トレセン学園の隠れた名店 ([]REiDo)
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☆【スレ板】 もしもアストラルウィングがゲームで実装されてしまったら


ある程度本編読み終わった後に観るのがオススメ
あと、めっちゃ気合い入れた挿絵込みだぞ



 

ウマ娘3周年記念ぱかライブを見守るスレ

 

 

1:名無しのウマ耳

3周年おめ!

 

2:名無しのウマ耳

3周年来たぞコレ!

 

3:名無しのウマ耳

無料100連に向けて百度参りに行ってきます探さないでください

 

4:名無しのウマ耳

>>3 逝ってら―

 

5:名無しのウマ耳

>>3 1連ずつに思いを込める気か……

 

6:名無しのウマ耳

>>3 気合が違うな……

 

7:名無しのウマ耳

新シナリオも来るし、やることがまた増えるな

 

8:名無しのウマ耳

ぱかライブまで待機

 

9:名無しのウマ耳

【朗報】待機勢、既に4万人を超えてる模様

 

10:名無しのウマ耳

ヒエ……

 

11:名無しのウマ耳

ピエ……

 

12:名無しのウマ耳

ピエピエ……

 

13:名無しのウマ耳

テイオー節も上々ですよと

 

14:名無しのウマ耳

ここの板ほんとにテイオー推しが多いなぁ

 

15:名無しのウマ耳

お、ライブ始まった

 

16:名無しのウマ耳

同時視聴者数が……19万で……よし普通だな!

 

18:名無しのウマ耳

普通か?

 

19:名無しのウマ耳

普通です

 

20:名無しのウマ耳

普通じゃないだろ

 

21:名無しのウマ耳

普通といったら普通なんです

 

22:名無しのウマ耳

言うて3周年だから

 

23:名無しのウマ耳

やっぱみんな楽しみなんやなって

 

24:名無しのウマ耳

さて、次々と情報が開示されていくわけだが

 

26:名無しのウマ耳

やっぱ新シナリオはあったな

 

28:名無しのウマ耳

U.A.Fシナリオ……?

 

29:名無しのウマ耳

今回はスポーツがメインのシナリオか

 

30:名無しのウマ耳

つまりはフェンシングをするゴルシが見れると、そう言うことですね

 

32:名無しのウマ耳

いやそれは……あるな

 

34:名無しのウマ耳

やりかねない

ていうかシナリオ的に全員やるんじゃないか……?

 

35:名無しのウマ耳

失敗と同時に目に刺さって暴れるゴルシが見える……見えるぞ……

 

 

 

40:名無しのウマ耳

無料100連も当然ありますと

 

42:名無しのウマ耳

百度参りニキはまだ帰ってきませんと

 

43:名無しのウマ耳

ぱかライブ始まってんぞー!

 

 

 

78:名無しのウマ耳

お、新規ウマ娘の発表もくるとな

 

80:名無しのウマ耳

ワイもうガチャ実装の情報だけでお腹いっぱいだよォ……

 

83:名無しのウマ耳

イクノー! お前待たせやがって!!

絶対迎えてやるからなー!

 

85:名無しのウマ耳

イクノ難民も叫んでおります

 

86:名無しのウマ耳

遂にカノープス組が揃ったのだ

万感の思いだろうよ

 

87:名無しのウマ耳

いとおかし

 

90:名無しのウマ耳

ドゥラメンテは想定通りとはいえ

なんじゃあの固有スキル、カッコ良すぎるだろ……

 

91:名無しのウマ耳

満場一致な感想でし

 

93:名無しのウマ耳

文句なし

 

95:名無しのウマ耳

さて、その上に新規ウマ娘の発表という爆盛りなわけですが

 

97:名無しのウマ耳

腹壊れる

 

98:名無しのウマ耳

マジで今腹パンされたら吐くぞ

 

 

 

135:名無しのウマ耳

色々、きましたね……

 

136:名無しのウマ耳

おっぷ……

 

139:名無しのウマ耳

情報過多だ、既にワイらの腹は限界なんですよサイゲさん!

 

142:名無しのウマ耳

オルフェ、ジェンティル……嗚呼涙が……

 

143:名無しのウマ耳

その他大勢まだまだいます……

 

145:名無しのウマ耳

楽しみなのも同時に、今はもうこの無量空処状態を何とかしたい

 

146:名無しのウマ耳

ワイも……て、は?

 

148:名無しのウマ耳

え、なんかまだいるっぽいんだけど新規ウマ娘!?

 

149:名無しのウマ耳

???

 

150:名無しのウマ耳

もうやめてサイゲさん!

ワイらのHPはもう0よ!

 

152:名無しのウマ耳

やめてほしいけどやめてほしくない自分がいる

 

154:名無しのウマ耳

て、おい!

新規、オリウマじゃねぇか!

 

155:名無しのウマ耳

3周年の節目だしあるかなとは思ったけど

オリウマ実装がここで来ましたか

 

157:名無しのウマ耳

アストラルウィング……?

青鹿毛のウマ娘か

 

158:名無しのウマ耳

ほんとに誰

 

160:名無しのウマ耳

アニメ産でもないのか

 

162:名無しのウマ耳

見た目大人しめなキャラだな、あと綺麗

 

167:名無しのウマ耳

でもなんか言っちゃあれだけど、割とどこにでもいそうな見た目だね

 

169:名無しのウマ耳

普通な女の娘ってあるくらいだからね もしかしたらネイチャとかミラ子みたいなのかも

 

172:名無しのウマ耳

サポカ実装ね、賢さ枠かな

 

178:名無しのウマ耳

残念、根性枠でした

……え、この大人しめな見た目で?

 

180:名無しのウマ耳

>>178 え、今百度参りから帰ってきたんだけど何この娘

根性実装ですかマジですか

今自分根性で乗り切ってきたんですけど運命感じていいっすか

 

181:名無しのウマ耳

>>180 乙w

 

182:名無しのウマ耳

>>180 やっと例年のアレが終わったのか参りニキ

 

186:名無しのウマ耳

とりま実装待ちだね、いやぁ楽しみだ!

 

190:名無しのウマ耳

遅れたから後でアーカイブと公式サイト見に行かないと……

 

194:名無しのウマ耳

モブウマ娘っ子みを感じたんで推します

ありがとうございました(!?)

 

 

 


 

 

 

新規実装ウマ娘 アストラルウィングについて語るスレ

 

 

1:名無しのウマ耳

ヤバイ()

 

2:名無しのウマ耳

その一言に尽きる

 

3:名無しのウマ耳

何ですかあの娘、経験値高純度すぎやしませんか

 

4:名無しのウマ耳

サポカの根性枠……ホントに間違ってなかったんやなぁって(遠い目)

 

5:名無しのウマ耳

ついでに環境入りときたよ、いやまあ納得なんだけど

 

6:名無しのウマ耳

根性育成と所持スキルのシナジーがえぐすぎる なんだありゃぁ……

 

7:名無しのウマ耳

問答無用で完凸した

今後も使う機会絶対あるだろ シナリオリンクもほとんど関係ないし

 

8:名無しのウマ耳

そしてよ……問題は同時に来たサプライズ実装だよっ!

 

9:名無しのウマ耳

ビビったよね

 

10:名無しのウマ耳

いきなり公式から☆1の新ウマ娘実装しまーすってきたからさ、何事かと思ったよ

 

11:名無しのウマ耳

で、見たらなんと実装予定のアストラルウィングじゃないですか

 

12:名無しのウマ耳

抱腹絶倒した

 

13:名無しのウマ耳

ワイは吐いた

昨日から情報過多で胃もたれしてた所にまさか遅延で腹パンくると思わないじゃないですか……

 

14:名無しのウマ耳

しかも大振りで

 

16:名無しのウマ耳

ガツンと来たね 予想外な性格込みで

 

17:名無しのウマ耳

こう……イメージしてたキャラ像が大人しめな清水だったからさ

ただ、実際味わってみたら濃厚豚骨醤油だったんだよね

胃もたれるわそりゃ()

 

18:名無しのウマ耳

>>17 それ

 

19:名無しのウマ耳

>>17 分かりみが深い

 

21:名無しのウマ耳

>>17 重いんだ

とにかく、レースに駆ける情熱が重いんだってこの娘っ……!

 

25:名無しのウマ耳

キャッチコピーがあれか

「どこにでもいる普通な女の娘

 けれど掲げる意志は誰よりも固い!」だっけ

 

26:名無しのウマ耳

>>25 どこにでもいる……?

 

27:名無しのウマ耳

あのトレーニングマシンことブルボンが練習内容を見て若干引いた娘が、普通……?

 

28:名無しのウマ耳

>>27 出で立ちとか成長する前の実力とかはTHE普通だから……

  

29:名無しのウマ耳

ソレ込みでもスズカと同レベルのレース脳なんですがそれは

 

 

 

34:名無しのウマ耳

ていうか、初の試みじゃない? 引退済みのキャラを実装させるとか

 

35:名無しのウマ耳

だね

 

37:名無しのウマ耳

でもまあ、ウィングちゃんは既に実績ありなパターンだから

その過去回想を育成で持ってくるのは結構うまい手だとは感じた

 

39:名無しのウマ耳

育成シナリオ→過去軸

サポカとキャラスト→引退後の現代軸

 

確かに今までにやってこなかった試みだし上手いな

 

41:名無しのウマ耳

そうだ、この娘すでに引退してる身なんだった

 

43:名無しのウマ耳

引退後は結構普通な暮らしをしてるっぽいんだけど

 

44:名無しのウマ耳

テイオーとかとも仲が良さげだったしね

 

46:名無しのウマ耳

ただ、問題のストーリーよ 主に育成シナリオ

 

48:名無しのウマ耳

すごいねあの娘

 

まさか試しに通したURAでメイクラシナリオするとは思わなかったよ()

 

49:名無しのウマ耳

ビビったよね

レース目標ポチったらずらっと「とにかくレース出走しろ」って並んでるんだもん()

 

51:名無しのウマ耳

しかも1月に2回なんてざらでね

何度怪我の心配をしながら出走のボタンを押し続けたか……

 

54:名無しのウマ耳

確かに公式紹介だと普通な実力を持つただの女の娘ってあったけどさ

それを覆すくらいの狂った頑張り屋なんて思わないじゃないですか()

 

57:名無しのウマ耳

5回連続出走しても怪我なしはヤバイんだって

普通に怪我コースなんだよ、どんだけ頑丈なんだあの娘の脚

 

58:名無しのウマ耳

しかもトレーニング込みだと稼働ターンが7,8回を超えるから……

 

61:名無しのウマ耳

もう体力0なんだから……無理に動こうとするのはやめてくれぇ……

  

63:名無しのウマ耳

そんでお休みしろって言うと分かりやすく気分落とすんだよね

 

65:名無しのウマ耳

適度な休息ってホント大事なんやなって思った御年25歳

 

67:名無しのウマ耳

で、レースに勝ったら結構淡々としてるし

 

69:名無しのウマ耳

正直、最初育てた時は意外と怖かった感

 

73:名無しのウマ耳

モブウマ娘っぽい立ち位置から脱却するために死ぬほど頑張ってるってストーリーだったから

なんていうか、そこら辺の狂気じみた何かは感じた気がする

 

74:名無しのウマ耳

今までもそれっぽい娘はいたけど、何かウィングちゃんは根底から違ったね

ミラ子とかネイチャとかの忠実なストーリーが無いから、上を目指すまでの過程が他のキャラより明確に分かりやすかったというか

 

75:名無しのウマ耳

本気で頑張らなきゃ届かない栄光に手を伸ばしてるんだなって……

 

76:名無しのウマ耳

実装時のレアリティ☆1

キャッチコピーと……あの育成シナリオに少しの狂気性

公式さん明らか狙ってて芝生えない

 

77:名無しのウマ耳

いやでも、それくらいしなきゃネームドに追い付けないって考えれば……

 

80:名無しのウマ耳

もはやあの娘、実質全モブウマ娘を代表して実装されただろ

 

 

 

162:名無しのウマ耳

……ただ、勝利数が20回を超えた辺りから勝ったときにすっごく喜ぶんだよね

 

163:名無しのウマ耳

それ

 

164:名無しのウマ耳

正確には初のG1勝利演出でかな?

今までとはあり得ないくらいいい笑顔するんだもん

ハッキリ言ってクッソ可愛かったです

 

165:名無しのウマ耳

>>164 わかるマーン!

 

166:名無しのウマ耳

勝負服もいいんよな……

 

【挿絵表示】

 

 

168:名無しのウマ耳

初めて☆3にした時に着た勝負服……滅茶苦茶綺麗でよかった……

 

170:名無しのウマ耳

>>168 雨が晴れたと同時に笑って走り出す演出最高過ぎて震えた

ワイあの瞬間惚れちゃったよ

 

172:名無しのウマ耳

曇ってたなにかが晴れやかになった表現がマジで綺麗だった……

 

174:名無しのウマ耳

今までの苦労が報われたんやなって……

 

179:名無しのウマ耳

えー、ワイ百度参りニキです

無事ウィングちゃんの推しになった結果、初めて勝負服見た時泣きました

今ファンアート描いてます

 

180:名無しのウマ耳

>>179 自給自足してるw

 

182:名無しのウマ耳

>>179 ファンの鏡w

 

 

 

192:名無しのウマ耳

>>170 惚れると言えば

ウィングちゃん、後半やけにトレーナーにゾッコンだったね

 

193:名無しのウマ耳

あ、そういえば

 

194:名無しのウマ耳

確かに、好感度すごかったな

 

196:名無しのウマ耳

前半でもそんな気は何となく感じたけどまさかあれほどとは、このリハクの眼をもってしても(ry

 

198:名無しのウマ耳

なんかダイヤに負けないくらいイケイケな感じあった感

 

199:名無しのウマ耳

流石にジンクスどうこうは無かったけど……隙があったら甘えてるし

 

200:名無しのウマ耳

最初のキャラがどこ行ったと思うくらい変わりようすごかったけど

……それ以上に可愛いんじゃ

 

208:名無しのウマ耳

>>200 それ

 

219:名無しのウマ耳

>>200 ギャップ萌えがすごい

 

221:名無しのウマ耳

共感の嵐が巻き起こってる

  

224:名無しのウマ耳

一瞬スレが爆速になったの芝しか生えない

 

226:名無しのウマ耳

普段は割と平坦としてるくせに

照れた時と甘えてる時だけ満場一致の可愛さを発揮するのは乙女として反則なんだよ

まじ普通に推しになったわ

 

228:名無しのウマ耳

お出かけイベントでさりげなく腕に尻尾を巻き付けた時は心が跳ねました

 

229:名無しのウマ耳

「急に頭撫でないで」とか言って頭をトレーナーの肩に寄せてる描写は流石にキュン死しました

 

230:名無しのウマ耳

サポカイベントでトレーナーとの惚け話をしてる時は顔面ニマニマしてました

 

231:名無しのウマ耳

キャラストでテイオーとイチャついてるときは良い母親になりそうだなと思いました(小並感)

 

233:名無しのウマ耳

あと好意を下手に隠してないのも好感高い

覚悟決まってる恋する乙女な感じがとても……刺さりました

 

237:名無しのウマ耳

>>233 なんなら周囲にばら撒いてるっていう

 

240:名無しのウマ耳

周辺被害で黄色い声が上がるのは日常な模様

 

241:名無しのウマ耳

とにかく、頑張り屋で可愛い娘なんじゃ~

 

 

 

 





挿絵製作期間、30時間

【挿絵表示】


50話を超えた記念と総評が3000を超えた記念も込みで「ウィングがもし実装されたら」という話を書いてみました。
活動報告にも色々ご報告とかあるので時間が空いてる方は見てくれると幸いです!


あと、あまりこういう自我めいた事言わないんですけど今回だけは言わせてください。
良ければ評価感想入れてくれると嬉しいです……!

モチベの意地にも繋がりますし、何よりここまで頑張ってきた自分が報われます……!

……さて、誰かウィングの制服姿描いてくれないものか……(チラッチラ



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EP.2 趣味は楽しい、仕事はつらい
小さな拠り所『ウマ小屋』(看板は出してない)



看板がない店ってなんかかっこいいよね(ロマン)



 

 トレセン学園。

 ここは数多くのウマ娘を育成し、眩い未来へと導いていくことを目的とした施設だ。

 世界中を熱狂させる栄光あるレースに【トレーナー】と【ウマ娘】たちがマンツーマンで立ち向かっていく――

 

 

 …………めんどくせぇなこの喋り方、やめるか。5秒で飽きたわ。

 

 

 最初はやっぱ自己紹介から行こう。そのほうがノリいいし。

 

 俺の名前は「東八尾(ひがしやつお) 多良(おおい)」だ。出身は北海道。身長174cm体重60kg髪はショートウルフで色は灰色。

 おっと、年齢は聞くなよ。抹殺のラストブリッドを食らいたくなけりゃな。

 

 

 そしてそこのお前ら、今名前長いって思っただろ、そうだよなげぇんだよ俺自身認めてやるから思った奴は早く出てこい一人ずつビンタしに行ってやる。

 苗字が意味不明なほど長いから身内では漢字の頭文字ひとつずつ取って「ヒヤオ」って呼ばれる苦しみがお前らにわかんのかああぁん!?!?(過剰)

 

 ……まあ、トレセン学園に身を置く都合上最近は「トレーナー」って呼ばれ方のほうが多いが。

 正直クッソありがたいわ。マジ感謝トレセン学園ここに就職してよかった。

 

 少し感情に身を任せちまったが、そこはご愛敬。

 あと普段はこんなテンション高くないからそこんとこもよろしく。

 

 さて、先に言ってしまったが俺のトレセン学園での立場は【トレーナー】というものになっている。

 どういう役割かというのは言うまでもないだろう。

 輝ける原石【ウマ娘】を育て、レースを勝利へと導く役目。それがトレーナーだ。以下完結。

 

 そんなことで、現在時刻は夕方を回り6時。

 

 律儀に働く普通のトレーナーなら、業務終了時刻に近くウッキウキで帰宅路へつくのが普通なのだが、かくいう俺こと多良トレーナーは。

 

 

「はいはーい、開店ですよぉッと」

 

 

 トレセン学園の大裏手、日の光が入ることも目立つことすらマジで滅多にないこの場所で。

 一つ屋根ぽつんと置かれた小さな小屋の扉に『現在開店中』という板をくくり付けたのだった。

 

 

 そういや言い忘れていたな。

 俺はトレーナーで、飯屋 小さな拠り所『ウマ小屋』の店主だ。以後よろしく。

 

 ちなみに看板は立てないぞ。だってそのほうが隠れた名店って感じでいいじゃんか。

 そうでもない? こういうのはロマンでいいんだよロマンで。

 

 

 


 

 

 

 小屋の中はいたってシンプル。

 

 入ってすぐに確認できるのが厨房の前に設置されたカウンター席が4席ほど、そして入口の左右にはテーブル席が一つずつあり収容人数は最大で20人、広さ的には1LDKくらいになっている。

 飲食店のような感じではなく、どことなく大人のBARをイメージさせる配置だ。

 

 

「今日の定食は何にしようかねっと」

 

 

 顎に指を当て考える。何をって? 出す定食の内容だよ。

 

 食材の仕込みはトレーナーの仕事をしているときにできる空きの時間に終わらせているので問題はない。

 ちなみにうちのメニューはすべてその時の俺の気分次第で変わる。しかも出す飯は1品のみ。

 

 ほらなんかさ、毎回メニューが違うと客側はわくわくするじゃん。あんな感じにしたかったんだよね。(語彙力)

 

 あ、言っとくけど酒の類も一応出せるようにはしてる。

 ここに来店してくるの大体トレーナーが多いからね。大人だからね。深夜にパーリーピーポーすんだよ。

 ちなみに荒い客の場合は同期だろうが誰だろうが外にぶん投げる。柔道有段を無礼(なめ)んな。

 

 稀にそのトレーナーが担当しているウマ娘とくる奴もいるけど、その時は酒はNGにしてるぞ。泥酔したトレーナーをウマ娘たちに見せるわけにはいけないからな。学園側の配慮でもある。

 なんせ大人の世界だからな。子供にはまだ早い。

 

 

「うっし、決めた。今日はゴーヤチャンプルーで――」

「おー、やってるかー?」

「お邪魔します」

 

 

 ガチャ、という音とともに入ってくる男女2人。

 見た目は高身長で顎に無精ひげがちらほらある棒付きのキャンディを口に咥えた男。まあいわゆる職場の先輩だ。見た目チャラいけど。

 もう一人は礼儀正しくお辞儀をして店内に入る……栗毛のウマ娘。

 

 

「いらっしゃい、沖野先輩。んでそっちの子は確か――」

 

 

 緑色のウマ耳カバーには覚えがある。俺的には惹かれなかったからうろ覚えではあるが、確か最近のレースで出てた……

 

 

「ああ、紹介する。うちのチーム<スピカ>の」

「サイレンススズカです」

 

 

 よろしくおねがいします、と再びお辞儀。丁寧ねあなた。(誰目線)

 

 

「あー、"大逃げ"のスズカだな。……ってあれ?確かサイレンススズカってチーム<リギル>のメンバーでしたよね。なんで沖野先輩と一緒に?」

「お前じゃスカウト出来なそうですよね、みたいな顔で言うのやめろよ。俺だって結構苦労したんだぞ」

 

 

 いやぁ……だって先輩ですし。

 月7でうちに寄って酒カスになるあの先輩がこんな原石を拾えると思ってなかったし。

 

 

「今さっきオハナさんのところから引き抜いてきたんだよ。あっちは嫌々渋りに渋ったけどな」

「うへぇ……笑い事ですかそれ? 俺絶対あの人にメンバーの引き抜きとかしたくないんですけど。ていうか対立すらしたくないですよ」

 

 

 さらっと放たれたその言葉に俺は苦虫を潰したしたような顔にならざるを得ない。

 

 よくもまあこの人は()()東条先輩になれなれしくできるなぁ……。

 もはや感動ものだわ。拍手喝采送ってやれる。

 

 俺は怖くて無理。酒を出すときに手が震えるくらいには無理。威厳ありすぎだよあの人。強豪チームのトレーナーだから当たり前かもしれないけども。

 

 

「よく言うぜ。お前さんだって、昔はよく他のトレーナーのウマ娘に勝手にアドバイスしてただろ」

「……人前で言うのやめてくださいよその話。いまだにそれ話題にしたら目の敵にされるんで。あと、今はアドバイスはトレーナーがまだついていないウマ娘にやっているだけにしてますよ、後々尾を引くんで」

 

 

 あれはたまたまウマ娘がうちにやってきて飯食っていったからアドバイスをしただけであって、店主としてのコミュニケーションの一部だったんだよ。

 

 あんなさりげないアドバイスで走法まで勝手に変えるとは思わなかったわ。マジで。

 しかもそのウマ娘が<リギル>のメンバーって知ったときは卒倒したからな。東条先輩がうちの店来たときなんかマジで胃が擦り切れると思ったわ。

 

 ……ったく、話終了! これ以上は過去の問題を根掘り葉掘り掘り出しかねん。

 

 

「……それで? 注文は何ですか先輩? 定食決める前だったんで今なら好きなもの出せますけど」 

「お前のお任せでいいさ。2人分頼む」

「わかりました。ゴーヤチャンプルーですけど苦手なものはないですか?特にそっちのサイレンススズカとか」

「俺は大丈夫だ。スズカは?」

「私も大丈夫です」

 

 

 さっきの話をごまかすように切り替えて、先輩とサイレンススズカの注文を了承して俺は厨房に立つ。

 

 さっきも言ったが俺は基本、朝のうちに()()でいろんな食材を仕込んで、開店する時に()()でメニューを決める。あらかじめの予定など一切考えてなどいない。すべては俺の気分次第だ。

 

 ちなみに余った食材は次の日の俺の飯にする。あと担当のウマ娘に弁当として渡す。

 これぞエコ。

 

 調理している途中、ふと先輩の座っているカウンターを見てみると、そわそわしているサイレンススズカが目に入った。

 

 

「そういえば、その子ここ来るの今日が初めてですよね」

「あ? まあそうだな。スズカには俺のおごりで飯食わせてやるってことしか言ってないし」

「……説明なしで未成年の女の子を見知らぬ店に連れて来たのかよ……」

 

 

 材料を炒めながら俺は呆れ顔で先輩を見る。

 そりゃあ落ち着かないわな。先輩は()()()()()()()無神経だし……。

 

 

「お前に言われたかねぇよ! 稀代のサボり魔トレーナー!!」

「……あれ? 今声出てました?」

「普通に出ていましたよ……」

 

 

 サイレンススズカに苦笑されながら言われてしまった。

 マジか、つい本音が。

 

 

「サボりって……俺は雑務こなした後の空き時間を自由に使っているだけですよ。最近はいいウマ娘と担当契約したんでそっちのトレーニングにも時間割いてますし」

「お前が()()()()()()()()ウマ娘が引退してからだいぶ掛かって、やっと担当契約できたことに対しては素直におめでとうってのは言っておくがな……」

「……? ターフではあまり見かけないですよね?」

「まあな。トレーニングメニューぶん投げてあとは任せてるって感じにしてる」

 

 

 え゛という声が聞こえた。

 付きっきりっていうのも疲れるしな。俺、他の趣味に時間を使わないといけないし。

 

 

「相変わらず週2でしか顔見たことないぞ……。一体その余った時間何のために使ってんだよ」

「趣味」

「そんな自信満々で言うことじゃないと思います……」

 

 

 何とも言えない表情をする2人を眺めながら、俺は料理を皿に盛り付ける。

 

 いいんだよこんなもんで。仕事はしっかり終わらせてからやりたいことやってんだし。

 理事長とかのお偉いさんからは『もうちょっと勤務態度よかったらいいんですけどね……』というくらいには呆れられているが、俺はこんな感じでいいのだ(強心臓)

 

 

「はい、できましたよ。ゴーヤチャンプルーお待ちどう」

 

 

 皿に盛り付けたゴーヤチャンプルーを2人が座るテーブル席へ持っていく。

 

 

「お、相変わらずいい匂いだな!」

「美味しそうです」

 

 

 いただきます、と言って料理に手を付ける2人をカウンター席に座りながら眺める。

 

 店の所在が出回っていないからホントに、ビミョーな程の風のうわさではあるが、うちの飯の評判は「普通にうまい」って感じらしい。

 俺自身、料理はたしなみ程度の趣味なのでそこの評価については、まあ妥当なラインだろう。

 

 

「サイレンススズカにはにんじんを多めに使っているからな。よく味わって食べてくれたまえ」

「お前のその気遣い、もっと他の所に活かせないのか?」

「あはは……。お気遣いありがとうございます」

 

 

 にんじん多め(比喩なし)

 

 にんじんという野菜を好むウマ娘にはそれ用の量を必ず用意する。これはトレセン学園の常識だ。ちなみにウマ娘が一回に食う量は一般男性の5倍、大食いの類に入る奴だとさらにその2倍は絶対に食うから注意が必要だ。主に食費に対してな。

 

 ウマ娘のにんじん好きはもはや異様だ。

 

 例えば、3段重ねになったレコードディスク並みの馬鹿でかいハンバーグににんじんをぶっ刺したり。

 今俺が出したゴーヤチャンプルーに微塵切りのにんじんを顔が埋まるぐらい山盛りにしたりだ。

 相変わらず意味が分からんし頭痛もする倫理観だ。しかもどんなものにでもにんじんさえ入れれば食いきるんだから料理を作る側としては逆に困る。

 

 

「…………」

「………………?」

 

 

 黙々と山盛りに積もったにんじんに手を付けるサイレンススズカからどことなく視線を感じる。かれこれ5分以上。

 

 おかしいな、にんじんの山で顔が隠れてるはずなんだが。眼力が強いのか? そもそも俺何かやったか?

 ……さすがに気になるし、好奇心がてら聞いてみるか。

 

 

「あー……サイレンススズカ? さっきから俺の顔見てるような気がするんだがなんか付いてる?俺の顔に」

「いえ……。あなたに似た人をちょっとどこかで見たことがあるような気がして。……一応トレーナーさんなんですよね?」

 

 

 サイレンススズカが視線を向けるのは俺の左胸元。いや、正確にはそこに着けられたトレーナーバッヂだろう。

 

 

「んぐんぐ……、こんな目立たない学園の裏手で店を出してるし、ターフにも顔を出さないからほぼ都市伝説化してるが、スズカ。多良は一応トレーナーだ。も一回言うけどサボタージュ全開のな」

「余計なこと言わないでくださいよ……。あと飯食いながらしゃべるのは汚いのでやめてください放り出しますよ」

「ああ、悪い。だがサボりは事実だろ?」

「…………そっすけど」

 

 

 頭を掻きながら渋々肯定する俺。

 

 事実です認めますよくそったれ(敗北)

 伊達に掲示板に『サボりトレーナーの日々』なんていうスレッドを立てちゃいないのだ。

 たださっきも言った通り、俺は絶対に仕事を終わらせてから全力でサボることにしている。なので常識のラインで測ったらギリギリってとこだろう。根拠はないが。

 

 ……まあ、実際の所は俺の就業体制が原因で あっち(上司)側も強くは言えないんだろうな。

 

 だって、俺のトレーナー職って副業みたいなもんだし。本業はまた別にあるし。なんだったら俺がいないと、トレセンの業務がもっとブラックになるし。

 そういう強制力が働かないから、ギリ認可状態って感じだろう。こっちについちゃ確信ありだ。

 

 

「まあ、俺を見たことがあるってんならそりゃ多分レース後のインタビューとかじゃないか?」

「インタビューですか……? あ、確かに思い返してみるとテレビに映っていたような気が……」

「2回しか映ったことのないインタビューで印象に残るわけないだろ……」

 

 

 そりゃごもっとも。

 ていうか俺がわざとインタビューに出ていかなかっただけだ。あの時は事情が事情だったし、それ以降は変に目立つ可能性を考慮したうえで、意図してインタビューに応じてこなかったのだ。

 

 むしろ2回だけしか出なかったインタビューを朧気ながら覚えていたサイレンススズカのほうがすごいと思うわ。

 

 俺の元担当は別としてな。

 

 

 


 

 

 

「ごっそさん、また来るぞ」

「ごちそうさまでした。また機会があったら来ます」

「おう。お粗末さん」

 

 

 ――あの後、いろいろ駄弁りながら先輩とサイレンススズカはゴーヤチャンプルーを完食して帰っていった。

 

 俺は食器を片付けて、厨房前に置いているノートPCに先輩たちが食った飯の代金を打ち込んだ。

 当然、店なのでもちろん金は取る。娯楽には対価を、当たり前の事だ。ここは奉仕する店ではない。

 

 会計については、基本的にトレーナーは給料から自動的に引き落としされるようになっている。昔は定食屋さながらの手渡し会計だったのだが理由ありきで変わったのだ。

 

 相も変わらず沖野先輩はトレーナー業にすべてを投資しているため、年がら年中金欠らしい。あの先輩、レースの賞金とかのでかいボーナスとかあるくせに、なんで毎回金がない状態で店に来るんだろうか。

 

 初めてこの店に来て会計しようとした時にドヤ顔で『皿洗いさせてくれ』なんていうもんだからマジでビビった思い出。まあ、それが原因になってそれ以降は学園側に提案し、今の会計方法にした。というわけだ。

 

 後は、同じトレーナーとしてのよしみ? てなことでサイレンススズカの足を触って意見を出し合ったりもした。

 俺が今担当しているウマ娘ほどではないが、個人的な感想だと『脆そうな足』という感じだ。最近は走法を逃げに変えたらしいから、故障には重々注意してほしいもんだ。

 

 それと、サイレンススズカ? 沖野先輩が足触ったとき、微弱ながら恍惚とした表情したの俺は見逃さなかったからな。

 

 ()()()()()があるなら俺個人として止めることはしないが……

 まあなんだ、ほどほどにしとこうな。ウマ娘の身体能力でヒトミミ勢が弄ばれたら、俺たちトレーナーは病院送りという名の人生生命を剥奪されかねない。

 ちなみに、俺は過去に一度敗北している。

 

 

 ……そういえば、俺を文字通り病院送りにした元担当のアイツは今何をやっているんだろうか。

 

 俺がスカウトした時は中等部の2年目であれから3年経っているから、今は高等部2年になる。

 

 両手を腰に回し抱きつかれた結果、あばらに数本ひびが入るという痛々しい事象を起こした張本人は、現在はレースから身を引き、事実上の引退という形になっている。

 そろそろ進路相談についておかしくない時期だ。本人はどうやらすでに道を決めているらしいが。

 

 ()()()が来たら話を聞いてやらないとな――

 

 

「トレーナー。ちょっと時間貸してほしいんだけどー」

 

 

 なんてことを考えていたら、突然店の扉が開かれた。

 

 

「……どしたよウィング。お前、まだテイオーのトレーニングに付き合ってたはずだろ?」

「いやー、ちょっとテイオーが拗ねちゃって。今は少し休憩中」

 

 

 店内の空冷が青鹿毛(あおかげ)のセミロングの髪を優しくなでる。同時に左耳より少し上につけられた青色の翼を形をした髪留めが、髪の毛を揺らすたびに同じく揺れた。

 

 空冷の涼しさが気に入ったのか、引き付けられるように空冷の下へと足を運びウィングはその場を陣取る。

 おい、風を浴びるのはいいがせめて汗拭いてからにしてくれ。まだ店は開店してんだよ。匂いが充満したらどうすんだ。

 

 

「拗ねたっておま……、何が原因でそうなったんだよ」

 

 

 呆れ顔のまま、俺はウィングの所にカウンターの椅子を持っていく。ついでにタオルも。

 

 突然店内へ特攻して、文明の利器に溺れた彼女は、俺の元担当だ。

 名前は「アストラルウィング」

 辛苦を共にしてレースで戦った、俺が初めて選んだウマ娘になる。

 

 たださっきも話したが、こいつは既に引退済みだ。現在はトレセン学園のサポート科にていろいろ学んでいるらしい。

 

 

「ん~? そんなの決まってるでしょ~」

 

 

 ああぁぁぁぁ~~……と、空冷の冷風で溶けた顔になりながらウィングは問題の原因を俺に突きつける。

 

 

「トレーナーがテイオーのトレーニングに顔を出さないからだよ。5日くらい? 様子も見に行かなきゃ当然でしょ。あ~……気持ちいぃぃ……。わっぷ」

 

 

 汗ぐらい拭けという意図を込めて、俺はウィングの顔面にタオルをかぶせた。

 

 にしても理由下らねぇ……いやまあ、普通に考えれば指導者がその場にいなきゃいけないんだろうけども。

 

 ……確かに、最近やりたいことやりすぎてトレーニングに顔出せてなかった。それは認める。

 つっても、トレーニングメニューはしっかりとしたやつを渡してるし、俺がいない分ウィングがテイオーのトレーニングに付き合ってくれてるおかげで確実に強くなっているはずだ。

 

 甘いものが欲しくなり、近くに置いていた氷砂糖を口に放り込む。 

 話を戻すか。まず拗ねる原因についてなんだが。

 

 

「俺がいないだけでトレーニングを中断するほど拗ねてんのかよ……」

「そういうものなの。私はトレーナーのことを一番分かっていたから一人でトレーニングできてたけど、ほら。テイオーって人懐っこい性格でしょ? 信用してる人が一緒にいないとやる気が上がらないの」

「えぇ……いや、お前いるじゃん。別にお前とテイオーの仲が悪いとかじゃあるまいに」

「私とトレーナーとじゃ感じ方がいろいろと違うの。いいから時間貸してよ。店番はしてあげるから」

「だりぃ……」

 

 

 指を差されながら叱られるように言われてしまった。

 いやでも、店開いてるし。人あまり来ない店っつても来ないとは限らないし。料理出す店主がその場にいないと飯屋として成り立たないだろ。

 

 それから数分。

 

 めんどくせぇな。とか、色々と渋々言い合っているうちにジト目もままウィングが「仕方ないなぁ……」と突然呟きはじめた。

 ……なに? ちょっと嫌な予感がするんだけど。

 

 

「テイオーからの伝言ね」

 

 

 それを口切りに、ウィングはある一言を放った。

 俺を動かすに足るある一言を。

 

 

 「もし来なかったら、普段より多めにトレーニングしてオーバーワークするよって」

 

 「あのクソガキはどこだッ!!! ああ、ターフにいるんだな!?そうだな!? 今すぐ向かうからやめろってメッセで伝えてくれ、店番頼んだぞ!!」

 

 

 あんのバカウマが! ただでさえ脆い足だってのに無理に追い込んだら問答無用でぶっ壊れるだろうが! ()()()()()()のウィングみたいな事すんな!

 

 俺は不真面目ではあるが、流石に担当の選手生命ともいえる【脚】を放っておけるほど無慈悲かつ無関心なわけではないのだ。安全第一、これ重要。

 

 ドガンッ!!と、店の扉をぶち壊す勢いで飛び出して俺は走る。ほんとに扉が壊れたかもしれんが別にいい。その時はその時で作り直せばいいだけだ。

 

 時間は午後7時。外は既に夕日に包まれており、夏の始まりを告げるような暑さと夜の涼しさが俺の体を取り巻くが、そんなことはどうでもよかった。

 とりあえず俺がしなきゃいけないことは、さっさとテイオーの所へ走ってイカレた考えをやめさせることを最優先に考えた。

 

 


 

 

 

「あーあ、行っちゃった」

 

 

 一人残された小屋の中で、彼から押し付けられたタオルで汗を拭きとりながら私はつぶやく。

 トレーナーのサボり癖に不満があるのは、一度は通る道なんだよね……。わかるわかる。私もそうだったから。

 

 

「それにしても、テイオーって意外なところで頭が回るね」

 

 

 いやはや、テイオーもいい作戦を思いつくものだ。自身の足の保証をうまく使ってサボり中のトレーナーを動かすとは。

 テイオーの携帯にメッセージを送りつつ少し後悔する。

 

 昔の私は思いつかなかったなぁ、やっておけばよかった。

 

 

 

『ほい、今日のトレーニングの分な。わかんないとこあったらビデオ通話掛けろよ』

『……ねえ、今日は一体どこに行くつもり?』

『ん~? まあ予定としちゃ都心のショップあたりをぶらぶらーってな。ついでに業務に使うモニターとアームも探してくる』

『10枚もあってまだ足りないの!?』

 

 

 

 ……もうずっと前に感じる会話を思い出す。あれから3年だ。

 相も変わらず、トレーナーのサボり癖は治りやしない。

 

 この一件で何とかなってほしいんだけどね。

 

 

「ん~、さて。テーブルの掃除でもしておこうかな」

 

 

 空冷の風にあたりながら背伸びをして気分を少し入れ替える。

 

 厨房にある使用済みの食器を見たところ、今日は早くにお客が来ていたらしい。珍しいね。

 

 私のトレーナーが開いている店はトレセン学園の大裏手にあって夕方には日陰に隠れるから目立たず、そうそう人は来ない。看板も立ててないし。

 『ウマ小屋』っていう店の名前まで決めているんだから作ればいいのにとは毎度の事ながら思う。まあ、あの人の事だから絶対に作らないだろうけど。ロマン的に。

 

 1日にくるお客は大体3、4人といったところだ。

 例外として、レースの勝利祝いとかで丸々貸し出されることはあるけど、その場合は予約制になるから指定の時間以外はお客が来ない。

 

 

「だからちょっと暇になるんだよねぇ……」

「ごめんくださーい」

 

 

 …………前言撤回。今日は繁盛する日らしい。

 開店2時間以内に3人訪問してくることなんて3か月ぶりじゃなかったっけ?

 

 

「こんにちはアストラルウィング。あれ、多良先輩はどこに?」

 

 

 見たところ、店に来たのはトレーナーの後輩? なのかな。

 

 

「えーと、トレーナーは今――」

 

 

 店番として店主であるトレーナーが急用で不在の事を伝えると、帰ってくるまで待つことにする、と決めたようなので私はカウンター席へと案内する。

 

 スーツを着用したいかにも平凡そうなその人は私のトレーナーの先輩の紹介でこの店に来たらしい。

 初見さんの人は大歓迎だ。この店の評判が広がるのは元担当としても嬉しい。もちろん私個人としても。

 最も、トレーナーはそんなこと望まないだろうけどね。(苦笑)

 

 ――とりあえず、私は店番として初見さんの応対でもしてようかな。

 

 

 

 あ、自己紹介がまだだったね。んん゛(咳払い)

 

 私の名前は「アストラルウィング」

 

 トレーナーと一緒に戦って、主役の座に手を伸ばした元脇役。

 今はウマ娘の本分である走ることをやめちゃってるけど、代わりに()()()()()()()()()手に入らないものを頑張って手に入れようと頑張っているんだ。

 

 ん? それってトレーナーの事って?

 

 ふふ♪ それは秘密だよ♪

 

 

 

 

 

 





栄光を駆け抜けた趣味人共の後日談です
以下、簡単な紹介


主人公

ゲーム、料理、DIY、宝石細工、トレーナー業 etc……などが趣味の、人生が常に全速前進に極振りされた趣味特化人間。
常軌を逸したほどのマルチタスカーであるが、趣味にすべて極振りしているため普通の人とは何処かずれており、サボり癖も半端じゃない。


アストラルウィング

中等部2年の頃に初めて主人公が選んだ、少し大きいだけの普通の石ころ。
今は、ある夢を目標に頑張っている。
ちなみにスカウト前の性格はもう少し物静かだった模様。

因みに、この娘の過去辺を見たいって人は目次から『追憶』とEP1って書かれた話を追っていけば詳細が分かりますよ


トウカイテイオー

まだ出てきてないが、主人公のスカウトを受けた2人目の担当。
最近は様子すら見に来てくれないトレーナーにしびれを切らし、らしくもない作戦を立ててトレーナーを引っ張り出すことに成功した。
次回登場。


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サボりトレーナーの日々 #072


スレ板入りまーす



 

1:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

よお、今日もサボりだぜ

 

2:サボりの住人 

遅めのスレ立て珍しいな

 

3:サボりの住人 

達人トレーナーの称号返品しろ(どこに)

 

4:サボりの住人 

イッチが来たぞ!

 

5:サボりの住人 

蹄鉄を投げろお前らぁ!

 

6:サボりの住人 

(っ'-')╮ =͟͞ U ブォン

 

7:サボりの住人 

(っ'-')╮ =͟͞ U ブォン

 

8:サボりの住人 

(っ'-')╮ =͟͞ U ブォン

 

9:サボりの住人 

(っ'-')╮ =͟͞ U ブォン

 

10:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

今日も元気で何より()

  

11:サボりの住人 

いやぁ記念すべき072回目のスレでこれかぁ……

 

12:サボりの住人 

>>11ここは3年前から変わらないですなぁ……

 

13:サボりの住人 

でイッチよ。今日はどこでサボってるんで?

 

14:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

当てて見な

 

15:サボりの住人 

スレ恒例の予想ターイム!

 

16:サボりの住人 

>>15河川敷

 

17:サボりの住人 

>>15階段の下とかじゃない?

 

18:サボりの住人 

>>15無難に家でゴロゴロ

 

19:サボりの住人 

>>15ハンモックかけて木の上で寝てんだろ

 

20:サボりの住人 

>>15今日こそ道路に寝そべってるに賭ける!

 

21:サボりの住人 

大穴狙い来やがった

 

22:サボりの住人 

大穴狙いニキ前回は宇宙で寝転んでるって言ってたっけ

 

23:サボりの住人 

それに比べれば全然マシか((倫理感

 

24:サボりの達人トレーナー 

お前ら俺をなんだと思ってんの?

 

25:サボりの住人 

サボり魔

 

26:サボりの住人 

完璧超人に欠陥があったサボり

 

27:サボりの住人 

傍に許嫁を蔓延らせてるサボり

 

28:サボりの住人 

イッチよ、無人島で寝てた奴が何か言っても説得力ないぞ

 

29:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

泣いていい?

 

30:サボりの住人 

泣け。そしてウィングちゃんに慰めてもらえ

 

31:サボりの住人 

そしてその様子を映像に残せ

 

32:サボりの住人 

なんなら俺らに見せろ。母性が欲しい

 

33:サボりの住人 

こいつら煩悩まみれでターフ生える

 

34:サボりの住人 

サボりなんてそんな奴が大体でしょ(鼻ほじ)

 

35:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

記念すべき072回なのにお前ら全然変わんねえな!

まあいいや、んじゃ今日のサボり場所の正解いっとくか?

 

36:サボりの住人 

お、来るか

 

37:サボりの住人 

はよ

 

38:サボりの住人 

はよ

 

39:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

写真付きで送るわ

 

【ターフで寝転ぶイッチと隣でテイオーに声をかけるウィング】

 

正解は、ターフで寝ているでした。残念だったなテメェら!(煽り)

 

40:サボりの住人 

お、テイオーじゃん

 

41:サボりの住人 

ウィングちゃんもいるな

 

42:サボりの住人 

え、待て待て。なんでこの時間帯にサボらずイッチがターフに顔を出してんだ?

 

43:サボりの住人 

確かにかに

 

44:サボりの住人 

分析班よ。今日はサボりの日であることは間違いないな?

 

45:サボりの住人 

分析班ってなんじゃそりゃ

 

46:サボりの分析班 

間違いない。今までのパターンから行けば今日は間違いなくサボりが確定の日だ。

 

47:サボりの住人 

>>45説明しよう!分析班とは別のスレでイッチに対する考察等々を行うサボり魔予備軍の集団のことである!

 

48:サボりの住人 

イッチの気分屋癖が久しぶりに出たか?

 

49:サボりの住人 

ゴルシに引けを取らないイッチの気分屋癖ならあり得るか

 

50:サボりの住人 

いやまておまいら。疑問なんだが、だったらなんでイッチは今サボりのスレを作ったんだ?

  

51:サボりの住人 

 

52:サボりの住人 

ホントじゃん

 

53:サボりの住人 

このスレってイッチがサボるとき以外作らないのにな

 

54:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

いやあ……ちょっと逃げ場が欲しくなってな

 

55:サボりの住人 

どういうことだイッチ

 

56:サボりの住人 

説明求むイッチ

 

57:サボりの住人 

煽りウザいぞイッチ

 

58:サボりの住人 

>>57 ここは初めてか?力抜けよ

 

59:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

んじゃあ流れで行くか

 

先週テイオーがオーバーワークを盾にトレーニングへの顔出しを要求してきた

もちろん俺は拒否できない

結果、寝ながらウマホン片手にスレ立て逃げ。 ←イマココ

 

60:サボりの住人 

速攻で終わって草

 

61:サボりの住人 

テイオー頭よくて草

 

62:サボりの住人 

 さ す が 天 才 w

 

63:サボりの住人 

ウィングちゃんですら出来なかったことを平然とやってのける!

そこに痺れる憧れるぅ!

 

64:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

俺としちゃ困ってんだけどな……

今日は夕方から将棋10面差しでもやるかなって意気込んでたってのに

 

65:サボりの住人 

イカれててターフ生えん

 

66:サボりの住人 

スパコン並みの頭でも持ってんのか

 

67:サボりの住人 

イッチの業務処理能力知ってるワイからしたら否定できないし

できないと思えないのが逆に怖い

 

68:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

勝てるとは言ってない

俺にあるのは同時並行にいろいろできるマルチタスク能力だけだ

 

69:サボりの住人 

それが欲しいんだよォ!!

 

70:サボりの住人 

その能力さえあれば……どれだけ仕事を楽にできるか……

 

71:サボりの住人 

毎日仕事に8時間以上かける社会人の気持ちを考えたことがあるのか!?

 

72:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

知るかそんなもん

 

73:サボりの住人 

蹄鉄投げろぽまえらあぁぁぁ!!!!

 

74:サボりの住人 

(っ'-')╮ =͟͞ UU ブォン

 

75:サボりの住人 

(っ'-')╮ =͟͞ UU ブォン

 

76:サボりの住人 

(っ'-')╮ =͟͞ UU ブォン

 

77:サボりの住人 

(っ'-')╮ =͟͞ UU ブォン

 

78:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

あ、やべテイオーが不満げにこっち向かってくる((そそくさ

 

79:サボりの住人 

逃げるなあぁぁ!!!

 

80:サボりの住人 

逃げるな卑怯者!!!!

 

81:サボりの住人 

この恨み晴らさでおくべきか……(グギギ……)

 

82:サボりの住人 

末代まで呪ってやる……

 

83:サボりの住人 

テイオーがイッチに罰を与えることを祈ろう

 

84:サボりの住人 

だな

 

85:サボりの住人 

テイオー! そこのゲロゴミ不真面目野郎を蹴り飛ばしてくれー!

 

 

 

 


 

 

 

「も―トレーナー! 僕のことしっかり見てくれてた!?」

 

 

 ぬっ、と電子の板(ウマホン)を寝ながら眺めていた俺の視界の下からウマ耳が飛び出した。

 随分とかわいいウマ耳ですね。ピコピコしてるし。腹に感じる汗のベタベタした感覚がなきゃもっと可愛さに浸れたんだけどな。うーん残念。

 

 

「見てた、見てたから。だから腹から頭を退けようか、な?」

「やだ。しっかりトレーニング見てくれるまで退かないから」

「いいから退いてくれ。いや頼む。暑苦しいし汗でベタつくし服に汗が染みるんだよ! おい!ウィングも笑ってみてないでテイオーを引きはがすの手伝ってくれ!!」

「やだあぁぁぁああああ!!!」

 

 

 強引に引きはがそうとするが無駄な抵抗である。ウマ耳族にヒト耳族が力でかなうわけがなかった。認めよう。俺たちは弱者だ。

 ウィングに至っては隣に座りながら笑って俺の必死の様子を眺めてやがる。薄情者ぉ!

 

 

 

 

 

 えー、今更ながら現段階置けるたった一人の俺の担当を紹介しよう。

 

 鹿毛の前髪メッシュにポニーテール。髪留めに桃色のリボンを付け、仕草がいかにも子供っぽい少女。

 彼女の名前は「トウカイテイオー」

 俺が自分からスカウトするに至った、二人目のウマ娘である。

 

 スカウトするに至った、なんて言っているが俺はテイオーのことを、あるウマ娘から紹介されるまで全く知らなかった。

 

 まあ、知らなかったってことは一目見かけた時に()()()()()()()ってことなんだろうから仕方ない。トレーナーの義務として新しく入学するウマ娘は()()()()()()()の中から一通り目を通しているが、それでもテイオーが魅力的に見れなかったのは"何かが"足りないと俺が感じ取ったからなんだろう。身体能力は別としてだが。

 

 事が働いたのは約3ヶ月前。

 雨降る夕方の中、俺はトレセン学園の雑務業データをUSBに取り入れて学園内の生徒会室へと出向いていた。

 

 んでササっと仕事をこなし、帰って趣味に没頭しようかと思っていた時だった。

 生徒会長に呼び止められ、あるウマ娘の話を聞かされる。

 それがテイオーだ。

 

 話によると、生徒会長――ご本人こと【皇帝】シンボリルドルフに憧れて、テイオーはトレセン学園に入学したのだという。

 しかし、ウィングの同級生ことシンボリルドルフはテイオーが入学してからある程度の月日が経った頃に、彼女はテイオーと模擬レースを行ったらしい。

 テイオーは「無敗の3冠ウマ娘」を目標に掲げており、すでにその実績を達成しているシンボリルドルフと戦ってみたかったようだ。

 

 結果はもちろん惨敗。実に7バ身差をつけての決着だったらしい。

 

 ……俺個人の意見だが、気楽な気持ちで格上に勝負を挑むものではないと個人的には思う。

 圧倒的力量差を見せつけられたとき、それを乗り越えられるものは少ない。ソースは俺の元担当のアストラルウィング。

 

 まあ、アイツは【皇帝】の同期という都合上、模擬レースや選抜レースで当たることが決まっていたようなものだから仕方ない。今思うとアイツが挫折するに至るのは仕方ないよなとは思う。

胃痛すごそう。

 

 話を戻すか。

 

 結論から言うと、生徒会室にてシンボリルドルフから聞かされたことは、トウカイテイオーというウマ娘についてだけだった。別に話を聞かされただけなのでスカウトの催促とかではない。ただまあ――

 

――彼女を担当にする気はあるか?

 

 などという、話を聞かされた段階での確認はされたな。"してくれ"とは言われてないので強制力などはなかった。つまり、催促などではない。

 んで、気分屋の俺は二つ返事でこう答えたんだ。

 

『興味が湧いたらな』と。

 

 

 

 生徒会室での用事を済ませた後。

 外はすでに暗くなっていて、激しいとは言えないほどの雨が降っている中、急いで自分の店に向かったことは覚えている。

 

 その時だった。

 

 降り続ける雨の中、ターフで走るウマ娘を偶然見つけてしまったのだった。

 

 あまりにも出来すぎたテンプレ展開でもうわかってるかと思うが、そいつがまさかのテイオーだったというね。

 

 資料で一見したときと、偶に学園で見かけたときから感じてはいたが、レースに至ってこいつは間違いなく天才の部類に入ることを確信していた。

 宝石細工を営む家に住んでいた俺から例えるとするなら、【原石】とでも言おうか。しかも磨けば必ず輝くほどの。

 

 それに――前に見かけた時とは違う、テイオーの魅力を感じた。

 

 百聞は一見に如かず。ってやつだ。いや、たまに見たことあったから一見はしてたんだけども。

 

 それを機に、雨に降られる体の事を気にもせず、俺はテイオーのトレーニングを眺め続けた。

 

 視線を気にしたのか、テイオーからの忠告があったものの、そこから話を広げて元担当であるウィングとのやり取りとかも紆余曲折あったのち、俺からのスカウトでテイオーを俺の担当へと引き込むことへ成功したのだった。うん、実に簡潔。

 

 そしてそこから3か月

 

 担当になった直後、テイオーは俺への不信感がぬぐい切れないところがあったのかよそよそしい感じがまだあったのだが……。

 

 

「むふふふふ~ん♪ 芝生の匂いがする~」

「なーんでこうなったんだろうなぁ……?」

 

 

 回想から今に戻る。

 俺の腹にはさっきと変わらずテイオーがしがみ付いていた。……いや、張り付いていた。

 トレーニングでかいた汗を俺の気を気にせずに引っ付けてくるのだ。張り付くという表現も嘘じゃないだろう。

 

 3か月前まではこんな人懐こくなかったんだけどな。誰がこんな風にしたんだろうか。親の顔(?)が見てみたい。

 

 

「テイオーは元からこういう性格だったんだと思うよ。多分、私たちが関わるまでは心を許せる人が少なかっただけなんじゃないかな」

 

 

 当たり前のように思考を盗聴すな、ウィング。

 

 顔の表情だけで俺が考えてることがわかるのは洞察力が向上したからなのか、単に俺との長年の付き合いからなのからかはわからんが、とにかくドヤ顔で俺の隣に居座るのはやめような。なんだったら今すぐ俺の腹に張り付いている、引っ付き虫テイオーを引きはがしてもらいたい。今すぐに。

 

 

 

 

 そこから2時間。引っ付き虫は離れず、俺の足腰に猛大な疲労を与えたのちにテイオーのトレーニングを再開して、午後8時になるまで俺の時間はテイオーのトレーニングの観察という形で奪われた。

 

 これがずっと続くのか……毎日8時間以上自由を奪われる社会人って大変だな。あとでスレ民に謝っておこう。

 

 嗚呼。俺の趣味活……。

 

 





汗かき少女に魅力は無いか?
あるに決まってるだろ(断言)

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追憶 暇つぶしと趣味と原石と



今回は追憶回と名付けた過去回になります
多分、更新していくうえで不定期にこういう回を出すと思う。
あと比較的真面目な作りにもなりそう。


 

 

「暇」

 

 

 木々の間を通る日差しで火照る体、鼻につく芝の香り。

 俺は全身で感じる感覚を、とある場所で寝ころびながら堪能していた。

 

 

「暇暇暇暇だだだだだぁぁ……」

 

 

 導入からだる気ですまんな。仕事終わりで眠いんだ。だいぶ頭が狂ってきてらぁ。

 

 現在時刻は14時、天候は快晴なり。青空も満天で良い昼寝日和である。

 

 いやー、仕事が早めに終わった後の昼寝ってなんでこんなに背徳感すげぇんだろうな。俺これ続けて6ヶ月くらい経つけど全然やめられない。

 

 あれか。仕事が終わっていない社会人を酒の肴にしている感覚があるから、それに酔いしれているのかもしれんな。そりゃやめれんわ(ゲス)

 

 てか流石に暇すぎるから回想でも流すわ。いい退屈しのぎにゃなるだろ。

 

 

 

 

 

 

 俺が中央のトレセン学園に配属されて1年が経つ。

 

 実家暮らしを決め込んでいた俺は、こんなところに就職するつもりなど毛頭なかったのだが……まあ、なんだ、巡り合わせが俺のところに回ったのか、流れるようにここまで来てしまった。

 

 元々、俺は実家の北海道にある地方のトレセンで事務員として働いていたのだ。ちなみに経理部担当だった。

 就職先は親父からの紹介で入ったもので、給料もそこまで悪くはなく、俺としては「とりあえず数年働いてみて様子見かな」程度の気持ちで、業務に励んでいたのだ。

 

 事態が急変したのはちょうど1年前。

 

 俺が働いていた地方のトレセンに、なんと中央のトレセン学園所属の理事長が視察に来るという話から始まった。あの時期は他の職員全員、マジで慌てふためいていたな。

 かくいう俺と言えば、まったくと言っていいほど興味などなく業務に勤しんでいた。……今思えば、勤しみすぎたから目を付けられたんだろうな。うん。

 

 さっきも言ったが、俺の業務は経理部担当だった。

 

 トレセン学園と言えば、基本的に『トレーナー』と呼ばれ【ウマ娘】というアスリートを育成する人間が主体で回っている。

 今の世はウマ娘ブームというもので、一つのレースがあるごとにその日は狂乱と熱狂交じりでレースの話で持ちきりになるくらい人気があるコンテンツなのだ。

 

 そんな中、地方の学園の経理を隅の端っこでコソコソと処理している人間に気をひくものなんてあると思うか? HAHA 普通はないよな。

 

 ……普通ならな。

 

 いやまあ、うん。

 どんな量の仕事が来ようが、()()()()()()()()()に処理する職員がいれば、そりゃ目を引くってもんで。

 

 仕事に勤しみすぎて、あの常識的には有名なロリ理事長に気づかない程集中してりゃもっと興味を惹かれるってもんで。

 

 

『質問! 君の名を聞かせもらっても良いだろうか!?』

 

 

 なんて声をかけられてしまうのは、自業自得としか言いようがなかったのだ。

 今思い返してみれば、某映画のセリフに似ているな。……いや、どうでもいいか。前々前世に逢っているわけでもないんだし。

 

 あと、一応補足しとくと、仕事自体に別にやりがいが無かったわけじゃない。

 

 余った時間は、学園の生徒のトレーニング風景を見て独学する時間もあったし。地元の人らはそんな俺のことを仕事面では頼ってくれたり、自由時間の時は気にかけてくれたりもしたからな。いいホワイト環境だったよ。

 

 ただ俺が、マルチタスカーなだけに仕事を終わらすのが異常なくらい早かっただけ。うん、それだけ。

 

 ……理事長に話しかけられてからの流れは、早すぎて俺自身あまり覚えてない。

 明確に分かっていることと言えば『俺の事務処理能力を中央のトレセンで活かさないか?』みたいなことを理事長に問われたくらいか。

 

 中央のトレセンにはトレーナーの数が少なく、常に人手不足状態であり、理事長個人の願いとしては『多少なりともトレーナー諸君の負担を減らしたい』というものだった。

  

 実家暮らしが好きな俺は承諾するつもりなんか毛頭無かったのだが、深刻そうな理事長の顔を眺めて、思わず『善処します』みたいな返答をしたはずだ。気楽に。帰って飯食う頃には、この話はこれで終わりかな、なんて思っていたんだよ俺。

 

 ……それがどうしたことか。次の日にはクソ親父と母さんに話が知れ渡っており、親父経由で商店街のじいちゃんからトレセンの職場まで話が乾いたスポンジ並みに浸透していやがった。

 

 しかも全員、全面的に俺の中央逝きを推してくるもんだからホント困った。

 

 俺は嫌だ嫌だ、と数日間拒否していたのだが、気づけば話が地元中に浸透しており、断れない状況になってしまう。

 いつも野菜大盛りにしてくれる八百屋の爺さんすら俺のトレセン行きに賛成していたからな。俺の味方だと長年思ってたのによ……。あ、でも相変わらず野菜は大盛りにしてくれた。やっぱ味方だあの爺さん(現金人間)

 

 そして最終的には、親父から魂のバックドロップを、母さんからは渾身のドロップキックを食らい、俺は中央のトレセン行きを決めたのだった。

 

 これらは実に1週間の出来事である。

 スピード感がマリカ超えててマジで頭バグりそうだったわ、ここほんとに地球?

 

 あと母さん……ウマ娘のアンタから食らったドロップキックはめっちゃ効いたよ……ガクッ……

 

 

 

 

 で、今に至るというわけだ()

 

 親父からは『新しい趣味探しと思ってとりあえず行ってこいやオラぁ!!』とバックドロップを食らいながら言われ、仕方なく来た中央のトレセンだが、やっぱ都心にある施設なだけあってしっかりしていて地方とはまた違う味があって割と満足している。仕事も順調だし。

 

 ただ帰ったら親父に背負い投げするのは決めてる。あの野郎絶対仕返ししてやるからな(私怨)

 

 あと、ここに来る前にトレーナーの免許みたいなものを取ってきた。

 そのせいか、ここでの俺の扱い的には『新人トレーナー』ってことになってるらしい。

 

 親父からなんか取っといた方が良いみたいなことを言われてたやつで、めっちゃ難しかったから鼻血出るくらいクッソ勉強してやっとのこさ取れたんだけどさ……これいる? 俺の業務って相も変わらず経理とかの事務処理なんだけど。

 

 まあそんな仕事も、いつも通り5時間くらいで終わらせてぐーたら寝ているんだが。

 

 もうちょい俺好みの環境が整えば3時間くらいに短縮できるはずなんだけどね。共用の職員部屋だと設備が限られるから全力が出せん。

 

 

「そろそろ、自分の場所を見つけるべきかね……。今度、学園の探索でもしてみるか」

 

 

 そんな良いところなんてあんま無いのはわかりきってるけどな(フラグ)

 

 大きめの倉庫さえあればいろいろ改造できるんだけどそんなんねぇわな!(フラグ立て得意だなコイツ)

 

 

「ま、そりゃまた今度にするとして……そろそろ模擬レースか」

 

 

 双眼鏡片手にターフを見ると、多くのウマ娘たちがゼッケン付きのジャージで集まっているのが見えた。

 いつものことながら、トレセンの生徒による模擬レースが俺の寝ている場所の目の届く所で開催されるようだ。並んでいる面々の表情は十人十色で楽しそうな奴もいれば緊張してるのもいる。お、()()()()()()()()()()。アイツも出るのか。

 

 

「さて、今日も勉強させてもらいましょうかね」

 

 

 氷砂糖を口に放り込みながら、日の光という名のスポットライトに照らされたウマ娘らを遠目で観察する。

 

 これは地方にいたころからやってきた俺のルーティーン。

 暇な時間ができた時かつ模擬レースがある日は、出来るだけ毎日、レースを観察して勉強をしているのだ。

 

 俺とて、伊達に『新人トレーナー』というの肩書を軽く背負っているわけではない。いつか組むかもしれない担当の為にも知識だけはしっかりと付けとかないといけないという心持ちは流石に持っている。

 

 ……つってもここ一年、ずっとそんな相手に恵まれてはいないわけだが。

 

 俺の中央の配属がスカウト氷河期にされたってこともあるが、何よりスカウト好調期を見逃したのが原因だ。確か、その頃俺は業務終わらせて河川敷の芝生で寝るのが日課だった気がする。

 スカウト時期を寝過ごして無駄にしたって、冷静に考えると頭おかしいな俺(後の祭り)

 

 ま、こういうのは気長に待つもんだ。

 石の上にも一年。勝負は時の運。急がなくても俺の寿命は後5分の4くらい残ってんだし、流石に何か起こるだろ(汗)

 

 とはいっても、ちょっとは急いだ方が良いかもしれないと思い始める今日この頃。

 上層部から職務怠慢と言われることが多くなってきたからな。身分上は一応『新人トレーナー』扱いだから、配属されて1年も担当無しというのは世間体的にまずいのかもしれない。

 

 最近だとたづなさんからの注意も受けたし、理事長からの催促もすごいな。……いやアンタ俺を経理役として引っ張ってきたのにそれ言うかね? って感じだが、上司命令には逆らえない。やっぱ社会ってクソだ。

 

 

「そろそろ始まるか」

 

 

 社会の闇を思い出したところで、双眼鏡の先に見えるレースがそろそろ始まるのを察知。

 

 さて、そろそろ観察の準備をするか。

 双眼鏡の倍率を調整して、糖分摂取用の氷砂糖が大量に入った袋をビリっと開けて、分析メモに使うタブレットの電源を付け――

 

 

「ん?」

 

 

 ようとしたところだった。

 俺がいる場所から、なんとなく人の気配を感じる。だいぶ近い。多分、()()

 こういう気配感知はゲーセンの音ゲーやってると自動的に鍛えられる。普通の人間がしない動きって目立つからね。仕方ないよね()

 

 それはさておき、下を見る。

 

 目線をその場所へ向けると、そこにはウマ耳を持った誰かがいた。

 青鹿毛(あおかげ)の頭髪で()()()()()()()()()()()のウマ娘。俺の位置からでは頭部しか見えず、顔の確認はできない。

 

 

「おーい。何やってんだーお前ー」

「!? え、どこからっ!?」

 

 

 俺は心の中に渦巻く好奇心からそのウマ娘に声をかけた。すると一瞬、ビクンッと体を上下させ慌てて周囲をキョロキョロし始めた。はは、めっちゃ動揺してて面白れぇ。さてはどこから声をかけられたのかも分かっていないなありゃ。

 

 

「上だよ、上」

「! ……なにを、してるの?」

「んー?」

 

 

 声の位置から俺の場所にやっと気が付いた様で、視線が俺のほうへと向く。

 さっきまでの動揺から困惑の顔になったウマ娘に問われるが、今はそんなことどうでもいい。

 俺は慌てて上を見てきたウマ娘の顔を眺める。

 

 絶世の美女とはいかないまでも整った顔立ち。どれくらいかと言うなら、今まさに困惑している表情を掲示板のスレ民に画像として上げるだけで拍手喝采の嵐が起こるくらいには顔が整っているくらいといったところだ。

 

 特段、細過ぎず大きくもない目の中にある芝色に輝く瞳は、俺を鏡のように映す。

 そして瞳の()には――本来の色を覆っている、夜のような暗闇があった。

 

 俺はそれを視て目を細めるが、さっきの問いに答えることを優先して言葉を返す。

 

 

「あー、まあなんだ。見りゃ分かるだろ」

「いや、全然分からないよ? 木の枝にハンモックを掛けて寝てるくらいしか私には分からないよ?」

「分かってるじゃねぇか。半分だけども」

「ならいよいよ怪しいんだけど。もしかして不審者? これって通報したほうがいい?」

「ちょっ待ったぁあ!?」

 

 

 あっぶね! 動揺でハンモックから落ちそうになったわ。

 この娘、思ったより会話のスピード感早いわ。こいつさては意外とコミュ強だな。親父と同じレベルの会話ができそうな雰囲気あんぞ。

 いやそんなことより、とりあえずこのウマ娘を引き留めなきゃヤバイ。最悪警備員の雪崩が来る羽目になる……っ!

 

 幸い、俺が木から落ちかける所を見ていたようで足は止めてくれている。今のうちに急いで弁解しなくては。

 

 

「別に怪しい人間じゃないんだ。俺は――まあ、ここの一職員だと思ってくれればいい」

「……ホントに?」

「ホント。マジ。オレ魂に誓って嘘つかない」

「片言なのがもっと怪しいけど……でも確かに不審者ならこんな昼時に不法侵入は普通しないか」

 

 

 俺の弁明で不審者認定は一旦やめることにしたらしく、走って去る行動はやめたようだ。

 あっぶねぇ……、これで報告されたら上司からドヤされるとこだったわ。

 

 

「誤解させてすまん。……念のために名前を教えてもらえねぇか? トレセンに来てまだ浅くてな。生徒の名前は少しでも覚えておきたいんだ」

「えー、怪しい」

 

 

 そう聞くと、彼女は再び仰向けに寝転ぶ俺にジト目を向けながら警戒する。

 おかしい。何故普通の職員の俺が不審者認定扱いされなきゃならないんだ。(自業自得)

 

 

「いやマジでただの好奇心だから。怪しくないから。個人情報は秘匿する人間だから俺」

「…………何かあったら学園の人に言うからね」

「わかってる」

 

 

 瞬間、緑葉を揺らす風が吹く。同時に眼前の彼女の青鹿毛も揺れた。

 

 枝葉が風で揺れ、日差しの明かりがその場から点々と移動する。 

 

 場所は、ターフから少し離れた場所にある一本の樹木。

 目を覆いたくなるほど眩しい日の光というスポットライトから隔絶されたこの場所で。

 

 

「……私はアストラルウィング。ただのウマ娘って思ってくれていいよ」

 

 

 俺は「アストラルウィング」という、大きな石ころを偶然見つけたのだった。

 

 

 





食らったことあるとわかると思うけど、バックドロップってめっちゃ痛いよな(一敗)
ウマ娘のドロップキック? もしもを百歩譲っても死ぬんじゃね?()


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ファッションセンスなんてそこらの川に捨ててきた


あ、ブクマ200ありがとうございます(正気)



 

 

 パーカーこそは正義である。

 

 春に着ればかっこいい、夏に着ればかっこいい、秋と冬に関してはかっこいいに足して暖性まで付いてくるというおまけ付き。

 家中、屋外などのいかなる環境であろうとも着用してさえいれば四季の全てに適応し人々の心に幸福を与える正義のアイテム。

 

 それこそが全人類No.1ファッション(俺調べ)であるパーカーの魅力である。

 

 そしてまた、今日ここに王道を行こうとするものが――

 

 

「先輩っていつも灰色のパーカー着てますよね。飽きないんですか?」

「ははは、おい後輩A君よ。それは全人類にマヨネーズの味が飽きるのかっていう至極当然の質問をしているのと同義だぞ?」

「飽きるよ?」

「飽きちゃうよ!?」

「いや、飽きるじゃないっすか。あと自分マヨネーズ苦手です」

「……確かに飽きるな」

 

 

 いなかった。俺の周りには同調する奴がいないらしい。テイオーは厨房前のカウンターから身を乗り出す勢いでツッコミを入れてきたし、ウィングは呆れ顔してやがる。俺の味方どこ???

 

 夕日が沈みかけている午後6時半あたり。

 俺は今日も『ウマ小屋』にて、数少ない来店する客の応対をしていた。

 今日の来客は、俺の後輩にあたる職員で名前は……まあさっきの通り「後輩A」ってことで。

 

 ……さっきの話、確かによく考えてみると、マヨネーズ入りの料理を10日くらい連続で出されたら俺でも飽きそうだし、なんならブチ切れそうだな。反省。

 あと俺マヨネーズ信仰派じゃねぇし。ケチャップ最高。

 

 好きな調味料を気づかせてくれた後輩Aにはお礼としてマヨネーズ入りの料理を出してやろう。有難く顔面で受け取りやがれ。

 

 

「今の流れでポテトサラダを作り始めるあたり、ホント性格悪いですよね先輩」

「この程度ならまだ甘いわ。本気で行くとマヨネーズオンリーで料理作るからな」

「それはもう食事に対するテロじゃないすか??」

「あ、ウィングー。今から飯作るから()()()仕込み終わってるキュウリとジャガイモを取って来てくれー(棒)」

「うんわかった。ボウルごと持ってくるよ」

「ボクも手伝うよ~!」

 

 

 後輩の訴えを右から左へ流しながらウィングに食材を取りに行くよう頼む。

 ウィングが厨房に入り、床にある秘密基地のような扉を開けその先に続く階段を下りて行った。それを見たテイオーもトテトテと一緒についていく様はまるで家族の一コマのようだ。

 

 パタン、と扉が閉まる音を立てて残ったのは俺と後輩の2人だけ。

 俺は厨房に立って調理の準備を始める。作るのはもちろんポテサラ。

 

 

「ポテトサラダを作るのは確定なんですね……自分マヨネーズ苦手って言ってるのに……」

「他のも作ってやるから安心しろ。なんだったらこれを機に好き嫌い直せ」

「好き嫌いがない人間っているんですかね?」

「存在すらしないだろそんなもん。いたとしたらそりゃ人の皮被ったナニカだわ」

 

 

 カウンター席に座りながら「じゃあ勘弁してくださいよ~」と苦笑い気味に許しを請う後輩A。

 悪いな、俺は嫌がらせをする時は絶対に手を抜かないんだ。全力を尽くして美味いポテトサラダを作ってやる。大人しく審判の時を待っていやがれ。

 

 

「んで、話戻るんですけど実際どうなんですか、四六時中パーカー生活って。夏とか着苦しくないです?」

 

 

 厨房であろうがターフに居るときだろうが、いつもと変わらず灰色のパーカーが目に入ったのか、後輩Aが思い出したように先ほどの質問をぶり返す。

 そういやこの後輩、結構衣服には気を使ってるって言ってたっけな。店来るときも毎回違う服だし、俺みたいな常時パーカーマンの事情が気になるのかもしれない。

 

 

「暑がりじゃないのが前提なのと、あとは慣れるかどうかだな。夏場だとフードがあるから日差しを遮ったりできるし結構便利だったりするぞ」

 

 

 俗にいう『肌荒れしたくない勢』には結構合うんじゃないのだろうか。俺は昔から冷え性な故、暑さは気にしないから常人に合うかは知らんけど。

 

 俺の回答を聞いた後輩は一瞬、顎に手を置き再び俺に問う。

 

 

「他の服とか着ないんです? 例えばテーラードジャケットとか、似合うと思うんですけど」

「俺はまずそれを知らん」

「先輩のファッションセンスどうなってるんですか」

「そんなもん地元の川に捨ててきた」

 

 

 いや別にファッションが趣味ってわけでもないから。興味ないことは知らないし実践する気もないし覚えてない。知識として保管してないんだよ。

 俺がパーカーを信仰してるのはシンプルなかっこいいデザインに加えて、機能性の良さと手入れが楽だからに過ぎない。普通の服みたいな機能性を抹消してデザイン特化した衣服など俺には合わないのだ。手入れもめんどくさいし。

 

 

「先輩って、スタイルと顔()いいんですから……持ち前の武器を活かさないのは勿体ないですよ」

「活かそうと思ったことないから日頃パーカー着てんだ。宝の持ち腐れって言っても『宝』そのものに興味がなきゃ魅力も感じねえだろ」

 

 

 ――例えば、だ。

 

 レースの才能があるウマ娘が、レースそのものに全く興味が無いとしよう。

 そいつは自身が持つその才能を、全く興味のないものに活かそうと思うだろうか?

 

 断言しよう。思わない。

 

 他人に強制されるなどの、余程の理由がなければそういった事はまずしないだろう。人を動かしたる動機は、一番最初に感じた感情からなのだから。

 

 初見のゲームのPVを見て「やってみたい」と思うように。

 類まれなる天才を見て「憧れる」ように。

 

 『好奇心』という純粋な感情がなければ、始まる物も始まらない。

 

 …………ま、らしくないことを語ったがともかく。俺にとってファッションは趣味の管轄外だ。

 俺にオシャレさせたけりゃそれなりの理由を持ってくるんだな。

 

 

「えー、そんなんじゃウィングちゃんが可哀そうじゃないすか」

 

 

 は? なぜそこでウィングが出てくるんだ。アイツと俺のファッション問題は関係ないだろう?

 と、言い返そうと思ったが唐突な咳払いで言いよどめられた。何が狙いなんだこの後輩。

 

 

 

 

「おまたせ~。食材持ってきたよ~」

 

 

 ガチャリ、と俺の近くの床にある地下に繋がる扉が開き、ウィングとテイオーがキュウリとジャガイモの入ったボウルを持って出てきた。

 

 

「お、待ってたぞウィング、テイオー。おつかいの駄賃に俺特製のはちみードリンクをごちそうしてやろう」

「やった~! トレーナー!ボクのは『固め濃いめ多め』でお願い!」

「あ、私は薄めでね」

「おう」

「休日の親子か」

 

 

 ツッコミご苦労後輩A。あと別に親子じゃない。現担当と元担当だ。

 

 ひらひら~と手を振りながらカウンターに座るウィングと、ぴょこんと地下から飛び出してきたテイオーを横目に、俺は小型冷蔵庫から特製はちみードリンクの原液を取り出した。そして大きめのタンブラーに入れて味と硬さの調整をする。まあ、工程的にはカル〇スの原液を水で薄めているものと考えてもらっていい。

 

 ちなみに紹介すると、今作ってる『はちみー』とはその名の通り、蜂蜜を凝縮したドリンクのことである。

 蜂蜜まんまなので糖分も高く、スイーツ性も高いからか女性にかなり人気があるようだ。かくいう俺もその甘さに惹かれて最近よく飲むようになった。教えてくれたテイオーには感謝なり。

 

 ちなみに俺のおすすめの調節は『普通濃いめ多め』だ。固めとか無理、あれ全っ然吸えん。

 ほら聞けよテイオーが今ストローで吸ってるはちみーの音を! ズッゴゴゴッ!ってなんだよ! 液体のしていい音じゃねぇだろ!

 

 

「……そういえばトレーナーってさっきから何の話してたの? ファッションがー、とかスタイルがー、とかこっちにも少し聞こえてきたんだけど」

 

 

 テイオーとは違い、スーと抵抗なく『やわめ薄め普通』のはちみーを吸っているウィングに話しかけられる。どうやら俺らの会話が意外と聞けていたらしい。

 ポテサラを作る手を止めないまま俺は口を開く。

 

 

「あー、それはな――」

 

 

 かくかくしかじか。説明なり。

 

 

「トレーナーのオシャレ問題かぁ……」

「深刻そうに頭抱える程のものなのかいウィングちゃん?長年の付き合いの君なら先輩のパーカー以外の服装を見たことあるかと思ったんだけど」

「うーん、見たことはあるけどそういうのは大抵お祭り事とかのイベントくらいだし……まずないかなぁ」

「……そういえば、ボクもトレーナーがその服以外を着てるの見たことないや」

 

 

 ポテサラを作りながら横に目線を向けると、ウィングが片手で頭を抱えている光景が目に入る。はちみーの入ったタンブラーを机に置いてかもしだす雰囲気は、深刻というよりも悲痛じみたものだった。

 

 

「ねえねえトレーナー。普段からあの服なのはわかったけどさ、他にも持ってる服ってないの?」

「無い。クローゼットの中は全部パーカーで埋まってる」

 

 

 疑問を頭に浮かべたままのテイオーがポテサラを作る俺の隣に立ってパーカの裾を摘まみながら問う。

 ありえないこと言ってるかもしれないが、事実である。俺のクローゼットは、基本的に灰色のパーカーですべて埋まっており、他の種類の服などは一切入ってない。

 

 

「味気ないな~」

「ほっとけ」

 

 

 ムー、と呆れた感じでジト目のまま俺を見てくるテイオーは非常に不満そうだ。

 …………不満ね。ちょっと不味いか? 今の時期に不機嫌になってもらっちゃ困るんだが。

 テイオーには()()()()()()()が待ってるわけだし。

 

 

「オシャレをさせたいなら理由を持ってこい……か。ねえトレーナー」

「? なん……」

 

 

 カウンターで思い込むような言葉を発するウィングの元へと、俺は目を向けた。

 そして俺は今日、自身の不幸を呪うことになる。なぜなら――

 

 そこには"ニヤリ"と、顎に指を当てながら悪戯な笑みを浮かべるウィングがいたのだから。

 最近、何かと活発かつトラブルメーカーになりかけている俺の元担当が()()()()()してたのだから。安心できる要素が何もない。

 

 ……てか思えば俺、今日に至るまでマジで不幸まみれだな。テイオーのトレーニング強制出社が最近始まったし、昨日ソシャゲで50連してSSR0枚だったし。良いことねぇなコイツいっつも。なして?()(訳:どうして)

 

 と、思考をねじらせたのもつかの間ウィングから放たれる問い。

 

 

「テイオーの明日のデビュー戦さ、トレーナーは絶対に勝たせたいよね」

「おっおう……そりゃぁな」

 

 

 そりゃそうだ。育てたる者、その努力が報われてほしいのは当たり前の感情である。

 ましてや『デビュー戦』――テイオーの人生を大きく踏み出す一歩目なのだ。トレーナーに関係無く、勝利を願わないのは人としてまず無いだろ。

 

 

「え、先輩!? 明日がテイオーちゃんのデビュー戦って、自分それ初耳なんですけど!?」

 

 

 どうやらテイオーの出走を知らなかったようで目を見開く後輩A。 

 

 

「焦り過ぎだろ後輩A。……別に言いふらしてなかっただけだ。職員の(あいだ)は知らんが、トレーナー(かん)だと情報は出回ってるって話は聞いたから、単にお前が知らなかっただけだろ」

「えぇ~ちょっと、そういう重要なことは言ってくださいよ。とにかく、テイオーちゃん頑張って!! 自分応援してるから」

「よかったなテイオー。お前のファン第一号だぞ」

「えっへへ~ありがと! よーし!ボク絶対負けないもんね!!」

 

 

 はちみーを飲み干して、ニッコリ笑顔でピースサインを前に掲げるテイオー。

 よし、不機嫌は治ったな。ナイス後輩。お礼にポテサラは大盛りにしておいてやろう(ゲス)

 

 

「で、トレーナーさっきの話の続きなんだけど」

「ん、おう。なんだ?」

 

 

 肘をつきながら、テイオーを微笑ましく見ていたらしいウィングに話を戻される。

 

 

「明日に控えてるテイオーのデビュー戦に全力を尽くす。トレーナーにその気持ちがあるのはよくわかった」

「言われるまでもない質問だったな。てか、お前もわかってるだろうに」

「うん、まあね。……で、ここから本題なんだけど」

 

 

 人差し指を一本上げて、片目を(つむ)りウィングは提案する。

 

 

「テイオーが、勝ったときのご褒美を用意したらどうかな。そうしたらテイオーのレースに対するやる気も、少しは上がるでしょ?」

 

 

 ……ほう。何かと思って心配してしまったが、良いことを思いつくじゃないかウィング。

 後先の報酬のことを考えさせテイオーのやる気を上げることで、レースの勝率を少しでも上げる。

 

 これ以上ない程良い提案じゃないか。俺としても賛成の一票だ。

 

 

「ふむ、テイオーはどうだ? なんか、そういう報酬みたいなもん欲しいか?」

「う~ん……ボクはそういうの欲しいっていえば欲しいけどs「テイオーちょっとこっちに」え、アスウィ? わっ!!」

 

 

 テイオーが思考を練らしている最中、ウィングが引っ張る形でテイオーをグイッと、椅子の隣へ引き込む。

 そのまま小声で耳打ちをし始める担当ら。一体何を話しているのか。まあ、テイオーも初めてのデビュー戦だしな。初めてのレースを後引くやましい思いで出走するのはどうなのかと悩んでいるのかm

 

 

「欲しい! 絶対欲しい!! トレーナー、ボク、ごほうび、ほしい!!!」

 

「おい、ウィング。お前何言いふらした」

「別に~、何も~♪」

「元気だねぇテイオーちゃん」

 

 

 嘘こけ。テイオーを見てみろよ。さっきまで悩んでうなっていた表情から一転して、キラキラ目ェ見開いてんぞ。あとカウンターから身を乗り出すな危ないから。

 

 

「はぁ……、まあご褒美が欲しいのは分かった。で、何が欲しい?」

 

 

 その言葉を聞いたテイオーとウィングが、視線を合わせて笑った。

 

 あまり高いものは勘弁してほしいものではあるが……まあ、勝利への投資と考えたら仕方ないな。すまん孤児院の先生ら、ちょっと仕送りの量が少なくなるかもしれないわ。可愛い教え子の為だと思って許して()

 

 ただ、物々の問題なら多少は安心できるな。最近は無茶ぶりの連続だったから、俺の貯金を崩すだけで解決できる問題なんて取るに足りん。

 流石に大丈夫だろ――

 

 

「「トレーナーの()()()()()()()をテイオー(ボク)のご褒美にする♪(!)」」

「――――」

 

 

 一瞬、息が詰まる。

 テイオーの先ほどの上機嫌、ウィングの悪戯な笑み。俺の中でピースが嵌る音がした。

 

 ――そう、だ。

 俺は何を安心してたのだろうか。阿呆なのか俺は。本っ当に馬鹿じゃないのだろうか。5秒前の俺をぶん殴ってやりたい。

 

 ウィングだぞ? 最近――ていうか引退してからというもの、何かと悪戯な笑みを浮かべるようになったウィングだぞ? 先日、仕事を控えた身で一緒に添い寝する羽目になった経験を全く生かさずに何を学んだ気になってたんだ俺はよぉっ!!!

 

 …………えー、お察しの通り詰みの盤面です。俺はこの提案を受け入れるしか道がありません。

 理由?テイオーが不機嫌になるからだよ畜生が。添い寝の時もこの展開だったな、学べよ俺()

 

 てことで、つまりだ。

 

 

「あぁ……わかった。勝てたらな」

 

 

 俺は、テイオーに勝ってほしいという気持ちもありつつ、何処か心の中で圧倒的敗北感を感じながら了承するのだった。

 敗北を認めるのは早いって? ばっかお前、俺の磨いた【テイオー(帝王)】が負けるわけないだろう。絶対勝つわコイツ。

 

 

 

 少女らの喜びの声で埋まる俺の店内。

 そんなはた微笑ましい光景の中、俺はポテサラを作る手を止めず、ため息気味にジャガイモを潰すのだった。

 すまん後輩Aよ、八つ当たりにポテサラ超大盛にしとくわ。絶対食いきれよ。(無慈悲)

 

 ――さて、明日はついにデビュー戦だ。

 

 弁当は何を用意してやろうか。

 

 

 





ポテサラはウマい。
同意のものは挙手を!!

後輩A「自分もう当分ポテトサラダはいらないっす……」(倒れる音)


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鎖は歩みを鈍らせる重しになる(前)


デビュー戦なり
ちょっと真面目ゾーン

長くなるから前編と後編になるよ


 

 照る日差しがまぶしい。

 快晴な空。初夏の始まりが担う気温が俺を包む。

 

 

「あいつら遅いな……何かトラブったか?」

 

 

 体内時計で計った現在時刻は昼前の11時ほど。

 俺はとある広場で2人を待っていた。

 

 ただ、予定の集合時刻よりも少し遅いことに俺は多少、焦りと不安を感じている。

 

 

 ――今日は待ちに待ったテイオーのデビュー戦だ。

 出走は昼過ぎの14時。レースでの枠番は4番、人気順だと1番を得た。

 勝敗の予想としては、枠番と昨日見たテイオーのコンディションを含めて、テイオー側に有利なレースだと確信している。

 

 

 そんなレースの前、俺たちは待ち合わせすることにしていた。

 

 朝の地点では別行動。

 予定としては、テイオーとウィングはコンディションの最終調整。そして俺は、一足先に会場のターフに向かい、情報収集と枠番の抽選をする。

 

 俺の用事は順調に済ませることができた。

 

 ジュニア級メイクデビュー・距離は2000m。芝の調子は良。気温26℃。湿度30%。降水確率10%。レース出走時の天候不良の可能性は無し。

 そして事前に()()()()()()()()()()()()()()して得た最適解のコース取りの確認も済ませ、最後に抽選だけして帰ってきた。

 

 そんな用事を済ませて集合場所に到着したまでは順調だったが、肝心の担当が遅刻している。

 

(テイオーが単独で遅刻するのはわかる。だが、ウィングと一緒にいて遅刻するってのはどういうことだ? 昔から俺と一緒のアイツが遅刻なんて()()()()()

 

 暑さとは関係のない汗が頬を伝う。

 長年の信頼というかなんというか、ウィングの時間管理能力を信じ切ってる俺は疑問を感じざるを得なかった。

 

 アイツの時間管理能力は、現役の頃、俺のサボりから生まれたボッチのトレーニングで鍛えられたものだ(誇るな)

 走り込みや筋トレ、その他諸々のトレーニングを、俺が時間指定していたといえど一人で管理し実行してきたウィングの正確性はバカにできない。

 伊達に理由なく、テイオーのトレーニングの目付け役など任せちゃいないのだ。あれができるのはその能力があるのも理由の一つなのだから。

 

 そして、そのウィングが珍しく……いや、絶対に無いと言えるほど断言して遅刻をしている。

 

 不安になるだろう。焦りもするだろう。何か予定外の事態(アクシデント)があったと、最悪の想像もしてしまう。

 当たり前の思考に、心の動揺は俺を強く締め付けた。

 

 と、同時にピコンッと懐から鳴る一つの機械音。

 

 意識が今の焦りに向いていた俺に、その音は敏感に感じるのは当然で懐からすぐさま携帯電話(ウマホン)を取り出した。

 メッセージには1件のみ。差出人はウィング。

 内容は――

 

 

『ごめん、少し遅れる。トレーナーのことだし、多分焦ってるよね。

 テイオーは大丈夫。怪我とかじゃないしコンディションにも……多分問題はないと思うから。

 もう少しで、そっちに着くから待ってて』

 

 

 俺は肩の力を抜いて近くにあったベンチに腰掛ける。

 ふぅ……どうやら、俺の心配は杞憂だったらしい。

 

 高速回転させた頭を覚ますために、ズボンのポケットから飴玉が入っているような缶を取り出す。中身? もちろん氷砂糖だが? 飴玉とか糖分が足りんわ。砂糖振りかけて出直してこい。

 

 まあ、何がともあれこれでテイオーの心配は消えた。

 唯一気になるのが、メッセでウィングが言い淀んだ『コンディション』だけだが……もし問題があるなら俺が何とかするしかあるまい。大丈夫だ。体の仕上がりと枠番を考えればレースではまだ有利の盤面なはず。

 

 多分、きっと、大丈夫(自信あり)

 

 

 

 あ? 待ち合わせの理由を教えろ?

 

 勝負の前には飯を食ってエネルギー補給するのが常識だろ。今から早めの昼飯だ。

 見ろよ、俺の左手にズッシリぶら下がってる弁当袋を。3段弁当だぜ。実に重量3kg。ここまでくればもう軽い筋トレだわ。

 

 

 

 


 

 

 

 

 数分経って口に含んだ氷砂糖が解ける頃、待ち人は駆け足でやってきた。

 

 

「待たせてごめんトレーナー! 少し遅れた!」

「おぅ、そんな待ってないから安心しろ。それより汗拭け汗を」

 

 

 直前まで走っていたのか額には汗がびっしょり浮かんでいる。ウィングの傍をついてきたテイオーも同じ状態だ。

 タオルはあいにく持ってこなかったので、懐からハンカチを2つ取り出して手渡した。

 

 

「ほら、これで拭け」

「ありがと。明日には返すよ」

「おう。ほらテイオーも」

 

 

 右手でハンカチを受け取ったウィングが汗を拭くのを見て、俺はテイオーにもハンカチを渡す。

 

 

「…………」

「テイオー?」

「――あ、うん。ありがとトレーナー。ハンカチ借りるね」

 

 

 若干、反応の遅れがあったものの、テイオーは左手でハンカチを受け取った。

 薄く浮かべる笑顔の内には、昨日の上機嫌はどこに行ったのかと思うくらい、俺にはテイオーがどうにも元気がないように見える。

 

 その様子に、俺は内心で眼を細くした。

 

(こりゃぁ、何か()()()()

 

 やはりウィングが懸念した通り、テイオーのコンディションに何か予定外の事態があったようだ。様子を見るに身体ではない、精神面の――恐らく『心』の方に問題があるか。

 

(レース出走までは3時間残っている。解決まではいかなくても解消まではなんとか行けるか……? ……いや、考えるのは後にしろ。俺は俺の――『トウカイテイオー』のトレーナーとしての最善を尽くすまでだ)

 

 高速で思考を回転させ、俺なりの答えを出す。

 

 決めたとなれば善は急げ。

 俺はすぐさま問題解消ための行動に移ることにした。

 

 ピッ、と。

 

 ウィングだけに見える様に時を見計らい、右手の親指以外の4本をまっすぐに伸ばす。

 

 これは、もしも不測の事態が起こった場合、テイオーに余計な心配をかけないように決めた『2人だけの話し合い』をする――いわゆる俺とウィングだけが分かるように作った、()()()()()()だ。

 

 

「っ!」

 

 

 それに気づいたウィングが小さい足取りで俺の隣に立つ。もちろんテイオーに変だと思われないよう、ごく自然に、普通に俺の隣にスルっと立った。

 

 ……何を聞かれるか予想がついているのか、ウィングの表情は少々強張っている。

 どうやら当たりらしいな。と俺はテイオーが抱える何かに確信を得た。

 

 

『テイオーに悟られるわけにはいかない。ウィング。簡潔に、俺がいない間何があったか教えてくれ』

 

 

 そして、小声で、テイオーに聞こえない程度にひっそりと、俺の一言から2人だけの話し合いを始めた。

 

 

『悟られたくないのは、テイオーに心配させたくないからでしょ?』

『元からそういう取り決めだろ』

 

 

 そう茶化すウィングに俺は真顔で答える。

 普段なら、ツッコミを入れるか茶化し返しをするかしていただろう。

 

 だが今はそんな状況じゃない。

 一つでも多く情報がいる。アイツに楽しく走ってもらうために、いらない枷を取り除く。

 

 

『……トレーナー、もしかして何とかしようとしてる?』

『最善は尽くすってだけ言っとくさ。……時間が長引けばそれだけテイオーの不信を買っちまう。理由はいい。実際に起こったことだけ言ってくれ』

 

 

 あとは、俺がそうなった理由の仮説を立てる。と早口で伝えると、ウィングは安心したように固まっていた表情を少し緩める。

 口が開く。

 

 

『……テイオーが()()()()()()()って聞かなくてね。ウォームアップを予定以上する前に私が止めたの。ただ、ね……』

『止める時に言い合いになったってとこか。……ちなみに、お前主観ではどうだ? レースに影響を与えるくらいに、()()()()()()()と思うか?』

 

 

 吐き出すように語られた俺の知らない事情を話すウィングの顔は、どこか虚ろげだ。

 

 だが事情は分かった。そこまで知れたらテイオーが抱える『心の鎖』にも予想が立てられる。

 が、問題はここ。もしも影響を与えるほどの重し()なら、早々に何とかして剥がす必要がある。

 

 それ次第で、俺の対応が変わるだろう。

 

 

『そう、だね……。うん。正直に言うと浅くはないと思う。自分が頑張るところを止められるのって、すごくこう……なんていうんだろう……』

『いや、そこまででいい。すまんウィング。少し重い話をさせた』

 

 

 遮るようにその先の言葉を閉ざす。

 その先の言葉はウィングに新しい『心の重し』を付ける可能性があるし、何より必要がなかったからだ。

 努力をするなと言われた時の『怒り』と『不快』、それらの感情が制御なく浮き出るのは流石の俺でも想像がつく。

 

 

『ううん……大丈夫。私はテイオーのお目付け役だもん。これくらいの責任は背負いたい』

『――――!』

 

 

 その言葉に、俺は不意を突かれ思わず隣の少女を見てしまった。

 まっすぐ前を向いてテイオーを見るウィングの眼には、迷いなどない芝色の輝きがあった。

 

 ……ったく、言うようになりやがって。無気力なお前だった頃が懐かしく感じるよ。

 まあ懐かしいんだけど。結構昔の話だし。

 

 でも、コイツにだけに言わせておけねぇよなぁ……(ニチャァ)(暗黒微笑)

 

 

『そうか。……ならその責任、俺も背負わせてもらうからな』

『え……?』

 

 

 その責任は本来、俺も背負うべきものだ。お前にだけに背負わせるほど俺は無責任じゃない。

 テイオーの担当をすると共に決めたあの日から、俺とウィングは一蓮托生だ。絶対に一人で背負い込まないし、背負い込ませない。

 

 

 ――ということで、まずは一言。

 テイオーにも聞こえるくらいに、こう叫ぶとしよう。

 

 

「ウィングー? 飲み物買ってきてくんねぇ!?」

 

 

 

 





トレーナーは朝7時起きで弁当を作ってた
あと3段弁当は量にもよるが相当重い。


次回、お悩み相談と決意


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覚悟を決める時は目を開け(後)


前回のあらすじ
シリアス嫌いのトレーナーはシリアス壊しのために叫んだ。以上。







 

「いやー、弁当持ってきたのはいいんだが飲み物持ってくんの忘れてなー!」

「え、ちょ、なn

 

 遮る。

 

「コンビ二近いからよ! そこで買って来てくれねぇ!?」

「待って、ねえm

 

 遮る。

 

「ああ、金の心配ならいらねぇぞ。最近下したからな! ほれ、財布はポケットに突っ込んどくぞ!」

「……――あ! トレーナーまさk

 

 

 有無を言わさずその言葉を遮る。

 恐らく、俺がやろうとしていることの意図を察したのだ。それを言葉にしようとしたのだろう。

 だがさせない。

 

 それはテイオーとの溝を生んでしまう可能性があるから故に。

 

 

「てなわけで頼んだぞウィング! 今は暑いからな! 少しはコンビニの空冷に浸りながら()()()()()()()()()()()()買ってきてくれ!」

 

 

 

 


 

 

 

 てなわけで、theごり押し戦法によりウィングはこの場を離れコンビニへ買い出しに向かった。

 去り際にウィングの恨めしい目をもらったが……まあ仕方がない。後で愚痴は聞いてやろう。

 

 とにかく、テイオーとウィングの引きはがしは成功だ。これで余計なしがらみを生むことはないはずだ。

 人間関係ってのは問題を起こした当人同士がその場にいるだけで、凸凹した醜い関係になりがちだからな。そんなギクシャクしたものにはあいつ等を育てる人間としてさせたくないし、俺個人としてもさせたくない。

 

 

「……ふぅ。テイオー、ちょっとこっち来て手伝ってくれ。ブルーシート広げるから」

「う、うん」

 

 

 悟られないよう、極力自然に、いつも通りの俺を演じる。

 テイオーが目をぱちくりさせて少しどもる様に戸惑ったが、多分さっきの俺の奇行にどう反応していいのか困ってるのだろう。

 つっても、俺の奇行はいつもの事だ。今回に関してはゴールドシップほどの気分奇行でもないし、テイオーが違和感を感じるほどの行動にはなってないはずだろ。多分な(不安)

 

 

「そっちの端を持ってくれ、そうそこな。よし、せーので広げるぞ。せぇーのっ!!」

 

 

 バサッバサッ、とテイオーと一緒にブルーシートを広げて座る場所を確保する。木陰になる良い場所に敷いたから直射日光にさらされることはない。 

 端っこをそこら辺に落ちてる石で固定したら、俺は芝生に転がるように寝っ転がる。

 テイオーはその俺の隣に足を延ばす感じで座った。

 

 

 

 

 

 少しの静寂。

 風が流れる音が耳を往々し、背後に堂々とたたずむ木の葉の束がカサカサと擦れあう。

 目を閉じ、季節風を楽しむ。

 

 

「テイオー」

 

 

 ――そして、俺はその音が切れるタイミングで勝負に出た。

 

 

「オーバーワークでもしようとしたのか?」

 

 

 その言葉にテイオーがビクリッと体を震わせる。

 テイオーが反射的に起こしたその反応が『負い目』のそれだと、俺は即座に察知した。

 

 

「……それ、アスウィーから聞いたの?」

「いや、()()()()だ。大分遅れてきたろ? テイオーの元気の無さといい、理由としちゃこんなもんかってな」

「……すごい。当たりだよ」

「やっぱりか」

 

 

 当然、これはウィングがこの件に関係ないと錯覚させるための裏づけを取る嘘に過ぎない。

 少しでもヘイトを俺へ向けるための言葉の誘導。問題を起こした当人たちの関係を悪化させないための予防策だ。

 まあ、俺との関係は悪化する可能性は残ってるが仕方ないだろう。責任を抱えるとはこういうことだ。

 

 残念だったなウィング。お前だけには背負わせねぇよ。はっはっは(勝利)

 

 

「あはは……ごめんねトレーナー。アスウィーにも止められちゃったんだ。少しのオーバーアップでも体に害だよって」

 

 

 目を細めてテイオーの表情を眺める。

 

 意気消沈。

 

 その言葉が今のテイオーには最も似合っていると感じた。瞳の奥には活気といえるものはほとんど無い。

 いつもの生き生きとした覇気は見る影もなく――いや、無理に引き出そうとしているのか。

 だが、そうしようとするテイオーが余計に……口が悪くなるが惨めに見えてしまう。

 

 

「なんで謝る必要があるよ?」

「……え?」

 

 

 ――んでだ。

 俺は、そんなテイオーの言葉に純粋な疑問を覚えた。

 

 

「だってボク、トレーナーの言うことも守れずに……アスウィーにも迷惑をかけたし……」

「お前がそうしたいと思ったのは、勝つための執念からだろ? 実行にまで移そうとしたその努力を否定する権利は俺には無いさ」

 

 

 片目を瞑りながら、吐き出すように語る。だってそうだろう?

 当人でもない人間が、勝つために努力してる子をどうして『馬鹿じゃねぇの』と否定できる?

 

 なんなら俺がその場に居れば「もう少しやってこい」と言っていただろう。

 【トレーナー】としては失格かもしれないが、やりたいことを止めるのは俺の信条に反するからな。

 結果的にウィングは止めたようだが、あれもアイツなりの信条なのだろう。

 

 俺とウィングでは『勝ち負け』の価値観が違う。アイツが現役のころもこの話題で少しは揉めたものだ。そして――

 

 ――だからこそ生まれる行動の違いが出てしまった。

 

 こればかりはこの可能性を考慮していなかった俺の責だ。

 横に寝ていた体を起こして、俺はテイオーに頭を下げる。

 

 

「むしろ謝りたいのは俺の方だ。俺がその場にいれば、もっと臨機応変に……それこそお前らにも迷惑なんて掛けなかった」

「なんでトレーナーが悪いみたいになってるのさ。悪いのはボクなんだよ。しっかり言うことを聞かなかった僕が悪いんだって」

 

 

 そんな俺を見て、ムムッと不満な表情をしながら俺に言うテイオー。

 ……譲らねぇなコイツ。

 

 だが、いい流れだ。

 これなら、()()ができるかもしれない。

 

 

「だからこういうのは監督不届きつって俺が悪いわけであってだな……」

「でも行動しちゃったのはボクなんだし、アスウィーにもいろんな迷惑かけた。だから悪いのはボクだって!」

「いや、だからそれを総じて【トレーナー】の俺に責任があってだなぁ!」

「むぅ~! トレーナーの分からず屋!」

「なにおう!?」

 

 

 油をぶっかけた炎みたいに会話のスピードに火が付く。

 しまいには声も大きくなっていって口論はどんどんヒートアップする。

 

 ギャーギャーギャース!!

 

 テイオーは譲らない精神で声を荒げ始めた。

 そしてその眼には、先ほどまではなかった活気が少しずつではあるが戻りつつある。

 

 ――()()()()()、と。

 

 内心でほくそ笑みながら数分の間、俺はテイオーとの言い合いを繰り返した。

 …………ところで、俺の知り合いに怒ってる女の子に性癖を感じる友人(変態)がいるんだが、そいつと同じ(へき)を持ってる奴いないか? いたら俺に教えてくれ。今後の人間観察の参考にしたい。

 

 

 

 

 数分後。

 

 

「ぜぇ……はぁ……」

「トレェ……ナァ……。意地……張りすぎ……」

 

 

 ほぼ息継ぎなしで喋ってたせいで頭が痛てぇ……酸素が足りん。

 

 広場にしかれたブルーシートの上には、背中を合わせて疲弊していたトレーナーとテイオーの姿があった。両者とも肩で息をするほど疲れている有様だ。

 小柄なテイオーの背中は、小さいながらもとてつもない力強さを感じる。ウマ娘の人並外れた筋力からか、それとも抱えた思いの大きさからか――あるいはその両方か。

 ……両方だろうなぁ。

 

 口論の内容はほとんど『謝罪をしたいからお前はそれ受け入れろ』といったもので、その最中には他愛もない言い合いもあったりした。

 

 何を話してたかについてだが……まあいろいろ。

 

 

 やれ『普段のトレーニングでもトレーナーも一緒に見てくれればよかった』だの。

 (趣味活あるから無理)

 

 やれ『トレーニングの顔出し、週3回じゃ足りないから4回に増やしていい?』だの。

 (全力拒否。土下座もした)

 

 やれ『ただの意地じゃんかぁっ!!』だの。

 (意地です。生き意地です、すまん)

 

 

 ……うん全部俺が悪いな。紛れもなく、どう考えても俺が悪いわ。はい。

 だからテイオーよ、俺に謝らせろ。な???

 

 

「やだ……絶対、けほっ……ゆずらないから」

「おま、げんき……げっほッ! あ"ぁ"……元気出しやがって……さっきまでの消沈ぶりはどこ行ったよ……」

「そんなの……言い合ってるうちにどこかに行っちゃったよ……」

「喧嘩に全力バが……」

「うるさいやい!!」

「いてっ! おま、尻尾で顔をはたくな!!」

 

 

 よし、()()()()だ。(尻尾ではたかれるのは予定外)

 正直言って予想より上手く行き過ぎ感は否めないが、まあそこは俺との信頼感が補強したことにでもしておこう。

 

 テイオーはこう子供っぽいが賢い子だ。

 

 普通の子供が考えるより深く、熱心に熟考する女の子だ。

 だからこそ彼女は一人で考え込み、抱え込む癖がある。

 ただ一人で、がむしゃらにひたすらに走っていたあの時と同じように。

 

 だが、それを前にしっかりとした子供でもある。

 純粋には遠いものではあるが、無垢な子供。

 小難しいことを考えるにはまるで似合わない、ただの子供なのだ。

 

 ――俺がその昔、孤児院で学んだこと【その14】にこういったテクニックがある。

 

【子供の不機嫌は、底に落ちる前に手段を選ばず霧散させるべし】

 

 俺はその手段を『言い合い』という形で実行した。

 

 持久走とかで疲れた時に、最後の直線を全力で走ることによって、その最中だけ疲労が感じなくなる経験をした人は多いよな? まあ簡単に言えばあんな感じだ。

 言い換えるなら『不機嫌』を『怒り』で相殺させた。一時的な思考停止ともいえるな。

 

 孤児院では真っ先に覚えた技術なんだよこれ。子供の不機嫌ってめっちゃ長く続くからさぁ……何とかして別の事考えさせるか不機嫌を鎮めるかしないと、後々めんどい事になるんだよな。

 主に食事時だったり、暴力や暴力や暴力だったり……うっ横腹が……

 

 

「……少し怖いんだ」

 

 

 テイオーが尻尾で俺をはたくのをやめて、一人呟く。

 その声色には、不安と焦りが混ざった焦燥感のようなものが浮き出ているように見えた。

 

 

「ここでもし負けたら、ボクはカイチョーの隣に立つことができなくなる。そう考えるだけで、そう思うだけで……体が震えちゃうんだ」

 

 

 ……さてここからだ。

 

 俺はさっき『言い合い』をすることで、不機嫌を霧散させるという一時的な思考停止を実現したわけだが、現状この手段は問題の解消になったに過ぎない。

 テイオーの中に住まう『心の鎖』の問題を解決するには至っていないのだ。

 テイオーを完全なコンディションにするなら、コレを何とかする必要がある。

 

(だが焦るな。早まるな。無理に踏み込もうとするな。それは逆にコイツの鎖を強く締め付けることもあるんだ)

 

 『トウカイテイオー』のトレーナーとしての最善を尽くせ。ただ寄り添うんだ。

 ゆっくりでいい。解くように、いつもの俺を演じながら踏み込むことを意識しろ。

 

 

「そりゃぁ、なんだ、不安か?」

「…………うん」

「正直だなぁテイオーは」

 

 

 背中合わせながらも、テイオーの様子は手に取るようにわかる。

 落ち込んだ肩に加えて、体育座りで顔を膝に埋める行動は、テイオーの精神が弱っていることを証明するには十分すぎた。

 

 

「無敵のウマ娘……ね。シンボリルドルフの追っかけってのは大変だな」

「…………うん」

「ま、テイオーに関しちゃ初めてのレースだ。緊張もあるわな。ウィングもそんな感じだったし」

「アスウィーも?」

 

 

 自分の先輩分にあたるウィングの話題に食いつくテイオー。

 

 

「そうだぞ? アイツの場合はまあすごかったぜ。ゲートの中ですげぇ顔しててな。あの時は俺も苦い顔をしたもんだ」

「アスウィーが……」

「想像つかねえか?」

「うん。並走する時とか、いつも楽しそうだから」

 

 

 背中合わせで見えないが、今のテイオーはさぞ不思議そうな顔をしていることだろう。その表情を覗き見たい気持ちが俺の中を渦巻くが、グッとこらえて(血の涙)抑制する。

 あとウィングの過去は犠牲になった。すまんな。

 

 

「最初は誰だってそういうもんだ。何かを背負ってレースに出りゃぁ押しつぶされるものはあるもんだろ」

「……でもボクは。ボクはそれに押しつぶされてでもさ!!」

「なあ」

 

 

 今日で4度目になる遮り。

 悪いな、シリアスは嫌いなんだ。何事も楽しい方がいいだろ。

 重圧に押しつぶされる子供を見る苦行なんざ、ただ苦いだけで面白くもない。

 

 ポン、とテイオーの頭に手を置いてワシワシと軽くなでる。

 

 

「それじゃ()()()()()()()

「――――ッ!」

 

 

 頭に置かれた感触に驚いたのか、それとも俺の言葉に反応したのかは分からんが、ビクッと体を震わせてテイオーは硬直する。

 俺はそのまま言葉を紡ぐ。

 

 

「そうだ、面白くない。楽しくない。わかってるはずだろ? 何かに追われながら楽しいはずの事をするなんてよ」

「でも……ボクにはわかんないよ。何かを目指すのって楽しいだけじゃないじゃん。辛いこともあるじゃん! それを楽しいって思うなんて難しい――」

「簡単だ」

 

 

 面倒事なんざ、子供には似合わない。

 やっかみとかは、そういうめんどくせえのは大人に任せればいいんだ。

 けれど、賢いテイオーは『無敵』という成績なんていう肩書の事を考えてしまう。

 

 それが俺には……気に食わない。

 

 

「お前がやりたいように走れ。『無敵』なんて言う肩書なんざ忘れっちまうほど、やりたいことに夢中になれ。ただ走ることだけを考えて、()()()()()()()()()()()()()になっちまえ」

「――――ッ!」

 

 

 何度も言うが、俺とウィングの『勝負』の価値観は違う。

 アイツが、レースに一着という黄金のような『功績』といった輝きを見出してるのに対し、俺にそういうのは一切ない。

 

 俺はただ、ただ――やりたいことを成し遂げて楽しんでるやつを見たいだけだ。

 

 勝敗なんて関係ない。

 最後にただ楽しんだ者が一番の勝者。それが、俺の価値感なのだ。

 

 

「っ、それでいいの?」

「何がだ?」

 

 

 テイオーが正面を向いて、俺の顔を見る。

 

 

「ボクがもし負けても……ボクがもし『無敵』になることを諦めちゃっても、トレーナーはボクに走ってほしいの?」

「…………はぁ」

 

 ベシッッ!!

 

「いたっ! ナニすんのさぁ!」

「見ての通りデコピンだ。さっき俺の顔を尻尾はたいた仕返しも含めてな」

 

 

 テイオーの反応に思わず肩を落とす。

 

 コイツ、俺が最初に教えたこと忘れてやがった。

 教養が足りない奴には罰がいるな。デコピンで済ますが。俺は一応職員であって教師ではないからこの程度で済ましてやろう。

 

 

「俺がお前を誘ったとき、言ったこと覚えてるか?」

「…………あ」

 

 

 ふむ、思い出したらしいな。よし今一度復唱しようか。

 

 

「『とにかく楽しめ』 ほらテイオーも言え!」

「と、『とにかく楽しむ!』」

 

 

 目をぎゅっと瞑って叫ぶテイオー。よし。ご褒美に頭を撫でてやろう。

 あと、軍隊の教官の気分で意外と面白いなこれ。今度から忘れたらまたこれやらせようかな。

 

 ま、それはそうとしてまとめの時間だ。

 

 

「テイオー? 俺はそれ以上を求めちゃいないし、なんならいらない。俺はただお前が楽しむ姿を見れりゃそれで十分なんだよ」

「う、うん。ピエェ……」

 

 

 微笑んで言った俺の言葉にテイオーは目を渦巻のごとく回転させていた。

 ……あれ? 意識ここに非ずみたいな感じになってるけど一体なにが、って

 

(しまった、頭をワシャワシャしすぎた。孤児院の癖は抜けないもんだな。後で髪を整えてやらないと)

 

 反省なり。

 

 

 

 そして落ち着くまで数分後。

 

「う~~……とにかくトレーナーの言いたいことは分かった」

「そりゃよかった」

 

 

 髪を少し整えてやって、頭を抱えるテイオー。

 その可愛らしい様子に少し微笑んで、俺は言葉返す。

 うめき声を上げながらではあるが、元の調子に戻ってきているようだ。

 

 そして、テイオーは言う。

 

 

「でも、ボクは夢を諦めきれない。トレーナーの言ってる『やってほしいこと』はまだわからないけど、それが分かるまでは自分の夢を駆けたい」

 

 

 ――絶対に。と、そういって締めるテイオー。

 

 それは、もう宣言と言っていいものだ。

 俺の言う在り方にそぐわず、自分なりのらしさを往くという宣言。

 

 ――面白い。

 

 俺の在り方で、曲げてしまった()()()の信念と異なる覚悟に、俺は新しい面白さを見出した。

 

 

「……ははっ! いいさ、お前がそう決めたんだ。俺はそれに口出しなんかしねぇよ。やりたいようにやってみな」

「――――うん!」

 

 

 いつしか、その眼には輝きが満ちていた。

 迷いは捨てたようだ。やるぞー!と立ち上がるその姿には、不安など微塵もないように感じる。

 

 いい感じにコンディションも上がってそうだな。よし、問題解決。長い戦いだった。

 

 

「さ、飯の準備をしようか。ウィングが帰ってくる頃には食えるようにするぞー」

 

 

 そう言って俺とテイオーはブルーシートから立ち上がる。

 

 だが、テイオーの問題を片付けたとはいえ、俺にはまだウィングの問題が残ってる。

 アイツの愚痴を聞いてやらないとな。無理言って事を通したんだし覚悟しておかねぇと……嗚呼、この後が憂鬱だ。

 

 

「トレーナー」

 

 

 立ち上がったテイオーの横顔が見える。元気活発なその表情は誰も彼もの悩みを忘れさせるかのような顔だ。

 

 そして。

 

 そんなテイオーは、はにかむように笑い、俺に向いて言った。

 

 

「ありがとね」

 

 

 ……お安い御用だ。やりたいことのためなら俺の身だって削ってやるさ。

 

 

 

 

 





何かを成すために頑張るんじゃなくて、やりたいことをただやりたいから頑張るって生き方もいいと思うんですよね。

オリ主トレーナーはそんな生き方に夢中です。

追記:ブクマ300いってた。感謝なり。


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追憶 少女は一体――


出会い編の前編
後編は早めに出す予定



 

 少女にとって、走ることとは『娯楽』だった。

 

 ただ走ることが、ウマ娘の本能のままに走ることが楽しくて仕方がなかった。

 

 顔に浴びる風が気持ちよかったこと。

 ただただ何も考えることなく、目の前の風景を堪能すること。

 

 それだけをただ求めて、欲して、走り続ける()()

 

 ――そして()()はいつからか、走る目的が「楽しむこと」から「勝つこと」へと変わっていた。

 

 その理由は、彼女自身理解していない。

 

 徒競走に勝ったことで勝利の味を占めたのか。

 『本物』の走りを見て、その舞台に、歓声に、栄光に憧れたのか。

 はたして、それもウマ娘たりうる本能からか。

 

 ……どちらにせよ、彼女の生きる目的は決まった。いや、決断したのだ。

 

 そして彼女は――

 

 『アストラルウィング』というウマ娘は、『勝つために』走る道を進み始めた。

 

 

 

 

 

 挫折した。

 

 走ることを続けて今に至り、彼女は中央のトレセン学園に居る。

 

 走ることは当然頑張った。

 勉強もそれなりに頑張ってきた。

 何にも負けないように、何もかも頑張り続けてきたのだ。

 

 すべては『勝ちたい』という思いが彼女を支えてきたから。

 だからこそ、彼女は栄光の数歩手前(中央)まで来れた。

 

 そんな彼女でも、どうしようもない壁に当たってしまった。

 ……いや、その道を歩む者にとっては必然的だったのだろう。

 

 選抜レース。

 年に4回ほどでしか開催しない【トゥインクルシリーズ】という栄光の道を共に歩む、まだ見ぬトレーナー達に実力を見せる絶好の機会。

 

 彼女はその重要性を理解して、本気で挑んだ。

 全力で走った。

 自身の限界を引っ張り出した。

 果たして、ギチリッと脚が鳴る感覚を彼女に与えた代償に。

 

 

 ――彼女は『本物(皇帝)』という現実を見せつけられた。

 

 

 ……そして、彼女は挫折を経験する。

 

 視線を下に落とせば、包帯で巻かれた自身の脚。

 限界を引っ張り出した代償にもらった現実は『挫折』と『炎症』という、ロクでもないモノだった。

 

 ……はっ、と黒に染まった空を眺めながら彼女は失笑する。

 

 手を伸ばしても届きそうにない空を憎んで。恨んで。妬んで。

 そして、ふと考えた。

 

 『勝つこと』という生き方を失って

 『楽しむ』気持ちを失って

  自分には――

 

 脇役に過ぎない()には一体、何が残っているのだろう……?

 

 

 

 

 

 一月(ひとつき)が過ぎた。

 

 彼女の足は未だ治らず、起きては松葉杖を片手に学園に行く。

 そして寮に帰っては、夜の帳が下りる光景を見ることを繰り返した。

 

 

 三月(みつき)

 

 脚は完治した。

 とはいえ三月という長い期間だったのだ。

 久方ぶりに脚を全力で動かす為のリハビリがいる。

 

 彼女はその期間中に、年に4回ある選抜レースの一回を逃した。

 

 

 六月(むつき)

 

 走れる。

 医者から告げられたその事実に、彼女は喜んだ。

 体が震える。全身が歓喜で溢れ返っている。

 

 けれど、なぜか。

 

 『心』は全く踊らなかった。

 

 

 九月。

 

 3度目に開催された選抜レースに、彼女は出走した。

 すでに【皇帝】はどこかのチームに所属していたので、選抜レースにはいない。

 ()()は運が悪かったのだ、と。選抜レースを待つ間、彼女は自分に言い聞かせ続けた。そうしなければ、現実に打ちのめされそうだったから。

 

 だから。

 

 今度こそ絶好の機会だ、と。

 

 彼女は『心』の中で何かが詰まるのを感じながら、ゲートを飛び出す。

 

 

 

 ――負けた。ダメだった。

 

 7着。

 1着までとの距離、およそ14バ身差。

 

 運が悪かったわけではない。彼女よりも果てしなく大きな強者がいたわけでもない。

 ただただ負けた。

 

 一度目の選抜レースのような怪物に打ちのめされるのではなく、平凡の中で戦って負けた事実は今度こそ『偶然』だと、彼女は否定することができなかった。

 

 ……彼女の中で何かが折れる。

 

 壊れる。

 

 そんなが奇妙な感覚がありながらも彼女は――

 

 どこか、全力で戦えたような。

 ……そんな『満足感』に近いものが無いことに少し気づいた。

 

 

 

 そして、十二月という時間が過ぎる。

 

 彼女――アストラルウィングは目的もなくコースの外を歩いていた。

 視線を横に向ければゾロゾロを集まるウマ娘(同期)達。

 どこかの教官が開いた模擬レースに、皆して集まっているのだ。

 

 その中には、ひと際目立つ怪物――『ミスターシービー』の姿もある。

 

 競走に出るという噂を聞き付けたウマ娘達が観戦に来ているおかげで、コースの脇は既に大勢で満員状態。

 彼女はそんな人混みの中に居るのが耐えられずに、コースの外に身を置いていたのだった。

 

 

「……はあ、どうしようかな」

 

 

 歩きながら彼女は吐き出すように言う。

 ……あれからというもの、レースに出る気が起きない。選抜レースにも出ることすらやめようか、と悩むほどには。

 

 いや、言葉を濁さずいうのなら「諦めがついた」というべきか。

 あれだけ現実を叩きつけられたのだ。数多くの重圧は彼女の精神をすでに擦り削りつくしていた。

 それでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が。

 

 

「…………あそこでいいかな」

 

 

 ふと彼女の目に入ったのは一本の立ち木。

 

 

 どこでもいい。

 どこか休む場所を、現実から引き離してくれる場所が欲しかった。

 ――つらい現実から逃げたかった。

 

 そう思いながら彼女は木の根元に近づく。

  

 寄り縋るように木の幹に体の背を寄せる。

 その瞬間。

 

 

「おーい。何やってんだーお前ー」

「!? え、どこからっ!?」

 

 

 どこからか聞こえた男の声に驚き、周囲を見渡した。

 

 ……その時、驚愕で足がつりそうになったことは、()()()()になってでも少々恨んでいる。

 今でも話のネタになるほどに。

 

 

 

 

 

 変な職員に出会ってしまった。

 

 端的に説明すればそんな感じかな、と彼女はその男と話しながらここ最近の事を思い出す。

 

『俺は大体この時間にここにいるから、まあ気が向いたらいつでも来てくれて構わんぞ。話し相手も欲しかった所だしな』

 

 日が出る昼時に、わざわざ木の枝にハンモックを吊るして寝るという、良くも悪くも堂々とした立ち振る舞い。

 出会った当初は、新手の不審者かと思った彼女だったが、見物していた模擬レースが終わり教室に戻ろうとした去り際にそう言われたのが理由で、彼女はその職員とよく顔を合わせるようになったのだ。

 

 ……ある日の事だった。

 彼女は、ハンモックで仰向けに寝ながらタブPCを操作する男に問われる。

 

 

「そういえばアストラルウィング。お前の脚質は? 俺お前のレース一度しか見てないから参考にならなかったんだけど」

「教える必要がある?」

「興味本位だ。他意はない」

「本当……? というかレースを見たって……ああそっか、最近私が出た模擬レース見てたんだっけ」

 

 

 初めて会ったあの日から数週間が経つ。 

 最初は3日に1度程度くらいに出向いていたこの場所も、彼女はほぼ毎日のように来ていた。

 

 ここは、居心地がいい。

 日の光を良い感じに遮って、周囲を歩く人の声も耳障りにならない程度に遠ざけてくれる。

 何より、その場所に先に居座っていた男は彼女自身が話しかけない限り、特段干渉してこないのだ。

 

 彼女は自由に自分らしく居られて、悩みをすべて消し去ってくれるこの木の根元がいつの間にか好きになっていた。

 

 ……だからこそ。

 

 ここだけが、辛い現実から遠ざけてくれるいい場所だったのに、と。

 彼女は不機嫌な感情を顔に出す。

 

 ただ彼女は、少し考えてみると、男が自分から話しかけることが珍しいことだと思った。

 だから、その好奇心からか。

 彼女はスルッとその口を動かしてしまった。

 

 

「……一応、1番前を走るのが好きではあるよ。だけど正しい走り方なんて言うのは……」

「いまだに教官仕込みだから教わってない、と。まあ【逃げ】ってことでいいな。ちなみに理由を聞いてもいいか?」

「聞いて何になるの?」

「いや、今後の参考までに一応」

 

 

 男はあっけらかんといった風に言う。

 何も思わないような男の態度に彼女はフッと目を細める。

 

 

「……あまりいい理由じゃないよ」

「別に気にやしねぇよ」

 

 

 気に入ってたのに。

 勝手に立ち止まったこの場所に入り込み、それでも極力干渉してこない男の事は、彼女はどこか心の中で受け入れていた。

 

 なのに男は――名前も知らない彼は、今更()に踏み込んできた。

 少しの不快感が体を包む。

 

 それでも。

 男と他人とも呼べない関係になったと思い込んでいた彼女は、少しだけ甘えを出していた。

 

(……この人になら、少しは愚痴を吐いてもいいかな)

 

 そう思うたび、黒い感情が彼女の心を渦巻く。

 好奇心とも罪悪感とも似つかないそんな感情。

 

 思考は回り続ける。

 自分で自分を押しつぶす悪循環は止まらない。

 これから放つ自暴自棄を止められない。

 

 ……そして、知ってほしいと彼女は思った。

 

 

「…………1番前を走ってると、後ろのウマ娘を私の下に見ていれる気持ちになるから」

 

 

 これが醜い自分の正体だと知ってほしかった。

 そしてあわよくば。

 

 ……軽蔑してほしかったのだ。

 

 現実から目を背ける自分自身を。

 他人を見下すその心構えも。

 

 知ってほしくて――罰してほしかったのだ。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 静寂が走る。

 正確には周りの音が、風の音が、人の声が聞こえてはいるのだが今は男と彼女の世界の中。

 当人たちの耳には、何一つ音など届いてはいなかった。

 

(……あーあ、これでこの場所にも居づらくなるかな)

 

 言っちゃったな、と。

 自分を卑下するような言葉を言い放った当人は、目を伏せながら思う。

 少しは感じていた幸せだった。けれど、自分の自虐的なわがままでそれを手放してしまうだろう、と。

 

 

 なんて、考えていた彼女――アストラルウィングの思いを的確に無視するかのように。

 

 

「で?それだけ?」

 

 

 その男は、先ほどと同じようにあっけらかんと言った。

 

 

 

 

 

「え、な、何も言わないの? 私結構最低なこと言ってる自覚あったんだけど」

「いやだから気にしないって言ってるし。人なんざ考えて生きる生き物なんだからそういう走る理由もあるだろ。で、それだけ?」

「そ、それだけって……」

 

 

 予想だにしてなかった返答に、彼女は戸惑い、焦る。

 否定してほしかったのに。軽蔑してほしかったのに。

 醜い()を見て突き放してくれればいっそのこと楽に……

 

 

「俺の知ってる限りじゃ、勝ち確になった途端に「テメェら全員俺の下だぁ!」とか言うくせに、負けた時は「F○ck!!○に晒せやゴミカスがァ!!!」なんてムーブする狂人がいるし別になんとも思わねぇよ。ああ、ちなみにそいつ俺とよくFPSってジャンルのゲームを一緒にする知り合いな。マジで人間性終わってるから」

「え、ええ……?」

 

 

 早口で言う男の言葉に、彼女は絶句を強いられざるを得なかった。……というより戸惑いの方が大きいモノだったが。

 実話感があるような声色に驚いたというのもあるが、なにより一番驚いたのは自分が放った考えがさも『当たり前だろ』というような落ち着きと発言だったからだ。

 

 そして数拍。

 

 

「くっはは。ていうかあれだな。お前、意外と考えるタイプだったのな」

「……悪い?」

「いや別に。ただ、良い感じに()()()()()()()()()から気分が上がっているだけだ」

「?」

 

 

 戸惑う彼女を横目に、男は笑いながら言う。

 

 会話の脈絡がつながらない。

 尖っている? 気分が上がった? 言葉の意図も理由も難解すぎてわからない。

 彼女はここ最近で一番の困惑を頭に抱えかけ、ふと思う。

 彼とまともに会話をしたのは出会いの時を合わせて2度目のはずだ。なのになぜ?

 

 

(なんでこんなに抵抗感がないんだろ……って)

 

「わっ!」

「うっしょッと。ふぁ~……よく寝た」

 

 

 突然、ハンモックから降りて彼女の隣に立つ男。着地の行動は手慣れた感じだ。

 唐突な行動に彼女は驚き、なんだと思ったがそんな思考は一瞬で吹き飛ぶことになる。

 

(え)

 

 男の胸元。

 灰色のパーカーに着けられたあるバッジが目に入ったからだった。

 

 

「それ、トレーナーのバッジ……?」

「おう」

「……ねえ、もしかしてだけど……万に一つもないと思うんだけどさ。トレーナー、なの?」

「その言い方に含みがあるのは俺の気のせいか? いやまあ日頃の俺見てるお前からすると疑問視するのは分かるけども。そこまで言う?泣くぞ??」

「だって! トレーナーっていうのはあーいうすごく真面目な人が多いって聞いてたし!」

 

 

 傍で開催されている模擬レースを観戦するどこぞとわからないトレーナーに指をさすウィング。

 

 この瞬間、彼女のイメージする【トレーナー】の固定概念が崩れ去った。

 なぜ、どうして今まで知らなかったと問われるのなら、これはまあ……仕方ないと言わざるを得ないだろう。

 

 ――そう、なぜなら

 

 毎度のこと木の上のハンモックで寝ているトレーナーの胸元など見えるわけがないのだから!!

 

 

「あ、ああ、あああ……。私、トレーナーにあんなこと言っちゃったの……?」

「おーい。目が虚ろだぞー。帰ってこーい」

 

 

 一般の職員だと思っていたのだ。

 レースとは無縁の、そんな一端のただの職員だと思っていたのに。

 無縁どころか、足先から頭の先までそれに関係しているトレーナーという存在に。

 

(あんな最低なことを言っちゃった……)

 

 その事実だけが彼女の思考を埋め尽くす。

 

 そんな朧気状態の彼女が現実へと戻ってこれたのは、模擬レースが終わった数分後だった。

 

 

 






 拝啓、親愛なるバカ親父と母さんへ。
 俺、最近クッソ面白い奴を見つけました。
 今日からコイツと全力で遊んでいきたいと思います。

 ひやお。



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追憶 そして彼女は前に進む

出会い編の後編

ちょっと長いんで時間に余裕あるときに見ていただければと

あとブクマ500いってました。感謝なり



 

 

 拝啓、親愛なるバカ親父と母さんへ。

 俺、最近クッソ面白いウマ娘を見つけました。

 今日からコイツと全力で遊んでいきたいと思います。

 

 ひやお。

 

 

 


 

 

 

 俺がその娘――アストラルウィングに興味を持ったのは、出会って間もなくといったところだった。

 

 まず前提として、ウマ娘ってのは、誰もが栄光っていう一番星に向かって走る生き物である。

 だというのに、彼女はまるで「一着なんて諦めた」なんて目をしていたこと。

 それが最初、彼女という存在に興味を引かれた原因だった。

 

 まあ、一番星とかの勝負心なんてのは俺に全く遠い話ではあるが。

 とにかく、興味を引かれるには十分すぎたのだよ。

 

 そこから日は立ち、その時間に比例して俺はどんどん彼女に興味を引かれていく。

 

 偶に独り言を言ったかと思えば、自分を卑下するような内容を吐いていたこと。

 一度だけ見ることができた模擬レースでは、結果が良くなかったためか自分に落胆する様子が見れたり。

 

 そしてなにより、その言葉と、行っている行動が()()()()()()ことが俺の興味と好奇心を増幅させていたのだ。

 

 

 

 

 

 ある日、いつもの気分任せで俺は自分から彼女に話しかけた。

 詳細は一つ前の話を読んでくれ。(他人任せ)

 

 結論を簡単に言うと、俺は彼女の脚質を知りたかった。

 いや、もっと話を大きくすると、彼女――アストラルウィングの『ウマ娘』としての能力を知りたかったのだ。

 

 理由? 俺は(肩書きは)トレーナーだぞ?スカウトする気があるからに決まってるだろ。

 

 コイツがどういう人間性についてかは、ここ数週間でよーく把握した。

 だが、ウマ娘としての能力面に関しては、数日ほど前に行われた模擬レースと日頃行われている教官とのトレーニングでしか確認が取れていなかったからな。

 だから行動に移した。それだけの話だ。

 

 担当にするなら相手の情報ぐらいなんだって要るだろ?

 

 ……まあ、正直なところで言うとスカウトしたいっていうのは、俺自身が持つ立場を利用したいがために過ぎないが。

 

 何せ寝る時間も惜しんで、苦労して取ったトレーナー資格だ。

 バカ親父にも『新しい趣味探しと思ってやってこい』って言われたくらいだし【トレーナー】というものがどれほど面白いものなのかを試してみたかった。趣味人たる故の行動なのだ。

 決して、決してだ。「はよ働け」というパワハラ上司からの催促を真に受けたとかではない。

 

 ああ、もちろんコイツに対する好奇心も尽きやしないが、本命は今さっき言ったとおりだ。

 

 

 ――だから、これは長い時間をかけた暇つぶし。

 

 

「アストラルウィング」

「お前は、その翼でどうしたい?」

「他の誰でもない。お前だけが持つその翼で、一体何をやってみたい?」

 

 

 俺は、その暇つぶしの先にあるものに期待をして。

 

 

「アストラルウィング。お前は、俺の暇つぶしに付いてくる気があるか?」

 

 

 目の前の彼女の意思を確認するかのような茶番めいた台詞で、俺の趣味探しに巻き込んだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 時は吹き飛びキングクリムゾンッ!!!

 

 紆余曲折色々あり、ウィングのデビュー戦まで話は進む。

 ああ、アイツの呼び方に関しては「言いやすい呼び方でいいよ」って言われたから下の名前で呼ぶようにした。

 いやあ、ここまで色々あったよ。

 

 効率的なトレーニング方法を模索するのにめっちゃ時間かけたし。(まだまだ改善の余地あり)

 孤児院で培った技術でウィングのメンタルケアも同時並行に進めてたし。

 

 他の趣味事があるからって、ウィングにトレーニングの顔出しは週3くらいにするって言ったら、めっちゃ怒って喧嘩になった。因みに、流石にこれだけは譲れなかった。俺の生き方ゆえに。

 まあその後、何とか言いくるめることに成功したからよかったよかった。(良いわけねぇだろ)

 

 

 いやーほんとここまで色々あったn

 

 あ? 御託はいいからデビュー戦の結果はよ言えって? 急かすなスレ民共。まあ言うけど。

 

 

 

 結果?

 

 負けたよ。

 

 

 

 詳細を言うなら、2000m 馬場良、ウィングは【逃げ】ての4着6バ身差。

 

 ご都合主義の物語じゃないんだ。俺みたいな新人のトレーナーが、序盤から輝かしい功績を立てられる保証なんてあるわけがない。

 いや、俺は俺なりに、んでウィングはウィングなりに全力を尽くしたさ。

 まあでも届かなかったってことで。それが結果だ。現実なんてこういうもんだろ。

 

 無論、デビュー戦のここまでのトレーニングで手を抜くことは俺もウィングも一切無かった。

 ……当たり前かもしれないがこれだけは言わせてくれ。技量が新人の俺が考えたトレーニングに、あいつは必死でついてきてくれたんだ。その努力を否定させたくない。

 

 だが、結果はこのザマ。

 俺はあいつの、ウィングの心の中に根付いている『鎖』を壊すことができなかった。

 

 正直、あれさえ何とかなっていれば身体能力的には勝ってもおかしくないレースだったはずだ。

 

 ウィングの心に絡みつく鎖の正体は単純で明解。

 

 

 「どこまで行っても平凡」という自分自身のやるせ無さ。

 ――いわゆる『こんな自分じゃ、勝てるわけがない』というある種の自虐癖に他ならない。

 

 

 無知の知という言葉がある。

 自分自身が全能でもなく、とんでもない無知であることを知って絶望するという言葉。

 

 あいつは、それを「平凡を知る」という形で体験したんだろう。

 流石に経緯までは知らないが。

 

 最強でもなければ、特段目新しい力も持たないただの凡人。

 主人公とはかけ離れた『脇役』であることをアイツは自分自身で理解している。

 

 ……スポーツとは、身体的な部分で競うところもあるが精神力で競うところも多々ある。

 

 負けたくないという気持ちが自分の限界を引き出したり。

 何か大きな目的が支えになって、最後の力を振り絞ることができる。

 

 そこが、アイツは異様に弱っていた。

 その内容はさっき言った通り『こんな自分じゃ、勝てるわけがない』という自信の無さになる。

 事実、今回のレースの最終直線。スタミナが残っていたにもかかわらず、逃げきれなかった。

 

 あれは『私じゃ勝てない』という思い込みが脚にブレーキを掛けることになった必然的な出来事だ。

 

 ……自分の担当にこういうことを言うのもなんだが、まあなんだ。

 

 ……本当に、くだらない悩みだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面はレース会場の控室。

 

 俺とウィングは、少々の反省会と話し合いを終えて別れたところだ。

 ウィングに「先に帰ってていいぞ」と告げて俺は今、控室の一室に立っている。

 

 

「ふう……」

 

 

 吐息を一つ。

 

 俺はある行動をするために、ウィングが待機室から出て行ったのをしっっかりと確認する。

 前方よーし。後方よーし。見られてる感じなーし。オールオッケー。

 ……あっここ室内か。前方も後方もなかったわ。

 

 まあいいか。おっし、もう慣れない我慢をする必要はないな。

 ということで。

 

 

 ――ゴガンッッ!!! と。

 

 

 俺は、自分が立つ真横にある鉄壁に、自分の拳を全力でぶち当てた。 

 

 

「――――……っ!!」

 

 

 脳の信号が、痛みという形で俺の全身に伝達する。

 

 いかんせん本気で殴りつけたため、クッソ痛いですはい。

 柔道有段らしく、体は鍛えているものの痛いものは痛いんだ。

 なんだったら拳から血が滲んてるよ。

 ああ、控室に汚れが付いちゃいけないから後で拭いておかないと。

 

 

「あぁくっそ……痛ってえ」

 

 

 FPSで沼プした際に台パンするより何倍も痛い。

 でもいい。その痛みに勝るほどの俺の中に渦巻く悔しさが、少しは霧散してくれる。

 

 ……俺は悔しかった。

 

 と言っても、別に勝負に負けて悔しかったとか、アイツに勝たせてやれなかったとかで悔しがっているわけではないのだ。なにせ、そんな思いは俺の中にはほとんどない。

 今の俺の中に渦巻く思いはただ一つ。

 

 アイツに、()()()()()()()()()()()

 

 その事実だけが、俺の心を激しく荒れさせる。

 

 だってよアイツ、レースが終わった後どんな様子だったと思うよ?

 

 

『やっぱり……ダメかぁ……』

 

 

 顔を下に向けて。

 目を伏せて。

 唇をかみしめて、泣きそうにしてんだ。

 

 そんな様子が、やり切ったように、楽しそうに見えるわけがねぇ。

 

 確かに、アイツを誘ったのは都合がよかったからだ。

 興味もあり、好奇心もあるアイツを誘ったのは、俺なりの気まぐれが働いたからだ。

 

 でもな。

 

 でも俺は、アイツと一緒に、この趣味探しを()()()()()と思ったんだ。

 

 それがどうだ。結果を見ればあの様子。最悪じゃねぇか。最低じゃねぇか。

 自分から趣味探しに誘っておいて、何を()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ……だからこの痛みは、俺自身への罰だ。

 

 そして痛みで冴えた頭が理解する。

 

 【トレーナー】の楽しみ方。

 親父が教えてくれたこの『趣味』の俺なりの楽しみ方を。

 

 

「……アイツを楽しませたい。つまらなさそうに、この趣味を味わわせたくない」

 

 

 決意とも呼べる独り言を、俺は口に出す。

 

 今回の経験ではっきりわかった。

 少なくともアストラルウィングは……レースに楽しみではなく、勝敗という『番付け』に執着している娘だ。

 敗北してしまえばこの『趣味』を楽しむようにはしてくれないだろう。

 

 だからこそ、俺がすべきことは――

 

 

「アイツを勝たせてレースが、この『趣味』が楽しいものだってことを思わせる、か。

はは、こりゃまた難易度が高い。今まで勝敗を度外視でゲームやらスポーツやら色々やってきた趣味人の俺が、今更()()()()()を重要視しろと。マジかよ」

 

 

 人生、何があるかわからんな、と。

 乾いた笑いで俺は失笑する。

 

 それと同時に、ブルリと震える俺の体。

 久しく感じる武者震い。

 

 

「親父の奴……マジでえらいもんを勧めてきやがって……。こんな難関でよ」

 

 

 そして俺は。

 

 

「前途多難で面白そうな『趣味』他にないなぁ……!」

 

 

 まるで新しい玩具を手にした気持ちで。

 新しい目的を見つけた高揚感で。

 

 それはもう楽しそうな、そして獰猛な笑みで笑った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 翌日、俺はとある河川敷で横になっていた。

 サボりではない。

 今日は一応平日だが、経理の処理は一昨日に終わらせているので業務自体は無いのだ。

 因みにウィングのトレーニングもレース後のため休みにしてある。

 

 晴天の空、心地よい日差し、吹き抜ける風は体の体温を程よく調節してくれる。

 

 うんうんこの感覚だよな。やっぱり寝るっていうのはいいもんだ。

 ()()()()()()()()()()()()()昔の俺じゃ睡眠なんて、ただ人が行う一種の行動原理なんて思っていたが、今じゃ趣味の一環に入るくらいにハマってる気がする。てか実際業務終わったら速攻あの木の上で寝てるし。

 

 睡眠は心の休憩と快楽を与えてくれる。最高だぜ睡眠。

 

 

 ……ま、それはそうとしてだ。

 

 

「ウィングの『鎖』か……だいぶ厄介だな。主に時期が時期だし」

 

 

 一人で思い(ふけ)る。

 考えるのは先日決意した新しい『趣味』の事。

 

 正直、子供の相談事とか悩みとかを聞き入れる能力が人一倍あるのは自覚している。そういうのは孤児院でよく鍛えられたからな。

 だがそれは結局孤児院での能力。

 

 未発達な孤児院のガキ相手なら優しく教えたりやらで何とかなるが、ウィングは現在中等部の2年生。

 成長した子供はそうはいかないのだ。

 

 いかんせん、一番の違いは会話の難度だな。中等部くらいだと成長期的に考えが深まる頃合いだから、孤児院みたいな小学幼稚な子供よりもっと慎重に心に入り込む必要がある。

 

 さらにウィングの場合は一世一代、【トゥインクルシリーズ】という大イベントの真っ最中だ。しくじったら後がない。

 ……いや難易度高けぇな、スペランカーくらい難易度高いぞ。

 なにせ残機が一機でしくじったら即終了の状況だ。……だとしたらスペランカーより難易度高いな。

 

 

「どうやってアイツの『鎖』を解こうかね……」

「……? 何のこと?」

 

 

 はあ、ホントにどうしようか……と腕を頭の後ろに置いて空を見る。

 ああ、流れる雲がきれいだなぁ。自由気ままでどこへでも流れていきそうだぁ……(現実逃避)

 

 …………ん?待て。

 なんか今頭の上で聞き慣れた声がしたような……

 

 

「ん。おはよトレーナー。今日はここにいたんだね」

「……ウィング? なんでここに?」

「ただの散歩だよ。気まぐれにここを通ったらトレーナーが居たから」

 

 

 制服姿のウィングがそこには立っていた。

 

 いや、散歩って……今朝の6時半くらいだぞ?

 今日は授業あるんだし、登校前に散歩っていうのはいかがなもんかと俺は思うが……

 

 

「…………」

「? なにトレーナー?私の事ずっと見てて」

 

 

 ……いや、うん。

 体勢を確認してみようか一回。

 

 俺は仰向けに寝っ転がっている。

 ウィングはその上に立っている。それもちょうど()()()()()()らへんに。

 さらに俺の寝っ転がっている場所は河川敷の下り坂。

 

 ということは? 視線を上げればその目が自動的にどこに向かうのかというと。

 

 

「その位置、俺の視線からだとスカートの中見えるぞ」

「踏んでもいいよね? 良いよねうん。踏むよ」

「悪いすまなかった。だから今すぐその降り上げた足を下ろしてくれ、じゃなきゃ俺の人生生命という大事なものが剥奪されかねn」

「わかった、下ろすよ」

「あぶねぇ!! 顔かすめたぞおい!!」

「下ろせって言うから。何か問題ある?」

「笑顔で首傾げんな!踏めって意味じゃねぇんだよ!! あーあっぶなぁ……俺顔潰れてねぇだろうな……」

 

 

 ズドンッという工業器具のような音が先ほどまであった顔の位置で鳴り響くのを確認して、思わず冷や汗をかいた俺であった。

 

 あれだな、ラッキースケベっていうのは基本的に自分に害しか与えねぇな。学んだわ。

 

 

 

 

 

 

 デリカシーの無さを散々説教させれても、なんとか生きてます俺。

 

 隣に居座るは俺の担当であるアストラルウィング。

 今日も体調は元気なご様子で。……やる気は不調にまで落ちてそうだが。

 

 

「トレーナーってさ」

「ん?」

 

 

 問われる。

 

 

「なんで私を誘ったの?」

 

 

 ……どこか遠くを見ながら、()()は俺に問う。

 その様子はなぜか、現実を直視したくない思春期の子供のようだった。

 

 

「言う必要、あるか?」

「トレーナーだって、()()()私の脚質とか聞いてきたでしょ。だから私もそういうのを聞く権利、あると思うけど」

「……まあ、そうだな」

 

 

 あの時。

 ウィングを俺の暇つぶしに引き込んだあの日の事だ。

 

 確かに、俺はコイツに一方的に質問をした。

 ならまあ……俺にそういうことを聞く権利はあるよな。

 うん、納得。

 

 一拍置いて、俺は口を開く。

 

 

「――俺はな、特段に尖ったものが好きなんだ」

 

 

 だから、話す義務も俺にあるということ。

 

 

「尖った、もの?」

「ああ。極端に甘いものが好きだし、極端な性格の人間も好きだ。酸いも悪いも、滅茶苦茶面白かったりするなら俺はなんだって好きになれる。ま、昔からそういう性分でな」

 

 

 よく舐める氷砂糖は、極端に甘いから好きになった。

 俺の知り合いは、性格が色々おかしい奴が多いが、そんな奴が面白くて好きだ。

 

 俺の生きる目的でもある様々な『趣味』は、全部面白いから好きだ。

 

 

「口では『自分の努力なんて……』とかお前はよく考える癖がある。違うか?」

「いきなり何を……。そんなの……無いって言ったら噓にはなるけど……」

「消沈するなよ、ここからが本題なんだから」

 

 

 顔を伏せるウィングに、俺は罪悪感を()()()()()()

 これも俺がどこか普通とはズレてる故か。いや、十中八九そうだな。

 こういう展開も()()()()()()()

 

 罪悪感など感じる暇もなく、どこか楽しんでいる自分がいるのだ。

 

 

「自分を認められない、自分じゃあの頂に届かない。当たり前の考えだ、なんて言うつもりはないぞ。それはお前の心の弱さからくるものだ」

「…………」

 

 

 さらに顔を伏せるウィング。その目尻には何か光るものがあり、今にも溢れそうだ。

 

 泣きそうになってるところ悪いが、今言った事はまだ本質ではない。

 

 コイツの。

 ウィングが持つ本当の強さは、この先にある。

 

 

「けどな。矛盾してんだよ」

「…………え?」

 

 

 目元に水滴を貯めたウィングが顔を上げ、俺に視線を向ける。

 俺も同時に、寝ている体を起こして、座るウィングに向き合った。

 

 

「『自分の努力なんて……』なんてお前は考える。けど実際にそう言った後、お前は教官が開催するトレーニングに率先して参加してんだ。誰よりも早く、誰よりも頑張って、誰よりも全力に、だ」

 

 

 思い出すのは一度だけ見た模擬レースが終わった後のあの日の光景。

 

 レースの結果に落胆し、肩が重い状態であっただろうその夕方。

 

『まだ、だめだ……こんな努力じゃ足りない……』

 

 滝のような汗をかいていた。

 遠目で見ても痙攣しかけているのが分かる状態の脚だった。

 アストラルウィングは、そんな脚で、震えながらも立っていた。

 

 輝かしいとはとても思えない、傷だらけの姿。

 だが、その傷だらけの姿から研がれたトケトゲしさは、俺の体に見えない衝撃を与えた。

 

 その時からだ。

 

 ――――俺がコイツを……アストラルウィングが欲しいと思い始めたのは。

 

 

「そんなの、当たり前じゃ……」

「当たり前なわけねぇだろ。挫折ってのは行動の抑制と同義だ。自分にはたどり着けないと理解しているから、その努力を惜しむ。それが普通の人間にある思考なんだよ」

 

 

 自分の実力じゃプロには届かない。

 そう思って、人はその道を諦める。もしくは努力を惜しんだまま突き進み痛い目を食らう。

 

 子供の頃に正義のヒーローに憧れる。

 けど、大人になるにつれてそんなものになるのは難しいから。そう考える思考が追い付き、なりたいと願っていた憧れを忘れる。

 

 誰もがそうだろ?

 

 けど、こいつは違う。

 

 

「『脇役でいることを甘んじて受け入れた』『主人公にはなれない』そう言っているお前はその後に、誰よりも頑張って努力をしようとする。これが当たり前? そんなわけないだろ。

 ――これはなウィング。お前だけが持つ心の強さなんだよ」

「――――っ!」

 

 

 これがアストラルウィングの本質だ。

 

 誰よりも自分では理想には届かないと理解していながら、誰よりも頑張り、努力し、理想に手を伸ばし続ける『矛盾の癖』で出来た存在。

 

 『絶対の自信』なんてものが無いくせに、自虐心を抱えながら前に進もうとする泥まみれの頑固者。

 

 そんなもの、俺の興味が湧かないわけないだろ?

 こんな普通じゃない、尖りまくった異常が、俺の好奇心を沸き立てない?そんなわけないだろ。

 

 だから欲しいと願う。

 周りがコイツの弱いところを否定しようとするのなら、俺はコイツの強いところを肯定する。

 

 

「まあこの際だから言っとくか」

 

 

 そうして、俺はこう締めくくる。きっと、漫画のような情熱的な話し方で。

 

 今のうちに言いたいことは全部言っとくべきだと考えたのだ。

 だから俺は、できるだけの感情を込めて、この好みの展開を締めくくるように一人の女の子に語りかける。

 

 

「ウィング。お前はな、諦めが異っっ常に悪い娘だ」

「――――っ」

 

「お前自身を認められない卑屈さ、認めながら頑張り続ける頑固さ、お前のそんな尖った性格に、俺は惹かれた」

「お前の持つ全部に俺は惹かれた」

「弱いところも許容できる。強いところも……まあお前はそういうのは自分じゃ認められないと思うが、そんな卑屈なところも正直言って俺好みだ。なんだったら好きだ」

 

「卑屈でいいじゃねぇか、そんなお前を俺は許すよ」

「頑固でいいじゃねぇか、お前のその頑張りがたとえ報われなかったとしても、俺がその軌跡を見ていてやるよ」

 

「だからよウィング。お前はお前のまま、ただがむしゃらに、子供のようにさ」

 

「俺と一緒に楽しいことをしようぜ?

 俺も全力を持って退屈はさせねぇからよ」

 

 

 俺はそう言い切って、目の前の女の子の瞳をじっと見る。

 その瞳は芝色で美しく、その奥に隠れていた夜のような闇も少しは薄れている……様に見えた。

 

 ふう、言い切った言い切った。

 いい汗かいた。ほどんど冷や汗だけど()

 こんだけ情熱的に慣れないことをするって意外と変な汗かくもんだな。

 

 ほら、ぽたぽたって感じで地面に生えている草にも水滴が落ちてるし……。

 …………ん? これ俺の汗じゃなくねぇか?

 

 これもしかしてウィングの――――

 

 

「……ぁ。うん、あれ、やだ。なんで、こんな。私、そんな自分を変えたかったのに……」

 

 

 その瞳からは、大粒の水滴がポトポトと流れ落ちている。

 その勢いは止まらない。ウィングが必死に両腕で目元を擦るも、どんどん流れる。

 

 瞳の奥から抑えていたものが溢れ出していた。

 

 

「そんなこと言われたら……私は……っ」

 

 

 諦めていたはずの願望が、願いがとめどなくこぼれ落ちる。

 

 一つ苦笑する。

 俺はその様子を微笑ましく眺め、ウィングを胸の中に引き寄せた。

 

 

「いいんだよ。在りたい自分でいればいい。『脇役』らしく泣きじゃくるだけ泣いたってんなら、あとは立ちあがればいいんだ。それが『()()()』の1歩目になるんだからよ」

 

 

 いきなり胸元に引き寄せられたことに、少しの戸惑いを見せるウィング。

 しかし、俺が言った言葉で()()が限界点に達したのだったのだろう。

 

 

「――そんな、の……っ……、ぅ……!!」

 

 

 胸元の衣服が引っ張られる。 

 

 彼女は静かに。『脇役』だからと押しとどめていたはずの、諦めてた願望を吐き出した。

 

 数か月も貯めこんだであろうその思いは、収まるまでに数十分を要した。

 俺はその間、手慣れた手つきで彼女の頭をそっと撫でる。

 

 不思議と苦はなかった。

 

 

 

 

 

 

 一か月後。

 

 未勝利戦 2000m 天候は晴れ。

 

 逃げに徹したウィングはその勝利を掴み取った。

 

 その走りは以前のような重い走りではなく、どこか大きな重りが外れて軽くなった小鳥のようで……

 

 ゴールインした後のウィングはその場で立ち止まり、空を眺めている。

 その表情は遠くからではよく見えなかったが。

 

 どこか、それが楽しそうにしているように感じ取れたのは、俺の気のせいではないと思う。

 

 

 

 さあ、ここからは脇役の下剋上だ。

 精々、楽しみながら成り上がっていこうじゃないか。

 

 

 

 

 





 誰よりも自分を認められないウィングは、そんな自分を認められるように頑張り続ける。
 それができる人間は限りなく少ないだろう。

 胸に手を当ててみて、自分はどうなのかを考えてみるのもいいのかもしれない。


10話記念ということで活動報告に色々書きました
活動報告直リンク
育成するほど暇がある人は見てみてね



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☆ 苦しみもいつかの思い出になる……かもしれない

※序盤に掲示板入り

デビュー戦、遅めのエピローグ
あと、もうお察しの通りかと思いますがトレーナーとウィングは既に走り抜けた後の後日談なので親愛度メチャクチャMAXです



 

39:サボり魔予備軍 

第〇回! イッチの伝説語り部大会~!

 

40:サボり魔予備軍 

はいはいドンパフドンパフ

 

41:サボり魔予備軍 

ドンドンパフパフ~

 

42:サボり魔予備軍 

別スレでやることかね……ここはイッチのスレちゃうぞ?

 

43:サボり魔予備軍 

>>42 真面目ちゃんには蹄鉄投げときましょーねー

 

44:サボり魔予備軍 

(っ'-')╮ =͟͞ U ブォン

 

45:サボり魔予備軍 

(っ'-')╮ =͟͞ U ブォン

 

46:サボり魔予備軍 

(っ'-')╮ =͟͞ U ブォン

 

47:サボり魔予備軍 

真面目なだけで蹄鉄を投げられる世界()

 

48:サボり魔予備軍 

まあでも、一応イッチ考察のスレだしこのくらいはいいでしょ

 

49:サボり魔予備軍 

いざとなればイッチに責任取らせよう

 

50:サボり魔予備軍 

いいね

 

51:サボり魔予備軍 

てかこれ〇回って言ってるけど、実際何回目なんだ

 

52:サボり魔予備軍 

知らん

 

53:サボり魔予備軍 

数えたことねぇよ

 

54:サボり魔予備軍 

お前は今までに食べたニンジンの数を覚えているのか?

 

55:サボりの分析班 ID:u/VDgNYtH

ちょっと待ってな

今ログ遡ってる

 

56:サボり魔予備軍 

>>55 有能

 

57:サボり魔予備軍 

>>55 流石はイッチの考察のためだけに集った分析班や

 

58:サボり魔予備軍 

ていうかこのID、分析班のリーダーじゃん

 

59:サボり魔予備軍 

あ、ほんとだ

 

60:サボり魔予備軍 

仕事は終わったのかい? 分析班のリーダーさん

 

61:サボりの分析班 ID:u/VDgNYtH

今昼時だぞ? 終わってるわけないだろう……

なんだったら残業確定コースまっしぐらだよ()

マジでイッチの業務処理能力が欲しいと思う今日この頃

 

あ、ログ遡ったら語り部会はこれで8回目だったよ

 

62:サボり魔予備軍 

>>61 サンキュ

 

63:サボり魔予備軍 

>>61 こんなに有能なのに何故ブラック企業で働く羽目になったのか未だに分からん

 

64:サボり魔予備軍 

まあ、業務処理に関しちゃイッチがマジで異常なだけだからな

 

65:サボり魔予備軍 

>>64 ほんそれ

 

66:サボり魔予備軍 

経理処理の工程をモニター10枚使って同時並行にこなせる狂人はイッチぐらいでしょ

本人はなんか出来が悪いって言ってるけど、一般レベルには仕上がってるし

 

67:サボり魔予備軍 

全然問題ないよね

 

68:サボり魔予備軍 

忘れてるかもしれんが、イッチは本来アレが本業なんだぜ?

トレーナーになったのは本人曰く成り行きらしいし

 

69:サボり魔予備軍 

そういえば、イッチがウィングちゃんに会っていなかったらトレーナーになることすら危うかったって言ってたな

 

70:サボり魔予備軍 

ウィングちゃんとイッチが出会ってない世界線???

 

71:サボり魔予備軍 

想像できないし想像したくないな、そんな世界線

 

72:サボり魔予備軍 

おいおい、俺らのアイドルのウィングちゃんがイッチに会わない世界なんかあるわけないだろ

 

73:サボり魔予備軍 

そうだぞいい加減にしろ

 

74:サボり魔予備軍 

〇すぞ?

 

75:アスウィ― ID:wingbp8Po

蹄鉄投げるよ??

 

76:サボり魔予備軍 

!?!?!?

 

77:サボり魔予備軍 

は!? ちょま、h!?

 

78:サボり魔予備軍 

アイエェェェ!? ナンデ!?ウィングちゃんナンデ!?

 

79:サボり魔予備軍 

え、これマジのウィングちゃん!? コテハン使った悪質野郎とかじゃなくて!?

 

80:サボり魔予備軍 

分析班~っ!!!!

 

81:サボりの分析班 ID:u/VDgNYtH

調べなくてもわかる。このIDは本物のウィングちゃんだ

2年前にスレに出始めてからウィングちゃんがいるログは、一度たりとも見逃したことはないから間違いない

 

とりあえず、こんにちはウィングちゃん

こんな狂人共が集まった辺境のスレに足を運んでもらったこと、スレを作った分析班リーダーの僕が代表して礼を言わせてもらうよ

 

82:サボり魔予備軍 

礼儀のいい挨拶から言いたい放題だなおい()

 

83:サボり魔予備軍 

お前も狂人の一員だってことに気づこうか

 

84:サボり魔予備軍 

ていうか分析班のリーダーって僕っ子だったのか

 

85:サボり魔予備軍 

初めて知ったわ

 

86:アスウィ― ID:wingbp8Po

今ログを見たんだけど

これ、トレーナーの昔話って解釈でいいのかな?

 

87:サボり魔予備軍 

>>86 そうやで

 

88:サボり魔予備軍 

>>86 合ってるよ

 

89:アスウィ― ID:wingbp8Po

混ざっていい?

 

90:サボり魔予備軍 

【朗報】強敵参戦

 

91:サボり魔予備軍 

一番イッチに近いのが来たなぁ……

距離的にも親密度的にも

 

92:サボり魔予備軍 

何やっているお前らァ!! ソファとお飲み物を用意しやがれ!!

一刻でもウィングちゃんに失礼を働くなァ!!

 

93:サボり魔予備軍 

しまった! 俺としたことが……っ!

 

94:サボり魔予備軍 

ファンとして恥じるべし……っ!

 

95:アスウィ― ID:wingbp8Po

別にいいのに……

って言ってもコレに慣れてきた私も私だね

 

96:サボり魔予備軍 

されるがままで居てください

 

97:サボり魔予備軍 

不肖ながら我らサボり共、あなた様に一生ついていく所存でございます

 

98:アスウィ― ID:wingbp8Po

>>97 ありがとね♪

 

99:サボり魔予備軍 

あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っっ!!!!

 

100:サボり魔予備軍 

じ、浄化されてる……

 

101:サボり魔予備軍 

嗚呼、天使や………

 

102:サボり魔予備軍 

ウィングちゃんのお礼が、スレで汚れ切ったワイの心を癒してくれる……

 

103:アスウィ― ID:wingbp8Po

大げさだって

それより、トレーナーの昔話? なにかいいのある?

 

104:サボり魔予備軍 

……はっ! 忘れてた、語り部するんだったな

 

105:サボり魔予備軍 

ワイも忘れてたわ

 

106:サボり魔予備軍 

で、なにかいいのある?

 

107:サボり魔予備軍 

>>106 オメーも考えろ

 

108:サボり魔予備軍 

なんか、いざ思い出そうとすると意外と出ないな

 

109:サボり魔予備軍 

お前らホントにイッチのファンか?

 

110:サボり魔予備軍 

>>109 おまいう

 

111:サボり魔予備軍 

>>109 おまいう

 

112:サボり魔予備軍 

>>109 そこまで言うならなんか出してみせいよ

 

113:サボり魔予備軍 

いいぞ

 

114:サボり魔予備軍 

意外と素直だった

 

115:サボり魔予備軍 

何が出るかな、何が出るかな

 

116:サボり魔予備軍 

インパクト弱いのだったら蹄鉄投げるぞ

 

117:サボり魔予備軍 

んじゃこれで

 

イッチは激怒した

必ず、かの邪智暴虐のマスゴミどもを根絶やしにしなければならぬと決意した

 

118:サボり魔予備軍 

>>117 優勝

 

119:サボり魔予備軍 

>>117 ごめんなさい生意気言ってすいませんでした蹄鉄投げないでくらさい

 

120:サボり魔予備軍 

>>117 さては貴様、最古参勢だな?

 

121:サボり魔予備軍 

>>117 ……ああ、懐かしきあの祭りか

 

122:アスウィ― ID:wingbp8Po

>>117 あれかぁ

私がインタビューに出た時、酷いこと言われたのに対してトレーナーが怒ったやつ

すごい懐かしいの出てきたね

 

123:サボり魔予備軍 

ウィングちゃんが話題になったあの祭りか

あの時のイッチすごかったよなぁ、主に行動力が

 

124:サボり魔予備軍 

あれは手際が良すぎ

 

125:サボり魔予備軍 

準備段階から早かったからね

あれ確か、マスゴミを潰すまでに1時間も掛からなかったよな

 

126:サボり魔予備軍 

スレ民と掲示板作成者すら巻き込んだあの祭りは確かに伝説だな

 

127:アスウィ― ID:wingbp8Po

……今だから言うけど、結構嬉しかったりしたんだよね

私のために怒ってくれたし、私の事を想ってくれたから行動したんだから

ただちょっと、その後の3日くらいはトレーナーの顔をあまり直視できなかったけど

 

128:サボり魔予備軍 

>>127 惚けだぁ!!

 

129:サボり魔予備軍 

>>127 イチャイチャだぁ!!

 

130:サボり魔予備軍 

>>127 いきなり砂糖1tを口にぶち込むのやめて???

 

131:サボり魔予備軍 

甘めぇ!!甘めぇよぉ!! はちみーかよお前らぁ!!

 

132:サボり魔予備軍 

コーヒー……ブラックコーヒーはどこだ……

 

133:サボりの分析班 

嗚呼……今の言葉だけで今日の仕事も頑張れるわ……

 

134:サボり魔予備軍 

狂喜乱舞でターフ生えるわ

よし、優勝候補があるところではあるけど次行こうか

 

135:アスウィ― ID:wingbp8Po

あ、なら私からも出していい?

 

136:サボり魔予備軍 

おっと強敵来たぞ

 

137:サボり魔予備軍 

優勝候補あるぞ

 

138:サボり魔予備軍 

>>135 もちろんいいぞ

 

139:サボり魔予備軍 

どんとこい

 

140:サボり魔予備軍 

構えはできてる

 

141:サボり魔予備軍 

正直、今の奴より強いのが来るイメージがない

 

142:アスウィ― ID:wingbp8Po

じゃあいくね

 

一回だけトレーナーにスカートの中を見られたことがある

 

143:サボり魔予備軍 

「」

 

144:サボり魔予備軍 

「」

 

145:サボり魔予備軍 

「」

 

146:サボり魔予備軍 

…………ファッ!?!?

 

147:サボり魔予備軍 

え、ちょ、h!? 待ってウィングちゃん、それ事実!?

 

148:アスウィ― ID:wingbp8Po

うん

 

149:サボり魔予備軍 

何やってんだあのサボり野郎は!?

 

150:サボり魔予備軍 

俺たちのアイドルに何してくれてんじゃァッ!!

 

151:サボり魔予備軍 

極刑だ極刑!! 絶対に許すな!!

 

152:サボり魔予備軍 

スレ民は激怒した

必ず、かのクソサボり変人狂人野郎を撃滅しなければならぬと決意した……!(怨念)

 

153:サボり魔予備軍 

絶対に許すな!

 

154:サボり魔予備軍 

撃鉄を起こせ!!

 

155:サボり魔予備軍 

お前らァ!!蹄鉄を投げるぞォッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

「……ちょっとやりすぎた、かな?」

 

 

 つい魔が差した。

 いやだって、仕方ないじゃん? あれだけトレーナーの話が回ってたら話したくなるのもあるでしょ?

 話した内容が酷いのは私自身分かってるけどさ、あれ以上のものって言ったらトレーナーにスカートの中を見られたくらいしか思いつかなかったの。

 

 

「…………」

 

 

 手元のウマホンで掲示板のスレッドを見る。

 するとあら不思議。狂喜ならない狂気乱舞な会話が永遠と繰り広げられている。

 

 …………ダラダラと流れる汗が止まらない。どうしよう。

 

 トレーナーのスレッドって、結構民度は良い?*1 らしいから一大事になることはないと思うけど……でもやっぱりなんか不安だ。だって私関連だもん。

 

『いいか? スレ民てのは美少女がそこに居ればすぐさま発狂からの勧誘をこなす狂人の集まりだ。お前も一応美少女の類なんだから、十分気を付けろよ』

 

 いつかの夜、トレーナーから言われたことを思い出す。

 ……よし。

 

 

「逃げよう」

 

 

 不安で押しつぶれそうな胃を守るために、私は決断した。

 

 速戦即決。

 今だけはこの言葉を使わせてもらうよルドルフ……ていうか使わせて。私の胃痛のために。

 

 さて、逃げようと言ってもどうしようかな。

 現実逃避は簡単だ。そこのベッドに携帯を投げるだけで終わる。

 ただそれだけじゃ味気ない。もっと気の紛らうことで思考停止がしたいな。

 

 …………………

 

 

「トレーナーでも探しに行こう♪」

 

 

 


 

 

 

「というわけだから、ちょっとかまって?」

「ざけんな、なんで俺を逃げ口に使うんだよ。完全に巻き添えじゃねぇか」

「旅は道連れ世は情けって言うでしょ」

「情けに関しては勝手にかけられてるわけなんだが」

 

 

 20分かけて見つけたトレーナーは、ある河川敷の草の上で寝転んでいた。

 容姿はいつもの灰色パーカーに灰色の長ズボン。私の知ってる普段通りのトレーナーの姿だ。因みに私が隣に座る前は、それはもうぐっすりと眠っていた。

 

 ……どうやって見つけたか?

 

 ……まあ秘密ってことで、ね?

 乙女にも隠したいことはあるんだよ。(先読み技術)

 

 

「……ったく、ネットの闇には気を付けろってあれほど言ったってのに……」

「ごめんね?」

「はぁ……言っとくが、火消しはしてやらねぇからな。自分でやれよ」

「はいはーい」

 

 

 苦虫を潰したような顔でそう言うトレーナーを、座りながら横目に見る。

 

 とか言いながら、どうせ私の代わりにやってくれるのだ。私のトレーナーは。

 それは優しさなんてものじゃない。『磨いたものを汚させない』というトレーナーの信条があるからだ。

 ……まあ、すこーしだけ歪とはいえ、私を想ってくれてるのは間違いないんだけどね。

 

 でも

 

 『私を想ってくれてる』って言葉だけで、こう、なんか心が上がっちゃう。

 やっぱり私も乙女だね。昔の私? あれは視野が悪かっただけだから。ノーカウントだよ。

 

 

 

 

 

 

 

「…………テイオー、勝ったな」

「そうだね。すごかったよあの走り。正直私以上かも」

 

 

 草原の横に寝たわるトレーナの隣に座りながら、私は言う。

 

 ちょうど昨日のことだ。

 

 私がトレーニングを見てあげている娘、トウカイテイオーのデビュー戦。

 あの娘の勝利を、栄光を、私は見届けたばかりだった。

 

 一着6バ身差。

 その成績は偶然か、私のデビュー戦と似たようなものになった。

 まあ、私は4着だったんだけど。

 

 と、忘れるところだったね。

 テイオーが勝った、ということは?

 

 

「忘れちゃだめだからね? ()()()のこと」

「忘れちゃいねぇよ……。はぁ……」

 

 

 嘆息を入れて目元を腕で覆うトレーナー。

 

 考えてるのは、三日ほど前にテイオーと私で約束した『オシャレ自由権』のことだろう。

 っていっても、トレーナーが人に身だしなみをいじられたくないっていうプライドみたいなのは()()()に無いから……ん~……

 

(多分、さして興味のないことに時間を使わなきゃいけないのがメンドクサイって思ってるのかな? 確信までは持てないけど)

 

 手を伸ばそうと届きそうにない、すぐ隣にいるはずのトレーナーの思考を想う。

 頭上を流れる雲のように、掴みどころがない、そんな遠くて近そうなものを。

 

 

 

 

 川を流れる水の音と川沿いで遊ぶ子供の声、草のさざ波の音。

 それらを耳に捉えながら、私は目を閉じる。

 

 ――私も、だいぶ変わった。変えられた。

 在りたい自分でいることを認めるようになって、一緒に立っていたい人の隣に立ちたいと思うようになった。

 きっと、昔の自分が今の私を見たら、笑っちゃうんだろうね。ていうか卒倒しそう。

 

 まあいいけど。

 

 「そんなの()じゃない」って否定してくれても

 「ありえない」って軽蔑してくれてもいい。

 私はそれを認める。受け入れる。それは紛れもない過去の自分だから。

 

 でも、今の私は決して後悔はしない。

 だって、私は今が一番()()()から。

 

 在りたい自分でいることを認めてくれる人が傍にいて、今の自分に似た私の可愛い教え子がいる()が、すごく楽しいから。

 

 そして。

 

 そんな私を支えてくれた人。

 こんな私を認めて、受け入れてくれた人。

 私が一番、想う人が傍にいるこの瞬間が、幸せだから。

  

 

「ね、トレーナー。肩、貸して?」

「……ああ、一緒に寝るか?」

「うん」

「ん、じゃウィングも耳を貸してくれ。いつも通り目に被せてくれな」

「ん~。それじゃお邪魔しま~す♪」

 

 

 だから、私はこの人の隣にいたいと願う。

 後悔なんてしない。したくない。

 

 もし、過去の私がこれを否定するなら。軽蔑するなら。

 

 私はこの幸せを腕に抱えて笑顔で笑おう。

 

(今の私は、こんなに楽しんでるんだ。てね♪)

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「……そういえば、丁度この辺だったっけ? トレーナーが私を泣かせた場所」

「いつの話だよ……。てか言い方に悪意があるだろそれ」

「泣かせたのは事実でしょ? 乙女の涙の価値は高いんだからね?」

「んなもん時効だろ。借用書は受け付けねぇからな」

「む~。物は言い様過ぎない?」

 

 

 …………でも、最近はトレーナーにデリカシーを学んでほしいと願う日々もある。 

 まあ、それもまた……なに?

 

 刺激的な楽しみってことで、ね?

 

 

 

 

*1
秩序を持った混沌とも言う




第一章完ってね。

挿絵作成に10時間取られた()
あ、自分で描きましたよ。クオリティーを圧倒的に低いですけど、これだけはどうしても自分で作りたかったんです。意地です許して
(イラストいつでも待ってます)(いつか綺麗なウィングが見たい)

あと、こんな低更新なんで、この作品が更新されるかどうか知りたい方はぜひユーザの方をお気に入りしてくれると。活動報告も書くんで。


最後に一言
ウマ耳に目元覆われてみたくない?


評価ボタンを押すときれいな青空に目を奪われるかも
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楽しまずして何が趣味か
踊るときは羞恥心を奈落に捨てるべし


真面目な雰囲気は前話で一旦しゅうりょ―

てなわけで今回はいつも通りの日常話でっさ。



 

 ふむ、なぜこうなったのだろうか。

 

 頭を回せど答えは出てこない。静かに考えようにも歓声がうるさいから考えられない。

 

 隣には俺と同じく暴れる芦毛(あしげ)の同類。

 

 おう。良い暴れっぷりだ。ウマ娘の身体能力でこっちに被害が来ることは避けたいが。

 

 ……ってもういいか、コイツもコイツだし流れに身をまかせよう。

 

 俺はそう考えて、それ以降考えるのをやめた。

 

 ブレイクダンスに余計な雑念はいらん。

 

 

 

 


 

 

 

 

「はぁ、ウイニングライブですか」

「ああ。その件で少し頼みたい事があってな」

 

 

 俺の目の前で酒を呷る沖野先輩からそう告げられる。

 

 午後8時、テイオーのデビュー戦が終わって数ヶ月程経ったある日のこと。

 飲酒中のトレーナーが居る為、ウマ娘来店禁止中である俺の店『ウマ小屋』の中。

 いつものように、沖野先輩がうちの店で晩酌している最中、店主兼トレーナーの俺はそんな頼みごとを聞かされていたのだった。

 

 目の前で晩酌される光景も見慣れたものだ。昔は店主である以上、営業中は飲めないから一緒に乾杯をしたい気持ちがあった。が、今は割り切って終業後に飲むようにしてる。

 

 因みに、俺は酒にだいぶ強い体質だ。ウォッカをロック飲みしても酔えないくらいには。

 先輩らにそれ言ったら「やっぱ変人だろ」と罵られた。なして()

 

 

「今月のジュニア級レース、お前さんは見たか?」

「え? まあ、一応。ただ最近はテイオーに付きっ切りだったんで全部は追えていませんけど」

 

 

 カランッとグラスに入った氷を鳴らして先輩に問われる。

 

 そういえば、最近ジュニア級のレースを見る機会が減った気がするな。ウィングのレベルを基準にしてシニア級とか上位のレースを参考にしてるからか……いやダメだな、もっと初心に帰る必要がある。

 

 今テイオーがいるのはジュニア級だ。アイツの立っている場所も参考にして調整していかないと。なに、情報は多い方が損が無い。

 

 まあ、ジュニアの情報が足りないのは確かだ。事実は伝えよう。

 

 

「情報に関しては、博識とは言えないですね」

「そうか」

「どうします? 急用なら今すぐレースの動画見てきますけど」

「ああ、いや大丈夫だ。頼む立場なんだ、見てほしいものはこっちで用意した」

 

 

 そう言って沖野先輩が取り出したのは一誌の新聞と……カラオケの割引券?

 

 

「まあなんだ、とりあえず見てくれ」

「はぁ……」

 

 

 カサリッと新聞紙を持って中の情報を見る。

 そこには今月に注目されてたらしいジュニア級レースの輝かしい功績がでかでかと示されていた――はずだったのだが。

 

 ……はっきりと言う。何だこりゃ。

 

 新聞の一面を飾っていたのはウィニングライブの写真だった。

 写っている面々の名前は『チーム<スピカ>』 と60ポイントのフォントでドンと載せてある。

 確か沖野先輩が引率しているチームのメンバーらしいが。

 

 いや、うん。まあとにかくどんな写真があるかだけ言おう。

 

 ウイニングライブでセンターを勝ち取り優雅に踊る少女が1人。

 

 泣き目で顔面を地面にボッシュートして転んでる少女が2人。

 逆立ちをして自信満々に予定外の踊りを繰り広げるゴルシ(同類)が1体。

 ()()()()()()()()()何をどうしたらいいのかわからなげにボッ立ちしている少女が1人。

 

 

「え、なんすかこのウイニングライブ(面白惨状)()」

「言ってやらないでくれ……レースに集中させ過ぎた俺のせいでもあるんだ……」

 

 

 目を閉じて頭を抱える先輩の姿がそこにあった。

 グビッと現実から目を背けるために酒を呷る姿は実にもの悲しげに見えるだろう。

 

 

「にしても、このグラサン少女どこかで見たような……」

「本題に入っていいか」

「ああはい、いいですよ。……まあここまで来たら大体察しますけど」

 

 

 流石にここまで大まかな失敗例を出されて、何を頼みにしに来たのかわからないほど鈍感な俺ではない。といっても、先輩はしっかりとお願いをしに来たわけではあるので、俺は放たれるであろう言葉を待つ。

 

 で、先輩は大きく息を吸って――

 

 

「頼む! ウイニングライブの練習指導役、一緒に任されちゃぁくれないか!?」

 

 

 パンッ!と両手を合わせて頭を下げた。

 

 うん、知ってた。 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 結論を言うと、先輩の頼みは受けることにしたよ。

 理由は? なんて言われると、単に休日だから暇だったとか、面白そうとかになるな。文句あるかスレ民共?((圧

 

 まあでも、助けになれることは確かだ。

 

 うちには現役を経験したウィングもいるし、ダンスがうまいテイオーもいる。なおかつ俺も一般的なダンスの基本知識は頭に入れてある。指導役としては及第点といったところではあるが。

 

 それでも素人が教えるよりはマシではある。体を動かす行動っていうのは一旦癖がつくとなかなか治らないもんだからな。しっかりと知識を持った人が教えるに限る。

 

 

「~~~~♪♪」

「おー! テイオーすごい上手だね!」

「えっへん! ボク、昔から踊るのは得意なんだ!」

「流石にうまいな。ウィングよりも躍動感があって良き良き」

「私を比較対象にするのはやめようよトレーナー! ちょっと恥ずかしいから!」

 

 

 ということで、やってきました都内のカラオケ店。

 

 現在、俺の目の前ではテイオーが自分の幼さにあった曲を歌い、軽やかなステップを踏んで踊っている最中だ。

 いやー元気があって大変よろし。良い笑顔で踊っている写真も撮れたし、後でスレ民に自慢してやろう(鬼畜)

 

 踊り踊る制服の格好をしたテイオーに対して、隣で合いの手を入れていたウィングは緑のベストの下に白いキャミソール?ってやつだっけか、オシャレはよくわからん。まあとにかくいつもの私服である。

 俺? もちろんパーカーだが。文句あっか?((圧

 

 で、だ。

 

 どうして頼まれた側の俺たちが先に居て<スピカ>の面々がいないのかだが、先輩からカラオケの割引券をあらかじめ受け取って先に室内に入っとけと言われたからだ。

 おそらくチーム<スピカ>全員の待ち合わせでもしているんだろう。大人数だとこういう不都合もあるらしい。

 

 部屋を埋め尽くしてた曲が止まる。

 テイオーの一曲が終わって次はウィングの番だ。

 

 

「次は私が踊るね。テイオーも一緒に踊る?」

「いいよ~。トレーナーは?」

「俺は勘弁。まあ、合いの手くらいは入れてやるよ」

「ちぇー、つまんないの」

 

 

 悪いが、かたくなに遠慮させてもらおう。

 というか女だらけのアイドルスペースに何野郎をぶち込もうとしてんだこの子供は。んなことしてみろ、俺が掲示板で丸1日中処されるわ。花園に黒墨を入れるな。これお兄さんとの約束な。(早口)

 

 

 

 

 

 

 

 

 連絡きました。先輩から。

 

 

「あとちょいで着くってよ。心の準備だけしとけー」

「はーいわかった」「うんわかった~!」

 

 

 緊張させない為に(こいつらの場合無いと思うが)踊っているテイオーとそれに合いの手を入れているウィングにゆるーく伝えて、俺は手元のタブPCを起動する。

 <スピカ>メンバーの事前情報は昨日店を閉めた後に確認済みだ。データも今持っている端末に移動してある。後は最終確認だけ。それぞれの動きの癖とかを見ておきたい。

 

 

「……にしても悪いな、朝急に呼び出して。休日だからなんか予定もあっただろうに」

「別にいいよ。急ぎの用事でもなかったし、何より今日って()()()がいるんでしょ?私も久しぶりに会いたかったからね」

「カイチョーが『ウイニングライブを疎かにするのは学園の恥』って言ってたから。 ボクも都合がよかったよ!」

「わお、お厳しい会長だことで」

 

 

 タブPCを操りながら謝る俺に、テイオー達は非常にやさしく返してくれた。

 

 いやー優しい世界野菜生活。ホント良い担当を持ったもんだ。

 これで俺一人だけってなってたら泣いてたな。主に疲労で。一人で5人分のコーチングとか普通に疲れるわ。

 

 テイオーが歌う『恋はダービー』がサビに入り、ご自慢のテイオーステップが披露される――

 

 

「入るぞー」

「「「テイオー!?」」」

「テイオーさん!?」

 

 

 って、いきなり来たな。この人にはノックするって概念がないのか。

 部屋に入ってきた<スピカ>の面々を見れば驚き3平然2ってとこだ。ゴルシ、お前ホント動じねぇのな。

 

 

 

 

 

 

 曲も終わり、カラオケ特有のドでかいモニターに[98.874点]と表示されたところで、テイオーの紹介が入った。…………ぷっくくっ、歌とダンスの先生だとよテイオーww いい紹介じゃねぇか『無敵のテイオー』に並べて広めるといいぞはっはっはって、痛てぇ!脛蹴るんじゃねぇよ!

 

 脛の痛みに悶えていると、面々の目線がウィングに集まっているのを察知。

 最初に口を開いたのは胸の――ゲフンゲフン。えー『胸部』が豊かな少女だった。

 

 

「というかアストラル先輩まで!? どうしてテイオーと一緒に!?」

 

 

 目を見開いて絶叫する少女に続いて叫んだのは、またもや独特な髪飾りを付けたボーイッシュな少女だ。確か、前者が『ダイワスカーレット』で後者が『ウォッカ』って奴だったっけか。 

 

 

「アストラル……ってあの『アストラルウィング』か!? 2冠王者の【飛翼(ひよく)】のアストラルウィングだろ!?」

「こら!! 失礼じゃないウォッカ!!」

「ふふっ! いいよ別に。私はもう引退した身だから、好きに呼んでくれても構わないよ」

「おお……ほ、本物だ。あ、握手してください!!」

「いいよ~♪ ついでにサインも後で書いてあげる」

 

 

 おー、流石ウィング。現役の頃のファンサがまだ染みついてるな。

 

 そういえば、コイツ今は評判的にどうなんだろうか。掲示板じゃまだファンがあふれかえっているけど、世間一般的には印象に残ってくれているのか?

 ……いやぁ、残っててほしいな。一応こいつと一緒に走った証明なわけだし。

 

 と、そんなことを思いふけっていると沖野先輩がこっちに近づいてくる。

 

 

「待たせて悪いな多良トレーナー」

「いえ、こっちも準備って言う(てい)で楽しんでたんで気にしてませんよ」

 

 

 キャンディーを加えながら開口早々謝る先輩に俺は立ってお気遣いなく、と言葉を投げる。

 まあ、テイオーらは楽しんでくれたし困ってもいないから別に大丈夫――

 

 

「あぁー!!!」

 

「「「!?!?!?」」」

 

 

 一人の少女の叫びが、室内を埋め尽くした。

 唐突な大声に驚愕する周りの連中だったが、俺らは予想してたこともあってか驚きはしなかった。

 

 俺と()()()()はその声の宿主に目線を向けて、こう言う。

 

 

「よおスぺ公。()()()()()()()

()()()()()()()、スぺちゃん。元気にしてた?」

 

 

 何度か()()()()()()顔と髪型に、何度か()()()()()()()声。

 

 

「ヒヤお兄ちゃん!? もしかしてテイオーさんのトレーナーだべさ!?」

 

 

 人差し指で指されながら、慣れ親しんだような大音量の台詞を耳で受け止める。

 

 そう、スぺ公――もとい『スペシャルウィーク』は俺の知り合いなのだ。

 ていうか、俺の地元である「北海道」の近所関係にあたる知り合いである。

 

 ウィングとの関係だが、その昔、ウィングも俺が実家帰省の時に同行して数日間だけ世話したこともあるのだ。つってもウマ娘の成長期ともいえる『本格化』が起こる前の出来事ではあるがな。

 

 まあ、そういう理由上、俺とウィングはスぺ公こと『スペシャルウィーク』と顔見知りの知り合いということになるのだ。

 

 以上説明終わり。

 

 

 ていうかスぺ公、地元語出てる。現代語と混ざって()()()()()ぞ。(訳:滅茶苦茶になってる)

(地元語)(特大ブーメラン)

 

 

 




 見返り云々の話

「お前さん、最近トウカイテイオーのトレーニングに顔出すようになったんだって?」
「半バ強制ですけどね。別にサボりたい気持ちは変わってません」
「渋面で言うなよ……。ならよ、俺が虚偽の呼び出しをして、サボる口実を一回だけ認めさせる権利っていうのはどうだ?」
「喜んで引き受けさせていただきます大先輩様」


 現金な奴? うるせえ!有給休暇が1日増えたって思えよ!!誰もが欲しがるもんだろうが!!
 



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艶美に踊るお前がdaisuk○


ブクマ400超えてた。
なんか日間に乗っていたようで驚いてた俺。
マジで感謝なり。見てくれているみんなのおかげやでぇ……(アクロバット土下座)



 

 

 大声交じりの大困惑から始まった自己紹介もついに終盤となった。

 

 

「てなわけで、今日お前らのダンスの指導役をすることになる――」

「よろしくみんな。テイオーだよ~!」

「アストラルウィングです。今日はよろしくね、スピカのみんな♪」

 

 

 沖野先輩の紹介に応じて、テイオーとウィングがスピカの面々に挨拶をする。

 満面の笑みだ。緊張もないことから心の準備はしっかりできたらしい。

 

 

「で、こっちがそのトレーナーの――」

「ん。紹介に預かった、そのトレーナーだ。今はテイオーの担当をしていてな。その前はそこに居るアストラルウィングの担当だった者だ。ま、今日はよろしくな」

 

 

 流れで紹介が回ってくるのは分かってたので、俺は軽く手を挙げて目の前に座る少女たちに挨拶をした。

 

 スぺ公、ダイワスカーレット、ウオッカ、ゴルシ、サイレンススズカ……と。

 頭に叩き込んだ情報が正しけりゃ全員こんな名前だったはずだ。スぺ公とゴルシに関しちゃ、もう顔見知りだからあだ名でいいだろ。許せスぺ公。

 

 と、自己紹介を終えたその時。

 突然目の前の少女らが俺の顔を見ると一斉に俺に対する印象を並べて語り始めた。

 

 

「あ、最近よく見るターフで寝てる人だ」

「え? 私、河川敷でもよく見るけど……」

「私はお店の人って印象が強いですね」

「最近はこのゴルシ様と一緒に死海を横断したよな!!」

 

 

 そして、それぞれが異なった俺の印象を語ったその一瞬、静寂が訪れた。

 ……わぁ、みんなすげぇ顔してるぅ()

 

 静寂の中、ウィングだけが口元を手で隠して必死に笑いをこらえてた。おい、笑ってんじゃねぇよ俺の愛バ。

 

 で、きょとん顔1名、困惑顔2名から放たれた言葉がこれだ。

 

 

「「「…………変人(なんですか)(なのか)?」」」

「それに関しては俺も疑問に思うところだ。なあ、今更だがお前さんホントに常識人か?」

「ヒヤお兄ちゃんが普通の人……? うーん……私、想像つかないけど」

 

「なあ、コレ俺を泣かす為に計画されたものか? ホントに泣くぞおい」

 

 

 別に変人だってことは自覚しているぞ? だから気にはしないが……なんか、こうもはっきりと全員に言われれば心にクるものがある。真新しい感覚だ。

 ……てかこれ罵倒の一種だろ。普通だったら泣くだろコレ。

 

 

「くっふっ……! トレーナーが普通なわけがないでしょっ……!」

「ボクもそう思うよ」

 

「泣かせろ。マジで」

 

 

 遂には自分の担当までにも迷いなく秒で罵倒されてしまった。

 テイオーはジト目、ウィングは爆笑交じりの罵倒。

 

 泣くか(実行)

 せめて心の中で泣くわ。よし泣くぞ。見てろ?

 

 ……あァァァんまりだァァアァ!!!AHYYY AHYYY AHY WHOOOOOOHHHHHHH!!((ry

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 自己紹介も終えて俺に味方がいないと判明したところで、さあ始まりましたウィニングライブに向けたダンスレッスン。

 いやー変人に共感する奴って同じ変人しかいないんだなぁ。残酷な現実に加えて昔を思い出すと、なんか汗が噴き出るよ。……あれ、なんかこの汗目から出てね? 口の中に入ってしょっぱいんだけど……。

 

 

「ヒヤお兄ちゃん。次は私の番だよね……ってなんで泣いてるんだべ!?」

「いや、残酷な現実ってこうも心にこわくって思ってな……」(訳:つらい)

 

 

 座って少女らのダンスを見物していると、スぺ公から声がかかった。どうやらマジで涙みたいなものが出ていたらしい。俺意外と感受性豊かだから涙脆いんだよ。

 だからそんな青ざめた顔で引かないでくれスぺ公、俺とお前の仲だろ?(無理強い)

 

 あと、前回から続いてやっぱりというかなんというか……俺と喋るときのスぺ公は地元語がよく暴発する傾向があるようだ。同じ地元の出身だからか、近隣の関係だからかは知らんが……いやどっちも理由になるか。

 

 話に入るため、俺は頬に流れてた汗を袖で拭きとって目の前の少女に向き直った。

 

 

「んで? えーとウオッカの次だから……あーそうだな、次がスぺ公の番か」

 

 

 踊れる場所を設けたといえど、流石にカラオケ店。スペースに限りはあるので沖野先輩と話し合った結果、一人づつ指導していく形になったのだ。

 

 思い出すように俺がそう言うと、目の前の少女は不安げに顔を俯かせる。

 

 

「うん。……私ちゃんと踊れるかなぁ」

「大丈夫だろ。昔はよくテレビのライブ見て踊ってたじゃねぇか。あれを参考にすりゃ何とかなるよ。まあ、俺もしっかり指導はするがな」

「うっ……。ヒヤお兄ちゃんの指導かぁ……。優しくしてくれる?」

「そりゃお前次第だ。……ま、けっぱりな」(訳:がんばれ)

 

 

 今流れているアイドル系の曲があと少しで終わる。そろそろ俺の出番だ。

 スぺ公から目線を外して目の前で踊っている少女のウオッカに目を向けた。

 

 

「もう少し大きく動いた方がいいかな? トンッって感じじゃなくて、こんな風に……トーンッて感じで」

「お、おう。こ、こんな感じか……?」

「そんな感じ。ウイニングライブって自分が頑張った証を『魅せる』のが醍醐味だから。細かい動きより大きい動きの方が表現しやすいし、何より楽しいんだよね♪」

 

 

 ぎこちなく踊るその少女の隣に立っているのは、俺の元担当だったウィングだ。今はウオッカにダンスの指導をしている最中である。

 生き生きとした目で言葉に合わせて、分かりやすく身振り手振りを使いながら教えるその姿は実に()()()指導者のようだ。テイオーのトレーニングで慣れているのだろう。

 

 

「わぁ……すごい」

 

 

 さらに、現役の頃にも何度か見た踊りは今もなお健在。

 大きな身振りで踊るウィングは、まるで音と共に踊っているようだった。

 

 ふと横を見ると、隣に座るスぺ公も、周囲に座るスピカのメンバーもウィングの見事な踊りに目を奪われていた。

 テイオーが自前のステップと才能による『可憐』な可愛らしい踊りだとすれば、ウィングは表現の伝え方と日々の努力によって勝ち取った『婉美(えんび)』な美しい踊りといったところか。

 

 どちらにせよウィングの踊りは、一人の女子を魅了するほどの踊りのレベルにまで達している。そう考えると思わず3年ほど前の出来事をしみじみ思いだしてしまう。ある意味でレースより苦戦した課題だったからなぁ。

 

 実技経験もあって、教え方も上手い。……あれもうこれ俺いらねぇんじゃね?

 ……いけねぇ、歳とると考えに(ふけ)っちまうのが悪い癖だな。(まだ20代後半)

 

 

「あー……そういやスぺ公。ウィニングライブの動画見たんだけどよ……ボッ立ちはまだわかるんだが、なんでサングラス掛けてたんだ?」

 

 

 自虐的な考えから逃避するように、俺は隣の少女へと話しかけ(助けを求め)た。思考を切り替えるために別の話題が欲しかったのだ。

 突然放たれた俺の問いに、スぺ公はチョンチョンと自身の人差し指をつつきながら恥ずかし気に言葉を返す。

 

 

「だって、何するのかわからなかったから……。せめてできることをやろうって思って」

「それがサングラス姿でボッ立ち?」

「うぅ……言わないでよ。ヒヤお兄ちゃんがよく踊ってた()()を真似しようかなって考えて……」

「……は? アレってまさか、ホントに()()の事か?」

「う、うん」

「――――」

 

 

 ピシリッと。

 ……ほんの一瞬だけ思考が止まった。

 

 おそらく、今の俺の顔は微動だにしていないに違いない。Theフリーズ状態だろう。

 今の俺はスぺ公から放たれた衝撃発言に脳の処理が追い付いていない状態にある。いやマジで。流石に予想外過ぎる。

 そんな俺の様子を見たスぺ公が怪訝な表情をすること約数秒。

 

 で、だ。

 

 そのフリーズ状態が解けた時、一体どうなるのか。どうなってしまうのか。どうなるでしょう。はい、答えをどうぞ。

 

 

「……ぶぐふぉっ!!」

 

 

 正解は『爆笑』だ。

 スぺ公から放たれた衝撃発言にエラーを吐いてフリーズした頭が再起動し、再処理を施して情報を理解した瞬間、俺でも頭がおかしいと思うほどの爆笑が生まれたのだった。

 ……いや無理。無理無理無理! 笑いが止まらんて!!

 

 

「な、なんで笑うんだべさぁ!!」

「い、いやお前ぇ……あの大舞台で()()が流れるわけないだろっ――くっははは!!」

 

 

 やべぇ、めっちゃ腹痛てぇw 思わず吹いちまったわ。

 スぺ公が本格化前の頃からどこか天然気質だったのはたまに世話してて分かってはいたが、まさか今でもそのド天然が健在だったとはw

 後でウィングにもこの話を教えてやろう。アイツも笑うだろうよ。

 

 因みに、()()とはDAから始まってISU〇Eで終わるあの自称国歌として名を馳せた(そうでもない)某音ゲーのPVダンスの事だ。分からないならググろうな、すぐにあの舞台には合わないモノだってわかるから。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 順調に番が回って手取り良くダンスの指導を繰り返す。

 道中、俺が爆笑したことに怒ったスぺ公に肩をポコポコされたり、それを見たウィングが俺の脛を蹴ってきたり、テイオーが耳でツンツンと突いてきたりしたが、教えに影響はないので至って順調である。

 

 そして指導開始から数時間が経ち――

 

 ぐぅぅ~、と

 

 テイオーがゴルシにダンスを教えている最中、可愛らしい腹の虫が鳴ったのだ。

 なんかスぺ公から聞こえた様な感じがしたが、女の子の矜持を察して指摘も目線も合わせないようにした。これ以上担当らに脛を蹴られるわけにはいかないのだよワトソン君。

 俺は何も聞いていない。OK?

 

 まあ、こう動いていると生物の基本として腹が減るものだ。それはウマ娘である彼女らも例外ではない。

 てなわけで、指導は中断。休憩がてらに何か食うか。

 

 と、なったところで『そいつ』は言った。

 

 

「よっしゃヒヤ爺!! ラーメン来る間に踊って一汗かこうぜ!!」

 

 

 腕を上に振り上げ、芦毛(あしげ)のウマ娘であるゴールドシップは俺に詰め寄ってくる。

 

 発言が意味不明だと思っただろお前ら?まあ分かりやすく何がどうなったかだけを説明するから聞いてみそ?

 

 

 休憩入る、軽食に何を喰うのか相談する

 ↓

 金を持つ大人同士がどっちが料金を支払うか、じゃんけんで醜い争いをする

 ↓

 俺、勝利

 ↓

 様子を見たと思われるゴルシがカラオケのフードメニューを遠慮なく頼む

 ↓

 先輩絶叫。俺愉悦(クズ)

 ↓

 今(now)

 

 

 説明終了。理解OK?

 

 

「なんで俺を巻き込むよ。やだよ休憩中なんだから」

「うっせえ! 一緒に踊ってくんなきゃドロップキックするぞ!?」

「それは勘弁」

 

 

 因みにフードメニューを勝手に頼まれたスピカトレーナーの先輩は財布の中身の事を考えてか、部屋の隅で酷くうなだれていた。なんてことだ、もう助からないぞ。

 

 

「? テイオーのトレーナーさんってゴールドシップさんとお知り合いなんですか?」

 

 

 沖野先輩を慰めていたサイレンススズカが視線をこっちに向けて問う。

 

 

「まあ、一応な。こいつとは同類のよしみというか、なんというかな……」

「なーに言ってんだよウマの助! このゴルシ様とお前の仲じゃねぇか! お前が地の果てに遊びに行くならゴルシちゃんも迷わず行くぞ?」

「肩組むなよ。まあ、このくらいは信頼感はあるってことで」

「全然わからないわ!?」

「信頼というより、一心同体感……???」

 

 

 ツッコミご苦労ツインテちゃん。

 

 まあ確かに。沖野先輩がゴルシに振り回される側なら、俺はどちらかというと気乗りして同乗する関係にあるし。常人には理解できないものとしてトレセンに長くいる職員に認識されてるからな。今更ではある。

 

 なんにせよ、俺とゴルシは似た者同士ってことで。同じ気分屋としてよく気が合うんだよコイツとは。

 

 

「ねぇねぇトレーナー。どうやってゴールドシップと知り合ったの?」

「あ、それ私も知りたい。気づいたら知り合ってたよね」

 

 

 気になる気になる、とパーカーの袖を引くテイオー、ちょこんと俺の隣に座るウィング。どちらも仕種(しぐさ)が可愛いね、うん。

 

 って言われてもなぁ……俺も正直覚えてないっていうか。

 

 

「あー……なんだっけな。覚えてるかゴルシ?」

「モチのロンだぜぃ!!」

 

 

 もちろん覚えていると言ったゴルシはステージ台に落語家のように座って語り始めた。

 なんか慣れてる感があるんだが。もしかして落語の経験がお有りで?無い?あ、そう……

 

 ちょいと追憶。

 

 

『おーい!そこのセメントみたいな頭してるトレーナー! このゴルシちゃん様と一緒に無人島行っこうぜー!お前ボールなー!』

『……おー、まあ明日は暇だしな。良いぜ。出発はいつよ?』

『何言ってんだ? この冒険心が冷めないうちに行かないと宝の地図が逃げっちまうだろうがー!今からに決まってんだろぉ!』

『逃げるの宝じゃなくて地図の方かい。まあいいや、んじゃ早速出発するか』

『おう!! ところで、お前とゴルシちゃんって()()()()()喋ったよな?』

『そうだな。でもなんかお前とは同じ気分屋(同類)の感じがするし、別に気にすることでもないだろ』

『ん~? まぁよくわかんないけど、それもそうだな! よぉし出発だぁ!伝説級のヒトデがこのゴルシ様を待ってるぜッ!!』

『宝ってヒトデかよ。ネタバレ食らっちゃったよ』

 

 

 追憶終了

 

 

「そんな感じだっけか?」

「覚えてねぇのか? うぅ……ゴルシちゃん悲しいぜ。あのかつてない大冒険を繰り広げたって言うのによ……」

「……あぁ!思い出した! あれか。俺が無人島で寝っ転がっている写真をスレに上げた時のやつか! ……あ?」*1

 

 

 爽快に出した言葉が詰まる。

 

 突っかかっている記憶を掘り出してスッキリしていた気分だったのだが……

 なんだ?周囲の目がやけに痛いぞ?

 いや、周囲というか、この部屋にいるゴルシとウィング以外の全員の視線が刺さっているような感じが……

 

 

「ねえウオッカ、私の錯覚かしら? ゴールドシップ先輩が2人居るように見えるのだけど」

「いや、間違ってねぇぞスカーレット。俺にもそう見える……」

「聞こえてるぞ~仲良し二人組~」

 

 

 仲良しじゃない! とツインテとメッシュ少女の息の合わさった怒声が俺を叩く。

 いややっぱ仲良しじゃん。

 

 ……あぁ、なるほど。そういうことか。理解したわ。この感覚あれか。

 

 不審者を見る目だなこれ。

 

 

「…………おいゴルシ。一汗かくぞ。いっとくがお前も道連れだ拒否権はねぇ」

「お、なんだ急に乗り気じゃんかよヒヤ爺」

「何も考えたくない気分になったんだ。良いからさっさと踊るぞ」

 

 

 ……何も考えたくない。不審者の目を当てられる感覚なんてできるだけ長く感じたくない。

 俺が変人の地点で手遅れなのは知ってるけどさぁ!! あれじゃん!

 

 多人数大勢から()()()()目を向けられるのはなんか刺さるって!!

 

 

「え、トレーナーって踊れるの!?」

「あーうん。テイオー? トレーナーの『踊る』って『踊り』じゃないというか……ね? 私たちには理解しずらいものなんだけど……」

「ヒヤお兄ちゃん……もしかして()()を?」

 

 

 あーあー聞こえなーい。何も聞きたくなーい。(現実逃避)

 苦笑するウィングなんか見ていないし、驚くテイオーも見ていなーい。俺は何も見ていなーい!!

 

 目線をそらしながら、俺はもうほぼやけくそ気味にステージ台に立った。

 

 チクショウ、目の前でウッキウキのゴルシがやけにムカつく。

 流れとはいえ、お前が俺を誘ったことからこんな傷心状態になったんだからな。最後まで付き合ってもらうぞゴルシィ……

 

 

「ゴルシよ。サングラス持ってるか?」

「あたぼうよ!!」

「貸してくれ。俺の本気を見せてやる」

「いや待って、なんで持ってるの……」

 

 

 そして数分の間。

 俺とゴルシのダンスバトルが始まったのだった。(前話の冒頭)

 最初はなんか変な目で見られたけど、いつの間にか盛り上がっていたようでよかったよかった。

 

 勝敗?俺の負け。自信あったんだけどな……ちくせう……

 まあ、結構楽しかったからよしとしよう。

 

 

 

 

 

 

 後日談のこと。

 

 

「以前お前さんがカラオケ屋で見せたあの踊り、なんか未だに頭の中でちらつくらしいんだが」

「なんかすいません」

 

 

 流石にブレイクダンスとDAISUKEは子供には印象が強かったようだ。反省。

 チャララチャラーラーチャララチャラーラー

 

 

*1
サボりトレーナーの日々 #072 を参照





連邦に反省を促すダンスにしようかと迷ったのは内緒。


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"ほうれんそう"って重要らしいぞ


トレーナーのお仕事編。(本業)



 

 某中央トレセン学園のある通路にて

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 カツカツカツ、と。

 日の出る時間帯、学生が活発な昼時に、僕はある2人の方々と通路を歩いていた。

 というか、丁度買ってきたコンビニの弁当を食べようとした瞬間に呼ばれたのだ。お腹が減って仕方がない。今日は忙しくて、朝ごはんも食べてないのに。

 

 お腹が減っては活力も沸かない。

 ……僕は流石にトレーナーには貴重ともいえる昼ご飯の時間を取られる理由を知りたくて、僕を呼んだ少し斜め前を歩く女性の人――東条ハナ先輩に問いかけた。

 

 

「えっと……あの、東条先輩? これって一体どこに向かっているんですか?」

「現地に着くまでは秘密よ。あえて言うならそうね……トレーナー室かしら」

「は、はあ……」

 

 

 しどろもどろながら問うと、返ってくるのはそんな不確かな回答だった。

 トレーナー室……? いやでも自分はすでに与えられてるし。一体何のために……というか、誰のトレーナー室に向かうつもりなんだろうか。

 

 と、勝手に思考していると次は東条先輩から問われる。

 

 

「最近、担当の子が決まって忙しいらしいわね」

「え、あぁはい。書類整理だったりトレーニング決めだったりで時間が……。……というか書類整理が一番辛いですね。何ですかあの量、施設一つ借りるだけで紙の山が出来るんですけど」

「新人のトレーナーならだれもが通る道よ。慣れなさい」

 

 

 わぁ辛辣……

 正直あの量は1日2日ではどうにもならない気がしてならないんですが……

 

 

「…………当分は紙とのにらめっこになりますね」

「あー。大丈夫ですよ? 今から行くところはそういうのを何とかする場所ですから」

 

 

 不意にもう一人。

 僕の隣を歩いている少女から話しかけられる。

 

 青鹿毛(あおかげ)の頭髪に華奢なスタイル。

 学生服を身にまとい、ウマ娘特有の大きな左耳あたりに青色の翼の形をした髪留めを付けている女の子。

 

 

「すまないわね、アストラルウィング。貴女まで一緒に」

「いえいえ、私も丁度トレーナーの所に(遊びに)行こうとしてたので」

 

 

 話し方からもわかる礼儀正しさの少女の名は『アストラルウィング』

 トレーナーとしては知らない事すら失礼に当たる娘だ。

 

 現役からはすでに引退しているが、当時の活躍は多くのトレーナーと民衆に壮大な印象を与えたという。同期であった【皇帝】シンボリルドルフとはまた違う、ある種の伝説が彼女そのものなのだ。

 

 正直、こう平然と対面しているが、少し震えが止まらない。

 何せ、彼女の在り方は僕のような凡人からしてみれば『理想』に近いのだ。

 ただの平凡から駆け上がったあの光景は、トレーナーを目指して奮闘していた僕の記憶に、未だハッキリと残っている。

 

 GⅠレース5冠バ。

 当時【飛翼】や【翼星】などの二つ名を飾られた彼女。

 そしてもう一つ、忘れてはならない称号。

 と言っても、一部のネットの民の間でしか語られていない名前がある。

 

 【奮励の化身】

 

 どこから広がった情報化は分からないが、当時の彼女のトレーニング風景やレースへの執着を語られた話が、ネット上にてあったのだ。

 平凡が駆け上がるための頑張り、思いは、その情報を知った者の心に深く刺さったという。

 もちろん、僕もその一人だ。昔からのスレ民の出身だからね。

 

 そして、いつしかその話は広がり、アストラルウィングというウマ娘は平凡への脱却を図るものにとって『指針』とも呼べる存在になったのだった。

 他の人がどうかは分からないが、少なくとも僕はそうなったと信じている。

 

 …………ん?

 

 待って、何かが引っかかる。

 さっきの会話。東条先輩とアストラルウィングが交わした言葉の中に何か、重要な言葉が……

 

『いえいえ、私も丁度()()()()()()()に行こうとしてたので』

 

 多分これだ。

 で、東条先輩の話だと今から行く場所は誰かのトレーナー室……のはず。

 …………え、コレ、アストラルウィングのトレーナー室に行くっていうことなんじゃ……?

 

 

「あのー、先行っちゃいますけど」

「え? ああすみません!!」

 

 

 結局考える間もなく、僕は先輩とアストラルウィングに付いて行く事しかできなかった。

 急いで足並みを合わせようとすると、ぐぅ~とお腹の虫が鳴る。

 

 そして、学園のスピーカーから休憩時間が終わる鐘の音もなった。

 

 嗚呼……お腹減ったな……

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 そうしてやってきたのは、トレセン学園の大裏手。

 地には芝、隣を見るとコンクリの外壁が連なっている。

 

 ……いやもう、本当に裏手過ぎる。日中にも関わらず日差しが建物の陰に隠れて入ってこないし、そもそもこんな分かりづらい場所なんて誰も来ないだろって言うくらい人気がない僻地(へきち)過ぎる。

 

 そんな場所に、だ。

 

 

「…………あれですか」

「ええ、あそこよ。用があるのは」

 

 

 2つポツンと立ててある建物が嫌でも目に入る。

 周りに芝生しかないことから、存在感がすごく強い。うん。すごい。(語彙力)

 

 

「えーと、アストラルウィング? 自分が今から行くのって、君のトレーナー室ってことでいいのかな」

「? そうですけど? ……え、もしかして聞いてないんですか?私のトレーナーから何も?」

「うん、聞いてないよ……何も……」

 

 

 目を細めてどこか遠くを見る。

 うん何も聞いてない。なんだったら会ってすらいない。

 だってお昼ご飯食べようとしたらいきなり呼ばれて困惑したのは当の僕自身なんだから。……おかげで、お腹の虫がそろそろ限界だとうねり始めている。

 ああ、お腹減ったなぁ……

 

 と、僕の言葉が予想外だったらしく、隣の東条先輩が頭を抱えていた。

 

 

「はぁ……まったくあの男は……。()()何も言ってなかったのね」

「すみません東条トレーナー……。私のトレーナー、最近また何か趣味に再熱していたのでそれが原因だと思います」

「分かってるわ。貴女に責任は無い。問題はあの不真面目男よ」

「あはは……。いつもは真面目なんですけど、仕事上での人との関係になると途端にやる気をなくす人なので……。大目に見てあげてください」

「そうするかはあの男次第よ。……そろそろ胃痛薬買おうかしら」

 

 

 眉間を指でつまむ東条先輩と、その姿に頭を下げるアストラルウィング。

 その姿はどこか、疲れ切った社会人のようだった。

 

 ……ていうか僕、今からそんな人に会いに行くのかぁ……。

 

 

 

 

 2棟ある内の1棟に、僕らは入室した。

 普段は、扉前のインターホンで呼びかけて許可が無い場合、入室は(物理的に)できないとのことらしい。

 なのだが、今日はこの部屋を持つトレーナーの担当、アストラルウィングが代わりに許可を取ってくれたようなので、彼女が持っている室鍵を使って扉を開けたのだった。

 

 ――ゴゥン……、ガコガコ、ウィイイン、と。

 

 とても扉にあってはいけないような重厚な音が止まり、扉を手に駆け僕はその一歩を踏み出す。

 

 

 ――目の前に広がる無数のディスプレイ。カタカタと鳴るキーボードの音。

 ――一筋の光を通すことも許さない、窓の無い異質な部屋。

 

 トレセン学園とは思えないような隔離されたその光景に、自分は目を奪われていた。

 ――そう、その暗闇の中で一人座る男のような体格をした後ろ姿の人物に。

 

(あれが、アストラルウィングのトレーナー。【童心】なのか?)

 

 ただ単に、その存在感の大きさに僕は委縮しかけていた。

 

 

 

 アストラルウィングのトレーナー。

 伝説を育てたそのトレーナーの情報は、ネット上のどれを取っても信憑性が薄く、アストラルウィングが引退した今になっても情報量が少ない。

 それは何故か。

 

 答えは簡単、当人の情報統制が徹底しているからだ。

 

 極端に世間に情報を載せないとする行動力はすさまじく、過去にネット上に当人の情報を載せようとした者を、何らかの方法を用いてBANしたらしい。ちなみにそのアカウントは現在凍結されている。噂では彼に挑んだ大バカ者とどこかのWikiに記載されているだとか。

 

 ――曰く、そのトレーナーは正規のトレーナーではない。

 ――曰く、そのトレーナーは神出鬼没でありネット上に至ってはどこにでも現れる。

 ――曰く、そのトレーナーは不適切な行為を犯したマスコミの会社を潰せるほどの人物である。

 などetc……

 

 たった二度しか出ていないインタビューから、()()()()()()()()と声質が男性であること以外、これらの情報はほぼ全て噂となり果てているのだ。

 

 とはいえ、【飛翼(ひよく)】アストラルウィングを育て上げたという事実には変わりなく……

 

 その都市伝説性と、噂の数々を統合させネット上ではそんな彼の事を、敬意と疑念と不可思議さを持ってして【童心】と名乗られるようになったのだった。

 

 そして、そんな都市伝説の真実が……

 

 

(今、僕の目の前にいる……っ!)

 

 

 萎縮と同時に、僕は高鳴る高揚感を隠せないでいた。

 トレーナーを目指していたあの頃、ネットに住んで居た者として――

 いや、男の子として生まれたからには【都市伝説】という『伝説(あこがれ)』に近い概念には、どうしても反応してしまうのだ。だって僕男だし。

 

 あの情報を知り、歳を取ること3年。新人トレーナーになって1年になっても、僕は彼への興味は尽きないでいた。いや、同じ【トレーナー】という立場になってからもっと深まったかもしれない。

 

 3ヶ月ほど前に、初めての担当を持った。 

 

 初めて育てるウマ娘。

 トレーナーとして、彼女を勝たせるために切磋琢磨することの過酷さ、大変さ。

 その経験は常に僕の体を叩き続けている。

 

 そんな中、僕の目の前に『伝説(あこがれ)』が現れた。

 

 そんな伝説を育て切った人に、是非とも助言を、と。

 そう思った瞬間、僕の口はいつの間にかひとりでに開いていた。

 

 

「……あ、あの!じ、自分は!」

「無駄よ。そこに座っているのはあなたが考えている人ではないわ」

「ぁ、って……はぃ?」

 

 

 途切れ掛けの言葉で東条先輩の会話に何とか追いつく。

 ……どういうことなんだ?

 あそこにいるのはアストラルウィングのトレーナーではないとでもいうのだろうか。

 

 そんな僕の思考は他所に、東条先輩は眉間を再びつまみながらアストラルウィングに問う。

 

 

「はぁ……、アストラルウィング。すまないのだけど、彼がどこに(ひそ)んでいるかわかるかしら」

「う~ん……」

「え、潜む?」

 

 

 会話の流れが分からず困惑する僕。

 対して、隣をウロウロと歩くアストラルウィングはなんかいつも通りという感じだった。

 彼女は「最近は色々やってたし……」とか、「だとしたら」とかブツブツ言って……

 

 そして。

 

 

「ここ!」

 

 

 ほぼ仁王立ちの体制で、その場所の前に立ち止まった。

 

(段ボールが積みあがってるだけの場所にしか見えないんだけど)

 

 そうやって疑問に染まった思考があったが、それはまた新しい疑問へとすり替わる。

 詰みあがった段ボールの隙間。

 その隙間から、何か毛布のようなものが覗かせている。

 

 制止する僕を気にせずにに、アストラルウィングが積みあがった段ボールをテキパキと退かしてその奥にあるものがお見えになる。

 ディスプレイの光だけが灯る室内の中、僕は凝視して……確認した。

 

 その奥に置いて――いや、()()()あるのは一枚の布団だった。

 

 

「………………ん?」

 

 

 思考が止まる。

 

 いや、布団があること自体はまだわかる。僕も忙しいときはトレーナー室に泊まり込むこともあったし。それが置いてある理由は全然理解できる。

 

 ――だが何故、その布団が昼間というのも関わらず、中心が盛り上がっているのだろうか……?

 

 と、そんな僕の思考を現実に戻したのは、無邪気な「せーの」というかけ声だった。

 誰かと言われればアストラルウィングのものだが。

 

 そして。

 

 

「え~い、やぁ!!」

 

 

 バサリッ!!と、まるで布団をベランダに干すかのような勢いで、手にかけた布団を剥がした。

 はてさて、その中身は……

 

 

 

 

 

 

 

「ほらトレーナー! 起きてったら!!」

「う~……ん……、あと、気分、寝かせてくれ……」

 

(気分って時間の単位だったっけ……? ていうか親子のやり取り?)

 

 

 桃の中から桃太郎ならぬ、布団の中から現代人……?

 いや、当たり前か。ていうか何を考えてるんだ僕は。思考がおかしくなってるぞ。

 冷静に、そうだ冷静になって目の前の現実を見よう。うん。

 

 

「ダメだって! お客さんがいるんだから早く起ーきーてー!!」

「あぁぁぁ~~揺らすなあぁぁぁ~……」

 

 

 わあ~、仕事に遅刻しそうな父親を起こしてる娘の一コマが見えるなぁ……って違ぁう!

 

 ダメだやっぱり冷静になれない。全て理解が追い付かない。

 

 疑問1、なぜトレーナーと呼ばれる人が業務中にも関わらず堂々と就寝しているのか。

 疑問2、隣でとてつもない威圧を放っている東条先輩を前にしてなぜ目の前の人は委縮する気配すらないのか。

 

 疑問3…………え?この人が都市伝説の正体……?

 

 その他で呼ばれた理由や体を揺らされて今にも反動で首が外れそうな灰色パーカーの人に疑問を寄せれば数えきれないほどあるんだけど……。あーなんだろう……頭痛くなってきた。

 あ、胃もなんか……いやこっちは空腹痛かな。

 

 

 数分後。

 

 

 「あ"あ"あ"ぁ」と寝起き特有の掠れた声で布団から体を起こしたトレーナーらしき人が、東条先輩を見て思い出したように語りかけた。

 

 

「ふあぁ……ん……あぁどうも東条先輩。何か御用です?」

「…………具体的には私ではないのだけどね。用があるのはこっちの新人トレーナーの方よ」

「え。はぃ!?」

 

 

 急に話題をこっち振られて挙動不審になってしまう。

 いやいや、僕この人とは完全に初対面なんですけど!? 用があるも何も、僕分からないんですけど!?知らされてないんですけど!?

 

 

「貴方、昨日の業務スケジュールの中にあった【共有サーバーへのデータ保存】は終わらせているかしら?」

「え? あ、はい」

「そう。なら後は受け取るだけね。多良トレーナー? 貴方、それだけ堂々とサボタージュしているということは、しっかり仕事を終わらせているんでしょうね?」

「そりゃもちろんですよ。午前の内に終わらせましたから。ていうか寝てた理由は8割それの疲労です」

「残りの2割は?」

「一昨日のダンスの弊害です」

 

 

 ストレッチみたいに体を伸ばしながら、東条先輩と話をする灰色パーカーの人。

 

 ――いや多良トレーナーって東条先輩が言ってたな。ていうか怖い怖いです東条先輩。その威圧感は一体どこから出てるんですか。後なんで多良トレーナーはそんな平然としてるんですか。あなたに向けられている威圧ですよね。鋼の心臓でも持ってるんですか。(ガクブル)

 

 

「用がある……ああ、そういえば経理資料を俺に任せるのが初めての人がいたっけ」

「今頃思い出したのね……。そうよ。新しく担当を持った新人トレーナー」

「ふーん、それがアンタか?」

 

 

 腕を後ろに伸ばしながら僕を見る多良トレーナー。

 それと同時に視線が僕の方に集まる。

 

 ……そろそろ胃が痛い。なんで何も知らない僕がこんな風に話題を振られなきゃいけないんだ。

 とりあえず会話は成立させよう。うん。受け答えはしっかりしておかないと。

 

 そうして、多良トレーナーの問いに答えようと口を開こうとした時。

 

 

 

 お腹の時計がグゥゥー…と、問われた答えに応じてくれた。

 

 

 

 ……違う。誤解なんです。いや誤解じゃないんですけど。お腹減ってますし。ご飯食べてないし。

 だからその……苦笑しないでください……。一番効きますその反応。

 

 

 

 



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在り方は人それぞれだろ?楽しい生き方を見つけよう

お仕事辛い。推し事楽しい。


 

 

 とっても今更な話をしよう。

 内容は俺がいつもしてるめんどい仕事の話。ハイ始まりー。

 

 

 俺がトレセン学園で行う業務は大まかにいうと2つある。

 

 一つは、他のトレーナーが抱える雑務業の肩代わり。

 

 トレセン学園におけるトレーナーというのは、常日頃から人手不足に陥っている。

 何せトレーナーの資格というのはハードルがクッソ高いのだ。去年の合格率って確か5%切ってたっけ。

 

 まあ、中央の学園ともなればそのくらいのハードルは超えてもらわないと困るようなものなのだろう。

 

 雑務業の肩代わり、ってのは主に書類関係とかの処理だ。

 例えば、トレーニングの費用整理だったり、施設の予約だったり。

 言ってしまえば他のトレーナーに任せても構わない業務を、トレセン学園に勤めているトレーナの()()()()()を、俺が肩代わりしてるのだ。

 

 おかげ様で、他のトレーナーが自身の担当のウマ娘に割く時間が増えたらしく、俺の仕事は非常に好印象だ。昔から変人を見る目は変わらないが。

 おい、なんだこいつ、みたいな目で俺を見るな。間違ってないけど。

 

 

 んで、二つ目だが。こっちは趣味と業務の掛け合いって感じになるな。

 

 以外に思うかもしれないが、小さな拠り所『ウマ小屋』の経営である。

 

 これに関しては俺がトレセンに入って、しばらく経った後に頼まれた仕事だ。

 元々この小屋は廃墟同然の使われなかった倉庫だったのだが、俺が自分の居場所確保用に理事長に頭を下げて勝ち取った場所なのだ。

 

 だが勝ち取ったとはいえ、やはり廃墟同然の倉庫。見た目はほんとに脆く、壁面に至ってはカビすら生えていた有様で、当然このままでは私用で使うことができなかった。キノコも生えてたからな。あの時マジでビビったわ。

 

 なので、俺はこの倉庫を改造――もといDIYすることにしたのだった。

 

 実家が自然豊かな北海道にあったおかげで木こりとかの経験もあったし、同じく趣味活を生きがいとする親父に色々教えてもらっていた身だったから、特段、建築に苦労することはあまりなかったな。

 

 あ、でも電気関連の設置とかは流石に専門外だから理事長に相談した。

 そして、それがきっかけになった。

 

 理事長からのふとした話題――理事長が個人的に抱えてたにんじん畑の運営についての話題に合わせて、気まぐれに『俺が飯屋でも開いてそのにんじん畑の運営を合法的に認めさせましょうか?』なんて返したのが全ての始まりになった。

 

 冗談交じりで答えたつもりだったのだが、あの見た目マジロリ理事長はすっげぇ真に受けて『驚愕! ぜひ頼みたい!!』と、俺の手を握ってきたのだ。今でも思い出すあのキラキラした目、マジで嬉しそうにしてたな。理事長秘書のたづなさんは額に手を当てて呆れてたけど。心中お察しします。

 

 ただ気分屋の異名で通ってるさすがの俺でも、即時決断とはいかなかったので半日ほど時間をもらい俺は返答を考えた。仕事に影響するくらいの規模にもなると、じっくり考える必要があったのだ。

 

 幸いにも、俺は人並みには料理できるし、料理自体をめんどくさいと思わない性格――なんだったら楽しめる側の人間だった。俺一人暮らし。そこそこ自炊できる。世間じゃこれが異性にモテる人間らしいね。あまり興味ないけど。

 

 あの時の俺は芝生に寝転がりながら、特に断る理由もないことを自覚し数時間ほど呻いていた。

 

 んで、ちょっと考えて決定的な決断理由が生まれたのだ。

 

 

『……店主ってなんか……良いな』

 

 

 だって、飯屋の店主って一度は夢見るじゃん。男の夢じゃん。以下完結。

 てなわけで即決である。

 

 俺は理事長の手を、固く握り返しに行くのだった。

 

 結果、理事長は大歓迎といわんばかりに、小屋の改造計画と飯屋の創設を学園側に即提出。

 1日を通しての会議で、提案に対する利害が一致したため、計画が承認されることになった。

 

 

 お偉いさん(学園)側の利益としては

 【普段から他のトレーナーが抱えてる業務に対するストレス解消を行う場の創設】と、一つ目に語ったことに関係する点【雑務業のデータを受け渡す際に通す中継地点としての場所の活用】だ。

 

 俺の利益としては

 【自分の作業と自由スペースの確保】と、【飯屋の店主というロマンを手に入れること】

 

 この見事なまでの利害一致に、会議に出てたお偉いさん方は反論の意見がまったく出てこなかったことを今でも覚えてる。何せこの計画がトレーナーの業務システムを良い方へ一新する可能性があったのだ。否定の理由がない。

 

 ここだけの話、眉間にしわが寄っているお偉い爺さん婆さんを見るのは非常に気分が良かったです(ゲス)

 

 そして承認から数か月。

 小屋も完成し、俺は晴れて 小さな拠り所『ウマ小屋』の店主になったのだった。

 新人トレーナーには、勝手に飯屋を開いていると思われがちだが、しっかりと学園側の意図を理解したうえで俺は経営してるのだ。えらいぞ俺。

 

 ――てなわけで以上、俺が普段行っている業務である。

 トレーナー業? ああ、あれは趣味の内だから。趣味=業務じゃない。QED 証明完了。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 さて、今更な説明も終わったところで場面は変わり、時は今、場所は『ウマ小屋』主演は俺、ウィング、東条先輩、ゲストに新人トレーナーを呼んでおります。

 

 

「演劇の紹介みたいだね」

「みなまで言うなウィング。あ、お待たせしました東条先輩」

 

 

 もはや当たり前のように俺の隣に立つウィングの言葉をいなしながら、俺は目の前で腕を組みながらカウンター席に座る東条先輩に語り掛ける。

 さらにその隣には俺に用事がある()()()新人トレーナーが座っている。……なんか挙動不審状態で。

 

 

「遅いわ。休憩時間も過ぎているのだしもう少し早めに支度をしてほしかったのだけど」

「すいませんね。経理処理を終わらせて速攻寝たもんで、データのコピーをし忘れたんですよ」

 

 

 そう言って、俺はカウンター席に座る二人に黒色のUSBを渡す。

 

 

「あ、コレ今週分の書類データです。隣の新人トレーナーの人もどぞどぞ。せっかくなんで今渡しておきますね。日付順にフォルダも並べておいたんで案外見やすいかと」

「……あ、はい。ありがとうございま……ってはい!? もしかして終わらせたんですか!?

 昨日サーバーに保存したばかりの山みたいにあったあの書類を!?

 

 

 渡した途端、新人トレーナーの方が静止していた体に鞭を打つように跳ね上がった。

 ああうん、そういう反応もう慣れたから。毎回俺を始めて利用する新人トレーナーに驚かれる反応されるからね。

 まあそりゃ昨日まで四苦八苦していた書類共が片付いてるってことを聞かされりゃ驚くのも無理無いと思うが。少しは安堵してくれる反応をとってもいいんだよ?(無理)

 

 

「そうだけど。あ、もしかして紙での出力の方がよかったか?だとしたら一回小屋に戻って印刷しなきゃいけないから時間が少しかかるが」

「いえそうじゃなくてですね……えっと、と、東条先輩!? 今更な気もするんですけど説明が欲しいです!」

 

 

 動揺に動揺を重ねて助けを求めるように東条先輩に説明を求む新人トレーナー。

 

 やかましうるさしという感じで眉間をつまみながら東条先輩は説明を始めたので、俺は傍に置いてある袋から氷砂糖を取り出して口の中に放り込む。

 

 ウィングもいるか?いらん? あ、そう。じゃあニンジンジュース用意するわ。飲むだろお前?

 

 

「そういやウィング、お前授業は?」

「東条トレーナーに呼ばれたって名目で二コマだけ休みにしてあるよ。休む口実ができたから少しうれしい」

「おー、そりゃ良いな」

「聞こえてるわよ貴方達」

 

 

 ひぇ、地獄耳。

 

 

 

 

 

 今先輩が新人トレーナーに言ってる俺の業務の説明は上記で終わらせてるから、まあこれは補足ということで。

 

 通常、順調に処理し終わったデータを受け渡す時は、昼休憩が終わった後ぐらいに俺自ら出向いてそのトレーナーに渡しに行く。もちろんセキュリティの都合上、受け渡しに行くまでの道中は監視が付くぞ。学園側の用意した黒服のきっちりとした真面目そうな人がな。あと筋肉もガチムチだ。

 

 だが、もし重要な用事で受け取りができない場合。

 それこそ、各トレーナーの担当絡みの用事があった場合はどうするか。

 

 幾ら雑務業のデータの受け渡しとはいえ、トレセン――それも中央の施設のデータとなると、ただの雑務業のデータの規模もとんでもない規模になる。

 例を言うと『数百万単位の費用が必要になる施設の貸し出しの取引資料』とかだ。そんな貴重な情報を監視無しで業務終了後に持ち運ぶことは、まあ言わずもがな流石に危険すぎる。

 

 だからそういう時、俺の店を経由して受け渡すのだ。

 さっきも語った【雑務業のデータを受け渡す際に通す中継地点としての場所の活用】である。

 

 飯屋の飲食や予約での来店という名目なら、データの受け渡しという可能性を感づかれることもまずないし、持ち運びの不要ということも合わさって安全性は高い。なんせ俺の業務室の扉って鉄製でセキュリティーロック3重のガチガチ部屋だからな。覗かれるような窓もないし。

 

 っと、先輩の説明が終わったぽいな。

 

 

「――ということよ。今日は挨拶だけで終わらせるつもりだったのだけど……」

「まあ、初回サービスってことでささっと終わらせておきましたよ。数日はそっちの新人トレーナーの方も担当に集中できるでしょうね」

「…………毎回思うのだけど、貴方そういう気遣いは普段からできないのかしら」

「それ、数ヶ月前に沖野先輩にも言われました」

 

 

 まあ、これが俺の通常運転なんで変えるのは無理っすね。うん無理(大事なことなので2度)

 

 

「……んで、新人トレーナーの方は確か俺に用事があるらしいですけど。一体何の用事です?」

「さっきの言った通り、ただの挨拶よ。良くも悪くも、これから貴方に世話になるのだから」

「『悪くも』は余計過ぎません?」

「否定できるのかしら?」

「いやしませんけど」

「……できないじゃなくて『しない』って言いきれるところ、自分を理解してる感じがしてトレーナーらしいよね」

「そりゃ俺だし。で、挨拶でしたっけ」

「っ!」

 

 

 空気になりかけてた新人トレーナーがビクリっと体を震わす。

 東条先輩は新人トレーナーの方に目線を向けて、「ほら挨拶しな」という風に顔を動かす。

 

 新人トレーナーはそれに応える様に俺に顔を向けてお辞儀をした。

 

 そして、俺と新人トレーナーは――……名前長いから『後輩B』と略すか。

 まあ簡単な自己紹介と挨拶をお互いに終えた。

 

 で、用事はそれで終わりかと思ったんだが……

 

 

「あの、多良先輩。一つだけ聞きたいことがあるんですけど良いですか?」

「ん? ああ、まあ。俺が答えられる範囲ならいいが」

 

 

 申し訳なさそうに後輩Bが俺に問う。

 あー、いつものあれかな。先輩としての助言みたいなのが欲しいとかそんな感じのやつg

 

 

「先輩があの都市伝説の――【童心】なんですか?」

「――――」

 

 

 ハイ絶句。

 ああそう、そういうことね。コイツまさかのネットの渦出身かよくそったれ。ああ、くそくそくそぅ……現実(リアル)って奴はいつも俺に牙をむきやがってあ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"!!!!(発狂)

 

 頭を抱えそうになりながらも、俺は冷静に周囲を見る。

 

 東条先輩は言葉の真意が分からず頭上に?を浮かべている。

 そりゃそうだろうけど。この人がネットの世界に入り込むイメージ付かねぇし。

 

 

「くっふ……っ、まさか掲示板に居る人だったなんて……っ!」

 

 

 んで隣に立つウィングはめっちゃ笑いをこらえてた。

 この野郎他人事だと思いやがって。お前は世間に【飛翼】とか良い名前で知られてるかもしれねぇがよぉ……俺なんか酷いんだからな?

 【童心】って俺の行動が()()()()()()()って付けられた名前だぞ?どこにカッコよさも敬意もあるんだよ。

 

 ……愚痴が長くなったな。まあしっかり受け答えはしよう。

 

 

「…………あー、お前あれか。スレの出身か」

「トレーナーを目指していた随分昔の事ですよ。最近はご無沙汰です」

「そうか。まあ、偶にはスレに顔を出してやれ。まだあそこ(深淵)全然過疎ってないから面白いぞ」

「考えておきます。……自然な受け答えってことは、答え、合っているんですね」

 

 

 なんでキミが落胆した感じの表情をするんですかねぇ……。

 あれか、真実は残酷って奴か。都市伝説の真実を知って想像してたイメージと違ったって奴か。

 

 

「……ま、その問いに関しちゃ正解で構わねぇよ。あとこの件、一応言っとくが他言無用で頼む」

「大丈夫です。自分もネットの民だった者なので、そこら辺のプライバシーは守ります」

「よし」

「貴方達、一体何の話をしているのよ……」

 

 

 ジト目で俺達を見る東条先輩。

 これはあれなんで、そういう世界に入ったことのある人間しか分からないアレなアレなんで、理解しなくていいですよ東条先輩。ていうか理解したらあんたのキャラ壊れそうで怖いっす。(ちょっと見てみたい)

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 一つ礼をして、僕達はその小屋――いや『店』から出る。

 

 僕が挨拶をした後、多良先輩は「腹減ってるだろ」と簡単な食事を作ってくれた。

 一応お店ということだから代金がかかるのかと思ったのだが、多良先輩が「世話掛けた迷惑料だ。割り引いとくよ」と気を聞かせてくれるらしい。

 後日、給料から10円だけ差し引かれているのを確認。店主ということだけあってしっかりと代金は取っていったようだ。

 

 

 濃いめの味付けがされた生姜焼きはすごく美味しかった。

 

 

 多良先輩との会話はとても有意義な時間で終わった。

 伝説を育てた大先輩からの助言の数々、些細な会話に至るまで覚えている。

 スレの民というところからも波長が合っているのかな。根拠はないけど。

 

 

『助言? あーそうだな。まあとにかく、お前が今面倒かけてる娘を楽しませる事を考えてみたらどうだ?』

 

『なんでか、ってそりゃお前その方が楽しく走れるからに決まってるからだろ。……おい笑うなウィング、分かってるから。昔お前に言ったのと似たようなこと言ってんのは』

 

 

 一つ思うが、アストラルウィングは多良先輩との距離が近すぎではないのだろうか?

 なんか気づけば隣に立っているような……元担当との一心同体感っていうものなのかな。

 引退バになっても、トレーナーとの絆が固く繋がっているとか。

 

 このお互いに遠慮のない感じ……夫婦のような関係性を思わせるなぁ。

 

 

『ま、楽しいってのは重要だぞ。モチベの維持、精神面の安定、何より物事が楽しいって思えるようになるからな。人生の価値が上がる』

 

『在り方は人それぞれだ。十人十色(じゅうにんといろ)、適材適所。こんな言葉もあるくらいだし』

 

『時間はあるんだ。お前に合ったやり方で、お前なりの【トレーナー】てのを見つけりゃいい。選んだ娘と一緒にな』

 

 

 まるで自由奔放を体現しているような人だった。

 厳格でもなく、他人の意思を尊重する自由人のように見えた。

 

 

「その見方は間違いじゃないですよ。あの人はどこまで行っても()()()()()()()()ですから。

……まあ、気まぐれで行動することが多いから、周りの人が着いていけないこともありますけど。今日みたいに」

 

 

 隣を歩くアストラルウィングが誇るように、楽しそうに語る。

 

 子供のようで大人……うん、確かに納得できる。

 短い会合だったけど、それに納得するだけの理由も、言葉も、行動も見れたからね。

 

 

 ……あと、どうして多良先輩は僕にスレの民だって気づかれて嫌な表情をしていたんだろうか。

 世間に顔を徹底的に出そうとしない理由もだ。アストラルウィングのトレーナーなら求める以上の名声とかも得られるだろうに。

 

 

「あれだよ。噂は噂のままにしておきたいから、トレーナーは秘密にしているんだよ」

 

 

 ??? その心は?

 

 

「『その方が()()()』らしいですよ。考察とかも捗るだろ?って♪」

 

 

 ……ああ、確かに。多良先輩らしい。

 自分の糧より、他人の楽しみを優先するのか。それができる人なのか。あの大先輩は。

 

 確かに伝説だな。僕が思っていたより、もっと。

 人として完成されているなんてものじゃない。

 

 それよりもっと大事なものを、あの先輩は信条に持って行動している。

 

 尊敬を越えて、憧れにでも昇華しそうだ。あの生き方には。

 

 

 

 

 





理想の生き方って決めてた方が楽しいよね。


追記:遂に評価バーが満タンに行きました。いつも見てくれてる読者のおかげです本当に感謝感謝(土下座)

あとは赤にするだけだ……がんばろ。


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娯楽と目的への歩みの調節は慎重に


テイオー、出番だぞ



 

 

『ブライアンから話を聞いて付いて来たが……本当にあるとは』

『姉貴、座る場所はどこがいい? テーブルとカウンター席があるが』

 

『……おぉ、珍しいのが来たな』

 

 

 


 

 

 

 

 

「さて、と。始めるぞー」

 

 

 ウマズキッチンなう。

 

 もうこの場面説明も言い慣れたな。まあ一応補足で説明すると、時刻は午後3時の土曜日とだけ説明をば。立ち位置としちゃ、カウンター席にウィングとテイオー。厨房に俺と()()()()が立っているという感じだ。

 

 

「「はーい」」

「よし。いい返事だ」

 

 

 席に座っている愛バ達から返事が返ってくる。 

 実に間の抜けた良き返事だ。うんうん、中々リラックスしているようで。

 俺は前日に洗っておいたボウルを片手に持ちながら、担当2人の顔を眺めた。

 

 

「ねえアスウィー。トレーナー、今から何するんだろ」

「……さあ? 私も急に呼ばれたからわかんないよ」

 

 

 はっはっは、白々しいなウィング。お前には説明してやったから事情は分かってるだろうに。テイオーを逃がさないためにわざと知らないふりをしてやがるな。

 

 ……さて、これから何を始めるかについてだが。これに関しては今日の来店者に関係している。

 それがこの娘だ。

 

 

「すまないな。付き合わせてしまって」

 

 

 顔が埋まるのではないかと思うほどに前後左右に伸びた頭髪に加えて、大きい頭

 そして、着慣れているらしいエプロンを付けて俺と一緒に厨房に立つ少女。

 

 彼女の名前は「ビワハヤヒデ」

 

 つい数日前に知り合って、料理の知識などで意気投合した新しく興味の沸いた知り合いである。

 

 

「なに、事情を知ってる以上俺も無関係じゃいられないからな。店主としてもだが、一人のトレーナーとしてもナリタブライアンの野菜嫌いを何とかしなきゃいけない義務があるさ」

 

 

 俺個人の興味ってのもあるしな。っと、だべる時間じゃないか。

 んじゃ、経緯の説明といこう。

 

 

 ナリタブライアンとビワハヤヒデ。

 きっかけの原因は、数日前にこの2人の客が来店してきたことから始まった。

 

 様々な事情があるものの、曲がりなりにもうちは飲食店。

 トレーナーに限らず、色んな人が来店することだってある。上司だったり、事務業の後輩だったり、それこそウマ娘達だったりだ。

 その例に漏れず、トレセンの生徒会のメンツが来店することもあるのだ。

 ……まあ、隠れた店って(てい)でやってるからあまり人は来ないが。

 

 と、それは良いとしてナリタブライアンとビワハヤヒデの話をしよう。

 

 まずはナリタブライアン。

 彼女とは生徒会の副会長であることから、職員の俺と少しは知り合いの仲である。

 というか、生徒会メンバーとは業務の関係上全員知り合いだ。経理処理を任されることがあるからな。

 

 そんな彼女は生徒会のメンツということもあり、俺の店を設立当初から知っている数少ない一人だ。硬派な性格故か、あまり店に顔を出すことはないが、それでも大事な客として扱っている。

 

 

 次はビワハヤヒデ。

 彼女とは、初顔合わせかつ俺の店の初見さんだった。

 冒頭の会話であった通り、俺の店を知ったのは妹(?)のナリタブライアンからの紹介らしい。

 

 そして、彼女が今日の集まりの提案者である。

 

 理由等とかは口頭で説明するのもなんだし、数日前の会話を元に説明しよう。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 数日前『ウマ小屋』にて

 茜色の空が夜の帳で閉じかけた時間帯。

 

 

『……おぉ、珍しいのが来たな』

『久しいなトレー……いや、今は店主か』

『おう、久しぶりだ。つか、そこまで呼び方を気にしなくていいっての。どっちも俺を指す名前なんだからよ』 

『そうか、ならトレーナーと呼ばせてもらう。生徒会との関わり上、こっちの方が呼びやすい。

姉貴、カウンターの方に座ろう』

 

 

 口に枝を加えながら、ブライアンはカウンター席に座る。

 隣の頭がデカい少女――()()()()()()も、それを見てブライアンの隣の席に座った。

 そして、初見さんである彼女は、俺の店を眺める様子を見せて俺に問う。

 

 

『キミがここの店主ということでいいのか?』

『ん? ああ、そういうことだ。姓は東八尾(ひがしやつお)、名は 多良(おおい)。まあ名前は長いから店主とかそっちのブライアンみたいにトレーナーとかで呼んでくれて構わねぇよ』

『そうか、なら私は店主と呼ばせてもらおう』

 

 

 微笑を浮かべながら、彼女は長い後髪を手で払う。

 スレ民なら瞬で惚の字が浮かぶような美顔だが、生憎(あいにく)そういうのはウィングで見慣れてる俺は平然と座る2人に()()()()()

 

 いつもなら、既にメニューを決めて提供するのが俺の店ならではのスタイル。

 ――なのだが、この日は何も決めずに要望された料理を作りたい気分だった。

 

 慣れない注文をされたブライアンは少し考えてメニューを決めた。

 初見さん故か、そういう形式なのだな、と理解したビワハヤヒデは食べたいものを決めてたのか悩む様子無く注文をした。

 

 前者がハンバーグ

 後者が野菜炒め

 

 ――野菜炒めと聞いたブライアンが顔をしかめたその一瞬を、俺は見逃さない。

 が、そんなことは知り合いであることから分かっていたこと。

 

 何も思うことなく厨房に向かい、慣れた手つきで調理を開始。

 野菜炒めは定番の調味料やらを使ったものを。

 ハンバーグはトッピングの野菜無し――のように見せかけて()()()()したものを作る。

 

 もちろんウマ娘サイズということもあり、超大盛で。

 

 そしてその最中、思い出すように俺はビワハヤヒデへと確認を取る。

 

 

『――ところで()()()()()()。アンタ、この店を知ったのはブライアンの紹介からって感じでいいんだよな』

『そうだが……ん? ちょっと待て、私はまだ()()()()()()()()()()()はずだが、なぜキミは私を知っている?』

『いろんなところで有名人だからな。名前も顔もよく覚えてるよ(頭がデカいこと含め)』

 

 

 俺の言葉に疑問を持ったビワハヤヒデだが、その理由を聞いて納得したらしい。まあ、ただ入学してきたウマ娘たちの顔は一通り頭に入れてるだけなんだけど。思い出し記憶って奴だ。常には覚えてられない。

 

 その後、俺は彼女からブライアンからの情報源であることを確認。

 調理の手は止めないまま、俺は心の中で「よし」と拳を握る。

 

 

 俺の店は隠れた店。

 そう言う体で経営している以上、俺の店の情報の出所は初見さんに毎回聞いているのだ。

 知り合いの紹介か? 偶然見つけたか? とか。

 

 そういう質問に対して、肯定ならセーフ。否定なら一応の声掛け。

 

 噂が出回る程度ならいいのだ。そんな店があるという噂が無いと人も来なくなるからな。

 だが、もしそれが確信となった時だ。

 俺が作り上げた、隠れた店という名の『ブランド』は消えてしまう。

 流石にそれは全力阻止だ。だからこその声掛け。

 

 看板無き店の実態は守り通す。これ俺のこだわり。おいウィング苦笑すんな(幻覚)

 

 

『ほいよ、ハンバーグと野菜炒め。お待ちどうさん』

 

 

 と、そんな思考とウィングのワンシーンが垣間見えた所で、雑談をしていた姉妹(?)2人に完成した食事を出す。ブライアンに姉がいるのは知らなかったが、さっきビワハヤヒデのことを姉貴って呼んでたから多分姉妹なのだろう。知らんけど。

 

 そうして出した巨大な2つの皿には、レコードディスク顔負けの巨大なハンバーグとエベレスト顔負けの山のような野菜炒めが盛り付けてあった。

 ……あ、そうだ。これも出しておかねぇと。

 

 

『……? 店主くん。私はハンバーグなど頼んでは無いのだが』

 

 

 野菜炒めと同時に出した小皿一つ分のハンバーグを見たビワハヤヒデが俺に問う。

 

 

『ああ、それはサービスだ。作ってる途中で材料が余ったってのもあるけど、ビワハヤヒデはうちの初見さんだからな。ま、今後ともご贔屓にって意図だと思ってくれ』

『……会長もよく言ってることだが、なぜお前はそういう気遣いをいつもできないんだ』

 

 

 うっせぇブライアン。それもうここ最近で3人くらいから言われたわ。

 それに、これは他にも意図がある行動だ。影響を与えるための、だ。

 

 

『ふ……。とはいえ、野菜を入れていないとは、お前も私が分かっているな』

 

 

 特にブライアン。お前にな。

 

 

『ビワハヤヒデ。そのハンバーグの感想を食べた後でいいから聞かせてくれ。俺はちょっと厨房の片づけをしてくる』

『あ、ああ。わかった』

 

 

 そう言って俺は厨房へと足を運ぶ。

 去り際に聞こえた「これは……っ!」という声を聴いて計画が成功したことを確信しながら。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「あのハンバーグには、細かく刻んであった多種多様な野菜が混ぜてあったんだ。しかも、食べている当人に分かり難いように色んな工夫もしてあるように見えた。……事実、あの野菜嫌いのブライアンが気づかずハンバーグを完食していたからな」

 

 

 正直ブライアンを見て驚いたよ、とビワハヤヒデが語る。

 回想は終わり、時間は現在に戻って店の中。俺はウィングたちに今日何をするかに至るまでの経緯を話していた。

 

 

「へぇ~、トレーナーってそんなのも作れるんだ」

「結構苦労はしたがな。レシピとか見たり実際に工夫したりで1日が潰れたこともあったぞ?」

「大変そ~だね」

「まあ、大変ではあったが作ってる最中は楽しかったぞ? 感覚としちゃあれだ。お前、テイオーのトレーニングメニューを作んのと同じ感じ」

「ボクのトレーニングメニューは料理を作るのと同じものだと思われてるの……?」

 

 

 判明した衝撃の事実に落胆の表情を見せるテイオー。

 ……自分で言っといてなんだが、感覚とかそういう例の類だから。あんま気にしなくていいぞ……?

 

 

「ま、とにかく俺は知り合った当初からブライアンの野菜嫌いは目に余っていたからな。ずっと前から何とかしたいと思ってたんだ。で、どんな手段を取ろうか考えてたんだが……」

「そこに姉妹のビワハヤヒデが来たっと」

 

 

 ウィングの言葉に俺はああ、と肯定する。

 

 

「姉妹となりゃ好き嫌いの把握くらいはできてると思ってな。……つってもまさか直々に教えてほしいって流れになるとは思わなかったわけだが」

「私としても、今後ブライアンの食生活を改善できるチャンスだと思ったからな。無理を言わせてもらった」

 

 

 話を聞く限り、ビワハヤヒデはブライアンの食事を作ることが多くあるらしいのだ。姉妹というからにはそういう機会も多いのだろう。

 そんな姉妹の姉であるビワハヤヒデ。面倒見がいい性格か、ブライアンの食生活には目も当てられない日々が続いていたのだという。なんでも、肉や肉や肉や肉を食べる生活だとか。偏り過ぎだ。痛風になるぞ。

 

 と、彼女がどうしようかと心の片隅で悩んでいたところに、俺の料理というアイデアが出てきたというわけだ。まあ、ただただ肉に多くの野菜を触感とか分かりずらい様に詰め込んだ料理だけどね。

 

 んで、そこからビワハヤヒデは俺に料理の教授を受けに来た、と。

 

 

「……てことで、一度集まって教授でもしようかって話になったんだがよ」

 

 

 さて、ここで本題。

 今日、なぜこの場に、話とは関係のないウィングやテイオーを呼んだのかだ。

 

 

「味覚ってよ、人それぞれで好き嫌いが違うだろ?」

「え? うん」

「料理って参考になる意見があれば、また良さげな改善案が生まれるかもしれないだろ?」

「う、うん……」

「その為には人がいるわけだよ。旨いかどうか味見をしてくれて、良い意見を言ってくれる人が」

「…………」

 

 

 テイオーが静寂を貫く。

 ウィングが軽い笑みを浮かべる。

 ビワハヤヒデが困惑顔で俺たちを見る。

 

 そんな中、俺は誰からか放たれる次の言葉を待った。

 

 そして数秒の間。

 静寂を破ったのは、やはり俺の担当だった。

 

 

「……え、待って!? じゃあもしかしてボクが呼ばれた理由って……」

 

 

 俺の言葉に動揺し、目に見えた困惑を見せるテイオー。

 

 そう、俺はテイオーに何の用事でここに集まってきてほしいかを()()()()()()

 なぜなら、理由を話せば十中八九こいつが尻尾巻いて逃げ出すからだ。物理的に。

 

 さぁ、テイオーが苦虫を潰した表情になったところで答え合わせだ。

 最近の俺に対する扱いの仕返しだと思いやがれ。

 

 

()()()。お前も野菜嫌いが激しいからな。これを機に慣れさせてやる。ついでに必要分の栄養も取らせる」

「ウ"ェ!?ヤダ!!」

 

 

 ガタッ!っとテイオーは座っていた椅子から思いっきり立ち上がり踵を返そうとする。

 が、しかし。それは瞬で。刹那の一瞬で止められた。

 

 

「逃がすなウィング」

「わかってるよ。はいはいテイオー、今日は付き合ってもらうからね~」

「ハナシテー!! イヤダー!! アスウィ-ノウラギリモノー!!」

 

 

 唐突な半角カタカナ叫びは腹筋に来るからやめてくれ(笑)(ゲス)

 

 

 走って外に逃げ出そうとするテイオーの行動パターンが分かっていたのか、一足先に後ろに回り込みテイオーを羽交い絞めするウィング。

 笑いを堪える俺。事情を知らず困惑するビワハヤヒデ。

 俺の店内に、そんな混沌とした状況が奔る。

 

 てか別にウィングは裏切っては無いだろうに……。いや、白々しい嘘つきではあるだろうけど。

 

『ねえアスウィー。トレーナー、今から何するんだろ』

『……さあ? 私も急に呼ばれたからわかんないよ』

 

 記憶から掘り起こされる数分前の会話。

 テイオーが何をするのか聞いてきたときに、知らないふりををしたのは間違いなくこういう反応をアイツが見たかったからだ。実に性格の悪い。

 

 だがテイオーよ。これはむしろ善意の行動だぞ。

 ついこの前、テイオーに最近の食生活を聞いてみると結構偏った結果だったからな。いくらレースで強かろうが、栄養不足の体調不良でレースに出れません、てのじゃ話にならないだろう。

 

 トレーナーとして、後は知り合いとしてこれは見過ごせない、いただけない。

 

 てなわけで、さっそく始めようか。

 

 

「ビワハヤヒデ、そこの食材から何か選んでくれ。普段ナリタブライアンが食べなさそうな物を」

「ふむ、ブライアンは基本野菜なら何でも食べないが…………そうだな。最近はこれかな」

 

 

 テイオーがウィングの腕の中で暴れているまま、顎に指を当て、思考するビワハヤヒデ。

 長考の末、そうして手に取ったのは――

 

 

「ピーマン!? お願いトレーナー!それだけは勘弁してェ!!」

 

 

 ……ああ、そういえばテイオーは特にピーマンを毛嫌いしていたっけな。

 遅帰りの時に夕飯を作ってやったら、ピーマンを入れるかどうかよく聞いてきたし。

 まあ必要になったら無理やり食わせたけど。

 

 

「と、トレーナー……?」

 

 

 分かってるよな? と信じるように、泣きそうな目をしながら俺の目を見るテイオー。

 分かっているとも。お前が嫌なことにとことん拒絶感を感じる性格というのは。

 どことなく俺と似たような感性を持っているのは分かっているとも。それは俺とてよーく分かっている。

 

 だからこそ、俺は笑顔でこう言うのだ。

 

 

「よし。使うか」

「トレーナァ!?!?」

 

 

 はっはーw!!

 最近の仕返しだテイオー!!自由時間を奪われに奪われ続けた俺の私怨を思い知りやがれぇ!!!(クソ野郎)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう……もうどうにでもしてェ……」

「あ、テイオーが溶けてる」

 

 

 2時間が経過。

 味見組が楽しみにしてたり溶けたりしているその間、調理組は試行錯誤を繰りかえす。

 

 数回の試食で分かってきたのは、テイオーは苦いものが特に苦手の部類に入るというものだった。

 子供の味覚は敏感だから、苦いものに拒絶反応があるっていうのはよくある話だし、まあ納得。後は甘党の弊害になるのかね。

 

 

「うーん……焼く時間をもうちょい増やすか。あと水も足そう」

「む、どうしてその必要がある?」

「野菜特有のシャキッて触感が残ってるから。野菜嫌いの大半は触感と臭いで好き嫌いを分けるからな」

「ふむ、ならばもう少し温度も上げてみるとしよう。5℃ほどで十分だろうか?」

「焦げ目がつかない程度に調整すりゃ十分だ」

 

 

 ……まあ今言った理由はこじつけみたいなもんだけど。

 だってハンバーグなのに肉感が無かったら美味しくはならないだろ?

 『目的』と『娯楽の潤い』の調整はしっかりしないと、いつか食事って行為そのものに目的の偏りが生まれるかもしれないからな。

 

 大胆に、たまには慎重に。趣味人には必要な技術だ。

 

 忘れないように人生を謳歌しよう。

 

 

 

 

 

 

「ところでウィング。お前、何でテイオーの反応が見たかったわけ?」

「ん? いやぁ、かわいい子供の狼狽える姿も偶には見たいなーって♪」

「……いい性格してるよお前。誰に似たんだ」

「少なくとも、私が今目の前で見てる人だとは思うけど?」

 

 

 

 





テイオーの出番。(不憫枠)
出番はあるって言ったからね。嘘じゃないし。

テイオーにピーマンを目の前に掲げて苦言した顔を両手でウリウリしてみたい。
めっちゃ癒しになりそう。


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耳にはすげぇ神秘が詰まっているらしい


あけおめことよろ!(遅い)

みんな! 無料100連はどうだった!?
俺は☆3 SSRは1枚も出なかったよ!クソったれ!!(日頃の行い)



 

 カタカタ、と何かを(つづ)る音がそこに響く。

 

 

「…………」

 

 

 サラサラ、と何かを記す音がそこに広がる。

 

 

「…………ふぅ」

「むぅぅ……」

 

 

 一息をつく少女の吐息と、紙の束を眺めてペンを持つ少女の苦痛の声が部屋の一室に鳴り渡る。

 そして。

 

 

「……お、もう昼か。ウィング、テイオー、良い時間から一旦休憩だ」

「ん。もうそんな時間?」

「ふあぁ……ボクも疲れてきちゃったよ」

 

 

 その空気を途切れさせるように、俺のPCに設定しておいたアラームが静寂していた空間に弛緩を与えた。

 小柄なテイオーが足をテーブルの下に伸ばして寝っ転がり、ウィングは思い出したかのように背を伸ばして体をほぐす。

 

 

 

 てなわけでこんにちは、トレーナーだぞ。

 時間は昼時、場所はトレーナー室で俺は俺とて仕事中。

 同じく滞在しているウィングとテイオーはそれぞれ学園から与えられた宿題に取り組んでいる最中だ。

 

 俺はご自慢のデスクの前で10枚ほどあるモニターとの格闘。

 学生の少女らは俺が設置したテーブルの上で紙との死闘を繰り広げていた。

 

 あぁ、あとさっき紙束見て唸ってたのはウィングの方な。コイツはテイオーと違って天才タイプじゃないから課題にも一苦労する普通の娘なんだよ。

 それとは逆にテイオーの方はスラスラ解いてる。迷いがない。頭がよろしいようで。

 

 

 学生が歓喜する時期である夏休み。

 ブラックもブラックに染まった社会人には到底縁がないその連休に、うちの担当らは体を漬からせていた。

 

 ――が、普通の学校には程遠いトレセンではあるが学園は学園。学び舎であることには変わりなく、例に漏れず生徒には夏の宿題が渡されているのだった。

 そして、夏休みということで宿題という課題を片手間に暇を持て余した俺の愛バらがトレーナー室に押しかけてきて今に至る。こいつらホント俺の部屋好きだな。

 

 

「ほい、これ弁当な」

「わーい! ありがとうトレーナー!」

「ありがとね」

「おう」

 

 

 そして、今から昼飯という休憩に入る。

 重い腰を上げて部屋に設置している保温機から弁当を取り出し、俺はテイオー達に渡した。

 

 因みに弁当の献立は、ニンジンの塩漬けに小粒のハンバーグ。だし巻き卵に加えて、ちょっとこだわった豚バラの肉巻きとその他諸々といった感じである。

 ハンバーグについてはこの間の料理回で作ったような野菜混ぜ混ぜの物だ。

 

 

「ん~おいしい~!!」

 

(…………よし)

 

 

 既にいただきますの礼を済ませて、それにがっつくテイオーを眺めた俺はさぞかし安堵の表情をしたことだろう。

 

 あの料理回から1ヶ月。

 その期間、テイオーはハンバーグを見ただけで警戒をしてしまう体になってしまったのだ。どうやら相当野菜を食わされたことに対するトラウマが根付いていたらしい。

 野菜不摂取の自業自得と言えばそれまでなんだが、流石にここまで長かったのは予想外だった。子供の癇癪は長い、という孤児院の先生の雑談はしっかり聞いておくべきだった……。もう後の祭りだが。

 

 

「トレーナーの仕事は順調?」

「ん? おお、順調だな。このペースなら合宿前には終わりそうだ」

「おー、さっすがトレーナー!」

「テイオーはどうだ? 課題、何とか終わりそうか?」

「ふっふ~ん。ボクは完璧無敵のテイオー様だからね! 余裕をもって終わらせるのだ~!」

 

 

 おお、すごいすごい。

 流石テイオーだ。この様子なら予定した日程までに終わらせられそうだな。安心安心。

 ウィングは……目を逸らしてんな。どうやら相当苦労してるらしい。後で見てやるとするか。

 

 あ、テイオー。口にケチャップついてら。どれ、拭き取ってやろうとテイオーの口元にティッシュを運びそれを拭う。トレーナーくすぐったいよ~、と言いつつもその場から動かずにテイオーは俺に身を任せてくれた。

 

 

「……トレーナが長期休暇分の経理処理までするって言ったときは、流石の私でも冷や汗をかいたけどね。ホントに死んじゃうんじゃないか心配で」

 

 

 さらっと物騒なことを言いながらジト目で俺を見るウィング。

 

 

「しょうがねぇだろ、テイオーの夏合宿の期間分俺は仕事が出来ねぇんだ。その間に他のトレーナーが抱えてるもんを消化させとかねぇとすぐに山詰みになる」

「だからと言って10日分を1日で消化するのは色々おかしいと思うよ?」

「それはボクも思う」

「だからしゃぁねぇ(しょうがねぇ)んだって。仕事なんだから」

 

 

 そう、仕事だから仕方がないんだ。

 こうやって朝5時に起床して働き続けてるのも、ファイルの容量が120GBを超える経理を全部処理するのも。

 全部仕事だからな。

 仕事だから!仕方が!ないんだよ!なっ!*1

 

 ……とまあ、文句を言っても仕事は減らないわけで。

 

 やるしかないのだ。

 そうしなくては給料が入らない。

 俺の『目的』である趣味に使うお金が手に入らない。

 

 あくまで、仕事は『手段』に過ぎない。

 それを成し、代価として俺が得たいものは『目的』としている趣味への"お金"という片道切符。

 

 だから死ぬ気で終わらせるしかないのだよ。

 俺の人生って趣味に全振りだからな! その道が閉じたらマジで俺の人生終わるんだよ!

 

 

「でもトレーナーはいいよねー、夏休みの宿題とか絶対苦労とかしなさそうだもん」

 

 

 と、卑屈めいた思考に(ふけ)っているとテイオーがテーブルに顎を乗せながら言葉を飛ばしてくる。

 俺の仕事の速さがいろんなものに生かせるのか、とかそんな考えからだと思うが……。

 

 

「いや、普通に苦労したんだが。なんだったら最後まで残しておくタイプだったからな俺」

「え、なんで? トレーナーならいつもの仕事みたいに1日で終わるんじゃないの?」

 

 

 ありえないでしょ、といった具合に目を開くテイオー。

 いや、そんな目をされてもなぁ……。答えは一つなもんで。

 

 

「テイオー……人間の手は2本しかないんだ。同時思考ならともかく、パソコンを使うような同時並行の作業なんかできないんだよ」

「…………あーなるほど? なんとなく分かったよーな……?」

 

 

 ゴロンと今度はテーブルに頬をつけて、テイオーは疑問と納得が混ざったような表情をした。

 

 まあ、そういうことである。

 

 もう語ったかもしれんが、俺の特技は”同時思考処理”と”同時作業処理”。

 要は【マルチタスク】というものだ。

 精度はともかく、コレに関しては一般人よりとてつもないほど逸脱した特技だろう。事実スレ民には引かれたし。

 

 俺は電子機器――モニターなら10の資料を同時に見ることができるし、それを頭の中で全部見て思考処理できる。ちなみに、俺の同時並行処理の最高記録はモニター12枚分な。

 

 んで、だ。

 

 対して、夏の課題というのは基本”紙”での出力だろ?

 紙として出された書類をいつもの様に同時に処理するにはスペースの問題で限界が来る。A4用紙の紙束なんかそこらに広げたら余裕で一部屋が埋まってしまうのだ。まあ、それでも目に映ってる範囲内なら同時に思考処理はできるんだが。

 

 問題は記入方法なんだよな。

 だって、わざわざ腕一本使って一つの書類に書いていくんだから。面倒くさいし時間がかかるったらありゃしない。

 それに対してPCのキーボードなら指2本で文字が書けるんだぜ? 人の指は10本あるんだから単純計算で効率は5倍以上だ。

 

 つまり処理方法の問題で俺は苦労したのだ。中学から高校の課題はよ。全部紙製だったからな。

 それと同様に、今俺がやっている仕事ももし紙での出力だったなら……それはまあ苦労することだろう。多分いつも3()()()で終わらせる作業が2()()くらいに伸びる。

 やっぱ物は使いようだわ。特技も活かし方次第。マジで電子出力で助かった……。

 

 以下結論、文明の利器。万歳。以上。

 

 ちなみに俺の学校はそういう電子機器が流行る前の学校だったのでそういう手段は使えなかった。チクショウ。

 

 なんか今の学校ってすごいらしいな。授業も遠隔だし、宿題も電子資料で出していいって話をニュースでよく見る。時代の流れはすごいわ。(小並感)

 

 

 

 


 

 

 

 

「いきなりだけどさぁ。ヒトミミって改めて見ると複雑な作りだよね~」

「……なんだなんだ、いきなり人の耳をジロ見しやがって」

 

 

 課題中。

 対面に座るテイオーからそんな言葉が掛けられる。クリッとしたその目には俺の耳が移っているのだろう。

 いや、いきなり何? 休憩中の話題にしちゃ随分と突発的過ぎるが。どうした?課題で動かした腕の疲れで思考力が吹っ飛んだか?

 

 

「いやだってさ、ウマ娘の耳ってすごくシンプルな作りでしょ?」

「んなもん見りゃわかるが」

「うん。だけどヒトミミってすごくこう……なんか、まるくてグニャグニャーって感じでしょ?トレーナーのを見てたら気になっちゃってさ~」

「いやお前俺の耳を見る前に課題(現実)見ろよ。今午後6時超えたからな?マジで終わんねぇぞ?」

 

 

 テイオーのすっげぇくだらない発言にジト目で返す俺は何も間違っていないだろう。

 

 分かってるよぉ~、と足を机の下でバタバタさせながら駄々をこねるテイオー。

 脚が俺の太ももにダイレクトアタックしてライフダメージ6000くらい食らってるので是非ともやめていただきたい。やめて?ねえ?なんで加速するの?

 

(……クソッ、ストッパー役のウィングを俺の店で夕飯を作らせに行かせたのは失敗だったか)

 

 足の痛みに耐えながら自身の悪手に言葉を吐き捨てる。

 気分が他に移った時の子供といったら、それはそれは対応がめんどくさい。

 簡単な方法は――まあ、その気分をささっと発散させる事、か。

 

 

「はぁ……少し休憩にするか。俺もお前らのとこの寮長に遅くなることを伝えなきゃだしな」

 

 

 そう言って、目の前に広げていた課題らを一旦片す。あと、携帯で寮長への連絡、と。

 

 どうせそろそろ夕飯の時間にするつもりだったのだ。多少時間が速くなっても問題なし。なんだったらウィングが飯を作って戻ってくるまでの準備に当てよう。

 

 ……うん。そうしたい。

 行動に移したいんだけど。

 

 

「……お前ホント俺の耳を見すぎだろ」

 

 

 さっきから。

 俺が休憩って言った時からずっとだ。

 テイオーが俺の顔をめちゃくちゃ凝視しにきてる。針みたいに尖った視線というか、そんな感じのじーっとみられるような視線。

 

 張り付くようなそんな感覚に耐えかねて俺がテイオーに言うと、今度は逆にテイオーから。

 

 

「ね、ね、ね、トレーナー?」

「あ?」

 

 

 テーブルから身を乗り出して。

 まるで肉親に甘えるように。

 

 

「ちょっと。……ほんのちょっとだけでいいんだけどね?」

「おう」

 

 

 ちょっとだけ申し訳なさそうにでもあったが。

 確かに楽しそうに。興味本位全開な、そんなキラキラした目でこう言った。

 

 

「ヒトミミ、触らせてくれない?」

 

 

「は?」

 

 

 …………は?

 

 

 

 

 

 

 

 誰かが言ったっけ……「憧れは止まらねぇんだ」なんて言葉。どこの奈落のケモミミが言ったのかは知らんけど言ってたなぁ……。

 

 まあ、それについちゃ割と理解できるがね。

 憧れも趣味も『自らが定めた人生の目的』という終着点である以上、止まることはまずないからな。稀にだけど楽しみながら進むやつもいるくらいだし。

 まあそういう奴に限って大体、視野が狭いって特徴があるわけだが。

 

 昔のウィングがまさにそうだ。アイツはレースに憧れを求めた分、自身の内面を見ることが出来ていなかった。簡単な言葉で言うと、自己理解みたいなものになる。

 まあ、それができなかったからこそ、ウィングは挫折した時に立ち上がる事が難しかったわけで……いやいいか、この話はまた今度にしよう。長くなる。

 

 ……あ、俺? もちろん例に当てはまるぞ?だって完全な趣味人だし。他のことなんて基本どうでもいい思考な人間だからな。長所と短所は表裏一体ってこと。

 

 

 話を戻そう。

 憧れは止まらねぇんだ、の話に。

 ここまでの話を要約すると、「憧れに執着するほど、視野が狭くなる」ということだ。

 

 さて、ここで『視野が狭くなる』という言葉だけを覚えてちょっと今の俺の現状を見てほしい。……憧れの部分?ああ、適当な雑談だと思って流してくれていいぞ。

 

 

「あー、テイオーよ。俺の耳触るのは別にいいんだけど」

 

 

 目の前に映る視界にはピコピコと動く直立したウマ耳と頭部。

 鼻に香る優しい甘い匂い。おそらく柑橘系のシャンプーの香り。

 胴体には子供1人分の重み。……といっても結構軽い。抱き上げれば赤ん坊の様に担ぐことが出来そうだ。

 そして、肩にはテイオーの顎が乗っかっている感覚。

 

 どういう状況か?

 んなもん見りゃわかるだろ。

 

 

「なんで抱き着く?」

 

 

 えー現在、()()()で座りながらテイオーを抱っこしている状況でっさ。

 肩に顎を乗せられながら耳をペタペタぐいぐいちょんちょんと触られてる。ちょっと、いや結構くすぐったい。

 

 さて、状況を説明したところでだ。

 さっきの「視野が狭くなる」という言葉に乗じてちょっと言わせてほしい。

 

 …………コイツなんか俺の耳に対する興味に夢中で視野狭くなってね?(ハズレ)

 (テイオーは狙ってやってる模様)(確信犯)(甘え)(クソ雑魚読み間違い)

 

 

「えー?いいでしょトレーナー、減るものも無いんだしさぁ」

「いや別にいいけどさ、理由の方を聞いてんだよ」

「……そうしたかったからだけど?」

「…………まあ、ならいいか」

 

 

 とまあそんな感じでちょっと疑問を吐いたが、別に気にしているわけではないのだ。

 何せ俺は趣味人。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()――

 

 というより、考えることができない思考な人間だからだ。

 

 だからこうやって抱き着かれようと別にどう?ということはない。よくウィングから進められる漫画で見たテンプレ展開だと困惑する主人公の様子が度々映されるが、残念ながらそういう反応は俺にはできない。

 ていうか、()()()()()()()()()()()()()

 

 ……こんなのだからスレ民に変人って言われるんだろうけどな!うん知っている!!クソがよ!!(卑屈な笑み)

 

 排他的な思考を浮かべながら目の前の少女に目を向ける。正確には頭部だが。

 んで、さっきからテイオーがずっとペタペタ耳を触ってくるから、俺も対抗してテイオーの髪をサラッと撫でる。

 

 

「えへへー、くすぐったいよトレーナー」

 

 

 すると尻尾を振りながら身をよじらせてさらに密着してきた。

 

 ……話を戻すが、まあ、そんな理由ありきだからテイオーが抱き着いてようと何ら問題なし。

 孤児院のガキらに複数人抱き着かれるよりかは全然負担ないし、鼻に香る甘い匂いはいい気分にさせてくれる。

 

 あと、テイオーが()()()()()()()って言うんなら止める気なんてないな。

 俺は他人がやりたい事やるって言うんならそれを尊重する主義だし。

 

 

「…………あ」

 

 

 と、ふとテイオーの髪の毛。正確に言えばポニーテール辺りに視線が向いたらそこには……

 

 

「テイオー」

「んー? なに~?」

「枝毛、ちょっとはねてるぞ」

「え、ホント? トレーナーの家に来る前、ケアしてきたんだけどなぁ」

 

 

 目に見えて数本ぐらいだが、まああったのだ。

 綺麗な一直線を描いているポニテからはみ出した髪の毛が。

 

 

「どうする? 俺個人としちゃケアしてやりたいんだが」

「あー、じゃあお願いしちゃおっかなー」

「ん。任せろ」

 

 

 そう言ってテイオーが俺の耳触る事に集中できるように、出来るだけ体を動かさず傍にある棚に手を伸ばした。

 

 上から2番目の引き出しから取り出すは、1本のハサミとブラシを2本。

 ブラシは頭髪用と尻尾用をそれぞれ用意。

 準備は万端、いつでも行動可能状態だ。

 

 あとは抱っこされている当人の許可だけだ。

 

 

「枝毛を切るのと同時に()()()けど、いいか? 後ついでに尻尾も」

「うん。トレーナーに任せるよ」

「おう、了解」

 

 

 抵抗感なく告げられた許可を確認したので俺はテイオーの髪を遠慮なく触る。そして、手慣れた手付きで髪の毛のケアを始める。

 

 

 

 ていうか、相変わらず思うんだが。

 ウマ娘ってヒトよりケアするところが多いよな。主に尻尾なんだけど。あと耳な。

 んで、そんなヒトよりもケアするところが多いウマ娘なんだが、どうしてこうヒトよりもクオリティが高いんだろうか。俺の主観だと美人も多めだし。事実髪の毛サラッサラだし。

 

 そういうものなんかね?(謎)

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「…………えーと、どういう状況なのコレ?」

 

 

 夜飯をお盆で運んできたウィングが室内に入って疑問を放つ。

 疑問の視線はまあ、俺が胸に抱えている女の子に対するものだろう。

 

 

「お、ウィング。良い所に来た。ちょいとテイオーを運ぶのを手伝ってくれ」

「あ、うん良いんだけど。なんでこうなってるの? 抱っこしたまま寝ちゃって」

 

 

 すうすうと、小さい寝息を立てるテイオーに視線を向けて、俺はウィングの問いに答える。

 

 

「おぶったまま髪の毛と尻尾をとかしてたら、気持ちよさげに寝ちまったんだ。布団まで連れてくのも良かったんだが……こうも気持ちよさげに寝てると起こすのも気が引けてな」

「トレーナーが気が引けるくらいって…………あぁ確かに」

「……だろ?」

 

 

 俺が気が引くレベルと聞いてさらに疑問を浮かべたウィングだったが、テイオーの顔を覗き見てそれは一瞬で晴れたらしい。

 まあ。

 

 

「トレぇなぁ……お日様の匂い……むにゃ……」

 

 

 柔らかな顔をして気持ちよさげな寝言をつぶやくテイオーを見ればそんな疑問なんざ吹き飛ぶわけで。

 

 

「こんなん起こせねぇよな」

「だね」

 

 

 あまりにも軽快な寝顔に、眺めている俺らの方が笑みを浮かべてしまう。

 

 

「……運ぼっか?」

「いや、布団の用意を頼む。俺はテイオーをおぶるのに手が離せないからな」

「分かった」

 

 

 俺の頼みに応え、ウィングはお盆をテーブルに置いて、押し入れにしまってある敷き布団を取りに行く。

 

 

「ぅうん……トレーナー……」

 

 

 その時だ。

 ウィングを引き留める様に、テイオーが寝言を語る。

 

 寝言。

 もとい()()()()、だろうか。

 

 

「明日ぁ……お出かけ……しよぉ……」

 

 

 デビュー戦の前、約束したからな。

 仕方ないとはいえ、あの時から数か月も待たせてしまったのだ。遠足に行く前の子供のような楽しそうに眠るテイオーを見て俺は頭をさらりと撫でた。

 

 

「トレーナーの"()()()()()()()"*2 使うの大分遅くなっちゃったね」

「まあ、な。レースに集中させた結果というかツケというか」

「仕方ないと思うよ。あれだけ成長につながりそうなレースが多くあったんだから。ほら、テイオーにも理由を説明したら納得してくれたでしょ?」

「渋々だったがな」

 

 

 布団を用意しながらウィングが俺を慰めるように言葉をかける。

 それは有難い、が。

 

 

「…………楽しみを取っておくって考えはよく分かる。分かるが……流石に長引かせ過ぎた。これは俺の生き方に反した行動だ。楽しみにしていたテイオーには顔が上がらねぇよ」

 

 

 その言葉があってなお、珍しく俺の顔に雲がかかる。

 理由ありきとはいえ、人の――それも俺自身が世話をかけてる娘の楽しみを棒に振るい続けてきたことの罪はあまりにも大きい。そんな誰にも理解されないであろう罪悪感が俺の心を締め付ける。

 あの日から時間が経つたび、ずっと。

 

 

「ならさ」

 

 

 布団を用意し終えて、隣に座ったウィングが俺を見る。

 俺の目を見る。

 

 

「それまで長引かせた分、テイオーには楽しんでもらっちゃお? 思い出として残るくらい。忘れられないくらいにさ?」

「…………」

 

 

 悩んでいた考えが一瞬だけ晴れた。

 まあ、すぐに埋もれたが、ウィングの言葉が少しだけ救いになった。ような気がした。

 

 

「……そうだな。あぁ、俺らしくもなかった。楽しんでもらうことが俺が生きる上での最優先順位だってのに。まさか()()ウィングに言われて気づかされることになるなんてな」

()()は余計だって! 昔の私は視野が狭かったんだから仕方ないでしょ!?」

 

 

 俺の言葉に反応したウィングが若干赤面して俺の肩を軽く叩く。いや待て、今テイオー抱えてんだからちょっと待ってから叩いてくれ。揺れで起きちまうだろ。

 

 

「むにゃ……」

 

 

 いや、起きねぇなコイツ。めっちゃ安心して眠ってやがる。

 

 ……まあいい、とにかく明日だ。

 ウィングが助言してくれたように、長引かせた分はテイオーに楽しんでもらえるよう努力しよう。

 ファッションとかマジで分からんが。(年中パーカー人間のセリフ)

 

 

 

 ……髪、一日だけ地毛に戻そうかね?

 そっちの方が印象良いぞって親父にも言われたしな……考えてみるか。

 ファッション受けがどうかは知らんが、テイオーには楽しんでもらえるだろ。

 

 

 

*1
コーヒー涙目のブラック度合い

*2
6話を参照





次回、お出かけ。

補足:トレーナーの髪はいつも灰色
   ついでにパーカーの色も灰色


ウマ耳をじっくり触ってみたいと思う今日この頃。というか正月いっぱいこのことで思考埋まってた。ヤバイ奴じゃね俺?ヤバイな(自己解決)


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髪を整えておけばファッションのファは満たせる

 

 朝だ!(朝6時起き)

 日の出だ!(ほぼ出てない)

 お出かけ日和だ!(今日の昼の予定)

 

 

 ……さて、猛大に元気なおはようございますを叫んだところでだ。

 

 知っての通り、3大欲求である睡眠が結構好きな俺。

 そんな俺の朝は時々早かったりする。具体的に言えば、趣味活での徹夜とかを除いて大体週2くらいの頻度で。

 はてさて、それは何故か。

 

 人間、早起きするのは何かしら理由があるもので――

 

 

「はっ、ふっ……」

 

 

 そんな俺の理由というのは、早起きのランニングというものだった。

 

 現在、俺はトレーナー室から近いウマ娘用のターフを少々借りて、約1~2時間ほど走り続けていた。

 初夏の暖かさが体を包み、額に汗を浮かべさせる。冷え性の体に熱がこもる。

 

 ……結構前に言ったからみんな忘れているかもしれないが、俺、こう見えて結構体を動かすタイプなのだ。まあ普段からデスクに座ってる奴が何言ってんだって話だとは思うが、ホントに良く動くのだ。

 俺、これでも()()()()()。忘れてない?OK?

 昔、親父から護身用に学んどけって推し進められたものだけどな。

 

 こうして体を動かすのは、そういう昔からの癖というのもあるが、しっかりとした理由も存在する。

 

 

「はっ……!はっ……!」

 

 

 趣味は『時間』を使うものだ。

 そしてその『時間』は、もし体を壊してしまった時、存分に趣味に使えない可能性が出る。

 

 だからこそ、健康に気を使って運動をするのだ。

 俺がしたい趣味をできるだけ長く続けるために。

 

 『時間』を『健康』で買う行動。

 それが、俺にとっての運動なのだ。

 

 ……ま、他の奴がどうかは知らんがな。それが趣味の奴もいるだろうし。俺と同じ行動原理かもしれんし。

 ともかく十人十色だ。俺はこうで他はこう。そういう理由もあるってだけだ。健康に気を遣うのが良いことだっていうのは周知の事実だろうけど。

 

 「いい人生は良い健康から」とはよく言うしな。

 

 

 


 

 

 

 全身汗だく。多少の疲労。張り詰めた足の筋肉。

 そんな感じで、軽い運動をしながら20代のありふれた趣味を語ったとある日の朝だった。

 

 そしてそれも終わり、帰宅――愛しのトレーナー室に戻ったところ。

 

 

「やっほー」

「は?」

 

 

 ……なんか居た。手をフリフリ振って待ってた。

 トレーナー室の前で、俺の愛バであるアストラルウィングが玄関前に立って。さも当然のように。

 

 

「……いや、何でいんの?」

「今日、お出かけの日だよ?」

「いやそれは分かってるが、今8時だぞ。約束までまだ3時間ちょっとあるが」

「だから迎えに来たんだよ」

 

 

 そう言って、目の前でたたずむ彼女は俺を見る。

 まるで値踏みをするように、じっくりと。

 

 

スンスン――朝から走ってたんだ」

「ああ、いつものランニングだ」

「相変わらず健康的だね。……うん。都合もいいかな」

「あ?何が?」

 

 

 汗だくの俺の姿を見た彼女はなんか勝手に納得したようだ。意図が分からず俺は疑問を放つ。

 

 ──あと、さりげなく汗ダラダラの俺の匂いを嗅いだ行動に関しては見間違いではないだろうが指摘しないでおこう。めんどくさいし。

 

 まったく、こんな20代の体臭のどこがいいんだか。テイオーもよく抱き着いて嗅ぎに来るしよ。

 あれか? そういう好みの匂いでも出てるのか?言っとくが、俺から出てる匂いなんざ普段寝てる芝生の匂いくらいだと思うが……いや、好きそうだなコイツら。芝生の匂い。個性がどうとかじゃなくてウマ娘の本能的に。

 

 

「今からシャワーでも浴びるつもりだったんでしょ? そんなに汗ダラダラなんだし」

「まあ、そりゃな。流石の俺でも汗の臭い付けたまま出かけるなんてマネはしねぇよ」

「でしょ? だから都合が良かったなって」

「いやだから何が」

 

 

 再び同じ疑問。

 そして。

 

 

「女の子とのお出かけだよ? まさかいつものパーカー姿で行くわけじゃないよね?」

 

 

 それが疑の答えだった。

 つまりはこういうことだろう。

 こいつは俺が――

 

 

「いや行くが」

 

「バカトレーナー。いや予想していたけどさ、もうちょっと気を遣おうよ。女の子と一緒のお出かけって結構繊細なんだからね?」

 

 

 予めこう行動するという予測を立てて、その予防線を張りに来たのだ。

 コイツ……出かける用の服装をチェックしに来やがった……わざわざ朝に早起きしてまで。

 

 まあ、ウィングの予想はあっている。コイツが来なけりゃ俺はいつも通りパーカーで外出するところだっただろう。だって服装とか気にしないし。パーカーでいいだろパーカーで。

 よかったなウィング。予想的中だぞ。

 だから素直に喜べよ、ジト目じゃ全然喜んでるようには見えねぇぞ?(呆れてるだけ)

 

 あとバカトレーナーは言い過ぎだ。それただの暴言じゃねぇか。

 

 

「はぁ……、ていうか定期的に渡してる少女漫画読んでるでしょ? それ見ていい加減学んでよ。女心とかさ」

「知識があるのと関心があって行動するのとは話が別だわ。こちとら趣味以外どうでもいい人間だぞ? 人付き合い事の礼儀なんざさして興味ないし()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 まあ知識は一応叩き込んでいるものの理解不能なわけだが。

 ていうか、そんな俺の事情なんて()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「でも、だよ。トレーナー、テイオーにできるだけ楽しんでもらいたいんでしょ? なのに出会い頭でトレーナーのいつもの恰好を見たら意気消沈待ったなしだよ。テイオーはあれでもデート気分のはずなんだからね。トレーナーはそういうの考えてないと思うけどさ」

「ムグッ……」

 

 

 そこを突かれると弱い。

 楽しませるため。そう、それが最優先事項だ。それを満たすためには何事も惜しんではいけない。

 

 それに加え、テイオーにはこの楽しみを都合上とはいえ長く待ってもらった。3日に1回は予定について聞いてくるほどだったからな。その間に貯めた楽しみはとてつもない程大きいはずだ。

 

 俺には、それを解放させる義務がある。

 だから……

 

 嫌々と、手段を惜しむことなどできない。

 楽しんでもらうためには全力で、だ。

 

 

「……ったく。分かったよ。話は終わったな? んじゃ俺はシャワー浴びてくるから。やることあるなら部屋で待っとけ、扉開けるから」

 

 

 結論を押し通して承諾の意思を見せる。

 俺はウィングが体重を掛けている玄関の扉に手を伸ばす。

 ……俺汗まみれなんだからさ。早く着替えたいんだが。初夏とはいえ風邪をひかないとは限らねぇんだぞ。

 

 まったくもう、などと呆れた表情を横目に鍵であるカードキーを扉にかざす。

 ゴゥン……、等の重厚な音が奥から響き、それが鳴り終わったことを確認して俺は玄関を開けた。

 

 

「…………難しいなぁもう……」

「? なんか言ったか?」

「べっつにぃ~? ()()()()()()()()()()()()()()()()トレーナーはその気知らずなのが悲しいだけだよぅだ!」

「……拗ねんなよ」

 

 

 飛び込むように開けた玄関から室内に入るウィング。べって舌を出すな舌を。

 ウマ耳を後方にペタンと引っ付けている様子からするに大分不機嫌らしい。

 その言葉を聞いて、俺はつい申し訳なさそうに頬をかいた。

 

 ……約束ねぇ。分かってはいるんだ。あの時交わした約束のこと。

 いつだって心の中に記憶している。

 覚えている。

 

 ただ一つ、知らないモノを教えてもらうというだけの約束。

 

 

「……難しいもんだよなぁ」

 

 

 シャワーを浴びようと向かう道のりの途中、俺は虚空に一人、言葉を吐く。

 頭をかきながら放った独り言はどこかへと消えていった。

 

 ……それはそうとして、なんか部屋の中でガタゴト聞こえてるんだがアイツ一体何やってんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りトレーナー。着替えたところ早速で悪いんだけど、そこに置いてる服着てみて。タンス開けたら良さげなのが数着あったか、ら……」

「ん。パーカー以外の服……ああ、昔お前と一緒に買い物行った時買ったやつか。了解」

「…………」

「どしたよ、いきなり黙り込んで」

「トレーナー。いつもの灰色の髪染め、どうしたの?」

「ん? ああ、なに。ちょいとテイオーを驚かせてやろうとな。1日限定ってやつだ。シャワー浴びるついでに髪染めも落としてきた。どうだ?」

「………………」

「なんか言えよ」

「…………いやぁ、心配だなぁって」

「あ? 何が?テイオーに喜んでもらえるかが?」

「いや、そっちじゃなくて。周りの反応というか、周囲の目というか……そういうのが、ね?」

「???」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 待った。

 ずっと待ちに待ってた。

 

 ずっと、ず~~っと!!!待ちに待ってたトレーナとお出かけの日が来た!!

 

 

「まだかな? まだかな~?」

 

 

 少し大きめのデパート。休日だから仕方ないと思うくらいの人混み。

 その中にある目印にしては大きいヤシの木の根元。

 そこに設置されているベンチに座ってボクは体を疼かせていた。

 座ってから10分、その間ボクはずっと気分がふわふわしているような感じだ。

 

 

「ふんふ~ん♪」

 

 

 まあ、こんなに気分が上々なのは仕方ないよ。

 

 だって、ボクの勝利祝いとして約束していた『トレーナーのオシャレ権』

 それを使う時がやっと来たのだ。

 

 レースに出走する都合が重りに重なって数か月。お出かけの予定を引き伸ばしにされていたんだもん。

 その間に溜まりに溜まったワクワクはもう、あれだよ。すっごいんだからね!(語彙力)

 

(トレーナーのオシャレかぁ~! どんな感じがいいかな。かっこよく?きれいに?うーん……どっちも捨てがたいよぉ……)

 

 夏休みの課題以上にボクは頭を使う。いや、勉強で苦労したことはあまりないんだけどさ。それ以上に難しいと思うんだよね。普段から見た目に気を使ってない人を何とかして変えようとするのって。

 

 染めてあるらしい、曇り空のような『灰色の髪』

 タンスの中のほとんどを埋め尽くしているらしい『灰色のパーカー姿』

 

 いつも見ているトレーナーの容姿はこれ以外無いからね……逆に何を着せようかを迷っちゃう。

 ていうか、トレーナーって【灰色】に固執しすぎだと思うんだけど……。

 

 けど、トレーナーは行動と言葉使いがアレなだけで顔立ちは良いと思うんだよね。男の人をよく見るのはパパ以外あまりなかったから比較になるのかはわかんないんだけどさ。

 

「!」

 

 て感じで、今日の作戦(?)を悩んでいた所でボクの視界の端にある人が写る。

 

(アスウィーだ!)

 

 誰であろう、ボクの指南役であるアストラルウィングことアスウィーだった。

 一瞬だけしか見えなかったから、ちょっと確信は持てなかったけど、翼の形をした青色の髪留めがあったから間違いない。

 待合場所が人陰に隠れているからか、アスウィーはボクがいる場所を分かっていないようだった。

 そんな様子を眺めていたんだけど……

 

(あれ? トレーナーとは一緒じゃないのかな?)

 

 いつもなら、どんな時でも隣にいるはずの人がいないことに疑問を覚える。

 もう見慣れるほど見てきた灰色魔人なボクのトレーナーならすぐに見分けがつくんだけど。

……周りにそれっぽい人が居る様子はない。

 

 うーん……まあいいか、考えるのは後。

 とりあえずアスウィーを呼ぼう。

 

 

「アスウィー!こっちこっち~!」

「!」

 

 

 ボクが手を大きく振ったらアスウィーも気づいてくれた。

 人混みの中を難なくすり抜けながらボクの方に足を運ぶ姿が見える。

 

 …………ん?

 

 なんかアスウィー、右手で誰かを引っ張っているよう……な……

 

 

「…………ん?」

 

 

 目をゴシゴシ擦る。

 おかしい。今一瞬、トレーナーっぽい着やせした体系の人がアスウィーに引っ張られているのを見たような気がしたんだけど……。

 ううん、それ自体は良いんだけど。良いんだけど(いいなぁボクも交じりたい)

 

 おかしい。

 うん。おかしいんだよ。

 

 ボクの知ってるトレーナーは、オシャレなんて頭にない人で。

 だからいっつもパーカー姿のままで。

 服も、髪も、灰色で染まってて。

 

 自分がやりたくないこと以外は、ほんっとうにどうでもいいように思っている人で……あ、でも面倒臭そうな表情はしてる。

 

 いや、それは良いとして!

 

 

「やっほーテイオー。待たせちゃったかな」

「あ、いや、ううん。ボクもちょっと前に来たばかりだから……。それはそうとしてさアスウィー?」

「ん?」

 

 

 ボクは見る。

 そんな彼女の隣で肩を上下させて、明らかに疲れを見せている男の人を。

 

 

「ゼェー…ハァ……。おま、ウィング、お前のペースで俺を引っ張るな……肩千切れるかと思ったわ……」

「あ、ごめん。で、なにテイオー?」

 

 

 青空に浮かぶ雲のような、【白色】に染まった頭髪。

 

 普段では見られない、パーカー以外の衣服。

 

 ボクの感覚が、直観が告げている、普段とは違う【感じ】の――

 

 ボクのトレーナーがそこにはいた。

 

 

 

「そこに立ってるの、トレーナーの親戚とかじゃないよね? 御爺さんとか」

「……一応、私がここに来る前にコーディネートしたんだけど、第一に出てくる感想がそれかぁ……」

 

「ゼェ……うっせぇ……こっちが()()なんだよ俺の髪はよ……ッ!」

 

 

 

 






黒髪が地毛だなんて誰が言った?

ダイタクヘリオス実装来ましたね!
いやー元気ある娘は好きですよ俺。モー大好き。こっちまで元気になる。元気100倍。
そんな娘の頭撫でて照れる姿を目写で永久保存したいと思う今日この頃。


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着せ替え人形の気分はマジで『無』





 

 

 この日、とあるショッピングモールで渦が発生していた。

 

 渦、と言っても本当に小さいものだ。

 それは人が見れば偶にざわっと騒がれるくらいの、小粒の規模並みでしかないものでしかない。

 

 男の青年と、その男の左右の手を片方ずつ繋いでショッピングモール内を歩く少女が2人。

 放っておけばすぐに消えるだろう――と思うほどのたった3人の親子のような集団。

 なのに。

 

 

「ねえあれって……」

「嘘、本物かしら?」

「何あれ、モデル?」

「綺麗な髪だわぁ……」

 

 

 行き交う人々が、たった3人の親子(?)に視線を集める。

 いや、目が離せなくなっているというのが正しいか。

 

 立ち往生する人々の反応は様々。

 驚愕、疑問、恍惚。

 これらの感情が込められた視線が目先を歩く親子のような集まりに注がれる。

 

 さらに、それらが少しずつ、少しづつ建物という箱に入った者達に伝染してゆく。

 

 それはまるで、周りを巻き込む渦の様に。

 

 

 

 ……さて、このような事態になったのは偶然には程遠く必然じみたものなのだが。

 明確な理由はやはり存在するのだった。

 

 

 まず1に【希少性】

 

 成人男性──20代後半に差し掛かる男が持つその頭髪。

 空に浮かぶ雲のような、薄く頑丈なガラスのような、真っさらで透明な『白』の髪。

 それが、多人数大勢に美しいと言わせるほど、煌びやかに揺れていた。

 

 齢60を超えた白髪なら──あるいはウマ娘の芦毛のようなものであるならば納得がいくのだろうが、違う。

 その男がなびかせるのは本物の、生まれてこの方変わりのない地毛であった。

 

 年齢にそぐわない『白髪』と、染色等の加工が無い純度100%の透明感が放つ謎の異質感。

 それらは、視界の端に写るだけで注目を集めるには十分すぎる理由だった。

 

 はい、まず1アウト。

 

 

 その2に【知名度】

 

 これは男にとっては関係が無いことだ、が。

 その両隣を歩く少女たちには大きく関わる。

 

 ──忘れてはないだろうか。

 彼女らは、栄光とも言えるレースを駆ける存在だと言うことを。

 

 まして、片や引退済みではあるもののターフを駆け人々を湧き上がらせたアストラルウィング。

 片や、今を輝くウマ娘ことトウカイテイオー。

 ダメ押しに、彼女らは一切何の変装などの行為をしていない。これは自然体でお出かけをしたいと言う、男の愛バであるテイオーの要望からだった。

 

 ここまで言えば後の説明は不要だろう。が、あえて一言語るなら『世間体を考えろバカ』とだけ。

 この地点で2アウト。チェンジは近いね。

 

 

 3に【容姿】

 

 これについて、平均的に美人とされるウマ娘のウィングとテイオーは言わずもがなだが。

 

 それに加え、男の方について説明がいるだろう。

 

 端的にまとめるとこの男、

『普段の性格と行動が常識的にオワってるだけで、それさえ抜きにすれば普通に美男子』なのだ。

 

 美男子と言うが、特に顔がいいとかではない。なんだったら男の顔なんて、どこにでもいる青年のようなものだ。

 だが、先も話した『地毛の白髪』の希少さ。

 それに加えて、『平均以上の身長(174cm)』

 いつものような着崩れしたパーカーではない、しっかりとコーディネートされた服装。

 しかもこの趣味活野郎、料理まで得意ときた。

 

 こう、全体を見れば、異性にモテる男の範囲内に入るのだ。

 もっとも、条件として特段行動もせず、自然体で()()()()の話ではあるが……

 見た目のプラス点を性格と行動でマイナスしているので、点数的には0、いやマイナスまで振り切っているかもしれない。

 

 ちなみにこの内容、ウィングのお墨付きである。流石に付き合いが長い分理解が深い。

 

 

 ……さて、ここまで語ったところでだ。

 今一度、【容姿】が注目を集める点になるかを説明するとしよう。

 

 テイオーとウィングは言わずもがな、美少女の為注目を浴びるとしてだ。

 男の方は、見た目は良いとして性格等がオワっている。

 

 しかし、傍から見る者としては『そいつの性格など分かったものではない』だろう。

 棘を含んだ薔薇、という表現が正しいだろうか。『内面』なんて、探ることをしなければ人は『外見』で判断するしかないのだ。

 

 ――つまりはこういう流れになる。

 

 テイオーの子供っぽい仕草に目を惹かれ。

 ウィングの乙女な仕草に注目して。

 そして仕上げに、男が持つ異質な容姿が周囲の視線を引き留めてしまっていた。

 

 これにて3アウト。チェンジ。残当。次のバッターの方どうぞー。

「かっとばせですわー!」

 

 

 

 で、そんな渦を生み出し、パンデミック並みの動揺をバラ撒いている当人たちであったが……

 

 

(どの店でトレーナーを着せ替えしようかな~♪)

(あー見られてる……まあやっぱそうなるよね。仕方ない仕方ない)

(……めっちゃ視線感じるな。まあそれがどうしたって話だが)

 

 

 テイオーは楽しみな感情の方が大きいためか気づく素振りすらなく。

 ウィングは予めこうなることが分かっていたのか、呆れて妥協するに至り。

 男は周囲の視線を感じとれているにも関わらず、()()()()()()()()()()()()()()にシカトを決め込んでいた。

 

 

 本日の天気予報は『晴れ』なり。

 ただし『渦』の発生に注意せよ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 ……なんかやたら長い前書きですげぇ罵倒された気がする。

 気のせいか?いや気のせいじゃないよな。多分罵倒された。一体誰だクソったれ。(被害妄想)

 

 

「トレーナーまだ~?」

「ん、あぁもうちょい待っててくれ。着慣れない服だからどうも手間がかかってな」

「できれば手際よくお願い。もう次の服用意してるから」

「いや早えぇよっ!」

 

 

 虚空へ飛んでた思考を現実に引き戻した。

 

 テイオーとの合流から数分が過ぎ。

 俺は今、ショッピングモール内の服屋にて、試着室の中に立っている。

 

 合流直後は、テイオーが俺の容姿を見てめっちゃ驚いてたり動揺したりしてた。あの様子、見る側としちゃめっちゃ面白かったわ。まあ、すぐ慣れられたけど。適応能力すごいね君。

 

 んで、モール内を歩き回りながらいろんな店を見ていって。

 明るい笑顔のままテイオーに連れられた服屋に入ったと思ったら、速攻試着室送りにされたのだ。なにやら時間が惜しいらしい。店内を回ってる時間があるなら俺にいろいろ着せた方が楽しいとかなんとか。

 着せ替え人形にされた気分だ。マジでなんの感情も沸かないぞ。まあ俺はよくあることだけど。

 

 薄い布越しからはテイオーとウィングの声。高揚とした声質から聞くにめっちゃ楽しそうにしているんだろう。うん、良いんだけど。それが狙いだし。

 

 ――……だが待て。いや待ってほしい。

 

(……待て、待て待て!! なんだその山積みされた衣服ッ!?)

 

 薄い布越しから見える黒の影を見て、俺はゾッと背筋を凍らせた。

 カーテン越しの影から見るに俺の身長くらい積んであるんだが! まさかそれ全部試す気じゃないだろうな!?

 

 

「いいんですか? こんなに試しちゃって」

「いえいえ! (わたくし)達としてもぜひ試着をしてもらいたいな、と思いまして!あと、お客様の知名度がお店の評判を後押ししてくださるかもしれないので!」

「わお、すごい正直」

「ここまでボク達を堂々と宣伝に使うお店初めて来たよ……」

 

 

 おい店員!? アンタの仕業かよ!!

 ていうか宣伝のためにうちの愛バらを使うなんていい度胸してんな! 逆に気に入ったわ!

 つか、ついでの様に「お店の為」なんて言ってるけど、それただ俺を着せ替えしたいだけの口実じゃねぇのか!? 店長ー!ヘループ!!店員の独断専行でーす!!

 

 

「あ、店長にも許可は取って来てあるのでお気になさらず」

「クソッ!ストッパーが誰も居ねぇ!!」

 

 

 この店員、布越しでも分かるようにサズムアップしやがって……! ニッコリ笑顔が透けて見えるぞ……!

 これ全部試着する身になってみろよ、これ絶対めんどいし大変だろうが……ッ!

 

 

「…………チクショウ、まともなのは俺だけか……」

 

 

 諦めが肝心なことを悟った俺は、ハンガーに掛けられた服に手を伸ばした。

 

 文句タラタラ、死んだ表情のまま山積みの衣類を見て独り言を吐き出す。

 さて……一体どのくらいの時間を使うことになるのか……。考えただけで倦怠感が……。

 あ、また追加された。

 

 

「カーディガン、だっけか。こっちはまだ着やすい方かね……」

 

 

 手に取った服をチラ見して、記憶を探る。

 

 一応、服の種類については数日前に少しは調べておいたのだ。

 得た知識としては、オシャレってのは奥が深そうなのと、めんどくさそうなのと、時間と金がかかりそうってことだけが分かった。

 結局、調べれば調べるだけ俺の趣味の範疇からどんどん離れていった。やっぱり時間がとられるのは流石に容認できねぇ。他の趣味事もあるんだし。

 

 

「ねえねえアスウィー! こっちのなんかどう?なんか似合いそうじゃない?」

「へぇ……いいね♪ もしかしてテイオーこういうのにセンスあるのかな?」

「ふっふ~ん! ボクはテイオーだからねっ!色んな事が得意なんだ!!」

 

 

 閉じられた箱の外で、わちゃわちゃしている2人を見る。

 

 ……けどまあ、楽しそうにしているこいつらを眺める分には俺としても満足だし。

 たまには、付き合ってやってもいいかもな。うん。

 

 

「さて、着せ替え人形の時間だなぁ……」

 

 

 影しか見えない愛バらの楽しそうな動きを見て少し微笑みながら。

 俺はそう呟いて着ていた服に手をかけた。

 

 

 

「あ、これも追加で」

 

 

 

 ドドン! と効果音付きで追加されたであろう服に対して若干のけだるさを感じながら。

 

 …………別に付き合うのは良いが、ここまで遠慮無しにやりたい放題やられるのは癪だよなぁ……

 

 

 

 





今回は短めかな。
ちなみに次回もお出かけ編は続くよ。お楽しみに。


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ファンサと迷子の扱いは慎重に行え


資格勉強に追われながらもなんとか更新



 

 

 担当している愛バに体を好き勝手いじられた件について。

 

 

 ……言い方に語弊がある?

 いや事実だし。問答無用で全身いじられたし。着せ替えという名で間接的にだけど。

 

 カーディガンを着て写真を撮られてはすぐ戻り次の服を試着、ジャケット着せられては撮影して戻り、を繰り返し続けて2時間ちょっと。

 その間、人形と成れはてた俺の気持ちを述べよ。

 唯一の救いは楽しそうに写真を撮る愛バらの反応が見れたことか。

 

 

「あー楽しかった!」 

 

 

 そう思い耽っていたところ、テーブル席で対面に座るテイオーが一つ伸びをして笑顔で言う。

 

 

「そうかよ……」

「トレーナー。顔が怖いよ? せっかくかっこいい服なのに台無し」

「そうだよ! せっかくボク達がコーディネイトしてあげたんだから!」

「…………」

 

 

 明らかに不機嫌そうな俺の顔を見たのか、指摘してくるウィングとテイオーに対し、俺は態度で疲労を伝えた。

 ダメだ、楽しさの余韻に浸って気付いてくれねぇ。泣きてぇ。

 

 ちなみに。

 今の俺は、灰色のインナーに茶色のダウンジャケットを着ている。店で買ったものをそのまま着続けているのだ。どうやらテイオーらはこれが一番お気に召したらしい。

 着心地だが、パーカーより伸縮性が無いから非常に動きにくいったらありゃしない。

 

 全身を包む違和感に耐えながら、俺はクレープを片手に蓄えた疲労を霧散すべく、糖分の塊を口に含んだ。

 

 

 

 えー今更ながら現状報告。

 テイオーのご褒美こと『オシャレ自由権』を使い切り、店から出て数分。

 せっかくデパートに来たのだから、と説明付けて無理にクレープ屋にて甘い食べ物を補給しに来たところだ。

 

 いつものならこういう糖分補給は好物の氷砂糖で済ますんだが……

 

『…………却下』

『いやなんでだよ!?』

『一言でいうとバカ。逆に女の子とのお出かけにそんなの持ってく男の人がどの世界に居ると思ったの?』

『俺がいるだろうが!』

 

 出かけ前。

 服装チェックをしに来たウィングがついでに持ち物検査をしに来たのだ。その際に起こった数分間の言い合いののち、()()()()()()()封印の上徴収された。

 結局、今俺が持ってる荷物は財布に加えて、山ほど試着した衣服類の入った紙袋の数々である。

 くそ……俺の好物が……。

 

 

「あ、トレーナーそれ一口ちょーだい!」

「私も私も」

「あ、おい俺のクレープ!」

 

 

 午前中の出来事を振り返っていると、手に持っていたクレープの3分の1程がテイオーとウィングに食われた。俺のチョコバナナクレープが……。

 

 てか、テイオーは配慮したのか知らんが俺が口を付けてないところを食ったけどさ。

 ウィング、お前明らかに俺が食いかけてたところに口を付けたよな? 狙ったように目線向けてたし。そういうの間接キスとか言って異性の間で気にするもんじゃなかったか?知らんけど。

 

「…………」(ニヤっ)

 

 あ、絶対コイツ意図してやったわ。

 してやったり顔で全て察したわ。お前俺の事好きすぎだろ。

 

 ……うーむ、こういう場合はどういう反応をすればいいのだろうか。

 赤面? 動揺?

 ……いや、()()そういう反応できそうにねぇな。()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「そういえば、トレーナー今日なんで髪が白いの? いつもの灰色の髪から染めたってこと?」

「逆だな。元々がこの色で、染めた方が灰色ってだけだ」

 

 

 厳密にいえば、6,7歳あたりでこうなったっ()()んだが。

 まあ、この辺りは余談だから省いてもいいだろ。

 

 

「へぇ~。……でもそれ、染める意味ってあるの?あんまり変わらなくない?」

「数少ないこだわりってだけだよ。この色のほうが落ち着くんだ。ほれテイオー、口開けろ」

「あ~ん」

 

 

 対面に座りながら、いつものようにテイオーと他愛ないことをだべる。

 

 その流れでさっき食われたクレープをスプーンですくい、テイオーの口に運ぶ。いわゆる「あーん」という奴だ。

 一口食われた時に味が気に入ったようで、会話の合間に少しづつ上げることなった。

 俺としちゃ、餌やりの気分である。

 

 パクリ、とチョコとクリームのかかったバナナを食べるテイオー。

 

 その横に座るウィングは俺らの光景を頬杖を突きながら微笑ましく眺めていた。

 

 

「むぐ……あ、ふぉれーなー(トレーナー)。ボクが選んだ服、ちゃんと着てよね?」

「そりゃ、まあな。こんだけ時間かけて選んでもらっちゃ粗末にしようにも出来ねぇていうか」

「私のもちゃんと着てよ……? あ、テイオー。口にチョコがついてる」

「分かってるての。……全く、何でこう躍起になって俺にオシャレをさせたがるんだか……」

 

 

 テイオーの隣に座ってたウィングが、口元に付いてたチョコをお手拭きで拭うところを見ながら独り言を虚空に放つ。

 

 俺自身、素材がいいのは把握している。

 伊達に中学のヤクザの友人に『顔は普通、見た目は良いけど性格がゴミ』と言われ続けた事実を学ばなかった俺ではない。目立ち具合を自覚できないほど鈍感な感性は持ってないのだ。

 

 あと余談だが、その友人は俺主観で『顔は強面、性格ゴミ』という評価を下している。

 高校の頃にそれを言ったら殴り合いになったことは鮮明に覚えている。しっかり勝ったけどな。柔道有段者を舐めんじゃねぇ。背負い投げで一本取ってやったわ。

 

 とまあ話は戻り、テイオーらが躍起になる理由はやっぱり俺の見た目がいいからなんだろうか。

 それだけではない気も何となく感じるが、今の俺じゃ理解が深まらん。

 

 真実は闇の中ってことにしておこう。わかんねぇし。

 

 思考を放棄して、ウマホンで時間を確認しがてらニュースアプリで適当に記事を確認……

 

 

「……! テイオーのレース記事、乗ってんな」

 

 

 一覧を流れでスワイプさせる中で見覚えのある名前があるのを発見した。

 誰かと思ってよくよく見るとテイオーなわけで。少し驚いてしまった。

 

 

「え!ホント!? 見せて見せてトレーナー!!」

「私にも見せて」

 

 

 俺の言葉に反応したテイオーとウィングが跳ねるように俺の元へ体を運んできた。

 

 ウィングは立って俺の真後ろに。

 んでテイオーだが、机に置いていた腕を下からすり抜けて俺の顔の真下まで飛び出してきた。モグラ叩きみたいに、にょきって感じで。

 その流れで俺の膝上に乗ってきた。

 

 で、俺の顔下から、飛び出してくるということは、だ。

 

 

「ごがぶっ!?」

「あ、ごめん」

 

 

 必然的にテイオーの頭が俺の顎にぶつかるわけで。

 身長差が20cmくらいあれど、こう猛スピードでごっつんこすればしっかり痛いわけで。

 案外、自分でもひでぇと思うような声が思わず出てきてしまった。いや普通に痛いわ……

 

 そんなテイオーらは俺が持っていたウマホンを操作して記事に集中していた。

 最近思うんだが、こいつら俺の扱いぞんざいになってきてね? 俺さっきからずっと痛みに悶絶しているんだけど。

 

 ていうか腕が留守になってしまった。さっきまで腕を置いてたテーブルにはテイオーが膝上に乗ってる影響で届かねぇし……いや厳密には届くが、そうしたら記事を見る邪魔になるし。                                                                                                                         

 

 

(……ちょうどいい位置にテイオーの頭あるし、借りるか)

 

 

 どうしようかと思ったんだが、消極的な考えで目の前にある置けそうなものに縋ることにした。

 

 ポンっ、と前腕部あたりを乗せる。

 当然、腕の範囲が広いから少しだけ耳がくにゃッと変形した。案外柔らかいもんだな。

 

 

「っ! ……♪」

 

 

 腕を置いた瞬間、テイオーがビクッっと反応したが、何も言わずに再び記事に目を向けた。

 横顔を一瞬見た所、どことなく頬が緩んでいるっぽいのが見えた。どうやら迷惑にはなっていないらしい。

 

 ならいいか。良い感じに置物台となってくれテイオー。

 

 

 

 ああ、あと記事についてだが。

 内容としては『テイオーの勝利レース』とかが書かれた奴だ。

 

 先々月からずっとG3とG2あたりのレースに出してたからな。ようやっとニュースアプリとかの分かりやすい形で注目を浴びれるようになってきたか。

 

 これでファンも多くつけばG1にも満足に出れるはず。

 夏合宿も近いし、体を作る準備をさせとかねぇとな。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「すまん、ちょっと手洗いにいってくる」

 

 

 と記事に集中してたテイオーらに言って数分。

 しっかり手洗いに行って、合流しようかと心の中で思ったのも一瞬。

 

 俺は今ショッピングモール内を目的も無くふらついていた。

 

 別にマジで目的とはない。

 ただ『ふらつきたい気分になったからふらついてる』それだけだ。

 テイオーらに連絡とかしてないが……まあ、いつものことだし察してくれるだろうから良いだろ(良くない)(常識が無いと言われる所以)(気分屋の弊害)

 

 

「あ、あの!」

「ん?」

 

 

 ふんわりと、思考を停止したままただ歩いていた俺に話しかける声がした。幻聴じゃないよ。絶対俺宛の声だよ。街歩いてたらたまにあるナンパで慣れてるからね。

 

 て、そんなことはどうでもいいとして、どこからの声だ?

 左右見ても人なんていないんだが。

 

 

「あの、ここです」

「お? ああ、そこか」

 

 

 後ろを振り向き目線を下に向けてみれば、そこには一人の少女……丁度俺がよく構っている孤児院のガキどもと同じような背丈をしたウマ娘の女の子が立っていた。

 ウマ耳がペタンと落ちていて、俺の恰好にビビってしまっているからか、ちょっと緊張気味だ。

 まあ、普通白髪の青年男性なんて不良かなんかだとは思うよな。幼い子供なんか特に。

 

 そう思考している最中、下の少女から再び声を掛けられる。

 

 

「えっとあの、ここのショッピングモール初めて来て道が分からなくて……よければ案内してほしいんですけど……」

 

 

 声をかけた理由は、小さい子供らしい迷子のお願いだった。

 まさかナンパじゃないよな……と頭の隅で考えていた答えは不正解だったらしい(安堵)

 

 

「はぁ、つってもな」

 

 

 で、そんな些細な願いを、ナンパされていた時の断り文句のような言葉で躱そうとする俺。

 こちとら、善意100%で埋め尽くされた人間じゃないんだ。俺は俺のやりたいことを優先をするために、問答無用で投げられたお願いを取っ払う――

 

 

「俺は今気分気ままにふらつき中というかなんという、か……?」

 

 

 そのつもりだった。

 いつものように、断るつもりだった。

 

 が、言い切る前にとどまる。

 その理由に、決定的な違和感があったことを瞬時に把握したから。

 

 違和感の正体を探るために、俺は少女の顔を凝視する。

 

 

「んん……?」

「な、なんですか?」

 

 

 いきなりしゃがんで顔の近くに急接近したことで、困惑する黒鹿毛(くろかげ)の少女。

 まあ困惑しようがどうでもいい。しっかりと顔を確認して記憶の断片を探る。

 

 俺はどこかで、この娘に()()()()()()()()()()()()ことがあるような気がしてならないんだが。

 

 

「…………? ……!」

 

 

 と、数秒かけて記憶の捜索が完了。

 そうかそうか、顔見てやっと気づいたわ。あの時見た格好とは違うから一見して分からなかったな。一応語っとくと、少女との面識はない。なぜなら、俺が一方的にこの娘が映ったところを見ただけだから。

 

 まあ、それはどうでもいいから良いとしよう。

 ともかく、今この場でやりたいことが『上書き』された。

 

 『散歩』から『興味ある者との交流』に。

 

 

「道案内、だっけ?」

「は、はい! あのできればでいいんですけど……」

「いや、全然いいよ。()()()()やりたくなったからな」

「!」

 

 

 その言葉を聞いた少女はパァっ……!と、明るい笑顔をうかべる。先ほどまでおどおどしていたものとは違い、実に自然体なものだ。不安にさせてすまんな、でもこの成りは素なんだよ……。

 

 

「で、どこに行きたいんだ?嬢ちゃん」

「あ、はい。ここなんですけど……」

 

 

 手に持っているのは、ショッピングモールの全域が書かれたような地図。

 ……なのだが、特徴という特徴がことごとく無くなっており現在地ですら理解しづらいデザインだった。

 四角の箱らしきものにポツンと×印で記されたところを少女が指をさすが……流石に俺でも理解しづらい。

 

 あまりにも雑に描かれたマップに苦笑しながら少女の問うことにした。

 

 

「……おう、これじゃぁまあ分かんねぇな。場所の名前とかは?」

「えっと、3階の西区域っていうのは聞いているんだけど……」

「ん、それだけ分かれば十分だ」

 

 

 RPG(ゲーム)の感覚で記憶している建物の構造図を取り出す。

 このショッピングモールは、テイオーとのトレーニングのサボりでよく来慣れているからな。

 場所さえ把握できれば、あとは脳内マップで特定できら。

 

 

「んじゃあ行こうか嬢ちゃん。多分ここからならその場所まで10分もかからないぞ」

 

 

 しゃがんだ状態を解除して立ち上がる。

 同時に、少女の方が俺の隣に立つ。

 

 そして、眩しいと思うほどの明るい笑顔で少女は俺に礼を言う。

 

 

「ありがとうおじい……お兄さん!」

「爺……? 」

 

 

 ……ああ、髪が白いからか。

 忘れてた。今の俺って見た目がいい状態ってのと同時に(ジジイ)に見間違われる可能性もあったわ。

 子供ってそこら辺の躊躇ないからな。悪く言えば言葉が軽いというか、良く言えば素直なところというか。

 

 まあ、そういう所が可愛らしいてのはあるんだろうが……待て、そんな目で俺を見るな。

 俺はロリにコンが付く性癖は持っていねぇぞ。

 

 

 

 ……あ、そだ。せっかくだしテイオーとウィングにも連絡しとくか。

 待ち合わせ場所も変更、と。3階の方にも行く予定だったしちょうどいいだろ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 一方その頃――

 

 トレーナーを待っているテイオーとウィング。

 

 

「ねえねえアスウィー。ボク、夢でも見てるのかな」

「うーん、正直私も夢か疑ってるんだけど。テイオー?いったん現実ってことを仮定して考えて見よ?」

 

 

 彼女達は突如送られてきたメッセージに対して、現実と夢の見分けがつかない程困惑していた。

 

 と言っても、トレーナーが彼女たちを放り出して気分のままに単独行動を行っていたことに対しての疑問は一切ない。それを行う――気軽に行えるトレーナーの気分気ままさと、常識知らずな所はすでに把握済みだ。

 

 では、なぜ彼女たちはそれほどまでに困惑を隠しきれずにいるのか。

 

 彼女たちは顔を見合わせ

 そして答えを出す。

 

 

他人(ひと)のために動いたの……?」

「興味ないことに一切目も向けない、()()トレーナーが?」

 

 

 ――イメージとかけ離れる。

 

 遥か昔から常に行動を共にしているウィングが理解が速いのは自明の理。 

 だが、懐いているとはいえ、付き合いが最近になって間もないテイオーですらこうなのだ。

 

 それほどまでに異常事態(ありえないこと)

 

 気分屋の弊害でもある『好きなことしかやらない主義』を完全に理解した彼女達は、こうして今現実で起こっていることが到底信じられないと困惑していたのだった。

 

 

 が、彼女らも彼女らだった。

 その胸に抱えていたものは。どんどん別のモノへと変貌していく。

 

 まるで、生まれたての雛が親に対して興味を持つように。

 

 未だ未知なものに対して好奇心が溢れる様に。

 

 

 

「「すごく気になる(んだけど)」」

 

 

 

 彼女たちも、トレーナーと関わっていく上で好奇心のリミッターを外されてしまった身。

 普段では絶対に見れないであろう、(ボク)達が慕うトレーナーの様子を見たいと。

 

 一瞬の目配せの後。

 彼女らはせっせと荷物を持ってトレーナーが向かうであろう3階の西区域。

 その待ち合わせ場所へと先回りをするのであった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 目的地へと足を運ぶ。

 別に急ぐ必要はない、ゆっくりと少女の足取りに合わせて一歩を踏み出す。

 

 

「あ、テイオーさんの……!」

「ん?」

 

 

 その最中、少女が口にした俺の担当の名を耳にした。

 視線は俺に向いておらず、どこか別のモノを見ているようだった。

 少女が見ている先に俺も視線を動かす。

 

 

「電光掲示板か。よく分かったな難しい漢字とか書いてあったろうに」

「えへへ……私演歌が好きで。読み書きは同じ年の子よりは少し得意な方なんです」

「へぇ、良い長所だな」

 

 

 少し誇るかのように、軽い笑みを浮かべる黒鹿毛(くろかげ)の少女。

 

 目線を向けた先にあったのは、5メートルほど横に伸ばされた電光掲示板。その中を流れる様に、一つの文脈が淡い光で泳いでいたのだ。

 俺が見た時はその文が流れてしまった後だったので詳細は分からなかったが、テイオーの名が出ていたことから先日のレースに関連するものだろう。丁度先ほど、携帯アプリでそんな記事を見かけたばかりだしな。有ってもおかしくないだろう。

 

 まあ、この少女に限ってはテイオーの名が出ていなくてもレースであることが分かれば大体テイオー関連のものだと察することはできるが。

 

 それとは別に、小学生らしきこの容姿で新聞レベルの漢字が読めることには素直に関心した俺であった。

 

 

「レース、好きなのか?」

「はい! 走るのが楽しいので!」

「そりゃ良かった。忘れるなよ~?その心意気。めっちゃ重要だからな」

 

 

 そういった俺に対し、少女は「はい!」と元気な声を上げた。

 

 満面の笑みを浮かべる少女が目指す先を、俺は知っている。

 長く険しいはずであろうその道を。かつての、俺の愛バ(ウィング)が歩んだその道を。

 

 そして今、俺の愛バ(テイオー)が歩んでいるその道を。

 

 

「それさえ忘れなきゃ、嬢ちゃんは良いウマ娘になれるよ。俺が保証してやろう」

 

 

 ならばこそ、少女が今抱えている気持ちが続くことを願う。

 目的を達成するのに一番重要なのって『モチベ』だからな。

 

 楽しい気持ちに(まさ)るもんなし。

 

 やりたいことやってたら高みに到達することだってあるんだしな。

 

 

「っと、ここらへんだな」

 

 

 そうこう喋っている合間にエスカレーターやらを使って3階にたどり着く。

 西区域……おそらくここら辺の事を指しているはずなんだが。

 

 

「嬢ちゃんどうだ? なんか目印とか――」

「あ、いた!」

 

 

 お? なんか嬢ちゃんが見つけたらしい。

 同じ場所に視線を向けてみると、そこには少女と同じような背丈の鹿毛ウマ娘が立っていた。

 

 なるほど、目印に人を指したってことは……

 

 

「なんだ、友達と待ち合わせしてたのか」

「あはは……実はそうで。あの地図ってダイヤちゃんにもらったものなんですけど絵が分かりづらい人に書いてもらったらしくて……」

 

 

 ……それはうん、ご愁傷様だな。

 まあ、これで迷子案内の役割は終わりだ。

 正直もっと話し合って交流を深めたい気持ちはあるが、少女の友人まで巻き込むほど俺の常識感はオワッテない。(嘘乙)

 

 

「んじゃ、俺はここまでだ。あっちも気づいたようだし、今日は友達と楽しめよ」

「はい! ありがとうお兄さん!」

「元気があってよろしい」

 

 

 少女の頭を軽く撫でて、俺はここから去る……

 

 と、前にだ。

 忘れるところだった。

 

 

「テイオーの応援、これからもよろしくな」

 

「え……? どういう……」

 

 

 

 それだけ言って、俺は幼女に背を向けて元居た待ち合わせ場所へと歩き出す。

 

 今までのは俺「個人」の関わりであって「テイオーのトレーナー」としての関わりではなかった。だからこそ、テイオーの名を出された時も指摘しなかった。

 ファンサは軽くだ。誰にでも平等に。特定の個人に対して思い入れを入れることはできるだけしないのが俺のルール。

 

 でまあ、語りは終わるとして。

 

 

「……何してんのお前ら」

「いやぁ……珍しくトレーナーが別のモノに興味を持ったのが信じられなくて」

「ボク達も急いできたってわけだよ」

 

 

 てきとーに周りに目を向けていると、壁にFPSゲームのごとく右リーンしていたテイオーとウィングを発見。

 俺の様子をじっと眺めていたようで、2人の目はどこか泳いでいるように見える。申し訳ないという気持ちでも芽生えているんだろうか。

 

 ……いや別に、気にはしないから堂々と見てりゃいいものを。(そういう問題じゃない)

 

 

「ねえねえトレーナー」

「あ?」

 

 

 ジト目で愛バらを見ていると、しょぼしょぼした感じでテイオーが俺に聞く。

 なんだ? 普段と違ってすげぇキョドリ具合なんだが――

 

 

「トレーナー、もしかして小さい子が好きとか、そういう極端な好み持ってたりするの?」

 

「ざっけんな! 俺は至ってどノーマルだわ!!」

「ぷっ! あはははは!!」

 

 

 まさかの質問に思わず大声を出してしまった。

 てかウィング、テメェ笑いすぎだ! おかしいと思うならテイオーの誤解を解いてくれ!

 

 (へき)に関しちゃ全然興味ないけど、誤解されたままだと今後の会話がしづらいだろうが!!

 

 

 

 





「今の、どういう意味だったのかな?」
「キタちゃーん!」
「あ、ダイヤちゃん!待たせてごめんね!」
「ううん、私も今来たばかりだから大丈夫!さ、早くお買い物行こ!」
「うん!」


 少女って誰だったんでしょうね?(すっとぼけ)

 シンコウウィンディ実装来たな!(ホントはCB待ってたなんて言えない)
 ギザ歯キャラだ! ガチャれお前ら! 俺はもう回したぞ!(結果はお察し)
 
 あ、ブクマ数が1000人いった記念で活動報告に色々書きました。
 暇がある人はぜひ見てね!

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小話 甘党用のチョコレートは砂糖マシマシの方がいい


バレンタインデーに追われながらも連日更新



 

 バレンタインである。

 

 スレに顔を出せば「血のバレンタイン」やら「ヴァレンティヌス司教の名前だぞ」だとか素直に「タヒね」などが流れてくる、例年のアレである。

 

 あそこの民は――というか俺がよく作るスレの住民共は、大抵が非リアだとか言っているから余計荒れに荒れている始末だ。

 まあ、ここ数年は過激な奴がいないことが救いではある。それか、たびたびスレに出現するウィングで心を癒している奴が穏やかになっているだけなのか。真実はチョコレートの中に紛れているかもしれない。

 

 つっても、相も変わらず俺が顔出したら蹄鉄を投げられたんだがな。

 何が「糖分過剰摂取で地獄に堕ちろ」だ。

 甘党舐めんなよ、そんな問題なんざ対策済みだわ。(論点の相違)

 

 

「先輩ってチョコレートをもらう機会あるんですか?」

「貰うどころか今作ってんだよ。甘い匂いで察しろ」

「あ、すみません。って、え?なんで作ってんすか」

 

 

 と、現在進行形で板チョコレートを湯煎(ゆせん)していた俺に対して後輩Aが問い詰めてくる。

 

 現在時刻は2月13日の午後6時。

 そんなバレンタインの前日、ウマ小屋にて俺は固形チョコレートを作っている。

 その量なんと1kg超。リア充も鼻血を出してぶっ倒れるほどの量を相手していたのだった。

 

 てか久しぶりの登場だな後輩A。ポテサラ大量摂取から何か月経ったよ?

 

 

「いや、自分あれからちょくちょく来てたじゃないっすか」

「メタ的な話に突っ込むな。本来なら出番無かったはずなんだよお前」

「よく分からないんですけどなんか扱い酷くないですか!?」

「うるせぇ、俺も最近テイオー達からの扱いが雑になってきたんだ。お前も道連れに堕ちやがれ」

 

 

 えぇ……とドン引きする後輩には目を向けず湯煎していたチョコレートをヘラを使って掬う。

 さてさて、溶け具合はどうか……よし、これなら十分だな。ササッとキャラクター形状の型に入れて、と。これでよし。

 

 

「流石に手際がいいですねぇ」

「まあな。これでも毎年作ってるから。慣れるもんだよ」

 

 

 ドロドロのチョコレートを入れた型を冷蔵庫に入れたら、あとは待機で完成だ。

 

 

「聞きそびれたんですけど、それ誰用のチョコレートなんです? いや先輩なら渡す相手とか色々居そうですけど」

「誰用って言っちゃあれだが……強いて言えばみんな用だな。子供にあげる物だって思ってりゃいいよ」

「へぇ……そんな一面もあるんですね先輩って。てっきりテイオーちゃん達にあげる物かと」

 

 

 目を細めてチョコレートを入れた冷蔵庫を見つめる後輩A。

 そんな意外か? 言っちゃなんだが、俺奉仕の精神は持ち合わせているつもりなんだがな。

(興味あるものにだけという限定付き)

 

 あと、いかに甘党なテイオーにもチョコレート1kgは流石にテロ行為だと思うが。

 そこんとこどう思うよ後輩Aよ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 てなわけでやってきました翌日のバレンタインデー。

 

 昨日のうちに作ったチョコレートを袋詰めして、早朝に街を駆けて、俺がたまに面倒を見ている孤児院のガキどもにバレンタインデーとしてチョコレートを渡す。

 例年通り喜んでくれたようで、結果としては俺としても満足。

 ただ俺に突進してきたウマ娘の少女。お前にはあばらの骨が悲鳴を上げた礼として、今度野菜が大量に入った弁当を作ってやる。震えて眠れ。

 

 と、ここで1日を終えても良かったのだが、生憎今日は休日ではない。

 のでしっかりと仕事をこなし、時々サボり、テイオーのトレーニングに付き合い背中に抱き着かれ背骨が軋みかけた1日を過ごした。

 

 そして今日この日、俺がチョコレートをもらった個数は36個に上った。

 

 一応、詳細を述べよう。

 

 36個の内25個は孤児院のガキどもから。

 1個は俺個人の古い知り合いから。

 あとの10は俺がたまにアドバイスをやっているトレーナーに属してないウマ娘たちからだ。

 

(去年より8個ほど多いか……?)

 

 こうやってウマ小屋に帰って、もらったチョコレートを並べてみると、思ったより多く貰ったなと感じる。

 テーブル上を埋め尽くすチョコレートを見ながら。

 

 

「…………ま、ちょくちょく食ってりゃそのうち減るだろ」

 

 

 そう呟いて、もらったチョコレートを一口、口の中に放り投げる。

 うん、甘い。ミルクチョコレートだなこれは。しかも俺用に砂糖マシマシで激甘。MAXコーヒーとタメを張れるくらい。

 

 これをくれたのは……ああ、突進してきたウマ娘の少女か。

 チョコくれるときに遠投で豪速球気味に投げてきたから、割れないように優しくキャッチしたのは記憶に新しい。

 見たところ手作りみたいなんだが……せっかく形もきれいなのに全力投球で渡すとか正気か? もしかしたら俗にいうツンデレだったのかもしれない。デレがあったのかはわかんないけど。

 

 

「あ゛~!トレーナー先に食べてる!」

 

 

 と、甘さに思考を飛ばし耽っていた午後6時。

 バンッ!! と、いう音とともに。

 平穏にはまだ早く、最後の使者(テイオー)がやってきた。

 

(……さらに1個追加、と)

 

 おい、来るのは良いが扉を思いっきり開くな。立てつけが悪くなるだろ。

 

 

「? テイオー?お前なんでここに?今日はもう解散しただろ?」

 

 

 ()()()、だ。

 寮の門限ギリギリになってまで、テイオーがウマ小屋にやってきた理由など百も承知。

 今日がバレンタインで、世話になっている人は誰か? と、言えばバカでも察しが付く。

 

 だが、「あー、チョコくれるのか」などと指摘してガッカリなんてさせたくない。

 てことで、わざといつも通りの俺を演じて知らないふりをしている。

 純粋に喜ぶ姿を眺め見るのも、これまた楽しいのだ。

 

 

「一応、私もいるよ。テイオーそんなに走っちゃ崩れちゃうから」

 

 

 そして、それは隣に立つウィングにも言えることだ。

 つっても、こいつは毎年くれるから俺の発言を察してくれてるだろうけど。

 

 めっ! と、テイオーの口に人差し指を当てて注意するウィングを眺めて、もう一つチョコレートを口に放り投げた。

 良い塩っ気が口の中に広がる。おぉ、これは塩チョコか。

 

 

「あ~!! だから先に食べちゃダメだってトレーナー!」

「あはは……。トレーナー、一応聞くけどそれ誰からもらったチョコ?」

「ん? これは確か……あれだ、教官付きのウマ娘の――」

「それより、それよりさぁ? こっちのも食べてみてよトレーナー!」

 

 

 俺の言葉を遮ってピョンピョンと可愛らしく跳ねながら、何か入った箱を厨房前のカウンターに置く。

 白と茶色の模様が入ったきれいな箱だ。

 

 

「これは?」

「わたし――」

「ボクが作ったんだよ! 見て見て!」

 

 

 興奮冷めやまぬまま、箱を開封するテイオー。

 その中身は。

 

 

「ほーん、チョコケーキか」

「うん。せっかくのバレンタインだから、ね? わたし――」

()()()丹精込めて作ったの! だからトレーナー、一緒に食べ「テ イ オ ー?」

 

 

 ……おい、ウィングの奴すげぇ顔してるぞ。

 笑顔のまま怒髪天間際って感じなんだが、テイオーお前何した?

 

 

「それ、私も、一緒に、作ったんだからね??」

「ピエ!?」

 

 

 おーおー、怒ってる怒ってる。あんだけ怒ってるウィング見るの、現役にサボりまくった俺に激高した時以来だな。懐かしい。

 

 怯えまくってるテイオーを横目に、俺は箱の中に入ったチョコケーキを見る。

 見た目の完成度は非常に高い。味は……食ってみないと分からないが、ウィングも同伴して作ったものなら高品質なものだろう。

 確信はある。何せコイツにはたまにうちのウマ小屋で手伝ってもらうこともあるからな。

 

 

「と、トレーナー! アスウィーがこわいよぉ……」

「あーはいはい。ウィング、まあ許してやれ。こういう日なんだし舞い上がるときもあるだろ」

「……まあ許すけど」

 

 

 背中に引っ付くテイオーの頭を撫でながら、俺はウィングの機嫌を宥める。

 むすっとしたウィングを見るのは久しい。初日の出を見た気分だ。

 

 ――とまあ、話は戻してチョコケーキの話だ。

 

 量に関しては食えるっちゃ食える。

 ホールケーキ1つ分だが、甘党なテイオーと俺で2~2.5人分。いかんせん普通なウィングで3人ちょい。腹も多少減っているからめ一杯詰め込める。

 

 が、現在時刻は6時。

 寮の門限はギリギリ。今連絡しても伸ばせて7時か8時だろう。

 ……う~む。

 

 

「……寮の門限はあと1時間だ。それ以上は取らねぇぞ」

 

 

 結局、余裕を持った選択を選ぶことにした。

 これ以上は譲れない。だって後でどやされるの俺だし。めんどいし。

 だが、一緒に食えるということが分かったようで、テイオーは顔を明るくさせて喜びを表現するように飛び跳ねた。

 

 ……小皿の準備するか。

 あと飲み物……俺とウィングはコーヒーでいいけど、テイオーはコーヒー飲めるのか?

 

 

「わ~い! 食べよ食べよ!」

「ごめんねトレーナー。あとテイオー、明日のトレーニング覚悟しといてよね♪」

 

 

 小柄な少女の悲鳴が小さく鳴り響いた。

 

 どんまいテイオー。骨は拾ってやるよ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「じゃあねトレーナー!」

「おー、ケーキ旨かったぞ!」

「えっへへ! また明日ね~!」

 

 

 午後7時。

 

 すでに夜の帳は降りきっている。

 星は夜空を照らし、走り去るテイオーを淡く映していた。

 

 

「……満足?」

「おう。旨かったぞ。聞き忘れてたけど味付けはお前が?」

「うん。私は味担当、テイオーは見た目の方を作ってもらったんだ」

 

 

 隣に立つのは、俺の愛バであるウィング。

 なんでコイツがまだいるのかは……まあ分かっている。

 いつものことだ。まだ、()()()()()()からな。

 

 

「テイオーって器用だよねー。やり方覚えちゃったら、すぐ上手に型取りとかできるんだもん。ちょっと嫉妬しちゃった」

 

 

 羨むように、テイオーの去った道を眺めるウィング。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 静寂。

 ウィングの視線は天と宙を彷徨い、時々俺を見る。

 対して、俺の視線はウィングに固定したまま。

 

 

「っ……あ、ぅん」

 

 

 ()()()()()()()。だっていつものことだから。

 ここには俺とウィングの2人だけ。

 

 だから遠慮は無しだ。俺は俺らしくここに立っている。

 それも約束。そして、ウィングが望んだことだ。違えることはない。

 

 ……んだけど、じれったいなぁ。門限あるんだぞお前には。そんな感じでもじもじしたままじゃ、門限に遅れるんだけど。

 もういい、俺から声掛けるか。寮長にドヤされんのは俺もごめんだ。

 

 

「くれるんだろ? チョコ」

「……あーもう、なんでそっちが言うかな? 雰囲気台無し」

「むくれるなよ。俺が()()なのは理解の上だろ」

「…………はあもう、ほんとズルい」

 

 

 ……すまんな。まだ学べてないんだ。 

 

 ウィングは落胆したような顔を一瞬見せたら、ほんの少し微笑んで俺の正面に立つ。

 

 そして――

 

 

「はい、トレーナー」

「おう、ありがとな」

 

 

 ────手渡されるのは、言わずかもがな、ウィングからのバレンタインチョコ。

 

 長方形……ではない。

 しっかりとしたハート形。

 梱包の丁寧さ、デコレーションの付け方。

 

 どれを見ても、俺に対する思いが込められたそれだと分かる。

 

 

「……全く、ハート形って。恥じらいはねぇのかお前には」

「あるに決まってるよ!! 無い女の子がいないわけないでしょ!?ていうか、トレーナーが言えたぎりじゃないでしょその台詞」

「そりゃそうだ」

 

 

 目を細めながら言葉を返せば、両腕を引き締めて俺に立腹するウィングの姿。

 

 ふむ、そういうもんか。

 てっきり俺と関わっていく内に羞恥心が消し飛んでしまったのかと思ってたんだが、やっぱそう簡単に感情の気質ってのは薄くならないようだ。

 

 まあ、これに関しちゃ俺が特殊なだけか。

 

 

「ふ……。んじゃ改めて」

 

 

 それが分かったなら、俺も改めて礼を言う義務がある。

 

 俺らしく、ほんの少し笑顔を浮かべて。

 恥じらいがある分、心を込めて。感謝を込めて。

 

 俺の隣にいてくれる、お礼を胸に込めて。

 

 

「ありがとな、ウィング」

 

 

 最高の愛バに、俺が今持つ最大限の感謝の意を伝える。

 

 寒く、冷えていそうなウィングの両手に手を伸ばし、添える。

 

 

「……!」

 

 

 それにウィングは、拒絶することなく合わせてくれる。

 冷たいと思っていた両の手は、意外にも温かさを残しており逆に俺の手を暖めてくれているようだ。

 

 数秒。

 誰も居ない空間で、そんな温かい体温を堪能していた。

 

 

「…………っ! あー、なんかいい雰囲気になっちゃったね」

「なんだ、悪かったのか?」

「いーや? すごくドキドキしたよ?でもいい気分だから」

 

 

 途中から気恥ずかしくにでもなったのか。

 バッ! と、瞬で手を放して、俺から距離を取るウィング。

 

 今日はよく眠れそうかな~、と手を後ろで組みいつものウィングに戻る。

 恋愛的な展開、とでもいうものなのだろうか。

 そういうことに疎く、興味の無い俺でも、なにかその場の空気に流される強制力があったように感じた。

 

 これもまた学びだ。

 リア充空間には、何か濃度の高い空気感が浮かぶって感じで覚えておくとしよう。

 

 後で経験談をスレで語るか(タヒ刑確定)

 

 

「なーんかまた変なこと考えてない?」

「さあな? 気のせいだろ」

「ふぅん?」

 

 

 目を細め、疑惑てんこ盛りな感じで俺を見つめるウィング。

 ……流石に覚り過ぎなのは俺の気のせい?コイツ俺の心読めるとかない?

 

 

「まあいいか。渡すものも渡せたし、今日は帰ろうかな」

「ん。おお、気を付けて帰れよ」

 

 

 そういって、走り去っていくウィング。

 その顔は満足気味な笑顔で、この夜道を駆けていく――

 

 

「あ、言い忘れてた!」

 

 

 と思っていたのだが、なんか途中で立ち止まった。

 何? これ以上なんかあるの?

 

 

 

「それー!! 私の本命だからね~!!!」

 

 

 

 大事に食べてよ~! と、学園に響くほどの大声で言って走り去っていくウィング。

 あ、うん。いや()()()()()

 

 だから今日渡してくれるって分かってたし。……なんか今更だな。

 

 

「おう、お前も帰り道コケて怪我するなよ!」

 

 

 それに対して、俺はいつも通り片手を振って見送った。

 彼女の頬は遠目では見えなかったが、おそらく朱色に染まっている……のかもしれない。実際に見えたわけじゃないからな。

 

 真実はまあ、チョコレートの中ってことで。

 

(……?)

 

 少し体温が高い、か?

 チョコレートの発汗作用か?

 食い過ぎたら体調を崩しかねないしな……。1日に2袋を制限に消化するか。

 

 変な感覚だが……悪い気持ちじゃない。

 

 なんなんだろうか、これは?

 

 

 違和感を感じて頬に手を当ててみる。

 いつもと変わらない、冷え性な俺の手が――

 

 ――いや、ウィングの手の温もりが残っていたのか。

 少し暖かい温度が、冬の風に当たった頬を温めてくれた。

 

 

 

 

「甘いな」

 

 

 

 

 翌日、ウィングからもらったチョコレートを食べた。

 普通においしかったことを、ここに残しておこう。

 

 

 

 

 

 





バレンタインだからどうしても書きたかったと弁解する作者の姿ココにあり。

なお、昇天し力尽きた模様。


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夏はやりたいことが多くある時期
合宿の荷物は筋トレグッズになりうる話


 

 7月も少しを過ぎた。

 

 俺は俺とて、仕事を10日分前処理して余裕を作ったり、俺の担当らであるトウカイテイオーとアストラルウィングは必死こいて夏の課題を終わらせることに勤しんでいた。

 正直、クッソめんどくさかったわ。普通のトレーナーがやって10時間以上かかる仕事が十数件以上。それを俺が処理するとかブラック企業かよ。……いやブラックっちゃブラックか。

 

 まあでも、それもこれも全て、この時期から行われる「夏合宿」があるからなので仕方ない。割り切ろう。

 

 

 

 トレセンにおける夏合宿とは、ウマ娘の能力を全面的に向上させるための行事だ。

 普段とは違う環境、トレーニング、これらのすべてを活かし、励む。

 その過程の上に勝利の冠が待っているのだ。

 

 無論、この機会を逃してたまるか、と学園に配属しているほとんどのウマ娘とトレーナーが積極的に参加をする。皆々共も、目指す夢の為に必死なのである。

 最も、彼女らのお目当てが副次的についてくる「思い出」だという娘も数人いるだろう。そんな思い出には、まるで恋愛漫画に出てくるような「甘い思い出」を狙う娘もいるとかなんとか……

 

 卑しい者も少なからずいるということだろう。人間、我慢しようが欲に忠実になってしまうこともあるということだ。俺は青春らしくていいと思うがね。

 卑しかばい卑しかばい。

 

 

 さて、説明した上で言ってなかったが、この夏合宿を行う場所は基本的に「海」である。

 というか大体ここが一択で決まっている。

 

 なんでやねんって話だと思うが、俺がトレセンに配属される前から、ずっと合宿場が変わっていないことからそれが校風として引き継がれているのだろう。

 

 事実、うちの店にて。

 

『夏合宿、海以外にどこか行くつもりは無いんで?』

『? 無いが、それがどうかしたか?』

 

 と、あるトレーナーに聞いてみたところ返答はNOとのこと。

 行事だから、疑問すら持ってないとこからも校風の流れのようなものも感じられた。

 ほら、学校の修学旅行とかずっと同じ場所なのに気にしない奴っているじゃん。あーゆ感じよ。

 

 俺としては毎年同じ場所じゃつまらんと感じるんだが……まあ、行事のことは上の指示だし。と勝手に納得していた。

 

 あと、トレセンに属している宿泊施設が海辺にあることも、場所を固定している理由の一端なのかもしれないな。知らんけど。

 

 

 が、しかし2年前。

 テイオーがまだ俺の担当になる前。

 つまりは、現役だった頃のウィングと俺が栄光に励んでいたころだ。

 

 俺たちはそんな固定意思に反するように「山」を合宿場所に選んでいた。

 

 試しのつもりで選んだが、どうやら提案書と事前書類さえ出せば、海以外の選択もできるらしかったんだよな。それを聞き、さらに海の選択率が異常なことに疑問を持ったことは、今でも記憶の隅にしまってある。

 

 つっても、あの時はいろんな理由ありきで選んだ。

 主な理由はウィングの身体強化に適切な場所がどこになるか、ってとこだったが……

 ま、終わった話だしな。その話は省いて置いとくとして。

 

 

「よし、決めるぞ」

 

 

 今年、だ。

 

 今年はどうするかって話になった。

 ちなみに、話ってのは、現在進行形で進んでいる。

 もちろん『ウマ小屋』でだ。

 

 目の前のカウンター席座るは、現担当であるトウカイテイオー。その隣には補助役を担っているアストラルウィング。

 

 

「「「…………」」」

 

 

 緊張が走る一瞬。

 

 それもそのはず。

 この夏の運命――

 もとい、夏の間に遊ぶ場所を決めるターニングポイント。

 それがこの瞬間に詰まっているのだ。緊張もするだろう。

 

 はてさてその選択は……

 

 

「海! 山! どっちだッ!?」

「海!!」

「私も」

「よし、行くぞ海!」

 

 

 海に決定!!!ってことで。

 

 わーい!! と、店内ではしゃぐテイオー。

 よし……! と、見えずらい位置でガッツポーズをするウィング。

 

 結局、迷い無い彼女たちの遺志により、あっさり決まったのだった。

 

 ……まあ、俺の意志を押し殺しただけなんだが。

 

 

「貴方……どうして涙を浮かべているのかしら?」

「……これは嬉し涙です理由は聞かないでください東条先輩」

「?」

 

 

 …………遺言として、俺は山派だったことをここに残しておく。

 北海道の民は山が恋しくなるんだよ……。

 

 子供のささやかな願いには勝てないよな。うん。

 はっきりわかんだね。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

(うぇみ)だぁ~!!」

 

 

 真夏の海。

 

 

「ちょ、おい待て! お前砂浜出るんならせめて着替えてからにしろ!! あと準備運動ォ!!」

「元気だねぇテイオーちゃん」

「もう、テイオーったら」

 

 

 青と白、薄橙色で塗りつくされた光景の中を走り回る少女(テイオー)が1人いた。

 そんな少女を「怪我させてたまるかっ」という思いで止めるべく追いかける灰色パーカーの男(トレーナー)

 

 だが悲しきかな、全力疾走で追いつこうにも人間がウマ娘の走力に適うわけがない。それがたとえ、健康のために体を鍛えてる趣味人だとしてもだ。

 必然的に、トレーナーのスタミナ切れにより勝者はイキイキとはしゃぐテイオーに決まったのだった。

 

 そして、そんな光景をいつもの団欒だと微笑ましい目で見守る大人1人(後輩A)少女1人(ウィング)

 

 

「あっちは楽しそうにしてるし、僕らは車に行って荷物をまとめよっか」

「ですね。……あ、トレーナーこけた」

 

 

 おぼつかない足取りのまま走り続けるトレーナー。

 限界が来たからか、ついに砂浜に顔から突っ込んだトレーナーを見たウィングは

 

 

「トレーナー! 先に私たちホテルに荷物持って行っとくからね!!」

 

 

 できるだけ簡潔に、大声でそう伝える。

 

 

「了解……!! こっちはテイオーをひっ捕らえたらすぐ向かう……!!」

 

 

 上げた顔から見えるのは実に躍起な目だった。プライドというものなど欠片もないトレーナーなのだが、こうもコケにされると少しはピキる。意地っ張りな子供か。

 そして、そんな目を見たウィングは「長くなりそうだなぁ……」と思いながら、彼女は合宿用の荷物を置いている車のもとに走っていった。

 

 去り際に、ちらりと彼女が見たものは。

 

 

「待ちやがれテイオー!!!」

 

「イッ!?」

 

 

 鬼神のオーラ溢れるトレーナーが全力ダッシュする姿と。

 その様子にビビったのか、追いつかれまいと全力とは言わないまでの走りで距離を離すテイオーだった。

 

(タオルの準備しておこうかな……?)

 

 車に向かう道中でウィングがそう思ったのは、彼女なりの優しさなのだろう。

 

 

 

 

 

 

「ぜぇ……はぁ……」

「お疲れです先輩。テイオーちゃんは捕まえられました?」

「無理だったっての……。結局20分くらい炎天下の中で走りまわされたわ……」

 

 

 ホテルの玄関先で、疲労に屈しまいと足腰に力を入れるトレーナー。

 

 苦節20分。全力ダッシュの果てにトレーナーが得た景色は、こんな(orz)姿勢から一面に広がる地の砂だった。

 なお、テイオーはじゃれ合えたことが楽しかったのか、満足げな表情をしてウィングが向かっているであろうホテルへと戻っていった。それはもう軽々なスキップをしながら。

 

 結局、炎天下の中ただ疲れた上にテイオーを止められなかったトレーナーであった。

 やっぱり人はウマ娘には適わないってね。

 

 

「ありゃ、それは大変でしたね。あ、これウィングちゃんからです。どうせ汗だくになって帰ってくるだろうから、って準備してくれてましたよ」

「おう、悪いな」

 

 

 トレーナーが後輩Aからタオルを受け取る。

 

 どこかにあった蛇口で濡らしたのか、冷たい濡れタオルになっている。

 ありがてぇ、とウィングに感謝を告げながらトレーナーは手に持つタオルを顔に当てた。

 熱された体温が冷やされた布に吸収されてゆく。

 

 

「ていうか、このホテルすごい大きいですね。こんなところでトレーナーの人は毎年合宿してたんすか」

「まあな。設備もすごいぞ。ほとんど最新性だ」

「へぇ~……。 自分、基本事務業なんでこんなとこに関わることないと思ってましたよ。

いやぁ()()()()()()ごちそうさまです!」

「なに、俺も合宿中の話し相手が欲しかった所だったからな。部屋に一人篭りきりってのも合宿の思い出としちゃつまんねぇし」

 

 

 後輩Aが両手を合わせて一礼するのを見たトレーナーは、会話の内容を気にすることなく濡れたタオルで額から流れ出る汗を拭き続ける。

 

 担当のウマ娘とトレーナーは別室。

 つまり彼の場合、テイオーとウィングが同室となり、彼自身は一人で部屋に入ることになる。

 それを良くないと思った人生謳歌トレーナーは、わざわざつまらない時間を過ごすことになってしまう独り身を回避するためにトレーナーでもない後輩を誘ったのである。しかも自費で。

 

 まったく幾ら払ったのだか、と思うところだが彼はこれを思い出費用と割り切って必要経費と思うことにしている。良い思い出とは、要する費用に比例することもあるのだ。

 因みに話し相手は誰でもよかったことから、タイミング良く『ウマ小屋』に訪れた後輩Aは幸運と言えるだろう。時間を開けさせるためにも数日分の仕事を手伝ってもらったりもしたようだ。

 

 

「…………せ、せんぱぃ……」

「?」

 

 

 と、トレーナーが濡れたタオルの温度に浸っているところに、一つの声がする。

 今にもぶっ倒れそうなカッスカスの声だったので、トレーナーはその声がどこから聞こえたのか把握できなかった。が。

 

 

「も、もう無理で…す……」

 

 

 ドスンッ、と何かが地面に落ちたような鈍い音がしたことにより、今度こそどこでなった産声か気づく。

 なんだ? と思いながら音のした方にトレーナーが体を向ければそこには――

 

 

「……? 後輩B?なんでお前荷物持って潰れてんの」

 

 

 成人男性1人分の大きさがある鞄を背負った、彼の後輩に当たるトレーナーが地に伏せていた。

 

 

「……あ、そういえば車からの荷物運び、まだ終わってないのがありましたね」

「あ? そりゃ一体誰の――」

 

 

 ……はて、誰の荷物だろうか。

 荷物運びに貢献せずに、自身の荷物すら放って、担当とじゃれついてた誰かの荷物。

 

 

「…………もしかして俺の荷物かそれ?」

「やっぱり東八尾先輩の荷物だったんですねこれ……。めっちゃ重いんで持ってもらっていいですかお願いします僕もう動けないんです」

「お、おう」

 

 

 恨めしや恨めしや。

 若干、呆れと憎悪の篭った視線をその身に受けたトレーナーは、文句なく後輩の担いでいた荷物を両手で持つ。

 そして、冷房の効いた室内に避難するように、彼らは一緒にホテルのエントランスへと入っていく。

 

 

「……腰が折れるかと思いました」

 

 

 ようやっと炎天下から解放された後輩Bが、腰を押さえてエントランスに設置されたソファに座る。どうやら痛めてしまったらしい。

 原因はすべてこの趣味活バカにあり。

 

 

「すまんて、てっきりうちの担当らが持ってってるかと思ってたんだよ」

「ていうか、長野トレーナー(後輩B)こそどうして先輩の荷物を? 先輩に直接言えば持ってくる必要なかったろうに」

 

「東条先輩に持ってくるよう言われたんですよ。断れると思います?」

「「無理だな。すまん」」

 

 

 起こった出来事を簡潔に語った後輩Bに対して楽をしてた男ども2人が素直に謝る。

 人生、どうしようもないことを避けられない時も来るのだ。

 非情にも不幸の星に遭遇してしまった彼に対して、バカ2人は心からの謝罪をしたのだった。

 

 

「不躾な質問で悪いんですけど……その鞄に一体何が入っているんですか? ウマ娘用のトレーニング器具とか入ってても納得な重さですが」

 

 

 謝罪を受け入れ、腰を抑えながら後輩Bが問う。

 負傷の原因になったものを持ってきた本人がいるのだ。当然の経緯といえる。

 ちなみに、ウマ娘のトレーニング器具は通常で100kgを優に超えるものが多い。トラックのタイヤ数個分と言えば想像もしやすいだろう。

 

 そしてその言葉を逆にとって解釈すれば。

 そんな人間破壊兵器を持っていてもおかしくないと思うほどの重量が、トレーナーに背負われている荷物にあるということだが。

 

 たとえ天上天下唯我独尊、全力全開趣味特攻(どうでもいいからやりたいことやる)人間なトレーナーでも、人間の許容量は越えられない為、後輩Bの問いに対して首を横に振る。

 

 

「流石にそんなもん入ってねぇよ……俺を人外かなにかと勘違いしてないかお前?」

「人外一歩手前みたいなものでしょう、先輩は」

「後輩A、お前今度ポテサラの刑な」

「ポテトサラダを刑罰に使うのはやめません!?」

「なんでポテトサラダ……?」

 

 

 事情を知らない後輩Bが困惑。ポテサラを提供されることに果たして罰の要素があるのか。

 まあAの方に関しては悪夢として出てくるほどのトラウマ要素があるのだが。

 

 因みに、材料は用意してあるので刑の執行は明日にでも可能だ。震えて眠れ。

 

 

「何が入っているか、ねぇ? 必需品だけ持ってきたから別に特段おかしいもんは入ってないと思うんだが」

 

 

 そう言って、トレーナーが鞄を下ろす。

 そして、放たれた最初の一言。

 

 

「まず……記録用のノートPCが()()は必需品だろ?」

 

「はいはい…………はい?」

 

 

 たった最初の一言で、後輩トレーナーの動きと思考は瞬で止まること(宇宙猫状態)になった。

 

 その理由は問うまい。もう序盤から意味不明なのである。

 

 何故? 確かに現代人に電子機器は必須だし――トレーナーの一部にはPCを使用する者も多くいるが、なぜそれほどの量を、3台も持ってくる必要があるのか。後輩トレーナーの頭脳では理解ができない。

 

 が、相手は常識外れ、異質、店主に加えてサボり魔な、先輩に当たるトレーナーだ。

 理解不能は当たり前。他人が困惑する行動など、彼にとっては日常茶飯事。

 

 そんな総合的に【変人】の名を関するトレーナーは、困惑する後輩トレーナーを置いて言葉を続けて放つ。

 だって、説明が欲しいって言ったんだし。

 

 

「んで、物理演算用のデスクトップPCが1台に、PC接続用のキーボードも付属で2つずつ……ああ、マウスだけ1つか、ノートじゃ使わねぇからな。それから保存食の食料が3日分ほどあって、糖分補給用の氷砂糖が2袋。――宿泊施設にキッチンついてるだろ? それ用に小型の調理器具が一式、調味料は……こだわろうと思ったが全部持ってくと結構かさばるからな、ジッパーに入れて最低限だけ持ってきた。あとは髭剃りだとか髪染めとかの日用品、それと合宿用の着替えな。うちの担当らの分も詰め込んでるから――」

 

「ストップ!ストップ!! もう大丈夫です!お腹いっぱいです!!」

 

 

 このままだと思考がパンクすると察した後輩トレーナーが、止まらない蛇口の水をせき止める様に会話の最中に割り込んだ。

 情報量の洪水で吐きそうになる。ていうか実際、若干頭痛気味で気分が悪くなってきていた。

 

 頭を落ち着かせて、情報の処理が終わったところで再び後輩Bが問う。

 

 

「……興味本位で聞きたいんですけど、それ鞄は何キロほど……?」

「あ? あー、そうだな。別に測ったことはないが……まあ50~60kgくらいじゃないか? デスクPCが5割くらいあるとは思うが……それがどうした?」

「ろ、ろくじゅ!?!?」

 

 

 今度は顎が外れそうなほど驚愕する後輩トレーナーである。

 

 60kgだ。

 

 スーパーで売れられているような米袋、それの約3袋分の重量。それが目の前に置いてある荷物の質量だというのか。

 無理、いやウマ娘でもないと無理でしょ!? と、彼が思うのも無理はないだろう。なんなら、よくここまで持ってこれたな、と自身の体を褒め称えた。人体ってすごい。

 なお、そこまで考えたところで幻痛が彼の体に走った。

 

 ていうか、この趣味人野郎が例外というだけである。

 日々の運動とは、こうも人を強靭にしてしまうものなのか。さらにこの変人は、この常人破壊兵器を筋トレグッズとしか思っていない。ここまでくると強靭ならぬ狂人の類だ。元からではあるのだが。

 

 そんなクソサボり野郎に常識感覚などあるはずない。というより、誰でも頑張ればこのくらい持てるだろと思っている程度だ。

 

 後輩トレーナーが驚愕した理由など見ず知らず「?」と、この趣味人は当たり前のように疑問で返した。

 

 

「い、いえ、気にしないでください。……ちなみにそれ、持つのに手伝ってもらったりとかは? ほ、ほら、せっかく力持ちな子もいるんですし……」

「? 自分の荷物だし自分で持つに決まってるだろ。アイツらも個人の荷物があるんだし、わざわざ手伝ってもらったりはしねぇよ」

「そ、そうですか……」

「先輩それさっきまで荷物の存在ごと忘れてた本人が言います……?」

 

 

 引きつった笑みで提案をしてみれば、至極当然のような言葉の返し。

 まあそりゃ常識的に考えればそうだろうが、それは人間の強度に死傷をきたすレベルの持ち物を持っているときに吐く台詞ではないだろう? と後輩トレーナーは心の中で思う。

 

 常識のズレというかなんというか、とにかく目の前に立つ『憧れの先輩』がまともな常識感覚が無いことを改めて後輩Bは理解した。

 

 言わなくてもいいと思うが――すでに後輩トレーナーはドン引き状態だ。

 もはや先輩がどうとかの問題ではない。同じ人間として引いていた。ドン引いていた。

 

 同業者であるトレーナーとしての敬意と尊敬こそあれど、人としての尊敬は薄れかけていた。

 

 そんな思いを心に浮かばせる後輩がいる中、トレーナーはこの後の予定の事を考えながら、ポケットに入れたドロップ缶から氷砂糖を取り出し口に放り込む。

 カラコロ、と転がる音と共に甘い香りが口内を埋める。

 

 

(……さて、そろそろウィングらは<リギル>の面子と合流したころかね)

 

 

 すでに荷物を持って向かったであろう担当達の様子を想像する。

 

 夏合宿。

 本来なら、各個人での、もしくは各チーム内での行事なのだが。

 

 今年は『<リギル>との合同練習』も計画されているのであった。

 

 

(さっさと荷物置いて俺らも合流しに行くか。……先輩にどやされんのもごめんだしな)

 

 

 トレーナーが雑談中の後輩に一言声をかけ、我颯爽とホテルのエレベーターへと向かう。部屋番は予め聞いているので問題なし。

 

 

 

 階層を上るエレベーターの窓を眺めれば、雲一つない晴天から差し込む白の光。

 彼、彼女らにとってのひと夏が始まろうとしていた。

 

 

 

 





2周年!!CB実装 ターボ師匠実装!!来たぜ!ずっと待ってたんだお前らをよぉ!!
みんなもう手に入れたかな?俺はもう手に入れたぞ!(犠牲諭吉1枚)

あ、先に行っとくとこの小説CB出る予定あるからね。
ターボ師匠も……出そうかな?


あと、前回のバレンタイン回の一部分を加筆しました。
トレーナーが冷え性のとこですね。ちょっと重要な部分を入れ忘れてたので。気になったら読み返してみてね。


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☆ 朝飯は目玉焼きにご飯って相場が決まってる(ニンジンを添えて)

やっぱ挿絵見たい人っているんだね~
いやぁ需要があるんだねって改めて思ったよ~

だから描いてきたぞオラ(いつもの低クォ)



 

 みんな~おはよ~……(小声)

 

 

 早速なんだけど今日ね。

 ボクはトレーナーの部屋に突撃ドッキリをしようと思ってるよ。

 

 提案はボク。仕掛け人にトレーナーと同室の後輩の人が協力してくれてるんだ。

 内容は、携帯に連絡した合図で、静かにドアを開けてもらう予定。

 

 そして――トレーナーの布団に入ってバッサ~!って登場!

 

 テレビで見たようなすごいありふれた普通のドッキリだけど、やってみる側になると楽しい気分になるな~。さっきからずっとワクワクが止まらないよ!

 いや~ボクのトレーナーってさ? なんていうか狼狽えることがホントにないっていうか?いっつも落ち着いた感じなんだよね。いや、興奮することはあるんだけどさ。あまり予想外の事に対して驚くリアクションが無いっていうか。

 

 ともかく。

 そんな狼狽える様子を見てみたいからボクは今日ドッキリを仕掛けたいと思ったのだ。

 えっへん!(胸張り)

 

 ん? アスウィーはどうしたのって?

 あ~なんかね?

 

『……それ、多分失敗するよ?』

 

 ドッキリしたい!ってことを言ったら、なんかすごい真顔で言われた。失敗するってどういうことなんだろう?朝の5時に起きる人なんてそうそういないと思うんだけどね。

 

 あ、でもアスウィーもしっかりボクの後ろに着いてきてるんだ。

 成功とか失敗に関わらず、なんか面白そうだから間近で見てみたいらしいよ。

 

 

 さあ、トレーナーが寝ている部屋の前に到着~!

 にっしし! それじゃあ携帯で後輩の人に連絡を入れて、扉を開けてもらって~それから――

 

 

「あー……テイオーちゃん」

「? なに?」(小声)

 

 

 トレーナーの後輩さんが頭を搔いてボクに言う。

 まだ扉は開け切ってないから小声でしゃべる必要はないけど、トレーナーを起こしたくないから。一応声の音量は低くしておく。なにかあったのかな?

 

 

「ごめんね、僕じゃ止められなかった」

「え?」

「やっぱり……」

 

 

 両手を合わせて後輩の人がいきなりボクに頭を下げる。

 

 え、ちょ、なになに!? 一体どうしたの、ていうかそんなに声上げてたらトレーナーが起きて来ちゃうかもしれないし!

 あと「止められなかった」ってどういうこと!?

 アスウィーはなんで目を閉じて上を向いてるの――

 

 

「お? どうしたよお前ら、こんな朝早くに」

 

 

 突然、そんな声が聞こえて。

 

 ギギギッ……と。

 首を錆びかけの歯車みたいに回して、後ろを向いたら。

 

 

「朝5時だぞ? やたら早起きだなお前ら」

 

 

 いた。立ってた。

 ボクのトレーナーが、いつもの灰色パーカーじゃないスポーツ服の姿で。

 ()()()()()、少しの疲労が見える姿で。

 

 ドッキリを仕掛けるはずだった本人が、すでに起きてた。

 

 ……てことは、ドッキリ失敗?

 さっき後輩の人がごめんって言ったのはこういうこと?

 アスウィーが失敗するかもしれないって言ってたのは、トレーナーが朝にこう動くのが分かってたってこと?

 

 最初から、ボクが計画したドッキリは成功しないってこと――

 

 

「テイオー? おーいどうした。……意識飛んでんのか?」

「…………どうして」

「?」

 

 

 理解して、頭で考えて。

 考えた頭から、考える力みたいなのがパチンッって消灯して。

 

 

「どうしてトレーナーが起きてるのさぁ!!!」

 

 

 考える力が消えちゃったからか、口から自然とそんな声を出て。

 

「お、おい!」

 

 ボクは逃げる様にトレーナーの部屋に入る。

 そして、自分でもしょうもないくらい子供の様に拗ねて。

 

 ズボッ! とホテル特有の白い布団に潜り込んだ。

 

 ――あ、これトレーナーの匂い。この布団で昨日寝たのかな。

 

 

 

 

 で、その一方。

 そんなとんでもないハイスピードで、布団に突っ込んだテイオーを見たトレーナーは。

 

 

「……俺、怒られたのか?」

「……まあ、テイオー結構楽しそうに準備してたからね……。子供心をへし折ったようなモノだから仕方ないと思うよ。うん。どんまい」

「へし折った原因すらわかってないんだがそれは」

 

 

 前腕組みをしたまま引き攣った顔で、それはそれは見事に困惑していたのだった。

 よかったねテイオー、トレーナーは見たかっただろう反応をしてくれたよ。

 

 まあ、本人は布団にもぐって見てないんだが。

 

 

「なんつーか、理不尽すぎやしねぇか……?」

「……テイオーの慰めは任せて、その間にシャワー浴びてきなよ。汗、結構匂うよ?」

「そんな嬉しそうな顔で嗅いで言われてもなぁ……」

「……いや、何でウィングちゃんの方が嬉しそうなんだい?」

「乙女の秘密ですよ、後輩さん」

「ア、ハイ」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 今更なんだが。

 数年くらいウィングの担当やってて、ホントに今更なんだが。

 

 ……ウィング(コイツ)、なんか匂いフェチ的な何かを覚醒させてねぇか?

 

 いや、そういう(へき)を持つこと自体が悪いって言いたいわけじゃないんだ。

 そんなもんは誰にだってあるものだし、ていうか事実、俺も癖みたいなもんは持ってるし。

 なんなら、自分が見出したものではあるんだから誇ってもいい所だとは俺個人としては思うぞ? それがたとえ他人から否定されるものであってもな。

 

 ……まあ、それは良いとして、ウィングがなんか癖を覚醒させてる件について、だ。

 一体いつからだ?

 いつ、どうして、何があってこんな匂いフェチ的な癖を覚醒させたというのか。

 

 朝食の目玉焼きを頰張りながら考えることではないのは分かってる。

 分かってるが、コイツとは長年の付き合いだからこそ考えたくなるんだ。

 

 だってよ、シャワー上がりに髪をドライヤーで乾かされた後、ついでの様に頭皮の匂い嗅がれて笑顔で満足した所を見りゃ誰だって気にはなるだろう? ならない?俺がおかしいだけ?

 別に嫌ってわけでもないし、嫌悪感を感じるわけでもないが、気になるもんは気になるよな。

 

 ――と、そんな思考をよぎらせた刹那、朝食が盛り付けてある皿から何かが消えた。

 

 

「あ、トレーナー。ベーコンいらないならボクが貰っちゃうからね」

 

 

 誰の仕業かと思えば、隣に座って朝食を食ってるテイオーの仕業だった。

 視線を前に向ければ、よくある長方形型のテーブルを挟んで向かいの席には後輩Aとウィングが同じく食事をとってる。

 

 せっかく早起きしてきたからって、朝食を一緒に取りたいと提案してきたのは担当らの方な。

 拒否する理由なんて無いし「まあいっか」てな感じになったから、朝食を作って現在食事中だ。

 

 献立は「目玉焼き定食(担当らに多量のニンジン)」って感じのTHE普通の家庭食。

 朝食はこれくらいがいいのだ。下手に脂身多めの肉とかやってらんねぇ。胃袋ひっくり返るわ。

 

 とまあ、そんな感じの朝食の最中。

 後で食おうと思ってたベーコンをテイオーにぶん取られた今日この頃だった。

 ちなみにテイオーは俺が昨日寝てた布団に入って2度寝してた。早起きしたっぽいから眠かったんだな。んで「朝食だぞー」と言って起こしたらお目目パッチリで起きてきた。現金なやつめ。

 

 

「ざけんなテイオー、お前には山ほどニンジン乗っけてるだろう。まずそれ食ってからにしろよ」

「いいでしょ~、困るものでもないんだしさぁ?」

 

 

 困りはしないが減りはするんだがなぁ……

 っておい、俺が遠い目をした隙にベーコン奪うな、食うな。

 いや別にもう一枚焼けば済む話だが、手間がかかるし今日の予定に遅れたくないし。

 ……しょうがない、今日は許してやろう。なんかさっき怒らせた慰謝料ってことで。

 

 だからテイオー、そのむすっと顔を収めてくれ。なんで怒らせたのか分からんが俺が悪かったから。……なんで謝ってんだ俺。

 

 

「……いいのかな。自分、こんな家族団欒みたいな中に入ってて」

「いいと思いますよ? ほら、お泊りした次の日の朝食みたいで新鮮味がありません?」

「目の前で親子のイチャつきを見せつけられることに新鮮味……あるかなぁ……?」

 

 

 テーブルを挟んだ向かいの席で。

 腐った魚の目をした後輩Aが、微笑むウィングの問いに困惑していた。

 

 あるだろ新鮮味。こんなシーン滅多に見れねぇんだから、今のうちに網膜に焼き付けとけ。

 

 

 …………あれ? さっきまで何の話してたっけ。

 なんか匂いがどうのこうのっていう話をしてたようなしなかったような……まあいいか。

 

 さっさと飯食って、食器片づけて<リギル>の面々と合流するとしよう。

 

 今日もまた忙しくなるはずだ。

 まあ、トレーナー業(こっち)は趣味の内だから嬉しい悲鳴ではあるが。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 さてっと、やってきました練習場もといターフ。

 

 今日は雲一つ無しの快晴。時間は午前10時。気温は最低27で最高が33という人体破壊っぷり。

 流石に冷え性の俺でも熱いわ……(長ズボンにチャック型のラッシュガードという珍しい服装)

 あーあちぃ……

 

 

「トレーナー、今日の予定は?」

 

 

 両隣を歩くのは担当らのテイオーとウィング。

 トレーニングな故、学園指定のいつものジャージ姿で実に暑苦しそう。

 ……なんて言ってる場合じゃないか。

 

 スイッチ入れろスイッチ。

 こっからは趣味でもあるが、()()でもあるんだ。

 

 大人と子供の戯れは一旦終わり。

 ここからは、教える者と受ける者に分かれる時間だ。

 

 

「おう」

 

 

 懐から氷砂糖(糖分)が入ったドロップ缶を取り出して口に含む。

 甘さが頭を冴えさせる。

 

 ……よし。

 

 スイッチは切り替わった。

 いつもの俺で、()()()が少しだけ表面に出る。

 

 その雰囲気を感じとったのか、俺の担当らも真剣な顔で俺を見る。

 よし。準備完了ってことだ。

 

 その様子を確認した俺は、既に言葉を待っている担当らに対して目線を合わせ、言葉を放つ。

 

 

「今日は1日中ここで特訓。テイオー、お前は午前中軽くアップして足首慣らしとけ。1時間……

 いや1時間半は慣らせ。ここのコースに足を順応させるのも意識してな。怪我するなよ。

 午後はウィングと併走だ。最近、()()()()()()()が右足に寄りがちだから左足に重心を掛けて負担をかけるように走れ。ただし、足首に異変を感じたら即休憩に入る事。いいか?」

 

 

「「わかった(よ)!」」

 

 

 そこまで告げたところで担当らが顔を縦に振る。

 テイオーだけは片手を上にあげて、説明の理解ができたことを元気よく表現してた。お前は授業で偶然分かったことを発表する小学生か。元気があってよろしい。

 

 我颯爽と指定位置の練習場へと去っていくテイオー。

 残ったのは補助役のウィングだけ。

 

 

「俺は東条先輩との()()()()()のトレーニングに行ってくるから時折りでしか様子見に行けねぇ。だからウィング、今日はテイオーの事は任せるぞ。何かあったら俺の所までこい」

「了解だよ。他に気にすることは?」

「特に無い……あぁいや、水分補給は適度にしておいてくれ。この暑さだ、熱中症でいつ倒れてもおかしくないからな」

「ふふっ、まあトレーナーがいつものパーカーを脱ぐくらいだからね」

 

 

 そう言って、ウィングが俺を回し見るように観察してくる。

 ……俺だってパーカー姿に戻りてぇよ。でも暑いんだよ。あれ着てると、マジで灰になるくらい暑いんだって。

 

 それにそんな恰好したせいで、俺まで熱中症になったら元も子もないだろ。

 必要なことなんだから仕方なく、だ。

 今日の予定が一通り終わればすぐにパーカー姿に戻るつもりだわ。

 

 

「うん分かった。テイオーの様子を見て、休憩は多く入れることにするよ」

「おう、頼んだぞ」

 

 

 とりあえず、一通り理解したらしく俺に目配せ――ていうかウィンクをしてウィングが俺の元を去る。

 

 

「さて、と」

 

 

 残ったのは俺一人。

 

 で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 炎天下の中、ザワザワと響く雑談のノイズが少女たちから流れる。学校とかでよく見る光景だな。

 

 この中を割って入るのも気まずく、意識せず頭をかく。

 

 一応軽く説明すると、彼女たちは『教官』付きのウマ娘。もっとわかりやすく言うと、専属トレーナーと契約を交わしていないウマ娘だ。

 そして、俺がたまにアドバイスという形で面倒を見ている子達でもある。

 

 ……言いたいことは分かるよ。なんでうちの担当らとは関係ない娘までいるのかって。

 いやうん。紆余曲折あったんだよ。主に東条先輩との予定のすり合わせの件でさ。

 

 まあ、その件は後で話す。

 今は彼女たちの意識をこっちに向けさせよう。

 

 

「はいはい、今から今日の予定を話すから一旦雑談中断なー」

 

 

 注目を浴びる。

 先程までの雑談が入り交じったノイズは消えて俺の声だけが響く。 

 はぁ~……、と心の中でため息をついて、疑似的なチームとして俺に付いてきてる彼女たちに向かって目線を合わせる。

 

 ため息の理由? 俺嫌いなんだよ、学校によくある「今静かになるまで○分掛かりましたよ~」みたいな雰囲気。アレやってる側もキッツイていうね。誰も得しねぇなこの風潮。

 が、これも仕事の内だ。愚痴は吐けども、職務を全うするとしよう。

 

 

「午前中は、うちの担当らと同じようにお前らも準備運動だ。午後から<リギル>の面々と合同で併走やら色々すると思うから、そこらへんも頭に入れておくように」

「はい!」

 

 

 詳細はのちに語ることにして、大雑把に説明を入れたところで少女達から声が上がる。

 

 

「あと、右から数えて3、6、8番目のお前ら。準備運動を軽く済ませたところでちょっと俺のとこに来てくれ。午前の準備運動にお勉強の時間も加える」

「……なんで私達だけ選ばれたんですか?」

 

 

 その言葉を聞いて、指定を受けた少女の一人が俺に問う。

 当然の質問だ。そして問われたからには、俺も教授する者として答えなければいけない。

 

 

「走りのノウハウがまだ覚えきれてないからだ。例を言えば、走法の立ち回りとかな」

「それは……今学んでおかなくちゃいけないものですか?」

「そうだ。走法――全体的に言うと体の動かし方ってのは、間違えた方法で動かし続けるとその動きが癖になる。無意識下でも、意識下でもだ。それに陥った場合、矯正を施すのは困難に近いからな。だから正しい動かし方……」

「…………」

 

 

 目の前の少女たちが静かに俺の言葉に耳を傾けている。

 集中して、俺が放つ助言を頭に叩き込んでいるのだろう。

 

 

「……いや、正しいってのは言葉足らずだな。そうだな……『最低限体を痛めず、速く走る走法』を、お前らには実践より前に学んでもらう。『痛める走法』が癖になる前にな。

それに、お前ら自身も少しは自覚はあったんじゃないのか?」

「…………」

「沈黙は肯定と認識するよ。よし! 一旦解散してくれ!頃合いを見てもう一回収集をかける!」

 

 

 その言葉の発破を合図に、少女たちは課せられたやるべき事をするために走り出す。

 

 

 ……俺も準備するか。

 とりあえずターフの端に置いてある鞄からノートPC3台を取り出してから……いや、その前に置き場所の選定とパラソルの設置が先だな。

 

 俺ですら堪える暑さだ、いつあの精密機械の塊が熱暴走してもおかしくない。

 クーラーボックスも持ってきてその上にPCを置くのもアリかもな。少しでも故障の原因を取り除くに越したことはないだろ。

 氷は……ホテルの従業員に相談してみるか。人が良ければ、食堂で働いてる人が恵んでくれるかもしれない。

 

 さーて、そうと決まれば準備準備。

 早朝のランニングで体は温まってるし、肉体労働はバッチこいだ。

 

 

 

 

 

 

「相変わらず、好き勝手やるわね貴方は」

 

 

 機材と場所のセッティングが終わり、先ほど指定した少女たちの教授を終えたタイミングで真横から人の声。

 座っているキャンプ椅子の上で体を捻らせ、声のなる方へ体を向けると。

 

 

「……? あぁ、東条先輩どうもです」

「ええ」

 

 

 立っていたのは、今回の合同練習の企画者こと当人。

 いつものスーツ姿である東条先輩だった。

 

 

「……暑くないです? その恰好」

「業務上の我慢よ。というか、貴方こそ節度というものを考えたらどうかしら。海辺ならまだしも、その服装は目立つわよ?」

「生憎、身体に影響が出ては業務に支障が出るんで。元々、その辺の羞恥心は持ち合わせていませんし」

 

 

 それにこの服装(ラッシュガード)に関しちゃ、海で遊ぶ用に持ってきたやつだし。

 と、そこまで言ったところで、東条先輩が呆れたように額を右手で抑える。

 

 

「まあいいわ……ここに来たのは午後の予定のすり合わせの件よ」

「でしょうね。――そっちとしては結論的にどうなりました? 確かうちの店での計画段階だと、各チームの育成方針はそのままに彼女(担当)らの経験を積ませるために併走を多めに行う、って感じだったと思うんですけど」

 

 

 東条先輩が何かしらの資料を懐から取り出す。

 それは今日の予定が詰まった表だ。……見たところ、今回の合宿の計画段階の時と大差はない。

 腰に手を当てたまま、真横に立つ先輩が続けて語る。

 

 

「結果的に言えば、その方針で変わり無しってところね。もちろん私のチームのサブトレーナー達は総意の上よ」

「……やけに素直に通りましたね。これじゃほとんどこっち(うち)の案が通ったようなものじゃないんで?」

「それほど貴方に世話になってる人がいる――慕われてるってことよ」

 

 

 慕われている――いや、世話になっているというのは俺の普段の業務でのことだろう。

 トレーナーの雑務処理の負担。それに対して感謝の気持ちでもあったのだろうか。

 

 

「さいですか」

 

 

 口から放たれるは、余計な軽口を含んだ大人な会話。

 

 ところどころ硬い所が見えるが、まあそこはご愛敬と言ったところだ。仕事だしな。

 いつものアイツ(愛馬)らとの会話みたく柔らかい口調でもいいんだが、昔から身に付いた習性ってのは離れないもんだ。

 頭のスイッチ入れ替えてるから、余計に変えれそうにないし。

 

 

「んじゃ、昼飯にしますか。先輩はどうするんです?」

「私はホテルの食堂で済ませることにするわ。貴方の料理でもよかったのだけど」

「あー……交流含めたいい提案のところ悪いんですが、こっちは担当らと弁当を食うんで」

「分かってて言ったのよ。貴方は貴方の担当と交流を深めなさい」

「…………それじゃ遠慮なく」

 

 

 その一言を区切りに、俺は愛馬らの待つ待ち合わせ場所に向かって走る。

 あー腹減った。さっきから糖分と水分補給しかしてねぇから固形物が恋しいったらありゃしねぇ。

 弁当の中身は……あれか、朝ついでに作った玉子焼きとウィンナー、野菜炒めにコロッケを詰め込んだっけか。あぁ……中身思い出したら余計に腹減ってきた。

 さっさと行こう。空腹にいい思い出は無い。

 

 

「あっつ……」

 

 

 炎天下は変わらず、日差しの熱が皮膚を刺す。

 じりじりとした痛みに耐えかねながらもアイツらが待つ場所まで走った。

 

 ……走ったんだ。んでさっさと飯にして団欒でもしようかと思ってたんだ。

 

 でさぁ……。

 

 

 

 

「カイチョーとアスウィーの勝負見てみたい!!」

 

 

 

 

 なしてぇ……?

 なしてこうなったとぉ……?(ガチ困惑)

 

 

 





おまけ
「ウィングがドッキリ失敗するのが分かってた理由」

1年目、ウィングとトレーナーの夏合宿の追憶。

『よう、ウィング』
『? おはよトレーナー。こんな朝早くどうしたの』
『そりゃこっちのセリフだ。俺は早朝のランニングにだな――』

 トレーナーがウィングの手に持つ物をジト見する。
 蹄鉄付きのシューズにドリンクの入ったボトル。
 加えて早朝の時間帯。同じようなことをしようとしていたトレーナーに察しがつき――
 やろうとしていたことがバレたウィングが気まずい表情になる。

『あー……そういう感じか』
『……ごめん。ちょっと我慢できなくて』
『はぁ……走るときはせめて一言くれ。レースが近々あるから焦ってんのかは知らんが、怪我したら元も子もないんだからな』

 一つため息。

 呆れと朝の眠気が混じる一息は、なぜか心地悪いモノではないように思えた。
 自ら抑え込んでいたはずの彼女の意思が、表面上に出てきてくれたのをトレーナーが理解したから――という事実は彼の心の中での歓喜にとどまった。

『んじゃあ行こうか。同じペースとはいかねぇが、俺も一緒に走るが、いいな?』
『……走っていいの?』
『いいも何も、お前が走りたいって思ったんなら俺はそれを尊重して走らせるさ。一言くれって言ったのは怪我しないか様子を見るための確認がしたかったからだ。逆に一言さえくれればお前のやりたいことを止めやしねぇよ』




 

 はい、前科アリってね()

 挿絵、作成時間としては7時間くらいっすね。あのクオリティで。画力だれか分けてくれない???(美術2)

 それはそうとして、アプリの方は新シナリオきましたな。
 皆さんどうです? 推しの育成進んでますか?俺は意外と順調に進んでるぞ。あ、そこで練習失敗するのは聞いてn……(遺言)

 あ、次回ウィング走るよ。


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少しの心配と沸き立つ高揚

長くなったんで2話構成になるマス



「チーム合同夏合宿、っすか?」

「ええ、昨年の秋辺りから計画されてたのよ。貴方の耳には?」

「いや全く、噂すら聞き届いていませんでしたけど」

 

 

 今年の夏合宿が始まる、ほんの半月前の話だ。

 

 晴天の光が閉ざされた午後8時の夜。

 小さな拠り所『ウマ小屋』の店主である俺は、目の前で晩酌をする先輩の「東条トレーナー」の言葉に耳を傾けて、その内容に興味を引いていた。

 ……同時に拒絶感も増しマシなわけだが。

 

 

「今年そんなのやるのか……。トレセンでそういう行事は物珍しいっすね。提案者は誰なんです?」

「私……と言いたいところだけど、実際は学園上層部の提案よ。私は実行役として指名されたの」

「ほー、あの意地張った爺さん婆さんらのねぇ……」

 

 

 一言説明を挟み、東条トレーナーがグイッとワインを呑み、晩酌を再開する。

 今日は他の客はおらず、この店にいるのは彼ら2人だけだ。

 ウマ娘などの未成年はいない為アルコールの類が解禁されている。

 

 ワインを一煽りして少しの間を開けたいいタイミングで俺は一つ問う。

 

 それはそれはスーパーに投げ売りされているであろう魚のような死んだ目で。

 

 

「で、何でそんな面倒くさい行事に俺を巻き込む気になったんで?」

「見事なまでに作り笑顔な引きつった表情ね」

「逆に聞きたいんすけど、いきなり誘いたいことがあるって言われてうちの予定が崩された時にどういう表情すればいいんで?」

「……それに関しては本当にすまないと思っているわ」

 

 

 HAHAHA 何言ってるんですか。誠心誠意(憎悪)を込めた完璧な表情でしょう?

 こちとら、うちの担当らと既に予定組んでたんじゃい。

 

 ……今年は山に合宿行こうと思ってたんだが!(おこ

 まだうちの担当らにはどこ行きたいか聞いてないけど!!(怒

 アイツらの選択が決まるまでは俺は山に行く気満々なんだよ!!!(激怒

 

 ……話を聞く限り、先輩が行く合宿場所は例年通りの海岸沿い。これはもう決定事項らしい。

 

 戦況は俺の有利に見えて不利。なんせ先輩と後輩の立場。

 しかも日常的な頼み事ならまだしも、業務的な誘い――加えてトレセン上層部の間接的な命令ときた。この地点で詰み。やっぱ仕事ってクソだわ。

 

 ということは、だ。誘われたら最後、今年の夏合宿が海行きになるのは自明の理。

 仕事だからという仕方なさで納得するのは慣れてるし、もうしてるが。

 趣味の内――ワクワクしてた予定を外されるとなれば、そう簡単に拒絶感は拭えない。そういう話なのだ。

 

 とまあ、一旦思考終了。話を進めよう。

 

 厨房にポツンと置いてある氷砂糖の袋からブツを取り出して口に含む。

 

 

「……なんで。なんで俺なんですか。誘うならお似合いの沖野先輩とか候補はあるでしょうに」

「さらっとあの男を引き合いにするのはやめてほしいのだけど……」

「どんだけ嫌なんですか」

「飲みに行くたびに、金欠だからと私に奢らせに掛かるあの男を誘いたい理由があると思う?」

 

 

 さらっと吐かれた事実に絶句する。

 

 あの人俺の店以外でもそんな状態だったのか……。

 まさか、会計ついでに店の皿洗いでもしてたりして……。いや流石にないか。

 

 実際にあったことを思い出したのか頭を抱える先輩。

 それを振り払うかのようにアルコールの塊を口に含んだ。

 少し見ると頬が少々赤く染まっていた。

 

 

「……まあ正直、職業面で語るならあの男を誘っても良かったのだけれど」

「仮にもチームを組んでて優秀ですからねあの先輩」

「ええ。それでも結果的には貴方を選んだわ」

 

 

 どうして、と聞く間は無く続けて告げられる。

 

 

「個々のトレーナーの中で、貴方が一番私に近い育成方法を持っている。それが貴方を誘うに至った一番の理由よ」

「……なるほど」

 

 

 自由で放任主義で、感覚で担当の身体機能を把握する沖野先輩の育成法。

 それに対し、各担当に対して厳格、そして()()()()()()()()()()を行っている東条先輩。

 

 確かに相容れない。むしろ反発的なまでの方針の差。

 

 

「合同練習に異色的な育成方法を紛れ込ませたくない、と。そういう解釈でいいですか」

「ええ。私としては、彼女達の走り方に()()が生じる事は極力避けたいのよ」

 

 

 ふむ、真面目な考えだことで。

 まさに東条先輩らしい合理的に徹した解答だ。

 

 

「……まあ、そっちの理由は分かったんですけど。俺が聞きたいのはもう一つの方で」

 

 

 だが、俺はその解答に一つ待ったをかけたい。

 誘うに至った理由は分かったが、俺が今知りたいのはその前提の事。

 

 

「……まず大前提に。俺チーム組んでないんですが、そこの所は完全に無視でいいんで?」

 

 

 まず、なんでチームを作っていない俺が候補の内に入ったのか。それが分からない。

 チーム合同って言ってるんだから、そりゃ誘われる方も何らかのチームを発足していなきゃいけないのが道理ってもんだろう。

 

 

「……それに関しては私も悩んだのだけど……大丈夫だと判断したわ」

「ほう、それはまたどうしてです?」

 

 

 やけに自信をもって言う先輩。

 片手に持ったワインの器を俺の方に傾けて答えを言った。

 その一言を。

 

 

「教官付きのウマ娘達」

 

「………………あぁ、そういうことですか」

 

 

 一言で十分。理解もできた。

 花丸満点までは行かないが、ある意味赤点スレスレの答えだ。

 道理は通るし、納得もギリギリできるが、俺としてはややめんどい解答。

 

 

「そうよ。貴方が『趣味』だと、()()()()()()()()()()()()()()。確か、人数で言えば10人を超えてたかしら? 彼女達を一時的に受け入れれば、チームとしての定義は成り立つはずよ?」

「……まあ、条件的にはそうっすね」

 

 

 専属契約はしてないが、教えは受けている。

 担当ではないが、複数人に指導している。

 思い違いでなければ、慕われているという敬意を感じている。

 

 どれもギリギリのラインだ。他のトレーナーに言ってしまえば反感を食らいかねない程の。

 

 

「それ、上の人の意見は?」

「秋川理事長から正式に許可をもらったから心配しなくていいわ」

「そうすか。それなら……何とか道理は通りますね」

 

 

 一つ頷いて先輩が再び酒を呷る。

 

 

「というより、貴方の他に居ないのよ。私以上に徹底した分析と処理能力を持っているトレーナーは」

「でしょうね。はぁ……」

 

 

 頭を抱えてため息をつく。

 そりゃそうだ、大ベテランの東条先輩以上にトレーナーとしての能力が勝っている人間などそういまい。

 俺だってトレーナーとしては4年目に入った一端のトレーナーだ。とてもじゃないが、長年少女たちを支えてきた東条先輩には程遠い。

 

 ただ、分析……は微妙だが。処理能力に限って言えば通常の人より以上に秀でているだけ。

 とはいえ、一片でも東条先輩より勝っているのは確かであることには間違いはない。だから。

 

 

「分かりましたよ」

「そう」

「ですが」

 

 

 先輩の目を見て了承の意思を伝える。

 断る理由はいくらでもあるが、それは業務で上司の願いを断る行為と同等。なので断らない、というより断れない。……クソが。

 

 ただし、断らないといってもこちらにも譲れないモノもある。

 頼んできたのは相手側だ。これくらいの融通は有ってもいいだろう。

 

 

「それは、俺個人の了承です。うちの担当らの意思を聞き届けるまで、この一件は保留にさせてください」 

「ええ、構わないわ。……貴方も大概キッチリしてるわね」

「俺の育成方針に関係するんで。あ、ワインのつまみです」

 

 

 酒のつまみとして、鶏もも肉を少量の油で揚げてポン酢で味付けしたものを先輩の座るカウンターに出す。さっきの会話中にこそこそと作っていたものだ。あっさり目の揚げ肉だから酒に合うと思うが……。

 

 

「ありがとう。……うん美味しいわ」

「どうもです」

 

 

 どうやら口に合ったようらしい。よかったよかった。

 

 ……さて、アイツらにも今日の事話さんとな。

 明日あたり、東条先輩また店に来るだろうからその時に聞くか。

 

 

……

…………

………………

 

 

 翌日

 

 

『よし、決めるぞ』

『『『…………』』』

 

『海! 山! どっちだッ!?』

『海!!』

『私も』

『よし、行くぞ海!』

 

『貴方……どうして涙を浮かべているのかしら?』

『……これは嬉し涙です理由は聞かないでください東条先輩』

『?』

 

 

 えー、以上が顛末である。

 ていうかあれだな。茶番だな。だってもう来てんだもん合宿場所。

 答え合わせも何もない、普通に事後。クソがよ(泣)

 

 今、こんな前語りを思い出してんのは、ほとんど現実逃避からだ。

 

 

「カイチョーとアスウィーの勝負見てみたい!!」

 

 

 炎天下、丁度昼時、弁当を食おうと愛バらに合流した直後。

 なんか知らんけどテイオーがウィング……【飛翼】と【皇帝】の戦いを見たがっているんだよ。

 俺がいない間に一体何の話をしていたんだか……おいテイオーそんなに服引っ張るな、伸びる。興奮してるのは分かったから、とりあえず落ち着けもちつけ。

 

 つかあれだ、最初から予測すべきだったのかもしれない。

 

 

『あの、東条トレーナー』

『何かしら』

『ルドルフ……シンボリルドルフは、彼女も夏合宿に参加する予定ですか?』

 

『もちろんよ。ただ、直近にレースの予定はあるから無理はできないのだけれど』

『……! いえ、それだけで十分です。ありがとうございます東条トレーナー』

 

 

 ウマ小屋の中でこんな会話をして。

 すっげぇ嬉しそうな顔をしているウィングを見て、少しはこうなる可能性を考慮すべきだったと。

 

 

「ねえ~いいでしょトレーナぁ~」

「あ~……」

 

 

 グワングワンとテイオーの手で体を揺らされながら、俺は途方に暮れるのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「いやもう……なんかすまんなシンボリルドルフ。うちの天才無邪気破天荒(クソガキ)テイオーが無理言って……」

 

 

 そう言って謝る私のトレーナー。

 頭を下げている相手は<リギル>のメンバーで【皇帝】の名を持つ、()()()()()()。ルドルフだ。

 

 

「はは、いやいいんだトレーナー君。艱難辛苦(かんなんしんく)、それを経験し落ち込んでいたテイオーがあそこまで目を輝かせて私にお願いしたんだ」

「ふふっ、ルドルフ嬉しそうだね」

「ああ嬉しいとも、私の夢は前にも話しただろう? アストラルウィング」

「全てのウマ娘の幸福、でしょ?」

「そう、幸福だ。以前のテイオーには見ることのできない()()が、今は遠くから眺めるだけで感じられる。これほど喜ばしいことは無いさ」

 

 

 声色から嬉しさが溢れ出ているルドルフを見て私は微笑する。

 確かに、初めてテイオーを見た時は明らかに覇気みたいなのが無かったからね。今でこそお昼に入る前の会話みたいにはしゃいだりしてるけど、たぶん私のトレーナーと契約するまではそういう子供っぽい振る舞いは少なかったんじゃないかな?

 

 うちに入って3か月あたりだったっけ? テイオーの遠慮がなくなってきたの。

 それまではなんか「昔のウィング見てるようだったわ」ってトレーナーが言うくらいの悲惨さだったらしいから。……私ってそれくらい酷かったかなぁ。酷かったか。酷かったね。うん。

 

 まあ、それはそれとして。

 

 

「トレーナー」

「おう。()()()()()()

「やたっ!」

 

 

 小さくガッツポーズ。

 簡潔にそう伝えられて私は素直に喜んだ。

 ルドルフはそんな私を見て苦笑している。いいでしょ、久しぶりにルドルフと走れるんだから。

 

 

「東条トレーナーはなんて言ってたかな?」

「とりあえず、併走扱いで走りを魅せろ、ってだけは伝えられてるよ。あとは怪我しないようにってな。シンボリルドルフ、お前近いうちにレースが待ってるんだろ?」

「ああ。にしても『魅せろ』と……」

「この併走の目的は、トップクラスの走りを後輩に見させることだからな。逆にその目的がなかったら走らせちゃくれなかっただろうよ。つか俺も走らせんわ」

「目、死んでるよトレーナー」

 

 

 まるでスーパーに投げ売りされているような魚の目で愚痴るトレーナーに苦笑の笑みを返す。

 珍しいな、と思う。仕事のスイッチを入れたトレーナーが、こんなにも私情をここまで表に出すなんて。

 

 

「ったりめぇだ、お前仮にも引退済みのウマ娘だぞ? それがいきなり現役相手しますってなったら怪我の心配もするわ」

 

 

 呆れ顔のまま頭を掻いて私の頭にポンと手を置くトレーナー。

 

 …………あ、うん。ちょっとそれは予想外かな。

 心配かぁ……まあそうか。

 怪我するかもしれないってなったら流石のトレーナーでも気を遣う、よね。

 

 ちょっと――いや、だいぶかな?

 胸の中に幸福感みたいなものがポンポン生まれてくるのを感じる。

 シャボン玉みたいにフワフワ宙に浮いているような、そんな感覚。

 

 

「……偶にそういうこと言ってくるのずるいと思うよ」

「あ?」

 

 

 トレーナーは、興味の無いものにあまりにも無頓着だ。

 だけどそれは逆に言うと、興味のあるものに対して固執してるわけで。

 

 ……いや、私も長年トレーナーの担当だったからその対象であることは理解しているだけどね!?

 

 それでも。

 なんていうか、仕事のスイッチ入れて私情を表に出さない状態でもさ。

 

 私の事を想ってくれてるのは流石に照れるというか……。

 あぁもう!顔赤くなってないかな? なってるか。なってるだろうね!だって熱いし!

 

 

「顔赤いがどうした? 照れてんのか?」

「そうだよ、もう!」

 

 

 相変わらず気にしてなさげなトレーナーの様子を見て、私は頭に置いてくれてた手を退ける。

 ていうかトレーナー、私が照れてるの理解してたってことは、さっきのセリフ私がこういう反応するの分かってて言ったんだね!

 

 私が渡した少女漫画見て勉強でもした?

 だとしたら完璧だよ、私を口説く方法!!もう堕ちてるけどさ!!!

 

 趣味人!恋愛興味なし人間!

 あんぽんたん!もう、ずるい!!!(語彙力消失)

 

 

 

……

…………

………………

 

 

 

「……君も大変だな、アストラルウィング」

 

 

 隣に立つルドルフが小さい言葉で私に言う。

 ……それどんな感情が込められてるの? すっごい哀れみとか悲壮感がありそうなんだけど。

 

 

「分かってくれる? トレーナーったらいつもあんな感じでさ、私もテイオーも少し困ってるよ」

「まあ、私も生徒会の書類業務を任せる時には世話になっているからね。文句は言えないが、彼の性格に一難ありというのは同意せざるを得ないな」

 

 

 その言葉に「矯正は難しいと思うけどね~」と諦め半分で私は返した。

 難しいていうか無理だね。これについてはトレーナーの生い立ちが関わってるし。

 トレーナー自身もそんなこと望んでないだろうし。

 

 とまあ、その話は別に良いとして(良くない)

 私は両手を合わせる。

 

 

「さぁ、それはそれ! これはこれ!」

「そうだな。今は目の前に置かれたレースに誠心誠意の全力を尽くすとしよう」

 

 

 地に足をしっかりとつけて、意識を切り替える。

 

 目の前に広がるのは、緑に敷かれた道。

 そして、今から私達が()()場所。

 鋼の檻に入ると同時に、その景色を見て懐かしさと高揚感が高ぶる。

 

 久しぶりのゲートだ。トレセン御用達というだけあって、しっかり整備してあるのを手に触れて感じた。

 

 

『分かってると思うが、くれぐれも『飛翔(ひしょう)』までは行くなよ? 今のお前の脚じゃ――』

 

 

 ここに入る前に何かを言われた気がしたが、忘れちゃった。

 楽しみが心の中を埋め尽くしているのを感じる。

 早く走りたいと脚が呻きを上げる。

 

 ……まずい、ちょっと冷静じゃないかも。

 

 

「はぁ~……ふぅ……」

 

 

 一つ深呼吸。落ち着け私、レースは逃げないんだから。

 

 そろそろ始まる。

 旗が振り下ろされると同時に、目の前を覆う鉄のゲートが開く。

 止まらない高揚。疼く脚。それを開放できるその瞬間が。

 

 

「♪」

 

 

 ガコンッ、という音と共に迎えた。

 

 

 

 





「ねえねえトレーナー、何それ? マイク?」
「ああ。ホテルから外付けのスピーカーを持ってきてPC経由で繋げたんだ。まあ、簡易的なメガホンって奴だよ」
「ふぅ~ん? なんでそれがいるの?アスウィ―の応援用?」

「…………それだけで済んだらいいんだけどな」


次の1話は早めに更新しま(早く書け)


メジロの男装(?)めっちゃ好きマン
そのままの姿でもめっちゃ好きマン


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止まらない高揚と壊れたブレーキ


何気に初めてのレース描写だったりする



 

 正直、不安が無かったと言えば噓になる。

 

 アイツが――アストラルウィングが走ると、走りたいと、そう聞いて最初に頭に浮かんだのは「おま、テイオーおい……」という呆れではなく、単純な心配だった。

 呆れは次に湧いて出たがな。てことで俺の胡坐の中心に座ってるテイオー、お前は後で説教タイムだ。

 

 話を戻すが、心配というのは、もちろん怪我について他ならない。

 

 現役から引退して約数ヶ月。テイオーとの併走で脚を慣らしてるとはいえ、それでも全盛期程の練習量には程遠く、鍛え方も、筋力の質も甘くなっている。

 そんな状態で現役を飾る彼女――ライバルのシンボリルドルフと走るというのだから、これまた話を聞いた時には腰が抜けたもんだ。

 

 幸い、アイツはテイオーに比べて遥かに頑丈な足を持っている。

 のだが、それでも怪我をする可能性を危惧すれば全然ありうる話だ。それこそ――

 

 

 ――ウィング(アイツ)が全力で走れば。否が応にもその可能性はグンと膨らむ。

 

 

 ……一応、念を押して言ってはおいた。本気は出すな、と。

 『飛翔(ひしょう)』まで逝くんじゃねぇぞ、と。

 

 それでもあり得るんだよ。というか、その不安が的中する可能性の方が高いんだよな。

 長年の付き合いで、アイツの性格を知っているからか。

 それとも、楽しいことをしている最中はそれに夢中になってしまう、という実体験からか。

 

 ……結局、心配の念は尽きないばかりだった。

 

 だから保険を掛けた。

 いつものように。いつかのように。わざわざホテルから機材を持ってきて。

 怪我だけはさせないという俺の私情だが、それはたぶんアイツも分かっての事だろう。念を押して言っといたし止められても文句は言わないはずだ。

 

 だからまあ、なんだ。

 もし、マジでやらかすようなら、後で頭にチョップくらいはしてやらないとな。

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 ――言葉はいらない。ただ抱える思いを胸に乗せて走るだけ。

 私たちが走る2000mに敷かれた芝。極限に長く感じるこの3分間をただただ噛みしめる。

 

 

 ゲートが開き、最初に前に出るのは私――アストラルウィング。

 後方に相手のシンボリルドルフがついてくる。

 

 私が使うのは逃げの一手。

 矢のように迷いなく前に進むその走り方は、未だ体に染みついていて離れてはいないようだった。長い時をかけて手に入れた自身の能力に誇りを感じつつ、それをわざと捨てて、今この状況を楽しむことに専念する。

 

 対して、ルドルフは後方から私を観察しつつ、絶え間ない走りの中私の隙を窺っている。

 いつぞやに何度も眺めた差しの走り。私を何度も屈服させてきたその走法。

 私とは違い、相手を正面に捉え、確実に叩き潰す『絶対』は今も健在だ。

 

 正直、彼女の姿を視界の端に捉えるだけで震えが走る。

 それは恐怖からくるものなのか、それとも歓喜から得るものなのかは分からない。

 分からない、が。

 

 

「は、ぁ……!」

 

 

 吐いた息が暖かく、底冷えた肝を身に染みつつも。

 抱えた思いが、今も私の中で渦巻いているのを自覚し、感じているところを見ると――

 

 ――私は、この状況を楽しんでいるのは間違いないらしい。

 

 それが分かれば十分。

 あとはこの高揚に身を任せて、ただただ走るだけだ。

 

 

 

……

…………

………………

 

 

 

 

 ()()()()()()

 

 極限の3分。油断も許さないはずのその刹那にも関わらず。

 私は、私の胸? の中で渦巻き続ける感情に違和感を自覚し、意図せず意識が緩む。

 

(……なんで?)

 

 久しく感じる先頭の特権ともいえる暴風の雨。

 誰にも邪魔されない、真っすぐで綺麗な緑の景色。

 吐いた息が気道を燃やし、連続して踏みつける脚の振動。

 油断すれば抜かされるかもしれないという、常に纏わりつく緊迫感。

 

 本能的にどれも楽しんでいる。全部楽しめているはずだ。その筈なのに――

 何か、すっぽりと抜けているような虚無感が拭えない。

 

(な、んで……?)

 

 ――1000m地点通過。

 

 一秒

 この瞬間に、さっきの思考が奔る。

 地を踏む脚取りは止まらない。意識が緩まろうともギアの回転が減速することは無い。

 

 二秒

 理由を。違和感の理由をふと考える。

 だけどレース中、酸素も上手く取り込めない中で考える思考は全く纏まらなかった。

 

 三秒

 思考を放棄した。

 その代わりに……というか、頭で考えることやめて自分の体の事だけに集中し、感じたことで分かったことが一つ。

 この虚無感、これはお腹が空いているときのようなものなのかもしれない。

 そんな、どこか穴が開いた、満足できてないような感じが――

 

(満足?)

 

 どうして、と思う。

 こうして楽しんで走れているのに、何で満足してないんだろう。

 満たされないモノでもあったのかな。

 

 前に凸るしか知らないはずの足取りだけど、一瞬。

 ほんの一瞬だけ、ルドルフのいる後ろに視線を移動させた。

 

 

「……?」

 

 

 私の視線に気づいたのか。

 疑問を浮かべるように表情を変化させるルドルフ。

 炎天下の中で汗はかいているけど、その表情に焦燥感は見えない。

 

 そして、私は気づいた。

 

 さっきまで感じていた虚無感の正体。

 お腹がすいていたような感覚が渦巻いていた理由に。

 

(全力が……)

 

 そう、全力。

 やり切れていると、自分の限界を引き出せるかというそんな焦燥感の塊。

 それが足りない。満たされていない。

 

 走っているうちに現役の頃を思い出しちゃったのか、本番のレースのような思考になっていたらしい。

 

 でもルドルフは?

 そう疑問を覚えた瞬間、ふとターフの外、(らち)から声が聞こえてきた。

 聞こえた。

 

 ――()()()()()()()()()()

 

 

 

『すごい…! 』

『あれが…【皇帝】と【飛翼】の走り……!』

『レベルが…格が違う……!』

 

 

(そっか……)

 

 私に合わせているんだ。

 全力じゃない私に乗って、合わせて。

 彼女はまだ、魅せる走りをしているんだ。

 

 だってほら。

 

 彼女も。私も。

 まだ、周りの音が聞こえてしまうくらい。

 耳を傾けることができるほどの。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

………………

 

 

 

「アスウィー笑ってるね。すっごい楽しそう」

「……ああ、そうだな」

 

 

 ターフの外で胡坐をかく男とその中に座る少女が言葉を放つ。

 少女にとって、目の前の光景は待ちに待ったと言わんばかりのモノらしく、思わず顔を緩ませていた。

 憧れの対象であるルドルフ(カイチョー)の走りは、映像と、実際のターフで目に焼き付けるほど見てきた。

 普段から世話になっている彼女(ウィング)の走りは、見るだけでなく、実際にこの身に受けてきた。

 

 しかし、その全力は知らなかった。

 

 だからこそ見て見たくなった。

 憧憬を抱くテイオーは、栄光を掛けた彼女達の話を聞くたびにその欲望が抑えられなくなり――

 

 

「すごい……っ!!」

 

 

 こうして、親愛の彼(トレーナー)の手によってこの状況に至る。

 

 

 そして、そんな状況を作り上げた彼だったが。

 跳ねる声色に体をうずうずさせているテイオーの頭の上に顎を乗せながら。

 嬉しそうに眼を開くテイオーとは対称に、その目を細めていた。冷静に観察していた。

 

 アストラルウィングの、歓喜に満ちた、弧を描く口角とその表情を。

 

 

「これは……準備しといたほうがよさそうさな」

 

 

 そう言って、彼は手元のPCを操作する。

 音量のUIを確認し、手に持ったマイクのミュートボタンを解除し、再び彼女の走りに目を向ける。

 

 彼は、仕事以外のどんな時でも趣味事を優先させる男。

 それを行う身体に、支障をきたすことを許容することができない性格だった。

 美徳ともいえるその決定事項は、どんな人間にも例外は無い。

 

 

 

………………

 

 

――1200m地点通過。

 

 

(……もっと)

 

 弾ける。

 何かが、どこかで弾けた。

 それはきっと持ってなくちゃいけないモノで――

 

(…………もっと)

 

 思考を停止させる。

 ただ一つの思いを、胸に残して。

 残りのものを放棄する。

 

(……もっと、もっと!)

 

 ギアが上がる。

 加速を開始。脚に力を込めて、ただ自身の全力を振り絞るために。

 

 一瞬だけ、空を見る。

 目の前に広がる青の海。目の前に誰もいない景色。

 トレーナーと見つけた、私だけの大事な――――

 

 

(──もっと!!)

 

「なっ……!?」

 

 

 二度目の加速。

 私の異様さに気づき始めたルドルフが表情を歪ませた。いきなり豹変した私を見て困惑中なのかもしれない。

 

 でも大丈夫、相手は【皇帝】のルドルフだ。

 そんなことで止まったりはしない。最後まで追いつく、そして追い抜かそうとしてくれる。

 確信はある。それは彼女が頂点に立っているが故のプライドがあるから。

 だから、本気を出しつつある私にも付いてきてくれる。

 

 

『そんな……!?まだ!?』

『まだ速くなるの!? アストラルウィングってもう引退した身じゃ……!?』

『生徒会長もすごい……! いきなり加速した彼女についていって……!?』

 

 

 トレーナーが連れてきた……?

 ううん、もう誰の声かもわからないや。とにかくそんな誰か達の言葉が耳を貫く。

 

 そして私は、誰が言ったかもわからないその言葉に否定を入れる。

 

 まだ。

 まだまだ。

 

 こんなものじゃないんだ。

 もっと速い。もっと強い!もっともっと!!

 彼女は、ルドルフの全力はもっとすごいんだよ!!!

 

(私が本気にならなきゃ。全力で追いついてくれないんだよね?ルドルフ?)

 

 だから、全力で。

 もっともっともっと、この先にある楽しみを。

 本気の彼女と戦える楽しみを!

 

 

「……あは♪」

 

「……っ!!」

 

 

 後ろを駆ける彼女の表情が変わった。

 当然。私がもう1段ギアを上げたからね。

 ルドルフも私に合わせるように加速する。追い付いてきてくれる。

 

 その様子を、彼女の焦燥を見て不意に私の口角が上がった。

 

 私も同じ。

 追い付かれる、追い抜かれるかもしれないという思考がよぎって、少しの興奮と焦燥感が心に沸き立つ。

 でもそれが良い。

 

 簡単で、約束された勝負なんてつまんない。

 面白くない。

 楽しくなんてない。

 

 不確定だから楽しいんだ。

 やり切れるから楽しいんだ。

 

 だからもっと見せて。

 ルドルフ。もっと私と一緒に走ろう。

 私と一緒に楽しもっ!!

 

 

「……! 待てアストラルウィング!キミは──」

 

 

 最後のギアを上げる。

 何かが、弾ける音が再び。

 

 

「っ……♪」

 

 

 ギチリ、と。

 不意に――いや、来ると分かっていた()()が。

 体に響く痛みが全身を駆け巡る。

 けど関係ない。それじゃぁ止まらない。止められない。

 足りないんだ。もっと楽しく。面白く。全力で!

 

 私の【飛翔】を、今ここで──

 

 

 ――――

 

 

 

 

「ウィングゥッ!!!」

 

 

 

 

 ――――!!

 

 甲高く、走ることに夢中になり過ぎていた私にも聞こえるほどの大声量で聞こえた声。

 意識外から呼ばれた私の名前に、思わずびっくりして私はギアを緩めてしまった。

 

 あと一歩、ほんのコンマ数秒先だけその声が無かったら、もっと楽しめたのに、と。

 そんな口惜しい感覚が私の中に生まれる。

 

 あ、ルドルフが私を抜いて前に……

 まずい、スタミナが、あと体が痛……痛い?

 

(って、さっきの声トレーナーの……?)

 

 ここで、声の正体が誰であったか気づいた。

 いけない、集中しすぎた。

 私のトレーナーの声に気づかないなんて、どれだけ集中してたん、だ――

 

(…………あ、ああ!!ああぁ!!?)

 

 そして、ルドルフに抜かされたことで、トレーナーの声に気づいたことで、体を走る激痛で。

 私はさっき、このレースで何をやらかそうとしていたのかを理解した。

 さらに思い出す、レース前にトレーナーから言われた注意を。

 

 

『……俺が言わなくても分かってると思うが、くれぐれも『飛翔』までは行くなよ? 今のお前の脚じゃ間違いなく――』

『それくらい言われなくても分かってるってばトレーナー。それじゃ行ってくるよ~♪』

 

 

(な、に、が、分かってるってぇ!? うわぁやっちゃった!!やらかしちゃった!!)

 

 ――残り200mくらい。

 前はルドルフに譲った。うん。いや、今はそれどころじゃない。

 やっちゃった、と。この後の事を考えながら私は焦っていた。

 

(久しぶりのレースだからって思考停止して楽しみ過ぎた!? 私あともうちょっとで『飛翔』するとこだったよね!? トレーナーから注意されてたのに!)

 

 思考し、体に意識を持って行けば、待っているのは限界を超えようとした代償にやってくる痛みの信号の連鎖。

 当たり前のようにやってくる痛みが私の全身を襲う。

 

 ただでさえ引退してから鈍っているのに、あれからギアを2つくらい上げた……よね?

 ……そりゃ痛いよね! テイオーとの併走ですらまだレベル合わせのために1段階くらいに調整してあるんだし!

 

(いだ、だだだ!!? ちょ、私ってば本当に顧みないでこんなこと……っ!!)

 

 ―残り50m。

 集中力が、アドレナリンが切れた今、前に出るルドルフを追いかけるのは得策ではないと、安全な走りに移行する。

 これ以上痛みが悪化しないように。

 

 ……後でトレーナーから怒られる要素を減らすためにも、ゆっくりとゴールの線を踏み切った。

 

 ゴールインして、その場に止まり、肩で息をしながらトレーナーの方をちらっと見る。

 うわぁ……トレーナー頭抱えてるよ。こうなるって分かってたんだ。私の理解度高すぎ。

 怒っては……いないと思うけど、後で説教くらいは覚悟しといたほうがいいかもしれないかなぁ……。

 

 う~ん、やだなぁトレーナーの説教。

 すごい理屈的に諭してくるから反論もできないし、長いんだよねぇ……。(最長2時間)

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 アストラルウィングは戦闘狂である。

 

 ひでぇ語り始めから始まったが、これは事実だ。マジだ。本気と書いてマジな奴。

 普段は大人しい感じなウィングだが、ことレースが関わると、アイツは異常なまでに興奮する性格を持っている。

 

 これ、言っとくが俺が関わる前――契約を結ぶ前からの話しな。

 

 挫折時期、とでもいうか。まあ、3年前に負け続きで心がへし折れていた時期があったんだが。

 その頃ですら、その片鱗は垣間見えてた。シンボリルドルフに叩きのめされて、なお努力する姿なんてまさにそう。

 まあでも、こんなもんはまだ序盤も序盤。

 そこからまた1年の間でそれがさらに表面化してきたのだ。

 

 なんせ、アイツ自分の体が頑丈だからって大体月に2回のレースを要求してくるんだぞ?

 

 参考までに言うが、他のウマ娘だって普通は月に1回、もっと長引かせて2,3ヶ月に1回が限度だ。

 理由なんて単純、脚が()()()()からである。当然。

 

 だというのに、アイツはその常識ガン無視でレースに出る。うん。

 しかも()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 

 ……そんなことして冠取ってりゃ、スレ内で【奮励の化身】なんて呼ばれるわけで。

 

 まあ~……有名になったよな。それこそドーピング疑惑が出る勢いで。

 G1初めて勝ったときなんか、()()が開催されたもんだ。

 

 

 んで序盤の話に戻すが、アイツが戦闘狂だってことについてだ。

 ここまで異常なレースへの執着を持っておいて、昔のアイツは今見たようなガチでマジ顔染みた豹変はしなかった。

 そこはまあ、一度叩き潰された弊害だな。表面上に出ることが少なくなっていたのだ。元気なかったし。

 

 ……んだが。問題はなぜ今こうなってしまったか。

 結論を言おう。

 

 それ、俺のせい。

 

 昔のアイツは、それが表面上に出てなかっただけ。

 んで今だ。

 

 アイツは、俺のやりたいように生きるという信条をガッチリ受け止めたのか、なんていうか。

 うん、躊躇が消えた。

 

 俺と同じだな。やりたいことに対して遠慮も躊躇もない生き方。

 それを完全に真似てる。ていうか、今も学んでる最中ていうのが正しいか。

 

 

 それが、今回起こった事案の根柢の理由だ。

 アイツはやりたいことやっただけ。

 それこそ、怪我をしようが、どうなろうがただ楽しみたいがために全力を出そうとした。

 

 ただ、それだけである。

 

 

 

 

 

 レースが終わった。

 ……って、違う。レースじゃねぇ。これ元は併走だっての。アイツらのマジな気迫に当てられてさっきまでG1レースかと錯覚してたわ。

 

 あー、東条先輩頭抱えてら。俺?俺も頭抱えてるよ。

 言っとくが怒りは無いからな? アイツはやりたいことやってきたんだからそこに怒る理由は全くないぞ。

 まあ、注意したのにも関わらず本気を出そうとした件については、内心呆れてるがな。

 どうせアイツ、後のことビクビク考えてる最中にも満足感に浸ってるに違いない。

 根拠? 俺がそうだから。以上。

 

 

「ト、トレーナー……? 今の……」

「……あ、すまんテイオー。いきなり大声耳元で出しちまった」

「ううん、それは良いんだけどさぁ」

 

 

 俺の胡坐の上で座っているテイオーが上目つかいで俺を見る。

 その様子は挙動不審気味で、ライオンでも見たかのようにビクビクしていた。

 いや、ごめんて。あとで頭撫でてやるから、そんな怯えないでくれ。

 

 

「アスウィー、大丈夫かな?」

「脚の事か? まあ、たぶん大丈夫だとは思うがな」

 

 

 全力はなんとか止めたし、シンボリルドルフと元気に話し合いをしているところを見ると、そこまで深刻なダメージではないと予測できる。

 ただ、冷や汗はかいているな。全力1歩手前まで行ったんだし、流石に筋肉の張り許容量が超えかけたんだろ。激痛くらいは感じているかもな。

 

 

「ま、どの道後で施設の医療班に鑑識を入れることには変わりないな。久しぶりにガチで走ったんだし診せるモンは診せておかないとな」

「…………」

 

 

 俺の言葉にテイオーが口を閉める。

 どこかおろおろとした様子。孤児院で何度も見たような、罪悪感を感じる仕草だ。

 

 

「……お願いしなきゃこんなことには、てか?」

「……分かる?」

「顔に書いてあるよ。申し訳なさが全開だ」

 

 

 はにかみながら目線の下にいるテイオーは微笑する。

 

 

「一応言っとくが、このレースに関しちゃ、アイツが望んで志願したものだからな。しかも怪我をしかけたのは単なる自業自得だし。責任はアイツと、それを止められなかった俺にある。だからまあ、なんだ。お前のせいじゃないから気にすんな」

 

 

 無駄に考え込むテイオーの性格を考えて、頭に顎を載せながら忠告をしておく。

 テイオーも日に日に成長してるし(精神的にも)大丈夫だとは思うが、まあ、念のためにだ。

 

 

「むぅ……」

 

 

 納得がいかないようで、ウマ耳を俺の頬にペシペシ当てながらうねりを上げる。

 

 悪いがこればかりはいくら可愛げのあるテイオー。お前でも譲らんよ。俺はお前らの身を預かっている身だ。保護も教育も、その全ては俺の責任にある。

 異論反論口答えの全てを認めん。

 

 

 それより、その耳をペシペシやる奴さ。なんか気持ちいいからもうちょっとやってくれね?

 

 

 

 

 





早めの投稿完了。(毎日投稿とは言ってないごめんな俺の執筆速度じゃきちぃ)

ウィング、戦闘狂だということが判明ってことでね。
やりたいことをし過ぎた結果、タガが外れてしまった者の末路だよこれが。
まあ、元々その素質はあったけどね(常人の努力から出る弊害怖ぁ……)

これが脇役でいることに耐えられなかった少女の姿か……。


あ、レース描写どうでしたかね。
なんか感想やら入れてくれると参考になるんで、まあ育成するくらいの時間がある人は一筆もらえるとありがたいっす。

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過度な運動後には休憩が必須


後日談とか事後談とかそういうの



 

 恙無(つつがな)く……とはいかなかったがレース含め今日の合同練習は終了した。

 

 あのレース――じゃなくて。あの『併走』が終わってからは何事もなく事は進んでいった。

 教官付きウマ娘のトレーニングを済ませ、休んでいるウィングの代わりにテイオーのトレーニングも並行に進め、やがて今日の解散時間になっていた。

 

 現在時刻は午後5時。練習に参加していたメンバーも全員解散している。

 

 俺は俺とて、閑散としたターフの隅で俺は持ち込んだ機材を片付けていた。

 その後ろではテイオーとウィングが隣同士座って話し合っている。すごかったよ!とか、そんなものでもないよ、等の会話が繰り広げられている所を聞くと、どうやら併走もとい模擬レースと化したシンボリルドルフとの走りについて語っているのだろう。

 

 

「そーいやウィング、お前何の話がきっかけでテイオーの欲を駆り立てたんだ?」

「ん? あーあれだよ。ルドルフと私について昔の事とか、まあそんな感じの昔話みたいなモノをちょっと、ね」

()()()()でテイオーあんなはしゃがねぇだろ……」

「……レースの話は少ししたかな?」

「それが原因だわアホ」

 

 

 手を止めずにウィングになんで()()()()()()を聞いてみれば返ってくるのはそんな言葉。

 憧れてる本人(シンボリルドルフ)の――それもテイオーがまだトレセンに入学する前の時期の話聞かされりゃ、そりゃアイツは興奮するだろうよ。んなもん火を見るより明らかだろう。今更だが何してくれてんじゃ。

 

 

「ったく……。とりあえず、コレ片付け終わったらお前の検診行くからな。言っとくが、異論反論口答え文句は問答無用でナシだ」

「はぁ~い、分かってるよ~」

「わっ、重いよアスウィ―ぃ……」

 

 

 俺の言葉に仕方なし、って感じで承諾しながらフワフワした返事と同時にテイオーに寄り掛かるウィング。やがて耐えられなくなったのか、ターフの芝に2つの小さな体が落ちていった。あとめっちゃ笑ってる。楽しそうだなお前ら。

 

 ガチャガチャと機器を片付けながら、愛バらのじゃれ合いを眺めて俺は少し微笑する。

 

 

「ま、楽しそうで何よりだな……っと」

 

 

 アイツらが何事も楽しんでいるのなら万事オッケーだ。

 今日ウィングが無茶した件についても、アイツが楽しんでやれていたのなら……いや、間違いなく楽しんでいたからまあ、咎めやしないし怒ったりもしない。ていうかする理由もない。

 

 ただ、体の怪我を考慮しなかった点については後で説教確定コースだ。

 これについては、楽しんでやれたかどうこう関係無しだ。無論怒りはない。ただただ呆れと俺の信条に反する点だから説教するだけだ。てか常々言ってきてるし。怪我だけはするなって。

 

 

「ひぃふぅみぃ……よし、これで全部だな」

「終わった?」

「おう、丁度な」

 

 

 機材をテトリスをするように隙間を作らず鞄の中に詰め込み、しゃがみ状態を解除して重い腰を上げた。

 重量にして約6キロ。スーパーで売るような米袋の重量が片腕にのしかかる。

 

 

「ほれ、帰るぞ」

「はーい! 行こアスウィ―」

「あ、うん。よっこいしょ――っ?」

 

 

 言葉に応えたテイオーが立ち上がり、ウィングもそれに続こうとするが……。

 

 

「「?」」

 

 

 どうも動きが鈍い。

 立ち上がったは立ち上がったが、いつもの足取りとは思えない程の軽快さがない。一歩を踏み出すごとにギシッ、と錆びた歯車が動いているかのようなぎこちなさ。

 

 妙な挙動に俺は違和感を覚える。

 

 

「アスウィ―大丈夫?」

「あはは……。平気平気、ちょっと、ね?」

 

 

 目に見えておかしいのが分かったのか、しまいにはテイオーに心配されている始末。

 

 ……まさかとは思うが、レースでの疲れが抜けきっていないのだろうか。

 あのレース(無茶)の後は、俺が簡単に経過観察して隣でずっと休ませていたのだが。

 

 ……ふむ、とにかく不安だな。

 俺の触察では軽い筋肉痛、酷くて炎症ぐらいだと想定してるが。

 ――いや、どちらにしろこんな状態だ。自分で歩かせるのは身体的に少しまずいか……。

 

(…………はぁ。しゃあない)

 

 少々の思考。

 

 ウィングが抱えているリスクと向き合い、少し覚悟を決める。

 まあ何、少し持ち物が増えるだけだ。軽い筋トレだと思えばいい。

 

 

「ウィング」

「ん、なに?」

 

「乗れ」

 

 

 えっ、と後ろの愛バらから自然と漏れ出たであろう声を聴き逃すことはできなかった。

 

 ウィングの前で背を向けながらしゃがみ、俺は目を閉じる。

 今頃、テイオーとウィングは困惑してるんだろうなぁ……と当たり前の予想を立てる。

 そりゃそうだ。いきなり背を向けておぶってやるとか、気でも狂ったんかと。思っても仕方ねぇし。

 

 だがまあ、違和感が悪化したら俺が嫌だし。

 偶にはこう、気を使ってやるとしよう。

 

 

「えーと、それじゃ遠慮なく?」

「ん、遠慮なく乗れ」

「え、そんなあっさり!?」

 

 

 背に乗せかかる少女一人分の重量。

 テイオーがテンポの速さに驚いてるが、長年の付き合いである俺とウィングの間柄じゃ、このくらいは言葉足らずでも通る。

 

 背に乗ったウィングの顔、というより口が俺の耳元に近づく。

 疑問を浮かべるまでもない、わざとだコイツ。吐息がかかって少しくすぐったいんだが。

 

 

「……ありがと」

 

 

 細い音量で鼓膜を通る感謝の一言。

 耳に近づけたのは感謝を伝える為だったらしい。

 

 なんだい、律儀なやつめ。

 

 

「気にすんな。俺がやりたくてやってるだけだし」

 

 

 そう言って俺はウィングをおぶったまま立ち上がる。

 

 ……そういや、最近ウィングから宿()()としてもらった少女漫画にこんな展開有ったな。 

 こういう時は大体、少女側が赤面している場面があったはずだ。

 つっても現実、俺後ろ見えねぇから実際にウィングが赤面しているのかは分かんないんだが。

 

 ああいう場面見るたびに思うんだけど、背負ってる男側はどんな心情なんだろうか。

 焦ってるのか、照れているのか、それとも――

 

 今の俺はどうなのか、自分の胸に聞いてみるが返ってくるのはいつも通りの鼓動だけ。

 

 ふむ、動揺も焦りも無し。顔も暑くないから照れも無し。至って平常心らしい。

 ()()()()()()()()()()これは。精進精進。

 

 さて、ササっと診察する施設のとこまで運ぶか。

 なに施設はすぐそこにある。ウィングが怪我しないよう優しく丁寧に運んで終わりだ。

 その後は飯でも作って、テイオーらと一緒に団欒でもするか――

 

 

「いいなぁアスウィ―だけ。ボクもトレーナーにおんぶしてもらいたいなぁ~」

 

 

 展開変わったなおい()

 ウマ耳を後ろに倒し、尻尾をぶんぶん回しながら拗ねるようにそんな一言をだべるテイオー。

 

 

「……あのなテイオー。冷静に俺の状況を見てくれ」

「うん。両手はふさがってるし、背中はアスウィ―に取られてるね」

「ああ、だからな――」

 

「でもやってほしいなぁ~?」

 

 

 滲み出る冷や汗。

 

 ……待てテイオー、そのジト目をやめろ。そんな目で俺を見るな。

 ()()()()()()()()()()()()()()で俺を見るな。

 

 

「ふふ……っ! 断れそうにないね、トレーナー?」

 

 

 おい、諦めるな察するなウィング。お前は味方してくれねぇのか。

 コイツ担いだら年頃の少女2人分だぞ? 60kgは担げる流石の俺でも腰の負担が、腰の負担がな?(大事なことなので2回ry

 

 

「ね、ね。だめ?トレーナー?」

 

 

 …………

 

 

「………………背中は空いてねぇから肩に乗れ」

「いいの!? わ~い!!」

「やっぱり折れた」

 

 

 袖を握られて観念しました、はい。

 無理です。やってほしそうに見る視線に耐えられませんでしたよはい。

 やっぱ俺って子供に弱いんだろうか。弱いんだろうな。うん。

 

 まあ、子供って基本的に欲に純粋な所があるしな。そういう所が俺によく刺さるんだろう。言い換えれば数少ない俺の弱点ともいえるかもしれない。

 

 思考終了、一拍。

 そしてテイオーの方を見ると。

 

 …………ん? おい何やってんだテイオー。

 幅跳びするみたいにしゃがんで、前に体重傾けて……

 って、おいまさかおい。

 

 待て待て待て!?!? まさか飛び乗るつもりじゃ――!?

 

 

「えいや~!!!」

「うっおおぉぃ!?!?」

 

 

 警戒したと同時の次の瞬間だった。

 ドカッ、っと覚悟していたはずの少女2人分の重さが俺にのしかかる。

 背に預かるウィング、肩に乗るテイオーの太もも。

 

 肩車におんぶ。傍目から見れば合体ロボットだ。ロマンがあるね。

 

 

「あっははっ!!それじゃしゅっぱーつ!トレーナー号だぁ!」

「元気だなぁおい!」

 

 

 それはそうと非常に暑いんですだがね!?

 太ももが頬に張り付いて密着するし、ウィングの胸が背中に密着して圧迫するし、もう暑いったらありゃしないんだがね!?

 あと、ウィングは意外と成長してるようで何より。セクハラとか言われそうだからどこがとは言わないが。

 

 

「テイオーテイオーテイオー、テイオーテイオーテイオー、テイオー⤴テイオー⤴テイテイオー⤴♪」

 

 

 テンション上がりっぱなしか。

 なんか歌いだしたぞコイツ。癖になる音程だな。録音しとこ。

 

 俺は固定された手でぎこちなくポケットに手を入れ、携帯の録音機能を起動した。

 変な歌が茜色に溶け込む中、俺はほのぼのとした心地よさに浸る。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「筋組織の炎症ですね。症状的には軽いものなので自然治癒で治るかと」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 

 施設に着いた後、すぐに検査。

 そして、出された回答にひとまず安堵し、俺は目の前の職員に一礼する。

 

 

「いえいえ、むしろ私としては悪化する前に止めることができたことに脱帽です。

 確か『飛翔』でしたね。私も彼女の走りを見たことがあるので分かりますが、素人目にもあの走りは脚への負担が大きいと分かりますから。……それに引退した後の彼女では、体の造りは大きく変わっているでしょうし……この程度の怪我で済んだのは、トレーナーである貴方のおかげだと思いますよ」

 

「もしかしてファンでした?」

「……お恥ずかしながら、初のG1を取得した時からの追っかけですね」

 

 

 急にめっちゃくちゃ長文言われて反射的に質問してしまった。

 やっぱりそうなのね。なんかスレ民みたいな反応してるからまさかとは思ったが。

 

 

「G1初勝利したあの瞬間は、今も目に焼き付いてますよ。ボロボロの両脚で立ったまま両手を空に掲げる姿はもう……すごく印象的でした」

 

 

 なんかヲタク心を刺激してしまったようだ。

 俺は喋ってないのに、すごい長文がまあ出るわ出るわ。

 

 ウィングは……慣れてんなぁ。赤面すらしてない。むしろ誇らしげだ。ドヤ顔はやめい。

 掲示板で鍛えられたか、ファンサで鍛えられたか、どちらにしろ精神的に成長しているらしい。

 

 昔じゃ絶対にありえない光景だなこれ。

 コイツ、前はそんな評価受けたところで、まだまだとか言ってネガティブになりがちだったからな。自己肯定力が上がっているのだろう。良いことだ。

 

 

「あ、因みに、今この施設で定期健診を行っているのはご存じですか?」

「? いえ、初耳ですけど」

 

 

 ヲタク語りが終わったのか、話を転換させて真面目モードに入る職員の人。

 

 定期健診……そういや受けてなかったな。

 テイオーはレースに忙しくて受ける余裕なかったし、ウィングは必要なかったし。

 俺は……まあいつも健康体だし受けてなかったな。

 

 

「丁度、定期検診を行う特別車がここの施設に泊まっているんですが、その、良ければ受けていきませんか? 私からトレセン学園にお話は通しておくので、是非」

「あ~……だとよウィング。どうす――」

 

 

 職員の提案を承諾するかウィングに目線を向けようとした時だった。

 

 

「…………どこ行った?」

 

 

 そこにあったのは外枠が鉄パイプで出来た椅子のみ。

 一瞬、目を離したすきにウィングの姿が雲隠れしていた。

 出入り口である扉に体を回せば、ガラガラと音を立てて横開きになっている扉の様。

 

 足音すら聞こえなかったんだが、アイツの前世はアサシンかなんかか?

 

 

「ちょっ、離してアスウィー!! オネガイダカラー!!」

「あ、ごめんねトレーナー。ちょっとテイオーを追いかけててさ」

 

 

 と思えば扉の端から姿を見せて帰ってきた。

 ウィングが片手でテイオーの腕をつかんで、まるで駄々をこねる子供を引きずってきた。

 

 

「何してんの」

「いや、せっかくだからテイオーにも定期健診受けてもらおうかなって連れてきたんだけど」

「注射はいやなんだってばぁ! やだやだ、離してよアスウィー!!」

「こういうこと」

「なるほ」

 

 

 すげぇ簡潔に状況を聞かされて理解する。

 テイオーって注射苦手なのな。新しい一面を知れてラッキー、メモメモと。今後の対策に役立てよう。主に検診に連れてく時に役立てよう。

 

 てかシュールだなこの光景。

 

 がっしりとテイオーの腕をつかんでいるウィングに、何とかして逃げようと傍にあるものを握力のある限り握って抵抗するテイオー。

 めきめきと悲鳴を上げる扉には同情をせざるを得ない。アーメン。ウマ娘のパワーからは逃げられないぞ。(3敗)

 

 

「あ~……とりあえず受けるってことで、よろしくお願いします職員さん」

「はい、分かりました」

「トレーナァ!?!? 薄情者ぉ!!」

 

 

 別に固執している宗教とかは無いが、不遇な目に合っている扉に心の中で十字を書き、とにかく定期検診を受ける旨を職員に伝える。

 

 

「ウィング、テイオーの介護はお前に任せる。力づく系は俺じゃ無理だ」

「分かってるよ。強制連行でいいんだよね?」

「モチのロンだ」

「りょーかい」

 

「ちょっ、まっ、ヤダアァァァァ!!!」

 

 

 今度は首根っこをひっ掴まれて連行されていくテイオーに俺は思わず敬礼する。

 どんまいテイオー。嫌な事する気持ちはよく分かるよ。でもやらなきゃいけない時はあるんだよ。仕事とか仕事とか仕事とかな……。

 

 遠ざかっていくテイオーの声を聴きながら、俺は職員の人とウィングの検査結果について再び語り始めた。

 がんばれテイオー。俺も後で行くからよ。

 

 終わったらせめてもの労いとして飯でも作ってやろう。アイツの好物マシマシで。

 

 

 





「あら? 今のは……」
「あ、そこの君ちょっといいかな。今ちっちゃい子が通ったと思うんだけどどこに行ったか知らない?」
「ちっちゃい……トウカイテイオーの事ですの? 彼女なら今海岸の方に走っていきましたわよ?」
「ありがと!」

「ということがあったのですけど」
「何ィ!? テイオーがいるってことはヒヤオ爺もいるってことじゃねぇかぁ! 遊びに行ってやろ!!」
「ヒヤオ爺……? 一体誰ですの、ってゴールドシップ!? もう就寝時間ですわよ!!戻ってきなさい!」


お久の更新ですまそ。
忙しいし、評価がモチベに直結してる。時間あったらくだせぇ(乞食)

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回想 潮味の今と雨色の昔


テイオー編
前編になります




 

 ボクにとっての始まりは『憧れ』だった。

 

 無敵の3冠を制した菊花賞。

 

 初めて見たレースの輝き

 初めて聞いた栄光を祝う歓声

 

 初めて――自分でなりたいと思った『理想』

 

 カイチョー……いや、ちがうか。

 【皇帝】シンボリルドルフに憧れたボクは、その『憧れ』を抱いてトレセン学園に来た。

 

 

 入学した当初は、とにかくカイチョー……ううん、この頃はカイチョーが『カイチョー』だってことを知らなかったんだっけ。

 まあ、それでもそんなことは関係なしに、ボクはただカイチョーを探して

 そして言ったんだ。

 

『ここまできたよ!』

『すぐに追いついちゃうからね!』

 

 ビシッー!ってエアグルーヴ副カイチョー達がいる生徒会室でピースしてボクは宣言した。

 

 ……今思い返すと、チョット恥ずかしいことをしたかなって思う。

 …………いや恥ずかしい!恥ずかしいよ!! なんでボクあんなことしちゃったのさぁ!!

「わっ、重いよアスウィーぃ……」

 

 う、うん。まあ昔のことは昔の事ってことで割り切る感じにしよう。

 

 今思っても恥ずかしいことをした後、ボクは入り居るように生徒会室にお邪魔するようになった。どこに居ても見かけたらカイチョーに飛んでいくし、たくさんお話もした。

 副カイチョーにはよく呆れられるけど仕方ないよね。

 だってボクの夢がそこにいるんだもん。

 

 

 そこからはカイチョーを追いかける日々だった。

 カイチョーに追いつくためにトレーニングを頑張って、勉強もいっぱいして、時間が経って。

 

 

 ――ボクは、目指していた夢の前で膝を着いた。

 

 

 

 

 

 慢心って呼べるものはあったと思う。

 

 走るのが速い自信があった。

 ボクが天才っていう自覚があった。

 周りから『テイオー(帝王)』って呼ばれて満足しているボクがいた。

 

 それを全部重ねて、ボクは――『トウカイテイオー(ボク)』が無敵だと思い込むくらい気が緩んでいたんだと思う。

 「自信の有り様はあるだけ全然良い」ってトレーナーは言ってくれたけど、今思うとあれは自信でも何でもないただの慢心だったのかなって感じるよね。なにやってたんだろボクってば。

 

 

 ――そして、そんな日々を過ごしていたある日、ボクはカイチョーと模擬レースができる機会を得た。

 

 最初はただの好奇心。

 今のボクで、どのくらいカイチョーに近づけているのかなって思ったのがきっかけだった。

 安易な考えで、夢との距離を測りたかったんだ。

 

 うん? それからどう行動したかって?

 

 ただカイチョーにお願いした。

 ずっと。

 毎日のように。駄々もこねた。

 その成果があってか、最後にはカイチョーが折れてくれてレースができるようになったんだ。

 

 ……トレーナーに言ったら引かれちゃうだろうなぁ。ぜっったいに言わないでおこう。うん。

 

「アスウィー大丈夫?」

 

 とにかく、ボクはカイチョーと戦った。

 

 全力で戦った。今のボクがどのくらい夢に追いつけているのかを確かめたかった。

 「此処まで届いているんだ」っていう自信が欲しかった。

 カイチョーと戦って、ボクの(皇帝)を追いかけて。

 

 そしてボクは――当たり前のように負けた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 分かってはいたはずなのに。

 今のボクで届かないのは分かっていたはずなのに。

 それでも好奇心は止まってくれずに、夢との距離を確かめた。

 

 でもさ

 

 その影すら踏ませてくれないってなっちゃうと、流石に心が折れちゃうよね。

 

 7バ身差。っていう大差。

 

 その現実が突き付けられてからのボクは、ただただがむしゃらになってた。

 走って勉強して、走って、朝も夜も雨の日も走り続けた。

 

 選抜レースでは優秀なトレーナーが何人もボクを誘いに来ていたけど、自分の力で夢を証明したかったから頼らなかったし、断り続けた。

 

 そうやっているうちにいつの間にか、走ることが楽しいなんて思えなくなってて――

 

 辛くて苦しい気持ちだけが、胸をいっぱいに埋めていたんだ。

 

 

 

 

 ザァザァって降っていた、ある大雨の日の夜。

 

 ボクは、いつもように学園のターフで走りこんでいると、ある視線に気づいた。

 こんな日の夜に一体誰だろうとふいにターフの柵を見たら、そこに一人の男の人が立っていた。

 

 ボクも嫌になるくらいの大雨の中、傘も差さずに。

 

 ただ、ボクの事を見ている。

 

 

「ん? ああわりぃな。()()()()()()()()()()()()()だったんだ。俺に遠慮しないで続けてくれ」

 

 

 気になって何をしているか聞くと、男の人は気楽な風にそう言う。

 胸元には、トレーナーを示すバッジがあって止められるんじゃないかなって思ったんだけどそうじゃなかったから、ボクは遠慮なく走り込みを再開した。

 

 

「……脚は、流石にいいな。ルドルフが推すだけはある。特に脚首すげぇなあれ、なんだありゃ。うちのウィングよりよっぽどしなやかじゃねぇか。あ、でもその分壊れやすそうか……?」

 

 走った。

 

「……精神が不安定なのは確定だな。いつぞやのウィングみたいだし、全然楽しそうじゃねぇや」

 

 走った。

 

「……あぁあぁ、そんながむしゃらに走りやがって……どこ鍛えるのかも不明慮じゃねぇのかあれ。もったいねぇ」

「……ん~、でもまあいい感じに()()()るか」

「聞いた通りなら『子供っぽくて、脚も速いし、()()()』」

「…………いい。良いな。絶妙に尖ってるじゃねぇか」

 

 

 ターフを一周するごとに、男の人のボソッとした声が聞こえる。

 わざと聞こえるように言ってるのかな? なんてあの時のボクは思ったけど、今はそう思わない。

 

 だって()()()()()()()だもん。

 

 趣味人で、娯楽主義で、自分に嘘もつけないボクのトレーナーなんだから。絶対自然に出た言葉に違いない。

 

 まあ?でも? そんなことも知らないあの時のボクには耳障りでしかなくてね?

 

 

「うるさいなぁ!! ボクの邪魔するのが目的ならどっか行っててよ!!」

 

 

 ボク自身を見透かされたような言葉に苛立っちゃって、反発的に叫んじゃったんだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「それはまた……変な出会い方をしていますわね?」

「ボクもそう思う……。あぁいう出会いってもっと綺麗なものだと思っていたんだけどなぁ……。まあ、トレーナーにそういうの求めても無駄なのは分かってるんだけどさ」

「テイオーさん……目が……」

 

 

 みなまで言わないでよマックイーン……僕だって夢を見ることぐらいあるんだよ。

 海岸の砂浜に座りながら、ボクは串焼きの肉にかぶりつく。すこ~し落ち込んでいるメンタルに肉汁が潤いをくれる。美味しい。

 

 あぁ~もう懐かしく感じるなぁ、トレーナーと会った時の事。

 あれかな、ほとんど毎日一緒にいるからかな? 一人で頑張ってた時期が眠っていたみたいに短く感じるんだよね。

 

 え? 目が遠いって? 気のせいだよ多分。うん。

 

 

 

 

 

 満開快晴のお昼時。

 

 今日は練習は休みで、早朝のランニングだけやって1日中お部屋でゴロゴロする予定だった……んだけどね?

 

『ジャァマするぞ~』

 

 トレーナーの膝上でゴロゴロ寝っ転がっている時、扉をバァン!って開けられた。

 急に誰かと思ったら<スピカ>のゴールドシップでさ。

 

『肉食いに行こうぜ~』

 

 なんて言いながら、トレーナーに「海岸で待ってるからな~絶対来いよ~!!」って去り際に叫んでどこか行ったんだよね。

 

 いきなりの出来事で茫然としちゃったボク。

 トレーナーはいつも通りプロファイリング解析?とかレース映像見ながら物理演算したりしてて、アスウィ―は何かの勉強を普通にしてた。

 

 慣れてたのかな? あーあ、って感じで見送ってたけど。

 肉食べるー、とか言ってたのにお魚を獲るやりを担いでたのは全然理解できなかったけど。

 

 でまあ、気分屋のトレーナーがこんな面白そうな出来事を見逃すわけなくてさ。

 

 

『……お前ら、腹減ったか?』

 

 

 ニヤッって笑いながらボク達に提案してきたんだ。

 

 返答? お腹の虫が答えてくれたよ。

 

 

 

 

 ということで、<スピカ>と一緒にBBQを始めた今日の昼頃。

 

 

「先輩、次の肉どんどん入れていいっすよ」

「お、良いのか? ……ってコレ精肉店の肉じゃないか!? お前さん、こんな普通の店すらない場所でどうやって用意してきたんだ!?」

「飯屋の店主を舐めてもらっちゃ困りますね。5km離れた精肉店まで走って買ってきましたよ」

「プライドか?」

「こだわりって奴ですよ」

 

 

 そして今、トレーナーは皆のためにお肉を焼いてる最中だ。

 ていうかトレーナー、いつの間にかゴールドシップと一緒にどこか行ったと思ったらお肉買ってきてたんだ……。

 

 アスウィ―は<スピカ>のサイレンススズカって娘と一緒におしゃべりしてる。

 なんかすごく気が合うらしい。走りたがりのよしみだーとか言ってた気がする。普段から連絡も取り合ってるとか。

 

 ボクは、ボクのライバルのマックイーンと座っておしゃべりをしていたとこ。

 いつの間にマックイーンったら<スピカ>のメンバーになっていたらしくてね。

 その話を元に話題を広げてたら、ボクの方もトレーナーとの出会い方について語ってたってわけ。

 

 

「ほれ、焼けたぞスぺ公」

「ありがとー、ヒヤお兄ちゃん!」

「なんも」(訳:どうも)

 

 

 ボクの隣に座りながらトレーナーの方を見てたマックイーンがボクに聞く。

 

 

「テイオーさんのトレーナーさんは、その……そんなに無遠慮な方ですの?

今のところ、そこまでそんな感じはしないのですが」

「う~ん、どうなんだろ。そっち(<スピカ>)のトレーナーと比べるなら……どっこいどっこいじゃないかな?」

「ホントですの? 私の方のトレーナーも相当なものだと自負しているのですけど」

 

 

 あはは、マックイーン、ボクのトレーナーを舐めちゃいけないよ?

 ボクのトレーナー、デリカシーとか気にしてる類のものが全くないからね。

 今からイチャイチャするよー、って言ったら「あ? おう」って返してくるぐらいには無関心だから。人とは思えない感性だから。

 

 ……まあ、その性格を使ってイチャイチャしに行くことは多いけどね。

 さっきもここに来るまではトレーナーの膝上で遠慮なく寝てたし。頭撫でてくれたし。

 

 

「親しくなってきたらトレーナーの異質な所に気づきやすくなるかな。まあ、私の体験談だけどね」

「あ、アスウィ―」

「あら、貴方が」

 

 

 いつの間にかアスウィ―がボクの隣に立っていた。

 片手にお肉が刺さった串が4本持っていて、そのうちの2本をボクとマックイーンに渡してくれた。

 ボクもマックイーンも流れるようにそのお肉を受け取る。

 

 

「マックイーンだったね。うちのテイオーがよくお世話になってます」

「ちょっとアスウィー!?」

 

 

 渡されたお肉にかぶりついていると、突然アスウィ―がマックイーンに頭を下げてボクは困惑する。

 ていうかちょっと待って!? その言い方だと普段から僕がマックイーンを振り回しているように聞こえるんだけど!?

 

 

「お気遣いありがとうございますですわ」

「マックイーン!?!?」

「あはは! いや、ごめんね?テイオーったらよくお転婆娘になりがちでさ」

「ええ、よく分かりますわ」

 

 

 すっごく共感したようなことを言ったそばから話を広げていくマックイーン(ライバル)とアスウィー。

 どうやら、分かり合えるものがあったようで。

 

 

「ねぇ! ボクの話を聞いてよー!!」

 

 

 不名誉な称号をもらう前に、ボクは2人の話を遮ることに躍起になったのだった。

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

「うるさいなぁ!! ボクの邪魔するのが目的ならどっか行っててよ!!」

 

 

 怒られた。

 

 理由は間違いなく俺が凝視していたからだろう。

 何か一つに全力を尽くし過ぎる奴は大体、周りが見えずらく、短気的で、ネガティブになりやすい。長年の人間観察から得た知識だ。収入元にウィングが居たりするが。

 

 ――まあ、()()()()()()()()()()()()

 

 目の前で吐かれた大喝を、心の浅い所で切り捨てながら俺は彼女を見る。

 

 悪天候の雨中。

 全身泥まみれ、ボロボロの足、今にもくじけそうな表情をした少女を見る。

 

 トウカイテイオー。

 

 ルドルフから得た情報が間違っていなければ、目の前の彼女がそうということに違いないと。

 感でも本能でもなく、実際に見てわかった分析結果から確信を得ることができた。

 

 

 

 

『私は……また同じ苦しみを与えてしまったのかもしれない』

 

 ふと思い出す、ここに来るまでの生徒会室での会話。

 シンボリルドルフとの、会話の一片。

 

『あの子の――トウカイテイオーの憧れは、いつか私に対して牙を剥く。【皇帝】の私を超えてくるだろう。だからこそ、ここで折りたくはなかった』

 

 渋い顔で語り、窓越しから流れる雨粒の水滴を眺めながら、俺はシンボリルドルフの独り言を黙って聞いていた。

 

『それでも、手加減をすることはできなかった』

 

 矜持か、それともただの負けず嫌いか。

 いずれにせよ、シンボリルドルフはトウカイテイオーを叩きのめした。

 完膚なきまでに、徹底的に。

 

 自身を超えていくだろう存在を相手に、その成長を止める気持ちは一体どうだったのだろうか。

 

『……彼女の夢は、【皇帝】の私そのものだ。私の軌跡に見惚れている。そんな憧れを持った彼女に、手を抜いた私の走りは魅せたくなかったんだよ』

 

 悔しそうに、そして一筋の希望を持ちながら、目の前の小女は拳に力を入れる。

 希望は、トウカイテイオーが【皇帝】の走りに相対しても、立ち上がる事に賭けているのか。

 

 ウィングがそれを乗り越えたのと同じような。そんな可能性に希望を見出しているのか。

 

『――っ! 君はどう思う?ウィングのトレーナーくん。かつて、()()にしてしまった行動を再び犯してしまった私を、君はどう見る?』

 

 窓際から振り返り、ソファに座る俺に問うシンボリルドルフ。

 

 ……正直そう問われても、俺にはそういう対抗心などは微塵も持ち合わせていない。

 返答に迷う質問ではあるんだが……まあ、彼女がその状況で()()()()()()()()()()とするなら、その問いに対する答えは1つしかないかった。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 簡潔にそう伝える。

 そう伝えることしかできなかった。

 この答えしか、俺は持ち合わせていなかったから。

 

『そうか……。いや、君ならそう言うだろうな』

 

 その一言を聞いたシンボリルドルフは、納得するように目を瞑る。

 ウィングとまでは行かないでも、彼女は俺との付き合いは仕事関連で意外と長い。書類系でな。

 俺に対する理解力の高さから、返答の意図をくみ取ったのだろう。

 

『……トレーナーくん。君に頼みたいことがある』

 

 そして、一拍の間が空いた後。

 シンボリルドルフは覚悟を決めたように俺に目を向けて、そう切り出した。

 

 

『――彼女を、トウカイテイオーを担当ウマ娘にする気はないだろうか?』

 

 

 世にも珍しい、他人から進められた担当契約の催促。

 それも、生徒会長であるシンボリルドルフからの提言。

 

 あまりに突然の提案に笑ってしまった俺を許してほしい。それほどの珍事だ。

 彼女が掲げる、「全てのウマ娘を幸せにする」という、夢とプライドを俺に一欠片ほど(テイオーごと)託すのは、相当の覚悟がなければできないのだから。

 

『――ふっ』

 

 理由は聞かなかった。

 その問いは、彼女が決めた覚悟を揺るがせる可能性があったからだ。

 俺としては、今はただ、固めた覚悟のまま突き進む少女を見ていたかった。

 

『いいぞ。但し――その娘が俺の興味を沸かせてくれるなら、だがな』

 

 返答は決まっていた。

 そいつに対して、興味があれば俺はとことん執着する。

 例外はない。俺の生き方だ。

 

 そう――かつてのウィングに惹かれたように。俺の生き方に迷いはない。

 

 

 

 

 そして。

 

 

「聞いた通りなら『子供っぽくて、脚も速いし、()()()』」

「…………いい。良いな。絶妙に()()()()じゃねぇか」

 

 

 口角が上がる。

 いかにもシリアス全開な雰囲気だってのに、高揚が止まらない。

 

 そう、見事、泥まみれの少女は俺の好奇心を刺激してくれた。

 決めたからには、興味を惹かれたからには、後はやるべきことは一つ。

 

 

 コイツと一緒に、全力で遊ぶ。

 

 

 ただそれだけ。

 そんな単純な、子供のような感情が、俺の心の中で渦巻いた。

 

 

 

 

 






「そういえば、マックイーンってどんな感じで<スピカ>に入ったの?」
「そうですわね……。まずゴールドシップに泣き落とされまして」
「泣き……え?」
「そこから<スピカ>の人たちに袋に積められまして」
「まってまって!? え、ボク今すっごい闇深い話聞いてない!?」
「大丈夫ですわ。最終的には自分で加入を決めましたから」
「死んだ目で言われても説得力ないよ!? ねえ、マックイーン!?」
「ダイジョウブデスワー」


紫猫侍さんからタイトルイラストをいただきました!

【挿絵表示】


ROAD TO THE TOPを見るたびに湧き上がる執筆欲がすごい。
とりあえず前編はこの辺で。次の更新は早めに頑張ります。


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趣味人って奇抜な人が多いらしい


今日は2本更新(詳細は活動報告で)


 

 

 わがはいはトウカイテイオーであ~る。

 

 見ての通りのウマ娘。

 

 好きなものはハチミーとか甘いモノ。あとレース!

 嫌いなものは……にがぁいもの。(最近ブラックコーヒーを飲んだ)

 

 そんなボクの夢は……三冠ウマ娘!

 いつか、憧れのカイチョーに追いつき――じゃなかった。

 

 ()()()()()()が目標なんだ!

 

 

 ……てことで、自己紹介しゅーりょー。

 

 さてと、そんなボクなんだけどね。

 つい最近、専属のトレーナーが付いたんだ。

 

 誰かって言うと……なんと、カイチョーと肩を張り合ったことがある娘でさ?

 なんとびっくり。あの「アストラルウィング」のトレーナー()()()んだよ。

 

 因みに「だった」って言うのは、実際にアスウィーから話を聞いて気づいたから。

 だってボクのトレーナー、テレビで見た時と全然恰好が違うんだからさぁ?分からないのも無理ないと思うんだ。

 

 んっん! 話を戻してと。

 

 スカウトはトレーナーの方からもらった。

 ただ、その時のボクはちょっと色々あって気分が落ち込んでて。

 決めるまでは、ちょっといろいろ悩んだり。まあ、なんていうか色々あった。

 

 でも、最後はボクの意思でトレーナーと走ることを決めた。

 

 ここら辺の話はまた今度すると思うから、楽しみにしててね。

 そう遠くないうちに機会(更新)があると思うから。

 

 

 

 ……なになに?トレーナーについて?

 ん~

 

 なんていうか、面白おかしい人?

 ていうか、おかしい人?

 ううん、絶対おかしいね。ボクのトレーナー。うん。

 

 あーいや、練習とかはすごく細かく組んでくれるし、会話もパパみたいにゆるーくできるし。

 あれから1月くらい一緒にいるけど、結構楽しいんだよ?

 

 ……なんだけど、トレーナーって色々普通とはかけ離れてるところがあって。

 髪は灰色で服はいつも灰色のパーカーを着てて代り映えしないしさ。

 

 トレーナーなのにお店の店長やってるし。

 もっのすごい数のパソコンの画面持ってて目がチカチカするし。

 ……2日に1回は練習を見に来てくれないでどこかでサボってるし。

 

 ――振りかえってみたらおかしなところしかないね。

 

 まあでも、ソレ込みで面白いって思ったから、今のところ後悔はないよ。

 一緒にトレーニングしてくれてるアスウィーも優しいし。

 しっかり速く走れるようになってきてるし。

 何より、トレーナーがボクを大事にしようとしてくれてるのはひしひし感じるから。

 

 ……ただ不満はあるからね。

 トレーニングに顔を出しに来ないのは、流石にまだ納得がいってないから。アスウィーはなんか諦め半分な感じだけどボクは納得してないから!

 

 ねえ、()()()()()()

 

 

「トレーナーの喉仏、意外と大きかったりしない?」

「比べてこともねぇから知らんわ。――てかくすぐってぇ、いきなり指でなぞるな」

「いや、改めて見るとすごいゴツゴツしてるなって。気になってさ。」

 

「無視!? だからねえ聞いてってば!ていうか自然にイチャイチャするのどうなの!?ここ河川敷だよ!?人が歩いているんだよ!?」

 

 

 草の上。

 目線を前に向ければ、青い水が一直線に流れる川のそば。

 ボクはその芝生の上に座りながら、横ですっごいイチャついている2人にツッコんだ。

 あと、さっきの抗議内容も。

 

 そしてその返答は。

 

 

「うっせ」

「ひどい!?」

 

 

 実にあっけなく、軽く、バッサリと。

 心底どーでもいー、みたいなうんざりした顔で一言で切り捨てたのだった。

 

 

 やっぱりさ、おかしいよボクのトレーナー。

 

 

 

 


 

 

 

 

 今更だけど、今日の予定をいうとね。

 

 今日は休日。

 朝は一緒にご飯を食べてから、外で軽い準備運動。

 そして本格的なトレーニングに入って、筋トレだったり体幹鍛えだったり……まあ体を鍛えてて。

 

 そして午後。まあ、今の状況。

 お昼休みってことで学園を出てから、近くの河川敷でお弁当休憩をして。

 食べ終わっていざ動くぞー、って気になったら隣に座るアスウィーにどうどうと抑えられてね。

 

 

「1時間は休憩。ただでさえ脚を故障しやすい体質なんだから。連続で体を酷使するのはダメ」

 

 

 優しくそう言って、アスウィ―はその隣で芝生に寝っ転がっているトレーナーに向けて目配せをした。

 

 

「えー!? ボクは大丈夫だって。ちょっと疲れてるけど……ほら、こーんなに元気なんだからさ」

「それでもだめなの。これはトレーナーのお達しだからね」

 

 

 立ち上がって元気だってわかるようにステップを踏んでみる。

 けどアスウィーの意志は固いらしくて、ダメ、と一点張りのまま。

 

 

「むぅ~……トレーナー?」

「どした?」

 

 

 不満が溜まりながらも、ボクは隣で灰色のフードを被ったトレーナーに話しかけた。

 

 

「ボク、まだ動けるよ」

「そうか」

「元気!」

「おう」

「ボクってば天才!」

「言われなくても分かってら」

 

 

 フードの下から覗いて見えるトレーナーの目を見ながら、ボクは短い言葉を次々と言い放ってみる。余計な一言もあるけど、疑問も持たず肯定してくれることにちょっと嬉しみを感じてしまったりもした。

 そんな感情的なボクに対して、トレーナーはすごく淡々と、短く返してくる。

 

 

「特訓!!」

「ダメだ」

「どうしてぇ!?」

 

 

 流れで許可がもらえるんじゃないかなーって、放った最後の一言はあえなく撃沈。

 

 そしてここで不満爆発。

 ここ1月で溜まりきっていたボクトレーナーに対しての不満が限界地を迎えて……

 ていうか主に、普段からたまにしかトレーニングに顔を出してくれないトレーナーへの不満が風船みたいに膨らんで、さっきの一言で針が刺さったように破裂した。

 

 

「むぅ~……!」

 

 

 ここからボクの全力全霊を込めた、最近のトレーナーに対する不満と不満と不満を叩きつけることになる。

 結果は果たして……

 

 

……

…………

………………

 

 

 で、今、ボクが全力で抗議している最中、曖昧な笑顔を浮かべていたアスウィーが急にトレーナーとイチャイチャしていたから思わずツッコミを入れてしまったところに進む。

 

 返答? いつも通りはぐらかされたような気がしてならないよ!いつになったらトレーナーはボクのトレーニングにしっかり顔を出しに来てくれるのさ!?

 

 ……なんて言ってるけど、文句言ってるボク自身も分かっているんだ。

 トレーナーはボクの身を案じてくれて言っていること。

 トレーナーのサボりは、他の――『トレーナー業』以外の趣味に勤しんでるから顔を出す暇がないことも。

 

 多分、ボクが感じているそれ以上に、()()()()()()()()()()()()()()ボクを大事に育ててくれてることも。

 

 分かってる。分かってはいるんだけど……。

 

 ……~~!!!いやそれでも納得はできない!

 どうやってトレーナーを引きづり出そうか、作戦を考える必要があるよね……。今度アスウィーと一緒に相談でもしようかな。

 まともに誘っても効果が無いのは分かってるから……強引に連れてこようか……。

 

 ――うぅ、ああもう。いいや。これは後で考えよ。

 

 それよりも気になったことがあるからそれを聞こう。

 せっかく休憩時間って言ってるんだし、お茶を濁すようなこと聞いてもいいよね。

 ……でもこれ、今更感あるような。

 

 いや、聞いた方が早い! 欲には正直に!初めて聞いたトレーナーの教え!!

 よし!きこー!

 

 

「トレーナーって付き合ってたりするの?」

「――――――」

「ごぐぶぅ!?」

 

 

 ボクがそう聞いた瞬間、トレーナーの喉仏をなぞっていたアスウィーの指が、ズルッっと滑って(あご)に直撃した。

 すごい。ウマ娘の力で思いっきり顎を叩かれて、芝生にごろごろ転がってるだけで()()()()

 体を鍛えてるのってほんとなんだね。じゃないと人じゃ耐えられないよね、あれ。ゴスッって鳴ってたくらいだし。

 

 

「て、テイオー? なんでそんなこと聞くのかな……?」

 

 

 トレーナーがうずくまるくらいの大打撃を与えたアスウィーが、芝生に座っているボクの隣に座って聞いてくる。その声は冷静に見えてどこか震えているだと思ったのは気のせい……じゃないかもしれない。

 

 

「ん~? いやだって、あれだけイチャイチャしてたら気になるからさぁ?聞いてみたんだけど、ダメだった?」

 

 

 気になった理由はそんなもの。

 ……っていうか、トレーナーとアスウィーは普段から距離がすごく近い。

 近い、もっと言えば自然な距離感。パパとママみたいな、そんな雰囲気なんだ。

 

 

「待って? その、付き合ってるって誰と誰が?」

「え?それは……」

 

 

 疑問に思ったようで、アスウィーがボクに聞いてくる。

 それに対してボクは当たり前のようにトレーナーとアスウィーの2人を指さした。

 

 指を差した時、アスウィーの顔が一瞬赤くなったように見えた……けど日差しのせいで赤く見えただけなのかもしれない。

 ただ、目の前で胸をなでおろしている反応をしているのは明らかだ。

 

 

「安心してるの?」

「うん? あー、いや、どうなんだろうね。トレーナーに限って、そういう恋愛ごとのイベントは無いからちょっと驚いたっていうのが本音かな」

 

 

 頬をかいて苦笑するアスウィー。

 ……人の顎に致命傷を与える反応をちょっとで済ませていいものか、一瞬考えてちゃったけど、後回しにした。

 代わりに、未だに芝生で転がっているトレーナーに憐れみの目線を送って、ボクはアスウィーに聞いた。

 

 

「恋愛ごとのイベントがない、ってどういうこと?」

「……あーそれ聞く?」

「うん。ちょっと気になって」

 

 

 トレーナーくらい顔がいいなら、ていうかすぐ隣に年頃の女の子が多いトレセンで、恋愛ごとのイベントが少ないっていう話に注目した。

 トレーナーのとこに来てしばらく経ってからのことだけど、(ちまた)でトレセンが婚活会場っていう噂を聞いたことがある。事実、トレセンでトレーナーと、その、結ばれた娘達もいるんだとか。ボクが見たわけじゃないんだけどね。

 

 で、そんな噂が商店街に流れてるくらい恋愛ごとに近いあのトレセン学園で、恋愛ごとに縁が無いっていうのはどういうことなのか、少し気になったのだった。

 

 困ったように頬を掻いて、アスウィーが答える。

 

 

「まあ、一言で言うとトレーナーが特殊過ぎるだけなんだけど」

「うん」

「…………うん。分かりやすく話した方が良いかな。どのみちテイオーとトレーナーは長い付き合いになるんだし」

 

 

 一つ瞬きをしてボクの頭を撫でながら、アスウィーはそう言った。

 その眼には、何か深い事情めいたものがあるように見える。

 

 そしてボクがどうするんだろう、と思ったのもつかの間。

 長い青鹿毛(あおかげ)の髪を揺らして、トレーナーの方に視線と体を向けたアスウィーが言い放った。

 

 いや、投げ放った。

 

 

 

「トレーナー、今からキスするけどいい?」

「キッ!?」

 

 

 

 アスウィーが投げたのはとてつもない爆弾だった。

 

 キス。確かにそう言った。乙女なら誰しも人生経験として憧れるソレの名を口にした。

 それも一切の躊躇もなく! 部屋に入っていい?くらいの気軽さで!!

 

 ……い、いや。でもそんなのいきなり聞かされても困惑するだけで――

 

 

「……? ()()()()()()()()

「ウェ!?」

 

 

 唐突にそんな提案をされたトレーナー。その反応はとても淡々としていた。

 いや、淡々とでは済まないような、なんていうか許容したような。まるで抱っこをねだる子供を甘やかすような、そんな返答。

 

 冷静に答えたトレーナーに対してボクは素っ頓狂な声を上げてしまったが、それと同時にどこかトレーナーの異様な部分を垣間見てしまったような感覚に陥った。

 

 

「……ふふ、嘘。やっぱいいや。()()しないでおくよ」

「はぁ?」

 

 

 自然な――あまりにも自然で、不自然なやり取りを繰り広げたアスウィーがボクの方に体を向けなおす。

 

 顔の火照りが収まらないボクに対して、超特大爆弾を放ったアスウィーは何ともなさそうな平然ぶり。

 まるで、トレーナーがどういう反応をするか分かり切っていたように。

 

 

「ね?こういうこと」

 

 

 アスウィーは、肩をすくめてそう言った。

 

 その姿は悲しそうにも見えたが、すぐに呆れた風になった。

 ボクは、もう、何が何だか。唐突に大人な世界を見る羽目になるのかと、思考が飛んでいちゃった。 

 

 そんなボクの反応を、クスリと笑ってアスウィーが口を開く。

 さっき、ボクが聞いた問いの答え合わせ。

 

 

「トレーナーってば、やること成すこと趣味に特化しすぎて、他の事どうとも思わないんだよ。本人の前でキスするぞーって言ってもあんな反応するくらいさ」

 

「今はマシになった方でね?昔はもっと酷かったの。興味ないからそういう知識すらなかったし。あれだよテイオー、壁ドンも知らないくらい」

 

「だからまあ、恋愛ごとのイベントが無いって言うのは()()()()()()

 

「キスするって言ってもあの反応なんだよ? 抱き着こうが、告白しようが、トレーナーは多分平然としたままだから。そんな人に恋愛ごとの縁なんて、周囲に可愛い女の子が居ても関係ないんだよね」

 

「だって興味ないから近づきもしないし、そもそもどうでもいいからさっきみたいに普通に許容しちゃうんだよ」

 

「恥じらい? あはは、無い無いそんなの。トレーナーにとってキスなんて握手の一つしか思ってないから」

 

 

 流れるように語られるトレーナーの一面。

 1月くらい隣で立っていた、ボクのトレーナーの異質で、面白おかしいところ。

 そんな一面を聞いたボクは、頭のキャパシティがパンクして。

 

 

「えぇ……えぇ~……?」

 

 

 語彙力消失。もう疑問の言葉しか浮かばなくなってしまった。

 と、そんな状態になりながらも、よくよくアスウィーの様子を見てみると。

 

 

「…………」

 

 

 平然としているように見えたけど、どうやら違った。

 不満が隠しきれずに尻尾はトレーナーの体にビシバシ当たり、耳はペタンと折れていた。

 

 尻尾で叩かれ続けているトレーナーは、うっとおしげな表情をしながら何も言わない。

 アスウィーの行動を受け入れている。仕方なくではなく、至極当然の行動だからといった具合で。

 

 

「え」

 

 

 灰色のフードで目線を隠したトレーナー。その瞬間。

 自分でもその悪癖は分かっているんだと。そんな声が聞こえた……ような気がした。

 

 鳥のさえずりが拍を埋めるように鳴く。

 

 トレーナーはそれに合わせるかのように、口を開いた。

 

 

「てかお前ら、そういう恋愛系の与太話って、当人がいる前でするもんじゃないよな? 最近読んだ少女漫画で学んだぞ俺?」

「トレーナー限定なら問題なし。そもそも気にしないでしょ」

「そりゃそうだが」

「普通気にするよねぇ!?」

 

 

 普段の会話に戻る。

 さっきまでは、呆れと静かな感じだった雰囲気が。いつもの、他愛ない会話の一コマみたいな雰囲気になる。

 

 軽い会話に思わずツッコミを入れてしまうボク。

 

 ……今まで言わなかったけど。ボク、意外とこの空間が心地いいんだ。

 言葉使いは気にしないでいいし、アスウィーは優しいし、トレーナーは……面白おかしいし。

 

 何より、ボクがボクらしく居ていいよって言われているようなこの空気感が好きになっている。

 

 もちろん不満はある。トレーナーがトレーニングに出てこないことは、今あるボクの悩みの一つである。

 でも、それすら面白い。楽しいと思えるようになっているのも、ここにいて心地いいと感じてしまう要因になっている。

 

 だって、トレーナーってば普通じゃなくて面白おかしいんだもん。

 

 そんなトレーナーに興味を持って、ボクはトレーナーと遊ぶことにしたんだ。

 

 

 

 

 そしてボクは3か月後、絆されたようにトレーナーのことを気に入り始める。

 

 まあ、これが原因でトレーナーに惹かれた……というわけでもないんだけど。

 改めて、興味を持ち始めたのを意識した。そんななんてことない――

 

 そんな、ただ芝生で青空を見ているだけの午後のひと時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ちなみに今の奴を補足しとくが、俺は人にどう思われてるかわかんないほど鈍感じゃねぇからな。そこら辺履き違えんなよ?」

「…………? どういうこと?」

「あー、つまりね? 好かれてるのは分かってるけど、どうでもいいから放置してるってこと。なんていうか……「野良猫に好かれてるけど、興味ないから無視する」とか。そんな感じだよ」

 

 嫌われてても、どうでもいいから無関心。いつも通りのまま。

 

 ……なので。

 女の子の純情な気持ちすら、無関心になると。

 どうでもいいから、と。気にもしないと言っているのだ。このトレーナー()は。

 

 

「……あのさトレーナー、一回アスウィーにドロップキックでももらった方が良いんじゃない?」

「食らったことある。不機嫌さ満載でな」

「そうだね。あ、でも私は今でも足りないと思ってるからね? ……よしテイオー。思い立ったが吉日、私達の尻尾でトレーナーを一緒にはたかない?」

「さんせー」

 

「は?」

 

 

 いやお前が参加するのは聞いてねぇ!? なんて妄言は無視した。

 アスウィー(乙女)の純情な気持ちを分かってながら放置するなんて、人としてアウトなのだ。

 

 さっきまで気にしていた周囲の目線。

 ボクはそんな視線があるというのに、何も気にすることなくアスウィーと行動できた。

 ハタハタと、トレーナーの体を尻尾ではたきながら思う。

 

 

 やっぱ、ボクのトレーナーおかしいよ。うん。

 

 

 午後の河川敷には、布団をはたくような音が鳴り響いていた。

 

 

 






小話として書くつもりだったけど長くなったな(悪癖)

あ、今日18時あたりでも更新するから、良ければ読んでな。


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回想 曇天に差す空虚な日の光


消しては書いてを繰り返し
なんとか書き上げた


 

 小粒と大粒が混ざり合った水滴が、そこら中に降り注ぐ。

 

 地面はぬかるみを覚え、視界は不良になっていて、とてもじゃないが運動に適した天候ではない。

 

 ――それなのに。

 降り注ぐ雨を邪魔だと振り払うかのように、走り続ける少女が一人。

 ボロボロのジャージに泥にまみれた全身。今にも限界を迎えそうな脚。

 

 俺は、そんな様子の彼女を雨が降る中、傘をなげて眺める。

 元々低い体温がどんどん下がっていくのを体感する。体調を崩すのは俺の信条じゃアウトだが、今は目の前の少女と同じ状態でいたかった。風邪を引いたらその時考えるつもりだった。

 

 ……因みに、これを後先考えずともいう。これ伏線な。

 

 

 

 

 結局、俺は目の前の少女が()()()()に至るまで、少女の練習風景を眺め続けた。

 

 練習というにはあまりにも大雑把で、無難で、無邪気すぎるものではあったが。

 それでも目の前の少女が全力でやりたいことやっている風景を見るために、俺はそれをただ黙って眺め続けた。

 もちろん、練習の際にマジでヤバイと思ったときには止める気満々だ。重大な怪我は見逃さねぇよ。

 

 ま、結果的にはそこまでの事態には至らなかったが。

 

 

 さして、その途中で吐かれた激昂の言葉は数十回を超え。

 走るたびに跳ね返る泥を身に受けることを何度か繰り返し。

 

 ――そして、2000mのターフを6周と半マイル程走ったのち。

 

 

「はぁ、はぁっ……! ぐっぅ……!!」 

 

 

 とうとう限界が来たのか、ふらふらとした足取りでトウカイテイオーが失速し始める。

 表情は目に見えるほど辛そうで、今にも倒れそうだった。

 

 

「おーい、大丈夫かー?」

「うる……さい……っ!!」

 

 

 返事にもキレはない。さっきまでとんでもない怒声上げてきてたというのに。

 

 ……少女の様子を見て、俺は明らかに気力が尽きてきていることを確認して、これ以上の練習は怪我に繋がると判断。

 放っていた傘を拾い、埒を乗り越えターフに侵入し少女に向かって歩く。

 

 

「…………なにさ?」

 

 

 一つ歩を進めるたびに、怪訝な顔が深くなる少女の顔。

 もはや敵意に近い……()()()俺を跳ねのけようとする圧を俺は真っ向から受け、すんなりと切り捨てる。

 そして、一歩進めば体が当たる距離に近づき。

 

 行動する。

 

 

「無帽に頑張ってるとこ悪いが、こっから先は目に毒なんでな」

「……え、なにをっ!?」

 

 

 有無を言わさず、少女の体を担ぎ背中に乗せた。いわゆるおんぶの状態になる。

 

 

「ちょっ! ねえ!なにしてるのさぁ!?」

「目に毒って言ったろ? 悪いが強制連行だ。なに、トレセンの職員にチクったりはしないから安心して寝てろ」

「そういう問題じゃないよね!? いや、ちょ、離してよぉ!!」

 

 

 背中に乗る少女が何とかして離れようと、ぐいぐい体を引っ張ったり俺の頭をポコポコ叩くが、()()()()()()

 仮にも、ウマ娘の力量で叩いているはずなのにだ。

 

 

「ウマ娘のお前が、人間サマの俺の拘束も振り切れないで何をするってんだ? いいから寝てろ」

 

 

 無理に離れようとしないのは、俺を傷つけてしまうかもしれないという遠慮か、優しさか。

 それとも疲労が体の力を奪っているのか。

 いずれにしろ、こいつは俺の背中から離れることはできない。

 

 なら、俺がトレーナーとして()()()行動は一つ。

 怪我をしないよう優しく運び、介護する。

 

 ()()()()()は、その後でも遅くない。

 

 

「なに言って……キミは一体……」

 

 

 少女の言葉の羅列が曖昧になっていく。

 それと一緒に抵抗する力も微弱ながら抜けていき――。

 

 

「ボクはま、だ…………」

 

 

 トンッ、という背中に何かが落ちた衝撃と共に、力が抜け背中に身を預けた事を理解する。

 途切れた言葉の続きが無く、雨音と一緒に聞こえる小さな呼吸が聞こえた。

 そろそろと予測してた通りで、寝てしまったらしい。

 

 今にも倒れそうな疲労の山を、持ち前の集中力と気合で何とか支えていたのだ。それが切れたなら、支えていたものが崩れ落ちてくるのは道理。気を失うのも致し方ないというものだ。

 

 

「自分の体のことも顧みない精神性……ねぇ?」

 

 

 体から力を失った少女の様子を把握。

 俺は怪我をしないようきっちりと、優しく担ぎ直した。

 そして、他愛もない独り言をつぶやく。

 

 

「あんま良しとは思わんけどな……コイツもまあ、ウィングによく似てるもんで」

 

 

 ウマ娘ってのも難儀だな。とか考えながら。

 倒れ伏した少女をおんぶして、足取り迷いなく歩き出した。

 

 目的地は当然のごとく、俺の店まで。

 

 

 

 

 



 

 

 

「テ イ オ ー ?」

「アスウィ―怖いってぇ!! しょうがないじゃん!あの時はもう、ホントになんか自暴自棄とかそういうのだったんだからさぁ!!」

「だからって怪我する一歩手前まで走るって……いや私も人の事言えないけどさ。……はぁ、トレーナーが私以上にテイオーに気を遣う理由がもっと分かった気がする……。後でトレーナーにも色々聞いておかないと。あの日の事、一部分でしか把握してないし」

 

「テイオーさん……」

「マックイーン? ナンデそんな目でボクを見るの?ねえ、引かないでよォ!?」

 

 

 



 

 

 

 

 

 まどろみの意識の中だった。

 目を閉じて、ものすごいぐったりとした倦怠感を、ボクは身に染みて感じていたのを覚えている。

 

 

『――――まあ、ウィングに――似てる……』

 

 

 言葉が聞こえるたびに、途切れていくボクの意識。

 声の持ち主は、さっきボクを背中におぶったトレーナー。

 あの時のトレーナーの変な行動に対してボクは驚いちゃったから、反発的に抵抗しちゃったのはいい思い出だ(?)

 まあ、すごいぐったりしてたから、抵抗虚しく身を任せるしかなかったんだけどね。

 

 とにかく、ボクは背負われるトレーナーにされるがままだった。

 

 されるがまま、ボクはどこかに連れてかれて。

 されるがまま、どこか分からない場所で()()()()()()()()()

 

 

「……知らない天井」

 

 

 気が付けば、どこかもわからない場所の布団の中だった。

 

 

「ここ、どこ……?」

 

 

 気だるい体を無理に起こして、ボクは周りをぐるりと見渡す。

 

 石の壁に窓の無い部屋。

 段ボールに詰め込まれてる雑貨とか、とてつもない数で存在感を出しているモニター群。

 蛍光灯で白く照らされているそんな部屋で、ボクの思考は困惑していた。

 

 なんかもう、ワケワカンナイ……って感じで。

 

 

「服もなんかブカブカ……誰のだろコレ」

 

 

 ボクよりも二回りくらい大きいサイズのパジャマ服。

 袖ものびのびで、軽く振り回せば額に布生地が激突。

 

 何やってんだろボク、と換気扇みたいな音が響く部屋の中で思わず失笑する。

 狙ってやったわけではない奇行と混じって、何か虚しい――虚無感のようなモノが心の中で蠢いた。

 

 こんなとこに来るまでの最後の記憶は、ボクがただ無茶をして、倒れて、誰かに運ばれてきたっていう……なんかもう、今思い出してもすっごい腑甲斐ないモノ。

 事実、ボクは場所も分からない所で寝かされていたんだから、辿った記憶に間違いはないことを確信していた。

 

 すごい嫌な気分で、悲しい気分で、薄ら笑いしか出ない状態だったかな。

 だって、ボクが勝手に無茶をした上に、トレーナーの世話になっちゃったんだからさ。元気なんて出ないよ。

 

 

 

 そこから数分かな。

 ただ何も考えずに、俯きながら布団に隠れてるボクの脚を見ていた所だったね。

 

 

「あ、起きてる」

 

 

 うん。アスウィーが。

 アストラルウィングが、シンボリルドルフ(ボクの夢)と競い合ったウマ娘が。

 ボクのジャージ服を入れた籠を持って、扉を開けて部屋に入ってきた。

 

 

 

 

 ……ねえ、思い出し笑いしないでよアスウィー!

 分かってるから! ボクがすごい反応してたのは覚えてるから!

 

 マックイーン!? 気になった風にアスウィーに聞きにいかないでよぉ!?

 知りたいって何さぁ! 秘密だよ秘密!ボク絶対に言わないからね!!

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 あー、思い出したらすっかり笑い疲れちゃった。あはは、ごめんって。

 そんな拗ねないでよテイオー。後でジュース奢ってあげるからそれで勘弁して。

 

 ……さてと、ここから先は私が話した方がいいかな?

 

 確か……ああうん。テイオーと初めて顔を合わせた所だったね。

 

 

「ごめんね? 君のジャージを乾燥機にかけててさ、部屋を開けちゃってたんだ」

 

 

 その日私は、トレーナーの部屋で勉強に集中してた。

 ……んだけど、お昼ごろにトレーナーがルドルフに書類を渡しに行くからって、セキュリティの都合上で部屋から出なきゃいけなくなったんだよね。意外と厳しいんだよ、トレーナー室の入室制限って。私とテイオーはいつも軽く出入りしているけど。

 

 で、部屋から出て『ウマ小屋』に入ったんだけど、勉強道具を部屋に忘れちゃってさ。

 仕方ないから、私はお店の中で食器を洗ったり店内の掃除をすることにしたんだ。

 

 その1時間後くらいかな。

 いきなりトレーナーがびしょ濡れのまま、子供一人背負って戻ってきたのは。

 

 驚き? 私は特になかったかな。まあ、長年あの人の隣に居ればああいう奇行には慣れてくるっていうかなんて言うか……。うん。いや、君とテイオーの反応が正しいんだろうけどね。私が絆されただけだからさ……。

 

 と、とにかく。

 誰かもわからない子をいきなり連れてきて、私はすぐにトレーナーに聞いたよ。

 ああ、背負ってる子が誰か~とかじゃなくて、なんで連れて来たのか~とかそんな感じのね。

 

『めっちゃ()()()()()だったから思わず拾ってきた』

 

 そしたらまあいつものように――ううん、()()()()()に目を光らせてトレーナーはそう言ったんだ。

 あ、尖ってるっていうのは気にしないで。あの人の主観的な好みみたいなものだから。

 

『とりまタオル用意してくれるか? 背負ってる子供の介抱は俺がやると……まずいよな?』

『当たり前でしょ……。タオルでこの子の体を拭けばいいんだよね』

『ん。あと、トレーナー室開けておくから拭き終わったら布団に寝かしつけといてくれ。体を冷させるわけにゃいかねぇからな』

『いいの? トレーナー本人が部屋に居なきゃ誰も入れちゃいけないんじゃ?』

『非常事態だし、本人の同意があれば後で何とでも言い様はあるわい』

 

 テキパキと、そんな会話をしながら私はトレーナーはささっと行動を始めた。

 トレーナーの様子はどこか高揚感があって、どこか緊迫感があった。きっとテイオーに風邪を引かせたくない一心だったんだと思う。

 

 ていっても、絶対この状況も楽しんでたに違いないけど。

 

 ……先に言っとくと、私は背負ってきた子供が誰かなんて気にしてなかった。

 ただ、びしょ濡れで寝たきりの子なんて相当な無茶をしたんだろうな、なんて思ってたよ。

ああ、ダメな娘だなーって。

 

 ……いや「ひどい!」って……それテイオーが言えたきりじゃないでしょ? あれだけ無茶したテイオーも悪いんだからね。そこはしっかり反省して。

 ――うん、よろしい。

 

 

 

 話を戻そっか。

 

 ここまでが説明パートってところ。

 私はテイオーが目を覚ましてから、現状報告として今さっき話したことを簡単に説明していた。

 

 

「で、君の体を拭いた後は濡れてるジャージを乾燥機に出しに行ってたの。流石にあのまま布団に寝かせることはできなかったから……って聞いてる?」

「…………」

「え、何その顔」

 

 

 で、説明してたんだけどさ? テイオーってば私を見た途端に驚いてフリーズしちゃったらしくて。

 まあ私、立場上そういう反応はよくされるけど、テイオーはすごい露骨で分かりやすくてね?

 

 顔? それはもう面白おかしく子供っぽくてつい笑っちゃうくらいの変g――

 

 ちょっ、テイオー!?肩叩かないで!?

 痛たたたっ、分かった分かった! 言わないから!

 

 はは……ふう、ま、まあそういうわけで。数分くらいはテイオーの反応がすっごい薄かった。

 

 

「大丈夫?」

「う、うん。大丈夫」

 

 

 で、何拍か間を開けて。

 何回か目をゴシゴシ擦って、私を何度か見て、それでやっと現実に追いついたらしく、テイオーが私の説明に反応してくれた。

 

 

「えっと、アストラルウィング――で合ってるよね?」

「うん」

「カイチョーと戦ったっていう、あの」

「カイチョー……ああ、ルドルフのこと?ならその認識で合ってるよ」

 

 

 私がそう答えると、テイオーはまた少し戸惑った表情を見せた。

 なんだか、先生に怒られる前の子供みたいな雰囲気だったことをよく覚えてる。

 

 あれ、実際どんな感情だったの?

 ……感動と動揺が混ざった感じだった? カイチョーと一緒に走ったアスウィーの事を知らないはずがないでしょ、って?へぇ~テイオー、ルドルフと同時に私にも目を向けてくれたんだ。

 

 ふふ、弄ってるつもりはないって。ありがとテイオー。

 

 

「なんで私がここに、って表情だね」

「……! それは……うん」

 

 

 疑問全開と、どこか落ち込んだ雰囲気でテイオーが私の言葉に肯定する。

 

 

「男の人に運ばれてきたでしょ?」

「え、うん」

「あれ、私のトレーナーなの。だから担当の私が君の介抱を手伝いに来た。それだけだよ。あ、これ君のジャージね」

 

 

 私はそんなテイオーの問いに対して簡潔に答えて。

 それと同時に、乾燥機にかけて持ってきたテイオーのジャージを手渡す。

 

 戸惑いながらそれを受け取ったテイオーは再び私に対して疑問を放つ。

 テイオーは依然この状況に困惑している最中で、現状を受け入れようと頑張っている。

 のなら、トレーナーが居ないこの場では、私が問いに答える義務があった。

 

 

「!? あ、ありがとう。……でもどうして? アストラルウィングの――」

「トレーナーの身なりの事でしょ? ()()()()()()()()()姿()()()()()って」

 

 

 一つ一つ、丁寧に答える。

 ……と言っても、まさかそれを早めに聞かれるとはね。

 この様子だと私のインタビューとかも見たことあるっぽかった。

 

 一つ苦笑して言葉を返す。

 苦笑したのはなんていうか、思い出し笑いみたいなものだった。

 

 

「それはまあ……あの人、世間じゃ違う顔で通ってるから」

「違う顔!? え、もしかしてあの灰色の髪も」

「あ、いやそれは普段からその色だから気にしないで」

「それもおかしいよね!?」

 

 

 驚く事が多くてテンションが上がったのか。

 その質問を機に、テイオーとの会話がヒートアップした。

 さっきまでの落ち込んだ雰囲気は無くなって、友達同士のような会話が始まったのだった。

 

 

 一応その後

 

 

()()()()()のトレーナーって、もしかして整形とかしてるの?」

「――あっはは!!」

 

 

 等、都市伝説気味なものを含めて色々聞かれたけど笑いながら否定しといてあげた。

 

 でもまあ、あまりにも奇天烈な内容が多かったからさ。

 掲示板で皆がよく使う用語を借りて言うけど、すっごい芝生えたね。うん。

 

 

 

 





予定としては回想話は後1、2話続く感じ。

気長に待ってくれると幸いです(不定期更新人間の土下座)


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回想 経験の積み方


納得するまで書いてたらめっちゃ長くなったし時間かかった(土下座)



 

 自己理解は深めにできてると、俺自身そう自負している。

 

 年齢20代。自分をだます嘘はつかない性分。

 趣味はやりたい事、そして特技は趣味全般そのもの。

 

 俺は『趣味人』だ。

 ついでに言いえて妙だが『変人』だ。『奇人』だ。

 どこまで行っても唯我独尊を貫き通す、普通には程遠い『狂人』だ。

 

 そんな俺だが、よくスレ民共から質問が来る。

 

 曰く、人に好かれることはあるのか、と。

 

 ……答えだが、はっきり言って『ノー(NO)』である。

 中学の頃から出ていた結論だが、コレに関しては断言可能だ。てか実例が多数有るし。つまり手遅れ。修正不可能な事例ということだ。

 

 てかそもそも、だ。

 

 

 だぁ~れが好き好んで、こんな灰色髪年中パーカーの奇天烈衣装クソ趣味人野郎の事を目に付ける奴なんかいるのかっ。そんな奴が存在するなら逆に目にしてみたいわ。いや少数ならいるにはいるんだが。友人とかウィングとかよ。(早口)(自虐)

 

 

 ……が、まあそれは外見の話。

 ウィング談によると、この地点で話しかける気すら損なわれてマイナス点らしいけど、まだまだ外見だけでの話だ。

 

 人間、内面良ければこそ人に好かれるものである。

 ……と、友人がそう言ってた。俺は知らん、気にしてねぇから。

 

 で、内面――つまり性格な?

 そこら辺、俺はどうかというと……

 まあ、うん。

 

 

 クソである。

 

 

 自分でも言い包めずはっきり言おう。マジでゴミだ。

 

 口調は荒めだし、空気は読みにくい。

 仕事以外は常に不真面目マンで、物事の優先順位は『趣味』が最上位で他人への気遣いはまあ雑の極み。

 おまけにウィングには、まだまだ複数個所指摘するモノがあると言われる始末。

 

 ……これを機に俺も逆に問いたい。

 

 なんで俺を好く奴がいるんだ?

 はっきり疑問に思ったのは高校の頃に告られた時で、その時から続く長年の理解不能ポイントだ。ホントに意味不。

 

 

 

 ――とまあ話を戻し、なんでこんな話をしているのか。

 

 俺は今日、この雨の中ですげえ尖った奴(テイオー)を見つけたのだ。

 見つけた時、彼女はそれはもうご身分を超えた特訓を行っていた。

 それに――その尖りに尖った彼女の性質に見惚れ、俺は雨に濡れるのも構わないという後先を考えない無鉄砲さで濡れたまま、俺は彼女の特訓風景を眺め続けて。 

 そして、ついには疲労で倒れた少女を介抱するために俺の店に連れてきた。

 

 

 さて、ここからさっき話した内容と繋がるのだが。

 

 俺は眺め続けている間、彼女からの不満を身に受け続けた。

 まあそりゃいきなり現れて、ブツブツ独り言言いながら一人寂しくただ頑張ってるところを見られ続けるなんて、深く考えるまでもなく、死ぬほど邪魔だろう。普通は。(自覚有り)

 

「うるさい」「邪魔」「どっか行って」等、辛辣かつごもっともなセリフをもらった事は記憶に新しい。

 

 まあつまりは、だ。

 

 俺は拾った少女――テイオーに悪印象を持たれている()()という思考に耽っていた。

 というか、そうなってなきゃおかしいのだ。

 ()()()

 

 

「それでね~? カイチョーはすごいんだよ!だってさぁ(武勇談的なエピソードの数々)」

 

 

 俺のトレーナー室。

 高めのテンションでシンボリルドルフの事を語る少女――トウカイテイオーの楽しそうな喋りに耳を傾けながら、俺はお得意のマルチタスクスキルで一字一句聞き逃さず思考を深めていた。

 

 ……これはどういう状況なのだろうか。

 トウカイテイオーのジャージ服を乾燥にかけて、体の介抱をウィングに任せて。

 その間に、俺はウマ小屋の厨房で暖かいコーンスープを作って、部屋に持ってきたところ。

 

 何故、いや、俺の感じ間違いでなければだが。

 

 なんで、俺は目の前で楽しそうに話す少女から、若干の好印象を持たれているのだろうか。

 

 

「むぅ? ねえ聞いてる?」

「おう、聞いてるぞ」

「そう? でさ、カイチョーがそう言ったら副カイチョーがもうすごい疲れた顔しててさ~」(早口)(もっと続いた)

 

 

 返答は自然に。冷静に答えながらではあるが、俺の内心は困惑の極みだ。

 口調も、身にまとう雰囲気も、ターフで向けた俺に対する敵対心も、何もかも無くなったり優しくなっている。

 なんていうか、隣人同士のなんてない会話みたいな感じ。「少し気になるから話しかけたいなー」くらいの軽さだ。

 

 先刻まで予想していた対応と違うことが気になり、原因を頭の中で探ってみる。

 

 思考を続けてる間も、トウカイテイオーの一人語りは続く。

 喋るのはずっとシンボリルドルフに関わるものばかりだ。止まることを知らない。どんだけ好きだお前。

 

 

 と、それに耳を傾けながらその隣――ふと座椅子に座るウィング視線が合う。

 

 さっきからトウカイテイオーの言葉に相槌をうったり、逆に知らない事を話したり、()()()()()()()()()()としてか共感したりしてたうちの愛バことウィング。

 

(そういえば、服の乾燥とか体を拭くのとか任せたっきりだったな……)

 

 俺は俺でコンポタ作ったりしてたし……

 なんて考えていた、その矢先だった。

 一人の会話が流れていたその一瞬。

 

(…………あー、なんかやったな)

 

 俺に向けて。

 間違いなく、意図して、俺に向けて一つ右目でウィンクをしたことで確信を得る。

 

 俺が想定していた現状のズレの原因は、ウィングがトウカイテイオーに何かを吹き込んだ事で起こったのだと。そう理解した。

 

 

 アイツは、意外に人と慣れあう事に適した奴だ。

 誰とでも難なく会話はこなせるし、気を使う技術も持ち合わせている。というか、引退して以来、何の勉強をしてるかは知らんが、能力が向上している気さえする。

 

 ただ、アイツの場合自分からはきっかけを作りに行くことは少ない。

 偶然話しかけれれば関係を作る。そのくらいでしか、人との関わりに興味を示していないのだ。

 

 だがそれ故か、ウィング自身が望んで関係を作る事を決めた時。

 その時は一等級のコミュニケーション能力を発揮する。

 

 実際、アイツは現役時代、ただでさえ過去の負い目ともいえるシンボリルドルフと好意的な関係を作ることに成功している。そしてそれは今も続いている。

 ならば

 

(難しくは無い、か?)

 

 目の前で楽しそうにしゃべり続ける少女を絆すことなど、ウィングにとっては容易に近いことなのかもしれない。

 そして、どんな手法を使ったのかは知らないが、ウィングはさっきまで少女が俺に向けていた敵対心を霧散させるどころか、好意的な印象を付与することまで成功したのだろう。

 

(つっても、よくやるよコイツ。いやマジでさ)

 

 おそらく、最初は本当に俺の予想してた通りの印象だったのだろう。裏付けはさっきまでの様子と、今こうして楽しそうにしゃべる少女の様子だけで事足りる。

 

(……ったく、人が人に与える印象を変えるのは、そう易いことではないだろうに)

 

 ……ま、結局はここまで推論に過ぎないんで。言及はしないでおこう。

 機嫌が良いなら良いで、俺はそれを利用させてもらうことにした。

 熱は熱いうちに叩けってな。

 

 

「あー、自慢げで話してるとこ非常に恐悦至極なんだが」

「何その口調」

「うるせ」

 

 

 楽しく話す少女の様子も長く見れて満足したことだし、話の腰を折るように話題を変える。

 変え方に笑えるところがあったのか、ウィングが若干バカにしたような苦笑を浮かべる。ジト目で返した俺は泣いた。

 

 

「ん~なに?」

「いままあ、なんだ。お前、随分憧れてんのな。あの会長さんによ」

「まあ、ね? 小さいころからカイチョーと走る事ばっか考えてたから」

「いいことじゃねぇか。そんだけ没頭できるなら」

 

 

 小さいころから。

 つまり当然、ルドルフに対する想いの強さは尋常じゃないということ。

 感情の濃さは、その『純度』と『募ってきた時間』でその色を増す。まあ、こんな論理的な考えでも無くても少女がさっき見せた無茶なトレーニングで分かるようなもんではあるんだが。

 

 

 その会話を機に、そこからは本当に他愛のない話が過ぎていった。

 

 

 ハチミーなどという糖分飲料を教えてもらったり。俺の趣味内での経験談など、笑い話になるような会話に花を咲かせていた。

 時々、俺宛ての質問に対し答えたりもした。

 普段何してるか、なんでお店やってるのか、ウィングと歩んだ昔の話など。

 話を盛り上げるために内容を少々誇張したところもあったが、その甲斐あって少女にとっては身になる内だったらしく、喜んで聞いていた。

 

 

 流れ一転して、話題は少女の身の上の話に移った。

 何を思ってトレセンに入ったか。夢の話、目指したい目標の話。少女は自身の夢である【皇帝】についてを自慢げに語る。

 

 そして、つい先日。何が起こったか。何を経験したか。

 膝を折った過去の記憶が、少女の口から語られる。

 

 俺とウィングはそれをただ聞いている。

 内容は【皇帝】本人から聞いたのとなんら差異はない。だから新鮮味こそないが。

 しかし、少女の気持ちそのものを吐露したような感情の波が、彼女の――トウカイテイオーの独白を聞き逃すことを禁じさせていた。

 

 

 会話の一区切り。

 3秒ほどの間。

 

 静寂の数瞬を過ぎたその時、ぽつりと。

 こぼれるような言葉が落ちる。

 

 

「ボクね? 走るのがすごく好きでさ」

 

 

 少女が体を揺らす。

 笑顔で語るように見え、聞こえるその言葉にはどこか悲壮感が残っている。

 

 

「初めて見たレースでカイチョーが走る所を見てさ。もう、すっごい胸が熱くなっちゃって」

「いつかカイチョーみたいな人になって見るぞー!って」

「勉強も、レースも、色々意気込んで頑張ってきたんだよ」

「頑張って、来たんだよ」

 

 

 ボク、頑張ったんだよ。と、少女の――トウカイテイオー(小さい天才)の独白が部屋に鳴り響いた。

 

 

「カイチョーはボクの憧れで、ボクの大きな目標で……ボクの夢で」

「でも、あれだけ遠くてさ。手が届かないくらい、影も踏めないくらい遠くてさ」

 

「……ボクは、ボクが今までやってきたことはさ? 目指してる『夢』に届くようなものだったのかなって」

 

 

 傍らに座るウィングは、その言葉の真意を知っている。

 上から叩きつけ伏せられる絶望。今まで培ってきた努力が、一筋の風によって不意に吹き飛ばされたような理不尽。

 その辛さを身をもって経験しているウィングは、少女の独白を止めることなくただ受け止める。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから止めなかった。

 その先の言葉を。

 

 

「…………ボクの走ってきた今までは、無駄だったのかな」

 

 

 動揺はない。

 悲壮はない。

 俺はただ、たぶんウィングと同じようにその言葉を胸の奥にしまい込んだ。

 一人の少女が放った心の叫びの重みは、以外にもすとんと収まった。

 

 言い切った少女の顔と視線は天井に向いている。

 泣いているわけではない。しかし、カラ元気な表情を浮かべているのは俺の位置からでも見えた。

 

 ……何を思って、さっき会ったばかりの人間にあのような話をしたのかは分からない。

 思春期の子供の事だ、俺の知らない事情があって話したのか。それともただの気まぐれか。

 ――それとも何処かの誰かからの告げ口に影響されたか。 

 

 気になった対象として、理由が知りたいのはある……が、それも後回しだ。

 

 この静寂を埋める言葉を、俺は語る。

 

 

「過去は『縋る』モンなんかじゃなくて『懐かしむ』モンだよ」

 

 

 そう始め、押し進め、語りを始める。

 ただの持論だがな、と懐かしむように、吐き捨てるようにそう笑う。

 

 

「……慰めならいらないけど」

「いいや? これはただの一人語りだ。聞きたくなきゃ耳塞いどきな」

 

 

 開口一番のアドバイスを慰めの言葉と受け取ったのか、意気消沈のまま若干ムッスリ顔になる少女。

 少女の隣では苦笑するウィングの姿が。また始まった……なんて思っているのだろうか。

 そういや過去にも似たようなことはしたなと思い、ふと頭の隅で()()()()()()()()()

 あの河川敷の芝生の上の淡い記憶が。

 

 ……今から行うコレも似たようなものか?

 心の鎖を剥がす儀式。

 後ろを向かざるを得ない少女を────

 

 笑顔で、前だけを見れるようにする小さな儀式。

 

 俺は、言葉を紡ぐ。

 丁寧に、心に響くように。

 

 

「『過去』ってのはな。偶に思い出して苦しくなったり、怒ったり、笑うモノだ。決して依存する対象になっちゃいけねぇ」

 

「過去に依存すりゃ、それはもう前に進めなくなる鎖になる。縋って、それしか見なくなる――後ろを見続けるつまんない人間に成り果てる。ま、俺個人としちゃ、そんなの断固としてゴメンだな」

 

 

 紡いだ言葉が部屋に響く。

 『過去』の栄光。『過去』の屈辱。

 心を満たし、心に傷を負わすモノ。

 なるほど、それは確かに味わい深いモノだろう。噛み締めればさぞ、良くも悪くも今を生きる自分自身に刺さる記憶だろう。

 

 

「『過去』や『昔』。そりゃ良い思い出もあるだろうよ。痛い目を見て俯きたくなるようなこともあっただろうよ」

 

 

 だが。

 

 

「でもよ。栄光と屈辱(過去)の事ばかり考えてるだけじゃ、今を見ることも、そのもう一歩先も()見ることもできない」

 

 

 そうだろ? と小首をかしげながら俺は少女に問う。

 握りしめられた手のひらは、分かっていると言わんばかりの反応を示すには十分だった。

 

 過去に依存するとはそういうことだ。

 経験したことを糧として前を見るのではなく、思いつめるだけ思い詰めて重しになるような――

 体にまとわりつく鎖になる、過去の依存症を作る行為。

 

 

「なあトウカイテイオー。お前はさ、そうやってレースの時に『過去』なんて後ろ向きなもんを気にして走り続けたいのか?」

「っ……!」

 

 

 息を呑む音が聞こえた。

 それは間違いなく目の前の少女からのものだった。

 

 

「お前が目指す夢は、そんなことを考えた先に待っているモンなのか?」

 

 

 俺がそう言い切った瞬間の、少女の様子。

 下唇を噛んで、俯いて、何をどうしたらいいかもわからない子供の顔が見える。 

 

 

「……それでも、捨てきれないよ」

「だって、ボクの夢だもん。ボクが目指している憧れだもん」

「捨てれない。捨てきれない。忘れられるわけがないでしょ……っ!」

 

 

 目指した栄光の輝きも、経験した屈辱も。

 そう、忘れられない。

 

 少女の隣に座る、栄光を駆けた者(ウィング)と同じように。

 それは夢を目指す者にとって、前に進むための原動力だから故に。

 憧れた当人から受けた経験は、脳裏にしがみついて離れることはないだろう。

 

 

「…………はぁ。あのな」

 

 

 嘆息を一つ。

 

 ……少女は一つ勘違いをしている。

 過去は忘れられない。それは正しい。

 憧れの記憶は焼き尽くされない。

 

 だが、「()()()()()()」だなどと誰が言った?

 

 

()()()()()()()()。お前の抱いた憧れは、お前だけのものだ」

 

 

 荒っぽく吐いたその答えに、少女は目を開けて俺を見る。

 俺も俺とて、椅子から立ち上がり少女が座るベッドの前に移動した。

 

 

「過去を捨てきって前に進む? それじゃ、ただ経験したものを見て見ぬふりしてるだけじゃねぇか」

「曲解するな。違うだろトウカイテイオー。お前が憧れた過去(ソレ)を捨てれば、お前は間違いなく夢を目指す()すら捨てることになるんだ」

 

 

 荒く、強く、答えのない問題の答えを突き付ける。

 絶対にそれは間違っているからだ。

 確かに辛いことはある、悲しいこともある。時々嬉しいこともあったりするだろう。

 

 けど、それをただ()()()()()()()()()と。

 せっかく身に受けた経験を捨て去る事だけは断じて間違っているだろうに。

 

 

「……でも、どうすればいいのさ。ボクはアレを忘れられない。それを抱え込んじゃってるから前に進めなくなるって言うんじゃ一体どうしたら――」

 

違う。思考を止めるな。

 なんでそこに、「()()()()()()()()()()()」って選択肢が存在しないんだ」

 

 

 問いの答えを、少女の前に叩きつける。

 そう、簡単な答えだ。誰もが思いつくような答えだ。

 けど、過去を重くとらえる者にとっては、思いがけない答えだ。

 

 その例に、答えの意図がまるで分からないと、少女の口から疑問の言葉が放たれる。

 

 

「え、でもそれじゃいつか」

「ああ。いつか考える日が来るかもしれない。ふと思い出す日が来るかもしれない。――でもそれは決して『屈辱の経験』としてじゃない」

 

 

 俺は少女の座るベッドの傍で腰をかがませ、目線を合わせる。

 そして少し微笑みながら言った。

 

 

「お前がいつか重ねに重ねた『経験』の結果から生まれる、()()()()()()()()()()として、だ」

「…………思い出?」

 

 

 言葉の意図が分からないよ、と放たれる少女の言葉。

 

 

「そう、思い出だ。『あの頃の自分はこうだったな』ってな感じの楽観的なやつな」

「それは、気楽な考えでいろってこと?」

「半分正解。けど、経験を生かすにはそれだけじゃ足りないな」

 

 

 つい、子供をあやす癖が出てしまったのか、衝動的にトウカイテイオーの頭を撫でてしまう。

 

 

「っ!?」

「おっと悪い。すまん癖でな」

「うっうん、大丈夫。パパとママ以外に撫でられたことなんてなかったから、ちょっとびっくりしただけ」

 

 

 反射で体をビクつかせたトウカイテイオーを見て、理性的に頭から手を放す。

 ()()この少女との関係は他人だってのに。何やってんだ俺は。

 あとウィング(お前)は俺の脚を踏むな。普通に痛てぇ。嫉妬でもしてんのか。

 

 てか、しっかり悩んでいる子供を慰めに撫でてしまいたくなるこの衝動の名前を付けたい。

 いい加減この手癖落とさねぇと変な目で見られかねんわ。

 

 ……閑話休題。

 

 気を取り直して話の続きに戻るため、俺は口を開いた。

 

 

「ま、そんな考え込みすぎんなってことだ。子供(ガキ)子供(ガキ)らしく、元気活発に後先考えずにってな。よく言うだろ?」

「いや、そんなの全然聞いたこともないけどね……?」

 

 

 少しはっと笑って吐いた俺のセリフに、少女はツッコむ。

 まぁ、意気消沈した子供なんざできれば見たくないのが俺の本音だしな。

 出来れば、考え深いしがらみなんざ吹っ飛ばして、やりたいことやって満足した姿が見たいもんだが。

 

 

「それで、あとの半分は?」

 

 

 さっきの続き、と少女が口を開く。

 

 

「ん? ああ、続きね。……ちょいとむずい話になるんだが」

「…………」

 

 

 早く聞きたいと、少女が耳を立てる。物理的に。

 反応が正直で分かりやすいのは、ウマ娘の面白い所だ。長年ウィングと近くで接してきたからか、そういう観察眼も極まってきたらしい。

 

 でまあ、話の答えなんだが。

 

 

「経験を活かすには、研鑽がいる。ってのは当たり前だよな」

「それは、そうだね」

「なら話は簡単だ。

 お前が経験した『思い出』から学べるモンを抜き取ればいい」

「……ん? どういうこと?」

 

 

 ……ありゃ、分かりづらいか。

 

 

「あー、つまりだ。ただルドルフにボコされたって気持ちだけで思考を止めるなってことだ。

 結果だけ眺めて、学べたはずの技術をスルーするってんじゃ、せっかくの経験も――ましてや、お前が目指す【皇帝】直々の経験なんだからよ。なんていうか……もったいねぇじゃねぇか」

 

 

 今度こそ。

 少女の瞳が大きく開かれる。

 考えもしなかったと。長く咀嚼し続けてきた悩みの解答に驚いているようだった。

 

 それもそのはず。至らなかった理由は、少女が今まで、打ちのめされたという『結果』しか見てこなかった為だ。

 

 

「経験を積むためには、結果だけじゃなく過程の分析も重要になる」

 

 

 例えば、ターフで走り切り新記録が出た。

「やった。やり切った。だからこれでいい」と。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 それだけで終わらせないことが、研鑽の本質なのだ。

 もっと見返せば学べることがある。ここはこうすればいい、あそこはこうすればもっと早くなれる。

 結果を喜ぶのも構わない。結果に打ちのめされてしまっても構わない。

 

 ただ、そこで終わるな。

 

 

「進んだ道のりを無下に見るなよ。たとえそこに至ってみじめな姿になったって、そこから(ひろ)えるものはあるんだから」

 

 

 折れても、くじけてもいい。

 心にともす信念に従うなら、ただただ打開策を考え続けろ。

 どんな形であれ、そこに成長した自分の道は存在するのだから。

 

 

「――進んだ道を偶に思い出して、そっから使える『経験』を根こそぎ拾い集めろ。

 ――思い出すのが怖いなら、その『恐怖』ごと正しく受け止めろ」

 

 

 少女が言葉を詰まらせる。

 反対に俺は、決め台詞として最後のアドバイスを言い放った。

 

 

「んで、そしていつかの『経験』を得た自分になったら、あの時『恐怖』で怯えてた自分を鼻で笑っちまえばいい。案外爽快だぜ?」

 

 

 俺は笑いながら。

 少女は俺の言葉を受けてから、少し苦笑して。

 その隣に座るウィングはそんな様子を眺めて満足したのか、俺が持ってきたコーンポタージュを取りに行った。

 

 

「折れて伏せたってんなら、後は堂々と胸を張ってろ。お前にはそれが一番似合ってると思うぞ」

「…………うん」

「よし。んじゃ、コーンポタージュ飲んで今日は寮に帰るといい。栗東寮(あそこ)の寮長には言ってあるからゆっくりな」

 

 

 頷いた少女の表情は、少しだけ晴れやかになったように見えた。

 

 

 

 

 …………

 

 んでまあ、あとは何事もなく。

 冷めかけていたコンポタをウィングが暖めに行ってくれたようで、手間無しで飲み終わって解散となった。

 

 デスク前に座りながら目線をデジタル時計に向けると、時間は既に午後8時を指している。

 こんな時間帯に一人で歩かせるのもなんだから俺が着いていこうか……というか送ろうかと相談したんだが。

 

 

『あ、じゃあ私が行くよ。そろそろ美浦寮(こっち)の方も心配してるだろうし』

『? それはいいが、お前勉強は? 途中で中断したんじゃなかったか?』

『…………帰ってやるよ』

『終わってねぇんかい』

 

 

 ウィングが自ら手を挙げたことによって、俺の心配は霧散した。

 まあ、アイツが居りゃ大丈夫だろう。第一ここはトレセンの敷地内。地元のクソ田舎じゃあるまいし、不良に襲われることなんざ万一にもないはずだ。

 

 

「さて」

 

 

 デスク前で一つ伸びをする。

 

 氷砂糖を一つ口に放り込み、PCを起動。12あるモニターから数々の色彩が浮かぶ。

 使用するソフトは「物理演算」「計算」「文書」その他諸々etc

 いずれも、ウィングが現役の頃に使っていた()()()()()()()()()のソフトだ。

 

 業務は済んでいる、時間は無制限だが早めの方がいい。

 触察などはしていないことから、圧倒的な情報不足。

 頼りになる情報は――直接己の目で見た彼女の走りのみ。

 以下結論、完成度は50%に達するかという所。

 

 つまりは十分。

 

 

「取り掛かるか」

 

 

 あれだけ我慢したんだし。

 ここからは、俺の勝手な自己満足(趣味)をやらせてもらおう。

 

 





次回テイオー視点で回想回は終わり

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回想 答えと覚悟とその過程を


1ヶ月通り越してのテイオー回想回
なげぇなげぇよ。書いてる間にこの小説書き始めて1年経っちまったよ。

あ、もちろん今回で回想は最後ね。


 

 

 お外はすでに真っ暗。

 布団の中で寝返りを打ちながら、ボクは隣を見る。

 

 

「スヤァ………」

 

 

 ボクと同室のマヤノトップガンはもうぐっすりとご就寝だった。

 それはもう、見事なまでにぐっすりだ。爽快感すら感じちゃうくらい。

 

 あまりに良い寝顔で寝ていたマヤノを見てボクは思わず今日の出来事を楽観的に振り返ってしまった。

 

 

「今日は……色々あったなぁ……」

 

 

 思い返される記憶の断片。

 雨の中無理して走って、それを止められて、いつの間にかあのアストラルウィングのトレーナーの部屋に連れられて、そこで色々話した。

 

 ――ボクが思い悩んでいたことも全て。

 ――全部、ありのまま、さらけ出して……

 

 

「…………っ~~!!」

「うるひゃ~い…………」

 

 

 思い出して、ボクはつい身を悶えて布団の上で足をバタバタさせる。

 同室のマヤノがうるさいと尻尾を振って抗議するけど、残念ながらボクの目にはまともに入らない。

 いやだってさ……初めて会う人にあんなこと長々と喋って……あんなしょぼけた顔見せちゃって……

 

 恥ずかしい!! 恥ずかしいよ!!

 

 

『どう? 少しはすっきりした?』

 

 

 思い出す、寮に帰ってくるまでに話したアスウィーとの会話。

 

 

『まあ、うん。少しだけ。もやもやが晴れたような感じはする』

 

 

 アスウィーのトレーナーにあんな悩みを打ち明けたのは、他ならないアスウィーからの提案だった。

 昔話とか色々喋っているとき、そう提案……というか告げ口をされた。

 

 恥ずかしかった。

 正直すごく恥ずかしいと思ったけど、後悔はしてない。

 

 

『それはよかった。言葉に詰まった時は一回吐き出してみるのもいいからね。コレ、先輩の私からのアドバイス』

『そう、かな?』

『そうそう。一人で抱えるのにも限度があるし』

 

 

 私もよくトレーナーと言い合いしてたし、と懐かし気に語るアスウィー。

 ボクよりも少し高い身長差。見上げた顔は晴れ晴れしかったりする。

 歩くたびに揺れる青色の翼の形をした髪留めは、飛び上がっているアスウィーの気分を表しているように見えた。

 

 

『……急にあれだけど、テイオーさ。トレーナーから何か貰ったでしょ』

 

 

 夜道を歩く中。

 ボクはアスウィーから唐突に問われた。

 

 

『なんでわかるの?』

『ん~? まあ、なんとなく――って言いたいけどほとんどは確信かな』

 

 

 片目を閉じてアスウィーは言う。

 ボクにはその言葉がトレーナーの行動は分かり切ってるぞ、という言外な言い方に聞こえた。

 

 

「……あれ、どうしようかな」

 

 

 思い出した記憶から現実に戻って、ボクは独り言をつぶやく。

 去り際、あの部屋から出る前にアスウィーのトレーナーが渡してきた乾いたボクの服。

 畳まれていた服の間に挟まっていた一つの灰色のクリアファイル。

 

 中には一枚の紙。

 それはトレーナーとの契約書。

 

 専属トレーナーとの契約に使う、書類だった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「う~ん……」

 

 

 場面は変わって、学園の中。

 今は一つ授業が終わって休憩時間だ。

 

 そんな中、ボクは昨日もらった契約書をどうしようかと悩んでいた。

 

 

「う~ん…………」

「そんなにこめかみを指で押してどうしたんですの?」

「あ、マックイーン」

 

 

 悩み悩むボクの前の席に座るのは、ボクのライバルことメジロマックイーン。

 どうやら神妙な顔をしているボクが気になってきたらしい。

 

 

「いやね? 昨日ボク、スカウトみたいのをもらってさ。それをどうしよっかなって」

「? いつもみたいに断ったりはしないんですの?」

「今回のはちょっと特別って言うか……」

「?」

 

 

 事情を知らないマックイーンが首を曲げる。

 まあ、そうだよね。最近のボクってば他のトレーナーのスカウトとかまるっきり蹴ってきたし。今更そこに悩むのはおかしいよね。

 

 

「……何か、特別な理由でもあるんですの?」

「特別……っていうのもあれだけど、なんていうか色々とお世話になったから簡単に断れない葛藤がさぁ?」

「事情はよく分からないですけど、取り合えず揺らいでいるのは分かりましたわ」

 

 

 マックイーンが机の端で頬杖を突く。

 

 

「まず(いち)にテイオーさん、私との併走を断ってまで『一人で頑張るから~』などと言っていたあの覚悟は一体どうしたんですの?」

「うっ……。それは……」

 

 

 返された言葉につい苦虫を潰したような表情になる。

 数日前の会話だ。

 丁度カイチョーに負けた次の日に、ボクがマックイーンに言った言葉。

 

 

「できるところまで一人でやってみる、なんて言ってましたわね貴方は。

 私との併走を断ってまで

 

 

 ニッコリ笑顔のマックイーン。

 ボクの気のせいじゃなかったらなんだけど、なんかこめかみに青筋浮かんでない?

 ウマ耳も後ろに畳んでない?

 

 

「……マックイーン、もしかして怒ってる?」

「ええ、しっかり怒ってますわよ? いきなり一人で勝手に頑張り始めて、ライバルの私を不意にしたことに対してしっかりと」

「ングッ!?」

 

 

 笑顔の奥に隠しきれてないマグマのようなお怒りに、ボクは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 ……思い返せば、最近不機嫌が続きっぱなしでいろんな人に辛辣な態度取っていたような気が。

 

 と、とりあえずマックイーンに謝ろう。うん。

 心なしか、マックイーンの威圧が教室全体に響いているような感じもするし。速く謝ろう。

 一刻も早く、あのすっごい怖い笑みを何とかしないと……!!

 

 

 

 

 

 

「なるほど、アストラルウィングのトレーナーさんが……」

「ホントに居たんだって感じだけど」

「そうですわね。容姿もテレビで見た時と違ったんですの?」

「うん。()()()()()()し、()()()()()()()()()だった。髪の色だけはそのままだったけどね。でも一目見ただけじゃテレビで出てきた人とはわからないと思うよ。ボクも初めて見た時別人かと思った」

 

 

 ボクがマックイーンに謝って許しを貰った数分後。

 ボクは昨日会ったことの一部を喋っていた。事情を知りたいマックイーンのお願いだった。

 さっきのこともあるし、これ以上マックイーンの機嫌を悪くさせるのもあれだから、ボクは渋々ながら口を開く。

 

 

「……道理で、生徒の間に都市伝説みたいな噂が流れるわけですわね」

「そんなのあるの?」

「ええ。教官トレーニングの時に幽霊のように出てくるとか、夜に外を歩いていると徘徊する姿が見えたとか、そういう類のものが結構」

「それ都市伝説っていうかオバケとかじゃない……?」

 

 

 髪色が灰色だからそれっぽいかもしれないけどさ……。

 ふと()()()()での会話が脳裏をよぎる。

 

 

『トレーナーが表に出たがらない理由? 

 あー、色々あるらしいんだけど。主なのは都市伝説造りかな……?』

『そうそう。噂とかそういうの。私が現役の頃からだよ、あーゆうことやってるの』

『まぁ、どうせ人前に出るのは面倒だっていうのもあると思うんだけどさ』

『目的? あ、それは分かるよ。それはね……?』

 

 

 アスウィーとの昔話に花を咲かせていた会話の一部がふと頭に浮かんだ。

 あのトレーナーが、都市伝説を作りたがる理由。

 

 

()()()ってだけでこんなデカい噂作るかなぁ普通……」

「何がですの?」

「ううん、なんでもない」

「?」

 

 

 ただ、あった方が面白いから。それだけで。

 他の理由なんてあるわけがないと、アスウィーが言っていたことを思い出す。

 

 

『あの人の行動理由はそれしかないから。君も(えん)があれば、理解できるようになるかもね』

 

 

 (えん)、トレーナーとアスウィーとの出会い、そして契約書。

 1日では消化しきれないくらいのあまりに濃い出来事の連続で、頭がどうにかなりそうになる。

 

 

「それで、どうするんですのテイオーさん。スカウトの件について」

「う~ん……ボク一人で頑張るって決めてたんだけど」

「まだ言っているんですの? 貴方、トレーナーさんに色々言われて考え直したりはしなかったので?」

「考えたよ? 昨日色々考えてみたんだけど……一つ突っかかるのがあってさ」

 

 

 小首をかしげるマックイーンにボクは一つの紙を見せる。

 昨日、帰って灰色のファイルから取り出した契約書。

 

 

「……それは?」

 

 

 そこに付せられていた一枚の付箋を。

 

 

「『一緒に楽しみたいと思ったらうちに来い』って……なんですのコレ?」

「それが気になってさぁ。どういうことなのかなって頭回してたんだけど……マックイーン分かる?」

「いえ、私に言われても……」

 

 

 だよねぇ……。

 ボクからしてもまるで意味不明なんだもん。

 

 そもそも契約書を無言で渡してきた上に、そこに付箋貼って誘い文句染みたこと書いているだけなんていう状況なんだし。

 トレーナーとして気に入った娘をスカウトするところはよく見るし、ボクもされたけど……こういうのは初めてだからどう対応しようかって。

 

 

「……」

「……」

 

 

 ボクとマックイーンは悩むように口を閉じて考える。

 

 

「貴方は、どうしたいんですの?」

 

 

 数秒の間が開いて、マックイーンが口を開いた。

 どうしたい。ボクに問う、簡単な質問だった。

 

 

「……わかんない。

 ただ正直、あれだけ他のトレーナーの誘いを断っておいて、今更こんな簡単に受けていいのかなって思ってる」

 

 

 悩んでる大本の原因はこれだ。

 多くの誘いを断った、蹴った。

 一人で頑張る、と意地っ張りな理由で独りよがりな独走をした。

 

 そんなボクが今更、こうも簡単に受けていいのかなって。

 

 その言葉聞いたマックイーンは、ボクの悩みに言葉を返す。

 

 

 

「簡単……? テイオーさん貴方、今悩んでいるんでしょう?

 その答えを決めることは、簡単という言葉でくくっていいものではないので?」

「……!」

 

 

 続けざまに口を開くマックイーン。

 

 

 

「私の知っているテイオーさんはそんな小心者ではないはずですわよ?

 もっと、いつもなら堂々と、はっきりと答えを言います」

 

「悩みに悩んで決めた答えなら、私は文句も言わないですわ。

 どう進んでも、私と貴方はレースで戦うライバルなんですから」

 

 

 

 その時は私が勝たせてもらいますけど、とそう締めて言葉を終えて、マックイーンは席を立って去っていく。

 去り際にちらっと見えた頬が少し赤くなっているのは気のせいなのかな。

 

 ――短い言葉だった。

 それでも、心に刺さる。覚悟を灯すには十分な言葉。

 

 

「マックイーン……」

 

 

 ありがとう、そう聞こえない言葉を残してボクは手に持つファイルを見た。

 灰色のプラスチックに包まれたその一枚紙は、ボクの答えを待っている。

 

 

 

 

 


 

 

 

 一日が過ぎた。

 

 考えは纏まっている。

 悩むべきものも分かっている。

 ボクは、時間を空けて真剣に悩むことに決めた。

 そこから出た答えを確実なものにするために。

 

 

 二日。

 

 選択する覚悟が固まった。

 どんな答えを出しても、後悔しないように心を決めた。

 

 だから、あと一つだけ。

 

 あの付箋に書いてあったその真意をボクは――

 

 

 

 三日。

 

 いつものトレーニングをしている時にふと考えた。

『一緒に楽しみたいと思ったらうちに来い』

 あの付箋に書いてあった言葉の意味を。

 

 ……最近のボクはどうだっただろうか。

 

 楽しむ。

 走りを、楽しむ。

 そんな簡単なことに浸ることができていたか。ターフで走りながら、過去のボクを投影して思い返してみた。

 

 ……答えは分かっていた。

 ボクはそれができていなかったことに。

 そんな考えがどこかに消えてしまうくらい、ボクはトレーニングに夢中だったからだ。

 

 走りたいというウマ娘の本能。

 その本能から生まれるはずの、走ることが楽しいという感情を感じる暇すらなかった。

 でも、それは勝つための行動だ。ボク自身を鍛えるための犠牲。

 

 仕方なく捨てたものだった。

 

 夢を追うために、仕方なく手放してしまったものだった。

 

 ……

 …………

 

 …………もしも。

 もしも、それを捨てなくていいのなら。

 『一緒に楽しみたいと思ったら』という言葉に縋って、夢を追いながら走ることを楽しめるなら。

 

 どんなにいいことだろうか。

 

 それを、実現してくれるのか。

 

 あのトレーナーは、そんなボクのわがまま()を叶えてくれるのか。

 

 

「ここだよね」

 

 

 早足で駆けたその場所にボクが来たのは、ボクの意思が固まったから。

 目の前には木造の扉。若干斜めに立てつけられた「開店中」という看板。

 あのトレーナーがなんでかわからないけど開いているお店。アスウィーの話だと、このお店の名前は『ウマ小屋』のはず。

 

 隣には灰色のコンクリートでできた小屋もある。なんなら昨日ボクが居た小屋だ。

 尋ねるならそっちの方の扉を叩くでしょ?と思うかもしてないけど、トレーナーに用があるときはお店の方を訪ねてね、とアスウィーに念を押されたことを思い出し、ボクは木造の扉に手をかけて――

 

 ボクは固唾をのんでその扉を開いた。

 

 

「お邪魔しま~す……」

 

 

 木造で出来た扉は、ガチガチに固まったボクの覚悟に反して以外に軽く開いた。

 カランカラン、と誰かが入店した時に分かりやすいようにかベルの音が鳴り響く。開いた扉をよく見れば上の方に小さいベルが付けられていた。

 

 扉を閉めてボクはお店の中に入る。

 

 周囲を見渡して覚えた感想は『ちょっと大人なお店』って感じだ。

 厨房の前に並んだ4席くらいのカウンターと、2つあるテーブル席。お酒とかはない。けど、ろうそくの形をしたライトがお店と壁と席を照らして、何とも言えない薄暗さになっているのがお店の大人な雰囲気を引き立たせている。

 

 そして、厨房の正面には。

 

 

「お、いらっしゃいトウカイテイオー」

 

 

 今日は何の用かな? と、食器を洗いながら意味深な笑みで挨拶をするトレーナーの姿があった。

 

 

 

 

 

 

「ほいよ、にんじんジュースだ。冷えてるぞ」

 

 

 カウンターの前に置かれたフワフワの椅子。

 そこに座りながら、お店の雰囲気に若干緊張をしていたボクであった。何気にこういうお店に入るのは初めてなのである。

 

 そして緊張していると、目の前から差し込まれる一杯のコップ。

 透明な容器に入ったオレンジ色の液体。ボクも、というかウマ娘が好んで飲むにんじんジュースだ。

 

 ……ていうか、ボク頼んだ覚えないんだけど……?

 

 

「え、いいの?」

「なに、初回来店サービスってな。遠慮なく受け取っとけ」

「それじゃぁ……」

 

 

 遠慮なく、と細い言葉を言ってボクはコップを手に持つ。

 容器を傾け液体を口元に近づけてからソレを含んで。

 

 

「……! おいしい!」

 

 

 あまりの美味しさに思わず耳を立てて、大きく目を開けた。

 口当たりはホロホロで、ザラザラと下に纏わりつくような違和感は全くない。というかむしろ心地いいくらい。

 そして味は奥深く、すっごく味わいがいがあるし何杯でも飲めそうで。

 

 まるで、紅茶のような一品だ。

 

 

「トレーナー、これ市販のモノじゃないでしょ?」

 

 

 厨房にたたずむトレーナーに問う。

 

 確信に近い解答だった。

 ボクはこれでも、紅茶の味がなんなのか分かるくらいには舌が肥えている自信があるんだ。マックイーンとよくお茶するからね。

 

 だから一口飲んだだけで分かった。

 スーパーとかで売ってるものじゃこの味わいは絶対に出せないよ。

 

 

「お? よくわかったな。さては相当舌が肥えてるな?」

「まあね。ボク様ってばこれでも天才だから!」

「ほう。それは至極光栄だ。天才様の味覚に刺激を与えるモンが出せたようで」

 

 

 不敵に笑うトレーナーと堂々と胸を張るボク。

 何でだろ、やけにあやされている感じがする。いや、本心から言ってるのは何となく分かるんだけどあまりにもボクみたいな人を相手にするのが慣れているっていうか。パパと話している感じがする。

 

 ジュースの話に戻ると、このにんじんジュースなんとお店の自家製なんだって。

 2年くらいかけて作ったらしくて、アスウィーとカイチョーに試飲をお願いしたこともあるらしい。

 その甲斐あってか、今ではたまに来るウマ娘のお客さんにも好評な一品になってるとか。

 

 ごくごくと喉に流し込んで、美味しさを堪能するボク。

 いい飲みっぷりだ、って言葉が厨房に立つトレーナーから聞こえた。片目を開けてちらっと見てみると、満足気にほほ笑むトレーナーの表情にボクは一瞬目を奪われた。

 ……少しだけドキッとしたのは内緒。

 

 

「ぷはぁっ……」

「お粗末さん。……なんか顔赤いが大丈夫か?」

「う、ううん大丈夫。何でもないよ」

「そうか」

 

 

 赤面してたらしい顔をごまかす様にコップをカウンターに置く。

 置いたコップはトレーナーが手に取って厨房の端っこに移動させた。どうやら後で洗うらしい。

 

 

「それで、今日はなんの用で……ってのは野暮か?」

「あはは……まあ、そうなのかな」

 

 

 数秒の間があってから、空気が変わる。

 話の本題って感じだ。トレーナーもさっきとは違って少し真剣みを見せている。

 

 ……ボクの背中に隠した一つのファイル。

 3日間かけてボクが出した答えを、今日は言葉にしようとここに来たんだから。

 改めて、ボクはトレーナーの目を見て言い切る。

 

 

「コレの答えを出しに来たよ。トレーナー」

 

 

 そう言って、ボクはカウンターに一つの書類が入ったファイルを置く。

 目線を下に向けたトレーナーは、少し目を細める。

 

 何を思っているのか全く分からないその眼。

 冷たくも暖かくもなさそうな、そんな粘土のような固まった眼。

 ギャップ萌えとでもいうんだろうか、それとも解釈不一致?

 とにかく、さっきまで笑っていたトレーナーとは思えない雰囲気が体から出ていた。

 

 

「そうか。……いやすまん。要件の内容は察していたんだが、いざとなると真剣になってな。

……少し怖いだろ?」

「……ううん。ちゃんとしたお話をしに来たんだもん。それくらい、ボク我慢できるよ」

 

 

 ボクが感じていた()()を察していたのか、トレーナーから謝るような言葉が来る。

 確かに、少し怖い。冷房の空気とかじゃない、全く違う寒気が背筋を走るくらいには今のトレーナーは大人のような雰囲気だ。

 ……いや大人なんだけどさ。

 さっきまでそんな感じなかったからちょっと怖くなっちゃっただけで。

 

 頬を掻いて申し訳なさそうにするトレーナーには、ボクに対する気遣いが目に見えて分かった。

 

 

「それで? 答えは得たか?」

「まあ、ね。すごく時間がかかっちゃったけどさ」

「しっかり悩んだ証拠だ。お前にとっちゃ誇らしくはないだろうが、それをみっともないと思う事は無ぇよ。今は答えを出すまでに至った過程を受け止めるだけでいい。遠い未来に、その道のりが経験として役立つこともあるだろうよ」

 

 

 しっかりとした大人としての助言。

 3日前に聞かされた内容が最後の一文に当てはまる。

 

 進んだ道を偶に思い出し、振り返って、それを経験に変えること。

 どんな辛いことがあっても、拒絶しないで受け止めた時にできる、もう一歩と()()()()()()

 ボクが今一番足りないもの。足りない経験だ。

 

 その名前が『挫折』からの立ち上がりだということを、ボクはこの3日間で導き出した。

 

 

「ねえねえ、アスウィーはどうだったの? やっぱりすごく強かったからこういう悩み事には縁が無かったりしたのかな」

 

 

 ふと気になってそんな質問を口に出してみた。

 カイチョーと競い合った彼女が、どんな思いで栄光を駆けぬいたのか気になってしまったのだった。

 

 一瞬瞼を閉じて考え込むトレーナー。

 質問を聞き届けて数秒経ってから、腕を組んでボクの問いに答えてくれる。

 

 

「アイツは……はは、まあ別に大して変わんねぇかもな。悩みもあったし、葛藤も多くあった。

……てか、そもそもお前とウィングは別種の部類だ。悩みの数なんて星の数ほどあったろうよ」

「へぇ~……ん?別種ってなに?」

「残酷に突き詰めて言えば『天才』と『平凡』って奴だな。もちろんお前が前者でアイツが後者だ」

「えっ!?そうなの!?」

 

 

 予想外の解答にびっくりするボク。

 いや、だってあのカイチョーと張り合ってたくらいだから。てっきり、カイチョーと同じくらい走る才能があったと思ったんだけど……。

 

 

「つっても、歩んだ道はありきたりなもんだよ。大きな壁にぶち当たって、超えて、また当たって超えてを何度も繰り返した。『才能』なんて便利なもんを持ち合わせてない分、アイツはスタートの出遅れ具合がすごかったがな」

 

 

 違いがあるとすればそれくらいだ、とそう言い切るトレーナー。

 

 一方のボクは告げられた言葉に茫然としていた。

 憧れの相手と競い合った人が、まさかボクよりも遠く後ろのスタートラインから走り出したという事実。

 気が遠くなるほどの距離から、才のあるものに追いついたというのだ。

 

 ……天才だと自負しているボクですら、3日前までずっと悩んでいた苦痛。

 それを何度も、多分気が遠くなる程味わってきたことを想像することは容易かった。

 

 

「……すごいんだね、アスウィーって」

「まあな。才の無い奴がひた向きに努力し続けることを無謀って言われることは多々あったよ。

だが、アイツは止まらなかった。苦汁を飲みながら走り続けた。……まあ、時折俺が発破をかけてやったってのもあるが、意志を貫いたのはウィング自身の力だ。

 

――だから、走り終えた今でも、アイツは俺の最高の愛バだと思ってるよ」

 

 

 目の前には少し苦笑して、誇るように語るトレーナーが居た。

 

(いいなぁ……)

 

 語り終えたトレーナーの姿を見て、ボクは思わず羨ましいと思ってしまう。

 思えば、この感情は3日前から……ううん、もしかしたらアスウィーと()()()()でお話しした時から抱いていたものかもしれない。

 

 担当ウマ娘と専属トレーナーという関係に、ボクはまだ縁がない。

 数日前までは、そうなることを自分自身で拒んできた。蹴ってきた。

 だけど、二人を見ていると、今までそんなことをしてきたボク自身が惜しくなるくらい。

 

 あんなに誇らしいと思ってもらって、あんなに一緒に居ることが楽しいと、共に想い合っている。

 そんな関係が羨ましいと、ボクは少し思っちゃった。

 

 

「ねえねえ」

 

 

 だからかな。

 口を開けて、次の言葉を言おうとする自分が抑えきれない感覚が生まれる。

 なんかこう……ムズムズって感じで、ウズウズってして――まるで、欲しいオモチャが欲しいような感覚。

 

 アスウィーとトレーナーみたいな関係が、すごく羨ましいって欲求。

 

 ――そして、それが欲しいっていう。

 

 

「ボクもさ、それに混ざりたいって言ったらさ。トレーナーは良いよって言ってくれるの?」

 

 

 そんな、子供みたいな駄々な言葉。

 出会って1日しか経っていないはずの、ボクの無茶苦茶な言葉に。

 

 

「……ははっ! いや、お前に関しちゃ大歓迎だ。

 可愛い後輩ができたんなら、ウィングもさぞ喜ぶだろうしな」

 

 

 笑顔で、笑って右手を差し出してくる。

 カウンターの机を挟んだ向こうに立つトレーナーと、椅子に座っているボク。

 

 

「長い道なりだぞ? 大人の確認だが、本当にいいんだな?」

 

「……この3日間ずっと考えてたんだ。

 ──ボクは夢を諦め切れない。憧れたものをボクは簡単に諦め切れない。これだけはどうしても譲れなかったんだ。

 だって、それがボクの全部だから。

 

 でも、その道を目指すのに、笑って走れないのは嫌なんだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 これが、ボクが3日間で出した答えだよ」

 

 

 手を差し伸べるトレーナーに目を合わせて、ボクはハッキリと言い切る。

 欲深くて、ごーまんで、どうしようもなく無茶な覚悟。

 ボクが、前に進むための覚悟で。

 『一緒に楽しみたいと思ったらうちに来い』って付箋が書いてた言葉に対してのボクの答えだ。

 

 

「絶対の1番を目指す道に、楽しみを求めるか」

「ワガママなのはわかってるよ。それが叶うことすら分からないのもさ。

 ──でも、欲張っていたいんだ。カイチョーに負けたあの日から続いたモヤモヤなんて、あんなのはもう嫌だからさ」

 

 

 トレーナーは、ボクの目を見て逸らさない。

 こんなボクのお願い事に、耳を傾けてくれている。

 そんな真剣なまなざしに応えるように、ボクは言葉を紡いだ。

 

 

「だから、お願い。ボクのトレーナーになって欲しい。

 誰でも無い、一緒に楽しい事をしようって言ってくれたキミに、ボクの事を支えて欲しいんだ」

 

 

 言い切って、ボクはトレーナーの右手に両手を重ねながら目をぎゅって瞑って頭を下げる。

 真面目なお願いだからさ。ていうか人生に1度しかない決断だし、あんまりボクらしくは無いけどこれが目いっぱいの誠意?ってやつだ。

 

 少しの間。

 

 バクバク鳴り続けてるボクの心臓の音が聞こえていないか心配になるくらい、静かな数秒。

 

 

「俺の方こそ」

 

 

 そんな、静かな空気を破ったのはトレーナーの一言だった。

 顔を上げたボクの目の前には、微笑みながら出したボクの両手の上から左手を重ねるトレーナー。

 少しひんやりとした体温。

 大人っぽい、ごつごつした感触。

 

 それでも、どこか温かくて、優しくて。

 

 

「ウィングから聞いてるかもしれんが、俺ってアイツからしても可笑(おか)しい部類の人間らしいからよ。……いやもちろん、お前を育てるのに全力を尽くすし、大切にするんだがな? それ以上に俺の方も、お前に対してこれから迷惑を多くかけるだろうからよ」

 

 

 そんなことをちょっと申し訳なさそうに、気恥ずかしそうに言って。

 

 

「だからまあ、なんだ。

 ――俺の方こそ、よしなに頼むよ。トウカイテイオー」

 

 

 トレーナーはまるで子供のように、男の子みたいに笑ってさ。

 ボクもそれに応える様に、満面の笑みで返したんだ。

 

 

「うん! よろしくねトレーナー!」

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

「って感じで、ボクはトレーナーの担当ウマ娘になったんだよね」

「へー」

「そうなんですのね」

「そうそう……って、アスウィー知らないの?」

 

 

 串焼きのお肉をプラプラと揺らしながら語りを終わらせたボク。話結構長くなったかな?

 忘れてないと思うけど、今は<スピカ>に誘われたBBQの最中だよ。

 両隣にアスウィーとマックイーンが座ってて、一緒にむしゃむしゃとお肉を食べてる最中だ。

 

 ボクが放った疑問に、アスウィーは呆れ顔で言葉を返してくる。

 

 

「詳細はね。経緯自体はトレーナーから聞いてるけど、それ以上のことは一切聞かされてないよ」

 

 

 串焼きのお肉を丸一片に放りこんだアスウィーはどこか不機嫌そうだ。

 

 

「教えてくれたっていいのにさぁ? 全く……」

「あのなぁ、そもそも聞かれてねぇもんをどう教えればいいんだよ」

 

 

 そんな不機嫌満載なアスウィーの横顔を眺めていた時だった。

 背後から男の人の声。

 誰とも言わず、普通にトレーナーの声だった。

 

 

「トレーナー?」

「おう、串肉のおかわりは要らないかってな。聞きに来たんだよ」

 

 

 そう言ったトレーナーの指の間には4本の串焼き肉がある。

 黒色の瞳が横に薙ぐ。

 ボクとアスウィーと、マックイーンを見る目。

 

 

「よう、メジロマックイーン……でいいんだよな。いつもうちのテイオーが世話になってる」

「ええ、こちらこそ初めまして。テイオーのトレーナーさん」

 

 

 あ、そういえばトレーナーってマックイーンと面識ないんだっけ。

 

 

 

 お互い、初の自己紹介を始めたトレーナーとマックイーン。

 当然、ボクとアスウィーは蚊帳の外。会話の間には入れない

 

 

「あ、トレーナー。お肉頂戴。テイオーの分も」

「ん? おう」

 

 

 はずなのに、堂々と割ってお願いごとをするアスウィーである。

 ほれ、と2本の串を投げて渡すトレーナーに、見事にそれをキャッチするアスウィー。

 

 

「はいテイオー」

「ん、ありがとー」

 

 

 渡された一本の串についてるお肉をガブリと頬張る。

 

 

「おいし~!」

 

 

 溢れる肉汁、濃すぎず薄すぎない塩の味、炭火で焼いてる風味。

 BBQらしいすっごく美味しいお肉に、ボクもつい頬を緩ませる。

 

 

「そういえば、このお肉トレーナーがわざわざ買ってきたやつだっけ」

「うん。わざわざ5km離れた住宅街まで行って買ってきたらしいよ。しかも精肉店まで走っていったって」

「……苦労がすごいね」

「今更じゃない?」

 

 

 確かに。やりたいこと全力マンのトレーナーなら今更かな。

 

 

 日の光がボクを照らす炎天下。目の前で鳴り響く波の音。

 夏らしい光景の中、ボクはそんな苦労と汗の結晶で生まれたお肉を頬ぼるのだった。

 

 

 

 



 

 

 

 

 ──ボクは夢を諦め切れない。

 

 そう言った少女の表情はどこか悲痛だった。

 

「憧れたものをボクは簡単に諦め切れない」

 

 一度手を伸ばそうとしたものを、最後まで諦めきれないという。そんな意地。

 

「これだけはどうしても譲れなかったんだ。

 だって、それがボクの全部だから」

 

 何言ってやがる。

 それがお前の全部なら、それをさらけ出さないでどうする。

 夢に手を伸ばすなら、そんなだけ意地っ張りな方がお似合いだろうに。

 

(…………っ)

 

 ()()

 

 世界を回すめまいが俺を襲う。

 3日前から続く体調不良を足に力を入れて何とか耐える。

 コイツのトレーニング姿を見るために雨に打たれた弊害か、俺は3日前に体調を崩している。 

 少しは良くなったにしろ、まだまだ回復段階。自業自得から生まれたバカみたいな症状だが。

 

 あの経緯が無ければ、俺はこの少女と対等に話している今の状況はなかった。

 

 一人の少女が、自分の覚悟をさらけ出しているこんな状況を間近で見ることはできなかっただろう。

 

 気を入れやがれ。

 目の前の少女に、一瞬たりとも目を逸らすな。

 体調不良がどうした。この一瞬の光景の1コマを見逃すことは、少女の覚悟に対しての冒涜だ。

 

 

「でも、その道を目指すのに、笑って走れないのは嫌なんだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 これが、ボクが3日間で出した答えだよ」

 

 

 後悔? あるわけないだろ。

 一人の子供が、やりたいことを楽しくやりたいと。そう表明したんだ。

 

 

 不安に、気弱に。

 それでも覚悟の決まったその眼。

 

「ワガママなのはわかってるよ。それが叶うことすら分からないのもさ」

 

 舐めんな。ここはそういう場所で、俺はそれを叶える人間(トレーナー)だ。

 

「──でも、欲張っていたいんだ。カイチョーに負けたあの日から続いたモヤモヤなんて、あんなのはもう嫌だからさ」

 

 苦難上等。こちとら好きで人生謳歌人間やってんだ。困難なんざ、こっちから願ったり叶ったりだっての。

 だからもっと。もっと欲張っていいんだ。

 

 ただの子供(ガキ)らしく。誰かを頼って。

 

 自分の夢をかけるために欲張って見せろ。

 

 

「だから、お願い。ボクのトレーナーになって欲しい。

 誰でも無い、一緒に楽しい事をしようって言ってくれたキミに、ボクの事を支えて欲しいんだ」

 

 

 差し出された両手。

 それを払う気はそうそう無く。有り得なく。

 

 俺はこの瞬間に、立ち会えること。

 その気持ちを引き出せたことが、ただ嬉しく感じる。

 

 十分だ。心の中からひねり出した言葉を――

 コイツの本心をこの耳で聞き届けることができた。

 

 ならば、聞き届けたものとして行うことは一つしかないだろう。

 少女が求めた思いを、一片の後悔もないよう、笑って走り抜けるように導く。

 

 二択の解答。

 はいかいいえ(Y/N)という、たった2つだけの答え。

 それは、目の前の少女が悩んだ数倍よりも遥かに楽であったろう。

 

 だから、俺は。

 

 

「――俺の方こそ、よしなに頼むよ。トウカイテイオー」

 

 

 多くのことを悩み抜いた頑張った少女に、せめて。

 ――不安にならないよう、不格好な笑みで俺は答えたのだった。

 

 

 

 






 思ったより長くなってしまった。

 あ、1周年ってことで活動報告に色々置いてるよ。
 気ままに見てね。

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まともなお祭りは常人向き


トレーナー含め、テイオーとウィングの夏収めです。



 

 

 えー、本日の天気。

 ()はまっ天天な快晴。

 

 そんで現在、午後8時をまわった夜の空。

 曇り空無く星が舞う、見事なまでの環境になっている。

 移り替わり無いいつも通りの夜空で、いつも通りの日常。

 

 

「お祭りだ~!!!」

「わーい」

「人混みには気を付けろよー」

 

 

 ただ、いつもと違うというならば。

 それは上空から見た俺たちの立つ場所が、数多くの淡い光で埋まっているという点か。

 あとは目の前ではしゃぐ彼女達の容姿。

 

 青く光る可憐(テイオー)と黒く輝く艶美(ウィング)

 そんな言葉が最も合うであろう美少女の浴衣姿は通りゆく周囲の目を奪っていた。

 

 

「アスウィー! あっち行こ!おいしそうな焼きそばとかいっぱい!」

「ハイハイ。トレーナー?」

「ああ、行ってこい。なんかあったら俺の携帯番号に連絡(TEL)な」

「うん、分かったよ。こら~待てテイオー!」

 

 

 脚速(あしばや)と人混みの中を笑顔で駆け抜けていくテイオーとウィング。

 そんな少女らを俺は「浮かれてんな~」と思いながら眺めている。

 

 屋台の明かりが照らす橙色の光は、夜景のように楽しそうなテイオー達を迎えていた。

 

 

 

 てなわけで、今日は夏の合宿最終日。

 炎天隠す夜の闇の中。まあ、つまりは夏の夜空の中なんだが。

 俺らは頑張ってきたご褒美だと言わんばかりに、宿泊施設の近くで開催していた夏祭りに足を運ばせているのであった。

 

 予定通り……てなわけじゃないんだがな。何せ急遽行くぞってなったもんだからよ。おかげで身支度の用意に時間がかかったわ。俺、こういうイベント事にはちゃんとした格好で行く人間だから。

 

 しっかりと服装を決めてきた()()か、周囲の目がすごい。

 ホント。めっちゃ寄って来てんのが分かる。目を閉じながらめんどくせぇなぁと思うが、全ての元凶は俺の容姿が悪いんだろう。

 

 灰髪に甚兵衛(じんべえ)姿。顔もそこそこ良いとなったらコスプレか何かと疑うのも無理ないし。

 

 ……はぁ。視線の無視は地味にくすぐったいからダルいんだよ。

 ま、それよりももっとお若く麗しゅう美少女の大行列があるから、そっちに目がいってくれてるのはありがたい。

 

 

 

「あれ、テイオーのトレーナーさんは行かないんですか?」

 

 

 と、不意に横から聞きなれない声。

 誰かと思えば、すぐ隣には<スピカ>のダイワスカーレットが立っていた。

 前言に則りコイツも美が付く少女である。あぁ、俺を見る目が逸れていく感覚が良き……。

 

 

「その前にアイツらが屋台に突っ込んでいったからなぁ。まあ、後で合流するつもりだよ。

 それまでは他の奴の引率(けん)安全確認役になるかね」

 

 

 こっちも浴衣姿。ふくよかな胸部は今にもはち切れそうなのだが、俺としてはどうでもよいので無視。普通なら目が寄るらしいのだが。万乳引力が何とかどうとか。

 

 

「他のっていうと……あの教官付きの()たちのことですか?」

「ああ。というかお前ら<スピカ>の面々もだぞ? 先輩に任せられてんだからな」

 

 

 そう言うと、ダイワスカーレットはキョトンとした顔になる。

 ……あの先輩のことだ。どうせそういった話は共有していなかったんだろう。

 所々適当さがにじみ出るのがあの人らしいが。……いや俺も人のこと言えねぇか。

 

 少しため息。

 んで軽く頭を掻いてから俺は素っ頓狂な表情をしているダイワスカーレットに言う。

 

 

「まあ、俺もそんな深入りはしないから自由に楽しんで来いよ」

「いいんですか?」

「良いんだよ。真面目に不真面目にだ。楽しむときは全力で楽しんどけ。何かありゃその時の責任は俺がとる」

 

 

 と、少しかっこつけたか? なんて考えながら言いきってたところだ。

 背後から複数の声。

 後ろを見れば<スピカ>の面々が勢ぞろいでこっちに向かってきていた。

 

 おー、ナイスタイミングじゃん。

 

 

「ほら、お前の迎えだ。存分に遊んで来いよ」

 

 

 同時に<スピカ>の面々に体を向けたダイワスカーレットの肩を押した。

 少々驚いたのか、体を一瞬こわばらせたが俺の気遣いだと悟って彼女達の方へ走り出す。

 

 ……去り際にさらっと綺麗なお辞儀をしていったな。

 

 確か、同期のウォッカだったか。あの娘とよく喧嘩しているイメージがあったが、意外と内面は礼儀正しい性格なのかもしれない。

 テイオーにも見習ってほしいもんだ。まあ、あれはあれで面倒の見がいがあるのだが。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 生徒らの安全確認をしながら屋台の通り道を歩き進む俺。

 目は常に周囲へ傾ける。生徒の外見はほぼ覚えているので見逃すことはないだろう。

 

 視界の端には射的で狙った景品が取れずに悔しがってる娘、金魚すくいをしようとしてあまりの眼力に金魚が大暴れしてびっくりしている娘、りんご飴を丸々1本頬張って地獄を見ている娘、と多種多様だ。はは、ろくな光景がねぇやなんだこれ。

 

 ……今見た奴全員、俺が面倒見てる教官付きってマジ?(失笑

 

 

「あ、あの!!」

 

 

 と、またまた背後からの声。本日3度目である。

 

 振り向いた先に居るのはウィングぐらいの背丈をした女の子。

 常にソワソワしている様子の少女。祭りということで若干赤みを含んだ浴衣姿を着ており、部類から見れば可愛いという感想が浮かぶ。

 因みにこの()も教官付きのウマ娘である。その証拠にウマ耳がピコピコと……してねぇな。下にふにゃついてる。

 まあ、この娘に関しちゃいつものことなんだが。

 

 

「こっこれ、受け取ってください! いつもお世話になってるので!」

 

 

 弱気な声、だが、めいっぱいの声を出してる少女が一本の綿菓子を俺に手渡してきた。

 

 

「……おう。あんがとな。あぁ、あとその浴衣、すげぇ似合ってるぞ」

「…………!」

 

 

 俺は少々戸惑いながら、笑顔で感謝を告げ頭を撫でてやった。

 そしたら満足したのか表情を緩めて駆け足で俺に背を向けて去って行った。

 

 ……正直言うと、大分驚いている。

 

 あの娘、俺が2年前くらいから面倒を偶に見ている娘なんだがな。

 ……まあ一言でいうと、非常に弱気なんだよ。それこそ他人とのコミュニケーションも()()()()くらいには。

 

 あれはいつだったか、何かの模擬レースだったか。

 8人くらいでやってたレースだ。入学したての娘の試験だったらしいが、その中にあの娘はいた。

 入学時期真っ盛りの少女らの列におどおどしながら紛れ込んでてな。周りの奴が心配する中いざゲートが開いたときだ。

 

 この娘、ゲートの中で両手抱えて震えてうずくまってたんだよ。

 後から聞いたら、どうも周りの娘の威圧に耐えきれなくなったんだとか。

 

 で、癖強な奴が好きな俺だからよ?

 

 あまりにも気になって迫ってみたら……そりゃぁまあ逃げる逃げる。トレーニングでも見せない全力ダッシュで俺の脚を振り切ろうとすんだコイツは。

 やっとのことで追いついて、その少女に色々事情を聴いてみたら……ものすげぇ弱気な奴だって分かってな。思わず萎んだ風船を相手にしてるみたいだったよ。

 

 そんな娘が今、誰の助けも借りずに俺に感謝の気持ちを伝えに来たとは……。

 いやぁ、成長ってするもんだな。

 

 

「そういや、最近他の教付きとも話してるとこ見たっけな」

 

 

 このまま心を開いてくれるといいんだが。

 喋りが苦手とかコミュ障とかは良いが、他人との関わりをまんま拒絶するのはトレーナーとして、というか人を育てる者として見過ごせないのだ。

 

 何事も関わってから感じる事もある。

 良くも悪くも、その積み重ねが人を成長させるんだ。持論に過ぎないが。

 

 

 ……と、そんなことを感傷深く思い出しながら、屋台の道を歩き続ける俺。

 もらった綿菓子を口に頬張れば、砂糖の網がほどけて濃厚な甘味が広がった。

 

 うん、ウマい。

 

 

 

 

 

 

「トレーナーじゃねぇか。丁度射的の景品が取れたからこれやるよ。大事にしてくれよな?」

「……落とすのに何十回もかかったのn ぐふっ……!?」

「なんでもねぇ。気にするなトレーナー」

「い、いきなりみぞに肘打ちは卑ky」

「ふんっ」

 

「トレーナーぁ! ちょっとこのりんご飴貰ってくれない!? もうお腹いっぱいでさぁ!」

「丸々一本頬張るアンタが悪いんでしょうが! トレーナーさんすみません……そういうことで……」

「でも美味しそうだったから仕方ないでしょ!?」

「アンタは一回黙ってて!」

 

 

 道中、数回に及ぶ教官付きの子との遭遇は、上記の会話から言うまでもなく。

 揃いも揃って「世話になってる礼」と(てい)のいい台詞を上げながら、祭りの景品やら食品やらを俺に渡してきたのだった。

 

 ……いやもう俺、腹いっぱいなんだが。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「あ、トレーナー! こっちこっち!」

 

 

 屋台の群れから外れた細道。

 そこで、ウィングとテイオーが俺に向かって手を振る。

 

 街灯が少ないからか、少し薄暗いが足元が見えない程でもない。ので、ちょいと小走りで向かうことにした。

 一歩一歩と近づくたびに、テイオーらが持ってるものが鮮明に見えてくる。

 えーと、風船にお面、りんご飴、焼きそば……その他諸々etc…

 

 

「……満喫してんなぁお前ら」

「うん!」

 

 

 そんな少女らの目の前に到着して最初に出た言葉が、思わずこんなだったのをどうか許してくれ。流石に縁日品を複数持ったテイオーの阿修羅状態はツッコみたくなるわ。

 右手にりんご飴と水風船持って、左手に焼きそばを持ったまま、一体その食料をどうやって食べるというのか。是非とも聞いてみたいものだ。

 

 ……まあ、持ちづらそうではあるから焼きそばくらいは俺が持ってやろう。

 

 

「あ、持ってくれるの? ありがとー!」

「ん。つかウィング、大分疲れてるが……どうしたよ」

「色々と連れられて少し疲れたの……。ちょっと休ませて」

「あ、おう。お疲れさん」

 

 

 そう言って、脇道から外れた岩に腰を預けるウィングであった。

 遠目で見た脚は少し張っている。相当歩いたのだろう。いったい何件の屋台に寄ったのやら。

 面倒見てくれた詫びにあとでアイスでも奢るか。

 

 

「トレーナーも大分疲れてない?」

「ん、顔に出てたか?」

「いや、出てはないけど……なんとなくかな。調子が悪そうに見えたから」

「そうか。ならまぁ、そりゃ()()()()()

 

 

 ポーカーフェイスは崩してないつもりだったんだが、さらっと体の不調を見抜かれる。

 ……端的に言うと、普通に食い過ぎの胃もたれなんだが。

 

 が、ここで不調を示せばテイオーらに要らない気を使わせてしまう。

 今は祭りの最中だ。楽しいことに集中してもらいたいのが俺の一心なので、このままポーカーフェイスを続けさせてもらう。

 

 すまし顔で何でもないと言い切った俺に対し、ウィングは苦笑して。

 

 

……全くもう

 

 

 そんな独り言をつぶやいた。

 ……どうやら、俺の意図はバレバレらしい。ダメですね。

 こうも察しが良いと、こっちとしても困りもんだ……。長年の付き合いもバカにならねぇな。

 

 

「トレーナートレーナー!」

 

 

 呼ばれて、体を声のする方に向ける。

 そこにはウィングが肩で息をする羽目になった元凶を作ったであろうテイオーが立っていた。

 ……いや、立っていたっていうか。

 

 

「どうどう? 似合うかな、この浴衣!」

 

 

 なんか回ってた。

 あれだ、モデルみたいに服装を見せる感じで綺麗に一回転して、これでもかと俺に浴衣姿を見せようとしてくるテイオーがいた。

 

 俺は思わず品定めするような目でテイオーを視る。

 ふむ……。

 

 

 基本は青色ベースの布地に黄色の帯はまさに彼女のイメージカラー通り、さらに2割程度の割合で混入している白色の花模様。月明りで照らされた煌びやかな光沢と、活発で満面な笑み。そして彼女が持つ特徴的なポニーテール。これら全ては『トウカイテイオー』という人物像を残したまま、祭りに適した姿恰好になっていると断言できよう。

 

 まさに綺麗、というより可愛いに特化した容姿。100点満点中120点だ。コレが歩いていて目が引かれない人間がいるわけがない。

 仮にだが、100人にこの容姿に対して文句があるか聞いてみるならば、だんまり静寂待ったなしに違いないだろう。

 

 以上の点から考えうるに、一言でまとめるとするならば、だ。

 

 ――いやマジで可愛いなおい。

 

 

 ……さて、俺主観の採点は終わり。

 フリフリと振られる尻尾を見るに、テイオーは今にも俺の答えを聞きたいのだろう。

 

 ならば答えよう。それが俺の義務だ。

 

 

「一言で済むか分からんが……いいか?」

「え? うん。いいよ?」

 

 

 お許しも出たことだし。

 

 

「そんじゃまずは――――」

 

 

 俺はとりあえず、さっきの極長な感想を10倍くらいに誇張したものを。ついでにプラスでさっき書き切ってなかった分を盛り乗せして、全部テイオーにぶん投げることにした。

 

 評価はしっかり伝えなきゃいけないだろ? 例えば小説の評価とか、しっかり感想を投げてこそ作品って周りに強く光を放つじゃん。そゆこと。

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 私ことアストラルウィングは、現在絶賛足休め中である。

 テイオーに色々連れられてね。10……からは数えきれないくらい多くの屋台を歩いて回っていたのだ。

 いやぁ……結構疲れちゃった。テイオーったらホント元気いっぱいだよ。

 

 そして現在、見回りをしていたトレーナーと合流して、近くの岩場で私は脚を休めていた。

 トレーナーもだいぶ疲れている様子だけど……まあ私たちに心配かけないためか、表面には出してない。多分帰るまではずっと仮面をつけたままだろう。祭りだけに。

 

 

 

 

 そしてちょっと唐突なんだけど。

 人を褒めるって行為って、どんな状況が多いと思う?

 

 頑張った時? 良い事した時? まあ、色々あると思うんだけどさ。

 つまりはその人にとって、好印象なことだって受け取った時が多いわけ。

 

 

 そしてさ……ちょっと目の前見て? いや私のトレーナーとテイオーの事なんだけどね?

 

 ……私は今何を見せられているんだか。

 いやね、今日に限ったことじゃないんだけど。トレーナーの変人で歪で大真面目な性格はわかりきってることだしね。

 

 

 

「だからお前は――」

 

 

 かといってこれはない。ないよ。

 

 

「フェエェ~…チョトットレ」

 

 

 女神とか、天使とか、最高の愛馬だとか。

 とにかくまるっきり好印象なフレーズを乗っけたまま、テイオーの浴衣姿を褒め散らかすトレーナー。

 よっぽど良いと思ったんだね。あんな饒舌に感想いうトレーナーは久々に見た気がする。

 

 ……で、そんな元気いっぱいなトレーナーに対してだ。

 

 

 ――見てあのテイオーの慌てた様子! すっごく可愛いでsy……じゃなくて

 

 

 目の前でテイオ―は、ものすっっごい赤い顔をしてトレーナーの暴走に慌てふためいている。

 わたわた、ぴょんぴょん、ふりふり、くねくね。と擬音化したらこんな表現が待っているに違いない。すっごい落ち着きのなさ。

 

 いや~実に愛らしい。あんな可愛い()が私の後輩だと思うと誇りたくなっちゃう。

 

 初めの1分でりんごみたいに赤くなったかな? 3分で落ち着きをなくして、すぐに膝を抱えてうずくまっちゃったよ。尻尾ブンブン振っちゃってさ、どうしようかどうしようかってオロオロしちゃってね? 正直すっごく可愛いからすぐには止めなかったんだけど――

 

 

 ……と、話は変えよう。このままじゃ先に進めない。可愛すぎて。

 

 

 閑話休題。

 てことで、また唐突なんだけどさ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って言ったら、みんなできる?

 

 ……いや、からかってるとかじゃなくて。いたって真面目。私、真面目に聞いてる。

 まあ、普通出来ないよね。恥ずかしすぎて。

 普通の告白ですら心臓が張り裂けそうなんだし。緊張とか羞恥心とか入り混じる感じがしてまともにできないはずなんだよ。私もそうだったし。

 

 

 ――まあ、私のトレーナーはホントに例外なんだけど。

 

 

 まあ、うん。そういうこと。

 お顔真っ赤で今にも爆発しそうなテイオーとは反対に。

 ……というか普通の感性を持ってる人とは反対に、って言った方が良いかな。

 

 私のトレーナーって、羞恥心が無いんだよ。

 

 口に出す言葉、全部が素直。戸惑いなんかないし、それは日常生活でもいえること。例を挙げるなら、いきなり私が抱き着いても平常心で入れるくらいに。年頃の女の子がわざわざ好意100%で密着してるんだよ?もうちょっとドキドキしてもいいと思わない?

 

 まあ、それを逆手にとって私も日ごろイチャイチャさせてもらってるけど(まんざらでもない

 

 ……とにかく、トレーナーには恥ずかしいって概念が存在しないの。

 人の目線なんか「どうでもいい」の一言で一蹴するし、やることなすこと人の目気にしながら行わない。というより、()()()()()()()()()()()()()()。そんな人なの、彼は。

 ……恥じらいが無いのは偶に美徳だって私も思うけどね?

 自分が恥ずかしいって思わないのは別にいいと思うよ。トレーナーに関しては気にもしないから問題にもならないし。

 

 なんだけど……問題は、それが他の人に対して向けられた時。

 

 人に告白するかのように、その人を褒めてくださいって言ったら、みんなできる?って

 そんな問いを投げたと思うんだけどさ。

 

 ――トレーナーはね。それが当たり前のようにできる。

 何の抵抗もなく、求められてるなら普通に、平常心のままそんな言葉を放てる。

 

 

 そんな砂糖を煮詰めたような感想の数々をテイオーに投げつけているのが、私が見ている今の光景。

 

 ほら見てよ、テイオーったらもう耐えきれずに頭から煙吹き出しちゃってるって。今にも爆発しちゃいそう。あ、ポニテを口元に引っ張って照れを何とか隠そうとしてる……。可愛い!

 

 トレーナーは……うわぁ、満足そうに口を回してる……

 何がタチ悪いって、あれ下心ゼロなんだよね。ホントにただ心から思った事を話してるだけなんだよ。

 子供みたいに素直なくせして、善意と称賛を満タンに積めてあんな歯の浮くような台詞を堂々と投げてくるんだよ? しかも大人っぽく台詞のレパートリー豊富だし。

 

 普通に照れるでしょ。あんなの。耐えれないって。

 赤面しない女の子がいたら、多分その子乙女の感情切り取ってると思う。

 

 私はどうかって?

 

 

 遠目で苦笑しながら、赤面してる私の顔見る? ちゃんと乙女だからね私も。

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 テイオーを褒めていたらウィングに頭をはたかれた俺だぜ。

 

 5分くらい経った頃だろうか。

 饒舌にテイオーの浴衣姿を褒め散らかしている最中だったのだが、不意に肩を叩かれて滑らかに動いていた俺の口が止められてしまった。どうやらやり過ぎだとか。

 

 ……いや、何がやり過ぎなんだろうか。

 

 俺はただ正直にテイオーのことを褒めていただけなんだが。多く褒めるに越したことはないはずだろ、人のいい所ってのは。

 

 で、そんな台詞をウィングに言い放ってみたら「……もうちょっと私が貸してる少女漫画ちゃんと読もうか。私も色々教えてあげるから」と、ジト目と哀れみ全開で返された。アイツもなかなかに言葉が鋭い。

 羞恥心について知れとかなんとか言ってたが……まあ、そこら辺は勉強しなきゃいけない部分だろう。生憎、恥ずかしいなんて感情は微塵も感じたことが無い身だし。

 

 

 

 とまあ、場面はあれから変わってだ。

 今俺らは、辺鄙な芝の上で寝っ転がっている。周囲には俺らと同じようにそこで座るものも多数いる。皆々共、今宵一限りの光景を見に来ようと絶好のポジションを確保しに来たのだ。

 

 ほら、今にもくるぞ。

 期待するかのような周囲の歓声。そして――

 

 

「「た~まや~!」」

「か~ぎや~」

 

 

 ドンッと。

 空に打ちあがる火の花と爆音が俺たちを叩く。

 

 小難しい言い方だったが、要は祭りの花火を見に来ただけだ。

 この瞬間だけは、誰もが天を仰いでいた。あの綺麗に咲く火花の数々を、眩いほどに輝く数輪の花が、遥か下に映る俺たちを魅了する。

 

 隣で横たわるテイオーとウィング、そして俺自身もその例外ではない。

 火の花が咲いた瞬間、俺たち3人はソレを歓迎するかのように大声で誰もが知ってる屋号を叫んだものだ。

 因みに、前記が両隣の愛バらで後が俺な。

 

 

「綺麗~!」

「ホントだね~。景色も良いし、良く見えるし」

「早めにポジション獲っといて正解だったな」

「うん! ありがとートレーナー!」

 

 

 感謝を言いながら左腕に抱き着いてくるテイオー。

 

 

「あ、テイオーずるーい。私も片方貰う!」

 

 

 対抗(?)してウィングが右腕に以下略……。

 左腕に俺の愛バ、右腕にも俺の愛バが満面の笑みでくっついてきている。ホント楽しそうに。

 こういうのを両手に花とでもいうのだろうか? いやこの場合だと両腕に花か。

 

 まあ、いやな気はしないが。自分の好きなものがすぐ傍にあってむしろ幸福な気分である。

 

 

「へいへい、俺は動かねぇから。遠慮なく抱き着け」

「そこは恥ずかしがるところだよトレーナー……」

 

 

 ……え、そうなんかい。

 

 

「トレーナーってやっぱ色々ズレてるよね~。さっきボクにもあんな……あんなすごい事ばっか言ってたのにさぁ」

 

 

 テイオーが思い出したかのように俺の歪な部分を指摘してくる。つか暑い……いや熱っ!? ちょっ腕!俺の腕に冷えピタの逆バージョンみたいなん引っ付いてるんだが!?なんだコレ、テイオーの額か!?

 

 

「あーテイオー、思い出しちゃダメって言っておいたのに」

「何をだ!?アッツ!熱いわ!また煙吹いてんぞ頭から!?」

「プシュゥ~……」

 

 

 夏の夜。

 両腕には可憐で幼げな2輪の花。花火が空に舞う最高の景色。

 

 そんな中、俺は1輪の花に火傷を負わせられかけて……なんかわちゃわちゃしていた。打ちあがる花火すらガン無視で。もう、すっげぇゆるい雰囲気で。

 どうにも締まりの悪い夏の越し方であった。

 

 

 

 …………おい、これでいいのか俺の今年の夏は。

 

 

 

 

 

 

 





 締りの悪い夏とはこれいかに。
 日常だからね。そんな劇的な展開なんて無いからね。こんくらいがちょうどいいのよ。


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【にんじん祭り】VIPPER(暇人)の皆でニンジン買い占めようぜww


夏の祭り第2ラウンド
VIPPER板の為いつもの暇人スレとは別でのお話
全国からにんじんを消そうとする愛すべきバカどもの群れである



 

1:名無しの店長 ID:saborima1

祭りじゃ祭りじゃ!

 

買うもの にんじん

日時 〇月×日

時間 開店~閉店 夕方メイン

領収書の宛名:ひがしやつおおおい

領収書の但し書き:東八尾多良

 

参加した後に、どうしてもにんじん要らないっていう奴は期間が終わった後に俺の家の住所貼るからそこに送ってくれればおk

全世界からにんじんを抹消しようぜ

 

2:名無し@暇人 

名前なが

 

3:名無し@暇人 

なんでにんじん?

 

4:名無し@暇人 

いつかのカイワレとかもやし祭りの再来か?

 

5:名無し@暇人 

参加キボンヌ

近くのスーパーからにんじん消してやるわ

 

6:名無し@暇人 

専業主婦ワイ参加

最近娘のにんじん消費量がすごいからこの機会に買い占めておきたい

ウマ娘の食欲ってすごいわ

 

7:名無し@暇人 

参加するぞ

冷蔵庫小さいから多分送ることになるだろうけど

イッチ、送料とかはどうするんだ?

 

8:名無しの店長 ID:saborima1

参加希望多くて助かる

 

>>7 こっちで負担するよ。

なんなら銀行での振込とかはこっちでやっとくから、にんじんの代金まで払いたい。

捨てハンの通り俺飲食店の店長やってるからにんじんよく使うんだよね

 

9:名無し@暇人 

>>8 マジ?

んじゃ遠慮なく送らせてもらうわ

 

10:名無し@暇人 

モノホンの店長で笑う

 

11:名無し@暇人 

代金負担はデカいな

面白半分で参加するわ

 

北海道のにんじんは俺のものだ

 

12:名無し@暇人 

参加

千葉のにんじんはすべてオイラが買い占めてやる

 

13:名無し@暇人 

すごい太っ腹店長が居て草

そんな宣言吐いて大丈夫か?

 

14:名無し@暇人 

こちら広島県広島市

トランクいっぱいに買ってやるぜ

 

15:名無しの店長 ID:saborima1

>>13 大丈夫だ、問題ない。(豪語)

最近とんでもないウマ娘がうちの食糧庫を空にしていったからな()

常連の奴ら全員絶句してたよ。笑う

 

【塵一つすら入っていない食糧庫の写真】

 

金についても問題ないからみんな遠慮なく買って送り付けてくれ。

 

16:名無し@暇人 

>>15 言ったな?

なら遠慮なく参加させてもらおう

100本送り付けられても文句言うなよ?

 

17:名無し@暇人 

拡散しに行こ~

 

18:名無し@暇人 

ワイもトピに拡散行こ~

 

19:名無し@暇人 

今から参加

uma○i班は今からでもにんじん使ったダイエットについて日記書いてくれ

 

20:名無し@暇人 

>>19

よし、 来たか。

書くぞum○xi斑

 

ポマエラ、スレ保守してくれよな

 

21:名無し@暇人 

ファスティング(断食)明けのワイ参加

uma○i班ニンジン使った腹に優しい汁物を求む

 

22:名無し@暇人 

とりま最寄りのスーパーのあるだけ買うあ

 

23:名無し@暇人 

>>21 書いてきたよー

 

24:名無しの店長 ID:saborima1

あ、そだ

『受け答え集』なるものを歴代の祭りから拾ってアップデートして置いといたから店員の接待に困ったら見てな~

 

【数ページで構成されたマニュアルらしき用紙】

 

25:名無し@暇人 

本気度たかw

 

26:名無し@暇人 

コミュ障に優しいw

 

27:名無し@暇人 

ワイぼそぼそ声のコミュ障だから助かるぞイッチ

 

28:名無し@暇人 

これは盛り上がる気配あるか……?

 

29:名無し@暇人 

よっしゃぁあああ!!!

にんじん買い占めて世間を混乱させてやろうぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

71:名無し@暇人 

現在決行前日の閉店前

帰りにスーパー寄ってみたらにんじん一本もなかったんだがw

 

72:名無し@暇人 

こっちも売り切れ状態

まさか、ね……?

 

73:名無し@暇人 

こちら栃木県

八百屋に言ったらいつもは有り余ってるにんじんがあと2本しかなかったw

せっかくだから買って帰った

 

74:名無し@暇人 

>>73 バッカお前、本番まで力を貯めておけよ!

 

75:名無し@暇人 

早くも祭りの影響か……?

 

76:名無し@暇人 

ワイ、深夜スーパーのアルバイトなり

なんかいつもよりにんじんの入荷量多い気がする

 

77:名無し@暇人 

店長「なんで今日こんなににんじん売れるんだ?

よっしゃ!明日から入荷量を3倍にしてやろう!」

 

78:名無し@暇人 

策士な店長でターフ生えるw

 

79:名無し@暇人 

>>76 店長も暇人の可能性微レ存……?

 

80:名無し@暇人 

>>77 大抵の場合近くにウマ娘が引っ越してきた可能性が高いというね by八百屋の店長

 

81:名無し@暇人 

本職居るじゃねぇかw

 

82:名無し@暇人 

>>80 明日を震えて待つんだなァ!!

 

83:名無し@暇人 

>>80 領収書の名前がイッチで来たらそういうことだから、よろ

 

84:名無し@暇人 

八百屋の店長に広まるくらいにはスレがデカくなってきたか

 

85:名無し@暇人 

久々だしなこういう祭りって

 

86:名無し@暇人 

最近は目立ったスレとかなかったからなぁ

 

87:名無し@暇人 

フラストレーション溜まってんだろ

 

88:名無し@暇人 

>>87 それをにんじん投げつけで解消しようとしてんのは神経疑うもんだが

 

89:名無し@暇人 

んなもんスレ民なら今更じゃね

 

90:名無し@暇人 

>>89 イカレの集まりと、そういうことですね

 

91:名無し@暇人 

そうですね

 

92:名無し@暇人 

yes

 

93:名無し@暇人 

否定はしない

 

94:名無し@暇人 

否定できない

 

95:名無し@暇人 

ちくわ大明神

 

96:名無し@暇人 

誰だ今の

 

97:名無し@暇人 

このスレバカしかいねぇ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

436:名無し@暇人 

(`ェ´)ピャー

 

437:名無し@暇人 

(`ェ´)ピャー

 

438:名無し@暇人 

(`ェ´)ピャー

 

439:名無し@暇人 

(`ェ´)ピャー

 

440:名無し@暇人 

今北産業なんだが、なにこの状況

 

441:名無し@暇人 

>>440

明日

VIPPERで

全国のにんじん買い占め

今は店員との受け答えの練習 (`ェ´)ピャー

 

442:名無し@暇人 

新しい参加者だ!

 

443:名無し@暇人 

囲え囲え!

 

444:名無し@暇人 

祭りから逃げられると思うな!

 

445:名無し@暇人 

>>441 なるほ

 

446:名無し@暇人 

どれだけ買えばいいんだ……?

 

447:名無し@暇人 

>>446 あるだけ

 

448:名無し@暇人 

あたりまえだよなぁ?

 

449:名無し@暇人 

ワイらの覚悟を見よ

 

【諭吉1枚を映した写真】

 

450:名無し@暇人 

 

【諭吉を数枚持ってる手の写真】

 

451:名無し@暇人 

これが俺の覚悟だ

 

【テーブルに並べられたクレカ。その周りを囲うように並べられたニンジンが置いてある写真】

 

452:名無し@暇人 

ガンギマリ勢ばっかでターフ生えるw

 

453:名無し@暇人 

うっそだろw

 

454:名無し@暇人 

クレカニキヤベェw

 

455:名無し@暇人 

祭壇みたいになってやがるw

 

456:名無し@暇人 

にんじんに頭洗脳されてら

 

457:名無し@暇人 

ウマ娘に女神が3人存在するというが……まさかにんじんにも微レ存……?

 

458:名無し@暇人 

一口を口に運ぶごとに自分の生涯を悟ってそうで芝

 

459:名無し@暇人 

>>458 想像しただけで芝

 

460:名無し@暇人 

>>458 芝か……?

 

461:名無し@暇人 

>>458 むしろ恐怖映像だろそれ

 

462:名無し@暇人 

お前ら……すまない……

 

【151円の小銭が手のひらに乗っている写真】

 

463:名無し@暇人 

>>462 3本も買えるじゃないか!

 

464:名無し@暇人 

残念ながら明日は……

 

超暇だwwwwww

微力ながら参加するぜ

 

465:名無し@暇人 

このスレも盛り上がってきたな

 

466:名無し@暇人 

イヤッホォォオオオォォオウ!

 

467:名無し@暇人 

祭りまであと2時間……

 

468:名無し@暇人 

いよいよ明日か…

 

待ってろよにんじん!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

820:名無し@暇人 

にんじん祭じゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

821:名無し@暇人 

みwwwなwwwぎっwwwてwwwきたwww

 

822:名無し@暇人 

お前ら準備はできてるかぁぁ!!

 

823:名無し@暇人 

あったりめぇよぉぉ!!!!

 

824:名無し@暇人 

待ちに待った祭当日まであと30分www

 

825:名無し@暇人 

活気づいてきすぎだろw

 

826:名無し@暇人 

当日ですよーー

 

827:名無し@暇人 

まじでやんのか

 

828:名無し@暇人 

今のうちに対応の練習をば

(`ェ´)ピャー

 

829:名無し@暇人 

(`ェ´)ピャー

 

830:名無し@暇人 

ニンジン1本は大体50円~60円だ

高校生でも200本は買えるぞ

 

831:名無し@暇人 

鬼w

 

832:名無し@暇人 

>>830 学生の小遣い全部使わす気かw

 

833:名無し@暇人 

今までROMってたが、今日俺は立ち上がるぜ!

 

834:名無し@暇人 

広島のニンジンはワイが制す

 

835:名無し@暇人 

>>834 待て、俺のもんだ!

 

836:名無し@暇人 

八百屋、現在開店準備中

 

837:名無し@暇人 

早くね!?

 

838:名無し@暇人 

VIPPERの店長はウマウマだろうなぁ

 

839:名無し@暇人 

……アンタまさか>>80か?

 

840:名無し@暇人 

いやいやまさかね

 

841:名無し@暇人 

>>839 yes

 

842:名無し@暇人 

マジかよwwww

 

843:名無し@暇人 

これ見よがしとはまさにこの事wwww

 

844:名無し@暇人 

ワイ店長

今日はニンジンの量を5倍にして仕入れてきたところだぞ

おかげで商品棚の半分以上がにんじんで埋まってる

山積みで落ちてくる心配で現在補強中

 

845:名無し@暇人 

終わってるわマジでww

 

846:名無し@暇人 

策士というかここまで来たら姑息だろww

 

847:名無し@暇人 

人の心とか無いんか

 

848:名無し@暇人 

>>847 商売魂に姑息もクソもないわ

むしろこのスレを立ててくれたイッチに感謝すらしたい

 

849:名無し@暇人 

開き直りやがった

 

850:名無し@暇人 

逆に売れなかったらそれはそれで笑う

 

851:名無しの店長 

>>848 立てた甲斐があった

 

852:名無し@暇人 

!?

 

853:名無し@暇人 

!?

 

854:名無し@暇人 

イッチ!? イッチじゃないか!

 

855:名無し@暇人 

マジもんの店長らしいイッチじゃないか!

 

856:名無し@暇人 

にんじん投げつけても拒否らないイッチじゃないか!

 

857:名無しの店長 ID:saborima1

>>856 必要経費なもんで

 

ところで、あと5分で祭りが始まるが暇人どもは準備できてる感じか?

 

858:名無し@暇人 

もち

 

859:名無し@暇人 

 

860:名無し@暇人 

ろんよ!

 

861:名無し@暇人 

謎のコンビネーションで芝w

 

862:名無し@暇人 

あと暇人ってなんだ暇人って

 

863:名無しの店長 

え、暇じゃねぇの?

 

864:名無し@暇人 

暇だが

 

865:名無し@暇人 

暇ですが

 

866:名無し@暇人 

ナニカ文句でも?

 

867:名無しの店長 

じゃあいいじゃねぇか

とりま、スレ立て主ってことで開始の音頭を取りに来たぞ

暇人ども、あと3分で開始だが準備はおkだな!?

 

868:名無し@暇人 

(`ェ´)ピャー

 

869:名無し@暇人 

うおおおおおぉぉぉお!!!!!!

 

870:名無し@暇人 

もwwwりwwあwがっwwwてwwきたwww

 

871:名無し@暇人 

ここまできたか(`エ´)ピャー

 

872:名無し@暇人 

世界の端っこで「にんじん」を叫ぶ。

 

今日が待ち遠しかったぜぇぇぇ!!!!(`エ´)ピャー

 

873:名無し@暇人 

ちょ、スレはやw

 

874:名無し@暇人 

はやいはやいww

 

875:名無し@暇人 

やる気全開元気百倍!!

 

876:名無し@暇人 

大和魂を舐めんじゃねぇ!!!

 

877:名無し@暇人 

うちの娘の為に奥さん方の波に飲まれるのは覚悟の上よ

 

878:名無し@暇人 

イッチの財布を空にしてやる

 

879:名無し@暇人 

ポマエラ、すまん……

いよいよ俺も終わりの時が来たようだ……orz

 

【31円の小銭が手のひらに乗っている写真】

 

880:名無し@暇人 

お前>>462だろw

缶ジュース買ってんじゃねぇよw

 

881:名無しの店長 

うっしゃ!

日付も変わったことだし

 

ここにニンジン祭りを開催することを宣言するぞ!!!

 

882:名無し@暇人 

うおおおおおおおお!!!!

 

883:名無し@暇人 

やってやらぁぁあああ!!

 

884:名無し@暇人 

みんな 頑張ってねwww

 

885:名無し@暇人 

愛媛ガンバルヨー

 

886:名無し@暇人 

手始めに全世界からにんじんを消してやるか

 

887:名無し@暇人 

久々の祭りじゃぁぁぁ!!!

 

888:名無し@暇人 

……言い得てあれだが、やってることにんじんの横領なんだよなぁ……

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

21:サボりの住人 

さて、お祭り会場からいつものサボり魔スレにやってきたワイですが

とうとう業務用のにんじん30kgを買う日がきてしまったか……、と今更ながら戦慄しております

 

22:サボりの住人 

おつかれ

 

23:サボりの住人 

いくら掛かるんだそれ……

 

24:サボりの住人 

訳アリ品で10000円ポッキ

ただイッチに投げつける気だからもうちょい良い奴探してるとこ

 

25:サボりの住人 

あら、意外と安め

 

26:サボりの住人 

良さげの奴だと15000は行くのかな

 

27:サボりの住人 

にんじんが30kg……大体100本くらいになるのか

 

28:サボりの住人 

100本……ちょっとトレセンじゃ不足だよなぁ

 

29:サボりの住人 

だねぇ

 

30:サボりの住人 

イッチ、ちょっと前に50本程度なら3日で塵に消えるとか言ってたし

 

31:サボりの住人 

今更だが消費量おかしいだろトレセン

 

32:サボりの住人 

50本が3日って……野菜炒めどれだけ作ったら無くなるんだか

 

33:サボりの住人 

流石は可愛いウマ娘の集まる学園ってことだな……

 

34:サボりの住人 

可愛い←ここ重要

 

35:サボりの住人 

なあ、今とある八百屋に来てんだけどさ

なんか、店に情報が漏れてる? 普段よりたくさん仕入れている所がある

 

36:サボりの住人 

祭りスレでもあったけど、店長がVIPPERという可能性も

 

37:サボりの住人 

あー、策士超えて姑息なやつね

 

38:サボりの住人 

祭りの1スレ目のログ見たけど、普通に姑息で笑ったわあれ

 

39:サボりの住人 

これは……

【異常な程の山積みのニンジンがある写真】

 

40:サボりの住人 

流石に露骨だろそれw

本棚かってレベルまで積まれてんじゃねぇかw

 

41:サボりの住人 

いやエグw

 

42:サボりの住人 

絶対VIPPERの民だろ

てか、本スレに八百屋の店長いなかったっけ?

商品棚半分をニンジンで埋め尽くしたヤベーやつ

 

43:サボりの住人 

あー、1スレ目に居たっけ

 

44:サボりの住人 

2スレ目に突入した地点であの店長見なくなったな

 

45:サボりの住人 

疑惑出てきたことだしちょっと店長と喋ってくる

あんたVIPPERですかーって

 

46:サボりの住人 

>>45 いってらー

 

47:サボりの住人 

>>45 健闘を祈る

 

48:サボりの住人 

>>45 (`ェ´)ピャー ってやってこい

 

49:サボりの住人 

…………逝ったか

 

50:サボりの住人 

いや殺すなw

 

 

 

 

 

 

 

 

131:サボりの住人 

それにしても、イッチもよく考えたもんだよなぁこの計画

 

132:サボりの住人 

3日前くらい前だっけ?

 

133:サボりの住人 

そうそう、オグリキャップに店の食糧庫をすっからかんにされたって言ってた時よ

 

134:サボりの住人 

あの時のイッチほ弄りがいがあった(外道

 

135:サボりの住人 

仕入れが面倒だってテンション下がってたから

そんなイッチに追い打ちをかけるの楽しかったなグヘヘ(クソ外道

 

136:サボりの住人 

上のゴミどもは置いといて

にんじんの仕入れをエンタメに持ってったイッチは天才

 

137:サボりの住人 

ほんそれ

 

138:サボりの住人 

元々天才ではあるが、コレに関しては首を縦に振らずを得ない

 

139:サボりの住人 

ちゃんと盛り上がってるのもポイント高い

 

140:サボりの住人 

ほんと、楽しいことやる面に関してはすごいクオリティでやるよなイッチ

 

141:サボりの住人 

仕事もできるし、顔もいい、おまけに傍には年中イチャイチャしてるヒロインちっくなウマ娘もいる……

なんだコイツ人生勝ち組か?

 

142:サボりの住人 

勝ち組だろ。まずトレセンのトレーナーとか言う高位職に就いてる地点で

 

143:サボりの住人 

それはそう

 

144:サボりの住人 

(なおトレーナーは副業の模様)

 

145:サボりの住人 

うっそだろおい

 

146:サボりの住人 

あれだけ戦績立てといて副業って……

 

147:サボりの住人 

つい最近テイオーちゃんがGⅡで圧勝したってのに

 

148:サボりの住人 

それ以前にウィングちゃんの戦績が異常なんだよ

質もだけど『()』も

 

149:サボりの住人 

量←ここ大事

 

150:サボりの住人 

他の()の面倒も見てるんだっけ?

なんか大らかに発表とかはしてないらしいけど

 

151:サボりの住人 

他の娘もしっかり可愛いんだよな

 

152:サボりの住人 

>>150 あーそれね

なんかイッチ談によると中々尖ったのが多いのと俺等で言う『仕事の研修中』みたいらしくてレースに出しづらいんだと

チームでも組めば話が変わるらしいんだが

 

153:サボりの住人 

まじけ

 

154:サボりの住人 

尖ったってどうゆう意味や

 

155:サボりの住人 

そのままの意味や

 

156:サボりの住人 

いや分からんて

 

157:サボりの住人 

性格とか体質とかじゃない? 知らんけど

 

158:サボりの住人 

どうであれイッチのトレーナー歴は異常なわけだが

 

159:サボりの住人 

そんだけ時間かけてるモノが副業兼『趣味』であるという事実

 

160:サボりの住人 

>>159 本業は……まあ、うん。俺等からしても見てられないから、ね?

 

161:サボりの住人 

うん

 

162:サボりの住人 

うん

 

163:サボりの住人 

そうだね

 

164:サボりの住人 

 

165:サボりの住人 

万人が認めるほど見てられないイッチの本業とは……

 

166:サボりの住人 

>>165 ただの経理処理なんだよなぁ……

 

167:サボりの住人 

しかも雑務込み

 

168:サボりの住人 

ほぼ毎日会社員から投げつけられる経理の書類を想像するだけでボクは気分が悪くなりますよ……ウッ……

 

169:サボりの分析班 ID:u/VDgNYtH

ウウッ……!!

 

170:サボりの住人 

>>169 分析班リーダー!?!?

 

171:サボりの住人 

まずい、年中ブラック企業に就いている分析班リーダーに流れ弾がっ!

 

172:サボりの住人 

発作を起こしてるぞ! メディックを呼べ!

 

173:サボりの住人 

(っ'-')╮ =͟͞ U ブォン

 

174:サボりの住人 

>>173 追い打ちをかけるなよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

203:サボりの住人 

さて、イッチの職場は分析班リーダーが青い顔するレベルのブラック度合いな件についてなんですが()

 

204:サボりの住人 

終わってる

 

205:サボりの住人 

社会の闇

 

206:サボりの住人 

イッチがいるだけマジでマシになったらしい

最近、デビューするウマ娘が多いのがその証拠だとか

 

207:サボりの住人 

「俺がいなかったら? はは、そりゃ()()中央のトレーナーは白い目で紙の束とにらめっこしてただろうよ。もれなく全員な」

以下『深夜1時』に語られたイッチ談でございます

なお、この後に綴られたイッチが来る前の平均労働時間を聞いていた本スレ民は絶句してた模様

 

208:サボりの住人 

>>207 優秀

 

209:サボりの住人 

>>207 でしょうね

 

210:サボりの住人 

>>207 残当

 

211:サボりの住人 

イッチのおかげで労働時間が3割減ったあたりイッチのイカレ具合がよく分かる

 

212:サボりの住人 

仕事ができるとは言わない模様で()

 

213:サボりの住人 

いや、イカレで正しい

 

214:サボりの住人 

あれを仕事ができる程度で片付けてはいけない……

 

215:サボりの住人 

何を見たんだよポマエラは……

 

216:サボりの住人 

>>216 文字通りイカレ

 

217:サボりの住人 

>>216 人外

 

218:サボりの住人 

>>216 人間の神秘

 

219:サボりの住人 

怖いって

 

220:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

お前ら褒めるか貶すかどっちかにしろよ

 

221:サボりの住人 

 

222:サボりの住人 

おお!イッチじゃないか!

 

223:サボりの住人 

祭りは順調かイッチ?

 

224:サボりの住人 

にんじんを受け止める籠の用意はできてるのかイッチ?

 

225:サボりの住人 

(っ'-')╮ =͟͞ U ブォン

 

226:サボりの住人 

(っ'-')╮ =͟͞ U ブォン

 

227:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

へいへい蹄鉄もにんじんも受け止める準備はできてるよクソが

今は配送されるにんじんのリストアップをしてる

死ぬほど数は多いが……面倒なのは金の振込なんだよ……

これ全部やんのかぁ……だりぃ……

 

228:サボりの住人 

分からんがとにかくやばいのは分かった

 

229:サボりの住人 

本スレが4スレ行ってるから理論上4000人以上の振り分けか

 

230:サボりの住人 

うわぁ……

 

231:サボりの住人 

うわぁ……

 

232:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

ちなみに想定2000kgはうちの店に届くらしい

 

233:サボりの住人 

うっわぁ……

 

234:サボりの住人 

うっわぁ……

 

235:サボりの住人 

もはや声すら出ない模様()

 

236:サボりの住人 

そりゃそうだ

 

237:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

リストアップ終わったらトラックの手配もしねぇと……

免許無いから人も雇うとして……

 

238:サボりの住人 

……なんかもう、ここまでくると哀れだな

 

239:サボりの住人 

マジ可哀そう

 

240:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

リストアップと手配とかは順調にいけば5時間で終わりそうだな、よし

寝る時間は取れそうだ

 

241:サボりの住人 

>>240 は?

 

242:サボりの住人 

>>240 は?

 

243:サボりの住人 

>>240 は?

 

244:サボりの住人 

>>240 たった5時間で終わんの?

4000人から投げつけられるにんじんの確認と振込する金額の計算が?

 

245:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

>>244 計算は一瞬で終わる。ソフト使うからな

たださっき言ったように、問題は振込先の判別と確認がな

間違えるわけにはいかんから全部手作業でやるつもり。これに4時間は持ってかれるはず

 

246:サボりの住人 

気が狂うわ

 

247:サボりの住人 

マジで言ってんのか

 

248:サボりの住人 

普通の企業でもマクロ組むぞその量は

 

249:サボりの住人 

イッチ組めなかったっけ?

 

250:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

無理。そこら辺の知識はない

ていうか俺の場合、手作業でやった方が確実だし何なら早い

 

251:サボりの住人 

なんでやねん

 

252:サボりの住人 

やっぱおかしいわうちのイッチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

954:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

うっしゃァ終わったああぁぁぁあああああ!!!!

 

955:サボりの住人 

おつかれ

 

956:サボりの住人 

寝ろ、今すぐ

 

957:サボりの住人 

土産に蹄鉄やるわ (っ'-')╮ =͟͞ U ブォン

 

958:サボりの住人 

5時間経過……あれからレスも700くらい消費したのか

 

959:サボりの住人 

祭りの方も大盛況で終わったことだし、万々歳ってところか?

 

960:サボりの住人 

まだ万歳できてないイッチがいるわけなんですが()

 

961:サボりの住人 

帰るまでが遠足とはよく言ったもので()

 

962:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

>>956 遠慮なくさっさと寝させてもらうわ!

ウィングからの電話で労いの言葉ももらったことだし、快眠できるぜヒャッホォ!!

 

963:サボりの住人 

>>962 タヒね

 

964:サボりの住人 

>>962 うらやまタヒね

 

965:サボりの住人 

>>962 シンプルにタヒね

 

966:サボりの住人 

さりげなくイチャイチャを流すなクソイッチが

 

967:サボりの住人 

深夜にブラックコーヒーを飲ませんじゃねぇよワイを寝させない気か

 

968:サボりの住人 

独り身のに対してのダメージがでけぇ

 

969:サボりの住人 

深夜に一人で掲示板に張り付いてるワイって……

 

970:サボりの住人 

>>969 やめろ、それはここにいるほぼ全員に刺さる

 

971:サボりの住人 

傷ついた

 

972:サボりの住人 

傷心した

 

973:サボりの住人 

バキバキに心へし折られた

 

974:サボりの住人 

てことでイッチ

ワイらはウィングちゃんとのイチャイチャ動画を要求する

 

975:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

言ってること支離滅裂じゃねぇかお前ら

イチャイチャが欲しいのか欲しくないのかどっちなんだよ結局

 

976:サボりの住人 

>>975 欲しいかほしくないかで言ったらほしいに決まってるォ!?

 

977:サボりの住人 

>>975 あの()の幸せそうな顔が見たいんだよ!

 

978:サボりの住人 

>>975 心にダメージ負うのは分かってるけど同時に癒されるからプラマイ0だし

 

979:サボりの住人 

むしろプラス

 

980:サボりの住人 

だからよこせ

 

981:サボりの住人 

成分を供給させろ

 

982:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

へいへい……明日ウィングと動画撮ってみるての

 

983:サボりの住人 

よっしゃぁ!

 

984:サボりの住人 

秘蔵コレクションが増える……っ!

 

985:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

一応言っとくが……広めるなよ?

 

986:サボりの住人 

当たり前よ

 

987:サボりの住人 

ウィングちゃんのファン舐めんな

 

988:サボりの住人 

モラルはちゃんとしてるぜ

 

989:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

あそう。んじゃ俺寝るから

あと10レスは適当に使ってくれ

 

990:サボりの住人 

りょー

 

991:サボりの住人 

(っ'-')╮ =͟͞ U ブォン

 

992:サボりの住人 

(っ'-')╮ =͟͞ U ブォン

 

993:サボりの住人 

(っ'-')╮ =͟͞ U ブォン

 

994:サボりの住人 

(`ェ´)ピャー

 

995:サボりの住人 

(`ェ´)ピャー

 

996:サボりの住人 

なんだコレ

 

997:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

あ、そうだ

 

998:サボりの住人 

 

999:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

 

近々チームを組むことになりそうだから、お前らチームの名前考えといてくれ

詳細は明日、また朝にスレ立てるから

 

 

1000:サボりの住人 

!?!?!?!?!?!?!?!?

 

 

 

 

 

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2ちゃん見てたら急に思いついた頭悪いやつ
本家のもやし祭りもクッソおもろいから時間があったら見てみてくれハマるぞ

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閑話 夏の夜の女子会は恋バナ必須定期


忘れてないか?
拙作のタグは【モブウマ娘】だぞ?


 

 

 

 夏の夜、少女の仲睦まじき集団がそこにはいた。

 彼女たちは今を駆ける若きウマ娘。

 その集団の名は、()()ない。

 

 未だ目立たず、淡く輝きもしない、されど可能性を残している。

 そんな一つの目標に向けて、ひたむきに走り続けている少女たちだが――

 

 

「女子会だ~!!!!」

「「わー!!!!」」

 

 

 そう、一端(いっぱし)の乙女であることには変わりなく。

 ベッドで寝転がりながら、地面で寝そべりながら、行儀よく椅子に座りながら。

 

 夏の夜と称し、夏の思い出。

 良い記憶を残そうと、合宿場所のホテルで女子会を開く少女たちがそこにはいたのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「いやぁ~、今日はより一層疲れたね~」

 

 

 開幕から言葉を発するのは、ベッドの上から疲れた表情で気楽な態度をとる少女。

 

 少女の名は「メルトステイ」

 常に明るい雰囲気を周囲に放ち、気落ちしない性格。

 そして教官付きのウマ娘であり、教官付きでありながらある男にトレーニングの面倒を見てもらい始めた()()のウマ娘である。 

 

 

「メルト? そのおじさんみたいな口調やめて。あとその脚をブラブラするのも。女の子らしくないから」

「えー、いいじゃんかー減るものでもないんだしー」

「良くない。トレーナーみたくノンデリな人になりたくなかったらやめる事。今すぐ」

「トレーナーに対する印象低いなぁ……」

「否定できないでしょ」

「それはそうだね」

 

 

 メルトが伸ばした脚を素手ではたくのは、メルトの友人であった。

 彼女もまた、男に惹かれたウマ娘。順番的には4番目だ。

 

 ……ていうか、この一室に集まった9人のウマ娘は全員、揃いも揃い男に面倒をかけてもらっている少女たちである。

 

 正論とトレーナーのdisを聞いたメルトが脚を渋々引っ込める。

 そんな子供のような態度に一同が苦笑していた。

 

 

「……ま、疲れたってのは同意だな。今日は特にトレーニングに気合が入ってたようだったし」

「おー、やっぱりそう思うよね?」

「まあな。最近のトレーナーはなんかそうやって調整してるように見えるし」

「わかる~。私たちの成長に合わせてるんじゃないかって思うよね」

 

 

 前言の言葉に同意して言葉を繋げるのは、声が低めな男寄りの口調をした少女だ。

 メルトに続き2番目に男に身を寄せた少女。

 走りの実力的にも、メルトに最も拮抗しているウマ娘である。

 

 そんなナンバー1,2の言葉に、他7人のウマ娘が相槌を打つ。

 

 

「私達のことよく見てるっていうか、なんか成長してる感はすごいよね。最近」

「だね。私も体力がいい感じに付いてきたし」

「<リギル>との併走もさー、私付いてくのが精一杯かと思ったんだけど意外と大丈夫だったし」

「わ、私も……今日の2000mでタイムを縮められました……」

「いいな~、そっちは成果出てるんだ~」

「あれ、アンタは?」

「私はちょっと目ぼしい成果ってものが出てないんだよねー……。今度トレーナーに直談判しに行こうかな~」

「いいじゃん! それ私も行きたい!」

「私も私も!」

 

 

 次々に流れる会話の波。

 『レース』という彼女たちにとって大事な部分の話ではあるが、その声色に緊張も焦りもなく。表情にはただこの一時(いっとき)を楽しもうという、緩んだ笑み。

 お互いに腹内を探らない、純粋な子供の、友達同士の会話で。

 

 それぞれが主に今日の振り返りや、最近の成長具合を語り合う少女らであった。

 

 

 ――会話が進むたびに成長具合……つまりは()()()()。『どこ』とは言わないが明確に目立つ一部の部位に対しての話題もあったりしたが、プライバシーの件で割愛。

 ……一部内容を抜粋するが、年中弱気で耳をへたらせた少女が、()()()()()()()()()身体の一部が成長しない事で泣きそうになったのを他の()が慰めていた場面を上げさせてもらう。

 なお、一番成長具合が大きい男寄りの口調をした少女は実に堂々としていた。自分の武器を理解しているようだ。

 

 ソレを見ていた周りの同期生。

 どうやったらそこまで大きくなるのかという周囲の熱烈な問いの中。

 男口調の少女は『胸』を張ってこう言った。

 

 

「知らん」

「「「だったら見せつけるようにその胸を張るなぁ!!!!」」」

 

 

 平均的に小さい部類に入る3人の娘が吐いた苦言はごもっともであった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 それからも時間は流れ、ガールズトークのボルテージはうなぎ登りに上がっていった。

 

 最近見ている少女漫画は? という話題から、気になっている異性はいるのか?に至るまで。

 時間の経過と共に濃度を上げる会話の話題は、深夜テンションというものが彼女たちを取り巻いていることを証明しているのは明らかだった。

 

 なお、前言の話題では、後者についてほとんどが否定の意を示す。

 そもそもトレセンという女子高みたいな空間では、気になっている異性など職員やその関係者、あるいは一部のトレーナー以外にはいないのだ。

 ……逆に言えば、ターゲットにされる異性がソレに固定されるわけだが。掲示板でトレセンはある種の婚活会場などと言われるのは妄言の類ではないということである。

 

 ――と、そういう話題になれば、だ。

 

 すぐ近くにいる異性、もとい男性といえば。

 彼女たちのすぐ近くに普段からいる者がいるではないか。

 多くの面倒をかけてもらい、返しきれない恩もあって、あまりに自由気ままに動くトレーナーが。

 

 

「正直さ、みんなってトレーナーのことどれだけ好きなの?」

 

 

 流れになったように放たれたメルトの言葉。

 同時に表情を変える他のウマ娘たち。赤面や困った表情にポケっとしてる者と十人十色といった反応だ。

 

 

「……メルト、それノンデリよ」

「なんで!?」

「同感だ。他は良いにしても、トレーナーについてそれを聞くのは結構ヤバイ」

「最悪、戦争が起こるわよ?」

 

 

 再び「なんでぇ!?」とメルトから悲鳴が上がる。

 

 メルトステイ、彼女はいわゆる残念な子の類に分類される少女であった。

 明るい性格や気落ちしない性格は普段から何も考えていない証。それに惹かれる者も確かにいるのだが、考えなしに発言したり行動をするため、普段は友人に何とかして抑え込んでもらっているという始末なのだ。あと成績も悪く、勉強も友人頼みであることを示しておく。

 

 が、その残念さ――もとい尖り具合がトレーナーの眼に着いたからこそ、彼女は今もこうして多くの友人と笑い会えているのだ。

 

 

 閑話休題

 

 

 悲鳴を上げたメルトだったが、駄々をこねるかのようにベッドの上で納得のいかない表情をしていた。

 

 

「いいじゃんいいじゃん! せっかくの女子会なんだからさ、こう、バーっと色々話そうよ!」

 

 

 むぅ、と周囲の少女からうねり声が上がる。

 夏の思い出作りとして、女子会というガールズトークは印象に残りやすい。それも恋愛事となればなおさらである。

 とはいうものの、その焦点は普段から世話になっているトレーナーだ。

 どう思っているのか、などと今更ながらここにいる皆々共にさらけ出すのは気恥ずかしいと思うものも少なくない。

 

 そんな葛藤がそれぞれ呻いている中、最初に口を開いたのは男口調の少女だった。

 

 

「……まあ、悪くは思ってない。むしろ好ましい。オレはそんな感じだな」

「おー! それはどんなの!? like的に?それともlove的――」

「メルトうっさい。あと単語が頭悪い。ノンデリ。バカ」

「酷い!?」

 

 

 言葉を聞いて顔をガバッと上げたメルトに待っていたのはそんな友人の罵倒。メルトは再び布団にうずくまって泣いた。

 

 

「ローラン、いいの? 私のバカの言葉に付き合って」

「……メルトの言い分にも一理あるって思っただけだ。別に他意はない」

 

 

 ローランと呼ばれた男口調の少女はそっぽを向いて答える。少々赤くなった頬は隠しきれて入れず、周りの娘も「気恥ずかしい思いがあるんだな」と、若干察しながら見守るような優しい笑みでローランの顔を見ていた。

 

 

「……なんだよ」

「いやぁ? 普段から表情が硬いローランのそんな顔を見るのが面白……じゃなくって珍しくってさ~」

「仏頂面も偶に変化があるとギャップがすごいなーってね」

「やー、流石は2番目だね。どこかの1番様と違って乙女らしいや」

「…………うっさいっ」

 

 

 照れたように言葉を跳ね返すローランに、一同は思わず黄色い歓声を上げる。

 あまりにガールズトークらしい会話だ。糖分多めでブラックコーヒーが欲しくなるほどに。

 

 さりげなく罵倒されたどこかの1番様の悲鳴は虚空に消えていったが、それを気にする少女は誰一人いなかった。そろそろ枕を涙で濡らす頃合いかもしれない。

 

 

 

 

 そこからも、話題は問答無用で加速していく。

 生じていた気恥ずかしさも、ローランが先陣を切ったことで吹っ切れたのか、周りの少女の口も軽くなっていた。

 

 

「ま、正直私はlike寄りかな。9番目って言うのもあるかもしれないけど、まだ関わりが深まってないっていうか」

「ん~、私もまだちょっとlikeかな。あの性格に慣れてなくてさ」

「アタシは……どうだろ。わかんないや。嫌ってはいないんだけど……今はメルトの世話が大事すぎるっていうか、考える暇がないっていうか……」

「え、もしかして私にlove? や~、友人に絡め捕られちゃう~」

「…………バカは無視して。次行こうか」

「酷い!?!?」

 

 

「わ、私は……ご、ごめんなさい! ノ、ノーコメントで!」

「知ってた」

「うんうん。無理しなくていいからね。ホントは恥ずかしいんだからこんなの」

「誰だよ、こんな可愛い子に無理やり恋愛事情を吐かせようとした1番目様は。このノンデリめ」

「そろそろ泣くよ私!?」

「あ、あの私、気にしてませんから、そのくらいにしてあげても……」

 

 

 こうして盛り上がるガールズトーク。

 若干一名、他8名からダメージを食らい続けているが総勢で無視。この流れを作った功労者ではあったが、気弱で優しく可愛いマスコット的少女を困らせたことが最終的な採点を大きく減点してしまっていた。

 そして、いい加減メルトが涙で枕を濡らしそうな頃合いな時だった。

 

 誰が言ったか、他愛ない一言が女子会を楽しむ少女たちに、ある灯火を着火させた。

 

 

「そういえば、アストラル先輩ってトレーナーにloveなのかな?」

 

 

 顔を見合わせた少女達は、揃いも揃って疑問を浮かべながら。

 正直、すっごい気になるという表情を誰も隠し切れず。次の一言である行動に移す。

 

 

「せっかくだし聞きに行こうよ!」

 

 

 メルトが放ったその言葉に異を唱える者は誰一人いなかった。

 

 

 

 

 

 



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閑話 女子会のオチは爆弾放り投げと決まってる


前回のあらすじ
トレーナーにガチloveか聞きに来たモブウマたちであった



 

 

 

 

「で、私の部屋に来たと」

「ごめんねウィング……うちのバカのせいで」

「私のせい!? そっちも乗り気だったじゃん!?」

「あはは、いいよいいよ。ていうか、そっちの部屋でそんなことしてたなら、私も最初から呼んでほしかったな。面白そうだし」

 

 

 そうしてアストラルウィングの部屋を訪問しに来た一同。

 他の合宿生と変わりない部屋。2人1組を示すシングルベッドの数。

 なので正確には、アストラルウィングとその同居人であるトウカイテイオーとが泊まっている部屋だ。

 

 

「あれ? 先輩、いつもの髪飾りはどうしたんですか?」

 

 

 ある一人が、ウィングの容姿に違和感を感じ問いかける。

 いつもの青い翼の形をした髪飾り。

 肌身離さずいつも付けているそのアクセサリーが無いことに、メルト含む一同が疑問を覚えた。

 

 

「ん? あー、今はちょっと外してる……ていうか()()()()()。まあ気にしないでよ」

 

 

 笑いながら濁した回答に一同は再び疑問を感じざるを得ない。

 よく見れば、若干湿っている髪の毛が目に入った。

 部屋を訪れる際に、若干返しが遅かったのはシャワーを浴びていたからもしれないな、と。そんな予想をしながら一同は勝手に納得して部屋に招かれる。

 

 

「テイオー、今寝ちゃってるから声は抑えめにね?」

「あれ、こんな早くにですか?」

「私との併走で疲れちゃってね。次のレースも控えてるし、最近はトレーニングに精を入れてるんだよ」

 

 

 片目でウィンクをしながら、ウィングが白の布地がある方へ指先を向ける。

 言外に「見てみるといいよ」と言われた一同がシングルベッドの片方を覗けば、そこには安らかな表情で眠っているトウカイテイオーがいた。

 

 トレーナーが関わっているウマ娘の中で最も子供っぽい性格と背丈。

 同じ性格なメルトよりも、残念系じゃなく。もっと純粋寄りで可愛らしい美少女。

 そんな彼女の寝顔。まるで赤ん坊のようで、優しい表情で安眠をとるテイオーの寝顔を見た一同は思わず――

 

 

「「「可愛い……」」」

「でしょ?」

 

 

 そんな簡潔な感想が出てしまう少女達であった。

 

 

 

 

 

 

 ウィングが引っ張り出した座布団の上に座るメルト一行。

 テイオーが寝ているベッドから大分離れたベランダ辺りでガールズトークをしよう、と提案したウィングには相当の気遣いが出ていた。

 

 

「ごめんね? ホントはお茶でも出そうかなって思ってたんだけど、昨日で切らしちゃっててさ。おもてなしが出来ないんだ」

「いえいえいえ!私たちが寄ってたかって来ただけですから! そんな気を使わなくても大丈夫ですよ!?」

「え、でも後輩をもてなさない先輩ってなんかダメじゃない?」

「「「真面目ですか先輩は!?」」」

 

 

 さらなる気遣いに焦った一人が、ウィングの言葉に謝罪する。

 

 実は、この中でウィングと同期の娘はメルトとその友人、さらにローランを含めた入った順に言う1番2番と4番だけ。

 他は全員後輩の位置にあたっており、その全員がウィングを『大先輩』として慕う心を持ち合わせている。 

 

 そも、学年的にも先輩でもあるのは当たり前ではあるが、それ以上に彼女が残した戦績に憧れを持っており。

 そして先ほどの気遣いと言い、しっかりとした先輩らしい立ち振る舞いもさることながら、この面々に限らず多くの現役生の目標点になっているのだ。

 

 本当に、ホントーに、あのサボり癖全開で日頃から超不真面目トレーナーの担当なのかを疑うほどいい先輩なのである。

 

 

「偶に不真面目にはなるけどね~。ね~ウィング?」

「それはそうでしょ? 常に真面目なんて気を張ってるようでつまらないからさ。だから今だけは私の後輩の前でカッコ良くしていたいの」

「うわっ決めてくれるね~。何それ、トレーナーから学んだの?」

「ふふ、ただの受け売り。ちょっと真似してるだけ♪」

 

 

 このこの~、と同期として軽くじゃれあるメルトとウィング。

 それを遠目で見ている後輩は、余りにも眩しい先輩像に思わず感動しているさまである。

 無論、感動しているのは後者の方にだ。前者には色々足りてない。残念な所が全てを引っ張っている。

 

 

「あ、そうだ。皆<リギル>との練習は順調そう?」

「? はい。意外と何とかついていけてます」

「ローランとかは?」

「オレたちもなんとかな。それがどうしたウィング」

 

 

 唐突な質問に戸惑う後輩と、慣れた具合に言葉を返す同期生のローラン。

 

 

「いやね、私も心配性だから。そろそろ選抜レースもあるし大丈夫かなって」

「……あーそういえばありましたね。練習に夢中で忘れてた……」

「まだ私達、そこからなんでしたね……」

「いや、チームに入ってないのに合宿に付いて行ってるこの状況がおかしいんだよ……本来なら私たちトレセンで毎年恒例の教官の鬼連だからね?」

「「「そうだわ」」」

 

 

 言葉の綴りに、本来どんな存在なのかを思い出して顔を青く染める一同。

 そう、彼女たちは特例であのトレーナーに付いて行っているに過ぎず、本来は教官付きという肩書でレースにもまともに出れない身分だ。

 ましてや、チーム合同の合宿なんて言語道断。つい1月前の偶然が無ければ、彼女たちはこんな珍しい経験を積み重ねることなどできないのだ。

 

 それぞれが多様な表情を……しかし明るい表情などしていない中。

 大先輩であるウィングが口を開く。

 

 

「……ねえ。もしさ、いきなりレースに出れる!ってなったらさ。皆はどうしたい?」

 

 

 その言葉に、ぱちくりと目を開く一同。

 

 

「……どういう意味だ?」

「いや、変な意味とかは無いよ。ただ皆だったらどうするかなって気になったの。今このままで、()()()()()()()()()()()()()。それとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 その言葉に、一瞬静寂が起き。

 メルト含むその教官付きの彼女たちの心の内に、見えもしない熱が灯る。

 

 それは、一種の前向きな煽りだった。

 真剣な目で、ウィングはこう言ったのだ。

 

 ――もし、勝てるか分からないレースに出れるとしたら。

 ――教官付きという、未熟な身から抜け出せるチャンスがあるとしたら。

 ――それに脚を向ける覚悟があるのか。それとも無いのか。

 

 

「まあ、本当にもしもの話だけどね。君たちの場合だと、その前に選抜があるからそこを通過しないといけないけど」

 

 

 ごめん、ちょっと真面目な話になっちゃったね、と。

 先刻の問いを忘れてくれと言わんばかりに、苦笑しながら話を流そうとするウィング。

 そうして、このまま話を濁してこの話題はおしまい。と思っていた。

 

 だが。

 

 

「私は、やってみたいかな」

「……メルト?」

 

 

 それを逃がさないとする少女が一人。

 メルトステイ。

 教官付きの歴が、ウィングが現役であったころと比例している少女。

 

 この中で()()()()()()()()()()()()()を持った少女の言葉。

 

 

「ウィングはさ。私の走りを知ってるでしょ?」

「ん。まあね」

「はは、みんなもさ知ってるでしょ? 私のこだわった走り方」

 

 

 問に、その場にいる皆が頷く。

 教官付きならだれもが知っている、メルトの走り。

 

 

「知っての通りだと思うけど、私の走りって無駄しかなくてさー。教官には『その走り方やめろー!』なんて言われるし、疲れるし、勝てないし」

「選抜にも大体下位で落ちるから、当然レースになんか縁がないわけだよ私ってば」

 

 

 いつものように明るく語ろうとするメルトだったが、その声色には悔しさという感情がにじみ出ている。

 

 

「理想と現実って言うのかな」

「私がやりたいって思った走りが、普通を極めてる子には通用しない。勝てないって分かってても、私はこのこだわった走り方をやめられないし」

「もし、レースってなると多分1位なんて届かない」

 

 

 メルトが語る言葉に、静かに唇を噛む娘が増える。

 ここにいるのは、そんな経験をしたものばかりだ。

 特別な才など縁がなく、ただひたすら愚直に走り――

 それでも届かない。そんな経験をした夢を目指す少女ばかり。

 

 

「でも」

 

 

 でも。

 

 

「やってみないと分からないし!」

 

 

 それでも、手を伸ばす少女がいる。

 両手をいっぱいに広げて、普通な彼女は……いいや。

 

 ()()()()()()()()()、特別を背負った彼女は夢を語る。

 

 

「負ける戦いってことは、分かり切ってるけどね。それでも今の自分を試してみたい!」

「だって、私たちはあのトレーナーに教えてもらってるんだから!」

「結構、あの人には恩とかあるんだし!」

「だからまずは、長年付きまとってきた教官付きなんて肩書を無くしたい! まだできないけど!こんなもしもの話だけど!!」

 

 

 笑って、まず一歩を踏み出そうとする少女の覚悟。

 

 

「だからまずは、自分が持つ全部をぶつけてみたい」

「それでもだめだったら~……まあ、もう一回ありったけを集めてぶつけてみるよ。で、出来るまで何度もやってみる!以上!」

 

 

 そんな、大言を吐いた少女から出た締まらない言葉。

 周りの同期生は静まり返って、メルトの言葉に耳を傾けていた。

 

 当然のように起こる、数秒の沈黙。

 

 そして、最初に口を開いたのは――

 

 

「メルトの癖に、偶には良いこと言うじゃねぇか」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 一同が目を剥く。

 れきっとした男性の声。ローランとは違う、もっと聞き慣れた人の声。

 そこには。

 

 

「トレーナー!?」

「おう。悪いが聞こえてたぜ、今のやつ。扉の前までな」

 

 

 声の先には、部屋の扉を開いた彼女たちの、今までずっと世話をかけてくれていたトレーナーが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ~……恥ずかしい……最悪だぁ……」

「メ、メルトさん……」

「カッコよかったよ~、さっきの言葉!」

「ホント、メルトの癖に良い言葉吐いてたな」

「やめてぇ! 慰めになってない!逆にダメージを貰ってるからぁ!!」

 

 

 先の発言から間が空き、落ち着いたころ。

 メルトステイは、ウィングのシングルベッドの上でふて寝していた。しっかり掛け布団を体に巻き付け、枕を涙で濡らしながら。

 

 羞恥心全開で、体を震わせる少女を他数人で慰めるという珍現象が起こっているのであった。

 

 

「そういえば、トレーナーさんはどうしてこの部屋に?」

 

 

 その様子を見ていたメルトの友人が、苦笑しながらトレーナーに問う。

 

 

「確か、こことは結構離れた場所にトレーナーさんの部屋があるはずじゃ……?」

「ん?ああ、それはこっちに用があってな」

 

 

 問われたトレーナーが懐から何かを取り出す。

 青い翼の型をしたそれを。

 

 

「それは、ウィングの髪飾り……? ああ、なるほど」

「察しが良いな。もう分かったのか」

「ええ。彼女のことですから。どうせシャワー上がりの髪を()かしてもらうために、トレーナーの部屋に行ったんですよね? やけに彼女の髪の毛が濡れ気味でしたし。で、その髪飾りを忘れてしまったか何かでトレーナーが届けに来た、と」

 

 

 余裕の微笑みを見せるメルトの友人。

 それを見て思わず目を剥くトレーナー。

 理解力で言えば、どっこい比べできるほどにウィングのことをよく分かっていることをトレーナーは確信した。

 

 

「正解だよ。お前すげぇな推理力」

「伊達に彼女と3年も同期をやってませんから」

「……そりゃまぁ、()()することで」

 

 

 一連のやり取り。

 ウィングが同期とよい関係を築けていることに安堵したトレーナーは、立ち上がってメルトが泣き寝入りしている布団に近づく。

 

 

「ほら、いい加減起きろメルト。それ以上枕濡らしたらウィングが寝るとき可哀そうだろうが」

「私の心配はぁ!?」

「してるよ。だからこうやって慰めようとしてんだろうが」

「うぅぅ……ト、トレーナー? 一応確認だけど他の部屋の人には聞こえてないよね? 部屋を貫通して私の声が響いてたとか無いよね!?」

 

 

 必死だった。それはもう惨めなくらい必死なメルトがそこにはいた。

 

 

「聞こえちゃいねぇよ……。あんな湿っぽい会話なんざ扉の前でしか聞こえなかったっての。だからいい加減大声でわめき散らかすな。テイオーが起きるだろ」

「だから私の心配は!?」

「安眠と元気な奴に気を遣うなら、俺は前者優先だ」

「ひどい!?」

 

 

 再び泣き寝入りを始めたメルトを叩き起こすのに、また数分かけるトレーナーだった。

 

 

 

 

 

 その後、先の会話に至るまでの全ての事情を聴いたトレーナー。

 一体何をどうやったら、バラ色真っ盛りなガールズトークがあんな湿った会話になるのか、逆に聞いた結果その原因にウィングがいることが判明。

 

 彼は、そんな彼女に向けてものすごいビミョーな表情をしながら。

 

 

「おま……そういう話をすんならもうちょいタイミングってのあるだろ……温度差すごかったぞ?マジで」

「ごめんって……私もちょっと深入りしすぎたと思ってるし。ていうかトレーナーにも言われたくないんだけど」

「……それもそうだ」

 

 

 咎めるまでは行かないが、反省を促す言葉を肩を落とすウィングに向けたのだった。

 だが、放った言葉がブーメランして跳ね返ってくる始末。ダメだこいつら。

 

 と、そんな反省会の中、いきなり跳ね上がる少女達がいた。

 意図しない煮え湯を飲まされたメルトと、その他諸々だ。

 

 

「んむぅ~、せっかくだからトレーナーもこの女子会に参加してけ~!」

「そうだそうだ!」

「メルトだけ恥ずかしい思いして帰れると思うな~!」

「むしろ聞かせろ~!」

 

「お前たちこういう時の団結力すごいな……」

「ただ巻き込みたいだけでしょうに……」

 

 

 メルトの駄々こねにツッコむローランとその友人。

 止めることをしないのは、少しばかり聞き耳を立てていたトレーナーに対して邪な気持ちがあるのか。

 それとも、それとは他の別の思いがあるのか。

 

 

「……まあ、トレーナーの恋愛事情に興味が無いって言ったら嘘になるな」

「……そうね。せっかくだし、ウィングと同時に聞いてみるのもいいかもしれないし」

「わ、私も少し……気になったり……」

 

「え、あ、そういう流れになるんだ!?」

 

 

 そんな話題の焦点(ウィング)のツッコミも思わず炸裂。

 ウィング自身は望んでこのガールズトークに参加したにしろ、トレーナーに関しては完全にただの巻き込まれである。

 そんな完全不憫野郎の反応だが……

 

 

「ふっふ~、逃げれると思わないでよねトレーナー!」

「……いや別に逃げるつもりなんて無いんだが」

「あれ、意外と乗り気」

 

 

 以外にも否定的反応はしていないのである。

 嫌味すら感じていないその理由なんて、まあいつも通りで。

 

 

「何度も言ってるが、俺はお前らが望んでることならできる限り叶えるって決めてんだ。俺もそれをやってるお前らを見るのが好きなわけだし。恋バナって奴だっけ? やったことは無いが、俺でよけりゃ何でも話すよ。あんまりタメになるモンは無いと思うがな」

 

 

 若干渋々ながら、用意した座布団に座ってそんなセリフを吐くトレーナー。

 本懐というべきか、信条というべきか。

 目の前でさらっとそんな言葉を放てる男にとって、彼女達に求めているのはそれだけなのだ。

 

 

 ……さて、恥ずかしげもなく言ったその台詞だが。

 

 

 それを聞き届けた周囲の反応は一体どんなだろうか?

 先の台詞を簡単に要約すると、だ。

 

 ――お前らの一切合切許容して叶えてやるし、それを楽しんでやってるお前らが大好きだ、と。

 

 さも当たり前のように、当然のように、そんな遠回しのプロポーズみたいな歯が揺らぐ台詞を言ったのだ。この羞恥心皆無クソ野郎は。

 そして、不意打ち気味にそんな砂糖マシマシな言葉を放たれた当の本人たちは、一体どんな反応でいれるのか。

 

 

「…………」

「どうした、お前ら」

 

 

 ……まあ、言わずもがなって感じであった。

 赤面が大半を占め、恥ずかしい姿を見せないように俯く娘たち。慣れているウィングを除き一名の例外もなくウマ耳をへたらせて、落ち着かないように尻尾をパタパタ振っているのは、ウマ娘ならではのお約束。悲しきことに、感情表現は自動的に浮き出てしまう生き物であった。

 

 身をよじりたくなるような、数秒の静寂。

 そして、その場にいるウマ娘の気持ちを代表してメルトがトレーナーに向けて言った。

 

 

「いや、うん。もうその言葉だけで恋バナ的にお腹いっぱいだなって……」

「あ? ってうぉ!?」

 

 

 その言葉に全力で同意したのか、首を縦に振り続けるメルト一行。

 

 ブンブンブンッ! と快音染みた擬音が聞こえるほどに上下に振られていた首を見たトレーナーは思わず驚き、遠目で眺めていたウィングは苦笑していた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「もうこんな時間か……そろそろ解散しねぇと」

「えー? まだもうちょっといけるでしょー!?」

「飲み屋の面倒くさいおっさんかお前は……」

 

 

 メルト一行の赤面事件から数時間。

 明らかに混じってはいけないガールズトークに強制参加されていたトレーナーが、ウマホで時間を確認してからそう言った。

 

 夜も更けてきた。

 楽しい時間は終わり、思い出を惜しみながら寝る時間という頃合い。

 が、それを良しとしない少女たちがいることも、また確かなのだった。

 

 

「ふっふっふ……夜はこれからだよトレーナー!」

「逃がさないよ!」

「トレーナーが女の子を振ったっていう高校時代の事、もっと聞かせてもらうまで私たちは寝ないからね!」

 

 

 不敵な笑みでトレーナーを囲むメルト一行。

 彼女たちにとって、恋バナとは娯楽ともいえる花の蜜。

 それを易々と手放すほど、大人な心は持ち合わせていなかった。

 

 わがままをこねる少女たちを見て、トレーナーは呆れながら言葉を放った。

 

 

「ざけんな……見回り担当のトレーナーにドヤされんのは俺なんだぞ? それともあれか、お前ら()()()()に正座で説教食らいたいのか。そうしたいなら止めやしないが」

 

 

 ――ピクリッと、囲んでいた少女たちの動きが目に見えて止まった。

 次の瞬間には顔を真っ青にする者と、目を瞑って口惜しそうにする者がちょうど半分の割合で分かれる。

 そうして2秒にも満たない時間を経て。

 

 

「……さぁさ~早く部屋に帰ろ~」

「そうだね。子供は寝る時間だからね。早く、早く寝ようかなっ……!」

 

「お前らマジで……」

 

 

 ――手のひらドリルとはまさにこのことか。

 

 瞬時に踵を返してから一つしかない扉へと前進していくメルトたち。

 そんなに東条先輩が怖いのかと、呆れ目で見ながら見送るトレーナー。

 そう思うほど、まるで移動教室が始まったかのような、機敏な動きであった。

 

 

「……あ、そうだ! ねえメルト、あれ聞いておかないでいいの?」

「ん?」

「ほら、トレーナーとかの話ばかりになって聞けてなかったけど、私たち本当はアストラル先輩に用があってきたじゃん」

「…………あー!そうだ! 確かに聞くの普通に忘れた!」

 

 

 思い出したように扉の前で止まるメルト一行。

 その目線の向け先はトレーナーの隣に座るアストラルウィングに向けられている。

 

 

「どうしたの?」

「いやね、本来の目的っていうか、完全に忘れたたんだけど。ちょっとウィングに聞きたいことがあってさ」

「? それって恋バナ関係?」

「そうそう」

 

 

 ふーん、と首を傾げて用件を聞くウィング。

 相も変わらず平常心。その横にいるトレーナーも然り。

 

 

「いいよ~。なに?」

 

 

 そんな反応を崩そうか、と言わんばかりに若干いたずらな微笑を浮かべてから。

 メルトはクッソデカい爆弾を放り投げる。

 

 

「ウィングってさ、トレーナーの事って好きなの? こう、love的に?」

 

 

 ……

 …………

 

 きょとんと、ウィングのそんな反応がメルト一行を待っていた。

 

 赤面なんてもってのほか、自身の恋愛事情を当人の前で質問されたのにも関わらず、あまりに微妙な反応。

 さらに好意を向けられているトレーナー当人など、顔色表情一つ変えない様だ。

 

 メルトたちが「あれ? そんな微妙な反応する?」と思うのも無理はなかった。

 

 

「……ふふっ」

 

 

 と、そんな間の開け方があってから。

 ふとウィングが微笑する。

 

 

「いいよ、答えてあげる」

 

 

 その微笑は、とても乙女らしく。いじらしく。

 一端の恋する乙女がする笑みで。素直な恋心を現したようで。

 

 

「私はね――」

 

 

 その笑みを見たトレーナーが、悪戯感があってやばそうだと予感する。

 こういう時のウィングは、ロクなことをしないと本能が直感しながらも――

 

 次の瞬間、反応が遅れたトレーナーは彼女の術中にはまった。

 

 とても甘い声色で。

 腕に絡みつく、女の子の体温を感じながら。

 

 

「私はね、この通りゾッコンだよ♪」

 

 

 ウィングは、そんな脳を叩くような台詞を言った。

 男の腕に抱き着いて、尻尾を腰に巻きつかせて、甘えるように頬を二の腕に寄せてから、目の前の少女たちに見せつける。

 

 自慢の恋愛対象だと、浮かべた満面の笑みは誰もが見惚れるほどで、メルトたちを逆に魅了する。

 

 

 ――実に恋バナ。まさにガールズトークにふさわしい甘々さ。

 

 

 好意を向けられた当人がその場に居ること以外は、あまりに夏の思い出を締めくくるにふさわしいオチであった。

 

 

 

 

 

 その夜、とある女生徒らの黄色い歓声がホテル中に広まったことは言うまでもない。

 そうして東条トレーナーに叱られる事もあったのだが、それもまた思い出としてのオチには相応しいのだろう。

 

 

 





 恋バナでウィングに勝とうなど10年は早い(戒め
 イチャイチャを要求するのは毎回ウィング側だからね、経験値が足りませんよ経験値が。

 あ、モブウマはこれからも度々出てくるよ。


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久しぶりの学園と一大イベント


今章、夏編の最終番
さりげない日常の中で起こる小さな成長の章になるかな


 

 夢うつつに、曖昧な景色が流れる。

 

 そこは何処だったか……いや、分かっている。いつもの部屋だ。俺とテイオー、そしてウィングが集うコンクリートの檻で出来たトレーナー室。

 

 把握が遅れたのは、ぼやけて見える12枚あるモニターに映る数々の文字の羅列が不透明なものばかりだったからか。

 いや、もっと根本的なものが原因だと。そう直感する。

 

 

「…………」

 

 

 椅子に座っているであろう、俺の目線。

 その下には座椅子に体育座りをしているウィングがいる。

 特徴的な青の髪飾りを()()()()()、最近では見ない珍しい姿が。

 ……いや違う。その眼には活力が灯っていない。そんなウィングは既に過ぎた過去のものだ。

 

 

「……また負けた」

 

 

 目の前の少女から、そんな言葉が放たれる。顔を膝に乗せながら呟いたその一言には、余りに覇気がない。

 ――いや負けたって。……ああ、そうか。

 これは、俺が見てるのは本当に昔の景色なのか。

 

 

『ああ、随分と痛快な負け方だったな』

「わざわざ言わないでよ」

『いやつってもな、逃げ一手で体力根性不足からの敗走の上、吐きそうになりながら帰ってくる姿は大分滑稽だと思うが?』

「うっさいっ」

 

 

 口を開いてもいないのに聞こえる俺の声。

 どうやら夢うつつとかではなく、ガチめの夢らしい。記憶の回想とでもいうのか、確かにこれは俺とウィングが交わしたことのある会話なのだろう。

 

 

『……で? 次のレースはいつにするよ。いつもながら、要求があれば合わせるが』

「……一番近いレースは何?」

『言うと思ったよ。――半月後、1600m GⅡのローズステークスが最速だ。お前の怪我の可能性も考慮してな』

 

 

 また懐かしい。ウィングが初めて出たGⅡレースの話じゃないか。

 これまでのウィングではGⅢが限度だと判断していたが……行けると思ったのは()()()の影響でウィングのボルテージが上がり気味だと直感したからだったか。

 他にも触診や色々診たりしたと思うが……夢だからか記憶の掘り出しがうまくいかない。

 

 まあ、今のアイツが五体満足なのは確かだしあの時の俺の判断は良しとしよう。

 ……確か、このレースも負けたと思うがね。それでもいい経験値にはなったはずだし、よし。

 

 

「うん、分かった。じゃあそれでお願い」

『へいへい……ったく初のGⅡだってのに反応も無しか。少しは喜べよ』

「勝てなきゃどのレースでも同じだよ。私は一位にこだわるタチだから」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。全く、先が思いやられる』

 

 

 ……あー、そういえばこういう感じだったなコイツ。

 こんなウィング、今や見る影すらないんだが。はっは、随分と丸くなったもんだ。いや、俺が丸くしたと言っても過言ではないんだけどさ。

 結果第一、その他廃絶。なんて性格に手を焼いていたころが懐かしいや。

 

 

 

 

 ――と、いきなり眩暈のような感覚が俺を襲う。

 灰色の景色にノイズが走る。それと同時に俺を動かす不可解な浮遊感。

 ……なんか寝てる時たまにあるよなぁ……こーゆう階段踏み外した時みたいに無重力になる感じ。

 

 

「ねえ、トレーナー」

 

 

 数秒の間を開けて、また同じ視点に戻された。

 さっきまでと同じ灰色の檻だ。……いや、さっきと違うとなればモニターの電源はついてないし、ウィングではなく俺が座椅子に座っているところか。

 

 ……ん? 待て。俺が座椅子に座ってんなら今のウィングの声はどこからだ?

 

 

「ねえってば」

 

 

 下からの声。……下?

 目線を向ければ横になっている様のウィングが目に入る。

 

 ――そう、丁度俺の膝を枕に横になっているウィングの姿が。

 

 

『おー、どうした』

「どうしたはこっちの台詞。トレーナー、私が膝で横になってるのに何も反応しないんだもの」

『いや、お前がそーゆうことするのは初めてだし、ちょいと戸惑っただけだ』

……少しは顔くらい赤くしてよバカ……

『無理な注文だっての……』

 

 

 あー、()っつ。

 コレあれだ。ウィングがまだ俺にイチャつくの慣れてない頃の記憶だ。

 今でこそサラッと添い寝やら膝枕やら色々してるが、昔はまだこんな純情だったよな。

 

 ちな、俺は相も変わらず平坦な反応具合。羞恥心消え去ってらぁハハっ(乾いた笑い

 

 

 

 そうして流れる無言の時間。

 

 ウィングはウマホでSNSを眺めてるし、俺は俺でウィングの頭を優しく撫でながらトレーニング表の再確認をしていた。

 会話など挟まず、ただ自分のやりたい事をやっているだけの自由な時間。

 気まずいなんて感覚は当然無く、身を投げるようにお互いがお互いに甘える。そんな他愛ない、いつもの時間。

 

 

「そういえば」

 

 

 夢の中だというのにもかかわらず、そんな空気に慣れ浸しむ中。

 ウィングがウマホに目を向けながら口を開いた。

 

 

「今日、見るからに偉そうな人と話してたみたいだけど、何の話をしてたの?」

『いやお前、それどこで知った。情報源は?』

「トレーナーが見覚えのない人と喋ってるのを直接見たの。確信とかはなかったけど……その反応だとホントに重要な話?」

『……まあ、おう』

 

『……愚痴になるが、最近お偉いさん共からチームの発足を提案されてな』

 

 

 おい、待て俺。なんつー話をいきなりぶち込んでやがる。

 いや事実だが、事実だったがな? 今コイツの前でそんな話をするな!

 

 下を向けば若干、不機嫌気味なウィングの表情が目に入る。

 ぷくッと膨らみかけている頬がその証拠だ。

 

 

「…………ふーん?」

 

 

 ほら見たことか、ウィングの不機嫌具合が目に見えて分かるだろ!ウマ耳もヘタレせてるって!つか下をよく見ろ俺!トレーニング表なんて見てる場合じゃねぇ!

 

 

「メルトたちを見てくれないかって事……?私がいるのに?」

 

 

 コイツ意外と嫉妬深いんだぞ、マジで!根を引くタイプってわけじゃないけど、色々めんどくせぇんだ!

 つか、後が怖ぇえのが分かんねぇのか!?

 

 ……あ、いやそうか。この頃は()()ウィングの好意とか全く気にしてなかったな!畜生っ!

 ならあの時の俺の言動も納得だわ!クソっ!恐れ知らずが!(自虐)

 

 

『あのな、結論から言うが()()()()()()()()。メルトら含む教官付きの面々を見てるのはあくまで俺の趣味範囲だし、今回の一件はそれを見た上の人らがチームを組んだ方が楽になるって俺を言い包めに来ただけの話だ』

「……本当?」

『ああ。今のとこ、そんな気は少しもねぇよ』

 

 

 俺の言葉を聞いたウィングが気を張っていた雰囲気を少し弛緩させた。

 ……全く、あの時の俺はバカなのだろうか。

 膝枕まで要求する年頃の娘の好意に気づかないとは。ましてや、その間に誰かを入れるなど自殺行為もいいとこだってのに。

 

 いや、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので仕方ない気もするが。あれは家族内のスキンシップとしか考えてないだろう。

 

 

『それにな、今の俺はお前に一筋を決めてるんだ。他のことなんざ考えてる暇はないんだよ』

 

 

 ……おお、そんなことも言ったっけな。

 覚悟ガンギマリだな俺。まあ、初の担当だったから気合も入ってたんだろう。

 

 

「……そ、そう? 好感度上げたいのか下げたいのかどっちなのっ……!

 

 

 そう言い切ったであろう俺の膝下には、頬を赤くして俺から目を背けるウィングが。

 若干身をもじらせながら、次には切れの良い言葉で俺に言う。

 

 

「もうっトレーナー? それ終わったら、私の髪、ブラッシングしてよね」

『……俺は良いが、お前そういうのは自分でやるんじゃなかったのか?』

「いいから。私がしてほしいの、トレーナーに」 

『へいへい……たくっ、我儘お嬢様がよ』

 

 

 軽口を叩けば、仕返しのようにパンッと軽い衝撃が背中を叩く。

 どうやらウィングが尻尾を俺の背中に向けて叩いたらしい。

 

 

 

 客観的視点でモノを語ったのは、俺の意識がぼやけて、不透明に、覚めてきたのか……

 夢の時間は終わりだということだろう。意図しない浮遊感が俺を揺らす。

 

 最後に見たその光景は――

 そして次に、俺が目を覚ました時に見るのは――

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「またお前かよ……」

「え、なに。なんで私トレーナー起こしに来ただけで怪訝な顔されてるの」

 

 

 またまたウィングでしたと。はい。出オチ乙。

 

 相も変わらず、寝起きの目で周りを見てみれば灰色の壁ばかり。俺のトレーナー室で、俺は床に敷いてある布団の上。

 見知った天井どころかうちの愛バで朝チュンかよ。どんな恋愛ドラマこれ?

 

 と、俺が放った単語が分からないと首をかしげるウィングが。

 

 

「朝チュン? 何それ?」

 

 

 そんな疑問を俺に投げる。

 

 

「……あー、ネットスラングの一種。朝目覚めて隣に好意的誰かがいる状況をだな……いや待て、調べるな。おい、携帯でググるな。事実はもっと卑しくめんどくせえぇ奴だからやめろおい」

「えーなになに~?」

 

 

 とてつもない蛮行をしようとしてるところを、俺は何とか携帯を奪い取って阻止しようとする。

 ……が、無駄! 額を手の平で押さえつけられて身動きが取れねぇ!力押しで勝てねぇし!

 これだからウマ娘ってのは……くっそ、身体機能じゃ勝てねぇのが悔やまれる。

 

 あ、ついに調べ終わったのかウィングの動きが完全に静止しやがった。

 ピタッ、じゃねえんだよピタッじゃ。文字が浮かんで見えたぞ今。ゲッダンでもしてたんか。

 

 

「へ、へぇ? 朝チュンってそういうことなんだぁ?」

「声が震えてんぞお前。……ったくネットスラングは地雷だらけで困る。要らねぇ知識を意図せず渡しちまうしよ……」

 

 

 そう言って頭を抱えながら俺は布団から起き上がる。

 今日は朝早くから予定があるしな。ウィングもそれに付き合う形で起こしに来てくれたわけだし、ササッと準備をば。

 

 と、その前に心の中で謝罪文を書いておこう。

 

 

 ――拝啓、ウィングの祖父様お母様へ。

 早朝六時から娘様に年相応らしくない知識を与えてしまい、心の底から申し訳なく思います。

 これから娘様に全身全霊の土下座をかましますのでどうか許してくれると幸いです。

 あと、珍しく赤面しているところが可愛いと思った俺の煩悩も無視してくれると助かります。

 

 

「…………私は、いつでもバッチこいだからね?」

「……冗談は俺と夫婦にでもなってから言え」

 

 

 この軽口の吐き合いも気にしないでください。はい。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 そうして、身支度をしてやってきたのは校内のターフ上だ。

 何故ここかって?そりゃランニングを今からするからだよ。早朝のトレーニングというものだ。流石に毎朝とはいかないが、週4のスケジュールでこの体作りは徹底している。

 

 因みに、ウィングは俺のランニングが終わるまで俺の店でお留守番である。

 元々今日はアイツの勉強を見てやるつもりでな、それで昨日トレーナー室の合鍵渡してたんだが……あんな朝早くに来るとは思わず惨事が起きたってわけで……。

 ……いや、この話はよそう。

 

 とにかく、今はランニングに集中するとしよう。

 その前に準備運動をっと。まずは簡単なストレッチから……

 

 

「挨拶ッ! おはよう多良トレーナー君!朝早くから元気で何よりだっ!」

「おはようございますトレーナーさん。今日も朝のランニングですか?」

 

 

 不意にかけられた、俺に対する声。

 誰だ、と朝寝起きな若干寝ぼけた思考を働かせながら、ゆっくりと声の主に振り向く。

 

 さっきの謝罪文で軽く言ったかもしれないが今は朝6時、子供が起床するには早すぎる時間帯である。いや、起床する子供もいるかもしれないが。

 だがしかし、それに加えここは生徒らが住んでいる寮と、距離的にだいぶ遠い校内のターフだ。

 基本的にトレセンの生徒が寄ってくることはほぼ有り得ない。コンマ1%だと断言してもいい。

 あと、普通こんな朝早くにスポーツウェアで走ろうとしている大人なんて不審者だ。話しかける理由がねぇ。

 

 その範囲に割り得てられず、この時間帯にわざわざ不審な俺に話しかけてくる人物と言えば……

 

 

「理事長にたづなさん……? どうしたんですかこんな朝に」

 

 

 左を見ればロングヘア―に白の帽子、そして頭に猫を乗せたロリ少女。

 右を見ればショートヘアに緑の帽子、隣のロリ少女とは違い身の丈に合った大人。

 

 言わずと知れた中央トレセンの上層部に位置する人たち。

 

 秋川やよい理事長と、その秘書である駿川たづながそこに居たのだった。

 

 

 

 

 

 準備運動の手を止めないまま、俺は2人の方へ体を向ける。

 訳もなく、こんな早朝にターフに来る人間などそういない。特に常忙しい上司となればなおさらだ。

 とりあえず、用件を聞く前に挨拶くらいはするか。

 

 

「どうも、おはようございます。理事長の猫はなんかすごい眠たそうですけど」

「夜行型の子猫ですからね。朝に弱いんですよ」

「肯定ッ! 最近だと怠惰具合が悪化してるせいか少し体重も増えている始末だ!」

 

 

 あ、はい。それは大変ですね。

 はきはきとした声で、うちのペット事情を語る理事長。笑いながらいつもの携帯しているだろう扇子を開けば、そこには『重い!』という3文字が目に入る。どうやら猫の全体重が頭に乗っかってるのを気にしているらしい。

 

 ……いやあの、だったら頭に乗せないで地面を歩かせればいいんじゃ。

 

 なんて言葉は野暮みたいなもんか。好きでやってんなら俺も何も言うまい。

 ――例え、身長が伸びない原因がそこにあるのだとしてもだ。

 

 ただ、頭に乗せてる猫についての私生活については一つ、忠告を入れておこう。

 

 

「偶には運動させることも大事ですよ。動物っていうのは、楽することを覚えたらそこに甘えたくなる生き物ですから。別に怠惰が悪いとは言いませんけど、行き過ぎると毒になりすぎますしね」

「感謝ッ! 忠告痛み入るぞ、多良トレーナー君っ!」

「ありがとうございますトレーナーさん。私も最近目に余っていたので……ですよね理事長?」

 

 

 たづなさんの一言が理事長に恐怖のデバフを与える。

 

 おーこわ、目が笑ってるのに笑ってねぇや。うちの母さんが親父に怒った時と激似だ。

 笑顔を引きつりながら、青ざめる理事長にはご愁傷さまとしか言いようがないな。普段の行いが生んだ結果です、諦めろ。おっと、思わず敬語が抜けてしまった。

 

 心の中で訂正して置いてと、さっさと本題を聞こうか。

 

 膝を震わせてる理事長の助け舟を出すかのように、俺は2人に話しかける。

 

 

「それで、自分に何か用ですか? こんな朝早くにってことは、急な要件か人目に付きたくない話でも?」

 

 

 俺がかけたその言葉で、職務を思い出したのかきりっとした大人の顔になる2人。

 ……いや、若干1名まだ震えてたが、まあ良しとしよう。

 

 

「か、解答ッ! たづな、本題に」

「はい。トレーナーさん、まずは先週の合同合宿お疲れ様でした」

「ん、どうもです」

 

 

 準備運動をしていた手を止める。

 

 ()()()、か。複数の要件ぽいな。

 とりあえずは、たづなさんからの労いの言葉を受け取る。

 しかし、これだけでは終わなかった。

 

 

「そして本来なら、チームとして成立していないトレーナーさんを巻き込んでしまったことも、正式に上司として謝罪させてください。申し訳ありませんでした」

 

 

 さらに、と言わんばかりに丁寧なお辞儀をするたづなさん。

 それはしっかりとした謝罪の言葉だった。合同合宿に本来関係ないであろう、うちの面々に対しての。

 先週から行っていた合宿は、確かに上司命令でやっていたもの。それに意図しない形で強制参加させてしまったことに対する負い目でもあったのだろう。

 

 深く前に下げられた頭と体。その謝罪を受けるのは容易い。

 

 ――ただ、それは俺が迷惑と思っていた場合に受け取るものだ。

 

 故に――

 

 

「いえ、自分はその謝罪は受け取れませんよ、たづなさん」

「――! ですがっ」

「いいんです。そもそもこの一件にたづなさんの意思が関係ないことは分かってますし。まあ、それを無しにしても、確かに本来の予定が崩されてしまいましたけど……それ以上に、うちの()らの満足そうなところを見れましたからね。()も――多分アイツらもそんな言葉は要らないと思います」

 

 

 俺は、その言葉(謝罪)を優しく返す。

 

 

「むしろ感謝してると思いますよ、うちの面々らは。仮にも第一線で活躍してるチームと一緒に特訓できたんですから。――ですからそんな気に悩まないでください、たづなさん」

 

「それでも申し訳ないって気持ちがあるなら……そうですね。今度うちの店に飲みに来てくださいよ。貸しを一つ作ってしまったお礼として、飯くらいは奢りますから」

 

 

 伝わるほどに感じる謝罪の意を、俺はたづなさんにそのまま返す。

 顔を上げたたづなさんが、息を飲んで言葉を飲み込む様子が見えた。理事長がそれを見て大きくうなずく。

 

 善意や悪意の問題ではない。これは損得という、大人な世界の話だ。

 俺は確かに予定という時間を奪われたが、それを対価にアイツらの経験を積ませることができた。それも多くの経験を、だ。

 加えて、俺はアイツらの()()()()()()を見ることができた。これは大きな得になる。

 

 分かるか? この一件は損得で言えば、俺ら側の得が多いのだ。

 

 金銭で言えばお釣りをもらっている状態、かっこよく言えば『借し』を作っている状態だ。

 その状況で謝罪を受け取る? バカか、上司方にこれ以上恥を乗せるつもりもないし、そもそも俺は恩知らずってわけでもない。

 

 ――借りたものは、大人として必ず返す。それが責務だ。

 

 ……まあ常日頃、子供の心にスイッチしてる俺が言っても説得力が無いがね。

 

 

「『ウマ小屋』ですか……」

「ええ、美味しいもんを提供することを約束しますよ」

「……ふふ、ありがとうございますトレーナーさん。では、また今度お邪魔させてもらいますね」

 

 

 円満に話は終わった。

 笑顔で微笑むたづなさん。それは憑き物が落ちたようで、ほっとしていた。恐らくこの一月(ひとつき)の間、抱え込んだ一件だったんだろう。

 

 肩の荷を落とした上司を見て、俺も準備運動の動きを再開した。

 

 様子を見るにまだ一件くらいはありそうだが、こっちもウィングとの勉強会という予定がある。ランニングも早く終わらせたいものだが。

 

 

「えっと、要件は以上ですか? そろそろ自分走りたいんですけど」

「あぁ、すみませんあと3つほど……」

「ん、分かりました。えっと、準備運動しながらで悪いんですけど、そのまま言ってくれませんか?」

「いいんですか?」

「生憎、動きながら人の話を聞き取れないような耳は無いんで。いや、止まってほしいって言うんでしたら止めますけど」

「いえ、気を使わないでも大丈夫ですよ。ではこのままで」

 

 

 たづなさんが携行していたボードを見始める。

 確認するような目つきだ、多分アレに要件の全てが書いてあるのだろう。

 

 

「まず、トレーナーさんが合宿にいた時に出来た追加の仕事ですね。これは明日、学園の全体サーバーに乗せておくので確認していただけると」

「……追加、ですか。10日分くらいは各トレーナーの分、前置きに終わらせてたんですけど」

 

 

 前屈をしながら気だるげに俺は言う。

 

 仕事の要件なのは分かり切ってるが、まさかあんだけの量にプラスされていたとは。

 流石、コーヒーもびっくりのブラック具合だ。どれだけの量かは知らんが、俺に投げてきた地点で一人一人の手に負えない案件だぞコレ。

 

 

「すみません……これに関してはトレーナーさん方各々(おのおの)の状況に寄りますから」

「ふむ……分かりました。通常の業務に加えてそっちも処理しますよ」

「いつも申し訳ありませんトレーナーさん……」

「はは、本業はこっちなんですけどね。それに、自分がこれやらなかったら他のトレーナーさんはホント死にそうですから……マジ冗談抜きで」

「遺憾ッ! 君の上司として面目が無いっ!」

 

 

 スーッと、遠い目をした俺の反応は間違ってないだろう。

 

 まあ、適材適所って奴だ。

 俺がこの業務に向いているってだけで、他のトレーナーさん方には荷が重い。だから適した奴に出来ることを渡す、それだけの話だ。

 

 苦手な業務渡して、ウマ娘の育成って言う本来やりたいことに着手できないトレーナーの姿を見るのもあれだしな。

 

 俺がそれを最速で終わらせられるなら、肩代わりしてやるのは道理ってもんだ。

 人情的にも、仕事的にも。

 

 

「それで2つ目なんですけど、これは……生徒会からですね」

「? シンボリルドルフからって事ですか?」

「はい。どうやら合宿に行っていたことで溜まっていた書類整理に手間取ってしまっているようで……トレーナーさんが良ければ、それを手伝ってもらえないかという言伝(ことづて)になります」

 

 

 あー、そういえば。トレーナーの方の仕事は終わらせてたが、そっちの方面は気にしてなかったな。

 ははっ、あのシンボリルドルフがわざわざ上司宛に言伝を残すとは、相当参ってると見える。

 

 

「ふっ、分かりました。その件も了解ですよ」

「そうですか。ではシンボリルドルフさんに直接お伝えしておきますね。それで3つ目なのですが……」

 

 

 ついに最後の要件。

 ……なんだが、たづなさんがちょっと言い淀んでいるように見える。

 なんだ? 重要な一件か何かか?

 

 そんな間をストレッチで埋めていたところだ。

 

 

「発言ッ! たづな、私が言おう」

 

 

 いきなり理事長がたづなさんの言葉を遮って、独特なはっきりとした声で言った。

 

 ……ていうかあの、大声を出したからか頭の猫が驚いてアンタの帽子をぺしぺし猫パンしてるんですけど。

 そこらへん無視したほうがいいんですかね。その『痛い!』って書いてる扇子にも。

 

 

「無用ッ! 最近、私に辛辣なのでな!スキンシップみたいなものだと思ってくれ!」

 

 

 あ、はい。

 

 

「報告ッ! では3つ目の要件なのだが」

 

 

 あ、ほんとに続けるんっすね。

 ストレッチを終えた体で、理事長と対して向き合う。

 その手には『お願い!』と書かれた扇子を広げられていた。

 

 そして、次に放たれた一言は―― 

 

 

「トレーナー君!君にはチームを結成してほしいのだっ!」

 

 

 トレーナーにとって、一大イベントと言っても差し支えないそんな指令だった。

 

 はは。

 ――()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな思考を回していた俺の口角は、少し上がっていたかもしれない。

 

 

 

 



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そして夏の終わりに小さな集まりは一つ成長をする


夏編最終番。やっとこさ成長した小さな集まりの話



 

 夏も終わり頃な、8月の末端日。

 熱で汗が滲む猛暑の日はまだまだ続いている。

 涼しさなど全く感じない気温の中、店の冷房を付けているこの空間だけは生き物にとって最も快適な場所だ。

 

 

 さて、時間はキングクリムゾンして、時は理事長との話の3日後。

 場所は俺の店こと『ウマ小屋』

 

 今日も今日とて、絶賛開店中である。

 

 ……ただし。

 

 

「テイオーちゃ~ん! いらっしゃーい!今日のトレーニングは終わったの?」

「あ、メルト! うん、今日のトレーニングは終わったよ!」

「お疲れ様~! あ、ここ座りなよ!トレーナーが今から料理を持ってきてくれるって!」

 

 

 通常営業ではなく、貸し切り状態ではあるが。 

 ……いらっしゃいって言うのは、店主の俺の役目なんだよなぁ。メルト、お前は客側だろ。

 

 厨房からテーブル席を眺める俺。

 もちろん調理の手は止めないままだ。まあ、今は肉とにんじんを煮てるだけだから手を放してる状態ってのが正しいか。

 その席には、テイオーと俺が面倒をかけている教官付きを含む6人が左右半々に座っている。

 テーブル席はうちの店には2つ。テイオーとメルトが座るそれと、反対の席も6人全員で埋まっており、それぞれが談笑を楽しんでいた。

 

 因みに、当たり前っちゃ当たり前だが、全員俺が世話をかけている娘たちである。

 さらには、貸し切り状態ってことで飯も食い放題。金銭に関しては払わせる責任者もいないし、なんなら俺が誘った張本人の為、全部俺のおごりということだ。

 

 当然「所用があるので帰りが遅くなる」と、各寮長には事前に連絡済み。手回しは昨日の内に済ませている。完璧な布陣だ。

 

 んで。

 

 

「お前は交わらねぇでいいのか? ウィング」

「ん? あー、今は良いよ。あのテーブルって6人で座るのが限界でしょ? 私が座るってなったらパンクしちゃうしさ」

「いや、傍に椅子ぐらいは出してやるが」

「……はぁ、それじゃ言い換えるよ。私、トレーナーの料理してるところ見たいからここに居るの」

 

 

 そのテーブル席の談笑に混ざらないうちの愛バが一人。言わずもがなウィングである。コイツだけは厨房前のカウンターに一人で座っていた。

 その理由はなんつーか、ただ料理をしている俺目当てらしいが、その他にも教付きの奴らに対する気遣いも垣間見える。

 

 トレーナーの俺としては、せっかく総出で集まったんだから楽しく談笑して来いよとでも思っているんだがな……。

 

 

「♪」

 

 

 頬杖を突いて、頬を緩ませるウィングを見る。

 嬉しそうに、好意的な対象をただ見るだけのそんな表情。

 

 …………

 

 

「そうか」

 

 

 ――まあ、俺を眺めて満足そうな感じだし。別にいいか。

 

 そう結論付けて、俺は出そうとしていた言葉を飲み込んだ。あんな可愛く微笑む表情を見りゃ、俺が出そうとしていた提案なんざ無粋みたいなもんだし。言うことねぇや。

 

 言葉を飲み込んだ代わりに、手元にある氷砂糖を口に放り込んだ。

 いつもの香りが、ひやりとした感触が口内に広がる。

 うん、甘い。

 

 

 

 

 

 ……そういや今更だが、俺が見ている教官付きは全員で『11人』になる。

 既に契約を交わしているテイオーとウィングを含めて計13人。そのうちデビューを果たしているのは、現状テイオーの1人のみ。ウィングはもちろん引退済みで、その他はまだデビュー戦も済ませていない。

 つまり、今の所俺が見てる教官付きでデビューしている奴は1人もいない。

 

 

「えー、今日お前らを集めたのはな。ちょいと重要な話をしなきゃいけないからだ」

 

 

 がやがやと、複数の談笑する声が店に響く中。

 俺は、淡々とこの店にいる全員に向かって言い放つ。

 

 なんでそんな話題を今更出したか?

 ――そりゃぁ今日、俺がこいつらに聞く解答次第でその比率が変わるかもしれないからだ。

 

 

「むぐむぐ……ん? ひひなりほうしはのはほへーなー(いきなりどうしたのさトレーナー)

「メルト、口の中のモノを飲み込んでから喋って。はしたないよ」

ほー(そー)だよ、めふほ(メルト)

「人の事言えてねぇぞテイオー」

 

「お前らなぁ……」

 

 

 …………緊張感ねぇーこいつら。

 

 俺今からお前らにとって人生に影響するかもしれないくらいの発表をするんだが。

 いや、食事中にこの話を振った俺も悪いか。うん。俺も俺でデリカシーがなってねぇや。ウィングとかに再三言われてるけど。

 

 

「全く……それでトレーナー? 重要な話って何?」

「オレも気になるところだ。教官付き全員を集めてする話なんて、今までなかったからな」

「あ? そーだっけか」

 

 

 要件を簡潔に聞いてくるメルトの親友とローラン。

 その言葉に「そうだね」と、食事の手を止めて他の少女たちが首を縦に振る。

 

 確かに、今までこんな集会みたいなことはやったことは無かったな。

 店で集まる程度のことは何回かあったもんだが、集まって5に満たない数人程度だしこうやって全員を集めたことは初めての経験だ。 

 

 

「ま、それだけ重要なもんだと思っとけ。特にお前らにとってな」

「私たちに?」

「ああ。それも一世一代のイベントパートだ」

「何そのゲームみたいな例え方……」

 

 

 最近、俺のクソ友人から勧められたギャルゲの用語に例えてみたんだが……どうやら不評なようで。

 おい、あからさまに怪訝な顔すんなって。知識子供なテイオーとメルトは分かんなそうだからいいとしてそこの(ほか)全員、お前らジト目で俺を見るなって。下らん知識暴露したのがバカらしくなるだろ。

 

 ああくそ……なんか、緩いこいつら見てると気を張ってる俺がバカらしく思えてきたわ。

 

 

「はぁ~……」

「おー、珍しい大きなため息」

 

 

 口直しに氷砂糖を一つまみ、と。

 頭を抱えながら、つまんだ甘味を口に放り込む様をウィングに見られながら、コイツはそんな言葉を宙に浮かせる。

 

 ほぼ諦め思考のまま、目の前を見る。

 談笑していた少女達、未だ食い物を口いっぱいに頬張るメルト。そしてそれを指摘するその友人。

 カウンターの前にはウィングが居て、話が気になったのかテーブル席で談笑をしていたテイオーもその隣に座っている。

 

 ……もうこれいつもの日常だなぁ……。

 はぁ、もういいか。いつも通りゆるーく。サラッと言っちまおう。

 

 一世一代とか知るか。この状況で俺だけ気を張ってんのも怠いわ。

 

 そう決めて、自然に口を開いた――

 

 

 

「あのな、今日はチームを作るって話をしに来たんだg」

 

「「「「ええええええーー!?!?!?」」」」

 

 

 

 俺に待っていたのは、ウィニングライブ顔負けの大音量でまき散らされる驚愕の声たちだった。

 

 うるさっ。耳吹っ飛びそうになったわ。

 つかこの前の恋バナと言い、こういう話題に反応速すぎだろこいつら!?

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

『トレーナー君!君にはチームを結成してほしいのだっ!』

 

『あー、はい。良いっすよ』

 

 

 つい最近、3日前の話だ。

 ターフの上に佇む俺と、理事長とたづなさん。

 最後の用件を対面して語られた俺は、サラッとその懇願を了承した。

 

 

『そこをどうか……! って、ん?』

『ん?』

『え?』

 

 

 早朝の誰もいない時間が、もっと静寂で埋まる。

 思っていない解答だったのか、戸惑う理事長とたづなさんがそこには居た。

 

 

『ふ、復唱ッ! すまないが、もう一度聞いてもいいだろうか?』

『いえ、だから良いですよって。そう言ったんですよ。チーム作りますよ自分』

『え!?』

 

 

 さらには、噓でしょ!?と言わんばかりに驚く2人。

 

 ……まあ、そりゃそうか。

 こればかりは今までの俺の対応が悪い。弁明の余地が無いくらいだし。

 そんな思考がよぎり、思わず失笑が出る。

 

 早朝、緑が地に満ちるターフの上。

 ふとひょんな風が吹いたその時。

 

 

『……上司として』

 

 

 驚愕の表情を浮かべていたたづなさんが、真剣な顔で俺に問う。

 

 

『上司として、改めて確認させてください。本当にいいんですか?』

 

『部下として、嘘偽り無く答えますよ。

 ――自分、多良トレーナーはここにチームの設立を宣言します』

 

 

 それに対し、俺も大人として、責任を背負うものとして、その言葉を切り出した。

 2()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「てなわけで、チームを作ることになったぞー」

「いきなりだね!?」

「そういう重要な話なら予め言ってよ!」

「そうそう!」

「びっくりしたんだからね私たち!」

 

「俺、重要な話だってさっき言ったよな……?」

 

 

 過去回想から戻ってウマ小屋の中。

 さらっと重大発表をした俺に待っているのは、なんとまあ存外すぎる怒号だった。

 こいつら、まさか飯と雑談のことばっかで俺の話どうでもいいとか思ってたんじゃないか?

 

 

「あれ? ウィングはあんまり驚かないの?」

 

 

 頭を抱えてる最中に、メルトがカウンターに座るウィングに問いかける。

 どうやらあんまり反応が無かったことが気になっているらしい。

 確かに、コイツは目を丸くしてただけだったな。

 

 

「ううん、ちゃんと驚いてたよ。チームなんて私が現役の頃には縁がなかったからね。なんだったら私もトレーナーから聞かされてなかったしさ……ホントにもう……」

「えー、ウィングにも言ってなかったの?」

「当日発表の方が盛り上がるかと思ってな」

「……それ、机に額を付けてるウィング先輩を見て言えます?」

 

 

 教付きの一人が放ったその一言に、俺はつい目を背けてしまう。実際にはカウンター席で顔をうつぶせているウィングにだが。

 いや、おう。サプライズ感がいいかなとは思ったんだが。どうやら不評なようで……。

 

 ……だからそう睨むな。この件に関しちゃ俺が悪かったのは分かったから。

 

 

「まあとにかく、俺らはチームを設立することになったわけだが」

「あっさり流した!?」

「テイオー、もういいよ。私こういうのには慣れてるから……」

「アスウィー!? 死んだ目で言っても説得力ないよ!?」

 

 

 気のまずさを早急に濁す為、会話の流れを本題に無理やり持ってく。

 テイオーがバンバンと机を叩いて俺に抗議してるが無視だ。気にしたら負け。精神的に。

 

 そう考え俺は本題に入って、チームの設立で起こるメリットの提示を始めた。

 

 

「チームを作ることでお前らに得が生まれるのは複数あるが……主な点を一つ出すとな。

 ――まず、チーム専用の部室ができることだ」

「あれ? それならお店があるじゃん」

 

 

 当然の様にここがそういう場所だと疑問を上げるメルト。

 

 

「いやメルト、ここはただ()()()()()でしょ? ねえトレーナー、部室ってことはそれ以外にも色々できるんですよね?」

「もちろんだ。着替え、ここじゃできないような詳細な会議、あといつもバラバラな教付きのお前らにとってはこの店以外に集まれる場所ができることになるな」

「あー、そう考えれば確かに……更衣室も意外と遠い場所にあるしね~」

 

 

 それに意を上げたのはメルトの友人だ。

 流石、成績優秀なだけあって頭の回転が速い。

 

 そして今、俺が言った通りのメリットが部室の有無にある。

 この店も常に開けてるわけじゃないしな。現に夏の合宿中はずっと閉めてたし。合宿についてこなかった連中も、その期間は全く集まる機会が無かったようだ。

 

 そこに、部室という共通のスペースができるという。

 俺が不在でもいつでも集まることが場所の存在。さらに言うと情報の共有場所。俺の許可がいるウマ小屋に対し、自由に使える場所の有無というのは、思っているよりも存在価値が大きい。

 

 特に、レースというのはメンタルスポーツの一面もある。

 仲間とのコミュニケーションがここに行けばいつでもできる、という考えは少なくとも良い方向に傾いてくれることは間違いないだろう。

 

 

「お前らにとって色々できる場所が生まれるってのは大きな利点だよな。

……あぁ、因みに部室の設置場所は俺のトレーナー室の隣だ。よかったな、腹減ったらここから作って持っていけるぞ」

「ホントに!?」

「お店の料理食べたくなったらいつでも!?」

 

「お前ら食い物に対しての食い付きだけ良すぎだろ」

 

 

 どんだけ食いしん坊だよテメェら。いやウマ娘に言ってもなんだが。

 

 身を乗り出してまでマジかどうか確認してくるメルトたちをジト目で見る俺。

 これまで俺が出した利点よりも、一番反応が濃かったぞ。現金な奴らめ。

 

 

「だって美味しいからね~」

「いくらでも食べれちゃう物を出すトレーナーも悪いと思うよ、うん」

「そりゃ料理人冥利に尽きるが……」

 

 

 ただ、それ暴論の類だろ。

 もっと自制しろよ。お前ら仮にもアスリートだろうが。

 ……あ、そのアスリートを育ててんの俺だわ。くそっ何とかして自制させねぇと。

 

 

「ったく、そん時が来たらちゃんとルールは整備するからな」

「えー、横暴だー」

「ひどーい」

「食堂のおばちゃんを見習えー」

「そーだそーだー」

「うるせぇよ食いしん坊共」

 

 

 頭を掻きながらブーイングを奏でる少女らをどうどうと抑える。

 悪いようにする気は無いが、これでもトレーナーなんでな。食事管理や栄養管理はしないといけないんだ。

 

 ヤケクソのように口いっぱいに飯を頬張ってもダメだ。決定事項だからなこれ。

 ……美味しそうに食う表情をわざわざ見せるな。

 …………だから、幸せそうな表情を見せんな。俺の意思が揺らぐっ!

 

 グラグラ揺らぐ意思を何とか抑える為に、本題へ会話を移そう。

 あれ以上見てると、ホントに固まった決定事項が崩れかねん。

 

 

「とにかく、トレーナーとして俺が出せるメリットの提示はこれくらいだ。他にも部費が出るとか、スカウト面での優位性だとかあるが……お前らそんなの興味ないだろ?」

「「「あ、うん。全然全く」」」

「正直でよろしい」

「正直すぎる気がするんだけど……」

 

 

 一律で首を横に振る正直者共。

 えぇ……顔なテイオー、苦笑気味のウィングとメルトの友人以外は全員同じ動作をしやがった。マジでこいつら……。

 

 まあ、うん。テイオー、気にすんな。

 このくらいでいいんだよ。細かくて面倒臭いことなんざ気にせず、子供は自分のやりたいことをやればいいんだ。そういうのは大人の役割なんだからよ。

 

 そんなジト目のテイオーの頭を撫でてやる。

 驚いたのか、両眼を閉じてビクついたのも一瞬。すぐにいつものことだと察し、身を任せるテイオー。

 不機嫌の奴には頭を撫でてやるに限るな。うん。

 

 

 

 

 その後も、他愛ない雑談が店の中で巻き起こる。

 

 最近のトレーニングはどうだとか、テイオーが良い味付けのハチミーが売ってる店があるって目新しい話を出したり……後は俺の範疇外だが、メイクとかネイルなどの話題が活発に浮き出た。

 ただ喋ってたら小腹がすくのか、俺も俺とて会話に混ざりながら軽食などの用意を継続的に続けている。

 さっきは軽くおやきを作ってやったところだ。もちろんにんじんを多く含んだものをな。

 

 夜も更けてきた所だったので、ちょいとあっさりヘルシーな味付けにしたが、どうやら大分好評のようだ。

 舌鼓を上げて美味そうに食ってるからな。良き良き。

 

 

「あ、そーいえばさぁ」

 

 

 と、おやきを飲み込んで口を開くのはウィングだ。

 

 

「メルトたち、サラッとチームに入るって流れになってるけど。そこら辺は大丈夫なのトレーナー? 多分、メルト含めてここにいる殆どが選抜レースすら出てないと思うんだけど」

 

 

 その指摘が刺さった奴が多くいるのか、テーブル越しに顔を見合わせる少女たち。

 

 既知な情報かもしれんが、チームに入る為には選抜レースというお題目を掲げた儀式みたいなもんに出るのが定石だ。

 かいつまんでの説明になると……教官付きや新入生がチームに、もしくはトレーナーに目を付けられるために自分の実力を示す為のレース、と言ったところか。

 年に計4回。まあ、栄光への切符みたいなものだ。

 大抵のウマ娘はここを通過儀礼としている。

 

 ただし……

 

 

「安心しろ。選抜レースに出なきゃチームに勧誘されない、なんてのはほぼ暗黙の了解みたいなもんでな。トレセンが続けた長年の風習でそんな流れが出来上がってるだけで、契約的には何ら問題は無いんだよ」

「そうなの!?」

「え、それ初耳なんだけど」

 

 

 そう。選抜レースはあくまで『トレーナーが見定めるレース』である。

 そこに、チームの加入をする上で必須のレースという強制力は()()()()のだ。

 

 ルールなどない癖に、そうしなければという風習。

 それを人はこう言うのだ。

 

 

「周囲の勘違い――まあ、同調圧力って奴だ。そうしなきゃいけないって流れが勝手にできてただけで、現実そうする必要は無いんだよ。まあ、ちゃんとした情報が無きゃ知る事なんざできないのが罠だが。

 ――そいや、現役の頃のウィングもそうだったっけ。俺が誘ったときも『選抜に出なきゃいけない―(棒)』なんてクッソ焦った勘違いをな」

「トレーナーッ!」

 

 

 けらけら笑いながらウィングの昔話をしてやると、ご立腹なのか小手をペシッと叩かれる。

 いや悪い、つい懐い記憶が頭をよぎってな。

 

 

「くははっ……。まあとにかく、加入がどうこうに関しちゃお前らが気にすることはなんもねぇよ。ノープロブレムだ」

「ふぅん。それー偉い人とかに指摘されるんじゃないの?」

「ふっ、そんなこともあろうかと既に理事長各位には通達済みだ。根回し完璧。問題はない」

「おー。すごいけど……そのやってやったぜみたいな笑みは何……?」

 

 

 気にすんな。大人になると、目上に奴にしてやったり顔できる機会はすくねぇんだからな。

 こういうのは今のうちにやっておくに限る。どうせ明日には仕事が殺到するんだし。

 上から容赦なく仕事投げれんだし……((大事なことなので2d

 

 

「てなわけで、お前らがうちに入る分には大丈夫だ。門戸は開けてあるからな」

 

 

 複数のコップに飲料を注ぎながら俺は言い切る。

 

 制限とかはつけてねぇしな……まあ、俺が気に入った奴には若干贔屓するかもしれんが、基本的には来るもの拒まずのスタンスでやらせてもらうことにした。仕事の量的にも負担がそこまで増えるわけでもあるまいし。てかそもそも、俺の元にくる奴が居たらそれはそれでおもろいし。 

 

 テーブルに座る各々に、空っぽのコップとにんじんジュースが入ったコップを入れ替えながらそんな思考を回す。

 

 いやまあ、結局面白けりゃいいんだよな……俺の場合は。

 

 丁度会話の切り際だし、無理やり思考を切ってこの話題を完結……いや、もう一つあったな。

 大人の契約上、外せない一つのルールみたいもんだが。言っておくことに越したことは無い。

 

 俺は頭を掻きながら、その一文を口に出す。

 

 

「まあ、俺に対して不満があんならその逆も然りだがよ。出るも入るも自由にしてくれ、俺はお前らの意思を尊重するからよ」

 

 

 輪に入るからには、出るための制限があるかもしれないという不安を払う。

 

 ……まあ、大人な契約をする上での必須項目みたいなものだ。

 書類みたいなのは、後でうちに入る奴に渡すだろうけど、今のうちに言質確認を取っておきたいというのが俺の意図になるか。

 

 ビジネスライクな思考すぎるのは分かってるぞ……? 分かってるけどな、こういうのは後先ハッキリはっきりさせておきたいんだよ。いざ抜けるってなって揉めたりしたら大変だろ?だから一応な?一応しておきたかったんだって。

 

 

「……」

「……はぁ」

 

 

 ほらそこ、女の子集まるこの状況で言うもんじゃないぞ、みたいな表情をするな。

 そこもだ、呆れ顔で俺を見るな。可哀そうな人間を見る目もやめろ。

 

 

「ふっくくっ……!」

 

 

 おい誰だ笑ったの。嘲笑じみた何かを感じたが……

 

 ……ん? なんで今の流れで笑いが起こった?

 大体が俺を呆れた、ていうか「えぇマジで……」みたいな顔で見てる流れのはずなんだが。

 

 

「あははは!! バカだトレーナー!ホントにバカだあはははっゲホゲホッ!!」

「くっふふ……! 全くトレーナーってばホントに……!」

 

 

 真正面に目線を向ければ、大爆笑しているメルトとカウンター机に顔をうつ伏して笑いをこらえてるウィングが目に入る。てかメルトお前むせ過ぎだろ。そんなにおもろかったか俺の台詞。

 

 その様子が伝染したのか、苦笑交じりの声も周りから聞こえだす。音源はもちろん教付きの奴らからだ。

 なに? なんでそんな笑ってんの?

 意味不明な空気が出来上がってて、絶賛俺は困惑気味である。

 

 そして、2分ほど経って、少し落ち着いてきた頃合いに。

 

 

「はぁあ……笑った笑った」

 

 

 怪訝で目でアイツらを見ている俺に対し、正面に座るウィングが俺に言う。

 

 

「トレーナー? さっきの言葉、私たちには無粋ってものだよ?」

「……あ?」

 

 

 ……言われたものの、その言葉の意味が分からなかった。

 どういうことだ? いや、ウィングが指摘してるのは「俺に不満があって抜けたい奴は今のうちにこの輪から自由に抜けとけ」って言ったことに対するモノだろう。

 

 ……間違った言葉を吐いたつもりはないと思うが。

 常日頃の俺の態度が合わない奴は、まあいるかもしれないし。それが嫌だっていう奴もいるはずだが。

 

 まさか、俺の普段の行いに不満が無いとかじゃあるまいし。

 

 

「あるに決まってるでしょ」

「逆に無いと思ってる人がいると思ってる?」

「サラッと俺の心読むなよお前ら。こえぇよ」

 

 

 読心術でも学んでんのかこいつらは。

 

 と、若干鳥肌が立ってしまった俺に対して、追撃の台詞が来る。

 それも複数。

 

 

「まあ、いつも適当なところがあるのは皆分かっているんですけど」

「そうそう、何も言わずにどっか行ってたりよ」

「え、えぇ……!? あのぉ、なんていうか、その……」

「いつも寝てばっかだしぃ?」(テイオー)

「大人のくせに敬語使うこと滅多に無いしさ」

「こーいう細かい気遣いが得意なくせして大事なとこで大雑把だし」

「ノンデリだし、なんていうか、あれだ」

 

「「「「「雑なんだよね~」」」」」

 

「おうお前ら、俺自身分かってはいるが言い方考えろ言い方を。しまいには泣くぞ俺」

 

 

 問答無用の全力放射である。

 それはもう、普段の鬱憤を晴らすかのように怒涛の攻撃だ。罵り方も三者三葉。

 さらっとテイオーも混ざっているあたりマジの不満らしい。泣ける。

 

 返したツッコミに笑うメルトたち。

 

 そんな中、さっきまで笑いでむせていたメルトが彼女ら代表してかテーブル席から俺の立つ厨房の前に来る。

 

 

「それでも私たちは――」

 

 

 そして言った。

 予め意思疎通でも通しておいたか、迷いない眼つきで。

 彼女たちは、共通しているであろう意思を俺に伝えたのだ。

 

 

 

「私たちを、こんな未熟な私達を、誰一人見捨ててくれなかったトレーナーを選びたいんだよ」

 

 

 

 



 

 

 

 

 ……ちょっとした昔話になるか。

 

 こいつらを俺の娯楽に誘ったのは、俺自身の我儘(わがまま)から始まった。

 どこか尖り気味なそいつらを、見て見ないふりが出来なかった。気になったが故、気に入ったが故に目を付けた。

 

 だから、俺の元へ集めた。

 

 とてもじゃないが優秀なんて言葉には程遠い彼女達。

 教官付きばかりで、チームと呼ぶにはバラバラのバラで、一貫性なんて無い。そんな集まり。

 そんな彼女達を、俺の勝手で誘った。

 その当初は強くするためなんて目的は()()()()()。ただ子供がおもちゃを手元に置いておきたいという、身勝手な考えから始まった俺の行動に過ぎなかった。

 

 

 ――ただ、どうも手放すつもりにはなれなかった。

 

 

 独占欲か、可能性を感じたからか。どちらでもいいが。

 

 確かに、彼女たちを見捨てなかったのは確かだ。

 

 そのうち、いつからか――慕われている、敬愛に近い何かを感じているようになった。

 間違いなくそう言い切れる程、俺はトレーナーとして彼女達と寄り添えてるようになったのか。……いや、それはそうとして、彼女達もこんな俺に心を許してくれるようになった。

 

 そして俺も、あの合宿で聞いたメルトの言葉に感化されてから――

 

 

『分かりました。その案で書類は通しておきます』

『どうもたづなさん。ご迷惑をかけます』

『いえいえ。一世一代の決断なんですから。……まあ2年は長すぎるとは思いますが?』

『ぐっ、いやまあ。はい。その件に関してもホントにご迷惑を……』

 

 

 ふと、頭をよぎる3日前の出来事。

 チームを設立すると、俺が理事長とたづなさんに伝えた日。

 

 

『……一つ私の質問に答えてくださったら、許してあげますよ?』

『なんですかそれ、いやな予感しかしないんですけど』

『今までの私たちの苦労と合わせたら安いものだと思うんですけどね?』

『…………なんでもドーゾ』

 

『それでは……どうしてトレーナーさんは、2()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 一つの問いだった。

 過去の清算とでもいえばいいのか、年を跨いでまで濁してきた催促の解答の意図を、たづなさんから強要された。

 

 

『……ほぼ脅しみたいなもんなんで言いますけど……怒らないでくださいよ?』

『内容によりますが……まあ善処します』

 

 

 ジト目の理事長とたづなさんは見なかったことにした。

 指摘すると後が怖かったからな。うん。

 

 

『……()()()()()()()()()()()。正直に言うとそれぐらいですかね』

 

『当時現役だったアストラルウィングに集中したかった、ってのもあるかもしれないですけど……まあこんなもんじゃ言い訳にすらなりませんし。そもそも5人10人増えたところで自分の業務スキル上、圧迫するには程遠い量ですから』

『ていうか、その当時でも教付きの面々の面倒は見てましたから。2年前から始まったチーム設立の催促もそれが上の目に留まったのが発端ですし』

 

『……というかあの催促、上の人が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だってのが丸わかりだったんで。ほら、今の業務上自分が消えると、他のトレーナーさんとかがまた濃いめのブラック業務に逆戻りするでしょう?』

『ああ、謝罪とかは良いですよ。今更ですし。もとよりこの職は好きでやってますから。出ていくつもりはありませんよ』

 

『まあとにかく、下心丸見えな催促に乗るつもりが無かったのは確かですよ。強いて言うならこれが大きな理由ですかね。意図を分かり切って、上の人の歯車になります宣言をするのは嫌だったんで』

 

 

 ほぼ愚痴みたいな言いぐさで、一連の会話をしたことは記憶に新しい。

 

 チームをあの時から作らなかったのは、そんなくだらない理由だった。大人な意地と、面倒なやり取り。子供が気にするには相応程遠いものだ。

 

 

『……ではなぜ、今になって設立を決断なされたんですか? あれだけうやむやに話を流してきたトレーナーさんが』

 

 

 だからか、今更チームを作る意図が分からないと理由を聞いてくるたづなさん。

 2年という月日。その年月に込められた意志は固かったはずだと。

 

 

『心境が変わりました』

『……心境が?』

 

 

 ただ、それ相応に俺の心を変えたことがあった。

 

 

『たづなさんも知っての通り、うちで面倒見てる娘は揃いも揃って教官付きばかりでして』

『それも一癖二癖あるような()しか居なくてですね。万年選抜レースで負け続けて行き場が無いのを、自分が面白がって拾い上げたんですけど』

『メルトステイって娘が始めの一人でしたね。多分噂はお二人の耳に入ってると思うんですが……ああ、はいそうです『()()()()()()()()()()()()()()()』で通ってる娘ですね』

『でまあ、そういう娘ばかりの集まりで合宿に行ったわけですが』

 

『その合宿で、ちょっと教官付きの娘たちの会話を聞く機会があったんですよ』

 

 

 まあ、一方的な覗き聞きではあったが、それは良いとして。

 

 

『簡潔に言うと……ですね。

 ――負ける走り方をするのは分かってる。けど、それでも貫き通して、自分の満足する形で勝利を、一番を掴み取りたいって奴です』

『……ありふれたモノかもしれない。ですが、3年もずっと、愚直にやりたいことを目指して、負け続けた娘の台詞です。重みが違うと感じましたよ』

 

『現実と理想の区別がつかない娘ってわけでもないですね。確かに頭も成績も悪いですが……物事を考える点では素直で、真っすぐな考えを持ってる娘ですよ』

 

『終いになんて言ったか分かります? 「やってみないと分からないし!」ですからね。

 苦汁なんて死ぬほど飲まされてるのに、まだ挑もうとしてるんですよ。メルトの奴は』

『バカらしいと苦笑しましたし、同時に嬉しくもありました。だってそう言い切れるのは、自分のトレーナーとしての技量を、彼女たちが信じてくれてるわけですから』

 

 

 そして、総括して俺の考えを、そこから生まれた意思を覚悟をまとめると、だ。

 

 

『……ちょっと見て見たくなりました』

『アイツの、アイツ等が掲げた意思が、覚悟が。未熟な身で何処まで届くのか』

 

『丁度前に、自分が担当してたアストラルウィングと似たような感じですね。ただちょっと、アイツらが示した覚悟に応えるのは、単に契約を結ぶだけじゃ足りないと思いまして』

 

『だから、チームを組むことで自分の覚悟を形にすることにしたんです』

 

『逃げ場を無くして、彼女達に尽くすと表明して、無茶な夢を見せてやると伝えた上で。

 ――そうすることで、()はアイツ等と対等に張り合えるんです』

 

 

 ――俺は一体、そう語ってる間どんな表情をしてたか。

 真剣にか、大人か、それとも目を輝かせた子供のようにか。

 

 少なくとも、目を見張るたづなさん達を見れば、そのどれかが当てはまるのは確信できた。

 

 ……長い回想もそろそろ終わる。

 蛇足染みた大人の会話も、そろそろ店じまいだ。

 その前に、最後にたづなさんから掛けられた言葉があった。

 

 

『トレーナーさんって、意外と熱血系だったりするんですね』

『……褒めてるんですかそれ?』

『褒めていますよ。少なくとも、私も理事長もトレーナーさんの想いには感動しましたから』

『肯定ッ! 彼女達と良い関係を築けているようで何よりだ、多良トレーナー君ッ!』

 

『どうも』

 

 

 非の打ちどころがない笑みを浮かべる理事長とたづなさん。

 

 素直に受け取った誉め言葉は、案外いい味がするものだ。

 いつも食ってる氷砂糖といい勝負をするかもしてないな、と俺は若干苦笑してから、回想を終えた。

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

「私たちを、こんな未熟な私達を、誰一人見捨ててくれなかったトレーナーを選びたいんだよ」

 

 

 そして、今メルトから放たれた言葉だ。

 教付きの全員を代表するかのように言ったその台詞は、揃いも揃って俺に付いてくる、と大きく宣言しているような意図を含んでいるように聞こえた。

 

 

「ね? だから言ったでしょ、無粋だって♪」

「ね? って、ウィングお前……分かったように言うがなぁ……?」

 

 

 一瞬目線をメルトから外し、カウンターのウィングに向けるが、逆に返された言葉はそんな「分かり切ってる答えじゃん」みたいな感じの台詞だ。しかも面白がっている。困惑する俺を見て楽しんでんのかこいつは。

 

 

「私達、これでもトレーナーのこと大好きだしね~。ね~テイオー!」

「うん! ボクもメルトと同じだよ! ていうか多分全員そうだよトレーナー?」

 

 

 肩を組んで俺に言うテイオーとメルト。

 あ、うん。それは知ってるよ。そこまで鈍感ってわけでもねぇし。

 つってもそれが理由にしちゃ、あまりにも純粋すぎるっていうかなぁ……?

 

 

「なんで? ()()()()()()()()()だけだよ?」

「トレーナーがいつもやってることと同じだって。私たちも、やりたいからやってるだけ」

「今更どうこう言わねぇよなトレーナー。こういう風に育てたのは他でもないトレーナーなんだぜ?」

 

 

 台本通りとでも言わんばかりに、そう答えるテイオーとメルト一行。

 

 ……いや、それを引き合いに出されると何も言い返せなくなるんだが。

 

 だがまあ、納得の答えではある。

 やりたいからやる。その延長線上の答えということか。

 不満もなんでも込みで、俺に惹かれてるからどこまでも付いてくと。そういうことでいいんだよな。

 

 ……っは。マジかよ。

 俺自身でもいつもやってることだが、なんだ。

 

 

「……物好きだな、お前らも」

「今更ぁ?」

「私たちに尖った判定してるトレーナーがそれ言うのはなんか心外ぃー」

「言っておいてなんだが俺もそう思ったよ。悪かったな。確かにお前らも俺も、ちょっとは似た者同士だ」

 

 

 頬を膨らませる連中に、少し頬を緩ませる。

 そうだった。こいつらもまあ、尖った奴らだってことを忘れてた。

 

 普通に当てはまらない、ちょっとした女の子だ。

 

 そんな娘らに、普通の感性を求めるのも可笑しい話だ。ははっ。

 

 

「たくっ……『無茶』な道のりになるぞ? お前ら、それでも俺に付いてこれるか?」

 

 

 苦笑しながら、少女たちにそう問いかける。

 これが最後だ。この解答で、契約を結ぶ言質を取る。

 

 

「バッカじゃない? そんなの万年教官付きの私たちにとっちゃいつものことじゃん」

「なんだったら、挑戦意欲が湧いてくるし~」

無礼(なめ)んなよトレーナー?」

「わ、私も……不束者ですがどこまでも付いて行きます……!」

 

「ふっふ~『無謀』でもないんでしょ? だったらやる価値はあるじゃん!」

 

 

 誰もかも、目を輝かせていた。

 不安と興奮。両方を重ねて堂々と宣言する少女達がそこには居た。

 

 答えは得た。

 もはや何の淀みもない。

 

 

「だってさ? トレーナー」

 

 

 どうしようもないバカどもだ。

 ホントに、愛すべきバカどもだよ。お前らは。

 

 

「……っはっは! ったくホントに言ってくれるなお前ら!」

 

 

 頬を上気させ、目を輝かせる少女たちに向かって俺は正面から目を向ける。

 

 

「わぁったよ! そこまで言うなら、そこまで俺に付いてきたいってんなら、文句は言わねぇ!」

 

 

 既に、テンションは振り切っている。

 ニヤッと笑いながら各各々が手元のコップを手に持つ。

 

 

「未熟者共ばかりが集まるこの小さな集まりだぞ! 分かってんだろお前ら!?」

 

「当たり前だよ!」

「あと未熟は余計だよ! 私達まだまだ成長できるんだからね!」

「こういうのを脇役の下剋上だって言うんでしょ? 盛り上がっていい感じじゃん!」

 

「はっは、上等だ!」

 

 

 怒号と笑い声が混じる店内。

 不快な空気は一切ない。

 カランッと、コップ同士が触れる音。乾杯の音頭を取るように少女たちがコップを上にあげる。

 

 

「そんじゃ俺も、お前らに全力を尽くすとするよ。文句は言わせねぇぞ。後々有名税が嫌になったつっても聞いてやらねぇからな!」

 

 

 そして、その名を言う。

 このバカどもが集う、小さな集まりの名前。

 

 チームを象徴する、星の名前を。

 

 

「この集いの名はチーム《アトリア》! それが俺達、お前達が背負う看板だ!」

 

「目立たねぇ星代表みたいな星だ。精々ここから、楽しみながら成り上がっていこうじゃねぇか」

 

 

 その日、小さな集まりは小さな成長をした。

 グラスが重なる音と共に、昇った星は、輝く日を待ち望んでいる。

 

 

 

 

 





はい、てことで夏編はここまで。

チーム名は<アトリア>です。星座の名はみなみのさんかく座。2等星以下で構成された人目に付かない星座になります。
未熟で、目立たない。まさに彼女達の()にふさわしい星。
それが輝く日が来る日は、はてさていつになるか。楽しみですね。

あと、普段の感謝の他諸々込みで活動報告に色々上げてるんで、育成する時間があればぜひ見てね。
チーム名の由来も少し乗っけてあるよ。

最後に、いつも評価、感想をくださりありがとうです。
作者のモチベブーストになってます。


テイオー新衣装に心停止させられた人用の評価ボタン
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小話 ハロウィンに反省を促す変人野郎


頭が悪い()



 

 ハロウィンである。

 

 スレに顔を出せば「諸聖人の日の前夜祭」やら「全人類仮装大会」だとか遠回しに「Trick or Die」などが流れてくる、例年のアレである。

 ていうかDieってなんだ、いたずらかタヒか選べと?無情すぎやしねぇかこの文化。

 

 いたずらじゃ足りんな、とっととタヒね。じゃねぇんだよスレ民のクソども。お前ら普段からどんだけ俺に殺意マシマシなんだよ。因果応報とか今のうちに普段の行いを清算しとけとか知らんて。

 

 ――ウィングとのイチャつきでタヒ人が出てる件についてだぁ?

 

 知らんわ、それこそ求めてくるアイツに言えよ。

 つかお前らもお前らで供給不足と言って求めてくるだろうが。清算食らうならお前らも一緒に食らえよ。あ、おい逃げんじゃねぇっ!

 

 

 

 ……まあともかく、今宵はそんな日である。

 

 かくいううちの店『ウマ小屋』もイベントに伴い、内装をハロウィン限定仕様に変えている。

 所々に典型的な顔型に中身をくり抜いたカボチャを置き、テイオーとウィングにも手伝ってもらい、コウモリの形に作った折り紙やらを壁面に飾ってあったりする。

 

 イベントというのは、サービス業的には繁盛する日だ。

 

 隠れた飯屋と言えど、ここの存在は知れる者には知れ渡っている。各トレーナーや、偶然見つけたウマ娘、紹介で来た者も含めてだ。

 その数は30にも満たないが……うちの店の利用者は時々来る程度のもので、まあ1日に3~5人程度が目途くらいである。

 

 ただイベント事というのは、謎の魔力を発しているというのか。ただ単に、外出ついでに寄ろうという気を起こさせようとするのか。

 

 

「ウィング、パンプキンとにんじんのクリームシチューが出来たぞ。3つ置いとくから番1のテーブル席に運んでくれ」

「はーい」

「テイオーはその会計終わったら、片付けよろしくな―」

「うぇぇ……大変だよ~」

「頑張れテイオーちゃん! あ、ウィングちゃんそれ私のね」

 

 

 年に何回かある繁盛日と言えばいいのか。

 今日も今日とて『ウマ小屋』は繁盛……いや、日に20人も来店するという大繁盛ぶりを発揮していたのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「ふぇぇ~疲れた~……やっと落ち着いたよ~」

「お疲れ様テイオー」

「うん、アスウィーもお疲れ~」

 

 

 げんなり顔でカウンターにうつぶせるテイオーと、俺と一緒に食器を洗うウィング。

 ひらひらと、手のひらをパタパタさせるテイオーに思わず俺は苦笑する。あとでにんじんジュース作ってやろう。

 

 来店ラッシュが過ぎ、食事の提供の嵐も落ち着いて、店内に残ったのは俺の知り合いでお馴染みの後輩AとBや、他数名のトレーナーとウマ娘。東条先輩とか、有名税を抱えてる娘もいたりしたが既に退店してしまっている。

 

 

「……この光景だけで店に来た価値があるってもんだよなぁ……」

「何言ってんだお前は」

 

 

 なお後輩Aだが、コイツが何を見て心を癒されてるのかは知らん。俺はただウィングと隣り合わせで皿洗いをしてるだけだが。

 

 

「尊いって奴ですよ先輩。家族ぐるみの一面を見て心を癒されてるんです。余計なことは考えずに、どうぞそのままでいてください。勝手に成分を供給してるんで」

「せっかくのハロウィンに、んな危なそうな成分供給するためだけにうちに来るなよ」

「何言ってるんすか。こういう時だからこそ癒し成分が欲しくなるんですよ」

「どこに因果関係結びついてんだ。理屈が嚙み合ってねぇじゃねぇか」

 

 

 ハロウィンに脳を焼かれてるとしか思えない発言に、思わずツッコミが止まらない。

 なんだ? ついに頭パンプキンにでもなったか?そこに置いてるカボチャをかぶせてやろうか?

 

 

「あはは……」

 

 

 隣では頬を少し上気させて苦笑するウィング。

 恥ずかしがっているのか知らんが、少々照れくさそうにしているのが見える。家族みたいだな、と指摘されたのが効いているのだろう。うちの店に来た奴大体言うからな。

 

 毎回そう言われて顔を赤くしてるのは、もはやテンプレ展開みたいなものになってきつつある。お前もいい加減慣れろよウィング。

 

 

「むぅ……」

 

 

 ふと呻き声みたいなのが鳴いてると正面を目を向けたら、その音源はテイオーだった。

 なんか恨めし気に俺を見てる。そんなに皿洗いがしたかったのだろうか。

 

 そう問いかけてみると、もっと頬を膨らませて不機嫌になりやがった。

 なんでや。

 

 

 

 

 

「今更だけど、テイオーちゃんの衣装いいね~。すっごい可愛い」

 

 

 閉店まであと1時間前といった頃合いだった。

 客の一人、ある女のトレーナーがテーブルを拭いているテイオー向けて話しかける。

 

 そう。これまた初出し情報なのだが、ハロウィン仕様なのは店の内装だけではないのである。

 

 

「ふっふ~いいでしょこれ~。トリックオアトリート! お菓子くれなきゃいたずらしちゃうぞ~!」

「わーい! テイオーちゃんにいたずらされちゃう~」

 

 

 白色のパーカーに白フード、薄めの生地で動きやすく膝下まで伸びてるダボダボの衣装。

 フードにはオバケの顔模様が描かれており、かぶることで全身白コーデのオバケに成り切ることができる。

 そんな、満面の悪戯な笑みで女トレーナーに迫るオバケコーデのテイオーがいた。

 

 ……というか待て「わーい」ってなんだ。トリックされること喜んでんじゃねぇか。

 

 M気質な女トレーナーの一面を垣間見た瞬間であった。実に役に立たねぇ情報である。

 

 と、カウンターに座る後輩Aから皿洗いを続けている俺に対し向けられた言葉が。

 

 

「先輩、これ先輩のコーデじゃないでしょ」

「……なんでそう思う」

「いや、だって先輩にこういうセンスとかあると思わないですから」

 

 

 実に辛辣な一言だった。

 うるせ、否定はしねえが余計だ。年中パーカー人間にこういう趣向やセンスがあると思うなよ。

 

 

「実際、誰の案なんですか? テイオーちゃんの衣装とか抜群に似合ってるんでお金払いたいんですけど」

「推し活かよ」

「そうとも言います」

「胸張って言うなよ……。あと俺の案じゃないのは確心かい」

 

 

 事実だが。()()が無けりゃ、今日は普通に営業する気だったからな。

 

 ていうか、そもそもテイオーとウィングを働かせる気なんざ毛頭なかったことは先に断っておきたい。

 アイツらが自分から手伝いたいって俺に迫ってきたんだよ。働かざるもの食うべからずとか、そんな理屈コネてな。本来は俺の仕事みたいなもんだから、あまり気が向かなかったんだが、アイツらやる気満々だったから断るにも断れなかったんだ。

 

 んで、()()()()()()()に報告した結果が、この惨状ってわけで――

 

 

「――安価だよ」

 

 

 ガタッ、とテーブル席で他のトレーナーと雑談していた後輩Bが、いきなり崩れ落ちる。

 いきなりの奇行に、心配する同席者。なんか笑いをこらえるように見えたのは気のせいじゃないだろう。

 

 ああ、そういやお前もスレの民だったな。納得。

 

 

「安価……? ああ、なんか安価は絶対。みたいなワードは聞いた覚えはありますけど」

「それが原因の発端だ。せっかくのハロウィンなんだから、仮装して接客しろよって話になってな。バカどもがそれぞれ出した案が見事引っかかって、俺らはこんな格好しなきゃいけない羽目になったってわけだ。笑えるだろ?」

 

 

 死んだ目で答える俺に、哀れみの目線と感謝の目を向けてくる後輩A。

 

 マジで、ホント余計な事した。深夜に安価なんかするんじゃなかったわ。

 何がひでぇって、安価内容に意外とノリノリだったウィングとテイオーなんだよ。ハロウィンの仮装ってのはいい思い出になるとか、可愛いくていいじゃんとか。そんな感じで、アイツらも年頃の女の子だって再確認した一件だった。

 

 んでまあ、その授業料代わりに、俺は全力ダッシュで衣装探しに色々回る羽目になったわけだ。

 

 

「へぇ~、テイオーとウィングちゃんの衣装もその掲示板にいる人の案ってことですか」

「まあ、そういうことだ」

「そうですね~。私は結構気に入ってたりしますよ♪」

「すっごく可愛いでしょボク! へへんっ!」

 

 

 いつの間にか、女トレーナーにいたずらをし終えたテイオーと隣で皿洗いをしていたウィングが、にこやか笑顔でくるっと見せびらかす様にその衣装と体を回す。

 

 説明を終えたオバケ姿のテイオーは言わずもがな。

 

 黒色のロングケープコートに、同色のブリーフスカート。いつもの青翼の髪飾りは付けたまま、とんがり棒を乗せた姿。

 案外、様になっている身のこなしをする魔女姿のウィングがそこに立っている。

 

 俺が言うのもなんだが、滅茶苦茶可愛い。

 テイオーは子供っぽいのを活かして、無邪気なオバケに成り切れてるし。ウィングは妖艶な雰囲気を醸し出して、魔女っぽさを演出出来ており。両名も、安価で決まった衣装を完全に着こなしている。

 

 逆に、可愛くないなんてほざく連中を見てみたいくらいだ。

 

 

「両方ともすごく良いと思うよ。……先輩ホントにお金払っちゃだめですか?」

「頼んだ食費で我慢しろ」

 

 

 放っておいたら万札でも投げそうな後輩Aに指摘を入れて、俺は最後の一枚の皿を洗い切った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「お疲れ様~。やっと店仕舞いかな」

「おう、お疲れ。テイオー、ウィング今日は助かったぞ」

「へへっ~お疲れトレーナー! ボクも色んな人と喋れて楽しかった~!」

 

 

 閉店時間も過ぎ、掃除諸々も終わった時間帯だ。

 

 疲れたと、体を伸ばすテイオーとウィングを横目に、俺は傍から氷砂糖を取り出して口に……放り込めねぇし。くそ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ほらトレーナー、それ外してあげるから」

「ん、ああすまねぇな」

 

 

 俺の様子を見ていたのか、ウィングが俺の傍まで寄ってくる。

 そして、俺の顔に――かぶっているソレに触れる。

 

 

「ほらほら、しゃがんで」

「へいへい……」

「んっしょ……、意外と硬いねこれ。抜けないんだけど」

「まあ、一回割ってから瞬間接着剤で外れない様にくっつけてるからな。正直、割った方が速いと思うが」

「ん~、そうだね。ちょっとトレーナー室からハンマー持ってくるよ。ちょっと待ってて」

 

 

 俺がかぶっているソレを取るのが困難だと分かったのか、俺の部屋から工具を持ってくると店を出ていくウィング。

 

 おう、と見送って俺は一つため息。

 ……なんせ、俺が安価なんざしなきゃよかった理由その2が、今俺がかぶっているコレに詰まっている。

 

 

「トレーナー、今日お店開いてからそれだったんでしょ~?」

「……ああ。正直視界が全然ねぇ。早く外してほしいわ」

「安価って言うんだっけ? 絶対にやらなきゃいけないって言っても、その『()()()()()()()』はすごい面白……じゃなくて大変だと思うんだけどな~」

「面白いつったか今お前」

 

 

 そう、今日店を開店してから1日、俺はずっとこんな珍妙な恰好でいる羽目になっている。

 

 その名も「某反省を促す変人野郎」

 マジのカボチャお面に黒タイツ姿。不審者まっしぐらなクソ衣装である。

 これでに加えミームで流行ったあのダンスを踊れば、俺もウマッタートレンド入りの仲間入りだろう。実に不名誉でしょうもない有名税の獲得である。

 

 

「あのクソスレ民共……テイオーとウィングには可愛い衣装よこして、なんで俺にはこんなクソ衣装なんだ……マジでホント……」

「珍しく泣きそうになってる!? そんな辛かったのトレーナー!?」

 

 

 がくっし、と肩を落とす俺を励まそうとしてくれるテイオー。

 

 ありがとう。ありがとなテイオー。

 でもな、お店に来てくれた人が揃い揃って俺の姿を見て笑ってくれたわけじゃねぇんだ。中には超神妙な顔で俺を見てたのもいるんだよ。主に東条先輩とかだが。

 

 羞恥心とか無いから、着ること自体に抵抗が無かったのはあるが、それはそうとしてあんな反応が薄いと、俺も傷つくってモンでな……。

 

 しまいには、総勢揃って俺の恰好を無視する気全開な空気よ。

 触れづらいのは分かるよ。分かるが! 少しは笑ってくれたら、俺の献身も晴れたんだがね……。 

 

 

「ただいまー、ってなんで膝から崩れ落ちてるの?」

 

 

 ガチャっと扉を開くウィングが目に入った。どうやら持ってきたらしい。

 その手にはゴム製のハンマーがある。……魔女姿にハンマーってこれまた世界観ぶち壊しな感じがすげぇな。

 

 

「いや……なんでもねぇ」

「安価ってすごいんだねアスウィー。トレーナーをここまで追い詰めるなんてさ」

「あぁ……うん。そうだね。あそこの住人ってすごいのしかいないから……」

 

 

 それに関しては同意しかない。

 

 

 

 

 

 コンコンコンッと、カボチャのお面を叩いて割ろうとする音が店の中で響く。

 

 ヒビ入れの工程。今は優しく叩いて切れ目を深くしている最中だ。

 叩いた衝撃は直接俺の頭に響くが……まあしょうがない。こうでもしないと本当に取れないのだから。

 クソ、どこのどいつだよ料理中でも外れないように固定させとけとか言ったバカは。((掲示板

 

 

「……すっごいシュールだねぇ~」

 

 

 テイオー。それを言ったらこの状況自体が既に奇妙すぎんだよ。

 

 椅子に座ってあしたのジョーな格好しながら、愛バにカボチャの被り物を割ってもらってんだぞ? シュールどころか異様だろ。もしくは滑稽。

 

 

「おっ」

「そろそろ割れるかな。トレーナー、ちょっと響くよ」

 

 

 ヒビ入れが終わったのが、ピシッという亀裂が走った音で分かった。

 最後に、ちょっと力を入れて割る算段だ。なので俺は少し頭にくるであろう衝撃に構える。

 

 直後、ゴンッ!と今までよりも強い鈍痛が走った。

 それと同時に顔を覆っていた殻が落ちる感覚。

 

 久しぶりに、視界が開けた。

 

 

「おー、やっと割れたよ」

「おかえり~、でいいのかな? とにかくお疲れトレーナー!」

「おう。迷惑かけてすまんかったなテイオー。この埋め合わせはまた今度やらせてくれ」

 

 

 ようやくカボチャの面が取れたことを、視野の確保で身に染み込ませる。

 あぁ……生きてるって感じがするよ……。

 

 

「ウィングも悪かったな。色々世話をかけた」

「ふふっ、いいよ。私も面白かったし。<アトリア>の娘たちに良いお土産話もできたから」

 

 

 そう言って俺の頭から手を放すウィング。

 それを見越して、俺も椅子から立ち上がる。

 

 

「でもまあ? 実際トレーナーの安価で無駄な力仕事したのは確かだし?」

「は? いやお前、結構乗り気だったじゃ――」

 

 

 と、俺の目の前に回り込んでそんなことを言い出すウィング。

 

 そして俺は見逃さなかった。

 ウィングが浮かべた、そのいたずらな笑みと、恍惚が混じったその表情を。

 

 

「だからまあ……これで許してあげる」

 

 

 ふと、両の頬に当たる柔らかい感触。

 俺の頬を、ウィングの両手が優しく包んでいる。

 正面を見れば、久しぶりに見た俺の顔を、もっと眺めたいと言うかのような目があった。

 

 そして。

 

 ハロウィンの夜、魔女の姿で俺を惑わそうとする少女は言い切った。

 

 

「トリックオアトリート♪ ハッピーハロウィン♪」

 

 

 満足気に、頬を桃色に染めながらそう言ったウィングの表情は、今日俺が寝るまで頭を離れなかったことを白状しておく。

 

 だってめっちゃ幸せそうに言うんだし。忘れるにはもったいなかったからな。

 

 

 

「あ~! ずるーいアスウィー! ボクボクも!

 ハッピーハロウィントレーナー! あと、トリックオアトリート!」

 

「ぐぶぉ!?」

 

 

 

 まあ、次にテイオー(オバケ)に顔面丸々抱き憑かれて鮮明な記憶が一つ増えたわけだが。

 おまけで首に肉体的疲労が走った。軟弱ですまん。

 

 あと一つ言わせろ。

 

 ――お前ら、トリックしかしてねぇじゃねぇか。トリートはどうしたトリートは。

 

 

 

 

 



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EP.1 パーカー男と頑固少女
暇人とモブウマの新しい居場所



遂に書ける



 

 さて宴もたけなわ。

 うちのチーム<アトリア>が設立されてテンションが上がっているところで悪いのだが。

 

 少々ここで小話ならぬ、昔話を挟みたい。

 

 <アトリア>の面々? ああ、最近は割かし順調に育ってきてはいるよ。まあ、ほぼ負け続きで勝率なんざ2割に満たないが、全力でやりたいことに向き合ってるってことは報告しておこう。

 本気で頑張っているが、まあ努力と結果は必ずしもイコールってわけじゃないってことで。誰もが知ってる現実だろ?

 

 ……悪い、話が逸れたな。

 

 さて、昔話を。求めてるかは知らんが、とある2人が歩んだ軌跡の物語を語るとしたい。

 語り始めとして切るには何というか……そうだな。

 

 くだらない『才』持って生まれた単なる趣味人の俺と、『才』を持たずしてそんな俺に付いてきてくれた愛バの話だ。

 

 アストラルウィングと俺が歩んだ、栄光の話。

 

 勝って、負けてを何度も繰り返した、そんな2人の足跡を辿る物語だ。

 

 

 

 ――ああ、そんな身構えなくていいよ。

 こんなん、ほぼ後日談みたいなモンだしな。

 

 気楽に……酒の肴にでもしながら聞くといい。

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 時がキングクリムゾンしてびっくりするかもしれないが、現状報告といこう。

 

 ウィングと知り合って1()()()6()()()が経った。

 

 今は冬を感じかけている10月の中旬。凍える寒さにおびえながらパーカーを羽織る時期である。

 いやマジきつい。全身冷え性気味な俺からしたら冬はホントに天敵だ。指先は乾燥するしよ……良いことがねぇ。

 あ、でも雪は綺麗だから良し。地元で死ぬほど見たし、寒いの象徴として植え付けられてるが、それでも綺麗なもんは綺麗だからいい。

 

 と、また話が逸れた。

 

 現状報告の続きだな。

 結論から言うと、アストラルウィングの戦績は()()()()()()()()()()()()()、と厳しく言えばそんな感じだ。

 

 

 3()0()()1()1()()

 

 

 1年半、今に至るまで、ウィングが出走したレースの数と勝利数だ。

 3ヶ月の間で平均4~5戦の参加率。と言えば、多少知識がある人でもその異常さが理解できるだろう。

 何故なら、普通の娘でこんな無茶な出走なぞすれば、問答無用で故障しかけないローテーションだからだ。

 

 ――無茶には根性を、凡夫というなら狂気じみた努力を。

 

 ここ1年、俺はアイツの長所を伸ばそうとしようにも、肝心の長所がロクに無かったからこそ、思いついた謳い文句。

 作戦がどうとか、体の出来がどうとかの問題ではなかったのだ。

 

 半年で出走した約10戦。その勝率は2勝――数値で言うと3割未満。

 

 正直に言おう。死ぬほど思い悩んださ。

 伸ばせるところが無い。身体を強化しようにも目的のタイムまでには程遠く届かない。

 ――限界が来たように留まった成長期を見て、俺は頭を抱えた。

 

 アイツが自分で言った通り、間違いなく平凡だった。

 

 本当に、ただの平凡でどこにでもいるようなモブの一人だった。

 本当にどうしようもなく『才』の無いウィングを見て。

 『才』を持っている俺は諦めの心を片隅に浮かべていた――

 

 

 

 

 ……ものの、頑固者らしく諦めが悪かったのはまたウィングらしく。

 頭を抱えてた俺に対し、控えめに言って、まあなんだ。

 

 活を入れられた。

 

 正確には、尻尾で顔面を数回往復ビンタされた。

 日頃の不満だとか、思ってることだとかも、全部叩きつけられた。

 

 

『私を楽しませるんでしょ……っ! 無茶でも何でもやって見せるからっ、私もトレーナーに付いて行くからっ!

 だから――諦めない私より先に、諦めたりしないでよ』

 

 

 ……そうして、吐き出されたウィングの台詞が見事ぶっ刺さった俺は、少しばかり冷静になってから考え直してみた。

 今の俺で、出来ることは何か。

 アイツにどうすれば尽くせるか。楽しんでもらえるか。

 

 使えるモノも、使える人も、全てを手探りで頼って使って、自分の答えが出すまで繰り返した。

 

 

『親父か、夜遅くに悪い』

『……こんな時間になんだバカ息子』

 

 

 元トレーナーらしい俺のクソ親父に頼んでアドバイスを貰ったり。

 

 

『最近担当を持ってな……』

『おい母さん起きろ!! バカ息子に女ができたぞ!!!』

『ほんとー!?』

『ちょ、待て! 止まれ母さん!!ああぁぁぁっ!?!?』

 

 

 その担当だった母さんにも助言を貰って……ってなんだ今の回想は。確かにウマ娘の全力疾走を親父が受け止めたのはビデオ電話で見てたが、今そんなのはどうでもいい。親父の腰は数日逝ったらしいけど。心底どうでもいい。

 

 とにかく、使える伝手を頼ったりしてたわけだ。

 

 そして答えを出した。

 あるじゃないかと、今更ながら思い出したんだよな。

 

 アイツ、異常なほどレース出て故障1回もしてねぇじゃん、と。

 

 てことは、逆説的にそれはアイツの脚が頑丈すぎることを裏付けていることであって。

 精神論とかじゃなく、ちゃんと長所らしい長所があったことを、今更ながら理解したんだ。

 となれば、後はさっき言った通りのことを実践するだけである。

 

 ――無茶には根性を、凡夫というなら狂気じみた努力を。

 

 すなわち『常人では耐えられない努力をする作戦』を。

 

 頑丈だからと言って、その身体能力が上がるわけでもなし。強くなるわけでも速くなるわけでもなし。策を弄したところで、それを実行できる技量があるわけでもなし。そもそもアイツ逃げの一手しか知らねぇし。

 なので、それがどうしたと言わんばかりに実践で鍛えることにした。

 もちろん通常のトレーニングも組み込んだうえでの、先の出走ローテである。

 

 んでまあ、その無茶が功を奏したのか。

 

 最近出始めたGⅡ戦、5回出走の3勝。

 ――まさかの勝率5割越えという戦績を叩き出しやがったのである。

 

 

 

 因みに小言だが、ウィングの出走記録があまりにも多すぎる為、最近はアイツに【奮励の化身】だとかいう異名が付いてしまった。主に掲示板での出来事である。

 羞恥からかは知らんが、事を知った際にいつもの河川敷で横になっている時にふて寝してしまったウィングは記憶に新しい。

 なおその様子が可愛くて、俺は自然とウィングの頭を撫でてしまったのだが反射的に避けられてしまった。

 

 ……嫌われてはないはずなんだがなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 と、現状報告としてはこんな所だ。

 

 その他を詳しく掘ろうとすれば、トレーニングの方法だったり、トレセンでの本業がどうとか色々あるが……まあそこまで言ってると長くなるので割愛。

 ……あぁ、いや。ただこれだけは話題にあげとかないといけないか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 レース一心、勝利に貪欲、諦め嫌いで頑固者のアイツに、ちょいと変化が見られている。

 より正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。レース後の問いかけだったり、常日頃の印象だったりが張り詰めたモノでなくなってきているのがその証拠だ。

 最も、それは物事を楽しむための第一歩でしかないのだが……

 

 とにかくいい傾向であることには間違いないだろう。

 

 ――人間ってのはそんな簡単に変わりはしない、トランスフォーマーじゃないんだから。

 だが、長い年月さえあれば変わる可能性はある。

 変われる可能性を誰もが秘めている。

 

 ……まあ俺の実体験付きでの持論だがな。

 

 その変化が、ウィングにとって良い方向に向かってくれることを俺は密かに願っている。

 

 

「……あのね、そんな事今どうでもいいんだけど」

 

 

 ……そんな感傷に浸っていると、すぐ隣から聞こえるため息交じりの可愛げのない声。

 青鹿毛(あおかげ)の毛並みと、少々光の灯りかけた草原色の瞳。

 ジト目で俺を睨んでるウィングが目に入る。

 

 聞き捨てならない一言に俺は思わずツッコむ。

 

 

「いやおい。そんな事ってなんだ、そんな事って。お前の成長を願っていてだな――」

「それは嬉しいけどっ。そういうことじゃなくて……ああもうっ!」

 

 

 事情を説明してほしいんだけど! と、俺の隣から求める悲鳴が上がった。

 

 実は今、俺とウィングは、とある目的地に向かって歩いている。

 午後の夕暮れ、日の出が落ちかけた景色を背後に脚を進める。

 その場所はすぐそこにあった。

 

 トレセン学園の大裏手。夕日すら差し込まない影で埋まったその一帯。

 誰も来ないであろうそんな場所に、2つポツンと建てられたその建造物が目的地である。

 

 ウィングがその一つ、1DK程の大きさの建物。コンクリートで四方を固められた建物を見てから言う。

 

 

「いきなりトレーナー室が移動になった? まあそれは良いよ。あの部屋狭かったし」

「んなこと思ってたのかよ」

「思春期女子の欲求舐めないでよね」

「言葉が強えぇよ、そんな嫌だったんかい」

 

 

 そしてもう一つ。

 げんなりとソレを見たウィングが、怒号を上げて俺に吐き捨てる。

 

 ソレは木造で外観を作られた建物。

 レンタル倉庫よりも広そうなその建物は、一端の店でも開けそうな大きさで……

 

 ――というより、店を開く予定なのだが。

 

 

「トレセンで飲食店を開く!? そんなこと私一切聞いてないんだけどっ!」

「そりゃ、休日開ける2日前に決まったことだからなぁ……」

 

 

 

 


 

 

 

 

 トレーナー室――俺の仕事部屋が移動するという件については上の方で既に出ていた。尤も、ウィングのように仕事場が狭いとか、そんな幼稚な理由じゃなくしっかりとした理由を並べ立てての上だが。

 

 しかし、問題はその場所にあった。

 俺の本業上、セキュリティー関連に難があるというか……生半可なモノではいかないのだ。それこそただ部屋に鍵をかけるだけでは済まない程、厳重な設備が要求される。

 

 他の職員と同じような配慮ではいけないとのことで、上の人、理事長やたづなさんも頭を抱えていたのだ。当然、現状打破の為に動いていた俺も。……自由スペースが欲しいからという邪な思いもあるが。

 

 そうして、頭を悩ませているときだった。

 

 

『……なんだこりゃ』

 

 

 ……きっかけはなんてことない。俺が暇な時間に学園を散歩しているときに見つけたのだ。

 日も当たらない場所で、ボロボロのまま放置されていた一つの倉庫のようなものを。

 見た目はほんとに脆く、壁面に至ってはカビすら生えていた有様だった。

 

 要約すると、だ。

 人目に付かなく、ボロボロで、放棄されていて、改造しがいのある倉庫。

 

 ――それが、子供心輝く俺には秘密基地のような魅力が詰まった建物に見えたわけで。

 

 即時即決。

 俺はこの倉庫を改造――もといDIYすることにしたのだった。

 ここを新たなトレーナー室にでもするかー、などという考えで。

 

 

『トレーナー室の件、学園の裏手に誰も使っていない小屋があるんですけど、あそこを使っても構いませんか?』

『あそこはトレーニング機材などの倉庫だったものですけど……』

 

 

 まずはたづなさん方に相談して。

 

 

『すみません理事長。たづなさんから聞いてると思うんですが、倉庫改造の配線工事の件なんですけど……』

『承知ッ! 私の伝手を紹介しようッ!』

『どうもです。流石に電気関連は知識が無いもので』

『無用ッ! 要らぬ心配だトレーナー君ッ! むしろ現状解決をしてくれようとする心意気に感謝だッ!』

『あ、はい』

 

 

 上の人にも、そして理事長にも話を通した。

 ……因みに、善意満タンで俺に頭を下げてくれた理事長に罪悪感があったことを、今更ながら後語らせてもらう。

 

 なんかすんません。あそこ作りたかったのは、ただ俺の自己満足みたいなもんなんですよ……。

 

 

『それはそうとトレーナー君ッ! 一つ相談があるのだがッ!』

 

 

 そして、理事長からのふとした話題――理事長が個人的に抱えてたにんじん畑の運営についての話題に合わせて、気まぐれに『俺が飯屋を開きでもして、そのにんじん畑のにんじん使うことで、運営を合法的に認めさせましょうか?』なんて返したのが全ての始まりになった。

 

 トレーナー室は、小屋の隣に設置となり3重のセキュリティーロックで厳重に整備されることになる。

 そして、当初自由すぺー……トレーナー室になる場所だった改造倉庫は、飲食店『ウマ小屋』として経営されることになったのだった。

 

 俺としては文句はない。

 絶対侵入不可なトレーナー室、もとい自由スペースを手に入れられた上、目を付けていた倉庫を飲食店として使えるというのだから。

 

 提案をしてきた理事長の取ることに、一切の躊躇は無かった。

 

 これが今日、『ウマ小屋』が出来上がる2日前の出来事。

 すなわち、()()()()()()の話であった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「…………だから、休日を満喫している私に気を使って何も言わなかったって事?」

「……おう。流石にお前の日常を侵害してまで、俺の事情話すのもあれかと思ってだな――」

「そ・の・せ・い・で。私のストレスはマッハなんだけど」

 

 

 叩きつけられた言葉にバツが悪くなり、俺は思わずそっぽを向いた。

 ついでに冷や汗ものである。こういう時、俺のせいで不機嫌になった時のウィングは怖いのだ。主に物理的ダメージの懸念が――

 

 

「ごがっ!?」

 

 

 と言った瞬間にダメージ発生。エマジェンシー。助けて―。

 何かと思えば、俺の右足をウィングが踏み潰していた。もちろんウマ娘の本気で踏まれては、マジで俺の足はこの世から消し飛ぶため加減はしてあるが。

 

 それでも、痛いものは痛い。

 

 右足の小指に爪が割れたかのようなとてつもない痛みが走ったことで、思わず濁点のついた悲鳴を上げてしまった。いや、もう死ぬほど痛いんですけどあの。

 

 

「なに?」

「……いやなにも」

 

 

 痛む右足をしゃがんで抑える俺に、見下されるウィングの視線。

 こういうのをご褒美とでもいうのだろうか。俺には全く理解できない、助けて(ヘルプミー)スレ民。

 

 ……まあ、今回に限っては俺に情状酌量の余地はないだろう。100の割合で俺がウィングに情報を通達していなかったのが原因だからだ。故に、俺は鈍痛を与えてきたウィングへの抗議の言葉を飲み込んだ。この痛みも受け止めるつもりである。

 

 視線を外された次に聞いたのは、ウィングのため息だった。

 

 

「あのさ、私もトレーナーとは1年ちょっとの付き合いだからさ。そういう奇想天外で自由奔放な行動については大抵許容するよ」

「お、おう」

「でもね。一言は何かくれない? トレーニング中にいきなり『あ、俺店開くことになったから』なんて言われたらびっくりするんだよ。ホントにっ」

 

 

 ああ、準備運動で前屈してる時に言ったからすげぇグデーってなってたs……いや、余計なことを言うのは止そう。

 

 左足を振り上げるウィングを見た俺は、即座に開きかけてた口にチャックをする。

 触らぬ神に祟り無し。

 これ以上の身体的ダメージを避けるため、俺はウィングの怒気に屈するのだった。

 

 

「次からはちゃんと私に一言入れる事」

「……お前は俺のおかんか」

「…………っ」

「分かった! 分かったっての! んな顔赤くして足を振り上げんな!」

 

 

 

 

 

 





本格的な追憶編の始まり始まりー。
やったねみんな。ウブウブな頃のウィングが見れるよ喜べ。
ただその分テイオーの出番がががが……ごめんな? 終わったらイチャコラさせたげるから……

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走り終わった後の寄り道は至高

 

 歓声が一体に轟く。

 

 大地を唸らす轟音に負けない人の声。

 ソレは全て、埒の外から鳴り響く魂の咆哮だ。

 

 熱気が、見えもしない圧が、そこに立つ者たちを叩く。

 (らち)の内でその脚を鳴らす少女達。全力をターフを駆ける姿は歓声を上げる者達全てを魅了する。

 

 この一瞬、レースという一つの事象に誰も彼もが虜になる。

 

 

『伸びる! 伸びる伸びるアストラルウィング!? その末脚に後続が付いていけないぞ!?』

 

 

 天の声が全体に響くと共に勢いを増す歓声が奔った。

 先頭を駆けるその少女が、観客の目を奪う。

 アストラルウィングと呼ばれた少女に、全身全霊を賭けて走るたった一人の少女に、此処にいる全ての意識が向けられる。

 

 かくいうウィングは、そんなのは気にしないと全力疾走の心得だ。

 いや、気にする余裕が無いのか。こればかりは当人の感性なので断言はできないが。

 

 ……いや、今考えることではない。

 

 そう断言し思考を止め、前を見る。

 最終コーナーを抜け、後は直進のみ。

 持ちうる全てを消費して、一番という称号をもぎ取ろうとする怒涛の数秒が始まった。

 

 

『残り300を切りました! 先頭は依然アストラルウィングが独占中!』

 

 

 逃げ足を発揮しているウィングは今までと変わらず先頭を駆け続ける。

 目の前に誰もいない、とっておきの光景を独占し続ける。

 

 ただそれを許さない者も、確かに居るのだ。

 

 

『しかし後続も総じて負け怖じない! 4番手リーフベルトが抜け出してくる! 負けじと3番手テルミアレールが加速を始めた! おっと2番手ヘルメスミリヤが減速!? スタミナ切れか!? その隙に4番手と3番手が這い上がってくる! 残るは先頭のアストラルウィングだけだ!』

 

 

 距離およそ150。

 

 実況の声にもどんどん熱がこもり、観客のボルテージも上がっていく。それぞれが思い思いの声を出し、夢を掴もうとする少女たち(ウマ娘)に熱い声援を送る。

 

 

「――行け、ウィング」

 

 

 一人、さり気なく短い声援を送る。

 視線はウィングに向けたまま、腕を組み、大声など出さず静かな声で魂を込めた言葉を放った。

 

 勝利の確信など在りはしない。

 

 アレはどこまで言っても平凡で、脇役で、負けに負けて偶に勝つ普通の少女だ。

 天才など、常勝などに縁が無い。努力で頑張り続けるただの少女だ。

 このレースも、先における一進一退の一勝負に過ぎない。

 

 ソレに挑んでいるウィングの目は――

 

 

『先頭のアストラルウィングが逃げる! 2番手テルミアレールが追いすがるがアストラルウィングが逃げる! 内からリーフベルトが追い込んでくるが届く――いや届かない!』

 

 

 ――依然として燃えていた。

 

 草原色の瞳を赤熱させている。

 いつもと変わらず、たった一勝負に全力を振り切るウィングがそこには居た。

 

 そして――

 諦めの悪いその足取りが、栄光の境目を踏み抜く。

 次々に踏み抜く少女たちよりも先に、最初に、一番にその線を超えていく。

 

 

『アストラルウィング! アストラルウィングが後続を振り切って今ゴールイン! 続いてテルミアレール! 遅れてリーフベルトがゴール!』

 

 

 尽きたスタミナとアドレナリンが、疲労を示す様にウィングの膝を地に着かせた。根性で支えてきた体に力が入らなくなったのだろう。

 そのまま肩で息をしながら、目線を背後に向ける。

 

 限界が来たと倒れ伏す者、悔しがる者、涙を浮かべる者。1番を取り切れなかった少女たちの姿。当たり前に広がるその光景に俺は目を細めた。

 勝者と敗者は常に対立だ。

 勝負の世界に蔓延るその絶対的ルールは、例外なく当事者たちに降りかかる。

 

 そしてそれは、ウィングもまた同じ。

 

 ()()()勝っただけに過ぎない。この次は負けるかもしれないし、また勝つかもしれない。

 いつあの敗者の輪に混じってしまうのかと考えると、気が気ではないが……

 

 そうさせないのが、今トレーナーとして俺が全力でやるべきことだしな。

 

 歓声が爆発すると同時に、俺は彼女らの勇姿を見届けてからその場を後にする。

 最後にターフの内で見たウィングの表情は、少しの笑みと満足げな表情だった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「おー、お疲れさんウィング。今日は快勝だったな」

 

 

 レース後、俺が寄ったのはウィングが待つ控室だ。

 

 GⅡ デイリー杯Jrステークスで勝利を収めたウィングだが、勝利者は勝利者で予定があるのだ。

 あと数分後には、ウィニングライブと記者のインタビューが待っている。その為、ここに来た俺の用事はその事前確認とコンディション確認である。

 

 変哲ないパイプ椅子に座るウィングが視界に入る。

 鏡に面を合わせて、髪の手入れをしている所を見ると今はレース後の身だしなみを調整していたらしい。既にライブ用の衣装にも袖を通している。

 

 若干の疲労感を醸し出しながらも、ウィングは俺に目を向けた。

 

 

「ん、トレーナー。快勝……とまでは思わないけどね。最後の最後でちょっと折れかけたから」

 

 

 靴紐を結んで、パイプ椅子に縋るウィングから出たのはそんな言葉だ。

 レースの最後の方、俺からは見えなかったが何か自身で思う所があったのだろうか。

 

 

「折れかけた? 根性が?」

「うん」

「ああ、なるほ。つってもまあ、4バ身差離してあそこでの減速なら1バ身くらい残して勝てる。どの道ゴールテープを切ったのはお前になるだろうよ」

「それ結果論? スタミナ切れて手いっぱいの時に、持ち合わせの気合まで尽きちゃったらどうしようもないでしょ。私に余力なんて無いから、反省点は反省点だよ」

「たくっ、素直じゃねぇな。もうちょい目先で獲った1着に喜んで浸れって」

「そんな暇ないの。知ってるでしょ?」

 

 

 そりゃぁまあな、と椅子に座るウィングの横に立ってそう呟くと、いきなり脇腹を小突かれる。人差し指で。トスッという音と同時に響く感覚に思わず息が出そうになってしまった。

 

 

「くすぐってぇ」

 

 

 急にどうしやがった、とジト目でウィングと視線を合わせる。

 

 

「……最近、私のトレーニングに顔出してくれない仕返し」

「それはすまんて再三言ってんだが」

「お店の開店で忙しいのは分かるけどね。それならそれで趣味時間減らして、私に構ってほしいのが要望なんだけど」

 

 

 トストストスッ、と突っつく速度が指数関数的に上がっていく。よく見ればウィングが若干むっすり顔になっていた。日頃の不満を晴らさせろ、と言外に伝えに来てるようだ。

 不機嫌の時は物理的に当たってくるのが問題点だが……まあ、ソレを込みでコイツのことが気に入ってるのもあるし。余程のことが無い限りは、こういうコミュニケーションは受け止めている。

 

 くすぐったい感覚をよそに、俺は無造作に頭を掻く。

 

 

「へいへい……善処するよ」

「返事に重みが無いけど~?」

「善処っつったからな。まあ、この一週間で仕事の方も落ち着くだろうから、顔出せる日は増えるかもしれんし。そん時は直接言う」

 

 

 よろしい、と返答に満足したのか脇腹を突っついてた人差し指を引っ込めた。

 それと同時に椅子から腰を話して立ち上がる。

 

 ライブの衣装を体ごとくるっと回して身だしなみの確認をしてから。

 笑顔の練習か、フッと微笑んだウィングの表情は、1年前よりも数段柔らかく感じた。

 

 ただ、普段は見せない表情だったため、違和感を感じてしまったのもあって。

 

 

「随分と上機嫌だな」

「ん? そう見える?」

「ああ、珍しいほどにな」

 

 

 腕組をしながらつい、そんな言葉をかけてしまった。

 

 いつものレース後だと背伸びくらいの上機嫌気味で終わるが、こうやって笑顔を見せてまで体を動かすとなると、割と物珍しいのだ。

 いやまあ、楽しそうなその姿を見たくないかって言ったら、俺は特等席で見たいわけだが。

 

 

「まあ、()()()G()()()()()()()()()()ってなったらね。ちょっと体が疼いちゃってさ」

 

 

 一人思考していると、ウィングから上機嫌の理由が放たれる。

 あー、そういう。流石先頭民族、既に頭の中がレースでいっぱいなご様子で。

 

 今更報告になるが、今コイツが言ったとおりである。

 1年と数ヶ月をかけて、遂にウィングのGⅠ出走権を獲得できたのだ。

 

 クラスの高いレースに出走するとなると、ある程度の基準を満たしたファンを満たさなければならない。このくらいは普段レースを見てる皆々共の知識からしたら釈迦に説法だろう。

 順調に行って約1年、早くて数ヶ月。

 それが現役ウマ娘がGⅠに出れるまでの平均である。

 

 しかして、ウィングはそれよりも遅れて遅めの出走になってしまった。

 

 理由は不明確だが……まあ1年目は敗走が多かったのもあるかもしれない。その分の時間をロスしたとなればこの遅れも納得なのだが。

 問題は2年目だ。

 

 なんか知らんが、GⅡに出始めたあたりからいきなりファンが急増しやがったのだ。

 丁度、掲示板の方で【奮励の化身】なんてあだ名が付けられた頃だっただろうか。とにかく、ファン数が異常な伸び方をし始めたのである。

 俺がスレ張りとかもしたからだろうか、民衆の認知度も上がっている気がするが……。

 

 ま、まあ、その甲斐あってか遂にウィングも夢のレースの仲間入りである。

 

 掲示板という魔境にウィングというウマドルをぶち込んだことに対して、若干心の中で冷や汗をかきながら、苦笑で目の前で喜ぶ少女に目を向けた。

 

 

「まあ、ソレに付いちゃ俺も喜ぶべきだが……にしてもGⅡ出れるってなった時はクッソ平常心だったくせに、GⅠになったらなったでその喜びぶりはなんなんだ」

「それはまあ、今日の奴と違ってGⅠは私にとって夢のステージだもん。それに、私の喜ぶ姿が見れてトレーナーもまんざらでもない癖に」

「いや否定はしねぇがな……」

 

 

 ――つか、そんな感じで毎回楽しそうにしてくれりゃ、俺も満足なんだが。

 無駄に嬉しそうに体を跳ねるウィングを見て、俺もつい苦笑する。

 

 それと同時に、パーカーのポッケに入れた携帯が振動する。甲高い音が部屋に響くその正体は俺が設定したアラームだ。

 どうやらライブの時間が迫っているらしい。

 

 

「ってもう時間か。それじゃ、私はライブに行ってくるから。トレーナーもちゃんと見に来てよ?」

「いつも通り、後方腕組勢に紛れるとするわ」

「む、関係者に言ってステージ前に席を置いてもいいんだけど?」

「HAHAHA……んなことしてみろ。俺お前を会場に置いて退散するからな?」

 

 

 俺の冗談を真に受けたのか、ふくらはぎ辺りを軽くローキックされてしまった。普通に痛てぇ。

 

 ……いやまあ、冗談でもないんだがな。

 

 明確な拒絶に意味はある。

 確かに、楽しんでる姿を特等席で見たいとは言ったが、それはコイツの人生における(かたわ)らで、という意味だ。

 

 出来れば周囲に怪訝な目を向けられるほど、物理的に接近などしたくない。

 

 ただでさえ灰色の髪にパーカー姿の異常者だぞ? トレーナーらしからぬ姿恰好をさらして、コイツの現役人生に悪影響を与える可能性を残すような真似だけは絶対したくない。

 

 情報の錯綜と虚偽が油断ならないのは、ネットの海に身を投じている経験から習得済みだ。

 特に掲示板やマスゴミ。こいつらにだけは一層気を付けないといけない。マジで。

 

 

「過保護すぎるって」

 

 

 ウィングの神妙なジト目な視線を受ける俺。

 うるせぇ。お前もネットに身を浸してみろ。少しは気持ちがわかるだろうよ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 さて、無事にライブも終わり、インタビューも済んでと。(俺不在だが)

 

 

「トレセン学園までお願いします」

「お願いします」

「はいよ」

 

 

 現在、俺達は帰りの車にタクシーを呼んで帰宅途中のところだ。

 

 俺の自家用車?

 無い無い。だって俺無免許だし。ガキの頃に友人のバイクに無断で乗ったくらいしか運転経験なんかないぞ。

 つか、地方民の交通手段なめんなよ。自転車さえあればどこへだって行けんだからな。県の端から端までなら余裕だ。

 

 ……とまあ、流石にレース後の凱旋を自転車で帰らせる暴挙はしたくない為、こうしてタクシーを拾って帰宅中という流れになる。

 

 

「ふぅ……今日も疲れた~……」

「お疲れさん。帰るまで2時間はかかるから今のうちに休んどけ。明日休日だけど」

「ん~、ううん。今日の反省会、ここでしちゃおうよ。どうせ寮に戻ったら倒れるように寝ちゃうんだから」

「そうか? んじゃ……」

 

 

 乗り込んで、数分経った後の会話。

 車の座椅子に背を預ける向上心高めなウィングを横に、俺は携帯用のタブPCを用意する。今日のレースの録画等分析結果などは、コイツに全部ぶち込んである。

 

 そうして始まる会議のような反省会。

 

 まずは俺から目に見えた反省点を言って、それにウィングが問う流れ。

 内容はありきたりなモノだ。差し合いの警戒だったり、体の動かし方、脚の入れ方……と。心理戦から肉体的な反省点までの数々を述べる。

 

 あくまで論理的に、分析した結果とレースの動画を見せることで、分かりやすく納得させ、理解を促す様に誘導させる技術も組み込む。ここら辺は俺の得意部門だ。

 

 ――そうして、一連の流れを小1時間ほど行ってから反省会を終える。

 

 後はもう自由時間だ。

 タクシーの車内で、ウマホを手に持ってウマッターだかエゴサやらしているウィング。 

 

 

「?」

 

 

 と、俺も俺とて今日のレースの結果、及びファンの反響のエゴサを同時進行で確認しているときだ。

 ふと目の端で広がる光源が視界に入った。

 

 

「なんだあれ」

「ん?」

 

 

 タクシーで下道を走っている最中、淡い光が……常夜灯のような光が社内を照らした。

 携帯をいじっていたウィングまでもが、視線を窓の外に向ける。

 何かのイベントだろうか、人気も多いのか賑やかな雰囲気まで感じた。

 

 

「ああ、お客さん。アレ気になります?」

「え? はあ、まあ」

「ははは、お客さんすごいキラキラした目ですよ」

 

 

 おっと、つい子供の心が浮き出てしまった。

 こういう楽しそうな雰囲気を感じてしまうと、童心に戻ってしまう。悪い癖だ。

 

 話を聞くと、どうやらタクシーの運転手さんはこの地元の出身らしい。

 あそこで行われているイベントにも知識があるのだとか。

 

 

「丁度この時期になると、神社を借りてお祭りをするしきたりでしてね。なんでも神様のお参りがどうとかなんとか……詳しくは知らないんですけど、昔から続く伝統行事になってるって話です。神楽とかも人気がありますし、終わり際には大きな花火も上がりますから。人の集まりは毎年いい感じらしいですよ」

「ほうほう……」

 

 

 運転手さんの綴る地元談に、顎に手を当て聞き入る俺。

 因みに、流石に運転させながら長話させるのもあれかと思い、近くのコンビニに車を止めてもらっている。

 

 正直こういうイベント事には、耳が立つ。

 

 年に何回かの記念日と同じ感覚だろうか、子供の心で居続けている俺は物珍しいものに目が無いのだ。

 

 

「近くで浴衣のレンタルもやってましてね。結構大きな店なもので、私もよく嫁と行くときに使わせてもらったものですよ」

 

 

 しかも、イベントにふさわしい恰好を用意してくれる場まであるという好条件。

 ふむふむふむ。いいな。行きたくなってきたぞ。

 

 

「……トレーナー」

「お?」

 

 

 そんな思考が頭を埋める中、いきなりパーカーの袖を引っ張られる。

 誰かと思えばそれはもちろんウィング。

 

 

「なんだ、どうした?」

「あーその、ね……?」

 

 

 ちょちょんと、袖を引っ張るウィングはどことなく挙動不審だ。まるで、今からやりたい事を我慢するかのような挙動を醸し出している。俺も覚えがある雰囲気で、よく見た動悸だ。

 ……ん? あーまさか。

 

 

「祭り、行きたいのか?」

「………」

 

 

 ふと浮かんだ予想を口に出せば、頬を赤くして小さく首を縦に振るウィング。

 

 その小動物みたいな挙動を見て、思わず抑えた笑いが出てしまったことを誰が攻めれるだろうか。耳もヘタレて可愛いし。

 

 

「……くくっ、別に恥ずかしがることないだろうが」

「う、うるさいノンデリトレーナー。こういう時は首を縦に振るだけでいいんだよ」

「へいへい。んじゃ、そーいうことでいいな」

 

 

 写真を撮ってやろうか……なんて思ったが、後の物理的制裁が恐ろしい為諦めた。

 

 青鹿毛の髪を揺らしてジト目で俺を睨むウィングを横に、タクシーの運転手に振り返る。

 丁度、俺も()()()()()()になっちまったからな。ウィングの意思も同調したし、行かない手はないだろう。

 

 運転手さんも、俺らの会話が聞き届いていたのか察しているっぽいし。

 

 

「すみません、運転はここまででお願いします」

「いえいえ。お祭りぜひ楽しんできてください」

「どうも」

 

 

 ポケットから財布を取り出し、ここまでの運賃を支払う。

 ……ああ、そうだ。後一つ聞いておくとするか。

 

 

「あと、浴衣のレンタルをしてるってお店、出来れば教えてくれませんか?」

 

 

 目ぼしい情報を予め収集してから、まずは姿恰好を適したものにするためレンタルをしてくれる店を目指して歩く。

 足取りは軽く、楽しいことを目前に俺とウィングは心を弾ませていた。

 

 

 こうして、レースの終わりに。

 どこともわからない、地方の祭りに参戦することになった俺とウィングであった。

 

 

 





11月11日に知り合いから質問されたんでちょっと答えようかと。

Q.ウィングとトレーナーがポッキーゲームをするとどうなるの?

A.トレーナーは羞恥心が地の底に沈んでるから、遠慮なくポリポリ食べ進めるのが大前提の流れ。
 問題のウィングだが、昔のウィングなら止まらないトレーナーに動揺して即バキ折り大逃げ確定コース。

 因みに今だと両方ともポリポリ進めていって、それを見ていたテイオーが手のひらで目を隠そうとするも指の間から見てる上、ド赤面しながらその様子を眺める光景の完成。
 最終的に「ん…」ってウィングが残りわずかなポッキーをテイオーに見えないよう隠して、食べきったのかきってないのか、唇が触れたのかという結果をうやむやにしてしゅーりょー。その後色々からかい合戦が始まるよ。


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ふと少女は昔を懐かしむ

 

 相変わらず自由奔放な人だ、と彼女は何もない黒の空に独り言ちた。

 

 一寸先すら見えずらい夜の闇。

 歩を進めれば、賑やかな人声が一層耳に入ってくる。

 その声に釣られるように、共に歩いている2人は気分を少しづつ高揚させながら目的地へ足を運ぶ。

 

 目線を上げれば遠くには、蛍光色の淡い光が多くの人を照らしている。

 

 彼女――アストラルウィングはその光を前にしながら、隣を歩くトレーナーと今まで歩んできた事を考えていた。

 

 

(思えば……こんな風にトレーナーと休んだり、遊んだりするのも何回目になるっけ)

 

 

 長やかな袖を一振りし、視界に入った青鹿毛(あおかげ)の前髪を指で退かす。

 

 草原色の浴衣。お店のおすすめだからとレンタルした一品。

 慣れない姿恰好だからか、彼女は身のこなしが少々ぎこちなくなっていた。ライブの衣装の方が数倍動きやすいな……と内心愚痴りながらだが、しかし心の端で珍しい衣装に心を躍らせてもいた。これでも一端(いっぱし)の女の子だ。可愛い衣装に目が無いと言えば嘘になってしまう。

 

 自分の姿に少し頬を上気させながらも、彼女は隣に立つ人の事について再び思考する。

 

 自由で捉えどころが無く、大人なくせに子供のような。

 そんな彼女自身のトレーナーと、一緒に歩いてきたこれまでを。

 

 

 

 


 

 

 

 

 出会いは本当にただの偶然だったのだろう。

 

 彼女自身も、トレーナーに直接聞いたこともある話だ。

 ハンモックを掛けて寝ていたあの木の下に偶然足を運んでから、偶然トレーナーの目に止まって、少なくない程の交流して。

 そして、最後には「彼女と遊びたいから」と。そんな自己中的な理由で。

 

 彼女の――アストラルウィングの人生を、トレーナーの趣味の道に巻き込んだのだと。

 

 ……当時の彼女の心境はどんなものだっただろうか。

 そう問われれば、彼女はそんな落胆染みた反応はなかった、と答えるだろう。ふと浮かべる苦笑がその証拠だ。

 

 才無し、結果無し、加えて度重なる挫折で心をへし折られた当時の彼女にとって、トレーナーの勧誘というのは一筋の光のようなモノだった。あちらから手を伸ばすのに、それをわざわざ手放す理由も無ければ、非を唱える理由もない。

 ……いや、考える暇もなかったというべきか。

 

 

 

 まあ、こうして重くもない経緯から担当ウマ娘となったウィングだが、当然の様に困難は彼女へ降りかかる。

 

 とにかく勝てないのだ。

 

 2回目のデビュー戦で何とか勝てたことは良いとして、そこから先がとにかく勝てない。

 彼女にとって、レースでの勝利が全て。その為の努力を惜しんだことも無ければ、これからも惜しむことは無い。

 少なくない量のレースに出走し、実践を積んで、特訓を積んで。

 

 積んで積んで、積み続けても――それでも届かない一番という称号。

 

 それでも諦めなかったことは、また彼女らしい所だが。

 ……それよりも先に彼が――トレーナーが折れかけてしまったのだ。

 

 そしてそれが、彼女の琴線に触れた。

 

 ……率直に言えば、ひと悶着あったということである。

 

 

『クッソ……』

 

 

 偶然だった。

 単に用があるからと、トレーナー室を覗きに行った時だった。

 

 今でも鮮明に思い出す、トレーナーの顔とその表情。

 いつでも子供らしく見せていたはずの、トレーナーが見せた苦悩と苛々しい感情を自分に向けたような、あの辛い表情。

 モニターの前で頭を抱え、苦悩を表面に出すトレーナーの姿。

 

 

『ダメだろうが……諦めるわけにはいかねぇだろ……』

 

『まだ、ウィングに勝って満足させることが出来てねぇんだぞ……っ!』

 

 

 それが少なくない関係を持った彼女の心を刺した。

 声を殺して、気配を断って、その場を離れた彼女をどうしようもない不甲斐なさが襲った。

 

 ――アレを、いつも楽しそうにしているトレーナーを辛い目に合わせているのは、どうしようもなく弱い自分のせいなのだと。

 

 半年とはいえ、少なくない関係を築いてきたからこそ、彼女はその様子を醸し出す異常さを自覚する。それほどまでに珍しく、悲痛だった。

 トレーニングがあるときは、あくまで彼女に苦悩めいた様子を見せないことが、逆に彼女を負の念に引き立てた。

 

 そして、それが3日3晩続いてから。

 

 ふと、いつもの河川敷で横になって休んでいるときだった。

 遠い目で空を眺めるトレーナーを見て。

 ――まるで全てを諦めたような。教官付きの娘たちが偶に浮かべていた目が視界に入ったことで、彼女の中の何かがプツリと切れた。

 

 

 ――諦めの悪さは、トレーナーに認めてもらった。

 だから折れなかった。

 ――頑固者だと、()()の事をそう教えてもらった。

 だから自分自身の事を信じられた。

 

 ――そして、トレーナーはそんな()を全部肯定してくれた。

 

 だから……だから、彼に『諦め』という思いを浮かばせてしまった私自身の事が、すごく不甲斐なかった。

 

 だから――――

 

 

「ねえ、覚えてる?」

 

 

 お祭り会場の中。

 型抜きを営む屋台で、必死に爪楊枝を握りしめるトレーナーに向かって彼女は言い放った。

 

 

「何がだっ、今俺これでも割と集中してんだが」

「あ、うんゴメン。タイミング悪かったね」

 

 

 明らか目が血走っているトレーナーを見て、言い淀むウィング。

 今日も今日とて彼とのコミュニケーションは絶好調である。どことなく噛み合わない。

 

 再び、相変わらず自由奔放な人だ、と遠い目で独り言ちたお祭り日和の夜だった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「……それで、何を覚えてるかって?」

「そんな肩落とさずに言わないでよ……言いずらいじゃん」

 

 

 屋台の間を二人して歩いている。

 

 花火を見に行くぞ、とそう伝えられたウィングは拒絶する理由なくその足を運ばせていた。

 人の波に翻弄されることなく歩くことができているのは、これから行く目的地が人気がつかない場所だからか。その行先はトレーナーのみぞ知るといった感じだ。ウィングはただソレに付いて行ってるに過ぎない。

 

 因みに、彼が肩を落としているのは先程の型抜きを爆笑必須の大失敗で終わらせたからである。

 

 熊型の型抜きだ。難易度はむずめ、あと一歩といった所で脳天からバキッ!と真っ二つという有様でその娯楽を終えたのだった……。

 

 その瞬間ではなくとも、話しかけてしまった彼女としては少し話題を出しずらくなってしまっている、という状況ということである。何せ珍しく、目に見えて相当ガッカリしている様子だ。

 話しにくいというのも無理はないが……。

 

 

「いや、いい。アレは目先の勝利に甘えた俺の落ち度だ。来年こそは……必ず……!」

「闘志が燃えてる……」

 

 

 こんなジト目不可避な台詞を吐いた事で、そんな思いは吹っ飛んだのだった。

 あまり根に持ってないのだと、年単位の関わりを持つウィングがそう察した。次に向けて根も燃やし尽くしそうな勢いではあるが……。

 

 と、ふと横からの視線を察知するウィング。

 

 

「にしても、案外お前の浴衣姿似合ってんなぁ」

「ん? そう?」

「おうおう。死ぬほど可愛いぞ」

「可愛っ……う、うんありがと」

 

 

 誰かと思えば隣に立つそのトレーナーだ。

 彼女と同じ草原色で牡丹模様の浴衣。誰がどう見ても誉め言葉しか出ないそれを、トレーナーは恥ずかしげもなくバカ正直に褒め散らかしていた。

 反対にダメージを受けるウィング。どこぞのバカとは違い、人並みの羞恥心を持ち合わせている彼女は、普通に照れていた。

 

 だがしかし、彼女も攻撃を受けたままでは終わらない。

 何とかして辱めようと反撃を始める。

 

 

「トレーナーも似合ってるよソレ。というか着慣れ過ぎてて()()()()の人かって思うくらい」

「おう、あんがとな」

 

 

 返しのターンで攻撃を始めるウィング。残念ながらダメージは見込めないと判断し、彼女は内心で悔しがった。本当に、いつになったらこの男の羞恥心にダメージを与えられるのやら。

 

 ……まあ、と言っても、反撃に使った感想としては正直なものだ。

 

 模様の無い、髪色と同じ灰色の甚兵衛姿。

 両腕を袖に通して草履をはき、歩みを進めるその見栄えはまるで現代人ではないように見えてしまうくらいの雰囲気だ。

 

 正直、かっこいいかと言われれば、速攻で首を縦に振らざるを得ない風貌である。

 余りにも様になっているところが気になり、どうしてそんなに着慣れているのか彼女が問いかけたところ。

 

 

「実家が和系だったからな。家の中じゃ風呂上りによく着てたもんだ」

 

 

 そんな風に彼はあっけらかんと答えた。

 詳しくは語りはしなかったが、それでも理由としては十分と言ったところでウィングはそこで食い下がる。

 

 それから、他愛のない話が再び始まって。

 数分ほど経った時だ。

 

 トレーナーのモノではない一つのため息が、会話を割いた。

 

 

「全くもう……トレーナーといるとシリアスなんて無くなっちゃうよ」

「あ?」

「何でもない。思いつめていた私がおかしいなって思っただけ」

 

 

 「くだらないなぁ……」と、苦笑を浮かべるウィングがそこには居た。

 

 

「さっきまで、トレーナーを尻尾で往復ビンタした時の事を思い出してたんだけどね」

「おいおい。屋台での『覚えてる?』ってそれかよ」

「まあ、それもあるんだけどっ。あれだよ、ほらトレーナーがちょっと頭抱えてた時期があったじゃん」

「あーあれか……。今でも俺らしくない黒歴史認定してんだが」

 

 

 苦虫を潰したように、トレーナーが顔をしかめる。

 確かにいい思い出というものではない。彼女の停滞期というモノは、辛苦な記憶が多かった。

 

 

「日が暮れるまで、日頃の不満とか色々吐き出されたからな。今でこそ思うが逆に爽快だったよ」

「私だって爽快だったよ。溜まってたものぜーんぶ出せたんだし」

「ははっ、ホント元気なかったくせにあんときだけはハキハキ喋りやがって」

 

 

 互いに遠慮を知らない、本音だらけの会話。

 ただ、そこに不快感は一切ない。むしろ居心地がいいと2人して思っているくらいだ。

 

 1年半という年月が生んだ優しい関係性が、そこにはあった。

 

 

「終いにはなんだぁ?

『私を楽しませるんでしょ……っ! 無茶でも何でもやって見せるからっ、私もトレーナーに付いて行くからっ!

 だから――諦めない私より先に、諦めたりしないでよ』

 なんてよ、お前覚悟ガンギマリすぎだろ」

 

「う、うるさい! トレーナーだって――

『舐めんな。その思いには絶対応えてやる』って言ってたじゃん!」

 

 

 ほんの1年前の会話を引き合いに出しておちょくり合う2人。

 ただ、羞恥心が無いトレーナーに対し、普通の女の子であるウィングの方が引き合いに出された台詞にダメージを受けていた。

 

 それが分かって、悔しさと仕返しに隣に立つトレーナーの腰を尻尾ではたくウィング。

 ちゃちな小突き合いで、灰色の甚兵衛と草原色の浴衣が揺れる。

 

 それから数秒の間。

 

 足取りの音が静寂を占める中、ウィングが口を開く。

 

 

「……はぁ、あれから1年かぁ」

「なんだ、今更感傷に浸ってんのか?」

「いや、随分と遠くまで来たな~って思ってさ」

 

 

 歩きながら黒の空を眺めるウィング。

 横顔からは覗けないその表情は一体どんなものだろうか。

 

 

「あの木の下で黄昏(たそがれ)てた私がさ? 努力して、辛い思いをして、たまーに良い思いもして。頑張って頑張って……そうしてここまで来ちゃったんだなぁって」

 

 

 弱弱しく吐いたその言葉にトレーナーが一瞬戸惑い、そして苦笑する。

 

 

「……やっぱ、次のGⅠ出れるのが嬉しいのか?」

「それもあるけど。それまでの道のりも思い出深くてさ。()()()()()ここまでこれたのに現実味が無いって言うのもあるかも」

「そうか」

 

 

 簡潔的な肯定一つで、その会話を流す。

 相変わらず薄めの自己肯定感だ、とそう思いながらもトレーナーはそれを口にしなかった。両方とも、分かっていることだったからだ。

 

 それでも、1年前程の重症具合ではない。

 まるで痛めつけるように、その体を無理に酷使してた頃とは。

 

 全てを自分の能力不足だと嘆いていたあの頃と比べたら、彼女にも刻相応の変化というモノがあったのだろう。

 

 

「まあ、負けて負け尽くした気がするけどなお前の思い出。あと可愛げもなかなか無ぇし、俺も大分苦労した思い出で埋まってるよ」

「……ノンデリ」

「これも判定あんのかよ……!?」

 

 

 当然の様に感傷に浸らせてくれないトレーナー側に、変化があったのかは神のみぞ知ると言ったところではあるが。

 

 ため息をつくウィングに、頭を掻くトレーナー。

 足を運ぶ先の目的地までは、あと少し。

 

 



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頑固な少女は胸を弾ませる

 

 

 長々と歩いた先にたどり着いた場所は、一つの空間だった。

 

 木々に囲まれた緑と黒の景色。

 2人の髪を撫でる風が一度吹けば、楽器のように葉音がその演奏を奏でる。

 

 そして、枝葉の切れ目から射す闇夜の光が2人の目に着いた。

 

 

「タクシーの運転手が教えてくれてな。何でも花火を見るときに、夫婦2人でよく来てた穴場なんだと」

 

 

 座ってくださいと言わんばかりに倒れている一本の丸太。それを切れ目から射す夜の淡い光が照らしている。

 お祭りの蛍光色からは、遠く離れたその一帯。

 

 それはまるでスポットライトのように照らす、孤立した空間だった。

 

 

「綺麗……」

 

 

 幻想的なまでの光景に、ウィングの口が思わず開く。

 それに同意するかのように、トレーナーも目を光らせて満足気に言葉を紡いだ。

 

 

「俺も聞かされてはいたが、まさかここまでとはなぁ。絶好の秘密基地じゃねぇかここ」

「……あー、確かにトレーナーってこういうの好きそう」

「そりゃもう大好きだな。ウィングよ、男ってのはこういう隠された場所ってのにロマンを抱く生き物なんだよ」

「いや知らないけど……」

 

 

 ドヤ顔でそんな概念染みたことを立てるトレーナーに、ジト目を向けるウィング。灰髪の彼は、今日も変わらず少年の心を輝かせていた。

 

 気分を高まらせながら倒木に座る2人。

 花火までの時間をトレーナーが携帯で確認してから、まだ時間があるため他愛ない雑談を始めた。

 

 先ほどの思い出話の続きだったり、苦労話だったりを繰り返していく中、トレーナーが一つの話題を口に出す。

 

 

「あーそれと、あの運転手が告った場所でもあるらしいぞ、ここ」

 

 

 ついでのように放ったその言葉に、ウィングの動きが止まった。

 

 

「告……? ってもしかしてこの倒木に座りながら……っ?」

「ああ。嫁さんにプロポーズしたんだと。縁起がいいねぇ」

 

 

 ピーンと伸びたウマ耳、そして少しばかり頬が上気しているのは見間違いではないだろう。

 

 

「……へ、ぇ~? そ、そうなんだ」

 

 

 唐突な話題に言葉を詰まらせながら、隣に座る彼にバレない様尻尾をパタパタ振るウィング。彼女の内心はどことなく挙動不審味だ。戸惑いすら感じている。

 

 ……無理もない。彼女とて一端の女の子だ。

 今自分が座る場所が()()()()()()だと知ったなら、動揺するのは乙女として正しい反応だろう。というか、むしろそうならない方がおかしい。おかしいのは異性が隣にいるにもかかわらず、そういう話題にピクリとも反応しないこの変人()だ。

 

 

「あのタクシーの人、何でここ教えてくれたんだろ」

 

 

 こほん、と少しの咳払いで感情を誤魔化しながら話題をずらすウィング。

 が、しかし。

 

 

「さあな。まあもしかしたら運転手の人には、俺ら2人がお似合いの異性にでも見えたんだろ」

「お似っ!? 異性っ!?」

 

 

 それで無意識の攻撃をやめないのがトレーナーという男だ。羞恥心が壊滅しているノンデリ具合は、まるでとんでもなくデカいナイフをぶん回しているようだ。無論、その被害は隣のウィングへと直撃する。

 ダイレクトアタックをされた彼女は、当然の様に照れており。

 

 その結果として顔面赤面の上、尻尾バタバタ、耳へたりなウィングが完成したのだった。

 

 数秒の間頭上に昇る、上気した頬の見えない蒸気。

 

 通常の少女であるならば『まさかコイツ意識してるんじゃないか……?』案件に突入しかねない一言を放たれたわけだが。

 ただ、彼女もトレーナーとの付き合いで少しは慣れているわけで。

 

 

(……違う違う。そういうのは無いから。トレーナーはただいつも通りなだけ。本心なんだろうけど深い意味とかはないはず。うん。この羞恥心壊滅トレーナーに()()()()()()を期待しない事! はい、終わり!)

 

 

 ブンブンと首を横に振り。

 一瞬、教師と教え子のよからぬ禁断の()とやらを想像したウィングだが、たどり着く前になんとか思いとどまる事に成功する。

 

 ……担当となって1年半になるが、こういう事件はよくあるのだ。

 毎日のような添い寝上等に頭の撫で癖に加えて、歯の浮く台詞を当たり前のように吐き出す彼の奇行と素直さには、彼女も多くの痛手を負いながらも鍛え上げられている。

 ……具体的には、突発的な煩悩の発露とダイレクトアタックされたことによる羞恥を、だ。

 

 今の彼女は、粗末な少女漫画程度なら無心で読める。と謎の自信を持っているくらいである。

 

 別に鍛えられたくなんて無かったけどなぁ……と、遠い目をするウィング。

 だがしかし、このトレーナーの担当となったのが運の尽きである。お気に入りと決めたからには、ことごとくを持ってして関わりたがる彼に躊躇など存在しない。

 

 

(あれはもう、トレーナーの在り方みたいなものだし……私じゃどうやっても止められないからなぁ……はぁ……)

 

 

 こうして、既にあの癖を何とかしよう、という領域を諦めたウィングはこうして奇行に当てられ悶え続けている生活を送っているのであった……。

 

 

 

 と、そうこう思考しているうちに――

 

 ドンッっ! と、破裂音と共に大きな火花が上がった。

 

 耳を刺す爆音に思わず尻が上がるウィングだったが、木々の隙間に映る空模様を見てから――あぁと納得した。

 

 満点の夜空に咲き、彼女達を眩しく照らす様々な火の塊。

 十色以上のバリエーションで、空を鮮やかに彩るソレは瞬時に見る者を魅了し、役目を終えたかのように儚く散っていく。

 

 目を開いてそれを眺めるウィングに、さっきまでの余分な思考は浮かんでいない。

 音が、光が、彼女を魅了したその瞬間に、そんなものはどこかへ行ってしまった。

 

 そして――隣で同じモノを見るトレーナー。

 

 子供のような目で、キラキラした目で、宙に割く花火を見る彼女のトレーナー。

 

 

「はっは! たーまやー!!」

 

 

 屋号を叫び、とても楽しそうにしている男の横顔を、不思議そうに眺めるウィング。

 空に色が染まる度、彼の瞳にもその色が反射する。

 それを見ていると、なぜか頬が上気するのを自覚し、意味もなく彼女は再び空へと視点を移した。

 

 ――そして、本日三度(みたび)

 相変わらず自由奔放な人だ、と彼女は花咲く満点の空に独り言ちた。

 

 

(ホント……自由で、気ままで、素直で、どうしようもなく子供なくせに、大人な人)

 

 

 この1年と少しで理解した彼の性格に、彼女は少し悪態めいたものをつく。その中には尊敬ともいえない感情も交じっていた。

 

 ――本当に、こんな人だけど。

 

 彼女は、そんな彼の傍でずっと教えてもらっている。

 自分の存在する意義(レース)に勝つための術。挑むための心構え。

 共に栄光に向かって走ることの辛苦を、苦難を、その()()()()を。

 

 そして、何も持たざる彼女が自覚していなかった、彼女自身の事を。

 

 それだけじゃない。もっともっと、いくらでもある。

 

 ()は、トレーナーに貰ってばっかりだ。

 

 ――だから。

 

 

「ねえトレーナー」

 

 

 数えきれないモノを教えてもらった、そのお礼に。

 私は、素直になれないまま口を開いた。

 

 

「私は、トレーナーに何か返せてる?」

 

 

 ありがとう、なんていう簡単な言葉の代わりに出てきたのはそんな曖昧な言葉だった。

 

 ……ああもう、なんて素直じゃないんだろう。

 そんな一言でもいいから、ただ呟くだけでいいのに。そうすれば彼は……私のトレーナーは全部を察してくれて、いつも通りみたいにサラッと「おう」とでも言って終わるのに。

 

 こんな遠回しな言い方をしてしまうから、トレーナーに私の意図を深堀りさせてしまう。

 

 

「なんだ急に、日頃の感謝のつもりか?」

「うん。あはは……ありがとうなんて言葉で終わらせても良かったんだけどね。ちょっと、うん……」

 

 

 それだけじゃ納得できないと、私は言葉を詰まらせる。

 足りない。全然足りるわけがない。

 

 彼に貰ったモノはそれほどに大きいんだから。

 

 私は本当に、どこにでもいる普通の女の子だ。

 才能なんて羨ましいモノに縁があるわけが無い。私にあるのはただの意地と、頑固さと、少しだけ頑張り屋な所。

 

 ――そしてこれも、トレーナーから教えて()()()私自身の事。

 

 そんな私をここまで育ててくれて、こんなに勝たせてくれて――。

 遂にはGⅠなんていう、夢の舞台にまで立たせてくれた。

 

 だから、ありがとうなんて言葉だけじゃ全然足りるわけが無いんだ。どうしようも納得がいかない。

 

 だから……返せるものは返したくて。

 でも、それを返せるものは私には無い。あるとすれば、ここから先のレースで掴み取る栄光ぐらいしかない。

  

 今すぐには渡せない感謝の印が無い事に、私は不甲斐なさを感じて――

 

 

「――まず、お前からトレーナーって新しい趣味を貰った」

 

 

 急に。

 

 はっと呟くように放たれたそれに、私の意識が向いた。

 目を見開く私に対して、トレーナーは笑いながらその続きを綴る。

 

 

「レースっていうクッソ熱い娯楽を教えて貰った。夢を支える楽しさを教えて貰った。暇なときにグダグダ喋る相手を得られた。んで一緒に戦った栄光を、それから――くっはは、言い始めたらきりがねぇなこりゃ」

 

 

 ずらずらと並べていったソレを、トレーナーはキリがないと笑う。

 ソレは、トレーナーが私と関わっていく上で得られたものだと、あっけらかんに笑って言い切る。

 

 そうして、トレーナーは茫然とする私を見て苦笑で頬を歪ませてから言った。

 

 

「何考えてるか分かってるよ。どーせお前のことだ。感謝するにはどうとか、量が足りないとかそんな子供っぽくもねえことをグダグダ考えてたんだろ?」

 

 

 お見通しだと。手をひらひらさせながら吐き捨てるように言う。

 

 

「まあ、大人の考え方としちゃ良いがな。与えたら貰う、娯楽には対価を、等価交換の法則……てのだっけ? まあ、色々例えはあるだろうが。

 ――ウィングよ? 生憎だが、俺はお前からもう色々貰ってんだわ」

 

 

 私からはもう、その重さに匹敵するモノを貰っているんだぞと。

 相変わらず、笑いながらそう言った。

 

 無理やり納得させるために吐いたソレに、私は……どうしても納得がいかなかった。

 

 

「で、でも、そんな形のないものじゃ……っ!」

「ばっかお前、無形の財産って言葉を知らないのか? 貰ったモノ全てが形あるものとは限りゃしねぇよ」

 

 

 それでも、トレーナーは譲ってくれない。

 間髪無く放ったその言葉には私の言葉と詰まらせるだけの、絶対の自信が込められている。

 

 これはもう決めたことだからと。

 貰ったものだからと。

 私から受け取れるものは全部受け取っている、とトレーナーが私を諭す。

 

 

「あ、う……ん……」

 

 

 それを真っ向から受けた私は、どうしても言葉が出なかった。

 声を上げないと、そんな考えが頭をよぎるけど肝心の言葉が浮かばない。

 反論はしなきゃいけないんだ。だって納得しているわけではないんだから。

 

 でも、私には分かっていた。

 あれだけ、彼の隣で歩んできた私には、もう分かり切っていた。

 

 トレーナーがこうやって自信を持って言う信条は、絶対に曲げることは無いんだって。

 

 

(…………っ)

 

 

 言い返すことすらできない私は、思わず目を伏せた。

 花火の散らす光が、今は眩しくすら思える。視線は地面に向けているはずなのに、視界の端から入り込んでくるソレは曇っているだろう私の草原色の瞳を、嫌味のように照らしているかもしれない。

 

 手のひらをぎゅっとを握る。

 どうしようもないごちゃごちゃした感情に、体を震わせた。

 

 そして花火が2輪ほど咲く時間が過ぎてから。

 

 ――そんなみっともない姿の私に訪れたのは、頭に触れた柔らかい感触だった。

 

 

「あ……」

 

 

 大きな左手で、私は髪を撫でられている。

 

 安心するような、そんな感覚。

 照れくさいからと、いつもの河川敷では避けてきたトレーナーの手のひらの感触。

 ただ、私の一部に触れるだけのその行為に、頬が思わず上気する。

 

 その手を差し出すトレーナーに目を向けた。

 苦笑と微笑が入り混じったような表情が私の目に映る。どうしようもなく手のかかる子供を眺めるように、トレーナーは私の事をそう見ている。

 

 そして、撫でる左手を収めないまま、彼は右手で胸板を叩いてこう言った。

 

 

「安心しろウィング。もらったモノは全部、俺の()()にある。どれもこれも価値あるモンだし誰にも渡すつもりはねぇさ」

 

「だからまあ、そんな心配そうな顔すんなよ。なんなら形あるものなら今手元にあるんだし」

 

 

 グラグラと揺れる視線。

 微笑みながら言うトレーナーの顔が直視できない。

 上気した頬を見られたくないのか、こんなことを堂々というトレーナーに照れてしまっているのか、混雑した感情で答えが出せないけど……

 

 それでも、トレーナーと視線を無理にでも合わせる。

 疑問を含んだ目を向けて、私はその答えを知りたがる。

 

 そして、ふっと優しく笑ったトレーナーはその続きを口にした。

 

 

「お前だよウィング。お前っていう大きな財産がまだ俺の手の中にある」

 

 

 ――その言葉と共に、私の中の何かがトクンッと弾んだ。

 

 一瞬、息継ぎの1秒ですら長く感じた。

 

 言い切ったそれに、トレーナーは赤面もせず私の頭を撫で続ける。

 分かっている。この一言も、トレーナーにとってはただの本音で、恥ずかしくなんて思ってすらいない堂々とした宣言だってことくらい。

 

 だけど――

 本音だって分かっているからこそ、この鼓動が止まらない。

 

 

「…………っ!?!?」

 

 

 永遠に感じた時間が元に動く。

 瞬間、ブワッ!!と膨れ上がった熱が、私の内を侵食した。

 

 私は恥ずかしさから、バッと飛びのいて、さっきまで座っていた場所から離れる。

 

 

「え!? あ、うっ!?」

「……ははっ」

 

 

 当然の様に頭から離れる手のひらの感触。

 ちょっとだけ寂しいと思った感触を少し惜しみながら、あたふたとした私に待っているのはトレーナーの肩を落とした姿。

 

 緩んだ表情と、微笑を浮かべながらトレーナーは私を待たず、言葉の続きを口に出す。

 

 

「日頃の感謝つうなら、俺は既にお前がいるだけで十分受け取ってんだよ。……なんせ暇しねぇからなぁ、お前といると」

 

 

 告白のようなそんな言葉が、再び私の頬を赤く染めた。

 

 

「……え、ちょ、もうっ。告白みたいになってるって!」

「あ? あーまあ、言葉単体で聞くとそうなるのか。いやまあ、別にそんな意図はないわけだが。てかそんくらいお前も分かってるだろうに」

 

 

 内心バクバクしながら私は、トレーナーにさっきの言葉がどんな風に思われかねないのか口に出す。

 

 でもやっぱり、トレーナーに()()()なんて無い。

 いつものようにあっけらかんとした反応。

 私の事をどう思っているか、ということだけ考えてから突発的に出した言葉なんだと理解した。

 

 そんな彼は、変わらず冷静に倒木に座りながら、花火が咲く空を眺めて言う。

 

 

「まあでも、そう言うことだ。感謝なんて無理にしなくていいし、お前も別に気にしなくていい。お前が気づいてないだけで、俺はもうお前を育てるに足りる理由と対価を貰ってる」

 

 

 そして、トレーナーはさっきの告白の真意を私に語った。

 私が意図してない貰い物で満足してるから――そして、私と一緒にいる事だけで、それだけで満足だと。

 

 青色の花火が、私達を照らす。

 トレーナーの遠くを見るような横顔を眺めながら。

 私は鼓動を落ち着かせるために、一つ深呼吸をした。

 

 

「……それでいいの?」

「何がだ?」

 

 

 再び、冷静になった私はトレーナーの隣に座ってそう問いかける。

 鼓動の鳴りはまだ収まらない。それでも、問いかけずにはいられなかった。

 

 

「私は、もしかしたら望める結果も出せないかもしれないのに。そんな私でも、トレーナーは私と一緒に歩いた事を堂々と『よかった、一緒にいて楽しかった』って、そう言ってくれるの?」

 

 

 そう問いかけた私に、再びトレーナーは大きな失笑をした。

 まるで愚問だと。

 躊躇いの無い声色で、その答えを綴った。

 

 

「当たり前だろ。

 俺はお前と一緒に、この道のりを楽しめてる。その事実だけあれば、俺は堂々と『楽しかった』ってこれからいくらでも笑って満足していけるっての」

 

 

 ――そして今度こそ。

 私の胸に秘める鼓動が、臨界点を超えた。

 

 ドクンッと脈打つ()()が、私の内を染めていく。

 

 

「……欲が無いね」

「そうかぁ? 俺はこれでも十分、欲をかいてると思うがな。お前の人生の傍らを一緒に歩きたいって言ってんだしよ。そんくらいの重さは結構あると思うぞ?」

「それもそう……なのかな?」

 

 

 言い得て妙だが、それもまた告白の――いや、これじゃ一種のプロポーズだ。もちろん彼にその気はないのは分かってるけど。

 

 

「あー、今だからついでに言っとくが、俺は自分で磨いたものには愛着が湧くタイプだからな。お前の意思以外じゃ、手放すつもりなんざ毛頭ないぞ?」

「急な独占宣言はやめてくれない? すごくドキッてくるから!」

「知らねぇよ。つか元はと言えば、この話題お前が持ちかけてきたんだろうが」

 

 

 続けられる彼の台詞に、どんどん広がる私の()()

 答えが分からない、熱い感情めいたものが、否応なく全身に広がってくる。

 

 ……ホント、私が切り出したとはいえ、こんな少女漫画でよく見るような言葉をトレーナーはサラッと吐いてくるのだからホントに……もう……

 

 

「はぁ、トレーナーはさ、なんでそう……()()なの?」

「言語化出来てねぇじゃねぇか。罵倒するならせめて例えを見つけてくれ」

 

 

 ジト目で無理な相談を向けてくるトレーナーに、私は内心で少し悪態をつく。

 できるわけがないでしょ。少なくとも今は。

 この心臓を押さえつけるのと、冷静を装うことと、この感情の答えを見つけることで精いっぱいなんだから。

 

 

 

 ……そうして、数秒の時間が流れた。

 

 花火が何輪も咲いてる中、私の気持ちは未だに落ち着かないままだ。

 胸の鼓動こそようやく落ち着いてきたけども、高鳴りから生まれた感情は未だに不透明で答えが分からずにいた。

 

 でも、それが。不快なものではないことは何となく理解している。

 

 

(……いや、でも。ううん、違うはず)

 

 

 まさかと、安直な答えにたどり着こうとする思考に、私は蓋をした。

 

 

(好意的だっていうのは……認めるけど。それでもこれはそんなのじゃ……)

 

 

 彼のことは人として好きだというわけであって、決してその先が……と、ごちゃごちゃした思考が頭を埋めている。

 

 ……ああもう、今のこの状況が恨めしい。

 

 祭りというイベント。前任者の夫婦が残したこの幻想的で綺麗な場所。ここで告白(プロポーズ)をしたという過去。

 そして、今さっきの少女漫画のような台詞の応酬。

 それに感化されて、高鳴り続ける私の鼓動。

 

 その全部が合わさって、私の煩悩を助長しているんだ。

 

 ……頑固者だっていうのは分かってる。認めちゃえば、楽になるのはわかってるけど。

 それでも、私とトレーナーはあくまで()()()()()()()()()っていう立場だ。

 

 その先の関係は考えちゃいけない。認めちゃいけない。求めちゃいけない。

 

 そうしたら私は……今目指している栄光(モノ)を、眩しく見れなくなっちゃう気がしてしまうから。

 必死に目指しているレースの栄光だけに、目を向けれなくなる気がしたから。

 

 

 

 それでも、弱った私の正常な判断に、心の中に住まう私の悪魔が囁き続ける。

 

 ……認めちゃえば楽なのに。

 私がトレーナーの事をどう思っているのか、簡単で素直になればすぐに()()()()()()()のに、と。

 

 耳を塞ごうにも、心の中での蹴りあいだからどうにもできない。

 否定しようにも、その悪魔は何度も同じ問いをかけてくる。

 何度も。

 

 何度も。

 

 ――その止まらない心臓が、その証拠だと。

 

 

(――――っ~~~!!!!)

 

 

 声にもならない悲鳴を、つい上げてしまう。

 上気した頬が、温度をグングンと上げていく。

 どうしようもなく止まらない自分の身体を両手で抑えながら、隣を見る。

 

 

「おぉ~」

 

 

 恥ずかしい悲鳴は、花火の音にかき消されたのか彼の耳には届いていない。

 赤く染まっているだろう私の頬は、花火に夢中なトレーナーの目には映っていない。

 

 悶えている私を隣に置いて、キラキラした目で花火を見ているトレーナーを見て。

 

 私は――

 

 

(ま、た……!?)

 

 

 今日で3回目の、心臓の心拍が上がったことを自覚した。

 

 隣が見えない。

 彼の横顔を見るだけで、鼓動が上がる。

 さっきのキラキラした目をしていたトレーナーの光景が目に焼き付いたように離れない。

 

 

『お前っていう大きな財産がまだ俺の手の中にある』

 

 

 瞬時にフラッシュバックする、トレーナーが吐いたさっきの言葉。

 

 私のすべてを受け入れてくれた、この人の横顔が本当に――

 

 

(――っ!)

 

 

 そこまでで、私は何とか思考を閉じる。

 これ以上は後戻りができなくなる、とそう直感したからだ。

 あの先の、私の独白を一言でも聞いてしまえば、私は決定的な何かを認めてしまうと思った。

 

 ブンブンと、首を横に振って。

 心の小悪魔が私と誑かす前に、逃げるように私は視線を空へと向けた。

 木々の間から見える大きな花火が咲いている、まばゆい空に。

 

 

 ――眩しいくらい、私の視界を埋め尽くす虹色の光。

 真っ赤に染まった私の頬を誤魔化すように、その色が染めてくれた。

 

 ――心の思考を止めてくれる、大きな破裂音に耳を傾ける。

 私の内で起こる大きな波を沈めてくれなくとも、その音を聞いているだけで落ち着きを取り戻す。

 

 

 でも、ふと横目で見るトレーナーの横顔を一瞬見ただけで。

 

 その全部が反乱を起こしてしまう。

 落ち着きが動揺に、静かな波は荒波に、思い出すように鳴る鼓動を感じながら。

 私は、思わず胸に手を当てて。 

 

 この鼓動の答えは一体なに……? と、私は光り輝く虹色の空に独り言ちた。

 

 

 私は、もう一度空を見る。

 

 答えを求めるように覗いた空は、からかう様に大きな音で私を震わせている。

 結局、花火が終わるその時まで。

 この渦巻いた感情の名称は、わからずに終わってしまった。

 

 見収めた儚い最後の一輪を見て。

 いつか、この答えを知れたらいいな、とそう思ってしまった。

 

 

 

 

 





その答えを知るのはそう遠くない話だろうけどね。

次回は、ちょっと羽根休みな話になるかな。お楽しみに。


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小話 あの頃のウィングちゃんを語り合おうの会+α


ちょっと掲示板
あとおまけの時期はちゃんと11月11日ね



 

1:名無しの暇人 ID:UXnfeZdXu

イッチでござる

今日寝て起きたら脳裏に3女神様の天啓が走ってこのスレを立てたでござる

 

2:名無しの暇人 ID:h9uw6pgtW

どんぱふ

 

3:名無しの暇人 ID:Q2taizLFJ

どんどんぱふぱふ

 

4:名無しの暇人 ID:PYnPMrIlV

>>1 スレ立て乙

 

5:名無しの暇人 ID:mYUMilFsD

>>1 オツー

 

6:名無しの暇人 ID:UXnfeZdXu

>>1 天啓てお前ラマヌジャンかよ

 

7:名無しの暇人 ID:0RfD0ph8y

なにこの懐古厨虫寄せなスレ

 

8:名無しの暇人 ID:bBVVEEaoN

ウィングちゃん、もといアストラルウィングの現役を振り返ろうの会である

 

9:名無しの暇人 ID:VTmx1bKJB

スレ名ままだろうがい

 

10:名無しの暇人 ID:FuVJtEL8x

ん?

ちょっと待て、()()()()現在時刻朝5時に起床とは……?

 

11:名無しの暇人 ID:Rp37dWmsu

>>10 それ以上はいけない

 

12:名無しの暇人 ID:Q2taizLFJ

社会の闇に飲まれてる人だったか……

 

13:名無しの暇人 ID:UXnfeZdXu

>>12 うるさし

それはそうとして

先に言うが、このスレはレースをよく見ない人はブラバ推奨やで

身内ネタとまでは行かないが、業界ネタに近いスレなので

 

14:名無しの暇人 ID:mBxEbJcWj

おk

 

15:名無しの暇人 ID:IS8rsrSBA

把握

 

16:名無しの暇人 ID:GmhFYUWpE

りょーかい

 

17:名無しの暇人 ID:UXnfeZdXu

よし

それじゃ語り合おうか暇人たちよ

まず1に、アストラルウィングはどんなウマ娘か? から行こうか

はい、よーいどん

 

18:名無しの暇人 ID:/KmvpZQVC

努力家

 

19:名無しの暇人 ID:wWhNUn3K2

レース狂い

 

20:名無しの暇人 ID:yQUdpXuvC

不屈の精神を持った凡人

 

21:名無しの暇人 ID:waOp3qw2k

奮励の化身

 

22:名無しの暇人 ID:7VOIvHjbF

>>21 出たな数ある2つ名の一つ

 

23:名無しの暇人 ID:WZ8ZgEnp/

実際そうとしか言えないから困る

 

24:名無しの暇人 ID:3vxTlNaVN

生涯戦績3年間で56戦だぞ? 異端中の異端だろこの記録*1

 

25:名無しの暇人 ID:bOirgmcMC

……今思えばなんだ無茶苦茶な戦績は、たまげたなぁ

 

26:名無しの暇人 ID:lvMr8PVSj

これで故障回数たったの1回? マジ鉄で出来てんじゃないのかあの脚

 

27:名無しの暇人 ID:5OvFFhAzJ

フィクションだって言われた方が信じられるわ

 

28:名無しの暇人 ID:DPyfw9blT

……加えてやばいのはそのトレーナーだよな

この異常さに有無を言わせず出走させんだから

 

29:名無しの暇人 ID:wY18CRBV9

それ

 

30:名無しの暇人 ID:wdnlSCAFe

数少ないインタビュー記録から抜粋

「彼女の無謀なまでの出走に心を痛めたりはしないのですか?」

「全然。自分はアストラルウィングの脚と、それを支える精神を信じているので」←これよ

 

ワイ当時、テレビの前で見てたけど、眼に自信が詰まり過ぎてて安心感沸いたもん

 

31:名無しの暇人 ID:bPU9mdYcZ

>>30 わかる、確信めいた何かがあったよな

 

32:名無しの暇人 ID:UPtFmoCrj

故障の1回も、あの名レースを生んだ事が原因だったから納得だし

結局の所、あのトレーナーはアストラルウィングを見る目があったってことなのかね

勝ちこそ少なかったものの、やりたいようにさせたって言ってた記事を見た気がする

 

33:名無しの暇人 ID:nOQ/EFtF0

バッシングは少なからずあったらしいけどね

レース総合スレとかで一時期話題になってた

 

34:名無しの暇人 ID:JhoWqD7K1

まあ、それもすぐに沈下した気がするけど

 

35:名無しの暇人 ID:q6h5NeNeV

負けながら何度も走ろうとする姿にみんな感化でもされたんだろ

 

36:名無しの暇人 ID:fYzHQog73

そりゃ、あれだけ頑張ってるのが目に見えてたら応援したくなるだろ

 

37:名無しの暇人 ID:VpFHQjAJ+

無茶な出走回数って言うのも、あの子の頑張りが可視化されてていいんだよな

 

38:名無しの暇人 ID:XqvM41YnO

>>37 分かりみが深い

 

39:名無しの暇人 ID:mdyWN4lqm

あぁ……偶に勝ってくれた時に飲む酒は格別に美味かったなぁ

やべ、感傷に浸りながら飲みたくなってきた

 

40:名無しの暇人 ID:3J+ZGkt7f

俺も

 

41:名無しの暇人 ID:zV9jImlEO

ワイも、久々に10年モノを取り出すかぁ

 

42:名無しの暇人 ID:tERVdaYG0

酒の肴になりつつあるなこのスレ

……ワイももってくるか

 

43:名無しの暇人 ID:1l8wQduAC

にんじんクッソ余ってるからつまみになるもん作ってこよ

 

44:名無しの暇人 ID:hfBcD/dgD

ワイも1月前の祭りの遺産が余ってるから作るか

 

45:名無しの暇人 ID:rvU+zKgit

>>44 祭り?

 

46:名無しの暇人 ID:hfBcD/dgD

あれよ、もやしに続いたにんじん買い占め祭り

 

47:名無しの暇人 ID:SiD7/RHZe

ああなるほ

 

48:名無しの暇人 ID:JS1rXDhiz

参加者だったか

 

49:名無しの暇人 ID:hfBcD/dgD

そそ

てなわけで作ってくる~

 

50:名無しの暇人 ID:1l8wQduAC

>>49 いってらー

 

51:名無しの暇人 ID:yErGN97Us

>>49 あとでつまみ見せてなー

 

52:名無しの暇人 ID:VAQ1ZL3pf

逝ったか……

 

53:名無しの暇人 ID:lVFW8WTFg

いや殺すなw

 

54:名無しの暇人 ID:wGtqjmffs

定番の流れ

 

55:名無しの暇人 ID:UXnfeZdXu

……レスも遅いし

つまみ作ってる間に酒の肴になる話題を一つ入れるか

 

56:名無しの暇人 ID:tHLDqI+tj

お、なんだなんだ

 

57:名無しの暇人 ID:EiWWf+eTm

なんじゃい

 

58:名無しの暇人 ID:wacRYsOix

>>55 酒は用意したからはよくれ

 

59:名無しの暇人 ID:UXnfeZdXu

急かすな急かすな

これ、確かな筋の情報なんだが

アストラルウィング、どうやらかなりの『頑固者』って話があるんよ

 

60:名無しの暇人 ID:7mNiXF+2I

頑固者?

 

61:名無しの暇人 ID:I1DGxdoIe

どうゆうこっちゃ?

 

62:名無しの暇人 ID:/fY/l9zaE

負けず嫌いとかそういう話?

 

63:名無しの暇人 ID:UXnfeZdXu

いや、なんか物事の全部をそう捉えてるとかなんとか

 

64:名無しの暇人 ID:/7E2iHor8

ほーん

 

65:名無しの暇人 ID:63dVbSRCj

何度もレースに出てたのもそーいう性格が関係してたとかあるんかね

 

66:名無しの暇人 ID:JhfJh03/D

噛み応えのある肴だな

考察が捗る

 

67:名無しの暇人 ID:YCbmjgQ7X

>>59 っていうか、それ何処情報?

 

68:名無しの暇人 ID:UXnfeZdXu

アストラルウィングのトレーナー考察スレで流れてた話題らしい

実際ログを見たわけじゃないけど、なんかそういう感じの考察があったとか

事実かどうかは知らんけど

 

69:名無しの暇人 ID:MCO0qUAZ2

へー

 

70:名無しの暇人 ID:+Qk2GCoH4

考察スレねー

今度覗きに行くかー

 

71:名無しの暇人 ID:NkSY84ciC

ワイも行ってみるか

 

72:名無しの暇人 ID:hfBcD/dgD

うーす、酒持ってきた―

後つまみも

 

【塩ゆでにんじんと小魚が小皿に乗ってる写真】

 

73:名無しの暇人 ID:rmu9yHKaw

普通で質素だけど美味そう

 

74:名無しの暇人 ID:DTpGpm+q+

>>72 レシピとかある? 作ってみたい

 

75:名無しの暇人 ID:hfBcD/dgD

>>74 知り合いの店長に教えて貰った奴だからレシピとかはないね

まあ、()()に頼めば早々に作ってくれそうだけど

 

76:名無しの暇人 ID:AGPrijExL

……アレってなんぞ?

 

77:名無しの暇人 ID:hfBcD/dgD

何でもない、こっちの話や

まあでも、ワンちゃんum○xiとか漁ったらあるかもしれない

 

78:名無しの暇人 ID:DTpGpm+q+

んむ

あとで探してみるか

 

79:名無しの暇人 ID:GNt4Yf0o3

酒持ってきたー

 

80:名無しの暇人 ID:GNt4Yf0o3

つまみも万全

 

81:名無しの暇人 ID:UXnfeZdXu

おー、それじゃ次の話題行くかー

酒な話が多くなってきたし、懐語りを再開したい

 

82:名無しの暇人 ID:vailz7dh6

意義ナーシ

 

83:名無しの暇人 ID:7I1gpiv6+

次行こ次

 

84:名無しの暇人 ID:aInDtQhXd

それじゃ次の話題なー

その2に、アストラルウィングの戦績やレースについて――

 

 

 

 

続く……?

 

 



 

 

 

 

「11月11日だねトレーナー」

「そーだなテイオー。1が並んでる珍しい日だが、それがどうした」

「うん? いや、珍しい日だねーって」

「お前の会話デッキ事故りすぎだろ。もうちょい(トラップ)カード伏せろよ」

 

 

 本日も営業真っ盛り。珍しく<スピカ>の面々もうちに邪魔しに来てる中。

 

 ホイップクリーム片手にクレープを作っている俺に全く深みの無い話題をかけてきたテイオー。

 他愛ない話とはよく言うものの、流石に内容が薄すぎる。ホイップクリームしか入ってないクレープ並みに薄い。もうちょい彩りを追加してほしい所だ。

 

 俺がカードゲーム混じりなツッコミを入れると、テイオーは頬をぷくーと膨らませて少し拗ねた。別にいいでしょー、と抗議するテイオーの意図は大体察せる。どうせ駄々がらみしたかっただけだろう。

 ……いや知らんがな。可愛いけども。

 

 

「まあでもテイオー、珍しい日ってだけでもないでしょ?」

「ん? どういうことアスウィー?」

「ほら、珍しい日と同時にあれがあるじゃん。ポキーの日って言うイベントがさ」

 

 

 カウンター席で頬杖を突きながら人差し指を宙で転がすウィングは、なぜかニヤつきながら365日に一度のイベントごとを口にする。

 

 

「あー、ポキーとプリツの売り上げが謎に上がるイベントか。あれ意味不だよな。1が羅列してるだけの日にポキーとプリツだけ売れるって。もっとあるだろうに、ウマい棒とかココアシガレトとかよ」

「そのこだわりはよく分からないよ……」

「テイオーに同じく。ていうかトレーナー、ココアシガレトに関してはほぼ私怨でしょ。それトレーナーが好きなだけじゃん」

「糖分接種に丁度いいからなアレ。なんで国民食になってないのか不思議に思うくらいだ。私怨を抱えるのは当然だろ」

「ドヤ顔で言うことじゃないよねぇ!?」

「常食されたら世の中は糖尿病まっしぐらだろうね……」

 

 

 明らかに呆れた反応をする2人を見て思わず、クレープを作る手が止まってしまう。

 

 ほーう……アレは駄菓子業界の(個人的)頂点に君臨する糖分の塊だ。その魅力をよく分かってないようだなこいつらは。

 

 頭を刺す甘味は当然として、噛んで砕けるだけの程よい硬さに後味が残らない感じ、さらにミントを噛んだようなスーッと突き抜ける風味。

 そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()造形と色。

 健康に悪いとたばこを吸わない俺が、ガキの頃かっこよさを求めてたどり着いたブツがこのココ〇シガレットだ。加えて糖分接種が容易にできるとなれば、好きにならない理由が無いわけないだろう。

 

 と、そこまで氷砂糖に続く愛用の駄菓子を語った後、左と前からジト目な視線が。

 

 

「か、感性がボクより子供すぎる……」

「テイオー、そこを気にしたらだめだよ。トレーナーの()()はもうどうしようもないから」

「言いたい放題だなテメェらおいこら」

 

 

 マジ言いたい放題いいやがって。

 こいつら用のクレープに塩でも混ぜ込んでやろうか……。

 

 

 

 

 

「あ、ねえねえトレーナー。そういえば、ポキーの日って言ったらあれがあるよね」

「ん? ……あーなるほど。あれだね」

「アレ?」

 

 

 あれから好きな駄菓子雑談を繰り広げ数分が立った時だった。

 テイオーから唐突に放たれた問いに俺は首を傾げた。

 

 ……アレ、とは一体何だ。イベント事で行う行事みたいなものか。

 

 

「あれだよトレーナー。――()()()()()()()()()()でしょ」

 

 

 ざわっ……っ!?と。

 ウィングが放った一言に、店内が謎のどよめきを上げる。

 

 

「…………ああ、ポッキーゲームって奴だっけ? 確かに2年前くらいにやった覚えはあるな。あんま記憶に残ってないけど、ルールは覚えてるな。確か2人でポリポリ食っていって先に折った方が負けなんだっけ」

 

 

 が、しかし俺は俺で昔の記憶を引っ張り出すのに必死だった。だからそのどよめきを感知することができなかった。

 

 そして、俺の解答が何処か不服だったのか、むすっとするウィング。

 

 

「記憶に残ってないって……傷つくなぁ。私の純情を(もてあそ)ばれたんだけど~?」

「あ? いや、この前やった愛してるゲームって奴で耐えきったお前が言っても説得力ねぇよ。テイオーなんか顔面真っ赤で布団に直行ダイブしてたんだぞ?」

「あの頃と今とじゃ違うから。今は自分の気持ちに正直だからね、あんな逃げ帰ることはしない――……ってテイオーどうしたの? そんな驚き顔で体固まらせて」

 

 

 ようやく思い出したゲーム内容と、実際にやったことのある過去をウィングとだべっている最中。俺は店の中から一向に受ける視線を自覚した。

 どうやらウィングも同じようで、謎硬直しているテイオーに話しかけていた。

 

 と、震えながらその言葉を口に出すテイオー。

 それはもう店に響く大音量で叫びやがった。

 

 

「あ、アスウィー。トレーナーとポッキーゲームやったことあるのぉ!?」

 

 

 叫びから一転、頬を赤に染めたテイオーがウィングと俺に詰問する。

 と同時に思い出したように頭を抱えるウィングの姿。どうやらテイオーにオフレコだったか、単に話題に出すことを気にしてなかったか。まあどちらにしろ、コイツも頬を上気させてる以上、気恥ずかしい何かがあったのだろう。

 

 俺? 別に平常心。だってあれただのゲームだし。

 

 

「ああ。昔に1度だけな。掲示板の安価で「さっさとやれやゴラ」って投げられたから仕方なく」

「と、トレーナーっ」

 

 

 聞いたから答える。そんな当然の行動を起こす俺に、なにやら焦るウィング。

 あたふた両手を右往左往させる姿は、少々可愛らしい。

 

 ……んだが、なにやらそれどころではないのか。異常な程顔を真っ赤かにして口をパクパクしているテイオーが目に入る。口を開けば「えっ」とか「あっえっ!?」とか擬音にもならない単語をつぶやいていた。

 

 さすがのウィングもそれを見かねたのか、当事者の一人として落ち着かせにテイオーの傍に駆け寄る。一応俺も当事者の為行こうとしたが、ウィングに止められてしまった。事態の悪化につながるらしい。んなバカな。

 

 

 

 

 

 

 そうして、数分が過ぎていって店内にも落ち着きが戻ってきたあたりだった。

 

 

「……おい」

 

 

 ……戻ってきたはずだったんだが。

 なんだコレは、と俺は正面に向けてジト目を向ける。

 ウィングがテイオーを何とかして落ち着かせている様子はこっちからも見えていた。クレープ作りを終えて、完成品を<スピカ>の面々に渡しに行ってるまでは何事もなかったはずだ。

 

 だが何故だ。帰って来てはウィングが頬を上気させて俺を見てるではないか。加えてテイオーも穴が開くぐらい俺を見てるし。

 

 そして次だ。次の瞬間、ウィングは俺の真正面に立って何か取り出したと思ったら。

 

 ポッキーを口に咥えて静止してやがった。

 

 

「おいウィング。テイオーに何をそそのかれた」

「トレーナー!? ボクそんな酷いこと言ってないよ! 色々話してたらなんか急にアスウィーが立ち上がって……ボクもよく分かってないんだってば!」

 

 

 元凶の一人を予測し、ジト目でテイオーを見るがどうやら焦り具合から理由不明な所はマジらしい。

 

 それじゃあと、今度は目の前で立つウィングに視線を向ける。

 頭半分ほどの身長差、若干見下ろせる視線を真っ向に受けたウィングは、ポッキーを咥えながら器用に俺の視線に答えた。

 

 

「……さっき昔話みたいな感じで、初めてこれをやった時のことをテイオーに話したんだけどね」

「ああ。俺がポッキー差し出してから、俺も隙を見て反対側を加えた時の」

「あの時、私はササッと噛み砕いて逃げちゃったでしょ? まあ、まだ純情だった頃で恥ずかしさがあったからだったんだけど……」

 

 

 その続きを、ウィングは目線をそらし若干頬を染めながら口にする。

 

 

「テイオーに、今やったらどうなるの? って言われちゃってさ。私も実際にやらないと分からないから、ちょっとやってみたくなったの」

 

 

 シンプルに頭を抱えた。

 やっぱテイオーが原因じゃねぇか。いや、煽り文句でもない問いかけでウィングの好奇心を刺激しただけだから非はないけども。発端はテイオーじゃねぇか。

 

 ていうかあれだ。俺はこれを()()()()()()としか思ってないが、一般常識からしてこのゲームは結構羞恥心をくすぐる*2モノのはずなんだが。俺の認識がおかしいだけかコレ? それとも2年前に続いてまたやろうとしてるウィングがおかしいのか?

 

 前者なら、今店に集まっている客に怪訝な目を向けられかねないのだが。

 ていうか既に視線が集まってんだが。赤面してる輩までいるし。スぺ公と、ていうか<スピカ>の面々全員。

 

 

「で、どうなのトレーナー。やるの? やらないの?」

 

 

 刺す視線を気にしていると、正面から聞こえる催促の声。

 やらないの? の声が少し不満げな辺り、めっちゃやりたいのは大体察しが付く。

 ……コイツもコイツで吹っ切れてんなぁ。

 

 少し悩んで、俺はウィングを見る。

 

 既にコイツは準備万端だ。ちょいちょいとブツを上下させて、はよこいやという意図が目に見えて可視化されてる。

 

 ……むう。

 

 まあ。

 別に羞恥心とかはないし。

 コイツがやりたいって言うならそっちの意思を優先するし。

 

 

「へいへい。仰せのままに、っと」

 

 

 そう言って、俺はウィングが咥えているポッキーの端を咥えた。

 

 

「ピッ!?!?」

 

 

 俺の行動を見た途端、テイオーが恥ずかしがるように慌てながら両手を目元に当てて目隠しをした。……いや、指の間から見てるじゃねぇか。

 店の中では大歓声な黄色い悲鳴が上がる。全員が全員、俺らを見て赤面していた。

 

 そんな中、俺は加えているポッキーに集中を当てる。

 なにせちゃんとしたゲームだし。()()()()()()()()。ゲームであるからにはちゃんとやるのが俺の流儀だ。

 

 たとえ俺らの唇が当たろうと、それはゲームの勝利条件なので問題が無い。コイツもそれに同意した上で俺とやりたがったわけだし。

 

 

 ――ポリポリポリ、と順調にその棒状のビスケットを食べ進めていく。

 

 

 俺が止まるわけがないのは当然ながら、ウィングの方も何事もなく進めてくる。

 既に距離は半分を切った。ここから先はどっちかが無駄な動きをとれば、容易に折れてしまうだろう。

 

 味は普通のポッキーだ。偶に食べる感触は変わらず、口に広がるチョコレートとパサパサのビスケットが味覚を支配する。

 

 そんな質素な味に浸りながら、真下のポッキーをちらっと見る。

 

 距離はおよそ人差し指一本だろうか。

 

 ゲームの勝者がそろそろ決まりそうな場面。人によっては両者の唇が触れてしまうのではないのか、と想像してしまう所だろう。

 まあ、俺はゲームに集中してるだけだけど。

 

 そういった最終局面で。

 ふと正面、互いの視線が交差する間近な距離のウィングが。

 

 何を思ったのか、俺らの様子が見えるだろう側面を、開いた左手で隠してから。

 

 

「……んっ」

 

 

 小指程の長さになったポッキーを咥えたまま、急に距離を近づけてきやがった。

 

 身長差は俺が上、体勢的には俺が押される立場にある。

 そして急な接近に面を食らって、俺は半歩程体勢を崩してしまった。

 

 当然と言えばなんだが、体勢を崩した俺は小指程のポッキーを意図せず折ってしまう。

 

 面を食らった俺の意識が、現実に帰る。

 そう、先に折った方が負けというルールを思い出す。

 ウィングはただ俺に近づいてきただけで、そして()()()()()()()()()()()()()()のは俺で。

 

 つまりは俺の負け。

 

 

「……~っ!」

 

 

 妨害とも言わない、戦略染みた作戦を実行したウィングだったが、その様子はとても満足げだ。尻尾と体とウマ耳を揺らして、喜びの感情を出している。

 

 んで俺はというと。

 してやられた、と敗北感に身を浸したのもつかの間。

 

 正面に立つウィングは、俺の唇に人差し指を添えて。

 

 

「……ふふっ、私の勝ち♪」

 

 

 妖艶にその頬を緩ませながら、俺に死体打ちをかましに来やがったのだった。

 

 

 

 

 その後、やったことを満足気に気分が上がったウィングはテイオーと<スピカ>の面々に囲まれた。

 

 聞き耳を立てたところ、「唇は当たったのか」とか「破廉恥ですよ」とかなんとか色々聞こえたが、ウィングはその殆どを上手く誤魔化したりしていた。テイオーに関しては、面白がってるのかからかっている始末だ。

 事実を知ってるのは俺とウィングだけである。

 

 念のため唇は当たっていないことを、一応告げておこう。

 

 あと、有識者を求むなんだが、このゲームの攻略法とかどこかねぇか?

 結構悔しいから、いつかリベンジしたいんだが。

 

 

 

 

*1
平均30~35戦が普通

*2
どころじゃない





ポッキーゲームって実際にやったら視線かち合い過ぎて目を逸らしかねないと思うんだよ。
つまり何が言いたいかというと、この2人は至近距離で視線が合おうと恥ずかしがらない関係性なんだよね。

いいじゃん、お前らさっさと付き合っちまえy((っ'-')╮ =͟͞ U ブォン


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痛む場所は適度に冷やせば治りが速くなる


GⅠ戦はーじまーるよー
今回は繋ぎの話



 

 ウマ小屋。

 

 紆余曲折、別に深くもない事情が込み入って先月辺りから開店するようになった、俺の店だ。

 見かけはただの木造で出来た倉庫だが、その実情と内装はれっきとした飲食店である。

 何の変哲もない……と言いたいところだが、立地がトレセン学園内な事と、それを経営する店長(オレ)が経理処理とトレーナー業を兼用しているところを加味してみれば、それはもういわく付きの店みたいなものだろう。

 

 さて、そんなウマ小屋だが今日も今日とて絶賛店開き中だ。

 

 今目の前にも、ちゃんと顧客が一人いる。

 

 

「毎度のことながら思うんですけど、この店って利益回ってるんですかね? 明らかに来店する人がいないっていうか……」

「後輩A。そこから先は言わないことをお勧めするぞ。今後出される飯がもやし漬けのみになりたくなきゃな」

「あの、何が気に障ったのか分からないんですけど。とりあえず先輩、職権乱用って言葉を知ってます?」

 

 

 ……数少ない、閑静とした店内にただ一人だけやってきた客だが。しかも職場の後輩。ホント目新しさが無いな。

 先輩と後輩らしくない砕けた会話。

 しかめっ面をしている青年を前に俺は「冗談だ」と、はっと軽く笑って食器を洗いながら口を開く。

 

 

「ま、この店は利益どうこうで経営してないからな。食材費のほとんどはにんじん分を除いて俺の自費だし、別に気にしなくていいって理事長からのお達しもある。モーマンタイって奴だ」

「えー、でも無いよりはあった方が良くないですか?」

 

 

 俺が答えると、当然の様に質問を返す後輩。

 まあ無いよりマシというのは当然の思考だろう。

 ただ、開店直後は固定客(リピーター)もいないのが当たり前だ。

 

 そのため、利益を出すには目の前のコイツがその分の利益を払ってくれればいいわけで……。

 

 

「そりゃな。ただそれを満たすには客の頭数が足りん。お前が日替わりの飯を日に5つほど食ってくれりゃ別だが」

「あ、はい無理ですナマ言ってすみませんでした」

 

 

 きっかり一言で俺の無茶難題を否定した後輩。

 けっ、黒字化の誘いは失敗か。コイツ一人の犠牲で店の懐が潤ってくれたら万々歳だったんだが。

 ……まあ、無理してんなことをしなくてもいいがね。

 

 既にこの店の噂は職場内に広まりつつある。

 つっても微風な噂風程度だが、それで十分だ。こういうのは気長にやってく分、愛着と老舗感と隠れた名店感が増す。

 

 

「そりゃ看板でも立てれば、人寄りも少しは増すだろうが……」

「先輩はロマン重視ですもんねー」

「そーいうことだ」

 

 

 そのため利益なんざ二の次の後回しである。俺としてはこの店の印象を大事にしたいのだ。

 

 

 

「……あと、その横で氷のボウルに器ごと入れてるアイスは一体何です? 今11月ですよ?」

「ん? あーこれな。後で一人うちに寄ってくる奴がいんだよ。そいつがアイス食いたいって言うからよ。作り置きしてんだ」

「えぇ……誰なんですか、そんな季節外れ真っ盛りな価値観持ってる人」

「そうだな……。まあ俺みたいな気分屋みたいな奴だよ。()()()()()()()()()()()くらいのな」

「先輩と張れるくらい気分屋な人……? 失礼なんですけど、それ人間ですか?」

「お前それ、失礼の矛先が俺に向いてること分かって言ってんな?」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「トレーナー、トレーニング終わったよー……っていつものお客さんいるんだ」

「ああウィングちゃん! お疲れ様」

「おー終わったか。お疲れさん」

 

 

 数分が経ち、そろそろ後輩にデザートでも出してやろうかと思った頃。店の扉を開けて、トレセン定番な赤白ジャージ姿のウィングが入ってきた。今日のトレーニングを終えたらしい。

 少し湿っぽい立ち姿から見るに、更衣室には寄っていない様子。汗をかいたままこっちにやってきたようだ。

 

 

「はぁ……ごめんトレーナー、タオル貰っていい? あと冷やす(アイシング)用の氷も。今日()頑張って無理したから」

「ん、りょーかい。ちょいと待ってろ。後輩、お前もちょい手伝え。強制だ」

「是非もないですよ」

 

 

 カウンターにぐったり座るウィングを横目に、さっきまで雑談してた暇そうな後輩をこき使う。

 座りっぱなしだった腰を上げて、俺は後輩Aを手招きしてその場へと引き寄せた。

 

 はい、まずはここにあります厨房の床をパカッと開けて、そこに見えるは秘密基地のような隠し階段。

 そこを下ればあら不思議、倉庫置き兼料理の仕込み場へとたどり着くのである。

 

 数段ほどの階段を下って、初めに視界に広がるは銀で染められた様々な器具と調理用具がバンバン揃っている空間だ。もちろん食材庫としての役割があり、奥にある扉を開ければ様々な食材もわんさかある。飯が欲しいってなったら、ここから取り出して上で調理。いつでもあったかい飯を届けることが可能ってわけだ。

 

 が、ここに来た用は冷凍庫に積んでる氷とその他用具だ。

 飯作ってる風景はまた今度にするとして、本来の用事を果たすとする。

 

 

「ほれ、この2つを持ってってくれ。俺はでけぇ氷持つので手いっぱいだからよ」

「はいはーい」

 

 

 そうして俺が持つのは、ビニール袋いっぱいのロックアイス。

 後ろで立っている奴には、その他用具を手渡した。

 店員でもない後輩Aは足取りこそあやふやだが戸惑う様子は見られない。偶に味見役としてここに呼んでるからな。

 

 

「にしても、すごい氷の量ですね。それ全部使うんですか?」

「ああ。運動後の――しかもウマ娘となりゃ、俺等ヒトよりも体温の幅が3,4℃程上だからな。少量の氷じゃ冷やすのには足りねぇんだ」

 

 

 そう切り出して、俺はウィングにしようとしている処置の詳細を語る。

 

 アイシング――要は痛めた可能性のある患部などを冷やす行為の事だ。

 水と氷をアイスパックかビニール袋に入れて、痛みを感じる部分へ当てる。そうすることで怪我の悪化や、痛みの抑制に効果があるのだ。 

 例を言うと、虫歯の時に腫れた頬を氷で冷やしたりする行動と同じだ。俺は経験ないが、子供とかは経験が多いだろ? まあ、ウィングに施しているのはもうちょい気を使う部分があるが。

 

 話を戻すとして、とにかくウィングに必要な処置が今語ったものだ。

 

 

「へー、そんな応急処置みたいなやつがあるんですね」

「つっても一個人で出来る程度の処置だよ。本格的なのなら医務室とかでやってる。ただまあ、ウィングは見ての通りのクッソ頑張り屋だからな。俺がこういうの覚えとかねぇといざという時に困るんだよ」

「ほー……ん? ちょっと待ってください先輩。その言い方じゃウィングちゃん、いつもあんな感じって言ってるように聞こえるんですけど」

 

 

 お、流石ウィングのファン第1号。察しが良いな。

 

 

「その通り。さっきアイツ、今日()頑張って無理したって言ってただろ」

「はぁ」

「つまり、トレーニング終わりは大体あんな感じだ。ぐったり感は当然として、脚の痛みに悶えるのをほぼ毎日繰り返してる」

 

 

 えっ!? と濡れタオルとアイスパックを持った後輩Aが驚きの声を上げる。

 そりゃそうだ。こんな自滅必死なトレーニングを繰り返してるバカなんざそうはいないだろうし。

 

 

「大丈夫なんですか……って、トレーナーでもない自分が言うのもなんですけど」

「心配は受け取る。当然の心境だろうしな。まあもちろん、最悪を想定して俺もアイツも引き際を常に意識してるさ。通常と違うのは、その引き際ラインが限界一杯まで伸びてるとこだが」

 

 

 後は分かるだろ? と俺は呆れな視線を後輩に返す。

 すると後輩は、あぁ……と納得したように、その首を縦に動かしたのだった。

 

 GⅠ出走目前まで来たウィングの実態。それはもう、人気が広まるが如く周知の知識として拡散していったのだ。今やアストラルウィングのファンをやっているからには、その努力癖を知らない人間はいないだろう。

 そしてその殆どがアイツの頑張りに驚き、SNSで一言こう呟くのだ。

 

 ――アストラルウィングに勝てる努力家なんているのか? と。

 

 ……まあ総じて何が言いたいかというとな。

 それほどまでに常軌を逸しているのだ。アイツの頑張り屋と絶対妥協しない頑固具合は。

 

 

「でも、それがいいんでしょう先輩は?」

「……まあな。色々含めた()()()()はピカイチだし。アイツといたら暇しねぇからな。お前もいつかトレーナーを始めたいってなったらそういう奴探せよ?」

「いや、自分は今の経理業で十分なんで……」

 

 

 笑いながら俺の副業を勧めたら、後輩は苦笑して断固否定しやがる。

 なんだい。趣味仲間が一人追加できると思ったのによ。

 

 

 

 

 

「ほらよ、氷入りのバックとおまけのタオルだ」

「ありがとトレーナー」

「おう。一応聞くが、冷やす箇所は分かるな?」

「うん。大丈夫」

「なら良し」

 

 

 ウマ小屋の地下からアイシングに必要な道具を持ってきてすぐ、俺はウィングの座る席で跪いてから脚の触察をした。一応トレーニングメニューに書いてるものを何やったかまで聞くんだが……まあ、コイツはいつも限界ギリギリまでやるから聞く意味はほとんどないに等しい。

 

 触察もそれを分かっての行動だ。

 リミットギリギリまでトレーニングを続けるウィングの事だ。頑丈が取り柄なのは承知の上だが万が一、いや億が一でも怪我の発展なんてあったらたまったもんじゃない。

 そのため、コイツの触察はもはや日課同然になっている。

 

 

「ん、ん……あれ」

 

 

 細い目で眺めていると、ぎこちなくアイスバックを膝辺りに巻こうとするウィングの姿が。

 

 

「トレーナー、テープベルト緩くなってるよ。上手く巻けない」

「あ? マジか。それ使って1年経ってないだろ」

「ん~、使用頻度が多いからかなぁ……。見てほら付着力が弱くなってる」

 

 

 どうやら、バックを巻くためのテープが経年劣化してるらしい。見せつけてるテープ部分を見れば、くっ付くなんて言葉も見当たらないくらいベロンベロンな有様が。

 ……うーむ参った、予備はねぇんだよな。そこらのスポーツ店にダッシュで行ったら買えるだろうが、その場合店を少し開けることになっちまうし。

 

 と、どうやら困ってるのはウィングも同じで。

 

 

「……ま、固定具合は甘くなるけど急ごしらえでいいか」

「?」

 

 

 仕方なく、俺は厨房に置いてる予備のタオルを持ってウィングに近づいた。

 

 

「ほら、バック貸せ。巻いてやるよ」

「え? い、いやいいよ。自分で出来るからさ」

「テープならまだしも、一人でタオルを巻くのじゃ固定が緩くなんだよ。ほらトレーナー命令だ。寄こした寄こした」

 

 

 ちょいちょいと寄こせアピールをしてやると、ウィングは若干頬を赤らめてバックを渡す。

 ……どこに頬を赤くする要素があったかは知らんが。

 

 よく分からん表情をしているのを横目に、俺はコイツの足元で跪いた。

 

 

「ん……っ」

 

 

 そうして、手際よく手に持ったタオルとバックを太ももに巻き付ける。他人に足を触られるのが斬新なのか、それとも単にくすぐったいのか吐息交じりの声を出すウィング。

 

 ASMR? だか、スレ民が聞けば飛び跳ねて喜びそうな声色に耳を軽く傾けていると。

 

 

「……んん?」

 

 

 ふと横から後輩の一言が。

 

 

「……先輩、ウィングちゃんとちょっと距離近づきました?」

「――っ!?」

「ぶごがッ!?」

 

 

 その言葉が店内に響いて、とっさに反応を示したのは目の前で脚を預ける少女だ。

 ビクゥッ!? とオーバーな反応で脚を跳ね上げるもんだから、つま先が俺の顎にぶち当たってしまう。まるでサッカーボールを蹴るみたいだ。サッカーしようぜ!俺の頭ボールな!

 

 ……いかんいかん、意識が一瞬吹っ飛んでた。

 

 

「ななな、なにを言ってるんですか後輩さん!? 私とトレーナーはそんな……そんな想像するような関係にはなってないっていうか、なってはいけないっていうか……」

「待って待ってウィングちゃん、自分そこまで言ってないよ」

 

 

 早い早い。よー口回るなそんなに。

 ふらふらする視界で正面を見ると、顔を真っ赤にして狼狽えるウィングの姿が目に入る。

 ……なんでそんなあたふたしてんのか知らんが……まずは俺の容態を見てくれませんかねぇ? 加減はされてたが、ジャストミートにウマ娘の蹴り食らってんですけど俺。

 

 とりあえず、俺は痛む顎をさすりながら後輩が突然放った言葉の意図を聞いてみた。

 

 

「いやぁ、なんかやけに2人の距離感が近づいてるなーって遠目で思って」

「痛つつ……まあ、これでも俺とウィングは1年半以上の付き合いだしな。距離が近づいてるってんならあれだろ、友情とかとそういうのが深まったとかそんなのじゃないのか?」

「友情……」

 

 

 意図に回答すると、後輩は目を瞑って首を横に傾げる。

 いやそういうのじゃなくて親愛とかそういう感じがー、などと小言でなんか言ってるがよく分からん。

 

 ウィングも神妙な顔で呟いたと思ったら、はっとなってまた顔を真っ赤にしやがった。なんか最近こういう反応多いなコイツ。両頬に手を当ててうじうじ体をよじらせる姿は可愛らしいもんだが、そうなってる理由は全然分からん。

 

 ……てか分からん事だらけだ。

 なんなんだ距離感って。俺はただウィングと一緒にいるだけなんだが。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 と、そんな否定的台詞を吐いたら、突然背中に衝撃が走った。

 

 

「……」

「いてっ、おいなんだよウィング」

「…………別に、何でも」

 

 

 何かと思えば、ウィングが握りこぶしでポコポコ叩いてやがった。

 不満そうなふくれっ面は一体何を思って俺に暴の力を振るってるのか。全くもって理解不能だ。

 

 

「ん~? ……ああなるほど。なるほどなるほど!そーいうことですか!」

 

 

 隣で俺らの様子を見てた後輩は顎に指を当てて考えるふりしてるし。んで勝手に結論付けてから、柔らかそーな笑みで俺らを見てる。何だこの状況は、四面楚歌か。

 

 

「いやぁ~先輩も隅に置けないですねぇ」

「……その笑みに何が含まれてんのかは知らんが、一つ言っとこう。

 俺は3女神に誓って何にもしてn」

「知ってますよ。先輩はいつも通りにウィングちゃんと関わっただけってことは」

 

 

 ただ、とついでに付け足す後輩。

 

 

「それがウィングちゃんにどう伝わってるかは、先輩気にしないですもんね~」

「?」

 

 

 否定の声掛けを遮って語る後輩の表情は、変わらず優しい笑みだった。頬杖も付いてる姿はまるで公園にいる保護者だ。

 なんだコイツいきなり。気味悪ぃ。

 

 不気味な様子に若干引きかけてると、席から立ち上がって帰ろうとする後輩。

 

 

「まぁ、お2人の関係なんで自分はこれ以上口出ししませんからご安心を。あ、代金ですけど良いもの見れたんでつり銭は無しでいいっすよ」

「あ? ああそう。んじゃ800円な」

「はいどうぞ。それじゃ自分は帰りますんで。あとウィングちゃん」

「え? な、なんですか?」

 

 

 カウンターに千円札を置いて、玄関扉に足を運んだと思ったらいきなり振り向く後輩。

 その視線はウィングに向けられていた。

 

 

「レースとか()()()()色々あるだろうけど、頑張れ。応援してるからね」

 

 

 そう言って、それじゃと後輩Aは店から出ていった。

 なんだ、ただの激励か。てっきりまたちょっかいでも掛けてくるかと思って警戒したわ。

 ただ、にしてはやけにテンション高い気がしたが……。

 

 

「……なんだったんだありゃ」

「…………知らないっ!」

 

 

 隣を見ると、ウィングはまたまた顔を赤くしてふくれっ面だった。なんでやねん。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「……ねえトレーナー」

「なんだ?」

「さっきから気になってたんだけど、なんでそこにアイスクリーム置いてるの?」

 

 

 後輩が退店してから数分。ふくれっ面だったウィングに、にんじんジュースを手渡して落ち着いてきた頃合いだ。

 氷のボウルに器ごと入れてるアイスを見ながら彼女はふと、そんなことを口にした。

 後輩にも指摘された、厨房に置いてるブツの事だった。

 

 

「後輩にも言われたが……まあ予約客の持ち帰り品だよ。この時期にアイスが食いたいっていうもんでな。しゃあなく手作りで用意したんだ」

「えぇ……誰、そんなトレーナーみたいに変な感性持ってる人」

「……後輩も大概だったが、お前もまあまあ俺の印象そんなんで固定されてるよな」

「否定できないでしょ」

 

 

 そう言って、ウィングが黄土色の液体が入ったコップを傾ける。

 俺も否定せずに、まあなと軽く言葉を返す。俺のことは俺が一番よく分かってるのだ。

 

 

「で、いつ来るのその人。時間的にそろそろこの店閉めなきゃいけないんじゃないの?」

「ああ。約束破る奴じゃないからもうそろ来ると思うんだが……」

 

 

 中身を飲み干したコップを手渡され、洗面台で洗いながら俺はそう呟いた。

 昼に予約……というか、いきなり俺のアイスが食ってみたいと対面で我儘を吐かれ、それをよしと了承したその場で、料金は前払いして済ませている。

 

 来店しない理由はないが……まあ懸念はある。そいつの性格的にだ。

 

 

「……そいつ()()()で、今その瞬間にやりたい事、思った事を実行するタイプなんだけどよ」

「え、何いきなり」

 

 

 まあ聞いてくれよ、とウィングに続きを語る。

 

 雨の日に気分で散歩したいからと外に出たり、今日の飯はこれにしようと思ったけど気分変わったからコレにする。と、その場のノリで気がよく変わる奴なんだよそいつ。

 ……おいそこ、そんなのがまだいるのかって顔すな。呆れるな。

 

 ――まあつまりは俺に似た性格を持った娘ってわけだ。傍から見たら、自由人で手綱を掴みにくいタイプの人物になる。因みにソースは俺な。ガキの頃よく言われたわ。

 

 ……世も末だって? 言い得て妙だなおい。確かに俺みたいなのが沢山いたら社会崩壊待ったなしだろうな。実際あんまいないだろうけど。

 

 

「で、要するにそんなトレーナーに似てる娘が来るって事? もうすぐ店を閉める時間なのに」

「ん? ああ、その筈だぞ」

「……ほっぽかされたんじゃない? もう19時前だよ?」

「いや確かに気分屋とはいえ、約束を不意にする奴じゃないからよ……来ると思うんだが」

 

 

 後ろ首を掻きながらそう呟いた矢先だった。

 店の玄関が誰かによって開かれた。

 

 

「やっほー、来たよ店長くん」

 

 

 噂をしたら影、とでもいうのだろうか。

 そいつはまるで、実家に入り浸るかのように木造の扉を気楽に開けた。

 

 腰まで伸びるロングヘアと、ぴょこっとどこか抜けているアホ毛。冷え込んできた夜をしのぐように羽織ったデニム。どこか町中にでも出かけてきたのか、オシャレにネックレスやブレスレッドをまで付けている姿は、俺感性で言うとイケメンタイプの容姿に感じた。

 

 ――んで相も変わらず、特徴的なCBと形づけられた髪留めは健在だった。

 

 

 彼女の名は「ミスターシービー」

 

 

 俺がトレセンに配属されてから、初めてできた気の合う知り合いであり――

 

 のちに、俺の隣で口を開けて呆けているウィングの、明確なライバルになるウマ娘である。

 

 

 

 





やっぱり繋ぎ話だと内容が薄くなるな。

とりま今回からウィングGⅠ戦の開幕でっさ。ちゃんとライバルっぽいライバルがいるんで濃いめの味がするやつを書きたい。

因みにシービー、実は追憶1話目に少し伏線としていたりする。


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似た者同士に遠慮はいらない


前回のあらすじ
季節外れのアイスが欲しいと、シービーがウマ小屋に来店してきたのだった。以上。

あ、あけおめー。今年も頑張って更新するぞー(すでに遅い)



 

 

 戸惑いもなく店に入ってくるその少女。

 ミスターシービーは羽織るデニムを揺らして、店長である俺と視線を自然に交わす。

 接客業らしく慣れたように、()()()()()()いつものように。

 

 

「遅かったな、もうすぐ店閉めるとこだったぞ」

「いやごめんねー。キミの所に行く前に色々寄り道しちゃってさー。気づいたらこんなに遅くなっちゃったよ」

 

 

 はにかむ笑みに悪気はないように見えた。というか実際無いのが分かる。本当にただ寄り道したくなったからどっかに行ってたんだろう。

 ……まあ、約束ほっぽり出さずここに来た地点で上等だろうよ。俺とか優先順位入れ替えてるときあるからな。自慢できることじゃないが。(当然

 

 うーんと体を伸ばしてから彼女は近くのカウンター席に座った。初顔合わせなウィングの2つ隣の席だ。1つ隣ではないのは彼女なりの気遣いだろう。

 

 

「たくっ……ほらよ()()()()、ご注文のアイスだ、受け取れ」

 

 

 座ったのを確認して、俺はすぐそこで冷やしていたボウルの中身から持ち帰り品を取り出せば、器に溜まってた芳醇な香りが表を上げる。 

 黄土色の半球体。触れれば溶け落ち、やわな力で形を変えるその中身は、味わい濃厚なジェラートだ。分類としてはミルクアイスというモノに振られるらしい。

 

 

「んっ! さつまいもの匂いだ!」

 

 

 いい匂い!と、鼻とウマ耳をピクリッと分かりやすく反応させてから、カウンターから身を乗り出してまで、差し出した器に手を伸ばすシービー。

 うーむ、元気な子供らしく可愛らしいリアクションだ。こうもいい反応をされちゃ、作った俺としても嬉しい。

 

 そんな感情が入り混じった笑みで、俺はシービーに渡したアイスについて語り始める。

 

 

「季節の変わり目がなんとやらってな。もう冬だろ? せっかくだからちょいと時期に乗じて旬の食い物をベースに作ってみたんだ」

「へぇー、それがさつまいもなの?」

「ああ。秋から冬の変わり目が一番旬でな。まぁこれが美味いのなんの、ゆで物に汁物に加えて単に焼くのもアリ何でもござれって奴だ。だからまあ、今回はお前の要望でアイスに挑戦ってことで作ってみた。因みに味は保証する」

 

 

 自信あり、とニヤリ顔で語ってやるとワクワクしながら目の前のアイスに視線を向けるシービー。今にも飛びついて食べそうな雰囲気だ。尻尾も振ってて忙しない。

 焦んな焦んな。アイスは逃げねぇぞ?

 

 

「ほらよ、これスプーンな」

「ん、ありがと」

「おう。しっかり味わって食えy」

「いただきまーす」

 

 

 初の試みで苦労して作ったんだからな。

 

 そう言おうとしたのもつかの間、ささっと匙で氷菓子をすくうシービーの姿が目に入った。

 ……コイツ話聞いてねぇ。いや別にいいけどさ。

 

 

「ん~! おいし~!」

 

 

 ブツを口に含み、頬に手を当てて美味しそうに味わうその姿は実に良い光景だ。話し損ねた苦労話にお釣りが出るくらいには。

 まあ、やっぱこういう何かを作る行動ってのは、ちゃんと評価されると結構嬉しいもんだ。誤魔化しはしない。

 

 腕を組んで満足気に眺めていると、不意に正面から掛けられる声が。

 

 

「トレーナー。私のは?」

「あ? 欲しいのかお前?」

「……あれだけ美味しそうに食べてると気にもなるでしょ」

 

 

 そこにはそっぽ向いて気恥ずかしそうに言うウィングが。……ただアイスが欲しいって言うだけなのに何を恥じらってんだコイツ。

 長い青鹿毛の横髪を人差し指でくるくる回す姿はまるでおどおどしい子供だ。いやまあ、俺からしたら全然子供だけどよ。

 とにかく、目の前の少女は急にアイスが欲しくなってしまったらしいという。

 

 ……ただなぁ。

 

 

「あー……悪いが、用意したのはシービーの分だけだ。予備が無くてな」

「えー。試作品もないの?」

「無いな。別に今からでも作れなくないんだが……遅くなるぞ?」

「う~ん……」

 

 

 無理に近いと伝えると腕を組んで悩む。

 材料はあるものの、冷やすという工程がある以上今から作っても1時間は使うはずだ。それに加えコイツの場合、悩む理由に寮の門限というものもあるだろう。わざわざ寮長のヒシアマゾンにどやされてまで食いたいかと問われれば悩むのは仕方ない。

 

 要は目の前の娯楽(アイス)を取るか、身の安全を取るかの2択を責められているのだ。

 

 天使と悪魔の攻防が激化しているのか、悩みに悩むウィング。

 

 そうしてから数秒。

 頭を悩ますウィングを見て仕方なく作ろうかね、と俺が地下室に行こうとしたのもつかの間。

 助け舟が向かったというかなんというか。

 

 コーッ、と唐突にカウンターの机上を滑るガラス状の器の音がウィングへと向かったのだ。

 

 

「わっ!」

 

 

 腕を組んで悩んでいた所に、いきなり横から飛来物がやってきて驚いている。そして器が彼女の正面に止まると、その中身を一見してから目を見開いた。

 食べかけではあるが、さっきまで欲していた黄土色に輝く氷菓子。

 

 俺がシービーに渡したはずのアイスが器ごと流れてきたのだ。

 

 

「…………おいおい」

 

 

 なら、渡したはずの本人は? と、俺は視線を横にずらした。

 

 片手で頬杖を打ちながら笑みを浮かべるその恰好はいかにも大人らしい。心の余裕というのか、なんとなくそういう雰囲気を醸し出すシービーを見て、ウィングも器を寄越してきたお隣さんに思わず見惚れている。

 

 だが、それを無視するかのごとく、シービーは口を開いた。

 

 

「隣の人からです~ってね。キミも食べたかったんでしょ?」

「え、まあ、はい」

「食べかけでいいならソレあげるよ。アタシはもう十分満足したから」

「え、はぁ、えぇ……?」

 

 

 急な問いかけに戸惑うウィング。言葉も詰まって様子がどこかよそよそしい。

 逆にシービーの方はいつもの自然体だ。

 

 

「お前なぁ……良いのかよ。今日ずっと楽しみにしてたんだろ?」

「幸せのおすそ分けっていい事でしょ? 物欲しそうにしてるのに、それが貰えないってなんかムズムズするし。アタシもされたらイヤだから、ちょっとカッコつけちゃった」

「いやまあ、イケメン具合はすごかったが……」

 

 

 それでいいのか今日の楽しみの閉め。

 

 

「あとなんだ、さっきの隣の人からです~って台詞」

「ん? いいでしょ、アタシ一回は言ってみたかったんだ」

「いや、それ店長の俺の台詞だっての。つかやるってんなら俺にも予め言ってくれ。台詞合わせたのによ」

「ん、そうだね。耳うちでもするべきだったかな?」

「ツッコむ所そこなの!?」

 

 

 流れるような会話の応酬。趣味人として気が合う同士の以心伝心な会話に、ウィングが目を大きく広げてツッコんできた。

 他に何がある、とツッコミを返す俺。ツボにでも入ったのか笑っているシービー。そして奇人でも見るかのような視線を向けてくるウィング。

 

 まさに四面楚歌ともいえる空間が完成した瞬間であった。

 

 

 

 

 

 数分、数十分と、笑いや戸惑いが混じった空間の時間が過ぎていく。

 

 

「~でね? トレーナーってばいつもこうでさ……」

「あははっ!」

 

 

 店内では、賑やかな2人の笑い声が。

 

 既に彼女らは互いに自己紹介を終えた後で。

 そんな2人は現在、俺の普段の諸行、悪行、奇行について語りつくしているところだ。

 楽しそうに笑っているシービーに対してウィングは割と愚痴が多めだが……まあいいだろう。俺程度の話題で会話を楽しめているのなら安いモノだ。

 

 始めは初対面でよそよそしくパクパクと貰ったアイスを食べていたウィングの態度も、シービーが俺と似たような性格を直視したせいかどんどん軟化していき、遂には軽口まで叩くようになってしまっていた。

 もはや俺のようなタイプの人間には無遠慮でいい、という見放した扱いがアイツの中で設立されてるようだ。泣ける。

 

 ……あと最近内心で思ってはいたが、ウィングは割とコミュ力が高い部類の人間だ。

 奇人とも呼ばれる俺に会話を合わせることができることも確かだが、今こうしてシービーと軽い話を実演している様子から、その能力の高さが見て取れる。

 

 と言っても、さっきまでのように初対面の人間に話しかけようとする意志は無い。

 そういうタイプではなく、いざこうして話すとなれば遠慮なく、無礼講気味に関係を築けるタイプの人間だ。

 

 コイツの学園生活の事情はよく知らんが、多分知り合いや友達と呼べる部類の人物はそう少なくないだろうな。気になるし今度聞いてみるとしよう。

 

 

「あー、笑った笑った。やっぱりキミは面白いね」

「へいへい、お気に召したようで何よりで」

 

 

 俺の面白おかしい普段の諸行を聞いて笑い疲れたのか、うっすら涙を浮かべながら俺に賛辞を送ってくるシービー。どうやら相当ツボに入ったようだ。なんでやねん。

 

 

「トレーナー、もしかして拗ねてる?」

「別にそんなんじゃねぇよ。ただ、そんな俺が普段やってることって笑い話になるもんかー、って感じで疑問に思ってな」

「……昼から木にハンモックかけて寝てる人がそれを言ってもねぇ……」

 

 

 反対に、俺の表情を覗いてきたウィングがそんなことを言うので、俺は正直に疑問を返す。したら怪訝な顔で呆れ始めやがった。……昼寝ってんな非常識なもんかね?(そういう問題じゃない

 

 

 

 

「というか、トレーナーってシービーと知り合いだったんだね。いつ知り合ったの?」

「ほぼ2年前だ。偶然散歩してる途中に会ったもんで、()()()()同類判定してな。そこからは即意気投合してーってな感じだ」

「大分あっさりだね……シービー、これホント?」

「ホントだよー。あの時は急にバッタリ出会ってさ、アタシのドッペルゲンガーかと思ったよ」

「分かる。ここまで感性が似てる奴がいるなんて滅多に無いから俺もビビったわ」

 

 

 絶えない話を繰り返していると、ふと話題になる俺とシービーが出会った頃の話。

 と言っても、上記の通りで他愛のないモノだ。The普通。

 

 

「私にはその感性が分からないよ……」

 

 

 ――だというのに頭を抱えるウィング。おい、理解できないものを見るような目をすな。向けるな。やめい。

 

 

「……ん? 2年前ってトレーナーがトレセンに来た時期だよね。そんな前から知り合ってたんだ」

「おん? よく覚えてんなお前」

「うん。あ、あとトレーナーが担当探しに躍起になってた時期でもあったっけ?」

「……よく覚えてんなぁ……」

 

 

 話は変わり、というか無理やり繋げて俺の昔話をぶり返すウィング。今は懐かしきトレセン配属1年目の話だ。

 てかそうか。コイツには日頃の会話で色々語ってたっけな。つっても大分前に語ったはずだが。いやぁ、なかなか記憶力が良いようで。

 

 

「あの頃のトレーナーって結構焦ってたんだよね。シービーを誘ったりしなかったの?ほら、なんか気が合うらしいし」

「んなもちろん誘ったよ。ただ俺はシービーの意思を尊重してだな――」

「あの時はアタシから断ったんだよね」

 

 

 せっかく相性がよさそうなシービーを逃したのか? などという問いがかけられ、応えようとするがそれをシービーの一言が遮る。

 

 

「へぇー、何で?」

「うーん。一番はその時が気分じゃなかったっていうのもあるけど」

「うわ、でたよ()()

「引くなよウィング……で、シービー? その言い方だと他にも理由があるように聞こえるが」

 

 

 ……ウィング(コイツ)もまあ、なんだ。饒舌になったもんだ。

 怪訝な視線を交わしながら、シービーにその先の言葉を勧める。

 

 

「まあね。キミとは気の合う友達同士でいたかったんだよ」

「…………む」

 

 

 ほう、と俺が内心であの時の解答の理由に納得しながら、ウィングが隣で目を細める仕草を見せた。……いや、なんでお前が?

 しかも不満げな表情をしたと思えば、なぜかその数秒後にきょとん顔をして赤面し始める。なんか最近多いなこういう反応。内心でどう思ってるんだか。

 

 つっても慣れたもんだし、その反応は無視だ。可愛さだけを目に焼き付けておく。

 

 

「ま、そんな経緯で俺は振られたんだ。せっかくの有用物件だったんだがよ、誘い方が悪かったのかまんまと空回りしたってわけだ」

 

 

 肩をすくめて台詞を放ちながら、俺はこの話題の締めを切る。

 出会い話としては割とあっさりだが、良い話のネタにはなっただろう。

 

 一応念を押す様に一言足すが、俺はシービーが誘えなかったからとウィングを代替(かわり)に選んだわけではないぞ。

 俺はちゃんとコイツの事を見て、触れ合って、そこから共にこのレースの道を進もうと誘ったのだ。コイツとなら一緒に楽しんでいける、と。

 そも、「俺は誰でもいいや」などという見境なしな考えは微塵もない。

 

 ……そう思えば、ふと締め切った話題に一言挟みたくなってしまった。

 

 

「つっても、今は良いと思ってるがな。こうしてウィングと一緒にいれることだし」

「……ふぇ!?」

 

 

 独り言のように口を開く。

 そう、ウィングだから良かったんだ。じゃなきゃ俺はここまでやれなかったし、こんな楽しい趣味(トレーナー業)も見つけられなかった。

 そういう意味では、コイツには感謝もしてはいる……ん?

 

 感傷深くなっていると、正面からきょとんな表情のシービーが視界に入る。

 なんだ、何か言いたげだが。

 

 

「……もしかしてアタシお邪魔かな?」

「は? なんで?」

「いやぁだってさ……?」

「シービー! 余計なこと言わなくていいからぁ!」

 

 

 急にそんなことを問われ、割って入るのは叫び声に近いウィングの横やり。

 もう言わなくていいかもしれんが、その顔色は真っ赤だ。もう唐辛子並みに。カプサイシン(辛みの原料)でも舐めたんじゃないだろうか。

 そんな有様になっている理由は……俺には相変わらず分からん。俺はただウィングといることが嬉しいとしか言ってない筈なんだが。

 

 

「お前はなに赤くなってんだ」

「…………うるさいっ、それもこれもトレーナーのせいなんだからっ!!」

 

 

 いや知らんて。

 

 

 


 

 

 

 ――と、こんな感じにだべっていたら時間は流れ、気づけば門限だ。

 既に食器等の片づけは終わっている。後は店仕舞いをしてから、目の前の少女2人を送り届けるだけだ。

 

 

「ありがたいけど、アタシ一人暮らしだから見送りはいいよー」

「あ? そうなのか」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「聞いてすらなかったよ。……んじゃ、せめて校門までは付いて行かせてくれ。これでも学園の指導者(先公)みたいなもんなんでな、そんくらいの義務は果たさせろ」

「うーん……まあいいかな」

 

 

 ……ったのだが、シービーは上記の通り即帰宅の様。

 とのことで、俺は即刻店仕舞いの用意をして校門までのわずかな距離、ウィングとシービーを送り届ることにした。

 寮も一人暮らしというシービーの家も、どの道学園の校門を出た先だ。だったらそこまで見送りに行こうじゃないか。

 

 因みに、ウィングは美浦寮(みほりょう)の住人である。寮長はヒシアマゾン。門限に遅れると連絡する際にはよく世話になっている。

 

 

「……よし。戸締り終わったからそろそろ行くぞー」

「分かったー」

「ふふっ、それじゃしっかりエスコートしてね、店主さん」

「おう、任せろ」

 

 

 木製の扉に錠前と鎖を、ぎっちりと鍵をかけて。

 そうして、俺たち3人は校門までの帰り道を歩き出した。

 

 

 

 冬の始まりを告げるかのような肌寒い北風が容赦なく降りかかる。

 

 歩いている道中、視界の端に映るモノ。木を枯らす風は、俺の定番ポジの――始めてウィングと出会った場所である、中木の枝に掛けられたハンモックを揺らしていた。

 冬の寒さが堪える今日この頃、外で昼寝をする機会も少なくなってきた。その証拠か、手入れされてないハンモックの紐が風化しているのが遠目で見えた。

 

 

「……そろそろ今年も撤去の時期だな。」

 

 

 冬場は木枝も脆くなるからな。流石に高所から墜落などという怪我を前提に寝るわけにもいくまい。

 俺が独り言でそんな風に呟くと、いきなりシービーが口を開く。

 

 

「あ、そうだ。高い所で思い出したんだけど、アタシちょっと前に()()()()()()()()()んだけどね、そんなことしたらダメってエースと先生に怒られちゃってさ?」

「待って、ねえ待ってシービー。状況が分からない。まずなんで窓から降りようとしたのっ」

 

 

 急に話された学園での一件にウィングがツッコみを入れた。

 コイツなんかこーいう立ち回りやけに多いな。お、頭を抱えてら。

 

 

「風が気持ちよくてさ、高い場所からジャンプしたらスカっとしそうで。……見つからないと思ったんだけどな」

「そういう問題じゃ……ねえ、トレーナーもなんとか言ってよ。一応トレーナー(教員)なんでしょ」

「一応ってなんだ。俺は正式な職員だっての」

 

 

 傍観者の立場でいた俺に白羽の矢が飛んできてしまう。

 いや、何か言えつってもな……。

 

 

「シービーの気持ちは分からんでもないぞ。なんだったらよく分かる側だ」

「……はぁ。助言求める相手を間違えた……」

「呆れんじゃねぇよ。つかお前もあるだろ、ふと空を飛びたくなる時とか、俺らはそういう欲求に正直なだけなんだっての」

「そうそう。ウィングのトレーナー君とアタシの性格って似たり寄ったりだしね」

 

 

 一考して出た感想としてはこれくらいしか思いつかない。

 

 別に教員らしく危ないとかなんとか言えたらいいんだが、共感の方が大きいもんでな。

 そういうことはよくしてたし、中坊と高校の頃は売店の焼きそばパンをダッシュで買いにパルクールまでしてたくらいだぞ? 俺が何か言っても、説得力のかけらもねぇって感じだろ。

 流石に、空を飛びたくなったから窓から大ジャンプってのは極端な例だとは思うがね。

 

 

「……私は空飛ぶよりも芝を走ってたいけど」

「お、ウィング上手いね。ウマ娘ならではって感じがする」

「そういうシービーもウマ娘でしょ……もう……」

 

 

 いい加減ツッコミに疲れたようで、肩を落とすウィングの姿が目に入る。

 まあ、なんだ。お疲れさん((誰のせいだと

 

 

 

 そんなこんなで、冬風に吹かれながらも校門前に着いた俺たちはささっと別れを告げて解散した。

 

 去り際にシービーからは「またアイス作ってね」と言われたが、俺は善処しとくとだけ伝えておいた。意外と大変なのだ、こだわったアイスづくりというのは。

 因みに寮に向かうウィングも、なんか物欲しそうな顔をしていたのを俺は見逃さなかった。今度シービーを迎え入れる時は2人分の用意をしておこう。

 

 

 

 


 

 

 

 

 かくして、ウィングとシービーの初顔合わせはこうして円満に終わる。

 円満というか、仲睦まじくと言った感じだったが、それはそれで万々歳。 

 今夜の一件の後も、学園で会っては友人として接しているようで良い関係が築けているらしい。

 

 

 そして、1月ほど経ったある日。

 

 

「ねえ、トレーナー」

 

 

 その日は、とあるレースを観戦した帰り道だった。

 それは彼女の友人であるシービーのレース。

 ウィングにしては、珍しく他人のレースを直接見に行くというそんな稀な日だった。

 

 夕日が照らす帰り道、彼女は俺の袖を指先でつまみながら。

 

 

「私、シービーと戦ってみたい」

 

 

 アストラルウィングという凡人は、絶対的な壁に挑む決意を固めていた。

 

 

 

 





割と難産だった。
てか追憶編めちゃくちゃ難産大量発注過ぎて笑う。いや泣ける。

ていうか、趣味人コンビ出すとウィングがマジで苦労人ポジになってしまうな。
……がんばれウィング。


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片思いな強敵と明確なライバル

 

 ほんの、少し前の会話だっただろうか。

 

 

『シンボリルドルフをライバル視してるだぁ?』

 

 

 こんな会話があったことを覚えている。

 何のために勝ちたいか、誰に勝ちたいか。称号の為か、栄光の為か、もしくは自分自身の為か。

 いつも通りの他愛ない会話で。そんな流れで出した言葉だったはず。

 

 

『……ほぉ、昔選抜レースでボコボコにされてそれからずっと敵視してると。はは、そりゃ初耳だ』

 

 

 カラカラと。

 私の苦い思い出を語れば、嬉しそうに笑うトレーナー。

 軽い感じだが、こんなのは良いモノでもない。嫉妬や挫折に心を折られた昔話だ。

 

 何が面白いのさ、と恨めし気に睨めば。

 

 

『育ててる子供(ガキ)の一面とか出で立ちを知って、ヤな気分ない奴なんざいねぇよ。少なくとも俺はな。お前のそういうとこは好印象だし、心境に表裏があって可愛げがあらぁ』

 

 

 へたったウマ耳を巻き込みながら頭を撫でて、抽象的でよく分からないことを口にした。

 手のひらの暖かい温度とくすぐったい感触は、思い出しただけで胸の奥を熱くさせていた。それがただの羞恥だったのは言わずもがなだけど。

 

 そうして、数分と頭をいじられ続けてから。

 ポンポンと、いきなりというかなんというか、トレーナーは頭を軽く叩いてこんなことを言い出した。

 

 

『ただまあ、ライバル視ってのは言い過ぎだな。お前の()()じゃ、まだ目の(かたき)の強敵って感じがするよ』

 

 

 ライバルではなく、ただの強敵だと。

 その違いが分からないと、問いかけたことも記憶に残っている。

 

 

『あー、ライバルってのはあれだ。なんつーか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の名称みたいなやつだ。お前の昔話を聞いた限り、シンボリルドルフとはまだ話し合ってもいない仲なんだろ?』

 

 

 頭を捻って彼の口から出されるのはそんな教えの言葉と問いかけ。

 それは事実だ。現に彼女との接点は選抜レースの一件以外に一つもないのだから。

 問いに答えるように首を縦に振れば、トレーナーはその続きを雄弁と語り始めた。

 

 

『俺の持論ではあるがな。そーいう関係だってのが分かりやすい例えが一つある』

 

 

 何? と聞けば。

 

 

『素手でぶん殴り合える仲だ』

 

『えぇ……?』

 

 

 返ってきた答えに私は本気で引いた。もう、ドン引きした。

 急に真面目な話をしたと思えば、何をドヤ顔で面白おかしい事を言い始めるのか。思わずジト目を返してしまった私は悪くないと思う。

 

 

『持論つったろ、モノの例えだ例え。少なくとも、そんくらいのことができる関係がライバルってもんなんだよ』

 

 

 実体験でもあるのか、堂々と語る姿に思わず納得しかけてしまった。

 

 ただ、はいそうですか、と簡単に分かるかと言われれば別の話だ。既に、私の嫉妬心と敵視は彼女に向かってしまっているのだから。

 受けた傷はそう簡単には癒えない。やられたからにはやり返したいという思いが少なからずある私は、彼女をライバル視する考えを変えられずにいる。

 

 

『随分と片思いな想いだな。乙女かお前は』

 

 

 ……まあ、否定はしなかった。

 乙女にしてはヤミヤミしい感情ばかりだけどね。こんなの褒められたものじゃないし。

 私がそう言うと、返しに人間味があっていいじゃねぇかって言うのもまたトレーナーらしいんだけどさ。

 

 

『ま、ちゃんとライバルってのが出来ればお前も分かるようになるだろ。割といいもんだぞ? 茶化し合いながら競い合える相手がいるってのは』

 

 

 これ以上は実体験でないと学べないと察したのか、こうしてトレーナーはこの話題を締め切った。

 ……たぶん、最後の助言を聞いてもこの頃の私にはよく分からなかっただろう。

 

 競い合える相手がいることの闘争心の向上も。

 茶化し合える相手がいることの有難みも。

 

 強敵とライバルの違いが。

 ()()()()()()()()()()()()()()()と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という存在の決定的な違いが。

 

 ――きっと、閉じた思考では思いつかなかったに違いない。

 

 

 

 

『じゃあ、トレーナーはどう? そういうライバル? みたいな人っていたりするの?』

『あー、いるっちゃいるよ。さっき話した持論通り、()()()()()がな』

『……え、あれ実話なの!?』

 

 

 その先に続いたトレーナーの友達の話もあるけど、こっちはまた今度にね。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 それはいつもと変わらない学園生活のお昼休みだった。

 

 朝起きて、走って、勉強して、ターフで走って、お昼にトレーナーから貰ったお弁当をクラスの友達と食べる。そして、放課後には体を痛めつけながらレースの為にただただトレーニングをする。凡人には凡人らしい、そんな普通な日常だった。

 

 ……その筈だったんだよ。

 

 

「え、ちょ、シービー!?」

「ん? あ、ウィング」

 

 

 教室を出た瞬間、窓に腰を掛けて外に身を乗り出しかけているシービーに出くわさなきゃ、至って普通の日だったんだけどね……。

 

 はぁ……と内心で一つため息。

 ……ホントにどうしてこう……トレーナーに似た趣味人って人種は奇天烈な人が多いんだろう? もうあれかな?そういう呪いか何か掛かってるんじゃないのかな?

 

 

「……えっと、とりあえず降りよ? このままだと先生に見つかっちゃうから」

「んー、まあそれもそうだね。また怒れちゃうのもあれだし」

 

 

 もはや窓際に身を乗り出している事にすらツッコミを入れず、私はシービーとの会話を続ける。どうせ理由も、やりたかったから~とか理性を弾き飛ばしてる感じのやつだろうから。

 もうね……なんていうか悟ったんだ。こういう手合いにいちいちツッコミを入れたら身がもたないって事をね。誰かさんのせいで身に染みたよ(疲れ

 

 私の指摘を聞いたシービーが窓から降りてから、私に挨拶がてら手を振ってくる。

 

 

「やっほー。学内で話すのは久しぶりかな?」

「あぁうん、最近は私もずっと走りっぱなしだったから」

「あはは、放課後とか全く見ないしねー」

 

 

 さっきの行動を全く気にする素振りも無く振舞う、相変わらず浮いた態度のシービー。

 学生服を揺らして長い横髪を上げる様は本当に綺麗で、遠目でも(さま)に見える。私じゃなきゃ……というか今からでも教室でさっきの仕草を披露すれば、クラス内で黄色い悲鳴でも上がっていたんじゃないだろうか。

 

 ……うん、悔しいけど美人度で私じゃ勝てないし、話が逸れ過ぎだ。戻そう。

 

 ウマ小屋での顔合わせから一月くらい経つけど、シービーと校内で話す機会は中々少ない。

 どうしてって言われれば、そもそもシービーと私の学年の違い*1とか教室の違いとかはもちろんあるんだけど……。休み時間とか放課後、すぐにターフに直行するのもあるかもしれない。

 

 一応教室に友達は少なからずいるんだけどさ? 時間になったら私、走ることで頭がいっぱいになるから……まあ後はお察しだよね。

 けどクラスの友達も、そんな私の悪癖を分かってくれてはいるから、深くは干渉してこない。多分優しさからだとは思う。

 

 

「ウィングはまたすぐにレースが?」

「うん3日後にあるよ。まあ、その半月後にももう1レースあるけど」

「うわあ、相変わらずすごいね。過密スケジュールだ」

 

 

 少し引いてるのか、それとも単なる称賛なのか、開いた手を口元に当てて驚いた様子を見せるシービー。

 こんな死に物狂いな連続出走も、時が経ってしまえば慣れるものだ。因みに反応も見慣れた。だって私の友達にこれ言うと大体ドン引きされるからね……。

 

 

「そういうシービーは? 最近の活躍、すごいって聞いたよ?」

「んー? アタシはまあまあかな。レースはすごく楽しいんだけど胸が躍るようなレースにはまだ出会えていないっていうか、ね?」

「いや、私は戦績の話をしてるんだけど……」

 

 

 というか、楽しいけど胸が躍らないってなに。言葉の矛盾生まれてない?

 最近の近況を聞いてみると、返答に噛み合わない答えが返ってきて私は若干戸惑っちゃった。

 

 

「え? でも大事でしょ、そういうの」

「そんな純粋に首を傾けて『なんで?』って顔されても……。そういう感性、私には専門外過ぎるっていうか」

「そうかな、キミのトレーナーと一緒にいるなら分かると思ってたんだけど」

 

 

 コテっ、と可愛く首を傾げるシービーが告げた返しに、思わず肩を落とした。

 

 

「私とアレを一緒にしないで……」

 

 

 アレって言い方もなんだけど……いやいいや、もうトレーナーに遠慮なんて感じてないしさ。

 私が肩を落とした理由なんてもう言わなくてもいいよね? いいね? うん、だから察してね。

 

 ……正直、もう1年以上一緒にいるけど相変わらずトレーナーの自由奔放ぶりには振り回されてる毎日で疲れてるんだ。

 ま、まあ? 強くなってきてる自覚はあるし、一緒にいるのが嫌いってわけじゃないんだけどさ? それでもトレーナーの諸行にツッコんでたりしてると疲れたりはするんだよね……。

 

 それに最近、トレーナーの事を考えると胸が熱くなるような感じがして――

 

 ……いや、やめやめ。この続きを口にするのはダメだ。なんか自爆する気がする。

 シービーとの会話に集中しよう。そうすればこの思考も止まるだろうし。

 

 

「はぁ……それは良いとして。シービー、デビューしてからずっと勝ってるらしいね。もうすぐにでもGⅠに出れるんでしょ? どう?楽しみだったりする?」

「まあね。正直、一昨日から体が疼いて仕方ないんだ。今までよりもっと楽しいレースが待ってると思うとさ……!」

 

 

 切り替えた会話でそんなことを問うと、ムズムズとウマ耳をピコピコ動かして体を動かしたそうにするシービー。……目を離したら今にも走っていきそうだ。

 そうして呆れな視線で、楽しそうにしているシービーの様子を見てた私だったけど……。

 

 

「それに、キミと一緒に走れるかもしれないんだよ。心が躍らないわけないよ」

 

 

 シービーが放った次の言葉に思わず、私は言葉を詰まらせた。

 

 

「……あ、うん。そう、だね」

 

 

 ぎこちなく、開いた口は偽りの同意を言葉にしていた。

 きゅっと締まる私の心臓。さっきまで自然体で接していたはずの私の明らかに隠せない動揺は、シービーのセンサーに引っかかっているかもしれない。

 

 

「ん? どうしたのウィング」

 

 

 瞬間、私の芝色の目と、水晶のような色合いのシービーの目が交差する。

 

 

 ……シービーは強い。

 私なんかより圧倒的に、同期の誰よりも抜きんでて。私のトレーナーが一目を置いて、有用物件などと言うほど。

 ――――多分だけど、私が敵視してるシンボリルドルフと同じくらいに強い、かもしれない。

 

 その強さの証明として、GⅠの出走可能が私よりも1年以上早いのが分かりやすいだろうね。

 

 GⅠの出走ができるようになるには、それまでのレースで功績を上げながらファンを集める必要がある……ていうのは常識かな。

 そして、私が必死で走り尽くしてきた1()()っていう道を。

 

 シービーは、デビューしてからたった()()()っていう短い期間で駆け抜けてきたんだ。

 

 そんな軌跡を知るだけで、彼女は私よりも格上な存在だと分かる。

 というより、実際分かってしまった。シービーの走っているレースの動画を見て、実際に友人として触れてみて、分からせられた。

 目の前にいる私の友達は、本当に手の届かない存在なんだって。

 

 ……けど無慈悲な事か、私とシービーの得意距離は中距離と長距離で同じだ。

 だから、もしかしたらレースでぶつかるかもっていう期待がシービーにはあったんだろうけど。

 

 けど……。

 

 私は、レースで勝つこと以外のことは頭にない。

 だから、レースに楽しさを見出したことなんて無くて。

 だから、彼女と一緒に走りを楽しむなんて感情は無くて。

 

 ――だから、殆ど負けが分かっているシービーとの闘いに応えられるなんて、言い切れなかった。

 

 

「……ううん、何でもないよ」

 

 

 応えることができない私は、ごまかす様に首を横に振った。

 直視していた水晶のようなシービーの目を、逃げるように逸らした。

 

 うん、これで終わりだ。後はうやむやにして、私は次のレースの事を考えるだろう。

 

 私はいつもこうする。

 走りでも、今こうして強者の誘いも、見苦しく躱そうとする。

 私のトレーナーはそんな【逃げ】るを受け入れてくれたけど、本当に拒絶したくなるほど、いやな自分の一面だ。

 

 

「うーん、何でもなくはないと思うんだけど」

 

 

 けど、そうして逃げようとする私の事を、捉えてくる影が一つ。

 

 

「ねえ、もしかしてウィング、アタシと走るの嫌だったりする?」

「……なっ」

 

 

 ナンデ分かった、と内心で動揺が走る。

 

 顔には出してない筈なのに、何故か私の真意はシービーに見透かされていた。

 反応から察していたのか、それとも趣味人ならではの……トレーナーに似たような敏感な感性を持っているのか。

 どちらにしろ、私に残ったのはバレたという事実だけ。

 

 再び視線を交わす。

 真っすぐ覗いてきた水晶色は、私を逃がすことを許さない。

 

 ……そういえば、シービーは【差し】が主体の走りをするんだっけ。

 【逃げ】てる私が捕まるなんて……あはは、なんだか皮肉だ。

 

 

「…………」

 

 

 だんまりを続けても意味はない。

 シービーはもう、私の真意を見透かしている。シュン……と畳んだウマ耳が心情を表してしまっている。

 

 だから、私は正直にその先の言葉を口にした。

 

 

「まあ……うん。正直言うと、シービーと走るのは怖い」

 

 

 真っすぐ、直接面を向かって口に出すとこんな言葉になってしまう。

 

 そう、怖いんだ。

 ほぼ絶対に負けてしまう経験が。

 ――()()()()選抜レースのように、シンボリルドルフとの闘いのように、強者から押しつぶされてしまうあの恐怖(トラウマ)が。

 ――まだ、私の心にへばりついてるんだろうね。

 

 独白のようなその言葉を吐いて、私は目線を落とす。

 廊下の木目の地面が見える。純粋に私と走りたいと言ってくれた彼女を……前を見ることができなかった。

 

 今目を閉じれば、自己嫌悪的な何かが私を襲ってくる。

 でも、ソレを受けるには十分すぎる拒絶をしたんだ。と、そう思えば目を瞑るのも億劫だと思わなくて。

 私は目を閉じようとして……。

 

 

「それでも――アタシはウィングと、友達のキミと走ってみたいな」

 

 

 彼女が放った言葉に、思わず目を開くことになった。

 

 視界が開くと、正面に立っているシービーがふっと微笑んでいる姿がいる。

 あんな拒絶の仕方をした私に、それでも柔らかく笑ってくれていた。

 私と、ただ一緒に走りたいと言ってくれる。

 

 

「ウィングが何を思って、アタシを怖がってるのかは正直分からないけどさ」

 

 

 目を見開く私は、彼女が告げてくれる正直な言葉をただ聞き入っていた。

 

 

「アタシは一緒に走ってみたいよ」

「レースの風も、芝の感触も、何もかもをキミと一緒に楽しんでみたい」

 

 

 聞いて、胸に詰め込む。

 彼女が私と、ただやりたいことを思い描いている事を、私も脳裏で描く。

 

 

「友達同士でライバルで、青空の下を風と一緒に走り抜けるんだ」

「それってきっと、忘れられなくなるくらい、とびきり素敵なレースになると思うんだ」

 

 

 そう言い切って、私に伝えたいことを言って。

 

 

「ねえウィング」

 

 

 彼女は私に手を差し伸べてくる。

 無邪気に、まるで子供のような純粋な笑みで。

 

 

「余計なものは全部捨てて、思いっきり走ってみようよ」

「アタシと一緒に、レースの風を感じてみない?」

 

 

 私を、魅力的な遊びに誘うのだった。

 

 

「……あはは」

 

 

 ――それを受けて、ふと頭に浮かんだ河川敷の記憶。

 

『だからよウィング。お前はお前のまま、ただがむしゃらに、子供のようにさ』

『俺と一緒に楽しいことをしようぜ?

 俺も全力を持って退屈はさせねぇからよ』

 

 何かと内心で首を傾げて思えば……ああ、そうだ。トレーナーとの記憶だ。

 私を私のまま受け止めてくれると宣言してくれたあの日。

 レースという趣味に私を誘って、巻き込んだあの日の光景が脳裏をよぎる。

 

 ……あの時は思い出すのも恥ずかしくなるくらい、大泣きながら手を取ったんだっけ。

 

 

「無理強いだよシービー。それ、断れるわけないじゃん」

「ふふっ、キミと走るためなら無理もするよ」

 

 

 だったら、今回は笑って手を取ろう。

 

 いつの間にか覚悟は決まっていた。

 

 確かに、躊躇はある。レースを気持ちよく楽しむなんてよく分からない感覚も。迷いも、()()()恐怖(トラウマ)もまだ残ってるけど。

 けど、それはシービーが出してくれた手を取らない理由にはならないのかもね。

 これだけ私と走りたいって言ってくれた彼女の意志を。

 

 友達(ライバル)の誘いをこれ以上――私のくだらない意地の為に断ることはしたくなかったから。

 

 だから、私はまた一歩を踏み出す覚悟を決めた。

 

 

「うん分かった。いつかは分からないけど、もし一緒に走る時が来るってなったら全力で応える。

 ――だからその時は、ちゃんと肩を貸してね。シービー」

「あははっ、ウィングらしいね。……それじゃ、私もその時は全力で応えてあげるよ」

 

 

 そうして、私たちは一つの約束を交わした。

 互いを認め合い、時が来たら全力で立ち向かうなんていう、子供じみた素敵な約束を。

 それが、ほんの少し前にトレーナーが言ってた、ライバルっていう存在だと理解するようになるのはもうちょっと先の話だけど。

 

 それでも私は、このライバルっていう関係を誇らしく思うようになる。

 

 

「……でさ、ウィング。アタシ、ちょっとレースの話したら走りたくなってきたんだけど」

「…………うん?」

「今からさ、授業抜け出してターフで走りに行こうよ。キミのトレーナーも呼んでさ、トレーニングもかねて運動しよ」

「……え、ん? ちょっとどういう……ってシービー!? ねえ待って、本当に授業抜けるのー!?」

 

 

 大声を出しながら廊下を走った私は、訳もなくそんな予感を感じたのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 そうしてやってきた12月のある日。

 

 

「おうウィング、次のレース決まったぞ」

「あ、トレーナー。ありがと」

 

 

 いつものトレーナー室。

 コタツでくるまって休んでいる最中、デスクから腰を離したトレーナーが一枚の紙を渡してきた。

 

 それは出走表。

 

 私の、初めて挑むGⅠ戦の出走表だ。

 

 A4の用紙を固唾を吞みながら横に眺める。

 先に見える色々なウマ娘の名前。誰も彼も見たことがあるような名前に戦慄しながらも、私は。

 

 

「…………っ。

 意外と、早かったかな」

 

 

 並べられた多くの枠中に、2つ。見逃してはいけない名前を確認した。

 ドクドクと心臓の音が止まらない。

 緊張と武者震いが、止まらない。

 止めることができない。

 

 

「……約束は守るよ」

 

 

 ミスターシービーと、私ことアストラルウィングが。

 あの日の約束を果たすレースが。

 

 

「全力で、勝ちに行くから」

 

 

 すぐそこまで近づいているという事実が、私の体を震わせていた。

 

 

 

*1
シービーが一つ上



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一緒に走り合うその前に


レース前の前日談みたいなモノ
ちょっとハイペース



 

 男は、その日を稀な日だと言った。

 

 何が稀かと、それは隣に立つ男の育て()が物珍しく『お願い』をしてきたのだ。

 レース狂い、努力の魔人、などという妙名は言わずもがな。

 本来ならばいつものように、死に物狂いで自身の能力を高めるトレーニングを文句すら言わず行っていたというのに。

 

 そんな彼女が、友人であるミスターシービーのレースを、実際に見に行きたいと聞いた時は耳を疑った。

 

 ……とは言いつつ、男にとってそれは可愛い教え子の珍しいお願いのようなものだ。

 深く考えることはせず、男はそれを叶えた。

 

 そして、時間は流れてレースは終わり。夕方の帰り道に場面は移る。

 

 

「やっぱシービーは強えぇな。速力、体力、レース中の駆け引き、どれをとっても一級品。全く、挑む側としちゃ頭を抱えるわ」

「……そうだね」

 

 

 誰もいない脇道を、ただ2人は歩いている。

 東京競バ場からの帰り道。偶には歩いて帰ろう、と男が吐いた気まぐれな提案を青鹿毛の少女が了承したことで、彼と彼女は眩しく眩む夕日を背にその帰り道を進んでいたのだった。

 男は、変わらずの灰色パーカーのポッケに手を突っ込みながら歩いており……

 

 そしてその隣では彼女――アストラルウィングは空を見ていた。

 

 トレーナーである男の言葉は軽く耳に通す程度で、意識の殆どは空に浮かぶ赤と白模様に奪われる。

 隣で話してくれている彼には申し訳ないと思いつつも、不思議と居心地がいい感覚だった。

 

 ……まあ。

 

 

「あー、私()()に挑むんだよねぇ……? やだなぁ……もう挫けそう……」

 

 

 そうしている理由が現実逃避の黄昏(たそがれ)だという点については、触れたくないところだが。

 虚ろな草原色の瞳をしている彼女に、元気というものは到底見当たらない。茫然(ぼうぜん)と言った様である。

 

 まあ、これがウィングの性格というものだ。

 勇猛果敢(ゆうもうかかん)でもなく、威風堂々には……最近は少し自信が付いている様子だがそれでも、緑色の芝の上で勝負をする者としては少し遠い所にいる、ただの凡庸な少女なのだ。

 

 そも、彼女にとっては初めて、意識し合った強者との対決になる。

 緊張や先の事への不安に駆られるのも無理はない。

 

 

「お前なぁ……そーいう時くらいは『やってやるぞ!』くらいに思っとけ。自信無くすぞ」

「それが出来たら苦労しないって。相手シービーだよ? 私もう既にメンタルボロボロだってば」

「先行き不安だなぁおい。……ま、それも挑む側の醍醐味、か」

 

 

 目を淀ませ、ウマ耳をへたらせながら歩くウィングの姿。遠目から見れば、自信の消えた受験生みたいだなとトレーナーは内心で思った。……この男も割かし考えることが非情だ。

 

 

「ったく、萎れたほうれん草みたいになんなよ。……()()()()()()()()()()? お前の事*1

「…………ノンデリ!」

「ははは、今のは狙って言ったんだ。カラ元気もそんくらい声張ってりゃ何とかなるってな」

「だっ……! もうっ!励まし方考えてよ! もっとこう……あるでしょ色んな言い方が! そういうのが誤解を生むんだから……!

 

 

 そんな教え子の様子を見ながら、カラカラと笑うトレーナー。

 突っかかるウィングは、毎度ご活躍のノンデリセンサーをトレーナーに向けたのち、怒気を含みながら言葉を放つ。

 ベシベシッ、と男の腰辺りに叩きつける尻尾の音は彼女の気分の悪さを示していた。

 

 しかし本気の怒りを向けないのは、それがトレーナーなりの気遣いだということが分かっているからだ。空虚になった元気を取り戻させるために、わざわざ揶揄おうとするトレーナーの性格はいかがなものだが、それでも彼にとって最大限の気遣いだと、少女は分かっていた。……もっとも、本気で怒っていたのなら靴底で脚を踏み抜くぐらいの真似はしていただろうが。

 

 不器用な気遣い、だからこそ強くは出られないことに憤るウィング。

 

 だが、傍らその気遣いに胸の奥底が温まるのも、どこかで感じていた。

 

 

 2人はそうして軽口を重ねた。

 他愛のない会話。容赦のなさと、心僅かな気遣いが絡み合った会話の数々が、夕日に沈む。

 重ねて、重ね続けて、いつものように彼と彼女は、馴れ合いと信頼と親愛な関係を築いていく。

 

 

 夕日の帰り道、2人の会話を邪魔するものは誰もいない。

 その光景はあまりにも不格好で、不器用で、されど綺麗なものに違いない。 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

「よう、シービー」

「ん、店長さん。やっほー」

「やめい、営業外なんだから今はただの職員だっての」

 

 

 トレセンの学園内。

 丁度昼時が終わる頃だ。

 偶然も偶然、トレーナーとミスターシービーが敷地内で顔を合わせていた。

 

 

「それもそっか。それじゃトレーナー君、なんでキミがここにいるの?」

「本業の用事だ。そこまで重要な要件じゃないんだがな、依頼主(タキオン)が研究室にこもりっきりで忙しいってんでわざわざ俺が出向きに来たんだよ。……昼間っから研究熱心ってのは呆れるがね」

 

 

 本業――経理処理がメインの用事だと、おもむろにUSBメモリを懐から取り出したトレーナーを見て、シービーがほうほうと興味深く観察する。

 

 彼女が見たことある彼の普段の姿は、大体だらけているか、寝ているか、日も当たらない場所で店長をやってるかの3択だった。だからこうして、しっかり仕事をしている姿を見るのはシービーにとっては珍しい光景なのだ。

 

 そうして珍しさを目に焼き付けると同時、もう一つ彼女の中で疑問が生まれる。

 

 

「あれ? それじゃ、いつもトレーナーやってるのは何なの?」

「アレは副業だよ。そんで()()だ。こんだけ言えば、後はお前なら分かるだろ?」

「ん~……ああ()()()()、偶然見つけたんだね。楽しい事」

「理解が速くて助かる」

 

 

 小首をかしげて問うシービーにトレーナーが短く答えらしくない答えを返した。

 そうすれば後は流れるように、問いをした側がその意図を汲み取り即時に納得する。阿吽の呼吸というのか、やはり趣味人同士でしか分からない感性があるのか、質問は終わって会話らしくない会話はそこで切られた。

 

 

「……なあシービーよ、研究所行く途中までだが少し付き合ってくれねぇか? ちょいと仕事ついでに、話がしてながら歩きたいんだが」

「えー、私にも用事があるんだけど」

「さっきまで暇そうに窓から外眺めてた奴が何言ってやがる……」

 

 

 トレーナーが出した提案に、シービーが若干渋る。

 そういう気分でもないのか、単に休み時間にわざわざついてくのが億劫なのか、とにかく面倒そうだ。

 

 だから、男はここで大人の権限を有効に活用することにした。

 

 

「ふむ……そんじゃ一つ提案だ。

 付いてきてくれりゃお前の次の授業、理由付けで俺が省いてやるよ。教師の叱咤(しった)も俺がちゃんと受けてやる。……これでどうだ?」

 

 

 ピクリと、シービーがウマ耳と尻尾を反応させる。

 その言葉を聞き逃しはしなかっただろう。現に、ニヤリといたずらな笑みを浮かべているのがなによりの証拠だ。

 

 

「……! へぇ、いいの?」

「まあな。こっちはお前の大事な昼の時間を買おうってんだ、そんくらいの見返りは無いと不相応だろ?」

 

 

 これは魅力をぶら下げた交渉だ。

 

 性格が自由気ままと言えど、シービーは所詮学生。授業というものに囚われている以上、その身を箱庭から動かすのはそれなりのリスクが付きものだ。

 だからこそ、トレーナーはその自由を提供しようというのだ。

 (いち)職員の用事に付き合わされていたとなれば、その責任は彼女ではなく職員であるこの変人トレーナーに向かうだろう。

 

 代わりにトレーナーは道中をシービーと話しながら暇をつぶすことができる、ということだ。

 こういうのをWinWinな関係ともいう。

 

 

「どうする? お前へのお咎めは無し、数分付き合うだけで後の1時間は自由時間になるお得セットだ。俺が言うのもなんだが、だいぶお買い得だぞ」

「……ふふっ、むしろお釣りが出そう。うん、いいよ。アタシの時間売ってあげる」

 

 

 一考と微笑と共に、シービーはトレーナーからの交渉を受けることにした。

 

 やはり、授業に拘束される身分というのは不自由で嫌いなのか。

 というか、そもそも授業に真面目に取り組むことが少ないシービーにとって、意図しない自由時間というのは魅力的に映ったようだ。

 

 

「買い上げありがとさん」

「いいよ、それじゃいこうか」

「おう」

 

 

 気分屋2人は脚を合わせて歩き出す。

 目的地は学内のどこぞの研究所まで。短い距離ではあるが、お互いせっかくの会話だと楽しむ気満載である。

 

 

 

 

 

「そういや、お前ウィングに宣戦布告したんだって?」

 

 

 道中、最近何にハマってるなどと言う他愛ない雑談を繰り広げる中だった。

 思い出したかのようにそう切り出したトレーナーに、シービーはあははと苦笑した。

 

 

「そんなのじゃないよ。アタシはただ一緒に走りたいって言っただけ」

「ほーん。……ま、お前みたいに強い奴から誘われると、挑む側はあんな感じで受け取っちまうか」

 

 

 思い耽るようにトレーナーが腕を組む。

 つい先日、あの夕日の帰り道の事を思い出していた。

 

『私、シービーと戦ってみたい』

 

 そう言って、草原色の瞳を燃やしていた自分の教え子の姿を、瞼の裏で再び幻視する。

 

 

「ウィングはどう? あれから頑張ってるかな?」

「そらもう、俺が引くぐらい頑張ってるよ。初のGⅠまであと少しだからな。追い込みをかけてるってのもあるが、お前と走るのも楽しみにしてるようだったぞ」

「……ふふっ、よかった!」

 

 

 幻視した姿を眺める隙も無く、シービーから問われれば肯定的に返すトレーナー。

 一緒に走りに誘った友人の様子も知れたようで、シービーは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

 

「にしても、お前がうちのウィングを誘うとはなぁ。なんだ、お前の御眼鏡にでも(かな)ったか?」

「というより友人として、かな。あれだけ一緒に喋ったりしてたんだし、走りたいって思うのは当然だよ」

「そうかぁ? 俺の見解だと、強そうなやつと走りたいっていう考えがうっすら見えてんだが」

「うーん。まぁ、それもあるかな♪」

 

 

 トレーナーが見解を語ると、否定もせずにシービーが応える。

 

 その足取りは非常に軽い。今にもスキップしそうに跳ねようとする彼女はどこか気分が上がっているようだ、とトレーナーは眺めながらそう思った。

 加えて、まるで遊園地にでも行く子供だな、とも感じた。

 

 そして。

 男は――アストラルウィングのトレーナーは、彼女に挑戦的な笑みを向けて、さり気なく宣戦布告をする。

 

 

「……うちの愛バは強えぇぞ?」

「知ってるよ。ウィングの頑張りは一応分かってるつもりだからね」

「ははっ、いいねぇ。手加減して足元を(すく)われんじゃなぇぞ? アイツ、ああ見えて結構頑固で執念深いからな」

「もちろん。ウィングには全力で肩を貸してって言われてるからね。アタシも、全力で()を感じに行くよ」

 

 

 水晶の眼の中に秘めた熱い風が、男の黒い眼と交わり、纏つく。

 互いに浮かべる笑みはこの先の楽しみを思い浮かべたからか、それとも目の前に難敵がいることに対しての高揚感からか。

 

 2人の足取りは変わらない。

 

 楽しそうに気分を高めつつある2人の気分屋だったが。

 

 

「そういや、昨日いい寝床見つけたんだが」

「ん、ホント? それ、アタシにも教えてよ」

 

 

 ……それはそうとて、会話はまだ続いた。

 目的地に着くまでは、2人の会話を止める者はおらず、続く話題は最近の寝床という訳の分からないものになっていくのであった。

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

「さて……ついぞ()()()が来てしまったわけだが……」

 

 

 場所と時は変わり、数日後のトレーナー室内。

 

 黒のデスクチェアに座りながら、トレーナーは一枚の紙を見ていた。

 それはもう、穴が開くんじゃないかと思うくらいには、ガン見していた。

 

 

「初戦GⅠ、相手にシービーとはなぁ……」

 

 

 それもそのはず。

 よりによって先日、担当バに一報もなく勝手に宣戦布告した相手がいるというのだから。トレーナーにとっては苦みな笑顔を浮かべるしかない。因みに確認した当初は冷や汗がにじみ出ていた。

 

 その隣では、なにやら覚悟を決めていたウィングが闘志を燃やしていた。

 が、出走表を見た途端、瞬時にトレーニングに行ってくる、と咄嗟にターフへ駆け出た。今もその熱を、燃やし続けているのだろう。

 

 それはそうとて、トレーナーはトレーナーで別の問題に頭を抱えていた。

 

 

「連続出走……GⅠまで続けて休み無しでいいってマジで言ってんのかアイツ……?」

 

 

 ウィングの悪癖ともいえる、レースの出過ぎという問題だ。

 

 現状、ウィングの出走記録は3ヶ月前から続いて()()()()である。

 GⅠのレースは2戦後。1戦は休む余地がある。と言っても、半月程度の休みだがそれもバカにならない。言うて半月、されど半月の重要な休養時間が生まれる……というのに――

 

『温まったこの脚を冷ましたくないんだ』

『……本気か? 言っとくが、お前のそれは根拠のない詭弁だ。正論を言うと、次のレースは絶対に休んだ方がいい。これは……』

『トレーナーとしての忠告、でしょ? うん分かってる。けどね……』

 

 彼女はその提案を否定し、わざわざ危険な道を進むことを決めていた。

 

 ……正直、いつ脚が故障してもおかしくない状況だ。こうしてる今もなお、外でトレーニングをしているウィングの身が心配でならないという思いが、男の心境を占めたりしている。

 特訓も、コンディションの調整も、何とかして合わせ合わせで頑張ってはいるが……それも完璧ではない。いつかはボロが出る。

 

 それでもウィングを……壊れかけの彼女を止めないのは、それが、()()()()()()()()だ。

 

『……けど、シービーに。全力で立ち向かうって決めたの。だから私の……私なりの全力で、彼女に立ち向かいたいんだ。それがどんな、理由も根拠もない自分の身を壊す方法でも――

 

 私は、自分の()()()()()()を全部成し遂げてから、友達(ライバル)と戦ってみたい』

 

 彼女の吐いたその願いに、トレーナーは面を食らったことを覚えている。

 あの、あのレースに勝ちたいだけのウィングが。勝ちたいだけの頑固者が、レースに勝つという()()だけを求める彼女が。

 

 やりたいことを()()に、大事な友人と一緒に走りたいと言ったのだから。

 

『…………そうか。お前も成長したんだな』

『?』

 

 それだけ聞けば、後は何でもよかった。

 草原色の瞳に炎を灯した彼女を……覚悟を決めた彼女を、否定する気など男には到底なかった。

 

 過程を成立させるのは、それを支える【トレーナー】の役目で。

 ――そして、結果を示すのは栄光を駆けようとする【ウマ娘】の主役だ。

 

 だからこそ、男は支えるものとして全力を果たすと決めたのだ。

 いつものように、()もお前の意思を尊重しようと決めたのだ。

 

 ――絶対に、故障などという締まらない終わり方(引退)などさせてたまるか、と。

 

 

 

 

 

「さ、て。問題はもう一つあるわけだが」

 

 

 目を瞑って、高鳴る鼓動と熱くなる思考を冷ました彼は、椅子を回転させ体をデスクへ向ける。

 そこには目にも眩しいモニターの数々。白の光で埋め尽くされたその画面の中には、一つ、こう書かれていた。

 

『異端な連続出走!? 彼女の戦績に隠されたものとは!?』

 

 慣れたように、ずらずらと並べられた文字の羅列。

 一片の余地なく、アストラルウィングという選手当てに書かれたそれは、明らかなゴシップ記事だった。

 

 

「ホンッット、暇そうにしてんなあのクソマスゴミ共」

 

 

 苦虫を潰したような表情をする男には、軽蔑と侮蔑と多少の怒りが募っている。

 こうも感情を黒く染めるこの男も珍しいものだ。知り合いや親友が見れば、珍しさ目当てに駆けつけてくるだろう。

 

 ……ともかく、これがもう一つの問題だ。

 

 彼女の体裁。いうなれば、彼女の世間の見られ方とでもいうのか。

 もちろん、こう言ったゴシップネタにされてるのはごく一部に過ぎない。彼の立てる掲示板(スレ)では、肯定的なファンが何人もいる以上そんな批判的考えを持った者はそう多くないと勝手に考えている。

 今まで通り、連続出走しようがこう言ったネタは風の噂になるだろうと思っていたが……

 

 だが、今回に限っては話が変わる。

 異端も異端、連続で7戦も走るとなると、その注目度は否が応でも上昇する。

 

 ただでさえ、初めて5戦ほど連続で出た時も一部がニュースに出回ったのだ。それが今回、異例の7戦となれば。

 そして、もしも。

 

 もしも――初のGⅠで勝利を収めたとしたら……。

 

 

「……クソ」

 

 

 その戦績を疑われかねない、と男は――ネットの渦に身をひそめるトレーナーは予想していた。

 否、もはや確信に変わりつつある。

 

 数々の経験と、数々の(面白)話を聞いてきた男はその疑念を捨てきれずにいた。

 

 

「……嫌だよなぁ。アイツも、初めて強い奴と戦った楽しい思い出の後に、クソゴミ共がまき散らす苦い思い出で上書きされるなんて」

 

 

 トレーナーが懸念しているのはそこだ。

 

 せっかくの楽しみを、楽しんだ後の余韻を、()()()()()()()()()()()()()

 趣味人として、そして彼女を支える教育者として、最悪の展開だ。そんな事、許されるはずないと内心でマグマのような感情が浮かび上がった。

 

 

「…………あ~、やだやだ」

 

 

 だが、それを防ぐ方法が無いわけではない。

 

 思いついた方法が、確実なものだと考えたトレーナーはまるで、やりたくもないことをやらなければいけないという不満を全開に、子供のように駄々を口に出す。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()だけだしなぁ……ただなぁ……目立ちたくねぇしなぁ……」

 

 

 責任は、大人であるトレーナーが負うもの。

 そういう考えを常に持っている彼は、考えた方法を実行するだろう。それが自分の愛バの体裁を、ウィングを守るためなのであれば。

 

 ……嫌々ながらではあるが、実行するはずだ。

 

 

 

 かくして、覚悟を決めた彼は一つ、眼前のPCとキーボードを操作して、ネットで注文をした。

 

 これで一つの問題は解決する……と、男は考え切らず。

 しかし、割と現実主義(リアリスト)な彼の事である。危険なことに対して、一つの解決策だけを用意するというのはあまりにも慎重性に欠けている。

 

 なので。

 

 

「保険、かけるか」

 

 

 ここで彼は、得意げに一つのウィンドウを開いた。

 

 それはいつもの掲示板。

 今日はまだ貼っていないため、本日が初の1スレ目になる。

 もはや身内スレになりつつある、無礼情け容赦のないスレの住民に向けた掲示板に。

 

 彼はただ一つ、保険として最初にこう文字を連ねたのだ。

 

 

『よう。俺、今度GⅠのインタビューに出るかもしれねぇんだが』

 

 

 こうして、男は一通りの保険を立てたわけだが。

 

 後に、知る者のみぞ知る伝説が生まれるとは、彼自身思いもしなかっただろう。

 アストラルウィングを慕うファンも、そこらかしこにいるネットの住民も巻き込んだ大事件に発展するなどとは。

 

 

 

 そして、勝負の日が迫る。

 男は満足げに、待ち遠しいレースを胸に寝床についた。

 

 彼女(ウィング)は、想い更けるようにその窓から空を眺めていた。

 

 いつかの日、失笑しながら見ていた同じ空を眺がめていた彼女ではあったが。

 ――果たして、高鳴る思いを胸に秘めた彼女が浮かべていた表情は一体どんなものになっているのか。

 ――手を伸ばした空に、どんな思いを向けていたのか。 

 

 少し、口角が上がっていた彼女の思いは、彼女しかわからない。

 

 

 

 

 

*1
意味深なボイスで



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☆ 後ろを向かず――


最初に言っておく
3日、連続投稿だ。


 

 さて、遂にその日であるレース本番が来てしまった。

 

 季節は12月の下旬を回ったあたり。

 そして場所はここ、皆々共ご存じ中山競バ場である。

 

 今回、ウィングが出走するのは『ホープフルステークス(S)』だ。

 もちろんグレードはGのⅠ。数々の強者が集まり、互いが互いを追い越し合いただ一つの1番を狙う大決戦の舞台である。

 ……なんか説明が料理番組チックになっちまったな。

 

 まあいい、それじゃ次は出走者の紹介といこう。

 つっても俺らに関係ある奴以外を省いて、紹介者は2人だけだが。

 

 まずはうちの担当こと「アストラルウィング」である。

 

 メインの走法は【逃げ】一択。

 というより、コイツはこれ以外の走り方を知らないから、必然的に先頭を走るのが前提になる。そのため、駆け引きや技術といった介入は戦力換算にしていない。

 勝負を決めるのは、持ち前の身体能力と根性といった精神力だけである。

 

 ウィングの説明は以上だ。最後にトレーナーとして一言添えると、彼女が積み重ねてきたその研鑽が、この舞台で通用することを祈るばかりだ。

 

 

 さて、そんなウィングに相対するのは、彼女の友人(ライバル)こと「ミスターシービー」だ。

 

 メイン走法は判明している現状で【差し】か【追込】の2つ。

 俺としては得意げな【追込】で勝負を挑んでくるとは思うが……まあ、ここら辺は戦術としてウィングと関係が無い。何せアイツは逃げの一手、策も何も逃げ切れたら勝ちというのがまず一の勝利条件。追われる側なのはいつもの事なのだ。

 

 そんなシービーだが――無情にも、力量的にはうちのウィングと一線を画している。

 

 はっきり言おう、圧倒的にシービーの方が上だ。

 体力、技量、どの項目も今のウィングでは勝てる気がしない。まともに勝負ができそうなのは、弱者として這い上がってきたときに身に着けてきた不屈の精神だけだろう。

 

 だが、アイツはこの無謀とも呼べる挑戦に、アイツは瞳を燃やしていた。

 それを成しているのは、交わした約束とやらか。単にアイツがただの頑固者で負けず嫌いなだけなのかは知らんが。

 

 ……はてさて、そんな強者に勝てるとすればご都合主義ならぬ限界を超えるパターンで乗り越えるか。それとも偶然によってできた状況に乗りきるか、アイツと運次第といったところだろう。

 

 

 


 

 

 

 と、いうわけで一通りの紹介終了。そして迎えたレース当日。

 

 既に選手はパドックの入場を終え、控室に身を温めている最中だ。

 因みにウィングは、相も変わらず決めポーズの一つもせずにパドックをやり過ごした。ホント色がねぇ。せっかくの大舞台何だってんだからビシッっとやってやりゃいいのに。なんだ、ペコリとお辞儀一つで済ませやがって。

 ……なんて、言っても無駄なのは分かっているが。まあ、アレもアイツらしくて良いだろう。

 

 閑話休題。

 

 さて、と。

 上記の通り、俺とウィングは控室で待機を強制されてる状況で。

 当然この後はウィングはレースへ、俺はそれを観戦に観客席に直行だ。

 

 だがその前に、俺は俺とてウィングの勝率を少しでも上げるべく、最後の戦術的告げ口や、パドックで見た選手の調子を伝えて押さえておくウマ娘の警戒度の変更などを口頭で行おうとしていた。

 

 

「…………」

 

 

 ……んだんだが。

 

 

「……おい、なんか反応ぐらいしろよ」

 

 

 若干落ちたトーンで俺はウィングにそう言った。

 

 俺がそう言ったのは彼女の反応が乏しかったからに他ならない。何せ目の前でパイプ椅子に座るウィングは……真顔だ。

 それも驚いたように、表情を変えることもない。目を見開いて、今待機室の扉を開けて入ってきた正面の俺と()()()()()()視線を交わしている。

 

 ……そんでもって俺の姿を見るわけだが。

 

 

「……っぷ」

 

 

 随分とまあ、可愛らしい吹き声が聞こえたものだ。

 ははは……はぁ……。まあ、それも何も()()()()見りゃ、吹き出したくのも当然だろうがよ。

 

 

 待機室の入り口でボッ立ちする男。

 前日辺りにネットで注文した『灰色の激長ウィッグ』を被って。

 長い髪は目と顔をできるだけ見せないようにだらっと垂らし。

 いつものパーカーではなく整えたスーツ姿で現れたのは、()()()()()()()()()

 

 

 分かりやすく言うと……あれだ。さながら、日本ホラーの貞子って奴に、灰色髪と黒のスーツを着せた様な姿恰好をしたような感じである。……はは、なんだこれ泣けてくる。これが俺か……?

 

 んでだ。

 普段の恰好を見慣れたウィングが、こんな奇天烈な恰好をした俺を見てどんな反応をするかなんだが。

 まあもちろん最初は困惑したろうよ。クッソ真顔だったし。

 

 ただまあ、それを過ぎた後だよな。うん。

 

 思考停止から生まれる、普段見慣れない面白おかしいもの見た反応といったら……ねぇ?

 

 

「あ、ははっ!!! 何それトレーナー! 髪、なっがいし! 肌、色白だしっ! 目も隠れて見えないしっ! いやもう、それ……あはははっ!!!」

 

「容赦ねぇなテメェはホントに……」

 

 

 もう、あれだ。珍しく大爆笑だ。

 お腹を抱えて、涙を浮かべて俺の姿を見た途端に笑い続けるウィング。その様子はまさに抱腹絶倒と見てわかる。

 うっかり担当をテメェ呼びしてしまったことは許してほしい。なぁ、許してくれよたづなさん。せめて今だけは。ジト目で暴言を吐くくらいはいいだろ。

 

 

「も、もしかして私のインタビューに出る格好ってソレで!? ホントに言ってる!?そんな貞子みたいな恰好で……!? くっ、あはは!!!だめだ、お腹痛いお腹痛い!!!」

 

 

 どうやら見知らぬツボに入ったらしい。

 ……このまま腹筋でも吊って、レースに支障が出ないくらいには苦しんでくれねぇだろうか、このクソ愛バめが。

 

 

 

 死んだ目をしてボッ立ちをする時間が続く。

 そして3分ほど経った頃だろうか。

 

 

「ひ~っ、あぅ、ゲホッゲホッ!! あー笑った。レース前だって言うのにすごい笑っちゃった」

 

 

 落ち着いたのか、お腹を押さえたままではあるがウィングの笑い声がようやく止まった。

 

 

「へいへい、良い笑いでござんしたね。俺は珍しくお前の大爆笑が見れて満足だよクソが」

「いや、そんな恰好でいきなり出られたら、思わずびっくりするし……っく、笑っちゃうのも無理ないでしょっ?」

 

 

 はいはいそうですか、と軽く半笑いのウィングの問いを受け流す。

 

 因みに俺の目は死んだまんまだ。口の端も引きつっているのが分かる。

 ……当然だ。成り行きと責任感でなった格好とはいえ、全くもって納得はしていないのだから。

 

 

「それで? どうしてそんな、奇天烈な恰好で来たのっ? この前の……出走記念で受けたインタビューは普通の恰好だったでしょ?」

「そりゃ、アレは映像と写真は無しのインタビューだったからな。恰好なんざにする必要は無かったんだよ。ただ、今回はそうとも限らなくてな……」

 

 

 今の所、取材やら記事載せやらの案件は来ていない。

 来てないが……もしも、万が一の場合だ。そういう依頼が来た場合、俺はウィングのトレーナーとして世間に姿を披露する必要がある。

 そうしなければいけない理由も、動機も前日に思いつめた考えに沿っている。

 

 ……端的に言うと、ウィングの連続出走(無茶)やそれに付属する不信的(イカサマ関連)な思惑を追及しようとする輩を、俺が身を挺して庇おうって魂胆なのだが。

 

 まあ、そんなこんなで、俺は重い腰を上げていざとなった時、アイツを守る壁にでもなってやるかと思ったわけだ。

 

 ――付け加えると、俺の体裁も同時に死守したうえで、だ。

 

 

「……え、もしかしてまだ世間に顔出したくないとか思ってるの? この大舞台で!?」

 

 

 普段から、俺のインタビュー出たがりたくない駄々を見てきたウィングは、指を顎に当てて一考したと思ったら俺の意図を瞬で察する。

 流石、伊達に1年ちょっと俺と過ごしてねぇな。

 

 

「あったりまえだろ。俺にだって気にする体裁ってのはあんだっての」

「だとしても、普通こういう時は出すでしょ!? GⅠだよ!?私の・初の・大舞台だよ!?」

「HAHAHA、悪りぃな。……俺はこれでも命が惜しいんだ」

「指名手配でもされてるのかなぁ!?」

 

 

 口に手を当てて有り得ない、と怒声を上げる目の前の少女。

 

 吐き出される返しはごもっともな正論だ。こちらとしては反論の余地はない。別にする気も無いが。

 その後も次々と向けられるど正論を身に受ける俺。

 一方的に殴られる言葉の正論に身を預けている最中、ふとウィングが発した言葉に思わず反射的に言葉が出てしまった。

 

 

「ていうか、変装するにしても限度があるでしょ。そんな貞子めいた格好なんかじゃなくて、せめて分かり難くメイクだけとかさ?」

「バッカお前、最近のネットの身元特定技術の精度を知らねぇのか? あそこに住んでるロクデナシ共、顔立ちやらなんやら死ぬほど細かい特徴だけで住所当てれる狂人ばかりなんだぞ? そんな奴ら相手にするってなんなら、もうガチ変装しかねぇだろ」

「…………あ、そう」

 

 

 つい早口で述べた弁明に、ウィングが圧に押されたか一言で押し黙る。

 その反動で、マジかコイツ……視線を向けられてしまうが、コイツと俺にとっては日常茶飯事なやり取りだ。こんなモノ、すでに両手の指が20倍になろうとも足りないくらい向けられてきたわ。

 

 そうして数秒、静寂が流れる。

 

 俺は俺で、扉の前に立つのはなんだかと思ったんで部屋に入ってそこに置いてあるパイプ椅子に座った。

 んで、さっき訝しげな視線を向けてきたウィングはといえば。

 

 

「…………」

 

 

 なんか、もじもじしてた。

 尻尾をフリフリして、ウマ耳をへたらせたり動かしたりしながら、両手の人差し指をつついたりで何処かもどかしい。

 

 そして、もう数秒経ってから。

 ようやく意を決したのか、何か言葉を出そうと口を開いた。

 

 

「でも、私はちゃんと一緒にトレーナーと映りたかったかな~」

 

 

 台詞を聞いた瞬間、俺は氷の矢で射抜かれた感覚を覚えた。

 

 その言葉には、流石に弱る。

 そんな寂しそうに……いや、からかっているのか? いや、どちらにしろそんな心残りのように言われると、俺の信条と矜持をひっ叩かれるみたいできつい。

 

 

「いや、何つーか、あれだ。……すまんな」

 

 

 申し訳ないと、割と本音で謝罪をする。

 俺のくだらない意地に付き合わせてしまった事と、せっかくの大舞台にウィングの不満を買ってしまった事に対する謝罪だった。

 

 

「……ふふ、いいよ。どうせトレーナーにとってもやりたいことだったんでしょ?」

 

 

 だが、ウィングはそれをよしと優しい笑みを返してくる。

 珍しく向けられるそれに、俺は少々目を開いて驚いた。

 

 

「だったらお相子。私もここまで、トレーナーにやりたいことを無理言って通してきたんだし。そんな恰好をしたのも多分、私の事を何か考えての事だっていうのは分かってるから」

 

 

 ……どうやら、俺の意図は若干見通しているらしい。

 

 

「でも、文句が無いわけじゃないんだからね? ていうか、トレーナーに言いたい事なんて両手の指が足りないくらいあるんだから。今まで溜まってきた私の鬱憤はそう少なくないんだよ?」

「ぐっ……」

 

 

 不満げなジト目を向けられ、思わず身を引く。

 そう言われるとなんも言えない。こればかりは俺の普段の行いの結果だ。というか奇行と悪行のせいだ。

 だがしかし、俺もこればかりは譲れない。趣味時間をなんやこうや言われて、ただ黙っていられるかと言われれば別の話だった。

 

 ので、弁明をしようと口を開こうとしたのだ、が。

 

 先に、失笑ともいえない笑みを浮かべたウィングが言葉を発したことで、止まる。

 

 

「ま、今日はその鬱憤をレースで晴らしてくるからいいんだけどね。せっかくの舞台なんだし、ここで溜まってたものを吐き出すのもいい機会でしょ?」

 

 

 ウィングが発したその台詞に、俺は思わず面を食らう。

 

 あのウィングが、ただ勝ちたがるだけの頑固者が。

 勝つことを目的だけにせず、別の事を目的に加えて、レースに臨もうと言ったのだ。

 

 今まで1年とちょっと。つい最近までそんなそぶりを見せることもなかったウィングを見て、有り得ないと思った俺は思わず疑問を口にしてしまった。

 

 

「……どうしたんだおい。明日、蹄鉄でも降ってくるんじゃねぇのか」

「トレーナーがなんか失礼なことを考えてるのは分かったよ。そんなに変かな、私が言った事?」

「いやお前……マジでどうしたんだよ。変なモノでも食ったか? それも体調が悪いとかか? 思う所があったらなんか一言くらい言えよ?」

「そんな天変地異が起こったかのような顔で言う!? トレーナーって私にどんなイメージ沸いてるのさ!?」

 

 

 そりゃお前、勝ちたがりの努力家で頑固者で、聞き分けの無いレースバカとしか。

 

 などと反射的に口を開こうと思ったが、すんでの所で止めることに収まる。ピキッてるウィングを見て、なんか余分な反感でも買いそうだと思ったのだ。

 ついでに、言ってウィングのコンディションを悪くするのもあれだ。この間1秒にも満たない時間、思考をまとめた俺は出そうとした言葉を飲み込むことに成功した。

 

 その代わり、話題をずらす為に俺は別の台詞を口に出した。

 

 

「……そんな事よりウィングよ、その勝負服いいじゃねぇか。似合ってるぞ」

「無理に話をずらさないでよって……いやもういいんだけど……。ああうん、着心地はいい感じかな。デザインも私好みだし、結構気に入ったよ」

「そうか。そりゃよかった」

 

 

 俺の台詞を聞いて肩を落とすウィングだったが、諦めたように追及をやめる。

 そして、腰を掛けていたパイプ椅子から立ち上がって、着用している衣装をひらひらと体ごと回す。

 

 勝負服。

 それはウマ娘がGⅠに出走となって着用することが許される、文字通り戦いに向けた勝負の為に着る服だ。

 例に漏れず、ウィングもその恩恵を受けている。

 

 

 全体的に芝の明るい緑色をベースに、所々に白と暗い緑を混ぜ込んだ色合いと。デザイン的には中間色と言われる構成になっている。

 布地は、ウィングの要望で動きやすいよう少なめに。主に腹部周りと利き脚である右足は布地を省いてほしいとのことだった。

 

 結果、出来上がったのが目の前でくるくる回る軽めの衣装。

 腹部と袖だけを切り落としたのワンピースの衣装をメインとして、長いスカート部分は膝の辺りまで短く――そして、邪魔にならない様スカートの前面部分を大胆に切り取った衣装に仕上がった。

 見るところは多くあるが……目立つポイントは、やはりスカートの部分だろう。

 前面だけを切り取ったため、足を出しやすくなるのはもちろんの事、ウィングが走ればその残した後ろ部分が、マントのようになびくのだ。

 

 しかも、布地を半分に両断したからか、まるで空を羽ばたかんとする翼のように広がるソレは。

 レースの時だけまたたく、その両翼は――

 

 ――まさに、アストラルウィング(星のような翼)。その名前にふさわしいと思えた。

 

 

「お前のデザインセンスが天才的だったな。俺じゃこれは思い浮かばん」

「だろうね。ていうか、普段からパーカー生活のトレーナーにそんな期待してないから」

「ひでえ」

 

 

 じっくりと正面の少女の衣装を見まわしながら、俺は腕を組んで頷く。

 軽やかに衣装を着こなすウィングは、苦笑気味に笑った。それに対し俺も苦笑した。

 

 そう、今回勝負服のデザインを考えたのは他でもないウィング自身だった。

 始めはビビったものだ。俺が白紙の内容書をウィングに持ってくと、何を思ったのか「私が考えていい?」などと言いだしたのだから。まあ、結論を言うと了承したわけだが。

 

 んで、そこからは議論の連続だった。

 話し合い、デザイン決め――は俺が役に立たなかった為、仕方なくスレの民の力を借り、専門の人も呼んだりもした。

 

 

「どう? 似合ってるかな?」

「さっき言ったろ。似合い過ぎて笑っちまうレベルだっての」

「ふふ、ありがと」

 

 

 ダンスのようにくるりと一回転して、見せつけるウィングに俺は正直に感想を返した。

 

【挿絵表示】

 

 若干頬を上気させて微笑むその姿に、数秒ほど目を奪われる。

 ……が。

 

 

「トレーナーも似合ってるよ? その、っく、貞子姿っ」

「……そうかよ、そりゃどうも。なんならこの格好で今度仮装大会にでも出てやろうか、期待以上の結果が出るだろうぜ?」

「ぷっ、あはは!」

 

 

 思わぬ形で俺の恰好をからかわれたことで、魅了していた視線が冷めた。

 

 部屋の中で我慢の限界が迎えたらしく、ウィングの笑い声が響く。

 ……コイツ、今がからかうチャンスだからって面白がってんな?

 

 

 

 レース前で気分が上がっているのか、それとも単にこの格好がツボに入り過ぎたのか。

 それも分からず、ウィングの可愛らしい笑い声が耳を通る。

 

 レース本番まではあと数分。

 

 緊張とも言えない空気の中、俺とウィングはその時を待っていた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 時間は止まってなどくれず、遂に始まるウィングの大舞台。

 

 灰色のコンクリートで囲まれた通り道を、2人で歩く。

 俺が同行できるのは道中までだ。ここを抜ければ、ウィングが一人で戦うターフへと出るだろう。

 

 カツカツと響く2人分の足音は、誰もいないレールを独占しているようだった。

 しかし、舞い上がることなく心が冷える。隣で歩くウィングも同じだろう。

 2人して道中、一言もしゃべることは無い。

 

 精神統一というべきか、さっきまで緩んでいた空気が一変し、集中している彼女の姿が大きく映った。

 

 ――本当に、大きく映った。

 確かな自信はないだろう。負けるかもしれない恐怖に少しはおびえているだろう。それは彼女が、強者との対決で得た捨てても捨てきれない経験だから。

 足がすくむ、心が冷える、身を引きかける。そんな姿が横眼に映る。

 

 だが、それは。かつて見せていた、しおらしい姿などでは断じてない。

 

 それは、全力を賭して、この勝負に挑もうとする戦う少女の表情だった。

 

 後ろを向きたくなるような恐怖を。

 そんな恐怖を正しく受け止め、それでも前を向かんとする少女の、勇敢な表情だった。

 

 

 

 ……思えば、よくもまあここまで来たものだ。

 らしくなく、そんな感傷が頭をよぎる。

 

 ただの凡人だった。

 ただの、努力したがりな少女。自信など、実力も、才能も縁遠い彼女がこんな大舞台にまで上るなど、過去の俺では頭の隅で思う程度の未来だったろうに。

 彼女もまた、違う才能を持ち合わせたからこそ、この高見まで上ってこれたのか。

 

 などと考えたが、俺は否定するよう内心で首を横に振る。

 

 違う。

 

 ここまで来たのは、来れたのは――

 

 彼女が、アストラルウィングが『頑固者』だったからだ。

 

 諦めようとも、諦めたくないと心が否定する性格が。

 努力が足りないと、その許容を超えた努力を無理にでもしようとする精神力が。

 

 ここまで、ウィングを至らしめたのだと、俺はそう確信した。

 

 だとすれば、これは。

 ここまでたどり着けたウィングの軌跡を『奇跡』や『偶然』と片付けるには程遠い。

 

 そしてもしも……もしもこの一戦を勝つことができたなら。

 それは、アストラルウィングが起こし得る。

 

 ――起こるべき奇跡だったに違いない。

 

 

「ねえ、トレーナー」

 

 

 ゲートを抜けるまであと数メートル。

 前を向いていたウィングから言葉が向けられた。

 

 

「私、このレースにさ。勝てるかな」

 

 

 最後の不安だったのだろう。

 身を震わせて、拳を握る彼女は震えた声で俺にそう問いかける。

 カツカツと足を止めることなく、2人してその静寂を抜けながら、俺はその間考えていた回答をウィングへと向けた。

 

 

「……正直に言うと、9割は負けるだろうな。比喩でも何でもなく、俺がたたき出した最低限の数値がこの割合だ。

 初のGⅠ、驚異的な選手たち、そしてお前のライバルのミスターシービーの存在。

 その全てを加味した結果、俺が見て取れる予想の勝率は1割に満たねぇ」

「…………っ!」

 

 

 正直にそう告げると、ウィングの震えが少しだけ増す。

 今、彼女を襲っているのは未知数の恐怖だろう。

 敗北と、敗走の恐怖。強者との闘いに怯える震えを、その脚に宿そうとする、が。

 

 だが、それを受け止めると、今度はふっと苦笑する。

 

 

「……もうっ、そういう時は勝つっていうのが普通でしょ。

 戦う前にそんなことを言って、私がやる気を無くしたらどうするの?」

 

 

 苦笑と共に、その震えは抑えられていた。

 受け止めたのだろう。その恐怖を、どんな結果になろうとも受け止めようとする。そんな覚悟が燃えるように、俺と視線を交わした彼女の草原色の眼に写っていた。

 

 

「……はは、悪い。これでも現実主義(リアリスト)なもんでな。正直に言わざるを得なかったんだよ」

「ふふ、知ってる。だってトレーナーだもん」

「お、よく分かってるじゃねぇか」

「まあね。これでも、伊達に長く接してないんだよ? 私もね」

 

 

 柔らかく、からかうように会話を繋ぐ。

 脚は止まらず、出口へと向かいつつも、張り詰めた空気を解こうとなんてことない会話が優しい色で染める。

 

 

 

 そうして、遂にたどり着いた。

 

 すぐ前を向けば、歓声が聞こえる舞台上の光。

 後は、ウィングがその一歩を踏み出すだけだ。それだけで、彼女の勝負が始まるだろう。

 

 隣を見れば、眼を閉じて集中しているウィングの姿。

 思う所でもあるのか、胸に手を当て、深呼吸をしている様は、彼女の緊張具合を示しているのが分かる。

 

 そして、眼を開けて。

 その一歩を踏み出そうとするとき。

 

 俺は思わず、口を開いてしまった。

 

 

「確かに、お前は負けるかもしれないけどな」

 

 

 意図せず出してしまった声に、ウィングはその脚を止め俺に振り返る。

 俺も俺で、どうしてこんな時に言葉を発してしまったのか分からなかった。

 

 ……だが、思い残すことはあったことは、どこか分かっていた。

 思い出されるのは先の会話。

 負けるなどと正直に宣った俺の分析結果だ。

 

 俺らしく、現実主義らしい俺のあんな台詞が、コイツの激励であっていいのか。

 

 いや、良い訳が無かったんだろう。

 だから俺は呼び止めてしまったんだ。

 

 

「……けどな。俺が出した下らねぇ可能性と」

 

 

 なら、言葉を出そう。

 改めて、現実主義の俺ではなく。

 

 

「お前を信じようとする、俺の心は別の話だ」

 

 

 せめて、アストラルウィングのトレーナーとして。

 そして、コイツと肩を並べるただの友人として。

 これまでの努力を、重ねてきた頑張りを見てきた生まれた、俺の感情そのものを。

 

 ――せめて、いつものように笑いながら。

 

 

「勝ってこいッ!! 俺は、お前の勝利を信じてる!!」

 

 

 突き出した右拳と共に、全てを乗せてウィングの前へと差し出した。

 

 それを見たウィングはきょとんと、呆け面をしたと思えば、何度目か分からない苦笑を浮かべた。

 俺らしくないとでも思ったのか、呼び止められた理由が、そんな激励だったことに呆れたのかは分からない。だが、その笑みに間違いなく失笑めいたものは無かった。

 

 だから、だろうか。

 

 彼女は、俺の差し出した拳に自分の左拳をぶつけてきた。

 それはきっと、俺の激励を受け取った証とでもいうのか。

 まるで約束を交わす様に俺とウィングの拳が交差する。

 

 

 そして、ウィングは再び前を向く。

 後ろは向かなかった。

 薄暗闇から続いた、その先の輝きに目を逸らさず。

 

 彼女は一歩を踏みしめてから、大きな声で言ったのだ。

 

 

「いってくる!」

 

 

 踏みしめた一歩に、迷いはなかった。

 真っすぐ見据えた先に浮かぶ、その光景を前に。

 

 アストラルウィングは、いつの日からか閉じたままのゲートを開いたのだ。

 

 

 

 





 遂に始まります。
 あと、ウィングの勝負服はこれです
 
【挿絵表示】

 
 制作に30時間かかりました、誰か褒めて(瀕死)


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満足気に、上を見ず

 

 歓声が響く。

 

 鼓膜が揺れるそうなほど、耳が割れそうなほど鳴り響く震源に立っている俺は、しかしその音に耳を通している。

 観戦する客が声を上げるなど当然のこと。そしてその席の一番前に、埒の際に立っているというならなおさら。

 

 そして、その中に俺の愛バの応援があるというのなら。

 トレーナーとして、アイツの友人として。耳を塞ぐことは許されない。

 例え、本当に鼓膜を破ろうとも俺は、この歓声を一片たりとも聞き逃しはしないだろう。

 

 

 

 歓声が増す。

 

 遂にゲートの前へと立つ少女たちの姿が見える。

 遠目から見える、2人のウマ娘。

 シービーとウィングは、なにやら一言二言ほど語り合っているようだった。

 

 すれ違うほどのほんの数瞬の出来事だったため、多くは語らなかっただろう。

 しかし、ウィングから話しかけたその一言は、シービーをきょとんとさせた。

 何かと思って、俺は双眼鏡を片手に様子を見ようとするが、口の動きまではよく見えなかった。

 

 だが、急に笑い出すシービーを見たことで、問題はなさそうだと確信して。

 ――次には、雰囲気を猛るモノに変えたシービーが現れたことで、今度はウィングの顔が強張る。

 

 勝負の宣言だろうか、それともシービーを奮い立たせる何かの一言でも発したのかは分からないが、とにかく彼女の闘争心を燃やしたのは間違いない。

 

 対するウィングは、負けじと踏みとどまっていた。

 逃げ出したくなるようなプレッシャーに怯えながら、怖がりながらも、この勝負だけは逃げだすわけには行けないと、その脚を前に出す。

 

 そして一言、すれ違い様にゲートに入っていくウィングは何かをシービーに伝えていた。

 

 数秒の間。

 そして、それを聞いたシービーは、楽しそうに、獰猛的な笑みを浮かべた。

 

 ……何を聞いて、何を思って、アイツらがライバルと呼ばれる関係になったかは、俺とて定かではない。

 知っている限りでは、偶然俺の店中で会ってから、そこから関係を築いたということだけ。

 学園内で、それこそあの2人のプライベート内で何が起こったかなど、俺が知る由もない。

 

 だが。

 

 アイツらが、真剣に互いを想って、勝負を挑もうという気迫は伝わってきた。

 

 なら、それだけで十分だろう。

 ……アイツに初めてのライバルが出来たという事実さえあれば、それでいい。

 

 競う相手がいるのなら、アイツらはどんな結果だろうと――

 互いを認め合い、その意思をきっと受け止められるはずだ。

 

 

 

 ゲートに各ウマ娘達が入っていく。

 勝負の瞬間。歓声が鳴りやみ、来るべきその瞬間を待ちわびる。

 

 横一列に並んだウマ娘達は、この一瞬だけは平等だ。その誰も彼もが、互いを追い越し合う実力を持っているのだと、驕りもなく自分達の胸にそう響かせている。

 

 そして。

 

 そして。

 

 

「…………っ!」

 

 

 言葉は無く、ただ風がなびく音が降りしきる中。

 

 ゲートが開く。

 

 

 

 

『各ウマ娘、揃ってスタートを切りました!』

 

 

 まず、開幕速攻全力でエンジンを回して駆けだしたのは3人。

 予測した通り【逃げ】の戦法を取るウマ娘が、矢のように前に出た。そこには、もちろんウィングの姿もあった。

 

 出遅れはない。後続がもたついている様子もないが、しかしコンマ数秒という遅れは生じた。

 その隙を逃さんと、各ウマ娘が良いポジションを取り切ろうという中、先頭3人はただ前を駆けぬく。

 

 考える力を使わない、ただ誰もいない光景を独占する走法。

 それが【逃げ】

 ウィングがかつて、他者を下に見ていられるからと言ったその走り方は、今の彼女にはどう見えているのだろうか。

 

 ……考える間もなく、レースは続く。

 

 思考を閉じ、再びまみえた光景はまさに停滞だった。

 既に、ポジションは決まり切ったようで、各々がそこからの脱却を狙おうと必死に脚を、そして頭を回している。

 この2000mという距離を、駆け抜けようと必死なのだ。

 

 後方を確認。

 ライバルであるシービーは、俺の予想通り【追込】の形で攻めていく寸法の様だ。

 順位は現状14番手。しかし、後半からの追い上げに警戒しなければいけない以上、あてにはならない。どの道、当たらなければいけない壁として立ちはだかるだろう。

 

 一通りの現状観察を終える。

 歓声の勢いが増していく中、担当の姿はどこだと、先頭に視界を移動させる。

 小さいレンズ越しに見渡す怒涛の光景の中。

 

 そこにウィングの姿は――なかった。

 

 

 

 恐らく、序盤の先頭争いに出遅れたのだろう。

 そんな思考に至るまでには、さして時間はかからなかった。

 

 順位的には2と4のほぼ間だろうか。

 3すくみの中、1バ身程話したその距離はウィングにとってはとても長い距離に見えているかもしれない。

 

 

「…………クソッ」

 

 

 双眼鏡の先で見えた、全力で脚を踏み仕切るウィングのその表情は悲痛に見える。

 そして、俺も俺とてしくじったかと唇を噛み、顔を歪めた。

 

 別に、先に先頭を取ることが、勝利の絶対条件というわけではない。ウィングの走り方の都合上、この先の巻き返しの可能性も大いにあり得る。

 だが、それでも、少しでも有利を取れるだろう条件を勝ち取れなかったことは、あまりにも痛い。

 この結果は物理的にもだが、精神的にも大きいダメージになり得るのだから。

 

 先頭を駆けるという走法は逆に言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を容赦なく走者に叩きつけるものだ。

 そして、精神のブレは、思ったよりも勝負の刹那に大きく作用する。

 

 足が緩み、無駄な気の張りを感じさせ、やがては大きなミスを招くのだ。

 

 

『おおっと!? ルベーユライトが失速! 開幕に集団から抜け出せなかったことが影響かぁ!?』

 

 

 絶叫に近い実況と歓声が入り混じる。

 

 その原因はターフ内で起こる追い越し合いにあった。

 最序盤、先頭争いに参加しようとした【逃げ】の3人の1人。そのウマ娘がポジションミスにより囲まれ、逃げきれず、大幅に失速を許してしまったのだ。

 【先行】するウマ娘が次々と追い越していくのが遠目で見える。立ち位置も悪く、急な失速によってスタミナの貯めも遅れている。あれでは、巻き返しも到底厳しいだろう。

 

 

 残り1000mを、切る

 

 

 後続が迫る中、ウィングが負けじと何とか食らいつく。

 先の失速したウマ娘とほぼ同じ状況下にある中で、ウィングはその場を何とかしのぐことに成功していた。

 それを成しているのは、アイツが持つ精神力が影響しているのだろう。……伊達に、俺はアイツを『頑固者』などと呼んではいない。

 

 毎日がオーバーワークの日々、限界だと崩れ落ちてもなお、勝ちたいという想いだけで立ち上がってきたアイツの強さは、特等席で見続けてきた。

 

 

 ――だから、ここからだ。

 

 

 ここからが、ウィングの正念場。

 未熟なりに培ってきた力量と、最後まで諦めない精神力。

 刹那の一瞬も気を抜くことすら許されない、そんな切迫し続ける状況にどれだけ耐えれるかが、アストラルウィングの勝敗を分けるだろう。

 

 そして。

 アストラルウィングは、その領域へと、一歩を踏み出した。

 

 

『なんと!? アストラルウィングが加速した! 残りは800m、あまりに早い末脚だ!果たしてゴールまで体力が持つのかぁ!?』

 

 

 驚愕の声、動揺の声が辺りに響く。

 

 ウィングの急激な加速。それを見た観客と実況陣のモノだった。

 

 

 

 俺がウィングに教えてきたことは、主に2つだ。

 

 1つ。

 単純ながら当たり前だが、走りにおける正しい体の動かし方。

 特段ソレを応用したモノなどではなく、運動における基礎中の基礎ともいえる内容に過ぎない。

 

 ――だが、単純とはいえウィングにとっては重大なファクターだ。

 

 何せ戦術と呼べる行動が一切取れない以上、その分割かれるリソースは「前に出る」という一択に縛られる。

 ならば、余計な思考は閉じるべきだと、俺は判断した。

 

 通常、相手が使ってくるだろう、レースにおいて必要とされる基本戦法を教えることなく除外。

 その分の練習期間を全て肉体強化に当てることによって、凡人ながらGⅠという大舞台に通用するまでに鍛え上げる事にしたのだ。

 

 加えて、これには故障率の低下を施す作用もある。

 

 ……ただでさえオーバーワークを意図して行い続けるウィングなのだ。

 ()()()()()()()()()が、多少頑丈とはいえ凡人の脚にヒビを入れない、と。そんな甘い考えを俺は持ち合わせていない。

 

 だからこそ、俺は戦術という手段を捨てて、肉体の補強に勤め続けた。

 

 

『予想外の加速に先頭は面を食らっている! 1番枠ヴィジランテが後方を確認した末に負けじと脚を前に出す! ただペースを乱されているのか、その踏み込みには迷いが見えるぞ!?』

 

 

 そして2つ目。

 それは、加速のタイミングだ。

 

 現状、見ての通りウィングは有り得ないタイミングでの加速を開始している。

 それも序盤に先頭を譲ってしまったことによる、その場しのぎの加速ではない。

 ――最高速力、スタミナをフルに使っての全力の末脚を見せつけていた。

 

 ……もう分かってると思うが。

 ウィングの持ち味は、諦めない精神力。つまりは『根性』と呼ばれるものだ。

 

 ゴールに手が届くまで脚を運ばせ続ける強靭な意思()()は、他の追随を許さない程卓越していると断言できる。

 だから。

 

 俺は、それが続くだろう限界距離を把握し、その距離に達したタイミングで加速を始めることをウィングに伝えた。

 根幹距離である800m。

 それが現状、ウィングがゴールまで持たせることができる気力の限界距離。

 

 万が一、途中で気力が尽きれば……

 それがたとえ、残り30mというわずかな距離だろうが、スタミナの限界を超えた反動として大幅に失速。抗うすべもなく、流れるように敗北を喫するだろう。

 

 それほどまでに危険な賭け。

 

 まさに刹那の一瞬も気を抜くことすら許されない、そんな状況にウィングは立っている。

 

 だが。

 

 

『視界に捉えたアストラルウィングがヴィジランテを追い越す! そして……おおっと!?

 その先、先頭に立つ3番枠のヤエノアカリを標的として捉えたか!? アストラルウィングの加速が止まらない! 無限の動力でも持っているのでしょうか!?』

 

 

 それを成すだけの成果があった。

 

 1バ身を離した距離を瞬時に詰め切り、その先にいる先頭を追い越さんとするウィングの姿。

 迫る脅威に、先頭の娘は焦る様子を見せている。後方を確認したとたん、追い抜かれてたまるかとリミッターを外す。

 

 再熱する先頭争い。

 意地と、意地の比べ合い。

 誰一人として譲らない思惑の中、先頭の娘の表情が歪むのが見えた。

 

 ただ、恐らく少女にとっては予定外の加速だったのだろう。

 

 ほんの少し、数瞬の間に見せた迷いが。

 

 前に出す脚を遅れさせた。

 

 その偶然が、遂に。

 

 

『そして今……追い、抜いたぁ! アストラルウィング、先頭を追い抜きそのまま独走! しかも、追い抜いてなおも加速が、()()()()()!? 彼女の比翼は一体どこまで続くんだぁ!?』

 

 

 ウィングは、その意志の強さを示し先頭に立つことを許された。

 

 ワッと、割れんばかりの歓声が鼓膜を響かせる。

 どこもかしこも声を荒げる人の波。体を揺らし、針のように刺すそれは、痛みを感じながらも不快感は無かった。

 むしろ、心地良い程に充足感を得る。育てた娘が、このように人々を魅了しているというのだから、悪い気分になるわけがなかった。

 

 ただし、それもつかの間の感情だった。

 

 残り500mを切る。

 それが、その事実が俺の心臓に冷や水を垂らす。

 

 そう。

 ここからは、ウィングが。

 

 ――先頭に立つ者が、その地位を剥奪される番なのだから。

 

 

 

 最初に動きを見せたのは【先行】していた集団だ。

 

 逃げウマ達の様子を見て、後半に追い込みを掛けるのが最善と判断したのだろう。ウィングが動きを見せた直後ではなく、先頭を追い抜いたすぐ後に4番手の娘が速力を上げた。

 それを見た後続が同時、発破をかけたように他の娘もギアを上げ始める。

 

 既に、逃げウマとして争っていた3人の内2人の娘はいない。

 1人は失速をきっかけに、そしてもう1人はウィングに追い越され、ギアを上げ始めた後続の集団に飲み込まれつつあった。

 

 

 続いて【差し】を狙う数名。

 

 彼女たちは先行が動くにつれ、刹那の隙も逃さない観察眼で差し込むタイミングを見計らっている。

 一種の油断もできない状況は、前を走る娘達にとっては蛇に睨まれる感覚に近いだろう。

 それとも、脚をすくう死神でも迫ってきている気分なのか。

 

 

 そして【追込】をかけようとする最後方。

 

 前半に貯めたスタミナと末脚は、その脅威を見せつけようとしている。

 最終直線までもう少し。

 残り300mに迫ったその時、彼女たちの本領は大いに発揮されるだろう。

 

 ――そして、その中にはウィングの友人(ライバル)が立っている。

 

 耳かぶさった小さい帽子、脚の襟とベルトのような布地。

 長い後髪を大胆に揺らして脚を溜めるミスターシービーには、恐ろしい程の余裕が見える。

 双眼鏡のレンズからわずかにちらつく彼女の瞳には、熱が灯っているのが分かった。少し遠くから見えたその表情には、獰猛的な笑みが浮かんでいた。

 

 

 総じて、怪物どもの巣靴がウィングというただ一人に対して牙を剥く。

 

 

 逃げるウィング、それを追う他全て。

 

 先頭を駆ける者と、それを許さないとする者。

 

 互いに対極。彼女たちの交わした勝負(約束)が。

 

 

『中山の直線は短いぞ! うしろの娘たちは間に合うか!』

 

 

 今、始まった。

 

 

 

 

「…………っ!」

 

 

 遂に300mを切った。

 舞台は最終直線に突入。

 それぞれが全力を振り絞った末脚を見せつけるこの数秒が、惜しみもなく経過してゆく。

 

 加速する過激な展開。次々と順位が変動していく中、ウィングはなんとか先頭を押さえていた。

 

 約2バ身というわずかな距離を縮めてたまるかと気力を振り絞る。

 計算上、ウィングに残されたスタミナは限界値に近いはずだ。それが尽きた瞬間、彼女は己の精神力を削りながら走ることになるだろう。

 

 ――何度も繰り返してきた走り方を見て、思わず俺は下唇を噛んだ。

 

 精神力が勝負を決めるという不安定要素がある以上、彼女の勝利は絶対ではない。

 そもそも、常勝には程遠い凡人ではあるものの、先頭を取っている安心感すら得られないというのは、割と心臓に悪いモノだ。

 

 ……それでも、前を見る。

 

 この心臓が割れようが構わない。

 意思を投じて、一世一代の勝負に挑んでいる彼女から目を逸らすなど、それこそ無礼の極みだ。

 

 そして、俺はアイツのトレーナーだ。

 

 彼女を支える者として、彼女が起こすだろう結末から目を離すわけにはいかない。

 

 

『さあ、最後の追い込みだ! 先頭アストラルウィングを全てのウマ娘がその背中を狙っている! 4番手ハレルヤミライが脚を伸ばす! しかしそれを許さない! 後方8番メーティオンが差し込んでいく! その隙に狙いを外れたアストラルウィングが前を進む、が……おっと!? ()()()()()()()! アストラルウィング、流石にスタミナが切れてきたか!?』

 

 

 来る、最後の追い込み。

 各ウマ娘が、培ってきた全てを賭けて1番を狙うこの一瞬に目が離せない。

 

 息継ぎすらできないだろう実況に、会場のボルテージが最高潮に上がってゆく。

 除夜の鐘すら優しく思える大音量を身に受けながら、俺は先頭のウィングを見た。

 

 最高速には達しておらず、既に減速気味な脚。

 遂にスタミナが切れたのだろう。彼女の表情には苦痛が前面に押し出されていた。

 ……しかし、その内に秘められた固い何かを俺は見逃さなかった。

 

 が、意志だけでどうにかできるかと問われればそうでもない。

 

 そして、その現実を逃さない集団を相手にしているわけでもない。

 

 

『その隙を見たか、後続の集団がアストラルウィングを目掛けて走り出す! 辛い辛いぞアストラルウィング! 減速したと同時に距離はどんどん縮められていく!』

 

 

 容赦もなく来る勝負師たち。

 目をギラつかせて、攻寄るバラの棘たちにウィングは為すすべもない。

 

 一度棘に刺されば、敗北は必須。その瞬間、ずるずると落ちていく感覚に見舞われよう。

 

 残りは200m。

 そして先頭との距離が1バ身を切り。

 

 ウィングが、精神を削って抗おうとする中で。

 

 

『おおっと!? 大外からやってくるミスターシービー! 華麗なステップを見せ、後続から抜け出してきた彼女が先頭のアストラルウィングに狙いをつける!』

 

 

 遂にやってきた、彼女のライバル。

 ミスターシービーが、後方の包囲網を抜けて大外から全速力で向かってきていた。

 

 

『速い! 速いぞミスターシービー! ターフの風に導かれながら1人、2人と、どんどん追い越していく!』

 

 

 大外からごぼう抜きをかましていくシービー。

 最も警戒されていたであろう彼女は、まさか取り囲まれていた包囲網を抜け出してきたのか。

 思わず冷や汗をかく俺。

 

 しかし、それほどの驚きもない。そんな展開は予想しきっていたことだ。

 分かっていた。分かっていたさ。アイツがとてつもない強者なことくらい。

 ウィングがかつての恐怖(トラウマ)を回顧するほど、強いことくらい。

 

 

「…………ウソだろッ」

 

 

 だが問題は、想定よりもその速力が異常だということ。

 

 前日にシュミレートした予測よりも、遥かに――速い。

 既に後方5番手まで追い抜かされている目の前の現状に、思わず拳を握る。

 

 確かに、予想はしていた。

 彼女ならば、包囲網を抜けてウィングとの一騎打ちに持って行くだろうと。交わした約束を果たしに、追いかけてくるだろうということくらい。

 

 だがこれは……レベルが違う。

 

 今まで対決してきた誰とも違う圧、力量、速力が。

 ウィングが戦ってきた、全てのウマ娘の常識を超えている。

 

 確実に想定範囲外。頭がそう割り出したシービーの力を見せつけられ、俺の顔が険しく歪む。

 

 アレはもはや、大地を蹴ってなどいない。

 彼女を元に、走りやすいように、地面が――大地が弾んでいる。

 そう思わされるほどに、シービーの走りは美しく圧倒的だった。

 

 

『ミスターシービー! 後続をごぼう抜きだぁ! 残るは先頭のアストラルウィングのみ! 飛躍した彼女の翼は、ここで落ちてしまうのか!?』

 

 

 大外からやってくる死神の鎌。

 

 ライバルの脚がすぐそこにあるという事実に、ウィングは果たしてどのような感情を生んでいるのだろう。

 焦燥か、畏敬か、絶望か。

 今までのウィングでは、敗北の度に持ちえたという感情を想像する中。

 

 

「ウィング……?」

 

 

 ふと、見えた彼女の表情からは。

 

 口角を上げた歓喜と。

 獰猛な笑みから生まれる、赤熱した草原色の瞳が。

 

 

『な!?』

 

「…………おい、マジか」

 

 

 2度目の。

 

 ――さらなる、加速を生んだ。

 

 

『アストラルウィング、再び加速!? 尽きたと思ったそのスタミナが、落ちかけた翼が再び空を羽ばたたこうと動きを見せた! ミスターシービーは急な再加速に驚愕を隠せない! そして……なんと!縮まろうとしていた距離が止まったぞ!? 残るはたった100m!このままゴールを決めるのか!?』

 

 

 ありえないと、己の心にそう結論付ける。

 

 限界を見せたと思ったとたんの再加速。恐らくアレは最初から狙ってやっていない。……否、ウィングにそんな思考をよぎらせるほどの余力はない。

 1番を取るためのリソースなど、とうの前に吐き出している。

 既に切れたスタミナ。アイツの足を動かしている動力元は、諦めたる彼女の精神力のみのはずだ。

 ただし、俺が想定していたのはそれをゴールまで維持するシュミレーションのみだ。

 

 だから、あの場で再加速するなどありえない。

 

 あってはいけない。

 

 

「だが……これで」

 

 

 そう、それでも。道ができた。

 

 更に予定外の再加速。その加速は大外から追い込んでくるシービーを寄せ付けていない。

 何かを削りながら走るウィングの姿に不安を覚えながらも、俺はその事実を飲み込んだ。

 

 ……手を、脚を、芝に縫い付けられるような感覚だと。

 

 かつて、ウィングが根性だけで走りきる感覚を、そのように表現したのを覚えている。

 すでにアイツは、一度目の加速を終えた直後だ。

 ならば、二度目の加速は、一体どれほどの苦痛と虚脱感をアイツに与えているのだろうか。

 

 

 

 歯を食いしばる数瞬。

 

 大地が鼓動し、芝が踏まれ揺れ動く。

 

 歓声の爆音がピークに達したその瞬間。

 

(……ちょっと、待て)

 

 俺はふと、時間が止まる感覚を覚えさせられた。

 

 ウィングのスタミナは切れている。何度もトレーニングという観察を経て、把握できている限界値を迎えているのは間違いのない事実だ。

 だから今精神を削りに削りながら、アイツは今戦っている。

 だが……

 

 だが。

 

 それは通常通り、今まで通り、()()()()()()()()()()()()()()の場合の戦いだ。

 

 ご都合主義な展開などありえない。成果を出すには何かを消費するはずだ。

 単に動くのなら体力を、限界を超えるにはそれに等しい何かを、必ず削りながら迎えるはずだ。

 

 ……だとしたら。

 アイツは今、2度目の加速という不可能を経たことで、()()()()()()()()()()

 走ることができている?

 

 アイツが今、持ち合わせているものは……

 

 

「おい、まさか……!?」

 

 

 ――削ってはいけないモノを。

 ――限界を超えるために、アイツが持つその身を。

 

 ――削っているとしか思えない。

 

 

 次の瞬間。

 俺が目にしたものは、あまりに非情な現実だった。

 

 

 ――それは、体制を崩しそうになるウィングの姿。

 

 

 脚から零れ落ち、まるで目の前の崖から転落するような。

 意識を失ったように、脚を崩すウィングが視界に入り、息が詰まった。

 

 想像するに最悪の展開だ。

 

 限界を超えようとした代償。

 ……それは、急激な脚への負担による、故障だった。

 

 

 

 



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☆ ――ただ、想いのままに前を向く少女

 

 

 ……時間が、止まっている。

 歓声が止まっている。動きが、人の波が、絶えず回るはずの時間が稼働しない。

 

 それでも、回り続ける思考と駆動するこの目は、目の前の現実を突きつけてくる。

 

 今まさに、崩れ落ちようとする俺の愛バ。

 膝から零れるように地面へ滑り落ちかけているウィングは、間違いなく今まで支えてきたその脚を壊したのだ。

 

 およそ残り100m。

 勝負はウィングとシービーのみの競い合い。

 後は、ウィングが耐えるだけで、勝利を手にできるかという瀬戸際だったというのに。

 

 ……想像しうる最悪の展開に、思わず下唇を噛む。

 叱咤と暴言、沸き立つ怒りが俺自身を責めた。責任の所在を、そしてアイツの安全を作りきれなかった、己自身への罰則だった。

 それで許されるなど到底思っていないが、必要な重みだ。

 トレーナーという担当の責任を持つ立場にいる以上……そして、アイツの友人として立っている以上は、背負わなければいけない積み荷なのだから。

 

 

「…………っっ!!」

 

 

 嚙み締めた唇から、鉄の味がする。

 握りしめた拳が悲鳴を上げ、皮膚から生暖かい液体が流れる感覚が分かった。

 ……自傷の類だろうか。行ったことなど過去一度もなかったが、どうやらこういうのは意志とは関わらず、感情によって無意識に行ってしまうらしい。

 

 ──目を、逸らしかけた。

 いけないことだと分かっているのに。俺の意志とは無関係に、負の感情が、視界の動きにリンクする。

 

 ──顔を、伏せかけた。

 叱咤の代償として赤い液体を流しているにも関わらず、熱くなった思考は冴えてすらくれない。

 

 でも……。

 それでも。

 

 

『いってくる!』

 

 

 脳裏によぎった、彼女の瞳を。

 その足取りを、覚悟の決めた表情を想起して。

 

 あの珍しく、挑戦的で、かっこいい笑みを浮かべて、レースへ身を投じたウィングの光景を思い出して。

 

 

「…………っ!」

 

 

 俺は再び前を向く。

 下を向く必要はない。その先に見えるものなんてたかが知れている。

 彼女が掲げた覚悟から目を背けるな。崩れ落ちかけているその表情が、たとえ諦めているものだとしても見ないふりをするな。

 

 ──俺は、アイツのトレーナーだ。

 

 前を向く理由など、それだけで十分だ。

 

 

 

 

 視界に映る光景は相も変わらず変わりはしない。

 倒れそうなウィングが、そのまま目に映されている。

 

 ……ウィングの、表情は見えない。

 それもそのはずだ。なぜなら、さっきまで観戦用に持っていた道具が()()()()()()()()()

 ミシリッと悲鳴を上げる双眼鏡の割れた感触を感じるに、俺はどうやら力を込めすぎて壊してしまったらしい。それだけ感情が荒ぶっている証拠ということだろう。

 

 だが、それはいい。俺がアイツを大切に想っていることの証明でもあるのだから。

 

 その想いが胸にあることを良しとし、俺はウィングの故障部位を予想。

 

 膝からの転落、頑丈な脚首を持っているウィングの事を想定するに、恐らくはその中間。

 脛骨、もしくはその周辺の筋組織の断裂。そこらへんが予測点だろう。

 

 足首、太ももに続く負担のかかる場所だ。そこら辺の故障を予想するのは当然の摂理だった。

 

 ……今、アイツは激痛のさなかに立っているはず。

 1秒と持たないこの刹那の一瞬、崩れそうな体を支える重要部分から発する信号に抗っている。

 振り上げた片足の行方はどこへ行くのか。

 

 その苦痛が楽な方へと、ただ痛みの少ない真下へと向かってほしいという思いもある中。

 

 ──諦めてほしくないと願う、俺の感情も、確かにあった。

 

 

 

 だからか。

 その願いが届いたのか。

 あるいは、()()()()()()()のか。

 

 ウィングはただ前に、壊れた脚とは反対のその脚を踏み出した。

 

 

「ウィング……!」

 

 

 確かに見えたその覚悟に、喜びとは真逆の葛藤の念が生まれる。

 噛み締めて叫んだ担当の娘の名を、並々ならぬ情熱を込めて口にした。

 

 明らかに故障した脚を酷使し、されど限界を超えて走ろうとするその姿はあまりにも……俺には痛々しく見えた。大事に思っているからこそ、そう考えてしまう。

 ……苦痛を示す表情が見えないことが、逆にその心配の感情を増す。

 

 それでも……前を踏み出した事実は変わらない。

 

 アイツは、壊した今なお、その脚で困難を踏破しようとしている。

 恐らく、二度とその足で立てなくなってでも……

 

 その覚悟を、俺は……

 

 ────俺は、見て見ぬふりはできない。

 

 

 

 ……今から、俺が行う行動はトレーナーにとって、最もしてはいけない事なのかもしれない。

 

 あらゆる非難を受けるだろう。

 多くの者から間違っていると、正されるだろう。

 それは間違いなく正しい。トレーナーとして身を置くものであるならば、故障したアイツを止めることが最優先事項になるはずだ。それこそ、ターフの中に入ってでも。 

 

 

 ──知るかそんなこと。

 

 

 壊れかけのウィングに、寄り添うことが一番の正解だと分かりきっている。

 冷静に冷えた思考の中で、問いただした解答はそれが最善だと示している。

 

 

 ――それでも、感情が否定する。

 

 

 だが、心が。

 理屈で数えられない感情が。

 アイツの覚悟を否定していけないと、そう叫んでいる。

 

 目の前で全てをかけて走っているアイツに、そんな言い訳を残して止めろというのか?

 

 脇役の立場でいることに我慢ができず、自身の努力のみで主人公の座に手を伸ばすアイツを止めろと?

 

 折れた脚に目もくれず、なおも闘志を燃やすウィングを──

 

 アイツを信じてやれるただ一人のトレーナーが

 

 俺が──止められるわけねぇだろうがッ!!

 

 

「っ!!」

 

 

 衝動で、思わず埒を殴りつける。

 

 ガンッとという音と共に拳に鈍い痛みが走るが、そんなことどうでもよかった。

 突然走った奇行に周囲の目が向けられるが、気にもしない。

 

 だから、次の瞬間

 

 ただ一つの思いを胸に、俺は叫んでいた。

 

 

「行けええぇぇぇ!!!! ウィングゥゥ!!!!」

 

 

 そう

 

 勝って帰ってこい、という思いを胸に俺は叫んだ。

 

 

 

 


 

 

 

 

 なんでここにいる。

 

 なんでこんなにも、息が苦しい。

 

 なんでこんなにもなって

 

 

 まだ、走っている。

 

 

「……」

 

 

 大地が崩れる。

 

 踏み抜く地面が落下する感覚があった。

 1秒後には、体勢を崩した自身の姿が想像できた。

 

 そして、敗者のように地に這いつくばる自分が想像できて──

 

 

「…………──!! ──!」

 

 

 ずっと、何かが聞こえ続けている気がした。

 まどろみの意識。あまりにも遠い1秒。

 今にも外れかける意識を食い止めながら。

 

 目がくらみそうな、遠く明るい暗闇の中に立っていた。

 

 

 

 ――まどろんだ意識の中で、少女は夢を見ていた。

 それは栄光に溢れ暖かな願望とも言える、遥かな虚構にある自身の姿だった。

 

 夢見た自分は、はるかに遠かった。

 現実に打ちのめされて、圧倒的な強者に叩き潰されて。

 一度は脚を壊してなお、少女は諦めきれずに走り出した。

 

 『頑固者』と呼んでくれた彼が、私を送り出してくれたんだ。

 

 

「…………ゕ、ぁ」

 

 

 再び、息が詰まった。

 

 すぐ真下から感じる激痛に、呼吸が拒絶を起こしている。

 踏み出そうとする意識が、それを拒否しようと信号をずっと出している。

 

 でも、それでも。

 少女は負けたくなかった。

 負けたくないから、まだ抗おうとしているんだ。

 

 

「…………ま、だ」

 

 

 その意思が、彼女の意識を現実へと戻す。

 崖から崩れそうな感覚は変わっていない。マグマのような激痛も、無茶をした自分を祟っているかのように燃え続けていた。

 少し意識を手放せば、狂っているだろう痛みの中で。

 それでも、勝ちたいという強固な意志だけが、彼女を正気へ戻す。

 

 ――だから、すぐ隣を見た。

 

 勝負の場に立ってくれた、彼女の友人(ライバル)を。

 最も後ろから追いかけてきた、ミスターシービーの姿をこの目で確認する。

 

(な、に……?)

 

 最初に確認したのは、その堂々とした風貌。

 少女よりも、絶対的な強者の立ち振る舞いを、何度も見たはずなのに改めて自分の身に刻んだ。

 

 次に、その走りを。

 追いかけてきたにも拘らず、スタミナには余裕があるように見えた。

 圧倒的な追い上げを見せた脚は、自分よりも強靭で、きれいだ。

 そして、すごく速くて、目を逸らしたくなるほど、速く、て…………

 

 ……だからか。

 

 冷静になった思考が、彼女の異変を察知したのかもしれない。

 

(ゆるん、でる?)

 

 明らかに、脚が止まっているように見えたのだ。

 

 いや、実際止まってはいない。今も一歩を踏み出そうとする彼女は、その脚を回し続ける。

 ただ、それ以上は速くならないだろうと、そんな確信が持てた。

 

 シービーは、()を見てる。

 

 水晶のような瞳で、私を見ていた。

 でも、その表情は、私を追いかけてきた時よりも笑顔じゃなくて。

 まるで、痛いものでも見るような。悲しんでいるかのような。そんな悲痛な表情で……

 

 壊れた私を見て、何か思うところでもあったのだろうか。

 

 ……いや、ある。

 だって彼女は、私と走りたいって言ってくれたんだから。

 交わしたんだ、約束を。

 一緒に、全力で走ろうって約束をした。

 

 だから、戸惑っているんだ。

 

 全力で走れなくなっている私を見て、言葉も見当たらない感情が浮き出ているのかもしれない。

 だから、脚が止まっている。

 

 なら……

 

 なら、()()()()()()()()()()()()

 

 確証はないけど。それでも、可能性がある。

 

 だったら――と、私は自分の胸に答えを出す。

 ……負けたくない。この先頭を譲りたくない。まだ、この光景を独り占めしていたい。

 シービーと交わした約束に応えたい。全力で立ち向かって、勝てるなら勝って、負けたならその悔しさに溺れたい。

 

 ――足が折れているかもしれない?別にいい。痛みなんて敗北の痛みと比べれば蚊ほどのものだ。

 ――シービーと交わした約束を果たせないなんて、そんなの嫌だ。

 

 覚悟もある。

 踏み切る脚は壊れかけだけど、確かにあるんだ。

 

 だからあと一歩。

 

 その背中を押してくれるものが。

 

 私を……支えてくれる彼の声が欲しい。

 

 

 

 途切れそうな意識の中で。

 私は、その声を。

 

 

「行けええぇぇぇ!!!! ウィングゥゥ!!!!」

 

 

 聞いた。

 確かに、この耳で聞いた。

 

 意識が覚醒する。

 宙に浮いたかのようなふわりとした感覚が、現実のものへと引き戻された。

 

 

 トレーナーの声が聞こえる。

 

 

 あの人が答えてくれた。

 現実主義で、私が走ることを許容したくないだろう彼が。いつも、子供みたいで大人な考えを持っている彼が。

 あの人が、私のトレーナーは、私の背中を押してくれる。

 

 なら、応えよう。

 うん。応えなきゃ。

 

 足が折れてても。

 

 もう二度と、走れなくなってでも。

 

 

「私は──」

 

 

 今の私でいることを諦めきれない私自身のために。

 脇役でいられない私を支えてくれた彼のために。

 

 

「まだ──!」

 

 

 走ろう

 

 走ろう!

 

 全力で!! 楽しむように!!!

 

 

「前に! 進むんだああぁぁァァア゛ア゛!!!!」

 

 

 意味を持たない咆哮を機に、私は崩れた地面を踏み越えた。

 

 

 

 

 

 全力を賭けた一歩目。

 

 

 ここが全ての分岐点。

 後ろに体制を崩さないように前傾姿勢で。次の地面を拾うように限界まで足を広げて。 

 

 すでに限界を超えた足で、3()()()()()()という不可能を為す。

 

 

「────ぁぐっ……!!」

 

 

 私の内の何かが悲鳴を上げる。

 許容量を超えた思考が、停止の信号を響かせた。

 今すぐにでも止めないと、と当たり前の危険反応が全身を響かせる。

 

 でも。

 

 ──知るかそんなもの。

 

 私は、否定する自分にそう結論付けて、次の一歩を辿った。

 

 

 二歩目。

 

 視界が明滅。

 白と黒で染まった色彩が私の目に映る光景を縛る。

 

 問題ない。地面は見えてる。まだ走れる。

 

 自分の内にある思いはまだ途切れない。

 

 

「は……ぁ……──!」

 

 

 三歩目。

 

 思考が、途切れ欠けた。

 

 ……だイじょウぶ。

 

 想いは──感情は、途切れない。

 

 だから、まだ。

 その脚を進ませる。

 

 

 四歩。

 五歩。

 六歩。

 

 

 何度も進んでいく中で、私の景色はもう、白と黒でしか埋まらなくなった。

 明滅どころではない灯りの停電に、目がおかしくなりそうだ。

 すぐ下から伝わってくる激痛は、ずっと私に諦めろと問い詰めてくる。

 

 でも、あきらめたくないから。やめない。

 

 ――後ろは向かない。

 そんなことをしても得られるものなんてないって、私のトレーナーが言ってたから。

 そして今なら、私にも分かる。

 この覚悟を、シービーとの大事な約束から目を背けたところで、私は後悔しかしないって予感がしたから。

 

 ――満足げに、上も向かない。

 今放り出して、諦めて上を向いたら、それで楽に終わる。全部終わってくれる。

 でもこれで、満足なわけがないから。

 

 ……上を向くのは、偶にでいいって言ってくれた人がいたから。

 

 だから。

 

 ――私は想いのままに、前を向く。

 この崩れた脚で登り切った、遥かな崖の上にある。

 

 はるか上の、青空を見た。

 

 

「………………あ、は♪」

 

 

 白と黒しか見えないはずの視界に、青色の空が映った。

 

 感情が埋まった。

 黒で埋まった感情が、青色のものへと染まってゆく。

 

 ──楽しい。

 

 こんなにも壊れかけなのに。

 どうしてか、訳も分からない高揚感が、私を埋めていってる。

 

 ――ずっと、走っていたい。

 

 いつの間にか忘れていたものを、思い出した感覚。

 何のために走ってきたか、なんていういつかの掛け合いが、今答えを得た気がした。

 

 ――ああ、こんなにも。

 

 一歩一歩と進んでいく脚が、こんなにも軽く感じる。

 勝ちたいと思いながら歩んできた脚が、あんなに重かった私の身体が、軽く感じてちゃってる。

 まるでどこまでも『飛翔(ひしょう)』して行ける気分だ。

 

 ――走るのって、楽しかったんだ。

 

 走りたいから、走った。

 やりたいから、やってきた。

 多分、彼と同じ。トレーナーと同じ感覚が、私に流れ込んできてる。

 

 結果なんてどうでもいいって思える。

 勝てたらいいなって思うけど、今はこの飛べるかのような感覚に身を任せたい気持ちでいっぱいだ。

 そんな過程を、すごく楽しみたい。

 そんな風に、走りたい――!

 

 目の前の光景が、限界の疲労からくる幻覚であろうが関係ない。

 

 踏み越えろ、乗り越えろ、前に進め。

 

 そこに、私が走りたいって思う道があるんだから――!

 

 崖で崩れた見える地面は残り少ない。

 だからその一歩を嚙み締めるように、踏み込む。

 

 あと三段。あと二段。と

 

 そして、最後の一段を――

 

 

「ぁ」

 

 

 ──ついに、視界が晴れた。

 

 そこにあったのは、青と白の混ざった色彩。

 

 眩いほどに綺麗で、あの人の純粋さを現した染まりのない景色で。

 いつもように見ているその視界は普段よりも。

 

 私の目には近づいて見えた。

 

 

『ゴールインッ!! 先頭はアストラルウィング!! アストラルウィングだぁ! 最後に見せた3度目の加速で後続のウマ娘を引きはがしましたぁ!!』

 

「」

 

 

 

 崩落した大地をやっとのことで乗り越えた。

 

 私の前には誰もいない。

 

 両足を安定した地面に着けて、ふと空を見る。

 ピキリとした痛みが全身を走るが気にならなかった。

 

 だって、そこにはいつもと同じ青空があったから。

 走っていた時よりも、少し遠く見えるあの空を

 

 

 ──私は、子供のように。離さないように。

 

 

 ──両手を宙へ伸ばして、グッと掴み取った。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 





挿絵制作3時間。
そして、ついに吹っ切れました。
ウィングがトレーナーの感性に寄った瞬間デス。

良ければ、評価と感想オナシャス。


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満足に走り切った後の


前回のあらすじ

ウィングがレースをめちゃくちゃ楽しんだ。


 

 

 青色の空を眺めていた。

 この綺麗で、透き通った、どこまでも続いていそうな空を。

 

 周りからは割れんばかりの声の波が。

 このレースで1番になれたことと、友人との闘いに勝てたことの喜びがあったけど。

 

 私は、ズキズキ痛む脚を放ってまで、この光景を眺めていたかった。

 

 

「やほっ、ウィング」

「シービー……」

 

 

 隣に、その友人がやってくる。

 シービーは少し悔しそうな表情だったけれど、どこか晴れやかな感じにも見えた。

 

 

「あーあ、負けちゃったかぁ……まさか、あそこから巻き返されるなんてね。アタシ結構驚いたよ」

「あはは、私も。自分がここまで無茶するとは思わなかった」

 

 

 苦笑交じりに肯定してみる。

 電光掲示板をふと見てみると、その差はあとクビだけ。油断の隙を突いて勝ったといえど、限界ギリギリまで詰められていたんだと思うと、少しだけゾッとした。

 

 最後の最後、一歩目を全力で踏み切って加速したあの走り方。

 私が……多分、一番やってみたかった走り方だった。子供の時に……私が一番走ることを楽しんでいるときに思い付いた走り方。

 確か、その後に思いっきり転んでお母さんに叱られたんだっけ。あはは、あの頃は結構やんちゃだったな私。

 

 

「……脚、大丈夫?」

「ちょっと……いや、大分痛むかな。でも今こうして立ててるから、多分大丈夫だと思うよ」

「そう? よかった」

 

 

 心配そうに、私の脚を見つめるシービーにそう言葉を返す。

 実際大丈夫ではある。安心させるとか、そんな考えなしに出した言葉ではあったけど。

 

 シービーは、ふと顔を落としていて……。そして上げた。

 私と視線が交差する。

 

 その水晶色の眼には……少しだけ、元気がないように見えた。

 

 

「正直に言うとね……アタシは最後の直線、キミは立ち上がれないって思い込んでた」

 

 

 そして、いつものシービーとは思えないほど弱弱しい声色でそんな言葉が放たれた。

 

 

「失礼なことを言ってるのは分かるよ。でも言わせて。これはキミが全力で応えてくれたことに対して、アタシが応えられなかった罰みたいなものだからさ」

 

 

 急にそんなことを言ったシービーに、私は少し戸惑った。

 だって、謝るのは私の方なのに。その言葉を先に取られたんだから。

 私が壊れかけなのを見せつけて、その隙をついて勝利をもぎ取ったのは私の方。

 

 だから、せめて謝るのは私の方だと思ってたのに。

 

 

「キミが最後まで全力で私と戦ってくれたのに、アタシは最後に緩んじゃった。

 全力で君の走りに応えられなかった。だから……ごめん!」

 

 

 私が言葉を出す前に、シービーが謝ってくる。

 自分勝手というか、謝り方までシービーは()()()()()

 そんな彼女を見て、私はフッと笑みを浮かべる。

 

 許すも何も、私はもう十分満足だ。

 だからシービーが悪い事をしたとかなんだとかは、全然気にしてない。

 

 むしろ、私が感謝したいぐらいだった。

 これだけ最高のレースが出来たことに対して……

 そして子供の時以来忘れていた、一緒に楽しく走れた感情を思い出させてくれたことに対して。

 

 だから――私はその謝罪を受け取らない。

 

 否と言った上で、私は感謝を伝えよう。

 一緒に走ってくれた、ただ一人の友人(ライバル)に。精いっぱいの言葉を伝えよう。

 

 

「ううん……それでも──ありがとうミスターシービー。あなたと一緒に走れたから──あなたと一緒に戦えたから。私は、私が一番大事にしていたはずの楽しさ(こころ)を思い出すことができた。だから、ありがとう」

 

 

 はっきりとした笑みで。

 そう言い切ってから、私は立ったまま右手をシービーの前に出した。

 

 

「応えられなかったって言うなら、次は今度こそ。お互い全力で走り合おうよ」

「私も、その時を楽しみにしてるからさ」

 

 

 シービーは私に虚を突かれたのか、少し呆けていた。

 だけど、それも一瞬。感謝を伝えられたと理解したらしく、少し笑って私と向き合う。

 

 

「ズルいなぁ、ウィングは。そう言われて受け取らないわけにはいかないじゃん」

「まあ、私はズルい子だからね。シービーみたいに強い人と戦うなんて、そんな小細工を混ぜないとやってられないよ」

「あはは、よく言うよ。始まってからずっと、ものすごい力技で走り抜けた癖にさ」

「……それもそうだね」

 

 

 互いに笑ってから、シービーは私の手を取った。

 

 そして瞬間、歓声が増した。

 割れんばかりの声の波が、もっと大きくなる。

 1番を取った時に聞き慣れたはずの声。その全てが、この大舞台で戦った私とシービー達を称えていたんだと分かった。

 

 

「……どうしよ」

「あれ? 慣れてないの?」

「まあ、ね? こういう時、大体スーって帰ってたからさ」

「っふ、あはは! ウィングらしいね」

 

 

 改めて意識した急な歓声に、ちょっと戸惑ってしまう。

 シービーはシービーで、そんな私を見て楽しんでいるように見えた。

 もう、他人事だと思って……。

 

 

「こういう時はねウィング、手を振ればいいんだよ」

「手を?」

「そうそう。見てくれた人にありがとうっていう感じでね。そうしたらみんな喜んでくれるから」

「ふ~ん……?」

 

 

 シービーの一言を聞いて、私はそれを実践してみた。

 

 ……んだけどその結果、さっきよりも大きい歓声が轟いてびっくりしちゃったってさ。

 

 隣ではびくってした私を見てシービーが笑ってた。

 そして、シービーも観客の人たちに手を振ってから、二人でターフを出る。

 

 ちょっと締まらない終わり方だったけど、満足感がずっと胸の中にあったから、こういうのも良いなって私はなんとなく思ったのだった。

 

 

 



 

 

 

 灰色の通路をただ走っている。

 

 色褪せない光景を横目にもせず、俺はただ直線状に走り続けていた。

 

 

「……はっはっ」

 

 

 いつもの早朝ランニングと同じように感じる、誇張した胸の鼓動。

 ……いや、いつものとは言い難いか。

 訂正。いつも以上に、跳ね上がる鼓動を胸にしまいながら、俺は一人の少女の元へと走っていた。

 

 その原因の元が、心配という念だということも分かっている。

 

 間違いなく故障した脚で走り切ったウィングを。

 そんな脚で、無茶をしながら。

 ――最後には、1番にテープを切ったウィングの事を、滅茶苦茶心配していた。

 

 俺自身、こんなにも心配性な一面があることには驚くばかりだったが……まあ、それはそれでいいと思えた。

 少なくとも不快感などないし、これもまたアイツを大事に思って考えている証拠だからだ。

 

 そして、遂にそこに着いた。

 

 

「ったく……」

 

 

 吐き出す息と共に、ふとこぼれる一言。

 

 再度言うが、不快などは一切ない。

 むしろ好意的に呆れるくらいには、アイツの事を優しい目で見ていた。……てか俺、今も走りながら苦笑交じりだが普通に笑み浮かべてるし。

 

 目先の光景。

 多分あっちから俺の姿は見えてないだろうが、こちらからは歩いてくるシービーとウィングの姿が見えた。つっても、ウィングはシービーに肩を貸してもらって、故障してないだろう脚でけんけん歩きだった。

 

 そして、ライバル同士戦った2人は笑っていた。

 まるでプール帰りの夕方に、疲れきった友人を労るような光景だった。

 

 

「あいたた……」

「ウィング、大丈夫?」

「全然大丈夫じゃないけど……うん、大丈夫。むしろごめんねシービー? こっちが肩を貸してもらっちゃってさ」

「アタシの肩くらいなら全然貸すよ。ウィングって結構軽いし、持ちやすいよ?」

「それ遠回しに、私の事ずっと重そうって思ってたって事……?」

 

 

 さっき、俺が苦笑していたのはこれが見えたからだ。あんな激闘繰り広げといて、帰り道にこんな雑談されちゃ、傍から見た関係者は笑っちまうっての。

 

 あとウィング。お前は割かし重い方だぞ? レースにかける情熱は特にな。

 

 ……と、閑話休題。

 

 

「はは、アイツら……」

 

 

 少し遠めで見た2人を確認して、俺は走りから歩きへと変え。

 俺はさらっと、いつものように。要らぬ心配をかけぬように。

 

 コツコツと、2人の元まで歩いて行って。

 

 

「あ、トレーナーだ」

「ん、店長さん?」

 

「よう、良いレースだったな」

 

 

 普段のように、あのレースを走り切った2人に労いの言葉をかけたのだった。

 

 

「「……ぷっ」」

 

 

 ……んだが、いきなり口を押さえて噴き出しかけた2人を見て、俺は思わず目を細めた。おい、なんだその面白芸人でも見るような目は。

 なんだ、と一瞬考えて頭を掻いてみると……

 

 ……あ。しまった。

 この貞子みたいなウィッグ(かつら)、外してくんの忘れてた。

 

 

 

 

「…………いい加減落ち着いたか?」

「っく、ふふっ。うん、ちょっと落ち着いてきたかな」

 

 

 あれから数分後。

 

 お腹を押さえたシービーが笑い涙を拭きながら俺の隣を歩いている。

 何があったかって? ……そりゃもちろん、こんな仮装大会開いてる俺を見て大爆笑祭りしてたんだよ。主にシービーがな。クソが。

 

 

「トレーナー、髪くすぐったいんだけど」

「仕方ねぇだろうが、控室着くまでは我慢しろ」

「は~い」

 

 

 背に感じる重み。

 流石に笑い倒れたシービーにウィングを任せるのは危ないと思ったんでな、ウィングは今俺の背中におぶっている。もちろん故障したらしい右足に負担はかけないようにだ。

 あとどうやら、俺のウィッグの長髪が鼻に入ったりでくすぐったいらしい。

 

 ついでになんか……やけに機嫌も良さそうだ。

 ウィングの声色からは、なんとなくそんな感情が含まれているように感じた。

 

 

「トレーナー大丈夫? 私、重くない?」

「はっ舐めんな。こんなんで参るような鍛え方はしてねぇよ」

「おー、男の人って感じだね」

 

 

 そりゃ男だしな。

 ……いやていうか、お前らの方が俺よりも圧倒的に身体能力高いだろうが。人間が500kgの鉄塊を簡単に持ち上げられると思うなよ?

 

 などとジト目で言ってみたが。

 

 

「米俵を2つ持ち上げられる店主君に言われてもなぁ~*1

「普通って言われても、説得力ないよね」

「今すぐブッ飛ばしてやろうかテメェら……」

 

 

 あまりに心外な台詞に思わず暴言を吐いてしまった。

 遠回しに「テメェ人間じゃねぇ!」って言われたんじゃツッコミたくもなる。許してたづなさん。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 こうして、歩きながら雑談を広げた俺たちは控室へ戻ってきたのだった。

 

 今、目の前には椅子に座って、右足を俺の手のひらに乗せているウィングが。

 レースによって故障した部分を判別するために、直接触って確かめる……触察をしているところだ。

 

 

「全く、無茶しやがって」

「あーうん、ごめんね? 頑張りすぎちゃった」

「別に攻めちゃいねぇよ。お前にとって限界以上に頑張ることなんざいつもの事だからな。ただ、今回に限っては、お前の無茶に脚が耐えきれなかったってだけだ。……ったく、どうやったらこんな頑丈な脚をぶっ壊せるのやら」

 

 

 半ば呆れながら、俺はウィングの事をジト目で視線を返すと、何気に、ウィングは申し訳なさげにしていた。

 ……俺の予想だと、現役引退までは故障無しで通ると思ってたんだけどなぁ……。

 

 まあ、それも確率論だ。

 結果、こうして問答無用でぶっ壊してしまったのだから、俺の裁量ミスとして受け止めるしかない。コレを糧に、今後の再発防止に努めるしかないだろう。

 

 

「んじゃ、触るぞ? 多分いつもより痛むと思うが、我慢は?」

「できるよ。もう慣れてるから」

「俺としちゃ、慣れてほしくないんだがな……。まあいい、まずは――」

 

 

 内心でそう結論を付けてから、俺はウィングに一言入れて触察を始める。

 

 最初は痛みが少ないであろう場所から順に、太もも辺り、膝の部分から次は反転。

 足の指先、足首と続けざまに触って異常がないかを確認していく。

 

 

「ん……」

 

 

 ウィングのくすぐったそうにしている様子から痛んでいる感じはない。つまりここまでは大丈夫と言うことだ。

 だが問題はここ、俺が予想を立てた場所。

 脛骨、もしくはその周辺の筋組織が断裂の可能性を危惧している部位。

 

 分かりやすく言うと、(すね)全般の故障という所である。

 

 

「触るぞ……?」

「うん……」

 

 

 もう一度、確認を取る。

 夜伽(よとぎ)染みたその声色には、多少の緊張がこもっている。

 恐らく、コイツもこの部分がマズイと感覚で分かっているのだろう。

 

 そして、限界まで安全を配慮してから、悪化させないように極力優しく、俺はそこに触れた。

 

 

「……っ!」

 

 

 さする、押し込む、と確認の方法を取る度に、歪んでくウィングの表情。

 下唇を噛むまで痛んではいないが……だが、コイツの場合痛みへの耐性が常人とはかけ離れているところがある。何せ頑固者で我慢強い奴だ。それだけで症状の判断を下すのは安直ではあるか。

 

 一瞬、内心で深呼吸。

 

 ――今まで、それ以上に俺は精神を研ぎ澄ます。

 一片の異変も取り逃がさない。ウィングから得た感じる全てを、判断材料として刻み込む勢いで次々と触察を続けていく。

 

 ウィングが、あの大舞台で戦ったというなら。これは俺の、トレーナーとしての戦いだ。

 

 (おご)りは許されない。絶対に。

 

 

 

 

 

「…………っと、応急処置はこれで終わりだ。どうだウィング、まだ痛むか?」

「……少しマシになったかな。ありがとトレーナー」

「おう」

 

 

 気の遠くなるような数分を過ごした。

 

 触察は無事に終えることができた。

 俺ができるのはその場での応急処置だけ。後は正規の施設で預かってもらってから、ちゃんとした診察を受けてもらう。

 

 右足にギブスとテーピングを巻いたウィングが、脚を少し動かして調子を確認する中。

 

 俺は俺で、滲み出た汗をタオルで拭いていた。

 3()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()以来の疲労感が体全体を襲っていたのだ。むしろ今回は汗が滲む程度でよかった。あの時は限界超えて鼻血まで出てたからな。

 

 ほんの数ヶ月前にこなした俺の無茶を思い出しながら、凝った肩を伸ばす。

 ポキポキッと心地よい音が鳴る。

 いや、もっと正確に表現するならバギガゴゲッ!! みたいな音だったが。

 

 

「えぇ……?」

 

 

 心地よい快感に身を預けていると、ウィングが若干引いた眼で俺を見ているのが分かった。

 ……おい、なんだそのうわぁって視線は。誰でもなるだろこんくらい。

 

 鳴らない? そう……。

 

 

「んん゛っ! 無茶と言えばあれだ、ウィング。お前最後の最後で見せたあの加速は一体なんだ? あんなもん、教えた覚えはねぇぞ?」

 

 

 ビミョーになった空気を換えるために、ウィングに一つ問いを投げてみる。

 つっても、ちゃんと疑問に覚えたことをだ。なにせトレーナーの俺だって思いつかねぇよ、あんな無茶苦茶な走り方。

 

 

「あーあれ? いや、私も全然考えずに走ったからあんまり……。ただ、やってみたかったからやったって感じなんだけど」

「……んで、あんな加速の仕方になったのか?」

「まあ、うん。……アレってそんなにヤバイ?」

ヤバイ。むっちゃ頑丈なお前じゃなかったら問答無用で担架運びからの病院行きだわ」

「だよねぇ……」

 

 

 俺の返答にウィングが遠い目をする。

 それに対して俺も細い目を返した。それくらいやばいのだ。ウィングがやった走り方は。

 

 最終直線、残り100mでウィングがしたことは説明しやすい。

 最初の加速、そしてスタミナが切れた後に故障を招いた2段目の加速。

 そして、それを無視した3段目の加速の正体は……。

 

 簡単に言うと、大股を開いて()()姿()()()()()()()()()だ。

 

 子供の頃、一度はやったことがあるのではないか?

 高く飛びたいからと、思いっきりジャンプをしてみる。そのために利き脚を軸に、全力で踏ん張りをかけて上に飛ぶ仕草を。

 

 それをウィングは、ただ上に飛ぶのではなく前方に飛ぶことを目的に実践したというだけの事。

 そう、ただそれだけの事なのだが……

 

 問題は、その姿勢と脚にかかる負担だ。

 まずは姿勢、大股での前傾姿勢……これは準備運動にするアキレス健伸ばしを想像したら分かりやすいだろう。足を前後に、両のかかとを付けて健を伸ばすあれだ。

 当然先レースで見せたウィングの場合、前に出すのは右足。利き足になる。

 そこから踏み込んだ姿勢と見てほしい。

 

 そして……問題の右脚に掛かった負担。これが大分エグイ。

 前提として、踏み込み方は大股の前傾姿勢。それに加えて2回目の加速分の故障。3度目の加速は壊れかけの脚で行っていることを忘れないでほしい。

 

 

「大股から、飛ぶように前に加速する走り方、か……。

 確かに、1歩目がちゃんと出来りゃ相当な加速にはなるだろうよ。お前の場合、加速さえ出来りゃ後は気合で速度を維持するだけでいいからな」

「うん。ていうか、ずっとそうして走ってきたからね」

「そうだな。ただ……」

 

 

 少し言葉を詰まらせた。

 ここから先は、ちょっとした叱咤になってしまうと思ってしまったのだ。

 

 ただ、俺はその悩みを頭を振って振り払う。

 トレーナーとして、怒るべき時は怒らなければいけない。それがウィングの為になるのだから、と俺は俺に言い聞かせた。

 

 

「ただ……最初の1歩目がしんど過ぎたな。

 大股、加えて前傾姿勢となりゃ、お前の体重と踏み込みの圧力が全部右脚に乗ったはずだ。ついでに怪我のペナルティの上乗せ。そりゃ、ぶっ壊すのは残当だ。

 ……お前のトレーナーとしてキチンと言わせてもらうと、あまりに考え知らず過ぎだ。

 とても褒められたレース展開とは言えねぇだろうよ」

 

 

 俺は心を鬼にして言い切った。

 あんまり、走り終わった後にこんなこと言いたくはねぇんだがな……。

 まあ、これも責任を背負う役目だ。今言った言葉を、俺も考慮不足のミスとして魂に刻んでおく。

 

 

「……やっぱ、怒ってる?」

 

 

 言い切った俺に向いてくるのは、ウィングの悲しそうな表情だ。

 ……あー、だから嫌なんだよ真面目に怒るのってのは。楽しそうにしてる顔見るのは良いが、反面悲しそうにしてる顔なんざ俺は嫌いなんだよ。

 

 

「少しな。俺としちゃ帰ってから小一時間くらい問い正したいところだが……」

 

 

 だから、俺はレースが終わった直後のウィングの表情を思い出してみた。

 あの満足そうな顔を。

 友達と走り合って、楽しそうにしてた表情を。

 

 そんな、子供のような感情を見せていたウィングを思い返せば。

 

 

「……ま、お前も滅茶苦茶楽しそうだったし。

 これ以上はなんも言わねぇ事にするよ。レースの勝者に、文句の一つも無粋だしな。

 

 それに、お前も楽しそうだったからよ」

 

 

 別に。

 怒りだか何だかはどうでもいいと思えた。

 

 お叱りはこれで終わりか、と想像してたらしいウィングがきょとんとしている。

 そして、俺の言葉に疑問を覚えたのか口を開く。

 

 

「楽しそうって……私、そんな顔に出てた?」

「気づいてなかったのか? お前終わった後の顔、今までで一番晴れやかだったぞ」

「え、そうだったの」

 

 

 嘘でしょ、と少し顔を赤くして両手で頬を押さえるウィング。

 どうやら無意識に出ていたらしい。それはそれで、正直な感情だから俺としては良いのだが。

 

 

「はは、なんだ。

 んな恥ずかしがらんでいいだろうに。お前もあのレースが楽しくなかったわけじゃねぇだろう。

 それともあれか、表情を意識する暇がないくらい楽しかったとか、そんな感じか?」

 

 

 からかい半分で、そんな台詞を吐いてみる。

 ただまあ、こんな台詞を吐いたところで帰ってくる言葉は知れているが。

 今まで通りなら、まあまあとか、ちょっとね、とか言って返してくるのがウィングだ。

 

 全く、正直者じゃないにしろ楽しかったら楽しかったでいいだろうに……。

 

 

「う~ん……そうだね。

 

 楽しかった。今までで一番、楽しかった。

 ホントに、シービーと走ってるのが、前の景色を見るのがすごく楽しかった。

 ただただ走るのが、本当にすごくすご~く! 楽しかったよ!」

 

 

 …………。

 ……。

 

 開いた口が閉じない。

 今俺は、実に間抜けズラをしてるに違いない。

 

 返ってくる台詞が違ったとか、そんなんで混乱してるんじゃなくて。

 ウィングが放った言葉が、普段なら有り得ないものだということへの混乱だった。

 

 

「…………は?」

 

 

 いかん。思考が止まってた。

 

 なんだ。今ウィングはなんて言った?

 楽しかったと言ったのか? あのウィングが、正直に。勝つためだけに走ってきたウィングが、レース狂いのウィングが。

 

 走ることが楽しかったと。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、満面の笑みで?

 

 

「……何? せっかく正直に言ってあげたのに、そんなあり得ないみたいな顔しなくてもいいでしょ」

「……いや、お前。えっと、何で」

「そんな困惑するくらい、私おかしいこと言ったかな……」

 

 

 まあ、珍しいトレーナーの困惑顔を見れたし良いけど、とジト目ながらウィングが独り言を駄弁る。

 

 俺は俺として未だに、混乱の渦の中だった。

 満面の笑みで言ったこともそうだが、こうも正直に言い切ったウィングの心境の変化についていけなかったのだ。

 

 

「……先に言っとくけど、ホントに楽しいって思ったのは今回のレースが()()()()だから。

 今までは……なんていうか。そういう所に考えが寄らなかったからさ。ちょっともったいなかったって、少し思ってるよ」

 

 

 続いて語られるのは、ウィングの補足めいた言葉。

 

 久しぶり、とはどういうことか。

 考えてみるが、それはウィングの過去に由来するモノだろうと察した。

 初めて強敵に負けた時か、あるいはその前か。ウィングは走る目的が「楽しむこと」から「勝つこと」へと変わっていたらしい。

 

 それが……今回のレースで変わった? 何がきっかけで?

 今になって、ウィングが走ることの楽しさを思い出した理由を。正直に楽しかったと言い切った心境の変化を、少しだけ考えてみるが。

 

 ――いや、そうじゃない。

 

 そう言い聞かせ、俺は思考を閉じる。

 それを内で秘めらすのは、ウィングの特権だ。俺が触れていいモノではない。

 感傷も黄昏もコイツが味わうべきものなのだ。だから、俺はそれ以上の思考を閉じた。

 

 だとすれば、俺がすべきことは?

 

 コイツを育てた者として、忘れていた感情(もの)を取り戻したウィングに出来る事。

 走ることを(趣味)楽しんでほしい、と。俺の我儘に付き合わせた俺がすべきことは……。

 

 

「なあ、聞かせてくれ」

「な、なに? 急に真面目な顔で改まって」

 

 

 確認と。

 

 

「走るの、楽しかったか?」

「さっきも言ったでしょ……? 楽しかったよ。こればかりは私の正直な気持ち」

「……そうか」

 

 

 しっかり育ってくれた。

 成長を果たしてくれたウィングを褒める事。

 

 

「そうか……よかった」

「わっぷ……。ちょっとトレーナー、頭を撫でる時は言ってっていつも……」

 

 

 そして、その成長を喜ぶこと。

 

 ウィングの言葉が少し小さくなって、視線が俺の顔に向けられる。

 驚いているのか、それとも珍しいとでも思っているのか。表情には戸惑いと驚愕の感情が浮かんでいた。

 

 そりゃそうだ。何せ今の俺ってば……

 

 

「トレーナー、泣いてるの?」

 

 

 頭を撫でながら、歓喜と共に一筋の涙を流している。

 

 意図せず流した雫が、膝下に落ちる。 

 冬場で冷たいはずのそれが、なぜか暖かく感じたのは俺の錯覚か。

 でも、例えそれが冷たくとも俺は、この湧き上がる感情を抑えきれはできなかっただろう。

 

 

「……ははっ。教え子が成長するってのは、案外感傷深くなるらしい」

 

 

 正直な感想だった。

 あれだけ楽しさを忘れ切っていたウィングが、楽しいと一言。言い切ってくれたことが、俺にとっては大きな成果だった。

 

 そして、ウィングにとっては恐らく大きな成長だった。

 それが単純で当たり前なはずなのに、なのにとてつもなく……涙が出るほどうれしかった。

 

 

「……トレーナー、意外と熱血系だったりする?」

「かもな。俺も、まさか久方ぶりに泣くとは思わなかったよ」

「あははっ、意外だね。トレーナーってそんな一面があったんだ」

「俺も今知ったよ。ったく、お前といるとホントに色々面白いことが起こるわ」

 

 

 茶化し合う台詞。

 流した涙はスーツの袖で拭いた。流石に大人の泣き顔を、子供の前にさらし続けるのもなんだと思ったからな。

 

 

「それは、うん? ……どういたしまして?」

「こちらこそ、だよ。俺の最高の愛バめ」

 

 

 ウィングは困惑顔で。

 俺は、隣に寄り添ってくれる最高のパートナーに感謝を込めてそう言った。

 

 端然としたその台詞は、案外スッと出てくれるようだった。

 

 

 

 

 

 

*1
1つ60kgです





愛バ宣言キタコレ。
育て親の、ここぞという時に見せる涙ってなんか熱いんだよね。
分かる人いない? (ほぼ自分語り

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終わった後の……【祭り】が始まる


祭りの始まりだ(迫真)
あと今回、トレーナーの自我丸出しです。



 

 あれから、みっともなく自身の担当に泣きっ面を晒してから時間が経った。

 

 今からあの後の流れを言うから聞き逃すなよ?

 

 まず、うちの愛バのウィニングライブ*1を見届けて、終わった直後に即タクシーで病院連行。

 検診を終え、()()3()()()という宣告を受けてからウィングを病煉(びょうとう)にぶち込み、あれやこれよと口にするウィングを看護師さんに全任せにしてから放置。

 俺は俺とて用事の為に現在、レース会場に戻るためタクシーを逆走させている所だ。

 

 この間にかかった時間は僅か1時間に満たず。俺は迅速に、開幕から全力疾走でこの一連の流れを終わらせたのだった。

 

 

「だあぁ~……疲れた」

 

 

 タクシーの後部座席で気だるく脱力してみる。

 マジでもう……クッソ疲れた……。

 手足を含めた何もかもが溶け落ちる虚脱感、俺今ならスライムにでもなれそうだ。ならねぇけど。

 

 

「お客さん、大分お疲れの様ですね」

「そっすねぇ……どこぞの手間かかる教え子のせいでこのザマですよ。まあ、手間がかかる分可愛げがあるんですけど」

「あら、お客さんお仕事で学校の先生でも?」

「似たようなものを生業に、とだけ。ついでに趣味も兼用ですよ」

 

 

 座席でめちゃくちゃ溶け落ちているところを、運転手の人に苦笑交じりで笑われてしまう。

 ……そういや、俺の今の恰好スーツ姿だったな*2。見た目で先公と間違えられたか。

 ついでに、問われた内容には、俺は仕事気分を抜かして正直に答えといた。

 

 目的地の中山レース場まで戻るには、まだ数キロほどの余裕がある。

 俺はその間を休憩がてら、運転手の人も割と口寂しかったのか、他愛ない世間の会話とやらを楽しんだ。

 

 

 

 

 

 …………さて、そうこうしてレース場に舞い戻ってきた俺。

 用事と言うのは、まあレースに勝った者の特権と言うのか。俺としては非常にめんどくさい事この上ないんだが。

 

 待っているのだ。

 ()()()()()()()()が。

 

 今こうして、扉を開いた奥には、カメラの山がずらっと並ぶインタビュー会場があるんだよ……。

 

 

 

「はぁぁ……」

 

 

 一息に大きな嘆息を吐く。

 

 今まで受けてきたインタビューとは比較にならない設備と注目度。

 それもそのはず、今回ウィングが勝ったのはそこんじょそこらのレースなどではなくガチのGⅠなのだから。お茶の間に流れるんだぞコレ。

 

 

「だっる……」

 

 

 隠す気すらない倦怠がマシマシだ。マジで。一思いに頭を抱えたりもしてる。

 

 ウィングは、別にインタビュー受けるくらいどうでもいいとか言ってたけどよ。

 俺に限って言えば、一体誰が好き好んで世間に身を晒したいと思うのかと思うわけよ。個人情報を晒すのはいつものスレの中だけで十分だってのに。

 ウィッグ被って変装してるとはいえ、今からあの大勢集まったカメラの中心に映らなきゃいけないと考えると……あぁ、俺の秘密主義が崩れていく音がする……。

 

 

(クソッ……だけど、これもトレーナーとしての責務の一つだ)

 

 

 そう言い聞かせて、何とか気を保たせる。

 長年積み上げてきた、俺の都市伝説染みたロマンを切り崩しながらでも、俺はウィングの為に体を張るって決めたんだ。

 スレの方にも、()()()があった時用の保険も置いてきたし……もう後戻りは出来ねぇんだ。

 

 

「うっし! 気ぃ入れろ俺」

 

 

 周囲に誰も居ないことを良いことに、気合の一喝を自分に向けて放つ。

 そして願わくば、何事もなく終わってくれと心の片隅で思いながら、俺は両頬を叩いて足を前に出したのだった。

 

 

 

 

 

「それではインタビューを始めさせていただきます」

「よろしくお願いします」

 

 

 そうして始まった質問応答合戦(インタビュー)

 

 数人を超える記者を目の前に、冷静を保つ。

 緊張なんざ的外れだし、そもそも俺はこういう場には慣れている。伊達に周知の目を気にしない性格やってねぇんだよ。

 

 ()()()()も切り替え、しっかり大人らしく、いつものような砕けた発言はもちろん無し。きちんとした丁寧語で答えていk……おい、ちょフラッシュ眩しいっ。目潰しでも仕掛けてんのか。俺の視力落とす気かおい。

 

 …………と、内心では砕けつつもだが。表面上は決して仮面を崩さない。

 

 会議室の外には興味本位で寄って来たらしいウマ娘達も大勢いる。

 今やこの場は、ウィングに何かしらの関心やらを持った人が集まる場になりつつある。

 

 ――そして、その中にはアイツのレースを見て()()を持った者も居るのかもしれないんだ。

 

 ……まあ、その本人不在がというのは申し訳ない気持ちでいっぱいではあるが。

 それでもそんな子供達がいる中で、普段の様なはしたない真似なぞ出来はしない。

 まして、んなことをしでかせば、それはアイツが走って得た栄光に泥を投げるような行為と同じだ。

 

(それだけはやっちゃだめだからな。頑張ってきたアイツへの誠意と言うかなんていうか、ウィングが頑張った分、俺もしっかり頑張ってやらねぇと)

 

 最もしてはいけない行動として、俺はソレを胸に刻みつけ次々に雪崩来る回答に答え続けた。

 

 

 

 インタビューといっても、内容自体は割とありきたりなモノばかりだった。

 実際に勝った感想は? などの質問はジャブみたいなもので、随分と速い末脚でしたね、だとか最後の加速についてとか……なんつーか言及とかの内容が多かった気がする。

 後はあれだな。今まで注目されてこなかったからか、連続出走の件についても色々詰められたりしたな。

 

 

「彼女の無謀なまでの出走に心を痛めたりはしないのですか?」

 

 

 確か、こんな質問も食らった気がする。

 ひじょーに際どい質問ではあったが、まあ聞かれるのは予め予想できたことだから一応流してやったが。

 ……ったがよ、普通なら有り得ない出走数だったり走法だったから聞きたくなるのは当然の流れだとは思うがよ……。

 

 お前らもうちょい頑張ったアイツに対して労いの言葉ぐらい吐いてやれよとは、少しだけ思った。

 

 けどま、そんな文句はすぐに飲み込んだ。

 別にそういう言葉が無かったわけじゃないしな。開幕早々「すごいレースでしたね」とか称賛めいた事も言われたし、それでチャラにしておくことにした。

 

 

「全然。自分はアストラルウィングの脚と、それを支える彼女の精神を信じているので」

 

 

 ついでに、質問の返しにはこんな感じで言葉を返してやったわ。

 

 間を置かずに放ったことで質問してきた記者は「そ、そうですか」と若干きょどっていたな。はは、笑える。

 迷い無しの否定は、俺がアイツの能力と頑張りを認めている証だ。ちょいと目を開いてカメラに向けてキメたりしたが……それがお茶の間でどう思われてるかは知らん。

 

 ……あ、てかウィングの奴、病棟で寝てんだろうな?

 俺、結構遠慮なしで色々喋ってんだが。アイツ、もし寝てないんなら絶対この中継見てるだろうし……。

 

(……ヤベっ、ウィングが居ないことを良いことに色々喋り過ぎたか。いや、褒め散らかしてる内容が大半だから後ろめたいモンは無いが……帰ったらアイツにそこらへん言及されそうだ)

 

 内心で遠い目をしながら、俺はこれが終わった後の想像をした。

 尻尾ではたかれるぐらいは覚悟するか……と、不機嫌なりかけのウィングの姿を瞼の裏で幻視しながら。

 

 俺は、流れてくる質問の内容を耳に通していたのだが。

 

 

「ところで、今世間を騒がせているアストラルウィングのドーピング疑惑の件についてはどうお考えですか?」

「……どう、とは?」

 

 

 記者が放ったその一言に、俺はピクリと反応する。

 ところで、ってなんだ。言及するにしろ今はGⅠ勝利インタビューの最中だぞ、タイミングを考えろNoob記者がッ!!芝に埋めてやろうかこの野郎ッ!?

 

 と、瞬で暴言交じりな思考がよぎったが、それは一旦後回し。

 まずは放たれた質問についての思考に集中する。

 

 こういう質問をされるのは、可能性の一部として考えてはいた。

 考慮深く、と言うか俺の現実主義故か、そういう問題が起こり得るだろう、という懸念を捨てきれなかったのだ。

 

 特にウィングに至っては、既に今までの連続出走で悪い噂が流れつつあった。

 そして今回、注目されなかった大穴からの勝利だ。その分、名声みたいなものが得られたと同時に、そういう噂を流していた輩の声にも目が届いてしまったという所だろう。

 

 

 ……まあ、総括してだ。

 とにかく一言。一言だけ言わせてくれ。

 

(……ホント、ゴミみたいな噂を流す奴ってのはどこにでもいるもんだな)

 

 内心で嘆息をつきながら、この記者を含め、風に紛れてる噂を垂れ流したどこぞのクソ共を侮蔑する。

 悪いが、俺はこういう奴らに対しての言い方に遠慮は無い。

 この手合いのクソ共は大抵、他人が成した成果と努力を、蚊ほども重く考えずに発言するのだ。……ベラベラと道化みたいによ。

 

 現に、目の前でそんな質問を投げてきた記者はそういう手合いだということが分かるだろう。

 あの全てを捻り出したレースを見て、そんな質問を取れるのは明らかにそういう敬意やらが足りない証拠だからだ。あ、足りないのは小さい()()()もだな。

 

 

「どうも何も、先ほど挙げた件についてあなたはどう思っているのかを聞きたいのですが」

 

 

 同じことをわざわざ聞き返すのも脳みそが足りない証拠か?

 それとも難聴か? 若そうなのに大変なことで。

 

 

「……世間を騒がせている事については、自分からは何も言うことはありません」

「考えを聞かせる気は無いと? あなたの担当が疑惑をかけられているんですよ?」

 

 

 冷静に、内で暴言を吐きながらも、俺はできるだけ角が立たないように質問に答える。

 

 

「自分の言葉では、その流れている疑惑とやらを納得させるだけの説得力がないので。噂は噂で、それぞれの想像にお任せします」

「随分と無責任ですね。あなたの担当であるアストラルウィングが、その噂に心を痛めたりなどとは思わないのですか?」

 

 

 あーいえばこーいう、とはよく言ったものだ。

 世間の民衆を身寄りの盾にしたと思えば、今度は俺の愛バを攻撃の対象に含めると来た。しかも手前が出した話題で傷をつけた上、それを棚に上げてだ。

 

 ははっ……

 

 はは…………

 

 ざけんなゴラ。

 

……決めた。この記者だけは()()()()()()()()。泣いて謝ろうが必ずぶっ潰す。

 

 今の俺がどんな目をしてんのか見て見てぇ。

 こんだけグツグツと沸き立つ怒りを感じたのは珍しい。

 マジで久々にキレちまったよ。ガキの頃なら屋上連れてってるところだぜ、これよ。

 

 いい加減、ブチ切れたくなる憤怒でいっぱいになるところだが。

 それを冷血に、冷静に怒る。

 

 そして、ホントに冷静に。

 いつものように分析し、先ほどの質問への回答を考える。

 

 なるほど、腐っても組織を代表してこのインタビューの場に立っているだけはある。大胆に質問を押し付けるわけでもなく、チクチクと回答者を責め立てるその仕草。百歩譲って立ち回りが上手いことは認めよう。

 

 が、残念だな。

 その問いへの回答は、既に出来上がっている。

 

 

「――自分は()()()()()()で、彼女の脚を止められるとは思っていませんから。

 そして多分、彼女も……アストラルウィングも走ることをやめはしないでしょうね。何せ、あぁ見えてレースの事しか頭にない娘なので」

 

 

 多少の笑いどころを取りに、そして少しの皮肉を加えた台詞を吐き出した。

 ハッ、元々こういう問題が起こることを考慮していた身だ。そういう質問への答えを考えていない訳がねぇだろうが。

 

 

「…………」

 

 

 世間の受けが良さそうな前向きな回答に。

 そして一瞬の笑いが生んだ事で緩んだ空気に、質問者の記者が顔を分かりやすく歪める。

 

 ……ふう、ここまでだな。

 今の一手で、この記者は話の出どころを失ったはずだ。

 世間が聞きたいだろう答えが出た以上、これより先の質問は蛇足に等しいモノになる。そしてそれは、必ず組織全体の利にはなり得ない。

 

 後は、この記者が愚かしく無駄に突っ込んでこなければそれで終わりなのだが。

 

 だが……。

 

(この行き場のない怒りはどこへ向けようか……)

 

 内で沸き立った血をどうしようかと悩む。

 目の前の記者に対する怒りは相も変わらずだ、コレに関しては後で確実に潰すことは確定なのだが。

 

 ただ、そのタヒ刑執行は、しっかりと結果を出したことを侮辱されたアイツの分の怒りだ。

 

 俺が今ここで受けた。

 俺の愛バの成果を。

 アイツの頑張りを、一蹴したことに対する怒りは含まれていない。

 

 そして俺は、その怒りを我慢できるほど人間として出来てはいない。

 むしろ、俺は今ここでこの怒りを発散したいと思っている。()()()()()と考えている。

 

 だとしたら。

 う~む……。

 

(…………すまねぇウィング。俺も我慢の限界だ)

 

 一考だけして、俺は()()()()ことを決めた。

 

 割と迷いは無かった。

 ここから先は俺の我儘になるだろう。

 勝利を決めた当人が居ないことを良いことに、俺が勝手をすることを内心で謝る。

 

 そして、一つ手を上げてから俺は一言をつぶやいた。

 

 

「記者の皆さん」

 

「ここで今この場にいないアストラルウィングについて、重大な発表をさせてください」

 

 

 ここから先は、俺の鬱憤晴らしだ。

 なに、別に怒り狂うとかじゃない。ただ言いたいことを言って逃げ帰ってやろうってだけだ。

 

 勝手だがその間、付き合ってもらうぞ記者諸君。

 

 

 

「先ほど、自分の担当であるアストラルウィングが、全治3ヶ月の故障を言い渡されました」

 

 

 静寂の中、最初に切った台詞がやけ響いた様な気がした。

 

 口に出したと同時に部屋を埋めるフラッシュの光。

 それを鬱陶しいと感じながらも、俺は今起こした行動が、記者の心を掴んだ完璧な証拠だと良しとする。

 まあ、どうせいつかは公表する内容だ。先だろうが後だろうが、今話すことでこの状況を利用できるなら存分に発表させてもらうとしよう。

 

 内心で少しほくそ笑みながら、俺はその続きを語り始める。

 

 

「見る目を持っている方なら察しての通り、故障時の原因は2度目の加速が発端でした。そして自分は、その瞬間をこの目でしっかり見ていました」

「本来なら、その地点で止めるべきだとは分かっていました。……なにせ、自分はトレーナーですから。担当の全責任を負うものとしては、そして育てる者として当然の帰結でした」

 

 

 苦笑交じりで、自傷の念を込めてそうカメラに語り掛ける。

 そう、あの時。俺はアイツを止めるべきなのが最善だった。誰に言われるまでもなく、現実主義な俺が考えた当然のことだった。

 

 

「……ですが。あの瞬間アストラルウィングは、そんな壊れた脚で3度目の加速を成しました」

 

 

 ただ、それでも俺は人命優先よりも、アイツの意思を優先した。

 俺らしくもない答えだったが、それでもその選択に後悔は無かったと断言できる。

 

 

「身に余る激痛を、今にも倒れそうな意識を、それを全て振り払ってまで走ったんです。ただ、諦めたくないという一心で」

 

 

 だから止めなかった。

 

 

「一番に。

 そして、ただ一人のライバルと走りたいと。

 胸に秘めた思いを込めて、まるで飛ぶような――『飛翔』という大きな一歩を踏み出しました」

 

 

 止めたくなかったから、止めなかった。

 回帰する想いを胸に、俺はただバカ正直な言葉を吐き出した。

 

 

「自分は、そんな彼女が掲げた覚悟と硬い意志を誇りに思います。

 例え、その考えがトレーナーとして失格であっても。

 あの瞬間、ただ前に走ろうとする彼女の姿を、ずっと傍に寄り添ってきた人として見過ごすわけにはいかなかったんです」

 

「ご理解いただきたい、とは言いません。

 こればかりは、全てを承知で通した自分の不手際とミスです。責任も重圧も、全てあの娘を支える者(トレーナー)である自分が受けましょう」

 

「ただ、願わくば……どうか自分の、()の担当を長く温かい目で見てあげてください。

 彼女は――アストラルウィングは、ただ走りたいだけの無邪気な娘なんですから」

 

 

 そう言って、俺は立ち上がって頭を下げた。

 単なる願いもそうだが、打算込みで言うなら、こうすると()()()()()からな。印象深い一面にするならこういった行動もいるのだ。

 

 静寂が奔る。

 

 カメラのフラッシュだけが場を占める。記者たちは誰一人として言葉を発することなく俺の唐突な表明に耳を傾け、言葉を失っていた。

 そんな中、俺は俺とてーもスッキリした気分になっていた。

 

 ようやくといった所か、少なからず溜まっていたウィングの心配やらその他憂鬱とした気分をこうした形で晴らせたんだ。まあまあ爽快な気分である。

 

(…………?)

 

 頭を上げ、席に座ろうとすると、ふと乾いた音が耳についた。

 何かと思えば、肌と肌が当たる音。つまりは、普通の拍手だったわけだが。

 少数ながらあの……あれだ、月間トゥインクルの()()()だっけ? その人から広がっていくように伝染する拍手の喝采に、俺は内心で疑問符を浮かべまくっていた。

 

(なんで拍手……?)

 

 そう、疑問に思わざるを得なかった。

 おかしいな、今俺がしたことといえば、ウィングの故障報告と俺の単なるお気持ち表明程度なはずなんだが。

 

 それが一体、何をどうやったら拍手に繋がるのか。分からん。

 

 

 

 こうして、よく分からん雰囲気で終わったインタビューであったわけだが。

 

 ……いや、別に不平不満みたいな感じじゃなかったけど。なんていうか、俺のお気持ち発表の後、記者たちがなんかすげぇきょどったり謙虚な感じだったんだよ。

 終わった時も、問題なく流れるように場を離れられたし、誰も俺に近づいてこなかった。

 ……というより、近づきづらそうにしてたような……?

 

 まあいい。

 それはそれとして、現状報告をば。

 

 現在、俺は待機室で帰りの準備をしているところである。

 

 こんの着苦しい黒スーツとなっげぇ灰色ウィッグをいち早く脱ぎたかったってのもあるが、何よりの目的はウィングの荷物を纏めに来たのだ。

 終わった後、病院まで即直行だったからな。荷物をかき集める暇が無かったんだよ。

 

 

「うっし、これで全部か……」

 

 

 滲んだ汗を手の甲で拭きとってから周りを見る。

 取りこぼしは無し。纏められるものは纏めて鞄にぶち込んだはずだ。

 

 

「ったく……衣装のせいでやけに(かさ)張りやがって。帰ったら速攻捨ててやろうか……?」

 

 

 さっきまで着ていた黒スーツとウィッグが入った鞄を睨んでそんな言葉を吐き捨ててみる。

 吐いてみるが……この先、ウィングとインタビューに出る可能性が無いとは言い切れないしなぁ……。流石に捨てるのは無い、か。はぁ……。(ガチ溜息)

 今すぐ忌み物として投げ捨てたいが、世間から見た俺のトレーナー像はこの衣装で固定されてしまったし。

 

 チクショウめ、後の祭りって奴か。

 

 

「……あぁ、後の()()といえば」

 

 

 ふと、思いだした様に俺は携帯を取り出す。

 淡く光る画面。白の背景と黒の線で作られたその掲示板では……。

 

 

「おお、いいねぇ。死ぬほど荒れてらぁ」

 

 

 ページを更新すればするほど作られる惨状に、俺は表情を歪め死ぬほどほくそ笑んだ。

 同時に沸くのは「ざまぁみやがれあの()()()()()()」という、最低で高揚な感情。

 

 白い背景に並ぶ文字。

 

 それはどれも俺が怒りを沸かせた記者と、ソレを含む組織に対する批判の掲示板(スレッド)だった。

 

 俗にいう、大炎上という奴である。

 

 

「くっはは! 喧嘩売る相手間違えやがって、あのクソ記者、今頃頭抱えてるかぁ?」

 

 

 歪んだ笑みから出てくる最低な台詞。

 画面に目を通せば、どんどん出てくるインタビューについての批判コメ。

 今頃、あのクソ記者がクレーム対応で徹夜マッハなのを想像してみると……愉悦が止まらない。

 

 わりぃ、もう止まらねぇわ。罵詈雑言がなんぼのもんじゃい、こちとら愛バを傷つけられてキレてんだっての。

 

 微妙な雰囲気で終わったインタビューはそれとして、俺言ったよな?

 

 ()()()()()()()()って。泣いて謝ろうが必ずぶっ潰すってよ。

 

 そんなわけで有言実行。

 インタビューが終わって裏方に回ったと同時に、俺は板へとスレ立て、開幕早々ブチギレレスを投下。

 

 予め、俺がインタビューに出るかも知れないという()()を立てておいたのが功を奏したか、うちのスレの民は真っ先に現状を把握してくれた。ついでに現地民や生中継を見ていた奴も居たようで、怒りを沸かせている状態からこの抗争はクラウチングスタートを切った。まさに万全な状態である。

 

 総員、舐めたマネしやがってと、臨戦態勢バッチバチ。

 ネットに住まうイカレタ奴らの数の暴力を見せつけてやろうと肩をグルングルンぶん回し続けていた。

 

 そうして、マグマのごとく沸騰した怒りは、もちろんその対象にぶちまけられた。

 

 スレの勢いが指数関数的に加速し、報復の方法をこれでもかと計画している愛すべきバカ共(スレ民)

 今にも実行しかけ、しかし躊躇の面が見られていた中。

 俺は、そいつらに向かって一つ、こう言ってやったのだ。

 

 

 ――――とりまあの会社のWebサイトに田代砲*3ブッ放して来い。話はそれからだ。

 

 

 問答無用のタヒ刑執行(ブッコロ)宣言。

 

 同時に、俺が一度はやってみたかった『祭り宣言』をした瞬間であった。

 

 

 

 そこからはもう、坂道を転がる石ころの様だった。

 田代砲の砲撃開始から始まり、電話ワン切りでの嫌がらせ、各々やりたいように怒りの炎を燃え広がらせていく。

 

 

「明日が楽しみだ」

 

 

 これほどまでにウィングが愛されていることを誇りに思いながら、俺はこの惨状が翌日にはどれ程のモノになっているのかと、最低に下卑た笑みを浮かべる。

 

 

「願わくば、これ以上立てないくらい再起不能になりますように、と」

 

 

 そう、最低で最高な感情を胸に掲げながら。

 俺は携帯を閉じ、荷物をまとめ、ウィングが待つ病院へと足を運ぶのだった。

 

 

 

*1
脚ぶっ壊してるから棒立ちと歌のみでのライブ

*2
灰色貞子ヘアー含め

*3
Webサイトやサーバーに対するサイバー攻撃ツール





祭りの開始を宣言しろ!磯野!

トラップカード発動!
喧嘩を売る相手を間違えた記者クンを生贄に、俺は伝説の祭りを召喚!
ターンエンド。

……あ、追憶編は次に掲示板回と後日談を書いて一段落になるかな。


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正直になってみた気持ちは


長くなっちまった。けど後悔はない。
今回、ウィング視点が多くなるよ。



 

 

 今更、思えばなんだけど。

 私って、ずっとレースの事しか考えてなかった。

 

 何をするにもレースの事ばっかで、走ることを何がなんでも優先してきたような……。

 

 うん。そうだね。

 勉強は普通なくらいの成績で――いや、ちょっと下の方かな……?

 そ、それに友達付き合いも少なくて……なんだったら休日もトレーニングで脱水症状寸前まで走ったりしてきたし……。

 

(あれ、私ってホントにレースバカって奴なんじゃ……)

 

 何度もトレーナーに言われ続けてきた私の本質(?)に、ちょっとだけ冷や汗。

 

 

 今更こんなことを思い返してるのは……ちょっと深くない理由があってね?

 

 つい最近、レースで脚を壊しちゃってさ。

 そのせいでトレーニングは中止。

 レースももちろん出れないし、今こうして右足にギブスを巻いてベッドに横になり続ける休日を過ごしているんだけど。

 

 やっぱり、そうなると暇ができちゃって。

 だから偶には、こうして自分を見つめ直す事にしてみたんだよね。

 

 で、見つめなおした矢先にちょっと冷や汗をかいてるのは、ね? あれだ。

 あのレースより前の自分、ちょっと……いや、大分ね? 楽しそうに生きてないなーって、思ったわけなの。うん。

 

 なんていうか、最近ちょっと視点が変わったっていうか、広がったっていうか。

 

 あのレース中に、ただ走るだけの楽しみを思い出してからか『勝つことだけが目的』っていうつまらなそうなレースに思い込まなくなって。

 心に余裕みたいなのができてさ。

 だからこう……色んな事に対して、目が届くようになったんだよね。

 

 友達同士の会話にも楽しみが生まれたし、偶にスイーツ巡りくらい時間を謳歌するようにもなった。

 

 ……これ、女の子なら当然かもしれないけど、私全然なかったからねこういうの。

 たまに、クラスの娘が誘ってくれたけど……それ全部蹴ってレース場に直行ダッシュした私を引いた眼で見てたあの娘たちの気持ちが、やっと分かった気がした。

 

 まあ、それもこれも、全部レースばかりな頭になってたからではあるんだけど。今思い返すだけで、ホントに女の子な経験ってしてこなかったんだなって顔を赤くしてる。

 

 

 ――まあ、それ以外の理由でも、今ちょっと顔を赤くしてるんだけどさ。

 

 

 さっき言った通り、私やっと女の子らしい趣味……ていうか感性? ができてね。

 色んなことに目がいくようになったから、レース以外のモノに対して楽しいって思う事が多くなったわけで。

 それをちゃんと楽しみたいって気持ちもあるから、自分の気持ちには正直になるようにもなってね?

 

 ……で、その()()()

 

 ちょっと、なんていうか。

 

 ずっと認めずに、誤魔化してた気持ちに正直になっちゃって、ね?

 

 

 

 

 ……ちょっと、トレーナーのことが好きすぎる自分に気づいちゃったみたい。

 

 

 

 



 

 

 

 

 思えば、こうして誰かの見舞いに行くのなんざ、人間20数年やってきて初めてだと思う。

 

 いや、別に見舞いすること自体が初めてというわけじゃない。

 ガキの頃は、よく殴り合ったヤクザバカの喧嘩の成れ果てを見に医務室に行くこともあったし、何ならその逆もあった。

 ……が、そりゃ見舞いの意図とは程遠い、ただの敗北者煽りをしに行ったりが多かったのだ。労いの気持ちが塵一つもないアレを、見舞いといっていいのかもよく分からんからよ。

 

 だからまあ、あれだ。

 ウィングへの、()()()()()()()()()は今回が初めてということで。

 

 レースでの故障から約半月。

 ようやく退院して、現在は松葉杖生活を送っているウィングを労いの念を込めて、俺は見舞いに行こうという気になったのだ。

 

 ……んだが。

 

 ただ、それと同時に、ちょいと迷う事態が発生しててな?

 

 

「見舞いの品……どんなもんがいいか」

 

 

 目を瞑って頭を回転させる。

 

 ちゃんとした見舞いということで、トレーナー室のPCを使い、通販の画面を眺めてしっかりとした見舞い品を吟味している最中なんだが。

 いかんせん、初の試みなもんで品物選びに躊躇いを覚えている俺であった。

 

 

「んむ……アイツが喜ぶモノねぇ……。果物、いや日用品……? アイツの事だし、それかもっとレースに関係する何かとか……蹄鉄もアリか……?*1

 

 

 いまいち固まらない思考。

 ウィングがモノを貰って喜ぶ姿が想像つかないのもそうだが、決定的なのは今まで贈り物などしてこなかった俺の経験不足からくる戸惑いだろう。

 

 ()()()()()()()()()というのは、割と悩みがちということが分かった今日この頃。

 

 腕を組んで、椅子に座りながら珍しい経験に目を細める俺。

 

 数分の思考の末、最終的に思いついた考えとは……

 

 

「……三人寄れば文殊の知恵ってな。スレに頼るか」

 

 

 結局、いつもの他人頼りであった。

 

 

 

 


 

 

 

 

187:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

というわけで平日の昼から安価だ

ポマエラ、いい案を出してくれ

 

188:サボりの住人 

キチャァ!

 

189:サボりの住人 

久しぶりの安価じゃ!

 

190:サボりの住人 

この日を待ち望んでいたぞイッチィ!

 

191:サボりの住人 

>>187 てか結局自分で考えてなくて芝

 

192:サボりの住人 

文殊の知恵って言うかただのくじ引きじゃねぇか

ウィングちゃん涙目だろコレ

 

193:サボりの住人 

それはそれ

 

194:サボりの住人 

これはこれ

 

195:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

いや、一応考えたは考えたがよ……

 

196:サボりの住人 

ほう

 

197:サボりの住人 

一つお聞かせ願おうか

 

198:サボりの住人 

どうせイッチの事だからロクでもないだろうけど

 

199:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

蹄鉄って流石にアウトかね?

 

200:サボりの住人 

「」

 

201:サボりの住人 

「」

 

202:サボりの住人 

「」

 

203:サボりの住人 

……絶句しかできない模様

 

204:サボりの住人 

そりゃそうだ

 

205:サボりの住人 

頑張った教え子の見舞い品に鉄の塊送るバカがいるってよ。どんな新人類?

 

206:サボりの住人 

ワイ、人外って言われても信じるぞ

 

207:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

……反応で察してるが、一応聞いておく

判決は?

 

208:サボりの住人 

ハハハ……アウトじゃボケがッ!!

 

209:サボりの住人 

良い訳ねぇだろうがクソイッチがッ!!

 

210:サボりの住人 

あれだけ頑張ったウィングちゃんがいたたまれんわッ!!

 

211:サボりの住人 

いっぺんその腐った脳みそ分解して再構築してこいやこの趣味人野郎ッ!!!

 

212:サボりの住人 

わお、情けよう者の無い罵倒の連続

 

213:サボりの住人 

この前の祭り騒動みたいだ

 

214:サボりの住人 

>>214 物によっちゃこっちの方が酷かったり

 

215:サボりの住人 

>>215 それもそうだな

 

216:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

……まあそう言うことよ

俺の感性が狂ってるのは俺も分かってるからよ

アイツを悲しませんのもあれだから、()()()()()()()ポマエラの知恵を借りに来たってわけだ

 

217:サボりの住人 

>>216 ……言い方にトゲがあるがまあいい

 

218:サボりの住人 

むしろ良く頼ってくれた

じゃなきゃウィングちゃんを悲しませるところだった

 

219:サボりの住人 

イッチに贈り物の選別はできない、と……

ハイコレ分析班行きね~

 

220:サボりの分析班 

りょ

役立たせてもらうわ

 

221:サボりの住人 

とにかくイッチよ、ワイらを当てに安価するってことでおk?

 

222:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

おう、頼んだ

 

>>230

 

223:サボりの住人 

無難に行こうぜ

 

224:サボりの住人 

ヨーグルト

 

225:サボりの住人 

可愛い系で攻めるのありか?

 

226:サボりの住人 

なんかの髪留め

 

227:サボりの住人 

ランシュー

 

228:サボりの住人 

花束

 

229:サボりの住人 

婚姻届

 

230:サボりの住人 

チョコレート

 

231:サボりの住人 

日用品

 

232:サボりの住人 

……なんかヤベェのいたぞ

 

233:サボりの住人 

婚姻届w

 

234:サボりの住人 

贈り物は俺自身だってか

 

235:サボりの住人 

クッソワロスw

 

236:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

笑えねぇわ! 普通にあぶねぇよアホ共っ!!

なんてモン投げてきやがる……

 

237:サボりの住人 

この際だ、籍入れっちまえよイッチ

 

238:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

入れるわけねぇだろうが

たくっ……とりま決まったな

 

239:サボりの住人 

チョコレートか

 

240:サボりの住人 

今12月だぞ?

バレンタインにはまだ2ヶ月ほど時間が開くけど良いのか……

 

241:サボりの住人 

バレンタイン……雌に雄にカカオ豆の加工食品を投げつける日か

 

242:サボりの住人 

>>241 芝

 

243:サボりの住人 

>>241 言い得て妙だが否定できない例えだな

 

244:サボりの住人 

>>241 バレンタインに恨みでもあんのか

 

245:サボりの住人 

でもまあ、蹄鉄よりかはよっぽど良い見舞い品だとは思うな

 

246:サボりの住人 

な。蹄鉄よりかはな

 

247:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

そんじゃ、チョコってことで

 

248:サボりの住人 

『形状』はどうするんだイッチよ

 

249:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

は? え、そんなんも決めんの?

 

250:サボりの住人 

当たり前だろ

 

251:サボりの住人 

むしろ形が大事

 

252:サボりの住人 

ほら、もう一回安価白

 

253:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

はあ、ほんじゃま >>260

 

254:サボりの住人 

掛かったなドアホがッ!!

 

255:サボりの住人 

コレを待っていたんだぜぇ!!

 

256:サボりの住人 

チョコの贈り物といやあの形に決まってんだろ!

 

257:サボりの住人 

ハート

 

258:サボりの住人 

ハート

 

259:サボりの住人 

 

260:サボりの住人 

ハート形

 

261:サボりの住人 

ハイ決定~、おらさっさと見繕ってこいやイッチィ!

 

262:サボりの住人 

ちゃんとラッピングしたモノ渡せよ?

じゃねぇと安価達成扱いにしねぇからな?

 

263:サボりの住人 

しっかりとハート形でなぁ!

 

264:サボりの住人 

告白まがいなことしてウィングちゃん照れさせてこいやぁ!

 

265:サボりの住人 

そんでその姿撮って後でワイら見せろ!

 

266:サボりの住人 

コイツ等欲望駄々洩れでターフ生える

 

267:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

テメェらマジで……いや別にいいがよ

ウィングに後でどやされんのは俺なんだぞ?

 

268:サボりの住人 

いいんだ

 

269:サボりの住人 

さすが恋愛感情に疎いイッチ!

そのにしびれる憧れないぃ!

 

270:サボりの住人 

>>269 憧れないんかい

 

271:サボりの住人 

こんな人間になりたくない人物と

微妙になってみたい人物ランキングだとイッチは上位に入るからね、仕方ないね

 

272:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

ひでぇ言われようだ……

まあ、とりあえずハート形のチョコレートな

そんじゃ買ってくるわ

 

273:サボりの住人 

ほーい

 

274:サボりの住人 

行ってラー

 

275:サボりの住人 

太陽神がいるな

 

276:サボりの住人 

ララララー、ララララー

 

277:サボりの住人 

イッチ、後で、報告求む

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 そんなわけで、やってきました美浦寮(みほりょう)の前。

 

 何故ウィングの部屋の前じゃないのかって?

 そりゃお前、トレセンの寮ってのは基本的に、原則上ウマ娘以外は立ち入りを禁止されてるからだよ。

 しかも、これはソイツの担当だろうと適応されてな。そういう理由ありきで、俺はしゃあなしに寮の前でウィングを呼び出して、こうして待っているってわけだ。

 

 ……因みに実を言うと、別に侵入ができないわけじゃない。

 

 ガキの頃には、神社やら知り合いの家やら勝手にお邪魔した経験もある。それ故この程度、部屋にお邪魔すること程度なら簡単にできるのだ。

 

 知ってるか? 窓ガラスってガムテープ張った上からブチ割れば音がほとんどしないんだぜ?

 こう、パリンッじゃなくてパキャンって感じに割れるんだ。

 

 ……まあ、そういう知識は持ち合わせているから、やろうと思えばできなくない。

 が、今日に限ってはそういう気分でもない。

 それに、急に不法侵入などすればウィングをびっくりさせてしまうだろう。

 

 ちょっとした良心が働いたのもあって、俺はこうして真面目に待っていることにしたのだった。

 

 

「お、来たか」

 

 

 そうして待つこと数分。

 

 

「お待たせトレーナー。ゴメンね、ちょっと時間かかっちゃって」

「いや、別に急用ってわけでもねぇからよ。気にすんな」

 

 

 やってきたのは松葉杖を片手に、痛めた右脚をちょこちょこと地面に着けない様に歩く学園服姿のウィング。

 

(……化粧? ウィングにしちゃ珍しい)

 

 ふと目立つのは、やけに頬の赤い見た目と、若干のリップが施された唇。

 さっきまで何かやっていたのか所々に化粧をした様子が見える。

 時間がかかった原因は、その化粧にあったのだろうか? などと考えてみるが推測に過ぎないし、別に俺が気にする程の事でもない。

 

 考えは隅に置いといて、俺はウィングに話しかける。

 

 

「脚はどうだ? まだ痛むか?」

「ううん、今は別になんにもないよ。ていうか、定期的に報告してるじゃん」

「そりゃそうだが、俺も心配性なんでな。大事にしたいモンに何か一大事でもあったら嫌なんだよ。だからこのくらいは許せ」

 

 

 正直な心配を表して伝える。

 

 あの故障以来、ウィングには何の異常もない。

 医者のお墨付きな上、元気にやっているウィングが見れるとこは喜ぶべきだが、されど俺は現実主義な人間だ。可能性などを考えてしまうと、ふといらぬ心配が浮かんでしまう。

 

 それ程、コイツのことを大事に思っているのはあるから……まあ、この程度の手間かけは許してほしい。

 

 

「だ、大事に……? そ、そう……ありがと」

 

 

 真面目な感情込みでそう伝えると、顔を赤くするウィング。

 

 どうやら、何度も言ってるはずの俺の宣言に照れているようだ。

 頬を上気させて、目線をあらぬ方向に向けているその仕草は実に可愛らしい。

 携帯を取り出して写真に残したいところだが、んなことをすれば俺の携帯は即座に踏みつぶされてゴミクズと化すだろう。

 

 スレ民には後で謝るとして、俺は自分の瞼に可愛らしいウィングの姿を焼き付けた。

 

 

「んんっ、それでトレーナー。急に呼び出して何か用?」

「ん? ああ、そうだったな」

 

 

 分かりやすく咳で空気を誤魔化し、本題に入ろうとするウィング。

 俺も俺で、これ以上ウィングの日常生活を侵害するわけにもいかない為、ササッと用事を済ませることにする。

 

 ガサゴソと、懐からソレを取り出す。

 

 スレの安価通り、ハート形のチョコレート。

 ラッピングもちゃんとした少しだけ値段の高めのミルクチョコレートを。

 

 

「ほらよ、見舞い品だ」

「え」

 

 

 躊躇なく、ウィングの前へと差し出したのだった。

 

 

 

 そうして、少々戸惑いながらではあったが、それを受け取ったウィングが寮の中に戻るのを見てから、俺もトレーナー室へと帰る。

 

 脚に問題もなかったし、ウィングも退院後に元気にやっていたことも確認できた。

 顔を赤くした可愛い教え子の姿も見れたことだし、今日も報告を待っているスレ民共にこの経験を教えてやるとしよう。アイツ等泣いて喜ぶだろうよ。

 

 ……ていうか、ウィングの奴めちゃくちゃ大事そうにチョコを抱えて戻っていったな。

 

 見舞い品にチョコって結構喜ばれるのか……なるほど。今後の経験に活かすとしよう。

 

 

 

 



 

 

 

 

 ハート形。

 

 ハート形って。

 

 

「うぅ~……」

 

 

 よりによって、贈り物にハート形のチョコレートって。

 なんなの私のトレーナーってば。女の子にそういうの送ることがどんなことなのか分かってないの……?

 

 いや、分かってる。

 絶対百も承知で、分かったうえで、トレーナーは私にこんな贈り物をしたんだ。

 多分、その考えの中には私に対するやましくない好意だけを込めているんだって。

 

 子供みたいにバカ正直な、私を大事に思っている気持ちがあるって。

 

 そう分かった途端、もっと胸の中で熱いものが込み上げてくる。

 

 

「うぅ~~!!」

 

 

 ベッドの上で痛んでない左足をパタパタさせる私。

 トレーナーの前では羞恥を隠しきってたけど、部屋に戻った瞬間もう無理だった。ダメだった。

 今の私、絶対恥ずかしさで真っ赤になってるに違いない。

 

 

「あんな……慣れない化粧までしてさ」

 

 

 ただ数分、会うためだけにそんな事に時間を使ったことも、今となっては恥ずかしい。

 

 だって、急に「会うからな?」なんて連絡着てさ? けど、なんかすっぴん見られたくないって急に思って……すごく焦ったんだよ?

 だからちょっと……なんていうか気合を入れてみたんだよ。

 

 そしたらもう、トレーナーのあの目がさ。

 可愛いものを見るようなあの目を見てさ。

 その上、大事にしてくれてるって言ってくれてさ。

 

 そして、こんな贈り物をしてくれて。

 

 ――うん。嬉しかった。

 

 私が慕う彼がくれた()()が。

 

 ……ううん。もう誤魔化さない。

 レースだけじゃない。自分の気持ちにも正直になることが楽しいって分かったから。

 

 だからもう、ずっと覆っていたこの気持ちを誤魔化したくない。

 

 

()()()()()、トレーナーが贈ってくれた気持ちがこんなにも嬉しかった」

 

 

 正直に、そんな気持ちに答えを出す。

 多分、分かっていた答えだった。

 

 あの花火を見上げた日から……?

 それとも、あの河川敷で泣きながらトレーナーの胸に抱かれた日から……?

 

 ううん、多分もっと前。

 あの日に、木の下で石ころだった私を見つけくれたあの日から。

 

 多分、私は。

 

 私の心は、トレーナーに寄り添っていた。

 

 

「~~~~!!!!」

 

 

 声にならない悲鳴を上げてから、咄嗟に両手で体を押さえる。

 

 ずっと気づかないフリをしていた私の気持ちを自覚した途端、紅い何かで胸がいっぱいになる。

 ベッドの上で身を悶えさせて、枕を抱きかかえてこの気持ちを晴らしてみようとするけど……ダメだ。もっともっとあふれてくる。

 

 恥ずかしいとか、切ない、とか色々あるけど、なんていうかその……。

 

 ……~~っ!

 

 ダメだ。言葉にできないや。

 それほど、私はトレーナーのことが好ましく思ってるって。証拠が生まれちゃう。

 

 

「す、好き……? 私が、トレーナーのことを……」

 

 

 疑問符を立てて、本当に自分の中に渦巻く気持ちがホントなのかを確かめてみるけど。

 

 

「……~~~~!!!!」

 

 

 1秒後には、ベッドにうずくまって尻尾を叩きまくる自分が出来上がってしまったことで、事実証明されてしまった。ていうか、このチョコをもらって喜んでいる地点でダメだ。

 むり。おさえられない。花びら1枚数える時間も無く認めちゃった。

 

 ……そうして数分の間、私は絶え間なくベッドの上で悶え続けた。

 

 何度も同じ問いをして、同じ答えが返ってくるのに、若干心地いい気分を感じながらも、私はこの恋心を抱きしめるようにうずくまったのだった。

 

 

 

 落ち着いて深呼吸を1回入れる。

 

 少し冷静になって、いやもちろん顔は熱いままだけどさ……。

 私はトレーナーの事をどうして好きになったのか考えてみる。

 

 あの所々ダメダメで、肝心な倫理観が欠けていて、子供みたいな性格のトレーナーのことがどうして好きになったのか……

 

 考えてみる。

 みる、けど。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「全部好きっていうのは……違く……ないよね?」

 

 

 結論、トレーナーだから。

 

 待って、答えが出ちゃった。違うって、確かに全部が好きってことには間違い無いかもしれないけど、それじゃ私ダメな人が好きっていうとんでもない一面があるってことになっちゃう……!

 それは違う。流石に私は、そんなダメ人間全肯定みたいな女の子じゃないはず……!

 

 そう思ってもう一回考えてみる。

 

 今度はトレーナーの良いところを、ちゃんと考えたうえで好きになった理由に答えを出してみる。

 

 …………

 ……

 

 

「ま、まあ。偶にかっこいいところはある、よね」

 

 

 ホントに、偶にだけど。

 子供みたいな性格を抑えて、やるときはやるのだ私のトレーナーは。

 

 この前のインタビューだって、真剣に私のことを想ってくれてあんな台詞と堂々と言ってくれたのは記憶に新しい。

 ……その後に、勝手に何言ってるの、とかちょっと恥ずかしかったって言い合いになったけど。

 

 正直、私はあんな大勢の場で、私のことを考えてるって宣言してくれたのはすごくかっこよかったと思ったし、うれしいと思った。

 

 

「それに、私みたいなのをずっと支えてくれたのもあるし……」

 

 

 石ころだったはずの私を、あの日木の下で見つけてくれたのも好感ポイントだ。

 ていうか、そもそもあれが無きゃ、私はトレーナーと歩んでこなかったし、こんな幸せな気持ちを自覚することもなかったはずだから。

 …………まあやっぱり、トレーナーだから。こんな好きになったんだなぁって。

 

 

「あとは、そうだ」

 

 

 次に、もう一つ。理由を見つけた。

 というか、これが決定的だった。

 

 

「やっぱり、私の全部を認めて、受け止めてくれたとこが……好き、なのかな」

 

 

 私みたいな娘に、寄り添ってくれて、知ってくれて、そして全部を認めてくれた。

 そんなトレーナーをずっと見てきた。

 だから好きになった。

 

 時に、喧嘩したりして、他愛ない話もしたりして。

 私が真面目な時は、真面目に考えてくれたトレーナーを。

 

 

「…………大好き」

 

 

 改めてそう表現してみた。

 

 胸の上で抱きしめた枕が、締め付ける私の心臓を表してくれる。

 キュンと締まるこの気持ちが、こんなにも正直に心の隙間を埋めてくれる。

 

 心地良いと、ホントに少し前の自分なら要らない気持ちだと放っておいたはずの気持ちが。

 

 こんなにも、幸せだなんて思いもしなかった。

 

 

「……ずっとあったはずなのに。あはは……私ってば、レースバカなんだから」

 

 

 失笑しながら、机の上に置いたハートのチョコレートを見つめる私。

 

 レースバカ、なんてトレーナーによく言われたものだ。

 頑固者だとか、その他にも色々言われたし、実際自分を見直した上だとそんな評価に否定はできない。

 乙女には……ていうか子供っぽくない私の性格は、普通の人は引いて見る様なものだろうけど。

 

 でも、トレーナーは、そんな私を見てくれた。

 

 

「……うんっ」

 

 

 覚悟を決めたように、スッとベッドから松葉杖片手に立ち上がる。

 そうして、すぐ横のチョコが置いてある机の椅子に座って、私はそのチョコを両手で持ち上げた。

 

 

「だったら、私も」

 

 

 私も、見つめなおすべきだ。

 この気持ちに、正直になって。

 この幸せな『好き』って気持ちに、目を背けないで。

 

『俺は、お前がやりたいことを存分に楽しめてるなら、それで満足だ』

 

 いつか言ってくれた、いつも言ってくれた台詞を思い出す。

 それが、トレーナーにとって一番幸せになることだっていうなら。

 

 今度は私が、トレーナーに満足だって言わせたい。

 

 やりたいことを楽しいって言える私になって、トレーナーにそう伝えて。満面の笑みで満足だって、言わせてみたい。

 

 

 そしていつかこの気持ちを。

 

 

「ふぅ……覚悟してよトレーナー」

 

 

 この正直で大好きなトレーナーへの好意を。

 あの、羞恥心が消え去った彼に()()()()()、驚いた顔にさせてあげる。

 

 日頃、あれだけ羞恥心を覚えたり、からかわれたりしたんだもん。

 ちょっと意地悪だけど、私は私らしく強引に『頑固者』らしく、トレーナーの有無を言わせずぶつけてみたく()()()()()()

 

 だから、これは私がやりたい新しい事。

 

 私は正直に、私自身のやりたいを決めて。

 トレーナーがくれたハートのチョコレートを持ち上げて、それだけを見ながら。

 

 

「私の気持ち、すっごく溜めて。

 

 ――――思いっきり伝えてあげるんだからね♪」

 

 

 私は、こうして初めて。

 子供みたいに正直に、この好きって気持ちを口に出してみたのだった。

 

 

 

 

 

 

*1
アリなわけねぇだろ





ようやく、現在のウィングに追いついた感じがするね。
……まあこれでスタートラインみたいなもんだけど。今のウィング、コレをバカ正直にゾッコン宣言してるんだぜ……?(震え)

まあとりあえず、これにてウィングの恋心自覚ということで。ステップが進んだね♪

追憶編はあと1話でいったん区切り。
次も愛読よろしくお願いします(お辞儀)


ようやく恋心を自覚したウィングにヒャッホウな人評価ボタン
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走った後の休息は


後日談と追憶回の一区切り



 

緊急 サボりトレーナーの日々 #666

 

 

1:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

ブッ殺ブッ殺☆

 

2:サボりの住人 

おお珍しく荒れていらっしゃる

元のスレまだあるのに、緊急でこんなスレ作る辺り怒りの度合いやばそうじゃ

 

3:サボりの住人 

イッチはご乱心だ

 

4:サボりの住人 

愛バを貶されて大激怒だ

 

5:サボりの住人 

そしてかくいうワイらも~?

 

6:サボりの住人 

あははは

 

7:サボりの住人 

はは

 

8:サボりの住人 

「」

 

9:サボりの住人 

無論、ブチギレテマス

 

10:サボりの住人 

怒髪天貫いてるでござる

 

11:サボりの住人 

絶対許されざるべきかあのクソ記者

 

12:サボりの住人 

絶許

 

13:サボりの住人 

絶許

 

14:サボりの住人 

絶許

 

15:サボりの住人 

今北産業、なんすかこの状況()

いつものスレとは違ってやけに殺意マシマシみたいなんだけど

 

16:サボりの住人 

>>15 よくきた

 

17:サボりの住人 

>>15 いつものスレ民だな、よし通れ

今から祭りの始まりだからな。存分に張り切るぞ

 

18:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

今北産の民にも説明がいるか

まずはこっちの映像を見てくれ

 

【例のインタビュー映像の動画】

 

19:サボりの住人 

説明タイムだ

 

20:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

次に、このカメラに写ってる貞子モドキクソ野郎はワイな?

ここでしか明かしてないが、俺アストラルウィングのトレーナーをやってるんで

 

21:サボりの住人 

>>20 なるほど把握

 

22:サボりの住人 

承知

 

23:サボりの住人 

すでに周知の事実

 

24:サボりの住人 

(因みに、貞子姿は変装で普段はもうちょいまともな恰好をしてるぞ)

 

25:サボりの住人 

(因みにワイは死ぬほど笑わせてもらった)

 

26:サボりの住人 

(あの格好で出てくるのは流石に不意打ち過ぎて庭に芝生え散らかした)

 

27:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

恰好はさておいて

映像見て貰ったら分かる通り、このスレではこのゴミクソ記者が放ったうちの愛バを貶した台詞に対して陰湿極まりない宣戦布告を

及び、殺意マシマシな嫌がらせをする会となってるぞ

 

以上、説明終わり

把握OK?

 

28:サボりの住人 

OK

 

29:サボりの住人 

承知

 

30:サボりの住人 

さてどんな嫌がらせをすべきか

 

31:サボりの住人 

クレーム電話は序の口か

 

32:サボりの住人 

甘いな、ワン切りいくべ*1

 

33:サボりの住人 

>>32 やはりワン切りか……

いつ決行する?

 

私も同行する

 

34:サボりの住人 

サボり院

 

35:サボりの住人 

連続してやってやらァ

 

36:サボりの住人 

オラオラオラオラオラ!(着信連打)

 

37:サボりの住人 

もう止まらねぇや

 

38:サボりの住人 

うちらのウマドルことウィングちゃんをバカにしたんだぞ

これくらいは報復しなきゃなぁ……?

 

39:サボりの住人 

みんな、大分あの娘にご執心な模様で

 

40:サボりの住人 

そりゃまあもう

 

41:サボりの住人 

推しですよ、推し

 

42:サボりの住人 

あの娘の頑張りを見続けたのはイッチに続いてワイらが一番近いから

 

43:サボりの住人 

その分愛着も沸くわ

 

44:サボりの住人 

愛着沸いた分、貶されたらボッコボコにするが

 

45:サボりの住人 

子供を持った父親の気分が今分かったような気がする

 

46:サボりの住人 

>>45 それだ

 

47:サボりの住人 

>>45 しっくり来た

 

48:サボりの住人 

もはや父性が湧いてるなここの民は

まあそれだけ、ウィングちゃんが努力してきた証って奴なんだろうけどね

 

49:サボりの住人 

だな

 

50:サボりの住人 

そうだね

 

51:サボりの住人 

さてイッチ、ワイらの準備は出来てるが

 

52:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

ログ追ってたよ

総勢、うちのウィングの事を想ってくれて大変ありがたみを感じてる

 

53:サボりの住人 

イッチが感謝してら

 

54:サボりの住人 

珍しや

 

55:サボりの住人 

明日は蹄鉄が降るぞ

 

56:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

で、今からあの記者の会社には嫌がらせ兼報復大合戦をするわけだが

ここでまともな思考を持つ奴……

もとい『普通の賢い奴』ならこう言う訳だ

 

「んな反社会的な事するんじゃねぇよ」と

 

57:サボりの住人 

まあ、残当

 

58:サボりの住人 

だろうね

 

59:サボりの住人 

もう少し様子を見ろって?

 

60:サボりの住人 

おちつけもちつけって?

 

61:サボりの住人 

いのちだいじにって?

 

62:サボりの住人 

……さて、イッチよ

アストラルウィングを最も間近で見てきたトレーナーならなんて答える?

 

63:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

ははは

 

――――とりま、あの会社のWebサイトに田代砲ブッ放して来い。話はそれからだ。

 

64:サボりの住人 

よく言った!

 

65:サボりの住人 

開幕宣言にふさわしい一言いただきましたぁ!

 

66:サボりの住人 

士気上昇じゃぁ!!

 

67:サボりの住人 

やべぇ今震えたわワイ

 

68:サボりの住人 

言ってることはただの嫌がらせしろや宣言なのに、すごいビビッて来たわ

鳥肌立ってる

 

69:サボりの住人 

偶にかっこいいから困るこのイッチ

 

70:サボりの住人 

いつも蹄鉄投げられてんのにな

 

71:サボりの達人トレーナー ID:saborima1

>>70 うるせぇ一言余計だ

 

とにかく、各々行動してくれよ

再確認だが、指針は主に○○社に対しての嫌がらせ全般

それ以外の人間に迷惑をかけない行為、及び障害にならない行為なら何やってもOKとする

 

――スレに残る祭りにしてやろうぜ

 

72:サボりの住人 

よっしゃああぁぁぁぁぁぁ!

 

73:サボりの住人 

始まるぞ!!!!

 

74:サボりの住人 

おらおら祭りスレだ! そこを通せやぁ!

 

75:サボりの住人 

メディアに取り上げさせてやる

 

76:サボりの住人 

こうなったスレ民は容赦ないぞ

 

77:サボりの住人 

年末近いから年賀状送ってやるか

軽く1000枚くらい

 

78:サボりの住人 

>>77 鬼w

 

79:サボりの住人 

>>77 絶妙な嫌がらせで芝

 

80:サボりの住人 

なんJから来ました

あの娘のファンなんで参加

 

81:サボりの住人 

そこらのVIP板から寄ってきました

>>80 に同上

 

82:サボりの住人 

なんJから来ますた

 

83:サボりの住人 

なんJから来ましたやで

 

84:サボりの住人 

他のスレからも来てる

 

85:サボりの住人 

なんJの民も来たな

 

86:サボりの住人 

おい、こことは関係ない別の板で批判スレあったぞ

 

87:サボりの住人 

やっぱファンもお怒りな模様で

 

88:サボりの住人 

ワイ、祭り広げに誘導してくる~

 

89:サボりの住人 

なんJと共闘なんてほんと久しぶりだ

 

90:サボりの住人 

久々の共闘だ

 

91:サボりの住人 

総力戦が始まる!?

 

92:サボりの住人 

久々の祭りじゃァァァ!!!

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「盛り上がったなぁ……ひっさしぶりの祭り」

 

 

 いつもの河川敷。

 あのレースから数日。ウィングが退院してまだ数日。

 そして、あのスレでの祭りがようやく落ち着いてきた頃の休日だ。

 

 ポカポカと照らす太陽の中、爽快な青空に身を任せながら、俺は芝に背中を預けていた。

 

 満点な快晴である。

 12月の下旬だというのに、今日は珍しくやけに暖かい。

 気分も上々、昼寝時にはちょうどいいと、さっきまで1時間ほど意識を手放していたところだった。

 

 そうして昼寝から起きた俺は、寝起き早々携帯を取り出し掲示板を確認した。

 それが先のスレこと「○○社全力嫌がらせ会場」である。

 

 

「いやぁ……まさか生きてる内に祭り宣言できるとは……やっぱ人生、何があるか分かったもんじゃないな」

 

 

 割とガキの頃から夢見た宣言が出来たことを思い出して、つい頬を緩める。

 淡く光る画面に映っているその内容は、俺がスレを立てた瞬間から祭りの宣言をしたところまでだ。

 その後は確か……7スレぐらい続いたんだっけ?

 

 電凸とか、あの記者の家にスネーク*2する奴がいたりとか、マジで面白い事が色々起きたもんだ。

 思い出しただけであの夜の高揚が止まらない。マジ会場(スレ)炎上具合(ボルテージ)最高潮(MAX)過ぎて寝れんかったわ。

 やってることはマジただの最低行為なんだが、それ以上にやり返してやったぜ感が楽しすぎた。

 

 後はそうだな。

 口実にはなっちまうがウィングを貶された分の憂さ晴らしがしっかりできたから大満足だ。

 

 あの後、あの会社の株価とかもガタ落ちしたらしいし、それなりに痛い目は受けただろうよ。

 

 

 

 

 

 何も考えず、ただ空を眺め続けた。

 

 最近は大分疲れたから。溜まった疲労を、体の力を抜くことで空へ飛ばすのだ。まるで風船のように。

 プラシーボ効果? 知るか、俺が疲れを飛ばすって言ったらこれが常套手段なんだよ。実際疲れは消えてんだからいいだろうが。

 

 まあそんなわけで、俺はだらけ切っている最中なわけだ。

 

 意識は手放さず、眼を閉じて大の字に寝っ転がると、全てがどうでもいいように思える気楽感を感じさせてくれる。

 そして、そんな気が抜けた感覚を隅々まで味わっている最中に。

 

 ふと頭上から、聞き慣れた声がした。

 

 

「やっぱり、ここに居たんだトレーナー」

 

 

 呆れたような声色で、だが俺と同じ気楽そうな声で俺に言葉かけてきたのは。

 

 

「お? ウィングか。どうした休日に、今日は友人とどっか遊びに行かなかったのか?」

「生憎ね。この脚じゃ、やっぱり長く歩けないから。しかも、昨日に続いて連続でショッピングを回ろうとしてたからさ、流石に無理~ってなっちゃって」

「……そりゃまあ、ご愁傷様」

「でしょ?」

 

 

 青鹿毛の髪を揺らし、緑のベストの下に白いキャミソール?ってやつを着た私服姿でやってきたのは俺の愛バこと、アストラルウィングであった。

 最近はよく友人と遊びに行く機会が増えたらしく、今日もその例と思ったが違ったらしい。

 

 

「定期健診はどうだ? 何事も無しか?」

「うん。ギブスも順調に行けばもうすぐ取れるって」

「そうか。そりゃよかった」

 

 

 まだ怪我をしてるので、松葉杖片手状態ではあったが、数日で慣れたのか既に苦は感じていない様子。俺としては安心できる様子でよかった。

 

 

「隣、いい?」

「おう、てか聞かなくても()()()()()()()だっての。今更だろ」

…………またそんな勘違い起こしそうなこと言って

「は?」

 

 

 腰を落ち着けて、俺の隣に座ったウィングが小声で何か言ったと思えば、ふと顔を赤らめる。

 怒ってとかじゃなく、一瞬だけ目を伏せた様子から多分アレは羞恥のそれだと思うが……。

 

 ……また照れてるのか? いや、でも今度は別にそんな意図は持たずに普通に言葉を返したはずなんだがな。

 先ほどの台詞に何があったのか、少し考えている最中。

 

 

「いいよ、別に。トレーナーは正直に言ってくれたんでしょ」

「ん? ああ、おう」

「だったらいいよ。私も嬉しかったし」

「? そうか」

 

 

 俺の考える様を見て察したのか。

 俺の空回りする思考を先に止めさせて、嬉しかったとおもむろに伝えに来るウィング。

 そう言った表情はとても晴れやかなもので、何処か……ふむ、さっき俺が大の字で寝ていたように気楽そうな印象を思い浮かばせた。

 

 ……てか俺、何も意図せずに会話してだけなんだが、何で嬉しかったと言われてるのだろうか。

 

 よく分からん。

 

 

「トレーナーはここでお昼寝、だよね」

「ああ。丁度、2度寝気味ではあったがな。お前に起こされちまった」

「あー、邪魔しちゃったかな」

 

 

 さっきまで俺が寝てたことを言い当てたウィングが頬を掻く。

 まあ、そりゃ急に寝ている最中に知り合いが寄ってきたら身も起こすだろうよ。別段ウィングに非は無いだろう。

 

 

「私は気にせず、も一回寝てていいよ。起きたい時間になったら私が起こすから」

「良いのか? そんじゃ遠慮なく」

「うん。お休みトレーナー」

 

 

 気遣ってくれたのか、ウィングが俺が寝ている所を監視しといてくれるらしい。

 有難い、こういう河川敷だと子供にいたずらされるなんざしょっちゅうだからな。見てくれるんなら是非もなし、断る理由もないわな。

 

 そんなウィングの言葉に甘えて、俺は再び芝へと体を落とし目を閉じてから。

 

 夢うつつと、意識が遠のいていきそうな中で。

 

 

……少し、少しだけ。我儘でもいいかな……?

 

 

 俺は、ちょびっとだけ。

 意地悪な声色でそう言ったウィングの言葉を聞いた気がした。

 

 

 

 



 

 

 

 

 少しだけ、意地悪な事をしたくなっちゃった。

 

 すぐ隣には、くうくうと可愛い寝息を立てている私のトレーナー。

 そして、そんなトレーナーに恋心を抱いている私ことアストラルウィング。

 人が少ししかいない河川敷で、私達のことを見ている人は通りすがりを覗いて殆どいない。

 

 それに……さっき言ってくれた「隣は私の」って言う言葉で、色々内心で高鳴ってるから。

 

 そんな状況で、隣で無防備な姿をさらしている恋愛対象に何かしたいという気持ちが生まれないかと聞かれれば……してみたいって言うしかなくて。

 

 

「……」

 

 

 最初は、ツンツンと頬を人差し指でつつく所から始まった。

 普段運動しているからか、割と引き締まった体に対して、力を緩めている頬はすっごく柔らかかった。あと寝顔が可愛い。

 

 

「…………」

 

 

 次に、頭を撫でてみる。

 灰色に染まった髪は、意外と手入れしてあるのかサラサラしてた。

 自分で染めてるって言ってたから、そこら辺はきちんとしているのかもしれない。あとやっぱり寝顔が可愛い。

 

 

「ん……ぅ」

「!」

 

 

 撫で続けていると、突然トレーナーが声を子供のように上げて身悶えた。

 強く撫で過ぎた!? と少し焦ってバッと手を離した私だったけど。

 

 

「すぅ……」

 

 

 再び規則的な寝息を始めたトレーナーを見て少し安堵する。

 

 1年ちょっとトレーナーと一緒にいたけど、やっぱりトレーナーは眠りが深いタイプだとこの地点で大体察してきた。

 まあ、寝るのが好きっていうくらいだから、そんな気はしてたけど……。

 

 ……けど。

 

 ねえ、これさ――もっと攻めた事ってできるかな?

 

 例えばそう……添い寝、とか。

 

 

「…………」

 

 

 そんな悪戯を想像してみたら、ボッと熱を灯らせる私の顔。

 マズイ、ちょっと……ていうか結構恥ずかしいことを考えてない私!?

 添い寝って。そんな付き合いたてのカップルみたいなこと……。

 

(うわ、うわぁ……っ!)

 

 思いつく私もそうだけど、いつか恋愛漫画で見たような光景を私がするなんて考えると、今度は私が身悶えそうになる。

 

 乙女としたら……まあ夢ではあるのかもしれない。

 異性と。それも意中の人と添い寝なんて、恋バナものだ。レアすぎる。クラスの話題独り占めだ。

 

 一歩踏み出せば、そんな経験ができる状況。

 思いもよらず手に入ったチャンスに少しうれしいと思いながら。

 

 けど、それ以上に恥ずかしいから一歩を踏み出せないという気持ちが私の中で拮抗しながらも。

 

 

「…………やりたいって思ったことを、よしっ」

 

 

 十分に考えてから。

 最後には、そんな恥ずかしいを「やってみたい」で押し倒すことに成功して。

 私は、松葉杖をすぐ傍に置いたまま、体を横に倒してトレーナーのすぐ隣へと身を寄せた。

 

 

「わ……ぁ」

 

 

 思ったよりも大きい体に、思わず少しだけ間の抜けた声を出してしまう私。

 あれだけ一緒にいて、近くで寄り添ってきたトレーナーがこんなにも大きかったんだって再認識させられた。

 

 

「し、失礼しまーす……」

 

 

 あまりの緊張で丁寧語になりながら、私はトレーナーが伸ばした右腕を枕にしてみる。

 大の字に伸ばした両腕の一つだ。大きく広げられたその腕は、私が頭を乗せたのにも関わらず微動だにしない。

 

 

「わ、すごい……」

 

 

 ホントに鍛えてるんだな、と感動すると同時に。

 ホントに起きないなぁ……、と呆れる感想が湧いて出る。

 

 ただ、既に私の心臓はバックバクだ。心音がトレーナーに伝わってないか心配になるほど埋め尽くされた思考に、そんな一瞬呆れた感想なんてどっかに行ってしまった。

 しいて出た感想なら――「たくましいなぁ」くらいである。

 

 

「起きて、ないよね?」

 

 

 再び、トレーナーの表情を確認する。

 相も変わらず、深い寝息と安らかで柔らかい寝顔だ。

 

(可愛い……)

 

 以前の私なら、何とも思っていない筈の何度も見たトレーナーの寝顔。

 それが恋心を自覚した今となっては、こんなにも愛おしいモノになるというのだからホントに自分でも思うくらい不思議だ。 

 

 この大きい体も、腕も、何もかも。

 

 

「私を支えてくれた大きい体なんだ……」

 

 

 そう思うだけで、私の奥底で何かがキュンと鳴った。多分、今の私はホントに『オンナの顔』って感じになってるのかも……。

 このトレーナーの大きい姿が、頑固者な私を支えてきてくれたのだと思うと、すっごくうれしい気持ちになる。

 

 嬉しさを糧に、今すぐにでも胸に抱き着いてみたいけど……

 

 そんなことをしちゃ、トレーナーが起きちゃうからさ。

 

 トレーナーが今、睡眠を楽しんでるなら私も楽しませてあげてたいから。

 私が何度もやってもらったように、今度は私がトレーナーにさせてあげるって決めたからね。

 

 だから、この先はちょっとお預け。

 

 いつか、トレーナーが許してくれた時とか。

 それか私とトレーナーが、()()()()()()になった時までしないでおこうかな。

 

 

「けど……」

 

 

 せめて、こればかりはやらせてほしい。

 ちょっとだけ我儘だけど、トレーナーの睡眠を深くしてみる。

 

 

「よい、しょっと」

 

 

 ピコッと、ウマ耳を動かしてから。

 

 添えるようにトレーナーの目元へ、アイマスクのように被せた。

 

 今日は眩しいくらいの快晴だからね。

 空に仰向けになってちゃ、太陽の光が眩しいと思って。私も横になりながらだけど、片耳だけトレーナーに預けてみることにしたの。

 

 ふふ、トレーナーも少しだけ気持ちよさそう♪

 

 

「それじゃ、お休みトレーナー♪」

 

 

 意識を落とす前に見たのは、大きく広がる青い空。

 そうして私は、トレーナーの寝顔を横に、人生初の添い寝を楽しむのだった。

 

 

 



 

 

 

 …………は?

 

 え、は、なんで?

 

 なしてコイツ俺の隣で添い寝しとると?(動揺全開地元語)

 

 

 

*1
1回だけ呼び出し音を鳴らすように電話をかけて切る迷惑行為

*2
対象となる場所などに潜入調査する人の総称






添い寝ぐせの始まりだったりする()

次回から現代軸に戻るよ〜
テイオー、出番だ。イチャイチャしろよ

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EP.3 イチャイチャが全てを解決する
レース狂いっ娘に合わせるのは先が長い



ほのぼの日常空間に戻るぞ~



 

 なんか、ちょっと昔の話をしてた気がする。

 

(……?)

 

 冬場の寒さがきつくなってきた12月のある日のこと。

 

 いつものトレーニング御用達のタブレットを持ち、テイオーのサポートをしてるウィングの横顔を見ながら俺は何となくそう思った。

 

 なんていうんだろうな……気が飛んでたとかそういうのじゃないんだがな。ホントに何となくだが、昔話染みたようなものを思い返していたような気が……?

 

 

「トレーナー、どうしたの?」

 

 

 眉をひそめている所にふと、一つの声が差し込んだことで現実に思考が切り替わる。

 そうだ、今は<アトリエ>の集団トレーニング中だったわ。

 

 

「ん~?」

 

 

 目の前の少女が俺の様子を下から覗いて(うかが)ってくる。

 俺のチーム、<アトリエ>の明るい娘top3に入る「メルトステイ」だ。

 いつものようにパッチリと開かれた眼から分かる通り元気満タンなご様子だった。

 

 ……マジで元気だな。チムメン全員、トレーニング終わりだから後ろでぶっ倒れてんのに。

 ふむ、明日メニュー調整するか。主に増やす方向で。

 こんだけ元気余ってんならまだいけるだろコイツ(鬼)

 

 

「ん、あぁいや何でもねぇ。ちょっと気が抜けてただけだ」

「そう? なにか遠い目をしてた気がしたんだけどなぁ~」

「まあ、偶にはそういう時もあるだろ」

 

 

 覗いてくる視線を避けながら、俺は余計な心配をさせない為にあやふやな言葉で誤魔化しを入れてみる。

 別に体調が悪いとかそんなんじゃないんだがな。念のためだ。

 

 そう? と納得したのか俺の話を聞いて去ろうとするメルト。

 

 

「あぁメルト、戻るついでに他の全員に伝えてくれ。今日は早めに解散してから、支度して俺の店で集合ってな」

 

 

 背を向いてチームメンバーの元に戻ろうとする時。

 思い出したように、俺は外してはいけない用事を去り際に伝えた。

 

 それを聞いて振り返るメルト。

 疑問符を浮かべた彼女は当然、俺にその理由を聞いてくる。

 

 

「いいけど……全員って、何かするの?」

「おう。チーム活動に慣れてきた頃合いだし、ここらで一旦チームメンバー全員の食生活を見直したくてな。最近何喰ってるかを一通り聞いておきてぇんだよ。

 調整だなんだかんだは後で俺がやるから時間は取らせねぇ、ってのも追加で伝えてくれると助かる」

 

 

 頭を掻きながら、俺はその理由を端的に話した。

 トレーニングの一環でもないが、まあ体調管理や体つくりに関する用事だ。走るというスポーツをしている限り、重要な位置役を担うこの内容は流石に外せない。 

 

 チーム結成から早1ヶ月。

 彼女たち、元々慣れ親しんだ『元』教官付きという関係にしろ、チームという団体となれば色々問題が起こりそうだから今まであえてこういう体に対する繊細な内容は流してきたが……どうやらその必要は無かったようで。

 

 関係は円満。俺以外に対する不満が無い事からメンバー同士仲良くできてるのは遠目でもよく見えた。

 だからそろそろ頃合いかと、俺は今この話を持ち掛けたのだった。

 

(……あ?)

 

 のだが、おい。

 メルトお前、何で若干俺を睨みながら顔赤くしてやがる?

 あと、何でお前腹をさすってんだ。

 

 そう思ったのも直後、すぐさま爆弾が俺目掛けて投げられた。

 

 

「…………私たちのお腹周りでも触るの?」

「触らねぇよアホかッ!!

 お前らの腹をわざわざ精査するわけねぇだろ。あとご時世と俺の立場的にんな事してみろ、即刻ブタ箱にブチ込まれるっつぅの!」

 

 

 食生活=体重とでも捉えたのか、頬を少し赤らめて身を引くメルト……に対して俺は大声で速攻否定の異を唱えた。マジ爆弾発言もいい加減にしろよ、お前ら俺を何だと思っていやがる……!

 

 

「でも、よく脚とか触るじゃん」

「アレはお前らの許可を取った上だし、メニュー表作成に必要だからやってんだよ。他意はねぇ」

「それはそれでダメだと思うけど……」

 

 

 メルトが言ってるのは、普段行っている触察での経過観察の事だ。

 直接脚に触れて(ついでにマッサージ)筋力やらなんやらを測定する行動が、コイツは何やら卑しいモノがあるんじゃないかと言ってるのだろう。

 

 だがそこは俺。そんな卑しい考えなど微塵も無いことを明確に伝えてやった。

 返せばそれは男としてどうかとジト目で見てくるメルトだが、俺も負けずにジト目で返す。

 ざけんな、お前ら強くするための行動に卑しいだとかそんな思考があると思うなよ。

 

 

「むぅ……まあいいか。それじゃ戻るから。さっきのやつ伝えてからお店集合でいいんだよね?」

 

 

 そんな男としての煩悩が欠如した俺をジト睨みしたメルトだったが、遂には諦めたようにため息をついて背を向けた。こういう話題に対して、俺に対するダメージを与えられないのを察したのだろう。

 はは、ウィングもよく通った道だ。別に自慢げに言うことではないが。

 

 

「ああ頼んだ。あと腹も空かせとけってのも言っとけ。時間取る代わりに飯ぐらいは全員分作ってやる」

「いいの!?」

「おう。どうせ俺の店来るなら、何か作ってやらんとな」

「ホントに!? やった~! みんな~トレーナーがご飯作ってくれるって~!!」

「脚はっや」

 

 

 ジト目で帰ろうとしたメルトの機嫌を少し回復させたろうかと、飯作ってやる宣言をしたところ大喜びで戻ってく腹ペコ少女1名。

 

 末脚を発揮させてまで、爆速で戻って行ったところを遠目で見送ってから5秒ほどタブレットに目を通している隙に大勢で「わ~い!」という歓声が聞こえてきた。……どうやら腹ペコ少女が増えたらしい。

 トレーニングで疲れてたのもあるだろうが……俺の飯好きだなぁアイツら。

 

 チーム結成から1月というもの、たまーに俺が店で飯を作り続けているといつしか<アトリエ>の名物となってしまった俺の飯。

 指をくわえながら物欲しそうにしているスぺ公の幻惑が見えるくらいには、彼女たちの好物になってしまったようで……。

 

 ターフの中央ではそんなウッキウキの少女らが、早々に軽い足取りで部室へと向かう姿が見えた。

 

 そんな光景を眺めていると、ふと横から上司の声が。

 

 

「……程々にしておきなさいよ」

「あ、はい。なんかすみません東条先輩」

「はぁ……」

 

 

 通りすがりの東条先輩の忠告を受ける俺であった。

 いやそんな神妙な顔をしなくても……あと眉にしわ寄せると老けますよ?(ガチ失言)

 

 

「厳しいねぇおハナさんは」

「ん、沖野先輩ですか」

 

 

 いつもの飴棒を咥えて俺に声をかけてきたのは、一緒に東条先輩と行動してたらしい<スピカ>の沖野先輩だ。相も変わらず軽い笑みでなにより。

 

 

「おう、今日そっちの店は開いてるか?」

 

 

 開口一番、俺の店が開店するかの確認をしてくる。

 どうやら来店する気満々なご様子だ。

 

 

「開いてますよ。ただ、うちの面子も大勢くるんでテーブル席は埋まりそうですけど」

「いや開いてんなら十分だ、今日は俺一人だからな。カウンターで構わんよ」

「そっすか、それじゃ一人予約と……。あ、もちろん酒は出しませんからね? 未成年が大勢来る手前なんで」

「おう、了解だ店長」

 

 

 そんじゃあな、とそんな確認と予約だけとって立ち去る沖野先輩。

 流石、後輩Aに続く常連その2なだけあってスムーズに済んだ。

 ……ただ、今月でもう給料の4分の1くらい吹っ飛ぶ勢いで店に来てるはずなんだが、ホントに大丈夫なのかあの人は……?

 

 やだぞ、また来店するたび皿洗いして帰ってく先輩の面倒見んの。

 

 

「…………一応、今日一言いっておくとして」

 

 

 予定を一つ追加して、俺はタブレットのカレンダーに印をつける。

 そして、タブレットの電源を落としてから。

 

 

「さて、テイオーの様子でも見に行くか」

 

 

 俺はすぐ傍で、別のトレーニングをしているテイオーとウィングの元へ向かうのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「おーい、ちゃんと頑張ってっかー?」

 

 

 歩を進めながら俺は手を振って、芝に転がる少女2人に声をかける。

 ぐでーっ、と大の字になって寝っ転がっているのがテイオー。女の子座りで俺が渡したトレーニング表を眺めているのがウィングだ。

 2人とも休憩中だったようだ。

 

 気を抜いている所に突然俺の声が聞こえたらしく、耳をピンッと反応させてから彼女らは振り向いた。

 

 

「あ、トレーナーだ」

「トレーナー! ねぇトレーナートレーナー!聞いてよ~アスウィーってばスパルタでさあ~!?」

「おぅ、どうどうテイオー。落ち着けもちつけ」

 

 

 ――と同時に、飛び上がって俺の胸元に抱き着いてくるテイオー。

 コイツが根を上げるとはまあ珍しい。しかもトレーナー三段活用で有無を言わせない勢いだ。つかよく受け止めれたな俺。

 

 てかちょ、コイツトレーニング終わりで汗でびしょびしょなんだが! おい待て抱き着くな、額を胸元に置くな服が蒸れるぅ!?

 疲れて甘えたがってんのは分かるがせめてシャワーとか浴びてからにしてくれ! じゃねぇと俺の一張羅が犠牲になるだろうが!

 

 

「ボク疲れたよ~! アスウィー、ボクと併走する時怖いし!なんか笑いながら距離詰めてくるし!」

「いつもの事じゃねぇか」

「うっ……」

 

 

 内心で早く離れろコイツ……、と言いながらではあるが。

 

 テイオーが駄々こねて抱き着いている理由の一片を聞いてから、俺はいつもの事だと即答する。

 それを受けて若干ダメージを受けたウィングがいるが自業自得だ。いつも言ってるもんな?お前その狂争癖で獰猛的に笑うの何とかしろってよ?

 

 長年培ってきたレースでの経験上仕方ないかもしれんがな、今のテイオーにはお前が持つ本来の想いの強さ(レベル)はぶつけるには荷が重すぎんの。対等にお前の笑みを受け止められんのはシービーレベルがやっとなんだよ。

 

 併走ゆえ、実力を何とか抑えても、感情と表情で表に出してりゃ怯えるのも当然だ。

 こればかりはコイツの経験値……いうなれば『気迫』ってもんが違うんだからよ。

 

 

「それ以上に疲れたの! だって今日、ほとんど休ませてくれなかったじゃん!」

「……あ」

「あ?」

 

 

 抱き着きながら大きな声で言うテイオーその台詞に、俺はピクリと反応。

 そして、細い目をして俺はすぐ傍の少女を見る。

 

 ……ほう、休憩ほぼ無しと。

 テイオーの脚は見た目以上に大分繊細だ。そうじゃなくても、体を動かす運動という以上少なからず休憩は必須のはずだ。

 そう、俺がよく言い聞かせてたはずだよなぁ?

 

 なぁ? そこで目を明後日の方向に向けてるアストラルウィングさんよ?

 

 

「……おいウィング。俺、休憩は程良く取れって再三言ってるよな?」

「い、いやね? テイオーって、近いうちにレースあるでしょ……? だからその為に、そう追い込みとしてね?こう頑張ってもらおうかなぁって思ってさ……」

「…………」

「……ごめんね?」

「よろしい」

 

 

 言い訳を述べるだけ述べる所をジト目で見続けたのが効いたのか、すぐさま謝罪の意を込めるウィング。

 可愛く首を傾げても、手をアワアワさせてもダメだ。指摘するところはしっかり指摘しないといけねぇからな。

 

 特にウィングに至っては、自分からテイオーを任せてほしいって言った身だ。ミスははっきりさせとくべきだろう。

 

 ……まあ気持ちは分かるがな。

 お前が現役の頃はレース前の追い込みを掛けてたから、その感覚が残ってるってのはあるのだろう。こればかりは時間と経験がモノをいう問題だ。だから深くは追及しないでおいた。

 

 

「ねえトレーナー。アスウィーってどんなトレーニングしてたのさ。……今日ホントに休み無くてキツかったよ?」

 

 

 ほぼ涙目で、俺に抱き着くテイオーが問いてくる。どうやら冗談じゃなくマジで疲れているようだ。

 いや、どんなって……そりゃコイツの場合だからなぁ……。

 

 

「私? 私はもう、休み無しでずっとトレーニングの日々だったけど?」

 

 

 懐かしめな遠い目をしていたら、口を開いたウィングがその答えを言い始めた。

 

 ――クッソ早口で。

 

「……ていうか()()()()なんて、現役の頃と比べたらまだまだ甘いよ。だって今日、バテるくらいしか疲れてないでしょ。私の場合、酷いときは脱水症状手前まで頑張るからね。で、大体トレーニングが終わる合図は、確か脚に力が入らなくなって立てなくなった時だったかな?でもまだ頑張り足り無いから何とかして立つんだけど、もうやめとけーってトレーナーに止められることが多かっt

 

ふとっふ(ストップ)ふとっふ(ストップ)だウィング。見ろ、テイオーがドン引きしてる」

「うわぁ……」

 

 

 爆速で現役時代の経験を語るウィングに、抱き着いてるテイオーはドン引いてた。それはもう、抱き着く場所を胸元から背中に変えるくらいには引いてた。てか怯えてるしコイツ。

 おかけで手を回されてる首が苦しいです。はい。

 

 てかおま、その激長台詞笑いながら言うのは普通にこえぇよ。ホラーだよ。戦闘狂、あるいはレース病だよマジで。俺は知ってるけど。

 

 そう苦言を呈してやると、今度はウィングから細い目で見られる。

 

 

「えー、でもこんなのやらせてたのトレーナーじゃん。私が引かれるのって結構心外だよ?」

「……トレーナー?」

「テイオー、痛い目で俺を見るな。確かにアレを考えたのは俺だけどな、嬉々としてやってた実行犯はコイツだっての……!」

 

 

 言い訳じゃねぇ。マジな文句だ。

 ふざけんな。なんで俺が喜んでウィングを痛めつけてるドS人間判定されなきゃいけねぇんだ。

 

 それに、アレはウィングだからできた芸当だっての。

 常人が引くレベルの根性とソレを支える脚が無ければやってはいけないモノなんだ。

 だからウィングよ。お前が引かれるのは割と残当*1なんだぞ?

 

 

「……ボク、アスウィーが強い理由少し分かった気がするよ」

 

 

 背中に乗ってるから見えてはないが、恐らく遠い目で空を見つめるテイオーを幻視する。

 そだなー。お前も()()を超えるんだぞー(棒読み)

 

 

「あはは、まあ誰でもはできないけど……でも、頑張り続ければいつかできるようになるから。

 出来るようになるまで、一緒にがんばろテイオー?」

「わ、わーい……」

 

 

 棒読みで、嬉しくもなさそうな声を発する背中乗りっ()

 それに対し、追いついてくれるのを待ち遠しそうに微笑むレース狂いっ()

 想像した過酷が、あまりにも遠い光景だったのかテイオーが若干、細い声色だったのは言うまでも無かった。

 

 がんばれテイオー。

 かつてのウィングに付いて行けるようになるまで俺は応援するからよ。

 

 

 


 

 

 

「ねえ疲れた~お腹すいた~!」

「おっと、暴れんなテイオー」

「あはは、テイオーってばご乱心だ」

 

 

 トレーニング終わり、ターフから部室までの帰り道。

 両肩に少女一人分の重量が乗っている感覚……に加えて、頭髪を両手で抑えられる感覚を味わいながら俺とウィングはその道を歩いている。

 

 なんでテイオーが歩いていないのかって?

 

 ――いやまあだってコイツ今、俺に肩車されてるから。

 

 疲れた疲れたーって、歩きたがらねぇし背中から離れねぇしで、しょうがなく肩に乗せてやったのだ。コイツなら重くないし、汗でパーカー犠牲にならないし俺も丁度良かった。

 因みになんか好評らしい。

 やっぱクソガキたる所は時間が経っても消えないのか、子供らしさ満載な感性の様だ。俺は良いと思うがね。

 

 

「トレーナー、いつものアレ無いの?」

「アレ? って俺の氷砂糖か?」

「そうそれ! 甘いモノならなんでもいいからほしいんだよ~!」

「そんなか……いやまあ持ってるが」

 

 

 んな口寂しいか……、と。

 俺はポケットから氷砂糖が入ったドロップ缶を取り出そうとして……それをウィングに止められる。

 何かと思って向き合ってみると、顔を横に振るウィング。

 

 

「ダメだよトレーナー。この後皆にご飯作ってあげるんでしょ? それまでお預け」

「え~!? アスウィーのケチンボー!」

「言われてんぞ」

「はぁ……テイオー? 間食は体に良くないんだから。体悪くするよ?」

「むぅ~……」

 

 

 おかんかお前は。

 

 母親みたいな台詞を吐いて、テイオーの間食を止めようとするウィングにそんな感想を抱いたのは俺だけじゃないだろう。

 

 てか、最近マジでコイツおかん味が増してる。

 テイオーが俺の担当になってから、あるいはトレーニングの世話を焼いてる内にだろうか? 子供のあやし方というか、そんな技術が増してる気がするんだよなぁ……。

 

 

「て、こらおいテイオー。ウィングに手ぇ出せないからって俺にやつ当たるな!髪の毛引っ張るな!叩くな!」

「むぅ~!」

 

 

 頭上で不機嫌そうな唸りを上げているテイオー。

 ポコポコッ、と叩かれる頭髪を気にしながら、俺はテイオーの太ももをタップする。でもやめねぇ。ダメだこいつやっぱまだクソガキだ。手癖が悪りぃ。

 

 果たして、俺には何をしてもいいと思われているのだろうか?

 それはそれで心を許されてる証拠で非常に温かみのある事だとは思うのだが……いかんせんこれでは家族の一幕ではないだろうか?

 

 テイオーが子供で、ウィングが母親、んで俺がその父親という立場。

 

 そんな、傍から見たら家族のようなやり取りが幻視できる。

 

 

「……ご苦労をかけまして」

「ホントだよ。お前が落ち着けてくれよコイツ。もう実質母親だろ?」

「母親……ふふっそうだね。私、これじゃトレーナーの母親だね」

「……おいなんだその笑みは」

 

 

 まるで幸せそうに微笑むウィングを見て、俺は怪訝な目を向ける。

 

 別に、と結局その言葉の答えを聞くことはできず受け流されてしまったが……まあ楽しそうだからいいか、と放っておくことにした。

 母親ねぇ……コイツ俺の隣に一生いるつもりだろうしな。いつの間にかその枠に入ってきそうだ。

 

 

「まあ、良いけどよ」

「?」

「何でもねぇ。ほらテイオー、いつまでもいじけんな。今日の飯お前の好物多めにしてやるから」

「ホントに!? わ~い!トレーナー大好き!」

 

 

 頭上で不機嫌極まる子供(テイオー)を飯で釣ってやる。

 そうすると素直に喜ぶテイオ―。ウィングはやれやれと肩をすくめている中、俺は今日の飯をどうするかと頭を悩ませた。

 

 日が沈む夕日の中を3人、仲睦まじく進みながら。

 

 今日も今日とて、他愛ないこんな日常を満喫したのだった。

 

 

 

 

 

*1
残念ながら当然





 やっぱ最近真面目回ばっか書いてたから、こういうの書くと筆が進むや。
 イチャイチャが一番。これ最強。

 ついでにまだ見てない人用に挿絵貼っとくわ。
 ウィングの勝負服だぞ。
 
【挿絵表示】



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猫はこたつで丸くなる、ウマ娘も例外ではないが


イチャラブ警告発生


 

 冬場に外に出たくないのは万人共通な思考だと思うが。

 

 いや、そもそも寒いのが好きな人間なんぞそう多くはないだろう。

 手はかじかむし、耳はやけに冷え頬は擦ってなきゃやってけない季節だ。せめて夏のようにプールや海という分かりやすい楽しいイベントがあれば良かったのだが、冬場はそんなイベントが殆ど無いに等しい。強いて俺が思いつくのがスキーに行く、程度のものしかない。

 

 むしろデメリットの方が多いだろう。

 体が冷えるというのは、日頃の運動に支障をきたすことが多い。手がかじかんではやりたい事も存分にできやしない。

 

 現にうちの担当共は、休日の今もこうして、寒いからとトレーナー室にこもりっきりだ。

 ウィングとテイオー、2人ともこたつで丸まりながら机の上でボードゲームを繰り広げている。

 

 

「『インディアンポーカーで勝利、隣の人から持ってるにんじんを3つ貰う』と。

 はいテイオーちょーだい♪」

「エ゛~!? もうボクのにんじん無いって~!アスウィーさっきから良いマス止まり過ぎだよ!」

「私のせいじゃないじゃん。ほら、無いなら手形とって」

「そんなぁ~……」

 

 

 市販に売られている、にんじんの数で勝敗を決めるすごろくだ。

 すごろく、というか人生ゲームに近い感じだろうか。ともかく、テイオーとウィングそして俺を含めた3人でこの娯楽に勤しんでいる最中である。

 

 サイコロを振って、各マスに書いてあるイベントに一喜一憂するうちの愛バ共は非常に微笑ましい。

 はは、写真撮って後でスレに貼ったろ。

 

 ……てな感じで、冬場は暖かい所で丸まるのが一番という話だ。

 理由? この楽しそうにしてる2人を見てその感想が浮かぶだろうが。外出てたらこれ眺めれねぇんだぞ。ぶっ飛ばすぞこの野郎。

 

 ……とまあ、冗談はさておき。

 だからと言って冬を好きだという奴の意見を全否定するわけでもない。

 

 好みは人それぞれだ。十人十色。

 そういう風情の感覚を楽しむ者も多い事だろうし、何より一見でそいつの感性を否定するのも俺の信念に反する。好きと嫌いは誰にだってあるのだ。

 

 てなわけで、結論を言うとだ。

 

 俺は部屋の中で仲睦まじく。

 自分の愛バらと暖まりながら、ゆったりするのが好きという答えを叩き出しておくとする。

 

 

「はい、トレーナーの番だよ」

「おお悪いな。……今順位どんなもんだっけ?」

「トレーナーが独走の1位なのは変わってないよ。たださっきの手形で私が2位、テイオーが最下位落ちちゃったかな」

「むぅ~、2人とも後で絶対追い付くからね!」

「はっ、勝てるもんなら勝ってみやがれ。実力で差がつくゲームならまだしも、運ゲーなら負けねぇよ」

 

 

 以上、膝上で暴れるテイオーに挑発しながら語った俺であった。

 

 余談だが、テイオーを担当に引き込んでから今まで、ゲームと名が付く勝敗は1割を切って俺の惨敗中だ。流石に自他ともに認める天才の感性を持っているからか、センス負けや実力負けが多い。今まで何度も苦汁を飲んできたのである。

 だがしかし、今回は確実なる運ゲー。勝率は5分5分のはず。そして現状は俺の大量リードを許している状況だ。

 

 俺は、大人げないにしろ今までの雪辱を晴らす為、そして小さくくだらないプライドを守る為、気を強く持とうと堂々の煽り宣言をしたのだった。

 

 既にクワトロスコア差がついてんだ……流石にテイオーが天才的なゲームセンスを持ってると言え、ボードゲームで負けはしねぇぞ……!

 

 そんな、万感の思いを込めサイコロを振る。

 

 

「あ」

「あ? …………ハァッッ!?!?」

「えっと『1000年に一度の彗星の影響で人と入れ替わる、次の手番の人と持っているにんじんを交換』……ってことはトレーナーとだ! わ~い!ボクが1位~~!」

 

 

 部屋中で俺の絶叫が響く。

 

 身から出た錆、もしくは死亡フラグとでもいうのか。

 万感の願いを込めて振ったサイコロは見事俺を地獄に叩き落とした。あまりに無情。なんだこれは。

 つか、なんでありふれた人生で『君の名は』してんだよ!? 1000年に一度って言ってんだからんな気安く起きて良いイベントじゃねぇだろ!?

 

 

「ざっけんな!? なんだこの頭沸いたマスは!誰が考えやがった!?許されて良い訳ねぇだろこんな理不尽がぁ!?」

「へっへ~ん! マスの言うことは絶対だもんね~!ほらトレーナー、にんじん出して出して!!」

「が、っぐこのっ……!」

「ぷっ、あはは!! 流石、期待を裏切らないねトレーナー!」

 

 

 発狂する俺、元気な笑顔で俺の膝上で飛び跳ねるテイオー、大爆笑のウィング。

 

 まさに阿鼻叫喚(カオス)

 この不条理理不尽鬼畜を極めたマスがこんなゴミのような展開を生み出したのだった。そして、ついでに俺が急転直下の最下位逝きである。マジで凹むんだが。俺は運ゲーですらテイオーに勝てないってのか……!?

 

 ……そして結局。

 

 

「いえ~い! ボクが1番~!」

「私が2位っと。で、もちろんトレーナーが」

「最下位だよクソが……」

 

 

 その後の番狂わせなどは起こらず順位はそのまま。

 テイオー1位、ウィング2位、俺が最下位というなんとも無残な結果に終わったのだった。

 

 崩れ落ちるように膝上に座る少女の頭に顎を乗せると、ウマ耳でペチペチと俺の両頬を叩いてくるテイオー。しまいには腰に尻尾を巻き付けてくる始末。……ご機嫌だなおい。

 

 満面の笑みでウィングにピースサインをするテイオーは非常に愛くるしくはあるが……今は惨敗した気持ちの方が強く出る。なにせこれで61戦7勝54敗だ。負けが込み過ぎだふざけんなバカ野郎が。

 はぁ……まあ敗北は敗北だ。そこは潔く認めるとして。

 

 とりあえず一回言わせろ。

 

 あのマス作ったどこぞのバカは一回(ツラ)貸せ。

 テメェの顔面を【自主規制(ピー)】して【自主規制(ピー)】してから【自主規制(ピー)】してやるからよ……!!(湧き上がる殺意)

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ということで~? 負けたトレーナーは今からボクのお願いを聞いてもらうよ!」

「できる範囲でなー」

「あ、保険張った」

 

 

 ボードゲーム終了後。

 元気のいい声量で、テイオーが俺に向けて言う。

 

 敗者に口無し、債務者に人権無しとでもいうのか(にんじんが通貨だが)

 まあ、あらかじめ今回は罰ゲームありというルールってのは決めていたので。

 見事すごろく勝者のテイオーからズビシッ!と、指をさされて刑の執行を言い渡される俺であった。キラキラと目を輝かせているテイオーは非常に機嫌が良さそうである。

 

 因みに俺は目を細めて気だるげだ。諦めの念すら漂わせている。

 何なら軽く冷や汗すらかいている。

 

 

「そんなやだ? 罰ゲーム、テイオーの事だし優しめにしてくれると思うけど」

「ははは、ウィング甘いな。敗者に人権は無ぇんだ。どんな事されようが俺はそれに従うんだぞ? 例え『今からダートで2000m走って来い』って言われても、俺はそれに逆らえねぇんだぞ?」

「トレーナーが想像する罰ゲームって過酷過ぎない?」

「流石のボクでもそんなこと言わないよ!?」

 

 

 HAHAHA、どうだか。

 細い目でツッコミを入れる2人をジト見する。

 

 因みに過大に警戒してる理由だが、俺は学生の頃からこういう罰ゲームにはいい思い出が無いのだ。

 ババ抜きに負けては購買の焼きそばパン抗争への参加を強いられ、格ゲーで負けてはその日の飯代を奢らされた(5桁の支払い)

 

 その他多数余罪があることを含めると、俺が罰ゲームを警戒するのは当然の流れだろう。

 

 数拍の間が開き。

 遂に覚悟を決め、身に降りかかる災難が何か。

 

 

「はぁ……で? 罰ゲームは決まってんのか?」

 

 

 嘆息交じりで、当の執行人(テイオー)に気だるげに聞いてみると。

 

 

「え? ん~いや、どうしようかなー」

「悩んでんのかい」

「だって、せっかくトレーナーを独占……いいようにできるいい機会なんだもん。普段できなそうなことをやって見たくてさ~」

「独占つったかお前」

「何かないかなー」

 

 

 無視ですかそうですか。ハイ。

 こめかみに指を当てて考えるそぶりを見せるテイオ―。

 どうやら相当悩んでいるようで、即時決断な性格のテイオーにしては珍しく長時間の長考になっている。

 

 

「う~ん」

 

 

 そうして、キョロキョロと視線を動かしながら落ち着かない様子になること数分。

 遂に決まったらしく、テイオーのウマ耳がピコンッと跳ねた。

 

 

「あ、そうだ! ねえねえトレーナー、膝枕して!」

「……膝枕ぁ?」

 

 

 貯めて思いついたモノにしては随分とあっけらかんとしたお願いに、俺はつい間の抜けた声を出す。

 なんだ、コイツの事だから『バカデカはちみー作って』くらいは言うと思ったんだが予想に反してもっと()なのが来たな。

 

 

「またまあ、何で?」

「アスウィーがね? トレーナーの膝枕がすっごく気持ちいいって言ってたから、ボクも気になったの!」

「お前の入れ知恵かウィング」

「私のせい!? いや確かに流れでそんな事を喋った気はするけど……」

「口緩みすぎだろお前」

 

 

 隣でこたつに包まりながら座るウィングをジト目で射抜く。

 

 俺も学んだぞ。最近、テイオーが突拍子もなく珍しいことを言うようになったら、大抵ウィングが関わってるって事がよ。

 焦り散らかしているウィングを眺め、あぐらかいてる脚の真ん中にテイオーをすっぽりと置きながら俺はそんな思考に行き着いた。

 

 

「つか、今更膝枕て。俺と普段から添い寝とかしてるだろうに」

「そ、それとこれとは話が違うんだよ! ボクはもっとこう……そう、カップルがやるような奴をやってみたいのっ!」

 

 

 両手を頭上に振り上げて抗議するテイオー。

 

 そうか。そうですか。

 すまんテイオー、俺にはその違いが一切分からん。

 添い寝≠カップル判定で、膝枕=カップル判定が正解なのはいかがなものかとは思うのが正直な俺の感想だ。

 一緒に寝るという行動は同じだろ? そこに一体何の違いがあるんだ?

 

 ……いや、こればかりは俺が分かってないだけで世間一般からしたら常識の部類なのか……?

 

 若干コメくいてー顔になりながら、俺はテイオーと視線を合わせる。

 

 

「ねえねえ、してよー!」

「へいへい……」

 

 

 対面座りになって、グラグラと俺の肩を揺らす駄々こねテイオー。

 ウマ娘特有の万力に揺さぶられながら、俺は気だるげに了承の台詞を吐いた。そんなに膝枕してほしいかお前。

 

 

「ったく……ほらこい」

「わーい! お邪魔しま~す♪」

 

 

 こたつから少し身を引いて膝をさらけ出してやると、膝に座ってたテイオーが飛び込むようにその枕元に寝付く。

 ぽすっ、と軽い音と同時に少女一人足りない分程の体重が膝に乗る。テイオーは小柄な方だからもっと軽いが。

 

 

「ご加減はいかがで」

「うむ、苦しゅうな~い!」

「さいで」

 

 

 ぐりぐりと膝を頭で弄られながら、俺はテイオーの髪を撫でる。

 サラッサラなポニーテールにフリフリと振られる尻尾。手入れが行き届いてる鹿毛の髪はまるで清水の様だ。

 何度もブラッシングしてきたが、コイツの髪はウィング以上に()きやすい。ウィング自身すら羨むほどである。

 

 

「ホント、お前の髪は気持ち良いくらい綺麗だなぁ……」

「ね? 私にも分けてほしいくらいだよ」

「えへへ、くすぐったいってば~」

 

 

 と、そんなことを考えてるといつの間にかすぐ隣やってきたウィングがテイオーの髪を触っていた。てか梳いていた。

 因みにトレードマークのポニテを奪われた俺は、すました顔でテイオーの顎をくすぐってやった。目を細めてニヘラと笑うテイオー。これでゴロゴロ鳴き始めたらウマ娘ならぬネコ娘だろう。可愛い。

 

 あと、今の座ってる位置なのだが。

 左に膝枕されてるテイオーが、真ん中に俺、右にウィング。

 4面ある四角形のこたつの1面に、3人がぎゅうぎゅう詰めになってる状態である。狭い。あとウィングとの距離が近い。肩当たってる。以上、報告終わり。

 

 

「にしてもトレーナーのお膝って芝生の匂いがして気持ちいいね~……ボクもう眠くなってきちゃったよ。ふわぁ……」

 

 

 こたつの暖かさに釣られたのか、急な眠気にあくびを取られるテイオー。

 芝生の匂いは……知らん。河川敷の芝の匂いが染みついたのか、それともターフの匂いが付いたのか。まあどっちもどっちな感じはするが、俺の体は芝生の匂いでいっぱいらしい。

 

 

「ありゃ、テイオーってばぐっすりの時間かな?」

「子供扱いしないでよ~……でも眠い……」

「あはは、まあ時間いっぱいゲームで遊んだし。疲れちゃったんだね」

「ま、だろうな」

 

 

 ウマ耳を畳んでから、俺の膝上で眠りに入るテイオー。っておい、癖で尻尾左腕に巻き付けるな。勝手にブラッシングすんぞこら。

 あと子供扱いしないでって言ってるが、コレは誰がどう見ても子供だろう。

 

 ウィングは眠そうにしてるテイオーの頭を撫でて甘やかしているところだ。

 慣れた様子で寝かしつける姿は……なんかもう、マジで母親みたいだ。

 

 俺も俺でテイオーに夕食まで時間はあるから寝とけ、と伝え背中を軽くポンポン叩く。

 子供を寝かしつける時の常套手段だ。これするとすぐに寝てくれんだよな。

 

 力を抜いて俺の膝に身を任せるテイオーの横顔は、とても安らかなものに見えた。

 

 

 

 数分後。

 

 

「うぅん……すぅ……」

「あ、寝た」

「思ったより寝付くの早かったな。……俺の膝枕パワーのおかげか……?」

「あははっ、意外とありそう♪」

「いや、ねぇだろ」

 

 

 視界の真下では無事、ぐっすりタイムに突入したテイオーが可愛い寝息を立てていた。

 右隣では俺の冗談が刺さったのか笑っているウィング。てか謎の膝枕パワーってなんだよ()

 

 

「結構あると思うけどね。だってトレーナー干したての布団みたいな良い匂いがするし。膝枕も固すぎないし、寝てる側としては気持ちいいんだよ?」

「……そういやテイオーも言ってたな」

 

 

 てことは、俺の膝は布団替わりか。なるほど不名誉なのか名誉なのか分からねぇなその評価()

 

 遠い目をしながら、俺はデスクに置いてあるノートPCに手を伸ばしそれをこたつの上に持ってくる。膝枕してるからこたつからは動けねぇし、テイオーを起こしたくはないしな。こんだけ幸せそう顔して寝てる奴を起こしたら、それはそれで罰が当たりそうだ。

 

 ふむ、余計に動けないからPCをいじるとしてだ。

 作業か、それかオンラインで将棋でも打つか……さてどうしようか。

 そう暇つぶしの思考をしていると。

 

 トンっ、と右の肩に何かが乗る感覚を覚えた。

 

 何かと思って隣を見れば、俺の肩に頭を預けたウィングの姿が見えた。

 

 

「ん? どうしたウィング」

「いやね? テイオー見てると、ちょっと眠くなっちゃってさ。丁度いい肩枕が隣にあったからつい」

「膝の次は肩かよ……。俺の体は枕製造機か……?」

 

 

 俺の吐き捨てた台詞に言い得て妙かも、とちゃかして微笑むウィングは実に楽しそうだ。

 

 

「すー……うん、やっぱりいい匂い」

「干したての布団の匂いが、てか」

「それに青い芝の匂いがする……トレーナー、昨日河川敷で寝てたからじゃない?ちょっと残ってるよ」

「マジか。染みついてんのかね?」

 

 

 肩に寄り掛かりながら匂いを嗅ぐウィング。

 俺も気になって左の袖を嗅いでみたが……分からん。いつもの俺だ。

 あとウィング、随分とレビューになれているご様子で。そのとろけた顔すげぇぞお前。隠れ匂いフェチらしき一面が出てるぞー。

 

 

「まあ、毎日のようにお昼寝してたら芝の匂いも付くんじゃない?」

「……そういうもんか」

 

 

 怪訝な顔で無理やり納得しておく俺。

 その隣では、まるでガムを嚙みしめるように何度も俺の匂いを堪能するウィングであった。

 と、匂い関連の話はこれで置いておくとして。

 

 

「……にしてもあれだな。罰ゲームが罰ゲームしてねぇなこれじゃ」

 

 

 現状を軽く見返して、さり気なくそんな感想を吐いてみる。

 

 

「あまりにも幸せ空間過ぎて?」

「それな。こたつで暖かいし、可愛い愛バらは隣にいるしで両手に花なんだよな」

 

 

 冬場にこたつでぬくぬくになって。隣には愛バが並んで俺と一緒に寝てるこの状況。

 言うまでも無く、まさに桃源郷だ。

 今まで学生(ガキ)の頃から受けてきた罰ゲームの内容にしては天地の差すらある。スレにこの状況を話せば、アイツ血涙を流すに違いない。

 

 と少し下卑た表情をしていると、不意にこんな台詞が聞こえてきた。

 

 

「私も幸せだよ?好きな人と一緒にいれてさ」

 

 

 急な大好き宣言。

 唐突過ぎて意味分かんなかったが、まあそこは俺。

 平坦な表情のまま素直に返す。

 

 

「そーだな」

「もー本気なのに」

 

 

 さりげなくそんな台詞を言ったウィングの意図は知らんが、俺もそう思うから肯定して返す。

 しかし、俺の返事が軽いと思われたのか、少しだけ頬を膨らませて不機嫌を表現している。

 

 別に、好きな奴と一緒にいるのは気の悪い事でない事なのは分かるよ。

 ただまあ、ウィングが思う『好きな人』と俺が思う『好んでる人』の価値観が違っているからだろうか、ウィングの言葉に入れ込んで肯定することはできなかっただけでな。

 

 つっても幸せの共有は出来てるつもりだ。

 

 その意図を含めて、俺は右手で肩に寄り添うウィングの頭を抱きしめるように撫でた。

 

 

「……ま、そこん所は少しだけ分かってるよ。ずっと付いてくるつったもんなお前」

「まあね~、だって好きな人なんだから。逃がしたくないんだもん」

 

 

 優しい青鹿毛の髪が指に絡みつく。

 

 同時に、腰に何かが巻きつく感覚。

 俺からは見えないが、多分ウィングの尻尾が巻きついているんだろう。コイツなりの愛情表現といった所だ。やり返し、という意図にも取れるが。

 

 

「はっ、逃げウマのお前から俺が逃げるって……骨が折れるなぁ」

「モノの例えだって。まあ、逃げたとしても私が全力で追いかけるけどさ」

「そりゃ大ごとだ。そうならない様、俺も()()()()()()()()ことにするよ」

 

 

 軽口に笑いながら、俺はウィングの頭を撫で続ける。

 

 笑いながら吐いた俺の台詞がおかしかったのか、一瞬きょとんとして「もう、ホントに」と一言、微笑を浮かべて目を閉じるウィング。

 幻覚か、さっきよりも腰の締め付けも強くなってる気がした。

 

 そうして、おやすみと睡眠に入るウィングを右隣に。可愛い寝息を立てているテイオーを膝下の左隣に置きながら、俺は卓上のPCに向き合って作業を始める。

 

 こたつの暖かさと、どこかしらくる満足感から得た心温かさを感じながら。

 

 俺は今日も今日とて、普通な休日を過ごしたのだった。

 

 

 

 





 突拍子もないラブコメ展開よりも、さり気ない日常で起こるイチャイチャの方が心に染みると感じる今日この頃です。


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婚活会場における男たちの叫び


トレセンは婚活会場です
おk?



 

 

 今日も今日とて開店日。

 トレセンの就業時間も終わり*1、体を休めるひと時の機会がやってくる。

 

 夜も更け、大人しかいない『ウマ小屋』の中で。

 

 

「トレセンは婚活会場じゃないんだよ!!」

 

 

 ダンッ!と、ビールが入ったジョッキグラスの底を叩きつけ叫ぶ男の姿があった。

 

 

「……おい、アレ一体どうしたんだ?」

「いつもの事だろう? また一人、トレウマの概念に飲み込まれそうなやつが増えただけだ」

「まだ若手だろうに……全く、先が思いやられる」

 

 

 端2つあるテーブル席で荒れている男を、そのまたカウンターに座る男達が眺めてそんな会話が繰り広げられた。

 会話の節目に哀れな感情が混じっているのは……まあ、思い当たる節があるのか。はたまた同情するところもあったのだろう。

 

 彼――否、()()は中央トレセン学園のトレーナーである。

 一人一人の少女達を見定め、見極め、支えていくエキスパートだ。

 この酒場に集まる者、その全てが例外なくその部類に分類される。……そう、例え酒の場で大荒れしていたとしても、職業柄では優秀な人材なのだ。

 

 そして、それはこの酒場の店長にも当てはまる。

 

 

「おーい。別に大声で駄弁るのは良いが、食器を壊してくれるなよー」

「あ、すみません」

 

 

 アストラルウィングのトレーナー。

 一人の少女を栄光へと導いた全身灰色男の注意喚起が、叫んでいたトレーナーに向けられる。

 酒が入り、感情的になっていても、拠り所『ウマ小屋』の店長でもある彼の言葉には逆らえないのかジョッキ男は素直に謝罪をした。

 

 それを見たカウンターに座るトレーナー達が、店長を見る。

 そして、からかうように笑って言葉を吐いた。

 

 

「店長やってるねぇ」

「そりゃまあ、真面目にやってるもんで」

 

 

 食器を洗いながら、あるいは料理を作りながらトレーナーのからかいに笑って対応する店長。

 酒の場の空気感というべきか、初めはこの店長も乗り気ではなかったのだが。店を始めてから慣れたもので、こういう茶化し合いは定番になりつつある。

 ……まあ大抵が、就業態度の悪い癖にこういう時だけ真面目に取り組むことに対してのからかいだが。

 

 と、トレーナーのくせに店長をやってる変人の話はここらで置いといて。

 

 それはそうとカウンターのトレーナー数名は、先程の切実な叫びに対しての話題に移った。

 

 そう、トレセンが婚活会場と化してる件について、だ。

 

 

「にしても()()、担当に迫られてる職員が増えた、か」

「なんかもう……指数関数的に増えてないか?」

「ここまでくると、むしろグラフにして指数を見てみたいですねぇ。こう、新人トレーナーに対する注意喚起も兼ねてですけど」

 

 

 そんな会話を行うトレーナー達は、何故か揃いも揃って遠い目をしている。

 詳細は言わないが、彼らは既に()()()()であり、今もなお担当に迫られている歴戦の猛者達だ。面構えが違う。

 

 

「特に最近は生徒の差し方も異常だ。いや、俺達トレーナーも彼女達に寄り添い過ぎではあるんだろうが……それはそうとして犠牲者が大勢出過ぎてる……!」

「それなんですよ……! こっちも最近、カフェとの距離がやたら近いって言うか……」

「待て、それを言うなら俺もだカフェトレ。タキオンの奴、最近になって睡眠薬を投与するようにまでなってきたんだ。当然、俺が起きた頃には何をされたか分からないし、何をしたか聞いても誤魔化してくるんだ。この前Yシャツがはだけてた時はクビを覚悟したぞ俺は……!」

 

 

 もはやその会話は、会話ならぬ懺悔のような感じだった。

 額に手を当ててうずくまっている感じ、悲痛と葛藤の感情が渦巻いているのが分かるだろう。

 

 決してだ。

 決して、彼女らの愛情表現が嫌と、彼らは言っている訳ではない。

 むしろその逆で、長い間自らの担当した――愛バにそのような感情を抱いてもらっていることは好ましく、受け止めたいとすら思っている。

 

 とはいえ、教育者であるからには、その生徒と恋仲であってはならない。

 ましてやその娘を支えるトレーナーとして、大人としての立場であるからには、それ以上の関係になってはいけないのだ……。

 

 例え、それが頭を悩ます葛藤になっても。

 彼らの精神は『鋼の意思』で強固に固めることを決意しているのだ……!

 

 

「んぐ……そういえばファイントレは? 今日来るとか言ってなかったか」

「……アイツなら、今外泊中だ」

「? 明日就業日だぞ、一体どこに……まさか」

 

 

 だがしかしそんな『鋼の意思』を持ってなお、抗えないものは存在する。

 

 流し込むように酒を呷るタキトレ。

 『ウマ小屋』に集まらなかったトレーナーの事を聞いてみると、次の瞬間絶句したように手に持ったグラスを静かに落とした。

 

 

「ああ。……今、ファイントレはアイルランドに連行されてる。つい6時間前の事だ。

 いい加減、ファインモーションの気が切れたんだろうな。遂に実力行使に出たらしい」

 

 

 身内の職場仲間がまさかのタヒ刑執行宣告。

 カフェトレともう一人のトレーナーは事情を知っていたらしい。そして唯一事情を知らなかったタキトレは一つ、大きな深呼吸を挟み頭を抱えた。

 

 

「そうか……遂にか」

「まあ、あの娘とアレは大分、他の娘と比べても特に距離が近かったからなぁ」

「温泉旅行の時はベッドインまでされたんだっけ? 今更ではあるけど、よく耐えた方ではあるよな。うん」

 

「前々から、スタイリッシュ国際問題を起こしかけていたが……とうとうあれが公式になるのか。喜ぶべきか憐れむべきか……」

「学内でのイチャつきが国を超えた問題にならない点で言ったら、まあ喜ぶべきなんでしょうけどね。

 それ以上に、将来が約束されてしまったことを自分は憐れみたいですが……」

 

 

 総勢、国境を越えてしまった同士を想って遠い目をしていた。

 起こってしまったことは仕方ない。子爵だか侯爵だか、強制『お前は家族だパンチ』を食らうであろうかのトレーナーを待つしかないのだ。

 結果としてそれが己の将来を決めるモノであっても、長く寄り添うことを選んだトレーナーだ。覚悟の上だろう。

 

 むしろ、ガチのお嬢様を相手によくぞここまで持ちこたえた、と彼らは敬意を表す。

 

 

「勇敢な彼に、乾杯」

「「乾杯」」

 

 

 酒の入ったグラスを持ち、遠くへ行ってしまった彼に乾杯を捧げるトレーナー達であった。

 

 

「なんなんすか一体」

 

 

 鬼気迫る表情の彼らを見て、店長は訳も分からずドン引いていた。

 

 

 


 

 

 

 先刻の台詞である『トレセン学園は婚活会場じゃない』は、トレーナーの掟の様なモノだ。

 

 新人としてトレーナーになった者に対し、言い聞かせられる内容でもある。

 どんな助言よりも真っ先に。

 それも念入りに、染み込ませるように。言い聞かせるのだ。

 ……そうでもしないと、平気で貫通してくるのだ。彼女達は。

 

 ――麗しな乙女の攻撃力を甘く見てはいけないのである。

 

 

「彼女らの『独占力』に抗う術なんて、俺ら持ち合わせてないでしょ。ただでさえ身体能力で勝てないのに」

「言うなタキトレ。日頃実験ばっかりされてるお前がそれを言うと、余計諦めが出てくる」

「分からせ、って奴ですかねぇ……」

 

 

 日々『鋼の精神』で愛バらの誘惑に耐えきってる彼らは満場一致でそんな感想を抱く。

 

 抱き着き、恋人繋ぎから軽いデートまで、形式はそれぞれとはいえ少なからずそのような経験をしてきた彼らの事だ。ついでのように身体的に差を見せつけられたことも多い為、もしも特攻された時は受け止めるしかないことを覚悟しているのである。

 

 その言葉に反応して、皿を洗っていた店長も反応する。

 

 

「ああ、やっぱタキトレさんでも抗えないんっすね」

「……てことは、店長さんも」

「体は鍛えてるつもりなんですけど。いかんせんやっぱヒトミミ族とウマ娘じゃ差が……ウィングとテイオーに力負けしてるってのは、男としちゃ結構悔しいもんですよ」

 

 

 人並み程度には体を作っている店長の戯言ではあるが、それもまた他のトレーナー2人にはショックの一言ではあった。

 

 研究に付いてく為、そして趣味の為に体を作ってる2人。

 この中で頑丈に最も鍛えてるだろうタキトレと店長が、諦め片手に言うのだ。

 日頃机と向き合ってるデスクワーカーにはどうすりゃいいねん。と心の中で吐き捨てながら絶望するのも無理はない。

 

 

「アストラルウィングか……」

「ウィングがどうかしました?」

 

 

 ため息と同時に、カフェトレが吐き出す。

 

 

「店長さん……ていうかアストラルウィングのトレーナーとしてですけど、彼女とはその……今でも健全なお付き合いを?」

「ん? まあ、不純ではないだろうが」

 

 

 急な問いに疑問符を浮かべるウィングのトレーナー。

 だが即答したその解答に、他2人のトレーナーが苦言を呈す。

 ダンッ!と、勢いよくおかれたジョッキには、少しの怒りと殺意がにじみ出ていた。

 

 

「嘘八百も大概にしろよ……!」

「あれだけ日頃イチャついてて『健全』って言うかお前……!」

 

 

 彼は知らぬことではあるが、彼と彼の元担当のイチャつきは、トレセン屈指の惚け話として有名なのだ。

 

 そりゃ、河川敷で寝てたり、ターフで寝っ転がったりなんてしてりゃ目撃者も多数いる。それをこの店長は気にしていないだけで、確かにその『トレウマ』という馴れ初めの光景として登録されてしまっているのだ。

 因みに余談だが、どこぞのウマ娘ヲタク(アグネスデジタル)の薄くない本の材料にもなっている。

 

 

「え、なんすかいきなり」

 

 

 急に殺意をむき出しにして変貌した2人に思わず引いてしまうウィングのトレーナー。

 

 ……しかし悲しきかな、こればかりは価値観と感性の違いだ。抱きしめや恋人繋ぎを、ただの友好的なスキンシップとしてしか見ていないこの趣味人野郎には、彼ら2人が放つ殺意の意図は理解できないだろう。

 

 純粋な男なら緊張や恥じらいを覚えるはずの事をされても、平然としているのだ。

 普通の人なら悶々としてしまうその気苦労を、このバカはストレスにも思わない。歪なすれ違いが発生してしまっているのである。

 要は、だ。

 

 

――お前のイチャつきのせいで俺らのメンタルぐちゃぐちゃなんだよ! この程度のスキンシップならやっていいんじゃねぇか?って歯止めが利かなくなることがあるんだよ、さっさと自分がやってる恥ずい行動自覚しろ!! そして自制しろ!!

 

 

 と、要約するとこういうことである。

 しかしそれでも趣味人。それを気にもせず平然とする一途を辿っていることもあり。

 

 だからこそ、こんな衝撃的な台詞も平然と吐けるのだ。

 

 

「いや、不健全も何も、俺と彼女(ウィング)はまだそういう関係にはなっていないっすよ。

 まあ、アイツは()()()()()()()()()()()ようですけど……俺にも体裁ってのはあるんで、そういうのはちゃんと大人になってからって()()()()()()()()

 

 

 赤面もせず、さらっと吐いたその台詞に周囲のトレーナーが絶句する。

 割と大きめな声で言ってしまったのか、カウンターに座るトレーナー以外にも、テーブル席で談笑している他数名にも聞こえてしまったらしく、衝撃的な台詞に店内が静寂に包まれてしまった。

 

 数秒、ザワザワとした状態が続き。

 

 

「おま、ソレ意味分かって言ったのか?」

 

 

 戸惑うように震えた声色で切り出したタキトレの台詞が、ウィングのトレーナーに向けられた。

 

 

「……? そりゃまあ。一生俺の隣に付いてくことを認めたって事ですよ?」

「違う、ああいや違くないが……あれだ。その関係をなんて言うのか、その意味が分かってるのかって話だ」

 

 

 難しい表情をして、言葉を少し詰まらせながら問うタキトレ。

 それに対し、ウィングのトレーナーは相も変わらず当然そうな表情のままだ。赤面も戸惑いも無く、いっそ不気味ですらある。

 

 そんな顔で吐き出された回答はシンプルだった。

 

 

「さあ?」

「さあ、っておい……」

「ただ意味だけは何となく。付いてくってからには、まあ後々付き合ったりもするんですかね? 結婚とかも……あるのかは知りませんけど。

 ああ、約束はもちろんアイツがちゃんと成人してからっすよ? 体裁気にしてるってのは、ウィングが大人になったら()()()()()()()()()()()()って意味なんで」

 

 

 苦笑しながら長く語られたソレに、周囲のトレーナーは動揺を隠せない。

 

 何せ、それは先程のファイントレ問題――将来の約束と同じだ。

 しかもこの変人野郎に関しては突発的などではない、既に本人との同意が取れてしまっている。

 

 

「……もう一回確認させろ。『恋人』じゃないんだな?」

「いやだから違いますって。ウィングも多分否定しますよ? 『恋人』()()()じゃありませんって感じで」

 

 

 ()()()

 はてさて、将来を――それも隣に居座ることを互いに許したその関係を何と呼んだらいいのか。

 

 問いかけたタキトレと、周囲のトレーナーを含めその問題に頭を悩ませる。

 

 この趣味人兼店長が言ったことが本当なら、確かに『恋人』などではないのだろう。

 交わしたのは将来の約束だけ。恋人になるとも宣言した訳でもない。

 まして、本人達は『恋人』であるという気すらない。

 

 今の関係は、ただの(いち)生徒とトレーナーという関係で済む。

 確かに不純ではない。健全な関係だ。白か黒で言ったら真っ白だろう。

 

 ……ただもし、その約束が叶う時が来たのなら。

 

 そう、もしも彼女が卒業した後、約束を違えず本当にそういう関係になるというのなら。

 生徒をやめて、ただの一人の女と男の関係になってから、その約束を叶えるというのなら――

 

 

 ――そりゃもう、『恋人』飛び越えて『夫婦』の関係になるだろ!?

 

 

 この瞬間、このバカ店長を除いた店内にいる全ての人間の心境が寸分違わず一致した。

 付き合う付き合わないとか、そういう問題を超越してしまっている。

 

 まさに『トレセンは婚活会場』という不名誉な称号通りの事が起こってしまっているのだ。

 

 彼氏彼女『恋人』やどうこうを飛び越えて、生徒とそのトレーナーが生涯の伴侶を約束しているなどと誰が思うだろうか。今現在進行形でトレーナーを連れ回して、親紹介をしているファインモーションじゃあるまいに。

 

 

「……ウィントレ、この世には『友達から始めよう』という言葉があってだな」

「? 知ってますよ。実際俺とウィングもそこから始めましたし」

「それが何をどうやったら3年そこらで『夫婦』モドキな関係になるんだよ……!?」

「しれっとした顔しやがって!」

「やっぱおかしいってこのトレーナー!?」

「マジで貞操観念どこに逝ってんだ」

「俺達が毎日どれだけ誘惑に耐えてると思ってやがる……!」

「ああ、今日も酒が美味い……」

 

 

 爆発するように殺到する店長への文句。

 

 ……余談ではあるが、ここにいるトレーナーは大体『好意を理解した上で回避しようと頑張るトレーナー』に分類されるタイプだ。

 

 そりゃ毎日、担当の魅惑的な誘いに耐えてる中、隣で当たり前の様にイチャつかれていては文句の1つや2つや3つは出てくる。

 初手で「トレセンは婚活会場じゃない」宣言をしていたトレーナーなど、今にも店長に組みかかって行きそうな勢いだ。周囲の男が止めなければその惨状は現実になっていただろう。

 

 

「俺だってな……! あの()とどれだけ一緒に居たいと思った事か……!」

「おいやめろ、その先は地獄(掛かり)だぞ!」

「『鋼の意思』が崩れかけてる! 誰かコイツに酒飲ませろ!」

「意識を保てっ!!」

「抜け駆けは許さねぇぞ! 俺達だって同じ思いなんだ!!」

 

「うるさ」

 

 

 婚活会場(トレセン)における男たちの叫びを端的に片付ける店長(ゴミ)

 阿鼻叫喚に包まれる店内で、趣味趣向に正直なこの男は非情なまでに冷静だった。

 

 

 さて、今日も今日とて開店中の『ウマ小屋』

 

 しかして今日は大人の時間。

 普段は言えないあれやこれや、他言無用な愚痴や惚けの数々が吐き出されることが許される酒の場で。

 

 トレセンという婚活会場に、頭を悩ますトレーナー達の一面をお届けした一幕であった。

 

 

 

 

*1
一部終わらない者もいる模様





付き合いだとか結婚だとか、そういうのってただの形式じゃん。
別にそんな形作った関係にならなくても、ずっと好きな奴の傍にいりゃそれだけで幸せなんだからそれでいいじゃん(トレーナー談)


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サブカル少女とそのトレーナーの距離は潰れている


トランセンドに脳を破壊されたんでサブとしてトラン回です


 

 夜が更けた時間帯。

 

 

「さぁて、ゲームゲームとっ……」

 

 

 いつもと変わらぬ日常をテイオーとウィングと一緒に過ごした『ウマ小屋』のトレーナーは、当たり前のようにトレーナー室に居座っていた。

 ……まあ、今やここは彼の家としてあるようなものだから、そこについてはこれ以上触れないでいいだろう。本当に今更な話だ。

 

 跳ねた声色の独り言通り、トレーナーは今から深夜の趣味活(プライベート)タイムに入るところである。

 

 デスクに座ってすぐ傍のPCを起動。トレセン配布のPCではなく、私用のPCを使おうとする所はしっかり……というかホントにちゃっかりしている。普段はあんなに不真面目なくせに。

 因みに余談だが、この変人(アホ)が掲げる座右の銘は「真面目に不真面目」である。

 まさにその銘にふさわしい性格だろう。普段の奇行を眺めている担当やその他トレーナーが聞けば、納得するように首を縦に振るに違いない。

 

 と、トレーナーに関する罵詈雑言はこの辺にして。現実の話に戻ろう。

 

 ウッキウキな気分で周辺デバイスを取り出すトレーナー。

 普段PC関連の店に寄ったり、バカでかモニターを12枚も並べるだけあるのか、デバイスも中々こだわったもので性能が良く値段が付くものが多い。

 大体が白か黒の色合いながらも、しっかりとした作りや重厚感は素人目でも分かる程だ。

 

 

「えーと、待合のVC(ボイスチャット)はどこにあるか……あった」

 

 

 スタンドマイクやイヤホンを付けて準備万端。

 さてゲームの時間と意気込む前に、トレーナーは一つコミュニティーアプリを起動した。

 

 普段はソロでのゲームが多い彼だが、今日に限ってはマルチでのお誘いがあったのだ。

 

 そういう訳で、早速その人物たちがいるグループチャットを見つけたトレーナーであったが。

 

(1人だけ……? 早入りしすぎたか)

 

 待合の場にまだ1人分の表示しかいないのを確認して疑問を浮かべる。

 今日はトレーナーの彼を含めて3人での趣味活だ。後1人足りない。

 残りの2人は、時間にルーズな人物ではない筈なんだが。

 

(まあ、入っとくか。後で来るだろ)

 

 とはいえ、既に待ち時間は迫っている。

 しょうがないからささっと、カーソルをUIの上に持ってきてワンクリック。VCにインする。

 

 ポロンッ♪ と入室を知らせるSEが鳴ったと同時に、見知った男の声がした。

 

 

「どーもー」

「お、ウィントレさん。どもです」

 

 

 画面の奥、イヤホンの向こう側から聞こえてくるのは彼が知り合ったあるトレーナーの声だ。

 冴えない声。深夜帯の時間だからか緩い声色で挨拶を返すその声には張りが無かった。

 

 一応、ウィングのトレーナーの方が仕事上先輩ではあるが、それを気にしないような、友人同士の軽い挨拶であった。

 

 

「お、アスちゃんのトレーナーじゃーん。なになにトレちゃん、今日の助っ人ってこの人の事だったのー?」

 

 

 その間に割り込む、女性にしては低い声色。

 こちらも先と同様に緩い声がイヤホン越しに聞こえてくる。

 

 彼女の名前は「トランセンド」

 

 サブカル好きで、ガジェット好きな、トレセンに学籍を置いているウマ娘である。

 そしてその娘が「トレちゃん」と呼んでいる男こそ、その名の通りトランセンドのトレーナーだ。

 

 

「まあね。すみませんウィントレさん、今日急にトランとのゲームのお誘いしちゃって」

「気にすんな。俺も元々このMMORPG*1には手を付けてたからな」

「いやー、ウチもホントはトレちゃんと2人でするつもりだったんだけどねぇ」

「3人フルパ限定のID*2が実装ってなったからね。まあ、こうして珍しい面子でゲームできるんだからいいんじゃない?」

 

 

 ゲームにおける専門用語を交えながら、軽い会話をする3人。

 口を動かしながらマウスとキーボードを操作する流暢さには、幾度とない慣れを感じさせる。

 

 

「ん?」

 

 

 と、ゲームを起動させる前にトレーナーは違和感に気づく。

 何かといえば、コミュニティアプリに表示されているVC人数の数だ。

 そういえば、トレーナーが入ったと同時になるSEの音が無かった。それに、表示人数も変わらず1人。彼を含めれば2人のまま。

 

 だというのに、実際には3人の声がする。

 

 

「なあ、そっちVCの状況どうなってんだ? こっちの表示バグか知らんが、人数が2人分しかないんだが」

 

 

 疑問をそのまま投じてみるトレーナー。

 その返しは割と軽く、そしてすんごい惚けたものだった。

 

 

「あーそれね。ウチとトレちゃん、今同じ部屋でゲームしてるんよ」

「……あ? ってことはなんだ。もしかしてスタンドマイクにそっち2人で声通してんのかコレ」

「そそ。だから表記は1人だけ。実際にはなんも問題ないから大丈夫よん」

 

 

 なるほど、と納得するウィントレ(アホ)だがそんな場合ではない。

 

 さりげなく、当たり前のように同室でイチャコラとゲームしてるぞ案件をぶつけてきてるのだ。……普通は驚け。夜に男女が一緒の部屋にいることを当たり前のように思うな。

 しかもこんな深夜帯に寮生活の彼女がトレーナーと同室で居ると言うことは、わざわざ外泊許可を取ってまでの凶行である。

 

 

「ガジェット店見て回ったついででねー。寮に戻るのも面倒だったからそのままトレちゃん()に来たんよ」

「俺は寮に帰ってもあまり変わらないって思ったんだけど」

「いいじゃんよー、減るもんじゃないんだし。むしろ麗しい乙女が来てトレちゃん嬉しいでしょー? このこの~」

「ちょ、脇腹つつかないで……」

 

 

 さらに聞けば、トレーナーの家に突撃してると言うではないか。

 画面の向こう側では意地悪な笑みと共に、両手で脇腹をつつくトランとそのトレーナーが乳繰り合っている。

 

 

「楽しそうだなお前ら」

 

 

 声越しではあるが。

 砂糖も過剰だというくらいマシマシで口中ジャリジャリ、吐き出しそうな空気感が形成されているが、そこはこのウィントレ(ボケナス)

 声色も跳ね上がっていて実に楽しそう、だとしか思っておらず微笑ましい笑みを浮かべるだけであった。

 

 ……ていうか、コイツもコイツで普段からウィングとテイオーで作ってる空気感が()()()()()()だと気づいた方がいい。

 前日の『ウマ小屋』でもあった話だが、アレを見たトレーナーが総じて羨まし気な視線を投げてくるのだ。しかも殺気という形で。

 いい加減、自覚しなければタヒ傷者が出かねないだろう。

 

 まあ、被害者はウィントレ本人だが。

 

 

 


 

 

 

 さて、イチャコラは落ち着いてゲームの時間である。

 

 

「トレちゃーんウチのデバフ解除ついでにヒールお願い。アストレちゃんもヘイト稼いでちょー」

「了解。オラこいや獣風情がっ」

「獣風情って……。あぁトラン、ヒールヒールっと」

「ん~、ありがとトレちゃん。アストレちゃんこっち準備かんりょ。頃合いでスイッチねー、ウチがトドメ行くから」

「おう」

 

 

 カチカチッ、というクリック音とコールの声が部屋に響く。

 忙しなく動作する指と手。それに冷静に落ち着いたゲーム内の報告(コール)は随分と慣れたものだ。

 

 ウィントレが守り(タンク)メイン。トラントレが回復役(ヒーラー)で、トランセンドが火力役(DPS)という役割。

 それぞれが決められてた役割(ロール)をこなしていき……。

 

 

「うりゃトドメじゃ」

 

 

 随分と軽い宣告。

 

 ズガァンッ! という効果音と共に、モニターの画面には淡い光と共に消えゆくエネミー。

 そして同時、ボス討伐のファンファーレが鳴り響く。

 言わずもがな、勝利した瞬間だった。

 

 

「ふぃー、トレちゃん2人ともお疲れぃ」

「おう」

「トランお疲れさま。いい火力だったよ」

 

 

 10数分における激闘を終え、集中を切ってから互いを称える。

 ゲーム内、戦場から町中に戻って駄弁る3人はまるで歴戦の戦士の様だ。

 

 

「にしても、トレちゃんとは普段からゲームしてるから実力分かってるけど、アストレちゃんも中々上手いねぇ。スキル回しも手馴れてたし結構遊んでる感じ?」

「程々だけどな。普段は将棋とかチェスとかをメインにやってるから極めてる訳じゃない。つか、それ言ったらトラントレも中々のモンだろ」

「まあね~。トレちゃんにはいつも支えて貰ってますから。ありがたやー」

「トランと一緒にMMOする時は大体ヒーラーだからね。慣れっていうかなんていうか」

「うぇへへ」

 

 

 デスクチェアの上で力を抜いてだらけるウィントレ。

 

 因みに画面の向こう側では、トランセンドが隣に座るトレーナーを崇めるように両手を合わせているのを、苦笑しながらトレーナーが彼女の頭を撫でていた。

 撫でるまでに移行(うつ)る秒数は約1秒に満たず。

 まさに自然な成り行きだった。物を言わす暇も与えない惚気だった。

 

 いい加減、他のトレーナーがこの光景を見たら発狂しそうだ。主に嫉妬の念で。

 

 

「ん?」

 

 

 ピンポーン、と。

 その前にイヤホンの向こう側で救いの手……ならぬ救いの音が鳴った。

 

 

「あ、ウチが頼んだウー〇ーイーツだ」

「こんな深夜帯に何頼んでんだよ……」

 

 

 どうやら、深夜の栄養補給がてら出前を頼んでいたらしい。

 ウィントレが深夜の食事に対し「体に良くないぞ」と言いかけたが、言葉を飲み込む。

 何せ、あっちにもちゃんとしたトレーナーが居るのだ。栄養管理も何もトラントレーナーの管轄だし、口出しをするのは余計なおせっかいというものだ。

 

 なのでウィントレは代わりとして、現在時刻は12時を回っているはずなのに今も働いている出前の兄ちゃん(姉ちゃん?)に労いの言葉を心の中で唱えたのだった。いつもお疲れ様です。

 

 

「ま、丁度終わったとこだしな。どうする、一旦休憩にするか?」

「ウチは賛成~。小腹空いた~」

「それじゃ一旦休みで。トラン、出前取りに行っておいで」

「ほいほーい」

 

 

 ゲームの時間は一段落ということで。 

 

 黒のチェアでくつろぐウィントレの耳に、多少の衣擦れ音とガタゴトとした物音が聞こえてくる。

 どうやらトランセンドが出前を取りに行ったようだ。

 

 残ったのはウィントレとトラントレの2人だけ。

 

 

「……時になんですけど」

「ん?」

 

 

 だらけているウィントレの耳にトラントレのどこか神妙な声が入ってくる。

 

 

「ウィントレさんって、担当の娘とすごく距離近いですよね」

「ウィングと? まあ遠くは無いが。それがどうした?」

「いえその……そんな関係を築いてるウィントレさんにちょっと相談がありまして……」

「?」

 

 

 力の抜けた声で言われ、ウィントレが首を傾げた。

 彼からは見えないがトラントレは多少顔を赤くして頬をかいている。何やら気恥ずかしい相談の様だ。

 

 

「端的に言うと……最近トランが俺の事好きすぎるんじゃないかって感じてですね……」

「はあ。良い事じゃねぇか」

「確かに良い事ではあるんですけど」

 

 

 別に悪い話じゃないだろと、当然の様に言葉を吐き捨てるウィントレ。

 だが、対称にトラントレの方は割と深刻な声色だった。

 

 

「その、なんていうか。俺、そんな思考が芽生えたせいか、ちょっとトランとの距離感を掴みずらくなってきたんですよ」

「掴み……なんだって?」

「要は、友達としての距離感が分からなくなってきたってことです」

「あーなるほど?」

 

「例えば、どんな時に?」

「そうですね……あ、トランよく俺に膝枕してくれって要求してくるんですよ。で、速攻頭を乗せてくるわけですよ。その時とかが一番感じますね、あーこの娘俺の事好きすぎだろって」

「ほう」

 

「あと、つい先日にB級映画をトランと見に行ったんですけど」

「ああ」

「鑑賞している最中に、いきなりトランから恋人繋ぎされた時は流石にビックリしましたね。めちゃくちゃ恥ずかしかったし、俺もトランも顔赤くしてたんですよ。で、何でそんなことしたのか聞いたら「なんとなく」って返したんですよ? 流石に勘違いしそうになるって言うか……」

 

「なるほど」

「はい」

 

「…………なあ、俺の素朴な疑問なんだが」

「なんですか?」

()()()()()()()()()()()、友達とかそういう関係ならスキンシップでするよな? 俺、ウィングとかと結構してるぞ?」

「……まあ、自分もトランに頼まれたらしますね。恥ずかしいのはありますけど、別に躊躇もないですし」

 

「あー、とりあえず相談ってあれか。距離感が掴めないだっけ?」

「ええ」

「俺主観から結論を言うとだな……それ、全然友達の範疇だから気にしなくていいんじゃね? 正味、これくらいしか思いつく言葉無いんだが」

「むぅ……」

 

「……ついでに一つ言わせてくれ。お前、相談相手間違えてねぇか?

「俺もそう思ってきました……。なんか俺とウィントレさんって似たところがあるっていうか」

「同じ趣味人たる故って奴か? 同族同士には抱えてる悩みが解決できないってホントなんだな」

 

 

 以下、大人のお悩み相談会の会話である。

 

 各自、色々ツッコミたいところがあると思うがどうか抑えてほしい。

 膝枕は『恋人』とやるもんだろうがッ!とか、私生活でイチャつくなッ!だとか、距離感バグり散らかし過ぎだろうがッッ!! 等の文句は数多くあるだろうがホント、どうか抑えてほしい。

 感性がぶっ壊れてはいるものの、彼らは至って大真面目なのだ。

 

 お互い遠い目をしている中。

 ふと、悩んでいる彼ら……というかトラントレの傍から横入りの声がする。

 

 誰かと思えば、さっき出前を取りに行ってたトランセンドの声だった。

 

 

「トレちゃーん、ごめん財布どこ? ウチの手持ちじゃ足りなくてさ〜」

「ああ、私室の机に置いてるよ。なんだったら俺の財布から全部払っちゃっていいから」

「え、奢り!? いえーい、トレちゃん大好き〜♪」

 

 

 言葉足らずでもこの以心伝心感。

 あっさりとした会話に満面の笑みで喜ぶトランセンド。ついでに大好き宣言ときた。

 

 こんな一幕ですら、砂糖を吐き出しそうな絵になってしまう。

 物理的な距離感ならまだしも、会話のやり取りまでも距離感バグで尊みを生み出している。もう手遅れだろう。この2人はさっさと付き合っとけばいいのに。

 

 何度も言うが、いい加減他のトレーナーがこの光景を見たら発狂しそうだ。

 

 割と平然としている距離感バグトレーナー2人は、間違いなく刺される対象になるだろうが自業自得だ。避けたかったらさっさと担当との距離感を自覚したほうがいい。築いている関係の把握と、己の安全のために。

 

 

「……まあ、気の合う奴と一緒に居たいってんなら、今はそのままの関係でいいんじゃね? 別に友達として見れなくなったからってトランセンドと離れたいわけじゃないんだろ?」

「それはもちろん。トランとは永遠の友達枠……だとは思ってるんで」

「なら離さない様に傍で見守っとけよ。お互いにな」

 

「ん~、どしたのトレちゃん。なんか話してた?」

「……いや、何でもないよ」

 

 

 相談内容に無理やり結論付けて、会話を終わらせるウィントレ。

 画面の向こう、トラントレはどうしたのと表情を窺ってるトランセンドの頭を撫でていた。

 

 一つ、ウィントレは一つあくびをして、頭を回す。

 既に愛バであるアストラルウィングを人生の隣に置くことを決めている彼からすると、先の台詞は自分に向けても言える事でもあった。

 

(まあ、そんな心配しなくても大丈夫だろ)

 

 と、ウィントレは軽く画面の向こうにいるだろう2人の事を考える。

 とあるゲームを経由し知り合い、交友関係もそんなに深くない2人だが、遠目で見ている限りあの2人を分かつような確執は生まれないと、彼は確信している。

 

 理由は単純。あれらと自分自身が似ているからだ。

 

 正確には、ウィントレとウィングが。トラントレとトランセンドが互いに関係を築いている理由が似ているから。

 どっちも『好きな人といたいから』もしくは『気の合う奴と一緒にいたいから』という理由が根底に存在するからである。

 ……単純かもしれないが、それだけで十分なのだ。

 

 だから互いに離れないし、譲歩し、近づくことを許せる。

 ある種の愛情、とも呼べる感情を向けうる相手に持ち続けている限り破局は有り得ない。

 少なくとも、そういうモノを持って己の愛バと接しているウィントレはそう確信している。

 

 故に、そんな自分たちと似ているトラントレたちは大丈夫だと、彼は安心しているのだ。

 

 恐らく画面の向こうで微笑ましい光景を作ってるだろう2人の事を考えて、ウィントレは言葉を発する。

 

 

「こういうのってなんだっけか、()()()()って言うんだっけか」

「ぶっ……!! ウィントレさん、それ結婚する時とかに使う言葉……!」

「お、アストレちゃん良いこと言うねぇ~、ウチとトレちゃんそんなラブラブに見える?」

「まあ、仲良くて良いなとは思うぞ。あれだ、新婚さんもびっくりするだろうってくらいにはな」

 

「…………へへっ、だってさートレちゃん」

「……あーうん。ありがとう……?」

 

 

 そういう知識にまだまだ疎い彼が、少女漫画で見た言葉を調子に乗って面白半分で投げた結果がこれである。

 

 ……相変わらず、突拍子も無くバカでか爆弾を放り投げるウィントレ。

 それをまともに食らったトランたちは、お互いに相手の表情も見れない事態に発展してしまう。

 赤面してあちらこちらと視線を逸らすトラントレに、伊達眼鏡を外してニヤリと微笑むトランセンドがいる光景。

 

 まるでラブコメめいた一コマが出来上がってしまったのであった。

 

 

 


 

 

 

 おまけの一幕

 ウィントレとのゲームが終わった後の事。

 

 

「トレちゃーん、ウチ今日泊まっていい?」

 

「え、いいけど。トラン終電は?まだ間に合うよ?」

「今から乗ろうとしたら走って汗だくになっちゃうって~。いいっしょー、ウチとトレちゃんの仲だしさ~?」

「うーん……ちゃんと外泊許可も出してるんだよね?」

「モチのローン。大丈夫よぃ」

「ならいいか。先に布団出しておくからシャワーでも浴びてきたら? ゲームして疲れたでしょ」

「おけー。先に貰っちゃうよん」

 

「着替えはどうする?」

「トレちゃんの上着借りるよー。下着は持ってきてるから」

「おー……って最初から泊まる気だったんじゃないか」

「あは、バレた?」

 

 

 さらっとトレーナーの家にお泊りする気満々なトランセンドであった。

 

 

 

 

 

*1
オンラインゲーム

*2
ゲームで言うダンジョンの名称



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体重増加は女の敵、そしてノンデリは人類の癌

「……いやいや」

 

 

 何でもないある日の事。

 どこにでもある脱衣所の中で、一人の少女が目の前の事実を否定するかのように呟いた。

 冷や汗をかき、首を横に振るその様は付きつけられたテストの点数に目を逸らしたい子供の様だ。

 

 しかし、否定はしきれずもう一度。

 もう一度だけ、とただ事実を示す板切れに自らの脚を乗せた。

 

 ピピッ、という音と共に事実が浮き出る。

 

 

「……いやいやいや」

 

 

 だが、変わらず返ってくるのはさっきと同じ事実のみ。

 青色に染まった板切れは、真ん中の数値を変化させないまま動かない。

 引き攣った声色はもはや絶望の音を上げている。こんなはずでは、という思いが込められた呟きが空を切った。

 

 されど、彼女は頑固者。

 

 彼女らしく、3度目の正直に挑むようだ。

 

 

「……ふー」

 

 

 バササ、と衣擦れと軽いものが地面に置かれる音。

 成人女性に見合った……いや、並みより少し上のスタイルがさらけ出される。

 上着、下着、その他諸々を全部ほっぽり出してしっかり息を吐いてから板切れに乗る徹底ぶり。

 はてさて、その小細工に見合った結果は出たのかどうか……。

 

 ピピッと、無情に聞こえてくる判決の音。

 

 

「…………スゥー…」

 

 

 その答えは、吐き切った空気を細く吸う彼女にしか分からないだろう。

 

 

 



 

 

 

「……重くなった」

 

 

 開幕から回想になってすまん。

 

 あれは確か半年ほど前のことだ。

 丁度、テイオーをウチの担当にして間もない頃。

 ついでに言うと、テイオーのトレーニングメニューを固めていた時期の事だった。

 ウィングが俺のトレーナー室にやってきたと同時、早々に深刻そうな表情でそんな台詞が吐かれたのである。

 

 

「何が」

「体重が」

「あっそう」

「反応軽くない!?」

 

 

 あの日はウィングとテイオー、そして俺の3人でトレーナー室に入り浸っていた。

 俺はウィングから宿()()()()()()()()()少女漫画を片手に椅子に座って。ウィングはトレーニング前の柔軟をしていたテイオーをぬいぐるみのように膝元で抱えて安らぎを得ていた。癒しが無いとやっていけなかったのだろうか。

 

 ……にしても体重が増えたとな。

 

 

「ちなみに聞くが、どれくらい?」

「……ノンデリ。まあ私が振った話だから言うけどさ……」

「言うの!? え、アスウィーそれホントに言っていいの!?」

 

 

 安らぎを得ている割には、まあ死んだような淀んだ目をしているウィングであった。あとツッコミありがとなテイオー。大人しくぬいぐるみと化しててくれ。

 

 

「久しぶりに体重計に乗ってみたんだけど……まあ、これくらい」

 

 

 手のひらをパーの形に広げるウィング。

 5本の指はそれぞれ大きく直立しており、それが彼女の負の指数を示す数字になっていることを察した。

 

 なるほど、確かに深刻な数値だ。それも女の子の事情となれば多すぎる数値。

 ただなぁ……。

 つっても毎日オーバーワーク限界までトレーニングをこなしてたあの頃のウィングの生活を考えるとなるとなぁ……。

 ふむ。

 

 一考の時間を取って、俺が出した結論は。

 

 

「……まあ妥当だろ」

 

 

 さすがに残当。この一択であった。

 

 

「妥当って……結構私凹んでるんだけど」

「あのなぁ。お前引退してから、ずっとサポート課で何かの勉強したいからって机と向き合い続けてたんだぞ? 現役の頃はほぼ年中で動き続けてきたんだから、急に動かなくなったらそりゃ体重も増えるのも当然だろ。……なあ元アスリート?」

「あーあー! 聞きたくなーい! 今そんな論破聞きたくなーい!!」

 

 

 子供か。いや子供だったわ。

 

 ウマ耳を絞って俺の台詞から身を守らんとするウィング。

 しかし残念ながら現実は変わってはくれない。増えた脂肪(モノ)は減ってはくれない。無情なり世の摂理。

 

 

「アスウィー?」

……それもこれもトレーナーがたまに出してくるまかないが美味しいからダメなんだって。いや、私も私で体重管理をうっかりしてなかったのも悪いけどさ……。幸せ太り? 的な捉え方もできるけど、でも増えた大本の原因は絶対トレーナーだし……やっぱりこう体重増やしたくないし……

「ピッ!? トレーナー! 怖い!なんかアスウィー怖い!!」

「気にすんな。コイツは今、腹と心に引っ付いた贅肉を今更ながら体感してるだけだからな」

「贅肉って言わないでよぉ……」

 

 

 哀れウィング。

 ついには力を抜いてテイオーの頭部に顔面をブチ乗せる女の子を眺めて俺は内心で黙祷した。

 

 ……いやまあ、自業自得とまでは言わんよ。

 コイツが引退してからは、ほぼ毎日取っていた身体触察もお暇してたしな。

 深刻になってから気づいたのはコイツのミスではあるものの、俺も俺で元とはいえど担当の身体事情を気にしなかったのはある。テイオーの面倒見もあったしな。責任の所在は半々といったところか。

 

 

「テイオーは良いねー、今をときめくアスリートだもん。気にしなくても痩せれるでしょー?」

「……ボク、そういうのあまり気にしたことないんだけどなぁ」

「む、言っちゃいけないこと言ったな~! そんなこと言うテイオーはこうだ!」

「え!? ぷっ、あははっ! お腹ムニムニしないでよアスウィー!」

 

 

 テイオーのお腹やらなんやらをムニムニ触りながらウィングがしかめっ面で愚痴る。

 むすっとしてるのは、シュッとしてるテイオーのスタイルを羨んでいるのだろうか。あるいは、あれが嫉妬というものなのだろうか。

 

 クスグッタイヨ‐! と笑ってウィングに抗議するテイオー。

 だがウィングの方は知ったことかと、どうも離れるつもりがないらしい。やはりぬいぐるみと化したテイオーがお気に入りの様で。

 ……あと、さり気なく深呼吸して匂いを嗅いでないか? おーい。隠してるつもりの匂いフェチ出てるぞー。

 

 

「ったく……」

 

 

 母と子の団欒みたいな光景に、思わず微笑ましい笑みを浮かべる俺。

 元々テイオーにはそういう甘やかしっ子で可愛がりな節があるのもそうだが、こうして睦まじい仲になったのはウィングのコミュニケーションが良かったのだろう。随分と仲良くなったもんだ。

 

 ……さて、それはそうと体重の話だったな。

 

 現状、ウィングは増えてしまった贅肉に絶望してる最中だ。

 そんでシュッとしてるテイオーを羨ましがっているようらしく、目の前でイチャコラ弄り倒してる。

 触り方がムニムニからコチョコチョに変わって、笑い声が響く室内。抗うテイオーにやめないウィングが目の前にいるが、本人たちが実に楽しそうだから止めはしない。

 

 まあ、目の前でやってるスキンシップは置いといて。

 

 とにかく、ウィングが体重を減らしたいという意図は読み取れる。つか話してる最中に、あんな死んだ目してりゃ嫌でも察せられるって言うか……。

 テイオーに関しちゃ正直、そういう心配はいらない。なぜなら現役アスリートな少女だ。体重管理も何も、鍛えてりゃ自動的にスタイリッシュなスタイルになる。

 

 が、ウィングに関しちゃ程々な運動がいる。

 少しは動いてるとか、ウマ娘だからこうだとか関係ない。こればかりは人体の構造上、ちゃんとしたメニューを作って痩せる必要があるだろう。

 

 んで、元とはいえどウィングの担当だった俺としては、そんな悩みを何とかしたいわけである。さっきも言ったが、身体管理を放置してた俺にも責任があるからな。

 

 というわけで。

 

 

「そんじゃま、痩せてみるか?」

「「え?」」

 

 

 開いていた少女漫画のページを閉じて。

 俺はごく自然に、目の前でバタバタやってる2人に向けて一石を投じてみることにしたのだった。

 

 

 


 

 

 

 そして現在。

 時刻は日が沈みかけの夕方。場所は皆々がトレーニング中のターフ上。

 上記の回想話――というか昔話を芝上に座って語っていた俺であったが。 

 

 

…………(じー)

「あー……」

 

 

 正面で俺の次に吐く言葉を聞き逃さんとする少女約1人が、俺をガン見してた。

 なんかねすごい、圧すごい。圧力鍋もびっくり。

 

 俺の周囲にいるのは<スピカ>のメンバー。

 なんでその連中といるのかというと……まあ普通に練習場を使う日が被っただけだ。意図しないエンカウントではあったが、俺はこうして少女たちと喋っていた。

 

 あと、俺を正面で凝視してるのは地元の親戚でおなじみのスぺ公だ。なお、ゴルシを除く他数名も聞き耳を立てたりしている。なんならばっちりガン見してる奴もいるし。お前の事だぞメジロマックイーン。

 まるで瀕死の獣を逃さないと言わんばかりの視線が俺を貫く。

 

 まさか暇つぶしに語った昔話にこんだけ食いついてくるとは思わんかった。

 普通に体重を減らそうとするウィングの昔話をしてただけだったんだが。

 

 ……やはり年頃の女の子はこう、ウチの<アトリア>の連中もそうだがスタイルとかプロポーションを気にしたりするのだろうか?

 いや、男の俺には縁遠い話かもしれんがよ。

 

 ……まあいい。

 とりあえず、さっきからグサグサ刺さってる視線をいなすとしよう。いい加減オーラがエグイ。

 

 

「あーなんだ、昔話が過ぎたな。忘れてくれ」

「えっ、ここまで話してそれは無いべさヒヤお兄ちゃん!?」

「地元語」

 

 

 あとヒヤオ言うな。久々に言われたわ俺のあだ名。

 

 

「えっと……流石にスぺ先輩に同上って言うか……」

「少し、本当に少しだけ気になりますわね。別に他意はないのですけど」

「ほら! だからヒヤお兄ちゃんも濁さないで続き言ってよ~!主にウィングさんがどうやって痩せたのか!」

「それ聞きたいだけだろ」

 

 

 そして集まってくるわ<スピカ>の面子。

 さっきまで傍観決めていたダイワスカーレットやらメジロマックイーンやらが、揃いも揃って俺の座っているポジションまで歩いてくる。

 ……あとメジロマックイーン。お前そんな優雅そうに聞きに来てるが……なんだ、必死さが顔に出てんぞ。念を押す様に「私関係ありません」みたいな風に言うのは流石に分かりやすいぞ?

 

 

「……つかお前ら、そんな自分の体型に自信ないのか?」

 

 

 そんな必死そうな少女らを見て、思わず怪訝な顔で台詞を吐いた俺であった。

 

 なおその後、俺は各々の尻尾で(はた)かれる目に合う。

 どうやらデリカシーに抵触していた台詞の様だったらしい。やはりというか予想した通りというか、年肌でもない女の子にそういう体重系のなにかを聞くと叱られるようだ。

 

 ふむ、学び1つ加算と。今後の教訓に生かそう(前向き

 

 

 

 

「お前さんな……もうちょっとTPOってもんを学んだ方がいいんじゃないか?」

「大衆の面前で担当の脚を直触りする沖野先輩に言われても」

「いやそれは……ってお前ら!?」

 

 

 さて、尻尾で叩かれまくり、ボッサボサの髪になった俺だが。

 様子を見に来た沖野先輩に開口一番そう言われてしまったので、俺はジト目たっぷりでカウンターをしてやった。

 そしたら<スピカ>の連中が全員首を縦に振って同調してくれた。ざまぁ。

 

 

「……何笑ってんだ」

「いや、お互い女の子の扱いには苦労しますねって」

「お前さんと一緒にするなよ……。そっちはただのノンデリだろ?」

「ならそっちはただの自業自得ですね」

 

 

 皮肉めいた苦笑を入れて笑ってやると、肩を落として「お前なぁ……」と一人呟く先輩の姿。

 はは、言い得て妙ではあるがな。子供は好きなんだが、年頃の女の子となるとどうも俺の無遠慮具合が引っかかるようで。

 いい加減直せ、って言うウィングの幻聴がするが気にしないでおく。こればかりは時間かけて何とかするしかねぇんだ。許せウィング。

 

 

「まあいい、お前ら部室行って着替えてこい。今日は『ウマ小屋』で飯だぞ」

「「「「「はーい」」」」」

 

 

 大声で一言。沖野先輩が<スピカ>の連中を散らす。

 がやがやと、放課後の学校のような光景と共にスぺ公と他諸々がターフを去っていくのを横目に、俺は沖野先輩に視線を再び向けた。

 

 

「ったく……で、結局アストラルウィングに施したダイエットメニューって何だったんだ?」

「ああ、あれですか。別に凝ったことはしてませんよ? ただ日頃の運動を義務付けてやっただけで」

「日頃の運動?」

 

 

 話は変わると、さっき語ってた昔話の最後の話題について質問してくる先輩に対し、俺はそうだと、俺は軽く首を縦に振る。

 そして、自前の無精ひげを指先で少し擦って考えてから、先輩が口を開く。

 

 

「……もしかして、トウカイテイオーとの併走相手が運動の代わりなのか?」

「お、流石。分かるんですね」

「アストラルウィングは確か引退済みだろ? そんな彼女がダイエットになる良い運動代わりって言ったら、今日のトレーニングで見せてた併走くらいしかないと思ってな」

 

 

 正解だ。

 パチパチッと、言い当てたことを称賛するように俺は先輩に向けて一つ拍手をする。普通にすごいし。

 

 ……まあ別に大げさでもないんだが、ウィングにしてやったダイエットメニュー(?)とやらは大体そんなところだ。

 

 日々勉強机に向き合ってた体に活を入れる為、テイオーのトレーニングと併用――もとい現役ウマ娘のトレーニングに生かす為に『併走』という選択を取ったのである。

 元とはいえ、アイツ重賞レースを何個か取ったウマ娘とのトレーニングだぞ? せっかく手元に、使えば成長を促進させれる存在がいるってのに、ただ腐らせておくだけではもったいないと思ったのだ。

 

 テイオーも鍛えられるし、鈍ったウィングを現役寸前まで戻した上体重の問題もクリアできる。

 まさに一石三鳥な一手だったと言えよう。

 あん時の俺、まじナイス。

 

 そんなこんなで、体重やら痩せ方やらトレーニング方法などの話をしていると。

 

 

「なんだ、そっちの元担当はそんな体重管理に苦労してたのか?」

 

 

 棒キャンディーを咥えてそんなことを言ってきたので、先輩に対し。

 

 

「そりゃまあ、そっちのスぺ公と同じくらいには頭抱えてましたよ」

 

 

 俺は俺で、地元の親戚である少女を引き合いに出したのであった。

 うげっ、と苦い顔を表に出す先輩。はは、割と痛いところを突けたらしい。

 

 

「……知ってたのか。スぺが体重に悩んでいたの」

「一応、地元じゃ親戚だったんで。昔から食い意地張ってるのも知ってましたし。連絡先の交換をするくらいには仲がいいんですよ。それこそ、最近の悩みを聞けるくらいには」

「そういうものか」

「そーいうもんです」

 

 

 ……まあ、体重うんぬんの話をしてる時にあんだけ凝視されたら大体察することはできるけど。ウチの担当らも、食堂で山盛りご飯積んでるのを見たことあるって言うしな。後に体重計に乗って絶望顔のスぺ公が想像できら。

 

 

「俺も先輩も、女の子の体重問題とか気にしてあげた方がいいかもですね。後々、さっきの俺みたいに尻尾で叩かれたりしたくなきゃですけど……」

「ああ……そうだな。肝に銘じておかないとな」

 

 

 遠い目をして夕日を眺める先輩。

 ああ、そういえばこの人<スピカ>内だと結構ボコられ役なんだっけ。

 主にメジロのアレとか、ウチのテイオー伝手で色々聞いてるから心配なんだが……。

 

 

「……いや、普通に絞められたりしてるぞ」

「……プロレス技っすよね?」

「ああ。この前はジャーマン食らった」

 

 

 それを聞いた俺は目を細め、シンプルに黙祷。

 うん。まあ自業自得といえばそれまでだがな? ウマ娘の力でそれやられたら大抵の人間は悲鳴上げんのよ。阿鼻叫喚なんだって。

 

 だというのに先輩は平気に次の台詞を吐く。

 

 

「まあ安心しろ。大事には至ってないからよ」

「逆になんで大事に至ってないんすか。ギャグマンガの住人ですか先輩は」

 

 

 500kgのベンチプレス上げれたり鉄球圧縮できる(!?)パワーを持つウマ娘に耐えている先輩にそんな問いをぶん投げるのは当然の経緯だった。

 

 っかしいな。俺でも昔ウィングに抱きしめられて肋骨2本くらい逝ったんだけどなぁ……。

 ……あれか、鍛え方が足りてないんだろうかね。

 

 ふと想像してみる。

 もしも、俺が無意識でノンデリを働き、沖野先輩のようにプロレス技を食らったときの俺の被害を。

 ギャグマンガの主人公でもない、普通より少し上な肉体強度を持つ俺が、圧倒的パワーを持つウィングとテイオーにウェスタンラリアットか何かのプロレス技を吹っ掛けられる想像を。

 

 ……

 …………

 ………………よし。

 

(……明日から、日課の筋トレ2割増そ……)

 

 問題のノンデリを直せって思った奴絶対いるだろ?

 HAHAHA んなもん一朝一夕で出来るわけねぇだろうが。どうせ食らうならダメージを減らす方を俺は選ぶ。

 

 ウィングとテイオーの不服申立てが脳内で反復しているが関係なし。ガン無視。気にしたら終わりだ。余計話がめんどくさくなる。

 

 とにかく、だ。

 俺は沖野先輩の話を流し半分で聞きながら、そんな決意を胸に秘めるのであった。

 

 

 

 




体重の話は女の子にしてはいけない。おk?

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クラスの人気者には気苦労が付きもの


一応、前編のつもり



 

 前回のあらすじ……とまではならないが。まあその後の話といこう。

 トレーニング終わり、沖野先輩と駄弁ってそろそろ解散するか、となった時の事だ。

 

 

「ああ、そうだ。お前さんに渡すもんがあってな」

「何です?」

「ほいよ、これなんだが……」

 

 

 去り間際を引き留められ、急に何かを手渡される。

 手触りはザラザラ、薄くペラペラとした何か。そうまるで紙のような……

 

 

「なんすかコレ、手紙?」

「おう。職員の■■からな」

「ああ、あの人……確かにあの人、度を越したアナログ派でしたね。だからわざわざ一報に手紙を……」

 

 

 受け取り物の差出人は、俺も知る一職員からであった。

 確か、学園の方でサポート課の教員をやっている人だ。偶に財務処理のお願いをされる関係ではあるが……俺主観だとあまり友好は深めって訳じゃない。

 

 それなのに、俺宛の手紙を寄越すとは……何か緊急の頼み事でもあったのだろうか。

 と、この時の俺はそう気軽に考えていた。

 

 

「大分古臭いとは俺も思うがよ。まあ、とにかくソレ渡したからな」

「どうも。後はこっちで処理しときます」

「おう、任せた」

 

 

 そんな経緯で、今のデジタル時代に全く見合わない、封のちゃんとした手紙を受け取った俺であった。

 

 そして夜。

 <スピカ>の晩餐も終わり、店の戸締りをして、ウチの担当共を寮に送り返してさあ趣味時間だ。と意気込んでいた時である。

 

 ふと、この時に手紙の存在を思い出し、俺は中身を開封したのだが……。

 その内容が問題だった。

 

 

「【教員代行の願い】って……なんだこりゃ」

 

 

 何やら、ただならぬ要件があったようで。

 ご丁寧な文章に綴られた文字を読みながら、俺は開口一番大きく書かれたその文字に疑問を抱くのであった。

 

 

 



 

 

 

 

 突然なんだけど。

 

 えー私こと、現役引退生のアストラルウィングは皆から尊敬の目で見られています。ハイ。

 いきなり何言い始めてるの? って変な人を見る目やめてね。私もこういうのあまり言いたくないんだから。説明のためだから仕方なくだよ。うん、仕方なく。

 

 とにかく、私は身に余るような尊敬の念を押し付けられてるわけなんだけど。

 ……なんででしょうね? 私そんな目で見られようと意図してなかったんだけど、いつの間にかこんなことになっちゃったんだよね。

 

 気ままに全力で走って、楽しんで、あー満足だー。ってレース人生を満喫してただけなんだけどさ。誰が言ったのか、私の事を『頑張り屋』って言い始めて止まらなくなったんだよ。

 

 その結果……なのかな?

 元々小心者の私があり得ない程強くなっていったのを美談化する人が増えて、なんか多くの娘に尊敬のまなざしを受けるようになっちゃったって訳。

 トレーナー談だと、こういうのを『有名税』って言うらしいね。後に聞いた例えだけど。

 

 ……別にそういう視線が気になるってわけじゃないんだけど……どうもむず痒くて。

 

 だって私、確かに昔は勝ちたいのもあって頑張ってたけどさ、根底にあったのはただレースを楽しみたいっていう一心だったから。

 そんな気持ちで走ってきただけなのに、頑張ってた所を後輩ちゃんとかにただ尊敬されるってなったらどうも……ね?

 

 だって私、ただ楽しく走りたいだけのレース廃人だったからさ(汗)

 なんか、かっこいい理由があるのかって思われてると勘違いさせてるようで……たまーにギクシャクしちゃうってわけ。

 

 

『当然の流れだな。あんだけ戦績立てて、いざ満足気に引退ってなったんだ。経歴だろうが何だろうが、お前の事を好印象付けて美談化するのは当たり前だろ』

 

 

 ふと、引退してから間もない頃のトレーナーとの会話を思い出す。

 

 

『いや分かるけどさぁ……こう、改めて後輩の指針になっちゃったってなるとどうも……』

『なんだ、柄じゃないってか?』

『それ。私、ただ走りたかっただけのウマ娘だよ? あそこまで頑張ってた理由がそれだけって、今更言うのもあれだしさぁ……』

 

 

 相談事って言うかなんというか、他愛ない話の中でふと出した話題だった記憶はある。

 備え付けのソファに隣同士で座って、肩枕してもらって甘えながらの会話だったはずだ。

 

 

『ねえ、何かアドバイス無い?』

『あ? アドバイスぅ?』

『うん。私、こういう尊敬されたりとか慣れてないからさ。いい感じにいなす方法何かないかなって』

『はあ……んなこと言われてもな』

 

 

 顎に指を当てて、本気で考えてるトレーナーを横目で見てるのは……結構幸せな一幕だったりもしたけど、まあ今は置いといて。

 トレーナーは私のそんな無茶難題に答えてくれた。といっても返答はすごく簡潔だったけど。

 

 

『別に、堂々としてりゃいいと思うがな』

『……堂々って、それでいいの?』

『いいんだよ。勘違いも何も、お前がここまで頑張ってきたのは周知の事実だろ?

 お前はその理由がしょうもないモノって言うだろうが……。まあそれは置いて。

 誰かの指針になるってのは、本質的にそいつの()()()()()()を追いかけたいって気持ちの塊だからな。

 

 尊敬も何もかもひっくるめて、向けられてる視線に対して胸張って堂々としてりゃ、そいつの為になるってもんだよ。なんせ、追いかける側はお前のそういう所を見てぇんだからな。

 

 それに、お前は元々それだけの事をしたんだ。

 そういう点から育て切った側としての願望を言うと、存分に胸張っててもらいたいもんではあるがな』

 

 

 長々とアドバイスを語るトレーナーはすごく楽しそうで、嬉しそうだったのを覚えている。

 私の頭を撫でて笑いかけてくるトレーナーを見て、思わず不意打ちで猛大にド赤面したのも……まだ覚えてる。

 

 今思い出してもカッコいい言い切り方だなって思うし、好きになったのがこの人で良かったなってなる助言だったなぁ。

 

 ふふっ、ホントに大好き♪

 

 

 

 ……んんっ、とにかくそんな助言もありきで、私は今も尊敬の視線に何とか順応出来てるの。

 

 サポート課のとある教室、私のクラスは今日も今日とてにぎやかだ。

 

 

「でね~? あそこのお店がさ~」

「ふむふむ」

 

 

 クラスメイトと他愛ない話をする昼休憩。

 4人で固まったその集まりの中に、私も一人佇んでいた。

 ふふん、今日も気になった集まりに乱入して、会話を楽しんでいる最中だ。

 

 あれから、トレーナーのアドバイスを元に向けられた視線に堂々としてるうちに、私はいつの間にか尊敬できる人に加えて、関わりやすい先輩って雰囲気も付いたらしい。

 だからこうして、会話の間に途中で挟まっても自然に混じれている。

 元々、人と話すのが苦手って訳じゃないし、私も変わって他愛ない会話に花を咲かすのを楽しむようになったから。

 

 まあ、ヘリオスとパーマと比べるほど陽なキャってわけじゃないんだけどね。

 一通り、会話に混じれるくらいのコミュニケーションはできる自信あるんだよ、私。

 

 

「そういえばさ~」

 

 

 と、集まりの1人が話題を切り出す。

 私を含めた3人は当然その娘に顔を向けて次の言葉を待った。

 なんだろ、さっきの続きなら何か新しいお店でもできたのかn

 

 

「今日午後の授業、いつもの先生じゃないらしいんだって」

「へぇ~珍しいね。何かあったの?」

「なんか一昨日から風邪に掛かっちゃったらしいよ? アタシも詳しくは知らないんだけど、職員室で噂が流れてきてね~」

 

 

 ……なんてタイムリーな話だろうか。

 その話、丁度朝にトレーナー室で聞いたモノと同じじゃないですかー。あはは。

 思わず笑みのまま表情を固めてしまう私。その様子が気になった、集まりの1人が私に問いかける。

 

 

「ねえねえウィング、そっちは何か知らない?」

「あ、え? さ、さあねぇ~? 誰が来るんだろうね~?」

「?」

 

 

 音程の外れた返しをしてしまった私をどうか見逃してほしい。

 だって知ってるんだもん。

 全然。事情10割、もうバリバリ知ってる。

 

 いつもの■■先生が一昨日から急病で寝込んでることも、代わりの先生が来る事も、そして()()()()()()()()()()()()、1から10まで全部知ってる。

 だって当の本人から聞いたんだから。

 

 変な返しをしてしまったのもあってか、思いもよらず注目を浴びてしまう私。

 まっずい。不審がられてるよこれ……!

 

 

「……もう一度聞くけど、知ってる?」

「……し、知らないよーって言ったら?」

 

 

 もう、なんかタヒ刑宣告みたいな問いかけだった。

 私が事情を知ってることを察してる感じだ。他の全員、ずっと私の事ジト見してるし。

 

 ……え、ちょっと待って。何そのワキワキした手の形は。何その意地悪そうな笑みは!?

 

 

「そうだねぇ……とりあえずウィングを全員でくすぐりの刑に掛けてから尋問かなぁ?」

「ゴメン知ってる。私知ってるから。とにかくニヤッて笑いながらくすぐる手にするのやめよ?

……分かった!わかった!白状するからその手近づけないで!?」

 

 

 結局、私は迫りくる脅威に屈したのち、この後来る誰か(トレーナー)の事を白状してしまったのだった。

 そして当然の流れで。

 計3人とも、乙女らしい黄色い悲鳴がクラス中に響いてしまうのであった。

 

 

 



 

 

 

「あー、てなわけで、病欠の先公に代わって任された(いち)トレーナーだ。

 一応そこのアストラルウィングの元担当ってことになってる。まあ、短い間だがよろしくな」

 

 

 短い挨拶をして、俺は気楽に教壇に立つ。

 

 思えば、こうして大勢の前に教える者として立つのはトレーナーの役割以外では初めてだ。

 少しの高揚感を感じながら、俺は授業で教える範囲の再確認を頭の中で整理する。

 

 事情等はもう説明しなくていいだろう。先の台詞通りだ。

 ……ああいや、前言撤回。

 経緯だけをつけ咥えて説明するとな。俺にこうして白羽の矢が向いてきたのはただの偶然だ。

 ここはサポート課で、まあ教える内容が内容だからな。トレーナーについてだとか、レースについてだとかそういう知識があれば誰でもよかったんだよ。

 

 それでも俺に矢が向いたのは……なんだ、日頃の行いが良くなかったんだろ。知らんけど。 

 結局、そんな経緯を通し、俺はこうして教壇に立つ羽目になったわけで。

 ……まあ仕事だからよ。ちゃんと業務を全うしているのである。

 

 で、何だ? さっきから教室内がずっと静か何だg

 

 

「「「「~~~~~!!!!!」」」」

 

 

 うるさ。

 俺が教室の中に姿を見せた瞬間、空気の時間が止まったはずだが。挨拶したとたん、思い出したようにいきなり稼働し始めやがった。

 きゃ~!じゃねぇよ。なんだ? これが俗にいう黄色い悲鳴って奴か? 悲鳴は悲鳴でしっかり耳に響くようで。

 

 歓声を余所に、俺は授業の準備を始めようとする。が。

 元気いっぱいで手を上げたウマ娘の1人を俺は見逃さなかった。どうやら何か質問があるらしい。

 教員としてここに立っているからには見て見ぬふりなどできず、俺は元気なウマ娘に視線を返した。

 

 

「お、どうした?」

「ウィングとはどんな関係なんですか!?」

「いきなりド直球だなオイ」

 

 

 聞いてみたらみたでドテンプレみたいな質問がツッコんできやがった。そりゃもうプロ野球選手もびっくりの剛速球具合で。

 元気があるのは良いことだが、有り余って目がバッキバキなのはどうかと思うぞ。興奮してんのかお前。

 

 いやまあ、少なからず好奇心はあると思うがな。

 なんせいきなりクラスメイトの元トレーナーがやってきたんだ。質問の1つや2つ、当然あるだろうよ。

 ただ内容がひと括りで集約され過ぎだ。どんな関係つっても一言では言えんだろ。

 

 

「どんな関係ねぇ……。質問に質問返すようで悪いが、逆にお前らが知ってる情報って何があるよ?」

 

 

 一応、情報をまとめるためにクラス内全員に聞いてみると。

 

 

「愛しの元トレーナーって聞きました!」

「将来を約束した仲だって言うのも聞いてます!!」

 

「情報丸裸じゃねぇか。晒し過ぎだろ俺らの関係」

 

 

 大声で返ってきた返答に俺は思わず頭を抱えた。

 おいどうなってんだウィング。バレバレだぞ俺とお前の関係。さてはテメェ色々言いふらしたな?

 てか知ってんなら質問の意味ねぇよな。ただの再確認じゃねぇかさっきの質問。

 

 

「…………」

 

 

 ……などとジト目でウィングの座る席に訴えてみるが、当の本人は机の上に顔面うつぶせのまま動いていない。反応すらなし。何があったってんだアイツに。

 俺が教室に入った時からずっと体ビクビクさせてんだが。痙攣してるみたいに。

 もしかしてあれか、これが授業参観の感覚って奴なのか? 親に授業受けてるところを見られるのが恥ずかしいっていうアレなのか?

 

 

「あ、ウィングはさっき皆でくすぐりの刑に処したから疲れてるだけだと思いますよ?」

「何されてんだお前」

「……クラスの皆から尋問されたの」

「ホントに何されてんだマジで」

 

 

 少しの心配返せ。

 グダってた理由が心的なモノじゃなくて肉体的なモノかよ。

 弱弱しい呟きを吐くウィングとは反対に、クラスのウマ娘達は大盛り上がりだ。さっきからキャーキャー盛り上がってるわ。

 

 

「それでそれで! ウィングの言ってたことってホントなんですか!? 将来の約束とか!!」

 

 

 流れるように、さっき元気いっぱいに手を上げたウマ娘が俺に問いかけてくる。

 両目ともパッチリ大開きで今にも目ん玉が飛び出そうだ。

 同時、教室内の全員から向けられる『好奇心』な視線の数々。各々、実に楽しそうである。

 

 その視線に当てられたからか、はたまたうつぶせになってるウィングを見て悪戯心が湧いて出たのか。

 

 俺は一つ、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべて。

 

 

「ま、否定はしないとは言っておこう。

 詳しくはそっちで寝てるウィングに聞いてみな。多分だが、色々と拍のついた経験談でも語ってくれると思うぞ?」

「え゛」

 

 

 ウィングの座る席へと視線を向けてから、教室にいるウマ娘全員にそう答えた。

 

 瞬間、キャー!などの俗にいう黄色い悲鳴とやらが教室の半分を埋めた。耳が痛い程の大歓声。いい加減、隣の教室から苦情が聞こえそうな音量であった。

 そしてそんな中、ウィングに向けられるギラリッとした目がまた半分を占める。

 まるで獲物を定めた獣のような視線がウィングへと殺到する。

 

 等の本人は、うつぶせの身体を反射的に上げて、俺の台詞の意図を察したのか顔を青くしていた。この後自分がどんな目に合うのか想像したのかもしれない。

 まあ、クラス内ほぼ半数から奇怪な視線向けられりゃ不安がるのは当然だろうが。

 

 

「と、トレーナーぁ!?」

「はは、いや悪い。ついな」

 

 

 若干頬を赤く染めて抗議してくるウィングに俺は一つからかって苦笑する。

 ははっ、悪戯心が働いたのはあるが、おかげで丁度いい会話の区切りはできただろ。

 これで気兼ねなく授業に入れるってもんだ。

 

 満足気に俺は教本を手に持ってから、黒板へと視線を向けて口を開く。

 

 

「そんじゃ、雑談も終わったことだし授業始めんぞー。全員教本開けー」

 

 

 声掛けと同時に授業を開始する。

 なお、授業中ウィングの睨めしい視線を受け続けたのは言うまでの無い事だった。

 

 

 





後編に続く

余談だが、ウィングとパリピ2人組は割と仲がいいぞ
ていうか、ウィングと同じ逃げ走法だから気が合うのだ

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課外授業は突然にしろ事前に告知くらいはしとけ

 

 はい(疲労)

 

 あれから休み時間にクラスメイトの皆から詰問され続けたアストラルウィングだよ。

 なんでそんな目にあったかって? そんなのトレーナーのせいに決まってるじゃん。私をだしにして一人だけ注目の的から逃げてさ……。

 仕返しに授業中、しっっかり背中をジト目で睨み続けたけど効果は期待できそうにない。だってトレーナー、そういうの気にするような性格じゃないし。

 

 まあ、トレーナーについては明日にでも問い詰めるとして。

 

 

「あぁ……やっと終わってくれた……」

 

 

 私は机の上で、今日何度目かのうつぶせ態勢を取った。

 

 ――ほんっと疲れた……もう。

 正直、体のけだるさがすごい。ここ最近で一番疲労感を感じてる。

 授業終わりのチャイムが鳴った瞬間に皆して寄ってたかって私の席に殺到してね、新手のゾンビ映画かと思ったよ。

 

 聞いてくることはどれも同じ、私とトレーナーについての事ばっか。いやあんな振り方したら気になるのは当然だと思うし、私もできるだけ答えようとは思ってたけどさ。

 それでも……もうちょっと遠慮はしてよ……。

 そんな複数人で一気に質問されても全部聞き取れるわけないんだって。私は聖徳〇子じゃないんだよ?

 

 

「おつおつー。ってありゃ、ウィングもう満身創痍じゃん」

「んー、そりゃもうあれだけ大勢から押しかれられたらね~。……本気で窒息するかと思った」

「あははっ、ご苦労様」

「ん」

 

 

 クラスメイトの一人、というか私の隣の席に座るウマ娘から声をかけられる。

 鹿毛(しかげ)の少女。声色はおっとりで、言葉選びはどこかネットの民っぽい娘。

 あと因みに補足だけど、トランセンドじゃないよ? だて眼鏡もかけてないしね。

 

 この()とは私の数多い友人の中でも、特に関わりが深い関係柄だ。寮の中で秘密裏にお泊り会をするくらいには仲がいい自信がある。あとは掲示(スレ)板でも(ry

 

 ……は置いといて、横に座る彼女が教壇へ視線を向けてるのを見て、私も一緒に見る。

 視線の先にいるのは、当たり前のように私のトレーナーだ。

 

 

「にしてもウィングのトレーナーってすごいねぇ。休憩時間、クラスの皆あの人に殺到してたのにささーって軽くいなしちゃうんだもん。一応様子見てたけど、3人くらい同時に質問に答えたりしてなかった?」

「あぁうん、普通にしてたね……」

 

 

 口から出てくるのはトレーナーを褒める言葉。

 私が四苦八苦している間、トレーナーもトレーナーで質問攻めにあっていたんだけど……。

 やっぱりマルチタスクっていう能力が強いのか、私よりもずっと多くの娘たちを相手にしていなしていた。……羨ましい能力だと思う反面、ちょっと妬ましい。あんな能力あればちょっとは楽できただろうに。

 

 ……ああもう、思い出しただけで頭が痛くなってくる。

 

 

「……さっきの例え、聖徳太子の他にトレーナーも含めるの忘れてたかな……」

「聖徳……え?」

 

 

 頬杖を突きながら独り言をつぶやく私に、困惑する友人。

 

 実際どうなんだろうか。

 一度に10人は聞き分けられるって言うのが偉人さんの伝説らしいけど、トレーナーは本気を出したら一体どれくらいの人を相手に出来るのかな。いつもモニター12枚くらい見てるし……12人くらい?

 出来たら出来たで、それはまあドン引きするけど……。

 

 ジト目で教壇にいるトレーナーを見ていると、トントンと隣から肩を叩かれる。

 

 

「ねえ、話に聞いてたのはあるけどさ。ウィングのトレーナーってやっぱり結構すごい人?」

 

 

 ここ数ヶ月、散々問われた質問だった。もう何度目かすら数えてない。

 いやまあ、事あるごとにトレーナーを話題にした話をする私も悪いには悪いんだけどさ……惚けじゃないよ? ホントだよ?

 

 能力が優れているのは確かで、周りからも良い人だとか優秀だとか言われてるから、結局すごい人ではあるんだけど。

 でもね……うん。

 

 私は何度も、質問にこう返すのだ。

 

 

「うん? あーうん、そうだねすごい人だよすごい人(棒)」

「なんで気持ちがこもってないの?」

 

 

 秒にして1に満たない返答だった。簡潔で棒読みだった。

 

 気持ちがこもってない?

 だってトレーナー優秀な分、人間性が終わってるからとしか……。口では言わないけどね。

 隣の友人が頭の上に疑問を浮かべてるけど、まあうん。

 

 ()()()()()()()。トレーナーの面白おかしい性格が。

 

 

「ほら座れ座れ。さて、今日の授業はこれで終わりなわけだが……ここで一つ、提案がある」

 

 

 ほら来た。

 質問攻めをしていたクラスメイト全員を着席させてから、開口一番何か意味深な切り出し方をするトレーナー。

 

 教室内の視線がトレーナーに集中する。好気的な視線と訝し気な視線が混じっていることを私のトレーナーは分かっているだろうか。分かってるか絶対。そんな鈍くないし。

 ただ、トレーナーは相も変わらずそんな目を気にすることなく。腕を組んで、ニヤケ面で楽しそうに。

 

 その提案を放った。

 

 

「今日の放課後。俺のチーム<アトリア>を通しての『トレーナー体験会』を開こうと思ってな」

 

 

 その一言で、教室の空気が一瞬にして止まった。

 それはそうだ。今日初めてやってきたばかりの――それも教師でもないトレーナーがそんなこと一言を放ったのだから。

 

 でもトレーナーは待たない。

 言いたい事だけ先に行って、反応すら待たず意味不明な提案を告げる。

 

 

「人数制限は無し。詳細は現地で直接話すが……ここで簡単に言うと、数人でウチのチームメンバーのサポートを実体験してもらうことになるな。

 ま、気まぐれで1日限りの『課外授業』だとでも思ってくれ。

 因みに、お前達の任意しだいだが、誰でも参加は可能だから遠慮はいらねぇぞ」

 

 

 話は終わり。

 そんじゃ、集合場所は黒板に書いとくからな。遅れるなよー、などと。

 去り際にそんな台詞を言って教室から出ていくトレーナー。

 

 そして制止するクラスメイト。呆れかえる私。

 

 

「…………」

「はぁ……ホントに言いたいこと言って終わっちゃった」

 

 

 頬杖を突きながら頭を抱えた私は周囲を見渡す。

 もう……みんなして呆けてるじゃん。ワケワカラナイヨー‼って混乱が顔に出ちゃってるんだけど。

……いけない、思わずテイオー語になっちゃった。

 

 そうして静かな時間が数秒過ぎ……

 

 

「「「「「ぅえええええ~~~~~~!?!?」」」」」

 

 

 あ、やっと動き始めた。

 野球の応援団かなってくらい大きな叫びが教室内を埋める。いい加減、隣の教室から苦情が来そうだ。……来たらトレーナーのせいって言おう。

 

 あちらこちらで「どうしよう……!」とか「い、いいのかな……!?」なんて心配と興奮染みた声が多数ある中。

 私は私で、頭を抱えてたらトントンと隣から肩を叩かれる。今日2回目だ。

 

 誰かと思えば、もちろん隣席に座る私の友人で。

 

 

「……ねえウィング」

「なに」

 

「ウィングのトレーナーってさ、もしかしてすっごく可笑(おか)しい人?」

 

 

 私はそんな問いに対して、当然肩をすくめていつもの反応を示すことになった。

 

 

「そうなの……! ウチのトレーナーってホントに色々おかしいんだよ……!!」

「気持ちこもり過ぎじゃない???」

 

 

 気持ちがこもり過ぎてるのは……うん、気にしないで?こればかりは彼に近しい人じゃないと分からない感覚だと思うから。

 

 

 


 

 

 

 場所は変わって放課後のターフ上。

 随分と見慣れた走るウマ娘の姿と芝色だけど……今日はちょっと見慣れない光景がいくつかある。

 

 

「えーと、コレをこうして……」

 

 

 一つは、普段来ない筈の……ていうかターフに用もないはずのウマ娘が10を超える人数くらいいる事。

 二つは、そのウマ娘達がいつもターフで併走とかトレーニングをしてる娘たちと切磋琢磨してる事。

 

 

「こ、こうでどうかな?」

「ん~おけ、それでやってみるよ。それじゃ見ててねー」

「あ、うん」

 

「さっきの走りなんだけど、途中からなんか脚の動きが――」

「ああ、それはだな――」

 

「はぁ、はぁ……。どうだった!? 私の走り!」

「あ、えーと……メルト? やっぱりわざと出遅れで走り出そうとするのはどうかと……」

「? 無理だよ?だって私がしたい走り方だから!」

「いやだから……」

 

 

 三つは、いつも以上にターフが騒がしい事だ。

 あれやこれやと行きかう応対の数々。トレーナー志望の私のクラスメイト達が、必死に実体験を糧に色々と学んでいる。

 

 あと、うん。メルトに関しては諦めてほしい。

 アレはホントに、モノの見方によっては私よりも『頑固者』だからね。走り方の矯正はできないと思っていいよ。

 

 と、それは置いといて。

 

 

「――で、トレーナー。これってただの気まぐれでやってみた感じ?」

「んぉ?」

 

 

 私は、隣で氷砂糖を片手に弄んで口に含んだトレーナーにそんな問いをかけてみる。

 

 物を含んで膨れた頬から、すごくとぼけた反応の声。ふふっ可愛い。

 まあ、別に真剣な話ってわけじゃないんだけどね。気分屋な彼の事だし、こういう突発的に面白そうな事に付き合わされるのは私も慣れっこだから。

 

 ただ、そこに何かの狙いがあるなら私も私で知ってはおきたいのだ。ただの好奇心として、ね?

 

 トレーナーは口に含んだ氷砂糖を急かす様にバリボリ噛んで、飲み込んでから私の問いに答える。いつものように、楽観的に。

 

 

「んにゃ、どっちかって言うと頼まれごとの延長線って感じだな。あの教室の場で突発に思い付いたってわけじゃねぇよ。理事長とたづなさんにも事前に許可を貰っておいたしな。こんな大掛かりな事、俺の独断で出来ねぇし」

「ふぅん……ってことは、あの娘たちの為にわざわざ成長の機会を整えてあげたんだ?」

「おう。トレーナー職はまあ……年々人手が少ねぇからなぁ。ここらで若木に水を撒くのも、良い一手だろ?」

 

 

 百聞は一見に如かず、百見(ひゃっけん)一触(いっしょく)に如かずって言うしな、と。

 

 少しはにかんでトレーナーがそう言い切る。

 

 つまり――トレーナーの言い分としてはこう。

 体験でも何でもいいから、モノを教える立場に立たせることで私のクラスメイト達に経験を積んで欲しい。

 そしてあわよくば、良いトレーナーになってほしい。というのが彼の考えのようだ。

 

 彼の視線は私じゃなくて、今頑張っているあの()たちに向けられている。いつ見ても楽し気で、温かそうな優しい目だ。

 

 楽し気な視線は、今切磋琢磨している私のクラスメイトの未来を想像したのか。

 温かい視線は、頑張っている子供を眺める事で癒されているのだろうか。

 

 いつか実力を張り合うほどの強敵として――なんて、他愛ない事を考えてしまう。

 

 うん、行動した狙いは分かった。でもまだ満足じゃない。聞きたいことはまだ半分だ。

 だから私はもう一つ、分かってはいるはずの問いを投げてみる。

 

 

「打算ありなのは分かったけど……それだけ?」

「はっは、まさか。そんだけな訳ねぇだろ」

「知ってるよ。どうせそんな事だろうと思った」

 

 

 短い返答だったけど、それが答えになってるから良しとする。

 いつもと変わらず、楽しいって思ったことばかりをやってるトレーナーに、呆れたように嘆息を入れたら――

 

 

「ふふっ♪」

 

 

 そう優しく、少しだけ笑う。

 

 変わらないよね、本当に。

 大人みたいな考えを持っているくせして、いざとなれば楽しいか楽しくないかだけで行動しちゃう思い切りの良さ。私もよく振り回された彼の性格は、3年前から何も変わってない。 

 

 トレーナーはいつまでも子供みたいで、それでいて少し大人だ。

 

 

「まあ、それがいいんだけど」

「?」

 

 

 芝上で隣同士座る私とトレーナー。

 ()()()()()()()肩が触れそうな距離感じゃないのは、クラスの皆に余計な誤解を生まないようにするトレーナーの気遣いだ。多分、さっきみたいに私がクラスメイトにいじられるのを考慮してくれているんだと思う。

 普段はしようともしない距離を置こうとする態度に、私は彼が気を使ってくれていることを確信した。

 

 持ちつ持たれつな距離。見た目は遠そうな距離だけど、どうしてだろうか。私には彼との距離はそこまで離れていないように感じた。

 むしろ、私の事を想ってこうしているから、どっちかというと幸せな距離感って感じだ。

 

 ……まあ、私さっき教室ですっごくからかった扱いをしたのは全然許さないけどね♪

 

 

「……なんだ、さっきから笑顔になったり睨んだりしやがって。百面相か」

「いや別に~? これ終わった後トレーナー対する仕打ちをどうしようかなって考えてるだけだよ?」

「物騒だなおい!?」

「ふふっ♪」

 

 

 含んだ笑いで誤魔化す私。

 教室でからかった事を思い出し、顔を青くするトレーナー。

 距離はあっても、言葉の投げ合いは止まらなかった。

 

 いつものように会話を交わしたり、笑顔でからかったり茶化し合いを続ける私とトレーナー。 

 

 

「……でた、ウィングのイチャイチャだ」

「先輩のイチャコラだ」

「惚けだ」

「あっま。口の中あっまいんだけど。ジャリジャリなんだけど」

「コーヒー欲しい。無理。尊タヒする」

「……体疼いてきた。ちょっと走ってくる」

「えちょ、キミ教える役でしょ!? 待って~!?」

「あぁもう……なんであの2人はあんな物理的距離があるくせに砂糖の入った爆弾(核弾頭)を周りに投棄できるかなぁ……!?」

 

 

 なお、その様子を眺めていた少女たち約数10名は。

 色々と頑張っている中、揃いも揃って顔を赤面させてたりしたのであった。

 

 えっと……なんかごめんね? そっちはそっちで頑張って?

 

 

「ウィングって、確か来年で卒業でしょ? <アトリア>のメンバーって、これあと1年見せつけられるの?苦行かなにか?」

 

 

 あ、うん。来年で卒業するけど。

 その分、私トレーナーとのイチャつきを自重する気ないからさ。

 だからもう一回、皆には先に謝っとくよ。……ゴメンね?

 

 





一説によれば、イチャコラは万人を幸せにする薬らしいね
なおイチャコラ振りまく当人たちはそんなの関係なしに薬をばら撒くとか

……あれ、てことはイチャコラ続けさせておけば万人どころか世界を救う可能性が微レ存……?


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