終末世界の救世主になりました! (雷神デス)
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救世主の日記

『我々は、真に驚くべきものを発見した。伝説の救世主たる■■■■■が残した日記を、彼がかつて住んでいたとされる遺跡から発見することができたのだ。恐るべきフォーリナーとの戦いにおいて、ただ一人抗い続けた男がどのような想いで戦い続けたのか。この日記は、それを知るための大きな手掛かりになるだろう』


 

 

 

●月●日

 

 突然だが俺は転生者である。

 

 いやまぁ日記に書いてるだけなので誰にも言わないが、日記の中でくらい明かしてもいいだろ!ということで書き綴ってる。多分他の人が見たら俺は羞恥心で死ぬかもしれないので、読んだ人は誰にもこのことを伝えずそっ閉じして欲しい。

 

 神様とやらに「君チート持って転生してみない?」と誘いを受け、どんな外敵にも負けないチート能力を授かり、現代日本っぽい場所に生まれ落ちて早十数年。

 かわいい幼馴染や金持ちの両親を持ち、退屈ながらも幸せな日常を過ごしていた中で、ある事件が起きた。なんと恐ろしい化け物共が世界中で湧きだし、瞬く間に人々を襲い始め、世界を恐怖のどん底に落としたのである。

 

 自衛隊どころか米国の軍隊や核兵器ですら歯が立たないそいつらを相手に、本来ならば嘆き絶望するべきだろうが、なんとも幸運なことに俺は神からもらったチート能力があった!

 幼馴染を守りながら迫りくる化け物達を拳一つで薙ぎ払い、今は避難指定場所である体育館で日記を書いているところだ。幼馴染の寝顔がとても可愛い。

 

 不謹慎だが、俺はこの状況に憤慨を覚えると共に、興奮もしていた。

 だってずっと使い道が無かった有り余るチート能力を、存分に振るう時が来たのだから!

 

 大事な人をこの手で救い、人々から救世主として崇められる。

 そんな都合のよすぎる展開が、もしかしたら叶うかもしれないのだ。

 ならば目指すしかないだろう救世主!なれるだけのスペックは多分ある!

 

 

 とは言っても、まずはどこかに避難しているであろう両親の捜索が先だ。

 幼馴染を不安にしないためにも、しっかり身体を休めなければならない。

 例えどれだけ動いても疲労しない身体を持っていても、精神が持たない。

 

 怪物達の正体はまだ分からないが、まだラジオは動いている。

 各国の都市部には強力な怪物達が大量にいるようだが、田舎や地方都市はまだマシだ。

 自衛隊の銃でもそこそこはやり合えるし、ビルよりでかい怪物なんかもいない。

 まだ大丈夫、まだ大丈夫なはずだ。

 

 

●月▲日

 

 大丈夫じゃなかったようだ。

 父さんが勤務していた会社に捜索に向かって、それを見つけた。

 父さんにプレゼントした腕時計。腕とセットで。

 

 会社に蔓延っていた怪物を皆殺しにして、母さんが勤務していたスーパーに向かう。

 母さんの姿があった。涙を流しながら抱き着こうとして、幼馴染に止められた。

 「なんで」と問う俺に、彼女は「よく見て!」と叫んだ。

 

 母さんの顔には、目玉が四つあった。

 どうやら、怪物の中には捕食した人間に擬態する種類もいるらしい。

 

 皆殺しにした。

 肉の一片も残そうとはしなかった。

 そいつらが存在した形跡を全て消し去りたかった。

 

 

 二日目が終わり、他の生存者は俺をあいつらを見る時と同じ目で見てくるようになる。

 まあ、目立ち過ぎたのだろう。しょうがないことだ。

 幼馴染だけは俺を俺として見てくれてるし、涙を流した俺を慰めてくれた。

 それに、二人の捜索中に発見したまだ幼い少女も、俺を慕ってくれている。

 彼女達のためにも、俺がくよくよしているわけにはいかない。

 まだ大丈夫、全然いける。二人の分まで、幸せになろう。

 

 

■月●日

 

 生存者から、『英雄』と呼ばれるようになった。

 東京にいる怪物共を殺し終わった後に、そんな渾名が付いたようだ。

 化け物というのは、度を越えると神格化してしまうものらしい。

 

 気が付けば、俺の存在は日本中にいる全ての生存者達の間に広まっていたらしい。

 俺がいる場所にいれば安全だと、日本各地から人々が東京に集まっているらしい。

 まあ確かに守るつもりではあるが、下手に動くと余計危険だと思う。

 

 

 それと、幼馴染はまだ生きている。

 この子だけはと本気で守り切ったおかげで、今まで傷一つついてない。

 とは言っても、最近は俺が働き過ぎてるせいであまり会えては居ない。

 「全てが終わったら結婚しよう」なんて告白をつい先日したが、果たしてその時まで俺が生きていられるかどうかは、まだちょっと分からない。

 

 ひとまずは、東京を安全な都市に改造することができたし、徐々に活動範囲も広められている。

 生存者達も協力的だし、今のところは歯が立たないような化け物もいない。

 ちなみに、あの化け物達のことを生存者達は『フォーリナー(来訪者)』と呼んでいるらしい。

 真っ先にクトゥルフ神話的なあれが思い浮かんだが、一応理由はある。

 

 

 米国の科学者たちの推察では、化け物共は地球に存在しうる生物ではなく、ほぼ間違いなく宇宙から来訪した生命体……つまりは、宇宙人という奴なのだそうだ。

 フォーリナー達が人間の前に現れた日の前日には、世界各地で小さな隕石が落ちたらしい。

 フォーリナー達は、その隕石から現れたのではないか?というのが米国の見解だ。

 

 

 まあ、そんなことはどうでもいいが。

 どちらにせよ殺し尽くせば、俺は晴れて幼馴染と結婚できる。

 それで幸せな家庭を作り、父さんと母さんの墓に結婚の報告をしに行くのだ。

 子供は野球チームが作れるくらいにはほしいし、こんなに頑張ったんだから一生働かなくてもいいくらいの金が欲しい。

 

 

▲年◆月●日

 

 彼女が死んだ。人間に殺された。俺が一か月東京を離れた隙に殺された。

 犯人の動機は、食料を奪うためだったらしい。

 彼女は優しいから、街の子供達に食べ物を配りに行って、その時に刺された。

 死なないように犯人を痛めつけて、今は四肢をもいで虫に喰わしてる。

 まだ十歳の子供だ。関係あるか。絶対に許さない。

 

 犯人を死ぬより辛い目に遭わせた後は、どうしようか。

 一番守りたかった人は死んだけど、これから何をしようか。

 もう世界は終わっている。生存者は俺がいる街にしかいない。

 あいつらへの対抗手段は、俺という戦力しか存在しない。

 

 

 俺への渾名が、『英雄』から『救世主』に変わった。

 もう俺の本名を知ってるやつの方が少ない。

 生活も安定して、食料の自給自足も可能になったが、戦力が足りない。

 

 あいつらは徐々に数を増し、進化して、銃弾すら効かなくなった。

 だから俺が一日戦うのをサボるだけで、生存者は全滅する。

 幾ら動いても疲れないから、彼女が死んだ悲しみを紛らわせることはできた。

 もう守る意味があるのかも分からないけど。

 

 

 俺、なんでこんなことやってるんだろうか?

 今となっては、日記を書いても分からない。

 自分の心すら、文字で書き記せなくなっている。

 

 

●年◆月▲日

 

 子供を作ることになった。

 なんでそんなことをするかというと、俺が死んだ後のためだ。

 

 あの日から十年が過ぎた。良く持つものだと自分でも思う。

 生活範囲も拡大し、間に合わせだったバリケードも街を守る防壁に生まれ変わった。

 未だに進化したフォーリナー達を倒す手段は俺のみだが、守るだけなら俺なしでもそこそこできるようになり、生存者が子供を作る余裕も、育てる余裕もできた。

 

 生活水準はまだまだあの頃より下だが、かなり持ち直せた。

 しかし、そんな生活ができるのは、俺が働いているからだ。

 自分で言っててなんかダメな親父みたいだなぁと思うが、事実だから質が悪い。

 

 

 だがまあ、俺も多分寿命はあるから、いつかは死ぬ。

 俺が死ぬということは、生存者も残らず死ぬということだ。

 そうなった時の保険のために、俺の遺伝子を受け継いだ子供を作ろう。

 そんな提案を、かつて助けた時は小学生くらいの彼女がした時は驚いた。

 

 俺はあんまり乗り気じゃなかったが、他の生存者達は概ね賛成だった。

 それどころか、積極的に俺の子を産みたいという女性が後を絶たなかった。

 普通ならば喜ぶのだが、あまりにも迫力があり過ぎて少し引いた。

 彼女達が求めているのは、多分俺ではなく『救世主』なのだろうけど。

 

 

 最初に俺の子を産むのは、かつて助けた少女となった。

 成長し、大人びた彼女は他の女性が嫉妬するほどに美しい。

 そんな彼女を、俺は未来を守るための道具として使うのだ。

 なんともまあ、腐り切った大人になったものだ。

 

 

◆◆年●●月■■日

 

 産まれた子供は、俺のチートの力をほんの少しだけ継いでいた。

 初めて、人類の中で俺以外にフォーリナーに対抗しうる者が生み出された。

 まあ、そうなれば当然、俺は戦うことより産ませることを求められた。

 

 毎日毎日、見知った女性や見知らぬ若い女性が俺の寝床に案内される。

 中には夫がいる女性や、まだ二十にもなっていない少女もいた。

 基本的に健康で体が強く、美しい女性があてがわれた。

 多分俺の機嫌を取るために、下手な女は送れないと思ったのだろう。

 

 俺の遺伝子を継いだ子供達は、何故か皆女の子として生まれた。

 例外は一つも無く、全員が女性で、男性達が見とれる程に美しい。

 

 

 彼女達は『ワルキューレ(戦乙女)』と呼称され、俺の代わりに戦いに身を投じた。

 ほんの一欠片であろうと、チートを受け継いだ彼女達は強力だった。

 銃弾でも貫通できない皮膚を拳で容易く貫き、炎や冷気、雷を放出できる。

 ワルキューレを産んだ女性達は特別な待遇を得て、普通よりいい生活ができる。

 そんな地位を求めてか、女達はこぞって俺に産まされるのを望むようになった。

 種馬になった気分だ、反吐が出る。

 

 

●●●年◆◆◆月×××日

 

 「お父様」と俺を慕う子供達の傷だらけの姿を見て、いつも心が悲鳴を上げる。

 できることなら戦わせたくないけれど、彼女達が戦わなければ多くの人が死ぬ。

 

 生活圏はかなり広がり、今や一つの国と言えるほどになった。

 眼下に広がる街は活気に溢れ、科学技術が発展し、あの頃よりもSFチックになった。

 ワルキューレはIQも常人の水準より遥かに高いらしく、天才が次々と産まれたのだ。

 時折できた技術を俺に見せに来るが、残念ながら頭の出来は生前と同じなのだ。

 見せられても理解できないので、娘達の言葉にただただ頷くくらいしかできない。

 それでも喜んでくれる辺り、ほんと俺の子とは思えぬほど愛らしい。

 

 

 そしてそんな愛らしい子達の内一人が、ついに戦死した。

 ワルキューレ達では敵わないフォーリナーが出現した。

 俺が出て、すぐに殺した故被害は少なかったが、それでも救い切れはしなかった。

 また、大事な人を一人失った。

 

 

 そして、この頃から一人の娘が、ある提案をしてきた。

 それは、ワルキューレが俺の子を産むという、要は近親相姦の提案だ。

 当然俺は拒否したが、そうもいかない事情があった。

 

 ワルキューレは強力だが、徐々にその力が追いつけなくなっていた。

 彼女達が強い理由は、いう間でも無く俺の血だが、それでも所詮は二分の一。

 俺が持つ本来の力には到底及ばず、このままでは遠からぬうちに街が滅ぶ。

 ならば、血を二分の一ではなく三分の二、それでダメなら四分の三。

 

 つまりは、近親相姦を繰り返し、俺の血の純度を高めようという策だ。

 結果的にこの提案はなし崩し的に許可され、そして成果を残した。

 俺の血が濃くなるほどワルキューレは力を増していくようだった。

 

 

 気が狂いそうだ。

 

 

◆◆◆年###月+++日

 

 

 今日もまた、俺の部屋には沢山の女の子達が……俺の娘達が訪れている。

 今日もまた、俺は娘達の未来を奪い取り、のうのうと暮らしている。

 今日もまた、フォーリナーの襲撃で死んだ娘達の墓に通う。

 

 

 未だフォーリナー達の発生を防ぐことはできない。

 未だフォーリナーの進化を止めることはできず、人間は生きている。

 未だこの地獄は終わらない。

 

 

 俺に寿命の概念は無いようだ。

 百から先は数えないようにしてるが、多分五百は経っただろうか?

 科学技術はドンドン発達しているが、それでもまだ娘達は死ぬ可能性がある。

 彼女達の血はドンドンと濃くなっていく。

 それでも尚、俺の力の数万分の一にすら及びはしない。

 

 

 この星を壊せば、この地獄は終わるだろうか?

 宇宙を壊せるようになれば、この世界は終わるだろうか。

 ダメだと分かってはいても、ついそんな考えが脳裏に浮かぶ。

 

 

 もう日記を書くのはこれで終わりにしようと思う。

 自分の人格を保つために続けていたが、もう限界だ。

 人格すらなくなってしまえばいいと思うほど、擦り切れてしまった。

 

 

 もしまた、この日記を開くことがあるとすれば。

 それはきっと、俺が死ぬ時になるだろう。

 

 

 




【人物紹介】
『救世主』
主人公。チート貰って転生したよ。
かわいい幼馴染がいるよ。死んだ。
凄くなついてる両親がいるよ。死んだ。
娘がいるよ。だいたい死んでる。
寿命という概念及び死の概念が存在しないよ。
頑張って世界を救おうね。

『フォーリナー』
敵。なんか突然宇宙から攻めてきたエイリアンだよ。
強いよ。擬態するよ。成長するよ。知性もあるよ。
なんで地球攻めてきたかは知らないよ。
大体全人類滅ぼせたけど、救世主の護る街は無理だよ。
救世主を怖がってるよ。

『ワルキューレ』
味方。救世主の娘達だよ。
強いよ。救世主の千万分の一くらい。
ちなみに救世主はフォーリナーの三倍くらいの速さで強くなるよ。
最初の子は億分の一くらいなので大分強くなったよ。
フォーリナーと同じくらい強いよ。
ゴキブリみたいに数がいるけど全員美少女だよ。
一人でも攫ったりしたら親がぶち殺しに来るよ。

『幼馴染』
幼馴染。死んだよ。
相思相愛だったらしいよ。

『両親』
両親。死んだよ。
子供の将来のために働いてる途中であっさり殺されたよ。
最後は家族の名前叫んで死んだのかもね。

『助けた子』
負けヒロイン。なんか生きてたよ。
救世主が幼馴染を好きなのは知ってたよ。
最後まで救世主が己を愛してくれなかったことは知ってたよ。
名前を憶えてくれて、抱いてくれただけで満足して死んだよ。
ハーレムメンバーその1だよ。


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他人に恋した娘

『ワルキューレの中にも、ただの人に恋をする娘がいたようだ。それは単純な歴史の一節としてしか残っていないが、それ故に我らはその数少ないラブロマンスに思いを馳せる』


 

 

 

 私の父は、祖父でもあり。私の祖父は、曾祖父でもある。

 私にとっては当然のことであるけれど、他の子にとっては異常なことらしい。

 しかし同時に、それを大人達は『名誉あることだ』と口をそろえて言う。

 おかしな話ではあるが、実際にそうなのだ。

 

 

『あなたはいつか、ワルキューレになるのですよ』

 

 

 母はいつもそう言って、休みの日はいつも私に剣や銃を握らせた。

 ワルキューレになって、人類を脅かすフォーリナーを倒すためだという。

 それをできるのは私達しかいないから、私達は選ばれた人間なのだと。

 

 そしてもし仮に、幾度もの死線を超え、十八まで生き残れたのなら。

 私達は名誉なことに、偉大な救世主である父の子を産む権利が与えられるらしい。

 そうなった後は、よほど忙しい時以外は宮殿で平和に余生を謳歌できるのだとか。

 

 

『お父様の代わりに、私達姉妹が人々を守らなければいけないのです』

 

 

 お母さんは、私のことを娘であると同時に、妹としても扱う。

 お母さんは父との間に私を産んだが、お母さんは父と祖母の間に産まれた子だ。

 ややこしくなるが、実際はとても簡単な家系図だ。

 男側はただ一人で、女側は数百人くらい。それだけ覚えておけば問題ない。

 

 

「だから、私は十八になったら父と結婚しなきゃならないんだって」

 

「お父さんと結婚するの?変なの」

 

 

 ワルキューレは、十二になるまでは普通の学校で、普通の人間として育てられる。

 戦士として育成するには無駄なことのようにも思えるが、父が必ずそれだけは守らせるようにと言いつけているのだから、きっとそれにも意味があるのだろう。

 

 

「変なのかなぁ?」

 

「本で読んだハプスブルク家より酷いや」

 

「なにそれ」

 

「血縁が近い人同士で結婚するのを繰り返して、最終的に痛い目見た人達の家系」

 

「へー。なんでも知ってるんだね」

 

「えへへ」

 

 

 事実、私はそのおかげで素晴らしい友人に巡り合うことができた。

 一年生の頃に出会った彼は、私が知る由も無かった知識を沢山披露してくれた。

 毎週行われる父との談話会でも、彼の話題を沢山話してしまった。

 父はそれを楽しそうに聞いてくれるから、ついつい話し過ぎてしまう。

 

 

「けど、家の決まりごとだから、しょうがないね」

 

「しょうがなくないよ。結婚は、愛し合ってる人同士で行うものだ」

 

「私、父のことは好きだよ?」

 

「僕もお母さんのことは好きだけど、それは恋愛的な意味じゃない」

 

 

 愛にも種類があるのだと、彼はそう教えてくれた。

 では、私は父を女として愛しているのだろうか?

 ずっと考えてきたが、結局答えは今も出ないままだ。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 それから数年経って、私は戦場に出ることになった。

 幸い他の姉妹と比べて出来は良かったらしく、任期が終わるまで生き残れそうだ。

 彼との交友は続き、相変わらず仲のいい関係が続いていた。

 だから、それからもずっと続くと思っていたのだけど。

 

 

「僕と結婚してください」

 

 

 十七なった頃、彼は私に指輪をプレゼントしてくれた。

 最初は訳が分からなかったけど、ようやく私は彼の気持ちに感づけた。

 彼はずっと、私のことを女として好きになってくれてたらしい。

 

 

「あなたのお父さんに勝てるところなんて、一つも無いけど。あなたを幸せにしてみせます」

 

 

 とても困って、それ以上に涙が出る程嬉しかった。

 考えないようにしてただけで、私も彼のことがどうしようも無く好きだったらしい。

 返事は返せなかったけれど、唇同士をくっつけて、初めてのキスをした。

 衝動的にやって、後から思い返してベッドの上で悶えたけれど、とてもとても嬉しかった。

 

 

「いけません」

 

 

 けれど、姉妹達は私が他の男とくっつくのには反対だった。

 他の姉妹と同じように、お父様の子を産むのだと、彼女達は私を叱った。

 それでも私は諦めきれずに、父に直訴することにしてみた。

 もしかしたら殺されるかもしれない、なんて考えながら。

 

 

「やめなさい。馬鹿なことは考えないで」

 

「分かっているの?あなたは今、大変なことをしようとしてるのよ?」

 

「私達の使命を忘れるの?戻ってきて、お願いだから」

 

 

 引き留める彼女達に向けて、私は声を荒げて言った。

 

 

「その使命って、誰が決めたのよ!」

 

 

 彼の受け売りだった。私はそんなものに縛られて、他の子と同じ人生を歩みたくはなかった。

 大変なことだとは分かってるけど、それでも諦めたくなかった、捨てたくなかった。

 だから、震える足を動かして、父のところまで足を運んで。

 

 

「いいんじゃないか?」

 

 

 とても軽い口調で、父は笑いながらそう言った。

 拍子抜けするくらい、あっさりと結婚は認められた。

 私も彼も、口をあんぐりと開けて驚いた。

 

 

「別に俺は、他の男と結婚することを禁じてなんていないよ。他の子には俺から言っておこう」

 

 

 父は笑った。思わず私と彼は父に抱き着いてお礼を言った。

 父はとても上機嫌に、私達の結婚を祝福してくれた。

 式はどこでしようとか、何をお祝いに持っていこうだとか。

 見たことが無いくらい、父はそれを楽しんでいるように見えた。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 結婚式が終わって、私は父と一緒の部屋でゆっくりと話をすることにした。

 父はベッドの上で横になりながら、独り言のような私の言葉を聞いてくれた。

 

 

「父さん。結婚を認めてくれて、ありがとうございます」

 

「嬉しかったです。私達を道具として扱っていないことが分かって。愛を持ってくれてることが分かって。私達の幸せを願ってくれることが、理解できて」

 

「父さんが結婚式に遅れてきたのは残念だけど、仕方ありませんね。忙しかったんでしょ?お祝いの品、とっても嬉しかったよ。ベビー用品なんて、気が早すぎるなーって思ったけど!」

 

「彼、どうだった?そっか、優しそうで、賢そうで、イケメンなんだ。フフッ、いいでしょ?私が惚れちゃった男の子だもん!お父さんにも負けないくらいかっこいいよ!」

 

「それに、お父さんと違って私のことだけを愛してくれたしね!……あ、ほらそんな悲しそうな顔しないで?分かってるよ、お父さんはずっと、昔死んだ幼馴染さんが好きなんでしょ?フフッ、私と同じだね」

 

 

 

「泣かないで?分かってるよ、仇を討ってくれてありがとね」

 

「大丈夫だよ。悪いのはフォーリナーだもん」

 

「運が悪かっただけだよ。結婚式当日に襲撃なんて、誰も予想できるわけ無いもん」

 

「私は幸せだよ?ほんの一瞬でも、彼と夫婦になれたんだもん。幸せだ」

 

「それが、ほんの一瞬で奪われてしまっただけだよ」

 

 

 

「泣かないで。私はもう泣かないって決めたんだもん」

 

「あいつらを殺すまで、あいつらが絶滅するまで、私はお父さんの子を産むよ」

 

「あいつらを殺してくれる子供が産まれるまで、私は頑張るよ」

 

「姉さん達、こうなることが分かってたのかもね。フフッ、後で謝らないと」

 

 

 

「ふざけないでよ」

 

「なんで、なんであんなに、一瞬で」

 

「彼の人生はなんだったの?私の恋って無意味だったの?」

 

「あんなに簡単に人間は死んじゃうの?一緒に死ねなかった私は化け物なの?」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい。けど、お願いです。お願いです」

 

「彼の死を無駄にしないでください。彼の仇を取ってください」

 

 

 

「あいつらを殺してください」

 

「あいつらを消してください」

 

「私みたいな子が産まれないように」

 

「私達みたいな子が必要のない世界になるように」

 

「お願いします、救世主様。お願いします、お父様」

 

「どうか、この願い(呪い)を、どうか」

 

「叶えてくださいませ」

 

 

 

 救世主に祈りを捧げよ。

 救世主に願いを捧げよ。

 この地獄を終わらせるために。

 この歪を終幕に導くために。

 

 

 願いを背負っていくのが、どれだけ苦痛だと理解していても。

 その呪いが、どれほどあなたを苦しませるのか、理解していても。

 私達には、そうすることしかできないのです。

 

 

 

 




【人物紹介】
『恋をした娘』
救世主の娘。初めて人間に恋をした個体。
比較的人間らしい感情を持ってしまった故に、ただの人間に心惹かれた。
しかし、式場をフォーリナーに爆撃され、愛すべき夫を失った。
人間が息絶えたその地獄で、彼女はただ一人、それを見た。
己達とは次元が違う、神のごときその力を。


『救世主』
始めて人間らしい恋をした娘が不幸になってマジ切れした親父。
今日くらいは父らしく、とタキシードを着て向かった式場はすでに焼け野原。
結果、数百年振りくらいに現場に出て数秒で襲撃者を殲滅してしまった。
願われるのはいつものことだが、今回は割と心が折れかけたらしい。


『フォーリナー』
空気読まずに襲来し、街の一区画を焼け野原にした飛行型フォーリナー達。
現時点での最高戦力は、ぶち切れたチート持ちによって数秒で打ち砕かれた。
本来ならば莫大な被害を与えられるような超戦力だったらしいが、式場一つと、そこにいた何の力も持たない人間達が死んだ程度で終わったのは、人間側にとってはとても喜ばしいことである。


『夫になるはずだった人』
本気でワルキューレを愛しちゃった人。死んだ。
結婚式前にやることはやったらしいので、そこだけが救い。
救世主から見てもかなり好印象な好青年だが、常人の命は紙より安い。


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外来人

『今や世界でトップクラスの大企業となった「   」社。その社長によって、かつて救世主がいた時代を生き抜いた遠い先祖の手記が公開されたのは記憶に新しい。重要な歴史的資料として評価され続けたその手記の中には、頻繁に彼が想いを寄せていたと思われしワルキューレが登場するが、彼女の名は手記の最後まで明かされることはなかった』


 

 

「救世主?」

 

「そう。世界を救う可能性をただ一人持つ、人類の希望だってさ」

 

 

 アメリカや中国、ロシアといった大国は、ほんの数か月たらずで滅亡してしまった。

 フォーリナー達はたった数年で、いとも容易く地球の9割を滅ぼした。

 日に日に進化する宇宙からの来訪者は、銃弾や爆弾すらも超越した。

 個体差はあり、中にはナイフで傷つくような弱いフォーリナーも存在するが。

 目立つ街や集団には、毎日のように進化し続けるフォーリナーが投入される。

 

 

 結果的に、生き残った人類の大半は、小さなコミュニティの中で生活するようになった。

 少し強いフォーリナーが攻めてくればすぐ壊れる程度の、砂の城。

 しかしすぐ崩せるからこそ、フォーリナーはそのコミュニティに本腰を入れなかった。

 要は見逃されているということだが、それでも人類はほんの少しだけ生きていた。

 

 

 そんな数少ない生存者の間には、ちょっとした噂があった。

 人類が未だ地球の長であった頃よりも発展した国が、この世界のどこかにある。

 そしてその国を治めるのは、数百年もの間生き続けている一人の人間らしい、と。

 

 

「ばっからしい噂だな」

 

「私もそう思う。けど本当にいるのなら、早いとこ救ってほしいね~」

 

「フォーリナー全部やっつけてか?無理に決まってるだろ」

 

 

 フォーリナーは、隕石に取り付く微生物として来訪してくる。

 そして人間や動物の身体を乗っ取ったり、吸収したりして進化する。

 最初期に一つ落下しただけで人類は阿鼻叫喚となったのに、今や空を見上げれば当たり前のように、彼等は地上に降り立とうとしてるのが現状だ。

 

 

「くだらない噂に縋る暇があるなら、さっさと歩け」

 

「えー。夢があっていいと思うけどなぁ。結婚とかもできるらしいよ?」

 

「興味ねぇよ」

 

 

 そうだ、そんなものは存在しない。

 存在しているとするなら、俺達がこんなに苦しい訳がない。

 もしいるのなら、さっさと俺らを救って、存在を証明してくれ。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 

「君達、どこから来たの?」

 

 

 生存者は二名。俺達は無駄にコミュニティをでかくし過ぎてしまったようだ。

 食料を求め移動している最中に、馬鹿でかいフォーリナーから襲撃を受けた。

 リーダーは最初に殺され、銃弾も爆弾も効かずに俺達は蹂躙された。

 たった一体のフォーリナーによって、俺達のコミュニティは壊滅した。

 

 

 死を覚悟した俺達を救ったのは、見たことも無いくらい美人な女だった。

 銃弾が効かぬ皮膚をトイレットペーパーみたいに切り裂き、脳を一刺し。

 剣なんていう原始的な武器を扱ってる癖に、ほつれ一つない服。

 

 異質に過ぎる。

 助けては貰ったが、人間というより擬態したフォーリナーと言われた方が納得できる。

 警戒し、後ずさった俺とは対照的に、能天気なアホは喧しく礼を口にする。

 

 

「西の方から歩いてきました!助けていただいてありがとうございます女神様!」

 

「ごめんねー、女神じゃないよー。……他の人達は、間に合わなかったみたいだね」

 

「いえいえ!私達を助けてもらっただけでも十分!あなたは命の恩人です!」

 

 

 ペラペラと喋る馬鹿女に愛想笑いを浮かべ、そいつは小さな端末を取り出した。

 どうやら通信機のようで、訳の分からぬ単語を並べ、まるで子供に向けるような笑顔で、俺より一回り年下に見える少女は言う。

 

 

「ようこそ、お父様が治める楽園に。よくここまで頑張ったね」

 

 

 俺達はその日から、胡散臭い楽園の住民となった。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

「いい街でしょ?ここ」

 

「はい!すごくいいところですね、ここ。食べる物にも、住むところにも困らない」

 

「なんでこんなでかいコミュニティを維持できてるんだか……」

 

 

 生まれて初めて汚染されてない野菜を食べて、生まれて初めてふかふかのベッドで眠った。

 驚くことに、そいつらが楽園と呼ぶそこは、たしかに夢のような街であった。

 一か月に一度程度の頻度で街にフォーリナーが襲撃してくるが、ほぼ毎日のように命の危険に晒されていたあの頃と比べれば、生きやすさは雲泥の差だ。

 

 

「食べるものも美味しいし、お風呂にも入れるし。ほんとにすごいところだなぁ……」

 

「フフッ。何せここは、お父様が治める街だからね」

 

「お父様?」

 

「この街のリーダー。皆からは救世主って呼ばれてる」

 

「……ってことは、滅茶苦茶偉い人じゃないですかあなた!?」

 

「アハハ、そうなるかな?けど、珍しいことじゃない。そこら中を見渡せば、私の姉妹はいくらでもいるよ?ほら、あそこで手を振ってくれてる子も、私の姉妹だし」

 

「どういうことだよ」

 

 

 そいつはさも誇らしげに、狂った事実を俺達に説明する。

 この街を守る兵士ワルキューレの存在と、その誕生の理由。

 そしてそれを増やすための、狂った生産方法を。

 

 

「……自分の娘を、産ませる?」

 

「うん。そうすることで、よりお父様の血が濃い娘を生み出せるからね」

 

「それってつまり、近親相姦ってこと?」

 

「えーと、定義的にはそうなるのかな?気にもしてなかったけど」

 

 

 イカれてる。こいつらも当然のように、それを受け入れているようだった。

 変態野郎に産まされることを至上の喜びとし、それに人生を捧げることを苦ともしない。

 その生き方に悪寒を覚えると同時に、ほんの僅かに胸が痛んだ。

 

 

「お前は、そんな人生で満足なのか?」

 

「勿論。そう願われて生まれてきたんだから」

 

 

 歪んでいることを宣う少女は、しかし真っすぐに頷いた。

 この街を守るために、そして人類のためにやっていることなのだと。

 何よりも、偉大なる父の役に立てることこそが、最も名誉あることなのだと。

 

 

「凄いですね。この国はそうやって守られてるんだなぁ」

 

「えへへ。二人も安心してね?この国の人達は、私達ワルキューレが守って見せるよ」

 

 

 まだ二十にもなっていない自分の娘達を、最前線で戦わせている。

 俺が救世主とやらに嫌悪を抱くには、十分すぎる理由だった。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

「無理だよ。君が思うより遥かに、この国を狙うフォーリナーは強大だ」

 

「働かずにのうのうと暮らしてても気持ち悪い。元居たコミュニティじゃ、俺は荒事専門だった。それくらいしかできねぇんだよ」

 

「とは、言ってもなぁ……」

 

 

 無理を承知で、対フォーリナー用の武器を借りれるか交渉することにした。

 この街に住み着いて三か月ほどが経ったが、その間俺達は何もしなかった。

 あいつは気にしていなかったが、俺としては食わせてもらってるのに自分が何もしないのは、なんだか居心地が悪かった。

 

 

「……なら、私の助手として働いてくれるかな?雑魚の掃除を任せたり、荷物持ちをしてもらうくらいだけど」

 

「それで構わない。武器は、できるなら拳銃がいいんだが」

 

「あー……多分君じゃ使えないね。整備班の人に調整してもらおうかな」

 

 

 その言葉に少しムッとなり、ここに来る前から持っていた拳銃を握る。

 百発百中、とまではいかないが、それでも命中精度には自信があった。

 

 

「馬鹿にするな。拳銃くらいなら何度も扱った。ショットガンも、ライフルも」

 

「アハハ、ごめんね。けど、私達の武器は特別だから」

 

 

 最初はその言葉の意味を理解できなかったが、彼女達用の拳銃を使って理解した。

 一発撃つだけで、肩がぶっ壊れて、反動に耐えきれず吹き飛んだ。

 痛みで気絶し、気が付けば医務室に連れていかれていたのは苦い思い出となった。

 

 

「ごめん、一応弱めに調整してたつもりだったんだけど……」

 

「あれで、弱めなのか」

 

 

 聞けば、この街を襲うフォーリナーを殺すには、それくらいの威力が最低限必要らしい。

 対物ライフルを超える威力を持つ拳銃ですら、彼女達にとっては牽制用の小道具だ。

 筋力も、体力も、人体の構造すらも人間とは異なっている。

 

 更に驚くべきことに、彼女達は個体によって様々な特性を持つらしい。

 身体から炎や雷を放出したり、身体を透明化させたり、瞬間移動したり、という風に。

 人智のものとは思えない機能を、彼女達は当たり前のように保有していた。

 

 

「バカげてる」

 

 

 結論から言えば、彼女達の言う雑魚との闘いですら、俺にとっては死闘となった。

 男の意地でどうにか勝てたが、後日から俺はみっちり訓練をつけられることになった。

 少しはマシになったが、それでも彼女達から見れば吹けば飛ぶ程度の存在らしい。

 それを生み出した救世主とは、いったいどんな化け物なのだろうか。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

「もう行くのやめたら?無駄でしょ、そんなことしても」

 

「……なんだ、今更」

 

 

 ワルキューレの助手を務め、半年近くの月日が経った。

 仕事に向かおうとしたら同じ部屋に住んでる相棒に文句を言われた。

 最初の方はヘラヘラと送り出してくれたのに、最近はなんだか不機嫌そうだ。

 

 

「別にあなたが行ったところで大して役に立ってないんでしょ?任せればいいじゃん、あの子達に。働きたいなら、私と一緒に野菜育てようよ。慣れれば割と楽しいよ」

 

「俺は戦うしかできないって前も言ったろ」

 

「その戦うことすら、ここの基準じゃ碌にできないじゃん」

 

 

 痛いところを突かれ、押し黙る。

 事実、この街においては彼女達しか碌な戦力にはならない。

 彼女達が雑魚と呼んでいるフォーリナーですら、俺にとっては強大な敵。

 最近はようやく安定して倒せるようになったが、それでも生傷は絶えない。

 

 

「あの子のことはほっといて、この国でのんびり暮らそうよ。あの子だって、数か月も会わなけりゃ君のことなんて忘れるよ」

 

「助けられた借りをまだ返してない」

 

 

 それだけ言って、逃げるように彼女の下に向かった。

 何故俺がそこまであいつらに拘るのか、自分でも分かっちゃいない。

 分かっちゃいないが、このまま何もせず、彼女達に守ってもらって、平和に暮らして。

 そんな生活を続けたら、自分が嫌いになる気がした。

 

 

「毎日ご苦労様です。今日もよろしくお願いしますね!」

 

「守られてるのは俺だけどな」

 

「それでも、一緒に戦ってくれる人がいるだけで気が楽になりますから!さあ、見習いなりに頑張って資源を集めに行きますよ~!」

 

 

 それに、俺達を救ってくれた彼女に恩返しがしたかった。

 救ってくれた方はあまり気にしてはいないだろうが、それでも俺は心底救われた。

 絶望しかないこの世界で、ほんの僅かな希望を示してくれた。

 武器を手に取る理由なんて、きっとそれだけで十分だ。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 彼女達がどれほど危険な戦場に身を置いているか、俺は理解してなかった。

 この街が、この地球上でもっとも危険な場所であると、理解できなかった。

 何故街の護衛ではなく、外の探索が見習いの仕事なのか。

 単純に、外のフォーリナーより、街に攻め入るフォーリナーの方が危険だからだ。

 

 

「お父様以外で初めて、本気で誰かを好きになれました」

 

 

 この街は地球上で最大規模のコミュニティだ。

 そしてフォーリナーは、それを壊すために進化し続ける者達だ。

 ならば当然、この街を襲撃するフォーリナーは地球上で最強の個体が担当する。

 考えればすぐわかることから、俺は目を背けていた。

 

 

「行くなよ。まだ、まだ大人になれていないだろ。やりたいことだって、いっぱいあるだろ」

 

 

 通常よりも大規模な戦力で行われた襲撃は、瞬く間に終了した。

 また一段階進化したフォーリナーによる攻撃は、ワルキューレ達の強固なはずの装備と身体を容易く貫き、骨を折り、命を散らした。

 

 それでも、彼女達は引かなかった。

 一撃で殺されるような相手を前にしても、一歩も後ずさることはなかった。

 それは、彼女も例外ではなかった。どちらの意味でも。

 

 

「ありますよ。ありますけど、無理そうです」

 

「無理じゃない。ふざけるな。ここで終わっていい筈がない!」

 

「『   (識別不明)』さん」

 

 

 彼女は俺の名前を呼ぶ。

 俺は彼女の名前を必死に叫ぶ。

 終わる。消える。

 彼女の命が、人生が、終わりを迎える。

 

 

 俺が戦場に立っていたからだ。

 俺を庇って、彼女は死ぬんだ。

 たった一人の馬鹿のせいで、輝く未来を持っていたはずの少女が終わるんだ。

 ふざけるな、そんなこと許されるはずがない、なんでこんなことになるんだよ。

 

 

「私のこと。忘れないでくださいね?」

 

 

 ほんの少しだけ、彼女の身体が軽くなったような気がした。

 何かが抜け落ちるような感覚がした。

 少女の命は、今ここに終わりを迎えた。

 

 

 空を見上げる。

 そこに立つはただ一人。

 まさしくその名に相応しい、あらゆる全てを超越した強さだった。

 たった一人で、彼女達では歯が立たぬ奴らをまとめて消し飛ばした。

 

 

 ふざけるな

 ふざけるな

 ふざけるな

 

 

 なんでそんなに強いのに、最初からお前がいなかったんだよ。

 なんで彼女が死ぬ前に、あいつらを消し飛ばしてくれなかったんだよ。

 なんでなんでもできるのに、娘達を死なせてるんだよ。

 

 

 八つ当たりだ。

 救世主が来なければ、俺も死んでいた。

 本当なら礼をすべきで、崇めるべきで、感謝すべきで。

 それでも、俺はあいつを許せなかった。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

「お帰りください」

 

「お父様は多忙です」

 

「あなたのような他人に構う暇はありません」

 

 

 当然ながら、宮殿に向かっても会えるわけが無かった。

 それでも、何度も声を荒げて、あいつに会わせろと叫んだ。

 何度もボコボコにされ、何度門前払いを受けようと叫び続けて。

 

 

「通してあげろ」

 

 

 よりにもよって救世主が、俺を自室まで招きいれた。

 

 

「お前の娘が、あの日に死んだぞ」

 

「お前の娘は、人間らしいことを碌にできずに死んでいった」

 

「あいつの人生は何だったんだよ。あんなことになるために、今まで生きてきたのかよ」

 

「なんで父親が、助けてやれなかったんだ。なんで娘が、父親より先に死ぬんだよ」

 

「本気であんたのことが好きだったんだ。そんな奴が、あんなにあっさり、死んだんだ」

 

「彼女は、何のために生きてきたんだよ。答えろよ、救世主!」

 

 

 訳の分からぬ言葉を並べ立てる。

 どうかしている。俺は頭がおかしいのだろう。

 こんなこと言っても、何の意味も無いのに。

 それでも、言わずにはいられなかった。

 

 だからそれでおしまいだ。

 おしまいの、はずだった。

 

 

「ありがとう」

 

 

 返ってきたのは、罵倒でも、死を告げる拳でも、無視でも無かった。

 そこには、心底救われたような顔をした、ただの人間の。

 ただの、あいつの父親がいた。

 

 

「あの子の傍に、ずっといてくれて」

 

「あの子を愛してくれて」

 

「あの子のために泣いてくれて」

 

「あの子のことを忘れないでいてくれて。本当に、本当に」

 

 

 罵倒や怒りの方が、よっぽど救われた。

 こいつは、本気で自分の娘達を愛していたようだ。

 百はとうに超えているであろう無数にいる娘達を、そいつは本気で想っていた。

 

 死んだ娘のことをずっと抱えていた。

 道具なんかじゃなくて、家族として扱っていた。

 死んでしまったことに本気で悲しんでいた。

 

 

 それでも、彼女は死んだ。

 こんな奴がいるのに、彼女はあっさりと死んだんだ。

 

 

「最期の言葉を聞いたのが、僕じゃなくて君でよかった」

 

「ありがとう。ごめんなさい」

 

「俺に、彼女は守れなかった」

 

 

 後で聞いて、見たことではあるのだが。

 この街の周辺を探索すれば、すぐに分かることなのだが。

 この街は既に、大量の強力なフォーリナーによって囲まれているらしい。

 

 

 おぞましい程の数が、山や海に。地面や空に潜伏し、隠れている。

 何故奴らは姿を現さないのか?その答えは実に簡単だ。

 奴らの目的は、戦力ではなく抑止力だ。

 

 

 救世主が動き出せば、すぐに街を襲えるように。

 救世主が本気で潰しに来た時に、彼の大切なものを全て奪えるように。

 たった一つの弱点を、彼がただ一人しかいないという弱点を突くために。

 たった一人の男のために、フォーリナーはすさまじい規模の戦力を集中させていた。

 

 

 だから、彼はフォーリナーの本拠地を探しに行くことはできない。

 街から離れた瞬間に、フォーリナー達は街を壊滅させてしまうから。

 そして同様に、フォーリナーはワルキューレ達を壊滅させる戦力を保有しなければならない。

 ワルキューレだけで対処できる戦力であれば、救世主が全力で動けてしまうから。

 

 

 何もしていないのではなく、何もしていないことこそが最大の防衛であると。

 この男がいなければ、とっくにこの街は滅んでいるのであると。

 そう理解してしまって、俺の心は容易く折れた。

 

 

「いつか、一緒に彼女の墓に手を合わせに行こう」

 

「きっと、彼女もその方が喜ぶから」

 

 

 なんとも悲しきことに、この世界は既に終わるはずだったらしい。

 外にいては気づかなかった。俺達は本当に、ただ見逃されていただけだ。

 たった一人の男を封じる枷として、人類が人質に取られているだけだ。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 彼女の墓参りに来た。隣にはこの街を守る救世主。

 九十まで無駄に生き延びた。この人ともそれなりの付き合いになった。

 あの馬鹿女と結婚して、子供も生まれた。子供は孫をこさえて、その孫も曾孫を産んだ。

 

 あの頃からは考えられないほど幸せな人生になったと思う。

 それでも、彼女のことはずっと忘れられなかった。

 それは贖罪かもしれないし、惑いはまた別の理由かもしれない。

 ただ分かるのは、俺は結局、この世界には何の役にも立たなかったというだけだ。

 

 

「なぁ、救世主様」

 

「なんだい?」

 

「儂はもうすぐ死ぬよ」

 

 

 救世主は、悲しそうな顔をして頷いた。

 彼にこれ以上想いを背負わせたくはないから、できる限り軽い遺言にすることにした。

 多分それくらいの方が、彼も無駄に重くならずに済むだろう。

 

 

「かなわぬ願いかもしれないけどさ。あんたも、幸せになってくれ」

 

 

 それだけ言って、俺は墓場を去って行った。

 救世主は困ったように笑って、肯定も否定もしなかった。

 けど、どうかこの願いを叶えてあげてくれ、神様。

 

 あんなに頑張った人が幸せにならないのは、なんだか気持ちが悪い。

 だから、頼んだよ。

 




【人物紹介】
『男外来人』
無謀な人。自分でも何か役に立てると思っていた。折れた。
終末世界とは思えないほどまともな感性を持っている、ある意味異常者。
喧嘩や殺し合いに強かったらしいが、あまりにもレベルが違い過ぎた。
名前を最後まで明かさなかったのは、ちょっとした独占欲故だとか。
なんだかんだで女外来人と結婚した勝ち組。
救いは無いんですかと聞かれたので救いを作りました。


『女外来人』
割と腹黒い子。描写してないけど内心ワルキューレを気味悪がってた。
男外来人とは長い付き合いで、何度か守ってもらう内に惚れてたらしい。
人当たりがよいため楽園でも上手く生きており、計算や商売が得意。
男外来人を引き留めたのは「まあすぐに危なくなってやめるだろう」と考えてたのに思ったより長く続いて焦ったのと、ワルキューレの子と仲良くなってるのを見て嫉妬心に駆られたから。
総じてまともな女の子、最終的には旦那ゲットした勝ち組。
救いは無いんですかと聞かれたので救いを作りましたその2。


『死んだワルキューレ』
当たり前のように死んだ子。運が悪かったね。
標準的な子で、前話の子ほど運も性能も良くは無かった。
それでも、大事な人が生きてるだけあっちよりは勝ち組かも。
最後の願いは、ちょっとした出来心。
「ずっと心に居続けてればいいな」とか思って言ったらしい。
しっかり死ぬまで残ったので、多分救いはある方。


『救世主』
ドンドンチートが盛られてく奴。現在もハーレムは増加中。
とっくに娘は100人超えてるが、それでも尚戦力は足りないらしい。
時間をかければ地球上のフォーリナー全部滅ぼせる。
けど離れたら街が滅ぶので、ワルキューレが強くなるまで頑張ってる。


『神様』
「考えとくね」


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救世主大勝利!希望の未来へレディ・ゴーッ!!

『フォーリナーによって一度滅びを迎えた文明は、途方も無い時間を経て少しずつ復興していった。そんな今が続いているのは、救世主の存在があってこそだ。だが、救世主のその後の記録を残した資料は、今でも見つかってはいない。彼が一体、今どこで何をしているのか、知る者は存在しない。それこそ、神以外は』


 

 

 

 

「見つかりました」

 

 

 その日は唐突にやってきた。

 フォーリナーの本拠地が太陽系のどこかにある、それは早いうちから判明していた。

 科学力の発展と、宇宙でも活動できるようになったワルキューレの懸命な捜索。

 それによって、ようやく人類はフォーリナーの巣を見つけることができた。

 

 そしてフォーリナーの研究を続けた結果、ある一つの事実が判明した。

 フォーリナーとは、人間や動物のようにそれぞれの個体が独立しているのではなく、全ての個体が一つの意思により働いている、という希望になりうる情報だ。

 

 これはつまり、人類はフォーリナーを殲滅するのではなく、ただ一体の個体を破壊すれば勝利する可能性があるということだ。それは確かな勝算となりうる。

 それさえ殺せば、フォーリナーは知性を失い、行動を停止する可能性がある。

 

 ただし、問題が幾つかあった。

 

 

「……遠いな」

 

 

 娘達が発見したフォーリナーの本拠地は、確かに太陽系にあった。

 太陽系にある一つの星は、それ自体が丸ごと、フォーリナーによる擬態であった。

 一見変哲も無いただの惑星だが、内部は夥しい数のフォーリナーで満ちている。

 しかも、そこに存在するフォーリナー達は全て今までの個体の数倍は強い。

 

 何よりも厄介なのは、本拠地までの距離だ。

 月くらいまでなら数秒とかからず移動することは可能だが、この惑星まではどう見繕っても五分程度の時間がかかる。

 短いようにも思えるが、今の状況ではそれは致命傷となりうるものだ。

 

 

「私達姉妹が全力で防衛に当たっても、長くて十分が限界でしょうね」

 

 

 街を囲むフォーリナーの数は、年々数も質も増している。

 少しずつフォーリナーを打倒する方法を研究しているのを、彼らも気づいていたのだろう。

 もし俺が一瞬でも街を出ようものなら、フォーリナー達は総力を以てこの街を潰しにかかる。

 そうなれば、例え今の娘達であってもものの数分で壊滅するだろう。

 

 

「ですが、これでようやく終わらせられます!」

 

 

 それでも、娘達はそれを実行する気でいた。

 何の躊躇も無く俺を宇宙に送り出し、自分達は街を守って死ぬ気でいた。

 ようやく己達の悲願がかなうのだと、彼女達は目を輝かせていた。

 彼女達の目には、未来ではなく終わりが写っていた。

 そんなところまで俺に似なくてよかったのに。

 

 

「フォーリナー達も、おそらくは準備が整ったことに気づいているはず。下手な妨害をされる前に、全てを終わらせましょう。お父様なら、それができるはずです!」

 

「君達は死ぬよ」

 

「はい!死んでも、絶対に街は守り切ります」

 

「……そう、か」

 

 

 とっくに、人類は限界だった。

 夢を奪われ、尊厳を奪われ、星を奪われ。

 それをどうにか、俺という鎖で繋ぎ止めていただけだ。

 

 だから、俺はその責任を取るべきだろう。

 ここまで人類を生き残らせた、希望を持たせた報いを受けるべき時だ。

 娘達は死ぬ。俺を慕ってくれた、血を分け合った子供達は、明日死ぬ。

 

 

「頑張ってください、お父様!」

 

 

 その日の内に、計画の内容は全ての娘達及び市民に伝えられた。

 市民達は歓喜した。娘達もまた、悲願を叶えられると喜んだ。

 狂っている。まともな人間が見たら、そう零すかもしれない。

 まだ成人していない少女達が、人類を守るための犠牲になる。

 そんなことを、当事者含め容認している。

 

 

 もう限界なのだろう。

 ここまで続いたのが奇跡だったのだ。

 フォーリナーは奪い過ぎた。

 大切な人を、希望を、故郷を、星を。

 人類が己達を律するための楔を、彼らは無造作に引き抜き過ぎた。

 

 

「俺達は死んでも構いません」

 

「子供がフォーリナーに殺されました。仇を取りたいんです」

 

「親を殺されました。遊ばれて殺されました」

 

「僕らを救ってください。救世主様」

 

 

 市民達は、自分達が殺されるかもしれないと承知した上で賛成した。

 娘達は、自分達が殺されると確信した上でそれでもいいと頷いた。

 俺は、娘達が死ぬと知った上で、剣を手に取った。

 

 

 無限にも思えるような地獄は、今終わりを迎える。

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

「あの、本当に邪魔になりませんか?姉妹全員の通信機とつなげるなんて……」

 

「大丈夫。その程度で集中を乱されるほどやわな精神はしてないさ」

 

 

 娘達は全員、街を守るため戦闘配置に着き準備を整えている。

 フォーリナー達も焦っているようだが、俺がいる以上は街に手を出すことはできない。

 戦力を無駄に消耗させるよりは、街を壊した方が俺が戻る可能性が高いと踏んだか。

 と言っても、今となっては最早それすら叶わぬのだが。

 

 

「それとも、余計なお世話だったか?」

 

「そんなことはありません!……最後にお父様に言葉を届けられると、皆喜んでました」

 

 

 せめて、娘達を殺す俺は、娘達の声を聴かなければならないと思った。

 娘達の願いを、娘達の死を背負って戦いに臨むべきだと思った。

 だから、例え無駄な行いであったとしても、そうすべきなのだ。

 

 

「地獄のような戦いになる」

 

「けど、この数分が終われば、地獄は終わります」

 

「地獄が終わった後の世界を、お前達は見ることができないよ」

 

「それでも、他の誰かがその世界を見ることができます」

 

 

 本当に、俺の娘達は馬鹿な子だ。自分のことなんて考えやしない。

 もっと自分のために生きていいのに。もっと俺を恨んでくれていいのに。

 そう思ってしまうのは、きっと彼女達の覚悟を侮辱する行為だ。

 

 

「誰に似たんだろうな」

 

「お父様であれば嬉しいです」

 

 

 指定された時間になった。

 足に力を籠め、グッと屈む。

 一秒経つごとに、果たして何人娘が死ぬのだろうか。

 一秒経つごとに、一体どれだけの人類が死ぬのだろうか。

 

 

『お父様!!』

 

 

 娘達の声が、通信機越しに聞こえてくる。

 色とりどりの声達が発する言葉が、たった一つだけだった。

 

 

『行ってらっしゃい!!』

 

「行ってきます」

 

 

 そういえば、初めて娘達にこんなことを言ったな、なんて考えながら。

 下を見ることはなく、宇宙を目掛け跳躍する。

 爆音。異音。血しぶきの音。フォーリナーの足音。落下音。

 通信機から、惑いは直接に、それらの音は俺の耳をつんざく。

 

 

『今までありがとうございました!』

 

『私、生きててよかったです!』

 

『頑張ってください、お父様!』

 

 

 遺言が聞こえる。星を出るまでに二十人の娘が死んだ。

 全員名前を付けていた。全員と楽しく会話したこともある。

 人間的にはとってもまともで、されど戦闘員として向いてない彼女達がまず最初に死んだ。

 

 星を踏み台にして、更に加速する。

 宇宙にもフォーリナーは存在していたようで、そいつらは俺を止めようと口を開ける。

 一秒の足止めにもならない。一瞬でも足を止めることはあってはならない。

 その一瞬で、どれだけの命が失われるのか、俺は知っている。

 

 

『たのし』

 

『あ、心臓』

 

『頑張って』

 

『愛してます』

 

 

 戦闘が激化した、また数十人娘が死んだ。

 全員聞き覚えのある声だ。全員俺の血を継ぐ娘達だ。

 赤ん坊の頃からずっと見てきた、子供達だ。

 

 

『一分経過!』

 

『案外やれるね!まだ左腕なくなっただ』

 

『油断してたら一秒無駄になるよ、気を付けて!』

 

『うっわ山よりでかい!最後に凄いもの見れた!』

 

 

 空元気を浮かべる娘、遺言すら残せぬ娘、まだ頑張ってる娘。

 沢山の娘の声が。まともに生きられなかった娘の命の散る音が聞こえてくる。

 よかった。これで、立ち止まらずに済む。

 

 

『二分経過!まだ街は残ってる!』

 

『姉妹達何人残ってる!?』

 

『半分くらい!詳しい数不明!あ、ごめん死ぬ!』

 

『時間を稼げ!治療できる能力持ちは死ぬ気で働け!』

 

『死んでも働けたら楽なのになぁ!』

 

 

 見えた。元凶が見えた。星が見えた。

 あれだ。あれがフォーリナーを生成しているユニットだ。

 あれがフォーリナーの核だ。フォーリナーの知性だ。

 あれが、地球を襲った敵だ。

 

 

『お父様、今どうなってるかなぁ』

 

『きっともう、ボスのところまで辿り着いてるよ』

 

『じゃあ、もうすぐ終わる?もうすぐ勝てる?』

 

『勝てる、じゃなくて勝つの!きっとどうにかなる!』

 

 

 希望を捨てるな。娘はまだ生きている。まだ戦っている。

 あらゆる宇宙の法則を無視して、あらゆる摂理を打ちのめして。

 ただ己が勝つだけのチートによって、既に勝利は確定している。

 だから、これはタイムアタックだ。

 どれだけの物を失わずに済むかの、タイムアタックだ。

 

 

『街が壊された!守りに行って!!』

 

『もう人数が足りないよ!』

 

『あと数分!あと数分だけ、お願い耐えて』

 

『私達の存在理由を果たせ!!』

 

 

 目の前にいる敵のことすら、もう曖昧な存在になっていく。

 ただ壊して、殺して、一秒でも早く、一瞬でも早く。

 星と同じ大きさのフォーリナーを殺す、0.1秒が経過した。

 太陽より熱を持ったフォーリナーを殺す、0.5秒が経過した。

 雑多な奴らを纏めて消滅させる、一秒くらいが経過した。

 

 

 通信機から聞こえる声が、段々と少なくなっていく。

 絶え間なく響いていた声達が、徐々に小さくなっていく。

 あと十秒で、終わらせられる。

 

 

「ああ、そうか」

 

 

 ずっと考えていた。

 何故あいつらは地球を襲ってきたのか、何故人間を殺すのか。

 それを見て、ようやく俺はフォーリナーが地球を襲った理由を知れた。

 

 小さな虫だ。

 地球より巨大な星の中に、生命体として、小さな虫が一匹だけいた。

 地球上のどの生物とも違う、ハエくらいの大きさの虫が一匹。

 それが、フォーリナー達を生み出し、統括していた存在のようだった。

 

 そいつは必死に、俺に怯えるように巨大なフォーリナーを操っている。

 人型を作った。その人型は、俺の娘達や、俺の幼馴染によく似ている。

 賢い奴だ。それを攻撃することがどれだけ辛いか一応理解してるんだな。

 

 

「お前、別に大した理由なんて無かったんだな」

 

 

 どうやって生み出したか、なんて興味はなかった。

 なんでそんなことができるのか、なんてのも意味の無い考えだ。

 こいつは『それ』ができるから、やってただけの話なのだ。

 

 どこかの宇宙で、フォーリナーを作り出す何かを身に着けたのだろう。

 それで『なんとなく』地球を見つけて、『なんとなく』で人間を殺したのだ。

 とても分かりやすく、まあなんともつまらない話であった。

 

 大層な理由なんて無かった。

 大切な人が死んだのに納得できる理由なんて、初めから存在しない。

 俺の幼馴染は、俺の両親は、俺の沢山の娘達は。

 こいつの気まぐれから始まったそれで、死んでいったらしい。

 

 

『お父様』

 

 

 娘の声が聞こえる。

 

 

『私が最後の一人になったみたいです』

 

 

 娘の声が聞こえる。

 

 

『多分これ、人質なんでしょうか?その気になれば一瞬で殺される状態になってます!多分、お父様を止めるためにやってるんだと思います。案外馬鹿なんですね、フォーリナー。これつまり、お父様があいつらを殺せる直前まで来たってことなんでしょ?』

 

 

 娘の、声が、聞こえる。

 

 

『けど、最後に遺言を残せるのは感謝です。皆死んじゃいました。街も結構ぶっ壊れてます。それでも、まだ人間は生きてます。私達は勝ちました』

 

 

 そうか。

 

 

『お父様』

 

 

 分かってる。

 

 

『娘一同。あなたのことが大好きでした!やっちゃえ!』

 

「俺もだよ」

 

 

 俺がそいつを斬る音と、通信機越しに何かがつぶれる音は同時に響いた。

 なんてことの無い襲撃者との闘いは、この瞬間に終わりを迎えた。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 それが終わった瞬間を、人類が知覚できぬ場所から眺める。

 なんともまあ、あっさりと終わるものだ。

 最早数えるのすら億劫になった時間を経て、適当に選んだ人間は地球を救った。

 なかなかいい気晴らしにはなった。

 

 

 結局送り込んだ人間は、糸が切れたように動かなくなってしまった。

 地球に帰った後に見た娘達の死骸を土の中に入れ、それらと一緒に埋まってしまった。

 当然ながらその程度で死ぬような肉体にはしてないのだが、それから数百年経ってもピクリとも動きはせず、骨すら残っていない娘達と共に眠っている。

 

 

 これ以上進展も無さそうなので、さっさと魂を握りつぶそうかと考えて。

 ふと、『そういやなんか色々祈られてたな』、と思い出す。

 別に無視しても良かったけれど、気まぐれに興が湧いた。

 

 

「たまには祈りに応えてあげよう」

 

 

 救世主を想う願いは、今ようやく実を結ぶ。

 実にちんけな展開だ。自分が読者ならふざけるなと野次を飛ばそう。

 それでもまあ、ちんけな物語にはお似合いの結末だ。

 

 

「君チート持って転生してみない?」

 

 

 

★★★★★

 

 

●月●日

 

 突然だが、俺は転生者だ。

 

 いやまぁ日記に書いてるだけなので誰にも言わないが、日記の中でくらい明かしてもいいだろ!ということで書き綴ってる。多分他の人が見たら俺は羞恥心で死ぬかもしれないので、読んだ人は誰にもこのことを伝えずそっ閉じして欲しい。

 

 神様とやらに「君チート持って転生してみない?」と誘いを受け、どんな外敵にも負けないチート能力を授か……らずに、現代日本っぽい場所に生まれ落ちて早十数年。

 

 マジでなんでチート持ってないんだろうな。七夕の日に『なんでチート無いんですか』って書いたら、後日手紙で『もうあげたよ』と返された。何も貰っちゃいないんだが?まあいいや。

 

 かわいい幼馴染や金持ちの両親を持ち、退屈ながらも幸せな日常を過ごしていた中で、ある事件が起きた。なんと俺の家の敷地内から、凄まじい美少女が発掘されたのだ!どういうことだ!

 

 その子は伝説上の存在であるとされたワルキューレらしく、何故か俺に懐いてしまった。マジでどういうことか分からないが、なんか色々とどうでもよくなるくらい楽しい日々を過ごせている。何故かはわからないが、とても幸せだしまあいっか!

 

 あ、それと最近になって何千年も前に地球を救ったとか言う救世主の日記が見つかったんだとか。歴史ってすげぇなぁ。

 

 

●月▲日

 

 今日は幼馴染とデートに───

 

 




【人物紹介】
『チーレム主人公』
ただのチーレム野郎。
九十歳くらいまで生きて死んだらしい。
死ぬまで書き記した日記には、楽しい日常がびっしりだ。


『幼馴染』
ハーレムその一。
九十歳くらいまで生きて死んだらしい。


『発掘された子』
ハーレムそのニ?
彼女によれば、神様がついでで助けてくれたらしい。
姉妹が滅茶苦茶多いらしいが詳細不明。


『フォーリナー』
救世主の被害者。
ゲーム感覚でなんとなく地球侵略したら死んだ。
宇宙にいるのに攻め込まれるとか聞いてないって。
力を得た理由は不明、多分神様とかにもらったんじゃない?


『神様』
「楽しかったよ」


【アンケートの最後の一人は一個上にいる人です】


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助けられた子

なんか「チーレム?」「チーレムとは一体」とかいう感想が多数あったのでヒロインそのニのお話入ります。


 

 

 

 

『ああ、私は死ぬんだろうな』

 

 

 虫みたいに潰された死骸の山を見ながら、そんなことを考える。

 別に未練は無かった。生きていても、きっといいことなんて何もない。

 痛いのは嫌だけど、この世界から逃げられるのなら別にいい。

 そんな言い訳を考えながら、ぼんやりと奴らを見上げる。

 

 

 ずっと他よりダメな人生だったのに、こんな時だけは平等だ。

 皆訳も分からず殺された。私も同じように殺される。

 いつも通り、自分より強い誰かに潰される。

 違うのは、それがこれで終わりになるっていうことだけだ。

 

 

「助けて」

 

 

 だから、やるならさっさとやるといい。

 足は恐怖でとっくに動かないし、私を助けてくれる人なんて誰もいない。

 あっさりと殺されて、それで誰の記憶にも残らず消えていく。

 友達も、好きな人も、私を見てくれる人なんて一人もいない。

 

 

「誰か、助けて」

 

 

 化け物の爪が、私の視界に近づいて。

 そして次の瞬間には、化け物の姿は無くなった。

 

 

「……え?」

 

 

 代わりにそこにいたのは、目元が髪で隠れてる男の人だった。

 多分高校生くらいだろうか。大人程は大きくないけど、私よりは大きい人だ。

 彼は怪物の体液で濡れた身体を気にもせず、ズンズンと先に進んでいく。

 

 

 たった一撃で、たった一瞬で。

 その人は、私の死神だった物を打ち砕いた。

 

 

「……ぁ」

 

 

 思わず、手を伸ばした。

 逃げ込んだビルで死にかけた私を救ってくれた、一人の男性。

 大量にいたはずのフォーリナーを拳一つで無残に殺した、私の恩人。

 彼は、静かに私の方を見た。

 

 

「あ」

 

 

 否。私のことなんて、見てもいなかった。

 彼は私を通り過ぎ、私の後ろにあった、千切れた腕を持ち上げた。

 大量にある人間の死体の一つ、それがつけていた腕時計。

 それを見て、彼は静かに涙を流していた。

 

 

 その人は私のことなんて見向きもしていない。

 あいつらを殺してるついでに助けられた、その程度の存在だ。

 居ても居なくても変わらないし、死んだとしても多分気にされない。

 彼にとって私はその程度の価値で、明確に赤の他人だ。

 

 それでも、私はその人に魅入られた。

 私には向かないその目に吸い寄せられた。

 ただ一人を除いて向けられぬ、凍えるほど平等な目に。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

「おいおい、こんなこともできないのか?困るよ、君」

 

「……すいません」

 

 

 謎の侵略者達の来訪から、一週間が経った。

 元より人と比べて不出来な私は、自分に与えられた仕事を碌にこなせない。

 力も無いし、足も遅いし、頭は悪いし、手先は不器用。

 拾われた命だと言うのに、私は生存者の中で一際役立たずだった。

 

 

「他の子供達はできているのに、なんで君だけできないんだ」

 

「すいません」

 

 

 クスクス、クスクスと笑う私と同じくらいの子供達。

 こういう状況では、皆心の拠り所が欲しいものだ。

 自分がさらし者にされていることは、とっくに気が付いている。

 他の子供達の優越感を煽ることで、士気を上げるために行われていることだ。

 でなければ、わざわざ他の子供達が見ている中でこんなことは言わないだろう。

 

 もしくは、叱っている本人の憂さ晴らしのためだろうか?

 まあ、どちらにせよ構いはしない。

 彼等に拠り所があるように、私にも生きていくための拠り所はできている。

 ほら、足音が聞こえてくる。彼が帰ってきた。

 

 

「謝っても、反省しなきゃ意味が無いよ。君はもう少し──」

 

「しっつれいしまーす!」

 

 

 ドスン、と大きな音が鳴り、食料が一杯に入ったダンボールの山が部屋前に置かれる。

 いつものように、大人の数十、いや数百倍の資源を集め戻ってきたようだ。

 私を叱っていた大人は茫然とそれを眺め、子供達もポカンと口を開けている。

 

 普段はこの部屋に入らないあの人だけど、今日はたしかあの人の幼馴染が手伝いに来ていたのだったっけ。多分、それで会いに来たのだろう。

 流石に段ボールを十個同時に持ってくるのは少しあれすぎる気もするが。

 見た感じかなり重そうに見えるのだが、まあ今更な話だ。

 

 

「ん、お取込み中だったか。すいません、いきなり」

 

「あ、いや……」

 

「なに子供を怖がらせてるの!」

 

 

 パシン、と背中を叩かれるあの人。

 結構いい音が鳴ったのに、全然痛そうじゃない。

 あの人にそんなことができるのは、ただ一人だけだ。

 

 

「待ってくれ、釈明されてくれ。お前がこの部屋にいるって聞いて、そういやこのお菓子好きだったなーって思い出したから届けにな?」

 

「怖がらせちゃアウトよ!ごめんね、◆◆ちゃん。慌ただしくて」

 

「いえ。大丈夫です、●●さん」

 

 

 彼は私になんて目も向けない。

 彼からすれば、私はついでに助けた程度の赤の他人でしかない。

 助けられて以降は碌に話をしていないし、一方的に想っているだけだ。

 それでも、彼が私のいる場所に来てくれたのはうれしかった。

 

 

「ていうか何を……うわっ!?これどこから拾ってきたの!?」

 

「あー、ほら。駅前の大型ショッピングモール。あそこ手つかずだったからさ」

 

「……あそこ、前に捜索隊の人達が諦めたって聞いたけど」

 

「ああ、なんか一杯怪物がいたから断念したんだっけ」

 

「一人で行った?」

 

「おう!」

 

「この馬鹿!」

 

 

 たしか、あのショッピングモールには百以上の怪物達がいたと聞いたが。

 それも、人間より大きく、中には熊ほどのサイズの個体もいる、と聞いた。

 例え軍隊があったとしても、あそこから資源を持ち帰るなど不可能だ。

 

 

「安心しろって、今はもういないから」

 

「え、ほんと?なんだ、どっか行っちゃったんだ」

 

「全部殺した!」

 

「馬鹿!!」

 

 

 荒れ果てた世界の中で、彼だけは死とは無縁の存在だった。

 彼の活躍に比べれば、その他大勢の大人の功績なんてあまりにも些細だ。

 彼からすれば、自分と彼女以外はいてもいなくてもいい存在なのだ。

 

 だって彼の強さがあれば、群れる必要なんて無く、どこにだって行けるのだ。

 国を壊滅させた怪物達でさえ、彼にとっては蟻んこ同然なのだ。

 私をゴミだと、出来損ないだと言った人達でさえ、彼にとっては石ころなのだ。

 

 

 ああ、比べるのも馬鹿らしいほど、彼は強大だ。

 他の人達は彼を化け物のように扱うが、すぐにそれは間違いだと気づくであろう。

 そんな枠にすら収まらない何かを、彼は己の肉体に宿している。

 

 

「……いいなぁ」

 

 

 彼の前ではみな平等だ。彼の前では等しく有象無象のその他大勢でしかない。

 虫に序列があったとして、人間の前では等しく潰されるものであるように。

 人間に優劣があったとしても、彼からすれば等しく役立たずにすぎない。

 

 

「……いいなぁ」

 

 

 その中で、ただ一人だけ彼と対等に立つ人がいる。

 それに羨ましさを感じないわけではないが、しょうがないと諦めるしかない。

 例えこの気持ちが恋だとしても、そもそも同じ土俵にすら立ててはいない。

 だから、さっさと諦めるべきなのだろう。

 

 

「いいなぁ……」

 

 

 だって、どう考えても彼の運命の人はあの人で。

 私の運命の人は、彼ではないのだから。

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 

「お、久しぶり」

 

「……え?」

 

 

 月が綺麗な夜だった。初めて彼から話しかけられた。

 眠れずに水を取りに行こうとして、ばったりと出くわして。

 幸せをかみしめつつ、一礼して通り過ぎようとした時のことだ。

 思わず声が出てしまい、あらぬ誤解を与えてしまう。

 

 

「覚えてない?いや、三か月くらい前の話だししょうがないか」

 

「いえ。覚えてます。覚えています。……ただ、初めて話しかけられたから」

 

「ありゃ、そうだっけか。まあ、ちょっと君と話がしたくて。時間いいかな?」

 

「……大丈夫です」

 

 

 夢のようだった。初めて彼とちゃんとした会話ができる。

 食料保管庫から少量のお菓子とジュースを貰って、ビルの屋上に向かう。

 

 

「寒くないか?なんなら毛布とかあるぞ。一枚だけだから寒いかもだが」

 

「だいじょ……。……やっぱり少しだけ寒いので、欲しいかもです」

 

「やっぱ寒いよな~。あいつ連れてきた時も寒い寒いって怒ってたし」

 

 

 渡してくれた毛布で体を包み、ビルの屋上から街を見下ろす。

 月の明かりで照らされた、異形の怪物達が蔓延る街。

 以前ならば吐き気を催したかもしれないが、今は美しいとすら感じていた。

 

 

「その。ありがとな。あいつを助けてくれて」

 

「……?ああ、あのことですか」

 

 

 そういえば、と包帯を巻かれた己の右腕の存在を思い出す。

 今日、襲撃してきたフォーリナーから幼馴染さんを庇ってついた傷だ。

 幸いにも彼女には怪我はなく、私の腕に穴が開いた程度で済んだ。

 跡は残るかもしれないが、命に別状はない。

 

 

「お礼を言うのは私の方だと思いますよ。あなたがいなければ、私は死んでました。二回も助けられちゃいました」

 

「俺は誰にも負けないからな。負けるわけない、傷つくわけないって分かって戦ってる。君みたいに、自分が傷ついても他人を助けるなんて度胸はないからさ」

 

 

 誰かを助けることに、価値の違いなんてあるのだろうか。

 あるのだろうな。私自身、彼女を助けたことにさほど価値は感じてない。

 逆に、彼は私が彼女を助けたことに大きな価値を感じているようだ。

 

 

「だから、礼がしたくてさ。何か欲しいものあるなら、今すぐにでも取ってくるぜ!なんでも言ってくれ。俺は無敵だしな!」

 

「……欲しいもの、ですか?」

 

 

 多分、彼は私が年相応の玩具やお菓子なんかを欲しがっていると思ってる。

 けれど、私は生まれて七年間の間、ずっと友達もいなかったし、玩具やゲーム、漫画に触れる機会もさほど無く、ついでに言えば味に関してもさほど頓着は無かった。

 だから必然、欲しいものと言われても選べるものは限られている。

 

 

「……」

 

 

 ふと、『あなた』と答えればどうしてくれるのだろう、なんてことを考える。

 冗談と捉えて笑って受け流すか、惑いは真面目に断ってくれるのか。

 もしくは、絶対にありえないとは思うが、本当に己自身をくれるのか。

 

 

「名前」

 

「ん?」

 

 

 当然、そんなことを言えるわけも無く。

 妥協したような言葉を、スラスラと口に出す。

 

 

「私のこと、名前で呼んでほしいです」

 

「そんなことでいいのか?」

 

「私、あなたから名前で呼んでもらったこと無いです」

 

「そういや、そうだったか」

 

 

 頬を掻き、少し気恥しそうに私の名前を口にする。

 たったそれだけのことなのに、なんだかそれが酷く嬉しかった。

 

 

「◆◆ちゃん……で合ってるよな?」

 

「はい。◆◆で合ってますよ」

 

 

 それから、彼との時間が少しずつ増えていった。

 生まれて初めて、自分の名前に感謝した。

 

 後から聞いたことだが、彼は名前を覚えたものに情が湧きやすいらしい。

 昔野良犬に名前を付けたせいで、その犬が死んだ時は三日も寝込んだとか。

 私が死んだ時も、それくらい悲しんでくれれば少し嬉しい。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

「忙しそうですね、英雄さん」

 

「その呼び方やめてくれって◆◆ちゃん……流石にこっぱずかしいんだよ、それ」

 

 

 あれから三年が経って、ほんの少しだけ大人になった。

 彼は東京にいたフォーリナーを全て蹴散らし、そこから他の奴らの見る目が変わった。

 今までは恐れていたのに、今となっては彼を英雄と呼び、讃えるようになった。

 

 

「●●さんともあんまり会えてないのでは?」

 

「まあな。あいつもあいつで、忙しいし」

 

「看護師学校に行ってるんでしたっけ?医療の心得がある人は、やっぱり重宝されますね。私みたいな体も弱くて頭も悪い子は、暇な時間が多くてとっても気が楽です」

 

「どの口が頭悪いだなんだの言ってるんだか……」

 

 

 最近はもう、陰口をあんまり気にしなくなってきた。

 彼と一緒にいられる時間が幸せ過ぎて、それ以外が耳に入ってこない。

 以前は枯れ枝のようだった体も、少しは肥えてきている。

 幼馴染さんから何度か髪を切ってもらったりしたおかげで、身だしなみも前よりはマシだ。

 

 皮肉なことに、平和だったあの頃より、今の私は充実していた。

 生きていたらいいこともあるものだ。

 

 

「……まあ、明日からもう少し忙しくなってくるけどな」

 

「何かあったんですか?」

 

「米国から通信が届いたんだよ。『フォーリナーについての情報がある、救助を求む』って。だから俺と何人かの人で飛行機に乗って、そいつらを救出しに行くんだ」

 

 

 米国と言えば、最初にフォーリナーが発生した国にして、今最も危険な国だ。

 そこに救助に向かうとなれば、たしかに彼以外に候補は居ないだろう。

 

 

「どれくらいかかりそうですか?」

 

「一か月はかかるだろうな」

 

「長いですね」

 

「助けに行くタイミングが、防衛設備できた今しかないからな。今のところは俺抜きでもなんとかなってるみたいだし。それに、救助を要請してる奴ら、前々からあいつらの情報を全世界に発信してくれてたところだしな。頑張ってたんだ、報われなきゃダメだろ」

 

「……そうですね」

 

 

 彼は、できうる限り自分が受けた恩を返そうとする。

 それは彼の美徳でもあるが、同時にそれが時々少し不安になる。

 彼の肉体は人智を超越しているが、精神はただの人間でしかない。

 いつか、どこかで、彼を追いつめる何かが起きた時。

 果たして彼は、立ち上がれるのだろうか?

 

 

「なんだ。もしかして、俺のこと心配してくれてるのか?」

 

「心配ですよ。当たり前でしょう」

 

「すげぇ真顔で言うなぁ。……まあ、たしかに危険だし。今度はほんとに死ぬかもしれないな」

 

 

 それに関しては全く心配してないのだが。

 

 

「だから、まあ。……そろそろ、覚悟決めようと思ってさ」

 

「覚悟?」

 

「俺、あいつに告白することにしたんだ」

 

 

 …………。

 

 

「おめでとうございます」

 

「いや早いって。まだOK出してくれるかも分からねぇからな?」

 

「大丈夫ですよ。間違いなく上手く行きます」

 

「……そうか?」

 

「そうですよ。自信持ってください」

 

 

 頑張った人は、報われなきゃダメなのだ。

 きっと彼が一番幸せな人生は、彼女と一緒にいることだ。

 それが彼にとって最も正しい選択で、それ以外の選択肢は存在しない。

 まさに運命の人というやつだ。素晴らしいじゃないか。

 

 

「幸せになってくださいね」

 

 

 彼女がそれで、私がそうじゃなかっただけだ。

 だから、それでこのお話はおしまいなのだ。

 

 

「◆◆ちゃんも、いつかいい人見つけて幸せになれよ!」

 

「善処します」

 

 

 彼女が死ぬ、ほんの少し前の話だ。

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 

「出てきてください」

 

 

 閉め切られた扉の前で、私は声を上げる。

 

 

「あなたがいなければ、生存者達は生き残れません」

 

 

 自分達の勝手で、彼を振り回そうとする。

 

 

「あなたが戦ってくれないと、沢山の人が死んでしまいます」

 

 

 心が砕けた彼を、それでも働かせようと必死に縋る。

 

 

「どうか、お願いです」

 

「勘弁してくれよ」

 

 

 今まで聞いたことが無いくらい、低い声だった。

 地獄の底から響いてくるような、疲れた声だった。

 

 

「生存者が残っています」

 

「好きだった子が死んだ」

 

「あなたは生きています」

 

「結婚して、幸せになって、二人の墓参りに行きたかった」

 

「それはもう、叶いません」

 

「もう戦う意味が無いんだよ!!」

 

 

 凄まじい衝撃が響いて、尻もちをついた。

 あの時の比じゃないくらい怖かった、恐ろしかった。

 きっと彼はやろうと思えば、この地球だって壊せるのだろう。

 それをしなかったのは、大事な人達がいたからだ。

 

 

「もう、終わらせてくれ。疲れた。なんであいつが死ぬんだよ。ずっと頑張ってただろ。ずっと誰かのために走り回ってたろ。なのになんで、ふざけた終わり方になるんだよ」

 

「そんな終わり方をした奴なんて幾らでもいることなんて知ってるよ。そうさせないために俺がいたんだ。それすらできなかったのが、俺なんだ」

 

「両親も、友達も守れなくって。唯一守れたと思ってたものが、あいつなんだ」

 

「俺にはもう何もない。終わらせてくれ。早く、皆に会いたい」

 

 

 それを許してくれる人は、もういない。

 彼の幸福を願うのであれば、きっとここで死なせてあげることなのだろう。

 彼を本当に愛しているのであれば、彼の願いを聞き遂げてあげるべきだろう。

 

 

「もう私達を守ってくれはしないんですね」

 

「……」

 

「分かりました。今までありがとうございました」

 

「……?おい、何を──」

 

 

 持ってきた包丁を、己の足に突き刺した。

 流れる血液。一応急所は外しているが、ちょっと深く刺し過ぎたようだ。

 意識が朦朧とする中で、彼が扉を蹴飛ばし、私を抱き寄せる姿が見えた。

 

 

 

 

 白いベッドの上で目を覚ます。

 彼はやっぱり怒っていた。

 

 

「何をやってるんだよ」

 

「こうすれば、出てくれるかなって思いました」

 

「死んだら、どうするんだよ」

 

「あなたが出てくれなければ、どっちにしろ死んだ方がマシですので」

 

 

 彼の顔が歪んだ。

 もうとっくに、人類は詰んでいる。

 フォーリナーに対抗できる人類は、もう彼しかいない。

 なら、このまま生き延びたとしても、希望なんてありはしない。

 

 

「私を見捨てないでください」

 

 

 だから、私達は縋りつくしかないのだ。

 彼の慈悲を期待するしかないのだ。

 

 

「私を置いていかないでください」

 

 

 私の生きる糧は、最初から彼しかいない。

 私が生きている理由は、最初から彼にしかない。

 

 

「私と、最後まで一緒にいてください」

 

 

 だから、呪いをかけた。

 彼にしか効かない呪いを。

 新しい約束を。

 

 

「あなたのことを愛しています」

 

 

 私は、彼の運命の人ではない。

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 

「子供を作りましょう」

 

「は?」

 

 

 唐突に、私は彼にそう提案した。

 

 

「……いや、なんでこんな時に」

 

「こんな時だからです。フォーリナーの撃退は、最早私達の世代で解決できる問題ではありません。あなたが死ねば、もう人類は終わりです」

 

 

 彼と数年一緒に居て分かったが、彼は割と単純だ。

 適当に理屈を付ければ、大体のことは承諾してくれる。

 

 

「なので、あなたの血を継ぐ子供を残しましょう。もしかすれば、その子供があなたの力を受け次いで生まれてくるかもしれません。もしそうなら、その子は人類を守るための兵力になります」

 

「……戦わせるための子供を産むのか」

 

「それしか手はありません。というわけでやりましょう」

 

 

 建前でもあるが、事実でもある。

 彼にもし寿命があるなら、それだけで人類は終わりだ。

 何より、彼の他にも戦力が無ければ、人類は停滞してしまう。

 ほんの僅かでも、彼の力を受け継ぐ人材が必要だった。

 

 

「◆◆は、今何歳だっけか」

 

「十七ですね」

 

「犯罪じゃん」

 

「こんな世界に今更法律なんてありませんよ」

 

「……それもそうか」

 

 

 結果から言うと、子供はたしかに彼の力を少しだけうけついでいた。

 そうなると当然ながら、他の生存者の女性にも彼の子を産ませることになる。

 すごく不満ではあるが、彼の初めては私が手に入れたし良しとしよう。

 

 

「逞しくなったね、君」

 

「そうじゃなきゃあなたと一緒に居られませんから」

 

 

 私は彼の秘書になり、街の中でなら一日中彼と一緒に居られるようになった。

 恋人や妻なんかでは決してないが、彼と一番親密なのは、多分私だ。

 その事実が、他の何よりも誇らしく、愛おしかった。

 

 

「「最低だなぁ」」

 

 

 私と彼の声が重なった。

 なんだかおかしくなって、笑ってしまった。

 そんな様子を見て、私と彼の娘もまた笑った。

 久しぶりに、心の底から笑った。

 

 

 きっとこの場所は、本当なら彼女がいるべき場所なのだろう。

 私がいていい場所では無く、歪に歪められた道の先で出来た光景だ。

 運命というレールから外れた、ぐちゃぐちゃになった末の場所だ。

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

「置いていくなよ」

 

 

 あれから、何年が経っただろうか?

 できる限り一緒にいたかったけど、もう限界のようだった。

 

 

「最後まで一緒に居るって、言ってただろ」

 

 

 死に際に、家族に囲まれている。

 こんな光景、過去の私が見たら目を疑いそうだ。

 想像もしてないくらい、幸せで、素敵な、夢のような。

 

 

「ごめんなさい。幸せでした」

 

 

 きっと彼は、この先もずっと戦い続けるのだろう。

 私が死んだ後も、娘達の子孫と共に、何百、何千年も。

 私はそれを、見届けることはできない。

 なんて自分勝手で、最悪な女だ。

 

 

「あなたに出会えて、私は、本当に──」

 

 

 娘や孫が泣いている。可愛らしい子供達。

 あの人も泣いている。泣き虫で、かっこいい人だ

 ああ、涙が出る程幸せだ。

 あの人が、何度も名前を呼んでくれている。

 

 

「ありがとう。神様」

 

 

 だから、この幸福に感謝を込めて。

 

 

「もう、私は十分幸せになれたから」

 

 

 せめて、彼のために祈りを込めて。

 

 

「次は、あの人に。とびっきりの、幸せを──」

 

 

 どうか、お願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「おい、さっさと起きろ!ちんたらするな!」

 

「……はい」

 

 

 幸せな夢を見た気がした。

 珍しく、鏡の前で笑顔を浮かべられた。

 

 

「酒を買ってこい!ノロマめ!」

 

「はい」

 

 

 それだけではあるけれど、なんだか今日は幸せだった。

 ボロボロのシャツを着て、痩せ枝のように細い体を引きずって、コンビニに向かう。

 その途中で、変な人達を見つけた。

 

 

「なんであんたが一番ビビってるのよまったく。ホラー耐性無いなら別の選べばよかったのに」

 

「予想以上に怖かったんだよ!殴って死なない系だとは思わなかった」

 

「テオスちゃんも呆れてどっか行っちゃったし」

 

「ただの迷子だろあいつは!ほら、探しに行こうぜ」

 

 

 綺麗な女の人と、なんだか妙にかっこよく見える男の人だ。

 口では喧嘩しながら、手を繋いで誰かを探しているように見える。

 幸せそうで、楽しそうで、なんだか眩しいものを見てる気分だ。

 

 

「……いいなぁ」

 

 

 けれど、何故かその人達には近づいてはならない気がして。

 別のコンビニに行くことにした。

 いつも通りの、最悪な日常の。

 ほんの少しだけ、楽しかった日のことだ。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見ーつけた」

 

「え」

 

 

 ガシッ、と誰かに身体を掴まれ天高く抱えられた。

 抱えた人を見てみると、天使か何かに見えるような、美人な女の子のようだった。

 

 

「うわ、ガリガリだ!よく生きてたなぁ、これ」

 

「あ、あの?」

 

「おーい、二人とも~!女の子拾ったよ~!」

 

 

 その人は、私を抱えたままあの二人の下まで走り寄っていく。

 何がなんだか分からないまま、私は三人の輪の中に入っていく。

 

 

「はぁ?なんだ拾ったって……うわ!?ちょ、大丈夫か!?飯食ってるかこれ!?」

 

「髪もボサボサじゃない!え、何かあったの?」

 

「え、あ、えっと……」

 

 

 訳も分からないのに、何故だか、とっても嬉しくなって。

 涙が出るほど、愛おしくなって。

 

 

「あ、ごめんいきなり大声出して!ていうかこれ誘拐じゃない?」

 

「マジじゃん。おいテオス、お前何やってんだ!?」

 

「いいじゃん。ほら、飯食べに行こー。この子も一緒に」

 

 

 差し出された手を、少し躊躇しながらも、手に取った。

 テオスと呼ばれた、私と同じ髪色の彼女は、嬉しそうに笑って。

 

 

「頑張った人は、報われなきゃダメだからね!」

 

 

 この日から、私の人生は輝いた。

 

 




【人物紹介】
『助けられた子』
負けヒロイン。なんか幸せになったよ。
ずっと自分が愛されてないと思ってたけど割と愛されて死んだ。
若干ヤンデレてるけど自制できてるので大分マシかもしれないね。
本人は満足してたが、誰かさんにとってはまだまだ幸せになってほしいらしい。
ハーレムメンバーその一。

『助けてくれた人』
一応主人公。メンタルは割と弱よ。
幼馴染が死んでやられてた時に、助けられた子に引っ張り上げられた。
恋心はずっと幼馴染のものだが、それとは別に彼女に愛おしさは感じていたよ。

『彼の幼馴染』
勝ちヒロイン。死んだよ。
助けられた子ととっても仲が良かったよ。
正妻ポジのはずだけど、死んだので子供は居ないよ。
可哀想にね。


『ガリガリの子』
楽しい夢を見れた少女。今は現実でも楽しいらしい。
おせっかいな誰かによって、一目惚れしたらしい人のハーレムメンバーになったよ。
ハーレムメンバーになったのが幸せかは知らないけど、本人は幸せらしい。


『妙にかっこいい男の人』
主観。実際にはそこそこ程度らしい。
本人は気づいてないけど、特定の人から一目惚れされる謎のチート持ってるよ。
不思議だね。幼馴染が大好きだよ。


『綺麗な女の人』
主観でなくとも綺麗。実際かなり美人だよ。
何故か妙にかっこいい男の人に惚れてるみたいだよ、不思議だね。
周りからは「釣り合わないだろ」とか言われてるけど、本人は絶対放さないつもり。
妹みたいな子もできて、とても幸せな日々を送ってるよ。


『テオス』
一人だけ名前があるよ。女神かと思うほど美人だよ。
何故かガリガリの子に滅茶苦茶懐いてるし、世話を焼いてくれるよ。
初見だと気づかないけど、ガリガリの女の子と同じ髪色をしているらしい。
綺麗な青色で、まるで星空のような感じだよ(語彙力の限界)。
いつかぶん殴りたい奴がいるらしい。




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