない。

 

 でも今はそれがありがたい。カエデはギンジの頭を優しく撫でると、平和を取り戻した魔法界で・・・ほんの少しだけ自分だけの幸せを噛みしめる様な気分で、ギンジの寝顔を堪能するのであった。

 

 

続く 

 

  




お疲れ様です。

いやー長かった魔法界編も次で終わりだー。
骨の怪人にはいつかこうなる役目を与えたかったので、どこかでサクラとぶつけて魔法界に紛れ込む・・・という話にしたかったのと、こうして魔法界の戦いに現れ、魔王として君臨するという演出にしたかったのですが、ようやく叶いました!

キャラネタ書きます

骨の怪人
魔王。最後悪あがきは無駄に終わった。

赤鬼
勇者らしく攻撃出来た!

神宮カエデ/宮寺レン/甘白ミドリコ/角倉ケイタ
戦闘不能に近い状況だったけど、なんとか持ち直してギンジ達に最後の加勢に向かった。

大精英霊佐久間ギンジ
アマトリが狙っていた魔の霊石をその身に宿し、新たに得た力は重力魔法。フェーズ4の疑似覚醒は日に二度も行った疲労が戦闘終了したあとにまとめて身体に襲いかかってきた。

トン・コッツ/クリムパス
共同作業とか、夜から朝までたっぷりと・・・等、二人は実は恋人?
それとも、恋人未満?真相は二人しか知らない。

トン以外のコッツ兄妹
最後に赤鬼にエンチャント魔法で援護してあげた。

ジェノべ/アラビア
あんまり見せ場は無かった。ごめんよ

鈴村ミヤコ
今は柏木タツヤによって誘拐されている。

オーク怪人
一ヶ月ちょっと出番が無い。

触手の怪人
まだ出番が回ってこない

藤原
言わずと知れたセクハラおじさん。
ミドリコに逮捕状が出された時、出番がなかったけど、何をしていたのでしょうか・・・

・・・

次回・赤い勇者と魔法界編、最後のお話。
次回の次回・新章開始!
番外編を間に挟もうか考えていますが、そこは私の気分しだいと言うことで。

それではまた次回!!


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67・さらば魔法界、またな勇者

こんにちはアトラクションです!

最近休日のせいもあって、めちゃくちゃだらけてました!

更新も遅れて申し訳ないです。ですがやみたかったのだ!
毎日会社忙しくて涙

さぁ、更新の方も頑張って生きますよ!それでは、どうぞ


 

 コンキリエ魔王軍とヘルブラッククロスの歪な協定は、ヘヴンホワイティネスによって崩され敗れ去った。

 

 オレキエッテ帝国は勝利の余韻もつかの間、すぐに町の復興に励む事になっていた。

 

 石材を叩き、木材を切る音と人との喧騒。

 

 暖かい日差しに照らされ、城に住む者だけではなく、この帝国に住まう全ての住人が一致団結しながら大規模修繕に励んでいる。

 

 そんな平和への一歩を踏み出している帝国民をよそに、ギンジはサクラと魔術医療の専門医によって身体を観て貰っている。

 

 ケイタも同じく魔法の使い過ぎで魔力酔いを起こしており、一日経った今もフラフラしていて体調が優れない様だ。

 

 「ふむ・・・魔力の無い身体なのに、魔法が使える様になるとは・・・」

 

 サクラはギンジの検診結果の資料を見ながら、興味深く進化の怪人の能力を持っているギンジをマジマジと見つめている。

 

 診療所があるこの部屋は帝国城の中庭に仮設させて貰っており、戦いによって大勢出来た負傷者をここに運んでは、治療をしてもらっている。

 

 カエデもレンも栄養注射を射ってもらい、ミドリコは赤鬼によって包帯ぐるぐる巻きの刑に処されていた。

 

 ミドリコは特別大怪我しているわけではないが、綺麗な身体に何かあってはイケないと、赤鬼が全部治療を買って出た。

 

 新たな魔王となった骨の怪人を撃破したギンジは、あのまま気絶する様に眠りに入り、昼頃に眼が覚める頃にはこの仮設治療所にて治療を受けていた。

 

 ギンジが帝王シシリーから授かった魔の霊石。力を求めた神の力が宿る魔法の杖に組み込まれた石は、ギンジの体内に入り込む事で新たな力を得る事になった。

 

 その新しい能力は・・・重力魔法。

 

 使い方を誤れば、星そのモノを転覆しかねない、最大の魔法。

 

 ギンジの中に入ったその能力の実体をサクラに聞かされるまで、半信半疑だったギンジではあるモノの、内容を聞いてみればなんで魔王がこの霊石を欲しがったのかも納得が行く。

 

 「重力で星すら色々出来るンなら、まじで神サマ級だな。そりゃあ、神になるとかほざき始めるわな」

 

 椅子に態度悪く座るギンジがそんな事を言うと、サクラも苦笑している。

 

 「ギンジくんなら悪用はしないと思うけど、度固化に戻った時は一応無理やりな使用は控えてね・・・何が起こるか分からないから」

 「うーん、そうだな。戦闘以外には使わない事にするよ」

 

 サクラの注意を素直に聞き入れ、ギンジは椅子の上でうなずく。

 

 「さて、と」

 

 サクラが立ち上がると、ギンジ伝える事は全て伝えた様子で、治療所から離れていこうとする。

 

 「あと一時間程したら自由に動いていいよ。皆でごはん食べようって、帝王サマもおっしゃってたし」

 「おう。昨日何も食べてないし、実は結構腹減ってるんだよね〜」

 

 思えばほぼ一日戦い続けて、骨の怪人撃破後は何も食べずに眠ってしまったのだ。それはかなりお腹もすくだろうし、疲労も回復しきらないだろう。

 

 「それじゃ、お大事に」

 

 サクラがそれだけ告げると、扉に手をかける。

 

 ふと、大事な事を言い忘れていた事を思い出したサクラは、もう一度ギンジに向き直る。

 

 天真爛漫の笑顔を見せたサクラは、ヘヴンホワイティネスであるギンジにちゃんとお礼を伝えてなかった。

 

 「魔法界を救ってくれてありがと!ギンジくん!」

 「気にすんなよ。これぐらいお安い御用だぜ」

 「今度は私の番だね!皆でミヤコちゃんを助けに行こう!」

 

 サクラがちゃんと伝えなければいけない事を伝えると、今度こそ治療所から出ていく。

 

 その後ろ姿を見ていたギンジは、この世界におけるちゃんとした友達・・・いや、仲間が居るんだと再認識する。

 

 もう自分はかつての生きた屍じゃない。

 

 人の為に戦い、平和の為に生き、まともに恋だってする。

 

 希望を持って、今を生きている。

 

 人間を取り戻して、ギンジは過去を払拭した気分に、少しだけ涙がこぼれそうになる。

 

 「さーて、まともに動けるまで一時間・・・何をして待つかな」

 

 いっそ能力の特訓でもしようか。もしバレたら方方に怒られそうなので、それはやめておく。

 

 カエデが近くに居てくれれば、こんなに退屈はしないのだが。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 ギンジの居る治療書から少し離れた、帝国の中庭。そこに落ちてきた城の瓦礫に囲まれた魔法の図書館に、ケイタを中心としてカエデ、レンが呼び出されていた。

 

 ケイタは車椅子みたいな奇妙な形をした椅子に座らされ、レンの手押しによってここまで来ていた。

 

 呼び出した張本人はサクラ。

 

 一体彼女がヘヴンホワイティネスになんの用だろうか・・・。

 

 「ごめーん!お待たせ〜!」

 「おはよサクラ」

 

 少し遅れたサクラ。カエデは何も気にせずに挨拶をする。

 

 「いやはやごめんね。ちょっとギンジくんの治療を手伝ってたからさ」 

 

 ギンジはいつもどおり無事である事を伝えると、カエデは一層強く微笑みを出す。

 

 「それで、私達を呼び出したのは、何か緊急の用事?」

 

 レンがケイタの肩をさすりながら、サクラを見つめて口を開いた。

 

 「・・・今から言うことは可能性のお話なんだけど、一応心に秘めておいてほしいな。ケイタくんに関する事だから・・・」

 

 平和の日差しが降り注ぐこの中庭に、サクラはひとつ不穏な空気を漂わせる。

 

 「・・・?」

 

 レンはそんな空気感に疑問を持ちながらも、一先ずはサクラの話を黙って聴く事にする。

 

 ケイタも顔色は悪いが、サクラの話に耳を傾けている。

 

 「・・・いいね?それじゃあ話すよ」

 

 サクラが少し苦い顔で口を開く。

 

 「ケイタくんね、魔法を使える様になったからって、無理はしないで。君には本当に申し訳ないけど、戦う為の才が本当に無いの。君が魔法を使えるという事は、言うなれば赤ちゃんの身体にギンジくんの力が入り込んでいるモノだと思ってほしいな」

 

 少しの静寂の後に、再びサクラが会話を続ける。

 

 「いくら死ぬ事が怖くないって言っても、使い続ければ本当に早死にするよ。魔法界なら延命出来ても、度固化に戻ったらそう簡単に君の治療は出来ないの。無理をしないで、本当に。レンちゃんが悲しむし、もしケイタくんが死んじゃったら、君を戦える様にした私の責任も重いんだよ」

 「・・・」

 

 だからと言ってせっかく手に入れた魔導書を手離したくはない。

 

 ケイタは自分の心の中で、白い魔導書を握りしめる思いでいる。

 

 「だから・・・」

 

 この次はサクラはカエデとレンを見つめる。その瞳の力強さは、思わず背筋が伸びる。

 

 「ケイタくんが無理をしない様に、カエデとレンちゃんがちゃんと見守ってあげて。この力は・・・魔法使いは誰にでも扱えても、ケイタくんにははっきり言えば、身体にかなり負荷がかかるし、人より少ない魔力で、無理やり他人をドーピング出来る能力なんて、いつ倒れてもおかしくないんだからね!」

 

 戦う為の才、戦う力自体が人より少ないケイタは、修行さえすればどうにでもなるとさえ思っていた。しかしながら角倉ケイタにふりかかる試練はまだまだたくさんあるようだ。

 

 「君が人の為に・・・レンちゃんの為に力を使う動機や理由は、とても素晴らしい事だし、きっとそれを誰も否定はしないと思う。だけど・・・」

 

 言葉に詰まってしまいそうになる。

 

 ケイタだって生半可な覚悟でこの世界に付いてきた訳ではないことを知っているだけに、サクラは段々申し訳なくなってくる。

 

 「レンちゃんと約束して、カエデと契約して。絶対に無理して魔法を連発しないって。ここで私にその表明が出来ないなら、悪いけど魔導書は没収しまーす!」

 「そうね・・・あたしもサクラの言う事には賛成。ケイタ・・・もし、無理して倒れる様な事があれば、あたしも許さないわよ」

 

 カエデはケイタの事の重大さを改めて認識した。中学から一緒の親友で、今は共に戦う仲間である。

 

 そんな彼には、宮寺レンという見目麗しい恋人も居る。こうなった以上仲間であれば、絶対に死なせるわけには行かない。

 

 「ケイタ・・・私も、同じ気持ち。一緒に戦える様になっても・・・あなたが死んじゃったら、今の私に、戦う理由が、見いだせなくなる・・・」

 

 もう自分の未来を守るだけの戦いでは済まない領域にまで来ているのだ。2102年の未来を救う戦いは、レンだけの戦いじゃない。

 

 そこにはレンを中心に守りたいモノ、失ってはいけない者がたくさん出来ているからだ。

 

 「うん・・・ごめん。少し・・・調子に乗ってたかも・・・ごめん、ごめん」

 「死なないで。あなたが居ないと、私・・・」

 「あーえっと・・・あたし達、お邪魔かしら?ねぇ、小町さん?」

 「その様ですわね、神宮さん。後は若いお二人にこの場をおまかせしますか・・・」

 

 『オホホホ、ごきげんよー』

 

 二人して何を言っているのか。とにかくケイタはこれ以上、命を無駄使いするわけにはいかない。

 

 その事をレンと固く話し合い、二人は何度目かわからないキスをする。

 

 戦いへの誓いと、二人のこれから先の未来を守る為の誓いの証として・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「姐さん、どこか痛みやすか?」

 「いや、問題ないよ。そんなに気にしないでくれ」

 

 また違う別の治療所には、赤鬼が釘で手打ちした、

 【みどりこのあねさんと俺っちの部屋】 

 という看板を打ち付けた仮設治療所にて、傷の治療をしている。

 

 治療と言ってもミドリコは複数箇所の打撲と、肩や背中に軽いやけどがあるぐらいだ。

 

 後は年齢から来る過労だろうか。

 

 「ギンジ達の所には行かないのかい?」

 「ここから俺っちは離れねぇ。この帝国の住人が、ミドリコの姐さんをやらしー眼で見てるからなぁ」

 

 それはとんだ自意識過剰だろうが、なぜだか赤鬼が言っていると本気でそう見られているのかも知れないと、少し邪だが自信がついていく。

 

 「私にそんな眼で見る人なんていないだろう・・・」

 「いーや居る!絶対に居る!」

 

 なぜこんなにも頑な所があるのだろうか。

 

 「だいたい、姐さんがどんだけ魅力的かわかってますか!あんた・・・国宝級に美人なんだぞっっっ!」

 「なっ、どうして君はそうやって私を褒めちぎるんだぁ・・・」

 

 困惑と自信。赤鬼はいつでもミドリコのプライドが高揚する言葉を出してくれる。それほど大事にされているのと同時に、照れくささも出てきてしまう。

 

 「美人で器量も良くて、おまけに夜は・・・」

 「夜は?」

 「あんなアダルトな趣味をもって、俺っちを悩ます」

 「オイそれ以上言うな。ロケットランチャーが火を吹くぞ」

 

 ミドリコの趣味はともかく、赤鬼はミドリコへの愛を隠す気が無い。

 

 「・・・俺っちは、あんたを本当に愛しているぜ。あんたにその気がなくって・・・例えばギンジの兄貴とくっつきたいなら、その協力だって惜しまない」

 

 赤鬼が少し熱を放出すると、椅子に座る。ギシリと重たい音を軋ませた椅子に態度悪く座ると、赤鬼は一息ついてからミドリコを見つめる。具体的に見つめているのは包帯で太く巻かれた胸の部分だが。

 

 (うーん、今からでも味わいたい)

 

 きっといつものクールな声音とは違い、可愛らしい声を上げてくれるだろう。

 

 それは良いとして。

 

 「・・・赤鬼、少しだけ愚痴を聞いてくれないか?」

 

 ミドリコは少しだけ虚ろな瞳で赤鬼に告げると、赤鬼の姿勢がよくなる。

 

 「あれはそう・・・私が自衛隊に所属していたときだ・・・」

 「きっとめちゃくちゃ可愛かったんでしょうな〜」

 「んんっ!話の腰を折るなっ!」

 「あっ!その顔!めっちゃかわうぃ〜・・・あ、これカエデの姉御から学んだワカモノコトバっちゅーやつらしくて」

 「だから話の腰を折るなと言っとろーに!」

 

 再開の喜びがあるからか、赤鬼はテンション高くミドリコをからかう。からかう事でミドリコの表情が色々と変わり、それを見るのが自分の心を潤してくれる気分になっていく。

 

 自分が惚れた女、甘白ミドリコ。彼女とこの先を生きていける事がなによりも嬉しい。

 

 そうしていけるチャンスをもう一度手に入れた事で、赤鬼はふざけている様に見えて、その裏ではもう何があってもミドリコを守り通す。その気持ちの方が一杯になっていた。

 

 「・・・」

 

 赤鬼は急に黙り、しかしながら表情はゆるい笑みを乗せて、ミドリコをじっくりとながめている。

 

 「・・・どうした、赤鬼?」

 「いやぁ・・・やっぱ綺麗だなってな」

 「〜〜ッ!」

 

 どうしてこの男はこんなにも自分を喜ばせ、恥ずかしくなるような照れる様な言葉を簡単の吐き出せるのか。

 

 顔を赤くしながらミドリコは赤鬼の向かって、その辺に落ちている木片を投げる。

 

 投げると言っても軽くぶつけるぐらいで、赤鬼の堅い胸筋に当たったそれはひらひらと床に落ちていく。

 

 「ヌハハ、今の投げ方のかわいいですな!」

 「・・・〜〜ッ」

 

 どんどん顔が熱くなってくる。

 

 赤鬼に言われれば、なんでも嬉しくなってきている自分が居る。

 

 鼓動が強まる。

 

 呼吸もやや早くなる。

 

 嬉しいと思う感情が強くなる。

 

 腕が震えて、指先に力が入らなくなって、赤鬼から目線が移動できなくなっていく。

 

 この感情こそ、甘白ミドリコが26年間生きていて、得たことの無かった大きな感情。

 

 今までのどんな男にも持ち合わせる事の無かった感情。

 

 恋。

 

 今は認められなくても、いつかミドリコは赤鬼に素直に自分の気持ちを出す瞬間が訪れるかも知れない。

 

 (・・・今は、まだだめだ・・・)

 

 だめと言いつつ、だめと思いつつも、近づいてきた赤鬼の手を握る。

 

 硬くて分厚い赤い皮膚から赤鬼の熱と鼓動が強くなっていくのを感じる。

 

 「俺っち、強引にはしませんから」

 「あ、当たり前だ!この馬鹿者・・・」

 

 今この瞬間だけは、お互いに感じている事は同じなのだと、ミドリコも赤鬼も想う事になるのであった。

 

 きっと二人はあと少し、なにかのキッカケで大きく進展出来るのであろうか・・・。

 

・・・・・・・・・・・・

 

 魔王を撃破してから約24時間、つまり一日ぐらい。

 

 俺達は何日目かの夜を迎えた。

 

 多分3週間ぐらいこの魔法界に滞在しているから、本来の世界では3日ちょいぐらいかな?時間が経っている筈だ・・・。

 

 「あわわわ忙しいですぅー」

 

 銀の台車にトレイを乗せて食事を運ぶのは、ペンネーというメイドさん。おっぱい大きくて眼がそっちに行きがち。後ろから殺意を感じたのであまり視界に入れない様にしよう。うん、俺はまだ死にたくない。

 

 魔王を倒して、ここオレキエッテ帝国は復興を進めつつも、順調に活気と命の輝きを取り戻しつつある。

 

 いやー本当にサクラの故郷を救う事ができて良かったな。

 

 それで俺達が今何をしているのかと言いますと・・・。

 

 「皆の者!まずは大規模な復興に入る前に、よくぞコンキリエ魔王軍を撃退した!今宵の勝利は、我々と勇者赤鬼、そして英霊達の加勢の賜物!」

 

 中庭に用意された大きなテーブルに、それぞれ兵士達やその家族、帝国の民なんかが、なけなしの食材を大盤振る舞いしては宴が開始されようとしていた。

 

 「まずは帝国、そしてこの魔法界に生きる者達へ、平和を取り戻したこの日常を楽しんでくれ!かんぱーーーい!!!」

 

 帝王シシリーの涙ながらの音頭に、この場に居る人達全員がカップを片手に大腕を広げた。

 

 上がったその腕同士カップ同士、様々なところでぶつかり合いながら、バシャバシャとお酒だか水だかがこぼれていく音、グラスの割れる音がする。

 

 絵に描いたような大宴会の光景に、俺は平和を守れた事に歓喜している気分になれた。やっぱ平和ってのはこーじゃないとね〜。

 

 「そういや、レンとケイタはどこに行ったんだ?」

 「魔力酔いがどうのこうので、せっかくの宴は欠席よ。でも、レンはともかく、ケイタは無理しすぎだわね」

 

 なるほど。そう言われれば確かに、魔法界に来てからケイタは頑張りすぎてたかもなーとは思う。俺ももっと冷静にならなきゃなー。

 

 度固化に戻っても、あいつの魔法には頼りに出来るはずだからな。 

 

 「兄貴、兄貴!もう食べていいんすかね!」

 

 赤鬼は向かいの席でミドリコと隣同士で座ってる。

 

 こいつらなんかお似合いだよな。

 

 そんな二人は宴の開催と同時の喧騒によって、眼の前に出されたローストビーフ的な黄金色のソースがかけられた肉を前に、赤鬼は空腹により興味津々、ミドリコはお酒をもう飲み干している。

 

 「あんた何食べるの?」

 「あーそうな・・・そこのポテトサラダ的な奴・・・」

 「じゃああたしもそれにしよっ」

 

 わざわざ同じの選ばなくても・・・とは思ったけど、なんか同じの食べようとしているカエデが可愛いと思えて来ちゃったので良しとしよう。悪い気もしないしね。

 

 「何よジロジロ見て・・・」

 「いや・・・何も」

 

 どうしたんだ?なんで薄ら笑いで眼をそらしちゃったの俺。

 

 なんでか?それは・・・やっぱ可愛いんだよな、カエデって。

 

 ヘヴンホワイティネスの神宮カエデは、この俺佐久間ギンジの推しと言っても過言じゃないキャラなんやぞ!!

 

 冷静に考えたら推しと一つ屋根の下で暮らしてるって、それなんて薄い本?それなんてラッキー?

 

 おまけにミヤコっていう俺への好意全開少女も居るんやぞ!!!

 

 愛・・・それを全くではないけど、あんまり知らない俺に愛を全開にするミヤコ。

 

 カエデも前ほど辛辣じゃなくなってるし、どっちかって言うと信用してもらえてる。

 

 おまけに二人共可愛い。ああ、俺は前世でどんな得を積んだのでしょうか、神よ!

 

 話が逸れたけど・・・やっぱり仲間としても、好きになるっていう意味でも、カエデとミヤコ、二人共大切なんだな。

 

 前の俺じゃ何も見いだせなかったけど、こうやって誰かの笑顔を守るのも存外悪くないよな。

 

 こうなったら、本当に正義のヒーロー目指しちゃうか?いや今既に正義のヒーローとして活躍してるんだけどさ。

 

 「そうだ、ねぇギンジ」

 「なんだ?」

 

 カエデがポテトサラダを食べながら俺の肩を叩いてくる。っていうか上品に食べるなぁ。可愛いなぁ。ぐふふニチャァッ。

 

 「後で話したい事があるんだけど、寝る前とかでいいから、ちょっと付き合いなさいよ」

 「おう。全然いいぜ」

 

 少しだけ真面目な表情と言うか、陰りがあると言うか。悪い感じじゃないけど、カエデがそんな口調と雰囲気で俺に話してくる。

 

 とりあえず変に浮かれる俺の上には、サクラとジェノべが花火の魔法で空を彩り、クリムパスはトン・コッツと楽しそうに食事してたり、赤鬼はシシリーと肩を組みながら大酒飲み勝負をしている。

 

 平和を取り戻したこの大宴会は、まだまだ続きそうだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ありがと、ここまで飛んでくれて」

 

 宴会から抜け出す様にして、ギンジとカエデは削り取られた城の上に来ていた。一応シシリーの許可を貰い、カエデの希望で夜空を飛びながら、美しい満月の見える削れた城の断面に来ていた。

 

 歪に崩れた城の瓦礫に寄りかかりながら、二人は満月を眺める。

 

 「話ってなんだよ」

 

 ギンジは宴会から持ってきた干し肉をカエデに手渡すと、カエデはニヘラとした笑みを浮かべながらそれを手に取る。

 

 心地よい夜風に煽られながらも、下の方はかなり騒がしい。それでも静寂と夜の美しさによって、大宴会の騒がしさが気にならない。

 

 「ん・・・お礼を言いたいなーって。ガラじゃないけど」

 

 カエデがギンジを呼び出したのは、お礼を言うだけの簡単な事。

 

 「あたし達って、元々3人で戦ってたじゃない?」

 

 元々のヘヴンホワイティネスは、カエデ、レン、ミドリコの三名がヘルブラッククロスと戦ってきていた。

 

 本来のゲーム通りならば、2022年6月までに、壊滅の危機に陥るのだが、世界的なイレギュラーとなったギンジの加入により、崩壊は免れ、しかもヘルブラッククロスになんとか勝てている。

 

 今回の魔法界の一件も、正直ギンジが居なかったらどうなっていただろうか。

 

 カエデの心情としてはギンジのおかげで、自分が強くなる動機にも成り得ている。それほど今のカエデにとってギンジは大切で、頼りになる仲間である。

 

 そう思うのはきっとレンとミドリコと赤鬼とケイタだけ。

 

 カエデにはもう一つ付け加えたいモノがある。

 

 それが何か・・・恋である。好きになっているということ。

 

 「正直に言うとさ、あたしもあんたの事、怪人だからって信用してなかった時もあるけど、でも今はあんたがどんどん強くなってる事が自分の事みたいに嬉しいのよ?」

 「改めて言われるとなんだか照れるな・・・」

 「あたしの下僕なんだからそれぐらいで照れないの!」

 

 干し肉をちぎり、一欠片口に放り込むカエデ。

 

 「暴走だけは心配だけど、ギンジが強くなって、あたし達の未来の為に戦ってくれて・・・その、一緒に生きてるってところとか、さ」

 

 戦いはいつだって生死が伴う。毎回厳しい戦いが続き、それでもなんとか勝利を収めている。いつだって余裕と思った事は無い。

 

 でも・・・それでもギンジが居てくれた事で、戦いが少し楽しくも思えてきていた。楽しんでいる訳では無く、ギンジと一緒に戦える事が心から楽しく思える。

 

 数少ないギンジと共に戦う時間。平和と未来の為に戦う、それこそが共に生きているという事を実感出来る。

 

 戦いが終わって何か言い合いをしたり、お互いを褒めたり、お互いを心配したり。

 

 いつの間にか、カエデの心の中にはギンジが居て、ギンジの心の中にもカエデが鮮明に居座る事になる。

 

 満月に手を伸ばし、掴む様にして手を握る。

 

 「今回も勝てたし、次回も期待してるわよ、ギンジ」

 「それ、何度目だよ」

 「何度でも言うわよ。あたし、結構あんたの事・・・」

 

 一瞬言葉が詰まる。だけど、今なら言える。

 

 「あんたの事、嫌いじゃないから!これからも一緒に、戦ってくれるかしら。下僕じゃなくて、相棒としてね!」

 「・・・!」    

 

 かつてのカエデからこんなにも信頼を寄せられてる事になるとは。

 

 ギンジが得たかった信頼、信用の証は形にはならないモノ。それでも、この言葉をヘヴンホワイティネスから聞けた事がなによりも嬉しい。

 

 ふと、頬に走るのは一筋の粒。涙。

 

 「え、ちょ、何泣いてるのよ!」

 「え・・・!?ああ、いや・・・なんでだっ!?」

 

 サングラスを外してギンジが涙を拭き取る。一筋だけのソレはすぐに収まるが、カエデはギンジの顔を見て驚いている。

 

 「・・・どうした?まだ涙出てるか?言っとくけど、泣きたくて泣いてるわけじゃないからな!」

 

 言い訳じみた内容に、カエデは何も返さない。

 

 「ギンジ・・・今、視界ってちゃんと見えてる?」

 「ん?ああ、満月も、下の宴会も、お前の可愛い顔もばっちりだぜ」

 「そ、そう・・・」

 

 確かにギンジの身体の見た目は人間。中身は怪人。

 

 怪人には特有の瞳がある。黒い眼球に瞳孔が赤くなる、あの不気味な生物の瞳。

 

 それが今一瞬、普通の人間に見えた。カエデの眼には確かにそう見えた。

 

 怪人は涙を流さない。では、ふとした瞬間に流す事になったら、どうなるのだろうか・・・。

 

 溢れる程涙が流れれば・・・。

 

 「なんだよ、何かあったのかよ」

 「え、ううん。何も・・・気にしないでいいのよ、馬鹿」

 「なんだよソレ・・・」

 

 二人して再び満月を見つめる。

 

 「月が・・・綺麗だなぁ・・・」

 「そうね・・・」

 

 今ギンジは自分が何を口走ったのか、一瞬で理解する。本心で月を綺麗と思い、そんな事を言っただけなのだ。

 

 きっと月を綺麗と思うのは、ムーン・フォース改があるからだ。身体にそれがあるからだ。

 

 話を逸らそうとして、ギンジは干し肉を一気に食べる。

 

 「俺も・・・あれだよ、お前の事きらいじゃないからよ・・・」

 「なーにー?ごにょごにょ喋ってないで、もっと大きな声でいいなさいよー」

 

 そうは言いつつもカエデは満月ではなく、そっぽを向いている。

 

 「・・・」

 「・・・」

 

 お互いに心臓が痛くなる。気恥ずかしさと気まずさ、そしてお互いが嬉しいと想うところまで来ている。

 

 でもギンジの心の中には、カエデだけが居るわけじゃない。

 

 もう一人。

 

 鈴村ミヤコも居る。

 

 もうソレ以上の事は言えず、言葉も出せない。

 

 二人のとりとめない会話もここらで終わりにして、ギンジとカエデは再び宴会に戻る事にした。

 

 ヘヴンホワイティネスの掴んだ勝利の大宴会は、明け方近くまで続いたのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 昼頃まで眠りについたギンジ達は、そろそろ帰ろうかとサクラと相談しているところだった。

 

 無事だった客室を使わせてもらい、ギンジ達はそれぞれ身支度を終えて、次の戦いへの英気を十分に養った。

 

 この魔法界で得たモノは非常に大きい。

 

 今後の戦闘に役立つ修行で手に入れた力。

 

 ケイタの加入と、赤鬼の復活。

 

 そしてギンジの重力の魔法。

 

 なによりも大きいのが仲間全員の結束力を高められた事。

 

 サクラがギンジ達の話を聞き入れる事で、シシリーに報告する。

 

 その内容を聞いたシシリーは、帝国の民達と共に大規模修繕に入る為に、お見送りが出来ないと言う。

 

 「赤鬼さんも、勇者だからいつでも戻ってきてくださいって、言ってたよ」

 「命を救われたからな。恩義はこれだけじゃ返し切れてないぜ」

 

 勇者として命を拾われ、魔王軍を倒し、骨の怪人まで撃破した。それだけで十分と、オレキエッテ帝国が判断したのだ。

 

 故に赤鬼は、元の暮らしていた世界に帰る許可が降りた。これでミドリコ達と共に暮らせるのだから、シシリーの計らいによって赤鬼は勇者を降りる事も出来るかも知れない。

 

 実際勇者という名分を持つのはギンジの兄貴ぐらい。それしか頭にない赤鬼はすぐに降りようとも考えたのだが・・・。

 

 「勇者の称号、板についてきたんじゃないか?」

 「ヌハハ、姐さんに言われたらなんだか悪い気はしやせんね。よっしゃ、度固化市に戻っても、勇者継続って事で」

 「こういう時ちょろいよな、赤鬼って」

 「ちょ、兄貴〜!」

 

 こうしてヘヴンホワイティネスは6人になった。

 

 怪人人間・佐久間ギンジ。通称進化の怪人。

 

 正義の衝撃・神宮カエデ。

 

 未来を守る剣術使い・宮寺レン。

 

 爆撃女戦士・甘白ミドリコ。

 

 空気すら砕く鬼・赤鬼・通称ヘヴン4。

 

 魔導に歩みだした者・角倉ケイタ。

 

 ここまで揃えば、きっとヘルブラッククロスが伸ばす魔の手から、平和と未来を守れるだろう。

 

 ただ、これだけのメンツが揃っていながら、お見送りが無いのが少し寂しい。

 

 「こう見えても俺達正義のヒーローなんだけどなぁ」

 「謝礼を求めても無駄よギンジ。いいから、あたし達はすぐ戻って、ミヤコを助けに行くのよ」

 「同意。ケイタも、同じに思ってる」

 「えっ!?ああ、うん!そうだよね」

 

 全く意識していなかった不意打ちに、ケイタは眼を丸くしているが、絶対に話を聞いていなかったに違いない。

 

 「帰る為の門は開けておくね。先に行ってるね!」

 

 サクラが窓から飛び出して、魔法の杖で気持ち良さそうに飛び出すと、すぐにその姿は視界の外へと消えていく。

 

 「じゃあ、俺達も戻るか」

 

 この後度固化市に戻れば、そこに待っているのはミヤコを助ける為の戦い。きっとあの柏木タツヤという大幹部、そこに従う怪人達との激しい戦いが待ち構えているに違いない。

 

 とは言え赤鬼も復活し、きっと戦力的には五分・・・否、ヘヴンホワイティネスの方が7ぐらいだろうか。

 

 「皆準備は済んだな?では、帰ろう」

 

 ミドリコが年長者として切り出すと、城のエントランスホールの、ヒビ割れた扉に手をかける。

 

 そうして開いた重々しい扉から、光が入り込むと眩しくて眼を細める。

 

 「早く行こうぜ・・・」

 

 ギンジも扉を開けると、眩しさに眼がなれてくる。

 

 それと同時に・・・城の入り口から続く石段に兵士達が並んでいる事がひと目見て解った。

 

 「全軍ッ!剣を掲げよオォッ!」

 

 左右の兵士達が、剣を引き抜き、連鎖する様に綺麗に剣のトンネルが出来上がる。

 

 号令を上げたのはアラビアだった。

 

 「わぁ・・・」

 

 ケイタが驚きに声を上げる。

 

 「全軍ッ!最敬礼!そして・・・」

 

 左右の兵士達の列を抜けると、ジェノべ率いる魔法部隊がオレキエッテ帝国最大の敬礼と、感謝を込めた魔法を空に解き放つ。

 

 昼間の空にはっきり見える様に、赤色の魔法の花火が舞い踊る。

 

 「なんでぇ・・・お見送り、無いんじゃなかったんか」

 

 赤鬼が大層嬉しそうに青空に浮かぶ赤い花火を見上げる。

 

 「申し訳ありません、勇者様。帝王様がどうしても、と」

 「ヌハハハハ!あんにゃろう、粋な事するなぁ」

 

 豪快に笑うと、赤鬼は清々しい笑顔でジェノべに手を差し伸べる。

 

 握手の姿勢を取った。

 

 ジェノべもその手を握ると、二人して硬い握手を交わす。

 

 「あんたらは俺っちの命の恩人だ。ここは第ニの故郷って言っても過言じゃねぇ。また危険が来たらいつでも知らせてくんな。大暴れしてやるからよ」

 「頼りにしていますよ、勇者赤鬼。貴方にもご武運を」

 

 二人が握手すると、ジェノべが道を開ける。

 

 その後ろには、コッツ兄妹がそれぞれ自分の魔法を空に打ち上げ、更に帝国の民達が花束やパスタを上に放り上げる。

 

 「ありがとー!」

 「勇者様〜!」

 「お元気で!」

 「感謝!」

 「またくうさいれっけんおしえてー!」

 

 勇者赤鬼へ向けた最大の賛辞の言葉が送られる。

 

 長い道、帝国全土で盛り上げる勇者のお見送りの道を、赤鬼は手を上げながら子供や、淑女、農夫へ向けて一人ひとりへオリハル金砕棒を振り上げながら、挨拶をしていく。

 

 「ブッヒッヒッヒ!また会おうぜ兄弟!」

 「ケイタきゅんもギンジきゅんも元気で居ろよ!ウッシッシ!」

 「はぁ・・・めんどくさいけど、感謝はしてる。またね」

 「ンゲーッゲッゲ!次合う時は、もっと強くなってるぞ!元気でな」

 

 ケイタは一瞬背筋を震わせ、ギンジもカエデもレンもミドリコも、それぞれに挨拶を返していく。

 

 「お待ちになって。勇者殿」

 

 声をかけたのは王女ポモドロ。

 

 荘厳な衣装ではなく、布の簡素な洋服に身を包み、民と同じ立場として赤鬼達を止めた。

 

 「この世界の危機に現れ、魔王を滅ぼした者、勇者。私は貴方という存在を、この魔法界の歴史において、そして私の生涯の内に忘れる事はないでしょう。よくぞこの世界を救ってくれました」

 

 ポモドロは赤鬼とギンジに向けて、帝国のペナントを手渡す。

 

 「またこの帝国に来た時は、このペナントを見せてくれれば、貴方達ならばいつでも快く迎え入れますよ。もちろん、後ろの英霊達も」

 

 ポモドロの笑顔は勇ましく、美しい。

 

 カエデもレンもミドリコも、この人は強い、そう思った。

 

 「世話になったなぁ・・・あんた程綺麗な人なら、シシリー王も満足だろうよ。その美貌と国を支える責任感、尊敬するぜ」

 「口がお上手ね。シシリーと出会っていなければ、少し気持ちが揺らいでしまうかも」

 「ヌハハ、あんたは上玉だが、残念。ミドリコの姐さんの方が上なんでな」

 「私と張り合わせるな!っていうか失礼だろう!やめろ!」

 

 ポモドロが話を楽しそうに聴くと、道を開ける。

 

 「さよならです。勇者殿。いつかまたお会いしましょう」

 「そちらもお元気でな!次合う時は子供の顔みせてくれや!」

 

 バッチリデリカシーの無い言葉を告げると、ポモドロと赤鬼はここでも握手を交わす。

 

 そして帝国のボロボロになった道の終わりには、サクラが開いた魔法門が展開されており、シシリーとクリムパス。

 

 ミートソーとペンネーもここに待っていた。

 

 「オイオイオイ、粋な事してくれたなぁ!」

 「ハッハッハッ!済まないな!」

 

 シシリーと赤鬼が拳をぶつけあう。

 

 「出来ればこの国に、ひいてはこの世界に残ってもらいたいが、そうも行かないのだろう?」

 「俺っちにゃやるべき事もあるんでな。それに兄貴達の力になりてぇんだ」

 「フッ・・・そうか」

 

 シシリーがギンジの顔を見ると、帝国の剣を掲げる。

 

 「君にも世話になったな。大精英霊佐久間ギンジ」

 「いいって。俺達もめちゃくちゃだったけど、無事に終わったんだしさ」

 

 ギンジもはシシリーの言葉に苦笑混じりにそう返す。

 

 「いつか・・・ヘヴンホワイティネスがより大きな戦いに身を投じる時は、我がオレキエッテ帝国が全軍を持って加勢しよう。君たちの戦いの勝利を信じているぞ」

 「へへへ、ありがとうよ。いつか手を貸してくれよな」

 

 ギンジの金棒とシシリーの剣が上で交差して、軽くぶつかるとシシリーが道を開ける。

 

 ミートソーも赤鬼に敬礼し、ペンネーもパスタと花束を上に放り上げる。

 

 「勇者殿!」

 

 最後にクリムパスが赤鬼に剣を掲げる。

 

 「よう・・・お前にも色々世話になったな」

 

 赤鬼がオリハル金砕棒を持ち上げ、同じ様に剣を掲げる。

 

 クリムパスにしても赤鬼にしても、この世界においては一番長い間時間を共にしただろう。

 

 赤鬼にとってもクリムパスにとっても相棒。そう言っても差し支えない程、お互いを信頼しあえたかも知れない。

 

 「トンの奴と幸せにな!」

 「今はその話はいいだろう。いつでも私達を呼んでくれ。必ず勇者殿の・・・いや、赤鬼の力になる為に、私達が向かう。そして、信じてくれ!私はもっと強くなる!トンを守れるように、そしてこの帝国と魔法界の平和を維持出来るように!もう誰にも敗けない為に!」

 

 鈍色の鎧と紫の髪を揺らしながら、クリムパスはより大きな声で赤鬼に笑みを見せる。同じ様に赤鬼も笑みを見せ、お互いの武器を頭上で軽くぶつけあう。

 

 「強くなったお前を見せてもらうぜ!じゃーなクリムパス(・・・・・)!」

 「ああ、またな!勇者!」

 

 サクラが魔法の門を開き始める。いよいよギンジ達が元の世界に帰る時が来た。

 

 「名残り惜しい、が、まぁ・・・」

 

 赤鬼は拳を強く握る。

 

 「俺っちは兄貴達と居る事にしたからよ。これからも頼んますわ!」

 

 勇者の言葉にカエデが赤鬼の背中を強く叩く。 

 

 「当たり前よ!」

 

 次にレンが口を開く。 

 

 「同意。ミドリコを悲しませたら、許さない」

 

 ケイタも同じく赤鬼に笑みを乗せて、元気に声を出す。

 

 「僕も赤鬼の事信じてるよ」

 

 そしてギンジが赤鬼を軽く叩いた。 

 

 「お前が居なきゃ、俺達も危ない時もあるかも知れないからよ。頼りにしてるぜ」

   

 最後にミドリコが勇ましい表情で赤鬼を見つめている。

 

 「私も、君を信じているからな。もう居なくなるなよ」

 「ヌハハ、もちろんですぜ姐さん。皆!」

 

 サクラの魔法の門に全員が入ると、次第に帝国の面々の送迎が大きくなっていく。

 

 サクラも入り、その内側から門を閉めていく。

 

 「もうしばらくは来れないよ!閉めるよ?いいね?」

 「おう、いっちょ盛大に容赦なく閉めてくれや」

 

 サクラが言われた通りに扉を閉めると、一瞬で静寂に包まれる。

 

 振り返れば、宇宙の様な空間。星や銀河の様に見える、魔法の通路。

 

 「それじゃあ、皆で帰ろう」

 

 ギンジの言葉で、全員がうなずく。

 

 「ギンジくん、今現在、向こうは8月28日。25日から3日も離れてた事になるよ」

 

 サクラの言うことは、それだけミヤコが危険にさらされ、残る事になったレイナとルカにも危険が及んでいるかも知れないということ。

 

 「・・・もうそんなに経ってたのか。でも」

 

 ギンジはカエデ、レン、ミドリコ、赤鬼、ケイタの顔を順番に見ていく。

 

 これだけの仲間が居るのだ。きっとミヤコを助ける事が出来る。

 

 「今の俺達なら、絶対に敵に勝てる!なんとしてもミヤコを助けるぞ!」

 『おー!!』

 

 サクラを含めた全員が声高らかに団結すると、ヘヴンホワイティネスは度固化市へと帰路につくのであった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 一方その頃・・・。

 

 南度固化市、聖カエルム教会。

 

 かつては退魔教会が悪事を働き、裏で秘密裏に行動していた本拠地だが、今は同じ退魔教会に所属する熊沢レイナによって、正しい方向へと支配権を取り戻した教会。

 

 色とりどりの花が、生命の美しさ、輝きを放つ花壇に、無数の鉛弾が散らばっている。

 

 コンクリートに転がる小気味良い音が、辺り一面に広がる様な感覚があり、レイナとナルミはこの教会に襲撃してきた怪人と交戦を繰り広げていた。

 

 ギンジ達が魔法界の危機を救いに飛び出してから、早3日。

 

 ミドリコの逮捕状を取り消す為に奔走し、ヘルブラッククロスの好き放題暴れる襲撃に、レイナとルカは一生懸命戦ってきた。

 

 「貴様に・・・ルカは渡さない!破邪の剣!」

 

 眼の前の怪人は機関銃が腕に取り付けられた、銃の怪人。

 

 彼はルカに不意打ちを果たした挙げ句、ルカを自分の嫁にしようとほざき散らかしている、

 

 「ギャーハッハッハッ!」

 

 半狂乱に笑いながら、銃の怪人は再び機関銃をばらまく。子供達の眠るこの教会をこんな怪人にこれ以上破壊はさせない、ルカも渡さない。

 

 「ムーン・ディザスター!!」

 

 教会の鐘から飛び出したルカは、怪我を抑えながらも銃の怪人の頭部に、月光の盾を突き刺しながら身を捻りながらぐちゃりと、怪人を斬り裂いた。

 

 「おっふぅ・・・イキそ・・・」

 

 機関銃から不発弾を出すと、銃の怪人はそこに倒れ爆発した。

 

 「最後まで気持ち悪いやつだ・・・!」

 (ルカ!もういいから休みなさい!)

 

 息も荒く、アキハに諭される程に、ルカは疲弊していた。

 

 「ギンジ達が戻るまでの辛抱だ。無理せずに今夜は休もう」

 

 レイナの手を掴み、ルカは無言でうなずいた。

 

 「ところで・・・」

 

 レイナがナルミのお尻に手を伸ばそうとしている赤いジャケットの、ヤクザみたいな顔つきをおじさんに睨みを聞かせる。

 

 「藤原さん?何をしているんですか?」

 

 手錠を見せつけながらレイナが言うと、藤原は慌てながらレイナに謝る。

 

 「もー軽い冗談じゃーん!ヤになっちゃうなぁ〜!」

 「いい加減にやめるべきですよ?藤原さん?」

 

 そんな藤原の後ろには、右腕を包帯で巻いたイロがいそいそと藤原の頭を叩いた。

 

 「とにかく、怪人は倒した・・・。一度戻るぞ」

 

 レイナが言うと、一同は全員教会に戻る事にする。

 

 この三日間、まともに休めない程には敵の襲撃に対応している。

 

 そろそろ本当にギンジ達に帰還してもらわないと、全滅もありえてしまう。

 

 「・・・ギンジ、君は大丈夫だよね」

 

 教会の女神像に祈りを込め、レイナは愛するギンジの帰還を願うのであった。

 

 

続く

 

 

 

 




お疲れ様です。

今回で赤い勇者と魔法界編は終わりで、次回新章であるミヤコ救出編が始まります!

長いお話でしたが、今後も楽しんでこの物語を書いて行きます!

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
カエデに月が綺麗ですね、って言った。

神宮カエデ
ギンジの事、嫌いじゃないから!

宮寺レン
ケイタが魔法を使うにあたって、無理させないようにしないと・・・

角倉ケイタ
無理したら、死ぬぞ!って釘をさされた。

甘白ミドリコ
いつものスーツ姿に戻ってます。
赤鬼に恋をしているのに、恋をしている事をまだ認めない。

勇者赤鬼
ミドリコ愛をいっぱい持ってる。許可さえあればいつでもミドリコを抱きしめられるし、愛情でいっぱいに出来る覚悟がある。

小町サクラ
魔法界の危機を救ってくれたギンジ達に大きな感謝と恩義を持った。

クリムパス
赤鬼に名前を覚えてもらえた

熊沢レイナ
久しぶりに登場した。相変わらずギンジがいっぱいちゅき。

月島ルカ/天体アキハ
レイナと共に協力しながら敵勢力を撃破している。

山吹イロ
武者の怪人に右腕を斬られたが、サクラの魔法で一応くっつけて貰っている。でも安静にしていないと行けない。

銃の怪人
怪人キラーエリートとして派遣された怪人。ルカを嫁にしようとしたが断固拒否された。次回、出番あり

怪人キラーエリートとは?
ドクターパープルの造った怪人と戦闘員の融合兵器。
銃の怪人、女王ナメクジの怪人、超性欲の怪人、進化の怪人(二代目)が居た。

25日〜28日の間に女王ナメクジの怪人以外は全員レイナとルカにやられた。

・・・

さて次回はいよいよミヤコ救出編開始!
しかし、最初のお話はなんとレイナ、ルカ、藤原さんのメイン回!
あの時藤原さんは何をしていたのか・・・!
レイナとルカはゆりゆりしたり、イロは女王ナメクジの怪人とゆりゆりしたり、藤原さんは柏木タツヤとホモホモしたり・・・

そんな訳あるか!ちゃんとまじめにレイナとルカと藤原さんのメイン回だよ!

間が空いてしまいどうもすみませんでした。それではまた次回!


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ミヤコ救出編(キラーエリート編)
68・キラーエリート・1


こんにちはアトラクションです

今回から新章ミヤコ救出編の開始です

開始なのですが、少し魔法界編と同じ様に前置きのお話があります。

そしてこの前置きのお話、なんとほとんどヘヴンホワイティネスの面々の出番がありません!

ミヤコ救出編が本格的に始まる所になったらヘヴンホワイティネスが復活しますが、しばらくは久しぶりに登場したレイナ、ルカ、ナルミ、藤原さんのお話をお楽しみください。新キャラも出るよ

それではどうぞ


 8月25日。

 

 世間は夏休み終盤ということもあり、秋に向けて色々と騒がしくなる時期。

 

 そんな時期にはホットなイベントも起こる事だろうと、藤原は今日も公安局へと出勤する。

 

 (さーて今日もいっぱいさわるぞふへへニチャァッ)

 

 本当にニチャついた下衆な笑みを浮かべながら、藤原は赤いジャケットを翻しながらオフィスに入る。今日も今日とて甘白ちゃんのお尻を触ろうか。

 

 オフィスにたどり着くと、つい最近まで凍結騒ぎで慌ただしかった公安のオフィスは活気を取り戻しており、それぞれが忙しく書類整理や、犯人逮捕へと動き出している。

 

 今日も平和だ。本当の意味での平和には程遠いのかも知れないが、とにかく平和だ。

 

 ヘルブラッククロスなんてくだらない。実際怪人をこの眼で見て、実際に戦った事もあるにはあるが、あんな人間を超えた怪物なんて、全てミドリコ達に任せればいい。

 

 面倒な事は面倒事が好みの連中に任せ、自分は手柄を少しついばめればそれでいい。

 

 正直に言うとヘルブラッククロスとは関わらない方が良い。そんな事より、今日もセクハラを働きたい。

 

 「おはよーございやーっすっと」

 

 片足でボロい扉を開ける。

 

 第4(組織犯罪対策科第4班)のオフィスに、いつもの様にダラダラ入ると、空気感がいつもと違う事に気づく。

 

 いつものノンビリした雰囲気と違い、お偉方が来ている雰囲気。重い空気と緊張感が走っている。

 

 「どした〜?」

 

 ダル絡みをするかの様に、藤原は若手の男性後輩に顎を乗せた。

 

 「随分気の抜けた出勤をなされるんですね?藤原さん」

 「うげげ」

 

 藤原の視界に写ったのは、バリバリのキャリアウーマン風のスーツに身を包んだ、髪の短い女性。ショートボブヘアに、飾り気の無いピアスと薄い化粧。

 

 そしてスーツからはちきれんばかりの豊満で、抜群なプロポーションを持つキレ目の女性が藤原を睨んでいた。

 

 まるでゴミを見る様な目つきは、藤原の肝を冷やす。

 

 「こ、これはこれは小鳥遊(たかなし)さん・・・」

 

 ついつい思わず敬語になる。

 

 小鳥遊と呼ばれた彼女は、第一(公安局・第一機動隊長兼、組織犯罪対策科特殊捜査部隊長)の小鳥遊アキラ。

 

 昔から成績優秀かつ、腕っぷしの強さは藤原が知る中で女性ナンバーワンの女性。

 

 超が付く真面目な性格で、藤原が知る情報の中では恋人が居ない筈。あと性格がキツイ。

 

 藤原が唯一セクハラをしようとはしない、所謂対象外に入る人物こそ、このアキラという女性。

 

 (なぁんでこんなところに・・・)

 

 怪訝な表情を見せる藤原に、アキラは軽いため息混じりに藤原の首根っこを掴んで歩き出す。

 

 「え、ちょ、おいおい」

 「来てください。貴方に、少し特殊な事情聴取があります」

 「えっ!?おじさんに事情聴取!?なんで!?あいえーなんで!?」

 

 アキラが自分の側近である大男を3人で取り囲み、藤原を胴上げスタイルで完全に逃げられないようにして、上層部へと向かう。

 

 「ちょ、なんで!どうしてなのよーーー!!!」

 「今すぐ黙るか、逮捕されるか、懲戒免職に合うか、好きなのを選んでも良いですよ」

 「ハイ、シズカニシマス」

 

 そうして藤原は公安局の最上階にある、特別取調室へと向かう事になるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 「で、なんスか。話って」

 「話ではありません。事情聴取です」

 

 まだ夏の暑さもさる事ながら、特別取調室の窓からはさんさんとした夏の日差しが差込み、丁度光が当たる位置に座らされた藤原は、眩しそうに眼を細める。

 

 アキラは向かいの席に座り、細長くしなやかな脚を組んでいる。

 

 ピンヒールの鋭い音を鳴らす事で、取調室には先程とはまた違う空気の重さがにじみ出る。

 

 「この方をご存知ですよね?」

 「んん、こいつは・・・」

 

 アキラが胸ポケットから取り出して見せたのは、四角い写真。それもモノクロフィルムの、公安局員がこの中央度固化市に着任する時に必ず一枚撮る事になる、四角い写真。

 

 そこに写っているのは、左横顔のアングルと真正面のアングル。

 

 そして整った顔立ちをしていて、まだ着任してから日が浅い、おそらくは四年ぐらい前の・・・。

 

 「あ、甘白・・・ですね・・・」

 

 一体彼女の写真を見るとは何事なのだろうか。藤原は動揺を隠せないでいた。

 

 「そうです。貴方の直属の部下、甘白ミドリコ公安巡査ですね」

 

 アキラは丁寧な物言いを崩さず、また藤原の動揺にも興味を示していない。

 

 もう一つ付け加えようとしたアキラは綺麗に折られた、とある紙を藤原へと手渡す。

 

 「開けてみてください」

 

 後光の指す様なその顔は冷徹そのモノ。藤原は二度見した後(顔は美人だよなぁこいつ)と、思いながら折られた紙を広げる。

 

 四角く、ジグザグとした紙。リサイクルペーパーとも呼ばれるかさかさした紙は、何なのかはひと目見て解った。

 

 それは逮捕状。藤原自身も何度も触った事があるし、何度も見たことがある。

 

 では中身は一体誰の、何の逮捕状で、どういった理由で発行されたモノなのか。

 

 少し・・・開けるのをためらってしまう。

 

 「何か?開いた事はあるでしょう?」

 

 アキラの言葉は淡々としていて、それとなく怖く感じる。

 

 「・・・」

 

 藤原がゆっくりと逮捕状を開ける。その眼で見た事、内容に藤原は信じられない事が書かれていた。

 

 【特別捜査・逮捕状】

 

 容疑者・甘白ミドリコ

 職業・日本警察公安第4科所属

 

 年齢26歳、性別女性

 

 罪状内容・テロ組織との繋がり、及び情報漏えいの容疑

 

 【以上、この者を逮捕する】

 

 ・・・。

 

 信じられない内容だった。

 

 あの甘白ミドリコが?情報漏えい?

 

 真面目でセクハラを嫌うあの甘白が???

 

 頭の中は困惑と動揺で一杯になっている。

 

 「こりゃぁ・・・何かの冗談でしょう?」

 「私もそうだと信じたいですがね・・・」

 

 アキラは眉間を抑えると、すぐに藤原に睨みを効かせる。美しい女性に睨まれるのはある種興奮はするのだが、今はそんなでも無い。

 

 むしろおじさんの人生上、一番命の危機を感じている。

 

 「間違いなく、甘白ミドリコさんに逮捕状が出されています。第1科の面々が本日7時に発行した正式な容疑者としての行動です」

 「馬鹿な!甘白はおれの部下ですよ!?」

 「ええ、そうですね。不真面目な貴方の部下です、きっと道を踏み外したのでしょう。不出来な上司のせいでね」

 「・・・ッ!」

 

 身を乗り出して反論しようとしたが、普段の勤務態度を見透かされてしまい、ぐうの音も出ない。

 

 「そこで・・・甘白ミドリコ逮捕の為に、貴方のご協力を願い出ようとしていたのです。さて、事情聴取の内容はおわかりですね?」

 

 いつもこの小鳥遊アキラという女は逃げ場を潰すのが得意だと、つくづく思う。いっそ半殺し覚悟でセクハラでもしてやろうか。

 

 「甘白ミドリコとの会話、及びチャットの履歴、そして・・・この一ヶ月、彼女とのやり取りを聞かせて貰います。もちろん、これは任意ですが、断れば貴方も、甘白ミドリコの共犯者として逮捕も辞さない所存です。よろしいですか?」

 「・・・」

 

 もはや何も言い返せない。

 

 「テロリスト、とは・・・?」

 

 藤原が一つ質問をしてみる。すぐ後ろに佇む大男が藤原の肩をつかもうとするが、それをアキラが制止の合図を見せると、大男は半歩下がる。

 

 「こちらの意図しない行動、発言、許可の無い質問があった場合は公務執行妨害とみなし、攻撃する、いえ・・・防衛させていただきますので、それも忘れずに」

 「やることえぐいねぇ〜・・・」

 

 つまり藤原はただひたすら質問を受ける事になる。そして、アキラ達の意図しない事が起こった場合は、今みたく大男が制裁を加える気でいる様だ。

 

 「警察、それも素性を隠しながら国家の為に戦う我々、同志の事情聴取を行う為です。貴方ご自身に何も無ければ話せる筈です」

 

 故に特別取調室。防衛と称して、多少手荒な拷問も可能という所。

 

 「それでは、始めましょう。藤原さん」

 

 肘をつき、両手を組みながら小鳥遊アキラは、藤原を相手にした取り調べが始まった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「もういいだろ・・・あとの事はわかんねぇよ・・・」

 

 時刻は丁度14時を回る頃。取り調べは5時間程続いた。

 

 話せる事は全て話した。言いたくないが、あのヘヴンホワイティネスの事も。ついでにミドリコのお尻に何回触ったかまで。

 

 アキラは上手く隠した様だが、話しの背景にどうやらヘルブラッククロスが関わっているらしい。らしい、と言うのはおそらくミドリコの逮捕状の内容に起因している。

 

 お互いに情報を話しながらの取り調べに、藤原は疲弊した。

 

 ここまで質問攻めに合ったのは本当に久しぶりだ。今は亡き妻の家族に非難轟々の大嵐を受けた時以来である。

 

 「ふむ。では良いでしょう・・・それでは最後に聴かせてください」

 

 小鳥遊アキラは汗ひとつかかずに、そして表情も変えずに藤原の顔をまっすぐ見つめる。

 

 眼が合えば萎縮してしまいそうな威圧すら感じるその視線に、藤原はもう睨み返す気力はもう残っていない。

 

 「甘白ミドリコ巡査は・・・本当に逮捕されるべきと思いますか?」

 

 以外にも最後と言われた質問は、アキラがミドリコを守ろうとしている様な声音なのではないかと感じた。だが、今疲れているこの状況でそこまでを察知する事は出来ず、藤原はやや強めな口調でアキラに返答をする。

 

 「そんな訳あるわけねぇーだろ!」

 「フッ・・・」

 

 今何を笑ったのかは解らないが、藤原は疲れた。

 

 今までの甘白ミドリコの勤務態度を見ていると、そんなに悪い事をしている様には見えない。ミドリコは兵器を所構わず解き放つバレットジャンキーではあるが、決して悪い事を許さない、真面目な性格をしている。

 

 それを5年も上司として見てきていた藤原は、この逮捕状はなにかの間違いだと、本気で思っている。彼女はこの中央度固化市において、感謝こそされど、逮捕される様な事はなにもしていないのだから。

 

 「それでは、藤原さん。本名はえーと・・・」

 

 フルネームで自分の名前を呼ばれるのは久しぶりだ。

 

 「藤原──さん、貴方を公安の厳命においてここで拘束させてもらいます。ああ、スマホは預かりますが、タバコもお酒も飲み放題の特別監禁室での拘束です」

 「なっ、まだ拘束されんのかよ!」

 「ええ。貴方と甘白ミドリコの繋がりはまだ完全に否定はされていません。それに・・・まだ彼女は出勤していないようですしね・・・」

 

 藤原にスーツ越しでもわかる背中の形を見せつけ、しゃんと立つアキラ。

 

 まだ来ていないなら好都合だ。この状況下でミドリコ逮捕されれば、完璧に終わる。

 

 「ああ、無駄な抵抗や逃走、脱走等は図らない様に。もし逃げれば極刑は免れませんので・・・」

 「おいおい〜・・・」

 

 そうしてスマホを没収された藤原は、寝心地の良いベッド、山積みにされたワイン、レトルトの食事が大量に入った部屋へと連行される。

 

 特別監禁室。形としては軟禁に近いが、テレビも見れてお風呂にも入れる、本当に特別な部屋だ。

 

 強いて言えば不満は窓が無いぐらいだろうか。とは言え、ここは20階。逃げられるわけがないのだが。

 

 電子ロックのある扉をくぐり、藤原はその清潔な部屋に閉じ込められる。

 

 「それでは、ごゆっくり」

 「あ、ちょっ、待って!」

 「・・・?なんですか?」

 

 怪訝な表情を見せるアキラに、藤原が急ぎ目にドアに近寄る。

 

 「なぁ、おじさんはいつまでここに居るんだ・・・?」

 

 疑問や不安こそあるが、藤原はここで何をしていれば良いのか。

 

 「ああ、そうですね。ご自身の潔白が証明されるまで、ですかね」

 

 淡々としたクールな発言に、流石の藤原も絶句してしまう。

 

 「では、また」

 

 電子音を鳴らして扉が無慈悲に閉まる。

 

 藤原は本当にここに居ないとだめみたいだ。

 

 「くっそー・・・甘白ちゃんよぉ・・・なにしてんだよ・・・」

 

 上司として少し情けない気分になるが、ここまで来てしまった以上どうする事も出来ない。

 

 しばらくはここでおとなしくするしか無いようだ。

 

 「はーくっそー・・・あいつ怖いんだよね・・・」

 

 アキラの顔を思い出しながら、藤原はソファにもたれ、テレビを見るのであった。

 

 電子ロックの扉が並ぶ廊下をコツコツとピンヒールで踏みつける音を鳴らしながら、アキラは側近の大男から藤原のスマホを受け取る。

 

 (・・・この状況、何か裏があるか・・・?)

 

 そもそも何故甘白ミドリコをピンポイントに犯人扱いにし、そして逮捕するという状況にまでなったのか。その理由を知るためにも、アキラは第一科のオフィスへと次なる歩みを進めたのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 時間は少し遡って朝。

 

 時刻は7時10分程。

 

 (くそっ!)

 

 心の中でレイナは悪態をつくと、パトカーを走らせる。

 

 南度固化警察署に突然流れた犯人情報。

 

 逐一情報が更新される情報の中、まさかの知っている人物が映し出された。

 

 甘白ミドリコ。レイナが知る、ヘヴンホワイティネスのメンバーであり、正義の志を持つ仲間である。

 

 どうして彼女に逮捕状が・・・?そしてなぜ彼女なのか。

 

 絶対に悪事を働こうとして、悪事に手を染める様な人ではない。それだけはレイナは断言出来る。

 

 中央度固化市に入ったレイナは、カエデハウスの方向へと車を走らせる。警察車両には緊急性が高い場合、速度制限を無視して走る事が許されている。

 

 緊急のランプを点灯したパトカーはもっともっと速度を上げていく。

 

 目的は単純。甘白ミドリコを誰よりも早く見つけて、逮捕という名目で身柄を拘束、そして彼女を守る為だ。

 

 同じ正義の志を持っているミドリコが逮捕されれば、ヘヴンホワイティネスが危ない。

 

 「・・・」

 

 車を走らせるレイナが深く考える。

 

 一体何故こんな事になっているのか。

 

 普段の彼女を見ていれば、そんな簡単に悪事に手を染める様な事はしないはずだ。だとすると・・・。

 

 「ヘルブラッククロス・・・か?」

 

 この中央度固化市を拠点に、勢力を拡大している巨悪の組織。

 

 レイナの友であり、恋をしている男でもある佐久間ギンジが所属する正義の組織・ヘヴンホワイティネスと相対する悪の組織。

 

 少し前まではマージ・ジゴック、ゲヘナミレニアムと並ぶ3つの地獄と呼ばれていた組織の内の一つ。

 

 噂では大物政治家もこの組織と繋がりがあるとか、学校の理事長もこの組織の犯罪に加担しているとか・・・。

 

 調べた上ではレイナの所属していた退魔教会も、このヘルブラッククロスと繋がっていた。

 

 色々と考えても仕方ないが、それでもパトカーは止まらない。

 

 と・・・。

 

 シュパーン・・・。

 

 空気が弾ける音が鳴った。

 

 それはまるで弾丸でも鳴ったかの様な、鋭い音。

 

 その音が鳴った同時に、レイナは反射的にブレーキを踏むと、住宅街の車道にドリフトしながらコンクリートに車体を強くぶつける。

 

 「・・・!?」

 

 ハンドルが上手く制御出来なかった。変な感覚だ。一応退魔の力を使い、急ブレーキすればすぐに停車出来るはずだったのに・・・。

 

 「これは、まるでタイヤでも撃たれたみたいだな・・・」

 

 エアバッグに身体を埋もれさせながら、レイナがそんな事を言ってみる。

 

 そして一瞬で理解する。

 

 「まさか・・・今ハンドルが効かなかったのは!」

 

 射撃された。それも150キロを出す車のタイヤを、正確に撃たれた可能性が高い。

 

 こんな朝から銃撃とは穏やかではない。

 

 「ギャーハッハッハッ!驚いたか!」

 

 突如としてボンネットに乗り込んできたのは、両腕に機関銃みたいな銃口を取り付け、真っ黒な身体と弾丸ベルトを身体に装着した、不気味な生物、

 

 人語を喋り、人を嘲るその声は間違いなく人間のソレ。

 

 頭にも機関銃が取り付けられており、眼球は黒く赤い。

 

 股間の部分にも拳銃がついており、両膝にもバルカンの銃口をつけたその存在は、レイナも良く知るあの生命体。

 

 女を道具として扱い、奴隷としてみなす、全女性の敵・・・。

 

 「まさかそちらから来るとはな・・・」

 

 ヘルブラッククロスの怪人がレイナを襲撃して来た。

 

 「おうおうおう!お前が噂のヘヴンホワイティネスだなぁ?」

 「だったらどうするんだ・・・?」

 

 レイナはヘヴンホワイティネスではなく、退魔警察だ。だが、一端このままで良いだろうとそのまま話しをすすめる事にする。

 

 「そりゃぁ、もちろん、蜂の巣にしてやるぜ」

 

 全ての銃口がレイナの座る運転席に向けられ、発砲される。容赦の無いその一斉射撃は、またたく間に車を貫通し破壊する。

 

 煙を吹き出し、ガラス片を飛び散らせ、車体がひしゃげると、次第に住宅街エリアの道路周りに、人々の悲鳴が巻き起こる。

 

 「ギャーハッハッハッ!!泣け、叫べ、喚け、絶望して死ねぇ!!」

 

 両腕を広げ、膝も曲げ、股間を突き出し、頭を夏の青空へと向ける。

 

 そして発砲するためのそれぞれの引き金と撃鉄が鳴る瞬間・・・。

 

 「破邪の剣!!」

 

 虹色の鞭に様にしなりながらも、飛び出る様な剣が怪人めがけて飛んできた。

 

 刃の先端は当たる事無く、空を突く。怪人が飛んで車道の真ん中に降りて、再び両腕の機関銃をボロボロになったパトカーに向けた。

 

 「生きてたのか?」

 「悪いがこんなのでは死なんよ。一発も当たっていないしな」

 

 運転席を一段階下に落とし、前かがみになりながらもレイナは、退魔警察の修道服へと変身を果たしていた。

 

 これにより勝利したと勘違いしていた目の前の怪人に不意打ちをしたのだが、それはあえなく無意味に終わる。

 

 「いいねぇ・・・全身余す所無く、穴ボコだらけにしてやる!」

 

 パトカーを両断してレイナがその姿を表すと、怪人はレイナに狙いを定めて銃口を開ききる。

 

 爆炎に包まれた半分このパトカーは、レイナの退魔の札に吸収されていき、火事や爆発の被害をこれ以上広げないように収納されていく。

 

 そのままレイナが破邪の剣を構え、臨戦態勢を取る。

 

 「この俺!銃の怪人の初陣だァ!覚悟しな、ヘヴンホワイティネス!」

 「やれやれ・・・こんな時間から銃撃とは・・・」

 

 レイナはこれでも警察と退魔師の二足のわらじを履く戦士の一人だ。

 

 今はミドリコを見つけないと行けないのだが、怪人が目の前に居るのであれば仕方がない。

 

 「銃刀法違反だ。貴様を逮捕する(打払う)!!」

 「おもしれー遺言だな!」

 

 ヘヴンホワイティネス?になりきってこの銃の怪人と対峙したレイナは、破邪の剣を輝かせて、朝から戦う羽目になるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 場所は変わって意対化市(いつかし)真宵町(まよいちょう)

 

 ここではかつてサン・アンフェールという悪の組織が牛耳っており、地獄の様な世界ともなっていたが、正義のムーン・パラディースがヘヴンホワイティネスと協力した事で、ここでの悪事はもう無くなっていた。

 

 「ふぁ〜・・・まだ眠いよ・・・」

 (早く起きなさい!お○スタ始まっちゃうでしょ!)

 

 そんな平和を取り戻した町で暮らす、ボーイッシュな見た目の少女が、自分の心の中に住まう親友と共に布団から起きると、リビングへと脚を運ぶ。

 

 (お○スタの後はの○スタよ!)

 「はいはい、解ってるよ・・・」

 

 寝ぼけながらもその少女・・・月島ルカは高校生として最後になる夏休みの最後の一週間を過ごそうとしていた瞬間だった。

 

 平和な日常、不思議で非現実的なムーン・パラディース最後の生き残りであるルカは、心の中に住まう天体アキハとの生活を楽しんでいる。

 

 今日も平和。今年の夏はとても暑くて、とても熱い。

 

 『緊急速報です!』

 「あり?」

 

 12チャンネル、そのボタンを押した瞬間、普段はニュースなんてやらない放送局が、ヘリコプターによる中継映像を流し始めたのだ。

 

 (ちょっと!グランドおっはすー!ってやらせなさいよ!)

 

 ルカの心の中で叫ぶアキハの声は、脳内に響いて痛くなる。

 

 それは良いとしても、どこのチャンネルに回しても、先程の映像が流れている。

 

 (あら・・・ねぇ、ルカ・・・この映像の人・・・)

 「あ、ああーーー!!」

 

 ニュースで流れているのは、怪人警報を流す非常事態だった。そして、怪人が出現した場所は・・・。

 

 「中央度固化!」

 (ギンジ達の居る街よね。いつも怪人出てきてるじゃない)

 

 いつも怪人が出る街に住んでいるギンジ達だが、普段はこんなニュースになるような戦いはしていないはずだ。それも中継映像に取られながらなんて・・・。

 

 「・・・ん、この人」

 (アタシも気づいたわ。この人、退魔師の人よね?)

 

 中継映像に流れているのは、修道服に身を包んだセクシーな身体をしている女性。サン・アンフェールとの決戦の日にギンジ達に招集された、心強い助っ人の一人のあの女性。

 

 熊沢レイナ。退魔警察が、何故かヘルブラッククロスの怪人と戦っている。

 

 (ギンジ達が心配ね。やることないなら、行ってみたら?)

 

 連絡するのもありだが、もしかしたらギンジ達も別の所で戦闘になっているかも知れない。

 

 色々と二人の思考が交差するが・・・。

 

 「すべき事はたった一つだよ」

 (そうね。行きましょう)

 

 もしギンジ達に何か起きているのであれば、ルカとアキハは協力する事にしている。彼らにとってそれがいらない事であったとしても、恩義に報いる為に、何か手伝える事もあるだろう。

 

 ルカは身支度を終えて、すぐに家を飛び出す。レイナへの合流を果たすのが先かも知れないが、なんとなくギンジの事が心配になってしまい、ムーン・フォースを握ると深緑のバトルスーツに変身し、町を駆け出す。

 

 常人ならば誰にも見つける事の出来ないこの速度は、夏に走る暴風となる。

 

 (悪が動いているなら、正義のヒーローの出番だろう!)

 

 心の中でルカが言うと、アキハも頷き、二人は中央度固化へと突き進むのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 同時刻──。

 

 7時12分頃──。

 

 いつもの様にハイヒールをコンクリートに打ち付けながら歩くミドリコは、真夏の暑さにうだり、負けそうになる。こんなの自衛隊時代の訓練に比べればたいした事は無いと、そう思うのだが・・・。

 

 「あつい・・・」

 

 じわじわと汗が吹き出し、外に出るのがうんざりしてしまう。そんな気温。夏こそ、ミドリコにとって最大の天敵である。

 

 今日からカエデとレンとケイタは学校に通う事になり、2学期が始まる。それと同じくして、西度固化市の学校と共に今年の文化祭について会議があるのだとか。

 

 「学校が始まって早々に大変だな・・・」

 

 誰にも聞こえない様に独り言を呟く。この暑さでまともに外に出る人はあまり居ないだろう。

 

 まともの判断なんて人それぞれなのだが。

 

 ギンジとミヤコは相変わらずカエデハウスでダラダラしているのだろうか。そうだとすると無職コンビが途端に羨ましく思えてくる。

 

 (なんでこんなに暑いんだ・・・)

 

 夏の日差しをうっとおしく思いながらも、ハンカチで顔に垂れる汗を拭き取るとミドリコは、少し歩みを早めていく。今日もヘルブラッククロスの一斉検挙の為に、あくせく警察として働かなければいけないのだから。

 

 ふと公安局へと向かう道すがら、歩みはそのままに住宅街の曲がり角に警戒する。

 

 明らかに不穏な気配を感じ取っていたミドリコは、ほんの少しの正義感から、普段の道とは反対の曲がり角を見る事にする。

 

 絶対に何か居る。何か、そんな直感がしていた。

 

 「・・・」

 

 ハイヒールを強く鳴らしながら、ミドリコが曲がり角にその身を出す。

 

 しかしながらそこには誰も居なくて、でも不穏な空気感と遠くで鳴るパトカーのサイレンの音しかない。

 

 なんだ、何も無かったか。普通ならばそう思って本来の通勤経路に戻る筈だ。

 

 だけどミドリコは正義の組織に所属する者。

 

 一瞬感じたこの不穏な気配を、逃すわけには行かないとして、辺りを警戒する。この街はヘルブラッククロスの魔の手が迫っている。もしかしたら白昼堂々に戦闘員の悪事が行われている事も否定は出来ないからだ。

 

 「・・・誰だ」

 

 曲がり角を少し先に進んで公園のすぐ近くの道、そこでミドリコは背後に誰かが付いてきている事を理解すると、脚を止めて背後の人物に声をかける。

 

 「やぁやぁ久しぶりだね?甘白さん?」

 

 不穏な空気はそのままに、公安のトップに座る女性・山吹イロがそこには居た。

 

 「こ、これは失礼いたしました!おはようございます!」

 「そんなかしこまらなくても良いよ?」

 

 イロの声はいつも通り。語尾がどうしても疑問系に聞こえるだけのいつもの喋り方なのだが、ミドリコには逆にそれが余計に何かあると感じてしまっていた。

 

 「・・・つかぬ事を聴くけど甘白さんて、悪い事、してないよね?」

 

 イロが手元の小さなポシェットに手を入れてゴソゴソと、何かを取り出している。

 

 悪い事。ヘヴンホワイティネスとして動いていつつ、公安警察としても働いているミドリコにはそんな事をしている暇はない。例えその両組織に所属していなくても、そんな事はしないが・・・。

 

 「これ?何かわかるよね?見たことも触ったことも、発行した事もあるよね?」

 

 イロが見せたソレがミドリコの視界に入る。ポシェットから出てきたソレは一枚の紙。

 

 不穏な空気がより一層強くなるのを感じた。

 

 山吹イロが持つその紙は・・・。

 

 「逮捕状・・・ですね」

 「そう、逮捕状?誰のかわかる?」

 

 イロの目つきが鋭くミドリコに向けられる。あまりにも強いその正義の審判者とも思える目線の強さに、ミドリコは瞬時に理解出来てしまう。

 

 山吹イロが持つ紙の表面、こちらには見せていないが、そこに書かれている逮捕者の名前を・・・。

 

 「おほっおほっ」

 

 「それは・・・まさか私への逮捕状ですか・・・」

 

 「おほほっおほっおほほほほ」

 

 「そうだね?なんで発行されたか・・・」

 

 「おほぅうぅうう・・・女おんなオンナオンナオンナあああああ」

 「うるさいぞ!誰だ貴様はっ!」

 

 イロとミドリコの間に入る様にして現れた鼻息の荒い男が現れ、イロとミドリコは嫌悪感を丸出しにした顔で警棒を取り出していた。

 

 その男はほぼ全裸に近い奇妙な出で立ち、濃い胸毛、ヒゲとアフロが一体化した濃い顔、黒い眼球に赤い瞳。

 

 濃い脛毛、濃い腕毛、そしてなにより目を引くのが・・・。

 

 「なんだその姿は・・・!」

 

 赤いふんどし。

 

 ヘルブラッククロスの怪人の瞳を模したマークが刺繍された赤いふんどしをつけた男が、汗をダラダラ流しながらミドリコとイロを前に、住宅街の公園に現れた。

 

 「自分でつけた名前だが名乗っておこう。我が名は超!性欲の怪人!!」

 

 まるで意味が分からない。なんなのだこの男は。しかしながら、瞳とふんどしのマーク、そして自らを怪人の呼称するこの男は・・・。

 

 「ヘルブラッククロス?」

 

 イロは不気味なこの男を前に、再び怪人の恐怖と強さを思い出す。

 

 「この国のオンナは皆美人だからな。そう言うのも頷ける」

 「な、何を言っているんだ・・・」

 「きっとその疑問もすぐに解る事になる。なぜならオンナを前にした己は・・・」

 

 そこまで喋った途端に黙りこみ、超性欲の怪人は人差し指でミドリコとイロへと向ける。

 

 それをそのまま爪を見せる様に手首をひねると、人差し指でくいくいと動かし挑発的な姿勢を見せる。まるでかかって来いと言わんばかりの態度と顔をしている。

 

 「(お前らオンナを○○してやるのサイン)」

 「何故だろうか・・・今ものすごくコイツを倒したい」

 「私も同じ事を思ったよ?」

 

 怪人という存在に対してあまり驚かないミドリコとイロを見て、超性欲の怪人が興味を示したのか、とにかく卑猥で気持ちの悪い言葉を投げかけ、二人の女性は今この怪人を撃破したいと憤りの視線を向ける。

 

 「話は後にしましょう?今はとにかく・・・」

 「コイツを倒す!」

 「オンナぁぁぁぁぁッ!来いよ!クレバーに抱いてやる!」

 

 拳銃を取り出したイロとミドリコの前に、全身を誇示するポージングを取る怪人。この朝からの怪人の登場によって、戦闘が始まろうとした瞬間、携帯の着信音が鳴る。

 

 クラシックとロックを合わせたBGMが鳴ると、超性欲の怪人はふんどしの中に手を突っ込む。

 

 まさぐるその姿勢から見える腕の濃い毛を見るだけでも、恐ろしい嫌悪感を感じる。というよりも普通に公然猥褻である。

 

 「はい、毛の怪人です」

 

 超性欲と名乗った怪人は今本当の名前を喋った。通話先の声は聞こえないが、なにやら神妙な面持ちで会話をしている。今が好機と見たミドリコが先手を与えようと接近するが、イロがミドリコの手を引っ張る。

 

 「こちらに注意が向けられていないなら、逃げるのが良いと思わない?正直怪人なんて相手にしてられないよ?」

 「そ、それもそうですが・・・」

  

 ヘルブラッククロスの事をなまじ知っていると、逃げる・・・という選択肢を出す事さえ難しくなる。

 

 そもそもここで逃げれば街の女性たちが被害を被るのだ。こんな見た目の怪人なんて視界に入るだけでも相当精神的なダメージがあることだろう。

 

 「・・・了解です。それでは」

 

 通話を終了したスマホを再び赤いふんどしにしまい込むと、超性欲の怪人はミドリコとイロに指を指す。

 

 「オンナ、運が良いな。己はこれから帰還しないといけない。もじゃもじゃにならなかった事、喜ぶと良い」

 「な、逃げるのか!」

 「そうとも言える。なぜなら己は・・・」

 

 再び黙る超性欲の怪人。

 

 右手の人差し指を、左手の人差し指と親指で作った輪っかに、交互に動かしながら出し入れしている仕草を見せる。

 

 普通ならば、【そういう事】を意味する隠語的な使い方をするモノだが、今回は意味合いが違った。

 

 「(次あったら命を奪ってやる。毛を生やして待ってろのサイン)」

 

 確実に殺意を込めたその仕草を見て、ミドリコとイロは二人して鳥肌が立つ。この怪人は絶対に、そして確実に女性の敵であると、本能がそう訴えている。

 

 「ではさらばだ・・・ヘルブラッククロスを知るオンナよ。そこの小柄なオンナはオンナだが、そこのスーツオンナは・・・まだ、女じゃないな・・・フッ」

 「よいしょ、殺そ」

 

 なんの事を言っているのか、その意味を理解したミドリコはロケットランチャーを取り出し、肩に担いで殺意を大きく出している。

 

 小馬鹿にしたモノ言いの怪人に、ミドリコは究極的な殺意を出すが、やはりイロが止めている。

 

 そんなやり取りをしている間に、毛の怪人・・・こと超性欲の怪人は、街中を闊歩して消えていく。

 

 「やめなさい?っていうかコレで逮捕しても良いぐらい?」

 「止めないでください!あいつっ!あいつっ!!」

 

 この数分後ミドリコは自分に逮捕状がかけられている事を知り、イロと共に事件に立ち向かう事になるのであった。

 

 「ふおおおお!発砲許可を!」

 「そんなモノ街中で撃たないで?それはもう破壊許可よ?」

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 あれから町から町へと駆け抜けたルカは、真夏の暑さを気にせずにスーツを翻している。 

 

 そろそろ中央度固化市に到着しそうだ。

 

 走る途中で見えたのは、高台の奥の綺麗な海。

 

 住宅街に挟まれた道の真ん中に、真夏太陽の輝きを乗せては弾く煌めく海面が見えている。

 

 「ここは海が見える綺麗な街なんだね」

 

 独り言を言っているわけではない。ルカが一人で口を開くのには理由がある。

 

 心の中に住まう親友の為に、言葉を出しているのだ。

 

 バトルスーツのままで、ルカは心の中に居るアキハに声を出していた。本当は心の中で会話が出来るのだが、そうするよりもお互い声を出して会話をしたいのだ。

 

 もうアキハには実体が無い幽霊みたいな存在。こうして同じ景色を見る事によって共有する事が出来ても、お互いの想いを口にしておきたい。

 

 (そうね。度固化市の別荘を思い出すわ・・・)

 

 もはや家族の下に帰れないアキハはどこか黄昏れた表情をしている。

 

 「ごめん、不謹慎だったね・・・」

 

 ルカが静かに謝る。その声がセミの鳴く声にかき消されそうな、小さい声だった。

 

 (大丈夫よ。アタシ、今とっても楽しいし。それで言いづらいんだけど・・・)

 「待って・・・」

 

 もっと会話をしていたかったのに、ルカは何度か戦った怪人の気配を察知した。アキハも少し遅れてソレを感じ、二人は周囲を強く警戒する。

 

 その気配の形・・・とまでは言わないが、とてつもなく強い、恐ろしくなるような不安と、立ち込める悪意の魂すら視認出来てしまいそうな悪の鼓動。

 

 言うなれば最強の怪人とでも言うような、本当に強い気配。

 

 怪人の反応はサン・アンフェールの超人と似ている。人とは明らかに違うが、人とほぼ同じ様に溶け込む事が出来てしまう。

 

 しかしこの反応は強いが、妙な感じだ。どこかで出会っている様な、そんな雰囲気さえ感じる。

 

 「くっふふふ」

 

 くぐもった様な笑い声。

 

 「!?」

 

 その笑い声は後ろからした。それもすぐ真後ろからだ。

 

 振り返ったルカの目の前には、男・・・それは間違いなく怪人である事が解る不思議な存在。

 

 「なっ・・・」

 

 その怪人の顔を見てルカは驚愕した。

 

 似ている・・・。

 

 かつてルカの窮地を救ってくれた、友であり、憧れであるあの男に。

 

 それと同じく、もう一人にも似ている。

 

 (あれ・・・ギンジ?じゃなくて、えーとミヤコちゃん?)

 

 アキハもその存在に首をかしげている。ミヤコというのは、かつてサン・フォースをに改造したムーン・フォースに改造返しを施して、ムーン・フォースを怪人であるギンジにも扱える様にした天才の事だ。

 

 やたらとギンジに愛情を傾けていた事は良く覚えている。それが原因でアキハにとってもルカにとっても印象深い。

 

 その怪人は確かにギンジの様な輪郭をしているのに、目元や鼻、手首や体格・・・それぞれがギンジとミヤコに似ている様にも思えた。

 

 そしてなにより髪だ。ギンジはツーブロックに金髪オールバックという近寄りがたいヘアスタイルをしている。

 

 この怪人はツヤの良い黒髪をしており、それを短く結んで上に向けている。

 

 「なんだぁ、女かよお前。変な衣装着てるから、ヘヴンホワイティネスかと思ったぜ、くっふふ」

 

 薄気味悪い笑い方は、口元はギンジに似ていて、ほかはミヤコにそっくりだ。

 

 「ヘヴンホワイティネスを知っている・・・?っという事はやっぱり・・・」

 「アァ?ああ、そうだよ俺ぁ、ヘヴンホワイティネスの・・・」

 

 ギンジにもミヤコにも似ているその怪人は、自分をこう名乗る。

 

 数多の怪人の能力を模倣しては、新たに増える怪人の能力を覚える事の出来る怪人であると。

 

 その名も・・・。

 

 「俺はヘルブラッククロスの進化の怪人だぜ!」

 

 ギンジに似ている声質は、ルカとアキハの記憶をより鮮明にしていく。これは間違いなくギンジだと、思い出させてくれる。

 

 しかし見た目はギンジではないし、ギンジはこんな薄気味悪い笑い方はしない。

 

 サイズのあっていないジャケットをまくると、進化の怪人と名乗った男はルカを目の前にして、顔を近づける。

 

 「くっふふふ、ヘヴンホワイティネスについて何か知ってそうだな。教えてくれよ」

 

 にこやかな顔をしているが、その実かなりの敵意を感じたルカとアキハは、半歩下がると月光の盾を展開する。

 

 「俺とやろうってのか?面白いな・・・女には手は出せないんだが」

 「君に教える事は何も無いな。僕達を甘くみない事だよ、怪人さん」

 

 ルカのミエミエな挑発には、進化の怪人の首元に血管が浮かび上がる。明らかな怒りを見せた事で、ルカもアキハもギンジには遠く及ばないとさえ思う。

 

 「くっふふふ・・・」

 

 安い挑発に乗ったのか、進化の怪人が炎と雷を両腕に走らせる。

 

 そして口からは触手をずるりと飛び出し、舌舐めずりでもしているのか、非常に気味が悪い。

 

 (せっかくの良い顔が台無しね)

 「それになんだか、理由は解らないけど、とても腹が立つ」

 

 ギンジに似ている顔を歪ませているこの進化の怪人が、何故だか無償に腹が立つ。

 

 「ぐちゃぐちゃにしてやろうか?アァ?」

 「女には手を出さないんじゃなかったのかな?それとも、口だけか?ヘヴンホワイティネスには遠く及ばないな・・・」

 「・・・〜〜〜ッ!!!」

 

 そこまで煽られた瞬間、口からドリルみたいな触手をルカの顔へと延して来る。

 

 それを当然として避けると、ルカが転がって避けた先に炎の塊を投げ飛ばす。

 

 「女が男を舐めてるンじゃァ無いぜ!」

 「お前こそ、僕達を甘く見るなって・・・」

 

 月光の盾で炎の塊を青空の彼方へと弾くと、今度はルカが怪人へと突撃を開始する。

 

 「言ったはずだ!」

 

 月光の盾を回転させながら、進化の怪人へと体当たりをかます。回転を急激に早める突進により、進化の怪人は突き飛ばされては、羽を展開しながら上空を舞う。

 

 勢いを殺さない様にスムーズに飛び立つと、ルカを見下ろす様にして怒り狂った顔を見せていた。

 

 「俺に一撃を当てるなんてやるじゃねぇか!殺す!絶対に!」

 「・・・その顔で、そんな事を言わないでくれないか?」

 (そうね、とてもムカつく)

 

 進化の怪人が両腕を龍の鱗が生え揃う腕へと変え、毒を展開する。

 

 右腕は龍の腕と毒の力、左腕は炎と雷の力。

 

 ルカとアキハは真上に飛ぶ進化の怪人へと、月光の輝きを増して交戦を開始した。

 

 本当はこんな事をしている場合ではないのだが、友達のためだ。ヘヴンホワイティネスの為に、そして友に合流する前にヘルブラッククロスの怪人は出来る限り倒しておく。  

  

 「知ってる事、ぜーーーーんぶ話やがれ!」

 「断る!ムーン・アサルト!」

 

 回転した盾を構え、ルカは進化の怪人と激戦を繰り広げるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 8月25日・午前0時。

 

 ある場所の研究室。そこの四角く角張っている部屋には、間接照明が怪しく点灯している。

 

 ここはヘルブラッククロスの大幹部であるドクターパープルの控室。

 

 そこには四人の男女が、ドクターパープルの命令によって待機を命じられていた。角張った部屋の奥にあるベンチには、体格の良い強そうな戦闘員の姿、二人して肩を組む様にして待機する男女の戦闘員、そしてもう一人は落ち着き無くウロウロとしている。

 

 ヘルブラッククロスとは非常に大きな組織だ。今やこの日本において、日本の裏社会においてもこの組織を知らない者は居ないだろう。

 

 人を攫う事にも容赦せず、人身売買もたやすく行っているという噂もある。

 

 それどころか略奪でさえも、この組織は簡単に行っている。

 

 「なぁ、お前聞いた?」

 

 一人の戦闘員のスーツを着た男が、ベンチに座る男へと声をかけた。声音からしてまだ学生だろうか。とても若々しい声をしている。

 

 「・・・何をだ?」

 「何って、ほら、ドクターパープルが言ってた、融合兵器の事だよ」

 

 融合怪人。前任の大幹部であるドクターミヤコが開発したと言う、怪人の細胞・改を使用して、一度怪人として造り上げる工程の途中で活性化したソレを人間に投与するという、常軌を逸した研究。

 

 元々が怪人として出来あがるソレを、人間に埋め込む事で人間には猛毒の怪人の細胞を強引に適合させると言う実験らしい。

 

 改造手術、何日にも及ぶメディカルチェックを必要としない、特別な実験だと言う事を、ここに呼ばれている四人はソレだけしか知らされていない。きっとトップシークレットに近い特別な実験なのだろう。

 

 「ギャハッハ!でも夢があるよな」

 

 ここの四角い部屋には連れてこられたのは、ドクターパープルによって選ばれた戦闘員。今回の実験に呼ばれた者達の集まりだ。

 

 下卑た笑いを上げた戦闘員は、肩に女性戦闘員の腕を回している。

 

 (いーよな、こいつらは・・・オンナをこうやって垂らし込めるんだからよ)

 

 ベンチに座る男はけだるそうに、肩を組む二人を見ている。顔は見えないが、ヘルブラッククロスの仮面はどうも不気味だ。

 

 「俺も楽しみだぜ、なんせあの大幹部様の実験を目に出来るんだからな」

 

 ベンチの前でうろちょろしている男はパワードスーツの力を使って、備え付けのウォーターサーバーから水を汲み取る。

 

 「己らは、一体何を見るのだろうな」

 「ん〜あーしらは、今回具体的に何をするのかは聞かされていないしね・・・」

 

 女性戦闘員が大きな胸を揺らしながら言うと、その場で全員が黙り込む。訪れた沈黙により、ここに居る四人は少しの不安、そして今の社会に対する憤りと恨みをしっかり思い出す。

 

 再度認識されるその想いは、これからの実験に何か関係があるのだろうか。それは誰にも解らないけど、戦闘員達はドクターパープルの次の指示を待ち遠しく感じている。

 

 すると・・・。

 

 「・・・」

 

 扉が音も無く開くと、そこに現れたのはカーゴパンツと黒いタンクトップを着た、筋肉質な身体と人ならざる闘気を秘めた、ドクターパープルの側近とも言うべき怪人が、この四角い部屋へと脚を踏み入れた。

 

 「・・・来い」

 

 いよいよ大幹部からの指示が入ったのか、龍の怪人が静かに告げると戦闘員達はすぐに行動を開始する。

 

 ついていく場所は特別実験室。

 

 龍の怪人が四人を連れてくると、護衛部下であるハルネの姿もそこにはあった。

 

 「お披露目となるのはお前らが始めてだ・・・なっ」

 

 白衣を綺麗に着用するドクターハルネの後ろには、間違っても戦闘員が手を出させない様に、ハルネの防衛役としてここに立つ鋼の怪人の姿もあった。

 

 着物の上半分だけを脱ぎながら、硬く鍛え上げられたその身体はおおよそ人には到達不可能な力が秘められている。

 

 「ようこそ、ドクターパープルの直属の戦闘員達・・・貴方達には・・・ああ、いえ・・・細かい事、詳しい事はパープル氏から聴くとしましょう。こちらへどうぞ」

 

 可愛らしい声に龍の怪人が目線をハルネに向けている。

 

 戦闘員達は謎の緊張感に背筋が伸びるだけだ。明らかな強者の雰囲気を持つ怪人が二人も居れば、そうなるのも間違い無い。

 

 だって怪人は癇癪で人を殺すのだから・・・。自分達もそうされるのではないかと思えてしまう。

 

 特別実験室の扉をハルネが開き、戦闘員達が入室する。

 

 その部屋は広く様々な機材が入り、血痕や何かの生物が入ったシリンダー、とろけた顔をした女性があられも無い姿で宙吊りにされていたり、まともな人間が見たら軽く発狂は出来そうな雰囲気をしている。

 

 不気味な瞳だけの生物が戦闘員を見ると、シリンダーのガラス面に張り付き、威嚇している様に見える。

 

 部屋の中心に位置する場所にあるテーブルには、生々しい球体が4つ配置されており、この部屋の中ではより強い怪しさと、得も言われぬ不気味さを醸し出している。

 

 何かの生物の一部なのか、その球体は肉の塊が鼓動を打っている様にも見える。

 

 「よく集まってくれた」

 

 急に現れた歓迎の声に、戦闘員四人がビクリと全身を震わせる。こんな常軌を逸した部屋を作り、今や前任の大幹部であったドクターミヤコの実績を超えつつある現・大幹部。

 

 ドクターパープル。普通の戦闘員達と同じパワードスーツを紫色にカラーリングし、小さなマントを装備した大幹部。

 

 彼こそが今ここに立つ龍の怪人と、鋼の怪人を造ったヘルブラッククロス1の科学者。

 

 「己達を呼んでくださったのは・・・」

 

 一人の戦闘員が尋ねると、ドクターはテーブルに並べられた球体を間近で見させる。

 

 「君たちを呼んだのには他でもなくてね、この肉の塊、こいつをどう思う?」

 「・・・」

 

 ただの自慢の為に呼ばれたのか、真意は理解しかねるが四人は呆然とする。

 

 「この肉の塊・・・実は怪人の細胞・改を組み込んだ怪人になれるパワーアップアイテムなんだ」

 

 ハルネがわかりやすくまとめた資料を、四人の戦闘員に配る。

 

 【怪人になれるパワーアップアイテム〜コレで君の怪人に〜】

 

 1

 この怪人の球根は、貴方の身体を強化する怪人になれます。

   

 2

 どんな怪人になれるかは不明ですが、とても強い怪人になれます。

 

 3

 人間をやめる変わりに怪人になる事で、人々を支配し、力による真の自由を目指せる。

 

 4

 人間を辞める事でこの世界への自由を、本当の意味でつかみとろう!

 

 5

 大丈夫、ヘルブラの怪人だよ

 

 6

 ヘルブラッククロスと契約して、怪人になってよ

 

 7

 ヘヴンホワイティネスを殺せ

 

 8

 ヘヴンホワイティネスを殺せ

 

 9 

 ヘヴンホワイティネスを殺せ

 

 10

 ドクターミヤコに敬礼を、ドクターパープルに信頼を、

 ヘルブラッククロスに忠誠を!

 

 11

 この資料を読んでいるそこの君、もう逃げられないよ

 

 12

 これを読んでいる【そこのあなた】ももう怪人だよ

 

 【以上】

 

 内容に目を通していても良く解らない。良く解る資料とは・・・?

 

 「この怪人の球根は、人間と融合する事で怪人になれる、私の研究の成果の一つだよ」

 

 パープルは指先で肉の球体をつついていると、まるで指を飲み込もうと口を開き、粘ついた小さな触手が伸びてきている。

 

 そこから手を離し、ドクターパープルがその開いた口を戦闘員たちに見せつける。

 

 「前任であるドクターミヤコが造りあげた、怪人の特徴を飲み込んだこの球根。人間に投与できない怪人の細胞・改をそのまま適合させる事が出来るのだよ。前情報には伝えたとは思うがね」

 

 仮面を抑えながら話すドクターパープルに、戦闘員達はいまいち良く理解出来ていない状況だ。

 

 「君たちは成績も優秀だし、なによりヘルブラッククロスの怪人に匹敵する意欲を見ている。その評価として、君たちも怪人にならないか?ドクターミヤコの造った怪人の能力を引き継いだ、また新たな怪人となる、不思議で最強な生物になってみたくはないかね?」

 

 つまり彼らが呼び出されたのは、怪人になれるというチャンスの話を聴くためだった。

 

 「ギャーハッハッハッ!怪人になれるってぇ?俺達が?いいぜ、なるなる!あの無限の性欲とか欲しかったんだよ!」

 「もちろん己もほしい。今より強くなってこの社会を壊せるならば、な」

 「あーしも!ヘヴンホワイティネスって見ていてイライラすんし、殺せって命令すんなら、ぜひともやってやりたいわー」 

 「俺もだな!へっへへへ!」

 

 四人の戦闘員達はそれぞれ思惑は違えど、ヘルブラッククロスへの忠誠心は間違いなく本物である事を理解したドクターパープルは、それぞれにこの怪人の球根を手渡す。

 

 「今の君達人間は死んでしまうけど良いかね?まぁ、多少の記憶を引き継ぐぐらいだが・・・怪人として転生できる事を考えたら、命を一つ使うぐらい安いモノだろう?」

 

 冷酷、そして他人の命に興味を持たないドクターのパープルの発言によって、戦闘員達に最後の確認をするのだが、もはや誰もそんな事を気にしていない。

 

 「今日の朝から怪人になる・・・いや、怪人になった君達にはヘヴンホワイティネスへの襲撃を命じる。ああ、昼前に帰投してもらうぞ。私は昼には外に出る用事があるのでね」

 

 8月25日の昼・・・それはドクターパープルが前任のドクターミヤコとの秘密の会合があるのだが、内容だけはとりあえず隠しておく。

 

 「それでは、各自好きな球根をとりたまえ。そして、怪人になれ!」

 

 四人モノ怪人が完成する喜びを持ちながら、ドクターパープルはドクターミヤコの造った怪人の性質を取り込んだ球根と、人間と融合する事で新たに怪人としての領域を超える、ドクターパープルの研究の成果が完成した。

 

 戦闘員達は既に結合を開始しており、次々と骨格を変え、肉を引き裂き、どんどん人間としての姿形を変えて造形されていく。

 

 ある者は無い筈の機関銃が腕に生え、ある者はぶぴゅぶぴゅと艶めかしい音を鳴らしながら粘液を出し、またある者は濃い男性ホルモンを香りとして発現させながら身体を造り変えて行き、最後のある者も姿をより人間らしい形で変えて行く。

 

 「個体名、出ました」

 

 ハルネが手元のマシンを取りながら、それぞれ四名の怪人の個体名をドクターパープルに報告していく。

 

 (さて・・・偉大なるドクターミヤコの研究のひとつ・・・私で出せる成果はいかほどか)

 

 この4名を後に、怪人キラーエリートと名付ける事にしたドクターパープルは、ひとまずの実験の成功に安堵するのであった。

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。毎回思うけど、物語を作るにあたっての時系列をあえてバラバラにする作成方法、他人の作品を拝読するとワクワクするのに、自分のだとなんじゃこりゃ?って毎回なりますね。毎度つたない物語ですが楽しんでくれたら幸いです。

キャラネタ書きます

熊沢レイナ
退魔警察
南度固化市に暮らす刑事
このキラーエリート編の実質的主人公

月島ルカ
ムーン・パラディース
相変わらずボーイッシュちゃん。

天体アキハ
お○スタ→の○スタのコンボを知っている人は何人ぐらいいるのか
この世界においては2022年になってもこのコンボが続いている。

藤原さん
何故か軟禁された。セクハラおじさん!

小鳥遊アキラ
冷静沈着な麗しき女性。37歳とは思えない抜群のプロポーションを誇る。
自分より圧倒的に知能も低い、力も弱い犯罪者集団にもみくちゃのねちゃねちゃのぐちゃぐちゃにされる妄想がお好み。
ちなみに独身!

銃の怪人
怪人と戦闘員の融合兵器。無事定着を果たした。
ドクターミヤコ製・剣士の怪人の性能を引き継いだ。
ラウンドシールドの防御力が活きているのか、耐久力は非常に高い。
銃の弾丸は尽きないコスモガン

超性欲の怪人
正式名称・毛の怪人
女をみつけると見境なくなる。
ドクターミヤコ製・タコの怪人の能力を引き継いでいる。
女性を侮る事が多い。ふんどしは魂なので実質ふんどしの怪人
巨根。
途中で黙るクセを身に着けた

???の怪人
ルカとぶつかった謎の怪人
進化の怪人二代目とは言うが正式名称が不明
能力としてはドクターミヤコ製
バーナーの怪人、オーク怪人、コウモリの怪人、触手の怪人
ドクターパープル製
龍の怪人、毒蛾の怪人、砂の怪人
以上7名の怪人の能力を使用可能。
とてもギンジに似た声質、ギンジ、ミヤコに似た輪郭をしている

女王ナメクジの怪人
まだ登場していない
能力は固形の粘液を無限放出する事。
その粘液は触手の怪人のTHE神経毒が入っており、男女問わず神経を狂わせる。
ドクターミヤコ製・触手の怪人、サキュバスの怪人の能力を受け継いでいる。
ちなみに怪人の名称で文字数最多。これまではサキュバスの怪人が最多だった。

・・・

次回・・・
ミヤコ救出編じゃなくてキラーエリート編にすれば良かったんじゃないかとちょっと後悔?しているアトラクション、そんな彼の所に現れる、肝臓再検査の指示書!痛風再検査の指示書、そして健康診断!
襲いかかる健康管理に彼は勝てるのか!パスタ食べすぎてまた怒られるのか!!そして楽しい物語を作つ為に勉強をしようと毎日必死になってライトノベルを読むも、普通に物語を楽しんでいるだけになってしまい・・・
ギンジ「なんでお前の話になってんだふざけるのもいい加減にしろよ」

本当の次回予告、藤原に襲いかかる怪人の襲撃、レイナとルカの合流、そしてギンジ達は魔法界へ飛び出した・・・
街に襲いかかるヘルブラッククロス、キラーエリート!
迎え撃つは退魔警察、ムーン・パラディース!
物語はまだまだ中盤戦!
次回もお楽しみに!



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69・キラーエリート・2

こんにちはアトラクションです

今回はキラーエリート2となっております。そういえば前回のお話で通算70話を超えていました。

っと言うわけで、70話突破記念の番外編を現在執筆中です。いつ出せるか?知らん。

今回のお話は自分なりに少し攻めた内容となっており、運営に怒られないか心配です・・・

それではどうぞ!


 今の時間は夜・・・ギンジ達を魔法界へと向かうのを見送った瞬間だった。 

 

 あれからそれぞれの怪人との戦いを終えたレイナとルカは、二人で友人の手助けの為に動いていた。

 

 銃の怪人も謎の怪人もなんとか撃退に留まり、レイナとルカも合流。

 

 時刻は不明だが夕方、夏の夕日が美しくなるこの時間帯で、レイナはカエデの所へ、ルカはケイタの緊急連絡を聞き入れ、手助けに。

 

 そして同時刻──カエデハウスは公安の柏木タツヤと名乗る人物が連れて来た、鋼の怪人、蜘蛛の怪人による襲撃で半壊してしまっている。

 

 ギンジも戦闘が入ったのか、手酷く敗けている。

 

 サクラの合流もあり、なんとか新怪人四天王を退ける事に成功しても、今やヘヴンホワイティネスは風前の灯に近い状況。

 

 そんな中サクラの生まれ故郷である魔法界が大ピンチだという、窮地の連続。

 

 ギンジ達は今より力をつけるために、魔法界へと飛び立った。

 

 「・・・ギンジ」

 

 工場エリアの魔法門のある鉄骨部屋で、静かに想い人の名前を口に出すレイナ。心配と寂しさを残した哀愁漂うその後ろ姿に、ルカも同じ想いを背負ってしまう。

 

 「レイナさん・・・僕達は出来る事をしよう」

 

 ルカがそう告げると軍服を着用する豚顔の怪人、オーク怪人も鼻を鳴らす。

 

 今この場に居るのは、レイナ、ルカ、イロ、オーク怪人の4名。

 

 いずれもヘヴンホワイティネスへの協力者である。

 

 「そう、だな・・・」

 

 ギンジの怪我を思い出すと、どうしてもいたたまれない気持ちになる。

 

 「ブヒ、これからの行動はどうするのだ?」

 

 オーク怪人が軍帽を直しながらルカとレイナへと視線を送る。その目つきの鋭さと威圧感に、ルカとレイナ、そしてイロも怖気が少し立つ。

 

 共同戦線を走り、オーク怪人並の強敵と何度も対峙してきたルカとレイナは、これぐらいでは引かないが、イロはかつて音楽堂でシバカれてからは、怪人の存在の恐怖感を持っている。

 

 「どうするもこうするも、すべき事は色々あるな・・・」

 

 先ずはミドリコの逮捕状の解除をするために、レイナは警察庁へと向かい、ここから彼女の身の潔白を証明しないといけない。

 

 その間ヘルブラッククロスの怪人や悪事の足止めは、全てルカが行う。防衛の要として、ムーン・パラディースがその役目を買って出た。

 

 次にドクターミヤコの居場所特定、及び救出。これはオーク怪人が行う。彼女の側近である事を生涯かけて誓っているオーク怪人は、なんとしても自分の親の様な存在を助け出したい。

 

 「やる事はそれぞれ決まったな・・・ブヒ、では先に行かせてもらうぞ」

 

 オーク怪人が急ぎ目にそう話すと、むき出しの鉄骨に脚をかけて飛び出した。迷いない行動を開始したオーク怪人は、体重の重さも相まって一瞬でコンクリートに落ちていく。

 

 重苦しいほどのコンクリートの激突音を鳴らし、着地した瞬間オーク怪人は走り出す。まずはドクターの居場所を特定する為に、味方をみつけないと行けない。

 

 スマホを取り出しすぐに連絡をする。手助けが必要だからだ。

 

 今ギンジ達が居ない中、無理をすれば確実に敗ける。そうならない為にも、オーク怪人はミヤコを愛するあの怪人にコンタクトを取る事にする。

 

 「もしもし、雪の怪人か?」

 『はい。こちら安心、信頼、ミヤコ様の忠実なる僕、雪の怪人です』

  

 ふざけているのか、それとも真面目なのか解らないが、雪の怪人に繋がって良かったと安心する。

 

 「ブヒ、貴様に頼みたい事がある」

 『この私に貴方が頼み事?随分偉くなったのね?』

 「・・・ドクターが危ない」

 『はやく言ってそういう事は!』

 「高飛車な対応をしてきたのは貴様の方だろう!」

 

 オーク怪人が怒鳴ると、雪の怪人は息を飲む雰囲気を出して、思い切り泣き出した。

 

 『うわーん!オークがぶった〜』

 「叩いてない!いいか、ドクターがかつてないピンチだ!貴様の力が居る!今どこに居る!」

 

 こんなやり取りで時間を使っている場合ではない。ついつい語気が強くなってしまうが、それが帰って雪の怪人の泣き虫心を加速させてしまう。

 

 『びえええええ』

 『むっ!暴力の!雪のが泣いているぞ!また暴走するかもしれん』

 『オイオイまたかよ!もうかんべんしてくrプツッ・・・。

 

 そこで通話が途切れてしまった。聞き覚えのある声がしたような気がするが、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 

 「・・・あいつは役に立たなさそうだな・・・」

 

 残念ながら雪の怪人とのコンタクトは失敗した。

 

 ならば・・・。

 

 「ブヒ。次の手段と行こう」

 

 オーク怪人の確定未来でどこに誰が何分後に現れるかを検索してみる事にする。

 

 繁華街エリアの路地裏迷宮には、戦闘員。

 

 湾岸エリアには見たことのない謎の怪人。

 

 住宅街エリアには、粘液したたる美女の姿・・・。

 

 (どれも直接ドクターに関わる事ではなさそうだな・・・どうするか)

 

 ひたすら思考を巡らせ、オーク怪人は工場エリアを駆け抜けた。

 

 そんな小さくなっていくオーク怪人を見下ろし、レイナとルカとイロは鉄骨部屋の中でこれからの作戦会議を開始する。

 

 どこに潜んでいるから解らない怪人や、戦闘員の襲撃を減らすための作戦会議だ。

 

 「山吹さんは先ず最初に、帰宅するべきだろう。ああ、ただご自宅が無事とも限らないか・・・」

 「私は正直腕が痛いからね?ここから動きたくないのが本音だけど?」

 「僕の家に来ますか?」

 

 度固化市に居るよりかは、隣の意対化市に居る方が安全だろうとは思うが・・・。

 

 「意対化市まで連れて行くのは難しいかも知れないぞ・・・敵がどこに居て、どれだけ未知数の怪人が来るのかも解らないからな・・・」

 

 レイナが顎に手を添えて慎重に発言していく。各々やる事はあるとしても、今となっては普通の一般市民となんら変わりない山吹イロを守らないと行けない。

 

 彼女の安全を守りながら、この場を離れ全てを片付けないと行けない・・・と、するとそこでレイナが長い髪を手で払いながら、イロを見つめる。

 

 怪我をしているイロは左腕を武者の怪人に斬られ、手首から先を切断されてしまった。しかしサクラの治癒の魔法により、なんとかくっつけて貰っている。

 

 安静にした上で病院に行かないといけないのだが、今はそうも言っていられない。

 

 さてレイナだが彼女はイロを守れる絶好のロケーションを思いついた様で、打ちっぱなしのコンクリートに寄りかかる。

 

 美しい戦う女性の笑顔を見せたレイナは、ルカとイロに提案をしてみる事にした。

 

 「どうでしょうか、全員で私の拠点に来るのは。まぁ、拠点と言ってもただの教会なのですが」

 「教会、ですか」

 

 レイナの提案は自分の住む教会へ一度全員で帰還すると言うこと。

 

 「もうどこでも?安全な場所なら、そこが良いよ?」

 

 出血は収まっても怪我の具合が良くないイロは、顔色悪くそう言うとレイナは頷いて返事を返す。

 

 「今ご自宅に向かっても危険が伴いますし、明日以降合流するのは大変ですしね。私には貴女が必要です」

 

 レイナがイロを必要とするのは、もちろんミドリコの無実を証明するのに、公安のトップが必要だと言うこと。

 

 件の大幹部でもあり、公安でもあった柏木タツヤに裏切られ、イロの精神は非常に参っている。

 

 となれば落ち着いて回復出来る場所はレイナの言う教会しか無いだろう。

 

 「一度全員で私の住む教会に行こう。後の事はそこで決めるとして・・・」

 「質問があります」

 

 レイナが決めた事に対し、挙手をしたのはルカだ。レイナから見ても以前より強くなった雰囲気を醸し出しており、一人の心に二人の意思が宿っている様に見える。

 

 「よろしい。ではどうぞ」

 

 微笑を浮かべるだけでも美しさを醸し出すレイナの表情に、ルカは女性として尊敬の眼差しを向けている。

 

 「はい!敵の襲撃にはどう対処しましょうか・・・?」

 (あんたね・・・)

 

 少々的外れな質問にアキハがついに口を挟むが、レイナはクスリと笑う。口元を抑え、長い髪が揺れる、その仕草が八頭身のモデル体型と相まってとても美しい。

 

 (こんな人に想われているなんて、ギンジは幸せ者だなぁ)

 

 会話に聞いたぐらいでしか無いが、レイナはギンジへ想いを寄せているらしい。こんなに強くて、女性としても優劣がついてしまいそうなレイナの大人の女っぷりに少し自分の立場が危ぶまれるのでは無いかと、本当に少しだけ考えてしまう。

 

 (あ、いやいや!僕はギンジを好きじゃないし・・・恩義があるだけ。うん。変な事は考えちゃだめだ)

 

 脳内で考えている事は全てアキハには筒抜けなのだが、それを忘れてしまい、自分の考えに没頭してしまう。

 

 「では、そろそろ行こうか。山吹さんもつらそうだし、教会に行けば多少なり治療出来るモノはあるだろう。治癒の札とか、退魔治療、とかな」

 

 レイナの仕切りによって、鉄骨部屋に残された女性陣は魔法門を背に、この部屋を跡にする。いつヘルブラッククロスに襲われるかも解らないこの状況ではあまり長居もしていられない。

 

 レイナが最後に魔法門へと振り返ると、小さく「ギンジ・・・」とつぶやいていたが、ルカもアキハも聞こえないフリをして、工場エリアを出て行こうとしたのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 同時刻──オフィスビルエリア公安局前、車道。

 

 夜から真夜中へと移ろうとするこの街は、時間もあって人通りは少なくなっていく。

 

 しかしオフィスビルエリアには終電を目指すサラリーマンや、酔っぱらいを保護する警察などで右往左往しており、仕事の場所が集うエリアとは思えない騒がしさが一日中続いている。

 

 そんなオフィスビルエリアの通路のど真ん中、車道に該当する部分において生足をひたり、ひたり、とコンクリートつけて歩いている女性が居た。

 

 形の良い脚に光沢感あるレオタードに似た服を着用する、胸のデカイ女性が歩いていた。

 

 誰も彼もがスレ違えば、その色香と妖艶さに目を引き、巡回する警察でさえも生唾を思わず飲んでしますほどである。

 

 すべすべしていそうな瑞々しい肌、スラリとした腕、腰のくびれと大きな胸と豊満なヒップに、疲れ切ったサラリーマンが目の保養と言わんばかりに遠目で撮影していたりする始末だ。

 

 真ん中分けの長い髪の間から覗かせる瞳は、タレ目で口は大きく、厚めの唇と高い鼻、全身からまろみでるフェロモンがこの街の疲労を吹き飛ばしてくれそうな雰囲気がある。

 

 そしてなにより・・・。

 

 「な、なんだこれ・・・この白いの・・・」

 

 一人のサラリーマンが、冷えて固まった固形のプルプルをつついてみる。

 

 プリンの様にプルプルしたその固形は、表面が少し濡れているのが解る。この夏には似合わない冷たさも相まって、あの女性の歩いた後には一筋の線となって道を作っている様にも見える。

 

 白濁としたソレは男性サラリーマンの欲を掻き立てる。リビドーが一気に膨れ上がり、ヌルヌルでプルプルの固形粘液に指を突っ込んで見る。

 

 「う、うわぁ」

 

 普通の人間の判断ならそんなモノを、触ったりはしないだろう。

 

 だが疲れ切ったサラリーマンはもはや自我を失っているのか、その白濁のプルプルに指どころか手首までを突っ込む。

 

 ぶぴゅっ・・・ぐちゅっ・・・どろぉ・・・。

 

 そんな音を鳴らした固形粘液は形を維持できずに、熱いコンクリートに溶け込んでく。

 

 それと同時に・・・。

 

 「んっ!?〜〜〜おおおおんッッ!!!?♡♡」

 

 サラリーマンが全身を弓なりに仰け反らせ、よだれも涙も汗も、全ての体液を絞り出すかの如く、嬌声を上げて夜空を向いて倒れた。

 

 「あひっ・・・♡あへぇ♡」

 

 ビクビクと動くそのサラリーマンは一切苦しそうな顔はしておらず、むしろその逆・・・この世の楽園にでも居るかの様な恍惚な表情を浮かべてだらしなく口を開いている。

 

 「ククク、ひっかかったわね、おバカなお猿さん♡」

 

 生足でアスファルトを歩く女性が、ぬらりとした牙を見せつける様に嗤う。表情はとてつもなく蠱惑で、見る者をそれだけで魅了しそうな笑みを浮かべている。

 

 彼女の名前は女王ナメクジの怪人。

 

 見る者を引きつけ、その粘液は男女問わず【極楽】の快感へと誘う、ヘルブラッククロス・怪人キラーエリートの一人。

 

 「さぁーって♡」

 

 腕を広げて非常にエロティックな仕草で、サラリーマン、警察、酔っぱらいに自分の身体を見せつける。

 

 大股開きでしゃがみ込むと、どんどん男性達の視線がいやらしく粘つく様なモノに変わっていく。

 

 こんなモノを見せつけられて、我慢出来る男性は居ない。そこには女性も居たが、女性も目を離せなくなっている。

 

 「皆で気ん持ちよくなりましょぉッ♡」

 

 後頭部にまで上げた腕を開くと、両手の間からニチャニチャといやらしい音を鳴らして、糸を引いている。

 

 ごぼごぼと、その両手から粘液を放出すると、腕を再度上に振り上げる。先程の固形粘液が夜空に舞い上がり、それが雨みたく振り出してくる。 

 

 べちゃりと顔にかかるだけで、女性は発情しきった動物の様な表情になり、近くの男に突撃を始める。

 

 運悪く飲み込んでしまった男性は、一瞬で脳みそが溶けてなくなってしまうような強烈な快楽が襲いかかり、意識は無いのに身体が貪欲に気持ちの良い快楽を求めて動き始める。

 

 「あー最高♡こんな馬鹿共、とるにたらないっての・・・どうせ従わせるなら、最初からアメの方が良いのよ♡」

 

 指先で粘液を動かし、プルプルとしたその小さな白濁固形は、指から飛び降りてアスファルトへとポトリと落ちていく。

 

 見れば意思を持っている様に見えるそのうにょうにょ動く粘液は、びっしりとアスファルトに走っている。

 

 無数の粘液のナメクジ達が、いよいよ公安局の近くにまで迫り、そのガラスの扉に、女王ナメクジの怪人の子供達が一斉に襲いかかった。

 

 無数の軍列の様に統制された動きで、小さな粘液生物達の統率された動きによって、オフィスビルエリアはおろか、正義の象徴である公安局に二度目の襲撃が始まった。

 

 「ぜーんぶ気持ち良くしちゃっていいわよ♡全部、食べちゃいなさい♡」

 

 女王ナメクジの怪人の登場により、それまでオフィスで動揺していた警官達に現実を知らしめる時が来てしまった。

 

 「お腹いっぱいになるまでねぇ!!♡」

 

 腕の粘液を左右から来る警察へと飛ばし、弾丸の様な速さで飛び出す粘液を警官に当てると、その場で嬌声を上げて警官が倒れ込む。

 

 それをチャンスと見たナメクジ達が警官にむらがり、望まぬ粘液快楽を無理やり与えていく。

 

 「ヒィっ!」

 

 女性警官と眼が合った女王ナメクジの怪人は、怯えきったその人を見ると、ニンマリと笑みを浮かべて口を開ける。

 

 ゴボゴボとした泡立つ粘液を女性の顔にかけると、女性警官はそのまま意識を失い、そしてすぐに白目を向きながら赤くした顔のまま無理やり動かしていた。

 

 「そうよ、本能のままに自分の欲をさらけ出してぇ♡」

 

 公安局1階のオフィスはモノの数分で占拠した。誰一人として死者を出さずに、誰一人として反撃を許さずに。

 

 「んー♡柏木様も、ドクターパープルも容赦が無い・・・♡素敵だわ〜・・・いつか食べちゃおうかしら♡」

 

 脚にしたたる粘液をこぼしながら、女王ナメクジの怪人は階段へと一歩を踏み出していく。

 

 ヘルブラッククロスからの命令を遂行する為に、そして確実に殺さないと行けない人物を探す為に・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「これは何事!」

 

 アキラが第1のオフィスで叫んだ。怒号の原因は監視カメラに写っていた、謎の女性の襲撃。資料でしか見た事が無いが、あれはおそらく怪人。

 

 どうしてこのタイミングで来たのか。何故、この夜というタイミングなのか。

 

 「第1の責任者は誰!」

 

 大男の側近と共にオフィスで叫ぶ。一人恰幅の良い中年の男性警察が、手を出して答えを出す。

 

 「か、柏木ですが・・・」

 「柏木・・・?彼は今どこに?」

 

 アキラが係長のプレートをつけた男に詰め寄るが、係長には解らない様だ。最近は外出が多く、よく公安のオフィスを出ていると聞いているとの事。

 

 「ああ、でも最後に出勤がかぶったのは、今朝ですね」

 「今朝・・・今日は何日だったかしら」

 

 アキラがうーんと頭を捻りながらカレンダーを見る。

 

 今日の日付は8月25日だ。今の時刻は・・・22時を回る頃なのを確認出来た。

 

 今朝・・・それは丁度甘白ミドリコが逮捕状を発行された頃、そしてその時の逮捕状発行者の確認を急ぎ脚で行うアキラ。

 

 「・・・!」

 

 恰幅の良い係長と共にそれを確認をすると、その発行者には意外な名前が出てきた。小鳥遊アキラも、そして公安局では知らない者は居ない、検挙率もトップクラスのこの公安局のメンバー。

 

 組織犯罪対策科第一班の中でも中心人物となる男、その名前もはやはり小鳥遊アキラも知っている柏木タツヤの名前が出てきた。

 

 せっかく犯人を逮捕出来るかも知れない日だと言うのに、今朝・・・その姿を見たのはこの係長だけだと言う。

 

 「相変わらずあの若造は何を考えているのかわかりやしませんよ。今どこに居るのかも・・・」

 

 係長が言うには緊急の報告でさえ連絡がつかなくて困っている・・・それはいつもの事なのだが、前回の凍結事件みたく公安局が怪人という得体の知れない存在に襲われているのに、誰とも連絡がつかないと困り顔を見せている。

 

 (きな臭いな・・・)

 

 アキラにはここで、この瞬間、何かがつながる感じが頭の中で出来上がっていた。まるでこの柏木タツヤが裏で何をしているかの様な・・・それも報告も連絡も相談も無しに・・・。 

 

 「あっれー♡まだ居たの?♡」

 「ッ!?」

 

 ここまで怪人が迫ってきていた。何も気づかない訳ではなかったが、それにしても早すぎる。ここは公安局の10階、エレベーターでしか来れない場所なのだが。

 

 「貴様ッ!」

 「!だめだ、よせ石川!」

 

 アキラの制止も聞かずに、アキラの側近である大男・石川が特殊警棒片手に突撃を果たすも、白濁した液体にその身体を飲まれてしまい、大の字に倒れてしまった。

 

 「んっほおおお♡♡!!!?!???!?♡」

 

 聞いた事のない男の嬌声に、アキラは怖気が走る。

 

 「あー直撃したね♡もう廃人確定ッ♡」

 「私の部下に何をした!」

 

 これはもう緊急事態だ。アキラと係長が迷い無く拳銃を引き抜いて、威嚇射撃の体制を取るも、係長の頭上からどろりと大きな固形粘液が覆いかぶさる。

 

 「〜〜〜ッ♡♡♡」

 

 中年男性の嬌声は聴くに絶えない絶叫。それを間近で聞いたアキラはいよいよ切羽詰まった状況に追い込まれた。

 

 周りを見渡せば第一のオフィスは、白濁とした粘液と、小さく蠢く蟲みたいなモノがそこら中ににうにょついていた。

 

 「ねぇ〜♡こいつ探してるんだけど知らない?♡オネェさん美人だから、特別に生かしておいても良いよ♡」

 

 胸にぴっちり張り付いたレオタードから粘液がたっぷり染み込んだ写真を取り出す。その写真に見える人物は左顔のアングルと真正面のmの黒写真に、いやらしく白濁とした粘液がまとわりついていた。

 

 見るだけでも嫌悪感を抱き、それでなくてもこの粘液の香りが鼻を刺激し続けている。

 

 「・・・これは」

 

 アキラが見せて貰った写真は間違いなく、今朝から事情聴取をしたあの男・・・セクハラで有名、勝手に人の有給を使う事で有名、職務怠慢で有名・・・。

 

 「藤原さん・・・」

 「へーこいつフジワラって言うんだ?♡名前も解ったから、もういいよ♡たーっぷり気持ちよくなって♡どうぞ♡」

 

 女王ナメクジの怪人の指示で、ナメクジ分隊が一斉に動き出す。

 

 「だっがっ・・・なしさん!」

 

 大の字に倒れた石川が、ローラーの付いた椅子でアキラを乗せると、思い切り蹴飛ばして粘液溜まりの無い所へと転がしていく。

 

 「逃っげ・・・おほぉッ♡」

 「石川!」

 

 側近石川はアキラの決死の想いで逃がす事に成功すると、ナメクジ分隊に飲み込まれてしまい、中ではぐちゃりぐちゃりと媚声を上げながら、粘液にかき消されていく。

 

 「へぇ〜♡精神力が強いと、こうなるんだ〜♡」

 「このっ!」

 

 もはや容赦はしない。朝の冷静さを失っているアキラは、壁を背にして拳銃の引き金を思い切り引いた。迷いなく放たれた撃鉄の音は、弾丸と共に女王ナメクジの怪人の頭部に命中・・・したかに思われた。

 

 「ぷっ・・・アハハハハ!♡」

 

 間違い無く顔面を狙い、言うなれば殺すつもりだったその弾丸は、女王ナメクジの怪人の肌の表面にまとわりついた粘液によって、つるりと後方へと滑る様に不発していった。

 

 「馬鹿な!」

 「・・・さーて、お前たち♡」

 

 女王ナメクジの怪人の指示により、石川と呼ばれた男と、係長が粘液まみれになりながら、本能で動き始める。

 

 理性を失いながらあーうーと唸るその姿はまるでゾンビだ。

 

 「あの娘、食べちゃいなさい♡」

 「冗談だろう!」

 

 頭から突っ込んできた石川をうまく避けて、オフィスを走り出るアキラの背後で、ナメクジ分隊が壁の様にして襲いかかってくる。

 

 「くそっ!」

 

 オフィスの扉を思い切り閉めて、アキラはさらに上の階層を目指す。エレベーターの扉越しに聞こえる下の階層から響いてくる男女の叫び声に、アキラは完全に恐怖していた。

 

 怪人という存在の認識を改めるしか無いだろう。

 

 これは間違い無く最大最悪最強の怪人であり、全ての男女が恐怖するしかない怪物だ。そしてこんな怪人をヘルブラッククロスという悪の組織が開発しているならば、もはや誰にも手出しなんて出来ない。

 

 「あれ一人で世界が滅ぶぞ!冗談じゃないわ!」

 

 ピンヒールで階段を踏みつけ、とにかく上の階層を目指す。

 

 「時間も時間だ・・・ほとんど帰宅しているだろうしな・・・」

 

 それでも上の階層では無数のざわめき、どよめきが聞こえており、この公安局の襲撃に誰も彼もが困惑仕切っていた。

 

 「・・・ッ」

 

 次つぎと空いているオフィスのドアを蹴破り、アキラは叫ぶ。

 

 「皆さん!早く逃げてください!この公安局はもうだめです!機能を失い、たった一人の怪人によって壊滅しました!全員逃げて!上へ!早く!」

 

 まだ生き残りが居るならば、逃げてもらった方が良い。悪に敗けたなんて認めたくは無いが、もはやこうするしかない。

 

 「アッハハハハ♡逃げられると思ってるの♡かわいいわね♡」

 

 声がしたのは通気口。そこから先程の美女が頭をにゅるりと出すと、粘液のしたたりがオフィスの中に出来上がる。

 

 「それに触るな!早く逃げるんだ!」

 「あばっ♡」

 

 一人の女性警察がそれに触れてしまった様で、一瞬で表情を快楽で歪ませていく。

 

 「フジワラって男を探しているの♡」

 

 身体を形成した女王ナメクジの怪人が、一人の女性警察を抱きしめると、にぢゃりといやらしい水音が鳴る。身体をくっつけ合い、糸が二人の身体で伸びると、女性警察は白目を向いて耐えきれない快楽によだれも汗も涙も全てを垂れ流して、女王ナメクジに藤原の居る場所を伝えてしまう。

 

 「にっじゅっかい・・・でずぅ♡」

 「そ♡ありがとうね♡」

 「あひっ・・・♡」

 

 泡立つ固形粘液を顔にべちゃりと塗ると、女性警察は身体を痙攣させながら硬い床に倒れた。

 

 「逃っ」

 

 アキラが叫びだそうとした瞬間、オフィスの沈黙が嘘みたいに騒がしくなる。怪人の存在をこの眼で見た事で本当に事の重大さを理解したのか、公安局は大混乱が始まっている。

 

 「逃げろぉ!とにかく逃げるんだ!!」

 

 全員を逃し終えるのを確認し、アキラが最後にドアを閉める。

 

 「フジワラってどこ?♡言わないと、もっと気持ち良くなってあっという間に天国イキ確定にするわよ♡」

 

 後ろで余裕綽々な声が聞こえて、アキラは今回ばかりは命の危機を感じた。あんな簡単に人を狂わせ操れる怪物なんて、この国の未来が危ないでは済まない。

 

 この数分で公安局が壊滅に追い込まれるなんて、軍隊だったら一時間で壊滅させられてしまうだろう。

 

 「だがな゛じざん゛♡」

 「あら何よこの人♡」

 

 女王ナメクジの怪人が粘液したたる脚を踏み出そうとした瞬間、石川が再び理性を取り戻し、女王ナメクジの怪人の脚を掴んだ。粘液によってそれはちゅるん、と簡単に抜けてしまうが、女王ナメクジの怪人は本当におもちゃを見た子供の様に、石川に粘液を放出して埋めてしまう。

 

 「こっちだ怪物!」

 

 これ以上大切な部下を汚されては、アキラも黙って居ない。手にした消化器で女王ナメクジの怪人に吹きかけた。

 

 「チィっ♡」

 

 噴射された消化器には圧縮された炭酸とリン酸アンモニウムの入った液体が、女王ナメクジの怪人の粘液の壁に吹きかけられた。

 

 「ちょっとーそれやられると、乾いちゃうんですけど♡」

 

 女王ナメクジの怪人がウザそうに言うと、人差し指と中指を伸ばして唇に添える。

 

 投げキスの要領でその指を離すと、♡の形をした大きな風船みたいなモノが、粘液を滴らせながら形を作っていく。

 

 「偉大なる先輩の究極奥義、味わってみなさい♡」

 

 淫靡な怪人の、殺意のこもった言葉にアキラは消化器を投げ捨て、廊下を走り出す。

 

 乾いて固まった粘液の壁を貫いたハート・キャノンクイーンナメクジエディションが、アキラにギリギリ当たらず、先に逃げ出した公安の警察の面々を一瞬で肉片に変えていく。左腕と共に胸ごと貫かれた者や、5体だけ残して胴体を無くして瞬時に絶命していく公安局員。

 

 「これ汚れるし、本当は殺したくないのよぉ♡」

 「あっああ・・・」

 

 もう勝ち目は無い。こんな怪物からは逃げられない。

 

 「フジワラってどこ?♡」

 「・・・ッ」

 

 アキラの背中に迫った女王ナメクジの怪人の言動に、もはやアキラは何も言えなくなる。言うとおりにすれば生かしてもらえるのだろうか。

 

 それは解らないが、こんな状況になってしまえば、命が惜しくなるのはきっと誰でもそうだろう。

 

 (助けて・・・!)

 

 心すらも完璧に折れたアキラは、心の中で来ない助けの声を上げる。

 

 「1つ・・・生えあるドクターの為、協力はしましょう」

 

 凛とした声が聞こえた。

 

 「2つ・・・人間を助ける気にはなりませんが、ミヤコ様を手助けする為ならば、どんな事でもしましょう」

 

 鼻緒のついた下駄を履いて、白を基調とした着物に黒い雪の結晶の柄の入った、奥ゆかしさを感じる着物。

 

 「3つ・・・貴女からはドクターミヤコ様の怪人の気配がするのに・・・どうしてかしら、品性が足りない様に見えるわ」

 

 その怪人は袖を少しまくると、真っ白な腕を覗かせる。きめ細やかな肌と黒い扇子。

 

 「あらぁ?はじめましてかしら?先輩♡」

 「そうね。はじめまして、ね。後輩」

 

 粘液まみれの公安局に現れたのは、かつてこの中央度固化市を季節外れの大雪に見舞った、元ヘルブラッククロスの怪人。

 

 「オークに言われたから仕方なく来てやりましたわ。ご無事でして?公安の人間」

 「あ、あなたは・・・」

 「オイオイ、大変な事になっちゃってるな。立てるか?」

 

 もう一人現れたのは男性の身体にSMの女王様の様なボンテージに身を包んだ、パーマのかかったアフロヘアの男。

 

 粘液まみれの女王ナメクジの怪人と同じく、この二人の瞳は人ならざる眼をしていた。

 

 「オレは暴力の怪人・・・そしてこっちが」

 「雪の怪人です・・・」

 

 鞭を取り出した暴力の怪人、そして雪の怪人がこの公安局に脚を踏み入れていた。

 

 「あ・・・あなた達は・・・」

 「ん?あーオレ達はそうな・・・」

 

 暴力の怪人は自分達が何者かを語り始める。

 

 「一言で言うなら・・・正義を信じた悪ってところか?」

 「ぐちゃぐちゃびしてあげるわよ・・・♡」

 

 公安局の廊下にて、元ヘルブラッククロス、レジスタンス、現ヘルブラッククロス、三名の怪人がここに集った。

 

 人の命を救うと革命を決めている怪人と、ミヤコの為ならばなんでもする怪人、両名が何故かここに来た。

 

 「さーって・・・オークの奴に言われたわけだし、ちゃちゃっと片付けるか!」

 「指図しないで頂戴。でも、頼りにしているわ、暴力の」

 「お前もな!雪の!」

 「うわーん暴力が怒鳴ったぁーーーびえーーー」

 

 調子の狂う展開だが、アキラは確かに今命の危機から脱却した。

 

 そして急に現れた暴力の怪人と雪の怪人の両名により、公安局は救われるのか・・・。

 

 

 

 

続く

  

 

 

 

   




お疲れ様です

今回、わりと攻めた内容だけど、大丈夫かな。注意されたら女王ナメクジの怪人は死にます。

キャラネタ書きます

女王ナメクジの怪人
文字数最多の怪人。
蠱惑でエロティックな怪人。元々がビッ○の女性戦闘員を素体にし、怪人キラーエリートになった。
無限粘液とナメクジ分隊、そして神経毒は媚薬そのモノ。肌に触れただけで人を狂わせる快楽至上主義。無闇な殺生を好まないが、自分の粘液で人がどうなろうと知ったことではない。

小鳥遊アキラ
真面目でそつ無く仕事をこなす。他の人間に比べれば強いが、怪人には歯が立たない。ミドリコ、藤原、タツヤ、カエデと武器なし能力無しなら最強。武器があれば藤原、カエデには勝てるが、ミドリコには勝てない。そんなレベル。

石川
アキラの側近。
上司であるアキラを尊敬している。
本名石川ヒロキ。30歳。強い精神力を持っており、ほぼ一発でダウンする粘液地獄を2度乗り越えたが三度目はなかった。

オーク怪人
久しぶりに登場した。相変わらずドクタードクターとうるさい豚。トン・コッツと同じぐらいブヒってる。
二人が出会う事はあるのか

暴力の怪人
オーク怪人に連絡を変わってもらい、やっぱり協力しに来た。

雪の怪人
何故か東度固化市に居た模様。暴力の怪人と共に中央へと参戦した。

・・・

次回、雪の怪人/暴力の怪人vs女王ナメクジの怪人勃発!
そしてオーク怪人の前に立ちはだかる???の怪人、さらに南に逃走するルカ達に銃の怪人も現れ・・・!ミヤコ救出編なのに怪人キラーエリート編に乗っ取られたこの章の明日はどっちだ!

それではまた次回!
感想、応援おまちしておりまーす!


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キラーエリート編(本格始動)
70・キラーエリート・3


こんにちは、神宮カエデです。

現在魔法界で修行?してるんだけど、スーツの力を引き出すのって大変だわ・・・意外とヘヴンスーツの秘めたる力っていうのもよく解ってなかったから、こうやって実力を引き出せるのはありがたいわね。

あ、どうしてあたしがここで語っているのかと言うと・・・

「カエデ、どうしたの?」

ああ、来たわねレン!言ったとおりギンジも!

「なんの用だよ・・・」
「早く修行に戻らないと・・・」
「伝えたい事があるのよ」

あたしは今日サプライズを用意していたの。きっと驚くわよ・・・

「なんと!今回のお話から章が改めてキラーエリート編に乗っ取られます!」
「な、なんだってーーー!!!?」
「っていうかキラーエリートって何?」

ギンジが驚き、レンが疑問を投げかけてきたわ。

「あたしにも知らないけど、言えってあのアラビアさんが・・・」

よくわからないけど、今回から新章が始まるみたい!ワクワクするわね!

それじゃあーあたし達は修行に戻るとするわ・・・


 夜の街を駆け抜けるオーク怪人は、やはり何の未来を見ても、まともにドクターにつながる未来は見えなかった。

 

 やはりもう一度雪の怪人に連絡して、必要ならば雪の怪人が今居る場所に向かう事も考えていた。電話でアレならば直接説明した方がこの際良いのかも知れない。

 

 時間が無いのも事実だが、変に焦って事故る可能性よりも、着実にそして確実にドクターミヤコをお救いする事の方が大切なのだから。

 

 「むっ、なんだ」

 

 オーク怪人のボロボロの軍服から再度スマホの着信音が鳴る。

 

 着信の相手は雪の怪人。泣き虫雪女は暴走しかけていたそうだが・・・。

 

 「どうした雪の怪人」

 

 駆け抜ける全身を止めて、住宅街の影に身を潜める。今まで走っていた分、一気に汗が吹き出し真夏を感じる。

 

 『あ、もしもし。オレ、暴力の怪人ってんだけどさ・・・』

 「ブヒ。暴力の怪人?聞いたことの無い名前だな・・・」

 『そうかぁ?あ、お前オーク怪人ってんだろ。こっちは知ってるぜ・・・オレの仲間が世話になったみたいでさ』

 

 暴力の怪人と名乗った男は、通話を別の人物に変わる。

 

 『久しいな、オークの』

 

 落ち着いた男性の声。それは聞いた事のある、ジェントルマンの気品溢れる喋り方だった。

 

 「ブヒ。血の怪人か・・・」

 『そうだが・・・一体なんなのだ。急に電話を変われと言われたから、少々驚いたぞ、吾輩は』

 

 驚いた・・・そう言うのであればオーク怪人も同じだ。雪の怪人のスマホからの着信において、出てみれば相手は聞いた事も見たこともない怪人、暴力と名乗る怪人が現れたのだから。

 

 『もういいだろ。変われ・・・そんでオーク怪人、雪の怪人からだいたい事情は聞いたぜ』

 

 雪の怪人の鳴き声が通話越しでも解るぐらいには泣き叫んでいる。その声が聞こえている。

 

 『なんだかよくわからんけど、お前らの敬愛するドクターってのが危ないんだろ?そんで、オーク、あんたはあのギンジととても仲が良いって聞いてるぜ』

 

 この暴力の怪人はあの進化の怪人、こと佐久間ギンジを知っている。そして自分の知らない所で、交流もしている、そんな雰囲気だった。

 

 「そこまで知っているなら話は早い。ヘヴンホワイティネスのピンチでもあり、ドクターミヤコのピンチでもある。貴様達に協力を願いたいのだが・・・」

 

 オーク怪人がこうやって他人にお願いをするなんて・・・自分でも変だと思うしなんだったららしくない、そうも思える。

 

 しかし今は協力してくれる人物を探すだけで手詰まりのオーク怪人は、本当に誰でも良いから手を借りたい。

 

 「・・・無理なら構わんが」

 『オイオイ、誰も無理なんて言ってないさ。いいぜ、オレ達も協力するよ。あのヘヴンホワイティネスがピンチなんだろ?』

 

 暴力の怪人の声はどこかソワソワした楽しみと、若干の焦りが混じりあっている。

 

 『あいつらとオレ達は友達だからな!』

 「ブヒ・・・そうか。済まない」

 『気にすんなよ。で、オレと雪の怪人は何をすればいいんだ?』

 「・・・先ずは中央度固化市に来てもらいたい。詳しい事はそこで話す。場所は、そうだな・・・」

 

 オーク怪人が目印になるモノは無いかと、辺りを見渡す。ここは住宅街エリアを抜けて、もう少し歩いたら繁華街エリアに入れるぐらいの距離感の場所。

 

 無数の車道で分断されたアスファルトの道。

 

 あと一歩でも踏み込めばここは繁華街エリア。

 

 「・・・繁華街エリアのクアッドタワーまで頼む」

 『あいよー!じゃ、雪の怪人はちゃんと連れて行くんで!待ってな。ついでにヘルブラッククロスのアジトも探しちまおうぜ!』

 

 そこで通話は切れた。あの暴力の怪人と名乗る男は、血の怪人と拒絶の怪人との知り合いだろうか。

 

 それに雪の怪人となんだか親しげにもしているらしい。

 

 「そう言えば、今雪の怪人がどこに居るのか聴きそびれたな」

 

 合流まで数分、オーク怪人は繁華街エリアのクアッドタワーを集合場所にした事を、少し後悔した。

 

 このクアッドタワーの屋上では、雪の怪人と戦ったばかりの場所だ。あの時の大雪と凍結攻撃には心底参った。暴走していたとはいえ、正直天候規模の能力を持つ怪人に勝てるのはそうそう居ないだろう。

 

 そう思うと怪人四天王としての実力は、確実に持っている怪人だと言えるだろう。

 

 「まったく恐ろしい怪人だな」

 

 オーク怪人が軍帽を直すと、一度路地裏迷宮にその身を隠す。一度アジトに戻り、防御能力を失った軍服を着替えねばならない。

 

 この路地裏にはどこかにヘルブラッククロスのアジトに通じる、暗闇の道があるのだが、長い事この路地裏迷宮に潜伏しているオーク怪人も、その場所を見つけられていない。

 

 いつもはドクターの指示によって、帰投場所を変えながら出撃と帰還を繰り返していたが、ヘルブラッククロスに外されてからは一度もその出入り口を見つけられた事は無い。

 

 不思議なモノで、その道はこつ然として姿を消しているのだ。だと言うのに、ヘルブラッククロスの戦闘員はここに姿を表しては略奪の任務や怪人との襲撃に参上している。

 

 「・・・」

 

 考えても仕方無い事だが、オーク怪人は一先ずアジトに戻る事にする。自分が取り付けて、この路地裏迷宮に隠した絶好の隠れ家に。

 

 「よし、まだ見つかっていないな」

 

 ブルーシートと木材で区切られた、お手製のビパークエリアは、誰にも侵入されていない様だ。

 

 ここに隠している何着もある、ドクターミヤコ製の新品の軍服に袖を通すと、気持ちを新たに引き締める。

 

 もうリコニスに遅れも取らないし、自分のするべき事として確実にドクターミヤコの居場所を特定する。

 

 「さて・・・行くか」

 

 雪の怪人と暴力の怪人からの連絡はまだ来ない。

 

 先にクアッドタワーに向かうオーク怪人の足取りは、とても軽かった。

 

 月の明るさもさる事ながら、この繁華街の人気も時間と共に徐々に薄れて行っている。決して人が居ない訳ではないが、それでも22時近くになると閉店するお店も多くなってくる。

 

 そんな中サングラスを付けずに、オーク怪人はわざと強い一歩を踏み出している。その仰々しさと強い殺気は、誰も近寄ろうとはしないぐらいには強い。

 

 見た目だけの判断で、誰もオーク怪人には近寄ろうとは思わないし、間違っても道を塞いだりはしない。

 

 繁華街エリアの左右の戸締まりされた店舗エリアを歩き、この道をまっすぐ行けば見上げる高さの、繁華街エリア最大のタワーオフィスビル・クアッドタワーがイヤでも眼に入ってくる。

 

 「ここで待つか・・・」

 

 クアッドタワーの裏口にほど近い、影の濃い一枠でオーク怪人は待つ事にする。

 

 しかしながらここの不気味さと、怪人が潜んでいそうなイメージのある影溜まりは、オーク怪人には落ち着きを取り戻してくれそうな雰囲気がある。

 

 趣のあるこの影は全ての怪人にとって、くつろぎの場所だろう。もしこんな所をドクターミヤコに紹介できたら、きっと彼女も喜んでくれるだろうか。

 

 「ブヒ。ドクター・・・どうかご無事で・・・」

 

 オーク怪人が誰に聞こえるでも無しに、一人言を呟く。

 

 そして確定未来を覗いてみる。

 

 ノイズの走る映像において、出てくるのは幸せそうなドクターの後ろ姿。

 

 「・・・?」

 

 その後ろ姿の足元には、血だらけで倒れるオーク怪人。全身をバラバラにされた映像がオーク怪人の記憶に刻まれた。

 

 「・・・なんだ、この未来は?」

 

 ありえない。まさかドクターミヤコが自分を殺しに来た様な、そんな映像。心なしかドクターが成長なされている様な、そんな体格・・・。

 

 「ありえん!」

 

 敬愛なるドクターと戦う事になっても、力比べであれば確実のオーク怪人が勝つ。もっとも何があっても手を出す事は無いのだが。

 

 では・・・この確定未来の映像は・・・。

 

 まさかドクターには既に洗脳されていて、この私を殺しに来るのだろうか。そうだとすれば、攻撃なんて出来ずに殺されるかも知れない。

 

 このオーク怪人は1にドクターミヤコの安全。

 

 2にドクターミヤコの信頼。

 

 3にドクターミヤコの幸せを重んじて行動している。

 

 安全という面においてはギンジに預けていれば、問題無くかつ幸せを守れるからだ。こんな事になってしまったが、結局は無事にドクターミヤコを取り戻せればそれで良いのだから・・・。

 

 「ブヒ・・・必ずやお救いしてみせます。ドクター」

 

 今日だけで何度も呟いている言葉だが、言う度にオーク怪人の決心が硬く強くなって行くのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ヘルブラッククロスのアジトはいつも近未来的な黒い壁と、薄暗い道で構成されている。初めて訪れれば、その人はまるで病院みたいだと、研究所みたいだと、言葉を並べる。

 

 実際研究所が大半を閉めているこのヘルブラッククロスのアジトは、それぞれ大幹部フロアと呼ばれる大きなエリア区画もある。

 

 そこには大幹部柏木タツヤが率いる部隊、柏木派の居住スペースで無数の戦闘員がボッコボコにされている。

 

 「あーリコニスさん、もうそこまでして頂けませんかねぇ?」

 

 柏木タツヤがリコニスを裏切ったお詫びとして、死なない程度に憂さ晴らしをして良いと聞いた途端、リコニスは一心不乱に戦闘員を暴力の限りを尽くしていた。

 

 (予定が狂いましたねぇ)

 

 本来ならばここにリコニスを読んで、自分の手下達にリコニスを食わせる予定だったのだが・・・。

 

 まさか武器を使わなくてもここまで一方的に大暴れをするとは、誰にも予想が出来なかった。

 

 タツヤにとってみてもこのリコニスという大幹部は、自分の欲求とヘルブラッククロスの未来には確実に邪魔になると判断している。総統に言われたとかではなく、自分の中で危惧しているだけではあるのだが。

 

 「あーーーームカつくムカつくムカつくムカつく!!」

 

 黄金のレガースが戦闘員の股間を踏みつけると、戦闘員は仮面越しからでも解るぐらい青い顔で力尽きる。リコニスがそれを確認すると周囲を見渡し、足元で痛みに苦悶する【まだ動ける】戦闘員を再度痛めつける。

 

 パワードスーツによる防御力もモノともしない、リコニスの圧倒的な関節技や、角材を使ったどたまかち割りに、タツヤ派の中でも屈強な戦闘員がひたすら削られていく。

 

 「はーっはーっ・・・」

 「いい加減機嫌を直してくださいよぉ、リコニスさん」

 

 これは本心から言っているが、リコニスがタツヤに振り返ると、黄金の刀を引き抜いて、づかづかと強い踏み出して迫ってくる。

 

 「ギンジちゃんをよくも・・・」

 「おやぁ、そんなにお気に入りだったんですか?」

 「・・・」

 

 リコニスとて別にそこまでギンジに肩入れするつもりは無い。どちからかと言えば、佐久間ギンジとは万全な状態で殺し合いをしたいだけなのだ。

 

 なのにどうしてこんなに苦しくなって、こんなにイライラが収まらないのだろうか。

 

 自分でも解らないギンジへの想いを、リコニスはこの一方的な暴力で発散していく。

 

 「くっふふ、まぁまぁそんなに怒らないでもいいんじゃない?」

 「まーた変なのが来たわね。殺すわよ」

 

 タツヤの居る部屋にやってきたのは、紫の造った新しい怪人。

 

 「お初にお目にかかります。本日より【ママ】の防衛を任された、ドクターの怪人です」

 

 ギンジに良く似た声、ギンジとミヤコに似た輪郭に、リコニスは頭の中で血管が千切れんばかりの沸騰を感じた。

 

 「殺すわよ・・・本当に!!」

 「お気に召しませんか?これこそ、ギンジちゃんの模倣体ですよ、リコニスさん」

 

 模倣体。どういうわけかこの怪人はギンジとミヤコの見た目を写しているらしく、ぱっと見は本当にギンジに似ているし、横顔はミヤコにそっくりだった。

 

 二人の顔が混ざりあうその姿が、見ただけでリコニスの逆鱗に触れた。

 

 「あんたがギンジちゃんを【ちゃん】付けで呼ばないでくれる?」

 「あれこれ駄目だ駄目だと・・・わがままなお人だ」

 「なんかムカつくのよ・・・」

 

 二人の大幹部の殺意が増した会話を聴くと、ドクターの怪人と名乗るその男が声を出す。

 

 「ママに合わせてほしいんだけど・・・」

 「・・・まだ駄目です。式場を開くので、そこで合わせてあげますよ」

 「えー・・・俺ママに会いたいよぉ」

 

 このギンジに似たルックスでママと発言する。マザコンなのだろうか、少し気色悪い。

 

 「ママって誰のことよ・・・!」

 「あーわたくしは知りませんよ?でもまぁ、だいたいは分かりましたけど。このお方でしょう?」

 

 タツヤが一枚の写真をドクターの怪人に手渡す。その写真の中に写っているのは、鎖に繋がれたミヤコの姿があった。

 

 「くっふふふ、ママだ〜!」

 

 ミヤコの写真は憔悴と疲労しきっいて、破かれたセーラー服のまま、両手を鎖に繋がれた狂気的な写真。そんな写真を見てこのドクターの怪人は本当に母親を見る様な笑みを浮かべている。

 

 「ママにはどうしたら今すぐ会えるんだ?」

 「あーー・・・そうですね」

 

 タツヤが頭をかきながら、ドクターの怪人へと一つ提案をする。実際ここにミヤコは居ないのだから、適当な事を言ってこの場から離れてもらうのが良い。

 

 おもちゃ(ミヤコ)をゆっくり壊せなくなってしまうから、こんな紛いモノの息子にはさっさと退場してもらおう。

 

 「そうですねぇ・・・ああ、そうだ繁華街エリア、分かりますよね?そこに行って、逃げたヘヴンホワイティネスを見つけてきて下さい。そして・・・そうですねぇ、貴方のお父様でもここに連れてきてください」

 「パパにも会えるのか!?行く行くやるよそれ!」

 「貴方のお母様の心を傷つけたならず者ですよ。必ず生きたまま捉えてくださいね」

 「そうねぇ・・・私がぶっ殺してやりたいの」

 

 産まれたばかりの子供に間違った知識を植え付けるのは、リコニスもタツヤの得意だ。特にリコニスは過去にバーナーの怪人を誑かした事もある。

 

 「ヘヴンホワイティネスは殺せ・・・そう言われてるな、確か」

 

 ドクターの怪人が何か思い出した様に、そんな言葉をぶつぶつと喋り始める。

 

 「そうだ・・・パパはヘヴンホワイティネスだったっけね〜?」

 

 リコニスがまた悪魔の表情で三日月の口を作る。こういう時、本当に人の心を踏みつけるのは上手い。

 

 「パパは殺さなくてもいけど、ヘヴンホワイティネスと一緒に居るのだったら・・・連れてこないとねぇ???」

 「・・・俺に全部まかせとけよ。くっふふ!」

 

 何の疑いも持たずに、ドクターの怪人はこの部屋から飛び出していく。

 

 どうして繁華街エリアに?とか、どうしてママはこんな状況に?とか。

 

 一切の疑問を持たずに、ドクターの怪人が走って行ったのを確認すると、タツヤとリコニスは部屋に戻る事にする。

 

 「で、あいつどうすんのよ」

 

 先程とは打って変わって、狂気的な笑みを浮かべるだけになったリコニスは、タツヤに向かって悪辣な態度を取るばかりだ。

 

 無知な怪人をからかう事で、少しだけスッキリしたのだろう。

 

 「そうですねぇ・・・ま、死んでもらってイイんじゃないんでしょうかね。そもそも繁華街エリアに誰が居るかなんて知りませんし、適当に暴れてヘヴンホワイティネスを呼び寄せるもヨシですし、ただ暴れるだけでもヨシとしましょう・・・正直、このタイミングでここに怪人が来るのも、紫・・・ああ、今はドクターパープルでしたかね?彼の差し金でしょう」

 

 脳内で色々のな事柄と繋ぎ合わせていく。きっと自分がミヤコを攫った事をドクターパープルは気づいている。何かの事情でそれを確認したのだろう。誰がその情報を流したとかは最早どうでも良いが、あのドクターの怪人をここにけしかけて来たのだろう。

 

 尤も、どう探しても・・・ここにドクターパープルが敬愛していた、ドクターミヤコは居ないのだ。

 

 「どこに居るの?私、ミヤコを泣かしたいんだけど」

 「教えると思いますか?まったくごうつくばりで、欲張りなお方だ」

 

 二人の大幹部が再び殺意をむき出しにする事で、部屋の中は非常に気まずい空気感を醸し出す。それと同時に戦闘員達は、なんとか命からがらタツヤの部屋から脱出するのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「よーう、来たぜ」

 

 クアッドタワーを見上げられる影にて、暴力の怪人がそのまんまの姿でオーク怪人の前に姿を表した。

 

 唯一いつもの怪人と違うのは、サングラスをかけている所だろうか。

 

 「ブヒ。来たか・・・こうして会うのは初めてだな」

 

 オーク怪人と暴力の怪人が二人して向かい合うと、雪の怪人もオーク怪人に近づく。

 

 「久しぶり・・・っていうほどでも無いけど」

 「そうだな。お前も無事にここに来れてなによりだ」

 

 見れば雪の怪人もサングラスをかけている。

 

 何故この夜という時間帯で、二人の怪人がサングラスをかけているのか。

 

 「あ、オーク怪人は知らない感じ?」

 「ブヒ・・・何をだ」

 

 暴力の怪人がやたらフレンドリーにオーク怪人に話しかけると、肩に手を乗せて話してくる。おろしたての軍服にシワがつきそうでイヤだったが、そこは気にしない事にする。

 

 「オレ達怪人って、人々?に怪人として認知されてないなら、サングラスをかけるだけで変装出来ている事になるらしいぜ」

 「ほら、手鏡で見てご覧なさいよ」

 

 暴力の怪人の姿が、ただの両性的な人間の姿になっている事が確認出来る。

 

 雪の怪人も同様で、奥ゆかしさと凛々しさを保つ、着物美人になっていた。もしただの人間としてこの姿になっていれば、オーク怪人が抱いていたかも知れない。それぐらいの美女が手鏡に写っていた。

 

 「てっきりギンジの猿真似をしているものかと・・・」

 「あいつはいつもサングラスだからなぁ・・・外せばいいのに」

 「それじゃあバレるでしょ・・・ふふっ」

 

 どういう訳か雪の怪人と暴力の怪人の距離感は少し近い。

 

 そこには恋愛という面は見えず、頼りになる相棒と言った信頼関係を築いている様に見えた。

 

 「それで・・・オレ達は何をすればいいんだい?」

 

 暴力の怪人が丸めた鞭を指先でいじりながら、オーク怪人に聞いてみる。

 

 「ドクターの居場所を突き止めたい。どこに居るのかは不明だが、敵には公安に所属している者も居るのだ・・・それがまさかあの大幹部柏木だとは思わなかったがな」

 

 夕方にギンジをも負かしたあの怪物と、タツヤによるミヤコの誘拐。これを阻止出来なかった事で悔しさがオーク怪人には残っている。

 

 「柏木が・・・ミヤコ様を攫ったの??」

 

 オーク怪人の発言により、雪の怪人の額には血管が浮かび上がる。

 

 「そう・・・それだったら・・・話が早いわね・・・」

 

 いつも見たく泣き叫ぶかと思いきや、雪の怪人は静かな怒りを灯していた。人間を助けたいとも思わない彼女が、唯一助けたいと思う人間、唯一この命に変えても守りたいと思う、心を作ってくれた恩人こそが、ドクターミヤコなのだ。

 

 そんな彼女が攫われたと聞いただけで半狂乱になったが、こうして直接会って話を聴くだけで、雪の怪人はとてつもない怒りにその身を焦がし始める。

 

 「公安に行けば良いかしら・・・?」

 「あーあの大幹部ってそう言えば公安警察の一人だったな。オッケオッケ、オレ達がやるべき事が段々見えてきたぜ」

 

 したり顔で喋る暴力の怪人がクアッドタワーの向こう側に鞭を向ける。

 

 その先にあるのはオフィスビルエリア北口。そこで何かしら柏木タツヤについての情報を手に入れるべきだろう。

 

 もちろんそこに居るのであれば、ミヤコのお礼参りとして、確実に殺すつもりなのだが。たかが公安の人間一人、雪の怪人にも暴力の怪人にも殺せないわけが無い。

 

 「・・・確かに公安局に向かうのは、良い選択肢だ。ならば私も共に向かおう。あいつの行き先、そして出どころを調べねばなるない。それと何があっても、人間を助けろ。出来る限りな」

 「もちろん3人で行くつもりよ。そして絶対公安の奴らを今度こそ凍結してやるわ!!」

 

 3人の怪人が手で円陣を組むと、月の夜空に手を上げる。

 

 こうして歪ながらも怪人の同盟が出来上がった。完全に暴力の怪人は状況があまり解っていないのだが、楽しそうだからいいやの精神で付いてきている。

 

 「よーし、とりあえず公安の奴ら全員しばき倒せばいいんだろ?任せろ、そういうのは楽勝よ」

 「違うぞ暴力の怪人。人間はできるだけ助けろ。それがドクターの幸せに繋がる。何かしらの問題があれば・・・そう、例えばヘルブラッククロスの怪人が襲ってきたら・・・止むを得まい」

 

 もう触手、犬、紐と仮に戦う事になっても、オーク怪人は覚悟を決めている。

 

 「・・・済まない、先に行け」

 

 オーク怪人が軍靴を揃えて鳴らすと、月夜が照らす道の向こうに何者かの気配を感じ取った。

 

 明らかに敵意を感じ取っており、ここで戦闘が起こるのであれば、救援に来てくれた二人に面倒な事をさせるのも申し訳ない。

 

 オーク怪人の言うとおり、雪の怪人と暴力の怪人が頷き合うと、オーク怪人にこの場を任せて、二人はオフィスビルエリアへと向かう事にした。

 

 「・・・今更どんな怪人が来ても驚きはしないが、どうせ紫の造った怪人だろう。さて、どんな奴なの・・・だ・・・」

 

 道の向こう側から確認出来たのは、ただの人影。しかし月夜に照らされたその顔が近づくにつれ鮮明になればなるほど、オーク怪人には衝撃と驚愕、さらには戦慄が走る。

 

 「なぁ・・・」

 

 その者の声音は聞いた事のある、とてもギンジに似ている声。

 

 イントネーションとかはミヤコに似ているだろうか。

 

 歩き方は男性的で、どことなく礼儀正しい歩幅で、オーク怪人へと向かってきている。

 

 そこに居るのが怪人だと理解しており、自分も怪人だからなんとなくそこに怪人という敵が居る、そんな感覚。

 

 「お前・・・怪人だよな?」

 「・・・!?」

 

 月夜にその顔が照らされ、艶のある黒髪と・・・ギンジにも敬愛するドクターミヤコにも似た顔が現れた事で、得も言われぬ大きな衝撃がオーク怪人の心に落とされた。

 

 「いつの間に・・・ご子息を・・・ドクター!!」

 

 その発言は歓喜か驚愕か・・・。

 

 「ゴシソク??なんだいそれは」

 「ブヒ・・・聴きたい事がある・・・お前は」

 

 オーク怪人が聴きたい事。それは間違いなく、眼の前の怪人がドクターミヤコとギンジとの間に産まれた子供なのかどうかを知りたかったのだが・・・。

 

 「おっと!」

 

 動揺を隠しきれていないオーク怪人へ、薄茶色の弾丸が飛んでくるが、それを簡単に腕ではたき落とすされる。

 

 動揺もしている中での不意打ちで撃たれた弾丸だが、攻撃的意識には直ぐに対応出来る様子。

 

 「やるなぁ!これならどうよ!」

 

 次は紫色の禍々しい塊が飛んでくる。ひと目見ただけで解るそれは、毒。猛毒の塊がオーク怪人へと向けられていた。

 

 「俺も知りたい事がたっくさんあるんだ!先ずは同じ怪人なのに、組織の外に居るお前に洗いざらい吐いてもらうぜ!」

 

 舌の変わりに触手を口から飛び出させるその仕草に、何か怪人としての優劣を付けられた感覚がして、オーク怪人はこのギンジにもドクターにも似た怪人と対峙する事になった。

 

 「・・・ご子息に手を上げるのには、心が痛むが・・・」

 

 それでもオーク怪人は逃げない。逃げればここに残る謎と、これから起こりうる敗北の一手を造ってしまいそうで、逃げる事だけはしたくなかった。

 

 実力は傍から見ればオーク怪人の方が上だと、自負があった。

 

 果たして・・・。

 

 「そう見えても・・・勝てるか?」

 「やってやるぉぉぉ」

 

 眼の前のギンジにもドクターにも似ている怪人は、半ば暴走でもしているのか、その眼は血走っていた。

 

 (ドクターも今よりご成長なされば、きっとこの様なお姿に・・・)

 

 砂と炎、雷と毒、龍と触手を交えた猛攻撃が、オーク怪人に、そして強烈な交戦音が月夜に照らされた繁華街に響き渡った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 粘液に浸された硬く冷たく、しかし夏の熱気が包み込まれた公安局の廊下に、雪の怪人と暴力の怪人が現れた。

 

 アキラにとって信じがたい存在が、また新しく二人も現れた。

 

 「って言うのが、オレ達がここに来た経緯だぜ」

 

 柏木タツヤの存在、そしてそこに何故タツヤが関わっているのか、諸々の説明を聞いたアキラにとって、公安警察の威信にかけた全てが音を立てて崩れ去る思いになった。

 

 この世の中の平和と秩序を守る警察の中に、誰もが無視出来ない巨悪の一部が抱え込まれていたとは。

 

 「アハッ♡もうそろそろイイかな?♡」

 

 女王ナメクジの怪人が、口から一筋の粘液の放出する。潤いたっぷりの唇から艶めかしい液体が飛び出す事で、雪の怪人への挑発を取っていいる様に見える。その粘液が床に落ちるだけで、ぷるぷるで生臭さが漂ってくる。

 

 目に見えたその挑発に、雪の怪人は眼をそらさずにまっすぐ女王ナメクジの怪人に敵意を向けた。

 

 「ヤル気になった♡」

 「そうね、殺る気よ」

 

 黒い扇子から氷結の粒が生み出されると、それらが結晶の形となり、粘液を凍てつかせる。

 

 乾いて潤いを失った粘液は、またたく間に効力を失っていき、女王ナメクジの怪人は身体を抱く様にして両腕を締める。

 

 「やーだー♡・・・寒いの嫌いなの♡」

 「こっちもこの粘液嫌いなんだよ!イラっとするぜ!」

 

 ピシッと伸びた鞭を取り出して暴力の怪人が、氷の粘液を叩き壊す。怪人なら皆大好きフルスイングで、女王ナメクジの怪人に向かって大小様々な塊を吹き飛ばす。

 

 「ちょっとー痛いじゃない♡痛くされるのも好きだけど♡」

 「それじゃあ、もっと痛めつけてあげるわ!」

 

 くるりと手元で回した黒い扇子と同時に、雪玉が召喚されると空中で回転をして勢いを増していく。高速回転をしながら撃ち出された雪玉は、女王ナメクジの怪人の胸の真ん中に命中する。

 

 「こほっ♡」

 

 雪玉と言えどもその威力は硬球に匹敵する。おおよそ人間には不可能な速度で叩きつけると、次は暴力の怪人が両手に鞭を取り出す。

 

 「行くぜ!」

 「はぁーん♡イカせてイカせて♡」

 

 人間の女性に言われるならば非常に興奮するのだが、相手は得体のしれない怪人。興奮よりも殺意が湧いた。

 

 「勇気ある者の一撃(ガラハド・スパンク)!」

 

 両腕ひと振りずつ、2撃に見せかけた同時のふり降ろしにより、女王ナメクジの怪人が後方へと押し込まれる。

 

 「かーらーのっ!」

 

 勢いを止めずに暴力の怪人が鞭を更に大きいモノに変える。今度は身を捻りながら回転を加え、勢いが更についた鞭のひと振りが与えられた。

 

 「臆病者の一撃(ベティヴィエラ・スパンク)!」

 

 思い切り横胴一閃の一撃が当たると、気持ちよさそうな幸せの声を上げながら、女王ナメクジの怪人が粘液でなみなみになった公安局の廊下の奥へと吹き飛ばされた。

 

 「すごい・・・これが怪人なのか・・・」

 

 アキラはその攻撃のやりとりを見ていると、関心してしまう。人間なんか簡単に手中に収める事の出来る、あの粘液怪人が、雪と暴力と名乗る怪人を相手に一方的に戦っていたのだから。

 

 しかし良い事はそう長くは続かない。

 

 「うー・・・っラァァアアア!!」

 

 暴力の怪人が勢いついてしまったのか、アフロヘアが揺れるほどに、凄まじい闘気を放出している。雄叫びと同時に叫びだしたその咆哮が、ますます暴力の怪人を走りださせる。

 

 「・・・人には暴走するなって言ったクセに・・・しょうのない怪人だこと」

 

 雪の怪人が暴力の怪人の背中を追いかけようとした瞬間、動きを止める。急ブレーキに似たその動きは、どこか可愛らしさも残っている。

 

 「貴女、助けたい人がいるのでしょう?誰かは知らないけど。ここは任せて行きなさいな」

 「しかし・・・」

 「ここに残れば貴女の無事は保証されないわ。行きなさい。そしてここは・・・」

 

 雪の怪人がアキラの手を握って立ち上がらせる。ひんやりした手はとても心地が良く、アキラに冷静さを取り戻させる。

 

 「ここはレジスタンスに任せておきなさい。ヘルブラッククロスが相手なら、私・・・本気を出せるから」

 

 にっこり微笑んだその表情は、着物淑女と言うのがぴったりな印象を持ち合わせ、それと同時に戦いへ赴く戦士の様な力強さも持ち合わせていた。

 

 「ご協力・・・感謝いたします!」

 

 本来ならばこんな事言うなんておかしいと、アキラ自身がそう思う。けれどこの緊急事態において、命を救われたのだ。

 

 あの粘液に触れて、快楽で歪んだ被害者を見て、アキラはどこか羨ましいとさえ思い初めてしまっていた。全ての苦労から開放され、あんなにだらしない顔になれるならば・・・と。

 

 だけど違う。自分は公安警察で、人々の平和を守る正義の執行者なのだ。

 

 「この恩は必ず・・・!」

 

 ピンヒールを強く鳴らして、アキラは公安局の上を目指す。何故かヘルブラッククロスが藤原を狙っているのだ。彼には色々と聞かないと行けない。

 

 公安局での戦闘が激化していく音を聴きながら、小鳥遊アキラは迷いなく公安局20階へと駆け抜けるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「レイナさん!」

 「こっちは大丈夫だ!」

 「やばいね・・・?」

 

 工場エリアを抜けて南度固化市へと向かう傍らで、無数の戦闘員を切り抜けて、ルカ達3人は南方面の住宅街エリアを抜ける直前だった。この道を一本、そこを抜ければレイナの住んでいる南度固化市まであと少しなのだが・・・。

 

 この夜道において開放感のある通路で、まさか怪人から襲撃を受けるとは思わなかった。

 

 両腕の機関銃は容赦なく火を吹いて、逃走を図る彼女達にその弾丸が放たれた。

 

 朝、レイナと交戦した銃の怪人が、頭の砲身を斜めに斬られて憤慨しながらも逃げたのだ。必ず仕留める・・・そう言い残して。

 

 「ギャーハッハッハ!あのまま終わると思ってたのかァ?」

 「なんてうるさい声だ・・・」

 

 ルカが銃の怪人の声に耳を塞ぐ。

 

 「ここは僕にまかせてくれ!」

 

 ムーン・パラディースのバトルスーツに変身すると、ルカはブロック塀を蹴り出して、夜空に舞う。身体を折りたたむ様にして、身を撚る事で、反応に遅れて飛んできた銃弾の嵐を盾と共に切り抜ける。

 

 着地に成功すると、体重を乗せた盾による体当たりで、銃の怪人を突き飛ばす。そこへレイナが連携を上手く組み込み、破邪の剣が両手両足に突きこまれ、貼り付けの形でアスファルトに倒れる。

 

 「そこの女の子はムーン・パラディースだよなぁ?その強気な表情、引き締まった身体、ぜぇーんぶ大好きだぜ!結婚しようぜ、結婚!」

 

 この状況になっても銃の怪人は軽口を叩いている。モノの数秒で破邪の剣を粉砕して立ち上がると、銃の怪人の全ての銃口がルカに向けられている。

 

 「断る!」

 「ギャーハッハッハ!じゃあ嫁になってくれよ!一目惚れだからさぁ!」

 

 そうは言ってもその姿勢は間違いなく殺す気100%の格好であり、銃の怪人がけたたましい高笑いを上げている。

 

 (結婚だってよ・・・気色悪いわね)

 「まったく同感だよ!第一僕の好みは・・・!」

 

 銃弾を盾で防ぎながら、ルカが叫ぶ。

 

 「強い男が好みなんでねっ!」

 「じゃあこの銃の怪人が好みって事じゃねーか!」

 

 両腕の機関銃とルカの盾が激突する。甲高い金属の音を鳴らして、両者の譲らない突進が、夜の住宅街に響き渡る。

 

 このまま戦闘が長引けばギャラリーが飛び出し、変な事故が起きかねない。

 

 「早く倒れろ!」

 

 レイナが強く言い放つ。

 

 「お前との結婚なんて断固拒否だ!」

 

 ルカの月光盾も輝きを増して、銃の怪人と激突を再度繰り返す。

 

 「ギャーハッハッハ!どっちにしても、お前らは逃がすなって指示なんだ!ヘヴンホワイティネスの生き残りがどこに逃げたか・・・教えてもらうぜ!」

 

 この怪人の目的は他の戦闘員同様、ヘヴンホワイティネスの捜索らしい。ならば正義の志を持つ彼女達は、なんとしてもこいつを倒さないと行けない。

 

 「絶対に教えるモノか!」

 「スリーサイズ教えて」

 「絶対に教えるモノか!!!」

 

 銃の怪人に求愛されながらも、本気の銃撃に翻弄されてしまう。

 

 この怪人を倒さねば、ルカにもレイナにもイロにも、明日は訪れない。そう思わせる不可思議な殺気を感じた。

 

 ヘヴンホワイティネスを守る為に、平和を守る為に、彼女達の長い戦いが幕を開いた。

 

 

続く

 

 

 

 

 




お疲れ様です

ミヤコ救出編から本格的にキラーエリート編に乗っ取られました。

実はこういう風に章が章に乗っ取られるお話を書いてみたかったのです。

キャラネタ書きます

月島ルカ
銃の怪人に求愛されたが、断固拒否した

オーク怪人
ギンジとミヤコ似ている怪人にご子息とか抜かした。もし本当にミヤコの子供ならば色々な教育を施せる自信がある。

雪の怪人
女王ナメクジの怪人と交戦を開始した。粘液は雪の怪人にとってカモである。レジスタンスに加入していた模様。

暴力の怪人
一方的な戦いになると暴走を起こす。
技名の由来は円卓の騎士に由来する。

女王ナメクジの怪人
粘液は消化器や氷には弱い。エムの気質もある模様。

ドクターの怪人
ドクターの(為の/最高傑作/所有物等)様々な理由を持って名付けられている怪人。マザコンファザコンであり、ファミコンでもある。

柏木タツヤ
ミヤコと式を開くつもりか?正気か?

リコニス
年明けてようやく登場した。ギンジちゃん関連でイライラしている。
本編では語られないが、ヌルヌルしたのは大の苦手。つまり女王ナメクジの怪人は天敵に成りうる。

・・・

次回は3場面戦闘開始!オーク、ルカ、レイナ、雪、暴力vs女王ナメクジ、銃、ドクターの怪人!

キラーエリート編本格始動!

次回もまた会おう!アトラクションでした!


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71・キラーエリート・4

こんにちは、アトラクションです

いやー新年会開くの早いよ。去年流行りのアレに感染したのに、出席に捺印してんじゃねー!誰だよおしたの!って感じで、なんだかんだ新年会に出席しておりました。あと友人の結婚式にも。

結婚式いいなぁ、おでもしだい
相手?いねぇよ!!!!!!!!

今回のお話では衝撃の展開?が待ち受けてるかもしれません。それでは、どうぞ


 「邪魔をするな!ヘヴンホワイティネス!」

 

 真夜中の住宅街に、銃の怪人の絶叫がこだまする。戦っているのはヘヴンホワイティネスではなく退魔警察とムーン・パラディースの2名なのだが。

 

 銃の怪人はルカを発見するなり、結婚したいと口走りながら容赦ない銃撃を繰り返して来ていた。

 

 「イロさんは離れててください!」

 「そうするよ?」

 

 恐ろしい怪人の銃撃の間にルカが防衛して立つと、その後ろにイロが駆け抜けていく。斬られた右腕を抑えながらの走りは、かなり苦痛を伴う。

 

 銃の怪人は相変わらずレイナをヘヴンホワイティネスと決めつけ、なんとしても撃破しようと躍起になっている。

 

 しかしレイナに気を取られれば、ルカが攻撃し、ルカに気を取られれば、レイナが情けを一切かけない退魔の攻撃が迫ってくる。

 

 近距離戦を得意とする美女二人に、遠距離主体の銃の怪人には非常に部が悪い。それにも関わらず銃の怪人は力任せの格闘術で、ルカを押し返したり、レイナと負けず劣らずの攻防を繰り返している。

 

 今日だけでもレイナは、暗黒騎士型鎧の怪人、犬の怪人、そして今朝はこの銃の怪人と交戦をしている。

 

 ルカも同じく鋼の怪人、蜘蛛の怪人、今朝は謎の怪人とも交戦している。

 

 いくら精神力が強かろうと、二人の美女は戦い尽くしの一日で、疲れが出てくる頃合いである。

 

 「しぶといな・・・」

 

 ルカが月光盾を何度もぶつけているのに、この銃の怪人は一向に倒れる気配が無い。それどころか益々闘気が増している。

 

 「いい加減にあきらめて、この銃の怪人と結婚しやがれぇ!」

 

 ルカに突き出す様にして向けられた、股間のバルカン砲をターボさせると、重苦しい音を鳴らして大量の鉛玉が噴射されてくる。

 

 「断・固・拒・否!!」

 (そうね。あれじゃデキないじゃない)

 「そうじゃなくても僕はあんなのと結婚はごめんだ!」

 

 そもそも結婚の意味をちゃんと理解しているのかさえ怪しい。あんな怪物との新婚生活は想像もしたくない。

 

 「月島君に近づくな下郎!破邪の滅剣!」

 

 より退魔の力を増した虹色の剣は、両手で扱う程の大きさとなり、レイナが銃の怪人撃破に向けて突撃する。

 

 「だーかーらー邪魔すんなって!」

 

 バルカンの動きを止めて、今度は全身をレイナに向ける。身体に取り付いた全ての銃口をレイナに向けると、エネルギーを集束させた弾丸が、両腕、両膝、股間の銃口から一斉発射される。

 

 「怪人銃術!偉大なる先輩の奥義(イース・トゥルバレンツ)!」

 

 赤黒いエネルギー弾がレイナの滅剣へと着弾した事で、爆発が巻き起こる。

 

 間違いなく重症、生きていてもその身体を木っ端微塵にする事が出来ると、銃の怪人が自負する最大の大技が解き放たれた。

 

 「レイナさん!」

 「ハァ・・・ハァ・・・結婚、しようぜ」

 

 この大技はかなり体力を消耗するのか、片膝をついて呼吸を荒くする銃の怪人。彼を見て好機と捉えたルカが、アキハの心の力を借りて月光盾を大上段に構えたあと、アスファルトに突き刺す。

 

 強い月光の力を携えた盾から、二人の月の力を込めた光線が撃ち放たれる。

 

 「大月光線!」

 

 月の色を宿した強力な善なる力が、疲弊して動けない銃の怪人へと向かって飛んでいく。

 

 「ぐっ・・・おおぉ!?」

 

 両腕の機関銃で防御するも、到底防ぎ切れる威力では無く、その強靭な身体に宿る防御力をも貫いている。きっと先程までの元気な状態であったなら、ルカの最大奥義は通らなかった事だろう。

 

 月光の力を宿した光線が悪そのモノである銃の怪人へと、深く命中して身体を焼き尽くす。

 

 「おおおッ〜〜〜・・・ッ!!!ぬはぁ!!」

 

 両腕の機関銃で光線を切払う様にして、左右へと弾かれてしまった。流石にこの状態でしぶとさを出され、ルカもアキハも驚愕してしまう。

 

 「ばかな!まだ動けるのか・・・!」

 (次の一撃よ!)

 

 アキハの指示によりルカが盾を手に取り、思い切り突撃する。盾を使った体かましをぶつけ、本気の力で銃の怪人をなぎ倒す。

 

 しかし銃の怪人は夜空に機関銃を撃ち放つ事で、コンクリートに着地する。

 

 (まだ倒れないの!?)

 

 アキハにも焦りが見え始めている。まだまだ余裕な笑みを浮かべる銃の怪人が、再び動ける気力、体力を取り戻したのかルカに向けて求愛を繰り返している。

 

 「この銃の怪人と結婚すれば、毎日気持ちよくしてやるぜ?不安なんていらない、力が支配する世界にで共に暮らそう!毎日ときめかせてあげるからさぁ!」

 「まったく魅力の無い誘い文句だな!」

 「じゃあ、夜景の見えるホテルで、熱が冷めるまで一緒に抱き合おうぜ!お互いの愛にエンジンがかかるまで・・・」

 

 本当にルカを愛しているとは思えない、性的に寄った発言にルカもアキハも憤慨する。そういう色恋にみだらに堕落させられた仲間を思い出し、この銃の怪人だけは絶対に倒さねばならないと、二人の心がより強くシンクロした。

 

 (こいつ・・・サン・アンフェールみたいな事ばかり!)

 「僕も今同じ事を思ったよ・・・こいつだけは今ここで倒そう!」

 

 ルカの力強い姿勢と発言、そして銃の怪人の一つ足りとも同情出来ない提案に、もう一人の女性もルカの横に立った。

 

 「・・・私も同じ気持ちになったよ。こんな奴は早く打払うべきだ」

 

 レイナも修道服をボロボロにしながらも、破邪の剣を両手に構えている。

 

 ゲヘナミレニアムと戦った時、自分の油断が招いた結果とは言え、貞操を失った時の憤りをレイナも思い出してしまった。あんな極悪で気持ちの悪い記憶を思い出した結果、共に戦う友であるルカに、あんな惨めな気持ちになる経験をさせる訳には行かない。

 

 そして・・・レイナの姉妹同然の家族も、下衆な大人達によってその身体を弄ばれた。

 

 なんとしても彼女を・・・月島ルカを守りたい。レイナはそう思うのと同時に、また一つ退魔師としても、退魔警察としても誓いを立てた気分だった。

 

 「私は・・・君の様に、そしてナルミ()にも、二度と屈辱を味合わせない為に戦う事を選んでいるんだ。本当に人を愛する事を知らない下衆に、我々の意を示そう・・・」

 「はいっ!あいつだけは絶対にここで!」

 

 『倒す!』

 

 もう女性が悪の手によって泣かない様に、悲しみで涙を流さないように、レイナとルカは全力で銃の怪人に挑む。

 

 「ギャーハッハッハ!かかってこいよ!敗けたらお前ら、全裸で詫びさせるぞ!」

 

 銃の怪人の失礼なモノ言いは、これ以上無い侮辱。

 

 所詮怪人なんてこんな存在だ。

 

 「知っているか、この世界において最高に魅力のある怪人は・・・」

 

 レイナが破邪の剣にさらなる退魔の力を流し込む。霊力を飲み込んだその剣は、レイナの手を守るレイピアの様な形状へと変わり、さらにリーチが伸びている。

 

 「進化の怪人・・・だけだ!」

 

 レイナのその言葉・・・ある怪人の名前を聴くと、銃の怪人の目元はピクつく。彼もまた自分の上位に立つであろう怪人の名前を出されて、怒りが見え隠れしている。

 

 破邪の領域の更に上、邪を打払う剣から魔を打払う剣へとその姿を変える。

 

 破魔の剣。退魔師として、退魔警察として彼女の信念に揺るがな一本の剣を構える。

 

 ルカもアキハと心を深く通わせて、月の盾を十字架の形に伸ばしていく。強く硬く、全てを守れる様に強くなったその盾は、ルカの決意を表している。月食の色になった十字架と満月の盾を構える事で、ルカとレイナに戦闘態勢が戻った。

 

 それを合図として銃の怪人へ二人同時に駆け出す。

 

 ヘルブラッククロスによる悪事で、これ以上女性が苦しまない様にする為に、正義の志を持った二人の戦士が、大技を決めにかかる。

 

 銃の怪人が二人に向かって、全ての銃口を向け猛攻撃の合図となる体制を取る。

 

 「怪人銃術!ヘル・トランプル!」

 

 赤黒いエネルギー弾を錐揉み回転させて撃ち出すと、ルカが十字盾を回転させながら真上から叩き落とす。

 

 アスファルトと同時に砕けたエネルギー弾が弾け、それと同時にレイナも破魔の剣を突き刺す様にして構え、エネルギー弾を貫いて突破する。

 

 火花が散り住宅街に炎が舞い上がるも、レイナは気にせずに突撃を続ける。

 

 「こっ・・・の!」

 

 レイナの眉間を狙った銃口と、銃の怪人の心臓を狙ったレイナの破魔の剣。

 

 「レッドムーン!」

 

 月食の大盾を持ち上げたルカが紅く輝く満月の盾を銃の怪人に向け、レイナよりも早く突進をぶちかました。

 

 「嫁のクセに、夫の邪魔するな!」

 「僕はお前なんかの・・・お嫁さんにはならないっ!」

 

 レッドムーン・アストラルパイク。中心に尖った攻撃用の装飾を、回転させた盾そのモノで銃の怪人の背後から打ち上げる。

 

 先端に乗せたある刃部分が銃の怪人の背中の装甲と肉、骨をえぐりながら胴体を持ち上げる。

 

 「流石だ、ムーン・パラディース!」

 

 飛び出したレイナが、ルカへと感謝の言葉を述べる。

 

 「破魔の──!」

 「やめろ!ここで死んだら、夢の新婚生活がぁぁ!」

 

 命乞いにも等しい言葉を完全に無視して、レイナは破魔の剣を銃の怪人の心臓へと突き立てる。

 

 「螺旋滅剣!」

 

 ドリルの様に心臓に突きこまれた破魔の剣は、問答無用でヘルブラッククロスという悪の組織に造られた怪人を、今朝とは違い確実に仕留める為の一撃となり、銃の怪人は断末魔を上げる事も無く、力なくルカの盾から滑り落ちた。

 

 戦いが終わってここに残るのは静寂。炎や、ブロック塀の破壊後や、砕けたアスファルトはそのままに、急いでここから離れないと行けない。

 

 「終わったかな?」

 

 イロが顔色を悪くしながら、レイナとルカの所へと姿を表す。出血もあったためか、かなり顔色が悪い。

 

 「急いで私の住む教会に行きましょう。月島君、手を貸してくれ」

 「はい・・・もちろんです」

 

 こうして退魔警察、ムーン・パラディース、公安警察は南度固化市へと逃走する事に成功した。

 

 ・・・。

 

 ・・・・・・。

 

 戦いが終わり静寂だけが残る通路で、銃の怪人は静かに瞳を開く。

 

 映るのは蒼白い月。自分が恋い焦がれた月。

 

 「・・・くっふっふっふ・・・まだ、終わらんよ・・・」

 

 地面に付いている背中に、誰かに押し上げられる気がした。

 

 血は止まらず、装甲も砕けて、背骨に至っては空間でも空いたのか、ぺこぺこと浮いている気がする。

 

 だが・・・。

 

 「・・・ギャーハッハッハ!!!!」

 

 痛みとは甘美なモノで、この交戦においては自分は覚醒したとさえ思う。

 

 夜空に高く笑うと銃の怪人がムーン・パラディースの向かった場所へと、ゆっくりと歩みを始めた。

 

 「あいつ・・・ルカって言ったな・・・いい名前だなぁ」

 

 その名前を毎晩耳元で囁いてあげたくなる、そんな美しい名前。

 

 血湧き肉が踊る。高揚と興奮を持って、銃の怪人は月島ルカを全力で手に入れると決めた。

 

 彼女を幸せに出来るのは自分しか居ないと、勝手に決めつけて・・・。

 

 まだ・・・悪の進撃は止まらない。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 公安局20階。

 

 特別監禁室で待機を命じられた藤原は、下の階が騒がしいのをなんとなく不安に思っていた。

 

 何の騒がしさかは知らないが、尋常じゃない悲鳴と・・・何か気持ちよさそうな叫びがたくさん聞こえてきた。

 

 おじさんを抜きにしてなにやら楽しそうな事と思うのと、恐ろしい感覚が腹の中に貯まる感覚。

 

 「中年にはきびしーぜーこう言うの」

 

 おっかなびっくりしていても、結局この部屋からは出られないのだ。ならば何が起きていても、自分は知らぬ存ぜぬをしておけば良いのだ。

 

 これからどうなるのか。半日以上ここに居たせいで、性欲が溜まってしょうがない。セクハラを働いて解消できなければ、藤原はニュー藤原になってしまう事だろう。

 

 「・・・なれたらいいけどね」

 

 おじさんの声は弱々しい。何が迫って来ていても、今ならば容易に降伏しそうなぐらいには弱々しい。

 

 退屈なのだからしょうがないだろうが、藤原は極めて危険な状態にある事をまだ知らない。

 

 「無いとは思うけど、怪人とかがこの公安局に攻め込んできて、おじさんを殺しに来たり・・・カカカカカ!」

 

 汚らしい笑い声をあげて、そんな妄想はありえないと、今藤原が寝そべるソファに足を乗せる。

 

 「あー退屈だ・・・若い女のお尻、触りてぇ」

 

 具体的には甘白ミドリコとかの、ハリのあるお尻。スラックス素材のスカート越しからでも堪能できる、あのお尻を・・・。

 

 「あー無理だ!寝れん!おじさん、お酒でも開けちゃおっかな!」

 

 ソファから勢い良く飛び上がり、台所に積んであるワインラックへと向かう。革靴を鳴らして入る台所はとても日本の常識的にはありえない優越感と、常識外れな感覚にわずかに心が踊る。

 

 「グラスグラス・・・」

 

 水を飲むのに使用したグラスを取りにリビングに戻ると、玄関に位置する電子ロックの扉が音を立てて開くのを聞き取れた。

 

 「・・・」

 

 インターホンも鳴らずに、電子ロックの扉が開いた事を怪しいと即座に判断した藤原は、ワイングラスを逆さまに握ると、廊下に続く扉の前で待機する。

 

 この数分の大騒ぎに、なんの許可の無い玄関の解錠・・・きっと何かが起きている。

 

 コツ、コツ、コツ・・・と誰かが侵入して来た。足音から察するに土足である事は間違いないだろう。

 

 「・・・誰だぁ?」

 

 リビングの扉の向こう側、つまり廊下の方は明かりを付けていない。暗い通路の奥には誰かの人影がうっすら確認出来る。

 

 声を潜め、息を潜め、身を潜める。絶対に不意打ちを決めてここから脱出しよう。

 

 その際顔を見られず、確実に両腕両足をしばりつけて、もし女なら少しセクハラしてからこの部屋を出よう。

 

 リビングの扉が金属の小さな音を鳴らして、ゆっくりと開かれていく。手首が見えたタイミングで、ワイン瓶を頭上に構えた藤原が、攻撃を開始する。

 

 もちろん頭に当てるつもりは無く、顔の手前に留めるフェイント。それを起点にして片方の空いている手で、侵入者の手首を掴む。

 

 そのまま力任せに後方に引っ張ると、侵入者をリビングに倒す事に成功する。

 

 そしてワイン瓶による二度目のフェイントで、顔を狙って振り下ろすが、銃声と同時に手元のワイン瓶が破壊される。

 

 飛び散った赤いアルコールが、藤原の顔にかかってしまう。

 

 (まずい!銃持ってるのか、相手はどんな奴か、見てねぇ!)

 

 ワインがついた顔をジャケットで拭おうと腕を動かしたが、すぐに腕を拘束されてしまう。

 

 硬い鉄製のリング、手錠によって両腕を拘束されてしまい、そのままリビングに転がされる。

 

 「くっそ!痛ぇ!なにすんだ!」

 

 力一杯叫ぶおじさんに、侵入者は同じ様に力一杯叫び返した。

 

 それはどちらかと言うと怒号に近い。

 

 「何するんだーは、こっちのセリフですよ!藤原さん!」

 「な、なんでおじさんの名前を・・・ってアラ?」

 

 ワインが流れ落ち、視界が開けて来るとそこに居たのは・・・。

 

 「小鳥遊さん?」

 「ええ、小鳥遊です。まったく、急に攻撃してきたからびっくりしましたよ・・・ほんとこのおじさんは・・・」

 

 この部屋に侵入して来たのは小鳥遊アキラ。こうも簡単に藤原を拘束出来る女性公安はなかなか居ない。

 

 もっと落ち着いて判断出来ればよかったのだが、藤原は芋虫みたいに身体を動かしながら、アキラにすり寄る。

 

 「よかった、退屈でおじさん死にそうだったんだ。ここから出して?早く、お願い・・・もう我慢できないの・・・」

 「気持ち悪いです。あと酒が感染りますので、近寄らないでください」

 「酒は感染らねーやい!」

 

 言い合いをしながらも、手錠を外してもらった藤原は、手首を抑えながら痛みと拘束から開放される。

 

 するとアキラは藤原に没収していたスマホを渡す。

 

 「これ、お返しします」

 「おう・・・ありがとさん。それにしても、どうして小鳥遊さんがここに?」

 

 藤原がワインの香りをばらまくジャケットを脱ぎながら、アキラに聞いてみる。何故このタイミングでアキラが来たのか、藤原にはそれが解らない。

 

 スマホを返された時点で、自分は釈放なのだろうが・・・。

 

 「・・・この公安局が襲撃されました」

 「イッ!?マジで!?」

 「はい、本当です・・・相手の数は、たった一人・・・いえ、一人だったと伝えるのが正しいでしょうか」

 

 この公安局をたった一人で襲撃した存在。ここ最近の藤原の生活感でモノを言うのであれば、間違いなく相手は怪人だろう。

 

 ヘルブラッククロスがここを襲撃して来たのだ。その事実を知った途端に藤原がイヤな顔をし始めた。

 

 思い返せば6月・・・あの佐久間ギンジというグラサン坊主を助ける為に、半ば無理やり参加させられた戦いにおいて、藤原はタコの怪人と交戦し、ボッコボコにされた。

 

 あれは一対一とは言え、一方的な戦いになっていた事を思い出す。

 

 そして前回とは違い今回はたった一人で・・・。

 

 「相手は・・・まさかとは思うけど」

 「ええ。怪人です。それも非常に恐ろしく、その・・・」

 

 アキラはあの怪人の能力について口籠ってしまう。ここにたどり着くまでに、何度かは見てしまった人間の悲惨な末路。

 

 あの怪人の出す液体に触れただけで、神経を操られる様な恍惚な表情、そして自分自身も感じた事のある・・・あの絶頂に浸された感情。

 

 少々羨ましいとさえ思ってしまう様な、あの凄惨でとても気持ちがよさそうな空間、空気に、アキラはどうしても女性として目をそらす事が出来なくなるような、上手く説明出来ない不気味なのに嬉しくなってしまいそう感情を抱いてしまっている。

 

 「その怪人ってのは・・・今どこに居るんだ?」

 

 藤原がスマホの電源を点けながら聴くと、アキラは人差し指を下に降ろし、フローリングに指を向けた。

 

 それが暗に示しているのは、この公安局の下に居ると言うこと。

 

 そしてここから一番下・・・つまり1階へと逃げるには、どうしても途中のエレベーターを使うしか無くなる。

 

 「怪人は今何をしてるんだ?」

 「・・・これもまた驚きの連続ですが、もう2名違う怪人が来ています。名を雪の怪人、暴力の怪人」

 

 アキラがざっくりと救援に来た2名の怪人について報告すると、藤原もざっくりとミドリコに聴いた事のある話だなぁ、と頭をぼんやり動かす。

 

 「それで、私が来たのは・・・貴方を逃がすためです。貴方が、あの怪人・・・女王ナメクジの怪人に狙われているからです!」

 「なんだその名前・・・いやでも女王様か・・・ふへへ、悪くないね。女王様に狙われる・・・」

 「貴方個人ではなく、貴方の命の方ですよ」

 「前・言・撤・回!殺されてたまるか!」

 

 こうして藤原と合流したアキラは、特別監禁室から慎重に部屋を出る事にした。

 

 どうしておじさんの命が狙われているのか、それは解らないがとにかくどういう訳か藤原は女王ナメクジの怪人に命を狙われている。

 

 見た事の無い怪人に命を差し出すわけにも行かない為、藤原とアキラは急ぎこの公安局からの逃走を試みる事で話がまとまった。

 

 「そう言えば、側近の奴はどうしたんだ?」

 

 アキラの側近・・・石川の事を思い出して、アキラの顔に陰りが出来る。悔しそうに唇を噛んで藤原をにらみつけるが、優秀なあの部下はおそらくもう戻って来ない。

 

 「・・・あー今のでだいたいわかったよ。もう何も聞かん」

 「そうしてください」

 

 二人して下層に向かう傍ら、公安局のあちこちから激しい激突音が何度も響き続けている。おそらく救援に来たという雪と暴力の怪人が、女王ナメクジの怪人とが交戦しているのだろう。

 

 自分の命も大切だが、今はこの建物が崩れないか心配になってくる。

 

 「こっちです!はやく行きましょう!」

 

 アキラの叫びに反応して藤原はエレベーターに乗り込む。先ずは10階に降りてから、さらにもう一つのエレベーターに乗り込まないと行けないのだが・・・。

 

 降りてすぐには、藤原でも鼻を曲げる程のむせ返る生臭さが、この狭い通路に漂っていた。

 

 「なんだこのにおひ・・・」

 「・・・嫌な匂いだ」

 

 心底嫌悪感を出すアキラは、まっすぐ下層に降りれるもう一つのエレベーターへと突き進む。

 

 粘液に浸された通路を進みながら、身体をバラバラにされた警官や、藤原の見知った顔が並んでおり、それを眼に入れるだけで一気に恐怖が背中に回ってくる。

 

 ここは地獄。

 

 そう思えてしまう地獄絵図。

 

 「女王ナメクジの怪人っていうのは、元々一人だったんだろ?さっきチラッと聴いたけど、一人【だった】って言うのはなんなんだ?」

 「・・・その粘液に触れると、あの怪人によって操られる事になる。詳しくは解らないが、とにかく人形みたいになるし・・・見た目はゾンビみたいになるな」

 「へぇ、この精子みたいのが・・・ゾンビにね。まるでB級映画だ」

 

 ほんの少しふざけて見るが、アキラからは返事がない。

 

 (やつはどこに居るんだ・・・)

 

 今のアキラには藤原の逃がすというのもあるが、それよりも女王ナメクジを探して部下の無念の為に一矢報いてやろうと思っている。

 

 アキラがオフィスの前まで走ると、動きを止める。そのオフィスは部屋名を見ると、喫煙所と書かれたプレートがセットされていた。

 

 (!)

 

 アキラの脳内には電球が点灯した様な閃きが出てくる。

 

 あの固形粘液には、消化器の液体を吹きかける事によって、乾かし固まらせる事が出来る。

 

 その事を忘れずしっかりと覚えていたアキラは、消化器を喫煙所から取り出してくる。

 

 「そんなの何に使うんだよ」

 

 藤原が怪不思議そうな表情で尋ねると、アキラは不敵に微笑む。

 

 「これで・・・あの怪人に一矢報いてやるんですよ」

 「オイオイ逃げるんじゃねーのかよ・・・まぁでも」

 

 藤原がここに来るまでの間に見た顔なじみや、女性公安が倒れているのを見て拳を握る。

 

 ただ逃げるのではそれでは敗けを認めた様な気がしてしまう。

 

 仇討ちまでは行かなくとも、アキラの言いたい事、仕返ししたい事を理解した藤原は、もう一つ喫煙所の灰皿の埋め込まれたテーブルの裏に手を突っ込む。

 

 ガコンッ!と強いアルミの音を鳴らすと、そこから出てきたのは緊急事用の小さな消化器。

 

 「おじさんも手伝ってやるよ、小鳥遊さんよ」

 「お願いします。必ず、奴を・・・」

 

 ただの人間である以上、彼女に出来るのはこれだけだろう。だが、この消化器の噴射で確実に何か妨害は出来るはずだ。そう信じて藤原とアキラの二人は、決死の覚悟を持って下層へのエレベーターへと向かうのであった。

 

 尤も、藤原からすればこのまま戦いを避けられるのであれば、それに越したことはないのだが。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 女王ナメクジの怪人の攻撃はすべてあの固形の粘液だけ。白く濁っていてプルプルしている、触り心地の良さそうな液体をこちらに飛ばしてくるだけ。

 

 一個だけ攻撃的な能力なのが、♡の形をしている巨大なキャノン砲。あれだけは暴力の怪人も雪の怪人も、本能で避けるぐらいの選択肢しか出来ない。

 

 当たれば確実に致命傷を与えてきそうなあの攻撃に、二人して打つ手が無くなる状況を簡単に作られてしまう。

 

 「はーはー・・・どうする?」

 

 暴力の怪人が自販機を影にして隠れつつ、後ろに隠れる雪の怪人に尋ねる。

 

 「どうするも・・・困ったわね」

 

 暴走が停止した暴力の怪人と雪の怪人は、再び女王ナメクジの怪人と交戦していたが、あの粘液のせいでまともな攻撃が出来なくなってしまっていた。

 

 触れれば怪人であれ神経に到達し、毒を流し込まれる。

 

 そういう意味合いでは防御にも使えて、ナメクジ分隊による飛びつき攻撃も油断が出来ない。

 

 だがオーク怪人に言われた通り、ここで怪人が暴れているのであれば倒さねばならない。

 

 これ以上人間との共存が遠のく事を避けたい暴力の怪人は、鞭を取り出して自爆覚悟で攻撃する事も考えたが、雪の怪人がそれを制止させたのだ。

 

 そもそも氷結の力があればそれで液体を凍らせる事が出来る。

 

 凍りつかせて、動けなくなった所を暴力の怪人が叩く、この戦法で戦っていたのだが、それを嫌がった女王ナメクジの怪人が粘液防御をしながら、距離を置くと言う戦法に変わったのだ。

 

 うかつに近寄れず、攻撃をしかける度に逃げられるので、こちらは疲弊するばかりだ。

 

 「どうやって近づこうか?」

 「人間を囮にするのはごめんよ。使えないし、逆にこっちが不利になるわ」

 「あいつの人間を操れる様にする能力も厄介だよな」

 

 二人してこそこそと話す姿を、一匹のナメクジが発見する。

 

 それを見た雪の怪人が優しく吐息を吹きかけると、ナメクジが凍りついて壁から剥がれ落ちて行く。

 

 しかしそうする事で連絡が取れなくなったナメクジ同士のネットワークにほころびが出来るのか、次第に次々とナメクジ分隊が救援に来た怪人二人を取り囲んでくる。

 

 こうなれば逃げるしかない。一刻も早く本体を探して撃破すべきだ。

 

 「邪魔よ!」

 

 黒い扇子から冷気を放出して、すぐにナメクジ分隊を凍結させる。そのナメクジ達の上を滑る様にして、暴力の怪人が先に出るが・・・。

 

 「げげっ!」

 「アハッ♡こっちから来てあげたわよ♡」

 

 その凍りついたナメクジの道、暴力の怪人が滑る正面には、固形粘液の波を作りながら、両腕から大波を仰ぐ様にした女王ナメクジの怪人の姿があった。

 

 「粘液海将(タイダルローション)♡」

 「わー!こっち来るなぁぁぁ・・・あぷっ♡」

 

 女王ナメクジの怪人の身体と正面からぶつかり、暴力の怪人の顔が大きな胸に挟み込まれてしまう。

 

 「もう逃げられないわよ♡はい、天国イキ確定〜♡」

 「むごああああ!」

 

 優しくヌルヌルの全身に抱きしめられると、暖かさとヌルつき具合が重なってしまい心地よさが暴力の怪人の全身に巻き上がる。

 

 怪人として女性を抱きしめるよりも、遥かに次元の違う心地よさに、暴力の怪人の心が溶けて行きそうになる。

 

 「その唐変木(暴力の怪人)から離れなさい!」

 

 粘液の大波と共に突撃を果たす女王ナメクジの怪人に、雪の怪人が大雪と氷柱を召喚させると、いよいよ公安局が大自然と快楽の大いなるぶつかり合いが始まった。

 

 しかしながら寒さに弱い女王ナメクジの怪人は、固形粘液で防御すると、大雪と氷柱は飲み込まれては粘液の熱に溶かされていく。

 

 数秒で内側から凍りついていくのだが、こうなると女王ナメクジの怪人は距離を置くだけの時間稼ぎに成功する。

 

 「はーい暴力ちゃんの廃人完成〜♡あーかわいい♡」

 「あばば・・・♡」

 

 快楽に打ちひしがれた顔をしながら、暴力の怪人はにゅるりと女王ナメクジの怪人の身体からずり落ちて、足元でピクピクと痙攣している。

 

 「そ・れ・じゃ・あの娘、とっ捕まえて来て♡」

 「あー♡うー♡」

 

 暴力の怪人がピクピクと全身を痙攣させながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

 「そんな・・・暴力の!」

 

 雪の怪人も暴力の怪人が捕まってしまった事で、戦意が少し削がれてしまう。

 

 あーうー唸りながら佇むその姿は、間違いなくゾンビそのモノだ。

 

 「やった♡怪人を言うこと聴かすの初めてだから、成功できて嬉しい♡ご褒美あげるからぁ♡雪ちゃんをめちゃくちゃにしてあげなさい♡」

 

 妖艶な笑みを耳たぶを唇で挟み込みながら命令すると、暴力の怪人が鞭を取り出す。

 

 「はい♡かしこまりました♡」

 

 すぐに取り出したのは調教用の鞭。四角く細長い鞭を取りだした暴力の怪人がすぐに攻撃行動を開始する。

 

 「裏切り者の一撃(モードレットスパンク)

 

 攻撃を仕掛けたのは雪の怪人にではなく、女王ナメクジの怪人にであった。容赦の無い完璧な不意打ちによって、女王ナメクジの怪人は苦悶の表情を見せながら、公安局の壁に叩きつけられる。

 

 「なんっで・・・♡」

 「暴力の・・・!」

 

 暴力の怪人が固形粘液を拭い払うと、もう一つの鞭を取り出す。

 

 「お前の様な未完成品(・・・・)の怪人の能力なんて、オレら欠陥品(・・・)の怪人に通用するわけねぇだろうが!」

 「だ、騙したな!」

 「初めて焦った顔が見れたわ・・・」

 

 暴力の怪人が鞭を構え、雪の怪人も黒い扇子に雪の結晶を乗せて構えている。

 

 正義を信じ、正義の為に戦う怪人二人が、女王ナメクジの怪人に今度こそ手痛い一撃を与える。

 

 「自信過剰の一撃(ベイリンスパンク)!」

 「強雪練舞(きょうせつれんぶ)!」

 

 逃げ場の無くなった女王ナメクジの怪人に、文字通り暴力となる攻撃と、雪の結晶が輝く怪人連携攻撃が、女王ナメクジの怪人の全身に降り注いだ。

 

 身体は凍てつき、そこから実体に届く猛烈な暴力が、華奢で綺麗な身体を傷つけていく。

 

 「がっ・・・あああっ!!」

 

 粘液による防御が取れなくなり、身体を凍てつかせられては、身体から粘液の放出も出来なくなる。

 

 そうなれば最早この怪人二人には勝てなくなっている。

 

 「クッソオオオオ!!お前らだけは、絶対に許さないからなぁあ」

 

 ぶちキレて居ても綺麗で美しい顔と身体を引きずるようにして、飛んで逃げる女王ナメクジの怪人。

 

 追いかけようとした暴力の怪人の前の前には、粘液の波に隠れていたナメクジ分隊が飛び出して妨害に入ってくるが・・・。

 

 「見つけた!」

 「おじさんも加勢するぜ!」

 

 暴力の怪人と雪の怪人がナメクジ達に攻撃をしかける瞬間、先程逃した人間が消化器を持ってナメクジ達を乾かして行く。

 

 噴射された液体はどうやら、ナメクジ達にはかなり猛毒な様で、すぐに道を開けてしぼんでいく。

 

 「くっ・・・あれはフジワラ・・・ああ、ああああクソクソクソ!」

 

 女王ナメクジの怪人が、藤原を発見するや否や、美女には似つかわしくない、クソという単語を連発して心底悔しそうにしながら、粘液溜まりに逃げ込む。

 

 「覚えてろ!必ず、我々ヘルブラッククロスが、ヘヴンホワイティネスをも凌駕し、柏木様や総統が望む世界を創ってやるからな!お前たちにはその世界には連れてってやらないからっ」

 

 女王ナメクジの怪人が粘液溜まりから飛び出して、後ろを振り向きながら走り続けるが、何か壁にぶつかる。

 

 それは壁ではなく人。人間。

 

 スーツを粘液だらけにし、全身で女王ナメクジの怪人を塞いでいる様に見えた。

 

 「た・・・か、なし、さん」

 

 顔は泡立つ粘液によって見えないが、その大男は何かを発言していた。

 

 「どけ!どきなさいってぇ!」

 「よくやった!本当に、よくやった!」

 

 先程雪の怪人が助けた人間、アキラが消化器のホースを女王ナメクジの怪人の頭部めがけて噴射する。

 

 この大男は、間違いなくアキラの側近・石川ヒロキである事を、ひと目見て理解したアキラは、最大の想いを吐き出しすかの如く、思い切り噴射し続ける。

 

 「石川の・・・公安局の仇だぁ!」

 

 勢い良く噴射された消化器が、女王ナメクジの怪人を今度こそ捉えて、全身が乾いていく。

 

 「ついでにおじさんも・・・モミモミ・・・よいしょぉ!」

 

 一瞬藤原が女王ナメクジの怪人にセクハラを働いた後、消化器で頭をぶん殴った。乾いて動きが鈍い女王ナメクジの怪人には、これだけでも大ダメージになっている。

 

 「くっ・・・もはやこれまで、か・・・」

 

 身体にヒビが入り、女王ナメクジの怪人は自爆しようと、最後の能力・・・サキュバスの怪人のフェーズ2の能力を開放しようとしたが、寸前で雪の怪人が吐息を吹くと、女王ナメクジの怪人の身体が凍結していく。

 

 完璧に氷のオブジェそのモノとなった雪の怪人が、氷の中で意識を失った。

 

 「・・・っ」

 

 女王ナメクジの怪人の粘液によって、限界を迎えた石川という大男は、その場に倒れてしまう。

 

 「いいのか?」

 

 藤原がアキラに尋ねるが、アキラは首を横に振るだけだ。今更こうなってしまった石川を助けようにも、あの粘液に触れれば自分もあの快楽の【仲間入り】を果たしてしまう。

 

 「そういえば、この怪人・・・柏木の事を呟いていたわね」

 

 雪の怪人が女王ナメクジの怪人の遺言じみた発言を思い出し、アキラと藤原は血相を変える。

 

 柏木というのは、この公安局の公安警察が知らない人は居ない程の有名人であり、成績も検挙率もトップに居る男の事だ。

 

 「・・・繋がっちまったな」

 

 藤原が顎ヒゲを触りながら、以前の凍結騒ぎの時に柏木タツヤが居ない事と、今回の怪人の襲撃においても柏木タツヤが居ない事、そしてこの怪人が柏木タツヤとヘルブラッククロス、ヘヴンホワイティネスを知っている事・・・それはつまり・・・。

 

 「信じられない事だが、柏木は・・・ヘルブラッククロスと内通していた、という事になりますね」

 「え?あの大幹部って公安警察と内通していたんじゃないの?」

 

 アキラの推理に暴力の怪人が訝しむ表情を作る。

 

 「どういうことですか?」

 「ああ、ほら・・・柏木大幹部って、オレ達が居た組織においてはそこそこ地位のある奴でさ・・・元々ヘルブラッククロス側であって、公安警察は・・・こう、世を偲ぶ姿?みたいな?」

 

 藤原とアキラも二人して顎を抑える。どうも柏木タツヤ居つからかは不明だが、この公安局を裏切っていたようだ。

 

 そんな事を10年前からタツヤの事を知っている藤原とアキラは、信じられないと言った表情をしている。

 

 同じ公安警察として凌ぎを削り、班が変わっても、妻が死んだ時も仲良くしていた藤原にとってはかなり信じがたい状況になっている。

 

 「・・・こいつぁ、深く調べる必要があるな」

 

 藤原の目は正義と真実の為に燃やす、警察の瞳をしていた。

 

 最近はそこまで面識はなくても、また飲みに行こうとしていたぐらいの仲だったのだ。

 

 必ず真実を突き止めて、柏木タツヤを逮捕しないと行けない。

 

 「小鳥遊さん、おじさん、ちょっと明日から本庁言ってくるわ。あんたの緊急許可があれば動きやすいんだけど・・・」

 「・・・いいでしょう、許可しておきます」

 

 藤原が珍しく真面目に敬礼すると、アキラも同じく敬礼する。

 

 アレが人間同士の挨拶なのだと見て理解した暴力の怪人は、見様見真似で雪の怪人に敬礼してみる。

 

 「・・・私はしないわよ。なんか泣いちゃいそうだから」

 「そんな事で無くなよ・・・」

 

 雪の怪人が扇子をしまうと、アキラと藤原に近寄ってくる。

 

 「おじさまとそこのお嬢さんはこの後どうするのかしら」

 「とりあえず、第4のオフィスに戻る」

 

 まだ粘液の残る道を危なっかしく見通しながら、藤原は消化器を担ぎ直す。

 

 「どうしてまた?」

 

 アキラと雪の怪人が、二人して藤原を見つめる。

 

 「・・・嫁の写真、置きっぱなしだからよ、取り戻しておきてぇ」

 

 そう言うと藤原は10階から下に降りれるエレベーターへと向かって行った。

 

 アキラと暴力の怪人と雪の怪人もそれに続く形で、下へと降りていくのであった。

 

 ・・・。

 

 ・・・・・・。 

 

 (あー・・・♡このまま砕いてれば、完全に勝てたのにねぇ♡)

 

 氷漬けにされた女王ナメクジの怪人が、氷の中で歪な笑みを見せる。相変わらず能力は使えないが・・・。

 

 (おいでぇん♡私のコ・ド・モ・達♡)

 

 氷の柱になった女王ナメクジの怪人の周りには、様々な粘液から大量に熱を運んできたナメクジ分隊。

 

 元々の高い体温と、熱々の粘液を持ってすればこれぐらいの氷ならば、数分で溶かし切れる事だろう。

 

 今はとにかく逃げねば。その上でドクターパープルに任務失敗の報告と、妨害してきた怪人について報告しないと行けない。

 

 資料でしか見たことしかなかったが、元怪人四天王の雪の怪人も居た事・・・いずれ確実に仕返しをしてやろう。

 

 そう考えながらこの解凍を開始し、女王ナメクジの怪人は次なる報復の為の準備に入ろうとしていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 繁華街エリア・クアッドタワー前・・・。

 

 ドクターの怪人は月に向かって、満足気に仰いでいた。 

 

 その左手は真っ赤に燃える手。

 

 その左手には・・・。オーク怪人の軍服。

 

 首根っこを掴まれる様にしたオーク怪人は力無く、ドクターの怪人に引きずられている。

 

 先程の交戦の開始から、たった数分でオーク怪人が敗けたのだ。

 

 「・・・ぶひゅう・・・まがい、者め・・・」

 

 血反吐を垂れ流すその顔で、オーク怪人はドクターの怪人に悪態を突いてみるが、ドクターの怪人は何も気にしていない。

 

 「パパ、ママ・・・全部俺が導いてあげるからね」

 

 ドクターの怪人がまるでミヤコの様に瞳に奈落の様な暗さを宿し、まるでギンジの様に力強く笑みを浮かべている。

 

 「くっふふふ・・・ああ、楽しみだ」

 

 薄気味悪い笑い方はそのままに、ドクターの怪人はキラーエリートとして初めての戦果を上げた。

 

 「・・・貴様じゃ・・・無理だ」

 「まーだ言ってるよ。この雑魚怪人が」

 

 ドクターの怪人がオーク怪人の言葉を聴く度に、自分に勝てなかった奴が一体何を言っているのだろうかと、そんな気分になる。

 

 繁華街エリアにて、オーク怪人がごみ捨て場に投げ捨てられると、なんとしてもこの怪人を止めないと、とその手を伸ばすも腕が上がらない。

 

 「・・・待、て・・・ぇ」

 

 振るえる身体で追いかけようとするも、今度は足に力が入らない。

 

 「・・・」

 

 その視線からドクターの怪人が見えなくなるまで、オーク怪人は瞳を閉じる事なく、小さく低く、誰にも聞こえない声でドクターの怪人へ制止の声を出し続けたが、最後までそれが届く事はなかった。

 

 8月25日、23時58分。

 

 ギンジ達が魔法界に飛び立ち、早くも日付が変わろうとしていた瞬間だった。

 

 

続く 

 

 

 

 




お疲れ様です。

個人的には女王ナメクジの怪人気に入っているので、もっと生きててええんやで?

キャラネタ書きます

熊沢レイナ
世の中の女性の味方。
破邪→破魔→破悪の三段階あり、破悪の免許取得には落ちた。

月島ルカ
世の中の女性の味方。
かつて仲間がひどい目にあったのを、直接目の前で見ている為、銃の怪人の発言には許せないモノを感じた。独自に研鑽した力で、初登場時よりもレベルアップはしている。

天体アキハ
趣味はルカと自分が悪の組織にひどい目にあう小説を書くことだが、最近はお○スタ→の○スタのコンボ。世○樹リマスターについて奮起している。

銃の怪人
ムーン・パラディースを生前の人間時代で好きだった為か、ルカのことを忘れて居ない模様。結婚してめちゃくちゃにしてやりたいらしい
メガ○ン3リマスターに奮起していた過去あり

女王ナメクジの怪人
藤原抹殺が失敗した事と、暴力の怪人のだまし討ちに憤慨した。焦ると妖艶な喋り方を忘れるタイプ。
ペル○ナリマスターにわっしょいしている。

小鳥遊アキラ
独身ではあるが彼氏は居た事はある。いずれも殉職している為に、もう恋人は作らないとの事。スルメイカが好き。
バ○ックの完全移植版に歓喜。ゲームやりそうにない?意外とやるんですよ

藤原
柏木タツヤとはそこそこ仲が良かった模様。今回ヘルブラッククロスとの繋がりがあった事に動揺を隠しきれないでいる。
嫁さんの写真を大切にしている。

オーク怪人
なんか敗けてた。その真相はまた別のお話で。次回の出番は無い。

ドクターの怪人
なんかオーク怪人をボコった。自分の存在について何か気づいたらしく、行動を開始する。
好きなゲームは対魔○ア○ギ

・・・

さてリマスターのゲームがたくさん来ていて、嬉しい限りですぞぉ
いや違うねん

次回は8月26日開始!まだまだ続くキラーエリート編!ミヤコの出番もあるぞよ!
なるべく早く投稿出来る様に頑張るぞよ!
それではまた次回!


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72・キラーエリート・5

こんにちはブヒ。アトラクションブヒ。

今回のお話ではなんとまともに戦闘がありません。

久しぶり(多分ほとんどの人が忘れているキャラ)いナルミも再登場します。ナルミって誰だっけ?ってなった方は、是非退魔教会編を呼んでみてください(宣伝)

それではどうぞブヒ


 8月26日。

 

 刺激的な1日を過ごしたセクハラおじさんはついにニュー藤原へと姿を進化させ、警察組織の中枢・度固化警察本部へと足を踏み入れていた。

 

 調べる事、知らなければいけない事、そして・・・。

 

 「柏木・・・」

 

 入れ違う人々を横目に、藤原は同僚の名字を静かに呟いた。

 

 時刻は朝10時を回る頃──。

 

 本庁と呼ばれるこの警察本部は、公安、機動隊、派出所勤務、警察の卵達がたくさん出入りを繰り返し、この度固化市全体で勤務することになる警察という職業に就く者達は、全員ここに通う事になる。

 

 そこから派遣先を決められ、出世をすれば刑事になり、公安警察として働いたり・・・。

 

 皆様々な理由があって警察にはなるが、この本庁で働く事を夢見る者も多い事だろう。20数年前の藤原も、第一希望としてはここで働く事を夢見ていた時期もあった。

 

 公安警察に配属・・・いや、正式名称は・・・。

 

 警視庁公安部・組織犯罪対策科第1班へと配属されるまでは・・・。

 

 「小鳥遊参事官の緊急捜査依頼ですね。では、こちらへ」

 

 受付の可愛い女性から案内される。いつもの藤原ならば鼻の下を伸ばして、セクハラを働こうといかがわしい妄想を行うだろう。

 

 だが今は違う。

 

 今は・・・かつての同僚であった柏木タツヤ巡査長の情報、とにかく集めないと行けない。

 

 案内されてたどり着いたのは、全国で警察官として働いている個人のデータベースを照会出来るデータルーム。

 

 参事官という恐ろしい地位に立つアキラだからこそ、ここに入る許可を得られたのだ。

 

 「さて・・・時間は無限にあるぜ。尻尾掴んでやるからな」

 

 藤原・・・否、今はニュー藤原。

 

 具体的に変わったのは、ヤクザみたいな赤いジャケットでは無く、黒を基調としたちゃんとしたスーツなのだが。

 

 「ズィーフーのスーツジャケットは安くていいね」

 

 革靴もそのアパレルブランドで仕入れた新品である。

 

 「さてと」

 

 おじさんはプラネタリウムにも似た、巨大な天板を見上げる。

 

 ここで得られる情報はなんでも見つけないと行けない。

 

 柏木タツヤの情報を得て、そして必ずヘルブラッククロスとの繋がりを確定的な証拠として持ち帰る。

 

 (持ち帰ってどうするんだ・・・?)

 

 一瞬自分の行動に答えが見いだせなくなる。

 

 だけど、それでも。

 

 藤原は自分が警察として、悪事を見逃さない様にしたい。その気持ちを取り戻したのだ。

 

 そしてその気持ちの裏には、どうしても甘白ミドリコの顔がチラついてしまっている。

 

 真面目な彼女に感化されたのかもしれない。

 

 「おじさんの底力、見せてやろうか・・・!」

 

 気合を入れてスーツごと袖をまくると、藤原はデータベースに侵入を開始した。

 

 手に触れるだけで水面が揺れる様なモニターは、どこまでも冷たくどこまでも深く、そして知りたい個人の情報をいつまでも収納をしている、電子の海。

 

 おじさんの覚悟を持って、タツヤの情報を持ち帰る事は出来るのだろうか・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 聖カエルム教会の朝は穏やかで居て騒がしい。

 

 かつてギンジ達とここで食事をした時も、子どもたちの騒がしさがあった。

 

 食卓を囲む大聖堂では、食物へのお祈りを神へ捧げると同時に、捧げ終えると食事を楽しみにしている子供達が、一斉に食事へと手を伸ばす。

 

 皆今か今かと空腹を抑えており、元気一杯に食事を取っている。

 

 もちろんここで住むレイナも27年間の人生でほぼかかした事の無い行事であり、彼女もここでの朝食を楽しみにしている。

 

 この教会の教皇を努めていた五天に変わり、その地位を付いだ若きシスターである磯上ミツキは、子どもたちの笑顔と喧騒を心より神に捧げていた。

 

 「すごい・・・元気だな・・・」

 

 そんな数え切れない子供達の笑顔と、大盛況な食卓の隅では月島ルカが客人として迎えられているが、ど真ん中で食事をする気にはなれないとの事で、ここで食事をしている。

 

 ルカの隣では同じく客人扱いとなる、山吹イロも同じ様に食事を始めていた。

 

 「本日はゆっくりしていってください。神もそう仰られております」

 

 痩せた身体に、埃ひとつ無い黒い修道服に身を包んだミツキが、ルカとレイナに飲み物を運んでくる。

 

 透き通った美しい声は、それこそ天使の声に親しいモノを感じる。

 

 それと同時に、幽霊とほぼ同じ存在であるアキハは召されかかっていた。

 

 (・・・ここ、死にそうだわ。気を抜くとアタシ、消えるかも)

 「滅多な事を言わないでくれ。レイナさんも大丈夫だと言っていただろう?僕が寂しくなるからどこにも行かないでくれ」

 

 ルカとアキハの会話は、傍から見れば一人で会話している様にしか見えない。それを何度か見ているイロはルカという存在に宿る、もう一つの心に会ってみたいとも思っていた。

 

 「ところで、レイナさんはどちらに?」

 

 ルカがミツキというシスターに声をかけてみる。朝起きてからと言うモノの、熊澤レイナの姿が見えていないのだ。

 

 「はい。レイナはただいま本業の為に仕事に向かったようです。神がそう仰られております」

 「そ、そうなのか。ありがとうございます。後で連絡してみます」

 

 銀のスプーンを持ちながらルカがお礼を言うと、ミツキは女神像に再びお祈りを捧げる。

 

 「おお、神よ。この不貞なる私めに、お礼の言葉が届きました。これも神へのお祈りを毎日告げたからなのですね。おお、神よ」

 

 少し変わった人だが、レイナが一番安心してこの教会を任せられる、最高責任者であると伝えられ、ルカもイロもミツキという存在に助けられた様な雰囲気だ。

 

 「ところで・・・」

 

 ミツキが目線をルカに向ける。整った顔立ちと、本当に神を信じている彼女の姿勢はとても良く、ルカは思わず息を飲んだ。

 

 「困った事がありましたらすぐに呼んでくださいね。共に平和を護る者として、ご活躍には期待しておりますよ、ムーン・パラディース」

 

 まだ名乗って居ないのに、彼女はルカの正体を知っている様子だった。

 

 「我々もこの街を守ろうと日々奔走を続けています。何か困った事があれば、我々退魔教会にいつでもご連絡を。神を信じる者同士、この世界で生きるのであれば皆家族ですから・・・!神もそう仰られております」

 

 ミツキの熱の入った言葉に、意気込みは伝わったルカとイロは、喜んでその言葉を受け入れる。

 

 そんな談笑しながら食事をする彼女達の下に、もう一人近づいてくる者が居た。

 

 年齢的には10代後半に見える、身体の形が出来上がりつつある少女。しかし顔は上半分を黒いバイザーで隠している、銀色の修道服を身に着けた少女。

 

 無口で何も喋らず、しかし穏やかな雰囲気を持っている彼女は、ルカとイロではなく、アキハと心で会話をしているのか、どこか繋がりを持っている様子。

 

 口角が少しだけ上がった少女は、ルカの隣に座ると食事を開始する。

 

 静かに丁寧な仕草で食事をする少女は、ただひたすら無言である。

 

 「ご紹介が遅れましたね。彼女の名は如月ナルミ。詳しい事は省きますが、あのレイナの姉妹です」

 「ああ、そうなのね?はじめまして、山吹イロです?」

 「・・・」

 

 軽い会釈を済ませると、ナルミと呼ばれた少女は食事を続ける。

 

 「申し訳ありません。彼女は神を信じていたのに、不幸にもお慈悲に恵まれなかった子でして・・・もう言葉を発する事が出来なくなってしまいまして・・・」

 

 ナルミが喋れなくなった原因を知っているミツキは、詳しい事は喋らない。しかしそれでもルカとイロは彼女と仲良くしようと、共に食事を続ける。

 

 「レイナがきっといつの日か、ナルミの心を取り戻す事が出来れば・・・」

 

 磯上ミツキは退魔師ではないが、退魔教会に所属するシスターである。かつてはこのカエルム教会でレイナ、ナルミと共に食事をし、共に暮らしていた姉妹同然である。

 

 ソレ故に教皇となって本部からここに戻った時、ナルミがこうなった経緯を聴いたミツキは、レイナと共に五天が許せなくなった。

 

 神は報復をしては行けないと言っていても、この憤りは人として正常なモノである。それを神に反してでも、いずれは五天をこの手で葬りたい、そう思える怒りがきっちり残っている。

 

 「さて、お食事が終わったらゆっくりしていってください。後の事はここの孤児達で・・・」

 「いや、僕達も手伝いますよ。磯上さん」

 「そうね?洗濯でも食器洗いでもなんでもやるよ?」

 

 ルカとイロが笑みを乗せて言うと、ミツキは少しだけ驚いたが、すぐに笑顔に戻す。

 

 「ふふ、ではお願いいたしますね。150人分の洗濯と、食器洗いはとても大変ですよ」

 「任せてください!」

 

 ルカが元気よくその返事を返すと、ミツキは再び驚く。

 

 一方、ナルミとアキハは何を会話しているのかと言うと・・・。

 

 【(アキハさん、レイナはギンジが大好きでね、うんたらかんたら)

 (うーむ、それはなかなか厳しい条件ね。実はルカも多分ギンジの事を好いていて・・・)】

 

 お互いに恩義がある関係上、戦いにはならないとしても、ルカの恋を、レイナの恋を応援する彼女達の心の中で熱く、甘い話が何度も展開され、食事が終わる頃には、ナルミとアキハはズッ友にまでなっていた。

 

 なにせナルミはもう喋りたくても喋れない。まともな会話をしたのだって久しぶりなのだ。

 

 友達が出来て嬉しくなるのは当然の事だろう。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 まだまだ真夏の厳しさが続く中、レイナは警察組織の中枢・本庁へと足を運んでいた。

 

 目的はもちろんミドリコの逮捕状の取り消しだ。

 

 本来ならば上司であり、事情を色々知っている山吹イロを連れて来るのが正しい判断だろう。

 

 しかし腕を斬られて安静にしていないと行けない。いくらサクラの魔法で治療されているとは言っても、本当に安静にしているのが良いと、レイナは判断した。

 

 ここで逮捕状取り消しの為の有意義なカードを一枚失っているが、友でもあり仲間でもあるミドリコを助ける為に、レイナは自分の出来る全力を以て逮捕状の取り消しにかかる。

 

 もうその話をつける所まで来ていた。

 

 「甘白巡査についての情報ですね。現在逮捕状が発行されておりますが・・・」

 

 受付の女性が神妙な面持ちでレイナの顔を見る。

 

 「ええ、逮捕の為に必要な情報を洗っておきたい。そのために私がここに来たのです」

 「了解いたしました。ではこちらへ。ただし公安警察所属では無い方へ提供出来る情報は限られておりますので、あまり深入りはしない事をここに契約していただきます」

 

 ただの刑事と公安警察では、立場が違う事から調べられる事は少ないと受付は言い放つ。レイナはそんな事は100も承知と言った態度で、とにかく情報を洗いたいのだ。

 

 逮捕する為ではなく、逮捕状を取り消す為に。

 

 「ではこちらへ。先客が居ますので会話等はしない様にお願いします」

 

 受付に案内されたのは電子の海と呼ばれるデータベース。全国で働く警察の情報を照合する事の出来るデータルームなのだが・・・。

 

 「ん?」

 「え?」

 

 先客とはレイナの大分予想外のおじさんが出てきた。

 

 「・・・どうしてここに居るんですか」

 「あーいや・・・ははは」

 

 乾いた笑いをしたのは藤原。

 

 「久しぶりだなー熊沢!」

 「ごまかさないでください。どうしてここに居るんですか!」

 

 6年前、かつて東度固化市の警察訓練校時代い、拳銃の扱い方を教えてくれたかつての教官であった藤原が、レイナと再開をした。

 

 久しぶりだと言うのに、レイナが覚えているのはひたすらお尻を触られた事だけ。

 

 どうしてこの男がここに居るのだろうか。またセクハラを働かれる前に、ここで抹殺しておきたい。

 

 「いやーちょっと色々あってな・・・」

 

 ヒゲを剃り、黒いスーツになっている藤原の・・・ニュー藤原の表情はどこか陰りが見える。物憂つげな目つきと何かを決意した男の顔をしている。

 

 「・・・何かあったのですか?」

 「・・・いやここでは喋れないな。今、時間いいか?」

 「私の調べモノの為にここに来たのです・・・あまり時間はありませんが・・・何のお話ですか?」

 

 いつもの藤原とは違う表情をしており、レイナにはそれが少し気になっている。

 

 「・・・俺の部下に逮捕状が出されてよ・・・その事について刑事さんとお話がしたいんだが、どうだい?」

 「!!」

 

 藤原というセクハラ教官の話に、今レイナが走る内容と同じモノを感じ取り、二人はデータベースから少し離れた喫煙所へと向かう事になった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 中央度固化市の公安局は、現在閉鎖状態にある。

 

 原因は昨日ヘルブラッククロスの怪人による襲撃が入ったからだ。

 

 その事を包み隠さず話した藤原の話しに、レイナは険しい表情で話しを聴いていく。

 

 「襲われたのは私達やギンジだけじゃなかったのか・・・?」

 「ん?あのグラサン坊主の事知ってるのか?」

 「・・・まぁ一応」

 

 レイナには刑事以外にももう一つ職業がある。それは退魔師。

 

 世に蔓延る人には太刀打ちできない悪を払う、魔を退ける者。

 

 おそらくだがこの藤原はヘルブラッククロスの事は知っているだろうが、ミドリコの事情の事は知らない筈。なので当面自分の事情については話さないつもりで居た。

 

 「まっさかさー・・・甘白っていう、うちの部下が居るんだけどさ、そいつがなんでか逮捕状出されちまってよ・・・」

 「ぶほっ」

 

 タバコを気怠く吸いながら話す藤原に、レイナは手にしていた栄養ドリンクを吹き出した。まさかこのセクハラおじさんの部下がミドリコだったとは・・・。

 

 「そんでさーあいつ、ヘヴンホワイティネスっていうのやってるんよ。自称正義の味方ね。もうびっくりだよおじさん。なんだってこの街で戦ってきていた甘白ちゃんが逮捕状出されちまうかなぁ・・・」

 「・・・」

 

 これはもう話すべきだろうか。レイナの戦う理由と事情を。

 

 話そうと意を決した瞬間藤原が再び口を開き、レイナの発言を遮られてしまう。

 

 「ヘルブラッククロスもヘヴンホワイティネスも、どっちもどっちだろあんなん・・・守りたいモノの為に頑張るのは結構な事だがよ、おじさんみたいに熱を出しすぎて、何か大切なモン失ってからじゃ遅いんだぜ」

 

 自分の人生経験上での言葉を出すが、藤原はハッとした表情で元に戻す。自分の経験が全て他人と同じでは限らないのに、決めつけがましい事を口走ってしまった。

 

 そもそもミドリコの逮捕状を取り消し、そこに繋がる原因になった柏木タツヤの情報を洗いに来ているのは、その熱があるからなのだから、今のは失言だったと藤原は頭を描く。

 

 「いえ、でも言いたい事は分かります・・・私も実は甘白さんの逮捕状を取り消しに来たんですよ」

 「マジでか。こりゃーいい情報仲間になりそうだね」

 「そうですね。でも触らないでください。変態が感染ります」

 

 隙きあらばお尻を触ろうとする藤原に、レイナが厳しく咎める事で藤原はタバコを灰皿に投げ入れる。

 

 綺麗に入ると藤原はベンチから立ち上がり、レイナに詰め寄る。

 

 間近で見ればヒゲの剃り残しが見える顎が目に入り、レイナは怪訝な表情と嫌悪感が同時に出てくる。

 

 「なんでお前は甘白の逮捕状の事を知っているんだ?それと、ヘルブラッククロスの事も知っているみたいだが」

 

 先程のちょけた感じは一切なくなり、藤原の貫禄ある言葉にレイナは息を飲みそうになる。

 

 「・・・ッ」

 「普通の警察なら知っている名前でも、あの中身を【知っている】反応を見せたのは間違いじゃなかったか?」

 

 それに付け加えてギンジの名前を出したのも失敗だったかもしれない。公安警察としての情報心理を利用したやりかたを身にしみた所で、藤原はレイナから離れる。

 

 「なーんてな!ビビった?」

 「・・・?」

 

 にこやかなセクハラおじさんの表情に戻り、藤原が脅かしに対してせせら笑う。

 

 「ヘルブラッククロスやヘヴンホワイティネスを知っていても不思議じゃねぇだろうな。何せ、あのグラサン坊主の事を知ってるんだ。神宮のガキの事も、宮寺っていうガキの事も知ってるんだろ?」

 「・・・意外とやり手なんですね、藤原さん」

 「カッカッカ!これでも公安警察なんでな!」

 

 ここまで離せば次はレイナの番だ。本筋はミドリコの所ではない、藤原が何を調べていたか、だ。

 

 「・・・藤原さんは、どうしてここに?ここで何をしていたのですか?」

 

 レイナの質問を聞き入れると、藤原は二本目のタバコに火をつける。

 

 「・・・ヘルブラッククロスっていうのには、それぞれ階級があるみたいでな、ほら警察でいう巡査、警部補とかさ」

 

 煙を吐き出して藤原は話を続ける。

 

 「上に行けば行くほど実行権限とかある・・・ってのはおじさんの妄想だけど、実際あんな怪人とか兵器を造る奴らだ、何かしらあんだろ」

 「・・・」

 「でな、おじさんの調べでは、っていうか昨日発覚した事だが、おじさん達中央の公安局に、ヘルブラッククロスと内通している太ぇ輩がいるんだわ。名前を柏木タツヤ。名前ぐらい聴いた事あんだろ?」

 

 柏木タツヤ・・・その名前を聴いてレイナは過去何度か度固化市の警察組合において表彰されているその人物を思い出す。

 

 真面目で警察官の鏡とまで言われているあの男だ。

 

 しかしあまり記憶に無いので今は流す事にする。

 

 「そいつがもう10年以上ヘルブラッククロスと内通している事が、なんとなくだけど繋がっちまった」

 

 藤原がデータベースで吸い上げた情報をこまめに思い出して行く。

 

 2012年、柏木タツヤ25歳。

 

 ・中央度固化市で勢力を拡大しつつある組織を追いかける為に公安警察に転勤。

 

 2013年

 

 ・山吹イロに捜査の腕を買われ、組織犯罪対策科第一班に所属開始。

 

 同年、ヘルブラッククロスの動きの一つ、略奪任務というモノと衝突。

 

 同年、公安内発砲事件のおり、藤原と共に一人の死者を出しながらも犯人逮捕に尽力した。

 

 「この事件は・・・まぁいずれ細かく話す機会があれば、おじさんが話すぜ・・・」

 

 2014年

 

 ・山吹イロと共にその情報を細かく探している。同年、検挙率全国1位となり表彰。

 

 2015年

 

 ・事あるごとに巨大な犯罪組織を撲滅、そのツテで武器を所持を公安内で行い、改造したり合法の下武器の販売を行っていた。

 

 「おじさんとしてはこの2015年が怪しいと見ているぜ。13年、14年にはきっとヘルブラッククロスと本格的に繋がりを持ったと睨んでる。詳しい事はやっぱりわからんけど、あいつが武器を作り始めたり弾丸の安く仕入れている所とかも、今になってみればかなり・・・」

 

 藤原が深く考えながら自分の調べた内容をレイナに伝えて行く。

 

 2016年

 

 ・公安警察として相変わらず検挙率は全国個人でトップ。

 

 同年、格闘術も強くなり全国警察官特殊警棒術総合ランキングでは2位(1位は小鳥遊アキラ)

 

 2017年

 

 ・単独行動が増えたが、やはり公安警察。動向を捉える事が難しくなってきた。

 

 それでも出勤時は武器の改造や特殊な弾丸を作成。  

   

 2018年

 

 以下、2021年まで同上。

 

 2022年

 

 無断欠勤が増えた。

 

 8月26日、甘白ミドリコが組織犯罪への加入をしたと判断し、緊急で逮捕状を出した。

 

 その後の消息は不明。

 

 「ここまでがおじさんの記憶した内容だ。何か質問はあるか?」

 

 藤原がここまで話すのは、レイナを信用しての事だろう。ミドリコの逮捕状を出したのは柏木タツヤであり、おそらくそれはヘルブラッククロスに取ってヘヴンホワイティネスが目の上のたんこぶ状態だから。

 

 更に言えばヘヴンホワイティネスのメンバーとして名前も顔も割れているのが甘白ミドリコだけだからだろう。

 

 組織犯罪の撲滅を謳っておきながら、本当はヘヴンホワイティネスを壊滅に追い込む事が目的・・・。

 

 「とても有力な情報提供、ありがとうございます。私としても出来る事がたくさん増えた気がしますし、それに何よりも・・・」

 

 レイナが藤原を真面目に見つめる。

 

 「ちゃんと警察として動いているのを久しぶりに見た気がしますよ、藤原さん」

 

 いつもがセクハラばかりの印象しか無く、拳銃の教官時代の方が記憶に新しいのだが、レイナは藤原を尊敬自体はしている様だった。

 

 「さて、私もそろそろ情報を探さないと・・・」

 

 この数時間後に、レイナは甘白ミドリコの逮捕状の取り消しを達成し、変わりに柏木タツヤを逆に逮捕すると言う手配までやってこなした。

 

 ヘルブラッククロスを壊滅する戦いの為に、レイナはもう一つ決意する。

 

 まだ自分の戦いは完全に終わっていない、ならばギンジの為にもう一回戦わないと行けない。

 

 そうしなければ本当の意味での平和が帰って来ないと、そう確信したからだ。

 

 警察だけでは太刀打ち出来ないこの戦いに、特殊能力を持ったレイナの決意と覚悟は、これからの戦いに赴く彼女をより強くした。

 

 「ところでおじさん帰る場所ないの・・・今日だけは熊沢の家に泊めてくんない?いや本当何もしないから」

 「いいですよ」

 「マジ!???!!!?」

 「はい。その代わり、100を超える子供達の相手をしてくださいね」

 

 レイナと藤原が当初の目的を終えた事で、二人は真夏の昼間から夕方に変わろうとする美しい空の下を歩いていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 水滴の落ちる音がした。

 

 その音が鳴る事で、音が幾重にも連なって反響していく。やがて音が遠くまで通って、聞こえなくなるとまた一つの水滴が落ちてくる。

 

 一度に落ちるのは一つだけではなく、何個かが同時に落ちる時もある。

 

 「く・・・ふふ、ふ」

 

 シルバーのシンクにお湯を一杯溜めた、お風呂の様な箱には小さな少女が湯船みたいに寝かされ、頭だけは外に、ソレ以外は全て肩から下は暖かく気持ち良い温度のお湯に入れられていた。

 

 黒みがかったセーラー服はそのままに、折られた指もそのままに、痛みが無いようにその身体を湯船に入れられていた。

 

 「はーいドクター♡お湯加減かいっかが〜♡」

 

 すりガラスの向こう側で、妖艶なシルエットを覗かせる女性。

 

 昨晩何者かに敗北をしてアジトに戻ってきたようだが、能力をタツヤに買われてここに居る彼女は、ミヤコの入る湯船にひたすら粘液を流し込んでいた。

 

 管を通してぶりゅぶりゅと出てくる粘液は、神経毒。固形の粘液がミヤコのお腹に乗っかると、でろんでろんの粘液がお湯に混ざり合いながらミヤコの身体をピリピリと焼いていく感覚が残っていく。

 

 しかしながら精神力が強いのか、ミヤコは全身に走るむず痒い感覚と、恍惚になりそうな感覚2つを残しながらも、気丈に振る舞っている。

 

 「くっふ・・・♡こ、んなの、別に、なんでもないね」

 「強がっちゃってまー♡常人ならとっくに起きてこれない量を投与しているのに・・・♡もしかして気持ちよくない♡?」

 

 湯船の中で身体がピクリと反応してしまう。溶けきらない固形の粘液が脚の間をぬるりとすり抜けるだけで、気をやってしまいそうになる。

 

 背中に張り付いた髪の毛が粘液と共にうなじに擦れるだけで、声を上げそうになる。

 

 でもどんな事をされても泣かないし声も出さない。

 

 どれだけ辛くても、こんな事で陵辱されたと認めてしまえば、ギンジに合わせる顔が無くなってしまいそうで悔しいからだ。

 

 「ドクターミヤコ陵辱プロジェクト♡流石柏木様は考える事が秀逸ですわ♡おら、いい加減気持ち良いって認めろ♡メロン泥棒♡」

 「〜〜ッ♡おこと、わりぃい・・・!」

 

 ズルリと胸の周りに粘液が回る。くすぐったい感じと、今感じてしまった悔しさが両方押し寄せてくる。

 

 ミヤコはいうなれば半分怪人であり、半分人間。粘液の効果が出やすいのにも納得が行ってしまう。

 

 「わたしは、ギンジ君としか・・・気持ちよくないから、くふふ、ざ、残念でした・・・っは、ハァ・・・」

 

 またギンジという男の名前が出て来た。

 

 「ふーん♡それじゃあ、ギンジ君とやらがここに来たら、折れてくれるのかしら♡」

 

 すりガラス越しの怪人は、ミヤコを煽る様に言葉を放つ。

 

 「無理だね・・・ギンジ君は、君なんかより1億%強いから」

 

 しかし予想外の答えばかりを返すミヤコに、すりガラスの向こう側から悔しさがにじみ出ている。 

 

 「楽しみねぇ♡その子、ドクターミヤコの想い人なんでしょぉ♡」

 

 すりガラス越しの怪人、女王ナメクジの怪人がイタズラな笑みを浮かべているのが、見えていなくてもミヤコには解ってしまった。

 

 「私がその子を捕まえて♡目の前で快楽に溺れさせてあげる♡」

 「フゥン?無理だと思うよ?」

 「どうして♡男なんて皆・・・」

 

 女王ナメクジの怪人に最後まで言わさせずに、ミヤコは更に煽り返す様な口調で言葉を投げた。

 

 「わたしの造った最強の怪人だから・・・パープルの雑魚が生んだ君みたいな品性の無い怪人じゃぁ、絶対に・・・無理ぃぃい♡」

 

 鎖骨に粘液が浸されると気持ちよくなってしまう。

 

 全部ギンジに触ってもらえた事の無い所で、そこには悔しさが色濃く出てきたしまったような恐怖感も混ざっていた。

 

 そんな情けない声を出しながらも、ミヤコは身体に降り注ぐ未知の快感に必死に抵抗している。

 

 「どうせ勝つのは柏木様よ♡そこでせいぜいよがってなさい・・・」

 「くふふ、ふふ・・・勝つのはギンジ君だけ。ソレ以外の勝利はありえないので・・・くふふ」

 

 最後の最後までムカつく返ししかしてこないミヤコに、女王ナメクジの怪人はソレ以上何も言わない。

 

 そこから姿を消してミヤコは本当の意味で一人になる。

 

 強気に振る舞っては見たモノの、なんとかして拘束を解いて粘液風呂から出ないと本当にどうにかなってしまいそうだ。ギンジ君の事しか考えられなくなって、暴走でもしてしまうのでは無いかと思ってしまう。

 

 「くふふふ・・・紫、良い怪人を造ったね」

 

 あんな怪人は男性にしか造れないだろう。

 

 かつての部下の容赦の無い怪人に、ミヤコは感激さえしていた。

 

 ミヤコが襲いくる快感に身悶えしながらも、この浴槽の中でまた一つ水滴が落ちた。

 

 身体に張り付いたセーラー服がまた気持ち悪い。

 

 でもこれも全ては後で確実にギンジに救出して貰ったら、数百倍の気持ちよさに変わるのだろう。

 

 そうなる事を期待しながら、ミヤコは並々ならぬ精神力で、この粘液風呂による地獄を耐えて見せるのであった。

 

 (待ってるよ、ギンジ君。必ず来てくれるって信じてるよ。あと大好きだよ・・・本当に好き、大好き、だいすき、だいすき・・・)

 

 そう念じていればなんとなく快楽が和らいで行く様な気がして、ミヤコはギンジ愛に溢れた瞑想を繰り返すのであった。

 

 

続く

 

 

 




おつかれ様です。

どうしよう、こんなにキラーエリート編引っ張るつもりなかったから、あとがきに書くことないぞ、どうしよう!

アトラクションはパスタが好きです(苦し紛れ)

あ、一個まともなモノがあった

警察関連の単語や組織情報等があったりしますが、この作品はフィクションです。決して本物の警察と同じに見ないでください。
また本物とこの作品の警察情報関連はたまたま同じモノがあっても繋がりや関係性は一切ありません。

よし!これで良いじゃろう!

キャラネタ書きます
 
ニュー藤原さん
黒いスーツに変わったセクハラおじさん。ヒゲの剃り残しがある。
奥さんはセクハラで堕とした。
本名?いつか出る
神宮カエデの父親、ソウジロウとは同級生。顔なじみ程度ではあるが、カエデの事を神宮のガキ呼ばわりである。カエデ本人の前ではそれを隠している。

熊沢レイナ
警察の拳銃訓練での教官であった藤原との再開には驚いた。
ちゃんと警察している藤原は尊敬出来るが、セクハラばかり働いているおじさんは死刑。

山吹イロ
イロって変換した後○○色のって入力したい時、イロのせいで邪魔になる。ご退場願おうか!
・・・え?その予定は無い?最終話まで生き残る・・・?はい・・・

月島ルカ
子供っていいなぁ・・・でも僕は結婚出来るかわからないしなぁ・・・
いや、ギンジとは結婚しない・・・ぞ・・・

如月ナルミ
詳しい詳細は退魔教会編キャラネタで。
今現在命令権がレイナにある為、今も退魔師として活動自体は出来ている。

磯上ミツキ
神への信仰を絶対としているシスターであり、カエルム教会の教皇。
退魔師では無いが、退魔教会の裏方で働いている。
生涯独身。愛を伝える立場であり、自分には神への信仰だけで良いというストイックな信者。それとは別に宗教団体は大嫌い。前ダイナマイトを投げ込んでお縄に付いた事もある。それでいいのか教皇・・・

鈴村ミヤコ
ギンジ君大好き。本当に愛してる。きっと次顔を見たら好きが爆発して押し倒す。え?貞操?ギンジ君との不貞?働いてないよ???寝込みは襲ってるけど寝てるだけだし・・・?
現在粘液風呂で追い詰められている。

女王ナメクジの怪人
出ました変態快楽至上主義!!
語尾に♡をつけるキャラ。
現在26日。魔法界編最後のキャラネタにおいて、28日を過ぎても生きているので、キラーエリート編で唯一死なないキラーエリート。

そもそも銃、超性欲、ドクターの怪人は死ぬのか・・・?

・・・

次回はレイナvs超性欲の怪人、勃発!
一方カエルム教会では、銃の怪人が再び現れ・・・!
な回です。オーク怪人の敗北の真相はもう少しまってね。

それではまた次回!

運営に怒られないか心配になるぜ、女王ナメクジの怪人さんよぉ!


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73・キラーエリート・6

こんにちはアトラクションです

毎度拙いながらもこのお話も70話突破しておりましたね。
最近はことごとくゲームに時間取られたり、睡眠に時間を取られたりしておりますが、執筆も続けておりますよ!
むしろゲームする時間の方が少ないモノでね・・・

ではでは、73話!はーじまるよー


 

 自分の存在意義を見出そうと、毛の怪人は自分の毛むくじゃらの身体を姿見に写して見てみる。

 

 どこからどうみても素敵な怪人の身体であり、この毛一本一本が自分の操る武器となりまた能力ともなっている。

 

 素晴らしいと思える。この身体から溢れる底の見えない男性フェロモン、男としての素晴らしい身体。

 

 そして赤いふんどしにはヘルブラッククロスの怪人の瞳のマーク。

 

 この赤いふんどしのおかげで自分の自身を強く持つ事が出来る。

 

 毛の怪人は自分でも抑えきれない程の性欲を持っている。旺盛なその欲は、今すぐにでも女性を抱きしめて全てをめちゃくちゃにしたおいとさえ思っている。

 

 っというより毛の怪人の後ろには、無数のベッドが敷かれており、一台ずつ一人の女性戦闘員や、誘拐した女性達があられもない姿で倒れている。

 

 誰一人として抵抗を許さず、この毛の怪人によって抱かれた。

 

 誰一人としてそれを受け入れるしか無く、受け入れないという選択肢を持たなかった。

 

 それらの人間全てを味わい、堪能した毛の怪人にはまだ足りない、これでは満足しないと、フラストレーションが溜まっていく一方だった。

 

 (己はもっと・・・抵抗するオンナを抱きたいのだ・・・)

 

 いくら抱いても飽きる事は無いが、それでももっと違う味を楽しみたい。

 

 抵抗や嫌悪感で一杯のオンナを、自分の身体で制圧したい。屈服させたい、分からせたい、征服したい。

 

 全てのオンナは自分に抱かれるのが正解であり、これから先の力が支配する世界においての基準の一つになるのだ。

 

 毛の怪人が姿見から離れると、呼吸荒く気絶する女性戦闘員を見つける。何番目に抱いたのか解らないが、このオンナの味はとても美味なるモノだったのを覚えている。

 

 次はもっと優しくしてやろう。

 

 そう思いを乗せた毛の怪人は一本の鼻毛を抜くと、鋭く尖らせる。

 

 長剣の様に太く長く硬く伸びた鼻毛を、女性戦闘員の喉元にその先端を向ける。

 

 そして静かに突き刺すと、女性戦闘員は眠りに付いたまま、その生涯に終わりを告げた。

 

 静かに、そしてとても簡単に命を失った死体を、胸に抱きかかえると血液が毛だらけの背中に垂れてくる。

 

 その血がしたたる感覚をもオンナを味わう事の一つとして、毛の怪人は自分の欲求を一つ解消した気分になった。

 

 (・・・リコニス女史も良さそうだ・・・いつか味わいたいモノだ)

 

 己の私利私欲でしか無いが、毛の怪人は大幹部であるリコニスを抱きしめたいと思っていた所でもあった。

 

 あの狂人と熱い一夜を過ごせれば、きっと大きな欲望を発散できるだろう。

 

 今はそう出来なくても、自分ならば・・・必ず出来ると信じて毛の怪人は、自らを超性欲の怪人と名乗りながら、ドクターパープルの研究室へと脚を踏み入れた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 カエルム教会の昼はとても穏やかで、あれだけ騒がしかった子どもたちの喧騒は今は聞こえない。

 

 月島ルカと天体アキハは教会の裏にある小さな庭、そこの縁側に座って真夏を堪能していた。聖なる雰囲気とはかけ離れているが、この和のテイストを残しつつ、生活感のある空間でルカは退魔教会のお手伝いを終わらせて、ここで休息を取っていた。

 

 小鳥のさえずりとセミの鳴き声、そして風に揺れる木々の擦れる音が心地よく、暑さを気にしないならここで眠れそうだとルカはだらけてしまいそうになる。

 

 「あー・・・昨日の激しい戦闘が嘘のようだよ」

 

 昨晩は怪人四天王の座を狙おうとする、蜘蛛の怪人、そして鋼の怪人との撃退や、銃の怪人との戦闘が行われた。

 

 正直これだけ戦闘が続いていたら、自分一人では抑えきれなかったとも思う。

 

 本当に熊沢レイナが居てくれて良かったと、心の底から思う。彼女が居なければイロという公安の人も、自分の命も、ギンジ達の帰るこの街を守れなかったのではないかかと、悪い方向に事が運ぶ事も想像してしまう。

 

 「もっと強くなったって・・・思ってたんだけどな」

 

 サン・アンフェールとの戦いにおいて、自分一人だけの戦いになり、どれだけ絶望的な状況であっても、悪に屈しない為に今より強くならないと行けないと自覚していた。

 

 ギンジ達との介入によって、それは実現出来たと思っていたのだが、そんな自分の自信を打ち砕く様に現れるヘルブラッククロスの怪人達。

 

 銃の怪人という異様なタフネスを誇る怪人や、圧倒的な防御力を持つ鋼の怪人の存在。

 

 考えれば考える程、ヘルブラッククロスの造りだす怪人は、底が見えない実力を秘めている。それはあの佐久間ギンジも同じなのだが。

 

 「・・・」

 

 ふと、ルカはギンジが今何をしているのかを考えてしまう。 

 

 ヘヴンホワイティネスと同じぐらいの、大きな恩義のあるあの魔法使いの少女・・・小町サクラの故郷とやらのピンチの救援に駆けつけに向かったギンジ。

 

 そんなギンジが今何をしていて、もしかしたら辛い状況に陥っているのでは無いかとルカは要らない心配をしてしまう。もちろん心配なのはギンジだけではなく、カエデもレンもミドリコもケイタも・・・。

 

 同じ正義の志を持つ彼らが今ここに居ない事、そしてそんな彼らが今どんな状況なのか、そんな事ばかりをここ数分で考えては消して、消しては考えてを繰り返してしまっている。

 

 教会には似つかわしくないと言えば言葉は悪いが、季節合わせた水玉模様の風鈴が、ルカの頭上で鳴ることでほんの少し冷静になる。

 

 真夏の照り返す熱気と、顔を撫でる土臭さを混ぜた風。その風が今この一瞬だけの平穏は、仮初の平和だと言う事をルカに突きつける。

 

 (・・・ルカ、もしかしたら)

 

 アキハは風に煽られながらも、この夏の空気の中に不穏なモノを感じ取った様子で、ふわふわとルカの眼の前を漂っている。

 

 くるりと姿を翻すと、すぐにルカの心の中に戻る。

 

 「・・・何か来たのかな?」 

 (多分・・・怪人よ)

 

 ヘルブラッククロスがここにまで襲撃に来たのだろうか。

 

 ここは恩人でもあるレイナの家も同然。安静にしていないと行けないイロや、教皇として女神像に祈りを捧げるミツキ、そして教会に住む子供達。

 

 そしてこの庭には、正義のヒーロー・ムーン・パラディース。

 

 集中する事で、やがて風の音や小鳥のさえずり、木々の音を無くして行く。正確にはその音が耳に入らない程、敵の存在に神経を張り巡らせていく。

 

 セミの鳴き声だけがより強く聞こえていたが、やがてそれも耳に入らなくなる。

 

 (・・・こっちよ、アタシの勘だけど)

 

 アキハが木で造られた様な、けれど自然が生み出した様にも見える天然の洞窟に指を指す。

 

 相手がヘルブラッククロスの怪人ならば、ここに居るルカにおいては・・・撃退、もしくは撃破をするべきだ。

 

 覚悟ならとうにしてきて居る。ギンジ達のために、そしてここに泊めてくれたレイナの恩義に報いる為にも、ルカは意を決してこの自然の洞窟に向かう。

 

 腰を曲げながらこの洞窟を進み、真夏の蒸す様な暑さに堪える。

 

 枝が突き出て、葉が落ちていて、そして蜘蛛の巣が貼られていて、それでも進みづらいが、それでもルカは進む事を諦めない。

 

 少しだけ広い空洞まで到達する事で、ようやく曲げた腰を伸ばせる。

 

 「すごいな・・・」

 

 視界に広がるのは木々で覆われたドームの様な場所。

 

 ほんの少し涼しく、そしてなんと言うか臭い。

 

 この臭さは覚えがある。人の匂いだ。

 

 「・・・」

 

 ルカとアキハが心を通わせてみる。もしかしたらここに誰か生前居たのかもしれない。言うなれば土に埋もれた死体の臭いを感じ取っていた。

 

 嗅覚ではこんなに解るのに、教会には届かないのはこの自然のドームが遮っていたからだろう。

 

 「・・・!」

 

 ルカが視界に捉えたのは人の影。

 

 黒い装甲に身を包んだ、昨日倒した筈のあの怪人がここにまで脚を踏み入れていた。

 

 「おおお!?ギャーハッハッハ!見つけたぜ」

 「お前は!」

 

 けたたましい高笑いをしながら、骨と思わしき何かを踏み潰した男が、ルカを見つけるなりいやらしい笑みを浮かばせる。

 

 「匂いをたどって正解だったぜ!くっせー死体の香りもしていたけどよぉ、まさかこんな所でムーン・パラディースに会えるとは思わなかったぜ」

 (呆れた生命力ね・・・)

 

 現れたのは銃の怪人。

 

 ヘルブラッククロスの怪人キラーエリートを自称する怪人が、レイナの住処であるカエルム教会にまで進撃してきたのだ。

 

 「馬鹿な!昨日倒したはずなのに!」

 「おっ、その顔かわいい〜!じゃ、さっさと結婚しようや」

 

 まるで祝砲とでも言うのが正しいのか、銃の怪人は頭上の木漏れ日の差し込む木のドームを撃ち抜いた。

 

 右手の機関銃から煙が出ると、それをルカに向ける。

 

 「お断りだと!」

 

 深緑をイメージしたカラーリングのスーツに変身する。小さなマントが肩から翻ると、それは月齢を表示するかの様な模様が浮き出ている。

 

 「何度も!」

 

 次に満月の様な聖なる光を宿した大盾が召喚され、ルカの右腕の装着される。回転させながら地面に突き刺すと、そのまま土をえぐりながら銃の怪人へと突きこんで行く。

 

 「言っているだろう!!」

 

 今度は顔面を完璧に捉えた体当たり。だが銃の怪人はそんな簡単に人を撥ね飛ばす様な一撃に対して、胸を張って受け止める。

 

 全身に重苦しい衝撃が叩き込まれ、骨身を震わす大衝撃まで走っているのに、銃の怪人はモノともしていない。

 

 「がふっ・・・効くぅ・・・」

 (ルカ、気をつけて!この怪人変態よ!)

 「僕もそれは薄々感づいていたよ!」

 

 聖カエルム教会・自然ドームの戦い

 

 ムーン・パラディース・月島ルカ

 

       vs

 

 ヘルブラッククロス・銃の怪人

 

 銃弾を弾く月の盾の音が、ドームに響いた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「おいおいなんだいありゃあ」

 

 車を運転する藤原が、ガラス越しに見える奇抜な格好の存在に、怪訝な表情を見せている。

 

 この車は現在聖カエルム教会へと進んでいた。すべき事を終えたレイナと藤原は、今夜だけ藤原の泊まる所を提供する為、藤原が運転させられていたのだが・・・。

 

 東度固化市に戻る傍ら藤原の車から見える位置、歩道には赤いふんどしの毛むくじゃらの大男がアフロを汗で汚しながら、こちらを見つめているのだ。

 

 藤原にもレイナにも普段ならば職質をする様な存在だが、この男には普通の人間には無い異様な雰囲気とある特徴を持っていた。

 

 それは瞳。

 

 レイナも藤原も見たことのある、怪人の瞳。

 

 「ありゃあ」

 「怪人、ですね」

 

 つい昨日、レイナも藤原も対面したあの怪人の瞳だ。

 

 「さっきからこっち見てるぞ。無視してみるか?」

 「脚を触らないでください。無視してみましょうか」

 

 言うと車はすぐにその赤いふんどし男を無視してみようと、エンジンを蒸かし始める。

 

 「うおっ!?」

 

 バス・・・っという音が鳴った。その音と同時に、車は後方がコンクリートにくっつき、ガリガリと耳障りでうるさい音が車内に響き渡る。

 

 「まったく、昨日と言い今日と言い、なんで警察車両はこうやって攻撃されるんだ!」

 

 車が人通りの少ない所に止められると、レイナも藤原もドアを開けて車道に出る。

 

 するとあのふんどし男が、剛毛を纏う腕をふんどしに入れ込み、なにやらモゾモゾと、その手を動かしている。

 

 「公然猥褻だぞ!」

 

 レイナが注意をするが、赤いふんどしの怪人はその手を止めない。

 

 そしてその手をふんどしから取り出すと、その手に指に挟み込む様にして取り出したのは、一枚の写真。

 

 「己はコウゼンワイセツなんて名前じゃない」

 

 赤いふんどしの怪人は藤原にその写真を見せつける。

 

 「げげげ!」

 

 藤原が狼狽した。その写真は昨日も女王ナメクジの怪人によって見せられた、自分の写真だったからだ。

 

 「貴様がフジワラだな?貴様に罪は無いが・・・」

 

 警戒を解かない姿勢で赤いふんどしの怪人が急に黙る。

 

 「(訳あって貴様を殺すのサイン)・・・っという事だ」

 「いやどういう事ぉ!?」

 

 言うが早いか、赤いふんどしの怪人が一本の毛を使い、藤原の心臓めがけて伸ばすが、レイナが破邪の剣でそれを斬り崩す。

 

 「へ?おいおい熊沢、なんだよその姿」

 

 レイナの今の姿は銀色の修道服。虹色に輝く剣は鞭の様にしなりながらも、抜群の切れ味を残して輝いている。

 

 藤原が何故狙われているのかは解らないが、レイナは緊急事態と称して急遽変身したのだ。退魔師としての本当の姿をここで出したのだ。

 

 「説明は後です!藤原さんは、離れていてください!」

 「オンナには手は出させん!来い!」

 

 赤いふんどしの怪人が指を鳴らすと、どこからともなくぞろぞろと戦闘員達も姿を表してくる。

 

 「お、おいおい・・・おじさん人気者だなぁ、照れるな」

 

 黒いパワードスーツに身を包んだ戦闘員達が、藤原とレイナを取り囲み、恐ろしい殺意を二人に向けている。

 

 「自己紹介が遅れたな。我が名は超性欲の怪人!」

 

 アフロを揺らして超性欲の怪人が自己紹介をするが、そこを隙と見てレイナが破邪の剣を飛ばしてくる。

 

 「怪人様!ぐあっ」

 

 戦闘員の一人が超性欲の怪人を守り、その身体が破邪の力によって浄化されていく。

 

 「己はフジワラだけを狙う。お前らはあのオンナを捉えろ。多少痛めつけても構わん」

 「了解!」

 

 戦闘員達が一斉にレイナを取り抑えようとしても、彼女には誰一人として手を触れる事が出来ない。

 

 美しく気高き退魔師に、下劣な悪は触れる事は愚か、近寄る事すら出来ない程、虹の残光が全てを切り崩し、退魔の力のよって浄化されていく。

 

 「なっ・・・予想以上に強いぞ!」

 「もしかして弱いと侮られていたのか?破邪の連鎖剣!」

 

 鎖に繋がれた何本モノ剣が、本当に鞭の様に操るレイナの腕によって、幾重にも連なる巨大な丸鋸になり、戦闘員達を容赦無く打払う。

 

 「これじゃあまるでヘヴンホワイティネスだな。おじさんは危ないから離れてるよぃ!」

 「そうしてください!戦えないなら邪魔なんで!」

 「お言葉に甘えるぜ!」

 

 藤原がレイナの力を見て、ヘヴンホワイティネスのカエデやレンに似ていると思った。まさか彼女までもが戦える力を持っているとは思っていなかったが。

 

 藤原が走って車の影に隠れるのを見逃さず、超性欲の怪人はなおも藤原を狙って攻撃をするが、レイナが立ち塞がった事で、一度攻撃の手を緩める。

 

 「私が相手だ!怪人め!」

 「己は他の怪人と違い容赦しない。他の怪人と違ってアソコも大きいぞ?試してみるか?」

 「ふん。大きさだけが全てではないさ。それに私と相性の合う怪人はこの世にたった一人しか居ないさ」

 「(それが己だと証明してやろうのサイン)・・・行くぞ!」

 

 破邪の剣と鋭い腕毛のブレードがぶつかり合うと、スルリと腕毛を斬られ、レイナが超性欲の怪人に肉薄する。

 

 (早い!そして・・・出来る!)

 

 レイナの能力の腕に関心しながらも、超性欲の怪人へと破邪の剣が振り下ろされた。

 

 (この怪人・・・底知れぬ気迫!ふざけた言動だが、ひょっとすると強いぞ!)

 

 お互いに余裕を保った表情で距離を取ると、車道の真ん中で激突を再度繰り返す。

 

 「藤原さんをどうして狙っているのかは知らないが、お前にあの人は殺らせない!」

 「ヘヴンホワイティネスでも無いのに、人間に与するオンナ、か。いいぞ抱きがいがある!」

 

 再生した腕毛は更に鋭利なブレードとなり、レイナも破邪の剣を更に強度を増して刃と毛刃の鍔迫り合いを開始する。

 

 車道の戦い

 

 退魔警察・レイナ

 

 

   vs

 

 

 ヘルブラッククロス・超性欲の怪人(毛の怪人)

 

 (・・・おじさんの出番ある?これ?)

 

 ありません。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 木が作りあげた天然の洞窟、そこはかつての教皇であった五天・黒天の逃げ道の一つであった。

 

 そんな逃げ道はヘヴンホワイティネスがレイナの過去、そして現実に触れた事、介入によりようやく使われる事になった逃げ道の一つだった。

 

 そこで黒天はヘルブラッククロスへの正式な加入を試みたが、当時の大幹部であったドクターミヤコ、そして柏木タツヤによる裏切りによって、殺害されてしまった。

 

 バラバラにされたその死骸は、死んで尚も魂だけはここに留まり続けた。

 

 そんな魂はいつか反撃、復讐の機会を刻一刻と練り上げては、ここに誰かが来るのを待ち続けていた。

 

 なのに現れたのはヘルブラッククロスの怪人であり、しかも全身に銃を取り付けるというデタラメにも程がある馬鹿げた怪物だった。

 

 しょうがないからコイツに取り憑いて、復讐を企てたのだが・・・。

 

 (こやつ・・・自我が強い!しかも儂と同じ様に、私利私欲の方向がとても・・・!)

 

 操る事は出来ず、乗っ取る事も出来ず。

 

 挙げ句乗り込んだその身体は、人の心を宿しておきながら、とてつもない強大な欲望を秘めていた。

 

 飲まれる。このままでは、せっかく残した退魔の力による延命も、無意味となり飲み込まれて消化されてしまう。

 

 逃げ出さねば。なんとしても。

 

 (くおおお!逃げるのじゃ!ウメミツキも、レイナも、儂のが味わうまで・・・)

 

 ようやく真っ黒な魂が銃の怪人から抜け出す。

 

 (へ?)

 

 黒天が抜け出した先、まだ昼間だと言うのに満月の様なモノ、何かがその月光の輝きを放っており、黒天の本当の意味の最後の景色は美しき月夜に輝く満月そのモノだった。

 

 「ムーン・ドライバー!」

 (はむっかつっ!)

 

 ルカの放った必殺技が見えないその魂ごと、銃の怪人の身体を叩いた。

 

 「いいぜぇ!その痛みがもっと強くしてくれる!」

 

 銃の怪人の黒い装甲とルカの盾に挟まれ、黒い魂が今度こそ消滅した。

 

 これにより人知れず五天による復讐の驚異が去ったのだが、そんな事全く知りもしない銃の怪人とルカは、気にせずに戦闘を続行する。

 

 「怪人銃術!ヘル・バルカリン!」

 

 膝に取り付けられたバルカン砲から、赤黒い弾丸がルカをめがけて解き放たれる。盾で防いで居ても、その細かい衝撃が両手に伝わる。

 

 「怪人銃術!地獄極楽婚姻届(ダブルカルヴァリン)!」

 

 更に両腕の機関銃からの♡の形をしながら、赤黒い弾丸が解き放たれて行く。

 

 (ルカ!攻撃して!)

 「わかってる!」

 

 このままでは防戦一方である。

 

 なんとかして攻撃したいが、今の位置から横に避ければ、もしかしたら教会に届いてしまうかも知れない。こんな怪人によって、教会に居る誰かが怪我をする事だけは、ルカの正義の基準においてそれだけは避けたい事であった。

 

 だから今は防御に徹している。反撃する為に動かないと行けないが。

 

 (ルカ、こうなったらレッドムーンを発動しましょう)

 

 アキハの提案とその意味はきっと、この防御姿勢のまま攻撃出来るからとの事だろうと推測する。

 

 しかし強化状態に入っても、これだけで倒せるとは思えない。

 

 あの怪人はレイナと二人がかりでようやく動きを止めて、そしてなんとか倒した相手だ。

 

 異常な生命力を秘めているのは間違い無いこの強敵に、無策のまま強化状態で挑んでも意味が無い。

 

 「・・・どうしようか」

 

 ルカが奥歯を噛み締めながら銃の怪人の遠距離攻撃に、苛立ちを見せる。

 

 「ギャーハッハッハ!いい加減諦めて結婚しようぜ!」

 

 銃の怪人は未だルカの事を諦めていない様子で、どんどん銃を撃ち込んでくる。

 

 甲高い破裂音を鳴らして行く盾に傷は無くても、このままではいつかブレイクされてしまう。

 

 「結婚!それ結婚!あ、それ結婚!けーーーっこん!」

 

 次第に飽きて来たのか、リズミカルになる銃の怪人の攻撃。それでもルカは今はここを動くべきではないと、そう判断したまま防御の姿勢を崩さない。

 

 (・・・ルカ、良いことを思いついたわ)

 「なんだい?本当に良い事なんだろうね?」

 

 アキハの顔は今は見えないが、なんだか嫌な予感がする。

 

 こういう時のアキハの提案はだいたいルカにとって良い事ではない。

 

 実際サン・アンフェールと戦っている時は、良い様に使われた事を思い出す。

 

 しかしながらそれで上手く事が進んだ事もあるため、一概に全否定はしないが、それでもとてつもなく不安がよぎる。

 

 (一回降伏しましょう。さらに──)

 

 アキハのキリっとした顔つきは、ルカには見えていない。だがなんとなくエアメガネくい!をしているに違いないだろうと、ルカはげんなりする。一応今は命もかかっている大事な局面なのだが・・・。

 

 「ギャーハッハッハ!どうしたどうした!もう終わりかぁ!」

 

 銃の怪人がまだまだ弾丸を撃ってくる。それを盾で防ぎながら、ルカは盾の上部から腕を振り上げる。

 

 (──っていう事よ。もう行動していてアタシは嬉しいわ)

 「・・・気が進まないよぉ」

 

 しょぼんとした顔でルカは戦闘態勢を解いた。それを合図と判断したのか、銃の怪人が銃撃を中止する。

 

 「・・・ぼ、僕たちの敗けだ。降伏する」

 「おっ急に素直になったな」

 (あいつはきっと馬鹿のタイプだから、もしかしたら通用するわ。頑張ってルカ!)

 

 言われた通り降伏した。

 

 次こそが最もルカが気が進まない事を開始する。

 

 (ほ、本当に言わないと駄目か?)

 (大丈夫よ!ほら!アタシの言うとおりに)

 

 ルカが変身したままの姿で、盾を持ったまま銃の怪人へと躙り寄る。

 

 「どうしたぁ?ついに結婚を認めるか?」

 

 銃の怪人が間抜けにも両腕を下ろす。

 

 そして恐れながらも近寄ってくるルカに視線は釘付けになっている。

 

 その視線はルカの小さな胸に向けられており、怪人としてのリビドーが加速していく。

 

 なんて抱き心地の良さそうな身体をしているのだろうか、ムーン・パラディースは。

 

 全てにおいて銃の怪人の好みになっているこのボーイッシュな少女へ、銃の怪人は今すぐ抱きしめてやりたいとさえ思っている。

 

 「・・・〜〜っ」

 

 歯を食いしばりながら、ルカは恥ずかしさを押し殺して銃の怪人に言いたくない言葉を発する。

 

 「あ、貴方の様に強くてかっこよい怪人様に、お、よ、お嫁さんにしていただけるなんて〜・・・こ、コウエイです・・・うぅ、こ、これから貴方の為に、精一杯奉仕させていただきますから、もう攻撃しないでくだ、さい」

 (いいよールカその調子よ)

 (やだ!キモい!キモイキモイキモイ!)

 

 ルカの発言を気にせずアキハは、尚もルカへと応援を送る。本当はこんな事やりたくないのはわかっている、

 

 だけど攻撃するにはこれしか無いのだ。男性には使えなくて、女性ならば成功しやすい作戦。

 

 アキハ命名のハニートラップ(騙し討ち)

 

 本当にこんなの成功するのだろうか。しかし相手は手負いの怪人。

 

 昨日ルカとレイナで思い切り攻撃したのだ。昨日程動けて居ないのはその影響もあるだろう。

 

 「おおおおおっし!ついにムーン・パラディースと結婚だぁぁ!」

 「あ、アハハ、ウレシイデス・・・」

 

 まだだ。まだ耐えろ。そう自分に言い聞かせて、ルカは攻撃のチャンスを伺う。決して殺気を漏らさない様に。

 

 「ぼ、僕の身体に・・・ひどい事しないなら、い、今ここで・・・その、こ、子、ヅクリを・・・」

 「ヒャッハー!いいぜいいぜ!昂ぶって来たぁぁぁ!!」

 

 全身を使って喜びを表現する銃の怪人へ、ルカが今こそ強化状態であるレッドムーンを発動する。

 

 全力でこの怪人を撃破する為に、月島ルカはサン・アンフェールと戦っていたよりも強い憤りと、屈辱的な想いを盾に乗せる。

 

 「なっ!?」

 (今よ、ルカ!最大で決めなさい!)

 

 銃の怪人がルカの姿が昨日と同じ強化状態に入った事で動揺する。

 

 「喰ーらーえっ!」

 

 見た目は少年に見えても身体も心も乙女。8月26日、今日、月島ルカは最大の屈辱を味わった。

 

 正義のヒーローなのに、こんな姑息な手を使わないと勝てない強敵が現れた事に。

 

 「レッドムーン!」

 「おい!ちょっ、待って卑怯だぞ!」

 

 皆既月食の大盾はより高い破壊力を乗せて、銃の怪人の身体の横薙ぎに食い込んでいく。

 

 「吹き飛べぇぇぇぇっ!」

 

 全力で大盾を振り回し、銃の怪人の身体を上空へと舞い上げる。

 

 「赤月・横月面破壊(レッドムーン・アポカリプス)!!!」

 

 更に上空へと赤い月の光線を解き放ち、銃の怪人が天然のドームとなった木の天井へとぶつけられる。

 

 押し込まれる様にして赤い光線が、手負いの銃の怪人の身体を更に突き飛ばして行く。

 

 「ぜったいに・・・嫁にしてや、る・・・」

 『(断・固・拒・否!)!』

 

 ルカとアキハの2つ同時の叫びと同時に、光線が勢いを増す。その光線により銃の怪人はドームを突き抜け遥か上空へと吹き飛ばされた。

 

 「ギャーハッハッハ!覚えてろよぉぉぉぉ・・・・・・」

 

 空の彼方に飛び消えるまでの間で、銃の怪人はルカへ愛の視線を贈り続けながら光となって消えていった。

 

 「呆れた・・・あんな事、まだ言えるのか・・・」

 

 静寂が訪れると、ルカは変身を解いて地面に座り込む。

 

 そして気持ちが落ち着いた瞬間、ルカは泣き出してしまった。

 

 (ちょ、ルカ!)

 「えーん・・・えーん・・・」

 

 流石に気高い精神を持っていようと、ルカはあんな事を言いたく無かったのだ。勝つためとは言え姑息な事もあまり好き好んで使いたがらないルカにとって、今回の戦いは勝利を収めても、プライドが傷つく大変な戦いになってしまった。

 

 (ごめんなさい、あ、でもルカ、大丈夫よ、ギンジが戻ってきたら、彼に甘えましょう!ね?ね?)

 「そういう事じゃないもん!」

 

 ルカは泣き出すと後が長いタイプだ。今回はアキハも悪いとは思っていたが、どうしてもあの銃の怪人に勝つためにはアレしかなかったのだ。

 

 レイナが帰宅するまでの間、ルカの慰めはイロとミツキを混ぜてずっと続いたのであった。

 

  聖カエルム教会・自然ドームの戦い

 

 ムーン・パラディース・月島ルカ

 

       vs

 

 ヘルブラッククロス・銃の怪人

 

 勝者・ムーン・パラディース・月島ルカ

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 真夏の熱く熱されたコンクリートには、無数の毛がばら撒かれていた。無尽蔵に伸び続ける毛を伸ばしては斬られ、レイナはいい加減この怪人の能力に嫌気が指していた。

 

 昨日の銃の怪人然り、どうしてヘルブラッククロスの怪人は女性が嫌悪感を抱きやすい存在が多いのか。

 

 考えても仕方ないが、ひたすら伸びるもじゃもじゃのブレードを斬り崩しながら、レイナは反撃を細かく決めていく。

 

 「ぬっ!この身体に傷をつけるとは・・・やってくれる」

 「貴様もいい加減こんな毛ばっかり散らかすのはやめてもらおうか」

 

 胸毛をトゲの様にして汗だらけの身体で、レイナに抱きつこうとするも、レイナの銀色の修道服の残像すら掴めない。スピードも戦闘力も間違いなくこのオンナの方が上。

 

 そう自覚していた瞬間だった。

 

 (汗臭い・・・)

 

 吹き出る汗をしたたらせるこの怪人の体臭を、戦闘中どうしても鼻についてくる。ふとした呼吸、ふとした移動において、レイナの鼻を都度曲げてくる。

 

 言うなれば悪臭とも言える臭さに、レイナは苦しみだしている。

 

 それともう一つ。

 

 (さっきからなんなのだ・・・?妙に、かゆいと言うか、ムズムズする・・・)

 

 この退魔修道服を付けている場合、環境にはほとんど適応する為、レイナ自身はそこまで汗をかいている訳ではない。

 

 だと言うのに、レイナの身体はじっとりと汗ばみ始めている。その上クラリと頭の中を何かが入り込んでくる、不思議な感覚を味わっている。

 

 (・・・なんだ?何かがおかしい・・・)

 

 レイナの身体に何か異変が起きている。それだけは間違いない。

 

 斬った毛は身体には入り込んでいないし、本体である超性欲の怪人から切り離された毛に能力は適応されていない。

 

 だとすると・・・。

 

 (!?)

 

 カクン、と脚がもつれる。

 

 その隙を捉えた超性欲の怪人が、髭の束でレイナを殴り飛ばす。

 

 (〜〜〜ッ???♡♡???!??)

 

 殴られた箇所と、コンクリートに背中が擦れる事で、その場所から快感が走りだす。

 

 「効いてきたな・・・」

 「いつの間に・・・毒を盛ったのだ?」

 

 痛みと快感が混ざった苦悶の表情を見せながら、レイナはゆっくりと立ち上がる。

 

 体重がかかる事で足にピリピリとした甘い感覚が走り、それがたまらなく心地よくなってきている。

 

 「己の身体から出るフェロモンを体内に入れたであろう?それは・・・(オンナの身体に作用する神経毒だのサイン)・・・偉大なる触手先輩の能力だ・・・」

 

 もうすでに勝ち誇っている様にして、超性欲の怪人は鼻毛を一本抜くとそれをレイピアみたく構えを取り始める。

 

 「・・・そうか、お前はすでに【女】なのか。だから毒の効き目が悪かったのだな」

 「どこまでも下劣なやつだな・・・いいか、この身体も私の事も、自由に触れるのはたった一人の怪人だけだ。お前ごときが触れるなどとは思わない事だな」

 

 減らず口を絶やさないのは、この後何をされるのかをレイナは知っているからだ。かつてゲヘナミレニアムと戦っている時に、初めて敗北した事がある。

 

 人食い花の魔人。そう呼ばれていた魔人との戦いにおいて、敗北し、女性として一生消える事の無い絶望と屈辱を味合わされた事がある。

 

 それは処女を失うと言う過去。レイナにとって一番許せないし、多分普通の女性ならば決して癒える事の無い傷になるだろう。

 

 もう二度と敗けないと誓ったレイナは血の滲む修行を重ね続け、媚毒に対する耐性を一生懸命習得した。

 

 しかしそれでも耐性を抜けてくるこの毒に対して、レイナは油断していた。

 

 「抱いてやる・・・もう我慢するな、オンナ」

 「・・・貴様の様なやつが居るから、この世の女性達は全員恐怖におびえて暮らさないと行けないんだ」

 

 破邪の剣を構える。今度は両手に携え、力強く構える。

 

 「もうお前みたいな奴のせいで、二度と女性が泣かない様に、私がお前を倒す。ここで貴様を討つ!」

 

 レイナの力強い踏み出しに、超性欲の怪人もその気迫に答える。

 

 「快楽に飲まれれば良いモノを・・・(その肉体を崩して、終わりにしてやるのサイン)・・・覚悟しろ」

 

 鼻毛突剣を突き出して超性欲の怪人がレイナの顔面を捉える。

 

 しかしレイナはその攻撃を軽く避けると、破邪の双剣を×の字に交差して、虹色の斬撃波を撃ち出す。

 

 「軽く避けるな・・・」

 

 虹色の交差斬撃を鼻毛突剣で防ぐと、レイナが更に大技を展開する。

 

 ゲヘナミレニアムに泣かされる女性も、ヘルブラッククロスに明かされる女性も、そして自分が守りたいヘヴンホワイティネス達が帰還した時、彼らが悔しい思いをするのもゴメンだ。

 

 もう誰も泣かせたりなんかしない。自分が泣くのも・・・悪によって良い様に泣き寝入りをしなければいけないのだけは本当に許せないのだ。

 

 そんなレイナの覚悟の剣が、アスファルトを削りながら打ち出される。虹の巨大な剣がその刃をむき出しにして、超性欲の怪人へと突きこまれた。

 

 「破魔の・・・!」

 

 両手で剣を押し込み、破邪の剣を更に斬りつける様にして、その巨大な虹色の剣を叩き出す。

 

 「崩剣!!」

 「己には通用しない・・・!」

 

 口から墨を噴射して斬撃波を抑え、次はアフロを大きなブロックに変えて防御に転じる。

 

 「しまった・・・これでは敵が見えない・・・」

 「これで終わりだ、ヘルブラッククロス!」

 

 アフロで守られて居ないのは、超性欲の怪人の上空。

 

 銀色の修道服をなびかせながら、退魔警察レイナは超性欲の怪人を捉えた。

 

 「破魔の・・・!」

 「ま、待て!」

 「豪雨剣!」

 

 無数の剣が降り注ぐ様にして、超性欲の怪人を切り刻んで行く。虹色の輝きは一つに集まり続ける事で、大きな虹の結晶を作り上げる。

 

 「ぐっ・・・おおおお!」

 

 超性欲の怪人も負けじと叫ぶがもう遅い。覚悟を決めた大人の女性に、超性欲の怪人はもう負けている。

 

 「破魔の・・・!」

 

 空中でレイナが思い切りの良い次の技を発動する。

 

 「己は・・・怪人キラーエリートなんだぞ!負けてたまるかぁ!」

 「斬・魔・断・剣!」

 

 召喚されたのはひと振りの虹の剣。その形はバスターソードの如く大きく、西洋の剣を連想させる大きな刃で叩き潰す感覚である。

 

 「終わりだぁぁぁッ!」

 

 アフロの壁ごと超性欲の怪人を斬り崩し、最後に退魔の札で超性欲の怪人を爆撃していく。悪を完璧に滅ぼす為に、レイナの怒りの一撃、ニ撃・・・そして。

 

 「破魔の崩剣!」

 

 三撃目が炸裂して、超性欲の怪人は空の彼方へと吹き飛ばされた。

 

 身体に突き刺さった破魔の剣には、爆破の札もついており・・・。

 

 「・・・(己が負けるとは!?のサイン)」

 

 空中で爆散し、超性欲の怪人はここに滅びた・・・。

 

 「怪人が勝つのも、私の身体を抱きしめられるのも、佐久間ギンジ以外には無い事だと、あの世で反省会でも開くんだな!!」

 

 レイナの叫びが夕方になりつつある車道に響き渡った。

 

 車道の戦い

 

 退魔警察・レイナ

 

     vs

 

 ヘルブラッククロス・超性欲の怪人(毛の怪人)

 

 勝者・熊沢レイナ 

 

 「二度と私の前に姿を表すな、俗物!」

 

 怒りを孕んだレイナの声は、影で見ていた藤原でさえも震え上がる程だった。

 

 (あいつにセクハラすると昇天させられそうだ。くわばらくわばら)

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 現在の日付は8月26日、午後16時を回る頃。

 

 ドクターパープルの研究所において、ドクターの怪人は自分の存在とそのあり方に気づいた様子で、ずっと書物を読み漁っていた。

 

 その書物は全てドクターミヤコ・・・つまり自分の母親が書き記した最強の怪人についての研究日誌だ。 

 

 内容においてはほとんど進化の怪人という存在における、日々の観察日記に等しい内容でもある。

 

 しかし・・・ドクターの怪人はミヤコにもギンジにも似た顔で、肩を震わせている。

 

 あのオーク怪人が言っていた事は本当だったのだ。

 

 自分は正真正銘、母親と父親が居る。

 

 その母親は間違いなくドクターミヤコ。

 

 その父親は間違いなく進化の怪人。

 

 人間と怪人の勾配において子を孕む事はほとんど稀である。

 

 しかしながらドクターミヤコは怪人を造るにあたって必要な材料である、処女の生き血を自らの身体から常に提供していた・・・つまりこの両親からは厳密に生まれては居ないと言う事になる。

 

 だけど、それでもドクターの怪人には確信があった。自分は間違いなくこの両名から産まれた怪人であると。

 

 そう身体の中に生きている怪人の細胞達が、ドクターの怪人に告げていた様な気がしていた。

 

 ザワザワと身体の中が騒がしくなるのを感じる。まるで自分のルーツを知って、血が騒ぐかのよう。

 

 ウズウズと自分の抑えられない気持ちがありふれてくる。さながら自分の産まれた理由を知った様子で、長い黒髪がより艶を増していく。

 

 炎が、雷が、触手が、毒が、龍が、砂が、全てが自分の心を揺らして、動かしていく様な気がした。

 

 「くっふふふ・・・そうだ、そういう事なんだね、ママ、パパ」

 

 読んだ書物はくたびれて、所々かすれているボロい紙の束、それらを握りしめてドクターの怪人は自らの使命を見つけ出す。

 

 見つけ出した形の無い使命を、その両手に手繰り寄せて胸の中にしまうようにして、薄暗い研究室の中で一人の怪人が真名を造り出す。

 

 「俺は進化の怪人でも無く、ドクターの怪人でもなく、ママとパパを護る為の怪人・・・こう名付けようかな」

 

 全てが恐れ慄き、全てが自分の家族を賛え、この世界の生態系のトップに君臨する怪人。

 

 祝福の怪人、進化の怪人に似た笑顔、そして自らを産み出す原因となったまだ見ぬ母親の顔で、祝福の怪人は大きく決意する。

 

 自分こそがこの世界の力を支配し、より正しい方向へと導き、全てを支配する力を誇示する為に、動き出した。

 

 闇の中で地獄は広がり、しかし一筋の希望と決めつけた、歪な形の歯車が重なり、大きくその動きを変えて行った・・・。

 

 「必ず俺が見つけ出して・・・全てを変えてあげるからね、ママ」

 

 右腕を広げながら、研究所の書物を焼き払う。

 

 こんなモノはもう必要ない。なぜなら自分が母親と幸せな生活をすれば良いのだから。 

 

 「必ず俺が見つけ出して、この世界の王者にしてあげるよ、パパ」  

 

 左腕の触手を振り回して、叩き潰す様にして研究機材を破壊していく。

 

 彼は祝福の怪人。多種多様な怪人の能力を引き継いだ、二代目の進化の怪人。

 

 母親であるミヤコを取り戻せたら、何をしてあげよう。

 

 そんな想像をするだけで自分の力が湧き上がる。

 

 強欲に貪欲に、祝福の怪人が、家族をと相まみえる事を想像するだけで、彼の口元には汚らしく涎が出てくる。

 

 「くっふふふ・・・」

 

 とにかく今は両親を見つけ出し、そしてこの世界の真なる支配の為に導いてあげないといけない。

 

 それが出来て初めてこの世界へ祝福を挙げられるのだから・・・。

 

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。

ユーロビートっていいよね(唐突)

最近同級生や後輩が結婚してばかりで許せんっ!俺も結婚したい!

そうだ、異世界転生してオークになればええんや!※作者は精神に異常をきたしております。

冗談はさておき、キラーエリート編って結構長くなりそう・・・本当はこの物語自体も30話で終わる予定だったのに・・・ま、いっか!

実は怪人キラーエリート編には、ギンジとミヤコの繋がり、そしてそれらが元となったであろう祝福の怪人によるお話がメインの回となって展開させる為に、KE・6まで前置きを作りました。
つまりこの後KE・7からKE編の本番になります!

そしてもう少し進めばいよいよ新章も控えております、お楽しみに!

キャラネタ書きます

熊沢レイナ
退魔師としても女性としても、ヘルブラッククロスの怪人はつくづく怒らせるのが上手な怪人が多いな、と逆に感心する。
破邪の剣だけで倒せたゲヘナミレニアムとは違い、ヘルブラッククロスは破魔まで使わせてるので結構強敵が揃っていると認識している。
つまり自分の敵よりも強いと認定。
靴下はカバーソックス派(修道服はガーターベルト)

月島ルカ
自分のプライドに傷がついて、悔し涙が出ちゃった。泣いちゃったッ!
少年に見えても実は乙女・・・ってコト!?
乙女です。
靴下はスポーツソックス派
天体アキハ
流石に申し訳ないと思っている。宿主であるルカから完全に拒絶されたら、再び彷徨わないと行けなくなるため、あまりこういう事はしちゃいけないなぁ、と反省した。
靴下はタイツ40デニール派※デニールとは繊維の太さを表しております。細かい事を書くと長くなるので、数字が大きい=濃いと思ってください

藤原
レイナも特殊能力が使えるということに驚いた。
驚きすぎてギンギンだぁー!本名?いつか出るって
靴下はリクルートソックス派

銃の怪人
タフネスが売りの怪人。不意打ちは読めなかった。
現在空の彼方でルカに思いを馳せている。

超性欲の怪人(毛の怪人)
同じく空の彼方でオンナに思いを馳せている。ギンギン。

祝福の怪人
名前代わりすぎだろこいつ。
進化の怪人であるパパと、ママであるドクターミヤコを必ず見つけて、ヘルブラッククロスの力の支配を真に正しい方向へと導こうとしている。
しかし望んでいる方向はどっちにしても暴力で従わせる世界に変わりない。その為導いたとして、果たして弱い存在は生きていけるのだろうか・・・

佐久間ギンジ
現在魔王軍の襲撃に居合わせた
靴下はくるぶしソックス派

神宮カエデ
ギンジと同上
靴下はニーハイソックス派、冬は160デニールストッキング派

宮寺レン
ギンジと(ry
靴下はスクールハイソックス派※未来に靴下は無かった

甘白ミドリコ
靴下は40デニールストッキングが多い。
気分によって40、60、120等。花柄ストッキング、蜘蛛の巣タイツ、網タイツも履く時がある。赤鬼が騒ぐ為、現在は素足にハイヒール。

角倉ケイタ
靴下は普通のくるぶし上ソックス派

赤鬼
靴下は履かない派
靴はレザーシューズ(34.5)ミヤコが作っている。

鈴村ミヤコ
靴下は基本的に季節問わず160デニールタイツ。ストッキングではなく、タイツ。

小町サクラ
靴下は高校生にしてはなまいきにガー「黙れっ!!!!」が多い。

・・・

次回、祝福の怪人──ついに動き出す!

番外編も誠意執筆中!キラーエリート編も佳境突入!
次回もお楽しみに!では、また!


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番外編・佐久間銀治

こんにちはアトラクションです。

活動報告でもお伝えしましたが、少し投稿が遅れております。申し訳ございません。

途中だった番外編があったので、そちらを急ピッチで完成させて、本日投稿します!

尚、今回のお話はR-18の方に掲載しようとしていた話を、リメイクしてこちらにしました。本来の物語とは違う、主人公に何かあった世界線として描いておりますので、悪しからず。エロい要素はあんまり無いよ!
注意されたら消します。

※70話突破記念の番外編ではございません

それではどうぞ!


 6畳の小さな部屋に、簡素な割れたテーブル、赤ん坊一人用のベビーベッドが、陰鬱とした雰囲気の中で置かれていた。

 

 「うっ・・・うっ・・・」

 

 すすり泣く女性の声が不安となって、一人の赤ん坊に伝染していく。そうなると赤ん坊は安心と安寧を求めて大泣きを始めるのだ。

 

 女性はベビーベッドで大泣きする赤ん坊の母親だろうか。

 

 手入れの出来ていない髪と、汚れた洋服、泣き続けて真っ赤に腫れた目元。

 

 赤ん坊が泣き続けるのが納得行かない。自分はこんなにも頑張っているのに。どうして言葉の通じない子供を、愛さないといけないのか。

 

 「銀治(ギンジ)・・・ィ!」

 

 母親の顔は憎しみも、ほんの少し子供に向ける親らしさも混ざった顔をしている。

 

 憎んでいるのに、名付けた名前を呼んだのは、きっと親としての自覚があるから。

 

 だがそれでも・・・我が子が産まれてから、嫌気が刺す毎日だ。

 

 「あんたなんか・・・産まなきゃ・・・」

 

 涙を流しながら、母親は銀治の身体をすくい上げる。

 

 手で触れるまで、泣き叫んでいたこの赤ん坊は、震える母親の手に持ち上げられただけで、喜んで小さな脚をパタパタと振り回す。

 

 「・・・ッ!」

 

 自分の息子が、今まさに自分を殺そうとした相手・・・母親に、本当に優しい笑顔を見せた。赤ん坊特有の、なんとも言えない愛らしさと、可愛らしさと、心を満たしてくれる様な笑顔。

 

 「・・・どうしてよ・・・殺せないじゃないっ・・・」

 「あうー?」

 

 この子を殺して、自分も死ぬ。それなのに、どうしてか母親は自分の子供を殺せない。

 

 「あーうー」

 

 銀治が母親の鼻を、顔を、首を触ろうとその小さな手を一生懸命伸ばす。

 

 「・・・」

 

 最後まで言えない。

 

 あんたなんて産まなきゃ【よかった】

 

 この言葉だけはどうしても最後まで出ない。

 

 「・・・さっきみたいに、泣きなさいよ・・・!」

 「あっきゃっ、うーっきゃっきゃ」

 

 あの耳障りな大絶叫があれば、一気に憎しみが増えるのに、この子の笑顔があるだけで、一瞬にして殺せなくなる。

 

 「どうしてよ・・・どうして・・・」

 

 陰鬱として、薄暗い6畳の部屋には、しばらく赤ん坊の笑顔からくる楽しそうな声が、数時間続いた。

 

 「・・・呪ってやるから」

 「あーきゃきゃきゃ」

 

 母親はその後、銀治が居ない所で死にんだ。自殺との事らしい。

 

 その後・・・小さな赤ん坊は、佐久間の家の養子として引き取られる事となった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 12時。

 

 仕事場のオフィスでそのベルが鳴る。

 

 「・・・昼か」

 

 彼の名前は佐久間銀治(さくまギンジ)。東京某所で働くしがないサラリーマン。

 

 年齢はもうすぐ30になるどこんいでも居る、ただの中年。

 

 しかし、そんな年齢になっても良い大人とは思えない趣味を隠している。

 

 「・・・今日はなんのゲームやろっかな」

 

 最近のマイブームはスマホでも出来るエッチなゲームが、銀治の流行りである。

 

 それを仕事中だと言うのにも関わらず、遊びふけている。良い社会人のする事ではないが、彼にはそうやって仕事をサボっていても、何ら問題が無いのだ。

 

 理由は唯一。

 

 彼は、佐久間銀治は、この会社(世界)において、居ない者として扱われているからだ。

 

 誰一人として銀治には話しかけないし、銀治も誰かに話しかける事を諦めた。

 

 交流する事を閉ざされたこの閉鎖空間にも似た場所で、銀治がする事と言えば給料を貰いに出勤しているだけ。

 

 誰かが陰口を言うだけで、イジメられているとかでは無いのだが。

 

 そんな状況だからこそ、銀治は一人でスマホゲームをしているのだ。

 

 しかし最近のスマホで出来るムフフなゲームはクオリティが低い。

 

 誰でも思いつく様な簡単なエピソード、ある種ご都合主義で展開されるストーリー、1時間でクリア出来てしまう実用性の無いゲーム。

 

 絵も声優も使いまわし感が大きい、いわゆる安っぽいゲームが多いのだ。

 

 例えば・・・。

 

 ここからが俺が喋るとしよう。

 

 例えばだ、仮に・・・そうだ、赤鬼っていうキャラクターが居るとしよう。

 

 赤鬼

 「ヌハハ、覚悟しろ正義のヒーロー」

 

 こんなセリフが用意されていれば、お返しに飛んでくるのは正義のヒーローからのセリフがあるわけだ。

 

 んー、じゃあま、例えばだが。

 

 正義のヒーロー

 「また現れたのね!?この邪悪な赤鬼め!」(ここフルボイス)

 

 こういうなんとも無い会話も女の子はフルボイスなゲームがほしいのだよ。

 

 だってそうだろ?質の高いゲームは、そういうどうでも良い所に命賭けてるんだから。

 

 何をそんな細かい所、って思うだろうが、そういう細かい所に命を賭けなきゃ、エロゲーなんてなりたたないんだよ!!!!

 

 ・・・ま、そうやって生きていたからこそ、俺は今一人ぼっちなんだけどね。

 

 仕事を任せてもらえず、そして誰にも居ない者として扱われて、更には誰にも心配してもらえない。

 

 こういう人間である俺こと佐久間銀治は、社会の底辺とも言えるんじゃないかな。

 

 もっとひどい言い方をすれば、生きた屍ってな。

 

 まーいいさ。

 

 ともあれ、ゲームって良いよな。そういう職業に就きたいな。

 

 もちろんエッチなゲームの担当ね!

 

 そうだなぁ、まさしく正義ポジションに居る美女達を、めちゃくちゃにする様なのなんていいんじゃないか?

 

 俺は頭の中でこういうのが居たらいいなって考える。

 

 先ずは赤鬼。さっきも出てきたけど。

 

 次は鏡、雪女とかもいいかもな。それから全身骨だけの怪物とかさ。

 

 あーあと紳士っぽいけど、中身はトンデモ変態ロリコン野郎とかも面白いかも知れない。

 

 それから、やっぱ全男子の憧れ、龍とマシーンはいいよな。

 

 何かあれだけど、毒ってのも良い。毒蛾。

 

 ただの毒じゃ駄目だぜ、毒蛾ってのが味噌なんだ。

 

 それからそれから・・・。

 

 そんな妄想を働かせ続けて、気がついたら俺の昼休みは終わっていた。

 

 あー仕事ないけどオフィスの戻るか。

 

 こうして居る意味の無い午後の仕事がまた始まった。エクセルでの資料でも作っとこうかな。まぁ俺の手柄にはならないんだけどね。

 

 あーここに居るオンナ全員犯してぇ〜。

 

 そんな危ない事を妄想しつつ、俺は仕事のピリピリした空気感の中で、エロゲーを開始するのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 あらゆる生命体が、あらゆる空間に現れ、あらゆる命としてこの何もない世界に現れた。

 

 時は2022年。

 

 そんな世界で、神からの贈りモノとなった生命体の大素が、何かのチャンスを得てこの世界に降りる事を許可された。

 

 この度固化と呼ばれる街で、その生命体──怪人と呼ばれる者は確かにここに誕生した。

 

 「くふふふ・・・」

 「ブヒ。本日は良い成果が出ましたか?ドクター」 

 

 ヘルブラッククロスの大幹部である、ドクターミヤコは今日も嬉しそうに白衣の袖で口元を隠しながら、薄気味悪い笑い方を続けている。

 

 その後ろを半歩離れた軍服に身を包んだ豚顔の、大柄な怪人が自らを産み出した上司として、そして母として尊敬の眼差しを送る。

 

 「ああ、今日こそは、あのヘヴンホワイティネスを倒せる算段を編み出してね・・・」

 「ほう、それは素晴らしいですね。是非ともこのオークにも、力添えをさせてください」

 

 小柄で、160センチにも満たない小さな少女に、180は超える大きさの怪人が、丁寧な仕草姿勢で、少女に接している。

 

 「見たまえ」

 

 ドクターミヤコが白衣から取り出して研究資料には、ある人物の名前と、身体ステータス、そして怪人としての能力を備えた研究成果。

 

 「ブヒ・・・これは!」

 「ああ、素晴らしいでしょう?くふふ」

 

 天才ドクターミヤコの研究成果に、オーク怪人よりも高い数値が叩き出されたその資料を見て、オーク怪人は驚きと喝采をドクターミヤコに送る。

 

 「くふふ」

 

 短く、しかし心の底からの笑い声には、地獄の様な奥深さと奇妙な空気をまとわせる。

 

 「はーこれから楽しみだなぁ!」

 

 その怪人の資料は到底、誰にも出す事の出来ない数値だと、失礼ながらオーク怪人は侮っていた。

 

 しかしこのどんな怪人よりも高い数値、そして実験の成功におけるドクターミヤコ大幹部の口から出る、楽しみという言葉。

 

 それを聴いてオーク怪人は、ドクターミヤコと同じ様にこれから先の物語が、楽しみに思えて来た。

 

 (やはり、このお方は格が違う・・・!)

 

 他の大幹部と違い、彼女だけは特別だ。

 

 悪の道を突き進む彼女達を止める事は、もはや誰にも出来ない。

 

 悪と地獄がここで大きく広がっていき、この世界の歯車を大きく曲げて行くのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ヘヴンホワイティネス陵辱プロジェクトが発令されてから、数日。

 

 進化の怪人としてこの世に生を受ける事になった佐久間銀治は、女性に攻撃することを抵抗感はありつつも、念願のヘヴンホワイティネス撃破を成功させた。

 

 大幹部リコニス、そしてバーナーの怪人と共にショッピングモール・アモーレの襲撃を成功させたのだ。

 

 「こ、こんな怪人・・・聴いてない」

  

 スカイブルーの髪の少女、通称ヘヴン2と呼ばれている少女の本名は、宮寺レン。

 

 「くっ・・・」

 

 もう一人、セミロングのポニーテールをしたスーツの姿の女性の名前は、甘白ミドリコ。

 

 彼女は、ヘルブラッククロスの大幹部であるリコニスに刃を突き立てられており、身動きが取れないでいる。

 

 「こっのぉ!!」

 「遅いなぁー」

 

 もう一人・・・綺麗な金髪の美少女、赤いラインの入ったホワイトなバトルスーツを身に着けた少女が、最後まで諦めずに銀治に挑んできている。

 

 しかし彼女の拳や蹴り、必殺技の類のほとんどは、この進化の怪人には通用していなかった。

 

 「オラ、捕まえた」

 「かはっ!?」

 

 進化の怪人としての能力をフル活用し、銀治は神宮カエデという少女を捉える事に成功する。

 

 ヌルヌルした触手を尻尾の様に操り、更には赤鬼の怪人の豪腕の能力と空気を撃ち出す能力により、彼女の攻撃の数々を無力化しては、着実に追い詰めて行った。

 

 「・・・お前みたいな女の子を、捕まえて自分の手で・・・出来るなんて、楽しみだぜ。ああ、でも痛くはしないからさ、そこは安心しろよ」

 

 銀治は自分の能力で首をしめている少女が、どんどん気力を失っている事に気づいていない。

 

 首を閉めているのだから当然なのだが、銀治はこれをさも当たり前の様にやってのけた。

 

 「へ〜やるじゃんギンジちゃん。噂には聴いてたけど、ほ〜んと強いねぇ・・・殺したくなってきたわ」

 

 リコニスがミドリコを踏みつけながら、ギンジに向けた殺意の言葉を告げると、銀治はリコニスへと下卑た笑みを見せる。

 

 「いいぜ。俺と戦って敗けたら、お前は俺の嫁な」

 「・・・ミヤコを泣かす良い機会だわ。絶対に殺してあげる」

 「おいおいやめろよ!ミヤコは俺の嫁だぞ!」

 

 ヘヴンホワイティネスは完全に敗北した。

 

 この後組織につれて行かれたヘヴンホワイティネスの三名は、いっそ死んだ方がマシだと思える様な凄惨な実験の数々で心を壊されていく。

 

 この進化の怪人、佐久間銀治によって。

 

 ドクターミヤコは、素直で可愛い女の子だった。

 

 ぷにぷにしていてどこを味わっても美味い身体をしていた。

 

 リコニスはきっとどこを触っても硬いかもしれない。だけどそういう身体をほぐすのもありかも知れない。

 

 良い声で泣いてくれそうだと、銀治はこの転生した世界において、性と暴力の限りを尽くそうと決めていた。

 

 この宮寺レンは少し泳がしておこうか。

 

 角倉ケイタとか言う少年と、恋仲になるはずだからだ。

 

 神宮カエデは最後まで精神力を折らないだろうから、ずっと組織の中で心を踏み潰してやろう。

 

 甘白ミドリコは・・・男性経験が無いから、優しくすればコロっと行くに違いない。

 

 本来のゲームの展開よりも早く、本筋へと導く事が出来た。

 

 イレギュラーがあっても、問題ない。

 

 「この世界に居るなら、俺がすべてにおいて愛される人間になってやるさ」

 

 自分が誰にも愛されなかったからこそ、自分の力で何をしても自分の気に入った女性を、自分の嫁として認める様になるまで、洗脳でもなんでもしてやる。

 

 そう心に決めて、銀治は自分の大好きな世界で、〈大好きな人たち〉を、自分の手中に収める事に成功したのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「畜生、ちくしょう!」

 

 ご令嬢とは思えない言葉が、薄暗い部屋の中に反響していく。

 

 カエデの眼の前では、甘白ミドリコが、アモーレで戦った進化の怪人によって、本当にお嫁さんにされていた。

 

 そうなって今まで再開する事も許されなかったカエデが、悔しさで泣きながら進化の怪人をにらみつける。

 

 強引に無理やりやられたに違いないのに、ミドリコは幸せそうな笑顔をみせつけながら、銀治の腕にしがみついている。まるでデートに行く可愛らしい女性の様だ。

 

 次に見せられたのは、モニター越しでリコニスがケイタを押し倒して、食べている(・・・・・)映像。

 

 そして、組織から命からがら逃げ出したレンと恋仲になっていた事を知っていた様子で、リコニスがケイタの唇を何度も奪い続けている映像。

 

 そんな逃げ出したレンはと言うと・・・。

 

 「お友達、心配だよな?これ、見てみろよ」

 

 銀治が手元のリモコンを押すと、カエデの頭にミヤコお手製のバイザーが装着される。

 

 「眼を閉じても無駄だぜ」

 

 そのバイザーから流れる映像は、カエデにとってあまりにも信じ難く、受け入れがたい映像だった。

 

 その映像に居たのは、父親であるソウジロウの姿。

 

 しかし、何故か裸になっている。

 

 問題なのは、その眼の前に居る存在だ。

 

 「嘘、やめて・・・やめてよぉ・・・」

 

 真っ黒なバイザーの向こうの瞳から、滝のような涙がこぼれていく。

 

 「もうやめてぇ・・・うえええ、やめてぇ、やめてよぉぉ」

 

 父親であるソウジロウがある女性の手を引っ張った。

 

 カエデの心を壊す為に、銀治が考えた最大の陵辱。

 

 相手の女性とは・・・。

 

 宮寺レン。

 

 最早人格も変えられているのか、彼女だけは銀治に一度相手にされてからは、ずっと外部の手下達に襲わせていた。

 

 戦う力を失い、ついに屈服したレンは、ヘルブラッククロスに忠誠を誓うまでになってしまっていた。

 

 更には、銀治から得られる快楽が欲しくて、カエデをも裏切る事を決意してしまっていたのだ。

 

 だから・・・カエデの心を折る為に、こんな事に尽力していたのだ。

 

 最早彼女に正義の志なんてモノは微塵も無い。

 

 「くぞ!さいてい!さいてい!さいてい!あああああ!!」

 

 見たくもない映像ばかりが流れて、涙も鼻水も流しているカエデが、おそらくは銀治に向けてそんな罵詈雑言を飛ばしている。

 

 「へへへ、もう少しその映像でゆっくりしてな。次はミドリコの映像が控えてるぜ。どうして俺と結婚する事になったのか、ちゃーんと観てくれよ」

 「あ、ご主人さま・・・」

 「おー、ここはうるさいからよ。俺の部屋でゆっくりしようぜ。今日もあの抱き方でいいよな?」

 

 ミドリコの好きな事はすべて網羅している。彼に囁かれるだけで、ミドリコは顔を蕩けさせて、銀治に従ってしまう。

 

 多少熟れていても、この身体だけは誰にも渡したくない。

 

 そう言われて、ミドリコは心を快楽に売り渡してしまった。

 

 もう銀治無しでは生きていけないのだ。

 

 きっとレンもリコニスも、ミヤコも・・・。

 

 そして神宮カエデももうすぐそうなる。

 

 ヘヴンホワイティネスは壊滅した。たった一人のイレギュラーの存在によって。

 

 佐久間銀治。通称進化の怪人。本筋となるゲームには登場しない、この怪人によって、正義は今ここで潰えたのであった・・・。

 

 

 

番外編・佐久間銀治・完

 

物語本編へ続く 

 

 

 

 




お疲れ様です。

ギンジだってたまには悪役やりたいって言ってた!

キャラネタ書きます

佐久間銀治
何かあった世界線の主人公。愛されたいがゆえに、ヘヴンホワイティネスへのプロジェクトを開始した。
この世界線においては、ヘヴンホワイティネスを打ち砕き、後に退魔警察、魔法少女、魔法界、ムーン・パラディース、サン・アンフェール、度固化市全域を支配に成功し、2102年の未来においてもヘルブラッククロスが主砲とする最強の怪人となっている。

一番愛しているのはミヤコとカエデで、彼女らとの間には10人以上の子を産んでもらえた。
かなりの浮気癖がある。

本来のギンジとは違い、仕事だからと言う理由で女性に攻撃する点もギンジと違う。

ヘヴンホワイティネス
進化の怪人一人に壊滅させられた。

戦闘員
影の立役者。どこから補充しているのか不明。クローンとかではなく、全員人間。

上級戦闘員
パワードスーツの他に、ジェットパックによる飛行、アームバズーカによる武器が追加された。

女性戦闘員
どこから補充しているのか不明。全員モデルやアイドル級の美人が多い。男性戦闘員と違い、主にはメンバー確保や色仕掛けが主な任務。

超級戦闘員
まだ本編には出ていない戦闘員。
性欲、戦闘力、技術力の3つが高い程この戦闘員になれる。武器は専用のカッツバルケール、飛行にも使える翼と盾が一体化した特別なスーツ。

戦闘員ケント
物語の随所で「ギンジが居たぞ!」や「ギンジを倒せ!」と発言する戦闘員。名前自体はどうでも良いが、ヘヴンホワイティネスを見つけるなりギンジを最初に呼ぶ役目がある。

女性戦闘員メイ
本来のヒロイン枠で呼ぼうとしたけど、物語の流れ的にボツになったキャラ。ギンジをしつこく追いかける予定だった。

・・・

さて次回は、キラーエリート・7ですね。投稿16日以降になると思いますが、いばらくお待ちいただければと思います。

はああああ仕事やめてええええ!!!!

それでは、また次回!


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74・キラーエリート・7

こんにちは、アトラクションです!
相変わらず遅筆ですが、なんとか仕事の方は片付けてきた!

これからも頑張りますわですわ!

それではどうぞ!


 8月27日の朝。

 

 人の声とは思えない・・・例えるならば獣の声。

 

 獰猛で恐ろしいと聴こえる、牙を擦りながら唸る声。

 

 そんな音に囲まれながらオーク怪人は眼を覚ました。ゆっくりと瞳を開き、電球の明かるさに瞳を何度も閉じては開きを繰り返す。

 

 身体を動かそうとするが、軍服を脱がされた上に包帯を巻かれて、ベッドに鎖で拘束されている事に気がつく。

 

 こんな状況ではほっぺを掻く事さえ出来やしない。

 

 簡素で小さな部屋、汚らしくやや埃臭い畳の香り。

 

 「・・・ここは、どこだ」

 

 夏の暑さにやられて、自分の身体に水分が無くなっているのが、今のこの発言で理解出来た。暑いとは言うモノの、この部屋自体はどことなくひんやりしている。

 

 ただそれでも暑い事に変わりは無いのだが。

 

 「──ッ!そうだ、あの怪人!」

 

 ここでオーク怪人は思い出す。ギンジに似た顔であり、ミヤコにも似た顔のあの怪人の事を。

 

 この世界をあるべき方向へと導くと謳っていた、あの怪人。

 

 ミヤコの子息だと勝手に思い込んでいたが、そんな訳ない。あれは・・・あの怪人はただのまがい物に過ぎない。

 

 油断していたとは言え、オーク怪人は初めて外で敗けた。その事に憤りを覚える。自分はあのギンジ程では無いにしろ、ドクターミヤコに最高傑作の一人と言われた程の怪人なのだ。

 

 そんな自信と、自分が強者であると言う自負、安っぽいプライド。

 

 これらがあの紫の造った怪人によって折られてしまう等、オーク怪人からすればありえない事だった。

 

 今すぐあの怪人を撃破せねば・・・そう思って身体を動かすも、身体を封じ込める鎖は一切動かない。たまに重苦しい金属の音が、ガシャン、ガシャン、ガシャンと揺れるだけ。

 

 「起きたか・・・」

 

 獰猛な声が一つ耳元で聴こえる。

 

 「ぬぅ・・・なんだ貴様は」

  

 首すら動かせないオーク怪人は、耳元の声に対して威圧的な声音で返答する。

 

 「なんだ貴様、か。これでも命の恩人なのだがね」

 

 仰向けに拘束されたオーク怪人へ、耳元の声の主が、その視界に姿を表す。

 

 灰色の毛並みが全身を覆い、ふさふさの身体はとても大きい。ともすれば自分よりも大きく見えてしまう。

 

 電球を背に隠すようにした灰色の何かが、オーク怪人の顔の眼の前で自己紹介を行う。

 

 「申し遅れたな。俺ァ、グリズリーの魔人。お前、知ってるぜ、オークの怪人だろう」

 

 魔人・・・そう名乗る彼はおそらくは、かの組織ゲヘナミレニアムの怪人と同等の存在。

 

 ヘルブラッククロスもその存在を無視は出来ない存在であり、過去には残党の魔人がヘルブラッククロスに加入を申し出た事もあった。

 

 「オーク“の”はいらん。私はオーク怪人だ」

 「これァ失礼。オーク怪人。眼を覚ましてくれて良かった。歓迎するぜ」

 

 渋い声音のグリズリーの魔人は、オーク怪人の鎖を外し始める。

 

 「ブヒ。ここはどこなのだ」

 

 素朴な疑問だが、オーク怪人は体感数時間前は、中央度固化市の繁華街エリアにて、あの憎きまがい物に敗北した事は覚えているのだが・・・。

 

 グリズリーの魔人が鎖をすべて外すと、オーク怪人の肩を担ぐ様にして身体を起こしてあげる。そのまま座る姿勢になったオーク怪人へ、手頃なコップにお茶を注ぐと、それを飲ませてもらう。

 

 お世辞にも美味しいとは言えないぬるいお茶だが、今はこんなお茶でも身体が喜んで居る。

 

 「あんたァ、その様子じゃァ・・・」

 

 顔色の悪いオーク怪人の表情を見て、グリズリーの怪人が口元を曲げる。その表情はどこかオーク怪人を滑稽に見ているのか、それとも単純に面白がっているのかは不明だが、とにかく不愉快に思える顔をしていた。

 

 「毒に、やられたようだなァ」

 

 毒。その単語を聴いてから、身体の中にある何かがゾワリと動き出した様な感覚がオーク怪人を襲い、くらりと硬いベッドに倒れる。

 

 「事の経緯を全部話してやる」

 

 グリズリーの魔人がオーク怪人の眼の前でタバコを吸い始める。ゆらゆらと動く煙を眼で追いながら、オーク怪人は再び天井の電球へと視線を動かした。

 

 「いいか、先ずはァ──」

 「ブヒ。その前に、ここがどこなのかを教えろ」

 

 そもそも何故こんな所に居るのか。その質問には何もアンサーが無い事に、苛立ちも覚える。

 

 「あァ、そうだったな。ここは東度固化市・・・」

 

 グリズリーの魔人がタバコの灰を落とすと、オーク怪人へ熱く燃えるタバコの先端を向けてこう告げた。

 

 「怪人、魔人、闇人、そして人間が集う町。異人町──」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 時刻は少し遡る。

 

 26日、午前0時。

 

 オフィスビルエリアの公安局の襲撃、そして女王ナメクジの怪人を撃破した雪の怪人と暴力の怪人は、再び繁華街エリア・クアッドタワー前まで戻って来ていた。

 

 「なんでこんな所で寝てるのかしらね」

 

 ミヤコのピンチだと騒ぐオーク怪人からの救援要請。それを聞き入れてここまで来て、望まぬ戦いまで行って来たというのに、戻る途中のごみ捨て場で、オーク怪人はボロボロの姿になりながらも気絶しているのだ。

 

 「豚顔・・・なんでこんな事に」

 

 そんなオーク怪人の異常な見た目に反応した暴力の怪人が、彼を起こそうと身体を持ち上げようとする。

 

 この怪人はかなり強く、ヘルブラッククロスにおいても初の怪人大幹部にまで上り詰めた男。そんな男をヘヴンホワイティネス以外でここまで追い詰める存在が居ると言うのだろうか。

 

 その不安を隠すようにして、暴力の怪人はゴミを蹴りながらオーク怪人の身体に触れて見る。

 

 「放おっておきなさいな。そんな生臭怪人」

 

 どんな事を言っても雪の怪人の言葉は本心には思えなかった。

 

 扇子で顔を隠しているのは、ごみ捨て場の強烈な匂いを遮る様にしている姿に見えるのだが・・・。

 

 「早くそんな臭い豚肉、捨ておきなさい。私達だけでミヤコ様を見つければ・・・」

 「そんな憎まれ口ばかり言ってていいのか?」

 

 暴力の怪人からはこんな事を本心で言っている様には思えず、雪の怪人へせせら笑う。その仕草がどことなく人間じゃないクセに、人間臭さを出している様に見えて、雪の怪人も暴力の怪人も顔を見せあって微笑む。

 

 「・・・そうね、ごめんなさい」

 「いや、でもま、臭いのは同感するぜ。それにしたって、なんでこいつここで寝てるんだろうな。しかもこの怪我・・・」

 

 オーク怪人は壁にもたれる形で、ごみ捨て場にて気絶している。ありえない程の大怪我をして。

 

 一体どれほどの強敵なのだろうか。このオーク怪人をここまで追い詰めるのは。

 

 「とりあえず・・・異人町につれて帰るか」

 「・・・そうね。でもどうやって持ち上げ・・・」

 

 雪の怪人の眼の前では、もうすでにオーク怪人の血の滴る身体を持ち上げる暴力の怪人の姿。軽々しく持ち上げるその姿には、最早ゴミとかを気にしていない様に見える。

 

 「汚らしいわ・・・」

 

 これは流石に本心だ。

 

 だがそれでも気にせずに暴力の怪人は異人町へと歩き出す。オーク怪人を担ぎ上げながら。

 

 「・・・ま、いいわ。そいつが起きたら、ミヤコ様について詳しく教えてもらおうかしら」

 「お前ってあのドクターミヤコの事になると、色々変わるんだな。なんか、その方が感情豊かで可愛らしいと思うぜ」

 「ん、そう言われると悪い気はしないわ」

 

 着物の袖で口元を隠しながら笑うと、少し強気になる雪の怪人へ、暴力の怪人が少しイラッとした表情を見せる。 

 

 「うっせー、そういう所は可愛げがないんだよ!」

 「んぎえぇえええ!暴力の怪人がぶったーうえーん」

 

 そして少しでも強く言返せば、こうやって泣きわめく。レジスタンスに加入して来た時を思い出し、暴力の怪人は血なまぐさいオーク怪人を担ぎ上げたまま、異人町へと帰るのであった。

 

 (しかしまぁ、本当に何者なんだろうな。オーク怪人をここまでやるやつ)

 

 本当はこのオーク怪人を餌として、自分達を影で狙っているのかも知れない。そう警戒しながらも暴力の怪人と雪の怪人は真夜中に騒がしくしつつも、オーク怪人を異人町へと連れて帰るのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「それがァ、お前がここに連れて来られた経緯よ」

 「ブヒ。まったく解らんが、とにかく命を拾われたとい言う事か」

 「まァそういう事だ」

 

 グリズリーの魔人が細かく話したてくれたが、あまり意味はよく分からなかった。

 

 「・・・この治療はお前が?」

 「ああ。俺と、小栗鼠山(こりすやま)だな。そいつはリスの魔人だぜ」

 「ふん、お礼は言わんぞ」

 

 そもそも敵組織に所属する者同士なのだ。いちいちお礼なんて言っていられない。

 

 「構やしねェさ。ここじゃそういう事も良くあるからな」

 

 タバコを灰皿に擦りつけて鎮火させると、グリズリーの魔人がオーク怪人を見つめる。

 

 「ま、ここではやり合わないのがルールだからな。無闇に女を襲うなよ」

 「怪人だからと言って誰彼構わずそんな事はせん」

 「そうかァ。ああ、そうだ。お前が起きたって連絡したら、ここに来てくれるってよ」

 

 グリズリーの魔人がもう一本新しいタバコに火をつける。その煙と苦い空気がこの部屋に充満すると、また一つ嫌な空気感になる。

 

 「起きたのね。相変わらず愚鈍な顔」

 

 オーク怪人の背後で、凛として冷たい女性の声がした。やや甲高く上ずった声音は、透き通る様に耳に入る。

 

 そして高圧的であり嫌な言い方をするこの声の正体は・・・。

 

 「ブヒ。雪の怪人か」

 「あら、意外と元気そうね。猛毒に侵されてる割に」

 

 雪の怪人の姿はいつもの着物姿ではなく、動きやすいキャミソールに黒いデニムのジャケットを袖まくりし、同じくデニムのパンツを履いたアクティブな印象を思わせる姿をしていた。

 

 白い肌が黒いデニム生地を相まって、余計に雪の怪人の存在感を際立たせる。

 

 「あら、そんなに見つめても抱かせてあげないわよ」

 「要らぬお世話だ。そもそも怪人はどうも身体の相性が悪い」

 「私を抱いて良いのはミヤコ様だけよ。触らないで、汚らわしい」

 

 どうしてこんな憎まれ口を叩くのか、雪の怪人本人にもまったくわかっていないが、それでもこういう嫌な事を言わないと気がすまない。

 

 そんなことより、本題を思い出していく。雪の怪人が右手の指先を張ると、そこから氷が手の形に形成され、刃の様に鋭く尖らせてオーク怪人に向ける。

 

 鼻先数センチの距離感の凶器に、オーク怪人はまったく動じていない。そのまま睨み返してもいるが、雪の怪人も負けじと氷の手刀を降ろさずに居る。

 

 「ミヤコ様を守れなかったのはどうしてなのかしら?」

 

 事と次第によっては許すつもりはない。そんな気迫すら感じさせる冷たい威圧に、オーク怪人は鼻を鳴らす。

 

 「ついこの前も話しただろう。柏木タツヤにより・・・」

 「それはもう聴いたわ」

 

 雪の怪人が聞きたいのはそこではない。

 

 「どうして・・・愚鈍であっても、ミヤコ様から絶対の信頼を置かれているあなたが、ミヤコ様をお守り出来なかったのか、それを聴いているのよ。耳だけじゃなく頭も悪いのかしら?」

 

 高圧そのモノの言葉を突きつけて、オーク怪人に氷の手刀を近づける。氷の表面はとても冷たく、わずかに濡れている。小さな水滴がオーク怪人の豚鼻につくだけでも、一気にそこから熱を奪われる様な感覚が顔中に広がっていく。

 

 クリアになる思考と確実に迫る氷の凍てつきが、雪の怪人の本気を感じ取れる力となっていた。それが顔に向かってくる異質な光景は、見る人が見れば間違いなく通報案件だろう。

 

 埃っぽい畳の部屋にひんやりした空気が流れていたが、一瞬の内に凍てつく空間となっていき、部屋そのモノがまるで氷の世界に飲み込まれたかの様に氷結が侵食していく。

 

 「雪のお嬢、あんまりやるとまた結界のおじさんがうるさいぜ。その辺でいいだろ」

 「私はこいつが許せないのよ。毒にやられてるって事も、ミヤコ様の側近を自称しておきながら、この体たらく」

 

 挙げ句の果ては、敗北までしてごみ捨て場に入れられていた。

 

 「どうして敗けたのよ!」

 

 ミヤコを想えば想う程、雪の怪人の怒りは大きくなり、その能力に見合わないヒートアップを見せる。

 

 怪我をしているオーク怪人に、普段の表情からは想像も出来ない程の雪の怪人の怒り。

 

 氷の刃が鼻先をつつき始める。

 

 「いい加減な事言ったら許さないわよ」

 「ブヒ・・・敗けた事は確かだ。それは認める・・・」

 

 オーク怪人も少しバツが悪い。そもそもあんな怪人を紫が造っていた事自体が想像の範囲外であったのだ。

 

 「・・・私が敗けた事のすべてを話そう」

 

 そう言うとオーク怪人は痛む身体を動かしながら、雪の怪人の瞳を合わせる。

 

 「よく聞け、私を打ち負かしたあの怪人は・・・」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 暴力、雪の怪人と合流を成功させたのに、いきなり繁華街に現れたあの怪人。

 

 ドクターミヤコに似ていて、ギンジに似た声をしているあの怪人。

 

 オーク怪人は怪しく輝く月の光が、影と闇夜をどこまでも伸ばし、それと同じ形にどこまでも伸びる無数の触手。

 

 ドリルの様に鋭く尖った触手の先端には、毒。濃い紫色の猛毒が塗られた、無数の触手による攻撃が何度もオーク怪人にめがけて飛んできていた。

 

 空中で垂れた毒液が、蒸発する泡の様に溶けながら落ちていき、真夏のコンクリートに焦げる匂いが広がっていく。

 

 触れれば焼ける様な毒と、その毒を宿した触手。

 

 (なんという怪人だ・・・!)

 

 驚くべき所はそれだけじゃない。普通の怪人ならばありえない数の能力を保有しているのだ。

 

 「オラオラ!避けてばっかか!」

 

 いつの間にか怪人は目の前に立ち、右足を振り上げようとしていた。

 

 確定未来で見えているからこそ、そうさせない動きを出していたのだが、右膝を踏みつけたオーク怪人に、眼の前の怪人の左腕から砂が噴出された。

 

 それも見えていたのだが、反応が追いつかない。

 

 右腕と口の触手、猛毒と炎、そして砂による目潰し、追い打ちをかけてくるのが、雷による遠距離攻撃も完備されている所。

 

 まともな攻撃手段として繰り出せる手刀でさえ、龍の鱗により防がれる。それこそ強力な一撃がそのまま手首に跳ね返ってくる様なモノで、衝撃が裏打ちされてオーク怪人が攻撃できなくなって来ていた。

 

 砂による目潰しは軍帽で払う事で回避を成功させるが、次の死角から飛び込んでくるのが、腰から生えて来た龍の尻撃。

 

 太く大きな丸太で殴られた感覚が、身体の中でミシミシと骨をきしませる。

 

 (くうっ!なんという手数だ!)

 

 こちらの腕は届かず、しかし相手の攻撃はほぼ届く。

 

 上手く躱し続けるのも限界が来ている。

 

 「お前も怪人で、組織の外に居て、裏切ってるアホだろ!?オラ、なんとか言え・・・よ!」

 

 右腕の触手を巻きつけた束の拳が、オーク怪人の身体に深くめり込んだかと思えば、次は巨体が浮かされる。

 

 「ぐっ・・・!」

 

 それほどの腕力。ギンジに似ている顔のこの怪人の攻撃は、オーク怪人に更に連続して攻撃を続ける。

 

 口を開いて、奥から見えるのはヌラついた液体が滴る触手。

 

 浮いた状態では防御するしか無く、何をされるかをわかっていても、オーク怪人には防ぐ手段が何一つ無いのだ。

 

 「オラァ!何モンなんだぁ、お前はよぉ!」

 

 鋭く素早く伸びた舌は、先端に針を仕込んで居る様な形をしており、とても生物的に見えない見た目をしている。

 

 ヘルブラッククロスの怪人として、こんな魅力的な怪人と共に戦線に立てないのは残念だと同時に、今回ばかりは油断ならない強敵だと判断する。

 

 そんなオーク怪人の軍服を簡単に貫き、肉体を突き刺す針と猛毒。

 

 体内に侵入してきた毒は、またたく間にオーク怪人の神経を鈍らせる。

 

 「ぬぅ・・・!」

 「さっきまでのイセーはどうしたんだ、おい!」

 

 今度は爆炎を発動して、オーク怪人がわずかに浮いた空中で爆発させられる。

 

 煙と炎を纏いながらも、衝撃と爆風を利用してコンクリートを転がりながら脱出する。

 

 しかし距離を取った所で、状況は変わらない。

 

 「ドクターの子息とは言え、容赦はせんぞ!教育してやろう」

 

 最早なりふりかまっていられない。ドクターミヤコの子息なのであれば、母親である彼女に恥じない怪人として教育も必要だ。そう言い聞かせて反撃を開始する。

 

 判断が鈍りつつあるこの毒状態において、とにかく勝たねばならない。勝って危機を脱出しないと行けない。

 

 ならば・・・実力は上だと自負している今こそ、この怪人を打倒し、正体を知る良いチャンスだ。

 

 後はどれだけ早く倒せるか、だ。

 

 「力を示す者同士、どちらが上かを決めさせて貰うぞ」

 

 オーク怪人の言葉に、眼の前の怪人は難色を示している。

 

 本当に力を望んでいるのであれば、何故この豚顔の怪人は地獄を抜け出して独りで居るのだろうか。

 

 「本当にお前って力を望んでいるのか?力の世界が正しいと思っているのか?」

 

 ヘルブラッククロスが目指す暴力的な世界思想は、ドクターミヤコが居たからだと、オーク怪人はその事に気がつく。

 

 ドクターミヤコが言うから、それだけを信じて生きていたオーク怪人にとって、今の自分はその世界を本気で望んでいるのであろうか。

 

 もし・・・もしもドクターミヤコがまだヘルブラッククロスに所属していて、総統の世界思想に賛同しているのであれば、きっとオーク怪人もそのままで居たかも知れない。

 

 しかし今言われた通りに、オーク怪人の中でヘルブラッククロスに肩入れする気持ちと、ヘヴンホワイティネスに味方している自分と2つの思想が入り混じっている。

 

 「あ、当たり前だ!私はヘルブラッククロスの怪人大幹部にまでなった怪人だ!ドクターミヤコの顔をして何を言うかと思えば、貴様は・・・」

 「んー本当にそうか?くっふふふ、じゃあ聞くがお前」

 

 舌舐めずりでもするかの様に触手を動かし、オーク怪人を見つめる。敵意と嘲笑を2つ混ぜた目線は、オーク怪人に得も言われぬ恐怖感を抱かせた。

 

 まるで奈落の様な深い闇を宿したその瞳は、まさしくドクターミヤコが魅せたあの瞳なのだから。

 

 「本当はもう戻れない事を理解していながら、ヘルブラッククロスに味方するなんて変じゃないか?ドクターの事しか言うことを聴かないでいるから、そんな中途半端になるのではないか?」

 「・・・ッ!?そんな事・・・」

 

 今のオーク怪人はまさしく中途半端。怪人としても、心をもった存在としても。

 

 現に人を襲わず、力に固執せず、そしてまともな戦いも出来ていない。

 

 それではまるでヘヴンホワイティネスと同じなのではないだろうか。

 

 「ほい隙あり」

 

 怪人の触手から炎が巻き上がり、オーク怪人を頭上から殴打してくる。燃え盛る鞭の様に伸び縮みする爆炎の触手は、オーク怪人の葛藤ごと叩き潰してくる。

 

 圧倒的な力。あまりにも太刀打ち出来なくなるような、より強力な地獄からの使者により、オーク怪人は容赦なく叩きのめされる。

 

 パワーだけならば、明らかな実力差をここではっきりさせられてしまい、オーク怪人が痛みの中で苦悶の表情を見せる。

 

 ギンジに似ていて、そしてミヤコにも似ているこの怪人。それは間違いなくあの二人が混ざった顔なのだが、これではまるで・・・。

 

 「まがい物がぁ・・・!」

 「俺こそがヘルブラッククロスだ!」

 

 ギンジの声で、ミヤコの顔で、そして全てオーク怪人の知る怪人で、地獄から多種多様な怪人が集まって出来た混沌が、一つの命としてここに顕現していた。

 

 「俺のもってる力は強いだろう?怪人として、そしてヘルブラッククロスとして、この力をより正しい使い方をしたいんだ」

 「なんだと?」

 「例えばこういう風になァ!」

 

 再び猛毒を纏った触手による攻撃が飛んでくる。まさしく命を奪う、必殺の一撃とも言うべき攻撃が、オーク怪人の視界一杯に広がる。

 

 「ただ弱い奴が生きられない世界じゃ駄目だ。この世界は、真に強き存在だけが生きられる世界にしないと行けないんだ」

 

 猛毒の触手がオーク怪人の身体に巻き付き、そして身動きの取れなくなった所に、炎、雷、龍、毒の触手が様々な形状で、オーク怪人の急所となる顔面に叩き込まれていく。

 

 「ぐっぅぅおおおッ!!!」

 

 どれだけ叫んでも痛みには耐えられない。

 

 「俺がお前を本当の地獄に導いてやる。その変わり、ママやパパは真に正しい力の世界において王になってもらう、その為にヘルブラッククロスに仇なす奴はみーんな、みーんなぶっ殺してやる!!」

 

 めちゃくちゃな言い分で、めちゃくちゃな攻撃を繰り出す怪人。

 

 「この世界に足りないのは祝福だ!この世界を俺が導いて、全てを変えてやる!俺のこの力で!」

 「己・・・!貴様みたいのが子息とは、ドクターミヤコも、ギンジにも失礼だ・・・」

 「この夜こそが祝砲の第一発!」

 

 持ち上げられたオーク怪人をめがけて、口から業火の球体を発射する。

 

 その炎が間違いなく強力な大技である事を確信したオーク怪人は、なんとかして抵抗して逃げようとするも、もう間に合わない。

 

 それどころか視界がおぼつかない。

 

 毒が体内を周り始めている事に、オーク怪人は気づけて居なかったのだ。

 

 業火がその身を包み込み、地獄の如き灼熱がオーク怪人を焼いていく。

 

 「我が名を呼べ!俺こそが真なる正義の使者!」

 

 翼の様に触手を開き、大きく空を仰ぐ。

 

 炎の十字架が月の被さる様に象られ、その中心にはオーク怪人。

 

 その十字架の根本には・・・。

 

 「俺こそが・・・祝福の怪人!パパとママを王として、この世界を導く者!!ハハハハハハ!!!!!」

 

 ギンジでも言わない様な言葉を、ギンジに似た声で高笑いする。

 

 炎と触手を無理やり引きちぎって、オーク怪人は全力で一撃を決めにかかる。十字架から飛び出して、思い切り燃える拳を与えようと真下で笑う祝福の怪人へと突撃が果たされた。

 

 「俺は未来なんか知らなくても、未来を知っている」

 

 無数の触手が、燃え盛るオーク怪人の腹部へと突きこまれ、突撃が阻止される。

 

 「なんせ俺は、この世界にありったけの祝福を贈る、最強の怪人だぜ。くっふふふ」

 (ドクター、申し訳・・・)

 

 燃え、殴られ、毒を盛られ、動けなくなってしまった。

 

 もう勝ち目が見いだせない。確定未来も、振動するあの不思議な力も、もうオーク怪人には出す事は出来なくなっていた。

 

 「俺が導いてあげるからね、ママ、パパ・・・」

 

 月光の通り道、繁華街の激戦はこうして幕を閉じ、オーク怪人の意識もここで潰えた。

 

 ただ一つ覚えている事と、理解出来ている事は、こんな祝福の怪人と名乗る存在が、絶対にミヤコとギンジの間に産まれた命では無いと言うことだけ。

 

 それだけを握りしめる様にしたオーク怪人は、今度こそ意識を失うのであった。 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 六畳の部屋でオーク怪人が、敗けた事の真相と、例の怪人について一通り説明し終える。毒に侵されていたとは言え、まる一日以上も寝ていた事を考えると、祝福の怪人が今どこで何をしているのかを考えると、吐き気がしてくる。

 

 雪の怪人も怪訝な表情をしており、氷の手刀を収めてまでいる。

 

 「ミヤコ様があの男と結婚していたなんて・・・アリやな」

 「無しだ。そもそもギンジは無理やりドクターと・・・そういう事をしない男だ。それに仮に二人の子供としてあの怪人が産まれているなら、何故ヘルブラッククロスに所属しているのだ。どちらかと言えばヘヴンホワイティネスに所属すべきだろう」

 

 とは言え祝福の怪人は確実に、ギンジもミヤコも嫌いそうな性格をしている。あの暴力的な行動と、誰彼かまわず自分の意思でのみ生かそうとする言動、そしてなにより他人を傷つける事への容赦の無さ。

 

 同じ怪人として見てもどこか近寄りがたい、悪意の塊の様な所が見え隠れしている。

 

 考えたくはないが、ヘヴンホワイティネスの面々もきっと嫌いなタイプだろうか。

 

 「ブヒ、ところで・・・ドクターミヤコの居所は特定は出来たのか?」

 

 オーク怪人がベッドを軋ませながら、雪の怪人に聴いてみる。

 

 グリズリーの魔人も咥えタバコで二人の話しを興味津々で聴いている。

 

 「残念ながら調べられていないわ。この26日、つまり昨日は・・・貴方は寝ていたから知らないでしょうけど、この東にもヘルブラッククロスが襲撃に来ていたし、ギンジ達も相変わらず行方不明よ。まったく、自称正義のヒーローのヘヴンホワイティネスはどこに行ったのかしらね・・・」

 

 一息でそこまで喋ると、部屋の氷結がだんだん解凍されていく。雪の怪人の足元に吸い込まれる様にして、氷と雫は吸収されて行く。

 

 「ギンジ達が戻るまで、我々はなんとしてもドクターミヤコを見つける、良くて救出しないと行けない」

 「貴方動けないでしょ?豚ポンコツ」

 

 冷ややかな視線を贈り辛辣な言葉まで言われるが、オーク怪人は特段気にしていない。なぜならオーク怪人にとって豚と罵られるのは褒め言葉でしか無いのだから。

 

 「さて・・・動けないとなればどうするか・・・」

 

 近くにあったぬるいお茶を再度飲み干し、オーク怪人は天井を見上げる。

 

 「とりあえずお前ァ、毒の治療が先だ。そんな身体であちこち動き回られればァ、コロっと死んじまうぜ」

 「ぬぅ・・・」

 

 本当は今すぐにでもドクターミヤコの捜索に出たい所だが、言うとおりにこんな状況では死んでしまう。

 

 あの猛毒は非常に厄介だ。

 

 「・・・ブヒ」

 「気持ちは分からなくも無いけどな。そうだ、この異人町ではよ、女の質が良いんだ。抱けるやつも居るが、どうだい?」

 「・・・Dカップの女は居るか?」

 「あんた達ねぇ・・・」

 

 グリズリーの魔人とオーク怪人の下衆な会話に、雪の怪人は心底うんざりする事になる。本当にこの怪人はドクターミヤコを助けられるのだろうか。

 

 (ああ、無理かもね)

 

 雪の怪人の脳内で結論が出される。

 

 (あの男じゃないと、ミヤコ様は助けられないのかも・・・)

 

 ヘルブラッククロスの怪人として産まれ、ヘヴンホワイティネスとしてこの世界の未来とやらの為に戦う事を選んだあの男。

 

 ─佐久間ギンジ。

 

 彼にしかミヤコを助けられないのでは無いだろうか。

 

 雪の怪人は女の話で盛り上がる男二人を背に、窓を開けて異人町を眺める。

 

 この町は大きく変わり果てた。それは良い意味で。

 

 「早く戻ってきなさい」

 

 静かに青空に向けて言葉を放つと、雪の怪人はまだ帰還しないギンジへと、憎しみと怒りと、ミヤコに向けるぐらいの大きな信頼を乗せて言葉を発したのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 怪人の球。

 

 それは私が造りあげた、ドクターミヤコの研究を引き継いだ、誰でも怪人になれるをコンセプトにした兵器の一つ。

 

 本来人間を怪人にするには、相当時間がかかる。

 

 このドクターパープルと、我が師であるドクターミヤコであれば対した事では無いが、はじめは相応に苦戦を強いられたモノだよ。

 

 怪人の細胞なんて代物は人間には有害だし、僅かな量の摂取で確実に死に至らしめる。

 

 あと何故かこの細胞体は処女の血に過敏に反応している。

 

 それと混ざり合うことで命を形成し、あと一つ何かを足し算してやれば、怪人という存在が産まれる。

 

 しかし・・・我が師であるドクターミヤコは、怪人の細胞に改良を重ねた結果、人間に適応する事が可能な細胞を造る事に成功した!

 

 その名も怪人の細胞・改。素晴らしい響きだ。

 

 人間の中でもレア中のレアである、佐久間ギンジと言う素体に怪人の細胞を全量投与という偉業を達成させ、しかもギンジに定着した細胞はそれまで不可能だった人間の身体を維持したままの怪人を造るにまで至ったのだ。

 

 「本当に・・・彼女は天才だ」

 

 ギンジを造った時の資料には何度も眼を通しているが、私はこれを見る度に、ドクターミヤコが天才だと言うことを痛感する。最早感激の領域にまで居るさ。

 

 そんなギンジの身体に定着した細胞は、闘争によって進化を続ける細胞となり人間にも定着可となり、更にフェーズ2と呼ばれる怪人を造れる様にまでなった、最強の細胞である。

 

 ドクターミヤコは本当に進化の怪人となったギンジを愛していあたからね、彼と血と心を一つにしたいと望んだ我が師は、ギンジの細胞を身体に投与し、半分怪人、半分人間と言う前人未到の場所にまで歩みを進めた。

 

 そんな怪人造りのプロフェッショナルの細胞は、今は私の手元にある。

 

 ギンジとドクターミヤコの細胞が混ざりあった、怪人の細胞・改・・・これを怪人の珠に投与する事で、ある怪人が産まれた。

 

 名実共に最強の怪人であるギンジ、怪人造りのプロフェッショナルであり、我が師・ドクターミヤコ、二人のDNAが入った細胞は、あろう事か二人によく似た怪人を産み出すに至った。

 

 ドクターの怪人と名付けては居るが、今は自分で祝福の怪人とか名乗っている。

 

 「・・・私の怪人造りも、なかなかサマになって来たのではないかね」

 

 仮面をつけて誰にも見えない顔で、私は静かに笑って見せた。心の底にある信頼と尊敬は失っては居ないが、それでも我が師に言われた最後の命令を通す為に、私はドクターミヤコを超えて見せる。

 

 必ず、ヘルブラッククロスとしてすべてに勝つ。

 

 私はもうヘヴンホワイティネスを小バエとは侮らないし、確実に勝ってみせる。

 

 私の怪人と、私の技術で、ドクターミヤコの・・・。

 

 「最高傑作(佐久間ギンジ)に勝ってみせる・・・!」

 

 これもまた一つの祝福。私はそう願って、必ず悪の組織として彼女に勝つと決意した。

 

 超えてみせる。ドクターミヤコも、ギンジも、ヘヴンホワイティネスも・・・。

 

 

続く 

 

 

 




お疲れ様です。

プライベートが忙しく、投稿が役2週間も遅れてすみませんでした!

会社の中にあるエクセル検定や、新卒に向けた資料作成、中途採用の方への仕事の作り等、色々忙しく・・・泣

ああ100年ぐらい休みがほしい。

キャラネタ書きます

オーク怪人
Dカップの女性がお好み。女性はオーク怪人に抱かれると、虜になる。オーク怪人に取っては食事と同じ感覚。ドクターミヤコは理想の女性であるが、親みたいなモノなので性的には見れない。変わりに命を捧げる程の忠誠心を掲げている。

雪の怪人
ミヤコ様一筋・・・のはず。
お風呂上がりに牛乳飲むと腹壊すタイプ。
好きな食べ物はカルボナーラ、ピザ、コーラ、アイスクリーム。
ミヤコ様ふ○○りの妄想で、5年は食べなくても生きていけると語るのは、雪の怪人その人である。
「くふふふ・・・怒るよ・・・?」
ミヤコには気に入られない妄想らしいです。

グリズリーの魔人
出た!異人町の新キャラ。
ゲヘナミレニアム所属時、レイナにボコられてから現実を見始めた。
組織脱退後は、異人町にたどり着くまで闇医者をやっていた。
タバコが大好きで、この作品唯一のタバコキャラ。
ヘヴィチェーンハイレベルスモーカー。
好みの女性は人間なら年齢、見た目問わず全員美人と豪語する。

祝福の怪人
めちゃくちゃな言い分と、持ち前の怪人能力の多さですべてをカバーする。紫の事はあまり好ましく思っていない。
ママであるドクターミヤコとは将来毛布を肩にかけて
「ママ、今夜は冷えるからゆっくりしていてね」と親孝行したいらしい
パパであるギンジには将来
「王よ!」と呼びたいらしい。
ギンジにもミヤコにも似た顔をしており、声質はギンジに似た。
体格もギンジ似たが、指の形はミヤコ似。

佐久間ギンジ
今どこで何をしているのか?遺跡でトンと交戦を開始した

・・・

さて次回ですが、いよいよキラーエリート編佳境!
祝福、銃、超性欲の怪人が集結!
一度は敗れてしまったが、退魔警察とムーン・パラディースに宣戦布告を開始する!

それではまた次回!


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75・キラーエリート・8

こんにちは、アトラクションです!

今日も元気に執筆中!遅筆ですみません。許してください、なんでもしますから(なんでもするとは言っていない)

エッチな話しも書きたいが、こっちのお話の方が楽しく・・・

色々構想はありますが、今はヘヴンホワイティネスに集中しましょう。

今回のお話ではキラーエリート・○が終わります。

ですがキラーエリート編はまだ終わりません。もう少しだけ続きます。

ちなみにまだ物語は中盤って覚えておりましたでしょうか・・・。
そう、まだ中盤だったんです。長すぎやろ中盤。

それではどうぞ!


 銃の怪人、超性欲の怪人、祝福の怪人が3人集まって研究所に居た。

 

 彼らは皆ヘヴンホワイティネスを抹殺する為に造られ、人という生命に終わりを告げた。変わりに得たモノは、人間を遥かに凌駕する力と、ありったけの生命のエネルギー。

 

 怪人。ヘルブラッククロスが看板として出す、大きな生物兵器。

 

 規模の底が全く見えない地獄の様な組織に、この世界を地獄の色に染め上げる事が出来る怪人。

 

 そんな彼らは、ヘヴンホワイティネスを探さないと行けない中、妨害される強敵に苦戦をしていた。

 

 その相手はムーン・パラディース、退魔警察。

 

 この街で動く正義を自称する組織もしくは個人の存在により、ヘルブラッククロス怪人キラーエリートとして生を授かった怪人達は、風前の灯火に立たされている。

 

 「こうも敗北が立てこむと、総統にも怒られちゃうってよ、馬鹿の毛むくじゃら」

 

 銃の怪人がニヤニヤしながら超性欲の怪人を煽る。銃口を向けながら挑発するその姿は、ふとした瞬間に一触即発にもなりそうな空気感を作り出す。

 

 「己はお前らと違い、オンナと寝る事しか頭に無いのだ。邪魔をするな」

 

 胸毛を逆立てながら警戒する超性欲の怪人は、銃の怪人に対して殺意と敵意と胸囲を見せつけている。

 

 「己を馬鹿にすれば・・・(殺すのサイン)」

 「やってみろよ、穴ボコだらけにしてやるよ・・・!」

 

 研究所の一室で早くも戦闘が開始されようとしたが、そこを祝福の怪人が止めに入った。

 

 「くっふふ、止めとけよ。同じヘルブラッククロスのキラーエリートなんだぜ?争い事なら、女をどれだけ自分のモノに出来るかを考えようや」

 「おう。じゃあお前はその辺の女でも喰ってろ」

 「己はあの退魔警察を貰う」

 「じゃあ俺はムーン・パラディースのルカちゃんだな」

 「くっふふ、お前ら浅いな。時代はパパとママだろ」

 

 3人の怪人の殺気が少し収まると、そこに遅れて女王ナメクジの怪人が部屋に現れる。

 

 通気口からドロリと粘液を滴らせ、固形が人の形を形成する事で、美女がその場に姿を表した。

 

 「はぁーいクソザコナメクジの兄弟達ィ〜♡元気してた♡?」

 「ナメクジはお前だろ変態女。お前も穴ボコだらけにすんぞ」

 「アハッ♡こわ〜い♡」

 

 挑発をしあうのはこの怪人達の一種の挨拶だ。しかしながら簡単に能力を発動し合いそうなその姿は、普通の人間は愚か、戦闘員でさえ近寄りがたいのは明白だった。

 

 「で、なんで私達って呼ばれたの♡?タツヤ様の下に戻りたいんですけど♡?」

 

 女王ナメクジの怪人が粘液の瑞々しい肌を見せつけながら、ソファに腰掛ける。するとしなやかな脚線美がぬるりと糸を引きながら、その脚を組んでいた。

 

 「ドクターパープルが俺たちに命令があるんだとよ。そこの祝福と違って、俺、ふんどし毛むくじゃら馬鹿、ローション女は全員任務失敗してるだろ?」

 

 銃の怪人は襲撃初日に退魔警察とムーン・パラディースに敗れ、超性欲の怪人も人間を逃した挙げ句別日は、退魔警察に敗れた。

 

 女王ナメクジの怪人はと言うと、公安局の襲撃によるフジワラと言う抹殺対象を殺せず、しかも組織から逃亡した怪人達に敗北をした上で帰還したのだ。

 

 敗北を良しとしないヘルブラッククロスは、この敗北、失敗の数々は当然総統の耳に入る事になる。

 

 キラーエリートとしての尊厳を失いつつあり、女王ナメクジの怪人だけは柏木タツヤ大幹部により、なんとか廃棄を免れている具合・・・。

 

 「己達が廃棄になると決まった訳ではないと、思うがな」

 

 超性欲の怪人が赤いふんどしをひらひらと動かしながら、銃の怪人へと毛を飛ばす。

 

 「うげ、汚ねっ!」

 「ふん・・・廃棄はお前だけだろ」

 

 祝福の怪人も銃の怪人を指差して、超性欲の怪人と共に煽りを繰り返す。

 

 「うっせー!そもそも廃棄されるって決まった訳じゃぁないだろうが!いい加減に汁!」

 「もちつきなさいよアホの怪人♡」

 「己は動揺しないぞ。潔くSAYよ」

 「全員動揺してんじゃねーか、なんだこいつら」

 『うるさいぞファミコン野郎!(♡)』

 

 ファミリー大好き祝福の怪人だけは何も動じて居ないが、正直このタイミングでドクターパープルに呼び出されるのは、悪い予感しかしていない。

 

 これが最後となるか、はたまたチャンスとなるか。

 

 「・・・ドクターの準備が整ったら、俺たち、もう終わりか?」

 

 銃の怪人が両腕の機関銃を眺めながら、遠い眼をしている。

 

 「己だけは助かると思うがな」

 

 超性欲の怪人は余裕な態度を取っているが、内心ではかなり怯えている。

 

 「私は色々とあるしー♡こんな能力だから重宝すると思うんだけどなぁ♡」

 

 女王ナメクジの怪人は相変わらず蠱惑な表情を見せながら、いやらしい笑みを浮かべる。

 

 「パパとママに会って・・・この世界を正しく導く為には、まだ死ねないんでな」

 

 祝福の怪人も平静を取り繕いながら、狭い部屋の中でひと呼吸置く事に。

 

 『あー、あー、聴こえるかね』

 

 狭い部屋に設置されているボロいスピーカーが、ノイズ音を出しながら、声が聞こえた。

 

 その声の主聴き間違える筈も無い、ドクターパープルの声。

 

 『待たせて済まないね。こちらの準備が整った・・・部屋を開けておくから、きたまえ』

 

 くぐもった声がそれを最後に、スピーカーからは声は聞こえなくなった。

 

 「・・・行くか」

 

 祝福の怪人が静かに言うと、後の怪人達はただうなずくだけ。

 

 彼らに待ち受けるのは、廃棄の未来か、輝かしき未来か・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ドクターパープルに呼び出せれた部屋は、おおよそ研究所とは思えない広く大きな一室。

 

 近未来を思わせる白い床に、蛍光灯が明るく照らす天井、そして白と対を成すかの様に敷かれた漆黒のカーペット。

 

 その一本道にも思える長いカーペットを挟む様にして、ヘルブラッククロスの戦闘員達が綺麗な列を作っている。

 

 整列されたその戦闘員達は、黒い十字架のマントをつけており、ひと目で解る精鋭達である。

 

 選りすぐりの戦闘員達は、怪人キラーエリートをその眼に入れても、まるで動じていない。

 

 それどころか一人として、迎え入れられたキラーエリート達になんの眼差しも向けていない。

 

 ただそこい居るだけ。総統選りすぐりの精鋭達が。

 

 銃の怪人が先陣を切って歩き、カーペットの先の・・・豪華な装飾の作りをした椅子には、ただの人間とは思えない程の圧を封じ込めて尚、得も言われぬ圧倒的な絶望。

 

 銃、超性欲、祝福、女王ナメクジの怪人が、生物としてこの相手に逆らう事は許さないと言った、生きる絶望がすぐそこに座りながらこちらを値踏みするように見ている。

 

 ヘルブラッククロス総統。この組織における最大の権力者であり、たった一人で様々な悪事をその手で実現してきた、大いなる巨悪の大元。

 

 悪のカリスマ、地獄を創る者、新世界の王・・・様々な異名を持つ悪の組織のリーダー。

 

 「よく来たね」

 

 最初に声を出したのは、ドクターパープル。

 

 良く見れば総統の座る一歩先、一段下に揃うのは大幹部の面々。

 

 ドクターパープル。

 

 柏木タツヤ。

 

 リコニス。

 

 そして他の大幹部も・・・キラーエリートの4名の怪人を見つめている。

 

 「今日は君たちの処遇について、総統閣下がご判断をくださる。心して聴くといい」

 

 ドクターパープルの言葉に、キラーエリート達は硬唾を飲み込む。

 

 普段は強気でイカれているリコニスも、飄々としていて何を考えているのか解らないタツヤも、この時この瞬間ばかりは神妙な面持ちだ。

 

 そしてそんな大幹部達から少し離れた場所には、怪人四天王として今も総統を守ろうと警戒している鏡の怪人の姿も見えた。

 

 彼女もまた険しい顔つきをしている・・・目隠しをしており、その真意は解らないが、総統の判断には逆らわず従う方向性で居ることは間違いない。

 

 それほどまでに・・・ヘルブラッククロスの総統が下す言葉は、重たいモノなのだろう。

 

 「廃棄だ・・・」

 

 総統が静寂の中に緊張感のある言葉を吐き出す。

 

 「なっ・・・え、俺たちが・・・?」

 

 銃の怪人が動揺を隠せずに一歩を踏み出そうと動き出すと、周りに待機する戦闘員達がそれぞれアームバズーカや、厳戒態勢が敷かれていく。

 

 「・・・嘘だろ・・・」

 

 祝福の怪人もこれには予想外であり、戦闘員達の行動に驚きを隠せないでいる。

 

 「この私が・・・嘘を言うと思うかね?」

 

 短期間で度重なる失態、敗北。の数々。流石にドクターパープルもこの成果は残念でしょうがない。

 

 総統の判断であれば従うしかない。

 

 「総統、一つよろしいですか」

 

 心臓の音が聞こえてきそうな程動揺する怪人達へ、助け舟の様なドクターパープルの声。もちろん本心としては助けてはあげたいのだ。

 

 ヘルブラッククロスに所属する怪人である以上、これ以上の敗北は許されないのだ。

 

 「良いだろう。貴様の発言を許可する」

 「では、失礼して・・・」

 

 ドクターパープルの許可が降りた事で、彼は戦闘員と同じマントを翻しながら、通路の真ん中に躍り出る様にしてその身を乗り出す。

 

 「総統閣下、彼らは以前ドクターミヤコの報告にもありました、退魔警察と当たっております」

 

 その言葉を聴くと、肩肘をついてくつろぐ総統の眉が少し動く。

 

 「あの退魔警察です。ヘヴンホワイティネスと共闘関係にある憎き我々の敵の一部でございます」

 

 総統はそこからただ黙っている。ドクターパープルに対して、「続きを話せ」と無言で伝えられている様な気分になった。

 

 恐ろしくも底の見えない凶気的な地獄の雰囲気が、ドクターパープルを押していく。

 

 「もう一つが、最近ヘヴンホワイティネスと協力関係を築き上げたもうひとつの、ヒーロー・・・ムーン・パラディースの存在も確認できております」

 

 ムーン・パラディース。ヘルブラッククロスが敵対していた組織、サン・アンフェールが手こずっていた相手だと、総統は認識している。件の組織もヘヴンホワイティネスの介入により壊滅させられたと聴いているが。

 

 「今すぐ彼らを廃棄するのは、少し勿体ない気がしましてね・・・。簡潔に申し上げれば、彼らが見て、実際に交戦した退魔警察とムーン・パラディースに最後の襲撃をさせてやるのはいかがでしょう」

 「ほう・・・?」

 

 ドクターパープルの提案に、総統は少し興味が湧いて出てくる。

 

 続けてドクターパープルが頭の中に思い描く作戦を、そのまま話し始める。

 

 「このまま廃棄するのでは、情報も何も無いではありませんか。有意義な怪人か不利益な怪人か・・・この後の行動、つまり私の指示の下でちゃんと任務を遂行できる怪人かを見極めてからでも、遅くはないのでは無いのでしょうか」

 「へぇ〜紫ちゃん、ミヤコの腰巾着だった癖に随分と偉そうな事言うじゃない・・・」

 

 ドクターパープルの演説に近いソレを聴いたリコニスが、殺意マシマシの瞳を血走らせながら黄金の刀に手をかける。確実に殺そうとしていた怪人達を庇われた様な気がして、その事が許せない。

 

 「おや・・・ギンジギンジとうるさい小娘が、私にやっかみかね」

 「ギンジちゃんは今はいいのよ。せっかく私が廃棄してやろうとしていたのにさぁ・・・余計な事が最近重なり続けるのよ!」

 

 色々とフラストレーションが溜まりに溜まるリコニスと、殺意を前にしても動じていないドクターパープル。しかしその左腕にはアームバズーカの引き抜く準備が出来ている。

 

 総統の居る場所で大幹部同士の戦闘なんて、まさか冗談でも行わないだろうと、戦闘員と鏡の怪人は一気に緊張感が走るが、総統の前に防衛するように立ったタツヤも、表情は変わっていないがどこか緊張している様に見えた。

 

 「下がれリコニス」

 「・・・チッ」

 

 総統の威圧を感じる命令で、リコニスは総統を睨みながら元の居た場所に戻る。それをタツヤがヒヤヒヤした表情で受け入れると、再びドクターパープルが総統に向き直る。

 

 「今までは個体vs個人で戦っていたからこそ、敗北したかも知れません。しかし、しかしですね」

 

 段々と熱の入った口調に、鏡の怪人と戦闘員がますます興味を示していく。それと同じ様に廃棄を言い渡された怪人キラーエリートも、希望の眼差しでドクターパープルの背中を見つめている。

 

 「ヘルブラッククロスが得意とする戦いをすれば、きっと勝てるのでは無いでしょうか・・・」

 「・・・続けろ」

 「今日ここに集めさせて頂いたのは、総統閣下が贔屓にする精鋭!その名も・・・超級戦闘員!彼ら一人ひとりが、このヘルブラッククロスの力の世界に感心しており、実力も高くある優秀な戦士達なのはご存知でしょう・・・」

 

 ドクターパープルはたたみかける様にして、総統へ自分の造った怪人をアピールする。

 

 人差し指を上に突き出しマントを回しながら、怪人キラーエリートを指差す。

 

 「ヘヴンホワイティネスが見つけられない今、ここに居る精鋭達と、怪人キラーエリートを一致団結させ、退魔警察とムーン・パラディースを倒せるか・・・これを廃棄の基準にするのはいかがでしょうか?」

 

 つまりいつもヘルブラッククロスが得意とする、物量作戦。これで妨害してくる敵を倒そうと言うのだ。

 

 「元より廃棄が決定しているのですから、ここで死なせるより・・・敵陣に投げ込んで不利な状況に運んでやるのも良いのでは無いでしょうか?」

 「・・・いいだろう」

 

 総統の首を縦に降ることで、ドクターパープルは安堵する。

 

 (よかったーもし断られたら、殺すしかなかったじゃん・・・怖いって総統〜)

 

 心の中では余計な軽口を叩いて見せる。正直この世界の行く末等、ドクターパープルにはどうでも良いからだ。

 

 ミヤコが勝つならミヤコに順張りして、ヘルブラッククロスが勝つならヘルブラッククロスに順張りするだけなのだから。逆張りだけは絶対にしない男、それが紫という男である。

 

 (はぁ、これで退魔警察でもお月さまでもなんでも軽く倒してくれればいいん「ただし条件がある」

 「・・・はい?」

 

 総統が心の中での言葉を遮る様にして、一気にドクターパープルを集中させる。

 

 「我が精鋭は連れて行っても良いが、使うのは勝てる時だけだ」

 

 自分の優秀な部下達を得体の知れない自称正義のヒーローによって、倒されてはたまったモノではない。

 

 そこで総統の返した内容は、キラーエリートが勝てる状況になれば、この精鋭達を使って良いと言う。

 

 いずれにしても実験の意味合いの強いこの無理やりな提案。

 

 素体が人間であり、怪人と融合させる事で産まれた怪人キラーエリート。

 

 普通の怪人と違って、彼らには協調性がない。自分がいつだって一番出来ると信じている。

 

 どうすれば、ドクターミヤコを超えられるのだろうか。

 

 「かしこまりました」

 「・・・紫よ」

 「はっ」

 

 総統がドクターパープルの名を呼ぶ。

 

 「期待しているぞ」

 「・・・!」

 

 総統の紅く輝く瞳が、目深にかぶった軍帽によって、より深みを増す。

 

 これで失敗すれば、きっと紫自身の命も危ない。そう言われている様な気がして、命の危機を感じ取った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 8月27日。昼間。今の時間は13時頃を少し超えたぐらいだろうか。

 

 聖カエルム教会の孤児院達の子どもたちが、夏休み最後のキャンプと称して、教会の裏山に向かって皆が元気に出発した。

 

 「ふう・・・」

 

 そんな子ども達がキャンプに出かける少しまえ、裏山に向かう為に身を清めると称して、大浴場に入りこんでいた。

 

 裏山はきれいな身体と、健全な精神でしか入る事を許されて居ない場所の為、子供達はそこへ行く前にお風呂に入る必要があったのだ。

 

 熊沢レイナはそんな行事もあったな、と思い出しつつも大浴場の掃除に入る。

 

 冷水で溜まった垢の水を洗い流し、少しざらついた浴槽に洗剤を流し込んだスポンジ付きのモップで汚れを擦り始める。

 

 「レイナさーん、鏡も拭き取りますか?」

 「こっちも使う?」

 

 レイナと一緒に掃除をするのは、ここに泊まらせて貰っている月島ルカと、山吹イロ。

 

 三名?の女性陣は皆仲良くお風呂掃除を開始している。

 

 真夏の大浴場と言う事もあり、窓を開けていても蒸す様な暑さが女性陣の体力を奪っていく。

 

 顎に垂れる汗をタオルで拭い、ルカは鏡の水滴を綺麗に拭き取る事に集中する。

 

 考える事は、やはり銃の怪人やヘルブラッククロスの襲撃についてだ。

 

 (今度あの怪人が襲撃してきたら・・・今度こそ倒してやる)

 

 アキハも同じ気持ちで居るからか、より心のつながりが強くなって行く気がした。

 

 「なーあのさーなんでおじさんは、ここでぐるぐる巻きにされて目隠しまでされてるの〜?おじさん何かした?どぼじで・・・」

 

 大浴場のすぐ近く、脱衣所にて正座させられながら、退魔の紐で身体を拘束されたおじさん、藤原が待機させられていた。

 

 藤原の真後ろでは、ナルミがいつでも制裁を加えられる様にまでしている完全防御姿勢だ。

 

 ついでに言うとミツキもここで制裁準備をしている。社会的にではなく、物理的に。

 

 藤原が26日の夕方にこの教会に来るなり、ミツキとナルミにセクハラを働いたことで、容赦なくフルボッコされた。

 

 懲りずに本日27日も朝起きるなりいきなりセクハラを働こうというのだから、ミツキによって鉄拳制裁を受けるハメにもなった。

 

 しかし40年以上生きているおじさんは、こんな事ではめげないらしい。

 

 特に磯上ミツキに至っては聖女、教皇とは思えない軽いフットワークから繰り出す驚異的な速度の拳が、藤原の急所を的確に狙っていた。

 

 「おお、神はこう仰られております。不埒で淫靡な人程、迷い苦しむと・・・あなたも神を信じて、今日からはこんな淫らな行為を行わないように・・・」

 「あの、目隠しで見えないから言わせて貰うけど、あんた以外といい身体してるよな。修道服越しでも解るぜ。キレイだと思う。胸は小さいが、おじさんそういうの気にしないからさ・・・あとお尻、お尻大きいよな。安産型だぜ、それ」

 「すごいな・・・ミツキのラッシュを受けた後でもあんな事を言えるのか、藤原さんは」

 

 大浴場を掃除しながら聞き耳を立てていたレイナが、藤原の再度行われたセクハラによる撲殺の音を聴きながら、苦笑する。

 

 「ミツキさん・・・あれやりすぎなんじゃ」

 

 ルカはモザイク処理される藤原を見るや、不安そうな表情をしているがレイナはまったく気にしていない。

 

 「あれで結構楽しんでいるから、大丈夫だよ。あれはミツキなりのツッコミさ」

 「あ、あれでツッコミ・・・」

 「掃除?早くやっちゃいましょう?暑くてたまらん?」

 

 レイナとルカが話し初めて、イロが注意をする事で3人の美女は掃除を再開する。

 

 子供達の大浴場はとても広く、これが男女2つ分もあると思うと、かなり根気のいる作業だとルカは痛感する。

 

 とにかく風呂の掃除に今は集中し、3人の女性は真夏の風呂掃除という大きな戦いを制しに向かうのであった。

 

 (ふー・・・ギンジ達は今頃何をしているかな・・・)

 

 ルカは最近気がつくといつもギンジの事を考えている。恩義ある彼らの為に今出来る事はなんでも変わりに行い、そして最後に皆生きて再開したい。

 

 (これも一個の修行みたいなモノね。頑張りましょう、ルカ)

 (ありがとう。アキハも熱中症には気をつけてほしい)

 

 心の中で親友であるアキハと会話を終えると、ルカ、レイナ、イロの3人が細かく清掃を続け、その大浴場の掃除が終わる頃には、全員汗だくとなり、一番風呂に入ろうとするのであった。

 

 「あの・・・おじさんもお風呂入りたいんですが・・・」

 「ああ、藤原さんはまた後でにしてください。セクハラが感染ります」

 

 レイナが冷たく言い放つと、目隠し拘束されたおじさんがガクリとうなだれる。

 

 5人の女性は一先ず交代しながらお風呂に入る事にし、ヘルブラッククロスよりも醜悪にも思えるセクハラおじさんを監視しながら、最高のリフレッシュを味わうのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 総統との謁見が終わり、怪人キラーエリートを含めた特別編成の部隊が、ヘルブラッククロスのアジトの正門にて、集合を行っていた。

 

 銃の怪人の単独行動によって発見された、退魔警察とムーン・パラディースの居場所を確認しており、南度固化市へと向かう準備を整えている。

 

 コンクリートに整地された大きな正門は、普段誰も通る事のないただの真っ黒な鋪装されたばかりのコンクリートの道が、ただ奥に広がっているだけ。

 

 だけどこの正門を抜けてただ広い道を少し歩けば、繁華街エリアに出る。いつも思うが不思議な場所である。

 

 本来の出入り口である繁華街エリアの光を通さない路地裏とは違い、ここは正真正銘ヘルブラッククロスの正面玄関である。

 

 「俺たち全員で・・・成果を残せなきゃ、パパとママに会えないなんてなぁ・・・」

 

 真夏の青空を仰ぎ見ながら、祝福の怪人は漠然とした想いを胸に抱いている。

 

 まだ会えないパパとママ。その両親に会いたいだけなのに、こんな事になるとは。

 

 「でも俺はムーン・パラディースのルカちゃんとまた戦えるなんてウレシイぜぇ?勝てば結婚だからな!ギャーハッハッハ!」

 

 再び想い人である月島ルカと会えると聴いて、銃の怪人は廃棄の未来が確定するかも知れないこの状況で、かなり呑気に過ごしている。

 

 しゃがみながら両腕の機関銃をコンクリートに擦りつける銃の怪人の横で、赤いふんどしが風に煽られてひらひらと視界に入り込んでくる。

 

 超性欲の怪人が腕毛をなでながら、毛むくじゃらの身体最後の気合を注入していた。

 

 「己達は廃棄の未来を乗り越えないといけんな。銃、祝福。ここは協力して・・・奴らを倒すとしようではないか」

 

 協力を申し出たその顔はとても引きつっている。本心で言えば自分が一番強いと、超性欲の怪人は思っている。ここで戦って強いのは自分、ここに居る誰よりも任務を遂行出来るのは自分だと、そう決め込んでいるのが本心だ。

 

 しかしそれは銃の怪人も、祝福の怪人も同じ事だろう。自分こそが誰よりもこの世界の本質に向いて生きていると・・・。

 

 「ところでビッ○はどうしたぁ?」

 

 銃の怪人が女王ナメクジの怪人の姿が見えない事で、周辺を見渡している。

 

 「そういえば見ていないぞ」

 

 超性欲の怪人もその姿が見えていない様で、辺りを見渡している。

 

 「クソでもしてんじゃねーのか。あの服脱ぐの大変そうだしな、ケツ拭くのにも気を使うんだろ」

 

 祝福の怪人が女王ナメクジの怪人の服装を思い出す。

 

 ボディラインを強調するあのレオタードと、腰まで届く長い髪。さらには豊満なスタイル、素足と香りだけならなんとも言えない心地よさを誇る、あの粘液の粘つく腕。

 

 もし本当にお手洗いに行っているのであれば、色々大変なのだろう。

 

 そんな勘違いを話している三人の怪人をよそに、少し離れた柱に隠れる様にして、女王ナメクジの怪人が背中を柱にくっつけている。

 

 そんな彼女の前には、蛇の様にしたたかな顔で柏木タツヤがニタニタと・・・鎌首をもたげる様にして、女王ナメクジの怪人の顔に近づいていた。

 

 「貴女には生きていてもらわないと行けませんねぇ」

 

 タツヤの笑顔はどこか底の見えない闇の様な感覚があり、人間だとしても侮れない底知れぬ悪の力強さを秘めた顔をしている。

 

 「いいですか、貴女の能力はわたくしに取ってとても必要です。あの三名はどうなっても構いませんが・・・」

 

 タツヤの手が女王ナメクジの怪人の顎に伸び、その指を顎にかける。

 

 そして息がかかる様な距離感で、タツヤが更に女王ナメクジの怪人に言葉を囁いていく。まるで口説き落としの様に、しかしその手がまるで蛇の様に、女王ナメクジの怪人を逃さない雰囲気を作り出す。

 

 「貴女の様な怪人はそうは居ませんから・・・もし負ける様な事があっても、貴女はなんとしても逃げるのですよ。次敗けても、今度はわたくしが口添えをさせて頂きますし、全力を出して来てください。貴女だけは助けてあげますから・・・」

 「はい・・・♡」

 

 優しく、重く、そしてどこまでも飲み込む、そんな蛇の様な声音と絡みついては逃さないタツヤの言葉に、女王ナメクジの怪人がコクリと首を動かす。

 

 「さぁ・・・それでは行ってきてください・・・」

 「はーい、かしこまり〜♡」

 

 柱から身体を動かし、女王ナメクジの怪人が先に集まっていた怪人キラーエリート達の所へと向かっていく。

 

 「・・・彼女は対ギンジに役立ちそうですし、生きていて貰わないと困るんですよねェ・・・」

 

 女王ナメクジの怪人は自分を必要として貰えている、恋する乙女の様だが、タツヤは別の用途で女王ナメクジの怪人を必要としている。

 

 そして柏木タツヤは理解している。再び近い内に・・・ヘヴンホワイティネス・佐久間ギンジとぶつかる事を。

 

 その時にはあの女王ナメクジの怪人が、ギンジ対するある決定打になる事を確信している。

 

 「さて・・・どうなるか、楽しみにさせて頂きますよ・・・」

 

 不穏な空気を纏わせたタツヤが、超級戦闘員達の列を眺めながら、ニタリと笑みを浮かべた。

 

 怪人キラーエリートの出撃が開始され、南度固化市へと進撃を見送るのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・ 

 

 夜の聖カエルム教会に、足音をテンポ良く鳴らしては、土を踏みつける音がこだまし、レイナは威圧的な空気を察知して外を眺める。

 

 魔の気配を感じなくても解る・・・これは怪人の気配。

 

 奇しくも想い人であるギンジと同じ気配を感じ、嬉しくなったその気持ちは一瞬にして崩れ去り、悪意のある顔を見せる。

 

 教会に整列して向かってくるのは、見覚えのあるヘルブラッククロスのマーク。

 

 大きな1つ目に黒く赤い瞳。その刺繍を見るだけでもギンジを思い出せるのに、今目の前に居るのは四人の怪人。

 

 ルカに執心する銃の怪人、レイナが打倒した筈の超性欲の怪人。

 

 更には信じがたい事だが、ギンジに似ている?謎の怪人と、妖艶な姿をした・・・否、あれは卑猥な姿をした怪人。

 

 その後ろに並ぶのは大小さまざまなパワードスーツを装着した、ヘルブラッククロスの戦闘員達。

 

 「出てこーい!」

 

 銃の怪人が機関銃を一発、夜空に向けて解き放つ。

 

 「我々はヘルブラッククロス!怨敵であるヘヴンホワイティネスに協力する愚か者共を始末しに来たぜぇぇー!ギャーハッハッハ!」

 

 下卑た笑いは相変わらずで、銃の怪人がまだ死んでいない事に嫌気がさす。

 

 「出てこないならば、己達がこの教会を破壊する」

 「本当にここに居るのか?まぁ、出てこなくてもここを襲撃しに来たんだけどよ」

 

 その隣で超性欲の怪人とギンジに似た怪人が、恐ろしい闘気を放出しながらここに向かって来ているのが解る。

 

 卑猥な女の怪人も間違いなく強敵・・・。

 

 「・・・来たようですね」

 

 ルカもこの銃声によってレイナの元へ来た。

 

 「ヘヴンホワイティネスの協力者への、宣戦布告だぜ!出てこいよぉー!」

 

 教会のステンドグラスへ銃弾が撃ちこまれ、その衝撃ではめ込んであるキレイなガラスがすべて割れてしまう。

 

 「・・・月島君、ミツキとナルミを呼んできてくれ。あいつらとは、ここで決着をつけよう」

 「・・・はい」

 

 ルカが力強く頷くと、一先ずは玄関の窓から離れていく。

 

 レイナも銀色の退魔修道服へと変身し、覚悟を決める。

 

 敗ける事への覚悟ではなく、あの怪人達に勝つ覚悟を。

 

 「ギャーハッハッハ!なにもかもを・・・」

 「己達が・・・」

 「真に正しい世界を創る為に・・・」

 「あなた達ぜーんいん♡気持ちよくしてあげる♡」

 

 怪人達が一斉に花壇を突破すると、教会へと侵入を開始する。

 

 超性欲の怪人が鼻毛を伸ばした突剣で教会の壁をくり抜くと、そこへ猛毒を纏わせた触手を伸ばす祝福の怪人。

 

 毒によって溶かされた石壁は、銃の怪人によって粉砕され、そこへ女王ナメクジの怪人による粘液の侵入が繰り出される。

 

 今ここに子どもたちが居なくて良かった。

 

 そうレイナは考える。

 

 何故ならば・・・。

 

 「本気で怒れるからな・・・」

 

 破邪の剣を召喚し、レイナは教会に侵入してきた怪人達と対峙する。

 

 「まさか一人で戦う気か?」

 「だとしたら舐めてるわね♡」

 

 祝福の怪人と女王ナメクジの怪人が、レイナを囲もうとするが薄暗い教会の奥からは、月の光を宿した盾と、退魔の札が飛んでくる。

 

 「一人だと思ったら、大間違いだァ!!」

 

 ルカの攻撃が銃の怪人へ突撃し、思い切り吹き飛ばす事に成功する。

 

 退魔の札はナルミが使ったモノらしく、祝福の怪人の動きを封じ込める事に成功した。

 

 「お待たせしました!」

 

 ルカが深緑色のスーツを輝かせ、ナルミが札を取り出しながらレイナの背後からその姿を表す。

 

 ルカの盾が手元に戻ると、盾を構えて戦闘準備が整う。

 

 「来たなぁ!ムーン・パラディース!!」

 

 礼拝堂まで飛ばされた銃の怪人が、血気盛んに叫ぶと再び玄関まで戻ってくる。今度は欲にまみれた顔ではなく、戦う為にその表情を変えている。

 

 命を背負っているかの様な迫力に、レイナもルカもビリビリとした覇気を感じた。

 

 つまりこの怪人達は全員本気だと言うこと。

 

 「決着をつけようじゃないか・・・ヘルブラッククロス!」

 「来やがれ、退魔警察、ムーン・パラディース!」

 

 両腕の機関銃を鳴らし、開戦と取った両陣営が教会内で交戦を開始した。

 

 怪人キラーエリートとヘヴンホワイティネスに協力する正義連合。

 

 果たして勝つのはどちらか・・・。

 

 雌雄を決する戦いが始まった・・・!

 

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。

女王ナメクジの怪人って響きがいいですよね。
退魔師と言えば、ナメクジ、ナメクジと言えば退魔師ですよ!これエクセル検定に出ますからね!(え)

キャラネタ書きます

熊沢レイナ
お風呂上がりはアイス食べる派。
怪人キラーエリートの中にギンジっぽい人がいるんだけど何者?

月島ルカ
盾を投げたり突進したり十字盾になったり、こいつ武器はどこのキ○エライトさんだ。

藤原
教会の女性にもセクハラを働く不届き者。

如月ナルミ
相変わらず喋らない。
年齢は27歳だが、見た目は十年若返っている。ギンジかよ。

磯上ミツキ
意外とセクハラされた事を楽しんでいる。だけど神がだめだよーって言うから何故駄目なのかを完璧に理解し、悪い事としている。

柏木タツヤ
蛇さん。しゃー。女王ナメクジに触れたけど能力が効いていない。
あの粘液には利用価値アリと判断しているが、個人としては無用。
理由としては小さくないから。やはりロリコン。

総統
久しぶりに登場したアレな人。最後に登場したのって赤鬼の初登場の時ではなかろうか。番外編は抜きで。

・・・

さて次回は、正義連合と怪人キラーエリートの交戦開始!
熊沢レイナ達はヘルブラッククロスに勝つ事が出来るのか!それとも敗けてお持ち帰りされてしまうのか!
お持ち帰りされろ!されろされろされろ!退魔師はナメクジには勝てないんだよ!そういうモノなんだよ!!!ッルァ!!

失礼しました。興奮して我を忘れました。

それではまた次回!!


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番外編!70話突破記念!〜トン・コッツとクリムパス〜

こんにちはアトラクションです!

ようやく70話突破記念の番外編が出来ました!

実はあみだくじを造れるアプリで、誰が主役になるかなーなんてやってたらトン・コッツが選ばれたので、彼とクリムパスを主役にした番外編を作りました。

どうして二人が交際する事になったのか、っていう話しになっています。まぁその理由はどうしようも無いんですけどね!!!!

それではどうぞ!


 白レンガで象られた四角い部屋が並ぶ大きな一室。そこには金の装飾が施されたベッドがあり、壁には剣を立て掛け、その隣には小さな盾。

 

 更には打ち身台という、人の胴体に似たトルソーも置いてあり、一言で言えば物騒な雰囲気。

 

 しかしながらクローゼットと、ベッド、そして小さな鏡の置かれた机を見ればそこは寝室だと言うのがひと目で解る場所になっている。

 

 高級な羽毛をふんだんに使った温かい布団とその大きさは、一人の大人が入って丁度良い広さ大きさをしているモノだった。

 

 そんなベッドの上で、紫色の髪を汗で、身体を様々なモノで塗らしつつも、身体を布団で巻いて隠す様にして顔だけを出している女性の姿。

 

 一人で限界とも言える大きさのベッドには、その女性と違いもう一人の姿が肩から先を出して、女性の顔を見つめている。

 

 ギチギチに詰め込んだ様な狭さを感じるが、そのベッドの上で二人の男女がほぼ身体を密着させて居た。脚を絡ませて、お互いが離れない様に・・・。

 

 女性の名前はクリムパス。魔法界オレキエッテ帝国序列1の魔法剣士であり、今この寝室にて淫れていた人である。

 

 対する男の方は、豚っぽい鼻が目立つがそれでも人間という顔の形をした大柄な男、トン・コッツ。

 

 魔法界・オレキエッテ帝国の地水火風の司祭の一人であり、魔女ジェノべに毎日コキ使われている元野盗である。

 

 クリムパスのとろんとした顔を見て、トンの満足気な顔を見て、二人動じに顔を近づける。

 

 むちゅ、むちゅ・・・とわざとらしく音を鳴らして、キスをする。

 

 愛情と信愛と、言い表せない全てが混ざりあったキスをして、二人の耳元にいやらしい水音が這う様に聞こえてくる。

 

 「ん・・・すごかった・・・」

 「ブッヒッヒ・・・可愛かったぞ」

 

 長く、重く、しかし短く、軽く、そんなキスを終えて二人が再び見つめ合いながら、そんな言葉を交わし合う。

 

 今日はお互いの仕事が終わるなり、クリムパスの寝室に集合し、濃密で狂おしい程、身体を重ねて愛し合っていた。それこそ誰の声も届かず、誰にも邪魔されない様にして・・・。

 

 布団の中で二人が手をつなぐ。指を絡ませて、クリムパスの親指の根本が、トンの親指を擦る。触れ合う指の感触が、二人の夜の火照りを少しずつ冷ましてくれる。

 

 「・・・痕、残ってしまうな」

 

 クリムパスの首元に、ひと目数えるだけでも4つ以上の鬱血の痕。

 

 鎖骨のやや上、喉の真ん中や首筋等・・・。

 

 「魔法で今治す・・・」

 

 仕事に支障をきたしては行けないと、トンが軽い治癒の魔法を唱えようと、頭を支えていた左手を回すが、クリムパスがその手を右手で止める。

 

 「大丈夫だ・・・その、こういうのがあると・・・なんだ」

 

 言葉に詰まってしまう。柔らかい枕の上に頭を落としながら、眼を逸してしまうクリムパス。

 

 顔が赤くていつもの勇ましさを微塵も感じられないが、その変わり女性らしさというか、トンだけがこの瞬間にしか見られない彼女のもう一つの側面を眺める。

 

 「こういうのがあると・・・?」

 「・・・〜〜ウレシイ・・・から、消さないでいい」

 

 どうせ鎧で隠れるのだ。普段の帝国の職務上、アクセサリーを付けても隠れてしまうし、見せびらかしたりする事もしない。が、ネックレスやピアス、イヤリング等のアクセサリーをプレゼントされれば、女性であれば誰でも嬉しい。

 

 しかしクリムパスはそんなプレゼントも、仕事中には汚れてしまうし、訓練をしていれば壊れたり紛失してしまうかも知れないと、トンからせっかく貰ったプレゼントを全て大切に保管しているだけなのだ。

 

 故に・・・首につけられたこの痕が、たまらなく嬉しい。

 

 (だからやたらとキスをせがまれたのか・・・)

 

 トンが今日一日中、クリムパスと二人っきりになる度に、そんな事を囁かれていた。

 

 耳元で囁かれる度に鎧を吹き飛ばしては、今すぐに誰もいない部屋に運びだそうかと思ったが、その時はなんとか理性を働かせて事なきを得たのだが。

 

 そんな事を思い出しているトンの身体に、不意にクリムパスの手が伸びる。

 

 ひたり、とクリムパスの右手がトンの胸板に押し付けられて、撫で回してくる。

 

 「どうかしたのか?」

 

 普段のトンからは想像も出来ない程優しい声で、クリムパスが再び目線を合わしてくる。勇ましさと、可愛らしさと、上手く言葉に出来ないが再び胸の中に熱がこみ上げる様な、熱い感覚がトンの中に再度生まれてくる。

 

 「いや・・・初めての時を思い出して、な・・・」

 

 帝国序列1のクリムパス、魔女のパシリ・・・もとい、地水火風の司祭であるトン・コッツ。

 

 この二人は今から5年前、今の様に仲良く一夜を過ごすキッカケを作る、ある一日の事をトン・コッツは思い出していく。

 

 そう、あれは・・・あの時は忘れもしない、お互いがお互いを好きになった瞬間の話し・・・。

 

・・・・・・・・・

TIPS

・装備品は、キャラクターに装備させないと意味がないゾ!

・クリムパスは幽霊が苦手だゾ!

・・・・・・・・・

 

 魔法歴7895年、双子の月、45日。

 

 魔法界・オレキエッテ帝国はコンキリエ魔王軍の襲撃もほぼ毎日あるが、数が少ない為現状は城壁や上空の守りを固めるのでなんとか防戦を維持出来ている。

 

 それも地水火風の司祭の防御魔法のおかげだと、民の人々は言う。

 

 もちろん本当はそれだけでは無い。帝国魔法騎士団の尽力もある事を忘れては行けない。

 

 だと言うのに、民衆は見た目が派手な魔法の方に見入り、成果は全て魔女ジェノべ率いる地水火風の司祭だと拍手喝采である。

 

 「私達も頑張っているのだが・・・」

 

 クリムパスが少し悔しそうに、拳に力を込める。ここで「私だって頑張ってるんだぞー!」って怒ってもあまり意味がないし、シシリー帝王が大切にする民に対してそんな事を言うべきではない。

 

 騎士としての本来の使命を忘れては行けない。私怨を交えてはそれこそ騎士どころでは無くなる。

 

 「ンゲーッゲッゲ!今日もコッツ兄妹の大活躍だぜぇ」

 

 下卑た笑いと知性を感じさせない笑い声を上げながら、左右に白く染め上げた髪のど真ん中を立てて、その立てた髪は真っ赤に染めている男が凱旋中の帝国騎士の列にわざとらしくぶつかってくる。

 

 「まったく・・・今日は魔法を使いすぎて疲れているのに、この笑い声を聴くと・・・憤りが・・・」

 「奇遇ですね。私もです」

 

 クリムパスの声に同調するようにして、隣を歩くアラビアが憂鬱な顔をする。

 

 あのトリ・コッツという男は、いつも勝利の時にこういった大声でバカ笑いをする。それがとても女性陣には受け入れられてはおらず、当然白い眼で見られている。

 

 「・・・」

 

 巨馬の上で椅子に座るトン・コッツが、寡黙な印象を抱かせる程静かだ。

 

 (・・・あの紫色の髪の騎士・・・名前は確か・・・そうクリムパス・・・あの戦い方や、逃げずに前進する姿、ぜひ褒めたいモノだがどうしたモノか)

 

 トンは見下ろす訳では無いが、少しだけ巨馬の足元を歩く魔法騎士、クリムパスの顔を覗いてみる。

 

 (それにしても最後に城壁を守ったあの土の魔法。素晴らしい練度だった。元々は野盗だが、褒めても良いだろう、うむ)

 

 帝国に泥棒として攻め込んできた時は、容赦なく斬りつけたが、今はシシリーの命令もあり、コッツ兄妹とはそれなりの信頼を置いている。

 

 ただし会うことは無いため、それまでなのだが。

 

 特段忙しくは無いのだ・・・会おうと思えば会えるし、一度会って軽くお話でも・・・そう考えてはいたのだ。

 

 (ブッヒッヒ・・・帝王のねぎらいの言葉が終わったら、声でもかけてみるか)

 (帝王からの功労が終わったら、一つ声でもかけてみようか・・・?)

  

 二人して考えていることは一緒であり、二人してこの帝国を護る一人の兵なのだが、お互いにタイミングが合わさる事は少なく、合っても二人が会話する事は無かった。

 

 だから今日、今日こそがその会話をするというチャンスかも知れない。

 

 「・・・今日はジェノべに【予定】を聴いてみようか」

 「おい、ギュウ。兵長のアラビアに【予定】を聴いてみろ」

 

 トン・コッツとクリムパス。二人の戦士が、邂逅する日が遂にここに来た。

 

・・・・・・・・・

TIPS

・クリムパスは前衛向き。魔法も使えるが、バフや味方への援護は出来ないゾ!

鈍色の鎧はオレキエッテ帝国では一番武勇の大きい者だけの装備だゾ!

・・・・・・・・・

 

 今日の魔王軍の襲撃は相変わらず数は少なく、しかし魔王アマトリの野望を成就するべく帝国に眠る霊石を奪い取ろうと、全力を尽くしては居る。

 

 それでもクリムパスを始め、オレキエッテ帝国軍はコンキリエ魔王軍と戦っていた。なんとかして撃破出来ている。

 

 今ならきっと本拠地に突撃しても勝てるのでは無いかと、そう思えてしまう。

 

 「いや・・・それは早計か」

 

 7890年、つまり今より5年前、この帝国で序列1だった騎士が謀反を越して、魔王軍に寝返った事を昨日の事の様に思い出す。

 

 クリムパスが憧れ、共に肩を並べて戦いたいと、この人の為ならば命をも賭け事が出来ると、言うなれば心酔に近かった事まで、いらない事を次々と思い出す。

 

 ナポリタという先輩の事を思い出し、少し頭痛がする。未だ裏切られた傷は癒えていない。

 

 帝王の功労が終わり、それぞれの自由時間を手にした兵士達は各々自由な事をして過ごしに行く。

 

 謁見の間を出て行くと、クリムパスの目の前には漆黒のローブに身を包み、妖艶な長い手袋を装着した銀の髪の魔女、ジェノべが立ちふさがるようにして、ここに現れた。

 

 細い黒曜石の通路に急に現れるのと同時に、薔薇の香りが辺りに広がり、一気に周りの兵士やメイド達がその視線をジェノべとクリムパスへと集中させる。

 

 「何か用かジェノべ」

 

 この現れ方はいつもの通りだ。だから別に驚いたりはしない。

 

 そんな事より、癒えない心の傷とどう立ち向かおうか、それを考えていたので、あまりにもぶっきらぼうな態度を取ってしまった。

 

 「何か用よ。この後暇かしら」

 

 ジェノべはその事を知っているからか、特別な態度で話したりはしない。いつも通りの二人と言った所だ。

 

 「・・・何をするんだい」

 「ムフフフ・・・ちょっと来なさい」

 「え?」

 

 クスクスと笑うジェノべがクリムパスの腕を掴み、魔法でその姿を消す。薔薇の香りが充満したその通路では、メイド達があの二人は百合なのでは無いかと言う噂が広まりつつあるのであった。

 

・・・・・・・・・・

TIPS

・クリムパスはひいおばあちゃんがエルフ族。つまり血気盛んだゾ!

・魔法界のエルフはどこかの世界に住む怪人級の強さだゾ!

・クリムパスは花粉症。花料理と花屋は好きだゾ!でも一番は・・・

・・・・・・・・・・

 

 コッツ兄妹は元々四人兄弟の野盗であり、その日暮らしをする為には他人から何かを奪わないと行きていけなかった。

 

 「兄ちゃーん、次の目的地はどこよ」

 

 鶏冠を目立たせる様な髪色のトリが、長兄であるトンへと地図を手渡しながら、次なる強奪の場所・・・つまり生活費の大元の場所を聴いてみる。

 

 「ブッヒッヒ、次はあのオレキエッテ帝国だ。金銀財宝や、美男美女が集い、食事も美味い場所だと聴いている」

 「ウッシッシッシ!美男だと?それはとてモー良い!」

 

 トンの隣では白黒の斑模様で全身をペイントしている、牛を思わせる風体をした大男が、美男というワードだけを切り取って興奮し始める。

 

 彼の名前はギュウ・コッツ。生粋の男好き(ガチホモ)であり、男同士でも妊娠出来ると言うのはなんとも悩ましい人生観を持っている。

 

 もう一人荷馬車の上では、緑色の髪をした少女が、気怠そうにして大空を眺めている。大の字に寝そべり無防備にも思えるその姿は、本当にめんどくさそうにしている姿そのモノである。

 

 「あーめんどくさ。そろそろちゃんとした生活しようよ」

 

 その少女の名前はジン。何もかもをめんどくさそうにしていて、やる気の無さを見て取れるコッツ兄妹の末っ子である。

 

 「ちゃんとした生活とは言っても、おれ達はまともな学は無いのだ。あるのは生きる為に必死に身に着けたこの魔法と、他人から奪う事しか無いのだから、少しは生きる為にやる気を出せ」

 

 トンがジンに注意すると、ジンはため息一つで起き上がる。

 

 「ンゲーッゲッゲ!トンの兄ちゃんも、そろそろ女を見つけないとな」

 「・・・こんな学もない、顔も良くない、さらには野盗。こんな男を好いてくれる奴なんて居ないさ」

 

 欲を言えばまともな生活をしたいし、嫁も欲しいが・・・それでも、トン自身恋愛なんて出来るはずが無いと、心の底からそう思い込んでいる。

 

 「行くぞ」

 

 オレキエッテ帝国の城壁が近くなり、コッツ兄妹が次の強盗を開始する為の準備に入る。

 

 目指すは帝国城。そこに眠る様々な財宝を手にし、この魔法界の闇で生きていくべき兄弟の目的が開始された。

 

・・・・・・・・・・・・・

TIPS

・トンは魔法も得意だが、肉弾戦も強いゾ!中距離オールラウンダー。

・トンはクリムパスを愛しているゾ!

・トンはデブだけど脂肪の裏側には魔力と筋肉が一杯だゾ!

・子供は70人ぐらい欲しいらしいゾ!

・・・・・・・・・・・・・

 

 帝国城は豪華で守りも厳重。

 

 侵入にはすぐに気づかれたが、スラムで育った彼らの結束力は強く、兵士なんてすぐに撃退していた。

 

 警備兵も別に強くなく、簡単に蹴散らしては突き進み宝物庫を目指す。

 

 余裕。そう思っていたトン達は、ある二人の兵士とぶつかる事で、その考えが覆される事となる。

 

 鈍色の鎧を身にまとい、紫色の髪をした美女、クリムパス。

 

 銀色の長髪と漆黒の衣装が、妖艶さを引き立たせる魔力そのモノの存在、ジェノべ。

 

 「タフなギュウが一撃だと・・・!?」

 

 ジェノべが迎撃として打ち出した魔法は、宝物庫の扉ごとギュウを一撃で戦闘不能にした。

 

 そしてジンも油断していたのか、クリムパスの剣の魔法で一発アウト。

 

 「トリ!あの魔女を頼む!おれは・・・」

 「野盗め・・・!」

 

 トンと対峙するのは、クリムパス。彼女は名前だけならばトンも知っている、この帝国の有名人だ。

 

 騎士として強く気高く、勇ましい。

 

 女性らしさと高い気品も感じられ、小顔でキリッとした目つきと表情は、これは人気も出るわけだと、トンは内心理解する。

 

 あとなんと言っても可愛い。そう思える。

 

 だけど今は敵同士、戦わないと行けない。勝つ事が出来ればきっとお持ち帰りも出来るかも知れない。

 

 「せいっ!」

 

 容赦なく振り下ろされた剣と、ジェノべの大魔法が、今度は宝物庫ごとトンとトリを吹き飛ばす。

 

 まるで歯が立たず、一瞬だった。

 

 強烈な魔力の流れを感じ取り、金銀財宝もろとも強盗兄弟は吹き飛ばされ、あえなく帝国の牢獄行きになった。

 

 その後も脱獄を繰り返して行く内に、魔法を覚醒したり強化されたりで、だけどジェノべにボコボコにされながら結局死刑か奴隷かで選ぶ事となり、奴隷の道を進む事になるコッツ兄妹であった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

TIPS「もうねーよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 コッツ兄妹が投獄され、ジェノべの奴隷と生きる事になって数年後、彼らは地道に更生して行き、魔法学や歴史学、戦闘学に果ては教養。

 

 それらを学ばせてもらい、帝王であるシシリーと仲良くなった事で、ジェノべの統括の下、地水火風の司祭として働く事になった。

 

 そんな折、コンキリエ魔王軍の襲撃も始まり、ナポリタの裏切りもあり・・・。

 

 トンが功労の後に、クリムパスを見つけられなかった為、アラビアに直接声をかける事にしていた。

 

 ちなみにギュウは男兵士と遊びに行こうとしているらしく、仕方なく自分がアラビアへと向かうのであった。

 

 「おや地の司祭。何か用か」

 

 アラビアの声は元々野盗であると言う理由からか、非常に刺々しい声をしている。ソレ以上近づけば確実に殺すと言わんばかりに。

 

 「いや・・・なんだ、クリムパス殿はどこに居るかと・・・」

 

 トンがたまたま話しをしたいだけなのだが、そんなトンの顔の横をすり抜ける様に飛んでくるナイフが一本。

 

 石壁に突き刺さったナイフは非常に鋭く静かに、音も無く刺さった具合だ。

 

 「彼女に何か用かね・・・?」

 「ああ、いや・・・」  

 

 特別な事を話すつもりは無いのだが、ただ素晴らしいと言いたいだけ。それだけなのだが、アラビアはクリムパスの親友であり戦友でもある。

 

 彼女の幸せを願っている友人という立場から、悪い虫が寄りつくのは許せない。

 

 「先程の防衛攻撃、見事だったと伝えたいのだ」

 (最近やたらとこの人の話しをするが、クリムパス、この人の何が良いんだ?)

 

 まだそこに恋心は無いのかも知れないが、クリムパスが防衛戦を終える度に、アラビアに話しているトンの功績・・・。

 

 「クリムパスならばおそらく魔女殿と、薔薇の庭園に居るだろうが・・・」

 「魔女の所か・・・済まない、ありがとう」

 

 トンが一言お礼を述べると、アラビアに背を向けてその場を後にしようとするが、アラビアがそこへすかさず肩を掴む。

 

 「・・・もしクリムパスにちょっかいをかけるならば、この私が許しはしない」

 「肝に命じておく・・・」

 

・・・・・・・・・・・・・・・

TIPS「だからもう無いって」

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 魔女ジェノべが所有する薔薇の庭園。鮮やかな薔薇と、若干の土臭さと、日差しが水を弾いてキラキラとした輝きがより薔薇を際立たせる。

 

 そんな庭園の真ん中、ジェノべの部屋のすぐ近くの庭には、丸いテーブルと香りの良い紅茶。

 

 噴水を眺めながら、薔薇を視界に入れつつ、優雅な一時を過ごせそうな穏やかな場所。

 

 そんな場所で本当に穏やかな表情を見せながら、クリムパスは紅茶を一口、二口と飲んでいる。

 

 しかし穏やかなのは数分だけ。

 

 「鼻がむず痒いのだが・・・」

 「ああ、花粉症だモノね」

 

 クリムパスはどんどんくしゃみが抑えられなくなりそうな顔をしており、それを見たジェノべがくすくすと笑う。まるで妹をからかう姉の様な光景だが、花粉症に苦しむクリムパスはたまったモノではない。

 

 「だめだ、出る・・・は、は・・・」

 「後ろ向いて」

 

 ジェノべが人差し指をクリムパスに見えない様に動かす。軽い魔術をかけた様だが、くしゃみに気を取られているクリムパスは、そんな事に気づかずに背後を向く。 

 

 「当たり前だっくし!」

 

 手を抑える事が一瞬出来ない事に気づいた時にはもう遅く、くしゃみが出るのを抑えられなかった。それどころか女性としてとてもデリカシーの無い、手で抑える事をせず、鼻水が飛んでしまう。

 

 「うー・・・魔法を使ったな・・・」

 「いや・・・おれは使っていないが」

 

 クリムパスが目元を抑えながら、手元の布で鼻を拭う。そのまま視界が開けると、地のローブに身を包んだ男が、同じ様に鼻水を拭き取っている。

 

 これはその男のモノではなく、クリムパスによってつけられたモノだ。

 

 「随分可愛らしいくしゃみをするのだな、ブッヒッヒ」

 

 この庭園に現れたのはトン・コッツ。

 

 「あ、済まない。その、汚してしまって・・・」

 「大丈夫だ・・・それより、辛いのか?花粉症」

 「魔法花は身体に毒だからな・・・かなり。それより、どうしてここに?ジェノべに何か用事かな」

 

 クリムパスとトンが話している間に、ジェノべの姿は消えていた。あとはこの二人に全てを任せようとしている。

 

 そもそもジェノべはトンが抱いている感情が何かを知っていて、こうなる事を仕向けた。

 

 だから後は進むも転ぶも、本人次第である。

 

 恋をしているとは本人達も気づいている訳では無いのだが。

 

 「あーその・・・」

 

 トンが紅茶のポットを開けて中身を飲むと、クリムパスの方を向く。

 

 「先程の防衛戦、とても素晴らしかった。あの剣技もそうだが、勇ましい進軍も・・・」

 「何を言う!貴方の土の魔法も、この防衛に一役買っていた!とても素晴らしかった!」

 

 二人してお互いを褒めてると、どこか顔が熱くなるのを感じた。

 

 (元はあんな殺意丸出しの剣を振り回していたのに、何故こうも可憐に見える!?)

 (元々帝国を狙った泥棒だったのに、何故なんだ・・・鼓動が止まらない・・・)

 

 ナポリタの時とは違い、違う速度の鼓動に困惑するクリムパス。

 

 「・・・この後時間があるなら、ご飯でもいかがかな」

 

 どうしてこんな事を口走ったのか解らないが、クリムパスが言った事で、トンも無言で頷く。

 

 「あ、ああ。おれで良ければ、行くとしよう」

 

 その後は二人で食事をし、お酒を飲みながら他愛も無い話しをお互い繰り返していく。

 

 互いの立場から来る苦労の話し、シシリー帝王を護る信念の話しや、騎士として護るべきモノの話しをしていき、そのまま夜中まで進んでしまう。

 

 お互いに意気投合し、挙げ句の果ては宿街エリアまで進んでしまいそして・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

TIPS

・TIPSさんは過労死したゾ!過度なストレスには耐えられないんだゾ!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 朝。酒瓶が転がる部屋の中で、ベッドが置いてある。

 

 クリムパスが目を覚ますと、柔らかく、しかし硬い何かが身体の下に横になっている事がわかった。

 

 まだお酒の抜けきっていない頭で、ゆっくりと視界を開きながらソレが何かを理解していく。

 

 (完全に・・・ヤッてしまったーーー!!)

 

 お酒を飲みすぎる事は良くある事なのだが、こういう風に男性と一夜を過ごす事は無かった筈だ。

 

 それほどまでにお酒が進み、何か人恋しさを感じてしまったのだろうか。

 

 トンの身体に体重をかけ無いように、静かに身体を起こす。

 

 「・・・クリムパス殿、起きたか」

 「や、やぁおはよう・・・トン殿・・・」

 

 お互い沈黙。気まずい静寂の中で、クリムパスは昨日の自分の発言を思い出していく。何か失礼な事を言ったかも知れない、と。

 

 しかしそんな発言は一切無く、どちらかと言うとトンのほっぺをぷにぷにしていたり、耳をかじったり、キスしていたり「ぬああああ!」

 

 酔っ払うとどうしてこうなるのか。更には、昨日の夜、ここに来てからの記憶もはっきりしてくる。

 

 あの身体に抱きしめられて、分厚い腕、力強い男性の腰、何よりも心が満たされたと思った、あのキス・・・。

 

 全ての男性を過去のモノにした、囁く様な愛情たっぷりの言葉の数々。淫れ合うには十分な程のお酒、お酒、お酒。

 

 ふと鏡を見ると首の左側、肩より上のエラより下の丁度良い所に、鬱血の痕。

 

 「その・・・済まなかった。痕は魔法で消す。それと・・・」

 

 顔色の悪いトンがクリムパスに頭を下げる。

 

 「もし出来たのならば(・・・・・・・・・)責任は取る」

 「・・・え?」

 

 ひくりと、口角がひきつる。そして鮮明な記憶がどんどん思い出されていく。

 

 『ふぅー!ふぅー!クリムパス、好きだ、全部愛してる!』

 『好き!好き!ああ、好きぃぃいいい!!』

 

 そう言い合いながら、淫れ続け咲き乱れ、その後気絶したのだ。

 

 「・・・痕を消すから、動かないでくれ」

 「い、いや!大丈夫だ!」

 

 鎧を装備してすぐに部屋を出る支度をする。なんとなくこの痕を消されるのが嫌だと思ってしまったのだ。

 

 「・・・責任、取ってくれ」

 「ぶっひ・・・あ、ああ、もちろんだとも」

 「痕の事じゃないぞ。私の事だぞ」

 「もちろんだとも。おれはもう昔の野盗ではないし、真面目に生きていると自負はしている!」

 

 二人して何を言っているのだろうか。ただの酒の迷い、しかしお互い長い事ぶつけられなかった言葉が、何故か恋愛の一線を超えたのだ。

 

 「か、帰るか」

 「ブッヒッヒ、そうしよう」

 

 こうして地の司祭と、帝国序列1の魔法騎士は、お互い何事も無い風を装って城に帰還したのであった。

 

 それから二人が交際を開始したと言うのはまたたく間に知れ渡り、二人はそんな噂話をまんざらでも無い顔をして暮らす事になるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「トン?」

 

 そんな5年前の事を思い出しながら、トンはクリムパスの声で正気に戻る。

 

 目の前ではクリムパスが、眼を♡にしながらトン・コッツを見つめている。

 

 「ん・・・」

 

 クリムパスが勇ましさを無くして、変わりに美しくキレイな女性として、トンと再び唇を重ねる。

 

 「もう遅いし、今日は寝るか?」

 「こんなすごい夜を過ごしたばかりでもう?」

 

 クリムパスの細い腕がトンの首に回ると、布団が剥がれ落ちる。身体を起こして、抱きしめ合う二人の男女は今日何度目か解らない、濃厚で濃密でとても甘くて嬉しいキスをする。

 

 「いつか勇者にも、兄弟にも、子供を見せてやりたいな」

 「そう思うなら・・・もう一回・・・ね?」

 

 トン・コッツとクリムパス。

 

 二人の相性は何故か最高で、二人の愛の結晶はもうすぐ完成する事を、本人も魔法界もまだ知らない。

 

 いつかその二人の子供は、勇者赤鬼の伝説を聴いて勇者を目指そうとする事も、この二人は知らない。

 

 それでもきっと・・・美しく輝く未来において、この二人はどこまでも幸せに暮らすのだろう。

 

 

番外編〜トン・コッツとクリムパス〜完

 

 

 

 

続く 

 

 




お疲れ様です。

こうしてトンとクリムパスは交際に至りました。交際する前に一線超えるのは魔法界では良くある事なのでセーフ。

キャラネタ書きます

オレキエッテ帝国とは?
魔法界に存在する国の一つです。ギンジ達がぶっ潰したコンキリエ魔王軍と戦ってます。
小町サクラの故郷でもあります。

ジェノべ
クリムパスとトンの恋心には気づいていたが、それを恋を認識させるまでの一手を担った。お酒はあんまり飲まない。すぐ酔うし、すぐ暴れる。

トン・コッツ
クリムパスにブヒブヒ言わせるのがお好み。こぶたビキニを装備させると、赤鬼みたくリビドーが止まらない。

クリムパス・ユキヒーラ・ソルトショーショー18世
行平鍋を使い、パスタを茹でる時に塩を少々入れる事が得意。名のある貴族出身だが酒のせいで勘当されている。その後帝国では真面目に働いている。トンとの間に子供を授かったら騎士引退。

アラビア・オンタマ=ザ=カタユデエッジ
温卵と硬湯で卵大好き。

シシリー・オレキエッテ・ショーチュロック2世
オレキエッテ帝国では焼酎は貴重品。ロックで二杯まで。

ポモドロ・ワインガータクサーン・アリマンガナ
ポモドロの故郷はワインがたくさんある。嫁ぎ先のオレキエッテ帝国にワインを大量輸入している為、ワインとパスタには困らない国となった。

アマトリ
魔王。コンキリエ魔王軍を率いる神になるとか言い出したやべーやつ。
5年後の未来においては、ギンジ達に敗れた挙げ句骨の怪人に、文字通り骨抜きにされてしまった(意味は違うが)

・・・
さて間に番外編を挟んでしまいましたが、次回は本編に戻ります。

正義連合vs怪人キラーエリート、乞うご期待!
それではまた次回!


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76・正義連合vs怪人キラーエリート

こんにちはアトラクションです!

先ず謝る事があります。

ついさっきまでバイオやってました!本当にすみません!

投稿が遅れました!!!

今回のお話では怪人キラーエリート編の最終3話の一個目になっています。
キラーエリート編でも女王ナメクジの怪人や、銃の怪人と言う好みのキャラが出来ました。思い出深い章です。

それではどうぞ!


 聖カエルム教会に遂に怪人達の襲撃が繰り出された。襲撃して来たヘルブラッククロスの怪人達は、銃、超性欲、祝福、女王ナメクジ。

 

 それぞれ怪人と人間の融合兵器として、ヘヴンホワイティネスに協力する強敵であると判断し、退魔警察、ムーン・パラディースの撃破に挑む。

 

 交戦が激化する中、それぞれが退魔警察であるレイナの攻撃が次々と怪人達を分断しようと攻撃を繰り返す。

 

 いくらレイナもルカも強かろうと、強敵になりえる怪人4人を同時に迎え撃つのは得策では無いからだ。

 

 有利とも不利とも取れない状況で、銃の怪人の暗闇からの発砲が、美女達を少し押し、レイナとルカとナルミのコンビネーションで、祝福の怪人を押し飛ばせば、ヘルブラッククロス陣営を少し押し返し・・・。

 

 「次だ!」

 

 レイナが叫ぶ。ルカの目の前には赤いふんどしが目立つ毛むくじゃらの、超性欲の怪人。レイナの目の前にはレオタードに白濁とした液体を滴らせ、美しい肌を見せびらかす様な風体の女王ナメクジの怪人。

 

 立ちはだかる様にしてこの2vs2を繰り返している内に、祝福の怪人は前線に戻り、その間ナルミと銃の怪人が遠距離戦を繰り返している。

 

 「先に銃の怪人を倒さないと・・・いつまで経っても人数不利になる!ここはナルミと私に任せて、月島君は銃の怪人を頼む!」

 

 防御しながら突進が出来るルカにこそ、あの怪人との一騎打ちを試みる事が出来るとして、レイナがその判断をくだす。

 

 どこから狙っているのか解らない銃の怪人を探すのも、殺傷能力の高い銃弾を捌きながら、そして銃の怪人が姿を表すのも、ルカであれば出来る筈だと言う考えもある。なにより銃の怪人がルカに執心している所から、嫌でもこの襲撃を乗り切るのは、ルカに銃の怪人の相手を任せるしか無いだろう。

 

 「よそ見をしている場合か!」

 

 超性欲の怪人がレイナに対して鼻毛突剣と腕毛ブレードを繰り出す。それを破邪の剣で後方にすり抜ける様にして押し返すと、続けてナルミが爆風の札を取り出して、超性欲の怪人を吹き飛ばす。

 

 そこの吹き出しに合わせたレイナの大技が、さらに超性欲の怪人を吹き飛ばし、壁に叩きつけて奥の部屋へと崩壊させながら、壁ごと一人の怪人を突き出した。

 

 「しばらくそこに居ろ!」

 

 奥の部屋は礼拝堂。そこに超性欲の怪人を封じ込める事に成功すると、今の状況はレイナ、ルカ、ナルミの三名vs女王ナメクジ、祝福の怪人の2名という構図になる。

 

 「月島君!今だ!」

 

 レイナの破邪の剣で女王ナメクジの怪人と鍔迫り合いを越こし、ナルミの呪符が祝福の怪人の触手と激突を開始する。

 

 レイナとナルミが道を開ける様にして出来たその状況で、ルカが盾を地面に擦り付けながら、暗闇の向こう側に突撃していく。

 

 「銃の怪人は任せたぞ!」

 「はい!二人も頑張ってください!」

 

 ルカとレイナが会話を終えると、それを合図としてルカが暗闇の向こう側へと突撃を開始する。

 

 教会の明かりを消した事は裏目に出たが、ここで数の不利を解消に成功した。

 

 「余裕ぶってるわね♡イジメたくなっちゃうかも♡」

 「貴様こそかなり余裕が無いのではないか?」

 

 虹色に輝く破邪の剣と、白濁とした粘液がぶつかりながらレイナと上ナメクジの怪人がお互いに口角を上げる。

 

 「うふ♡じゃあ私の余裕が本物だって事を証明してあげる♡」

 

 女王ナメクジの怪人が口から粘液を放出する。ごぽりとした固形の塊が、甘くて生臭い臭いを放ちながら、レイナの胸元に落ちる様に付着した。

 

 「汚っ!」

 

 レイナの胸元から女王ナメクジの怪人の口まで糸を引き、啜る様に糸を吸い切ると女王ナメクジの怪人は完全に勝利した笑みを見せる。

 

 胸元に付着した液体はぷるぷるとしており、ソフトボールぐらいの大きさの粘液がレイナの足元に落ちる。

 

 べぢゃぁあ・・・っとした嫌な音を響かせて、退魔の修道服でさえ容易に濃いシミを作る。

 

 この粘液は偉大なる先輩怪人である、触手の怪人のTHE神経毒が日合っており、女性にのみその効力を発揮する。そして自分の身体の中には性別問わず人を惑わし、淫靡にまみれた欲望で飲み込む事さえ可能としていた、サキュバスの怪人の能力を引き継いでいる。

 

 こんな粘液が心臓の近くで肌に触れたのだ。いかに退魔警察が強くとも、この能力には絶対に勝てない。

 

 「どうどう♡?気持ちよくなって声も出ない♡?」

 「・・・」

 

 女王ナメクジの怪人の粘液を腕で払い落とすと、怪訝な顔と怒りと嫌悪感が混じり合った複雑な顔をしている。 

 

 「昔、こんな事をしてくる魔人が居たな・・・」

 

 その手に握る破邪の剣へと退魔の力を込める。虹色の鍔の無い剣が、より西洋の剣の形に近い小手守りをつけた剣に変形していく。

 

 レイナは思い出した。

 

 かつて自分の貞操を襲い、地獄の様な苦しみ快楽で堕とそうとしてきた、悪辣な魔人の存在をうっすら思い出す。

 

 あんな奴が初めての相手だと、心底苦しみ涙を流した事も同時に思い出す。

 

 例え相手が同じ女性の怪人であっても、こんな能力で退魔師を堕とせると思っているのであれば、軽率もはなはだしい。

 

 「そうだな・・・声も出ないよ」

 

 レイナの退魔の力を流しこんだ剣が更に強く輝く。

 

 「それじゃあ・・・皆で気持ちよくなりましょ♡?絶対に損はさせ」

 「破悪の剣!」

 「!?♡」

 

 鞭の様にしなり曲がり、顎から垂れる粘液一滴を切払う。

 

 確実に仕留めるつもりだったが、殺気に勘付いた女王ナメクジの怪人はその刃の切っ先を上手く避けた。

 

 「まだ免許は取得していないが・・・貴様の様な悪には使っても良いだろう。緊急事態だしな」

 「・・・効いてないの♡?」

 

 後転しながら脚を大きく開いて妖艶な仕草でしゃがむ女王ナメクジの怪人がレイナを睨む。敵意は出しているが、まだ殺意までは行かない。

 

 「それじゃあ、もう一回♡!今度は全身ベトベトにしてあげる♡!」

 

 両腕を広げながら立ち上がると、今度は粘液のカーテンが腕から流れていく。手首、腕、脇、脇腹、腰、脚へと、その粘液が教会の石床を白く汚していく。

 

 大波の様な白濁の粘液のカーテンを、レイナにぶつけようとした文字通りの体当たりを開始する。

 

 女王ナメクジの怪人がレイナを粘液で包み込むと、次は固形粘液で渦を作り出して、レイナを快楽で飲み込もうとする。

 

 「粘液抱擁(タイダルウェーブ)♡!」

 

 真っ白な渦に飲み込まれたレイナは、それでも快楽に屈していない。

 

 過去に受けた屈辱が更にこみ上げる。思い出したくもない、退魔師としてのさんざんな過去を思い出されたレイナは、渦を真っ二つに切り裂いて、銀の修道服を輝かせる。

 

 「こんなふざけた能力なんて、私には通用しないぞ!」

 「ふざけた・・・ですってぇ♡?」

 

 レイナの破悪の剣が残った粘液を浄化すると、そのまま女王ナメクジの怪人の胸へとその剣を突き出す様にして構える。

 

 「覚悟しろ。快楽耐性が付いている私に、媚毒は通用しない!もう二度と、こんな事では敗けたくは無いのでな!」

 「言うじゃない♡所詮快楽になんて勝てないのに・・・♡」

 「そうかもな。だけど私と共に快楽に落ちれる人は、この世に一人しか居ない。お前ではない事だけは間違いないがな!」

 

 暗闇の中、ついに教会の電源が立ち上がり明かりが灯される。

 

 エントランスホールでは、玄関を出てすぐの花壇ではナルミと祝福の怪人がすでに交戦を開始していた。

 

 銃撃も止んでいるとなると、おそらくルカも銃の怪人と交戦を開始したのだろう。

 

 「覚悟しろ!この公然猥褻の権化め!」

 「想い人が居るならそっちから堕としちゃおうかな〜♡?もちろん貴女を捉えてから、眼の前で♡」

 

 光る剣と、白濁の粘液。見た目だけならば絶世の美女二人。

 

 「私達にも未来があるの♡快楽で壊せないなら、死んで♡」

 「奇遇だな。私にも未来がある。好きな人と退魔師として行きていく未来をな」

 

 ギンジの事を想い、レイナは退魔師としてこの女王ナメクジの怪人と交戦を開始した。

 

 

   退魔警察・熊沢レイナ

       vs

 ヘルブラッククロス・女王ナメクジの怪人

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 礼拝堂へと吹き飛ばされ、結界術で封じ込められた超性欲の怪人が、腕毛ブレードでバリアを切り裂いて脱出に成功する。

 

 聖女の銅像が大きなステンドグラスの真ん中に置かれており、少し距離の離れた場所には懺悔室と呼ばれる小さな箱があった。

 

 箱とは言っても人が2人ぐらいは入れそうな大きさをしている。

 

 そんな礼拝堂では、木製の長椅子が幾重にも連なり、怪人の目線でも気味が悪いと思えるそんな場所だった。

 

 明かりが灯されても暗い雰囲気と、美しく輝く聖女の像。

 

 ひたりひたりと、その脚を銅像に向けて歩いていく。

 

 「おっらあああ不意打ちじゃあああ!」

 「攻撃するなら叫ばない方が?」

 

 木製の長椅子に隠れていた藤原とイロが、二人して退魔の力を流し込んで貰った弾丸を撃つ。

 

 「胸毛アーマー!すね毛シールド!ケツ毛ディフェンス!」

 

 無数に放たれた弾丸を全て聴いているだけでも嫌になるような技で防がれ、藤原とイロが驚愕する。あんなにふざけているのにも関わらず、確実に防御されているのだ。

 

 「まさかおじさんが声を出したから勘付いたのか!?」

 「そうだと思いますよ?」

 「おじさん頑張ったのになぁ・・・」

 

 自分の体毛を操る怪人なんて、到底敵わない。これは死んだと完全に決め込んで、藤原は自分の人生を走馬灯の様に思い出していく。

 

 「せめて死ぬなら・・・山吹ちゃんのおっぱい触らせて?」

 「先ず貴方が死んでください?」

 「やっぱ小さいからいいや・・・こんなのが死ぬ前に触る最後のおっぱいなんて嫌だ」

 「死ね」

 

 小柄で公安警察のトップに立つ者と言えど、流石に今のは傷つく。絶対に女性として許せる言葉では無い。

 

 「己に対して不意打ちとは驚いたぞ。そこのオンナは前にも見たな・・・(味見してやろうのサイン)・・・そこの男は・・・大幹部柏木が狙っていた男だな?」

 

 超性欲の怪人の言葉で2人して一気に冷静に戻る。それと同時に命を狙われているという、緊張感が再び氷の様に2人の背筋に張り付いてくる。

 

 「やっぱり柏木の奴が一枚噛んでるんだな!」

 「・・・信じられないわ?」

 

 イロにしてみてもかなり衝撃的な事実だった。藤原からは一応の事は聴いていても、最初の協力者が自分を裏切っているなんて到底信じられなかった。

 

 同じ正義の志を持っている仲間が、やはりヘルブラッククロスと通じていると知っては、イロも動くしか無いだろう。これは最早公安警察だけの話しでは無くなっている。

 

 しかし真相にたどり着く為には、眼の前の怪人を倒さねばならない。

 

 「ここで終わらせてやろう。オンナは人質にすれば、あのオンナ共もおとなしくなるだろうしな・・・己に会ったのが、運の尽きだ!」

 

 腕毛ブレードを両腕に展開させて、超性欲の怪人が藤原とイロに狙いを定める。

 

 どういう立場であっても特殊能力を持たない藤原ろイロでは、この怪人一人にさえ勝つ事は難しい。と言うよりも勝率は0だ。

 

 「おじさん戦闘員はギリ行けても、怪人は無理だって!死ぬー!」

 「一緒に死ぬのがこんなおじさんなんて嫌よ?」

 

 2人して抱き合いながら怪人の恐怖に戦慄している。もうこれは駄目だ、確実に殺される。

 

 「一瞬で終わらせてやろう!総統よ!我が勝利をお喜びください!」

 

 腕毛ブレードが2人の顔に当たる直前で、その動きが止まる。

 

 止めたのは超性欲の怪人の意思。

 

 超性欲の怪人の背後に、何か強い気配を感じた。普通の人間とは違う、より強い特殊な気配。

 

 先程の退魔警察にも似た、特別な力を感じ取った超性欲の怪人は、静かに背後に振り向いた。

 

 「神はこう仰られております─」

 

 黒い修道服をその身に纏い、整然とした清潔感のある黒いブーツ。

 

 その両手には虹色の輝きを放つ篭手を装備した、超性欲の怪人の好みの顔をした、細身の女性が眼を閉じながらここに立っていた。

 

 後ろになびくシスターのベールは、清楚感を醸し出していて綺麗で美しいとさえ思えてしまう程だった。

 

 「汝、その身を闇に堕とした迷い人を、決して見捨てては行けない、と。さあ、神の言葉が耳に入らぬ愚か者よ─」

 

 その女性の名前は磯上ミツキ。

 

 この聖カエルム教会の教皇であり、神を信じる敬虔な使徒でもある、美しい信者。

 

 「これより、退魔の務めを進ませて貰います。主よ、この者を救う力を私にお授けください」

 

 ミツキの両手にはめ込まれた虹色の篭手が、輝きを強くして行く。

 

 「今更オンナが一人増えた所で・・・!」

 

 何も変わらない。そう誰もが思っていた。

 

 残念な事に、藤原も、イロも、超性欲の怪人も、この人物が現れるだけでは現状は何も変わらないと・・・。

 

 しかし・・・。

 

 「聖書にこうあります─」

 

 腰を落として脚を半歩開き、顔の前に両拳を作り構える。篭手が光り、肘を軽く曲げたその姿勢はともすればボクシングの様にも見えた。

 

 「な、なんだ・・・あの聖女さん戦えるんか?」

 

 藤原もイロもその場から離れながら、ミツキのそのファイトスタイルを見て困惑さえしている。

 

 しかし次の瞬間、その困惑は・・・まるで本当に天使がラッパを吹く様な驚きと歓喜が両方混ざったモノに変わる。

 

 超性欲の怪人が無言のまま腕毛ブレードを振り下ろす。

 

 「─右の頬を殴られたら・・・」

 

 聖女の像に隠れた藤原が、2人の交戦を見ている。ミツキの左拳が一瞬消えたように見えて、藤原はその眼を疑った。

 

 超性欲の怪人は喉を抑えて、片膝を付いている。

 

 「─相手の喉に、ショートナックルと」※書いてません。

 「ゴホッ、ゲホッ、何が起きた・・・!?」

 

 超性欲の怪人は本当に何をされたのか理解が出来て居なかった。

 

 腕毛ブレードが振り下ろされた瞬間、その攻撃よりも早く、ミツキの左拳が喉のど真ん中をめがけて拳を叩き込んだのだ。

 

 遠目で見てもありえない程の速さの拳・・・そんなモノが至近距離で撃たれたら、その速さに追いつける者はそうそう居ないだろう。

 

 藤原もイロも、恐怖が一気に払拭されてミツキの拳が合わさって、神の存在を本気で信じれる程には、脳内で天使達がラッパを吹いている。

 

 「さあ、神を信じるのです。主を信じる者にこそ、明日が来るのです」

 「ふざけるな!神なんて存在するわけが・・・」 

 「神!神よ!」

 

 神という単語が出るだけで、一撃ニ撃と、見えない速度の拳が打ち出される。

 

 左のショートフック、右のアッパー。

 

 神を信じるミツキの拳が、超性欲の怪人を浮かした。

 

 「神を冒涜するとは、なんと罪深いのでしょうか」

 

 ミツキは浮いた超性欲の怪人の脚が床に付くより早く、踏み込んだ両拳の一撃を決める。

 

 腹筋を抉ろ潰す様な強烈な一撃が、超性欲の怪人を後方へと吹き飛ばし、長椅子を破壊していく。

 

 「馬鹿な・・・!?なんだこのオンナは・・・!?」

 「懺悔の時間です。破邪の鉄拳よ、我が主に仇なす愚者を砕け」

 

 退魔師ではないが、退魔の力を込めた武器を装備したミツキが、超性欲の怪人を逃さない様にその拳を構えた。

 

 超性欲の怪人も口から流れでる赤黒い血液を吐き出して、毛の能力を最大限に展開する。

 

 聖カエルム教会・教皇・磯上ミツキ

 

        vs

 

  ヘルブラッククロス・超性欲の怪人(毛の怪人)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 教会の暗闇の奥からは月の光が見えた。銃の怪人が最も待ち望んだ憧れであり、なんとしても自分の手中に収めたいあの女の姿。

 

 深緑色のスーツに、小さなマントには月齢を模したマークが無数に付いていて、しなやかな身体を強調させるバトルスーツと、淡い月の光を宿す大きな盾。

 

 こちらに向かって来るならば好都合。銃の怪人はいやらしく口を引つらせ、憧れのムーン・パラディースを潰せる。潰した後は自分の都合の良い様に操る、それだけ。

 

 「良いぜ、来いよ!俺と結婚して幸せな生活を築こうぜ!」

 「お断りだと何度言えば・・・理解するんだァァ!」

 

 両腕の機関銃を前方に構える。もちろんその方向には、ムーン・パラディースの姿。

 

 尽きる事の無い性的な野望と、尽きる事の無い嫌悪。

 

 決して相入れる事の無い悪と正義の戦いが、今ここに始まった。

 

 教会の石床を踏み砕かんばかりの脚力で、ルカが銃の怪人へと突進を開始する。

 

 機関銃から放たれる弾丸を弾きながら突き出た大盾が、銃の怪人の真正面を捉えるが、それを容易にかわされる。

 

 ありえあいぐらい素早い動きと、関節を無視した蛇の様な動きで、一瞬にして背後に回り込まれてしまった。

 

 「ぬぅん!」

 (ルカ、気をつけて!この前とは別の強さを感じるわ!)

 

 銃の怪人は相変わらず結婚しか発して居ないが、その強さと気迫には何やら覚悟を感じている。まるで自分の命を賭けているのか、考えたくは無いがギンジと同じ様な気配を感じる。

 

 いつも全力でいつも何かを護る為に戦うギンジと同じ気迫に、ルカは少し押されてしまう。

 

 背後に回った機関銃がルカの後頭部に向けられるが、ルカはすかさず盾の横薙ぎが銃の怪人を更に避けさせる。

 

 盾の上に乗る様なその回避に、すかさず上部への打ち上げを行い、銃の怪人を天井に叩きつける。

 

 「ぐほっ・・・いいねぇ、強気だ!」

 「その鼻っ柱、折ってあげようか」

 

 天井から膝の銃を発射すると、その勢いを利用して銃の怪人が落ちてくる。ルカをめがけた弾丸乱射が、教会の壁、床、天井にばらまかれる。

 

 「僕の盾にお前のその弾丸は通用しないぞ!」

 「どうかなぁ?」

 

 一発一発の弾丸の威力はバトルスーツに対してそこまでのダメージは無い。しかし、絶えず撃ち続けられるその弾丸の嵐は、ルカの膂力をジワジワ削って来ているのも事実だった。

 

 「フルムーン・スライス!」

 

 大盾をブーメランみたく投げ飛ばし、銃の怪人を横から狙う。しかしこれも避けられる。

 

 (ルカ、今よ!)

 

 アキハの号令が脳内に響くと、しゃがむ姿勢で避けた銃の怪人へとルカが走り出す。

 

 月の光を込めた右拳で、思い切り銃の怪人の顔を殴りつける。ようやく当てた一撃で銃の怪人を捉えた。

 

 「そろそろ決着を着けるぞ!」

 「ギャーハッハッハ!最後にゃ泣いて俺と結婚したいと思わせてやるよ!ムーン・パラディース!」

 

 正義連合・ムーン・パラディース・月島ルカ/天体アキハ

 

             vs

 

  ヘルブラッククロス・怪人キラーエリート・銃の怪人

 

・・・・・・・・・・・・

 

現在の交戦状況

 

熊沢レイナvs女王ナメクジの怪人

 

磯上ミツキvs超性欲の怪人

 

如月ナルミvs祝福の怪人

 

月島ルカ、アキハvs銃の怪人

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 それぞれの怪人キラーエリートが正義連合の殲滅に入る中、教会から少し離れたヘルブラッククロスの専用車両の中では、ドクターパープルが小型のモニターから戦況を眺めていた。

 

 薄暗い車内の中には、彼の防衛として龍の怪人、毒蛾の怪人も同席している。

 

 モニターから映像を写す為に、機械の怪人が小型カメラの様な姿となり、分離しながらそれぞれの交戦をドクターパープルに流している。

 

 「ドクター、あいつらって勝つよね?」

 

 毒蛾の怪人が薄い羽を動かしながら、イタズラっぽい顔を見せる。少年を思わせる顔つきと、体格。しかし少女の声をした毒をその体内に宿す怪人は、ドクターパープルと共に交戦の映像を確認する。

 

 あいつら、と呼ぶのはおそらく・・・。

 

 「そうだね。きっと勝つよ(・・・・・・)

 

 なんとなくだが、どちらに軍配が上がっているのか、ドクターパープルには理解出来た。

 

 「・・・」

 

 龍の怪人は椅子に姿勢よく座り、大きな胸を下から抱き寄せる様にしてその映像を眺めている。

 

 彼女もまた今のこの状況下において、どちらが勝つのかを確信している。

 

 どの様な結果になっても・・・怪人キラーエリートはおそらく敗ける。

 

 ドクターパープルの読みでは、僅差で敗ける。一網打尽には出来る。

 

 この勝負はドクターパープルの敗北で終わり、ヘルブラッククロスは勝つ。

 

 ヘヴンホワイティネスが現れない以上、正義連合は全員後に控えている超級戦闘員によって、必ず敗ける。

 

 「・・・師を超えるのはまだ先か・・・?」

 

 仮面の奥でくぐもった声を密かに出す。その独り言は、映像に注視している龍と毒蛾の怪人には聞こえていなかった。誰もが不思議と見入ってしまう戦いの映像に、毒蛾の怪人も龍の怪人も、そろそろ暴れたいと、衝動が湧き上がる思いで居る。

 

 怪人キラーエリートはまだ実験途中。この作戦が終われば、より強い怪人を造る計画も編み出せそうな気がしている。

 

 無事に生きて居られれば、の話しになるのだが。

 

 「・・・雨」

 

 龍の怪人が一言ぽつりと。

 

 「雨?降るの?」

 

 毒蛾の怪人が嫌そうな顔でダレると、車内が少し揺れる。龍の怪人が助手席で姿勢を崩したことで、左右に少し衝撃が走ったのだ。

 

 「・・・雨の決戦か。出来れば、キラーエリートに勝って欲しい所だが・・・おそらくもっと強い雨によって(・・・・・・・・・・)、逆に一網打尽にされるかも知れないね・・・楽しみだ」

 

 ドクターパープルの見る映像は、熊沢レイナと女王ナメクジの怪人の交戦。

 

 ほとんどの生物に効力を発揮するあの粘液を、あの退魔警察には通用しなかった。そんなまさかと思うような事が実際に起きた事で、この組み合わせはなかなか興味深い事になっている。

 

 非常に完成度と適合率が高かったこの怪人を見て、ドクターパープルは次の研究の構想と、この戦闘の行く末を見守る事にした。

 

 ヘルブラッククロスの専用車両に、次第に雨が叩く音が聞こえ始める。

 

 「本格的に降り始めたな・・・」

 

 一瞬で大雨の天気となり、車内にも外にも雨の音が強く聴こえる。

 

 それでも大雨の交戦は止まる事なく、正義連合と怪人キラーエリートの戦いは激化していくのであった。

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。

今回のお話は少し短いですが、次回のお話でいつも通りの長ぁぁ・・・い感じになります!

キャラネタ書きます

熊沢レイナ
かつて自分を襲った魔人の事を思い出して怒り心頭。
女王ナメクジを始め、媚薬最強耐性持ち。
ギンジがもし媚薬を使ったらどうなるか?キレる。

如月ナルミ
祝福の怪人と交戦中。次回出番がありますわよ

月島ルカ
銃の怪人と交戦中。媚薬については使ってみたさはあるが、怖いからやめとく。そもそも今も媚薬と淫紋によって苦しむ仲間を見ると、使う気もそこまで起きない。おのれヘルブラッククロス許さん

磯上ミツキ
まさかの戦闘メンバーになったボクシング教皇。
破邪の鉄拳を持つ。恋愛はした事が無い。
迷える子羊と闇へと踏み込んだ者は紙一重らしい。
聖書に書いてある事はほとんど暴力でやりかえせ的な意味合いが多い。
それで良いのか教皇・・・。

藤原さん
相変わらずセクハラがしゅごい。これでも奥さん居たのに・・・

山吹イロ
藤原に対して殺意を覚えた。

触手の怪人
まだ出番無いんですか?まだ死んでませんぜ?
まだありません。

紐の怪人
ホッホッホ・・・この私を忘れては居ないでしょうね?
多分ほとんどの人が忘れてる

犬の怪人
わんわん!わんわんわわわわん!わんわんおー!
ハッハッハッハッハ

佐久間ギンジ
今2人の少女に恋をしていると自覚を持ち始めた・・・。
あとついでに魔王と戦っている。

神宮カエデ
ギンジの立てた小屋で食事している。
あとついでに魔王と戦っている。

鈴村ミヤコ
あふれるギンジ愛によって女王ナメクジの粘液から正気を保っている。
もし開放されたらギンジ君と一生消えないぐらい爪立てて、どろどろに溶け合ってなお、濃厚な時間を過ごしたい。え?カエデモンキーも居る?ふざけんじゃないよ!!

ドクターパープル
正義連合を倒してくれたらいいなぁ、と思っている。

・・・

次回はキラーエリート最終3話の内、2話目!
それぞれの交戦と決着を書く予定です!
頑張ります!
ミツキもナルミも、見せ場がありまっせ!ご期待ください!
それではまた次回で!


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77・8月27日午後23時、晴れのち雨

こんにちはアトラクションです。

キラーエリート編最終3話の内の2話目です!

あっけなく終わる怪人も居ればしぶとい怪人も居ます。

怪人キラーエリートがどうなるか、その眼でご確認ください!


 

 大雨の降る教会の外では如月ナルミと祝福の怪人とが交戦を開始していた。

 

 雨を弾くナルミの艶めかしい魔改造を施された修道服から、雨の水滴にも負けない退魔の札が何枚も取り出される。

 

 書いてある札は『爆』『刃』『雷撃』『風殺』等様々な効果を発動する、退魔師特有の攻撃手段でもあり、武器でもある。

 

 「さっきから喋らないけど、俺ばっかり喋っててバカみてーじゃんかよ!」

 

 祝福の怪人が右腕から無数に肉を断裂しながら、骨片が見え隠れする触手を振り回している。猛毒がにじみ出る筋肉繊維が丸出しになりながら、ナルミを捉えようと必死になっている。

 

 べらべら喋り続ける祝福の怪人とは違い、ナルミは表情を変えるだけで、息ひとつ取ってもその声帯からは声すら出てこない。

 

 しかしながら触手の攻撃を上手く躱し続けては、札で一本ずつ爆発させては、煽る様な顔つきになる少女に祝福の怪人がだんだん冷静さを失って行く。

 

 「このっ・・・!」

 

 いくら身体を変形させる事が出来たとしても、その伸びた腕だった触手が一本消されれば、非常に強い痛みが走る。苦悶の表情を浮かべる祝福の怪人に、ナルミが次々と札を取り出して本体へと集中砲火を決める。

 

 『爆』の札が飛べば、祝福の怪人の顔に張り付いて爆発し、『雷撃』の札が飛べば触手を猛毒と共に感電させて焼き滅ぼす。

 

 「女だからってもう容赦しねぇぞ!お前なんかパパの力を借りれば瞬殺出来るんだぞ!俺は何せ進化の怪人の二代目でもあるんだ!」

 

 叫びながら炎を口内に貯めて、一気に放出する。文字通り火炎放射となった火炎は、次に飛んでくる札を焼いて消し炭に変える。一瞬で黒い灰に変えると、その札から暴風が巻き上がる。

 

 炎を巻き込んだ札の名前は『風殺』。

 

 風が一瞬にして舞い上がり、炎を絡め取りながら祝福の怪人へと飛んでくる。

 

 (・・・佐久間さんに似ているなんて、少し失礼だね)

 

 心の中ではそんな事を思っている。考えれば考えるだけ、あの恩人を真似た怪人と言う事に、少しだけナルミの中にモヤが出来る気分になる。

 

 レイナの心を救い、自分を取り戻させる事に成功し、別れた2人を繋ぎ合わせてくれた恩人に報いる為に、この怪人はここで消す。

 

 魔を打払う我らこそ退魔師であり、恩義を捨てる事だけはしない。

 

 「舐めるなぁぁ!お前マジでぶっ飛ばすぞ!」

 

 炎の渦に巻き込まれた祝福の怪人がナルミに向かって飛んでくる。

 

 雨をモノともしない強い炎をその身に纏いながら、龍の翼を取り出して突っ込んでくるその姿は、本当に怪人なんだと思わせる。

 

 だが・・・。

 

 ゲヘナミレニアムの魔人と戦い続けた彼女だからこそ解る。この怪人は中身の無いただの雑魚と変わらない。

 

 自分が助かる為に人殺しを容認する様な性格であると、ナルミはすでに見抜いていた。

 

 そんなモノ・・・自分は10年以上辱めた五天と変わらない。

 

 レイナと共に暮らせる日常を取り戻したナルミにとって、もう敗ける訳には行かない。

 

 絶対にこの怪人に眼にモノを見せる。そして確実に勝つ。

 

 「オッラァァ!!」

 

 砂を吹き出し、龍の腕で掴みかかろうとする祝福の怪人。間違い無く殺意がこもったその突進に、不気味さと滑稽さが見える。

 

 今は夜で雨も降っている。ならば身を隠せば良いのに・・・。

 

 「捕まえたぞオラァン!」

 

 ナルミの右肩にしっかり食い込む龍の爪。薄い皮膚を裂きながら血がにじみ出る。

 

 そこへ猛毒を流しこもうとする算段なのだろうが、ナルミはそれすら見抜いている。

 

 「むぉ」

 

 祝福の怪人の目の前に取り出されたのは、『閃光』の札。

 

 その文字に気づいて妨害しようとしたが、それは間に合わずにまばゆい閃光を迸らせる。

 

 (くっそ!逃がすかよ!)

 

 尻尾の様な触手を出現させては、爪から脱出したナルミを勘で追いかける。おおよその位置はわかっている。掴んでしまえばこっちのモノだと、祝福の怪人は起点を効かせてみる。

 

 ギシリ、と尻尾が何かを掴んだ。人の様な太さを感じて思い切り押しつぶす。

 

 こうしてしまえば後は虫の息となった人間の女なんて楽勝。

 

 「眼がなれたら死ぬまでなぐり続けて、毒を腹いっぱい飲ませてやるよ!」

 

 やがて閃光の後遺症が消え失せると、祝福の怪人の目の前には一本だけ伸ばした触手が、花壇の向こう側へと伸びているのが確認出来た。

 

 虫の息でもあそこまで逃げようとしたのだろう。花壇の色とりどりの花と植木は雨風、そして戦闘の後によって荒れている。

 

 触手を引っ張ってみるもその姿は帰って来ない。ならば多少面倒だが、こっちから行ってみよう。

 

 「悪あがきは似合わないぜ」

 

 雨によって淫れた髪を上げると、ツーブロックの剃り込みが見えて、伸びた部分の髪がオールバックになる。

 

 「どれどれ・・・」

 

 触手が伸びた先は花壇の裏の更に奥。木々が植えられた場所に一箇所、ひときわ大きく植えられた木の裏にまで触手が伸びていた。

 

 「・・・」

 

 血痕は流石に雨で流れてしまった様だが、匂いで解る。あいつはこの木の裏に居る。それを直感と匂いで判断仕切った祝福の怪人は、トドメを刺すために木の裏に顔を見せる。

 

 しかし木の裏には誰も居なかった。虚しく雨音が木々を揺らしながら、伸び切った触手の先は木の枝にちょうちょ結びをされている。

 

 さらに結び目の少し上には退魔の札がセットされていた。

 

 『バカ』・・・そう描かれた退魔の札とちょうちょ結びの触手を見て、祝福の怪人はついにキレる。

 

 「おちょくるのもいい加減にしやがれぇ!!!」

 

 木をオークの力で思い切り粉砕すると、『バカ』の札が『爆』に変わる。その事に気づいて居ない祝福の怪人の頭上で、大爆発が起きた。

 

 木一本をまるごと使った大掛かりな騙し討ちに、祝福の怪人がついに首を折りながら大量の毒と血液、触手をむき出しにしながら、グロテスクな姿を見せる。

 

 「この・・・パパとママに見せる為の姿が・・・お前に見せる為の姿じゃねーんだよオイ!!」

 

 無数の触手は様々な怪人の能力を噴射しながら、がくがくと脚を震わせている。

 

 予想以上に騙し討ちが聴いているのか、怒り心頭の怪人の姿にナルミはほくそ笑んでいる。

 

 「この姿になったら・・・お前じゃもう生きて帰れないぜ!」

 

 口から飛び出た赤と黒の目玉が、ギョロリと茂みに隠れていたナルミを見つける。

 

 「そうね・・・貴方こそ、退魔師を相手にしているのだから、生きて帰れないわよ」

 

 声がした。明らかにその声は目の前の目がバイザーで隠れたナルミから聞こえた。

 

 「モード・ウメミツキ・・・後は任せなさい、ナルミ」

 

 ナルミの中に眠る、魔を恨む様に造られた、もう一つの心の姿が、ナルミの姿を乗っ取って現れたのだ。

 

 「ああ、喋れたのか??」

 「ナルミが貴方の様な魔を許せないんだって。だから、さよなら・・・佐久間さんのなりそこない」

 「なり・・・っ!?」

 

 なりそこない。怪人として転生を果たした自分がなりそこない?

 

 そんな馬鹿な事があるモノか。自分は怪人キラーエリートとしてヘルブラッククロスに未来を認めらている存在だと言うのに、どうしてなりそこないなのだ。

 

 そんな混乱を抱きながらも、首から下・・・胴体から様々な形で吹き出る触手や、伸びた筋繊維が見えている首に、『爆』の札が無数に貼り付けられる。

 

 「魔はここで消えなさい。そしてもう二度とその姿を見せない事ね」

 「待っ・・・待て!」

 「退魔術式・三十・覇爆滅殺(はばくめっさつ)

 

 脚から爆発。次は腰、その次は胴体、そして最後は頭。

 

 木っ端微塵に爆発四散させられた祝福の怪人が、最後に見えたのはまだ会えてすら居ないパパとママと仲良く過ごす未来だけだった。

 

 そしてもう一つ・・・パパと思わしき人物に思い切り殴り飛ばされる未来。

 

 これは・・・。

 

 (かくてい・・・みらい・・・?)

 

 何が起きているのか分からず、祝福の怪人はそのまま意識を爆発に飲み込まれ、ナルミの前で完全に消え失せた。

 

 (元に戻りなさい。ナルミ、貴女が前に出るのよ)

 

 心を入れ替えて、ウメミツキはナルミの心を元に戻す。もう二度と消える事のない傷によって出来たもう一つの人格によって、この戦いはナルミの勝利となった。

 

 聖カエルム教会・花壇の戦い

 

勝者

退魔教会・如月ナルミ

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ぐっはぁ・・・!」

 

 礼拝堂の長椅子に毛むくじゃらの身体を投げ飛ばされ、超性欲の怪人は血の塊を吐き出す。

 

 バラバラと木片が辺りに舞いながらも、赤いふんどしを翻しながら、腕毛ブレードを取り出し、尚も自分を殴り続けるミツキへと突撃を開始する。

 

 ただの戦闘技術を持っているだけで、特別な技を持っているわけでもないシスターに敗けるなんてあっては行けない。

 

 そして何より自分は怪人キラーエリートでもトップの実力者。そう信じている超性欲の怪人は、ミツキの首をめがけたブレードを向かわせるも、左肩を的確に撃ち抜かれ、左手首をショートアッパーで“く”の字に叩き折られる。

 

 「ぐっおおお!?」

 「神を侮辱した事、その身を以て償いなさい」

 

 右拳に握られた破邪の鉄拳。シスターのベールを軽く揺らして、全身が残像を残す程の速さで、鉄拳が胸骨を叩きつける。

 

 「マジですげぇ・・・」

 

 聖女の像の後ろでは戦況を見守る藤原とイロ。

 

 ミツキの場数を踏んでいるでは片付けられない様な、身のこなしに藤原もイロもあのボクシングスタイルに惚れ惚れしている。

 

 腰を捻りながらヘヴィブロウ、腰の戻った勢いで拳骨、身体を落とした反動で体重を乗せた膝蹴り。

 

 浮いた超性欲の怪人の顔に、左足からの痛烈なハイキック。

 

 顎骨がメキリと音を立てて、超性欲の怪人は白目を向き始める。

 

 「ぐっ・・・かか、神を信じている様なオンナに、我々ヘルブラッククロスが・・・ま、敗ける訳・・・!」

 

 大きな身体をフラフラと揺らしながら、超性欲の怪人はそれでも諦めずに意識を保つ。

 

 左腕がもう使いモノにならなくても、右腕や脚の毛が残っている。今度こそ攻撃当てればそれで良いのだ。

 

 「神なんてこの世には存在しない!喰ってやるからおとなしくしろ!お前らの信じる神など、己からすれば性欲解消のひとつにすぎん!」

 

 超性欲の怪人が再びミツキの神を侮辱する。血を吐き出し、全身痣だらけになって、自慢のアフロまでぐしゃぐしゃにしながらも、思い切り盛大に放つ言葉は、決死の迫力を感じる。

 

 右腕に残った毛をドリル状にしては、ミツキの顔面に向かって伸びてくる。

 

 「神を!」

 

 ミツキも同じく右腕の破邪の鉄拳を輝かせ、超性欲の怪人の右腕を粉砕する。

 

 毛のドリルを打ち砕き、むき出しになった素手の拳に破邪の鉄拳がめり込む。

 

 指ごと手の甲を破壊されて、超性欲の怪人が声にならない苦痛を上げる。

 

 「侮辱!」

 

 続いて左拳から再びヘヴィブロウ。超性欲の怪人の胸骨を再び捉え、今度は胸骨を完璧に砕き、背骨にヒビを走らせる。

 

 「ゲパァ・・・!!?」

 

 血を吐いても・・・ミツキの破邪の鉄拳は止まらない。

 

 それでも負けじと超性欲の怪人も折れた両腕でガッツを見せる。お味様なファイトスタイルで挑もうと言うのだ。だが・・・。

 

 左ストレート、右ブロウ、左フック、左カウンター、右、左蹴り、右ハイキック、右踵落とし、左バックキック、右拳骨、左残像拳、右一閃拳、右ストレート、左ストレート、左ラッシュ、右ラッシュ。

 

 その一撃一撃が全て超性欲の怪人にクリーンヒットして行き、超性欲の怪人の攻撃は何一つとして追随を許していない。

 

 「神よ!神よ!」

 

 右、左と、重たい拳が超性欲の怪人の顔・・・正確に言うのであれば、頭蓋骨をめちゃくちゃな形に壊して行く。

 

 「神っ!神ぃ!」

 

 突き出し蹴りが胸骨と背骨を叩き貫き、超性欲の怪人の顔もひどい色になっていく。

 

 「貴方が神を信じるのであれば、ここまで一方的にはならなかったでしょう!神罰は省力し、貴方には神の鉄槌をくらい裁かれなければ、次の転生が受け入れられません!」

 

 神がそう仰られている。その言葉を信じて、ミツキは全力で神の信頼に答える。

 

 「神!神!神!」

 

 もはや喋る事の無い超性欲の怪人へ、神のご意思としてそれを代弁するミツキが拳の嵐となって、欲にまみれ道を踏み外した哀れな悪を一つ裁いていく。

 

 破邪の鉄拳による、最大の制裁によって。

 

 「神神神神神神神神神神神ネ申かみGODKAMI神神神神仏髪紙上加味噛み祇嚙み齧み神頭帋神神神神神神!!!!」

 

 骨の原型すら残らない程の神様ラッシュにより、超性欲の怪人はもうすでに息絶えている。

 

 だがそれでも磯上ミツキの神への侮辱による怒りが収まらない。

 

 なぜならば・・・。

 

 「神はこう仰られております・・・。もっとやっちまえ、と」

 「完全に自分がムカついているだけじゃねぇか!!」

 

 思わず我慢できずに藤原がツッコミを入れてしまった。イロもこれにはさすがにビシィ!っとツッコミを入れたくなったようだ。

 

 「さぁ・・・これで最後です!」

 

 破邪の鉄拳に思い切り力を込めて、全力で超性欲の怪人の顔面をめがけた思い切りの良い拳が打ち出された。

 

 最後まで容赦の無い究極的な鉄拳制裁が、怪人を完璧に打ち砕いた。

 

 「オラァ!!」

 

 ミツキがそれを・・・超性欲の怪人だったモノを殴り飛ばして、礼拝堂の入り口へと怪人が突き飛ばされた。

 

 「ああ、神よ・・・また一つ迷える者を救いました。どうか彼の者の魂に、神のお導きがあらん事を・・・」

 

 ミツキが聖女の像に祈りを捧げると、藤原とイロも同じ姿勢で祈りを捧げる。

 

 (こんな暴力シスター、セクハラなんてもうしませんから、どうかこいつとおじさんを一緒に行動させないでくださいお願いします)

 (私は神たまを信じます?だから、この人に暴力ふるわせないでください?)

 

 磯上ミツキという超常的な一般市民を見て、公安警察に所属する2人はほぼほぼ恐怖をしているだけになっていた。

 

 しかしそれもそうだろう。ここまで圧倒的に怪人を倒せる一般市民なんて、藤原もイロも知る限り、甘白ミ○リコぐらいしか知らない。

 

 そう、あのミド○コである。

 

 所構わずロケットランチャーをぶっ放つ、甘○ミドリコである。  

 

 そんな凶暴な同僚を思い出していると、ミツキが破邪の鉄拳を封印して聖女の像に背を向ける。

 

 シスターのベールを揺らしたその姿はどう見ても優雅な修道者そのモノであるのに、血液一つついていないキレイな戦闘の後が、逆に不気味さを醸し出していた。

 

 「さぁ、後はレイナ達です。戦況はどうなっていますかね?」

 

礼拝堂の戦い

 

 勝者・磯上ミツキ(あと神様)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 教会のエントランスホールに、耳障りな粘液の音がぼちゃぼちゃと落ちていく音がたくさん聞こえてくる。

 

 女王ナメクジの怪人の卑猥な攻撃が幾度も繰り返され、レイナの週度服を汚してく。触れる者問わず性の天国へ誘うこの能力が通用しない人間が居るとは全くの予想外だった。

 

 レイナの破悪の剣が粘液を斬りながら、女王ナメクジの怪人に飛び込んでくる。

 

 その気迫の押されそうになるも、ナメクジの分隊がレイナに降り注ぐようにして襲い始める。

 

 「気持ち悪い!破悪の連剣!」

 

 ひと振り剣が回る度に、その動きをトレースした二枚目の刃がナメクジを斬り裂いて行く。

 

 「ああ♡私の子どもたちがまで♡ひどい事するわねぇ♡」

 

 ナメクジの一匹に♡の力を注ぎ、サキュバスの怪人の力を発動する。

 

 水風船みたく膨れ上がるナメクジが、粘液を身体からどろどろ流しながら肥大化し、レイナに飛び出してくる。

 

 見た目に反して機敏な動きをするナメクジは、レイナにとってとてつもなく嫌悪感と殺意をわき上がらせる。

 

 「邪魔だ!」

 

 破悪の剣による一刀両断が、肥大化ナメクジを斬り裂くと、その胴体の中から真っ白でヌルヌルでべとべとする液体がレイナの顔にかかる。

 

 ビチビチ動く半分のナメクジ達が左右からその動きを繰り返し、レイナの身体を挟み込む。

 

 「くっ!離せ!!」

 「無駄よ♡」

 

 斬られたというのに肥大化ナメクジは切断面をくっつけながら、レイナの胴体を揉み込み、粘液を刷り込む様にしてその身体をくっつける。

 

 ぬるま湯の様な温度と、しっかり熱感を持ったナメクジの不気味な感触がレイナの身体に媚粘液をひたすらしつこく塗り込んでいく。

 

 デコボコのコブのついた芋虫に似た形のナメクジは、それだけでも言いようの無い大きな気持ち悪さを醸し出している。どうにかして身体に触れるこのナメクジを殺さねば、初めての敗北と同じ末路をたどってしまう。

 

 身体と肥大化ナメクジの隙間から、真っ白なヌラついた粘液が一滴線を描きながら飛び出し、いやらしい水音を耳元で響かせる。

 

 「このっ・・・!」

 「驚いた♡ここまでされてもまだ堕ちないなんてねぇ♡」

 

 わざとらしい女王ナメクジの怪人の笑みに、レイナは心底嫌気が指している。こんなヌルヌルしたモノ、退魔師にとって見れば悪辣なモノでしか無く、これを使わないと人を堕とせない根性がとても気に入らない。

 

 しかしそんな強気なレイナの眼の前で、再び肥大化したナメクジが2匹3匹と増えているのが見えた。

 

 女王ナメクジのナメクジ分隊も、レイナの足元に群がっており、退魔のブーツにもちもちと絡みつこうとしていたのだ。

 

 「ひっ・・・」

 

 思わず嫌悪感から引きつった声が出る。顔が青くなるのを感じて、早く脱出しないと行けないと、焦らせる。

 

 「そーれ♡皆であの人を気持ちよくしてあげて〜♡」

 

 いくらでも堕とし様はある。媚粘液が効かないなら、肉体を叩けばいい。女王ナメクジの怪人の号令によって、大小様々なナメクジ達がレイナの身体に襲いかかる。

 

 「舐めるなぁ!!!」

 

 レイナが動かせないナメクジの体内に飲み込まれた手に印を結ぶ。

 

 「退魔術式・十一!破邪の剣!」

 

 レイナの身体から虹色の剣が飛び出て、身体に飲み込む肥大化ナメクジを内側から斬り払う。 

 

 「消え失せろ!破悪の方刃剣!」

 

 手に持つ剣を石床に突き刺して、聖なる光と共にナメクジ達を消滅させる。次々とナメクジ達を地面から伸びた虹色の刃によって、串刺しにしていき事無きを得る。

 

 退魔師とナメクジの縁はとても深い所にあるが、レイナかあすればそんな事は関係ない。邪悪なナメクジは全て打払う。

 

 普通のナメクジでも魔のナメクジでも、怪人ナメクジでも、レイナ程の上級退魔師ならば相手にすらならない。

 

 「嘘♡」

 「次は貴様の番だ!」

 「ヘヴンホワイティネスでも無いくせに♡生意気なのよ♡」

 

 怪人キラーエリートとしてのプライドを持って、正義連合のリーダー格であるこの女だけは倒さないと行けない。自分達が生き残る為にも、この退魔警察だけは。

 

 「そのヘヴンホワイティネスに託されたのだ!」

 

 破悪の剣を女王ナメクジの怪人に向けて、レイナは声高らかに叫ぶ。

 

 「ギンジと約束したんだ!」

 

 ギンジと言う名前を聴いて、女王ナメクジの怪人の余裕な笑みが消えて、歯を食いしばる様にしてレイナをにらみつける。

 

 「君たちが戻るまでは、必ず平和を維持すると!彼が帰って来た時に自分を責めない様に、私が彼の役に立てれば良いと、お前達悪の所業を止めると約束したのだ!」

 「へぇ〜そう・・・」

 

 レイナがいつかギンジと一緒に退魔師として活躍する為にも、この場所は死守する。そしいて彼が帰る場所も一緒に守りたい。

 

 「じゃあそのギンジって奴、最初に堕としてあげたいな〜・・・あんたの眼の前でお尻フリフリするギンジを見せてあげるわよ!」

 

 まだ見たことも無い、情報だけしか知らないその男を馬鹿にされた気分で、レイナは憤りが高くなる。

 

 「お前が・・・ギンジを呼び捨てにするなぁ!」

 

 粘液で重くなった修道服の上半分を脱ぎ捨てる。そこあら出てきたのは肩と脇が出たバトルスーツが粘液で濡れ輝いているが、レイナの覚悟を汲み取ったのか、バトルスーツが虹色の光を出している。

 

 スカートの様に広がった修道服をレイナの退魔術によってはためきながら、ブーツで強く踏み出し粘液の海を支配する、女王ナメクジの怪人へと突撃を開始する。

 

 「破悪の剣!」

 

 頭上で二回転させ、虹色の西洋の剣が輝きを増す。

 

 「ナメクジ(粘液ボール)・・・!」

 

 退魔警察の自分は負けないという、自分は大丈夫だと言う態度が気に入らない。自分が堕とせないのは、怪人だけだと思っていたのに、まさか人間にも通用しない存在が居るとは思っても見なかった。

 

 これ以上の失態は許せないし、自分のプライドが逃げる事を許さなかった。

 

 この女だけは倒す。絶対に撃破して、自分だけでも組織に有意義な怪人だと言う事を証明するのだ。

 

 巨大な粘液のボールがレイナの破悪の剣を飲み込み、その手元までを沈ませる様にして取り込んでいく。

 

 「あんたは生かしておいてあげる!その粘液は内側からじゃ」

 「内側から・・・何?」

 

 再び一刀両断。粘液の球体に飲み込まれた筈の退魔警察レイナが、女王ナメクジの怪人にその一太刀を浴びせる瞬間までやって来ていた・・・。

 

 「覚悟しろ!」

 「それはこっちのセリフ♡!」

 

 レイナの手には破悪の剣、女王ナメクジの怪人の口元には♡の形をしたキャノン砲。

 

 2つの攻撃が同時に繰り出された瞬間だった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 教会の書庫にまで届く激しい衝突が、幾度も続いていた。

 

 暗かった通路での戦いはルカが先手を果たし、銃の怪人を押し倒す。

 

 食堂にまで届く銃の怪人のエネルギー弾が、ルカを吹き飛ばし、五分の状況に。

 

 そうこうして書庫での戦いは銃の怪人が床を破壊し、一つリードを取る。

 

 しかし落ちた先の洞窟の様な湖が広がる場所では、地の利を生かしたルカが銃の怪人を朽ち果てた道場の様な場所にまで叩き着ける事に成功する。

 

 「いい加減倒れろ!」

 

 ルカが湖に月光を照らすと、銃の怪人に大技を叩き込む。

 

 月光線。この技で銃の怪人を倒す。そう決めていたルカとアキハの心のシンクロが織りなした強化された必殺技となり、道場らしき建物ごと銃の怪人を破壊しにかかる。

 

 「ギャーハッハッハ!やる気だなぁ!俺もお前となら強い子供を残せると思っているんだ!」

 

 ボロボロになっているのに、変わらずルカに執心な銃の怪人に、ルカもアキハもうんざりしている。

 

 「お断りだと何度も言っているぞ!」

 

 尽きる事の無い弾丸が、再びルカを狙う。

 

 「っ!?」

 

 一発、今のは顔を狙ってきた。

 

 それ自体は見てから動けば問題は無かった。

 

 当たる事の無い弾丸が、今度は軌道を変えてルカの右足を後ろから貫いた。

 

 「・・・なんっ!?」

 (ルカ!?)

 

 飛んで避けたのが災いとなり、ルカはバランスを崩して硬い岩の道に落ちて行く。

 

 (今のは・・・弾丸がこっちに向きを変えた様に見えたわ。大丈夫、ルカ?)

 

 アキハは冷静に弾丸の軌道について分析を開始しながら、ルカの出血を見て心配になる。宿主である彼女が居なくなれば、今度こそアキハも消滅の危機を迎える事になる。

 

 「こ、こんな事、なんてことないさ・・・」

 

 右足に飛んだ弾丸は正確にふくらはぎを貫通し、スーツをも貫いてきた。

 

 「ギャーハッハッハ!とうとう俺も覚醒しちまったみてぇだ!」

 

 銃の怪人が崩れた道場から瓦礫を撃ち壊して、高笑いを上げる。

 

 血を吐き出しながら口を真っ赤に染め上げた銃の怪人の登場に、アキハの血の気が引いていく思いをルカは感じ取った。

 

 「銃の怪人!フェーズ2って所だなぁ!!」

 

 フェーズ2・・・ギンジの能力にあるフェーズ3みたいなモノだろうか。ただ尽きる事の無い弾丸を乱射するだけではなく、弾丸の軌道すら変える事が可能になったのだろうか。

 

 「これじゃ、正面から防げなくなるのか・・・!?」

 (落ち着いてルカ!まだ勝機を失ったわけじゃないわ!)

 

 アキハも焦りながらも、ルカの心を立たせる。

 

 (アタシ達はまだ負けていない!)

 「そのとおりだ!ギンジと約束もしているしな・・・僕達は悪の進軍を防がないと行けない・・・」

 

 2人が肩を支え合う様にして立ち上がる。

 

 そしてなんとか立ち上がった2人の前には、銃の怪人。

 

 「結婚する準備は出来たかい?ムーン・パラディース」

 

 口笛でも吹くような態度の銃の怪人に、ルカは苛立つ表情を見せる。

 

 「まさか・・・結婚したいと言っている相手に、銃弾を打ち込む様な奴を・・・僕が好きになると思うのかい?」

 

 ルカが大盾をどっしりと担ぐ様にして構える。

 

 この怪人のめちゃくちゃな言動に、付き合わされるのはもううんざりだ。

 

 「僕たちの心の強さを・・・お前に叩きつけてやる!」

 (行くわよ!ルカ!)

 

 痛む右足を抑えながら、ルカが思い切り月光を全身から溢れ出させる。

 

 銃の怪人も律儀にこの状態が終わるのを待ちながら、ムーン・パラディースの輝きを目に入れている。

 

 「その月の光が、真の力かい?ギャーハッハッハ!じゃそれに勝てれば、お前は俺の嫁になるってこったな!」

 

 両腕の機関銃を構えて、深緑色の目立つスーツから全てが月光色に変わったルカを見て高笑いする。これからこの女を自分のモノに出来る喜びで胸いっぱいになっているからだ。

 

 「好きに言っていろ。もう僕は・・・僕たちはお前を絶対に許さないぞ!」 

 

 右足は動くがこんな痛みは久しぶりだ。

 

 ルカとアキハの心が完璧に混ざりあって適合した真ムーン・パラディースへとオーラを変えた2人の少女。

 

 「行くぞ!」

 

 大盾には今までのルカの能力と同じく、あらゆるモノを受け止めて跳ね返す力に加えて、アキハが元々使っていた心の力、新月の長ドスが盾の横の縁に加えられている。

 

 叩きつけだけではなく、アキハの様にギンジにも似た荒々しい切り裂く力も加えられた。

 

 攻めと守りが両立したムーン・パラディース最強の印。

 

 「ディフェンス・エクストラ!カグヤビート!」

 

 月の力を全身に発動して、銃の怪人の銃弾を迎え撃つ。

 

 「無駄だぜ!何をしてもお前の突進なんて、俺の軌道操作にかかれば、もう近づく事も出来ねぇからな!」

 

 カグヤ姫の如き美しき月の輝きをその身に秘めたルカは、次々と不規則な動きをする弾丸に対して、長ドスを全て引き抜く。

 

 「ディフェンス・エクストラ!ドス・ダンサー!」

 

 8本の刃が、それぞれ弾丸を斬り壊して行き、ルカの背面から飛んでくる弾丸でさえ、刃が盾となり斬り崩す。

 

 「まだそんな能力を!素晴らしいぜ、ムーン・パラディース!ギャーハッハッハ!」

 

 銃の怪人もここでもう一つの隠し弾を発動する。

 

 「怪人銃術!」

 「ディフェンス・エクストラ!」

 

 赤黒いエネルギー弾が両腕の機関銃の銃口に溜まり続け、ルカは月光の大盾を前方に構えて怪我の痛みを忘れる程、思い切り突撃する。

 

 「イース・トゥルバレンツ・ハードガン!」

 「カグヤビート・マキシマム・ラビッドネス!」

 

 満月の神々しさ、赤黒いエネルギーの禍々しさ。

 

 2つが正面からぶつかり合い、ルカはその勢いを右足から飛び出る出血によって止まりそうになる。

 

 (まだ行けるわよ!ルカ!)

 「ぐっ・・・〜〜ハァアアアア!!!」

 

 赤黒いエネルギー波弾の中にルカが飲み込まれそうになる。

 

 闇一色、地獄の様な世界へと誘われる様な感覚が、月島ルカと天体アキハを引っ張って行こうとする。

 

 「敗ける・・・モノかぁぁ!」

 

 闇の中に輝く満月の様に、ルカのスーツがさらに美しい月光を照らし出す。

 

 冷たく、美しく、それでいて怪しく・・・。

 

 そしてその中に秘めたるは友と誓った正義の志が色濃く輝いている。

 

 『おおおおお!!!!』

 

 2人の少女が真に心を一つにして、8本の長ドスがリーチを伸ばして闇のエネルギーを斬り払う。

 

 8つに別れたエネルギーの弾丸の向こう側に佇むのは、銃の怪人。

 

 「・・・マジかよ」

 

 ルカの月そのモノとなる満月の大盾を回転させて、銃の怪人を真正面から激突する。

 

 その衝撃が全身を貫き、銃の怪人を持ち上げる。勢いはまだ止まらない。

 

 洞窟の天井を破壊するほどに回転しながら、ルカが銃の怪人を教会内部へと突き出した。

 

 「これで・・・終わりだぁ!!」

 

 書庫へ、通路へ、思い切り叩き飛ばして、ついには教会の外側、花壇の美しい木々の道へと銃の怪人を吹き飛ばす。

 

 「月光・アストラルグリム!」

 

 ディフェンス・エクストラ・カグヤビートの中に眠るアキハの潜在能力まで開放して、銃の怪人を石畳の道に叩き落とす事い成功した。

 

 銃の怪人は人の形のまま、石畳にめり込んでしまい、その意識をすでに落としている様子。

 

 大雨の降り注ぐ冷たい真夏の夜に、闇夜に輝く戦士は痛む怪我を抑えながらも、地面に着地する。

 

 少し無理がたたったが、それでも今度こそ銃の怪人を倒す事に成功した筈だ。

 

 (やったわねルカ)

 「うん・・・ありがとうアキハ。君が居なかったら勝てなかったよ」

 

 心の中でハイタッチをして、ルカは変身を解く。右足の痛みが現実を思い出させて、ルカは声無き絶叫を上げるのであった。

 

 教会内部の戦い

 

 勝者ムーン・パラディース・月島ルカ   

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 本領発揮したレイナの破悪の剣により一太刀を浴びてしまった女王ナメクジの怪人。

 

 粘液も、ナメクジ分隊も、サキュバスの怪人の能力も何一つとして、今の彼女には通用しない。

 

 まともな攻撃手段であるサキュバスの怪人の攻撃でさえ、あの退魔警察はやすやすと斬り崩してくる。

 

 「ハァハァ・・・痛いのよ♡嫌いじゃないけど・・・」

 「もう終わりだ。貴様じゃ私には勝てん。今すぐ召されろ」

 

 レイナの冷たい表情と目線に、女王ナメクジの怪人は背筋がゾクゾクと震える感覚が来ていた。

 

 「痛いより気持ち良いのがいいの♡・・・」

 

 女王ナメクジの攻撃はひたすら相手の快楽神経を焼いて逆撫でする能力に特化している。

 

 艶めかしい生足をレイナに見せつける様にする。ふとももに垂れる白濁として粘液が、光沢感を作り出しより女性としての妖艶さ蠱惑さを醸し出すが、レイナにすればこんなモノただのイタズラにしか思えない。

 

 これ以上時間を使うわけにも行かず、レイナは破悪の剣を女王ナメクジの怪人に突き立て様とし、女王ナメクジの怪人は死を覚悟して顔を伏せる。

 

 これ以上の対話は不要。そう判断して、レイナは問答無用で刃を刺そうとした。

 

 「・・・?」

 「また怪人か・・・」

 

 その刃は新たに現れた怪人の登場によって、女王ナメクジの怪人に刺さる事は無かった。

 

 黒いタンクトップにカーゴパンツ、軍靴を履いたポニーテールで結んだ髪と、健康的な肌の色。

 

 しかしレイナの剣を止めている腕が人ならざる腕をしている。

 

 鱗が映え揃った腕に、人の形とは思えない形状をした龍の腕。

 

 「・・・キラーエリートは、お前以外全滅。撤退命令、出た」

 「・・・!?」

 

 低い声で話す怪人が、女王ナメクジの怪人の救援に来た。

 

 そして内容に驚いた。女王ナメクジ以外の怪人キラーエリートがもう全滅していた・・・?

 

 「だけど、全員疲労している。後は組織が勝つ」

 「そのまま私が逃がすと思うのか?」

 「・・・!」

 

 思い切り身体を捻り、レイナの顔をめがけた回し蹴りが鋭く刺さる。

 

 しかし軍靴を防ぐ様にした破悪の剣がレイナの顔の前で止まり、2人は硬直状態に入る。

 

 すかさずその乱入者・・・龍の怪人が腕を振り下ろし、力任せの攻撃を繰り出し、レイナに二度防御させる。そして最後はドロップキックを盛大にかまして、レイナを後方に押し込ませる。

 

 「ちょ、私はまだ戦えるわよ♡なんだったら、今すぐこいつを倒して・・・」

 

 女王ナメクジの怪人が身分可愛さに焦りながら話すが、龍の怪人は振り向かないまま静かにレイナを撃退する。

 

 「・・・撤退」

 

 形の良い背筋から恐ろしい殺気を感じて、女王ナメクジの怪人は引く様に息を飲む。

 

 「後は・・・任せた」

 

 龍の怪人が煙玉を足元に投げると、龍の化身となりながら教会の天井を破壊して女王ナメクジの怪人と共に、雨の降る大空へと飛び去った。

 

 「待て!」

 「おおっと!行かせないぜ!」

 

 煙の奥から現れたのは・・・。

 

 「馬鹿な・・・!?」

 

 腕をいびつに歪めた銃の怪人が、まだ闘争本能を残してレイナの元へと現れた・・・。

 

 「いい加減・・・しつこいぞ!」

 

 その後ろからは、ルカとナルミが2人同時に銃の怪人を外に放り投げた。

 

 花壇に身体を落として、震えながら銃の怪人は身体を起こす。

 

 「・・・もういいだろう!止まれ!」

 

 銃の怪人はそれでも止まる事無く、全力で自分の未来を守ろうと立ち上がる。

 

 「おおお・・・おれハ・・・ヘルブラっクくロす・・・かいジん・・・キラーえりート・・・結婚、けっコンしようぜぇえええギャーハッハッハ!!!げポッ。ゴホォ、オエエエ」

 

 びしゃりと血を吐いて、銃の怪人は膝を付く。まだ目は死んでいない、その気迫と実力がもし仲間のモノだったのであれば、心強いモノになっただろう。

 

 「・・・痛ましいよ、君のその姿は・・・でも」

 

 レイナの剣が輝く。

 

 「使命の下に戦う覚悟は受け取った。今度こそ倒す!」

 「僕も・・・今度こそ!」

 

 痛みを抑えながら、怪我を推して、月島ルカは大盾を構えて、鐘のある塔へと飛び出す。

 

 「破悪の・・・天剣!」

 

 ナルミが札で銃の怪人の動きを止めて、レイナの剣が今度こそ銃の怪人を貫く。

 

 そしてすかさずその場から離れると、銃の怪人の頭上からルカが盾を突き刺した。

 

 「ムーン・ディザスター!」

 

 頭から胴体まで盾が深く入り、次はその身体をひねって銃の怪人の身体をねじり斬る。

 

 「おっふぅ・・・イキそ・・・」

 

 その言葉を最後に銃の怪人は爆発して姿を消した。

 

 しつこい銃の怪人を今度こそ倒して、レイナとルカは今度こそ安心する。

 

 怪人キラーエリートは倒された。女王ナメクジの怪人は残ったままだが、一先ず襲撃は終わった。

 

 後の心残りとすれば・・・。

 

 「まだ控えている戦闘員達が心配だ・・・」

 

 レイナの疲れ切った顔での発言はルカのメンタルにも来るモノがあった。

 

 今だ気配としては消えていない多数の戦闘員の数に、流石にげんなりする。

 

 襲ってくる気配が今の内は感じられない為、レイナは礼拝堂を目指す。

 

 ミツキ達も勝利を収めていた様子で、聖女の像に祈りを捧げていた。

 

 「私も祈りを捧げる事にするよ・・・」

 

 神に祈るのは自分の身の安全でも、この教会の無事でもない。

 

 この教会に暮らす子どもたちの未来と・・・想い人であるギンジへの祈りだ。

 

 もしこのまま連戦になれば、きっと勝てない。

 

 3日も続く戦い詰めの忙しさに、皆疲れているからだ。

 

 数の不利は今に始まった事では無いが、これでは確実に勝利は無いだろう。

 

 早くギンジが戻って来なければ・・・このままでは・・・。

 

 雨音と激しい戦闘の後がより祈りに虚しさを残す。

 

 (ギンジ・・・君は大丈夫だよね)

 

 静かに、熊沢レイナは佐久間ギンジの帰還を願った。

 

 (早く戻ってきてくれ・・・ヘヴンホワイティネス!)

 

 その祈りは届いてくれるのだろうか。

 

 「ところで藤原さん?」

 

 イロがレイナの後ろに立つ藤原に嫌そうな顔を見せる。この後このおじさんが何をするのかなんて決まっている。そう、セクハラである。

 

 「神はこう仰られております。このおじ様は、魔そのモノであると・・・」

 「げぇ!あんなラッシュは嫌だ!」

 

 少しだけ空気感が和やかになる。だけど、まだ控えているヘルブラッククロスの戦闘員に対して、レイナは敗ける覚悟をしている。

 

 否、本当は勝つ気でいる。ここまで来て敗けたらなんの意味があるのだ。

 

 「皆・・・この教会は守れなくても、まだ後ろに控えているヘルブラッククロスの戦闘員が居る」

 

 レイナの言葉にルカもナルミもミツキも険しい顔つきになる。

 

 「子どもたちも幸いキャンプに出ているし、我々だけで済む戦いだ。必ず、ギンジ達の帰れる場所を守り遠そう・・・」

 「もちろんですよ!僕も頑張りますから!」

 

 ルカがレイナに微笑む。

 

 「貴女の無茶は今に始まったことではアリませんしね。良いでしょう。神も仰られております、家族を助けなさいと」

 

 ミツキも破邪の鉄拳を鳴らして、臨戦態勢に入る。

 

 「・・・」

 

 ナルミもレイナの肩を軽く叩いて、頷く。声を出すことの無い親友が、今も元気を分けてくれる様な感じになって、レイナは少し涙ぐむ。

 

 「行くぞ!目標は多数!ヘルブラッククロスなら全部倒すんだ!」

 

 レイナが礼拝堂から扉を開けると、やはり待ち構えているのはヘルブラッククロスの戦闘員。

 

 装備を厳重にした上級戦闘員、パワードスーツを改造した超級戦闘員も聖カエルム教会を取り囲む様にして、レイナ達が出てくるのを今か今かと待っていた様子。

 

 小雨となった雨の中、先程の龍の怪人、そして少年の様な見た目の怪人と、マシンの様に飛び回る怪人?らしき者達が戦闘員達の中から列を開き、通常の戦闘員とは違う紫色のリーダー格と思わしき戦闘員が一人現れる。

 

 「やぁ・・・はじめまして・・・私はドクターパープル。君たち正義連合に敗北を贈る者だよ」

 

 おどけた態度の中で声音は非常に重圧さを感じて、悪意の存在である事を自覚する。

 

 くぐもった声はよく聴こえる。

 

 あれこそがこの集団をまとめ上げるリーダーだと、それを知ってなお距離はかなり遠く感じる。

 

 3人の怪人の他に、戦闘員達の列の向こう側には鎧の怪人が数えられるだけでも20人以上は居る。

 

 「まさしく絶望的な状況だろう?降伏するならば、私の研究材料にしてやる。反抗するならば・・・解るだろう?」

 

 ドクターパープルの言葉に、レイナもルカもミツキもナルミも・・・後ろに控える藤原もイロも不機嫌な表情を見せる。

 

 「私達は・・・お前らの様な悪には屈しない!」

 

 レイナが破悪の剣を構えると、仲間達もそれぞれ武器を構える。

 

 戦闘員達もそれに反応して、厳戒態勢が敷かれた。

 

 「やれ・・・無傷で捉えられた者は、好きな褒美を取らせてやる」

 

 ドクターパープルの命令で、一斉に戦闘員達が漆黒の絨毯の如く襲いかかってきた。

 

 晴れる事の無い雨は、日付が変わろうとも降り続けた。

 

 8月28日・午前0時。

 

 天気は大雨のち、小雨。また、ところにより黒い地獄が降り注ぐ。 

 

 「・・・行くぞ!!」

 

 レイナが叫び、虹色の剣が光輝く。

 

 地獄を切り抜ける祈りは、どこまで届いたのか・・・。

 

 それでもレイナ達は信じた。正義のヒーローの帰還を。

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。

今回はこの作品特有の怪人がどんどん死ぬという自体を引き起こしました。

ごめんね毛の怪人、祝福の怪人、銃の怪人。

女王ナメクジの怪人はどうして死ななかったかって?皆好きでしょ?

キャラネタ書きます

熊沢レイナ
ギンジの帰還をきっと誰よりも望んでいるかも知れない。ミヤコ以上に愛情はあるかもしれない。
正義のヒーロー、早く帰ってきてくれ

如月ナルミ
モード・ウメミツキにする事で喋る事が出来る。二重人格者。
レイナの前ではウメミツキを出さないようにしている。

月島ルカ
新しい技はディフェンス・エクストラ。
アキハと共に心を深層心理まで通わせる事で出せる大技。使いすぎると脳みそが焼ける。

磯上ミツキ
W○YYYYと叫ぶ事も考えたらしいが、止めといた。
神様ラッシュは彼女の十八番。

祝福の怪人
爆発した。次回出番があります

銃の怪人
本家剣士の怪人よりもしぶとい。戦う覚悟は人一倍あったけど、しつこすぎた。

超性欲の怪人
赤いふんどしがトレードマーク怪人。ミツキに手も脚も出せず死んだ。相手が悪かった。

女王ナメクジの怪人
斬られたけど、気持ちいいらしい。
汚い印象を抱きがちだが、甘く心地よい女性ならではの香りがムンムンしている。常時素足だけど美容・健康・快楽には気を使っている。
生き延びたが、内心結構ショック。

龍の怪人
先輩である触手の怪人よりも出番が今のところある。
好みのタイプ・ドクターハルネ

毒蛾の怪人
ドクターパープルの護衛。

機械の怪人
ドクターパープルに映像を見えていた。女王ナメクジの映像だけは4カメ使っていた。

・・・

次回は・・・お待たせしました!

彼らが帰って来るぞ!!!

そして教会総力戦の行方はどうなるのか・・・!

それではまた次回!
よろしければ感想、評価等頂けますと幸いです!ではでは〜!


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78・怖いと思う事

こんにちはアトラクションです

ちょっとバイオ止められないんだけど!

でも執筆もコツコツ頑張っております!ちょっとサボりがちでしたが、次回も頑張って書きますし、今の所エターの予定もありませんので!
今回のお話もお楽しみに!それではどうぞ!


 ドクターパープルが怪人キラーエリートと超級戦闘員達を引き連れて、正義連合の拠点となる場所に襲撃を開始した同時刻・・・。

 

 中央度固化市、オフィスエリア。

 

 戦闘員を引き連れて車道の真ん中を闊歩する、ブーメランパンツとチワワの顔した、筋骨隆々の犬の怪人。

 

 警察という組織が残っていても、ヘルブラッククロスに対して干渉しうる存在である公安局が事実上の機能停止に陥った今、彼らはドクターパープルの指示の下、この街のこのエリアに襲撃を行おうとしていた。

 

 もはや人々はその姿に恐れては道を開ける一方である。

 

 「おいそこのお前」

 

 犬の怪人がパンツを上に引っ張り上げながら、一人の戦闘員に指示を下す。ぴっちりもっこりした存在感を醸し出している。

 

 「チワワ、今女が欲しい。チワワのは途中で膨らむから、皆きゃんきゃん言うんだ」

 

 パチィン!

 

 ブーメランパンツから指を離すと、筋肉で分厚くなった腰にゴムのぶつかる痛そうな音が鳴る。ぴっちりもっこりしっかり存在がある。

 

 「い、今からですか?」

 

 小雨となった夜中のオフィスビルエリアには、そこまで人は歩いていない。せいぜい終電ギリギリを目指す社畜の皆様が居るだけだ。

 

 「お言葉ながら犬の怪人様」

 

 指示を下された戦闘員は犬の怪人の荒唐無稽な指示に、疑問を感じ得ない態度で言い返す。

 

 「この時間に犬の怪人様の好みの女性は居ませんよ・・・それにドクターから貰った指示はそうじゃぐっはぁ」

 

 指示に異を唱えた戦闘員が喋り終える前に、犬の怪人が思い切り蹴り飛ばす。

 

 戦闘員はまたたく間に姿を空に飛ばされる。何かの会社のビルの角に戦闘員がぶつかり、歪に身体を曲げながらアスファルトへと落ちていく。

 

 簡単に戦闘員を蹴り殺した犬の怪人に、戦闘員達は背筋が凍る思いでいる。

 

 「目的も達成する!」

 

 続いて犬の怪人は大股開きで腰を落とし、右足を高く上げる。

 

 そして雨で濡れたコンクリートに右足を深くめり込ませる。

 

 「チワワは女を食べる!」

 

 同じく左足を高く上げて、また下ろす。勢いの強いその足は、やはりコンクリートに深くめり込む。

 

 「大暴れの開始だ!わん!わん!おー!」

 

 犬の怪人の吠える言葉に、戦闘員達が一斉に行動を開始する。

 

 犬の怪人の左右を抜けて走り出す戦闘員を尻目に、犬の怪人も行動を開始する。

 

 「チワワ、大暴れするぞー!」

 

 場所は変わって湾岸エリア。

 

 ここにも人気の無い場所であり、しかし近くの海の闇に呼応する様に、うっすらと闇に紛れた存在が戦闘員を引き連れて、どこからともなく襲撃を開始する。

 

 「ホッホッホッ・・・」

 

 漁港のライトにその足と思わしき部位を伸ばして、紐の怪人はその姿を自ら照らし出す様にして、自分の姿を表した。

 

 現実では絶対にありえる事の無い棒人間の形をして、頭の部分に一つ目があり、さらに一本の頭部には二本の角らしき三角の形をした謎の姿が、湾岸エリアに君臨した。

 

 「ここでの目的は・・・わかっていますね?」

 

 どこか後ろで、どこが正面か解らないその姿に、戦闘員達は全員無言で頷く。

 

 「よろしい。では、始めましょうか。ある目的と、ついでの略奪を」

 

 両腕を下へ向けて広げる様にして、紐の怪人はクツクツと笑って見せる。その姿はどことなく冷たい威圧を感じて、戦闘員達もすぐに行動を開始する。

 

 ここで何かを喋れば癇癪を起こされて殺されかねない。そんな理不尽に死ぬのは受け入れられない者だけが、紐の怪人の背中?を見て共に行動しているのだ。

 

 「さぁ、暴れますよ!絶対に目的のアレを見つけるのです!」

 

 紐の怪人が際限無く伸びる紐の能力で、近くをフォークリフトを持ち上げて振り回しながら、狂気的な事を発しては大暴れを開始する。

 

 更に場所は変わって住宅街エリア。

 

 細かく言うと全損したカエデハウス跡。

 

 無数の触手を伸ばしては、瓦礫を打ち崩して破壊を跡を更に色濃くしていく。

 

 「オヒョヒョ・・・あっしも色々させてもらえるのは嬉しいですよ。あーこれドクターミヤコのマシンです。丁重に扱えよ」

 

 この住宅街エリアの襲撃を任されたのは、宇宙人の様な頭をした触手の怪人。

 

 瓦礫を粉砕したり溶かしたり・・・様々な方法で、ドクターミヤコ関連のモノを探しては戦闘員達に運搬させている。

 

 ある程度の重要な事が終われば次は、住宅街エリアの中心に降り立ち、本来の目的を開始しようとしていた。

 

 触手の本来の用途通り、寝込みを襲うことで目的のアレを見つけようと言うのだ。

 

 「さてさて〜それを組織に運んだら、後は紫に渡しておけよ。あっしと、B班は街に出て襲撃を開始じゃい」

 

 意気揚々と・・・そして虎視眈々と、誰もがヘルブラッククロスの探しているアレをいの一番に見つけ出そうと躍起になっている。

 

 オフィスビルエリアの犬の怪人も。

 

 湾岸エリアの紐の怪人も。

 

 住宅街エリアの触手の怪人も。

 

 三者三様、ある一つの目的を達成しようと、アレをおびき出そうと奮起している。

 

 目的、指示は立った一つ。

 

 『出てこい、ヘヴンホワイティネス!!』

 

 3日程姿を消している彼女らを見つけ、倒せ。

 

 それがこの怪人達の目的であり、指示でもある。

 

 現れないのであれば、こちらからおびき出す。

 

 そして必ずドクターミヤコが組織をクビにされる前に命じていた、ヘヴンホワイティネス陵辱プロジェクトを達成させたい。

 

 それが彼女への手向けになるからだ。

 

 憎き怨敵を貶める、怪人達の大襲撃が開始された・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 圧倒的な数の不利をモノともしないかの様に、レイナ達の反撃と抵抗心が、より超級戦闘員達の加虐心を更に悪辣な力強さを加速させる。

 

 右足を銃弾で撃ち貫かれたルカは、まともな立ち回りをする事が出来ず、なんとか藤原が彼女を担ぎながら教会内部に逃げる事に成功する。

 

 すかさずその隙だらけの背中に迫る戦闘員達は、イロの援護射撃とミツキの神を信じる暴力によって事無きを得るが、敵陣の真ん中に取り残されたレイナとナルミは最早教会に戻ることは不可能になっていた。

 

 退路は無くなり・・・教会での籠城戦は最早不可能だ。

 

 多少安全な場所は限り無く近く、果てしなく遠い所になってしまった。

 

 「ナルミ、大丈夫か!」

 「・・・」

 

 2人の美女は背中合わせになりながら、戦闘員の群れを一人ずつ撃退していく。

 

 破悪の剣は効力を維持出来ず、破邪の剣で応戦している。

 

 疲労も強く出てきて、判断も鈍ってきている。

 

 ナルミも札の枚数が少なくなってきた上に、先程のモード・ウメミツキの発動によって体力も底を付きかけている。

 

 無理な戦いと日をまたぐ命がけの戦いが連日続き、更には雨。

 

 小雨とは言え全身を覆うスーツを身につける戦闘員とは違い、彼女達は野ざらしに近い。

 

 徐々に劣勢に運ばれている・・・その事を理解していながらも、2人の退魔師は、巨悪と戦わざるを得ない。

 

 一人の超級戦闘員の改造した右腕が、レイナの顔面に迫る。

 

 とてつもなく大きい壁が、恐ろしい速度で迫りレイナの防御に合わせて華奢な身体を空高く打ち上げる。

 

 八頭身のモデル体型が空に舞えば、戦闘員達は下卑た歓声を上げて、次はナルミに迫る。

 

 ナルミが取り出した札は『疾風』。

 

 その札を使い、空に頭上に飛ばされたレイナの救助に飛び出すが、ナルミの足を絡めとる様にした戦闘員達が、ナルミを石床に引っぱって落とす。

 

 「ナルミ!」

 

 そしてそれを見ているしか出来なかったレイナは、空中で体制を整えると、破邪の剣を二本持ちながら、ナルミに身体に触ろうとする戦闘員達をめがけて、虹色に輝く剣を振り下ろす。

 

 落ちる勢いでナルミを救援しようとするも、視野が狭くなった彼女の背後には空飛ぶ装備を整えた超級戦闘員が、背後でレイナの背中を叩き、そしてナルミと同じ様に石床に叩き落とす。

 

 「がぁっ!?」

 

 身体中の空気を抜かれる様な衝撃が全身に走り、起き上がろうとするレイナとナルミに悪の手が無数に迫る。

 

 「クソ!触るな!やめろ!」

 

 暴れようとする聖女の手足を抑え、ナルミも札を取り上げられる。

 

 二人してうつ伏せにされ次に2人の美女に迫るのは、容赦のない暴行の数々。

 

 踏みつけられ、殴られ、叩かれ・・・そしてそこからは無数の高笑い。

 

 「クソ!クソ!クソぉ!」

 

 いっそ涙を流したくなう程に、数の暴力がレイナとナルミを襲う。

 

 そして教会の内部には、ルカが踏ん張って盾を支えるも、これも数の暴力によって抑えこまれてしまっていた。

 

 藤原の羽交い締めにされては容赦の無い暴力の数々、イロは降伏しているが首を締め付けられて青い顔をしている。

 

 ミツキも自慢の格闘術で奮戦しているが、一人を倒すまでに横から後ろから上から超級戦闘員達の改造スーツの猛攻を受け、全てを捌き切れていない。

 

 こうなっては抑え込まれるのも時間の問題になるだろう。

 

 「ん〜もう少し抵抗出来るモノかと思ったけど、もう無理そうだね」

 

 小雨の中龍の怪人が広げた傘の中で、ドクターパープルが仮面の奥からくぐもった声を漏らす。

 

 戦況としても、80人vs6人では、そもそも勝たせる気など無いのだ。ドクターパープルはそれでも彼女達がもっと抵抗出来るモノだとタカをくくっていた様子。

 

 龍の怪人も毒蛾の怪人もほくそ笑みながら、無様な姿にさらされる正義連合の女性達を嘲笑している。

 

 サーっと降り続ける小雨の中で、レイナの悔しさを孕んだ叫び声が響き、それを上書きする様に地獄に住まう住人達の下卑た笑みが声高らかにこだまする。

 

 正義も悪もここまで来れば関係無い。勝てば正義なのだ。

 

 ヘルブラッククロスの襲撃はここだけじゃない。

 

 未だに姿を見せないヘヴンホワイティネスをあぶり出す為に、怪人達を街に送り込んだ。

 

 中央度固化市に絞って、正義のヒーローをおびき出す。

 

 「完璧な作戦ですね、ドクター」

 

 機械の怪人が満足げに言うと、「当たり前だろう」とドクターパープルは返す。

 

 (さあ、早く現れないと、君たちの仲間は終わるぞ、ギンジ。私は敵になると言った以上、ドクターミヤコ以外には容赦しないぞ)

 

 心の中で師の最高傑作へ挑発を贈る。雨音すらかき消す悪の高笑いは、教会を潰さん程に大きくなる。

 

 「あまりやりすぎるなよ。ソレらは全て私の材料だ。実験のな。怖いたいなら他の女を当ててやるから、そろそろ回収に動け」

 

 大幹部ドクターパープルの言葉一つで、超級戦闘員達がレイナを担ぎあげる。

 

 もう助からないだろう。

 

 (ああ、ギンジ──)

 

 掠れる心と滲む視界が薄れゆく意識をより強めていく。

 

 それでも、最後まで悪に屈しないと決めた以上、レイナは諦めたくなかった。

 

 最後に出るのは我が身可愛さかも知れない。

 

 だから本気で今の状況で、助かりたいと願ってしまった。

 

 ナルミもルカも藤原もイロもミツキも。

 

 きっと全員そう思っているに違いない。

 

 (助けて・・・ギンジ!)

 

 心の中で、想い人の名前を必死に呼んで見る。いつだって・・・正義の志を持った彼は、佐久間ギンジは自分のピンチに助けに来てくれると信じていたのに・・・。

 

 彼は来ない。

 

 正義のヒーローは現れない。

 

 (ああ、そうか・・・)

 

 熊沢レイナはかつて恩師である二階堂マサヨシを見捨てざるを得ないとは言え、魔人との戦いにおいて撤退せざるを得なかった。

 

 次は如月ナルミを死なせてしまい、モノ言わぬ人形になっていた事に疑問を持てなかった。

 

 恩師と姉妹同然の親友、この2人を助けられなかったバチが当たったのだろうとレイナは思い込む。

 

 (これはきっと・・・私への、神様が与えたバツなのだろうな・・・)

 

 そう思えば少しだけ心が楽になる気がした。

 

 「おーい」

 

 レイナは動けなくなった脱力した身体に、抵抗の意思を見せつける事が出来なくなり、ついには退魔装束の変身が解けてしまった。

 

 担がれるその身体に、より一層の疲労が襲いかかる。

 

 「おーいって」

 

 戦闘員同士で何か話しているのだろうか・・・。

 

 もう正義と悪の戦いに対して、リタイアしてしまった気分になったレイナに、暖かい何かが流れこんでくる気がした。

 

 「おいおいお前だよ、シカトすんなよこのヤロー」

 「・・・!?」

 

 聞き覚えのある声。

 

 熊沢レイナは今この瞬間まで待ち望んだ、正義のヒーローの姿を目の当たりにした。

 

 「そいつから手を離せよバカブラッククロス」

 

 くすんだ金髪にツーブロック、オールバックの髪型。

 

 真夜中だと言うのに、シルバーフレームのサングラスをかけている。

 

 黒の七歩袖のシャツに、黒いパンツ。

 

 「まぁいいや。シカトこくなら・・・オラ!」

 

 その手に握られた金棒を振り回すと、レイナを担いでいた戦闘員が、レイナだけをその空間に取り残して、木々の中に吹っ飛んで行く。

 

 「ああ・・・!」

 

 ここでその姿を見て、その声を聴いて、その力に助けられて、退魔警察熊沢レイナは、想い人の姿を再認識する。

 

 「かなりピンチみたいだったな。遅れて悪かった!」

 「ギンジ・・・!」

 

 ふわふわと浮いたその身体は脱力していて力が出ない。それでも、嬉しさと、恐怖を払拭したその光そのモノの男の存在に、レイナは涙を流す。

 

 嬉しくて、報われた気分で・・・レイナは大粒の涙を流して、その名を叫んだ。

 

 「遅いよ・・・ギンジ」

 「悪ぃ悪ぃ・・・正義のヒーローは遅れて来るからな!」

 

 レイナとナルミを浮かばせる様にして、ギンジは教会の方へと、傷ついた美女2人を動かす。

 

 そしてギンジの隣に、いいや、ギンジの周りに集まるのは、彼の仲間達だ。

 

 正義のヒーローは・・・一人だけじゃなかった。

 

 白と赤のスーツを装備して、両腕のガントレットからは鋭いギアの回転音が聴こえる。

 

 プラチナブロンドを揺らして、キッとした目つきをした顔立ちの良い美少女。

 

 その美少女の隣に立つのは、白と青のスーツに小柄な体格。

 

 左手に握られたのは現代科学では到底実現不可能な、蒼白い光を灯らせたビーム剣。

 

 まだいる。

 

 リクルートスーツの様なスーツ姿に、ふんわり巻いたポニーテール。複数のホルスターを身に着け、雨の中でも輝きを放つキレイなハイヒール。

 

 左右の腰には拳銃、ストッキングに巻き付いた小型のナイフ、バレットベルト。後ろ腰には折りたたみ出来るライフルに、背中には丸い筒状の大砲、ロケットランチャー。

 

 その女性の隣には、誰よりも高い身長で、雄々しい一本角をその頭にはやしており、ギラギラと輝く八角棒を右手に握る男。

 

 黒い甚兵衛と赤い肌が絶妙にマッチしており、並々ならぬ闘気を感じる。

 

 そしてその中で目立ちはしないが、ここに立つ戦士の一人として、白い光を宿す本と思わしきモノを胸に抱えながら立つ少年。

 

 見違える程にその姿は勇敢で、そして一人の仲間として迎えられている。

 

 そして最後に天真爛漫な表情で、ピンクの魔女装束に身を包んだ、桃色の髪を雨で濡らした少女が、レイナの前に姿を表した。

 

 「遅れてごめんなさい、レイナさん・・・」

 「サクラ・・・皆も・・・」

 

 超級戦闘員と6人の正義のヒーローがバチバチににらみ合い、一触即発の空気が一気に貼り詰める。

 

 「思いっきりやるわよ!」

 「同意。私達の“仲間”に、手を出した事、後悔させる」

 「無論だ。どこに行こうとも、もう逃げられない事を教えてやろう」

 「ヌハハ、姐さんも兄貴も、姉御も旦那も気合入ってるなァ」

 「僕も・・・これは許せない!」

 

 レイナとナルミが、サクラ達の救援によって助けられ、藤原もイロもミツキもすでに救助されていた様子。

 

 「後はギンジくん達にまかせて!私達は一度離れるよ!」

 

 サクラが負傷した者達を魔法で持ち上げると、一瞬にしてその姿をどこかへと飛ばす様に消えていく。

 

 「さーて・・・お待ちかねだぜお前ら」

 

 ギンジが金棒を前方に構えて、怒りの色が強い表情で超級戦闘員に吠える。

 

 「こっからは!ヘヴンホワイティネスが相手してやる!」

 

 ヘヴンホワイティネスが、この地獄の雨の止ませる様にして、この聖カエルム教会へと姿を表したのだ。

 

 佐久間ギンジ、神宮カエデ、宮寺レン、甘白ミドリコ、赤鬼、角倉ケイタ。

 

 「・・・ここで現れるのか、ギンジ」

 

 ドクターパープルが勝利の一手直前にして、最大の敵が現れた。

 

 「・・・いや、もう敵同士だったな。はじめまして、だな」

 「お前がミヤコに変わる大幹部か?随分出世したなぁ!」

 

 紫もギンジも、ミヤコのお願いを忘れては居ない。ここで再開したからには、逃げるか立ち向かうかしないと行けないのだ。

 

 正義と悪の戦いが、今始まろうとした。

 

 「行け!相手はあのヘヴンホワイティネスだ!遂に姿を表した自称正義のヒーロー集団に、眼にモノを見せてやれ!」

 

 ドクターパープルの号令を聴いて、超級戦闘員が一斉に襲いかかって来た。

 

 それに対抗して、ギンジ達も一斉に攻撃に転じる。

 

 8月28日、午前0時49分。雨は止み、曇。

 

 所によりヘヴンホワイティネスが降った日だった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 俺達はサクラの生まれた故郷である魔法界でのひと悶着を終えて、元いた街に帰還している最中だった。

  

 宇宙みたいなキラキラしたこの道は、全部魔法の力で作られた道だと言う。この世と魔法界を繋ぐ、人やら何やらを運ぶ道だと説明されてもよくわからん。

 

 まぁ要は魔法使いが居れば誰でも通れる、関所みたいな役割らしい。たまにイタズラをして入れる人も居るには居るらしいが、そういう奴は漏れなく魔力酔いにされて帰されるらしい。

 

 「いやー姐さんとの暮らしが待ってるなんて嬉しいなぁ〜」

 

 赤鬼がふわふわ浮きながら、嬉しそうに鼻の下伸ばしてやがる。どんな想像してるんだ?

 

 この道はなんか不思議な力で身体が浮いて進めている。サクラは魔法の杖に座りながら、スムーズに動いて進んでる。

 

 無重力?水中?

 

 そこまでは行かないけど、多分遠からず近すぎずな感覚だ。多分ね。多分だよ。

 

 星が煌めいた宇宙の空間には、風の通り道になっている様で、よく耳を済ませれば涼しげな音が、俺たちの耳元を通りすぎて行く。

 

 「ギンジくん、あれから身体の調子はどう?」

 

 サクラが振り向かずに俺に聴いてくる。緊張感を感じさせない言葉は俺が早めに返事出来そうな、テンポ良く会話が出来る。

 

 「大丈夫だぜ」

 

 おそらくサクラが聴いているのは、俺が魔力の無い怪人の身体なのに、魔法界でオレキエッテ帝国の霊石を吸収したからだろうな。

 

 ミヤコが聴いたら喜びそうだよな。俺ってば魔法まで使える様になっちゃって。

 

 俺たちは魔法界はオレキエッテ帝国にて、赤鬼が居るという目撃情報がサクラから入った。その時はミヤコをあのロリコン野郎・柏木とか言う奴に攫われてたから、なかなか納得しづらい事だったが・・・まぁ今になって見れば、赤鬼も連れて帰る事も出来たし、なんと言ってもケイタが魔法使いになって戦力になれた事も大きいよな。

 

 これで俺もカエデもめちゃくちゃ強くなれた訳だし、ひょっとしたらミヤコ救出も案外簡単なんじゃないか?いや、そんな事は無いな。

 

 だって相手はあのヘルブラッククロス。俺たちは正義のヒーローのヘヴンホワイティネス。

 

 敗けるつもりは無いけどとにかく敵は未知数だしな。油断しちゃいかん。

 

 「ねぇギンジ」

 

 おっとお次に声をかけてきたのは、絶世の美女(俺基準)の神宮カエデさん。こいつ顔はめちゃくちゃ可愛いから、たまに眼を見て話せなくなる時あるよな。無い?あるんですよ、奥さん。

 

 宇宙みたいな空間道でふわふわ浮かびながら、カエデが俺の方を振り向く。魔法界で貰った貴族の洋服は、なんというかカエデにめちゃめちゃ似合っている。

 

 金のレースをあしらったシャツ部分に、肩が出たローブと腕の袖から指先を出している。

 

 スカートは専用にカスタマイズされたのか、背面部分に足先まで伸びた燕尾服みたいになっていて、膝下ぐらいまである衣装。

 

 あと季節に合わせてか生足になっている。ヘヴンホワイティネスおじさんの俺にはこの衣装はかなりご褒美です。

 

 あとプラチナブロンドをいつもは降ろしているのだが、この衣装の時は丸めてクリップでまとめている。普段隠れている耳が出ているだけで、この印象の変わりよう。

 

 俺の魂が勃っ「そういや旦那〜」

 

 ・・・なんだよ赤鬼コラ。俺は今眼福を味わっているんだ。ケイタと2人でイチャイチャしてろ!邪魔すんな!

 

 「ギンジ?」

 

 返事が無いまま神妙な顔つきでもしていたのか、俺の顔にカエデの顔が近づいていくる。

 

 「あ、ああ悪い。少しぼーっとしてた」

 「これから戦いに行こうというのに、随分余裕じゃない」

 

 あーまーた始まったよ。どうせ煽るんだろ。

 

 「ま、その方があんたらしくていいわ。でも戦いになったらボサッとしないでよ」

 「おうおう任せとけ!お前の事もちゃーんと守ってやるからよ!」

 「当たり前でしょ!あんたはあたしの下僕なんだから!」

 

 またいつものやり取りが始まる。一番先頭を進むサクラも顔こそ見せないがきっと苦笑しているに違いない。なんだよ、何笑ってるんだオイ。

 

 「頼りにしてるわよ」

 「・・・おう」

 

 そこで俺とカエデは拳を軽くぶつける。でもカエデはまだ話しが終わって居ない様で、俺の近くから離れない。

 

 「最初に聞こうと思ったんだけど、戻ったらミヤコを助けるわけでしょ?その後、あんた達ってその・・・」

 

 妙に口籠るな。

 

 「ま、また2人で寝たりするわけ?」

 

 ブッ!

 

 「確かに、ミヤコのギンジ愛は異常。毎日、2人で寝てるのは、流石にどうかと思う」

 

 ここに来てレンまで話しに入ってきた。

 

 別に俺だって寝たくて一緒に寝てる訳じゃないやい!

 

 あいつが勝手に俺の布団に入ってくんだよ。しかもエアコンを最低温度にしてな。

 

 寒いとさえ思う様な部屋の温度の中、羽毛布団で寝るっていう背徳極まりない贅沢な空間で、あいつが俺の身体で暖を取りながら寝ようとするんだよ。

 

 くふふーギンジ君〜ってな。言っておくが何もしてないぞ!

 

 「あの・・・あたしも、一緒に・・・」

 「ん?何か言ったか?」

 

 もじもじしちゃって・・・何か言った様に聞こえたが、なんて言ったんだ? 

 

 「うるさい!」

 「なんでぇ!?」

 

 もう一度聞こうとしたら思いっきりぶっ飛ばされた。なんだこいつ。

 

 そして俺はみるみる内に仲間達の列から離れていく。

 

 「ああ、駄目だよ!ここは勢いがあると、バラバラに離脱しちゃうから、ギンジくんだけ変な所に帰還しちゃうよ!」  

 

 そういう大事な情報はもっと早く言ってくれる?

 

 「兄貴!」

 

 おお赤鬼!お前はやっぱ優秀だな。こうやってすぐに追いかけてきてくれる。

 

 勢いをつけて空気弾で飛ぶと、赤鬼は俺よりも強い勢いですぐに俺を追い越して、宇宙空間の奥に飛んでいく。

 

 うんうん、やっぱ馬鹿だ。優秀ってのは取り消す。

 

 「何をやっているのだ!」

 

 おお、次はミドリコ!頼む!

 

 年長者のミドリコの姐さんならきっと上手い事・・・。

 

 「あ・・・」

 

 何か行動を開始する直前で、サクラが不吉な発言をした模様。

 

 「サクラ?今、『あ』って言わなかった?」

 

 カエデがサクラの肩を触ると、引きつる笑い顔でサクラが振り向いた。

 

 「ごめん、道間違えちゃった」

 「またー!?僕たちまた違う所に落とされるの!?」

 

 ケイタの言うまたって言うのが解らんが、どうやら色々問題が起こったらしい。そうこうしていると、俺も重力魔法で皆の居る所に戻る事にしているのだが、一体何があったんだい?

 

 どしたん?話し聞こか?

 

 「中央度固化の工場エリアの魔法門を超えちゃって・・・その、もう一回戻らないと」

 「おいおい嘘だろ!」

 「そりゃ無いですぜ!サクラのお嬢!」

 

 赤鬼どうやって戻ってきたんだ・・・?

 

 「えーとえーと、強制的に開放するから、それで無理やり度固化に戻ろう!」

 

 強制開放ってアレだろ、俺だけ帝国に落としたアレの奴だろ?もう一度アレやるの?また孤立しない?平気?不安なんだけど俺。

 

 「なんでも良いわ!この景色も見飽きたし、そろそろ戻ろう!」

 

 カエデも仕切り始めているし、それでもアリだと思うぜ。うん。

 

 サクラがレンとケイタに挟まれながらあーだこーだ言い合っているが、確かにこの宇宙空間みたいな場所も見納めだろ。

 

 いい加減戻らないと、ミヤコが今どうなっているか、そっちの方の不安と心配が勝つ。

 

 あと本音を言うと俺もミヤコに会いたい。

 

 「ええーい!ごめんだけど強制開放!」

 「サクラ!」

 

 ミドリコも止めようとしているが、もう間に合わない。

 

 サクラの杖を中心に魔法の紋章が光と共に炸裂して、俺たち全員を閃光で包んでいく。

 

 眩しくて絶対に眼を閉じてしまう様な光と、眩しさが消えた瞬間に俺たちの身体に冷たい何かがポツポツと当たってきた。

 

 「これは・・・」

 

 俺たちが一瞬で魔法の道を抜け出たらしく、そこがどこだがマジで分からなかった。

 

 だけど一つだけ言えるのは・・・。

 

 「サクラてめぇーー!!!」

 

 本気で叫び、俺は・・・俺たちは全員とんでもない自体に発展していった。

 

 そして次の瞬間、ここがどこなのも理解した俺たちは、もう二度とサクラのナビでは魔法の道を通らないと決める事にした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 

 「わああああ!」

 

 空気と冷たい水滴と思わしきそれらが、この場に居合わせた正義のヒーロー達にぶつかっていく。

 

 ギンジとサクラは飛びながら、仲間達を回収する事に成功した。

 

 そしてそこが何かを知った時、ギンジは本気で命の危機を感じた。

 

 暗くて、薄くて、しかし冷たくて。

 

 熱気すら感じるその空間は掴む事の出来ない、モヤの様な何かを突き抜けてギンジの身体が貫いていく。

 

 担いだカエデとレンを重力魔法で浮かばせて、次にサクラが拾ったケイタとミドリコも魔法で浮遊する。

 

 赤鬼も同じ様に捕まえようと思っていたのだが、彼は空気を操りながら、器用に身体を支えている。

 

 「ここどこなのよ!」

 

 カエデが辺りのモヤを手で払いながら、状況確認を行う。

 

 空気の薄さを感じながらも、レンもビーム剣を振ってみる。

 

 モヤは切れるだけで、その形をすぐに崩して煙の様に消えていく。

 

 「マジでここはどこだ?サクラ?」

 

 ギンジもサクラに聴いてみるが、サクラはやはり引きつった笑顔を見せている。

 

 「ごめんね・・・ここがどこだか、私、わかっちゃった」

 

 サクラは最早悪びれてすらいない様な口ぶりで、どんどんギンジ達に不安の表情が強くなる。

 

 「どこだここ?」

 「空」

 「・・・今なんて?」

 「お空」

 「もう一度聴くけど、なんて?」

 「SKY!空!雲の中なう!」

 

 『ふざけんな!!』

 

 勢い余ってギンジとカエデの息の合った罵声が飛んでくる。サクラはもはや平謝りするだけになっている。

 

 「道を間違えちゃったんだもん!ごめんて」

 「いいや、もうしょうがねぇよ。ところでカエデ、レン」

 

 ギンジが美女2人にニコニコと声をかける。

 

 「何よ」

 「どうしたの?嫌な、予感がする」

 「鋭いね。俺たち今、逆さまみたいだぜ」

 

 何を言っているのだろうかこの怪人男は。

 

 サクラもケイタも赤鬼もミドリコも全員正位置と言うか、ちゃんとした向きをしている。

 

 「えーと・・・ここに来た瞬間、落ちる感覚がしたんだよ。で、重力魔法を使いましたと、ここまではいいかな?」

 「ギンジ、何を言っているんだ?」

 

 ミドリコもギンジに訝しむ顔つきで聴いてくる。

 

 「もしかして私の魔法よりも強いって事かな?」

 「・・・重力の使い方がサクラの魔法より強いかはわからんけど、広範囲であればあるほど・・・効果時間も短いようで・・・あの、効果が切れそうです」

 「あんたも戦犯じゃないのよ・・・ああああ」

 

 雲の中、空の上、そして重力による浮遊。

 

 頭を向けている方向に向かって、最初にカエデが落ちていく。

 

 次にレン、その次は赤鬼。

 

 最後にケイタ、サクラ、ギンジ、ミドリコが落ちていく。

 

 「落ちるーー!」

 

 ケイタがパニックにお陥りながら大声で叫ぶ。 

 

 「悪い!重力の使い方良くわかって無くてよ!」

 「高笑いしてる場合じゃないでしょ!バカ!このバカ!」

 

 自分達は雲の中、大空の中に居て全体重で落ちている。

 

 「こうなったら地上に近づいたタイミングで、私の魔法で無事に着地できるようにふああああ」

 

 落ちながら喋ったからかサクラの口内に空気が入り込む。風圧と勢いがものすごい速度で身体にのしかかり、落ちる速度を倍増していく。

 

 特に赤鬼に至っては空気を操りながら我先に雲を突き抜けて行った。

 

 ギンジ達も雲を抜けていく。次々とヘヴンホワイティネスが小雨を産み出す雨雲を内側から晴らして行くと、その衝撃が辺りの雨雲を破壊していった。

 

 「見ろよ!」

 

 ギンジとカエデが手を引っ張りながら、指をさす。

 

 「わぁ・・・」

 

 その方向、その一面には絶対に誰も見たことの無い、度固化市全域の夜景。空から見える絶景ならばカエデも見たことがある。

 

 しかし飛行機やヘリコプターでは到達する事の出来ない高度から見下ろす景色は、この場に居る誰もが見たことのない感動的な景色が視界いっぱいに広がっていた。

 

 「輪になれー!」

 

 赤鬼が空気を掴みながら、重装備のミドリコをキャッチしてはそう叫ぶ。

 

 ギンジがカエデの腕を引っ張り、カエデはレンの手を掴み、レンはケイタと手を繋ぐ。

 

 やがて高度を維持していた赤鬼とサクラが、ミドリコを輪の端に加えて、数珠繋ぎの様に7人の輪が出来上がる。

 

 雲も次第に視界から消えて行き、パラシュートよろしくの地上の景色が鮮明に写り始める。

 

 風に煽られて7人が降りようとしている場所は制御出来ず、何かの建物をどんどん超えていく。

 

 本来の戻る場所とはだいぶ予定が違う事になっているが、そんな事より7人全員無事に着地する事の方が重要だ。

 

 「そろそろ急降下するよーー!」

 「急降下?僕達は降りるんじゃ・・・」

 

 サクラが全員に告げると、ケイタは不安な表情を見せる。

 

 「おおおおい、どうして急降下なんだ!どうして急降下なんだ!」

 

 ミドリコもパニックになっている。

 

 (そう言えばミドリコって高い所苦手だったかしら)

 

 カエデが頭の中でそう考えると、いきなり下へとサクラ以外の6人が突き落とされる様にして、地上へと落ちていく。

 

 「魔法DE絶叫マシン!楽しんでふあああ」

 

 サクラの悪ふざけがどんどん皆を不安にしていく。

 

 「サクラてめぇーーー!」

 

 思い切り落ちていくギンジ達がサクラの方を向きながらも、どんどん地上に近づいていくのが理解出来た。

 

 「おい!全員変身しとけ!赤鬼はミドリコを守れ!」

 

 ギンジの指示でカエデとレンはヘヴンスーツに変身し、ケイタは魔導書の力を開放する。

 

 赤鬼はミドリコの身体を手繰り寄せて、硬い胸に彼女の頭を抱きしめる。

 

 そうこうしていると、彼らの視界には大きな十字架を乗せた建物に近づいていく。各自防御を固めておけば、たいした被害は出ない事になるだろう。

 

 「うおおおそろそろなんか建物にぶつかるぞ!」

 「壊してもいいわよ!神宮財閥が全部弁償してあげる!」

 

 カエデの心強い発言によって、6人が今日最後の雨となるかの如く、木製の建物に落ちていった。

 

 そこがレイナの拠点である聖カエルム教会だと知るのに、そうそう時間はかからなかった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ギンジ達が教会に直撃してから数秒。本当にダメージはほとんど無く、あんな悪ふざけがあってもサクラなりに魔法で軽減してくれたのだろう。

 

 教会内部に破壊行動を開始する戦闘員の一人が、ヘヴンホワイティネスを見つけると叫び出してきて、しょうがないからコレを片付けるギンジ。

 

 「うーん、あいつらは無事か?」

 

 そしてヘルブラッククロスが居るということは、重要な略奪場所なのかとギンジは頭を撚る。

 

 特に何かの問題があるとも思えず、一先ず木の床を進むと・・・。

 

 「オラっ!オラっ!」

 

 人が人を殴る音が聴こえる。

 

 多分、と言うよりも確実にヘルブラッククロスが暴力を奮っているに違いない。

 

 「軽く助けてやるとするか」

 

 そして音のする方へ向かえば、ほぼ同じタイミングでカエデと赤鬼も突撃を開始してきていた。

 

 その後ろにはレン、ミドリコ、ケイタも一緒に居た様で、戦闘員を軽く蹴散らすとヘヴンホワイティネスは助けた人物が藤原だと知る。

 

 特にレンは片足を震わせて気を失っているルカを肩に担いでいた。

 

 ギンジがルカの凄惨な姿を見て、怒りを走らせながら藤原に近寄る。

 

 「おい!おっさん大丈夫か!?」

 

 全員の合流には何もないまま、ギンジはボコボコにされた藤原を起こす。

 

 すでに虫の息みたくなっている藤原は、ギンジの顔を見て、次にミドリコの顔を見て安堵する。

 

 「甘白ちゃん・・・遅ぇよ。グラサン坊主も、神宮のガキも・・・」

 「すみません・・・」

 

 ミドリコは重苦しい表情をしながら謝罪をする。

 

 「でもよ・・・おじさん達、頑張ったぜ。行けよ、向こうには熊沢も戦ってる・・・助けてやってくれ」

 

 レンが片足に力の入らないルカを長椅子に寝かせてあげると、イロもミツキも、正義のヒーローの登場によって歓喜の見せている。

 

 「とりあえず積もる話は後にしよう。ギンジ、私は今・・・」

 

 ミドリコが声を震わせながら、ギンジに向けて言葉を放つ。

 

 「血管がキレそうだ・・・!」

 

 上司の無残な姿、友の凄惨な姿を見て、甘白ミドリコは重装備を全て開放する。

 

 もちろんそれはギンジも同じであった。

 

 ヘヴンホワイティネスにとっても縁が深い“仲間”のこの姿を見て、ギンジは〈大好きな人達〉が、今守れなくて傷ついてしまっている。

 

 自分だけでも残るべきだったか、もっとはやく魔王を倒していれば、なんて事を頭の中に後悔としてギンジの心を抉る。

 

 「・・・ミドリコ・・・そりゃきっと、俺も、皆同じだぜ」

 

 遅れた以上、起きたことはしょうがない。

 

 ならば・・・大切な仲間を護る為に、失わない為に今この怒りを地獄にぶつけよう。

 

 ヘヴンホワイティネス、帰還して早々正義の鉄槌を下す時が来た。

 

 〈大好きな人達〉を傷つけたお礼をしてやる時がやってきた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ってな訳で大暴れさせてもらうぜ!」

 

 金棒を思い切り振り下ろし、花壇の道のコンクリートを破壊していく。その衝撃はドクターパープルの立つ足元にまで破壊の一撃が伸びていく。

 

 超級戦闘員でも耐えられない者も居れば、そうでない者も居る。

 

 飛んで避けた者達は、ミドリコのミニガン掃射により撃ち落とされる。

 

 「あの女を先に倒すぞ!」

 

 一人の戦闘員がそう言うと、一斉にミドリコめがけた改造スーツの腕が伸びてくる。

 

 「汚い手で私に触れると思うか?」

 

 ミドリコに伸びてくる手を前に、彼女はにやりと笑う。その次の瞬間・・・ミドリコの背後から赤い肌の大きな身体をした怪人が、自分の身の丈程もある大きな八角棒を振り下ろしてきた。

 

 その手を砕き、腕を粉砕し、戦闘員を見えない何かで強く吹き飛ばす。

 

 空気。オリハル金砕棒を振り下ろしながら、空気を打ち出していた。

 

 叩き出された空気の弾はボンっと音を鳴らして、ミドリコに迫る戦闘員達をボウリングの様に弾き飛ばした。

 

 「兄貴!姐さんの援護は俺っちにまかせてくだせぇ!」

 

 オリハル金砕棒をかっこよく振り回して、赤鬼はギンジ告げる。

 

 「後ろは気にせず、姉御達と共に突っ込んでくれやぁ!」

 「へへへ、やっぱり頼りになるぜ」

 

 言いながらもギンジは水面蹴りで背後の戦闘員を蹴り飛ばす。

 

 「やるわよ!」

 

 次はカエデがガントレットのギアを回して、スチームが噴出される。

 

 そして拳を鳴らすと、スタイルの良い身体から想像を絶する程の衝撃が殴りだされた。

 

 左右に別れる超級戦闘員達を、今度はレンが追い打ちをかける。

 

 スカイブルーの髪を揺らして、左手にはより輝きを増したビーム剣。

 

 形状は・・・手元から大きく手を護る様な形状となり、西洋の剣に似た形になっている。

 

 「ビームフランベルジュ!」

 

 その大振りさも、片手で振り回せる軽さも、リーチも、幅も全てがレンにとって扱いやすい剣。

 

 勇者の剣のイメージがつけやすいその形状に、レンとカエデが左右に並び立ち、右の拳と左のビーム剣が並ぶ。

 

 「ほら、ケイタもこっち来て!」

 「ケイタ、あなたは、真ん中」

 

 魔導書を開き、角倉ケイタも左右の美女の間に立つ。

 

 左手で抑え、右手の人差し指と中指を伸ばして、戦闘員達へと指を向ける。

 

 「目標はヘルブラッククロス!数はいっぱい!」

 

 白い魔導書が光り輝き、ケイタは2人の美少女へ魔法を唱える。

 

 「第一の魔法!エンジェラ・アーマ!」

 

 天使の羽衣の鎧がカエデとレンに展開されると、ここでようやくカエデとレンが喜んだ表情になる。

 

 長く共に戦う事の無かったケイタが、ここに来て一緒に戦える事に、喜びが隠せない。

 

 魔王との戦いではあまり余裕が無かったがこの瞬間、この戦いにおいて本当の意味で仲間になったケイタの意思の強さが、何よりも嬉しい。

 

 特にレンにとってみればこれ以上嬉しい事は無いだろう。

 

 「必殺!」

 「ビーム剣術!」

 

 ヘヴンホワイティネス2人の大技が、ギンジが暴れる超級戦闘員の群れの中に炸裂する。

 

 「メガトン・インパクト・改!」

 「ヒーローソード!」

 

 正義の大衝撃と、蒼き勇者の剣が2つ合わさって超級戦闘員達を空に打ち上げていく。

 

 「まだまだ、こんなモノじゃない」

 「行くわよ!レン!ギンジ!」

 「あの俺巻き込まれてるんですけど?」

 「ごちゃごちゃ言わないで、ギンジ」

 「あれ?俺が悪いの?ねぇ?」

 

 何故かカエデとレンの攻撃に巻き込まれたギンジだが、そんな彼も黒い炎と紫の雷を展開している。

 

 徐々に身体の色を灰色に変えていく、ギンジのマジモードとも呼べるフェーズ3。

 

 そしてカエデもダークヘヴンスーツを開放し、レンもビームフォームを発動する。

 

 「俺らの仲間に手を出したんだ!」

 「もう許さないわよ!」

 「元々許すつもりも、無い」

 

 ギンジ、カエデ、レンの3人がとにかく突撃しては超級戦闘員達がゴミのように吹き飛んでいく。舞うは人、しかして塵芥。

 

 そんな超級戦闘員達が吹き飛ばされる中で、一本歪な形をした、目玉に触手が生えただけの何か不気味な存在がギンジへとにょろにょろ向かってきた。

 

 (ぱ・・・ぱ・・・)

 

 祝福の怪人がギンジの目の前に飛び出してきた。

 

 父親に取り込んで貰えれば、いつか復活出来るから・・・そしてこの世界の王になれるから。

 

 喧騒の中で不意に現れたその触手の目玉を見て、ギンジは表情一つ変えずに、ソレを炎で燃える拳で思い切り殴り飛ばす。

 

 「なんだこいつ?」

 (ぱぱああああ!!!)

 

 完璧に燃えカスになってしまった触手は、ギンジの顔を最後まで目に焼きつけようと、その断末魔を最後に炭となって消えた。

 

 「・・・」

 「そろそろこっちも出ようか」

 

 ドクターパープルに迫りそうな程の、ヘヴンホワイティネスの勢いに、龍の怪人と毒蛾の怪人が防衛に出ようとするがドクターパープルがそれを阻止する。

 

 「いいや・・・行け、鎧の怪人!」

 

 ずっと控えていた鎧の怪人がギンジ達に突っ込んでいく。それを見て龍の怪人の警戒体制が解かれ、毒蛾の怪人もつまらなさそうに頭に手を回す。

 

 「新たに改良したフルプレート型鎧の怪人だ!止めてみせろ」

 

 ドクターパープルが高笑いしながら叫ぶと、フルプレート型の鎧の怪人は隊列を編成して、大幹部と怪人の盾になる。

 

 「逃さないわよ!超必殺!」

 

 腕を後方に伸ばして赤と白のオーラが両腕に螺旋を描く。

 

 そして勢いを乗せて前に突き出す。正義の超衝撃を持った天使が、悪の鎧の隊列を撃ち崩さんとして、解き放たれる。

 

 「デストラクション・インパクトぉ!」

 

 鎧の胴体を容赦なく貫き、ドクターパープルにその衝撃が飛び出してくる。

 

 「おっと・・・」

 

 しかし姿勢を崩す事なく、ドクターパープルは無傷のままで居た。

 

 龍の怪人がカエデの衝撃を防御して、抑えきれない分を空へと蹴り飛ばした。

 

 「恐ろしい力だな・・・さて、我々はそろそろ帰らせてもらうよ」

 「なっ!逃げるつもり!」

 

 カエデが飛び出してドクターパープルに突撃するも、龍の怪人が彼女を抑える。

 

 「邪魔、しないで」

 

 その背後からはレンが突撃するも、今度は毒蛾の怪人が毒の壁でレンを塞ぐ。

 

 程なくして壁は斬り崩され、その奥に立っているのはレンではなく、ギンジの姿。

 

 「大幹部様よぉ!邪魔すんじゃねぇぜ!」

 

 毒をも燃やす黒い炎を吐き出し、ドクターパープルに迫る地獄の炎。

 

 「邪魔をしているのはそちらだろう?」

 

 ドクターパープルがあくびを噛み殺しながら言うと、次は機械の怪人がマシンの壁を作り、黒い炎を遮断する。

 

 「君たちが怒るのも当然か・・・ま、だが」

 

 仮面の奥の瞳がギンジと合う。お互いの眼が見えている訳ではないが、かつての友同士の感覚で解る。今ギンジと紫は確実に見えている。

 

 「ここで我々と交戦しても良いだろうが、それでは君達ヘヴンホワイティネスの目的は達成できないだろう?そもそも本来の目的とは違う筈だ」

 「!?」

 

 (適当に切りあげろ。ここにドクターミヤコは居ない。早くしないと、手遅れになるぞ)※目線で話してます

 

 ドクターパープルが飛び出して来たギンジに、改造スーツの電撃銃を向けていた。

 

 すかさず撃たれたギンジは、空中で撃墜されてしまい、石床に落とされた。

 

 「私も大幹部だ。舐めないでもらおう」

 

 巨悪に身を置くドクターパープルの攻撃がギンジに当たったことで、注意がソレたのか、カエデは龍の怪人に蹴り出され、レンも毒蛾の怪人の攻撃を後方へと飛びながら避けるので精一杯になっていた。

 

 「ここだけではなく、街にも怪人を派遣している。これの意味がわかるかな?裏切り者(・・・・)

 「てめぇ・・・!」

 

 ドクターパープルがヘヴンホワイティネス全員を煽るようにして、再び鎧の怪人と超級戦闘員をけしかけてきた。

 

 「兄貴に触るんじゃねぇ!」

 

 後方支援に回っていた赤鬼とミドリコが救援に駆けつけ、鎧の怪人と超級戦闘員が吹き飛ばされる。

 

 ついでに護衛に立つ3怪人も風圧に押されて、ドクターパープルは眼の前に手が届く寸前にまで来た。

 

 「これで!」

 

 ミドリコが構えたのはロケットランチャー。大幹部を逃がす訳には行かず、やむを得ないとしても不殺を貫くミドリコとは思えない選択肢だが、それだけミドリコも怒り心頭なのだと理解出来る。

 

 火を吹き上げて弾頭が射出される。

 

 しかし・・・。

 

 真っ白な白濁とした液体がドクターパープルの背後から、大幹部を守るシールド見たくドーム状の展開される。

 

 弾頭はどろどろした液体に飲み込まれ、爆発する事なく沈むように消えていく。

 

 泡立つその粘液はとても白濁としており、甘い香りが戦闘している場所に漂い始める。

 

 「ふむ・・・防衛反応は正常に動く様だ。上出来だ、女王ナメクジ」

 「うふ♡これで生きてていいのよね♡?」

 

 女王ナメクジの怪人が、粘液の中から姿を表してギンジと眼が合う。

 

 「ふーん♡?あれがギンジ・・・」

 「撤退」

 

 女王ナメクジの怪人がギンジの顔を見て、小悪魔さながらの笑みを見せるが、その目の前には恐ろしい殺気を見せた。それにビビった女王ナメクジの怪人が、自分の粘液の中に姿を隠す。

 

 「中央度固化市に絞って、怪人を派遣している。正義のヒーローが居ないと、街はめちゃくちゃになるかも知れないな・・・くくくく」

 「この・・・最低の悪人め!」

 

 カエデが悔しそうな声に怒りを乗せて、再度突撃しようとする。ギンジも同じように構えるが、赤鬼とケイタが2人の前に立つ事で冷静さを取り戻す。

 

 「では・・・また会おう、ヘヴンホワイティネス。残念だ、退魔警察もムーン・パラディースも捕まえられないなんて・・・ああ、残念」

 

 わざとらしく、しかし馬鹿にした態度に、ますますカエデの憤りが高まる。

 

 粘液のドームの中に龍の怪人、毒蛾の怪人、機械の怪人が次々と入りこみ、大幹部の逃亡を許してしまう。

 

 そしてそれの追撃をしようとするカエデとレンに、鎧の怪人達が再び隊列を組み直して壁となり立ちはだかる。

 

 「兄貴、姉御!今は深追いしてる場合じゃねぇぜ!教会の方にも鎧の怪人が来てらぁ!サクラのお嬢が魔法で立てこもってるけど、限界があるぜ!」

 「・・・!わかったわよ!」

 

 ヘヴンホワイティネスは今日初めて、大きな屈辱を味合わされた。

 

 友を傷つけられ、街は守れず、敵は取り逃した。

 

 「今はこっちに集中するしかねぇか・・・!」

 

 勢いを殺さないままギンジとカエデは息のあったコンビネーションで、この場の戦闘を継続するのであった。

 

 その激しい戦闘は雨があがってから、夜明け近くまで続くのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 

 戦闘も終わり、子供達はまだキャンプに出ているのがラッキーだった。

 

 ボロボロになってしまった教会の中では、サクラの魔法によるある程度の応急処置が行われた。

 

 今は28日の15時を過ぎた所。

 

 ルカとレイナは今は治療魔法の効果が落ちないように、2人が入れる大きさの部屋のベッドでそれぞれ療養している。

 

 レイナもナルミもルカも、怪我においてはサクラの魔法でなんとかしてもらったが・・・。

 

 「ううう〜・・・」

 

 ガチガチと歯を鳴らしながら、ルカは痛みの消えない足を丸めてシーツにくるまっている。涙がべっとりと頬を濡らして、恐怖に悶絶している。

 

 「・・・」

 

 レイナも同じだった。ルカ程ではないにしても、もし助からないと思ったら・・・そして連れていかれていたら・・・。

 

 そう思うと苦しくなる。

 

 組織につれて行かれれば、何をされるのかなんて・・・。

 

 悪い想像はたくさん出てくる。結果助かってはいるし、ギンジも間に合ってくれた。

 

 でも・・・。

 

 (ギンジが来てくれなかったら・・・私はきっと・・・)

 

 ほろり、少しの涙が溢れてくる。

 

 「熊沢さん・・・」

 

 ルカがシーツに身体を隠しながら、レイナに声をかける。

 

 今は悪い想像に身をやつしては苦しくなるほど震えていたルカだが、レイナも涙が溢れた所を見て、少しだけ我を取り戻す。

 

 それでも震えが止まらないのは事実だ。

 

 「ぼ、僕は・・・無力でした・・・」

 

 銃の怪人の能力に押され、怪我ひとつあるだけで・・・戦闘員には勝てなかった。

 

 またギンジ達に助けて貰った。

 

 レイナのピンチにも駆けつけることが出来ず、ただ暴力の前に無残に倒されてしまっていた。自分の不甲斐なさ、実力不足を痛感して、次は恐怖が重く苦しめて来た。

 

 ルカとアキハの心には、その大きな悪の恐怖が植え付けられた、嫌悪感と吐き気を催すような気持ちでいっぱいになった。

 

 「・・・ぎ、ギンジ為に・・・力になりたかったのに、誰も守れなくて・・・おまけに街まで襲撃されていたなんて・・・」

 

 中央度固化に絞った襲撃が開始されている、その事実を知った時ルカは自分がここに逃げるようにして教会に来た事を恨んだ。

 

 誰も悪い訳ではないのだが、それでも悔しさが払拭出来ない。

 

 自分だって正義のヒーローなのに、強くあろうと、強くなろうと、ギンジ達にも敗けない強さを手にしていたはずなのに。

 

 結局勝てなかった。

 

 「つきしまく・・・」

 

 レイナがルカを手招きする。

 

 「おいで、ルカ」

 「ふぁい・・・」

 

 涙声のルカを自分のベッドに招き入れて、2人の美女が手を握り合う。

 

 「わかるよ・・・怖かったよね」

 「うぐっ・・・ひっ、ひん・・・」

 

 レイナの胸の中で、ルカが泣きじゃくる。

 

 「私もだよ・・・すごく怖かった」

 

 ルカの頭を撫でる。優しく、悔しさと恐怖に泣きむせぶ少女へ、レイナは優しくその手を握り、頭をなでてあげる。

 

 「怖いことは悪じゃないよ。もちろん、泣く事も、震える事も」

 

 レイナは言葉を続ける。続けながら、ルカの手を握る手に雫が落ちる。

 

 「非日常に暮らしていれば、こんな事いくらでもある。だから、私も強くなろうって思っていたんだ。泣かない事や、ふるえないことや、こわが・・・る事だって・・・!」

 

 レイナもこらえられず、涙を流す。

 

 その声は喉を狭めて、絞り出すようにしたかすれた声。

 

 月島ルカにも、熊沢レイナにも、同じ共通点がある。

 

 それは同じ女性だと言うこと。

 

 そしてもう一つが、非日常に身を置く者だと言う事。

 

 共に正義の為に戦う彼女らにだって、怖いことはたくさん遭遇する。

 

 悪に負けそうになる時が、一番辛い事だろう。

 

 だから・・・レイナもルカも思い切りその身を寄せ合って、悔しさと苦しみを背負って、またはぶつけあって、それでも忘れないようにして、力いっぱい抱き合う。

 

 「こわかったよ・・・」

 「レイナさん・・・?」

 「ほ、本当にこわかったんだ〜!ギンジが来てくれなかったらって思ったら、うう、君を守れなかったらとか、もし誰かを失ってしまったらとか・・・うう、うあああーーん」

 

 普段強くて、気高い彼女でも怖いと思う事があったのだ。

 

 「・・・だから」

 

 レイナがルカのおでこに、自分のおでこをくっつける。2人の泣き顔はおそらく笑ってしまう程ブサイクかもしれない、もしくは泣いても美人かも知れない。

 

 「だから、恐怖で涙する人が居なくなる世界を、私は守りたいんだ・・・はぁ・・・泣きたいわけじゃないが、どうしても、な」

 「いえ・・・いいんです。僕も、少しスッキリしました・・・」

 

 月島ルカと熊沢レイナは、もしかしたら似ているのかもしれない。どこが似ているか、それが解るのはルカとレイナだけだ。

 

 「・・・怖かったら、泣いたっていい」

 「レイナさんも、怖かったら、僕に言ってください・・・」

 

 まだ頼りないかも知れなくても、それでも同じ正義の志を持つ者同士、心の拠り所には絶対になれる。

 

 2人のヒーローが涙を流しながらも、手を取り合い結託した瞬間だった。

 

 「・・・安心したらお腹、すいたね」

 「何か食べに行きましょう、レイナさん」

 「ふふ、そうしようか。先ずは涙を拭かないとな、ルカ」

 「はい!」

 

 こんなに立ち直りが早いなんて、やっぱりレイナは強い人だと・・・ルカは尊敬の眼差しを贈る。

 

 「ああ、そうだ」

 

 まだ少し涙声のレイナが、ルカに背を向けたまま思い出した事を告げる。

 

 「君に・・・ギンジは渡さないぞ。ルカは、ギンジの事が好きだろう?目を見てると、なんとなく解るんだ」

 

 本職現役の刑事からすると、そういう事もわかってしまうらしい。 

 

 「なぁ!?そ、そんな、僕は別に・・・」

 「・・・彼を好きなのは、他にも居るようだ・・・罪な男だな、ギンジは。私もギンジが好きだし、誰にも渡したくないんだ」

 

 少し遠い目をしながらも、レイナはインナーシャツのまま部屋の扉を開ける。

 

 「さぁ、何か食べよう。食事もまた心を作る一つの行動だよ」

 「は、はい・・・」

 

 月島ルカと熊沢レイナ。

 

 2人の共通点が一つ増えた。

 

 お互いに佐久間ギンジに惹かれているという事。

 

 ヘヴンホワイティネスの帰還に合わせて、正義連合が本格的に行動を開始出来る時期が迫っていた。

 

 後は中央度固化に一度戻って怪人達をそれぞれ撃破しに行ったギンジ達が戻ってくれば、本来のギンジ達の目的を開始出来る。

 

 「今度こそ・・・ギンジ達の役に立とう」

 「はい!」

 

 眠っているアキハを起こさないようにして、ルカとレイナは教会の食堂に向かうのであった。

 

 真夏の日差しがとても心地良く、食堂にはさんさんとした夏の香りが広がっているのであった。

 

 

続く  

 

 

 




お疲れ様です。

っという訳で、今回のお話でキラーエリート編は終幕です。相変わらずめちゃくちゃな感じかもですが、ほんの少し暇つぶしでも出来ればな、という気持ちで今日も頑張っております。

次回のお話ですが、新章の開始になります
ミヤコに関わる重要な話しになりますし、ギンジにも関わる重要な話しになります。

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
まだ重力の使い方が上手くいっていない。自分の息子?をぶっ飛ばしたけど虫か何かと思っている。

神宮カエデ
ギンジと一緒に寝たいらしい。抱き枕的な感覚で居る。もちろんギンジが枕。

宮寺レン
ビームフランベルジュって何?

甘白ミドリコ
相変わらずロケットランチャー系女子。

赤鬼
相変わらずオリハル金砕棒系鬼

角倉ケイタ
魔導書の力を頑張って使いすぎないようにしている。
わかっているな、使いすぎると死ぬからな!

熊沢レイナ
やっぱり怖い事ってあるよね
ギンジが来てくれた事で更に好きになった。
お前も退魔師にならないか?

月島ルカ
レイナと仲良くなった。だけどギンジに惚れている事を見透かされて、前よりもギンジを意識するようになってしまった。


ギンジの立場も解るが、はやくドクターミヤコを助けに行ったらどうかな?心配しているのだよ・・・早くドクターミヤコを幸せにしてやれ

女王ナメクジの怪人
ギンジとの初対面を果たしたが、特段顔も悪くないじゃん♡
きっと夜の方もすごいんでしょ♡

触手、犬、紐の怪人
最初に出番があったけど、後半は出番もないままボコられた。ちなみに街は大損害を与える事には成功。カエデがキレた。

・・・

次回は新章突入!
大幹部柏木タツヤや、ミヤコとギンジ、ヘヴンホワイティネスvsヘルブラッククロスの大きな戦いになります!

ようやく主人公復帰!それではまた次回!!頑張って行くぜー!



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ミヤコ奪還編
79・鈴村ミヤコという少女は


こんにちは、アトラクションです。

意外と早いタイミングで投稿できた。

今回のお話は少し短めですが、新章の始まりなのでスタートはこんな感じで行ってみよー!

今回はミヤコの主役回でございます。くふふふ。

それではどうぞ!


 

 8月30日。25日にヘルブラッククロスに捉えられたミヤコは、未だ救出に来ていないギンジに想いを馳せている。

 

 どこかのホテルのように立派な一室では、外出を除きある程度の自由を与えられている。寝心地の良いベッド、ミヤコの身体には快適な広いお風呂、飲み放題のウォーターサーバー。

 

 頼めば戦闘員が食事を運んでくれている。

 

 暮らす、という事であれば何も問題無い空間である。

 

 欲しいモノはなんでも頼めば持ってきてくれて、柏木タツヤが居れば一応部屋の外の豪華な廊下に出る事だけは許可される。

 

 ミヤコも一応見覚えのある場所ではあったが、あまり興味の無い事はすぐに忘れてしまう性格の為、ここがどこなのかを考える必要があった。

 

 いつ、どこで、どうやって来たのか。

 

 それを思い出すのに不必要に時間もかけてしまっていたが、やはり思い出せない。

 

 「・・・」

 

 ミヤコは身体に入った毒素の苦しみと戦いつつも、愛するギンジの顔をちゃんと忘れずにここに居る。

 

 「あれ・・・コレって」

 

 窓から程近くの丸いテーブルに、ティーポッドがある。それを手に取りながら、ミヤコはできたての紅茶をコップに注ごうとした直後だった。

 

 ティーポットのせっかく注いだ紅茶を、その場に捨ててコップの底を見てみる。

 

 水に濡れると文字が浮き出る特殊な精工のコップには、ミヤコの大嫌いなアイツの文字、アイツの名字が浮き出てきた。

 

 四角い金の枠の中に二重の丸線が引かれ、そしてその枠の中にはあの文字。

 

 「神宮・・・」

 

 その名字と企業の名前を見るだけで吐き気さえする。どうして今まで気づけなかったのか。

 

 それは解らないがミヤコはコップをカーペットに叩きつける。

 

 神宮財閥の下請け会社の陶器コーポレーションとか言っただろうか、確かそんな名前の企業のモノだ。

 

 作りのレベルの高いそのコップを思い切り破壊すると、ミヤコは泣きたい気持ちになる。

 

 「どうせ見るならギンジ君の方がよかったよ・・・」

 

 吐き捨てる様に呟いて、窓の奥を眺める。カーテンを開けて、強い真夏の日差しがミヤコの眼をつぶらせる。

 

 そのまばゆい光の向こうに広がるのは、襲撃にも使った事のある有姪海岸。

 

 そこの場所は覚えているのに、この場所は覚えていない。

 

 ・・・。

 

 ここは夢の怪人にも襲われた場所だ。

 

 夢の世界であの異質な怪物に襲われ、夢の世界を脱出した後は、ギンジ君と楽しく朝食を食べた事もあるあの場所だ。

 

 「ギンジ君との思い出さえ忘れるとは、わたしも落ちたね・・・」

 

 少し自分のいい加減さに腹が立ち、そしてすぐに冷静さを取り戻す。

 

 「そうか・・・ここは」

 

 ミヤコが窓から離れて、次にコップの破片が散らばる床を乗り越え、一室の布団、枕の方に手をかける。枕を裏返して高級な生地に薄く見え隠れする、この場所が提供する枕の文字を見て、ミヤコは薄く笑う。

 

 「神宮リゾートホテル」

 

 鈴村ミヤコが捉えられている場所は、神宮財閥所有の帝国リゾートホテルの一室だった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ここを手に入れる為に随分と時間をかけてしまいましたよ。

 

 わたくし、こういう強引な事は専門外なのですがね。

 

 「貴様!」

 

 貴様、というのはわたくしの事でしょうか?

 

 高そうなグレーのスーツと、立派なお髭が似合っていますよ。

 

 「これは申し遅れました、わたくし・・・警視庁に務めております、柏木タツヤと申します」

 「ええい、自己紹介などいらん!このホテルを開放しろ!」

 

 この男は不躾にも程がある言い方をしてきました。

 

 ま、普通の人間ならそう言うでしょうね。恐怖に敗けずにわたくに物申すのは素晴らしい心の強さでしょうかね。

 

 「えーと、あなた神宮財閥のトップの方ですよね?いいんですか、警察にそんな事言ってしまって」

 

 わたくしが顔を近づければ、だいたいの人はビビリますよね。だって警察と悪の組織の二足の草鞋、そんな立場に居る存在に驚きも恐怖も何もない人なんてそうそう居ませんしね。

 

 「私が神宮財閥のCEO、神宮ソウジロウと知っての狼藉か!」

 

 そう、このお方は神宮ソウジロウさん。あのヘヴンホワイティネスの神宮カエデの実父。

 

 そんなCEO(笑)のおじさまは、今なんと戦闘員に五体抑えられてボコボコにされてまーす。

 

 しかしまぁ・・・ここを見つけて、ドクターミヤコを収容する場所を入手するのには先ず、街を混乱させて・・・インフラの妨害、それからここの襲撃。

 

 街の方に派遣された触手、犬、紐の怪人は漏れなく撃破された様子ですが・・・ここがバレなくて良かったですよ。まぁ、リコニスさん以外には誰にも喋っていないんですけどね。

 

 邪魔する者は全員痛めつけ、黙らせるのに随分時間がかかりましたよ。

 

 最後はこの神宮財閥のトップ(笑)が私兵を引き連れてこちらに向かってきましたが・・・怪人を与えればまぁ簡単に黙りますよね。

 

 そして最後にこのソウジロウさんですが、あろう事か一人で戦闘員の小隊を壊滅させて、まさかまさか鋼の怪人に一杯食わせるとは・・・財閥って末恐ろしいですね。

 

 「貴方はそこで大人しくしていてください。これから、面白い余興が始まりますからね」

 「ふざけるな!ここは私のホテルだ!貴様の様なテロ以下の輩に、このホテルを自由に使えると思うなよ!」

 「負け犬の遠吠えってやつですね・・・」

 

 テロ以下とは・・・我々ヘルブラッククロスはテロなんてしませんよ。我々は日本を力によって転覆しては、この社会を真に正しい世界へと創り変えようとしているだけなのですから。

 

 「柏木様」

 

 動けなくなるまで暴れようとするCEOの後ろから、もう一人の戦闘員が話しかけてくれました。一体何事でしょう?

 

 「お忙しい所失礼致します。実は・・・」

 

 ほう・・・ドクターミヤコが脱走、ですか。たいしたモノですね、厳重なロックを解除してあの高級VIPルームから脱出するとは。

 

 「このホテルの中に、新怪人四天王の皆様を開放してください。後にわたくしも出ます」

 

 その指示を聴くと、戦闘員は敬礼してからすぐに行動を開始しました。いいですよ、忠実な部下は大好きです。

 

 「では・・・CEOはある程度痛めつけたら、地下の倉庫にでも放っておいて下さい。わたくしも用事が出来ましたので」

 

 ドクターミヤコを早く見つけてお仕置きしないと行けませんね。

 

 それと・・・まだ抵抗しようとする宿泊客も、怯えきった従業員もまとめて始末しないと行けないですからね。

 

 「くく・・・」

 

 ああ、楽しみです。結局誰がどうしようと、わたくしの目的も組織の目的も、誰にも邪魔なんて出来やしない。

 

 あのヘヴンホワイティネスも姿を表した様ですし、とても楽しみです。

 

 「せいぜい無様に足掻いてみてくださいね、ヘヴンホワイティネス」

 

 誰にも聴こえない様に、静かに・・・そう、本当に静かにわたくしは闇を広げる言葉を呟いておきました。そうする事でやる気も出ますしね。

 

 わたくしがこの大きな部屋を出る傍らで、神宮ソウジロウはまだ何やらを騒いでいますが、もう無理でしょう。ここまで来ればわたくしの勝利も近いですし、なによりヘルブラッククロスも確実に勝利の一手まで来ています。

 

 怪人四天王、大幹部、そして組織の最終兵器の完成。

 

 野望の成就はもうすぐそこまで来ているのですよ。

 

 この世の正義なんて、全てが力。そう信じているわたくしは、静かに扉を閉める。

 

 さて・・・逃げた花嫁を見つけないと行けませんね。

 

 革靴を鳴らしてこのホテルを歩くのはとても心地が良いですよ。

 

 次捕まったらどんな顔をするのか、とても楽しみですね。

 

 きっと今のわたくしの顔を見るだけで、失禁でもするんじゃないんでしょうか?

 

 ねぇ?鈴村ミヤコさん?

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「まさかあんなロックでわたしを止められると思っているなんて、甘くみているね?」

 

 ミヤコが部屋を脱出してから、モノの数分でエレベーターを止められた。ある程度の構造は理解出来ている。

 

 そこから脱出するのも簡単だろうと思っていたが、防火扉を閉められ、エレベーターもストップ。

 

 意外にも脱出がバレるのも早かった。

 

 だけど、普段運動していないミヤコでも、敵から逃げるのは得意だ。

 

 エレベーターに刻まれた数字のレリーフは、30と書かれていた。つまり今ミヤコが居るのは30階だと言うこと。

 

 次に・・・今ここに居るのはVIPエリアだと言うこと。

 

 更に分かっているのは、もうすでにヘルブラッククロスによって、この神宮リゾートホテルは襲撃を受けた後だと言うこと。

 

 「さーて、どうしよう、くふふ」

 

 薄気味悪い笑い声を隠さずにミヤコは笑ってみせる。

 

 流石に半分怪人の耐久力を使っても、30階から飛び降りるのは得策とは考えがたい。ギンジじゃあるまいし、ミヤコでは生きていても骨がバラバラになる。

 

 そもそも生きて居ないと、ギンジに会えないしギンジと素晴らしく濃密な愛の時間を過ごせない。

 

 「必ず生きてないと・・・くふふふ」

 

 人気がまるでしないホテルの道は、嫌な静けさと悪に満ち溢れた香りがしていた。ただの高級のホテル、それだけでは無く、下卑た悪の巣窟になっているのだ。

 

 「くふふ、こんなの、カエデモンキーに知れたら世界でも壊せるぐらい怒るんじゃないかな。くふふふ」

 

 最後い笑ったのは、あの神宮カエデが怒り狂った顔を想像してからだ。どうにも可笑しく思える。

 

 微笑ましい想像は程々にして、ミヤコは下に降りれる階段を探しにホテル内部を徘徊しに戻る事にする。

 

 監視カメラがあるのは分かっていたが、それでも堂々とホテルの廊下を走り抜ける。いくらコソコソしていても、バレる時はバレるのだ。

 

 強い日差しが当たる窓を何枚も抜けて、どうにか下の階に降りられる階段を探していく。

 

 「ぜぇ、ぜぇ、広い・・・」

 

 息を切らしながらもミヤコは階段を探し回る。どうせもう脱走はバレているに違いないし、その上おそらく戦闘員だけでは無く怪人もこちらに向かってきている。

 

 戦闘員は逃げ切る事は出来ても、怪人や柏木タツヤがここに来て鉢合わせてしまえば、たちまちミヤコの敗けになる。

 

 「ぜぇ、ぜぇ、早くにげない、と・・・ぜぇ、くふふ、ぜぇ」

 

 運動不足がたたってか、足腰が痛くなる。蒸す様な暑さがミヤコの身体を蝕み、汗も止まらない。

 

 大粒の汗をボロくなったセーラー服の袖で拭うと、拭きとった額から汗がにじみ出てくる。

 

 暑くて、苦しくて、それでもミヤコはここからの脱走を試みた。

 

 「ぜぇ、ギンジ君が今どう、なってるか、はぁ、知りたいしね」

 

 全ては愛するギンジの生死を確認したい。彼が死んでいるとするならば、きっと生きている意味はもう見いだせず再び孤独になるだろう。

 

 でも生きているならば、なんとしても会いたい。

 

 「会って・・・」

 

 会って・・・愛し合いたい。全てが消えるまで、全部終わるまで、とにかく一つになりたい。

 

 鈴村ミヤコはもう自分で分かっていた。

 

 本当はギンジの心が欲しいと思っていながら、今は自分の方がギンジに心奪われていた。

 

 カーペットの道を、長い遠い道を走り続けて、ミヤコはついに階段を見つける。

 

 防火シャッターも降ろされていない。

 

 ならばこれをチャンスとして、ミヤコは下の階層に駆け下りる。

 

 「くふふ、とりあえず水がほしいな」

 

 ここまで来るのに大分時間を使ってしまった。

 

 汗も止まらない。

 

 少し休憩がてら水でも飲みたい。

 

 とは言え脱走を知られている以上、あまり悠長にもしていられない。

 

 「くふふふ・・・ぜぇ、さて・・・どうするのかな、柏木」

 

 ここから先、おそらく待ち構えるのは戦闘員と怪人。

 

 ミヤコを捕まえる怪人が触手、犬、紐の怪人なのであれば、言葉巧みに躱せる自信があるし、自分の味方として操る事も出来る筈だ。

 

 そして最悪なパターンとしては、リコニスや柏木、紫の造った怪人。

 

 これがミヤコの前に立ちはだかるとすれば、ミヤコ一人では勝ち目がない。例えミヤコの専用装備があったとしても、勝ち目は薄いだろう。

 

 階段を降りきった先、突き当りのフロアはYの字に別れたホテルの道。

 

 29階から28階に進む階段は存在せず、壁になっていた。

 

 「くふふ、難しいね・・・逃げ切るのは」

 

 今現在29階。ゴールは1階。

 

 ヘルブラッククロスのダンジョンとなったこのホテルから、ミヤコは無事逃げる事は出来るのだろうか。

 

 「果てしなく遠い道のりだよ。ギンジ君に会うのも難しいなんて、まったく・・・」

 

 自分は愛するあの人に想いを伝えたいだけなのに、どうしてこんな目に合わないと行けないのか。それが納得行かない。

 

 「そうだねぇ、うんうんまったくって気持ちだよね」

 

 ミヤコが気づかない程近く、そして気配も無く、その声が聴こえた。

 

 「!?」

 

 その声は頭上から聴こえた。

 

 汗でベタついた黒髪を揺らして、ミヤコは天井を見やる。

 

 驚きに瞳孔が開いたその瞳に見えたのは、怪人の瞳が6つもあるグロテスクな顔をした、腕が六本ある怪人の姿。

 

 燕尾服に身を包み、物腰仕草そのモノは丁寧に見える。

 

 だが、その姿からミヤコも感じるのは、得も言われぬ重圧な闘気。

 

 「誰かな?」

 

 ミヤコは口角を不敵にあげて、その顔を崩さないまま怪人に声をかける。

 

 「お初!オイラは蜘蛛の怪人。この度、ヘヴンホワイティネスを撃退したとして、新しく怪人四天王になったイケ怪人さ☆」

 

 地球を割ってしまいたくなるほど苛つく喋り方に、ミヤコは無言のままでいる。

 

 そして蜘蛛の怪人はキレッキレの動きで天井から飛び降りると、ミヤコに顔を近づけて信じられない事を口にする。

 

 「さ、気持ちよくなろうぜ」

 

 何よりも怖気のする言葉だった。

 

・・・・・・・・・・・  

 

 チュインッ!

 

 コンクリートや木製の何かが、糸を弾く。そんな音が聴こえた。

 

 弦楽器の弦を一本、指先で弾いた様な音。

 

 その音が聴こえた瞬間、ミヤコの眼の前でホテルの廊下の一部が削れる様にして崩れた。

 

 壁を削り、柱を崩し、窓は音も無くバラバラになっていく。

 

 床も綺麗に四角く削られ、その断面図は粗が一切無いキレイな切り取り方。

 

 蜘蛛の怪人の糸攻撃は、ミヤコが興奮しては怪人開発のプロフェッショナルとして、一喜一憂する気持ちになりながらも、なんとか糸に捕まらずに逃げ切れている。

 

 「ほいほいほい!逃げるなよぉ、オイラと気持ちいい事しようぜ〜糸で縛られるのって、痛気持ちいいんだぜ〜」

 

 蜘蛛の怪人はまるで余裕な態度と声音で、ミヤコに性交を迫る。

 

 女ならば誰でも良い怪人らしい欲望に忠実な怪人だ。紫がこれを造ったのならば、師として弟子の成長と成果を素直に褒め称えたい。

 

 「くふふ、困ったな〜・・・」

 

 糸の攻撃はほとんどミヤコには当たらず、逆にミヤコ以外のモノを的確に狙っている。

 

 足場だったり、置物だったり、ホテルの壁だったりだ。

 

 それらを蜘蛛の怪人が自分の方向に引き寄せる様にして、細切れにしている。

 

 ミヤコの行動を阻害する様に、しかしミヤコを傷つけない様に。

 

 個人の性格はともかく、怪人の能力としてはかなり優秀な様だ。

 

 「オイラと気持ちい事すればアレよー甘いとろける時間をプレゼントするよーシャッチョサーン?モリモリ気持ちよくなって、一緒にイケるよー?オジョーサーン?」

 

 チュインッ、チュインッ、チュインッ。

 

 「わわ、危なっ、ほっ・・・ひぃ!」

 「あー柏木さんのお嫁さんて、ビビる声も可愛いんだね。オラ、来いよクレバー抱いてやる」

 

 燕尾服の胸元を開けながら糸を射出しては、ミヤコの数歩先を糸で破壊しては妨害してくる。

 

 「くふふふ、君とはお断りかな・・・」

 

 あんな怖気のする顔の怪人だったら、例えギンジ君だとしても無理だ。眼が6つもあるのはマジで無理だ。

 

 「わたしを抱いていいのも、わたしの初めてを貰えるのも、進化の怪人だけなんだ。ごめんね」

 「じゃあ進化の怪人の後でいいからさ、ヤろうよーシようよー」

 「ああ、カエデモンキーが怪人を嫌う理由が少し分かった気がするよ」

 

 そこまで走りながら、ミヤコはあるモノが眼に入った。

 

 四角い箱状のモノに地下鉄製の小さな扉の様なモノ。それは地下焼却炉行きと書かれた箱。

 

 取っ手のついた箱の扉は、人一人ぐらいは簡単に入れそうな四角い蓋がついている。人一人ぐらいとは言っても、それはあくまでミヤコの身長基準での目測ぐらいでしか無い。

 

 息も絶え絶えではあるが、ミヤコはそこでようやく動きを止める。

 

 それと同時に蜘蛛の怪人も動きを止める。

 

 糸の射出も止めて、ようやくミヤコを捕まえようと、のしのし近づいてくる。

 

 「ねーねー、蜘蛛の怪人」

 「なんだい。オイラ、お前さんを気持ちよくしたいんだが良いかね?」 

 「くふふ、残念だけど【小さい】のには興味が無いの。わたしはほぼ毎晩【大きい】のしか見ていないから」

 「なら見てみるか?身の丈にあった振る舞いをしろ」

 

 ミヤコと蜘蛛の怪人は相対する様にして、直線状に立つ。

 

 「見せてやる、とっておきの・・・オイラのブツをなぁ!」

 

 蜘蛛の怪人が出したのは、粘着性の糸。ミヤコの挑発に乗った様に見せかけて、ここでミヤコを捕まえるつもりでいたらしい。

 

 しかし、ミヤコはそれを読んでいた。

 

 「くふふ、そうすると思ったよ」

 

 怪人開発のプロフェッショナルとして、ミヤコは行動を読んだ。そうなるように誘発までして。

 

 「蜘蛛の糸の射出って、人間の目視では視認できない程の速さって、知らなかったようだな!オラ、気持ちよくなるんだよ!提示せよ」 

 

 粘着糸が2人の中心、真ん中にまで伸びる。

 

 「くふふ、それは虫の基準だよ。怪人の体積で打てば、当然重さが増える。更に大きくなる。そして・・・」

 

 粘着糸がミヤコの顔の前にまで伸びる。

 

 「取った!気持ちよくなろう!いちご泥棒!」

 「視認出来る」

 

 粘着糸がミヤコの顔を捉えず、奥の箱の蓋にくっついてしまう。

 

 顔に当たる直前でミヤコが糸を避けたのだ。

 

 「ふんっ!」

 

 粘着糸をひっぱり、箱の蓋が手前に引っ張られて壊れてしまう。

 

 「くふふ、人間だったら避けられないと、そう思っていたね?」

 

 粘着糸を手元まで戻している蜘蛛の怪人に、ミヤコが勝利を感じた笑みを見せる。

 

 そして蜘蛛の怪人に見せつける様にして、ドクターミヤコはメガネを外して自分の左目をまざまざと見せつけた。

 

 「わたし、ただの人間じゃないんだよ。半分は怪人、半分は人間、全て合わせて・・・進化の怪人(ギンジ君)のお嫁さんなの!」

 「だからなんだってんだい?オイラと気持ち良くなる未来は変わらんって!」

 

 ここまで来ても蜘蛛の怪人は諦めていない。

 

 「そう?意外とそんな事無いかも知れないよ?くふふーふふ」

 

 ミヤコの不敵な笑みに、蜘蛛の怪人はますます何かの焦りを感じる。

 

 「クソ、なんだそのムカつく顔!可愛いね」

 

 そして蜘蛛の怪人がミヤコを捉える攻撃を開始しようとした瞬間、鈴村ミヤコは後ろ振り向いて全力で走り抜ける。

 

 「あれ、逃げるの?無理しなくていいんだよ」

 「くふふふ、さようなら!」

 「って待て待て!それは、その先はおい!」

 

 ミヤコが走り出した先を見て、それが何かを理解して蜘蛛の怪人は途端に焦りだす。しかし糸を射出すれば、ミヤコを傷つける為に攻撃が出来ない。

 

 粘着糸を取り出そうと準備をするも、蓋にくっついたまま切断するのを忘れていた。

 

 この状況、このタイミング、この逃走経路の確保。

 

 そしてミヤコの向かう先。

 

 その場所は・・・。

 

 「ダストシュート・・・!一杯食わされた!」

 

 あまつさえ、蓋を破壊して逃げやすくしてしまった。

 

 「くふふ、怪人の身体なら・・・多少は・・・!」

 

 もしかしたらどこか折るかも知れないが、なんとしてもここを脱出しないと行けないミヤコは、一か八かでこのダストシュートに飛び込んだ。

 

 「待てぇぇーー!」

 

 蜘蛛の怪人が粘着糸を再び射出するが、ダストシュートの入り口では無く、そこから少し右にズレた所に糸がくっつき、ミヤコはそこから少し遅れてゴミの通り道を落ちて行った。

 

 「クソ!オイラとした事が。やべーよ、柏木さんに怒られちまう」 

 

 29階。

 

 ダストシュート前にて、標的を逃した蜘蛛の怪人はやるせない気持ちになりながら、ミヤコを追いかけようと地下を目指す。

 

 すぐ近くのエレベーターのボタンを押すが、反応が無い。

 

 「あ・・・客とか従業員が逃げられない様にするために、電源落としたんだったな。今宵の月の様に」

 

 またしても自分達のミスによって、皮肉にも今度は自分がエレベーターを使えなくなる事に困る事となった。

 

・・・・・・・・・・・・・

 

現在の状況

 

神宮ソウジロウ、地下倉庫で監禁。

 

鈴村ミヤコ、ダストシュートでひゅーー。

29階→?階。

 

蜘蛛の怪人、29階で憤慨する。

 

柏木タツヤ

お嫁さん(おもちゃ)がダストシュートに飛び込んだ事を知らない。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。

久しぶりに蜘蛛の怪人も出てきましたね。こいつを出す度に、物語がほっこりする気がします。絶景かな。

キャラネタ書きます

鈴村ミヤコ
言わずと知れた怪人開発のプロフェッショナル。
そしてギンジ愛にまみれた強欲の怪人二代目。
ギンジ君といちゃいちゃしたり、ギンジ君とラブラブしたり、ギンジ君と良い夫婦したりしたい。毎晩大きいのを見ているとは・・・。
「あ、触ってないよ。くふふ」
聴いてません。

蜘蛛の怪人
相変わらず気持ちよくすればコロっと堕ちると思っている。
まんまとミヤコに出し抜かれた。

神宮ソウジロウ
リゾートホテルで仕事していたらヘルブラッククロスの襲撃に出くわした。私兵を引き連れて撃退を試みたが、鋼の怪人と武者の怪人により返り討ちにあった。現在地下倉庫で監禁中。

柏木タツヤ
公安警察だが、ヘルブラッククロスの大幹部でもある気味の悪い男。
ミヤコと結婚しようとしているのは、あくまで彼女の心を壊すため。
ギンジが戻ってきたら眼の前でひどい事してやろうと考えている。
ロリコンの癖に頭良い。

・・・

次回はギンジ達も再度出てきます。

ミヤコ探しと治安の回復に務める中、ギンジの前にあの女が現れ・・・
なお話を予定しています。よければぜひ。

あと最後に、この章ではギンジがなつかしのセリフを言います。どこで言うのかもお楽しみに。

それではまた次回!またお会いしましょう!


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80・初めは愛を知らずに孤独だった

こんにちは、アトラクションです。

敵が恋に落ちてるけど、裏切らない、組織の為に。

そんなお話になっています。

それでは、どうぞ!


 中央度固化市、繁華街エリア。

 

 季節は夏休みシーズンの終盤という事もあってか、最後の夏休みを堪能しようと、家族や学生、若者も大人もごった返している。

 

 そのはずだった。

 

 この街を守り続けていたヘヴンホワイティネスと呼ばれるヒーロー達が、3日ほど姿を消した事が災いの前触れとなり、今ではヘルブラッククロスの戦闘員が闊歩し、堂々と悪事を働く治安の悪い街になりつつあった。

 

 8月30日。夏の終わりを緩やかに告げるこの日に、悪の警笛が大きく鳴り響いている。

 

 それでも商魂たくましい店は意地でも営業を続け、またある店は悪に屈して逃げ出してしまっていたり・・・。

 

 道の真ん中に噴水のある目立つエリアは、その噴水を囲む様にして様々なお店が複数立ち並んでいる。円がたになった繁華街エリアの一箇所には、今まさに家族連れを襲おうと、突如として暴れまわる黒い地獄から呼び出された者達が、その悪の手を伸ばそうと襲撃を開始した。

 

 ヘルブラッククロス。ついに公にその姿を表した彼らは、怪人という人の手に負えない超常的な怪物を使ってまで、この中央度固化市に絞って積極的な活動を開始している。

 

 理由はただ一つ。

 

 「良い女を捕まえれば、一人10万だ!」

 「金銀財宝を献上すれば、一人5万!ついでに略奪品の分前もあるぞ」

 

 戦闘員達がそれぞれ武器を片手に、繁華街エリアを走り出す。

 

 黒い川の様に勢いついた悪は、一般市民にまでその手を出そうと迫っているのだ。平和で美しく、人の集まるこの場所に・・・戦闘員の魔の手が恐ろしく大きく伸びていた。

 

 だが・・・。

 

 「バッター・背番号4番。赤鬼選手、入ります」

 「ヌハハ、思い切りかっ飛ばすぞい」

 

 2人の正義の光が、悪の闇を殴り飛ばそうとここに正義の鉄槌のひと振りを降ろしに来た。

 

 くすんだ金髪にツーブロックのヘアスタイル。さらには見た目の悪さを大きくさせるオールバック。

 

 シルバーフレームのサングラスもいかつい見た目に拍車をかける。

 

 黒い七歩袖のシャツを着て、その表情はサングラス越しでも解る程に、怒りにあふれている。

 

 その怒りに同調する様にしている、隣の赤い肌の大男は雄々しい一本角に黒い甚兵衛を着て、身長はゆうに2mは超えていそうな大柄。

 

 太く強い赤い身体に見た目以上の重さを積まれた、ギラギラ輝く獲物はオリハル金砕棒。

 

 「家族の幸せを奪うんじゃねぇよ、このポンコツがァ!」

 「やっちまえ赤鬼!」

 

 ここに現れたのは元ヘルブラッククロス、佐久間ギンジと赤鬼。

 

 ヘヴンホワイティネスとして活動する彼らは、この街に舞い戻ってきた。これ以上ヘルブラッククロスの悪事によって人々が、涙を流さなくても良い様にする為に、正義のヒーローが現れた。

 

 ただしその登場は誰もが想像する華やかなモノでは一切無く、とてつもなく暴力的な登場だった。

 

 赤鬼が誰にも眼もくれず走り出す戦闘員の仮面を、思い切りフルスイングで叩き抜くと、店を貫いて破壊を見せつける。

 

 その事でようやく元・ヘルブラッククロスの2人を見つけた戦闘員が、相変わらずお決まりの言葉を言い放つ。

 

 「ギンジが居たぞ!殺せ!」

 「人気者ですね、兄貴」

 「嫌な人気だけどな!」

 

 一般市民や略奪を一度止めて、一斉に戦闘員達がギンジと赤鬼に振り向いて攻撃を開始する。

 

 うんざりする程の数の多さだが、それでも戦闘員ごときでは最早ギンジを止めることは出来ない。

 

 「ウラァァーー!!」

 

 爆炎と電撃。そして金棒に、月光。

 

 果ては怪人としてありえない動きと、反応の速さに加えて戦闘員を見えない何かで浮かばせたり、空に【落とす】様な能力までをも駆使している。

 

 「オラオラ、ヘヴンホワイティネスの登場じゃい!邪魔ァすんな!」

 

 赤鬼も空気ごと戦闘員を叩き砕き、一般市民を助け出している。

 

 「くっ!我々では止められないか。行け!鎧の怪人!」

 

 戦闘員のリーダー格である男が指示を出すと、暗黒騎士型鎧の怪人がギンジに向かって飛んでくる。

 

 長斧を振り回して噴水を斬り崩し、辺りは水道管斬烈により雨の様に水が降り出す。

 

 漆黒の西洋鎧に身を包んだ鎧の怪人は、ギンジにもう一本の長斧を構えて、突き出す様にして狙いを定める。

 

 まるでその姿をしてギンジにかかってこいと、挑発している様にも見える。

 

 「兄貴、戦闘員はサクっとぶっ叩いておきやす。そちらは任せやすぜ」

 

 赤鬼が逃げ遅れの一般市民達を、繁華街エリアの向こう側に追い出すと、戦闘員達がソレ以上先に行かない様に壁になる。

 

 後ろは赤鬼に任せておけば安心だろう。彼はヘヴンホワイティネス屈指の武闘派であり、ヘヴンホワイティネス最大の壁の役割も同時に果たせる心強い仲間だ。

 

 斬られた噴水の管を踏み潰した鎧の怪人が、再びギンジに刃を向ける。噴水の雨はこれにより完全に止まり、後に残るのはギンジと鎧の怪人の間の熱気だけだ。

 

 両手に握られた長斧をギンジの前で交差させて、ギンジも金棒を取り出す。確実に命を狙いに来ている鎧の怪人にたいして、ギンジはかなり余裕な態度を見せている。

 

 今更鎧の怪人ごときに、遅れを取る事等そもそもの話しでありえない事なのだから。 

 

 「よし、さっさとぶっ飛ばして、ヘヴンホワイティネスの旗を建てるぞ」

 

 金棒を強く握り、ギンジと鎧の怪人は同時に駆け出した。

 

 お互いの正義を貫く為に、2つの勢力が激突を開始した。

 

 長斧がギンジの顔を捉え、その刃が突き出された。確実に肉と骨を叩き割る様な音が、広場に響くと戦闘員や店に隠れる一般市民達が驚愕する。

 

 ただ一人赤鬼だけは、牙を見せつける様にしてニヤリを笑みを見せている。

 

 骨も肉も砕けたのは、暗黒騎士型鎧の怪人。

 

 ギンジの顔の鼻先わずか数センチに刃は届かず、変わりにギンジの手から伸びた金棒が鎧の怪人の腹部を貫通している。

 

 「中身にお肉詰まってたんだな」

 

 ギンジが伸ばした金棒を捻る事で、暗黒騎士型鎧の怪人の腹部からドボドボと血液と思わしき液体と、肉と思わしき臓物が出てくる。

 

 「まさかとは思うが材料は・・・戦闘員か?」

 「多分そうでしょうね。まぁ、どっちにしても悪なんですから、ぶっ叩いて終めぇですわ」

 

 赤鬼もギンジの立つ姿の裏で、最後の戦闘員をしばき倒しながらそんな事を言う。ギンジもそれを聴くとどこか納得した様な表情で、鎧の怪人から金棒を完全に引き抜く。

 

 ガラガラと音を立てて溶ける様に崩れた鎧の怪人の亡骸を踏み潰して、ヘヴンホワイティネスは2人同時にリーダー格の戦闘員に突撃する。

 

 「最後はテメェだ!」

 「覚悟しやがれェ!」

 「クソ!来るな!来、来るな!うわぁぁーー」

 

 最早どっちが悪だか解らない大攻撃は、民衆でさえも震え上がるばかり。

 

 けれど・・・確実に正義の味方が現れた事で、一般市民はギンジ達に静かに声援を送り続けていたのは、誰が聴いても明らかであった。

 

 ヘヴンホワイティネスを名乗り、ヘルブラッククロスという無法者達を蹴散らせるのは彼らしか居ないのだから。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ふー終わったな」

 

 あらかた戦闘員を蹴散らし、繁華街エリアの壊れた噴水に、ヘヴンホワイティネスの旗を建てる。

 

 ギンジがそうする事で、一応の平和と治安を取り戻す事に成功する。

 

 「にしてもどいつもこいつも、ミヤコ姉さんの居場所を知っている奴は居ませんなぁ」

 

 赤鬼がため息混じりに言うと、ギンジも表情を暗くしてしまう。せっかくミヤコを助けるだけの力を手に入れて魔法界から帰還したのに、未だに彼女の情報を一つも見つけられないでいる。

 

 今頃ミヤコはどうしているのだろうか。

 

 寂しい思いや、苦しい状況、辛い事をされているに違いない。

 

 ギンジが次に思い出すのは、あの大幹部柏木タツヤの顔。蛇の様に悪辣で、狡猾でいるあの顔。

 

 あの顔を思い出すだけで怒りがこみ上げてくる。出し抜いただけであの勝ち誇る顔を思い出して、止まらない怒りがギンジの心を蝕んでいく。

 

 あの異質な怪物もそうだ。あのミヤコがあそこまで怯えるあの怪物を、もう二度とミヤコには近づけさせたくない。

 

 ヘヴンホワイティネスとなって二度目の敗北。

 

 一度目はミヤコの作戦で、二度目は柏木タツヤに。

 

 もう敗けないと、もっと強くなると決めたギンジに、三度目の敗北は無いと誓っている。

 

 「赤鬼」

 

 ギンジが真夏の空を見上げながら赤鬼を呼ぶ。子分であり兄弟であり、大切な仲間である赤鬼もギンジの声に反応して隣に立つ。

 

 「必ずミヤコを助けるぞ」

 「へい・・・!」

 

 助けると言った以上、どんどん悪を見つけて潰さないと行けない。

 

 ヘヴンホワイティネスに、後ろを振り返っている時間なんて無いのだから。

 

 「ところで兄貴」

 

 子供みたいな表情で居る赤鬼が、ギンジの肩を軽く叩く。

 

 赤鬼が少し鼻息荒くギンジの顔を覗く。

 

 2人の後ろでは、ヘヴンホワイティネスの旗が風によってはためている。

 

 「結局兄貴って、カエデの姉御とミヤコ姉さん、どっちが好きなんですかい?」

 「くぁwせdrftgyふじこlp」

 

 あまりに突拍子の無い発言に、ギンジは思わず咳き込んだ。

 

 「あーその反応は、兄貴もしかして」

 「な、なんだよ!」

 

 赤鬼がギンジの両肩に手を乗せると、ギンジはそこから何も抵抗しない。

 

 「両方、好きなんですね・・・」

 「〜〜!な、なんだよ悪いかこのやろう!」

 「ヌハハ、動揺が隠せてませんぜ兄貴」

 

 どうして赤鬼は人の恋愛に鋭いのか。なんとなく言い返せなくなったギンジは赤鬼をぶっ飛ばして、さっさと南度固化市に戻ろうとした。

 

 本来ならば住宅街エリアを少し離れた場所にある本拠地、カエデハウスに戻りたいのだが、今現在は全壊させられている。

 

 しかも再改築をお願いしたいのだが、カエデの父親であるソウジロウと連絡が取れない事でカエデは今現状は、レンとミドリコを連れて実家に帰還している。

 

 ケイタは実家に戻り、ギンジと赤鬼は聖カエルム教会を拠点として、中央度固化市の治安回復に努めている、と言った現状。

 

 それと同時にミヤコを探しているのだが、結局帰還してからも見つけられないままでいる。

 

 「クソ・・・」

 

 真夏の日差しをうっとおしく思いながら、今の自分の不甲斐なさが悔しさを加速させていく。命の恩人を助けられないままでい居る自分が情けなくなってくる。

 

 「・・・戻ろうぜ、赤鬼」

 

 本当はもう少しだけこの繁華街エリアだけでもいいから、一人でミヤコを探したい気分だった。だけど今はレイナ達の居る教会だって確実に安全とは言い難い。

 

 負傷している彼女達を守る為にも、今は襲撃を終わらせて戻る。これの繰り返しだ。

 

 繁華街エリアを東に抜けていくつかの信号を抜ければ、そこは駅前エリア。

 

 「・・・超豪華で、豪勢なお出迎えだな」

 「まーったくですな。どら、軽く蹴散らしましょうや」

 

 駅前エリアのバスロータリーに足を踏み入れた瞬間、ギンジと赤鬼2人の目の前に現れたのは、複数人の戦闘員達。

 

 確実にギンジ達を取囲もうとしており、略奪や襲撃と言った態度では無い。

 

 ヘヴンホワイティネスである2人を倒そうと息巻いている連中が、ヘルブラッククロスの信念の為に、最早状況、手段は問わないと言った状態であると推測できた。

 

 「ヘヴンホワイティネスを殺せ!かかれー!」

 

 黒い絨毯が波を打つ様にしてギンジと赤鬼に一斉に攻撃を仕掛けてきた。

 

 だがその黒い絨毯の中心は、見えない空気砲により戦闘員達が吹き飛んでいく。

 

 次はギンジの爆炎の火柱が戦闘員を焼き滅ぼして行くと、再び戦闘が行われた。

 

 「クソ!やはりヘヴンホワイティネスは以前より強くなっているぞ!」

 「大幹部様をお呼びしろ!」

 

 ギンジと赤鬼の恐ろしいまでの強さを誇示していた。戦闘員達が大幹部という単語言い放つ事で、ギンジと赤鬼は当たりを引いた気分になる。

 

 「兄貴、もしかしたら」

 「俺も同じ事考えたぜ」

 

 大幹部がここに居て、そしてここで戦うとすれば、きっとミヤコの情報を何か持っているかも知れない。

 

 「ボコって逆に捕まえて見るか」

 

 ギンジがサングラスを直すと、コウモリの羽を使って飛び出そうとする。空からの雷撃はほとんどの戦闘員が対処出来ない。

 

 こうして後に出てくる大幹部を2vs1に持ち込めれば、ギンジ達が大幹部を捉えるのも容易になる筈だ。

 

 「へぇ〜?ギンジちゃんが私をボコれるのかなぁ〜?」

 

 少し高い女性の声が、バスロータリーに聴こえると、戦闘員達が戦闘態勢を解き始める。

 

 大幹部が口を開いた時に、余計な事をすれば殺されてしまう。

 

 次に大幹部が通る道を開ける為に、戦闘員達がキレイな隊列を組んで左右に分かれていく。

 

 黒が別れた道の奥から現れたのは、黄金の鎧を光らせてへそを出した、ギンジが最も忌むべき相手であり、〈大好きな人達〉の一人。

 

 「やぁ、ギンジちゃん・・・久しぶり〜」

 「リコニス・・・」

 

 黄金のが煌めく刀身が目立つ刀を肩に担ぎながら、リコニスはほぼ5日ぶりの再開を果たした佐久間ギンジを見るなり、瞳を輝かせている。

 

 対するギンジはまたとない絶好のチャンスに立った。

 

 お互いに口の端を歪に上げると、2人同時に大衝撃が走る程の激突を開始した。

 

 「え!?リコニス様!?」

 「ちょ、兄貴!?」

 

 金棒と黄金の刀が鋭い音を響かせながら、戦闘員と一般市民、それから赤鬼までを風圧で押してよろめかせる衝突がこの一瞬にして行われた。

 

 「とうとう私とヤる気になった!?」

 「お前とはごめんだぜ!」

 

 万全な状態でギンジと殺し合いをしたいリコニス。

 

 ミヤコを侮辱された事で笑っていても内心マグマよりも熱く怒りを秘めたギンジ。

 

 「ヒィーャーハハハハ!」

 

 リコニスの刀が1振り2振りされるだけで、まるでギンジの金棒を斬り崩そうとする金属の衝突音が、ついさっきまで平和だったバスロータリーに何度鳴り続ける。

 

 強い音が幾度もぶつかる。

 

 その音の正体は怪人と人間の戦いの音。

 

 甲高い悪魔の笑い声はギンジからしても耳障りで、とてつもなくうるさい。

 

 「耳元で騒ぎやがって!うるせぇ!」

 

 金棒のフルスイング。そこから火炎の打撃がワンテンポ遅れてリコニスのガードを打ち砕く。

 

 「そんな事まで出来る様になったの〜?素敵・・・」

 

 今のリコニスはギンジと再開出来て殺し合いが出来ている事が、本当に楽しくて嬉しくてたまらない。

 

 それどころか、ギンジが無事にここに来たと言う事実を取ってみても、なぜだか感じた事の無い高揚感が心を支配していく。

 

 「アーッヒャハハハ!」

 

 三日月に歪んだ悪魔の顔は、ギンジの人間的な本能から恐怖を煽る。だけどギンジも自分の中に今か今かとその姿を出すのを待っている怪人が居る。

 

 リコニスでさえ恐怖してしまった事もある、ギンジの中に居る進化の怪人そのモノの怒りを。

 

 2つの恐れの象徴が大激突を何度も繰り返し、歩道橋は粉砕され、バスターミナルは斬り崩され、それに巻き込まれる戦闘員。

 

 「アブねぇ!」

 

 近くに居た子供は赤鬼が抱きかかえて、そばの歩道まで飛び出すことで事なきを得た。

 

 「どら、さっさと逃げな!」

 

 子供を恫喝するような声で言うと、女の子と思わしき子供は赤鬼にお礼を言ってからさっさと走って離れていく。

 

 「あの大幹部と兄貴は一体どんな関係なんじゃ・・・?」

 

 飛翔しながら電撃を纏いながらリコニスを叩き、黄金の刀を一回振り下ろすだけで、5本の斬撃の閃が出てくる攻撃とが、お互いを吹き飛ばす。

 

 「はぁーはぁー・・・あ、待って・・・んぐぅう・・・ッ!」

 

 仰向けになったリコニスは身体を仰け反らせて、嬌声を上げた。足をピーンと伸ばして、腹筋がひくひくと痙攣して、顔はそれでも恍惚としている。

 

 「はぁ〜・・・それじゃあ再開しよ〜ギ〜ンジちゃ〜ん!」

 

 子鹿みたく全身を震わせながらリコニスが立ち上がると、ギンジも本気に行くと決めたのか、フェーズ3を発動し初めた。

 

 「もっと気持ちよく殺ろうよ!さっきの電撃とかさ〜クるモノがあったのよ」

 「何を意味分からねぇ事言ってるんだ!テメェだけは絶対に倒す!」

 

 最早本来の目的を忘れているのか、ギンジは問答無用でリコニスに攻撃を開始している。黒い炎と紫電による連携、黄金の刀と我流の体術。

 

 「兄貴ィ!やりすぎですって!カエデの姉御に殺されちまう!」

 

 流石に正義と悪の戦いの範疇を超えるぐらいの激突と、バスロータリーの惨状を見て赤鬼に焦りが見え始める。

 

 いつものギンジじゃない。それだけは間違い無い。

 

 あの大幹部リコニスとギンジの間には確実に、大きな何かがあるのだろう。普段女性に手を挙げないギンジが、ああまでして戦うとは穏やかでは無い。

 

 「オッラァ!!」

 

 紫電を纏った蹴りは確実にリコニスを突き飛ばし、攻撃を貰う度にリコニスが恍惚な表情を血で汚していく。

 

 ギンジも黄金の刃が当たる度に鮮血を流し、フェーズ3の灰色の肌に斬り口をたくさん作っていく。

 

 「あ・・・待ってまた・・・」

 

 途端に動きを止めたリコニスが、全身を再び痙攣させて内股で青空を仰ぐ。まるで快楽に悶え狂おしくなる様な姿勢で、リコニスは息を絞る様にして吐き出す。

 

 「か〜〜ッはぁ・・・!」

 

 それでもギンジは止まらず、黒い爆炎の金棒が今度こそ無防備になったリコニスに突きこまれる。

 

 「意外とテクニシャンだねぇ〜ギンジちゃん」

 

 眼を爛々と輝かせているリコニスの表情は、敵意ではなく好意を寄せている。佐久間ギンジという存在に恋をして、しかし本気で殺し合いをしたい。

 

 命の輝きを実感し、生きているという素晴らしい感情を、全て闘争に費やしたリコニスは、自分の退屈を全て払拭してくれるギンジに恋い焦がれていた。

 

 リコニスの全身を包む真っ黒な炎は、そんな命を確実に燃やし尽くして、退屈の無い人生・・・本当の意味での絶頂に導いてくれそうだ。

 

 「ごめんだけど〜まだ死にたくないの」

 

 黒い炎の中で三日月のシルエットが、ギンジを見据える。地獄で燃える黒い炎から、地獄に済む悪魔の顔がそこにはあった。

 

 黄金の刀を握って、思い切り振り下ろす。バーナーの怪人にもした袈裟斬りが、ギンジにも向けられていた。

 

 「がぁ!!」

 

 幸い傷は浅くギンジの肩から腹部の表面を斬りつけただけだった。

 

 「ヒャーハハハハ!」

 「テメェこのクソ・・・!」

 

 お互いに距離は離れるが、黒い炎を纏ったままのリコニスはボロボロの身体で黄金の刀を構える。

 

 ギンジもフェーズ3の黒炎を最大出力にして金棒を構える。

 

 「アハッ、その顔かわいい〜・・・殺したいわ」

 「やってみろよ・・・!」

 

 火事になったバスロータリーに人影は無く、2人が狂って戦っているだけ。

 

 リコニスの暇つぶしに上手く付き合わされているとも知らずに、ギンジとリコニスはここまでの命のやり取りをずっと繰り返している。

 

 ジリジリとした緊張感が貼り詰める中、先に駆け出したのはギンジ。

 

 ブーストの黒炎を噴射しながら、金棒をリコニスの頭をめがけて、命を奪おうとする魔王の如き迫力。

 

 少し遅れて黄金の鎧と黄金の刀をコンクリートに擦らせながら、低姿勢で走り出す。

 

 火花を散らすコンクリートから刀が離れると、ギンジの金棒と再び鍔迫り合いが起きる・・・筈だった。

 

 「空砕烈撃断(くうさいれつげきだん)!!」

 『!?』

 

 オリハル金砕棒を思い切り振り回して、空気の壁による断圧の一撃が、ギンジとリコニスをまとめて駅前の柱に押し留める。

 

 硬いのに見えず重たい空気の一撃は、2人が冷静さを取り戻すのには十分な威力で、ここに来てようやく赤鬼がこの戦闘を終わらせた。

 

 「いい加減にしやがれ!兄貴、いつまでやってんだ!」

 「い、いやでもよ・・・」

 

 柱にめり込んだギンジの首を掴んで、赤鬼は鬼の形相でギンジをぶん殴る。

 

 「でもじゃねぇ!俺っち達の目的を忘れてんじゃねぇやい!」

 

 ギンジが殴られた事で、柱は崩れてしまい瓦礫と共に殴り飛ばされた。

 

 奥のコンビニや券売機の並ぶ改札までギンジが飛んでいき、リコニスは自力で柱から脱出していた。

 

 「3回目、もう少しだったのに、何邪魔してるのよ。殺すわよ」

 

 黄金の刀を赤鬼に向けるその表情は、いきなり水を刺された事でキレている。

 

 「あとちょっとでイケそうだったのに・・・」

 

 急激なフラストレーションがリコニスの心に再び重くのしかかり、欲求不満ないつもの彼女に逆戻りしてしまった。

 

 「リコニスの姉御よォ、俺っち達ぁ、ミヤコ姉さんを探さないといかんのですわ・・・あんたこそ邪魔しないでくんねぇかな」

 「へぇ〜まだミヤコを見つけられて無いんだ・・・?」

 

 飄々とした態度で取り繕っているが、赤鬼の右腕は筋肉が膨張しており、オリハル金砕棒をいつでも振り回せる警戒だけはしていた。

 

 いくらパワードスーツで身体能力を強化しているとは言えど、人間の身体でありながら怪人をさくっと殺せる様な奴が目の前に居るのであれば、赤鬼でも油断は出来ない。

 

 「ああ、クソ!」

 

 そんな警戒の色が強い空気感のある場所では、ギンジが戦闘態勢を解除して赤鬼とリコニスの前に歩いてくる。

 

 「あら〜もうシてくれないの?つまんなくてリコニスちゃん泣いちゃうかも〜・・・で、どっちから死にたいのかしら?」

 「どっちも死なねぇよ」

 

 リコニスは相変わらず狂っているが、そんな事は100も承知で戦ってしまっていた。

 

 ギンジは少し反省しつつも、赤鬼に殴られた顔が痛む事でかなり冷静さを取り戻している。

 

 「リコニス、俺たちはお前の言うとおりでミヤコを見つけられていないんだ・・・お前、何か知ってるだろ?」

 

 こんな事を言ってもきっと彼女は喋らない。何も有用な情報は話さない筈だ。

 

 しかしリコニスもフラストレーションは溜まっているとは言えど、少しだけしおらしい表情になりながらギンジと赤鬼に指を向ける。

 

 「教えてあげてもいいけど〜条件があるかな〜」

 「そうだよな、無理だよな・・・は?」

 「兄貴ワンチャンありますぞ!」

 

 リコニスの言葉がギンジには信じられなかった。

 

 ギンジはぽかーんと口を開けるが、赤鬼はヌハヌハ笑っている。

 

 とは言えミヤコを助けないと行けないギンジ達からすれば、例え罠だとしてもリコニスの話を聴かないといけなさそうな雰囲気になっていた。

 

 「・・・なんだよ条件って。言っとくがしばらくお前と戦うのは嫌だからな!」

 

 自分が自分じゃなくなってしまいそうな、狂っていく感覚に飲まれそうになりながらリコニスを倒す。その感情だけで動いてしまいそうで、実際赤鬼が止めてくれるまでは本来の目的を忘れてしまっていた。

 

 「ん〜流石に今からはもういいわ」

 

 リコニスも刀を鞘に収め、強い殺気を一旦は収める。

 

 「リコニスの姉御、そろそろ条件とやらを教えてくだせーな」

 

 赤鬼もミヤコを助けたい。だから・・・怪しいとは疑いつつも、リコニスの話に耳を傾ける。

 

 「か〜んたんよ。ねね、ギンジちゃん」

 

 急に可愛らしい女の子の顔になりながら、傷ついたギンジの腕に自らの腕を絡ませるリコニス。

 

 彼女の言う条件とは、腕を絡まさればそれで良いのだろうか?

 

 ギンジの腕の感触を堪能しながら、リコニスは悪魔の顔でギンジに顔を近づける。どことなくミヤコがギンジに、カエデがギンジにしているようなあの感じの顔だ。

 

 この世で一番恐ろしい顔をしている事だけが、彼女達とは違う。

 

 「私とデートして?」

 「おお、兄貴ぷれいぼぉいですな。敵にさえ好意を持たれるたぁ、やっぱ俺っちはあんたを尊敬するぜ、兄貴」

 

 少しの沈黙の後、ギンジは思い切りリコニスの頭をひっぱたいた。

 

 「いいよ〜デートしなくても。その時はミヤコは助からないしね」

 「うう、クソ、卑怯だぞ!ずるいぞ畜生!」

 「おう、うちの兄貴は童貞だからな、そんな風に言い寄られたら断れんぜ」

 「お前ぶっ殺すぞ赤鬼」

 

 ある意味ではこの世界に来てからそういう状況にはならない為、ギンジが童貞と言われれば確かにその通りなのだが。

 

 「っていうか、そんな時間ねーよ。なんでデートなんだ?」

 「・・・殺したい人に最後に素晴らしい景色を見せたいじゃん?具体的に言うとしたら〜鮮血にまみれた青空とかさ〜」

 「結局殺す気じゃねーか!」

 「えーそれとも私とデートするのは嫌なのかな〜?そんなんじゃミヤコの情報を教えてあげられないかな〜?」

 「ううっ・・・ぐぅう〜〜ッ」

 

 そもそも気分で動くリコニスの事だ。このままぐずついて居る様だと、いつか気まぐれでまた戦いが勃発するかも知れない。

 

 「さ〜て、どうする?ギンジちゃん」

 「・・・分かったよ」

 

 この決断はギンジの良しとする所では無いが、受け入れないとならないみたいだ。

 

 「あのさ、なんで俺とデートなんだ?他にも俺たちが不利になりそうな条件だってあったろ?」

 

 このデートだって本当は気まぐれだ。ギンジはそう思い込んでいるが、未だにギンジの腕から離れないリコニスは悪魔の微笑みを乗せている。

 

 「それじゃあ行こうよギンジちゃん。あ、赤鬼は帰っていいよ」

 

 リコニスが興味無さそうに赤鬼に指を指す。そんな赤鬼の背後からは、大きな影が赤鬼とギンジを驚かせる。

 

 「そいつ失敗作なんだって。せっかくだから処分しといて貰える?」

 

 ギンジと赤鬼の目の前に現れたのは、身長が3mはありそうな鎧の怪人。

 

 「おうおうウチの兄貴のデートを邪魔すんじゃねぇやい!」

 

 赤鬼もノリノリで破壊に周り、駅前エリアの改札では赤鬼と鎧の怪人の交戦が始まる。

 

 「おい!また街を襲うつもりかよ!」

 「ミ・ヤ・コ」

 「・・・」

 

 ミヤコというカードを持っているリコニスと、ここで再開したのはもしかしたら悪い事だったのかも知れない。

 

 ギンジはリコニスに連れられて駅前エリアを抜けて行き、繁華街エリア近くの遊園地に連行されてしまうのであった。

 

 (今日は厄日だぜ・・・大幹部に会えるなんてラッキー!とか思ってマジで後悔した!)

 

 脳内で吐き捨てる様にして、ギンジとリコニスの足取りはお互いバラバラの歩幅になっていた。

 

 「うおおお俺っちもミドリコの姐さんとラブラブ妊娠デートしたいぜ!!」

 

 改札では砕けた金属と空気が舞い散り、破壊と激戦がここでも続いていく事になっていたが、もうその場所にギンジとリコニスの姿は無くなっていた。

 

・・・・・・・・・・・

 

 リコニスに連れられて神宮財閥所有の遊園地にやってきたギンジ。

 

 ジェットコースターや、コーヒーカップ、メリーゴーラウンドにお化け屋敷占い屋敷・・・。

 

 目玉はなんと言っても天国行きと題された、40台のボックスのある観覧車。

 

 治安が悪くなったとは言えど、今のシーズンではそれなりに人の多いこのスポットでは、流石にヘルブラッククロスは居ない様子。

 

 それも大幹部リコニスが、ヘヴンホワイティネスのギンジを連れているのであれば、余計な手出しはするまい。

 

 リコニスの機嫌を損ねれば、どうなるかなんて組織内では分かりきった事である。問答無用で殺されかねない。

 

 ギンジはいつも通りにしていればサングラスのおかげで正体もバレない、ただの人間として認知される。

 

 そして隣を歩くリコニスは素性を隠す為の姿をしていた。いつもの黄金の鎧は気がついたら着脱しており、所謂陰キャ女子の様な姿をしている。

 

 瓶底眼鏡をかけて、短い髪をヘアクリップで纏めて、西度固化市の学生服。

 

 一見すればスタイルの良い女の子が、わざと姿を変えて目立たないようにしている、そう思える姿をしている。

 

 「ギンジちゃん、今の私は畑中(はたなか)リコだから、間違っても本名で呼ばないでね」

 「リコニスが本名なのかよ」

 「ん〜まぁ、真名ってところかな〜どうでもいいけど」

 

 人混みを抜けながら遊園地の橋を抜けた2人が、名前について話す。

 

 (そういえばこいつってゲームの中じゃ、なんでヘルブラッククロスに居るのか解らないまま行動しているんだよな)

 

 ギンジが転生してくる前のスマホゲームのヘヴンホワイティネスでは、リコニスは大幹部で色々狂っているキャラクターというのはそのままだが、学生の姿は出てこなかった。

 

 一応ギンジの〈大好きな人達〉の一人であるから、今こうして学生服姿を見れたのは、眼福ではある。

 

 チラチラと見ていると、リコニス・・・今はリコと眼が合う。サングラス越しでもしっかりと瞳を見られていると解り、姿勢が少しばかり反る形になる。

 

 一瞬命を狙われたのかと思い、ギンジの背筋がピキリと痛くなる。

 

 「も〜そんなに警戒しないでよ〜・・・殺すわよ」

 「そんなすぐに殺すとか言うなよ。かわいい顔が台無しだぜ」

 

 実際リコニスを〈大好きな人達〉に入れたのは、彼女のストーリーが好みであり、最後に大声で命乞いをするゲームのストーリーがギンジの好みだったからだ。あと顔もかわいい。

 

 実際この世界に転生してからと言うモノの、リアルな動きをするようになったカエデもレンもミドリコも、そしてリコニスも、絵が用意されていた彼女達は、人間の様に動いていても可愛いのだ。

 

 ギンジからすればリコも含めて守ってあげたいと、もし許されるならばこの娘も守りたいと・・・自分の手に力を込める。

 

 「ギンジちゃん、アレ、アレ乗ろうよ」

 「・・・観覧車?」

 

 リコが指指した場所は、長蛇の列で順番待ちをしている観覧車。

 

 本来遊園地デートとかで乗るのであれば、これは最後に乗るモノでは無いだろうか?

 

 「いきなりフィナーレに乗るのか?」

 

 ギンジが苦笑混じりにリコに言うと、リコは瓶底眼鏡を直してギンジに身体を擦寄らせて行く。

 

 「ノリたいんだ〜!高いところ好きだし」

 

 瓶底眼鏡をかけていても、悪魔の三日月の瞳が見えそうになる。ギンジの背筋を震わせる様な冷たい雰囲気も持ち合わせている。

 

 「分かったよ・・・」

 

 ギンジが了承した瞬間にリコは可愛らしい笑顔を見せる。だけど忘れては行けない。

 

 彼女はギンジの友であったバーナーの怪人を殺害し、ミヤコ誘拐の手助けをした張本人である事を。

 

 いつかはリコニスでもある彼女と・・・決着を付けないと行けないと言う事も。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 まだ日差しの強い遊園地。時刻は12時を超える頃合い。

 

 お昼時になってから長蛇の列はすぐに減っていき、遊園地を利用している客は全員食事に行った様だ。

 

 神宮財閥所有のレストランもここにはあって、イタリアンや和食、ドーナツなんかも選り取り見取りな状態だ。

 

 それほど待たずに観覧車に乗る事が出来たギンジとリコは、ゆっくりと動き出す観覧車の中で向かい合わせで座る。

 

 次第に遊園地が下に広がっていき、高くなればなるほど中央度固化市の街も2人の視界一杯に広がっていく。

 

 「はーいギンジちゃ〜ん・・・」

 

 リコがいつもの口調でギンジに煽りを入れてくる。

 

 「ミヤコを助けたいけど、情報が一切無くてお困りのギンジちゃんに〜〜だーい好きなミヤコの情報のヒントをあげま〜す」

 「な、ま、別に好きとかじゃねーし!やめろそういう事言うの!」

 

 本当のところはどうなのだろうか。そこは解らない。恋をしているのは事実なのだが。

 

 「あっちの北側の方のどこかに・・・ミヤコが居るかもね」

 「北・・・?」

 

 観覧車から見える街の北側は、いつもと変わらない町並みしか見えない。

 

 せいぜい有姪海岸が見えていて、その近くには神宮リゾートホテルがあるぐらいだ。

 

 良く眼を凝らして何かヒントを探そうとしているギンジの横で、リコがイタズラな笑みを見せつける様に、悪魔の顔を見せている。

 

 「私は答えは言わないでおいてあげる。でも、出来れば答えを出してほしくないな〜?このままデートしてたいし〜ミヤコなんか忘れて、ヘヴンホワイティネスも捨てて、私と永遠に殺し合わない?」

 「なんて殺伐としたプロポーズなんだ・・・答えはNOだ」

 「そう〜?ギンジちゃんとなら、退屈しないと思うんだけどな〜」

 

 リコが頭に手を回してギンジの横顔を見てみる。

 

 サングラスが弾く光の裏に見え隠れする、黒い眼球に赤い瞳孔、怪人の瞳を見ているとあともう少しだけ、全てを忘れて退屈しない日々をこの人と過ごしていたいと思ってしまう。

 

 お互い万全な状況で、次の戦いこそ決着をつける。

 

 リコニスが退屈を感じず、ギンジという人物をと一緒に居れば、確実な殺し合いが出来る。

 

 リコニスは自分で気づいて居ない。ギンジと共に居る時だけが、一番心が安らぐ瞬間であると言うことを。

 

 これが恋をしている事だとはリコニスは知らないし、この先理解する事も無い。

 

 佐久間ギンジとリコニス。この2人はお互い敵同士。どうしても戦わないと行けない運命の下でこうして生きている。

 

 「答えは分かった〜?ギンジちゃん」

 

 観覧車がどんどん高く上がり、気がついたら2人の乗る観覧車は最高の高さまで来ていた。

 

 一番高くまで上がった小さな箱の中に居るのは、宿敵同士。

 

 ギンジは未だ有姪海岸が陽を弾く果てなき広さを大海をずっと見ている。リコニスの言うヒントは中央の北側にミヤコが居るとの事。

 

 「・・・まさか北度固化ってわけじゃ?」

 「ギンジちゃん意外と馬鹿なんだね」

 「なっ!?馬鹿じゃねーし!馬鹿にすんな!」

 

 必死になって言い訳するギンジがどこか可愛くて、少し馬鹿っぽくて、胸の中にある何かが晴れやかな気分になる。

 

 そのギンジを見るのが楽しいのだが、今こうしているのはギンジがミヤコを助けようとしているからだ。

 

 それを知っているとますます意地悪したくなってくる。

 

 「・・・」

 

 何か言いたげなリコが口を開いたが、再び北方面の景色へ顔を動かしたギンジの動きを見て、リコは口を閉じた。

 

 どうしてかこの横顔を見ていると、胸の奥が潰されそうな押される様な不思議な感覚が強くなってしまって、上手く喋れなくなる。

 

 「ぐむむ・・・どこをどう見てもカエデの所のホテルと、海しか見えねぇ」

 

 もう少し手前側にあるビルの並ぶ所の事だろうか、それとも海の底なのだろうか。

 

 ヘルブラッククロスの技術力ならば、海の底に基地を作る事も可能に思えるが、実際の所はどうなのか分かったモノではない。

 

 「ギンジちゃん、ミヤコの場所が分かったらすぐに行っちゃうの?」

 

 ニヤニヤと顔を固定したまま、リコはギンジに訊ねる。本心ではこんな事を聴いたら、何故か苦しい想いをすると解りきっているのに、どうしてか聞かずに居られなかった。

 

 「ん、まぁ仲間と合流してからだな。まだ答えは解らないけど」

 

 窓にへばりついたまま、ギンジがそう答える。

 

 仲間と合流してから・・・それだったらもう少し時間はあるのだろうか。

 

 もう少しだけ・・・この人と一緒に居たい。なんでそう思うのかも自分では解らないけど、ギンジと共に居ればそれだけでも退屈しなさそうだから・・・。

 

 そもそもなんでデートを交換条件にしたのか、リコ自身も良く分かっていない。よくわかんないけど、一緒に居たかっただけなのだ。 

 

 「ギンジちゃん、答え知りたい?」

 「素直に教える条件でこのデートをしていたと思うんだが?」

 「あ〜そうだったっけ?ま、いいよ。十分退屈しのぎにはなった訳だし?」

 

 観覧車を少し揺らすぐらいに勢い良く立ち上がると、リコはギンジの顔に指を向ける。

 

 「今度こそは邪魔の入らない所で殺し合おうよ〜ギンジちゃん」

 「次がありゃいいけどな・・・俺はあまりお前とは戦いたくはねぇよ」

 「ふ〜ん?馬鹿だけど、やっぱり優しんだね〜」

 「うるせぇ」

 

 結局答えが出ないまま、ギンジとリコを乗せる観覧車が降り始める。

 

 「だー!どこなんだ・・・」

 「・・・じゃあ、次は降りたら教えてあげる。それまでは・・・」

 

 瓶底眼鏡をかけた女の子とは思えない様な、艶めかしい舌を動かして唇を潤わせるリコ。

 

 観覧車が降りるまでの間、ひときわ楽しい時間を堪能しようとリコは、黄金の鎧を再び装備し始める。

 

 制服の上から黄金の鎧が装備され、サマーニットのカーディガンが鎧に吸い込まれる様にして、いつものリコニスが完成された。

 

 「・・・何をするつもりだ?」

 「何って、降りるまで殺し合いしよ〜よ」

 「おいふざけ・・・」

 

 ドッガァァァン!!

 

 黄金の刀を引き抜いたリコニスから、閃光がほとばしると遊園地の一番高い所で、数秒の空中戦が繰り広げられた。

 

 今回の戦いにおける勝敗は引き分け。

 

 お互いの一撃が入る直前で地面に着地した事で、ヘヴンホワイティネスの声援が溢れ、変わりにリコニスが悪者と呼ばれてしまい、さながらヒーローショーの如く状況が変わってしまった。

 

 リコニスはまたもフラストレーションを溜めるが、ギンジと共に遊園地を飛び出して一度この場が収まるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 「もう少し楽しみたかったのになぁ〜」

 「もういいだろ!いい加減にしろよ!」

 「アハハハ、ギンジちゃんってツッコミ入れる時が一番良い顔するね」

 

 サングラスの無いギンジの顔が見れたらとても楽しい事だろう。

 

 まだまだ明るい時間帯だが、名残惜しさを残しているリコニス。

 

 「ああ、答えだけどね、北にある有姪海岸、そこにある神宮財閥のあのホテル・・・」

 「リゾートホテル・・・?あの場所ってヘルブラッククロスとつながりでもあったか?」

 

 リコニスの言葉、答えに対してギンジが首をかしげる。

 

 神宮財閥とヘルブラッククロスが内通しているのかと、ギンジは思考力を働かせるがそれは大きな間違い。

 

 「アッヒャハハハハ!」

 

 誰かに聞こえそうな程の大声でリコニスが笑う。本気で笑うとやはり悪魔そのモノだった。

 

 「なんだよ!笑うなよ!」

 「いやいや、結構馬鹿だったんだなって」

 「馬鹿にすんなよ!煽んな!」

 

 今だけならばギンジとリコニスは気の良い友達に見えるかも知れない。

 

 人通りの少ない遊園地の裏道には、悪魔の笑い声が途絶えずに上がっている。

 

 「ヘルブラッククロスのやりそうな事なんて、ギンジちゃんなら一番良く知っているんじゃない?」

 

 ヘヴンホワイティネスを挑発する様なリコニスの声に、ギンジは自分が元いた組織のやりそうな事を思い出す。

 

 「襲撃、か・・・?」

 「そう!大正解〜」

 

 リコニスの言った事が正しいならば、今神宮リゾートホテルは襲撃を受けているということになる。更にそこにはミヤコも一緒に居る。

 

 「あ〜ひとしきり笑ったから、大分楽になったかな〜」

 「そうかよ・・・じゃあもう殺し合いなんてしなくていいんじゃねーか?だいたい、あんな怖い顔しているよりも、今みたいな顔の方が可愛いと思うぜ、お前」

 

 これは本心で言っている。

 

 リコニスの顔はやっぱり笑っている方が美人に思える。

 

 「そう?ギンジちゃんに言われると、なんだか嬉しいな〜・・・」

 

 今リコニスは別の意味で顔がニヤけている。

 

 悪魔だとか、ヘルブラッククロスだとかそんな雰囲気を一切感じさせない、悪の大幹部のニヤけ顔。

 

 「リゾートホテルに行けば、本当にミヤコが居るんだな?」

 「本当に居るわよ〜。今頃、柏木の奴と結婚式の準備でも進めてるんじゃないかしらね〜?」

 

 ニヤけ顔のままリコニスが一番嫌なエンディングの情報を、ギンジに伝えた。

 

 あの蛇男とミヤコが結婚するなんて、説明出来ないがとてつもなく嫌な気持ちになる。

 

 ミヤコに恋をしていても、まだ結婚とまでは考えていないし、カエデの事もある。

 

 どちらにせよ、ギンジはとにかくミヤコを助けたい。

 

 今はそれだけの気持ちである。

 

 「おい、その結婚式っていつ開くんだ!?」

 「あ、もしかして参加したい?」

 「ふざけんなよ!いつ開くんだ!」

 「必死だね〜ギンジちゃん。9月1日だよ。まぁ、あと2日とか?」

 「実質残り1日だ!リミットが短けぇ」

 

 リコニスからの情報をどこまで信じて良いか解らないが、今はこれしか信じるすべがない。

 

 「行くんなら気をつけてね・・・ギンジちゃんだけは、五体満足で帰ってきてくれないと、殺し合い出来ないんだからさ〜」

 「行くなら、じゃなくて行くんだよ。ミヤコは俺たちにとって大切な仲間だしな!」

 

 2人が歩く道の先には、左右の分かれ道。このまま右を進めば遊園地の入り口に戻る。

 

 左に進めば繁華街エリアの中腹に戻れる。

 

 リコニスが左の通路に立ち、日差しが当たる道を背にしてギンジを見つめる。

 

 「それじゃ、せいぜい頑張ってね、ギンジちゃん」

 「・・・お前は邪魔しないよな?」

 「もうしないかな〜。少なくとも、柏木の手伝いはもう、ね」

 

 ここまでの手引をしてあげたのにも関わらず、柏木タツヤはリコニスに嘘をつき続けた。

 

 異質な怪物(あんなモノ)まで持ち出して・・・。

 

 「私は次の任務があるし、中央度固化市の掌握は無理そう・・・って上に言っとくわ。ま、ギンジちゃんも悪あがきだけはほどほどにね。どうせ最後に勝つのは、私達ヘルブラッククロスなんだからさ〜」

 「自信たっぷりだな・・・言ってろよ。俺達が、俺達こそ最後に勝つ!」

 

 最後にお互いが目線の火花を散らす様な雰囲気の中で、リコニスは悪魔の顔で微笑んでギンジに一瞥すると、そのまま振り向いて繁華街エリアへの道を進んでいく。

 

 「・・・ありがとな、リコニス」

 「お礼言われるの嫌いなの。次言ったら殺しにいくわよ、ギンジちゃん」

 

 リコニスなりの気遣いだったのか、それとも彼女の気まぐれなのか、それは解らないが、情報をちゃんと貰えた事にはお礼を言ったギンジ。

 

 だが宿敵であるリコニスは片手を上げたまま、ギンジに殺意を押し付けると、そのまま無言で歩き去って行った。

 

 「よし!情報が正しいかわかんねーけど、カエデ達を連れてリゾートホテルに行くとするか!」

 

 次の目的が決まった。

 

 ミヤコを助けると言う大枠の中で、今度はミヤコの結婚式の阻止、妨害。

 

 そして・・・。

 

 「次はあいつをぶっ飛ばす・・・!」

 

 大幹部柏木タツヤ。

 

 次に会うことあれば、今度は修行の力であの悪の大幹部を倒す。

 

 それこそがギンジにとっても、ミヤコにとっても最高にスッキリする事だろう。

 

 「あ、そういや何か忘れてる気がするが・・・ま、いいか」

 

 ギンジはやがて夕方の空になりつつあるこの道を、一人で歩き、次第に走り、次はコウモリの羽で飛翔する。

 

 一刻も早く聖カエルム教会に帰還し、カエデ達に連絡をしよう。

 

 その後はオーク怪人も連れて作戦を組み立てよう。

 

 いよいよミヤコを助ける直前まで来たという期待と、半分信じがたい疑心暗鬼みたいな複雑な気持ちの中、佐久間ギンジは大空を舞った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 駅前エリア。

 

 失敗作鎧の怪人を複数体破壊し終えた赤鬼は、駅長や一般市民達から沢山の感謝とお礼の言葉を述べられていた。

 

 ギンジも評価こそされているが、おそらく正義のヒーローとしての評価は赤鬼が一番高いのかも知れない。ヘヴンホワイティネスの中でもダントツだろうか。

 

 「いやー俺っちそんなたいした事してねぇよ、街を守っただけだしよーヌハハハ」

 

 豪快に笑ってみせると、ニュースや記者がこぞって集まり、赤鬼に素性を聴いてくる者達が押し寄せている。

 

 「お仲間にお伝えしたい事はありますか?」

 「あ、そうだなァ」

 

 赤鬼は調子付いたのか、顎に手を回して牙を擦る。雄々しい一本角を目立たせて、テレビのカメラマンに顔を近づける。

 

 いくらサングラスで人間に化けているとは言えど、その迫力のある身長と顔つきはカメラマンが驚いてしまう程だ。

 

 漢。その言葉が似合う赤鬼は、カメラに向かってとびきりの愛を叫ぶ。

 

 「姐さーーん!俺っちと結婚してくれぇあああ!!!」

 

 大きな愛を一方的に伝えると、ヘヴンホワイティネスをインタビューしに来た記者達が一斉にどよめく。

 

 しかし余計な言及をされる前に、赤鬼は空気を操って駅の屋根にまで飛び出していく。

 

 柵を飛び越えて、屋根に着地した赤鬼はインタビュアーや、一般市民に向かってオリハル金砕棒を上空に掲げた。夕日に当てられた漆黒の八角棒が光を反射しては、市民達に優しい光が降り注いだ。

 

 そうする事で市民達に平和を取り戻したと言う事を、伝えられるからだ。

 

 赤鬼が遠くまでその視線を動かすと、バスロータリーやタクシー乗り場にまで人だかりが出来ている事に気がついた。

 

 最後の一体を倒すまでは、ほとんど居なかったのに。

 

 今はヘヴンホワイティネスの復活と合わせて、正義のヒーローを一目見ようと遠くまで人だかりが出来ていたのだ。

 

 「ヌハハ、また会おうぜ野郎共!」

 

 赤鬼は一言叫ぶと、そのまま自分を応援する皆に背を向けて東度固化市・聖カエルム教会へと帰還しに行く。

 

 そこで赤鬼は首をかしげる。

 

 「あり、そういやァ、俺っち何かを忘れているよーな・・・」

 

 何か重要な事、重要な兄貴を忘れている様な気がしたのだが、赤鬼は「ま、いっか・・・」と、駅前エリアを抜けてどんどん東方面へと戻って行くのであった。

 

 そんな赤鬼の帰路は、おおよそ人間には真似できない方法だが、次々と家屋の屋根を踏みつけては、ビルや車を空気圧で踏んで何度も飛んでいく。

 

 赤い肌に似合う夕日の朱が、復活した正義のヒーローを輝かせていた。

 

 

続く

 

 




お疲れ様です。

今回、リコニスも出張ってきたお話になりましたが、ミヤコがどこに居るという情報も解るお話になってきました。

キャラネタ書きます

リコニス/畑中リコ
ギンジちゃんと戦いながらも、2回イッた。実は隠れドM
ただしギンジ以外と戦うならば、そんな事は無い。
ギンジに恋い焦がれて再開だけでも嬉しかった。
いつも通り殺し合いが大好き。イカれた女の子。

佐久間ギンジ
リコニスとマジバトルしていて少し楽しんじゃった。
本来の目的を忘れてバトルして、更にはミヤコを助ける為とは言えどデートしてしまった。
ただリコニスも〈大好きな人達〉の一人なので、本当に殺し合いをしないといけないのか悩み所。

赤鬼
ヘヴンホワイティネス・通称ヘヴン4。
彼だけは除名扱いになっていたので、再び度固化市で悪と戦っている姿を発見されて、復活したヘヴンホワイティネスと呼ばれる様になった。

死を乗り越えた勇者だとか噂までされているが、実際勇者なのである。
その事を市民達は知らない。

・・・

次回はいよいよミヤコ救出の為の大きな一手が動きます!
ギンジとオーク怪人もペアを組んでいたり?
カエデとオーク怪人が喧嘩したり?
レンとオーク怪人がぶつかったり?

はい、ここまで話しておわかりの通り、オーク怪人がメインになる回です。彼はドクターミヤコと色々深い繋がりがありますのでね・・・

それではまた次回!感想、応援、怪人の細胞!お待ちしております!


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81・その少女は恐怖を知り

こんにちは、アトラクションです。

4月入ってから忙しいですね。新卒にはモンスターしか居ないんか、と。

体調を崩さずに皆で4月を乗り越えよう!


 神宮邸。この日本に知らない人はほぼ居ないと言われる巨大な財閥企業、神宮財閥の本拠地であり、神宮カエデの実家。

 

 四角く広がった大きな柵の中にそびえ立つ様な巨大な家と、白煉瓦が綺麗に敷き詰められた枯れ葉一つ無い、完璧な清掃が行き届いた道を超えた場所にあるスペースは、神宮の家で働く者は全てが敷居を超えて歩く道になる。

 

 この居住のスペースとも呼べる大きな場所の更に奥、神宮ソウジロウが本来の仕事をするに当たって使われる、ドーム状のこれまた大きな建物があり、そこには木の根が張り巡らされた、財閥の家としては少し怪しい建物があった。

 

 美しい木々に囲まれた建物は一見すれば不気味さと、お化け屋敷の様な怖さをも感じさせる。

 

 しかし近くで見れば見るほどとても手のかかる造りをしており、張り詰めた木の根も、何本も別れる様にして張り付くのに相当の年月をかけているのがわかる。

 

 意図的にそうさせたデザインで造られているとこも含めて、神宮財閥の一つ一つのこだわりが伺い知れる。

 

 そんなドーム状の建物の中にある、外の見た目とは裏腹に内装はとても綺麗で荘厳な雰囲気な通路は、ここが仕事場だと言うのを忘れてしまう程快適な空間であり、とても財閥のトップがここで仕事をしているなんて信じられないだろう。

 

 そんな豪華な内装の中の通路で、長い黒髪を一つに束ねた、一瞬だけ見ればその後ろ姿は女性の様にも見える人物が、ある場所を目指して歩いていた。

 

 ピシッとしたスーツに、歩幅の大きさ、肩幅の広さを見てそれがすぐに男性だと理解出来る。

 

 その男性が歩く右腕には、『神宮財閥御庭番衆』の文字が書かれている赤い腕章。

 

 卸したてとも見える程新品同然に綺麗なスラックス。

 

 背広も動揺にシワや埃ひとつ無く、しつけ糸のつっぱりなんてどこにも感じない清潔感あふれる姿。その背中には束ねている黒髪が一本も乱れる事無く、真ん中で揺れている。

 

 そこまで見ていれば綺麗な身なりをした、神宮財閥の人間だと理解出来て更に言えば、この敷地内を守る事に命をかけている番人だと言う立ち位置だろう。

 

 一番物騒なのが、姿勢の良い身体に非常にマッチしている、腰にかけられ、スーツの裾をわずかに上げている長い何か。

 

 長くて棒にも見えるし、棒にしては丸みの少ない形をしている。

 

 彼が腰にかけているモノは、白い鍔をつけた美しい木々の装飾が施され、手元に入る枠の中では、『神宮』のレリーフが刻まれている。

 

 刀。それがこの男性の腰に装備された、神宮財閥を守る男の武器。

 

 彼の名前は十五夜(じゅうごや)ヒトシ。

 

 掘りの深い目元に生の輝きを宿した、好青年。

 

 その印象がより強く見えるオールバックにしたロングテールのヘアスタイル。

 

 きっちりした性格が見て取れる真面目な印象のヒトシは、自分がお仕えするべき少女からの呼び出しで、心を踊らせていた。

 

 (カエデお嬢様・・・!ついに私を指で使う時が来たのですね!)

 

 8月30日。午後17時。

 

 この日、この神宮財閥の次期CEOとなる、神宮ソウジロウのご息女。

 

 神宮カエデが血相を変えて、自分を指名してくれたのだ。

 

 (御庭番衆隊長として、とても嬉しく思いますぞ)

 

 幼き頃からカエデの成長を見守ってきていたヒトシは、ついに自分を呼び出す程の大きな局面に立ち、成長の一歩を踏み出そうとしているのと勘違いしていた。

 

 「全てこの私目におまかせください!!」

 

 カエデお嬢様の期待に答えるべく、ヒトシは大声でカエデに呼び出された場所に向かう。

 

 円卓会議場と書かれた部屋の中では、何やら会話の声が聴こえていた。

 

 「失礼します──」

 

 ヒトシがノックをして、円卓会議場に入室する。

 

 きっとこの会話の声は、カエデの学校の友人のモノだ。

 

 なるほどこれは勉強の為に呼ばれたのか、とヒトシは尚更期待の意思を強くして扉を開けた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 神宮ソウジロウ。その名と、人物をオーク怪人は聴いた事があった。

 

 一度襲撃の為に情報を調べておいて欲しいと、ドクターミヤコに命令され、彼女の為にわかる事は全て調べた事さえある。

 

 弱点である家族、強みとなる個人で所有するには大きすぎる私兵財団、そしてなにより何代も渡って確実な方法と手段を用いる経営手腕。

 

 正直言ってオーク怪人でも知識勝負だったら、勝つのは難しいとさえ思わせる、様々な意味合いを持って大きい存在であると思わせた。

 

 まさかあの神宮ソウジロウの娘が、あのヘヴンホワイティネスであるとも思わなかったし、その襲撃を行おうとした計画を練っていた翌日、オーク怪人はヘルブラッククロスを裏切って、ヘヴンホワイティネスに寝返ったギンジに敗北したのだ。

 

 昔と言うほど昔ではないが、遠い過去の思い出の様に感じる。

 

 「あ、そろそろ来るわよ。怪人バカ3人はサングラスかけてよ」

 

 オーク怪人の今居る場所は、神宮財閥の本拠地であり、さらに中枢となる円卓会議場。

 

 ドクターミヤコを奪還するためにギンジが集めた、ヘヴンホワイティネスを中心とした、オーク怪人が知る限り最大限の実力を持った最高峰の人物達だ。

 

 そしてこのオーク怪人をバカと言い放ったのは、ヘヴンホワイティネス、通称ヘヴン1の神宮カエデ。

 

 「おいおい、俺はいつでもサングラスだぜ」

 「あんたもバカなんだからいいのよ」

 「理由になってねー」

 

 オーク怪人の隣に座る男は佐久間ギンジ。

 

 そんなギンジは、神宮カエデと息の合った会話をしており、オーク怪人は少し寂しく感じる。

 

 「俺っちもサングラスかけてますぜ!準備は万端だオラァ!」

 

 何気に一番気合が入っているかも知れない、そんな掛け声を上げたのは赤鬼の怪人。

 

 元々は怪人四天王の一人だった怪人が、何かの間違いなのか、それともこの怪人の気分だったのかは不明だが、気がついたらこの怪人もヘヴンホワイティネスの一番槍みたく持ち上げられている。

 

 しぶしぶサングラスをかけたオーク怪人は、ギンジと赤鬼と同じ様にこれから部屋に入る人物に正体をバレない為の措置を取る。

 

 この円卓会議場に居るのは、ドクターミヤコの最高傑作である、進化の怪人こと佐久間ギンジ。

 

 ヘヴン1・神宮カエデ

 

 ヘヴン2・宮寺レン

 

 公安警察・甘白ミドリコ

 

 ヘヴン4・赤鬼

 

 魔に踏み入れた少年・角倉ケイタ

 

 退魔警察・熊沢レイナ

 

 魔法少女・小町サクラ

 

 ムーン・パラディース・月島ルカ

 

 そしてオーク怪人。

 

 一応戦闘要因ではないが、山吹イロと藤原と言う赤いジャケットを着た中年の男もここに座らされていた。

 

 「失礼します─」

 

 扉の外から声が聴こえた。落ち着いた男性の声が、オーク怪人の耳の中に入ると怪人だと騒がれる事に少しだけ警戒する。

 

 (ブヒ・・・なぜ私が部屋に入る者に、それも人間に正体を知られてはいけないのだ)

 

 自分は怪人。ヘルブラッククロスの怪人であり、ドクターミヤコの一番の側近なのだ。

 

 何故そんな事でやきもきしないと行けないのか。

 

 「来てくれてありがとう、十五夜」

 

 円卓会議場に入ってきた男は、スラリとしており姿勢良くテーブルに向かってくる。

 

 「お礼なんてとんでもありません。お嬢様」

 

 カエデの前でヒトシが片膝を付いて丁寧にお辞儀を行う。

 

 「ふん・・・」

 

 オーク怪人からはカエデと、十五夜と呼ばれた男の関係性と、その関係性の中での動きと主従関係がとても退屈に思える。

 

 (リコニスでは無いが、この場面を破壊してやりたいな)

 

 今、自分が本気で暴れれば、きっとあの男とヘヴンホワイティネスを捻り潰す事は出来るだろうか。

 

 しかしそんな事はきっとギンジがさせてくれないだろう。ついでに言えば赤鬼も邪魔をしてきそうだ。

 

 ドクターミヤコを助けなければいけないのに、無駄に命を削る事をしなくても良いだろうと、オーク怪人は上から目線で物事を考える。

 

 「カエデ、この人は?」

 

 レンがヒトシの姿を見てからカエデに視線を動かしつつ、カエデに聴いてみる。

 

 「彼はこの財閥の御庭番衆の隊長でもあり、あたしの執事なのよ。なんでもソツ無くこなせる最強の執事、ね」

 「お嬢様、あたし、ではなく、わたくしと呼称くださいませ」

 

 カエデの一人称に品が無いと注意するが、カエデはいつも通りのわがままな通しを行う。

 

 「おいおいカエデって普段家だとちゃんとお嬢様してるのか〜?」

 

 今度はギンジがちゃちゃを入れると、ヒトシが腰にかけている刀に手をかける。

 

 額には血管を浮かばせて、ギンジに殺意の目線を向ける。

 

 「貴様・・・カエデお嬢様になんだその態度は。どこの馬の骨とも知れん者が、愚弄する気か?」

 

 一瞬で空気が悪くなる。ギンジもへらへらした態度はなりを潜め、怪人らしい敵意を見せてしまう。

 

 「ちょっとヒトシ!止めなさい」

 「・・・」

 「なんだよ、何見てんだよ。何か言えよ」

 「ギンジも!やめて!」

 

 今2人が言い争いなり、喧嘩なり始めればオーク怪人も少しだけ気が晴れるかも知れない。

 

 しかしそんな事が起きる事は無く、2人の敵意むき出しの視線は程なくして収まった。

 

 「あんたはあたしの下僕なんだから、余計な事しないでいいのよ!」

 「げ、げぼ、く!?」

 

 カエデがギンジという不躾にも程がある存在に対して、下僕と言い放った事に、ヒトシは信じられない表情をしている。

 

 「おうよ、この方はカエデの姉御の下僕であり、俺っちの兄貴なのさァ!文句でもあるかいこんちくしょー!」

 「よさないか赤鬼!」

 

 ギンジに向けられた殺意が気に入らなかったのか、赤鬼が憤慨するがそれをミドリコが制止させる。ミドリコが止めに入るだけで一瞬にして椅子に座り直す赤鬼は、傍から見たら飼い犬の様に見える。

 

 「お、お嬢様・・・彼らはいったい・・・そ、そもそも、何故私が呼ばれたのでしょうか・・・」

 

 この円卓会議場にて、様々な年代層のカエデの友人?達が集められ、ヒトシは自分が呼ばれた理由が分からなくなってしまった。

 

 決して勉強を教えるとか、恋愛相談を聴くとかではなくなってしまっている。

 

 おまけにカエデお嬢様の下僕と言う変な男までここに居る。

 

 「ギンジ、一応あんたの社員証あるんだから見せてあげなさい」

 「ああ、ほら」

 

 嫌そうな顔をしているが、ギンジは懐から神宮財閥の社員証を取り出すと、それをヒトシに見せびらかす。

 

 【佐久間ギンジ】

 社員番号00124563

 役職・神宮カエデの下僕

 

 【以上、この者を神宮財閥本社勤務の者とする】

 

 「ふざけるな!!」

 

 ヒトシが内容を見てギンジの社員証を手で払う。

 

 役職がお嬢様の下僕とか聴いたことが無い。それは誰もが思う事だが、ヒトシはギンジの胸ぐらを掴んでカエデの目の前に引っ張り出す。

 

 「お嬢様!こいつはどう見ても輩ですよ!YAKARA!」

 「なんだよオイ!輩じゃねーよ!」

 「ええい貴様は喋るな!お嬢様に菌が感染る!」

 

 ひどい言われようである。

 

 神宮財閥の人間はひたすらギンジを苛つかせる人しか居ないのだろうか。

 

 「ブヒ・・・いいから本題を話すべきではないのか?」

 

 暴走しそうなこの雰囲気の中で、オーク怪人が声に重さを乗せて話し始める。

 

 「いい加減時間が無いのだぞ。この私が貴様らと協力するのはこれっきりにしたいのだ。早く初めたらどうだ」

 「何よ・・・豚の癖に偉そうに・・・」

 

 ここでもカエデとオーク怪人によって空気が悪くなるが、今度はギンジが間に入って止める。

 

 しかし止める事は間に合わず、ヒトシが刀を引き抜いてオーク怪人に迫ってきた。

 

 「貴様らぁ!我らがお嬢様に向かってなんて口の聴き方を!」

 「・・・飾りではないのだろう?その刀。試すか?」

 

 うんざりするほど待たされているオーク怪人は、ヒトシに向かって見せている視線を動かさず見つめている。

 

 「もう!十五夜はとりあえず動かないで、あたしとこの下僕の話を聴きなさい!あたしの眼の前で刀を引き抜くのは禁止よ!」

 「御意・・・」

 

 カエデの命令には素直に聞き入れるヒトシは、オーク怪人には眼もくれずカエデの隣に戻る。

 

 「・・・それじゃあ、先ずはあたしから話すけど・・・」

 

 カエデが腕を組みながら立ち上がると、ヒトシが椅子を引いて立ちやすい様に補佐する。この仕草が執事らしく、少しだけギンジが羨ましく思う。

 

 (俺にもあんな仕草が出来ればなぁ) 

 

 とは言えギンジがカエデの為にそうする姿を想像すると、少しこそばゆい。

 

 ギンジを初め全員の視線がカエデに集中すると、カエデがひと呼吸置いてから、これからヘヴンホワイティネスがすべき事を話はじめた。

 

 「先ず・・・ギンジからの報告にあった通りで、今有姪海岸にあるあたしのリゾートホテルが、ヘルブラッククロスに襲撃されているみたい。これについては家の者が探りをいれた結果、間違いないみたい」

 

 カエデの口調は淡々としており、全員の耳に良く入る。

 

 「次に・・・こっちで調べた結果なんだけど、先程からお父様と連絡が取れなくて、正直参っていたのよ。そしたら、ホテルの中にはあたしのお父様が居るって報告まで貰ったわ」

 

 カエデの話す内容がギンジの心臓を掴んでくる。ミヤコだけではなく、そこにはカエデの父親まで居るようだ。

 

 「お、お嬢様・・・そのヘルブラッククロスとは・・・?」

 

 十五夜ヒトシはカエデが正義のヒーローとして活躍している事実を知らない様子で、困惑している。仮にも自分の上司でもあり、雇い主である財閥長・神宮ソウジロウがその聴いたことの無い組織に囚われている。そう聴こえる内容にヒトシは更に困惑していく。

 

 「ごめんなさい。あまり悠長に説明している場合じゃないの。そこに居るあたしの下僕の・・・」

 

 カエデが今から言おうとしていた事は、ミヤコの事だった。

 

 ギンジに対するあの想いは本物。それを知っているカエデは、自分の恋している相手でもあるギンジのを造ったミヤコの事をなんと呼ぼうか一瞬迷ってしまった。

 

 だけど・・・。

 

 カエデにも、レンにも、ミドリコにも、ケイタにも、赤鬼にも。

 

 そしてギンジにも、間違いのない共通認識があった。

 

 「・・・あたし達の仲間が、そのテロ以下んぽゴミ組織に捕まってるのよ」

 「・・・つまり、カエデお嬢様のお仲間を救出するべく、私が呼ばれたと言う事でございますか?」

 

 年下でも自分が守らなければならない護衛の対象は、キッとした表情で強くヒトシを見つめる。

 

 「そうよ・・・そしてもちろんだけど、あたしのお父様も助け出すわ・・・」

 

 カエデは右腕にかけている赤いリングをヒトシに見せつける。

 

 「カエデ・・・」

 

 長らく隣で戦ってきた相棒であるレンは、カエデが今から何をしようとしているのか理解した。

 

 自分の正体をヒトシに教えるつもりだ。

 

 「いいのか。教えても」

 

 次はギンジがカエデに声をかける。カエデは無言で頷くと、ギンジとレンにヒトシという人間の強さを改めて教える為に、再び声を出す。

 

 「ええ・・・ここに居る十五夜は、あたしが知る限りでは、ミドリコと同じぐらいの強さを持ってるわ。あたし達の事情を知ってくれれば、彼は協力する。出来ないなんて言わせないわ」

 

 一直線を貫き通すカエデの言葉に、ヒトシは硬唾を飲み込む。

 

 そこからカエデの取った行動は、赤いヘヴンリングの力を開放した姿の変容。つまり・・・変身であった。

 

 円卓会議場に眩い光が溢れると、一瞬にして閃光が強まり、光はカエデの身体に纏わりついていく。

 

 光が収まると、十五夜ヒトシの目の前に現れたのは、カエデのボディラインを強調させる白を基調としたスーツに、胸から足まで赤いラインの入った、バトルスーツの姿は現れる。

 

 「お、お嬢様・・・」

 

 この日・・・十五夜ヒトシは、自分が仕えるべき主君の息女が、ニュースや町中で見たことのある、あの正義のヒーローの姿を目の当たりにした。

 

 「・・・あたし、正義のヒーローなの!」

 

 その一言は混乱を大きくすると同時に、まだ幼いと思っていた少女が、巨悪と戦う程に成長している事にヒトシは感動した。

 

 「・・・十五夜、あたしの、いいえ」

 

 純白のヘヴンスーツの姿のまま、カエデは今の自分を改めてヒトシに告げる。

 

 「わたくしのお父様と、仲間の救出・・・手伝ってくださるかしら」

 

 神宮カエデの、令嬢としての言葉で、その重みのある発言はヒトシの耳に強く入り込んだ。

 

 もちろん神宮御庭番衆隊長の答えは・・・。

 

 「この十五夜ヒトシ、命に変えても・・・お力添えをさせていただきます」

 

 片膝をついたヒトシの一礼に、カエデは嬉しそうな顔で新たな戦力を受け入れた。

 

 目的は神宮リゾートホテル。

 

 向かうはヘヴンホワイティネス、退魔警察、魔法少女、ムーン・パラディース。

 

 そして神宮御庭番衆隊長。

 

 そしてもう一人の男・・・。

 

 「・・・ふん」

 

 つまらなさそうに鼻を鳴らすのは、オーク怪人。

 

 彼だけはこの空間の中で、ひたすら退屈と悪意に満ちた表情を見せていた。こんな事で時間を使っていて良いのだろうか、と。

 

 今こうしている間にも、ドクターミヤコはあの柏木タツヤによって苦しめられているのでは無いか。

 

 辛い思いをしているのでは無いか。

 

 そうだと分かっているのにも関わらず、どうしてギンジまでもがこんな事に時間を使っているのだ。

 

 それがとにかく気に入らなかった。

 

 一つの輪に混じらない孤立した怪人が、平穏の中には決して相容れないまま、闇が色濃くにじみ出ていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 各々がリゾートホテルへの出撃の準備をする中、カエデとレンはオーク怪人に呼び出されていた。

 

 元々敵同士でありお互い信頼が無いからか、かなり険悪な状態になっている者同士、呼び出すと言う事に何か裏があるようにも思えた。

 

 しかし裏なんて何も無い。

 

 オーク怪人が問いただしたい事は、こんな事をしていて手遅れになるのでは無いか?という心配事。

 

 ならばオーク怪人一人で救出に行けば良い・・・自分だけの力で突撃すればその方が早いだろう。

 

 しかし・・・そうする事だけでは、ミヤコの救出は出来ないとオーク怪人は既に観えていた。

 

 オーク怪人のフェーズ2としての能力、確定未来。

 

 断片的にしか観えない数秒先だったり、数時間先だったり、何日後の一部の未来を切り取って脳内に映像化するオーク怪人の固有能力では、単身で乗り込んでも、怪人四天王に止められ敗北する未来が観えていた。

 

 故に一人では無謀。

 

 しかしオーク怪人に頼れる存在は居ない。

 

 だけど早く母親と同等の存在を早く助けに行きたい。

 

 それなのにヘヴンホワイティネスは悠長に事を構えている。

 

 それがオーク怪人にはとても気に入らない。

 

 本気でドクターミヤコを助けるつもりがあるのだろうか。それがオーク怪人の気になる所である。

 

 「ブヒぃ・・・!」

 

 歯を食いしばりながら、ドスドスとわざと足音を立てては、廊下を肩で歩く姿が異様に見える事だろう。サングラスをかけていれば、怪人と認知されていないのと裏腹に、仮の姿に認知されている姿は大柄な軍人そのモノ。

 

 使用人は疎かある程度の戦闘技術を持った人でさえ、人間とは思えない強烈な怒りと殺気に道を開ける始末である。

 

 オーク怪人がカエデとレンを呼び出した際に、カエデには場所を指定されていた。その場所は円卓会議場から少し離れた所にある、神宮財閥の私兵達の訓練場。

 

 そんな所に場所を移動させると言うことは、恐らくヘヴンホワイティネスも気づいている。オーク怪人が怒っているという事に。

 

 ここから一戦交えるつもりは無いが、どうせあのヘヴンホワイティネスの事だ。きっと難癖をつけて来てはオーク怪人の事を仲間外れにでもするのだろう。

 

 そんな事は確定未来を観なくても解る、解りきっている。

 

 オーク怪人の目の前にある扉を開けば、その先は神宮カエデに呼び出された訓練場。四角いリングの他、辺りを見渡せば木製の打ち身台や、訓練用の武器が並べられた壁に、休憩室と思わしきガラス張りの小さなボックス席などもある。

 

 財閥所有の訓練場とだけあって、すぐ近くのトレーニングルームもヘルブラッククロスの戦闘員養成所と遜色ないレベルのクオリティを醸し出している。

 

 そんな四角いリングの上。ど真ん中では赤と青のヒーロー2人が、オーク怪人を待ち構えて居たのか、変身したままの姿でオーク怪人を迎え入れた。

 

 「あんたからのお呼び出しなんて、不気味な事もあるのね」

 「・・・私達に、そこまで邪険にしないで、ほしい」

 

 当然そのヒーロー達は、神宮カエデと宮寺レン。

 

 お互いに相容れない敵同士だったからこそ、今でもここに集う三人は険悪な関係に近い。

 

 会わない理由ならば、今でも敵同士だから。ギンジが間に入るからこそ、この場の三人は嫌でも顔を合わせてきた。

 

 「邪険にすると言うのであれば、それは貴様らもだろう。いい加減立場をわきまえるのだな」

 

 偉そうな態度でオーク怪人はカエデとレンに嫌味を言い放つ。

 

 それを聴いたカエデはより強くオーク怪人を睨みながら、両腕のガントレットを鋭い回転音を響かせる。

 

 静寂の中に金属のギアの回る音が鳴っている。それはまさしくヘヴンホワイティネスの戦闘態勢が整っている事を表すには十分な反応。

 

 「ミヤコを、お互いに助ける・・・その筈なのに、どうしてオークは、私達を敵視しているの」

 

 今度はレンがビーム剣に握る力を強くする。カエデとは違い、どこかオーク怪人と友好的な姿勢をわずかには見せている。

 

 「ブヒ。知れた事、貴様らなどの手を借りずとも、私一人でもドクターはお救い出来る。お前たちの仲良しごっこの茶番を見せられるだけでも、人間同士の馴れ合いには怖気がする」

 

 それはあまりにも残酷な嘘だった。理由なんてどうでも良い。オーク怪人にとっても、誰とでも分け隔てなく接する事が得意なカエデでも、この2人は性格的に合わないのだ。

 

 合理的に考えながら効率よく動こうとする者。その為に捨てられるモノは何でも捨てるのがオーク怪人。

 

 出来る限り助けられる者は全て助けて、例え悪人でも命までは奪わず、仲間でも友達でも大切にするのが神宮カエデ。

 

 元々敵同士、今でも非協力的な、仲間とも敵とも言えない微妙な関係性。

 

 ギンジが居なければ、一生口を聴くことすらありえない、そんな関係。

 

 だけどお互いに協力しないと行けない共通の目的が出来た。

 

 それはドクターミヤコという、ヘヴンホワイティネスにとってもオーク怪人に取っても大事な仲間が、敵に囚われていると言う事。

 

 「あんたの親みたいな存在なんでしょ、ミヤコって」

 

 カエデが静寂の中でも良く聴こえる声量で、リングに向かってくるオーク怪人に声を出し続ける。

 

 「私を造り、ギンジを造ったお方だ。そう呼んでいるだけで、実際に親では無いがな。貴様らは。ドクターに恩義でもあるのか?」

 

 どうしてカエデ達もミヤコを助けたいのか。その真意を聴いておきたいのも事実だった。

 

 「あたし達の装備や、未来の技術のメンテしてくれたり、ギンジのメディカルチェックしてくれたりさ・・・これまでの戦いだって、バカミヤコが居てくれなかったら、結構危ない局面も多かったのよ」

 「私達の装備だけじゃなくて、賑やかな雰囲気もくれた。もう、ミヤコは捕虜なんて、器じゃない。大切な、仲間の一人」

 「ブヒ。そう思うなら、何故あんな茶番で時間を使っているのだ?助けに行くべき場所が解り、敵の目的も把握した・・・だのに・・・」

 

 硬く拳を握りながらオーク怪人は軍帽を払い落とす。

 

 「・・・あたし達だって別に何も考えてないわけじゃないわ。あんたみたいな子豚ちゃんに言っても分からないんでしょうけどね」

 

 カエデもガントレットとブーツのギアを回転させる。そうする事でスチームが吹き出てくる。

 

 レンもビーム剣を蒼く光らせて、オーク怪人の次なる動きに警戒する。

 

 「あんたは別に参加しなくても良いのよ?別にあたし達の仲間になろうとは思っていないんでしょ?」

 「ふん・・・いつまでも減らない口だな、ヘヴンホワイティネス」

 

 カエデの挑発を聴いてから次は軍服を脱ぎ出す。投げつけた軍服は宙を舞いながら、硬いコンクリートに落ちていく。

 

 「どうも貴様の言葉は信用ならん。本当にドクターミヤコを助ける気があるのかどうか・・・これから教えて貰おうでは無いか」

 「上等よ!あんたこそ、いい加減素直になってあたし達と協力しなさいよ!」

 

 カエデからこんな言葉が出るのは、きっと実力を知っているから。オーク怪人の強さ、ミヤコへの忠誠心の高さ、そしてなによりギンジとも対等に渡り合える力を持っている事。それを知っているからこそ、本当はカエデもオーク怪人に協力して欲しいのだ。

 

 だが・・・令嬢でもありヒーローをやっている自分が、そんな事を辛酸を舐めさせられたオーク怪人に言うのは、プライドが許さない。

 

 そんな事はオーク怪人も一緒だったが、お互いそこはもうどうでも良くなってきた。

 

 とりあえず・・・。

 

 「あんたの事!」「貴様らを!」

 『ぶっ叩く!』『捻り潰す!』

 

 四角いリングにオーク怪人の震動する拳と、カエデのガントレットがぶつかる事で、強い衝撃がお互いの腕に重く響いてくる。

 

 体重とパワー的にはオーク怪人の拳の方が重く、カエデのガントレットを肩ごと弾き返す。

 

 空いた身体にオーク怪人の手刀が入り、カエデのスーツをへこませてリング外へと吹き飛ばした。

 

 大ぶりな行動を取ったオーク怪人の背後には、レンのビームハンマーが振るわれており、確定未来で観えていたオーク怪人は、足取り軽いステップを踏み込み、右足後方踏み出し蹴りを向かわせて迎撃する。

 

 体制の悪いこの状況では、オーク怪人の右足を押し返す事に成功して、レンのビームハンマーがジェット噴射を吹き出す。

 

 突撃する勢いはそのまま、レンが全身を使ってさらにハンマーの勢いを増してオーク怪人の四肢を捉えた。

 

 両手両足でハンマーを受け止めても、オーク怪人への攻撃が止むことは無い。

 

 今度はカエデが戦線復帰し、ガントレットからスチームを噴出していた。

 

 「必殺!ヘヴンリー・インパクト!」

 「ふごぉ!?」

 

 正面はビームハンマー、背面はヘヴンリー・インパクト。2つの強烈な攻撃がオーク怪人を挟み込んだ。2つの一撃を同時に当てた事で、2倍ではなく二重となる攻撃は、オーク怪人の芯を捉えた強力な攻撃であった事は間違いない。

 

 「おのれ、小賢しい!」

 

 背面。カエデからの衝撃が収まると、ハンマーからの勢いを利用してカエデを掴む。そして今度はレンからのハンマー攻撃に乗るようにして立ち上がると、カエデを思い切りレンに向かって投げ飛ばしてきた。

 

 明らかに常人離れした彼女達だが、オーク怪人も怪人の中では常軌を逸した行動を取る事を、カエデとレンは忘れていた。

 

 「くあっ!?」

 「きゃあ〜〜!」

 

 ヘヴンホワイティネスが2人揃って訓練場に叩き落された。

 

 今度の攻撃はオーク怪人のターン。オーク怪人の姿は訓練のライトに背中から当てられており、その後光の差し込むような姿は地獄で生まれた豚の頭骨を被った死神の迫力を持っている。

 

 かつてギンジが仲間に入る前に戦った時の、正真正銘ヘルブラッククロス時代のオーク怪人と同じ迫力。

 

 地獄から這い出た、地獄の豚。オーク怪人。

 

 常に先を考えながら動き、戦いにおてもその冷静さを失わない、ヘヴンホワイティネスの強敵だった男。

 

 否─今も彼の強さは健在。ミヤコのメディカルチェックを受けていないのにも関わらず、衰えて居ない。

 

 むしろより研ぎ澄まされている。

 

 「征くぞ・・・」

 

 拳を作りながらオーク怪人は歩みを早めて、巨体に似合わない速度でカエデとレンに肉薄し、手刀を思い切り振り下ろす。

 

 「本気ね・・・!」

 「これは、防げない!」

 

 美少女2人を分断させる程の気迫を持った手刀に、カエデとレンは左右に転がりながら手刀を避ける。避けた先の壁と床は、少し遅れてから一直線の傷跡が破壊音を響かせた。

 

 「ビーム剣術!」

 

 レンのビーム剣の形状は長剣。長くリーチを増した剣は、破壊力こそ通常なモノの、操り方次第では片手剣やハンマーよりも手数が増えやすい。

 

 「ビーム長剣乱舞!」

 

 突き、叩き降ろし、振り回し、斬り上げ、突き刺し、大上段斬りを連続で繰り出すレンの攻撃に、オーク怪人は振動する豪腕で一撃ずつ冷静に対処していく。

 

 より確実に、より堅実なガードはレンの攻撃を捌いてなお余裕を見せている。

 

 しかしそこへカエデも連続攻撃を繰り出し、オーク怪人は必然的に立ち回りが苦しくなる。

 

 いくら確定未来が観えていても、その直前の行動を制御しきらないと行動に勝ちパターンが見いだせなくなってしまう。

 

 「必殺!ドライヴ・レイザー!」

 

 カエデの得意とするガントレットの猛ラッシュ。白金の鉄拳から振出される一撃は、オーク怪人の既には少し厳しい威力を誇る。

 

 オーク怪人から見た左からは、カエデの連続攻撃。右の方はレンのビーム剣。

 

 2つの攻撃が、一つの防衛と幾度もぶつかり合う。その最中、オーク怪人の次なる考えとしては、カエデの動きを止めてからレンを倒す事だ。

 

 その為の最善の動きを考えるのだが、一先ずは防衛に専念しないとならないだろう。

 

 カエデの左拳と、レンのビーム長剣による連携攻撃により、オーク怪人のガードを崩すと同時に後方に押し返す。

 

 足から煙が出るほど後退させられ、オーク怪人は腕をぷらぷらと振り回して余裕を見せてみる。

 

 「オーク怪人、どうして、貴方はそこまで強いのに、こんな事しか出来ないの?」

 

 レンの問いかけにオーク怪人からの答えは、ただの一つしか返さない。

 

 「ブヒ。私はドクターミヤコがそうあれと命じて、私をお造りになった。あのお方のご命令だけが私の生きるすべであり、道標だ。ドクターが死ねと言うならば、喜んでこの命を散らそう」

 

 彼女が望むのであれば、全てを壊す事も行おう。

 

 ドクターミヤコが自分を責めない様に、ドクターミヤコが恋に敗れた時に、オーク怪人に八つ当たりだってしたって構わない。

 

 再びギンジと一緒になりたいのならば、どんな強硬手段も厭わない。

 

 ヘルブラッククロスに戻るならば、そこに付いていこう。

 

 共にヘヴンホワイティネスになると言うのならば、それでも構わない。

 

 壮大に言っているが、要はとことん自分が無いのだ。それでもオーク怪人は今ここで、ドクターミヤコが自分とギンジと紫に話してくれた約束の為に、精一杯生きているのだ。

 

 全てがドクターミヤコの為になるように、オーク怪人は全力で彼女を助けないと行けない。

 

 そして本当は解っている。一人では助けられない事を。だからギンジが集めた者達と共に、お互いを信用して戦わないといけないのに、プライドのせいでヘヴンホワイティネスとオーク怪人はこうなってしまっている。

 

 「別に死ななくても良いでしょ」

 

 カエデが少しだけ呼吸を整えながら、それでも臨戦態勢は解かない。その表情はどこまでもオーク怪人の顔を睨むばかりだ。   

 

 「あんたはミヤコを助けたいの助けたくないの、どっちなのよ」

 「愚問だなそんな事。助けたいに決まっているだろう!」

 

 ドクターミヤコはいずれあの佐久間ギンジと幸せな未来を歩むのだ。

 

 その幸せの為に、オーク怪人はこんな所でつまずいている訳には行かないのに・・・。

 

 「ドクターミヤコは・・・今もきっとご不安な気持ちのままだろう・・・」

 

 オーク怪人がビーム剣とガントレットに受けた痛みが走る両手を、広げては握ってを繰り返して見た。十分なダメージを誇る2人の攻撃は、きっとミヤコ救出に役立つ事だろう。

 

 「・・・貴様らは、ドクターミヤコを救出したらどうするのだ?」

 

 先程は捕虜ではなくなった・・・みたいな事を聴いたが、実際の所はわからない。ヘヴンホワイティネスの考える事など、あまり信用するのも癪ではある。

 

 だが・・・あーだこうだと言っている場合でも無いのも事実だ。

 

 ここまで来て戦っている事も、本当は間違っているのも解っている。

 

 だけど、譲れないプライドがどうしても邪魔をしてしまう。

 

 意地を張っていて問題ごとが大きくなってしまっては、元も子もない。

 

 「あたし達、別にどうもしないわよ。さっきも言ったけど、仲間なんだから、あんたが思うような変な事は絶対に無いわ」

 「何かすれば、きっと、ギンジが怒るしね」

 「ま、ミヤコはあたしの眼の前でギンジと・・・くっつくのは許せないけど」

 

 きっとミヤコを救出して元通りの日常になったら、毎日ギンジに抱きつきに行くミヤコを見る事になるだろう。それを思うとカエデは少し憂鬱な気分になり、それと同時に怒りの炎がメラメラと盛り上がる。

 

 「・・・言っとくけど、あんただってあたし達の邪魔しないんだったら、特に何も無いんだからね。ミヤコを助けないとギンジだってうるさいのよ、いつものギンジらしくないって言うか」

 「それはカエデも同じ。いつもギンジの事、心配してる」

 「そんな事この豚ちゃんの前で言わないでいいのよ!」

 

 カエデがレンの口を塞ぎ、オーク怪人の方を再び睨む。

 

 「とにかく、ミヤコを助ける事に不安があるなら、そんなモノ不要よ!あたし達だけでも助けられる所を、あんたにも協力させてあげてるんだからね!」

 「ブヒ・・・やはり貴様の手助けなど要らぬわ!」

 

 纏まろうとしていた会話が、カエデの悪気の無い発言によって、再び交戦が開始した。

 

 こんな事をしている場合じゃないと、全員解っているのに・・・。

 

 結局どちらが勝つかまで勝負が続き、カエデとレンがギリギリオーク怪人の動きを止める所で、勝負の決着はついたのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 8月30日。午後21時。場所は円卓会議場。

 

 未だにカエデは父親であるソウジロウと連絡は取れない。

 

 だが・・・もう既に場所は解っている。

 

 ヘルブラッククロスは今回相当上手く襲撃を立ち回った様だが、今回もきっと阻止してみせる。

 

 夏の夜空の下で、それぞれヘヴンホワイティネスを始めとした正義連合が着実と出撃を開始しようと、足並みを揃え始めていた。

 

 「いいかー、先ずは作戦から行くぞー」

 

 ギンジが戦闘メンバーを集めて、カエデから貰った情報と周辺の地図を見ながら説明を開始する。

 

 リゾートホテルの道は一直線に広がっていて、神宮リゾートホテルエリアなんて呼ばれていてもおかしくないぐらいには、店や水族館等もある本当に大きなホテルである。

 

 そんな道には、執事達の報告によれば戦闘員らしき存在が、様々な略奪や破壊を繰り返し行っており、文字通りの地獄絵図がそこには繰り広げられていた。

 

 「そんな事聴いちまったらよぉ、俺たちの出番だよな!」

 

 ギンジの一言で、カエデもレンもミドリコもケイタもうなずいた。

 

 少し遅れてレイナも、サクラも、ルカも力強く頷く。

 

 赤鬼とオーク怪人は、ギンジの言うことにふむふむと耳を傾けている。

 

 「ホテルをどう進むつもりなんだ?」

 

 ヒトシがギンジの説明途中に割って入ってくる。

 

 「その戦闘員?とやらは、普通の警察では止められない相手なのだろう?で、我々がいくら強くとも・・・数を相手にするのは不利ではないか?」

 

 通常の人間の思考なら、出来ても1vs1で戦うのが理想だ。相手の数が多ければ多いほど、戦闘と言うモノは不利になる。

 

 しかしそんな事ギンジはしっかり承知の上で、サングラスをつけた強面変質者の笑顔を見せる。

 

 「不利なのは100億%ぐらい当たり前な事だぜ。ヘルブラッククロスってどこからあれだけの頭数増やしてるのか、俺は疑問に感じてた所なんだ(まぁ、本当は調べる気無いんだけどね)」

 

 ギンジは自分の心の中から、金棒を取り出すとその先端部分をオーク怪人に向ける。

 

 「作戦はこうだ。正面から突撃。それをやるのは、俺とオークだ」

 「兄貴!俺っちも正面から行きてぇ!」

 

 赤鬼が元気よく手を上げるが、ギンジはミドリコの方に指を指す。

 

 「赤鬼、お前はミドリコと一緒に居ろ。ついでにお前とヘヴンホワイティネス陣営は、ホテル突入組だ。あ、あといざよいパイセンも」

 「二度と私をいざよいと呼ぶな。十五夜(じゅうごや)だ。いざよいは十六夜だ」

 

 ヒトシが血管をおでこに浮かばせながら、キレそうな顔でギンジに詰め寄る。だけどギンジには特に効いていない。

 

 ヘヴンホワイティネス・カエデ、レン、ケイタ、ミドリコ、赤鬼、そして十五夜ヒトシはホテル突入組。

 

 「ギンジくん、私達はどうすれば良い?」

 

 今度はサクラがギンジに向かって質問して来た。まったく悪びれる事の無いサクラの天真爛漫の笑みは、空から落ちた時の悪ふざけ感を思い出す。

 

 「正義連合は・・・ホテル裏口潜入組だ。どちらかと言うと、怪人や兵器に対応して欲しい」

 

 ギンジの提案に対してはレイナが足を組みながら、返事を返した。

 

 「了解した・・・つまり、君は正面からの陽道、私達は怪人や兵器の対応、神宮君達はホテルに突入し、お父上とミヤコ君を助けに行く、だな?」

 「流石だな!頼むぜ。ルカもあんまり無理すんなよ」

 「心配には及ばないよ。僕の怪我の治療は万全では無いが、それでも君たちと一緒に戦いたいんだ」

 

 レイナ、サクラ、ルカの三名は怪人や兵器の対応。

 

 加えてこの夜の時間帯。

 

 「ヘルブラッククロスに襲撃されたんだ。俺たちも襲撃仕返してやろうぜ!音楽堂の時みたいにな!」

 

 ギンジを助ける為に襲撃したヘヴンホワイティネス。

 

 そして今度はミヤコを助ける為に襲撃を開始するヘヴンホワイティネス。

 

 場所は神宮リゾートホテル。

 

 ヘヴンホワイティネスの過去最大の大きな戦いが、少しずつ進んでいた。

 

 「オーク」

 

 皆が活気付く中、ギンジはオーク怪人の肩を軽く叩く。

 

 「必ずミヤコを助けるぞ」

 「ブヒ。当たり前だ」

 

 進化の怪人・佐久間ギンジと元・ヘルブラッククロスオーク怪人。

 

 2人の奇妙なペアがここに誕生した。

 

 この後2人は先行してリゾートホテルに向かい、戦闘員達を蹴散らす陽動作戦を開始しないと行けない。

 

 ギンジはオーク怪人と言う最強に味方をつけた気分で居て、今度こそどんな奴が相手でも敗ける事は無いと、今度こそミヤコを守り通せると。そう思うのであった。   

 

 「よーし、それじゃあ行こうぜ!」

 

 ギンジが高らかに金棒を振り上げた事で、ミヤコをヘルブラッククロスからの奪還を目指す戦いが始まろうとしていた。

 

続く

  

  

 




お疲れ様です。

次回はいよいよミヤコ奪還編の物語が大きく動き出し始める回となります。お楽しみに!投稿遅くてごめーんねっ!

キャラネタ書きます

十五夜ヒトシ
神宮御庭番衆の隊長。
年齢は20。幼い頃からカエデやソウジロウを守るために、暗殺術や抜刀術を学んできた。執事としても優秀。
戦力的にはミドリコとほぼ同じ。ギリ怪人に勝てる。
ちなみにギンジと赤鬼、オーク怪人、女王ナメクジの怪人には勝てない。

オーク怪人
ドクターミヤコに愛されたい願望がある。
ドクターミヤコからは確実に信頼を置かれている数少ない人。

神宮カエデ/宮寺レン
ミヤコの事を仲間だと信じている。彼女が居ないと装備のメンテが出来ない他、普通にヘヴンホワイティネスの戦力強化が叶う為に、ちゃんと仲間として認めている。

・・・
次回は再びミヤコ回半々、ギンジ回半々になります。投稿遅くても頑張って書きますのでどうか楽しんでいってください!
それでは、また次回!


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82・他人を愛する事を学び

こんにちは、アトラクションです。

話が複雑になって来たのですが、安心してください、これ以上の怪人はこの章では登場しませんよ!

相変わらず拙いし、めちゃくちゃだけどお楽しみ頂ければと思います。

それではどうぞ!


 8月30日。

 

 神宮リゾートホテルのダストシュートから降りたミヤコは、ゴミを分別する廃棄物処理の空洞に落ちた。

 

 「げほ、ごほ・・・くさーい・・・」

 

 ミヤコが頭から落ちた場所は、袋に詰まった生ゴミが大量に溜まっており、それらがクッションになったおかげで大事には至らなかった事に安心する。

 

 最悪なのはこの悪臭満ちた空間だった。いくら不健康な生活がたたるミヤコでも、見た目はそこらに居る女の子とそう変わらない。

 

 命を賭けた脱出劇でも、狂気に満ち溢れた科学者でも、こんなゴミだらけなのはいただけない。なによりこんな姿では愛するギンジに見せられたモノではない。

 

 「うーん・・・どこかに出られないかな・・・おえっ」

 

 あまりの臭さに嗚咽までが溢れる。胃を絞る様な拒否反応に、ミヤコは思わず涙が溢れる。このままこんな所に長居しては行けない。

 

 髪も服も肌でさえボロボロになってしまいそうだ。

 

 生ゴミの臭いが脳にまとわりついて、本当の意味で腐り果ててしまいそうな気分だった。

 

 「おえっ・・・きつい・・・ギンジ君助けて・・・」

 

 あまりの臭さとどうしようも無い醜悪な環境下においては、ミヤコではどうしようも無い。いっそ怪人開発の材料にでもしてしまおうか。そう考える事も出来たはずだが、今のミヤコにそこまでの事を考える余裕は無かった。

 

 「んしょ、こっちに光が・・・」

 

 溜まった生ゴミの袋を踏み分けて、恐らくは電球と思わしき光が差し込むシャッターの方へ、ミヤコは進んでいく。

 

 たまになんの水なのか分からないモノを踏み抜き、足首に最悪な感触と臭いが充満して吐きそうになる。

 

 やわらかい残飯が詰まった袋を踏んでは、中のガスが溜まっていたのか袋が破裂してミヤコのメガネを汚し、制服がどんどん汚れたシミをつけていくのが不愉快でたまらない。

 

 自分の身体を汚して良いのはギンジ君だけ。生ゴミを操る変な怪物から、今は逃げているだけ。そう念じながらミヤコは蝿や蛆が群がる最悪な道無き道をゆっくり進んでいく。

 

 やがてシャッターにまで到達すると、開閉の上下ボタンを発見し、内側からそのボタンを操作して、ようやくこの空間からの脱出に成功した。

 

 シャッターが重苦しく巻き上げる音を聴きながら、ミヤコの目の前に開けた視界は清潔なホテルの一つの空間。

 

 様々な車の出入りがあるのか、コンクリートで固められた広く入り組んだ駐車場の様に見えるこの場所は、搬入用のリフトや業務用の地下施設であると言う事が理解出来た。

 

 「くふふ、脱出までの道のりが見えてきたね・・・はぁ臭っさ」

 

 今はとにかくお風呂に入りたい。タツヤに折られた指を確認して、ミヤコは後ろを振り返る。

 

 今にして思えば・・・こんな所にまで連れてこられた自分の運命が少し可笑しく思えて、口角を釣り上げる。

 

 自分一人でもなるようにはなる。本当はギンジに助けて欲しいのだが、今回ばかりは彼らの到着も遅いらしい。

 

 そもそも来てくれるのかさえ分からない。

 

 「・・・でも、信じてるよ、ギンジ君」

 

 愛しき男佐久間ギンジの顔、声、仕草、身体の形、匂い、大きさ、心。

 

 全てを胸にしまってミヤコは強い一歩を踏み出した。

 

 ここから、地獄の一部となった神宮リゾートホテルから逃げる為に。

 

 「・・・拙者達から逃げられるとでも?」

 「あら・・・意外と早いんだね」

 

 そんな強い覚悟を持ったミヤコの背後・・・つまりゴミ置き場から、ひとつ低い声がした。この時代に一人称を拙者にしている者は、ミヤコが知る限りあの怪人しか居ない。

 

 東洋鎧・・・それは甲冑とも呼ばれる鎧に、動きやすさを最大限に考えられた止め金の数々。

 

 腰から下はフレアスカート様に広がっていて、真ん中部分から足を出せる様にした奇妙な出で立ち。

 

 渋い顔立ちに顎から頬にかけて大きな傷跡のついた、大小様々な刀を六本携えた怪人。

 

 武者の怪人。新怪人四天王の一人が、ここに来てミヤコの前に現れた。

 

 ここに来てミヤコを追いかける様にして現れた理由はたった一つ。

 

 「拙者はお前を連れ戻す様に命令された。大人しくしているなら、斬らないでおこう」

 

 冷たく言い放つ武者の怪人の右手と左手には、腰に携えた刀をいつでも引き抜く準備が出来ていた。

 

 「大人しくしないなら?」

 

 武者の怪人の言うことを素直に聴く気の無いミヤコは、内心驚いていながらも武者の怪人に挑発じみた言葉を返す。その先お答えは既に決まっている。

 

 「四肢を斬ってタツヤ殿にその身体を差し出す。無論─」

 

 音もなく武者の怪人の両手に刀が引き抜かれた。

 

 「──大人しくしなくても、斬りきざむ」

 「くふふ、怪人の癖に、殺しの事だけ考えてるんだね」

 「当たり前だ。拙者は女を斬って嬲る事しか頭に無いのでな」

 

 渋い顔はそのままにして居れば、きっと様々な女性達から好感触を持たれる良い顔をしているだろう。ギンジには敵わないがイケメンという部類に入る。もっと詳しく言えばイケおじという言葉が似合う。

 

 そんなイケおじ武者の怪人は、顔を歪むに歪ませて、女体を斬る事に快楽を得る、怪人としても人としてもかなり異常者。

 

 涎すら出るぐらいに瞳を曲げて、鼻を広げて、口を大きく開いて汚らしい笑顔をミヤコに見せつけた。

 

 「ああ、やっぱりギンジ君が一番だ」

 「もうその男に会う事はあるまい。いざ──」

 

 抜いた刀に光が反射する。それが武者の怪人の攻撃のサインであるとひと目見て理解して、ミヤコは腰を少し曲げて前かがみになる。

 

 「──斬る!」

 

 武者の怪人が刃を震えば、ミヤコをすり抜けた更に奥にある音クリートの柱を切り刻んで瓦礫となっていく。バラり、と斬り崩された柱は何本も連なった柱と天井を斬り崩して、ミヤコの逃げ道を完璧に封鎖した。

 

 「・・・これでわたしが逃げられなくなったって思ってる?」

 「逃げる手段があるならば、試すと良い。尤も──」

 

 二本の刀の切っ先が、今度こそミヤコに向けられる。コンクリートの削れた粉が舞う地下で、次は柏木タツヤの嫁に狙いを定めて、刀が振るわれ様とした。

 

 「あ・・・」

 

 ミヤコが声を出した。武者の怪人の頭上に瓦礫が落ちてきたのだ。

 

 「なんだと!?ぷぎゃっ」

 

 尖ったコンクリートの瓦礫が、武者の怪人を潰した。柱を斬りすぎた事で武者の怪人に天罰が下った様子。

 

 それをラッキーとしたミヤコは、急いで上の階層へと瓦礫を登って行く。

 

 幸いにも瓦礫はミヤコが掴みやすい高さにあり、運動不足なミヤコでも簡単に登れる形になっている。

 

 「よっ・・・と」

 

 少しグラつくが、ミヤコはなんとしてもここから脱出しないと行けない。怪人が相手でも臆さずに逃げねばならないのだ。

 

 瓦礫の尖った部分がセーラー服に引っかかって、布の破れる嫌な音がミヤコの耳に響いてくる。肩までまで裂けたセーラー服をそのままに、とにかく上に登っていく。

 

 一方瓦礫に潰された武者の怪人はと言うと、自分に乗ったコンクリートを斬り崩しては、すぐにミヤコを追いかけようと奮起していた。

 

 「拙者が逃がすと思うか──無謀!」

 

 ミヤコが登りきった先は、ホテルのエントランスホール。白と黄金が混ざった大理石の床に手をかけて、冷たい床にまでミヤコの張り詰めた緊張感が広がっている。

 

 「はぁ、はぁ、見えた」

 

 ミヤコの眼の前にはホテルの入り口とも呼べる大きなガラスの自動ドア。その先に見えるのは、真夏の強い日差しが輝いた海を弾く絶景。

 

 「くふふ、やっと・・・脱出」

 

 この自動ドアを抜ける寸前、武者の怪人の刃がミヤコの首元に伸びていたが、その殺意の一刀は武者の怪人の視界の外から伸びてきた粘着性のある糸によって妨害される。

 

 「殺す気かよ!柏木さんの嫁さんなんだから駄目だぞ!」

 

 武者の怪人の頭上には、蜘蛛の怪人が燕尾服を汗で汚して、息も絶え絶えになりながらここまで降りてきた様子だった。

 

 そうこうしている間に、ミヤコは自動ドアを抜けてホテルの外へと走ってしまっていたが、蜘蛛の怪人は武者の怪人を諌めながら、勝利の確信を持った表情をしていた。

 

 「オイラ達の勝ちだぜ、ブラザー。確定演出の境地なり」

 「・・・どういう事だ」

 

 そしてミヤコが走ってホテルの大階段を降りようとした。

 

 「─ッ!?」

 

 階段の下の踊り場・・・そこには無数の戦闘員。

 

 そして戦闘員の並ぶ列の真ん中には、季節に似合わない三つ揃いの衣装を着た、蛇の様な男の姿がそこにはあった。

 

 「わたくしに内緒で、おでかけですか?ドクターミヤコ」

 「柏木・・・!」

 

 ヘルブラッククロスの大幹部、柏木タツヤが脱出寸前にて、ミヤコの前に立ちはだかった。

 

 怪人や戦闘員よりも、明らかに大きな壁と思える程に、ミヤコの希望を軽々しく砕き去る、絶望感。

 

 その存在が、タツヤ。彼がここに現れるとは予想外だった。

 

 ミヤコの顔にダラダラと汗が流れ落ちる。艶のある黒髪を生ゴミと汗で汚して、破れたセーラー服がはらりと、熱されたコンクリートに落ちていく。

 

 花びらの様に落ちたセーラー服。ミヤコの視線はタツヤから動かないままであった。

 

 「もうすぐ結婚式ですよ?身体を汚すなんて、褒められたモノではありませんねぇ・・・そうだ、今度は一緒にお風呂に入りますか、ね?」

 

 表情ひとつ変えないタツヤの視線が、ミヤコの心臓を鷲掴みにする。

 

 蛇に睨まれた蛙の様に、ミヤコはもう動けなくなっていた。

 

 「逃げる事は無理・・・だっ!」

 「!!?」

 

 動けなくなったミヤコの背後には、鋼鉄を身体をした着物の上半分だけを脱いだもう一人の怪人が、ミヤコの首に手刀を当てては、彼女を気絶させる事に成功する。

 

 「無念──」

 「柏木さーん!こいつ、嫁さん殺そうとしました。そんなんで怪人四天王とか各方面に失礼だよね。オラ、謝罪しろ。責任取れ!」

 「貴様から斬るぞ」

 「そんな貞操概念だと、いい大人になれんぞ!」

 

 鋼の怪人が倒れるミヤコを抱えている間に、武者の怪人と蜘蛛の怪人が言い合いをしながら、タツヤの前に歩み寄ってくる。

 

 「よくやってくれました。それでは、ホテルに戻りますか・・・式の準備も始めたいですし、協力者(・・・)にもお礼を言いたいですしね」

 

 タツヤが腕時計を見ながら、鋼の怪人の肩で気絶したミヤコの顔をマジマジと眺める。

 

 小顔は汚れているが、とてもタツヤの好みの顔をしている。

 

 この未だ強気な少女の心を壊した時、タツヤはきっとこの一生で最大級の歓喜にうち震えるだろうか。それともより新たな探究心が出てくるのだろうか。

 

 「戻りましょうか。ああ、戦闘員の皆様はホテルの敷地内を壊して回って構いませんよ。チャペルにだけは手を出さないでくださいね」

 

 タツヤが命令すると、戦闘員達は血気盛んに破壊活動を再開し初めて、ホテルを中心とした店の並ぶエリアを地獄絵図そのモノと変えていく。

 

 破壊し尽くした中、ひとつだけ綺麗に残されたチャペルの中で、柏木タツヤはミヤコの心を破壊しようと心血を注いだ。それをする事で、弱い者イジメをしている自分を正当化出来ると本気で思っているからだ。

 

 ヘヴンホワイティネスをも完全に撃破し、今度こそ総統の望む計画と世界の実現に、心を踊らせられる。

 

 鋼の怪人、蜘蛛の怪人、武者の怪人がホテルの中に戻る傍ら、タツヤは本気でこの日本の転覆を行おうとしている覚悟を、誰に見せるわけでもなく証明の為の行動に出る。

 

 それは・・・警察手帳を、踊り場の外、人工的に造られた河にポイ捨てをするように投げ捨てた。

 

 「さぁ・・・地獄(ヘルブラッククロス)を創りましょう・・・!」

 

 青い空の下、地獄の蛇が狂気に嗤う・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 8月30日。時刻は22時。

 

 中央度固化市、海岸エリアに存在する神宮リゾートホテル。

 

 ホテルの敷地内にあるレストランフロアや、ショッピングフロアはそこらじゅうで戦闘員達によるお祭り騒ぎが続いており、破壊や略奪、女性のあられもない姿、男性はボコられ、子供はただ恐怖におびえて泣き叫ぶだけ。

 

 煙が舞い、瓦礫が崩れ、建物は燃やされている。

 

 ホテルを囲む様にした大きな一つの街の様なその姿は、かつての美しい姿をたった半日で阿鼻叫喚の絶えない最悪のスラムにまでなってしまっていた。

 

 「ホー、ひどい状況だ」

 

 本当の意味で無法地帯、地獄絵図となったレストランフロアの片隅で、梟の怪人は戦闘員達の暴挙を肴にする様にして楽しんでいる。

 

 弱々しい人間が、地獄の魔の手によって蹂躙されるこの光景が、たまらなく面白い。

 

 「ホー、いいぞもっとやれ」

 

 ボロボロになったパン屋に突き刺さったヘルブラッククロスの旗の上で、梟の怪人がニタニタと笑っている。

 

 戦闘員が痛みに苦しむ男性を馬乗りになって、叩き回している。

 

 ある場所では明らかに屈服している女性は彼らの慰みモノにされ、またある場所では恋人が眼の前でボコられている姿を見て、泣き叫んでいる。

 

 「い、嫌ぁ・・・もう、殴らないでぇ」

 

 抵抗してしまった不幸な女性は、顔をボコボコに腫れさせて、歯が折れていてもお構いなしに戦闘員に顔面を殴られる。

 

 「よーし、こいつとヤりたい奴いるー?居ねぇよな、こんな面の悪い女!ギャハハハハ!」

 

 ここに居る奴らは全員悪魔だ。

 

 「うう・・・いてぇ・・・」

 

 哀れにも抵抗した男は、立てなくなるほど暴力を振るわれて、血だらけになった身体が震えている。

 

 「お、まだ息があるぞ。はは、殺してやろうぜ」

 

 軽々しく言い放つ言葉に、男性は赤い涙を流す。

 

 恐怖ですくみあがりうずくまって動けない男に、戦闘員がひたすら下卑た笑いを上げる。その笑いはこの一箇所だけではなく、至る所で品の無い笑い声が夜空に響いていた。

 

 「ぐへぇあ!」

 

 有姪海岸から一本道で行けるレストランフロアの入り口では、戦闘員が戦闘員同士で身体をぶつけている。はしゃぎ過ぎたのか、身体が浮かぶ程の大騒ぎ・・・。

 

 「ようよう、面白そうな事してんなぁ・・・!」

 

 実は今の悲鳴を上げた戦闘員は、はしゃいだのでは無かった。右手に炎を宿し、こんな夜中だと言うのにサングラスをかけた男が、思い切りぶっ飛ばしたのだ。力の限りの拳に、レストランフロアの戦闘員達がどよめき始める。

 

 「弱い者イジメなら・・・私達も混ぜてもらおうか」

 

 炎の拳の男の隣では、明らかに人間では無い顔をした、豚顔の大男が軍服の内側から筋肉を膨張させて、その表情は怒りに満ちている。

 

 サングラスの男も、豚顔の男も、怒っている理由は簡単なモノで、女性も男性も子供にも手を上げて、あまつさえそれを楽しんでいるという所に怒りが爆発しそうになっていた。

 

 「いっ・・・オーク怪人だ・・・」

 

 一人の戦闘員がオーク怪人がまだ生きていた事実に直面して、一気に冷静に戻る。

 

 しかしそれよりも戦闘員達が驚いたのが、オーク怪人の隣に立つ男の存在だった。

 

 「ギンジだ!ギンジが来たぞ!」

 

 ヘルブラッククロスからおめおめと逃げた敗北者・ヘヴンホワイティネスの佐久間ギンジ。彼が現れた事で、敗残兵と侮っていたヘルブラッククロス達は、本人を前にして先程の強気な態度がだんだんなりを潜め始める。

 

 ドゴーン。ドゴーン。ドゴーン。 

 

 レストランフロアの後方付近からも、爆発が3回聴こえた。

 

 毎回ギンジが現れる度に、ギンジだ!と叫ばないといけない戦闘員ケントは、爆発がした方向へと振り向いた。

 

 桃色の竜巻、虹色の爆発、月光の柱。

 

 次いですぐ近く。一般市民を回収しつつ戦闘員を蹴散らすのは・・・。

 

 「ヘヴンホワイティネス!!梟さん!」

 

 ケントの視界に入ったのはヘルブラッククロスの宿敵であるヘヴンホワイティネス。

 

 カエデが最大の怒りを顕ににしながら、必殺技を解き放つ。

 

 レンもビーム剣を振り回して、ミドリコが拳銃で援護し、ケイタが魔法でレンとカエデを補助に回っている。

 

 ヒトシもミドリコと同じぐらい、刀で応戦している。

 

 ギンジ達より少し先に突き進み、戦闘員を蹴散らしながら襲撃を開始した。

 

 レイナも破邪の剣を振り回し、サクラは魔法を解き放ち、ルカがと大盾での突撃を行い、それぞれがギンジの指示、作戦通りにレストランフロアを突破し、各々ホテルに向かって進軍をしていた。

 

 「ホー、後は任せた。大幹部に報告してくる」

 

 梟の怪人が翼を広げて、ホテルに向かって飛び出していく。人間の体積に変換されたその翼の動きは、元のフクロウよりも素早く、確実な飛行能力となっている。

 

 目的としては正義連合やヘヴンホワイティネスの出現の報告。それらの対処の為に、新怪人四天王の三名と、大幹部への伝達。

 

 「やぁやぁケント君、久しぶり♡」

 「や、やぁギンジ・・・♡」

 

 お互いそこまで面識があったわけでも無いが、ギンジがヘルブラッククロスの襲撃に出くわす度に名前を呼ばれれば、流石に馬鹿のギンジでもこの戦闘員の事を覚える。

 

 覚えたついでに、思い切りケントを殴り飛ばす。ケントは首を撚りながら全身をプロペラの如く回転させながら、パン屋の店内にその身を叩き落された。

 

 「ホテル突撃組に注意が向かない様に、俺たちが大暴れすんぞ!」

 「ブヒ、足を引っ張るなよギンジ」

 「誰に言ってんだ?俺は・・・いや、俺たちは」

 

 ギンジの燃える拳と、オーク怪人の振動する拳。

 

 2つが重なりながら、ギンジとオーク怪人を狙った戦闘員の顔面を2人同時に撃ち抜いた。

 

 「ドクターミヤコの最高傑作だぜ!」

 「制しに向かうぞ、ギンジ!」

 「おうよ!」

 

 ギンジとオーク怪人が2人同時に攻撃を繰り出していく。オーク怪人の見た目に違わないパワーウェーブが叩き出され、オーク怪人の頭に手を乗せた勢いでギンジが頭上に飛び上がった。

 

 飛び上がったその手に握られたのは、金棒。電撃を纏い、魔力で増幅された破壊力は、この世界における最強の武器の一つと自負さえ出来る。

 

 「砕けちまいなぁあ!!」

 

 一般市民を巻き込まない様に、意外と繊細だが見た目は豪快な攻撃に、戦闘員たちは紙くずの様に吹き飛ばされていく。

 

 圧倒的な破壊攻撃が一度終わると、ギンジが金棒を肩に担いで集まってきた戦闘員達に、正義の到着を告げる。

 

 「正義のヒーロー。登場ってなァ!」

 「ブヒ、私は違うがな」

 

 ギンジとオーク怪人。ヘルブラッククロスの戦闘員なら知らない人は居ない、最強の怪人2トップ。

 

 並びたった男達の登場により、戦闘員達が再びどよめき始める。

 

 「・・・対ギンジ用の決戦兵器を出せ!」

 

 首が折れたケントが、パン屋から姿を表しては部下達にそう指示する。

 

 「お前用の決戦兵器・・・」

 「俺用?一体なんだ?」

 

 ギンジとオーク怪人を囲む戦闘員達が、走ってその場から離れていく、。離れるとは言っても、そこまで遠くは無く距離が離れただけで、依然ギンジとオーク怪人を取り囲んでいる。

 

 「マジかよ。兵器の対応はレイナ達にお願いしたんだけどな・・・」

 

 そんな事をご散るギンジとオーク怪人の足元から、白濁とした液体がにじみ出てきて、ゴボゴボと泡立つ粘液が破壊されたコンクリートに広がっていく。

 

 「なんだ・・・!?」

 「・・・何か、まずい気がするぞ。離れるぞ、ギンジ」

 

 液体を操る兵器・・・だとしたらコレがギンジ用の決戦兵器だと言うのだろうか。

 

 後方に飛んだギンジとオーク怪人の目の前に、白濁とした色気のある香水の様な香りを撒き散らしながら、人の形をした真っ白なシルエットが形成されていく。

 

 「あはー♡また会えて嬉しいわ♡進化の怪人♡」

 

 白濁としたシルエットが流れ落ちると、真ん中分けのヘアスタイルをした、ぴっちりしたレオタードが身体にフィットしたむっちりした身体の怪人が現れる。

 

 ひたり、と生足をつけると薄いピンク色のナメクジ達を無数に召喚しては、ギンジとオーク怪人にいやらしく舌を出して蠱惑的な表情を見せる女性の怪人。

 

 名前を、女王ナメクジの怪人。

 

 怪人キラーエリート、最後の生き残り。

 

 最後のチャンスとして、大幹部柏木タツヤの説得で処分を免れた、欠陥品。しかし、彼女の能力は確実にギンジ攻略に対して役に立つとの判断で、ここに連れて来られた。

 

 「おいおい・・・ありゃ、女の子じゃないか!」

 

 ヘヴンホワイティネス・佐久間ギンジの弱点は女性。その事がバレているのか、女王ナメクジの怪人が現れた事で、ギンジの顔色が悪くなる。

 

 「ブヒ・・・戦闘員が離れた事、そして怪人でありながらギンジを相手に出来るという意味合いの決戦兵器・・・つまり、広範囲の攻撃手段を持ち、能力も桁違いに高い数値を出している、と言う事か・・・」

 ※あってるけど、違います 

 

 オーク怪人が軍帽をなおしながら冷静に分析するが、女王ナメクジの怪人がギンジとオーク怪人に向かって、白濁とした粘液とナメクジ分隊を射出して来た。

 

 「あの粘液・・・触れたらただでは済まないだろうな」

 「マジかよ、どうする」

 

 左右に転がりながら、ギンジとオーク怪人が女王ナメクジの怪人を視界から外さない。よそ見をすれば確実に敗けそうな気がしているからだ。

 

 「ほーら、皆で気持ちよくなりましょ〜♡」

 

 にぢゃあああぁぁ・・・っとした音をわざとらしく鳴らして、女王ナメクジの怪人が挑発的な姿勢を取る。大きく揺れる胸、くびれた腰回り、大きなヒップライン、見ているだけでも柔らかそうな脚。ぽってりとした厚い唇、長くいやらしく伸びる舌に、身体から止めどなく溢れる真っ白な液体。

 

 女性としての香りの良さ、見た目のレベルの高さ、どれをとってもエロゲーに出てくる男の理想を纏めた理想の女性の姿をしており、ギンジもオーク怪人も、戦況を眺める戦闘員達もその色香にリビドーが上がっていく。

 

 ますますギンジではまともに戦えない相手だ。

 

 「なるほど、だから俺用の決戦兵器。これは厄介だな」

 

 やむを得ない場合だが離れていても充満している、このオトナの女性の香りがギンジの決意を激しく揺さぶってくる。

 

 「ほらほら〜♡私と気持ちいい事しましょ♡」

 「ヌハハ、いいぜ。兄貴を落とす前に、俺っちを落とせたらなぁ!」

 

 女王ナメクジの怪人が再び粘液を放出しようと、両腕を上げた瞬間、ギンジとオーク怪人の後ろ・・・海岸側からまたもう一人の大男が姿を表した。

 

 赤い肌に雄々しい一本角。

 

 右手に握られた八角の棒。

 

 「ええ!?なんで赤鬼がここに居るんだ!」

 

 赤鬼のまさかの登場に、ギンジが思い切りツッコミを入れた。黒い甚兵衛を夜風に揺らして、赤鬼が思い切り高笑いをした。

 

 「ヌハハ、クソしてたら置いてかれちまってなァ。ま、ホントは兄貴達と暴れたくてよ」

 「お前が一緒に居ないと、ミドリコが─」

 

 ギンジが最後までしゃべる事を許さずに、赤鬼がギンジの兄貴の口を空気で紡いだ。

 

 「ミドリコの姐さんは大丈夫だ。俺っちが一緒に居る事で最強になるのは間違いないが、この戦いは兄貴の戦いだ」

 

 赤鬼の金棒が女王ナメクジの怪人に向けられ、鬼気を強く出していく。

 

 漢の1文字を背負った赤鬼の覚悟を、ギンジに伝えていく。

 

 「恩人の恩人、助ける事が今回の戦いの目的ってモンよ。それに、あの女が相手じゃ、兄貴じゃ勝ち目はねぇな」

 「はっきり言いやがって・・・」

 

 だが事実だ。

 

 能力は不明、おまけに女性。

 

 ギンジでもオーク怪人でも集中を乱す程の怪人。

 

 そんな怪人と戦えるのは、バカ正直なこの赤鬼の怪人だけだろう。

 

 「いっつも後先考えなくてすいやせん。でも、兄貴や豚野郎こそが、ミヤコ姉さんを助けに行くのが正しいと思うんだ。俺っちや姉御達より、兄貴こそがミヤコ姉さんに会って、その手を伸ばしてやるのが兄貴の役目ってんじゃないスかね!」

 

 ここに残って戦闘員を引きつける役目は、赤鬼が担う。そう言っているのだ。

 

 

 ミヤコが今一番会いたいのは、ギンジに決まっている。そう理解している赤鬼は、ギンジに先に進んで欲しいのだ。

 

 オリハル金砕棒を握る力を強くして、赤鬼はギンジに拳を突き出す。

 

 「行ってくだせぇ、そして言ってくだせぇ。ここを俺っちに任せるってな」

 

 牙を打ち鳴らす赤鬼の言葉に、ギンジは拳を突き出し赤鬼とグータッチを行う。軽くぶつけた拳を引っ込めると次にギンジは赤鬼は肘をぶつけ合い、左手の掌をハイタッチの要領で叩き合う。

 

 「ここは任せたぜ、赤鬼!」

 「どら、気合も入ったし大暴れしてやるぜ!」

 

 赤鬼とギンジの立ち位置が入れ替わると、ギンジはオーク怪人を連れて空へ飛翔する。コウモリの羽をはやしたギンジとオーク怪人は一目散にホテルへと飛び出して行った。

 

 「ちょっと〜♡気持ちよくなろうよ〜♡」

 

 女王ナメクジの怪人が両手に滴る粘液を、ギンジ向けて撃とうとするが、見えない何かが粘液を飲み込んで視界の端に消えていく。

 

 びちゃり。そんな音を鳴らした粘液が離れていた戦闘員に付着すると、その戦闘員は腰をガクガクと動かしながら、嬌声を上げて悶絶してしまった。

 

 「俺っちの空気は、こんな事も出来るんだぜ。兄貴に夢中みてぇだが、生憎兄貴はモテモテだからよ。俺っちに浮気しとけや」

 「気持ちよくなれるんなら、誰でもいいわよ♡・・・でも、そうね♡先ずはあんたから快楽堕ちになる姿を見てみたいかも♡」

 

 尤も赤鬼もこんな品の無い、怪人なのか人間なのか不明な女に魅力ふがあるようにも見えず、浮気もするつもりも無かった。

 

 2人の怪人が闘志を燃やして、空気と粘液がぶつかり合う戦いが始まると、少し離れた戦闘員達が空気圧で飛び、粘液で悶え狂い初めた。

 

 

 〜レストランフロア・入り口広場の戦い〜

 

 赤鬼vs女王ナメクジの怪人 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 レイナ、サクラ、ルカがホテルのフロア中層であるショッピングフロアに到着する。目視で確認出来る限りでは、破壊されていないお店は存在せず、全てが燃やされたり破壊され、戦闘員達が襲撃されているのに、正義連合の登場に関してもニヤニヤしている様に見えていた。

 

 どこまでも下卑た連中にレイナの屈辱が、大きく顔に出てくる。こんな奴らとカエデ達は戦い続けていた事を考えると、まったく頭が下がる思いだ。

 

 「いー女が来たぜ!霊鳥さん!」

 

 一人の戦闘員が夜空に向かって打ち上げ花火を放った。その花火は発煙筒にも似ていて、霊鳥と叫んだ事にレイナ、サクラ、ルカの三人は警戒する。

 

 3人が3人の背中を守る様に、3方向を向きながら防御の体制に入る。

 

 「霊鳥・・・とか言ったな・・・何が来るか分からないぞ」

 

 レイナが修道服をなびかせながら、破邪の剣を強く握る。

 

 「どんな大きい敵でも、今ならぜーんぜん怖くないし余裕だよ!」

 

 サクラはここに戻ってくる前に、魔王となった骨の怪人と戦ってきた。城壁すら軽々しくなぎ倒す怪物を見てしまえば、恐怖などほとんど払拭されている。

 

 「僕は、少しだけ不安だな」

 (弱気にならないの!ほら、ギンジの為に頑張るわよ、ルカ)

 

 ルカも盾を構えながらレイナとサクラの背中を守る。右足の怪我が収まらないまま、ここに来たのだ。

 

 だが怪我をしているからと言って、弱気になっていてはしょうがない。ギンジ達の戦いに勝利をもたらす為、ここに正義連合の作戦が開始される。

 

 戦闘員やレイナ達の頭上から、不意打ちの強い暴風が叩きつけられた。あまりにも急な攻撃に反応が遅れてしまう。

 

 「なんだ!?」

 

 戦闘員達も暴風に巻き上げられ、建物も一瞬視認できる竜巻によって破壊されていく。

 

 木材が吹き飛びながら、レイナの正面に向かって来た。間違いなく常人ならば大怪我する大きさの、お店の一部をレイナは虹色に輝く鞭の様にしなる破邪の剣で一刀両断する。

 

 綺麗に斬り裂いた木材の向こう側で、大空を背にした人の形を成した存在を3人が目撃する。

 

 「まだ怪人が居るの・・・?」

 

 サクラがその怪人の姿を見やると、おそらくあれが霊鳥と呼ばれた戦闘員の切り札的な扱いに相当する存在だろう。

 

 猿の様な毛皮の身体に、脚は3本の指に鋭い爪が怪しく輝き、両腕に該当する部分は大きな翼と同化している。さらに顔の部分は人らしさは無く、嘴を尖らせた鳥そのモノの顔をしている。

 

 頭に乗せた王冠が赤黒く光っており、戦闘員もレイナ達も見下ろしながら暴風に耐えられない者に、嘲笑の目線を送っている。

 

 「フゥーハハハハ!俺様の出番だぜぇ!」

 

 息を引く様な笑い声を発しながら、霊鳥の怪人がもう一度暴風を巻き起こす。

 

 その強い風圧は盾で身体を支えるルカでさえ、足元が浮きそうな程強かった。

 

 気を抜けば一瞬で身体ごと浮かびそうな強い風圧を産み出すのは、霊鳥の怪人の翼と同化した腕の力だろう。

 

 「ウワサのヘヴンホワイティネスに味方するマヌケに、こーの俺様自らぶち殺しに来てやったぜ!」

 

 霊鳥の怪人が夜空に羽ばたきながら、高圧的な言葉を投げかけてくる。レイナを見下しているその姿に、サクラとルカがその態度にピキリと怒りを滲ませた。

 

 「君の様な高い所からモノ言う事しか出来ない雑魚に、私達を本当に殺せると思うかね?」

 「レイナさんを甘く見ているなら、痛い目に合うよ」

 「どっちにしても、僕達がお前みたいな変な怪人に敗ける道理は無い。そしてお前は・・・」

 

 レイナの破邪の剣、サクラの魔法の杖、ルカの月の大盾がそれぞれ霊鳥の怪人に向けられる。

 

 三銃士の様に高く挙げられた武器を見て、霊鳥の怪人が両腕の翼を大きく広げて威嚇の姿勢を取り始める。

 

 「なんだー?ボク達には勝てない!とか言うつもりかー?」

 「その通りだ。お前は僕たちには絶対に勝てない!」

 

 ルカの宣言に、霊鳥の怪人が再度暴風を巻き上げて、威嚇から戦闘体制に入った。この正義連合をこの先、大幹部が座に着いているホテルに向かわせない為に、霊鳥の怪人がレイナ達に立ちはだかった。

 

 

 ショッピングフロアの戦い

 

 正義連合vs霊鳥の怪人

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ホテルの地下施設。物置となっているこの場所は、神宮ソウジロウがこのホテルを良くする為に様々なモノを取り寄せた、物置にしては豪華な一室。

 

 ここでは今朝がた、柏木タツヤによって捉えられた神宮ソウジロウが、外の騒ぎに気がついて脱出の作を考えついていた時だった。

 

 高いスーツで身なりを整えていたのに、今はヘルブラッククロスによってシワだらけ汚れだらけにされてしまった。

 

 「おのれ・・・!」

 

 物置部屋は外から完全に扉を封鎖されてしまっており、窓なんてあるわけも無いため、内側からは脱出の手段がなかった。

 

 しかし、地下のこの部屋にも聴こえる衝撃音や、悲鳴、何かの雄叫び。

 

 ついついソウジロウは希望を見出してしまう。白いスーツの襟を正して、なんとか部屋を出ようと頑張って物置部屋の扉に体当たりをかましてみる。思い切り肩をぶつけて、体重をかけて扉を開けてみようと何度も試す。

 

 「ぬぐっ・・・鍛えをおこたった覚えはないのだが・・・」

 

 泥棒防止の為に思い切り厳重にしたのが裏目になってしまった。

 

 「もう一度・・・!」

 

 例えこの身体が壊れようとも、なんとしてもここを脱出して、自分の娘にここを襲撃してきた悪の存在を知らせないと行けない。

 

 日本を転覆して力による支配を進めようとするこの悪の組織、ヘルブラッククロスを倒せるのは、自慢の我が子だけなのだから。

 

 「ぬおっ!?」

 

 扉び体当たりが命中する直前で、ソウジロウはバランスを崩す。扉が急に開いてはソウジロウが外に出られたのだ。厳重だった扉は開き、ソウジロウは転がって逆さまになりながら地面に後頭部を擦りつける様に転んでしまった。

 

 財閥のCEOとは思えない滑稽な姿になってしまったが、物置部屋の外は何個モノ扉が連なった廊下になっている。

 

 「・・・何故急に扉が開いたのだ」

 

 顎髭を触りながら、ソウジロウが立ち上がると、背後に人の気配を感じた。それはヘルブラッククロスの様な悪意のある気配では無く、ソウジロウにとっては懐かしい気配だった。

 

 「・・・!?」

 

 ゆっくり振り向いて見たが、ソウジロウの視界には誰も居ない。

 

 だが・・・。

 

 確かにここに誰かが居る。

 

 『随分無様な姿だな』

 

 その声は人の様に聴こえて、人らしさを感じない声。獣や悪魔の様な獲物を前に喉を震わせた悪意の声が、ソウジロウの耳に入ってきた。

 

 その声を聴いた途端にソウジロウは怪訝な表情を見せては、声の主に怒鳴り散らかす。

 

 「貴様・・・!ここで何をしている!まさかまだ復讐を考えているのか!」

 『・・・クカカカ、復讐か。私はもう、神宮の家に復讐なんて考えていないさ、弟よ』

 

 ソウジロウを弟と呼ぶその声の主は、神宮の家の下に産まれたソウジロウと血を分けた兄弟の声。

 

 『復讐なんてした所で、神宮の金と名声は手に入らないからな。そんな事より聴いてくれ、私は力を手に入れたんだ』

 

 どこから声が聴こえていて、そしてどこにその姿があるのか解らないが、ソウジロウの兄の声は新しいビジネスを初めた様なワクワクを胸に秘めた様な声音になり、力という不穏な言葉を流し込んでくる。

 

 『ヘルブラッククロスという企業は良いな・・・裏の世界の職人は本当に良い仕事をする』

 「まだそんな事を・・・!目的はなんだ!」

 『クカカカ、目的は今の所は達成した。お前を隔離する事だけだ。もうじき、私達が勝利を収める事になる。勿論、お前が忌み嫌う私の目的の成就も。その時に神宮家、神宮財閥、愚かな弟が残っているのでは不都合なのでな』

 

 ソウジロウの兄の言う私達と言うのは、ヘルブラッククロスも含まれるのだろう。そういうニュアンスであると同時に、どうしてこのホテルを襲撃したのかも、ソウジロウには理解出来た。

 

 「・・・まさか本当にするつもりなのか!」

 『ああ、本気だとも。その時はお前の娘を・・・カエデを使わ』

 「そんな事は絶対にさせん!!!このホテルの襲撃も、私の隔離も成功した様だが、私の娘に、カエデにだけは絶対に手出しはさせんぞ!」

 

 声が地下廊下に反響する。ソウジロウの怒号で兄の言葉を遮る事で、忌々しい記憶も一緒に消し飛ばさんと、思い切り叫び続けた。

 

 『クカカカ・・・生きていたらまた会おう、弟よ』

 

 兄の言葉が消え失せ、兄の気配も消えた。ソウジロウはホテルの廊下で、自分の身の安全よりも今我が子がどうなっているのか、そこの心配事の方が大きく不安となって心を蝕んでいく。

 

 「あのー・・・」

 

 ソウジロウの下にまた新たな気配が現れた。

 

 今度は敵意も悪意も両方感じない、しかし味方と呼べるのも怪しい気配。

 

 「今度はなんだ!」

 

 ソウジロウが汗を拭いながら、声のする方へ視線を向ける。全身を使った動きに、目の前に居る少女は驚き転んでしまう。

 

 「む、君、大丈夫か」

 「ええ、なんとか?」

 

 その少女は艶の良い黒髪をウェーブパーマを当てており、露出して出ている肩には刺し傷の様な痛々しい跡が目に入る。

 

 それと同時に着用している衣装が、この雰囲気に似合わない異常な姿だった。

 

 純白のケールに、純白のドレス。ハーブホワイトのカラーリングをしたミドルヒールの靴を輝かせた、今から結婚式にでも出るかの様な格好をした少女がソウジロウに声をかけたのだ。

 

 その少女が引っ張られる様にして立ち上がると、ソウジロウが自己紹介を行う。

 

 「失礼した。私は神宮財閥のCEOを務めている、神宮ソウジロウだ。君は・・・このホテルで結婚式を行うつもりだったのかね?」

 

 代表としての挨拶を行ったソウジロウに、ウェディングドレスを着用した少女が露骨に嫌そうな顔をしていた。

 

 「結婚なんてしませーん・・・だってわたしを幸せに出来るのは・・・ギンジ君だけですモノ・・・くふふ」

 

 少女が・・・ウェディングドレスを着たミヤコが、ギンジの名前を出した事で、今度はソウジロウは露骨に嫌そうな顔を見せた。

 

 「あの輩の知り合いか・・・ならば是非、私の娘から離れさせて欲しい!」

 「・・・やっぱり、カエデモンキーとパパ様なんですね、くふふ」

 「佐久間と私の娘がくっつくなんて、私は受け入れられない!」

 「カエデモンキーがギンジ君とくっつくなんて、わたしも受け入れられない!」

 

 その言葉を聴いた途端に、ソウジロウとミヤコは二人して硬い握手を交わした。出会って数秒で友情を分かち合った2人の、奇妙な出会いがソウジロウの先程の不安を一時的に脳内から離れて行った。

 

 ホテルの外、つまりこの地下の上からは激しい衝突音、衝撃音が未だ聴こえるが、ソウジロウもミヤコもこのホテルにおいて初めて意気投合する仲間の誕生に、心を踊らせるのであった。

 

 

続く

 

  

 




お疲れ様です。ついにウェディングドレスを着たミヤコ。

婚期が遠のくぞ・・・

キャラネタ書きます

梟の怪人
ホー、新キャラですか。
ものすごく鳥臭い。

霊鳥の怪人
暴風を得意とする怪人。
すごくイカ臭い。

鋼の怪人
恐ろしく早い手刀・・・俺でなk(ry
鋼の手刀とか普通に首飛ばせそう。次回出番あり

蜘蛛の怪人
29階から走って戻ってきた。燕尾服の後ろのひらひらが好き。
オラ、糸で震え上がれ。怪人の恐怖で震えてるぞ。60hzぐらいか

武者の怪人
ゴミ処理場で刀を研いでいた。蝿すら寄り付かない程の殺意を宿している。渋い顔をしたイケおじなのに顔怖い。
結構ドジを踏みやすい性格。

赤鬼
女王ナメクジの怪人と交戦を開始した。

佐久間ギンジ
オーク怪人と共にホテルに飛び出した。途中風が強かったけど、特に気にせずにホテルの近道を飛んでいる。

女王ナメクジの怪人
まだしぶとく、しつこく生きているナメクジ。

神宮ソウジロウ
神宮財閥のCEOでトップ。
地下の物置部屋で捉えられていたが、兄?によって脱出した後、ミヤコと意気投合した

鈴村ミヤコ
人生で初めてウェディングドレスを着た。ボディラインが強調されるエッッッなドレス。肩の露出が柏木タツヤのツボ。
でもこんな姿、ギンジもたまらん!って思う。

ソウジロウの兄
ヘルブラッククロスと協力し、神宮リゾートホテルの襲撃に手を貸した。
変わりに力を得たらしい。カエデを使うある目的をなにやら企んでいる様子だが、詳しい事は不明。

・・・

次回はヘヴンホワイティネスの場面も増えて、怪人四天王ともぶつかります。

そして荒れる戦況にて、雪の怪人も参戦し、益々戦闘は混乱を極める!

ギンジとミヤコはちゃんと再開出来るのか!イレギュラーだらけの異世界転生ライフは、超加速していく!

それではまた次回!


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83・必要とされる事を理解して

こんにちは、アトラクションです

今回のお話ですが、駒の配置が揃った・・・いざ開戦!な状況展開になったお話です

週2回の投稿を維持していきたい・・・!だが仕事がっ!

それではどうぞ!


 ついに神宮リゾートホテルのエリアに、ヘヴンホワイティネスの襲撃が開始された。レストランフロアでは赤鬼が、ショッピングフロアではレイナ率いる正義連合が。

 

 そしてホテルに続く中央の道では、戦闘員を蹴散らしながらカエデ達がとにかく前に突き進んでいる。

 

 「退きなさいよ!」

 

 カエデのガントレットが鋭い回転音を痛いぐらいに鳴らしては、そこから繰り出すのは正義の大衝撃。

 

 前方にも左右にも後方にも無数の戦闘員が押し寄せる中、援護に回るのは甘白ミドリコ。

 

 彼女が扱う重火器はどれも特別製。

 

 二丁構えた拳銃は専用のカスタムを施し、白い鈍が薄く輝いている。

 

 「邪魔をするな!」

 

 ミドリコが叫びながら、二丁の拳銃の弾丸が切れるのを確認すると、高く二丁の拳銃を放り上げた。そして腰に装備された手をかけられる輪っかの様な形状のついたショットガンを取り出す。

 

 手元で重苦しい音を鳴らして、弾の発射準備を整えれば、後は銃口を敵の群れに構えれば良いだけ。

 

 「もう一度言うぞ。邪魔をするなっ!」

 

 スーツにベルトを付けた武装姿で、ミドリコがショットガンを撃つ。散弾銃としての効果はこの状況でかなり効力お発揮する。何しろ敵は密集しているのだから、適当に撃つだけでもほぼ全ての弾丸が敵に命中する。

 

 一発。その弾丸を撃ちながら次はもう一回手元で回す。

 

 そして2発。もう一度弾丸あ解き放たれた。いくらパワードスーツと言えどミドリコのウィンチェスターショットガンを至近距離で撃たれれば、戦闘員は吹き飛ぶだけ。ただの的に過ぎない。

 

 距離が開いて突破口が出来上がると、胸のポケットにしまった2つの弾丸の入ったマガジンケースを取り出す。

 

 ウィンチェスターショットガンをも高く上げて、今度は先に投げた拳銃が落ちてくるが、両手に携えた拳銃の弾丸を、落ちてくる拍子で装填させる。二丁拳銃を腰のホルスターにしまうと、次はウィンチェスターショットガンを片手でキャッチして、腰に戻す。

 

 重さを利用して回転したその動きで、戦闘員達に足払いまでするおまけつき。

 

 そうしたミドリコの動きの最後に、背中に背負ったのは鉄の筒で構成された大きな重火器。

 

 背中から滑らせる様にして右肩に装備し直したその武器は、ミドリコの最強の攻撃手段。

 

 超改造・敵陣爆掃大火力兵器・ロケットランチャーSW。

 

 ロボットアニメの様なありえない砲塔には、ミサイルが9つも取り付けられており、それだけでも恐ろしい改造をしているのがひと目で理解出来る。

 

 「吹き飛べ!!」

 

 未だ壁を成すヘルブラッククロスの戦闘員達に、白い弾頭が飛び出した。それも一度に9つ全部の弾頭が。

 

 圧倒的火力による大爆発をお越し、最早重火器の暴力を完全に見せつけたミドリコに、戦闘員は恐れおののくばかりだ。

 

 そんなミドリコの頭上を飛び越える様にして、蒼いビームの剣を構えたレンが、表情一つ変えずに戦意を失っていない戦闘員に向かって、急降下していく。

 

 ビーム剣の形状はアックス。縦に回転しながら落ちてきたレンの攻撃により、戦闘員は左右に分断される。

 

 「ビーム剣術・・・!」

 

 アックスの形状が、刀身から左右に別れていく。細く強いしなやかなサーベルに変わり、それぞれがレンの両手に握られる。

 

 「デュアル・エクステルミ!」

 

 刀身が手元から飛び出し、左右に別れた戦闘員の群れをビーム剣が刺し穿つ。形状はデュアル。二刀流になるレンの武器。

 

 文字通りのビームが飛び、戦闘員が次々と倒れていく中、次のビーム剣の形状は2つのビーム剣をつなげたダブルセイバー。真ん中に持ち手のついたビーム剣だ。

 

 「ビーム剣術・ヘヴントルネイド!」

 

 風をも巻き起こす大回転斬りが、辺りの戦闘員を斬り裂きながら上空へと斬り上げていった。

 

 「相手に、ならない。道を開けて」

 

 静かに言うレンの声には明確な敵意が込められ、左の瞳が影に隠れて蒼い眼光が光出して居た。

 

 「やるわね、2人とも!」

 

 次はカエデが両腕を回して、前方の戦闘員を確実に殴り倒す。

 

 「進めると思ってるのか、ヘヴンホワイティネス!」

 

 一際大きな戦闘員がカエデの細い身体を捕まえようと、腕を伸ばすが彼女には絶対に当たらない。

 

 「口だけは達者ね!デカブツ!」

 

 顎下から本気のアッパーカット。そのままハイキック、そして─。

 

 「必殺!ヘヴンリー・インパクト!」

 

 反れた胴体ががら空きになり、そこへカエデの必殺技が叩き込まれた。両の掌を打ち込む正義の衝撃により、身体の大きな戦闘員をくの字に曲げると、少し高く打ち上げた。

 

 「素晴らしい・・・」

 

 十五夜ヒトシはそんなカエデの攻撃速度や、かつてとは違うお嬢様の姿を見て、その成長に感激している。

 

 しかしカエデだけでは無い。

 

 宮寺レンも、甘白ミドリコも戦いに慣れていると言う領域では無い。容赦をしていては勝てないからか、本気で敵に向かっているのが解る。

 

 そんな中、ケイタは白い本を胸に抱きかかえて、魔法を唱える。

 

 「第一の魔法!エンジェラ・アーマ!」

 

 白い矢印の様な魔法は、ヒトシの刀に纏う。

 

 「これは・・・!?」

 

 神宮の誇りとなる刀が、いつも以上に軽く強くなったのを感じた。

 

 「僕の魔法です!」

 「ま、魔法・・・!?」

 

 聴いた事はあるが実際に目にするのは初めてだったヒトシ。前線には出ていないケイタの魔法に、ヒトシはより強くなった刀を思い切り引き抜いた。

 

 透き通る程美しくきめ細やかな刀身は、ヒトシが知る強さをより高みへと登らせていた。

 

 この刀ならばきっと空間をも斬れるのでは無いかと、そう思わせてしまう程美しい。

 

 「僕の魔法は最大で五分の強化を与える力です!」

 「なるほど、5分だけ、か」

 

 ヒトシとケイタの目の前には戦闘員。

 

 カエデ、レン、ミドリコが数を減らしているとは言えど、相当数が多い。あれだけやってもまだ居る。

 

 「ならば・・・神宮御庭番衆・隊長、十五夜ヒトシ。参る」

 

 革靴で石床を踏みつけるが、その音は鳴らない。静かに力強く踏んだその脚の動きで、全身に体重をかける。

 

 流れる川の様な動作で、刀を引き抜き透き通る刀身からの居合抜きと同時に戦闘員の背後にまで到達する。

 

 刀だけの強化だと思っていたが、ヒトシの身体強化もされていた。角倉ケイタの魔法に感心しながらも、刀を鞘にしまい、鍔と鞘の止め金がぶつかる事で、戦闘員達が次々と倒れていく。

 

 「なるほど・・・君も、超常の存在と言う事か」

 

 ヒトシがケイタを見て、喧騒の中で小声で言う。その言葉の意味は、カエデやレンと照らし合わせた言葉だろう。

 

 「ならば、こちらも期待に応えねば無礼と言うモノ」

 

 ヒトシも完全に刀を引き抜いて、再度戦闘員達に突撃する。カエデお嬢様やその友の道を塞がない為に、ヒトシの全力の援護が開始された。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 神宮リゾートホテルへと続く、石の階段。そこの中層の噴水で彩られた場所まで、カエデ達の進軍は続いた。

 

 ここに到着するまでに戦闘員を全部倒して来た。確実に全部倒しておけば、後になって邪魔になる事は無いからだ。

 

 「お嬢様、お疲れ様です」

 

 ヒトシがタオルを用意して、各人数分手渡すと、それぞれが小休止を取り、しかしカエデはホテルを見上げる。

 

 ところどころライトが点いていて、建物の中に人が何人か居るのかが解る。だが中に居るのは・・・間違いなくヘルブラッククロスが土足で入り込んでいる。

 

 逃げ遅れたホテルの利用者も居るだろうし、カエデの父親である神宮ソウジロウもここに居るだろう。

 

 必ず助ける。そうカエデは誓っている。

 

 ギンジの為にもミヤコも助け出すし、この戦いはヘヴンホワイティネスだけの戦いではない。

 

 「これはギンジの戦いでもあるわ。絶対に勝つわよ、皆!」

 

 ヒトシから貰ったタオルでガントレットに付着した血液を拭うと、それを軽く投げ捨てる。

 

 振り返ったカエデの言葉に、レンもミドリコもケイタもヒトシも強くうなずいた。

 

 ヘヴンホワイティネスはホテルの入り口にまで到達した。

 

 きっと中に入れば、怪人や大幹部クラスの強敵が待ち構えているのは間違いないだろう。

 

 カエデが輪になろうとしている仲間の真ん中に、手を広げて空中に置いた。

 

 そのカエデの手の上にレンが手を重ねた。

 

 次にケイタも手を置く。ミドリコも同じ様に手を添えて、ヒトシも同じく手を差し出した。

 

 「ミヤコもお父様も助けて、必ずヘルブラッククロスからこのホテルを奪い返すわよ!」

 

 カエデの激励が終わると同時に、カエデとレンが一番槍となってエントランスホールへと突撃を開始した。

 

 奪い返すのに、ガラスを蹴破って入ったのはある種ギンジのマネだろうか。

 

 「いやー素晴らしいですね・・・まったく恐れ入りますよ」

 

 明かりだけはついているエントランスホールにて、奥のソファに座りながら高級な三つ揃いに身を包んだ男が、カエデ達を値踏みするようにニタニタ眺めていた。

 

 「あー神宮家のお嬢様ですね。はじめまして、わたくし・・・」

 

 蛇の様な男は並々ならぬ黒い不穏な雰囲気を醸し出しながら、カエデと目線を合わせている。

 

 「元・公安警察、現・ヘルブラッククロス大幹部─」

 

 ミドリコも顔をはっきりと怒らせている。

 

 レンもこの男と実際に相対して見たことがある。

 

 カエデハウスの崩壊、ミドリコの逮捕状、そしてミヤコの誘拐。

 

 ホテルの占領や街の襲撃、全ての元凶。

 

 「柏木タツヤと申します。以後、お見知りおきを。まぁ、もう会うことはないんですけどね」

 

 つまらなさそうに、吐き捨てる様に、なにより退屈そうな顔でタツヤがその一言を告げた。

 

 「あたし達の前で随分余裕そうね。さっさとこのホテルから出ていきなさいよ」

 「それはお断りさせていただきます。明後日、9月1はわたくし達の結婚式が開かれるんですよ?」

 

 ミヤコの心を壊す為にここまでの状況を作ってきたのだ。ここまで来てしくじる訳には行かない。

 

 「もうあなたに、逃げ場は無い。ここで倒す」

 

 カエデが右手を出すと、その隣でレンも左手のビーム剣を構える。

 

 「わたくしとしても暴力は専門外なんですよね・・・ほら、元警察ですし」

 

 タツヤがおどけて見せると、銃撃音が発せられた。左頬に弾丸の切り傷をつけてタツヤの頬から血液がとろりと流れる。

 

 「おやおや・・・甘白さん、拳銃を使うなんて」

 「貴様はもう逃げられんぞ!全て藤原さんから聴いた。貴様は・・・貴様だけは」

 

 ミドリコに取ってもレンを傷つけられた怒りがある。

 

 住む家も壊され、逮捕状までつけられ、そして今度は結婚式。どこまでふざけた事を言うつもりなのか、もう聴く気もならない。

 

 「・・・ふむ、いいでしょう。わたくしには準備がありますし、ここは・・・彼らにお任せするとしましょうか」

 

 タツヤがソファから立ち上がり指を鳴らす。静寂の中では程良く反響する指の音が鳴った直後、カエデの頭上から鋼の怪人が飛び込んできた。

 

 不意打ちい反応が遅れたレンの背後には、蜘蛛の怪人が糸を噴出して絡めとる。

 

 更にミドリコの目の前に急に現れた武者の怪人。

 

 刀を振り回す武者の怪人に拳銃を斬り崩されて、ミドリコの腹部に蹴りが炸裂してミドリコは外に転がされた。

 

 「お前はこの鋼の怪人が相手をしてや・・・るっ!」

 「上等よ!」

 

 着物の上半分を脱いだ全身鋼鉄の怪人が、カエデの両腕に鋼の豪腕を打ち付ける。

 

 「まーた会えたね、今度こそ気持ちよくしてあげるよ。制止せよ」

 「お前とは、お断り。一生ね」

 

 粘着質な糸を内側から斬り崩して、レンがビーム剣を蜘蛛の怪人に向けて交戦を開始した。

 

 「必殺!メガトン・インパクト!」

 

 鋼の豪腕を相手に真上に解き放つカエデの衝撃により、鋼の怪人が押される。その背中がタツヤの眼前に迫ってきていたが、ぶつかるギリギリの所で脚から煙を吹き出しながら踏みとどまる。

 

 「タツヤ大幹部は上に。ヘヴンホワイティネス等、我々ヘルブラッククロスの新怪人四天王が確実に撃破してみせ・・・る」

 

 鋼の怪人が表情を変えずに言うと、タツヤは再び鎌首を上げる蛇の様にニタニタ笑いながら、ホテルのエレベーターへと乗っていった。その背中の距離は10mにも満たない距離なのに、カエデの腕は届かない。

 

 「このっ・・・!」

 「我々の邪魔をするな、ヘヴンホワイティネス」

 「あんた達こそ、いい加減消え失せなさいよ!」

 

 鋼の怪人とカエデが再び拳を打ち合い、ガントレットと鋼の重苦しい激突音が何度も響き渡る。

 

 「オラ、気持ちよくなるんだよ!だいたいこんなのでホテルが無事な訳ねぇだろうが。降伏せよ」

 「さっさと退いて。退去せよ」

 

 蜘蛛の怪人の言葉を真似て、レンが挑発する。その言葉を聴いた蜘蛛の怪人の顔に血管が浮き出てくる。

 

 この怪人と話していると脳が腐りそうだと判断したレンは、冷ややかな表情でビーム剣を構えたまま、ジリジリとお互いの距離を近づけていく。

 

 「拙者の相手は人間か?つまら・・・」

 

 武者の怪人がため息混じりに刀を構えたが、その手元には正確に指を狙ったであろう銃撃が繰り出された。

 

 「小癪な」

 

 外の噴水の中でミドリコが対怪人用のスナイパーライフルを構えて、武者の怪人に退かない覚悟を見せつけていた。

 

 刀と銃の戦いに、武者の怪人は興味が湧いた気分だった。

 

 「いいだろう、拙者はお前の様な気骨溢れるおなごを斬り捨てるのが趣味なのだ。死ぬ覚悟があると見た」

 「私達は絶対に敗けないさ。お前の様な程度の低い奴には尚更な!」

 

 一方カエデの背後で援護に入ろうとするヒトシとケイタには、カエデから激が飛んでいた。

 

 「ケイタ!ヒトシ!貴方達は先に行って、あいつを捕まえて!」

 

 鋼の怪人の豪腕を真正面から止めながら、カエデはケイタとヒトシに新たな指示を下す。

 

 振り返る余裕の無いカエデがソレ以上何も言わなくなると、ヒトシとケイタはお互いに顔を見合わせて頷きあう。

 

 「早く行きなさい!怪人が相手なんだから、ここは正義のヒーローに任せなさい!」

 「う、うん!解った!任せたよヘヴンホワイティネス!」

 「ケイタ、君も、ヘヴンホワイティネス、だよ」

 

 ケイタの言葉にレンが背中を向けたまま言葉を投げる。

 

 レンの言葉に胸が熱くなったケイタは、ヒトシと共にエレベーターへと走っていく。

 

 「カエデお嬢様!ご武運を!」

 「ありがとう!必ず勝って来るわ!」

 

 ヒトシの言葉を聴いて、背中で返事を返す。

 

 「ぬるい・・・なっ!」

 

 鋼の怪人とカエデの手の押し合いは、鋼の怪人が制した、力強く押されれたカエデは後頭部から転がってしまうが、すぐに体制を整えた瞬間に、鋼の怪人の前蹴りが炸裂する。

 

 両腕でそれをガードしながらも、ガードすら弾きそうな強く重い鋼の蹴りは、スーツで強化されているとは言っても、カエデを吹き飛ばすには十分な威力を誇っていた。

 

 「それで本当に勝てるの・・・かっ」

 「当たり前・・・よっ!」

 

 柱にぶつかりながらも、飛ばされた勢いを利用してすぐに反撃に撃って出る。

 

 「全身鋼鉄・拳(ふるめたるふぃすと)!」

 「必殺!チャージング・バスターフィスト!」

 

 お互いの右腕がぶつかる。衝撃と鋼の大突撃が辺り一面に衝撃を分散させて、レンと蜘蛛の怪人でさえ攻撃の手を止める程に強い。

 

 その攻撃の手が止まった瞬間、レンがビームフォームに切り替わり蜘蛛の怪人に向かって走り出した。

 

 以前よりも速くなったレンの速度に、蜘蛛の怪人は反応が遅れて思い切り膝蹴りを顎に喰らう。

 

 「ビーム剣術!」

 

 ビームフォーム状態で、さらにオーラの様に纏う腕から剣が展開される。アームブレードの様に形状が変わったビームフォーム第2の戦術形態。 

 

 「バニシング・スライス!」

 

 両腕から伸びた天使の羽にも見える剣が、蜘蛛の怪人の糸ごと斬り抜け、怪人をホテルの待合のソファが並ぶ場所まで突き飛ばす。

 

 蒼白い剣の渦により、蜘蛛の怪人の燕尾服はボロボロになっていく。

 

 「オイラを舐めるなよ!斬糸(ざんし)!」

 

 指先から出した糸がレンの足元を綺麗にくり抜く。足元だけではなく、ソファも窓ガラスも次々とくりぬかれて行く。

 

 「ヘヴンホワイティネス〜今度も勝たせてもらうぜ。今度こそ気持ちよくしてやるよ!」

 「曲芸がお好みなら、サーカス小屋につれてってあげる」

 

 そしてレンは再び蜘蛛の怪人に挑発を行う。

 

 「『オラ、謝れ、このザコが。陳謝!』・・・これでいい?」

 「・・・〜〜っ!お前だけは八つ裂きにしてやるっ!!」

 

 そうして怒りがマックスになった蜘蛛の怪人の背後では爆発が起こる。

 

 全身を燃やした武者の怪人がホテル内部へと全身を滑らせていた。高火力な兵器が直撃して全身を後方に滑らせていた所を刀を使ってブレーキをかける。

 

 「あまり私を甘く見ない事だ・・・」

 

 ミドリコの姿はスーツを脱いで、スパッツの様なショートパンツに、赤い生地のタンクトップと、革製のグローブと『AKAONI』と記載された安全靴を装備していた。

 

 両腕にはショートナイフ、両足には拳銃。

 

 腰には対怪人用のスナイパーライフル。

 

 背中にはロケットランチャー。

 

 なにより目を引くのが、両手に握られた新たな兵器。

 

 銀色の四角めのボディに、先端に弓が取り付けられたボックス型の兵器。

 

 全長120cmの重そうなフォルムで、左側にはバレットローラーやら銃口までついている。右側には弓矢の束がついており、腰より後ろに伸びた場所には、ミサイルポッドも完備している物騒を体現した兵器。

 

 ミヤコお手製の兵器をミドリコが改造して、ひとつに纏めたクロスボウガン式の決戦兵器。

 

 シルバーズ・ミドリコ・ウェポンスペシャル。

 

 またの名を・・・。

 

 「これが私の完全武装だ!」

 「面白い・・・良いおなごだ」

 

 ホテルの一階、ここは確実に混迷極める戦場に変わっていた。

 

 正義と悪がぶつかる大きな戦場に。

 

 神宮リゾートホテル・エントランスホール戦

 

 神宮カエデvs鋼の怪人

 

 宮寺レンvs蜘蛛の怪人

 

 甘白ミドリコvs武者の怪人

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 赤鬼に女王ナメクジの怪人を任せて、ホテルを空から向かう事にしたギンジとオーク怪人。

 

 そんな彼らがホテルの窓にぶつかる直前の事だった。

 

 「ギンジ!貴様だけでもホテルに行け!」

 

 急なオーク怪人の発言に、ギンジは慌ててしまった。

 

 「はぁ!?何言ってんだよ!ここまでお前を連れてるんだぜ?ここでバラバラになったらなんの意味が」

 「構わん!未来が観えた!」

 

 オーク怪人のフェーズ2の能力は確定未来。時間の指定問わず、何かしら、こうなるという未来が確実に見える能力。

 

 その未来の映像は今より数秒先、ホテルに到着する前にギンジが梟の怪人に妨害されて2人同時に墜落させられるという映像。

 

 「このままでは我々は墜落するぞ!そうならない為にも、ここで私を降ろせ!速くだ!」

 「おいおい、そんな急な事言われても!」

 

 風に煽られるオーク怪人が、焦っている。ギンジの腕から今にも落ちようとしている不可解な行動だが、ギンジもギンジでここまで来たら2人で突撃したいと思っている。

 

 「・・・来るぞ!下からだ!」

 「はぁ!?下?上からじゃなくてか?」

 「速く降ろせ!このままでは!2人同時に」

 「ホー、もう遅い」

 

 オーク怪人の言うとおり、下から梟の見た目をした怪人が、ギンジをめがけて飛んできた。猛禽類の獰猛な勢いはそのままに、人の体積に換算したその速度はジェット機かとみまごうぐらいに速く、そして強かった。

 

 「でぇい!離せ!」

 「あ、おい!ちょ、大丈夫かよ!」

 

 力任せにギンジの手を払うと、オーク怪人も下から迫ってきていた梟の怪人の頭と、オーク怪人の脚とが激突しあい、ギンジの真横を2人の怪人が飛んでいく。

 

 「行け!ギンジ!この梟は私が抑える!」

 「ホー、抑えられているのはお前の方だ」

 「ぬおっ」

 

 梟の怪人がオーク怪人の両肩を鷲掴みにして、空中で一回転、二回転と速度を上げていき、神宮の文字が刻まれたホテルの外壁へと激突させる。

 

 「ホー、骨も残るまい」

 

 オーク怪人を頭からぶつけたその攻撃は物理的なやり方だが、死に至らしめるには十分な一撃だ。

 

 自信を持ってオーク怪人の討伐に成功した。そう思っていた。

 

 「ホー?」

 

 オーク怪人はこんなモノでは死なない。今度は逆に梟の怪人の脚を鷲掴みにして、ホテルの内部へと引っ張り出す。

 

 「ほがぁ!」

 

 神の文字から伸びた腕に、引っ張られて宮の文字に頭をぶつけてホテルの内部へと引きずり込まれた梟の怪人。

 

 「飛び回るのが得意ならば、屋内ならばそうは行くまい」

 「ホー、それはどうかな」

 

 オーク怪人が油断をしていたわけでは無かったが、梟の怪人はまさかの体当たりでオーク怪人の身体を押し込んだ。急激な体当たりは、オーク怪人の身体を壁の向こう側にまで飛ばして行く。

 

 「空の捕食者と地上の捕食者。一度戦ってみたかったのだ。ホー、覚悟しろ」

 「貴様こそ、私に勝てるとは思わない事だ」

 

 ここは巨大な冷蔵庫や調理場のあるこのホテルのキッチンだろう。

 

 至る所に冷蔵庫や冷凍庫、大きなシンクや食器が並んでいる。

 

 「貴様を煮込んだらさぞ美味しい出汁が出そうだな」

 「ホー、貴様こそ良い出汁になるんではないか」

 

 神宮の文字が完璧に破壊されたホテルの外側では、ギンジが羽ばたきながら穴を覗きこむが中がよく見えない。

 

 だけどこれはチャンスかも知れない。本来の目的はミヤコを助けるという事。ここで能力の分からない怪人を相手に時間をかけていてはどうしようも無くなる。

 

 「よし、オークの言うとおりになってた訳だし、俺もさっさと前に進むか」

 

 梟の怪人についてはオーク怪人に任せておけば、どうにかなるだろう。

 

 赤鬼にも言われた通り、これはギンジ自身の戦いでもあるのだ。

 

 「あまり時間はかけてらんねぇな!」

 

 更に飛翔してギンジはホテルの外壁を這うようにして、更に高く飛ぶ。

 

 どこにミヤコが捉えられているのか解らないが、目的はミヤコを見つける事もそうだが、大幹部柏木タツヤを見つけて倒す事も含まれる。

 

 「出来ればあの蛇男と先に会いてぇな。必ずぶっ飛ばしてやる」

 

 飛びながら拳を強く握る。今度こそあの大幹部を倒す。倒してミヤコも救う。

 

 「そしたら・・・」

 

 最後はヘヴンホワイティネスの勝利で幕を下ろす。それがハッピーエンドの条件だ。

 

 「その後はヘルブラッククロスも壊滅させてやる・・・!」

 

 絶対に揺るがないギンジの想いは、飛翔する力と合わせて更に強く鳴っていった。

 

 一方オーク怪人は、巨大な調理場にて梟の怪人と力の激突を行っている。

 

 手にもなる翼にもなる梟の怪人は、あろうことかオーク怪人と互角の力比べを行うにまで到達している。

 

 紫の造った怪人でもここまで強い者が現れるとは驚きである。

 

 「ホー、強いな・・・」

 「貴様こそやるな・・・」 

 

 お互いに右足を出して前蹴り。2つの足がぶつかり、その勢いでお互い後方に吹き飛ぶ。

 

 「ホー、今の【観えていた】な?」

 「貴様こそ【解っていた】な?」

 

 次にオーク怪人は手元にあった中華鍋の油を投げ飛ばすが、梟の怪人は銀のテーブルで油を妨害する。

 

 一瞬の攻防が終わると、梟の怪人の目の前にオーク怪人は姿を消していた。

 

 「・・・上!」

 「ぬぅ!」

 

 梟の怪人の頭上ではオーク怪人の姿があった。包丁を使った不意打ちに、油で濡れた銀のテーブルで妨害して、お互い距離が元に戻る。

 

 「ブヒ・・・」

 「ホー・・・」

 

 熱気がこもって空間がネジ曲がる程に、2人の闘気が漏れ出ていた。

 

 (ブヒ・・・こいつ)

 (ホー、この男)

 

 『未来が観えている!』

 

 調理場の中で2人の怪人の能力が判明し、再度力と力による戦い、先を考える思考戦・・・お互いの能力、確定未来による先読み合戦が始まった。

 

 

 神宮リゾートホテル・調理場の戦い

 

 オーク怪人vs梟の怪人

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 現在の戦況

 

 レストランフロア入り口広場

 赤鬼vs女王ナメクジの怪人

 

 ショッピングフロア

 正義連合vs霊鳥の怪人

 

 ホテルエントランス

 ヘヴンホワイティネスvs新怪人四天王

 

 調理場

 オーク怪人vs梟の怪人

 

 ギンジ、ホテルの上へ

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 続く

 

 




お疲れ様です

ミヤコ奪還編も佳境です。ミヤコの恋はどうなるのか、カエデの恋もどうなるのか。お楽しみに。

そういえば累計80話超えていましたね。今回の投稿で通算87話!
あと3話でトータル90!100が見えてきましたね。

キャラネタ書きます

鋼の怪人
着物の上半分を脱いだ鋼の肉体マン。強い
好みの女性は神宮カエデ。
そんな好みの女性と命がけで戦っている

蜘蛛の怪人
相変わらず気持ちよくしてあげればコロっと堕ちるとか思っている。
好みの女性は菊沢トモカ。偵察で見に言った時に一目惚れした。出会う事は無い。悲しみでへたって来るだろ。謝れ。
宮寺レンと交戦中

武者の怪人
全ての女性を斬る事に快感を覚えている。
普通に考えてやばい奴。いつか鍛錬すれば3刀流とか使えると本気で思っているが、顎はそんなに強くない。
甘白ミドリコと交戦中

霊鳥の怪人
モノすごくイカ臭い

梟の怪人
しゃべる時に、ホー、が出てくるのが特徴。怪人なので人の様な腕もあるが、普段は毛皮の中に隠している。
翼となる部分だけでも指先みたいに器用に操る事が可能で、パンチやラリアットも打てるし、モノを持ち上げる事も可。
フェーズ2としての能力は確定思考。相手の考えている事が解るが、オーク怪人の能力が自分と同じだと勘違いしている。
実はこう見えてメス。好みの男性は総統。

・・・

次回はそれぞれの戦闘が開始!赤鬼、正義連合、オーク、ヘヴンホワイティネス!

ミヤコはその頃敵に見つかり、ソウジロウも敵に捕まり・・・

ギンジはと言うと・・・ホテルの上へ飛んでいる。

大幹部戦も近い!
投稿が最近遅いですが、頑張りますのでどうか感想やお気に入り登録等、お願いしたします!

それではまた次回!



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84・彼の下に帰りたいと願った

こんにちはアトラクションです!

少し間が空いてすみません。GW満喫してました。タブレット実家に持っていくのを忘れて続きが書けず遅れました。

そして話が長すぎるので、少しプロットを変えて、今回は赤鬼と正義連合のお話でまとめております。流石にオーク怪人とヘヴンホワイティネスの分まで入れてたら話が長くなりすぎてしまうので、そちらもすみませんでした!自分の管理能力の低さががががが・・・これでも管理者なんだけどなぁ・・・

今回の後書きのはネタバレが含まれますので、出来れば最後にお読みください。

それではどうぞ!


 神宮リゾートホテルを見上げられる大きさのレストランフロアは、今は華やかだった雰囲気を一変させて、地獄の粘液が戦闘員を巻き込んで白濁としていた。

 

 建物にもべちゃりと液体が付着し、床にもいやらしく粘つく液体がそこらじゅうに巻き散らかされている。

 

 その粘液はまるでスライムの様にぷるぷるしていて、ねっとり暖かかったりひんやり冷たかったり、人によっては丁度良い温度となっている。

 

 「ぐっあああ〜〜♡♡」

 「んほぉおおお♡♡」

 

 野太い男性の声で嬌声を上げているのは、ヘルブラッククロスの戦闘員達だ。黒を基調としたパワードスーツを、真っ白な白濁の粘液に晒され、得も言われぬ快感に打ちひしがれている。

 

 ビクンビクン、と身体を痙攣させて悶絶する戦闘員は、もう助かる事は無いだろう。

 

 なぜならこの粘液は人の身体に強制的な発情効果を促す、神経毒。その人の血液すら媚毒に造り変えてしまいそうな、強力な猛毒が人を快楽地獄へと誘う最悪な毒攻撃。

 

 その猛毒を辺りに撒き散らすのは、女王ナメクジの怪人。

 

 豊満なボディは男なら誰もがその目を動かし、水面の様に揺れる大きな胸、触れば指が吸い付きそうなお尻、撫でるだけでも大金を使い果たしそうな脚線美。

 

 それらは女性として美しい身体、プロポーションを完璧に彩られており、ツリ目が強調された顔も美人と言う部類に入るだろう。

 

 高い鼻も、柔らかく艶のある唇も、そして自身が放出する粘液によって光沢感満載のレオタードが、全てのエロティックな美しさを外面に叩き出している。

 

 「ほーら♡ちゃんと離れないと、巻き添えになっちゃうよ♡」

 

 腰を曲げて上目使いで言われれば、戦闘員は従うしか無い。見ているだけでも男の興奮が抑えられ無さそうな、あざとい声と仕草で皆イチコロにされている。

 

 ──あんな女と一晩寝られれば、きっと天国に行ける。

 

 今この場に居る戦闘員達は、みんなそう思っている。

 

 「空砕烈拳(くうさいれっけん)!!」

 

 オトナの女性の香りを振りまく粘液に、夢現な戦闘員に一気に現実に引き戻させては、粘液が空気圧で剥がれ落ちる様に吹き飛ばされていく。

 

 「ねぇ〜♡あんたも気持ちよくなろうよ〜♡」

 

 女王ナメクジの怪人が足の筋肉を妖艶に見せつけながらしゃがむ姿勢で、赤鬼をいやらしく見つめる。屈強な赤い肌はさぞ快楽に強そうだ。

 

 「ハン、お断りだなァ!」

 

 黒い甚兵衛を空気でなびかせながら、自慢のオリハル金砕棒を肩に担ぐ。同じ怪人である以上快楽による欲望は常に大きい。

 

 牙を擦りながら赤鬼が睨むのは、女王ナメクジの怪人。こんな女怪人が居たならば、きっとギンジじゃ勝てなかった事だろう。

 

 「お前じゃ到底ミドリコの姐さんの魅力に敵わないからな!」

 「みんなヌルヌルになればそんな事も言えないわよ♡」

 

 余裕な笑みを見せる女王ナメクジの怪人だが、その瞳は笑っていない。ここに居る目的はヘヴンホワイティネスの襲撃の妨害、及び彼女らの殺害。無抵抗になれば貰って良いと言った指示。

 

 相手が男ならば容赦をしなくて良い。なぜなら快楽に叩き込んでしまえばそれで良いのだから。

 

 それさえ出来れば、女王ナメクジの怪人の勝利が約束される。

 

 レストランフロアの石床にこびりついた粘液を、赤鬼が力強く踏みつける。

 

 その粘液は触れるだけでも肌から体内を侵食して、快楽に溺れさす最大最悪の猛毒。

 

 しかしそれをわざと踏みつけた赤鬼は、足元をぐりぐり擦るだけでその能力は対して効果を発揮していない様子。

 

 「確かに、ちょっとビリッとすんな・・・」

  

 この感覚は怪人が女を喰らう時に出てくる、ホルモンの分泌に近い感覚があった。赤鬼が辺りを見渡せば戦闘の余波によって、戦闘員があちこちで痙攣しながら悶絶している様を目にする。

 

 この粘液には人を狂わす、抗えない能力がある。こんな粘液が世界中で溢れたら・・・ミドリコとの幸せな未来が壊れてしまう。

 

 「ね♡これでそのミドリコとか言うのがズブズブ沼にハマってくれたら、あんたもハメられるし、ミドリコちゃんも気持ち良いし、イイコト尽くしじゃない♡ヘルブラッククロスと一緒に、性と暴力にまみれた世界を創りましょうよ♡」

 「だからお断りだっ!」

 

 女王ナメクジの怪人のふざけた勧誘は失敗に終わった。この怪人はあろうことか、赤鬼の愛するミドリコを勧誘の材料にしたのだ。

 

 もうそれだけで万死に値する。

 

 オリハル金砕棒を強く握って、赤鬼は女王ナメクジの怪人に憤慨する。こいつだけはこの世界で確実に生きていてはいけない、怪物であると判断する。

 

 「お前ごときが!ミドリコの姐さんを交渉材料にしてんじゃねぇ!」

 

 手にした獲物を振り上げて、美女に突撃する赤鬼。

 

 「そう・・・それじゃあ、あの世でシコシコしてな♡!」

 

 鬼機迫る赤鬼に対してはもうこれ以上の会話は無理だろう。

 

 「一人でね♡!!」

 

 大上段から来る破壊の一撃を、頭の頂点かた受け止める。オリハル金砕棒の先端が頭部に命中すると、飲み込まれる様にして顔が溶けて行く。

 

 その溶けた顔が上下左右に開くと、首だった部分に大量の小粒ナメクジ達が赤鬼の武器にびっしりと張り付いていく。

 

 「うげげ!気持ち悪りい!」

 

 女王ナメクジのナメクジ擬態。その能力と技が発動されて、オリハル金砕棒を次々と飲み込んでいく。

 

 豊満な身体だった所も、胸から粘液を噴出させて赤鬼の身体に快楽の液体をぶつけようと姑息な手段を使ってきた。

 

 分厚い筋肉の身体に粘度の強い液体が付着し、身体に鳥肌が走る赤鬼。

 

 (・・・コレに何度も当たるのはマジぃな)

 

 いくらミドリコ一筋の赤鬼でも、強制的な快楽攻撃にはやがて手出しが出来なくなっていくに違いない。

 

 オリハル金砕棒を手放して、すぐに後方に下がって行く。次の攻撃手段を考えて打つにも、肝心の武器は敵の術によって使えなくなり、本体がどこに居るのかさえ分からない。

 

 (どこだ・・・!?)

 

 赤鬼の視界には、腰まで粘液で溶けた女王ナメクジの怪人のダミー。そんな怪人の身体にぶっ刺さったオリハル金砕棒の、無残な姿。

 

 「はーい、捕まえた♡」

 

 声がしたのは後方。下がっている赤鬼を捉えようと、次の罠をしかけた女王ナメクジの怪人の術による、粘液の壁が赤鬼の背中を捉えた。

 

 「むおっ!?」

 「もう逃げられないわよ♡ほら、闇堕ちしな♡」

 

 粘液の壁は赤鬼を取り囲む様にして、壁が丸く広がっていく。

 

 「媚粘液(ナメクジ)ロック!」

 

 振り向いた赤鬼を抱きしめる形で、白濁とした粘液が赤鬼の身体を飲み込んだ。とてつもない快楽の奔流が、赤鬼の脳内を狂おしく焼いていく。

 

 「キャハハハハハ♡!」

 

 丸い柱となった粘液のすぐそばで、女王ナメクジの怪人が高笑いを上げる。歪な笑顔でさえ美しいその仕草と甲高い笑い声が、赤鬼を煽る様にして口元を手で隠す。

 

 「随分あっけないのね♡そんなんじゃ、私には勝てないわよ♡」

 「ぐっ・・・おっ・・・おお、おほ・・・♡」

 

 怪人としての能力の質が上がっている。その事を実感した女王ナメクジの怪人は、以前自分を騙し討ちして来た雪の怪人と暴力の怪人の、あの勝ち誇った顔を思い出す。

 

 きっと今の自分も同じ顔をしているだろう。今度は、女王ナメクジの怪人が勝利を収め、雪の怪人と暴力の怪人に、この粘液による快楽地獄を味合わせてやる。

 

 ヘヴンホワイティネスへと寝返ったこの裏切り者の始末を完遂させ、今度こそ怪人キラーエリートの存在価値をヘルブラッククロスに知らしめる時が来た。

 

 「快楽堕ちしたら、その顔を拝んでから殺してあげる♡」

 

 快楽の波に藻掻く赤鬼を楽しそうに眺めて、女王ナメクジの怪人は人差し指を唇に押し当てて、艶かしく新たな被害者の量産を楽しむ。

 

 「ぐっ・・・ぷっ・・・お♡おお♡」

 

 快楽の奔流が苦しい。赤鬼は視界が真っ白に染まりつつあり、かろうじて見える白い壁の穴ぼこからは、女王ナメクジの怪人の勝ち誇った顔が見え隠れする。

 

 (ミドリコの姐さん・・・ギンジの兄貴・・・)

 

 ここに来る時・・・ギンジにはああ言ったが、本当はカエデに頼んで自分だけはギンジの手助けをしたいと、頭を下げていた。

 

 ホテルの突入を果たす事で自分がミドリコを守りながら突き進もうとも考えていたが、ここではギンジの為に自分が身体を張りたいと、意思を主張したのだ。

 

 頭が悪くて、後先もまともに考えず突き進む事が、赤鬼の人生。

 

 ミドリコに惚れて、ギンジに敗けて、ヘヴンホワイティネスとして活動して、今度は自滅して、かと思えば勇者になって、そしてまたギンジの子分として再び力になろうと奮闘して。

 

 今の自分があるのは全てミドリコと出会えたからだ。そんな自分と離れ離れで戦わないと行けなくなった時、彼女は不安を押し殺してギンジの下に行く事を許可してくれたのだ。

 

 それも全ては赤鬼が勝つと信じているから。

 

 赤鬼自身も、自分がこんな事で心を揺るがされるとは思っていなかった。気持ち良いぬるま湯が、全身を包み込んで行き赤鬼の力が弱まっていく。

 

 (・・・)

 

 こんな気持ちの良い感覚が全身に広がって、しかしそれはこんな怪人の能力による効果。

 

 ミドリコの為に全てを捧げ、怪人としての欲を全て断ち切って来た赤鬼に、強制発情はかなり効いていた。

 

 ミドリコの身体を見て興奮して、ミドリコを褒める度に興奮して、ミドリコと会話するだけで、ミドリコの息使いを見ているだけで、ミドリコが勇ましい顔をするだけで、赤鬼の心はどうしようもなくリビドーが膨れ上がっていた。

 

 理性を本能が上回りそうな程、いつも苦悶していた。

 

 その爆発が、今ここで開放された。

 

 このままでは敗ける。敗けて、一生ミドリコに会えない。ギンジにも勝つと啖呵を切ったのに、敗けてしまう。

 

 それだけはあってはならない。産まれた場所を自分勝手な理由で離れて、好きになった人と共に暮らせる平和な未来を創る為に、赤鬼はヘヴンホワイティネスにまでなったのだ。

 

 「俺っちはぁ・・・♡」

 

 身体の熱を、闘志をもう一度身体に手繰り寄せる。粘液に包まれた身体を丸めて、全身の筋肉を膨張させていく。

 

 手に握るのは拳では無い。粘液に濡れていても、力は入る。

 

 では赤鬼は何を握ったのか。

 

 それは闘志、怒り、性欲、熱意─様々なモノに言い換える事が出来るが、そんなモノでは無い。

 

 「空気を・・・まとめて・・・」 

 

 握ったのは空気。それを手の中で圧縮させて行く。

 

 「あら♡まだ抵抗出来るの♡」

 

 赤鬼の動きが藻掻く事では無くなったのを確認すると、女王ナメクジの怪人は再び悪辣な笑顔を見せて、そしてその瞳は笑っていない。

 

 「もういいから、さっさとイキ死ね♡!」

 

 女王ナメクジの怪人が両腕に粘液の束を作りだして、足元にもナメクジ分隊を召喚する。

 

 一気に膨れ上がる粘液は一つの固形の塊となり、赤鬼はおろかこの場に居る全ての人間を埋めつくせそうな大きさの、性と色欲の限りが詰まった球体になっていた。

 

 その球体を両腕で上げて、赤鬼が飲み込まれている粘液の壁に叩きつける為に投げつけた。

 

 「快楽死(デスエクスタシー)♡♡」

 

 触れるだけで死んでしまう快楽の塊。ソレで死ねるならば、本当の意味での天国行きかも知れない。白く濁った球体が赤鬼の居る場所にまで飛び、大きなスライムの様に耳にこびりつきそうな、重たい粘着音が一面に響き渡る。

 

 どろり、ごぼり、ずちゃり・・・その音をどう例えて良いか分からない快楽の音がなり終わると、一つの気泡が浮かび上がる。

 

 その気泡がまた一つ、二つと増え始め、粘度の高い泡がパチッと小さな音を鳴らして破裂していく。

 

 「勝てたわ♡まだ息があるなら、○○○を出して死んだら♡?」

 

 最後に挑発をする女王ナメクジの怪人が、この泡を見てまだ赤鬼が生きていると見た。だが、ここまでの快楽攻撃を受ければ、もう助かる見込みは無いだろう。

 

 「・・・ん」

 

 泡を通して潰れた粘液の中から声が聴こえた。

 

 その声はまだ諦めていない、漢の声。

 

 「・・・嘘でしょ」

 

 諦めさせる事すら出来ない、赤鬼の確かな気配がまだそこにはあった。

 

 「れっ、ん」

 

 粘液に大きな気泡が膨れ上がる。

 

 「くうさい・・・」

 

 泡の中は濃度の高い快楽の力が充満している。虹色の油の様な膜を張った色をしており、粘液を希釈するとこの色になる。水も無いのに、内側から赤鬼の能力で押し広げられて、かなり薄伸ばしにされているのだ。

 

 「空砕、烈、拳」

 

 言葉が聴こえた。女王ナメクジの怪人にはっきりと聴こえるまでに、まだ終わっていない赤鬼の、必ず勝つと豪語した漢の声が。

 

 「そんな、嘘、嘘よ!」

 

 いつもの余裕をなくして、女王ナメクジの怪人が思い切り叫んだ。自分の能力は先に逝った同僚達よりも、強くなったと、成長したと感じていたばかりなのに、この怪人はそれを乗り越えて来た。

 

 「空砕烈拳(くうさいれっけん)!」

 

 ついに粘液が破られた。膜を内側から破り、固形の粘液と詰まったナメクジを吹き飛ばして・・・。

 

 空気による触れない拳が、女王ナメクジの怪人の能力を上回り、空気を打ち出す能力だけで、粘液を突破して来た。

 

 赤く膨張した身体は粘液に濡れて居た。触れているだけでも快楽を流し込まれそうな欲望の塊に、赤鬼は理性を取り戻して完璧に克服した。

 

 「よう・・・お前の気持ちいい快楽攻撃、堪能したぜ」

 

 黒い甚兵衛に付着した固形の粘液を腕で払い落として、赤鬼は牙を打ち鳴らす。雄々しい一本角を尖らせて、喉からは鬼の戦慄きを唸らせる。

 

 「わ、私の能力がお前なんかに!」

 「ヌハハ、俺っちもお前も、まだ発展途上だ。完璧な能力じゃない者同士だが・・・まぁ、そうだなァ」

 

 赤鬼は右手で空気を引き寄せる。空間の奥にあるモノを手繰り寄せる様に腕を引くと、女王ナメクジの怪人の後頭部に、硬くて太く、長くて重いモノがぶつかってきた。

 

 「イッた!・・・はっ!」

 

 ソレはオリハル金砕棒。赤鬼の新たな武器であり、赤鬼が今一番愛用する彼にしか扱えない八角の棒。

 

 右手でソレをキャッチすると、赤鬼はオリハル金砕棒に取り付いた粘液をふた振りで全て落とし切る。

 

 そうして肩に担いだゴツい武器を再び手にした赤鬼の姿が、女王ナメクジの怪人の視界に広がった。

 

 粘液を払い落としたオリハル金砕棒は、振られた事で熱を帯びていた。表面に付着したわずかに濡れた部分、溝に挟まったナメクジ達が焼かれて消えていく。

 

 「空鬼摩殺(くうきまさつ)・・・」

 

 尊敬する兄の炎をイメージした、赤鬼の新たな戦術。

 

 地獄で燃え続ける業火は、進化を果たしたオリハル金砕棒のもう一つの姿であり、地獄を乗り越えた勇者の剣にも見えた。

 

 「私の、私の能力は・・・絶対なのよ!!!」

 

 焦りと怒りと憤りと屈辱。全てが混じってまともな事を考えられなくなっていた女王ナメクジの怪人に、赤鬼の赤く燃える一撃が振り出された。

 

 「俺っちはなぁ、毎回毎晩毎日毎朝毎度ずっとなァ!!」

 

 右側に燃える金砕棒を構えて、女王ナメクジの怪人へと赤鬼の人生史上最大の一撃が繰り出された。

 

 「ミドリコの姐さんの愛と欲望で一杯なんじゃァァ!」

 「がっ・・・ふっ!?」

 

 美しい身体に、焼き付く八角の重たすぎる一撃により、左腕がめちゃくちゃに折れていく。

 

 あばら骨にも到達して熱撃が身体を貫通していく。

 

 「あっがああああ!!!」

 

 殴られた重さと一撃によって、女王ナメクジの怪人が石床に転がって行く。

 

 骨が砕かれ、肉が焼けて、体内にまでその熱が支配していく。ナメクジの天敵とも言える高熱により、体中の空気、酸素が抜けていく思いだ。

 

 「熱い!熱ちゃぁ、熱ちちいぃ!」

 

 こんな美女を殴って心が痛まないのだろうか。女王ナメクジの怪人は、能力も使えなくなってひたすらこの苦しい高熱から逃げ出そうと、身体を転がしている。

 

 「空鬼摩殺(くうきまさつ)・・・!」

 

 もう一度赤く燃えるオリハル金砕棒を振り上げて、高熱を再度最大温度にまで上がっていく。

 

 女王ナメクジの怪人は最早逃げられないと悟って、赤鬼の最後の攻撃の前にありったけの声を出す。ここで死んでしまったら、ヘルブラッククロスの威厳もあったモノではない。

 

 そうでなくとも命は惜しい。もっと気持ち良い事がしたい、させたい。

 

 赤鬼の一撃が振り下ろされそうになった瞬間、死の覚悟を収めないと行けない強烈な迫力が、女王ナメクジの怪人の瞳に写った。

 

 「待って!やめて!お願い!なんでもしますから!」

 「X(エクス)・カリバー!!」

 

 空鬼摩殺(くうきまさつ)X(エクス)・カリバー。

 

 勇者赤鬼として、ヘヴンホワイティネス赤鬼として、天に届く燃える地獄の八角棒。

 

 その一撃、威力は、地獄の閻魔大王も泣き出す、正義の鉄槌。

 

 女王ナメクジの怪人の身体を正確に捉え、焼き付くす破壊の打撃がクリーンヒットし、全身を四散させて爆発していく女王ナメクジの怪人。

 

 「あ・・・♡イキそ・・・♡」

 

 その言葉を最後に、頭だけになった彼女は広がっていく様な高熱に内側から焼かれていき、炭の様にボロボロになった頭部が、風に煽られながら焼き消えていった。

 

 「これで世のオトコもオンナもミドリコの姐さんも、一安心だぜ」

 

 燃えるオリハル金砕棒の高熱を収めて、赤鬼は石床に先端を突き刺す。その横に、隠し持っていた粘液でべちゃべちゃになった、ヘヴンホワイティネスの旗を突き刺す事で、この戦いへの勝利を告げた。

 

 レストランフロア・入り口広場の戦い

 

 勝者・ヘヴンホワイティネス・赤鬼

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 繰り返される暴風。

 

 その風が巻き上げられるだけで、人一人の身体が容易に吹き飛びそうになる程の強い風。

 

 ヘルブラッククロスの新たな怪人、霊鳥の怪人が操るは腕と同化した大きな翼。

 

 猿を毛皮の様な身体は、自身が巻き起こす暴風に煽られても毛並み一つ動く事は無い。

 

 「フゥーハハハハ!」

 

 けたたましい大声で高笑いを上げては、レイナ達を見下ろし高みの見物をしているだけの怪人。

 

 「あんな高い所からこの強い風をお越し続けられてたら、手出しが出来ないな」

 

 舌打ちでもしたそうに、レイナが修道服を暴風で揺らす。その手に握られたのは虹色に輝く破邪の剣。

 

 「私だけ空から攻撃してみようかな・・・」

 

 レイナの隣では桃色の魔法少女の装束を身に着けた少女、サクラが霊鳥の怪人を見上げていた。

 

 「僕もあれを叩き落とす作戦を考えているけど・・・」

 (どうやって叩き落とそうかしらね)

 

 更に2人の後ろには、深緑色のバトルスーツを装備した正義のヒーロー、ムーン・パラディース・月島ルカと、彼女の心の中に住まう者である天体アキハが霊鳥の怪人の暴風について対策を講じていた。

 

 ルカの盾ならば、あの暴風に耐えるが身動きが取れない。

 

 サクラの魔法ならば空を飛べるが、霊鳥の怪人の攻撃がサクラに集中してしまう。

 

 レイナは地上からの攻撃手段を多数持ち合わせていても、これだけの強い風が相手では、間違いなく落とされる。仮に風を抜けたとしても、空を自由自在に飛び回る怪人に当たるとは思えない。

 

 加えて相手の戦闘能力は未知数。夜空を飛び回る霊鳥、その神々しさをホテルを背にして地上に佇むレイナ、サクラ、ルカの三名を見下ろしていた。

 

 「さぁさぁ!どいつから啄まれるんだァ!?」

 

 雄叫びを上げながら両腕の翼を羽ばたかせては、再び瓦礫や木材を吹き飛ばし、レイナ達をよろめかせる。

 

 「あの暴風をどうにかしないと・・・!」

 

 ルカが盾で暴風を防ぎながら背に隠したレイナとサクラに声をかける。

 

 「・・・一泡吹かせるには・・・」

 

 レイナがサクラとルカの能力を見て考える。

 

 レイナは反撃の為の戦術や戦略を考えるのは得意だった。

 

 先ずは魔法少女サクラの持つ能力。

 

 それは魔法─人を超越した、超常の力。

 

 退魔師である自分が見れば相対する能力ではあるが、その能力は魔力と呼ばれる目に見えない体内に宿るエネルギーを使用して、武器や攻撃そのモノ、攻撃手段たりえるモノを呼び出す力。

 

 炎や光線、大砲やハンマー等を召喚しては、それらを自在に操る攻撃を得意としている。

 

 サクラは魔法の杖を使う事で空を飛ぶ事も可能としている。

 

 霊鳥の怪人との戦いにおいては、きっと彼女の飛行能力が役に立つだろう。

 

 (サクラには飛行における撹乱と、魔法による防御を、か)

 

 続けざまに振るわれる暴風をルカが抑えながら、レイナは思慮深く考えていく。

 

 次は月島ルカ。真正面の防御における戦いならば、彼女の右に出る者は居ない筈だ。

 

 銃の怪人の攻撃すら防ぎ続けるのは、並大抵の力では無いはず。

 

 おまけにこの暴風でさえ踏ん張る事だけで抑えられているのは、彼女の能力と大盾による恩恵は大きい。

 

 なんと言っても諦めない心や意思の強さは、昔の自分を見ている様で弟子に近い感覚を覚える。

 

 驚く事にこの大盾は光線、体当たり、ブーメランシュート、叩きつけと文字通りの武器として機能もしている。ルカの月の力があれば、たかだか空を飛ぶだけの怪人に一撃当てる事は可能では無いだろうか。

 

 (常に防御に立ち回りながら、霊鳥のやつにどう集中させるか)

 

 次に自分の退魔の力。破邪の剣、破魔の剣、破悪の剣。

 

 この剣は強大な邪を宿す志を持つ者を斬る事が出来る。普段はゲヘナミレニアムの魔人に対して効力を発揮させていたが、今現在はヘルブラッククロスの怪人に適応させている。

 

 通常は西洋の剣に近い形をしていて、虹色に輝く美しい武器。

 

 この力ならばあの怪人にも間違いなく通用するだろうが、問題はどうやって当てるかだ。

 

 破邪の剣は巨大化させる事も可能で、それを打ち出す事も出来る。

 

 (あの空飛ぶ相手には巨剣で攻撃してみるか・・・?)

 

 ともあれレイナの考えはまとまった。空を飛びながら暴風を巻き起こす怪人に、痛烈な攻撃を当てる手段を・・・。

 

 「ルカ、サクラ、良く聴いて欲しい─」

 

 大盾の後ろに身を寄せ合いながら、レイナがサクラとルカに耳打ちをする。内容はもちろん霊鳥の怪人に対する攻撃手段を編み出して、これを成功させる為の作戦を話している。

 

 「─勿論、成功するかは賭けだ。だが、このままではいずれあの怪人を逃す事になる。それでは敗けと同じだし・・・」

 

 レイナの顔が勇ましくクールな表情のまま、サクラとレイナに告げる。

 

 「あの怪人を倒す事で、ギンジ達の勝利が近づく。この戦いはもう、ギンジの戦いだ。私達が出来るのは、大切な恩人(ギンジ)が勝利出来る様に、ここで必ず勝つ事だ」

 

 レイナの言葉を聴いたサクラとルカの2人が、静かに頷いた。

 

 「フゥーハハハハ!誰から食われるか決まったか!?」

 

 ルカの盾めがけた暴風を再度巻き起こして、霊鳥の怪人は大技を決めにかかる。

 

 視認できる暴風の渦が出来上がり、その先端のいは燃える鳥の様な鋭い目つきをしている。

 

 赤く燃える暴風が鳥の形を成して、その尻尾には暴風の渦が後を追いかける様にして、地上に立つ三人へと突きこまれた。

 

 「太陽鳥の嘴(ホルス・ブレイク)!」

 

 夜空を一瞬にして昼間の様な明るさを照らし出し、ルカの盾へと正面衝突を開始する。

 

 熱が広がるこの一撃がルカの月光に反応して、辺りに強い衝撃と炎が巻き上がる。

 

 「僕を相手に太陽を出すなんて、喧嘩を売られた気分だ!」

 (アタシも同じ気持ちよ。あの怪人、甘く見てるわね)

 

 ルカの大盾が太陽鳥の嘴を押し返す。怒りを懐き、侮りを受け取ったその攻撃に、ルカの盾に強い月光が輝く。

 

 「そのまま・・・返すよ!」

 

 腕も千切れんばかりにルカが盾を打ち上げて、炎を打ち返した。

 

 それと同時に桃色の閃光が炎と横並びに飛び始める。

 

 「マジカルマジカル〜!」

 

 炎と共に飛んでいるのはサクラだった。魔法少女の真髄たる魔法攻撃を、空飛ぶ霊鳥の怪人に向けて発動しようと言うのだ。

 

 「フゥーハハハハ!甘いな!」

 

 サクラの突進まがいの攻撃と、自分で打ち出した炎の渦はその場から移動する事で避けられる。

 

 「避けるなんてずるい!」

 「鳥っていうのは皆ずるいんだよ!」

 

 嘴を広げて挑発する霊鳥の怪人に、サクラがかちーん、と頭を動かす。

 

 そんな飛び立つサクラの後方には、桃色の光に囲まれながらも小さな魔法陣が展開されていた。その魔法陣は夜空の中に輝いていても、気にしてみないと見えないほどの大きさ。

 

 それらが何個もサクラの飛び回る後方に、等間隔で設置されていく。

 

 「お前は最初に落としてやろうか!」

 

 空中戦においてはきっとこの霊鳥の怪人が優位に立つ。

 

 鋭い爪を輝かせてサクラを捕まえようとして、風をその身で切りながら突っ込んでくる。桃色の装束は鮮血で汚れればさぞ汚くなりそうだ。

 

 だが爪はサクラを掴む事は無く、虚しく空を切る。捕まる直前でサクラが魔力の出力を上げて強く飛び出す事で、空中移動の速度を上げているからだ。

 

 「チッ!喰らえ!」

 

 腕と同化した両翼を大きく振り上げて、再び暴風を叩き起こす。それは空中に向けられた、サクラの移動範囲を大きく捉えたより強い暴風だ。

 

 「うわっとと・・ああ、くっ、きゃあああ」

 

 暴風の範囲外に抜ける事は出来ず、サクラは空中では踏ん張れずに夜空に高く放りあげられる。

 

 そこへすかさず霊鳥の怪人がサクラを捕まえようと、足の爪をむき出しにして突っ込んできた。

 

 「狙い通りだ・・・破邪の飛剣!」

 

 今度は地上でレイナが退魔の力で錬成した、破邪の剣を投げてきた。その形状は普通の破邪の剣とそう変わらないが、鍔の所に小さな羽が生えている。天国で幸せのラッパを吹く天使の様な、羽。

 

 飛行を可能としたレイナの新たな剣が投げられて、霊鳥の怪人の翼をかすめる。

 

 「油断したな!お前の敵ならここにも居るんだぞ!」

 「メス共がぁああ・・・」

 

 両翼を広げてレイナの立つ場所へと、暴風の球体を作り上げる。

 

 何度も何度も強く翼を羽ばたかせて、練り上げられた暴風の球体は強く、通常打ち出すよりも束ねて叩き出す破壊の威力を高めた球体。

 

 「空風鳥の嘴(ジャターユ・レイ)!」

 

 切り裂き、叩き、圧壊させていく暴風の塊。それがレイナから見ればとてつもない大きさで、破壊そのモノを体現している様に見えた。

 

 だが・・・。

 

 「さーせーるーかー!」

 

 痛む右足に力を入れて、レイナの正面にその背を向けて大盾を地面に突き刺すのはルカ。彼女が現れた事でその盾が暴風の塊を真正面から受け止めて、かつ最大の防御を繰り出す。

 

 「がっ・・・ああああ!!」

 

 しかしコレほどの大きさの暴風は、盾ごとルカの身体を蝕んでいく。

 

 その真後ろに居るレイナも同じだった。その威力は尽きる事無くレイナとルカの身体に大ダメージを与え続けて来る。

 

 「ま、だだ!」

 

 ルカの大盾に月の力が流れ込んでいく。

 

 黒く、淡い月の光を宿すのはイクリプス。月食の力。

 

 より強くより大きくより誰かを守れる力。

 

 この力でもっと強く。もっと守りながら仲間が戦える力を解き放つ。

 

 「僕だって・・・ギンジを勝たせるんだ!」

 

 黒く禍々しく変わる盾は憧れへのイメージ。

 

 カグヤ・ビートよりも攻撃的なイメージを宿す、月食の力。銃の怪人との戦いで操った時よりも、大きな盾の力。

 

 「まとめて返す!月食光・大反射(イクリプス・リフレクトシールド!)

 「フゥーハハハハ!跳ね返すだと!?おもしれーオンナ!」

 

 暴風の塊はこの逆境の中で活路を見出したルカの反撃により、霊鳥の怪人に向かって二度も跳ね返された。

 

 「その暴風ごとやり返してやるぜ!」

 

 再び霊鳥の怪人が作り出したのは、暴風の塊。圧縮した暴風が向かう中余裕な表情で暴風返し返しを行おうとしていた。

 

 「マジカルマジカル〜!」

 

 夜空に響く甲高い少女の声。

 

 「マジカルラブリーにゃんこハンマー!」

 

 空中に浮かぶのは魔法少女の巨大な猫の顔が描かれた、猫の球槌。

 

 霊鳥の怪人が巨大な猫を見て大きく驚く。

 

 「な、なんだアレは!!おもしれーオンナ!」

 

 魔法少女サクラが戦線に戻り、大きな猫ハンマーを振り下ろす。

 

 重苦しく空を潰し風を左右に振り分ける攻撃は、非常に遅く鈍い。

 

 そんな攻撃であれば霊鳥の怪人は簡単に避けられる。

 

 「一度攻撃を止めるか・・・フゥーハハハハ!楽しくなって来たぜ」

 

 猫ハンマーをおちょくる様に飛び回ると、霊鳥の怪人が誰よりも高く夜空を舞う。再び暴風の攻撃を広範囲に行う為だ。

 

 「・・・ん?なんだコレは」

 

 高く飛ぼうとした霊鳥の怪人の視界には、桃色の何かが空中に浮いていた。

 

 それは幾何学模様で円型のふわふわ浮いている様に見える。

 

 「やーい、ようやく見つけたの?」

 

 霊鳥の怪人に追いついたサクラが、真後ろで霊鳥の怪人を煽り始める。

 

 「なんだコレは・・・」

 

 その時まで冷静だった霊鳥の怪人が少しだけ冷や汗を流す。

 

 「それ?よく見てご覧よ。たっくさんあるよ」

 

 にんまり笑う少女の笑顔はとても可愛らしく、怪人がこぞってこの魔法少女を食べたいと言うのも頷ける。この甲高い声で鳴いてくれれば、さぞ心がスッとする気分になるだろう。

 

 しかしその笑顔は今はとてつもなく不穏なモノに感じられた。

 

 「ソレね、私達のお姉さまの作戦の一部。触れたら爆発する魔法陣」

 

 イタズラ好きの少女の笑い声に、霊鳥の怪人の背筋が震えた気がした。

 

 霊鳥の怪人が焦りを感じつつも、今飛んでいるこの場所の辺りを見渡せば、いたる所にサクラの展開した魔法陣が無数に張り巡らされていた。

 

 これら全てが触れれば爆発する魔法陣だと言うのであれば、この魔法少女も危ない筈・・・。

 

 (いやいや待て待て!もしかしたらこいつには適用されずに、すり抜けていく・・・とかもあるかもしれねぇ!)

 

 霊鳥の怪人のその考えは当たっていた様で、サクラがニヤリと笑えばすぐに真下に降下していった。その魔法陣をすり抜けながら落ちていく少女の顔は、霊鳥の怪人の瞳とサクラの瞳が重なる。

 

 サクラのその顔を、その瞳を見て霊鳥の怪人に寒気がした。鳥肌が立ち、怖気がして不安になった。

 

 その原因がこの魔法陣。

 

 「今だよーー!レイナさーーーん!」

 

 サクラの大声が地上に居るレイナとルカに良く聴こえた。

 

 霊鳥の怪人への反撃手段が整った合図だ。

 

 「良くやった、サクラ!」

 

 レイナが無数の破邪の剣を指と指の間に挟みながら、落ちてきたサクラが新たに展開した、大きな魔法陣に剣を投げつける。

 

 「破邪の・・・!」

 

 無数に錬成し、無数に投げつける。レイナが産み出す破邪の剣は、サクラの展開する魔法陣に吸収されていく。

 

 そんなレイナを守る様にしてルカが、イクリプスの盾を大きく構えている。

 

 レイナが投げ、サクラが飲み込み、ルカが守る。

 

 投げられた破邪の剣はと言うと・・・。

 

 「どわぁぁーーー!?」

 

 霊鳥の怪人の周囲に展開された魔法陣から、虹色の剣が何度も射出されていた。確実に空中で逃げ場が無くなる様にするために、サクラが飛び回りながら展開した魔法陣。

 

 その魔法陣からレイナの剣が何度も飛び出して、360℃上下左右、夜空という状況において確実に逃げ場をなくした霊鳥の怪人に、虹色の刃が何本も突き刺さってダメージを与えていく。

 

 風を貫きながら肉体を抉る剣の数々、ソレは確実に勝利を狙った最大の攻撃手段。

 

 「破邪の・・・!!」

 

 当たらなかった剣はレイナの右肩へと落ちてくる。突き刺さるその剣は、少しだけレイナにダメージを与えてしまうが、それでもレイナは破邪の剣を投げるの止めないでいる。

 

 それよりも不発した破邪の剣を防いでいるルカも、レイナにだけはなるべく当てない様にして盾を構えている。

 

 魔法陣から無数に飛び出す破邪の剣。

 

 それと同じく防戦一方になった霊鳥の怪人。

 

 更に退魔の霊力を練り上げながら、最大の一本を召喚しようとするレイナ。

 

 「おのれフゥーざけるなぁ!」

 

 無数の破邪の剣が刺さりながらも、霊鳥の怪人が思い切り暴風を起こして魔法陣と破邪の剣を風で叩き落とし、魔法陣は破壊されてしまう。

 

 「今度はこっちから・・・反撃するぞ!」

 「破邪の・・・!!!」

 

 霊鳥の怪人叫びを無視して、レイナが両手で最後の一本を錬成した。その一本はレイナが破邪の領域で出せる最大の大技。

 

 「破邪の至崩(しほう)剣!!!!」

 

 打ち出された虹色の処刑刃は、サクラの魔法陣に向かって飛んでいく。

 

 ルカも月の力、月光線をサクラの魔法陣に打ち出し、サクラは2人分の大技をその魔法陣に吸収させた。

 

 「霊鳥の嘴(スパルナ・ミサイル)!!」

 

 霊鳥の怪人が3人が立つ場所を目掛けて暴風を纏った急降下を成して、スピンしながら地上すれすれを滑空する。

 

 ミサイルの名に恥じない強力な攻撃だと、誰もが解っていた。

 

 だが、サクラが霊鳥の怪人の真正面に立ち、その背中をレイナとルカが支える。

 

 大きな魔法陣は空中の魔法陣との繋がりを無くした事で、もう先程の攻撃は出来ない。

 

 ならばこの魔法陣を使って・・・そのまま打ち出す!

 

 「マジカルマジカル〜!」

 「破邪の・・・!」

 「月光!」

 

 魔法、退魔、月の力。

 

 3つの能力が混ざり、3つの能力が解き放たれるこの時限定の、最大の力。

 

 

 『ヘヴン・ホワイトファング!』

 

 

 魔法陣はより輝きを増して、桃色の光の中に、月の淡い光に呼応して、虹色の大きく強い力が明滅し始めた。

 

 解き放たれた最大の力は、天国に立つ審判の如き巨大な剣。

 

 その最大の剣が、ミサイルとなった霊鳥の怪人の嘴と激突を開始する。

 

 嘴を守る強き暴風と、3つの能力の混ざった巨剣。

 

 全てはヘヴンホワイティネスの勝利の為に、ギンジのこの戦いの勝利の為に・・・3人の美女が繰り出した最大奥義が霊鳥の怪人を相手に炸裂した。

 

 この力押しに勝てなければ、次は無い・・・!

 

 「行っけぇぇええ!!」

 

 レイナが霊力を込めながら強く叫ぶ。こんな怪人に手間取っている場合では無いのだ。

 

 退魔警察として、そしてヘヴンホワイティネスと同じ志を持つ者として、更にはギンジへの想いをありったけ込めて、夜空の下の激突に敗けないぐらい大声で叫んだ。

 

 その想いに応えたのか、巨大な剣は声によって力を増して、暴風に守られる嘴に勢いを付けて刃をくっつけた。

 

 「ふぐぅううおおおお!!!」

 

 霊鳥の怪人が踏ん張りながらも刃との激突に、敗けそうになっている。先程の無数の攻撃がここに来て、集中力を落としているのも効いている。

 

 それでも暴風は収まらない。この暴風を止めるとすれば、それは自分の死ぬ時だ。

 

 霊鳥の怪人は本来ここには居ない筈の怪人だった。

 

 本当ならば戦闘ではなく、柏木タツヤ大幹部の協力者(・・・)を逃がす為の立ち位置でここに居た存在だった。

 

 だが予想がズレた事で正義連合やヘヴンホワイティネスの襲撃を許し、ここでの妨害を任された。

 

 その変わりの褒美として、正義連合を倒せば怪人大幹部の席を用意してやる・・・その言葉を信じて霊鳥の怪人はここでの戦闘を買って出た。

 

 だと言うのに・・・。

 

 「ぐっかああぁ・・・!!」

 

 どれだけ叫んでどれだけ力んでも、暴風は徐々にその勢いを落としていき、変わりに敵の剣が大きく強くなっていく。

 

 「これで終わりだ!」

 

 ルカが強く言うと霊鳥の怪人に怒りが激しく大きくなる。どれだけ思っても、敗けるつもりはないし、こんな奴らに敗けるつもりはない。

 

 それなのに、自分の力は落ちていく一方だった。

 

 「クソ!クソ!クソオオオ!!」

 

 ついに暴風の渦を纏う嘴が消え失せて、変わりに視界一杯に広がるのは大きな剣の切っ先、先端である。

 

 「そんな・・・馬鹿な!!」

 「バカはお前の方だ!召されよ!」

 

 嘴が剣とくっつき、次の瞬間にはその硬い嘴を真っ二つに斬り裂いた。その勢いは止まらずに霊鳥の怪人の顔を斬り貫き、頭部を左右に分けて、胴体も左右に裂いて、足先でさえ綺麗に別れた。

 

 霊鳥の怪人がそこで斬られた事により、剣は消滅して霊鳥の怪人は断末魔を上げる事なく黒い霧となって爆散していった。

 

 「・・・私達の勝ちだ」

 

 レイナが静寂を取り戻したこの場所で、ルカとサクラに振り向いてにこやかな笑顔を見せると、サクラとルカの2人も笑顔で返す。

 

 霊鳥の怪人を倒した事で、もうここに魔の気配を感じなくなった。そうして3人の正義連合はヘヴンホワイティネスが向かったであろう神宮リゾートホテルへと歩みを進めるのであった。

 

 ショッピングフロアの戦い

 

 正義連合vs霊鳥の怪人

 

 勝者・正義連合

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 現在の戦況

 

 赤鬼、ホテルへと突き進んで居る

 

 正義連合、霊鳥の怪人をしばき倒した→ホテルへ

 

 ヘヴンホワイティネス、新怪人四天王との激突中

 

 オーク怪人vs梟の怪人、現在交戦中。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 リゾートホテルの地下から、岩盤を削り拓いた海が流れる人工のトンネルに、複数人の足音が響いていた。

 

 その場を歩くのは5人。それぞれが高級なスーツを着ていて、人工的に埋め込まれた石の通路の奥にあるクルーザー船へと、足並みもバラバラに歩いていた。

 

 「もう、終わりで良いのですか?父上」

 

 体格の良い身体に、黒みがかった白髪の男が戦闘を歩く白スーツの男、父上と呼ばれた男に声をかける。

 

 「構わない。一先ずの目的は達成したのでな」

 

 荘厳な雰囲気を併せ持ちつつ、黒い地獄の様な威圧も醸し出す、父上と呼ばれた男の後ろ姿。

 

 「おぼっちゃま、船の支度は済んでおりますが・・・本当によろしいので?」

 

 5人の内一人、唯一白いスーツではなく漆黒の革スーツを着た老執事が、先頭を歩く父上に声をかける。

 

 目の形にあっていないサングラスをかけた執事は、人工のトンネルの中で、後ろを歩く三名の人物の顔を一人ひとり見回す。

 

 先程の体格の良い男の名は、神宮ヒシヤ。

 

 その少し後ろを歩くのは、同じく黒みがかった白い髪を長く伸ばして、前髪を左側だけ垂らして左目を隠した少女、神宮カクミ。

 

 一番最後尾ではポケットに手を突っ込み、白スーツをだらしなく着崩した男が歩いていた。

 

 一番筋肉質な身体と、スーツを筋肉でパツパツに押し広げている高身長の男も、黒みがかった白い髪をドレッドで伸ばして後ろで結びつけたコーンロウと呼ばれる髪型にした、神宮オウテ。

 

 彼ら3人、全て神宮の家の産まれの者であり、それぞれの瞳がもう人間を辞めている者の色になっていた。

 

 人間で言うならば白目の部分は真っ黒になり、瞳孔と呼ばれる部分は赤く染まっている。

 

 そして・・・先頭を歩くこの男も、瞳は見えないが後ろ姿だけでも気配はもう人のソレでは無くなっていると・・・老執事・歩兵ミツナリは感じ取っていた。

 

 父上の名前は神宮ソウイチロウ。

 

 本来ならば正式に18代目神宮財閥のCEOになる予定だった男。

 

 ある計画の失敗で財閥からは除名され、家族も全員露頭に彷徨うハメになった。

 

 神宮ソウジロウの兄であり、弟よりも優れた経営手腕、分析能力、株式市場の誰よりも早い状況判断。

 

 建築、金銭の動き、利益のとり方、帝王学、発想力。

 

 その全てが弟よりも優れた、神宮一族切っての天才だと言われ続けたこの男も、今では家族全員をヘルブラッククロスの怪人化の為に使い、自分の諦めていない計画、その野望を達成する為の駒として見ている。

 

 「・・・カエデの事は良いのですか?」

 

 神宮カクミが父親に声をかけるが、ソウイチロウは足を止めてカクミに殺意を送る。実の子供に出して良い気迫ではない事を、カクミは口に出して言いたかったが、なによりも恐怖がその瞬間に勝ってしまう。

 

 言葉を紡ぎ、喉から声が出なくなってしまう。

 

 「お前らの様な出来損ないは、私の役に立てる様に動いてくれればそれで良い。オウテ、ヒシヤ、カクミ。お前たちだけは、あの子を・・・」

 

 あの子。ソウイチロウがそう呼ぶのは、自分の姪である神宮カエデ。

 

 「名前で呼び捨てにするな・・・」

 「はっ・・・い・・・」

 

 カクミに向けられた殺意は明らかに親子の常軌を逸したモノであり、うつむいたままカクミは静かに返事をした。

 

 クルーザー船の近くまで歩き出し、この場に居る5人は船を視界に入れる。

 

 神宮ソウイチロウの設計の下、作り上げられたこの船。見た目はどこから見てもただの大型クルーザー船が、人工のトンネルの海に浮かんでいた。

 

 神宮・セント・ドゲンカ・ヲノー。

 

 それがこのクルーザー船の名前であり、神宮をどうにかしないと行けない、とかそんな意味合いがあるのだとか。

 

 「では、戻るぞ」

 

 ソウイチロウが家族と執事にようやくその顔を見せた。

 

 元々ここに来たのも、ソウジロウを貶める為であり、その代価として自分達は力を組織に提供してもらう。

 

 その第一の目的を達成した神宮ソウイチロウ達は、恐らくここに来ている神宮カエデをここで連れて帰る事はせずに、捨て置いとく事にした。

 

 今は・・・得た力を制御しておく事のほうが重要であり、早くここから離れるに越したことはない。

 

 「・・・天の果てへ・・・」

 

 ソウイチロウの厳格の顔つき、顎にあるヒゲと白い髪。

 

 その中で、双眸が暗闇に飲まれて赤く光りだす。

 

 彼もまた・・・怪人という領域に立ち、地獄に魅入られて力を得た一人だった。

 

 クルーザー船が動き出し、人工のトンネルを抜けて、暗闇の海を真っ直ぐ突き進み始める。荒い海も、ただの闇夜も、今のソウイチロウからすれば、全ての計画が順調に動き出しただけ、その祝砲が放たれている。

 

 その気持ちだけで、これから先の未来に期待を寄せられた。

 

 (10年・・・長かったな─)

 

 ソウイチロウがクルーザー船の椅子に座りながら、自分の右手を見つめて握る。

 

 10年前に計画は失敗したが、10年後である今、その失敗を取り戻せば良い。

 

 今度は・・・怪人の力を使って・・・。

 

 

 

続く

 

 




お疲れ様です。

ミヤコ奪還編ももうすぐ半分だった所、次回で半分になります。

次回こそはオーク怪人とヘヴンホワイティネスのお話に!

キャラネタ書きます

女王ナメクジの怪人
一般男性であれば勝つ事は正直無理なレベル。アホほど性欲も強いので一晩で400戦ぐらい出来ないと一方的に絞られる。
女性同士もイケる。でも赤鬼に勝てなかった。

赤鬼
女王ナメクジの怪人の液体を持ち帰って、カエデの姉御かミヤコ姉さんにプレゼントしてあげよう。

霊鳥の怪人
ものすごくイカ臭えですわ!
技名は全て神話の霊鳥に由来する。
趣味は子供達とニチアサで語る事。女攫いは好きだけど、子供は襲わない。子供っぽい趣味がたくさんあるが、イカ臭っせえですわ!

熊沢レイナ
作戦は要約すると、難しい事は考えず3人でボコろう!
サクラの魔法に強く、ルカの防衛に弱い

小町サクラ
魔法陣と魔法陣を繋ぐ魔法で作戦を援護した。
レイナの退魔に弱く、ルカの防衛に強い

月島ルカ
暴風や攻撃に耐えるという事や、レイナの防御に役立った。
サクラの魔法に弱く、レイナの退魔に強い

神宮ソウイチロウ
神宮カエデの伯父であり、カエデを使った野望を計画している。
10年前は失敗したが、10年後の今、成功すると信じている。
神宮家を追放されたが、持ち前の頭脳でハイパー頑丈に生きてきた。
改良された怪人の珠で怪人化した。
自分の子供達は全員駒の扱いであり、妻にはカエデ一筋な所を気味悪がられて逃げられた。その後殺害した。

神宮オウテ/ヒシヤ/カクミ
ソウイチロウの子供達。
長男・オウテ、次男・ヒシヤ、長女カクミ(末っ子)
この三人も怪人の珠で怪人化したが、父親と同じく改良品を貰った。
父親からは愛情を貰って居ないが、指示、命令には絶対服従。

オウテ20歳、ヒシヤ19歳、カクミ17歳
名前の由来は将棋の王手、飛車、角

歩兵ミツナリ
神宮ソウイチロウ、ソウジロウの父親であるソウヘイが子供の時からの執事。弱い89にして現役。怪人の心臓を移植してもらった事により、若き力が戻ったとも。半怪人化している。カエデの爺ちゃんであるソウヘイ、ソウジロウ、ソウイチロウを全員ぼっちゃま呼びしているので、忠誠心は皆無に等しいが、ソウイチロウ派についている。

ソウイチロウ一派の出番は一先ず終わり。再登場までお待ちください。
・・・

次回こそはオーク怪人と、ヘヴンホワイティネスのお話に!
梟の怪人を倒し、新怪人四天王も撃破出来るのか!
ヘヴンホワイティネスを応援してね!

ヘルブラッククロスも応援してね!

それではまた次回!元気モリモリでガンバルゼェエエエ!!!


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85・だけど、離れ離れになり

こんにちは、アトラクションです

最近仕事も忙しくて、嫌になっちゃいます。
100年ぐらい有給取りたいですね。

今回のお話は、前後編に別れる様な形で章の半分となるお話にしております。これはその前編。

それではどうぞ!


 神宮リゾートホテル。ここは一年中人々が癒やしと安寧を求めて、極楽を楽しむ神宮財閥所有のホテルである。正しき行いを続けて来た財閥の由緒正しきホテルは、今は地獄の如き理不尽な破壊行為によって、美しい姿は無残なモノとなり、そこかしこに激しい破壊の音がひびき続けて居る。

 

 そしてそのホテルの中腹部分、神宮のプレートをも壊された廊下のすぐ奥・・・。

 

 中層の大きな調理場では、地獄から産まれた豚と梟、その2人がお互いの守るべきモノを手にする為に大激突を繰り広げていた。

 

 オーク怪人は自分に起こる未来が観えて、梟の怪人は相手の考えている事が映像化される能力。

 

 似て非なる能力が、ここに来てお互いの確実な一撃を生み出せないでいた。

 

 (厄介な能力だな)

 

 オーク怪人の右足から鞭の様にしなる蹴りが繰り出されても、梟の怪人はそれを軽々しく避ける。

 

 対する梟の怪人も隙きだらけだらけに見えるオーク怪人に、攻撃を当てても驚異のタフネスから背中で跳ね返してくる。

 

 少しずつ一撃のダメージを与えても、いつかは押し返される。

 

 「ホー、こっちはお前の考えている事なんて丸わかりなんだ。無駄な抵抗は辞めて死ぬべきだぞ」

 「ブヒ、さっきからそればかりだな。語彙力無いのか?」

 

 梟の怪人の挑発はオーク怪人には通用しない。舌戦ならオーク怪人に分があるだろう。

 

 「やはり・・・思い知らせるホーホーはこれしか無いか」

 

 梟の怪人が喋りながらぎょろりとした怪人の瞳を蠢かせる。それと同じで腕を振り上げて拳を構える。

 

 オーク怪人も無言で拳を構えて、梟の怪人と目線を合わせる。

 

 ジリジリとした熱気が空間を捻じ曲げて、ぐにゃりとした様に見える程の熱さが2人を中心に広がっていく。

 

 「・・・」

 「・・・」

 

 お互いに無言なまま次の攻撃を警戒し、お互いに睨みを効かせる。

 

 (ホー、来たか)

 

 先に動いたのはオーク怪人。

 

 考えている内容は──先ずは真正面から行き、左から蹴る!──それが解れば、梟の怪人は右に避ければよいだけ。

 

 オーク怪人がその巨体に見合わない素早さで接近すると、確定思考で理解していた通りに、右に身を翻した。

 

 しかし蹴りはしていたモノの、オーク怪人が右足で後ろ蹴りを繰り出し、梟の怪人の胸にめがけた鋭く軍靴がめり込んだ様に見えた。

 

 「ぬぅ、防御したか・・・小癪な」

 

 軍靴が当たる前に両腕を交差させて、上手いこと蹴りを防いだ梟の怪人。

 

 (ホー、今の一瞬で蹴りを考えたのか・・・骨が痺れるっ)

 

 両腕にクリーンヒットしたのか、防御をしたのにダメージが入っている。梟の怪人はオーク怪人の知能の高さを素直に称賛出来ている。

 

 しかしどうあっても、次を考えるというのは自分の方が上だと、梟の怪人は自分の勝利を信じて疑わない。

 

 「行くぞ、梟!」

 

 再び地獄の豚が叫び、地獄の梟もそれに反応する。

 

 次はオーク怪人の突進。巨体を丸めて肩からのタックルは、見た目以上に大きく見える。

 

 だがこれだって避けてしまえば・・・。

 

 ──このタックルも避けるに違い無い!──

 

 オーク怪人の思考が読めた。つまり避けた後にまた何かをするつもりだ。

 

 ならば・・・。

 

 梟の怪人が足を大股で開きながら踏ん張り、両腕を広げる。

 

 (玉砕するつもりか!?)

 

 早く倒れるならばそれでも構わない。しかしオーク怪人がそう思っても、確定未来の映像は、受け止められた勢いで梟の怪人が立つ後ろのコンロに投げ飛ばされる・・・その映像が見えた。

 

 (・・・ならば!)

 

 オーク怪人はそのまま勢いを強くしていき、梟の怪人の胴体ど真ん中を狙いを定めて、思い切りタックルを決める。

 

 確定未来の映像の通り、突っ込んだ勢いを利用した巴投げが炸裂する。

 

 「ホー!?」

 

 確かに梟の怪人はオーク怪人を真上に投げ上げた。だが、その次はオーク怪人が梟の怪人の首の毛皮を掴み、地面に堕ちる衝撃で逆に梟の怪人を持ち上げたのだ。

 

 怪力。文字通りの圧倒的なパワーで、梟の怪人を見上げるオーク怪人がそのままコンロめがけて梟の怪人を叩き落とした。

 

 「ホガァ!?」

 

 頭から叩き落されて、梟の怪人が悲鳴を上げる。

 

 「ホー、調子に・・・乗るな!」

 

 猛禽類の足爪がオーク怪人の軍服を貫き、身体をひっかき回す。

 

 全身を瞬時に切る攻撃に、オーク怪人はまたしても軍服をおしゃかにしてしまい、それと同時に全身から出血していく。

 

 「ぐぬぅ・・・」

 

 血液で視界を遮られたオーク怪人の両肩を掴み、梟の怪人がシンク台にオーク怪人を何度もぶつけていく。

 

 豚の顔の形にシンクがへこみ、ところどころに血液にまみれていく。

 

 赤く鮮血に汚したキッチンの床に、オーク怪人を擦り付けてスライディングの要領で梟の怪人がオーク怪人に追い打ちをかける。

 

 「勝つのは我々ヘルブラッククロスだ!誰にも我が大幹部、総統の邪魔はさせん!ホー!!」

 

 猛禽類の足でオーク怪人を何度も踏みつける。爪が肉に刺さり腹部に穴が空き、肉を潰していく。

 

 「ぐほっ、ブヒっ・・・いい加減に、しろ!」

 

 両足を上げて梟の怪人の首を真後ろから締め上げて、前方に押し倒す。足を降ろした勢いで立ち上がり、梟の怪人も同時に立ち上がる。

 

 お互いの距離は腕を伸ばしきらなくても、手が届く距離だ。

 

 「ホー!」

 「ブヒぃ!」

 

 オーク怪人の鋭く重い拳、梟の怪人の軽くとも痛い拳。

 

 二つ同時に腕を交差して、お互いの顔にクリーンヒットする。

 

 「ホー、舐めるな!」

 「貴様こそ、甘く見るな!」

 

 そこからは頭突きが同時に繰り出され、脳に響き渡る衝撃。

 

 同時に動き出しては、爪と軍靴の突き出し蹴り。

 

 オーク怪人の強力なブロウパンチ、踵落とし、タックル、手刀。

 

 梟の怪人の強力なラッシュ、回し蹴り、正拳突き、拳法。

 

 調理場全体を回る激しい殴り合いが長く続く。

 

 そのどれもがお互いの能力を駆使した先読み勝負であり、攻撃と防御を同時に兼ねる、激しい激突の連続。

 

 何度も吹き飛ばされては、何度も殴り返し、何度も同じ状況が続いていく。

 

 「私はドクターの未来の為に、ここに立っているのだ!」

 「私も同じだ、大幹部とヘルブラッククロスの未来の為に、ここに居るのだ!」

 

 オーク怪人の言葉に、梟の怪人が叫んで、再びオークの攻撃を避けられた。

 

 腕を何度もぶつけ合う攻撃に、終止符を撃つ。

 

 梟の怪人がオーク怪人の背中をはっきりと捉えた。

 

 次の攻撃で、命が尽きるまで、この猛禽類の爪で・・・殺してやる。

 

 そう息巻いた梟の怪人に、オーク怪人の後ろ蹴りが伸びてきた。

 

 (ホー!さっきと同じだ!もう読めている!)

 

 軍靴の重苦しい蹴りの靴底の面が、梟の怪人の視界に広がってきた。さっきと同じく、防御すれば・・・。

 

 (!?)

 

 しかし両腕は上がらなかった。

 

 その事がきっかけで反応が遅れた梟の怪人の胸に、再び蹴りが伸び切って当たってしまった。

 

 (ボォォ!?)

 

 ボギボギ・・・と体内で骨の鳴る音、いやこれは骨の折れる音。

 

 それが体内で響いて、梟の怪人が調理場の壁に叩きつけられる。

 

 「ごほっ・・・なんでだ、腕が上がらん・・・」

 「そうだろうな・・・ハァ・・・」

 

 蹴りがようやく当たった事で、オーク怪人が迫るが出血がひどい為か、片膝をついてしまう。

 

 元々最初に当てた蹴りは、反射神経だけで動かしたが、どうせそれも防がれるのは解りきっていた。ならば、防御に多用するあの腕を壊してしまおうという、オーク怪人の次の一手としての布石だった。

 

 だが相手はどうやら人の考えが読めるらしい。

 

 ならばもっと強い蹴り、これで攻撃する。その考えだけで思考能力を働かせて、思い切り蹴りをかました。

 

 その後に続くお互いのラッシュにおいても、同じ。出来ればダメージを取りたいが、焦ってもこちらの攻撃が当たらず、相手の攻撃だけを貰うハメになる。

 

 ならば次々と来る攻撃を受け止めつつも、自分と同じ状況になって貰う。そうする事で、この梟の怪人は常に防御に腕を使う。

 

 そしてそこまで腕を使えば、当然タダでは済まない(・・・・・・・・)と。

 

 梟の怪人の腕は既に砕けている事を、自分自身で理解出来ていなかったのだ。

 

 自分の武器でもあり、盾でもある翼の腕。

 

 「これで勝ったつもりか・・・ホー、まだ腕が砕けただけだ」

 「・・・怪人としては一流の様だな・・・だが!」

 

 壁から落ちた梟の怪人が、腰を器用に使って立ち上がり、オーク怪人もその全身から血液を流しながら立ち上がる。

 

 お互い構えるのは右拳。

 

 腕が使えなくなろうとも、ヘルブラッククロスの裏切り者を倒そうとする梟の怪人の覚悟をその眼で見たオーク怪人が右手だけで戦うという意思を見せたのだ。

 

 (お互い・・・産まれる時期と、造ってくれるのが・・・)

 

 豚と梟。交わる事のない2人の怪人が同時に走り出した。

 

 オーク怪人が右手を・・・雪の怪人と戦った時みたく振動させて、梟のか怪人の右手へと突き出した。

 

 二つの拳がぶつかり、オーク怪人の振動する拳が梟の怪人の拳を完璧に破壊し、羽の毛皮を剥がして骨を打ち砕き、肉を粉砕していく。

 

 (ドクターミヤコだったら、我々はきっと良き友になれただろうな)

 

 覚悟に覚悟の雄叫びを上げて、オーク怪人が梟の怪人を右腕ごと彼女を殴り飛ばした。

 

 振動と破壊が肉体にまで届いた梟の怪人が、その身体をキッチンの巨大冷凍庫に叩きつけられて、動けなくなってしまったが、オーク怪人のトドメの一撃が繰り出された。

 

 ギンジに喰らった事のある、音楽堂での戦いを思い出し、右足を振動させながらの一閃の如き蹴り。

 

 振動一閃蹴。ブレる事なく梟の怪人の胴体に確実な一撃を叩き込み、冷凍庫の扉ごとその生命を葬った。

 

 「・・・強敵だった・・・」

 

 動かなくなった梟の怪人を壁から引き剥がし、その亡骸を大鍋に突っ込み、生きている水道から水を取り込んでいく。

 

 それをコンロにかけて強火で茹で始める。

 

 「貴様は喰らって行く。死体を誰かの手に渡すわけにはいかんのでな・・・私が勝ったのだから、文句は無いだろう」

 

 ボロボロになった身体を引きずる様にして、オーク怪人は少しの休息を取るのであった。

 

 今はこんな事をしている場合では無いだろうが、友と認めたこの怪人の亡骸を自分の身体に取り込んで居る間に、もう一人の友がドクターミヤコを救出している頃合いだろう。

 

 神宮リゾートホテル・調理場の戦い

 

 オーク怪人vs梟の怪人

 

 勝者・オーク怪人

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 神宮リゾートホテルの一階、エントランスホールではまだ激戦が続いていた。

 

 自分の父親を助ける為に、自分達の仲間を助ける為に、なんの罪も無い人達を苦しみや恐怖から助けるために、ヘヴンホワイティネスがここまで来たのだ。

 

 そんな彼女達を妨害するのは、ヘルブラッククロス。

 

 新怪人四天王となってその席に付いた怪人達は、鋼の怪人、蜘蛛の怪人、武者の怪人の三名。

 

 鋼の怪人と相対するは、ヘヴンホワイティネス神宮カエデ。

 

 蜘蛛の怪人と交戦するは、ヘヴンホワイティネス宮寺レン。

 

 武者の怪人と対峙するは、ヘヴンホワイティネス甘白ミドリコ。

 

 蜘蛛の怪人の視認するには困難を極める、糸の攻撃。触れれば勢いと重みで全てを切断する鋭い攻撃は、全身をビームで包むレンには存在していて、存在していない。

 

 武者の怪人の繰り出す斬撃は、ほぼ生身になっているミドリコには至極強烈な攻撃になるが、今のミドリコはいつもと違い、様々な武装を一つにまとめ上げて、更に武器を身体に装備している完全武装。

 

 鋼の怪人が向ける先、肉体の全てが鋼化する攻撃は重くて強い。悪の側面を全て詰め込んだ容赦の無い攻撃がカエデのガントレットと激しくぶつかる。

 

 「どうしたヘヴンホワイティネス!オイラ達を倒すんじゃなかったのか!?」

 

 蜘蛛の怪人の粘着糸による妨害、武者の怪人による斬撃の横入れ、鋼の怪人の圧倒的なパワーで繰り出される一撃に、カエデもレンもミドリコも正直手を焼いている。

 

 彼女達のコンビネーションが悪いのではない。彼らのコンビネーションが完成しているのだ。

 

 無論一人で戦っても、相応に強いが、なにより戦う場所が悪い。

 

 カエデとレンは前に出られるが、ミドリコが爆撃攻撃を行えず、遠距離攻撃を得意とするミドリコに集中してしまう。

 

 そこを狙われたカエデが鋼の怪人と蜘蛛の怪人により動きを止められて、レンが武者の怪人によってビームを斬られる。

 

 3vs3の戦闘が続き、カエデもレンもミドリコも状況がかなり悪い。

 

 「無謀・・・だっ」

 「そうだな。どちらにしても拙者達に勝てるとは思わない事だ」

 

 鋼の怪人と武者の怪人が強い口調でカエデ達に言い放つ。

 

 それでもヘヴンホワイティネスである彼女達は、敗けるつもりは無いとその視線に輝きを失わせない。

 

 「・・・レン、ミドリコ、お願いがあるの」

 

 カエデが目線を逸らさずに、2人にお願いを口にする。

 

 「・・・大体予想は付くけど、何?」

 

 レンは口角を上げてカエデのお願いに耳を貸す。

 

 「君のお願いならいくらでも聴くさ。この状況なら尚更な」

 

 ミドリコもシルバーボウガンを構えながら、カエデに耳を傾けていた。

 

 「このまま混戦していても拉致が開かないわ・・・あたしが敵を分断するから、ヘヴンホワイティネス皆それぞれバラバラに戦うのはどう?」

 

 カエデがレンとミドリコに一瞬視線を動かしながらそう話すと、カエデがブーツのギアを鋭く回す。

 

 「どいつから気持ちよくなるか相談は終わったかー?」

 「あたしが今から床をぶち抜くから・・・後はわかるわよね」

 「おーい、オイラは誰からでもいいぞーベロキスすっぞ。オラ口あけろ」

 「解った・・・私はあの武者の怪人を相手する」

 「私は、あの蜘蛛の怪人。必ず、倒す」

 「おいおいおーい!シカトかー?後で気持ちよさが身体に毒だぞ」

 「ありがとう。あたしはあの鋼の怪人を倒す。皆で勝って、ミヤコも連れて一緒に帰るわよ!」

 

 カエデの左右に並んだレンとミドリコが、カエデの肩を軽く叩くと、それを合図としてカエデが思い切り前に飛び出した。

 

 「先ずはお前か!いいぜ、来いよ。一緒に子作りしようね」

 「さっきからうるっさいのよ!!!」

 

 怪人達に届く僅かな距離でカエデが飛び上がり、両足のギアが回転して発光する。眩い光が眼くらましとなり、眼くらましになった。

 

 それをチャンスとしたカエデが思い切り、エントランスホールの床へと急速落下して必殺技を叩き込む。

 

 「必殺!ヘヴンリー・スタンプ!」

 

 カーペットを踏み砕き、床には大きな亀裂が入る事で、蜘蛛の怪人と武者の怪人がバランスを崩してく。

 

 「小賢しい真似を──!」

 

 武者の怪人が刀を引き抜こうと腰を落として構えるが、その正面。

 

 ミドリコがシルバーボウガンの矢を飛び出したまま、武者の怪人へと突進して、そのダッシュの勢いのまま近くのレストランから見える大きな窓ガラスへと走っていく。

 

 「死なばもろともか─」

 「いいや、駄目で元々だ!」

 

 矢は止め金に突き刺さり、武者の怪人に傷は無い。しかし、ミドリコが引き金を絞る事で、その矢は射出されて後部の矢じりについた爆薬が至近距離で爆発する。

 

 シルバーボウガンが傘状に開き、爆風を防ぎながら武者の怪人だけは窓ガラスの向こう側へと吹き飛ばされていく。

 

 落ちた先は噴水と川が一つになった、ホテルの景観として一役買っていた美しい小道。

 

 そこの石床に転がっていくのを確認したミドリコは、ワイヤーフックを使って武者の怪人が落ちた場所に向かっていく。

 

 同じタイミングでは蜘蛛の怪人がレンのビーム剣を受け止めて、糸とビームの衝突が始まっていた。

 

 「不意打ちだと!?オイラを騙せるなんて思うなよ!唾交換するぞ」

 「もう騙してる。『言葉使いに気をつけろ』。後ろに、カエデが居るよ」

 

 レンが指さした方向を警戒した蜘蛛の怪人が振り向いたが、そこには誰も居ない。少し離れた場所のレストランに爆発が起こったぐらいだった。

 

 「なんっ゛!??」

 

 ここまではただの嘘。ここからがレンの不意打ち。

 

 ビームハンマーの出力を上げた、重たく大きい9本の棘がついたビームハンマーが、蜘蛛の怪人を胴体を横薙ぎでぶっ叩かれた。

 

 「ビーム剣術!」

 

 すぐに形状を変えて、次はドリル。

 

 空中に浮いた蜘蛛の怪人にしっかりが狙いを定めて、レンのドリルが突きこまれる。

 

 「ドリル・リヴェンジ!」

 

 ドリルを高速回転させながら、蜘蛛の怪人に飛び出していき防御で出された粘着糸をたやすく斬り開く。

 

 「この・・・粘着糸の防壁(アシダカグモ)!」

 

 蜘蛛の巣の様な形状の盾が展開されて、ドリルはその糸をも斬ろうとするが糸が絡まり回転が止められる。

 

 ドリルの先端は蜘蛛の怪人の顔の寸前に迫っていた。

 

 「動きが止まればこっちのモンだぜ!オラ足開け」

 

 左三本の腕にまとわりつくのは、キラキラと白く見える糸。その糸が束ねられて拳を守るグローブの様な姿になり、レンの胴体をめがけて振出される。燕尾服を揺らしてスマートな姿勢から繰り出される三本ストレートパンチに危機を感じたレンはドリルを元のビーム剣に戻して、後方に回転にながら避けていく。

 

 「避けたのは正解だぜ。この糸は斬糸(ざんし)。触れるだけで斬っちまう、オイラの得意な糸でな。この糸の上手い使いどころは女湯に入っているトモカちゃんのバスタオルを上手い具合にピッと切込みを入れてうんたらかんたら」

 

 長々と話している間にトモカという単語が出てきて、レンの中にとてつもない怒りが湧き上がる。

 

 最近トモカがお風呂に入るのが怖いと言っていたのを思い出して、レンはビーム剣をハーフブレードに形状を変えて、居合抜きで自分と蜘蛛の怪人の足元をくり抜いた。

 

 「そしたら日焼けで小麦色になったトモカちゃんの背中が綺麗でうおぉぉぉぉ」

 

 話している間に落ちてしまう。そんな蜘蛛の怪人が6本の腕で糸を展開させて、落ちるの阻止する。その姿は自分を中心として蜘蛛の巣。

 

 しかしその形の糸の展開で難を逃れても、その巣の中心にレンがビーム剣を真下に向けて落ちてくる。

 

 「ビーム剣術!ヘヴンフォール!」

 

 落ちる勢いと体重、全てをビーム剣に流して、一滴の雨粒の如く蜘蛛の怪人に蒼白い雫が落ちた。

 

 雫と呼ぶにはあまりにも殺意の込められた、強力な一撃。

 

 「お前だけは、許さない」

 「こっちだって許さんぜ!無理しないでいいんだよ」

 

 レンの一撃が当たる事で、蜘蛛糸がブチブチとちぎれ、今度こそ2人同時に地下1階に落ちていく。

 

 思い切り人一人分の体重を乗せた落下速度は、非常に強くて蜘蛛の怪人に一本取った形になる。

 

 「本当はお前に、またがるのは嫌だけど、最後に天国に連れて行ってあげる。『感謝しろ』」

 

 蜘蛛の怪人から立ち上がると、レンは飛びながら蜘蛛の怪人から飛んで離れる。

 

 「オイラを怒らせたなぁ・・・見せてやるよ、強いオイラの姿を・・・」  

 

 蜘蛛の怪人が燕尾服を引き剥がして、背中からもう二つ腕が出てくる。それは人間らしい形はしておらず、虫の様な甲殻がついて針のような毛がびっしり細かく生え揃った腕。

 

 文字通り蜘蛛の手のようだった。

 

 他の6本の腕も同じく背中から伸びた腕のように変容し、腰から大きくて気持ち悪い蜘蛛の臀部が盛り上がる。

 

 蜘蛛の怪人の真の姿となり、8本腕を地面につけて6つ眼の顔をギョロギョロと動かしながらレンを睨みつける。

 

 文字通りの蜘蛛としての姿となった蜘蛛の怪人が、足も変容させて巨大蜘蛛の様になっていた。

 

 ふざけて、不気味な姿だが明らかにさっきよりも強くなっている。その気迫がレンに緊張感をもたせるには十分な異様な雰囲気である。

 

 「こいつがオイラの・・・フェーズ3だ!」

 「ギンジみたく、黒い炎は出ないんだね。雷も」

 「蜘蛛糸ビームなら出るぜ」

 「ビームならこっちが、本物」

 

 地下にある広大な空間で、蜘蛛の怪人とレンが激突を再度開始した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 鋼の怪人だけはカエデの不意打ちに対応したのか、少し離れた位置取りで孤立していた。

 

 カエデの不意打ちと亀裂による崩落に巻き込まれなかった鋼の怪人は、カエデが自分を見つけたのを確認すると、両腕を鋼化させながらカエデに近づいていく。

 

 カエデも両腕のガントレットのギアを回しながら、鋼の怪人に向かっていく。

 

 その足取りはお互い、強く、しかし軽快。

 

 「・・・一対一に持ち込んで、勝てる算段が?」

 

 鋼の怪人が足を止めて、カエデがキッとした表情で鋼の怪人を睨む。

 

 「当たり前でしょ。確かに、あんた達は今まで戦ってきたどんな怪人よりも強いっていうのは認めるわ。けどね・・・」

 

 カエデが人差し指を鋼の怪人に向けて、強く言葉を出す。

 

 恐怖に負けている場合では無い。勝たねばならないのだ。

 

 この戦いは・・・ギンジの為でもあるし、自分の父親を助ける為でもあり、なによりも平和と未来を守る戦いなのだ。

 

 「あたし達正義のヒーローが、強い弱いで敗けていたら、救えるモノも救えないのよ!さっさと出ていきなさいよ、この変態組織!」

 「出て行かせてみせろ・・・この世は力が全てだ。力だけがモノを言う権利がある・・・」

 

 その言葉を最後に、鋼の怪人が構え、カエデも同じく四肢全部のギアを強く回る。

 

 先に手を出したのはカエデ。右ストレート、右フック。その二つは避けられ、鋼の怪人も鋼となった右手を振り回し、左腕を振り回してカエデの首を狙うが、お互いに攻撃は避ける。

 

 避けた勢いでカエデは鋼の怪人の背後を取り、延髄に向けた三日月蹴り。勿論鋼の怪人は背面全てを鋼としてその攻撃の防御に成功する。

 

 「このっ・・・!」

 「むぅん!」

 

 着地したカエデが出したのは、左足のハイキック。

 

 鋼の怪人も一歩に前に出て、すぐに振り向き様に左の鋼ハイキック。

 

 鋼と未来の技術による衝突が、衝撃を生み出し、カエデは片足でバランスを取れずに転びそうになる。

 

 その隙を見た鋼の怪人が膝を曲げて腰を捻り、身体を横にしながら両腕を伸ばす。腰を曲げた事でカエデに拳を突き出し、そのリーチが踏み込み一歩分増える。

 

 転びそうになったカエデに容赦なく打ち出された鋼の拳に反応して、浮いた足で反撃に転じるが、勢いは鋼の怪人の方が上だ。威力で勝る事は無く、カエデが倒される。

 

 「〜〜っ!」

 

 ヘルメットで守られているとは言え、後頭部をぶつけて頭を押さえる。痛みがじんわり広がっていく感覚もつかの間、カエデの顔を目掛けた鋼の足による追撃が迫ろうとしていた。

 

 「危なっ!」

 

 横に転がりながら足を上げて、跳ね起きて姿勢を整えるが、それを見計らった鋼の怪人の更なる攻撃が繰り出され、カエデは防戦一方に陥る。

 

 やはりこの怪人は強い。的確な攻撃、容赦な繰り出される鋼の拳。

 

 そしてそれら自分の能力を防御にも攻撃にも用いて、隙間無く相手の反撃を許さない戦い方。

 

 おまけに油断をしていない。

 

 だからと言ってカエデが弱いという訳でもない。彼女も多数の死線をくぐり抜け、ここまで勝利えを得てきた。

 

 鋼の怪人が強くとも、カエデは敗ける訳には行かない。

 

 「必殺!」

 

 両腕のガントレットに衝撃を込めて、両腕を背後に回す。

 

 その一撃の重さはカエデ自身でも驚く程の強さを秘めた、正義の大衝撃。

 

 「させる・・・かっ!」

 

 鋼の怪人も黙って見ている訳が無く、カエデに全身鋼鉄のまま突っ込んでいく。

 

 だが接近よりも早く、カエデの必殺技が叩き出される。

 

 「テラマグナム・インパクト!!」

 「・・・!!」

 

 鋼の怪人の腹筋は鋼によって、普通のモノよりも数倍硬い皮膚となっている。それに対してカエデの解き放つ正義の衝撃が、鋼の奥に隠された実体に届いたのだ。

 

 強力な衝撃が全身をくまなく浸透していき、身体が痛みで曲がる。

 

 その衝撃が抜ける事無く、普段の数倍重くなっている鋼の怪人の身体を浮かして後退させた。

 

 先程よりもより勝ち気な印象を思わせるカエデの顔を見て、鋼の怪人は強者である彼女に胸がときめいていた。

 

 「・・・いいぞ。倒しがいがある・・・な」

 

 身体を上げてカエデに微笑みを見せたまま、彼女から眼を離さない。恋をするという感覚がこれならば、なんと胸が踊るモノだろうか。

 

 これほどの強さを、自分に期待をもたせる【力】を持った相手が居る事に、鋼の怪人が大きく喜びながらカエデを視界から逃さない。

 

 これだけの力を持っているのならば、きっと彼女もヘルブラッククロスの望む世界、そしてその先にある計画を聞けば賛同してくれるかも知れない。

 

 「聞け・・・ヘヴンホワイティネス」

 

 鋼の怪人が静かに口を開き、カエデに計画の全容を話そうと言葉を放った・・・。

 

 その姿は荒れたエントランスの中に一人立つ、荒野の旅人の様な姿と威圧がそこにあった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 武者の怪人を降ろして、ミドリコも武者の怪人の目の前に立った。

 

 これは銃と刀の戦い。石床には止め金がチャリチャリと擦れる音が、風の音と共にミドリコの耳に聞こえてくる。

 

 あの至近距離の爆撃を受けて、武者の怪人は未だ戦える余力を残しているようだった。

 

 「怪人とは恐ろしい生き物だな・・・あれで傷ひとつ無いとは」

 

 ミドリコがシルバーボウガンを腰に構えたまま、重たそうに持ち上げると、中の弾薬が重みで擦れて騒がしい音が鳴り出す。

 

 実際とても重たく、これを持ったまま長距離走る事は難しいだろう。

 

 「見た所特殊な力は無いようだな。それで拙者に勝つつもりか?」

 

 武者の怪人の言うとおり、ミドリコにはこれと言って特殊な能力が無い。敷いて言えば魔法界での修行で得た、相手の気配を見る力ぐらいだろう。

 

 それ以外は様々な重火器を無数に操り、最後はロケットランチャーで〆る。それがミドリコのやり方だ。

 

 だがこの怪人は爆薬の付いたアローランチャーでは、無傷に等しい。

 

 この怪人に勝つには、もっとより多くの弾薬と爆薬が必要だろう。

 

 と、今までのミドリコならそう考える。

 

 今のミドリコならば、完全武装となった今、爆薬も矢も弾丸もナイフもそれはもう無数に用意してある。

 

 シルバーズ・ミドリコ・スペシャルを操る彼女のシルバーボウガン。

 

 バレットローラーを揺らして、矢を発射弓に装填され、腰にぶらさげた手榴弾を両手に構える。

 

 こんな所で爆撃すればけが人だって出るだろうが、ヘルブラッククロスが支配を完了した今、ここに一般市民なんて居ないはずだ。

 

 「私からのプレゼントだ。受け取れ!」

 

 形の良いしなやかな腕を振り上げて、投げられたのは手榴弾。

 

 武者の怪人に投げられたそれはピンで引き抜くタイプでは無く、衝撃を加える事で爆発するタイプのモノ。丸みを帯びたモノではなく、木製のスティックの付いた骨つき肉によく似た形の手投げ爆弾。

 

 「姑息な女だ・・・斬る!」

 

 背中に携えた大きな刀を二本、武者の怪人が振り下ろすように引き抜くと、手投げ爆弾達が全て綺麗に斬られて、不発に終わる。

 

 斬る・・・という点においては予想していたミドリコだが、それが不発に終わるとは予想外だった。

 

 「爆弾ならば勝機が見えると思ったか──」 

 「・・・!」

 

 武者の怪人がミドリコに向けて刀を見せびらかすと、刀身には爆発の源となる爆発線が刀に巻きつけられていた。

 

 刀を操る神業を見せられた気分になった。

 

 「──どうだ、今度は貴様の弾も、矢も斬ってみせよう」

 「そうか・・・それじゃ、これも斬ってみせろ!」

 

 ミドリコが取り出したのは二丁のサブマシンガン。

 

 その形はどこにでもある片手で撃つことの出来る、所謂ミニタイプ。しかし特徴的なのは、ミドリコが構える手元の下に異様に長くなった、ストックマガジンだ。

 

 シルバーボウガンの中に内蔵されていた、ハイロングのマガジンと、2丁拳銃を勢いよく振り抜いて、変わりにシルバーボウガンは石床に突き建てられている。

 

 十字架を模したその形状は、天使の扱う審判の十字架であり、まさしく法と秩序の下に命を預けたミドリコが操る武器そのモノの姿をしていた。

 

 きつく縛ったポニーテールが海から運ばれた潮風に煽られて、ゆっくりと揺れる。

 

 武者の怪人の前方が開いたスカートタイプの鎧も、潮風に煽られてゆらりと大きく揺れる。

 

 両者敵の動きを今かいまかと待ち構える。

 

 良く耳を済まして、風の音、もっと遠くの海の音が聴こえてくる。

 

 もっと集中して敵を見続ける。ジリジリと夏の熱気が2人の身体を包み込んでいく。

 

 ここでこれから行われるのは所謂死合。

 

 風が止む音か、それとも波が少し荒くなった時か、はたまたどこかの戦闘音が静まった時か。

 

 「・・・」

 

 武者の怪人は静かに刀を抜いたままの姿勢で、手は腰の下に垂らしている、その手に握られるのは、爆発線を斬り取った長刀だ。

 

 「・・・」

 

 ミドリコが構えるのは異様な長さのストックを装備したサブマシンガン二丁。腕を上げたまま、武者の怪人に銃口が向けられたままだ。

 

 2人はそのまま待ち続ける。攻撃の瞬間となるタイミングを。

 

 「・・・!」

 「・・・!」

 

 風が止んだ。

 

 「うおおおおお!!!!」

 

 叫んだのは武者の怪人だった。

 

 風が止んだ瞬間に、ミドリコは引き金を引いた。

 

 無数の弾丸が炎と共に銃口から吹き出しては、武者の怪人に向けられて、断絶する事無く弾が連続で発射されていく。

 

 ハイロングマガジンに込められた弾丸の総数は、1000発。

 

 それを二つ合わせて2000発。

 

 2千モノ弾丸を武者の怪人に飛んでいくが、武者の怪人は長刀を二本手元で振り回して、プロペラの如く回転させながら全ての弾丸を斬り飛ばしていく。決して自分には当てないようにした、確実な防御。

 

 「当たれ・・・!当たれぇぇぇーーーっ!!」

 

 ミドリコがこの怪人を倒す為に、必死に言葉を吐き出した。

 

 今ここでこの怪人を倒さねば、と。必死の想いで銃を撃ち続ける。

 

 弾丸が一発も当たらないまま、刀は武者の怪人に迫って行くだけ。

 

 刀と武者の怪人の間に、弾丸が来た時に、刃が綺麗に薬莢を切り裂く。そして落ちて削られた弾丸は、武者の怪人の足元に転がる。

 

 ミドリコの左右には、弾丸の筒が何個も飛び出して行き、コロコロとした金属の音が、銃撃音に混ざって聴こえてくる。

 

 残りは何発だ?

 

 700か、500か、200か、それとももう撃ちきりに近いか。

 

 いずれにせよ撃ち切ったら、次の攻撃は武者の怪人の番になる。

 

 火を吹く銃口の火炎が弱々しくなっていく。もう弾切れが近い合図だ。

 

 耳を痛くさせる程の連射音が弱まっていき、その音は急に止まる事になる。

 

 カチン。その音が聴こえると、それは弾が完全に無くなった事を示す音になった。先程のバラララとした音と弾では無く、銃口は煙を吐き出す。静寂にはさっきまでの銃の音が遅れて聴こえる様な感覚と、眼の前で武者の怪人が振り回していた刀が空を斬る音だけ。

 

 武者の怪人も銃撃が止んだ事を確認すると、手元の回転を緩めて行きながらミドリコの悔しそうな顔をまざまざと見る。

 

 「残念だったな。全て斬らせて貰った──」

 

 刀には傷や歯毀れが一切無く、ソレを構える武者の怪人の表情は誇らしげだった。

 

 「自慢の種はもう終わりか?では──」

 

 武者の怪人が二本構えた刀をジャグリングの様に回して、ミドリコに接近を開始する。ミドリコから見える気配には、両腕、左右からの確実な殺意。

 

 「──死ね」

 

 腕の届く距離では無い所で、武者の怪人が二本の刀を挟む様にして振り出すと、ミドリコへめがけた見えない斬撃が飛んでくるのを気配では観えた。

 

 だが、気配で解っていても・・・反応は遅れた。

 

 (死・・・ぬ)

 

 もう何秒と数える事無く、ミドリコの身体は胴体が真っ二つになる残酷な未来が想像出来た。

 

 これではもう・・・。

 

 眼を閉じて、身体を強張らせて、耐えようの無い攻撃を耐えて見せる。

 

 斬撃はもう迫っている。惜しいのはシルバーボウガンを背後に置いた事だろうか。

 

 たらればの話を今さら思いついても、今のミドリコには死を回避する選択肢が無かった。所詮彼女は、甘白ミドリコは特殊能力を持たない、ただの人間。

 

 人間では怪人には勝てないのだ。

 

 「・・・」

 

 瞳を閉じたミドリコは暗闇の中で、自分の選択肢を後悔していたのかも知れない。

 

 もう身体は斬られたから、もう終わっているのかも知れない。

 

 (済まない・・・カエデ、レン・・・ギンジ)

 

 眼を閉じたまま、甘白ミドリコは自分の死を悲観した。

 

 (済まない、赤鬼・・・っ)

 

 受け入れるしかないこの死に、後悔をしながら。

 

 「・・・なんだ貴様は」

 

 ミドリコが静寂の中で、自分の身体がまだ無事である事を、遅れながら感じ取る。

 

 強張って固まったその身体をゆっくりと動かし、まだ自分は死んでいない事に安堵する。それと同時に、ミドリコの視界に見えたモノは、黒い甚兵衛を着た、大男の後ろ姿である事を、今この瞬間で理解する。

 

 「俺っちが誰かって・・・?」

 

 武者の怪人の目の前に、ミドリコを守る様にして現れたこの漢は、ミドリコに変わって斬撃を受け止めてくれたらしい。

 

 ミドリコはその姿に、嬉しさと期待、ヒーローの様な素晴らしさを見る。

 

 「俺っちは・・・」

 

 赤い肌。

 

 雄々しい一本の角。

 

 黒い甚兵衛。

 

 そして右手に握られたのは、魔法の世界の素材をふんだんに使った八角の棒。

 

 オリハル金砕棒。

 

 「俺っちは、ヘヴンホワイティネス・甘白ミドリコの大黒柱ァ!」

 

 左足を思い切り石床に叩きつけて、右腕を豪快に振り回す。

 

 啖呵を切ったその姿、その漢は・・・。

 

 「ヘヴンホワイティネスの赤鬼たぁ、俺っちの事よ・・・!」

 

 ここに来て、ミドリコを助ける為に、この戦いに勝つ為に赤鬼が追いついたのだ。

 

 「旧怪人四天王の赤鬼・・・裏切り者だったか?」

 「新怪人四天王の武者・・・覚悟しとけよ」

 

 赤鬼は斬撃を喰らっても平気な素振りで、ミドリコに振り返る。

 

 驚愕の一言で飲まれたミドリコは、赤鬼と眼が合うと心から嬉しい気持ちで一杯になる。

 

 「あ、あかおに・・・」

 

 泣きそうな声でミドリコが赤鬼の硬い胸にしがみつこうと迫るが、赤鬼は人差し指でミドリコの唇をおさえる。

 

 「今ァ、触ったら止まらなくなっちまわぁ。姐さん、この戦い・・・俺っちも手を貸していいか?」

 「・・・勿論だ」

 

 ミドリコがシルバーボウガンを背負い直す。赤鬼とミドリコ、2人が並び武者の怪人と対峙する。

 

 「・・・よかろう」

 

 武者の怪人も刀を構えると、次々と刀を引き抜いていく。

 

 人差し指と中指に、中指と薬指に、薬指と小指にそれぞれ大中小の刀を装備して、武者の怪人が本気の威圧を見せる。

 

 まるで強い風でも吹いたかの様な、強い殺意の威圧。

 

 両手両指に備えた刀が右手の刀に収束して行き、6本全ての刀が揺らした刀身の後を追いかける様な、刀に変わった。

 

 残像光の様に、一際鈍い色を宿した刀が、武者の怪人の手元で揺れるとまた5枚の刀身が大きく揺れながら、動きに反応して一つの刀身に戻ってくる。

 

 「これが我が奥義・第三ノ力(ふええずすりぃ)

 

 武者の怪人がミドリコと赤鬼をその視界から離さずに、刀を上段に構えた。

 

 「六限(むげん)の刀・・・いざ、尋常に──」

 

 ミドリコと赤鬼も武者の怪人から逃げないで戦う覚悟だ。

 

 一人だったさっきまでは勝てる気がしなかったが、今は・・・。

 

 「姐さん、必ず守りやす!気にせずに、銃でもなんでもぶっ放してくれやぁ!」

 

 今は・・・。

 

 「ああ、任せてくれ!」

 

 ミドリコがシルバーボウガンからアローランチャーを射出し、赤鬼もそれに援護を行う。

 

 武者の怪人の刀の攻撃とも同時に繰り出され、3人の力が噴水を繋ぐ石床に激突していった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

現在の戦況

 

赤鬼、ホテルについたらミドリコがピンチで助けに来た。

 

ミドリコ、赤鬼vs武者の怪人(フェーズ3)

 

カエデvs鋼の怪人

 

レンvs蜘蛛の怪人(フェーズ3)

 

ギンジ、まだミヤコを探している。

 

オーク怪人、梟の出汁汁を飲んでいる。

 

ケイタ、ヒトシ、柏木タツヤを追っている。

 

正義連合、一般市民の避難誘導を開始。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ホテルのVIPフロア。

 

 そこでは下の喧騒は全く聴こえず、嘘の様に静かな空間と豪華な装飾が施された、破壊の跡が一切残らない清潔な空間。 

 

 そこにある小さな通路の、小さな穴が天井に取り付けられていた。穴にはハッチが取り付けられて、その穴の奥はとにかく暗い。

 

 ゴソゴソと音を立てて、その穴の奥から人の呼吸の様な音が聞こえる。

 

 「くふふふ・・・くふふふふ・・・」

 

 そう・・・中に居るのはこの笑い方で、誰でも解る。

 

 ドクターミヤコ、鈴村ミヤコ、二代目強欲の怪人、ギンジ君の嫁。

 

 様々な異名があるが、今の彼女はとてもありえない姿をしていた。

 

 美しい純白のウェデイングドレス。

 

 ケープのついたドレスは、ミヤコが着るにはまだ早く、幼さも相まってある種の興奮要素が見え隠れする。

 

 しかしながらこの少女の行動力には、経緯を評したいと神宮ソウジロウは思う。

 

 彼女の行動原理はたった一つ。

 

 「早くギンジ君に会いたいな〜くふふ」

 

 うっとりした恋する少女は、通気口の小さな道をウェデイングドレスのまま這いずっている。

 

 「まだ脱出出来なさそうだが、大丈夫なのかね」

 「あらオジサマ。大丈夫だよ。根拠なんてモノは無いけど」

 

 ミヤコの後ろを這いずっているソウジロウは、蒸し暑いこの通気口で未だゴールの見えない脱出道を探していた。そろそろここから出て、水を飲みたい気分だ。

 

 だがそれはミヤコも同じ事だろう。

 

 2人の脱出劇に、明るい光が差し込むのはもう少し先のお話・・・。

 

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です!

後書き・・・書くことないぞ・・・どうしようか。

キャラネタ書きます

梟の怪人
鳥臭っせえですわ!最後は出汁にされた。オーク怪人が友と認めた少ない強敵。

オーク怪人
振動する拳って白ひ○みたいやな

蜘蛛の怪人
フェーズ3の能力は変異体ヘル・タランチュラ
トモカの丸裸を堪能していた過去が発覚。レンを怒らせた。

武者の怪人
フェーズ3の能力は六限の刀。刀身を揺らすと残像の様に刀が追いかけていき、6連斬りを可能とする。

鋼の怪人
彼が語るヘルブラッククロスの魅力については次回。
カエデと決着を着ける時も次回。

神宮カエデ
プライドを強く持って鋼の怪人の撃破に挑む。

宮寺レン
トモカの風呂場を覗いた事に憤りがマックス。蜘蛛の怪人と、変態は滅ぶべし。

甘白ミドリコ
武者の怪人に殺されかけたが、赤鬼の加入によって勇気を貰った。
これもうガチ恋してるでしょ?認めろ

赤鬼
ミドリコに変わって斬撃を受け止めた。別に痛くねぇ。

・・・

さて次回は・・・
ヘヴンホワイティネスvs新怪人四天王決着・・・!

まだギンジとミヤコは会えず・・・

でも頑張ってまいります!またプロット変更だよとほほーーー!
でも皆様が楽しめる様に頑張りますので、お待ち頂ければと思います!

それでは、また次回!アトラクションでした!


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86・本当の恐怖の意味を理解して

こんにちは、アトラクションです!

一週間投稿できずにすいませんでした!
もう、超、忙しかったです。それでもちょこちょこ書いてましたが、どうしても投稿に至らなかった。ごめんなさい!

でも頑張って書きました!お願いします!

それではどうぞ!


 ホテルに近く、その敷地内の石床が続く噴水の道に、無数の銃撃音が何度も響く。

 

 夜空にこだまする銃撃音に続いて、次に鳴るのは金属が弾丸を弾く音が鳴り続ける。これもまた海の真上の夜空に響きわたり、途絶える事無くこの場に立つ三名の耳に入り込んでくる。

 

 銃を撃つのは、甘白ミドリコ。赤地のタンクトップ姿に、鉄板入りのスニーカーを履いて、銀色の巨大武装ボウガンを構える彼女が、思い切り弾丸を撃ち続けていた。

 

 その背後でミドリコの射線上に入らない様に、攻撃のタイミングを図りながら待機するのは赤鬼。

 

 どちらもヘヴンホワイティネスとして、巨悪であるヘルブラッククロスとの交戦を行っている。

 

 相手は新怪人四天王の武者の怪人。

 

 フェーズ3としての力を開放した、本気の状態を維持する彼の力は、殺意と敵意が明確に感じ取れる最大の悪の波動。

 

 ひと振りの刀が揺れれば、それを追いかけるように残像みたいな刃が5本手元を追いかけている。

 

 甲冑とコートを合わせた様な姿は、怪しく、それでいて地獄から這い出た死神の様な気迫を持ち合わせている。

 

 人を・・・それも女性を斬り殺す事に快感を愉悦を覚えている武者の怪人は、どれだけの遠距離攻撃を浴びせられてもまるで臆していない。それは確実に死を覚悟した怪人の生き様であり、彼なりの武士道。

 

 「クソ!」

 

 ミドリコから悪態が吐露される。それまで構えていたシルバーボウガンの弾丸を撃ちきってしまい、予備のバレットロールを装填しないと次の攻撃が出来ないのだ。

 

 所謂弾切れ。その状態になったミドリコの命を奪おうと、すかさず武者の怪人が飛び出してくる。石床を滑る様にして一瞬でミドリコの接近をしてきた。

 

 「死ね──」

 

 短く一言を言い放ち、残像の様に追いかけてくる刀が振るわれた。

 

 だが・・・今のミドリコはそんな事では驚かないし、怖いと恐怖する事も無い。

 

 「姐さんに触れると思ってんじゃねェ!」

 

 ギャギーン!!

 

 ミドリコの首をめがけた刃が振出された瞬間に、背後に立っていた赤鬼がオリハル金砕棒を突き出した。

 

 二つの金属が擦れて火花が散り、赤鬼の突き出しに咄嗟に防御した武者の怪人が後退させられる。

 

 赤鬼の豪腕と空気を打ち出す力が相まって、その一撃は非常に高いダメージを生み出せそうだった。

 

 「拙者を押すとは、やるな」

 「俺っちとお前とじゃ、馬力が違うぜ」

 「なるほど・・・」

 

 押された勢いを利用した武者の怪人が左足を軸にして、その場で回転して赤鬼に横胴一撃を繰り出す。

 

 あまりにも早い反撃に一瞬反応が遅れて、刀一本を追いかける6連続の斬撃が赤鬼を襲う。

 

 「ッ!」

 

 人とは違う赤く分厚い肌、皮は硬く明らかに人間よりも異質な身体をした赤鬼から出血が舞い上がる。

 

 血しぶきにはならなくとも、赤鬼に傷をつけたのだ。武者の怪人の攻撃は、確実にミドリコには当てさせられない。是が非でも彼女だけは守らないと行けない事を再認識する。

 

 「赤鬼、下がれ!」

 

 次の攻撃にオリハル金砕棒で応戦していると、ミドリコから掛け声が。

 

 予備のバレットロールを装填したミドリコが、次の攻撃準備を整えたのだ。

 

 武者の怪人の攻撃をうまく凌いだ赤鬼が、空気の脚で空中に脱出すると、武者の怪人だけがミドリコの視界に残った。

 

 女性を斬り殺す事に快感、愉悦を覚える怪人など、性的に女性を襲う怪人よりも厄介だ。そしてこんな怪人によって、このホテルや休日を満喫していた女性も何人かは犠牲になったのだろう。

 

 「拙者を相手にまだ豆で勝つ気で居るのか?愚かしいモノだな」

 「当たり前だ!」

 

 ミドリコの言葉には強い思いが乗せられていた。

 

 もし、自分達が敗けてこの怪人が街に解き放たれたら、きっと何十、何百、何万と女性が殺され、世界の均衡すらも破壊されるきっかけになるに違いない。

 

 もし自分だけが死ぬとして、カエデもレンもこの怪人によって無残な姿になってしまったら・・・。

 

 そう、悪い事を少しだけ想像してしまった。

 

 そんな事になったら最早未来を守るも何もあったモノではない。

 

 「お前の様な怪人は・・・絶対にここで倒す!」

 

 ミドリコの覚悟が込められた弾丸、怪人用重装貫弾・改。

 

 いかなる怪人の硬い皮膚でも貫く、対怪人用ライフルに入っていた弾丸を、シルバーボウガン用に改良を加えた、新たな戦術装備。

 

 「喰らえ・・・今度は特別性だ!」

 

 最初からこれを使えばよかったのだ。確実にこの怪人を倒さないと行けないと、そう解っていたのに・・・どこか不殺を決め込んでしまったミドリコの失敗。

 

 次は倒す。コレを逃した次はもう無い。

 

 構えたシルバーボウガン、構えた刀。

 

 ミドリコが細い人差し指で、重たそうな引き金が絞られた。

 

 カチリ、と重たい音を鳴らした次には、再び銃の乱射音が夜空に響き渡る。

 

 「ぬおおおお!!六限!六限!」

 

 振り下ろせば6枚の刀身が立て続けに銃弾を斬る。

 

 手元で回転させれば、武者の怪人が見えなくなる程の高速回転。 

  

 ただの一発も当てさせない、完璧な防御術、刀の腕前。

 

 武者の名前は伊達ではない。

 

 しかし・・・。

 

 「クカカカカ!先程とは違う!殺気の入った銃!」

 

 眼を血走らせて今戦っている女を・・・ミドリコという女を強敵と認める。ヘルブラッククロスに楯突く愚か者から、揺るがない倒すべき強敵だと、認めた。

 

 刀が振り回され、刃は連なり弾丸を斬り弾く。

 

 銃は重たい音を鳴らし続けて、その口から怪人を倒す弾丸が絶えず発射されていく。

 

 無数に広がり、武者の怪人へと迫る豆粒に例えた弾丸の数々。

 

 そのいくつもの弾丸が死線に見えた。触れれば死ぬ、死の一手。

 

 そこから武者の怪人が視界を巡らせる。この弾丸の隙間を抜けて、ミドリコを斬る為の【道】を探していく。

 

 「まさか・・・こっちに来るのか!」

 

 武者の怪人が一歩を踏み出したのを見逃さなかったミドリコは、彼の怪人が接近をしようとしているのが理解出来た。

 

 恐ろしく強い胆力で、弾丸を斬りながら迫る怪人なんて、ヘヴンホワイティネスとして活動していなければ出会う事は無いだろう。

 

 ヘルブラッククロス。これは間違いなくただのテロリスト集団ではない。

 

 揺るぎない信念、欲望に正直な執念、そして確実に排除していく志。

 

 この武者の怪人にはその全てが揃った、底の見えない巨悪そのモノ。

 

 「確実に仕留める!」

 

 身をかがめた武者の怪人が、死線となる弾丸を全て避け始める。勿論自分に当たるモノは斬っていく。

 

 (なんて強い怪人なんだ・・・)

 

 ミドリコは武者の怪人の強さにある種の関心が湧いた。

 

 どれだけ悪に染まっている怪人だろうと、ここまでの実力を見せられたらば、元軍人としての血が騒ぐ気分だ。

 

 だが・・・。

 

 (私はもっと強い怪人を知っている・・・!)

 

 一歩、一歩、一歩。

 

 武者の怪人は刀を振り回しながら、ミドリコに徐々に徐々に接近していく。武者の怪人の刀のリーチに入ったならば、その時こそがミドリコの最期になる。

 

 武者の怪人もそう判断して、ミドリコに刀が届く距離感にまで到達した。

 

 「貰った──」

 「こっちも貰った・・・」

 

 銃の引き金のすぐ近く、右手で握るグリップの親指部分でカバー出来ている部品から、銃口の切り替えのハンドルを回した。

 

 シルバーボウガンの銃口から、傘が開いたかの様なシールドが展開されていく。

 

 「絡め手等──」

 

 そのシールドを展開したのは、ミドリコの作戦。一つの布石。

 

 「──笑止」

 

 武者の怪人が傘の奥に居るミドリコごと斬る勢いで、六限の刀を振り下ろした。一本の刀身が、シルバーボウガンの傘を思い切り切り崩す。遅れて5本の刃も動きをトレースして、連なる斬撃が繰り出された。

 

 セラミックの傘の形をしたシールドが斬られ、武者の怪人は勝利を確信した。これで強敵を倒したと、完全に勝利をした気分になっていた。

 

 「これで勝ったつもりなのか?」

 「!?」

 

 勝利をしたと思っていた武者の怪人に、ミドリコの声が聴こえた。それは確実に斬り捨てたと、完璧に思い込んでいた女の声。

 

 その声がした途端、武者の怪人はもう一つの死線を感じた。

 

 傘の形のシールドの向こう側、シルバーボウガンは確かに斬り崩されて、破壊されている。

 

 しかし、そのすぐ真下。

 

 刃が通らない位置にしゃがみこんでいたミドリコが、腰に携えたウィンチェスターショットガンの銃口を武者の怪人の胸に突き立てた。

 

 「どうせこれでも倒れる事は無いだろう?」

 「試して見るといい・・・」

 

 銃と刀。

 

 二つの意思が、ふたつの敵意と共に、二つ同時に動き出した。

 

 動作を一つ挟まないといけない武者の怪人。

 

 引き金を引くだけで良い甘白ミドリコ。

 

 ミドリコが容赦無く引き金を引いた。

 

 その後すぐに銃声が鳴った。散弾は弾けて散らばる事無く、全弾武者の怪人の胴体に撃ち込まれた。

 

 「がぁ・・・!!」

 

 甲冑は砕け、肉を貫き、止め金が外れて石床に転がっていく。いびつにひしゃげた止め金が宙を舞う。

 

 「卑怯とは言うなよ・・・これが私の戦い方だ!」

 

 想像しているよりも強い衝撃が、武者の怪人の全身を駆け巡る。

 

 「・・・ぬぁ!」

 

 片膝を付きそうな時、武者の怪人がミドリコの胸を目掛けて刀を突いた。空気を引き裂く刃の切っ先が、ミドリコに向かって飛んできた。

 

 「甘い!」

 

 近接戦闘ならば、ミドリコの方が上手。軍人時代の格闘術による、手元を狙撃するかの様な手刀突きにより、武者の怪人の腕を弾く。

 

 その弾かれた勢いはそのままに、今の流れを失う訳には行かない。ミドリコが右足から拳銃を引き抜き、左肩に取り付けられたアーミーナイフを同時に持ち出す。

 

 この近接格闘ならば、ミドリコに軍配が上がる。

 

 砕けた甲冑にナイフを突き立て、肉を裂いて血を上げる。

 

 脚を拳銃で狙撃して、骨を使いモノにさせない。次立たせて距離を取られればミドリコに勝利はない。

 

 「はっ!せいや!ふっ!たぁ!!」

 

 顔を抑えた膝蹴り。上がった頭部に右肘のかち上げ。空いた胴体、ナイフの刺さった胸部に前蹴り。拳銃のガンストックを使った、鎖骨砕き。

 

 「トドメは・・・任せたぞ!」

 

 ミドリコの最後の攻撃は、全身の体重を使ったタックルによる押し出し。

 

 武者の怪人を噴水広場まで押し出すと、ここまで待機していた赤鬼がオリハル金砕棒を高く構えて、フルスイングで吹き飛ばしにかかった。

 

 「──無念!」

 「空打超破壊豪(くうだちょうはかいごう)!!!!」

 

 オリハル金砕棒の圧倒的な一撃により、武者の怪人の全身をバキバキと打ち砕きながら、夜空の果てまで武者の怪人を吹き飛ばした赤鬼。

 

 トドメと言いながら、追い打ちの攻撃が行われようとしていた。

 

 それは・・・。

 

 「ここの引き金を引きゃあ、いいんですね」

 「ああ、そうだ!よく狙うんだ!」  

 

 ミドリコが赤鬼に手渡し、ミドリコも構えている武器。

 

 空に向けて撃つ事が可能で、弾頭がどこかに着弾すれば大爆発を起こして全てを粉々にする、ミドリコの最終兵器。

 

 『ロケットランチャー!!』

 

 ミドリコと赤鬼が2人同時に声を上げて、煙と火を吹き出したロケットそのモノの弾頭が、空に打ち上げられた武者の怪人に向かって飛んで行く。

 

 「──見事なり・・・!」

 

 武者の怪人がそう呟いた。そして眼を閉じて、ヘルブラッククロスの栄光を願い、彼は夜空の爆発に巻き込まれてその意識を無くして行った。

 

 武者の怪人は撃破された。その事でミドリコが安堵すると、赤鬼の背中にもたれる。

 

 「・・・ありがとう、赤鬼」

 

 きゅっと甚兵衛を掴んだら、じわりと白い液体がにじみ出てくる。

 

 「姐さん・・・」

 

 自分の愛する女を守れて安心すると同時に、赤鬼はミドリコに向き直りながら、むき出しの肩を優しく触る。

 

 赤地のタンクトップに包まれたミドリコの胸が、薄い布一枚の中で軽く揺れる。

 

 「・・・」

 

 なぜだか何も喋れなくなって、ミドリコは鼓動が早くなっていく。

 

 ヌルついた自分の手を指でこすりながら、赤鬼に触って貰っている肩がジワジワと暖かくなっていく。

 

 赤鬼の怪人の瞳から、眼を離せない。この状況で自分を助けてくれた赤鬼の事が、ミドリコの頭の中で一杯になっていく。

 

 最早・・・この時点でミドリコと赤鬼の中では、誰も居ない空間となっており、顔が熱くなっていく。

 

 「姐さん、無事で良かった。絶対に姐さんを守ってみせるからよ、今後も一緒に─」

 

 赤地のタンクトップに包まれたミドリコの胸を見て、赤鬼はリビドーが加速する。それと同時に何故かミドリコの呼吸も荒い。

 

 「あ・・・そういや、女王ナメクジの怪人の液体、ついたままだったな。ヌハハ」

 

 軽く笑って見せたが、今赤鬼は自分の身に危険が迫っているなんて知りもしなかった。それはミドリコも同じだ。

 

 分厚くて硬い身体をしている赤鬼が、非常にいやらしく見えてしょうがない。

 

 胸を揺らして、しなやかな脚を見せて、女性にしてははっきりしている割れた腹筋、汗と土煙に汚れた肌。

 

 美しく整った顔に、オトナの気品を溢れさせるミドリコの、乙女の様な顔が。

 

 擦れる牙と雄々しい一本の角と、赤い皮膚、真っ直ぐにミドリコを見つめれば、心を溶かしきった赤鬼の情熱が。

 

 そして・・・女王ナメクジの怪人の能力である、人を快楽に導く粘液の効果。

 

 自分のピンチを救ってくれるのは、いつだって赤鬼。ギンジでは言ってくれない言葉や、愛情を込めたとりとめのない言葉の数々。

 

 今、この瞬間を持って甘白ミドリコの中では、佐久間ギンジは過去の男になった。

 

 「いいんですね?姐さん、今からここで・・・」

 「好きだ」 

 「!!?」

 

 ミドリコに言われた事の無い言葉が一番聴きたくて、今一番言われたかった言葉が赤鬼に届いた。

 

 「・・・赤鬼、お前が・・・好きだ」

 「・・・俺っちも愛してますぜ・・・」

 

 胸板に頭をうずめたミドリコの身体を抱き止めて、赤鬼はその強い腕で甘白ミドリコを抱きしめた。

 

 ミドリコを助けた褒美と、戦いの勝利で得たモノは、ミドリコの愛と恋と好きという気持ちをすべて煮詰めて、心を完璧に溶かしきった赤鬼へのご褒美。

 

 本当はこんな事をしている場合じゃない事は、2人共解っている。

 

 だけど、愛しあえる2人が、快楽と愛情を求める様に、2人は戦場となっているこの場所で・・・。

 

 「私以外に眼を向けたら・・・許さないからな」

 「俺っちは姐さん・・・ミドリコ一筋なんで、心配無用だぜ」

 

 耳元で優しく囁かれて、お互いに真っ直ぐ向き合って、頭の中が爆発しそうで、でも揺るがない愛情がここで育まれて、2人は海岸の音や真夏の暑さに敗けないぐらいに、熱く唇を近づけた。

 

 キス。赤鬼が求めて、無理やりには奪わなかったミドリコのファーストキスを、赤鬼が貰った。

 

 「一生守る。何があっても、俺っちだけが、ミドリコを守る。守らせてくれ・・・」

 

 真夏の夜空に、月夜が浮かび上がり、しかしホテルの中では轟音と戦闘の音が響く。

 

 ミドリコと赤鬼が、再度キスをして、2人の背後では更に爆発が起こったのであった。

 

 

 

新怪人四天王・武者の怪人──撃破!

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 ホテルの地下フロアでは、蜘蛛の巣が至る所に作られ、見えない程細いそれは身体や手に纏わりついて、捉えた者の動きを阻害する。

 

 時として粘着質で、時として脚を斬られるような痛みが走って、時として締め付けられる様な感覚で・・・。

 

 「鬱陶しい」

 

 蒼白い光を放つビーム剣を振り回して、レンは新怪人四天王の蜘蛛の怪人の攻撃を焼き払う。

 

 蒼いラインに、白を基調としたボディラインを強調するレンのスーツに、暗闇の向こう側から太い糸が伸びてくる。

 

 「!」

 

 反応が遅れても見てから対応が可能な、その糸の束。攻撃の速度としては遅くて、走って近づいてくる様な速度に、今のレンであれば普通に斬り落とていく。

 

 「・・・また、見失った」

 

 このホテルの破壊が激しい影響か、ここ地下一階のフロアはほぼ全ての明かりがつかなくなってしまった。そんな状況でレンが今戦う相手は、フェーズ3の能力を開放した、蜘蛛の怪人。

 

 戦っている最中に明かりが消えて、あの怪人を見失ってしまった。

 

 そして暗闇の中、明かりの代わりになるのはこのヘヴンホワイティネスのスーツと、レンの持つビーム剣のみ。

 

 暗闇の中心でこんな明かりをつけていれば、蜘蛛の怪人が遠距離から攻撃しては、そこらじゅうにトラップを仕掛けて回り、レンを逃さない様にいやらしい立ち回りを演じている。

 

 「いい姿だぜ〜ヘヴンホワイティネス!オイラと気持ちよくなる覚悟は出来たか?出来たかって聴いてんだオラ。教示せよ?」

 

 耳にこびりつきそうなドロドロした声音は、レンの耳に聴こえてくるだけで不愉快だった。わざとらしくにちゃにちゃ喋るその声が不快で、どうしても今直ぐにこの怪人を倒したい。

 

 「おやおや〜?黙んまりか〜?ビビってるその顔も可愛いよ」

 

 この蜘蛛の怪人の原動力はたった一つの、性欲だけ。顔の良い女性が居れば、それを自分が満足するまで抱くだけの、シンプルでも下衆でクズの考えでしか無い。それが原動力となっている蜘蛛の怪人は、今なおレンを屈服させる事をまだ諦めていない。

 

 「・・・来るなら、早く来て」

 「抱きしめてやるぜ!!」

 

 そう言ってレンの正面から伸びてくるのは、白い糸の束。

 

 「無理」

 

 ビーム剣は無情に斬り裂いていく。

 

 「急にイクと身体がきついからね」

 

 白い束の糸がレンの右側から伸びてくる。

 

 「五月蝿い」

 

 ビームランスを振り回して、蜘蛛の怪人のラブコールを貫く。

 

 「ポーズだけでいいから好きって言って♡」

 

 今度はレンの背後から糸の束が伸びて来てわざとらしく緩い動きをしている。

 

 「却下」

 

 ドリルで蜘蛛の怪人の言葉ごと削り潰していく。

 

 ドリルから次の形状は、牙。熱を収束させたエネルギー弾を撃つことが出来るレンの唯一の遠距離武器。

 

 それを自分が立つ左側に向けて光熱を、ビームの熱を牙の口内に集めていく。

 

 「・・・そこ」

 

 やはり読んでいた通り、レンの左側から糸が飛んでくる。

 

 「熱光撃(ねっこうげき)!」

 

 光の熱を集めたビームキャノンが、暗闇を突き進みながら辺りを照らしながら奥へと進んでいく。

 

 「オイラ言ったよなぁ!八つ裂きにしてやるって!その前に気持ちよくなろうぜ!」

 

 熱光撃は蜘蛛の怪人には当たらず、壁に当たって風船の様に破裂して眩い光を一瞬照らしていく。

 

 カサリ・・・そんな音を立てながら、蜘蛛の怪人は熱光撃を避けて壁を走り出す。蜘蛛の脚を完璧に揃えた無数の手であり脚であるそれらを、器用に操りながら走っていく蜘蛛の怪人の動きと、場所をある程度は視認出来た。

 

 あとはこの暗闇に視界が遮られない様に、レンがビーム剣の形状を蛇腹剣に変える。

 

 刃を地面に突き刺して、連結している刃を一定距離で外しながら、引っ張る様に、レンも蜘蛛の怪人の向かった場所に近づいていこうと走り出す。

 

 蜘蛛の怪人はレンからの追従を逃れる為、どうにかして撃破の為の決定打を撃ちたい。

 

 だが・・・。

 

 「この姿のオイラを捕まえられるか!」

 

 本物の蜘蛛の様な姿になった蜘蛛の怪人が、人と同じ形の頭部をぐるぐる回してレンを挑発する。暗闇では眼が冴えているのか、レンがどこを走っているのかは良く見えている。

 

 そんなレンは蜘蛛の怪人との距離感を一定に保ちつつ、手元のビーム剣の明かりを頼りに、迷わず進んでいる。

 

 常にお互いに正面を向き合う姿勢が維持されている。

 

 これでは攻撃できてもすぐに場所がバレてしまい、思うようにフェーズ3の攻撃も振るえない。

 

 「捕まえる。絶対に」

 「確実にお前だけは、オイラが八つ裂きにして犯してやるよ」

 「断る。絶対に」

 「遠慮すんなよ。気持ちよくなろうぜ」

 「断る。絶対に」

 「オイラと気持ちよくなればアレよー、しょっぱい汁すすり放題アルヨーシャッチョサン」

 

 暗闇の中で蜘蛛の怪人はレンの姿と位置が解っている以上、いつでもトラップは張り巡らせられる。レンもある程度の気配とわずかな音だけを頼りに、この性欲の権化とも呼べる蜘蛛の怪人に少しずつ近づいていく。

 

 「ッ!?」

 

 走るレンの両足が何かに引っかかり、転びそうになる。

 

 「しまった・・・」

 

 レンの脚に引っかかったのは、蜘蛛の糸。それも粘着性のある、スーツ越しでも不愉快な気持ちになる嫌な質感の糸。

 

 コンクリートから植え込まれる様に伸びた糸は、レンの脚にうまく絡まって、移動を阻害されてしまった。

 

 それと同時に、蜘蛛の怪人の動きも感知出来なくなり、一気にレンに不安が襲ってくる。この暗闇の中でどこから攻撃が来るのだろうか。

 

 後ろか、上か下か、それとも左右どちらかか・・・。

 

 「逆に捕まえられちまったなぁ!」

 

 暗闇の奥から蜘蛛の怪人の下卑た声が聞こえる。

 

 「オイラと気持ちよくなるお時間だぜ!ヘヴンホワイティネス」

 

 蜘蛛の怪人の声が止まると、次の瞬間レンは宙に釣り上げられてしまった。脚の糸がレンの身体を持ち上げて、逆さ釣りになってしまう。

 

 スーツで強調されたボディラインから魅せてくれる、少女の肉付きや骨ばった身体を見て、蜘蛛の怪人がわざとらしく涎を啜る音をレンの耳元で効かせる。

 

 レンが背後に蜘蛛の怪人が居る事を一瞬で理解すると、攻撃の為に身をひねろうとするが、それは呆気なく阻止されてしまった。

 

 蜘蛛の毛の生えた腕を首に回して、身体を抑えて、脚を開かせ、6つの眼球をレンと目線と合わせる。

 

 首をゴギゴギと回しながら顔を近づける蜘蛛の怪人の動きは、最早ホラー映像のそれであり、一般市民が見たら卒倒モノだろう。

 

 「・・・くっ」

 

 残っている人間体の腕でレンの胸を鷲掴みにする蜘蛛の怪人。

 

 「っ!」

 

 荒々しく掴まれ、ヘヴンスーツでの防御があっても、気持ち悪い。

 

 「やめっ・・・ろ」

 「クヒャハハハハ!やめてあげないよ!オラ動くな。制止せよ」

 

 やはりこの怪人には、女性を優しく扱うという事をしない。それは元々レンの予想通りだが、こんな愛を感じられない行為は、ただの暴力だ。

 

 「あーーー久しぶりの女の身体・・・それにあのヘヴンホワイティネス!あーやらけぇ」

 「死ね、最低、くたばれ」

 

 蜘蛛の怪人の下衆な言葉と、身体を触られる不快感からレンは逆さまのまま悪態を付いた。とは言え早くこの状況を脱出しなければ、本当に貞操が危ない。

 

 そもそも自分の身体を触って良いのも、レンと愛し合えるのもケイタしか居ない。

 

 腕は糸で固定されて、脚も開かされて、身体はこんな怪人に良いようにされてしまっていて・・・。

 

 これは屈辱という言葉が一番適切だろう。

 

 「ふおおおおやわらけぇえええ」

 

 開いた脚を下に引っ張って、レンはあられもない姿にされていく。

 

 柔軟性の事を言っているのか、身体を堪能しているのか不明、いやこれは両方だろう。蜘蛛の怪人に調子こかれるとは、レンの中に更なる怒りがこみ上げてくる。

 

 だが、まだ冷静だ。レンはまだ冷静さを失っていない。

 

 「ところで、私のビーム剣、返して」

 「あん?そんなの無いぞ・・・ま、あっても返さないけど」

 

 レンの手元にあったはずのビーム剣は、逆さ釣りにされた辺りで落としたのだろうと、蜘蛛の怪人は余裕ぶっていた。

 

 フェーズ3のヘル・タランチュラとなった蜘蛛の怪人が、涎でにちゃついた口元をレンに見せつけていると、レンはその滑稽な顔を見てクスリと微笑んだ。

 

 「やっぱり、気づかないんだね」

 

 レンは・・・宮寺レンは、今この瞬間、蜘蛛の怪人との戦いに勝利を確信した。

 

 「あ・・・?」

 「ビーム剣術・・・!」

 

 レンが逆さ釣りのまま、全身を覆うスーツを発光させる。

 

 その光は最初にカエデハウスで戦った時と同じで、蜘蛛の怪人に少しだけ調子付かせる事にした。

 

 「もう、勝てないかも知れないから、これで全力・・・」

 「諦めて気持ちよくなれよ!!」

 

 蜘蛛の怪人の蜘蛛の腕が、開脚させている状態から外される。一気にスーツ全体が光熱を帯び初めて、あまりにも速い熱の浸透に、思わず手を離したのだ。

 

 「ぐあ・・・はっ」

 

 光熱を帯びた・・・という事は、レンの拘束も溶けて無くなるという事。火傷で負傷した蜘蛛の怪人の怪人体が、燃えながらもレンを睨んだ瞬間だった。

 

 その剣は、現代科学では到底解明仕切れない、光線の剣。

 

 それはさっきまでレンが持っていたモノとほぼ変わらない形をしていた。隠し持っていたのか、レンは着地と同時にそのビーム剣を、顔の横に構える。

 

 「な、んだ・・・それは・・・!!」

 

 蜘蛛の怪人の視界に入ったのは、ヘヴンホワイティネスとビーム剣。

 

 しかし、その姿が明らかに異質で通常の武器にしてはあまりにも驚愕するモノになっていた。

 

 握られた柄から伸びるのは通常のビーム剣なのだが、手元に何本も同じ様に剣身に重なる様にして、武器が取り付けられていた。

 

 

 ビーム剣に重なるのは、ハーフブレード、ハンマー、ドリル、ランス、牙、デュアル、ダブル、長剣、蛇腹剣、フランベルジュ。

 

 「ビーム剣術・イレヴンソード・・・」

 

 これで決着をつける。レンの覚悟。

 

 それを象徴する未来からの贈り物。

 

 それがこのビーム剣。

 

 フェーズ3を開放して強くなるのは、何も蜘蛛の怪人だけではない。

 

 カエデとミドリコとケイタとギンジと共に、仲間達と一緒に修行して得たレンの未来を守る力。

 

 「・・・八つ裂きどころか、私だったら十一つ裂きにしてあげる」

 「どっちにしても、気持ちよくなる未来は変わんねぇんだよ!」

 

 蜘蛛の怪人がビームウェポンを構えるレンに向かって、思い切り突進して来た。見事にそれは命中してレンは暗闇の奥へと飛ばされる。

 

 「想像以上に、速い・・・」

 

 これでも油断したつもりは無かったのだが、レンは巨体の一撃から複雑な表情を見せる。

 

 「猛毒大蜘蛛糸(セアカゴケグモ)!」

 

 粘着とも斬糸とも違う、毒々しい黒い色の糸がレンに向かって飛ばされた。蜘蛛の臀部から吹き出す糸がまた気持ち悪さを演出している。

 

 「邪魔、しないで」

 

 猛毒糸をイレヴンソードで斬り、振り回すとデュアルが空中を飛び回る。

 

 発光する蒼い剣が、空間を照らしてわずかに部屋が明るくなっていく。それでも蜘蛛の怪人を見つけるには至らないが、これでも十分だ。

 

 「毒は私には効かない。もう戦ったから」

 

 デュアルが空間を駆け回り、蜘蛛の怪人の姿が僅かに見えて、その姿を視界に捉えた。

 

 「今度は逃さない・・・」

 

 もう一度蛇腹剣を地面に突き刺して、レンが走り出す。向かう先は蜘蛛の怪人。

 

 「大斬糸!」

 

 そんなレンを迎え撃つ蜘蛛の怪人の新たな攻撃。触れるだけで斬れる糸の壁を作り出して、レンの脚を止めようとする糸の攻撃。

 

 「ダブル!」

 

 右手でダブルを取り出し、それを投げ飛ばす。走る勢いは止まらずに、レンの投げた武器が斬糸とぶつかりあい、糸の壁を斬り開く。

 

 「『こんなので、勝てる訳ないだろ。』謝っても、許さない」

 

 こんな怪人が居たのでは、トモカを始めこの世の女性が悲惨な目に合うのは明白だ。だからこそ、悪意に満ち溢れたこの怪人はレンが自分の手で確実に始末する。

 

 「気持ちよくなる前に、痛めつけてやるよ!」

 

 大蜘蛛の形のまま、蜘蛛の怪人がレンと真正面からぶつかり合い、ビームの熱と、蜘蛛の糸が幾度も激しくぶつかりあう。

 

 毛の生えた蜘蛛の手足は、レンの武器とぶつかり、斬られ殴られ、幾度も何度も連続でお互いの攻撃を叩き合う。

 

 「ぐぬぬ・・・」

 

 押されているのは蜘蛛の怪人。手数が多かろうと、レンのビーム剣術には勝てる気配が見えなくなってきていた。

 

 「お前を倒さないと、私の未来にも・・・仲間の未来も取り戻せない。ここで倒す」

 

 その言葉の重みがレンの覚悟の全てだった。

 

 「敗けるモノか!オイラは、全ての女を抱く使命があるんじゃ!」

 

 焦りを感じるその言葉と大声に、レンの手が一瞬だけ遅れる。そのチャンスを逃さなかった蜘蛛の怪人が、頭と糸を使ってレンを投げ飛ばした。

 

 暗闇の中に蒼い光が一点、大きく光っている。

 

 「粘着糸!」

 

 空中で身動きの取れないレンへ、追い打ちの粘着糸がまとわりついて、その糸が隙間無くレンを捉える事に成功する。

 

 「取った!気持ちよくなれぇーーっ!」

 

 一本の糸を口から射出して、レンを封じ込めた粘着糸とつなげて、彼女を暗闇の床に叩き落とす。

 

 いくら糸でコーティングされていても、この高さから落とされれば無事では済まない。だが相手はヘヴンホワイティネス。

 

 殺しても構わない相手を目の前にして、蜘蛛の怪人が全力でレンを落としにかかる。

 

 しかし、勢いをつけた糸は、飛び回るビーム剣・デュアルによって斬られた。

 

 「なんだと・・・!?」

 

 二本の剣が糸を斬って、蜘蛛の怪人はその武器を目で追うと、デュアルは暗闇の奥に消えていく。淡く蒼い光をともしたソレが、奥で発光すると、次はむき出しになった背中に刃が突き刺さる。

 

 ざくりと、容赦無く、確実なその攻撃は、蜘蛛の怪人が先に地面に落ちる原因となった。

 

 「がはぁ・・・!!」

 

 首を回して背中に目をやれば、そこに刺さっていたのは真ん中に柄を乗せて左右に刃が伸びた武器。両剣や、双刃剣、双矛、様々な呼び方はあるだろうが、それはレンの投げたダブルと呼ばれる剣。

 

 「ビームハンマー!」

 「!?」

 

 糸を斬り開いて、粘着の地獄から抜け出したレンは、ビームハンマーで蜘蛛の怪人を上空から急降下しながら振り下ろした。

 

 打撃の面となる箇所には、9本の棘がつけられ見た目通りの重さを、見た目以上の破壊力で叩き落された。

 

 背中に突き刺さったダブルを更に深く差し込まれ、さらにハンマーの打撃で背中がぐちゃぐちゃに潰される。

 

 「ぐっぎゃあああ!!!」

 「ビーム剣術!」

 

 地面に着地したレンの手元には、10種のビームウェポン。

 

 「ビーム・ヘヴン──」

 

 牙が熱を収束させ、ハンマーが鋭く光り、デュアルが刃を向けて、ドリルが荒々しく回り、ダブルが輝き、長剣が握られ、ハーフブレードが浮き、ビーム剣が狙いを定め、ランスが飛び出し、フランベルジュを構える。

 

 「乱舞!」

 

 ビーム剣乱舞を超えた、全てのビーム武器での乱舞。それらを手放しても操れる様になったレンの強力な武器乱舞攻撃が、蜘蛛の怪人に一斉に襲いかかった。

 

 「カエデハウスも、ケイタにも・・・」

 

 家の襲撃に、ケイタを襲おうとしたり、トモカの風呂を覗いて、街への被害、そしてカエデの心を傷つける様な今回の事件。

 

 全て・・・全てが許せない。この怪人だけはここで絶対に倒す。

 

 蜘蛛の怪人が抵抗しようとも、もう全てが遅い。その甲殻に覆われた身体や、蜘蛛そのモノの部分も、人間部分も全てビーム武器乱舞。

 

 弾き、抉り、貫き、斬り、砕き、叩き、燃やし、剥がし、刺し、奪う。

 

 「ぐっおおおああああああ!!!!」

 

 天国が見えた。 

 

 断末魔を上げながら蜘蛛の怪人が、レンの怒涛の攻撃により、吹き飛ばされる。

 

 そして吹き飛ばされた先にあるのは・・・。

 

 「ビーム・・・剣・・・!?」

 

 蛇腹剣が・・・まだ残っていた。

 

 「ビーム剣術!クライゼン・ヴィント!」

 

 地面に刺さった蛇腹剣が、星の形に展開されて、蜘蛛の怪人をその形にくり抜いた。

 

 「・・・まだ、だ!」

 

 性欲だけで気を持ち直した蜘蛛の怪人が、血を吐き出しながらもレンを睨む。

 

 「全部で11個・・・だと思った?」

 

 レンの目には敵意がまだ消えていない。

 

 「は・・・?」

 

 ビーム剣はまだ・・・形状があったのだ・・・。

 

 「ビームアックス・・・!」

 

 構えられた巨大な斧が、蒼白い光を大きく照らしながら、蜘蛛の怪人の大上段に構えた。

 

 「う、嘘だああああ!!!」

 

 出力を最大まで上げたレンのビームアックス。

 

 「女は・・・嘘を吐いて、美しくなるの。あの世で反省会でもして」

 

 レンが最後にそれだけ伝えると、両手に構えたビームアックスを振り下ろして、蜘蛛の怪人を頭から突き出た臀部まで、一刀の内に斬伏せた。

 

 その一撃の強さが尋常ではなく、斬られて真っ二つになった蜘蛛の怪人が、斬られた断面図から燃え広がる様にして、その身体が四散していった。

 

 「・・・後は、2人・・・」

 

 暗闇の中で手元で光るビームアックスを携えて、レンは撃破した蜘蛛の怪人をの残った亡骸を踏み潰して上の階に戻ろうとするのであった。

 

 

 宮寺レンvs蜘蛛の怪人

 

 勝者・宮寺レン

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「聞け、ヘヴンホワイティネス」

 

 ホテルのエントランスホールでは、鋼の怪人がカエデを相手に説得しようとしていた。

 

 説くのは勿論ヘルブラッククロスの力による支配の世界の事。

 

 それと同時に日本という国を転覆させて、独立国家を創る事についてだ。

 

 特殊な能力を持ったこの少女を前に、鋼の怪人は一切臆していない。

 

 「我々の持つ思想に協力する気は無いか?」

 「そんなの・・・最初っからお断りよ!」

 

 鋼の怪人が言い出した事には、カエデが即座に否定する。少し助走を付けて身を捻りながら飛び出したカエデは、空中で回し蹴りをお見舞いする。

 

 左足で踏みつける様な蹴りは、鋼の怪人の顔に命中するが、ほとんどダメージになっていない。顔・・・頭部を全て鋼に変えたからだ。

 

 「はああああ!!」

 

 ガントレットのギアをフル回転させて、カエデは鋼の怪人の胸や腹部、胴体全てを殴り続ける。

 

 全身を鋼に変化させた事でその攻撃は、なんの意味を持たないのだが、それでもカエデは諦めずに攻撃を続ける。

 

 「我々が目指すのは、力による支配だけだ。この日本という国を手中におさめて、戦う者だけが、力を持つ者だけが弱者を虐げる世界だ」

 

 それはヘルブラッククロスの力に固執する考え。

 

 身体をどれだけ殴られようと、鋼の怪人の口は止まらない。

 

 「その支配を完成させるためには、先ずこの国を倒す必要がある。真にこの国を指導し、導いて、武力行使による正当性を認めさせなければならない」

 「そんな事、どんな国も世界も認めないわよ!」

 「認めないのであれば、我々ヘルブラッククロスが力を見せつけて、尚も納得しないのであれば、壊しに向かう」

 

 壊す。その言葉の意味は色々あるだろう。特にヘルブラッククロスが言う場合は・・・。

 

 「だいたい日本を転覆って、ふざけすぎよ!」

 

 カエデの拳は止まらない。

 

 「当たり前だ。敵を殺して、その命を奪うのは強者の特権だ。生きる力も無い者は、我々の望む世界には必要無い」

 

 冷徹な言葉はカエデに悪寒を走らせた。

 

 「解るか?力は全てにおいて優先される。やがてこの国だけではなく、この世界、全てをヘルブラッククロスが手に入れる」

 「そんなの、全世界が認める訳ないでしょうが!」

 「認めなくても構わん。我々の目的はただ国を手に入れるだけではないのだから・・・な」

 

 鋼の怪人をずっと殴り続けているカエデが、飛び蹴りで距離を離すと、少し呼吸を整えて再度走り出す。ガントレットのギアは痛い程鋭く回り、スチームが噴出し続けている。

 

 「国を力で支配すれば、今度は世界を手に入れる。破壊し尽くして、生き残れる者だけが生き残るべくして、欲望を発散し続ける世界だ。全世界の支配等、古今例の無い話だろう?」

 

 つまり・・・日本だけの支配だけではなく、世界すら手中に収めようとしているのがヘルブラッククロス。この国を支配するのは、その1段階に過ぎない。

 

 「どれだけ抵抗しようとも構わん。それだけ殺し続けるだけだからな」

 「そんな事したら・・・どれだけの人々が悲しむと思ってるのよ!」

 「弱者は力のある者に守られなければ意味が無いだろう?そういった道具を活かすも殺すも、全ては我々次第だ」

 

 鋼の怪人が悪辣な笑みを浮かべる。

 

 「女を犯し男を喰らい、全てを壊すのも、我々ヘルブラッククロスだと言うことを全世界に教えねばなるまい。そこで我々の力にひれ伏し、守って欲しいと懇願する者も現れるだろう。我々はそこで地獄の暴力を売る事にしている」

 

 世界戦争になりかねない規模の話をしながら、鋼の怪人の言葉はまだ終わらない。

 

 「日本がヘルブラッククロスという国に変わった時、我々は力を売り、戦争をビジネスにして、支配を確実に進める。どうしても殺したくない存在が現れた時は、そうだな・・・洗脳でもしようか」

 

 いやらしい悪の笑顔で、鋼の怪人はカエデの攻撃を受け止め続ける。

 

 まるで動じていないこの鋼の怪人に、それでも諦めずに攻撃し続けるカエデは、呼吸が途切れそうになっていく。

 

 「洗脳し、尊厳を壊す。これもまた力だ。武力を有効に使い、全ての生物を力で屈服させる。ああ、女だけは利用価値があるからな、無闇矢鱈に殺されたりはしないだろうな」

 

 日本だけではなく、この世界の支配。それも暴力一つで世界を統治しようとしているなんて、カエデからしたら耳を疑う話題ばかりだ。

 

 「世界の全てを力で屈服させれば次は、全世界への洗脳だ。それを完遂してなお、ある一定の特殊能力を持った存在を、力と性で支配する。そうして訪れた世界は、破壊からの創造を成し遂げて、より強き命だけが行きられる自由な世界だ。その世界でも争いごとは絶えないだろうが、一つのルールだけが法となり、全てを解決する」

 

 それが・・・。

 

 「力だ」

 「・・・!」

 

 闘争だけが続く世界で、自分勝手な自由の世界で、カエデは生きていけるだろうか。

 

 そんな世界で、人々は幸せを得られるのだろうか。

 

 この日本だけじゃない、軍事力においては最強とも言われたアメリカも、未だ無意味な交戦を続けるロシアも、カエデが大好きな韓国、いつか家族で旅行したいと言っていた、オーストラリアだって・・・。

 

 暴力だけで全てを解決して、気に入らなければ男女問わず性に飲まれれ、挙げ句洗脳で全てを都合よく動かそう等・・・。

 

 もしかしたらそうなってしまった未来が、レンの居た未来の世界なのかも知れない。そう思うと、カエデの悪寒が大きくなる。

 

 そんな理不尽で凶悪な世界・・・誰も望まない。

 

 望んじゃいけない。

 

 そんな世界で・・・。

 

 ミドリコと仲良く出来るだろうか。

 

 ケイタと共に他愛ない話が出来るだろうか。

 

 赤鬼と一緒にふざけた事が出来るだろうか。

 

 ミヤコと些細な言い合いが出来るだろうか。

 

 レンと共に笑って暮らせるだろうか。

 

 ギンジと一緒に、輝かしい未来だと胸を張って言えるだろうか。

 

 家族を、友達を、世界を、未来も。

 

 全て守りたいと願ったから、今のカエデが居るのに・・・。

 

 「考えてもみろ・・・お前たちが持っているその力は、使い方次第では、人を生かしもするし、殺めもする。人には無い特別な力をもっと誇るべきだ。そしてもっと正しい使い方をするべきだ」

 「違うわ!あたし達の力は、あんた達みたいな悪の組織の驚異から、あんた達の言う弱き人々を救う為の力なのよ!」

 

 ガンッ!

 

 強く殴る音を最後にカエデは呼吸を整えながら、鋼の怪人から手を離す。

 

 「さぁ・・・我々ヘルブラッククロスに下れば、素晴らしき世界を共に拝めるぞ。共に来い、ヘヴンホワイティネス」

 「ハァハァ、ハァ・・・ハァハァ・・・」

 

 気がつけばカエデはラッシュを続けた事で疲労困憊になっていた。

 

 「ふざけないでよ・・・そんな世界、人に・・・優しく出来ない、より添えない世界なんてねぇ・・・」

 

 ギンジの顔を思い浮かべながら、カエデは疲れた拳を握りしめた。

 

 「あたしは絶対にごめんだわ!!」

 

 カエデの必殺の拳が鋼の怪人に向けて撃たれるが、それごと鋼の怪人が胸筋で跳ね返す。

 

 鋼となった胸板はとても硬く、今のカエデを倒すには十分だった。

 

 「・・・あんた、本当にその世界で生きていけると思ってるの?」

 「無論だ」

 

 仰向けに倒れたカエデに、重々しい足音を鳴らして鋼の怪人が歩き出す。

 

 「真に支配するのは我々だ。ヘルブラッククロスこそが世界を創るのだ。暴力と、闘争と、破壊と、洗脳と、力による支配で!」

 

 鋼の怪人の力説に、カエデは瞳に輝きを取り戻した。

 

 勝てないかもと少し弱気になったが、それでもこの力説が、カエデに新たに生きる志を、心に火を灯した気分だった。

 

 「やがてヘルブラッククロスは、この日本を完全洗脳する兵器を使う計画もある。愚かな操り人形になりたくなければ、我々と共に来るべきだ」

 

 鋼の怪人が、倒れたカエデに手を差し伸べる。ここまで話を聴いたのだから、お前はこっちに来るだろう?そう言われている気がした。

 

 「お前の望むモノもあれば、この鋼の怪人が力になろう。快楽も破壊も、敵を倒す事も。もちろんお前の幸せもだ」

 

 なんと魅力的な誘い文句だろうか。

 

 カエデは鋼の怪人の志には芯があると理解した。

 

 「・・・それって、生半可な覚悟じゃできない事よね」

 

 カエデは呼吸を整えて、鋼の怪人に声をかける。力強い令嬢の声で、カエデは自分を認めてくれる男の手を眺めた。

 

 「ああ、そうだ」

 「・・・そう、良く解ったわ・・・」

 

 カエデがそう告げた途端に、鋼の怪人が表情を明るくする。ヘルブラッククロスの思想を、今この少女は理解してくれた。

 

 その事に喜びはしゃぐ少年の様に、鋼の怪人がカエデの腕ではなく、肩を掴んで立ち上がらせる。

 

 「そうか、理解してくれたか!」

 

 ヘヴンスーツについた埃や汚れを優しく取り払うと、鋼の怪人が力強く少女の両肩を叩いて、地獄へと歓迎している素振りを見せる。

 

 「さぁ、どんな犠牲を払っても共にこの世界をあるべき姿に変えよう!我々こそが、この世界を創ろう!解ってくれて嬉しいぞ」

 

 鋼の怪人の表情、目線はカエデを真っ直ぐ見つめていた、黒い眼球と赤い瞳が、歪に歪んでいる。本音ではカエデすら喰らおうとしている、そんな目つきだった。

 

 ヘルブラッククロスの思想、理念、これから先の目的、それら全てをちゃんと良く理解したカエデは、いつも仲間達に見せる様な強く、それでいて凛とした笑みを乗せる。

 

 「ええ、ちゃんと理解したわ・・・」

 

 ニッと笑ってみせて、その両手のガントレットには赤いオーラが纏わせて、腕を思い切り後方に伸ばす。肩を開いて、胸を開いて、腕を伸ばして、鋼の怪人へとその両手を突き出そうと構えた。

 

 「あんた達が救いようの無い、クズだって事が!」

 

 笑顔を消して敵を睨む表情に変わったカエデを見て、鋼の怪人が驚愕に飲まれた表情を見せる。

 

 そこにはこの一瞬で裏切られたと勘違いしたり、完全にカエデを信じ切った心を傷つけられた様な、得も言われぬ屈辱。

 

 「必殺!ヘヴンリー・インパクト!!」

 

 その感情が怒りと困惑。二つ合わさって脳内に考えが巡らなくなった鋼の怪人に、カエデの必殺技が炸裂した。

 

 「!!!???」

 

 思い切り胴体に当てられたその一撃は、今日初めて鋼の怪人に通じた強力な攻撃。

 

 重たそうな身体を軽々しく打ち上げて、エントランスホールを突き出て、外のチャペルにまで鋼の怪人を突き飛ばした。

 

 カエデの懇親の一撃が、正義の衝撃が、悪の組織の怪人に想い知らせる時が来た。

 

 外のチャペルには白い煉瓦で構成された、神々しいまでの美しさを誇る。そんな争いごとなんか忘れさせてくれそうな雰囲気が出ている場所に、黒い鋼の胴体に包まれた鋼の怪人が全身を使った大砲となり、チャペルの壁に激突した。

 

 「・・・愚か・・・だっ」

 

 瓦礫を殴り飛ばして、倒壊して来た建物の中で鋼の怪人が立ち上がる。暗闇の中で双眸を赤く輝かせて、人の形をしたシルエットが浮かび上がる。

 

 「愚かはあんたの方よ・・・覚悟しなさいよ」

 

 エントランスホールからここまで、カエデも追いかけてきていた。この怪人を倒す為に、ヘルブラッククロスの計画を知った以上、もう逃げる訳には行かない。

 

 こんな危険思想を持った怪人の行動を、全てここで終わらせてもう何もさせない。

 

 ヘルブラッククロスの思想を聴いて、カエデは決心した。

 

 絶対にあたし達は、こんな奴らの仲間にもならないし、協力する事は無い。

 

 「・・・そんなに死にたいか」

 

 鋼の怪人が全身の筋肉に力を入れて、闘気を放出する。煙と小さな瓦礫を打ち出して、全身を鋼が覆っていく。

 

 下半身の着物まで黒い鋼へと変わっていき、カエデが近寄れなくなるほどの強い闘気を放出し続ける。

 

 「冥土の土産に、見せてやる・・・これが我が怪人の奥義」

 

 丸めた身体を広げて放出が終わると、最後に衝撃のウェーブが発動されて、チャペル全体の壁が崩壊していく。

 

 椅子もステンドグラスも、瓦礫も全て吹き飛ばされて、その長四角のチャペルだった場所で、2人の戦士がここに立った。

 

 全身を黒光りさせる鋼の怪人。

 

 ガントレットとブーツのギアを回して、立ちはだかるのはヘヴンホワイティネス・神宮カエデ。

 

 「フェーズ3・・・黒鋼!」

 「それが奥の手って事ね・・・いいわ、最後まで相手してあげる!」

 

 全身を黒い鋼鉄に変えた鋼の怪人と、神宮カエデの決戦が始まる。2人の間には見えない視線の電流が走り、一瞬の内に間の空間に爆発が起きるイメージが流れる。

 

 その爆発が起こった瞬間、カエデと鋼の怪人が走り出してお互いの右拳が降りあげられた。

 

 「必殺!極・バスターフィスト!」

 「黒鋼・鉄拳(へるめたる・ふぃすと)!」

 

 ガントレットと鋼の拳。この二つがぶつかり合うと、お互いの手の中に響く強い衝撃が走る。

 

 お互い右手を引いて、回る要領で右足を上げて踵と踵がぶつかり、もう一回回る。

 

 「はぁ!」

 「ぬぅん!」

 

 カエデが少し距離を離して、僅かな踏み込みで飛び出すと、膝蹴りをぶちかます。

 

 鋼の怪人はそれを黒い鋼の左肘で撃ち落とす。

 

 姿勢も距離も五分の状況に戻り、カエデは左腕を、鋼の怪人も左腕をぶつけて絡めとる。

 

 「たぁあああ!」

 「敗け・・・んっ!」

 

 空いた右腕でボディブローを、2人同時に打ち合う。

 

 スーツに守られて居ても、中身に届く重たくて強い一撃。

 

 鋼を黒く強化しても、能力を打ち破られそうな、強い衝撃。

 

 続く右ボディブローは、あばら骨を狙う様なカエデの拳を。殴ると見せかけて鋼の怪人は腕を引いて、引いた勢いで絡まった腕を外し、回し蹴りでカエデのこめかみを狙う。

 

 「甘いのよ!」

 

 しかしカエデもその回し蹴りを見てから咄嗟に反応しては、顔面を守る。

 

 勿論ガントレットによる衝撃に脚を押し返し、鋼の怪人とはまたも五分の状況が出来上がる。

 

 「必殺・・・」

 「全身黒鋼鉄(へるめたる)・・・」

 

 ガントレットのギアのフル回転をより高めて、壊れても良いと想いながらカエデは正義の衝撃を乗せる。

 

 鋼の怪人も同じく黒く光る両腕を硬く握り直して、カエデの攻撃に応戦する構えを取る。

 

 「メガトン・レイザー!」

 

 カエデが繰り出したのは、メガトン・インパクトの威力を乗せたままのラッシュパンチ。

 

 「鉄拳連制裁(ろっくふぇす)!」

 

 黒い鋼の両腕を連続して突き出しながら、カエデの拳の雨あられを、黒い彗星の数々で殴り合う。

 

 「はぁああああ!!」

 「ぬおおおおお!!」

 

 右フックが、左ストレートが、フェイントが、アッパーが。

 

 何度もとどまる事の無い強力な拳が、幾度もぶつかり合い、鋼の怪人の顔に、身体に、脚に、カエデの肩に、胸に、腰に、お互いの攻撃が入っていく。

 

 「ぶっ!」

 「がぁ!」  

 

 鋼の怪人の拳が、カエデの顔の真ん中に当たる。

 

 カエデの拳も、鋼の怪人の顔に命中し、お互いにカウンターを打ち込んだ構図になった。

 

 メガトン・インパクトを片手で撃つ威力の高さ、鋼の硬さをそのまま拳に込める鉄拳ストレートに、2人共飛ばされていく。

 

 木製の椅子に頭から突きこまれたカエデ。

 

 神聖なチャペルの礼拝台に吹き飛ばされる鋼の怪人。

 

 騒々しい音を大きく鳴らして、最早ここがチャペルであったとは誰にも分からない、荒れ果てた空間となる。

 

 「・・・」

 「・・・」

 

 静かに立ち上がり、カエデは鋼の怪人を強く睨んだ。

 

 「闘争を知っている眼だな・・・本当に殺すのは惜しい」

 「光栄ね。あんたみたいなクズに、そこまで言われるなんて」

 

 子供も生きていけない様な世界を創ろうとするこんな奴らに、何を言われても嬉しいとは思わない。

 

 故にカエデは、この怪人を一分一秒も、未来に生かしておいて良いとは思わない。

 

 カエデの身体には、赤、青、緑のオーラが現れる。それを出現させたのはカエデの意思でだ。

 

 彼女の強い意思に呼応して、肩から腰にまで伸びた赤いラインが、明滅していく。そのオーラがとぐろを巻くように、カエデのスーツに被さって行くと、白い純白のスーツが徐々に黒く染まっていく。

 

 赤いラインが黒くなるスーツの中で一際強く輝き、ガントレットとブーツのギアが更に大きな音を鳴らして回る。

 

 「奥の手・・・かっ」

 「そうよ。あたしがお前みたいなクズに出す力なんだから、嬉しく想いなさい」

 

 カエデが出した能力はヘヴンスーツの潜在能力を一時的に最大限引き出す、シンクロ率が高い彼女だから出来る領域。

 

 ダークヘヴンスーツ。

 

 黒き天使。それが神宮カエデの、最終形態。

 

 「行くわよ・・・あんたなんかに手こずってたら、この先の未来なんて守れないの。もう誰も泣かないように、あたしが得た力なんだから」

 「色が変わっただけではないか・・・?」

 

 それは鋼の怪人も同じだと、自分で言いながら思って鼻で笑う。

 

 「言ってなさいな。もう、あたしは油断しないわよ・・・」

 

 カエデが思い切り回転させたギアを回して、一息に駆け出すと、眼で追うのがやっと素早さで、鋼の怪人に肉薄する。

 

 (速い・・・!)

 「必殺!」

 

 鋼の怪人の足元で、カエデは自慢の必殺技を解き放つ。

 

 「メガトン・インパクトぉ!」

 「ふごぉぉっ!?」

 

 胴体のど真ん中を正確に狙った一撃は、正義の大衝撃。

 

 チャペルの天井を破壊して突き抜けて、鋼の怪人を上空に打ち上げた。

 

 「・・・効かん・・・なっ!」

 

 実体に届いたが、まだそこまでのダメージは無い。

 

 しかし、チャペルの屋根を蹴ったカエデが、再びインパクトを込めた両の掌を鋼の怪人に向けて飛び出した。

 

 その姿はまさしく、黒い天使。

 

 「ヘヴンリー・インパクト!」

 

 大の字に浮かんだ鋼の怪人を更に打ち上げた。

 

 黒い鋼に守られた腹筋にヒビが入った。これは手応えを感じたと、カエデがもう一度インパクトを込める。

 

 「ごふっ・・・なんだ、この威力は・・・」

 「メテオライザー・インパクト!」

 

 更に正義の隕衝撃。もう一度鋼の怪人に衝撃を打ち込んで、黒い鋼がどんどん剥がれていく。

 

 「うぬぼれる・・・なっ!」

 

 鋼の怪人がこの空中でカエデを捉えようと、黒い腕を伸ばした。その両方向の殺気を感じた黒い天使は、空中で鋼の怪人の肩に脚を引っ掛けて、両腕を首に回して、組技の様に鋼の怪人の身体を拘束する事に成功する。

 

 「せーーーーーっの!」

 

 首に回した腕を思い切り下に引っ張り、鋼の怪人をチャペルに向かって投げ落とす。

 

 「まだ・・・来るのか・・・?」

 

 落ちる速度に追いつくように、カエデが鋼の怪人に落ちる勢い、体重、正義の衝撃を込めた掌を解き放つ。

 

 「テラマグナム・インパクトぉぉぉ!」

 

 次々と強い必殺技を打ち込み、ついに鋼の怪人の腹筋をコーティングする黒い鋼が粉砕された。

 

 「下は、瓦礫だ・・・勝負あった・・・なっ!」

 

 元々チャペルだった瓦礫の山に落ちながら、鋼の怪人は空中戦を開始しようと、攻撃を開始する。

 

 腹筋が壊れていようと、ヘルブラッククロスの意思を通す為に、ヘヴンホワイティネスを倒すと覚悟して、全力で倒しに向かう。

 

 だが、それでも上手になったのは、カエデの方だった。

 

 「超必殺・・・!」

 

 今このホテルや度固化の街が危険に晒されているのは・・・。

 

 否この世界が危険に晒されているのは、全てこんな組織が元凶だ。戦争を良しとして、平気で心や平穏を壊して、レンやケイタもミドリコだって、自分の父親も、苦しみに泣き叫ぶ一般市民だって、ギンジの命も、そしてこれから生まれる子供達の未来も、全てこの組織は奪うつもりだ。

 

 そんな事は絶対にさせない。

 

 力で全てを言い聞かせて、人を支配して、欲望のままに生きる世界なんて、神宮カエデは絶対に生きていきたいとは思えない。

 

 そんな未来で、人々が幸せを担う事なんて出来やしない。

 

 「これで、終わりよ!」

 

 両の掌に乗せた正義の衝撃。

 

 それを思い切り、鋼の怪人に叩き込む。

 

 「デストラクション・インパクト!!!!」

 

 能力が効いていない腹筋へ、その衝撃を打ち込めた。むき出しになった実体へと、カエデの超必殺技が、クリーンヒットした。

 

 「落ちろ──!!」

 「ぐっ・・・おおおああああ!!!」

 

 身体に走る正義の志から送り込まれる善の属性に振られた衝撃が、鋼の怪人の体内の全てに響いて行く。

 

 腹筋以外、全て黒鋼でコーティングされている為か、その衝撃は逃れる事無く、断続的に鋼の怪人のボディを内側から破壊していく。

 

 「・・・ヘルブラッククロスに、栄、光・・・あ、れ」

 

 これを最期と悟ったのか、鋼の怪人はカエデという初めて恋をした、最上級の女に敗れた事を光栄に想いながら、その身体を瓦礫の山に叩き落された。

 

 「地獄に栄光なんて無いわよ!」

 

 カエデのその言葉が耳に入ると、鋼の怪人は仰向けに倒れたままで、静かに瞳を閉じ、その意識と生命に終わりを感じながら、力尽きた。

 

 絶対にカエデは・・・ヘルブラッククロスに敗けないと、敗けたくないと、この世界の未来を守るために、鋼の怪人を打倒した。

 

 もうヘルブラッククロスの悪の魅力なんてたくさんだ。

 

 戦争して、暴力で屈服させて、挙げ句世界まで支配しようとするなんて、馬鹿げている。

 

 レンの居た未来の世界では、きっとそれが当たり前の世界だったのかも知れない。だからこそ、カエデは親友の未来を守りたいと、そして仲間達が生きる為の輝かしい未来を守りたいと、本気で願い始めた。

 

 ヘルブラッククロスならば、あの計画を本気でやりかねない。

 

 ならば・・・。

 

 「あたし達が絶対に止めてみせるわ・・・!」

 

 神宮カエデこと、ヘヴンホワイティネスが絶対にこの未来と世界の平和を守ろうと、志を新たにするのであった。

 

 未来を守るだけじゃない。

 

 未来を、変えるのだ。

 

 その為には、絶対にヘルブラッククロスに勝とう。その意思を宿したカエデは、急ぎ足でホテルに戻るのであった。

 

 仲間を助ける為に、ギンジともう一回未来の話をする為に。

 

 神宮カエデvs鋼の怪人

 

 勝者・神宮カエデ

 

 

続く   

 

 

 

 




お疲れ様です!

今回のお話ではヘルブラッククロスの真の目的が、日本転覆と力による支配、だけではないと言うのが解りましたね。

ヘヴンホワイティネスが居る限り、そんな事させやしない!

キャラネタ書きます

武者の怪人
ロケランもらった由緒正しい、ミドリコの被害者。
実は・・・おっと誰か来たみたいだ

蜘蛛の怪人
こんな怪人、斬られて良かったんだよ。オラ、謝罪しろ。

鋼の怪人
明確にヘルブラッククロスの計画を実現しようとしていた、怪人らしい怪人。太く長く鋼の如く硬い。
だがカエデの壊された。カエデの実力評価していたので、この敗北は納得が行かなくても、良い勝負だったとある意味満足している。はず。

甘白ミドリコ
赤鬼に心を溶かされた。2人っきりの時はデレる。

赤鬼
ミドリコを姐さんとは呼ばなくなった。ミドリコの事本当に大好き赤鬼ちゃん。怪人にしては珍しく、性欲を制御出来ている。ミドリコに嫌われたくないので、しょうがないね。

宮寺レン
蜘蛛の怪人をぶった斬った。
平和に一歩近づいた。

神宮カエデ
ヘルブラッククロスの言う理想の世界について、完璧に理解し、理解した上で壊滅させないと行けないと、理解した。
早くお父上を助けよう

佐久間ギンジ
彼はこの物語の主人公であり、神宮カエデと鈴村ミヤコに恋をしている。口が悪いが、ちゃんと優しい主人公。
でも見た目イカチィ。

・・・
次回、大幹部戦、開幕!
そしてついにギンジとミヤコが再開!
正義連合、オーク怪人、ヘヴンホワイティネス、そして柏木タツヤ。

混戦極まるミヤコ奪還編も佳境!

次回もお楽しみに!無理やりな物語ですが、少しでも皆様の暇つぶしになって、印象になれば幸いです。

では、また次回!


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87・こんなにも助かりたいと願った

こんにちは、アトラクションです。

最近更新頻度遅くてすみません、ほんとに仕事が多くて・・・

相変わらずめちゃくちゃな物語ですが、この物語もついにトータル90話超えていましたよ!

これからも命続く限り、ヘヴンホワイティネスの執筆を頑張ります!応援よろしくね!

それでは本編どうぞ!


 

 「待てー!」

 

 ホテルのVIPフロアに、少年の掛け声が響き渡っていた。

 

 いつもの学生服に、いつもの革靴。ホテルを走るその少年の姿は、それは異質に見える。その右手にかかえているモノも、純白の分厚い本であり、綺麗なホテルのカーペットを蹴りながら駆け出す少年。

 

 その少年の名は角倉ケイタ。

 

 ヘヴンホワイティネスの協力者だった彼は、今や正真正銘ヘヴンホワイティネスとしての活躍が、仲間たちから期待されている仲間の一人である。

 

 「闇雲に追っても駄目だ!」

 

 その隣を走るのは、スーツ姿に長いポニーテールを揺らす、長い刀を持ちながら、ケイタと同じくホテルのVIPフロアを走っていた。

 

 名は十五夜ヒトシ。神宮財閥御庭番衆の隊長であり、仕えるお嬢様である神宮カエデの執事でもあり、財閥長の神宮ソウジロウ、カエデの父親を守る絶対防衛の番人である。

 

 2人が追いかけるのは・・・。

 

 「しつこいですねぇ〜・・・虫けらにしては、少々小癪の様ですし、困りましたねぇ」

 

 ケイタとヒトシが追いかけているのは、公安警察に身を置いておきながら、ヘルブラッククロスに加担して、あろうことかその悪の組織の大幹部という席についた、邪悪を固めた蛇の様な男。

 

 名を柏木タツヤ。

 

 本来ならば真に正しい正義の為に尽力し、人々の平和の為にその力を振るわないと行けない、信念を持たないと働けない大きな正義の組織、警察に所属していた男である。

 

 高級感溢れる三つ揃いを着ているその男には、礼儀や気品は感じられるのだが、いかんせん周りやカエデ達を馬鹿にしたような態度と、そこ知れぬ悪意を感じ取れる喋り方、蛇の様にひょうひょうとした雰囲気がにじみ出ている。

 

 おまけに長時間走り続けても全く衰えないどころか、汗ひとつかかない無尽蔵の体力を持っている。

 

 ただの人間であるケイタやヒトシでは、走る勢いがどんどん落ちていき、追いつく事が出来なくなってくる。

 

 ケイタが魔法でヒトシを強化すれば、追いつけるであろうが、そうなればケイタは脱落する。

 

 故に2人で走りながら、なんとかしてあの柏木タツヤを捕まえないと行けない。

 

 2人が追いかけながら走っていると、タツヤは次のT字路を左に曲がる。それを見逃さなかったケイタとヒトシは、とにかく急いで悪の大幹部を追いかけていく。

 

 「・・・おや」

 

 タツヤが走り抜けようとしたその道の先は、階段だった。その階段の線の手前で、タツヤは脚が止まる。

 

 階段の手前には、非常事態用の鉄格子のシャッターが降ろされていた。

 

 これを破壊して突破するのは簡単だが、そうなればきっと後ろの愚か者2人に追いつかれてしまうだろう。

 

 殺す事も出来るのだが、それだと結婚式を挙げる前に手を汚す事になってしまう。

 

 ミヤコの心を壊す為には、こいつらにも生きておいてもらわないと、タツヤの結婚式が盛り上がらない。

 

 行き止まりにおいてタツヤが後ろを振り返る。背筋を伸ばして疲れを感じさせないその動きは、落ち着いた大人の仕草を雰囲気を見せて、影を背にしたままの怪しく恐ろしい殺気をまとわせる。

 

 「・・・ま、そろそろ頃合いでしょうかね」

 

 暗闇の中に羊が迷い込んで来た、と・・・。

 

 影の中に舌先を伸ばして、獲物の動きを探知するように、羊にとっては地獄になるこの薄暗い階段という洞窟の前で、鎌首をあげた蛇がその牙を開く。

 

 「もう、逃さないぞ」

 「覚悟しろ・・・神宮財閥にこれ以上の手出しはさせん」

 

 ケイタとヒトシが、肩で呼吸をしながらタツヤを追い詰めた気で居る。本当に自分に勝てると思っているのか。

 

 愚かしい。小賢しい。ゴミ虫が、勝てると調子に乗るな。

 

 そういった気迫は隠しながら、タツヤは口を大きく曲げて歪に笑う。

 

 その笑みと、未だ揺るがない悪の波動と思わしき、異質な雰囲気がケイタとヒトシに暑さを忘れさせる程に、冷ややかな瞳を見せつける。

 

 怒っているとも、楽しんでいるとも分からない、本当に異質。

 

 ケイタの眼に映るその男は、同じ人間なのに、人間には見えない。

 

 例えるならばまるで・・・そう、怪人の様に見えた。

 

 「では、まぁ・・・眠っていてください」

 

 その声が聴こえた途端に、タツヤが素早く動いた。

 

 素早く動いたその瞬間にケイタは瞬きをし、ヒトシは殴り飛ばされ、驚愕する間も無く、ケイタも腹部を殴られる。

 

 「あ・・・ぐ・・・っ」

 

 鈍い痛みと苦しみがケイタを襲い、意識が遠のいていく。

 

 今、僕たちは何をされたんだ?そんな考えが脳内に回り切るまでに、ケイタの視界は暗くなって行った。

 

 「・・・なんだ、その動きは・・・!」

 

 苦悶の表情を浮かべながら、ヒトシが手放してしまった刀に腕を伸ばす。

 

 刀を取ればまだ希望があると信じているヒトシに、タツヤはゴール直前で意地悪にシャッターを下ろす様に、脚で思い切り踏みつける。

 

 「ああ、まだ起きていましたか。本当は手を汚すのも、こうやって運動するのも面倒なんですよ・・・」

 

 ヒトシの伸ばした左腕を踏みながら、ニタニタとタツヤが笑う。

 

 「・・・面白い事が起きますよ。それでは、おやすみなさい」

 「何を・・・ぐあっ」

 

 タツヤがヒトシの胸を踏んで、次こそは気絶させる。もう一度念の為に肺を潰そうとする勢いで踏みつけると、蛇の様な顔でひと呼吸。

 

 「・・・」

 

 自分の能力を使うなんて、あのヘヴンホワイティネスや、ギンジに使うならまだしも、こんなザコに使う事になるとは。

 

 その行動に残念な気持ちを乗せながら、タツヤは端末を使って戦闘員を呼び寄せる。この二つの虫けらを運ばせるためにだ。

 

 「さて・・・」

 

 三つ揃いの服を軽く形を整えて、襟首を揃えると、タツヤは下で広がっている戦闘の跡を見て満足そうに鼻を鳴らす。

 

 そしてぺろりと、舌先も出して唇を舐める。

 

 もうすぐミヤコの心を壊す最終段階にまで来る。

 

 あの佐久間ギンジも、ヘヴンホワイティネスも、怪人四天王に任せれば全て問題は無いだろう。

 

 他にも梟の怪人も霊鳥の怪人も、対ギンジ用に用意した女王ナメクジの怪人だって居るのだ。

 

 「ククク・・・」

 

 思わず約束された勝ちに、タツヤからくぐもった笑い声が出てくる。

 

 「・・・楽しみですね、結婚式・・・」

 

 蛇がまた嗤う。確実に勝利に近づいていると、この世界を支配出来ると本気で信じて、嗤う。

 

 そうしてタツヤは戦闘員がここに来るのと、結婚式を楽しみにしながら、窓から覗ける真夜中の海面を見て、心を踊らせるのであった。

 

 その考えもヘルブラッククロスの勝利も、結婚式も・・・。

 

 全て壊されれる直前であるとは、彼はまだ知らない・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 どこを飛べども、どこを走ろうとも入り口は見つからねぇ。しょうがないから結局屋上のヘリポートから、俺はミヤコとカエデのオトーサンを探す為にようやく侵入できたぜ。

 

 ・・・ぶっ壊した屋上は、多分財閥パワーでなんとかしてくれんだろうな。

 

 そこからホテルの内部に侵入した俺は、どっかんどっかん壁をぶっ壊して突き進んで見る事にした。どうせ何があっても全部ヘルブラッククロスのせいに出来るしね〜。

 

 あとどれだけ壊しても財閥パワーでどうにか出来る。はず。

 

 楽観視しながらも、ミヤコとオトーサンを見つけたい俺は、右に左に、前へ下へ、上へと、色々な道を駆け回って行く。

 

 まじでこのホテルって迷路みたいになってるな。本当に観光客とか利用客居るのか?

 

 「うわ、ギンジが居たぞ!」

 「裏切り者を始末しろ!」

 

 そうこうしてホテル内部を駆け回っていると、俺を見つけた戦闘員達が仮面を輝かせながらこっちに向かって来た。俺とやろうってのかい。

 

 しかし戦闘員の数って多いよな。下にあれだけ送らせても、まだこんなに居るのかよ。

 

 「さっさとミヤコを助けないといけないんだ!どけ!」

 

 ここは素早く倒して先に進まないと行けないし、あまり暴れて力尽きても意味が無いな。

 

 「ムーン・フォース改!」

 

 通路を埋め尽くさんと迫り来る戦闘員達を蹴散らす為に、俺はアキハの持っていたムーン・フォースを開放する。月の力を媒体とした地球上に存在しうる特殊能力の中でも極めて異質な能力だ。

 

 ルカと同じ様な深緑色のラインがところどころに張り巡らせて、黒いマントがついた騎士みたいなパワードスーツに変身する事に成功する。

 

 このパワードスーツかっこいいよな、コテコテのお面ライダーマンみたいで。あ、お面ライダーマンって言うのは、この世界でメジャーなニチアサのキャラらしい。ルカが教えてくれた。

 

 俺が使えるこの能力は、元々はムーン・パラディースの天体アキハの持っていた能力で、月面と呼ばれる足場を空中に作り出す事が出来る。

 

 それともう一つの追加能力・・・っというかメインとなる武器が、鍔の無い柄の部分が刀身とそのままくっついたみたいな刀。

 

 長ドスとか言うやつ。これがこのムーン・フォース改の能力。

 

 心に反応して月の力が綺麗で美しいなんかアレ(語彙力)を打ち出す武器。

 

 限りなく善の力によるモノなんだけど、これはミヤコの改造で俺にも装備出来る様になっている・・・。

 

 長ドスを振り回して、戦闘員を一人斬り倒す。

 

 「オラオラ、邪魔すんな!」

 

 正面に立つ戦闘員も斬り、その奥で待ち構えている戦闘員も月の斬撃が飛び出す事で同時に2人撃破。

 

 炎とか雷、それと重力も使えればもっと汎用性高いんだろうけど、このムーン・フォース改はそれが出来ない。

 

 ミヤコの改造も完璧じゃない、と言ったらあいつは怒りそうだな。

ぷりぷり怒ると可愛いと思うけど。

 

 (・・・ミヤコ)

 

 眼の前の戦闘員を倒しながら通路の奥の進んで行き、俺はミヤコの事をもう一度思い出す。

 

 俺たちが襲撃を受けて孤立させられたあの日、8月25日にミヤコは俺に何を言おうとして居たのか。

 

 俺はミヤコに俺と言う人間のすべてを話した。自分が本当は誰かに期待されるような人間じゃない事や、実は社会の底辺に居た生きた屍だった事とか。

 

 それをあいつは、ちゃんと受け入れてくれた。その事が本当に嬉しくも思ったし、気を使わせたんじゃないかとも思った。

 

 (なぁ、ミヤコ。俺のすべてを知って、お前は俺に何を伝えようとしてくれたんだ?)

 

 あの時のミヤコの気恥しそうな、それでいて嬉しそうな、いつもの奈落みたいな顔じゃなくて、少女らしい顔をしていたミヤコの事が忘れられない。

 

 その答えを知るために、敗けて倒れる訳には行かない俺はまた一人戦闘員を倒す。どんどん数が減るけど、敵の勢いは止まらない。

 

 ならばこのムーン・フォース改と併用出来るもう一つの能力を使うか!

 

 「行くぜ・・・金棒!」

 

 俺は左手の自分の胸に当てて、そこから金棒を引きずり出す様にして、心の中にしまわれた赤鬼の金棒を降り出した。

 

 空気すら押し潰しそうな勢いでホテルの床に先端が落ちる。

 

 長ドスと金棒。この二つを持ち出した俺を止められるやつは、そうそう居ないぜ。自分で言うのもなんだけど、この組み合わせ好きなんだよね。

 

 なんかかっこいいじゃん?

 

 気を取り直して俺は黒い壁みたくなった戦闘員を前に、二つの武器を振り上げた。

 

 必ずミヤコを助けたい。

 

 この戦いに勝って、ミヤコをもう二度と俺たちと離れ離れにはさせたくない。

 

 そんな想いは身勝手かもしれないけど、そんな考えしか持ち合わせてない俺は、一心不乱に襲いかかってくる戦闘員を倒しながら、ミヤコとオトーサンとの再開、仲間達との合流を心待ちにしながら大暴れを開始する為に、振り上げた二つの武器を敵陣めがけて思っくそ打ち下ろした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 神宮リゾートホテルを逃げ回るミヤコとソウジロウ。

 

 彼女達もタツヤの指示により徘徊していた戦闘員達に捕まり、先に捉えられたケイタとヒトシと同じく、黒い十字架に貼り付けにされてしまっていた。

 

 ミヤコの意識はしっかりしているのだが、腕を引っ張りあげられて体重は下に落ちるからか、非常に肩が痛くなってくる。

 

 ウェディングドレスのままのミヤコを、真下から見上げてニタニタ眺めるタツヤの姿も確認出来ており、ソウジロウもミヤコも彼の顔を見ているだけで嫌になってくる。

 

 「まさか、ホテルの裏側にこんな所があるなんて驚きましたよ」

 

 ホテルの裏側にあるのは、人工的に削り取られた石の広場。そこに何個もテーブルや椅子を置いた、海を一望出来るこにのリゾートホテルの有名な場所らしい。

 

 タツヤはそこに戦闘員達の車や、黒い十字架を突き立てて、捉えた四人をここに貼り付けにした。そうする事でヘヴンホワイティネスへの交渉材料にもする事が出来るからだ。

 

 「しかし・・・やってくれましたねぇ」

 

 ここまでやっておいて、柏木タツヤには残念な思いで胸が一杯になっていた。

 

 結婚式を開こうと、このホテルにあったチャペルは倒壊。

 

 タツヤが信頼を置いていた怪人達は全員ロスト。

 

 新怪人四天王でさえも、武者の怪人を除き、鋼、蜘蛛は消滅を確認。

 

 対・ギンジ用の女王ナメクジの怪人もロストしてしまい、梟と霊鳥の怪人もここにやってきたヘヴンホワイティネスのお仲間に駆逐された。

 

 「・・・」

 

 夏の潮風が全身を煽りながら、タツヤは貼り付けにした四人を見上げる。

 

 こうなれば計画は変更するしかない。タツヤが手にしているモノは、打ち上げ花火。これを使ってここにヘヴンホワイティネスを呼び寄せるつもりでいるのだ。

 

 「そこで見ていてください。今すぐ貴女の心を壊してあげますから」

 

 タツヤが冷たく言い放つが、ミヤコは見下ろしながらタツヤの言葉に返事を返した。

 

 「くふふ、わたしの心なんて、君には壊せないよ。触る事も、見る事も、柏木大幹部には不可能だよ」

 

 絶対にそんな事はこの柏木タツヤには不可能だ。なぜならば、ミヤコの心も、身体も、全てを触れるのは佐久間ギンジしか居ないからだ。

 

 彼だけがミヤコと逢瀬する事を許されている、ミヤコの造る怪人の最高傑作の一つだ。

 

 「貴様、いい加減こんな事をやめろ!」

 

 ミヤコの隣で貼り付けにされているソウジロウが、タツヤに怒鳴った。

 

 「こんな事?はて、どんな事でしょうかね?」

 「下衆め!開放しろ!」

 

 ヒトシもタツヤに怒鳴るが、柏木タツヤにその言葉は届いて居ない様子だった。

 

 ケイタはまだ気絶したままである。

 

 「大人しくして居てください。どちらにせよ、もう全員生かしたまま返す訳には行かないので・・・」

 

 総統の目的の為に用意された新怪人四天王のロストは、柏木タツヤには予想外の出来事になっていた。このまま逃げ帰ったのでは、確実に自分がロストさせられる。

 

 (困りましたねぇ・・・あとに戦えるのは、このわたくしだけとは)

 

 蛇の様に口を横に広げて、タツヤは再びミヤコを見上げる。

 

 (・・・考えても仕方ありませんね・・・)

 

 ミヤコの方を向いたのは、ウェディングドレスを翻している事で、長い黒髪と共に風に煽られるミヤコを見ていたかったからだ。

 

 タツヤもタツヤなりに、ミヤコとの結婚を楽しみにはしていた。それを阻止しようとするヘヴンホワイティネスの結束力の高さも、四天王を破った事で理解した。

 

 ヘルブラッククロスとして生きる事を選んだ男は、もう後には退けない。

 

 ミヤコから目線を離したタツヤは、広場の中心にまで歩いて行き、手にした打ち上げ花火の筒口を上空に向ける。

 

 「ヘヴンホワイティネスを呼び出して、抹殺・・・くふふ、本当に出来るかな〜?」

 

 ミヤコは誰に聞こえるでも無く、タツヤの後ろ姿を見て煽ってみる。これは挑発しているのではなく、例えタツヤがヘヴンホワイティネスを殲滅出来ても、ギンジには絶対に勝てないと信じているからだ。

 

 バカ同士で潰し合ってくれれば、最期に残るのはギンジとわたしだけ・・・なんて事も想像してみるも、それはギンジが許さないだろう。

 

 そのままタツヤが打ち上げ花火を夜空に打ち上げた。

 

 ひまわりの様な模様にが赤と緑色で構成された花火が、夜空に打ち上がる。

 

 色とりどりの綺麗な花火は、好きな人と一緒に見ていればさぞ美しい花火になった事だろう。

 

 今ミヤコ共にその花火を見ているのは、神宮カエデの父親と、謎の男・・・神宮ソウジロウを様つけで呼ぶ男。

 

 それと未だ気絶したままのケイタ。

 

 「さて・・・ヘヴンホワイティネスと愚か者を呼び寄せる準備が整いました。確実に貴女の心を壊してあげます・・・」

 

 結婚式によって心を壊すのは、もう不可能だ。だからこそ、ここでミヤコの仲間を全員倒して、勝利を収める事でミヤコの心を壊す。

 

 もうその事しか頭に無いタツヤは、ここまで自分達を追い詰めた強敵の登場を待つ事にする。

 

 本当は自分の能力を使うのも憚れるのだが、仕方ないとタツヤは深呼吸する。

 

 来るならいつでも・・・。

 

 「さあ・・・待っていますよ、ヘヴンホワイティネス」

 

 蛇が夜空の下で革靴を鳴らして、怨敵の襲来に備えて待機を開始した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ホテル内部を捜索していたカエデ達は、後から合流したオーク怪人、そして正義連合と共に一般市民の退路確保や、避難誘導等も行いつつ、ソウジロウとミヤコを探していた。

 

 一向にギンジが見つかる気配はなく、ミヤコもソウジロウもまだ見つかっていない。

 

 代わりに見つかるのは戦闘員達だけ。

 

 パワードスーツを装備した、黒い怪人の瞳を模した仮面をつけた、あの戦闘員達だけ。

 

 「邪魔よ!」 

 「同意」

 

 カエデとレンの息の合ったコンビネーションが炸裂する度に、戦闘員が蹴散らされる。

 

 「ブヒ、貴様も退いてもらおうか」

 「俺っち達の邪魔ァすんじゃねぇ!」

 

 続くオーク怪人の砕き割る手刀と、赤鬼のオリハル金砕棒による怪人の破壊の一撃が二つ同時に繰り出された。

 

 「なんという攻撃だ・・・!」

 「って言うかなんであいつら息ピッタリなのよ・・・」

 

 カエデとミドリコがそれを見ていると、赤鬼の空気の打ち出しに、オーク怪人の筋力を合わせた攻撃が重なり、2倍の威力ではなく、2人を重ねた事による二重の一撃になっていた。

 

 ボウリングピンの様に戦闘員たちが吹き飛ばされる。

 

 「数だけは・・・本当に居るな」

 

 虹色に輝く破邪の剣を構えたレイナが、修道服に隠された胸を揺らす。

 

 「本当にしつこいね!」

 

 サクラも魔法の杖を構えて、桃色の魔法を展開し始めていた。

 

 「みんなの防御は僕が請け負います!」

 

 3人で背中合わせにしながら、ルカも大盾を構えて援護の姿勢に入る。

 

 「破邪の・・・!」

 「マジカルマジカル〜!」

 「僕が支える!」

 

 大きいカジノルームに群がる戦闘員達に、レイナ、サクラの合体攻撃が命中していく。あまりに強い勢いをルカが支えて、2人の技の威力を落とさないように援護をしていた。

 

 「よし、私も・・・」

 

 次に攻撃をしようとしたのはミドリコだったが、構えた武器がロケットランチャーである事を確認したカエデがそれを制止する。

 

 「ここでそんなの撃たないでよ!」

 「同意。巻き添えに、なる」

 「済まない・・・私も何かしなきゃとおもってな」

 

 ミドリコのロケットランチャーを抑えて、ミドリコの行動も無かった事にされるが、それでも仲間が戦っているのに何も出来ない自分が少し悔しく感じる。

 

 「早く、ミヤコを連れ戻して、装備を造ってもらわないと、ね」

 

 ミドリコに迫ろうとしていた戦闘員をレンが倒すと、赤鬼もミドリコの背後を守ろうと、オリハル金砕棒を携え始めた。

 

 「ん・・・?」

 

 立ちふさがる戦闘員を容赦なく殴り倒すオーク怪人が、ルカと共に窓の外に浮かんだ光が視界に入ってきた。

 

 「あれは・・・」

 「ブヒ、花火、か?」

 

 ホテルの外に打ち上げられた花火を見て、カエデもレンも不思議な表情でひまわりの花火に困惑する。

 

 あの花火は神宮財閥がお気に入りとしている、ひまわりの花火。

 

 それをこのタイミングで発射するのは、一体何事なのだろうか。

 

 「ねぇ、花火を打ち上げたのって・・・」

 

 カエデは少しだけ恐ろしいモノを見るかの様な顔で、レンとミドリコに顔を向ける。あの花火が何を意味しているのかは不明だが、とにかく不安になる様なモノである事は間違いなかった。

 

 「気になるなら行ってみますかい?」

 

 赤鬼が最後の一人になった戦闘員を蹴散らすと、カエデに頭を軽くさげながら声をかけてくれる。レンもカエデの表情を察して、彼女の行く所について行こうとしてくれている。

 

 「・・・あのタイミングで花火を出したなら、ギンジの可能性もあるのではないか?ま、そこまで考えは回らないか。ヘヴンホワイティネスには、な」

 

 オーク怪人がカエデに挑発と嫌味たっぷりに声をかけると、レンもミドリコもオーク怪人を嫌な眼で見る。

 

 「ブヒ、所詮頭の悪いヘヴンホワイティネスだ。ギンジもまぁまぁ馬鹿だが、それ以下だな、貴様らは」

 「うるっさいわよこの豚!さっきまで鶏のスープ飲んでた癖に!」

 「私に豚と呼ぶのははっきり言って褒め言葉だぞ。そういうのが分からないから貴様は馬鹿なのだ」

 「よーし良いわよ、そこまで言うならあたしとあんたで勝負しましょうよ!」

 「望む所だ。いずれ貴様らとは決着をつけねばならないのだからな」

 

 等と言い合いをしているカエデとオーク怪人の少し離れた所で、レイナ達もなんだか懐かしい雰囲気を思い出す。

 

 「なんだかあの2人は、仲が良いのだな」

 『良くない!』

 

 2人して当然の様なハモりに、レンもレイナも少し微笑ましく思える。

 

 「ええい、もういいから花火の場所まで行くわよ!」

 

 カエデが先導すると、そこについてくる者達は全員、花火の場所とやらに向かうのであった。

 

 そこに待ち構えるのはギンジではないと誰も知らずに・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ホテルの裏側にある石の広場に繋がる道に、複数人の足音が聞こえる。

 

 タツヤが真夏の海と、四人の十字架を背に、待ちわびた怨敵の出現についに鎌首をもたげる。現れたのは、本当に憎き怨敵。

 

 「・・・オーク!」

 

 声を出したのはミヤコだった。待ち望んでいた男の姿は無いのだが、それでもオーク怪人が現れた事で、ミヤコに安心感が少しだけ出てくる。

 

 「ドクター!もうしばらくお待ちを!」

 

 オーク怪人もミヤコの姿を見て、一刻も早く救出せねばという気持ちで一杯になった。

 

 「ついに来ましたね・・・ヘヴンホワイティネス」

 

 カエデ、レン、ミドリコ、赤鬼、オーク怪人、レイナ、サクラ、ルカ、8人の戦士が広場に集い、タツヤの目の前に現れた。

 

 先程エントランスホールで見たあのいやらしい笑みが、カエデの後頭部にゾワリと悪寒を走らせた。

 

 それと同時にここにギンジが居ないと知り、余計にそれが悲しくなってくる。

 

 しかしそれよりもカエデの目に入ったのは、自分の父親であるソウジロウが十字架に貼り付けにされている事だった。

 

 「お父様!」

 

 カエデの言葉に反応して、更にレンも反応が大きくなる。カエデの父親が吊るされている場所の近くに、ケイタも居たからだ。

 

 気絶しているのか意識が無い様に見えるケイタの姿を見て、レンも顔色を悪くしながら思い切り十字架に向かって、カエデと共に行動を開始する。

 

 「神宮君!」

 

 レイナがその動きを止めようと、腕を伸ばしたがもう遅かった。

 

 「おっと、お二人共・・・わたくしを無視して、お仲間を助けるのは不可能ではありませんかねぇ?」

 「かはっ」

 「あうっ」

 

 十字架に向かって走り出したカエデとレンの頭上に急に現れたタツヤが、2人を蹴り飛ばして、一行の列に戻されてしまった。

 

 「この・・・!」

 

 自分を蹴っ飛ばしたタツヤをにらみ、カエデが立ち上がる。

 

 早くお父様とケイタを開放して、安心して戦える時間を作らないといけない。それが出来ないと、あの男を倒すまでに余計に時間がかかりそうだと判断したからだ。

 

 「わたくしの計画の為にわざわざここに来てくれてありがとうございます。あそこに貼り付けにされているドクターミヤコの為に死んでください」

 

 いきなり声を出したかと思えば、タツヤからの言葉は死亡宣言。

 

 「ふざけた事を抜かすな!」

 「テメェはさっさと砕けろやぁ!」

 

 カエデとレンが起き上がるのを確認してから、ミドリコと赤鬼が同時に走り出す。ミドリコはロケットランチャーを振り回して、赤鬼は空気を打ち出す攻撃を繰り出した。

 

 ミドリコの振り回したロケットランチャーの上に立ち、赤鬼の攻撃でさえも軽く弾いてみせる。タツヤの異質な行動にミドリコは冷や汗を流す様な感覚があった。

 

 人を乗せた重みでランチャーが落ちると、すかさずタツヤからの攻撃がミドリコに突きこまれて、体制を崩す。

 

 「きゃっ」

 「嫁に手ェ出すなァ!」 

 

 可愛らしい声で倒れたミドリコを抱えながら、赤鬼が鬼の形相でタツヤを睨んだ。

 

 「うるさいですねぇ」

 「危ねぇ!」

 

 タツヤが一瞬で赤鬼の顔に近づくと、人間となんら変わらない細い腕で、思い切り赤鬼の顔面を殴り抜いた。

 

 巨体がありえない速度で飛んでいき、一本の十字架を折ってしまった。

 

 「だ、大丈夫か、赤鬼」

 「おおぉ〜痛ぇ・・・ミドリコも無事か?」

 

 赤鬼の硬くて分厚い筋肉に守られたミドリコの肌の柔らかさを、全身で感じながらも、赤鬼はミドリコをちゃんと守り抜いた。

 

 「まだ生きているのですか?しぶといですねぇ」

 

 落ちて来た十字架の破片を避けながら、タツヤが歩いてくる。大幹部としての実力は伊達では無く、強力である事を伺いながらも、赤鬼を殴り飛ばすだけの力はあると言うことに、正直に言えば驚いている。

 

 「ブヒ、いい加減、ドクターミヤコを開放しろ!」

 「おや、オークさん。まだ生きていたんですねぇ?」

 

 十字架の破片を避けながら、タツヤの背後を取ったのはオーク怪人。左拳を強く握り、タツヤの頭を跳ね飛ばすつもりで拳を振るう。

 

 「何!?」

 

 殴ろうとした瞬間に、オーク怪人の眼の前からタツヤの姿が消えた。

 

 「どうしました?わたくしはこっちですよ」

 

 言い終わるよりも早く、タツヤがオーク怪人の背面から攻撃を与えると、オーク怪人も同様に吹き飛ばされる。

 

 「いい加減に!」

 「諦めろ!」

 

 次は左右からルカとレイナが攻撃を繰り出す。盾による薙ぎ払いを身体を捻りながら飛びつつ、レイナの破邪の剣も避けられる。

 

 脚と頭を狙った薙ぐ攻撃に、まるでアイススケートのトリプルアクセルをそのまま真横にした様な動きで、身を回転しながらタツヤが着地する。

 

 「マジカルマジカル〜ピンクミサイル!」

 

 タツヤが着地したタイミングを見計らっていたサクラが、自慢の魔法でタツヤに向けた攻撃を解き放つ。

 

 「甘いんですよねぇ・・・」

 

 また気がついたら三名の美女の眼の前から姿を消したタツヤは、今度はサクラの背後に姿を表していた。

 

 「魔法というのは便利ですよねぇ・・・でもまぁ、こっち(・・・)には敵わないでしょうね」

 

 気がつけばミサイルは、全てサクラの方に向きを変えており、それらはすべて撃った本人に跳ね返ってきていた。

 

 「まずっ・・・あれ、動け・・・」

 

 逃げようとしたサクラの身体は固まったまま動けず、ミサイルが直撃しては桃色の爆発が起こった。

 

 「サクラぁ!」

 

 レイナがサクラの安否を確認しようとするが、ふわりと身体が浮いてしまう。

 

 ルカも同じ様子で身体が浮かされている。

 

 「な、なんだ・・・」

 「レイナさん、何かおかしい・・・警戒を!」

 

 浮かんだ2人はそのまま地面に落とされて、顔をうちつけられる。

 

 そのまま倒れた2人の間に立っているのは、柏木タツヤの姿。

 

 「な、なんだこの力は・・・」

 

 魔法とも怪人の能力とも思えない様な不可思議な力に、レイナは身体を起こそうとするが、背中を踏みつけられて地面に倒れ付す。

 

 「ふざけんじゃないわよ!」

 

 続いてカエデが攻撃を開始する。自慢の格闘術による飛び蹴りは、タツヤに防御させる事に成功したが、そのままタツヤによる攻撃が的確にカエデを突き飛ばす。

 

 「ビーム剣術!」

 

 蛇腹剣に形状を変えたレンのビーム剣が、蒼く光るったままタツヤの動きを止める。巻きつける様なその剣に反応が遅れたのか、刃が高級なスーツに食い込んでいく。

 

 「クリュソーレ・ヴィント!」

 

 蛇腹剣による連続攻撃は当たらず、全てがタツヤの瞬間移動じみた動きに、全てが避けられる。

 

 「邪魔ですよ。そうやって死ぬまで無駄な事をしているつもりですか?」

 

 音も無く風もなく、タツヤは一瞬でレンの攻撃を避けきり、レンの正面に立ちはだかった。

 

 希望は失っていない、しかし相手にしている男はとても大きな壁に感じた。

 

 「はい、王手です」

 

 ニタリと笑った顔で、タツヤはレンの顎を蹴り上げて、上空に飛ばす。そのまま頭から綺麗に落ちて、レンもカエデも石の上に倒れた形になる。

 

 「ブッヒ!」

 

 タックルの要領でオーク怪人がタツヤに襲いかかり、赤鬼も空気を拳にまとわせて大技の準備をしている。

 

 「やれ!」

 「おやおや・・・冷静さが足りませんねぇ」

 「空砕・・・!」

 

 オーク怪人の腕をすり抜けたタツヤが、赤鬼の肩の上に立ちながら飛び降りる様にして、赤鬼を押し出す。

 

 「烈拳!」

 「ふごぉ・・・!!」

 

 もろに命中したオーク怪人は鼻血を吹き出し、赤鬼はと言うとタツヤに足元を掬われて、転んでしまう。

 

 そのまま顔を踏みつけられる。

 

 だが、このままオーク怪人が倒れる事も無く、勝ち誇ったタツヤに向かって攻撃を繰り出す。

 

 そこから少し離れた場所では、誰も貼り付けられていない十字架の上に登ったミドリコが、ロケットランチャーを構えている。

 

 オーク怪人が離れたタイミングで打ち込もうとしているのだが・・・。

 

 オーク怪人の拳を軽々しく避けつつ、タツヤは回し蹴りをオーク怪人の身体に叩き込み、即座に殴るとオーク怪人が海の方向へと転がされていく。

 

 それをスコープ越しで確認していたミドリコに、ロケットランチャーを発射するタイミングが来た。

 

 「いや、撃たないのですか?公安に居る時から、教えてあげたでしょう。撃つ時は、相手を人ではないと思えって」

 「貴様・・・!」

 

 スコープに写っていたタツヤは消えて、ミドリコが乗った十字架にタツヤが姿を表して、ランチャーのスコープに手をかぶせる事で、一時的にミドリコの視界を遮る事に成功する。

 

 そして近くに声がした事で、タツヤの姿を見るのだが、元同僚の顔はとてつもなく悪意に満ちていて、非常に恐ろしく感じた。

 

 先程戦った武者の怪人とは比べモノにならない程の、強力な悪の姿に、甘白ミドリコは戦意を失いそうになった。

 

 「では・・・死んでみますか?甘白さん」

 

 タツヤの声は、同じ人間としての熱量を一切感じない恐ろしく冷たい声。彼はもう公安に所属する同じ志を持った警察ではない。

 

 正義の為に戦う彼の姿はもうそこには無く、完璧に悪の為に猛進する姿しか無いのだ。

 

 蛇の様な鋭く広げられた口から、歯を見せるようにして嗤うタツヤの顔が浮かぶだけでミドリコは意思が折られそうになる。

 

 「必殺!」

 「マジカルマジカル〜!」

 

 十字架を走って登ってきたカエデと、魔法の杖で同じ高さにまで飛んできたサクラが、2人でタツヤを挟んで攻撃を開始する。

 

 「離れて!ミドリコ!」

 

 カエデの指示を聞き入れて、ミドリコはワイヤーを使って十字架から飛び降りる様にして離れていく。

 

 地面に着地したミドリコを抱きかかえるようにして、赤鬼が彼女を守り、更にルカが防御する為に盾を地面に突き刺した。

 

 一方十字架の上では、サクラの魔法がカエデのガントレットに魔力を送り込み、タツヤの動きを止めるために、オーク怪人とレイナも同時に飛び出していた。

 

 「おやおや・・・速度なんて関係ありませんが、そんなモノじゃぁ、わたくしを捕まえる事なんて不可能ですよ」

 

 レイナの腹部に蹴りを入れて、思い切り地面に叩き落とす。

 

 オーク怪人の突き出し蹴りでさえも、瞬時に反応しては背後に回り、軽くオーク怪人の巨体を片手で持ち上げる。

 

 「ブヒぃ!?」

 「地面がお似合いですよ!」

 

 そのままオーク怪人を十字架から投げ落とすと、タツヤの真正面に立つのは、カエデとサクラ。

 

 だが、カエデはタツヤへ攻撃するのではなく、タツヤの頭上へと飛び出していく。

 

 見当違いな行動に一瞬困惑するタツヤに、サクラが魔法を発動する。

 

 「マジカルマジカル〜!」

 

 魔法の杖をタツヤに向けて、攻撃魔法を発動する。その魔法が発動されると、杖の先端からまばゆい光がほとばしり、タツヤは眼を腕で覆う事で事なきを得る。

 

 「流石にめくらましは予想外でしたね。して、次はどんな行動ですか?」

 

 サクラの魔法の杖に接近したタツヤが、サクラの次の魔法を打たせないように手を振り上げる。

 

 「次は・・・魔法と未来の複合奥義だよ!」

 「・・・?」

 

 ここまでされても諦めていないサクラの言葉に、タツヤが怪訝な表情を見せる。どうしてこれだけの手数があるのに、彼女たちは諦めないでいるのか。

 

 「私を見ていても、意味無いよ。悪の組織の大幹部さん・・・」

 

 サクラの言葉にハッとするタツヤ。

 

 先程のヘヴンホワイティネスがまだ攻撃してきていない事を思い出すと、背後を振り返る。

 

 急ぎ背後を振り返った関係なのか、それとも同様が少しあったのか、黒いバトルスーツに身を包んだ少女が、白と桃色のオーラをまとったガントレットを輝かせて、タツヤに必殺技を叩きこもうとしている最中であった。

 

 「マジカルマジカル〜!」

 

 続く聞こえるのは背後からのサクラの声。魔法による撹乱攻撃を再びされるわけには行かないと、タツヤが瞬間移動を開始しようとするが、次は・・・地上に降りたミドリコが移動の先を読んだ。

 

 「カエデ!サクラの後ろだ!」

 「解ったわ!」

 

 ミドリコの第三の眼による気配を読む能力が、ここに来てカエデに一手決めるチャンスとなった。

 

 ミドリコの言った通りに、サクラの背後に現れたタツヤ。その姿をめがけて、カエデの必殺技が見事に命中する。

 

 「マジカル・インパクト!」

 「ぐっはぁ!!」

 

 三つ揃いの男に、サクラの魔力で強化されたカエデの攻撃が深く命中して、大幹部柏木タツヤにようやくまともな一撃を与える事に成功した。

 

 「やりますね・・・」

 「さっさと倒れなさいよ!」

 

 十字架から飛び出したタツヤを追いかけようとするが、今度はカエデが背後を取られて、蹴り落とされる。

 

 「カエデ!」

 

 サクラが落とされたカエデを追いかけようと空を飛ぶが、魔法少女の正面にはタツヤが現れる。飛んでいる勢いのまま首に腕をかけられて、サクラは思い切りラリアットみたくタツヤに撃墜された。

 

 「少し・・・甘く見ていましたよ・・・」

 

 落ちたカエデとサクラの前に、タツヤが瞬間移動で地面に現れる。

 

 「今だ!」

 

 響くミドリコの声で、今まで地上で隠れていた赤鬼がルカの背後から姿を表す。

 

 鬼気迫る表情と鬼迫で空気ごとタツヤの粉砕を目論むが、やはり柏木タツヤを捕まえるには至らず、返り討ちにあう。

 

 「無駄ですよ、そんな攻撃・・・」

 

 赤鬼の胴体に身体を浮かばせる不可思議な能力を発動し、浮いた胴体にタツヤの連続した攻撃が叩き込まれれていく。

 

 「ムーン・ドライバー!」

 

 ルカもタツヤに盾による突進を繰り出すが、それすらも瞬間移動で避けられてしまい、ルカを蹴っ飛ばして、赤鬼も殴り飛ばす。

 

 全身を使った無理矢理に見えて強力な攻撃は、2人を地面に転がすには十分で、ルカはこの攻撃でうつ伏せのまま起き上がらなくなってしまった。

 

 「先ずは一人、ですね」

 

 ルカが戦闘不能になった事を確認したタツヤは、そう言いながらミドリコの背後に回り、彼女の後頭部を片手で掴む。

 

 「ミドリコに・・・触んなァ!」

 

 自分の嫁であるミドリコが触られて激昂する赤鬼の前で、タツヤとミドリコが姿を消す。

 

 赤鬼が地面に八つ当たり気味に踏み砕くと、少し離れた場所では物音が聞こえる。その音に反応して、赤鬼が眼をやると・・・。

 

 「さっきはよくもやってくれましたね。決めた、次の脱落者は」

 「がっ・・・!」

 

 ホテルの強化ガラスを割る勢いで、タツヤがミドリコの顔面を叩きつけていた。

 

 そのまま瞬間移動。

 

 「貴女にしてあげますよ、甘白さん・・・!」

 「ふぐっう・・・!」

 

 今度の移動先は黒い十字架。それはミヤコが貼り付けにされている場所の根本であった。

 

 更に瞬間移動。

 

 今度は高い上空。十字架を見下ろせるぐらいの位置まで飛んで来たミドリコとタツヤ。

 

 先程、自分の行く先がこの女にはバレていた。早めに殺しておいて損はないし、また同じ行動がバレるのだけは阻止しておきたい。

 

 「この高さならば、確実に死ねますね」

 「・・・」

 

 ミドリコは容赦の無いタツヤの言葉に、絶句する。こんな男が元同僚なのかと思うと、怖気が止まらないからだ。

 

 「では、死んでください」

 「死ぬのは・・・」

 「貴様だ!」

 

 ミドリコを掴んでいた手を離した瞬間、落ちるミドリコと入れ替わる様にして、サクラとオーク怪人が2人一緒に飛んできた。

 

 「・・・邪魔ですね、虫以下の癖に。そうまでして死にたいのですか」

 「ドクターをお救いしないと行けないのでな!」

 「ギンジくんとの約束だからね!」

 

 だが無情にもサクラは殴り落とされて、オーク怪人もサクラよりも速く石の床に叩き落される。その衝撃が強かったのか、サクラはここで倒れたまま、もう動けなくなってしまった。

 

 一方ミドリコはと言うと、赤鬼に抱き止められており、ミドリコを抱きかかえたまましゃがんだ肩に、カエデとレンが一気に飛び出した。

 

 カエデはタツヤに、レンは逆の方向に。

 

 このままではタツヤに勝てない、そう判断したレンは、ビーム剣を片手にケイタとヒトシが貼り付けにされている十字架に向かってビーム剣を振り回す。

 

 貼り付けにされている鎖を斬る事に成功して、落ちた衝撃でついにケイタは目覚めた。

 

 「あいたっ」

 

 倒れたルカとサクラの姿が眼に入り、一瞬で顔を青ざめさせるケイタだが、そんなケイタにレンが顔を覗かせる。

 

 「ケイタ、君のちからが必要。あの大幹部を、一緒に倒そう」

 

 レンの言葉の重みを感じ取ってケイタは、ゆっくり立ち上がる。

 

 今のこの瞬間まで寝ていた自分を恥じる様な気分だ。よく見れば自分の恋人であるレンも、ひどく傷ついている様に見える。

 

 「うん・・・ごめん!僕も今から戦うよ」

 「ありがと、期待してる・・・」

 「ちょっと〜レンちゃーん、わたしは開放してくれないの?」

 

 十字架に貼り付けにされたままのミヤコとソウジロウはヘヴンホワイティネスのレンに悪態をついている。

 

 「あなたと、カエデのお父様には、もっと適切な人が、居る」

 

 ミヤコを助けるのはギンジ、ソウジロウを助けるのはカエデ。レンがそう言うと、ソウジロウもミヤコもまんざらではない顔で微笑んで見せる。

 

 「済まない、私は刀が無い・・・」

 

 ヒトシが申し訳無さそうな苦い顔で言うと、レンがあさっての方向に指を指す。

 

 「多分あっちに、武器がある。速く探してきて」

 「こういう時は女性の勘に頼らせてもらうよ。では、お嬢様を頼んだぞ」

 

 ヒトシがレンの指差した方向に走り出して、レンとケイタは再び撃墜されたカエデを受け止める。

 

 「ケイタ!あんた復活が遅いのよ!」

 「あわわわごめん!でも、ここから反撃!そうでしょ」

 「ケイタも、言う様に、なった」

 

 元々の学生人組でのこの三人が笑い合う。自分たちは正義のヒーローなのだから、悪の組織の大幹部に敗ける訳にはいかないのだ。

 

 「あたし達の未来を、お前なんかに変えさせないわよ!」

 「ククク・・・未来、未来、未来、ねぇ・・・」

 

 タツヤが再び地面に降り立つ。あの瞬間移動だけはどうにかしないと、まともに攻撃出来る手段が思い浮かばないと、カエデはなんとかして反撃の手段を考えていた。

 

 だと言うのに、この男はいつまでも余裕で居て、いつまでも決定打を与えられない。

 

 早く・・・。早くヒーローは登場しないだろうか。

 

 (何してんのよ・・・ギンジ!)

 

 心の中でカエデはギンジの事を呼んで見る。だけど彼はまだ姿を表さない。姿を見せないギンジに苛立ちを見せながらも、カエデがガントレットのギアを回す。

 

 「姉御ォ、俺っちも最後まで力貸すぜ」

 

 赤鬼とミドリコもカエデとレンとケイタを守るようにして、身体を起こしてここまでやってきた。

 

 「仲間の無念、はらさせて貰うぞ」

 

 レイナもオーク怪人と一緒に立ち上がり、タツヤと対峙する。

 

 「メガトン・インパクト!」

 「空砕烈拳!」

 「ヘヴントランプル!」

 「破邪の剣!」

 

 それぞれ一斉に攻撃を仕掛けて、大幹部を倒そうと真夜中の決戦が続いた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「いや〜良い運動になりましたよ」

 

 ニタニタと蛇の様に嗤う声で、タツヤがレンにトドメを刺す。

 

 これでもう倒れていないのは、カエデだけ。

 

 赤鬼も、ミドリコも、オーク怪人も、レイナも、ケイタも、そして今レンも倒された。

 

 「ぶ、ブヒぃ・・・」

 

 うつ伏せに倒れながらも、オーク怪人はまだ意識があるようだが、それでも戦うのは難しい。

 

 「貴女達がどれだけ未来を守ろうとほざいた所で、わたくしには勝てないんですよ。未来を変える事も、未来を守ろうと、今を足掻いても。全部無駄だと言うことが分からないようですね・・・」

 

 完全に勝ち誇った顔でタツヤが、腕を抑えるカエデに歩み寄る。

 

 近くで見れば良い綺麗な顔をしており、タツヤは加虐心を大きくさせる。

 

 「ぶひ・・・果たして本当にそうかな?」

 

 オーク怪人が倒れながらも這いずりながら、タツヤの方に向かってくる。顔は既に血で赤く染まっていて、全身ボロボロになっているが、まだ闘志は沈みきっていない。

 

 「まだ・・・お前は知らないはずだ・・・」

 

 オーク怪人の言葉には耳も貸さずに、タツヤはカエデの方へと歩いていく。

 

 「お前は確かに強いは、お前より強い男を私は知っている。そして、その男がもうすぐ現れるぞ・・・」

 「はぁ・・・負け犬の遠吠えはもう沢山ですよ。だいたい、その男が現れないではありませんか」

 「必ず、現れるわよ・・・」

 

 カエデとオーク怪人の言葉に、タツヤがどんどん憤る顔になっていく。どうしてここまで絶望的な状況で、この人達は自分に勝つ気で居るのか。

 

 「ぶひ・・・その男は、必ず現れて、必ずドクターをお救いする」

 「必ずあたし達を助けて、必ずあんたをぶっ飛ばしてくれる」

 

 なぜならその男は、確実に柏木タツヤを倒しうる実力を秘めており、いつも何かの戦いにおいて進化する男だからだ。

 

 「世迷言ですね。では、精一杯苦しんで死んでください・・・」

 

 タツヤが右手を上げてカエデにその手を叩きつけようとしていた瞬間だった。

 

 ソウジロウもカエデのピンチに声を出せず、ミヤコも正直に言えばカエデ達がここまで苦戦する相手だとはおもっていなかった。

 

 故に心配していて、それで仲間達が倒れていくのを、見て必死に声を押し殺している。あのミヤコがカエデに涙を流しながら・・・。

 

 だが・・・オーク怪人だけは、ちゃんと信じていた。この場に居る誰よりも。

 

 ギンジが来る事を、ちゃんと信じていた。

 

 確定未来の能力を使うまでも無い。彼はここに必ず来ると信じていた。

 

 ソウジロウの横を飛び抜ける黒い羽が、視界を横切った。

 

 ミヤコの目の前に、一番会いたかった人が、飛んできた。

 

 その瞳に、ミヤコが信じる人が現れたのだ。

 

 ようやく、どれだけ待ち望んだ事か。

 

 夜空を飛ぶ者の姿が何か解った事で、カエデは勝利を確信する。

 

 「・・・ぎ、ギンジ君!!」

 

 貼り付けにされたまま、ミヤコが愛する人の名前を大きく叫んだ。

 

 空を飛び回るギンジが、ついにここまで来た。一番遅れて、仲間達の最大のピンチに、ようやく現れた。

 

 最初に目につたのは、仲間たちが倒れている姿。次にミヤコが貼り付けにされている姿。

 

 最後にカエデが超絶ピンチな姿。

 

 そのどれもが、ギンジにとっては許せない事だった。

 

 仲間が敗けそうになっているのが許せないのではない。

 

 自分がここまで遅れている事と、敵である柏木タツヤが許せない。

 

 「オッラァァァーーー!!!」

 

 コウモリの羽で飛びながら、ギンジはミヤコを繋いでいる十字架に向かって飛び出した。

 

 金棒で鎖を砕いて、十字架から外れたミヤコを抱きかかえて、ついに彼女の救出を成功させた。

 

 ずっと会いたかった2人が、今こうやって再開出来た。

 

 「遅いよぉ・・・ギンジ君・・・」

 「悪い、まじで遅れた。ごめんな」

 

 そのまま転回しながら、ギンジが地上に降りると、ヒトシもやってきた様で、ソウジロウの鎖を斬って、財閥長の救出を成功させた。本来ならばカエデに任せたかった事だが、それは出来そうにない。

 

 「ギンジ・・・遅れすぎよ」

 

 カエデもよろよろと歩きながら、ギンジの肩を叩く。

 

 「まじで悪い。本当に遅れすぎたな。ヒーローは遅れて来るからさ」

 『おそすぎ!』

 

 カエデとミヤコが、一筋の涙を流しながら、ギンジに怒鳴りつける。

 

 ギンジもそれは本当に申し訳ないと思いつつも、2人がまだ無事でb良かった事に安心する。

 

 「でも、俺が来るって信じてくれてたんだろ。ありがとうな」

 

 ギンジが優しく言うと、カエデもミヤコももう何も言い返せない。

 

 「ミヤコの事、頼むぜカエデ」

 

 ミヤコをおろしてあげると、ギンジはタツヤに向き直る。

 

 サングラスを外して、傷ついて倒れた仲間達を一人ひとり見ていく。

 

 赤鬼も、ケイタも、レンも、サクラも、レイナも、ミドリコも、ルカも。彼女達が・・・頼れる仲間達がこんなに手酷くやられているのを初めて見た。

 

 だけどもう安心して良い。

 

 「お前だけは絶対にぶっ飛ばしてやるよ・・・」

 「出来るのですかねぇ?少なくともわたくしには、そんな未来は来ないと思いますが・・・」

 

 挑発しながらタツヤがギンジに歩み寄り、ギンジも同じ様に歩いていく。

 

 「いいや、俺がお前をぶっ飛ばす未来が来る」

 「何故、そう言い切れるのですか?」

 

 カエデもオーク怪人もミヤコ・・・ギンジがそう断言する事で、にやりと口を開く。彼が来るだけで、こんなにも安心感が大きくなる事に、そしてギンジが言おうとしている事に、喜びが隠せない。

 

 「何故かって?決まってるだろ」

 

 ギンジが右拳を作って、思い切り握る。力強く、何よりも硬い拳が出来上がると、それをタツヤの顔をめがけて殴り出す。

 

 (・・・速い!?)

 

 正確に捉えたギンジの拳が、タツヤの顔をかすめる。ギリギリ当たらないでいたが、タツヤに能力を使わせる事なく、攻撃が当たりそうだった。

 

 「必ず、お前を俺がぶっ飛ばす未来が来るぜ・・・」

 

 何故なら・・・。

 

 

 「俺は未来人じゃないが、未来を知っている、からな!」

 「では見せてもらいましょうか・・・わたくしが倒れるという未来を!」

 

 ヘルブラッククロス・大幹部戦

 

 ヘヴンホワイティネス・佐久間ギンジ

 

          vs

 

 ヘルブラッククロス大幹部・柏木タツヤ

 

 

 

続く

 

 




お疲れ様です。話が無駄に長くて、なんじゃコレ感強かったと思います。読みづらかったらごめんなさい。

今回のお話では、ついにミヤコとギンジが再開出来ましたね。いやーまさか新年またいで、5月末近くに再開できるとは思いませんでした。

でも再開にしてはちょっと軽くない?って思われた方も居るかとは思いますが、その答えはもう少し先のお話で解ります。

でもミヤコもギンジも再開出来てうれしーーーうっひょおおお♡♡な気分です。

今回忙しい中ちょこちょこ書いていたので、キャラネタは省略させていただきます。

次回はついに主人公復活!大幹部柏木タツヤ戦開始〜決着となります!

お楽しみに!
感想、応援等いただけましたら幸いです。それではまた次回!


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番外編・真鍋アオハルと雪の怪人

こんにちは、アトラクションです

今回、柏木タツヤ戦を書きたかったのですが、どうしても良い感じにまとめられず、インスピレーションも働かず・・・。申し訳ないのですが、うまく筆が進んでおりません。

なので変わりに、休憩感覚で番外編をはさみます。本編を楽しみにしてくださっている方は本当にごめんなさい!なるべく良い様に持っていきますので!

それでは番外編!どうぞ!


 その日は・・・とてもとても寒い夏の日だった。

 

 いつも僕の為にアルバイトをして帰りの遅い姉を待つ夜、夏休みも終わりに近づいた、2学期を楽しみにする自分と、一週間早く終わる夏休みに憂鬱な気分になる自分。

 

 2つの気分の中で揺れ動く、僕の奇跡の様な出会いの日だった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「姉さん、遅いな・・・」

 

 僕の住む家のマンションの一室。

 

 なんてことないフローリングは、夏ということもあり冷房をつけた部屋の中で、時計に目を動かす。時刻は19時頃を回る頃合い。

 

 「今年の夏休みも楽しかったな」

 

 帰りの遅い姉さんの事を心配に思いつつも、時計の横にあるカレンダーを見て、今年の夏休みについて思い出を振り返れば、ほとんど姉さんと遊びにでかけていた事した無いのだが、それがとても面白い毎日だったと痛感する。

 

 「・・・」

 

 エアコンから送風される冷めたい音が、静かな部屋にかすかに聞こえる。

 

 「っくし」

 

 くしゃみが出た。

 

 「・・・?」

 

 今のくしゃみには何か違和感を覚えるモノで、僕は少しだけ身体が震えたのを感じた。いや、これは確実に身体が冷えて震えている。

 

 冷房を強くしすぎただろうか?

 

 食卓に置かれたエアコンのリモコンに目線を動かせば、設定されている温度は26℃で、そこまで低いとも言えないぐらいだろう。

 

 電気代がもったいないが、姉さんは今は家に居ない。帰ってくる10分前には温度を28℃にしておけば、姉さんにバレて怒られる事は無いだろう。

 

 僕達、真鍋姉弟は、いわゆる孤児に近い関係だ。

 

 姉さん・・・真鍋ハルネは、僕、こと真鍋アオハル(天才)の姉であり、僕を超える天才。

 

 母さんも父さんも事故で死んでしまった時に、僕たち姉弟は手と力を合わせて、生きていこうと決めていた。

 

 僕は勉強を一生懸命頑張って、姉さんは仕事を頑張って。

 

 高校三年生ともなれば、アルバイトをするのも普通と、姉さんは生活を支えるために毎日頑張っている。僕の為に貯金もコツコツしてくれて、本当は自分の趣味だったり、お友達と遊びに行きたいとか、色々あるだろうに。

 

 それでも僕の為に色々頑張ってくれている姉さんには、本当に頭が上がらないよ。

 

 で、僕はと言うと・・・。

 

 勉強を頑張りつつも、スポーツに趣味に、色々と自由にさせて貰っている。本当は僕だって働きたいけど・・・。

 

 「・・・姉さん、大丈夫かな」

 

 色々と考え込んでいたら、時間は30分を過ぎていた。けれども姉さんから連絡は来ていない。

 

 おかしい。いつもなら姉さんは必ず電話をくれる筈。筈、と言うかそうしている人だ。こんなに遅くなるならもっと早く、それも確実に電話かメッセージを送ってくれるのが、僕の姉だ。

 

 「んぅ??」

 

 今一度スマホを確認してみているのだけれど、姉さんから連絡は来ていない。それどころか、スマホの画面の右上・・・電池のマークと並んで表示される電波の部分が、圏外になっている事に気がついた僕は、喉からうなる様な疑問の声を出していた。

 

 「圏外、どうして?」

 

 唯一の家族との連絡が取れなくなった事で、僕は不安な声でスマホを握る。指先から腕全体が震わしながら、ソファに腰かける。

 

 「・・・寒いな」

 

 ソファの近くに置いてある小さな食卓に手を伸ばして、エアコンを停止させる。

 

 ピピー。小さな機械の音を鳴らしてエアコンが止まる事を確認して、僕は次にテレビを点ける。当たり前だが、エアコンを止めるだけではこの寒さは無くならない。

 

 「な・・・」

 

 ちょうどテレビは外の気温やその状況についてキャスターが説明している最中だった。

 

 僕はその状況・・・この度固化市が、トンデモない事になっている事に気が付き、眼に入った映像に絶句した。

 

 それはあまりにも突拍子も無い事で、そして季節的に日本では絶対にありえない様な空間が液晶テレビの向こう側に写っていたからだ。

 

 『と、突如中央度固化市を襲った大雪ですが、まだ止まる気配がありません!』

 

 ニュースキャスターは半分泣きそうな顔で、鼻先を赤くしながら傘をさして必死に状況を伝えていた。平日の夜だと言うのに、どこのチャンネルもこの街を襲っている異常気象の話題でもちきりであった。

 

 『い、今すぐ・・・に、暖かくして、い、家から出ないでくだ』

 

 映像越しでも解る。

 

 「これは・・・何が起きているんだ」

 

 ニュースキャスターが、映像で写っている身体の下。見切れている映らない所から、どんどん薄く透明な膜の様なモノが、身体に張りつていく様に見えた。

 

 カメラマンも身体が動かないのか、ついさっきまでブレていたカメラが、斜めに傾いたまま、映像にもなにか硬い膜が張り付いて行き、映像が一気に切り替わる。

 

 ひまわり畑の静止画と共に、【しばらくお待ちください】との文字が入力された、放送事故等があった時に使われる、たまに見る事の出来るアレに、僕は少しだけテンションが上がる。こんな異常気象だと言うのに不謹慎なのは解っているが、それでもこんな放送事故は滅多に見れるモノじゃない。

 

 「はは・・・」

 

 その後はニュースのスタジオの映像に切り替わり、アナウンサーがどうたらこうたら言い合っている。避難警報よりも、普段の冬より厳重な防寒対策を取れと発令しているけど、衣替えはとっくに終わらせている。

 

 今からそんな対策なんて無理だろう。

 

 「大雪・・・それも。この中央度固化に固まって・・・」

 

 こんな急な大雪に対応できるご家庭はどれだけ居るのだろうか。

 

 どちらにせよ、僕はこの真夏の大雪にテンションが上がりつつ、大変寒い思いをしながら姉さんの帰りを待つ事にするのであった。

 

 「あーーー寒い!助けて!ヘヴンホワイティネス!」

 

 これが怪人だとか悪の組織の攻撃だとか、そんな決めつけにも等しい考え方で、僕は憧れの正義のヒーロー・ヘヴンホワイティネスが、都合よく助けてくれると思って、その名を叫んだ。

 

 でも来ない。現実は無情である。

 

 そうして僕は、この寒さとの戦いを始める事にした。

 

・・・・・・・・・・・・・・

真鍋青春(アオハル)

年齢・16、性別・男性

度固化野命神高等学校2年生。

得意科目・社会、数学、経済、理科。

好みの女性・姉(性格的な意味合いであり、異性としては見てない)

何がとは言わないが、長く、太く、硬く、長持ち。かつ、自分の意思で何度でも動かせる。何がとは言わないが、何がとは言えないが。

・・・・・・・・・・・・・・

 

 あれから猛吹雪が止んで、寒さはそのままだけど、お風呂のお湯さえ凍てつかせる夏に来た猛冬に、僕はなんとか死なずに耐える事が出来た。台所やお風呂はついにつららを作り出す程に、北極基地みたいな有様だけど、僕は勝利した。

 

 摩擦と、厚着と、ガスのストーブを利用した最強の暖房を利用した僕は、猛吹雪に打ち勝つ事が出来た。いや、出来たというか・・・都市ガスだからほぼ無制限に使用してただけなのだけれどね。

 

 ふぅ、と一息ついて、結露で一杯になった窓をタオルで拭き取ってみる。ジッとしていれば寒いけど、動いてみれば意外となんとかなるモノだ。

 

 最初は寒すぎて凍死するかとも思っていたけど、結構僕はこういう環境に適応出来る体質?なのかも知れない。

 

 窓を拭き取れば、向こうに見えるのは夏という季節においては、絶対にありえないし、ありえてはいけない光景が、僕の視界一杯に広がっていた。

 

 「わぁ・・・」

 

 夜空と無数の明かりと月の光。

 

 それらが照らして、視界に見せてくれるモノは、雪。

 

 白く、どこまでも続いていそうな銀の世界が、向かいのマンションや住宅、遠くに見える繁華街のクアッドタワーにまで広がっていた。

 

 『猛吹雪は止みましたが・・・私達の氷は溶けません!』

 

 先程季節外れの猛吹雪の中で、必死になって状況を伝えていたキャスターが、口元だけは溶け始めたのか、カメラ越しに自分たちの無事を伝えている。

 

 モノすごい生命力である事。僕にもそういう、普通の人じゃない何かをほしいな。例えば憧れのヘヴンホワイティネスみたいな・・・。

 

 いや、無理か。そもそもあんなのは、あくまで自分の憧れで良い。僕がなりたいと望んでもなれないし、仮になれたとしても・・・あんな痛々しく戦う彼女達の様に勇ましく、強くあろうとして巨悪に立ち向かう事が僕には出来ない。

 

 「ひょっとしたら大雪も、例の悪の組織が原因なのかな。ははは」 

 

 ちょっと冗談めかして自分で自分のありえないジョークに、妙な現実味もあってか、僕は一人で凍てつく部屋の中で笑う。

 

 『アオハル〜お姉ちゃんよ〜電話に出て〜』

 

 寒さに敗けない様にした僕の厚着の中から、スマホの着信音が鳴る。

 

 これは姉さんが僕の為に録音してリズミカルに作ってくれた着信音。

 

 声“は”可愛いよね。声“は”ね。

 

 「はい、姉さん。大丈夫?」

 

 スマホを取り出してすぐに姉さんの着信に出る。そう言えば圏外が直っていた事に、僕は安心しながらも姉さんの声を聴いてみたい気持ちで一杯になった。

 

 『もしもし!?ワタシよ!あんた大丈夫?寒くない?怪我してない?寂しくない?ご飯食べた?』

 

 ああ、この何かした?ラッシュを聴いて安心したよ。これは間違いなく姉さんだ。機械越しに聞こえるのは、厳密に言うと同じ声では無いらしいのだけど、これは間違いなく姉さんの口調、姉さんのイントネーション、姉さんの声。

 

 「ありがとう姉さん。こっちは特に問題ないよ」

 『そう?ほんと?気にしないで何でも言いなさいよ?』

 「心配性だなぁ。それより姉さんはまだ帰れないの?」

 

 時間は23時近い。いくら高校生でも、この時間で外を出歩いていたら、いささか問題ごともあるかも知れない。

 

 『そ、そそ、そうなのよ。まだ帰れなくて・・・それで、ごめんだけど、迎えに来てくれるかしら。あ、今はバイト先の上司の方と一緒に居てね』

 「ああ、前に話してた濃紫さんだっけ?良くしてくれてる人だよね」

 

 実際に僕は会ったことは無いけど、姉さんはこの濃紫という人に色々学ばせてもらえているらしい。実業家で、繁華街近くのタワーマンションで暮らしていて、自分のお店も持っている素晴らしい経営者なのだとか。良く姉さんだけご飯を食べべさせて貰えているらしいし、ひょっとしたら姉さんにも恋する時期が来たりして・・・なんてね。

 

 『この大雪じゃあ車も出せなくて・・・繁華街エリアまで送ってくれるって言うから・・・アオハルも来てくれる?』

 「解った。いいよ、冬用のブーツも必要だよね?」

 『え!?ああ、ああ、そうね。ありがとう。気が利く所、お姉ちゃんは高く評価しているわよ』

 「あはは。ありがとう。うん、うん・・・解った、すぐに迎えに行くよ」

 

 今思ったけど、僕が迎えに行っても結局歩き辛い所を二人して転びそうになるんじゃ・・・って思ったけど、姉さんはあれでも女の子だし、僕も姉さんを守れる様にしないと駄目、だね。

 

 「それじゃ、また後でね」

 

 濃紫さんにもお会いしてみたいし、この大雪の道を歩くのもだんだん楽しみになって来たし、僕は姉さんを迎えに行くと言う建前で、雪道を歩いてみたいという本音を隠して、家を出ていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

濃紫さん

本名・濃紫(こむらさき)ショウイチ

年齢・?

性別・男性(ハルネ談)

度固化市全域で事業をしている実業家で、様々な分野のお店を幅広く統括している。

D・Pホールディングス会長。

アオハルの姉のハルネと仲が良いらしく、アオハル曰く「濃紫さんのお話はほぼ毎日聴きますね。話している時だけ、こう、姉さんが女性の顔になっていると言うか・・・」らしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 怪人四天王。それは私達に与えられた、四人の怪人の総称。

 

 鏡の怪人、骨の怪人、赤鬼の怪人、そして私、こと雪の怪人。

 

 赤鬼の怪人は、組織を裏切り(退職?)して敵であるヘヴンホワイティネスに寝返った後に、自爆により死亡を確認?している。

 

 骨の怪人はなにやらブツクサ魔法の力が、とか言っている。

 

 鏡の怪人も政府に直結する公安なる組織の拠点を叩きに出撃している。

 

 そして私は、ヘヴンホワイティネスをおびき寄せる為に、この度固化市という街に自分も能力を発動している。

 

 怪人としては規模がでかく、そして未だかつて誰にも真似出来ていない最大最強最上級の能力。

 

 大雪。天候操作。氷の召喚。氷結。

 

 それが私、雪の怪人の能力であり、すべてを凍土に変える事が出来る、私だけの能力。

 

 私に与えられた任務は街の襲撃と同時に、ヘヴンホワイティネスの撃破。

 

 私を造った親同然の存在、総統はその指示を私に与えた。

 

 ヘルブラッククロスは力による闘争と、力による支配を世界の正しき姿形として、私達怪人にそう命じている。

 

 力、暴力、性欲、金、欲望。

 

 すべて、私達怪人にそうあれかしと願って与えられた使命と、存在価値。

 

 生き残れなければ、怪人として生きる意味が無く、生き残る為に、私は自分の能力をずっと使い続けてきた。

 

 でもね・・・。

 

 「ミヤコ様〜〜!」

 

 怪人に心なんて無いと思っていた。

 

 そんな私に心とは何かを教えてくれた、もしかしたら総統よりも大きな恩をくれたかもしれない、私にとって何よりも大切にしたい人。

 

 ドクターミヤコ。・・・様。

 

 私がこの街の襲撃を成功させて、ミヤコ様にお会いして、そして自分が本当にしたい事を改めて考える事が出来た。

 

 ミヤコ様をこの命に変えてもお護りする事・・・。

 

 それが私、雪の怪人が一番したい事。

 

 普段は・・・あの進化の怪人に身の回りの事は任せるとして、私はもう一度ミヤコ様に会った時に、不甲斐ない自分を見せる事が無い様に、今一度怪人としての自分を見つめ直す道を模索して行こう。

 

 どちらにせよ・・・ヘルブラッククロスから逃げると決めた以上、私を裏切り者として刺客も来るだろうし、困ったモノね。

 

 ミヤコ様とのいっときのお別れは寂しいし、泣きそうになっちゃうけど、今は・・・いいわ。

 

 「顔見たら、また泣いちゃいそう」

 

 感情が昂ぶれば昂ぶる程、この身体は冷えて、能力が強まっていく。今は・・・もうミヤコ様の暮らしに迷惑をかけない様にする為に、私は泣かない様に必死に繁華街エリアを出ていく。

 

 一先ず向かう先は・・・。

 

 「ああ、東に裏切り者や、他組織の残党が集まる集落があるとか・・・気になるわ。行ってみようかしら」

 

 黒い雪の結晶の白装束をまとって、私は自分で作り出したこのホワイトロードを抜けようと、繁華街エリアから東へと突き進む事にした。

 

 ここから先で、まさか・・・あんな出会いがあるなんて・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

雪の怪人

性別・女性

年齢・多分3歳

総統に造られた怪人の一人で、産まれた時から怪人四天王として活動していた。ヘルブラッククロス徹底的な暴力のやり方には、疑問を抱いていたが、ヘヴンホワイティネスの出会いや、ミヤコとの再開で心を手に入れた。赤鬼と同じく組織脱退者。理由は一身上の都合の為。

能力・氷結、雪、天候操作等。

範囲は非常に大きく、ギンジであっても流石に天候操作は出来ない為、条件を整えればギンジをも完封は可能。

感情が昂ぶると子供の様に泣き叫ぶ。

B・79ーW・66ーH・90

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 ヘルブラッククロスの怪人は多かれ少なかれ、性の衝動が大きい存在が多い。それは男性怪人にだけ多い様な印象だが、そんな事は無い。

 

 女性の怪人も同じぐらい、大きな性の衝動を欲望として持っている。

 

 サキュバスの怪人や、剣士の怪人、鏡の怪人だってそうだった。

 

 勿論、雪の怪人も。

 

 雪の怪人の身体は非常に冷たく、逢瀬を迫られた男性、特に一般市民は、彼女に裸にされるだけで凍結してアウト、この世の終わりを即日迎えさせる事で、熱を感じられない怪人となっていた。

 

 手を繋ぐ気持ちよさも、甘くしびれて無くなってしまいそうな感覚も、弾け飛ぶ様な身体の重ね合わせも、雪の怪人は何一つとして経験が無かった。

 

 難儀な身体だと総統は言った。

 

 素晴らしい能力値だと、ミヤコは言ってくれた。

 

 どちらに信用が及ぶか・・・雪の怪人はその時からミヤコの事を信じていたのかも知れない。

 

 東に向かう道すがら、自分が作り出した天候の影響によって発生してしまった、氷の壁に手を当てて、両手で飲み込む様にして氷壁が吸い込まれていく。

 

 「・・・」

 

 袖から出てきた自分の白い肌を見て、ミヤコの顔を思い出す。

 

 ミヤコが造り出したと言う、あの最高傑作。名を進化の怪人。

 

 同じ人間の様な見た目をしていて、それでいてミヤコが一緒に居るだけで幸せそうな顔をしていた。

 

 ミヤコ自身がそう言った様に、きっと自分の恩人はあの怪人、進化の怪人に惚れている。

 

 それが現実的な事だから、羨ましい話だ。自分は・・・。

 

 (まだ、この手で好きな人さえ触れないのに・・・)

 

 落ち込みながら腕を氷壁から引き抜いて、カーペットを巻くようにして氷が柔らかくなりながら、雪の怪人の両腕に吸収されて行った。これで道は開けた。

 

 住宅街の道を真っ直ぐ進んで、雪の怪人は人影を視認できた。

 

 もしかしたら・・・この状況を監視している戦闘員の可能性もある。まだ脱退を知られていないから、変に事を大きくされる心配は無いだろうが、作戦の場所からかなり離れているので、そこを突っ込まれたら面倒だ。

 

 見た限り一人の様子。

 

 ならば凍結させて、雪に埋めてしまえば・・・。

 

 「あの・・・大丈夫ですか?」

 

 その人影は、ただの人間。この真夏の猛吹雪に対抗したのか、結構な厚着をしている。

 

 「あの・・・寒くありませんか?」

 

 ただの人間、それも少年が雪の怪人の顔を覗く。

 

 「・・・何か用かしら」

 

 泣いて腫れた怪人の瞳を見ているのに、この少年はさほど驚いていないどころか、自分を心配している。それは雪の怪人の姿、格好が白い着物一枚だけだからだろう。

 

 「用も何も・・・その、失礼ですが、寒くないですか?あ、いや・・・聴くまでも無いですね」

 

 言うと少年は巻いていたマフラーとニット帽を、雪の怪人にそれぞれ付けてあげる事にした。

 

 「・・・?」

 「あ、ごめんなさい・・・急に触ったりしたら、セクハラですよね。あは、あはは・・・」

 

 雪の怪人はこの時、自分に触れた少年に違和感を覚えた。

 

 手袋越しでも普通の人間が雪の怪人に触れば、その触れた場所から瞬時に凍結させてしまう。

 

 なのに・・・何故だろうか。

 

 この少年は、今雪の怪人に触れていても、特に何も無い様子で、それどころかマフラーとニット帽までつけてくれた。

 

 「・・・!」

 

 黒い瞳を見開いて、雪の怪人が少年の手を握る。両手で掴んだ少年の手は、本来雪の怪人が苦手とする熱をほんのり感じられる。

 

 だけどこの熱は・・・特別嫌な熱だと感じない。雪の怪人が生きていて初めて、鼓動が早まるのを感じた。

 

 なんとも言えない不思議な感覚。

 

 短めの髪で人間で言えば普通の顔。鼻筋がくっきりしている少年の顔に、雪の怪人は何故か解らないけど、眼が離せなくなっていた。

 

 「ありが、とう・・・」

 

 自分はまったく寒く無いし、まったく気にならないのだが、この少年がくれた行為を無為にするのもなんとなく悪い気がして、ただなんとなくお礼を言った。

 

 「ああ、気にしないでください。その、とてもお綺麗でしたし、この寒さの中でそんな薄着なのも、何か理由がある事だとは思いますが」

 

 少年が少し気恥しそうに言葉を紡いでくれた。

 

 「あ、申し遅れました。僕、真鍋アオハルって言います」

 「・・・そう、人間にはそういう名前があるモノね」

 

 これが、この大雪の攻撃の後に出会った二人の物語。

 

 真鍋アオハルと雪の怪人。

 

 何故かアオハルはこの人(?)に触れても何も無く、雪の怪人も自分に触れる事が出来る人間の男性と出会った事で、大きく心境が変わっていく。

 

 この人ならば・・・きっと、もしかしたら、多分、おそらく。

 

 自分の心をもっと大きく、そして大事なモノのひとつに出来るのでは無いだろうか。

 

 「あの・・・もし良ければ、お名前を聴いても?」

 「ええ・・・私は・・・雪の怪人」

 「ええ!?怪人!?」

 

 恐らく人間の反応はこれが正解だろう。怪人という悪の組織が造った超常的な生物。それが目の前に居れば、どんな人でも恐れるし、きっと迫害される可能性の方が高い。

 

 だけど・・・この人間、アオハルは違った。

 

 アオハルは最初こそ驚きはしたモノの、雪の怪人の冷たくて小さな手を掴んで見せた。

 

 手袋越しなのに、やはりアオハルは凍結しない。

 

 「こんなに綺麗なのに、貴女怪人なのですか!」

 「・・・!?」

 

 またも自分の事を綺麗だとか言う。そんな事言われた事も無ければ、自覚した事も無い。

 

 ただ怪人のモットーとして、男性は醜悪に寄って、女性は美女に寄らせて造られているだけ。その方が心を堕としやすいのだとか。

 

 アオハルが雪の怪人の両手を優しく包むように握ると、雪の怪人もなんでかそれが嬉しくなって、アオハルの手を握り返す。

 

 冷たい、小さな手。

 

 暖かく、大きな手。

 

 これがドクターミヤコの言う、一目惚れに近い事なのだろうか。

 

 だとしたら、自然と楽しみになれるこの気持ちや、アオハルと言う少年の行為を、決して無駄にはしないと思えてくる。

 

 「あ、しまった・・・。姉さんを迎えに行かないとなんだ。あ、これ僕の連絡先!」

 

 アオハルが当初の目的を思い出して、自分のスマホにあるQRコードを見せる。雪の怪人がスマホを持っているわけではないが、それを理解した雪の怪人は、アオハルの手を少し強く握ってみる。

 

 「また・・・お会い出来るかしら?」

 「え、勿論ですよ。僕も、また貴女とお会いしたいです!」

 

 その言葉を聴いて、雪の怪人は胸が締め付けられる気分になって行く。初めて会ったのに、この少年から離れずに、もう少し一緒にお話してみたいと思えてしまう。

 

 「それじゃあ、これ」

 

 アオハルが次に手渡したのは、一枚のメモ。そこには自分のチャットアプリのIDと電話番号の書かれた一枚の紙。

 

 「ご連絡、待ってますね」

 

 元気に腕を振りながら、アオハルは雪の怪人の横を通り抜けていく。

 

 「絶対!待ってますから!」

 「あ、はい・・・」

 

 雪道をおっかなびっくり歩いていくアオハルの後ろ姿を見ながら、雪の怪人は目を離せないでいる。彼の後ろ姿が見えなくなるまで、雪の怪人はアオハルの事だけを見つめていた。

 

 これが護りたいと思える感情の一つならば、雪の怪人はきっと・・・初めて恋というモノを無自覚ながら、心にもう一つの新しい気持ちを得た。

 

 「マナベ・・・アオハル・・・覚えておくわ」

 

 ミヤコとはまた違う、大きな心の拠り所。そうなる未来がもう少しで、二人に訪れるのであった。

 

 (な、なんだか悪い気がしなかったわ。それに・・・胸が、熱い?)

 

 なんとも不思議な感覚。熱なんて、この身体には無いと思っていたのに。

 

 (アオハル、君・・・覚えておくわ)

 

 珍しく初対面の人を相手にしても、大泣きする事も無かった雪の怪人は、もう一度彼に出会える事を心より楽しみにして、東へと向かうのであった。

 

 夏の雪道を、しずしずと、雪の怪人が通る。

 

 アオハルも同様に真夏の寒さを、心に溢れた暖かい気持ちだけで歩いていく。

 

 二人の運命の出会いは、二人の心に大きく強く刻まれた。

 

 

 

 

続く

 

 




お疲れ様です。

サブキャラのアオハル君と雪の怪人の出番でした。

実は雪の怪人も序盤に出してから、ギンジと絡ませようとしていたのですが、出番はこんな感じになりました。これで良かったかも。

3つの戦線というお話を書いている間に、途中で雪の怪人は他の誰かとくっつけなさい、と神からのお告げが聴こえたので、こうしました。

雪の怪人はお尻が弱点です。叩くと泣きますし、触られたら凍結します。

Qアオハルは何故雪の怪人に触れても平気なの?
A怪人の能力に自然適応したタイプだからです。ケイタも同じ

Q雪の怪人は死ぬの?
Aまだ決めてません

Q途中からケイタとアオハル、キャラ被ってなかった?
Aミドリコとレイナもキャラ被ってる。笑って見過ごしてください。

Qアオハルは青春するの?
Aします。めっちゃ雪の怪人と青春する予定です。

Q雪の怪人って能力強すぎない?
A強いです。環境を変える能力は彼女だけなので、いま現状彼女を超える怪人はギンジとオーク怪人だけになっています。単純な力量だけならば、龍の怪人も上です。

Q雪の怪人って経験人数は?
A0に決まってる。あ、この後一人になる。

Q好きなパスタは?
A全部

・・・

さて次回は今度こそ柏木タツヤ戦!頑張って書きます!それでは、また次回!


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88・そして彼女に救いの手が差し伸べられた

こんにちはアトラクションです!

すみません、更新が遅れました!

遅れた理由としましては、お仕事もあるのですが・・・

単純に疲れて寝ちまったんだ!!睡魔には勝てないよ。毎日残業だもの。
寝たっていいじゃない、人間だもの。あとお

っという開き直りはやめて、更新遅れてすみませんでした!
遅れる事はこの先いくらでもあるかと想いますが、エターしないので!
頑張りますので!それではどうぞ!


 明日から、君たちは正式に警察官の仲間入りだ。

 

 その言葉を聴いた時、柏木タツヤの心は間違いなく、本当の意味での正義に動いていた。警察という、なろうと思ってもなれないような職業に、自分は誰よりも優秀な成績を収めて、誰よりも強い正義の志で、ここに立った。

 

 人々の正義と治安を護り、暮らしの安全に寄り添う、誰もが頼りにする、警察という職業に。

 

 柏木タツヤは、自分を待っているのは華やかな生活と、凶悪な犯罪者を何人もその手で捕まえて、危険も厭わないヒーローの様な未来の自分を思い描いていた。

 

 しかし・・・現実は違っていた。

 

 この警察という職業は、基本面倒な事は何もしない。正確にはその面倒事は本当に真面目な機械になりさがった奴隷達が行うモノ。

 

 警察という肩書を持った、自分を捨てた存在だけが凶悪犯罪者を捕まえる権利を得られるという事実。

 

 自分はと言うと書類を与えられて、それをただただひたすら捺印を押したり、軽いパトロールをしたり、いわれの無い事に上司や街に居る人達に押し付けられ、理不尽に怒られ、罵倒されて・・・。

 

 同じ境遇に立つ者は数知れず、しかしお金だけではない素敵な仕事に、柏木タツヤは志ひとつでなんとか正気を保っていた。

 

 「僕にもっと力があれば・・・」

 

 ある日の夜。肌寒くなる季節の時期。この時柏木タツヤは22歳。

 

 自分が勤務する警察署からの帰り道。時間的にも人なんて居よう筈の無い公園のベンチで、コンビニで勝ってきた安酒を口に運びながら、警察になった記念で母親が買ってくれた高い革靴を砂利に擦りつける。

 

 本来やりたかった仕事とは違う現実に揉まれて、背中を丸めた疲れ切った青年の姿が、夜の公園のベンチに哀愁を漂わせている。

 

 今日もただの書類仕事と、理不尽に暴言を聞かされる毎日。

 

 犯罪の情報はいくらでも転がってくるのに、自分はそれに参加も出来ず、指を咥えて見ているだけ。

 

 自分はもっと出来るはずだし、自分こそが警察を扇動して真っ先に動く立場となり、今の警察署でも中心人物となるはずだったのに。

 

 優秀だった男は、今ここではなんの実績も手に出来ず、仕事も書類だけ。

 

 「こんなの・・・!」

 

 悔しそうな顔でタツヤは空き缶を公園に投げつける。

 

 正義も何も無く、ただ世間の目を気にして面倒な事は決してやらない。行動力だけでは何も変わらないこの環境が、タツヤの心を確実にすり減らしている。

 

 「・・・」

 

 深く息を吐けば、アルコールの匂いが白い息となって、公園に抜けていく。

 

 自分は警察なのだ。もっと正しく、もっと強く、もっと力のある行動をこの世の中に示さないと行けない。

 

 「なぁなぁ聴いたか?なんとかクロスって奴らが、繁華街で人員募集が──」

 

 公園のすぐ近くを歩く若者二人が、なにやら話している。その会話の内容の非現実的な組織?と思わしき名前がタツヤの耳に入ってくる。

 

 「なんでも日本を転覆するとかなんとかで」

 「アホくさ!そんなのあるわけないって!神宮財閥じゃ無いんだし」

 

 二人の若者の言葉に出てきたなんとかクロス。若者特有のありもしないふざけた内容だが、日本を転覆するという言葉に、タツヤは自分の正義心によって、次の行動を決めていた。

 

 「君たち!」

 

 今にして思えばタツヤはこの時から既に、自分の運命を変える行動をしていたのかも知れない。

 

 酔っていたのもある。今の自分を変えたかったのもある。

 

 自分でもまともな考えをしていたとは思えない。けれど・・・。

 

 この日本に悪がはびこっているのであれば、柏木タツヤは居ても立っても居られない。行動を起こして、自分が日本の警察中心に立つのだ。

 

 「その話しを詳しく聞かせてくれないか?」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ヘルブラッククロスという組織を調べる為に、捜査出来ることはなんでもした。書類仕事は溜まるが、そんなモノはやりたい奴に任せればいいだけ。

 

 山吹イロという、情報を交換出来る仲間を手に入れたタツヤは、まだこの時は正義に心が傾いている存在であっただろう。

 

 あの日若者達から聴いた情報から2年。柏木タツヤ24歳。

 

 山吹イロと交流を交わして、ヘルブラッククロスという組織がいよいよ明るみに出るまで捜査が出来て来ていた。

 

 街で多発するテロ行為、女性、子供の誘拐に、警察を公開処刑に等しいやり方で攻め立てたり、大手銀行への襲撃。

 

 奴らの科学力や軍事力、そして戦闘力は並大抵の領域ではなく、ヤクザ・・・反社に所属する者達がそれぞれその組織には絶対に近寄らない様な、ドス黒い波動が逆巻く悪。

 

 それもとてつもなく強大な悪。

 

 ヘルブラッククロスに所属する1構成員でさえ捕まえる事が出来ず、簡素な造りの仮面をつけた者達に、イロもタツヤも捕まえられず、尻尾もつかめないでいた。

 

 そんな中でも諦めないでいたタツヤは、イロにその姿を認められて、ついに中央度固化市の公安警察局への転属を認められ、より一層組織を調べる環境が整った。

 

 これで・・・国を脅かす驚異を持ったヘルブラッククロスを完璧に追いかける準備が整い始めた。

 

 規模は未知数、敵の行動と目的も日本の転覆を謳った犯罪行為を繰り返すだけ。

 

 数の多さだけは本当に驚異だが、それだけでは国一つをひっくり返す事は出来ない。彼らが言う力の世界と言うモノ・・・それがタツヤには引っかかり続けていた。

 

 どこか、頭の中でモヤがかかるぐらいに、柏木タツヤが求めている正義の力と彼らの謳う力と、同じモノでもあるのだろうか。

 

 (そもそも力の世界ってなんなんだ・・・?)

 

 彼らの行う暴力がそれなのだろうか。それとも暴力の先に人々の心を屈服させる事が、新しい世界の姿なのだろうか。

 

 (ま、考えた所で・・・意味はないですかね)

 

 公安のオフィスでタツヤは次のパトロールの場所が記された、中央度固化市の地図に目を通す。

 

 赤いマーカーで丸を描いた粗雑な重要ポイントの場所は、繁華街エリア。

 

 中央度固化市の中心地とも呼ばれる繁華街。そこを次の調査地点として、公安としての成果を挙げるチャンスが来た。

 

 行かない手は無い。自分いはもっと力がある。それを今の公安局で幅を効かせている小鳥遊アキラにも認めさせれば、きっと・・・。

 

 きっと・・・。

 

 (あれ?)

 

 心の中で柏木タツヤは一つの疑問が走り出す。今彼の心は真水の入ったバケツの様なモノが広がっており、底まで見える透き通った綺麗な水。

 

 (僕の・・・警察としての目的って・・・)

 

 本来ならば人々の安息の為・・・その答えが直ぐに出なくなっていた。

 

 ポタリと、バケツの水の中に一滴の黒い水が落とされた。

 

 それは綺麗な水と溶け合うも、しっかりと色を主張して、煙のように形なき形を広げていく。水の中に、黒い水が残り続けている。そんな感覚がタツヤの心の中に広がっていった。

 

 (いや・・・出世なんかじゃない。僕の、力を・・・周囲に認めさせるんだ・・・そうすれば、僕にも力が・・・)

 

 入れ替えない限りバケツの水には、黒いモヤが残り続けている。だけど、タツヤにはその心の水を入れ替える余裕なんてモノは無かった。

 

 黒い水を入れたままのバケツを抱える気分で、タツヤは繁華街エリアへと脚を運んだのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 公安警察とは本来その素性を人に知らせず、国家を脅かす凶悪な犯罪者を捕まえ、悪を倒す。そういった組織だ。

 

 場所は繁華街エリア。もっと細かく言えば人通りの少ない路地裏の様な場所。

 

 不気味な目撃証言が相次ぐこの場所は、普段の警察のパトロール地域にもなっているのだが、ここ最近では女性警官の事故や、行方不明が何度も起きているとの事。

 

 表通りの華やかさとは裏腹に、一本道を曲がれば薄暗く汚くて臭い、そんな建物と建物を挟んだ人工の迷路の様な道を、高そうな三つ揃いを着た男が歩いている。

 

 革靴がタバコの吸い殻を踏み潰して、おそらく吐瀉物が溶けた様なアスファルトも踏んでいく。

 

 「・・・」

 

 警察としての勘でも働いているのか、歩いているタツヤの背後から数メートル離れた場所で、誰かが追けている。

 

 足音はしないが、それでもなんとなく気配が働いている。

 

 「・・・!」

 

 腰に携えた拳銃と警棒のロックを外して、タツヤは武器をいつでも振り抜ける体制を整えた。

 

 そうして背後を振り向けば、光を通さない路地裏がずっと向こうまで伸びていた。

 

 屋根の変わりになっているトタン板がちぐはぐに取り付けられていて、左右はシャッターを閉められた建物だったり、何かの店の背中。

 

 でも、明らかに何か、奥に誰かが居る。

 

 「人探しかね」

 「ッ!?」

 

 タツヤの耳元で威圧そのモノを体現した様な野太い声がした。それに反応した瞬間に、タツヤはシャッターに投げ飛ばされる。

 

 「・・・貴様の事は知っているぞ。公安警察に所属する第一(組織犯罪対策課第一班)の捜査官。ここに何か用事でもあるかね」

 (なんだ、この男は)

 

 いつからタツヤの背後に居たのか。いつからタツヤの事を知っているのか。

 

 公安警察という機密事項の塊の網を抜けて、タツヤの事を調べたのだろうか。

 

 それとも・・・。

 

 「ハハハハ・・・あのスパイ、役に立つではないか」

 

 威厳に満ち溢れた大きな体格の男が、タツヤの眼の前で大声で笑う。

 

 スパイ?なんの事だろうか。それも自分を知っている?

 

 「柏木よ」

 「ぐっ・・・なぜ、わたくしの名前を」

 

 人と話す時、自分でも何故かこう言った丁寧な敬語を使いがちではある。

 

 「貴様の知っている警察と呼ばれるモノは、本当に正義の為に行動出来ているかね」

 

 男の言っている事は良く分からなかった。

 

 軍服の様な姿、出で立ちに真っ黒なマント。

 

 まるで本当に悪の組織の大ボスにでも出てきそうな男の姿に、タツヤは身の危険を今になって感じた。

 

 もう一つ、気配もある。

 

 光を通さない路地裏から、人とは思えない凶悪な殺気を放つ、何かの存在。

 

 「貴方がたはいったい・・・」

 「ほう・・・貴様にはコレが見えるのか」

 

 むき出しにした犬歯を強く見せつけるように、その男は微笑む。狂気的な雰囲気を見せ続けるこの男は、今は隙きだらけ。公務執行妨害、暴行罪などで、今だったら逮捕も出来そうだったが、それは薄く見える炎の様な何かがタツヤと男の目の前に割って入る事で、出来なくなってしまった。

 

 「・・・!」

 

 無言のままその炎を揺らめきを陽炎に似た感覚で、人形のシルエットが浮かび上がる。

 

 頭部と思わしき場所からは、顔全部を埋め尽くしそうな巨大な眼球が開き、思わず異質な雰囲気と恐怖感で飲まれそうになる。

 

 「最近ここでウワサになっている、女性警官の相次ぐ失踪は知っているだろう?アレは我々の仕業だ」

 「なんて事を・・・」

 

 どうしてこんな事をするのだろうか。それを聴きたかったが、男と異質な怪物は、タツヤの口を紡いで再び喋り始める。

 

 「我々はいつでも人手不足でな。警察や軍隊に止められるとは思っていないが、力が必要でな。毎回目撃されては意味も為さない上、大規模の精鋭達に邪魔されかねない。で、あれば我々が力を誇示する良い機会だが・・・物事には順序があるだろう?」

 

 何を言っているのだろうか。

 

 「女性警官達には、我々の力による支配が相当効いた様子でな。喜んで我々の味方になってくれたよ」

 

 ある者は望まぬ妊娠をさせられ、ある者は死ぬまで殴られ続け、またある者は家族に徹底的な攻撃をしたり、文字通りの虐殺を見せつけたらしい。

 

 それがこの男の喋る内容。その上でこの男に付いていくと決めた者達は、正義の関心をかなぐり捨てて、組織が動きやすい様に至る所に潜伏しているらしい。

 

 それが・・・公安にも居る。

 

 「我々の目的はたった一つだ。力によるこの国の転覆、及び支配。そしていずれはこの国そのモノを、我々が住みやすい暴力ですべてを支配した最強の独立国家を形成する事」

 

 異質な怪物が喜んでいるのか、身体に透けて見える炎の揺らめきが、大きくなった気がした。

 

 「君にもその力を求める権利がある。どうだ、柏木タツヤよ。我々とともに真に美しい世界を創らないか・・・?」

 

 いつの間にか僅かに差し込んでいた陽の光が、何もはいらなくなっており、ズシリと重たく暗い雰囲気がタツヤを押し潰そうとする様な雰囲気が漂っていた。

 

 (こいつらは、間違いなくヘルブラッククロスだ・・・テロリストめ・・・!)

 

 そうは思っていても、内心こんな状況では勝ち目はない。

 

 未だ激しく続く鈍痛もあり、立ち上がれないからだ。

 

 「君は・・・力を求めているな」

 

 読んで字の如し、力。

 

 仕事、警察、生活、金、権限。

 

 それらではなく、力。

 

 圧倒的な、何者にも縛られない、最大の力。

 

 それが欲しくてタツヤは警察になったのだ。

 

 本心なんてなんでも良い。自分を周囲に認めさせる力がほしかったのだ。

 

 「・・・我々と共に来い。お前程の情報管理や、情報の捜査に長けた男ならば、きっと我々の都合の良い世界の為に躍進出来る筈だ」

 「犯罪者ごときに・・・」

 「考えても見るがいい。お前には力があるのに、それを性格や、実績だけで踏みにじられ、挙げ句護ろうと意気込んでいる者達に、罵詈雑言を浴びせられ、そして無力を実感してしまう。実にもったいないと思わないかね」

 

 男の言う事一つひとつが柏木タツヤの過去に当てはまっていく。感覚が一つに同調していく様な気分に、いっそ怖気すら覚える。

 

 「この国の正義が、本当に正しいと思うかね?」

 

 警察は正義だ。それは公安でも軍隊でも変わらない。

 

 だけど・・・この理不尽な世界で、彼らは公安警察に所属する自分以外にも、多数の警察官を狙って確実な行動を開始している。

 

 「この腐った国を守る価値なんて、もう本当は無いことを貴様は知っている筈だ。真に守るべきは・・・いや、創るべきは新人類が生きられるベースとなる世界だ」

 「そ、それが・・・力だけで生きる世界だと言うのですか?」

 「無論だ。この国を支配し、真に力のある者だけが優位に立ち続けて、弱者を侍らせ、国を奪う。正しいのはいつだって力を持つ者だと言う事を、脳まで腐った政治家連中と、同じく心根まで腐ったこの世界中に教えてやらねばなるまい」

 

 早い話が世界征服。それもとびきり最悪な方法での。

 

 「我々と共に来い。真の世界の景色を共に見よう」

 

 そう差し伸べられた男の・・・ヘルブラッククロス総統の手は、タツヤにとってとても大きく、とてつもなく立ち向かえない、巨大な壁に見えた。

 

 「・・・わたくしは何をすれば」

 「お前の力を・・・この世界に認めさせろ」

 

 それからは時の流れが早くなった気がする。

 

 数々の行動をすべてヘルブラッククロスの為に動き、この世の治安なんてモノをすべて破壊しつくさんばかりの勢いで、タツヤはその手を汚し続けた。

 

 壊し、犯し、操作し、泣かし、潰し、自分の行動をあたかも正義に見せかけて、この公安から徐々に支配を開始していき始めた。

 

 最初は半信半疑のスパイ活動だったが、望めば手に入る女の数々、自分を褒め称える悪の組織。

 

 そしてなにより二足のわらじを履いていても、上手いように事が運ぶ、すごく楽しい毎日。充実した自分の表の姿と裏の姿を両立した事で、柏木タツヤはその心に入った水をすべて黒くした。

 

 地獄の底に流れる毒の水のように、地獄の中の毒水をすすって生きる蛇のように。

 

 こうして、地獄に蛇が産まれた。

 

 所詮、この世界は力だけなのだ。力だけがモノを言う世界なのに、不都合になるルールばかりを人に押し付けて行くだけの嫌な世界。

 

 そんな理不尽と不都合だらけの世界は、壊してしまおう。

 

 それが柏木タツヤの心の中の本音。正義だなんだと言っても結局は自分の為の世界。

 

 それをヘルブラッククロスは指し示してくれた。

 

 だからこそ・・・力による支配を手にしようと、タツヤは魂まで地獄に明け渡したのだ。 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

  

 「以上がわたくしの身の上話になります」

 「へーまったく興味がわかねぇな」

 

 神宮リゾートホテルの広場は、最早究極的な戦場になっていた。

 

 十字架を突き立てた広場は、燃えてしまってかつての美しさを失ってしまっている。

 

 そんな中で柏木タツヤの話す力の世界の魅力と、柏木タツヤの身の上話を聞かされていたギンジは、タツヤの攻撃を軽々しく受け止めながら、交戦が始まっていた。

 

 「何故です?貴方も怪人として生まれたならば、力を求める本質があるはずですよ」

 

 タツヤの瞬間移動には毎度驚かされるも、ギンジは見て判断してから攻撃を受け止めている。

 

 受け止めれば次はギンジターン。金棒を振り回して頭を狙い、燃える拳でタツヤを殴り飛ばそうと奮戦している。

 

 「ギンジ君!頑張ってーーー!」

 

 その観戦をしているミヤコは、最早上機嫌になりながらギンジを応援している。その傍らで傷ついたカエデも、ギンジを信じて見つめている。

 

 「ギンジ!絶対勝ちなさいよ!」

 

 ミヤコもカエデもギンジの戦いに手を出さないのは、足手まといになるからではない。

 

 自分の好きな人の勝利が絶対だと、心の底から信じているから。

 

 「うるさいですねぇ・・・」

 

 タツヤにはそれが気に入らないのか、瞬間移動でミヤコとカエデの眼の前に現れる。

 

 糸目のように細い眼差しからは、ミヤコとカエデの首筋を狙った的確な殺意。

 

 だがカエデとミヤコはそんなモノに動じず、逃げようとも思わない。

 

 「お前の相手は・・・俺だろうがぁ!」

 

 電撃で強化された左腕が、より大きな手をなり、鍵爪の様な指をギンジが振り出す。

 

 ミヤコとカエデの顔の眼の前すれすれを斬り裂き、タツヤは捕まえられない。

 

 ギンジがミヤコとカエデの顔に眼を合わせてから、軽く微笑むと再び背後に振り返る。

 

 ここまで遅れた埋め合わせをする為に、大幹部柏木タツヤを倒して、彼女達と一緒に帰らないといけない。倒れた仲間達の仇も取らないと行けないからだ。

 

 振り返ったギンジの目の前に立つのは、柏木タツヤ。

 

 飄々としながら暗闇に立つ姿は、まさしく髑髏に蛇が這う様な死神の姿。リコニスにもオーク怪人にも似た、怪しくて禍々しい気迫と殺意が混ざりあった空気がギンジの肌にからみついてくる。

 

 ただの人と侮れない特殊能力や、ギンジの攻撃さえ避け続ける事の出来る特殊な能力まで持っている。

 

 「お前避ける事ばっかりしててキメーんだよ。それしか芸が無いのか?ああ?」

 

 サングラスを着けて金棒を担ぐギンジの姿は、最早輩である。

 

 「貴方こそ・・・直情的な攻撃しか出来ないから。わたくしに攻撃が当たらないんですよ」

 

 挑発には挑発を返してくる言葉に、ギンジは血管が浮かび上がる。

 

 「ああ、直情的な攻撃はなぁ・・・準備運動だよコノヤロー」

 「ああ、ならばわたくしも準備運動をしている真っ最中ですね」

 「言うじゃねぇかこのロリコン野郎。俺の仲間をさんざんボコっておいて、準備運動もクソも無いだろ」

 「あんなのボコった訳ではないですよ。ヘルブラッククロスの力の真理において、秩序を教えてあげ・・・」

 

 ボンッ。空気の弾ける音を鳴らして、タツヤの顔の横をすれすれに飛んでいく。

 

 ギンジの金棒から空気が殴り飛ばされたのだ。

 

 「人様が喋っている時には・・・攻撃してはいけませんって習ってきませんでしたか?」

 

 タツヤの煽る様な口ぶりから、ギンジはさらに攻撃を続けていく。

 

 「そんな事、習わなくても十分な事だったんでなぁ!」

 

 金棒を頭上一杯に振り上げて、雷を纏いながらの痛烈な一撃。それらが当てようと繰り出しても、当たらない事はギンジには解っていた。

 

 「そうやって無駄に体力を使う戦い方ばかりだから、皆さんすぐに倒れてしまうんですよ・・・」

 

 思い切り振り落とした金棒に体制を引っ張られる様なギンジの肩と頭に、タツヤの革靴が乗せられる。体重を乗せたその立ち方は、波止場の様に膝を曲げて、ギンジの背後を取ると同時に勝ちを確信したマウント取り。

 

 「乗るんじゃねぇ!」

 

 全身通電を果たす事でさえ、タツヤには当たらずに避けられる。

 

 (クソ、あの瞬間移動厄介だな。いちい後ろに回ろうとするのも気に食わねぇ)

 

 多少の苛立ちが仇となり、ギンジの真正面に現れる三つ揃いの男。

 

 苛立ちが仇となるのは、この出現に反応が遅れるからだった。

 

 「貴方の様な不気味な怪人だって!」

 

 タツヤの蹴り上げがギンジの顎をかちあげて、身体が上に反れてしまう。

 

 「女を手にし、自分の思うがままの暴力を!自由を!」

 

 浮いた身体に掌底、回し蹴りでギンジをジワリジワリと追い詰める。確実に骨に届き、中身だって壊していくつもりでタツヤは攻撃を続ける。

 

 「力による支配によって、この世界に生きられる人々の優劣がより浮き彫りになるのですよ!」

 

 手刀による突き込み、膝蹴りによるギンジへの的確な急所狙い。

 

 「わたくしだって同じですよ。貴方の様に、最強と言われている様な怪人にだってこうやって追い込む事が出来る!居るんですよ!わたくしの様に、人も怪人も超越出来る“力”を持った超人類が!」

 

 ボディを的確に、かつより確実な方法で拳を突き出す。握られた正拳が腹部にねじ込まれ、ギンジの脚が地面から離れて、全身を浮かせる。

 

 背中にまで届いているのが解る強力な打撃に、カエデは気が気じゃなかった。

 

 オーク怪人も自分を打ち負かした男が・・・もしかしたら敗北するのではないかと、思えてしまう程の一方的な攻撃の数々。

 

 それでもミヤコだけはギンジが倒れずに、自分を助ける為にここまで来てくれたヒーローだけは、敗ける事がないと信じていた。

 

 「これで・・・終わりです!」

 

 瞬間移動を繰り返して、ギンジの背後から裏膝を蹴落とし、正面からのドロップキック、そして真下からのサマーソルトキック。

 

 「ヘルブラッククロスに楯突く愚か者は・・・死ね!」

 

 手刀を構えてから最後に狙うのは、ギンジの頭部。いくら強い怪人でも頭と身体を切離せば、確実に死ぬ。人型の怪人ならば決定打になる。

 

 多少タイミングはズレたが、ミヤコの心も壊せて、ギンジも殺せて、ヘヴンホワイティネスにも勝利する。

 

 ここまではタツヤの思い描いたとおりだ。

 

 だが・・・確定未来を観ていないギンジが、未来を確定させる言葉があったのを、オーク怪人も、カエデも、ミヤコも、忘れては居なかった。

 

 手刀による攻撃は・・・黒い炎が意思を持ったかのように防いだ。

 

 「何・・・!?」

 

 トドメとなる攻撃を防がれて、勝ちを急いだタツヤがまたも姿を消す。瞬間移動だ。

 

 移動先は・・・。

 

 「後ろ!」

 

 紫電を纏った左足が大きく回り、背後に現れたタツヤが今度は攻撃を防いだ。

 

 「・・・ッ」

 

 一瞬、読まれたのかと焦ったタツヤが、顔色を一気に変える。

 

 そうして大幹部の取る行動は、やはり瞬間移動。

 

 背後は取れない、そして正面もおそらくギンジは反応してくる。

 

 さっきまで反応が遅れていたのに、一度行動を読む冷静さを取り戻してしまえば、ギンジはきっとどこに現れても反応するに違いない。

 

 「ですが、地上だけのお話ですね!」

 

 空いているのか分からない様な糸目が、細く開かれる。

 

 タツヤの次の移動先は・・・ギンジの頭上。

 

 「上空からの攻撃だったら・・・どうです!」

 「来ると思ったぜ!」

 

 金棒をしまい、黒い炎も紫電も、全てが無くなる。

 

 変わりに取り出したのは、ムーン・フォース改。

 

 ギンジだけのバトルスーツが眩い光と共に現れて、長ドスが展開される。

 

 僅かに思えるこの数秒の中、タツヤの攻撃が届くのが先か、ギンジの攻撃が間に合うのか先かの勝負となった。

 

 1秒。─タツヤが革靴をギンジに振り下ろした。

 

 2秒。─ギンジが長ドスを真上に振り上げた。

 

 3秒。─二人の攻撃がぶつかり合い、斬撃と打撃が重なる衝撃が生まれる。

 

 反応が出来たのは流石だと、タツヤは心からの称賛を贈るも、勝利をするのはやはりわたくし。

 

 ギンジの長ドスを体重と落ちる力を合わせて、押し潰すようにギンジに迫る。

 

 これで勝ったとタツヤは大きく歪んだ笑みをこぼす。

 

 これで敗けたとカエデとオーク怪人は絶望に飲まれた表情を見せる。

 

 4秒。「まだ行けるよ!ギンジ君!」

 

 長ドスが無くなったとしても、月の力も炎も雷も飛行も金棒も使えなくても、まだギンジにはもう一つだけ能力がある。

 

 5秒。─タツヤの攻撃はギンジに命中する事なく、空中でフワフワと浮いているだけ。

 

 「なん、だと・・・」 

 「どうだい、無重力をこんな地上の近くで体験する気分は」

 

 6秒。

 

 ギンジの黒いバトルスーツの右手には、重力を発生させる漆黒の球体が出来上がっていた。

 

 月と重力による、ギンジがこの土壇場で編み出した、怪人以外の能力の組み合わせ。

 

 「・・・このっ!」

 

 無重力状態のまま身体を瞬間移動させたタツヤ。その移動先は、忌々しいヘヴンホワイティネスのヘヴン1が立っている場所。

 

 移動したのはこのままでは攻撃が通らないのも理由としてはあった。だがソレ以上に、今のギンジは何かヤバい。

 

 人質でもなんでも取って、ヘヴンホワイティネスに勝たないと行けない。カエデの背後に移動したタツヤだったが、そこにはギンジも一緒に来ていた。

 

 「頭下げろ!」

 

 ギンジの指示でオーク怪人が、ミヤコとカエデを掴んでその場から退避する。身をかがめた移動により、ギンジの攻撃の邪魔にもならなくなった事で、本気でギンジの右拳に握られた重力の拳が、構えられた、

 

 ギンジが遅れた事も悪いが、ギンジ自身、この状況が何よりも許せなかった。

 

 レンもミドリコもケイタも赤鬼もサクラもレイナもルカも。

 

 ミヤコをここまで追い詰めて、きっとひどいことをして来たのだろう。

 

 カエデも傷つけられて、オーク怪人もここまでやられて。

 

 仲間と自分の恋した少女達が、こんな悪の組織の大幹部にここまでやられた事に怒りを隠せなかった。

 

 「貴方のそんな攻撃、わたくしには通用・・・」

 「逃げられるなら逃げてみろよ・・・逃げられるならなぁ!」

 

 ミヤコとカエデが立っていた場所には、既に追い込む事(・・・・・)は成功していた。

 

 「兄貴のォ・・・攻撃を黙って受けやがれやァ・・・」

 

 そこには倒れた仲間達を集めてくれていたカエデの砦。

 

 意識を取り戻した赤鬼が、タツヤの脚を掴んだ。

 

 「事前に余地出来ていない攻撃なら、そいつに触る事が出来るぞ・・・」

 

 次に声を出したのはミドリコ。

 

 そして他人に触られている時、柏木タツヤは瞬間移動が出来ない。

 

 「ええい鬱陶しい!死になさい!」

 

 赤鬼の首根本から踏みつけて、再び赤鬼の意識を落とさせて、ミドリコのナイフ攻撃にも手元の反撃を華麗に決めてから、腹部に正拳を叩き込む。

 

 ミドリコと赤鬼はもう一度再起不能に陥るが、まだギンジが居た。

 

 黒い重力の拳による攻撃の準備が整った事で、タツヤの顔面に狙いを定める。

 

 「無駄ですよ!貴方の攻撃はわたくしには・・・」

 「テメェの瞬間移動も無駄だぜ!」

 

 左手の人差し指を真上から下に振り下ろすと、タツヤの身体に重たい感覚が強くのしかかる。

 

 ギンジは実際に手を触れていないが、確実にタツヤに触っている。

 

 重力。それが進化の怪人が得た魔法の力。

 

 月。それが進化の怪人が得た悪でも使える善行の力。

 

 たとえ怪人を倒せるだけの能力を持っている大幹部が相手で、怪人の能力では太刀打ちできないのであれば、正義のヒーローとして・・・正義を信じた悪として、使える能力の一部でも限界の一歩先を目指して思い切り叩き込む。

 

 重力で動けなくなった柏木タツヤは無防備。身体が鈍く、上手く動かせないままでいる。

 

 仲間の無念、仲間の想い、仲間の辛さ、仲間のすべて。

 

 これを背負ったギンジによる、重力を全身全霊でかけた鉄拳制裁が柏木タツヤの顔面に叩き込まれた。

 

 「ぐっ・・・ぼぉ・・・!???」

 「おっ・・・ッルァ〜〜〜ッ!!!」

 

 右手にかかる重力が強い為か、動きはかなり遅いが、それでも当てる事さえ出来てしまえば、見た目以上に強い一撃が、タツヤの顔面の真ん中を撃ち抜いた。

 

 「もう二度と・・・」

 

 この大幹部と戦うまでに色々な事を思い出す。今日までこうやって戦うまでに、柏木タツヤという蛇の様な男の顔を忘れた事は無かった。

 

 ミヤコを攫い、ミヤコを怖がらせ、カエデハウスを襲撃し、ミドリコに逮捕状まで叩きつけ、街への襲撃を命令して、挙げ句ギンジの仲間達を瀕死に追い込んだ。

 

 だけど一番は・・・ミヤコの身体に触った事だ。

 

 狂っていても、どれだけ底なしに悪の側面があろうとも、ミヤコはギンジにとって命の恩人であり、この世界で好きになった大切な人。

 

 ゲームの時とは違い、増えた〈大好きな人達〉の一人。

 

 自分が怪人になった原因とは言え、恩人でもあり、守らないと行けない、本当に大切な仲間。

 

 「ぐっ、ギィィ・・・」

 

 顔にのしかかる重力に、頭蓋骨が悲鳴をあげている。タツヤの鼻は潰れて、前歯が折れていく。

 

 「もう二度と!ミヤコに近づくなぁぁぁ!!!」

 

 振り下ろした右拳が、そのままタツヤの顔面にめり込むと、思い切り殴り飛ばす。

 

 不可となる重力をたくさんねじ込まれて、ホテルの壁面に向かって飛ぶその姿は、まるでその方向に落ちていく感覚だ。

 

 「これで砕けやがれぇ!!」

 

 まだギンジの追撃は終わらない。これだけの巨悪をここで、これだけで終わらせる訳にはいかないのだ。

 

 自分にも重力をかけて、そのままタツヤを追いかける様にして落ちていく。

 

 「ウラァァァ!!」

 

 ムーン・パラディースとしての姿を消して、元に戻りながらギンジはフェーズ3を発動した。黒い炎を六枚のコウモリの羽が飛び出して、全身に紫電をまとわせながら、錐揉み回転していく。

 

 重力の魔法と共に、だ。

 

 リゾートホテルの壁に向かって落ちていくタツヤの胴体に、ギンジの燃える頭がぶつかりながら、二人して錐揉み回転しながら、直立する神宮リゾートホテルへと落下していく。

 

 「お前に言ったよな・・・俺がお前をぶっ飛ばした未来を見せてやるって!」

 「がふっ・・・まだやると言うのですか・・・!」

 

 悪の組織の大幹部を放っておくわけには行かない。殺しはしないが、それでもギンジに宿る怒りはまだ収まらない。

 

 「これで最後だ!付き合えよ」

 「まったく・・・悪あがきだけでもさせてくださいよ」

 「それは断るぜ!」

 (悪魔ですか・・・)

 

 タツヤをも超える圧倒的な力。それを発動しているギンジの錐揉み回転が、重力を失って一瞬ふわりと二人の身体が浮かび上がる。

 

 ギンジの左手には黒い炎、右手には紫電。

 

 進化の怪人としての力を象徴する灰色の肌が、より一層ヘルブラッククロスが望む力を持っている事をひと目で解る様な実力。

 

 壁にギリギリ到達しないこの距離感で、ギンジの両拳がタツヤの全身を叩き砕いていく。

 

 (ああ・・・)

 

 ホテルの外壁に押し込まれる様にして、後頭部を強くぶつけた。一瞬意識が飛びそうになるが、跳ね返った頭部を目掛けたギンジの黒く燃える拳が襲いかかってくる。

 

 獰猛な獣の様に、しかしそれは獣と呼ぶにはあまりにも凶暴過ぎて、誰もが恐怖を覚える迫力で雄叫びをあげるギンジ。

 

 その猛攻の数々は、ギンジがミヤコを守れなかった悔しさと、タツヤにやられた悔しさを乗せて、倍返しにしていく。

 

 タツヤは悪の組織の大幹部として、力による支配の世界の実現に、心血注いで生きてきた。

 

 だが、今自分を打ち倒そうとしている怪物は・・・一撃いちげきが本当に容赦の無い威力であり、タツヤの感情、思想、思惑、野望、全てを文字通り砕き潰していく。

 

 とどまる事の無い強力なラッシュが、タツヤに当たり続けて、ギンジの雄叫びと共に、リゾートホテルの壁に叩きつけられる。

 

 僅かに感じる潮風と、どう言っていいか分からない黒い炎の熱と、紫電の熱と、進化の怪人の熱。

 

 まだ終わらない怒りのラッシュが、壁を突き破り、タツヤの身体と瓦礫を屋内へと押し込んだ。

 

 (そうか・・・力と言うのは・・・)

 

 最後に意識が薄れる瞬間、柏木タツヤの視界に入ったこの男は、誰よりも力の本質を理解している様に見えた。

 

 そしてその怪物、佐久間ギンジの最後の一撃が、柏木タツヤの身体を通して、ホテルの外壁を殴り壊す。

 

 身体と壁が打ち砕かれる感覚を、全身で味わったタツヤは、薄れゆく意識の中でギンジの顔を最後に見やる。

 

 (・・・素晴らしい、怪人だ・・・)

 

 怪人。それはこの世界のすべての生物の頂点に立つ、地獄から産まれた超常的な存在。

 

 人の身であり、人の心を持つという不思議なこの男を見て、対峙して、そして戦ってみて、タツヤは満足そうに笑みをこぼす。

 

 ホテルの屋内の通路に押し込まれ、全身の大火傷と、大怪我と共にタツヤはその意識を落として行った。

 

 「ハァハァ・・・」

 

 大幹部戦。勝ったのは、ヘヴンホワイティネス・佐久間ギンジ。

 

 「ブヒ・・・まったく侮れん男だ・・・」

 

 ギンジの勝利を見届けたオーク怪人が、ミヤコを肩から降ろしてあげると、ミヤコは急いでギンジに走り出していく。

 

 ウェディングドレスのブーケを投げ落として、純白のヒールも脱ぎ捨てて、ギンジに向かって走っていく。

 

 「・・・俺たちの勝利ドゥハァ!?」

 「やった〜〜!」

 「ちょっとバカミヤコ!何してんのよ!」

 

 思い切りギンジの首に抱きついたミヤコは、嬉しくて嬉しくて、溜まりにたまった想いを全部ギンジにぶつける。

 

 倒れたギンジにまたがるようにして、ミヤコは大好きなギンジの顔を見つめる。

 

 「ごめんな・・・遅くなって」

 「うん・・・本当に、遅いよ・・・おそい・・・」

 

 ミヤコがギンジに小さな手を何度もポコポコぶつけながら、それと同時に涙もギンジの胸に落としていく。

 

 そんなミヤコの後ろでは、オーク怪人がカエデの壁となって、立ちふさがる様にして軍帽を深くかぶり直していた。

 

 「ブヒ、済まぬ・・・今だけは、ドクターミヤコに譲ってくれないか?」

 「何言って・・・」

 「頼む」

 「・・・〜〜ッああもう、解ったわよ・・・」

 

 あまりにも誠実な態度をあのオーク怪人が取っている事に驚いたカエデは、変身を解きながらオーク怪人の願いに応えた。

 

 本当はこの勝利を一緒にギンジと分かち合いたいが、それはミヤコの方が大きいのだろう。かなり悔しいが、今だけはオーク怪人の言うとおり、ミヤコに譲ってあげるとしよう。

 

 「色々遅くなったけどさ・・・俺、またお前に会えて良かったって思ってる」

 「うん、うん、わたしも・・・」

 

 大泣きしながらミヤコは顔を赤くして、ギンジの言葉に頷いていく。

 

 これだけ泣いてくれるなんて、もうミヤコの気持ちは解っている。今までも解っている気でいたが、それまでは理解が及んでいなかったのだ。

 

 それほどまでに、ギンジと再開出来た事が嬉しくて、溢れる想いと共に、愛しいギンジから離れたくない。

 

 「・・・あの時の言葉、公園でさ、全部話せなかっただろ?」

 

 涙で汚れるミヤコの顔に張り付いた髪を取ってあげながら、ミヤコの顔にまだ流れ続ける涙のしずくを指で取り払っていく。

 

 痛くしないように、傷つけないように、丁寧に。

 

 「また・・・聞かせてくれよ。俺達、ああいや」

 

 俺達、ではない。今のギンジにとって、もっと適切な言葉がある。

 

 だって、ギンジはミヤコの事も好きになっているのだから。

 

 だから・・・。

 

 「俺には、お前が必要なんだ。一緒に帰ろうぜ、ミヤコ」

 「・・・!うん!う゛ん゛・・・!」

 

 そのまま泣きながらミヤコは押し倒される様な体制のギンジに身体を擦り寄せる。

 

 思い切りギンジの身体を力一杯抱きしめる様にして、ミヤコの精一杯の力が伝わってくる。

 

 「じばらぐ、スン、こうさせで・・・ひっく・・・離れだくな゛い」

 「・・・ああ、いいぜ。本当、遅くなってごめんな」

 

 申し訳なさと、少しの愛おしさを孕んだ手が、ミヤコの黒髪を優しく撫でる。手触りの良い艶のある黒髪が、ギンジの手に馴染むようにしてするりと抜けていく。

 

 「あのー、ひょっとして僕達おじゃまだったかな?」

 「ケイタ、空気読んで。デリカシーが、無い」

 「おう、旦那、レンの姉御。今だけは兄貴の邪魔ァ、しないで離れようや」

 

 気絶から復活した赤鬼達が、まだ気絶している仲間達を担いで、少し離れたカエデの待つ場所に進んでいく。

 

 泣きじゃくるミヤコの頭をなでながら、ギンジは海岸の方に視線を動かす。

 

 「・・・朝か」

 

 気がつけば闇夜は晴れ、海の向こう側から日が出始めていた。暖かな日差しは、優しく照らし始めて、まるでギンジ達ヘヴンホワイティネスの勝利を祝ってくれている様な強い夏の日差しだった。

 

 「朝でも離れないっ」

 「いやいや、流石に明るくなって来てるんだから離れろよ!」

 「やーだーやだやだやだ!エッチしてくれないと、離れません」

 「いいぞギンジ!ドクター!そのままお世継ぎを」

 

 泣き止んだミヤコが顔を伏せながらふざけるが、そこへの悪ノリをしたオーク怪人の言葉によって、カエデが飛び蹴りをぶちかましてきた。

 

 「あんたらいつまでそうしているつもりよ!いい加減にしなさいよ!」

 「ブヒ、そうだぞギンジ。ふざけるな」

 「くふふふ、あ、カエデモンキーだ。まだ居たの?おうち帰ったのかと思ってたよ」

 「へぇ〜助けて貰った割に随分生意気じゃない・・・?」

 

 ギンジの身体を堪能したミヤコが、ゆっくり立ち上がるとカエデの目の前に立ち、二人して目線の火花を散らし始める。

 

 「・・・でも、今回はいい。カエデにも迷惑かけちゃったみたいだし。アリガト・・・」

 

 立ち上がったギンジの腕にくっつきながら、ミヤコが最後に小声でお礼を告げると、カエデも珍しくミヤコに対して顔を赤くする。

 

 少しだけ照れながら、腕組みをして目を逸したカエデが、珍しくミヤコを相手に気恥ずかしさがある様子だった。 

 

 「・・・あたしも、あんたを、ミヤコを助けるのに、結構体力使ったから、また明日でいいわ」

 

 結局の所、この二人も同じ類の仲なのかも知れない。

 

 「ま、わたしの方がギンジ君の事好きですけどね」

 「はぁ〜?ふざけないでよ!あたしの方が絶対好きだもん」 

 「ブヒ・・・」

 「あ・・・」

 

 ここでカエデの爆弾発言があったが、それは一番聞かれちゃまずい人の耳に届き、朝陽の差し込む中、カエデのシャウトが響き渡るのであった。

 

 「・・・俺、死ぬのかなぁ・・・?」

 

 一方、佐久間ギンジは、心臓が痛くなるほど鼓動が早くなり、緊張の糸が解けない様な強張った表情で海の向こうに顔を覗かせる太陽へと、視線を逃がしていくのであった。

 

 鈴村ミヤコと神宮カエデ。

 

 二人の少女の気持ちをしっかりとぶつけられたギンジは、前途多難だと、心の中では少し嘆いた。

 

 だけど・・・仲間を取り返した事で、これでようやくヘヴンホワイティネスは全員揃った。

 

 佐久間ギンジ

 

 神宮カエデ 

 

 宮寺レン

 

 甘白ミドリコ

 

 赤鬼

 

 角倉ケイタ

 

 鈴村ミヤコ

 

 未来を繋ぐ7人が、未来を変える為に、ここにこうして集まってきた。

 

 彼らの戦いは、まだ終わらない・・・。

 

 命を賭けた戦いも、ギンジ達の恋の戦いも・・・。 

 

続く

  

 

 




お疲れ様です。

今回のお話でミヤコ奪還編もあと一話で終わりになります。

そして次回のお話で長かった中盤も終わりになります。

そう、物語はいよいよ終盤に向かっていきます!とは言っても・・・
終盤も長いのよなぁ・・・

残ってるお話としては、そんなに長い様な事も無い気がするけど、やっぱり長いです。なっげぇですわ!

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
ミヤコの想いは伝えられなくても、さらわれるあの瞬間で何を言おうとしていたのかは理解した模様。
それと同時にカエデの想いもギンジの耳に入った様で、実は一番気まずい環境に立たされた男。

鈴村ミヤコ
ギンジ君と再開できて、今度こそギンジにめちゃめちゃ身体をこすりつけた。やめなさい。カエデの事をまぁ信用はしていいかなとは思ってる
止める人が居なければここでお世継ぎルートが確定していた。

神宮カエデ
ギンジが遅れてきた事には後でしばくとして、さっきの自分の言動を全部消し飛ばしたいと、カエデ氏は嘆いておられます
ミヤコの事をまぁ信用しても良いかなとは思っている。

柏木タツヤ
ギンジに手酷くやられた大幹部(笑)
ギンジの強さが今のヘルブラッククロスに必要とも思いつつ、この力はなによりも素晴らしいとギンジを褒め称える方向も併せ持ち始めた。
でも忘れないでください、この人ロリコンです。
・・・

次回はミヤコ奪還編最終話!そして中盤も最後!
その次からはなんとなんと終盤!物語も終わりに向かって動き出し始めます。

それと同時にですね、近日中にヘヴホワとは違う物語を書いてみようかと、模索している最中です。そちらについては後日活動報告にでも。

ヘヴンホワイティネスももうすぐ一周年になりますね、なんだかヤル気が湧いてきたが、ヤル気に追いつかない身体・・・これが年齢か・・・。

次回はミヤコがギンジに・・・な回です。小鳥遊アキラとか磯上ミツキとセクハラおじさんも十五夜ヒトシも神宮ソウジロウも出るよ!

それではまた次回!!


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89・君が大好き

こんにちはアトラクションです

最近コバエが飛んでくる季節になりましたね。暑い。

今回のお話でいよいよ中盤が終わります。でもまだまだ物語は続きます。

それではどうぞ!!!!!!


 

 神宮リゾートホテルは、かつての清潔感や豪華な装飾は最早なくなってしまい、いたる所に破壊の跡や、大切にしたいモノがたくさん蹂躙されていた。

 

 その燦燦たる場所に、温かい日差しが差し込んできている。

 

 天使達が悪魔を返り討ちにして、今また平和が取り戻された。

 

 だけどその手に残ったのは、平和から炙れてしまった、カエデの悔しい想い。

 

 父親は救出出来た。仲間も取り戻せた。一般市民も助けられる事は出来た。

 

 ほんの一部・・・助けられない人たちが居た。

 

 子供や大人も女性も男性も関係ない。

 

 この街を守りたいと、守ろうと頑張っているカエデにとって、勝利の後の現実、その光景は非常に心を強くえぐる。

 

 何人の死者が出てしまったのか、それは正確な人数は分からないし、知りたいとは思えない。

 

 自分の腕をめい一杯広げて、自分の抱きしめられる人が何人居るのか、この悔しさの中でカエデは考えてみる。

 

 レンも、ミドリコも、ギリギリ頑張ってギンジも入れられるだろうか。

 

 (もっと沢山守れる様に強くなったのに・・・)

 

 魔法界で得た修行の力は単純に自分が強くなるだけの力じゃない。自分が強くなって、ヘルブラッククロスの様な巨悪から守ってあげる力なのに。

 

 その力を上手く振るうことが出来ていない。

 

 (どうしたら良いのかしら・・・どうしたら)

 

 力の使い方は間違っていない筈。だから、今度はその力で守れる力を最大限振るえば良いだけのこと。とは言えそんな単純でもない事。

 

 瓦礫の上に腰掛けながら朝陽を眺めるカエデは、ここ数分それだけを考えていた。

 

 「おーい、カエデ」

 

 撤収作業と警察への連絡をミドリコ主軸で行っている中、ギンジも手伝いを終えてカエデの所に小走りで向かってきた。

 

 彼の主な手伝いと言うのは、この広場に突き立てられた黒い十字架を赤鬼と共にぶち抜くという事だけなのだが。

 

 「ひゃい!?」

 

 ついさっきミヤコの救出を完璧に終えたヘヴンホワイティネスは、ミヤコとカエデを中心に、告白大会が開かれたのだ。不本意とは言え、ミヤコに対抗する形でカエデもギンジへの好意を伝えてしまった。

 

 だからなのかギンジがわざわざここに来てくれて嬉しいと思う反面、ギンジが居るだけで顔が上手く見れなくなってくるし、鼓動も早まって胸が痛くなってくる。

 

 「あ、何よ・・・」

 

 今特別な言葉を投げかけてほしい訳ではないが、カエデはギンジに素っ気ない態度を取ってしまっている。こんな事をしていれば、いつか愛想を尽かされて、ミヤコの方に向いて行ってしまうかも知れない。

 

 こんな事したい訳じゃないのに・・・。

 

 本当に恥ずかしくて。

 

 本当に苦しくて。

 

 本当に、大切に想ってて・・・。

 

 だけど素直になれなくて、そもそもあんな形でギンジに想いを伝えたくなかったから、今カエデは不貞腐れ気味でもある。

 

 そんな悩むカエデの左肩を、ギンジは隣から軽く手を乗せてくれる。

 

 カエデの小さな肩に乗せられたギンジの手は、とても大きくてそれでいて暖かく感じられる。

 

 「あのさ」

 

 ギンジが肩から手を離すと、カエデが座っているのと同じぐらいの大きさの瓦礫に腰掛けて隣に座る。

 

 サングラスで弾かれる光と、海岸から押しては引いていく波音と共に、ギンジが小さく声を出す。

 

 「ありがとうな」

 

 ギンジからの言葉はたった一つのお礼。ミヤコを助ける事に協力してくれたカエデへの感謝。

 

 「な、べ、別に・・・いいわよ。お礼なんて」

 「ミヤコを助けるのも、俺がここまで来れたのも、全部カエデのおかげだと想ってるんだ。多分、一人だったら何も出来なかったと思う」

 

 まだまだ自分の弱さを完璧には拭いきれていないギンジは、例え自分が人間を超越している怪人であっても、ここまでの戦いは出来なかったと思っている。

 

 自分の〈大好きな人達〉の未来を守る手伝いをしたいと言う想いから、いつしか自分だけが一人で背負う戦いだともギンジは勝手に思っていた。

 

 「でもさ・・・最初っからそうだけど、俺一人の戦いじゃないし、皆がそれぞれの思惑を持って戦ってくれているって・・・そう考えてるんだ。俺はさ・・・」

 

 ギンジがカエデの隣で淡々と話す。

 

 「本当に一人じゃ何も出来ないただの生きた屍だったし、俺が俺がって一人で突っ走ろうとも考えてたりしてたんだけどさ」

 

 今までのヘヴンホワイティネスとしての行動でも、ギンジの発言にカエデが妨害したり、カエデの行動にギンジが追従したりと、色々ごちゃごちゃしていたと、二人して思い出して苦笑する。

 

 「今回の戦いもそうだけど、ミヤコの救出だけはお前絶対動かないと思ってたし、ホント協力してくれて嬉しかったぜ」

 「別に・・・仲間なんだし当然でしょ」

 

 ミヤコの事を仲間と思っている事にも驚きだったが、カエデはミヤコと普段から仲が悪い。それは元ヘルブラッククロスの大幹部でもあり、元敵だからと言うのもあるだろう。

 

 それと二人が仲が悪い理由はもう一つある。

 

 カエデもミヤコも、佐久間ギンジと言う一人の男に恋をしている。

 

 「ねぇ、バカギンジ」

 「?」

 

 瓦礫の上で身体を抱きしめる様にして、カエデがギンジの方へと顔を動かした。陽の光を弾きながら揺れるカエデの瞳に、ギンジはサングラス越しで確認する。

 

 何か言いたい事があって、それを上手く伝えられるか分からないと言ったカエデの表情に、ギンジは黙って視線を動かさずにカエデの次の言葉を待つ。

 

 夜通し戦い続けた疲れた顔をしながらも、カエデの唇がゆっくり開かれる。

 

 「あんたは、あたし達の事、ど、どう想ってるの・・・?」

 

 聴くかどうか悩んだ末、カエデは今この瞬間で言葉を出した。

 

 あたし達、というのは勿論ミヤコとカエデの事だろう。

 

 「正直に言って・・・別にそれで怒るとか、あんたの事嫌いになるとか無いから」

 

 声を震わせながらもカエデは、ギンジが自分達に想っている事を正直に話して貰いたかった。

 

 普段のカエデからは想像出来ない程の弱った感じと、表情と、声。それらが混ざって見て見ればこの子も普通の女子高生となんら変わりない。

 

 ヘヴンホワイティネスという使命が無ければ、ただの一般市民。

 

 「・・・俺は」

 

 ギンジがカエデから目線を離して、登り征く朝陽を眺める。

 

 光を弾いた海はとても綺麗で、さっきまでここで戦闘が繰り広げてられているなんて、誰も想像出来ない様な夏の早朝に、ギンジは眩しくて目を細める。

 

 「カエデもミヤコも、本当に、俺も含めて全部大切にしてくれようと、頑張ってるんだなって思う。ミヤコもあんなだけど、本気なんだって解るし、カエデも・・・」

 

 本人を前にして本当に正直に話そうとするのも、なんだか気恥ずかしい。

 

 「俺がこの世界に来てから、命を繋いでくれて、戦う為の力をくれたミヤコには感謝してる」

 

 ミヤコが自分に授けてくれたギフトが、今こうして生き残っている自分を造ってくれた事に、心から感謝している。

 

 それで居てミヤコは自分を本気で好きで居てくれる。

 

 「カエデも、最初は信じてくれなかったけど、俺の言った事を信じてくれて嬉しかったし、何ていうか・・・その、憧れ?みたいなモノもあったしさ。ヘヴンホワイティネスってだけじゃなくて、神宮カエデって人間に」

 

 ゲームの方のカエデは折れない精神力で最後まで戦った。

 

 だけど快楽には勝てなくって、この日本を支配する驚異の実力者として堕ちてしまって行ったカエデを、ギンジは知っている。

 

 3月に遭遇した時も、退魔教会との戦いも、6月28日の運命の戦い然り、その後の夏休みでの戦いも、魔法界で自分を信じてくれた時も。

 

 自分を信じてここまで一緒に戦ってくれたカエデには、本当に感謝している。

 

 「だから・・・ごめん、今は上手く言えないかもだけど」

 

 それでもギンジは頑張って言葉を繋いで見せる。

 

 「俺が信じた正義の為に、ここまで来てくれてありがとうな。俺、本当に情けないけど・・・カエデもミヤコも大切だって想ってる」

 「・・・そう、なんだ」

 

 カエデもギンジの言葉に嬉しく想いつつも、まだギンジの一番になれていない事に少しだけショックを受ける。

 

 「お前らが泣いてたら、なんでも言ってほしいし、なんでも助けてやる。苦しいなら、ちゃんと俺に言ってくれよ?なんだか、辛そうにしているのなんて見たくないしよ」

 

 ギンジがまたカエデの肩を優しく乗せる様にして叩く。

 

 「まだ・・・答えが出せなくてごめん。でも、嘘じゃないんだ。カエデもミヤコも・・・全部悪のしがらみから俺が断ち切ってやる。辛い戦いなんてしなくても良い未来の為に・・・」

 

 天国の様に優しくて、輝かしい未来の為に、ギンジはカエデに向き直る。

 

 「未来を守るんじゃなくて、一緒に未来を変えようぜ。俺とカエデなら、きっと・・・いや、絶対出来る。難しいかも知れないけど」

 「難しくなんか無いわよ。簡単よ」

 

 カエデもギンジから目を逸らさずに、しっかりと前を向いていつものカエデの笑顔で、強気なご令嬢の笑顔でギンジに言葉を投げる。

 

 「あたしとあんたがやるんだから。絶対に簡単よ。でもギンジ」

 

 カエデもギンジと同じ気持ちだ。

 

 

 

 同じ気持ちだからこそ、カエデがギンジの身体に自分から擦り寄せた。

 硬く大きな、ギンジの胸にカエデが頭をぶつける。優しく、しかし勢いは乗せたまま。

 ギンジのシャツの裾を掴んで、引き寄せる様にしてカエデがギンジの身体の中で、一番心に近い場所で声を出す。

 「あんたも辛かったら、ちゃんとあたしに言ってよ。あたしも同じ!ギンジが苦しかったり、辛かったりするのは見てらんないの」

 そのままカエデがギンジの胸から顔を離して、ギンジの顔を見上げる。

 「さっき言ったあんたの事が、す、好きだって事。あれ、本気だから・・・良くても悪くても、いつか絶対返事しなさいよ!」

 「ああ・・・必ずするよ」

 

 

 ギンジはカエデもミヤコも好きだ。

 

 カエデもギンジが好きだ。

 

 ミヤコもギンジが好きだ。

 

 それがどっちか一番にならない限り、カエデは返事が聴きたくない。

 

 そしてそれはミヤコもきっと同じ事だろう。

 

 その猶予が、今ここで突きつけられた。いつか、それはいつになるのか多分誰にも分からない。

 

 でも、佐久間ギンジは今ここで戦いに勝つと言う事よりも、もっと大きくて重大な問題を一つ抱えたが、それほど嫌な気分にもならなかった。

 

 故に、必ずどちらか片方を選ばないと行けない時が来るだろう。

 

 その時、10年後、20年後に後悔しないように、ギンジは今も先もしっかり生きていく事を決意した瞬間だった。

 

 「おーーーい兄貴ーー姉御ーーー」

 

 遠くから赤鬼が呼ぶ声がする。声のする方へ見れば、もうそろそろ撤収の準備をしないといけなさそうだった。

 

 「そろそろ戻ろうか」

 「そうね。ねぇ、ギンジ」

 

 ギンジの少し先を歩いたカエデが、振り向きながらギンジに笑顔を見せる。

 

 「ちゃんとあたしを守ってね」

 「おう、任せとけよ。俺ならカエデだけじゃなくて、この街も、この世界も魔法界もまもってやらぁ」

 「あーら大口叩くわね〜流石・・・あたしの下僕ね」

 「なんですか、お二人共。兄貴も姉御も距離感近いですな〜」

 「うるっせ。オラ、戻るぞ」

 

 赤鬼の尻に蹴りを入れながら、ギンジは警察関係者やマスコミが来る前に、撤収を開始するのであった。

 

 この時、神宮カエデの不安は何もかもが消え去っていた。

 

 守れなかった人達の無念を背負いながら、カエデは強く前に進もうと決めたからだ。

 

 最強の味方である、最強の怪人の隣を歩きながら、カエデはまた新たな志を胸に秘めて、正義のヒーローとして強く強く、果てしなく強くなろうと、決意した瞬間だった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 8月31日、午前。

 

 8月30日の神宮リゾートホテルの襲撃は、一度落ち着いた見込みらしく、甘白ミドリコからの連絡を受けた機動隊の行動を見て、小鳥遊アキラは安堵しながら胸を撫で下ろした。

 

 場所は中央度固化市、警視庁本部。

 

 その人事相談室にて、小鳥遊アキラは身体にフィットするスーツを着用し、クールな表情を崩さずに、眼の前の人事部の長官に臆さず敬礼した。

 

 「君、本当に警察を辞めるのかい?」

 

 長官が言う辞める、という言葉は本心からの疑問だ。

 

 本来、女性警官の退職はおめでたい事や、家族の不幸、大怪我等で退職する事が基本ベターみたいな所がある。

 

 しかしアキラはそのどれでも無い理由で、公安警察という約束された立ち位置を蹴るつもりで居た。

 

 「はい・・・この街の警察組織には大変お世話になりましたが、私にもやりたい事が出来ましたので」

 

 今月、8月に入ってからと言うモノ、公安警察は凍結騒ぎに、女王ナメクジの怪人と呼ばれる者の単身の襲撃、おまけに公安警察からかのヘルブラッククロスのスパイに堕ちた裏切り者、柏木タツヤの存在。

 

 事実上の機能停止に落とされた中央度固化市の警察機構は、今や半グレやヘルブラッククロスが動きやすい土地として、治安は悪くなっていく一方である。

 

 オフィスビルエリアは、見るに耐えない喧騒のたまり場となり下がり、時たまに怪人の遭遇の報告がこの本部にも出てくるぐらいだ。

 

 無力。警察では太刀打ち出来ないこの巨悪に、アキラは半ば今の立場での一斉検挙は出来ないと諦めてしまっていた。

 

 だからこそ彼女にも考えがある。

 

 部下を失い、警察としての信頼も失い、けれどもアキラにしか無い行動力を使って、別の事をする。

 

 ヘルブラッククロスを倒す為に、彼女は、小鳥遊アキラは警察を辞める道を選んだ。

 

 「第一、こんな大変な状況で警察を辞めて、何か宛はあるのかね?」

 

 長官の言葉は少し棘を感じる言い方であった。相変わらず女性だからと言ってアキラを舐めているらしい態度と口調に、もうこんな奴に嫌味を言われないで良いと思うと、少し心が晴れやかな気分になる。

 

 「ご心配なく。これからも治安と平和を守る為にも、警察とは違う職業で尽力していく次第でございます」

 

 言いながらアキラは手元から一枚の封筒を取り出し、それを長官のテーブルに叩きつける様にして渡す。

 

 少し力を込めた渡し方に、長官はビビっている。

 

 一枚の封筒は退職届。そう達筆に書かれた封筒があり、それを叩きつけた瞬間に、アキラの警察人生は終わりを告げた。

 

 「何か言うことが無ければ、私はこれで」

 

 狼狽えるだけの長官を相手に、アキラが静かにそれだけを告げて人事異動室から抜けていく。スラリとしたパンツルックの後ろ姿を見せつけるような歩き方に、ミディヒールを打ち付ける音が静かな部屋にこだまする。

 

 そのままドアノブに手をかけたアキラに、長官が声をかけているのが聞こえたが、何も聞こえないフリをしてアキラはその場から出ていった。

 

 部屋を出てまっすぐ進めば、警視庁本部のエントランス。様々な人の出入りのあるこの道を歩くのも、彼女にとってはこれで最後だ。

 

 ふと、眼の前を見れば見覚えのある赤いジャケットと、少し黒みがかった濃い肌に、手入れのされていないヒゲが目立つ中年男性、藤原が立っているのを見つけた。

 

 「小鳥遊さん。聴きましたぜ、警察辞めるって」

 

 驚いた事にこの話はもう広まっている様子で、藤原のあっけらかんとしている態度に、少しばかり可笑しくも思える。

 

 「ええ。私の力では・・・悪を倒す事は出来ないと思い知ったのでね」

 「次はなんの仕事を?あ、まさか結婚!?」

 「・・・」

 

 藤原の冗談には無言の圧で返して黙らせると、藤原の背筋をピンと伸ばさせる。もう同じ警察では無いと言えど、流石に元公安トップの睨みはおじさんにも効果抜群のようだ。

 

 「まだ、結婚なんて出来そうにないが・・・そうだ、藤原さんはまだ警察に?」

 

 アキラのスタイルの良い身体を凝視しながら、藤原は返答を返す。

 

 「ああ、まぁ・・・柏木の奴も逮捕出来るってんで、おじさんにもまだ出来る事があるかなってな」

 

 赤いジャケットのシワを伸ばしながら、藤原はアキラに向き直る。

 

 少し深く呼吸すれば、熟れていても美しい女性の香りが藤原の鼻腔をくすぐってくる。これは良い女だと、本能で確信する。

 

 「そうか。まぁ、頑張ってくれ。追う者が同じならいつかきっと会えるだろうしな」

 「で、まじでどこ行くんですか?」

 

 藤原の言葉にアキラが微笑をこぼして、ある一枚の紙切れを見せる。

 

 その紙に書いてある信じられない内容に、藤原は苦笑混じりアキラの顔を見る。

 

 「これ、まじですかい」

 「ああ、本気だとも。藤原さんも来るかな?」

 

 公安局を襲撃してきた女王ナメクジの怪人を撃退した、あの二人が顔写真の中心に貼られている紙切れ。

 

 内容も今のこの街の現状なら、納得が行く内容。

 

 「決めたんだ。悪を倒すためならば、確実にヘルブラッククロスを捕まえる為ならば、法律の下では行動する事が出来ないからな・・・革命をお越しに、行動を一つ取ってみるよ」

 

 紙切れの中には電話番号の様なモノも書いており、それが誰の番号なのかもだいたい理解出来てしまった。

 

 「まさか入るってのかよ・・・」

 「ああ、本気だ。私は、レジスタンスに入る事にしたよ」

 

 小鳥遊アキラ・公安トップ→レジスタンス。

 

 まさかの大きな異動に、藤原は度肝を抜かれる気分であった。

 

 「甘白君も職に困ったら、ここに来れば良いと伝えてくれ。それじゃあ、私はもう行くよ。藤原さん、この先も大変だろうが頑張って」

 「・・・いつかまた会ったら、そのおっぱい触らせろよ」

 「ふふ、高いぞ?」

 

 冗談に冗談で返されて、藤原は少しだけニヤリと笑ってみせる。その不敵な笑みはアキラも同じで、二人して立場の違う正義を追い求める事となった。

 

 「あんな巨悪を倒す為ならば、多少の法には目を瞑ってもらうしか無いのでな。では、元気でな」

 「ええ、まぁ、小鳥遊さんも」

 

 公安警察としての正義を諦めた訳ではないが、アキラは真に正義を手にする為にも、法律を厳守する事は無くなった。変わりに、確実に平和を取り戻す為に、アキラは少し動きやすい方法を取る事にしたのだ。

 

 そんな小鳥遊アキラの背中を見て、藤原は少しだけ若い時の情熱が取り戻せた様な気分になる。

 

 「こりゃあ、おじさんも敗けてらんねぇな」

 

 パンティラインがみえるアキラのパンツルックを目に焼き付けて、藤原も自分の正義の為に動き出そうと、行動を開始するのであった。

 

 「先ずは・・・受付オネーチャンに番号聞かないとな」

 

 漢の顔つきで、藤原は思い切りセクハラに動こうとしたのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ──聖カエルム教会。

 

 夏休みの最終日に、子供達の幸せそうな笑い声が外で響く中、礼拝堂では傷ついて帰還したレイナと、お留守番をしていたナルミ、そしてミツキが、女神像の前でスパーリングをしていた。

 

 何故ここで?とは思っても、ミツキの事だから恐らくは次の襲撃に向けた能力の強化を目論んでいるのかも知れない。

 

 「いいですねナルミ!そこでジャブ!はい、ワンツー、ワンツー!」  

 

 ナルミは一向に喋る気配が無いのだが、ミツキの掛け声に順応しながらも、ショートジャブを繰り返している。

 

 空気を軽く打ち出せるぐらいには、拳のキレが素早くて重たそうな威力。

 

 ミツキとナルミであれば、いつか素手で魔人を倒せそうな感じさえ伝わってくる。

 

 「ところで・・・レイナは、ギンジさんの所に居なくて良いの?神はこう仰られております、等しく愛に生きる者は全て、自分の気持ちの赴くままに生きるべき、と」

 

 ミツキがジャブの空気圧をレイナに贈ると、レイナは痛む身体を抑えてそれを否定する様に首を振る。

 

 「ああ・・・まぁ、あんなの見ちゃうとな・・・」

 

 あんなの、と言うのはヘヴンホワイティネスの仲間の一人であるミヤコが、ずっとギンジの腕に自分の身体を抱き寄せて、イチャイチャしそうな雰囲気を見てしまったのだ。

 

 それを見てしまうと、諦めたわけでは無いが、今回ばかりはミヤコに譲ってあげようと、思えてしまう。

 

 「私はまだギンジの事を諦めたわけではないよ。いつか立派な退魔師になって貰って、私の隣で戦っていてほしいからな」

 

 勇ましくも少し儚げな表情と声音で、レイナは礼拝堂スパーリングを眺める。

 

 まだまだ自分の弱さを知った事で、レイナは自分の成長のきっかけを知る事が出来た。

 

 怪人キラーエリートとの戦いもそうだが、まだ自分は弱い。ゲヘナミレニアムを潰しただけでは、まだ足りない。

 

 それを痛感した今回の戦い。もうレイナは敗ける訳には行かないのだ。

 

 何度でも同じことを言うし、何度でも諦めない。

 

 ギンジに自分を認めてほしいから。

 

 「神はこうも仰られております。愛を知る子羊は、自らを厳しく見つめ直す良い機会を見落としがちだと。レイナ、貴女はきっと強くなれますよ」

 

 ミツキの言葉にナルミも頷いてくれており、レイナの恋を二人も応援している様子だった。

 

 「ミツキ・・・ナルミ・・・」

 「さ、痛みをこらえて私と殴りあ・・・いえ、スパーリングしましょう」

 

 修道服を翻しながら、ミツキが破邪の鉄拳を構える。

 

 虹色に輝く拳が、レイナに容赦なく向けられている。仮にもけが人相手に、本気のスパーリングをするつもりなのだろうか。

 

 「本気か・・・?私は、本調子ではないぞ・・・」

 「神はこう仰られております。かまへん、と」

 「それは流石に嘘だ!」

 「問・答・無・用!修・行・開・始!」

 

 ミツキの強引なスパーリングの開始がナルミのゴングによって開始させられ、レイナは怪我を抑えながらもミツキと全力で戦う事になった。

 

 退魔師に敗けは基本許されない。何故なら敗ければ敵に連れて行かれて、地獄に引きずり込まれるからだ。

 

 そうならない為にも、ミツキはレイナを1から鍛え直す覚悟で、破邪の鉄拳を煌かせて、レイナも破邪の剣を煌かせた。

 

 礼拝堂の女神像は、そんな彼女達が強くあろうとする姿を見て、微笑んでいる様にも見えていた・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 8月31日。時刻は16時を回る頃。

 

 場所は神宮亭。

 

 神宮亭の裏にある場所ではなく、いつもの生活居住として使われている豪邸の方だ。

 

 その豪邸の内部、家族が食卓を囲む大きな長机のある食堂とキッチンが合体した、巨大なワンフロアでは、神宮ソウジロウの指示によって様々な食事、豪勢な料理が並べられており、戦いに勝利したヘヴンホワイティネスのねぎらいの為に、ソウジロウが用意したモノだ。

 

 これは自分の愛娘の戦いの勝利と、自分の命を救ってもらった恩義への、祝勝会。

 

 「ソウジロウ様、お嬢様の準備が整いました」

 

 十五夜ヒトシが、一番奥の席に座るソウジロウに声掛けをすると、高級なスーツジャケットの襟を正して、立ち上がる。

 

 そして食卓には、正装でまとめ上げられた、カエデの友人、仲間達がここに集っていた。

 

 黒いスーツにサングラス、ツーブロックに金髪という傍から見れば反社にも見える様な出で立ちをしている男は、佐久間ギンジ。

 

 ヒトシを始め、ソウジロウにも正体はバレているのだが、他の使用人にバレては事なので、そのままサングラスをかけている。

 

 そしてギンジの後ろから、タキシードの中にサスペンダーを合わせた姿をしているのは、角倉ケイタ。少し大人びて見せようとしているのか、髪型もいつもの適当に伸ばしたモノとは違い、右側に逸してジェルで固めたヘアスタイルをしている。

 

 赤鬼は相変わらずの体躯をしているが、筋肉で張り裂けそうなほど腕の密度が高くなってしまっている。普段スーツやジャケットを着る事の無い赤鬼の姿が蝶ネクタイと合わさって余計に面白く見える。

 

 奇譚のない感想を言えば、赤鬼にスーツは似合っていない。

 

 「お前やっぱ似合わねぇな!ギャハハハ」

 「いやまぁ、ケイタの旦那がコレ着ろって言うんで・・・」

 「え!?僕はそんな事言ってない!」

 

 恐らくケイタは言っていないのだろうが、それでも赤鬼はケイタのせいにしたいのか、それとも冗談なのか、ケイタをいじり倒す。

 

 「うるさいぞ、君たちはまったく・・・」

 

 騒ぎ始めた男性陣に続いて、奥の扉からミドリコが出てきた。

 

 この神宮財閥の高級ドレスを貰った様で、ハイヒールもブレスレットもネックレスも、ほぼ赤色で統一された姿。

 

 肩を出してふわりと巻かれたケールと、普段の髪とは思えないぐらいにケアされてこちらもふわりと巻いて、ドレスに恥じない髪型に変えられている。

 

 「おおー、ミドリコ綺麗だな」

 「う、うんそうだね・・・あれ、どうしたの赤鬼」

 

 素直にオトナの女性の魅力を褒めたギンジとケイタから少し離れて、赤鬼はなにやら中腰になりながら、ぷるぷると振るえている。

 

 「ミドリコが・・・俺っちのミドリコがあまりにも綺麗すぎて・・・うおおおおお!」

 

 叫んだ瞬間、赤鬼は雄々しい一本角を思い切り黒曜石の床に叩きつける。思い切り頭突きをして、あまりにも美しく輝くミドリコの姿を見た事で暴走しかけた性欲を粉砕してみせた。

 

 「何をしているんだ赤鬼!」

 「へぇーへぇー・・・俺っち、勝ちましたよ。自分の欲望に」

 「欲望に!?」

 

 足早に近づいてきたミドリコに対して、赤鬼はなんとかリビドーを抑える。

 

 「とりあえず、飯はもういいでしょう。ベッド行きやしょう、ミドr」

 「やめんか馬鹿者!」

  

 赤いエナメルの手袋で赤鬼の角を掴んで、もう一回床に叩きつける。

 

 今の赤鬼にとってはこれでさえご褒美である。

 

 「ちょっと、何騒いでんのよ」

 「む、私が一番乗りだったか」

 

 そんな赤鬼を叩き潰したミドリコの後ろから、カエデとレン、ミヤコが3人揃って奥のドレッシングルームから出てくる。

 

 さらにその後ろでは、サクラとルカもここに5人同時に出てきたのだ。

 

 レンのドレスはスカイブルーの髪色に合わせた、白みのある水色の生地の、ハーフドレス。

 

 蒼いリボンをあしらったボリュームのあるドレス姿を見て、普段とは違う可憐さを見たケイタが中腰になる。

 

 「あ・・・僕もう死にそう」

 「縁起でもない事を言うな!いや眩しいのは解るけど!」

 

 倒れそうなケイタを支える様にして、ギンジがレンにケイタを投げ渡す。

 

 「あ・・・」

 「うわぁ・・・ッ」

 

 ケイタを抱きかかえる様にレンがケイタと腕を絡ませて、抱き合う様な構図になると、二人して顔が赤くなる。恋人同士の素敵な一面に、見てるギンジが逆に恥ずかしくなってくる。

 

 「どう、綺麗、かな?」

 「うん!もう誰にも渡したくないよ!それぐらい綺麗だし、なんか、あのその、綺麗!すっごく綺麗!最高!」

 「なんだよ旦那・・・はよ結婚しろや」

 

 べた褒めするケイタにレンも昇天気味であり、そんな二人のやり取りを見て赤鬼がケイタとレンを煽る。

 

 「ケイタの髪型も、いつもと違うから、素敵、だよ」

 

 言い慣れていないレンの言葉が嬉しくて、ケイタもレンもニヤニヤが止まらない。

 

 そんな二人の甘い空間には、ミドリコが今度は中腰になる。

 

 彼女が抑えるのは男性陣とは違い、心臓を抑えている。

 

 「わ、若者の・・・あの尊い瞬間が・・・私には効く。効いてしまう・・・」

 「何意味わかんねー事言ってんだよ」

 

 ミドリコやケイタの事は放っておいて、ギンジはカエデとミヤコに目線を合わせようとしたが、そこにサクラとルカがこちらに向かって歩いてきていた。

 

 サクラはやはり桃色のドレスで身を包んでおり、意外とモデル体型なのか、生足をスラリと出しては身の丈にあった長いピンヒールを履いて、フリルのついた大きな袖の桃色ドレスと、足元の対比がかなりアンバランス感を醸し出している。

 

 しかしサクラの歩き方もかなりしなやかで、ヒールの履き慣れている感がすごく、腰を軸に背中を曲げずに歩いてくるその姿は、まさしくモデル。

 

 「えっへへーいいでしょこのドレス!」

 「おう!やっぱサクラは桃色のドレスだよな、そう来ると思ったぜ」

 「そうでしょそうでしょ!せっかくお呼ばれしたんだから、ドレスコードも完璧にしないとね!」

 

 サクラを褒めた次はルカの方を見る。

 

 ルカの衣装は、まるで執事の様な燕尾服の生地感を思わせる、ジャケットスタイルに、正面にスリットの入ったパンツを合わせ、靴を会えて金色の装飾が取り付けられた革靴にされている。

 

 マニッシュとボーイッシュの融合とも言える様な豪華な衣装に、一瞬ルカが女の子だと言うことを忘れてしまいそうになる。

 

 「僕はドレスとかは似合わなさそうだし、こっちにさせてもらったよ・・・」

 「そうか?こっちもかっこいいけど、きっとルカもドレス着たら似合うと思うぜ!ほら、ミドリコとかレンが着てる様なやつとかさ」

 (ほらーだから言ったでしょ?アタシはドレスの方が似合うって!)

 

 アキハは相変わらず急に出てくるが、やはりその姿はルカとギンジにしか見えない。

 

 幽霊の様な存在なのに、なぜかアキハは白い浴衣の姿から、今回だけは王女様の様な衣装を着ている。プリーツの入った大きなスカートは、まるで・・・。

 

 「ポモドロさんを思い出すな」

 「?誰だい、それは」

 「ああ、いや。なんでもない」

 

 魔法界に居る王女様の事を今話しても、余計な混乱を招きそうだから今はやめておこうと、ギンジはここで会話を終わらせる。

 

 最後に、既に仲間達と会話をしていたカエデとミヤコが、ギンジに振り向くと、風が一瞬舞ったかの様な不思議な感覚がギンジにやってきた。

 

 カエデはいつもに金髪を後ろに回したツインテールに変えており、真っ白はサマードレス。ワンピースタイプに近いドレスであり、ツインテールの幼さを抜きにしても、高級感の溢れる姿をしている。

 

 足元も薄手の白タイツを履いているのか、光を反射して妙な光沢感を感じている。

 

 しかしながら一切の怪しさを感じさせず、ご令嬢としての清廉なる姿が、ギンジの心を一つ掴んだ。

 

 対するミヤコは正反対の真っ黒な、ショートドレスであり、ヘアスタイルは後ろで巻き上げてオーク怪人と思わしき顔のデフォルメされたバレッタで止めた、いつものミヤコとは違うアップスタイル。

 

 なにより一番驚いたのが、腕、脚を全部出していて、傷を一つも隠していない、ミヤコの生きた証を見せつける様なコーデとなっている。

 

 流石にヒールは履けなかったのか、ロウファーじみたシューズを履いているのだが、それでもこのミニドレスに合わせた印象が損なわれない。

 

 『似合う?』

 『!?』

 『同じタイミングで話さないで!』

 

 カエデとミヤコが二人同時にギンジに声をかけたのだが、その後の反応もある事ながら、最早練習しないと出ない様なリアクションに、ギンジは腹をかかえて爆笑している。

 

 「いやーホント息ぴったりだな」

 『合ってない!』

 『!?!?』

 『だから・・・!』

 

 白黒の美少女二人の行動はまたもや被り通して、今度はギンジだけではなく仲間達全員で笑う。

 

 笑顔を取り戻せたこの瞬間が、今ヘヴンホワイティネスにとってなにより嬉しいひとときだった。

 

 「いやでも、ちゃんと似合ってるよ。可愛いし、カエデもミヤコも」

 

 ギンジに素直に可愛いと言われたら、悪い気はしないし、カエデもミヤコもデレりと溶けた様な笑顔になっていく。

 

 皆して色々と話す事はあるが、一先ずは部屋の明かりが少し暗くなる。

 

 ソウジロウの合図で部屋に料理が運ばれるのを確認し終えると、ヒトシが明かりを消したのだ。

 

 そして料理に刺されたろうそくに火が灯されると、一気に部屋がろうそくで明るくなっていく。

 

 「先ずは・・・財閥を代表して言わせて貰うが・・・」

 

 ソウジロウが集まってきた自分の娘の仲間達にマイクを向けるが、あまり上手く言葉は出てこない。だが、一つだけ今すべき事は解っている。

 

 「佐久間、お前が何か気の利いた事を言え」

 

 ソウジロウがマイクを投げ渡すと、ギンジはそれを受け取るが、今このタイミングで自分が言うべき事なんて何かあるだろうか。

 

 「お前の戦いでもあったのだろう?カエデから全て聴いたよ。我が娘の下僕ならば、こういう席にも強くなっておけ」

 「あーじゃあ・・・」

 

 ギンジがソウジロウの立っていた場所に登り、それぞれ仲間達を見つめながら精一杯言葉をひねり出していく。咄嗟の事だったから何を言っていいのか分からないし、転生してくる前はこんな事したことも無かった。

 

 とは言っても、今何かアガる事を言えば、士気だって十分大きくなることだろう。

 

 「大幹部もぶっ飛ばしたし、俺たちはミヤコも助ける事も出来た!今度もまた勝つぞ!そんで・・・俺たちの!」

 

 マイクを持ちながらギンジはもう一つ言葉を、何よりも仲間たちに伝えたい言葉をもう一つ伝える。

 

 「俺たちの、未来を変えるぞ!!俺とお前らなら絶対に出来る!」

 

 「レンのビーム剣があれば、なんでも斬れる!」

 「ケイタの魔法があれば、仲間が安心して戦える!」

 「ミドリコのランチャーがあれば、どんな敵だって怖くねぇ!」

 「赤鬼は俺について来い!そんで、皆の背中を守ってくれ!」

 「カエデ!」

 

 ギンジがそれぞれ仲間達の激励を贈りながら、最後にカエデの時だけは、名前を大きく呼んだ気がした。

 

 「俺とお前なら、この先どんな敵が来たって、どんな悪い状況だって、絶対に超えられる!だから、俺に力を貸してくれ!俺も、全力をお前に貸すから!」

 

 これだけの信頼を寄せて、寄せられて、その言葉が聞けただけでもカエデは嬉しくなって、少しだけ涙が溢れる様なきがする。潤んだ瞳をハンカチで拭き取りながら、カエデは確実にギンジに向かって微笑んでみせた。

 

 その顔はもう、ただ恋をしているにあらず、愛している人の成長を見ている様な気分になった。

 

 「そしてーーー!ミヤコ!!」

 「えっ!?はいっ!」

 

 最後に一番忘れちゃいけない仲間の名前を、ギンジは呼び出した。

 

 自分の命を繋いで、ここまでの戦う力をくれた大切な恩人であり、今はもうヘルブラッククロスと言う過去を捨てた大事な仲間の名前を。

 

 「ずっと待たせてごめんな!そして、お帰りーー!」

 「・・・!」

 

 ミヤコの顔もカエデと同じで、恋をしている人に向ける顔ではなかった。本当に、心の底からギンジを愛しく想う顔をして、たった一人の男を見つめている。

 

 「ちょ、ソウジロウ様!いいんですか!アレ」

 

 ヒトシがいい加減場違いな男の言動を止めようと動こうとしているが、ソウジロウはそれを黙って聴いている。

 

 「良い。カエデ達の戦いの勝利であり、この私がほんの少しだけ認めた男の話だ。聴いておけば良いさ」

 「ぬぅ・・・」

 

 少し納得が行かないが、財閥長が言うならと、ヒトシは刀に添えた手を止める。

 

 「さーてそれじゃあ」

 

 ギンジがマイクを止めて、次は両手から炎を出す。

 

 一気に部屋が明るくなり、ギンジが最後に声を大きく出した。

 

 「俺たちの勝利だ!飯、食おうぜぇ!!」

 『おーーー!』

 

 ヘルブラッククロス・大幹部柏木タツヤ戦

 

 勝者・ヘヴンホワイティネス

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「やいやい見てろよ!レンの姉御のマネ!ビィィィ〜ム剣術〜!!」 

 

 酒も入ったのかへっぴり腰の誇張しすぎたモノマネをしている赤鬼を見て、ミドリコが馬鹿さ加減に爆笑していると、レンが登壇に駆け上がり、ビーム剣を取り出して本物の動きを見せていく。

 

 「本物のビーム剣術は、こう」

 「レン!違うって!それカゲフ選手!」

 

 野球のゲームからの引用をしているのか、レンが野球選手の振り方でボケにボケを重ねていく。

 

 ケイタは気が気では無かったのだが、赤鬼のボケについていく。

 

 サクラもルカも思い思いにご飯を食べて、ミドリコもお酒を飲んで、カエデとミヤコはギンジを取り合いながら、ご飯を食べていた。

 

 相変わらず険悪な空気にはなるモノの、今では冗談じみた話を交えた煽り合戦も行う様になっているので、仲は良くなっているのかも知れない。

 

 「レイナさんも来れればよかったのにねー」

 「しょうがないさ・・・色々あるみたいだし、本業とか」

 

 サクラとルカがローストビーフを食べながら、赤鬼がレンにぶっ飛ばされる瞬間を見て、二人して笑う。

 

 「こらこら暴れるな!皿が!床が!天井が!どうやったらこんなに汚れるんだ!」

 

 ヒトシが好き放題騒ぎ出している赤鬼を主な的にして、怒鳴り散らすが、最早ソウジロウも気にしていないのか、誰もヒトシの注意に耳をかたむけない。

 

 「そうだ・・・カエデ、裏の倉庫から、ワインを持ってきなさい」

 

 ソウジロウが喧騒だらけのこの食卓の中で、カエデに指示を出す。

 

 「ワインだったら、俺が持ってきてやるよ、オトーサン」

 「大丈夫だ。貴様の持ってくるワインなんて飲みたくないわ」

 「味変わんねぇだろ・・・」

 「いいわよギンジ。お父様のワインを持ってくるのは、あたしの仕事なの。昔色々あってね・・・」

 

 その昔話も気になる所だが、カエデはそこから先は何も言わずにワインを取りに倉庫へと向かっていく。

 

 が、その一瞬で背後を向き、ミヤコに指差す。

 

 「・・・今だけは、あたしの下僕、貸してあげる」

 

 それだけ告げると、カエデは倉庫へと向かっていき、ミヤコとギンジはここで二人きりになる瞬間が来た。

 

 「佐久間、これからも私の娘を頼むよ。残念ながら、我々ではヘルブラッククロスには太刀打ち出来ない。それに・・・」

 

 ソウジロウが少しだけ深刻そうな顔をしているが、ここは祝いの席。ソレ以上は何も言わない事にしたが、ギンジはソウジロウの顔を覗きながらへらへら笑ってみせる。

 

 「任せろってオトーサン。何があっても守ってやるからさ」

 「フン・・・もう話すことは無い。行け」

 

 ソウジロウもギンジの態度だけでは信用出来なかったが、彼の実力を見ていれば、そこだけは信じても良いかと思えるぐらいにはなっていた。

 

 「ギンジ君!テラスあるよ!テラス!涼しいからそっち行こ!」

 

 興奮した年相応の少女の様に、ミヤコがぐいぐいとギンジの腕を引っ張る。

 

 「ああオッケー。それじゃ、また」

 「早く行け!」

 

 ギンジがテラスに行ったのを見送ると、登壇の方に目を動かす。その登壇では先程までは赤鬼がふざけ倒していたが、今は何故か赤鬼とレンが正装のままでガチバトルを繰り広げるまでになっていた。

 

 「・・・どういう事なの・・・?」

 「おい、もう止めるんだ!」

 

 流石にまずいと思ったのか、ミドリコが止めに入るが、サクラとルカも悪ノリではやし立てるので、二人の演舞と称したバトルはまだもう少し続いている。

 

 「ビーム剣術!ヘヴン・トランプル!」

 「空砕烈撃断(くうさいれつげきだん)!」

 「オイィィィィ!!私の家が壊れる!なんでこんな事してるんだ!」

 

 『演舞』

 

 「いや、何してるの?って聴いたんじゃないよ!?馬鹿なの!?」

 

 これで本当に演舞と言い切って、お互いに攻撃が当たらない様にしているのだから、つまり家にだけは被害が及ぶと言う事になる。

 

 つまりこの瞬間だけ、ヘヴンホワイティネスは馬鹿だったと言う事になる。

 

 祝勝会はまだまだ続く・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 

 テラスに出たギンジとミヤコは、夏の夜風に涼みながら、暗くて夜になりつつある空を二人で眺めている。

 

 「くふふ、ギンジ君と二人っきり・・・くふ、くふふーふふ」

 「そんなに嬉しいか?」

 

 苦笑混じりに冗談を言ってみたつもりだが、ミヤコはそれを本気でうなずく。

 

 場所がどこであれ、ミヤコはもう我慢がならないと言った感じだった。

 

 「だって・・・ギンジ君にもう会えないかもって、正直思ってたから・・・そしたら再開出来たし、わたしを連れ戻してくれたんだよ?それってもうプロポーズでしょ?」

 「いや色々すっ飛ばしすぎな」

 「もー照れなくて良いのに〜くふふ・・・」

 

 実際、ギンジは照れていた。今にして思えば、この子だってギンジに想いをたくさんぶつけている。

 

 そこまでされたら、男としては気づかない訳には行かない。

 

 でも、まだ答えは出せない。

 

 そんな煮えきらないギンジの考えもちゃんと解っているからこそ、ミヤコはそこまでギンジに詰め寄ったりはしない。たまに愛が爆発して暴走するぐらいだ。

 

 「ねぇ、ギンジ君」

 

 ミヤコが部屋の明かりを背景に、テラスに怪しく立つ。

 

 怪しいとは言っても、いつものミヤコの様なギンジラブ全開の怪しさの方だった。

 

 「くふふ、もう、抑えきれない所まで来てるんだよ。あんなかっこいい事言われたら、わたし、お腹が熱くなって・・・ギンジ君の全てをこの身体に流し込んでほしいって思っちゃうぐらいだよぉ・・・くふふ」

 「・・・いや、なんだ、暴走するなよ?」

 「しないよ。今はね。でも、ギンジ君次第かな〜」

 

 トコトコ歩くミヤコの発言に、ギンジはなぜだか冷や汗が止まらない。

 

 「俺次第・・・か?何すればいいんだ?」

 

 できればこんな所で暴走はしてほしくない。

 

 だから今ミヤコを抑えられるなら、なんでもしてやろうとも思う。

 

 「くふふ、簡単な事だよ」

 

 ミヤコが再び部屋の明かりを背景にして、ギンジの目の前に近づいてくる。不気味とも呼べる様な奈落の様な瞳。

 

 ミヤコは元々悪の側面が強い人間、今は半怪人。

 

 ミヤコがギンジの身体、主に肩に体重をかけて少しだけ身長を落とす。

 

 具体的には中腰にさせる。

 

 (たはーっ俺もかーい!)

 

 中腰になった事でギンジも心の中で、自分にツッコミを入れる。

 

 「それで・・・えっと、痛くしないから目を閉じて欲しいなぁ〜くふふ『ふふふふふ』・・・」

 

 最後の方だけ、わざと笑っている様に感じたが、今は聞き流す事にする。そもそも目を閉じると言う単語が、一気にギンジの不安を駆り立てる。

 

 「・・・〜〜まぁ、出来る事ならなんでもするって言ったしな。いいぜ、新しい細胞でも力でも、注射でもなんでも来い!」

 「くふふ、ありがとう・・・」

 

 今からミヤコがギンジにする事は、きっと誰にも言えない事になるだろう。

 

 それと合わせて、ミヤコは・・・あの時攫われる瞬間に言おうとした事を、今ここで伝えようと、目を閉じるというハンデを持ったギンジに、全部を伝えようとした。

 

 ある一つの行動と合わせて・・・。

 

 「・・・〜〜んっ」

 

 瞳を閉じたギンジの顔が、ミヤコの理性を打ち砕いてくる前に、ミヤコも瞳を閉じた。

 

 そしてギンジにした事は・・・。

 

 「・・・!?」

 

 襟首を掴んだミヤコが、ギンジが離れないようにする為に震える手でギンジを逃さないという意思をもたせながら、ミヤコはついに自分が造った最強の怪人の唇を奪った。

 

 長く、しかし短く、初めてのキスを、甘く、苦く、堪能した。

 

 頭の中でミヤコの全てがスパークしそうな勢いで、閉じた瞳が明滅しそうな程に、狂おしく愛おしい感情が全て全身を駆け巡る。

 

 

 鈴村ミヤコと言う少女は

 

 初めは愛を知らず孤独だった

 

 その少女は恐怖を知り

 

 他人を愛する事を学び

 

 必要とされる事を理解して

 

 彼の下に帰りたいと願った

 

 だけど、離れ離れになり

 

 本当の恐怖の意味を理解して

 

 こんなにも助かりたいと願った

 

 そして、彼女に救いの手が差し伸べられた

 

 佐久間ギンジという、怪人の手によって、鈴村ミヤコが今

 

 本当の本物の愛を知った。

 

 唇を離して、ミヤコが何よりも嬉しそうな表情でギンジのサングラスを外す。

 

 開けた視界で、ミヤコからのキスを受けたギンジが、何も喋れずにミヤコの嬉しそうな顔を見て心臓が跳ねる程に鼓動を早めている。

 

 音が誰かに聞こえそうな音が・・・。

 

 何かを言おうとしたギンジに、ミヤコはタイミングを合わせたかの様に、愛している男に向けて言葉を告げた。

 

 「君が大好き。本当に愛してるよ、ギンジ君・・・でも、答えはまだ先でいいからね?くふふ」

 

 ミヤコ然り、全ての女性然り。

 

 (俺、やっぱり女の子には勝てないなぁ・・・)

 

 初めてのキスを嬉しく思うのと同時に、ギンジはくらくらとする頭に必死に理性を保ちながら、二人で祝勝会に戻るのであった。

 

 

続く

 




お疲れ様です。

ついにメインヒロインの一人が主人公にキスしやがりましたね。許せん

でもいつかはこうなるって決めてたのだから、これで良いのだ!

キャラネタ書きます

鈴村ミヤコ
ついにギンジとキスした。次は・・・本番か!?

佐久間ギンジ
ミヤコにキスされた。
柔らかく、それでいてなんとも言えない優しさを感じた。

神宮カエデ
ギンジに一応告白した。だけどまだ答えは保留で良いと言わせた。多分、こうなるって知ってたけど、ミヤコにチャンスをあげた。これでも優しさがあるから、ミヤコを仲間と完璧に認めた事もあって、泣いてはいないが倉庫から出てきていない。ワインは八つ当たりで壊した。

赤鬼/レン
二人して神宮亭に大損害を決めた馬鹿者二人。

・・・

さてさて、長かった中盤もついに終わりを迎えて、物語は終盤!
ワン○ースで言うなら、ワ○国終わりぐらい
ハイ○ュー!!で言うならビーチバレーはじまったぐらい
エアマ○ターで言うならバトルロワイヤルが始まったぐらい

でもまだまだ物語は続きます!100話の大台は見えている!
この物語とももう少しだけお付き合いいただければと思います!



それではまた次回!応援、コメントいただければ幸いです!


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終盤の始まり
90・敵同士の覚悟を持って


こんにちはアトラクションです

花粉症に毎日追い詰められています。本当にちゅらい。

ちゅらしゅぎて、ちゅらくって、まじでちゅらい。

なんかくしゃみ凄くって、止まらなくってェ・・・

今回のお話から終盤のスタートです。
それでは、どうぞ


 

 ドクターミヤコが大幹部柏木タツヤぼ手によって連れ攫われた時、私は自分の中で何かが動いた気がした。自分の母同然の存在が、愛する者の眼の前で距離を離され、独りにされる恐怖なんて考えるだけでも心臓が張り裂けそうだった。

 

 「ブヒ・・・」

 

 額から流れ出る汗を拭いながら、私はいつもの軍帽をかぶり直して、明るくなる空を遠く眺める。

 

 ドクターミヤコはいつだって聡明で、賢く素晴らしい頭脳の持ち主。そんなお方がいつもの冷酷さと落ち着きを無くす要因・・・具体的に言えば【女】になる瞬間とその直接的な原因。

 

 それは佐久間ギンジの存在。

 

 本来の名前などどうでも良いが、ドクターミヤコが造りあげた怪人研究における最高傑作・・・通称、進化の怪人。

 

 あの男が現れた事で、ドクターミヤコは変わられた。

 

 元々美しかったが、心の拠り所を見つけたドクターミヤコが、更に美しい笑顔を見せる様になった。

 

 ギンジと共に居れば常に笑い、常に艶のある顔を見せ、人間の恋と呼べるモノが良く解る。

 

 艶のある黒髪を揺らして、メガネをかけた顔に明るさを取り戻し、怪人開発と研究のエキスパート。いつもの黒いセーラー服も、今は柏木大幹部が用意したのか、純白のウェディングドレスになっている。

 

 だが、その身体の一部だけでも露出しているドクターが、あのギンジとの再会を果たして、心の底から嬉しそうにしているお姿を見れば、この再会において、最早二人の会話に入る事は許されていない。

 

 「ブヒ・・・」

 

 私は自分を造って下さったドクターミヤコの幸せ、それだけを願って動いている。あのお方がが一声かければヘヴンホワイティネスも、ヘルブラッククロスも排除する。

 

 実際そんな事は命令されないが、言われれば確実に動く。

 

 だが・・・しばらくはそんな必要もなさそうに見えていた。

 

 「くふふふ、ギンジ君・・・」

 

 ドクターミヤコは進化の怪人こと、佐久間ギンジが救出を果たし、当たり前だが柏木タツヤも撃破した。

 

 そうして我れらが母であるドクターミヤコとギンジは再会を果たした。

 

 「あんな幸せそうな顔をされるとは。助けに向かった悔があった」

 

 そうだ。

 

 ドクターミヤコが幸せならばここまでの戦いに赴いた事にも意味が産まれて、助けた事が有意義になる。

 

 敗れた軍服の破片をちぎりながら、私は登り行く朝陽をもう一度その視界に入れては、最後にもう一度ドクターミヤコに視線を動かす。

 

 ドクターミヤコが幸せな笑みを浮かべて、ギンジと共に居るのであれば、もう私がこの場に居る必要は無い。後の事・・・この街の修復や、このホテルの修復はヘヴンホワイティネス達に任せるとしよう。

 

 ま、特別な意味は無いがこのホテルのマッサージチェアは、私の好みだからな。早めに直してもらいたいモノだ。

 

 豚の鼻も乾きそうな程の夏の熱気がやって来そうだと、この夏という季節に身を置いてしみじみ感じる。

 

 ギンジ達が私に声をかけるまえに、ここを離れよう。母の幸せに、この様な豚の姿があるのはきっと納得が行かないだろう。

 

 (それでは、しばらくのお別れです。ドクター。私は貴女の幸せを願っていますよ)

 

 心の中・・・怪人の私が自分で言うのも意味不明な事だが、とにかく心。その中で私が敬愛するドクターへの言葉を告げて、私はホテルから、ギンジ達から離れる様にしてこの場所から姿を消す事にした。

 

 ブヒ、ブヒ、ブヒ。

 

 歩きながら鼻から声が漏れる。

 

 呼吸の様に出てくるこの声を垂れ流しにしながら、私はいつもの人工の迷路となっている繁華街の路地裏へと戻るのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「あれ・・・オークは?」

 

 ミヤコを助けた事と柏木タツヤの撃破による完全勝利ムードを保ちながら、神宮家の車で帰還する傍ら、ミヤコがギンジにくっつきながら自分の優秀な側近の存在が居ない事を確認する。

 

 今ギンジ達を運んでいる車は長く黒塗りの高級車・・・いわゆるリムジンと呼ばれる車で、それぞれくつろぎながら神宮亭に戻っている。

 

 カエデだけは実の父親であるソウジロウと共に別の車に乗っている様で、今のミヤコを邪魔する存在はここには居ない。

 

 「そう言えばオークの奴って、気がついたらどこかに行ってるよな。サン・アンフェールとかと戦った時も気がついたら居なかったし」

 

 戦いが終われば多くは語らず姿を消すオーク怪人に、ミヤコはほんの少しだけ唇を尖らせながら、窓を眺める。

 

 「くふふ・・・オークにもお礼言いたかったな」

 

 ミヤコが無事に救出出来たのは、ひとえにオーク怪人も協力してくれたのもあるだろう。ギンジもそれは同じ思いであり、梟の怪人に邪魔される事も考えたら、オーク怪人の功績はあるだろうか。

 

 「あいつも何も言わずに消えるんじゃなくて、俺たちと一緒に飯でも食えばいいのになぁ」

 

 素直に協力者という関係を超えて、すでに仲間同然の扱いをしているギンジにミヤコも激しく同意しているのか、首を縦に大きく降っている。

 

 「うんうん、そうだよね。ギンジ君はかつて命のやりとりをした怪人とも仲良く出来るなんて本当に素晴らしい怪人だ。わたしの最高傑作なだけあるよ、くふふ」

 「お褒めに預かり光栄だね。それで、ミヤコ、お前は今何をしようとしているんだ?」

 

 オーク怪人の事は一旦置いておく事としたギンジ。放っておいても彼とはまた再会するだろう。怪人同士よくある事だ。それもミヤコにまつわる事なら間違いない。

 

 それはそれとして、ミヤコが今行っている行動にギンジは微笑みながら怪訝な顔をしている。

 

 「え?何って、左手の薬指をですね・・・」

 

 ミヤコが今行っている行動は、ギンジの左手の薬指をその小さな手で、優しく握りながら、同じく自分の左手の人差し指と親指で、ギンジの薬指を上下で挟む様にして往復させている。

 

 その指の動きが何故かとてもいやらしく見えて、そして少しくすぐったい。

 

 「指輪を嵌める練習しようかと思って・・・」

 「・・・?」

 「あ、違うモノを嵌める練習する・・・?」

 「・・・一応それが何かを聴いておこうか」

 「えーと、ギンジ君がわたしを「よし!もういいぞ喋るな」

 

 ミヤコが何を言うか既に解り切っていたが、会えて聴きたくなってしまったのはギンジ自身の悪い所である。

 

 でも内容は解ったが、それは今からするのでは少し早すぎる。それだけは止めておかないと、またミヤコが暴走してしまう。

 

 「くふふ、冗談だよ。ま、いつかはそうなるかも知れないけどね」

 「・・・かもな」

 

 今までのギンジとは違う態度と声に、ミヤコはふと鼓動が高まる。

 

 「へぇ、否定しなくなったね。いいよ、今すぐわたしを愛しても」

 

 言いながらミヤコは自分の仮の洋服となっていたウェディングドレスを引裂こうと、その両手に力を込めるが、ついに黙っていた赤鬼とミドリコがそれを止めに入る。

 

 「くふー!離しなさい!今からギンジ君とぷにぷにでコリコリの誘惑の世界に行くんだーー!」

 

 ぷにぷにでコリコリとは一体何の事を話しているのかはミヤコにしか分からない事だが、その世界の誘惑に向かわせない為に、ミドリコが暴れる少女を抑えている。

 

 「姉さん、流石に駄目だって!言い訳できなくならァ」

 「くっ、久しぶりに会ったと思ったら相変わらずだな。安心したけど、流石にだめだぞミヤコ!」

 

 いい加減この暴走だけはさせては行けないと、誰もが思った瞬間、ミドリコと赤鬼の顔の間をすり抜ける様にして、ミヤコの瞳の前に突き出た、蒼白い光が瞬時にミヤコの視界に広がっていく。

 

 「おとなしくしないと、私も、怒るかも・・・」

 

 虎の様な鋭い眼光と、引き抜かれたビーム剣、そしてその後ろでアワアワと驚いているケイタ。

 

 「おとなしくして・・・ね?」

 

 皆疲れている中、こんな事で暴れられてはレンも報われない。

 

 「はい・・・」

 (今度からレンにミヤコの暴走を止めてもらうか・・・)

 

 レンの迫力にビビってしまったミヤコは荒れた髪の毛を直しながら、再びギンジの隣におとなしく座り、帰路を走るリムジンに揺られていくのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 その日の夜。

 

 新怪人四天王が三名ロスト。その報告を読んだドクターパープルは、ある場所に脚を運んでいた。

 

 「ふむ、ドクターミヤコは無事に救出され、変わりに我々は貴重な戦力を三名失った、と」

 

 暗闇が全てを静寂に包み込む夏の夜。その光の無くなった道を歩きながら、ドクターパープルは繁華街の喧騒を遠く聞き入れながら、人工の迷路を決まった道順で歩いていく。

 

 目的地は2つ。

 

 一つはヘルブラッククロスのアジトとなる本部への帰還。

 

 もう一つは・・・。

 

 「おや、もう帰っていたのかい」

 

 路地裏迷路を決まった道順で歩くとたどり着ける最奥。そこを根城としているのは、かつての友であり家族でもあり、今は敵となったオーク怪人の姿があった。

 

 「相変わらず孤立しようとしている様子だが、そんなのでは到底ドクターミヤコをお守りする事は出来ないのではないかね?」

 「ブヒ。余計なお世話だ。そもそもあのお方お守りするのは、この世でたった一人だけだ。お前も知っているだろう」

 

 紫もオーク怪人もお互いに嫌味を込めた口ぶりに、一気にこの場の雰囲気が悪くなっていく。

 

 「ところで何の用だ?決着でもつけに来たか?」

 

 重苦しい空気感の中で、オーク怪人が拳を握る。かつて仲間であっても今はもう敵なのだ。殺意を込めた拳とそのにじみ出る闘気が、紫を少し押し込む様な感覚さえ感じる。

 

 「そうだ、どうせ孤立していると思ってね。これを見せに来たんだ」 

  

 そうだとしても、紫も師であるドクターミヤコと同じく大幹部。それだけの気迫を見せるだけでは動じたりはしていられない。

 

 「ブヒ・・・なんだこれは」

 

 紫が取り出したそれは、小型のカメラによる撮影機能を搭載したドローン。それが撮影したある映像をオーク怪人に見せる。

 

 「いくら敵同士とは言え、フェアでは無いと感じたのでね。これを見せる事にしたよ」

 

 紫のくぐもった声の中には、どこかかつての友を大切しようとしている様な、僅かな心使いが感じ取れる声を出していた。

 

 紫の思惑は解らないが、オーク怪人はそのカメラが撮影したであろうモノを見ようと投影機能を動かす。

 

 するとそこに写し出されたのは、ミヤコがギンジへキスをしているという映像。

 

 ついにミヤコが一つの本懐を遂げた様な行動の1場面に、オーク怪人は感動してしまった。

 

 きらびやかな瞳になるオーク怪人に、紫が仮面の奥で声を震わせては肩も上下に震わせているように見えた。

 

 「ドクターミヤコをこれからもお守りしろ。それはお前とギンジにしか出来ない事だ。そして私はこれからもヘルブラッククロスの大幹部として、お前たちを排除しに向かう。ドクターミヤコがそうあれと願ったのだから、我々に残されている道はそれだけだ」

 

 紫の冷たくも震えた声音は、オーク怪人の胸に突き刺さる様な感覚に陥らせて、少しだけ悲しくなりそうな気分にさせた。

 

 「これから我々はより大きな行動を起こす為に、決戦兵器の開発を勧めている。オーク、君もドクターミヤコも、

そしてヘヴンホワイティネス、正義連合、この世界に生きる全ての生命・・・それらが全て地獄に飲まれる大きな大きな作戦の始まりを告げる兵器だ。あまり悠長にはしていられないと、覚えておくんだね」

 

 紫が最後に一息でそれだけ告げると、オーク怪人の返事を待たずにその場所、路地裏の最奥から歩き去っていった。

 

 「ブヒ。まるで、守れるならずっと守っていろ、そう言いたげだな、紫」

 

 かつての友の背中は見たことが無いくらい、巨悪のオーラに染まっていて、そして確実にこの真夜中に取り込まれるにふさわしい死神の様な雰囲気も持ち合わせていた。

 

 「・・・必ず、この命に変えてもドクターは守ってみせる。それが・・・」

 

 それが・・・敵同士になると誓ってしまった、二人の旧友の願いであり、目標。

 

 ドクターミヤコの為に、都合の良い敵となり、また味方ともなる。

 

 彼女の果てしなく深い考え方には、尊敬すら覚えている二人は、そのまま言葉を交わす事なく、暗闇に溶けていった。

 

 「・・・もう一度観ておこう」

 

 もう一回ミヤコとギンジのキスをしている映像を観て、オーク怪人は覚悟を持ち直す事にしたのであった。

 

 

 

続く 

 

 

 

 




お疲れ様です。

今回は終盤の始まりということもあって、少し短めのお話になりました。

ギンジ達は果たして、未来を変えられるのか
そしてゲームとは違うハッピーエンドを迎えられるのか
ヘルブラッククロスを倒しせるのか!!

そこまで共に行きましょう。

キャラネタ書きます

オーク怪人
特に意味は無いけど、戦いが終わったらとりあえず姿を消していた。ミヤコとギンジの為、みたいな適当な理由をくっつけては居るが、実は典型的な陰キャタイプ。大人数で遊びには行かないタイプ。
チーズ豚丼とかが好み。


ギンジとミヤコのキスシーンを盗撮していた。盗撮は犯罪です。決してマネしないでください。

鈴村ミヤコ
ギンジ君大好きすぎてぷにぷにでコリコリの誘惑の世界に向かおうとした。具体的な内容は伏せておきます。

佐久間ギンジ
ぷにぷにで・・・コリコリ・・・????

・・・

さて次回はリコニスの主役回となります。ハチャメチャな物語ですが、どうか最後までお付き合いください!それではまた次回!


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91・監獄襲撃・1

皆様こんにちは、アトラクションです

今回執筆や投稿が大幅に遅れて申し訳ございません。

仕事が忙しいしか理由が無く、家に帰ってもゲームやる時間も執筆する時間も無い程に疲弊する毎日を過ごしておりました。

ただ、もう少しで夏休み期間に入るので、まぁまぁ執筆のペースも取り戻せると思います。

それでは、どうぞ!


 どこにも窓はなく、どこにも光が差し込む事もなく、ただただ暗くて狭くて、空気の籠もったコンクリートと鉄で区切られた部屋で、柏木タツヤは拘束されていた。

 

 椅子に座らされ、麻のローブで纏められた拘束具。

 

 腕は一ミリも動かせず、交差させながら両肩につけられてガチガチに固定されている。

 

 膝も曲げられず伸ばしきっては、付け根、腿、膝、脛、足首と、拘束のリングをかけられて一歩も動き出す事が出来ない有様。

 

 更には自殺防止の為か、口をあけさせる猿轡を取り付けられている。

 

 ヘルブラッククロスの大幹部でもあり、公安警察の席にも座っていたこの男には、最早まともに更生させる事は不可能だ。ならば法が取った柏木タツヤの処遇は・・・処刑。

 

 (悪くない人生でしたかね)

 

 今更組織の誰かが自分を救出しに来る事なんてきっと無いだろう。

 

 大幹部でありながら、新怪人四天王を全滅させ、作戦も失敗。

 

 それどころか、組織の怨敵であるヘヴンホワイティネスとの戦いに、タツヤは敗れた。敗れて、ギンジ達から奪った何もかもを奪い返された。

 

 佐久間ギンジという存在の力の大きさは、タツヤが知る限り最高のモノで、ヘルブラッククロスの今後の未来においては絶対に必要となる、圧倒的な力。

 

 自分が操る瞬間移動や、特別に改造した三つ揃いの見た目の、パワードスーツでも彼には敵わなかった。

 

 

 (素晴らしい実力でしたが、敵、なんですよねぇ)

 

 ドクターミヤコの造りあげた最高傑作。それが佐久間ギンジこと、進化の怪人。

 

 そんな怪人に敗北した事が、ミドリコによる逮捕のきっかけとなる。

 

 そして柏木タツヤはこの凶悪犯罪者の集う巨大な監獄へと連れてこられた。

 

 (わたくしが逮捕状を出した人に、逆に逮捕されるなんてね・・・)

 

 皮肉が効いた状況に、タツヤは少しだけ馬鹿らしくなる。もう少しで、自分が勝っていたのに。

 

 あと少しで・・・。

 

 敗北の満足感と、組織としての悔しさを混ぜ合わせながら、タツヤは暗く光を通さない真っ暗な天井に視界を動かした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 虹層作市(にじそうさくし)

 

 度固化市から南に進んで、2つ山を超えた先にある街。

 

 規模としては度固化市同様、東西南北に中央を加えた、とても大きな街。

 

 北に行けばテーマパークや、レストランの並ぶフードエリア。

 

 南に行けばセレブの集う高級住宅街エリア。

 

 西に行けば様々な学業を専門とする学校や、小、中、高、大学が無数に並ぶ学生エリア。

 

 東に行けば普通の住宅街と、普通の暮らしが出来るビルエリア、住宅街エリア、お食事の場所等が並んでいる。

 

 特にこれと言った大きな悪行も並んではいないし、平和な環境が揃っている。悪の組織もこの街には存在していないのだ。

 

 しかし他の街とは違い、この街は大きな特徴を持っている。

 

 それは中央の街全体が、大きな刑務所になっていると言う事。

 

 警察や法律関係の従者が集い、ここで暮らしている。

 

 街と一言言っても、巨大な刑務所が形成された異様な光景を隠す為に、この周辺に街を創り、人を集めていつしか平和の街の象徴としてこの虹層作市が出来上がっていた。

 

 こんな街では中央の警察達がすぐに行動に出るために、悪事を働こうと思って大きな犯罪者が目立つ事も少ないのだ。

 

 「〜♪〜♫」

 

 その中央の街でサマーカーディガンを着用した瓶底眼鏡をかけた少女が、鼻歌を周りに聞こえる様にして大股で歩いている。

 

 翻るスカートの中が見えようと、お構いなしに脚を上げて強く一歩ずつ歩き続ける。

 

 見た目は学生服のどこにでも居そうな陰キャ女子と言った雰囲気のあるこの少女は、後ろに学ランを着用した長身の男子学生もその少女に続くように歩いている。

 

 「畑中先輩」

 

 学ランの男が低く落ち着いた声で、半歩前を歩く少女・・・畑中リコに声をかける。

 

 「な〜に〜爆ちゃん」

 

 爆ちゃんと呼ばれたリコの後輩は、襟を正す様にしてリコに隣を歩き、先輩がどこに向かっているのかを聴いてみる事にした。

 

 「先程から目的が見えません。何をしているのですか?」

 「え〜視察〜?とかいう理由だったら、爆ちゃんは納得する?」

 

 短めに剃りあげた短髪を手で撫でる様にしながら爆ちゃんは、リコの言葉に苦悩する。相変わらずこの人は何を言っているのかわからない。

 

 同じ生徒会に所属し、同じ学校の生徒なのだ。

 

 もっとちゃんとした内容で自分に話してほしい。

 

 「視察ってなんの視察ですか?」

 

 後輩として態度は崩さないようにしながらも、爆ちゃんはリコに質問をしてみる。この際何を言おうとも、言われようとも、爆ちゃんの納得する会話なんて来ないのだから。

 

 「ん〜例えば・・・あの巨大な刑務所とか?」

 

 リコが指を指した先に見えるのは、左右のビル群に挟まれた向こう側に、白く丸いドーム状の建物。

 

 その建物のど真ん中には日本の警察のマークが巨大なレリーフとなって、建物の入り口の真上にセットされている。

 

 「監獄刑務所じゃないですか!学生で視察とか出来る訳ないじゃないですか!」

 「やっぱり爆ちゃんもそう思う〜?」

 

 適当に見えても眼だけは真面目に刑務所を見ているリコに、後輩の爆ちゃんは頭を抱えている。

 

 「あのでも・・・中に入って、色々お勉強させてもらえるのは出来るのでは無いでしょうか?」

 「あ〜それだ!頭いいねぇ〜」

 「いえ・・・」

 

 リコに褒められると素直に嬉しいのだが、それを照れ隠しで邪険な態度で返す。

 

 「んっんっー」 

 

 次にリコが喉を鳴らす。

 

 その次は親指と中指をこすり合わせて、パチン、パチン、と二回指を鳴らす。

 

 「・・・?」

 

 爆ちゃんのすぐ近くで何か不穏な空気が動いたのを感じたが、リコが袖を引っ張った事で元に戻る。

 

 疑問に感じたのはリコのこの謎の行動についてだ。視察と称した刑務所への社会勉強もそうだが、喉を鳴らしたり、指を鳴らしたり。

 

 あと鼻歌も歌っていた。一体何をするつもりなのだろうか。

 

 「計り知れない・・・」

 

 この人の行動や頭の中で考えている事は、所詮一年生の自分にはわからない。

 

 一先ずは彼女の言うとおりに、付いていこう。きっと何かものすごい事を繰り広げてくれるかも知れない。それが自分の勉学に取っては、とても有意義な事になるかも知れないのだから。

 

 学ランの襟を再度正して、爆ちゃんはリコの後ろをついて行くのであった・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 「今指を鳴らしたよね」

 

 半ズボンと短髪、そして蛾の羽を背中に生やした活発な少年の様な見た目をした怪人が、ビルの屋上で無邪気に微笑む。

 

 何も遮るモノの無いビルの屋上では、誰かに目撃されてしまったら、怪人にとっては余計な騒ぎを炊きつける原因にもなる為、普段ならこんな場所には集まらない。

 

 でもそれはあくまで怪人としても素性が知られてしまうからだ。

 

 「オヒョヒョヒョ、あっしらも行動を開始しますか」

 

 少年の様な怪人、毒蛾の怪人の横で無数の触手を取り出しながら、宇宙人の様な見た目をした触手の怪人が青空の下で、サングラスをかけなおす。

 

 怪人達は本来その見た目を隠して行動するには、ソレ相応の変装や、コンテナに隠れた襲撃等をして目的地に向かう事がほとんだ。

 

 だが最近になって一般市民に怪人とバレるのは、怪人の能力とか見た目ではなく、瞳が人と違う事が原因だと言うのがドクターパープルの研究で判明した。

 

 実際にサングラスをかけるだけで、鏡に写した自分の姿が本当に人間そのモノの顔である事が解った時、触手の怪人はおおいに喜び、龍の怪人と共に触手でクリクリしていた。

 

 「チワワそろそろ出撃したい。わんわんハッハッハ」

 

 犬の舌を出しながら真夏の暑さにやられながらも、不気味に膨張した筋肉を見せつけるのは犬の怪人。彼もまた犬の頭に装備出来る様に改良されたゴーグル型のサングラスを装備しており、相変わらずもっこりしたブーメランパンツがその存在感を醸し出している。

 

 「ホッホッホッ・・・怪人大集合ですね。とても楽しみになってきましたよ」

 

 しわがれた様な声にほんの少しの丁寧さを入れた、紐の怪人もこの屋上に来ており、今現状監獄を視察している大幹部の支持を待っている。

 

 一体どこが表でどこが裏なのかわからない、棒人間の見た目をした紐の怪人だけはサングラスを装備出来ず、変わりに一本のロープみたく巻きつける様にして龍の怪人の腰にかけられている。

 

 そんな龍の怪人はいつものカーゴパンツに軍靴、黒いタンクトップという出で立ちに、伸びた髪を一つに束ねた女軍人の様な印象がある。

 

 整った顔立ちに険しく硬い顔をしているが、サングラスを合わせる事で更に怖い迫力を見せてくる。

 

 『全員準備は整ったかしら』

 

 それぞれの怪人達・・・。

 

 触手、毒蛾、犬、龍、紐。

 

 屋上にたむろする怪人達の手元に持っている手鏡から、透き通る声が全員の耳に入ってくる。

 

 それぞれが手鏡を顔の前に持ってくると、そこには自分の顔ではなく、鏡の向こうに白い包帯で眼を隠した鏡の怪人の姿があった。

 

 プラチナのカラーにした髪色に、オフショルダーの羽衣、まるでボンテージのようにも見える身体に巻きつけられる様な衣装は、身体の美しさ、女性としての見た目に悪い印象をもたせる様な見た目をしている。

 

 総統の寵愛を受け、総統の欲望に為されるがままの彼女は、今は怪人四天王の最後の生き残りである。

 

 『そちらに大幹部のリコニス、機械の怪人と──の怪人が向かっているわ。なんとしても監獄刑務所に侵入して、柏木タツヤを連れ戻して来なさい。これは総統の命令でもあるわ』

 

 総統の命令。それはヘルブラッククロスに所属する者であれば何よりも優先される事であり、何よりも大事にしないと行けない絶対の言葉。

 

 「監獄刑務所にはリコニスはついて居るのかね?あっしはあいつ嫌いなんだよなぁ」

 「チワワもあいつ嫌い。なんか臭い」

 

 触手の怪人と犬の怪人が二人してリコニスの悪口を言う。

 

 「さっき指を鳴らしてたよ。もうすぐあそこにつくんじゃないかな?」

 

 あどけない表情で毒蛾の怪人が白いドームの方角へと指を指す。

 

 『刑務所に到着したら、柏木タツヤを見つけるまで好きにして良いわ。意味は解るかしら?』

 

 鏡の怪人の余裕たっぷりな笑みを乗せた言葉に、怪人達は各々悪辣な笑い声を返す。

 

 「そういやこの刑務所って、過去ヘヴンホワイティネスや退魔警察、あと魔法少女やらが倒した犯罪者とかが居ますよね?あれらをもし見つけることが出来たらどうしたら良いですか?」

 

 吸盤と瘤がたくさんついた触手の先端を揺らしながら、触手の怪人が一つ考案を飛ばしてみる。すると鏡の怪人の表情は一切変わらず、鏡の破片を一枚上げて、触手の怪人にその先端を見せつけた。

 

 『ヘルブラッククロスに忠誠を誓うのであれば抱き込みなさい。でも個人の自由を求めて我々に邪魔をしようとするならば・・・』

 「・・・殺して良い」

 

 鏡の怪人の言葉には意外にも龍の怪人が反応した。

 

 今回の作戦は総統の命令通り、柏木タツヤを奪還すると言うモノ。敗北を許されない立場に立つ彼をどうするのかは、総統にしかわからない事だ。

 

 ただこの場に立つ怪人達は、言われた通りに行動すれば良い。

 

 邪魔をする者が居るのであれば殺す。

 

 目的を達成出来なければ、全員殺される。

 

 「ホッホッホッ・・・。我々ならば失敗する事は無いでしょう」

 

 紐の怪人が笑うと、全員も緊張感を無くす。そもそもここ、虹層作市には正義の志を持つ様な存在の反応は発見されていない。

 

 だからリコニスもああやって日常の姿のままでありながら、今回の敵陣の近くまで突き進んでいるのだ。もしそういった存在が居れば、真っ先にリコニスの正体がバレて、既に交戦が開始されている筈だ。

 

 今現状それが無いのであれば、ここに自称正義のヒーローの存在は無いと言う事が明確だ。

 

 敵が居ないのであれば、好都合だ。

 

 『それなら、リコニスの次の合図で行動を開始しなさい。次の合図は──』

 

 鏡の怪人がそれぞれに指示を下そうとした瞬間、ドームの方では一つ大きな爆発が起こった。

 

 真夏の白昼堂々の中に鳴るには、あまりにも大きな爆発の音。

 

 『ああ、合図が飛ばされたようね。それではお願いね。必ず柏木タツヤを奪還しなさい』

 

 鏡の怪人の指示が終わると手鏡が音もなく割れて行き、怪人達の足元に崩れ落ちていく。

 

 「それじゃ、やるしかないね〜」

 「・・・行くぞ」

 

 毒蛾の怪人と龍の怪人が、煙の巻き上がるドームの方を睨み、ビルの下に盛り上がるどよめきと喧騒が耳に心地よい。

 

 「チワワ、柏木の事嫌い。あいつ蒸れた匂いしそう」

 「どっちにしても、邪魔するならサクっとやっちゃいやしょう」

 「絶対に逃してはいけませんよ・・・!」

 

 今の柏木タツヤには異質な怪物(恐怖の象徴)が居ないのだ。例え特殊能力を使われようとも、この怪人の数ならば確実に殺せるだろう。

 

 抵抗するなら殺せば良いし、抵抗しないなら総統の下につれていく。

 

 そもそもリコニスが居る以上、抵抗なんて無謀だろうが・・・。

 

 「爆発が合図ってなんだか興奮して来るなぁ」

 

 毒蛾の怪人が楽しそうに言うと、触手の怪人もニタニタと微笑む。

 

 「でも一番興奮するのは、なんの罪も無い一般市民を絶望のどん底に叩き落とす事だよね」

 

 触手の怪人が毒蛾の怪人に同調する様に言うと、犬の怪人も大四股踏みをしながらその内容に賛同する。

 

 「間違いない。わんわんおー!」 

 

 二度目の爆発が大空と街に響く。その二度目の轟音が鳴ったと同時に、屋上に集まった怪人達も行動を開始した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「タスケテー。犯サレチャウー」

 

 爆発の音が聞こえた瞬間、中央の街はより大きな混乱に抱きしめられていた。

 

 街中の人々が混乱し、または呆然としている中、カーディガンを来た女子学生が一人首根っこを巨漢に掴まれていた。

 

 瓶底眼鏡にはヒビが入りながらもまだメガネの形をなしている。

 

 リコの首を掴んでいる巨漢は、黒いコートの様な出で立ちをしており、髪は逆立って居る。

 

 肌の色は仄かに赤く、瞳の色は・・・黒く、赤い。

 

 「そ、その人を離せ!」

 

 一人の警官が拳銃を構えるが、巨漢は何も動じない。それどころかリコを盾にして拳銃を撃てない様にさせている。

 

 「ワータスケテー、コワイー」

 「・・・」

 

 リコの方も特別怖いと思う様な顔をしておらず、それどころか自分達を囲む警官隊の数を確認している様な眼の動かし方をしている。

 

 「・・・ん〜もういいよ」

 「御衣」

 

 リコが静かに言うと、巨漢も静かに返事を返す。

 

 リコが演技をしている生活の中で、さらに怯えた演技をするのが嫌になったのか、あっけらかんとした口調に戻る。

 

 それと同時に警官達の数も確認出来た事で、とりあえずのドーム突撃の手はずは整った。

 

 「じゃあ、もう殺っちゃって良いよ、爆ちゃん」

 

 リコの狂気に満ちた笑みを見た警官達が、何かの異常に気づくが、もう遅い。

 

 警官達が少女の姿に夢中になっている隙に、巨漢が警官の視界に広がる様にして現れる。そして大きな手のひらで頭を掴むと・・・。

 

 ボッ!

 

 警官一人の頭部が瞬時に爆発し、首からしたが力無く床に倒れる。

 

 「・・・この腐れチ○ポが。誰に向かって銃を向けていやがる」

 

 爆ちゃんと呼ばれたどうみても怪人のその男の名前は、爆撃の怪人。

 

 触れたモノを爆弾化させ、即時爆発も可能なフェーズ2の怪人。

 

 覚醒して間もなくリコニスの通う学校に、人間として送り込まれた為に、彼はリコを先輩と呼ぶ。そして、大幹部であるリコニスに忠誠を誓う怪人でもある。

 

 「うっ・・・」

 

 警官の一人が拳銃を降ろさずに警戒体制に入るも、爆撃の怪人が足元の死体を掴んで警官隊の群れに投げ飛ばす。

 

 すると警官隊の列に入るのと同じタイミングで、肉体を爆散させて辺り一面に複数人の肉片飛び散る、地獄絵図を完成させる。

 

 「動くな!止まれ!」

 

 背後に揃っている警官達もそれぞれ特殊な拳銃を装備している様子だったが、そんな拳銃の銃口達が、横から振り回された黄金の線によって全て斬り崩されていく。

 

 「ほらほら〜逃げないと、殺されちゃうよ〜?」

 

 黄金の線の正体は、先程の少女・・・だった者だった。

 

 黄金のショルダーアーマー、黄金のレガース、黄金のアームガード。

 

 そして黄金を地肌に触れさせないように、ラバー性のインナーを着用し、臍の出たスタイルの良い身体を全面に押し出している、少女の姿。

 

 「ま、逃げても殺すんだけどね〜・・・」

 

 真ん中に立つ警官の左右では、爆撃の怪人が瞬時に爆殺を達成させて、警官の横顔に血液が張り付く。

 

 「へ・・・あ、あああ!!」

 「動きを止めるつもりならさ、さっさと攻撃、しないと私達を止めることは出来ないよ?」

 

 リコニスが黄金の刀を最後に生き残った警官の腹部に、スッと突き刺しで手元に血液がぬるりと流れてくる。

 

 「逮捕するつもりなら、尚更・・・ね?」

 

 意識が遠のいて行く中で、警官の瞳が閉じられていく。

 

 もうそこにリコニスと爆撃の怪人の声は聞こえていなかった。

 

 「さーって・・・」

 

 溜まりに溜まったフラストレーションを開放する時が来た。

 

 リコニスが黄金の刀を肩に抱えながら、白いドームの入り口の近くにまで歩を進めた。

 

 きっと学生服のままではこのドームに近寄る事も出来なかった事だろう。

 

 そして街の方は、爆撃の怪人が触れた店、電柱、建物・・・全てが同時に、同じ時間で、同じ時期に一斉に爆発を迎えていた。

 

 ドームへの攻撃は機械の怪人が行い、街の混乱を招く行為は、爆撃の怪人が行い、そして刑務所への突撃はリコニスと他の怪人達で襲撃を開始する。

 

 「あと数分もすればこの街もニュースに乗ることでしょう。急ぎましょう、先輩」

 「そうね〜。ギンジちゃん達もこっちに来ないかしら?」

 「噂のヘヴンホワイティネスですか。今ここに来られても厄介なだけでは無いですかね?」

 

 爆撃の怪人が近くにあったバイクに触れて、爆弾化が完了させると、刑務所の入り口に向けて爆弾を投げつける。

 

 あのヘヴンホワイティネスが我々ヘルブラッククロスの邪魔をしに来ても、この爆撃で全部片付けられる。ギンジと呼ばれている男についても、爆撃の怪人なら勝てる。

 

 自分ならば絶対に勝てると、混迷極める中央の街で爆撃の怪人はリコニスの半歩後ろを歩いていく。

 

 「ここに来るのがギンジちゃんだけなら良いのにな〜」

 

 言いながら刀を振り回して、ドームから逃げてくる一般市民を容赦無く斬り殺す。

 

 「襲撃、開始よ」

 

 口角をにじり上げてリコニスの言葉が告げられる度に、より悪の志が強く深く染まっていく様な気がしていく。

 

 リコニスの後ろ姿を視界に入れながらも、爆撃の怪人は先輩に大きな憧れを懐きながら、監獄刑務所へと陽気な突入を果たすのであった。

 

 柏木タツヤ奪還作戦、開始──!

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 暗く、果てしない闇の広がる様な、冷たく恐ろしい広間─。

 

 明かりを点ければその部屋は広く、大きく開けた空間である事も解りそうな大きな部屋だが、そこはある一箇所を除いて明かりが点いていなければ、人も居ない。

 

 耳を済ませても音はせず、眼を凝らしても誰も居ない。

 

 一箇所、ただその場所に一人の体格の良い男が椅子に座っている。

 

 部屋の中心となる三段の上り台の真ん中に、地獄の様な黒い生地の軍服じみた服装と、暗闇に良くも悪くも怪しく輝く紅の眼光。

 

 未だ謎に包まれた男は、総統とこの場所で呼ばれている。ここは総統の座る静寂の間であり、ヘルブラッククロスの中枢部となっている。

 

 背もたれにどっしり寄りかかり、肘掛けに肩肘ついて頭を支えながら、長く強い脚を組んで静寂と暗闇を優雅に過ごすこの姿は、一見すればただの偉そうな男にしか見えない。

 

 だが、この場所に座るのは、黒き地獄を統べる王。

 

 そしてそれに魅入られた人であり、人ならざる存在、怪人。

 

 「総統閣下─」

 

 この暗闇の中で透き通る様な声音が、総統の耳に聞こえてくる。

 

 これは女性の声。包帯で眼を隠した羽衣に身を包んだ様な服装の女性の怪人、鏡の怪人が一枚の手鏡を持ちながら、総統に近寄ってくる。

 

 足音一つせずに歩み寄るその姿は、総統の好みに添ったのかかなり妖艶な脚の動きと、腰のくねり。

 

 それらと対を成す様な胸や、肩の美しさ。

 

 「私も出撃の準備が整いました。いつでもご命令を」

 

 鏡の怪人が総統の背後で見上げる様に告げると、総統も椅子を回して鏡の怪人を見下ろす。

 

 悪。その一文字で完成されている強烈な威圧と、荘厳さを併せ持つ総統の眼光が、鏡の怪人にプレッシャーとして重くのしかかる。

 

 「ヘヴンホワイティネスの単独撃破、出来るのであろうな?」

 

 鏡の怪人の出撃の目的は、虹層作市にヘヴンホワイティネスの登場をさせない事。

 

 つまる所は足止めである。

 

 「我々はあの子供達を甘く見ていたようだ。決して油断出来ない領域にまで、奴らは近づいている・・・」

 

 総統の言葉に、鏡の怪人は口を挟まない。

 

 今の総統は、いつもの欲望と力を用いて自分を抱いてくれる、優しい総統ではない。組織として、そして自分の目的の為に、世界を創ろうとする王の威圧が、鏡の怪人に向けられている。

 

 「・・・コレを達成出来ないとしても、今回は不問とするが」

 

 総統の言葉の一つひとつに、得も言われぬストレスを与えられている気分に陥る。腹の底に響く様な地獄からの声は、怒鳴られている訳でも無いのに、非常に不機嫌にさせられそうな程の声音をしている。

 

 不問、つまりは鏡の怪人がヘヴンホワイティネスの足止めと、単独撃破という作戦が失敗する前提で話されている。

 

 力も実力も証明出来なければ、いくら総統に可愛がられていようとも、結局は捨てられてしまう。

 

 「柏木を連れ帰るまでに、お前がヘヴンホワイティネスを止めてくれていれば良い。貴様一人で、あの小娘に勝てるとも思えないのでな」

 

 あまりにも信用されていない。

 

 だが、この信用の無さを実力で返すことが出来れば、もっと寵愛を受けさせてくれる。

 

 このお方の欲望に、自分ごときが、もっと付き合う事を許してくれる。

 

 「必ずや、目的を達成して参ります」

 

 鏡の怪人が膝を折りながら総統に頭を下げる。その短い仕草だけでも、女性の芳香と可憐さが醸し出ている。

 

 総統の言う通りに、倒す事はもしかしたら出来ないかも知れない。だけど、ヘヴンホワイティネスの足止めをして、出来るならば一人だけでも殺す。

 

 足止めが出来ないのであれば、道連れで二人は殺す。

 

 「ヘルブラッククロスの栄光を手にする為に・・・!」

 

 総統へそれを告げれば、次の行動は急いでヘヴンホワイティネスの出現に先回りして妨害する事。

 

 それを行う為にも鏡の怪人が手鏡の中に入り、その場から姿を消した。

 

 美しい女性の姿がなくなれば、この暗い大広間に残っているのは、静寂と、総統一人だけ。

 

 「・・・」

 

 総統の頭の中では計画を確実に実行に移す為の計算を行いつつ、ある一人の男の存在も気にかけている。

 

 進化の怪人、ヘヴンホワイティネスのNo3、佐久間ギンジ。

 

 「ヘヴンホワイティネス、か」

 

 ここまでギンジ達に邪魔をされるとは思っても居なかった。

 

 肩肘をつきながら総統はもう一つの未来を考える。

 

 あのイレギュラー存在、佐久間ギンジがこちらの味方になったままだったら、と。

 

 淡い妄想、希望的観測でモノ事を考えた所で、それはもう手に入らない。

 

 邪魔をするならば始末するだけ。そうやってヘルブラッククロスを構築して来たのだから、今回もそうするだけで良いのだ。

 

 暗闇の中で、地獄の王が静かに微笑む。

 

 悪を際限なく溜め込んだ強大な闇の顔で、悪の組織の王が嗤い続けた。

 

 その微笑みは、近く行われる事になるであろう、ヘヴンホワイティネスとの決着の行く末に、心を踊らせている総統の数少なくなった娯楽の様なモノだった。

 

続く

 

  

 




お疲れ様です。

何故総統は柏木タツヤというロリコン敗北者を助けようとしているのでしょうね。

キャラネタ書きます

リコニス
言わずと知れたクレイジー大幹部。
相変わらずギンジちゃんのことを考えている。今回の作戦においては、柏木タツヤが何か抵抗するつもりなら容赦なく殺害しようと目論んでいる。

爆撃の怪人
新キャラ。
フェーズ1の能力は触れたモノの爆弾化。制限時間5分以内に任意爆発させないと爆弾化解除。人でもモノでもなんでも爆弾にできるが、水や空気等は爆弾化が付与出来ない。
フェーズ2の能力は擬態。
これにより全怪人唯一のサングラス無しで人間に変装できる。

触手の怪人
龍の怪人とクリクリしていたらしい。
龍の怪人とはウマが合わないけど、そういうのは合う。
ぅちら身体の相性はピッタリだね・・・はぁと
人間変装時にはメガネをかけた研究員の様な姿らしい。

犬の怪人
サングラスをかけた際の変装は、チワワのマスクをかぶったプロレスラー。顔意外全部素の状態と変わらない。
好きな犬種はセントバーナード

紐の怪人
棒人間な見た目をしているからか変装不可。
今回は龍の怪人の腰に纏められた。

龍の怪人
変装時の姿はアメリカ系の女軍人らしい。
触手の怪人は嫌いだけど、身体の相性は(ry
ガチ百合であることを忘れては行けない

毒蛾の怪人
女の子だけど少年みたいな姿をしている怪人。
変装時は紫色のワンピを着た小学一年生ぐらいの姿らしい。
相変わらず強気なメスガキ

機械の怪人
「何故私だけは喋る場面が無かったのだ」
瞳と思わしき所まで機械の為変装不可。
そのかわりステルス機能が搭載。

鏡の怪人
ヘヴンホワイティネスの足止め、出来れば撃破をする為、街に出向くそうです。総統ラブ。

総統
いよいよヘヴンホワイティネスを強敵と認定した。それでも我々が敗けることは無いだろう・・・と思っているらしいです。

・・・

次回は監獄襲撃・2!
リコニスと爆撃の怪人、そして他の怪人達も柏木タツヤの捉えられている独房を目指して進撃開始!
そしてヘルブラッククロスに立ちはだかるのは、まさかのあいつら!!

それではまた次回!感想や応援、お待ちしております!



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92・監獄襲撃・2

こんにちは、アトラクションです

唐突ですが、女性のタンクトップ姿って良いですよね。

龍の怪人は結構私の好みが詰まっています。


いつか番外編で龍の怪人が主役となる話しも作ってみたいですね。
それでは、どうぞ!


 虹層作市中央の大監獄。

 

 凶悪な犯罪者が収容させられては、死と言う人生の終わりを待つだけの退屈な牢屋。

 

 そのコンクリートと鉄で囲まれている部屋の中で、退魔教会や、魔法使いによって特殊な拘束をされている者や、様々な極悪犯と名付けられた者達が、上の階から聞こえる地響きや、爆発の音でどよめきが広がっていく。

 

 鉄で編み込まれた通路と、何本モノ電線が張り巡らされた壁と天井はとても近未来的な雰囲気をしており、ここが日本だと言う事実を知らなければ、外国の収容所だと勘違いもおこしてしまいそうだ。

 

 「にゃ〜ん・・・」

 

 ある一つの鉄格子の中で猫の毛並みをした、猫らしい可愛い声をしているが、どうにも猫っぽくない見た目をしている人の形をしているだけの、その生物は上の騒ぎが耳に入っている様だった。

 

 猫の眼をぎょろり、ぎょろりと動かしながら、僅かに振動する天井を眺める。

 

 「ニャハハ、ついにこの監獄も襲撃の対象に入ったのかにゃ?」

 

 この猫男の名前はガット。

 

 元サン・アンフェールの幹部であり、ムーン・パラディースとの戦いに大きく貢献した猫の超人。

 

 しかし、彼はムーン・パラディースの崩壊は出来ても、ヘヴンホワイティネスに勝つことは出来なかった。

 

 全身を砕かれても、この監獄での治療によってなんとか復活を果たしているのだが、それでもここから出られないのでは、自慢の爪も振るう事が出来ない。

 

 「暇だ・・・なんとかして暴れられないかニャー?」

 

 好奇心を全開にした瞳が大きく開かれて、爪もニョッキリ飛び出させる。

 

 だがこの電子ロックされている扉は開くことが出来ず、ガットの攻撃を持ってしても破壊は不可能だった。

 

 向かいの独房・・・そこにある電子ロックの扉の奥の小部屋には、毛深い身体をおとなしくさせて、座っているイノシシみたいな大男が、ひたすら悪態をついている。

 

 「ブシシシ、ここを襲撃する奴らが居るとは、本当の馬鹿野郎が居た様だな。どうせ、全員返り討ちにあうのだだろうが、間抜けな奴らも居た様だな」

 

 ヘヴンホワイティネスでもヘルブラッククロスでも無い男に敗けた、イノシシの超人、チョトツ。彼もまた自由の無い監獄に捉えられて、無気力に毎日を過ごしていた。

 

 いつも頭に浮かぶのは、あの豚の顔をした怪人、オーク怪人の事を思い出す。

 

 そして自分を強化できる変身アイテムだった、サン・フォースを破壊した、あの女の事も・・・。

 

 「出られないから仕方ないが・・・でも、もう一度外に出たら」

 

 チョトツもガットも考えている事は同じだった。

 

 サン・アンフェールの復興など、この際どうでも良い。

 

 ヘヴンホワイティネスに報復する。

 

 死んでも消えない屈辱を身体に叩き込んで、心も魂も精神も全てぐちゃぐちゃにしてから、殺してやる・・・と。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 正面玄関から直接突入したリコニスと爆撃の怪人は、情報収集等一切せずに大暴れを開始。

 

 触手、紐、犬、龍、毒蛾、機械の怪人も上空から空いた着弾地点から、監獄のドームへの侵入を成功させる。

 

 「今から穴を開ける」

 

 機械の怪人がドリルのアームを展開させると、硬いコンクリートを削り初め、地下への侵入経路を無理やり作り出す。

 

 「おひょひょ、下の方はすごい事になってますなぁー」

 

 触手の怪人が手すりに寄りかかりながら、すぐ下の階、入り口のある場所を見下ろす。その先に広がるのはたくさんの死体と、所々焦げたエントランス。

 

 受付のカウンターは真っ二つに破壊され、築き上げられた死体の山はおおよそ人であったモノ達が、様々な人体パーツを適当に積み上げられている。

 

 黒焦げになった人や、頭部だけになってしまった人間達が、それは無残な姿にさせられている。

 

 綺麗に斬られた警官も、無残な警官も、きっとリコニスの逆鱗に触れているのであろう。特別な理由なんて無いまま、リコニスの癇癪という逆鱗に・・・。

 

 「オヒョヒョ、あれじゃどっちが怪人が解りゃしないぜ」

 

 押し寄せる警官達の首を横一列に跳ね飛ばし、手元で回した黄金の刀でさらに胴体を纏めて吹き飛ばす。

 

 改造された黄金の刀も強くなっており、パワードスーツが無ければおおよそ人に扱える代物では無いのであろう。

 

 「あっはは、皆ザコなんだね〜♡」

 

 毒蛾の怪人もリコニスの無双状態に眼を輝かせながら、死んでいく警官達を嘲笑する。

 

 「空いたぞ!」

 

 機械の怪人の指示により、大きく開き穿かれたコンクリート大穴に、まずは龍の怪人と紐の怪人が侵入し、次々と怪人達が穴に入り込んで地下に侵入を開始する。

 

 機械の怪人だけは、ステルス機能を展開させてから穴ではなくリコニスと爆撃の怪人が暴れる一階へと降りる。

 

 「さて、どこかに機械を扱う、マザーブレイン的な部屋があるはずだ」

 

 分電盤みたいなモノでも良い。

 

 このまま警官や特殊警備兵と戦っても、敗ける事は絶対無いが、どうせならもっと大きな混乱を招きたいと機械の怪人は考える。

 

 その為には、この監獄に居る囚人達を一斉開放させて、ヘルブラッククロスの作戦を成功しやすくしようと考える。

 

 「・・・派手に壊してくれるな、大幹部」

 

 受付のカウンターのPCに触れてみたが、リコニスが破壊した事でハッキングでの地図情報を得るのは難しそうだった。

 

 「・・・監視カメラ、は・・・発見」

 

 天井にある丸いドーム状の黒くなったカメラを発見する。それに近づいた機械の怪人は、小型ドローンの様な姿となり、カメラのハッキングを開始する。

 

 「さて・・・柏木タツヤはどこに居るのか」

 

 ハッキングを開始。それにより、この監獄の全容を確認に入る。

 

 「地下に侵入した奴らは・・・まぁ大丈夫か。それから・・・」

 

 機械の怪人がハッキングがてら、外に眼を通す。カメラに写ったのは、軍事用トラックや、戦車等がこの虹層作市の中央の街に大きな隊列を組んでこの監獄刑務所に向かってきている様だった。

 

 「・・・意外と楽しくなりそうじゃないか」

 

 機械による瞳と思わしきライトを照らし、軍隊の到着を待ちながらハッキングもすすめる。

 

 誰が呼び出したモノか分からないが、軍隊の出撃までくればこの街で戦争が起きるということだ。

 

 「ヘルブラッククロスもついに、軍事企業と戦う事になるかね?楽しみだ」

 

 機械の自分の感情が出来たのも全て、ヘヴンホワイティネスとの戦いに敗けた事が原因だ。時折不要と思いつつ、こういう時に高揚するのがたまらなく嬉しい。

 

 「ハッキングも終わった・・・では、私も行くとしよう」

 

 リコニスと爆撃の怪人が切り開いた、血と肉片で汚れた道を進み、機械の怪人も地下へと侵入を開始するのであった。

 

 地下に向かいがてら、2つの電気信号を飛ばす。

 

 オール・アンロック。これは全ての電子ロック式の扉を開く命令。

 

 オール・デリート。これは再度ロックを出来ない様に、命令コードを全部消去して、別のパスワードに書き換える命令。

 

 「それでは、お楽しみいただこう・・・」

 

 機械の怪人による侵略の合図となり、ヘルブラッククロスの本格的な襲撃が、今この瞬間開始された─。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 重苦しい装備に身を包んだ警備兵達が独房エリアに集い初め、上の階層の騒ぎにどよめきと警戒が強まっていく。

 

 警報は鳴っていないが、地響きと爆発音が何度も鳴れば、この騒ぎがただ事ではないと誰もが感じている。

 

 ニチャついた顔の囚人の一人が重装兵の緊張を孕んだ顔を見て、涎をわざと舌に含ませた嫌な音を鳴らしながら重装兵を見つめている。

 

 「こっちを見るな犯罪者」

 「じゅるる、てめぇこそさっさと上に行けよ。これは闇の社会に生きてきた勘だけど、相当やっばい事がおこってるじぇへへ」

 

 小太りの気持ち悪い囚人が唾を飛ばしながら話してくる。この態度と汚らしさに、いっそ持っている警棒で叩き潰してみようかと思うが、重装兵はそれを諦める。

 

 一枚の鉄扉を隔てているのだから、どちらにしても攻撃なんて出来ない。それどころか、お互いにできる事を言えば唾を飛ばし合う事ぐらいだろう。

 

 「おい!何をしている!」

 

 別の独房の方から声が聞こえた。

 

 重装兵がそちらに向かうと、警備兵が拳銃を引き抜いて、独房に銃口を向けていた。

 

 「い、いや知らねぇよ!勝手に扉が開いたんだ!」

 

 流石に凶悪犯罪者とも言えど、拳銃には勝てないのか慌ただしく両手を挙げては、抵抗の意思は無いポーズをしている。

 

 「少しでも変な動きをしてみろ、銃殺はいつでも許可されているんだからな!」

 

 警備兵がそう叫んで、後ろの重装兵も警戒をする。

 

 そんな勝手に開いた独房の向かい側にある独房が開く音がした。重苦しい鉄の扉を横に引いて、大きな体格をした巨漢の犯罪者が満面の笑みをこぼしていた。

 

 「!?おい、貴様も何を・・・」

 

 重装兵がその気配に気づいて、巨漢を止めようとするが、左右からオレンジの囚人服を着たまた別の犯罪者が襲いかかってきたのだ。

 

 「ヒャッハー!」

 「自由だぜ!!」

 

 嬉々として重装兵に掴みかかり、巨漢の犯罪者も両手からボキボキと骨の音を鳴らしている。

 

 凶悪犯罪者が左右と正面から来ていたとしても、所詮丸腰。武装している重装兵には勝てないと思っていた。

 

 すぐに盾と警棒で応戦に入ろうとしたが、巨漢の犯罪者からのとても重たい拳骨がヘルメットを叩き割って、顔面を撃ち抜いた。

 

 「がぁ・・・!?」

 「おーっと痛かったかね?」

 

 巨漢の犯罪者が重装兵を殴り倒した背後では、警備兵は華麗な足技を披露する犯罪者によって後頭部をカチ割られて倒れていた。

 

 巨漢が見渡した周囲には、独房がほとんど開き始めて、我先に飛び出した囚人達の群れが、警備兵、重装兵、女性の教官を相手に問わず一斉に悪の手を伸ばしては、暴力と一方的な虐殺が始まっていた。

 

 暴力は心地よい。罵声を浴びせるのも気持ちが良い。

 

 「出遅れたぜぇ・・・!」

 

 オレンジの囚人服の袖をまくり、巨漢の犯罪者・・・ナカムラは、再び日の当たる世界で、悪事を働こうと心を踊らせた。

 

 暴力と、悪事、犯罪をすべて混ぜ合わせて、この監獄から出ていく事を許された、一握りの運命に選ばれた者だと、自分を信じて行動を開始した。

 

 「このナカムラ様のシャバデビューだ!女を抱かせろ!弱いものいじめをさせろ!金も酒も肉も全部持ってコーイ!」

 

 高笑いをしながら金網の道を大股で歩き、また一人重装兵を殴り飛ばす。

 

 警備兵も、武装兵も関係ない。全員殴り飛ばして、ナカムラは自分の強さに酔いしれる気分でいる。

 

 「この俺こそが最強の犯罪者なんだー!」

 

 また一人警備兵をぶっ飛ばした。喧騒と取っ組み合い、騒音と叫び声。

 

 もみくちゃになっている兵と囚人の入り乱れた、道なき道を暴力で全て切り拓いていく。

 

 ナカムラの犯罪伝説が、ここに始まろうとしていた瞬間だった。

 

 「アオンッ!」

 「え・・・」

 

 真上から、犬の様な鳴き声。吠える時の甲高い声が、少し野太くなった様な声が、ナカムラの真上から聞こえた。

 

 それと同時に頭の上に何かが乗った。正確には降ってきた。

 

 首に一気に体重が乗り、身体が重さに耐えきれない程の何かが、犬の鳴き声と同時にナカムラの身体に襲ってきたのだ。

 

 「ふぎぃっ!!?」

 

 巨漢の身体がいびつに曲がっていきながらも、ナカムラにはまだ意識があった。犯罪伝説はもう無理そうだが、せめて何が起こったのか確認しようと、なんとか意識だけは残してみた。

 

 倒れた身体で見える視界は、数多の囚人とこの監獄の兵達が戦う大乱闘の景色、それと同時に、自分よりも大きく筋肉の詰まった背中。

 

 生半可な鍛錬では到底たどり着けない様な、太く逞しい両足。

 

 腰にそびえるのは黒いギリギリを狙ったかの様なブーメランパンツと思わしきモノ。

 

 筋骨隆々、筋肉おばけ、鬼の子・・・様々な存在と言葉がナカムラの脳内を一瞬で駆け巡る。

 

 しかし一番気になったのは頭部だ。

 

 ボディビルダーの如く、半端ない身体。

 

 プロレスラーの如く、逞しい身体。

 

 大横綱の如く、強い身体。

 

 なのに顔は・・・。

 

 「ヘルブラッククロスの登場だ!チワワの登場だぁー!人間全員ぶっ殺ォォォォウス!!わん!わん!おー!!」

 

 意味不明な事を高らかに宣言する犬の大男にの登場によって、ナカムラの伝説は幕を開くことなく終幕となった。

 

 (い、犬・・・?)

 

 チワワの顔がこちらに向いた事で、ナカムラは自分の幼少期を思い出す。

 

 誕生日に母親と一緒にペットショップに行った事を・・・。初めて買って貰った犬がチワワであった事、あの時の思い出を・・・。

 

 (か、母ちゃん・・・お、俺、頑張って更生するよ・・・そしたら頑張って金ためてさ、一緒にまたチワワを買いに「ドーベルマン!」

 

 優しい思い出を振り返るナカムラの本音を、犬の大男が大声でかき消す。なにゆえドーベルマンなのかは誰にもわからない。

 

 犬の大男がナカムラの眼の前で右足を後方にあげ、踏み込む姿勢で思い切り後方に引き上げるその姿勢は、間違いなく蹴り飛ばすシュートキックの体制。

 

 「シュート!」

 「うげっ!!?」

 

 ちょうど足元で転がっていた手頃な巨漢・ナカムラを見つけた犬の怪人が、思い切り蹴っ飛ばして、大乱闘の戦渦の中に押し込んで行く。人の入り乱れる道なき道を、人というボールで人をなぎ倒しながら無理やり切り拓いて行くその様は、いうなれば因果応報。

 

 そして拓いたのは、犬の怪人。

 

 必殺技は、ドーベルマンシュート。

 

 「オヒョヒョ、犬っち、気合入っているね。これはあっしも敗けてられないよ」

 

 そんな犬の怪人の背後では、無数の触手を広げながら怪しく笑う宇宙人の様な顔をした触手の怪人。

 

 機械の怪人が開けた大穴は空洞を抜けて、地下10階にまで伸びていたのだ。そこへこの大乱闘、そして犬と触手、二名の怪人の襲撃。

 

 「さーって、僕たちもはじめよっか?」

 「・・・」

 

 更に上からゆっくりと降り立つ様に現れるのは、少年の様な見た目をした毒蛾の怪人と、身体だけはとても女性らしさを醸し出す、タンクトップとカーゴパンツ姿の龍の怪人。それと腰に巻かれた紐の怪人。

 

 「邪魔するなら、殺せ」

 

 龍の怪人が静かに告げた瞬間に、怪人たちは人を遥かに凌駕する力を発動しながら、混迷極まる金網の広場の大乱闘に混ざり、大暴れを開始した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 監獄刑務所、地下20階。

 

 分厚いコンクリートと鋼鉄で固められた監獄の中は、今や大混乱を極め、警備兵vs囚人達の激しい攻防が繰り広げられていた。

 

 独房の扉がいきなり開いては、中から次々と囚人達が飛び出して行く。

 

 長方形に広がった大きな通路では、オレンジ色の囚人服を来た犯罪者達が、警備兵に我先にと攻撃を開始する。

 

 それと同時に、人とはちょっと違う者達もまた、ここから解き放たれようとしていた。

 

 ある者は猫の人間の様で、またある者は人と同じ身体つきをしているのにも関わらず、明らかに人間ではありえない強烈な殺意をにじませていた。

 

 「フォッフォッフォッ・・・」

 

 ある一つの独房からは、オレンジの囚人服の姿のまま、身体を曲げた老人が騒ぎに乗じて脱出していた。

 

 部屋を出たその老人の名は、赤天。元退魔教会の執行役員であり、裏では悪事を働いていた下衆の極み。

 

 「これは何か、良い事が起きている様じゃのぉ〜」

 

 ニヤニヤと笑う老人の顔は、悪辣そのモノ。悪意に満ち溢れた老人の顔はとても人間とは思えない邪悪を秘めていた。

 

 「さてさて、ここでも喧嘩が始まっているのであれば・・・それ」

 

 手錠も解錠された今、赤天は退魔の術を使用する事ができる。退魔教会のトップでもあった赤天にかかれば、札が無くとも高位の術を発動が出来てしまう。

 

 赤い退魔の術を円型に展開すると、それを眼の前で掴み合いをしながら暴力を制そうとする警備兵と囚人めがけて吹き飛ばした。

 

 円型のソレは回転ノコギリの様に、たやすく人間の身体を斬り裂いて奥に暴れる阿呆共を一投の内にほとんど倒していく。

 

 あの小僧共に殴り倒された時、赤天は自分の未来を悲観してしまった。だが、この自分の実力を見れば衰えていない事を改めて実感し、更にはヘヴンホワイティネスへの報復でさえ思い着けそうな気分に陥った。

 

 ヘヴンホワイティネスだけではない。

 

 「レイナとナルミは元気かのう?」

 

 あの生意気な娘達の事を想像して、赤天はよだれをわざとらしく垂らして、囚人と警備兵達の喧騒を眺める。

 

 自分の作り出した死体の上を歩き出して、赤天は白く変色した眉毛に触る。さながら考え事でもするかの様に、赤天はこれからの楽しみを考える。

 

 その赤点が歩き出した少し上の階層の独房エリアでも、手すり越しに血や肉片が飛び散る混戦が繰り広げられていた。

 

 「猫十字罰(キャッツレイド)!」

 

 人と人の隙間を縫うように、またはすり抜ける様にして白い猫眼の怪物が人間という一括りのカテゴリーの存在に爪傷をつける。

 

 「ブシシシシ!どけどけ!」

 

 全身を使った分厚い筋肉のタックルをかますのは、イノシシみたいな怪物。敵味方関係なく轢き飛ばす事で、左右に人間をぶっ飛ばしていく。

 

 「そいじゃあ、あーしの舞でも見せようかね」

 

 もう一人、猫とイノシシの間に立つのは、片目を閉じてこれまた同じオレンジの囚人服の上半分だけを脱いだ男が。

 

 「サン・アンフェールの流儀!お見せしてやらぁ!」

 

 2つの鉄棒を振り回しながら、もう一人現れた男が放射能を発動させる事で、周りの人間達が全て苦しみだして倒れていく。

 

 「先ずはボスとゾネの奴を見つけないとな」

 

 イノシシ男・・・チョトツが太い腕に力を込めながら言うと、猫のガットも舞の男、ソル・レヴェンテが3人ここに集って、この混乱に乗じてサン・アンフェールの復活、及び脱出を目論もうと地道な計画を開始した。

 

 サン・アンフェール、赤天の居る階層の下、手すりから身を乗出せば下が覗ける大きな穴の下では、更に凶悪な死刑囚と集まるエリアがあった。

 

 その中心部には、さらに人とは思えない様な怪物級の犯罪者が、警備兵達をなぶり殺しにしていた。

 

 地下25階、死刑囚エリアでは警備兵達相手に殲滅が完了しているのか、それぞれが下卑た高笑いを上げている。

 

 肌が鋼鉄の様に真っ黒に輝くのは、かつて退魔警察レイナによってブタ箱行きにさせられた、鋼鉄の魔人。

 

 その隣で鋼鉄の魔人の肩に肘を乗せながら、気だるそうにニヤけているのは、ギザギザした歯を見せびらかす様な特徴的な顔をした男は、鎌鼬の魔人。

 

 その向かい側では囚人と兵の死体の山を築き上げて頂点に座り込む、魔法の闇人。

 

 禍々しい暗いオーラが、まるで湯気の様に身体から吹き出しており、そこらで高笑いをしている生き残りの囚人達も、彼を王の様に崇めている。

 

 凛々しい顔つきと、一見すれば高貴な産まれにも見えるその顔が、このむさ苦しい監獄において、顔、そして強さが崇拝されているのだろう。

 

 「・・・元マージ・ジゴックの最高責任者・・・恐ろしいぜ」

 

 鎌鼬の魔人が死体の山に座る、魔法の闇人に目配せをする。魔法の闇人の持つ圧倒的な戦闘力と、一個人で持てる能力の振れ幅に、大きく関心を寄せていた。

 

 炎、雷、氷、風、地、樹、爆、聖、光、闇。

 

 様々な能力を一人が同時に出すのは、基本的に異人と呼ばれる者達には、能力の範疇を超えない事がベースとなっている。

 

 鋼鉄の魔人ならば、硬化、身体の強化等がそれに該当する。

 

 そんな中、この魔法の闇人は、様々な攻撃手段を持ち、自分に襲いかかる囚人と警備兵をまたたく間に殺害し、この山を築き上げた。

 

 「ゲヘナミレニアムの、最高幹部の者だな、君たちは」

 

 魔法の闇人の声はとても高く、女性らしさを含ませる様な声音をしている。深く、それでいて熱気に包まれたこの死刑囚エリアで、マージ・ジゴックと、ゲヘナミレニアムがここで邂逅していた。

 

 「ボクちゃん、あんたと戦うつもりは無いんだけどさ、仲良くしない?」

 

 鎌鼬の魔人が魔法の闇人へ、ヘラヘラしながらも警戒を残しつつ、交渉に入ってみる。

 

 魔法の闇人はそんな鎌鼬の魔人の言葉を聴いて、表情一つ変えずに指先を二人の魔人に向けて来た。何かの攻撃の合図かと一気に身構えるが、ポスっと情けない炎が指先から漏れ出てくる。

 

 「ふふ、いいよ」

 

 冗談っぽく笑ってきた魔法の闇人に、二人の魔人たちは少しだけ緊張感が抜けていく。

 

 炎がすぐに消えると、この指先のマジックはただのジョークなのだろう。

 

 「それじゃあ、先ずはここから出ないとね」

 

 魔法の闇人が上を見上げれば、そこは未だに響き渡る警備兵達の阿鼻叫喚。囚人達の大笑い。

 

 それと骨を砕かれ、肉を引き裂かれる耳に心地よい音の数々。

 

 「はは、我々を見下していたゴミ共が、次々と死んでいるよ」

 

 魔法の闇人の手が光ると、死体の中から二人程人形の様に操られた存在が出てくる。

 

 腹まで伸びた白いひげを血で汚した老人の様な男の死体。

 

 オレンジの囚人服を焦がし、ボロボロの顔になった男の死体。

 

 この二人はいずれも、サン・アンフェールと名乗っていた様

だが、今では魔法の闇人の手によってこの通り無残な姿にされている。

 

 「この死人形達だったら、きっと面白い事をしてくれそうだ・・・」

 

 表情の変わらない魔法の闇人が、無言のまま何かを命じると、死体ふたつだけではなく、死体の山の方からも無数の人形たちが動き始める。いびつに曲がった手足を動かしながら、ぞろぞろと動き出している。

 

 「魔法少女にも用事があるけど、先ずは・・・」

 

 魔法の闇人が立ち上がり、その左右に鋼鉄、鎌鼬の魔人が付き従うようにして歩き、その後ろにはまだ生きている囚人達がギャングの様な歩き方で、後ろに付き従う。

 

 「それじゃあ、脱獄劇を始めようか」

 

 魔法の闇人がまたも表情を変えずに言葉の激を強めると、一斉に歓が湧き上がり、地下から地上への大進軍を開始したのであった。

 

 「ゴミ掃除もついでにしておかないとね・・・はは」

 

 魔法の闇人の静かな一言が、鋼鉄の魔人の背筋をブルリと震わせた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 

 「トイプードルラリアット!」

 

 犬の怪人が次々と囚人達をなぎ倒しながら、新しい必殺技の名前を高らかに吠える。

 

 「ブルドッグラッシュ!」

 

 両手に握りこんだ拳には、ブルドッグの顔をしたオーラが、殴られた場所にはブルドッグの顔が刻みつけられる。

 

 「ドーベルマンシュート!」

 

 分厚く太い脚から繰り出される蹴りは、素足であろうとも重装兵を蹴り飛ばす程の威力を誇り、鉄製の扉でさえひしゃげてしまう。

 

 「ウルフドッグオオハリテ!」

 

 腕を鈍器に見立てたおお振り回しで、顔に平手打ちするだけの技なのだが、これが非常に強かったのか、警備兵の頭部をたやすく弾き飛ばす。

 

 「アキタケンギロチン!」

 

 飛び出した犬の怪人の股に警備兵が挟み込まれ、脚の筋肉だけで身体中の骨を粉砕し、肉を潰し、命を終わらせる、犬の怪人の新しい必殺技の数々。

 

 「あっしも敗けてらんねぇ!」

 

 タコの様に伸ばした触手を無数に展開させて、鈍器、ドリル、イボ、瘤、拳、針、様々な形状をした触手の先端を警備兵と邪魔をする囚人へ向けて、触手の怪人の攻撃が炸裂する。

 

 「アルティメットフェーズ3・インバリッドエクストラエクストレイルエクスパンションアウトキャスト・スターダスト・タンタクル!」

 

 ただの触手の百烈拳にしか見えない高速の触手裁きに、囚人達は一人ひとり確実に命を取られ、女性囚人(美人に限る)と、女性教官は触手の怪人によるテクによってメロメロにされている。

 

 「オヒョヒョ・・・あっしら同期組は、こんな石コロ以下の奴らになんか負けやしやせんぜ!」

 「チワワ、絶対ヘルブラッククロスの目的のために、こいつら全員殺していく!」

 

 進化の怪人と同時期に造られたこの怪人二人は、今やヘルブラッククロスの一番の鉄砲玉の様になっており、纏めて正面に立つ邪魔者達を即殺を繰り返している。

 

 「この混乱、間違いなく機械の仕業だよね」

 「・・・」

 

 毒蛾の怪人が頭に手をやりながらてくてく歩き、龍の怪人に声をかける。龍の怪人も同じ様な姿勢をしており、毒蛾の怪人の言葉にただ真面目に静かにうなずいている。

 

 囚人も警備兵も機械の怪人によって、独房からの脱出を可能となり、警備兵や救援で駆けつけた正義の兵達との戦いが勃発している。

 

 「ホッホッホッ。これでは柏木さんの所には到達出来ませんね。して、どうやって柏木さんが捉えられている場所に向かうのです?」

 

 龍の怪人の腰に巻かれた紐の怪人が、しわがれた様な声を放つ。

 

 そもそものヘルブラッククロスの怪人達の目的は、大幹部柏木タツヤの奪還。ここまでの大混乱は必要無いとも考えたが、どちらにせよこんな状況なのであれば、囚人達も警備兵も殺して進むしか無い。

 

 「あっしらの話しを聞き入れる奴も少なそうですし、もういっその事全員殺して行けば良いんじゃないんですかぁ?」

 

 触手の怪人のため息混じりの言葉には、誰もが賛同している。

 

 「チワワ、とにかく突き進む。殴りぬく!」

 「キャハハ、やる気まんまんチワワちゃん♡じゃあ僕も突き進もうかな〜」

 

 顔だけチワワの犬の怪人と、少年の見た目をしたメスガキ毒蛾の怪人が黒く赤い瞳を輝かせる。

 

 「そうと決まれば、早く柏木さんを取り戻しに行きやしょう」

 

 触手の怪人が一言で告げる事で、全ての怪人達が頷く。このまま地下を目指して行けば、おそらくは柏木タツヤが居る筈だと信じて。

 

 「どんどん進んでいけば、チワワ、いつか会えると思っている。それより、リコニスと新人はまだ合流しないのかね」

 

 犬の怪人が四股を踏みながら話す。その事には全ての怪人が同意したのか、地下を目指せる様に階段なりエレベーターなりを探しに向かう事にしている。

 

 「まぁ、リコニスさんなら、上手くやってるでしょ。あっしらはあっしらで別行動しているんですし、ささっと目的を達成しましょうや」

 「ホッホッホッ、触手さんの言うとおりですよ」

 

 ヘルブラッククロスの怪人達が確実な結束力を着けると、再び行動を開始する。

 

 「ポメラニアン・・・!」

 

 囚人達の大暴れしている金網の道に、先陣を切るのは犬の怪人。

 

 硬い肩を敵にめがけて思い切り走り出す。その姿勢はタックルの様なモノだが、犬の怪人の全身に、獰猛なポメラニアンのオーラが纏わりつき、より驚異を感じる迫力を見せている。

 

 「マッスルブレイカー!」

 

 全長190センチもある筋骨隆々の犬の怪人のタックルによって、囚人達も警備兵達も次々と薙ぎ倒されていく。

 

 もっとも正しい表現としては、轢殺が良いかもしれない。

 

 「どんどん行くぞえぇ!!」

 

 犬の怪人の号令は怪人達の士気を上げたのか、戦闘メインに出ている触手、龍、毒蛾の怪人の鼓動を早め、より獰猛に、より残忍な感情をわき建てる。

 

 破壊衝動も、性欲も、戦闘意欲も、全てが掻き立てられた。

 

 「ニャハハ、さっきからうるさいぞ貴様ら」

 「ブシシシ、とりあえず死んどけ」

 

 突き進む犬の怪人と触手の怪人の頭上から、猫とイノシシの顔をした何物かが妨害のためか、それともただの八つ当たりなのか不明だが、攻撃を繰り出してきた。

 

 イノシシの両腕を組み込んだハンマーの様な攻撃は、犬の怪人の顔面を捉えて、来た道を引き帰させる様に押し返す。

 

 触手の怪人は反応が間に合ったのか、猫の何かからの爪の攻撃を、皮膚の硬い触手で防御に成功するも、2つの鉄棒を持ったもう一人の妨害者によって、足元を掬われて浮いた身体にイノシシの大男によるタックルにより、後方に跳ね返される。

 

 妨害してきたその男達は、全員オレンジの囚人服を着用しており、ひと目でここの囚人であると言う事が理解出来た。

 

 「あっし達を、ヘルブラッククロスと知っての狼藉か?」

 

 すぐに立ち上がった触手の怪人は既にキレた表情をしていて、眼の前に現れた怪人モドキに怒りの目線を向けている。

 

 犬の怪人も同じ様に、チワワの犬歯をむき出しにして唸っている。

 

 「ヘルブラッククロス?マジか、あのヘルブラッククロスか」

 

 鉄棒を肩に持ち上げた男、ソル・レヴェンテが驚きに満ちた表情を見せる。

 

 「ブシシ、だが、関係無い。かつての敵なのであれば、我々サン・アンフェールの復活の狼煙として、こいつらを殺せばよいのだ」

 

 イノシシ男、チョトツの放った言葉に龍の怪人が額に血管を浮かばせるが、そこに立ちはだかる様にして、紐の怪人が腰から滑り落ちては、いつもの棒人間の姿を見せる。

 

 「この虫けらは今・・・ヘルブラッククロスを殺すと言いましたか?ヘヴンホワイティネスとムーン・パラディースに敗けた弱者の分際で、我々をコケにしてくれましたね・・・」

 

 ワナワナと震える紐の怪人が、犬の怪人と触手の怪人の真ん中に立つ様にして、3人が並びた立つ。

 

 向かい打つかの様に、サン・アンフェールのチョトツ、ガット、ソル・レヴェンテの三名もここに立つ。

 

 「今度は敗けん。この世界を支配するのがサン・アンフェールだと言う事を、貴様らヘルブラッククロスを撃破して今度こそ知らしめてやろう!」

 

 チョトツの自信に溢れた言葉に、犬も触手も紐も、完全にキレた。

 

 「龍さん、毒蛾さん」

 

 紐の怪人が振り返らずに残った二名の怪人の名前を呼ぶ。

 

 「ここは私達にまかせて、貴女方は柏木タツヤを取り返しに行くのです。ここまで我らの組織を愚弄されれば、っもう黙っておけません!」

 

 紐の怪人の瞳が開き、思い切り紐の両腕を伸ばして行く。これは紐の怪人が戦闘体制に入った合図。

 

 「チワワ、サン・アンフェール嫌い。なんか弱そう」

 「自信があるようだな、チワワ小僧」

 「お前こそ、井の中の猪だと言うことをわからせてやる」

 

 犬の怪人vsチョトツ

 

 「あーしの舞でお前みたいな棒人間もイチコロよ?ヘルブラッククロスだからって、何にでも勝てるとは思わない事だぜ?」

 「随分と下に見られている様ですねぇ・・・心外だ!」

 

 紐の怪人vsソル・レヴェンテ

 

 「あっし達の邪魔をすると言う事は、すなわち地獄に反逆するという事。死ぬ覚悟は出来て居るのだろう?」

 「ニャハハ、陽と地獄、どっちが勝つかなんて解りきっているさ」

 

 触手の怪人vsガット

 

 三者が三者とぶつかりあう交戦が今にも始まりそうになっている中、龍の怪人と毒蛾の怪人はその間をすり抜けて、地下への階段を突き進んで行く。

 

 「どっちが勝つと思う?」

 「・・・」

 

 毒蛾の怪人の無邪気な声に、龍の怪人は何も答えない。

 

 「まぁ、あいつらだって敗ける事は流石に無いか」

 

 いつもヘヴンホワイティネスに妨害されては、必ずボコられて帰還している怪人達だ。そこらの怪人や、他の組織の怪人クラスの存在より鍛えられている。

 

 そもそもヘルブラッククロスこそが、この悪の志を持つ上で最強の組織だと、龍の怪人も毒蛾の怪人も自負している。

 

 「よーっし、ちゃちゃっと行こうか!」

 「・・・」

 「なんか喋ってよ姉さーん・・・」

 

 毒蛾の怪人の軽口に何も言い返さない龍の怪人は、ただ黙って、監獄の地下へと走って向かうだけであった。

 

 柏木タツヤ奪還作戦、進捗40%!!

 

続く

 

 




お疲れ様です。

思ったより監獄襲撃のお話は長くなりそうなのですが、あと三回ぐらいで終わる予定です。そこからは主人公たちの出番も復活!

キャラネタ書きます

触手の怪人
組織の事はなんだかんだちゅき。

犬の怪人
犬種の名前を使った必殺技を全てスモウの技と言い張る。

紐の怪人
サン・アンフェール?あったねそんなゴミ組織。

龍の怪人
無口。毒蛾の怪人は女の子なのだが、百合を発動しないのは、妹みたいなモノだから。次回、彼女も戦います

毒蛾の怪人
無視されると結構傷ついちゃうタイプ。
好きな男性は弱いのに心が折れない男。いじめがいがあるから。

機械の怪人
いらぬハッキングで監獄内を大混乱に導いた人。

チョトツ
久しぶりに登場したサン・アンフェールの超人。
ヘルブラッククロスに勝つ気で居る
かつてオーク怪人とミドリコのペアに敗北した

ガット
猫ちゃん。カエデに報復をしたいらしい。
かつてカエデに敗北した

ソル・レヴェンテ
舞と放射能で攻撃してくる歌舞伎野郎。
かつてレンに敗北した

鋼鉄/鎌鼬の魔人
かつてレイナにボコられて、刑務所行きにさせられた変態ドスケベ狂人コンビ。鋼鉄の魔人はナルミ(その当時はウメミツキ)にボコられた。

魔法の闇人
魔法界から人間界にやってきて、サクラにボコられたマージ・ジゴック総帥。実は先代魔王。アマトリに全部任せて、自分はハーレム王国を創ろうとしたけど魔法少女によってその計画は中止させられた。

・・・
次回は龍と毒蛾の怪人コンビ戦闘開始!そしていよいよリコニスと爆撃の怪人も出番復活!!監獄襲撃・3へ続きます。多分全体としては・5で終わる予定です。

それではまた次回!


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93・監獄襲撃・3

はいどーも!皆様こんにちは、アトラクションです!

今回は投稿が約2週間程出来なくてすみません。

本当に仕事忙しかったんです。一周年記念番外編をここに入れたかったのですが、話しの流れを一度切るのもアレだと思い、同時並行で執筆していたら思うように進まず、おまけに仕事が忙しく・・・。

番外編の方は、監獄襲撃が終わったら投稿しようと思います。

それでは本編、どうぞ!


 金網で形を取られた四角い通路は、普段は血液や破損した装備品で汚れたりする事は無い。

 

 無いのだが、今日だけは違った。

 

 いつもと同じ変わらない日常、いつもと同じ平和な虹層作市。

 

 いつもと同じの毎日を過ごしているだけの平和ボケをかました顔で、監獄に勤務する警備兵達が、今日が働いている史上最大で最悪な日に変わってしまった。

 

 不気味にも思える謎の少女と、それに付き従う様な長身の男の白昼堂々の襲撃。

 

 ただの暴漢ならば誰でも制圧し、そのまま逮捕にまで持っていけるのに、今回の存在はあまりにも予想外過ぎた。

 

 この監獄で働く者ならば、噂だけなら聴いた事もある、ヘルブラッククロスと呼ばれる裏社会の組織・・・。

 

 ある若手の警備兵は、ただの裏社会の組織ならばいつかボロを出して逮捕されるモノだと、楽観視していた。それどころか、自分はそんな強大なのか極小なのか、未知数の規模など、日本政府が本気を出せば確実に倒せるモノだと、本気でそう信じていた。

 

 まだ学生と思わしき少女と長身の男による襲撃のあと、地下の独房フロアでは、次々と囚人達が開放され、凶悪犯罪者の警備兵達の制圧。

 

 そして女性の警備兵や教官、聖職者は、全て彼らの行う暴力に屈して、絶望の悲鳴をあげるだけの存在になってしまった。

 

 至る所で警備兵の断末魔が聞こえては、女性の鳴き声も聞こえて、気が狂いそうになってしまう。

 

 「ああ、もうやだ。帰りたい」

 

 一人だけ物置近くの通路の端に隠れては、膝をかかえて座りながら若手の警備兵は一人そんな事を呟いた。

 

 もうここは囚人達によって制圧されて、囚人達はと言うと上を目指して大進軍を開始している。

 

 もうここに残っているのは、無残にも殺されてしまった警備兵や、騒動に巻き込まれた事であえなく死んでしまった、囚人・・・。

 

 震えてうずくまる彼の足元に、血液が流れてくる。

 

 一枚の鉄の床に敷かれた金網を溢れ出ては、川の様に流れてくる血液が革靴に付着した事で、若手の警備兵は顔を青くして、この騒動から一刻も早く生きて帰りたいと思ってしまった。

 

 恐怖。

 

 それを感じた瞬間、彼は飛び上がり上を目指そうと、この地獄からの脱出を目指そうと走りだそうとした。

 

 「はぁ、はぁ、死にたくない・・・!」

 

 このままでは発狂してしまう。もう一秒だってこんな血なまぐさい最悪な地獄の空間を脱出したい。

 

 しかし、彼が走り出した瞬間、狼狽して揺れる視界に、何者かの背中が写った。

 

 その背中は首から上、つまり頭部が存在しておらず、しかし自分の視界が落ちていくのを感じた。

 

 「あ、あれ・・・」

 

 床と思わしき所に倒れたのだろうか。

 

 まるで寝そべっている様な視界になってしまい、その後間もなく首無しの身体は膝から崩れ落ちる様に倒れてしまった。

 

 おかしい。自分の身体が動かない。

 

 おかしい。自分の意思とは反して何も出来ない。

 

 呼吸も、もう一度立ち上がる事も、声を出す事も、まともな思考も、何も出来ない。

 

 「はぁ〜また死んじゃった〜。すーぐ首がなくなるんだから、困っちゃう」

 「流石です先輩!」

 

 最後に少女の声と野太い男の声が聞こえて、若手警備兵は、自分が死んだ事も気づかずに、その瞳に光を失わせた。

 

 この若手警備兵は今、たった今首を斬られた。

 

 急に物陰から出てきた事で、黄金の刀により死角から、ペーパーナイフで紙を斬る様に、スパッと、頭部を胴体から切り離されていた。

 

 「も〜リコニスちゃんの邪魔しないでよ〜。思わずぶっ殺したくなっちゃうんだからさ〜・・・ククク、ヒャハハハハ」

 

 死神、悪魔、魔女。

 

 様々な通り名はあれど、彼女の存在は地獄に君臨する暴君と呼ぶのがふさわしい。

 

 黄金の鎧に身を包み、しなやかな身体を強調する臍を出したラバースーツに、肩と手足、背中を守れる黄金の鎧という、魅力的な姿。

 

 手に持った黄金の刀には血液も骨片も、人体の脂も一切付いていない、これも美しい刃渡りと長さをしている。

 

 そんな地獄の暴君、ことヘルブラッククロス大幹部・リコニスは、今現在、爆撃の怪人と共に地下の独房フロアの4階に到着していた。

 

 「手当たり次第バラしてたら遅れちゃったかな〜」

 

 何も悪びれずにリコニスが鼻で笑うと、コツコツと黄金のレガースを鳴らして死体と、騒動のあったと想像する事ができる道を、強く歩いていく。

 

 人間なのに、人間以上に強い怪人を従える彼女が、爆撃の怪人にはとても強く素晴らしい存在に思えた。

 

 先輩の背中はとても大きく、強く、そして底の見えない強大な悪という存在に見えた。

 

 「でもま、楽しい殺戮ショーは終わりかな?まだ下に残ってる奴らは、まぁまぁ強そうだし。きっとそいつらと殺し合いしてるほうが、私が別の用途で楽しめるかも。そう思わない?爆ちゃん」

 (楽しい・・・!?)

 

 リコニスが振り向かずに刀を揺らしながら喋る言葉は、それは本能でモノを言わせている様な口調であり、ここまでの道のりも楽しかったのだが、ここから先に起こりうる事も、彼女にとってはただ一つの退屈しのぎというカテゴリーに入っている。

 

 そう理解した爆撃の怪人は、リコニスの真後ろで肩を震わせる。

 

 武者震いの様な、もしくはリコニスへの忘れ得ない恐怖心の様なモノと、尊敬と、全てが一つになった震え。

 

 (やはり先輩は、リコニス先輩は──)

 

 ──格が違う!

 

 拳を震わせながらもう一度強く握ってみる。

 

 上手く力が入らないが、多分これはちゃんと握れている。

 

 尊敬と憧れを改めて強く持った爆撃の怪人は、「ま、いいや。行きましょ」、と言うリコニスに元気に返事をして、壮絶な争い事があったであろう金網の道を突き進む。

 

 リコニスと爆撃の怪人が通ってきた道、その奥・・・上へと通じるコンクリートの道には、無数の死体が斬られ、欠損させられ、血と肉片と死体が転がっていた。

 

 ここから逃げ出そうとした囚人達を、全員斬り伏せてリコニスはこの地下へと進軍を開始していたからだ。

 

 退屈が天敵のリコニスには、これもわずかな遊びの時間に過ぎない。

 

 囚人をおもちゃ代わりに、軽く壊れるまで遊ばせて貰う。

 

 そうしておもちゃを一瞬でとっかえひっかえしては、オレンジ色の囚人服を着たモノ達が無残に葬られた。

 

 【ズバズバ☆リコニスちゃんの殺戮人間解体ショー】

 

 誰かの血液で無理やり文字を書いたそれが、この地下フロアの入り口の上の壁に書き殴られ、ここでリコニスの“遊び”が開催されていると、ひと目で理解できる狂気的な雰囲気が、ヘルブラッククロスがこの監獄へと宣戦布告を行っている様に見えていた。

 

 ショー、の文字の血液が垂れては、一筋の線を作る。

 

 その線が床に到達すると同時に、下半身がなくなっている囚人の後頭部に、音もなく赤い雫が落ちて行った・・・。

 

 「さぁ、次はもっと楽しませて頂戴ね・・・」

 

 地下へ進むリコニスが口角を上げて、これから起こる楽しみと期待に、胸を踊らせていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 地下19階。

 

 巨大な監獄の地下エリアは、洞窟を削ったかの様な自然由来の壁がありつつも、鉄を上手く組み込んでは、電気で動く独房をはめ込んだ無理やりな構造をしている通路が幾重にも連なっていた。

 

 どこもかしこも囚人達の暴動が、ライブ会場の熱気が広がるかの如く、騒がしくとてつもなく大きくいつまでも続いている。

 

 もう動かない警備兵を何度も踏みつけて、殴り続けて、高笑い。

 

 お決まりの行動を飽きずに続けられる汚い顔をした囚人が、高らかに警備兵を持ち上げてまだ笑う。

 

 下卑た大笑いがこの地下のフロアに広がり続ける中、リーダー格の囚人の真後ろから、首根っこを掴まれる。

 

 「・・・邪魔、死ね」

 

 その言葉を耳元で囁かれた瞬間、汚い囚人は硬い鉄の床に頭を叩き落されて、今のこの一撃により絶命した。

 

 そしてこの頭骨が砕けて鉄に響き渡る音が鳴った事で、囚人達が一斉に音の鳴った方へと視線を動かす。

 

 「なんだぁ?」

 「うほっ、良い女♡」

 「オイオイオイ、今日はツイてるなぁ!」

 

 囚人達の騒ぎがまた別の方向で大きくなる。

 

 たった今静寂を作り、そして熱狂的な騒ぎを再度起こした原因が、女だったのだ。

 

 黒いタンクトップに、カーゴパンツ、軍靴を履いた鋭い目つきをした女性。

 

 髪を振り乱して姿勢を整えた彼女が、のそのそと近寄ってくる囚人達には目もくれず真ん中の道を歩き出す。

 

 身体にまとわりつくような視線を全て無視して歩く彼女に、後ろから囚人が手を伸ばした。

 

 背中から見ても筋肉質な身体と言うのいが良く解る、タンクトップの背中と、筋肉が詰まっていても柔らかそうな二の腕。

 

 それらを見ているだけで、ここに居る犯罪者達の欲望が抑えきれなくなる。

 

 身体を触ろうと伸ばしたその手は、二の腕に触れた瞬間、指先に痛みが走る。

 

 「っ!?」

 

 痛みは指先だけではなかった。手のひらいっぱいに、紙で切ったかの様に、細い流血の線が手相みたく流れ始めていた。

 

 「なん・・・」

 

 まるで鱗みたいなモノを触ったかの様な感覚に、囚人の顔に苦悶が走る。

 

 「まさか、てめぇ・・・」

 「はーいクソザコのみなさーん♡僕達ヘルブラッククロスに歯向かうなら殺しちゃうよ〜」

 

 この女が何者か、そしてどういう存在かを理解した途端に、また別の方向から声が聞こえてくる。この地下のフロアにはその声が良く響く。 

  

 「がハッ」

 「な、なんだ・・・苦しい・・・」

 「うげぇ・・・ゲボロロロ・・・」

 

 次々と不調を訴えて、その次は倒れていく囚人達。

 

 顔色を悪くしては血を吐いて倒れる奴も居れば、心臓を抑えてバタバタともがき苦しむ囚人の姿も現れ始める。

 

 「・・・」

 

 自分の身体に触られた事で、龍の怪人が後ろで手を抑えながら激痛に耐える囚人に振り向いてにらみつける。

 

 無言のままの彼女は、次々と倒れていく囚人を背にまるで地獄から這い出てきた、得体のしれない何かに見えている。

 

 身体つきは豊満な女性なのに、真っ黒な人型のシルエットに、赤く輝く眼光が、人間としての恐怖感を本能の奥底から警笛を全開で鳴らし続けている。

 

 汚い顔の囚人は、今日改めて自分がただの人間である事を思い知らされた。外に出て悪事のために生きようと思っていた事を、この数秒で悔い改める要因を痛感した。

 

 無事にこの監獄を脱出して外に出てやり直そうにも、こんなに生物的に恐ろしい存在が待っているのであれば、自分なんてただのゴミ同然だからと、この迫力で思い知ったからだ。

 

 「し、死にたくない!頼む、げほ、おれだけでも、ごほっ、ごほっ」

 

 急に命が惜しく感じて、命乞いなんかをしてみるがもう遅い。

 

 「ざーこ♡お前もう死んでるんだよ♡ねぇねぇ、絶対に勝てると思ってた女っていう奴に敗けたっていうのは、今どんな気持ちなのかな〜♡」

 

 龍の怪人の右隣に、毒蛾の怪人もフワフワと降りてくる。

 

 蛾の羽を展開させた彼女が降りてくる事で、汚い顔の囚人が、他の騒動の仲間達が倒れた理由が解った。

 

 その羽から鱗粉の様に散布されている粉を見て、囚人がもっと顔を青くさせる。

 

 「毒・・・」

 「へぇ、頭悪そうなのに、一瞬で理解出来たんだ?」

 

 ついに苦しくなって片膝をつくのだが、毒蛾の怪人と龍の怪人はこの毒の領域の中でも平然と立っている。

 

 平然としながら、毒蛾の怪人は囚人を嘲る様に顔を歪に微笑ませて、囚人を馬鹿にしている。

 

 普段ならこんな子供みたいな顔をしている奴に敗ける事なんてありえないが、今はこの存在が何よりも大きく、人間が絶対に逆らってはいけないと、本能が伝えているのだ。だから反抗なんて出来やしないし、逆上もしない。

 

 「うげぇ、し、死にたくな・・・い」

 

 最後まで命乞いをしてみたが、その声は届く事は無く、囚人は血とよだれと苦しさから来る涙で顔を汚して、さらに汚くなった囚人の顔。

 

 「しに・・・た、く・・・な・・・」

 

 どんどん苦しくなって、どんどん辛くなって、最後はその顔を床に落とす様にして、うつ伏せに倒れた。

 

 最早言葉も喋れない程、毒蛾の怪人の猛毒によって衰弱してしまったが、まだ身体だけはわずかにピクピクと動いているが、そんなのも終わってみればちょっと可愛く思える。

 

 「さーって、どんどん行こうか姉さん」

 

 毒蛾の怪人が面白そうな声で龍の怪人に反応を求めるけど、彼女から答えはない。

 

 「何か喋ってよー」

 「・・・」

 

 失禁して倒れ付す囚人も、足元に転がっている囚人達にも目もくれずに、龍の怪人は奥へと向かう。

 

 この先、この監獄の地下の独房に幽閉されている柏木タツヤの奪還は必ず達成しないと行けない。

 

 ヘルブラッククロスの目的のためにも、あの敗者が必要なのだから。総統が必要としているのだから、後の事は何も考えずに龍の怪人と毒蛾の怪人は更に奥深くへと進んでいく。

 

 「この先もなにか居るかな?例えば・・・ヘヴンホワイティネス級に強いやつとかさ・・・」

 「・・・居るなら、殺す」

 

 ヘヴンホワイティネスクラスの強敵がもしかしたら居るとして、立ちはだかるなら確実に殺す。それが龍の怪人のアンサーであり、過去に一度ヘヴンホワイティネスの3人に敗北している事を思い出すと、龍の怪人には怒りがこみ上げてくる。

 

 レジスタンスを名乗る裏切り者達との戦い。あの敗北で自分を造り出してくれたドクターパープルだけが怒られた、その原因が自分達であった・・・それを思うだけでも、この力の世界の残酷さを思い知るには十分だ。

 

 龍の怪人は力の世界とそのありかたに固執している。

 

 もう二度と敗ける事はない。来るべき自分達の世界で生き残る為にも、もう絶対にどんな相手でも龍の怪人は敗けないと決めていた。

 

 拳を強く握り、腕にも血管が浮き出てくる。

 

 その力強く握られた拳のまま、龍の怪人と毒蛾の怪人は更に地下を目指してつき進むのであった。

 

 「下に行けば行くほどやばい人たちが集まってるって情報だったけど、僕の毒ですぐに無力化出来るし、姉さんも普通以上に強いし、なんだか拍子抜けだねぇ」

 

 龍の怪人の後ろで毒蛾の怪人が笑いながら話しているが、龍の怪人は何も反応を示さない。無視をしている訳では無いのだが、その内容に興味が無いのか、足も止めずに監獄の通路をあるき続ける。

 

 地下20階。

 

 監獄もいよいよ最下層が見え始めるこのフロアでは、警備兵と囚人達がより大きく争ったのか、血痕も死体の数も上のフロアとは段違いの多さであった。

 

 凄惨な光景が広がるこの視界に、龍の怪人は闘争本能が大きく加速させられる。

 

 龍の怪人と毒蛾の怪人が正規の道から侵入した直後、フロアの中心の天井から爆発が起こり、瓦礫が落ちて連鎖爆発も巻き起こる。

 

 「敵!?」

 

 毒蛾の怪人はその天井の爆発に驚きつつ、警戒心も見せている。

 

 「先輩〜!!流石に10フロアぶち抜き爆破はヤヴァイですって!」

 

 爆発の中黒いコートの裾を燃やして現れたのは、爆撃の怪人。

 

 龍も毒蛾も存在は一度見ているから知っているのだが、あの怪人はリコニスラブの一人だ。

 

 それともう一人、爆撃の怪人から遅れて爆発を切り抜けて現れる、龍の怪人が警戒しているあの女の姿。

 

 その女の名前はリコニス。ヘルブラッククロスの大幹部の一人であり、単身でその席にまでたどり着いた実力者。

 

 しかしながら大幹部リコニスと言うのは、協調性が皆無で暴虐武人、更にはとてつもなく強く、あのヘヴンホワイティネスに寝返った佐久間ギンジに不意打ちとは言え重症を追わせた事もあるという。

 

 それが大幹部リコニス。

 

 リコニスの姿を目視すると龍の怪人は、全身が震える。ブルリと、揺れた肌には小さなポツポツがたくさん出来ていた。

 

 この女と戦い組み伏せられたら、どれだけ気持ちが良いのだろうかと、龍の怪人は考える。

 

 それとは別にリコニスは爆撃の怪人を踏みつけ、装備を含めた全ての体重を乗せたまま中央の十字路の通路に、二人して落下していた。

 

 「ヤヴァイ!ヤヴァイ!先輩ヤヴァ」

 「はいはーい大丈夫よ〜」 

 「踏んでる!落ちる!あああああ!!」

 

 人体が砕ける音を鳴らしながら、龍の怪人と毒蛾の怪人の前に墜落してきた二人。

 

 煙が舞い上がるその姿がやがて大きなシルエットになっていき、リコニスと爆撃の怪人が二人その姿を表しながらゆっくり立ち上がってくる。

 

 「先輩・・・どうやら自分、まだ立てるみたいです」

 「そ〜なんだ?じゃあまだ役に立ってちょうだい」

 

 ニヤニヤとしているリコニスの表情は、いつ見ても不気味だ。悪魔の様な三日月の口に、それを上下反転させた様な眼の形。

 

 黄金の鎧もさながらだが、龍の怪人の好みのお腹の形。

 

 だけどどれだけ欲情の対象に入ったとしても、この女だけは要注意人物だ。

 

 警戒していないと、いつか自分もサクッと殺されかねない、龍の怪人の警戒心もまだ落ちては居なかった。

 

 「あれ、龍と毒蛾の姉ちゃんじゃん。何してるの?」

 

 黒いコートを翻しながら、爆撃の怪人が二人立ち尽くしている二人を見つける。

 

 意外にも毒蛾の怪人は片手で「よっ」みたいな挨拶をするも、龍の怪人は腕組みをするだけで、返事は返さない。

 

 「柏木は見つけられたのかな?」

 

 爆撃の怪人に少し遅れてリコニスが龍と毒蛾の怪人に、目配せをしながら近づいてくる。

 

 今回この監獄に襲撃したのは、元大幹部である柏木タツヤを救出?というよりは、政府の監視下から取り戻す為に、大幹部一名と、怪人七名による大襲撃を行っているのだ。

 

 ヘルブラッククロスに忠誠を誓うのであれば、殺さずに手元に置いておけという総統の命令だが、今の所忠誠を誓う者は現れて居ないし、敵として歯向かってくる者しか居ない。

 

 「まだ見つけられてないよ。でもまぁ・・・」

 

 毒蛾の怪人がリコニスの言葉に反応を返して、羽を可愛らしく揺らす。

 

 「あのロリロリタツヤだったら、この監獄の一番下に居るってさ」

 「へぇ?なんでそんな事知ってるの?」

 

 毒蛾の怪人の話す内容に、リコニスが怪訝な表情を見せる。

 

 「ここに来るまでに警備兵達を毒殺する前にさ、先に聴いておいたんだよね。ザコの癖に抵抗なんかしようとするから、もう姉さんはブチギレでさ。とにかく僕たちが先に情報はゲットしておいたからさ」

 「ふぅん?それで、柏木を連れ出した後は、どうやって逃げ切るのかな?外は軍隊でいっぱいなの知ってた?」

 「え・・・なにそれ、僕らはそんなの聴いてないよ!!」

 

 毒蛾の怪人の勝ち誇った様な顔は、すぐにリコニスによって消されてしまう。この監獄の外に軍隊が到着している事は流石に知り得なかったのか、毒蛾の怪人は非常に焦った顔をしている。

 

 この情報には龍の怪人も驚いたのか、腕組みを解除してリコニスの方に視線を動かしている。

 

 「自分ら、先に突入したのにここまで来るの遅れちまって・・・」

 

 次に爆撃の怪人が下を見下ろせる空洞のある手すりに腰掛けながら、リコニス、龍の怪人、毒蛾の怪人へと情報を伝える。

 

 「地下への道がわからないから手当たり次第殺して回っていたのだが・・・結局地下への進み方が見つけられないまま、囚人達が溢れかえってな。仕方ないから、そいつらを殺していたら、気がついたら外には自衛隊とか、日本政府軍が待ち構えていてな・・・いやーまいった」

 

 全く持って参った表情をしていない爆撃の怪人の言葉に、リコニスも苦笑する。この監獄が襲撃される事自体が政府にとっては予想外の出来事であり、普段とは違う対応という事で、軍隊の出撃になったのだろう。

 

 上に残っている機械の怪人が今その軍隊と戦っているのだろうか。

 

 詳しい事は不明だが、いよいよヘルブラッククロスの行動一つで軍隊が出てくる事が解った。

 

 これはそれだけこの政府と呼ばれる組織が、ヘルブラッククロスを警戒し初めたと言う事。

 

 「アハハ、それじゃあ何?僕達が目的を達成したとしても、今度は軍隊と戦わないと行けないってコト?」

 

 半分同様を隠しきれていない毒蛾の怪人が、笑いながら言うと、リコニスも口を大きく開いて、歪な表情のまま微笑む。

 

 「面白そうね。しばらくは退屈もしないかも。軍隊と戦えた、なんて馬鹿げた思い出が出来たら、本当に心の底から楽しめそうだし・・・」

 

 リコニスの笑い声と狂気的な口調が、怪人三名の背筋に怖気を走らせる。

 

 顔だけ見ればそこら辺に居る普通の少女となんら変わりのない顔が、悪魔の顔になりながら、並々ならぬ狂った発言をしているのだ。

 

 誰が聴いても頭がおかしいと思う発言を、こんな嬉しそうに退屈しのぎの一環として話す事が、余計に人間味を感じさせなかったからだ。怪人相手にも臆さない胆力と実力を持っているも相まって、一番闘争本能が強い龍の怪人であっても、リコニスに恐怖しそうになる程だった。

 

 「それに・・・ヘヴンホワイティネスとかはどうでも良いけど、しばらくギンジちゃんと殺し合い出来ないんだったら、それぐらいしても良いでしょ?ああ、帰りの時間が楽しみになってきた」

 

 リコニスが興奮しながら、恍惚な表情で瞳を煌めかせる。きっと彼女の瞳の中に写るモノは、軍隊を一人で蹴散らして虹層作市全域に戦火の炎が渦巻く情景が見えているのだろう。

 

 「はやく柏木のアホを持ち帰って、軍隊と戦いたいわ。ねぇ、立ち話なんてもういいでしょ?早く行くわよ」

 「流石先輩です!」

 

 リコニスが最後に一息でそう宣言すると、地下への道をまっすぐ歩き始める。

 

 リコニスの背中から見えているのは異質な狂気の雰囲気。

 

 どこまでも深く、なによりも狂い、圧倒的なまでの渇きと潤う事の無い殺戮と破壊の衝動。

 

 大幹部リコニス、1000人殺しのリコニス、ヘヴンホワイティネスクラスの狂人。

 

 ヘルブラッククロス1の鉄砲玉。

 

 それがリコニスであり、力に個室する地獄で暴れ狂う悪魔。   

  

 (恐ろしい女だ・・・)

 

 後ろ姿を見せるリコニスを見て、龍の怪人は初めて彼女に敬意と同時に恐怖を感じた。

 

 人間にも恐ろしい奴が居る。力や知能という問題ではなく、どう形容して良いのか解らない、とにかく底知れぬ恐怖。

 

 (敵にする事も無いけど、この女とだけは寝られそうにないな)

 

 歩き出した大幹部の背中に追いつかない様にして、龍の怪人と毒蛾の怪人は柏木タツヤの捕まっている深淵へとその歩を進めた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 地下25階。

 

 ここまで来れば暴動は囚人達の完全勝利で幕を降ろしており、魔法の闇人による完全采配により、女性警備兵や教官は、哀れな程慰みモノとされてしまっている。

 

 「いやしかし、すげぇ術なんだな、退魔の術ってぇのはさ」

 

 囚人達が中心人物となる魔法の闇人を崇める、謎の集会が開かれている中、鎌鼬の魔人がかつての敵であった退魔教会の上層部であった老人、赤天と共に共感しあっていた。

 

 「フォッフォッフォッ・・・当たり前じゃ。本来ならば貴様ら魔人を討伐する為の技術であり、人に使うモノではないのじゃからな」

 「ボクちゃんら、もっと早く会っていれば、こうして解り会えたのかも知れないのにねぇ・・・ま、今は仲良く出来て嬉しいよん」

 

 元が鼬なのか、鎌鼬の魔人が自分の喉の毛並みを揃えながら、赤天と共に笑っている。

 

 その目の前に立つ全身真っ黒な大男、鋼鉄の魔人もその赤天の退魔の術には関心を示している様子で、硬いコンクリートの上に腰掛けながら、かつて自分達を苦しめた力の有効活用に、ニチャニチャとした笑顔を見せている。

 

 この赤天と呼ばれている老人の術は、魔人である鎌鼬と鋼鉄の魔人にはとてつもなく大きなダメージを与えられてしまう、いわゆる毒の様なモノ。

 

 その技術は単純に攻撃だけでも多種多様に存在しており、破邪と呼ばれる見えない力が大元となっているらしい。

 

 そんな破邪の能力は、応用次第では人にも作用できるという事で、実際に見せてもらったのは、気の強そうな女性教官の脳の中に、実際とは違う現実を植え付けたり、自分の意思とは関係なく身体を操ったりするという、ゲヘナミレニアムでも実現には相当時間のかかる事を、この老人は一人で数人やってのけたのだ。

 

 魔法の闇人が周りの囚人達を崇拝させているのも、その脳を使った洗脳の如き力らしい。

 

 「どうじゃ?これから儂はあの美少年、名前は・・・魔法の闇人と言ったかね?アレにつ行こうと思うのじゃが・・・」

 

 赤天が下卑た笑いを見せながら提案を述べようとしたが、鋼鉄の魔人も鎌鼬の魔人も、その言葉を遮る様にして笑顔で言葉を返す。

 

 「もう過去の組織の事なんか俺たちには関係ないんだ。俺も鎌鼬も、あいつについていくよ」

 

 鋼鉄の魔人が首を向けた先に居る、魔法の闇人のの姿を三名で視線に入れながら、元々敵同士だった者たちがここに集結してしまった。

 

 「・・・ふふ」

 

 薄く笑いながら囚人達の洗脳を完成させた魔法の闇人。

 

 彼の行動、発言の一つひとつが、とてつもなく大きな征服感を醸し出しており、そのどれもがただの人間である囚人達の心を掴む程にまでなったのだろう。

 

 元々悪の志を持っている事が、魔法の闇人にとっては本当に好都合だった。

 

 こうして自分を崇め奉る様にするのに、長い調教なんて必要なくなるからだ。

 

 自分の魔法と呼ばれる能力で、自分の都合の良い様に操る事も出来るからこそ、魔法の闇人は人間の操作を得意としている。

 

 赤天と鋼鉄と鎌鼬の魔人は、憎き怨敵でもある退魔警察レイナを嬲る為。

 

 魔法の闇人はマージ・ジゴックを次ぐ、新たな組織の誕生と、魔法少女サクラの撃滅の為。

 

 悪に心を染めた救えぬモノ達が、今度こそ目的を達成させる為に、強い団結を生み出し初めていた。

 

 「む・・・なんじゃ?」

 

 血が充満する様なこの地下のフロアで、赤天が何か見知らぬ気配が近づいていくるのを察知する。

 

 今までの楽しみに満ち溢れたこの空間に、明らかに場違いな例えようの無い何か大きな悪性そのモノの存在。

 

 それらがこの地下に大きく近づこうとしていた。

 

 「・・・警戒、したほうが良いのかな」

 

 にこやかな姿勢を崩さないまま、魔法の闇人もこの近づいてくる悪性存在に警戒を示している。

 

 「味方ならいいが・・・」

 「敵なら・・・ボクちゃん達の脱獄前に、盛大なパーティーが開かれるね」

 

 人ならざる存在である3人が、警戒を示し初めたのは、囚人やここに居た人間とはまた違う雰囲気を感じ取れたからだ。

 

 異人と同じ気配を感じ取った。

 

 魔人と闇人に同じ生命の反応を悟らせて、さらに敵意を姿の見えないこの瞬間から感じさせるという事は、まず間違いなく異人。

 

 それも闇人や魔人ではなく、超人か怪人か、それともまた違う新たな存在なのだろうか。

 

 「はは、強い殺気も感じるね」

 

 薄ら笑いを浮かべた顔のまま、魔法の闇人がこちらに迫り来る謎の気配達を迎え入れようとも、返り討ちにしようとも解らないまま、指先に魔法を込める。

 

 こちらに向かってくるのが異人であれ、囚人であれ敵としてこちらに来るのであればすぐに攻撃を打ち込む為の魔法の準備。

 

 少し離れた所に居る鋼鉄の魔人も同じく向かってくる異人達の気配に、警戒の体制を持ち始める。

 

 「いっつでも戦ってやるぜ・・・来な!」

 

 鋼鉄の魔人の声が聞こえたのか、いよいよ真上に迫ってきた気配達が、二人の存在が姿を表して、この崇拝場に飛び降りてきた。

 

 一瞬薄暗く見えるその奥からは、タンクトップ姿の女性の姿と、黄金の鎧に身を包んだ、どちらも顔は鋼鉄の魔人も鎌鼬の魔人も好みの部類と言える女性の姿だった。

 

 しかしこんな監獄に似合わない姿をしている事と、タンクトップ姿の女性の方は、瞳の色が人間とは違う事が、この距離感でも確認出来た為か、鋼鉄の魔人はその存在がやはり異人であった事を再認識し、こちらに向かってくる女を、防衛と称して押し倒す目論見で迎撃に入る。

 

 「俺達ときんもちー事しよう・・・」

 「死ね」

 

 タンクトップ姿の・・・龍の怪人が強い一歩で、しかし音も鳴らさずに鋼鉄の怪人の顔面をめがけた龍の脚が突きこまれた。

 

 アクロバティックな動きからの遠心力を込めた突撃蹴が、鋼鉄の魔人の顔面にクリーンヒットしたままだが、倒れる事は無く、靴底を真正面から受け止めてなおニヤニヤと気持ち悪い笑顔を見せている。

 

 「硬い、な」

 「そこらの異人とは鍛え方が違うぜよ」

 

 龍の怪人とて手加減は絶対にしていない。地下に向かう以上、目の前に居るなら殺す。例え忠誠をヘルブラッククロスに誓おうが、彼女にとってそれは関係ない。

 

 異人等というカテゴリーが気に入らない。

 

 全ての生物の統合は怪人だけで良いというのに、この世の中のなんでもカテゴリーを決めたがる。

 

 この力が全てを決める世界に生きようとしているのであれば、今後も気に入らなければ殺して行く。

 

 それが龍の怪人がヘルブラッククロスで生きると決めた覚悟でもあった。

 

 「鋼鉄!」

 

 鋼鉄の魔人の背後で両腕を鎌に変形させて、龍の怪人にその刃を向けて来た。

 

 「いきなり攻撃してくるんだ、ボクちゃんらの敵って事で、バラバラに引き裂いてやろう!」

 

 鎌鼬の魔人も攻撃に出るが、空中に飛んで龍の怪人の頭上を正確に捉えた。

 

 「あらら、私も居るんですけど〜?」

 「!?」

 

 鎌鼬の魔人の目の前に飛び出してきたのは、黄金の鎧に身を包んだ少女の姿。

 

 「ハジメマシテ。私、ヘルブラッククロスの大幹部のリコニスちゃんでーす。早速だけどここより更に地下に用事があるので通してくれる?」

 

 同じ空中に居るのに、リコニスの攻撃が素早く繰り出されると、鎌鼬の魔人と何度も刃をぶつけ合う。

 

 空中で火花が散る戦闘の中、お互いが重力に引っ張られて着地すると同時に、龍の怪人とリコニスが後方に飛び引いた。

 

 それを追いかけようと突撃を開始する鋼鉄、鎌鼬ペアの目の前に泡立つ粘液状の何かが壁の様に形成されて行き、追撃の手を止められてしまう。

 

 「やっほーザコそうな怪人?ちゃんたち。僕達の目的の為に、とりあえず死んじゃいなよ♡どうせザコなんだからさ♡」

 「え・・・可愛い・・・」

 

 この泡立つ粘液の壁は毒。毒そのモノで形成された壁であり、それを出して妨害して来たのは、毒蛾の怪人。

 

 少年の様な見た目をして、こちらを嘲笑しながら嘲ってくる怪人を見て、鎌鼬の魔人がリビドーを加速させる。

 

 「ボクちゃん、あの子とイチャイチャしたい。いい?」

 「俺はあのタンクトップの女を食いてぇ。あの胸の大きさ、きっと汗が溜まってるに違いない」

 「へぇ〜・・・君たちみたいなクソザコに見える人たちにそんな事出来るかなぁ?」

 「・・・殺す」

 

 鋼鉄の魔人、鎌鼬の魔人

      vs

 龍の怪人、毒蛾の怪人

 

 四人の異人達が目線上で火花を散らしながら、戦闘が始まろうとする中、リコニスの足元には既に何人かの囚人達の死体が転がっていた。

 

 特になにかされたとかでは無く、ただ殺したくて殺した。

 

 黄金の刀に血液が滴り落ちる中、リコニスの眼の前には老人の姿が。

 

 「フォッフォッフォッ・・・粋がるなよ小娘・・・」

 「あら、おじーちゃんが私の退屈を払拭させてくれるの?」

 

 赤天が札を取り出してリコニスに対峙する。

 

 (この小娘・・・人でありながら、積み上げた実力は魔人以上にあるな・・・?早々に頭を潰さなければ、儂の野望が達成出来ないかも知れぬ・・・)

 

 赤天の視界に入るこの少女、名前をリコニス。

 

 ただの人間とは思えない程の高い戦闘力、恐ろしいまでの残忍さを見せつけ、更にはこの赤天に向かって来ながら何も臆していない姿。

 

 (・・・恐ろしい、小娘じゃな・・・)

 

 そのリコニスに向かって赤天も容赦無く破邪の札を取り払い、黄金の鎧の動きを封じようと動くが、飛んできた札はリコニスに近寄る前に間に現れた新たな異人の存在によって妨害されてしまう。

 

 「何奴!」

 「自分はリコニス先輩を守る、爆撃の怪人。てめぇごときしわしわのペ○ス野郎が、リコニス先輩を触れると思うなよ。殺すぞ」

 

 黒いコート翻しながら、爆撃の怪人もリコニスに追いついた。

 

 飛び出してきた札の最後の一枚を爆発させると、爆撃の怪人が赤天を相手にガンを飛ばしてきている。

 

 「お前を先に操り、その先輩と呼ばれる小娘を犯してやろう」

 「やってみろよ。そんな事したらタダじゃおかねぇぞこの包○野郎」

 

 爆撃の怪人vs赤天 

  

 三名の怪人と三名の囚人の激突が始まった中、戦闘からあぶれてしまったリコニスは、理由も無く立ち尽くす囚人の一人の首をはねる。

 

 骨すら綺麗に落として頭部を身体から切り離された囚人は、一言も発する事無く血を噴出させて硬い床に倒れ付す。

 

 「はは、君、可愛いね。どうかな、私達と来ないかい」

 

 死体の山を王座の様にして座る、美麗な顔の男・魔法の闇人がリコニスを見下ろしながら、その手をユラユラと動かしている。

 

 リコニスは黄金の刀に付着した人体の脂と血液を振り払いながら、魔法の闇人の持つエネルギーが怪人とは違う能力である事を察知出来た。

 

 リコニスも一度ぶつかった事のある、魔法と呼ばれるエネルギー。

 

 こんな男?怪人モドキ?でも魔法を使えるのであれば、組織に持ち帰って実験にでも使えるのだろうか・・・。

 

 「私をヘッドハンティングしたいなら〜」

 

 黄金の刀の切っ先を魔法の闇人に向けて、再びリコニスは悪魔の様な顔を見せつける。

 

 その顔はただ笑っているだけにも見えるのだが、瞳の奥に底知れぬ狂気を孕ませた彼女の微笑みは、魔法の闇人に悪寒を走らせる。

 

 「退屈させないでくれたら、考えてあげてもいいわよ」

 「はは、死闘をお望みかな・・・?」

 「死闘?ヒャハハハ!」

 

 死闘。その言葉を聴いてリコニスは身体を反らせて盛大に高笑いを始めた。

 

 ──目的一つ持っていない様なお猿さんがこの私と死闘ですって?

 

 笑みを崩さないまま、リコニスが両腕をだらんと降ろして、身体を元の姿勢に戻した。

 

 ──私と死闘を演じられるのは、ギンジちゃんだけだし!

 

 血走った瞳を見せつけながら、リコニスの右手に握られた黄金の刀、抱腹絶刀が小刻みに揺れる。

 

 ──大した事出来ない様な顔して、そのくせ戦闘だけが生きがいって顔してるね・・・!

 

 「いいわ、私と退屈させない【死闘】って奴、演じてみなさい!」

 「美しいまでの戦闘狂、か。はは、殺さない程度に愛でてあげる」

 

 黄金の刃と、無数の魔法がこの薄暗い監獄に輝き、リコニスと魔法の闇人が笑みを崩さないまま激突を果たした。

 

 爆炎の球体も氷結の柱も、リコニスに命中したように見えたが、彼女が何事もなかったかの様に、魔法を斬り払い、魔法の闇人に肉薄して来た。

 

 「お前には地獄を見せるわ」

 「はは、地獄なんて言葉、私達の専売特許なのだがね」

 

 大幹部リコニスvs魔法の闇人

 

 柏木タツヤ奪還、進捗86%!!

 

 

続く

 

 




お疲れ様です。

前書きでも言いましたが、重ねて投稿遅れすいませんでした。

ここまで来たのならエターはしない様に頑張りますので、最後まで書ききりたい所存!

キャラネタ書きます

龍の怪人
バスト・でかい(男の夢と欲望が詰まっている)
ウエスト・でかい(引き締まっています)
ヒップ・でかい(柔らかくも、硬くもなく)
パワー・強い(成人男性をワンパンKO出来る)
作者の癖が詰まった怪人。ガチ百合ガチレ○

毒蛾の怪人
メスガキ。毒の能力はかつてヘヴンホワイティネスに負けて以来、様々な技を研鑽した模様。

爆撃の怪人
言葉の節々に卑猥な言葉を混ぜてくる。なんだよコイツ、蜘蛛の怪人か?

鋼鉄の魔人
人種差別は否定派。退魔教会に負ける前は、休暇でアメリカに言ってデモに参加していた。
人間の女の好みはナイスバディならどんな人でもおk

鎌鼬の魔人
お笑い芸人に同じ名前の人が居るらしく、サイン貰ったりしていた。
人間の女の子の好みは幼くてあどけなさのあるロリっとした子。

魔法の闇人
美麗な顔つき、おとなしい、イケメン、でも夢はハーレム王国。
こりゃマージ・ジゴックもサクラ一人に潰されますわ。
本名・コンキリエ

赤天
クソザコ退魔師。東刑務所から、こちらに輸送されて来ていた。
黄、緑、青が素直に敗けを認めた中、彼だけはギンジにもレイナにも報復をしようと画策していた。反省が認められず、虹層作市へ。

リコニス
魔法の闇人の死闘と言う言葉になにやらキレた?模様。
リコニスは一体何を求めているのか・・・?
ギンジちゃんと死闘するのもいいけど、若干ギンジちゃんに責められたい・・・かも。

ギンジちゃん
リコニスの脳内に居る佐久間ギンジの事。とてつもなく強いけど、私には勝てないかなーー?あ、でも意外と紳士な所もあるし、面白いし、夜はヘヴンホワイティネスを抱いてるのかしら・・・
あーーーーそんな事想像したら殺したくなって来た!!
ムカつくのよ、ヘヴンホワイティネスがギンジちゃんと一緒に居る事がぁ!

・・・

次回は、ヘルブラッククロスvs囚人戦の大激突!
触手の怪人、犬の怪人、紐の怪人がなんとまさかの・・・!
龍の怪人と毒蛾の怪人と爆撃の怪人も戦闘が激化!
次回もお楽しみに!


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94・監獄襲撃・4

こんにちは、アトラクションです。

監獄襲撃が・5で終わるかも、とは言いましたが話しの流れを調節して・6まで続ける事になりました。

この一話に全員の戦闘をつめこむのは無理だ!ってなりましたので、申し訳ございません。

それではどうぞ!


 虹層作市の監獄刑務所の中は、地獄。

 

 どこかの独房に捉えられている囚人は、そう告げてこの独房で死に至った。

 

 犯罪者には容赦なく拷問を与えるこの環境こそが、生きる全ての人間、生きる全ての囚人にとっての大きな地獄。

 

 そのはずだった。

 

 9月6日、この日、虹層作市の監獄刑務所は、地獄と呼ばれるこの場所を、本当の意味で地獄に変えてしまった。

 

 人を超える超常的な存在である怪人達の大侵入によって、ありえなかった囚人達の暴動、そして怪人達の侵入、警備兵は死に絶え、外にはまさかの軍隊の出撃。

 

 それに加えて・・・虹層作市全域に走る衝撃と大混乱。

 

 中央監獄刑務所に立ち昇る無数の黒煙。

 

 そしてこの監獄の地下では・・・。

 

 「オヒョヒョ、サン・アンフェールとはやはりザコ!」

 

 柏木タツヤの奪還作戦の為に、この政府の土地とも言うべき監獄内部において、ヘルブラッククロスの触手の怪人、犬も怪人、紐の怪人がサン・アンフェールのガット、チョトツ、ソル・レヴェンテと交戦を開始していた。

 

 お互いに敵組織に所属しており、超人と呼ばれる彼らと、怪人と呼ばれる彼らの戦いは、到底人間に真似できる様な戦いではない。

 

 「ニャハッ、一撃を当てただけでいい気になるなよ!」

 

 猫の超人であるガットが、オレンジ色の囚人服からその毛皮を表しては、威嚇する猫の様に毛を逆立てている。

 

 猫の瞳がギョロリと瞳孔を細くさせると、伸ばして両腕の爪をコンクリートをひっかきながら突進してくる。

 

 「猫罰爪王斬(キャットフルブレイド)!」

 

 明らかに鋭利になった両の爪を伸ばした攻撃は、触手の怪人が眼に捉えられない速さで振り回され、音もなく猫の超人ガットは姿を消した。

 

 「あり?逃げ・・・っ!?」

 

 触手の怪人が宇宙人の様な小首をかしげると、自慢の無数の触手達の表面に、これまた無数の爪痕が残され、それから少し遅れて体表から紫色の血液が流れ出てくる。

 

 「馬鹿な・・・!?」

 「ニャハハ、見えなかったかい?」

 

 姿を消した筈のガットが、触手の怪人の耳元でふぅふぅと息を立てる。

 

 無数の触手全てに爪の切り傷をつけて消えたのではなく、見えないぐらい速く動き、触手の怪人の背後に回っていたのだ。

 

 「サン・アンフェールがザコ?言うじゃないか、ヘルブラッククロスのザコめが・・・」

 

 ギザギザの歯を見せつけながら、ガットが勝ち誇った笑みを見せる。

 

 ヘヴンホワイティネスとはまた違う斬撃を味合わされた事で、触手の怪人が顔色を変える。怒りとも微笑とも取れる謎の顔で、ガットに向き直るその姿は、まるで大きな蛇にも見えるぐらいには、触手を床に引きずっている。

 

 「キレたぜ・・・あっしらを馬鹿にするとはなぁ・・・」

 「バカなんだから当然だにゃぁ・・・」

 

 ガットの言葉に一本、拳台の大きさの触手を殴りつけようと伸ばしてみるが、やはりガットには当たらない。残像でも出すかの如く、ガットの姿が左右に分かれて消えてしまったからだ。

 

 「お前のその触手を輪切りにしてステーキにしてやるぜ、お兄ちゃんよぉ!」

 「ステーキ?触手は刺し身のほうが美味いぜ・・・お前には絶対に食わせてやらんけどな!」

 「いるかバカ!」

 

 ガットの声が聞こえたのは頭上、挑発に乗って触手の怪人が拳の触手を伸ばしてみるが、もう既にガットの姿はなく、空を虚しく切るだけ。

 

 「下だ!」

 

 三本の触手が閃光を帯びるかの様に、触手の怪人の胴体と顎を狙った、思い切りの良い強力な攻撃が命中してしまう。

 

 「ニャハハ、遅いし、よそ見もする。そんなんじゃあ、このガット様には勝てないぜ」

 「オヒョヒョ、抜かせ猫娘。お尻にドリル触手ぶちこむぞ」

 

 どういう訳か挑発になっていない挑発をしている触手の怪人の発言に聴く耳を持たず、ガットがせせら笑う。

 

 この笑いはこいつだけは何があっても殺してやると言う、自分より下の立ち位置にいる奴へのマウント意外に何でもない。

 

 絶対に殺すと決めた以上、猫の瞳が真っ赤に染まり、キリキリと歯を固めていく。その表情を見た途端に、触手の怪人には見えないぐらい素早く動き出して、触手の怪人を追い詰めていく。

 

 「くっ!こんな狭い(・・)場所でそんな素早く動き回るなんて・・・ずるいぞ!」

 (せまい?一体何を・・・?ま、良いか、殺すしなんでも)

 

 先程までは広い場所で戦っていたようだが、いつの間にか二人が入ってやや狭く感じる(・・・・・・・)部屋にまで移動して来た様だった。

 

 「どうしたどうした!動かないのか!それともいたぶられる趣味にでも目覚めたか?ニャハハ、とにかく死ね!猫爆裂爪(キャット・バビロン)!」

 

 この地獄において、最後に勝つのは我々サン・アンフェールだ。ソレ意外の勝利はなく、陽光の輝きこそがこの弱肉強食の世界を成立させる。

 

 禍々しく輝いたS字の爪が、触手の怪人の額に向かって飛び出してきた。その爪から感じ取れる殺意はとてつもなく大きく感じるが、触手の怪人はこんな事では臆さない。

 

 「そんなに動き回ってばっかりだと、あっしに捕まるぜ?覚悟は出来てる?」

 「先程からまともに動けてもいない、そして攻撃も当てられていないくせに、ほざくなミミズ野郎!」

 

 今度こそ捉えた頭部。どこに心臓があるか解らないが、同じ異人同士頭部を潰せば殺す事が出来なくとも、動きは止められる筈。

 

 そう睨んだガットの爪が、触手の怪人の額についに到達した。

 

 これで勝った。ヘルブラッククロスの怪人なんて、取るに足らないのだ。今まで何をビビってお互い戦わなかったのか不明だが、いざ戦ってみればこんなモノ。あっけなく終わる。

 

 「ふんっ!」

 

 ガットは自分の勝利が来たと、完璧に信じていた。

 

 触手の怪人が鼻息いっぱいに踏ん張った声を出したのは、その硬い頭部の皮膚を活かして爪を砕き折った声だった。

 

 ガットの爪が砕け散った一瞬、何をされたのかが理解出来なかった彼だが、事の重大さにあっけに取られるわけでもなく、すぐにその場から飛んで離れる。

 

 「ニャッ!?にゃにが!」

 

 触手の怪人からは眼を離さずに、後方に飛び出すガットの背中が壁とぶつかった。

 

 「だから狭い(・・)って言ったでしょ。もっとよく周りを見てごらんよ」

 「ニャんだこれは・・・!!?」

 

 ガットが振り向いて、そこに見える壁はとてもコンクリートの壁とは思えない、蠢きながらも鼓動を感じる生命体の様な壁が出来ていたのだ。

 

 くぱくぱと口みたいな部位も、やらしくヌルついた液体を絞り出す様に噴射する部位も、黒い眼球がいくつもギョロギョロと動かしながら、ガットと眼が会った瞬間に、一斉に動きを止めて全ての眼球がガットを凝視する。

 

 「・・・」

 

 この瞬間、ガットがついにあっけに取られた。

 

 「あっしは別に、動きが遅いわけでも、攻撃力が低いわけでもありゃせんぜ。ましてや弱いだけでも無くてな・・・」

 

 宇宙人の様な顔がどんどん強い悪を滲み出しながら、勝ち誇った顔でガットに歩み寄る。

 

 その姿が本能的な恐怖を呼び起こさせたのか、ガットが触手の怪人から眼を離せないまま、後方へと押し込む様にして下がるも、蠢く壁によってこれ以上下がれなくなってしまう。

 

 「・・・はっ、はっ・・・」

 

 ガットから見えた触手の怪人の足元には、床を伝って四角く広がっていく触手が無数に見えた。

 

 それらは中心に立つ触手の怪人から伸びては、鼓動を分かち合うかの様にして、その無数の触手達がガットを囲う部屋となっていた。

 

 「まさか・・・これだけの触手を、自分の身体とつなげながら、このガットと戦っていたのか・・・!?」

 「ま、そんなトコ。これ、あっしのフェーズ3の能力なんだ。名付けるならば、メガギガテラペタエクサ・ゼッタヨッタ・テンタクルズ。この部屋に囲まれた女は、快楽に悶えながら、あっしの子を孕む」

 

 わざと弱いフリをして防戦一方に陥ったのは、この触手部屋が完成されるまでの辛抱のためであり、準備が整ってかつ、この猫は触手の怪人が招待した部屋にわざわざ入ってきた。

 

 オヒョヒョと笑うその顔がなんとも怖く、得も言われぬ恐怖心がガットの神経を逆なでする。

 

 後頭部を淫執に蠢く壁に埋めると、もう身動きは出来なくなる。

 

 身体をまとわりつく触手が、ガットの手足を拘束し、あの素早さはもう披露する事はなくなってしまった。

 

 「そして捕まったのが男ならば・・・」

 

 触手の怪人が壁と身体から無数の極太触手を取り出しながら展開させる。

 

 大きく伸ばされた人の舌、ベロの様に見える形状のその触手には、無数の大小の瘤が取り付けられ、または淫靡な形を取ったしなやかで、弾力のあるような触手。

 

 これならばどんなに精神力の強い女でも、すぐに絡め取り、その弾力とヌラついた液体と、THE神経毒により、屈服させられる事だろう。

 

 「男ならば、死ぬまで叩き、この触手の糧となる」

 

 伸ばした瘤舌触手を剣の様に向けて、ガットの鼻先をつつく。

 

 「地獄に堕としてやる・・・!」

 「や、やめ・・・にゃあああああーーーー!!!!」

 

 壁や本体から伸びる全ての触手を全身余す所無く、思いっきり叩きつけていく。

 

 「ニャァ・・・!?」

 

 瘤のついたベロ触手が鞭の様にしなりながら、表面についた粘液と共にガットの皮膚を叩き擦る。しなやかなその触手は瘤と肌に触れるとピリピリとした痛みと叩いた痛みが重なっていて、しっかりと身体に跡をつけるようにしては、ガットの身体の一部にくっつけたまま一気に引き抜いて元の位置に戻っていく。

 

 それは言うなれば、肉のヤスリがけであり、間違いなくガットを確実に地獄に追いやる一撃であった。

 

 無数の触手の内、一本細い触手がガットの口を塞いで、声も上げさせない。

 

 そうして再び全身をめった撃ちにする瘤ベロ触手の殴打の合図が、ガットの視界いっぱいに広がり、想像している痛みが、想像以上の威力でガットの身体をぶっ叩いて行く。

 

 肉を削り、毛皮を引き裂き、骨を叩き、命を砕く。

 

 この光景はまさしく地獄。

 

 女ならばある意味天国で、男ならば間違いなく地獄の触手の世界。

 

 「おヒョヒョヒョヒョ!」

 

 ぶるん、ぱちん、べちゃ、ぼろん、ぐちゅ、どぴゅ・・・。

 

 触手の怪人の高笑いと耳元で鳴る粘着質な触手の水音。

 

 触手の怪人がどこが腕でどこが脚なのか解らない全身をくねらせて、大きく息を吸い込む。この部屋の全てが触手の怪人の一部なのか、全ての触手がガットを暴力で埋め尽くす。

 

 「ハイクオリティ・タン・テンタクルズ・インポート・インサート・インスタ・ハイスタンダード・オブ・ザ・ブラッドエッジ・シェイクスピア・ピースインフィニティ・ハイライト・ウィンストン・セッターラッキーストライク・ダブルバースト!!」

 

 やたら長い必殺技を絶対噛まずに言い切る事こそ、この触手の怪人の真骨頂。そしてこの強さもまた、彼にしか出せない魅力である。

 

 ガットの断末魔を聴く事も無く、無数の極太触手達による殴打の嵐が、ガットの命を完全に消滅させた。

 

 「ほら、やっぱりサン・アンフェールってザコじゃん?」

 

 潰れて見る影も無いガットの亡骸を触手で吸い取りながら、触手の怪人がせせら笑い返す。

 

 「あっしの同期、進化の怪人ぐらい強くないと、あっしらは止められんぜ。地獄の太陽でも崇めて反省会でも開くんだな」

 

 にちゃりとした触手をパスタを啜る様に、身体に巻き戻していく。

 

 触手に付着しているのは淫靡な毒ではなく、ガットの血液であった。その血液を一滴も残さず体内に取り込むと、触手の怪人は触手部屋からひょっこり頭を出して、後の二人の戦況を観戦するのであった。

 

 触手の怪人vsガット

 

 勝者・触手の怪人

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 二本の鉄棒を振るい、両手でくるくると回しつつ打ち鳴らしながら、サン・アンフェールのソル・レヴェンテは紐の怪人と交戦を繰り広げていた。

 

 ソルの攻撃は自信に放射能を纏わせた体当たりや、その武器による殴打が主な攻撃手段だ。

 

 ムーン・パラディースから奪った変身道具を用いた時は、更にその威力が倍増され、ソルは人の身でありながら超人達と肩を並べる程の強さを手にする事が出来ていた。

 

 今でも同じサン・アンフェールの超人達にも敗けないぐらいの胆力と、実力は兼ね備えていると自負がある。

 

 それ故になんとしてもタイヨーズを開放して、サン・アンフェールの再建をしないと行けない。

 

 「我々は負けるわけにはいかんのだ!」

 

 この紐の怪人と呼ばれている存在。

 

 この怪人が非常にソルと相性が悪かった。

 

 「ホッホッホッ・・・貴方の攻撃は舞踊でも武道とも全く違う・・・」

 

 どこが正面でどこが背面なのか不明な棒人間の姿をした紐の怪人が、頭部に大きく見える黒い怪人の瞳を開きつつ、口元を手で隠しながら微笑みをあげている。

 

 ソルの攻撃は本来巨大扇子を用いる事で、舞を披露しながら戦う事を得意とするバトルスタイル。

 

 そんな彼は憎きヘヴンホワイティネスとの戦いに敗北した後、武器を没収されてしまい、最早どこにあるのかさえ不明な状態であった。

 

 「我らがヘルブラッククロスをコケにした割には・・・浅い攻撃ばかり。同じ力に固執する様な組織だと思っていましたが・・・」

 

 丁寧な態度を崩さずに、紐の怪人が眼を細める。

 

 細めた奥の瞳はソルをしっかりと見つめて、それでいて憤りと弱者を睨む目つきをしている。

 

 ソルはこの目線を合わせるたびに、この紐の怪人に自分の攻撃が当たらずほぼ無意味に終わっている事が納得行かない。

 

 紐一本の身体には、横殴りの打撃も、体当たりも通っているのか分からず、攻撃に手応えを感じない。

 

 それどころか、紐の怪人はこちらを縛り付けたり、細い腕で殴ってくるだけでも普通にダメージが高く、ソルをじわじわと追い詰めている状況でもあった。

 

 次に攻撃が通るとすれば、あの眼球部分には鉄棒による攻撃が通るのと思うが、伸縮自在の紐の攻撃により接近戦が許されていない状況でもある。

 

 「来ないのですか?では、こちらから行きますよ」

 

 攻めあぐねて長考するだけのソルを見て退屈になったのと同時に、ザコならばザコなりに丁重にいたぶって差し上げようと、紐の怪人が圧倒的な強者感を見せつけて、ヒタッと一歩を踏み出した。

 

 (しめた!あーしの舞で、あいつが近づいた時に、あの眼球に強烈なのをお見舞いしてやる!)

 

 ヒタッ、ヒタッ、ヒタッ・・・。

 

 希望の足音が聞こて来る。紐の怪人が近づいて来て、自分から攻撃するチャンスを得た、希望。

 

 (まだだ、焦るな・・・この鉄棒のリーチじゃない、あーしの身体が当たる距離まで待つんだ。そうすれば、あの眼球を潰して、ヘルブラッククロスよりもサン・アンフェールが勝利する所をボスに証明するのだ・・・)

 

 紐の怪人に表情と考えている事がバレない様に、ソル・レヴェンテは鉄棒を握る手に力が入る。

 

 「怖じ気ついてしまいましたか?」

 

 紐の怪人から見下す様な目つき声音で話しかけられる。

 

 「今ならまだ許してあげようと考えても良いですよ。頭を垂れて、這いつくばりながら、命乞いをしなさい。そうすれば貴方もヘルブラッククロスとしてのヘヴンホワイティネスを倒す優秀な手駒になれますよ」

 

 ソルが何もしない、出来ない事を哀れんであげたのか、紐の怪人が明らかに見下した意味合いを多く含ませた言葉で、勧誘を行った。これは断られたとしても、直ぐに殺せると言う紐の怪人の余裕の現れでもある。

 

 ジリジリと紐の怪人が近寄ってきて、ついにソルの体当たりの範囲、それもより強い一撃を与えられる所にまで迫ってきた。

 

 ここで眼球に自分の必殺技でも与えれば、きっと確実に殺せるはずだと、気合いを込めて自分の鉄棒に放射能を纏わせる。相手がただの人間で無い以上、ソルの放射能だけで紐の怪人を撃破する事は不可能だ。

 

 「もう怯えて言葉も出ないようですね?では、命乞いをするか死ぬか選ぶだけのチャンスは与えてあげるとしましょう」

 

 どちらにせよ紐の怪人はソル・レヴェンテを下に見ている。

 

 どう足掻いてもその事実が変わらないのであれば、今油断しきっているこの状況で確実な攻撃を与える。それしか無い。

 

 「あーしらはここを出たらすぐにやらないといけない事があるんでな。命乞いもしないし、お前に殺される事も無しだ。逆に・・・」

 

 右手を太鼓のバチの様に振り上げて、左腕を振り下ろす勢いを使って、背中を向ける。

 

 オレンジの囚人服に隠されていても、舞によって鍛え上げられた背中はその形を強調されており、放射能が陽炎みたく揺れては、ソルを中心に円を描いて行く。

 

 「死ぬのはお前の方だ!六方(ろっぽう)!」

 

 かつてはムーン・パラディースにもヘヴンホワイティネスにも通用した、背中を使った体当たりを発動する。足元を滑らせ、放射能を使った一種のブーストによる速度の向上、全身の体重をかけて繰り出される攻撃。

 

 確実に紐の怪人の頭部をめがけた体当たりを当てる。

 

 そのつもりで居たし、当てれば勝てるとソルは信じていた。この監獄を抜けて自分達こそ真の悪に生きる者達だと言う事を証明する為に、目の前に立ちふさがったヘルブラッククロスを倒さないとならない。

 

 これは一つの試練だ。

 

 ソル・レヴェンテ個人に与えられた舞う試練ではなく、サン・アンフェールが地獄を抜けて陽光を人々に当てつける為の試練の一つだと。

 

 「死ねぇぇぇ!!」

 

 立ちふさがる怪人を倒す為に、全身に覚悟を乗せた重みのある体当たりが、紐の怪人の顔面へと向かって飛び出された。

 

 「取った!その眼球ならば弱点だろう!」

 

 ソルの一撃がついに紐の怪人の頭部、その視界に当たる。

 

 「ふごおぉっ!?」

 

 眼球に重たい一撃が入った事で、棒人間の頭部が打ち上げられる。人の身体一つの体重を放射能と鉄棒二本を合わせた全身を使ったアッパーカットが、紐の怪人を頭からかち上げると同時に、身体まで浮かされる。

 

 「己ぇ!!ドクターが造ってくださったこの眼球によくも!!」

 

 やはり眼球は弱点だったのだ。これを当てた事により、紐の怪人が苦悶の声を上げて怒鳴り散らしている。

 

 「絶対に許しませんよ、この虫けらめがぁ!これでも喰らいなさい!キエッ!」

 

 浮いた身体のまま紐の怪人が腕と足を伸ばして、ソルの周り正面左右、後方左右を取り囲んでいく。

 

 左右に伸びた紐が硬い床に突き刺さりながら、その伸びた紐が太く厚みを増していく。

 

 「もう許しませんよ!貴方の様な愚か者は、ここで死ぬのです!なにがあっても、それでも私に殺されるべきなんだーっ!」

 

 中央に眼球を残した紐の怪人が、ソルの頭上でキレ散らかしていると、ソルの周りの紐がどんどん太くなっていく。

 

 ソルはその紐一本に対して鉄棒による攻撃を加えてみるが、ゴムの様な不気味な弾力が鉄を容易に跳ね返して来る。

 

 「何をするつもりだ!」

 

 攻撃が余計な一手になってしまったのか、太みを増していく四本の紐から逃げる手段がなくなってしまった。

 

 上を見上げれば、紐の怪人の眼球が覗いており、ソルも下から紐の怪人の眼球を睨みあげる。

 

 「こんなチンケな攻撃がお前の手段か!?圧殺でもするのか?あーしをそんなんで殺せるのか?」

 「でかい口を叩くのもそこまでだ!」

 

 眼球だけの姿のまま地面に紐を伸ばして、ソルの逃げ場を無くした事で、今度は頭上から攻撃を仕掛けようとしている。

 

 ただし攻撃に使うのはその眼球である。

 

 「逃げ場はもうありませんよ。観念して死になさい!」

 

 紐の怪人が告げたのは死刑宣告。確実に殺すと言うヘルブラッククロスの怪人ならば誰でも使うその宣告。

 

 「うっ・・・うおおおお!」

 

 眼球のみとなった紐の怪人が、勢いをつけてソルに向かって落ちてくる。黒い眼球赤い瞳の大きな頭部が落ちて来るその様は流石に誰でも怖いと思える様な光景だった。

 

 「ホッホッホッ!もっと恐れなさい!恐れた所でもう遅いですがね!」

 

 迫る眼球、振り上げる鉄棒。

 

 その構図が完成した時、鉄棒の先端が紐の怪人の眼球ど真ん中に突き刺さり、再び弱点を攻撃された事で、紐の怪人が悶絶する。

 

 「ぎゅおおおーーーっ!?ぉぉんおおん!?んほぉぉぉ!?」

 (こいつもしかして・・・馬鹿なのか?)

 

 自分の弱点を晒したその攻撃は、逃げ場を無くしたソルでもこの構図は想像出来た。

 

 本当は少し焦っていたが、それでも想像は出来たのだ。

 

 「やはり人間はドクター意外滅ぼすべきなんだーっ!」

 

 床に伸ばした紐を元の細さに戻して、身体に巻き戻していく。ヤジを飛ばしながらも、元の形態に戻った紐の怪人は、眼球から涙を流しながら着地を決める。

 

 「ドクターにも会わせてやるから、さっさとおっ死ね」

 「組織ならず、我らがドクターも愚弄するのですか・・・」

 

 片膝をついて眼球をおさえる紐の怪人が、ソルの言葉に肩を震わせ始める。

 

 自分に取って敬愛すべき母なる存在であるドクターまでも愚弄されてしまえば、紐の怪人はもう黙っていられない。

 

 「絶対に許しませんよ・・・」

 

 わなわなと震える紐の腕の先端をソルに向けて、紐の怪人が思い切り踏ん張り始める。

 

 拳でも作るかの様に、両方の腕に力を込めて、身体をかがめた力の溜め方はとてつもなく恐ろしい気迫を感じる。

 

 「ぐっ・・・ぬぉおお〜」

 

 力を込めるその姿から数秒後には、周りに空気の波が生まれ、衝撃も共に発生する。

 

 「何をするつもりだい?お気に入りのドクターとやらに思いでも馳せるつもりか?そんなモノ、あーしの舞の前では「だまりなさい」

 

 ソル・レヴェンテの挑発はもう聞かなくても十分だ。なにがあってもこの先この人間を生かしておく必要がなくなったし、紐の怪人ももうお遊びを終了するつもりで居た。

 

 「見せてあげますよ。この私の戦闘力、そして・・・」

 

 気合い、力、戦闘力の放出。

 

 それら全てが衝撃と波となり、紐の怪人の全身を包み込んでいく。

 

 「地獄をね・・・!」

 

 黒と赤と逆巻くエネルギーまでもが現れて、それらが粒子と同じぐらいきめ細かく光り輝くと、どんどん衝撃が強くなっていき、最早ソルの視界には舞い上がる竜巻の様な衝撃と戦闘力の放出によって、紐の怪人の姿が見えなくなっている。

 

 「覚悟の時間ですよ・・・っ!」

 

 両腕を交差させてから、竜巻の中で紐の怪人が衝撃波を打ち消すと同時に、身体の中に先程の光り輝く赤と黒のエネルギーの吸収が行われていた。

 

 ソルの目の前に姿を表したのは、紐の怪人のセカンドフォームとも呼べる姿。

 

 棒人間の姿からまるっきり姿を変え、現れたのは無精髭の似合う少しだけ老けた顔のした中年前の男の顔。

 

 赤と黒の眼球だらけの洋服に、人間らしさのある手指、足の形。

 

 そして肩に巻かれているショルダーガードの様にしているのは、真っ黒な紐を分厚くなるまで巻きつけた奇妙な姿。

 

 スキンヘッドの頭部に、きりっと固められた眉、そして黒く赤い瞳。

 

 「貴方が初めてですよ・・・私をこの姿にさせたのは・・・」

 「な、なんだ・・・」

 

 何が起こったのか解らないままで居るソル・レヴェンテ。

 

 「・・・バン」

 

 左手の人差し指だけソルに向けた紐の怪人が、誰に聞こえるでも無くその言葉を言う。間違いなく怒りが込められ呪詛と思える程憎しみを込めた、小さな一言。

 

 それがソルに聞こえなかったのか、気がついたらソルの鉄棒を貫通して、両手に紐が貫通していた。

 

 いつの間にそうなったのか視認すら出来ない程に、紐の怪人の肩からソルの両手を貫いた紐が、骨に巻き付いて腕を絡めとろうとしてくる。

 

 「なっ・・・!?」

 

 今更その事に気づいたのか、ソルは後から遅れてやってくる痛みに驚いている。

 

 この一瞬でそんな攻撃をしかけて来た紐の怪人の能力が上がっているのだろう。

 

 穴を開けられた鉄棒からは放射能が漏れ出てしまい、もうソルの能力を使いながら攻撃出来る武器ではなくなってしまった。

 

 (な、何か反撃の手段を・・・)

 

 ソルが痛む両腕を引っ張られながらも次の行動手段を考え始めるが、もう遅かった。

 

 「おや、次はどんな曲芸をお見せしてくれるのでしょうか?」

 

 紐の怪人が一瞬で背後にまわり、ソルの耳元でニコニコ微笑みながら、しかし殺意の籠もった瞳が向けられていた。

 

 「この私こそ、ドクターの手によって造られた怪人なのですよ。お前ごとき格下が、顔も見たことのないドクターを愚弄するなど、おこがましい!」

 

 怒鳴りながら繰り出した拳が、あっけなくソルを殴り飛ばし、血液を滲ませた紐が抜けて行く。

 

 あまりにも高い威力の一撃をモロにもらってしまい、ソルは壁に亀裂を作りながらも途絶えそうな意識をなんとか引っ張って持ち直す。

 

 壁から剥がれる様にして再度立ち上がったソルの近くには、変身した紐の怪人が微笑みながら近づいていた。

 

 「ごふっ・・・な、なんだその力は」

 「これこそ怪人としての本領発揮。フェーズ3と呼ばれるモノですよ、知らなかったのですか?」

 

 紐の怪人がひげを触りながらソルの後ろ髪を引っ張り上げる。

 

 持ち上がった頭部から身体を反らせながら、しなった背中にもう一撃加える。今度は前蹴りを与えて、背骨が折れる音がした。

 

 人体を簡単に蹴っ飛ばす脚力による一撃により、今度はソルが恐怖を覚える事になる。

 

 変身一回しただけでここまで強くなるとは思っていなかったし、ここまでの戦闘力を持っているのは想定外過ぎた。

 

 ヘルブラッククロスに命乞いをしようにも、もはやこの身体では生きて居られるのかさえ不明な所である。

 

 ドクターと呼ばれる存在を馬鹿にしてみた事こそが、ソル・レヴェンテの命を落とすきっかけであり、それほどまでに紐の怪人に取って崇拝されている人物なのだろう。

 

 「な、なんだってこんな事に・・・」

 

 背中を蹴られ吹き飛んだはずが、ソルの正面には無数の紐が張り巡らされ、トランポリンの要領でソルが後方に跳ね返される。

 

 そして後方、元の道に居るのは・・・。

 

 「苦しむ事無く殺して差し上げましょう。そしてドクターの素晴らしさを、あの世でしっかり味わいながら苦しんでください!」

 

 親指を下に向けて暗に示すのは地獄行きを意味したハンドサイン。

 

 「ドクターへの侮辱!それは絶望と後悔、そして地獄の暗示!」

 

 肩の紐を全て振り広げ、両腕からも黒い紐を展開させる。

 

 跳ね返ってきたソル・レヴェンテ全身を紐が絡め取り、折れた背骨を更にバラバラに折っていき、身体を十字に伸ばして苦しめて行く。

 

 「ぐっがが・・・あ、あーしは・・・まだ、舞え、る・・・」

 「いいえ、貴方はここで終わりですよ。ドクターを軽蔑した者のは、いかなる理由があれど死を!」

 

 地獄紐固め・黒十字架。

 

 監獄の大広間の神へと祈る銅像の目の前に、ソルを真っ黒な紐で固めた大きな十字架を建てあげる。

 

 その中に閉じ込められたソルは、全身を引っ張られ、固定させられ、脱臼と骨折のオンパレードによる紐固めの状態のまま、体中に走る痛みによってソルの意識は既に地獄行きとなっていた。

 

 関節と呼ばれる所があるとするならば全てが折られて、外せる所が全部無理やり外され、地獄への祭壇を一つ建てた気分のまま、紐の怪人が元の姿に戻る。

 

 「ドクターを愚弄する者には全員に死を!我々ヘルブラッククロスにはどんな事でも勝利を!ホーッホッホッホッ!」

 

 元の棒人間の姿に戻っても、憤りと興奮は尽きないのか、紐の怪人は両腕を広げながら大きく高笑いをしては、頭上に出来上がった黒い紐による十字架を仰ぎ見てドクター=自分の勝利に再び高笑いをするのであった。

 

 紐の怪人vsソル・レヴェンテ

 

 勝者・紐の怪人

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「わん!」

 

 大きく吠えると、右足を大きく振り上げる。煙がつま先を追いかけて来て、今度はその煙を踏み抜く様にしては右足を鉄の床に押し付ける。

 

 「わん!」

 

 そして今度は反対の左足を横に上げる。こちらもつま先を煙が追いかけるが、それも先程と同じく踏み抜かれて形を無くして、足のまわりを漂う事となる。

 

 「おー!」

 

 今度は両手で握りこぶしを作ると、前かがみとなり、拳を軽く床につける事で、大きな犬歯を見せながらの睨みが生まれる。

 

 腰を深く落としたその姿勢と、両足を大きく開いたその姿は、相撲の構え。

 

 相撲と呼ばれては居るが、どうみてもその構えを取った怪人は、体脂肪が最も少なそうな身体つきをしており、変わりに全身を筋肉で覆い尽くしたかの様な身体をしている。

 

 踏ん張った両足や、強張らせた腕から肩、胸筋には大きな大きなセパレーションが生まれ、そのどこを見ても山脈が如く、そして太く硬く長く強くなったバスキュラリティが浮かび上がっている。

 

 生半可な鍛錬では決してたどり着くことの無い、巨大な筋肉。

 

 身体の細部に宿るまで、この身体が鍛え上げられたモノであると同時に、精神力、膂力、実力、マッスルパワー、性欲、食欲、悪の志。

 

 それら全てが何よりも鍛え上げられた抜群のコンディションと、犬の怪人の強さを見た目だけで体現するには十分な姿と気迫を宿している事が、犬の怪人の目の前に立つチョトツには見えていた。

 

 「チワワ、お前嫌い。なんか弱そう、あと臭そう」

 

 犬の怪人がブーメランパンツのもっこり具合を確かめながら、目の前に立ちふさがるチョトツに向かい唸り声をあげる。

 

 「ブシシシ、特別な能力を持っていない様に見えるが・・・それでも貴様は強いのだろうな。我々とて負けるつもりも無いのだがな」

 「それはチワワも同じ。待ったなしの勝負だ!」

 

 チワワの顔で睨みつけた犬の怪人が、チョトツに向かって吠える。再び吠えた事が二人の中で戦闘の合図となり、お互いに思い切り突進を繰り出す。

 

 「ハッケヨイ・ノコッタ!」

 

 腰をかがめたまま膝と腰の力をそのまま飛び上がる様に使い、前方に突進していくのは犬の怪人。

 

 丸太の如く鍛え上げられたナイスバルクを、犬の力を込めて張り手を繰り出す。

 

 「ウルフドッグオオハリテ!」

 

 ウルフドッグのオーラを見せるこの張り手の攻撃は、ほとんどの場合はただの物理攻撃である。このオーラもただのまやかしに過ぎない上に、チョトツの顔面を捉えてもさほどダメージは入っていない。

 

 しかし犬の怪人には自分の攻撃に手応えがあるのを感じる。

 

 先手を決めたのは犬の怪人。

 

 「ブシシシ。やるな」

 

 次はチョトツが右足からのハイキックを繰り出すが、それは犬の怪人には当たらず、サイドローリングで避けられてしまう。

 

 浮いた身体ががら空きになってしまうが、転がった犬の怪人も同じ様に蹴り技で反撃をする。

 

 犬の怪人が繰り出したローキックに対して、チョトツも体制を整えて蹴り技を足で防ぐ。

 

 お互い浮いた片足のままの状態で、ショートジャブを繰り出し、犬の怪人の右手とチョトツの左手がお互いの心臓をめがけたパンチとなって、後方に跳ね返る。

 

 両者の闘気は十分に感じ取られた短い取っ組み合いが終了し、再び突撃。

 

 犬の怪人のフック、ストレートの拳に上手く身をかがめて回避したチョトツからのローキック、ダブルフックを防御しつつ、襟首を掴んだ犬の怪人。

 

 「喰らえ!シバイヌイッポンゼオイ!」

 

 足も絡めず豪腕による力任せの胴体一本背負投げ。これによりチョトツの身体が浮かされ、硬い鉄の床に投げられてしまう。

 

 「ブシシシ、いいぞ!もっとやってみろ!」

 

 犬の怪人の投げが想像以上の威力だったのか、痛みを感じつつも喜びを見せるチョトツが、その巨体に見合わぬ速度ではね起きると、起きて来た所をすかさず犬の怪人が狙って踵を落としてくる。

 

 「当たるモノか!」

 

 素早くその足を避けると、鉄の硬い床に犬の怪人の踵が深くめりこんで行き、素足とは到底思えない硬さによって、チョトツはなおも驚く。

 

 「ふっ!」

 

 息を吐いて飛び出したチョトツの右フックを受け止めて、前蹴りで距離を離すと、短い助走からジャンピングパンチを繰り出し、チョトツの動きを制限させた。

 

 「アオンッ!」

 

 着地に合わせて犬の怪人の後ろ蹴り、そこからすかさずハイキック、連関腿、フェイントを混ぜた突き出し蹴りを繰り出しては、チョトツの動きをさらに制限させていく。

 

 巨体と筋肉に彩られていても軽やかな身のこなしが、犬の怪人の戦闘力を裏付ける努力の現れでもあった。

 

 「チワワ全力!チワワ全力!」

 「甘い!」

 

 次々と繰り出される蹴り技を全て捌ききったチョトツの反撃のターン。左足を掴み、右足をすくい上げ、そのまま犬の怪人にダウンを取り、チョトツのダウン追い打ちが始まった。

 

 馬乗りにはならず、胸を踏みつけて動けなくなった所に、チョトツの全体重を乗せた拳が、身体全部を使って叩き落された。

 

 犬の怪人の顔面めがけたその拳が、白い優しい毛並みの顔に次々と振り落とされていく。

 

 このまま顔面を叩き潰して、速く監獄から出ないとならないチョトツ達は、ヘルブラッククロスに構っている余裕は正直無い。

 

 ならばこのマウントで勝たないと、次のチャンスが来るかどうかも解らないのだ。

 

 「ぎゃいん!きゃん!わんっ!あおっ!がぶっ!!」

 「ぐっ・・・!」

 

 連続で殴られつつも反撃の機会を伺っていた犬の怪人が、チョトツの拳に噛みつき、深くその歯を食い込ませる。

 

 「がぶがぶおー!」

 

 噛みつきながら下半身を起き上がらせて、チョトツの首に脚を回してから思いっきりチョトツの身体を振り落とす。

 

 「チワワ、お前の手の味嫌い。臭い」

 「ブシッ、オレも貴様の事が嫌いになれそうだぜクソッタレ」

 

 頭を抑えながら立ち上がったチョトツと犬の怪人。

 

 両者再び走り出し、肉弾戦を開始する。

 

 顔を狙ったチョトツの拳を避けて、足払いをする犬の怪人。

 

 足払いを飛んで避けて、左脚の前蹴り、右腕のラリアット。

 

 前蹴りを受け止めて、ラリアットに身をかがめて身体を360℃ターンを決めて、お互いに正面に向き直りつつ、犬の怪人の左フックがチョトツの顎を正確に狙う。

 

 軽く見えてその実かなり重たい犬の怪人のフックが顎に命中した事で、チョトツが脳を揺さぶられてしまい、片膝をついてワンダウン。

 

 「チワワ、敗けない。来い!」

 

 左手で仰ぐ様にすてチョトツを挑発し、チョトツも犬の怪人にラッシュを叩きこもうと、揺れる視界の中で拳を連続で振り出す。

 

 犬の怪人もそれに敗けじと、拳を振り出し、お互いのラッシュのぶつかり合いが始まっていく。

 

 「勝負あったな!犬野郎!同じ体格、同じ戦闘力、同じ拳!ならば勝つのは、猪ベースであるこのオレの方だ!」

 「いいや、同じ条件で戦っているならば勝つのは・・・」

 

 繰り返される超ラッシュの中で、犬の怪人の右手と、チョトツの右手がお互いに引いていき、そして同じ速度で拳が発射され、そしてぶつかって行く。

 

 骨と筋肉のぶつかり合いにおいて、最後に勝負をつけるのは・・・。

 

 「勝つのは!」

 

 犬の怪人の拳がチョトツの拳とぶつかって、その勢いが双方共に止められてしまう。

 

 しかし、犬の怪人にはまだ策があった。

 

 勢いを止められてなお、拳に力を残す最後のパンチが、まだ彼には残っていた。

 

 「拳の!!」

 

 その策は・・・止められた勢いの中で、拳にスクリューを込める事。

 

 特段筋肉意外の特別な能力を持たない犬の怪人が、最後に頼るのは怪人の能力でもフェーズによる成長でもない。

 

 「硬いほうだ!!!」

 

 スクリューが追加された拳がチョトツの右拳の骨を砕き、右へ左へと回転させた拳骨が、犬の怪人の拳が、チョトツの右腕を超えて、顔面へと突きこまれた。

 

 「ぶっしぃ!?」

 「チワワには特別な能力は無いが、これはお前に見せてやる。筋肉膨張!」

 

 顔面を叩き壊されたチョトツの眼の前で、犬の怪人が全身の筋肉を大きく膨れ上げさせる。

 

 「ここまではチワワのフェーズ2・・・そしてここからが!」

 

 大きく筋肉が膨張していき膨れ上がったその身体は、通常2メートル近くある犬の怪人の身体を更に大きく上げて、3メートル程はあろう巨体へと変貌させた。

 

 自分の筋肉操作だけならば犬の怪人フェーズ2のまま。

 

 「ここからがチワワです!フェーズ3!」

 

 先ずは体格で勝った事で、チョトツのボディに2撃拳をお見舞いする。

 

 そうする事で、チョトツが倒れず、まだ立ったままになるからだ。

 

 「見せてやる。チワワの大技。セントバーナード!」

 

 右手で拳を作り、顔より高く上げたその握り方は、この一撃で相手を沈めると言う宣言に近い。

 

 真っ赤なセントバーナードのオーラを纏った右拳が、今にも倒れそうなチョトツの顔面に狙いを定めて、次の瞬間、大振りな溜めから思い切り撃ち抜いた。

 

 「グスタフ!」

 

 踏み込み、殴り出し、打ち抜き。

 

 全てのフォームが綺麗で完璧なその拳が、チョトツの頭部を殴り飛ばして、犬の怪人の新たなスモウの大技・セントバーナードグスタフによって、圧倒的なまでの破壊の一撃を叩き込んだ。

 

 首から上を犬の怪人の拳によって、無くしてしまったチョトツは最期の言葉を告げる事なく、この場を持って絶命した。

 

 「ふーむ・・・本気を出すとコレだからチワワお前が嫌いと言ったんだ」

 

 筋肉膨張が戻らないまま、犬の怪人は倒れたチョトツの身体を見る。

 

 「・・・少し、お腹空いたな。チワワは雑食だからな」

 

 犬の怪人がまだ鮮度が保たれているチョトツ、否猪の肉にかじりつき、生のままそれを思いきりありついた。

 

 肉を噛みちぎる感触、血を飲下す甘さ、骨を噛み砕く美味しさ。

 

 そのどれもが犬の怪人の敗者を喰らうと言う楽しさ、娯楽、食欲処理に繋がり、地獄の厳しさの中で生きる怪人の勝利となった。

 

 「安心しろ、辱める事はしない。チワワ、臭くてもお前は腹いっぱい食べてやる」

 

 肉質の硬い所も、骨の関節も、髄が詰まった血液も全てをたいらげるまで、雑食自称の犬の怪人の晩餐が終わらなかった。

 

 犬の怪人vsチョトツ

 

 勝者・犬の怪人

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 それぞれサン・アンフェールを撃破し、地下に向かう傍らで触手、紐、犬の怪人達が合流を果たす。

 

 お互いに勝利した事は当たり前だと言いつつも、やはり仲間が勝ったと言う事実は嬉しかったのか、三人の怪人がニコニコと微笑んでいる。

 

 きっとここにドクターとギンジが居たら余計に楽しかったかも知れない。

 

 「あっしらって結局全員フェーズ3になれてたんですね」

 

 触手の怪人がひらひらと触手を動かしながら言うと、紐の怪人も犬の怪人も同じく不思議そうに頷いた。

 

 「どうあれ、その辺の詳しい事は紫に調べてもらいましょう。今からやることはたった一つです」

 

 紐の怪人が告げた内容はもう解りきっている。

 

 先日ヘヴンホワイティネスに敗北し、情けない事に逮捕までされた大幹部柏木タツヤの奪還だ。

 

 「チワワ、あいつ嫌い。なんか臭そう」

 「あっし、あいつ嫌い。なんかロリコンっぽい」

 「ふざけた事を言っている場合ではありませんよ、触手さん、犬さん。さっさと下に向かいますよ!」

 

 紐の怪人が焦っているのは、リコニスが余計な事をしないか心配だからだ。下に居るのかは不明だが、とにかく彼女が余計な事をして作戦に何か支障をきたすのでは、この先のヘルブラッククロスの活動にも関わりそうで心配だからだ。

 

 「まったく・・・あの人形は・・・」

 

 紐の怪人がリコニスを人形と呼ぶのは、いつか自分のおもちゃになるからだ。

 

 全ての作戦が終了した暁には、この紐の怪人はリコニスを縛り上げて拘束しては辱める為。故に人形と呼んでいる。

 

 「何をしているのですか!速く行きますよ!」

 

 階段の下層にて、紐の怪人が触手の怪人と犬の怪人を手招きし、雑談を終わらせた二人の怪人が楽しそうに先に進んだ怪人達の下へと急ぐのであった。

 

 

続く    

 

 




お疲れ様です。

今回の監獄襲撃の話しなのですが、全部通してヘルブラッククロスの怪人達の成長がテーマとなるお話となっております。

得に1話から登場している触手の怪人、犬の怪人はただのかませじゃないんだぜ!って事と、まだ生きている!まだ死んでない!ってなるキャラクター達なので、そんな出番の少ない彼らにフォーカスしたお話ともなっています。
全ての章においてほぼ出番のあったリコニスにもその成長がフォーカスされる事にもなっております。

悪役の成長なんて良いから誰が勝ちヒロインなのか教えろ?
それはまだ秘密(話し脱線し続けてすいません)

キャラネタ書きます

触手の怪人
物語の初期から居る怪人。
今回フェーズ3である
メガギガテラペタ・エクサ・ゼッタヨッタテンタクルズを開発。
彼の触手で堕ちない壊れない敗けない女性は今の所居ない。
女王ナメクジの怪人の粘液には触手の怪人のTHE神経毒が入っているのには世界的に有名。

紐の怪人
フェーズ3ではなんと人型になった。
しかし時限性なのかすぐに元の棒人間の姿に戻ってしまう。
リコニスをいつかは自分の人形として遊ぶ予定らしい。

犬の怪人
様々な犬種の中でもミヤコが当時好きだったわんちゃんを使って犬の怪人の構想が練られた。
フェーズ2の能力は筋肉膨張。身体だ大きくなり、筋力も増す。
犬の怪人のちわわも大きくなる。
フェーズ3の能力はセントバーナードのオーラを纏う事で圧倒的な破壊力を一回使用可能になる、破壊の力。使うと空腹に苛まれる。
犬の怪人元々の能力は雑食。生物ならなんでも食べる事が可能。口からの摂取にのみ効力を発揮。食べた怪人や他の生物の最も優れたモノを一つ自分の力に吸収出来る。その事に気がついたのはほぼ最近だったらしい。

・・・

次回はリコニス達と戦闘を開始した龍の怪人達のお話!
彼女達も成長を遂げて悪の志を大きくしていきます!
それではまた次回!!
よかったら感想やいいね、高評価、登録お願いいたします!

またね!


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95・監獄襲撃・5

皆様こんにちは、アトラクションです。

今週も投稿が遅れて申し訳ないです。だってよシ○ンクス・・・
仕事がっ!!!

今年の夏はあんとお盆休みなくなっちゃいましたし、大変ですよもう。

さて今回のお話は龍、毒蛾コンビのお話になります。
彼女達も成長しておりますので、よければ応援してあげてください
それではどうぞ


 地下25階。

 

 監獄を襲撃しては柏木タツヤを奪還しようとするヘルブラッククロスと、監獄を内部から制圧した、過去に逮捕されてここ虹層作市の監獄に送り込まれた凶悪犯罪者達とが、最後の激突を繰り広げていた。

 

 「やるな・・・」

 「・・・」

 

 囚人側に立っている鋼鉄の魔人と、それにぶつかって行くのは龍の怪人。

 

 「ボクちゃんと戦えるんだから光栄に思ってほしいなぁ!」

 「キャハハ、僕に勝てると思ってるの?社会不適合者の魔人さんが」

 「社会に溶け込めてないのはお前もだろうが!」

 

 龍の鱗と鋼鉄が弾かれて火花が散るすぐ隣では、鎌鼬の魔人による斬撃と、毒蛾の怪人による猛毒が幾度も激しくぶつかっている。

 

 「僕の毒を斬っても侵されないなんて、まぁまぁ強いんだねぇ〜」

 

 蛾の羽をパタパタと可愛らしく揺らしながら、毒蛾の怪人が余裕な笑みを崩さずに居る。だが視線は鎌鼬の魔人をしっかりと見据えており、邪魔をしてくるこの魔人を殺す、と完璧に見下している。

 

 「ボクちゃんてば、実力も本格派なんで!」

 「へぇ・・・キョーミないけど」

 

 両腕が鎌に変形した鎌鼬の魔人が、続けて飛んでくる猛毒のゼリーを斬り払い、毒蛾の怪人に肉薄してくる。

 

 伸びた鼻先が毒蛾の怪人の顔に届きそうな程の迫力は、毒蛾の怪人が少しだけ驚くには十分な速度であり、後ろに伸びた両腕の鎌が速度に合わせて速く動き出して、毒蛾の怪人の首をめがけて飛んでくる。

 

 「首を落としたら、身体は使ってやるよ!」

 「ぷっ、だから無理だって」

 

 毒蛾の怪人の余裕で嘲笑する笑みがとても気に入らない。

 

 こういう子供はきっちり実力で解らせてあげないと、鎌鼬の魔人のプライドが許さない。

 

 「・・・!」

 

 鎌鼬の魔人の両腕が動き出した瞬間と合わせて、横から黒いブーツが飛び出してくる。

 

 左から顎を正確に狙った蹴り出しが、鎌鼬の魔人の首から変な音を鳴らして、コンクリートの壁へと思い切り突き飛ばされてしまった。

 

 「流石!」

 

 毒蛾の怪人に加勢したのは、龍の怪人。

 

 見れば鋼鉄の魔人を同じ様にコンクリートに叩きつけて、ここまで加勢に来たのだ。

 

 だが彼らがコンクリートにめり込んで埋まってしまおうと、こんなモノでは終わらない。終わるわけが無い。

 

 「俺たちに!」

 「勝てると!」

 

 『思うなよ!』

 

 再び鋼鉄の魔人と鎌鼬の魔人が、二人の美女怪人に魔の手を伸ばして、不意打ちに等しい突進を繰り出してくる。

 

 「・・・任せる」

 「あいよー!」

 

 龍の怪人が静かに告げれば、向き直るのは鋼鉄の魔人の方向。

 

 毒蛾の怪人もそれに応えれば、向き直るのは鎌鼬の魔人の方向。

 

 黒光りするその身体、全身に鋼鉄の能力を纏わせて鋼鉄の魔人は吠える。もうここまで来て脱獄できないのは、納得が行かない。

 

 だからこそ自分達の邪魔をするヘルブラッククロスごときに、遅れを取るわけにも行かず、ここまで来て前の組織の二の舞だけは絶対に避けたい。

 

 出来ればここで龍の怪人を撃破して、彼女の筋肉質な身体を堪能した所だ。

 

 (あの身体の筋肉の溝に添ってベロを這わしたら、どんな声をあげるんだろうか。俺の鋼鉄ビッグボーイを使えば、堕ちない女は居ないし、最後はらぶらぶいちゃいちゃの世界でうひひひひ)

 「死ね」

 

 何かしらよからぬ事を考えている鋼鉄の魔人の表情を見て、龍の怪人が思い切り拳を叩き下ろす。

 

 だが龍の鱗を纏う拳は鋼鉄の頭に命中するだけで、その拳骨によるダメージが実体に届いて居なかった。

 

 「俺の頭だったら攻撃が通ると思ったか?」

 「・・・」

 

 勢いを止められはしたけど、鋼鉄の魔人は龍の怪人の一撃をしっかり受け止めた。

 

 「お前、脇、弱いだろう?」

 「・・・?」

 

 脇。何を言い出すかと思えば、龍の怪人の身体とその服装を見て言っているのだろうか、鋼鉄の魔人が上目使いで龍の怪人の瞳を見上げる。

 

 「脇、だよ、脇」

 

 拳が乗せられたままの頭部を滑らせて、鋼鉄の魔人が素早く動き始める。

 

 「脇の締め方が甘いと!」

 

 伸ばしたままの右腕を絡め取られ、鋼鉄の腕に引っ張られる。

 

 体制を崩してしまった龍の怪人の首には、鋼鉄の両足が絡みつき、腕と胴体をそれぞれ外側に引っ張られるような状態のまま、身体を反らされる。

 

 「・・・!」

 

 飛びつき腕十字。その固め技による攻撃で、龍の怪人に一杯食わせる事に成功した鋼鉄の魔人。

 

 「ぁ、さらに」

 

 浮いた身体に鋼鉄の重みを繰り出して、体重以上の重さを実現可能にした攻撃によって、肩が外れそうな程の重圧が龍の怪人を襲ってくる。

 

 あまりの重さと、身体が反り返る状態により、片膝をついてしまう龍の怪人へと更に追い込みを立てる。

 

 「こっのっまま折ってやる!」

 

 右腕を折ろうとして、勝ち筋を見出した鋼鉄の魔人が龍の怪人の腕をへし折ろうとさらに鋼鉄の重みを乗せてくる。

 

 「・・・!!!」

 

 表情を強張らせた龍の怪人が踏ん張って身体を上げると、伸び切った腕をそのままに鋼鉄の魔人を持ち上げる。身体の構造的に人間とさしいて変わらないままであり、力や頑丈さは人間を凌駕している龍の身体。

 

 腕は曲げる事はできないが、立ち上がり様に空いた左腕で鋼鉄の怪人の股間をわし掴んでは龍の鱗がより強張ってザワザワと毛並みが逆立つようにして左手に力を込める。

 

 「うっご・・・マジかよ・・・!」

 「硬い・・・」

 

 掴んだ局部も鋼鉄なのか、人を一捻りに出来る握力で握ったまま、右腕を上にあげていく。

 

 首より上に頭部が上がった事で、両足の拘束が緩みだした事で、龍の怪人が思い切り後方へと飛び込んで鋼鉄の魔人を叩き落とす。

 

 半ば無理やりなバックドロップの形で、硬い鉄の床に小さななクレーターが出来上がるその威力は、鋼鉄の魔人の実体にも届いたのか、彼にダウンを取ることに成功した。

 

 「やるな・・・でもよ、腕、壊れたろ」

 「・・・問題ない」

 

 拘束から抜けたモノの、龍の怪人の右腕が上がらない。投げた勢いに一矢報いようとした鋼鉄の魔人が、更に右腕だけはひっぱりながら撚る事で、肩の脱臼、そして関節も外したのだ。

 

 「ただ身体が硬いだけなんて思うなよ。これでもゲヘナミレニアムの最高幹部だったんだぜ・・・」

 

 クレーターから立ち上がりながら、鋼鉄の魔人は龍の怪人に近寄ってくる。

 

 「龍の力なんて言うからどんなモノかとヒヤヒヤしたけど、結局の所力押ししかできないとはな。その鱗は身体を飾るお化粧か?」

 「・・・死ね」

 

 左腕を振り抜いて、挑発に対した大きな踏み込み。

 

 鋼鉄の魔人も同じく左腕を黒く光らせて拳を打ち出す。

 

 鱗がまとわりついた拳と、鋼鉄による頑強な拳がぶつかり合い、間には真空の衝撃が巻き起こり、二人の身体を押し退けんばかりの勢いが風圧となって行く。

 

 その二人の真上では、猛毒のゼリーを両手に持った毒蛾の怪人と、両腕を鎌に変形させた鎌鼬の魔人が空中戦を繰り広げていた。

 

 「ボクちゃんをサクッと殺んじゃなかったのかぁい?」

 「こんなの遊びでしょ〜?それとももう飽きちゃった?」

 

 毒蛾の怪人のいたずらな笑みを見れば、益々可愛らしさが際立ち、凶悪さの入り混じった感情が鎌鼬の魔人の中にこみ上げてくる。

 

 毒のゼリーを投げてきても簡単に斬り落とし、空気を鎌で裂いては上昇を繰り返していく鎌鼬の魔人の能力に、毒蛾の怪人も追いついていく。

 

 「ねぇところでさ」

 

 毒蛾の怪人が悪戯な笑みを見せながら、鎌鼬の魔人に声をかける。

 

 「こうやってどんどん上に来てるけど、僕達がどこから来たか知ってる?」

 「ん??」

 

 柱に鎌を刺して上昇を止めて、毒蛾の怪人の言葉に耳を傾ける。

 

 鎌鼬の魔人の眼の前で毒蛾の怪人は、指先から毒液をとろとろと放出して、その毒液を下にぽとぽとと落としていく。

 

 「上から、だよ。このまま上に逃げながら戦っても良いけど、上には僕達がたっくさん出した猛毒で詰まってるよ?どうするどうする?」

 

 つまり言おうとしている事は、上の階層に逃げたとしても、自分たちにとって有利な状況にしかならないと言うこと。

 

 ここまで囚人達を殺して来た奴らの言うことならば、間違いないだろう。

 

 だが・・・何か妙なのは、この怪人がそんな事を今話している事だ。

 

 今、この瞬間、この状況で、何故こんな事を話すのか。

 

 「もしかしてお互いフェアじゃないとだめとかか?」

 「はぁ?おまえみたいな気持ち悪い顔の異人なんかとフェアじゃなくても別に構わないし。このまま上にいけば瞬殺出来ちゃうけど大丈夫かって聴いただけだし。仮にこのまま上に行っても僕が戦いやすいしね」

 「早口でよくしゃべる。可愛いね、その顔」

 「キモっ・・・囚人なんかが僕なんかを可愛いとか言って近づけると思った?マジでありえないし、ツーホーしてあげようか?来るのは地獄に案内する死神だけど」

 

 毒蛾の怪人の嫌悪の言葉はそのまま鎌鼬の魔人に向けて、大きなトゲとなってメンタルを攻撃する作戦だ。

 

 「それにさぁ?さっきからこっちの毒を斬るだけで、僕には何も攻撃できていないじゃん。もしかして、僕に攻撃するの怖いの?」

 「なっ、違うし!そんなんじゃねーし!バーカ!」

 「アッハハハハ!」

 

 こんな簡単な挑発に憤慨して返すとは、鎌鼬の魔人は思った通りの性格らしい。

 

 「やっぱりさぁ、ゲヘナミレニアムって、ザコの集まりなんじゃないの?」

 「なんだとぉ・・・?ボクちゃん達が弱いとでも言いたいのか」

 「そうだよ♡事実攻撃はして来ないし、上に飛び回って逃げてるだけ。まともな攻撃手段とか持ってなさそうだしね。魔人って種族にかまけてふんぞりかえるだけの惨めな異人ちゃーん♡はーい論破ぁ〜〜♡クソザコカマイタチ〜♡ざぁこ♡ざぁこ♡」

 「〜〜〜っ!!」

 

 ふわふわと浮きながら様々な体制で挑発を繰り返す事で、鎌鼬の魔人の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。憤りを通り越して、マジギレ寸前と言った表情を見せている。

 

 「食べるのはやめてやるよ・・・」

 「へぇ?それじゃあ変わりに何か出来るのかな〜?」

 

 口に空気を含ませて、ぷくっとした頬を指先でつつきながら、毒蛾の怪人が鎌鼬の魔人に目線を合わせる。今にも睨むだけで人を殺せそうな鎌鼬の魔人の表情は、見れば見るほど滑稽に見える。

 

 「お前をぶっ殺すんだよ!!!」

 「はいはい♡調子に乗るなって、おじさん」

 「絶対に八つ裂きにしてやるっ!!」

 

 柱から飛び出して両腕の鎌を振り回しながら、高速回転を繰り出しながら毒蛾の怪人を斬り刻もうとする、文字通りの鎌鼬が監獄の空洞に広がっていく。

 

 「毒漬けにしてあげる♡」

 

 刃の風となった魔人を相手に、未だに自信と微笑みだけで返事を返す毒蛾の怪人。

 

 そんな彼女の少し下、地下25階層の入り口近くでは、火花が散る程の激突が再度行われていた。

 

 その火花はまるで火打ち石でも鉄にこすったのか、薄暗い監獄の広間を一瞬明るく光輝かせる。

 

 もちろんその火花の原因は、龍の怪人の鱗の拳と、鋼鉄の魔人の黒光りする鋼鉄の身体がぶつかる音。

 

 右腕は肩と関節が外されてしまい、思うように身体のバランスが取れないはずだったのに、この龍の怪人は垂れ下がる腕を振り子の様に器用に操り、左腕と両脚、そしてカーゴパンツから伸びる黒い尻尾を操りながら鋼鉄の魔人と交戦している。

 

 (打撃は効果が薄い・・・)

 

 顔面を殴ろうと、脚を蹴ろうが、尻尾で肩を叩きつけても、この鋼鉄の魔人にはあまり効力が無い。右腕が使えない以上は、掴みも投げも逆に掴まれる可能性もある為に、望みはかなり薄い。

 

 (しかし、戦闘力で例えるとすれば、ヘヴンホワイティネスはおろか、我が戦闘員にも満たない。ただ、防御能力が優れているだけ)

 

 ただの正拳突きとラリアット、あとはなんとかして掴みかかろうとするだけで、足技も鋼鉄を生かした攻撃もして来ない。

 

 (能力はただの鋼鉄化。そして機敏さも多少はあるようだが、その程度・・・)

 

 重みを生かした拳はどんなモノでも、遥かに強力な一撃になりえる事だってある。

 

 だが、ただの重いだけの拳と、能力を生かした拳の重みは違う。

 

 実際龍の怪人の拳とぶつかっても、自分の腕は痛くならないし、鱗で守らなくても骨身にダメージは跳ね返ってきていない。

 

 (・・・ならば、アレなら打倒出来るか?)

 

 打撃、投げ、格闘術では望みの薄いこの状況下において、龍の怪人のもう一つの戦略。

 

 本当はヘヴンホワイティネスを撃破する為の能力として、研鑽を積み上げた龍の怪人の能力。

 

 それは名が体を表す、龍の能力。

 

 そして怪人としての1段階上の領域の技。

 

 全ては力による支配を正当とさせる力。龍の怪人の最大の力。

 

 その力を発動する為の準備を整える為に、龍の怪人は動かない右腕に重心を傾けて、倒れる様な勢いをつけて前転。

 

 その不可解な行動を見ていた鋼鉄の魔人が、少し油断した。

 

 片腕一本で身体を支えて、逆さ立ちになりながら先に落とすのは、前に傾く踵。

 

 そのブーツを履いた踵が、鋼鉄の魔人の頭上ど真ん中に、斧の様なイメージの形となりながら振り落とされたが、やはりこの魔人にはダメージが無い。

 

 無いのだが、踵落としが鋼鉄に跳ね返された勢いを使って、今度は後方に飛んでいく。

 

 広間隅の方では、爆撃の怪人と老人、リコニスと魔法の闇人との交戦が続いている。当然の事だがどちらも遅れは取っていない。

 

 (・・・下を使うか)

 

 ここは地下25階。この広間で新たな力を発動するのは得策ではない。あんな狂った人間と怪人でも、同じヘルブラッククロスの仲間なのだから、かえって邪魔になる様な事をさせてはならない。

 

 後方に飛びながら華麗な着地を決める事で、龍の怪人の背中に下の階層が覗ける、転落防止の手すりを背にした事が解った。

 

 「倒せるつもりなら、来い」

 

 どう足掻いても負ける事は無いのだが、それでもここでは能力を発動するわけには行かない。それを暗に示す言葉だったのだが、眼の前の黒光りする魔人は、舌なめずりをしながら重苦しい足音を鳴らして龍の怪人に近づいてくる。

 

 近づいてきた事を目視しながら、龍の怪人がかすかに微笑みを見せて、手すりの下へと落ちていく。

 

 「戦場を変えるってのかい?いいぜ、二人っきりで楽しもうや」

 

 鋼鉄の魔人も少し遅れて龍の怪人と同じ様に、下へと落ちていく。

 

 「・・・なんだと!?」

 

 先に落ちたはずの龍の怪人を追いかけたはずだが、落下し始めた瞬間、彼の視界に現れたのは・・・。

 

 『GRRRRRRAAAA!!!』

 

 それは幻想世界や、物語の中にしか見たことのなかった様な、四本脚の怪物。

 

 皮膚と思わしき所は眼で見てみる限りではどこにも無く、変わりに硬く鋭く強靭な鱗が生え揃い、漆黒に輝く翼を広げて、長く重苦しそうに見えるのに軽く丸太よりも太く長い鎌首。

 

 尻尾も大きく、鞭の様にしなりながら硬い鉄の床を容易に打ち砕き、四本の脚に生え揃った爪は、軽く床をなぞっただけで紙切れの様に引き裂いていく。

 

 その咆哮はおおよそ人ではマネができない声質であり、耳を破壊しそうな叫び。

 

 大きく耳を劈きそうな大声は、鋼鉄の魔人の体内に大きく振動を与える程強かった。

 

 その姿は竜。

 

 深黒き暗黒を従える地獄の竜。

 

 しかしその恐ろしさと物騒な見た目に反して、どこか気品のある顔立ちと女性の様な美しさを醸し出すその姿は、間違いなくあの龍の怪人だと言う事が、鋼鉄の魔人には見ているだけで理解ができた。

 

 『GRRREEEE!!!』

 

 喉から声を絞りながら震わせる様な唸り声だけでも、実際に彼女が龍を体現する存在であり、本気である事を伺い知れる。

 

 「驚いたぜ・・・まさかそんな姿になれるなんてな・・・」

 

 なんとなく、この黒竜が怖く感じた。

 

 鋼鉄の魔人を黒く赤い瞳で睨み、周囲の鉄やコンクリートを溶かしてしまう鼻息が噴出されている。

 

 鋼鉄の魔人の身体でさえも溶かしてしまいそうな熱気を孕んだ鼻息が、これから自分を地獄へと送ろうとしている災厄を招く竜と共に鋼鉄の魔人を視界から外さない。

 

 これこそ、この姿こそが龍の怪人のフェーズ3の力であり、発動出来る場所を選ぶ等条件こそあれど、対ヘヴンホワイティネス用の積み上げた力。

 

 人間が使う車よりやや大きいだけの竜の姿とは違う、正真正銘、幻想の竜。

 

 フェーズ3・幻想黒竜形態。

 

 それが彼女のヘルブラッククロスの為の力。

 

 「・・・焼き尽くすつもりか・・・?」

 

 着地した鋼鉄の魔人が見たのは、尖った竜の口が大きく開き、顎と上から伸びた鋭利な牙が、上下に開く光景。

 

 その口内だけならばただの穴、空洞にしか見えないのだが、この光景では奥。

 

 喉に該当するであろう奥の穴からは、黒と赤に輝く炎の様なゆらめきと、距離感があっても鋼鉄の身体に感じる熱気が、ジリジリと焼いてくる感覚を感じた。

 

 『GORRRRAAAAA!!!』

 

 大きく開いた口と、竜としての気品さを併せ持つ豪快な咆哮が上がると同時に、高熱を帯びた業火が解き放たれた。

 

 「ぬおおおお!!」

 

 炎は黒いのに赤く、空気に触れた所から空間そのモノを焼いているのか、煙が浮かびあがり、壁は軽くドロドロと溶け始めている。

 

 鉄やコンクリートを焼き溶かし、高熱を超えた究極的な炎熱が鋼鉄の魔人を追いかける。

 

 「あれは・・・!当たってはいけない!触れてはいけない!俺の生きている魔人生の中で、一番やばい!」

 

 竜の炎を走りながら逃げ回る中で、一瞬振り向いてみる。真っ黒く赤く燃えて行く炎が、鋼鉄の魔人をどこまでも追いかけてくる。

 

 ありとあらゆるモノを焼き尽くし、生者を地獄に追い詰めていく怪しく不気味に輝く炎。

 

 黒竜獄熱息(ドラゴンブレス)

 

 鋼鉄の魔人に逃げ場を無くす炎は、龍の怪人の吐き出す、この世界の全てを焼き尽くしてしまいそうな程の爆炎の壁が、どんどん鋼鉄の魔人を追い詰める。

 

 黒く燃えては空気すらも焼いて、煙が立ち上がり充満するこの部屋では、地獄の奥底に眠る竜の様に、彼女は鋼鉄の魔人を追い詰めた。

 

 『SEEEEEENEEEEEE(死ね)!!!』

 

 黒竜は大きくを吸い込み、深く呼吸を整える。

 

 吸い込んだのは息だけでは無く、煙も、溶けた鉄もコンクリートも、上から降ってくる死体も全てを吸い込んだ。

 

 そうして喉に溜めて全てを竜の最高熱によって溶かして、ひとつの塊を生成する。

 

 赤黒い炎に囲まれた鋼鉄の魔人は、触れる事も逃げる事も叶わず、ただ奪われるだけの存在になった。

 

 元ゲヘナミレニアムの最高幹部、監獄の脱獄者、全ての女を手中に収める者。

 

 様々な異名を得たはずなのに、たった今その全てを、命を含めて奪われる側になってしまった。

 

 地獄の炎は鋼鉄の魔人の身体へと燃え広がり、黒光りする身体を蝕んでいく。

 

 熱く、痛く、確実に鋼鉄の身体を溶かして黒竜による睨みの中、鋼鉄の魔人は驚愕に満ち溢れた表情で敗けを悟る。

 

 「うっ・・・うあああ・・・!!」

 

 実体にも炎は届き、今度は確実に命を焼いていく。

 

 「やめっ・・・」

 

 息が上手くできない。

 

 まわりの大火事によって酸素がなくなり、変わりに煙が溢れて、逃げ場の無い確実な地獄。

 

 「・・・はっ!?」

 

 ただ体力を削りながら殺すだけでは終わらない。

 

 息のある内に、息が出来る内に、龍の怪人の次の一撃がもう始まっていた。

 

 先に吸い込んだモノが炎による塊となって、喉から吐き出された。確実に身動きのできなくなった鋼鉄の魔人に受けた、竜の吐き出す禍々しい炎の怪球が黒竜の口から吹き飛ばされた。

 

 「まだ──死にたく、無─」

 

 最後まで言えず、鋼鉄の魔人が最後に見たのは、地獄への片道切符。

 

 竜の幻想、そこから産まれ、他の命を喰らい、屍を築き、鉄をも燃やし尽くす。

 

 監獄に現れた黒竜は地獄を世界へ贈る者。

 

 鋼鉄の魔人の瞳には、一筋、生きる事への羨望を混ぜた涙が落ちた。

 

 泣いても地獄の竜は許さない。

 

 龍の怪人が解き放ったブレスが、鋼鉄の魔人の真正面に捉えて焼き尽くす。

 

 怪球に飲み込まれた鋼鉄の魔人は、そこから先の記憶は無くし、意識を落とした。

 

 なぜなら飲み込まれた瞬間、絶命したからだ。

 

 燃えカスひとつ無いが、辺り一面を焼き尽くした黒竜の口には真っ白な煙が蒸気の如く左右の牙から噴出される。

 

 『GYORRRRAAAAA!!!!』

 

 最後に咆哮を一つ上げて、監獄内にはその轟音が反響し合って地獄からの宣戦布告が鳴り響いた。

 

 人々が望んで暮らしている平穏な世界を脅かす宣戦布告を、その竜の喉から大きく吐き出した・・・。

 

 龍の怪人vs鋼鉄の魔人

 

 勝者・龍の怪人

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  

 

 逆巻く刃はまるで大きな渦。

 

 触れれば何もかもを切り裂いて、潰して、なかった事にする。なかった事に出来る。

 

 鎌鼬の魔人の両腕から空気を切り裂く刃が、何本も生み出されては乱反射させるかの様な渦が生まれ、自分の頭上で飛び回る毒蛾の怪人を捕らえる事に成功した。

 

 ここからは煽ってくれたあの少年みたいな少女の怪人を、この手でお灸を据える時がやってきた。

  

 「アッハハハ、なんだかかゆいねぇ」

 

 逆巻く刃の中で毒蛾の怪人の羽や服が地道に斬られていく。

 

 肌に当たれば斬ると言うよりも、叩きつけている要領に近く、服や羽は当たったら切断に近いダメージが入ると言う、特異な事をしている。

 

 言い得て妙な事だがあの鎌鼬の魔人はかなり器用な事も出来る様子。

 

 刃渦の中心で鎌鼬の魔人が毒蛾の怪人を見上げながら、ニタニタと笑う。いくら余裕な表情を見繕っても、毒蛾の怪人にはそれがただの強がりか、挑発が効いていないアピールにしか感じなかった。

 

 「ホラホラ、さっきの威勢はどうした!僕ちゃんよぉ!」

 「洋服斬るだけが君の攻撃なの〜?」

 

 毒蛾の怪人の両手には猛毒のゼリーが握られているが、それはまだ反撃には使わない。この魔人と呼ばれる存在がどこまでの実力を持っているのか、またそれをどこまで発揮するのか見てみたさもあったからだ。

 

 「さっきはボクちゃんを毒漬けにするとか抜かしてたなぁ!ええ?僕ちゃんよぉ!」

 

 腕を水泳のバタフライの様に振り回して、空中の刃がより強く大きくなっていく。

 

 だけどそれがどれだけ毒蛾の怪人に当たろうと、たいしたダメージになっていない。

 

 どんどん攻撃が当たろうと、ただ洋服が千切れるだけで、少しだけ恥ずかしくなるだけ。

 

 やはり魔人もただの変態。強引さや力強さならば、ヘルブラッククロスの戦闘員の方がまだ持っている。

 

 「反撃もできない、舌戦を繰り広げるだけ、ボクちゃんには手も脚も出ないだろぉが!」

 

 鎌鼬の魔人の攻撃はどんどん速度を増して、毒蛾の怪人の洋服もどんどん面積を無くしていく。羽は斬られたとしても原料が自分の体内の毒である以上は、普通に再生出来る。

 

 「・・・」

 

 いっそ肌に当たる刃も心地よいと思える痛みであり、毒蛾の怪人は他の組織に居る怪人クラスの存在の強さがこんなモノなのかとがっかりし始めている。

 

 「あーあー、もういいよ」

 

 今までの甲高い声とは違い、低く落ち着いた少女の声が鎌鼬の魔人の表情に僅かな陰りを見せる。

 

 「やっぱり魔人ってザコなんだねぇ。僕もう飽きちゃったよ」

 

 刃に当たりながら、斬る事も無く、痛みはだんだん慣れて来た。

 

 「もう無理だよ。君なんかじゃ僕を殺すことはできない。もちろん、抱く事も、押し倒す事も、ね」

 

 ニヤリと毒のよだれを垂らした毒蛾の怪人。

 

 この組織も力も世界も全てがヘルブラッククロスの思うままの価値観に、この魔人が賛同してくれるなら生かして駒とする使い道はあったかも知れないが、もう実力の程は理解できた。

 

 後は・・・この魔人のお望み通り殺してやろう。

 

 「この渦が君の本気なら、僕も本気を出して殺してあげる♡ザコに見せるのは本当はもったいないけど、僕も実はけっこー強いんだよ♡」

 「ほざけ!ボクちゃんがお前に殺される?勝てる?いい加減生意気な口を言えない様にしてやるよ!!」

 

 ザワザワと逆立つ毛を鋭く尖らせて、鎌鼬の魔人が刃の渦の中の刃を一つずつ鎌へと変形させて毒蛾の怪人に突っ込ませる。

 

 今度の刃は当たればただでは済まないだろう。

 

 当たる対象が、ただの人間であれば、の話だが。

 

 当たるのが怪人ならば・・・それも毒蛾の怪人ならば・・・。

 

 「無意味だよ♡」

 

 無数の大鎌の突撃が毒蛾の怪人に命中する。

 

 渦すら壊しかねない強力な攻撃だったが、この一撃ならば毒蛾の怪人を倒したと、撃破したと鎌鼬の魔人は本気でそう思い込む。

 

 渦が止まり、全ての刃が落ちていく中、紫色の毒を含んだ煙が空中で停滞すると、中あら2つの光が開く。

 

 双眸の光は赤黒く、猛毒のゼリーが光線の様に伸びだして、煙を払う。

 

 「その大技?でも僕に傷を与えられないなら、もう異人失格だよ♡ザァコザァコ♡」

 

 煙から身を出した毒蛾の怪人の羽が赤黒い猛毒を宿して、大きく肥大化している。

 

 緑色の髪も少年っぽさのある洋服にも、毒を纏わせて彼女は殺意と嘲笑に満ち溢れた微笑みを見せる。

 

 「どうどう?これがフェーズ3って言う僕の能力・・・」

 

 地獄の様な恐ろしくて禍々しい迫力を持たせる、赤黒い猛毒の衣。

 

 毒蛾の怪人もここに来てフェーズ3を開放させた。

 

 あのヘヴンホワイティネスに負けた事で、今日この日までに積み上げた毒蛾の実力。

 

 「ヘルブラック・ポイゾネス。これが僕のフェーズ3なんだ〜♡」

 

 猛毒を超えた激毒。

 

 この場にまだ人間が残っていれば、香りを嗅いだだけで死に至らしめる毒の世界。

 

 生きていけるのは、この毒を飲んで平気なモノだけ。

 

 それ意外は力を証明しようが、毒の母に魅入られない者は、絶対に死ぬ毒の世界。

 

 「お前、人生、終わったね・・・♡」

 

 指先に込めた激毒の光線が一瞬で飛び出し、鎌鼬の魔人の脳天を貫いた。

 

 「え・・・」

 

 鎌鼬の魔人の頭を貫通したのは、誰が見ても明らかなモノだったが、彼はまだ生きている。即死はしなかったが・・・。

 

 「え、う・・・うわぁぁぁ!」

 

 鎌鼬の魔人が驚いたのはその先だった。

 

 脳内から体内へと細胞を食い尽くす様に入り込んだ激毒は、体毛を腐らせて、瞬時に肉を侵食して行き、確実に体内を腐らせていく。

 

 だが不思議なのはここまでの事をしておきながら、即死して居ない事が鎌鼬の魔人には驚きだった。

 

 「うげぇ・・・」

 

 体内の筋肉を凝縮させ、体内の酸素すらも毒に犯し、血液を固めていつまでも続きそうな苦しみ。

 

 その苦しみが鎌鼬の魔人を支配し始めていた。

 

 「これで解った?実力の差が、ね。僕たちを下に見た事、後悔しながら苦しんで死んでね♡クソザァコ♡」

 「う、ご。くきけ。こ。かかか、ゲボォ。・・・げ、ぉ?あ!」

 

 最早会話もままならず、鎌鼬の魔人は青ざめた顔のまま、浮遊能力を落として、落下していった。

 

 あまりにもあっけなさすぎる死への意識に、鎌鼬の魔人は泡を吹きながら毒に侵された身体で落ちていく。

 

 落ちる先は鉄の床でも、死体の山でも、リコニスの上でもない。

 

 「地獄に堕ちろ♡負け犬♡」

 

 赤黒い激毒を至るところに撒き散らしながら、毒蛾の怪人がヘルブラッククロスの勝利を掲げると、ゆっくりと仲間達の交戦が行われている地下へと戻るのであった。

 

 この勝利と能力の幅が広がった事がとても心地よく、毒蛾の怪人は次にヘヴンホワイティネスの事を思い出す。

 

 あのビーム剣術の使い手、ヘヴン2、宮寺レンの事を思い出す。

 

 あの余裕そうな表情とクールな感情、その全てがこの毒によって壊された時、彼女はどんな顔をして僕に謝ってくれるのだろうか。

 

 その日が来る事を楽しみにしながら、毒蛾の怪人はやぶれた洋服に今更恥じらいを思い出しながら、ゆっくりと降りていった。

 

 毒蛾の怪人vs鎌鼬の魔人

 

 勝者・毒蛾の怪人

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 日本の軍隊がこの監獄を囲う中、沢山連なる砲塔、その下の戦車に立ち上がる男が居た。

 

 将校のコートを肩に掛けた長身の男は、厳戒態勢の中でも気だるそうに葉巻を咥えて本部からの命令を待っていた。

 

 あまり清潔感の無いヒゲと、年相応に眠そうな中年と言った顔つきをしているが、その眼光は葉巻からの煙と合わせて、まっすぐと監獄を見つめて恐ろしい怒りを潜ませている。

 

 彼の名前は日本軍将校・銀葉(ぎんば)イオリ。

 

 「なんだってんだ・・・」

 

 葉巻を噛みながら、イオリが監獄から立ち昇る大きな煙をじっと見つめる。

 

 この監獄を襲撃するぐらいだから、テロを起こした奴らは生きて帰るつもりは無いらしいが、それでも不可解なモノだった。

 

 監獄を取り囲む戦車や軍隊の列は、綺麗に整っており、背後の射線上に味方が並ばない様に整列されている。

 

 日本は平和な国のはずだったのに、最近はどこに行っても闇社会の噂が途絶えない。

 

 イオリの嫌な予感はいつも的中してしまう。今朝ものヘルブラッククロスの噂話を聴いた時に、今日は嫌な事が起こると思った。

 

 「あーこちら現地の銀葉。本部からの命令待ちです。どーぞ」

 

 気だるそうに言いつつも、彼はこの日本と言う国が窮地に立った時に、悪に立ち向かわねばならない軍人。

 

 「せっかく可愛い後輩に会う約束もしてたのに、嫌になっちゃうぜ」

 

 本部からの返事をまっている傍ら、イオリは大きくため息をつく。

 

 この後自分達に起こる事は惨劇となるか、それとも喜劇となるか。

 

 「ま、何はともあれ」

 

 銀葉イオリは砲塔の上に立ち上がり、二丁のマシンガンを肩に担ぎ上げて臨戦態勢を整える。

 

 何があっても、何が来ても、何が起こっても必ずこの国の平和の為に、彼は戦い続けなければならない。

 

 可愛い後輩に会うのも、女と酒を飲むのも、新しい葉巻を買うのも、全てはここでの事件を解決してからだ。

 

 「日本の軍隊を敵に回すと、痛い目に会うって事をあいつらに思い知らせてやろうか・・・」

 

 銀葉イオリがそれだけを告げると、もう一つ大きな爆発と黒煙が監獄から叩き上がった。

 

 それを見てもう一つ嫌な予感がイオリの胸にチクチクと、細かい針が刺さる気分になって行った。

 

 

続く

  

 




おつかれさまです。

フェーズ3の怪人達が増えてるけどヘヴンホワイティネス達は勝てるのでしょうかね。

龍の怪人なんかドラゴンそのモノになっちゃったよ。

キャラネタ書きます

龍の怪人
フェーズ3に覚醒した。
幻想黒竜形態は、まんま洋モノRPGとかに出てきそうな黒い竜。
めっちゃ強い。だが言語能力は著しく低下した。

毒蛾の怪人
彼女もフェーズ3に覚醒。
ヘルブラック・ポイゾネス。
二人共に厨2全開の能力だね、かわいいね

鋼鉄/鎌鼬の魔人
圧倒的かませの魔人達。今の彼らが弱かったのでは無く、ヘルブラッククロス達が強かっただけ。

銀葉イオリ
日本軍隊の将校であるが、平成のこの時代においてはあまり活躍の場面が無いらしく、平和が一番だと思っている。
ちなみに名前はある文字に変換すると・・・
彼はこの物語の最初期から登場しているある人物に深く関わっております。

・・・

次回は監獄襲撃・6!
監獄の戦いも終わり、柏木タツヤに関するあれやこれや・・・

そしてその次のお話では、ようやくギンジ達の出番も復活します!
あ!忘れておりましたが、なんとなんと今回のお話で100話突破しております。

で・す・が!トータル100突破であって、まだ本編は100に乗っておりません、なのでノーカン!

でも番外編含め100話突破しているのは、なんとも感慨深いです。
ここまで良く頑張ってこれたな、って思います。
仕事にかまけて最近書けていなかったのですが、これからもこの拙く幼稚な物語を応援してくだされば幸いです。

話がそれてしまいましたが、とりあえずまた次回で!

熱中症には気をつけなはれや!


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96・監獄襲撃・6

皆様こんにちはアトラクションです
今週も遅れた・・・まじでなんなのこの忙しさ!一週間で2話投稿したいのに!!!涙

あ、あともう一つ

女性との約束は守ろう

それではどうぞ


 

 「なんじゃ今のは・・・!」

 

 赤天と呼ばれる老人が御札を両手に広げて、爆撃の怪人と対峙していた時に、すぐ下の階層から大きな轟音が響いた。

 

 耳を劈く、もしくは鼓膜を破壊しそうな程の強烈な音。音の逃げ場の無いコンクリートと鉄に反響しあいながら、光ある遥か上の階層へと駆け抜けていった。

 

 それは音なのか、それとも何かの唸る、叫んだ声なのか・・・。

 

 なにはともあれ、それが生物から出た声だと言うのは長く生きている経験から赤天には理解できた。

 

 (なんと言う事じゃ・・・)

 

 歳を取って積み上げた退魔の能力を持ってしても、その体内を揺さぶる程の咆哮を上げる生物が、ヘルブラッククロスに居るとは、赤天にとって見れば得体が知れないでは済まない。圧倒的驚異、そして規模と底が見えない未知の組織の存在。

 

 それらが眼の前の爆撃の怪人と同じ様に、巨大な壁となって立ちふさがる気分だった。

 

 「どうしたクソジジイ。龍の先輩の大声にブルッちまったか?ブルっちまうのは風呂場でションベンした時だけにしとけよ」

 

 この若造は今回交戦する事になってから、ずっと品性を感じさせない言葉使いで話し続けて、赤天に軽蔑の目線を送り続けている。

 

 下で叫んだ声も恐ろしいのだが、この爆撃の怪人も赤天の天敵になっていた。

 

 退魔師の操る魔を打払う能力は、魔人だけに限らず、異人というカテゴリーで呼ばれる全ての種族には、大抵通用するし、ダメージも入るモノだ。

 

 かつて退魔教会としての任務においても、謎に満ち溢れた人の形をした異形の怪物にも通用したのを赤天は覚えているからだ。

 

 破邪の札、破邪の剣、破邪の聖剣、その他様々な退魔の力を持って、赤天は道を踏み外すまでは色々な悪性存在と戦ってきた。

 

 故に・・・今回もこの老人の退魔の力は、怪人であるこの若造にも通用するはずだった。

 

 この爆撃の怪人はボロい黒のコートに身を包み、ノースリーブみたいな奇妙な服装と引き締まった腕を振り回しながら、触るモノ全てを爆弾とし、任意で爆破する、文字通り爆撃を得意能力とした怪人。

 

 ヘルブラッククロスの怪人には退魔の能力が通用するのは、レイナとナルミを陥落させようとした時に現れた、進化の怪人の登場により効く事自体は覚えている。

 

 だが最も異質だったのは、この爆撃の怪人が札に触れた瞬間、悪の主属性となっている怪人の能力によって上書きでもされるかの様に、爆弾化させられてしまったと言う事。

 

 自分の破邪の力も、破魔の力も、どんなやつにも敗けない最高峰へと上り詰めた実力だと今も信じて疑わなかった。

 

 (・・・この怪人には、何も通用せぬのかっ)

 

 札に触れるだけで破邪を無力化し、最後はこの怪人の武器となる。そんな事を何度も繰り返され、赤天のシャバへの希望はどんどん失われてしまっていた。

 

 (かくなる上は・・・いいや、自害だけは・・・)

 

 こんな怪人に問答無用で殺されるのだけは納得が行かない。とは言え勝ち目が無いのであれば、自害しか選択肢が無い。極端な考え方だが、命乞いをして生かしてもらえるとも思えない。

 

 (せめて、最後まで戦うか・・・?)

 

 一生懸命戦えば、きっと一撃ぐらいはまともなダメージは入るかも知れない。だがそうなる前に、この怪人に触られれば、それはもう赤天の人生の終わりを意味している。

 

 洗脳、催眠、攻撃退魔術、眼くらまし・・・。

 

 様々な選択肢を考えるも、結局出てくる選択肢は・・・。

 

 (くぅ・・・死ぬしか無いのか・・・)

 

 爆撃の怪人に何も通用しない。攻撃も届かない。逆に触れられたら即死の条件を満たす。

 

 ボロボロになったコートを翻して、爆撃の怪人がゆっくりと死の手を近づけてくる。

 

 「さあ、終わりにしてやるよ。クソジジイ」

 「おのれ・・・!」

 

 爆撃の怪人の勝ち誇った顔に、赤天の悔しさと起死回生の作戦を練る、微妙な表情。

 

 オレンジ色の囚人服を着た老人、赤天は死を回避出来るのだろうか。

 

 取り出したのは退魔の札。何枚爆撃の怪人によって爆縮されてただの燃えカスになろうとも、最後まで抗い力の限り戦う道を選んだ事で、爆撃の怪人とにらみ合う。

 

 「いいねぇ、死を覚悟したのに諦めずに立ち向かおうとするその気合。ただの老人ってのがネックだけどな」

 「抜かせ小童・・・儂とて男じゃからな。ここで逃げる訳には行かぬのだよ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 コンキリエ。

 

 私がそう呼ばれていたのはもう40年も前の話になる。

 

 魔王コンキリエとして、オレキエッテ帝国との戦いに飽きて来た頃、私がなぜ自分の心に満たされない想いがあるのか、それを考えた結果、出てきた答えは一つだけだった。

 

 『・・・女が足りない』

 『はい?』

 

 隣で確か・・・そう、アマトリ。そんな名前の側近がきょとんとした顔をしているのを覚えている。

 

 魔法界を支配し尽くそうと息巻いていたあの時とは違い、私は名を捨てて過去を忘れて、次なる新天地を目指そうと別の世界への移住を決めた。

 

 アマトリに全てを託して、私は魔法を扱う事のできない存在が蔓延るもうひとつの世界、人間界へとこの脚を踏み入れた。

 

 女。私の欲望を満たしてくれる、美しい存在。そんな女も魔法が使えるのでが抵抗されて、結局殺してしまう。

 

 神になるとかよりも、私は女がたくさん欲しかった。

 

 はは、今になって思えば相当自分勝手な理由で魔王軍を降りたモノだ。つくづく自分の思いつきは、周りに迷惑をかけているとあの時も痛感していたよ。

 

 私が・・・人間界の支配を開始しようとした時、魔法の闇人と名乗る事で、ウラシャカイに自分と自分が造り上げた存在達の生きる証明を果たした。

 

 北度固化の街を支配し、闇を握り、魔法で全てを支配する。

 

 私達の下に集った者達だけで暮らせる、酒池肉林の魔法の世界。

 

 それこそが私、魔法の闇人が目指した圧倒的至福な世界であり、支配を完了させた未来の姿はずだった。

 

 『あなた達の好きにはさせないわ!』 

 

 その少女は、急に現れた。

 

 私の眼の前で、私意外が使えないはずの魔法を使って。

 

 『魔法少女サクラ!ケンッ!ザァンッ!』

 

 幾度と無く我が組織、マージ・ジゴックの精鋭とその任務を打ち砕き、たった一人で私を捕らえる寸前まで追い詰めてくれた、魔法少女。

 

 『覚悟して!マジカルマジカル〜!』

 

 最後の戦いにおいては、マージ・ジゴックは壊滅されてしまい、私の計画もこの少女を倒さない限り達成する事はありえない状況になっていた。

 

 私の持つ全力と彼女の持つ全力において、魔法の打ち合いが始まる。

 

 血を流し、魔力を使い、肉体を削り、精神を減らす、大きな戦いであった事は私がよこう覚えている。

 

 全ての魔法の打ち合いを制し、この私の上に魔法の杖を掲げて鎮座するのは、魔法少女サクラ。

 

 私の上に浮かぶ(立つ)等・・・おこがましい。そう一瞬だけ思ってしまった。

 

 はは、それと同時に、負けると言う事、勝てなかったと言う事、計画も無駄に終わったと言う事、全てを思い出した。

 

 次。次こそ私に計画成就のチャンスがやってくれば、今度こそ全ての女をこの手に抱きしめ、支配してやろう。

 

 ・・・その好機が、今日この日にやってきては、私は胸が高鳴った。

 

 それなのに・・・。

 

 「ヒャーハハハハハっ!!」

 

 悪魔の様に笑うこの少女も、幾度となく私の魔法を切り抜けて、この私、マージ・ジゴック頭領の魔法の闇人の上に、飛んでいる(立ちはだかる)のだ。

 

 「魔法の攻撃ってもう終わりなの!?もっと楽しませなさいよ!」

 

 黄金の鎧と黄金の刀、そしてどんな異人よりも血走ったその眼は、私に生物として全ての防衛本能を上回る恐怖を植え付けてくれた・・・。

 

 黄金の鎧を装備して、右手にも東洋の武器の形状をしたサーベル、カタナと呼ばれる武器を握り、溢れんばかりの狂気を双眸に宿した、美しい小顔の少女。

 

 私がこの世界に侵略を開始した時には、見たことの無い美貌を持っているのにも関わらず、その洗練された強さは、かつて魔王として魔法界に君臨していた私でさえ眼を奪われそうな、そんな女性としての憧れを持たせそうな雰囲気を醸し出している。

 

 なにより恐ろしいと思ったのが、この女・・・名前はリコニスだったかな?

 

 私の魔法をいとも簡単に斬り裂いては、私が繰り出した魔法の死体でさえも復活が不可能になるぐらいに細斬れにしてくれた。

 

 本当の意味での屍の山を築いただけではなく、その山を踏み越えて何度もこの私に肉薄してくる。

 

 そのたびに彼女は・・・リコニスと呼ばれていた少女は、歪に引きつった笑顔を見せてくる。

 

 油断すればこの身体に傷、いいやもっとわかりやすく言えば、致命傷を与えかねない程に鋭い攻撃の数々。それは私に久しく忘れていた、油断と言う感覚を思い出させた。

 

 「あーほらほら、退屈させないでちょうだい。サクッと殺すわよ?」

 

 かつての魔王であるこの私を前にしても、ここまでの余裕を見せつけてくれるとは、ヘルブラッククロスとはよほど優れた人材で固められた組織なのだろう。

 

 かれこれ何時間ここで戦っているか解らない。時間を忘れさせる程に、リコニスはただただ私の眼の前で私の繰り出す魔法を嬉しそうに斬り潰して行く。

 

 それを幾度も繰り返して、私は気づいた。

 

 「はは、もしかしたら、勝てないかも」

 

 乾いた笑いは生まれながらの癖だった。黄金のレガースが血で汚れた地面で輝いて、狂気の存在が命を刈り取る音を鳴らして、ガツン、と近づいてくる。

 

 その癖を出すたびに・・・死神リコニスが私を嬉しそうに見つめてくる。

 

 「ええ〜諦めちゃうの〜?えーんリコニスちゃん暇で泣いちゃいそーよよよー」

 

 わざとらしい泣き顔を見せて隙でも晒しているつもりなのだろうか、背を向けて彼女は私の前で泣き出す。普通ならばこの先は不意打ちをするチャンスだろう。

 

 逃げるのも良いかも知れない。

 

 だが・・・。

 

 かつての魔王であった事、マージ・ジゴックの頭領である事、そしてなにより無数の女をはべらせる事。

 

 全てがプライドとなって重なった事で、私は全ての魔力を織り交ぜた全力の攻撃を、全開のチャンスの下、確実にぶつけてみたくなった。

 

 両腕を交差させてから、うねる蛇の様に腕の周りに手を回していく。

 

 そうして再び胸の前で開いた両腕には、炎の様にゆらめく魔力を灯して、かつて魔王にまで登りつめた最大の魔法を発動する準備が整った。

 

 これで殺せるならばきっと私が日の光を拝める事だろう。

 

 「だが・・・殺せなかったら・・・はは・・・」

 

 もし失敗したら?なんて事を考えてしまった。

 

 もしそうなったら待っているのはなんだと思う?

 

 失敗した時、私に待っているのは【全て】だ。

 

 【全て】が私を待っている。

 

 だから、失敗はできない。

 

 「えーんえーん・・・はやく攻撃しないと、そろそろ殺しちゃうよ」

 「マジカルマジカル・・・」

 「お?やる気になった〜?じゃあもう少しだけ後ろ向いて嘘泣きしてるね〜」

 

 背中から語る声はいかにも馬鹿にしてくれる喋り方。

 

 「はは、嘘なきしてたんだ・・・」

 

 それはそうだろう。この人は人間であっても、ただの人間じゃない。

 

 あの装備による恩恵は大きいのだろうが、それは操ろうにも常人では不可能な高性能な装備である事は、異人とカテゴライズされている私にも十分に解るモノだ。

 

 きっとこの先、この死神は常に満たされる事のない飢えと、一瞬の満足感を与えてくれるモノを見つける為に、戦い続ける。

 

 失敗なんてするつもりは無いが、それでもこの後はそうする為に生きて行く、そんな事を思ってしまった。

 

 私の手足、身体に魔力が流れ込んでくる。

 

 闘気はやがて大きくなり、魔力はどんどん強く膨れ上がっていく。

 

 「マジックズ・マジカル・ウンデルヴァ・コンキリエ」

 

 どちらにせよ・・・私は勝たねばならない。力を示して、この死神を倒さねばならない。

 

 「ダークネス・グランド・パスタトニヤ!」

 

 黒い炎が丸く膨れ上がり、それは巨大な槍となって死神に飛んでいく。

 

 当たれば国を一つなかった事に出来る、私が持つ最大の魔法攻撃。

 

 これで死なないとすればそれは嘘だ。

 

 漆黒の炎が槍となって飛んでいき、空気すら焼き尽くしながら黄金の死神に迫る。

 

 「へぇ・・・───ちゃんみたいな技だね」

 

 くるりと簡単に振り向いた少女は、この技、この炎を見たことのあるような素振りをして、まるで驚きもしない。

 

 「はい・・・次は?」

 

 そしてその次は私でも捉える事のできなかった速度で、魔法を真っ二つに切り裂いた。

 

 当たる事なく左右に分断されてしまった炎は、勢いだけは弱る事無く暗闇の向こう側を照らしながら壁に当たって轟音を鳴らすだけに終わった。

 

 「あれ?終わり?」

 

 あっけらかんと言い放つこの顔は、もう種をもっていない私からすればただの挑発だ。

 

 だが・・・。

 

 今の私には反論する事も、次の一手を放つ事も、もうできない。

 

 はは、終わった。

 

 「・・・」

 

 今の私は茫然自失としているだろう。膝から崩れ落ちて、言った通りの【全て】が私に待ちかまえていた。

 

 「ねぇ・・・お前、名前はなんて言うんだっけ?」

 

 ?おかしな事を聴いてきたと思ったが、そうか、最後に名前だけでも覚えておいてくれるのか。ならば私の真名を言おうか。

 

 【全て】を受け入れよう・・・私は魔王でありながら、地獄を謳う組織でありながら、ただの人間の少女にさえ私は勝てなかったのだ。

 

 「我が名はコンキリエ・・・」 

 「そう。コンちゃん、私達さ、目的があってここに来たのを思い出したんだ。君が戦えないなら、もういいよ。程度はだいたい解ったし」

 

 つまらなさそうに、しかし納得の言った声音をして彼女はそう言った。

 

 見逃されたのか?いや違う。

 

 これは・・・無理に戦いをしたとしても、最早退屈しのぎにならないと判断されたのだ。

 

 ・・・!殺される事さえ無いと言うのか・・・。

 

 殺す価値すらも見いだせないと言うのか! 

 

 「あのさーそういう殺気を出せるなら最初っから出そうよ〜。ま、今更出されても私はもう戦わないけどさ。なんか飽きちゃったし」

 

 死神の気まぐれか、彼女はへらへら笑いながら、私を見下している。

 

 「あ、でもコンちゃんって面白そうではあるよね。いつでも殺せそうなモロさと言うか。うーん、子犬みたいな?これから私達の目的を邪魔しないでくれるなら、見逃しても良いよ。あ、行くとこないならうち来る?」

 「・・・??」

 

 次々と話す内容が変わ。さっきまでの緊張感が嘘の様なほぐれ具合に、身体が震えている。

 

 「ま、目的の達成までは、逃がすつもりは無いんだけどさ。一緒に来る?最下層」

 

 死神の気迫はすでに薄れ去り、この私に対してまるで友人の様に接している。

 

 優雅にも見える歩き方に、未だなお拭えない恐怖。

 

 恐ろしく見えて、それでいて圧倒的な力を私に示した行動。

 

 ヘルブラッククロス・・・名に違わぬ実力者の揃う組織、か。

 

 はは、次の気まぐれでは殺されるかも知れないな。

 

 地獄。

 

 良いだろう。私も・・・死神に惹かれた者としてついて行こうか。

 

 っと言うよりも・・・そうした方がこの先生きていける様な気はしているよ、はは・・・。

 

 「ほーら爆ちゃーん!老人虐待はもういいから下に行くよー」

 

 先程までの腰巾着の様な大男を従えている辺り、異人よりも強いのは明白、か・・・。

 

 「うっす先輩!あ、この老人命乞いしてきたんで、連れ帰っていいっすよね?」

 「ん〜?好きにすれば〜?紫辺りがユーコーカツヨーするでしょ」

 

 あの老人・・・生きていたのか。

 

 だとすればあの老人と、爆と呼ばれたあの怪人との戦いは、どうやら怪人、とどのつまりヘルブラッククロスの勝利になった、と言ったところか。

 

 「のう、魔法の闇人よ・・・ヘルブラッククロスは、怖いところじゃ」

 

 彼がおずおずと近寄りながら私に声をかけてきた。すがる様な声と仕草は人間が恐怖に怯えきった時とほとんど同じ。

 

 その姿を見て私も共感を得た気分だ。この薄暗く鉄とコンクリートに囲まれた地下監獄における癒やしみたいなモノに近いな。

 

 「はは、私も同じ事を思っていたよ・・・」

 

 まだ私の方は正式に答えをもらってもいないし、自分からついていくと伝えても居ない。

 

 だけど・・・なんでだろうな。

 

 恐ろしい組織についていく事、そしてこの少女に勝てなかった事。

 

 あまりにも呆気に取られる様な事が続き、私が一番驚いているが、なぜだかまだ生きていられると言う実感だけが、私のこれからの人生に大きな転機を与えてくれる、そんな気がしていたのだ。

 

 はは、この私が誰かの下に就く事が来るとはね。思いもしなかった。

 

 何よりもこの怖い少女の後ろ姿を見ていると、私はヘルブラッククロスに逆らう事をやめようと思った。絶対に。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 地下30階。

 

 龍の怪人と毒蛾の怪人がお目付け役として、コンキリエと赤天を監視させる為に、上の階に置いてきた。

 

 途中で上から降ってきた触手、犬、紐の怪人にもその監視を任せてリコニスは爆撃の怪人と共に、いよいよ虹層作市最大の監獄、その最下層へと脚を踏み入れた。

 

 このフロアに捉えられている囚人達は、居るだけで死刑が確定している存在達で埋まっている。

 

 死刑と一言で片付けても、実際には刑が執行される事はほとんどなく、彼らのほとんどが無期懲役を喰らい、そしてその時が来るまで何もせず無気力に生きる事を強いられる。

 

 退屈で何も満たされない、強欲に生きた者達のつまらない人生は、今日で終わりを迎える。

 

 生きたいと望む者は多かれ少なかれ、より深い闇の向こう側へと手を差し伸べられ、ただの自由を求めた愚か者は、17歳の少女の手によってサクッとあの世生き。

 

 いきなり現実を壊して、差し伸べられた地獄の死神の手を受け入れた者達は、より一層深い悪の道へと脚を伸ばしていく。

 

 左右に見えて暗闇の奥へと続く独房の一つの部屋の中にあるのは、かつて度固化市では有名なヤクザだった凶悪なアウトローが、下半身と上半身を真っ二つに切り離された死体となっており、その隣の独房では嘘の様に綺麗に整った部屋。

 

 そしてその隣はまた細切れにされた死体があり・・・そんなモノが順番に並んだ無数の部屋では、ヘルブラッククロスに賛同した囚人達が年齢問わず爆撃の怪人とリコニスによって手綱を握られる事となっていた。

 

 いつもならばひときわ静かなこの独房フロアも、ヘルブラッククロスの下で自由を得た事で旺盛な騒ぎが開かれている。

 

 そんな中・・・。

 

 「あっれれー?お久しぶりだね〜柏木タツヤ〜」

 「おやおや・・・本当にお久しぶりですね、リコニスさん」

 

 騒ぎの中でも余裕な表情を崩さず、ギンジにぶん殴られて腫れた頬はそのままの顔の男が蛇の様に首を伸ばして、リコニスの到着を今か今かと待ち構えている様子にも見えた。

 

 「総統はわたくしを見捨てては居なかった、というところですかね。いやぁ、良かったですよ。ささ、早く拘束を解いてください」

 「・・・」

 

 大幹部同士の再開なのだが、リコニスの顔は笑顔のまま、ただひたすら無言であった。

 

 「うーん、拘束を解いてあげるよ・・・でもさぁ、その前に」

 「はい?」

 

 糸目の男・柏木タツヤはリコニスの返答に、何か不穏なモノを感じ取った。

 

 感じ取ったと同時に、リコニスが左手であるモノをぶら下げていた。

 

 それは右腕(・・)

 

 布・・・とは言っても麻の素材で頑丈なモノにくるまれ、それを粗雑に斬られており、リコニスがそれを持っているという事自体は不思議な事では無い。

 

 さらにその布にくるまれた腕は真っ赤に染まった部分があり、水滴がポタポタと落ちている。

 

 斬った──ひと目でそれが解るモノ。

 

 ではその腕は一体誰の(・・)モノなのか。

 

 「この前は私に嘘をついたよね?」

 

 ミヤコを捕まえる時にこの男に協力をしてあげた。リコニスは協力する見返りとして、ヘヴンホワイティネスに寝返った進化の怪人こと、佐久間ギンジと戦う約束を取り付けていた。

 

 いつもリコニスの心の中に居座って離れないあの男と一緒に居る事で、リコニスの退屈は払拭される。その退屈と暇を全力で闘争に変換してくれるのは、ギンジしか居ない。

 

 だと言うのにも関わらず、タツヤはミヤコを捉えた時にギンジを痛めつけていたのだ。

 

 異質な怪物(あんなモノ)まで総統から借りてまで、ギンジを打倒し、ミヤコを傷つけ、リコニスとの約束を破ったのだ。

 

 「・・・はい・・・?」

 

 タツヤの顔に大きな玉汗が流れる。額から鼻筋を通って、口元をその重さと垂れる勢いで顎に流れていく。

 

 拘束されて動けなかったタツヤの顔がじっとりと汗に濡れていく。

 

 その眼の前ではリコニスがタツヤの顔の眼の前に、右腕をぶらぶらと振り子の様に揺らして見せびらかす。

 

 「ねぇ・・・わざわざ交差させて胸の前に拘束されていたのにさ、何も感じな〜い?」

 「・・・は、い?・・・?」

 

 その右腕が誰のモノなのかは、だんだん解ってきた。

 

 どうやって気づかれずにリコニスが斬ったのか。

 

 どうやって・・・誰から・・・気づかれずに。

 

 肩の近くまでもある腕。大人の、しかも成人男性の右腕。

 

 それをリコニスが斬りとってタツヤの顔の眼の前で見せびらかしている。

 

 でもそれも飽きたのか、思ったより狂乱しないタツヤに業を煮やしたのかは誰にも解らないが、右腕をぼとりと床に落とす。

 

 落ちた衝撃で中につまった肉が弾けて、血液の塊がごろりと鉄の床に広がり、痛烈な血の匂いが部屋に充満していく。

 

 流れる血の匂いはどんどん広がっていき、ドアの向こう側にまでその匂いが飛んでいく。血気盛んな犯罪者がこの匂いを嗅いで、何か不穏な雰囲気を感じるには十分だろう。

 

 「まぁほら、拘束解いてあげた後にさ、瞬間移動とか使われると嫌だし、抵抗できない様にしてさ、ヘルブラッククロス流で言うなれば〜ボコボコにしてから連れて行こうぜってやつ?解るでしょ?」

 

 ニタニタと完璧な勝利を得た死神は、黄金の鎧に光を当てて輝かせている。

 

 「ど、どうして・・・お、同じ組織の、大幹部なのに・・・」

 

 玉汗を沢山流しながら、乱れる呼吸を必死に取り繕うとタツヤがリコニスの顔を見上げた。

 

 自分の足元に転がっているのは、自分の右腕だ。タツヤの30年以上の人生の中で一番よく知る右腕だ。

 

 右腕だったモノだ。

 

 「ああ、ちなみにさ」

 

 リコニスはさぞつまらなさそうに、それでも嬉しそうに、歪な口元で笑みを浮かべた。

 

 「・・・ヒィ」

 

 引きつった声と共に、ここで痛みが意識としてタツヤの胴体に走り始める。

 

 上手く呼吸ができずに汗を流して、見上げた先に侮蔑と勝利の2つを混ぜた顔で三日月が嗤う。際限無く広がり続ける悪の中の悪。

 

 総統と同じ巨悪をその身に宿し、心までもが狂気に満ち溢れたと言うのが解る顔で、牢の明かりが怪しく光りながら後光の様に輝き始める。

 

 リコニスの後頭部から伸びる光が、タツヤに今までに無い恐怖のどん底に落としてくれる気迫を感じさせた。

 

 「あ、あとさ〜別に死にはしないだろうけど〜・・・」

 「ま、まだ何かするおつもりですか・・・?」

 

 右腕を根本から斬られただけでももう十分なのに、まだ何かするつもりでいる。

 

 「ん〜そうだね〜・・・もっと痛いコト、してあげる」

 「は、い・・・?」

 

 思わずタツヤもひきつった声をもう隠そうともしない。

 

 正確に言うのであれば【出来ない】と言うのが正しいのだが。

 

 「そ、そんなコトしたら、そ、総統も黙ってはいないはずでは」

 「ん〜」

 

 小首をかしげながらリコニスが鼻で笑ってみせる。

 

 今までも命令は結果的には守った事がある。だから今回も結果的に組織の目的であるタツヤの奪還。

 

 それが出来ればなんでも良いという考えが、たった今リコニスの脳内中に駆け回った。

 

 頭の中で自己完結を行うと、リコニスが大股開きでしゃがみこみ、自慢の黄金の刀を逆さまに持ち直す。

 

 黄金の刃の切っ先が向けられた先は・・・柏木タツヤにとって、全ての男性において絶対に必要な場所であり、絶対に守らないといけない場所。

 

 「ま、まさか、本当に・・・するおつもりですか」

 

 奪還しに来てくれたのでは無いのだろうか。

 

 助けに来てくれたのでは無いのだろうか。

 

 自分をもう一度ヘルブラッククロスの大幹部として、活躍させてくれるのではないのだろうか。

 

 「まぁホラ、無事に連れて帰って来いなんて言われてないし?」  

 

 三日月が一つ、逆さまに現れる。

 

 「それに腐っても右腕だけじゃ逃げられちゃうかも知れないし?」

 

 もう一つの三日月がまたも逆さまに現れる。

 

 「約束破るしさ?ギンジちゃんにも敗けるしさ?」

 

 最後に三日月が2つの尖った先端を上に向けて現れる。

 

 3つも三日月はリコニスの顔に浮かび上がり、弱い者いじめを全力で楽しむ悪魔の顔。

 

 最早見慣れたその顔は、タツヤに絶望の表情を作らせるのには十分なインパクトであり、文字通りの絶体絶命だった。

 

 「さっきは手早く腕を切り落としてあげたけど〜・・・今度はいっそ死んだ方がマシって言わせちゃうぐらい、ゆ〜っ〜くっり・・・」

 

 黄金の刃の先端がタツヤの股間、その中心である局部に向けてゆっくりと進み始めた。

 

 脚は椅子に括り付けられており、腰もベルトで固定されている。

 

 つまり身じろぎはもう出来ないと言う事。

 

 「アハハ、ま、死んだら死んだ時考える感じで!」

 「ま、待って!やめっ、嫌だぁぁーー!」

 

 リコニスが両手で刀を下におろした。黄金の刃が突き刺さり、一瞬にして想像を絶する凶悪な痛みがタツヤを襲った。

 

 「んぎょおえあああっ───!!!!!」

 

 かくして・・・ヘルブラッククロスの大幹部柏木タツヤは下半身不随になりながらも、無事?に奪還され、組織に戻るのであった。

 

 「1速〜!2速〜!」

 

 突き立てた刃をぐりぐりと回して、車のギアチェンジの要領で刃を回していく。もちろんその刀はタツヤの股間に突き刺さったままだ。

 

 誰にも助けてもらえないタツヤの凄惨な姿を見た爆撃の怪人は、こればかりはリコニスに難色を示すのだが、怖いから何も言わない事にした。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 「あ〜参ったね」

 

 時刻は18時をそろそろ回る頃。

 

 虹層作市の監獄へと突撃を果たそうとした日本軍は、突撃と同時に2000を超える軍隊を取り囲む黒い絨毯の存在を確認出来た。

 

 それは黒い絨毯と呼び出しただけであり、本当は絨毯ではない。

 

 そう思わせる、そう表現せざるを得ない様な程の黒いスーツ、黒いヘルメットを装備した人の群れ。

 

 黒いヘルメットが無数に立ち並び、しかも異形な者も居て・・・。

 

 何より銀葉イオリが驚いたのが、自分達を余裕で超える敵性存在の数。

 

 いつの間にか、それも誰にも、ただの一人にも気づかれずに、2000を超える黒い人影、否絨毯。

 

 街の果てにまで伸びるその黒い絨毯は、イオリを始め隊列の部下達にもはっきりと視認出来ていた。

 

 もっと異常なのがその黒い絨毯にまぎれて、戦車や部下、街の人々を思い切りなぶり殺しにしていく大きな身体の怪物だ。

 

 「・・・困ったぜ、まじで」

 

 イオリは二丁のサブマシンガンを構えるが、四方八方から襲いかかって来る敵の大包囲網から次々と部下達を襲う攻撃の音。

 

 日本の軍隊を相手に数で押して襲撃をしかけて来る以上、彼らに生きて帰るつもりは無いのだろう。  

 

 残暑の熱気と混乱渦巻く熱気が混じり合い、イオリは大きな身体の怪物を遠目に冷や汗を流す。

 

 遠くで見ても軽く左右に並ぶビルと同じぐらいの大きさ、その体躯を誇る石像の様な怪物。それが車道の真ん中、黒い人影を見下ろす形でイオリには見えていた。

 

 「近くで見れば・・・15メートルぐらいか?始めて見たぜ」

 

 こくりと硬唾を飲む。

 

 その怪物が足元の戦車まで近づいた途端に、思い切り巨大な拳を叩きつけた。

 

 思っていたとおりの爆音が響き、戦車はコンクリートと共に破壊と陥没に巻き込まれる。

 

 更に巨大石像が殴った衝撃は、風圧を巻き起こして日本軍を還付なきまでに叩き潰す、文字通りの蹂躙とも呼べる一撃が繰り出された。

 

 近くのビルを揺らし、街を破壊し、イオリの部下や同僚達を軽く散らしてくれる。

 

 もう一つのある方角からは、黒いスーツを着用した女性と思わしき存在が、両腕を振り上げる。

 

 大人しそうな見た目とは裏腹に、その腕は一瞬で人の腕の原型を無くし、代わりに黒く太く反り返った、牙の様な形へと変わっていった。

 

 「今度はなんだ・・・!?」

 

 日本軍の迷彩装備を着た者達を、下から突き上げて思い切りその牙が猛威を振るう。

 

 サイの首の要領を全身で体現しているのか、その女性はどこか悲しそうな表情で、人も軍用車も突き上げるだけの攻撃で、日本軍を蹴散らしていく。

 

 「なんだなんだ・・・」

 

 最早その光景を2つ見せられては、イオリに攻撃する意思が見せられなくなってしまう。

 

 「その身に刻め!地獄の重圧!!」

 「!?」

 

 更にさらに違う方向からは、野太い男性の大声。

 

 撤退すら出来ない包囲網の中で、イオリを始めまだ中心に立っている日本軍隊達が声の方向に振り向く。

 

 体格の良い男性は人の形をまだ保ったままだったが、黒いスーツの両腕が太く広がり、スーツの生地が裂けて行く。そこから見える腕は筋肉が膨張して漆黒の豪腕が姿を表す。

 

 「この力!この破壊力!流石は裏社会を牛耳る組織!聴いて驚け、国家の犬よ!」

 

 豪腕を振り回した男が戦車を殴り抜いて、持ち上げてはイオリの居る方角へと投げ飛ばしてきた。

 

 「我々はヘルブラッククロスに協力する事を選んだ、神に見捨てられた者達!」

 

 豪腕の男が魂の叫びを上げる。

 

 豪腕の男の名前はヘルブラッククロスの怪人でありながら、怪人としての固有の名を持たない新たなイレギュラー。

 

 それぞれここに立つ三名の怪人達、神に見捨てられ、運命に弄ばれた存在、その怒りを日本軍にぶつけている。

 

 豪腕を振り回す体格の良い男の名前は、神宮ヒシヤ。

 

 腕や脚、頭から牙の様なモノを生やしている少女の名前は、神宮カクミ。

 

 巨大な石像となり一撃だけで確実に国家戦力を追い詰める男の名は、神宮オウテ。

 

 怪力の怪人・ヒシヤ。

 

 (つの)の怪人・カクミ。

 

 巨像の怪人・オウテ。

 

 自分の父親である神宮ソウイチロウの指示の下、この虹層作市の襲撃に参加した神宮財閥によってその運命を弄ばれた不幸の存在。

 

 彼らには全て・・・地獄からの力を得た。

 

 怪人化した事で、人を超越した力を得た彼らは、先ずは力を実感する為に、ドクターパープルの監修、総統の許可、そしてソウイチロウの指示による襲撃の第二陣として、ここにやってきた日本軍を撃破する事を最大の目的として、大量の戦闘員達と共にこの街へとやってきた。 

 

 「クソ・・・総員!自分の命の事だけ考えろ!なんとしても、本部へ撤退しろ!」

 

 投げ飛ばされた戦車の下から、苦しそうな表情をしながら這い出たイオリが、悔しさと焦り混ぜた声でまだ生きている仲間全員に、指示を出す。

 

 集団で逃げるのは無理でも、なんとかして個人個人で逃げてもらわないと、正義が復活する事が出来ない。

 

 そもそもこんな実力の差を見せつけられたのでは、勝てるのかどうかさえ解らない。

 

 でも逃げなければ。

 

 こんな怪物を相手にしていたら、命がいくつあっても足りないと、軍隊としての責務よりも、命が惜しく感じてしまった。

 

 テロが相手ならば、この装備でも事足りたのだろう。でも相手が怪物ならば、今は逃げるしか無い。

 

 「おい本部!生きている人たちだけでも逃げるぞ!」

 

 本部への返答は待たずして、イオリは撤退を選ぶ。まだ生きている仲間たちも同じく、なんとかして戦闘員の壁を切り抜けて脱出、そして交戦を開始している。

 

 本当ならば一般市民を守らないといけない。

 

 本当ならばここで逃げずに戦わないといけない。

 

 本当ならば死ぬまでここに居ないといけない。

 

 その覚悟を持っていないといけない。

 

 だが・・・あの怪物を始め、この黒い特殊なスーツを着た者達が、街を包囲していると言う事は、恐らく・・・。

 

 (この街はもう・・・)

 

 終わっている。

 

 ヘルブラッククロスと呼ばれる組織によって、この街は一瞬で破壊されつくしているに違いない。今は中央に居るが、おそらくこの黒い絨毯は、街の出口、外側にまで埋め尽くされているのだろう。

 

 (戦争でも起こす気かこいつら・・・!)

 

 ヘルブラッククロスの戦闘員の一人を銃殺し、イオリは特攻を開始する。もう上下左右正面背後、どこに味方が居るのかも解らない絶望的な状況になってしまっているが、それでもイオリは逃げる。

 

 「どけぇぇ!!」

 

 怒号を上げて、引き金を絞り、思い切り前に突撃する。

 

 夜の闇が迫れば、完全に勝ち目がなくなる。

 

 銀葉イオリはこの悔しさを背負い、敵陣突破を目指して突き進むのであった。

 

 

 

続く  

 

 

 




お疲れ様です。

女性との約束は守ろう(二度目)

今回リコニスの成長があるとか言ってたけど、単純に速く強くなってたってだけで、人間キャラの戦闘能力の成長って難しいね。
○白ミドリコ?彼女はロケットランチャーなので・・・

キャラネタ書きます

リコニス
まじでイカれたクレイジーウーメン。
シャンプーは青りんごの香りが好み。
タツヤの男性敵象徴をぶっ壊した。

柏木タツヤ
リコニスとの約束をやぶった事で、泣かされた。泣いたと言うか絶叫した。なお男性器は修復不可能となり、下半身不随にも陥り、犬の怪人に乱雑に持ち上げられている。

コンキリエ
リコニスの強さに恐怖してヘルブラッククロスの犬になった。
サクラが最後に戦う敵

赤天
爆撃の怪人との戦いにおいては、好みの女性をどうするか、それについて命乞いをした結果意気投合はした模様。だがヘルブラッククロスの犬。
レイナが最後に戦う敵

神宮オウテ/ヒシヤ/カクミ
ソウイチロウ一派の子どもたち。ミヤコの話の時にも少し出てきた。
それぞれ、巨像/怪力/角の怪人となった。
ドクターパープルの怪人の球の改良版を飲み込み、人を維持しながら怪人化を果たした為、ある意味ではミヤコを超えた事になる。

爆撃の怪人
触れたモノの爆弾化が可能なやべぇやつ。

・・・

次回はようやくギンジ達の出番が戻ってまいります!物語の最終章はまだまだ先ですが、なんと次回から一周年記念特別編始まります!
一応予定としてはいつもの番外編ですが、物語とのつながりも持たせます!
頑張って書きますぞえ!

それではまた次回!感想、高評価、低評価、お待ちしております!


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温泉旅行編
97・神宮温泉街旅行


こんにちは、アトラクションです!

今回から急遽入れる事になった一周年記念特別編が始まります。

バトルバトルしててもアレなので、また一風違った感じの章になっています。
全4話予定。

今回はお話スタート編!それではどうぞ!


 「くふふ、おきて〜くふふ、ギンジ君〜

 

 こうやって寝起きに襲撃されるのはいつ頃だろうか。

 

 俺はミヤコが連れさらわれてからと言うモノの、ずっと魔法界のベッドでの寝起きに違和感を感じていはいた。

 

 いや、とは言うモノの・・・ミヤコが俺たちの捕虜になる前は、カエデに叩き起こされたり、ミドリコが発砲したり(してなかったかも)だったが、唯一優しく、そして強引に起こしてくれるのはいつもミヤコだけだった・・・。ああ、ミヤコ、俺の大好きなミヤコ、君はどうしてミヤコなの?」

 「あのー、一人で変な事しないでくれます?」

 

 場所は神宮亭。俺は佐久間ギンジ、今の時刻はちょうど朝の10時を回る頃。

 

 ミヤコの救出、奪還。それに成功した俺たちは昨日の大宴会もまぁまぁ楽しんだ後に、適当に片付けもせずにカエデとカエデパパが用意してくれた、豪華な寝室に一人ひとり案内された。

 

 はずなのだが・・・。

 

 「くふふ、おはようギンジ君」

 「お、おう・・・」

 

 俺の案内された部屋は、いかにも金持ちお嬢様って言うと言い方がとてつもなく悪いけど、よく見る荘厳な部屋だった。

 

 一人で案内されたはずなのに、気がついたらこいつは俺の部屋に入り込んで、いつもの有り様を見せてくる。この事じたいは別にもう構わないけどさ、そうやって俺の身体に乗っかるのもうやめない?

 

 さて部屋なのだが、先ずはベッドだ。

 

 ベッドは一人で寝るには十分だし、俺も寝た事のないぐらいの高級な生地をふんだんに使っているらしい。

 

 四角い間取りなのに奥行きを感じて、小さな化粧台とクローゼットが。置いてあるモノだけ見ればわりかし質素な印象ったけど、なんと言っても印象的なのはこのベッドだ。

 

 4方向と言って良いのかわからんが、なんかベール?みたいなカーテンがついてて、お城みたいなのに置いてあるベッドに近い印象だ。黄金の装飾とかもマジの金を使ってるのかも知れねぇ。

 

 ・・・そう考えたら一個ぐらい取って行っても・・・。

 

 いやだめだ。そんな事後でカエデやレンにバレたら殺される。

 

 そもそも泥棒なんてやっちゃだめだ。

 

 で、寝ているベッドが脚を向けている方には、大きな四角い窓が取り付けられていて、白いカーテンの隙間から9月1日、本日のごきげんな日差しが部屋に入り込んで来てら。

 

 「でさ、話を戻すけど」

 

 俺は一つの部屋で熟睡を決め込んで、もし起こしてくれなかったらもう少しだけ寝てた可能性もある。

 

 だが眼がはっきり冷めたからもういい。

 

 俺は今の自分の身体に上に乗っかっては、見たことのある光景、くふふと笑う彼女の姿が見えている。

 

 「もうおっきする?」

 「おっきとか言うなよ・・・」

 「くふふ、じゃあ朝のき、キスを・・・」

 

 キス。そうだ、その言葉を聴いて俺は思い出した。

 

 昨日の夜の祝勝会で俺は・・・。

 

 ミヤコにキスをされた・・・。

 

 いつも大胆な言動が多い上に、どんな無茶でも驚異の行動力でなんでも解決しようとするあのミヤコが、こんな俺なんかに・・・。

 

 好意自体はいつも解ってたけど、意外とあんなモノなんだな。

 

 あ、一応言っとくけど別にキスが未経験なわけじゃないからな!

 

 ヘヴンホワイティネスの世界に転生した事では、未経験だったが!俺は別に未経験じゃないからなーー!

 

 頭の中でどこに向けた憤慨をしているのか。未経験じゃない俺はその時油断していた。

 

 正面から2つの小さな手が伸びて、白くしなやかな指が俺の顔にしかがみついて来る。

 

 「くふふ、むにむにだね」

 

 もちろん顔を掴んできたのは、怪人でも正義のヒーローでもなく、鈴村ミヤコだ。

 

 寝癖のついた黒髪はそのままミヤコのほっぺをするりと落ちて、下から伸びた腕が、俺の視界、目線をずっとある位置に固定していく。

 

 「くふふふ、くふっ、くふーふふ。もう我慢できない」

 

 そのミヤコの瞳は左が怪人の黒く赤い眼球、右がいつもの人らしい瞳をしている。

 

 メガネを外しているのに、俺の顔だけはしっかり見ているのだから、困ったもんだぜ。

 

 しかーし!この時のミヤコはだいたい暴走しがちで、暴走一歩手前の状況に近い。その事を俺はちゃんと覚えている。

 

 昨日みたく無理やりじゃなきゃいいが、こうやって毎朝暴走されたんじゃ俺も困っちまう。

 

 獲物に狙いを定めた蛇の様に、爛々とした瞳を見せるミヤコには、どうにも俺は勝てる気がしない。

 

 だから・・・助けてもらう事にする。

 

 ああ、でもその前に一個だけあの言葉だけは言うべきか。

 

 「やめて・・・ひどい事しないで・・・」

 

 よくよく情けない声をしていると思うが、俺も本当は言いたくないんだよ。でもこういう時のミヤコには勝てないんだよ。そんな気がするんだ。

 

 「だいじょーぶ、ひどいことはしないよ。気絶するまで、いっぱいいっぱい、幸福ホルモンの口移しを・・・」

 

 だめだ。もう一刻の猶予も無い!最強の助っ人を呼ばせてもらう!口が封じられる前に!

 

 「助けてくれぇぇーー!!」

 

 俺の声の大きさにびっくりしたのか、ミヤコの拘束の手が緩んだ!

 

 「絞めた!脱出のチャンス!」

 「ああん、待ってよギンジ君・・・くふふ、逃さないよ!」

 

 身体を無理やり引っぺがして布団とミヤコからの脱出を成功させると、次はすぐ近くにある扉に急ぐ!

 

 とりあえず部屋を出れば、俺の勝ちだ!隣の部屋に居る赤鬼にでも助けを求めれば・・・。

 

 「ちょっとギンジ!?大丈夫!?」

 

 勢いよく眼の前の扉にたどり着いた。俺がドアノブに手をかけるよりも早く、ドアが開いた。

 

 それもめちゃくちゃ強い力で。この俺が突き飛ばされて後ろに転がってしまうぐらいには強い力で。

 

 「くふふ、あれ?」

 「うおおおどけミヤコ!」

 「わっ・・・ワァ!」

 

 扉を開けたのはカエデだった。

 

 俺の〈大好きな人達〉の一人であり、ミヤコと同じぐらいには俺が好きだと思う少女。

 

 ヘヴンホワイティネスのリーダー的ポジションであり、神宮財閥のご令嬢。

 

 抜群のプロポーション、抜群の発想力、元気の塊みたく溌剌とした顔立ち。何もかもが俺にたいな底辺には釣り合わない。

 

 でもってヘヴンホワイティネスの主人公でもあり、俺が一番守りたい人の一人でもある。うむ。

 

 カエデが血相を変えて俺の部屋に入り込んできたが、次の瞬間には一気に表情を鬼の如く怒りに染めた顔になっていた。

 

 「ギ〜ン〜ジ〜・・・」

 「え?なんで俺怒られそうなの?おいおい、何したかわかんないけど、怒るなよ!赤鬼もびっくりなぐらい鬼の形相になってるぞ!」

 

 って言ったみたけど、なんでカエデがブチギレ寸前なのか解った。解ってしまった。

 

 清潔感溢れるフローリングの上で、俺とミヤコの姿がなんとまぁ・・・なんと言おうか。

 

 「くふふ、ギンジ君、流石のわたしも他人に見られながらのプレイは・・・あ、でもギンジ君がしたいならわたしはもう・・・」

 「お前は黙っとけ」

 

 俺が仰向けに倒れてミヤコはまたもや馬乗りになって、俺の上に座り込んでいる。軽いなこいつ。

 

 「ふぅ〜〜っ・・・それじゃあ死ぬ覚悟は良いかしら?」

 

 え、なんで拳の骨を鳴らしてるの!?なんでヘヴンスーツに変身してるの!?

 

 これは誤解なんだけど!?

 

 「助けを求めた癖にあたしの家で、しかもあたしが使わせた部屋の中で、ミヤコと仲良くしているなんて良いご身分ですわね」

 

 ねぇ!ちょっと!

 

 ギアが!めっちゃギャリギャリ鳴ってるよ!

 

 それは・・・その音は、ギンジの命を確実に終わらせる、天国への片道切符になる音だった。みたいな。

 

 「破廉恥な事ばっかりして!必殺!メガトン・インパクト!!」

 

 カエデが床を蹴って跳躍すると、天井に飛び移る。そこから三角跳びの要領で、倒れてる俺に向かって光り輝くガントレットを構えた。

 

 ・・・っていうか別に俺は破廉恥な事はしてないデスよ?いやまぁ邪な事を考えてないわけじゃないけど・・・。

 

 カエデの持つヘヴンスーツの能力は、正義の衝撃。怪人を軽く叩き飛ばすあの大技は、俺がヘヴンホワイティネスになる前には、オーク怪人も撃退した技のようだ。まぁ、ゲームの方でも主力必殺技だったよね。

 

 「言い逃れは許さないわよ!」

 

 あ、死ん・・・。

 

 メッキょぉっ、とした音が聞こえた瞬間、次に俺の脳までも叩き潰しそうな破壊の音が鳴り響いて、俺達の日常がまた戻ってきたと実感する瞬間だった。

 

 ただしめちゃくちゃ痛いです。身も心も。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 神宮亭の広さは俺が設定資料の中で見たモノよりも、かなり大きくなっている。

 

 庭園があるのはそのままなのだが、使用人達の居住スペースもあったり、地下には広大ななんかの施設がある。これは俺が知らなかっただけなのか、それともこの神宮財閥そのモノにもイレギュラー的な要素もあるのか。

 

 イレギュラーなんて言えば、神宮御庭番衆なんて奴らもイレギュラーか。ゲームの方のヘヴンホワイティネスには名前すら出てこなかったしな。

 

 俺がぶっ飛ばされてから数時間。まだまだ夏の暑い日差しが俺たちに襲いかかる気温の中、カエデのパッパが俺たちに用事があるとかで、円卓会議質に呼ばれていた。

 

 ここもキレイで清潔感もあるし、マジで絵に書いたような会議場に、正直俺はドキドキしてるよ。

 

 あーだけど今ここに走っている緊張感は、俺のドキドキ感を無くしてくれるよな。

 

 俺たちが座る席はこの会議場の入り口から見て、左側。

 

 先に呼ばれていたのか、ミドリコ、レン、赤鬼、ケイタもすでに来ていた。

 

 俺とミヤコとカエデも身支度だけを軽く済ませて、この会議場に遅れて入った。

 

 「遅刻とはいいご身分だな、佐久間」

 

 俺を名字で呼ぶのは、この場ではあのポニテのお兄ちゃんだけだな。

 

 そんでその近くに座りながら、両肘をついて手を組んでいるのはこの神宮財閥のCEOであり、カエデのパパでもあるソウジロウ。

 

 そんでポニテのやつの名前は・・・えーと、十六夜だ。

 

 「十五夜だ!二度と間違えるな!」

 「軽いジョークだろ。そんな怒るなよ」

 

 そうそう、そんな名前だった。冗談が通じないのか、顔を真っ赤にして怒ってるぜ。

 

 「あら、ギンジにだけ怒るのは理不尽なんじゃないかしら。ヒトシ」

 

 おお、そうだぜ!言ってやれカエデ!

 

 「しかし、お嬢様!こいつは・・・」 

 

 ヒトシのお兄ちゃんがなんか言おうとしたが、すぐ近くに座っていたソウジロウさんの手の静止が眼に入ったのか、すぐに表情を戻して背筋を伸ばした。

 

 俺も欲しいな、あんな側近みたいなの。

 

 「兄貴!おはようございます!ここ、空いてやすぜ」

 

 野太い声で牙を見せつけて笑うのは、真っ赤な肌に黒い甚兵衛を着た、雄々しい一角がついた赤鬼。

 

 そんな赤鬼は、俺を兄貴と呼んでくれてるけど・・・。

 

 「いや、無いな」

 「へ?何がですか?朝飯ですか?」

 

 こいつが側近か・・・いや、やっぱり無いな。

 

 「いいよ気にすんな」

 「あ、へい」

 

 会話を終えると俺とカエデとミヤコは、赤鬼に用意してくれた席に座りながら、全員でソウジロウの方へと視線を動かす。

 

 なんかこうして7人全員がここに揃うのは、俺としては感慨深いよ。

 

 俺、カエデ、ミヤコ、レン、ミドリコ、ケイタ、赤鬼。

 

 「ギンジ、朝ごはんはちゃんと、食べないとだめ。カエデの家のご飯は、美味しいから、ちゃんと全部食べて」

 

 スカイブルーの髪を揺らして一枚の紙切れを俺に渡してきた。

 

 なるほど、読めたぜ。俺には解る。これが朝食用のメニューだって事を。

 

 「違うよ。これ、ルカとサクラから」

 「なんだよ・・・で、なんだ、手紙か?」

 

 〜ギンジくんへ〜

 

 ミヤコちゃんの救出おめでとう!

 私達も助けたかいがあったよ。それでごめんなんだけど、一日無断で外泊したから、私もルカもお母さんがげきおこで、今朝、おうちに帰る事になりました。

 

 パーティーの続きはまた今度しようねー。

 

 〜ギンジへ〜

 仲間を助けられた事、君と共に戦えた事を誇りに思うよ。

 

 僕もサクラと同じく、お母さんに泣きながら怒られたから、一度帰る事にしたよ。

 

 最後までここに居られない事を許して欲しい。

 

 〜〜〜

 

 「ええ・・・あいつら帰ったの?」

 「まぁ、親御さんの事も考えれば当然だろうな」

 

 俺が手紙を読みながらげんなりしていれば、ミドリコが俺の肩を叩いてくる。まぁ、それもそうか。

 

 「げ、元気だしてよ・・・あはは・・・」

 「どうしたケイタ?なんかげっそりしてないか?」

 「いやぁ・・・はは・・・」

 

 俺の手紙を横目に読んでいたのか、ケイタが疲れ切った顔でへろへろになっている。

 

 「へぇ〜結構やるじゃん、レン」

 「ふっ、次はカエデが、頑張る番」

 「いったいなんの話だ?」

 

 カエデとレンはいつもどおりだな。結局ケイタはどうしたんだ?

 

 「はっ!ミドリコ、アレだ、ケイタの旦那はきっと10回戦を」

 「い、いやまて!夏バテの可能性もあるだろう!って何をいかがわしい事を想像しているのだ君はぁ!」

 「げぺぇ!?」

 

 ミドリコが何を想像したのかわかんないけど顔を真っ赤にして、赤鬼をひっぱたいた。最近ミドリコって人間辞めてきてないか?

 

 あの赤鬼が宙を3回転しながら転げ落ちたぞ。

 

 「くふふ、わたし達もそろそろ」

 「そろそろってなんだ?」

 「くふふ・・・なんでもないです」

 

 急にそっぽ向いたけど、ミヤコのヤツどうしたんだ?

 

 「そろそろ良いかね?」

 

 ソウジロウが苦笑しながら、フリーダムな雰囲気になりつつある俺たちを止める。

 

 「カエデ」

 「はい」

 

 厳格な口調、顔つき。まぁCEOなら当然だと言わんばかりの態度で、自分の娘でもあるカエデを呼び出す。

 

 呼び方自体はとても自然なモノで、カエデもそれに慣れているのか、背筋を伸ばしてオトーサンに顔を向けている。

 

 「改めてカエデの活躍、行動には家族の輪を超えた感謝がある。1個人としてもそうだが、君たちにも感謝をしているよ」

 

 オトーサンの言っている事は、つまるところお礼。

 

 感謝の言葉って奴だな。

 

 「正直、未だに自分の娘が巷で話題のヒーローになっているなど、今も信じきれて居ないところはある。世間が手に負えない悪の組織と戦って命を削っているなんて、きっとどこの家でも自分の子供がそんな得体の知れないモノと戦っているのを見てしまい、若しくは知ってしまったら、毎日気が気ではないことだろう」

 

 その言葉は・・・まぁそりゃそうだよなって感じだった。

 

 実際、今の俺たちに家族が居るメンバーは、カエデももちろんだけど、ケイタもミドリコもそうだ。

 

 レンは未来に置いてきた家族が居るには居るが、今はノーカン。

 

 赤鬼は・・・ヘルブラッククロスの怪人がそうなのかな。

 

 ミヤコは別に良いだろう。こいつには家族が居ようと、居まいとそこまで気にしなさそうだしな。

 

 「この街の平和を守る為に戦っている事には、私自身も誇りに思うよ。今回の戦いにはそれぞれの理由があるモノだとは思うが、改めて言わせて欲しい。カエデ、そして皆も。ありがとう」

 

 ヘヴンホワイティネスは市民の命や未来の為に戦っている、それを踏まえて言えば、オトーサンを助けたのも、ミヤコを救出したのも、全部俺たちの行動方針に添ったモノだしな。

 

 「さて・・・君たちを呼んだ本件について話をしようか」

 

 なんだ?お礼を言うだけじゃなかったってのか。

 

 「お礼とはただ言葉を述べるだけでは意味が無いとは思っていてな。特に今回の件に関しては・・・」

 

 別に気にしなくて良いのに、そこまで考えるか?

 

 まぁ俺は命に関して恩義を背負わせたら、とことんつけあがる性格してると自負はあるがね!

 

 で、どんなお礼をくれるんだ?金か!金だろ!!

 

 「9月にも入った事だ。君たちにもお礼を兼ねたモノで、隣街にある意対化市(いつかし)にある、神宮温泉街にでも行ってきなさい」

 「はいぃ?」

 「どうかしたか?佐久間ギンジ」

 「あ、ああいやなんでもない」

 

 なんだよ温泉って!俺はてっきり給料増えるかと思ったのに!

 

 って言うか神宮財閥に入社(カエデの下僕として)したのに、今まで無給だぞ!そろそろラーメン食べたいんだよ!金を!俺に!くれーー!

 

 「し、しかしお父様、今はもう学業も始まっておりまして、行くのは難しいかと・・・わたくしだけならば良くても、わたくしの仲間には、そこまでの事は・・・」

 

 あ、そうかそういえばカエデ達って学生だったな。

 

 「ああ、問題ないさ。カエデ、そして宮寺君も、甘白さんも、角倉君も・・・全員、学校や職場には連絡済みであり、金を握らせ・・・んんっ」

 

 おい?今このオトーサン、金で解決したみたいな事を言ったぞ!?

 

 「なんだその顔は!佐久間ギンジ!お前にも特別に休暇をやると言っているのだ!ばーかばーか!」

 「そうだぞ佐久間!カエデお嬢様の下僕でありながら、共に温泉に行ける事を喜べバーカ」

 「なんだこの野郎!俺の事バカバカ言いやがって!」

 

 ポニテの十六夜お兄ちゃんも、オトーサンもなんだこの野郎。

 

 お前らなんかアレだぞ、俺が本気ださなくても、お前らなんか頭バシーンって叩いたらおしまいなんだぞ!

 

 しかしまぁ、なんだ。

 

 財閥ってスゲー・・・そういう事マジでやっちゃうんだもんな。

 

 「そういう訳だ。2日しかない温泉旅行だが、存分に楽しんで来なさい」

 

 オトーサンがそれだけ言うとついにこの話は終わりとなった。

 

 意対化市に行くならルカも誘いたいところだけど、来れるのかね。

 

 どういう訳かもらったこの温泉旅行。しかもただ隣町にあるだけの普通の温泉旅行。

 

 「くふふ、楽しみだねギンジ君」

 「楽しみね、ギンジ!」

 

 カエデとミヤコが昨日の祝勝会の時と同じタイミングで、そんな事を言うと、俺の前で口論を開始する。

 

 「温泉かぁ・・・俺っち温泉は嫌いなんだよなぁ」

 「ふむ、それは何故だ?」

 

 赤鬼って温泉嫌いなの?みたいな顔でミドリコが訪ねてる。そういやこいつらなんだか距離感が近くなったな。

 

 「いやぁ、なんと言うかアチィじゃん・・・」

 「温泉ってそういうモノだと思うけど」

 「ケイタの旦那はまだ解ってないのさ。温泉ってのが、どんなに危険な場所か・・・」

 「じゃあ、赤鬼は、行かない?」

 「兄貴達が行くなら行くぜ」

 「ふふっ、なら決定だな。私も赤鬼が居ないのは、少しだが寂しいしな」

 

 なんだか温泉の話題になり始めた事で、活気づいてきたな。

 

 ところで・・・。

 

 「ギンジ君とはわたしが混浴で入るの!」

 「あたし達とギンジで混浴で入れる訳ないでしょうが!」

 「カエデは相変わらず頭が硬いね!わたしとギンジ君が、ヌルヌルのお風呂に入る事で、二人で一つの超生命体が生まれるのよ!」

 「もしそんなお風呂が神宮財閥(うち)で造られてたんだとしたら、さぞかし子孫繁栄に役立ったでしょうね!とにかくミヤコとギンジの二人が一緒になるのは却下よ!」

 「くふふふ、じゃあカエデとギンジ君も共に行動するのは無しだよ」

 「あたしは良いのよ!あいつはあたしの下僕なんだから!」

 「わたしだって良いじゃん!ギンジ君はわたしの造った怪人だもん」

 

 おいおいどこまで喧嘩するつもりなんだよ。

 

 あれ?そう言えばカエデもミヤコも変なあだ名で呼ばなくなったな。

 

 前はカエデモンキーだの、バカミヤコだの・・・。

 

 ああ、そっか。こいつらも仲良くなってるんだな。良かった良かった。

 

 『仲良くなんか無い!!』

 

 二人して息揃ってるじゃん。仲良しじゃん。仲良し通り越してナカヨッピーじゃん。

 

 そんな感じで俺たちは一泊2日の温泉旅行に行く事になった。

 

 楽しみな反面、このメンバーで行くとなるとめちゃくちゃ暴走しないか不安だけど、行ってみるか。

 

 楽しみである事は間違いないしな。

 

 オトーサンが用意してくれた温泉だし、どうせ食事とかその辺は財閥パワーで全部おとがめ無しになりそうだし、魔法界から戻ってきてからまともに休めてなかったしな!

 

 じゃーそういう事で温泉旅行に行くか!

 

 

 

続く

 

 

 

 




お疲れ様です。

温泉っていいよね。

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
この物語の主人公。
現実世界では生きた屍とか、底辺とか呼ばれていた。
一度死んだ事で、ヘヴンホワイティネスというエッチなゲームの世界に転生した。しかし現実はエッチな事はあまりなく、血みどろの戦いを繰り返している。
カエデとミヤコの二人に恋をしている。

神宮カエデ
正義のヒーローであるヘヴンホワイティネスのナンバー1。
能力は正義の衝撃、及び神宮格闘術。

宮寺レン
ヘヴンホワイティネスナンバー2。未来から現代へとタイムスリップしてきた。
能力はビーム剣による剣術。

甘白ミドリコ
よく名前に伏せ字を使われたりする可愛そうな人。
公安警察に所属しているが、その本拠地が現在機能停止に陥っている。
使用武器はロケットランチャー、アーミーナイフ他

赤鬼
ヘヴンホワイティネスのナンバー4。3はギンジ。
空気を打ち出したり、空気を操ったりする事が出来る鬼。
額から一本の角が生えている。
異名は2つあり、一つは勇者。もう一つは死を乗り越えた勇者。
前者は魔法界で、後者は現代でそう呼ばれ始めている。

角倉ケイタ
宮寺レンの恋人であり、ヘヴンホワイティネスの中でも希少な魔法使い。ただし魔法を使いすぎると命に関わるらしい。レンとの仲は良好らしく、祝勝会の後にげっそりしていた。勘の鋭い方なら何をしているのかはご理解したはず。

鈴村ミヤコ
元ヘルブラッククロスの大幹部であり、唯一と言ってもいいぐらいには、怪人開発のプロフェッショナルだった少女。
ギンジに本名を当てられた事から、彼を運命の人と思い込み、また自分の予想を遥かに超える結果ばかりを叩き出すギンジに、怪人と科学者という枠を超えて彼を愛しはじめている。

・・・

次回は温泉編の第2話!温泉街にたどり着いたギンジ達の前には、なんとリコニスが居て・・・?なお話です。

つまりリコニスも関わってくる温泉編。彼女が居ると戦闘の予感しかしないのだが・・・

それではまた次回!


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98・リコニスとギンジ

こんにちはアトラクションです!

温泉旅行編は4話で終わる予定でしたが、なんか・・・すみません、5話か6話ぐらいに伸びそうです。
今後○○編はスタートの時に10話予定とか言わない事にします。
自分の管理能力の無さだったり、キャラの絡みを増やしたり、あ、この話題入れとこうかなー!とか考えたら、色々伸びちゃいました。

温泉旅行編はバトルはしませんよ!これだけは絶対に!

それではどうぞ!


 ヘルブラッククロスの本拠地となる、広大なアジト。

 

 どこかの研究所なのか、はたまた何かしらのタワーの一部なのか。

 

 夏の強い日差しが終わりへと向かう、残暑が色濃く残るこの時期、9月。

 

 現在このアジト内部では戦闘員や下級幹部、それから各地から招集されたヘルブラッククロスの大幹部達が集まり、アジト内はかなり落ち着かない雰囲気を持ち、慌ただしくなっていた。

 

 理由は明白であり、その状況においては大幹部集会に珍しく出席したリコニスにも既に解っている事だった。

 

 昨日、つまり8月31日。

 

 厳しい暑さが毎日続くこの季節において、そこから涼しさの訪れと灼熱の終わりを告げ始めるこの瞬間において、次期総統直属の秘書になれる予定だったある男が、ヘルブラッククロスの宿敵とも呼べる敵対組織、ヘヴンホワイティネスによって敗れたのだ。

 

 その大幹部の男の名前は、柏木タツヤ。

 

 誰もが知る狡猾かつ残忍さを併せ持ち、公安警察に重要なポストを持たせてもらいながら、このヘルブラッククロスに忠義を尽くしていた男が、誰よりも力の世界に固執して憧れていた男が、自分達のルールの下敵に敗れて監獄送りにされてしまった。

 

 (今更何を話し合おうっての・・・あ〜退屈っ)

 

 大幹部達が慌ただしく席につく中、リコニスはいつもの黄金の鎧を輝かせながら、だらけ切った姿勢で脚を組んでいた。

 

 その姿勢だけでも2席分多く面積を取っているから、正直態度も悪いし、誰が見ても邪魔でしょうがない。

 

 誰も彼も同じ立場の大幹部なのに、リコニスに注意も文句も言いに来ないのは、彼女が相当イカれた女であると言う事が周知されていると言う事。

 

 変に眼をつけられて殺害なんてされたら、本当に何も言えない。

 

 眼を合わせずに、それでも騒がしく慌ただしく大幹部達はそれぞれの席につく。

 

 顔を見上げて身体を反らして上の席に視線を動かせば、政界に名を出しているでっぷり太った政治家の男が居る。

 

 身体を元に戻して視線を動かして、リコニスは会った事の無い大幹部をジロジロと見回していく。

 

 主婦の様な見た目をした女性や、ミヤコみたく何かの天才かも知れない中学生の姿や、どこにでも居る冴えないサラリーマンの様な男性や、どこでそんな姿が役に立つのか、ピエロみたいな姿をした大幹部までもがここに集結している。

 

 (皆vs私で殺し合いしてくれないかしら。退屈でリコニスちゃん死んじゃうー、私は退屈になると殺したくなっちゃうよ?いい?処す?処していい?)

 

 2つ離れた席に座る、ピエロみたいな風貌の大幹部の首でも、今ここで刎ねてみようか。

 

 そうしたらきっと注目の的になれる。

 

 そうしたらきっと誰かが私を怒ってくれる。

 

 そうしたらきっと退屈を満たしてくれるおバカさんと殺し合いが出来る。

 

 試してみようか、どうしようか。そう考え始めるだけでもう、自分の中のワクワクを止められなくなってくる。

 

 「なんや、ワイになんか用でっか?」

 

 ピエロの風貌の大幹部がリコニスに一瞥もくれずに、声をかける。

 

 恐らく彼女の殺気に反応した具合だろうが、彼もなかなか態度悪くこの席に座っている。

 

 まるでサーカスの衣装に身をつつみ、身体が太く、しかし手足は細く見える不思議な形状をした出で立ち。バルーンの柄がカラフルにペイントされた中、胸の中心にはヘルブラッククロスの特異なマークでもあり象徴でもある、怪人の瞳をコミカルに模した模様が特徴的だ。

 

 おまけに顔にもメイクをほどこしており、右半分は白く眼の周りにダイヤの化粧、左半分は黒く眼の周りにはハートの化粧、鼻は真っ赤な付けモノをしていて、どこからどうみてもサーカスでよく見るピエロのイメージだ。

 

 きっと戦闘の際には曲芸でも披露してくれるのだろう。

 

 「ん〜?今からぶっ殺してみようかなって」

 「へぇ・・・誰を殺るっちゅうんです?」

 「例えばさ・・・お前みたいな、ふざけた格好の大幹部とか、さ」

 「おもろい事言いはりますなぁ、さっすが、度固化の大幹部は言うことが違いますわぁ」

 

 わざとおどけた態度がピエロ衣装も相まって、歪な装飾をつけた帽子がチリチリと揺れる。

 

 リコニスの刀も、そして持ち主であるリコニス自身からもただならぬ殺気が漏れ始める。

 

 「私は今ここで始めても良いけど・・・どうする?」

 「アカンわぁ・・・そないな殺気出されますと、ワイも血が騒いでまう。総統閣下ももうすぐ見られますし、ここは穏便に済ませましょうや・・・」

 「へぇ、ショートがお好み?じゃあ、サクッと殺ろうか・・・」

 「そらええわ。話が早いお方で助かりますわ。ほな・・・」

 

 お互い顔はニコニコしているが、その殺気は最早敵対組織に向けるそれである。

 

 黄金装束の死神と、ピエロ装束の死神。

 

 2つの大幹部同士がこの瞬間、獲物を引き抜こうとした刹那、真上から、ポタリ、と水滴が落ちてリコニスとピエロの間に雫が落ちた。

 

 「まぁまぁお若いの。これ以上、場の気を乱すのはやめましょう」

 

 でっぷり太った汗だくオヤジが、殺気に当てられたのか鼻息荒く上から覗きこんでいる。

 

 彼はこの日本でも汗かきオヤジとして有名な政治家とヘルブラッククロス大幹部の二足の草鞋を履く、タツヤに似た立場にある大幹部だ。

 

 汗臭さと年相応の加齢のかぐわしい臭いが、リコニスとピエロの殺気を沈めていく。

 

 よく見れば眼球は黒く、赤い。彼も怪人人間として怪人の球を体内に吸収させ、ヘルブラッククロスの為に生きる道を選んだ存在なのだろう。

 

 「・・・えらい殺気立ってしもうたわ」

 「はん、退屈だけどしばらくは我慢しておいてあげるわ」

 

 度固化市以外で活躍している大幹部が、怪人化している事には少しだけ疑問があるのだが、恐らく資金面で本部に援助しているのだろう。

 

 それ故にドクターパープルが彼に人を辞めさせる手段を与えたのかも知れない。

 

 リコニスとピエロとオヤジの殺気が終わってすぐ、リコニスはこの大幹部集会において、ドクターパープルの姿が見えない事に気がついた。

 

 「・・・?」

 

 総統に忠誠を誓っている筈の大幹部がここに来ていない。

 

 その事に少しだけ、本当に些細な疑問でしか無いのだが、リコニスに不安を募らせる。

 

 不安と一言で言ってもなにか不都合とかがある訳ではないのだが。

 

 (・・・研究所に居るのか、それとも・・・)

 

 もっともっとつまらないモノを見るような眼で、これから総統が映るであろうモニターを見つめるリコニスが、自分の黄金の刀を浅く握る。

 

 (もしかしたら(・・・・・・)

 

 ここでリコニスはある事に直感が働いてしまった。

 

 (紫ちゃん、何か面白い事してないかな(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 そんな事を思いついた瞬間、リコニスのワクワクは別のベクトルに動き始めて、今夜の夕飯を楽しみにする子供の様に口角を上げる。

 

 顔立ちの良い少女の顔に、再び三日月が浮かび上がる瞬間だった。

 

 (おー怖・・・流石有名なリコニスはんやで)

 (怖かった・・・でゅふふ・・・)

 

 実はリコニスを知っていたピエロと、オヤジはリコニスの殺気が収まった途端、身体が震えていた。

 

 やはり彼女には誰にも勝てる気がしないのだ。総統にも似た悪意の緊張感を、無意識に他人に向けられる事が出来る大幹部は、ピエロが知る限りでは、本部で動いていたタツヤとリコニスぐらいしか知らない。

 

 (もし戦ってたら、おっそろしい事になるで、ほんまに)

 

 興味の矛先が自分ではなくなった事で、ピエロはリコニスから一つ席を外すのであった。

 

 なお、今回の大幹部集会は総統代理の鏡の怪人が行う事となり、柏木タツヤの処遇は本部で持つ事となり、その会話時間は僅か3分で終了。

 

 メインの会議のテーマは、ヘルブラッククロスの忠義を見せる為に、総統の銅像をどうやって建てるかどうかで、8時間も費やす討論バトルが行われる事になるのであった。

 

 (くっだらな!)

 

 リコニスもピエロもオヤジも100%どうでもよくなってしまい、8時間経つ前に、大幹部集会から席を外す事にするのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「はぁ・・・」

 

 バコン!

 

 薄い鉄のゴミ箱が八つ当たりによって、歪にひしゃげる。

 

 病院の様な廊下で足音を強めに鳴らしながら、リコニスはある場所に向かう。

 

 かつてはドクターミヤコ派の領域であり、今はその席に座ってなにやら面白そうな事を計画しているであろう、紫こと、ドクターパープル派の領域に踏み込んでいるのだ。

 

 ミヤコの造った強欲の怪人による破壊騒動の跡はもう既になくなっており、その代わりに今はリコニスが八つ当たりによって、廊下の様々なモノが破壊されていく。

 

 斬ったり、殴ったり、踏みつけたり、様々だ。それがただの八つ当たりならば、誰かが注意出来たかも知れない。

 

 だが誰も注意する事が出来ないのは、それがただの八つ当たりではなく、完璧に破壊活動なのだから、誰も何も言えない。

 

 同じ組織の大幹部同士であったとしても、その大幹部が与えられた自領を破壊して回るのは、あまり褒められた行動では無い。

 

 「むーらっさっきちゃーん・・・出ておいで〜」

 

 眼を血走らせたリコニスが上機嫌な口調で、ドクターパープルを呼び出してみる。

 

 周りに人の気配はあれども、彼女の前に姿は表さない。

 

 なぜなら今のリコニスに姿を表せば、あっという間に斬り殺される。

 

 斬り殺されたら、後はそのまま。だからリコニスが怖いと、ドクターパープル派の戦闘員達はこんな風に暴れまわるリコニスが来た時は、全力で身を隠してやり過ごせと命じられている。

 

 「オヒョヒョ、リコニスじゃん。どったの?」

 「あれ?さんをつけろよ触手」

 

 暴れまわるリコニスが来た事で対応に出たのは、触手の怪人。

 

 すぐ近くの曲がり角からヌルッと現れるその姿は、ひと目見て気持ち悪いという印象が出てくる。

 

 相変わらずヌラついていて光沢感のある淫靡な触手をぶら下げて、触手の怪人の顔を見上げる。

 

 リコニスより身長が高く、思わず息を飲みそうな大きさと、その奇妙な人間ではない形の生物と鉢合わせになれば、普通の女性だったらすぐに悲鳴をあげる事になるだろう。

 

 「オヒョヒョ、どうもすみません。それでここに何しに?」

 

 ぺこりと頭を下げるも、その態度や声音は明らかに歓迎されていない。

 

 つまんなさそうに鼻を鳴らしながら、リコニスが触手の怪人の脚?と思わしき部位を何度も踏みつける。

 

 高そうな黄金のレガースに触手の粘液が付着する事さえ、お構いなしの踏みつけであり、最早攻撃である。

 

 「んー別に。さっき大幹部集会があってさ、紫ちゃんが出席してなかったから、何してんのかなーって思ってね」

 「ああ、紫なら今は休暇中でっせ」

 「休暇?」

 「はい、休暇です。呼んで字のごとし、休暇」

 

 グリッ・・・。

 

 休暇と言う一言を聴いて踏みつけたまま、今度は脚をあげない。

 

 変わりに触手の怪人の身体を支える脚?をコンクリートに擦りつける。

 

 「どこに行ってるのかな〜?」

 「意対化市と・・・」

 「あんなところで何してるのかな〜?」

 「オヒョヒョ。温泉に行っているらしいですぜ」

 「温泉・・・?」

 

 ぐりりっ・・・。

 

 「オヒョヒョヒョ、そう温泉。裸の美女がたっくさん居るところなのに、あっしらが行けないなんて・・・ま、休暇だからあっしらはこうやってここでお留守番しているんですけどね」

 

 ニマニマと下卑た笑顔を見せながら、触手の怪人がリコニスを見下ろす。

 

 ぐりりりりりっ・・・。

 

 「ふーん、温泉、温泉か・・・」

 「まさか行くなんて言いませんよね?」

 「・・・今は退屈だし?なんか9月6日は、柏木のヤツを取り返す計画が始まるらしいし?私も温泉でゆっくりしたいな〜・・・」

 「だ、ダメダメダメダメ!絶対駄目!!!」

 

 脚?のぐりぐりにはまるで反応を示さないのに、リコニスのこの突飛な発言には狼狽えてしまう触手の怪人に、リコニスは紫が裏で何かをしていると言う事を確信した。

 

 「でもでもリコニスちゃんも女の子だもーん。温泉旅行したいな〜」

 

 うるうるとした少女らしくかつ、わざとらしい上目使いの仕草は普通に可愛い。触手の怪人のリビドーを加速させるところだが、今回は駄目だ。

 

 「いいですかリコニス!」

 「さんをつけろ」

 「今、紫は・・・」

 「紫は・・・?」

 

 触手の怪人が硬唾を飲み込みながら、リコニスの両肩に手の形をしたベタつく触手を乗せる。

 

 説得の様な姿勢で触手の怪人がリコニスの眼をちゃんと見ながら、その宇宙人の様な顔を一気に近づける。

 

 「あの仮面を外しているんだ!」

 「!?」

 

 あの仮面。ヘルブラッククロスの戦闘員が必ず顔につける仮面であり、紫も上級戦闘員として、そして大幹部になった今でもずっと身につけている、あの仮面。

 

 「・・・で?」

 「え?」

 

 あの仮面を外しているからなんだと言うのだ。

 

 リコニスからすれば別に興味の無い事であり、触手の怪人の迫力に驚きはしたが、別にどうでも良かった事に冷静なる。

 

 「じゃあ意対化に行くね。それじゃ」

 

 ある程度の情報を得たリコニスが触手の怪人に背を向けて、今まで破壊して来た道を逆走しようとするも、ベタついた手の触手がそれを許さない。

 

 「行かせるわけないでしょうが。あんなんでもあっしらの上司なんじゃい。温泉での裸の美女の写真もお土産でもらう約束してるんだ!お前が行ったら、全部めちゃくちゃになるだろ!」

 「ふ〜ん?」   

 

 あの紫がただの休暇ごときで温泉旅行に行くとは考えられない。そもそもこの組織自体、ヤりたい時に好きな事している人たちの集まりでしか無く、それを正当化させるのに暴力や、国家を脅かす権力を用いて活動をしているのだ。

 

 怪人や兵器の開発が無い限りは、だいたい暇そうにしている紫が、なんの為に温泉旅行に行ったのか。

 

 しかもこの度固化市の街ではなく、わざわざ隣町の意対化市へ。

 

 更にこの触手の怪人の慌てぶり。きっと何かがある。

 

 リコニスの退屈を一時的に払拭してくれる何かが。

 

 「どうしても行くっていうのなら、あっしを倒してからにSEYよ!」

 「いいよー」

 

 迫真な表情で迫る触手の怪人は、リコニスによって細切れにされてしまい、漢の顔になった触手の怪人は頭部を踏みつけられるのであった。

 

 この時間、僅か30秒・・・!

 

 腐っても狂っても大幹部である事を再認識したところで、触手の怪人はリコニスを止める事が出来ず、悔しさに今夜の枕を濡らす事になるだろう。

 

 「それじゃあ、ベタベタしちゃったし、温泉行こうかな〜」

 

 触手の怪人の亡骸を乗り越えて、彼女は紫が何か面白い事をしようとしているのを嗅ぎつけて、意対化市の温泉へと向かうのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ええ、ええ・・・ほんならええですわ。では、そっちの指示通りに。ほな」

 

 ヘルブラッククロスの本部の応接室にて、ピエロが何者かと通話をしていた。

 

 誰と通話をしているのかは不明でも、きっと相手はヘルブラッククロスの誰かなのだろう。そしてリコニスと同じ大幹部である彼に指示を出せるのは、よりグレードの高い所に居る者か、総統ぐらいだろう。

 

 しかしながらここまでフランクに話している所を見ていると、どうやら同僚クラスか、若しくは先輩なのか。リコニスにはこのピエロが普通にスマホで会話しているのが、少しおかしく見える。

 

 「でゅふ、ま、まさか意対化市に行くとはね」

 

 そのピエロの後ろでは、大物政治家でもあるオヤジが、汗でスーツを汚しながら応接室のソファに座って待機していた。

 

 大幹部集会も終わり時間を潰していたところで、リコニスに呼び止められたのだ。

 

 「お電話は終わった〜?ピエロちゃん」

 

 リコニスがピエロに声をかけると、ピエロは頷いた。

 

 「ほんまお待たせして悪いなぁ。ほな行きまひょか?」

 「でゅふ、楽しみだな、温泉」

 「そうそう、裏切り者(・・・・)の懸念もあるから、ぜひともお二人に協力してほしいな〜」

 

 明らかにそんな事は、本当の理由ではない事を理解出来る、わざとらしいモノ言いにピエロもオヤジも苦笑い。

 

 とは言えリコニスがどんな苦し紛れの嘘も、言い訳も、こういった状況ではする筈がない。

 

 なぜなら彼女は自分の部隊を持たずして、ヘルブラッククロスの大幹部に上り詰めて、更には他の大幹部をムカつくから殺したり、目下の標的であるヘヴンホワイティネスと何度も衝突している実績もある。

 

 戦いの腕だけで言えば、恐らくピエロよりも上であり、後先考えなくても嘘をつく必要が無い。

 

 自分の楽しい事には正直であり、逆に自分の面白くない事にも正直である。

 

 面白い事には全力で楽しみ、面白く無い事には全力で排除に向かう。

 

 それがこの女である。

 

 「でゅふ、と、ところでお若いの」

 

 汗だくオヤジがリコニスの今の姿を見て、鼻息荒くしている。

 

 初対面の時の黄金の鎧にラバーインナーではなく、サマーカーディガンを着て、膝上ぐらいのスカート。

 

 ピカピカの革靴に、旅行カバンの肩紐を斜めにかければ、胸を分ける少女の美しさを際立たせる。

 

 何より顔には瓶底メガネをかけており、白みがかった髪はショートの三つ編みをしている。

 

 少女、それも高校生の姿をしている事に、オヤジは鼻息がとても荒い。

 

 こうしてみればリコニスもただの女子高生であり、オヤジの実の娘と同じぐらいだ。

 

 「むほーっ、たまりませんなぁ・・・」

 「アカンで、鶴さん」

 

 ピエロがオヤジの事を鶴と呼ぶ。

 

 それはこの汗だくオヤジの政治家の名前が、鶴ヶ峰ゴロウだからそう呼んでいるのだ。

 

 色付きメガネをかけたゴロウが、何度も汗を拭う。

 

 リコニスに欲情するのだけは無理な話だと、ピエロは止める。

 

 なぜならどんな姿になっていようと、彼女に勝てる気がしないのだ。

 

 「中山さんもお好きでしょう?女子高生は・・・はふはふ」

 「ああ、まぁ嫌いっちゅー事はないな。そらぁ興奮するわ」 

    

 興奮しながらゴロウがピエロの名前を出した。

 

 ピエロの名前は中山ピリカ。

 

 ピリカもリコニスの学生服には興奮するし、こういう見た目の女の子を何度も誘拐して来た。

 

 だがいくら興奮してもリコニスだけは無理だ。

 

 うかつに手を出しても一時的に勝てても、それが終われば殺される。

 

 きっと股間とかにあの黄金の刃が突き刺されてしまいそうだ。

 

 「そうぞうしただけでもアカンわ。鳥肌がすごいっちゅうねん」

 「でゅふ・・・」

 「ホラホラ、さっさと行くよ〜」

 

 リコニス、今は畑中リコとして姿を変えた彼女に急かされて、三名の大幹部は意対化へと向かう。

 

 ただのリコニスの好奇心と、先に温泉旅行に向かった紫を追いかける温泉旅行に向かうのであった。

 

 その温泉旅行では、本当の意味でリコニスの退屈を払拭してくれる最大の存在が居るのだが、まだそれに会えるとは知らないで能天気なリコニスちゃんであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 意対化市、神宮温泉街(じんぐうおんせんがい)

 

 観光名所と呼べる場所が無い事で有名な、ここ意対化市において、神宮財閥が新たな事業として立ち上げた温泉の事業。

 

 元々はただの温泉宿だけだったその場所から、神宮財閥との契約会社や、その二次下請けの企業がこぞって集まる事で、いつしか度固化市以外にも広がる、大きなホテル事業として財閥の力を知らしめる事になった場所だ。

 

 石で舗装された道は硫黄の香りと、まだまだ厳しい残暑の熱気、さらにまだ観光シーズンと言う事もあって、ギンジ達がまともに道を歩けないぐらいには、人、人、人でごった返している。

 

 出店や屋台、ほのかに香る濃いアルコールの微妙な匂い、人々の活気。

 

 「おおぉ・・・!」

 

 見渡す限り温泉の店や、外から見える足湯、お食事処も十分なほどに展開されており、レンは初めて見るこの風景に感動している。

 

 「今こそアレを言うべきだな」

 

 サングラスを人差し指で掛け直して、ギンジは温泉のこの雰囲気と温泉街の素晴らしい光景にテンションが上がっていた。

 

 「テーマパークに来たみたいだぜ、テンションあg「兄貴!温泉たまごってなんですか?!この、ぷるっぷるなの、なんなんですかぁ!」

 「うるせーぞ赤鬼。見ての如し、触って解る通りそれは温泉たまごだよ」

 「ま、まるでミドリコの肌じゃねぇか!!!」

 「私の肌はそこまでぷるぷるではない!」

 

 赤鬼とミドリコが皆の荷物を持ちながらも、宿に向かう休憩がてら温泉たまごを先に食べたいとの事で、ギンジ達は小さな喫茶店に来ていた。

 

 「くふふ、流れる汗、はだける身体、ああ・・・ギンジ君、お風呂が楽しみだね・・・くふ、くふふふ」

 

 ミヤコは相変わらずギンジしか見ていない様で、怖いことしか言わない。

 

 先に何度も断ったが混浴に入るなんて事は絶対に無いし、宿も男の部屋と女の部屋で分けられる。

 

 その事をここに到着するまでに何度も説明したが、どうやらこの天才少女にはまるで耳に入ってきていない様子だった。

 

 「餡蜜でお待ちのお客様〜」

 「あ、はーいこっちです!」

 

 喫茶店の店員が宇治抹茶の餡蜜を5つ持ってきて、それをカエデが受け取っては、それぞれの席に滑らせていく。

 

 「・・・この、緑色のは、何?」

 

 甘さ控えめの特別配合のあんをみつと混ぜて、ナタデココやチェリーを飾り付けて、わずかな金粉を乗せた黒ごまアイスと、もう半分には緑色の抹茶の粉で彩り豊かにキレイな餡蜜を見て、レンはふんすふんすしながら、初めて見るスイーツに心を踊らせる。

 

 「ああ、これは抹茶って言って、これをお湯とか水とかで混ぜたりすると、お茶になるんだよ」

 「お茶・・・?それで、このアンミツが、甘くなるの?」

 「僕は好きな味なんだよねぇ。レンも甘いモノ好きじゃないか。これも気に入ると思うよ」

 「うん・・・あ、甘いモノだけじゃなくて、ケイタも好きだよ」

 

 見せつけんばかりの甘い恋愛をしているレンとケイタ。

 

 こんなモノを見せられたら、ギンジとミドリコは尊さで溶けてしまう。

 

 「ほらほら、そういうのは後でお部屋でやんなさいな。それより、いいから食べてごらん」

 

 カエデが手を叩きながら、レンとケイタを現実に引き戻し、二人はまだ何か喋りながらもとりあえず餡蜜を口に運ぶ。

 

 「お、美味しい」

 

 ケイタは食べ慣れているのか、抹茶の味はなかなかに気に入った様だ。

 

 「・・・これ、これは・・・」

 

 スプーンを静かに置いて、レンは口元を抑えながら小刻みに震える。

 

 「だ、駄目だった?」

 「吐くなよ」

 

 ケイタが心配する傍らでギンジはレンに辛辣な言葉を贈る。

 

 「お、美味しい・・・」

 

 やはりレンは眼を輝かせて餡蜜の宇治抹茶を気に入った様子で、気がついたらもう手元の分は無くなっていた。

 

 「はやっ!もう食べたの?」

 「カエデ、これ美味しい。クリームゼンザイも食べたい」

  

 餡蜜を一瞬で平らげて、次はクリームぜんざいまで食べようとしているのだから、レンの甘いモノへの欲望はとてつもなく大きい。

 

 「くふふ、ギンジ君、食べさせてあげるよ、くふ、くふふ」

 「あんたは自分で食べなさいよ。それよりギンジは餡蜜食べないの?」

 

 ミヤコのお決まりの言葉にはカエデが妨害をする。

 

 「あ、ああ、餡蜜か・・・」

 「嫌い?」

 「いや、そういう訳じゃないんだ。食べるよ」

 

 今一瞬ぼーっとしてしまった。

 

 向かいの席に座るカエデが綺麗で、少しだけ見る事に集中してしまったのだ。

 

 そして隣に座るミヤコにも可愛さが今まで以上に、大きくなった様に見えて。

 

 「・・・お前らと一緒に、ここに来れて良かったよ」

 

 カエデとミヤコだけじゃない。

 

 レンもミドリコもケイタも赤鬼も、皆でここに来れて、誰一人欠ける事無く、今こうして平和な一日を堪能出来て良かった。

 

 「ギンジ、食べないなら、私がもらう」

 「駄目だね!俺が食べるんだい!」

 「変なギンジね」

 「くふふ、そうだね」

 

 餡蜜を黙々と食べながら、ギンジは口の中の甘さと、〈大好きな人達〉とのこの日常を心から楽しむ。

 

 ふと、カエデの座る後ろのガラス窓に、白い髪の少女が通ったのを確認する。

 

 瓶底眼鏡をかけた少女は、ただの人間にしか見えない。

 

 それはどこにでもある学生の様な姿で、でもどこか悪意を感じる様な具体的には言い表せない様な威圧感を持っていて・・・。

 

 ギンジがこの世界で知る中で、一番の狂人が頭の中に浮かび上がってしまった。

 

 何故か?解らない。

 

 ひと目見た瞬間で、そうだと感じてしまったのだ。

 

 「・・・?」

 「あら、どうかしたギンジ?」

 「ぎ、ギンジ君!だめだよ、カエデに見惚れないで!」

 

 カエデとミヤコが再び言い争いを始めるのだが、それは最早ギンジの耳には届いては居ない。

 

 それよりも何か嫌な雰囲気だけが、ギンジの心臓の鼓動を早める。

 

 「悪い、すぐ戻る!」

 

 ミヤコを飛び越えて、ギンジは喫茶店の主通路に飛び出して、急いで店を出る。

 

 「ちょっとギンジ!?」

 

 カエデが席を立ちあがりギンジを追いかけるが、お店を出てすぐには喫茶店に入ろうとする他のお客さんによって道を塞がれてしまい、ギンジはお店の中から背中すら見えない様な状況になってしまった。

 

 「おいおい嘘だろ・・・」

 

 ギンジがあの少女を見て、今できれば一番会いたくない存在が、ここに来ている。

 

 鉢合わせになればその先で待っているのは、確実に戦闘だ。

 

 首を突っ込まなければそれでも良いが、ここにヘルブラッククロスが来ているならばきっとカエデ達は止めに入るに違いない。

 

 「どこだ・・・?」

 

 喫茶店から少し離れた植物のある場所では、ギンジが周りを見渡してみるが、そこにはただここに観光しに来ているお客さんぐらいしか見えない。

 

 「あ〜やっぱりギンジちゃんだったんだ〜?」

 「っ!?」

 

 人混みの中、先に進んでいたはずなのに、その少女はギンジの背後を取っていた。

 

 甘くて人を小馬鹿にした様な喋り方、そしてギンジの事をちゃん付けで呼ぶのは、もう確実に彼女しか居ない。

 

 振り返ったギンジの目の前に居るのは、いつもと姿は違うが、ゲームでも何度も見たリコニスの学生服の姿。

 

 畑中リコと呼ばれる偽名を使った、夜を偲ぶ仮の姿。

 

 「さっきの喫茶店でカエデちゃんやミヤコといちゃいちゃしちゃってさ〜・・・ちょっとムカムカしちゃった」

 「リコニス・・・」

 

 どうしてここに彼女が居るのか。

 

 まさかミヤコの殺害を完璧にしようと、単身乗り込んできたのか。

 

 いずれにせよ警戒態勢に立っているギンジに、リコは自分のミニスカートをたくし上げた。

 

 「!?」

 

 あまりにも予想外な行動に、ギンジは顔を白黒させるが、リコはギンジの反応を見てせせら笑う。

 

 「あっははは、何その反応。もっとヘヴンホワイティネスの奴らと、気持ちいい事してるのかと思った」

 「なっばっ、してねぇよ!っていうかお前、なんでここに来てるんだ!」

 

 そういう事もしてみたい気持ちもあるが、強引にしたならばそれはヘルブラッククロスと同じ事をしてしまう事になる。

 

 そもそもの話題に戻してギンジはリコを睨む。

 

 今ここで対峙している以上、戦うならカエデ達には被害を及ばせる事だけはしたくない。

 

 「今ヘヴンホワイティネスは休暇を取ってるんでな、相手するなら俺が受けてやるよ」

 

 また休暇。

 

 その言葉を聴くだけで自由に休もうとしている皆が、途端に羨ましく思えてくる。

   

 「うーん・・・でもギンジちゃんと戦うなら、こんなトコじゃなくて、もっとムードのある場所がいいなぁ。例えばさ、最終決戦とかさ」

 「さ、最終決戦?」

 

 また何を言い出すのかと思う。

 

 「ま、実は私も今は休暇中でね。今大幹部達はシーズンオフに入ってるのよ」

 「本当かよ・・・」

 「本当だよ。ギンジちゃんもここに居るって事は、アレでしょ、ヘヴンホワイティネス全員でヌルヌルお風呂に入ろうとしてるんでしょ」

 「そんなお風呂あるのか!?」

 「知らないけど・・・」

 「なんなんだお前!」

 

 ヌルヌルお風呂と言う、妄想にはありがたいお風呂があるのだったら一度は入ってみたい。

 

 もちろん入るのはギンジ一人でだが。

 

 「ヌルヌル具合を確かめたいなら、私が入ってあげようか?一緒に?」

 「いやぁーお前ヌルヌルしたの嫌いだろ?たとえあっても入らん」

 

 リコニスの事も転生前に26周したゲームヘヴンホワイティネスの方で、設定資料集を細かく読んだ。

 

 リコニスは美容液であってもヌルヌルするモノは苦手だ。

 

 納豆とかオクラも嫌いだ。

 

 優柔不断な男も嫌いだった。

 

 「・・・ギンジちゃん、なんでそんな事知ってるの?」

 「お前の事はなんでも知ってるからだよ」

 「え・・・」

 

 リコニスのいつもの臨戦態勢が無いのであれば、油断は出来ないが今ここで戦闘する事も無いだろうと、ギンジはにこやかにリコニスに言い放つ。

 

 「俺たちの邪魔だけはするなよ。俺達も邪魔しないように気をつけるからさ」

 

 それだけ言い残して、ギンジはリコニスに背を見せる。

 

 「・・・」

 

 何故だろうか。

 

 いつもならすぐに殺したいと思えるのに、ギンジの背中がやけに優しく見えた。

 

 それと同時に胸が大きく動いた気がした。

 

 これは・・・待ち遠しいのに、全然会える事の無い寂しい日々に近い。

 

 いつもギンジの事を考える時と、同じ感覚に近いのにどうしてかそこに殺意が沸かない。

 

 殺し合いをしたいと本気で思えない。

 

 (・・・紫ちゃんだけ探して、さっさと帰ろうかな)

 

 今の自分の顔を見ることは出来ないが、きっとニヤニヤしているに違いない。

 

 なんだかとても嬉しいから。

 

 (あ、顔熱い・・・)

 

 自分の事を全部知っている人が居るなんて、なんて嬉しい事なのだろうか。

 

 しかもそれが自分の憂さ晴らしや、遊び感覚の戦闘で退屈を払拭させてくれていて、しかも何度も生き延びている男にそう言われたら、リコニスは全身が熱くなる気がした。

 

 「今回は見逃してあげるね、ギンジちゃん・・・」

 

 温泉旅行はまだ始まったばかり・・・。

 

 

 

 

続く

 

 




お疲れ様です。

温泉って良いよね。

9月頭にアトラクションが、友人の結婚式で箱根に向かったのですが、ついでに温泉楽しんできました。そのため温泉にまつわるお話をかきたいなーとも思ってたのでなんと言うかベストタイミングでした。

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
仲間達との素敵な一日を満喫しに戻ったらカエデにしこたま怒られた。

神宮カエデ
もう少しミヤコみたいにオープンな積極性が欲しい
次回、浴衣がはだけます

鈴村ミヤコ
もう少しカエデみたいなおしとやかさが欲しい
次回、浴衣がはだけます

宮寺レン
和の甘露に舌鼓を打つ
次回、浴衣がはだけません

甘白ミドリコ
自分の肌がぷるぷると言われて嬉しかった
否定したのにまんざらでもない
次回、赤鬼によって浴衣が取られます

赤鬼
「俺っちに言わせれば、温泉たまごのぷるぷるとミドリコのぷるぷる感は同じだね。抱きしめてぇ」

角倉ケイタ
レンとイチャイチャしていると、ギンジとミドリコに毒。
次回、レンによって浴衣がはだけます

リコニス
ギンジに自分の全てを知っていてもらえるのは、とても嬉しかった。
熱くなったのはギンジに欲情している事に彼女は気づいていない。

中山ピリカ
ピエロの姿をした大幹部。リコニスと温泉街へ来たが今は別行動
表の姿はヘルブラッキーというサーカス団体を運営している。
生まれも育ちも度固化市なのに、大阪で勤務している関係かエセっぽい喋り方になった


鶴ヶ峰ゴロウ
南意対化市で活躍する大物政治家。資金面による援助をヘルブラッククロスのドクターパープルにしており、怪人化させてもらった模様。
既婚者でもあり娘も居る。しかしヘルブラッククロスの理念には深く共感しており、女性に暴力を振るう事も厭わない。
汗だくでくっせぇオヤジ

・・・

さて次回は皆の浴衣がはだけます
はだけて良いのか!?って思うけど、はだけます。肩ぐらいまでだよ、健全だよ。
番外編だけど、劇場版感覚(???)でお楽しみいただければと思います。でもバトルは無いけどね。

それではまた次回!!!


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99・温泉旅行は地獄

こんにちは、アトラクションです。

今年はお仕事忙しいね・・・いやになっちゃうよ。

温泉っぽさを楽しんでいただければ!

それではどうぞ!


 木製の桶が濡れた石床に当たると、遠くまで響き渡る心地良い音が、湯けむりの広がる空間に聞こえてくる。

 

 ただいまヘヴンホワイティネスは、温泉旅行を心から楽しんでいる真っ最中。

 

 神宮財閥の所有する温泉宿はやはり高級感があり、カエデの父親であるソウジロウによるチケットで来ているとしても、自分も大金持ちになった気分になれる。

 

 そう思いながらもギンジは、この宿の豪華な造りの大浴場が視界に入るだけでも、心がウキウキと踊る気分だ。

 

 温泉ではあるが今ならきっとあのセリフが完璧に言えるのではないのかと、諦めずにギンジは口を開いた。

 

 「テーマパークに来たみたい「うっひょおーー!これがオンセンですか!」

 「・・・」

 

 しかしギンジの言いたい言葉はいつまでも言えないのである。

 

 言葉を遮られて少しだけ苦い表情をするが、その横を赤鬼とケイタがひたひたと濡れる石の床を歩きだす。

 

 「初めて見やしたぜ、オンセンなんてな!」

 

 怪人として風呂の存在は知っていても、ここまで大きい大浴場の存在は見るまで半信半疑だった赤鬼は、ここに居る3人以外が居ない大きな温泉を見ているだけで楽しんでいる。

 

 「僕も温泉なんて久しぶりだな〜」

 

 短めの茶髪をお風呂用のヘアバンドで上に上げながら、ケイタも神宮財閥の用意したこの大浴場を見て、表情を明るくしている。

 

 「お前ら騒いでもいいけど、あんまりはしゃがないようにしとけよ。カエデのお嬢様カードのおかげで、俺たちだけの貸し切り状態に出来たんだからな」

 

 この温泉は二時間だけカエデのお嬢様カードなるアイテムで、貸し切り状態にしてもらっている。

 

 「え?でもさっき、かこーん、って音が鳴りましたが・・・」

 「先に温泉に入ってるのはカエデ達だろ。湯気の逃がす為に、上が開いてるだろ。ほら、あそこ」

 

 L字に並んだシャワー台の遥か上、天井に面した接続部分には、こちらから漏れ出る湯気を吸い込む大きな網目状の換気扇が回っており、壁を隔てた向こう側、つまり女湯の湯気もあの換気扇から吸っているのだろう。

 

 『ちょっとミヤコ!泡をこっちにかけないでよ!』

 『ミドリコ・・・やっぱり、大きい』

 『そ、そうか?あまり見ないでくれよ・・・恥ずかしいだろ』

 『くふふふ、カエデこそシャワーを当てないで』

 

 どうやら向こう側も楽しんでいる様だ。

 

 一枚の壁を隔てても女性陣の楽しそうな声が聞こえてくると、男性陣もなにか話かけられたり、ミヤコが暴走したりすると面倒そうなので、ギンジのケイタは静かにシャワー台へと向かう。

 

 向かおうとしていたのだが・・・。

 

 「ミドリコおぉぉぉ!!!今裸なのか!裸なんだな!」

 

 赤鬼だけはその歩みを止めて、壁の向こうに居る女性陣に、しかもミドリコ個人に向けて雄叫びにも近い大声をあげる。

 

 「バカやめとけよ!」

 「そうだよ!僕だってレンを呼びたい気持ちがあるのに、赤鬼だけズルいよ!」

 

 まさかのケイタもそっち側だった事に頭を抱えそうになるが、ギンジは赤鬼をぶん殴ってすぐに黙らせる。

 

 しかしヘヴンホワイティネスはいつでもどこまでも一難去ってまた一難がやってくる。

 

 『くふふふ!ギンジ君!今からそっちに行くね!』

 『駄目だっての!あ、こらタオル外すなぁ!』

 『おいおいミヤコ!本当に駄目なんだ!あ、コラ!どこを触ってるんだ!』

 『・・・ミドリコ、大きい・・・』

 

 もはや壁を見なくとも女性陣が何をしているのかさえ分かりそうな、やりとりにギンジもケイタもため息をつく。

 

 「ミヤコー、お前もあんまり騒ぐなよ〜」

 『聞こえる!ギンジ君が全裸で待っている時の声が!』

 『聞こえないわよ!いい加減な事言うんじゃないわよ!』

 『えーでも明るい所でギンジ君の裸、見てみたくない?』

 『・・・』

 

 なぜかここで急に黙るカエデ。

 

 『そう言えばあいつって・・・あろうことか、あたしの身体は見てるのよね・・・!』

 『ふーん・・・ギンジ君、カエデの裸は見てるんだ?ところで質問なんだけど、今って貸し切り状態だよね?』

 『そうね』

 『だったらわたし達しか居ないよ?今しかないよ?わたしも見たいし、同じお湯に入りたい』

 

 きっと今のミヤコは真顔でカエデを説得しているのだろう。

 

 「お前ら何をするつもりだ・・・っていうかアレは不可抗力だろ!」

 

 過去にギンジが、お風呂に入っていたカエデの裸を見てしまった事があるのだが、アレはミヤコに呼び出されたから、ミヤコしか居ないと思っていた油断から見えたラッキーだったのだ。

 

 『ギンジしか、見ていないのは、不公平』

 『そうだな。ギンジが覗いたのであれば、逮捕だな』

 「違げーー!!」

 「兄貴、まさかミヤコ姉さんだけじゃなく、カエデの姉御も!?流石俺っちの見込んだ漢よ!どら、こんな薄い壁、ぶっ壊してやりますよ!」

 

 腰巻きのタオル一枚の赤鬼が、深く腰を落としてお決まりの必殺技をシャワー台と壁にめがけて放とうとするが、ケイタが前に立つことでそれを妨害する。

 

 いくらカエデのお嬢様カードがあるとは言っても、流石に器物損壊はヒーローのする事ではない。

 

 怪人である事がバレない為に、カエデの好意で貸し切りにしてもらっているのに、こんな事で破壊されたらカエデの本気の怒りを見る羽目になるからだ。

 

 「さ、流石に空砕烈拳は駄目だよ!」

 「じゃあ俺っちの自慢の金砕棒で・・・」

 「汚ぇモン出すな!」

 

 腰巻きタオルを外そうとした赤鬼に、ギンジから本気のパンチが飛んできた事で、まだ身体も洗っていないのに翡翠色の浴槽に叩きこまれて、赤鬼というイレギュラーは静かになった。

 

 『あ、赤鬼は今何をしようとしたんだ・・・?』

 「ミドリコもうるせー!」

 

 奥の壁からミドリコが硬唾でも飲み下した様な、何か期待に満ち溢れた声音で訪ねてくるが、それすらもギンジが両断する。

 

 「いいからもう大人しく風呂に入れーー!!」

 

 なおも暴走しようとするカエデやミヤコ、浴槽のお湯を飲みながら立ち上がる赤鬼に、ギンジの本気の一括が鳴り響き、全員反省モードに。

 

 「せっかくの温泉旅行でしかも貸し切りなんだから、暴れる様な事すんじゃねー!」

 

 ギンジとしても今回の温泉はゆったりしたいのだ。

 

 『くふふ、ごめんなさーい』

 『ほら、もうゆっくりしましょ。あたしの下僕ちゃんが怒ってるからね』

 『カエデ、あの下僕、短気だね』

 『まったく・・・軽いジョークだろう』

 

 ギンジが怒った事に対して、女性陣は全員あんまりな言い分であったが、あまり時間が無いということもあり、ヘヴンホワイティネスの温泉タイムが始まった。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 男湯の広さはたった三人で入るには十分すぎる広さがあり、壁に面したL字のシャワー台の向かいには、翡翠色が輝くお湯の入った、石を四角く削り、研磨した浴槽がある。

 

 そのすぐ隣には丸く模ったタイルに、浴槽の底からボコボコとジャグジーが盛り上がっている。

 

 この大浴場の入り口の近くには、サウナもありながらかなりの人数っがこの温泉に入れるのだろう。

 

 そして何より目玉としてギンジもケイタも赤鬼も楽しみにしているのは、露天風呂だ。

 

 入り口から見てすぐ目の前、露天と書かれた耐水の張り紙に、ギンジ達は楽しみにしていたのである。

 

 その前に仲間たちの暴走もあったのだが、今はそんな事はどうでも良い。

 

 身体を洗い、屋内風呂で身体を温め、温泉のメインとなる露天風呂。

 

 「赤鬼ー、僕達は先に行ってるよ」

 「へい。このジャグジーっての、俺っちの身体にとてもマッチするんで、もう少しだけ・・・もう少しだけ・・・」

 

 赤鬼の屈強な身体にはジャグジー風呂が効いているのか、ボゴボゴと溢れてくる空気圧にドハマりしている模様。

 

 「それじゃあ、俺たちは露天に行くか」

 

 ギンジが露店風呂の扉を開ける。

 

 外は夜になりかかり、青い空が遠くに向かって徐々に秋の涼しい夜へと、その時間帯を進めていた。

 

 「わぁ・・・」

 

 やがて星も輝いてきそうな夜の快晴に、ケイタは肌に触れてくるそよ風の心地よく思う。

 

 「入ろうぜ!」

 

 露天風呂は石を削り切り、パズルの様に組み合わせたお風呂となっており、透明度の無い白いお湯は、腰痛、傷、リウマチ、まだ効かないけどいずれ癌に効く・・・等などにわかには信じられない内容のモノらしい。

 

 隆起していて表面についた手すりに捕まりながら、ギンジとケイタは一緒に温泉を満喫しに入った。

 

 「んっ・・・ふぅ〜〜ぁぁ・・・」

 「ぷっ、おじさんみたいだね、ギンジ」

 

 熱いお湯に脚から入り、しゃがむと同時に溜めた息を吐き出しながら、肩までお湯に入る。

 

 そんなギンジのポカポカした顔をみながら、ケイタはオジサンみたいだとギンジをからかってみた。

 

 「うるせー。俺はだいたい中身はオジサンなんだよ。ケイタもいつかこうなるぞ。ホラ、いつまでもそんなモノ見せてねぇで、早く入れよ」

 

 オジサンとは言ってもギンジの見た目は、普通に若い人間に見える。

 

 くすんだ金髪のツーブロックに、怪人としての造られた事を示す、黒く赤い瞳。

 

 今までの戦いによって負った、傷の数々。

 

 ケイタよりも鍛え上げられた身体に、怪人としての能力、そして誰よりもこの世界の平和を望んでいるかの様な言動。

 

 「・・・ねぇ、ギンジ」

 「どうした〜?」

 「僕さ、どうしてもギンジに聞きたい事があってさ。こういう時ぐらいしか聞けないし、良いかな?」

 「・・・ああ」

 

 ケイタが軽く泳ぐ様にしてギンジの隣に座る。

 

 白く濁らせてある温泉の効力が、身体に染み渡る気だけさせてケイタは夜空を見上げる。

 

 「ギンジってさ、今まで僕らの事を何度も助けてくれたし、ずっと頼りになる人だって思ってたんだ」

 「ん?」

 「でも・・・それは君が怪人って呼ばれる存在であって、特別な力があるからだったんだよね」

 「・・・まぁ、そうかもな」

 「でもさ、一緒に行動をするようになって、僕は最初はギンジの事を警戒してたんだ。レンを取るんじゃないかってね」

 

 ケイタが初めてギンジに出会った有姪海岸の事を思い出す。

 

 あの時のギンジの悪者っぷりは、きっと誰であっても、好きな女の子を取られてしまうのでは無いのだろうかと、内心警戒はするだろう。

 

 そもそも今年の3月の時はミドリコの家で、一つ屋根の下三人で暮らしていた事もあり、毎日ケイタはレンの事を心配していたぐらいだった。

 

 「僕はギンジに出会えて良かったよ。ギンジに会えていなかったら、今頃ヘヴンホワイティネスは壊滅していたのかも、なんでしょ?」

 

 本来のゲームの通りならば6月にヘヴンホワイティネスは壊滅の危機に陥る。

 

 その事を知っているギンジは、なんとしても彼女達の仲間として、この世界の運命を変える事に尽力したのだ。

 

 それが出来なかったとしたら、ゲームの通りの世界線に移動し、ギンジの望むハッピーエンドは達成出来なかったのだ。その事をケイタは感謝している。

 

 「僕も本当は戦える力なんて持っていないのに、それを持つ事だって出来なかったのに、今では魔法使いだよ、この僕が」

 「好きな人を守れる力だもんな。大切に使えよ」

 「うん・・・」

 

 ギンジに言われた通り、ケイタのこの力は自分の恋人を守る力だ。

 

 誰かを傷つけたり、それこそ自分の命を使い果たしたりする様な、危険な魔法の力。

 

 「でもさ」

 

 頭に乗せたタオルを取りながら、ケイタはギンジを見やる。

 

 不気味な怪人の瞳は優しさを持っていて、見ていると吸い込まれそうだ。

 

 「ギンジがピンチになったら、僕に守らせてくれないかな」

 「お前が〜?出来んの〜?」

 

 ケイタの魔法のおおよその能力は、他人の強化魔法だ。

 

 大きな善行の力と正義の志を持つケイタの魔法は、ギンジと赤鬼にはかなり強い猛毒になっていた。その事を一瞬で思い出したギンジは、ケイタを小馬鹿にしたような声音で、おどけて見せる。

 

 「だ、大丈夫だよ!絶対守るから!」

 「へへへ、まぁ期待はしてるぜ。お前の事も俺が守ってやるからさ、お互い無理しないように頑張ろうぜ」

 「うん。任せて!」

 「前に出れないお前に何を任せるってんだ〜?」

 「もうギンジ〜・・・」

 

 他愛もない話でいつ終わるか分からない戦いへの話を、二人して夜空に聞こえるぐらいの笑い声を出し合う。

 

 「そう言えばさ、僕たちって男同士なのにあんまりこうやって会話する事なかったよね。ギンジの事、もっと知りたいな」

 「俺の話より、お前らどこまで進んだんだよ。レンの事聞かせてくれよ」

 「え!?えーと・・・」

 

 温泉の夜はまだもうちょっとだけ続いた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 人気の無くなった時間、夜。

 

 時間としてはまだ20時を回る頃合い。

 

 温泉街の道路には車すら通らず、やや涼しいぐらいには思える様な商店街の並びに、明らかに日本人とは思えない様な服装をした人物が、車道の真ん中を闊歩している。

 

 白銀の鎧を身にまとい、漆黒の色を宿した幅広の長剣が、アスファルトにギリギリつかないぐらいの距離感を保ちながら、音を立てずにその者は歩き続ける。

 

 白銀の鎧に首元には黒いファーがあしらわれ、白銀のレガース、白銀のアーム、そして白銀の兜。

 

 眼に該当する部分には、細く開いた部位に赤い眼光が輝いている。

 

 「ふむ・・・調整はばっちりだろう」

 

 少し離れた所で、後を尾行しているのは、紫色のパワードスーツを身に着けた男の姿。

 

 「鎧の怪人・王騎士型。君は量産されていない、初めての鎧の怪人だ。使っている素材を考えても、量産は不可能な怪人だがね」

 

 くぐもった声で紫色の男・・・ドクターパープルが月夜の下で声を漏らす。

 

 「もし私の休暇中に何かあれば面倒だ。リコニスや他の大幹部が来ているのもそうだが、何よりヘヴンホワイティネスまでこの温泉街に来ているのは予想外すぎたよ。とは言え・・・」

 

 仮面の奥では喜びと驚きを両方混ぜ合わせた様な声を出して、ドクターパープルは雲に隠れつつある月を見上げる。

 

 「もし彼女らが私を見つけても、黙って見逃してくれるとは思えないね。何かあった時は・・・頼むよ、王騎士」

 「・・・─」

 

 王騎士型鎧の怪人は何も答えない。沈黙が答えとして、ドクターパープルと王騎士は夜の街へと溶ける様にして消えていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 温泉の後は豪勢な食事、ほんの少しばかりのお酒を楽しんだギンジは、酒を飲んで荒れるミドリコと赤鬼を見て、愉快な気分になっていた。

 

 「あかおに〜〜っ!つのっ!つのさわらせろお」

 「ヌハハハ〜!おっぱい!触らせろ!」

 「やめんか馬鹿者!!!人の居ない所でして」

 

 ほんの少し暴走しがちだが、今日は無礼講だ。

 

 布団を敷いた畳の部屋は、カエデ達女性陣の泊まる部屋だ。

 

 ミヤコは柏木タツヤに連れさらわれた事や、昨日までの色々が身体にたたったのか、もう疲れ果てている。

 

 「うにゅ〜・・・ぎんじ君〜」

 「もう寝とけよ・・・」

 「やぁだぁ〜・・・」

 

 神宮財閥の神のマークがついた浴衣を着たミヤコは、顔を少し赤くしながらギンジの膝の上に倒れている。

 

 お風呂上がりの良い匂いと、ミヤコの女の子らしさを見てドキッとしてしまう。

 

 「・・・ちょっと、ギンジ、あんた変な事しないでひょうね」

 「あれれ、カエデさん?ちょっと呂律回ってなくないか?」

 

 ミヤコもカエデも少しだけ舌足らずな感じがした。

 

 カエデもいつもの金髪からは、高級なトリートメントの香りがして、そしてギンジのリビドーを上からも下からも加速させる、女の子の肌の匂いが、ギンジの理性をわずかに狂わせ始めている。

 

 「・・・ケイタ」

 「ん〜?どうしたの、レン」

 

 少し離れた場所では、レンがケイタの浴衣の袖を引っ張る。

 

 甘える様な声音と、普段のレンらしくない弱々しい力は、ケイタに甘えたい時に出る声と仕草だった。

 

 なのだが、普段とは違うのは、こんな状況でその素の状態に等しい姿を出している事だ。

 

 人前では基本的にはそんな事しないと思っていたのだが・・・。

 

 「もう眠くなっちゃったかな?寝る?」

 「まだ、寝ない。寝るなら、一緒が、良い」

 

 レンの言葉にケイタのリビドーが少し増加した。

 

 顔を近づけて、レンとケイタが急接近している。

 

 小顔で整った顔立ち、美少女と一言で片付けられてしまいそうな程で、カエデと同じトリートメントを使っているのか、温泉の香りと女の子の美しい匂いが、ケイタの肺一杯に入り込む。

 

 スカイブルーの髪を普段のおろしている様なスタイルとは違い、今日は温泉ということもあって後ろに短く結んでいる。

 

 可愛い。いつも見ているのに、レンの顔から眼が離せなくなっていく。

 

 「・・・ケイタ、あっち」

 「?」

 

 レンが指差した方向に視線を移したケイタは、宿に必ずある謎の個室へと、身体を押される。

 

 「え・・・?」

 「・・・ごめんね」

 

 レンが2畳ほどしかない謎の個室のふすまを閉じて、ケイタを閉じ込めた。

 

 自分もその個室に入ったその姿は、ケイタから見えるのは光を背にして、恍惚な表情を見せるレンの姿。

 

 天使とは程遠いが、ケイタにとってのエンジェルである彼女は、呼吸を乱してケイタの胸ぐらを掴み、左右に思い切り引き剥がした。

 

 「え!?ちょっ!?」

 「ケイタが悪いんだよ。ケイタが、私とずっと居ないから」

 「ちょ、待って、なんか饒舌になってるーー!!」

 「ケイタ、今から何をしても貴方なら、なんでも受け入れてくれるはず何故ならば私の心を守ってくれる王子様は君しか居なくて」

 

 顔を近づけながら話してくるレンの息が顔にかかり、ふわっとその香りが何かを感づいた。

 

 お酒だ。

 

 このメンバーで飲酒出来るのは、ギンジ、ミドリコ、赤鬼しか居ない。

 

 浴衣をはだけた・・・と言うより脱がされたケイタは、レンが酔っ払っている事に気がついたのだ。

 

 「も、もしかしてーーー!!」

 

 カエデとミヤコももしかして・・・。

 

 「くふふふふ!ギンジ君、逃げちゃ駄目だよ」

 「っすぉーーよギンジ!首にキスしてやんだからー」

 「くふっ、じゃあわたしは二の腕に・・・あ、全身行っとく?」

 「アリね〜」

 「無しだよ!!どうしたんだよ、いい加減にしろ・・・んあっ」

 

 ミヤコがギンジの脇腹に抱きつきながら、爪をたてる。柔らかい肉質部分はミヤコに触られるだけでも、身体が反応してしまっているようだ。

 

 「お、おい・・・二人とも、本当にやめ・・・はうっ」

 

 今度はカエデがゆっくりと押し倒し、ギンジの硬い胸に人差し指をなぞらせる。

 

 「もう逃げらんないわよぉ」

 「くふふっ、ギンジ君はねぇ、喉も好きだけどぉ〜脇とかぁ、薬指とかも良いよね〜くふふふ」

 「どこでもいいわよお、ぜーーーんぶ、触っちゃえばよいのぉ!」

 

 狂乱する二人の少女がギンジを襲い、ミヤコは浴衣を外そうと、自ら肩から浴衣をはだけさせようと細い腕を動かす。

 

 カエデも同じ様に、既に浴衣がゆるんでおり、二人の肩には寝間着用のインナーの肩紐が見えており、もう少し浴衣が降りれば、ギンジの理性もどうなるか分からない。

 

 「あ、赤鬼!んんっ、はうっ・・・た、助けてくれーー!」

 

 両腕を抑え込まれ、柔らかい所や胸に指を当てられたり、逆に女の子二人の柔らかい部分がギンジの身体に当たるだけで、理性が狂いそうになる。

 

 そんな中最後の希望として、赤鬼と年長者であるミドリコに一縷の期待を乗せて、ギンジは叫ぶ。

 

 「兄貴」

 

 不思議な事に赤鬼は落ち着いた声をしていた。

 

 「おお、流石だぜ赤鬼!お前はやっぱり冷静だな!」

 

 しかしギンジのそんな期待は一瞬で打ち砕かれた。

 

 「済まねぇ。男にゃぁ、引いちゃ行けない時ってあるでな」

 

 赤鬼とミドリコは謎の個室第二号で、既に次のお酒を飲み干していた様子で、ミドリコはどこかソワソワと期待に満ち溢れた表情をしており、赤鬼は浴衣の紐を外しながら、個室へと入り込む。

 

 ふすまを閉じようとした赤鬼が、ギンジに親指を立てた。

 

 「兄貴、ガキが出来たら、兄貴に名前をつけてほしいぜ。じゃ」

 

 スーッパタン。

 

 ふすまは無情にも閉じられ、ギンジにはついに希望が途絶えた。

 

 「うおおおおテメェふざけんなああ!!」

 

 望みは本当に絶望的だが、なんとか身体を守る様にしてうつ伏せになったギンジは、先に個室に入ったケイタの名前を叫ぶ事にした。

 

 身体にのしかかってこられて、全身する事は出来ないが、せめて名前だけでも。

 

 「ケイターーー!俺のピンチだ!助けてくれ!」

 

 ・・・。

 

 ・・・・・・。

 

 仲間からの返事は帰ってこない。

 

 「くふふふ」

 「えへへへ」

 「・・・やめて、ひどいことしないで・・・お願い」

 

 伸ばしたギンジの腕はミヤコに絡め取られて、五本の指はカエデに絡め取られて、ついにギンジに救いの手が来ることはなかった。

 

 そしてそんなギンジこれから待っているのは、お酒に酔った少女達からの〈全て〉が待っているのであった。

 

 「あああぁぁぁ〜〜〜っ・・・♡♡♡」

 

 ヘヴンホワイティネスの温泉旅行はまだまだ続く。

 

 

続く

 

  

 




お疲れ様です。

※20歳未満の飲酒、及び酒気帯び、酒酔い運転は法律で禁じられております。

※妊娠中や授乳期の飲酒は胎児・乳児発育に悪影響を与える恐れがあります。

※飲酒は適量えおこころがけましょう。

※この物語はフィクションです。実際に学生が旅行先などで飲酒した場合、結構大変な事になります。決してマネしないでください。

※キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
酔いどれ少女二人に何をされたのか・・・
飛びつき腕十字とキャメルクラッチ、ジャイアントスイング、根性焼きをされた。ひどいことめちゃめちゃされた

神宮カエデ/鈴村ミヤコ
ギンジにひどい事をした。お酒を飲んだ覚えが無く、多分ミドリコと赤鬼がついでくれたから気にせず行ったっぽい。

宮寺レン
ケイタと何をしたのか。酔うと饒舌になる。

角倉ケイタ
レンにめちゃくちゃにされたかと思ったら、逆にめちゃくちゃにし返した。酔いがうつった。

甘白ミドリコ/赤鬼
わ、私では無いぞ!
お、俺っちでもないぞ!
ぎ、ギンジだ!
そ、そうだ!兄貴が飲ませたんじゃ!
ギンジ「それで良いのかお前ら。警察だろお前・・・」

ドクターパープル
温泉街に怪人連れて来ていた。
リコニス、中山ピリカ、鶴ヶ峰ゴロウの到着と、ヘヴンホワイティネスが来ている事を知っている。

鎧の怪人・王騎士型
唯一量産されていない鎧の怪人。爆撃の怪人と同じタイミングで造られており、今回の休暇においてはこの怪人のみドクターパープルの護衛として連れてこられた。

・・・

次回・・・楽しい温泉旅行に不穏な影が・・・!

バトルは無いよ!

それではまた次回!更新遅くなってごめんなさい。



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100・大幹部戦

こんにちはアトラクションです。

今年はなんでか仕事が忙しいね。

新卒君も一人飛んだし、そもそも私が今年に入って新人監督みたいな事をする事にもなり、更には上司と面倒見たり、色々しないと・・・。

こんなに忙しいし仕事も頑張っているのに、どうして私には彼女が出来ないんだ。知るかボケ

ってなわけですが、執筆は遅れに遅れておりますが、物語はまだ続いていますよ!忙しくてもちまちま書いてたんです。

それではどうぞ!バトルは無いよ


 「〜♪」

 

 木製の床をきしませる音を鳴らしながら、リズミカルな鼻歌を悠長に流しているのは、この温泉宿と温泉を堪能した、ある少女のご機嫌な姿だ。

 

 浴衣で手首を隠して乾ききっていない、まだ水分を含んだ髪を揺らしながら鼻歌交じりに上機嫌な表情をしている少女は、意外と楽しめた温泉旅行と、これまた意外と美味しかった夕飯に舌鼓を打っていた。

 

 あと今回の旅行において一番楽しかったのは・・・。

 

 「はぁ〜・・・ギンジちゃんも一緒に連れて来ればよかったな」

 

 甘く人の良心につけこんで来そうな声は、正しく好きな人とここに来れたら良かった、と思える不思議な感覚から出てくる言葉。

 

 リコニス。

 

 それが彼女に与えられた名前であり、ヘルブラッククロスという組織によって牽かれたレールの上を蛇行しながら突き進む、底なき狂気、果てなき悪意、そして真意の見えぬ気まぐれさ。

 

 それが彼女の全てであり、常に自分を満たしてくれる娯楽に渇望している。

 

 「ま、どうせ今度も会えば戦えるし、ギンジちゃんにも束の間の休息をあげないとね〜」

 

 いつか全力で殺し合うのであれば、こういう時に見逃してあげるのも立派な大幹部の役目だ。

 

 そうと決まればギンジちゃんのあの同様しきった顔を思い出しつつ、リコニスは自分が今夜宿泊する部屋へと入る。

 

 おんぼろの旅館だが女将は気さくだし、ご飯は美味しいしで一応は気に入ったのだが、どうせこの旅館もヘルブラッククロスの日本転覆計画が成功すれば、必ず駆逐される。

 

 いや・・・蹂躙される。圧倒的な力によって。

 

 そうなると決まっていても、この旅館が好きになっていたとしても、最後は結局破壊され尽くす。

 

 その未来が分かりきっていても、リコニスにはどうでも良いのだ。

 

 なぜなら彼女には今しかないから。常に今しか無いのだから。

 

 「はー寝ようかな〜・・・」

 

 宿泊する部屋に入りながら、リコニスは和室の匂いを胸いっぱい吸い込みながら、布団に入ろうとするのだが、そこで部屋に違和感を感じた。

 

 『さぁさぁ今夜も始まりました!ヘヴンホワイティネス特集!』

 

 旅館の部屋に取り付けられたテレビには、毎晩取り上げられている巷で噂の正義のヒーローの特番が行われていた。

 

 いつものヒーローを追いかけるマスコミや、彼女達に助けられた一般市民達へのインタビューで一時間も使うくだらない番組だ。

 

 そんな番組をリコニスの部屋で、誰が観ているのか・・・。

 

 「でゅふふ、ヘヴンホワイティネスってかわいいよね〜。身体が引き締まってて、とっても美味しそうだよじゅるり」

 

 まるまる太ったボールの様な身体のオヤジが、お風呂上がりの熱も冷めないまま浴衣を着ているのか、汗でシミを作りながらビール片手にその特番を観ていた。

 

 「ほんま、ヘヴンホワイティネスの悪行には敵わんわ。ワイらのやっている事こそ正義の行いっちゅーのに、だーれもそこに気づかんのは嘆かわしい話っちゅーねん」

 

 もう一人は温泉には入っていないのか、不気味なメイクをその顔に施した、ピエロの男が椅子の背もたれを前にして、腕を乗せた体重をかける前のめりの姿勢で、特番を観ていた。

 

 「・・・何してんの?」

 「でゅふっ、同じ大幹部同士、親睦会をしようかなって思ってね。知っているかい?ワカメs」

 

 まるまる太ったオヤジ、鶴ヶ峰ゴロウの首元に黄金の刃が怪しく輝きながら、脂肪でたっぷりしている皮膚にギリギリ当たらない様に突きつけられた。

 

 「何してるの・・・?」

 「でゅふ・・・」

 

 リコニスは浴衣の姿のままだが、どこに忍ばせていたのか、自慢の一刀である黄金に煌めく刀、抱腹絶刀を取り出してはゴロウに向けている。

 

 「ほんま怖いわ!すぐにエモノ引き抜くあたり、ガチで殺ろうとしてるやんけ!」

 

 苦笑いをしつつもその動きの一部始終を見ていたピエロ、中山ピリカはリコニスとゴロウのその姿を見て、本気で戦々恐々としている。

 

 「同じ大幹部だからって調子には乗らないで頂戴。サクッと殺すわよ」

 

 ただの少女でありながら、血走ったその瞳の奥に見える底知れぬ殺意の眼光が、ゴロウの眼を逸らさずに伝えられた。

 

 「でゅふふ、冗談ですよ・・・お若いのに、良くないですよ?そんなに血圧あげるなんて。あ、そうだ、デトックスとリラックスがてら、いかがかな、この私の特性マッサージを・・・」

 「アカンて。もう止めとき、ゴロウはん」

 

 最後まで言おうとすれば間違いなく、リコニスにその脂肪にまみれた首を斬り落とされただろう。

 

 それを察知したピリカはおどけつつも、本気で二人を止めに入る。

 

 そうでもしないと、勝敗は見えていても、この旅館や温泉街そのモノが破壊し尽くされない。

 

 「私が連れてきた旅行だって事を忘れない方が良いよ。あと、勝手に私の部屋に入らないでくれる?・・・臭いのよ、お前」

 「ほんますまんて。ただ、大幹部同士親睦会はしたかったんは大マジの事なんや。ほら、リコニスはん、顔可愛いやろ?堪忍したってや」

 

 なだめて見せるが、リコニスの殺気は止まらない。

 

 「でゅふ・・・私もすまんやで・・・」

 

 あまりに本気の凄みを感じたのか、ゴロウもとりあえず謝罪を入れる。

 

 しかしその視線はリコニスの身体を舐め回す様に、ジロジロと見ている。

 

 きっとこの体格差でリコニスの身体を組み敷いて押し潰したら、きっとヘルブラッククロス的にもなかなか面白い事に出来るかも知れない。

 

 「・・・ま、温泉旅行だしね。いいよ、今回は不問にしてあげるから、自分の部屋に戻って。もう一度言うけど臭いのよ」

 「でゅふぅ・・・」

 「あーまぁ、せやな。そんじゃ、ワイらは自分の部屋に戻らせてもらいますわ」

 

 言いながらもピリカがゴロウの肩を引っ張りながら、リコニスの部屋を出ていく。

 

 出ていく途中で、ゴロウはリコニスのカバンに眼をつけた。きっとあのカバンの中には、リコニスの下着が入っている事だろうと、淡い妄想をたぎらせる。

 

 「後ろからブスッとやってもいいよ。早く消えて」

 

 女性としては到底耐えきれない様な、侮辱に等しい目線を感じたのか、リコニスは今度こそ臨戦態勢に入っている。

 

 (でゅふ・・・いくら恐ろしい大幹部とは言えど、私が抱けばこんな女・・・煩い女だ・・・)

 

 表面上はヘラヘラと取り繕っても、浴衣から見えるリコニスのキレイな生足をチラリと見て、ゴロウは今度こそピリカと共に部屋から出ていく。

 

 (でゅふ。まぁ、いくらでもチャンスはある。洗脳でもかければあんなガキ、すぐにヒィヒィ言わせてやろう)

 

 頭の中に強く狂っているリコニスが、自分の手のひらに転がされて弄ばれる妄想を働かせている。

 

 それと同じく色付きメガネに隠された怪人の瞳も、より悪しき輝きを強めて行く。

 

 (あの若い女も、ヘヴンホワイティネスも全部この私が美味しく頂いてやる)

 

 ヘルブラッククロスの大幹部として、間違っていない欲深さを頭の中で練り上げながら、温泉旅行の夜はふけていく・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 翌日。

 

 楽しかった温泉旅行も終わりが近づく中、宿泊している部屋の中でギンジがムクりと起きる。

 

 昨晩は何かひどい目にあった気がするが、気のせいだろう。そう思わないとやっていけない。

 

 大きな窓から差し込む、優しい朝日の煌めきが、楽しい温泉旅行の終わりが近づいている事を改めて理解する。

 

 (・・・今日が終わったら、俺たちの日常もいつも通りか)

 

 戦う日常。それにまら向かわないと行けなくなる。その事実がギンジをややげんなりさせてしまう。

 

 「・・・ギンジ君〜・・・」

 「むにゃむにゃ・・・ぎんじ〜・・・」

 

 ギンジを挟む様にして布団の上で寝ているのは、カエデとミヤコ。

 

 いつものお転婆っぷりが見えない、この寝姿を見てギンジの中でモヤモヤが少しだけ晴れやかになる気分になった。

 

 彼女達の寝顔を見てより一層、自分の求めるハッピーエンドへと向かいたいと、げんなりした気持ちを払拭出来る。

 

 「しかし」

 

 ギンジは二人の少女の寝言と、寝顔を見て一つ息を吐く。

 

 「なんで酒なんか入ったんだ、こいつら」

 

 昨日の少女達の酔っぱらいは、ギンジに悪夢を思い出させる。

 

 まだ彼女達は未成年。

 

 「・・・俺がしっかりしないと駄目だなこりゃ」

 

 仲間達がまだまだ眠る中で、ギンジはもう一度戦いへの日常に戻る前に、幸せなひとときを楽しむ事にした。

 

 自分に恋する少女達の寝顔を見て、自分が恋する少女達の寝息に耳を立てて。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 朝。

 

 早朝とは違い、あれから二時間弱、ようやくメンバー全員が起床し、帰る支度と、朝の温泉と、朝食のビュッフェを楽しむ。

 

 もちろんここにいるのはギンジ、カエデ、レン、ミヤコ、ミドリコ、ケイタ、赤鬼。

 

 それとこの旅館のビュッフェを楽しもうと、こぞって入って来た一般市民の方々。

 

 色とりどりの食卓には、これまた沢山の料理が並んでおり、どれもこの日のこの瞬間の為に用意された朝に食べるには十分すぎる程、大量なお料理達が用意されていた。

 

 カエデの朝ごはんは、麦ごはんととろろのワンセットに、お味噌汁と焼き魚をつけた和風な盛り付け。

 

 ミヤコの朝ごはんは、ヨーグルトと食パンにいちごのジャムをつけた、よくある朝ごはんの盛り付け。

 

 レンとケイタは二人して白米とオムレツに、様々な付け合せを。

 

 ミドリコの盛り付けはクラッカーにチーズ、洋風のオートミールにシチューをつけた盛合せ。

 

 赤鬼はペペロンチーノ、カルボナーラ、ナポリタン、ほうれん草のクリームパスタ。

 

 思わず大盛りにしすぎているパスタの量の多さに、ギンジがツッコミを入れた。

 

 「いや食べすぎだろ!なんでおまえそんなにパスタ食ってるんだ!」

 「いやいや兄貴、こういう旅行中に食べるパスタが美味しいんですよ」

 「冗〜談じゃないよぉ。旅行中にはさ、もっと良いもの食べるんだよ」

 「兄貴ももっと食べたらいいじゃないですか。例えばホラ、カエデの姉御の身体にヨーグルト」

 「お前それ以上言ったら殺すぞ」

 

 カエデのしなやかな身体にヨーグルトをかける。

 

 そんな妄想をしてしまったのだが、実際そんな事したらギンジが殺されるのは間違いないだろう。

 

 「ヌハハハ、じゃあミヤコ姉さんにとろろをかけて・・・」

 「お前それ以上言わなくても本当にぶっ飛ばすぞ」

 

 ミヤコの小さな身体にとろろが。

 

 そんな妄想をしたギンジは、悪ノリし続ける赤鬼に睨みを聞かせている。

 

 「本当にいい加減にしろよ!こんな事聞かれたら、マジで大変な事になるんだからな!」

 「ヌハハ、まぁいいじゃないですか。兄貴だってお二人の事、好きなんでしょう?」

 「ふぐっ・・・」

 

 軽いジョークであってもかなり邪な内容なのだが、そこを赤鬼に突かれると、ギンジは何も言い返せなくなってくる。

 

 楽しい朝食を囲む傍らで、ギンジが自分のトレイを取り出すと、豪勢な食事の並んでいる列へと小走りで向かう。

 

 「兄貴もしかして・・・」

 

 赤鬼も自分の食べるモノを机に置いて、ギンジについていく。

 

 するとギンジが自分の食べるモノとして選んだのは、ヨーグルト、とろろ、そして麦ごはんと食パン。

 

 見事にカエデとミヤコに合わせてきた。

 

 「自分の食べたいモノの現れって事ですね、兄貴!」

 

 赤鬼の冗談が過ぎたのか、次の瞬間には紫電一閃蹴が顎に直撃しているのだが、それはまた別のお話。

 

 自分の食べたいモノの現れ。つまりヨーグルトもとろろも、それのセットも二人の少女が口にしているご飯と同じモノ。

 

 イコールでカエデとミヤコが食べたい、という事につなげたのだろうか。

 

 「うるせぇや」

 

 苦笑いしながらもギンジは自分の食べモノを乗せたトレイを持って、カエデ達の待つテーブルに戻る。

 

 「遅いわよギンジ。何選んでたの?」

 「くふふ、おかえり、ギンジ君」

 「あ、ああちょっとな・・・」

 

 二人がきょとんとする顔を見ていると、ギンジの鼓動が早まった。

 

 ヨーグルトを見れば、昨日記憶が残っている範囲でのミヤコの身体を思い出す。

 

 とろろを見れば、昨日記憶が残っている範囲でのカエデの身体を思い出す。

 

 どちらの身体も甲乙つけがたい、温泉によって綺麗になった美しい少女達の香りだけならば、まだギンジの記憶に色濃く残っている。

 

 昨日の細かい内容は別として、どれだけの時間を使ってカエデとミヤコと身体を密着させていたのだろうか。想像するとなぜか震えが止まらなくなるが、それとは別に嬉しさと心からのときめきがギンジにやってくる。

 

 絶妙に【見えた】のもあるが、それも良い思い出だ。

 

 「何か良いことあった?ギンジ」

 「え?いやぁ、どうだろうな」

 

 妙にご機嫌な表情をしているギンジに、カエデが一声。

 

 こんなに嬉しそうにしているギンジを見るのも、なんだか久しぶりな気がするのだ。

 

 「くふふ、ご飯食べ終えたらまた温泉行こうよ、ギンジ君」

 「だから混浴は無いってのに」

 

 本来ならば女の子同士でするような会話を、ミヤコはギンジにだけ向けて提案を出した。そして相変わらずその隣でカエデがツッコミを入れている。

 

 「くふふ、女湯にあったあのボディソープだけどね、泡立ちがすごいんだよ。これでギンジ君の逞しい身体を洗ってあげたら・・・くふ、kふふふ」

 「なんでそんな変態的な事ばっかり考えてるのよ。でも泡立ちが良いのは事実よ。ギンジ、今度うつ伏せになりなさい」

 「なんで俺の身体を洗える前提で話が進んでるの?おかしない?」 

 

 そんなこんなくだらない話をしながらも、ヘヴンホワイティネスの朝食は美味しい時間を皆で共有出来る最高の時間だった。

  

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 切り立った岸壁はすぐ真下を見下ろせば、神宮温泉街の大きな商店街が、ドクターパープルの視界に入ってくる。

 

 人も動物も居ない様な山道の岸壁には、明らかに異質な出で立ちの四人がそこに立っていた。

 

 紫色の戦闘員の衣装に、紫色の仮面、そして紫色の小さなマントを身に着けたドクターパープル。

 

 キャメル色のスーツに濃い汗染みを作りながら、ハンカチでは吸い取る事がもはや不可能な程に大汗をかいている男、鶴ヶ峰ゴロウ。

 

 彼は言わずと知れた大物政治家なのだが、ヘルブラッククロスの力の思想に大きく踏み込んでおり、破壊、暴力、性欲、快楽、そして自分の身体に怪人の球を取り込んだ、第2世代の怪人でもある。

 

 さらにもう一人隣に立つのは、顔の半分を白黒のメイクで彩り、その服装も白と黒の二色で両立される幾何学模様な衣装を身に着けた、ピエロ男、中山ピリカの姿もここにあった。

 

 では最後の一人は・・・。

 

 白銀の鎧を輝かせて、背中には身の丈と同じぐらいの大きさと、幅広を誇る長剣を背負った、鎧の怪人・王騎士型。

 

 大幹部三名と、一人の怪人の計四人がこの山道の岸壁に集まって、温泉街を見下ろしている。

 

 「ほんま人が悪いで、ドクター」

 

 神妙な面持ちの空気感の中、ピリカがおどけながらドクターパープルを呼んだ。

 

 「急に温泉に来いなんて連絡するんやから、正直気でも狂っとるんかと思たわ」

 

 前日、大幹部会を抜けたピリカが、リコニスの準備に付き合いながら待合室で電話をしていた事を話し出すと、ゴロウも汗を拭きながら昨日の電話先の相手の正体を知り、眼を丸くしている。

 

 「でゅふふ、でもまぁこうして会えているのですから、願ったり叶ったりですな。大幹部会ではお会い出来なかったのでね、ドクターパープル」

 

 ゴロウもこの再開には驚いているが、何より自分を人間を超越した存在にしてくれた恩義が大きいゴロウは、ドクターパープルに忠誠にも近い感情を醸し出している。

 

 「ははは、いや済まないね。私もこうして休暇を満喫していたのだけれど、少しイレギュラーが発生して困ってしまってね・・・」

 「イレギュラー?」

 

 ドクターパープルはあの総統直属の大幹部の一人であり、先代のドクターミヤコに代わって、怪人開発、兵器開発、物資量産のプロフェッショナルだ。

 

 そんな彼を困らせる程のイレギュラーが発生しているのであれば、ピリカもゴロウもドクターパープルの手助けをしてあげようと、心が動き出す。

 

 「ドクター、それでワイらは何をしたらええんでっか?」

 

 ピリカがニヤニヤとした表情を崩さずに、ゴロウと共にドクターパープルの困っている事を聞き出す。

 

 「ああ、とてつもなく困っているのだ。実は・・・女が欲しくてね」

 

 女。ヘルブラッククロスならば確保も最優先にするべき対象。

 

 それをドクターパープルが欲しがるとは、何を考えているのだろうか。

 

 「でゅふふ、女ですか・・・」

 

 ゴロウは汗を流しながらも、リコニスの事を頭に思い浮かべる。

 

 「ああ、女だ。かなり極上な女でね、三人程ほしいんだ」

 

 ドクターパープルが仮面の奥からくぐもった声を出して、しかしながらその声はどこか楽しそうな事を考えている様な声音をしている。

 

 「でゅふ、どういった女性ですかな?」

 

 残暑が厳しい9月の風が、ほんのりゴロウに涼しさを感じさせながら、ドクターパープルの企みに加担しようと息巻く。

 

 それにはピリカも同じで、鼻につけた赤いボールにも輝きが出てくる。

 

 艶を感じるそのゴロウの見た目と、ピエロらしく奇妙な顔をしているピリカ。

 

 「捕まえて欲しいのはね・・・これなんだ」

 

 ドクターパープルが手元の端末に表示された画像を見せると、ゴロウとピリカは食い入る様にしてその画像を視界に入れた。

 

 と・・・。

 

 キィィィィィーーーン。

 

 脳内に入り込む様な、それでいて金属のパイプに反響する様な音が、ゴロウとピリカの耳に入ってくる。

 

 その音が聞こえた途端に、画像を見た事を失策だったと気がつくが、もうその時点で遅い。

 

 ピリカは何かを怪しいと思った。

 

 ゴロウもソレを見て、音を聴いて怪しいと思ったが、二人共にドクターパープルの手の内に遊ばれる事となった。

 

 その音と画像の正体は洗脳催眠アプリ。

 

 ヘルブラッククロスの技術力を持ってすれば、こんなモノまで創り出す事を可能としており、洗脳催眠アプリを使用するぐらいならば、ドクターパープル一人で女性を得る事も可能だった。

 

 だが今回洗脳をかけたのは、女性では無く同じ組織の大幹部。

 

 「──」

 「──」

 

 見事にドクターパープルの手中、術中にハマった二人は、どんどんその瞳に光を失わせていく。

 

 だらんと脱力しつつ立ったままの二人に、ドクターパープルは洗脳が成功した事に手応えを感じる。

 

 「YEEEES!!!」

 

 ドクターパープルが普段言わない様な喜びの声を上げると、ゴロウとピリカもドクターパープルに合わせて拍手をした。

 

 「それじゃあ、私の手駒になった大幹部達よ」

 

 仮面の奥の声音の激が強くなり、ドクターパープルは二人の大幹部に暗示と催眠、それから成功した洗脳の下で、命令を下す。

 

 「この温泉街を破壊しろ。手当たり次第虐殺の準備を整えて─」

 

 王騎士型がゆっくりと立ち上がり、幅広の漆黒の剣を抜き払う。

 

 「ヘヴンホワイティネスをおびき出せ・・・!」

 

 師を超える為に、師の敵であると言われたが故に、ドクターパープルは自分の進む道に、ただ綺麗にレールを敷くだけではなく、周りの誰もが考えつかない様な大胆な道標を立てた。

 

 休暇中に組織の宿敵を見つけた事は予想外だった。だが、これをチャンスとして、ただの平坦な道を真っ黒に塗り上げる。

 

 装飾には紫色の明かりでも灯そう。

 

 白き敵を抹殺する、ドクターパープルの英断が斬って落とされた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 温泉街に響き渡る悲鳴。

 

 嫌でも耳に入る大きな破壊の音。

 

 そこらじゅうに張り巡らされた、温泉を流すパイプがぶち壊されて、いたる所から温かい源泉が吹き上がり続けている。

 

 「でゅふふふ!」

 「ホラホラ、ワイらが通るで!」

 

 鶴ヶ峰ゴロウはキャメル色のスーツを脱ぎ去り、黒ずんだ、おおよそ人の身体の色にはなっていない、肉の身体を見せつけながら、身体そのモノを建造物や床、柱にぶつけながら、バスケットボールが強くバウンドする要領で、人を、温泉を、建物を打ち砕いていく。

 

 「腐肉圧殺(ロストミート)!!」

 

 着弾した所から全てを腐らせ、その体重に見合うそれ以上の破壊力を知らしめながら、ヘルブラッククロスという巷で名が知れ渡り始めた悪の組織のい襲撃が開始された。

 

 「ほな、君らも暴れてやり。全てはドクターパープル()の計画の為やで!」

 

 ピリカが黒い十字架のブーメランを手元でジャグリングしながら、後ろに続く戦闘員達に命令を出すと、こぞって子供や女性を攫おうと温泉街の大きな商店街に悪の進撃の音が響き渡り始める。

 

 「ほな、行くで・・・」

 

 黒いブーメランを両手に装備して、ピリカは光を失った瞳でそのブーメランを投げ飛ばす。

 

 「キラーブーメラン!」

 

 立ちふさがる喧嘩自慢や、大人の成人男性、観光客、誰彼かまわず男なら全員その身体を破壊されていく。

 

 斬れ味の鋭い刃が取り付けられた十字架のブーメランは、回転しながら飛ぶだけでも人を殺傷しかねない全身凶器となっている。

 

 「カカカカ!」

 「でゅふふふふ!」

 

 二人の悪の大幹部が高笑いをしながら、温泉街の襲撃が開始された。

 

 「さて・・・お手並み拝見」

 

 岸壁を飛びだした二人の大幹部を見て、ドクターパープルは笑っているのか、それとも真顔なのか分からない仮面に隠れた顔を、温泉街にも向けていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ちょっとなんの音よ!」

 

 神宮財閥が所有する旅館の一室。つい昨日まではカエデ達がお酒を飲んでギンジをひどい目に合わせた部屋の中で、カエデが昼の温泉に入ろうかと皆で話し合っている中で、突如聞こえた爆音。

 

 今更音ごときではそこまで驚かない自身もあったのだが、カエデ以外にも赤鬼もミドリコにも聞こえた様子で、お茶を入れてたカエデがリビングにやってくる。

 

 いくら部屋の中とは言っても音が強すぎた為か、自分達が宿泊している部屋の外から、他の宿泊客のどよめきが聞こえる程だ。

 

 今ギンジとミヤコ、レンとケイタはこの旅館のお土産の買い出しに出ており、この部屋に居るのは、カエデ、赤鬼、ミドリコの三名。

 

 「姉御、どうやら俺っち達の温泉旅行、一筋縄じゃ行かないみたいだぜ」

 「まったく・・・あいつらはどこまで私達の邪魔をすれば良いのだ」

 

 赤鬼とミドリコは部屋の窓から、ミドリコの装備の一つである望遠鏡を覗いており、そこから温泉街に上がっている煙や、高く吹き上がる源泉を見た事で赤鬼とミドリコは、この音の元凶が何かを理解した様子だった。

 

 「何があったの?見して」

 

 カエデがミドリコから望遠鏡を奪い取りながら、温泉街の惨劇をその眼に入れる。

 

 「・・・っ!」

 

 間違いない。この音とあの破壊。

 

 そして何より嫌いな、あのマーク。

 

 怪人の瞳を模した黒い眼球に、赤い瞳を刺繍したあの大きい旗。

 

 ヘルブラッククロスがこの温泉街を襲撃しに来たのだ。

 

 「あいつら・・・」

 

 カエデが怒りを顕にした所で、ミドリコと赤鬼がカエデの背中を軽く叩いた。

 

 「やるぞ、カエデ。私達のプライベートまであんな奴らに汚されるわけには行かない」

 「そうですぜ。それに俺っち達には、守らないと行けない人たちがいるでしょう」

 

 怒りでまた突っ走りそうになった時に、カエデを支えてくれる仲間達がちゃんと居る。

 

 「ええ、そうね。赤鬼、ギンジ達に連絡してちょうだい。ミドリコ、あたし達は先に行くわよ!」

 「ああ!これ以上の破壊なんてさせるモノか」

 

 カエデが赤白く発光するリングを腕に通す。

 

 一見すればブレスレットに見える様なリングだが、それはこの現代におけるオーバーテクノロジーの一種。

 

 ヘヴンホワイティネスがヘヴンホワイティネスである為の、未来からやってきた兵器。

 

 ヘヴンリング。

 

 それがカエデがヘヴンホワイティネスとして持っている装備だ。

 

 「行くわよ!ヘヴンホワイティネス!突撃!」

 

 男らしさも感じられるカエデの号令に、ミドリコと赤鬼はギンジの面影を重ね合わせて見えて来た。

 

 「ヌハハ、兄貴に惚れてるだけあるな。さすが姉御だぜ」

 「まったくだ。だが、赤鬼もなるべく早く皆を連れてきてくれよ」

 「ガッテンでい!」

 

 ヘヴンホワイティネスの三人の団結力を上げて、昼の駆け下りが始まった。

 

 「よっしゃ!そうとなれば、早速兄貴達に連絡だ!」

 

 赤鬼がギンジ達に連絡を取り始め、カエデとミドリコは先に偵察、及び敵の撃滅に温泉旅館を飛び出すのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 温泉旅館の中でも街からの爆撃音が聞こえたのか、騒然とも取れるどよめきが、豪華な装飾の電球が灯されるお土産コーナーにも聞こえていた。

 

 「何事だ?」

 

 その音とどよめきに一気に不穏な空気感になる。

 

 一言はっきりと言えば胸騒ぎがする。そんな展開に、ギンジはケイタと顔を合わせる。

 

 「ギンジ、これって・・・」

 

 お土産コーナーの入り口でミヤコとレンの買い物が終わるまでの間、男二人は他愛もない雑談をしていたのだが・・・。

 

 待ち時間の中、この音。

 

 最早ギンジ達にはこの音が何なのか、だいたい予想はついた。

 

 (リコニスの奴、また何かおっ始めたか・・・?)

 

 ヘヴンホワイティネスには教えていないが、この温泉旅行にはあのリコニスも来ている。それを伝えればカエデ達も不安になるかも知れないと、ギンジなりに気を使ってみたのだが。

 

 「これって、間違いなくヘルブラッククロス、だよね」

 「そんな不安そうに答えを出すなよ。間違いないだろうぜ」

 

 おずおずとしゃべるケイタに、ギンジはサングラスのズレを直しながら、肩の骨を鳴らす。

 

 「くふふふ、温泉街に来るとはね。わたしも予想外だったよ」

 

 ミヤコがお土産コーナーから出てくると、レンもそれに遅れてすぐにやって来た。

 

 「性懲りも無く、私達の邪魔ばっかり、許さない」

 

 レンもこの襲撃の音とヘルブラッククロスがすぐに紐ついて、そして怒りを顕にした顔を見せている。トラの様な眼光の鋭さが、たまに仲間達が恐ろしいと感じる表情を見せている。

 

 「ん・・・赤鬼から電話だ」

 

 お土産班に赤鬼から緊急の連絡が鳴り出す。

 

 連絡が来るだけでおおよその内容はだいたい理解出来るが、それでも可愛い子分からの電話だ。

 

 「どうした、赤鬼」

 『兄貴!ヘルブラッククロスが襲撃して来やしたぜ!』

 「知ってる。あいつら好き放題やり始めてるみたいだし、さっさとぶっ倒して、温泉旅行を取り戻すぞ!」

 『おお、もう知ってるってのは、さすが兄貴だぜ。もうミドリコとカエデの姉御は先に向かってやす!俺っちももう行くんで、現地で合流って事で!』

 

 赤鬼の声は興奮しており、焦りも感じられる声音をしていた。

 

 怒りも混じった息使いは、ギンジ達にもよく聞こえるモノだ。

 

 きっとミドリコとの温泉旅行を潰されて、ヘルブラッククロスにキレ散らかし始める寸前なのだろう。

 

 「俺たちも行くぞ!」

 「同意。ヘヴンホワイティネスの怒り、見せてやる」

 「僕もできるだけサポートするよ!」

 「くふふふ、ギンジ君が行くならわたしも行く!」

 

 ヘヴンホワイティネスが一致団結し、温泉旅館から急ぎ足で飛び出すと、旅館近くの駐車場には誰も人が居ない事を確認し、レンはスーツに、ケイタは羽衣に変身をして、温泉街へと飛び出していくのであった。

 

 「俺とミヤコは先に行ってるぞ!」

 

 ギンジは羽をはやして、ミヤコを抱きかかえると、空を浮遊し始める。そのままミヤコがギンジの首に抱きつくが、ギンジは最早ツッコミを入れる余裕は無い模様。

 

 「後でまた!カエデ達が無茶な事してたら、ギンジが止めといて!」

 「すぐに、追いつく」

 「お前らもあんまり遅れるなよ!」

 

 ギンジとケイタが手を軽く振り上げると、お互いに無事を祈りつつも襲撃の場所まで向かう事にした。

 

 「それじゃあ、私達も、行こう」

 「うん!正義のヒーローとして、頑張ろうね」

 

 ケイタとレンも頷き合いながら、温泉街へと走り出すのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・ 

 

 温泉街。

 

 それは色んな温泉を楽しめて、様々な形をした浴槽、様々な効能をその身体に染み込ませる最高のロケーション。

 

 休暇を取るには十分な場所であり、極楽を体現出来る旅館やホテルが無数にあるこの神宮温泉街。

 

 そんな天国に一番近い場所は、9月2日に地獄を迎え入れた。

 

 「でゅふふーふ!」

 「カカカカ!」

 

 二人の大幹部、鶴ヶ峰ゴロウと中山ピリカ。

 

 そしてそれに仕える戦闘員達。

 

 平和で平穏な日差しが温泉街の破壊を優しく包む。

 

 だが地上はまさしく地獄絵図となっており、怪我をした人々、戦闘員に髪を引っ張られて泣きむせぶ女性の数々。

 

 爆発して吹き出した源泉、ぶっ壊された温泉。

 

 平和なんてどこにも無い、この温泉街は最悪な世界へと姿を変えた。

 

 「でゅふふ!さぁさぁ、私の食事となるヘヴンホワイティネスはどこかな!」

 

 大きなデブデブの身体を揺らしながら、ゴロウは怪人の瞳を爛々と輝かせている。

 

 「ひぃ」

 

 ゴロウの近くで人の声が聞こえた。

 

 その声は怯えた女性の声。

 

 「でゅふーっ」

 

 鼻息を荒くして、悪臭とも呼べる呼吸を吐き出すと、ゴロウは近くで怯えた女性に向かって太く重苦しそうな足で一歩を踏み出す。

 

 「や、やめて・・・来ないで・・・」

 「怯えなくても良いんだよ。私が肉厚のこの身体でプレスしてあげるからねぇ・・・でゅふ、でゅふふ!」

 

 女性はその脳みそまで腐らせそうな悪臭と、黒ずんだ肉厚の身体を見て、それがかの大物政治家だとは微塵も思わない。

 

 それよりも怪人というニュースでしか見た事の無い存在を前に、失神しかけている。

 

 怯え、恐怖がすぐに頭を支配して、次は視界すらかすみ兼ねない凶悪な腐臭。

 

 「さてさて、女性はいくら居ても困らない。私達の糧となり、新世界で気持ち良い生活を満喫しましょう。ね?」

 

 臭い両手を広げながらゴロウは女性ににじり寄る。

 

 得も言われぬ凶悪な臭いの大本が目の前に迫った途端に、女性は悲鳴を上げる事も出来ずに、ただ泣くしかなかった。

 

 だが・・・。

 

 いくら悪が強力な戦線を敷こうとも、人々を絶望の底に叩き落とそうとも、正義の光は決して潰える事は無い。

 

 そう信じて、彼女は・・・女性はこの街に居るヒーローを呼ぶ。

 

 今危機に陥っているこの街だけではない。

 

 自分や、自分以外の人間が、こんな唐突に奪われてたまるモノかと。

 

 女性は叫んだ。目一杯の大声で、いつも街の平和を守る為に神出鬼没のあの正義のヒーローを。

 

 「助けてーーー!」

 「でゅふ!無駄無駄!助けなんて・・・」

 「ムーン・パラディース!!!」

 「ヘヴンホワイティ・・・え?なんて?」

 

 女性が叫んだそのヒーローの名前は、意対化市のご当地とも呼べる月光を携えて戦うあの孤高のヒーローなのだが、そんな事をあまり知らないゴロウは、ヘヴンホワイティネスを呼び出すのかと思って一瞬身構えてしまった。

 

 「でゅふふ・・・なんだか分かりませんが、私達の目の前に敵なんて居ません。ここで捕まえて、肉厚プレスを─」

 「必殺!」

 

 ゴロウはまだ知らなかった。

 

 自身の背後に、本当に正義のヒーローが到着している事を。

 

 「メガトン・インパクト!!」

 「え・・・?」

 

 脂肪に囲まれた身体に、正義の衝撃が思い切り叩きこまれた。

 

 「ゴロウはん!」

 

 その強烈な衝撃が叩き込まれた時には、もう既に遅い。

 

 叩きこんだ者は、肩から腰まで赤いラインがかけられ、白を基調としたボディラインが強調される様なバトルスーツに身を包んだ美少女の姿が、両腕を伸ばした状態でそこに立っていた。

 

 「臭っさ・・・何よあいつ・・・」

 

 鼻をつまみながらカエデは、女性を飛び越えて建物に突っ込んだ怪人を睨む。

 

 「こっちだ!」

 

 次いでミドリコが女性を避難させようと、行動を開始するがその目の前には戦闘員達が立ちはだかる。

 

 「どら、邪魔すんなやぁ!」

 

 更にその戦闘員達を横から一撃、なぎ倒す様にしてミドリコの為に道を作る。

 

 赤い打撃の一閃はまるで燃えている様に見えて、それでいて一撃で全てを粉砕する。

 

 赤鬼がかつぎ上げているのは、魔法界から持ち帰ってきた新たな武器、オリハル金砕棒。

 

 「これはこれは・・・噂のヘヴンホワイティネスやんけ」

 「何よあんた・・・あの怪人を連れてきたバカの一人かしら?」

 

 ピエロの衣装に身を包んだ男、ピリカが崩壊した建物に腰掛けながら、カエデに拍手を贈る。

 

 「あの怪人はアレでワイらの大事な仲間なんや。あんまりひどい事せんといてや」

 「怪人を連れて来てるって事と、あたし達をヘヴンホワイティネスって知ってるって事は、あんたらもヘルブラッククロスで間違いないわね?」

 「カカカ、そりゃ愚問っちゅー奴や。そないな事より、後ろ、向いてみーな」

 

 ピリカが後ろに指を指しているので、カエデも警戒を解かずに背後を見る。

 

 その向けた視界の先には先程突き飛ばした、黒ずんだデブ男が悪臭を振りまきながらカエデの方に転がってきている。

 

 「ミドリコ、赤鬼!そっちの事は任せたわよ!」 

 「了解した!もうすぐレン達も来るはずだ!油断するなよ!」

 「一般市民を助けたら俺っちも加勢しやすぜ!それまでご無事で!」

 

 ミドリコと赤鬼が先程の女性を救助しつつ、二人が向かう先は大量にさらわれた人たちを捉えている飛行船に向かったのだ。

 

 「ほな、ヘヴンホワイティネスはワイらを相手に大立ち回り、って事かいな。熱い展開やでこれは」

 「意味わかんない事言ってるんじゃないわよ!」

 「おー生のヘヴンホワイティネスは意外と可愛いモンやな」

 「でゅふふ!噂のヘヴンホワイティネスに出会えたのは、嬉しい限り!私の肉厚で、否、種付けでプレスをしてやる!」

 

 悪臭を振りまきながらアスファルトを砕きながら転がってくるゴロウに、カエデは軽く地面を蹴って身体をひねりながら空中へと飛び出す。

 

 しなやかな身体を捻りながら飛ぶその姿勢は、ピリカとゴロウの視線を釘付けにする。

 

 あまりにも美しく、それでいてエロティックなボディラインが、二人の大幹部を欲望によって突き動かす形を生み出した。

 

 「ワイら大幹部二人がお前を倒して、組織に連れ帰らせてもらうで」

 「でゅふふ!ヘヴンホワイティネスが一人!今ならチャンス!」

 「へぇ?あたしが本当に一人かと思った?」

 「おお?さっきのお仲間以外に、ここに来てるんかいな?」

 「ええ、来てるわよ。あたしの仲間がね」

 

 カエデがそう告げてから少し遅れて、ピリカの顔の横に青白いビームの針が飛んできた。

 

 曲芸じみたその不意打ちの攻撃は当然ながら、大幹部であるピリカには命中しないが、ピリカはその攻撃が飛んできた先に視線を動かす。

 

 「ごめん、遅くなった」

 「ギンジじゃ無いんだから、遅刻しないでよ、レン」

 

 ヘヴンホワイティネスのナンバー2。

 

 青いラインが引かれた白のバトルスーツは、カエデのモノとは違い対の色になるようにカラーリングされている。

 

 「ケイタは、ミドリコ達の所に向かわせた、ギンジももうすぐ、来るのかな」

 「ギンジも来るでしょ。赤鬼が呼んでるんだから!そんな事より」

 「目の前の、敵・・・」

 

 レンの左手に握られたビーム剣と、カエデの右手のガントレットが、それぞれ敵の顔にめがけて狙いを定めた。

 

 「ワイら大幹部コンビは、柏木の奴程甘くは無いで」

 「でゅふふ!覚悟するんだな!」

 「覚悟、するのは、お前たちの、方」

 「そうね。あたし達の温泉旅行だけじゃなく、なんの罪も無い一般市民を傷つけた事、この温泉街を攻撃した事、後悔させてあげるわ!」

 

 ヘルブラッククロス・大幹部戦

 

 vs鶴ヶ峰ゴロウ、中山ピリカ

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。

バトルは無いと言ったな、アレも嘘だ。

キャラネタ書きます

中山ピリカ
ピエロ衣装の大幹部。
技はキラーブーメラン、キラージャグリング、キラーボウリング等。
ヘヴンホワイティネスは美しいと言うのは中山ピリカ氏、その人である。
ドクターパープルに洗脳された。

鶴ヶ峰ゴロウ
腐臭を発する怪人体を持っている。
彼は腐肉の怪人であり、副作用として常に汗をかき続けてデトックスしないと、本来の人間体が腐る。
ムーン・パラディースの事は知らなかった。
技は腐肉圧殺、ミートロー腐、肉厚ピンボール、肉厚ギガプレス
ドクターパープルに洗脳された。

ドクターパープル
実はピリカと連絡をしていた休暇中の大幹部。
しかし同じ大幹部であるピリカとゴロウを洗脳したのは、第二世代の怪人としてのデータを得るべく、彼らを体よく操っただけ。

リコニス
今はギンジちゃんの事を考えながら温泉を満喫中。騒音については聞こえていたが、別にどうでも良い感じ。

・・・

さて次回は番外編なのだが、戦闘に入ります。
ただそこまで伸ばさず、あくまで番外編らしく手短に終わる様に戦ってもらいます。
ギンジ達も出てきますぜ!
それではまた次回!なるべく早く更新出来る様に頑張ります。




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101・曲芸と腐肉

こんにちはアトラクションです。

こんな拙いし文章もおかしい物語も気がつけば100話超えていました。

そう言えばいつの日か100話突破記念をしたいとか言った様な気がしますが、今回一周年記念の長期番外編なので、100話突破記念の方は、また次の機会に書ければと思います。
とは言え、本編の方も色々ネタはあるので、そこもそろそろ執筆ペースを取り戻して書いていきたい所です。

それでは、どうぞ!


 

 神宮温泉街での破壊の跡は色濃く残り、至る所で煙と源泉の爆発が残っている。

 

 ヘルブラッククロスの意味の無い襲撃によって、今日の旅行を楽しみにしていた人々は苦しみに絶望し、泣き叫ぶしか無い。

 

 だが、それもここまでだ。

 

 正義のヒーローがここに来て、敵の悪事を食い止める為に、ようやく参上したのだ。もう誰もが見てもこんな凄惨な地獄から救い出してあげようと、ヘヴンホワイティネスが奮迅を開始したのだから。

 

 「でゅふふ!私の相手は、お前だな、ヘヴン1!」

 

 黒ずんだ悪臭を放つ身体の肉の断層を見せつけながら、ゴロウこと、腐肉の怪人はカエデをいやらしい下卑た笑みを見せながら鼻息を荒くしている。

 

 「あたしが嫌でも、あんたはあたしが相手してあげる。光栄に思いなさいよ」

 

 真っ白なガントレットのギアを回しながら、カエデは目の前の怪人大男に軽蔑の視線を見せる。

 

 「ほな、ワイはヘヴン2と楽しませてもらうで」

 「どっちが相手でも、私達は、敗けない。ここで終わりにする」

 「カカ、息巻くのう。気合も入るっちゅうモンやで!」

 

 カエデの隣に立つレンが、ビーム剣を構えながら黒と白のピエロ装束の男に青白い切っ先を見せる。

 

 「ワイら大幹部の力、見せつけたろうやないか」

 

 ピリカが両手にいきなりジャグリングの棒を、指に四本ずつひょうたんみたいな形を棒を取り出しては、レンに向けて構えを取り始めた。

 

 両者ふざけた格好をしていても、ヘルブラッククロスの大幹部と言うだけあって、その気迫はやはりかつてのミヤコや、柏木タツヤに似た底なしの悪意を感じ取れる。

 

 「レン!油断しないでよ!」

 「そっちも、油断大敵」

 

 カエデの左手とレンの右手で軽く拳をぶつけると、二人のヒーローは思い切り跳躍して二人の大幹部へと飛び出した。

 

 「大幹部だからって─」

 

 先程と同じく身を捻りながら飛び出したカエデが、ゴロウこと腐肉の怪人の頭上へと飛び出し、ブーツのギアを鋭く回転させる。

 

 「やって良いことと、悪い事あるでしょうがぁ!」

 

 すぐに空中で体制を整えて、左足に込められた正義の衝撃が斧の様に振り下ろされる。

 

 踵落としの要領で繰り出されたそれは、純白の聖斧にも見える程美しいモノだが、腐肉の怪人はその攻撃をまるまる太った脂ぎった腹で受け止める。

 

 「なっ・・・」

 「でゅふふっふー!捕まえた」

 

 カエデの左足が腐った肉に埋め込まれ、勢いを一瞬で殺される。

 

 体重もかけた攻撃がズブズブと飲み込まれる様に、カエデの足首は腐肉に飲み込まれ、不快な感触がカエデの足に走ってくる。

 

 「やりおるなぁ、ゴロウはん」

 「よそ見、してると、危ないよ?」

 「せやなぁ」

 

 ゴロウの一手に関心しているピリカは先程までの臨戦態勢とは打って変わり、今はジャグリングを構えた両手を腰に当てながら余裕そうな態度を取っている。

 

 そこへ背後を一瞬で取ったレンのビーム剣が向けられるが、隙だらけに見える背中に焼き斬る刃が向けられる。

 

 「ほい、王手って奴やで」

 「!?」

 

 ピリカは何も行動をしていないが、レンの身体に黒い十字架が無数に伸びて来た。

 

 何が起こったのか一瞬わからなかったが、レンの身体を絡め取ろうとしたその十字架を斬り裂いて、後方に跳躍して事無きを得る。

 

 「どや、ワイの曲芸。キラークロスっちゅうんやで。これでワイらの邪魔ばっかりする阿呆共を、いっつも捕まえてたのに、やるのう」

 「ふざけた曲芸、だね。触手とか紐の方が、まだやる気を、感じる」

 

 実際どっちもやる気を感じないのだが、レンは挑発材料として怪人達の能力を引き合いに出した。

 

 「そりゃぁ怪人達の方が能力はぜーんぶ人を超えてるんや。当たり前やろが」

 

 ピリカの声音はそこまで変わらず、そんな当たり前の事を言われても、と言った態度のままである。

 

 「それより、早く動かんと、次、来とるで」

 

 ピリカがゴロウとカエデの戦いから、レンに視線を動かした。

 

 その瞬間にレンの背筋に怖気が走った。

 

 ニヤリと笑ったピエロの顔が、不気味さに一役買い、レンの反応を少し遅らせた。

 

 レンの足元には再びあの黒い十字架が、コンクリートを突き出して茨の様に足下から突き出て、彼女の身体を黒く染めようと襲いかかってくる。

 

 「ビーム剣術・シャトルフヴィント!」

 

 青白い回転斬りがたやすく十字架を斬り払い、なおも再現なく伸びてくる黒い十字架を蹴りながら、空中に飛び出したレン。

 

 そんなレンの視界には瓦礫の上に偉そうに立つ、大幹部のピエロ。

 

 ピリカが見上げた空には、青と白のスーツに身を包んだヘヴン2。

 

 ヘルブラッククロスの宿敵であり、今こそ組織の為に様々な復讐を果たす目的が、ピリカの目の前に居る。

 

 「ビーム槍術!」

 

 ビーム剣の形状を槍に変えながら、レンは下に居る大幹部めがけて、その槍を真下に構える。

 

 槍の柄の部分が青いブーストの様に炎を噴出して、ピエロめがけて急降下していく。

 

 「来るんかいな。ほな、ワイも行くで」

 

 黒い十字架が再び地面から伸びだして来る。それは再びレンの視界を覆い尽くす程隙間の無い黒い壁となるが、レンのビーム槍の急降下によって内側から貫いて破壊される。

 

 その破壊された先には、いよいよ大幹部であるピエロ男の姿に肉薄した。

 

 「ヴィンタート・ランス!」

 「キラースイング!!」

 

 棒を思い切り振り回して、レンの槍と激突してからは空中で爆発が起こる。その爆発に巻き込まれる様にして、ピリカとレンは爆発の中心で、次の一手を繰り出しながら、激突が開始された。

 

 一方のカエデの方は、片足を飲み込まれたまま、腐肉の怪人の悪臭と、大きなハンデを背負わされた状態である。

 

 「くっ、このっ!」

 

 左手のガントレットのギアを回して、衝撃を何度も打ち込んでいるが、この怪人には通用していない。

 

 「なんで・・・!」

 「でゅふふっ!私のこの腐肉の身体に、そんなへなちょこ打撃は通用しないのだよ!あ、そーれ!」

 

 腹筋に力を入れる様にして、腐肉の怪人はカエデの足を肉で挟みこみ、ギチギチと狭い肉穴の圧力がカエデを左足を締め付ける。

 

 「痛った!ちょっと、離しなさいよ!」

 「腐肉!」

 

 腹を頭上に向ければ、自然とカエデも全身を持ち上げられる。

 

 「ただのデブの癖に、何をするつもりよ!」

 

 そのデブに良い様に抑え込まれているのは自分自身なのだが、捨て台詞の一つでも吐いておかないと、カエデのプライドが収まらない。

 

 「圧殺!!」

 「いっ!?うわっ・・・」

 

 腐肉の怪人が身体を浮かして、カエデの地面に向けて思い切り自重を叩きつける。

 

 パワーボムの如く、カエデを荒れたコンクリートに叩きつけて、手痛い一撃を先に与えた。

 

 うつ伏せのまま大の字に倒れ込む腐肉の怪人の真下には、腐臭で密閉されたカエデが潰されている。

 

 「臭っさ・・・おえっ、吐きそう」

 「でゅふふ、まだ減らず口が叩けるんだね!」

 「いい加減に・・・離れてよ、臭いのよ・・・おゔぇっ、死にそう」

 

 暗くて何も見えないがあの気持ち悪い身体に圧迫され続けると、いずれスーツに臭いが染み付いてしまいそうだ。

 

 「でゅふふ!パンパン!」

 

 うつ伏せに倒れたまま、腐肉の怪人は自分の腰をコンクリートとカエデの右足に浮かせては、下ろしての不可解な行動を繰り返す。

 

 「は・・・?ちょ、何を・・・」

 

 一瞬だけ新鮮な空気を取り入れるが、そのすぐに悪臭が倍以上にカエデのスーツに入り込んでくる。

 

 腐肉の怪人はまだ腰を浮かせては、下ろしの行動をしてカエデの左足に負荷がかかる。

 

 「痛っ!このっいい加減にしなさいよ!」

 

 カエデが次に新鮮な空気を取り込んで、そのまま呼吸を止める。

 

 そして悪臭を吸い込まない様にして、まだ自由に動ける両腕に正義の衝撃を思い切り溜め始める。

 

 「ほひーっ、ほひーっ、これがヘヴンホワイティネスの身体!」

 

 しなやかで、美しくて、脆そうで、自分の好みにあるスケベな身体。

 

 そんな身体を自分が今組敷いて思い通りにできている事が、腐肉の怪人にとってないより嬉しい事だった。

 

 きっと娘が産まれた時よりも、今が嬉しいかも知れない。

 

 「離れろ、この変態っ!」

 「でゅふ?」

 

 そんな楽しくて嬉しい時間も長くは続かない。

 

 瓦礫を背に、腐肉布団にくるまったカエデが、自分を抱きしめる腐肉の怪人の胸骨めがけた衝撃を打ち込む。

 

 「必殺!テラマグナム・インパクト!」

 「でゅふふ、無駄無駄・・・」

 「テラマグナム・インパクト!」

 

 ボゴッ、と腐肉の怪人の背中の肉が浮かび上がる。

 

 「でゅふっ!?」

 「超必殺!」

 

 両手に込めた正義の衝撃を全身で操り、腐肉の怪人の身体を内側から、その強力な一撃、二撃、三撃目を叩き込む。

 

 「ツイン・テラマグナム・インパクト!!」

 

 ついに腐肉の怪人の身体を打ち上げて、腐肉に覆われた身体の奥へとその衝撃が届いた。

 

 ピザの生地を内側真ん中から伸ばす様に、腐肉の怪人の身体が浮き上がり、その真下でカエデがもう一撃、今度は赤いオーラの拳を叩き出した。

 

 「薄く伸びたなら、流石に通る(・・)でしょ・・・!」

 

 黒く腐った身体に臆する事無く、カエデの拳が打ち込まれた。

 

 「必殺!極・バスターフィスト!」

 「でゅっふごぉえ!??」

 

 薄く伸びた黒ずんだ身体に、思い切りカエデの拳が叩き込まれた衝撃で、カエデの左足も抜けて、それと同じく腐肉の怪人がその巨体に見合わない速度で空中に浮かんだ。

 

 またその重さ通りにすぐに床に落ちて、痛みに転げまわる。

 

 「いだだだだ!ほ、骨が折れた!筋肉も伸びた、いだい!痛すぎる!あいだだだ!」

 

 そんな転げまわる腐肉の怪人の涙目を前に、カエデの左足がコンクリートを強く踏みつけた。

 

 「もう対処は解ったわ!」

 

 強く見下す少女の顔は、確実な勝利を手にした戦士の顔をしており、腐肉の怪人は痛みで胸を抑えながらも、ぷるぷると巨体を震わせながら、カエデを見上げる。

 

 「よくもやったな!」

 「それはこっちの台詞よ、このバカ臭肉団子!」

 「でゅふ・・・大人しくヤラれてれば良いモノを!」

 

 立ち上がった腐肉の怪人の怒号には、臆しない。

 

 「おのれ・・・ミートロー腐!」

 「んなっ・・・!」

 

 その巨体をホイールの様に回して、不意打ちでカエデの身体を撥ね飛ばした。いくらスーツで身を守ろうと、この一撃はしっかり効いた筈。

 

 こうなったら持ち帰る事は諦めたのか、腐肉の怪人が飛ばしたカエデに指を指して、脂ぎった腹でもう一度圧殺する事を企てたのだ。

 

 「んふーっ!種付けは辞めだ!お前らは全員殺してやる!」

 

 もう一度身体をホイールにして高速回転をして、腐肉の怪人はカエデが立ち上がる前に、手当たり次第に壁や床や、破壊した建造物、黒い十字架にぶつかって乱反射していく。

 

 「痛った〜・・・何すんのよ、このバカ・・・」

 

 カエデも頭をぶつけたのか、後頭部を抑えながら立ち上がる。

 

 こんな痛みは日常茶飯事だし、得に後遺症にもならないのだが。

 

 「でゅふ!捉え切れるか!この速度!当たれば当たる程速度を増して、やがてお前を追い詰めて、そして最後は圧殺!」

 

 腐肉の怪人がカエデを囲む様にして、自分の身体を乱反射しながら黒く赤い怪人の瞳に残光を残していく。

 

 「これぞ私の奥義!大物政治家舐めてたら終わりだぞ!」

 「政治家・・・?」

 

 一体なんの事だか。

 

 それよりも、カエデのスーツでも視認出来なくなる程早くなっていく。この乱反射は何か危ない気配が残っている。

 

 「喰らえヘヴンホワイティネス!これが大物政治家である私の究極技!!」

 

 乱反射が眼にも止まらない速度で、カエデを捉えた。

 

 逃げ場すら無くなる程のスピードによる、腐肉の一撃。

 

 「肉厚ピンボール!!」

 「がっ・・・!?」

 

 その一撃は背後から。

 

 この怪人が扱う技の中で今日一番の破壊力が、カエデの背部へと直撃して、ヘヴンホワイティネスの瓦礫の山へと突き飛ばした。

 

 「ヘヴンホワイティネス!砕け散ったり!でゅふふー!」

 

 気持ち悪い高笑いを上げて、腐肉の怪人はヘヴンホワイティネスの撃破に高く両腕をあげる。

 

 「この大物政治家・鶴ヶ峰ゴロウに出来ない事なんて無いのだ!」

 

 鶴ヶ峰ゴロウは声高らかに、ヘルブラッククロスの大幹部としての戦果に、この怪人の身体に満足が行っていた。

 

 「でゅふふふ・・・げほごほ・・・やっぱりいだい」

 

 喋るだけで揺れる肉の身体。その胸を抑えながら、腐肉の怪人は片膝をついた。

 

 「でゅふー、でゅふー・・・流石に強敵だった」

 

 思えば怪人になってからの戦闘は初めてであったが、腐肉の怪人は周囲に悪臭を撒き散らしながら、ヘヴンホワイティネスが突っ込んだ瓦礫の山へと視線を動かす。

 

 粉塵舞う瓦礫の山の奥には、まだ彼女の気配を感じるが、腐肉の怪人は荒い呼吸のまま、ヘヴンホワイティネスの無様な姿を確認しに向かった。

 

 「必・・・殺・・・」

 

 崩れた瓦礫の下から、まだ戦意を失っていない少女の声が聞こえた。

 

 「でゅふ・・・」

 「必殺・・・!」

 

 瓦礫の下、薄暗い闇の底から、黒く赤い光が、腐肉の怪人の視界に映った。

 

 「必殺!」

 「でゅふ・・・!?」

 「メテオライザー・インパクトォォ!」

 

 瓦礫を下から打ち破り、隕石の如き一撃が腐肉の怪人ごと、突き破った。下から突き上げるその衝撃は、地面に亀裂を作り、瓦礫に埋まった源泉によって腐臭を洗われた少女が、先程とは違う姿で現れた。

 

 赤いラインはより深い赤となり、白を基調としたボディスーツは、全てが黒くなっていた。

 

 真紅と漆黒とは怪人にも思える瞳の眼光にも見えて、腐肉の怪人は今目の前に現れた少女。

 

 間違いなく先程のヘヴンホワイティネスだが、腐肉の怪人が明らかに驚き、狼狽している。

 

 「よくもやってくれたわね!」

 

 声を聴いてこれは、ヘヴンホワイティネスだと言うのが解った。

  

 「でゅふ、なんだその姿は・・・」

 「ダークヘヴンスーツよ。光栄に思いなさい、このあたしが・・・全力を出すって決めたんだから・・・そして」

 

 源泉が突き上がるのを利用して、カエデは更に上空へと飛び上がる。

 

 「覚悟しなさい!あんた達ヘルブラッククロスに、もう逃げ場なんて無いんだからね!」

 

 黒く赤い残光を見せ返すカエデが、腐肉の怪人めがけてもう一度あの踵落としを決めにかかる。

 

 「超必殺!」

 「腐肉圧殺!」

 

 黒く禍々しくも、天使の様な神々しさも併せ持つ、先程よりも強力になったカエデの大技に、腐肉の怪人は再び腹を頭上に向ける。

 

 「ヴィレンタル・アックス!」

 

 再びあの足を飲み込もうと、腐肉の怪人は腹を向けた。だが、それは今度は成功しなかった。

 

 なぜなら、二度も同じ戦法を取った事で、カエデの狙いは腐肉の怪人であっても、防御に使えるあの厄介な腹を狙うのをやめたからだ。

 

 「あんた達がこの温泉街を襲撃して、あたし達を捕まえる気で居るなら・・・!」

 

 振り下ろされた天の使い、天使の大斧。

 

 それは腐肉の怪人の頭頂部へと深くめり込んだ。

 

 頭の肉を裂いて、骨を砕き、脳天に届く最大限の正義の衝撃が、悪の腐肉を叩き落とした。

 

 「もっとまともな兵力を連れてきなさいよ・・・」

 「でゅふ・・・総統閣下、申し訳・・・」

 

 メキメキと首の骨まで届くその一撃が、腐肉の怪人の戦意を一気に失わせて、かつ、敗北を認めさせる決定打になった。

 

 「この変態バカ臭肉団子!!」

 

 左足の斧はそのままに、体制を一瞬で変えて、右足による高速突き出し蹴り。

 

 「ダーク・ドライブ・レイザー!!」

 

 赤黒いオーラをまとった黒いブーツの、腐肉の皮膚を伸ばして、薄く伸びた本体に届く最大限の連撃。

 

 「でゅぶぶぶぶぶ!」

 

 肉が揺れて顔が揺れる。

 

 後方に飛び退いたカエデが、最後に両腕のギアをフル回転させた。

 

 「超必殺!デストラクション・インパクト!」

 

 最後の一撃はやはり自慢の必殺技により、打撃を吸収する皮膚を引き伸ばして現れた胸骨へと、このダークスーツ限定の必殺技を繰り出して、腐肉の怪人を今度こそ叩き飛ばした。

 

 その一撃が強烈だったのか、肉の壁を貫いて、胸骨は砕け散りながら身体が後方へと伸びて行き、後ろに飛んでいく。

 

 「でゅふーーーーーっ!!!?!?」

  

 重たい巨体がバウンドしながら瓦礫を飛び出して行き、源泉が溜まったお湯溜まりにその身体ボシャンと落ちていった。

 

 「・・・大物政治家なの、に・・・」

 

 最後にその言葉を吐いた腐肉の怪人が、源泉によって身体を流され、怪人形態が解けていく。

 

 そこに現れたデブ男は、カエデも知っているあの政治家の姿であり、汚れた身体が温泉によって綺麗になっていく様子が、なんとも皮肉に思えた。

 

 そしてこの男が自分で言うとおり大物政治家ならば、我が財閥に手を出した事を後悔させてやろうと、カエデは鼻を鳴らした。

 

 「神宮財閥に手を出した事、一生後悔させてあげるわ。そこで溺れて待っていなさい。そこが貴方の政治家人生の終着点よ!」

 

 見下ろしながらカエデが軽蔑たっぷりの声音で言うと、仲間の戦況を確認する為に、レンの下へと向かうのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 爆発を切り抜けたレンとピリカは、まだ交戦が続いていた。

 

 「カカカ、ほんまごっついのう!」

 「さっきから、曲芸ばかり。同じ手しか、使えないの?」

 

 飛んでくるブーメランを斬り崩して、レンはピリカを睨む。

 

 最早見なくても、死角からの攻撃を余裕で斬り壊すレンに、ピリカは感激すらしている。

 

 「ほな、こういうのはどや!」

 

 投げナイフを懐から取り出して、レンに投げ出す。

 

 正確に関節や額を狙う投げには関心するが、今のレンには通用しない。

 

 「かーらーのっ!」

 

 ピリカが両腕を交差させながら拳を握る。

 

 その瞬間、ナイフが挙動を変えてレンの背後へと回りだしたのだ。

 

 「また曲芸?」

 「今度のはただの曲芸と(ちゃ)うで!」

 

 ナイフがレンを取り囲みながら、その場で停滞しつつ、その刃先は少女を狙っている。

 

 これがいったい何が違うと言うのか、レンには分からない。

 

 だが次の瞬間、今までは一個ずつ飛んできたナイフが、一斉にレンへと突っ込んできた。

 

 「っ!」

 

 刃を一本斬って弾くが、二本目は間に合わず、スーツに弾かれる事なく刃が刺さる。

 

 肩に、足に、腕に、ナイフが次々と刺さる。

 

 幸い実体には届いていないが、それでも苦痛が走り、レンの顔色が少しだけ悪くなっていく。

 

 「ほうれ、お次はどないや!」

 

 ピリカがお手玉をしながらレンを挑発する。

 

 すぐさま体制を整えたレンの眼の前で、そのお手玉が燃えながらピリカの手元に収束していく。

 

 その動きは今までの曲芸とは違う、大幹部としての迫力を持った、ただの曲芸の域に収まらない大技である。

 

 「燃え尽きぃ!ヘヴンホワイティネス!」

 「・・・っ」

 

 キラーフレイム。それがこの大幹部中山ピリカの持つ最大の技であり、それらが一度に10個も飛び出された。

 

 「・・・」

 

 レンは無言で一発の炎を弾き、あらぬ方向にその球体が飛んでいく。

 

 「まだまだあるでぇ!」

 

 次々と炎が飛んでくるが、それすらもビーム剣で斬り飛んでいく。

 

 「おっほほ、やりおるわい。そうら、おかわりと行こか!」

 

 再びキラーフレイムが作り出されて、無数の炎の球体が突っ込んでくる。

 

 「・・・防ぎきれない・・・!」

 

 ビーム剣一本では防げず、急いで二刀流のデュアルに変えるが、その時点でもう遅かった。

 

 身体に炎が命中して、打撃と灼熱が同時にレンを襲う。

 

 「くっ・・・はぁ・・・」

 

 胸に走る痛み、身体に走る高熱がレンの呼吸を潰し、みるみる内にレンを炎で包んでいく。

 

 「これで・・・終いやぁ!」

 

 最後に両手で炎を作ると、ピリカは今までの中で一番大きな炎を創り出す。

 

 業火球は頭上で練り上げられて、両手で投げ飛ばすと、レンまだ形が見えていたレンを丸焼きにしようと包み込んだ。

 

 「ほい、ヘヴンホワイティネスの全身焼き、いっちょあがり!」

 「ビーム剣術!」

 「は?」

 

 業火球はピリカの眼の前で簡単に真っ二つになり、そこからレンが大上段にビーム剣を振り下ろした姿が出てきていた。

 

 そしてピリカから見えたレンの姿は、まるで天使とはおおよそ言い難い奇妙な姿をしている。

 

 手に持ったビーム剣は先程より長い形状をしているが、そこはまだ良い。

 

 奇妙に見えたのは、彼女の背後に様々なビームの武器が天使の羽の様にして並んでいる事だった。

 

 ハーフブレード、ハンマー、ドリル、ランス、牙、デュアル、ダブル、ビームアックス、蛇腹剣、フランベルジュ。

 

 そして手に持ったビーム長剣。

 

 11の形状の武器が、レンの手に持つビーム長剣に張り付いていき、可変しながら彼女に手元に集まった。

 

 「ビーム剣術・イレブンソード・・・!」

 「なんや、奥の手あったんかいな・・・」

 

 自分の持つ最大の技を斬り抜けてきた事には驚いたが、それでもピリカは大幹部として敗けを認める訳には行かない。

 

 しかし余裕を崩さずとも、もうピリカには次の一手となる技がもう存在しない。

 

 キラーフレイムは有効かもしれないが、あんなに武器を展開する少女に、果たして通用するのだろうか。

 

 「ビーム剣術!」

 「やったろうやないけ!」

 

 黒い十字架を再び展開してレンを拘束しようとするが、レンには通用しない。粉微塵になるまで一瞬で斬り裂かれ、レンの周りにはドリルとデュアルが飛び交う。

 

 「キラーブーメラン!」

 

 続く黒い十字架のブーメランが2つ、飛んでくる。

 

 刃を取り付けた切れ味の鋭い刃が、レンを撃破しようと飛んできても、それはハンマーによって叩き落とされ、もう一つは牙によって噛み砕かれる。

 

 「キラージャグリング!」

 

 棒とナイフを使った無差別飛び道具も、ハーフブレードで崩され、蛇腹剣が貫き、ドリルが全てを削り散らす。

 

 「き、キラーフレイム!」

 

 いよいよ万策尽きかけたピリカが、再び炎のお手玉を出すが、デュアルとダブルセイバーが回転しながら炎を鎮火させ、最後の業火球は同じく炎を体現するフランベルジュが飲み込む様に炎を消し飛ばし、ランスがピリカの右腕に命中していく。

 

 「ぐぬぁ!?」

 

 青白いビームの刃がピリカの右腕を破壊した事で、もう攻撃が打てなくなる。

 

 そこへビームアックスと、ビーム剣を構えたレンがもう一度肉薄する事に成功した。

 

 「今、右腕見てた、でしょ。よそ見してると、危ないよ」

 「なっ、待っ!!」

 「曲芸の続きは、地獄の底で、どうぞ」

 

 スカイブルーの髪を風圧で揺らしながら、レンは両手に持ったビーム剣とアックスで乱舞を決める。

 

 「ビーム剣術・イレブンストリクス!」

 「あっ・・・ぎゃああああ!!!」

 

 手に持つ武器以外にも、後からやってきた11の剣が中山ピリカの装備を引き裂いて、ピエロ男に大ダメージを与えて行く。

 

 「温泉と言えば、花火。これで終わって、二度と地上に現れないで」

 

 レンが最後に構えたビーム剣は、牙。

 

 大きなアギトを開いて、口内には熱による光がチャージされていく。

 

 ハーフブレードで手足を斬られ、ハンマーで身体を上空に打ち上げられる。

 

 「強刃熱光撃(きょうじんねっこうげき)!」

 

 牙から青白い刃のビームが射出されて、上空を舞う様に上げられたピリカへと、そのビームが命中した。

 

 「うせやろ!ワイは、わいは・・・だいかんぶ・・・」

 「私は、ヘヴンホワイティネス。貴方じゃ勝てないよ」

 「クソォォォォォ!!!」

 

 最後の絶叫を上げて、破壊された温泉街の上空で、白黒のピエロ男がビームによって爆発した。

 

 光が無数に散りながら霧散していき、中心では黒焦げになった大幹部の姿がそこにはあった。

 

 その光は正しく花火であり、温泉街にひときわ大きな青い花が、昼間の空に輝いた。

 

 「後でケイムショに連れて行ってあげる」

 

 ビーム剣だけを構えて落ちて来たピエロ男に、その刃を向けて、その言葉だけを静かに告げた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 温泉街えと飛行しながら向かっていたギンジは、カエデ達との合流が叶わず、新たに現れた強敵によって進行を妨害されていた。

 

 「くっそ、なんだあいつ!下からバシバシ攻撃して来やがって」

 

 ミヤコを抱えながらの空中戦は理に敵っていない。

 

 そもそもギンジが飛んでいる真下は、あまり人も通らない林道であり、木々に隠れて狙撃の如く黒い衝撃が飛んできているのだ。

 

 場所は温泉街と神宮の旅館の丁度中間であり、敵は自分達を標的と捉えて確実にこちらを狙っている。

 

 街の煙や爆発から察するに、恐らくカエデ達も交戦が開始しているに違いない。

 

 そうでありながら飛行するギンジとミヤコを狙うと言う事は、敵は明らかにこちらにも気づいていると言う事。

 

 「ミヤコ、降りるぞ!あの衝撃も厄介だけど・・・」

 「くふふ、距離が悪い、だよね?」

 

 仮に敵をやり過ごして温泉街に居るカエデ達と合流したとしても、今度は旅館を襲われたらそれも問題だ。

 

 ギンジはあまり良くない自分の頭に、精一杯の考えを張り巡らせながら、真下に居る姿の見えない敵と戦う事に決めたのだ。

 

 そうなると今かかえているミヤコを守りながらの交戦は、ギンジにとって大きな不利を背負う事になる。

 

 「くふふ、もっとギンジ君とスリルある抱っこを楽しみたいなぁ〜」

 「バカ言え、スリルなんて無くても、いつでもやってやるよ」

 「え?公式カップリング達成?」

 「ふざけた事ばっかり言うなよ」

 

 ミヤコの冗談はさておき、なおも飛び続ける黒い衝撃を、ギンジは再度にらみつける。

 

 「降りるぞ!」

 

 決めた直後に滑空しながら、しかし重力を無視した不規則な動きで敵の的にならない様に、舗装されていないコンクリートへと降りていく。

 

 地面に到着する瞬間に重力を取り戻し、風を巻き上げて腹から滑走する様に地面に降り立った二人の怪人。

 

 「あいたた、眼にゴミが」

 「悪いな。大丈夫か?」

 「う、うん平気・・・」

 

 ミヤコが名残惜しそうな顔でギンジから離れると、錆びてボロボロになったガードレールの向こう、人の姿を簡単に隠せそうな林道の木々の間からまたも黒い衝撃が飛んでくる。

 

 それはミヤコとギンジの間に割って入る様に飛び込んできて、二人に当たるギリギリを抜けていくと、すぐ近くの峠道のコンクリートに命中する。

 

 斬烈したコンクリートが二人の眼の前で崩落するのを確認すると、ギンジは衝撃が飛んできた林道に目線を動かした。

 

 「あいつはこっちの居場所を解ってるみたいだな。ミヤコ、姿を隠しとけ。結構やべーかもな」

 「敵がこっちの居場所を解るなら、ミドリコが居れば察知出来たかもね・・・」

 

 今居ない仲間の事を話してもしかたがないのだが、ギンジは確かに同じ事を思った。

 

 ミドリコが扱う魔法は敵の気配が解ると言うモノ。

 

 それが自分にもあればな、とは思うが今は本当にどうしようも無い。

 

 「なるべく身を低くして、攻撃が当たらない様に気をつけろよ」

 「くふふ、ギンジ君が心配してくれるなんて、うれしいなぁ」

 「またお前はそう言う・・・いやいいや。とにかく、攻撃が俺に向くようにするから、気をつけろよ」

 

 ギンジがガードレールに足をかけて、自分が的になるぞと言う姿勢を見せる。敵からしてもこうすればギンジが狙いやすいだろうと、解っていてやっているのだ。

 

 なんとしてもミヤコには攻撃させない。

 

 「それじゃあ、俺行ってくるわ。後でまたな」

 「はーい、気をつけて行ってらっしゃい。あ・な・た・・・」

 「なんだかやる気失せるな・・・」

 

 ミヤコの愛情たっぷりの言葉には後ろ髪を引かれる思いなのだが、とにかくギンジはミヤコを置いて林道に向かう。

 

 そんなギンジに黒い衝撃が飛んでくるが、モノともせずに弾いていく後ろ姿を見て、ミヤコはまたも自分の最高傑作にときめきを隠せないで居るのだ。

 

 だけど、それでも。

 

 「ギンジ君、無事で居て」

 

 これから戦いに赴くであろう彼に、無事で居るなんて事は無いのだが、それでもミヤコはギンジを最早自分の怪人という枠を超えて心配している。

 

 ギンジの姿が見えなくなってすぐ、もう一つの殺意に満ち溢れた気配がミヤコの上空から現れた。

 

 昼間の陽光に弾かれた黄金の鎧は、ミヤコには眩しく見えて、それで居て得も言われぬ底なしの悪の気配。

 

 「む〜ら〜さ〜き〜!!殺す殺す殺す殺す殺す!!!」

 

 むらさき。間違いなくあの色の紫の事だろう。

 

 そしてその人物が放ったと言う事は、これもまた間違いなくあの紫の事だろう。

 

 黄金の刀を引き抜いたまま、崩落したコンクリートの山を斬り壊して、その人物はミヤコの前に着地する。

 

 可愛らしい少女の顔とは裏腹に、恐ろしい程に眼を血走らせて、ミヤコと眼を合わせる。

 

 「・・・どうしてここに居るの、リコニス」

 「あんたこそなんで居るのよ、ミヤコ」

 

 何故ここに・・・大幹部として狂っている少女と、ヘヴンホワイティネスの捕虜として狂っている少女が居るのか。

 

 「あ、そうかそうか、ギンジちゃんと温泉旅行してるんだっけね」

 「・・・ねぇ、リコニス、君がギンジ君をちゃん付けで呼ぶのをやめてくれないかな?」

 「あんたの事もちゃん付けで呼んであげようか?」

 

 一気に険悪な空気感の中、ミヤコの顔の横に、黒い衝撃が飛んでくる。

 

 一瞬で狙われた事に死を感じたが、それをリコニスが軽く弾き落とすと、眼を血走らせたままの顔で林道に顔を動かす。

 

 「あ、そうだ、あんたの部下だったよね、紫ちゃんは。今どうしてもぶっ殺してやりたいのよあいつ。手を貸して」

 「わたしやギンジ君にあんな事したのに、素直に手を貸すと思う?」

 「いいのよそんな細かい事は!紫を殺すわよ、ミヤコも来るの!」

 

 リコニスの強い力でミヤコの腕を握ると、何かベタついたモノがミヤコの腕を滑っていく。

 

 「うわ、なにこれ・・・」

 「ドクターパープル特性入浴剤よ。これでひどい目にあったわ」

 「へ、へ〜・・・ヌルヌルの入浴剤なんだ、へ〜」

 

 期待に満ちた眼でミヤコの表情が明るくなるが、リコニスはその入浴剤の効能に嫌悪感を示すどころか、怒りと狂気的な殺意を顕にしている。

 

 「私の身体に間接的にでも屈辱を与えてくれるなんて、許したくも無いわね。腐っても大幹部なのは認めるけど、マジであいつだけは殺す」

 「・・・」

 

 ここでミヤコはある作戦を思いつく。

 

 こんなに怒るリコニスを操り、ギンジとも一緒にいられて、あの憎きカエデをも自分の手中に収めるであろう、ある作戦を。

 

 「ねぇねぇリコニス。わたしある良い事を思いついてね、協力してあげるからさ〜」

 

 リコニスに怪しく話しかけるミヤコの瞳は、久しぶりに見えた奈落の底の様な狂気の瞳。

 

 右目は人間の瞳、左目は怪人の黒く赤い瞳。

 

 その双眸が見せる元大幹部としての、ミヤコの底力。

 

 それを見たリコニスの背中に久しぶりに感じる、現役の時のミヤコの迫力。

 

 「くふふ、一緒に紫、いや今はドクターパープル?彼を見つけてあげるから、わたしを守って。ギンジ君にも会わせてあげるし、きっと今ここでわたしを連れて行った方が、後々良いことあるよ〜くふふ」

 

 薄気味悪い笑い方をしながらも、かつてのミヤコの気迫を感じ取ったリコニスは、肌にまとわりついたままのヌルヌルを取り払う様な、その狂気と奈落に沈んだ大いなる地獄の化身の少女に、口角を釣り上げる。

 

 「ギンジちゃんに会わせてくれるの?いいね、ノッた」

 (ふーん。こういう時でも反応はギンジ君に寄るんだね。じゃあ、リコニスもギンジ君が好きなんだ・・・)

 

 絶対にリコニスなんかにギンジを渡す訳には行かないが、それでも今はリコニスが紫を探し、殺すと言う事に形だけでもい協力しないと行けない。

 

 そうしないとミヤコが思いついたある事、新しい野望を成就出来ないと思ったからだ。

 

 (紫・・・君は本当に良い仕事をするよ・・・くふふふ)

 

 頭の中で紫の作った入浴剤と、彼の腕の良さに関心もするが、それだけではない。

 

 恐らく自分達を攻撃してきたのは、彼の造った新しい怪人だろうと、ミヤコは内心彼の成長がどんなモノかと期待も寄せる。

 

 「それじゃあ、ギンジちゃんを探しながら、紫ちゃんをぶっ殺しに行くわよ。私、約束だけは守るからさ、ミヤコを守るっての、信じていいわよ」

 「くふふ、そうだね。殊更戦闘においては、信用しているよリコニス。でも、できればわたしには近寄らないで欲しいな。また指を折られたらたまったモノじゃないのでね」

 

 ミヤコの言葉にリコニスも頷き、リコニスの言葉にミヤコも頷いた。

 

 首を縦に振った少女二人。しかし一般市民と同じ世界に生きる事のない、地獄からの使者二人の、奇妙な共闘がここに成立した。

 

 まだ昼間だと言うのに、闇が立ち込める様に見える林道の木々から、再び飛んでくる黒い衝撃を、リコニスが斬り払い、ミヤコはその後ろにメガネを怪しく輝かせながらついていく。

 

 「さぁ、行こうか」

 

 ミヤコが静かに告げる事で、リコニスが道無き道を強く歩き始める。

 

 リコニスは紫を殺すために、ミヤコはギンジと共に成る為に。

 

 

 

続く 

  

  




お疲れ様です。

少女二人の奇妙な共闘が出来上がり、ギンジは次回この番外編における主人公らしいことします。

この物語の構成上、ヘヴンホワイティネスの面々やそのほかのキャラクター達に活躍の場面を大きく取り上げていますが、ギンジが主人公なのでだいたい最後にまわしている所が多いです。

でも主人公なので、主人公なので!誰よりも花を持たせたいですね

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
最近かっこいい事あんまりしていない。

神宮カエデ
腐肉の怪人相手に全力を出した。
正直強かったらしいです
大幹部を単独で倒した

宮寺レン
イレブンソードとか言うゴロ悪い技名を持っている。
大幹部を単独で倒した

赤鬼、角倉ケイタ、甘白ミドリコ
敵をぶっ飛ばして一般市民救出なう

リコニス
次回何があったのか語られます。前回のキャラネタにて温泉に入っていたが・・・


言わずと知れた大幹部こと、ドクターパープル
仮面の下は誰にも見せた事が無い。

鶴ヶ峰ゴロウ/腐肉の怪人
肉厚攻撃はカエデに効いたし、腐臭も効いた。
しかし温泉に入る事で全部流された模様。
神宮財閥によって処断される未来が確定した。

中山ピリカ
大幹部なのだが、具体的に何をしてきたのかは不明。
ヘヴンホワイティネスを捕まえようとしたが、花火になった。

・・・

さて次回は、ギンジとリコニスとミヤコとドクターパープル!
四人集まってイレギュラー祭り!
そしてギンジにある変化が・・・!?
な、お話です。物語はまだまだ続きます。

それではまた次回!


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102・王の騎士

こんにちは、アトラクションです

今回のお話はギンジ君が活躍するぞーー!我らの主人公の活躍だー!わっしょいわっしょいそれそれ!

温泉まったく関係なくなってきたけど、いいんじゃ(オイ)

それではどうぞ!


 9月2日の朝、リコニスはいつもの様に上機嫌に眼が覚める。

 

 せっかくの温泉旅行に来ては、色々とお楽しみな事もあるのは間違いない。

 

 気持ちよく起きれたのであれば、どうせならば温泉に入って気持ちよい朝を迎えたい。

 

 リコニスが泊まっている旅館もまぁまぁ趣のあるボロい旅館。

 

 しかし温泉の質の良さは、リコニスが入った事のある温泉の中でも過去一番の良さであり、疲れが吹き飛ぶのは間違いない。

 

 「ま、いっか」

 

 色々考える事もあるが、昨日みたくゴロウがいやらしい目線をしてきた事に嫌気がさすが、それだけ自分の身体に魅力があるのだろう。

 

 「気持ちの良い温泉に入ったら帰ろっかな。あいつらも連れて帰らないと、色々うるさそうだし」

 

 リコニスが旅館の浴衣の紐を緩めながら、そんな事を言うと、一人で部屋から出ていく。

 

 手に持っているのは入浴セットと、身支度を揃える為の小道具、タオル等。

 

 旅館の脱衣所まで何事もなく温泉に向かい、脱衣所で入浴の準備を整えながら、リコニスは大空を一望出来る温泉へと足を入れる。

 

 濡れた石床に足を乗せて、ひたりと生ぬるい床の質感すらも楽しむ。

 

 朝も早いためか、今この温泉にはリコニス以外誰も居ない。

 

 貸し切り状態と言っても良いこの状況で、リコニスはシャワーで身体を洗うと、すぐに切り取られた石の浴場に足からゆっくり入る。

 

 「ん〜っ」

 

 熱いお湯に身体が入る。それだけでも気持ち良い朝の温泉を堪能しつつ、お尻を浴槽底につけた時に一気に溜めた息を吐き出す。

 

 「ふああ〜っ」

 

 のどかな表情をしながら、この温泉を楽しむ。

 

 きっと今の緩んだ顔はヘルブラッククロスの誰も見た事の無い、気の抜けた顔をしているに違いない。

 

 裸なのだから、それぐらい許されるだろうと、自分に言い聞かせられる程には、緩んだ表情をしている。

 

 「はぁ・・・今、何してるかな」

 

 最近のリコニスの頭の中は、ふと気がつけばギンジの事しか考えていない。

 

 短めの髪が水分を含んで、肩に毛先が張り付いていく。

 

 そのこそばゆい感触を指で払いながら、リコニスはギンジの事を考える。

 

 濡れた髪を指でくるくる巻きながら、髪の束から指が抜けると、今時分の髪をギンジが触っていたらと、アリえない妄想を頭の中で働かせる。

 

 (・・・無い無い)

 

 そんな事は現実になる事なんて無いのだ。

 

 だから妄想なのだが、今この温泉にギンジと一緒に入浴している事まで妄想する。

 

 きっとあの強い身体に抱きしめられながら、お互いに身体を密着させたまま・・・。

 

 「くっ・・・」

 

 そんな妄想をしている自分に気がついて、途中で口角があがる。

 

 一瞬爆笑しそうにもなったが、そんな事、この先絶対にありえないのだ。

 

 ありえない事、と妄想を切り捨てても、再びギンジの事で頭がいっぱいになる。

 

 最近はこういう妄想ばかりだ。今までは殺し合いを妄想していたのに。

 

 どうしてだ。

 

 なんでだ。

 

 いつもいつもギンジの事ばかり。

 

 「・・・辛い」

 

 身体を抱き寄せる様にして、自分のこの性分に嫌気がさしてくる。

 

 今、この瞬間。この瞬間において、ギンジがヘルブラッククロスを裏切っていなければ、今頃自分とギンジはどうなっていたのかと、何度も考えてしまう。

 

 こう考えてしまうのは、リコニスがギンジをひと目見た時、ミヤコの大幹部会においてのフェーズ2の怪人お披露目をした時の、あの不思議と人間でありながら怪人でもあるギンジから、なんとも言えない魅力を感じたのだからかも知れない。

 

 そして戦う事になって、恐ろしい何かを秘めていて、それでいて女である自分に優しい。

 

 他の怪人とは違い、自分で考えて動いて、自ら戦況をひっくり返して、周りを味方につけて更には他者を撃破して、自らの力の糧とする、誰も見たことが無い、誰もなし得たことの無い、誰よりも怪人らしい能力をその身に宿す怪人こそが・・・。

 

 「ギンジちゃん、か・・・」

 

 温泉の流れる音がリコニスの声をかき消す。

 

 ぼんやりと天井を眺めて、その音と熱いお湯によってリコニスの身体を癒やしながら、全てを嫌な気持ちにさせてくる。

 

 もう上がろう。上がって、自分を保つ為にギンジちゃんをからかいに行こう。

 

 そう思ってお湯から身体を上げた途端、どこかから爆発の音が聞こえた。

 

 温泉の大きな窓さえ揺るがす空気の振動が、リコニスを正気に戻す。

 

 現実離れした、リコニスにとっての現実の音が、リコニスをもう一度温泉に入らせる。

 

 「・・・あいつら、襲撃でも開始したのかしら?」

 

 お湯をひとすくい、手に持って肩にかける。

 

 身体の芯にまで浸透しそうなお湯の効能が、なんとなく身体に染み渡っていく気がして、リコニスは再びギンジの事を思い出す。

 

 この爆発・・・ヘルブラッククロスの襲撃は、恐らくあの二人の大幹部が起こした大きな事だろう。

 

 どちらにせよ、あんな奴らにヘヴンホワイティネスが敗ける事は無いだろうと、リコニスは不穏な空気となった温泉の窓を見やる。

 

 「!」

 

 リコニスはふと視線に入ったソレに、驚いて目配せしていた。

 

 露天風呂が見えるその岩の場所には、紫色の戦闘員の制服を着た人物が、リコニスと眼を合わせたからだ。 

 

 「なんで、ここに・・・」

 

 その答えは考えるよりも早く、紫色の人物が両腕に仕込んだ機関銃を窓越しにリコニスに向けられ、そしいて予想した一秒後にはやはり無数の銃弾が発射された。

 

 窓をわり、貫通し、リコニスに向けられた弾丸掃射。

 

 だがこんなコケ脅しがリコニスに通用する事はなく、彼女はお湯の中に身をかがめて事なきを得ている。

 

 割れた窓の内側からは湯気が大きく漏れ出して、立ち上る大きな煙の様になっていく。

 

 「やぁリコニス。不意打ちするには少し、遅かったかな」

 

 リコニスがお湯からその全身を出すと、紫を悪魔の様な笑みのまま見上げる。

 

 「私の裸でも拝みに来たの?紫ちゃん、ホントに殺すよ?」

 

 濡れた石の床すら気にせずに歩み寄ろうとする紫が、リコニスに指を向けてもう一度機関銃を発射する。

 

 今度はリコニスに当たらず、途中で撃つ範囲を変えてリコニスの左右を撃つ事で逃げ場をなくしてやる。

 

 ここに紫が来るとは予想外だったが、まさか無防備な裸の時に来るとは。

 

 「動くな」

 「お前をここで捉える」

 「大人しく土下座しろ」

 

 温泉の中にはいつもの黒い戦闘服に身を包んだ戦闘員たちが、おおげさにも見える、大きなタンクを背負って、ランチャーの形状をした武器をリコニスに向けて取り囲んでいる。

 

 「土下座ぁ?誰に言ってるの?」

 

 リコニスの身体には湯気がまとわりついているが、それが取れるのも時間の問題だろう。

 

 「そこに居る私の部下は君の事がお気に入りでね。君の嫌いなモノも用意させてもらったし、邪魔をしないで貰えると嬉しいのだよ」

 「じゃあ、これからする事に首を突っ込まないでって言えば?こんな事しないと女も抱けないの?」

 「く、ふふ・・・ごもっともだ。だけどまぁ、こういうのもたまには良いだろう?」

 

 仮面の奥からくぐもった笑い声は、リコニスの癇癪を逆撫でする気分だ。

 

 「ミヤコの腰巾着の癖に、言うようになったわね、紫ちゃん。いいわ、あんたら全員殺してあげ」

 

 べぢゃ。

 

 粘着質な水の音がリコニスの背中に張り付いた。

 

 とろりとした粘度の高い液体が、重みと共にリコニスの白い肌を別の意味で濡らしていく。

 

 「喜びたまえ。女王ナメクジの怪人の媚毒を混ぜた、新たな兵器だ。そしてこの機関銃は銃の怪人のモノだよ。さらに、今そこに居る私の部下には、剣士の怪人の盾と同じ素材で昇華させた新パワードスーツだ。部下達も君が可愛くなるまでヌルヌルにするつもりらしい。ま、私からの入浴剤のプレゼントだと思って、気持ちよくなってくれたまえ」

 

 一息にそれを告げると、何よりも恐ろしい獣の様に眼を血走らせるリコニスだが、よそ見をした事で左右から粘液ランチャーをモロに命中し、リコニスは足を滑らせて硬いタイルに転ぶ。

 

 転んだリコニスめがけて更に粘液ランチャーが浴びせかけられ、リコニスは全身に走るヌルヌルと嫌悪感と同時に、怒りでその顔を赤くしていく。

 

 「それでは、存分にハッスルしてくれたまえ」

 

 紫の残した言葉は部下に向けてか、それともリコニスに向けてか。

 

 意味はわからず共、野蛮な男達の手が、リコニスに向けて伸びていく。

 

 下卑た笑い声が温泉に反響しながら・・・。

 

 「紫ちゃん・・・解ったよ」

 

 腕を抑えられて、足を開かれて、リコニスは覚悟を決める。

 

 「狂っちゃうね・・・」

 

 顔に伸びたランチャーの銃口を見て、リコニスの顔は死神と悪魔、2つを混ぜた凶悪な顔となった事に、紫はおろか、部下達もそれには気づかなかった。

 

 そうなった事に気づかない事は、ある意味では幸せな事かも知れない。

 

 なぜなら彼女は・・・。

 

 「では、後は頼むぞ」

 

 紫がそれを告げると、露天風呂の奥の林道へと姿を消した。

 

 その数秒後、温泉は狂った少女によって、人肉と死体と血液で染め上げられた、地獄絵図が作り上げられ、ヌルヌルした身体から黒い戦闘員の制服を引き剥がして、リコニスは軽くシャワーを浴び直した。

 

 30人程いた戦闘員は誰一人として命拾いした者は居らず、首を曲げられたり、ランチャーのタンクに顔を埋められたり、温泉に沈められたりしている。

 

 この一瞬で大幹部としての強さを今一度知らしめたリコニスは、一見冷静に見えるが本気で怒り狂った感情を双眸に宿して、装備を整える。

 

 脱衣所に戻って着替えるのは、いつもの仮の姿の為のモノではなく、本当の意味でリコニスとなるあの装備である。

 

 黄金のショルダー、黄金のレガース、黄金のアーム。

 

 身体の腹部と背中が大きく開いたラバーインナーを装備して、最後に黄金の刀を腰に装着する。

 

 まだヌルヌルも残り、シャワーの水分も残っているが、最早リコニスは気にしていない。

 

 「殺す。殺して、全部何もかも壊してやる・・・」

 

 殺意のこもった言葉を吐き出しながら、脱衣所を出ると、受付の番台さんは殺されており、宿を抜けた先のエントランスでも女将さんは殺害されている。

 

 人気の残っていないこのボロ旅館は、もうリコニスしか残っていないのだろう。

 

 文字通りこの旅館は心無き悪の組織によって、壊されたのだ。

 

 還付無きまでに。

 

 「・・・ちょっとムカつくを通り越して・・・」

 

 そこまで言ったのにリコニスは、ソレ以上喋る事は無かった。

 

 「ぶっ殺す・・・ッ!」

 

 場違いな格好のまま、リコニスは紫が向かったであろう、この旅館の裏、木々が生い茂る林道へと飛び出して向かうのであった。

 

 火照った身体を、日に当てながら、ヒートアップしながら・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 獣道とも呼ぶのが正しいのか、草が無数に生えては舗装すらされていない自然の道を、ギンジは踏みつける様にして走り続ける。

 

 足場の悪さをモノともしないバランス、力強さは怪人ゆえか。

 

 今にして思えばこの様に悪路を気にせずに突き進む事が出来るのは、自分が怪人なのだから、当たり前なのだろうと、ギンジはミヤコに感謝の念を送る。

 

 黒い衝撃は何度もギンジに向かって飛んできている。

 

 威力自体は言うほど高くなくとも、当たれば身体が真っ二つにされるかも知れない、その程度。

 

 だとしてもギンジには赤鬼から受け継いだ金棒が残っている。

 

 これはいかなる攻撃をも防ぎ、破壊する。

 

 まだギンジには出来ていないが、空気を打ち出す能力も秘められている。

 

 「どこに居るんだ?」

 

 9月の蒸し暑さもさる事ながら、この林道の悪路に加えて黒い衝撃による妨害。

 

 敵はこの林道のどこかに居て、そしてギンジの事を見ている。

 

 「出てこいよ・・・!」

 

 苛立ちも混ぜた言葉を吐き捨て、ギンジは右手に炎を灯す。

 

 まだ明るいこの時間帯に周り照らしているのでは無く、次の黒い衝撃に対して反撃を行う為の準備行動だ。

 

 「どこから来るんだー?」

 

 少し煽る意味合いも込めて気の抜けた声で、周囲に聞こえる様にギンジが声を出す。

 

 耳を澄ませて、音が聞こえたら反応を示して攻撃する。

 

 そのつもりで居たが、黒い衝撃はギンジの右手に向かって真上から飛んできた。

 

 「なっ!?」

 

 当たる直前で右手を引くが、黒い衝撃は地面に命中して、地面をえぐらせる。

 

 「なんだよ、どこに居ても攻撃してくるんか・・・」

 

 姿の見えない、反応も遅れがちになる、謎の攻撃。

 

 右手を払った事で、太い木に炎が燃え移ってしまった。

 

 その事に焦りを見せたギンジの横顔に、再び黒い衝撃が飛んできた。

 

 一部分が燃えた林道の木に黒い衝撃が当たり、炎もろとも巨木を斬り倒した。

 

 倒した事でギンジには何かの法則が見えてきた。

 

 この黒い衝撃が飛んでくる条件を、ギンジは冷静に思い出していく。

 

 (先ずは・・・)

 

 ギンジが空を飛んでいた。

 

 日差しが強く当たるが、ミヤコと一緒に居た。

 

 神宮の旅館から突撃を開始して、林道の真上を抜けようとした瞬間だった。

 

 (そして次は・・・)

 

 降りながらも黒い衝撃が飛んできていた。

 

 最初はミヤコを狙っているのかと思ったが、ギンジにも向かってきている以上、個人を特定した攻撃はしていないと言う事。

 

 また黒い衝撃はギンジとは違う方向にも飛んでいる事が、ちらほら見える。

 

 (うーむ、わからん)

 

 再び飛んできた黒い衝撃をかがんで避けると、ギンジは近くの木の幹に身を隠す。

 

 (動きに反応しているのか?)

 

 少し考えたが、それは違うとすぐに考えが遮断される。

 

 動きに反応しているのだとしたら、もっと積極的に自分に攻撃が向かってきても良い筈。

 

 ギンジに攻撃が飛んでいない、明らかな不発となっている黒い衝撃も何度か見ている。

 

 しかしながら敵はギンジに向かって攻撃をしてきている。

 

 考えるとしたら、敵はギンジの居場所は性格には解っていない。

 

 付け加えるなら、遠くから見えているぐらいで、それは豆つぶぐらいの大きさなのかも知れない。

 

 (えーとそれから・・・)

 

 今さっきの黒い衝撃を思い出す。

 

 カウンター狙いで出した右手の炎。これを構えた時、今までは正面からだった黒い衝撃が頭上から飛んできた。

 

 そしてその直後は燃え移った木に、黒い衝撃が当たった。

 

 (・・・)

 

 頭の中で色々考えるが、あんまりうまい答えが出てこない。

 

 足元に転がっている木の枝、それを4、5本まとめて束にして炎を灯す。

 

 軽い松明ぐらいのモノで、ギンジは安全なこの場所で炎をゆらゆらと揺らしてみる。

 

 「来ねぇな」

 

 黒い衝撃が飛んでこないのだ。

 

 きっとこのまま身体を外に出したら、黒い衝撃が襲ってくるのかも知れない。

 

 金棒を片手に、また燃える枝も片手に、ギンジは木の幹から身体を出した。次の攻撃で何か法則的なモノを思い出せるかも知れないからだ。

 

 勇気を常に出しているつもりだが、恐れを知らない身体になったな、とギンジは今この一瞬で思いつき、苦笑する。

 

 「オラ、来いよ、来てみろ!」

 

 どこが正面でどこが背後になるか分からない林道で、ギンジは炎を振り回す。

 

 否、林道では無くここは樹海というのが正しい。先程と比べて、林ではなく、木々が旅人を迷わせる自然のダンジョンとなっている。

 

 「やっぱり来たな!」

 

 ギンジの視界にあの黒い衝撃が飛んできた。

 

 姿を見せてくるのを待っていたと言わんばかりに、黒い衝撃はギンジの手元の燃える枝にめがけて飛んできた。

 

 「そう来ると・・・」

 

 黒い衝撃に向かって枝を投げ飛ばし、金棒をくるりと手元で回す。

 

 雷を帯びた金棒を頭上に振り上げて、コウモリの羽で高く飛翔する。

 

 電撃の熱を帯びた金棒を背に隠しながら、巨木を蹴って思い切り黒い衝撃の大元に向かってギンジがついに敵の姿を捉えた。

 

 

 「・・・思ったよ!」

 

 木々の枯れ葉や枝、幹に姿を隠していた白金の鎧に身を包んだ謎の存在が、ついにギンジの視界に入った事で、金棒を雷と同じ速度で振り下ろす。

 

 「──!」

 「アァ!?」

 

 振り下ろされた金棒は、幅の広い漆黒の剣の面によって防がれた。

 

 黒い衝撃が剣にまとわりつき、ギンジを跳ね返すのと同時に、高威力の黒い衝撃でギンジを叩き上げた。

 

 「ぐっ・・・おっ」

 

 空高く打ち上げられたが、金棒を上に振り上げて空気抵抗を増やしながら、真下に居るあの謎の存在に向かって重力の魔法を降らせる。

 

 「15倍!グラビトン!」

 

 金棒ごと重力の力場を発生させて白金の存在に向かって、落ちていく。

 

 自分が隕石になった様な気分で、漆黒の剣と共に金棒がぶつかった。

 

 「このクソ!」

 

 ギンジの体重×15倍の重さによる急降下に金棒の一撃も加えているのに、この漆黒の剣はビクともしていない。

 

 「楽しんでいるかね、ギンジさん」

 「なんだ!?」

 

 漆黒の剣から飛び退いて、ギンジが声のした方へと振り向いた。

 

 勢いのあるその振り向きは、その声の主でも少し驚く程だが、そんな事はすぐに忘れ去られていく。

 

 「やぁ、久しぶりだね。ドクターミヤコが柏木の奴に連れ攫われて以来、かね?」

 「テメェ、紫・・・」

 

 この林道を超えた先の樹海の一部に現れたのは、ドクターパープル。

 

 かつての味方であり、今は主によって敵であれと命令されている忠実なミヤコの下僕(しもべ)だった男だ。

 

 ある意味では今もミヤコの下僕なのかも知れないが。

 

 「どうしてここに居るんだ?」

 「それはこっちの台詞だよ。しかし、敵同士がここで出会ったんだ。やる事は解っているだろう?ヘヴンホワイティネス」

 「──!」

 

 紫が顎を上げた途端に、ギンジの背後に立っていた白金の鎧の存在が、息を吐いて漆黒の剣を振り下ろした。

 

 強烈な衝撃と斬烈が土を叩き割り、大きく土煙を上げていく。

 

 白金の兜の奥底からは、紅の眼光が輝き、頭の動きに合わせて光の残像が土煙の奥から現れる。

 

 しかしドクターパープルの正面に振り下ろされた剣と、煙の噴出点からギンジの気配もまだ残っている事が解る。

 

 敵はまだ死んでいない。

 

 「ああ、そうだな、紫・・・いや、ドクターパープル。ヘルブラッククロスの大幹部がここでお目見えとは、俺も運が良いぜ」

 

 金棒を振り回して土煙を払い、ギンジはサングラスのズレを直す。

 

 「お前とも決着つけないとな。ミヤコには悪いが、ここで倒させて貰うぜ」

 「ふふ、やれるかな?そこに居る怪人は、私の現状の最高傑作だ。なにせ君たちの本拠地だった所からドクターミヤコの研究機材、資料、兵器の制作ベースを回収して造った、ドクターミヤコの粋に、私の成果を詰め込んだ怪人だ!」

 

 白金の鎧、王の様な威圧、そして強さとは、力とは何かを知らしめるには十分な漆黒の剣。

 

 「聴いて驚け!この怪人こそ、我がヘルブラッククロスの怪人!」

 

 ドクターパープルが小さなマントを翻して、仰々しいカッコつけを見せながらギンジに教え伝える。

 

 「我らが地獄の王を守る怪人!」

 

 ドクターパープルの言葉に答える様にして、白金の鎧が更に輝きを増していく。

 

 「鎧の怪人・王騎士型だ!」

 「また粗大ゴミでも造ったのか・・・?」

 「君の基準ならば、ゴミであっても、ようやくティシュぐらいにはなったつもりだよ。実力も今まで私が組み立てた旧世代(インスタント)とは違う。味わえ、力の本懐を!」

 「お前を潰せば、終わりだろうが!」

 

 長々と話しているドクターパープルに、ギンジが金棒を向けるが、ギンジのヒートアップした身体に、漆黒の剣が横薙ぎに振出される。

 

 来ると解っている攻撃には、イメージで対応していたギンジはすぐにそれを飛んで避けるが、刃の方向を真上、つまりギンジに向けて発射される黒い衝撃。

 

 「知能も戦闘能力も第2世代の怪人としては十分な成果を出している。お前を倒して、私は今度こそ師を超える、超えてみせる!」

 

 黒い衝撃に飲まれたギンジは内部を引き裂いて、ドクターパープルの言葉に笑って見せる。

 

 笑いながら地面に着地すると、黒い炎と紫の電撃をその身に纏わせる。

 

 「いいぜ、最高傑作同士、どっちが怪人生態系の頂点に立つか決めようぜ!」

 

 黒い衝撃の威力は間違いなく、強烈だった。

 

 今まで戦ってきた怪人や敵と比べても、そこそこギンジに通用する。

 

 ドクターパープルは敵として、ギンジは正義のヒーローとして、お互いに戦う道を選んだのだ。

 

 ならば、ギンジもドクターパープルの全力に応えなければなるまい。

 

 ドクターミヤコの最高傑作として・・・!

 

 「強い、やべぇ、悪の組織の最高傑作が相手だ。最初から全力で行くぜ!」

 

 ギンジの引き出した力はフェーズ3。

 

 全身の肌の色を灰色に変えて、瞳の色も怪人としての色の濃さを増した、現状のギンジが出せる最大の強化技。

 

 そんなギンジが全身から吹き出す黒い炎の渦からドクターパープルを守る様に立ち塞がる、王の騎士。

 

 「・・・早く倒してみろ。私は街に戻らせてもらう。王の騎士、遠慮も加減も躊躇も要らない。こいつを倒せ」

 「──!!!」

 

 兜から紅の光を強めて、ギンジを睨む様にした前かがみの姿勢から、漆黒の剣を構えた。

 

 荒々しい呼吸を吐いて、王の騎士もギンジも、眼の前の敵に集中する事となった。

 

 「アリえないとは思うが、見事傑作を倒せれば、組織の今後の事を教えてあげよう。ま、無理だと思うがね」

 「言ってろ。ミヤコの造った最強の怪人だぜ俺は。お前こそ、後でオモチャが壊れたって泣くなよ」

 「ふ、検討を祈るよ・・・」

 

 ドクターパープルが仮面を抑えながら後ろに手を降ると、その場から離れていく。

 

 その後ろ姿はかつての大幹部であったミヤコの背中と同じぐらいに狂気に包まれていて、背中で語ると言うわけではないが、奈落の様な恐ろしさを秘めていた。

 

 そんなドクターパープルに懐かしさを覚えつつも、ギンジは黒く禍々しい炎を漆黒の剣にぶつけて行った。

 

 着弾した黒い炎が白金の鎧を侵食していく様に燃え広がっていき、その熱気の大きさが王の騎士の全身を黒く包んでいく。

 

 続けてギンジが王の騎士の懐に潜り込んで、浮いた顎を的確に狙った紫電一閃蹴が、突き上げられた。

 

 「鎧って言っても中身入ってんだろ!?」

 「─!」

 

 その一撃は確かにクリーンヒットになっている。だが、王の騎士はその一撃をモノともせずに、反らした身体をハンマーの様に振り下ろしてギンジの頭蓋骨を割らん勢いで兜を叩き下ろす。

 

 「痛っでぇ!」

 「──ッ!」

 

 ギンジの動きを封じる事に成功した王の騎士が漆黒の剣を振り上げて、黒い衝撃を扇状に展開させる。

 

 その衝撃が広がる過程でギンジも巻き込まれてしまい、巨木ごとギンジを弾き飛ばす。

 

 「〜〜ッのクソが!」

 「───!」

 

 浮いたままの姿勢で巨木を持ち上げて、ギンジが滑空。その勢いを殺さずに巨木を王の騎士に投げ飛ばし、金棒思い切り振り回す。

 

 殴りつける金棒の感覚と重力を活かしたギンジの連続攻撃により、巨木は歪に砕けながら、飛び道具となる。

 

 王の騎士の漆黒の剣の幅によって防がれた事で、その巨木が命中しないが、最後にギンジが黒い炎と金棒を思い切りフルスイングしながら、剣に攻撃を当てていく。

 

 金属が弾ける音が樹海に響きわたり、そのぶつかった衝撃によって辺り一体が強い衝撃と暴風を生み出す。

 

 動きの止まった二人、先に動き出したのは王の騎士。

 

 「──ッ!」

 

 使うのは剣ではなく、白金の腕。

 

 死ねと一言言われている様な、強烈な拳がギンジの顔面をぶっ叩き、ギンジもカウンターで電撃の金棒を王の騎士の兜に突き刺す。

 

 お互いに真正面からの痛烈な攻撃にバランスを崩して、後頭部から倒れていく。

 

 次に立ち上がったのはギンジ。

 

 黒い炎を宿した脚を使い、上空から踏み潰す。

 

 胴体を狙った正確な攻撃に、王の騎士の四肢が苦しそうに暴れ、黒い衝撃が全身から漏れ出す。

 

 その無差別に漏れた衝撃がギンジを吹き飛ばして、上空へと打ち上げられた。

 

 王の騎士が剣を拾いあげて、頭上に居るギンジにその先端を構える。

 

 打ち出すのはもちろん黒い衝撃だ。

 

 「んの野郎!」

 

 コウモリの羽左右に三枚ずつ展開させた、フェーズ3専用の飛行形態で即座に動きだし、避けた黒い衝撃は空の彼方へと猛スピードで飛んでいく。

 

 「──!!!」

 「いい加減にしやがれっ!」

 

 フェーズ3の飛行形態のまま、ギンジは黒い炎の拳と紫電の豪腕を合わせて、更に重力の魔法を合わせた攻撃を繰り出す。

 

 両手を合わせながら錐揉み回転していき、次の黒い衝撃と真正面から激突する。

 

 「うおおお!バーナー!コウモリ!もっと俺に力を貸せ!」

 

 自分の心の中に宿るかつての強敵達の力を最大まで引き出しながら、黒い衝撃を一つ、また一つを突き破って王の騎士へと回転していく。

 

 「────!!」

 「オオオオオォォォラアアア!!」

 

 技の名前も無いただの特攻だが、なによりも気迫を感じる進化の怪人の雄叫びと攻撃に、王の騎士も覚悟を決める。

 

 こいつは強敵だと、ここで戦いを放棄して逃げれば、こいつは組織が手に負えない最大のイレギュラーになると、王の騎士は産まれて間もなく、驚異を感じた。

 

 だから、逃げずにこいつを倒す。

 

 ギンジも、逃げずにここで戦う。

 

 黒い衝撃を最大まで溜めて、ギンジの錐揉み回転に最後に発射する。

 

 ギンジも最大まで力を放出して、黒い衝撃と王の騎士に思い切り攻撃していく。

 

 もうここまで来れば、お互いに小細工なんて不要。

 

 力こそが答えを出して、出し惜しみした方から敗北と言う答えを出す事になる。

 

 「─!」

 「ダラァ!」

 

 声無き声と男の咆哮がぶつかり、間に生まれた衝撃と高熱が融合を起こした事で、辺りには静電気が目に見えて広がり、炎が飛び散り、黒い衝撃が渦を巻いて辺りを斬烈していく。

 

 パァン!

 

 空気の弾けるお互いの限界がここで到達してしまい、ギンジと王の騎士は腕が上がる。

 

 互いに無防備になったが、ここで反撃の一手を決められるは・・・。

 

 「決めるぜ」

 

 ギンジの方だった。

 

 フェーズ3の力と制限時間はもうほとんど残っていない。

 

 重力も使える程隙は無い。

 

 金棒で叩いても決定打にはならない。

 

 ならば・・・。

 

 今こそ使う時──。

 

 あの力を、この技を──。

 

 「我流!」

 

 浮いた両腕を後方にまわして、自分の力をありったけ込める。

 

 空気が混じり、炎と雷と重力を少しずつ開放して、後ろに伸びた腕に込められる。

 

 「ヘヴンリー・インパクト!!」

 

 普段のギンジでは絶対使わないが、カエデの事を思えば操れる衝撃の力。

 

 善の衝撃ではなく、王の騎士が使う様な黒い衝撃に近い。それよりももっと禍々しい悪の衝撃がこの大技である。

 

 王の騎士の胸鎧に命中したその一撃は、ギンジの全身全霊を込めた一撃。

 

 「──!?」

 「ウッオオオラァァ!!」

 

 その鎧に包まれた巨体を軽く跳ね上げて、背後にそびえ立つ巨木へと王の騎士を突きこませる。

 

 「ハァ、ハァ、どうだこの野郎・・・」

 

 片膝をついてフェーズ3が解除されるが、ギンジの戦意はまだ失われては居ない。

 

 だが身体に走る疲労感はとても大きく、もうまともに身体が動かせるか解ったモノではない。

 

 巨木から剥がれ落ちる様に降りた王の騎士は、最初はうつ伏せに倒れるも数秒もしないうちに、立ち上がり、漆黒の剣を拾い直して構えを継続する。

 

 黒い衝撃を発動しようと、剣を振り上げる事で、いよいよギンジの血の気も引き始めた。

 

 「クソ、やべぇな・・・」

 

 ここまで披露感のある敵はオーク怪人、骨の怪人、柏木ぐらいだ。

 

 そして新たな強敵であるこの鎧の怪人・王騎士型もその中に晴れて認定される事となった。

 

 「──?」

 

 振り下ろされた漆黒の剣はただ空を斬るだけだった。

 

 黒い衝撃は出る事はなく、ギンジの眼の前で不発した事になる。

 

 「・・・お互い、能力の限界か?」

 「──」

 「ハァ、そうだよな・・・」

 「───」

 「ああ、解ってるよ。ここで終わったら、つまんないもんな」

 

 何を言っているか分からない筈の言葉が、今のギンジには伝わっている。

 

 逆にギンジの言葉も通じている様子。

 

 「多分、剣の腕じゃお前が有利だ。でもよ、きっと戦い方なら、俺の方が有利だぜ」

 

 ギンジももう攻撃の為に能力を使う事は出来ないが、まだ使っていない能力が一つだけある。

 

 「お前、運が良いぜ。まだ昼間なのに、満月(・・)が拝めるぜ」

 

 ギンジが不敵に笑うと、心の中に宿るもう一つのまだ使っていない力を発動する。

 

 「月の力よ!ムーンフォース!」

 

 心、胸から月光が迸り、樹海に優しい夜の力が展開される。

 

 深緑色と黒が基調となるバトルスーツに、月齢を模した首輪、そして天使の羽の様なモノが追加された満月が描かれたマントを装備した姿。

 

 サングラスはそのバトルスーツに融合されて、黒いバイザーとなりながらギンジの視界を守る防具となる。

 

 その手に握られたのは鍔の無い刀。長ドスとなり、刀身は月の色となる淡い色の美しい刀。

 

 「──!!─!」

 「お前もこの良さが解るか?いいだろ、これ」

 

 ヘヴンホワイティネスでもあり、11人目のムーン・パラディースでもある佐久間ギンジの最後の一手だ。

 

 これで勝てなければギンジの敗けは間違いないだろう。

 

 もう能力は使えなくても、動けない身体を無理やり動かす為のギンジの奥の手である。

 

 悪あがきだろうが、最後にここに立つ為に、ギンジは自分の身体を奮い立たせる。

 

 「真っ向からの剣術勝負だ」

 

 お互いにバトルスーツと鎧。

 

 長ドスと漆黒の剣。

 

 「行くぞ!王の騎士!」

 「───!」

 

 剣と剣がぶつかる、温泉旅行の最後の戦いがここに始まった・・・。

 

 

続く 

 

 




お疲れ様です。

次回はリコニスにも出番があります。

リコニスは一体どうなる事か、実は終盤に入ったこの瞬間も彼女をどうするか決めておりません。初期構想の段階では早々に離脱するか、フリーランスになるかでしか決めておらず、狂ったキャラにしていたらこうなってました。

でも良いですね、リコニス。彼女はこれを恋心と捉えるのか、自分の心に素直にならないまま大暴れするのか!

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
この物語の主人公。
あんまり技名言わないタイプ
以下必殺技一覧
・炎の拳、火炎放射
バーナーの怪人から受け継いだ炎の技多し
・雷、飛行、紫電一閃蹴、雷の豪腕
コウモリの怪人からの能力フル活用
・金棒
未だに武器としての使用しか無い。しかしどんな能力とも併用可能な万能金棒。空気も打てるらしい
・ムーン・フォース、怪人月光斬、月の足場
変身する事が可能なギンジ専用の技。元の持ち主は天体アキハ
・重力、15倍グラビトン
魔法界にて、力を求めた神様が封じ込めた重力の魔法。怪人には魔力が無いが、ギンジはなぜか特別。
・我流・ヘヴンリーインパクト、我流ビーム金棒剣術(技名不明)
オーク怪人との決戦時や、砂の怪人にて披露した技。
こうして見ると結構必殺技あったのね、ギンジ君。

リコニス
裸のままでもまぁまぁ強い。毒に耐性あるとか聴いてないよ〜。
現在ミヤコと共にギンジを追いかけている。

鎧の怪人・王騎士型
喋る言葉は人間には解読不能。恐らく言葉っぽいモノを発している。
ギンジとはニュアンスで通じるのか、会話が成立していた。
黒い衝撃はヘヴンホワイティネスのカエデから着想を得た技で、ドクターパープルが悪の波動を改良して技としてグレードアップさせた。
知能指数はさておき、データ上ならばギンジやオーク怪人、ヘルブラッククロスに所属している怪人達の誰よりも高いデータが出ている為に、ドクターパープルの最高傑作となっている。カエデハウスから持ち出された研究資料等を組み合わせて造られた怪人。故にドクターミヤコ製とも言えるし、ドクターパープル製とも言える。

・・・

次回はリコニスも登場!ミヤコはなんとドクターパープルと対峙し・・・なお話の予定です。温泉旅行編もクライマックス!おおよそあんまり本編とは関係無い番外編に近いですが。

それではまた次回!


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103・不思議な関係、リコニスとギンジ

皆様こんにちはアトラクションです。
 
最近年末に向けた作業であったり、色々な仕事が増えたり忙しくなってまいりました。

投稿も二週間程遅れてしまい、しまいには残業して終電逃すという社畜ファイアしてしまいました。

ちょくちょく書いてはいたのですが、それでもプライベートの時間が無いほ2週間忙しくなってしまいました。

今は無事に復帰!

それではどうぞ!


 昼に満ち溢れた月の光が、樹海の中に広がっていく。

 

 佐久間ギンジと鎧の怪人・王騎士型との最後の戦いの火蓋が、今ここに斬って落とされた。

 

 「──!」

 

 漆黒を濃く見せる幅広の剣を振り回して、ギンジに斬りかかろうとするのは、王騎士。

 

 隙も消しつつ、恐ろしい速度で振り下ろされた剣は、ギンジの頭上で金属音が重く響き渡らせながら止まってしまった。

 

 ギンジはムーン・パラディースの長ドスで縦一直線の攻撃を防ぎ、両手で抑え込んでいた。

 

 「ははっ、残念でし・・・った!」

 

 自信があった王騎士の剣はギンジの長ドスによって跳ね返された。 

 

 体重を乗せた一撃であっても、ギンジによる全身をバネの様にした飛び込みと防御の両立によって、剣を跳ね返す。

 

 すぐに体制を整えた王騎士は跳ね返った勢いを殺さずに、後方に回りながら剣を振り回す。

 

 振回せばすぐに黒い衝撃がギンジに向かって飛んでくる。

 

 「またそれかよ!」

 

 縦に回る丸鋸の様な黒い衝撃は月の光に満ち溢れた長ドスが、内側から突き破りながら粉砕された。そこにすかさずギンジの駆け込みが始まり、王騎士に向かって刃を向ける。

 

 「─!」

 「行くぞ!」

 

 月の光の刃が汚れた白金の鎧に向けられて、王騎士は次の攻撃に警戒する。

 

 ヒートアップしたギンジの覚悟に反応してしまう。

 

 この男と命の駆け引きをしているのに、熱く流れる源泉の如く、留まる事を知らない同じ怪人。

 

 なのに自分の胸がもっと熱くなっていくのを感じる。

 

 王騎士の鎧の中にある胸の鼓動が、今回の戦いによって熱く、より熱く、もっと熱く、さらに熱く。

 

 「───!」

 

 王騎士が左腕で自分の胸を叩く。

 

 この場における謎の行為に、ギンジの動きが止まる。

 

 「何してんだ・・・?」

 「─?──!?」

 「胸が熱くなった?何言ってんだ?」

 「!!──???」

 「熱くなったから攻撃した?自爆するんじゃねぇよ、俺が倒すんだからよ」

 

 自分の胸を攻撃したのは一体何故なのか、自分でもその行動原理を理解出来ていない様子で、自分で取った行動に困惑している感じに見えた。

 

 「せっかく俺たち()ったまって来たんだからよ、冷める様な事しないで戦おうぜ」

 

 目の前に立つ男が怪人の瞳に深みを増した光が出ている。

 

 怪人としてのより強い衝動を、より高みを登ろうとする強い戦闘意欲があの怪人から吹き出ている。

 

 「─・・・──!」

 「ああ、まぁ俺も怪人なんだしそうだろうな。そんな事より・・・」

 

 王騎士の言った言葉がギンジには通じていて、ギンジは王騎士から怪人だと明らかな明言をした。

 

 元々隠しても居ないし、そもそも戦う直前に紫ともそういう話しをしていたのだ。

 

 この男は怪人としては異質。

 

 そう判断した王騎士は、少しだけギンジに恐れを持ち始めた。

 

 「があああ!!」

 

 雄叫びを上げたギンジにビクリと驚く王騎士。

 

 少しだけ遅れて漆黒の剣を振り回して、ギンジの攻撃を防御する。

 

 長ドスを操る流れる様な三日月の数々。

 

 刃が残像と共に弧を描きながら、剣に抜けた素早い攻撃が繰り出される。

 

 「壊れろ!」

 

 漆黒の剣は見た目通り長く、幅も広い。

 

 2メートル近くもある王騎士が扱うにはかなりの大きさであり、長剣と呼ぶよりも、巨剣と呼ぶにふさわしい大きさである。

 

 こんな剣を振り回しながら戦う王騎士の強さも相まって、この漆黒の剣を早く破壊して封じ込めないと、いつまでもあの黒い衝撃を打たれ続ける。

 

 長ドスの突き、崩し、そこから手元の柄を使った殴りつけ、飛び蹴りをして後方に退いてからの横薙ぎ斬り。

 

 漆黒の剣からも重さを活かした鋭い突き、振り上げ、叩きおろし、砕き斬り。

 

 2つの刃が勢いを残したままぶつかり合うと、ギンジの手にだけ重苦しい衝撃と痺れと痛みが走ってくる。

 

 腕にも広がる強烈な一撃は、本当にこの王騎士の方が強いらしい。

 

 だから早く壊して、体力も限界に近いギンジはこの戦いに勝利したいのも本音だ。

 

 とは言っても剣術にはギンジに歩があり、軽さも含めると格闘による攻撃も多少なり通っては居るようだった。

 

 勝負を決めにかかったのか、ギンジは月光の力をもう少し放出して、王騎士へと接近を開始する。

 

 残像がギンジの背に現れた美しい月の色のフレーム。動きに合わせた複数の残像が、ギンジの動きをトレースしていき、勝機を見出す。

 

 しかし王騎士は焦らずにギンジへと腕を伸ばす。

 

 どれだけ動きが早かろうと、残像を重ねた目くらましだろうと、いかにギンジが強かろうと、しっかりと狙いを定めて深緑と月のスーツに身を包んだ男を捉える。

 

 「うおっ!?」

 

 月光の残像を背にしたギンジの勢いは、焦りと共に王騎士によって首を掴まれて止められてしまった。

 

 「──!」

 「マジかお前!」

 

 ギンジを首ごと持ち上げて、巨木に狙いを定める。

 

 「──!」

 「おおっ!?」

 

 深緑色のパワードスーツごとギンジを投げ飛ばし、巨木へと叩きつけられる。

 

 投げた勢いは確実に殺意が込められており、頭を強く打ったギンジの視界がぼやけてくる。

 

 「クソ、やっぱ強いな・・・」

 

 頭に血が登っていたギンジにも冷静さが戻ってくるが、巨木にめり込んだ身体が上手く動かせない。そんなに深く入ってはいないが、この王騎士との戦いで、全力を出しすぎたのだろう。

 

 体力の限界が本当に近づいている。

 

 「──!」

 

 漆黒の剣を頭上に掲げて、王騎士はギンジに狙いを定める。

 

 肉弾戦も剣術も敵わないと判断したのか、今まで一番大きな黒い衝撃が剣から吹き出す様に現れて、ギンジの視界に大きく黒い柱がいきなり現れた。

 

 「本気で殺す気だな・・・」

 「──!!!」

 

 黒い衝撃は剣と融合する事で、黒い巨剣となっていた。

 

 頭上に構えたと言う事は、このまま巨木ごとギンジを斬るのだろう。

 

 早くこの巨木から抜け出さないと行けないのだが、身体に力が上手く入らない。

 

 「つまり・・・絶体絶命って状況だな・・・」

 

 黒い巨剣がゆっくりと、バランス棒を支える様に、後ろに少しだけ倒れて、すぐにバランスを崩して落とす様に前方に振り下ろされた。

 

 巨木の葉を飲み込み、木を破壊し、ギンジをおも叩き斬り伏せようと大きな衝撃の刃が、ギンジを斬り潰しに来ていた。

 

 (これを喰らって無事か俺!?もう結構死にそうな気分なんだが!)

 

 そうこうしている間に、ギンジの視界の端に黒い衝撃が少し見えた。

 

 (あ・・・やべ)

 

 そう思った瞬間にギンジは瞳を強く閉じた。

 

 冗談抜きで死ぬかも知れないと、ギンジは覚悟を決めた。

 

 ここで負けるのも認められない事だが、ギンジはもう一度のチャンスを信じてスーツに防御結界を張ってみる事にした。

 

 これでこの攻撃の一回を防げるのであれば良いが、しかし防げなかったら・・・。

 

 「─?──!」

 

 黒い巨剣が巨木を半分近く真っ二つに裂いた瞬間、それが右に逸れた。

 

 逸れただけではなく、王騎士は自分の背後に向けて黒い巨剣を振り回し、樹海の一帯を円形に斬り払ったのだ。

 

 「なんだ・・・?」

 

 巨木の根本も斬られたことで、ギンジを内側から叩いて出す様に、身体が巨木のめり込みから剥がれていく。

 

 吐き出す様に出されたギンジは、スーツの変身が解除されてしまい、うつ伏せに倒れ込んだままになってしまった。

 

 「うっ・・・クソ、身体、が・・・あんまり動かねぇ」

 

 王騎士の剣が元の形状に戻ると、再び黒い衝撃を樹海の奥に向けて繰り出した。

 

 「・・・?」

 

 何があるのだろうか。ギンジには樹海の奥には何も見えない。

 

 「あっれーギンジちゃんじゃーん!」

 「え!?ギンジ君!?」

 

 二つの聞き覚えのある声が、ギンジの耳に入ってきた。

 

 「くふ、くふふ・・・ギンジ君をこんな目に合わすなんて」

 

 樹海のどこからから聞こえるその声は、どこか怒りを孕んだ声音をしていた。

 

 「あーあ、私がギンジちゃんを地面に這いつくばらせてあげたかったのに・・・まさか、あいつ?」

 

 もう一人の声も震えた声をしている。 

 

 ギンジの顔の左右に、二人の足が枯れ葉と土、戦闘の跡が広がる地面に強く踏みつけられた。

 

 「──!」

 

 王騎士が再びギンジの方へと振り向き、そこに居た二人の人物に兜の中の紅い光が輝いた。

 

 新たな敵の登場に対する歓喜の眼光。

 

 「ミヤコ、リコニス・・・どうしてここに」

 

 ギンジの下に駆けつけてくれたのはミヤコとリコニス。

 

 ミヤコはまだわかるが、どうしてリコニスもここに来ているのか、ギンジは不思議そうな表情を見せる。

 

 「結構ボロボロにされてるねぇ、ギンジちゃん・・・」

 

 地面に這いつくばっているギンジに視線を動かしたリコニスが、つまらなそうに鼻を鳴らす。

 

 「あーあ、今度こそ万全の状態で殺し合いが出来ると思ったのになぁ・・・ま、今はいっか。そーれーよーりー〜ぃ」

 

 いつでも殺し合いを考えているリコニスが、ミヤコと共に王騎士に目線を向ける。小首をかしげると思わせて、首の骨を鳴らしたリコニスが黄金の刀を引き抜いて、王騎士にその刃を向ける。

 

 「くふふ、ギンジ君をこんな目に合わせて、生きていられると思わない方が良いよ?」

 「あら、珍しく意見が合うわね、ミヤコ。あいつ、私がヤっていい?」

 「くふふ、リコニスと意見が合うなんて嫌な気分だけど。でも、あの怪人の事は任せるよ。わたしじゃ絶対勝てないからね」

 

 ミヤコの生身は半分怪人であっても、戦闘には向いていない。

 

 故にあの怪人の相手はリコニスに任せるしか無い。

 

 そうしてミヤコは身を翻すと、足元に居るギンジに小さな手を差し伸べる。

 

 「ミヤコ・・・」

 「くふふ、大丈夫だよ。君の事は、わたしがぜーんぶ」

 「ミヤコ、今は駄目だ」

 「くふふ、こんな状況でも恥ずかしがるなんて、ギンジ君は可愛いな〜くふふ、くふっくふふ」

 「本当に駄目だ!紫がこの温泉街に来てる!」

 「?」

 

 何故ここで紫が出てくるのだ。それも分からないが、ギンジの眼が強く訴えている。

 

 今はこんな事でふざけている場合では無いと。

 

 ギンジが身体をようやく起こして、倒れた巨木に寄りかかりながらミヤコの瞳をジッと見つめる。

 

 「ミヤコ、一つ頼んでいいか?」

 「・・・良いよ、なんでも言って。青か」

 「本当に怒るぞ!違うって!」

 

 ミヤコはどうしてこうも性的な事に旺盛なのか。

 

 そのいつもどおりのミヤコの顔を見て、ギンジは安心した。

 

 「いいか、ミヤコ。紫を追うんだ。あいつは温泉街に向かって何かしようとしてる。あのレベルの怪人を街にも向かわせてるかも知れないんだ・・・カエデ達にも合流出来ていないし、頼めるか?」

 「くふふ、具体的には追いかけてどうしたら良いのかな?」

 「必要ならカエデ達に撃破してもらいたい。あいつはもう、以前までの紫じゃない。なんとしても止めてくれ!」

 「カエデ達に協力をお願いしないと行けないのもやだなぁ。でもま、良いよ。ギンジ君のお願いだもの、やってあげなきゃ、お嫁さんとしての責務がうんたらかんたら」

 「ねーそろそろいいかなー?ミヤコもギンジちゃんもいつまでもそこに居ると戦えないんだけどぉー?」

 

 ミヤコが顔を赤くしながら身体をくねらせていると、リコニスが半ギレの表情で眼を血走らせている。

 

 「いいや、俺は残るぜ。こいつを倒す」

 「くふふ、それじゃあわたしは紫を追いかけて・・・」

 「私がギンジちゃんと一緒に、あいつと戦えばいいのね?」

 

 リコニスの表情が少し柔らかくなった気がした。

 

 「ふーん、共同戦線って事ねぇ、ヘヴンホワイティネス?」

 「あーそうなるな、ヘルブラッククロス」

 「くふふ、戦う相手がヘルブラッククロスなのに、共同戦線って不思議だね」

 

 嬉しそうに笑うミヤコに、ギンジも立ち上がって金棒を構える。

 

 その隣でリコニスも黄金の刀を王騎士に向ける。

 

 「ミヤコ、頼むぜ」

 「くふふ、任せて」

 「それじゃあ、あいつをぶっ殺してぇ、紫ちゃんもここに連れてきてくれたら私が紫ちゃんをぶっ殺してあげるわ」

 

 三人それぞれが軽く頷いて戦闘体制に入ると、すぐに王騎士の漆黒の剣が頭上に振り上げられた。

 

 「こうして一緒に戦う時が来るなんて不思議だな」

 「そうね。でもギンジちゃん、またヘバってダウンするようだったら、次は殺すよ」

 「そうならないように、ちゃーんと協力しようぜ」

 

 二人が横並びで構えた瞬間に、王騎士が漆黒の剣を振り下ろした。

 

 丁度ギンジとリコニスを分断するように振り下ろされた斬撃を左右に避けると、ギンジがミヤコを抱えて別のエリアへと移動させる。

 

 王騎士はそれを逃す事なく追撃を重ねて来るが、リコニスが背後から鎧を傷つける。

 

 「よそ見してる暇あるのぉ?言ったよね、殺すって」

 「そうだぜ!」

 

 バゴォン!

 

 強い打撃の音が王騎士の胴体を巨木へと転がしていく。

 

 リコニスの方に振り向いた事で、隙が生じた。そこへすかさずギンジの金棒が思い切り叩き込まれたのだ。

 

 「──!」

 

 鎧を着ているのに俊敏な動きで立ち上がると、その目の前にはギンジとリコニスが立ちはだかる。

 

 「行け、ミヤコ!絶対に紫を見つけろ!」

 「くふふふ、ギンジ君も絶対に敗けないでね!」

 

 ギンジの号令によって、ミヤコは樹海の奥へと姿を消していく。

 

 「見つけられるかしら?」

 「問題ねぇよ!ミヤコだったら絶対に、紫を見つけてくる!」

 「ふぅん?なんか嫌になるぐらい信用してるわね」

 

 ギンジがミヤコを信用していて、ミヤコもまたギンジを信用している。

 

 その二人の距離感が見ていて苛立ちが募る。

 

 だが今はあのギンジと隣で戦っているのは、あのミヤコでもヘヴンホワイティネスのカエデでも無いのだ。

 

 「せいぜい役に立ってくれよ、リコニス」

 「誰に言ってるの?私は一人大暴れして大幹部になった、ヘルブラッククロスの実力者よ・・・簡単に敗けると思う?」

 「味方になると頼もしいぜ、その言葉」

 

 リコニスの軽口に感心しながらも、ギンジとリコニスはお互いに武器を構えて、再度雄叫びにも近い咆哮を上げた王騎士との戦いが始まるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 樹海から林道へ、林道から舗装されたアスファルトの道へ。

 

 明らかに場違いな格好をした、異質な雰囲気を持った男が、紫色のパワードスーツについた蜘蛛の巣を引っ張り取る。

 

 「やれやれ。温泉を堪能したのに、また汚れたよ」

 

 誰かに聞こえるでも無いただの独り言。

 

 それは夏の終わり告げるような風の音にかき消され、その生暖かい風を全身で感じながら、ドクターパープルは昼の空を見上げた。

 

 仮面越しでもよく見える清々しい青空と雲が、まだまだ強い夏の日差しと共に押し寄せてくる。

 

 「ふ・・・全く夏も終わらないね」

 「そうだね」

 

 ドクターパープルが腰掛けた、ボロボロのガードレールの後ろから、少女の声が聞こえた。

 

 いつだって聞き間違える事の無い、自分が師と仰ぐ少女の声音。

 

 「・・・早かったですね、ドクターミヤコ」

 「くふふ、君なら最短で道に戻れる所で行くだろうと思ってね」

 

 ミヤコのメガネは日差しによって白く光り、その表情に陰りが見えた瞬間、左目の黒く赤い瞳が覗ける。

 

 いつまでも奈落の様に底の見えない、暗い瞳の強さは、ドクターパープルが未だ尚超える事が出来ない様な恐ろしさを秘めている。

 

 「くふふ、ギンジ君に言われて追いかけたけど、大人しく捕まる気は無いんだよね?」

 「勿論でございます。そしてドクターは・・・」

 

 仮面に隠された顔は表情が見えない。

 

 だけどその奥はどことなく笑っている様にも感じる。

 

 紫と言う男はいつまでも不思議な男だが、ヘルブラッククロスによる忠誠心も見え隠れさせながらも、気がついたらミヤコの側近、護衛部下としてここに立ち続けていた。

 

 「ドクターは、私を捕まえる気なんて、ございませんよね?」

 

 冗談めかして喋ってみた事だが、ミヤコはメガネのズレを直しながら、ドクターパープルと向き直る。

 

 「くふふ、当たり前だよ、そんな事。君にはわたしの敵であれと命じたのだぁら、最後まで全うしてくれないと困るよ」

 「ふふ、勿論ですとも。そうだ、ギンジさんと我が最高傑作の結果でも見ていきますか?」

 「あっ・・・もしかしてデータ取りしてた?」

 「はい・・・」

 

 ミヤコが思い出した様にあわあわと顔を動かす。

 

 「ごめんね紫。実は・・・」

 

 ミヤコがここに来るまでの事、そしてギンジの所にはリコニスが居る事。

 

 なにやらリコニスは紫にキレ散らかしている事を、かいつまんで説明すると、紫は焦りからか仮面の顎を触る。

 

 「リコニスまで居るとは・・・困ったな・・・」

 「あーえっと・・・ごめんね」

 「いえ、とんでもない!ドクターミヤコが謝る様な事は何もございません!」

 

 今は敵同士だと言うのに、紫はかつての師であるミヤコにぺこぺこと頭を下げだした。

 

 「ささ、どうぞこちらに」

 

 紫がパワードスーツに収納していた椅子とテーブル、更にパラソルとお茶まで用意しだし、座ったミヤコには手元の端末の映像を見せる。

 

 「この怪人、強そうだね」

 「勿論です。言語能力と性欲だけは落ちてしまいましたが、戦闘の実力だけであれば、ギンジさんやオークの奴にも敗けない数値が出ております」

 「そう・・・」

 

 端末に出ている映像をすぐに見ているミヤコが、ため息混じり返事すると、紫もその後ろで控える執事の様に、ミヤコと同じ映像を見る。

 

 「まぁ、いっか。結果を見てから君に色々教えてあげるね」

 「はい、ぜひとも勉強させていただきます」

 

 映像を見ればギンジとリコニスが、歪ながらもコンビネーションを決めて、王騎士を追い込んでいる所だった。

 

 一見優勢に立ち回っている様に見えるが、王騎士の耐久力も凄まじいモノで、剣の一振りでギンジとリコニスを追い返す。

 

 地の利を活かして左右に飛び出すギンジと、一直線に飛び出している。

 

 「お手並み拝見。だよ、紫」

 「今度こそ、貴女を超えてみせる」

 

 師と弟子。しかし今は敵と敵。更に言えば今だけは上司と部下。

 

 悪の組織に居た少女と、その部下だった男の研究者同士の熱戦もここに繰り広げられていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ゼェ、ハァ、あいつ、マジで人間だよな・・・?」

 

 疲労困憊のギンジは汗を流しながら、木々を飛び回りながら王騎士に痛烈な一撃を決めていくリコニスを眼で追いかける。

 

 見るだけでも重そうで、かつ暑そうな黄金の鎧を身にまといながら、更に体重を増加させるであろう、黄金の刀まで持っているのに、樹海の木々に重力を無視した動きで飛び回っている。

 

 「猿かなんかか?あいつ」

 

 それで居て強力な一撃は、王騎士の足元をフラつかせる程の手痛い一撃を与えている。

 

 「─!」

 

 王騎士もそれに敗けじと、漆黒の剣の面をリコニスの攻撃に合わせて、勢いと重さをそのままリコニスに跳ね返す。

 

 カウンター。

 

 ボクシングで言えば強烈で強いモノだ。

 

 それがリコニスを全身で跳ね返す。

 

 「ほらほら〜怠けてるだけなのは駄目だよ、ギンジちゃん」

 「分かってるよ!」

 

 樹海の巨木に着地して、勢いが死んだ途端にリコニスは枯れ葉に着地すると、ギンジに発破をかける。

 

 ギンジもただ見ているだけではなく、リコニスの過剰な攻撃に巻き込まれないように、攻撃のタイミングを見計らっていた。

 

 あんな全方位無差別な斬撃と、殺す事を確実とした攻撃と、周りをよく見ていない狂った戦闘方法は、ギンジとしても間合いには入りたくないと思う。

 

 リコニスの言われるがまま、ギンジも金棒に力を込めてフルスイング。

 

 王騎士の会いた胴体に、怪人としての尋常じゃない腕力による一撃がキレイに入ると、重たい金属の衝突音と同時に、白金の鎧に守られた身体が、一瞬浮いた。

 

 浮かせたその身体に、ギンジからもう一発思いきりの良い一撃が加えられる。

 

 これで疲労していると言うのは嘘、そう言われてもしょうがない程の強力な一撃だった。

 

 「オオオオッラ!」

 

 3発目が打ち込まれようと、ギンジが必死に金棒を振りかぶった。

 

 「ヒャッハー!」

 「え?」

 

 ギンジの3発目に警戒していた王騎士の真後ろから、リコニスからの甲高い超えと共に繰り出される不意打ち。

 

 黄金の刀による横薙ぎ一閃。まばゆい程の黄金の光となった剣線に、白金の鎧に黒い傷をつける。

 

 刃が擦れた事による焼き付いた様な跡が出来上がる。

 

 「オイ、何してんだよ、リコニス!」

 「生ぬるい攻撃ばっかりじゃ、こいつには通用しないでしょ!」

 

 王騎士が今度はリコニスに振り向きながら、身を捻り、漆黒の剣が大きく振り回される。

 

 しかしリコニスは自身の持つ黄金の刀を、素早く振り回して横から来る斬撃を受け止めた。

 

 肌一枚ギリギリ当たらない防御と、その判断力は怪人の能力を持っているギンジからしても絶賛出来る素晴らしい反応速度。

 

 「甘い甘い〜!」

 

 全身を使った押し返しで漆黒の剣を跳ね返すと、腰を落としたリコニスが眼を血走らせて刀を振り上げた。

 

 一瞬の反撃に、王騎士の頭が打ち上げられて、身体がのけぞる。

 

 黄金の閃が樹海の上空に出てきた事に、ギンジが呆気に取られる。

 

 (なんだ今の・・・?)

 

 レーザービームにも似た黄金の閃は、間違いなくリコニスの出した攻撃の一つだ。

 

 「アハッ、もう終わり?まだだよねぇ!!」

 

 そこへすかさずリコニスの追撃が始まる。

 

 武器を振るった腕が残像を残す様に消えて行き、続けざまに黄金の閃が二本、三本と同時に増えている。

 

 空気を斬る様な音と同時に繰り出される、リコニスの新しい攻撃に王騎士は成すすべ無く、後ろに追い込まれていく。

 

 だがその背後に居るのはギンジだ。

 

 ギンジも強くなっているが、リコニスもまた強くなっていた。

 

 その事に感心はするのだが、今はそんな事を考えている場合じゃない。

 

 視認出来ない程速い攻撃を繰り出していくリコニスが、悪魔の様な高笑いを上げながら、高速の斬撃を何度も王騎士に叩き込む。

 

 「へへ」

 

 ギンジはリコニスも強くなったいる事に、不思議と喜びながら、それでも彼女と共闘出来ている事に感謝して、金棒を強く握る。

 

 「行くぞ!」

 

 本気で叫び、本気で金棒を横薙ぎに振るう。

 

 お浮きしの仰け反った背中に、金棒での一撃が炸裂し、破壊しようと思い切りの良い攻撃が命中した。

 

 鎧の内側からは黒い衝撃が液体の様に流れ出て、王騎士の苦悶に溢れた声が聞こえる。

 

 言語は不明だが、明らかに苦しんでいる怪人の声。

 

 造られて間もない怪人の苦悶の声は、ギンジは何度も聴いてきた。

 

 だけど同じ最高傑作として、この怪人に敗けるわけには行かない。

 

 敗けそうにはなっていたが、リコニスという味方になれば心強い敵が居れば、ひとまず敗ける事は無いだろう。

 

 「どっちにしても、敗ければどっちかに殺されるからなぁ」

 

 気がつけば色んな人たちに命を狙われている事を思い出したギンジは、内心苦笑する。

 

 「──!」

 

 王騎士が苦しそうな声を上げながらも、ギンジとリコニスの追撃を腕と剣で防ぎ、リコニスの腕、ギンジの首を掴んで真上に投げ飛ばす。

 

 弱っていたとしてもまだまだ戦えるこの王騎士は、二人を戦闘不能にするまで止まらない。

 

 「───・・・!」

 

 漆黒の剣に黒い衝撃を纏わせた、漆黒の巨剣。

 

 空中で身動きの取れない二人に向けて、空をも斬り壊しそうな刃が地面を走り、樹海の木々を粉砕し、空気を裂いて、頭上に浮いたギンジとリコニスを衝撃の斬撃に飲み込ませる。

 

 「ぐおっ!?」

 「殺す・・・!!」

 

 黒い衝撃と斬撃が合わさった攻撃によって、二人して樹海の地面に落とされる。

 

 強烈な攻撃が二人を襲い、土煙と枯れ葉が舞い落ちる地獄の道。

 

 それを造ったのは王騎士。

 

 兜から覗かせる紅いの眼光が溢れ、この怪人も本気でドクターパープルの命令に応えようと、全力で応じてきた。

 

 「ハァハァ・・・動けるか、リコニス」

 「だ、誰に言ってるよ、ギンジちゃん・・・」

 

 金棒を支えに、黄金の刀を支えに、二人は煙の中に立ち上がる。

 

 「───・・・!!!!」

 

 漆黒の剣を構え直した王騎士が再び咆哮をあげる。

 

 「俺、あいつにだけは敗けられないんだ。最高傑作って言われて、俺が黙って退けるか」

 

 ギンジが煙を払って、金棒を前に突き出す。

 

 「ま、私もギンジちゃんと殺し合いしたいし、こんな所で終わってもいられないし?それにさー私も紫ちゃんwぶっ殺さないと行けなくてさぁー」

 

 リコニスもギンジの突き出した金棒に黄金の刀を這わせる。

 

 二人して構えた武器の先に立つのは、鎧の怪人・王騎士型。

 

 「バラバラに戦っても埒が開かねぇ。リコニス、手を貸してくれ」

 「・・・いいわよ、あいつをバラバラに出来るならね」

 

 ギンジとリコニスが目配せをして、二人同時に怪しく微笑む。

 

 お互い一人で戦ってこの怪人に勝てるかは不明だが、今のこの二人なら間違いなく王騎士に勝つ事が出来る。

 

 「やろうぜリコニス」

 「いいよー・・・絶対にバラしてやるわ」

 

 不思議な関係の二人が、不思議にも強力しながら王騎士との最後の戦いに突入しようとしていた。

 

 

 

続く

 

 




お疲れ様です。

今回のお話で王騎士との決着の予定だったのですが、プロットが長すぎるかも、と思い一度ここで区切りました。

次回こそ王騎士との決着!

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
疲労困憊しているけど、あくまでそれは怪人基準。
普通に疲労していてもアスリート以上に動き回る事が可能っちゃ可能。
こいつがおかしいだけです

リコニス
内心ギンジと共闘している事に嬉しさがあり、それを隠している。
視認できない程の速さで刀を振るう事が出来る。
こいつも初登場の時からおかしいです

王騎士
bEzm6tdE。ffff!
普段はこうやって喋っている設定でしたが、あまりにも面倒くさいので「──!」ってなりました

鈴村ミヤコ
弟子である紫の造った最高傑作とやらに、なにやら難色を示している模様。

ドクターパープル
ドクターミヤコを越えようと奮起して造った怪人が王騎士。
しかし、反応はイマイチ。
ドクターミヤコには絶対に手を出さないし、自分が勝利した暁にはギンジとミヤコを触手妖淫界迷宮(建設予定)に閉じ込めて暮らしてもらいたいと思っている。

設定ネタも書きます

第二世代の怪人とは?
ドクターパープルの造った怪人の球の改良版により、人間の意識を失わずに怪人になった強化人類の事。怪人の心臓になった人間もその世代に入る。
ソウイチロウ一派がそれ

旧世代(インスタント)とは?
ドクターミヤコ等が造った、怪人の細胞、細胞改を使って、生物+処女の生き血+細胞を使って生み出された怪人達の事。
ちなみにキラーエリート達も旧世代に入る。

・・・

次回は温泉旅行編最後の戦いになります!
王騎士との決着、ミヤコと紫はその時・・・
なお話を予定としております。

それではまた次回!もうここまで来たのだから、何年立っても最後まで書ききるぞ!!!


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104・ドクターパープル

こんにちは、アトラクションです。

なんだか夜中の投稿が懐かしく感じます。

相変わらず忙しい毎日ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

アトラクションはパスタ食べすぎてお腹壊しました。

さて今回のお話は、長期番外編でもありながら本編でもあるお話のラスト2話の1話目となっております。

最終回はまだまだ遠いよ、勘違いしちゃやーよ
それではどうぞ!


 樹海を抜けたガードレールの内側。

 

 9月の強い日差しが照らし始めるその場所では、簡易的なテーブルと椅子に座るミヤコの姿があった。

 

 いつもよりも険しい表情をした彼女は、かつての部下であった紫こと、ドクターパープルに見せてもらっている中継映像を眼に、片肘をついて自分の最高傑作とそのおまけの戦う姿を見ていた。

 

 ドクターパープルの見せてくれるその映像に出てきている、かつての部下の造りあげた最高傑作とやらと、自分の最高傑作との戦闘の映像を。

 

 「・・・戦闘においては、十分な成果だね。まさかギンジ君と、あのリコニスを相手にしてここまで立ち回るとは、ね」

 

 映像から視線を動かさず、ミヤコは後ろに居るドクターパープルに声をかけた。

 

 荒げるでもなく震えるでも無い、淡々とした声は大幹部であった彼女の名残である。

 

 「くふふ、でも、勝つ事は無いだろうね」

 「いいえ、今度こそ・・・」

 

 ミヤコの吐き捨てた言葉には、ドクターパープルが食い入る様にして遮った。

 

 敵であれと命じられた以上、生半可な成果は残せない。

 

 彼女にこそ敵として認めて貰えなければ、ドクターパープルのプライドがまだまだ認められていないということになる。

 

 それだけではない。

 

 名実共に怪人開発のプロフェッショナルとして、今こそドクターミヤコを超えないとならないのだ。

 

 そうしてようやく彼女を超えた大幹部としての実績を打ち立てられる。

 

 「・・・まぁ、見ていなよ。くふふ、絶対にギンジ君が勝つから」

 

 それは自分が信じる怪人の行動であり、おまけが居ようとも、今までも勝ち続けてきた最高傑作の行動を、これからも見られると信じ切っている事から来る言葉。

 

 「くふふふ」

 

 今でも失う事の無いミヤコの奥底に潜んでいる、奈落よりも深く地獄よりも響く、薄気味悪い笑い声に、ドクターパープルの背中にゾワゾワと鳥肌が立つ。

 

 まだ、ドクターパープルが知らない怪人開発の底力でも眠っているかの様なミヤコの態度に、仮面の中ではニヤリと恐れを混ぜた引きつった笑みを浮かべたドクターパープルは、再び映像に眼を通した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 構えた金棒と黄金の刀が横並びになり、それぞれの持ち主が二人、同時に駆け出す。

 

 「──!」

 「オオオオッ!」

 「殺す!」

 

 3人の声が樹海に響き、そしてすぐに金属と金属が激しくぶつかる音で相殺されていく。

 

 漆黒の剣も金棒も黄金の刀も。

 

 その3つの武器が激突した事で、辺りには枯れ葉や土が飛び出していく程の衝撃が生み出されて、王騎士が踏ん張りながら、兜の中から赤い残光を伸ばしながら、ギンジとリコニスを弾き返す。

 

 「これじゃいつまで立ってもダメージなんて与えられないねぇ」

 「だったら効くまで打てばいいんだよ!」

 「アハッ、脳筋〜♪」

 

 跳ね返されたギンジとリコニスが、疲労感の拭えない顔でせせら笑う。

 

 そんな状況でも当たり前の様に言い放つギンジが、とても愛おしく思える感じで、リコニスはギンジの前に立つ。

 

 「少し休んできたら?炎とか雷とか、使えないと意味ないんじゃない?」

 「ハァー、冗談言うなよ。大丈夫だって」

 「えーほんとー?休んでこないと、全力出せないじゃん。ギンジちゃんを殺すのは私なんだし、そろそろ本気出してほしいなぁ」

 「へ、挑発かよ」

 「ギンジちゃんの、ちょっと良いとこ見てみたい!あ、それそれそれそれ」

 

 こんな状況でもおちゃらけていられるのは、リコニスが強者故だろう。

 

 ちょっとムカついてきたが、ギンジは金棒に僅かな電流を纏わせる。

 

 「本当にコレで最後になるぞ!」

 「うんうん、ありったけの一撃をお見舞いしてあげてね」

 

 ギンジを背にしたリコニスが舌先をぺろりと動かし、唇を舐めずると先に王騎士に向かって飛び出した。

 

 黄金の光を背にした高速移動と、高速斬撃。

 

 王騎士の手元を狙った突き、そこから流れる様に胸を狙った斬撃。

 

 空気の切れる音すら残さない程の高速斬撃は、王騎士の身体の重さでは追いつく事は出来ず、常にこのリコニスの攻撃のターンに持ち込まれていく。

 

 漆黒の剣による衝撃と、重苦しい一刀両断はリコニスを捉える事は出来ずに、隙だらけになった首元に、黄金の刀が突き刺される。

 

 「はい、少し楽しかったけど、もうこれで終わり」

 

 リコニスが冷たく言い放つと、首元の布地を裂いて、兜を浮かせる。

 

 浮かせるだけではなく、ついに王騎士の首そのモノに刃が突き立てられた。赤黒い血液が吹き出して、ヌルリと刃にも脂の混じったドロドロの血液が、刃を走っていく。

 

 「──!!」

 

 ブチブチと首を動かして、兜からまた赤い残光を輝かせて、リコニスと眼を合わせる。

 

 「ま、だ、動けるの・・・?」

 

 片手では持っていかれそうな膂力に、両手で抑えながらリコニスの眼が大きく開いていた。

 

 「──、─!」

 「何言ってるのか、わかんないのよ!」

 

 首元から刀を上げて、抜き去りながら兜までを斬り上げる。

 

 火花を散らした白金の兜に傷をつけると、今度はギンジが真上に飛び出す。

 

 その手に握られたのは金棒。

 

 僅かな雷を纏わせた金棒は、今日ギンジが打ち込める最後の技になるだろう。

 

 「──!」

 「は〜い・・・残念」

 

 見上げた先に飛翔したギンジを狙おうと、黒い衝撃を打ちだそうとしたが、それは足元に居たリコニスによって、黄金の閃が手元に走った。

 

 すると次の瞬間には漆黒の剣は一瞬でバラバラに切り裂かれ、黒い粒の結晶となって、砂の様に消えていく。

 

 「──!?」

 「こっち見ていていいのぉ?このゴミ野郎」

 

 リコニスが猫背の体制のまま、身体をねじる様に目線を動かして、王騎士を挑発する。

 

 そして王騎士は、背後から迫る熱を感知した。

 

 感情を制し切れない怪人の、敵の居場所を探る為の熱感知機能。

 

 それが取り付けられていても、王騎士は今、自分の不要な感情のせいで、最大の敵を見逃した。

 

 それどころか、最大の一撃が来ている事にも、たった今気がついたのだ。

 

 「これで砕けやがれぇ!」

 

 頭上に降りてきたギンジの金棒が、雷による速度上昇と、一撃の重みを増した事により、王騎士の兜を頂点から叩いた。

 

 「─!!?」

 

 しかし尚も暴れようと反撃の体制を取ろうとする王騎士に、今度はリコニスが腕も見えなくなる速さの一撃、二撃、三撃と高速攻撃を繰り返す。

 

 そのどれもが鎧で守られている箇所ではなく、腕や足、脇や肩、膝や肘・・・そして首。

 

 どれもが関節を的確に狙った動きを封じて、確実に殺す黄金の閃が叩き込まれていった。

 

 斬られた箇所からは、黒い衝撃が溢れ出てくるが、その頭上からはギンジが肩の上に乗って仁王立ちをして金棒を再度上に握り直した。

 

 「今度こそ、その兜を叩き割ってやるよ!」

 

 怪人の握力を全開にして、握った金棒を真下に振り下ろした。

 

 「骨まで!砕けろォォ!」

 

 樹海に響き渡る怒号が、ギンジの一撃に強く負荷がかかる。

 

 王騎士の兜に直撃した金棒は、僅かな隙間に生じた衝撃と共に、空気を吹き出す。

 

 兜と金棒の間の空気が、ボンッ、と音を鳴らす事で兜を割る事に成功する。

 

 偶然にも空気を打ち出す事に成功したギンジが、王騎士から滑り落ちると、リコニスに足を引っ張られて、距離を離される。

 

 「へへ、悪い」

 「別に。それより、あいつ、なんかやばくない?」

 

 リコニスが指差すと、ギンジも立ち上がりながら王騎士に眼を動かした。

 

 白銀の鎧を痙攣させながら、割れた兜の中から真っ黒な影の様な皮膚と、頭がニョキリと姿を表し、口が額について、眼球は左目だけ、鼻は顎下に無数に取り付いて・・・。

 

 異形、奇形。

 

 正しくそんな言葉が似合う怪人の素顔だった。

 

 「きもっ」

 「そんな事言うなよ!」

 

 スンッとしたリコニスの心無い言葉に、ギンジが即座に突っ込んではみたが、王騎士は得に気にしていない様子だった。

 

 頭部からは刃がついた触手の様なモノを振り回して、左目をギョロギョロと動かしながら、身体を痙攣させてギンジとリコニスを迎え撃つ体制を取っている。

 

 「・・・まだやるのかよ」

 「ヒャハハハ、頭が出ればこっちのモノね!紫のくせに変な奴を造ったモンだわ」

 

 尚も血気盛んなリコニス。そんな彼女の肩を掴んで、今度はギンジがリコニスの前に立った。

 

 「あいつとの決着、俺に任せてくれないか?」

 「そんなボロっちぃ身体で出来るの?」

 「ああ、大丈夫だ。必ずぶっ飛ばして、俺の方が怪人として上だって証明してやる・・・そんで」

 

 ギンジは拳を強く握りしめながら、王騎士の前に一歩踏み出す。

 

 「終わったら、またひとっ風呂入りたいからよ、お前も付き合えよ」

 「・・・カエデちゃん達が居ないのと、混浴だったらいいけど?」

 「は、冗談じゃねぇや」

 

 リコニスの冗談を軽く聞き流すと、ギンジは王騎士に一歩、また一歩を踏み込んでいく。

 

 「───!」

 「ああ、お互い、コレで最後にしようぜ」

 

 王騎士は建を斬られてもまだ動かせる右手を。

 

 ギンジも同じく思い切り握った右拳を。

 

 「────!!!」

 「オラァーー!」

 

 王騎士の振り上げた拳は、ギンジの顔をかすめて、ギンジの振りあげた拳は、王騎士の顔面のど真ん中に命中した。

 

 勝負はここで決まった。

 

 だが、ギンジの次の攻撃は止まらない。

 

 左拳で殴りつけ、右、右、左、ハイキック、踵落とし、頭突き、そして最後はもう一度、右のフルストレート。

 

 「これで、倒れろぉ!」

 

 怪人とは常に理不尽な環境に身を置く生物だ。

 

 人間とは違う、超常の存在。

 

 人よりも強い力、人には無い能力、人とは桁違いの生命力。

 

 産まれ(造られ)てすぐに、怪人達は戦いに駆り出されて、かと思えば癒やしに包まれて、何も無ければ力がすべての世界に生きる教養を持たされて。

 

 抱く女も、食らう飯も、奪う命も、全てが怪人の望む望まないに関わらず、そうしないと行けないと、そうあれと造られて。

 

 そして敗ければ命を消される。

 

 それが怪人。

 

 そんな怪人の中でも最高傑作と呼ばれた二人の怪人の大勝負は、今佐久間ギンジの手によって決着がついた。

 

 最後のフルストレートが顔面のど真ん中に命中した瞬間、その威力が増した。

 

 怪人として奪わないと行けなくなったギンジが、同じ最高傑作として敗けられなくなったから。

 

 人の心を持った怪人が、今初めて怪人を殺した。

 

 顔面も黒い結晶となった砕け散り、王騎士は何も言わずに、何も喋らずに言葉を失いながら、空を仰ぎ見る。

 

 黒い衝撃が霧散していき、ギンジの足元から吸い込まれていく。

 

 「ァ─り──が、と──う」

 

 最後にようやく人と同じ言葉を話して、初めて出会った別の怪人に別れとお礼の2つの意味を併せ持つ言葉を放ち、鎧の怪人・王騎士型は白銀の鎧ごと黒い霧となって、ギンジの身体の中に吸い込まれていく事になった。

 

 水がたっぷり入ったボウルの底に穴を開けた時に出来る渦の様に、黒い霧がギンジを包み込んでからすべてが吸収されて行くと、リコニスが黄金の刀をしまいながらギンジに近づいてくる。

 

 「・・・泣いてるの?ギンジちゃん」

 「いいや・・・気にすんなよ」

 

 まただ、と。ギンジは心の中に生きる友達を思い出して、眼をこする。

 

 王騎士もきっと生きる世界が違っていれば、出会うタイミングさえ間違っていなければ・・・。

 

 きっと良い友になれたと思ったのに。

 

 その顔をリコニスは見せない様にして、ギンジは王騎士から受け継いだ黒い衝撃を心の中に背負う。

 

 「・・・紫、見つけてぶっ飛ばしに行こうぜ」

 「・・・」

 

 顔を見せないギンジの、どこか悲痛に見えるその後ろ姿が、どうしてかリコニスの胸の中にチクチクとする嫌な気分となっていた。

 

 樹海の戦いにはこうして勝利を収めて、ギンジはほんの少し感じる熱源に向かってリコニスと共に歩みを進めるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ミヤコとドクターパープルが見ていた映像の中では、信じがたい内容のモノがドクターパープルの眼に映っていた。

 

 「馬鹿な!何故だ!どうしてだ!」

 

 数値は間違いなくどんな怪人よりも高かった。

 

 戦闘データもオーク怪人や、ギンジよりも高い数値だった。

 

 造った時の素材にも間違いは無く、全てが高純度の、所謂最強の怪人になるように向けて、調整したヘルブラッククロスが用意した対ヘヴンホワイティネス用の怪人だった。

 

 「な、何かが違ったのか・・・!?」

 「くふふふふ」

 

 うろたえてテーブルのモニターを食い入る様に見ているかつての部下に、ミヤコが心底馬鹿にするように見ている。

 

 「いやはや、とても興味深い結果だったね。君の最高傑作が、わたしの最高傑作に吸収される、なんてね」

 「うう・・・」

 

 ミヤコはアイスティーを飲みながら、ドクターパープルに一瞥して行くと、再びくふくふと嗤い続ける。

 

 「君の最高傑作(笑)に対して、何が足りないかわかるかな?」

 「・・・?」

 「怪人は確かに強いし、個性もある。人を遥かに超えて、簡単に国を転覆しうる実力だって秘めている。でもね、わたしの怪人と、君の最高傑作とでは、決定的な違いがあるんだよ、紫、いいや、ドクターパープル」

 

 今は敵となったドクターパープルに、ミヤコの言葉が、否説教が止まらなくなる。

 

 「怪人に必要なモノは力もそうだけど、見た目の美しさや・・・」

 

 美しさ。その言葉を聴いて、ドクターパープルは思い出す。

 

 醜悪の中に見える一つの美の話しを。

 

 それは自分がただの戦闘員時代から聴いていた、ミヤコからのありがたい話しの筈だったのに、力を求める事に執着した結果、あんな奇形の怪人が産まれたのだ。

 

 それを隠す為に、白銀の鎧をつけさせた。

 

 「次に、そうだね・・・あの怪人には、性欲を消したんだっけ?」

 「そうすれば、より闘争本能を・・・」

 

 そこまで言って、ドクターパープルは大きな欠点を思い出した。

 

 「くふふ、怪人には生きる為に、性欲を持たせないと駄目だよ。わたしの造った怪人も、他の人が組み立てた怪人も、総統の怪人も、当然、君の造った龍、毒蛾、機械の怪人にも・・・入れてたでしょう?性欲」

 「ッ!」

 

 ミヤコの言葉の一つひとつが、大きな剣となってドクターパープルのメンタルを切りつけてくる。

 

 「あの怪人には、もしかしたら身体を犯される、なんて興味と恐怖を抱かないよね。オークだったら、あの腕で抱きしめられたら、触手の怪人だったら、無数の触手の形やサイズ・・・くふふ、そのどれもが嫌悪感をいだきながらも、どこか興味をそそられる魅力が無いと、それは怪人にはならないんだよ」

 

 犬の怪人の筋肉そのモノみたいな身体に、存在感そのモノが主張するブーメランパンツ、そして顔だけは犬のチワワという不思議な見た目でも、嫌悪感をいだきやすいが、それでも別部位の魅力によってそれを両立させている。

 

 それが出来て居るからこそ、ミヤコの最高傑作はすべてを持っている。

 

 だがドクターパープルの最高傑作は、本来持たないと行けないモノを持たされなかった事で、戦闘における能力しか無かったのだ。

 

 「・・・カエデハウスからわたしの研究機材や、研究資料、その他諸々持ち出しておいて・・・そのザマなのかな?紫?」

 「ヒィ・・・!」

 

 大幹部では無くなっても、その牙を失われていないミヤコの声は、低く、落ち着いている。

 

 しかし声の奥底からは地獄に潜む死神の如く、気迫の強い言葉にドクターパープルは一気に血の気が退いていく。

 

 「くふふ、まぁでも」

 

 小型モニターに映るギンジの悲痛な表情を見て、ミヤコは鼻からため息を吐きながら、視線をドクターパープルに向ける。

 

 「この反省点を活かして、次につなげて欲しいな。君ならきっと・・・」

 

 ミヤコがドクターパープルに見せた表情は、大幹部として腕を振るっていた、ヘルブラッククロス・大幹部ドクターミヤコが見せた、悪に満ち溢れ、悪を愛して、悪に愛された、悪に飲み込まれた、奈落の様な底の見えない瞳を輝かせる、悪の天才科学者の表情だった。

 

 その表情を久しぶりに見せたミヤコに、ドクターパープルは感嘆と同時にヘルブラッククロスに収まるだけに留まらない、懐かしき師匠の顔を見た。

 

 「君ならきっと、わたしの最大の敵になれるからね。期待してるよ、紫」

 「ははっ・・・!」

 

 思わず土下座をしながら、深々と頭を下げるドクターパープル。

 

 そして・・・。

 

 「ああ、涼しい風だね」

 

 長く艶のある黒髪を、風で揺らしながら、9月の温泉街の戦いは終わりを告げた。

 

 「・・・それでは、私はこの辺で」

 「あ、ちょっと待って」

 

 いい感じに締めくくろうとしたドクターパープルに、ミヤコが声をかける。

 

 「紫・・・今、ヘルブラッククロスは何を企んでいるの?」

 

 ミヤコも知っている通り、ヘルブラッククロスは日本という国を転覆し、この国を独立国家に仕立てあげようとしているのは、最早聞き慣れた内容だ。

 

 そうする為に・・・力と言う都合の良い言葉を並べてやりたい放題しているのが、この悪の組織・ヘルブラッククロスである。

 

 「・・・今、ですか」

 「うん、今」

 

 ドクターパープルはミヤコに背を向けた。日差しがそこで区切られて、陽の光はミヤコを明るく照らし、峠道のコンクリートと土に隠れた影はドクターパープルに陰りを見せている。

 

 セミの鳴く声だけがジリジリと聞こえる空間が、一気に静寂に包まれる様な気がして、ミヤコはかつての部下になにやら不穏な印象を持っていた。

 

 「・・・来るべき時・・・その時がいつかは分かりませんが、総統は、度固化市を破壊しようとしています」

 「・・・破壊?」

 「ええ、貴女もよく知る、あの破壊です」

 

 あの総統ならば簡単に言いそうな内容だと、ミヤコは一旦総統の顔を頭に入れる。

 

 「破壊の方法を企てる前に、我々は2つ、目的の為に手段を選ばない事にしました」

 

 ドクターパープルの小さな紫色のマントが、小風に煽られて先程までの小物感を見せなくなる。

 

 「一つは・・・近々行われる、とある街の破壊と手中に収めると言う事」

 「その街って・・・?」

 「日時は不明ですが・・・そうですね、準備が整えば、9月6日にでも・・・」

 「その街ってどこなの、紫?」

 

 ミヤコの言葉を無視して、ドクターパープルは背を向けたまま一切ミヤコを見ずに話しを続ける。

 

 「虹創作市・・・政府だけで構成された様な、巨大な街をご存知ですよね。あそこに収容されている柏木タツヤの奪還、そして、街そのモノの破壊です」

 

 柏木の名前が出てきた事で、ミヤコには頭痛が走る。

 

 「そして2つ目」

 

 ドクターパープルの説明はまだ終わらない。

 

 先程とは打って変わっての淡々とした口調に、今度はミヤコが気圧される。

 

 「この世界・・・我々、人間達の世界とでも呼びましょうか。そことは違う世界があると言うのが、最近判明しましてね」

 

 この世界以外にも世界が・・・?と、ミヤコは興味津々にその話を聞いている。

 

 ドクターパープルは、ミヤコが何も聞いてこない事を確認すると、それが話を続けて欲しいのだと判断して、自らの話の内容をミヤコに伝え続ける。

 

 「その世界とやらは、魔法界と呼ばれるそうです。この世界には無い資源や能力、件の魔法少女もそこからやってきたのではないかと、ヘルブラッククロスは睨んでおります。ですが、魔法少女がこの世界に居て、実際に魔法と呼ばれる超常的な力を操っているのを見ている以上、その世界がある事は間違いないでしょうね」

 

 そこまで話してドクターパープルは陰りの中で、身体をミヤコに向ける。

 

 「もし仮にそんな世界に行けるのであれば、我々はなんとしてでも、その世界にある資源を根こそぎ奪い尽くし、我々の力にしたいのですよ」

 「そんな事までして、日本を転覆させたかったのかな、総統って」

 

 壮大なスケールとなった今のヘルブラッククロスの行おうとしている事に、ミヤコが苦笑混じりの声を漏らす。だが、その組織に所属していた事がある以上、ミヤコにもなんとなくやりそうだな、と考えてしまう。

 

 「ヘルブラッククロスは国を手に入れる目的の為に、力を示す必要があります。いよいよ我々が地獄からこの現世へと、姿を大々的に表す事となりました。今はすべてをお話する事はありませんが、6日には大きな事件がこの国の歴史に刻まれる事になるでしょうね。さて、そんな事をヘヴンホワイティネスが許すわけがありませんよね?」

 

 ドクターパープルの話す内容に、ミヤコは硬唾を飲下す。

 

 「度固化市の破壊と言う目的は、あの憎き怨敵であるヘヴンホワイティネスをおびき寄せ、一網打尽にする事にあります」

 

 つまりヘルブラッククロスは、自分達の目的の為にヘヴンホワイティネスを街ごと消し飛ばそうとしているのだ、と。

 

 魔法界への侵略、虹創作市の破壊と、柏木タツヤを奪還。

 

 「ま、手順としては最初に虹創作市の破壊、次に魔法界への侵略、及びその世界の戦力を手に入れる事・・・最後はヘヴンホワイティネスを倒す、と、色々準備にごたついている状態でしてね」

 

 色々な事が錯綜し、更にはヘヴンホワイティネスを完全壊滅させる為に、街一つを破壊すると言う。

 

 「でも、どんな事があっても」

 

 そんな大きな事を話されても、ミヤコは信じている。

 

 「ギンジ君達が、全部阻止してくれるよ」

 「今まではそうでしょうね。でもこれからは違う。力に生きる者達だけが、雄叫びをあげる最高の世界が誕生するのです」

 「・・・ううん、わたしもギンジ君とが生きられる世界で生きるの。わたしも力のある世界は良いと思うけど、その為に全部を壊すなんて・・・」

 

 自分でもらしくないな、と思っては居るが、今のミヤコにとって今の生活は失いたくないモノが増えすぎた様にも思える。

 

 佐久間ギンジの存在もそうだ。

 

 オーク怪人部下として生きる、未来の自分を想像してしまう事もある。

 

 それどころか、最近はあのカエデと仲良くお出かけするような、ありえないと嫌悪していた様な事でさえ、近々起きてしまうのでは無いのかと思ってしまう。

 

 「わたしは・・・わたし達の力でそんな事、止めて見せるよ。最後の戦いになったとしても・・・」

 「面白いですね。では、その最後の戦いの時こそが、私と貴女の最後の戦いになるでしょうね。それがいつ叶うかは分からない事ですが」

 

 ドクターパープルは一通りミヤコのご希望通りに、今のヘルブラッククロスが企てている事を伝えた。

 

 その事を話し合ったミヤコは、最後に口角を釣り上げて笑みを見せる。

 

 「それでこそ・・・わたしの部下だよ、紫」

 「貴女が敵であれと望んだのですから、ここまでしないと、きっと納得行かないでしょう。ああ、オークには既に伝えております。ここまで詳細には話しては居ませんがね」

 

 ならばミヤコには詳細に話したのは、あくまで敵同士、フェアでありたいと言う、ドクターパープルなりの気遣いの一つだろうか。

 

 「それでは、今度こそこれで。怪人の件は勉強させて頂きました」

 「うん。紫、今度こそはわたしを驚かせる怪人を造ってね」

 「ええ、ご期待に添えるように・・・それでは」

 

 ミヤコに敬礼をするとドクターパープルはすぐに姿を消した。

 

 影に飲まれる様に、はたまた煙の様にフッと消えて・・・。

 

 「うーむ・・・」

 

 メガネについた汚れを拭き取りながら、ミヤコは頭を悩ませる。

 

 「虹創作市、魔法界、そして度固化市の破壊、か・・・」

 

 ヘヴンホワイティネスの面々に伝えなければならない内容が、とにかく沢山出来てしまった。

 

 一先ずは、ギンジと合流して、その後にカエデ達の合流をしよう。

 

 その上で落ち着ける場所を探して、皆にこの事を伝えなければ、とミヤコは途方に暮れる様な想いで、愛しのギンジが戻って来るのを待つのであった。

 

 

 

続く

 

  

 




お疲れ様です。

物語は終盤ですが、まだまだ先は長いです。ゴールはまだ見えない!
頑張って書きます

キャラネタも書きます

佐久間ギンジ
今回新しく王騎士の能力を獲得。
だけどあんまり嬉しく無い。怪人を殺してしまった事に罪悪感がある。
こんな事ミドリコには言えない。

リコニス
ギンジちゃん泣いてる・・・?な、泣かないでよ・・・
意外と人が泣いてるとふざけられないタイプ。
でもうざいと思ったら殺す、そんなタイプ

鈴村ミヤコ
紫が知っている、ヘルブラッククロスの企てている計画を聴いて、結構やばくね?っと思っている。実際結構やばい。
監獄襲撃のお話は、この温泉旅行編の後の時系列となっております。


ドクターパープルと周りに名乗らせて偉ぶっている。
総統の企てた計画と、その掌握っぷりには敬意があると同時に、ドクターミヤコには遠く及ばないと思っている。
だが、実際に力のある世界においては、総統の望む形になる様に、ひたむきに忠誠心を向けている。ミヤコに敵であれと命じられたので・・・

・・・
次回は温泉旅行編ラスト!そしてその次回は再び9月6日、監獄襲撃と同時刻のヘヴンホワイティネス視点のお話となります。

まだまだ先は長いが頑張るぜ!感想、評価、パスタ、お待ちしてます!

それではまた次回!


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105・すぐそこに潜む悪

こんにちはアトラクションです!

今回で温泉旅行編は終わりました。最後温泉要素無かったのが悔やまれる。

もし今後温泉要素入れるなら、もうちょっと楽しんでる所とか、温泉の安心感とか入れたい所ですね。

あと、プロットに無い事を入れてしまい、本編が無駄に伸びました(自分で無駄とか言うな)

それではどうぞ!


 ヘルブラッククロス大幹部ドクターパープルによる、神宮温泉街の襲撃。

 

 その襲撃は複数の大幹部と戦闘員を先導させ、なんの罪の無い人たちを無慈悲に襲った。

 

 しかし偶然にもその場に居合わせた正義のヒーロー、ヘヴンホワイティネスの登場により、大幹部と戦闘員達は歴史が崩壊させられるが如く、瓦解していった。

 

 今は赤鬼、ミドリコ、ケイタの三名が動けなくなった戦闘員を捕まえて、警察に連絡している最中である。

 

 カエデとレンとも一度合流したが、まだ残党が居るかも知れないとの事で、二人は温泉街の周辺を索敵している最中だった。

 

 カエデとレンがミドリコに突き出したのは、大幹部の二人であった。

 

 その2名を知らないわけではなかったミドリコは、大幹部の二人を見て眼を丸くするほど驚いたが、いずれにしても悪の組織に所属しているのであれば、彼らを見逃すわけがない。

 

 なぜなら甘白ミドリコは公安警察の局員であり、まっとうな正義の下に生きる戦士なのだから。

 

 大物政治家を自称する鶴ヶ峰ゴロウは、怪人として身も心も怪人として、悪に染まった。

 

 巷で有名なサーカス集団の頭領である中山ピリカも、大幹部として長らく悪事にその手を染めており、どちらもヘヴンホワイティネスによって粉砕された。

 

 「よし、これで最後だな」

 

 戦闘員を全員縛り上げて抵抗できない様にして、ミドリコが一息ついた。

 

 カエデ達と別行動を取った赤鬼、ケイタ、ミドリコの三名は、ヘルブラッククロスが用意sた飛行船の奪取、及び一般市民の開放。

 

 それぞれ怪我が無いわけではないが、赤鬼の一点突破による行動で、戦闘員は全て撃破して、ミドリコも自慢のライフルの腕とロケットランチャーの無数の発射により、敵の逃げる為の足の破壊に大きく貢献した。

 

 ケイタは自分の使える魔法により、ミドリコを援護しては一般市民の退路を作りながら、適宜戦線に戻る等をして、赤鬼の背後を守る等して、戦闘に参加していたのだ。

 

 「ミドリコ、流石の銃の腕だな!ヌハハ」

 

 高らかに笑いながら、ヘヴンホワイティネスの純白の旗を、激しい戦場となったこの場所に突き立てている。

 

 この旗を建てる事で、ヘルブラッククロスの襲撃に対応して、撃滅、ないしは撃退した事を知らせる、彼らなりの勝利の証を立てているのだ。

 

 「はぁ〜・・・生きた心地がしなかったよ・・・」

 

 ケイタも身体を震わせながら、無数に捕まった戦闘員達を下に見る。

 

 「なーに言ってんだい、旦那!旦那の援護が無きゃぁ、今頃俺っち達結構やばかったかも知んねぇぜ」

 「役に立てて良かったよ。でもあの銃の雨から、守ってくれてありがとう」

 「おおよ、旦那にもしもの事があったら、レンの姉御に何されるか分かったもんじゃねぇしよ。それに、俺っちが付いてるなら、必ず皆守らないと行けねぇしな」

 

 ケイタの肩に赤く太い豪腕を乗せながら、赤鬼が男同士で語り合う。

 

 ケイタとミドリコのピンチには赤鬼が前に出て、逆に赤鬼に対処出来ない事は、ミドリコとケイタが前に出て対処する。

 

 交代しながら戦って行けば、この三人は意外と戦略的にも相性は良いのかも知れない。

 

 「カエデの姉御達も残党追いも終わった頃だろ。そろそろ合流しようや。兄貴達も来るだろそろそろ」

 「ああ、そうだな。赤鬼、いつもありがとうな」

 

 ミドリコがはにかみながら、赤鬼にお礼を述べる。

 

 大人の美しさを見せたミドリコの笑顔に、赤鬼は牙を鳴らして答えた。

 

 これからもこの二人はどんな逆境も乗り越えていける。

 

 そんな二人を見ながら、ケイタは赤鬼とミドリコと共に、カエデ達と合流を開始するのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 温泉街の襲撃の後に警察が遅れてやってきた。

 

 この事態の収集にてんやわんやする様な状態だが、それを尻目にギンジ達もカエデ達と合流し、一度神宮財閥所有の旅館に戻ってきていた。

 

 ある一人の居ては行けない人を入れて・・・。

 

 「なぁぁんでリコニスが居るのよ!」

 「えー?ギンジちゃんが一緒に温泉入りたいっえ言うから〜?」

 

 カエデも変身は解いて、今はいつものご令嬢そのモノの姿をしている。

 

 リコニスも同じく、瓶底眼鏡をかけたサマーカーディガンを着た、どこにでも居る学生の姿をしている。

 

 ミヤコが誘拐されたあの日にお互い、仮の姿のまま面識を持っているカエデとリコニスはバチバチに火花を散らしている。

 

 そしてその矛先はギンジにも向いた。

 

 「ギンジ〜?どういう事かお話してもらえるかしら?」

 「ギンジ君・・・ひどいよ、わたしが居るのに・・・」

 「兄貴・・・」

 「いやいや違うって!一緒に入ろうとは言ってない!誤解を招く言い方するなぁ!」

 

 リコニスの頭をはたき、ギンジがこの話しに終着点を見つけようとする。だが、そんな事で終わる訳が無い。

 

 「ギンジちゃんがヌルヌルのお風呂一緒に入ろうって」

 「どどどど、どういう事!?一大事や!」

 「ミヤコも動揺しすぎだろ!っていうかそんなも事一言も言ってねぇ!」

 

 明らかにそんな事は言わない事は誰にでも分かりそうだが、それでもリコニスとカエデとミヤコの言い合いはギンジに飛び火し、より一層のヒートアップをしていく。

 

 「あはは、いつもどおりだね」

 「いやしかし、いつも通りって言っても、リコニスが居るのは駄目だろう・・・」

 「ギンジは、たまに不思議。ああやって、敵まで連れてくる事あるから、不思議」

 

 ケイタとミドリコとレンがギンジを中心とした、和気藹々としているがどこか殺伐としたこの状況が、どこか可笑しくなってくる。

 

 「で、なんであんたがここに来たのよ!」

 「カエデちゃ〜ん、仲良くしようよ〜・・・さっきも言った通りで、私はギンジちゃんに付き合えって言われたから、ここに来ただけなのよ」

 「はぁ!?つつ、付き合うって・・・」

 「違うぞ!全部誤解だ!」

 「何が誤解よ!あんたって男はいつもいつもあたしをイライラさせてもー!」

 「ゲハァ!?」

 

 カエデの痛烈な膝蹴りがギンジに見事に命中して、身体をくの字に曲げてギンジが倒れる。

 

 「ギンジ君ひどいよ!こうなったら、身体のすみずみまでわたしが洗ってあげないと・・・」

 「させる訳ないでしょ!駄目よ!リコニスも早く消えて!」

 「え〜」

 「え〜じゃないのよ!だいたいあんたは敵でしょうが」

 

 カエデのツッコミも当たり前なのだが、それでもリコニスは帰る気配が無い。

 

 「あ、そうだミヤコ」

 

 痛みから立ち直ったギンジが、ミヤコに声をかける。

 

 ギンジとリコニスが王騎士と戦っている中、ミヤコはドクターパープルと遭遇して、ある重大な話しを聴いたと言う。

 

 その話しをするには皆を集めてから落ち着いて話すと聴いていたのだが、リコニスとカエデがぶつかる事で少し有耶無耶になりかかっていた。

 

 「ミヤコ、その話しを聞きたいんだがいいか?」

 「うん・・・いいけど」

 

 ミヤコが口をムッとさせながら、ギンジの後にリコニスへと視線を動かす。

 

 「リコニスはもう知ってる事、なのかな?」

 

 紫に会って聴いた話しの内容に、ミヤコは少しだけ不安そうにリコニスの顔を見やる。

 

 「何を?」

 「ああ、その感じは知らないね。じゃあ赤鬼は?」

 「へぇ、俺っちですか?知ってる事はミドリコのスリーサイズと」

 「やめんかバカ者!」

 

 顔を赤くしたミドリコが赤鬼をガンストックで殴りつける。

 

 しかし効いていないのはいつもどおりだ。

 

 「何を聴いたのよ、ミヤコ」

 

 カエデも苛立ちを全面に見せながら、ミヤコに訪ねた。

 

 「ヘルブラッククロスがこれから行おうとしている事、なんだけど」

 

 それまで陽気な雰囲気を持っていたリコニスの表情に陰りが見える。

 

 ミヤコの口調に、全員が神妙な面持ちになり、その視線がミヤコに集中する。

 

 「ヘルブラッククロスが、まだ何かしようと、言うの?」

 

 レンも訝しむ顔つきで、ミヤコを見る。

 

 いつまでも悪事を働いている悪の組織について、これからもやる事は変わらないと、レンは頭の中でそう思っている。

 

 事実、今日だって襲撃を開始しては、温泉街を襲い、市民を危険に晒した。

 

 たまたま自分達がここに居合わせたから、街の損害だけで抑えられたが、もし自分達が居なかったらと思うと、レンもあまり良い気はしないのが事実だ。

 

 そんなヘルブラッククロスが、これからまた何をしようと言うのだ。

 

 「わたしが聴いた話しを、皆に話そうと思うけど良いかな?」

 

 艶のある黒髪を揺らしながら、左の怪人の瞳が色濃く輝く。

 

 眼鏡の裏側からその禍々しい強さを見せる事で、各々がミヤコに黙って目線を合わせる。

 

 「それじゃあ、話すよ」

 「ちょっと待って」

 

 ミヤコがようやく口を開こうとした途端、その言葉を止めたのはリコニスだった。

 

 「その話し、私が聴いても良いの〜?」

 

 特に何か悪意を見せているわけではないが、それでもこの場に居る所謂作戦会議、対策にも近しい話しをしようとしている時に、自分がここに居ても良いのか。

 

 「ああ、その事なら別に大丈夫だよ。リコニスがこの話しを聴いた所で、別に一人じゃ何も出来やしないし」

 「たはーっ。ミヤコってば辛辣ぅ〜」

 「あんまりちょけるなよリコニス。ま、確かにどんな事をしでかそうとも、こいつ一人じゃ何も出来ねぇな」

 「ここで暴れても良いんだよ?」

 

 事実リコニスはヘルブラッククロスの任務においても、ブリーフィングで企てていた行動通りに動かない。

 

 個として見れば驚異なのは、その戦闘力と相手の妨害能力に非常に長けている一方で、協調性がほぼ無いに等しいと見られているからだ。

 

 乱戦においても一人で突っ込んで中心を潰しに行く、無謀かつ強力な戦闘しかしていない。

 

 ギンジがやっていたゲームにおいてもそれが仇となって、警察連中に割とひどい目に合わされているシーンがあったのを思い出す。

 

 そうでなくても、この世界におけるリコニスは、ヘルブラッククロスの目論見通りに動かなくとも、結果的には敵陣に損害を出すと言う事に成果を上げているからこそ、組織としても重宝はされているのかも知れない。

 

 「たとえ、リコニスがここで暴れても、この人数なら、今の私達なら、絶対に敗けない」

 「えーん、レンちゃんまでそんな事言う〜。リコニスちゃん泣いちゃうよ〜ふえええ」

 「嘘泣きは止めなさいよ、白々しい」

 

 レンとカエデは相変わらず敵意を出している。

 

 ミドリコも一見ただ椅子に座っている様に見えるが、その右手は足に取り付けた拳銃を引き抜く準備を整えている。

 

 かつてはリコニスの刀に腹部を刺された事もある。

 

 あの時の躊躇の無さと、恐ろしく殺意と狂喜に満ちた悪魔の様な表情を忘れては居ないと、ミドリコはリコニスの動きに常に警戒している。

 

 「変な動きするなよ・・・事と次第によっちゃあ、俺っちもお前をぶっ倒す事も出来らぁよ」

 「きゃーこわいー」

 

 リコニスの背後に立った赤鬼が少し強めに言うと、リコニスは尚もおどけて見せる。

 

 「それじゃあ話すよ・・・」

 

 場が落ち着いた事を確認して、ミヤコはドクターパープルから聴いた話し・・・これからヘルブラッククロスが行おうとしている、ある大きな作戦をギンジ達に聞かせる。

 

 度固化市の破壊の目的はヘヴンホワイティネスを壊滅させる事。

 

 魔法界に進軍しようとしている事。

 

 9月6日頃には、虹創作市へと襲撃を開始する事。

 

 それからミヤコはもっと大きな事をヘルブラッククロスが行おうとしているかも知れないという話しをギンジ達に伝えた。

 

 「ヘルブラッククロスは・・・近いうちに、この世界そのモノを手に入れようと、躍起になるって事だよ・・・」

 「・・・本当にそんな事をしようってのか?」

 

 ミヤコから聴いた話しに半ば信じがたいとは想いつつも、ギンジはミヤコの話しに耳を傾ける。

 

 「んーまぁヘルブラッククロス(うち)ならやりかねないよねぇ〜」

 

 リコニスはその話しを聴いても、特に驚くとかは無く、楽観している。

 

 「度固化市の破壊だと・・・」

 

 ミドリコもその話しについては、なかなか信じがたいと言った感じだ。

 

 「え、破壊って・・・あの破壊だよね?」

 

 ケイタもおずおずと口を開く。

 

 「そ、そんな事・・・あいつらが出来る訳が・・・」

 

 カエデもどこか不安気にギンジを見やる。

 

 「俺たちが戦ってる組織が、いよいよ本腰入れて攻撃を開始するぞって事だな・・・」

 

 ごっこ遊びでヒーローをやっている訳ではない。

 

 敵もまたごっこ遊びで悪を自称していない。

 

 「・・・そんな事したら、私達の世界が、未来が・・・壊れちゃう」

 「うん、気持ちは分かるよ。わたしもそんな大破壊には反対かな。ギンジ君と生きられる未来が無いなら、そんな事には賛同しかねるよ」

 

 レンの苦渋を飲む様な顔を見ながら、ミヤコも少し俯いてしまう。

 

 「しかし、ヘルブラッククロスが魔法界まで狙おうとしてるなんざ、度し難いぜ。俺っちの命を救ってくれたあのキレイな世界にまで手を伸ばそうってのかい」

 

 赤鬼が牙を鳴らしながら語散る。

 

 実際に魔法界にヘルブラッククロスが進撃して来た事もあるが、あれは様々なイレギュラーが重なった結果だ。

 

 元は怪人四天王の骨の怪人が、ギンジ達と同じ時に紛れ込み、ヘヴンホワイティネスの最大の危機を迎えさせるほどの強敵となって立ちはだかった。

 

 「・・・オレキエッテ帝国の皆には色々世話になったしな。サクラにもこの事は伝えとかないとまずいな」

 

 ギンジがスマホを取り出すが、それをミヤコが静止する。

 

 「まだ、伝えないでいいよ。話しの本題は、わたし達にはやるべき事が多すぎると言う事があるの」

 

 眼鏡の汚れを拭き取りながら、ミヤコが話を続ける。

 

 ヘルブラッククロスのこれから行おうとしている事に対して、こちらは人数も圧倒的に足りていない現状がある。

 

 客室の居間ではそれぞれが、苦い顔をしながらミヤコの話に耳を傾ける。

 

 「先ず一番直近にある、虹創作市の襲撃。これには柏木タツヤの奪還も関わっているし、あの男がまた組織に戻るとなったら、また強敵が立ちはだかる事になるよ・・・」

 「・・・柏木・・・ッ」

 

 ミドリコからしてもかなり面白くない話だ。

 

 「そして魔法界、ギンジ君達が行ったっていうその世界に、ヘルブラッククロスが進撃を開始したら、もっと大変な事になるし・・・」

 「そらぁ、絶対に止めさせたいわな」

 

 赤鬼も険しい表情をしている。

 

 「そしてわたし達の住む度固化市の破壊・・・」

 「そんな破壊させたら、俺の望むハッピーエンドも見れなさそうだ」

 「ううん、それだけじゃないわよギンジ」

 

 ギンジの隣でカエデが口を紡いだ。

 

 「あたし達をおびき寄せる為に街を壊すなんて、そんなの考えるだけでも怖気がするわ。それに、あたしはレンの未来を守る為に戦いに身を置く事にしたのよ・・・レンの未来の世界と同じ破壊をさせたら絶対に、絶対に・・・」

 「カエデ・・・」

 

 カエデは少し泣きそうな声をしている。

 

 度固化市を破壊されたら、きっとヘルブラッククロスの完全勝利に終わる。

 

 そうなれば守る為の未来も、ギンジの望むハッピーエンドも・・・。

 

 「・・・カエデ、私達も同じ考えだ」

 「カエデ、絶対に阻止しようね」

 

 肩を震わせるカエデに、ミドリコとレンが優しく声をかける。

 

 もうこんな大事で彼女達に心労を大きくはさせたくないと、ギンジは両拳を強く握る。

 

 元々はこの場に居る人間は、こんな戦いに巻き込まれなくても良い人達だった筈だ。

 

 ヘルブラッククロスの存在がなければ、こんな事にはならなかったと言うのに・・・。

 

 「でも、最後までやるって決めたんだから。あたし達は絶対に悪に屈しないわよ」

 

 薄眼に溜まった涙を拭き取って、カエデは強く宣言する。

 

 「ふーん、そんな事考えてたんだ、総統って」

 「リコニス・・・」

 

 今の話を聴いてもあっけらかんとしているリコニスに、カエデは睨みを効かせる。

 

 「ヘヴンホワイティネスをおびき寄せる為に破壊、って事は〜、もう打つ手が無いんじゃないかなぁ〜?」

 「何が言いたいのよ」

 「カエデちゃん達ヘヴンホワイティネスを倒す為に、世間に姿を出すって事は、今の組織の最大の敵と思われているみたいだけど、もうそういう脅しを使わないと、正々堂々と戦えないって事なんじゃない?知らないけど」

 

 自分の爪の見ながらリコニスが、何か確信めいた事を言い出す。

 

 「ま、どうするかはお任せするけど。私は正直、本能のままに暴れたいだけだしね。その為にこの組織に居るからね〜」

 

 ニタリと笑えば、暴れられるのかと警戒を強くするカエデだが、リコニスはいつもの姿になる気配は無く、ただただほくそ笑んでいる。

 

 「私達ヘルブラッククロスは、力で優劣を決める世界を創ろうとしている訳だし、それぐらいはしないとじゃない?」

 「だからそんな事あたし達がさせないわ・・・絶対に」

 「それでもやるよ、この組織は」

 

 リコニスのその言葉には誰もが頷いてしまう。

 

 ヘルブラッククロスはやると決めればとことんやり続ける。

 

 略奪も、誘拐も、破壊も、洗脳も、ありとあらゆる非人道的な行いを必ず発動しては、確実に日本と言う国を転覆しようと、その力を伸ばしに行くに違いない。

 

 現にレンの居る未来ではそれが叶ってしまっているのだから。

 

 「でもよ、何があっても俺たちは敗けるつもりは無いぜ。たとえ街が壊されたとしても、俺が信じてるヘヴンホワイティネスは絶対に悪事を止めて、ヘルブラッククロスの野望をぶっ壊し返してやるよ」

 「自信たっぷりだねぇ〜ギンジちゃん。なんでそんな先の事、ギンジちゃんに分かるの」

 

 この先何があってもギンジは自分達だったらヘルブラッククロスを撃破出来ると信じている。

 

 サングラスに隠れていても、強い眼差しをしているギンジに、リコニスを始め、ミヤコとカエデも眼を離せないでいる。

 

 「なんでかって?そんなの決まってるだろ」

 

 一度はヘルブラッククロスの怪人として生きた男は、他の誰にも無いある自信があった。

 

 今ヘヴンホワイティネスとして生きる、人間であると信じている男は、リコニスに向かって、おおよそ正義の使者とは思えない凶悪な笑顔を見せる。

 

 「俺は未来人じゃないが、未来を知ってるからな。かならず俺たちが勝つ」

 

 ギンジのお決まりの言葉に、カエデ、ミヤコ、リコニスがドキッとした表情を見せる。

 

 驚きも含んでいるが、それ以上に信頼がある事に好意的な表情を見せている。 

 

 「ふーん?下僕の癖に言うじゃない!」

 「くふふ、ギンジ君が言うなら、本当に達成出来そうだね」

 「・・・」

 

 不思議とギンジが言うなら皆がそうだと思わせる雰囲気に、リコニスが面白そうに口角を釣り上げる。

 

 ギンジと一緒に居れば、気まぐれもさほど起こさないリコニスが、少しだけ、この人達と一緒に居たいと思ってしまいそうな、謎の安心感がある。

 

 (・・・忘れちゃ駄目だね。私とギンジちゃんとじゃ、生きる世界が違う。ギンジちゃんは私が殺したいしね・・・)

 

 淡い殺意をもたせながら、リコニスはギンジの事をジッと見つめる。

 

 (あ・・・)

 

 そこでリコニスは気づく。

 

 今までギンジに向けていた感情が、何なのかを知る事になる。

 

 だけどギンジの左右に立つ二人の少女を見て、一瞬でその想いを隠す事にした。

 

 ギンジの事を考えて、ギンジの事を想う事、ギンジの為に全てを捧げて殺し合いをしたいと思う事も、全て・・・。

 

 (あーそっかそっか・・・こういう事なんだね)

 

 でもその感情が何かを知った所で、情に絆されて組織から離れるなんて事はしないし、出来ない。

 

 どこまで行ってもリコニスは、地獄から開放される事はない。

 

 どこかギンジが遠くに居る様に思えて、それでも口角を上げたままリコニスは自分の想いに蓋をする事にした。

 

 「よーっしそうと決まれば、色々作戦考える前に!」

 「温泉だね、ギンジ?」

 

 ケイタもギンジのこれから言おうとしている事が分かったのか、恐れを見せている表情をなくして明るくなっていた。

 

 「・・・ほら、リコニスも今だけは付き合えよ。同じ話を聴いた仲だろ?」

 「冗談じゃないわよ!リコニスは駄目!」

 「くふふ、そうだね駄目だよ。裸になった途端に斬り殺されるよ!」

 「・・・クヒヒ、良いよ。今回だけは組織を忘れて付き合ってあげるよ。そういえば今の私ってば、休暇中だったんだよ」

 

 だから今だけはこんな楽しそうな連中と一緒に居る事で、自分の気持ちを少しだけ出しておこうと、リコニスは思うのであった。

 

 とは言えど結局カエデとバチバチに言い合いを繰り返し、本当に戦闘になるのでは無いかと肝を冷やすギンジであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「それじゃ〜またね〜ギンジちゃん」

 「おう、またなリコニス」

 

 9月2日。

 

 一泊2日の温泉旅行も夜が近づき、各々の帰り路に付く頃、リコニスは何事も無かったかの様に、自分の組織に帰ろうと手を振っていた。

 

 見送りに来たのはギンジとミドリコだ。

 

 まだ警察達と街の人々との喧騒も聞こえてくるが、そんな街のど真ん中を平然と歩き去る後ろ姿を見て、ギンジとミドリコはほんの少しだけ寂しさも覚える。

 

 色々と狂っているが、こうして見ればただの少女となんら変わりの無い後ろ姿に、喋り方も、幼さも、あどけなさも色々混ざって、自分達のわがまま令嬢とそんな変わらないからだ。

 

 リコニスが人混みを抜けて姿が見えなくなった瞬間、ミドリコはいつもと違うギンジの様子に感づいていた。

 

 ギンジが見送りにミドリコを連れてきたのは、何か話したい事があるのではないかと、なんとなく警察の勘で思ったからだ。

 

 ジトッと見つめるミドリコの視線に気がついたギンジは、一瞬背筋を震わせるが、すぐにサングラスのズレを直しては、ミドリコに向き直る。

 

 「何か、話したい事でもあるのか、ギンジ?」

 「ああ、ミドリコには話しておかないと行けない事があってさ」

 

 こんな相談でもなんでもない事だが、それでも人としての超えては行けない一線を超えてしまったギンジは、ミドリコにだけは相談しておかないと行けないと思ったからだ。

 

 「いつの日か・・・レイナのとこの教会でさ、クソジジィ共と戦っただろ?」

 「あ、ああ。そんな事もあったな。それがどうしたんだ?」

 

 ギンジの言葉に、あの日の内容を思い出す様にして、ミドリコが小首を傾げる。

 

 「あの時、俺がジジィを殺しそうになった時に、ミドリコが止めてくれただろ?人間として生きていて欲しいからって」

 

 あの時ミドリコが止めてくれていなければ、怪人の能力を好き放題に使って、悪人を悪として成敗したならば、きっとギンジは後悔する事になる、と。

 

 自分を人間と信じて生きているギンジには、ほとんどの怪人には持っていない心がある。

 

 その心に従うならば、自分は怪人では無く人間だと、主張し続けているのがギンジだ。

 

 最近はそんな事もあまり言わなくなってしまっているが、それでも人間である事を忘れては居ないのだ。

 

 人の身は怪人でも、心は人間であると、言い続けて来て、命を奪う事をしないとミドリコに止められたから約束していたのに・・・。

 

 今日、ギンジは怪人を自分の手にかけてしまった。

 

 自分の顔がなんとなく情けない様に思えて、ギンジはミドリコから眼を逸した。青みがかった夜を受け入れた大空を見上げて。

 

 「・・・俺さ、今日怪人を殺したんだ」

 「・・・」

 

 今までだって怪人とは戦ってきたが、それは死なずに心を自分の心に同化させる事で、まだ【生きている】のだ。ギンジの心の中に。

 

 しかし今日殺してしまった怪人は、心すら粉砕し、擦り切れて摩耗した魂を自分の心にしまう様な、とても気持ち悪いままなのだ。

 

 「・・・どうして、そんな事を?」

 「・・・結局、俺も同じなのかもな。いくら自分を人間だなんだと言っても、俺は・・・」

 

 わなわなと動く自分の両手を広げて見て、拳を作ってきゅっと締める。

 

 「どこまで言っても怪人、なのかも知れない、なんて」

 

 ギンジの言葉にミドリコは何も言わない。

 

 ただ苦しい思いを吐き出す、ギンジの次の言葉を待っている状態になっている。

 

 「あの・・・上手く言えないんだけどさ。約束、守れなくてごめん・・・どう言っても俺のした事は許される事じゃないし、戦いが終わったら・・・」

 「ハァ、ギンジ。お前は何も解っていないな」

 「え・・・?」

 

 大きなため息をついたミドリコは、腰に手を当てながらギンジを見る。

 

 「相手はヘルブラッククロスの怪人なのだろう?君が認めた奴ならば、手をかけるのは駄目だが・・・最早常識の通じない様な怪物が相手ならば、そうしないと行けない事情、状況だって把握出来るさ」

 

 蒸し暑い温泉街の喧騒が、少し遠ざかる様な気分で、ミドリコはギンジと一緒に大空を見上げた。

 

 「君のそのふとした所で、他人を思いやれる優しさは素敵な所だと思うよ。勿論、本当ならば誰が相手でも命を奪う行為は到底許される事じゃない」

 

 ギンジが空では無く、ミドリコに向き直り、ミドリコもまたギンジへ向き直る。  

 

 その上でミドリコがギンジの胸に軽く拳を当てた。

 

 痛くないし、むしろ少しだけ弱々しい。

 

 「この拳は、私との約束を守れなかった罰だ」

 「・・・」

 「そして、全てが終わったら・・・」

 

 何を言われるだろうか。

 

 もしかしたら、私達の眼の前から姿を消せ、とでも言われるだろうか。

 

 不安な気持ちのまま、一瞬の静寂が何よりも恐ろしく感じた。

 

 「教会で懺悔してこい、ギンジ」

 「ミドリコ・・・」

 「私がかつて好きになった男の為だ。私の信じる正義の為に、もう一度信じてみようと思うよ。これは、警察としても、正義のヒーローとしてもだ」

 

 ミドリコの顔は晴れやかなモノだった。

 

 「だから、この事は誰にも言わないでおく。もし、どんな結末であろうと、そんな事をカエデが許してくれるとは思えないしな。ギンジは、あの神宮財閥の社員、っと言う事にもなっているしな」

 「・・・」

 「だから、約束は守ってもらう。何があっても、どんな奴が相手でも、もう絶対に殺す事は無いと。そして全部終わったら、懺悔をして・・・」

 「悔いの無い人生を歩め、ってんだな」

 「ふふっ、そうだ」

 

 今回ばかりは糾弾されると思っていたが、ミドリコには許して貰えた。

 

 どんな形であれどギンジは手を悪に染めた事には違いは無いが、それでもギンジを、今この瞬間に裁ける法なんて存在しないのだ。

 

 そもそも怪人に通じる法律なんて無いようにも思えるのだが。

 

 「それじゃあ、戻ろうか。これから色々やらないといけない事もあるのだからな」

 「ああ・・・なぁ、ミドリコ」

 「ん?」

 

 少し先を歩き出したミドリコを、呼び止めるギンジ。

 

 「・・・ありがとう」

 「ふっ、気にするなよ。私達は仲間なんだからな」

 「ありがとう・・・」

 

 ギンジは許されたわけではないが、王騎士はきっと赦されただろうか。

 

 自分の心に宿った、黒い衝撃はギンジの細部に宿る力となったが、ギンジはこの力を報いの意味も込めて、使用しないと心に決めるのであった。

 

 「さぁ、戻るぞ!きっとカエデがリムジンをつけて、カンカンになってるに違いない」

 「うへぇ、そりゃ一大事だ!早く帰ろうぜ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 9月3日、午前0時──。

 

 人が一人入れそうな大きさのシリンダーが何本も立ち並ぶ、機械的な異様な空間に、紫は小さなマントを翻しながら、静寂と暗闇が支配する研究室を歩く。

 

 「・・・」

 

 仮面の下の顔は誰にも見えない。

 

 誰にも見せた事の無い素顔だが、きっとその顔は歪に歪んだ笑みをしているに違いない。

 

 自分でも不思議とそう思えると、紫は腕をプラプラと動かしながら暗闇を歩き続ける。

 

 「師を超える事は敵わず、しかし、師に近づく事は出来た」

 

 誰にも聞こえる事も無く、その声は静寂に飲み込まれて、消えていく。

 

 「・・・まだまだ期待してますよ。ギンジさん」

 

 顎に手を当てて、紫は師であるドクターミヤコの最高傑作の、佐久間ギンジに期待を乗せる。

 

 「きっと・・・王騎士の力が、彼を強くする。お喜びください、ドクターミヤコ!」

 

 暗闇の向こう、行き止まりにあるのは小さな机。

 

 その机の上には、無数の書類が散らばっており、真ん中には釘で打ち付けた、一枚の資料があった。

 

 その一枚の紙に記されているのは、無数の数字の羅列と、ギンジの身体データに、進化の怪人としての次なる進化を促す条件がミヤコの文字によって記されているモノだ。

 

 これはカエデハウスから触手の怪人に持って帰って来させた、ドクターミヤコの研究日誌の一つだ。

 

 そんな資料のほとんどはギンジのモノばかりだったのだが。

 

 しかしどれだけ進化の条件を模索していても、ギンジはこれ以上怪人の細胞が強くならないとも記されているモノがほとんどの中、この釘で打ち付けた研究資料だけが、更なるステータスアップを望める希望が記されていた。

 

 「ククク・・・黒い衝撃は、怪人に作用する熱源と、それに応じて波動を飛ばす能力。私の仮設が正しければ、きっとギンジさんは、怪人としても、ヒーローとしても強化されて行くはず。成長が止まるならば、上を目指せるように、助力すれば良い・・・」

 

 釘で打ち付けた資料の、少し先。テーブルにくっついた壁に面する所では、もう一枚、壁に釘で打ち付けた、ドクターパープル用の研究資料。

 

 そこに記されているのは、黒い衝撃と、怪人のフェーズについての事。

 

 更に細かく記されているのは、怪人のレベルについて詳しく残された、紫のレポート。

 

 「・・・ああ、楽しみだ」

 

 黒く、光も通さない暗闇の中で、紫は期待をもう一度ギンジに乗せる。

 

 ギンジの身体と心に入ったであろう、黒い衝撃。

 

 それが怪人の強化を促せるのであれば、きっとヘルブラッククロスに所属する怪人達も強化に使える。

 

 そうして到達する先は、地獄を完璧に体現する事が出来る、強き力を持った怪人達の姿。

 

 怪人達の強くなった姿を想像して、そしてギンジも強くなる事を想像して、紫は研究者として遥かな高みに、歪な笑みを見せた。

 

 怪人達の行き着く先は──。

 

 そしてすぐそこに潜む悪の存在を、紫以外は誰も知らない。

 

 「行くぞ・・・フェーズ4の世界へ・・・!」

 

 

続く 

 

 




お疲れ様です。

終盤と言う事もあり、もっとドクターパープルを掘り下げたい&もっと悪の組織らしい壮大な事を企てたいって事で、このお話を追加しました。

元々はドクターパープルがヘヴンホワイティネスの眼の前で映像を公開する、みたいに考えてましたがそっちは速い段階でボツにしていたので、こういうのも入れる為に、温泉旅行編になりました。
まぁ、本当は作者が友人の結婚式で箱根行っただけなんだけどね。だから温泉になりました。

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
ミドリコには言えないと思いつつも、やっぱり正直に話した。

甘白ミドリコ
さり気なくギンジの事を好きだったと言ったが、普通にスルーされて可笑しくなった。
ギンジの犯した罪を肯定する気は無い。
相手が怪人だからOKとか、ヘルブラッククロスだからOKだとかそういう風には思っていない。今後の事は、ギンジに懺悔させる事として、この秘密は仲間として墓場まで持っていく事にした。

紫/ドクターパープル
周りにドクターパープルと名乗らせて偉ぶっている。
ギンジに入る黒い衝撃は、きっとミヤコの研究の課題になっていたに違いないと、信じている。
これによって仮設が立証されれば、自分の怪人達をより強くする事が出来ると研究している。
フェーズ4にしていく事で、本当の意味でミヤコの敵として立ちはだかる事が出来るから。
鈴村ミヤコが最後に戦う敵

・・・
次回、新章・鏡の怪人編、始まります!
9月6日、監獄襲撃のヘヴンホワイティネス視点でのお話となります!
あの時、ヘヴンホワイティネスがどうしていたのか・・・

それではまた次回!応援、感想、お待ちしております!



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鏡の怪人編
106・怪人四天王・鏡の怪人


こんにちは、アトラクションです。

今回から新章突入となります。

怪人四天王が一人、鏡の怪人も久しぶりに登場!そして彼女が主要となるお話になります。

それではどうぞ!


 

 2022年、9月6日。時刻はわからないが、もうすぐ夕方になる頃だろうか。

 

 日本と言う国の中でも、世界的にも類を見ない、平成の時代に起きた事件はこの先の歴史に残る、大きな事件となった。

 

 それは政府が建てたと言っても過言でもない、歴史的にも古くから法と秩序を守られていた虹層作市の破壊と、そこに住まう人々の洗脳と虐殺。

 

 ひとつの市そのモノを手中に収めた、ヘルブラッククロスが世に広げた大事件は、その悪の組織の存在を世間に知らしめ、またどんな国も持たない兵力である怪人の存在すらも、この世界に教える事となった。

 

 「くっそ〜・・・」

 

 その存在を噂程度にしか知らなかった男が、荒れ果てたアスファルトを歩きながら、二丁のマシンガンを持っている。

 

 無精髭を残し疲れた顔で居る男は、日本軍の制服を汚しては、足取り重く歩いている。

 

 男の名前は銀葉イオリ。

 

 虹層作市の大襲撃に合わせて政府からの要請に応じて、現場に派遣されたトップクラスの実力者だった男だ。

 

 虹層作市から少し離れた人気の無い道を歩き、彼は一つ大きなため息を放つ。

 

 2000を超える自分の部隊は、あっという間に蹴散らされ、今仲間達がどうなったのか知る術が無い以上、なんとかして政府の本拠地に戻らないと行けない。

 

 ヘルブラッククロスの戦闘員達を見たのは初めてだったが、アレらはかなり異質な精神状態にも思えた。

 

 先ず、銃を恐れない事。

 

 戦車にすら平然と前に立ちふさがり、実際に武力行使を告げた攻撃にすら怯まない。

 

 おまけに怪人と呼ばれる、これも噂程度にしか聴いていなかった、架空の生物を眼にして、イオリは逆に戦々恐々とした。

 

 仲間と共に、前だけを見て強行撤退をした事で、仲間はもしかしたら怪人に・・・女性の部下はヘルブラッククロスに連れて行かれたか・・・。

 

 考えても仕方ない事だと、そんな風には片付けずに、イオリは悔しさからサブマシンガンのグリップを強く握る。

 

 「・・・でも、あんな怪物達に、我々は勝てるのか・・・?」

 

 日本軍の技術班の粋を集めて造った兵器は、どれも通用していない様に思えた。

 

 事実、効力があるのであれば、今頃撤退なんてしていないのだから。

 

 汚れた日本軍の迷彩軍服を、身体に張り付かせながらも、イオリはひたすら、ただひたすら疲れて重くなった足を動かして、虹層作市からもっと遠くへと離れていくのであった。

 

 「このままじゃ駄目だ・・・アレと戦うには・・・もっと常識外れの戦力が必要だ・・・それも政府じゃ駄目だ。同じぐらい常識の無い怪物が必要だ・・・」

 

 イオリが苦い顔でブツブツ言いながら、沈み征く陽を見上げて・・・絶望に染まった虹層作市を背に、彼はひたすら逃げ続けるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 9月6日の昼頃。

 

 俺、こと佐久間ギンジ(超強いウルトラハイパーさいつよ怪人)の居る場所は神宮亭に用意された、俺の小さな自室で、ミヤコが用意してくれた研究資料やらなんやらを読みながら、ヘルブラッククロスの動きに警戒している最中だ。

 

 俺たちは温泉旅行も終わってからと言うモノ、ここ数日ばかりは、毎日ニュースやオークの奴と連絡を取り合ったりして、ヘルブラッククロスの動向を逐一確認はしていた。

 

 学校に行ったカエデ、レンをケイタを見送り、ミドリコも本庁に出勤し、俺と赤鬼とミヤコは常に街の異変を確認しつつ、何かれば早急にぶっ叩きに行くと言う、いつの日かの日常を繰り返していた。

 

 ヘルブラッククロスがこれから行おうとしている事。

 

 それは俺たちの住むこの度固化市を破壊すると言う目的。

 

 その為には、虹層作市っていう聴いたことの無い街の破壊をし、更に戦力増強の為に魔法界に進撃、および侵略。

 

 最後に諸々準備を整えて、この度固化市を、俺たち諸共、もしくは破壊後に一網打尽の大作戦を考えているらしい。

 

 それがもし本当なら、俺達は今すぎに仲間達に連絡して組織を叩きに行った方が良いとも俺は思う。

 

 「はぁ・・・」

 

 俺の望むハッピーエンドの為に、色々考えていたけどまさかこkまで話が小難しくて、大事になるとは思ってなかったぜ。

 

 そりゃぁため息も出ますわ。

 

 「兄貴〜、アイス食べようぜ」

 

 のんきな声とのんきな事を言ってくるのは、最初はイロモノ、今は俺達の頼れる仲間の赤鬼先生だ。

 

 何故先生かって?気分だよ。

 

 「アイス?またあのおっぱいアイスでも食べるのか?ミドリコに殺されるぞ」

 「ヌハハ、ミドリコは俺っちにはそんな事しないぜ」

 「いつもガンストックで殴られてるじゃねぇか。アレ痛くないの?」

 「ヌハハ、痛いぜ」

 

 痛いのか・・・いやまぁアレ痛いよな。普通なら死んでるぞ。

 

 「んな事より兄貴、サクラのお嬢には連絡はついたんですかい?」

 「ああ。あいつも勿論協力してくれるってよ。サクラとレイナには魔法界絡みの諸々を任せる事にしたよ」

 「へぇ。そいで、ルカにゃぁ、何をお願いするんで?」

 「ルカは、いつもどおり意対化市の防衛を任せてる。どんな敵の数でも、今のルカなら一人でギリ街を回りきれるんだと」

 

 温泉旅行から帰ってきた俺たちは、その翌日にすぐに皆に連絡を取って、来れる奴には皆神宮亭に来てもらった。

 

 熊沢レイナ。相変わらず八頭身美人で、俺の退魔師勧誘も諦めていなかった。

 

 小町サクラ。この現代に生きる魔法少女であり、俺たちヘヴンホワイティネスにも協力的で頼れる心強い人だぜ。

 

 トレードマークは黒猫の様な杖と、桃色の髪!

 

 月島ルカ。ゲームの世界には居なかったけど、どうやらヘヴンホワイティネスの世界観設定的には存在している、無数のヒーローの一人らしい。イレギュラー的存在だけど、俺たちの味方で良かった。

 

 今も頼りになるぜ。防御には絶対の自信があるからな。

 

 オーク怪人。こいつは未だに動きが読めない、掴みどころの無い様な怪人だが、一応味方・・・?なのかな。

 

 俺には勝てないけど、めっちゃ強い。俺には勝てないけどね。

 

 そして、味方はまだまだ居た。

 

 暴力の怪人、拒絶の怪人、血の怪人。

 

 東度固化市に居を構えて、大規模なアーケード街を様々な人種で構成された、巨大な要塞を築き上げたレジスタンスだ。

 

 あ、ここで言う人種ってのは白とか黒とかって意味じゃないぜ。

 

 種族の事だ!

 

 ヘルブラッククロスの怪人。

 

 ゲヘナミレニアムの魔人。

 

 マージ・ジゴックの闇人。

 

 そしてある一定数の戦える人間の事を、超人と呼ぶらしい。

 

 うちで言うなら甘白ミドリコロケットランチャーポリスメンとか。

 

 ああ、あとケイタも一応その部類か?

 

 そしてヒーローと呼ばれる部類はかなり少ないけど、さっきも言った様に、レイナ、サクラ、ルカに加えて、カエデとレンもそのヒーローの部類に入る。

 

 なんと俺はそんなヒーローと肩を並べて一緒に戦ってるんやで!どや、すごいやろ!

 

 で、そんな頼りになる仲間達を集めて、皆でヘルブラッククロスの襲撃には気をつけて行こうなって話を昨日したばかりだ。

 

 どう転ぶかはわからないけど、絶対に全部の悪事を阻止してみせるぜ。

 

 「もう、誰かが悲しむ世界を創らない様に、俺たちがしっかりしないとだよな」

 「へい。俺っちもこの身体の力を、全部使っていきやす。兄貴、遠慮なく命令してくれよな」

 「よせよ、命令なんて。言葉は悪いかも知れないけど、俺はお願いしてるんだぜ」

 「ヌハハ、だったら兄貴のお願いにはなんでも答えねぇとな。弟分としても、舎弟としても、子分としても、手下としても頑張らねぇと」

 

 赤鬼の気合の入った鼻息と、牙を強く打ち付けるその姿が勇ましい。

 

 角もそうだけど、マジで強いからなこいつ。

 

 「おう、頼りにしてるぜ」

 「俺っちが言うんもアレですが、兄貴の事も頼りにしてますぜ」

 「はは、任せとけ」

 

 会話がそれで終わると、俺はもう一度ミヤコが用意してくれた、資料に眼を通すが・・・なるほどなるほど。ふむふむ。

 

 なんて書いてあるのかわからんなコリャ。

 

 「兄貴」

 

 まだ居たのか赤鬼。そろそろ身体鍛えるなりなんなりで、戻れよ。

 

 「アイス食べやしょうぜ」

 「・・・ハーゲン○ッツにしとけよ」

 「ジングウザイバツの高級アイス、食べちゃいやしょう」

 「カエデにバレたら殺されるぞ」

 「オナゴ達に殺されるのが怖くて、アイスが食べられるかってんでい。ほれ、兄貴、行きやしょう」

 

 赤鬼の豪腕に掴まれて、俺は容赦をまったく感じない力加減で、小部屋を連れ出されて、高級をアイスを食べる事になった。

 

 赤鬼的に言えばきっと、少しは息抜きしろって事なんだろうけど、こんなほのぼのしていて良いのかな・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 9月6日。

 

 時刻は13時を回る頃合い。

 

 ある一つの街で、爆発が起こった。

 

 その数分後、テロじみた攻撃?と思わしきニュースが、度固化市にもすぐに伝わり、政府が緊急事態であると称し、日本軍を派遣した。

 

 それと同時刻・・・。

 

 度固化野命神高等学校・屋上。

 

 いつもの昼休みを満喫している学生達とは違い、少し重い表情をして過ごしているのは、カエデとレンとケイタ。

 

 この三人はいつものお決まりの三人として、決まった時間にこの場所に昼休憩の時間を過ごしている。

 

 いつもだったらなんだか他愛の無い話をしながら、適当な事をだべったり、恋のお話をしたり、次の授業に向けた対策の会話をしたり、昨日の怪人との戦いとの話をしたりしている時間だ。

 

 とにかく美味しいお弁当を食べながら、そんな非日常に満ちた日常の事を話しているだけの時間なのだが・・・。

 

 カエデの表情はどこかソワソワしている。

 

 レンの表情は固く、明後日の方向を見ている。

 

 ケイタもあまりお弁当が喉を通らないでいる。

 

 口に含んだサンドイッチの味がペーストになって、それ以上に味が無くなっても飲み込めないでいるぐらいだ。

 

 秋を迎え入れる季節の風が、まだ強い日差しを重なって、生ぬるいモノとなって、三人の顔を撫でる。

 

 微妙に涼しくない風が、かえって三人の不安を大きくさせる。

 

 「いつかな・・・」

 

 校舎の下から聞こえる学生達の笑い声をかき消すように、ケイタが沈黙を作り出した。

 

 いつ、と言うのは間違いなくヘルブラッククロスの襲撃の開始の事だろう。

 

 本来ならば学校に居るよりも、虹層作市に向かう事の方が、こんな気分にもならない筈なのだろうが、それはまざまざと危険に飛び込むと言う事で、ギンジに止められたのだ。

 

 そしてミドリコも同じ理由で、単身で乗り込む事は控えさせられている。

 

 ミヤコが聴いた話が、手はず通りに進んでいるのであれば、今日9月6日はその襲撃が開始されて、あの柏木タツヤを奪還するという恐るべき襲撃が始まる日になるらしい。

 

 ギンジにも知りえない未来になった以上、もう頼れる情報源等存在しない。

 

 「・・・レン、大丈夫?」

 

 ケイタが沈黙の中もう一度声を出した。

 

 声は自分の恋人であるレンに向けられ、レンはケイタの声を聴いただけで、表情を柔らかくする。

 

 「うん、大丈夫」

 「今日の下校中にさ、最近出来たケーキ屋さんがあるらしくてさ、その、また帰りに皆で、行こ・・・う、よ・・・あは、ハハハ・・・」

 

 乾いた声と乾いた笑いでレンとカエデを元気つけようとするが、そんなモノはなんの慰めにもならない。それどころか重い空気感を余計に強くしてしまった。

 

 「ねぇ、ケイタ」

 

 今度はレンが声を出した。

 

 不安に押しつぶされない様に、気丈に振る舞うレンの顔を見て、カエデとケイタは少し寂しそうだ。

 

 「ごめん、やっぱりなんでもない」

 

 レンには少しだけ、今この街、自分の未来に起こりうる心配よりも、違う事を心配していた。

 

 「・・・やっぱり、言う。また、私達が、孤立させられて、各個撃破を狙われたら、どうしようかと・・・」

 「だ、大丈夫よ!今のあたし達なら、絶対に返り討ちにしてやるわ!」

 

 レンの不安に対しては、今度はカエデが気丈に振る舞ってみせる。

 

 いくら突拍子の無い事でも、あの組織ならやりかねない。

 

 だからこそ、自分達が阻止出来なかったらと思うと、辛くて苦しい。

 

 今までは阻止出来ていたのだ。だから今度も、自分達は成功する。成功するに決まっていると、カエデは信じている。

 

 だからこそ、この胸騒ぎが・・・余計に重く感じる。

 

 「・・・そろそろ、休憩が終わるわね。早く戻りましょ」

 

 カエデがふわりと立ち上がり、本物のご令嬢だと思わせる様な仕草で、お弁当の包みを持ち上げる。

 

 「同意。今日のご飯は、あまり美味しくなかった」

 「僕も、あんまり食べれなかったよ」

 

 それぞれが立ち上がり、ゆっくりと屋上から校舎に戻ろうとした瞬間だった。

 

 prrrrrrrrr!

 

 『!!?』

 

 カエデのスマホから大きな着信音が鳴り出した。

 

 着信音が鳴っただけでも、一気に心臓が鷲掴みにされる思いで、三人が一斉に飛び上がる。

 

 ひょっとしたら怪人がおどかして来るよりも、びっくりしたかもしれない。

 

 「・・・出ないの?」

 

 レンからの声で正気を取り戻して、カエデは着信を取る。

 

 『ハァ、ハァ・・・カエデか!?』

 

 着信の主はギンジだった。

 

 しかしいつもならギンジからの着信は嬉しいモノなのだが、なにやら呼吸が荒い。この状況下において、ミヤコでも暴走したのだろうか。

 

 お留守番組がいつも通りならそれで良いのだと、カエデは少し安堵もできそうなのだが・・・。

 

 「ギンジ?どうしたの?」

 『今、レンとケイタの居るか!?』

 「え、うん・・・居るけど・・・」

 『急いで戻ってこい!ヘルブラッククロスのお出ましだ!お前のオトーサンも負傷した!』

 「は・・・?」

 『敵は一体だけだが、能力がやべぇ!今赤鬼といざよいパイセンが応戦してるけど、ミヤコも敵の術にハマった!お前たちが居ないと、もしかしたら勝てねぇかも知れないんだ!戻ってこい!それまで神宮亭は俺が守るから!』

 

 ギンジの必死な訴えに続き、校舎に鳴り響くサイレン。

 

 そのサイレンにも三人が驚き、校内放送の内容にも耳を疑った。

 

 『全校生徒へ。ただちに教室に戻ってください。警察から緊急事態の通報が入りました。指示があるまで、教室に居てください。繰り返します。ただちに教室に戻ってください。警察からの・・・』

 「何よこれ・・・」

 

 一瞬で血の気が引く思いだ。

 

 自分の父親は負傷し、家も危ない。それに、このタイミングでも校内放送。

 

 「ギンジ、すぐに戻るわ・・・」

 『頼むぞ!なるべく早く・・・うおっ!?』

 

 通話越しでなにかの攻撃が入ったのか、通話はそこで途切れてしまった。

 

 「・・・」

 「カエデ・・・」

 

 レンもなにやら気が気でない表情であり、ケイタもおどおどしている。

 

 9月6日。

 

 この日、神宮カエデにとっても世界にとっても、決して無視出来ない歴史に刻まれる事件が起きる事となる。

 

 「急いで戻るわよ!」

 

 勇ましく、しかしそれで居ても不安を隠せていないカエデの顔は、苦く、重く、陰りをしっかりと残していた。

 

・・・・・・・・・・・・・・ 

 

 この私が総統より命令を受けたのは、全てが総統がお望みになった力による世界を創る事が目的と掲げられていたからだ。

 

 総統は私に命じられた。

 

 虹層作市の襲撃に駆けつける者が邪魔をする者であれば、組織の威信をかけて妨害し、殺せと。

 

 なれば私は、鏡の裏側に広がる、広大な暗闇の世界に身を映して、敵陣へと猛進する。

 

 場所は既に解っている。

 

 私が大いに敬愛する、私を造り出してくれた、親の様な存在である総統閣下に心労を祟らせる憎き怨敵。

 

 ヘヴンホワイティネスがたった今住んでいる場所へと・・・。

 

 この身体に巻き付いた包帯の様な羽衣を揺らして、私は自分の視界を遮る。

 

 同じく包帯の様な羽衣の一部分でもある。それをテープの様に伸ばして、私は自分の瞳に巻いて隠す。

 

 暗闇の中に隠した自分の瞳は別に嫌いじゃない。

 

 だけれど私は・・・自分を造って下さった総統に、この世界に生きる道標を示してくれた総統の為に、力のある者だけが生きる事を許された、優勝劣敗を明らかにする世界の為に、私は今日も総統の為だけに、この身を動かす。

 

 鏡を通じて、闇を超えて、光を跳ね返す、この私、鏡の怪人にしか出来ない事があると、総統は私を信じて送り出してくれた。

 

 「だからこそ・・・真っ先に潰すのは・・・」

 

 私が憎しみを込めて一言放った。

 

 退魔師でも、魔法少女でも、月の守護者でも、裏切り者でもない。

 

 先に潰すのは・・・この私の美しい身体に傷をつけた・・・。

 

 「ヘヴンホワイティネスを倒す・・・!」

 

 だから邪魔をされる前に、私の方から出向けば良い。

 

 どうせどこに姿を隠していても、私から逃げられないし、隠れる事も出来ない。

 

 「奴らの居場所は、こちらから探し当てているのだ。同胞の邪魔なんてさせないわ」

 

 虹層作市に向かった全怪人の邪魔なんて、私が許さない。

 

 ヘヴンホワイティネスならば全てを撃破してしまいかねない。

 

 この私を除けば、確実に僅差で敗ける可能性がある。

 

 だから、奴らの住居に侵入し、変身する前にヘヴンホワイティネスを潰す。

 

 存在その者が真実を映し出す、この私鏡の怪人の能力を持ってすれば、確実に勝利を持って帰り、総統のお望みの世界とその野望の為にに、この私が尽力出来るからだ。

 

 そうすればあの暴力の様な快楽を得られる。

 

 自分が弱い生物だと思い知らせてくれる、総統の欲望を、私の全身にぶつけてもらえる。

 

 「覚悟しろ」

 

 鏡を通じて、私は次々と奴らの住居にある鏡を全部網羅した。

 

 さぁ、その次は・・・。

 

 ヘヴンホワイティネスへの攻撃だ。

 

 私の能力ならば、非戦闘員を殺傷する事なんて容易いわ。

 

 「むお、あ、鏡じゃねぇか」

 

 !?

 

 一枚の鏡から出てきた男は、私が決して無視しては行けない男。

 

 かつては同じ力の世界を創る為に、共に戦線に立った同胞だった男、赤鬼が私と鏡越しで眼が会った。

 

 相変わらず赤い肌。惚れ惚れするほどの雄々しい一本の角。

 

 筋肉質な身体は強く、硬そう。総統には及ばないけれど。

 

 「てめぇ、なんでここに居やがる。ここはカエデの姉御のご実家なんだぞ!」

 「へぇ〜・・・って事は、そのカエデってのが、ヘヴンホワイティネスなのね?」

 

 強いには強いが、この男は馬鹿だ。

 

 「なっばっ、別にちげぇし!」

 「じゃあ、そのカエデの実家って事は、大切な人も居るのかしらね?」

 「このっ!」

 

 能力が赤鬼の怪人に知られている以上、この男は私が映る鏡を殴って破壊してきたわ。

 

 でも、破片だって残っている。相変わらず詰めの甘い事ね。

 

 真ん中が割れて、蜘蛛の巣みたいになった鏡だけじゃ、私の能力を封殺する事は出来ないわ。

 

 「やっべ・・・」

 「鏡の監獄(ミラー・プリズン)!」

 

 私が生み出す、長方形の鏡が割れた鏡から飛び出していく。

 

 身体を反らせて逃げようとしているみたいだけど、そんな事じゃ逃げられないわよ!

 

 「空砕烈拳!」

 「!」

 

 空気を操る事が出来る赤鬼の怪人は、私の能力で造られた鏡を空気圧で破壊していく。

 

 「あら、鏡その者は壊さないのかしら?」

 

 最初に殴りぬいた鏡だけは壊さないで、赤鬼の怪人は何を考えているのかしら。

 

 「ここはカエデの姉御のご実家だ!色々とパンパン壊して良い所じゃねぇんでい!」

 「へぇ・・・じゃあつまり・・・アナタ、弱みだらけの所でこの私と戦おうって言うのかしら?」

 「チッ!」

 

 モノを壊せないって言うなら、好都合ね。流石に今私が映っている鏡は、舌打ちの後に金棒で粉砕されたわ。

 

 「兄貴ぃ!兄貴ぃ!」

 

 割れて粉の様になった鏡の破片から、赤鬼の怪人の声がするわ。

 

 兄貴って、もしかしてあのドクターミヤコの最高傑作の事かしら?

 

 「俺っちがションベンしてる時に襲撃だ!兄貴ぃぃぃ!」

 「・・・」

 

 どうやら私が最初に映った鏡は男子トイレのようね・・・。

 

 「でもいいわ。裏切り者が最低二人も居るならば、やっぱり私がこの手で、全員炙り出して、殺してあげるわ!」

 

 鏡に映る暗闇の世界の中で、私は叫びながら敵襲を告げる赤鬼を追いかける事にした。

 

 そうして追いかければ、あの兄貴にも遭遇出来るし、赤鬼の怪人は馬鹿だから、私の能力の事を話す余裕なんてなさそうだしね。

 

 鏡となりうるモノの全てには、私の能力が適応される事を利用して、銀のスプーンは触れれば、切れる道具。

 

 窓ガラスは鏡の刃を飛ばす、遠距離攻撃の要。

 

 水は映った自分を、幻惑の世界へと誘う力へ。

 

 ああ、この大きな豪邸は私の独壇場ね!

 

 先にこの住居を調べておいて良かった。

 

 誰にも知らせずに調べて良かった。

 

 こうなれば、全てが私の攻撃によって、適当に徘徊しているだけでも、攻撃が成立するのだから!

 

 「どこに隠れても無駄よ。全ての映るモノは、私の眼となり、攻撃の為の武器となる。鏡の要塞(ミラー・ザイガス)は完成したのよ!」

 

 一人。また一人と、誰かが私の術にハマる。

 

 誰かは攻撃をもらい、誰かが術にハマり、誰かが苦しむ。

 

 「ヌハハ、お前の能力なんて屁でもねぇぜ!」

 「!?」

 

 同じ鏡の世界に聞こえたのは、馬鹿の赤鬼の怪人の高笑い。

 

 「・・・何をしようと言うのかしら」

 「俺っちは毎日教育番組見てるからよ!鏡は見えなきゃ効力が発揮しねぇだろうが!」

 「チッ・・・」

 

 そう、私の鏡の怪人としての能力は、目に見えないと映ると認識されない。

 

 その事を解っている赤鬼の怪人は・・・。

 

 「何をしてるの?」

 「おう!お前の攻撃を喰らわない為に、俺っちも目隠しだ!」

 

 包帯をぐるぐると自分の顔に巻きつけて、赤鬼の怪人は明後日の方向を向きながら、私に吠える。

 

 「・・・馬鹿ね」

 「え?」

 「鏡々の斬烈(ミラー・サイス)!」

 

 鏡として使えて、自分を映せるモノは全て私の眼となる事までは理解していなかったようね。

 

 鏡から飛び出す無数の刃が、赤鬼の怪人に命中していく。

 

 下手な弾丸よりも早く、そこらの刃物よりも切れ味の鋭い攻撃は、瞬きする間も無く、赤鬼の怪人を押し込める。

 

 「くっそ!前より強いな」

 「アナタも、裏切った癖に打たれ弱くなってなくて、感心したわ」

 

 この攻撃で赤鬼の怪人を殺すつもりで居たけど、そう簡単にやられなくて嬉しいわ。

 

 いたぶりがいがあるわ!

 

 「どら、かかって来いや!眼が見えなくても、お前なんざにゃ敗けやしねぇぜ」

 「その減らず口もここまでね。裏切り者には死を!」

 

 未だ目隠ししてこの私に勝とうとしているなんて、面白くなりそうだわ。

 

 そうして私は、ヘヴンホワイティネスの住居でもある、あの神宮財閥の本拠地の襲撃を本格的に開始する事にした。

 

 そして、もう一つの鏡に映る存在が、私の背後で光り出す。

 

 その鏡に映った者は、どうしてくれようか。

 

 「・・・ッ!」

 

 どこの部屋かは不明だけれど、鏡に映った者の顔を見て、私は一気に怒りが全身に走った気がした。

 

 眠そうな顔で鏡に眼を合わせて、黒髪についた癖の強そうな寝癖を治そうとしている少女も姿を見て、私は、自分が自分じゃないぐらいの怒りを感じた。

 

 のんきに大あくびまでして、私が居るという事に気づいていないのであれば・・・。

 

 今こそ死よりも苦しい、絶望の世界へと送ってやる・・・!

 

 「ドクターミヤコ・・・」

 「くふっ!?あれ、なんで・・・」

 

 背後の鏡に私が顔を覗かせると、ドクターミヤコは驚愕に溢れた顔を見せて、咄嗟に逃げようとする。

 

 だけど鏡に映ったこの私からは逃れる事なんて、不可能だわ!

 

 「鏡の監獄(ミラー・プリズン)!」

 「きゃっ・・・ギンジ君、助け・・・っ」

 

 私がドクターミヤコの見ていた鏡から、長方形の鏡の筒を飛ばして、憎き裏切り者の一人である、ドクターミヤコを捉える事に成功した。

 

 液体金属の様に広がる筒に飲み込まれる傍ら、最も怖いと感じる表情を見せてくれたけど、今更恐れてももう遅いわ!この私の、真実を映し出す鏡の世界にて、震えて絶望するが良いわ!!

 

 ・・・。こうして私のヘヴンホワイティネスに対する、復讐劇が幕を開いた。

 

 ヘヴンホワイティネスが姿を表さないのであれば、ここで彼女達の家族や使用人、神宮財閥の関係者を全員抹殺する事にしよう。

 

 文字通りの大惨事を目の当たりにした時、ヘヴンホワイティネスがはどんな顔で鏡を見るのかしら。

 

 ああ、総統閣下。私の勝利を信じて待つ、私の愛しき人。

 

 総統の紅い眼光を思い出して、私は鏡の世界で身震いする。

 

 嬉しさと恍惚。他にも色々あるけれど。

 

 「さぁ、次は・・・ドクターミヤコの最高傑作ね・・・どこに居るのかしら。どこに逃げても無駄だと言うことを、その身体に教えてあげないとね・・・」

 

 私が誰にも聞こえる事の無い、暗闇が広がる鏡の世界で、進化の怪人を探しに出る。

 

 最早この神宮亭にある反射して鏡になりうるモノは、全てが私の眼となっている。

 

 勝利を確信した私は、まだ鏡の破片を戦っている赤鬼の怪人と、その使用人かしら?を無視して、次の標的を決めた。

 

 「さぁ、出てきなさい・・・進化の怪人」

 

 

 

続く

  

 

 




お疲れ様です。

今回の章では鏡の怪人が主要となるお話も多いですが、実はカエデも大活躍するお話になります。

どこでどう活躍するかはお楽しみに。

キャラネタ書きます

鏡の怪人
総統閣下に造られた怪人。
ヘルブラッククロスの思想を盲信している。
総統にも心酔しており、初めての人は総統。
包帯の様な羽衣を持っており、白い肌と白い包帯をつけている。
目隠しの様な包帯もあるのだが、これは常時巻いている。
別に視界が遮られるとかはなく、嘘をつくと眼がギョロギョロ動かしてしまう為。
能力の詳細については次回のキャラネタで!

佐久間ギンジ
次の標的となった主人公。ところで彼の弱点は女性に本気で攻撃できない事です。鏡の怪人は女性です。つまり・・・?
そんな事も言っていられない状況になるのは次回で!

赤鬼の怪人
鏡の怪人と同じ怪人四天王だった怪人。ミドリコに一目惚れして組織を離反した馬鹿。鏡の怪人の能力についてはある程度把握はしている模様だが、その対策も結構馬鹿っぽさがあふれる。

鈴村ミヤコ
「くふふ、出番が少ないよ・・・どないなっとんじゃー」

・・・

次回はカエデ達も帰還して、鏡の怪人と激突を開始します!章の始まりはだいたい短いですが、次回からはちゃんといつもどおりの長さになります!

それでは、また次回!!



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107・鏡の監獄

皆様こんにちは、アトラクションです!

最近は例のウイルスに加えて、インフルも流行り始めましたね。
体調には皆様お気をつけて!私ですか?アレルギー性蕁麻疹が止まりません!やべーです!

それでは、どうぞ!(本編の事何も話してない)


 

 無数に飛び交う造られた鏡が、絶えず神宮亭の屋内を襲撃し続ける。

 

 当たっても出血するほどでは無いが、それはあくまで赤鬼の肌の硬さによる基準であり、人間だったら肌を裂傷させて、出血もひどくなるモノなのは言うまでも無い。

 

 「おい、赤鬼!この鏡はどうやったら止まるんだ!」

 

 神宮の文字が掘られた、特別製の刀を振り回しながら、十五夜ヒトシがひたすら中を舞う鏡を叩き落としている。

 

 神宮御庭番衆の筆頭でもある彼は、いち早く異変に気づき、神宮亭の一つの部屋で応戦を開始する赤鬼と合流していたのだが・・・。

 

 「止まるまで暴れ続けろォ!」

 

 オリハル金砕棒を無差別に振り回し、空気砲を打ち出しながら、ありとあらゆるモノを破壊して行く赤鬼の言動に、ヒトシは少しだけ不憫な思いをする。

 

 それと言うのも、この怪人と呼ばれる存在の事を、ヒトシはあまり快くは思っていないからだ。

 

 だがそうは言ってもこの大きな神宮亭を守る為に戦ってくれているのは事実であり、赤鬼がこれ以上被害を出さないように戦ってくれているのも事実であり、赤鬼の力が無いと、対処は不可能かも知れない。

 

 銀色の柱や、ラック、ピカピカに磨かれた窓ガラスに、部屋を明るくするシャンデリア。

 

 それらから銃の様に飛んでくる鏡の破片が、またもや飛んでくる。

 

 「くっ、またか!どうすれば止まるんだ!」

 「十五夜の旦那、眼を閉じろ!鏡のやつの能力は、視認出来なきゃ攻撃として成立なんざしねぇ!」

 「眼を閉じても、このガラスみたいな破片は飛んでくるぞ!」

 

 赤鬼が言うとおり実践しても、それらの刃はヒトシに命中し、足を少しだけ負傷してしまったのだ。

 

 「もう既に瞳に入ったモノは、防げねぇ!とにかく眼を閉じて、次の攻撃を視認するな!」

 「どういう事だ!?」

 

 ヒトシの眼の前では見えない打撃が空を切り、奥の窓ガラスが粉砕されていく。

 

 ガラス一枚だけでも数十万はくだらない、貴重な神宮財閥の窓が破壊されたのを見て、ヒトシは顔を青くさせる。

 

 もしこんな事が財閥長のソウジロウに見られたら、自分の立場さえ危なく思える。

 

 勿論これを破壊したのは赤鬼である。

 

 「グルァア!もう一発ぁつ!」

 

 鈍色を貴重として八角のオリハル金砕棒を振り下ろして、銀色に輝く柱とラックを大上段から叩き壊す。

 

 勇ましいを通り越して、なんでもかんでも一撃で破壊する怪人の恐ろしささえ感じる気迫に、ヒトシはその力強さに訝しむ表情を見せていた。

 

 しかしそれだけ壊しても、鏡の破片はまるでそ場所から剥がれ落ちる様に生成されて行き、再び赤鬼とヒトシの下へと突っ込んでくる。

 

 「空砕烈拳!」

 

 左拳を鏡の破片で埋め尽くされた空間に向けて、空気による拳の一撃が再び飛んできた鏡の破片を一網打尽に吹き飛ばす。

 

 吹き飛ばした拍子に、シャンデリアも、残ったラックも、まだ壊れていない窓ガラスも一撃で葬り去る。

 

 「なんて力だ・・・」

 「十五夜の旦那、敵は俺っちと同じ怪人・・・おまけに、実力は俺っちや兄貴と同等、もしかしたら未知の能力を引っさげている可能性もあらぁ」

 

 黒い甚兵衛を翻しながら、赤鬼がそう言うとそのまま手にした武器を使って【鏡】んいなりうるモノを次々と破壊していく。

 

 「いちいち壊すな!ここは神宮財閥の・・・」

 

 ヒトシが赤鬼の行動に注意を促そうとするも、赤鬼が大声で一喝する。 

 

 「もうここはアイツの手のひらだ!攻撃出来る手段を潰さないと、どんどん被害が広がるぞ!旦那はソウジロウ親分を守りに行け!道中のガラス、何か反射するモノ、そいつらをかたっぱしからぶっ壊せ!」

 「いや壊すって言ったって・・・」

 

 ヒトシはこの神宮財閥に雇われている御庭番衆だ。

 

 おいそれと神宮亭にあるモノを壊すわけには行かないと、立場を考えると簡単には出来ない事を考える。

 

 だがこれ以上正体不明の敵の攻撃を増やすとなると、使用人の被害も甚大なモノになる。

 

 人の命とモノの価値。どちらを天秤にかけるかは言うまでも無い事だろう。

 

 おまけに鏡となりうるモノがあるのであれば、それが財閥長のソウジロウにも被害が及ぶ。

 

 「・・・お前を信じていいんだな?」

 「おうよ任せろ!対処の為に破壊は最低限に抑えとく!」

 「敵の正体はなんだ?」

 「俺っちと同じ怪人!怪人四天王の鏡の怪人だ!鏡越しで眼を合わすなよ。あっという間に手中に捉えられちまう!」

 「了解した。ならば私はお前の言うとおりに、ソウジロウ様の下へ向かう!」

 

 赤鬼が扉を蹴破ってヒトシを廊下に連れ出すと、すぐ眼の前は中庭を一望出来る大きな窓ガラスの数々。

 

 「親分はどこでい」

 「きっと神宮亭の奥のドームだ!」

 

 ミヤコを救出する前に作戦会議を開いた、職務を全うするあの場所の事だろうと、赤鬼は考えた。

 

 「ここからどうやって行ったら近道だ?」

 「中庭を突き進むのが早い。だが・・・」

 「ヌハハ。それだったら、話が早くなるぜ!」

 

 ヒトシが赤鬼を止めようと思ったが、赤鬼はすぐに正面の窓ガラスを叩き割った。

 

 窓を割る事で、密閉されていた廊下に、外からの空気が勢い良く流れ込んでくる。

 

 その空気圧の強さは、すぐ隣の左右の窓さえも割ってしまい、浮かんでいた鏡の破片の効力を失っていく。

 

 「俺っちは兄貴とミヤコ姉さんを探してくる。旦那はとにかく親分を守り通せ」

 「・・・了解した。私からも一つお願いをしていいかね?」

 

 長く束ねた髪を揺らして、ヒトシは赤鬼の眼を見る。

 

 「ここはカエデお嬢様の帰る場所でもある。なんとしても使用人や、カエデお嬢様の帰る場所を守り通せ、いいな?」

 

 一息で言い切ると、赤鬼は左腕で自分の胸を叩く。

 

 固く分厚い胸板から、強い音が鳴る事で赤鬼の事を信じて、赤鬼もまたヒトシを信じ合う。

 

 「男に二言はねぇよ!どら、旦那も吐いた唾飲むんじゃねぇぞ!」

 「任せろ!お前たち怪人よりも信用に足ると言う事を、知らしめて来ようでは無いか!」

 

 ヒトシが窓から飛び降りて、五体倒置で中庭に着地すると、眼の前の噴水を飛び越えんばかりの勢いで、地面を踏み抜いた。

 

 黒いスーツと長い髪を翻しながら、アクロバティックな動きで噴水を飛び越えると、今度は煉瓦で囲まれた小さなトンネルへと走り出す。

 

 そんな走り出したヒトシの背後には、噴水から反射した鏡の破片が、真っ黒なスーツの背後を狙って飛んでくる。

 

 「小癪な・・・神宮抜刀術!」

 

 ヒトシが背後の鏡の破片に気づいたが、眼もくれずに刀を引き抜こうとする。

 

 だがここで、先程赤鬼に言われた対処法の一部を思い出すした。

 

 眼を閉じて、攻撃を視認しなければ、鏡の破片は当たらない。

 

 (・・・今、おそらく鏡の破片は私の背後にある。この状態で眼を閉じれば、それで良いのか?)

 

 小さなトンネルをくぐる瞬間で、ヒトシは自分の瞳をきゅっと閉じる。

 

 ・・・。

 

 ・・・・・・・。

 

 痛みはおろか、攻撃の音さえ聞こえる事は無い。

 

 噴水と風によって揺れる中庭の木々の音だけが聞こえた。

 

 どうやら敵の攻撃は失敗に終わったようだ。

 

 (・・・なるほど、鏡になりうるモノ、か)

 

 ヒトシはこの攻撃による、攻撃を成立させる条件を頭の中で考えながら、神宮亭のドームへと向かうのであった。

 

 一方の赤鬼は、2階の廊下を猛進して行き、負傷したメイドや執事達を鏡の無い部屋へと担ぎ上げていた。

 

 「いいか、お前ら絶対に顔を合わせるなよ!眼も合わせたら。攻撃の準備が整っちまう!」

 

 最後の一人をおろして、赤鬼は自分の持っているサングラスを握りつぶす。

 

 これも鏡として成立するモノであると、思い出した事で、それまでただの人間に見えていた赤鬼を、使用人達が赤鬼を怪人として認識させる事になる。

 

 「俺っちは今から兄貴を連れて来る!お前らは鏡になりうるモノは全部ぶっ壊せよ!」

 

 メイド達は赤鬼の姿にパニックになるよりも、赤鬼のその勇ましさに皆救われているような気分になっている。

 

 赤鬼は誰がどう見ても怪人だ。

 

 だがその優しさと力強さ、そしてなにより人の命を守る為に、カエデの帰る場所を守る為に、赤鬼は誓った約束を守る為に、再び部屋を飛び出す。

 

 「兄貴!どこに居るんだ!ミヤコ姉さん!」

 

 自分が今現状戦力として一番信用出来る人の名を叫ぶが、彼の声に反応したのは、天井に取り付けられたシャンデリアが揺れているだけ。

 

 それは声の反響で揺れたのではない。

 

 シャンデリアの一部が、赤鬼を映したのだ。

 

 攻撃の条件が揃った事で、真上から鏡の破片が飛んできた。

 

 「チッ!次から次へと!」

 

 無数の鏡の破片をぶち壊しながら、赤鬼は再度シャンデリアを破壊して、いち早くギンジとミヤコを見つける為に、使用人達を救出しながら神宮亭を片っ端から回る事になった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ギンジが異変を感じ取った時、彼は一旦部屋で待機していた。

 

 先ずは仲間の安否だが、カエデ、レン、ケイタは学校に行っているから無害。

 

 次に赤鬼だが、赤鬼ならばこれぐらいはなんとか出来るはず。

 

 ミヤコはと言うと、連絡しても探しても返事が無い。

 

 反応すら示してくれない事で、ギンジには嫌な予感がよぎるが、そればっかりを考えていてもしょうがない。

 

 今度はこの神宮亭に居る使用人の事だが、全部を守ろうとするとそれは間に合わない事になる。

 

 「どうする・・・」

 

 敵の能力は不明。

 

 ここを襲撃してくるのは間違いなく、ヘルブラッククロスだ。

 

 敵の数も不明だが、なにかおかしいと感じるのは、戦闘員達の姿がここに出てきていない事だ。

 

 「手下共が居れば抑えて話を聞けるんだけどな・・・」

 

 まだ一人で戦えるならば、カエデ達に連絡を取らなくて良いだろうと、ギンジはベッドに座りながら考える。

 

 「さて・・・どうしたもんか・・・」

 

 ここまで考えて思うのは、誰かを守らないと行けないと言う事。

 

 自分達は正義のヒーローを自称しているのだから、ここで何もしないのは絶対に駄目だ。

 

 「・・・あ、そうだ」

 

 ギンジは自分のスマホを取り出す。手慣れた動作で、画面を見ずに起動すると、ある人物に連絡を取ろうとしていた。

 

 「出るかな・・・?」

 

 直接電話をかける。その電話先の相手は、神宮ソウジロウだ。

 

 軽快でポップな音が鳴るスマホを耳につけて、ギンジはソウジロウが出てくるのを待つ。

 

 「お、出た」

 『佐久間、か・・・』

 「え、ああうん。何かあったのか、オトーサン」

 

 出てきたソウジロウの声はどこか苦しそうで、少し呼吸が荒い。

 

 鼻息で頑張って呼吸するようにした、ソウジロウの声音に、ギンジがいよいよこの異変がただ事じゃないと確信し、それと同時に行動をしなかった事を悔やんだ。

 

 「おい大丈夫か?今どこに居るんだ!?」

 

 ベッドから立ち上がりながら、ギンジはソウジロウの安否を確認する。

 

 『何が起こったのかは、正直わからない・・・ただ、破片?刃みたいなモノが、私の肩に当たって・・・その、なんだ、出血が止まらないんだ・・・』

 「なんだとマジかよ!で、今どこに居るんだよ!」

 『前に君たちを招待した、奥のドームだ・・・』

 

 ソウジロウの苦しい声を電話越しに聴いて、ギンジは一気に焦燥する。

 

 焦りから生まれた汗が、ぽたりと落ちて、すぐに部屋から行動を開始する為に、ギンジは小さな扉を蹴破って、ソウジロウの下に向かう事にした。

 

 部屋の扉を抜けた先は、青白く角張った廊下となっており、窓が一枚、等間隔ではめ込んである。

 

 「俺が今すぐ行くから、それまで持ちこたえろよ!」

 『ああ、貴様の助けは要らないと言いたい所だが、なるべく早く頼む・・・私の側近達はもう動かないからな・・・』

 

 嫌味も込められた言葉を聴いて、やっぱり助けに行くのを止めようとも思うが、最後にソウジロウが発した言葉で色々と察した。

 

 普段ソウジロウは財閥長として、普段は身の回りの世話であったり、秘書の代わりになる人物を複数揃えている。

 

 危険があればソウジロウから見を呈して守る事を義務付けられている、言わばSPという者達だ。

 

 そんなSP達はもう既に動かない、となれば今ソウジロウを守れる人物は近くに居ないと言う事であろう。

 

 「しょうがねぇ、後でカエデに死ぬほど怒られるけど、ぶっ壊して行くか・・・」

 「あら、どこへ行こうと言うのかしら?」

 

 ギンジが眼の前の壁に向かって、突進しようとした瞬間、透き通る様な、しかし高圧的なモノ言いをする声がギンジの耳に入ってきた。

 

 壁を正面に、左右を見回してもその声の主の姿は見えない。

 

 でも、ギンジには分かる。その声の主が何者で、どういう存在なのか。

 

 「どこに居るんだ?隠れてないで姿を見せろよ。それとも、隠れんぼでもしたいのか?」

 

 どうせ隠れていても、全部壊してしまえば関係無い。

 

 「うふふ・・・ふふふ、アハハハハハ!」

 

 甲高く、それでいて上品とは言えない様な笑い声が、青白い廊下にこだまする。

 

 「今アナタの眼の前に居るでしょう?進化の怪人・・・」

 「あ・・・?」

 「見えているわよ、隠れていなくとも・・・ほら、もう少し上を見上げなさないな」

 「上・・・?」

 

 ほんの少し、首を上に向けた先は窓。

 

 キレイに磨かれて、汚れはおろか埃も見つける事すら不可能なほど、キレイになった窓ガラスが一枚。

 

 ここまでキレイだと一枚の鏡として使える事も出来そうなぐらいには、キレイだ。

 

 しかし窓を眺めても見えるのは、自分の顔と、その窓の向こう側にある、向かいの建物の青白い壁だけだ。

 

 「あら、見えていないフリをしているのかしら?」

 「何を・・・」

 

 ギンジの事を見下しきった口調で、窓から一つ声が聞こえた。

 

 「ッ!!」

 

 息を飲んだ。

 

 鏡に映るのは、ギンジの顔だけでは無かった事に。

 

 そして気づくのが遅れた。

 

 ギンジの背後に立つように映る、艶の良い黒髪と、眼鏡を外したミヤコの姿がある事に。

 

 ただ佇んでいるのではなく、何か見えない柱の様なモノに、十字架に貼り付けにされる様な体制で居るミヤコを見て、ギンジは顔を白くさせた。

 

 「こうして会うのは始めてかしら?進化の怪人」

 

 そしてその映る窓の真下からは、もう一人、声の主が姿を表した。

 

 水面が一滴の水滴を落とした様に、揺れながら姿を表した、天女の様にも見える姿をした、女性の怪人がニヤニヤとギンジを見つめている。

 

 ただ不思議と言うのが正しいのか、不気味と呼ぶのが正しいのか、日差しに見え隠れする窓に見えるその怪人は、眼に包帯みたいなモノを巻いていた。

 

 瞳を隠しているのだろうか、同じ怪人として見る上では、何か雰囲気が違って見える。

 

 だがどう見えても、ギンジの眼に映るこの女は間違いなく怪人である。

 

 「テメェ、ミヤコに何をしやがった!」

 

 燃える拳を振りかぶって窓を殴ろうとするが、窓に映る女怪人は、手元にガラスの破片の様なモノを取り出して、ミヤコに差し向ける。

 

 2、3歩ほど歩かないと届かない様な距離感だが、その行動を見せられただけで、ギンジは動きを止めざるを得なかった。

 

 「あら、意外と賢いのね。そうよ、もしお前がこの窓ガラスを攻撃しようとしたら、会話の手段が無くなっちゃうモノね〜・・・そうしたら、ドクターミヤコも死・エンドよ」

 「このクソ女・・・一体何をしやがった・・・」

 

 怒りに震えたギンジの声と形相には、一つも動じないままで居るこの怪人が、肩から伸びた羽衣を揺らして、ギンジに破片を向ける。

 

 「ドクターミヤコにだけでは無いわ。もう既に、始めているのよ。こおのジングウテイの破壊と、ヘヴンホワイティネスへの襲撃をね!」

 

 つくづくムカついてくるモノ言いに、ギンジは奥歯を噛みしめる。

 

 ソウジロウも助けに行かないといけない、しかし眼の前に捉えれれているミヤコも最大に危険な状態。

 

 「もちろん、アナタにも、ね。進化の怪人・・・!」

 「野郎・・・ッ」

 「どれだけ恐ろしい顔をしても無駄よ。今はヘヴンホワイティネスが居ない様だけど、アナタもドクターミヤコも、そしてあの赤鬼の怪人も・・・全てこの鏡の怪人が抹消してあげるわ!」

 

 鏡の怪人の放った一言と同時に、窓ガラスの内側から一枚、2枚と剥がれ落ちる様にして、破片が飛び出してくる。

 

 窓に映る向こう側から、指先だけを動かした鏡の怪人が、ギンジに向けて攻撃も開始したのだ。

 

 「赤鬼も使用人も、死ぬのは時間の問題よ!後は、アナタだけなのだから!」

 

 裏切り者を絶対に許さないと言わんばかりの大声で、鏡の怪人がギンジに次々と能力で造った鏡の破片を生成しては、発射を繰り返す。

 

 キラキラした美しい粒の数々が、ギンジの視界いっぱいに広がるが、それにビビって何もしないギンジでは無い。

 

 「このクソが!燃えろ!!」

 

 息をいっぱい吸い込んで、両手で口元に輪っかを作る。その仕草の後に、息を吐き出す事で、大きな火炎放射を吐き出した。

 

 一瞬で鏡の破片を焼き潰して、怪人の能力だとかをまったく関係ないまま、圧倒的な火力で焼き付く様は、まさしくバーナーと呼べるだろう。

 

 「むむっ・・・上手く姿を隠したわね・・・今度は進化の怪人がカクレンボと言うゲームのするのかしら?キャハハハハ」

 「クソッタレ・・・」

 

 火炎で鏡を焼き尽くして、カエデに用意された自室のベッド横に戻ってきたギンジ。

 

 火炎の余波から離れる様に、ベッドの横へと転がり、床へと転げ落ちて、あとはベッドを背にしてもたれている。

 

 「赤鬼と使用人がどうとか言ってたな。つまり、異変を感じたあの瞬間からずっと赤鬼は応戦してたってのか・・・悪い事したな」

 

 あの赤鬼に始まりを任せてしまった事に申し訳なく思い、ギンジはスマホを再度操作する。

 

 やはり手慣れた操作で画面を見ずに電源をつけると、今度はカエデに連絡する。

 

 「どこに隠れても無駄よ、進化の怪人!」

 「うるせぇな、アイツ・・・カエデ、早くでろよ・・・」

 

 スマホの着信音を鳴らして、カエデが通話に出てくれた。

 

 カエデの声を聴いて安心すると同時に、今の状況をザッとかいつまんで説明する。

 

 ソウジロウが負傷している事、赤鬼が既に戦っている事。

 

 そしてミヤコも敵の術か何かにハマった事。

 

 『そう・・・解ったわ。すぐ戻るから・・・』

 

 カエデの不安な声音を聞くと、ギンジも不安になってくる。

 

 だけど今はソウジロウとミヤコを危機から開放する事の方が先だ。

 

 自分もヒーローを自称しているのだから、市民や仲間の危機に立ち向かわないと。

 

 そうしてギンジはスマホの通話を終了させて、今度はスマホのスリープを入れる。

 

 そうする事でギンジの手元には、画面が真っ暗になったスマホの画面にて、自分の顔が映る。

 

 敵は一人で神宮亭を襲撃してきた、鏡の怪人。

 

 そしてギンジの眼の前に現れた時は、窓から映りながら現れた・・・。

 

 「あ、やべ・・・」

 

 鏡の怪人の能力をなんとなくで理解してしまったギンジは、スマホから眼を離そうとしたが、もう遅かった。

 

 「認識(・・)したわね?進化の怪人!」

 

 嬉しそうに顔を覗かせるのは、鏡の怪人。

 

 しかもその顔は、あろうことかギンジのスマホからその顔を覗かせたのだから、ギンジの読みは的中してしまったのだ。

 

 「そうそう、その顔が見たかったのよ!焦りから恐れが生まれる、その顔よ!進化の怪人!」

 (またカエデに怒られるけど、スマホをぶっ壊して・・・)

 

 そう考えても、既に遅かった。

 

 「この私から逃げられるとは思わない事ね!鏡の監獄(ミラー・プリズン)!」

 

 スマホから長方形の鏡の筒が飛び出して、ギンジの顔を埋める事に成功する。

 

 ギンジの視界に見えるのは、万華鏡みたく映る自分の困惑した顔が、四方八方に見え始め、身をひねって逃げ出そうとするも、今度は真後ろから白い手が、左右からギンジを顔を抑えた。

 

 確実に実体を捉えられるその手だが、ギンジの頭を抑えてひんやり柔らかい手のひらがギンジを強く抑え込む。

 

 ギンジの頭上からその顔を逆さまに覗かせて、鏡の怪人はギンジに確実な狙いを定めた。

 

 「さぁ、アナタが望む真実を映す世界へと逝きなさい。そしてもう二度と、こっち(・・・)には戻って来ないで頂戴」

 「・・・テメェ、何を・・・?」

 「さようなら、進化の怪人・・・裏切り者、死を以って償え」

 

 鏡によって彩られた、音だけが反響する鏡の監獄の中で、ギンジは何かを鏡の怪人に囁かれる。

 

 「・・・」

 

 その途端にギンジは瞳に光を失い、かくん、と力を失った様にうなだれる。

 

 そして鏡の怪人の左手に、一枚の鏡を持って、ギンジの両目に貼り付けた。

 

 「大丈夫よ・・・ヘヴンホワイティネスもドクターミヤコも、赤鬼も、アナタ達が守ると息巻いた全てが、後を追うことになるでしょうからね・・・」

 

 長方形の鏡の世界の中で、力無く横たわったギンジを、暗闇の中へと連れて行く鏡の怪人。

 

 「最初からこうすれば良かったのだわ」

 

 終わってしまえばあっけない。

 

 いくら組織の手を焼く問題児であろうとも、こうして自分の術中に入れてしまえば、最強の怪人だろうと、この鏡の監獄で永遠に眠り続ける。

 

 「さ、ドクターミヤコ。アナタの造った怪人は、ほら、この通り」

 「そ、そんなぁ・・・ギンジ君・・・!」

 「あらあら、怪人に愛称をつけるなんて。よっぽどお気に入りだったみたいね」

 

 見えない柱に固定されたミヤコが、横たわったまま動かないギンジの姿を見て、泣きそうな顔をしている。そのミヤコの顔を見て、鏡の怪人は勝ち誇った笑みを乗せて、背後に振り向く。

 

 振り向いた先は、四角いモニターの様なモノが無数に、暗闇を漂っており、様々な角度から神宮亭の内部を隅々と見回せる監視カメラの様な映像が、そこかしこに点在していた。

 

 しかもそこに映るモノは全てが左右反転しており、鏡の怪人による能力の応用力の高さを見て、ミヤコは悔しそうに顔を歪める。

 

 「さぁ、ジングウテイは既に私の監獄よ。もう誰一人として逃さないし、誰一人として生かしてはおかないわ。覚悟しなさい」

 

 鏡の怪人が無数に浮かび上がる【眼】の代わりともなる全ての映像を見て、組織の勝利を確信をする。

 

 2022年、9月6日。

 

 地獄の一日は、ここ、神宮亭でも始まったのであった・・・。

 

 

続く

 

 

 

 

 




お疲れ様です!

鏡の怪人編の第2話です!今回も色々考えておりますが、実はこの章の主役は鏡の怪人と、神宮カエデというメインヒロインです!

いやーしかし鏡の怪人の能力とか色々考えていたので、今回でようやく出し切れそうです!

キャラネタ書きます

鏡の怪人
まさかまさかのギンジを完封した怪人。
まだ殺しては居ないので、勝利、敗北の概念では居ない。
下記能力詳細
・鏡の怪人の能力は、自らが出入りする事が出来る、鏡の世界と現実世界を、現実世界の鏡を使って体の出し入れ、及び姿を映すと言う離れ業を持っている。故に、赤鬼がやっていた様に、なんでも壊されると手出しが出来なくなるため困る。
・鏡の世界にはもう一つ、マイルームの様な暗闇の空間があり、そこには現実世界とリンクさせた鏡を使って、監視カメラとして扱う事が出来る。そのモニターに顔を覗かせれば、鏡の世界へと自動的に入る。
・鏡は、銀色の鉄製ラックや、水面、窓ガラス、スマホ等、鏡として映るモノとして認識した場合、即座に鏡の世界とリンクされる。
・鏡の怪人の能力範囲は、半径50m、加えて鏡の破片の射程は2m
・鏡の破片は鏡の世界とリンクされない。
・彼女の持っている包帯は一部だけ所持していると、鏡の世界と現実世界を出入りする事が可能になる。
・鏡の監獄に投獄された者は、投獄された者の意思が無いと脱出不可能。その辺の細かい事は、また別のキャラネタで!

佐久間ギンジ
まさかの完封された主人公。鏡の怪人により、あっけなく眠らされた。

鈴村ミヤコ
愛しのギンジが総統の造った怪人によって敗けた?っぽく、悔しさがにじみ出ている。いやでも待てよ・・・この状態のギンジ君なら好き放題出来るのでは・・・?

赤鬼
頑張って鏡の怪人の能力を封じようとするが、規模がデカすぎて追いついていない。

十五夜ヒトシ
神宮財閥の御庭番衆。現在ソウジロウの居るドームへと進んでいる。

・・・

次回はカエデとレンとケイタの出番あります!いよいよメインヒロインの登場、そしてvs鏡の怪人開始!
神宮カエデの為の、鏡の怪人の為の、メイン章です!次回もお楽しみに!


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108・なんか色々出来る

こんにちはアトラクションです。

今年も早いモノで、もうすぐ終わりですね。

今年の投稿は今日のコレ一本で終わりそうです。

来年もまたよろしくお願いいたします!!

それではどうぞ!


 いつも自分という人間を思うと、同じ様に考える事がある。

 

 今、自分の住む家に走って戻る時もそうだ。

 

 他人の為ならば、どんなに自分が傷ついてもソレらを助けようとするのに、自分の家族、それもたった一人の父親の事となれば、彼女には周りが見えなくなる程に、先走る。

 

 きっとギンジに救援をお願いされた事も相まって、神宮カエデは街中だと言うのに、いつもの純白の戦闘スーツに変身して、誰よりも急いで神宮亭に戻っている。

 

 これは帰路を急いでいるのでは無い。

 

 「カエデ、待って。ケイタが追いつかない」

 「・・・解ってるわよ」

 

 苛立ちと大きな不安を持ちながら、後ろをなんとか追いついているレンからの言葉に、カエデは顔を見せずに返事を返す。

 

 レンもこんな緊急事態なので、変身している。

 

 だが、同じくカエデの後を追いかけるケイタだけは、いくら魔法が使えるとは言っても、生身の人間でしかない。カエデとレンは二人して、屋根や建物を忍者の様に飛び回っているが、ケイタだけはコンクリートの道を走るしか出来ないのだ。

 

 「ハァ、ハァ、ゼェ、ハフゥ、ぼ、僕は、ゼェ、大丈夫だからはぁ、二人は気にしないで、先に、ふぅ、追いつくから、後で、僕も」

 

 小型の通信機越しに聞こえる、気持ち悪いくらいに呼吸の荒いケイタは、カエデとレンに先に進む事を促している。

 

 まだ9月と言う事もあり、厳しい残暑が残る熱気の中で、全力で駆け抜けてきたのだ。

 

 ケイタのシャツは汗でぐっしょり濡れており、もはや乾いていない所は無く、強い日差しに当てられて湯気が立つ程だ。

 

 おまけに水分補給も休憩も無しに、学校から住宅街エリアまで走ってきたので、顔まで真っ赤になっている。

 

 「でも、ケイタがそんな状態だと、私は心配する。カエデも、そうでしょ?」

 

 屋根から飛び降りてケイタに寄り添おうとするレンの言葉に、カエデは気が気じゃない表情でソワソワしている。

 

 それと同時に、自分達に追いつけないケイタにも苛立ちを向けている。

 

 ピリピリとした怒りの矛先が、レンとケイタに向けない様にしていても、それが自然と二人に向いてしまっている。

 

 「カエデ・・・」

 

 無言のまま威圧にも近い表情で、カエデが黙っているとレンまで不安になっている。

 

 こんな時ぐらい、ヘヴンホワイティネスのリーダーらしく堂々としていて貰いたいモノだが、そんな事を言ってしまえば、きっと仲違いをしてしまいかねない。

 

 そんな事で切れる様な絆では無いが、レンもそれを解って何も言えないでいるのだ。

 

 しかし・・・。

 

 「はぁ、カエデ・・・」

 「何よ・・・」

 「こんな時ぐらい、ヘヴンホワイティネスのリーダーとして、ビシッとしてよ!ハァ、ハァ、僕じゃ追いつけない事も分かってる。だから、先に行っていいんだよ」

 「ケイタ、それは、言っちゃ駄目。私達は、正義のヒーローだし、いくらでも待つよ」

 

 レンの言葉は棘が無い。言ってはいけない事だと解っているし、ケイタもそうすれば多分カエデがきっと怒ると理解している。

 

 正義のヒーローであっても、市民を助ける正義感を持っていても、神宮カエデには変えられないモノが一つだけある。

 

 「分かってる!分かってるよ!だけど、レン・・・君がそうだった様に、カエデにだって自分の生活がある!」

 「・・・!」

 

 顔を赤くしたケイタの言葉が住宅街の一本道に響く。

 

 「街は異様な雰囲気になったって、ヘルブラッククロスが何をしようとしたって、ギンジが言った様に、今はカエデの家が危ないんだよ!?カエデだって一人の人間なんだよ!」

 

 肩で呼吸して、もはや汗を吸いきれないハンカチでもう一回顔を拭き取る。

 

 そしてケイタは白い魔法の本を出現させると、カエデに向けて右手の人差し指と中指を合わせて伸ばした手を差し向ける。

 

 「カエデだって正義のヒーローの前に、人間、人なんだよ!自分の家がピンチで、カエデの好きな人達が危機に晒されているなら、それこそ僕たち正義のヒーローの出番でしょ!」

 「ケイタ・・・うん、そうだね」

 

 この戦いに身を投じているレンからすれば、今この瞬間でもレンの未来の為にヘヴンホワイティネスはいつ終わるか分からない戦いを続けている。

 

 そしてそれはカエデも同じ事だ。

 

 カエデがソワソワ、イライラしているのは家の今の状態が気がかりでしか無いからだ。

 

 涼しい顔をしていても、カエデだって一人の少女だ。

 

 家が大金持ちでも、成績優秀な生徒でも、正義のヒーローであったとしても、神宮カエデだって一人の人間の子であり、変えの効かない誰かにとって大切な一人なのだ。

 

 ケイタも同じで、レンも同じ。

 

 だけど今はその優先が違うだけの話。

 

 「カエデ、僕たちも必ず追いつくから!だから先に行くんだよ!自分の家を守る為に、全力で行って!」

 「ケイタ、レン・・・ごめん、ありがとう」

 「そういう時は、『任せろ』って言うんだよ、カエデ」

 

 いつの日か湾岸エリアでギンジに教えてもらった言葉を返して、ついにカエデの顔に笑みが戻る。

 

 「第一の魔法!エンジェラ・アーマ!」

 

 白い本が光輝き、ケイタの指した指から光の弾丸がカエデに向かって飛び出す。

 

 ケイタが魔法界で得た、他者を一時的に強化させる魔法によって、カエデのスーツは淡い光のオーラを纏う。

 

 スーツすらもその能力を向上させるケイタの魔法もまた、変えの効かない最高の技であり、使いすぎも注意されている力だ。

 

 だが、今こそ使わねば、きっとギンジにも赤鬼にも男じゃないと、見捨てられてしまいそうだと思ったのだ。

 

 神宮亭に急いで戻る。その理由は自分の家と家族を守るために。

 

 それに対して、わざわざ足並みを揃える必要性は無いのだ。

 

 「ケイタ、あんたいつか神宮財閥(うち)に就職しなさい!あたしの秘書にしてあげるわ!レンも、あたしの右腕になって貰うわよ!」

 

 二人に背を向けて、形の良い背中を見せながら、カエデは笑いながら泣いていた。

 

 一筋だけだが、涙がバレないように、隠れて泣いた。

 

 (まさかケイタにここまで言われるなんてね。本当・・・)

 

 ──あたしは良い仲間を持ったわ。

 

 「レン、絶対にケイタを連れて後から来てよね!」

 「未来の上司の命令、逆らえないね」

 「はは、光栄だよね。さぁ、僕たちの事はいいから」

 「ええ、行ってくるわ!ありがとう、ケイタ!」

 

 後ろ向きに親指を立てたハンドサインを向けて、カエデは強化された身体能力に、更にバフをもらった超常的な速度、動きで神宮亭へと一足先に戻るのであった。

 

 「レン」

 「なに?」

 

 カエデの姿が見えなくなった事で、ケイタは一気に膝から崩れ落ちる。

 

 「み、水・・・欲しい」

 「・・・変な所でかっこつかないね」

 

 やれやれと頭を振るレンに、ケイタは水分を感じられない文字通り乾いた笑いで返す。

 

 レンが遠慮して言えなかった事は全てケイタが言ってくれた。

 

 きっと彼が居なかったら、カエデとイザコザも生まれていたかも知れない。

 

 はっきりと言い切った事で、カエデの背中を押すのが出来るのはきっとケイタだけだったのかも知れない。

 

 「かっこつかないけど、かっこよかったよ」

 「うん、ありがとう」

 「お礼を言うのは、私達だよ。水、用意するから待ってて」

 

 恋人であるケイタの行動は、レンにとってずっと新しく、ずっと輝かしく見える。

 

 汗で張り付いた茶髪を手で拭って上げながら、レンはケイタの顔を見てときめきが大きくなるのを感じた。

 

 「でも、本当は休んでいる場合じゃない。ケイタの命の事もあるから、水をのんだら、すぐに行こう」

 「ア、ハイ」

 

 虎の眼をしたレンに、ケイタは背筋を震わせながら、厳しい残暑の道をまたも走る事になるのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「何よコレ・・・」

 

 ケイタの強化魔法が切れる頃、ちょうど良い頃合いでカエデは神宮亭に到着した。

 

 いつもは荘厳できらびやかな神宮亭、我が家は門の外から見える限りでは窓や、噴水が破壊されており、壁も内側から粉砕されている様に見えた。

 

 外観だけでここまで壊れているのであれば、きっと中はもっとひどい事になっているに違いない。

 

 惨劇とまでは言わないが、見慣れた自分の家が変わり果てていると、カエデの不安がもっと大きくなる。

 

 父親であるソウジロウの事もそうだが、先ず何よりもギンジの顔が思い浮かんでしまった。

 

 「お父様、ギンジ・・・無事よね」

 

 悲痛な顔でありながらも、カエデは意を決して、門を飛び越える。

 

 敵がどんな存在なのかは不明。

 

 敵がどんな姑息な手を使ったのかも不明。

 

 それでも、カエデは愛する自分の家族同然の使用人達の事を思うと、胸が張り裂けそうな気持ちになってしまう。

 

 正面玄関の大きな扉は、内側から殴り壊された様になっており、ひしゃげてしまっている。

 

 これはソウジロウが何かの襲撃が来た時様に、対戦車用に強化されたとてつもなく頑丈な扉なのだが、それをこんな無残に打ち壊すとは、敵は相当な怪力を誇るのかも知れない。

 

 油断せずに先に進もうとしていた矢先、正面の玄関の奥から苛烈な破壊音が鳴り出す。

 

 空気が打ち上がり、埃を吹き飛ばし、様々な金属が粉砕されて、辺りにはキラキラと光を反射する破片が飛んでいるのを確認出来た。

 

 すぐに玄関を飛び越えると、カエデはその破壊が行われた部屋へと突撃する事にした。

 

 両腕のガントレットのギアを回転させて、先手必勝の一撃を与える為に、そしてもうこんな破壊なんてさせない為に。

 

 「必殺!メガトン・──」

 「ぬお、カエデの姉御!」

 「インパク・・・はれ?」

 

 両腕に溜め込んだ衝撃が、不発に終わり、埃煙の中から姿がシルエットになっていた怪人と思わしき人物に、先制攻撃を喰らわせようとしたのだが、そこからは素っ頓狂で呆気に取られた野太い声が、カエデの耳に入ってきた。

 

 「良かった、ご無事だったんですね」

 「赤鬼??」

 

 黒い甚兵衛、赤い肌、雄々しい一本角。

 

 八角のオリハル金砕棒は今日も禍々しく、異様な闘気を秘めており、つい今しがた何かモノをぶっ壊した様な、破壊の跡が見え隠れしている。

 

 しかしそんな赤鬼はなにやらこの状況でふざけている様にも見える。

 

 それは自分の顔に目隠しをしているのだ。

 

 眼を隠すならサングラスで良いはずなのに、今の赤鬼はカエデの眼の前で、ホットなアイマスクをつけているのだ。

 

 神宮財閥の販売している、蒸気で目元をほぐして快眠を促す、あのよくあるアイマスクだ。

 

 それを装着しては、オリハル金砕棒を振り回しながら、神宮亭のありとあらゆるモノを壊して回っている様にも見えている。客観的に見れば、外観が壊れているのも、玄関の装甲扉も赤鬼なら粉砕出来てしまいそうだと、カエデは頭の中で完結させると、両腕のギアをフル回転させる。

 

 そして溜め込んだ衝撃は今度は逃されず、思い切り赤鬼の腹部に叩き込まれる事となった。

 

 「ヘヴンリー・インパクト!!!」

 「イィブラヒモヴィッチ!???」

 「あんたが犯人かー!!」

 

 眼を白くさせたカエデが、思い切り赤鬼を殴り飛ばすと、赤鬼は奇声と絶叫を上げながら窓の無くなった壁へと、全身が叩きつけられた。

 

 「あんた見損なったわよ!ミドリコを懐柔してまで、あたしの家をこんなに壊すなんて!ギンジもあんたの事信じてたのに!」

 

 泣き出しそうな程に上ずった声で怒鳴るカエデに、赤鬼は何も言い返さず、目隠しを外さないまま、体を壁から引き剥がしてカエデの眼の前に土下座を披露する。

 

 五体倒置をしっかり決めたキレイな土下座の姿に、カエデは一瞬たじろいでしまうが、それでも赤鬼を許さない様な顔をしている。

 

 「ぶっ壊した事にゃ言い訳するつもりは無ぇ!だけど信じてくだせぇ、これが敵の能力と術の攻撃成立の条件を無効化する、最適な手段なんです!」

 「今更あたし達を裏切って、そしてこんな言い訳なんて、漢の価値観とやらはどこに行ったのよ!」

 「ぶっ壊した事にゃ言い訳するつもりは無ぇ!マジで、ミドリコにも顔向け出来ない事はしていないつもりだ!ソウジロウの親分の為にも、ギンジの兄貴にも、ミヤコ姉さんにも、顔向け出来ない様な事はしていねぇ!信じられるまで、俺っちは姉御に殴られ続けやす!どうか信じてくだせぇ!」

 「・・・っ」

 

 ここまで土下座しながら顔を上げない赤鬼の姿に、少し息を飲んでしまう。

 

 追撃の手を止めてしまい、それが命取りだった。

 

 カエデから攻撃意識が一瞬無くなった事を確認した赤鬼が、甚兵衛の袖を千切りながら、カエデの背後に回り込む。

 

 (しまった!こいつ、やっぱり・・・)

 

 カエデの警戒心とは裏腹に、赤鬼はまったくカエデの予想外な行動を取っていた。

 

 先ずはヘルメットを外して、次に千切った甚兵衛で、眼を覆い、後頭部で結び、またヘルメットをつけさせる。

 

 目隠し。

 

 これは一体なんのサプライズなのだろうか。

 

 「あの、赤鬼・・・?」

 「すんません、カエデの姉御の頭に触っちまって。でも、これで敵の攻撃を無効化出来るんです。本当に」

 

 バツが悪そうに話す赤鬼の声に、カエデはひと呼吸置く。

 

 赤鬼が目隠ししながらも、カエデに瓦礫に腰掛ける様にさせると、赤鬼も座ったカエデの正面に向き直った。

 

 「あんた、裏切ったんじゃないでしょうね?」

 「滅相も無ぇですぜ!俺っちは身も心もミドリコに、ああいや、ヘヴンホワイティネスに捧げるって決めてるんで!」

 「・・・じゃあなんであたしの家を壊したのかしら・・・?」

 

 腰かけたカエデは腕を組みながら、視界の見えない中で赤鬼に言葉を強く投げる。

 

 納得の行く説明が無いと、カエデはビキビキとした怒りを沈められそうに無い。

 

 「へい、敵が襲撃してきたからです」

 「その敵と、家の破壊になんの関係があるのかしら?」

 「へい、先ず敵の名前なんですが、鏡の怪人と言いやす。奴は俺っちと同じ怪人四天王でして・・・」

 

 鏡の怪人。その名前には聞き覚えのあったカエデは、真夏の寒い日を思い出す。

 

 確か8月24日の夜だった事を思い出す。

 

 雪の怪人による、怪奇現象と呼ばれた、真夏の大雪の日に、オフィスビルエリアで交戦した、あの怪人の事を・・・。

 

 「・・・あいつが、あたしの家を襲撃してきたの?」

 「その言いぶりからすると、姉御は一度会っているみたいですな」

 「ええ、前に一度交戦したわ」

 「なら、話が早いでがす。あいつの能力は、鏡と同じモノになるモノだったら、認識させて、攻撃対象の野郎を、閉じ込めるんすわ。鏡の世界に」

 「は?何を言ってるの?」

 

 赤鬼の支離滅裂な説明に、カエデは怪訝な表情をしている。

 

 「えーと、つまり、なんか凄い事出来ちまうんだ」

 「もう一回殴っていいかしら?」

 

 わちゃわちゃとした説明をするが、赤鬼の説明では全く理解出来ずに、カエデの顔にはまたもやイライラが募る。

 

 「結構痛いんでげす。もう殴らないでくだせぇな」

 「ならもう少しマシな説明してくれるかしら?」

 「えーと、つまり、この屋敷全体が奴の眼になっちまってるんです」

 「何がつまりよ!それじゃ分かんないでしょ」

 「へい、すいやせん。鏡になるモノ・・・例えば、ホラ、窓とか・・・」

 「窓・・・?」

 

 赤鬼が既にぶっ壊している窓ガラスの破片を、カエデの足元でジャリジャリと音が鳴る。意図せずに踏みつけた事で、ブーツの下で更に細かく踏み砕かれた音だ。

 

 「鏡・・・窓・・・じゃあ、例えば銀色のお皿とか、ラックとかも、鏡になってる・・・?」

 「あー!そういう事です!さすが姉御だぜ!眼に映っちまったら、あいつにバレる。そうなると、攻撃されるって事だぜ」

 「ふぅん?良く分かんないけど、その為の目隠しなの?」

 「へい!とにかく鏡そのモノもそうですが、鏡と同じ扱いになるモノも、【鏡】として認識しちまうと・・・」

 「一気にやられるって・・・事ね」

 

 なんとなくだが赤鬼の言っている事が理解できて来た。

 

 鏡の怪人との初対面を果たした時は、あの怪人は空間に大きな鏡を召喚して来たぐらいしか能力が無いと思っていたが、どうやら赤鬼の言っている事を信じれば、鏡になりうるモノならば、鏡の怪人の能力と攻撃の条件を満たしてしまうらしい。

 

 そうなれば赤鬼が、窓や家の什器等を破壊して回っている事にも説明がつく。

 

 「一つ聞くけど、本当にこれが対処法になるのよね?」

 

 目隠しと、映るモノを壊して回る事が、鏡の怪人の攻撃条件を潰す事になっているのだろうか。

 

 「へい。血を分けた兄妹みたいなもんで。能力の事ならだいたい把握してやすぜ。言うなれば、反射して映るモノは全部あいつの監視カメラみたいなモンでして。それを全部壊して、カメラを少なくすりゃあ、鏡の奴がこっちに出てこざるを得なくならぁな。そうなりゃ、後は・・・」

 

 赤鬼の言っている事を完璧に理解したカエデは、ガントレットのギアを鋭く回してすぐに止めると、右拳を左手に打ち付ける。

 

 鏡の怪人が姿を表せば、おそらくまともに戦えるのは・・・。

 

 「あたしの出番って事ね!」

 「後でいくらでも殴られやす。どんなバツも受けますぜ。だから、親分を助ける為にも、ジングウテイをぶっ壊す事を許してくだせぇ」

 「・・・赤鬼、さっきはごめん」

 「滅相も無いですぜ!カエデの姉御が謝る様な事は何も!」

 

 赤鬼が裏切っていないとわかれば、すぐに謝罪をしたカエデに対して、赤鬼は慌ただしく腕を振り上げる。

 

 きっと赤鬼もケイタと同じで、カエデの事を思っての行動を取っていたに違いない。

 

 赤鬼もカエデ達ヘヴンホワイティネスの仲間なのだ。

 

 「ホント、殴られた事は全く気にしてねぇでやんす!」

 「そう。ならこのあたしにぶっ飛ばされたのは、たとえ誤解だったとしても光栄に思いなさいな!」

 「ウッス!」

 『あらあら、随分ヘヴンホワイティネスに絆されたのね、赤鬼』

 

 カエデと赤鬼の会話を終始聴いていたのか、二人の耳元から声が聞こえた。

 

 凛としていても、どこか憎悪を秘めた様な声音は、すぐに二人に警戒体制を取らせるには十分で、震える様な女性の声の後にカエデと赤鬼がすぐに背中合わせになる。

 

 この声には聞き覚えのあるカエデが、声の主は間違いなく鏡の怪人であると判断する。それもどこから見ているのかまでは理解出来ないが。

 

 目隠しをしていてもこの距離感ならば気配で分かるのか、二人して同じタイミングでの行動。

 

 『あら、まるで照らし合わせた様な行動ね。そこまで毒気に侵されてるとは思わなかったわ、赤鬼。そしてヘヴンホワイティネスも』

 「赤鬼、対処は鏡になるモノを見ない、それ以外には何かある?」

 「へい、その目隠しに使った甚兵衛の一部を持ってると、なんか色々できやす」

 「色々ね。抽象的な事ばかり言われても困るわよ。それで、鏡の怪人はどこであたし達を見ているのかしら?」

 『素直に教えると思う?おバカさん』

 「自分の領域に隠れて、声だけはこっちに飛ばしてやすぜ!兄貴とかが嫌いそうなセコイ奴ですわこいつは。同じ怪人として恥ずかしいですよ俺っち」

 『ああ、その兄貴だけどね・・・進化の怪人とドクターミヤコはこっちの手で始末寸前よ』 

 『ハァ!?』

 

 鏡の怪人の信じられない言葉に、カエデと赤鬼が二人揃って声を荒げる。非戦闘員のミヤコだけならともかく、ギンジまでもが鏡の怪人の先手によって始末寸前。

 

 あのとてつもなく強いギンジが、まさか最速で敵の術中にハマっているとは、二人には想像出来なかったのか、カエデが目隠しを外して辺りを見渡す。

 

 『ふふ、どこを見ているの?もっと下よ』

 「姉御、駄目だ!絶対に見るな!」

 

 赤鬼が言うよりも早く、カエデは自分の足元を見やる。

 

 変身しているスーツの、白いブーツの裏には、先程踏みつけて砕けたガラスの破片があったのだが、そこには無数に割れた一枚の窓だったモノの中から、鏡の怪人がこちらを見ていた。

 

 向こうも目隠しをしていて、カエデにも見覚えのある、真夏の大雪の日に戦った事のある、あの時と姿の変わらない鏡の怪人が居た。

 

 『認識(・・)したわね、ヘヴンホワイティネス!』

 「・・・っ!」

 

 しかし映ったモノは映ったのだが、割れた鏡に自分の顔が映った事と同時に、カエデはもうひとつ自分の視界の捉えたモノを見て、一気に怒りがこみ上げてくる。

 

 「何してんのよ・・・!」

 

 割れた窓の向こう側は、ほとんどが影になっており、よく眼を凝らして見れば瓦礫クズなどで汚れた床があるだけ。

 

 薄く鏡の怪人が見えていて、自分の見下ろした顔が映って見えている。

 

 そんな鏡の代わりになるモノの向こう側、鏡の怪人の更に向こう側。

 

 黒い十字架に吊るされたミヤコの姿と・・・。

 

 両眼の部分に鏡の様な何かを貼り付けられたギンジが、無気力な体制で黒い十字架に体をがんじがらめにされている姿を見て、カエデには自分ではどうにも抑える事の出来ない、大きな怒りが、その身を焼いた気分になっていた。

 

 「何してんのよ!!」

 『あら、何って決まってるでしょ・・・』

 

 もはやそんなあられの無い姿になってしまったギンジに、カエデは自分が近くに居てあげられなかった悔しさと、ギンジが敗けそうになっている情けなさに、怒り心頭。

 

 鏡の怪人の言葉はもう届いて居ない。

 

 「あんた、あたし達のハッピーエンドの為に戦うって言ってたでしょ!そんな所で座ってないで、今すぐに立ち上がりなさいよ!」

 

 真下の鏡に向かって、カエデが吠える。

 

 赤鬼も我慢できずに目隠しを外して、カエデが見つめる鏡に向かって、ミヤコとギンジの姿を見て胸を痛める。

 

 「兄貴ィ!テメェ、鏡この野郎!兄貴と姉さんになんて事を!」

 

 赤鬼も牙を鳴らして鏡の怪人に向かって吠えるが、その鏡の怪人は眼を隠したままほくそ笑んでいる。

 

 『ヘヴンホワイティネスは私が相手してあげるから、こっちにいらっしゃいな。でも赤鬼、お前は私の能力をある程度把握している以上、ここで死んで貰うわよ』

 「やって見ろよ・・・」

 

 カエデと赤鬼も鏡の怪人が眼として使える窓ガラスだったモノを見下ろして、本気で怒っている。

 

 「あたしの仲間に手を出した事、許さないわよ」

 『後でまた聞きたいモノね。果たして、後でまた同じ事を言えるかしら』

 

 カエデの言葉にも鏡の怪人の言葉にも、お互いを見下しきった最悪な言葉が次々と出てくる。

 

 『鏡の人形劇(ミラー・マリオネッツ)!』

 

 割れた窓ガラスの鏡の中で、腕を交差させて鏡の怪人が大きく唸り出す。その行動は割れた一枚のモニターの様にも見えて、異様に手足と身体が映せないノイズ部分の割れた所も相まって、実物を見るよりも大きく見える。

 

 その怪人らしい異様な光景もさる事ながら、先程まで赤鬼が破壊していた鏡として映る事が可能なモノの中から、一枚の鏡の破片が飛び出てくる。

 

 その破片は当たれば簡単に人を切れそうな、鋭利に尖っているモノだった。すぐに風船の様に膨れ上がると、次第に姿を大きくしていき、あらゆるモノを映しながら大きくなった人の形をした鏡へと姿を変えていく。

 

 そんな人の形そのモノの鏡が、無数に召喚されて、あっという間にカエデと赤鬼を取り囲んだ。

 

 『相手してあげるとは言ったけど・・・やっぱり気が変わったわ。生きてたら、また相手してあげるわ、ヘヴンホワイティネス』

 「ヘルブラッククロスなんて侵略者の癖に、こんな姑息な事しか出来ないかしら?」

 「カエデの姉御、言い合いは後にしようや!鏡の奴は、あんな事言ってるが、俺っち達の事を本気でぶっ潰しに来てる!」

 

 赤鬼がカエデの背後でオリハル金砕棒を担ぎ上げて、眼の前に立ち上がった鏡の人形を一体粉砕させる。

 

 「こんなコケ脅しでも、これがアイツの本気だ!自分一人で戦闘員の代わりを造れるから、怪人四天王でも最強に座り続ける事が出来た奴なんだ!どらっ!」

 

 もう一撃振り上げて空気を打ち出しながら、鏡の人形を破壊する。破壊しながらも鏡の怪人の実力を知っている赤鬼は、カエデにその事を伝えながら、カエデの回し蹴りで鏡の人形を一体ずつ破壊している。

 

 「キリが無いわね!」

 「ああ、でも奴は近くに居るはずだ!カエデの姉御、その甚兵衛を持って、どこか大きな鏡を探すんだ!」

 「でも鏡を見たら駄目なんでしょ!?」

 「本来ならば・・・なっ!」

 

 オリハル金砕棒がカエデの真横を一撃遮断すると、腕を尖らせた鏡の人形が頭から粉砕されていく。

 

 「兄貴と姉さんが捕まっちまってるってんなら、話は別だ!アイツに逆に捕まるぐらいで行かねぇと、俺っち達に勝ち目は無くなっちまう!」

 「ぐぬぬ・・・でも、お父様だって負傷してるのよ!?あたしまで捕まっちゃったら、どうするのよ」

 「カエデの姉御なら!絶対に!捕まる事ァ無ェ!何故なら!兄貴が!一番!信用してるからな!」

 

 喋りながらも一撃で鏡の人形一体を粉砕していく赤鬼が、まだ増え続ける鏡の人形達に身体を囲まれ始めていく。

 

 孤立し始めたこの状況でも、赤鬼の声はカエデに良く届く。

 

 「なんとしても、兄貴と姉さんを助けてやんな!」

 

 赤鬼の背後ではカエデが鏡の人形を殴り倒し、その衝撃で身体ごと人形を押しつぶして、部屋から脱出する。

 

 「その甚兵衛がありゃあ、色々出来るからよ!親分の事はこっちに任せろい!」

 「・・・分かったわよ!」

 

 赤鬼はカエデを信用して、ギンジの事を頼んだのだ。

 

 本当だったら家族であるソウジロウの下へと、今すぐにでも向かいたいはずなのに。

 

 それでもカエデは信じたのだ。

 

 赤鬼という頼りになる男の事を。

 

 この仲間だったら、絶対に家族を助けてくれると。

 

 「絶対に無事であたしの所に戻りなさいよ!もしまた勝手に居なくなったり、それこそ死ぬ様な事になったら、今度はミドリコだけじゃなくて、あたしも許さないんだからね!」

 「ヌハハ、ガッテンだ!うりゃあーー」

 

 カエデが飛び出た部屋の中では、空気圧をまとめて開放したかの様な大きな爆発が発生し、鏡の人形達が一斉に粉々に吹き飛ばされていく。

 

 しかし生き残った鏡の人形達が、感情を宿さない無の顔でカエデへと進行を変えていく。

 

 「どら、行かせねぇよ!」

 

 カエデの背後に迫ろうとしていた人形が、頭上から振り下ろされた赤い拳によって無残に破壊されて、ついに廊下を走るカエデに手が届かなくなっていく。

 

 「本当は親を助けたいけどなぁ・・・自分が恋した漢の為に、今からあの方は命賭ける気で走り出したんだぜ。今から必死になる姉御の邪魔ァさせないように、俺っちは今必死なんだよ、鏡の怪人」

 『あらまぁ随分とお熱なのね、赤鬼』

 「お前とは違うんでな。人を愛する心っちゅーもんを持ってるでな」

 『・・・ムカつくわね』

 

 どこから見ているかは最早気にしていないが、赤鬼を捕まえる事は不可能と判断したのか、鏡の怪人が震える声でヘヴンホワイティネスを追いかけようと手を動かした。

 

 いくつものモニターと鏡をつなげた暗闇の中で、舌打ちをすると、鏡の怪人の右下に赤鬼と眼が会う様な、モニターが見つかった。

 

 「やっぱりな、見ると思ったぜ」

 

 オリハル金砕棒で軽く小突くと、鏡の怪人の眼の前のモニターが一枚消える。モニターの向こう側から、無理やり壊した様なやり方で、鏡の怪人に挑発しているのだ。

 

 『馬鹿の癖に・・・総統閣下によって造られた恩義も忘れて、力のある世界の興りにすら興味をなくして・・・挙げ句、この私に喧嘩を売るなんてね・・・』

 「お前も同じだろ。俺っち達の兄貴を捕まえて、ミヤコ姉さんにヒデェ事して、カエデの姉御をキレさせたろ。ソウジロウの親分にまで傷をつけて、ここに住んでる使用人だって恐怖のどん底に落とした」

 

 同じ怪人四天王の席に座っていたからこそ、この二人の中である一つの想いが決裂する音が聞こえた。

 

 それは戦わずして、なんとか会わないでおく方法。

 

 お互いが怪人として造られた時は、家族でもないし、兄弟でもないし、だけど同じ血が流れた、他人とも呼べない不思議で不気味な関係性になっていた。

 

 怪人として生きた彼らにしか分からない、複雑な感情が入り乱れていたのだ。

 

 しかし、今こうしてお互いに許せない事、お互いの内に秘めた正義の下、許せないモノは譲れない事へと変わり、二人共ここで戦う事を選ばないといけなくなったのだ。

 

 「俺っちはヘヴンホワイティネスだ。かつては悪事に手を染めても、今はこの街を守る為に戦ってる」

 

 拳を固く握って、赤鬼はもう一つ、鏡の怪人の眼となっている窓ガラスを一枚叩き割る。

 

 自分がこれ以上無いぐらいい愛している甘白ミドリコの顔を思い浮かべて、彼女が悲しむ様な事をしないと誓い、赤鬼はヘルブラッククロスを退職して寝返った。

 

 この発言は、完璧にヘルブラッククロスとの決別を表す言葉として、鏡の怪人に未練を残させない様にした、赤鬼なりの最後の言葉にしたつもりなのだ。

 

 『・・・ならば、私達は、とことんヘルブラッククロスとして、この世界を変えてみせるわ。今日は、ヘヴンホワイティネスの最後の日よ!』

 「やってみろ!」

 

 カエデの背中が見えなくなり、その変わりに廊下を進軍しようと動きだす鏡の人形達を、赤鬼がなぎ倒して行く。

 

 一撃で3体纏めて粉砕するも、廊下に出たのが運の尽きか、赤鬼mの足元に人形達が絡みついて、その動きを止めた。

 

 「どら、離せ!」

 

 背後も正面も頭上も真下からも、全て鏡の人形達が腕を尖らせて、赤鬼に我先と攻撃を一斉に繰り出してきた。

 

 鏡の人形達に全身を包み込まれて、ドームの様に固まったこの状態の中からは、肉を裂いてぶちぶちと切れる音が聞こえてくる。

 

 「空・砕・烈・拳!!」

 

 そんなドームの内側から、赤鬼は空気の拳を叩き出して、鏡の人形がドームの前半分を打ち壊す。

 

 崩壊したドームの背後へと、オリハル金砕棒を振り回して、身体に突き刺さった人形達を次々と叩き壊していく。

 

 「空鬼摩殺(くうきまさつ)!」

 

 オリハル金砕棒を振り回した勢いで、自分の武器に熱と空気が混ざり合い、オリハル金砕棒の先端が着火。

 

 神宮亭の廊下で、燃える赤鬼の大回転攻撃が、鏡の人形を燃え壊して、鏡の怪人の一手をどんどん破壊していく。

 

 だが、それだけ破壊しても、鏡の人形達は復活し続け、赤鬼を狭い廊下に閉じ込めるには十分な数の暴力で、彼は次第に追い詰められていく。

 

 「どけぇえええ!!親分の所には、十五夜の旦那だけじゃねぇ、俺っちも行くんだ!!」

 

 燃える赤鬼の正面には、鏡の人形が無の表情のまま、腕を尖らせていた。

 

 無数に伸びる人形達が、赤鬼の眼の前で命を奪おうとその腕を、突き出して来た。その奥からは、光の反射なのか、青白い光まで見えている。

 

 その青白い光は、なんとなくだけどここで終わりを告げている様な、天国への光にも見えた。

 

 (カエデの姉御と約束したからにゃ、泣き言なんて言ってらんねぇしな・・・)  

  

 それでもこの数を相手に、ほぼ無限に出てくる鏡の人形を相手に、そして最後はカエデとの約束を守る為に、赤鬼は精一杯戦わないと行けなかった。

 

 「クソッタレがぁぁ!!」

 

 叫ぶ。思いっきり叫ぶ。

 

 自分が任された事なのだ。

 

 自分を仲間と認めてくれて、居場所をくれて、生きる意味をくれた仲間達の事を思い出して、赤鬼はありったけの力で燃える身体に鞭を打つ。

 

 「ビーム剣術──」

 

 赤鬼が雄叫びを上げた狭い廊下では、一瞬で静寂を迎える様な透き通る声が、鏡の人形達の動きを止めさせた。

 

 「第三の魔法!」

 

 そしてもう一人の声が、赤鬼の背中を伸ばす。

 

 何も仲間はカエデだけじゃない。

 

 ギンジだけでもなければ、ミヤコだけでもない。

 

 「ヘヴン・トランプル!」

 「エンジェラ・カジャオング!」

 

 青く白い斬華の竜巻が、廊下いっぱいに走り、鏡の人形とまだ残っている窓ガラスを纏めて斬消滅(ざんしょうめつ)させていく。

 

 粉すら残さない、未来の斬撃が赤鬼の窮地を助けたのだ。

 

 そしてその身動きが取れなかった赤鬼はと言うと、もう一人の声が出してくれた言葉は、今なによりもありがたい最大の力になった気分だ。

 

 怪人の細胞だけではなく、カエデ達の変身スーツだって強化してくれる、その対象者を一時的に次の段階へと進化させてくれる、心強い大技が、赤鬼に命中していた。

 

 「オオオオオォォォ!」

 

 赤鬼の身体が黒く染まっていき、艶の良い肌へと成り代わり、さらには踏ん張って吸い込んだ空気が、そのまま自分の身体の中で燃えるエネルギーへと変換してくれる、赤鬼の次なる姿へと、文字通り進化させてくれた。

 

 雄々しい一本の角はさらに太く、固く、長く、反り返る。

 

 牙も硬く、顎の力で噛み合わせても砕ける事の無い、最強の牙となった。

 

 オリハル金砕棒にもその力が活きたのか、元々鈍色の八角の棒は更に禍々しさと漆黒の強さを蓄えて、正義の象徴とも呼べる白さと、対を成す様に一面ずつに白と黒が織りなし、手元の柄部分が真紅の色に変わっていく。

 

 筋肉量も尋常じゃない程に膨れ上がり、上半身は赤みがかった黒に肌となり、黒い甚兵衛はその膨張に耐えきれず破れていってしまう程だった。

 

 言うなればこれこそが赤鬼のフェーズ3の真の姿。

 

 一時的とは言えど、赤鬼の潜在能力を今現状で全て引き出してくれたのだ。

 

 「ヌハハ・・・良い登場してくれるじゃねぇか、旦那、レンの姉御」

 

 口を引き上げて、牙を見せつけながら笑みをこぼした赤鬼の左右には、白い本を持ち、勇気を見せる立ち姿で現れたケイタと、ビーム剣を最大出力で展開させたレンが、赤鬼を守る様にして駆けつけてくれたのだ。

 

 『ようやく現れたわね!ヘヴンホワイティネス!』

 

 そんな彼女達の登場に嬉々として反応したのは、どこかから見ている鏡の怪人。

 

 ヘルブラッククロスに楯突く愚か者の二人目が現れた事で、鏡の怪人の殺意がマックスまで膨れ上がっていく。

 

 しかしレンはそんな事よりも、自分の親友であり仲間でもあるカエデの家がこんな無残な有様になっているのを見て、もう我慢も容赦もする気が無いという顔をしていた。

 

 「赤鬼、まだ居るよ。来てくれるとしたら、赤鬼が一番嬉しくなる人がね!」

 

 ケイタの声と笑顔で安心した赤鬼の真横で、銃声がなった。

 

 空気の破裂する音が廊下に反響して、再度現れる鏡の人形の頭部を正確に撃ち貫いた、鉛と撃鉄の音が。

 

 「待たせて悪かった・・・」

 

 玄関の方からコツコツと音を鳴らして、拳銃を二丁構えた女性は、赤鬼が見たら絶対に喜ぶ、あの人。

 

 「事情はだいたい把握したよ。ヒトシさんからの連絡でな・・・」

 

 その女性は怒りを宿した口調をしており、いつもの姿に肩ベルトと、腰には拳銃のホルスターを装着し、季節問わずに履いているストッキングには、大口径の銃機に合わせるタイプのバレットベルトと、ナイフを括り付けた装備をしている。

 

 ふんわり巻いた髪と、勇ましさのある顔。指先の開いた手袋をつけた彼女の背中には、やはり円型の筒状に伸びたロケットランチャーが背負われていた。

 

 「おまけに赤鬼まで傷つけてくれるとはな・・・」

 「同意。私達の仲間を、傷つけたら、誰であっても許さない」

 「僕もこれは許せないと思うな。ギンジの言った通り、大変な事になっているしね」

 「ヌハハ・・・」

 

 赤鬼が一番待ち望んだ女、甘白ミドリコまでもがここに戻ってきてくれたのだ。

 

 「赤鬼、カエデはどうした?」

 

 ミドリコの言葉に赤鬼が嬉しそうに答えた。

 

 「へい、鏡の怪人をぶっ叩きに、先に行きやした。俺っちの役目は、ここで鏡の怪人の姑息な手を潰して、ソウジロウの親分の救出に向かう所でさ」

 

 赤鬼がそう説明している最中に、またもや鏡の人形達が復活していき、狭い廊下の中で腕を尖らせながら、集まったヘヴンホワイティネスに殺意を向けている。

 

 「兄貴とミヤコ姉さんもピンチなんだ。俺っちから指示を出しても良いか?」

 「この状況をよく知っているのは、ここで頑張っていた君だけが良く知っている筈だ。私達は君の指示に従う。だから、協力して敵を追い出すぞ赤鬼」

 「同意。カエデの家は私の家も、同然。赤鬼、お願い」

 「赤鬼、僕も全力でサポートするよ!頑張ろう!」

 「ありがてぇや・・・!」

 

 赤鬼が豪腕を振り、鏡の人形達を破壊していく。

 

 「レンの姉御とケイタの旦那は、使用人達を安全な場所へ!くれぐれも、鏡の変わりになるモノがある道には連れて行かないでくれ!そしてミドリコは俺っちと一緒に、鏡の怪人につながるでかい鏡を探しに行くぞ!」

 「でかい鏡を・・・?」

 

 赤鬼の出した指示に、ミドリコが小首をかしげる。

 

 「鏡の奴と眼を合わせたら俺っち以外は、多分一発で負けだ。けどな、ミドリコの魔法があれば、敵に一泡吹かせられるはずなんだ」

 「・・・私の魔法、第三の眼か」

 

 四人が意を決して、鏡の人形達に臨戦態勢を取り出して、荒れ果てた神宮亭の廊下で交戦を開始する。

 

 「鏡の怪人の思い通りにはならねぇって事を、教えてやろうやァ!」

 

 フェーズ3となった赤鬼が叫んだ。

 

 その声に呼応して、レン、ケイタ、ミドリコも鏡の人形達を蹴散らしながら、それぞれの作戦の為に行動を開始したのであった。

 

 全ては神宮亭を救う為に、カエデの家族を守る為に、ギンジとミヤコを救出する為に。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「許さない・・・っ」

 

 ギリギリと歯を噛みながら、カエデは神宮亭の廊下を駆け抜けていく。

 

 行く宛なんて無いが、どうにかして鏡の怪人を止めないと行けないからだ。

 

 『まだ私の居る場所を見つけられないのかしら?』

 「うるっさい!」

 

 走りながら左手で一枚の姿鏡の中心を殴り割る。

 

 「悪の組織が図々しく、あたしの家に入り込まないでよ!」

 

 カエデは不安も怒りも混じった声音で、強く甚兵衛の一部を握りしめる。 

 

 (鏡の怪人は鏡を使う事で、あたし達の世界に干渉出来て、こっちの事は向こうには筒抜けになっている・・・向こうから手出しは自由に出来るけど、あたしの方からは捕まるしかないのよね・・・)

 

 走りながらも結局出来る事は無く、鏡の怪人が干渉出来ない様にして、鏡になりうるモノを破壊して回るだけ。

 

 故に自然とカエデが向かっていたのは、神宮亭の奥に立てられているドーム。

 

 ソウジロウが今居る場所へと、自然と向かってしまっていた。

 

 (どうすれば良いの・・・ギンジ・・・)

 

 困惑しながらもお父様の事よりも、ギンジの心配の方が勝っている。

 

 (ったく、本当にあたしが居ないと何も出来ないんだから・・・) 

 

 頭ではそんな憎まれ口を叩いていても、本当はギンジが居ないと何も出来ていないのは自分の方だったと思ってしまう。

 

 思えば、佐久間ギンジという怪人が現れて、彼と共闘を結ぶ事になって、様々な言い合いと協力をしながらも紆余曲折を得て、ここまで一緒に戦ってきたのだ。

 

 カエデにとってもギンジにとっても、お互いに背中を預けられるのは、いつしかレンでは無くギンジになっていた。

 

 そんな頼れる相棒が今、敵の術にハマって大ピンチと来れば、カエデは居ても立っても居られない。

 

 まさかギンジが敵に抑え込まれるとは思っても居なかったからだ。

 

 右手に結んだ黒い甚兵衛の一部を見て、カエデは走る足を止める。

 

 「これがあれば、なんか色々出来る・・・か」

 

 廊下の次の窓を蹴破って、カエデは中庭へとその姿を踊り出す。

 

 落ちてくるガラス片の事なんて何も気にせずに、すぐに行動を別のb書へと移した。

 

 向かう先はまだ壊されていない噴水。

 

 小さな庭園は美しく彩られているが、その美しさが一層カエデを暗い道に引き込む様にさえ見えている。

 

 「あっちにはお父様が居るわね・・・」

 

 中にはの北側に眼をやれば、その先の小さなトンネルが見えて、その奥には神宮亭のドームがある。

 

 そしてそのドームには父親であるソウジロウが居ると、カエデは硬唾を飲み込む。

 

 今この瞬間の選択肢はどっちが正しいのだろう。

 

 家族を仲間達に任せて、自分はやっぱり父親を助けに行くべきか、それとも最後まで正義のヒーローとして、悪の怪人を仕留めに行くのが優先か。

 

 その中でもどちらにも自分の中の愛情が、カエデを揺れ動かす。

 

 ソウジロウに向ける尊敬や、父親としての威厳、財閥長としての偉大さ。

 

 ギンジに向ける信用、相棒としての力強さ、そして恐らく人生史上一番はじめに好きになった人。

 

 ・・・。

 

 風が荒々しく吹き始める。

 

 庭園の砂を舞い飛ばす様な強い風が一度吹いて、それでもカエデは業を煮やしている。

 

 「・・・っ」

 

 自分が迷わないように、家族を守る為に背中を押してくれたケイタ。

 

 自分が今一番守りたいモノの為に、背中を押してくれた赤鬼。

 

 ドームの方角を見て、再度噴水の方角を見る。

 

 「・・・ごめんなさい」

 

 最後に空を見上げて、カエデは申し訳ない気持ちを大きく持ちながら、日が傾き始めた朱の空へと、謝罪の言葉を投げかける。

 

 黒い甚兵衛を握りしめて、カエデは意を決して透き通る水を噴出し続ける噴水へと顔を覗かせた。

 

 そこに映った自分の顔を見て、そしてすぐに鏡の怪人がまるで背後に居るかの様に、噴水に映る自分の横に現れたのだ。

 

 『怖じ気ついた?』

 「別にそんなんじゃないわよ。今のあたしは、なんか色々出来るから・・・」

 

 黒い甚兵衛の一部を巻きつけた右手で拳を作り、カエデは思い切り噴水に飛び込みながら拳を突き出した。

 

 「あんたを倒しに来たのよ!」

 

 鏡の怪人の能力は未だ不明な事が多い。

 

 赤鬼の説明だけでは最早不十分に近い。

 

 だけど、赤鬼の言うとおりに行動したら、きっとギンジ・・・あとついでにミヤコを助ける事が出来るかも知れない。

 

 この甚兵衛にどういう意図があるのかはわからないが、その色々の中で、カエデに一つの可能性があるとすれば・・・。

 

 鏡の怪人の居る場所にたどり着けるのでは無いだろうか。

 

 そんな淡い期待を込めて、カエデは渾身の右ストレートを繰り出しながら、噴水へとその身を投げた。

 

 一瞬、水が身体にまとわりつく感じがしたけど、それでも次に来たのは水から抜け出して、身体が別の重力に引っ張られる感覚がカエデに振りかかってきた。

 

 これは・・・。

 

 (落ちる!)

 

 水の中に居た感覚は抜けて、一気に呼吸が出来る様になる。

 

 その中でカエデは、右ストレートを真下に向けている感覚で、垂直に落下した。

 

 「・・・何故!?」

 

 焦った声が聞こえた。それは、鏡の怪人の声だった。

 

 「言ったでしょ!」

 

 鏡の怪人の頭上で、神宮カエデは吠える。

 

 「今のあたしは・・・なんか色々出来るのよ!!」

 

 鋭いギアの回転音を鳴らして、ガントレットにありったけの力を込めた、右拳の一撃は鏡の怪人には当たらず、その勢いを利用して着地の衝撃に使用する事にしたのだ。

 

 「よくもあたしの家に、あたしの家族に、あたしの仲間に手を出したわね・・・覚悟しなさい」

 「・・・よくわからないけど、どうやら赤鬼の仕業ね。こっち側に来れる手段を用いるなんて」

 

 殴った衝撃が煙を巻き起こして、軽く陥没したクレーターからカエデが煙を腕のひと振りだけでかき消す。

 

 そこに見えたのはいつもの白いスーツではなく、黒を基調とした赤いラインが縦に二本入った、噂のヘヴンホワイティネスの強化状態の姿だった。

 

 「ギンジとミヤコ・・・家も全部返してもらうわよ」

 「いいわ、直々に殺してあげる・・・最後に勝つのは、この鏡の怪人よ!」

 

 ヘヴンホワイティネスとヘルブラッククロスの終わりなき戦いの一つが、今ここで始まった。

 

 

〜鏡の世界の決戦〜

 

ヘヴンホワイティネス・神宮カエデ

 

      vs

 

ヘルブラッククロス、怪人四天王・鏡の怪人 

   

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。

カエデと鏡の怪人の戦いが始まりました!

キャラネタ書きます

神宮カエデ
どれだけ強くあろうと振る舞っていても、中身は所詮女の子。
正義のヒーローとして、父親ではなくギンジを助ける道を選んだ。
きっと父親は仲間たちが救い出してくれるはず!

宮寺レン
仲違いが怖くてあまり踏み込んだ事を言えなかったが、ケイタが居てくれた事で余計な心配に終わった

角倉ケイタ
意外とデリカシーの無い所がカエデを救った。こんな性格も時にはバランサーとなって仲間の背中を押してくれる。

赤鬼
結構ピンチになっていた。実は多人数に押されると弱いタイプ。
戦闘員とか魔王軍ぐらいじゃ相手にならないだけで、怪人の能力や怪人二人との戦いになったりすると、結構不利になりやすい。
フェーズ3では真の姿となったけど、時間経過で戻る。

甘白ミドリコ
いつもどこから武器を持ってきているのか。
相変わらずロケットランチャーを背負っているが、今回使えるのか?

鏡の怪人
ついにカエデと対峙した怪人四天王の最後の一人。
最後とは言うが、赤鬼と雪の怪人はちゃんと生きてる。
骨の怪人は魔法界でボコられて亡くなった。
新怪人四天王の、鋼、蜘蛛、はカエデとレンに敗北し、武者の怪人は多分生きてる。いや多分死んだ。

・・・

次回はカエデvs鏡の怪人勃発!
カエデが全編通してほぼ主役の章なので、頑張りますぞ!
ちゃんとギンジ君にも出番がありますぞ!

次回の更新ですが、年末も近く、お正月はゆっくりしたいので、
1月14日ぐらいから投稿できればと思います。
ゆっくりしていますが、物語は必ず完結まで書ききりますので、どうかお付き合いいただければと思います。

それでは良いお年を!今年もありがとうございました!!
また次回!!


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109・サラリーマン佐久間銀治

皆様、新年あけましておめでとうございます!

今年もヘヴンホワイティネスをよろしくお願いいたします!!

さて今回は、去年みたく暇なお正月ではなかったので、3話一気投稿が出来ず、一話だけになっております!長期休暇が欲しいよぉ・・・

今年も週1、良くて週2で投稿できればと思いますので!

それでは本編へどうぞ!


 相変わらず神宮亭への襲撃が続いている中、狭い廊下に埋め尽くされた鏡の人形達を蹴散らしながら、赤鬼、ミドリコ、レン、ケイタの四人はカエデの後を追う。

 

 この神宮亭のどこにでも鏡の人形達は湧いて出てきては、すぐに赤鬼達の進行を妨害してくるのだが・・・。

 

 「どけぇぇ!!」

 

 ケイタの魔法によって強化された赤鬼の拳は、空気を殴り飛ばすだけではなく、飛ばした空気を乱反射させて、鏡の人形達が次々と砕けていく。

 

 天井のシャンデリア、中途半端に割れた窓、銀のエレクター、神宮ソウジロウの胸像の反射、その全てから鏡の破片と鏡の人形達が次々と召喚されていく。

 

 最早距離等の制限も無くし、遠隔で攻撃出来る兵隊を造る事が出来る、鏡の怪人の能力の真骨頂。

 

 人形だけを見れば芸術的にも思える美しく反射する怪物。

 

 そのほとんどが、人間を軽く殺せる程の実力を持っていて強いのだが、もっと強い怪人とヒーローがその人形達をなぎ倒して行く。

 

 先ずは青白いビームの剣身を、しなやかに伸ばして、レンが攻撃の姿勢に出た。

 

 身体の横から光を伸ばすように、腰を落としながらビーム剣を振り抜いた。

 

 「ビーム剣術」

 

 赤鬼よりも前に出て、鏡の人形達を眼の前に、レンが鋭い眼光でビーム剣から強烈な光を発動する。

 

 「シャトルフ・ヴィント!」

 

 腰を落として、身体を捻り、腕の力で全身に回転を加えた青白い閃光回転斬り。

 

 横一閃に鏡の人形達がキレイに斬り崩され、一列消え失せる。

 

 さらにもう一列後方に並ぶ鏡の人形達をも、もう一回転の斬撃が斬り滅ぼす。

 

 二回転のビーム剣の中心で、レンがビーム剣の形状を変更する。

 

 片手で持てる大きさを更に軽量化させ、二本の剣が姿を表す。

 

 ビーム剣・デュアル。二刀流になり、手数を増やす攻撃形態。

 

 「レン、下がれ」

 

 ビーム剣・デュアルを上に振り上げた勢いで、後方に飛びながら、赤鬼の背後に飛び戻ってきたレンと入れ替わる形で、今度はミドリコが二丁のサブマシンガンを構えて、胸の前で交差させる。

 

 伸ばして交差させた手の先には、先にもあった通りのサブマシンガン。

 

 そこに入っているマガジンは通常160発しか入らないマガジンよりも、縦に長く、横に大きい特別性。

 

 ミドリコの特別カスタマイズであり、通常の三倍弾丸が入ったマガジンが、そのサブマシンガンだけではなく、腰にも肩にもベルトの様に装備されている。

 

 もちろん入っている弾丸そのモノは、対怪人、対ヘルブラッククロス用にカスタマイズされた炸薬式薬莢。

 

 重装貫弾・小型弾丸(じゅうそうかんだん・ミニバレット)

 

 「掃射する!」

 

 交差して伸ばして両腕の先の銃口からは弾丸を射出したと同時に、炎が吹き上がる。その炎の奥からは特別性の弾丸が複数個飛び出していき、鏡の人形の胴体、頭、関節へと的確に弾丸が命中していく。

 

 パリンパリンと、鏡の人形達が割れて崩れて行き、更に小型の弾丸は重さと軽量の2つを丁度良い火薬の調合量と合わせたバランスの取れた弾丸は、一枚鏡を割って止まることは無く、後方に再び召喚される鏡の人形達を、召喚された瞬間から無力化していく。

 

 「まだ出るのか・・・ならば」

 

 二丁のサブマシンガンの弾丸が空になった事で、その得物を上に投げるミドリコ。

 

 腰の左右に取り付けた拳銃を二丁取り出して、ハンドガンとは思えない速度でマズルフラッシュを叩き出す。

 

 弾丸はめちゃくちゃに飛ばしているように思えて、実は正確無比。

 

 一つひとつの弾丸が確実に人形達を粉砕していく。

 

 拳銃二丁も弾切れを起こすと、その拳銃も頭上に放り上げた。

 

 そして変わりに最初に投げたサブマシンガンが落ちてくるのだが、肩に取り付けたマガジンの口を上に向けて取り出すと、落ちてきたサブマシンガンの落下に合わせて装填が完了し、サブマシンガンは背中へと巻いて戻す。

 

 今度は両足につけた拳銃のマガジンを取り出すと、お手玉の要領で、落ちてきた拳銃とマガジンをと入れ替えながら、4つ交互に手元に置いては離しを繰り返し、こちらも装填を完了させる。

 

 そしてその拳銃も腰に戻すと、後ろ腰に折りたたまれた片手で持てそうな、セミロングバレルの拳銃を取り出す。

 

 前方三列後ろから鏡の人形が腕を尖らせて、ミドリコへと突きこんでくるが、ミドリコは慌てずに取り出した拳銃を鏡の人形の顔面へと銃口を静かに向けた。

 

 手にしたセミロングバレルの拳銃は、銃身そのモノを短くしたライフル。

 

 ただの拳銃には留まらない、銃身そのモノを鉄のフレームでカスタマイズしたライフルは、オブレツライフル。

 

 「終わりだ」

 

 モノ言わぬ人形へと静かに引き金を引くと、ライフルに込められた弾丸は、人形の顔に風穴を開けて、その奥後方にいる人形達の顔面を順番にくり抜いていく。

 

 「どら、次は俺っちが行くぜ!」

 

 ミドリコの勇姿に腰を震わせた赤鬼が、黒く進化した肌を膨張させて、大きなオリハル金砕棒で、下から人形を殴り飛ばす。

 

 神宮亭の廊下と天井をも破壊しかねない程の強烈な一撃が、鏡の怪人を叩き砕き、殴りつけた風圧によって砕けた破片ごと奥へと追いやっていく。

 

 「これ以上・・・カエデの姉御の家を荒らすんじゃねぇ!」

 

 右手で拳を作りながら吠えると、その手に込めたのは力だけではなく、周りから吸い込む様にして集めた空気も拳に込めた。

 

 自分で操った空気と一時的なフェーズ3への進化による能力。そこに加えた空鬼摩殺の燃える力と合わせて、鏡の人形達の再召喚も間に合わせずに、廊下の奥へとどんどん追いやっていく。

 

 「空鬼烈拳!」

 「ロケットランチャー!」

 「ビーム剣術・スパイラル・トルネード!」

 

 廊下の奥に敷き詰められた人形と鏡の破片を巻き上げる空気と、身動きすらできなくなった人形達へ向けられたロケットランチャーと弾頭、2つの威力を引き上げる風と共に舞い上がる青白い斬撃の渦。

 

 三人同時の攻撃によって、鏡の人形達は破片もろとも復活と再召喚を封じられたまま、三人の大技によって撃滅されて行った。

 

 轟音を響かせた一撃は、振動と共にまだ名残りを残すが、ひとまず鏡の人形は全滅させたようだと、なんとなくの気配で察知した赤鬼は、ミドリコの肩を引いて、一度落ち着かせる。

 

 「さすがレンの姉御とミドリコだ。ケイタの旦那のおかげで俺っちも活躍出来てるしな」

 「でも、油断はしないで。まだ、敵はここに居る」

 

 レンの冷静さには赤鬼も少したじろぐ程だが、レンはレンで怒りも混ぜた口調を出している。

 

 その怒りは間違いなくヘルブラッククロスに向けられたモノであるのは間違いないが、その怒りの原因が神宮亭への襲撃によるモノだろう。

 

 スカイブルーの髪でさえも怒りで浮かび上がるキレっぷりに、進化して強くなった赤鬼も少しビビってしまう。

 

 「早く行くぞ。これ以上、姿の見えない怪人に好き放題させるわけにはいかないだろうしな」

 

 ミドリコが丁度良い所で喝を入れると、四人全員で次の目的の為に行動を開始する。

 

 「レンの姉御とケイタの旦那は2階に頼まい。使用人を物置部屋で待機させてんだ」

 「分かったよ。僕達に避難は任せて」

 

 ケイタが親指を立てて赤鬼の指示にうなずくと、赤鬼も同じ様に親指を立てて、お互いにうなずき合う。

 

 「ケイタの事は、私が守る。赤鬼は、ミドリコと一緒に、大元を叩いて」

 「もちろんだ。それで行くと、私の事は赤鬼が守ってくれるんだろうな?」

 

 レンの言葉にミドリコが反応して、いたずらっぽく微笑むミドリコの顔に、赤鬼が舌なめずりをする。

 

 あまりにも軽率なミドリコの微笑みに、赤鬼のリビドーがたまらなく上昇してしまう。

 

 こういうふとした瞬間のミドリコからしか得られない栄養素があるのだ。

 

 「勿論でい。俺っちだけがミドリコを守れるんじゃい!」

 「では、また会おう。カエデの家の使用人達を頼んだぞ、レン、ケイタ」

 「うん!ミドリコと赤鬼も気をつけてね!」

 「絶対に、ミヤコとギンジを助け出して」

 

 四人が円陣みたく手を乗せあって結託すると、レンとケイタは2階へ。

 

 赤鬼とミドリコは鏡の怪人の魔の手から、ソウジロウを逃しに行動を開始した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「眠い・・・」

 

 ある一人の男が、枕元のスマートフォンのうるさいアラート音で眼が覚めた。

 

 時刻は7時30分。朝の心地よい日差しが、6畳の小さな部屋に差し込んで来ていて、とても心地よい暖かさが布団を超えて身体に染み渡る気分だ。

 

 「うーん、7時か・・・」

 

 寝ぼけ眼でスマホの時間を見て、男はまたも眼を閉じた。

 

 「ん・・・はっ!?30分!?」

 

 時間を再度確認して、男は一気に青ざめる。

 

 「やっべーよ遅刻だ!」

 

 布団を勢いよく蹴り上げて、ダボついたスウェットを脱ぎながら立ち上がり、急いで仕事に行く支度を始める。

 

 脱ぎながら洗面所に向かうかたわら、横っ腹を机の角にぶつけ、足を洗濯機の角にぶつけ、それでも焦りが勝っているのか、痛みを気にしていない様な素振りで、急ぎ支度を行う。

 

 「がー!寝癖は・・・いいか、行く途中で」

 

 頭は横と後ろを刈り上げて、上の部分だけを伸ばして残した髪型をしているこの男は、社会人としては絶対にあってはならない遅刻をしそうになりながらも、背広に袖を通してスラックスを履いて、革製の鞄を持って、急ぎ足で自宅を出る。

 

 小さくてボロいアパートだが、家賃がとても安くて住めば都なこの家を男・・・佐久間銀治はとても気に入っていた。

 

 「やべーよやべーよ、俺が居ないと仕事回らないのに・・・あーまたお嬢様に怒られるよ・・・」

 

 駆け足で最寄り駅に向かいながら、銀治は自分の所属している会社の事を一人で語散る。

 

 2022年・未鏡(みかがみ)市。

 

 2月14日、木曜日。

 

 普段はただのバレンタインデーとして世間は浮足立つ日だが、銀治は遅刻してしまいかねないこの状況に浮足立っていた。

 

 未鏡町の駅に走り込み、ギリギリの時間の中で駆け込み乗車をするというイメージまでは持てていたのだが、どういう訳か左足と横っ腹が痛い。

 

 今になって彼の身体に、机と洗濯機からの逆襲が襲ってきたのだ。

 

 「ぐおおお〜〜・・・このまま止まりてぇけど、痛い・・・」

 

 銀治が思い切り痛みに苦悶の表情を浮かべているが、それでも遅刻だけは出来ないのだ。

 

 何故なら彼は、黒十字株式会社、代表係長として若きエリートとしての期待を乗せられた、最高の社員だからである。

 

 「間に合ええぇーー!」

 

 周りに人が居ようと関係なく、銀治は思い切り叫ぶ。

 

 もう駅の改札は抜けた。

 

 階段も登った。

 

 後はホームまで飛ばせば良いだけなのだが・・・。

 

 「ドア、閉まりまぁす」

 

 駅員の無慈悲なアナウンスが銀治の耳に入り、一気に身体に緊張感が走った。

 

 「うおおおお乗ります!乗ります!乗らせてください、なんでもsいますから!なんでもするとは言っていない!!」

 

 思い切り叫んだが、眼の前で無情にも電車のドアは閉まり、銀治は泣きそうな顔のまま、絶望に打ちひしがれる事となる。

 

 「クソォォ!!!」

 

 元より早く寝て早く起きる生活をしていれば、こんなギリギリを攻める戦いをする必要なんて絶対に無いのだが、そんな事よりどうやって遅刻を言い訳しようか悩んでいる銀治に、生活の基準について考える暇はなかったのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 結局仕事の始業に間に合わず遅刻した銀治は、上司であるお嬢様・・・名前はまだ分からない上司にこっぴどく叱られて、半ば悟りを開いた顔で自分のデスクに座っていた。

 

 「せんぱ〜い、また遅刻ですか〜?エリートなのに情けないですねぇ」

 

 黒いスーツに、白のリボンブラウスを合わせた女性社員が、ケラケラと笑いながら銀治に挑発をしかけてくる。

 

 顔は可愛く、頼りになる後輩なのだが、銀治はこの後輩の言動がイマイチ苦手である。

 

 彼女の名前は畑中莉子(はたなかりこ)

 

 黒十字株式会社の中でもやり手のエリートで、かなり強引に商談を勧めては、受け入れない競合他社を思い切り金の力でねじ伏せる凶暴さを兼ね備える、悪魔の申し子でもある。

 

 「まぁ、佐久間さんらしいですけどね。みなさん、佐久間さんを頼りにしていますから、自然と疲労とかも溜まるのでしょう」

 

 もう片方の優しい口調で話してくれる女性社員は、艶の良い黒髪を短くカットしては、縁の無い眼鏡をつけているクールビューティーで、襟のついていないバンドカラーのジャケットに、波状のレースが目立つシャツを合わせた、スッキリとしていてフォーマルな印象を与える。

 

 そんな女性社員の名前は鈴村都子(みやこ)

 

 彼女もまたこの黒十字株式会社の重鎮とも呼べる若き天才であり、入社当時から銀治を横で支えてきた、切っても切れない相棒みたいなポジションに座っている。

 

 要所で銀治の仕事のサポートを行っている事から、まるで夫婦の様だとも噂される事もあるが、そう言った噂には耳を貸さないのが、彼女の魅力の一つとも取れるのだろう。

 

 「もっと、周りを頼ってはいかがですか?」

 「そうだよせんぱぃ、私達も居るんだしさ〜」

 

 二人の女性社員の言葉には銀治は、少したじろいでしまう。

 

 「うん・・・すんません」

 「ふふ、謝らないでください」

 

 都子が口元を隠して笑みを見せると、周りの男性社員の空気感が少し向上する。

 

 見た目も良い彼女が笑うだけで、男性社員の励みになっているのだ。

 

 「佐久間係長!」

 

 もう一つ、元気な声がオフィスの中に響く。

 

 周りの社員達が仕事する手を止めてしまう程に大きな声は、銀治を始め、莉子、都子もその声のした方へと目線を動かしてしまう。

 

 「係長、おはようございます!」

 

 体格の良い大柄な男性社員が、鼻を大きく広げてノシノシと歩いてくる。

 

 スーツは脱いでおり、白シャツをまくりあげて、腕に血管が浮き出るほどに筋肉質なこの男の名前は、大久(おーく)。名前の語呂の良さと、架空の生物として語れられるオークと合わせてそう呼ばれている。

 

 「今日こそあの契約、取りに行くんですよね!?」

 

 熱く仕事に生きがいを覚えるこの男の熱意は、とても銀治には出せない前向きさを持っており、銀治もまたこの男が居るからこそ、自分の仕事に集中出来ている事もある。

 

 「こんな虚栄だらけの世界に、僕たちなりの真実を与えに行きましょう!」

 

 大久が激しくそう言うと、莉子も都子もうんうんと力強く頷いている。

 

 「ああ、そうだな。皆、今月もノルマは達成しているからって気を抜くなよ!今月も新記録を達成して、来月の休みを多く貰うぞ!」

 

 銀治がデスクから号令をかけると、オフィス内の全員が旺盛に返事をする。

 

 この光景がまさしく銀治が求めている、誰かに頼りにしてもらい、誰かを頼りにすると言う真実の世界。

 

 もう生きた屍だなんて誰にも言わせない。

 

 (ん・・・?屍?・・・はて?)

 

 何故その単語が頭に浮かんだのか、自分でも理解出来ていないが、銀治は一先ず自分の仕事に戻り、今日のノルマを大きく達成しようと、後輩達にその背中を見せるのであった。

 

 サラリーマンとして、より大きい成果を残せば、自分の事を誰も彼もが、【居る者】として認識してくれる。

 

 もう絶対にこの幸せで充実した、自分の居るこの日常を手放したくはない。

 

 たとえこの世界が虚栄の世界でも、真実の世界でも最早関係ない。

 

 銀治は自分が自分で居られると、ただの人間であるだけに過ぎないこの世界での生活を大切に大切に、一日を過ごして行くのであった。

 

 

 

 

 

 

続く

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 画面一枚が真っ暗になり、その中で白く達筆に書かれた【続く】の文字を見て、映像が止まる。

 

 その映像を真正面に、指が爪の様に伸びた黒いガントレットが引き裂いて、甲高い怒りの声が仄暗い空間にこだまする。

 

 「何が【続く】よ!ふざけるのも大概にしなさいよ!」

 

 ここは鏡の怪人の、鏡の世界。

 

 そんな世界の中心で声を荒げたのは、神宮カエデだった。

 

 今彼女が見せられたモノは、紛れもなくギンジの姿と、ギンジの無くは無いであろうと考えられる日常の風景だった。

 

 だが、そんなカエデの知り得ない映像の事は、ただのまやかし。

 

 まやかしに過ぎないと、カエデは怒りでその拳を振るったのだ。

 

 「あら、気に入らなかったかしら?ヘヴンホワイティネス」

 

 羽衣を揺らしながら、目隠しをした顔でほくそ笑むのは、鏡の怪人。

 

 鏡の怪人の背後には、両目に鏡を貼られて眠ってしまっているギンジと、黒い十字架に貼り付けにされているミヤコの姿があった。

 

 まるで人質を取られない様に、鏡の怪人はカエデの前に立ちふさがっている。

 

 「気に入らないとかじゃないでしょうが!なんなのよアレは!」

 

 アレとは先程まで見せられていた、サラリーマンとなっていたギンジの映像の事だ。

 

 「ふふ、貴女もドクターミヤコも、進化の怪人の事をずっと気にかけているみたいだから、今彼がどうなっているのかを見せてあげただけよ。どうだったかしら」

 

 鏡の怪人が悠長に話している間に、カエデは身体を捻りながら思い切り威力の高いハイキックをお見舞いする。

 

 しかしながらその攻撃は顎を掠める程度に終わり、半歩下がった鏡の怪人にはなんのダメージにもなっていない。

 

 「ギンジに何をしたの!」

 「ふふ・・・アハハハハ。必死ねぇ、ヘヴンホワイティネス」

 「あたしの・・・いや、仲間がピンチになっているのに、必死にならない方がどうかしてるのよ!」

 

 腰を落としたストレートは防がれ、ショートアッパー、突き、膝落とし、踵落とし、回し裏膝、2連回し蹴り、モンゴリアンチョップ・・・。様々な攻撃を繰り出して行くも、無駄に空を切るだけに終わってしまい、変わりに空振った衝撃だけが、行き止まりの見えない仄暗い空間の奥へと飛んでいく。

 

 一撃だけでも当たれば華奢な身体をしている鏡の怪人なんて、簡単に壊せそうな気もするが、やはり相手は怪人だ。

 

 そう安々と倒せるモノでもないのだろう。

 

 たとえ見た目で弱そうと判断しても、あの赤鬼と同じ力量を持っている怪人なのだ。

 

 油断は絶対に出来ないし、決して軽く見る事はしない方が良い。

 

 もっと言えばこの鏡の怪人は、あのギンジでさえも完封しているのだ。

 

 完封された挙げ句、架空の町、架空の世界でサラリーマンなんかをやらされている。

 

 辱めよりはマシかも知れないが、それでも自分の好きな人が敵の術にハマって何も出来ないで居るのはとにかく嫌だとカエデは思っていた。

 

 「もう一度聞くけど、ギンジに何をしたのよ!答えなさい!」

 「あら、知る必要があるのかしら?もうすぐ貴女も死ぬんだし」

 「カエデ、ギンジ君は、こいつの能力で・・・鏡の監獄に捉えられてるよ!」

 「鏡の監獄?」

 「余計な事を・・・」

 

 二人が戦う少し離れた所では、ミヤコがギンジが今陥っている状況について説明してくれた。

 

 「いっつも気をつけろってあたし達には言うくせに・・・世話が焼けるんだから」

 

 倒れているギンジへとチラリと視線を動かして見やると、今度は鏡の怪人が2枚の鏡の破片を持ち出して、ミヤコの方へと飛び出していく。

 

 「進化の怪人の眼の前でもとは考えたけれど、やっぱり先にドクターミヤコから殺してやるわ!」

 「くふっ・・・!?」

 

 黒い十字架に貼り付けにされているミヤコが、殺意を大きく見せている鏡の怪人に、引きつった笑みを見せる。

 

 流石にこの状況は、柏木タツヤに捕まって居た時よりも、より強い巨大な悪意を感じ取ったのか、ミヤコが普段見せないような狼狽えっぷりを見せる。

 

 (不味い、このままじゃミヤコまで・・・)

 

 ギンジを見ていた事に気を取られて、両方ピンチになってしまっていた。

 

 (かくなる上は・・・こいつに通用するか分かんないけど・・・)

 

 カエデがギンジの下まで飛び出して、思い切り息を吸い込んで、上を見上げながら身体を反らせた。

 

 その姿勢のままもう一度呼吸を整えて、一気に腹から声を出して吠える。

 

 「ギンジーーー!ようやく復活したのね!遅いのよ!」

 「え!?ギンジ君!?」

 「そんな馬鹿な・・・!?」

 

 カエデが思い切り叫んでは、ミヤコもそれを期待していたのか、鏡の怪人を避けて顔を覗かせる。

 

 そしてカエデの言葉を信じた鏡の怪人は、今一番恐るべき相手でもあった進化の怪人の復活に酷く動揺したいる様子でいるが、振り返ったその先では、ギンジは倒れたまま、鏡も剥がされていない。

 

 つまりまだ鏡の怪人の能力は破られていないと言う事。

 

 変わりに・・・。

 

 「『そんな馬鹿な』って?ええ、そうよ、そんな馬鹿な事、ある訳ないでしょう!」

 「・・・くふふふ、カエデにしては随分セコイね・・・」

 

 ミヤコはこの一瞬で全てを理解した様だ。例えギンジが復活していたとしても、きっと同じ事を言ったに違いないだろうが。

 

 そしてセコイと言われた神宮カエデは黒いスーツのまま、右腕に赤と白のオーラが螺旋状に巻き付いた拳を構えていた。

 

 「貴様・・・!」

 「ギンジに何したのか答えないから、直接あんたの身体から聴くことにするわね!」

 

 ギンジ復活と言う騙しを使って、カエデは鏡の怪人の懐に潜り込んだ。

 

 今こそ家への襲撃、父であるソウジロウへの攻撃、更にミヤコをさらい、ギンジにまでひどい目に合わせた事、全てに清算してもらわないと気が済まない。

 

 「必殺!」

 「おのれぇ・・・っ!」

 「絶・バスターフィスト!」

 

 顎を真下から打ち抜く大振りのアッパーカットが、驚愕に染まる鏡の怪人を正確に狙ってついに攻撃が届いた。

 

 命中したガントレットが骨身に命中して、鏡の怪人は大の字に打ち上げられる。

 

 カエデの拳から、カエデの肩から、カエデの全身から思い切り力を込めた最強の一撃が、鏡の怪人の脳髄から足先までを大きく震わせる。

 

 「吹・き・飛・べっ!」

 「がはっ・・・このぉ・・・」

  

 不意打ちによる強烈な攻撃は、届いても鏡の怪人の撃破には至らず、しかし確実に怪人の生命活動に一瞬だけでも、死に近づけさせた。カエデと言うヘヴンホワイティネスの底力を、その身に届かせた、正真正銘の拳。

 

 正しく“絶”の一文字、“絶”の一撃。

 

 「愛する総統に造られたこの顔を・・・この美しき顔によくも・・・許さない!」

 

 宙を舞う様な鏡の破片を召喚して、それを足場に空中でバランスを取り直してから、ミヤコを貼り付けた黒い十字架に乗った鏡の怪人が、口元から溢れた血液を、白い羽衣で拭うと、顔に大きな血管が浮かび上がる程にキレた表情をしていた。

 

 見下ろす様にして鏡の怪人がカエデを睨むと、カエデも鏡の怪人を見上げながら、睨みつけている。

 

 鏡の破片を手に取ると、それは自身の腕一本とそう変わらない長さの刃となり、カエデに向けられた。

 

 「いいわ。貴女も、進化の怪人も、ドクターミヤコも・・・他の裏切り者、反逆者、全てにこの私と・・・ヘルブラッククロスの怒りを思い知らせてやる!」

 「いいわよ。やってみせなさいよ。あたしはあんたに、ヘヴンホワイティネスの怒りを叩きつけてやるわ・・・!」

 「はぁ・・・」

 「・・・っ」

 

 双方呼吸を整えて、お互いに良しと判断したのか、二人がほぼ同時に飛び出した。

 

 「うわわっ!」

 

 ミヤコの頭上では火花と呼ぶにはあまりにも大きな爆発と、金属とガラスの衝突音が鳴った。

 

 ミヤコの眼には捉えられない速度で、今度はミヤコの右真隣で、空気を切る様な細い音が鳴り、その次は少し離れた奥側の空間で、鏡の怪人がカエデの背後を取っていた。

 

 しかし即座にカエデも鏡の怪人を蹴り飛ばして、鏡の怪人も鏡の破片による爆撃から成立する反撃を行う。

 

 瞬間移動にも等しい速度での攻防、それも未だ見たことのない荒々しいカエデの姿を見て、ミヤコは戦慄する。

 

 (まるでギンジ君みたいな戦い方だね・・・恐ろしいけど、今はあのカエデの戦闘意欲に感謝だよ・・・さて、わたしは早くこれを外して、ギンジ君を助けないと・・・)

 

 何かの能力で眠らされているギンジは、きっと鏡の怪人による、鏡の監獄に取り込まれている。

 

 その監獄の中身が、あんなありえないサラリーマンの世界だとしたら、ミヤコ自身もあまりいたたまれない。

 

 なにせギンジは自分が造った怪人であり、この世界の中でも唯一怪人の細胞と完全適合を果たした、ミヤコの怪人の中でも特に自我が強くて、怪人としての強さも兼ね備えたお気に入りなのだ。

 

 そして恐らくカエデも、他の人物と同じ様に、ミヤコもギンジの事が大切なのだ。

 

 (まっててギンジ君、必ず助けるから)

 

 自分がそうしてもらった様に、今度は自分がギンジを助けたい。

 

 助けて、あげたい。

 

 ミヤコが強く念じるすぐ近くでは、またもやカエデと鏡の怪人が激しい激突を繰り返している。

 

 さっきまでは鏡の怪人が血を流していたが、今はカエデの方が腹部や肩かた血を流している。

 

 鏡の怪人の攻撃は、ダークヘヴンスーツとなった強化状態でさえも、引き裂き、実体にまで届く攻撃力を持っていると言う事になる。

 

 だがどんなに痛くても、カエデは退かない。絶対に退くことは無い。

 

 カエデもまた、ギンジを大切と思い、もう何度もギンジに助けられてきた。

 

 今度は──。

 

 (今度は・・・あたしの番よ!)

 

 カエデの拳と、鏡の怪人の破片が真正面からぶつかり合って、目に見えない衝撃が二人を吹き飛ばす。

 

 「・・・よっぽど進化の怪人が大切みたいね。こんな怪人男が必要なら、もっとお誂え向きな・・・人間じゃ満足出来なくなるような怪人が居るわよ・・・触手の怪人とか、ね」

 「ふざけないでよ。ギンジはあたしの仲間なの。大切なのは否定しないけど、そんな邪な想いを抱いている訳じゃないわ」

 「へぇそう。ひょっとして、この進化の怪人の事が好きなのかしら?」

 

 鏡の怪人の言葉に、ミヤコはゾクりと首元が震えた。

 

 脱出の事すら忘れてしまいかねない様な、そんな気持ちになる。

 

 ミヤコの想像通りならば、きっとカエデも・・・。

 

 「・・・」

 「あら、図星?言ってくれたら、二人仲良く地獄に送ってあげるのに」

 「ふっ・・・違うわよ」

 「?」

 

 カエデの答えはミヤコと鏡の怪人が想像している様なモノではなかった。

 

 「そうね・・・ギンジは馬鹿だし、ケイタと同じぐらいデリカシー無いし、あたし達の言うこともてんで聞かない頑固みたいな所あるし・・・」

 

 カエデの顔が陰りを見せて、もう一回明るい表情を見せる。

 

 「でも誰よりも自分が信じてる正義の為に動いて、誰よりもあたし達のピンチを救ってくれて・・・」

 

 両腕のガントレットが鋭く回り始める。

 

 これは攻撃を今から行うと言う合図であり、敵への威嚇に使うモノだ。

 

 「敵でも助けようって動くし、自分を馬鹿にされても動かないのに、あたし達がコケにされたら、すぐに怒るし・・・」

 

 そのまま次はブーツのギアを鋭く回転させる。

 

 「でもね。一緒にご飯食べる時とか、一緒に戦う時とか、一緒に遊んだりしてる時とか、さ・・・あたしのピンチを救ってくれたり。前にギンジが一人でミヤコに捕まった時に、自分を犠牲にしてまであたし達を助ける為に退路を開いたりして・・・ああ、これがあたしの理想のヒーロー像だなって思う事があったの」

 「さっきからなんの話しをしているの?」

 

 鏡の怪人がカエデに怪訝な表情を見せながら、悪意と退屈を交えた口調で口を開いた。

 

 しかしカエデは清々しい顔で、鏡の怪人を正面に捉えていた。

 

 「ああ、ただの怪人には理解が出来ないわね。ギンジは・・・あたしの大好きな人よ。ただ、好きなんじゃない。こいつとなら、ギンジとだったら・・・」

 

 思い切り胸に詰まる様な言葉を、カエデは躊躇なく言葉に出していく。

 

 「ギンジとだったら、ギンジが望むハッピーエンドを、そのハッピーエンドの先を、一緒に生きていたいって思ってるのよ!」

 

 カエデの渾身の想いは口に乗せて、誰が聴いても恥ずかしくなるような言葉を並べる。

 

 きっとギンジの意識があれば、プロポーズととっても良いぐらいの言葉だろう。

 

 「だからお気に入り、ってだけじゃない、ただの好きでもない」

 

 ギアのフル回転させて、神宮カエデは仄暗い空間の中で愛を叫んだ。

 

 「ギンジが大好きって事よ!」

 「つくづく頭に来るわね・・・」

 「カエデ・・・」

 

 カエデの解き放った言葉が、ミヤコにも突き刺さり、鏡の怪人にも突き刺さる。

 

 「さ、もういいでしょ。あたしとギンジの事は、あんたには関係無いの。あたしはあんたを倒して、家族も仲間も大好きな人も取り返す」

 

 それからカエデはもう一つだけ思い出した事を、鏡の怪人にぶつける。

 

 「ああ、それと・・・ギンジの事、進化の怪人って呼ばないでくれるかしら?進化の怪人じゃなくて・・・」

 

 カエデが再び怒りを宿した瞳で、鏡の怪人に詰め寄る。

 

 床をスライドしながら移動する様な、驚異的な速度で近寄られた事に、鏡の怪人がまたも驚愕に満ちた表情を見せる。

 

 「『佐久間ギンジ』よ!覚えときなさい!」

 

 ギンジの名前を、愛する人の名前を叩きつけた。

 

 肉薄した距離からの攻撃は、鏡の怪人には予測できない、強烈な攻撃であった。

 

 それは鋭い音を鳴らす拳ではなく、痛い音を鳴らすブーツでもなく、所々破けたスーツによる体当たりでもなく・・・。

 

 硬いヘルメットを使った、頭突き・・・その一撃が鏡の怪人の顔面に、更なる痛打を与えたのだ。

 

 「やった!」

 

 思わずミヤコもカエデの攻勢に歓喜の顔を見せた。

 

 カエデは自分の勢いが止められずに、鏡の怪人と一緒に、ギンジが眠る場所の近くまで転がっていくが、すぐにお互いに立ち上がり、次の戦闘が開始される。

 

 「いいわ、必ず殺してやる!」

 「返り討ちよ!」

 

 仄暗い空間の中で、幾度と無く衝撃がぶつかり合う音が鳴り続け、尚も激しい激突が繰り返された。

 

 

続く

 

 

  




お疲れ様です。

カエデが愛を叫びましたね。
今度は本人が起きてる時に!

キャラネタ書きます

神宮カエデ
ギンジの事が本当に好きです。いいえ、大好きだそうです。
正義の信念に従って、仲間を助ける!

鈴村ミヤコ
ギンジを助けたいと思っているが、思わずカエデの愛のぶちまけに聞き入っちゃった。

鏡の怪人
二度も不意打ちをもらった人。見えてるとは言っても目隠しがあるため、少し反応に遅れる。
とは言え怪人四天王の最後一人でもあるため、なかなかの実力者。

佐久間銀治
謎のサラリーマン。人間らしくなっており、彼が居ないと黒十字株式会社の仕事が回らないと言う、凄腕の営業マン。よく遅刻しがち。
好きなモノは正義のヒーローヘヴンホワイティネスと言うエ○ゲー。
Q好きなキャラは?
A好きなキャラは・・・アレ、思い出せないや・・・

・・・
次回はカエデvs鏡の怪人クライマックス!
そしてギンジの方はと言うと、鏡の監獄から抜け出せず・・・?

赤鬼とミドリコはようやくソウジロウの下にたどり着くのだが、そこには新たな侵入者も居て・・・?

なお話を予定しております。

前書きでもお伝えしましたが、今年もよろしくお願いいたします!
今週からまた執筆も再開いたします!
それではまた次回!


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110・あたしの大好きな人達

こんにちは、アトラクションです

先週は投稿出来なくてすみませんでした!
インフルにやられました!
さて、今回のお話はカエデがめちゃくちゃ頑張ります。

それではどうぞ!


 

 鏡の怪人による能力で眠らされたギンジのすぐ近くで、カエデと鏡の怪人の激戦はまだ続いていた。

 

 お互い、女性と言うには少々奇妙な出で立ちではある。

 

 ボディラインが強調される黒いスーツは、いつもとは違う形態ではあるモノの、手足のガントレットとブーツは純白のまま、肩から腰にかけた赤いラインの入ったスーツを着ているのは、神宮カエデ。

 

 片方は白い肌を所々露出させながらも、包帯の様なモノで羽衣にしていて、背中には大きな結び目を覗かせて、顔にも目隠しをしている見目麗しい女性。

 

 鏡の怪人。

 

 羽衣の方はそう呼ばれている。

 

 ヘヴンホワイティネス。

 

 スーツの方はそう呼ばれている。

 

 「ぬあああ!」

 

 カエデの腹からの叫び声を力に乗せて、ガントレットを振るう。

 

 鏡の怪人には命中しても、何か表面にガラスみたいなモノを纏わせて、カエデの攻撃はなかった事にされている。

 

 それが何度も続いている訳ではないが、鏡の怪人はたまにそうやって自分への攻撃を無効化して悪あがきをしている。

 

 「そろそろ死になさい!」

 

 鏡の怪人が、表面から剥がれ落ちた破片を手にして、カエデに突刺そうと迫る。

 

 刺されば簡単に皮膚を引き裂き、血を流して、命を終わらせそうな刃に早変わりするソレは、カエデのガントレットと真正面から張り合える程の硬度を保ち、しかしながら長時間は使う事の出来ず、衝突を繰り返せばすぐに粉々に粉砕される。

 

 身体能力はお互い五分。

 

 戦闘における実力も五分。

 

 腕の長さも、脚力も、身長も、戦いへの意欲も・・・。

 

 「いい加減、止まりなさいよ!このっ!」

 「お前の方こそ・・・諦めろ!ぐぬぬっ!」

 

 カエデの左腕は鏡の怪人の横顔をかすめて、鏡の怪人の右手に持った破片はカエデの顔の前に止まる。

 

 今出てこなかったお互いの手が、お互いの攻撃を防いで、互角の力比べでゆらゆらとしている。

 

 鍔迫り合いにも似たこの状況になって、ようやく二人の激しい攻防が一度ストップする。

 

 勢いが殺され切れずに、そこに止まり続ける事の無い力が、二人の顔を引きつらせる。

 

 (なんなのよこの馬鹿怪人!あたしのスピードに追いついて、力も強いし)

 (ヘヴンホワイティネスは雑魚だと、その言葉は撤回するべきね。普通に強いわ、こいつ、うん)

 

 ある種お互いを認め合う様な、敵であっても礼節をかくべきではないと言う様な不思議な感覚がそこには芽生えていたが、それでも敵同士。

 

 決して仲良くなる事は無いし、心の奥底から認める事も無い。

 

 早いところ決着をつけないと行けないのだが・・・。

 

 「カエデ!」

 「ミヤコ?」

 

 お互いの腕の力が突っ張り合う中で、その瞬間は静寂。

 

 そんな静寂の世界で、ミヤコの甲高い声がカエデと鏡の怪人を我に帰らせた。

 

 見ればミヤコは自力で十字架の拘束を解いて、力無く動かなくなっていたギンジの下へと到着していた。

 

 重たいギンジの身体をおぶさりながら、ミヤコは仄暗い空間の奥へと向かおうとしていた。その足は震えていて、ギンジの重さに耐えきれない、ミヤコの弱さが見て分かる様なモノとなっている。

 

 アレではそう遠くへは行けないだろう。

 

 だが、それで良い。

 

 「ギンジ君は、なるべく遠くに逃がすから!後は、派手にお願い!ギンジ君を助けて!」

 

 ミヤコが今現状一番頼りになる人へ、正義のヒーローへ声を上げた。 

 

 この空間への脱出方法が分からないままなのだ。

 

 一番の良い状況は、カエデと鏡の怪人との激しい戦闘の渦中から、ギンジを遠ざけてあげて・・・。

 

 「ぐはぁ!?」

 

 カエデが鏡の怪人へとまたも不意打ちを決めてやると、仄暗い空間の真ん中に鏡の怪人が転がっていく。

 

 「ナイスよミヤコ・・・」

 

 後は・・・カエデが遠慮無く戦えるスペースさえあれば・・・正義のヒーローヘヴンホワイティネスが勝つ。

 

 「・・・捕まえた時に始末しておくべきだったわね」

 

 鏡の怪人が立ち上がりながらミヤコとギンジの方を見やるが、カエデは眼を輝かせながら不意打ちを決めようと、高く足を上げたが、鏡の破片を召喚、射出する事でカエデの不意打ちを妨害する。

 

 「・・・もう不意打ちは通用しないわよ、ヘヴンホワイティネス」

 「あら、それじゃあ期待していいのかしら?」

 「期待って・・・?」

 「今から本気のあたしに、あんたごとき目隠し女の怪人が、追いついて来れるのか心配だったのよ!」

 「・・・大層な自信ね」

 

 鏡の破片を2枚、両手に持ちまがらカエデの方へといびつな形の破片を向ける。

 

 「殺す」

 

 無数の破片が肩の周りに展開されて、それぞれ尖っている部分がカエデに向けられる。

 

 「確実に!絶対に!許さない!死ね!ヘヴンホワイティネス!」 

 

 仄暗い空間には鏡の怪人の絶叫と殺害予告がこだました。

 

 「あんたを倒して、あたしは生きる!ギンジの望んでるハッピーエンドの先を生きていたいんだから!」

 

 鏡の破片を殴り抜いて、蹴り壊して、衝撃で打ち砕いて、神宮カエデは鏡の怪人に肉薄する。

 

 今度こそ鏡の怪人との決着の時だ──!

 

 「必殺!」 

 「ミラー・──!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 神宮亭・ドーム内部──。

 

 鏡の怪人による襲撃の余波は、ソウジロウが執務を行う部屋にまで届き、神宮家の私設部隊達も、鏡として認識出来るモノによる攻撃条件の達成と、その襲撃によりそれぞれ大ダメージを追っている。

 

 「酷ぇ有様だ・・・」

 

 ソウジロウを救出しにドームまで駆け抜けてきた赤鬼とミドリコは、その血だらけで倒れ込む人々の惨状を目の当たりにして、怒りがこみ上げてくる思いだ。

 

 「ソウジロウさんを早く助けに行こう・・・」

 

 拳銃のグリップを握りしめながら、ミドリコが言う。

 

 赤鬼の足元には、既に事切れた使用人。

 

 ミドリコもそれを見たのか、最悪の事態を想像してしまった。

 

 助けに行くと言ったのに、カエデの実の父親を助けられなかった、もしくは既に手遅れだった事を考えると・・・。

 

 「ミドリコ、あまり無粋な事は止めとこうや」

 「あ、ああ・・・済まない」

 

 公安警察と言う立場上、死体を見るのは初めてじゃない。

 

 けれど・・・。

 

 正義を掲げている者として、こうして救えない、救えなかった人々を見る度に、ミドリコの胸が締め付けられる。

 

 「・・・なぁ、赤鬼。私達は、無力だな・・・」

 「そんな事無いぜ。俺っちは無力でも、ミドリコやカエデの姉御、それからレンの姉御もケイタの旦那も、ミヤコ姉さんもギンジの兄貴だって、全員無力なんかじゃあねぇやい」

 

 牙を擦りながら血に濡れた道を歩く赤鬼に、ミドリコは今一瞬何かを諦めかけてしまった自分を奮い立たせる。

 

 そうして持ち直した気持ちは、拳銃をもう一度握りしめる。

 

 「親分が心配だ・・・が、鏡の人形や破片が今は飛んでこない」

 「そう言えばそうだな・・・」

 「きっとカエデの姉御が上手いこと鏡の奴を止めてくれたな・・・」

 

 「流石だぜ姉御!」とニヤリと嗤う赤鬼はさておき、実際今は鏡の怪人の妨害が二人には来ていない。

 

 詰まる所本当にカエデがなんとかしてくれているのだろう。

 

 そしてそれは、鏡の怪人がカエデへの対処に手一杯と言う事であり、攻撃の為のリソースを現実世界に回せていないのだ。

 

 「敵の攻撃が届かないのであれば好都合だ。早くソウジロウさんを助けに行くぞ」

 「ガッテン!」

 

 二人で言いながらも、ドームの最奥まで共に駆け出す。

 

 まだ息のある人は応急手当だけはしつつ、死体だけは処理も出来ずにドームの上を目指す。

 

 さすがに部屋を一つひとつ回って、安否確認等は出来ないが、とにかく赤鬼とミドリコの最優先は、カエデの父親であるソウジロウの救出だけだ。

 

 「親分!助けに来たぜ!」

 

 そうこうしている間にドームの最奥へと到着した赤鬼とミドリコは、執務室と書かれた部屋の扉を開く。

 

 開くと言うにはあまりにも荒々しい開け方に、最早ミドリコはツッコまない事にしたが。

 

 「十五夜の旦那、ソウジロウの親分!」

 

 執務室は真四角に広く、左右には書斎、奥には豪華なカーテンで彩られた部屋になっていた。

 

 そしてそんな部屋の中では、先程赤鬼と離脱した十五夜ヒトシが、先程よりもスーツがボロボロになって、全身怪我をしている様な姿に見えた。

 

 更にその近くでは肩から出血している、厳格な顔に痛みを乗せた苦悶な表情をしているソウジロウが、書斎に寄りかかって座り込んでいた。

 

 「オイオイ、大丈夫かよお二人さん・・・」

 「!?赤鬼、待て!」

 

 負傷している二人に寄り添おうと近寄る赤鬼の真後ろで、ミドリコが声を荒げて静止する。

 

 「ぬあ?」

 「何か居るぞ・・・」

 「・・・」

 

 ミドリコの静止の声に素直になりながら、赤鬼はミドリコを背中に隠すようにして後退した。

 

 「ぐっ・・・赤鬼、甘白さん、すぐに戻れ・・・」

 

 ソウジロウが救援に来た二人に気づいたのか、すぐに発した言葉は警戒に近い言葉であった。

 

 「何を・・・」

 

 ミドリコの問いには答えず、ソウジロウは辛そうに呼吸をしているだけ。

 

 「敵でも居るんか!出てこい!」

 

 オリハル金砕棒を肩に担ぎ上げた赤鬼が、声を轟かせるが、執務室の中からは返答が無い。

 

 だがミドリコには、この部屋にこの場に居る四人以外に、気配を感じていた。

 

 赤鬼、ミドリコ、倒れて動かないヒトシ、肩で呼吸するソウジロウ。

 

 それ以外にもう一人。

 

 「・・・姿を表わせ。隠れて居ても、私にはいずれバレるぞ」

 

 姿の見えない存在へと、ミドリコが冷たく言う。その手に握るグリップは、力を込めすぎてカタカタと小さな音を鳴らす様に、緊張感もそこに伝わる。

 

 まだ第三の眼は使用していないが、ミドリコにだけは分かる。すぐそこに、未だ見ぬ悪の手先が居るのを。

 

 「おやおや・・・せっかちなお嬢さんだ」

 

 声が聞こえた。

 

 喉を震わせた様な太い声が、聴く者を不愉快にさせる様にややしわがれた喋り方をしている。

 

 「そんなに私の姿を見たいなら、お見せしよう・・・」

 

 執務室の奥のカーテンが揺れて、高い生地の布を捲くって、その者は姿を表した。

 

 カーテンにくるまって隠れていたのでは無く、遮光するその布の中から現れて来た様な感覚だ。

 

 今更どんな現れ方をした所でそうそう驚く事は無い。

 

 ここに現れたその男が敵である事に変わりは無い。

 

 対話の余地が無ければ、残念だが引き金を打つしかないのだから。

 

 カーテンから姿を表したのは、漆黒のスーツを着用し、小さな茶色のサングラスをかけた、老人の男だった。

 

 真っ白に染まった髪は年相応に老化して行った関係か、サングラスをかけるその顔じたいも、所々シワが目立つ褐色の肌をした、長身の老人。

 

 革製の黒い手袋を装備したその者は、右手を胸に当てて、丁寧に、しかし年齢を感じさせない優雅な一礼を赤鬼とミドリコにして見せた。

 

 「・・・ミツナリ・・・!」

 

 その老人の登場に声を出したのは、ソウジロウだった。

 

 もう会えないとさえ思っていた老人が、ソウジロウの眼の前に姿を見せた事で、余計に焦りが目立つ顔をしている。

 

 「なんでい、親分の知り合いか?」

 「ほほ、知り合いと言えばそうだろうな」

 

 赤鬼もその老人の登場に少しあっけに取られているが、それよりも警戒心の方が勝っている。

 

 何故ならただのキレイな身なりをしている老人・・・っと一言で片付けるには、あまりにも仰々しい殺意がその身体から漏れ出ているからだ。

 

 誰でも怖いと、誰でも恐ろしいと、誰でも恐怖の象徴として見える・・・まるで、そう・・・怪人の様に見えるからだ。

 

 「失礼、お初に。私の名は、歩兵ミツナリ。元軍人であり、元神宮財閥御庭番衆筆頭、そして現在では──」

 「ヘルブラッククロス、か?」

 

 ミツナリと自己紹介してくれた老人の言葉を遮り、ミドリコが拳銃を向けながら言葉を遮断した。

 

 「半分正解でございます」

 

 しわがれたその声がミドリコの耳に良く入る。

 

 「では、もう半分・・・それは」

 

 黒い手袋の人差し指を伸ばしながら、ミツナリは笑みを乗せて口を開く。

 

 「旧神宮財閥執行役員。そこで無様に座りこける、ソウジロウおぼっちゃまの元飼い犬であり、今はそこの兄君であらせられる、ソウイチロウおぼっちゃまの飼い犬に過ぎません」

 「どういう事でい」

 

 赤鬼が牙を擦りながらミツナリを睨みつける。 

 

 「然るに・・・あなた方の敵、という事で片付く話です。無駄話は終わりにしよう、ヘヴンホワイティネス」

 

 ミツナリが肩を落としたかと思えば、次は両腕を真上に広げて仰々しい動きを見せる。

 

 その手元には、無数のトランプカードを携えていた。

 

 カードのいち枚ずつ、その背面となる場所には、黒と金で構成された神の一文字。

 

 「・・・っと、思いましたが、止めておきましょう。部が悪い」

 「引き際をわきまえている様だな・・・見逃してやるから消えろ、ジジイ」

 

 トランプを親指を内側に巻く動作でしまい込むと、ミツナリは老人らしい不敵な笑みを見せて、カーテンレールを開く。

 

 カーテンを一枚へだてたその先にあるのは、大きな窓。

 

 「鏡の怪人は手強い。一度、ここは彼女にお任せするとしよう」

 「ぐっ、待て、ミツナリ・・・」

 「・・・」

 

 ソウジロウが書斎から腕を伸ばした。

 

 だが、出血も酷い彼の腕は最後まで上がらず、ミツナリを捕まえる距離には至らない。

 

 そもそも立ち上がらないと届かないのに、ソウジロウはミツナリの背中を引っ張ろうと、必死に腕を伸ばす。

 

 「・・・命拾いしたな。貴方も、カエデお嬢様も・・・」

 「カエデだと・・・?」

 

 ミツナリの言葉には色々と困惑が走るのだが、ミドリコは拳銃を向けたままミツナリの背後を狙うだけ。

 

 「いずれ・・・また会う事になるでしょうな。では、失礼をば」

 

 一瞥もくれずにミツナリが一言。彼が最後にその言葉を放った瞬間、窓の中に吸い込まれる様に、消えて行った。

 

 最後までその窓は水面の様に揺れて、動きが止まるまでミドリコの警戒は終わる事がなかった。

 

 「行きやしたね・・・」

 「ああ・・・」

 

 怪人の様な殺意が遠くなって行くのを確認すると、ミドリコは拳銃をホルスターにしまい、そのままソウジロウに駆け寄る。

 

 ヒトシの方には赤鬼が駆け寄り、二人の安否を確認する。

 

 「ぐぅ・・・済まない、二人とも」

 「ええ、お気になさらずに。それより・・・」

 

 自分の手元で未だ呼吸が荒いママのソウジロウに、ミドリコは一つ確認した事が出来ていた。

 

 「あの、先程の男の言っていた事ですが・・・」 

 「・・・今は、まだ話せない」

 

 今は神宮亭の緊急事態だ。

 

 時と場合を考えれば、今聴く事では無いと言うのはすぐに分かる。

 

 そもそもソウジロウは怪我をしているのだから。

 

 赤鬼はと言うと、カーテンを閉じて万が一にも鏡の怪人の攻撃条件を達成させない為に、行動を開始していた。

 

 「ミドリコ、今は脱出しようや。親分には俺っちも聞きてえ事、あっからよ」

 「そうだな。立てますか?」

 

 ミドリコも赤鬼もソウジロウには何かと世話にはなっている。

 

 だからこそ、あのミツナリと呼ばれる男の発言と、ソウジロウの関係性が気になって仕方がない。

 

 ただの興味本位では無く、不信感から内容を詳しく聞きたいと言った感じだ。

 

 (歩兵ミツナリと言う男は、元神宮財閥の関係者?それで居て今は半分ヘルブラッククロス?そしてあの人間らしからぬ気配・・・さらにはカエデの事を・・・知っているのか?)

 

 カエデを狙っているのであろうか。

 

 刑事としての勘が様々な仮設に向かって伸びて行く中で、ソウジロウに肩を貸しながら、ミドリコは色々と考え始める。

 

 「・・・親分、落ち着いたら全部話してもらうぜ?」

 

 赤鬼も何か不信感が募ったのか、怪人らしい恐ろしい眼光でソウジロウに圧を送る。

 

 普通だったらミドリコがツッコミを入れて止まる所だが、今回はミドリコも止めない。

 

 (何か・・・神宮財閥は、カエデでさえも知らない・・・何かを隠している・・・のか?)

 

 栄光を突き進む大きな国の背景には、輝かしい成功体験とは真反対の闇を隠している事もある。

 

 それが正に神宮財閥に向けられた様にも思えて、しかし考えはまとまらなくて。

 

 それでもミドリコは、色々考えながらも一つある事を誓った。

 

 これから先、何があってもカエデの事を守ろう、と。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 仄暗い空間の中では、まだまだカエデと鏡の怪人の大激突が続いている。

 

 どこまで続いているのか、先も奥も見えない広大なこの鏡の空間の中での戦闘は、今現状はカエデが一歩リードしている状況だ。

 

 二度三度ともらった不意打ちがじわじわ効いているのか、鏡の怪人も呼吸が段々と整わなくなっている。

 

 「鏡の怪人って言うぐらいだから、自分の偽物とかで応戦してくるかと思ったけど、意外と肉弾戦なのね・・・」

 

 剣の変わりに振るわれる鏡を一撃で打ち砕き、カエデが鏡の怪人の顔面めがけたアッパーを出しながらそんな事を言う。

 

 アッパーは命中しなかったが、鏡の怪人の反撃もカエデには命中していない。

 

 お互いに距離を離して、再び突撃。

 

 上段から振り下ろした鏡の斬撃と、カエデの全身を使った大ぶりな踵落としが、お互いに交差して、背中合わせに貫通しあう。

 

 「まるで斧ね。似合わないわね」

 「あんたこそ、大人しく鏡合わせの世界に帰りなさいよ」

 

 舌戦は互角。

 

 「鏡の斬烈(ミラー・ソード)!」

 

 今度は鏡の怪人が振り返りながら、腰から鏡の輪を繰り出して来る。

 

 フラフープの様に美しい鏡細工の輪は、ソードの名前の通り鋭く尖った刃が円型に取り付けられて、カエデの真後ろから攻撃を繰り出してきた。

 

 「くっ・・・このっ!」

 

 回転する大きな刃に背中から斬られたカエデが、苦痛に飲まれた表情のまま転がって行く。

 

 「死ね!鏡の棘女神(ミラー・アイアンメイデン)!」

 

 片膝で立ち上がったカエデの左右からは、鏡の怪人がそのまま半分に分かれて様な鏡の像が床から召喚されて来た。

 

 その像はやはり鏡で造られているのか、とても美しいが、身体を半分割った内側には、無数の棘がついていて挟み込まれればスーツがあっても無事で居られるか分からない恐ろしさを秘めている。

 

 「貰うもんか!」

 「逃さないわよ!鏡の絶壁(ミラー・ウォール)!」

 

 勇ましく飛び出そうとしたカエデの前後には、鏡で出来た壁が立ちふさがり、カエデの逃げ場を無くしていく。

 

 「このっ・・・」

 

 前後の壁を蹴りながらガントレットに力を込める。

 

 上空に飛び出したカエデは壁と棘から逃れたが・・・。

 

 「!」

 「逃さないわ!ここで終わりよ!」

 

 壁を抜けた空中では、鏡の怪人がカエデを待ち構えていた。

 

 「鏡乱射(ミラー・マシンガン)!」

 「必殺!ドライヴ・レイザー!」

 

 繰り出された鏡の破片の豪雨と、拳のラッシュ。

 

 空中で繰り広げられるラッシュの鍔迫り合いは、鏡の刃を拳で打ち砕き、無数の破片が仄暗い空間に飛び散る。

 

 「だああああっ!!!」

 

 カエデの雄叫びと共に、力強いガントレットのラッシュは一方的に鏡の刃を打ち砕き続けて、その豪雨を突き抜けた。

 

 「必殺!メテオライザー──!」

 

 両腕を後ろに伸ばして、ダークヘヴンスーツに込められた力をその両腕に込める。

 

 眼前に迫った鏡の怪人の胴体へと、その一撃を決める。

 

 絶対にこの怪人には敗けられないと、カエデは自慢の必殺技を解き放った。

 

 だが・・・。

 

 「甘いわね!もう既に・・・貴女の敗けよ!」

 「は・・・?」

 

 鏡の怪人が空中で鏡の足場を使って、カエデの頭上から姿を消した。

 

 その変わりにカエデの眼の前に現れたのは、巨大な鏡の柱。

 

 あれだけの大きさの鏡を出すために、鏡の刃で時間稼ぎをしていたのだ。

 

 鏡の怪人の撃破の為に溜めた力はもう逃がす事は出来ない。

 

 今は柱を叩き落さなければ、カエデに勝ち目は無くなってしまう。

 

 「っ!インパクトぉぉ!!」

 

 落ちてくる鏡の柱に目一杯のメテオライザー・インパクトが打ち込まれた。

 

 破壊の力とも呼べるカエデの必殺技が、鏡の柱と激突して、衝撃による風圧と、目に見えない力場が、仄暗い空間の中心で炸裂する。

 

 赤黒いオーラを纏う掌の衝撃が、鏡によって反射しながら、カエデの勢いは止まらない。

 

 「カエデ、後ろ!」

 

 ミヤコが地面で叫ぶがもう遅かった。

 

 空中では身動きは自由に取れないカエデの真後ろには、鏡の怪人が辛そうに笑いながら、もう一本の鏡の柱を召喚して迫っていた。

 

 「現実を見せてあげるわ!鏡世界堕とし(ミラー・フォール)!」

 「なっ・・・!?」

 

 メテオライザーの強力な反動が身体に残りつつ、しかも眼の前の鏡の柱は破壊出来ていない。

 

 そこに鏡の怪人の不意打ち。

 

 もう一本の鏡の柱がカエデを背後から叩き落とした。

 

 「くそっ!」

 「良い気味ね!」

 

 カエデが落とされた場所はと言うと、先程のアイアンメイデンと壁に挟まれた四方の逃げ場の無い場所。

 

 そして真上からは、鏡の柱二本。

 

 つまり、逃げ場は無くなってしまった。

 

 「死ねぇぇ!」

 「ぐぅぅっ・・・!」

 

 鏡の柱が一本カエデの頭上から落ちた。

 

 見た目通りの重さをしている柱は、防御したカエデの腕を折りそうな衝撃が走った。

 

 「挟め」

 

 すかさず鏡の怪人が一言命じると、左右から鏡の棘女神(ミラー・アイアンメイデン)がカエデを挟みこんだ。

 

 「〜〜っ!!」

 

 身体の左右から太い棘が身体に突きこまれて、カエデはその激痛に苦痛を超えた顔をして身体を反らせる。

 

 柱を防御した関係からか、腕にも力が上手く入らない。

 

 「無様な姿を晒して。死になさい!死体は戦闘員に食わせてあげるわ!」

 

 鏡の怪人が地面に降りながら、指を鳴らす。

 

 「何よコレ・・・!」

 

 太く、鋭い棘が回転し始め、カエデの腕を弾く。

 

 背中にもゴリゴリと当たり、身体を柔らかい所がどんどんこの回転する棘によって、カエデにかなり大きなダメージを与えていく。

 

 「くそ・・・くそぉ!くそおおお!!」

 

 腕に力も入らず、最早逃げ場が無くなってしまったカエデには、こうして悔しさを叫ぶしか無い。

 

 やがて叫ぶ気力が無くなったのか、それともその命が力尽きたのか。

 

 カエデの声は仄暗い空間に反響する事無く、鏡の棘女神が完全にカエデを封じ込める事に成功した。

 

 「嘘・・・カエデ、カエデっ」

 

 壁が無くなり、鏡の像が完璧に閉じられた所を見てしまったミヤコは、必死な形相でカエデの名を呼ぶが、もう彼女にその声は届いていない。

 

 「手こずらせてくれたわね・・・ご覧なさい、ドクターミヤコ」

 

 鏡の怪人が一安心した様な素振りで、ミヤコに腕を動かした。

 

 正義のヒーロー・ヘヴンホワイティネスのリーダー格の女は、こうして鏡の怪人の術と攻撃によって、その姿を痛々しい鏡の像に封じ込められてしまったのだ。

 

 「・・・っ」

 

 信じられない。

 

 今までどうやっても殺す事が出来なかったカエデが、今日、鏡の怪人の手によって撃破されてしまったのだ。

 

 「・・・カエデ・・・ギンジ君とのハッピーエンドは、わたしとの決着はどうするの・・・」

 

 泣きそうな顔をなんとか堪えながらも、ミヤコは唇を震わせながらカエデに声をかける。

 

 「貴女も・・・同じ地獄に送ってあげるわよ。安らかに、ここで死になさい・・・」

 「・・・カエデェ〜・・・」

 

 へたりと座りこんだミヤコ。そんなミヤコの眼の前で、鏡の破片が一つ揺れる。

 

 いびつな形をしていても鏡のソレは、ミヤコの失意の顔が鮮明に映る。

 

 「終わりよ。今度こそ、ヘルブラッククロスの完全勝利でこの戦いは幕を閉じるわ。総統閣下に勝利を!」

 

 まともな戦闘手段を持たないミヤコなんて、鏡の怪人からすればただの人間とそう変わらない。

 

 一瞬で殺せる。

 

 一瞬で殺される。

 

 「・・・死ね、ドクターミヤコ。進化の怪人、ヘヴンホワイティネス諸共、地獄への片道切符をあげてくれるわ」

 

 死。

 

 死が迫っている。

 

 絶望の羽音が、ミヤコの耳元で鳴っている。

 

 何よりも美しく見える女性の・・・鏡の怪人は、今大きく黒い闘志を目視出来てしまう程に、ミヤコにとってとてつもなく強大な悪の塊となって、ミヤコの眼の前でその腕を振り上げた。

 

 (カエデ・・・)

 

 ギンジは動かず、カエデも返事が無い。

 

 本当は縋りたい、ミヤコへの正義を示してくれたヒーロー二人の姿を思い浮かべて、ミヤコはその眼を閉じた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ・・・。

 

 ここは・・・。

 

 何も見えない、けれど自分の姿だけは鮮明に映っている真っ暗な空間に、あたしは立ったまま寝ている様な感覚で眼を覚ました。

 

 何も聞こえない筈なのに、でも風の音が聞こえて、あたしはすぐ直前の出来事を思い出してきた。

 

 「ああ・・・」

 

 一気に身体が震えて、だるくなってくる。

 

 あたしの身体の筈なのに、言うことを効かなくて、それでいてその場に立っていられなくなる。

 

 膝を落として、いっそ倒れてしまいたくなるような、あたしの身体があたしじゃなくなる様な・・・。

 

 「よっ、また会ったな」

 

 誰よ。

 

 あたしは敗けたのよ。アレだけかっこいい事を言いながら、正義を何一つ守れないで、あたしは・・・あたしは・・・っ!

 

 悔しさで涙が出てくる。

 

 もう敗けないと誓っていたのに、悔しさがどんどん身体を蝕んできて、このただの闇が広がる空間の中で、溶けてなくなってしまいたい。

 

 ごめんね、ギンジ。

 

 ごめんなさい、お父様。

 

 「おーい、まだ終わってないぞ」

 

 ・・・。

 

 どこに居るのか分からないのに、その声だけがあたしの頭の中に響いてくる。

 

 「なぁなぁ、会うの久しぶりだよな。アレからどうだった?こっちはもー大変でさ。お前らを向こう側に送り返して、チャンスを与え続けてたらさ、もうあと一回しかそれが出来なくなっちゃってさ〜」

 

 呑気な声があたしにそんな事を話している。

 

 何よ、そんな事知らないわよ。

 

 自分だけが鮮明に見えているこの空間で、あたしは声が出ない事に気がついた。

 

 でも、声が出ないならこのままでもいいわ。

 

 誰かに泣いてる所なんて見られたく無いし、このまま、ずっと一人で・・・。

 

 「いやいや俺は見てるよ」

 

 ハァ!?見てるんじゃないわよ!

 

 「へへへ、泣いてる顔ブサイクだよな」

 

 だから、見ないでよ。

 

 「俺さ、見てたんだよ。ここでずっと」

 

 ・・・。何も知らない癖に、何なのよ。あたしはあんた見たいな、姿を見せない奴・・・。

 

 そこまで言いかけて、あたしは思い出した。

 

 いつの日か、剣士の怪人と戦った時、ここに似た場所に意識だけ持ってこられたような・・・。

 

 おぼろげながら、あたしは少しずつこの場所を思い出してきた。

 

 「やっと思い出して来たか?お姉ちゃんよ」

 

 あたしをそう呼ぶには明らかに大きな男性と思われる声は、どこか懐かしくて、どこか苛立たせて、どこか嬉しくて。

 

 「泣いても良いけどさ、俺ももう力が無いんだ。あと一回、頑張って2回。お前たちを向こう側に戻す事しか出来ないんだよ」

 

 きっと死んじゃったのかも知れないあたしに出来る事なんて・・・。

 

 それに向こう側に戻るって言ったって・・・。

 

 腕に力が入らない。

 

 足も動かしたくない。

 

 「お父様は良いのか?」

 

 ・・・。

 

 「レンの未来も良いのか?」

 

 ・・・。

 

 諦めそうな気持ちの中で、この声はあたしを奮い立たせようとしているのかしら。

 

 強気でも無いし、でも優しくもない。

 

 あたし、何を怖がってたのかしら。

 

 死ぬ事?生きる事?戦い?未来?

 

 「まだ色々やりたい事、あるだろ。

ミドリコとパンケーキ食べたり、

赤鬼と馬鹿な事話したり、

ケイタを自分の部下にしたり、

ミヤコとずーっと喧嘩したり、

レイナと一緒に悪を追いかけたり、

サクラと一緒にお買い物したり、

ルカと将来の事を話したり、

オークの奴といろいろ喧嘩したり、

アオハル君と勉強したり、

レンの為の戦いだけじゃなくなってただろ?そんな些細な事を、小さくて細かい事を守る為に、お前は戦ってたんだろ?」

 

 ・・・っ。

 

 心が揺さぶられる。

 

 「分かってるよ。お前が本当は怖がってた事。全部、知ってるし、全部見てきた」

 

 そうだ・・・あたし、まだ、終わってる場合じゃない・・・。

 

 「なぁ、頼むよ。まだ死なないでくれよ。まだ諦めないでくれよ。まだ生きててくれよ、そうじゃないとさ・・・」

 

 そうだ。そうじゃないと・・・。

 

 『ハッピーエンドを迎えられない』

 

 ようやく声が出せた。

 

 いつの間にか、あたしは泣きながら、大きな涙を溢しながら、暗闇の中で立ち上がっていた。

 

 「なぁ、死ぬって諦めても良い事なんて、ここまでずっとあったか?これから先、死んでも良いって覚悟があっても、実際に死んで良い事なんてあったかよ?」

 「・・・無い」

 「だろ?俺はずっと・・・お前を見てきたから分かるよ、本当は怖いし、死ぬことが当たり前になりそうなこの世界で、眠れなかった事も、俺を想いながら身体をベッドの上で・・・」

 

 でええい!それ以上言うんじゃないわよ!

 

 「って待って、俺って何よ・・・」

 「・・・」

 

 なんなの?あんたは、あたしの、あたし達の何を知ってるのよ。

 

 「俺が誰なのか、何者なのかは言えない。言えないけど、俺は知ってるんだ。この世界の事、今も進み続けている未来の事を─」

 

 過去にもあたしとレンを助けてくれたみたいだけど・・・。

 

 この空間の事はずっと忘れていた。

 

 まるであたしの記憶からキレイに無くなってしまった様に、何も覚えていなかったけど・・・。

 

 だけど、きっと・・・。

 

 「なぁ、もう諦めるかい?もう頑張ったっと思うならそれでも良いけど、どうせ頑張ると決めた事ならさ、もう一度後ろの扉、開けてみないか?」

 「・・・」

 

 振り向けば、そこには扉があった。

 

 この真っ暗な空間には似つかわしく無い、真っ白な扉が。

 

 あたしが手にかけるのを、今か今かと待っている様な、白い扉。

 

 「なぁ、カエデ」

 

 優しく声をかけてくれる、その声はずっと待っていた様に、あたしの頭に語りかけてくる。

 

 優しくて、でも少し雑で、ずっとあたしの中から離れない、聞き覚えのある声。

 

 「ハッピーエンドのその先を生きていたいって言葉、嬉しかったぜ」

 「あたしも、自分で言ったけど、嬉しくて、それで・・・」

 「その言葉の先は・・・向こうで待ってる人に聞かせてやってくれよ。お前しか居ないんだ、俺が信じて、皆が信じて居る正義のヒーローは」

 

 なんで・・・あんたが悲しそうな声をするのよ。馬鹿ね。

 

 苦笑も混ぜたあたしの声が、ようやくこの人に届いた様な気がする。

 

 でも・・・今までずーーーっと忘れてたけど、あんたも一緒にあたし達と一緒に居たのよね。

 

 ありがとう、見守っててくれて。

 

 ありがとう、あたしに勇気をくれて。

 

 ありがとう、一緒に居てくれて。

 

 ねぇ。

 

 「剣士の怪人の時もそうだけど、ミドリコとレンと赤鬼とケイタ・・・それからギンジを助けてくれたの、向こう側に戻れるチャンスをくれたの、あんたなんでしょ」

 

 ・・・。

 

 答えは沈黙。何よ、ここまで来たんだから話しなさいよ〜。

 

 「もう一回、あたしにチャンスをくれる?」

 「ああ、俺は今度こそチャンスをあげられなくなるけどさ、この先の未来、この先の俺たちを、守ってくれないか」

 

 どこか消えてしまいそうな声が、あたしの頭に入り込んで、それでいてまた記憶から抜けてしまいそうな声。

 

 「あたし、まだビビってたみたい。死ぬのが怖くないって考えながら、だけどあたしを守ってくれる人が居ないみたいに思えて。でもそれってあたしの勘違いよね」

 

 そうだ。

 

 あたしには、守らないと行けない人達が居る。

 

 やらなきゃいけない事がある。

 

 正義のヒーローとして、帰らないといけない場所がある。

 

 「ねぇ・・・あたし、そろそろ行くわね」

 「・・・ああ、もう俺は会えないかも知れないけど(・・・・・・・・・・・・・・)、お前にはまだ沢山の出会いが待ってる。それは・・・ハッピーエンドのその先が証明してくれるよ」

 

 また優しいのに、消え入りそうな声であたしに語りかけてきた。

 

 「そうね・・・でも、あたしは忘れないわ。あんたがずっと見守ってくれた事、あたし達をずっと応援してくれた事・・・あたしの側で戦ってくれた事、絶対に忘れないよ」

 「・・・へへへ、そんなストレートに言われると照れるな」

 「ストレートに言うわよ」

 

 だって、レンもミドリコもケイタも赤鬼もミヤコもオーク怪人もレイナもサクラもルカもアオハルもレジスタンスもオレキエッテ帝国の皆も自分の家族も。

 

 

 

 

            ギンジの事も。

 

 

 「皆あたしの〈大好きな人達〉だから!」

 

 今になって恥ずかしくなったけど、でも後悔なんて無い。

 

 あたしが想えば想うほど、勇気が湧いてくる。

 

 声の主が段々と誰なのか、あたしにも解ってきたし、こうなったら絶対日諦めたくないって、誓いを立てられるぐらいに、今のあたしは正義の志に満ちている。

 

 もう絶対に、絶対に、絶対に!

 

 「ねぇ!見守っててよ、これからも。あたし、あんたの事大好きだから、あんたもそうでしょ!」

 

 これが愛しいと想える感情なら、あたしは絶対にこの感情を忘れたくない。

 

 気持ちだけはここに置いていくとしても、この人にだけはあたしの想いを乗せて、全部伝えないと、もらった勇気に顔向けが出来ないと思ってしまったから。

 

 「未来を、守ってくるわ!──ギンジ!」

 

 多分、ここに居るギンジは、あたしの知ってるギンジじゃない。

 

 だけど、知ってるギンジ。

 

 ずっとギンジの事を守り続けて、ギンジである事を隠して来たギンジ。

 

 それから・・・あたし達の事をずっと見守ってくれていたギンジ。

 

 「・・・俺も、勇気を貰ったよ。ありがとうカエデ」

 「こちらこそ」

 「詳しい事は話せないし、そんな時間も無くなってきちゃったけどさ、俺、もう会えないから」

 「それさっきも聴いた」

 「ああ、だから・・・消える前に、最後になるかも知れないチャンスのチケットを渡すのがカエデで良かった。どうか、気をつけて行ってくれ、そしてどうか、この世界の未来と・・・」

 

 こんな暗い空間でも、ギンジの泣いている様な声がずっと聞こえてくる。

 

 「この世界の未来と、(ギンジ)を守ってくれ」

 「言われなくても、必ず守るわよ、任せなさいよ」

 

 だってあたしは・・・。

 

 ギンジの〈大好きな人達〉の一人なんだから。

 

 ヘヴンホワイティネスのファン1号の期待に応えて見せるわ。

 

 「それじゃ・・・行ってくるわ」

 「ああ・・・カエデ」

 

 最後に名残惜しくなった様なギンジの声が、あたしの後ろ髪を引く。

 

 「好きだよ・・・」

 「・・・あたしも」

 

 誰かを好きになるなんて、こんな気持ちになったのなんて、本当に初めて。

 

 愛の力、なんて言ったら大げさかも知れないけど、あたしはきっとコレを力に、次にすすめる。

 

 ギンジの力で、ずっと・・・。

 

 本当のギンジを助ける力と勇気を得たあたしに、敵は居ないのよ。

 

 「頼んだぜ。俺と」

 「何度も言わなくても大丈夫よ。未来とギンジを守るから!」

 

 心配しないで。

 

 ギンジであってギンジじゃないギンジに、心の中で手を振って、あたしはいよいよ白い扉に手をかける。

 

 この扉をくぐれば、もう二度とのここのギンジに会う事は無い。

 

 「先ずは・・・鏡の怪人を倒して、そして・・・」

 

 ギンジに、あたしの想いを伝えよう。

 

 神宮財閥19代目(予定)のこの神宮カエデ様だったら、なーんでも出来そうな気がしてきたわ。

 

 全部・・・任せて。

 

 例え姿が消えても。

 

 (あたしを見守っててね、ギンジ)

 

 あたしの身体だけが鮮明に映る暗い空間で、あたしは白い扉を軽く押して、扉を開いた。

 

 光が差し込んで来て、あたしの身体と意識は、そこで煙の様に消えたのがはっきりと解った。

 

 (次は無いのよね。うん、頑張ってくるね)

 

 消える最後の瞬間まで、あたしはギンジを想いながら、全てが消える光に飲まれて行った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 仄暗い鏡の世界では、鏡の怪人がミヤコの頭上から刃を振りおろそうとしていた。

 

 もうミヤコを守る者は誰も居ない。

 

 ここで死ぬからだ。

 

 だと言うのに・・・。

 

 鏡の怪人は振り上げた腕をおろした。

 

 脱力した様に、しかし殺意は消さずに。

 

 鏡の怪人は気づいたのだ。

 

 まだ憎き怨敵が死んでいない事に。

 

 「・・・まだ死んでいないのね」

 

 振り向いた先に見えるモノは、鏡の棘女神。

 

 ヘヴンホワイティネスの封じ込めて、その動きを完全沈黙させた鏡の像だ。

 

 だが、それはすぐにヒビが入ると、その切れ目からまばゆい光が漏れ出てくる。

 

 光は鏡を反射し、仄暗い空間を明るく照らし始める。

 

 「良くも・・・やってくれたわね」

 

 怒りと正義。

 

 それから愛する者を、心から自覚した女の強さ。

 

 「カエデ・・・!」

 

 ミヤコが泣きそうな顔のまま、カエデの名前を呼んだ。

 

 まだ希望は潰えて居なかった事に安堵し、ミヤコはほろりと涙を流した。

 

 「あんたなんかに、あたしの家は壊させない」

 

 内側から鏡を破壊する蹴り。

 

 「もう誰にも、あたしのギンジを奪わせない」

 

 内側から棘を破壊する拳。

 

 「ヘルブラッククロスに、ヘヴンホワイティネスは敗けない!」

 

 内側から正義の衝撃が響き、仄暗い空間の中心で閃光がほとばしる。

 

 「必殺、超必殺、最大必殺!」

 

 両手に走る閃光を掌に纏めて、神宮カエデは最大の大技を鏡の像に叩き込む。

 

 「シャイニング・インパクト!」

 

 手に収束した閃光はそのまま光そのモノの衝撃となって、鏡の棘女神を内側から完全に破壊した。

 

 粉々になった鏡の踏みにじって、神宮カエデは今度こそ揺るがない正義と、今度こそ折れない勇気と、今度こそ諦めない恋心を持って、再度立ち上がったのだ。

 

 変身スーツも、ダークでは無くなり、銀色に変わり、赤いラインは消えて黒くなった。

 

 ガントレットも白と黒で変わっていたモノが、黄金に変わり、ブーツも黄金へと進化した。

 

 背中には優しく光り輝く純白の翼が現れて、ヘルメットにも天輪がついた、正しく天使とも呼ぶのがふさわしい、美しく神々しい姿へと変わっていた。

 

 「ヘヴンホワイティネス・ファイナルフォーム」

 

 カエデが閃光をその身に纏いながら、一言告げた。

 

 これこそが死地を乗り越えた、起死回生の力の最強の姿。

 

 「行くわよ、鏡の怪人・・・」

 「色が変わっただけじゃないの。そんなんで強くなったとは思わない事ね」

 「だまりなさい。もう、あんたじゃあたしには勝てないわよ」

 

 ガントレットにギアは無くなり、変わりにギアのあった部分には光を束ねる未来の機関が動いている。

 

 ヘヴンスーツとの完全適合を果たしたカエデは、今度こそ鏡の怪人を撃破する強い意思を持って、戦いに挑む。

 

 (くふふ、なんだか凄い事になったね。それにあの姿、なんだか誇らしいよ・・・)

 

 自分の事の様に嬉しくなったミヤコが、ギンジの身体を抱き寄せながら、仄暗い空間の奥へと逃げていく。

 

 今のカエデがどれだけの力を出すのか不明な場合、ギンジに思わぬ怪我を追わせてしまう可能性もあるからだ。

 

 「行くわよ!」

 「決着をつけるわよ・・・!」

 

 「ヘルブラッククロス!」「ヘヴンホワイティネス!」

 

 二人同時に吠えて、二人同時に、この空間での最後の戦いに駆け出した。

 

 「今のあたしだったら、絶対に、あんたに勝てる!」

 「どうしてそんな事が言い切れるのかしら!」

 「決まってるでしょ!」

 

 愛の力だとか、正義の志だとか、それらしい事を言うのも良いが、カエデにはもって突きつけてやりたい言葉が頭に浮かんだ。

 

 あの人(・・・)もきっとこう言う筈だ。

 

 「あたしは未来人じゃないけど、未来を知ってるのよ!」

 

 カエデの知ってる未来は、鏡の怪人を撃破して、皆で無事に帰る未来。

 

 その未来を実現する為に必要な力は、今ここで出し切るつもりだ。

 

 もう二度と自分を見失わない様に、もう二度と会えない彼の為に、もう二度と未来を脅かせないように、もう二度とギンジを奪われない様に・・・。

 

 「最大必殺!」

 

 光の力を集めた移動は鏡の怪人の速度を有に上回り、即座に真正面に躍り出た。

 

 (な、速いっ!!)

 「シャイニング・インパクトっ!!」

 

 収束した光とその衝撃は捉えた鏡の怪人の胴体に深く命中した。

 

 「がっああああっ!!?」

 

 螺旋する光のエネルギー、強く解き放たれる正義の衝撃。

 

 閃光の名に恥じない、最大の奥義。

 

 手に乗せたカエデにしか出せない愛の力。

 

 全てが混ざり合い、究極の一撃となった衝撃は、カエデの両腕から放たれて、鏡の怪人を目に見えない速度で仄暗い空間の奥へと、叩き飛ばした。

 

 音すらかき消す衝撃が、鏡の怪人へと痛烈な一手となり、仄暗い鏡の世界に亀裂を作る。

 

 「がはっ、ごほっ・・・馬鹿な!なんだこの威力は・・・っ」

 「言ったでしょ!もう、あんたはあたしに勝てないってね!」

 

 吹き飛ばされた鏡の怪人の前に、正義のヒーローは立っていた。

 

 「立ちなさい。ギンジを弄んだ事、お父様を傷つけた事、後悔させてあげるわ!あんたも限界でしょ」

 

 神宮カエデの凄まじい怒気に、鏡の怪人は覚悟を決めて立ち上がる。

 

 (あんた、も、ね。ヘヴンホワイティネスも限界が近いんでしょうね)

 

 お互いに傷つき、余裕が無い事は解っている。

 

 ならば次に決める一撃こそが、最後の攻撃になる。

 

 カエデには敗けられない覚悟がより大きくなった。

 

 鏡の怪人にも敗けられない覚悟が大きくなって来た。

 

 『これで最後よ!』

 

 二人の同時攻撃が同時に発せられた声によって、共に発動された。

 

 「ミラー・・・」

 「シャイニング・インパクト!」

 (速っ・・・)

 

 もう攻撃の速度でカエデが敗ける事はありえない。

 

 再度繰り出されたカエデの最大必殺が再び鏡の怪人に叩き込まれた事で、もう一度吹き飛ばされた。

 

 身体がバラバラになりそうな程の衝撃に吹き飛ばされた鏡の怪人の頭上で、カエデが追いつく。

 

 「超必殺!ヘヴンリー・ランス!」

 

 黄金のブーツから収束した光を踏みつける様に蹴り出して、閃光の一突きが鏡の怪人の勢いを無理やり殺して、地面にめり込ませる。

 

 「超必殺!メテオライザー・ミサイル!」

 

 全身を使った空中旋回からの、隕石の如き急降下。

 

 「超必殺!終・バスターフィスト!」  

  

 バウンドした鏡の怪人の胴体へと、またも閃光の衝撃を纏う拳が突き出される。

 

 「ぐっはぁ・・・!!」

 

 圧倒的なまでの覚醒を果たしたカエデに、鏡の怪人は成すすべ無く、攻撃を貰うだけ。

 

 「ハァ、ハァ・・・ぬぅぅっ」

 「・・・まだ倒れないの!?」

 

 転がりながらもその勢いで立ち上がった鏡の怪人は、朦朧とする意識の中、意地だけで立ち上がった。

 

 「・・・敗け、るモノ、かぁ・・・」

 「・・・」

 

 覚悟は十分。

 

 だが、覚悟だけでは超えられない壁を見せつけられた気分だ。

 

 「フェーズ3・・・開放・・・」

 「まだやるのね・・・いいわよ、あんたがどれだけ強い力を隠してようとも、絶対に敗けないんだから!」

 

 仄暗い空間には、またも亀裂が現れて大きく光が差し込んでくる。

 

 決着の時は近い・・・。

 

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。
インフルにやられましたが、なんとかお話をかけました!
体調管理だけではどうにもならないインフルは今すぐ滅ぶべし!!

カエデと鏡の怪人との戦いももうすぐ終わります。
鏡の怪人編はあと三話ぐらいですかね・・・。

キャラネタ書きます

神宮カエデ
物語最序盤に出てきた真っ暗な空間、その空間の主と再開をして、しかもギンジだと言う事も見抜いた唯一の人。
ヘヴンスーツと完全適合を果たして、ファイナルフォームを引き出した事で、鏡の怪人を圧倒した。
この戦いが終わったら、ちゃんとギンジに想いを伝える事にした。

鏡の怪人
ヘヴンホワイティネスの覚醒に圧倒された怪人。
フェーズ3を開放しようとしているが・・・。

歩兵ミツナリ
何か底知れぬ大きな闇に生きている老人執事。
カエデの事も知っている模様。

ギンジ
物語の序盤から真っ暗な空間と、向こう側に戻れる扉を提供し続けた影の立役者。
描写は無いが、ミドリコ、ケイタ、赤鬼の事もこの空間で助けていた。
正体はこの世界に流れ着いた、佐久間ギンジの残留思念。
ただの人間に出来る事の規模感にしてはかなり大きいが、もうこれで最後となる。扉はくぐった者に、もう一度生きる力を授ける、特殊な力。
これを一つ作るだけで、精神力を大きく減らす為、元の世界に居たギンジという人間の名残を何一つ残さない原因となってしまうが、本物のギンジとはまた別の為、共有とかはされていない。ギンジが交通事故にあった事、世界を渡った事で精神が少し切り離された、いわばオリジナルのギンジである。
なお、怪人佐久間ギンジもオリジナルである為、少々ややこしい。ニュアンスで感じろ!

・・・
さて、次回はついにvs鏡の怪人決着!
そして鏡の牢獄に囚われたギンジを助ける為に、カエデがもう少しだけ頑張る、そんなお話になる予定です。

もう少しだけ、鏡の怪人編は続きます。
物語はまだまだ続きます。執筆ペースが落ちていなければ、今頃は終盤の真ん中ぐらいまではいけてたのに!

愚痴ってもしょうがない。頑張って時間を見つけて執筆しますぞい!

それではまた次回!アトラクションでした!


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111・いざ、鏡の牢獄へ

こんにちは、アトラクションです。

今回のお話はは少しだけ短いです。

鏡の怪人編もあと少しで終わりです!

それではどうぞ!


 仄暗い鏡の世界には、遠く見えるモヤのかかった暗闇の向こう側に、亀裂が入った。

 

 空間を揺るがす強力な力が、鏡の怪人を捺したからだ。

 

 その圧倒的なまでの力で、鏡の怪人を捺し混んだのは、未来から持ってきたオーバーテクノロジー・ヘヴンスーツとの完全適合を果たした、神宮カエデ。

 

 彼女は神宮財閥の一人娘として・・・そして正義のヒーロー・ヘヴンホワイティネスとして、悪の組織の四天王を自称する不可思議生命体・鏡の怪人に、一方的に攻撃と正義を示した。

 

 ヘヴンスーツのファイナルフォームを引き出した事で、鏡の怪人を圧倒したカエデ。

 

 そんな彼女の前で、身体を痛みに震わせながらも、ヘルブラッククロスの流儀、ヘルブラッククロスの理念を保とうと、それを敵であるカエデに貫こうと、鏡の怪人は美しい身体が傷ついても、立ち上がる。

 

 「フェーズ・・・3、開放・・・」

 

 このままでは勝ち目が無いと判断したのか、怪人としての潜在能力を開放して一発逆転でも狙っているのか。

 

 亀裂の入った仄暗い空間に差し込む光をうっとおしく感じながら、終わりに近い自分の身体を奮い立たせる。

 

 鏡の怪人の襲撃はまだ終わらない。

 

 「・・・まだやる気なのね。いいわ、全力で潰してあげるわ!」

 

 変形したガントレットはギアが無くなり、変わりに閃光を収束して解き放つ形状に変わった。

 

 カエデのファイナルフォームによる臨戦態勢が作られると、鏡の怪人も同じく呼吸を乱しながらも、両腕を広げて自信の背後に巨大な鏡を一枚展開させた。

 

 現れたその鏡は、今までのどんな鏡よりも暗く、角張っていて綺麗で美しくも・・・何も映さない禍々しい一面をしている。

 

 その鏡の面は前に出ている何かを映しているのでは無く、その向こう側の世界を映し出しているのだ。

 

 瓦礫で埋もれた暗い絶望を残した様な世界で、赤い水が溢れ出てきて、都市でもあった様な場所を水没させている。

 

 赤い満月も太陽の代わりなのか、かつて栄華を極めた都市を絶望で包み込んだ禍々しい世界が、カエデの視界に入ってきた。

 

 「・・・なんか、夢の怪人に連れて行かれた時の世界に似ているわね」

 

 夏休みに寝込みを襲撃してきた夢の怪人に連れて行かれた、夢の世界は正しくこんな姿をしていた。

 

 しかし鏡の怪人が召喚した鏡の奥に見える世界は、もっと規模がでかく、眼を凝らして見ていると、まだビルや家と思わしき建物がかろうじて生き残っているようにも見える。

 

 「すべてを飲み込んで・・・すべてを連れていき、すべてを・・・」

 

 鏡の怪人が吐血しながらカエデを睨む。

 

 そして勝利を確信した様な声と笑みを乗せて、鏡の怪人は口下に流れる血液をペロリと舐めとる。

 

 「絶望に閉ざしてやる・・・」

 

 今神宮亭は鏡の怪人の眼となり、手のひらに転がされるミニチュアの模型の様になっている。

 

 「鏡の終局・牢獄(ミラーケイオス・プリズネス)!」

 

 唱えた技名の直後に、鏡の怪人の背後の鏡が割れて、そこから吸い込まれる様に、暴風が巻き上がる。

 

 「くふふ、いよいよ敵も本気あああああ」

 

 ギンジを抱きかかえたミヤコが、その風圧に身体が吸い込まれるのを止められず、軽い少女の身体が風に持ち上げられて吸い込まれていく。

 

 「ちょ、ミヤコ!」

 

 カエデが天使の翼を伸ばして跳躍して空を舞うと、ミヤコの手を掴んでひとまずは事なきを得る。

 

 今度は眼の部分に鏡を貼られたまま、身動きをしないギンジの身体が浮かび上がり、鏡の向こう側へと吸い込まれていく。

 

 「進化の怪人は貰っていくわよ・・・!」

 「そんな事・・・させないわよ!」

 

 ミヤコを片手に抱きかかえたまま、カエデが吸い込まれる風をモノともせずにギンジをキャッチする。

 

 「ったく重たいわね」

 「カエデ、ギンジ君を重たいなんて言わないでよ」

 「重たいのはあんたの方よ!バカミヤコ!」

 「なにを!モンキーのくせに!」

 

 風圧に反発しながらも、カエデは二人を抱えたまま余裕に飛び回る。

 

 「ハァ、ハァ・・・この・・・ヘヴンホワイティネス!」

 「いい加減諦めなさいよ。もうあんたじゃ、あたしには勝てないわよ」

 「おのれ・・・っ」

 

 力量を味わったからこそ、鏡の怪人はカエデの挑発に強く出られなくなっている。

 

 「あんたにはギンジも渡さないし、仲間も傷つけさせない。あたしの家もそろそろ返してもらうわよ!」

 

 言い終えるとカエデは二人をその両手に持ちながら飛翔。

 

 回転を加えた速度上昇と勢いが、閃光を後から走らせて、まるで二本の尾を引くような光が、仄暗い空間の中に現れる。

 

 そしてその閃光を背に、カエデの動きは一瞬停滞してから、その目線を鏡の怪人へと向ける。

 

 「・・・まさか」

 

 吸い込まれる風を利用した、向かい風とともに、カエデは全力で集めた閃光を鏡の怪人へと向けてぶつけに行くつもりだ。

 

 「くふふ、わたしとギンジ君が無事で居られるかな・・・?」

 「問題ないわよ!あたしが勝つって決めたんだから、絶対にあの怪人は倒す!倒して、みんなで帰るわよ!ミヤコ!」

 

 ミヤコを救出してからと言うモノの、二人の間には妙な信頼も生まれている。

 

 あのいびつで恐ろしい鏡の向こう側に行くよりかは、カエデの勝利宣言の方が何よりも信じられる。

 

 カエデの言葉を信じたミヤコは、自分を掴む手を握る。

 

 そして動かないギンジの顔を見やる。

 

 愛するギンジが動かない不安はあるけど、それも鏡の怪人を撃破すればそれで良いのだ。

 

 きっとそれで能力は解除されるのならば、本当にカエデを信じるしかない。

 

 「行くわよ!超必殺!」

 「・・・ここまで、か」

 

 閃光を足に纏わせてカエデが思い切りきりもみ回転しながら、閃光の翼を頭の上に向けて尖らせる。

 

 回転しながら突き進むその姿は、誰がどう見ても天使には程遠いドリルみたいな回転力を披露しながら、次第に足の閃光が全身を包みこんでいく。

 

 「スカイフォール・ライフル!」

 (・・・速い・・・強い・・・総統閣下・・・)

 

 鏡の怪人が最後に思い浮かべたのは、敗北よりも恐ろしい、愛しの総統の怒りに溢れた顔。

 

 (せめて一矢報いてやる!)

 

 鏡の怪人が最後の悪あがきを披露するまでもなく、閃光の翼に包まれた正義の一撃が迫ってきた。

 

 傷ついた身体では避ける事も出来ず、また反撃も間に合わない。

 

 (ならば・・・進化の怪人、貴様だけでも!)

 

 カエデの翼がその胴体に突きこまれて、鏡の怪人へと最後の一撃が命中させられる。

 

 「吹き飛べ!」

 

 翼から解き放たれる閃光が、仄暗い空間の亀裂にまで届き、鏡の怪人を撃破するに相応しい強力な閃光の一撃が深く、強く、新しく命中する。

 

 防ぐ事も出来なくなった身体を大の字で回転させながら、鏡の怪人は自分が召喚した鏡の世界へと突き飛ばされて、カエデは二人を抱きしめる様にして翼を広げて後方へと舞い戻る。

 

 「もう二度と現れるな!」

 

 カエデの激の聴いた言葉はもはや鏡の怪人には届いていない。

 

 カエデの最後の一撃を貰った時点ですでに意識を失っていたからだ。

 

 「でやああ!!」

 

 吸い込まれる力が増すが、カエデの翼による空中旋回の方が力強く、仄暗い空間の中にある、一番大きい亀裂へと飛んでいく。

 

 恐らくだが、赤鬼の甚兵衛の一部を持っていれば、この空間の出入りは可能なはずだ。

 

 赤鬼が言っていた『なんか色々できる』っと言う言葉を信じて、カエデはうるさい仲間と、愛するギンジを抱えて、光差し込む亀裂へと飛び出した。

 

 「ほら、言ったでしょ。あたしは勝つって」

 「くふふふ、まったく怖いよカエデのその力は・・・敵であったのを思い出させてくれるね」

 「もう一回敵になってもいいのよ。今度もあたし達が勝つんだから」

 「くふふふ、いいやもう敵にはならないよ」

 

 カエデの腕にしがみつきながら、ミヤコは髪を揺らしながら眼を閉じる。

 

 腕に抱きかかられたギンジを見ていると、きっとカエデもミヤコと同じ様に、恋をしている。

 

 最高傑作を取り合う事ならばその勝敗はいざ知らず、武力行使で戦おうモノならば・・・。

 

 「ヘヴンホワイティネスに、わたし個人だと勝てないからね」

 

 妙な安心感と、普通以上の信用を乗せて、カエデ、ミヤコ、ギンジの三名は仄暗い空間から脱出に成功したのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 2022年9月6日。

 

 時刻は17時を回る頃、神宮亭は鏡の怪人による襲撃の復旧作業を最速で始めていた。

 

 噴水からいきなり飛び出してきたカエデとその他二人に驚かれる事もあったが、使用人達にひとまず自分達の勝利を伝えて、カエデはこの襲撃に居合わせた仲間と、仮の倉庫置き場になった部屋に全員を集める事にした。

 

 ソウジロウとヒトシは治療の為に、別室で休む事となり、ひとまずは怪我が落ち着いたら皆で話すとの事。

 

 カエデが鏡の怪人に勝利した事実は変わらず、みんながおおいに喜び、得に赤鬼とミドリコは大きく喜んでいた。

 

 全員が喜びひとまずの襲撃の危機を乗り越えた事に、感嘆のため息を漏らす。

 

 ただ、一人を除いては。

 

 「姉さん・・・まだ、兄貴は起きないんですかい?」

 

 皆が集められた仮倉庫の端では、ギンジが簡易ベッドの上で眠らされている。

 

 まだ彼の眼には鏡が一枚貼られていて、身動きすら取らない。

 

 そんな姿に不安も募るのか、赤鬼がミヤコにたずねてみるが、ミヤコも無言のまま首を横に振るだけ。

 

 「どうしよう・・・ギンジ君、まだ起きないよ」

 

 か細い声でミヤコが心配にしている。

 

 「どういう事だ?カエデは今回の襲撃、その大元の鏡の怪人を倒したのだろう?だったら何故怪人の能力が解除されないんだ?」

 

 重苦しい緊張感の中、今度はミドリコが口を開いた。

 

 「確かにあたしが倒したけど・・・」

 「まだ、倒せて、居ないとかは?」

 

 カエデが自分の手を握っては開いてを繰り返しながら話すと、隣に座るレンが小首をかしげながら口を開く。

 

 「そんな・・・確かに倒したわよ!」

 「でもさ、ギンジがまだ動かないって事は、まだその怪人はどこかで生きているんじゃない?」

 

 ケイタが何気なく言うと、カエデが怒った様な顔をしてケイタをすくみ上がらせる。

 

 「カエデの姉御、姉御の実力についちゃ俺っちもちゃんと分かってるが、まだ能力が解除されて居ないとすりゃあ・・・」

 

 赤鬼が甚兵衛の破れた裾をいじりながらカエデに声をかける。

 

 「考えられるのは2つあるぜ」

 「2つ?」

 

 赤鬼がピースサインと2つをかけた姿に、ミドリコが首をかしげる。

 

 レンもケイタもミヤコもカエデも首をかしげる。

 

 この場に居る全員が首をかしげる。

 

 「先ず一つは・・・ちゃんと鏡の奴を撃破しているが、能力は死んでも解除出来ない何かがある」

 「その何かってなによ」

 「俺っちにもわからん。次に2つめ」

 

 赤鬼のいい加減な言葉にはカエデはもうツッコまない。

 

 激しい戦闘の後でツッコむ気力が無いからだ。

 

 「で、2つめは?」

 

 レンが赤鬼を急かす様に進めさせる。

 

 ギンジの事を心配しているのは、カエデとミヤコだけでは無いのだ。

 

 「へい。鏡の奴の能力と技の一つに、監獄ってぇのがありますわ。その監獄に捉えられたから、出られないとか・・・」

 「そっちの方が可能性としては高そうね」

 

 赤鬼の2つめの考えにはカエデが最速で同意を示す。

 

 「もーカエデってば、どんだけ鏡の怪人を撃破したって事にこだわるのさ〜」

 「うるっさい!倒したもん!」

 

 ケイタのいらぬ言葉でカエデがぷりぷり怒るが、話しを元に戻す様にして、全員が赤鬼に視線を合わせた。

 

 「で、だ。鏡の奴と俺っちは元々同門。さっきはカエデの姉御を鏡の奴の能力の領域内に向かわせる手段を出したんだが・・・」

 

 赤鬼が説明する傍ら、カエデ以外は皆意味不明と言った顔をしている。

 

 「いいわ赤鬼。あたしが説明するから」

 

 赤鬼を横から押しのけて、カエデが一枚の布切れを全員に見せた。

 

 ヒラリと揺れる布は無造作にちぎられたのか、断面から糸くずも見える上に、なんだか生きている様にも見える程揺れている黒い布。

 

 「これは赤鬼の黒い甚兵衛の一部なんだけど、どうやらこれを持っていると、鏡の怪人の能力に干渉出来るのよ」

 「くふふふ、なるほど、それでカエデは鏡の世界に侵入出来たんだね」

 「そうよ。でも上手く行くかは正直賭けだったわ」

 

 腕組みしつつ布を手元にくしゃくしゃにしながら、カエデは説明を続ける。

 

 「たった今浮かび上がった仮説だけど、この甚兵衛を持っていれば、恐らくギンジを救出する手段になり得るんじゃないかしら。鏡の怪人の能力に干渉出来るなら、今ギンジに貼り付けられてる眼の鏡にも干渉出来る・・・でしょ、赤鬼?」

 

 カエデの説明には全員が納得する。

 

 確かにカエデ、ミヤコ、ギンジが噴水から出てきた事も含めて、赤鬼の甚兵衛が必要ならば、この仮説にも納得が行く。

 

 「流石姉御だぜ!俺っちも今同じ事考えてた」

 「嘘ね」

 「嘘は、良くない」

 「お前は嘘だな」

 

 赤鬼がしたり顔で言うモノの、カエデとレンとミドリコは完全否定されてしまう。

 

 当たり前だが赤鬼はここまで頭が良くない。同じ事を考えたと言うのは、カエデの言っている言葉の尻馬に乗って同調したに過ぎないからだ。

 

 「それで、ギンジ君の鏡の世界?鏡の牢獄?には誰が行くのかな?」

 

 鏡の怪人の能力への干渉方法は分かった。

 

 まだ仮説だが。

 

 その上で誰が倒れて動かないギンジの鏡に干渉するのか・・・。

 

 「あたしは絶対に行くわよ!」

 

 カエデは意気揚々とギンジ救出の宣言をする。

 

 「ヌハハ、だったら俺っちも行かないとな。同門の不始末は俺っちが拭わせてもらわにゃあな」

 

 赤鬼もムキッとした腕を見せつけながら宣言した。

 

 「私も、行く。ギンジが居ないと、この先、恥ずかしながら、勝てない」

 

 次はレンが言葉を繋いだ。レンの言うとおり、ギンジが居ないとこの先に待っているのは敗北と、辛い絶望の世界だ。

 

 「くふふ、ギンジ君には会いたいけど、わたしはここで待つ事にするね。もし何かあってもギンジ君を守れる人が居ないとだしね」

 

 ミヤコは相変わらずギンジの身体から離れない。

 

 「だったら私もここに残ろう。ミヤコとケイタだけじゃ、もう一度襲撃があったんじゃ耐えられないだろうからな」

 

 ミドリコはここに待機をするつもりだ。いざと言う時の防衛線に彼女は立つと決めた。

 

 「うんうん!その方が良いよ!僕は怖い所に行くなんて嫌だよ!」

 「時折・・・旦那の情けなさが笑えてくるぜ」

  

 ケイタのビビリマックスの言葉には赤鬼が呆れ笑いを見せるが、レンも口元を抑えて笑って見せる。

 

 「同意。たまに、ケイタはかっこ悪い」

 「ええ!?そんな〜」

 

 そうこうして、鏡の牢獄への突入組は決まった。

 

 カエデ、レン、赤鬼の三人は突入組。

 

 ミドリコ、ケイタ、ミヤコの三人は待機組。

 

 「いざ、鏡の牢獄へ!」

 

 赤鬼の高らかの宣言に、この場に居る6人が腕を上げた。

 

 ギンジ救出大作戦・開始!

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ハァ・・・ハァ・・・まだだ!」

 

 赤い水で水没した都市は赤い月に照らされ、恐ろしさと禍々しさと怪奇に満ちた絶望一色の世界。

 

 そんな世界で鏡の怪人は、身体を這わせてヘルブラッククロスのアジトへと向かっていた。

 

 「まだ・・・私が生きている限り・・・進化の怪人は助からない・・・許さぬぞ・・・ヘヴンホワイティネス」

 

 ボロボロになった身体で、鏡の怪人はなんとしても帰還を果たそうとしていた。

 

 鏡の怪人の最後の悪あがき。

 

 それは進化の怪人を鏡の牢獄から出させないと言う、能力の1段階上の行使。

 

 鏡の牢獄は捉えた者の幸福と、望んでいる世界を鏡映しの様に表せて、そのまま死ぬまで牢獄に閉じ込めると言うモノ。

 

 それをして、鏡の怪人が捉えられたのは進化の怪人だけだが、最早それだけでも良いとさえ今は思っていた。

 

 「ハァ・・・ハァ・・・今に見てろ・・・総統閣下の寵愛を受けている私に、最後のミスなんてない。助けられない無力を噛み締め、絶望するが良いわ!」

 

 ここまでやられても、絶命にはならないだろう。

 

 今はアジトに戻り、ドクターパープルの治療を受ければ、きっと鏡の怪人は復活する。

 

 「我らの正義を・・・思い知らせてくれる・・・!」

 

 鏡の怪人はまだ死なず、まだ死ねない。

 

 憎きヘヴンホワイティネスに一矢報いたと、今はその勝利感覚が彼女を酔わせていた。

 

 赤い月は、ギラギラと怪しく輝いている。

 

 それはまるで怪人の瞳の様に、真っ暗な空の中に一つだけ開いた瞳の様に・・・。

 

 

続く

 

 

 

 




お疲れ様です。

鏡の怪人はまだ生きてます!

キャラネタ書きます

神宮カエデ
鏡の怪人は本当に嫌い。彼女に勝った、彼女を倒した!
っというのはプライドで言っている。

鏡の怪人
カエデに敗れたが、まだ一矢報いた事に勝利したと思っている。
まだ鏡の怪人は死んでいない。
神宮カエデが最後に戦う敵。

・・・

次回はギンジを助ける為に、鏡の牢獄突入組がギンジの居る場所へ!
そこでは生きた屍だった男が、心のそこで望んでいた世界が広がっていた・・・そして、ついにカエデが観るギンジの心の中。

そんなお話の予定です。

良ければ評価、感想ください!
それではまた次回!


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112・めちゃくちゃな世界・未鏡市

皆様こんにちは、アトラクションです。

鏡の怪人編、終りまでの3話の一個目です

結構勢いだけで書いてるこの物語も、気がつけば110話し超えてましたね。

また番外編でも書こうかしら。

今回からギンジの居る未鏡市に突入したお話になります。

毎度下手くそな表現ですが、楽しんでいただければと想います。

それではどうぞ!!


 

 「さて、話は纏まったわね」

 

 仮倉庫に集められた俺っち達は、ギンジの兄貴をどうやって助けるかで話を纏めた所だった。

 

 ギンジの兄貴を助ける為に、俺っちはカエデの姉御、レンの姉御のお供をさせて貰う事になった。

 

 実際鏡の監獄なんぞに行く事は前は何度かあったが、あんなの脱出したいって気持ちがありゃあ、すぐにでも・・・そう、力づくでも出られるモンだが、兄貴は一体何に困って抜け出せないでいるんかね。

 

 そも、兄貴の救出は何よりも大切な事だからよ、俺っちは兄貴のためならこの身一つで全部解決しに行って、手助けでもなんでもやってやりてぇ。

 

 それでもよ、ミドリコを置いて鏡の監獄に行くなんてなぁ。

 

 毎度考えちまう事だが、俺っちてば、よくよく後先考えないで動く事が多いな。

 

 そりゃあ兄貴を助けるためだ。

 

 しょうがない事なんてこの先いくらでもあらぁよ。

 

 ジングウテイに残るのはミドリコと、ケイタの旦那と、ミヤコ姉さんの三人。

 

 俺っち達怪人や、姉御達みたく変身が出来ると買って訳じゃないが、ミドリコも旦那もイザって時には頼りになるし、そこらの怪人なんか相手にならない・・・多分相手にならないし、大丈夫だとは思うけどなぁ・・・不安だぜ。

 

 愛する愛する愛する、いや最早愛してるミドリコと少しの間離れる事を考えると、俺っち泣きそう。くすん。

 

 「赤鬼ー!そろそろ行くわよ!あんたも行くんでしょ!」

 

 俺っちを甲高い声で呼ぶのは、あの兄貴でさえ頭の上がらない、ヘヴンホワイティネスのリーダー・神宮カエデの姉御だ。

 

 厳しくも芯のある、素敵なレディだぜ。

 

 そんな姉御はと言うと、いつもの純白のスーツに変身して俺っちの事を待ってくださってる。

 

 そしてカエデの姉御の相棒とも呼べるお方もお隣に座って、俺っちの事を見ている。

 

 空みたいな青い髪をしているが、青いラインが肩から腰にかけて明滅している変身スーツを着用してるのは、レンの姉御だ。

 

 たまーに虎みたいな瞳を見せてくる時は怖いと思うが、怪人的にはこういう怖さと可愛さ、あとスケベな身体が好みになる奴は多いと思うんだよなぁ。

 

 ま、どんな女でもミドリコと比べたら天と地ほどの差があるけどな!

 

 ヌハハハハハ!

 

 「ぬははーじゃないわよ。さっさと準備しなさいっての」

 「へい、すいやせん」

 

 せっかく人が気分よく爆笑してたのに、カエデの姉御と来たらすーぐ叩いてくる。しかも痛い。

 

 これを毎日何度も貰ってるギンジの兄貴は流石だぜ。

 

 慣れようにも慣れる事の無い・・・母ちゃんのげんこつみたいな痛さだ。忘れらんねぇぜ、この痛み。

 

 ま、俺っち母ちゃんなんて居ないんだけどな。

 

 そもそも生物学的に、親なんてのは居ないぜ。

 

 俺っちを造ったって意味なら総統(親父)がソレに近いが、今はもう恩義も何もあったモンじゃない、敵同士ってやつよ。

 

 「赤鬼、早くして。いつまでも、ギンジが無事な保証も、無い」

 

 レンの姉御まで俺っちを睨んでくる。くすん。

 

 「ガッテン。どら、マジな気持ちでそろそろ行こうか」

 

 今、ギンジの兄貴が陥っている状況としては、鏡の怪人、奴につけられた鏡一枚によって、鏡の監獄に捉えられている。

 

 これは間違いなく、カエデの姉御は鏡の奴を撃破出来ていない。

 

 (もしこんな事言えば、俺っちの身体が粉々にされるかも知れないから、何も言わないでおこう)

 

 うん、絶対その方が良いな。

 

 そいでもって、俺っちの身体と鏡の奴。

 

 それから骨野郎と、雪の怪人も元をたどれば同じ細胞を持っていて、総統(親父)に造られた特別性と呼ばれてる怪人達は皆、お互いの能力に干渉出来るのよ。

 

 これってつまりは、俺っちの身体についている一部を持っていきゃあ、鏡の監獄という能力にも干渉出来ると言う事。

 

 入り口はあっても、出口があるか全くわからん世界に行くんだ。

 

 まぁ、過去に鏡の牢獄には行った事あるが・・・。

 

 流石に他人が捉えられている世界に入るのは初めてだからなぁ。

 

 ギンジの兄貴に脱出の意識がありゃあ完璧なんだが。

 

 「それじゃあ、行きやすか」

 

 ちぎった甚兵衛をもう一枚。それをレンの姉御に手渡して、姉御二人はそれらを利き腕に巻きつけると、俺っちも拳の骨を鳴らして、鏡の監獄への干渉を開始しようと腰を上げた。

 

 「赤鬼、頼んだぞ。現状、君しかその能力の細かい所は知らないんだ。カエデとレンをしっかりリードしてやるんだぞ」

 

 ミドリコが勇ましい顔で俺っちに言いつけてくる。

 

 「任せろい。必ず兄貴も連れて戻ってくっからよ!吉報をどーんと待ってろ」

 「ふっ、頼もしいな」

 

 ミドリコが鼻で笑う仕草が可愛くて、俺っちのもう一つの金棒がビンビンのビンよ。もーたまんねぇぜ。

 

 無事に帰ってきたら最低でも10発か?10発あるか?

 

 いやもしかして・・・ミドリコの初めては俺っちが美味しく「赤鬼!早くしなさいよ!ギンジを助けるんでしょ!」

 

 ヨコシマな事考えてたらカエデの姉御に怒られちまった。

 

 「早くして」

 「・・・うっす」

 

 レンの姉御も怒ってた。

 

 「どら、行こうず!」

 「頼んだぞ、カエデ、レン、赤鬼!」

 「くふふ、ギンジ君の身体の事は任せてね」

 「こっちがまた襲撃されたら、今度は僕達が抑えとくから!頑張って、カエデ!」

 

 俺っちが最後に気合を入れると、その後ろからミドリコとケイタの旦那、それからミヤコ姉さんにも叱咤を貰ったぜ。

 

 ヌハハ、任せとけ。俺っちはあの進化の怪人こと、ヘヴンホワイティネス・佐久間ギンジの子分だぜ?

 

 必ず救い出してやるよ!

 

 カエデの姉御とミヤコ姉さんの為にもな!

 

 そうして、俺っち達は腕を絡ませて、三人横並びになる。

 

 「行くぜ。眼を閉じて、心を落ち着かせるんだ」

 「分かったわ」

 「了解」

 

 姉御二人がすぐに動じてくれる。

 

 面倒が無くて良いぜ。

 

 実際人の監獄に入り込むなんざ初めてだが、まぁ兄貴のだから良いだろう。

 

 必ず救い出してやらぁな。

 

 心を落ち着かせながら、俺っち達は静かにギンジの兄貴の眼に張り付いた鏡の監獄に近づいていく。

 

 ・・・俺っち達の、兄貴を救う戦いが始まる気分だぜ。

 

 鏡の監獄は人によってその姿形を変えてしまう。

 

 兄貴のは一体どんな姿形の、どんな世界なんだろうな。

 

 それも気になってる俺っちが居るぜ。

 

 さぁてお立ち会い!

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 『んああ〜〜っ♡♡♡』

 

 甘美な声で悶える様に身体をくねらせて、ヘヴンホワイティネスのヒーローは触手の怪人によって還付なきまでに快楽にねじ伏せられている。

 

 俺はいつも思うがこのスマホで出来るゲームが大好きだ。

 

 【正義のヒーロー・ヘヴンホワイティネス】をやっている時こそが、俺にとって一番の有意義な時間であり、仕事をしている時よりも充実しているとさえ思う。

 

 確かにこれはフィクションだ。

 

 ありえない設定、ありえない世界観で、ありえない架空のエ○ゲーに興奮して、俺はこの毎日を充実させている。

 

 「もうこれ完全敗北だろ。なのにまだゲームの終わりが見えねぇ」

 

 流石だなこのゲーム。

 

 男のニーズの何もかもを完璧にとらえている。

 

 こういうのは短くてサッと終わる様なモノも多い昨今、このゲームは全100章と言う恐るべきボリュームで、しかもまだまだ物語は序盤と言う怒涛の陵辱のオンパレード。

 

 内容も凄いんだ。

 

 先ずはおなじみの洗脳。

 

 これは地道にちっくりちっくりやりつつ、ヘヴンホワイティネスとの戦闘に入ったら、ヘルブラッククロス側の怪人達は皆容赦が無い。

 

 勝てばムフフなCG集はもろち、おっと、もちろん、まだ自分達は敗けていないと憤慨するヒーロー達が、アジトに戻れば肩を寄せ合って涙を流す。

 

 他にも説明しきれないが、触手、スライム、ローション、常識改変、寸止め、エロトラップダンジョン、○○、○○○、♡♡♡なんかもたっくさんある。

 

 それで居てキャラクターも多い。

 

 先ずは・・・。

 

 そこで俺はスマホに映るヘヴンホワイティネスのNo.1のあられも無い姿を思い出す。

 

 眼にして見ればすぐに美少女のスタイルの良い女の子が居るのだが、そのキャラクターの名前を思い出せない。

 

 キャラクターは非常に多いのだが、基本のストーリーはこの少女で進むのだが・・・。

 

 考えながら無意識にスマホ画面をタップすると、次のボイスが再生される。

 

 『んあっ♡もうやめて♡、あああ、ニュルニュルもう嫌ぁぁっ♡』

 『オヒョヒョ、こうするとすぐに果てるなぁ』

 

 触手の怪人が宇宙人みたいな顔でニヤつきながら、ヘヴンホワイティネスを触手で絡めとる。

 

 最早その身体に襲いかかる人では不可能な快楽、その気持ちよさに無抵抗になってしまっている少女は、望まぬ絶頂を与えられ続けて疲弊しきっている。

 

 『そうら、トドメだ!』

 『んっ♡やめっ・・・イヤァァアアーーッ♡♡♡』

 

 甲高い少女の嬌声が聞こえる。  

 

 そうだよコレだよコレ。

 

 コレこそが正義のヒーローが敗北する、最高のスパイスなんだよ。

 

 見た目の人間じゃなくて、醜悪な見た目の怪人にヤりたい放題される、コレこそがゲームの良い所さ!

 

 俺はいつもの6畳の部屋で布団にくるまりながら、自分でも抑えきれないリビドーが開放される気分で次の場面へと画面を動かした。

 

 『ぐぼっ♡やべ、ろ・・・ぉぼっ♡』

 

 次の場面ではスーツを着用したガンナーの女性が、タコの怪人の能力で分離した小タコの怪人によって、頭の上半分を飲み込まれていた。

 

 人差し指ぐらいの太さの、吸盤がついた触手を鼻に押し込まれて、その表情は見えないがズッチュズッチュと音を立てている。

 

 抵抗出来ない様に、そのガンナーの身体には小タコの群れが手足や身体を抑えては、身体から養分を吸い出したり、締め付ける様な快楽を与え続けている。

 

 『くっ、この・・・卑怯者・・・』

 

 ヘヴンホワイティネスの最後の一人である、青をメインカラーとした少女が変身出来ないまま、大幹部の・・・名前は思い出せないけど、狂人の少女が、青の少女を背後から刀を突きつけている。

 

 動かさない様に、そして仲間の醜態を晒させるコレ以上無い屈辱に、青い少女は悔し涙を流している。

 

 『それじゃあ〜。君にも餌食になってもらうね♡』

 

 狂人の少女が最後に楽しそうに告げると、青い少女を拘束させたまま、下卑た笑いをしている戦闘員の群れに、押し込んだのだ。

 

 『げヒャヒャヒャ!あのヘヴンホワイティネスももう方なしだなぁ』

 

 戦闘員の一人が高笑いすると、一気に血の気が引いたのか、青い少女は顔を青ざめさせて、後ろを振り向く。

 

 『お、お願い・・・こんなの、もう嫌。もう、やめて』

 『え〜?聞こえない。もっと態度良くしてもらわないとねぇ』

 

 青い少女が許しを乞うが、そんなのは俺は求めていない。

 

 狂人の少女が耳を掻きながら、青い少女に言葉を改めさせると、その少女は膝を折って、頭を地面につける。

 

 『お、お願いします・・・もう許してください』

 『やだ』

 『っ!』

 

 青い少女が土下座までして謝ったのに、その謝罪は悪名高い大幹部には通じなかったみたいだ。

 

 この命乞いにも見える恐れの表情、スマホゲームにしてはクオリティ高いぜ。

 

 だが・・・これで良い!

 

 『わ、私なら、役に立つ。あの二人よりも、持っている知識は』

 『あのさ〜もうそういうの止めようよ。最初から私達に逆らった時点で、もうだめなの。さ、殺されないだけありがたく思いなね。ばいば〜い。ヒャハハハハハ』

 

 悪魔や。この女の子は悪魔やで!

 

 失意に落とされ、涙を一筋。

 

 青い少女がコンクリートの上で正座しながら、がくりとうなだれる。

 

 変身も出来ないままの彼女を待っていたのは、後ろに並ぶ戦闘員達による性の暴力を尽くした、文字通りの地獄だ。

 

 『待っ・・・止めて、触らないで、お願い、嫌!嫌ぁぁ!』

 

 これ以上無い絶望に近いだろうな。

 

 だって人々は助けられず、仲間は眼の前で卑劣な手で堕とされて、この少女は戦闘員の手で、コレまた壮絶な性の暴力の限りを尽くされる。

 

 『あ、君の彼氏君さ・・・私が貰うね?』

 『うぅ・・・ごめん・・・ごめん・・・』

 

 ああ、もう一人居たね。ヘヴンホワイティネスの味方をしているけど、まったく戦闘が出来ない非力な一般市民君。

 

 『そんな・・・やめて・・・やめてぇ・・・』

 

 青い少女は最早号泣するしか無い。

 

 彼氏君は狂人の少女によって眼の前で取られる。

 

 これが絶望の最高のスパイスだな!

 

 ・・・。

 

 ・・・・・・・。

 

 あれから何度か画面をタップし続けて、3章を進めた。

 

 3章のクリア前の所では、全員ボロボロになりながらもヘヴンホワイティネスはなんとか帰還を果たしていた。

 

 もう足腰が立たなくなるぐらいには、快楽を極められた所だとは思うが、それでも彼女達は諦めていない。

 

 だが・・・。

 

 『うっ・・・ふぐっ・・・』

 『くすん・・・ひっひっ・・・』

 『うああ・・・クソ・・・クソ!』

 

 赤い少女、青い少女、ガンナーの女性はそれぞれ悔しさから全員泣いている。

 

 ボロボロのボロ雑巾レベルにされて、最早普通の女性ならこんな姿で歩くのにも躊躇するぐらいだろうな。

 

 顔を赤くしながら、泣きながら帰路につく。

 

 もう泣くしかないぐらいにヤラれた。

 

 泣いているのはきっと悔しさだけじゃない。

 

 年相応の女性達だ・・・きっと自分の身体にされた事の重さを知りながら、ヘルブラッククロスに憎悪を燃やしている。

 

 そこからあふれる涙もあるはずだ。

 

 俺は章終わりのこの場面を観るのが大好きだ。

 

 4章からはきっともっと酷い事をされるに違いない。

 

 なのに・・・諦めないで、この涙を踏み越えて彼女達は強くなろうとしている。

 

 そんな彼女達をなんだか、心の底から応援もしたくなる気持ちもあるんだが、これはゲーム。決まっている結末は揺るがない。

 

 「はぁ〜・・・なんだこりゃ、神ゲーか?」

 

 このクオリティで全100章って、マジでか?

 

 「ありゃ、もう1時か。そろそろ寝ないと、また今日みたいに遅刻するな」

 

 セーブしてからスマホに充電器を差し込み、俺は布団にくるまる。

 

 一日1章で進めているが、このゲームは本当に楽しい。

 

 きっと待っているのはバッドエンドだけだが、それが良い。

 

 「明日も頑張らないとな。俺には俺を頼りにしてくれる人が居る」

 

 そうして俺は部屋を明かりを消して、そしてまぶたを閉じた。

 

 また明日の楽しみを待ち遠しく想いながらも、同僚達に向けた信用に感謝しつつ、俺の意識は眠りについた・・・。

 

 

 

続く

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 再び真っ暗な一枚の所に、白文字で達筆に【続く】の文字。

 

 これを見て、あたしは思い切り苛立ちが大きくなったのを覚えてるわ。

 

 まぁとりあえず壊すわよね。

 

 「でやああ!」

 「ひでぇな・・・なんだいありゃあ」

 

 浮かんだモニターみたいなモノを破壊したあたしの後ろで、赤鬼が吐き気を催している。

 

 珍しいわね、あの赤鬼がこんな風になるなんて。

 

 「カエデ、今のは、何?」

 「・・・分かんないけど、鏡の監獄に入ったギンジの姿らしいわ」

 

 レンの質問にあたしが答えると、レンも顔色を悪くしている。

 

 何がなんだかって感じだけど、確かに・・・なんか、あの・・・え、エッチなゲーム?みたいなのにあたし達が出演させられているのがムカつくわ。

 

 そうそう、あれからあたし達は赤鬼の手を借りる事で、この架空の街、未鏡市に突入する事に成功したわ。

 

 町並みはどこを見渡しても同じ。

 

 度固化市とまるっきり変わらないのに、何か違和感を感じる街の見た目に、あたし達は全員息を飲んでいたわ。

 

 そして到着してすぐに、あたし達の眼の前に現れた一枚のモニター、それを三人で見ていたら、また現れたわね、ギンジのありえない姿。

 

 「ギンジが、こんな事、するわけない。早く、探そう?」

 「俺っちも同意見だぜ。鏡の奴にゃあ悪いが、兄貴はこんなダセェ男じゃねぇ」

 

 うん、それについては同意見・・・なんだけど、何かしら、何か引っかかるのよね。

 

 ここがギンジのありえた世界を映す鏡の監獄ならば、上手く言えないのだけれど、何かを忘れている(・・・・・・・・)様な気がしてならないわ。

 

 それにあのゲーム・・・。

 

 「行くわよ」

 「へい。でも、どこにどうやって?」

 「手当たり次第よ。ここがあたし達の街同じ造り・・・かどうかは分かんないけど、もし同じならあたし達の知ってる場所全部行くわよ!」

 「情報無いし、それが良いと思う」

 「へい、行きやすか。荒事は任せてくんな」

 

 ・・・。そういえば赤鬼ってここではサングラスかけてないけど、街征く人々は気にも止めていないわね。

 

 ま、その方が都合は良いけどね。

 

 あたし達も今はまだ変身していないし、早くギンジを連れて帰らないとだし。

 

 拳を握りしめながらも、忘れている何かを考えながら、あたし達は先ず最初に一番近くの繁華街エリアにへと向かう事にしたわ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 いつも・・・不思議に思う。

 

 ギンジという存在を。

 

 私達はいつまでも、彼が、敗ける事は無いと思っている。  

 

 女の子には手を出さないし、でも人の心を守ろうとしてくれているし、何より・・・カエデと同じ様に悪を許さないという、その正義の志が、私も好感を持ってる。

 

 「ちょっと赤鬼!そっち違うでしょ」

 「あれ?繁華街エリアってこっちじゃ・・・この道を右に曲がれば速いんじゃ?」

 「え、あれ?そう?ん?」

 

 私の少し先を歩きながら、カエデと赤鬼が何やら良い合いをしている。

 

 「やっぱ違いやすよ!」

 「違くない!こっちよ!」

 

 ふふっ。

 

 なんだかこうして見ていると、二人は兄妹みたいだね。

 

 「レン、あんたの意見を聞くわよ。左よね?」

 「いやいや姉御、右ですよね?」

 

 カエデと赤鬼が私に意見を求めてきた。

 

 「繁華街エリアは・・・」

 

 ギンジの精神世界なのか、それともギンジの中にある、心の中なのか、分からないけど・・・どこか似ているこの街並みは、どことなく違和感を覚えた造りをしている。

 

 私達の慣れ親しんだ街のはずなのに、かれこれ40分以上、繁華街エリアに向かって歩いているのに、目的地に到着は出来ていない。

 

 「・・・カエデ、赤鬼、少し気になる事があるの」

 

 私は今までの徒歩の道すがらで感じていた、ちょっとした見落としがあるんじゃないかと、そう思っていた。

 

 「先ず、赤鬼」

 「はい!」

 

 良い返事、だね。

 

 「この鏡の監獄について、知ってる事を、先に話してほしい。いつまでも繁華街エリアに到着しない事と、もしかしたら何かしらの、原因を調べられるかも」

 「へい・・・そうですね」

 

 赤鬼が牙を擦りつけながら、私達に説明してくれようと、顎に手を上げて少し整理し始める。

 

 そもそも、私達はギンジが陥っているこの状況、そして鏡の監獄について知らない事が多すぎる気がしてきた。

 

 「何よレン。せっかくここまで来たのに、何か気になる事でもあるの?」

 「・・・今言った通りだよカエデ。ギンジに至るまでに、あまりにも情報が無さ過ぎる」

 「それもそっか・・・じゃあ、赤鬼。もう一度詳しく説明しなさい」

 

 突入前の情報では、入れるぐらいしか知らない。

 

 でも入れても、出られるか分からない。

 

 「えーと先ず、鏡の監獄は人の心を映し出す結界みたいなモンですわ。ここに入れられると、自分の意思が無いと出られないとかって能力がありましたわ」

 

 なるほど。

 

 「で、過去に俺っちが入れられた時は、まだ造られたばっかりだったから、驚異に思う奴も居なくてな」

 「驚異?どういう事かしら?」

 

 赤鬼がポロッと喋った驚異と思う奴・・・確かにそれは気になる。

 

 「あ、えーと・・・要はここに捉えられると、入っちまった・・・ああ、この場合はギンジの兄貴だな。兄貴が一番驚異と思う奴を見つけて、そいつを叩いて意識を持って帰させるか、記憶を思い出してもらってなんとか、自分から帰りたいと思わせる事で、鏡の監獄(ここ)から脱出出来るんすわ」

 

 つまり、やるべき事は2つ。

 

 でも片方だけ達成すればOK。

 

 1・ギンジが驚異と思う人物、モノを見つけてそれの撃破・破壊を達成する。

 

 2・ギンジを見つけて記憶を思い出させる。

 

 ・・・2の方が楽かもしれない。

 

 「その、記憶を思い出させるにはどうすれば良いの?」

 

 私はある一つの提案を頭の片隅に入れながら、赤鬼に、聴いてみる。

 

 「先ずは本人に会う事だな。俺っちの時はすぐに脱出出来たが・・・まぁ、よくよく考えると心なんてモンが無いから、脱出が簡単だったんだよな。実際、今俺っちが捉えられたらそうそう脱出は難しいと思うぜ」

 

 なるほどなー。

 

 「なるほど。それであんたは捕まんない様に、鏡の怪人の能力を真正面から壊してたのね」

 

 だから鏡を、認識してすぐに壊してたのね。

 

 「それで、まだ気になる事は・・・レンの姉御?」

 「レン?どうしたの?」

 「・・・」

 

 まだ気になる事が、たくさんある。

 

 「赤鬼が最初に捉えられた時は、鏡の監獄ってどんな世界になっていたの?」

 

 私がこんなに、考え込むのは珍しいかな? 

 

 二人とも落ち着いて話せてて、偉いね。

 

 「えーと・・・赤い水が一杯に広がるヘルブラッククロスのアジトみたいになってたな。でもアジトは崩壊してて、総統(親父)の玉座だけは残ってる、そんなやべぇ世界だったぜ」

 「怪人って皆あの絶望的な世界が共通の何かがあるのかしら?」

 

 ・・・。

 

 赤鬼が捉えられた世界では、確証が持てない。

 

 そうだ・・・。

 

 「カエデ、赤鬼。度固化市・・・ここから繁華街エリアまでの近道は」

 

 まだ、何かを見落としてる。

 

 これで確実に出来るなら・・・。

 

 「ここを左に曲がれば信号一つで繁華街エリアよ」

 「いやいや左ですって!」

 「なんでよ!逆じゃない!」

 「いやいやだって、鏡の奴が人の世界を【映す】んでっせ?全部が全部反転してるに決まってらぁよ」

 「わけ分かんない事言ってんじゃないわよ」

 

 反転・・・?

 

 「赤鬼、まだ忘れている事無い?」

 「へい。これで全部っすよ。脱出の為には、驚異となるモノを叩く、本人に会って記憶を思い出させる、そんで映しだされるモノは人いがい左右反転して・・・あっ!」

 

 見落としていたモノの正体、ついに分かった。

 

 ようやく理解も出来た。

 

 鏡、だもんね。

 

 「カエデ、道が全部逆になっていたから、繁華街エリアには、到着出来ないと言う事が、分かったよ」

 「・・・赤鬼?もしかして知ってた?」

 「えと・・・知ってはいやしたが、忘れてたと言うか・・・」

 

 ああ、赤鬼、死んだね。

 

 「それを先に言いなさいよ!!」

 「ハムカツっ!?」

 

 カエデの怒りの・・・もとい、逆ギレパンチが赤鬼の腹筋を貫いたね。

 

 あれは痛そう。

 

 「さ、流石・・・生身でも、この威力・・・」

 「ふざけんじゃないわよ!!このバカ!バカ鬼!」

 「す、すいやせん!すいやせん!」

 

 カエデが怒る・・・いや、逆ギレするのもわかるけど、今はソレも良いか。

 

 「メガトン・インパクトォ!」

 「これは愛の鞭・・・ヒレカツゥ!!?」

 

 想像以上の痛みと衝撃が襲ってきたのか、赤鬼がコンクリートを弾きながら吹き飛ばれた。

 

 南無。

 

 「行こう、カエデ。時間も有限だよ」

 「そうね」

 「ヌハハ、それじゃあ気を取り直して行きやすか!」

 

 赤鬼の頑丈さは、たまに、驚く。

 

 やるべき事は完全に理解した。

 

 平然を装いながらも焦るカエデと、陽気赤・・・バカ鬼と共に、私達は左右反転した街のコンクリートを、踏んで繁華街エリアへと突き進む事にした。

 

 もう少し、待っててね、ギンジ。

 

 必ず助けるから。カエデが。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「佐久間さん?ああ、知ってるわよ。とにかく親切な方でねぇ。めんどくさい事ぜーんぶやってくれるのよ」

 「銀ちゃんかい?そりゃモー、知ってるよ。頼りになる漢だよありゃ」

 「佐久間の兄弟を探してる?さぁ、どこで働いているかは知らないな。ぶっひっひっひ」

 「銀治君か?さぁ、あんまり話した事ないんだよねんげぇーげっげ」

 「そう・・・」

 

 (こっつ)一家と言う魔法を売っているお店を営む家族に話しを聴いてみたが、結局ギンジに関わる情報は得られなかった。

 

 あれから繁華街エリアに到着したカエデ達は、佐久間ギンジと言う男の人探しをしていたが、結局答えは得られない。

 

 「なんだか見覚えある奴らだったな。特にあの牛っぽい兜をつけた奴、ホモっぽいな」

 「私も思った。なんとなく、ケイタにはあわせたくない」

 

 赤鬼とレンがヒソヒソと話しながら、カエデは次の人物に声をかける。

 

 「そもそも現実世界に魔法が売ってるなんてな・・・怖い場所だぜ」

 「何かしら、戦闘も警戒した方が、良いかも」

 

 カエデが情報を集めている少し離れた所で、赤鬼とレンはまだヒソヒソと話している。

 

 流石に繁華街エリアまで行くと人の数も尋常じゃなく、遠くで赤鬼をジッと見つめる人もそこそこ増えてきている。

 

 とは言え、この街が異常なのか、宇宙人みたいな顔の人や、紐だけで構成された棒人間みたな住人もちらほらみかける。

 

 カエデはと言うと、たこ焼き屋を営む店主に声をかけていた。

 

 手当たり次第とは言うが、本当に無差別に話しかけている。

 

 たこ焼き屋の店主は頭にタコの被り物?みたいなモノを装備しており、無言である。

 

 無言ではあるが、カエデの質問には黙々とサインで返しながら、たこ焼きをキレイに焼いている。

 

 「職人技ね。マスター、たこ焼き3つ頂戴。それで、佐久間ギンジって男を探してるんだけど、何か知らないかしら?」

 「(お嬢ちゃん、聞けばなんでもわかるってわけじゃないぜ。銀治さんの何を知りたいってんだいのサイン)」

 「あんたもギンジの事を知ってるのね。なら、詳しい説明は省くけど、あいつが今どこに居るかわかるかしら?知ってるなら教えて」

 「(今の時間ならオフィスビルエリアで働いてるだろうなのサイン)」

 「そうか・・・サラリーマン?みたいなのやってたしね。ありがと。それじゃあそこに行くわ」

 

 そっけなく返事を返したカエデに、タコの店主は不機嫌そうな目つきと、不信感を態度に表わして、カエデにたこ焼きを3つ手渡す。

 

 「(見ず知らずのお前らに、銀治さんになんの用事だ?のサイン)」

 「あんたには関係ないでしょ」

 「カエデの姉御、何か問題事でも起こしそうだな」

 「ここで戦闘は始めたくない」

 

 タコの店主の不穏な空気を感じ取ったのか、赤鬼とレンがカエデに近寄ろうとするが、そんな二人の前に左右から刃が向けられた。

 

 「穏やかじゃねぇな。なんだ?」

 

 赤鬼が振り向いた先に居たのは、豊満なスタイルをしながらも、その身体を見せつける様に露出が多い、ビキニアーマーを装備した女性が忌むべき者を見ている表情をしていた。

 

 レンの方向にも、八頭身のモデル体型でありながらも、ネバネバとヌラついた、ナメクジをそのまま巨大化させた様な形をすた剣を向けて、ニタニタと笑っていた。

 

 「(この街の活気は銀治さんによって保たれてる。よそ者にそう勝手にされちゃ困るんだよ。ちょいと大人しくしてて貰うぜのサイン)」

 「・・・赤鬼、レン、そっちは大丈夫かしら?」

 

 タコの店主の殺気を感じ取ったカエデは、振り向かずに二人に声をかけた。

 

 赤鬼もレンもすぐに戦闘態勢に入れる状態になっており、喧嘩みたいな闘気をふっかけてきた三名に、臆すこと無く睨み合っている。

 

 「あは♡かわいい顔♡」

 「・・・ブサイク」

 「くっふっふっふ。お前、生きて帰れるとは思わない事だ」

 「ヌハハ、やってやろうじゃねぇか」

 

 そしてカエデとレンと赤鬼を囲む様にして、黒い服を来た繁華街エリアの住人達がぞろぞろと現れる。

 

 これはギャラリーとして見に来た訳ではなく、明らかな敵意をカエデ達に向けている。

 

 「(ここじゃ女も男も法律も何もないぜ。銀治さんがすべてだ。覚悟しなのサイン)」

 「・・・どうやら、世界があたし達の敵みたいね」

 「同意。ここを突破しよう、カエデ」

 「どら、いっちょ大暴れしてやりますか」

 

 鏡の監獄・未鏡市。

 

 2月16日についに、繁華街エリアにおける大乱闘が始まってしまった。

 

 我先に迫る猛者達が一斉に三人に襲いかかるが、カエデとレンは一瞬で変身すると、その変身の衝撃の余波が繰り広げられて、黒い服の住人達は一斉に吹き飛ばされてしまった。

 

 「佐久間剣術──」

 

 剣士の様な女が銀色に輝く剣を下段にかまえて、その切っ先を真上に振り上げる。

 

 変身の衝撃を切り裂いて、カエデを正確に狙った剣線は横から鈍色の鈍器が遮った。

 

 「どら、お前の相手は俺っちがしてやらぁ」

 「・・・面白い」

 

 衝撃の余波が止まると、ぶぴゅっといやらしい音を鳴らして、白濁とした粘液が飛び出すが、それはレンの青白いビーム剣によって切り離される。

 

 「・・・汚い。ひょっとして、性格も?」

 「一緒に気持ちよくなるぅ♡?」

 

 赤鬼と剣士が激突し、レンとナメクジ女も激突を開始する。

 

 「(驚いたぜ。まさか変身だけでここまでやるたぁなのサイン)」

 「邪魔するなら容赦はしないわよ」

 

 屋台がいきなり爆散し、タコの店主も戦闘態勢を整えると、間合いも関係ないぐらいの速度でカエデに肉薄する。

 

 「かかってきなさい!」

 

 繁華街エリアにおいて、望んでいない戦闘が開始されてしまった。

 

 だが・・・どんな所であろうともヘヴンホワイティネスは敗ける事は無い。

 

 その覚悟で今まで戦って来たのだから。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「(いやー完全に実力を見誤ったぜのサイン)」

 

 繁華街エリアでの大乱闘は、カエデ達の圧勝で幕を閉じた。

 

 と、言うのもここで妨害してきた三名は恐ろしく弱かったのだ。

 

 「どら、これならどうだ、どら!どら!」

 

 バックブリーカーで剣士の女の骨をボキボキと折る赤鬼は、傷一つ無い。

 

 「あ、あは・・・気持ちいい、わ・・・♡」

 「邪魔・・・小細工は効かないよ、ブサイク」

 「い、韻踏みまで、完璧・・・♡」

 

 ビーム剣によってナメクジ女は全身をバラバラにされてしまった。

 

 ビームの熱にはめっぽう弱かったらしい。

 

 「で、まだ邪魔するのかしら?時間が無いのだけれど」

 「いや・・・あの、すいませんでした。殺さないでください」

 

 タコの店主には普通のパンチ一発でダウンを取ったカエデは、タコの店主をすぐに正座させて謝罪させていた。

 

 「さっきまでサインで喋ってたくせに、なんなのよ普通に喋れるじゃない」

 「あ、はい・・・あの、すいませんカッコつけてました。かっこだけに」

 「もう一回殴ろうかな・・・」

 「許してください。別にハードボイルド気取ってた方がカッコ良いと思ってて。あ、多分銀治さんだったら、クアッドタワーで営業してますよ・・・」

 「クアッドタワーか・・・」

 「繁華街エリアにありやしたなそう言えば。どら、行きますかカエデの姉御」

 

 剣士の女をいびつにひしゃげさせながら、赤鬼は彼女をごみ捨て場に叩き捨てる。

 

 所詮幻にも近い存在なのだ。

 

 何をしても良いやの考えが働いているのだろう。

 

 「私も、そろそろ向かった方が良いと思う」

 「思わぬ情報を収穫出来たわね。それじゃ、行きましょ」

 「あ、あの本当にすいませんでした・・・」

 

 歩き去ろうとするカエデ達に、土下座して謝るタコの店主は、墨を吐き出しながら謝罪の言葉を並べている。

 

 「もういいわよ。それじゃ、あたし達はもう行くから」

 「ご達者で」

 

 タコの店主の威勢は完璧になくなってしまったが、カエデ達を見送って、繁華街エリアの復興を開始した。

 

 「銀治さん・・・大丈夫だよな・・・」

 

 最後にカエデ達の背中と、その奥にそびえ立つクアッドタワーを視界に入れて、お世話になった佐久間銀治さんへと、憂いの気持ちを醸し出す。

 

 不安なのか、それとも希望なのか。

 

 それは誰にも分からない。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「佐久間先輩〜そろそろ商談開始ですよ〜」

 

 クアッドタワーの入り口エントランスで、書類を見ながら商談の準備をしている銀治に向かって、余裕そうな態度をヘラヘラ見せているのは、銀治の優秀かつ狂った部下である、畑中莉子だ。

 

 そして銀治の隣で彼を補佐しているのは、艶のある短めの黒髪が目立つ、メガネをかけた女性・鈴村都子だ。

 

 「ああ、悪い。そろそろ行くよ」

 「佐久間さん、頑張りましょうね。この商談が成功したら、あのお猿の女王にも褒められますよ」

 「そうだな・・・あいつ怖いから、あんまり褒められたくは無いんだけどなぁ」

 「くふふふ、少しわかる気がします」

 「アレに聞かれたら怒られますよ〜?」

 「アレって言い方!」

 

 三人が清楚な格好のまま、軽い談笑を終えると、すぐに商談の為の準備を始める。

 

 「くふふ、さぁ、行きますよ」

 「ほ〜ら、行くわよ先輩」

 「・・・」

 

 自分を応援してくれる二人の美女。

 

 その二人を見て、銀治は今この世界が自分の生きる場所だと、心から感じる。

 

 (もう、生きた屍じゃないしな)

 

 また過去の自分と照らし合わせてしまう。

 

 ・・・。

 

 (あれ?なんで生きた屍?俺は元々皆から居る者として、既に証明されてるじゃないか)

 

 ふと、たまに自分でも分からない事を考えてしまう。

 

 (そうだよ、元々こうだよ)

 

 スーツの襟首を正して、銀治はクアッドタワーのエレベーターへと足を運ぶ。

 

 「それじゃ、行こうぜ」

 『はい!』

 

 二人の後輩を従える様に、銀治はこの商談に挑む。

 

 サラリーマン佐久間銀治の商談伝説は、ここに始まる!

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「なんだ君たちは・・・」

 

 クアッドタワーの入り口では、体躯の良い白シャツを袖まくりした、社会人の男に、カエデ達は妨害されていた。

 

 妨害と言うのはまた語弊のある言い方だが、焦っているカエデからすれば妨害でしか無いのだ。

 

 「あれじゃどっちがヘルブラッククロスか分からんぜ」

 「同意。焦りすぎて、前が見えていない」

 

 カエデが少し暴走気味になっているからか、赤鬼とレンが少し呆れている。

 

 「ここは今黒十字株式会社が、貸し切りの大商談をさせて貰っている場所です!部外者は入れませんよ!」

 「そんなのいいから入れなさいよ!」

 「あ、アポイントメントは・・・っと言うか、目上の人間に対して、なんだその態度は・・・」

 

 明らかに令嬢としての礼を失している言動に、いよいよこの社員も怒りそうな雰囲気を出している。

 

 「ギンジを助けないと行けないのよ!いいからどきなさいよ!」

 「ぎん・・・ええぇ、よりによって佐久間係長の知り合いかよ・・・あの人、色々な所で恩義を作りすぎだよぉ」

 

 “この男の名前は大久。

 

 佐久間係長の事を心から尊敬している、体格の良い男だ。

 

 営業成績もとても高く、毎晩鈴村先輩で抜いているらしい。”

 

 「でえい!この変なナレーションもいらないわよ!」

 

 モニターが出てきてギンジのありえた姿が見えたり、ナレーションが出てきたり、魔法が売ってたりとめちゃくちゃな世界には、いい加減うんざりしている。

 

 おまけに世界は左右が反転している。

 

 「・・・いい加減にしないと、警察を呼ぶぞ」

 「呼びなさいよ腰巾着!」

 「ちょ、姉御・・・」

 

 暴走が半端なくなってきいたカエデの腕を引いて、赤鬼が一旦二人を引き連れてクアッドタワーから離れる事にした。

 

 「何よ!」

 「カエデの姉御、少し落ち着いてくだせぇな」

 「同意。このままじゃ、埒が開かない」

 「・・・っ」

 

 我が身をすぐに振り返って、カエデは深呼吸をする。

 

 「こんな場所だ。しっかり対策していかないと、兄貴に会えないぜ」

 「同意。ギンジを助ける為にここに、来たんだから、カエデが落ち着いてくれていないと、全てに時間がかかる」

 

 赤鬼とレンがカエデを落ち着かせると、カエデもバツが悪そうに小石をコロリと蹴る。

 

 「兄貴を救う・・・の前に、兄貴に会わないとだめだろ?だからよ、俺っち考えたんだ」

 

 赤鬼がカエデの頭をぽんぽんと軽く叩いて、牙を見せつける様に笑う。

 

 「この世界にはどうやらヒーローが居ないらしいし、怪人は居ても、悪そのモノが居ないと見たぜ」

 「・・・何を言ってるの?」

 

 レンが訝しむ顔で、赤鬼の言葉に耳を傾けている。

 

 「簡単な事よ」

 

 赤鬼はバカで後先考えない事も多いが、これについては一瞬の思いつきとは言え、かなりカエデとレンが動きやすい作戦と考える。

 

 「要は俺っちが悪の怪人として、暴れれば、姉御達は兄貴を助けられるんじゃないか?」

 「それって・・・」

 「勿論、本気でおいたしちゃ駄目だぜ?兄貴はクアッドタワーに居るには間違いないんだ。だったら、後は兄貴を見つけやすくする手段を取ればいいのさ」

 

 赤鬼がオリハル金砕棒を引き抜いて、カエデとレンに鬼の気迫を見せる。

 

 「・・・カエデ、赤鬼の言うとおりやっても、成功する可能性は・・・100じゃないよ。それでも、やるでしょ?」

 「当たり前よ・・・」

 

 カエデはほんの少し泣きそうな顔で、赤鬼とレンを見る。

 

 「あたしだって、ギンジの事は心配なの。あたし、ギンジに伝えたい事が沢山あるの」

 

 伝えたい、ではなく伝えないといけない言葉がある。

 

 「さっきは暴走してごめん。赤鬼、頼めるかしら」

 「任せてくんな」

 「・・・分かった。赤鬼、死なないでね」

 「任せてくん・・・え?」

 

 レンの最後の冗談は、どこか冗談に聞こえない言葉であり、赤鬼は一瞬自分の命日を考えた。

 

 必要悪としいて暴れる事を申し出た赤鬼に対抗するのは、カエデとレンだ。

 

 だとすると、少しばかり戦わないと行けない事になるのかもしれない。

 

 「演舞、やったでしょ。アレ、やろう」

 「ああ・・・ヌハハ、任せてくんなぁ!」

 「やるわよ。ここまで来たら、もうギンジを逃さないんだから・・・なんとしても、ギンジを救出して、それで・・・」

 

 カエデは未鏡市の青空を見上げて、めいいっぱいの気持ちを出す。

 

 「ギンジが好きだって伝えないと行けないんだから。やるわよ!」

 

 カエデの清々しい程の言葉に、仲間としてレンと赤鬼は同じ気持ちになる。

 

 「最後までお願いね、赤鬼」

 「ガッテンだ。姉御達も頼むぜ。俺っちが適当に暴れ始めたら、後は流れだ」

 「了解。必ず、ギンジを救おう」

 

 レンが最後にそれだけ告げると、手を差し出す。

 

 「え、何よ急に」

 「ああ、そういう事か」

 

 カエデはきょとんとしているが、赤鬼はその大きな手を、レンの手の上に乗せる。

 

 「ほら、カエデも早く」

 「・・・」

 

 カエデも言われるがままに、手を差し出した。

 

 三人で円陣を組んで、手を差し出した。

 

 これはつまり、作戦結構の合図だ。

 

 「そう言えば、前にもこんな事あったわね」

 

 ギンジがミヤコの策略で孤立した時も、似たような場所で円陣を組んで、必ず助け出そうと、三人で誓いを立てた。

 

 「あの時と場所は違うし、人も違う、だけど、ギンジを助けたいって気持ちは同じ」

 「なんだかんだ兄貴も世話がかかるしな。ヌハハ」

 「そうね・・・まったく・・・」

 

 三人で苦笑し、そして一斉に手を上げる。

 

 円陣を解散して、再び三人はクアッドタワーに向き治る。

 

 今度こそ、ギンジを救出する為に。

 

 未鏡市の最後の行動を開始した・・・。

 

 

 

続く 

 

 




お疲れ様です。

鏡の怪人編なのに、鏡の怪人出て無くない?って思うかもしれないけど、まだ彼女にも出番があるんです。どこで出るかはお楽しみに

キャラネタ書きます

神宮カエデ
ついにギンジへの感情をオープンに。レンもこれでうかばれる
※別にレンは死んでません。
ちなみに、まだ何かを見落としている。

宮寺レン
未鏡市の謎のついてちゃんと考えてた。
バカな赤鬼の上手い扱い方を披露した。

赤鬼
男も女も関係ないなら容赦ないです。
バカ故に忘れている事も多く、話している内に、重要な事を思い出す事もある。
カエデとレンの為に、未鏡市にて悪役になる事を選んだ。

佐久間銀治
未鏡市において街の人々から恩義を無意識に作っている。
皆の銀治さん。
ヘヴンホワイティネスのゲームにどハマリしている。
しかし、キャラクターの名前を誰一人覚えられない。

鈴村都子
この世界でもくふふと笑っている。
ギンジにとっての驚異である事に違いはない。

畑中莉子
リコニスみたいな奴と言うか、リコニス。
ギンジにとって驚異である事に違いはない。
一回刀刺されてるしね・・・

大久
オーク怪人に似ているよね。都子先輩で抜いている。

未鏡市のヘヴンホワイティネス
銀治がハマっているゲーム。
全100章で綴られており、全編フルボイスでかつCG集は全部ラ○ブ2dによるアニメーションで彩られる。
カエデっぽい何か達が、凄惨な眼に合わされる。最後はヘヴンホワイティネスの完全敗北によって、ヘルブラッククロスが日本を転覆させて世界侵略を成功で幕を閉じる。
その後の彼女達は、ヘルブラッククロスのおもちゃとなってしまう。
DELサイツというサイトで1300円で購入可能なスマホゲーム。
PC版もあるよ!
※フィクションです
・・・

次回は赤鬼、必要悪に
そしてカエデとレンの奮闘も開始されて、ついに銀治とカエデが出会う事になるが・・・

なお話を考えてます。次回もお楽しみに!


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113・憎悪の執念

皆様こんにちは、アトラクションです

鏡の怪人編最終3話の2つ目です

今回のお話では、サプライズがあります。本当にサプライズかはわかりませんが、お楽しみに。

今回のキャラネタにはネタバレが含まれます。
最後にお読みください。

それではどうぞ!


 未鏡市クアッドタワー。

 

 有名企業が入り、ホテルや高級菓子のお店などが入る、タワーと呼ぶだけあって高い建物。

 

 その総階層は67階にも及び、この未鏡市を象徴とする目立つ大きな建物である。

 

 今日まで平和が保たれて、大きなクアッドタワーが守れられているのは、一言で言っても、ある男の力の影響が大きい。

 

 「・・・ふぅ」

 

 そんなクアッドタワーは、オフィスビルエリアの一つの企業の窓からでも見られる程異彩と、絢爛さを醸し出している。

 

 街並みを見下ろすのにも飽きたのか、一人の女性が短いため息を吐いた。

 

 ブラインドを落として、強い日差しが入らない様にすると、女性は黒い袖口にフリルのついた洋服を翻して、高級な革の椅子に腰掛ける。

 

 優雅な振る舞いと、音を立てない丁寧な座り方は、見る人が見れば確実に綺麗だと思う。

 

 仕草一つとっても、その女性の動きに誰もが魅了され、誰もが恐れおののく。

 

 その女性の名は・・・。

 

 prrrrr。

 

 彼女が座る執務机に乗せられた、社用の電話が鳴り響く。

 

 音の調整は出来ず、けたたましい程の大きな音だが、彼女はそれも美しい動作で受話器を取る。

 

 すらりとした指、黒い服だからこそ目立つ白いきめ細かい肌。

 

 薄いリップを塗った口元と、整った顔立ち。

 

 線をスッと引いた様なバランスの良い顔で、彼女は電話越しの相手にこう名乗った。

 

 「はい、営業部統括・神宮です」

 

 黒十字株式会社・営業部統括・神宮楓。

 

 それが彼女の役職であり、それが彼女の名。

 

 『お、お忙しい所っ、大変申し訳ございません!』

 「商談に何かありましたか?」

 

 電話相手の声と焦り方に、楓は顔色ひとつ変えずに淡々とした口調で話す。

 

 この社用電話、それもこの営業部統括である楓のオフィスにかけてくるのは、本日商談に向かっているメンバーからしかかからない。

 

 故に、最初に楓が話したのは、商談について何かあったのか、詳細を知りたいのだ。

 

 『そ、それが前代未聞の事件がおきてまして』

 「回りくどいのは嫌いよ。結論・理由を簡潔に纏めなさい」

 

 社運がかかると言うわけでは無いが、そんな一大事に連絡する余裕があるのであれば、何があったのかを話せば良いのだ。

 

 『も、申し訳・・・』

 「謝罪はいい。早くなさい」

 

 高圧的にも感じるは、特段苛立ちがあるわけでもない。

 

 そもそも今回商談に向かっているのは、この会社のエースでもある、佐久間銀治なのだ。

 

 電話をかけてきたのは、声質からして大久だろう。

 

 あの佐久間銀治の優秀な部下のハズ。

 

 何故、こんなに焦っているのだろうか。

 

 『えー・・・暴漢がクアッドタワーで大暴れしておりまして・・・』

 「暴漢・・・?」

 『兄貴は俺っちが助けるんじゃー、って叫びながら大暴れ中でして』

 「・・・そう」

 

 耳をすませば、電話越しでも何か金属の様なモノが、何かを叩いている音と、強烈なガラスの割れる音が楓に聞こえる。

 

 「ふぅ。今日は残業になりそうね」

 

 元々悪い予感はしていた。

 

 と、思うのは急な出来事へのこじつけだが、楓はこのオフィスを離れる支度を始める。

 

 受話器の設定を、有線からワイヤレスに変えてから席を立つと、短いスカートからまろみ出る、綺麗な脚と、銀色のロングヒールをスラリと出していく。

 

 『ざ、残業、ですか?』

 「そうよ。それと、その暴漢の件だけど・・・」

 

 楓は行儀は悪いと思いつつも、自分の部下の危機と言う事もあり、肩と耳に受話器を挟んだままで会話を続ける。

 

 神宮楓と言う女性は、普段表には絶対に出さないが、ある一つの事には感情を出しそうになってしまう事がある。

 

 「先ず、貴方には怪我はない?」

 『あ、はい。そこは問題ないです』

 「そう。鈴村と畑中にも無いかしら?」

 『多分・・・すいません、同じ場所に居なくて』

 「・・・。まあいいわ。最後に・・・」

 

 一瞬黙ってしまったのは、思わず舌打ちをしそうになってしまったからだ。

 

 得にあの鈴村と言う部下は、楓のトップクラスに気に入らない人物の一人だ。

 

 平静を取り戻して、最重要に確認したい事を、大久に尋ねる。

 

 「佐久間君は無事なのかしら?」

 『恐らくは・・・』

 

 まだ見ていない事、確認出来ていない事を聞かれても、大久には答えかねる。

 

 それもそうだろうと、楓はため息をつくと、黒いファーのついたコートを羽織り、受話器を手に持ち直す。

 

 「わたくしが行くまでに、佐久間君をみつけて。必ず安全な場所に隔離しなさい。後、警察への連絡も。いつもそうだけど、貴方は順番が違うわ」

 『大変申し訳ございません』

 「謝罪はいらない。貴方も怪我をしないように」

 

 それだけ告げると楓は受話器を机の上の元の土台にセットする。

 

 通話をやや早めに切り上げると、楓はヒールの音を強く、しかし華麗に鳴らしながら自分のオフィスを後にする。

 

 「・・・無事で居て、佐久間君」

 

 コートの裾は歩く速度で浮かび上がり、その中で綺麗な白い肌の脚が見え隠れする。

 

 静かに・・・絶対に誰にも聞かれないように静かに言うと、今日初めて苛立ちを見せた顔で、神宮楓は佐久間銀治が居るクアッドタワーへと向かう事にした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 クアッドタワー内部・・・。

 

 1階のエントランスから繋がる2階のホールで、誰もがすくみ上がってしまいそうな迫力と、止めに入る警備員を容赦なく粉砕していく姿に、大久は身体が震えてしまう。

 

 異形人はこの世界ではよくあるモノだが、あんな一本の角が生えた全身真っ赤の異形人は見たことは無い。

 

 「ぶひぃ・・・」

 

 恐怖が理性を超えた時、人はよくよく情けない声を出すと言うが、それは本当だ。

 

 大久は人生で発した事ない、「ぶひぃ」を人生で初めて使った。

 

 大久がしゃがんで隠れるソファの真上を、黄金のポールが弾け飛んで来て、大久の頭部スレスレをまっすぐに飛んでいく。

 

 分厚い窓ガラスに突き刺さったポールは、刺さった箇所を中心として、蜘蛛の巣みたくヒビを大きく作る。

 

 あともう一本突き刺されば、この分厚い窓ガラスは完璧に砕け散る事になるだろう。

 

 「いったいなんでこんな大事な日に・・・」

 

 ただの人間であり、高校、大学とラグビーを続けていた大久でも、あんな大暴れする異形人を止める事は出来ない。

 

 そもそも身の丈以上の大きさの金棒?らしきモノを振り回している時点で、ほとんどのヒトがコレに勝てるわけが無いだろう。

 

 「あああ、助けてくれ佐久間先輩!!」

 

 大久は過去、色々な事で助けてもらい、指導、慰め、叱咤激励をしてくれた佐久間先輩の姿を思い出す。

 

 大学生の時、会社見学でフレンドリーに接してくれた事や、初めての商談をミスった時に、具体的なミスの観点からフィードバックをいただけた事、自分の成長に繋げる為に夜遅くまで残業してまで、大久の為の参考資料を作ってくれた事・・・。

 

 そんな頼りになる男の背中を思い出して、大久は急に立ち上がる。

 

 「なんだァ・・・?まーだいやがったかァ・・・」

 

 ゴハァと白い息を吐いた赤い肌の鬼は、爛々とした瞳で立ち上がった大久を見つめる。

 

 その姿はさながらターゲットをロックオンした様な眼をしている。

 

 眼の前の子豚を狙うのに、全力を出す悪鬼羅刹の姿が、大久の眼の前で命を踏み潰そうとする鬼迫を醸し出していた。

 

 生き残りは誰一人出さない。

 

 それが大久の眼の前に暴れる異形人である。

 

 真っ赤な肌と、雄々しい一本の角。

 

 「ぶっ殺ォォォス・・・」

 「死ぬ・・・」

 

 眼の前に対峙した時に分かる、圧倒的なまでの戦闘力を秘めた怪物。

 

 それが大久の眼の前に立つ、赤い鬼である。

 

 (まぁ、本当に殺してたりしたら姉御達にも、兄貴にも顔向け出来ねぇから、全身複雑骨折にとどめてるけどな)

 

 実際に手をかけている事には眼をそむけて、赤鬼は自分を止めに入った警備員達は、ほぼ殺している様な攻撃の状況である。

 

 (だってまぁ、ここを出ちゃえば関係無いもんねぇ)

 

 鬼の形相のまま、赤鬼は頭の中でそんな事を独り言の様に片付ける。

 

 「うわああ来るなら来い!」

 

 元ラグビー部の経験を生かして、大久はめいいっぱいに叫んで、命を踏み潰す怪物に雄叫びを上げた。

 

 ここが人生で一番の大勝負。

 

 大事な先輩である、佐久間係長の為に、大久は命の輝き全開で赤鬼に突入して行った。

 

 だがその無謀な突入の結果は、火を見るより明らかな状態である。

 

 何故なら赤鬼の力は、恐らくこの未鏡市に居る異形人の中でも、類を見ない破壊力の高さを出している。

 

 その力は既に大久が自分の眼で見ていたモノだった。

 

 「兄貴を出せやぁぁぁ!」

 

 オリハル金砕棒を思い切り振り上げて、そしてうち下ろす。

 

 空気を割る様な音を響かせて、自分に突っ込んできた大久の頭上から、確実に頭頂部を狙った大破壊の一撃は、皮膚を潰して骨を砕いて脳髄をすり潰して、首から身体までを物理で引き裂きながら、クアッドタワーの床までをぶち抜いた。

 

 軽く力を出しているが、クアッドタワーを揺るがす破壊の一撃は、大久という存在を、過去のモノにしてしまった。

 

 肉片の飛沫を気にせず、2階の大フロアをぶちぬいた赤鬼は、そのまま下の階へと落下。

 

 倒壊した建物の残骸に飲み込まれるも、その次の瞬間には空気を放出した吹き飛ばしに、ついにエントランスそのモノも大破壊を成立させる。

 

 「ヌハハハ!暴れ足りねぇな!」

 (姉御・・・まだ来ないんか?もうそろやり過ぎてる感あるぞ?)

 

 高笑いしつつ下卑た悪の怪人の笑みを見せると同時に、赤鬼は脳内でまだ出てこない正義のヒーローの登場をまだかまだかと待ちわびている。

 

 これ以上やるならクアッドタワーそのモノを壊しかねない。

 

 「・・・やりすぎ」

 「あん?」

 

 低い女性の声。

 

 それを聴いて赤鬼は自分の役割を全うする為に、声のした方へと振り向いた。

 

 白を基調としたボディラインがはっきりと浮き出る、正体不明なスーツ。

 

 肩から腰にかけて青いラインの入ったスーツを着た少女が、左手にビームの光を宿す剣を下げていた。

 

 「ようやく来たかぁ・・・」

 「これ以上、お前に、悪事は働かせない。覚悟しろ、怪人」

 「俺っちは暴れたいだけだぜ。邪魔するってんならァ、容赦なく粉砕してやらァ!」

 

 赤鬼の言葉に、突如現れた少女は何も返さない。

 

 変わりにビーム剣を両手で持ち直して、その出力も大きくしていく。

 

 「ビーム長剣。覚悟は良い?」

 「おうよ!殺す気で来い!」

 

 赤鬼の最後の言葉が決め手となって、二人同時に瓦礫を踏み抜いて、オリハル金砕棒とビーム長剣がぶつかり合う。

 

 金属を焼きかねない高出力のビームと、質量を持たないはずのビームを叩き折ろうとする、人間には不可能な破壊の力が、お互いの動きを止めて風圧を生み出す。

 

 「カエデの姉御は?」

 「ギンジを探しに行った。避難誘導も兼ねて」

 「そりゃ良い判断だ」

 「適当に敗けて」

 「ガッテン」

 

 衝突している傍ら、小声で話し終えると、レンが赤鬼の腹へと突き出し蹴りを叩き込んだ。

 

 その衝撃はさして大した事は無いのだが、赤鬼はわざと後方に転がっていく。

 

 「正義のヒーローが、相手する・・・」

 「へぇ、ヒーローのお出ましかい・・・随分遅ぇな」

 

 赤鬼が片膝付いて立ち上がると、レンは静かに微笑んで赤鬼にビーム長剣の切っ先を向けた。

 

 「正義のヒーローは、遅れて来るの」

 「律儀に守るたぁ、けったいな事だぜ」

 

 本当は演技であり二人に戦う意思は無い。

 

 だがここに集まろうとしている警察や、その他の都合の悪い組織がクアッドタワーに突入して来た時に、二人に都合が良い様に動かないと行けないのだ。

 

 「行くぞオルァ!!」

 

 鬼の咆哮が、レンの耳をつんざきそうな大声であり、これだけでも一般市民は死にそうな迫力を感じ取った。

 

 「敗けない・・・!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 いよいよクアッドタワーの下層では、大きな爆発音が鳴った。

 

 ここは架空の度固化市。度固化市によく似せた、不思議でめちゃくちゃな世界。

 

 故に何が起ころうともカエデにはあまり関係ない。

 

 なのに、一般市民をなるべく怪我をさせたくないと言う理由で、カエデはレンに後のことを任せて、彼女は一人でギンジを探しにクアッドタワーの上層へと向かったのだ。

 

 ここを利用している人々を助けながら、なるべく被害が出ない様に、己の正義の為に。

 

 「ああもう!ギンジはどこに居るのよ」

 

 早くギンジを助けてあげたい。

 

 その一心で、カエデは混迷極まるタワーの廊下を駆け抜ける。

 

 平日の昼間と言う事もあり、ここを利用している人々に私服の姿の者は少なくて、リクルートスーツや、制服を着ている人の方が多い。

 

 そしてそんな人達は、皆平和な未鏡市においてのこのテロレベルの騒動に、恐怖し切っている。

 

 「どこもかしこも・・・人が多いわね!どんだけ動かないのよ!」

 

 どこの通路にもその場を動かずに、しゃがんで移動しない人達が集まり続けている。

 

 「皆!早く逃げて!このタワーに怪人が出たわよ!」

 

 カエデが腕を振り払いながら、避難誘導を促す事で、ようやく一般市民達は動き出す。

 

 「逃げるったってどこに・・・」

 「とにかく安全な所よ!」

 

 安全と一言で言っても、それはどこなのか分からない人達は、カエデの言っている事を素直に納得はしてくれない。

 

 「ああもう!いいから早く逃げて!あたしはギンジって男を探さないといけないんだから!」

 「銀治?そりゃ俺の事なんだが・・・?」

 

 カエデに話しかけて来たアワアワしている男は、スーツをぴしっと着ていて、髪型は爽やかなスポーツ刈りをしている。

 

 清潔感のある、社会人としての身だしなみがしっかりしている男性が、自分をギンジと名乗った。

 

 「は?」

 「いや俺俺。俺が銀治」

 「・・・?」

 

 眼はちゃんと人間らしく、白い眼球に黒い瞳。

 

 しかし顔だけはカエデがよく知るあのギンジの顔をしていて、どこかとぼけたぼーっとしている所もありそうなあの顔である。

 

 もっと感動的な再開をしてみたい所もあるが、カエデはモニターで見たギンジを思い出して、顔を明るくさせる。

 

 「あーーーっ!ようやく見つけた!」

 「ええ・・・?っていうかオネーサン、なんでそんなコスプレを・・・」

 

 銀治は自分を見て喜んだ顔をしている少女の姿が、この状況に似合わないとして、逆に驚いている。

 

 「その姿・・・その身体・・・あと、声?全部ヘヴンホワイティネスみたいじゃん・・・」

 

 流石に見覚えがあるのか、銀治は眼の前に居る少女の姿に、困惑している。

 

 「あ、ハハハ、もしかしてそういうイベントか?この爆発?とかもそうでしょ。あの同人グループ、変な所で金かけるモンな」

 

 現実逃避じみたせせら笑いに、カエデが思い切り頭を叩く。

 

 「そんなわけないでしょうが!っていうか、何よ同人グループって」

 

 相変わらずの勢いで銀治の頭をひっぱたいたカエデだが、今はスーツによる恩恵がある事を忘れてはいけない。

 

 「痛ってぇ!!」

 

 どんなに力を制御していようと、ヘヴンスーツの攻撃力は武装している警官や、軍事力に対して単身でどうにかなる時もある。

 

 それぐらいの能力を秘めているモノを、銀治は首を少し痛める程度で終わらせている。

 

 「殴るなよ!超いてぇぞ!」

 「もう。思い出した?」

 「何をだ・・・?っていうか初対面で人の事殴るとか、どういう神経してんだ、このコスプレ女!」

 

 自分でもなんでこんな言葉が出てくるのかわからないが、銀治はスラスラと暴言が出てくる。

 

 まるで身体に染み付いていた様に。

 

 「思い出せていないみたいね。それじゃあ、もう一回」

 

 顔に怒りの血管を浮かばせて、カエデは銀治を殴ろうとするが、もう一回大きな爆発音が鳴る事で、その場に居る人達がついに恐怖でパニックになる。

 

 「・・・そんな事している場合じゃないわね。行くわよギンジ」

 「え?行くってどこに・・・うおっ」

 

 銀治には何がなんだか分からない状況なのに、このヘヴンホワイティネスの少女によって、腕を引っ張られる。

 

 人混みを抜けて、壁を走り抜けて、カーペットを踏みつけて、とにかく開けた安全な場所に銀治を連れて行く事にしたのだ。

 

 肩が脱臼してしまいそうな勢いで引っ張られるが、銀治は意外と自分の身体が頑丈な事に驚いている。

 

 さっき叩かれた所ももう痛くない。

 

 涙が出そうな程痛いのだが、その痛みはもう既に無いのだ。

 

 不思議に思いつつも、銀治は一つある事を思い出して行く。

 

 「皆、こっちに来て!柱の大きいこの広間ならしばらくは安全だから!」

 

 カエデが銀治を引っ張りながらも声をかけると、すがる者を持たない彼ら彼女らはカエデの言葉をようやく信じはめて動き出した。

 

 「なぁ、こっちは大切な商談の途中なんだ!あ、あと後輩を二人見失っちゃって」

 「商談?後輩?何を言ってんのよ!あんたの居場所は、こっちでしょうが!」

 

 是が非でもギンジに記憶を取り戻してほしいカエデは、必死になりながらも銀治をもう一回殴る。

 

 「理不尽だ!」

 「理不尽でもなんでも良いわよ!そんな事より、何か思い出さない?あたしの事とか、レンの事とか!」

 「レン?あんたの事も・・・?」

 

 マジで何を言っているのか分からないと言った雰囲気で、銀治はカエデの眼をよく見てみる。

 

 「いやー俺にこんな美人の知り合いは居ないな。あ、どこかの飲み会で知り合ったっけ?」

 「殴るわよ・・・」

 

 こんな脅しみたいな事をしたいわけじゃないのに、銀治との会話が上手く噛み合わなくて悔しくなる。

 

 握った拳の力を緩めて、カエデは冷静になる。

 

 ここに居るギンジがもしも殴りすぎて、現実に異常を出したらそれも問題になりそうだと思ったからだ。

 

 あと、何よりも自分が好きな人を殴り続けるのも申し訳ない。

 

 「とにかく、俺は後輩の無事を確認しに行きたいだけなんだよ。あんたの事は分からないけど、とりあえずあんたも安全な所に行った方が良いぜ?」

 「あたしはどんな所でも大丈夫よ。それより、あんたの後輩はどこに居るの?」

 

 銀治は眼の前に居るカエデの事にはあまり関心は持たず、それよりも一緒に商談に来ている後輩二人の方が大事に思っている様子だった。

 

 大きな振動で揺れるクアッドタワーの内部で、銀治は後輩の安否を確認しようと動き出した。

 

 「ちょっと」

 

 そんな銀治の腕を掴んだのはカエデだった。

 

 分厚くて硬いガントレットで、しっかりと銀治の腕を握る。

 

 「なんだよ」

 

 睨みつける様な視線は、どことなくカエデの知るギンジの顔。

 

 だけど、カエデの知っているギンジでは絶対に見せない、怒ったような焦った様な顔。

 

 「その後輩はどこに居るのよ。あたしが助けに行ってあげるから」

 「・・・いいや、いいよ。俺の会社の後輩だし、初対面のコスプレ女にそんな借りを作る事も無いだろ」

 「皆待ってるのよ、あんたの事を!」

 

 なんとなくカエデの事を避けようとしている銀治に、カエデは必死な声を出した。

 

 今すぐに自分の事を思い出させるのはきっと不可能だ。

 

 だから、ギンジの心を助ける事にも、順序がある。

 

 「お願いよ。ここは危険なの。あたしが助けに行くから、ギンジはここに居て」

 「・・・」

 

 なんとなく。本当になんとなく。

 

 銀治はこの少女が、うつむきながら自分の腕を、手を握る事を、過去に何度もあった様な気になる。

 

 見覚えがあって、聴いたこともある様な声。

 

 細いのに、力強い、凛とした雰囲気。

 

 なのに、悪には絶対に屈したくない、そんな雰囲気。

 

 この状況は悪が作ったモノだ。

 

 銀治はこの状況を、自分が好きなゲームに当てはめて考えてしまう。

 

 (・・・なんだろう、なんか不思議な感じ)

 

 この少女が自分にお願いをする、そんな状況がなんだか懐かしく思うのだ。

 

 「・・・分かったよ。じゃあ、お願いしようかな・・・」

 「うん!あたしに任せて!」

 

 銀治はしぶしぶ初対面の少女に、自分の後輩の事を託した。

 

 きっと・・・この人なら、確実に遂行しようとしてくれるからだ。

 

 そんなありもしない信用を乗せて、お願いしたくなった。

 

 「でもさ、行く前に教えてくれないか?」

 

 銀治がカエデの手から離れて、ようやく真面目な顔をカエデに見せる。

 

 カエデも同じ様に銀治の眼をしっかりと見つめる。

 

 「あんた・・・まじで何者なの?」

 

 絶対にこの街では起こり得ないテロじみた状況、そんな中現れた自分を知っている様な素振りの少女。

 

 その姿は正しくゲームに出てくるヘヴンホワイティネスと似ている姿。

 

 「あたしは・・・」

 

 変身スーツのまま、カエデは銀治に自分が何者かを話す。

 

 「正義のヒーローよ!あんたのね!」

 「!?」

 

 「!?」となるのも当たり前だ。そんな架空の存在が居る事自体驚きなのだが、自分をヒーローと断言して紹介出来るのは、この世で銀治が知る限り、一人しか居ない。

 

 ・・・居ないはずだ。

 

 「・・・この真上の階に居るよ」

 

 銀治はカエデに一言告げた。

 

 「後輩よね?」

 「ああ。名前は鈴村都子、もう一人が畑中莉子っていうんだ」

 

 二人の後輩の名前を聴いた途端に、カエデは赤鬼の言葉を思い出す。

 

 (なるほど・・・驚異に思う人物、あのミヤコとリコニスはギンジにとって驚異的な相手って事なのね)

 

 今この世界はギンジの心の中に一番近い。

 

 だからこそ、カエデの知る人物がいっぱい現れるのも、ようやくうなずける。

 

 皆驚異的に思える、それだけギンジの心の中には、沢山の人物との出会いがあったのを理解して、カエデは少しだけ安心する。

 

 「わかった、その二人を必ず探し出してくるわ。その変わり、ちゃんと眼の前に無事につれてきてあげるから、その後は少しあたしに付き合いなさいよ」

 「・・・頼んだぜ」

 「任せなさい!」

 

 銀治との会話と約束を済ませて、カエデは皆が集まるこの広間を駆け抜ける。

 

 変身スーツのパワーを使えば、最早人を超えた速度で、急いで上の階を目指す。

 

 (まったく・・・こっちの世界でもミヤコとリコニスに会うなんてね。嫌な縁だわ)

 

 心の中で悪態をつく。

 

 それでも、この世界では銀治(ギンジ)の中に居る、ありえた人物。

 

 記憶を思い出させる良いキッカケになれば良いとは思うのだが。

 

 (待ってなさい・・・必ず、見つけ出すから!)

 

 カエデの走る真正面には階段。

 

 豪華な大理石の階段を駆け抜けて、上の階層へと飛び出した。

 

 「って、商談なんてどこでやってるのよ。ちゃんと聴いてくれば良かった」

 

 こうなったら手当たり次第に部屋を探し回るしかない。

 

 「この部屋は・・・!」

 

 先ずは眼の前にある一番近い扉。

 

 その扉を蹴破って開けた途端、部屋の奥から火の塊が飛んできた。

 

 こんなめちゃくちゃな世界なのだ。

 

 最早なにがあってもそんなに驚く事は無いだろう。

 

 「危なっ」

 

 後方に飛びながら火を回避すると、部屋の奥からは全身を改造したかの様な大きな身体をした存在が、カエデの前に足を鳴らす。

 

 右手にはレールガンの砲塔の様なモノが取り付けられて、灰色の肌に怪人の瞳。

 

 炎イメージさせるゆらめきのある衣装に身を包んで、なおかつ大きなからだカエデの前に立ちはだかる、炎の壁を体現する様な姿が、そこにはあった。

 

 「あんた、もしかして」

 「久しぶりだな・・・ヘヴンホワイティネス」

 

 カエデの眼の前に現れたその存在は、ギンジと初めてあった時に交戦した怪人。

 

 そしてギンジを助ける為に、ギンジの精神世界に入り込んだ時にも再開した

 

 バーナーの怪人・・・。

 

 あの時と姿が変わらず、相変わらずの様だ。

 

 「俺様の居る部屋に攻撃してきたから、一体何者が来たのかと思ったぞ」

 「キキキ、まさかヘヴンホワイティネスも、とうとう死んだのか?ギンジに飲まれたか?」

 

 そんなバーナーの怪人の後ろからは、コウモリをそのまま大きくしたかの様な体躯に、喉を引っ掻いた様な笑い声を出す、コウモリの怪人。

 

 「なんで、ここに居るのよ・・・」

 「なんで、か。俺様達にもわかりかねる」

 

 バーナーの怪人もコウモリの怪人も、どうしてここに居るのか、自分たちにもよく分かっていない様子だった。

 

 「気がついたらこの部屋に居たからな。俺様も、どうして良いか正直よくわからない」

 

 バーナーの怪人がうなずきながら言うと、カエデはすぐに立ち上がって、ギンジの身に起きた事を思い出す。

 

 「そうだ、バーナー、コウモリ。ギンジの大ピンチよ。ギンジの記憶を取り戻す手伝いをして頂戴」

 「手伝い?記憶?キキキ、相変わらず意味が分からないね」

 「あんた達は別に分かろうとしなくて良いのよ。とにかく、ギンジが記憶を失っているの。ギンジがまともになれないんじゃ、あんた達怪人にも不都合があるんじゃない?」

 

 ここはギンジの心の世界と直結している、鏡の牢獄。監獄とも呼ぶが、きっとギンジの心の中を映している。

 

 だから、この怪人が二人居るのも理解は出来る。

 

 どうして現れるのかは、別に関係ない。

 

 「具体的に俺様達は、どうしたら良い?ギンジのピンチならば、助けに行こうじゃないか」

 「キキキ、そうだねぇ」

 「なんと言っても、俺様とギンジは友達だからな」

 

 ギンジが心に封じ込めたり、吸収した者達は、何かを認めてここに居る。

 

 それはカエデには全部はわからないが、それでもここに居る架空の人物ではなく、ちゃんとギンジを知っている存在もそのままここに居るのだ。

 

 だとしたら、カエデにも勝算は出てくる。

 

 「・・・ギンジの眼の前に現れてくれればそれで良いわ。それが確実な訳じゃないけど、きっと見れば思い出すから」

 「分かった。そんな事で良ければ、俺様は協力する。お前はどうだ、コウモリ」

 「キキキ、別に構わんぜ。金棒ちゃんにも声をかけようか。あと、お月さまにも」

 

 コウモリの怪人が羽を閉じ込みながら、天井へと逆さまに張り付く。

 

 おそらく金棒は赤鬼の金棒。

 

 お月さまはムーン・パラディース。

 

 「魔法使いも忘れているぞ。あと、黒い波動もな」

 

 魔法使いとは多分魔法界で吸収した重力のアレの事に違いないと、カエデは鼻で笑う。

 

 黒い波動についいては覚えが無いが、自分が知らない内に吸収した怪人の能力の一つだろうと、カエデは納得する。

 

 「下の階にギンジは居るけど、今すぐじゃなくていいわ。準備が整ったら、あたし達はギンジを連れてこのクアッドタワーから出ていくの。その後で良いから、ギンジの下に来なさい」

 

 随分大雑把に言っているが、カエデにもあまり時間が無いのだ。

 

 「じゃあ、あたしやる事あるから!」

 

 時間があまり無いカエデは、この部屋を後にして、クアッドタワーの内部に居るであろう、銀治の後輩達を探しに向かう。

 

 そんなカエデの背中を見て、バーナーの怪人は正義のヒーローを応援する様な目つきで、右手のレールガンから少しの炎を噴出させる。

 

 「俺様、少し楽しみになってきた」

 「あぁ、そうだねぇ。ギンジの記憶がどうのこうの言っているみたいだけど、お前、ギンジに会ったらどうする?」

 「勿論、ぶっ飛ばす」

 「キキキ、そりゃあ良いね」

 

 ここに居る二人はギンジに敗けて、もしくはギンジを認めて心の中に住む事を決めた者達だ。

 

 ギンジの為に力を貸した以上、こんな事で呼び出されるのは御免だと、その気持ちが強い。

 

 故に、敗けようと、勝とうと、心に世界を造らせて、それを表に出す様な真似をしたギンジへ、期待を裏切らないでほしいと本気で思い始めたのだ。

 

 「俺様は喝を入れてやるぞ」

 

 バーナーの怪人の言葉に本気を感じたコウモリの怪人は、同じ様に「喝はわたしも入れてやる」と、一言で返した。

 

 「それじゃあ、準備を始めようか」

 

 ギンジへの憤りもあるが、それ以上にギンジの心を踏みにじった存在についても、大きな怒りを秘めた言葉で、バーナーの怪人とコウモリの怪人は、他の心に住まう住人達を招集し始めた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「・・・商談の雰囲気ではないね、くふふ」

 

 あまりにも大きい建物の揺れと、爆発音に、都子は不安な表情ではあるが、薄気味悪い笑い声を出す。

 

 「そうね。商談先の相手もどっか行っちゃったし、そろそろ佐久間先輩の所に戻る?」

 

 その隣で莉子は手鏡を使って、自分の化粧を確認している。

 

 「くふふ、でも動くなって言われてるし、素直に指示に従っていた方が良いよ」

 「ん〜それもそうなんだけどさぁ、暇なのよねぇ。なんか、こう、こういう時にこそ暴れたいと言うかぁ?」

 

 別に荒事に心得がある訳ではないが、莉子はとてつもなくこの状況に心を踊らせている。

 

 「この部屋も安全か分からないけど、どうしようか?」

 

 都子が莉子に聴いてみた。

 

 別にどうにかして欲しい訳じゃないが、なんとなく話していると不安が紛れる気がしているからだ。

 

 「ん〜・・・連絡取れないし、佐久間先輩を探しに行くんでも良いけど?」

 

 さもつまらなさそうに、莉子はあくびを噛み殺して都子に返す。

 

 「よし、じゃあ佐久間先輩を探しに行きましょう。くふふ、きっと寂しくて泣いているに違いないよ」

 「ああ、それじゃあ私が抱きしめて安心させてあげようかな〜」

 「くふふ・・・それは無理だね。わたしの方が安心させられる」

 

 ふとした事の、なんてこと無い張り合いだが、この状況がそうはさせ無かった。

 

 この二人は銀治に世話になっており、それでいて銀治に恋をしている。

 

 学生時代の時みたく、曖昧なモノではなく、社会に出てからこそ分かる、ちゃんとした将来を考えられる恋愛として、恋をしている。

 

 一つ問題点があるとすれば、銀治は変なゲームを趣味にしているのだ。

 

 「あのゲームさえなければ完璧なんだけどねぇ〜」

 「くふふ、別にどんな事を趣味にしていても、わたしは気にしないけどね」

 

 嘘だ。本当は二次元なんかでは無く、自分を見ていて欲しい。

 

 都子は分かりやすい嘘をついて、莉子は結構ストレートに考えている。

 

 「この部屋どうだ!」

 

 そんな二人の話す談話室では、扉が勢いよく蹴破られた。

 

 その衝撃に驚いた二人は思わず身体を寄せ合って、衝撃に備えた。

 

 「ハァ、ハァ・・・貴女達、名前は言えるかしら?」

 

 肩で荒々しく呼吸する女性は、見慣れないコスプレみたいな服装をしていた。

 

 「え、何者・・・」

 「くふふ、さぁ?」

 

 都子も莉子も突如現れた少女に対して、状況が読めないと言った状態だった。

 

 「名前は!」

 

 何かを焦っている少女は、二人に名前を訪ねた。

 

 「あ、はい。わたしは、鈴村都子です」

 「正直に名乗るの〜?知らない人なのに?」

 「くふふ、確かに、言うべきじゃなかったね」

 

 そうは言っても名前を聴いた少女、カエデは自分が探している人物である事を理解した。

 

 今正に探している人を見つけられて、カエデはガッツポーズを取る。

 

 「ようやく見つけたわよ・・・ギンジが心配にしてたから、一緒に来なさい」

 

 このコスプレ女が銀治の名前を出した。

 

 「こっちはミヤコで、そっちはリコニスね」

 

 メガネをかけてリクルートスーツの女性をミヤコ。

 

 そしてその隣に居る長身で、シャツの襟が長い方はリコニス。

 

 どちらもあのまま成長したら、こういう姿になりそうな顔つきであり、カエデも面影のある二人を見て、内心苛立ちが大きくなる。

 

 とは言え、今はギンジの心を取り戻す事が最優先。

 

 「りこにす?私の名前は莉子なんだけど・・・」

 「知ってる。畑中莉子でしょ」

 「え〜なんで知ってるの・・・」

 

 カエデからすれば当たり前だし、何度も戦った強敵だ。

 

 お互い正体も知らないうちに、学祭の準備と称して出会った事もある。

 

 「来て!ギンジが待ってるから!」

 

 カエデがその足で談話室の床を踏み抜いて、大穴を作る。

 

 ここまで順調に来ているのだ。

 

 もう速攻でギンジを救出したい気持ちが、行動にそのまま出てきている。

 

 ありえない行動と破壊が、この世界では普通の一般市民とそう変わらない彼女達を、震え上がらせる。

 

 「ギンジの所に連れて行ってあげるから、黙ってついてきなさい」

 

 言いながらもカエデは都子と莉子を持ち上げて、大穴から下の階へと降りていく。

 

 これで銀治との約束を果たせる。

 

 そう思ったカエデは、心踊る気持ちで都子と莉子を担いだまま、銀治の下へと急ぐのであった。

 

 (待っててギンジ。もうすぐ・・・もうすぐだから)

 

 焦りも残したまま、カエデは急ぐ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 進化の怪人の動きは止めた。

 

 もう再起は出来ない。

 

 鏡の怪人はそう思い込んでいた。

 

 あれからヘルブラッククロスのアジトに帰還した彼女は、ドクターパープルの研究室へとたどり着けず、途中でドクターパープルに拾って貰っていた。

 

 「悪いわね」

 「いえいえ、別に気にしてませんよ。しかし、治療薬を飲んだだけで、本当に大丈夫ですか?」

 

 身体の怪我は全部は治っていないし、本来ならばカプセルに入れてもらい、身体機能の回復の方が大切だ。

 

 そうすべきと、ドクターパープルは考えているが、鏡の怪人は聞かない。

 

 耳を貸さない彼女に、業を煮やしたドクターパープルは、しぶしぶ薬剤を飲ませて、少しの回復をさせてあげたのだ。

 

 「その身体でもう一度戻るのですか?」

 

 仮面の奥のくぐもった声が、鏡の怪人の怒りを大きくさせる。

 

 神宮亭の場所は分かっているのだから、このままもう一度襲撃を成功させたら、あのヘヴンホワイティネスもきっと壊滅に追い込める。

 

 おまけに進化の怪人はもう再起不能。

 

 この勝負、勝ったも同然なのだ。

 

 「まだ虹創作市に向かった怪人達も帰還していない。リコニスもな。彼らが帰還するまで、待機するのも一つの選択だとは思いますが」

 「やかましい。私には時間が無いのよ!このまま手酷くやられただけで、成果も何も無い状態では、総統閣下に顔向け出来ないわ」

 

 ヘルブラッククロスの怪人として、襲撃の手土産が自分の敗けしか無いのでは、待っているのは排除の2文字だけ。

 

 そうなれば罰はものすごい事になる。

 

 想像するだけでも辛い。

 

 (ギンジさんを完封しただけでも十分だとは思うけどな)

 

 あのドクターミヤコの最高傑作に手を出させずに、完封したのだ。

 

 それだけでも十分すぎる戦果ではあるのだが、プライドの高い鏡の怪人は納得していない。

 

 「私はこれから、動けなくなった進化の怪人の心を、壊しに・・・向かうわよ」

 

 呼吸が上手く出来ないが、それでも鏡の怪人は足腰に鞭を打って立ち上がる。

 

 「絶対に・・・あいつらの大切な、進化の怪人を、殺す。殺してやる!」

 

 憎しみと憎悪と怒りと屈辱。

 

 それだけが鏡の怪人に込められた全てであると言わんばかりに、ドクターパープルに強い語気を放っている。

 

 「・・・わかりました。まだ、総統にはお伝えしないですが、危機感は持ってくださいね。次、また大きな怪我をしたら、戻ってこれないと注意するべきですからね」

 

 ドクターパープルの声は、真実を映し出す鏡の怪人を持ってしても、その真意がわかりかねる。

 

 しかしながら、この組織の大幹部として動く彼は、あの総統にも信頼を置かれている。

 

 欲望のはけ口とされている、鏡の怪人よりも、信頼の置かれ具合ならばドクターパープルの方が上だろう。

 

 「それじゃ、言ってくるわ」

 「ええ・・・お気をつけて」

 

 ドクターパープルの言葉に聴いたらば、鏡の怪人はすぐに行動を開始する。

 

 自らが生み出した鏡を使って、再び神宮亭へと戻る為に。

 

 あの怪人の心をそのまま映し出したかの様な、恐ろしく、絶望的な赤い世界を渡り歩いて、鏡の怪人はもう一度襲撃に向かった。

 

 「やれやれ・・・困ったモノだ。あれで死なれたら、私の責任にもなるんだぞ」

 

 鏡の怪人を見送りながら、ドクターパープルは暗闇に向かって指を指す。

 

 「・・・そうだ頼まれてくれるかい」

 

 ドクターパープルは、薄暗い研究室の向こう側に立つ、一人の部下に命じる。

 

 「・・・おじさんでいいんか?きっと、まともな事は出来ないぜ」

 「ああ、構わないよ。貴方なら、きっと役に立ってくれるよ」

 

 その暗闇の奥に居る人物へ向けて、ドクターパープルは命じた者の名を呼ぼうとした。

 

 確実な信用と、部下に向ける愛情を込めて。

 

 「鏡の怪人が敗けたら、連れ戻して来て欲しい。頼んだよ」

 

 仮面の奥はきっと笑っている。

 

 誰よりも悪意に満ちた顔で。

 

 「藤原さん」

 

 最後に、名を呼んであげた。

 

 ドクターパープルに部下として、行動を開始する男の名は藤原。

 

 「あいよ・・・」

 

 めんどくさそうに、しかし確実な返事を返して、藤原は首を縦に振った。

 

 公安警察・組織犯罪対策課第四班。

 

 特別捜査係長・藤原。

 

 「それじゃあ、あんま期待しないでな。おじさん、二足のわらじで忙しいからさ」

 

 藤原のどこか保険をかける様な言い方に、ドクターパープルは何も返さずに話しを続ける。

 

 「これが成功したら、お望み通り・・・セクハラし放題の世界を約束しよう」 

 「そりゃあ魅力的だがよ」

 「では、行け。時間が無いのだろう?」

 「んもーおじさん使いが荒いなぁ」

 

 言うと藤原も赤いジャケットを着直して、行動を開始する。

 

 「もうすぐだぜ・・・」

 

 ドクターパープルに背を向けて、誰にも聞こえない様に藤原は薄暗い研究室に出てきた、鏡の奥に映る、絶望的な世界へと足を踏み入れた。

 

 「もうすぐ、全部終わらせてやるからな」

 

 肌で感じる赤い月が照らす、崩壊した道なき道に革靴を鳴らして、藤原は独り言を、何度も繰り返しながら、鏡の怪人の後を追いかけた。

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。

鏡の怪人の執念も恐ろしいですが、なんと藤原さんも出てきましたね。

今回のタイトルでもあります、憎悪の執念とは、別の意味合いもこめられておりますが、それについてお話するのはまだ後になります。

キャラネタ書きます

神宮カエデ
ギンジを見つけたのだが、すぐに持ち帰れなくて焦っている。
普段のカエデらしくないのは、その焦りから行動に出てきてしまっている。

神宮楓
黒十字株式会社のなんか偉い人。
営業部を統括している。
ほとんどの人には高圧的な態度だが、銀治の事は一目置いている。
都子と莉子の事は、居なくなれば良いと思っている。
銀治を自分の下僕として見ている。
彼女もある意味ギンジにとって驚異的な人。

佐久間銀治
エロゲー大好き社会人。良いのかそれで。
この街においては、皆知っている有名人であり、謙虚さが売り。
誰もが彼を認めている。その存在も、仕事の実力も
カエデとの邂逅が、気持ちを少しだけ動かしている。

鏡の怪人
まだ諦めずに再度襲撃に向かった。このままでは総統に消される可能性がある。

藤原
セクハラおじさん。何故ヘルブラッククロスのアジトに居て、何故ドクターパープルの部下として動き始めたのか。
その謎はまだ明かされない。しかしながら、完璧にヘルブラッククロスには忠誠を誓っている様子でも無く・・・?
未だに本名が明かされないセクハラおじさん。
趣味・セクハラ、ミドリコの有給無断使用、拳銃ぶっぱ。本当に警察なのかこの人。

・・・

次回はいよいよ鏡の怪人編最終話!
今回は物語が増えたりはしない・・・はずです。

銀治からギンジへ、そして楓の方にも危機が・・・
一方、赤鬼とレンは・・・なお話です。
次回はもしかしたら最終1と2で分けるかもしれませんが、鏡の怪人編ラストスパートなので応援いただければと思います!

それでは、この辺で。次回もお楽しみに!!


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番外編・藤原という男

こんにちは、アトラクションです。

今回は、番外編です。本編投稿は、もう少しお待ちください。

今回のお話は、藤原という公安警察なのに、セクハラとか部下の有給を勝手に申請するおじさんのお話です。

とくにとりとめないお話で、かなり短いですが、よかったらどうぞ!

それでは始まります


 公安警察と呼ばれる組織は、いつだって国を脅かしかねない、もしくは国を驚異に晒す、大規模な犯罪組織と秘密裏に戦う事の多い組織である。

 

 表立って命を賭けるような抗争はありえないが、それでも銃撃戦なんかは、一度ぐらいは経験するモノとも考えていたが、この中央度固化市の公安警察として働いている藤原は、一度もそんな経験が無いまま、20年という長い年月を超えて来てしまった。

 

 公安警察は、必要であれば闇に生きる組織への潜入捜査を行い、長く時間をかけて成果をあげれば、後の警察官としての人生は全部無くして、自由に暮らせるとも。

 

 そんな事を憧れる若手時代もあったが、今は最早関係ない。

 

 時期は2022年、9月1日。

 

 セクハラおじさんと呼ばれる事で有名な、藤原は警察本庁の屋上で、夕日に照らされながらベンチに座っていた。

 

 先月は、藤原にとっても忘れられない大きな事件に、出くわす事になった。

 

 それは自分の直属の部下である、甘白ミドリコの逮捕状の発行、事実上の公安警察のトップ・小鳥遊アキラによる、事情聴取と称した監禁。

 

 元・ヘルブラッククロスの大幹部と呼ばれていた少女、鈴村ミヤコが誘拐された事。

 

 何よりも無視出来ないのが、世間でヒーローと呼ばれている存在・・・正義のヒーロー・ヘヴンホワイティネスの失踪。

 

 おまけ程度の事だが、赤いふんどしをつけた怪人に何故か狙われていた事。

 

 そして・・・。

 

 柏木タツヤ。

 

 この男が公安警察をかなり前から裏切っており、今現在進行形でこの日本の国に大きく侵食して行く、ヘルブラッククロスと呼ばれる巨悪の組織に所属していた事。 

 

 「なぁんで柏木まで関わるもんかねぇ・・・」

 

 南度固化市に刑事として所属している熊沢レイナとの情報交換、それから小鳥遊アキラの退職して、東度固化市のレジスタンスへの加入。

 

 聖カエルム教会における、大規模な交戦。

 

 8月中に起きた事を細かく並べれば、とてもじゃないがキリが無い。

 

 「・・・焼き鳥でも食いてぇな」

 

 今日は9月1日。昨日は8月31日。

 

 先月起きた事の大きな事件の終わりは、柏木タツヤがグラサン坊主(佐久間ギンジ)の手によって、思い切りぶっ飛ばされて、逮捕されたという事。

 

 それで決着がついたのだ。

 

 だが、藤原にとってみれば、まだ引っかかる事がある。

 

 柏木タツヤがどうしてずっと、公安警察を裏切っていたのか。

 

 よくよく考えてみれば、色々とおかしいのだ。

 

 ミドリコの逮捕状、小鳥遊アキラの退職、公安警察のビルの襲撃、ヘヴンホワイティネスの失踪、ヘルブラッククロスという組織の存在。

 

 怪人による街の大規模略奪行為、及び誘拐事件の多発。

 

 全てが柏木タツヤ一人の作戦とは考えがたいという事。

 

 この一週間足らずで起こす事件にしては、かなりの数が、複数箇所で行われている。

 

 柏木タツヤの目的の全ては今になって考えると、ミヤコを自分の手の下に置くという事しか分からない。

 

 一つの仮説としては、柏木タツヤの裏には組織、その組織の中で、柏木タツヤを動かしている、大元が居るはずと、藤原は仮説を建てている。

 

 だが・・・。

 

 あの柏木タツヤの考えている事だ。

 

 蛇の様にのらりくらりし、事あるごとに正義と称した力を振るって来た男。

 

 たまに共同で仕事をする事があれば、同じ警察、同じ人らしからぬ驚異的な何か、恐怖じみたモノを感じた事さえある。

 

 それだけ真面目で、藤原よりも悪を許さない、実直な性格なのかと思っていたのだが、どうもそうでは無いらしい。

 

 それに付け加えて、藤原は本庁で調べた事を頭の中でゆっくりと思い出して見る事にする。

 

 2012年、柏木タツヤ25歳。

 

 ・中央度固化市で勢力を拡大しつつある組織を追いかける為に公安警察に転勤。

 

 2013年

 

 ・山吹イロに捜査の腕を買われ、組織犯罪対策科第一班に所属開始。

 

 同年、ヘルブラッククロスの動きの一つ、略奪任務というモノと衝突。

 

 同年、公安内発砲事件のおり、藤原と共に一人の死者を出しながらも犯人逮捕に尽力した。

 

 「・・・」

 

 2013年に起きたこの事件の死傷者と、事件の内容を思い出してから、藤原はかなり頭を悩ませる。

 

 2014年

 

 ・山吹イロと共にその情報を細かく探している。同年、検挙率全国1位となり表彰。

 

 2015年

 

 ・事あるごとに巨大な犯罪組織を撲滅、そのツテで武器を所持を公安内で行い、改造したり合法の下武器の販売を行っていた。

 

 「おじさんとしてはこの2015年が怪しいと見ているぜ。13年、14年にはきっとヘルブラッククロスと本格的に繋がりを持ったと睨んでる。詳しい事はやっぱりわからんけど、あいつが武器を作り始めたり弾丸の安く仕入れている所とかも、今になってみればかなり・・・」

 

 藤原が深く考えながら自分の調べた内容をレイナに伝えて行く。

 

 2016年

 

 ・公安警察として相変わらず検挙率は全国個人でトップ。

 

 同年、格闘術も強くなり全国警察官特殊警棒術総合ランキングでは2位(1位は小鳥遊アキラ)

 

 2017年

 

 ・単独行動が増えたが、やはり公安警察。動向を捉える事が難しくなってきた。

 

 それでも出勤時は武器の改造や特殊な弾丸を作成。  

   

 2018年

 

 以下、2021年まで同上。

 

 2022年

 

 無断欠勤が増えた。

 

 8月26日、甘白ミドリコが組織犯罪への加入をしたと判断し、緊急で逮捕状を出した。

 

 NEW→8月31日、ヘヴンホワイティネスに敗けて、逮捕された。

 

 と、一つ情報を付け加えて、藤原はジリジリと熱く熱された屋上のベンチから立ち上がる。

 

 「もしかしたら、2013年、公安発砲事件の時から・・・」

 

 藤原は美しい夕日が眩しい屋上の手すりに、身体を預けながら、深く考える。

 

 「・・・」

 

 あの時、2013年の事件の時に起きた、自分の無力感。

 

 その無力感から来る怒りが、藤原を変えた。

 

 「いや、変えたような気分、だけどな」

 

 鼻で息を吐いて、もう一度考えてしまう。

 

 「チトセ・・・」

 

 気が滅入る時、藤原は決まって『チトセ』と言う名前を口ずさむ。

 

 「そういやぁ、お前が死んだ時も・・・2013年、だったよな」

 

 虚無を乗せた瞳で、高い街の景色を眺める。

 

 「・・・どうにか調べようにもなぁ・・・」

 

 夜が近づいて来た事もあって、夕日は強いが、やや涼しい風が藤原の身体を包んではすり抜けていく。

 

 「あいつ、まだ生きてるよな」

 

 また独り言。

 

 そしてそのあいつと呼んだ人物は、藤原の頭の中で映し出される、柏木タツヤと言う男の顔。

 

 あの蛇男の事が、あの蛇男の行動が、あの蛇男の仕草が頭から離れない。

 

 これは口説き文句とかでは無いが、あいつの事しか見えていない。

 

 「・・・望んだら、なれるのかねぇ」

 

 手すりから離れて、振り向いた。

 

 夕日の反対側は紫色の空。

 

 青く染まった空は闇へとその色を変えて行き、清々しい空は禍々しい暗黒を見せている。

 

 「このまま調べ続けるんじゃぁ、もう限界だぜ」

 

 どんな捜査でも、都合の良い事は無い。

 

 藤原が今求めているのは、柏木タツヤの裏に居るであろう、大元の一人。

 

 それに会うべきだと、今は考えてしまった。

 

 「・・・腹減ったなぁ。焼き鳥でも食いに行くか。あと、ビール」

 

 ベンチに置いたままの赤いジャケットを持って、藤原は屋上を後にする。

 

 (先ずは・・・ヘルブラックロスに、どうコンタクトを取るか、だな)

 

 接触出来ない事には、何も出来ない。

 

 先ずは、ヘルブラックロスに関する情報を、探して、探して、探して、ミドリコの様に躍起になって調べなければ。

 

 セクハラで有名な男が、一つのキッカケで本物の男になった瞬間だった。

 

 セクハラには執着しているが、それはあくまで娯楽。

 

 「やってやるぜ」

 

 先ずはヘルブラックロスへのコンタクト。

 

 そこから内通していき、必ず柏木タツヤに関するもっと大きな情報を手にして、確実な証拠を持って、ヘルブラックロスの壊滅に動かす。

 

 そうと決めたら、俄然正義の心が動き出す。

 

 味方は居ない、大きく途方も無い戦いになりそうだ。

 

 それに、これをちゃんと攻略すれば・・・きっと・・・。

 

 (お前に顔向け出来るよな。チトセ)

 

 屋内の冷房の効いた本庁の廊下を歩きながら、藤原はこの命にかけた使命を動かそうと、明日から行動を開始するのであった。

 

 (まぁ、今日は焼き鳥食べたいし。あと、飲み屋のお姉ちゃんにセクハラしたいし・・・)

 

 ・・・明日から行動を開始するのであった・・・。

 

 

 

続く

 

 

 




お疲れ様です。

藤原という男は、せっかく決意した事を明日からやろうとする、ゆとり世代みたいな事を考えているおじさんです。

禄でもないな。

キャラネタ書きます

藤原
本名はまだ明かされない。
ヘヴンホワイティネスのゲームの内容では、早々にカエデ(っと言うよりは、ミドリコと公安警察)を裏切り、ミドリコに常識改変の洗脳を施すと言う、たちの悪いおじさんでした。
この世界においては、ギンジと出会った事で、本来の運命とは違う行動を取り始めているは、おおよそセクハラは変わっていない。
もしギンジが女の子だったら、間違いなくセクハラしていた。

チトセ
物語の最序盤に、藤原のデスクに置いてあった写真の女性。
その時の写真には、藤原とチトセと、チトセの腕の中には産まれて間もない赤ん坊も抱かれていた。
藤原の人生にとってとても大きなターニングポイントを抱えた女性。
これだけでも詳しいですが、もっと詳しい事はいずれ描かれる本編にて・・・

・・・
今回の番外編における、藤原、ミドリコ、柏木タツヤ、山吹イロ、そしてチトセと呼ばれる女性のしがらみは、やがて来たる、おじさん編にて!
次回はちゃんと本編になります。
鏡の怪人編の最終話です!

それではまた!


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114・正義をその手に

こんにちはアトラクションです。

いやー公休日削られるし、書き直してプロット増えるで今週も忙しかったです。

今後もこの物語を楽しんでいただければと思います。

先週は更新出来なかったし、今週も話は短いしで、モー大変。

それでは、物語も始まります。どうぞ!


 クアッドタワーの激しい揺れは続く。

 

 何度も繰り返される驚異的な爆発音が、何度も下の階から聞こえてくる。

 

 ある時は建物戦隊が激しく揺れて、ある時は何枚もガラスが叩き割れる音。

 

 人為的にやっているとはとても信じられないような音が、何度も続き、それらは建物内に居る人々を恐怖に陥れる。

 

 「くふふ、いよいよ死の訪れかな・・・?」

 

 都子がカエデの腕にしがみつきながら、軽い冗談のつもりで言ってみると、カエデの右腕に抱きかかえられる莉子は、それを面白そうにせせら笑う。

 

 「あはは、そうだったら面白いかもね。でもまぁ、先輩に会えないで死ぬのは嫌かな〜」

 「くふふふ、それはわたしも同じ」

 「冗談ばっか言ってるんじゃないわよ!」

 

 カエデが左右に抱きかかえる二人に注意してから、階層同士の空洞をもう一回蹴りぬいた。

 

 そうして一つ下の階に無理やり降りて、カエデは先程銀治と別れた大広間へと姿を表す。

 

 「もういいでしょ。ギンジなら、向こうで待ってるから」

 

 都子と莉子をおろしてあげながら、カエデは3人で銀治の所へと向かう。

 

 そも、ギンジの精神世界だったり、心の中であったり、なんとも不思議な場所ではあるが、この二人を助けた事でギンジが取り戻せるのであれば、安いモノだと、カエデは鼻でため息をついた。

 

 「さて、先輩の所に行かないと・・・あれ?」

 

 莉子が広間に集まった人混みを抜けながら、銀治の居ると言う広間を歩きながら、見覚えのある人を見つける。

 

 その者は銀治と一緒に居て、今この瞬間に似つかわしくない・・・言うなれば場違いにも等しい、足を魅せる服装に、黒いファーコートを羽織った女性の姿を発見する。

 

 そしてそれは都子も同じ様に目に止まったのか、目に入った瞬間に嫌な顔を見せた。

 

 「なっ・・・アレって・・・」

 

 カエデにも見えたその存在。

 

 「佐久間君、怪我は無い?無事?痛む所はある?心は?身体は?」

 「いやいや大丈夫ですって!怪我はしてませんから!あ、やめて、触んないで!嫌っ!いやーーー!」

 

 ベタベタと銀治の身体を触るのは、ひとえに今回の事件において、心配だからだ。

 

 肩を、首を、胸を、腰を、背中を、腕を、手を、指先を、鼻を、股関節を、膝を、脛を、お尻を、全部いやらしい手付きで触りながら、それぞれの部位に無事を確認してくる女性の姿がそこにはあったのだ。

 

 一見すれば、その姿は真っ黒な薔薇のようにも見える、ダークな美しさを兼ね備えた美女。

 

 社会人の中に探しても、こんなに美人な人は居ないと思えるような美女である。

 

 今行われている行動は、どうみても痴女。どうみても痴女である。

 

 こんな公衆の面前であろうとも気にせずに、銀治の身体を心配して、しかしどこか邪な気持ちを全面に押し出しているのは、黒十字株式会社の営業部統括の女。

 

 鈴村都子と、畑中莉子が忌むべき女性。

 

 「あ!おーい助けてくれ鈴村、畑中!」

 

 今もスーツを脱がされそうになっている銀治が、先程のコスプレ女と自分の部下二人を発見して、助けを求める。

 

 (は・・・?なんであたしに助けを求めないのよ!)

 

 カエデは後輩を連れてきた自分よりも、後輩二人を見つけるや否やすぐに救いの手を求めた事が気に入らない。

 

 一気にカァッっと怒りが身体を包み込んだが、カエデが動き出すよりも早く、都子と莉子が動き出した。

 

 『そこを動くな!』

 「あら、来たのね・・・悪い虫達」

 『誰が悪い虫か!』

 

 二人して普段言わないような言葉を出して、黒く美しい女性が都子と莉子にあからさまに不服そうな顔を見せる。

 

 「っていうか、あんたら全員ギンジから離れなさいよ!」

 

 カエデも佐久間銀治の取り合いに入りながら、ここぞとばかりにヘヴンスーツの力を出して、都子と莉子を引き剥がす。

 

 最後の黒く美しい女性に手を出して、胸ぐらを掴んで引っ張り上げてから、顔を見やると、どういうわけかこの世界に居る、居てほしくない女性の顔があってカエデは複雑な表情を見せる。

 

 「あたし・・・?」

 「何よ貴女。目上の人間にこんな真似して、ただでは済まない事よ?」

 

 神宮カエデと神宮楓。

 

 絶対に会うことの無い二人が、ギンジの心と精神の世界・鏡の牢獄にて相まみえる事になってしまった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ハァ、ハァ・・・まだやるかい?」

 「ふぅ、ふぅ・・・まだ、カエデが、帰ってきてない」

 

 クアッドタワーの一階は既に瓦礫や、残骸を細かく粉砕、細断されてしまい、コンクリートが荒々しく削り取られた、大きな一室になっていた。

 

 お金と粉塵が舞い上がり、小さなガラス片が床を覆い尽くして、それでもなお赤鬼とレンの大暴れは止まらない。

 

 途中で入ってきた警察連中もガラの悪い人物が、乱入してきただけであり、そんなモノは赤鬼とレンを止める事は出来ずに、ひと振りで塵芥の様に吹き飛んだ。

 

 「・・・俺っち、心配になってきたぜ」

 「私も。どうしようか、そろそろ追いかける?」

 「理由は無いが、俺っちは暴れてないと行けないからな・・・」

 

 オリハル金砕棒を床に突き刺して腕を伸ばす赤鬼。

 

 レンもビーム剣を肩に乗せてトントンと、腕を休憩させている。

 

 かれこれ二人は一時間近く、演舞と称した戦いと破壊を阻止する、悪と正義の戦いを演じている。

 

 赤鬼の剛力から繰り出される空気を打ち出す能力は、どこにあっても健在。

 

 研ぎ澄ました力ではなく、生来授かった鬼の膂力で繰り出される一撃の重さは、シミュレーションでは味わえないモノである。

 

 一方のレンのビーム剣術は確実に悪を許さない、逃さないと言った気悪が伝わるモノで、縁起であっても油断すれば簡単に首を跳ねられてしまいそうな、鋭さが常に赤鬼の背筋を立たせた。

 

 どちらにしても逃げられない、たった一人の仲間を救い出すための戦いとは言え、お互いに手は抜けない性分なのだろう。

 

 「赤鬼、強いから、油断は出来ない」

 「そりゃあこっちもですぜ。演舞の続きと行きたいところですが、カエデの姉御が兄貴を助けられなくなっいまったらおしまいですわ。そろそろ暴れるのは止めにして、俺っちにトドメ指してくんな」

 「同意。私もそろそろ止めようと思ってた」

 

 これ以上やると本当に建物を倒壊させかねない。

 

 レンも赤鬼の言うとおりに、ビーム剣術の出力を最大にする。

 

 最大にして構えて、赤鬼にその剣先を向けた。

 

 「本気だな・・・」

 「当たり前」

 

 トラの眼をしている以上、レンは間違いなく本気である。

 

 赤鬼に恨みがあるわけでも、毛嫌いをしているわけでも無い。

 

 ただ、手を抜きたくないだけである。

 

 「斬れないから大丈夫だよ」

 「そうは見えねぇけどな。姉御が言うなら間違いなさそうだな・・・ヌハハ・・・」

 

 何故か乾いた笑いが出てしまうが、赤鬼も逃げようとはしない。

 

 斬れないと言う事は、斬るつもりは無いのだろうが、どうしても信じがたい本気の眼。

 

 「行くよ・・・」

 「俺っちも男だ・・・覚悟決めらぁ」

 

 そうしてレンが振り上げた大きなビーム剣は、天井を貫通すて、パラパラとコンクリートの破片を落とす。

 

 大上段に構えたビームが周囲をその熱で溶かして、次々と天井を壊しながら、赤鬼に向けてその刃が落とされていく。

 

 「どこまで本気なんじゃあああ!?」

 「・・・えーと、全部?」

 「殺されるうぅぅぅ!」

 「覚悟決めたんでしょ」

 

 赤鬼が次に見た景色は、青い光。

 

 青白く広がる大きなビームの壁に、赤鬼は大上段に斬り落とされた(潰された)

 

 「き、斬らないって言ったのに・・・」

 「形だけでも。悪役は倒されるさだめ・・・」

 「ご、ごもっとも・・・」

 

 壁や天井が溶け崩された影響で新たな瓦礫が赤鬼を潰す中で、レンは得にこれと言った表情を見せないまま、赤鬼には眼もくれない。

 

 こんな風でも一応二人の仲は良好である事は間違いないのだが、どうしてか毒を吐きがちなレンには赤鬼は敵わないと思ってしまった。

 

 「悪は倒した・・・それじゃあ、ギンジとカエデの所に行こう。皆で、助けに行こう、ギンジを」

 「お、おう・・・痛ぇ・・・」

 

 斬られはしなかったが、これでは話しが違う。

 

 「あの、レンの姉御、何か怒ってやすか?」

 「・・・ミドリコのお部屋、覗いたでしょ」

 「え、あ、はい・・・」

 「女の子のお部屋、覗いたら、駄目だよ」

 「ウッス・・・」

 

 レンは赤鬼とミドリコがどういう仲なのかは理解している。

 

 だが、交際に至っていないのに、そういうのは駄目だと、赤鬼に教育しようとしていのだが、上手く出来ていない毎日だった。

 

 だから一階厳重注意をしようとも思っていた。

 

 今となってはそのミドリコのお部屋があったカエデハウスは、ヘルブラックロスによって壊されてしまったのだが・・・。

 

 「それだけじゃないけど・・・」

 「へい、まだ、何か・・・?」

 「・・・いや、今はいいよ」

 

 レンから見ると、赤鬼は何か隠している。

 

 ミドリコの事ではなく、本題(・・)として聞きたい事もあるが、今はまだ良い。

 

 その内容としてはギンジを救出する事には、今は何も関係ないからだ。

 

 (・・・カエデの事、何か知ってるのかな)

 

 この世界(ここ)に来る前に、赤鬼とミドリコがカエデを観る眼がいつもと違う事に気づいていたレンは、その事も聴いておきたいのだが、本当に今でなくても良い。

 

 カエデに何かあるなら、その事は仲間として知っておきたい事だからだ。

 

 それが今後の戦いに関わる事ならば、なおさらだ。

 

 「行こう。ギンジを、助けないと」

 「へい!どんな敵が来ても、俺っちに任せてくんな!」

 

 ヘヴンホワイティネスの二人は、更地に等しいクアッドタワーのエントランスから、上の階へと突き進む事にした。

 

 これほど暴れていれば、きっとカエデもギンジを見つけているはず。

 

 すぐに合流して、ギンジの記憶を思い出させねばと、仲間ながらに心配をしながらも、早く合流したい気持ちをはやらせて、上の階を目指しに行動を開始した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 楓とカエデが出会って数分。

 

 カエデは変身を解いて、この世界に生きるギンジの心の中に居る驚異に感じられている人々を集めていた。

 

 揺れも収まって、一先ずは救助が来るまでの間は、小さな談話室にてカエデが銀治、都子、莉子、楓を集めて会話を始めていた。

 

 カエデが知った現実の中では、都子はミヤコ。

 

 莉子はリコニス。

 

 間違いなく、楓はカエデ。

 

 ミヤコが成長したらこんなにメガネが似合う、大人の女性になるのかと、内心カエデには信じがたい。

 

 リコニスの雰囲気を残しているまま大人になったら、あの三日月みたいな口元も大人になる事で、より一層ツラの深さを感じる様になる。

 

 神宮楓に至ってもそうだ。

 

 自分が少し成長したら、こんな顔とスタイルになっているのかと、少し心が踊る気分だが、本題はそこではない。

 

 もう何が来ても驚くことは無いと常々思っているカエデだったが、流石にこれには驚いた。

 

 (もう驚かないって言うのやめとこうかな)

 

 それと同時にショックも襲ってきた。

 

 この鏡の監獄、もしくは牢獄。

 

 この世界では捉えられた者の精神世界を、その心から強く映し出して、実体まで出現させる、その身を蝕むような空間だ。

 

 その世界で、ギンジにとって驚異と思われる存在がそこに居るのがベターだと言う。

 

 そんな驚異に思われる存在に、自分も入っている事がカエデにとってはショックだった。

 

 戦いに身を投じる仲間なのに・・・。

 

 調べてみただけでも、酸素もあって、勉学もあって、会社やら幼稚園など、車やスマートフォンでさえも存在している。

 

 となれば当然ネットもあって、お金もある。

 

 ソレ以外で言えば人間だってちゃんと居るが、ありえないのは異形人と呼ばれる人間では無い種族が人間の敷いたルールの中で共存している事もある。

 

 カエデ達の居る世界では、怪人、魔人、闇人、超人などを纏めて総括する時には、異人と一括にもする。

 

 どうやら未鏡市においては、そういう存在は全て異形人と呼んでいるらしい。

 

 と、すればカエデも変身出来る能力があると言う事は、異形人にカテゴライズされてしまうのかもしれない。

 

 そんなのは嫌だ。

 

 「えーと所で・・・貴女はいったい何者なのかな?」

 

 変身というモノを初めてみた都子は、非現実的なその姿に興味津々であった。

 

 「ねぇねぇそんな事よりさ〜、どうしてお嬢様ここに来てるのさ」

 

 そんな都子をよそに、莉子は混迷極まるこのクアッドタワーに到着していた楓の登場に、多少の苛立ちと、多少の興味で聴いてみる。

 

 こちらの世界では、自分の事をお嬢様と呼ばれている事から、カエデも悪い気はしていない。と言うよりも実際お嬢様なのだから問題は無いのだが。

 

 「どうしてって・・・」

 

 楓が優雅な含み笑いを見せて、その後に都子と莉子を見下したような目つきで、銀治の腕にくっついた。

 

 「佐久間君が心配だったからよ。大久から連絡は貰って、そこから事件があるって知ったから、心配で・・・だから、来ちゃった」

 

 下の階層では事件が起きているのに、ここまで平然と来られる所はやはりカエデと同じなのだろう。

 

 行動力がものすごい。

 

 「くふふ、今すぐ離れなよお猿さん」

 「そうだね〜・・・サクッと殺しそうになるかも」

 「い、いや、俺はもうなんでも良いぞ!っていうか、そんな殺気立たないでくれると助かるんだよなぁ・・・」

 

 楓が銀治にくっつき、都子と莉子が怒り、カエデはそれを無言で死んだ瞳で見つめている。

 

 「あんたら全員が離れろぉ!!」

 

 死んだ瞳をすぐに輝きを取り戻させて、カエデは思い切り女性3人を銀治から引き剥がす。

 

 ヘッドロックにも近い形で銀治の首に腕を回して、カエデが顔を赤くしながらも引き剥がした女性陣へと、ついに怒号を飛ばす。

 

 もう、こんな事で無駄に時間を食うのは納得が行かない。

 

 ギンジを取り戻して、ヘルブラックロスにノシつけて仕返しをしないと気がすまないぐらいには。

 

 それと同時に、ギンジを他の女が触ったり、近寄ったり、色目を使うのが気に食わない。

 

 「こいつ!あたしのなんで!あんた達が軽々しく触んないでよね!」

 『ハァ!?』

 

 カエデの腕に巻き込まれて、銀治は苦しそうにしているが、カエデの胸が後頭部に押し付けられて、柔らかさとフローラルな香りが銀治の脳内に入り込んでくる。

 

 懐かしいとかではなく、確実に身体が覚えているその力強さと理不尽さと、優しい女の子の香り。

 

 棘を感じない、カエデの優しさと愛情に包まれたその香りは、銀治が無言、無抵抗で受け入れてしまっているのだ。

 

 「ふああ・・・君はいったい・・・あの」

 

 銀治が恍惚とした表情で、カエデの腕から逃れると、フラフラしながらカエデの両肩を掴んだ。

 

 普段あんまりされない事にカエデも少し驚くが、銀治として変わっていても、ゴツゴツしていて大きくて温かい手のひらが、カエデの肩にズッシリと伝わってくる。

 

 これは間違いなくギンジの手であると、この人は間違いなくギンジであると。

 

 「今は時間が無いの・・・一緒に来てくれる?」

 「スゥゥゥ・・・ああいいぜ」

 「なんで今息を吸ったの・・・?」

 「スゥゥゥ・・・いや、香りがエロいから・・・あと、顔もかわいいし、スタイルも好みだし、手も白いし、唇も柔らかそうで・・・」

 「・・・」

 

 なぜだか同じギンジの筈なのに、恥ずかしげも無くこんなセクハラじみた事を言ってくる事に、憤りを覚える。

 

 「あとなにより身体が柔らかくて・・・でへへ」

 「佐久間君!それは犯罪よ!年下のヒトに、それも学生?に対してそんな!」

 「ええい、うるさいわ!俺はこの子が俺を探してくれているみたいだし、話ぐらいは聴いても良いと思ったんだよ!」

 

 などと言いながら銀治の眼は、カエデの胸にチラチラと動いてしまっている。

 

 鼻の下も伸ばして、嫌悪感を懐きそうな、明らかな性的な目線を見せつけながら、年下の女の子に向けては行けない顔をしている。

 

 まさかとは思うが、これも銀治の本性なのでは無いかと、カエデは疑ってしまう。

 

 「くふふ・・・」

 「ふーん・・・」

 

 その銀治の言動を見て、都子と莉子の顔にモヤがかかり始める。

 

 まだ顔は見えるモノの、少し暗い霧みたいなモノで陰りを見せ始めたのだ。

 

 楓も普段見ていない銀治の言動に、絶句している。

 

 好きなヒトが眼の前で鼻をほじっている所を遭遇した様な、ちょっと嫌になってしまうようなそんな感覚。

 

 ましてや彼は黒十字株式会社の営業部のエース社員だ。

 

 社会人なのだ。

 

 そんな彼が、自分と似ている少女と出会っただけで、ここまでおかしくなるとは・・・。

 

 「え、でも俺って神宮財閥の・・・アレじゃん?」

 「・・・?」

 「っ!」

 

 銀治の言葉に楓は理解が出来なかったが、カエデは理解した。

 

 理解と呼ぶよりかは、嬉しいと思う感情だ。

 

 「いいわよギンジ!」

 「あのさ、ちょっとそこのトイレ行かないか?」

 「・・・殴るわよ」

 

 これは銀治が悪い。

 

 何をしようとしているのかを察したカエデも、流石に正当防衛になるだろう。

 

 「とにかく、ギンジが記憶を取り戻しかけているなら話が早いわ!」

 

 カエデが再び変身して、銀治を抱えだす。

 

 「え、ちょ・・・」

 「説明してる暇が無いの・・・お願いだからジッとしててね」

 

 抱えられた銀治にそれだけ告げると、カエデは近くの窓を蹴破って高層から飛び降りる。

 

 顔にモヤのかかり始めた都子と莉子もそうだが、自分の成長した姿であろう楓にもこれ以上ギンジを触らせたくない。

 

 彼女らがただの人間ならば、ここから追いつく事は不可能だろう。 

 

 「うわああああ!?死ぬ!死ぬ!!」

 「あたしが支えてるから大丈夫よ!絶対に死なせないんだから!」

 

 クアッドタワーの外層を降りながら、カエデは銀治の身体をぎゅっと腕で締め付ける。

 

 「うわああ今度こそ死ぬ!カエデに殺される!!・・・え?カエデ?」

 「何!?」

 

 風を切る音で銀治の言っている事がわからなかったが、カエデと銀治は下へとどんどん落ちていく。

 

 「やられた・・・!」

 

 あまりに非現実的な存在の登場で、楓の心配している銀治が取られた。

 

 今すぐ追いかけないと、今回の事件のイザコザを使って、銀治と結ばれない。

 

 それを危険と感じた楓は壊された窓から離れて、下の階層に向かおうと走り出そうとした。

 

 「どこへ行こうと言うのかしら。ヘヴンホワイティネス・・・」

 「・・・!?」

 

 楓が振り返ったすぐ眼の前で、周りのスーツ姿の人々とは違い、身体中に怪我や打撲の痛々しい跡を残して、包帯に巻かれた様な、目隠しをした女性が呼吸を荒くしながらそこに立ちすくんでいた。 

 

 ひと目で分かる疲労感が襲っている身体で、しかしその女性は楓の眼の前で明らかな敵意を醸し出している。

 

 「言ったはずよ・・・必ず殺すと・・・」

 

 楓はその女性から眼が離せなくなっていた。

 

 「く・・・ふ・・・ふ、ふ」

 「ォア・・・ぎん・・・じ、せんぱぁ・・・い」

 

 そんな包帯を羽衣の様に着ている女性の後ろで、都子と莉子はついに顔面真っ黒なモヤがかかりながら、声も人とは想えない不気味なエコーをかけて、ゾンビのように身体を脱力させていた。

 

 「・・・ここから、逃さないと、そう決めているのよ・・・進化の怪人はどこ・・・?」

 

 その女性は楓をヘヴンホワイティネスを思い込み、そしてもう逃さないと決めた。

 

 ここまで来ているのであれば、逃がすわけがないからだ。

 

 鏡の怪人。

 

 それがこの女性の名であり、ヘヴンホワイティネスへ再度襲撃をする為に、舞い戻ってきた、驚異の存在。

 

 神宮楓の危機は、今この瞬間に始まったばかりだった。

 

 

続く

 

 




お疲れ様です。

鏡の怪人、まさかの再登場。

狙っているのはカエデ違いと言う・・・。

次回、いよいよギンジが・・・なお話です!

キャラネタ書きます

佐久間銀治/ギンジ
どちらもエロゲー大好きな社会人であると言うことを忘れては行けない。次回、主人公復活!

神宮カエデ
見知った人が居なければ、ギンジを自分のモノと豪語するまでに至った。次回、成長します

鏡の怪人
まさかの再出撃。
その後ろにはセクハラおじさんが控えている事を、彼女は知らない。

鈴村都子/畑中莉子
顔にモヤがかかり始め、ついには顔が見えなくなった。

赤鬼/レン
カエデが飛び降りた事をまだ知らない。
二人は上に、カエデと銀治は下に。

・・・

次回は主人公ついに復活&鏡の怪人戦再開!
鏡の怪人編、もう少しだけ続きます!

それでは、また次回!


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115・記憶をその心に

皆様こんにちは、アトラクションです

最近はまた新卒達を迎え入れる準備で忙しいですが、休日を今週はもらえたので、頑張って書きました。

物語は終盤に入っているのですが、まだまだ続きます。

それではどうぞ!今回の話しでは
ついに!主人公復活!


 クアッドタワーのエントランスで暴れ続けた応報か、全ての階層wp階段で登りだして、赤鬼とレンはそんな中でも会話を続ける。

 

 「レンの姉御、軽いな・・・」

 

 身長や筋肉量、ヘヴンスーツの恩恵を抜いても、レンの身体は軽い。

 

 階段を4段飛ばして登り、手すりは飛び越えてすぐに上の階へと姿を消す。

 

 「赤鬼、早く、来て」

 「へい!」

 

 何階上かは不明だが、登り階段の手すりからひょこっと顔を出したレンが、赤鬼に早く来る様に促す。

 

 すると赤鬼もいくら疲れていようと、姉御の言う事には従順に返事する。

 

 「そーれっ」

 

 オリハル金砕棒を自分の足元に振り下ろして、空気を打ち出すと、その勢いを持って赤鬼もレンの階層へと追いつく。

 

 こんな事を何度も繰り返している。

 

 「レンの姉御」

 

 赤鬼が力を緩める事無く、レンを呼んでみる。

 

 「なに?」

 

 スカイブルーのボブカットを揺らして、レンは返事を返した。

 

 「へい、カエデの姉御と、ギンジの兄貴ですが、ちゃんと助けたらどうしますか?」

 「・・・別に、何も。これまで通り、だよ」

 

 赤鬼としては聞きたい事の本質は実はこんな事じゃない。

 

 『ソウイチロウ』

 

 この名前と、神宮亭の執務室で出会ったあの老人、歩兵ミツナリの存在の事を話したいのだ。

 

 きっとカエデの父親でもあるソウジロウも、カエデに何かを隠しているのだが。

 

 今伝えるべきでは無いことも分かってはいるが・・・。

 

 「・・・ギンジの事、何か関係あるの?」

 「へ?ああ、いや・・・」

 「・・・助けたら、二人に聞けば良いよ」

 「あ、まぁ、確かにそうですね」

 「何か気になる事でも?赤鬼、カエデとギンジ、あとミヤコの事は邪魔したら駄目だよ」

 

 邪魔だなんてとんでもない。

 

 しかし、上手く伝える事は出来ず、赤鬼は悔しそうに息を飲んだ。

 

 「へい。あ、でも・・・戻ったら、伝えておきてぇ事があるんじゃ」

 「・・・ひょっとして」

 

 レンが眼を大きく見開いた。

 

 歩みを止めたレンが赤鬼に振り向いて見せた表情は、まさしく驚愕と言った姿。

 

 「へぇ、気づいていやしたか」

 

 流石ヘヴンホワイティネスの初期メンバーだと、赤鬼は感嘆の意を示した。

 

 「新しいパンケーキのお店でも見つけたの?」

 「・・・」

 

 やはり少し抜けているか。

 

 「・・・ヌハハハ、そうですな。この事件が終わったら、兄貴もつれて食べに行きやすか!」

 「うん、皆で、食べに行こう」

 

 異様な雰囲気を持つ赤鬼と、クールでも内に秘めたトラの様な獰猛さと、少しの毒吐きを持つレンは、必ずこの現状を解決しようと、二人で意思を強く持つようにした。

 

 会話を終えると、二人同時に階段を駆け上がり、上を目指す事にした。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 クアッドタワーの高い階層では、阿鼻叫喚が響き渡り始めていた。

 

 スーツ姿の人間が多い中で、包帯を全身に巻いて、それらを羽衣の様に着こなす女が、急に現れた。

 

 それと同時に、光を反射する粒の様なモノで、次々と避難者を殺害し始めたのだ。

 

 飛び散る肉片と、吹き出す血液に、恐怖で包まれた絶叫。

 

 「なに・・・これ・・・」

 

 神宮楓の眼の前に現れたその女性は、何のためらいも無く、人を簡単に殺した。

 

 何が起こったのかさえ理解できないまま、楓の眼の前で人が一瞬で死に絶えて行く。

 

 「あら、どうしたの?もしかして、自分が守ろうとしている一般市民に手を出されて、怒りで声も出せないのかしら?」

 

 一体何を言っているのか。

 

 楓は自分の履いているヒールに流れて来る、黒い液体を踏んでしまい、カーペットが吸収しきれずに、ジットリと溢れて液体は、鏡の怪人が殺した人々による血液だ。

 

 「ヘヴンホワイティネス・・・あなた、ここが進化の怪人の心の中だってわからないの?」

 「・・・っ」

 

 鏡の怪人が腕から鏡の様に何かを映す丸い伸びた刃状のモノを取り出して、また一人真っ二つに斬り裂いた。

 

 「ほらほら、さっきまでの威勢を見せてご覧なさいな!」

 

 鏡の怪人は楽しそうに、本当に心の底から楽しそうに、周りの人間達を紙切れでも作るみたいに裂いて、裂いて、裂いて、裂いて、殺していく。

 

 「さぁ、今度は貴女の番よ。進化の怪人を助けるとかほざいて、今度は鏡の牢獄に侵入したみたいだけど、残念だったわね」

 

 鏡の怪人の背後では、ほとんどの人間が死に、文字通り真っ二つにされた人間達が、床に転がっている。

 

 にぢゃり、と肉片を踏み荒らして、鏡の怪人は楓に近寄る。

 

 先程とは全く違う、何かしおらしくなってしまった少女を見ても、鏡の怪人は何も感じない。

 

 ただ、自分を追い込んだこの女を、今度は逆に追い込んだら勝ち、と。

 

 そう確信してマウントを取りたいだけなのだ。

 

 「進化の怪人の記憶の格はここで壊して、全てを終わらせてあげるわ。ヘヴンホワイティネスはそこで終わりよ。未来から来たと言う少女も、あの少年も、公安警察の女も、裏切り者の赤鬼も、退魔警察も、魔法少女もムーン・パラディースも、レジスタンスも、神宮財閥も、この世界も、何もかもを終わりにしてやるわっっ!!」

 

 最後に叫んでより一層大きな鏡の刃を召喚して、その刃が天井を突き破る。

 

 「貴女達は最早、何も救えないわ!」

 

 この世界、この国、この命。

 

 全ては力のある者が生きられる世界。

 

 弱者や他者より生きる力が劣る者は皆、暴力によって支配される運命。

 

 従う事の無い者は全て洗脳して操り、惨めに生きていかせる。

 

 女ならば慰み者にされて、男ならば一方的な暴力で命も、その生き方でさえも支配されて、ボロ雑巾の様に搾取される様な世界。

 

 それを実現しようとしているのが、ヘルブラックロスだ。

 

 ヘルブラックロスに楯突いた愚か者の代表、ヘヴンホワイティネスは今日この瞬間を持って壊滅させる。

 

 「ほ、本気なの・・・」

 「ええ、本気よ。死ね」

 

 変な強がりを見せない事に、少し違和感を覚えたが、鏡の怪人は特に気にせずに、鏡の刃をおろした。

 

 楓めがけて、確実な死を届けようとした。

 

 「誰が誰の記憶を壊すって・・・」

 

 

 「誰が誰の世界を終わらせるって・・・」

 

 『言った!』

 

 鏡の怪人が刃を振り下ろすと同時に、突破られた天井を砕いて、新たな侵入者が現れた。

 

 「なっ・・・」

 

 天井を上から砕きぬいて姿を表したのは、金髪のオールバックに、ツーブロックの髪型をした青年。

 

 そして奇妙な赤い瞳に黒い眼球。

 

 この心の世界において、誰よりもその姿があることを誰も信じて居なかった男の姿。

 

 「そいつにも・・・」

 

 右手を固く握りしめて、落下の勢いを持たせて拳を振り下ろした。

 

 「ドクターにも!」

 

 身体の重さを利用した急降下の一撃が鏡の怪人の顔面に炸裂する。

 

 「なっ・・・佐久間君・・・じゃない?」

 

 鏡の怪人のぶん殴ったその男は、楓の知っているようで、よく似た他人であると理解する。

 

 見た目の厳つさ以上に、楓の知っている銀治と言う男は、女性に手を上げたりはしない。

 

 その誠実さが好きで彼を自分の直属の部下にしたぐらいだ。

 

 銀治の良さは楓がよく知っている。

 

 「貴様・・・進化の怪人・・・」

 「おう!よくもべらべらと余計な事喋ってんなコラ。こうして会うのは始めましてだがな。俺はお前が何度も呼んでいた・・・」

 

 黒い靴、黒いシャツ、黒いパンツ。

 

 全てが黒に統一された服装で、男は名乗りを上げた。

 

 「俺こそが進化の怪人だ!」

 

 ギンジの心に眠っていた、進化の怪人のあるべき姿。

 

 それが銀治と同じ顔でここに現れた。

 

 「何を言っている・・・お前は、既に進化の怪人だろうが」

 「いいか教えておいてやる!俺イコール佐久間ギンジ!佐久間ギンジイコール俺だ!」

 「つまり貴様も裏切り者か!」

 

 ギンジと進化の怪人の複雑な関係を知らない鏡の怪人が、鏡を召喚して進化の怪人に襲いかかるが、攻撃の間も一切無く、進化の怪人によって思い切り蹴り飛ばされた。

 

 「俺はドクターのお婿さんだ!!」

 「ぐっはぁあ!!?」

 

 首がイカれてしまいそうな蹴りの威力に、鏡の怪人は血と肉片を吸い込んだカーペットにその身体を転げさせていく。

 

 「いいかよく覚えとけよ!俺イコールドクターの婿!ドクターの婿イコール佐久間ギンジだ!」

 「つ、つまり貴様は・・・一体何者なんだ・・・」

 「ヘヴンホワイティネスに決まってんだろうがあああ!!」 

 「ぎゃあああ!!!」

 

 今度は炎の拳が打ち上げられて、火柱が生じた。

 

 その火柱に飲み込まれた鏡の怪人は、苦悶の悲鳴を上げざるを得なかった。

 

 「ほ、本当に、なんなんだ貴様は・・・」

 

 火柱から開放された鏡の怪人は、膝から崩れ落ち、まっ黒焦げに焼かれていた。

 

 (なんなのだ・・・あいつはどう見ても現実世界で動きを封じる事に成功した進化の怪人ではないか!どうして・・・あいつが意味のわからない事を言っているのだ!ドクターの婿?奴が佐久間ギンジ?)

 

 押し寄せる理解不能の連続に、鏡の怪人はどんどん困惑していく。

 

 同じ様に楓も困惑している。

 

 「だいたいお前勘違いしてるぜ・・・」

 

 進化の怪人の両足には紫電がまとわりつく。

 

 体内から放電される様な電撃を見た瞬間、鏡の怪人は次なる攻撃に備え始めた。

 

 「お前が思っている以上に・・・佐久間ギンジは【強い】ぜ」

 「・・・っ!?」

 

 次の瞬間、進化の怪人は両足に走る紫電を巻きつけた高速の蹴りを繰り出して、鏡の怪人の顔面から思い切り蹴り飛ばした。

 

 戦術も戦略も何も無い、ただの暴力。

 

 この一撃が決め手となって、鏡の怪人は壁を貫通しながらその勢いはとどまる事が無いまま、クアッドタワーの外へと飛ばされたのだ。

 

 「・・・ま、まだだ!!」

 

 落下しながらも、鏡の怪人は両腕を交差させて、鏡を召喚する。

 

 その鏡は自分の周囲ではなく、先程の血と死体が広がる広間にだ。

 

 「えっ・・・」

 

 鏡によるターゲットは進化の怪人ではなく、楓に向けられたモノだった。

 

 「あ、やべ」

 

 進化の怪人が少し抜けた表情で、楓の方に腕を伸ばしたが、鏡は楓を取り込んでその姿を消してしまった。

 

 「くそっ!やっちまった!」

 

 進化の怪人が悪態をつくが、起こってしまった事はもうしょうがない。

 

 おそらくまだあの鏡の怪人は倒せていない。

 

 「ったくしぶといな・・・」

 

 自分の蹴りで出来た大穴に向かって駆け出して、進化の怪人はコウモリの羽を出現させた。

 

 小さな屋内を滑空しながら突き進み、鏡の怪人を追いかける事にしたのだ。

 

 「アイツの心の中なんだ。守らせてもらうぜ。どんなヤツでもな」

 

 もう色々と死なせてしまった人々は多いが、それでも進化の怪人はギンジの心の中に眠る怪人の一人。

 

 なによりも持ち主が記憶を取り戻した時に、辛い思いにはさせたくない。

 

 持ち主が辛い思いをすると言う事は、進化の怪人が愛するドクターミヤコが悲しむということ。

 

 「ぜってぇ成功させるぜ!」

 

 進化の怪人はギンジとまったく同じ顔、まったく同じ声で屋内から、クアッドタワーの外周へと飛行機の如く飛び出した。

 

 惨劇の広がった屋内では、吹き抜けた穴が出来た事で風が舞い上がる。

 

 その血液の匂いが充満している屋内では、もう二人の人影が新たにあらわれていた。

 

 「アレは・・・ギンジ?」

 「兄貴にしては・・・荒々しさが足りてねぇな。ありゃ、兄貴に似てるが・・・なんとなーく違う様な」

 

 二人の人影はギンジの事を話しながら、ギンジに似ている者の正体を考える。

 

 「ま、鏡の奴をあんなにボコれるなら、味方って事で間違いは無いでしょうがな」

 「・・・カエデが居ない。鏡の怪人も気になるけど、どうする?」

 「勿論、追いかける!」

 「なら、同意。私達も、アレを追いかけよう」

 

 レンと赤鬼はカエデとギンジも探さないと行けないが、一先ずは手がかりとなるであろう、鏡の怪人とギンジによく似た存在の跡を追おうと、吹き抜けた穴に駆け出した。

 

 「でぇあああーーー!?外じゃねぇか!」

 「見たら分かる」

 「流石にこの高さはやべぇって!!」

 

 勢いが強すぎた結果、二人は穴から飛び出した。

 

 景色の綺麗な繁華街エリアの街並みを見下ろしながら、二人は豪速球よろしくの速度でクアッドタワーの下へと落ちていくのであった。

 

・・・・・・・・・・・・

 

 銀治をかつぎながらも、コンクリートに着地したカエデは、クアッドタワーを見上げた。

 

 銀治をおろしてあげると同時に、自分自信の成長した姿に追いかけられない事を安堵して、カエデは銀治に向き治る。

 

 「し、死ぬかと思った・・・」

 「何よ情けないわね」

 

 そうは言っても銀治はただの人間だ。

 

 高層ビルから落下するなんて経験は生きている一生の内で、もう今後一切ない事だろう。

 

 「あら、何か落としたわよ」

 

 銀治のスーツからなにかがポロッと落ちた事を見逃さなかったカエデは、それを拾ってあげる。

 

 「あ、それは・・・」

 

 銀治が取り返す事も出来ずに、カエデはその拾ってあげたモノを見て、眼を見開いた。

 

 それはスマートフォン。

 

 拾ったソレを見て、カエデは何か忘れている事を今この瞬間に、全てが繋がった気がした。

 

 それは、湾岸エリアの激戦を終えた時にギンジが言っていた、カエデ達の元々あった世界に転生していたお話。

 

 (あれ・・・)

 

 そこでギンジはいずれ機会が来れば、全部話すと言っていたのだが、そのチャンスは結局来ないまま、今この瞬間まで来てしまった。

 

 何か見落としている(・・・・・・・・・)モノの正体が、このスマートフォンにあると確信したカエデは、電源ボタンを入れる。

 

 「あ、駄目だって!点けるな」

 

 銀治が恥ずかしそうに、慌てながらカエデからスマホを取り返そうとするが、カエデが左腕で銀治の頭を抑えて、画面を起動する。

 

 『正義のヒーロー・ヘヴンホワイティネス!』

 

 するとスマホから流れて来た音声が、耳を疑う声だった。

 

 自分の声で極限まで媚びる様な猫なで声で、きゃぴきゃぴした様なわざとらしい喋り方をしたら出てくる様な声が、カエデの背筋をぞわぞわさせる。

 

 なんとなく自分の声にも似ている様な声が、カエデの恐怖心と、少しの好奇心でロードゲームと書かれたタッチパネルを触ってみる。

 

 初対面のコスプレ女に、自分が趣味でやっているゲームを・・・それもただのスマホゲームではなく、エロゲーを見られたとあっては、銀治も黙っていない。

 

 なんとかして取り返そうとするが、カエデの力は凄まじく、銀治を奥に転がしていく。

 

 軽く押した程度だが、銀治は大げさに転がっていく。

 

 『んおおっ♡そこらめぇ♡♡』

 「何よこれ・・・」

 

 一枚目の画像からいきなり怖気のする内容に、カエデは顔を青くさせる。

 

 その画像は見慣れた自分の顔がアニメ調に書き変わって、身体を触手に絡め取られている。

 

 スーツのいち部分、それも身体の局部に限って都合よくくり抜かれて、露わになった自分の身体が、戦闘員や触手の怪人によって、強姦まがいの壮絶な展開になっている。

 

 その画像、次の差分へとページをめくると、今度はスカイブルーの髪をした少女が・・・レンと思わしきアニメ調の少女が、スライムの怪人によってスーツを溶かされて、これまたひどい目に合わされている。

 

 「こ、これって・・・チン・・・」

 

 言葉にするのも憚れる。

 

 レンと思わしき少女は、身体と下はスライムの怪人によって揉まれ、舐められ、たまに締め付けられたり叩かれたりしている。

 

 むき出しになった顔には、戦闘員達がよってたかって、下卑た笑いを聞かせながら、腰を押し付けている。

 

 更に次のページへと進むと、今度はスーツ姿の女性。

 

 ふんわりと巻いたポニーテールと、むっちりした足には黒いストッキング。

 

 気高く強そうな女性であり、その手に持つのは二丁のハンドガン。

 

 間違いなくこのキャラクターはミドリコだろう。

 

 「・・・うっ」

 

 気持ち悪さが限界を超えて、カエデの胃が激しく動き出した。

 

 もうこれ以上見なくても良いだろう。

 

 「あ、あの・・・大丈夫、です、か・・・?」

 

 銀治は最早抵抗を諦めていたのか、横からカエデにすり寄る。

 

 (何よコレ・・・こんなのが男の人には人気なの!?キモイキモイキモイ!)

 

 ──キモいキモいキモいキモいキモいキモい!!!

 

 何度も心の中で唱えては、眼に焼き付いた映像を思い出す。

 

 もしかしてこんなゲームにあった姿が、ギンジの心の中に根強く残っているのだとしたら・・・。

 

 ギンジから聴いた物語の世界というのは・・・。

 

 「このゲームなのね・・・」

 

 苦しそうに、それでもカエデは体内からこみ上げて来るモノを、喉まで出かかったソレを飲下す。

 

 「ハァ・・・ねぇ、このゲームって最後にどうなるの?」

 「え・・・?」

 「ラストは、どうなるの!?」

 

 カエデはこのゲームに興味があって聴いているのでは断じて無い。

 

 ギンジが言っていたハッピーエンドと、このゲームが紐つけられるのであれば・・・いや、まだ信じたくない。

 

 「えーと・・・最後は、この金髪の女の子と、スカイブルーの女の子が、ヘルブラックロスに洗脳を施されてその・・・君みたいなかわいい女の子の他にも、色々あるんだけど、最終的には世界を暴力で手中におさめて、ヘルブラックロスっていう一大国家を創るんだよ・・・」

 「何よソレ・・・つまり、何?このキャラクター達は、皆バッドエンドになるって事?」

 

 それらしい言葉で並べて見た。

 

 「あ、ああそうだな。でもそれが、だいたいのエロゲーではセオリーと言うか・・・」

 「・・・ビンゴね・・・」

 

 もしこのゲーム通りの展開ならば、ギンジが加入してから6月まで色々と奇妙な事を言っていた事と、本当に辻褄が合う。

 

 【俺は未来人じゃないが、未来を知っている】

 

 その言葉を思い出して、カエデはスマホを銀治に手渡した。

 

 もしも・・・。

 

 もしも、ギンジと出会わなければ、今頃自分達はどうなっていたのか。

 

 最高潮に気持ち悪いモノを見せられたが、あのアニメ調の絵でもキモいのだ。

 

 リアルで見せられた事を考えると、頭がクラクラして来そうだった。

 

 カエデとてその辺の知識がないわけでもないし、興味だってある。

 

 願わくばギンジと・・・なんて考えながら眠りに付いた事だってある。

 

 だからこそ・・・ギンジが自分達を守り通して、今日まで身体が無事なのは、全部彼のおかげだ。

 

 だからこそ、ギンジをもっと好きになった。

 

 (いつか話してって言ったけど・・・これじゃあ話せないわね)

 

 内心苦笑しながらも、ギンジが見ていた世界に心からの憧れがあった事、ギンジが自分達をファンだと言って近づいた事も、カエデ達の事を知っていた事も・・・。

 

 あの自分だけが鮮明に映る暗闇の空間で、ギンジの精神が、カエデ達をずっと見ていたと言うのも全部納得した。

 

 ギンジがカエデ達の世界に来た事。

 

 ギンジがショッピングモール・アモーレで共闘を願い出た事。

 

 ギンジが6月に捕まった事によって、壊滅を免れた事も。

 

 全部、彼がこの世界に転生してこなければ、こうして強くなる事も、誰かを守る為に戦う事も出来なかったのだ。

 

 「ふふっ・・・ギンジ!」

 「え?あ、はいっ」

 「いい?あんたがこんなキモい事を趣味にしてるなんて知らなかったけど、それでも良いわよ。あんたはあんた、どんな人でも、どんな怪人でも、佐久間ギンジはずっと・・・」

 

 カエデは満面の笑みで、自分の愛する怪人人間をまっすぐ見つめた。

 

 「あたしの下僕よ!」 

 「下僕ってなんだよ!せめて秘書ぐらいに・・・あれ?」

 

 なんだか勢いで返してしまったのだが、銀治は何故自分でこんな事を口走ったのかは分からないと言った表情をしている。

 

 「今一瞬、なんか俺じゃない何かが・・・!」

 「早く思い出しなさいよ!」

 

 今度は理不尽に殴ってみる。

 

 「痛い!なんで殴るんだお前・・・は・・・」

 

 もう一回ギンジみたいな顔と口調になったのだが、またもや銀治の口調に戻ってしまった。

 

 「もう一回!」

 

 ガントレットで拳を作りながら、カエデはなんだか楽しそうに銀治を殴ろうとする。

 

 しかし・・・ちょっと和める様なその雰囲気から一変、急に空気が張り詰めた事に気づいたカエデは、すぐに後ろを振り向いた。

 

 「なんだ?どうしたんだ?」

 

 二人が向いた先には、先程カエデが完璧に叩き潰した筈の、鏡の怪人が、ある一人の女性の首を掴んでカエデと銀治の前に現れたのだ。

 

 「っ!神宮さん!」

 

 鏡の怪人がどうしてまたここに居るのかはカエデには分からないが、今この状況で一番問題視出来るのは、楓を連れている事だ。

 

 「探したわよ・・・ヘヴンホワイティネス・・・」

 「随分と苦しそうね。性懲りもなくまた現れて、何のつもりかしら」

 

 ヘルブラックロスが何をしようとしていたのか。

 

 ソレをゲーム内で見たカエデは心底ゴミを見る様な目つきで、鏡の怪人に声をかけた。

 

 「・・・お前は用済みだ・・・死ね」

 「えっ!?」

 

 首を掴まれた楓は、鏡の怪人の手によって、背中から鏡の刃が貫通していた。

 

 本物のヘヴンホワイティネスを発見した事で、鏡の怪人は楓に興味を無くして、しかも自分が偽物を見つけていた事に落胆したから、軽い気持ちで、深々と重く突き刺した。

 

 あまりにも素早い一瞬の出来事で、銀治はショックを受けた表情にみるみる変わっていく。

 

 人が殺される瞬間・・・子供の時から漫画やアニメでしか見たことのなかったその瞬間を初めて見て、銀治は身体が一気に震えて、しかし怒りがこみ上げて来て、鏡の怪人に向かって走り出した。

 

 なんでそうしたのかは分からない。

 

 分からないけど、そうしろって・・・誰かに言われた気がしたから。

 

 「進化の怪人・・・そっちから来るなんて嬉しいわ!殺してやる!」

 「うああああ!!」

 

 銀治の絶叫しながらのダッシュで、カエデも同時に駆け出した。

 

 このまま銀治が死んでしまったら、ここまでの労力が全部無くなってしまう。

 

 「ギンジ!あんたは、あの人の側に居なさい!コイツは、あたしが・・・倒す!」

 

 鏡の怪人も相当疲弊しているのか、カエデには反応出来ず、横から衝撃で吹き飛ばされる。

 

 「例え驚異に思われてても、自分があんな風に扱われるなんて気分が悪いわ」

 「ぐっ・・・ぬぅぅぅ!!」

 

 白昼の未鏡市の最後の戦いが始まった・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「神宮さん!神宮さん!」

 

 銀治は車道の真ん中で激戦が繰り広げられる中、楓の身体を抱き寄せた。

 

 止まる事なくどろどろと流れる血液が腕を滑らせるが、そんな事気にせずに思い切り自分の胸に抱き寄せる。

 

 肌は体温を無くして冷たくなっていくのに、溢れてくる血液は熱がこもって温かい。

 

 銀治にはこの感触が初めてなのに、この気持ちが初めてじゃない何かを感じていた。

 

 「あ・・・さ、くま・・・君・・・」

 

 瞳にその光が失われる一方で、楓は自分の大好きな人が最期の瞬間に自分を抱きしめてくれている事を、嬉しく思っていた。

 

 でも、上手く言葉が出せない。

 

 喉にも血液が流れているからだ。

 

 吐き出す様に血液が口から溢れて、呼吸もできなくなっていく。

 

 上手く呼吸が出来ない。

 

 喋れない。

 

 辛い。

 

 痛い。

 

 苦しい。

 

 自分が死ぬと分かっているこの瞬間が、とてつもなく悲しい。

 

 「なんで・・・どうしてなんだ!」

 

 いつも通りの日常で、いつもどおりの仕事をして、いつもどおり布団にくるまってエロゲーをする。

 

 そんな生活をあと五年ほど続けていれば、いつかは誰かと結婚出来ると思っていたのに。

 

 今はこの人を・・・神宮楓を守れなかった事が、なによりも悔しくなっていた。

 

 良い大人がだらしないほどに涙を流して、銀治はあっけなく散りそうな命を必死に抱き寄せる。

 

 「・・・あん、たが──守って・・・あげ─て」

 

 最期を理解したからこそ、楓もこの世界において全てを知った。

 

 消えゆく心の世界では、最早街の住人なんて消え失せている。

 

 まだかろうじて残っているのかもしれないが、それらは全部顔に黒いモヤがかかっていた。

 

 そして消えて行くと言う事は・・・。

 

 「ひと─の───心だけ、じゃな─くて──じ、じぶんの・・・」

 

 心も。

 

 「だ・・・い・・・す──」

 

 ほとんど声も聞こえない、喉は潤っていても、最早かすれて声が出ない。

 

 だけどその言葉はちゃんと聞こえた。

 

 銀治の心に・・・ちゃんと聞こえた。

 

 「うわああああっ!!」

 

 ここまで来て、ようやく銀治は(カエデ)と言う人物に、守れなかった申し訳なさをかぶせた。

 

 かぶせた結果が、血の滲んだ顔で泣き叫ぶ男の顔。

 

 「・・・っ─っ」

 

 最後の最期で、何を伝えたのか。

 

 それはきっと楓にしか分からない。

 

 だけど、これで銀治は・・・。

 

 「っ・・・ぐああああああ!!!」

 

 空を揺るがすほどの咆哮が、未鏡市に解き放たれた。

 

 人の心を踏みにじる悪の存在を思い出した。

 

 自分が何をする為にここに居るのか。

 

 そして自分がここではなく、本当の居場所を思い出した。

 

 生きた屍だった男は、今この時を持って全てを取り戻した。

 

 滅ぼさないと行けないのは、強大な悪。

 

 壁のようにも思える超巨大な悪の組織。

 

 自分は持っていた。

 

 自分だけが転生出来た全ての世界で、銀治(ギンジ)は、今何をしないと行けないのかを思い出した。

 

 楓と言う守らないと行けない〈大好きな人達〉を失った事で・・・。

 

 この世界にたった一人の男は、正義をその手に、記憶をその心に戻して、黒いモヤとなって消えゆく楓を最期まで大事に手に抱きしめた。

 

 その黒いモヤだけになってしまった死体は、銀治の身体にまとわりついて行く。

 

 『今度は・・・あんたの番よ。さぁ』

 「ああ・・・必ず・・・必ずやり遂げるから・・・だから、ゆっくり休んでくれ・・・」

 

 黒いモヤは銀治から血液を取り除き、血の匂いも無くしていく。

 

 モヤが晴れる瞬間、銀治のスマホが光出して、一枚の画面が銀治の顔の眼の前に浮かび始めたのだ。

 

 『正義のヒーロー・ヘヴンホワイティネス!』

 

 可愛らしい音声が聞こえてきた。

 

 こんな状況でエロゲーをする訳ではなない。

 

 この記憶に眠る、この心に眠る、佐久間ギンジの力が・・・。

 

 生きた屍の大いなる原動力が、今この身体に入り込む。

 

 『あたし達の未来を・・・守ってね、ギンジ』

 

 スマホは黒いモヤとなって、一枚の画像からリングが解き放たれる。

 

 消える瞬間までギンジを大事に思った、ゲームの中のカエデとこの記憶に眠る楓が二人して紡いだ命の結晶が、真っ黒に輝くリングとなってギンジの心の中に根を張った。

 

 「もう・・・迷わねぇから・・・もう、二度と失ってたまるか!!」

 

 悲しみと絶望を乗り越えた男は、今度こそ正義の志そのモノを手にした。

 

 「変・身!」

 

 黒いリングの力を解き放ち、佐久間ギンジは復活の産声を上げた。

 

・・・・・・・・・・・・・・ 

  

 黒いモヤが一斉に切払われて、変わりに中からは黒を基調としたボディスーツに、赤いガントレット、青白く光り輝くビームのブーツ、マントは実体を持たない2丁拳銃を封じ込めた、ギンジ専用のバトルスーツに身を包んでいた。

 

 禍々しい紫色のヘルメットの奥では、人間の瞳から、不気味だが何よりも見慣れた怪人の瞳が紅い眼光を輝かせていた。

 

 ゲームの未来はもう関係無い。

 

 ここから先の未来こそが、ギンジの守りたい未来なのだから。

 

 「なんだ・・・その姿は・・・」

 

 鏡の怪人が荒い呼吸のまま、カエデとの鍔迫り合いに距離を置く。

 

 カエデも飛びながらギンジの下へと下がり、その姿に驚いている。

 

 「ようやく戻ったかい」

 

 さらにその上空ではギンジの顔した、あの怪人も現れた。

 

 「やはり、戻ってきたのだな、ギンジ」

 「キキキ、そうじゃなくちゃ面白くないさ」

 

 鏡の怪人の背後からは、バーナーの怪人とコウモリの怪人が現れて、しかも鏡の怪人とカエデにはまるで興味そ示していない。

 

 「ああ、ほら、忘れモンだぜ」

 

 進化の怪人が右手にムーン・フォース改を、左手に王騎士の黒い細胞。

 

 そして口からヌルリと、魔法の霊石を出しては飲み込む。

 

 「もう・・・忘れてくれるなよ」

 「キキキ、信じてるよ、ギンジ」

 「悔しいが、お前が死んじまったら、もう俺たちは生きていけないからなぁ・・・」

 

 皆思い思いにギンジに言葉を投げては、光となってギンジに飲み込まれていく。

 

 光の粒の一つまで残さず、ギンジの身体に吸収された事で、ギンジは怪人としての全てを取り戻したのだ。

 

 「ギンジ・・・」

 「悪かったな・・・もう、全部元通りだからさ。ここからは俺がやる」

 「でも、相手は女の怪人よ・・・?」

 

 心配そうにカエデがギンジの新たな姿に興味を持ちながらも、ギンジからは信じられないような言葉が帰ってきた。

 

 「あいつは・・・リコニス以上に、ムカつく奴だからよ。人の命を平気で奪って、それでへらへら笑って、人の心を踏みにじる奴は俺が許さねぇ」

 

 人の心と言うのは、自分の心の中の事じゃない。

 

 「カエデ、お前の心をあいつは踏みにじったんだ。俺があいつをぶっ飛ばして来るからさ、信じて待っててくれよ」

 「・・・っ」

 

 いつもの優しいギンジだ。

 

 その言葉使いに、カエデはついに自分の知るギンジを取り戻したと同時に、肩を震わせて涙を流す。

 

 「ケイタとかぶっちまうけどよ、お前の心を、俺にも守らせてくれないか?」

 「ばか・・・」

 

 いつものカエデの言葉なのだが、泣いている所を見ると相当追い詰められていたに違いない。

 

 「鏡の怪人・・・お前よくもやってくれたな・・・」

 

 もうギンジは鏡の怪人をリコニス以上の危険度として見始めている。

 

 いくら手負いだからと言っても、容赦はしないだろう。

 

 「進化の怪人・・・っ」

 「悪いな、俺、そんな名前じゃないんだわ・・・」

 

 鏡の怪人の顔が青ざめる中でも、ギンジは止まらない。

 

 カエデの肩を軽く叩いて、ギンジは強い一歩を踏み出した。

 

 

 「俺は!」

 

 「ヘヴンホワイティネスの!」

 

 「佐久間ギンジだ!」

 

 「よーく覚えとけ!」

 

 「一撃必殺!!!」

 

 赤いガントレットには衝撃。

 

 青いブーツにはビーム。

 

 右腕には炎。

 

 左腕には電撃。

 

 マントは銃に変わった。

 

 重力を肩に乗せて。

 

 月の光が全身から輝いて。

 

 更に後方に伸ばした腕からは、空気がギンジに向かって操られる様に吸い込まれて。

 

 赤いガントレットの形状も、手のひらに金棒の棘が突き出た形状に変わる。

 

 「ヘル・インパクト!!」

 

 フェーズ4完全形態。

 

 ヘヴンホワイティネスの力の粋を全部詰め込んで、進化の怪人としての能力の限界値。

 

 それがこの姿。

 

 漆黒のヒーロー。

 

 「吹き飛べ、クソ怪人!!!!」

 「ぐっ・・・ぬああああ!!!?」

 

 両腕を前方に突き出してから叩き出された、様々な能力の混ざり合って調和する最大の衝撃は、攻撃なんて生易しいモノでは断じて無い。

 

 悪を根絶やしにしかねない、強力な破壊の一撃。

 

 「俺の記憶から・・・俺の世界から・・・カエデの心から!」

 

 ギンジは自分の身体にも走りだす衝撃に耐えながら、思い切り叫んだ。

 

 この怪人だけは何があっても許さない。

 

 「出ていけェェェぇぇぇーーーっ!!!!」

 (総統・・・申し訳、ありま、せん・・・)

 

 身体中の骨が今度こそ砕けて、全身に力が入らなくなった鏡の怪人はこの記憶の街・未鏡市の遥か空の彼方まで、文字通り吹き飛ばされた。

 

 佐久間ギンジ・・・完全復活!!

 

 

続く

 




お疲れ様です

佐久間ギンジ・・・完全復活!

急ピッチで書いてたりしている時と、そうでない時があるので物語の緩急が少しおかしい所もあるかもしれません(だいたいいつもそんな感じ)

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
この心の世界で手にした力は、転生前にスマホに入れていたゲーム・ヘヴンホワイティネスの中から、専用のバトルスーツ。
カエデの衝撃、レンのビーム、ミドリコの銃(2丁拳銃とランチャーのみ)を受け継いだ、彼専用のスーツ。
他の全ての能力と合わせて使用可能で、この鏡の牢獄の中においてはデメリット無しで使用可能。

神宮楓
銀治がギンジとしても守ろうとしていた大切な人。
それが鏡の怪人によって殺された為に、感情のリミッターが外れて銀治をギンジに戻させた。ギンジの心の中だからか、本来のゲーム世界のカエデとも、この世界におけるカエデとも意識を共有されたコピー体であり、最期の瞬間は一人のカエデとして元の世界に帰ろうとするギンジに全てを託した。
その結果がギンジに最後の力を託す事となる。
これは本来のギンジが記憶の中に宿していた、神宮カエデとしての人間と、ゲームの中でのカエデが合わさった結果、驚異の人物として読み込まれた存在。
都子、莉子も同様。

神宮カエデ
本来の世界の住人。

ギンジを連れて帰る事が出来なかったらどうしようかと、内心本気で焦っていた。
神宮亭の襲撃、父親の負傷、ギンジの心配と、かなり精神面で追い詰められていたからか、ギンジが戻ってきた事でないちゃった。
なお、ゲームのヘヴンホワイティネスには普通に嫌悪感を露わにした。

鏡の怪人
まだ死んでいない。しぶとさはヘルブラックロスの中でも一番かも。
神宮カエデが最後に戦う敵(大事な事なので2度お伝えしてます)

・・・

次回は鏡の怪人編最終回。
そしてその次は新章スタート!

あと主要な章は書き直しやプロット編成、思いつきで入れ込んだりしなければ、3つ!

そしてその3つの章を終えると・・・最終章!

先はまだまだ長いですが、どうか最後までお付き合いいただければと思います。

それではまた次回!


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116・地図から消えた街

こんにちは、アトラクションです。

なんと言うか、投稿遅れてしまってすいません。

今回のお話に色々詰め込み過ぎたら、少し長くなりました。
今回のお話で、鏡の怪人編は終わりとなります!

それではどうぞ!


 未鏡市の事件は鏡の怪人を撃退する事で解決した。

 

 ギンジも本来の自分の心を取り戻して、鏡の怪人を撃破した事で、カエデと再会の笑みを溢し合う。

 

 「ギンジ・・・!」

 「うおっ!?」

 

 漆黒のバトルスーツの変身が解けると同時に、カエデが待ち望んだ男の姿が元に戻る。

 

 その見慣れたガラの悪い、少しとぼけた顔をした男がちゃんと元に戻った事で、カエデが涙を流しながらギンジに飛びついたのだ。

 

 硬いコンクリートに倒れるも、しっかりカエデを受け止めて、ギンジは青空を仰ぐ。

 

 青空を仰ぎ見たその次に、カエデも変身を解いてギンジの顔に、視界いっぱいに口の悪いご令嬢の、顔を赤くしたカエデの顔が青空をさえぎった。

 

 「へへへ、悪い。心配かけたよな」

 

 少しだけ顔を引つらせながらも、ギンジは眼の前で泣く女の子を・・・自分がファンと象徴する女の子に心から謝る。

 

 「本当よ。あたしがどんだけ心配したと思ってるのよ!バカ!」

 「痛ぇ」

 

 ギンジの身体の上で馬乗りになって、カエデはギンジを叩く。

 

 痛くて当然だ。

 

 帰りの遅い子供を叱る母親のように、カエデの手のひらがギンジの心に重くのしかかる。

 

 カエデの顔を見るに、おそらくまた自分のした事、された事でカエデに大きな心配をさせたのだろう。

 

 だろう、と言うよりは自分が銀治として活動していた時間分、それを知っているギンジは、非常に申し訳ない気持ちになってくる。

 

 「ほんと、ごめん・・・」

 「許さない!」

 

 バシン!

 

 また痛い一撃がギンジの顔に当たる。

 

 パチン。

 

 また痛い一撃がギンジの顔に、少し勢いを落として当たる。

 

 ぺちん。

 

 最後はゆるゆると勢いが完全に殺された平手打ちが、ギンジの顔に当たる。

 

 最後に当てられた平手は、そのままギンジの頬を撫でるようにして、そのままギンジの額にぽたりと一滴の雫が落ちる。

 

 「〜〜っ」

 「ごめんな・・・マジで」

 

 カエデの右手がギンジの頬に添えられたまま、ギンジは自分の左手をカエデの頬に添える。

 

 「カエデ・・・」

 「スンッ・・・何よ・・・」

 

 鼻をするりながら、カエデはギンジに返事を返した。

 

 何よりも愛おしそうに見つめてくるカエデに、ギンジはまだ言っていない事をカエデに伝えた。

 

 「助けてくれてありがとう」

 「別にいいわよ・・・バカ」

 

 恥ずかしそうに、しかしながらギンジに対する戒めも込めた怒った顔で、カエデは袖で涙を拭き取った。

 

 「それよりさ、そろそろこんな所出ようぜ。積もる話しもあるだろうし」

 

 先程鏡の怪人をぶっ飛ばす前に、ついにギンジが随分前に言っていた転生の秘密がカエデに知られてしまった。

 

 その事をずっと黙っていた事もあるし、何よりギンジがあんなゲームをやっている変態中年だった事を知ってしまって、カエデはさぞショックを受けているに違いない。

 

 その事を先ずは説明しないと行けない。

 

 転生とは?

 

 ギンジとは?

 

 ヘヴンホワイティネスとは?

 

 カエデの・・・カエデ達の知らないギンジの全てをとうとう話す時が来たのだ。

 

 「色々知りたい事はあるけど・・・帰る前に一つ言わせてよギンジ」

 

 馬乗りになったまま、カエデはギンジの身体に、自分の身体を乗せる。

 

 幾度も続く戦いの中で少し逞しくなった腕で、ギンジの首にそれを回すと、抱きしめる様にしてギンジと身体をくっつけた。

 

 耳元にカエデの口元が届いて、息がかかる距離感の中で、カエデはギンジにこれだけは言っておきたいと、最後に伝えたくなったのだ。

 

 「あたし、ギンジの事が好きよ。大好き」

 「なっ!?へっ!?ああ!?」

 

 そうでもしないと記憶を取り戻したギンジと再会してから泣いたりなんてしないだろう。

 

 まだ泣いている事で狭まった喉から、声を出しながら、カエデはギンジに顔を向かい合わせにした。

 

 曲がりなりにも、ギンジの想っている事と、カエデの想っている事が一つに重なったのだ。

 

 だけど・・・今のギンジには、自分の記憶と。転生前にあったあのゲームの事が一つ気がかりになっていたのだ。

 

 ギンジの本性を知った事で、幻滅されていないかと思っていたのだが、それは杞憂だったのか。

 

 あまりにも驚いたが、それでもギンジは興奮した。

 

 カエデという自分にとって憧れでもあり、守りたい大切な人。

 

 そんな人に、「好き」の一言を出す事を成功させたのだ。

 

 こんなに嬉しい事は無い。

 

 無いのに、何故かギンジは素直に喜べない。

 

 それでもカエデはギンジの顔に両手をはめ込んで、まだうっすら流れる涙の跡を残しながら、ギンジに顔を近づけた。

 

 これは・・・間違いなく、キスの流れ。

 

 ギンジが一番憧れている少女からの、逢瀬はきっと何者にも変える事の出来ない、一大イベントだ。

 

 人々が消え去った未鏡市の車道のど真ん中、青空の下。

 

 二人きり男女、何も起きないはずが無く・・・。

 

 「どわ、ちょ、押さないでくだせぇレンの姉御!」

 「見えない!どいて、赤鬼!」

 「あ、ちょ・・・らめぇぇ!!」

 

 ゴロリとした巨体が、ギンジの上で馬乗りになっているカエデの視界の先に現れた。

 

 「ぬ、ヌハハハ!流石兄貴だぜ!鏡の奴をぶっ飛ばして、自分を取り戻したんですな!ヌハハ、ヌハヌハ・・・」

 

 あまりにも場違い。

 

 あまりにも悪すぎるタイミングで覗き見をしていた赤鬼の登場により、カエデの怒りのベクトルは赤鬼に向くこととなった。

 

 「あ〜か〜お〜に〜・・・」

 「私は、やめておこうって、言ったのに・・・」

 

 わざとらしくレンも路地裏から姿を表わして弁明をしようとするが、ギンジから立ち上がったカエデが赤鬼の角を掴んで、レンの近くにノッシノッシ歩き寄る。

 

 「ごめん、流石に、タイミングが悪かったかも・・・」

 「俺っちはやめとけって言ったんでげすが・・・」

 「うるさーーい!!!」

 

 カエデのお怒りの言葉が未鏡市の青空に響き渡った。

 

 仲間たちが現れた事で、ギンジも皆に申し訳ない気持ちになりながらも、同じ青空を・・・これで最後になる自分の心の世界に別れを告げる気持ちで、もう一度空を見上げた。

 

 見上げて、更にクアッドタワーを見つめる。

 

 「兄貴〜助けてくれぇ〜!もう殴られるのは嫌なのだ!」

 「もう私の知らない所で、クレカを使うのは、やめてほしいのだ」

 「やってないわよそんな事!!クレカなんか使うまでもないわ!」

 

 それは時と場合によるのだが、今はそんな事を言っている場合じゃない。

 

 「・・・赤鬼、レン。お前らもありがとうな。助けに来てくれて」

 

 ギンジが嬉しそうに、少し恥ずかしながらお礼を述べたが、赤鬼とレンも特に気にしていない顔で、二人して微笑む。

 

 「水臭いぜ兄貴。兄貴が困ってたら、子分の俺っちが助けに行くのは当たり前の事だぜ」

 「同意。子分じゃないけど、ギンジは、私達の大切な仲間」

 「・・・そうね、皆待ってるんだから、帰ろう、ギンジ!」

 

 赤鬼とレンに妨害された事にはかなり残念だったが、とりあえずヘヴンホワイティネスの目的は達成した。

 

 色々と皆で発表しないと行けない事はたくさんあるのだが、一先ずは帰還にしよう。

 

 「戻ったらさ・・・皆に話しておきたい事があるんだ。色々とあるかも知れないけど、俺の話しを聴いてくれると嬉しいな」

 「勿論よ」

 「心配しないでも、俺っちも少しだけ見ちまったんだ。兄貴の・・・その、アレをな」

 「アレはすごかった・・・吐き気がしたよ」

 

 皆で思い思いの事を話そうと、ギンジ達は自分達のあるべき世界に戻る事にした。

 

 「で、どうやって帰還するんだ?」

 「適当ですな」

 「ここまで来て適当なのかよ!!」

 

 ギンジの質問には、赤鬼がかなりざっくりとした返答を返すが、ここに残った四人。世界でたった四人となり、鏡の牢獄からの脱出を果たしたのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「うおおお俺復活!!」

 

 声高らかに佐久間ギンジは簡易的な会議室になった、ただの物置部屋でついに復活を果たす。

 

 あれから現実世界では、かなり時間が経っていのか、外はそろそろ夜になろうかと言うような、暗くなり始めている時間だった。

 

 元気な声で復活の声を上げたギンジには、ずっと帰還を待っていたであろうミヤコが飛びついてきた。

 

 喜びと歓喜と心配と不安。

 

 様々な感情を全てさらけ出してミヤコが飛び出したのだ。

 

 「ギンジ君!!」

 

 ヒャッホー!と声が聞こえる程の喜びように、ギンジは思わず身構えたが、そんな喜びに満ちたミヤコには、横からカエデの腕が静止する。

 

 「くふふ・・・相変わらず邪魔ばかりするね・・・」

 「今は駄目よ」

 

 同じく鏡の牢獄から帰還したカエデも復活を果たしたのか、怒りに満ちた表情でミヤコの動きを止めたのだ。

 

 「戻ったか、皆・・・!」

 

 次に薄暗い物置部屋の中で声を上げたのは、ミドリコ。

 

 ギンジの復活にも喜びながら、相変わらずのカエデとミヤコを見て苦笑している。

 

 「お帰りなさい!皆ぁ!!」

 

 ケイタもギンジを始め、レン、赤鬼、カエデの帰還を心待ちにしていた様子で、元気にかつ泣きそうな顔で喜びを全身に醸し出している。

 

 「兄貴のお帰りだァ!テメェら、祝杯の準備だオッラァ!」

 「帰還早々にソレか!やめんか馬鹿者!」

 

 赤鬼の調子乗った発言にはミドリコが、やはりガンストックでぶっ飛ばして完結。

 

 「お帰り、レン!」

 「ただいま・・・ありがとう、ケイタ」

 

 レンとケイタも無事に帰還できたことを喜びあう。

 

 ギンジ、カエデ、レン、ミドリコ、ミヤコ、赤鬼、ケイタ。

 

 これでヘヴンホワイティネスは誰一人欠ける事なく、全員が鏡の牢獄からの帰還を果たした。

 

 「これでようやくだな・・・」

 

 ギンジは自身が寝かされていたベッド変わりの置き場から、身体をようやく起こして腰を曲げた。

 

 ひと呼吸を置いて、ギンジは全員に視線を向けながら、これから話さないといけない事を、仲間達に告げようとした。

 

 「なぁ、皆」

 

 ギンジは拳を握っては開いてを繰り返しながら、自分が何者であって、どういう経緯でここに来ているのか。

 

 そもそもこの世界がなんなのか・・・それを知っているギンジは、皆に話そうと、わなわなと口を開いた。

 

 「ちょっと待て」

 

 ギンジが何かを思いつめているのは分かっているのだが、ミドリコがその場の空気と視線をミドリコ自身に集める。

 

 「帰還して積もる話しもあるとは思うが、先ずは皆にこれを見て欲しい。一大事だ」

 

 ミドリコが用意したスマホから、音声と映像が映し出される。

 

 皆がミドリコの手元に集まりながら、映し出されている映像には、信じがたいモノが、それぞれの視界に入ってきた。

 

 『本日9月6日において、虹創作市が、大規模なテロ攻撃を受けて、街そのモノが大崩壊を受けました!』

 

 上空から撮影しているのか、ヘリコプターの音も聞こえる中、機械の音に負けじと、リポーターが一生懸命に、街の現状を伝えている。

 

 虹創作市とは、警察と正義が作ったと言っても過言じゃない、大きな街だ。

 

 中央には巨大な監獄もあって、様々な凶悪犯罪者達が収容されている、とてつもなく巨大な監獄であり、この世界に転生してきたギンジも、世界の全容を知るついでに、街の事を調べた事はあった。

 

 度固化市とは関係ないと、ギンジは一度頭の片隅から捨てていた事だったのだが。

 

 「なんだよ・・・なんだよコレ・・・」

 「まさか・・・昼休みのあの警報・・・」

 

 ケイタもかなり動揺しており、その隣でカエデがいつもの昼休みに聞こえた、あの警報を思い出す。

 

 「・・・おい、あれ見ろ」

 

 赤鬼がミドリコのスマホの1部分を指差す。

 

 街の中央の更にど真ん中。

 

 監獄と称されたその場所は、完璧に破壊されつくしており、瓦礫の中心に意図的に築き上げたであろう、山が一つ見えていた。

 

 「そんな・・・あの旗は・・・!」

 

 その山の頂上には、レンが息を飲んだ。

 

 その山の頂上に突き建てられたのは、怪人の瞳を模した刺繍と装飾が施された、ヘルブラックロスのトレードマークの大きな旗。

 

 「・・・いや・・・」

 「レン?」

 

 嫌な記憶が大きく蘇ってくる。

 

 2102年の、80年後の未来の記憶が、自分が置いてきたレジスタンスの街と、ヘルブラックロスの旗。

 

 それらがレンの中で強い憎悪と記憶になって、脳裏にフラッシュバックしてきたのだ。

 

 「嫌ぁぁ!」

 「レン!」

 

 頭を抱えながら座り込むレンには、ケイタが側に居てあげる。

 

 恐怖ですくみ上がったその震え方は、いつものレンとは思えないぐらいに弱々しい。

 

 「済まない・・・もう止めておこう」

 

 ミドリコもスマホの映像を止めながら、スマホを自分のスーツにしまう。

 

 「ヘルブラックロス・・・どこまでこんな事を・・・」

 「くふふふ・・・もしかしてだけど、今残ってる怪人の全戦力を、あそこに投与したのかもね」

 「どういう事よ」

 

 カエデが怒りながらミヤコに尋ねてみる。

 

 「ん、ほら。カエデ達が学校に行っている間に、警報、鳴ったんでしょ。それに加えてこの映像」

 

 偶然かも知れないが、虹創作市のヘルブラックロスによる襲撃。

 

 そして神宮亭の襲撃。

 

 鏡の怪人によるギンジの完封。

 

 「・・・この街一つを破壊する為に、わたし達は大掛かりな手段でハメられたのかもね・・・くふふふ、このわたしに頭脳戦をして一杯食わせるとは、やるね、紫・・・くふ、くふふふ」

 「いや、ミヤコは普通に敵の術にハマっただけだけどな」

 「くふふ、ギンジ君に言われるときゅんきゅんしちゃうなぁ」

 「褒めてないぞ」

 「それどころか、ミヤコってば必死になってたのに、鏡の怪人に捉えられてたわよね」

 「くふふ、もう少しカエデが来るのが遅かったら、ヌルヌルにされてたよ・・・」

 「いっそそうなっちゃえば良いのよ」

 

 レンが震えて小さくなっているのに、この二人はまたもいがみ合いを開始しようとしている。

 

 「この事件のおかげで、我々は足止めを貰い、敵は成果を大きく上げて来た・・・一杯食わされるどころでは無いぞ・・・」

 

 あの映像に映っていた虹創作市全域の破壊と支配に成功しているのが、事実。

 

 その事実を目の当たりにしたギンジ達は、敵の行動と手数の多さ、何よりも人数不利から生まれる、数々の作戦。

 

 これはヘルブラックロスからの警告。

 

 これ以上邪魔をするなら・・・次の標的は、度固化市になると言う、大いなる警告。

 

 「・・・奴らは、本当に街一つを一日でかき消す戦力を持っている様だな」

 「くふふ。怪人とか平気を併用すれば、こんな事も出来るっていう、暴力の現れだね」

 「無論・・・私は公安警察という立場上、こんなのを見過ごすわけには行かない。今すぐにでも決着をつけるべきだと思う」

 「わ、私も同意・・・」

 

 ミドリコが悔しさを込めた顔で言いながら、レンもようやく冷静さを取り戻して、ケイタの肩を借りながら立ち上がる。

 

 「あたしも同じ意見よ。そろそろ白黒つけないとならないと思ってたのよ。レンの未来をめちゃくちゃにして、あたしの家をこんなにして。そして今度は・・・ギンジの心を踏みにじって・・・許せない事だらけよ、あいつらは」

 

 カエデも本当に怒りを露わにしている。

 

 現実的に見えたモノ以外にも、もしギンジの持っていたあのゲームの通りだとしているのであれば、カエデにはもうこれ以上許す気持ちは戻ってこない。

 

 「僕も・・・許さない・・・あいつらは、この世界を壊したいのかな・・・」

 

 ケイタも許せない気持ちでいっぱいになる。

 

 レンの震える姿を見ていると、自分にももっと出来る事が無いかと、必死に探す気持ちだ。

 

 もう心を守るだけの人じゃない。

 

 正真正銘、彼らの仲間なのだから。

 

 「俺っちも同じだぜ旦那。ミドリコも言うまでもねぇや」

  

 赤鬼が気合いを入れながら、ケイタの頭をわしわしとなでた。

 

 「俺も同じだ」

 

 最後にギンジが声を出した。

 

 「俺も・・・皆を守りたい。この街を守りたい。この世界を、この未来を、ちゃんと守りたい。もう、二度と・・・絶対に敗けないからよ。また、俺に力を貸して欲しい」

 

 ギンジが拳を握って話す内容に、カエデもミヤコも決意を込めた笑顔でうなずいた。

 

 ヘヴンホワイティネスの団結の意識はより強いモノとなり、打倒ヘルブラックロスの志は、ここに集った。

 

 「それでよ、ちょっと皆に聴いて欲しい事があってな」

 「くふふ、もしかして、わたしの子供を妊娠した?」

 「なんでだ。男の俺が子供なんか産めるか!」

 

 ミヤコのおふざけにマジギレで返すが、ミヤコにはまったく効いていない。

 

 「聴いてもらいたい事って、なんですかい?兄貴」

 

 赤鬼のきょとんとした顔の横で、レンとカエデが二人同時に肘打ちをする。

 

 「ぐえっ・・・あっ!あの事ですね!」

 「あの事?」

 「なんの事だろう?」

 

 赤鬼もハッとした表情で驚き、ミドリコとケイタは二人して首をかしげている。

 

 「・・・これから話す事は。先ず・・・俺って最低な人間だなって話しと、俺という人間の話しになるんだ。少し長くなるし、休憩してからでも良いけどよ」

 

 思えば鏡の牢獄から帰還したばかりなのだ。

 

 カエデに至っては、鏡の怪人との二連戦を終えたばかり。

 

 「そうね。ギンジの話しも大事だけど・・・」

 

 カエデは自分のお腹をさする。

 

 「先ずは、ご飯、食べない?」

 

 カエデから出てきた、ご飯という単語を聴いて、全員はお腹の鳴る音を聴いてしまった。

 

 食事は人を生かせる、最高の瞬間だと、ギンジは思ったのであった。 

 

 赤鬼がまた馬鹿な事を発言しては、ミドリコがツッコミを入れて、レンも悪ノリをしては、ケイタも苦笑して、やっぱり最後はカエデとミヤコがくだらない事で言い合いを繰り返す。

 

 なんだか6人のその姿がもう一度見れた事が嬉しく思ったのか、ギンジは、もし自分が助けてもらえずに、見捨てられたりしていたらば、きっとこの光景を見る事はなかったかも知れない。

 

 自分には仲間が居る。

 

 それが嬉しくて、それが泣きそうで、でもギンジは仲間の一人ひとりを愛おしく思って・・・。

 

 「どら、飯だめし!兄貴も無事に連れ戻せたなんだ!美味いモンたらふく食って、そんで・・・えーと、えーと・・・アレだよな!」

 「アレって何さ・・・」

 

 赤鬼も上手く言葉が出てこなかったが、ケイタも上手く言葉が出なかった。

 

 「くふふ、ギンジ君!」

 「ほら、ギンジ!」

 

 二人の少女が笑顔でギンジを呼んだ。

 

 「ああ、今行くよ」

 

 本当の意味で、佐久間ギンジは今日この日を持って死んだ。

 

 だが、またある意味では本当の佐久間ギンジはまだ生きている。

 

 生きた屍。

 

 それが彼であり、佐久間ギンジとは違うモノにした、ただの言葉。

 

 今後もギンジはそれを背負って生きていくだろう。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 飯を沢山。

 

 沢山食べて、皆眠っちまった。

 

 そりゃまぁ、俺もめちゃくちゃ食べたけどよ。

 

 あれから、使用人達も全員で神宮亭に戻ってきて、残っている食材で色々とご飯を用意してくれた。

 

 なんでもカエデのオトーサンが、病院に向かう傍らで使用人達にカエデの無事と、俺たちの衣食住をすぐに用意してくれたらしい。

 

 オトーサンと電話越しで会話していたカエデと来たら・・・あんな嬉しそうにしてるのは久しぶりに見たぜ。

 

 さて・・・今俺たちの居る場所だが、唯一赤鬼と鏡の怪人からの襲撃を免れたバルコニーだ。

 

 この神宮亭の3階、南に面した立ち位置に、真下には薔薇の庭園が見える大きなバルコニー。

 

 俺は、今まで喋る事ができなかった、自分と言う存在について、皆に話す時が来たと、来てしまったと・・・少し辛い気持ちになりながらも、見られてしまった事を全部説しようとしていた。

 

 今は地図から消えてしまった、虹創作市の事も気になるが、もう夜だ。

 

 ヘルブラックロスの手中に収まった街に、今から向かっても何もかもが手遅れな現状では、きっと全滅の憂き目に合いかねないとして、俺たちは街に向かう事を止めた。

 

 本当は今すぐに向かいたいのは、カエデだろうな。

 

 俺も行きたいけど、こんな疲れている状況じゃあ、まぁ、無理だろうな。

 

 ヒーローとしてどうかとは思うけどよ。

 

 今は支配された街には迎えない、と言うのがオトーサンの意見でもあるそうだ。

 

 「兄貴〜ケイタの旦那がそろそろ眠気が限界そうだぜ。早く話してくんな」

 

 赤鬼が俺を急かして来やがる。まあ、でもケイタも色々大変だったんだよな。

 

 なんでも学校から神宮亭まで、めちゃくちゃガンダッシュしてきたらしいからな。

 

 その上魔法まで使用して、かなり疲労しているに違いない。

 

 「そうよーギンジ、話なさいよ。ぜーーんぶ、ね」

 

 のやろー。カエデの奴ニヤニヤしやがって。

 

 「くふふ、ギンジ君の秘密なら全部知ってるんだけどなぁ・・・なんのお話?あ、まさかわたしとの将来を真面目に考え始めてくれた?」

 「それは無いわね」

 「・・・じゃあカエデモンキーとの将来もありえないね」

 「・・・それはどうかしらねぇ〜・・・」

 

 あーあーまた目線で火花ちらしてるよ。

 

 そんで二人してフンッ!って顔を振り上げた。

 

 なんだよこいつら、平成初期のアニメかよ。

 

 「そうだな・・・先ずは、俺という人間についてかな」

 

 話す事と言えば最初に思いつくのはコレだ。

 

 「知ってのとおりだけど、俺は今は怪人になっている。本来、怪人を造るには・・・ミヤコ、何が必要なんだっけ?」

 

 怪人の造り方ならミヤコに聴いた方が早い。

 

 「くふふ。怪人は、ヘルブラックロスが用意した怪人の細胞と、何か+処女の生き血が必要だよ。これをホルマリンやステイロドとか色々入った培養液に付けて、クローンと同じ要領でまじぇまじぇすると出来上がるよ」

 「説明サンキュー」

 

 そう、簡単に言えばこうだ。

 

 「で、その怪人の細胞は、本来人間には適用しなくて、ごくわずかな量を投与しても死に至らしめてしまうから、今まではフェーズ2の怪人を造るには、相当時間がかかってたんだよ。くふふ、それでもわたしの下には、かなりの強運が舞い降りたよね・・・くふ、くふふふ」

 

 お、おう・・・。

 

 まぁそこは今はどうでも良い事だ。

 

 「なんでただの人間である俺に、怪人の細胞を投与しても死ななかったと思う?」

 「んーギンジ君は特別だったから?」

 「確かに、怪人としてはかなり別格の力を感じてはいたな」

 

 ミヤコが首をかしげながら言うが、ミドリコは納得しながら俺に頷いている。

 

 「特別、そうだな。確かに俺は、特別だ。なんせこの世界には居ないレアモノ、だろ?ミヤコ」

 

 かつて組織に居た時代に、ミヤコの研究資料を少しだけ覗き見た事があったが、そこに書かれていたのは、俺が人間としてはレアな存在だった事。

 

 それすなわち、俺が本来この世界に居ない人間であった事を、ミヤコは勘で気づいていたのかも知れないな。

 

 「俺は怪人だが、本当は人間のままで居るつもりだ。今はこんなに色々暴れてるけど、心の底まで怪人になった気は無いんだ。話が脱線しそうだから、怪人としての俺は皆ご存知のとおりだ。こうして俺は、この世界で怪人として産まれた」

 「産まれた?どういう意味?」

 

 今度はレンが疑問を投げてくる。

 

 まぁ、確かにそうなるよね。

 

 「俺が産まれたって言うか、正確には少しだけ違うんだけど・・・まぁ、はっきり言うと、俺一度死んでるんだ」

 

 ・・・。

 

 皆そういう雰囲気にはなるよね。分かるよ。うん。

 

 シラーッとした眼をするなよ。俺が可愛そうだろ。

 

 「一度死んでるってぇ、あれかい、兄貴が話してくれた、イセカイテンセイとか言う・・・」

 「その通りだぜ」

 

 赤鬼とは色々と組むことが多かったからな。

 

 魔法界に行っちまった事なんて知らなかったけど、離脱する時までには一度冗談めかして話してたんだよな。

 

 こいつは信じてくれなかったけど。

 

 「その異世界転生って言うのがよく分からないのよね。前に湾岸エリアで色々話してくれた事もあったけど、この世界はギンジの居た世界では、その・・・あのゲームの世界だったって話しでしょ?」

 

 よくある異世界転生物語で置き換えれば、この漫画の世界に、この映画の世界に〜なんてよくある話だが、俺が知っている中でもエロゲーの世界に転生するなんて、マジで前例がなかったから正直ビビったぜ。

 

 27周もした大好きなゲームの中に、一度でも行けたらいいな、なんて考えた事もあるけどさ。

 

 まさか本当に入るなんて思わないじゃん。

 

 まさか本当にこの世界に来れるなんて思わないじゃん。

 

 「まぁ、カエデとレンと赤鬼、それからミヤコにも少し見られてるんだよな・・・もう隠す事なんて無いけど、俺が自分の心の世界の中でやっていたゲームは、正義のヒーローヘヴンホワイティネスって言う、俺が元々死ぬ前に居た世界で、そこそこ有名なサークルが立ち上げた超豪華な・・・エロゲーだったんだ」

 『!!?』

 

 まぁ、そうよね・・・。皆びっくりするよね。

 

 「カエデ、レン、ミドリコはもちろん、ケイタ・・・お前もそのゲームの中では・・・リコニスに首輪をつけられる、アホなキャラだったんだぜ」

 「嘘だ・・・」

 

 ケイタも流石に眠気が吹き飛んだのか、あのリコニスによって奴隷にされているのは、想像しただけでも中々地獄だ。

 

 「その・・・一度死ぬ前の俺は、仕事とかも何もやらせてもらえなくて、周りの皆から居ない者として扱われている様な、いわゆる残念な大人でな・・・」

 

 あ、なんだか言ってて悲しくなってきた。

 

 「30過ぎたのに、6畳の小さなアパートで暮らして、万年貧乏な冴えないサラリーマンだったんだ。いつからこうなったのかは俺にもわからないし、なんでこうなったのかも分からない」

 

 分からないまま過ごしていたら、気がついたら誰にも居る事を認めてもらえない、寂しい大人、それが俺だよ。

 

 「最初は独りで居る事が辛くて色々な事に手を出し始めたんだ。風俗、ギャンブル、酒、マッチングアプリ・・・本当に色々やったよ」

 

 他にも薬とかもやったな。バカ高くて一回だけなんだけどね。

 

 「そんな中、孤独を紛らわす為に、俺が見つけたのが・・・」

 「あのゲームね・・・」

 

 カエデが神妙な面持ちで俺にかぶせてきた。

 

 「あのゲームの妙なクオリティの高さと、ストーリーが最初は心の中にスッと入ってきた感じがしてな・・・」

 

 実際に俺の心は美女達が、想像し得ない怪人達にあられも無い姿でめちゃくちゃにされているのが、本当にたまらない気持ちになっていたのも事実だった。

 

 「始めは何度も攻略して、様々なエンディングを見たよ。そのどれもが、今になってみれば考えたくもない、お前たちの壊滅と全滅。正義の無い世界で・・・カエデや、レン。ミドリコがさんざん犯される、男の楽園の様な夢が広がるモノばっかりだった」

 

 でもよ、それをずーっとやってると、そのうち愛着の湧いたゲームの中でこうも思うんだ。

 

 「何度も救いの無いエンディングを見ていくとさ、俺も思うんだ。彼女を達を助けたいって」

 「ギンジ・・・」

 

 もしかしたら悲しい顔をしている俺を見て、カエが声をかけてくれた。

 

 「ゲームの中のカエデも、いや皆も。俺がこの世界に来て、見て、知って・・・ゲームの中と変わらない、大きな正義の志を持って皆生きてるんだ。ソレを知ってさ、俺は改めてこの世界でなら生きていけるって、強く思ったんだ」

 

 その思いに嘘は無い。

 

 彼女達にとって、ゲームの中の物語は全てバッドエンドだ。

 

 数あるバッドエンドの中で、ただ一つとして、カエデ達が助かるエンディングなんてなかった。

 

 そんなモノを全部見て、俺はカエデ達のハッピーエンドもあれば、このゲームは完璧だと思っていたんだ。

 

 無いモノねだりをしてもしょうがない。だけど、見てみたかったんだ。

 

 見てみたくなったんだ。彼女達の正義を示した世界とその先を。

 

 「さて、俺と言う人間はありえないぐらいバカで、アホな人間で、ようはカエデ達が絶体絶命に陥る様な状況でも、俺は興奮が抑えられない、ダメ人間。おまけに、このゲームにおける情報はなんでも知ってた。展開も、出てくる怪人も。なんだけど、俺がこの世界に来た影響か、今まで姿が見えなかったミヤコや、本来ゲームには登場しない怪人とかも現れて、色々と俺の行動にイレギュラーが生じる事にもなったんだけど・・・」

 

 話してて段々脱線しそうになってきたから、この辺りは聞きたい人に話すとしよう。

 

 「ある時、いつからかは全く覚えてないんだけど、ヘヴンホワイティネスの助けになりたいって、俺は思うようになったんだ。そしたらあっさり事故って、死んで、こっちの世界に来ちまった」

 「んなアホな・・・」

 

 赤鬼が笑いながら言うが、俺もそう思ったよ。

 

 「死んだけど、何故かその死を意識すた瞬間に俺は、ミヤコに拾われて、今に至る・・・ってそんな感じかな」

 「くふふ、確かにヘルブラックロスの組織の近くで、ボロ雑巾みたいになったギンジ君を見つけたのは、僥倖だったんだよ。おまけにわたしの名前も知ってるし」

 「だから、あたし達の行動に対して、わざとらしく未来を知ってるとか言ってたのね・・・」

 「そうだな。とにかく、この世界に来たからには自分の知識を活かして、ヘヴンホワイティネスを助けようとしたんだけど、相変わらず上手く行かない事ばかりでさ」

 

 今日だってそうだよな。

 

 鏡の怪人に一手打たれて動けなくなったし、虹創作市は防衛できなかったし・・・。

 

 「でも、これだけは信じて欲しい」

 

 俺が最後に告げる事は、独りの人間としても、一人の怪人としても、その両方を合わせて、俺としての言葉だ。

 

 「俺はお前らの事を仲間だと信じているし、性的な眼で見ている事も無いんだ。〈大好きな人達〉が、今の俺には増えすぎたし、もっとこれからも増えると思う。・・・それに、俺が自分の手で変えられるなら、俺の知っている未来、つまりバッドエンドをハッピーエンドに変えたいんだ」

 

 そうすればレンの未来だって守れるし、何よりカエデやミヤコとの事だってもっと真剣に考えられる筈だし。

 

 「俺は本当は未来人じゃないし、正義のヒーローと呼ぶにはガサツだし、じゃあ人間かと言うとそうでもないし、でも・・・お前らの仲間だ」

 

 ・・・。

 

 上手くまとめられていないのはちゃんと分かってるけど、それでも俺は皆と一緒に居たいって事を伝えたつもりだ。

 

 この世界が本当はエロゲーだったなんて、きっと誰に話しても信じてもらえる事じゃない。

 

 でも、今日起こった事を見たら、今度こそ信じてもらえる筈だと、そう信じて俺は精一杯皆に伝えた。

 

 「当たり前でしょ、そんな事。あたしはあんたの雇い主で、あんたはあたしの下僕」

 

 カエデが俺に向かって強気に言ってくれる。

 

 俺を信じてくれているこの言葉の重みは、何よりも嬉しいモノだった。

 

 「くふふ、これからもわたしの期待を裏切らない、世界で最強の怪人だよ、ギンジ君は」

 

 ミヤコも俺に向かって言葉を投げてくる。命の恩を感じているからこそ、この言葉には深みがあるぜ。

 

 「私達の、未来の事を、考えてくれているから、ここまでの事をしてきたんだよね。とても、簡単に出来る事じゃ、無いよ」

 

 レンまで俺を褒めてくれた。

 

 「同感だな。私も君と言う人間をちゃんと知れて嬉しいよ。カエデと同じだよ、当たり前だ、君は私達の仲間さ」

 

 ミドリコも強く頷いて、俺に笑みを見せてくれる。

 

 「兄貴が過去何してたかなんて関係ないぜ。姉御達の為に戦おうって、今のその覚悟が漢を造るんだ。世の中には2つの漢があるって知ってるかい。口だけのただの漢と、本物の漢だ。兄貴は間違いなく本物だぜ、胸張っていいぜ」

 

 赤鬼め・・・泣きそうな事を言いやがる。俺に喧嘩で敗けたくせによぉ。

 

 「僕もギンジを信じてるよ。もう、僕たちだけの未来の話しじゃないし、その・・・ギンジの未来を守るための話しじゃないかな」

 

 ケイタ・・・お前たまにすごい事を言うよな。

 

 「だから・・・ギンジ。仲間なんて当たり前。あんたが見てきたこの世界が、たとえ作り物でも、あたし達はちゃんとここに居るから。あたし達の世界だから・・・取り戻そう?皆の未来を」

 

 ぐっと心に来る言葉の数々に、俺は本当に泣きそうだよ。

 

 でも・・・。

 

 「そうだな・・・皆、ありがとう。俺、この世界でちゃんと勝つからさ。俺も最後まで戦うから、力を貸してくれ・・・どうしても守りたいんだ、皆の未来を」

 

 夜風が吹いたバルコニーで、俺たちは戦いを終わらせに向かう覚悟を、今一度新たにした。

 

 転生したって事も・・・まぁ信じがたい話しだけど、それについても皆は納得してくれたみたいだしいっか。

 

 まだ分からない事は、また後日聞きに来てくれれば良いし。

 

 「9月だけど、少し肌寒くなって来たわね。そろそろ戻りましょう」

 「ギンジの話が長いから、ケイタがそろそろ冬眠しそう」

 「9月だよ!?まだ冬眠はしないよ!」

 

 ケイタのツッコミのナイスだな。

 

 「戻ろうか。明日からもやることは色々山積みだしな」

 

 俺は皆の健康も考えて、全員でバルコニーを後にした・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「ねぇ、ギンジ」

 

 バルコニーから戻る傍らで、あたしはギンジを呼び止めた。

 

 バルコニーに置いたテーブルを端に戻すのをギンジに手伝ってもらおうと思ったから。

 

 「どうした?」

 

 ギンジはあたしの顔を見て、優しそうに微笑んでる。

 

 うん。やっぱり、ギンジはこうじゃないとね。

 

 「あたしさ、最初にあんたに会った時に、色々酷い事言ったでしょ。行動する時も、戦う時も」

 「あーまぁ、色々あったよな。理不尽に殴られる事も多いし」

 「しょうがないでしょ、あんたを煽ったり、他愛ない話してるのが好きなんだもん」

 

 夜風がまた一つ、あたし達の顔を撫でる。

 

 穏やかな夜空に、若干の蒸し暑さ。

 

 残暑を感じるこの瞬間に、今あたし達は二人。

 

 「ねぇ、ギンジ・・・」

 

 うっ・・・なんか二人で見つめてると、緊張するな。

 

 「あたしね、本当に今回だけはもしかしたらギンジが、戻ってこないんじゃないかと思って心配したのよ。それって下僕だからとかじゃなくて、一人の仲間としてもね」

 「おう。悪かったよ、本当に」

 

 素直に謝る所は、なんだか可愛いわよね。

 

 「ギンジはいつもあたし達の事を助けようとして、真っ先に動いてくれるし、いつでも誰よりも戦おうとしてくれて、いつも・・・見守ってくれるでしょ」

 

 あたしは、そんなギンジに何度も救われる気がして、ずっと頼りにしてきた。

 

 ギンジが居なかったら、今頃のあたし達は、ギンジの知っているあのゲームの通りになっていたのかも知れないし、きっと今みたいに誰かを好きになる事なんてなかったの。

 

 「・・・好きよ、ギンジ」

 「え・・・」

 

 ふふっ、なんか今まで変に考えたのがバカみたい。

 

 ミヤコに取られるのが嫌なのに、気を使って二人きりにさせたりさ。

 

 でもあたしだって、指を咥えて見ているだけなんて嫌なの。

 

 「ある人にね、言われたの。あたし達の未来を守ってって。ギンジが守りたい未来が、あたしの守りたい未来って事も忘れないでよね」

 「当たり前だろ。絶対に忘れるもんかよ。この先何があっても、俺がカエデを守ってやる。どんな敵が来ても、俺が追い返してやる。最強の下僕が付いてるんだ、もう心配しないでいいぜ!」

 

 親しみを込めて言ってくれるその言葉が、あたしは何よりも嬉しかった。

 

 嬉しかったから、だから・・・あたしは今まで頑張ってきたギンジに、ご褒美を上げる事にしたの。

 

 ちょっと強い風が吹いた。

 

 その風に背中を押される様にして、あたしは自分が認めたたった一人の男性に、初めてのキスをした。

 

 ちょん、と唇が触れるだけ。

 

 恥ずかしくて、胸が痛くなるようで、それでいて、ちょっと苦しくなうような、一瞬のキス。

 

 「はっ・・・なっ。え・・・」

 「クスッ・・・ギンジみたいな最強の怪人様でも、そうやって慌てる事もあるのね。でも、あたしはたった一回じゃ終わらないわよ」

 「は・・・?」

 

 多分、今のあたしは耳まで真っ赤。

 

 そんなの、鏡を見なくても分かる。

 

 でもそれと同じぐらいに、ギンジの顔も真っ赤。

 

 ゲームの中でのあたしを好きになってるなら、現実に居るあたしの事も好きになってよ。

 

 「ギンジ、聞こえるよ。あなたの鼓動が。あなたの命の音が」

 

 距離が近づいた事で、あたしはギンジの身体を抱きしめてた。

 

 ギンジも同じ感じ。あれだけ力強い腕と手をしているのに、あたしに触れてくれる全部が、優しくて、嬉しい気持ちにさせてくれる、そんな感情であたしを抱きしめてくれている。

 

 なんか、嬉しい。

 

 こうして、好きな人と抱っこしてる事だ、嬉しい。

 

 「カエデ・・・」

 「うん・・・一回じゃないわよ」

 「・・・」

 

 ミヤコは一回だけでしょうけどね、あたしは二回、自分の好きと言う感情をギンジに乗せてあげた。

 

 「んっ・・・!」

 

 眼を閉じて、ギンジにもう一度唇を尖らせて、首を上げた。

 

 あたしがそうしたかったのに、今度はギンジの方から、その唇をあたしに重ねてきたの。

 

 頭の中がぱちぱちするようで、なんかふわふわする。

 

 クラっと来そうな、甘い電撃が身体の中に走る感覚。

 

 それがあたしの身体の中に、二度走った。

 

 「・・・ここまでしておいて、アレなんだけど」

 「分かってる」

 

 分かってる。まだ、返事は返せないのよね。

 

 「けど、ずっと待ってるから。ギンジはギンジの思い描いた道を突き進んで頂戴。でも、忘れないでよ、あたしはあんたが好きだから。大好きよ、ギンジ」

 

 いいの。

 

 ずっとあたしを見守ってくれたギンジは、あたしにその言葉をくれたから。

 

 ここに居るギンジに選んでもらえなくても、あたしは・・・。

 

 「カエデ・・・俺も・・・お前の事が好きなんだ。だけど・・・」

 「今すぐ答えを出そうとして焦らないでもいいわよ。でも、優柔不断な怪人には・・・」

 

 もう一度。3回目のキスをして、もう躊躇いが無くなった。

 

 味なんてわからないし、鼻息も当たるし、でも柔らかい。

 

 柔らかくて、嬉しくて、好きになるっていう感情が、人を駄目にするのも、今だったらなんとなく分かっちゃう気がするかも。

 

 「大好きよ、ギンジ」

 「ありがとう・・・」

 

 そのままあたし達は、あと少しの間だけ、このまま身体を抱きしめ合った。

 

 このまま離れるのが嫌になっちゃってるから・・・。

 

 このまま、離れるのが・・・寂しいから。

 

 あたし達の戦いはまだ終わらないし、いつ終わるのかもわからないけど、でも・・・。

 

 明日死ぬかも知れないって言う覚悟を、あたしとギンジはちゃんと持ってるから。

 

 だから、恥ずかしくても、離れないでこのままで居たかったの。

 

 ギンジ、ちゃんと返事をくれるのを待ってるからね。

 

 あたしとミヤコは、あなたに答えを示したよ。

 

 ちゃんと、待ってるから。

 

 ヘヴンホワイティネスとしての覚悟はちゃんと持った。

 

 恋としての覚悟もちゃんと持った。

 

 大好きな人と、大好きな未来を歩める様に、あたしは一歩先に進むわよ。

 

 身体が熱くなる電流を感じながら、次に夜風が吹くまでの間は、あたし達はずっとこうしたままだった・・・。

 

 

続く

 

 




お疲れ様です。

恋愛として物語をすすめるには、少し遅くなってしまいましたが、今章ではカエデの物語と言う、良い感じにできたと思います。

キャラネタ書きます

佐久間ギンジ
カエデとのキスで、もしかしたら理性を一瞬失ったかもしれない。

異世界転生者です!って説明するには、少しだけパニクっていた。
また話す機会があれば、そのうち。

神宮カエデ
ついにギンジに想いを伝えた。
物語も終盤なので、この3回のキスもきっと何かカエデにとって良い方向に動く筈!

鏡の怪人
尺の都合上で出番がカットされた。
次回の冒頭に出てくる予定です。

・・・

次回は新章・現代のレジスタンス編が開始される予定です

暴力の怪人、拒絶の怪人、血の怪人、
さらにウオーバ、サオーバの右往左往兄弟や、結界の怪人、グリズリーの魔人に、ライオンの魔人、小栗鼠山さんとか、キリンの闇人とか、菊沢トモカの再登場とか・・・

雪の怪人、真鍋アオハル、小鳥遊アキラ、銀葉イオリも出て来て、さらに龍、毒蛾、機械の怪人も登場する大きな章になる予定です。
あらかじめプロットも立てては居ますが、また増えるんだろうなぁ・・・

次回からの新章もお楽しみに!!


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現代のレジスタンス編
117・9月6日の夜


こんにちは、アトラクションです!

今回から新章・現代のレジスタンス編です!
尺の都合上カットされた鏡の怪人のその後も乗せています。

なので実際鏡の怪人編の最後でもあり、新章の始まりでもあります!

一応、そこに繋げられる様に手直しをしております。

それではどうぞ!


 埃一つ舞うことの無い清潔感のある、真っ暗な部屋。

 

 大きく円型に切り抜かれたその部屋の中心には、階段の様に積み上げられた、部屋と同じ円型、三段分のわずかな足場と、その最上段には小さな王座も置かれていた。

 

 そんな部屋の、そんな王座。

 

 王座を取り囲むようにして、人と、人とは思えない数々の怪物達が、、王座に座る者に頭を垂れて、今かいまかと口を開き声を発するのを待っていた。

 

 北側には宇宙人の様な顔に、首から下の胴体、足先までもが様々な太さ、形状の異なる触手を垂らしている触手の怪人。

 

 その左右隣には、棒人間の様な姿なのに、人と同じ様な質感を併せ持ちながら、黒く赤い怪人の瞳を頭部に宿した、紐の怪人。

 

 ぴっちりもっこりした存在感のあるブーメランパンツを履いて、人間には到達不可能な程に筋肉が詰まった、プロレスラーや相撲マン顔負けの身体をして、顔だけはチワワの顔をした犬の怪人。

 

 3名の怪人が王座の北側で地獄の王の声を、ただ静かに待っていた。

 

 東側には座るのも、怪人達だ。

 

 一人は黒いタンクトップに、すらりとした腕を出し、カーゴパンツを履いて黒く硬そうなブーツを履いていて、とても動きやすい見た目をしている、龍の怪人。

 

 長く伸びた髪を後ろで一つに束ねて、優雅な顔立ちからは想像できないぐらいに、豊満な身体を小さく折りたたんでいる。

 

 その右隣には、少年の様な顔立ちと幼さを醸し出して、ハーフパンツと黒いローブを身に着けた、毒蛾の怪人。

 

 禍々しく、そして毒々しい羽は、呼吸でわずかに身体が動くと同時に、毒性の強い鱗粉がこぼれ落ちる。

 

 龍の怪人の左隣には、四角く纏まって、ボックスの形状にその身を変えた機械の怪人が黒く赤いモノアイを閉じるようにして、触手の怪人達と同じ様に、地獄の王の声を待っている。

 

 西側にはボロボロになった学ランの様な服に、袖の部分を無理やり引きちぎったと思われる、物理的なノースリーブを実現した、爆撃の怪人。

 

 その爆撃の怪人の背後では、オレンジ色の囚人服に身を包んだ、老人が一人と、まだ若く見える存在が一人。

 

 老人の方は、元退魔教会所属の退魔師であった老人。名を赤天。

 

 もう一人は、一見女性の様な顔にも見える、魔法の闇人、ことコンキリエが、爆撃の怪人や他の怪人と同じ様に、身体を折り曲げて声を待っている姿勢を取っていた。

 

 南側には、黄金の鎧を身に着けた少女が、この場でたった一人だけ立ち上がりながら、グラマラスなスタイルと綺麗な臍と、悪魔的に狂気に満ちた、満足感のある素敵な笑顔を見せつけて居た。

 

 その隣にはある程度の応急処置だけはしてもらったのか、切断された右腕には包帯、下半身には添え木と、股間部分には『接触禁止』と書かれた注意書きの張り紙をつけられて、さらに悲惨なのがおでこには・・・『わたくしは嘘つきのロリコンです』とタトゥーを掘られた事で、完璧に心が折られた柏木タツヤの姿があった。

 

 かろうじて生きているのだが、もはや男性の象徴である、例のモノに刀を突き立てられて、機能不全に陥った事と、治療中でもお構いなしにボロクソにされた事で、完璧に動かずにうつろな瞳をしている。

 

 中心の玉座の中、最初の一段を登った所で、最後の一人の怪人が、大怪我をしながらもなんとか膝をついて王の声を待っている様子だった。

 

 苦しそうにしている怪人の名前は、鏡の怪人。

 

 単身でヘヴンホワイティネスの本拠地に乗り込み、様々な幻術を用いて、襲撃を行うも組織の裏切り者である進化の怪人に手酷くやられ、あげく敗北が確定しているのにも関わらず、最低限の治療だけしてから再度の出撃。

 

 これを持ってしても、ヘヴンホワイティネスに勝つ事が出来ず、しかも敗北を一日で二度も経験させられた。

 

 怪我を治さずにここに来ているのは、自らの保身の為ではなく、敗北して敗けてから、気がついたらヘルブラックロスのアジトに戻されていたのだ。

 

 いつ、どうやって、誰が、手段はどうやって。

 

 それらの考えを頭の中に頑張ってまとめては見るモノの、考えがまとまらず、佐久間ギンジにぶっ飛ばされてから先の記憶が曖昧になっている。

 

 鏡の怪人は命は助かったと、一度は安堵したモノの、すぐに絶望感に苦しみ悶える事になる。

 

 ヘルブラックロスは個々の力を尊重し、混沌とした世界の中で生き抜いて行かないとならない、圧倒的強者達の世界を目指そうとしている。

 

 その世界を目指し、興りを始めている組織の中で、王とも呼ばれている総統の直属の怪人である彼女は、敗北を許されている立場では無い。

 

 流石に立場上、そう簡単に【処分】される様な怪人では無いが、それでも何かしら大きな罰がその身に落とされる事は間違いないだろう。

 

 「よくぞやってくれた・・・」

 

 中心の三段目、王座に足を組みながら両手を組んで腹に乗せた総統の声が、ついに発せられた事で、最下層の冷たい床に座る怪人達が、一斉に頭を上げた。

 

 「お前たちのおかげで、ついにヘルブラックロスは、この国に名を知らしめる事が出来た・・・」

 

 総統は嬉しいのか、表情は見えないが影のついた顔の奥で、紅い眼光を輝かせる。

 

 「それどころか、新たな協力関係におけるとある組織との連携も完璧に行われ、虹創作市の完全破壊、そして日本軍隊の先行部隊の壊滅・・・」

 

 そして柏木タツヤ大幹部の奪還に加えて、凶悪な犯罪者達の取り入れと、新たな怪人級に匹敵する戦力二名の吸収。

 

 さらに魔法の闇人こと、コンキリエからの事前の顔合わせにおける、魔法の存在の確率。

 

 今まで断片的にしか聴いてこなかったし、興味もなかったモノだが、総統はこの魔法と言う存在にも、今回の一件でその単語と現実的な考えを持ち出したのだ。

 

 「ついに我々の日本転覆計画も、現実味を帯びてきた所だ。コレも全て、お前たちのおかげだ」

 

 総統からの感謝の言葉には、いつも聴く者を不愉快に思わせて、腹を震わせる様な、まるで恐怖心を煽る様な声音があるのだが、今回はかなり上機嫌そのモノの褒める声であり、地獄より生まれた怪人達が頭を下げながらも、歓喜に満ちていた。

 

 リコニスもその例外に漏れず、かなり満足気な顔を見せては、悪辣な笑みは崩さないでいる。

 

 それどころか、いつも以上に瞳は爛々と輝いている。

 

 「さて・・・次の計画だ。ドクターパープル」

 

 お褒めの言葉もそこそこに、総統は次の計画を見せる為に、大幹部の一人であるドクターパープルを呼び出した。

 

 「ここに」

 

 影、闇、暗い・・・様々な呼び方があろう、何も無い場所からドクターパープルが姿を表した。

 

 いつもの戦闘員のパワードスーツをつけた姿を、紫色にカラーリングした、特別製を感じるスーツのままなのに、今や彼は大幹部として総統直属の部下としても動いている。

 

 「次の計画は・・・ずばり、魔法の入手、だ」

 「・・・魔法?」

 

 ドクターパープルが手元の端末かた空中にホログラムを展開させると、様々な情報を乗せた文字列が、それぞれの怪人とリコニスの眼の前に現れる。

 

 展開されたその文字と、ドクターパープルの言葉に、一番に疑問を投げたのはリコニスだ。

 

 「ああ、そうだよリコニス。魔法だ」

 

 この場でひと悶着起こそうとしているのか、リコニスに警戒を強めて言うが、気分の良いリコニスは冷たい床にお尻をつけてだらけ始める。

 

 「そんなに警戒しないでよ、紫ちゃ〜ん。ほら、話を続けなよ」

 

 総統の前でもマイペースを崩さないリコニスを見てから、総統に目配せするが、総統もさして気にしていない。

 

 「続けろ」と、そういう合図で軽く回した総統の右手を見て、ドクターパープルは次の計画の話を続ける。

 

 「今までは魔法少女と呼ばれる敵性存在の使う特殊能力でしか見たことの無かったこの魔法と呼ばれる超常のエネルギーだが、以前骨の怪人がこの情報を持ち帰ろうと動いていたが、未だに連絡が取れない。まず、間違いなくヘヴンホワイティネスか、魔法少女に撃破されたと考えるのが妥当だろう」

 

 ドクターパープルが一息に喋り、また呼吸を整える。

 

 「もし魔法少女を手に入れられるのであれば、研究したい所だが、事はそう上手くは行かない・・・そこで、通常の人とは違うエネルギーが複数検出されている場所をピンポイントに探し出して、その場所に我々が進行する、というのが次の計画だ」

 

 怪人だけの物理的な力だけでは無く、魔法を手に入れられるのであれば、より一層の組織の強化を図れるからだと、ドクターパープルは言う。

 

 「ね〜紫ちゃん、質問があるんだけど良い?」

 「構わないよ、リコニス」

 

 リコニスがあぐらをかきながらだらけ切った腕を上げて、ドクターパープルに声を出した。

 

 「その魔法のエネルギー?って言うのはどこにあるのさ。見つけたらさっさと奪っちゃおうよ」

 「もちろんそのつもりさ」

 

 ドクターパープルが端末を操作して、次のページをめくる。

 

 本が一枚めくれる様に、ホログラムも動き出して、それぞれの怪人達の眼に止まる。

 

 「・・・っ!」

 

 その中で瞳を大きく見開いたのは、龍の怪人だった。

 

 毒蛾の怪人も驚いているが、その驚愕度合いと闘志の沸き立つ気持ちは、この場に居る誰よりも大きいのは龍の怪人だ。

 

 「もう見つけているのか?」

 

 総統の質問に、ドクターパープルは仮面の奥からでも分かる様な笑みを乗せた顔をしているであろう口調で、返事を返した。

 

 「はい、勿論でございます、総統閣下」

 「ほう、流石だな・・・」

 「皆もよく聞け。これは総統閣下からの直接の命令であると!」

 

 ドクターパープルの声には、誰も逆らわずに黙っている。怪人達は次の言葉が欲しいのだ。

 

 「人とは違うエネルギーが検出されている場所、仮称だが我々はこれを龍脈と呼ぶ事にした。そして龍脈が置いてある場所こそが・・・」

 

 ドクターパープルと総統の次の計画。

 

 魔法の出どころになりえると言われている龍脈があるその場所こそが・・・。

 

 「・・・東度固化市だ」

 

 龍の怪人が硬く鋭い牙をぎしり始める。

 

 食いしばったその牙が歯茎から少し曲がる程に強い顎の力で、だけども龍の怪人の顔はとても嬉しそうに微笑んでいるようにも見えた。

 

 「過去の調査、襲撃にもあった・・・我々から愚かにも脱走した怪人や、ゲヘナミレニアム、マージ・ジゴックの残党も流れ着いたと言う、ゴミの掃き溜め・・・異人町に、その龍脈がある事は調べてある。近く、その調査と異人町も最終襲撃を開始する為の人選を行う。総統閣下の望む未来と、我々の勝利の為に、是非とも力を奮ってくれ・・・存分にな」

 

 今日はやたら長く喋るドクターパープルの姿など、最早龍の怪人には見えていない。

 

 「・・・次は、決着をつける」

 「え?何か言った、龍の姉さん」

 「・・・」

 

 龍の怪人が一言、小さく言葉を発して、毒蛾の怪人にはそれが上手く聞き取れなかった様だ。

 

 だが、龍、毒蛾、機械の怪人には苦い思い出のある異人町。

 

 三怪人の初陣と共に、ヘヴンホワイティネスと脱走した怪人達に手酷くやられたあの場所。

 

 あの異人町でやられた屈辱は未だに拭えないでいる龍の怪人にとって、大きなチャンスが来たと、彼女は頭の中で一つの大きな転機を得た気分であった。

 

 ヘルブラックロスの次なる計画は龍脈の調査及び魔法がその場で手に入るならば速攻入手。

 

 そして・・・異人町の最終襲撃と銘打った、破壊を始めるのだろう。

 

 「それでは、次の司令が来るまでは、各々メディカルチェックをさせて貰う。得に・・・鏡の怪人、君は最優先だ」

 

 ドクターパープルの言葉は仲間に向ける心配の声。

 

 しかし・・・。

 

 「待て」

 

 その背後に座る地獄の王、総統はそれを静止した。

 

 「鏡の怪人・・・貴様は・・・貴様だけは敗北で終わったな・・・」

 「はっ・・・この度は・・・」

 

 総統の声音と圧はいつものモノに戻り、怪我をしている鏡の怪人が全身を大きく震わせながら、土下座までして謝罪を述べようとするが、総統は謝罪の言葉を一喝して止める。

 

 「要らぬ!」

 

 本当に人間なのか疑わしくなる程の大声は、さっきまで闘志を燃やしていた龍の怪人の背筋まで震わせる。

 

 あまりの勢いでドクターパープルは、王座の階段から転げ落ちるぐらいだ。

 

 声だけでもこれだと言うのに、総統は身動き一つせずに衝撃波まで出している。

 

 「・・・っ」

 

 最早総統が怖くて声が出せない鏡の怪人に、総統は表情を一つも動かさずに、無慈悲な罰を与えた。

 

 「服を脱げ・・・そして、もう一度この場に居る全員に詫びろ。怪人四天王の面汚しめ」

 「・・・・・・」

 「早くしろ」

 「はい・・・」

 

 もう怖すぎて総統が何を言っているのかさえあまり耳に入っていないが、鏡の怪人はおずおずと立ち上がると怪我をしている身体に一糸纏わない姿を、怪人達に不本意ながら見せる事になる。

 

 「ああ、目隠しは外さなくて良いぞ・・・貴様の眼は、好まない」

 

 昨日までは・・・たった昨日までは寵愛を受けていたのに、この仕打ちだ。

 

 だが、これがヘルブラックロスという世界であり、総統の絶対権限だ。

 

 総統直属の怪人四天王として造られたのに、成果も出せないのでは、意味が無い。

 

 「こ、この度は・・・皆様に・・・ぐぅっ・・・」

 

 鏡の怪人が自分の裸体をさらけ出しながら、土下座をしている。

 

 そんな姿を見られて、触手の怪人にいやらしく笑われて、紐の怪人に見下されて、犬の怪人にも嘲笑されている。

 

 得に悔しく感じるのが、この場に居る怪人のほとんどが、ドクターパープルとドクターミヤコの造った怪人が居て、自分より下と思い込んでいた格下の大幹部、そして格下怪人達にバカにされているのが一番悔しい。

 

 目隠しにも濃いシミを作るぐらいに涙が溢れているが、そんなのおかまいなしに総統が追い打ちをかける。

 

 「ふぅ・・・処分か」

 「!?そ、それだけは・・・それだげゔぁああ」

 

 鏡の怪人は普段表には出していないが、総統の事が大好きだ。

 

 自分を造った怪人だと言う事もあるが、この世に居る全ての男性の中で、総統の事を愛している。

 

 あの腕、あの腰使い、あの息、あの言葉、あの顔、あの頭脳、あの力。 

 

 全てが鏡の怪人にとっての愛の象徴であり、総統が望む事はなんでもやらないと行けないのだ。

 

 だから泣いている場合ではない。

 

 処分を免れると決まったわけではないが、とにかく今は総統の言うとおりにしないと。

 

 「うぐっ・・・ヒッ・・・こ、この度はぁ・・・み、皆様の指示統括をした、の゛にぃっ・・・自分だけは、じぶ、んだけば、成゛果を出せずに・・・」

 「出せずに(・・・・)?違うだろう、出さなかったのだろう?」

 「・・・出さずに、も、申し訳ございませんでしだぁ!!」

 「『私は嘘つきで、弱者で、愚か者です』、だろう」

 「ズビビ、んぷぁ、わ、私は嘘つきで、ハァハァ、じゃ、くしゃで、愚か者ですぅぅ〜〜ヒッ、ヒグゥ」

 

 泣きすぎて鼻水も涙も顔を濡らして、鼻提灯まで作る土下座に、ヘルブラックロスとはこうであると言っても、流石に同じ怪人同士でも気の毒になってくる。

 

 「だ、そうだ。これで処分は免除しても良いと思うが、皆の意見はどうかね」

 

 総統の顔はとてつもなく狂喜に満ち溢れ、自分の手下の心を折った事でとてつもなく満足げだった。

 

 当然怪人達は誰一人笑う事なく、処分を免除すると言う意見で一致したために、鏡の怪人は土下座を強要されたまま一先ずは許される事となった。

 

 「貴様は少し、そのままで居ろ」

 「ヒッ、ヒッ・・・ヒンッ・・・」

 

 声を押し殺しながら苦しそうに泣き続ける鏡の怪人に、土下座のままで居させると同時に、総統は視線の先を、ぐったりしている柏木タツヤに向けた。

 

 「・・・さて、お前は・・・」

 

 パチン、と指を鳴らす。

 

 怪人達はその音が鳴った瞬間、リコニスと赤天、コンキリエを除いて、全員が震え上がる、あの存在が総統の背後から現れた。

 

 『我らは、怪であり、人であり、または善でもあり、悪でもある』

 

 その指を鳴らしたのは、異質な声音と、得も言われぬ生物的嫌悪感を抱く、あの怪物の登場のサインだ。

 

 いつも総統の影に居て、しかしいつでも世界のどこにでも姿を表せる、異質な怪物。

 

 それが登場したならば、怪人達はその恐ろしさに正直に下がるしか無い。

 

 勝てるイメージが見えてこない、人類史上最大かつ強大な存在には、誰も本能で逆らえない。

 

 いつもは余裕なリコニスでさえ、しかめっ面で舌打ちするぐらいだ。

 

 『命も無し、意も無し、しかし我らはいつでも、望んでいる、地獄であり、天国でもある、無意味なる闘争を、意義ある転覆を』

 

 異質な怪物は相変わらず人の身体の形をしておきながら、身体は半透明に揺らめいていて、炎の様に燃え盛る地獄を見せつけている。

 

 「・・・ああ、わたくしは、一つになるのですね・・・」

 

 ぐったりしていても、タツヤは自分の最期を悟ったのか、言葉を発した。

 

 異質な怪物からは、型や脇、腕から細かい触手が伸びていき、それらも半透明の中に、炎が巻き上がる。

 

 「柏木タツヤ。今までご苦労だったな。お前は組織の命に忠実で、組織の目標にも忠実だったよ。お前は、我が組織の中核にして、この怪物・・・意識の集合体となれ・・・お前ほどの心の強さがあれば、実に大いに役立つだろうな」

 「はは・・・短い夢の世界でしたよ。しかし、ありがとうございます、総統・・・」

 

 最期の言葉を交わして、異質な怪物はタツヤが苦しまない様に、その細かい触手でタツヤの頭を貫いた。

 

 血を吸収して、肉体を吸収して、ずぶずぶと泥沼に飲み込む様に、タツヤは異質な怪物に飲み込まれていった。

 

 飲み込んだ最後に、車椅子と衣服だけはキレイにお腹から吐き出されて、小さな破壊音を鳴らしながら、異質な怪物は総統の影に自ら沈み往く。

 

 『我らは再び、現れる。次なる神の宮殿で、この命達が、この意識達が、我らが・・・再び現れる』

 

 異質な怪物が完璧に姿を消すまでは、ひたすら謎の言葉を並べ続けて、消えた途端に、命の危機を感じる様な悪意に満ちた緊張感からは開放される。

 

 「・・・では、そういう事だ。後はドクターパープルから指示が下る。それまでは各々自由にしておくがいい」

 

 総統の言葉を最後に、この怪人達を集めた報告会は終了となった。

 

 「それでは、赤天とコンキリエはこっちに来てくれ。君たちの身体に宿る力を、採集しておきたい」

 

 ドクターパープルが怪人達を牽引しながら、円型の部屋から出ていく。

 

 最後まで鏡の怪人は土下座したまま、悔し号泣をしていた。

 

 「鏡の怪人よ、立て」

 「はっ・・・」

 

 もう肉体的にも、精神的にもボロボロの彼女だが、顔をべちゃべちゃに汚しながら彼女はヨロヨロと立ち上がった。

 

 「済まないな」

 

 人の居なくなったこの部屋で、総統がらしくない言葉を投げてくる。

 

 鏡の怪人はそれだけでも嬉しくなる気持ちもあるが、ここで調子に乗ってはいけない。

 

 鏡の怪人が震えながら、白い肌を小刻みに揺らすが、その白い肌、肩に総統の手が乗せられる。

 

 「・・・っ!」

 

 総統の手は温かい。

 

 冷徹に思えても大きく親のような存在感のあるその手が、鏡の怪人を安堵させる。

 

 「お前には、やはりこの程度の罰では生ぬるいな」

 

 しかし総統の言葉は鏡の怪人の期待を裏切った。

 

 「なっ・・・」

 「潔く処分を受け入れればよかったモノを・・・だが、良い怪人の仲間の意見を受け入れて、一度は処分を免除はしてやる・・・貴様にはもう一つの罰を与える事にしよう」

 

 肩を艶かしく撫でて、総統の息が荒くなっているのを感じる。

 

 これは・・・もう一つの罰は・・・。

 

 (もしや総統・・・こんな私を抱いてくださるのですか!?)

 「それ」

 

 鏡の怪人が、総統からの暴力的な寵愛を受けられると思ったのも、つかの間の期待だった。

 

 「何を・・・!?」

 

 たった三段しか無い王座の階段から背中を押されて、落とされた。

 

 しかし硬い床の衝撃は襲ってくることは無く、何か柔らかいモノに落とされる。

 

 布とはまた違う、肉質性の何かに、鏡の怪人は落とされたのだ。

 

 上を見上げれば、四角く切り取られた大穴が見えて、その奥、つまり王座のある部屋からは総統が見下ろしていた。

 

 いつの間にこんな穴があったのか、それは分からないが、総統の手によってこの落とし穴じみた所に鏡の怪人は落とされたのだ。

 

 「むぐっ!?」

 

 何がなんだか分からないまま、鏡の怪人の鼻には青臭さと汗臭さが混じり合った異臭を嗅ぎとって、思わず鼻を抑える。

 

 「ぶひぃ」

 「オンナァ・・・」

 「ゲゲゲ、女、女ァ!」

 「じゅるるる・・・ぶじゃああ!!」

 「ハァハァ・・・そんな、まさか・・・」

 

 落とされたのは懲罰房。

 

 女性戦闘員がミスをした時、誘拐した女性の心を折る時に使われる、最低最悪の性の肥溜め。

 

 そこに鏡の怪人は落とされたのだ。

 

 「そいつらは知っての通り、身体の疲労を精神性と引き換えに回復してくれる。人間だと壊れてしまうが、貴様ならば一月ほど居ても問題あるまいな?」

 「そん、な・・・総統・・・閣下・・・」

 

 鏡の怪人の目隠しが涙による水分を吸収しきれず、ボトりと、落ちた。

 

 見えた怪人の瞳は涙で腫らしても美しく、綺麗な形をしている。

 

 黒く赤い瞳はそのままに、美しい宝石のようにも思える鏡の怪人の瞳を見て、周りに居る懲罰房員達の鼻息が一斉に荒くなる。

 

 でっぷり太ったラバーマスクをつけた人間。

 

 ゴブリンと噂されている小人。

 

 言語もままならない異形の身体つきをした男。

 

 醜いのに、思わずうっとりしてしまいそうな良い身体をした男。

 

 他にも周りを見渡せばキリが無いほどに、ヤバそうな奴らが鏡の怪人に狙いを定めている。

 

 食い荒らされる(・・・・・・・)

 

 「では、そこでの罰は、一切逆らわずに従順にしていろ。決して怪人としての力を使うな」

 「総統〜!怪人までヤラせてくれるなんて良い人だぜ!ギャハハハ!」

 

 一人の男が下卑た笑いを見せつけながら、鏡の怪人ににじり寄る。

 

 他の男達も動揺だ。そもそも今の鏡の怪人の姿を見て、狙いを定めない男は居ない。

 

 ヘルブラックロスとはそういう組織でもある。

 

 「たす・・けて・・・こ、これ以外なら・・・」

 「もう無理だよ。怪人女の使い心地、確かめさせて貰うぜ」

 「ヒッ・・・」

 

 無数の手が伸びてきて、鏡の怪人を覆い尽くす様にして、視界が塞がれる。

 

 なんとか総統の顔を見ようと穴の上を覗こうとするが、もう既に閉じられており、ただの天井となっている。

 

 「嫌ぁぁぁぁーーーー!!」

 

 総統の命令がある以上、彼女は抵抗が出来ない。

 

 叫んでみても、鏡の怪人に叩きつけられた罰は、もうどうやっても逃れる事は出来ない。

 

 「やめて!嫌!私の身体は、総統閣下のモノなの!お願い、やめて!やゔぇ・・・ぬおお触らないで!やだぁぁぁ、やだよおお!!助けてぇ!良い子にしますから!もう期待を裏切らない様に、全部ちゃんとやりますからぁぁぁ゛あ゛あ゛!!総統閣下ーー!!」

 

 必死に、必死に叫び続けるも、手の数が多すぎて、鏡の怪人の助けを求める声が押し殺される。

 

 鏡の怪人が必死に懇願するが、その声が聞こえなくなるまで、総統は穴があった場所で静かに立ちすくんでいた。 

 

 「──っ!──!───♡」

 

 やがて完璧に音や声が聞こえなくなったら、総統は興奮冷めやらぬ呼吸を吐き出す。

 

 「さて・・・ヘヴンホワイティネスよ・・・我々は一手打ったぞ。今度も邪魔をするのであれば、容赦はせんぞ・・・」

 

 2022年9月6日。

 

 ヘルブラックロスは虹創作市の破壊を達成。

 

 そして次の計画は近いうちにすぐ実行に移す。

 

 龍脈と魔法の入手。

 

 それを持ってして、ヘルブラックロスの強化は盤石なモノになる。

 

 「ククク・・・どちらの力が勝っているか、楽しませてもらおう」

 

 総統が闇の中で言葉を発したが、それに返事を返す者は誰一人として居ない。

 

 地獄の王が、紅い眼光を再び輝かせた。

 

・・・・・・・・・・・・・・

  

 「ひでぇ有様だぜ」

 

 鏡の怪人が今現在どうなっているのかを見せられた藤原は、モニターの電源を落とす。

 

 あれは陵辱なんて言葉では片付けられない、この世の悪の一つだ。

 

 そんなモノを見せられては、流石に藤原と言えども警察という立場からか、嫌悪感が湧いて出てくる。

 

 「気に入らなかったかな?」

 

 藤原に声をかけたのは、デスクで執務を行うドクターパープルだった。

 

 「気に入るとか気に入らないとかじゃねぇよ。おじさん、ああいうのは無理だぜ」

 「ふっ、そうか」

 

 二人が居る場所はドクターパープルの研究室だ。

 

 冷房が効いていて、どことなく寒くも感じる様な研究室で、藤原が悪態をついた。

 

 「ところでよ、言われた通り見つけてきたぜ」

 

 鏡の怪人が敗北した時に、藤原は誰にも見つからずに回収を行い、それと同時平行で、怪人四天王の一人でもあった、武者の怪人の亡骸を見つけて来たのだ。

 

 ドクターパープルと邂逅した時に、お願いされていた2つのミッションのうち、一つは達成となる。

 

 相手は得体の知れない組織だ。

 

 藤原は、ヘルブラックロスの動向を探るために、ここまで来ている。

 

 しかし、ただ動向を探るだけでは、ドクターパープルから怪しまれる為、不本意だが柏木タツヤと同じ手段・・・二重スパイを行う事で、このセクハラおじさんはここまでたどり着いている。

 

 「流石だね。その怪人はどうやら仮死状態みたいだ。怪人四天王が一人も居ないのでは格好がつかないのでね、武者の怪人を復活させて総統の守護警備を命じるとしよう」

 

 藤原にお願いしたミッションは、消息不明の新怪人四天王を探すと言う事・・・そしてもう一つのミッションは・・・。

 

 「ヘルブラックロスの戦闘員となる、だよね。でも、本当に良いの?」

 「ああ。構わねぇさ。おじさん、このまま何もしないなんて性に合わないんでな」

 「そうか・・・まぁ、組織の邪魔にならなければなんでも良いよ。戦闘員としての最低限の装備や、技術は後で書類にまとめて手渡しするよ。あ、くれぐれも分かっているけど、どこかい流用したりしたら・・・」

 「・・・分かってるよ、そう何度も言うなよな」

 

 どこかに情報を流せば、殺される。

 

 それが条件。それがヘルブラックロスになると言う事。

 

 これは公安警察で生きてきた藤原の人生の中で、最も難しい任務になるだろう。

 

 (待ってろよ・・・必ず尻尾を掴んでやる。甘白、上手くやれよ)

 

 亡き人、チトセの事を思い浮かべて、自分の部下でもある甘白ミドリコの事も思い浮かべる。

 

 (おじさん、ちょー頑張っちゃうからよ)

 

 ふざけているが、実際超真面目にこの任務に動いている。

 

 金回りの良さと魅力的な誘い文句、アイドル顔負けの女性戦闘員にセクハラし放題、有給は年100日と、想像以上の待遇だが、これが最低ランクだと言うのだから、ヘルブラックロスはとんでもない。

 

 必ず・・・ヘヴンホワイティネスへの手向けになるモノを見つけ出して、彼女達の助けになると・・・藤原は覚悟を決めていた。

 

 「それじゃ、今日は帰って良いよ。私は明日もあるから残るけど。警察にはちゃんと伝えておくんだよ、『何もつかめませんでした』ってね」

 「当たり前だ」

 

 藤原とドクターパープルが鼻で笑い合うと、藤原は研究室を後にする。

 

 そんな赤いジャケットの中年を見送り、ドクターパープルは満足そうに鼻を鳴らす。

 

 「果たして・・・お前一人でどこまで出来るか見ものだよ、藤原さん」

 

 悪の本拠地で、勝ち目の無い戦いに身を投じた藤原の事を見抜いているドクターパープルは、無謀な戦いをしている愚か者に思わず心の底から笑ってしまう。

 

 「さて・・・龍脈の情報をまとめておくか」

 

 今は藤原を泳がせても良いだろうと、ドクターパープルは自分の仕事に戻るのであった。

 

 

続く

 

 




お疲れ様です

総統ってひどい事するね・・・だが、いいぞ、もっとやれ

キャラネタ書きます

鏡の怪人
身も心も色々ボロクソにされた可愛そうな怪人。
総統の事が大好きすぎて、その愛情はミヤコレベル。
DVとか受けても許しちゃうタイプ。
最後は子供みたいに泣きわめいたが、その叫びは届かなかった。

総統
この物語のラスボス
いつも偉そう。
鏡の怪人が処分を受け入れてたら、自分が相手をしてあげるつもりでいた(勿論処分を免除した上で)
鏡の怪人の愛情は知っているが、雑に扱っている。

ドクターパープル
大幹部の一人。
藤原がヘルブラックロスの接触してきた真意は分からないモノの、どうやら味方では無いと見抜いている。

藤原
いつまでも本名が明かされないセクハラおじさん。
公安警察としての勘が働いているのか、ドクターパープルからは快く思われていない事を見抜いている。

武者の怪人
ミヤコ奪還編にて、ミドリコのロケットランチャーで吹き飛んだ怪人。
神奈川県に流れついたらしく、しばらくは助けてくれた人達の恩義に報いる為、三浦辺りで農作業をしていた。
しかし、組織に徒歩で帰ろうとした際に、体に限界が来たのか、仮死状態で警察病院に保護されていた所を、藤原の手によって重要参考人の名目で度固化市に戻ってきた。

度固化市ってどこの県のどこの町なの?
度固化市は架空県にある市町村の一つ。
架空県は神奈川県と東京の真ん中に位置する都道府県。
架空県の戦国武将は神宮ダイザブロウミチタカと宮寺レンジロウヨリミツの2名が特に有名。他には宣教師カエルム、菊沢トンザエモン、
鈴村ギンショウ等が地獄谷タダノリの悪政に立ち向かう事が有名なエピソードがある。

上記の設定は番外編にて出す予定でしたが、個人的に面白くなかったので書くのやめました。

・・・

次回はリアル年数で多分約1年ぶりに暴力の怪人、拒絶の怪人、血の怪人、異人町の人々の登場!
ギンジもちゃんと出番あるよ!

それではまた次回!


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118・東度固化市

こんにちは、アトラクションです。

お久しぶりです!ちゃんと二週間後に投稿出来て良かった!

今回の章では、レジスタンスたちのお話がメインなのもありますが、実はレジスタンスと言えば・・・そうです、宮寺レンも80年後の未来におけるレジスタンスのメンバーでした。

この章ではレンがメインになるお話でもあります。

前の章はカエデ、前々回はミヤコに。
今回はレンにフォーカスを当てた話にもなります。

レジスタンス、レン、もう一人ある人物にもフォーカスを当てる物語になります。

今回のお話は少し短いですが、始まります!どうぞ!


 東度固化市。

 

 文字通り中央度固化市から、東に進むと見える街。

 

 海からは遠ざかり、人の手によって整備されたアスファルトと、様々なコンクリート、木造建築が並び始める、開拓によって切り拓かれた街並みが並ぶ街がこの東度固化市。

 

 そんな東度固化市は、大きな商店街が十字に造られ、様々な人々でこちらも歴史の道々を切り拓いて来れた、アーケード街がここでは有名だ。

 

 優しい住人、心の広い人々で構成されたこのアーケード街は、テレビや雑誌でも幾度も取材をしてもらえている様な場所でもある。

 

 そんなアーケード街には、人間らしくない人間が居る事で更に有名となり、今では多国籍の人種に限らず、怪人、魔人、闇人なる種族まで暮らし始める始末・・・。

 

 「おう、これ高いぞ!」

 

 青い鬣を上に伸ばして、ハードジェルで固めた様な髪型をしている男が、馬の顔みたくのっぺりした鼻の穴を荒々しく広げて、獅子の顔をした店主にイキリ立っている。

 

 「だぁぁぁ!!その薬は勝手に使うなって!」

 「あら、いいじゃない。こうした方が良く効くわよ?」

 

 灰色の毛皮を鱗の様に逆立てながら、熊の様な獰猛な牙を見せつけて、更に咥えタバコの大男が、リスの尻尾をモフモフと振り回す白衣の女性に、キレ散らかしている。

 

 その白衣の女性は、薬の入った瓶を持ち出すために、両手では足りなかったのか、ほっぺにぎゅうぎゅうに詰めて持ち出している。

 

 そしてもう少し離れた場所でも、また喧騒が聞こえる。

 

 「オイィィィ!!結界の中で大雪を降らせるな!」

 

 アロハシャツを着用し、麦わら帽子をつけた恰幅の良い、顔色の悪い・・・一言で言うならばおじいさんと呼ぶのがふさわしい男が、9月という季節に似合わない白装束の着物に身を包んだ女性に、なにやら怒号を上げている。

 

 「ヒィ!ま、また怒鳴ったぁ〜うえーーん」

 「あ、ああ・・・ごめんて・・・怒ってないって、泣くなよ・・・」

 

 着物の女性がついさっきまではクールな顔つきをしていたのに、おじいさんに怒鳴られた事で大泣きしてしまった。

 

 あまりにももろいメンタルで毎回泣きだされては、おじいさんも困り果てている。

 

 おじいさんも着物の女性にも、共通した特徴があった。

 

 その二人は顔も身体も人間の形をしているが、眼の部分だけは、人とは明らかに違う色をしていた。

 

 その眼球は黒く、瞳孔、瞳の部分には赤く染まっている、不気味な色。

 

 おおよそ生物的には見えない様な不気味な色は、他の人ならざる人々にも共通しており、それぞれ黒と赤、青と紫、金と白の眼。

 

 怪人と呼ばれるならば黒と赤。

 

 魔人と呼ばれるならば青と紫。

 

 闇人と呼ばれるならば金と白。

 

 それぞれ特徴はあるのに、身体や形は共通していない者も中々の数で別れている。

 

 一括でくくって、種族の呼び方を統一させるために、彼ら彼女らは、異人と呼び、この街で暮らす事となった。

 

 異人と総称され、日本人でも外国籍の人物でもない彼らが住まう事で、いつしかこの街、このアーケード街は異人町とまで呼ばれる事となる。

 

 この人ならざる存在が住み着いた異人町にはもう一つ、目を引く特徴がある。

 

 それは一見近くまで来れば、壁にも見える大きな建物。

 

 コンクリートと大量の鉄剤で構築されて、さらには結界と呼ばれる不可思議なモノでコーティングされている、巨大と異様の2つが特徴となっている建物が、この異人町には出来上がっていた。

 

 要塞。

 

 それがこの異人町にそびえ立つ、警察も介入しない謎の建物こそが、この異人町の新しいシンボルになっている。

 

 この要塞を立てたある人物は、完成直後に中央のクアッドタワーにも負けないとまで言い出す程である。

 

 「キエェェェェ!!!」

 

 また異人町のどこかで、奇声が一つ上がった。

 

 「おい!!今度は何した!」

 

 奇抜なボンテージ衣装と、ウェーブパーマをかけてアフロみたくなった髪型の怪人、名を暴力の怪人。

 

 そんな彼が、隣を走るトレンチコートに身を包んだ、赤いヒゲの似合う怪人、名を血の怪人へとなにやらツッコミを入れている。

 

 「いや何・・・男性恐怖症を克服させてやろうと、吾輩が人肌脱いでやろうとしてな・・・股を開かせるまでは進んだのだが・・・」

 「・・・は?」

 

 彼ら二人が飛び出した家は、普通のあばら家であり、職を持てない事が多い異人たちには、あるだけでもありがたい家なのだが、そんなあばら家を中から黒い衝撃波が飛び出しては、あばら家を崩壊させかねない程の威力が、屋根を突き破って青空に飛んでいる。

 

 「キエキエキエキエ!!!キャァァアアアアアアア!!!」

 

 けたたましく、恐ろしくこだまする少女の絶叫が、異人町に響き渡る。

 

 「おー、また拒絶ちゃんが暴れてるね〜」

 「うおお良いところに!」

 

 暴力の怪人が血の怪人と共に黒い衝撃波から走って逃げる道中、小麦色に日焼けした少女の姿を発見する。

 

 彼女はこの異人町で花屋を営む主人の自慢の娘。

 

 今は女子野球部で青春の汗を流す、スポーツが命の少女の名前は菊沢トモカ。

 

 スポーツに人生をかけている少女・トモカの左右を暴力の怪人と血の怪人が同時に走り抜けると、黒い衝撃波に対して後を任せる事にする。

 

 「すまねぇ!血の奴には後でオレがしばき倒しておくから、拒絶の怪人の怒りを沈めてくれ!」

 「うん、無理〜」

 

 トモカはこんな異人たちに囲まれているが、彼女はなんの戦闘能力を持たないただの人間だ。

 

 おっとりした様な返事を返して、暴力の怪人は絶望一色の顔を見せる。

 

 暴力の怪人と血の怪人の無理難題には、普通に無理の一言で返して、彼女は通学に使っているスポーツバッグを持って、家でもある花屋へと歩を進めるのであった。

 

 そしてあばら家はと言うと、完璧に粉々に砕け散り、ガラスや木材でさえ、粉になる程消え失せてしまっていた。

 

 コンクリートもクレーターみたく削り取られて、途中まで適当に伸びた水道管からは水が吹き出ている。

  

 電線もちぎれたのか、火花が散ってしまっている。

 

 あばら家が置いてあった場所の中心に立っているのは、蝶の羽を大きなホチキスで無理やり背中にくっつけていて、緑色の短髪の少女。

 

 口角を引つらせながら、頭に生えた触覚の様な器官をぴこぴこと動かしながらも、真っ黒な眼をぎょろぎょろと動かしている。

 

 彼女の名前は拒絶の怪人。正式名称としては蝶の怪人の名を授かるはずだった怪人である。

 

 普段は落ち着いているが、男性恐怖症が強く出てきたり、自分にとって不利な状況が続いたり、怖いと思う様な出来事に直面すると、触れる事が出来ず、しかし明らかに鉄みたいな硬度を誇る衝撃波を発動して、周囲に被害を及ぼす、最大級の害悪怪人である。

 

 「フシュウウウ・・・ボウ、リョク、チ・・・イラ、ナイ・・・イラナ、イィィィェヤアアア!!!」

 

 そんな害悪とまで言われている拒絶の怪人は、暴力の怪人と血の怪人が走っている真後ろまで、身体をぐにゃりと捻じりながら、重力を無視した動きで接近してきた。

 

 拒絶しているのだから、離れるだけで良いのだが、わずかに狂乱モードと称される今の状態では、わずかに残った理性から、男性二人に明らかに殺意と乙女の怒りを醸し出しているのだ。

 

 「オレは違うって!オレはまだ何もしていないって!」

 「吾輩もだぞ!何もしていないぞ!股を開いただけだ!あと太もも柔らかかった。うむ」

 「ずりーぞテメー!」

 「キエエェアアアアア!!!」

 

 黒い衝撃波が吹き出し、アーケード街のど真ん中で黒いドーム状による小規模な爆発が巻き起こる。

 

 「あああ!死ぬ!今度こそ死ぬ!」

 「このままでは被害が!吾輩、まだDTのまま死にたく無いのである」

 「どうでもいいから!」

 

 ボンッ・・・。

 

 こうして、この街で暮らす人々には見慣れた光景である、三異人の日常が今日も繰り返された。

 

 暴力の怪人。

 

 血の怪人。

 

 拒絶の怪人。

 

 彼らはヘルブラックロスから脱走した、処分待ちだった怪人たち。

 

 反旗を翻す為に、彼らはこの異人町においてレジスタンスと言う組織を結成しようと、三人で脱走した同士である。

 

 しかし・・・最近は思うように物事も進んでおらず、毎日あばら家を崩壊させてしまう日々を過ごしてしまっている。

 

 東度固化市のもう一つの名物となった、要塞の一室の中から、そんな小規模な爆発を見て、小鳥遊アキラは眼を細める。

 

 この要塞の一室はすぐ真下にアーケード街が見下ろせる形になっていり、爆発の音でアキラは外に視界を移したのだ。

 

 「・・・また爆発したのか・・・」

 

 スラリとした足を組みながら、日の当たる窓際の椅子にもたれながら頭を抱える。

 

 彼女もまたこの東度固化市の異人町の異人たちによって結成されたレジスタンスに所属する事になった元公安警察の人間なのだが、怪人と言う突飛な生物たちの問題行動には頭を悩まされるばかりだ。

 

 「・・・この要塞は大丈夫だよな?」

 

 誰か居るわけでも無いが、あんな小規模な爆発とは言え、死人も出かねないあの爆発を見て、アキラはため息を一つ吐き出すのであった。 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「身体の調子は、ど、どうかね、ふひひ」

 

 要塞の高層にある小さな医療室で、猫背の男が声を出した。

 

 白衣はくたびれていつまでも洗濯されていないのか、シミだらけシワだらけである。

 

 男の顔も正直不潔感満載のヒゲもじゃの顔をしており、白髪混じりの髪を後ろに束ねて、これまた汚らしいメガネをかけた男だ。

 

 窓のないこの部屋は見渡せば、よくテレビやドラマで見る事が出来る、手術室にも見える青白い部屋だった。

 

 「・・・ここは」

 「あ、ああ、まだ喋らなくても、良いよ、ふひひっひ。君の身体は、怪我だらけ、それに人間じゃ、わ、わた、わ、わ・・・私の研究対象には、な、な、ならないからね、ふひひひ」

 

 汚らしい歯を見せながら、少々会話に難がある喋り方をして、猫背の男はあぶらぎった顔で、ベッドに眠る男にそう言葉を続けた。

 

 「しかし・・・まさか有名人(・・・)を拾うとはね、う、う、嬉しいよ・・・」

 

 猫背の男がよたよたと、彼の持ち物を一つ見せつける。

 

 眩しいぐらいの強いライトにかぶせる様にして、男の視界に見慣れたカードが差し出された。

 

 「日本の軍隊、そ、そ、それも、まさか・・・現状で軍のトップとも言うべき、お、お、お、男・・・銀葉イオリ・・・」

 「・・・」

 

 ベッドで眠る男の名前は銀葉イオリ。

 

 9月6日に起きた大規模テロ攻撃、虹層作市の防衛の為に立ち上がったのだが、日本軍はあえなくヘルブラックロスと呼ばれる超常の悪の組織によって、精鋭部隊が壊滅・・・その後残ったメンバーでバラバラに脱出した・・・事をイオリは思い出してきた。

 

 どうやってこの場所に来たのか、どうやって生き延びたのか、それすらも色々とわからない事だらけで、気がついた今この瞬間では、身体が言うことを聞かないどころか、激しい疲労感で恐ろしく眠く感じる。

 

 「い、い、い、今はゆっくり、す、す、すると良い」

 「そうさせて、もらう」

 

 うまく呂律も回らないが、汚らしい男の言葉に甘えて、イオリは意識を落とすかの様にして、その瞼を閉じた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 現在日時は2022年、9月14日。午前11時を回る頃。

 

 あれからほとんど赤鬼によって破壊された神宮亭は、ほぼ元通りに修復されており、神宮財閥長の神宮ソウイチロウも怪我の治療を終えて、この屋敷に戻ってきた頃合いだ。

 

 新しいカエデハウスの建設計画も進める中で、一先ずは正義のヒーローであるヘヴンホワイティネスは、ヘルブラックロスからの宣戦布告を待ちながらも、虹層作市みたいな惨劇を起こさないように、パトロールを行う日々を送っていた。

 

 「おいーっす、戻ったぜ」

 

 朝のパトロールを空から行ってきたギンジが、テラスへと滑空しながら戻ってきた。

 

 最初は羽を出すだけでも背中と洋服を引き裂いたモノだが、今はもはや痛みも無く、洋服も破ることもない、コウモリの羽を消滅させる様にたたみ込むと、ギンジは肩こりでも気にする様に肩と首をぐりぐり回す。

 

 「玄関から入りなさいよ、ギンジ」

 

 邪険な顔つきでギンジを咎めるのは、カエデ。

 

 この財閥の一人娘であり、令嬢としての気風を兼ね備える彼女は、普段とは打って変わって、フリフリが沢山ついたいかにもお嬢様の様な洋服に身を包み、ティーカップを口にする。

 

 「そういや、お前学校は?」

 「平日だからね、普通なら行かないとだけど・・・あたしは別にいいの」

 「なんで?」

 「財閥だからよ」

 「理由になってないけど、財閥ってスゲー」

 

 しかしよくよく考えれば、カエデはいつか18代目のソウジロウから後を継ぐ事になるお嬢様。

 

 学校の勉学レベルのモノならば、特に集中して取り組む必要が無いぐらいには、勉強やらは出来るのであろう。実際夏休みの宿題はメンバーの中では誰よりも早く終わらせていたのだ。

 

 そんな事よりも経済学や帝王学、経営術であったり傘下の企業の事を頭に詰め込む事の方が彼女にとっての本当の意味での勉強になるのであろう。

 

 よって、レン、ケイタは学校へ、ミドリコは本庁に出勤し、赤鬼とミヤコは毎晩遅くまで・・・と言うよりは朝方まで起きている為、今はスヤスヤタイム・・・。

 

 カエデはこうして紅茶をたしなみながら、様々な専門書とにらめっこ。

 

 ギンジはパトロールも終わって、誰にも相手されず、今は一人ぼっち。

 

 「昼ごはんは?」

 「ん・・・まだ11時ね、あと一時間は我慢してよ」

 「お、まぁ、そうだな・・・」

 

 普段と違ってそっけない返事で、ギンジは内心がっくりとうなだれる。

 

 (ぬあーーバカバカ!そうじゃないでしょうが!ギンジ、お腹空いてるの?しょうがないわねぇ、あたしがご飯作ってあげるわよ!ぐらい言いなさいよあたしのバカ!)

 

 素っ気ないのではなく、鏡の怪人の襲撃された日の夜に、キスした事を恥ずかしがってか、カエデは自分に素直になれないだけであった。

 

 一方のギンジは・・・。

 

 (いやーしかし腹減ったなぁ・・・ラーメン食べたいんだけど、カエデって麺類啜れないなんだよな確か。あ、そう言えばこいつ何飲んでるんだ?ミントっぽい香りがするから・・・ハーブティー?あ、でも高級なやつだから・・・ロイヤルハーブティーかな?)

 

 全く違う事を考えていた。

 

 「暇なら、どっか出かけても大丈夫よ。ミヤコもまだ起きないだろうし、たまには好きに出かけて来なさいな。あ、お金ある?無いならあたしが・・・」

 「いや、出かけるならカエデと一緒がいいなぁ・・・」

 「・・・?」

 「え?俺変な事言った?いつも一緒に出歩いてるんだから、いつもの事かと思ったんだけど・・・」

 

 ギンジからの思わぬ発言に、本で顔を隠すカエデ。

 

 今は多分顔が真っ赤なのだ。

 

 ギンジにこんな顔は見せられない。

 

 だが・・・。

 

 「もーそこまで言うならしょうがないわね!あたしの時間は高いのよ!高いけど、そこまで言うならまーーーしょうがないわねぇ!」

 「なんだその言い方!お前アレだろ、高飛車な自分がかっこいいとか思ってるそういう口だろ!」

 「ハァ!?そんなわけないでしょうが!っていうかあんた、あたしの下僕のくせに偉そうなのよ!」

 「いや実際財閥長の娘の下僕って相当デケェ立場だからな!他の社員に務まる訳ねぇだろ!」

 「何言ってるのよこのぼんくら怪人!」

 「そ、そのぼんくらにキスしたの「わーーー!!声がデカイわよこのバカぁ!」

 

 『怪人でも分かる!経済学!』と書かれたタイトルの本をギンジに思い切り投げつけて、ギンジの頭にめり込んでしまった。

 

 そのままギンジが倒れるが、カエデは肩で息をしながら顔を真っ赤にしている。

 

 舌戦において初めてギンジが勝った瞬間でもあった。

 

 「・・・いいわよ」

 「え?何が?っていうか、本が刺さってるんですけど・・・」

 

 こんな理不尽な暴力も当たり前な毎日だ。

 

 立ち上がりながらギンジが本を抜くと、カエデに手渡すした。

 

 「だから、出かけるんでしょ?いいわよ、行きましょ」

 「え?勉強はいいの?」

 「うるさいもう!」

 「ひでぶっ」

 

 手渡された本を今度は顔面に突っ込まれて、顔面が鼻から顔の内側にめり込んでしまった。

 

 「ま、前が、見えねぇ・・・」

 

 『怪人でも分かる!経済学!』と描かれた本は、テラスに置いていかれる事になった。

 

 まさかギンジの為にこの本を読んでいるとは思っても居ないギンジは、顔面が潰れて前が見えない状況になっているが、そんな顔になってしまったギンジを見て、申し訳なさや愛おしさではなく、面白さが勝つのはこの二人の関係性があるからだ。

 

 「ほら、早く支度しなさいよ!」

 「ふぁい・・・」

 

 前が見えないままのギンジと、今の状況をいつもどおりに過ごせなくなってしまっている様なカエデの二人は、とりあえず出かける事にするのであった。

 

 「ちなみに、どこに行くの?」

 「え、ああ・・・腹減ったから、なんか食べたいなーって思ってよ」

 「ふぅん・・・それじゃあ・・・」

 

 カエデが少し笑みを見せてから、ギンジの前に躍り出てきた。

 

 こうして見るだけならば可愛いらしい仕草なのだが、今のギンジは顔面が陥没して前が見えない。

 

 「東に、麺類食べ放題の屋台が複数出てるみたいよ。どう?行ってみない?」

 

 カエデがニッと笑う。

 

 麺類は啜れないから嫌いと言っていたカエデからの思わぬ提案に、ギンジもようやく顔を戻して、同じ様にニッと笑う。

 

 サングラスをかけたギンジに、同じ様にサングラスをかけたカエデ。

 

 カエデが食べたいかどうかは別だが、今はこの二人だけなのだ。

 

 せめて食べたいモノにありつけるならば、とギンジは大手を振って喜びを見せた。

 

 「東に麺類食べ放題か。そりゃ良い。センスも、食べるモノのチョイスもな」

 「そうでしょそうでしょ。もっとあたしの事を褒めなさい」

 

 そうとなれば今すぐでかける支度を初めて、カエデとギンジは二人で食事の為の外出を始めるのであった。

 

 

 

続く 

 

 




お疲れ様です。

いやー久しぶりに投稿出来て嬉しい!

前置きにもありましたが、現代のレジスタンス編はレンのお話になるところです。もちろん久しぶりに登場した三怪人たちも活躍するお話になります。

異人町の面々も活躍、やっぱりヘヴンホワイティネスも大暴れな章です。

キャラネタ書きます

暴力の怪人
ヘルブラックロスから脱走した、処分を待っていた怪人。
同じく血の怪人、拒絶の怪人も脱走したが、一応暴力の怪人が二人を従えている。

怪人らしく性の力が大きいモノの、決して強引に手は出さない。
人と共存する以上、理性を働かせている。拒絶の怪人をよく眼で追う。

血の怪人
トレンチコートを着ている、赤いヒゲをした恰幅の良い怪人。
血液が常に汗の様に流れる為に、吸血を行わないと生命を維持できないのだが、そこは暴力と拒絶に毎日血を少し分けてもらっている。
暴力の怪人を頼りないとは思いつつも、一応リーダーとしては認めている。
拒絶の怪人に血を分けてもらっている事から、今回ワンチャンあると思って股を開かせた。

拒絶の怪人
蝶の様な羽を持っている怪人で、非常に可愛らしい小柄な少女なのだが、毒蛾の怪人に羽をもがれた事からデカイホチキスで羽と背中をくっつけている。
極限を超えた男性恐怖症でもあり、自分の思い描いた通りに物事が進まなかったり、男性に言い寄られるだけで拒絶の意思を実体化した衝撃波を生み出す事を得意としている。何気にギンジに気絶させられた過去を持つ。
自分のこの性格を直したいとも思っているが、あまりうまく行っていない。

菊沢トモカ
異人町の花屋の店主の娘。
女子ソフトボール、野球部に所属。
褐色の肌に、健康的なスポーティブ少女。蜘蛛の怪人に風呂を覗かれていた過去アリ。

佐久間ギンジ
久しぶり、俺だよ俺。この物語の主人公だよ。

神宮カエデ
この物語のヒロイン。見せ場は主人公よりも多い。

鈴村ミヤコ
ギンジ君大好きな半分怪人のドクター。何故女の子なのにドクターなのか?良いんだよ細かい事は

赤鬼
ミドリコと手を繋いだだけでアホ程喜んでいる。

甘白ミドリコ
公安局が事実上の機能停止陥った為、本庁に出勤している。
いつもどこにロケットランチャーを隠しているのかは彼女にしか分からない。

角倉ケイタ
レンと手を繋いだだけで引く程喜んでいる。将来は警察?神宮財閥?それともお父さん?

宮寺レン
2102年の未来から、2022年にタイムスリップしてきた少女。
次回は主役回。

銀葉イオリ
実は名前は違うけど、既にこの物語に登場しています。
どこに居るかは探してみてね。

・・・

次回はレンの主役回!下校中、見覚えのある人物を見て・・・?な回です。

近頃は更新頻度が遅くて本当にごめんなさい!
それではまた次回!!


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119・形見のビーム剣

こんにちは、アトラクションです!

今回のお話も少し短めです。すいません・・・。

しかし章の本題に入る前における前置きみたいなお話ですので、短くなっております。

それではどうぞ!


 「ふぅ、今日の学校も終わった」

 

 一息つきながら放課後を迎えたケイタは、9月14日の夕日を遠く眺めた。

 

 この夕日がきれいで、こうして見ていれば、この日常はなんと平和なのだと思えるからだ。

 

 だがこの街、もしかしたらこの世界は・・・平和ではない。

 

 平和なんてのんびりした言葉では片付けられない様な日常が、ここのところ毎日続いている。

 

 昨日は放課後に、触手の怪人の学校侵入事件。

 

 これはレンが先に気づいて、先に大事にはならない様に、ビーム剣で細切れにしてあげた。

 

 今朝は触手の怪人のヌルヌル授業が始まるということで、レンがビームハンマーで叩き潰した。

 

 さらに今日の美術の授業では、触手の怪人がヌードモデルをすると申し出て来て、レンがビームドリルで削岩した。

 

 何度潰しても復活を遂げる触手の怪人は、もはやホラーの領域だ。

 

 一応ミドリコにも連絡したが、今は返事が無い。

 

 「さて・・・帰ろうか」

 

 革のカバンを持って、ケイタは隣の席に居る人物に声をかけた。

 

 「アオハル君・・・」

 「あ、ああ、帰ろう・・・か・・・」

 「今日は、男同士で、仲良く、下校?」

 

 落ち着いてゆっくりしゃべる少女の声は、レンの声だった。

 

 同じクラスの少女からの声は少し寂しそうな声でもあり、ケイタの心を痛める。

 

 「そ、そそそ、そうなんだ・・・実は僕が角倉君に用事があってだね・・・」

 

 妙に動揺しているアオハルの姿に、レンとケイタはずっとこの調子で喋っている事を怪しんでいた。

 

 無くはないと考えるのであれば、きっとアオハルの裏にもヘルブラックロスが関わっているのでは無いだろうか。

 

 そう思うと同じクラスの人間として、そして正義のヒーローとしてレンもなんの用事なのか気になってしまう。

 

 「さ、さぁ行こう・・・東度固化へ!」

 「東?家そっちだったっけ?」

 

 確かアオハルの家は中央だったのでは無いかと、小首をかしげる。

 

 レンもケイタと同じ様に小首をかしげる。

 

 「私も、ついていっても、良い?」

 

 レンが訝しむ様な顔つきでその言葉を出すと、アオハルはカバンを上に放り上げて、上履きは脱げながら硬い床に転がってしまう。

 

 「な!?ななななな!!」

 「・・・なんか、怪しい」

 

 ズバリはっきりと言い放ったレンに、ケイタも困り顔である。

 

 「あや!?怪しい!?ボクアヤシクナイヨ!」

 「いや、どう見ても怪しいよ。一体どうしたんだい、イインチョー」

 

 ケイタもこれには流石に苦笑しているが、アオハルはレンが居る気恥ずかしさからか、うまく喋れない。

 

 「あぶだびだびだあぶらぶrづskdg’sfvkbs;d’へ9うd;vc;sfん1365dgd’dhnくぁwせdrftgyふじこlp」

 「・・・は?」

 

 あまりにもめちゃくちゃな発音でもはや何語を喋っているのか分からないアオハルに、ケイタは首をカクリと落としながら、眼を開いて「は?」っとなっている。

 

 「・・・何を、隠しているの?」 

 「うん。用事がなんなのか教えてくれないと、レンも連れて行っちゃうぞ!」

 「ヒエェェ・・・ご勘弁を!女の子が居ると、だめなんです!」

 「・・・なら、なんの用事で、東に?」

 

 必死かつ、顔を赤くしているアオハルに、レンは何かと首を挟みたがる。ケイタと一緒でなければ、興味を示す事なんて無いのだが。

 

 「いつも、ケイタとは、私が一緒に帰ってるの。ケイタを借りる理由を言えば、一日でも2日でも、貸してあげる、よ?」

 「あ、えと・・・その・・・」

 

 その時アオハルが見たレンの顔は、まるで幾戦の死を乗り越えたかの様な、トラの眼をしたサバンナの女王を見た様な気分になった。

 

 ケイタをレンに渡すか、正直に話さないと、レンはどこまでも言及してきそうだし、何より命を奪われる様な気がしてきた。

 

 嘘をつけば首を落とされる。そんな闘気を秘めた姿に見えているのだ。

 

 (ケイタとどこに行くんだろう。東のスイーツでも食べるのかな?だとしたら、私も、行きたい。あ、もしかしたらスポーツ用品でも見るのかな?もしかしたら家族へのお誕生日プレゼントに、同じ男子の感想がほしいのかな?)

 

 当のレン本人はまったく物騒な事を考えては居なかった。

 

 「・・・わかったよ、正直に言うよ」

 

 アオハルはレンの圧力?に負けた事で、脱げた上履きを履き直して、泣きそうなぐらいに顔を赤くして正座し始めた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 8月24日の夜。

 

 君たちもよく覚えているだろう、真夏の夜に降り注いだ、あの大雪の日の事を。

 

 テレビ撮影の人たちも、街に出ていた人たちも、水道管も、空でさえも凍てつきそうなあの日の事を。

 

 僕はあの日、夜遅くまでアルバイトしている姉の為に、迎えに行こうとしたんだ。

 

 ザクザクと踏めば音の鳴る雪道を踏み越えて、僕はその日に出会ったんだ。

 

 「出会ったって・・・何に?」

 

 宮寺さんが僕のであったモノに対して、興味を示してくれた。

 

 本当は角倉君に話したかったのだけれど、正直に話すと決めたのだから、最後まで話そう。

 

 「運命の人、かな。一言で言うなら」

 

 鼻をこすっちゃったけど、角倉君も宮寺さんも「おぉっ・・・」と言った反応。

 

 ふふふ、流石にそうでしょうな。

 

 僕はこの度固化野明神高等学校(どこかのめいじんこうとうがっこう)の2年生の中では、イインチョーと呼ばれている学級委員の学年リーダーを努めている。

 

 昔からのあだ名は天才とか、ガリ勉君とか、青春無縁やろうなど、様々だ。

 

 ちなみに僕の名前は読んで字のごとし、青い春でアオハルだ。

 

 ちなみに僕の姉さんの名前は、春に音を告げるって意味合いで、ハルネって言うんだよ。

 

 「君の、お姉さんのお話は良いから。運命の出会いについて、早く」

 

 あ、はい。

 

 宮寺さんって怖い・・・って言ったら角倉君に悪いかな。

 

 とにもかくにも、出会ったんだ。

 

 おおよそ人とは違う存在・・・でも儚く、美しくて、綺麗で、とても綺麗で、触れる事の出来た愛しいと思える人・・・。

 

 黒眼で、真ん中は赤くて・・・手を握ったらその、なんていうか、女性に触れた事に嬉しく思えて。

 

 その人にまた会える連絡を取り付けたんだよ。

 

 「ほうほう・・・」

 「・・・大雪の日の見た、その人は、もしかして着物を」

 「わ、わー、僕もその人の事気になるなぁ〜」

 「・・・?」

 

 宮寺さんが何か言っていたけど、角倉君がそれを静止した。

 

 (レン、もしかしなくても、雪の怪人の事だと思うよ。アオハル君に危害は加えてないと思うし、変に刺激しないほうが良いよ)

 (そう、かな。でもまぁ、何かあればミヤコに言いつけるから、大丈夫、かな?)

 (うんうん、大丈夫だよ!)

 (・・・でも相手は怪人、どうして、大丈夫と言い切れるの?) 

 (だって、ギンジと赤鬼を見てると、きっと恋に落ちた人間とそんな変わってないと思うんだ。せっかくだし、アオハル君の恋を成就させてみない?)

 (・・・わかった。だけど、何かあったら、私は斬るよ。ケイタに何かあったら、私が許さない)

 

 何やら二人でコソコソ話している様子だけど、二人して何かしているのかな。

 

 「真鍋君、無理やり聴いた様でごめんね」

 

 気にしていないさ。

 

 そしてその運命の人なんだけど、どうしたら美味い会話が出来るかなって、思って・・・角倉君を頼ろうと思ったんだ。

 

 「・・・悪い事をしたかな」

 

 そういうわけで、頼みます。

 

 角倉君を貸してください。

 

 僕は必死に土下座をしてみた。

 

 同学年に土下座なんてはじめてだよ。しかもその理由は、好きになってしまった人に会いに行く為に、しかも今日上手な会話をする為に、現在交際をしている、なるべく声をかけやすい角倉君と一緒に行こうとしているのだから、なかなかおかしい話になっている。

 

 けれども、僕は会えると思ったら、なんとしても会いたくなってしまったんだ。

 

 「わかった。進展があったら、私にも教えて」

 「勿論だよ」

 

 僕は勢いよく返事をすると、角倉君の腕を引っ張ってすぐに教室を後にした。

 

 青春、青い春。僕は真鍋アオハル。

 

 雪も青を連想とさせる。

 

 あの日の出会いは、僕にとって大きな運命の出会いでもあり、これから押し寄せる幸せな未来を得るための、運命なんだ!

 

 そう信じて僕は、雪さんに会える事を本気で楽しみにしていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「・・・帰ろう」

 

 ポツリと一人残されたレンは、雪の怪人の登場に少し不安になっていたが、それでもケイタが居るなら多分安全であり、何かあれば雪の怪人の事はミヤコを呼べば一発で解決する筈と、一人で帰る支度を始めていた。

 

 恋愛。

 

 未だにレンにもその全容が分からないモノ、人を好きになると言う大きな一大イベント。

 

 それが恋愛。

 

 恋をしていると言う感情を、ケイタに当てはめれば、今の自分はきっとその恋愛と言う謎のパワーに引き寄せられるべくして、引き寄せられたこの世界の一人になるのだろう。

 

 (きっと・・・この時代に来る事が無かったら、私は今頃・・・)

 

 思いつくのは2102年の未来。つまり本来レンが居た時代。

 

 今頃、本当に9月までレジスタンスが生き残っているとは思えないが、それでも・・・もし生きていれば。もし未来のヘルブラックロスに勝利を収めて、元の日本を取り戻していたら・・・。

 

 きっとその時は・・・。

 

 (シルヴァ・・・)

 

 自分の親でもあり、恩人でもあろ、未来における戦闘のイロハを全部教えてくれた、今はもう絶対に会う事の出来ない、最愛の家族の顔を思い出す。

 

 眼帯に革のハット、後はわずかな軽口。

 

 レンのビームガンを奪い取って、代わりにビーム剣を手渡した、未来のレジスタンスのリーダー。

 

 シルヴァの事を好きになっている事なんてあったのかもしれない。

 

 (ふふ、アリえない)

 

 なんとなく、本当になんとなく親、とすればミドリコに向ける感情と同じモノになるのだろう。

 

 だとしたら、自分の居た未来の世界には、好きな人なんて居ないはずだ。

 

 (ああ、でも・・・)

 

 また会いたい。

 

 もう二度と会えない選択をしたのは自分であり、もう二度と未来を壊させない為に、彼女はヘヴンホワイティネスになったのだ。

 

 だから、色恋に惑わされて、戦いをおろそかにするなんてことはあっては行けない。

 

 (うん・・・必ず、勝とう)

 

 レンは戦いに巻き込んでしまった親友たち、恩人たちに報いる為にも、何度もしてきた決意を新たに持ち直す。

 

 教室を出て、下駄箱に到着して革靴に履き替えて、校舎を出る。

 

 校舎を出て、右に曲がり、最初の信号を超えて、しばらくまっすぐ進む。

 

 次第に一軒家が立ち並び、住宅街エリアに。

 

 (ここを左に・・・今日のお夕飯は、何かな・・・)

 

 住宅街エリアの左道に入って、車が通り過ぎると、次にレンも歩き出す。

 

 「はぁ、はぁ・・・はぁ・・・」

 「・・・」

 

 途中でボロボロの衣類をまとった男が荒々しい呼吸をしているのを遠目でもわかり、レンは眼を逸らしながら、その男をやり過ごす。

 

 二人がすれ違う瞬間、レンは興味本位で一瞬だけその男を見た。

 

 もし・・・病気をしていたら、無視をしたら可愛そうだから。

 

 ほんの少し正義感が出て、レンが覗いたその横顔は・・・。

 

 「!?」

 「はぁ・・・はやく、帰らないと・・・」

 

 男は苦しそうに、その場に座り込んでしまった。もうあまり力が出ていない様子だ。

 

 「だ、だいじょ」

 「おっと逃がすかァ!」

 

 振り向いたレンの背後からは、一軒家を破壊し、コンクリートを貫いた触手の怪人が姿を表した。

 

 「昨日から、しつこい」

 「なぬ!?なんでヘヴンホワイティネスが!」

 「ああ、クソ、もう追いついたのか!」

 「オヒョヒョヒョ、逃さんぞえ〜!」

 「逃げて。私が、倒す。あと、そこのお宅の損害請求は、ヘルブラックロスに言えばくれる?」

 

 男が何故ヘルブラックロスに追われているのかは不明だが、レンは昨日から学校に侵入し続けている触手の怪人をにらみつける。

 

 「なんで、お嬢ちゃんが、ヘルブラックロスの事を・・・」

 「・・・聞きたい事があるけど、先に、こいつをなます斬りにする」

 「やってみろ!あっしはこうして今もピンピンしてらい!」

 

 レンがヘヴンリングを掲げて変身すると、男はテレビで見た事のあるあの正義のヒーローの姿を目の当たりにする。

 

 青いラインが肩から入り、腰まで伸びていく。

 

 白を基調としたベースに、腕と足を守る、蒼く発光するアームガード、レッグガード。

 

 蒼いヘルメットは天使の輪を彷彿とさせる、光輪の模様、背中には小さな天使の羽のレリーフ。

 

 そしてその左手に持つのは、蒼白く輝く、ビームの剣。

 

 「今日こそ勝たせてもらうぜ、ヘヴンホワイティネス!」

 「お前個人じゃ、絶対に無理」

 

 顔を中心に傘みたいに無数の触手を展開させた触手の怪人が、宇宙人みたいな顔をニヤニヤと広げてレンへと形状豊かな触手を飛ばしてきた。

 

 「バンカラ・ヘルブラックロス・インターグレード・ファイアフラワーフルバーニア・エピオ・マスタートウホウフハイ!」

 

 やたら長い必殺技は相変わらずだが、速度、威力、形状、最後にレンが戦った時よりも触手の怪人は強くなっている。

 

 もう前みたいに楽に勝てる相手では無いだろう。

 

 そこまで底の見えない強さは、まるでギンジにも似ている。

 

 「それそれそれどうだぁ!!」

 「ギンジの方が、まだ強い・・・!」

 「ギンジとあっしは同期だ!あっしの方が強いわ!」

 「なら、試してみて」

 

 皮が向ける様に触手の先端が膨れ上がると、その守っていたブヨブヨの皮の内側から赤黒い触手が飛んでくる。

 

 拳みたいな形状のそれは、容赦なくレンを殴りつけて、レンも容赦なく触手を何本も斬り落とす。

 

 「なんてこった・・・まさか本当にヘヴンホワイティネスと出くわすとは・・・」

 

 男は苦しそうな顔で、眼の前で怪人と呼ばれる超常の生命体と、正義のヒーローが交戦する姿を見て、驚愕している。

 

 (いや、クソ・・・ここでジッとしてるわけにはいかん。早く、軍本部に戻らないと・・・)

 

 男が苦悶の表情を浮かべているすぐそばを、黒光りする肉片が飛び散る。

 

 それは触手の怪人の一部。本体から切り離され、壁にぶつかってもびちびちと脈打ちながら飛び跳ねるソレを見て、男はかなり嫌悪感を見せている。

 

 「ビームランス!」

 

 無数の気味悪い触手に囲まれながらも、レンはビーム剣の形状を槍に変えた。明らかに長い武器は不利になると思うのだが、レンはこれで勝ちをもぎ取りに行くつもりなのだ。

 

 「ギガテンタクル・ヴィグザ・ハイニュー・ダブルゼー・ジ・リベンジェンズ!」

 

 肉のドリルとなる触手を胴体から伸ばして、甘い香りを漂わせるモノの先端をデロデロとベロを動かす様に、レンに向けて飛ばして行く。

 

 唾液に様に糸を撒き散らして、ヘヴンホワイティネスと言う獲物に向けた性の欲望を丸出しにした触手が、小柄な蒼い少女を包み込んだ。

 

 「ビーム槍術・・・!」

 

 肉のドリルは見た目に反してかなり殺意を込めた威力となっていて、レンのスーツを一舐めするだけで、肌がピリつく不気味な感触に、かなり不快な顔をしている。

 

 「ほれほれほれ!終わりじゃ!お前を倒して、そこの男も連れて行くぜ!あっしの勝ちだ!」

 

 高らかな勝利宣言が住宅街に響き渡る。

 

 「勝ちはありえない」

 「なぬっ!?」

 

 肉ドリルの渦の中から、レンは空に向けてビームランスを掲げた。

 

 突き出す様に刺し込まれた蒼い刃が、触手の渦を一撃で弾き飛ばす。

 

 「バカな!」

 

 風船が割れる様に、筋肉で膨張した触手たちが破裂していくと、空に突き出した槍の勢いで、レンが触手の怪人の上空へと躍り出た。

 

 見上げた触手の怪人の視界には、ヘヴンホワイティネス。

 

 レンが左手で構えるのはビームランス。

 

 槍投げの形で肩に力を込めて、真下に居る触手の怪人へと武器を投げ飛ばした。

 

 負けじと触手の怪人も胴体から鈍器の様な形状の巨大な触手を振り上げて、レンへと反撃を行う。

 

 だが・・・。

 

 「勝つのは・・・未来を信じている方」

 「それじゃあ、あっしの方やな!ヌルグチョにしてやるからそこに直れ!」

 「ビーム槍術・ギガトン・エクスベンダブル・ヘヴンホワイティネス・スピア・キャノン!」

 

 触手の怪人の長い名前の必殺技が気に入ったのか、レンが投げた槍は、技名と共に、蒼い光が強く輝きだして、投げた槍が加速していく。

 

 それは鈍器の触手と真正面からぶつかり、刃の表面に宿る光熱が触手を焼き潰して、貫通・・・。

 

 「げげんちょ!?」

 

 呆気に取られた触手の怪人の眼の前には、蒼く輝く槍が一本。

 

 「うっそ・・・!」

 

 触手の怪人の顔面にその槍が突き刺さった。宇宙人の様な顔に風穴を開けてやり、コンクリートにビームランスが突き立てられる。

 

 更にそこに着地したレンが、ビームランスを握るとそのまま形状をビームハンマーに切り替えて行く。

 

 「ビーム・ハンマー!」

 

 風穴の会いた頭部からビームハンマーによるフルスイングを受けて、ついに触手の怪人を大空へと殴り飛ばす。

 

 「おぉぉぉぼえてるぉおおお」

 

 夕日の彼方へと消え失せた触手の怪人の捨てセリフを聴いて、レンはげんなりした顔をしていた。

 

 「あれだけやって、まだ死なないの・・・?」

 

 だとすればタフネスはギンジ以上の怪人かも知れないと、レンはビーム剣を肩に乗せてから軽いため息を吐き出した。

 

 住宅街エリアの危機が一度なくなった事で、レンはヘヴンホワイティネスとしての変身を解除して、元の姿、学生服に戻ってから、先程まで苦しそうにしていた男の方へと、駆け寄る。

 

 「あの・・・」

 「・・・」

 

 レンはどう声をかけて良いのかが分からなかった。

 

 その男は、レンが一番よく知っている男の顔をしているからだ。

 

 それもこの時代の人間ではなく、レンの暮らしていた時代での、男の面影。

 

 「名前を、聴いても、良いですか?」

 「あ、ああ。俺は、銀葉イオリって言うけど・・・まさか、あの正義のヒーローの正体がこんなお嬢さんとはね」

 

 男の名前は銀葉イオリ。

 

 レンはまだ確信は持てなかったが、この男の顔を見た事で、胸が締め付けられる思いをしていた。

 

 (シルヴァ・・・シルヴァの、血縁の人、かな・・・)

 

 今まで握っていたビーム剣をくれた人。

 

 そして自分だけを逃して過去へと向かう事を許してくれた人。

 

 ヘルブラックロスに全てを奪われてしまった、悲しき戦士、それこそがレンの知っているシルヴァと呼ばれる人物だ。

 

 「なぁ、俺さ、変な奴らの住処から逃げてきたんだ。さっきの触手ヤローみたいな眼をした人たちがたくさん居てよ、治療も済ませてもらったけど、俺にはやらないと行けない事が・・・あって・・・」

 

 イオリと名乗った男は、再び苦しそうな顔をして、片膝をついた。

 

 見れば顔も赤くて、まるで熱でもあるような姿だ。

 

 (・・・ヘルブラックロスはこの近くに、もう一つの仮拠点があるの・・・?)

 

 レンはどこか不思議めいた表情をしているが、一先ずは人命救助の方が先だ。

 

 この住宅街エリアのどこにヘルブラックロスが居るかは分からないが、触手の怪人がこのイオリと言う男を追いかけていたのは、おそらくいつもどおり拉致した人間に洗脳でも施そうとしていたのでは無いだろうか。

 

 と、色々レンは考えを巡らせていく。

 

 (でも・・・今は、シルヴァ・・・じゃなくて、イオリ、さんを、どこか安全な場所に連れて行かないと)

 

 レンは苦しそうに息をするイオリに肩を貸してあげながら、一度安全な場所へと送り届けるのであった。

 

 (・・・とりあえず、カエデの家まで、連れて行こうかな。そこが一番、かな。色々聴くのはその後でも良いはず)

 

 おそらくそこが一番安全だろうと、夕日の蒸し暑い道で、レンとイオリは神宮亭へと歩みを進めていくのであった。

 

 なんだか初対面とは思えないイオリと言う男の顔を見て、レンはこの形見のビーム剣に眠る記憶を、たくさん思い返すのであった。

 

 

 

続く

 

 




お疲れ様です。

今回は前置きのお話になります。登場人物が過去最高に増えてしまっている章の為、かなり長くなる事が予想されます。

キャラネタ書きます

真鍋アオハル
雪の怪人とメッセージのやり取りをしていく中で、恋心を懐き始めた。
ケイタにどうしたら良いかと相談をしたかった。

角倉ケイタ
人の恋愛に興味を持ちつつも、相手はあの雪の怪人か〜と少し複雑な気持ち。

触手の怪人
相変わらず長い名前の必殺技を持っている。
今回の技名にはガン○ムが由来のモノが多い。
由来は、タバコ、PCやチップの要領バイト・ギガ等、ガン○ム等
最近はタフネスも強くなり、しぶとくヘヴンホワイティネスの邪魔をしている。どうしてイオリを追いかけていたのかは不明。

宮寺レン
恩人の名前はシルヴァ。そんな彼と似ている?もしくは子孫?の銀葉イオリと邂逅を果たした。

銀葉イオリ
ついさっきまで東に居たが、逃げてきたらしい。どうして逃げたかは不明であり、触手の怪人に追いかけられていた理由も不明。

・・・

さて次回は、神宮亭に連れてこられたイオリ。

彼の素性と事情を知ったレン、ミヤコ、赤鬼は、一先ずギンジとカエデとミドリコの帰還を待つことにするのだが・・・東度固化市に麺類を食べに行ったギンジ達とは連絡が取れない状況で・・・?

なお話の予定です。

それではまた次回!


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