通常弾ぺちぺちマン (三流二式)
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プロローグ 〝通常弾ぺちぺちマン〟

この馬鹿はメインの小説をほっぽり出して一体何をやっているのでしかね?


 突然だけど、皆は入り込んでみたいゲームや漫画とかはあるかな? 

 

 

 そういう人は、例えばドラクエとかファイナルファンタジーとかに入り込んで、原作知識活かして早い段階で凄い魔法を習得したりして皆をあっと言わせたり、事前に事件の発端の黒幕をぶっ飛ばして物語をそもそもスタートさせないとか。

 

 

 そういうことをしてみたいとか考えたことは、一度くらいはあるのだろうか? 

 

 

 俺はもちろんあるぜ! 

 

 

 ゴッドイーターの世界に入り込んでスサノオ2体ソロ撃破とか、得意のロングブレードで昇り飛竜叩き込んでカンストダメージ叩き込んでやったり、大車とかいうふざけた奴をぶっ殺してアリサさんとネンゴロ重点とか妄想してはウへヘへと一人にやついていたりしていた。

 

 

 勿論それはしょせんゲームに沿った世界そのままであることが前提の妄想な訳だから、じゃあその世界にマジで飛ばされたら、俺はきっと遠距離系の神機でバレットエディットで作った強力な弾丸ぺちぺちマンになっているに違いない。切った張ったとかマジで無理だし。

 

 

 前置きが長くなってしまったが、結局俺が何を言いたいのかというと。

 

 

 

 

 

 

 

 転生してしまったのだ。しかも俺がプレイしていたゲームの世界に。

 

 

 俺が転生する前にプレイしていたゲームの名は『モンスターハンター』。それも2Gだ。

 2Gだぞ2G。しゃがみ撃ちも無ければブレイブヘビィも無い。回復薬だっていちいちキメポーズが必要なあれだぞ。

 

 

 何でそんな古臭いゲームをやっていたのかというと、部屋の中を整理していたらPSPがぽろっと出てきたからだ。

 

 

 もう長いこと遊んでいなかったから、久々に見たPSPが何だか新鮮に思えた。カセットを覗いてみると2Gのディスクが入っていて、しかも電池も十分残ってたから、整理の事もほっぽり出してプレイしていたのだ。

 

 

 久々にプレイした2Gは相も変わらずモンスターの動きが素直で、ライズやアイスボーンのような複雑な立ち回りや操作がない分ヘビィやライトボウガンでクエストに行くと、面白いほど呆気なくモンスターをやっつける事ができた。

 

 

 夢中になってやっていると、気が付けば空は紅色。俺は慌ててPSPの電源を消し、充電器につないで部屋の整理を再開した。

 しかしその最中も、俺はかつて夢中になって2Gをプレイしていた時の事を懐かしく思い出していた。

 

 

 当時の俺は友達と集まってはPSPを突き合わせてモンハンばっかりやっていた。やっぱどこでも友達と集まってワイワイやれる楽しさは相当で、年が上がるにつれて友達と疎遠になり一緒にプレイする事が無くなっても当時を名残惜しむかのようにシリーズの尻を追っかけている。

 

 

 好きなゲームだよ、ほんと。

 でもこの世界に入りたいかと聞かれたら、俺は確実にNOと言う。

 

 

 だってこの世界、基本詰んでるんだもん。

 

 

 何だよ人類の生存圏は殆ど無いとか。ランポッポ一匹でも当り前のように死人が出るとか。何だよラージャンの毛皮でコートを作りたいとか。何だよ真の女王の座をかけて勝負するとか。

 何にせよ普通の人が生きていくにはあまりにも過酷な世界だという事は確かである。

 

 

 地獄である。糞である。

 創作の物語としては好きだが、現実として生きたいとは到底思えない世界なのだ。

 

 

 なのに転生してしまった。ご丁寧に子供の姿である。この世界で子供の姿で転生とか、神様は俺に死ねってか? ふざけてるぜ。

 しかもだ、純粋な人間では無く何だってよりにもよって半分だけ竜人族なんですかね? 

 

 

 え? そもそも何で転生した世界がモンスターハンターの世界だってわかったのかって? 

 だって意識を失って目が覚めた瞬間、母親らしき人の手に抱かれて物凄い勢いでティガレックスに追いかけられてたんだもん。

 

 

 びっくりなんてもんじゃない。危うくフルフルの咆哮みたいな奇声を上げてしまう所だった。

 でも状況が状況なだけに、俺は声を上げるのを何とか堪えた。そうしないと、何か致命的な事が起こると俺は直感的に理解していた。

 

 

 それと、半分竜人族の血が混じってるせいなのか? あるいは俺が『ヒノエ』さんや『ミノト』さんみたいに特別なのか知らないけど、ティガレックスの思念の様なものが漠然とだが聞こえてきていたんだ。

 

 

 尤も分かった事といえば〝肉! 食う! 〟、〝しかも子供まで付いていてお得! 〟くらいだったのだけど。

 

 

 どうも俺のお母さまらしき人は竜人族で、しかもハンターだったらしく、背中にはモノスゲェごつい大弓を背負っていた。

 でもお母さま……よりによって『ハンターボウ』ですかいな……。

 

 

 中々使い込んでいた感じがあったから、おそらくⅡかⅢあたりに改造してあったのかな? 

 何にせよそれでティガ相手はちょっときついと思いますね……。

 

 

 しかも俺というクソの役にも立たないお荷物がいたのでは本来の動きなどできようはずも無し。

 何とか逃げおおせるために雪山を駆けずり回っていたけど、とうとう崖の端まで追い詰められてしまった。

 

 

 母らしき人は俺と目の前で今にも飛び掛って来そうなティガレックスを見やり、そして決心がついたかのように口元をキュッとつぐむと、あろうことか俺を崖の下に放り投げた。

 

 

 貴方は伊之助の母親か! てことはアレか、わしはドスファンゴにでも育てられるのか!? 

 

 

「ごめんね……」

 

 

 急速な勢いで落下する俺の耳に、謝罪の言葉がかろうじて聞こえた。その時の母らしき人の顔はとても穏やかで、もうこの世に未練は無いとばかりに雑念が一切なかった。それはこれから死にゆく者だけが浮かべる死者の顔だった。

 

 

 覚えている事といえばそれくらいで、そこから先の事はよく覚えていない。覚えているのは、地面が分厚い雪に覆われていて怪我無く済んだことと、2人組のハンターらしき人たちが急いで崖を上っていく光景だった。

 

 

 ティガレックス特有の咆哮と、ハンターさんたちの激しく武器をぶつけ合う音を最後に、俺の意識は闇に消えた。

 そして気付いたら俺はどこかに民家のベッドで寝かされていた。そして寝台の近くに鏡が置いてあり、そこではじめて自分の左耳がとんがっていて、左手の指が4本しかない事に気が付いたのだった。

 

 

 それからこの家の家主がやって来て、次に村長さんがやって来て、俺は平身低頭でこの村に居させてください! と懇願して、何とかこの村で生きる事を許可されたのであった。

 そんなこんなで山脈近くの雪山の懐に抱かれた村『ポッケ村』で、一人で暮らしていたが、母親らしき人が現れる事はついになかった。

 

 

 まあ殺されたのだろう。根気よく彼女の生存を願ってくれている人には申し訳ないが、俺はそう確信している。

 ドライと言われちゃ返す言葉も無いが、俺からすれば数時間の面識なので、そこはどうしようもないので許して欲しいものである。

 

 

 さて俺のこの村での扱いだが、当然の様に疎まれている。

 現代社会だって肌の色の違いや瞳の色で差別されているのだ。それよりモラルが低い世界で、しかもよりによって半分だけ別の種族なのだ。これが純血のどっちかであるならばまだマシだったろう。

 

 

 俺がいるときは対応が普通だけど、曲がり角に消えた途端あの半端者は~とか、人モドキは~とか散々な言い様である。

 

 

 このままでは村八分になるのは時間の問題だったから、俺は否応なくハンターを目指さざるを得なかった。

 で、肝心の武器種だが、俺はボウガンと弓を選んだ。

 

 

 当り前だろ? 切った張ったとかマジで無理。現代人のひ弱さ舐めんな? 

 

 

 ライトボウガンはなけなしの貯金を切り崩して『チェーンブリッツ』を。弓はお母様の遺品がそっくりそのまま手に入ったから『ハンターボウⅢ』を。ヘビィは鉱石と麓近くに生息していた『アプトノス』から集めた竜骨を加工屋の兄ちゃんに渡して『ボーンシューター』を。

 

 

 それを手札に初めの内は何とかやりくりし、20年以上? 30年以下? の月日が流れた。

 

 

 俺はいま雪山で『ギアノス』が群れて進路妨害をしてるっていうんで、散弾が速射に対応している『ショットボウガン・白』を担いで規定数のギアノスを穴だらけにしていた。

 

 

「アバーッ!?」

 

 

 案の定いた『ドスギアノス』もギアノスもろとも散弾で穴だらけにしてやり、止めに顔面に撃ち込んだ徹甲弾が爆発して頭部が木っ端みじんになって、雪の中に没した。

 

 

「ハァ……」

 

 

 倒れ伏したドスギアノスとギアノスと何かいつの間にか巻き込んでいた『ブランゴ』の流す血と臓物で雪は真っ赤に染まって溶けだしており、あちこちで湯気が立ち昇っていた。しかも眉をしかめる程の死臭が鼻につき、ついむせてしまった。

 

 

 俺は空薬莢を排出し、不測の事態が起きてもいい様に散弾を装填し、それから剥ぎ取り作業に取り掛かった。

 ドスギアノスは想定内として、ブランゴの素材が取れるのは嬉しい誤算だった。

 

 

 特に『鋭い牙』、これが良い。後毛皮。後は骨。

 

 

 肉を切り開き、骨を摘出する。内臓は残念ながら食えたもんじゃないからその場に放置。

 自分で言うのは何だが、随分手慣れたものだと、剥ぎ取りが完了し、山になった不要な部位を見ながらそう思う。

 

 

 初めは剥ぎ取りは疎かボウガンでの殺傷すらままならなかったから大した進歩である。日進月歩とはこのことだ。死んでしまった母親も鼻が高いに違いない。

 

 

 命のやり取りには未だ慣れないが、弾丸越しのやり取りなら多少は我慢が出来る程度になっていた。

 それでもやはり他のハンターに比べれば、俺などちんけな弱虫野郎でしかないのだろう。

 

 

 それでも俺は生きている。どれだけ行き先がぶれようが、落とし穴に落ちようが結局のところそれが全てだ。

 

 

 命あっての物種。死んだら終わり。QED。証明終了。

 

 

「帰ろ……」

 

 

 俺はボウガンを背に担ぎ、自分が行った行為から背を向けた。

 

 

 

 

 




通常速射いいよね


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ポッケ村

ポッケ村のBGM良いよね。聞いてて落ち着いた気分になるんですよねアレ。


 ギアノスやらブランゴやらの素材をアイテムポーチの中に詰め込めるだけ詰め、詰め込み、えっちらおっちら運びながら下山した。

 

 

 拠点のキャンプに戻るころにはすっかり陽は暮れており、ムカつくほど綺麗な星がきらめく夜になっていたから、仕方なく野営する事にした。

 篝火に膝を寄せて座っている俺をはたから見たら、さぞ惨めに見える事だろう。

 

 

 ハンターと言えばチームプレイが華だ。この世界でも例にもれず大体のハンターは臨時でもチームを組むことが暗黙の了解で決まっているらしく、俺が見てきたハンターは全て二人以上だった。彼らからすれば、やはりソロハンターは論外なのだろう。

 

 

 当然と言えば当然だ。一人より二人の方が生存確率もクエスト成功率も上がるのだ。やらない方がどうかしている。

 

 

 俺だってそうしたいのは山々だが、チームプレイをするという関係上、必然的に会話をしなければならず、それでぼろが出て俺の正体を知られると、確実に碌な事にならないのは明白である。

 

 

 そうなるなら俺はソロハンターで結構だ。これ以上誰かに傷つけられるのは御免だ。

 

 

 焚火に肉焼きセットを設置し、拠点に戻る途中で撃ち殺したアプトノスの肉をセットする。時折手元の手回しを回して焼き具合を調整しながら、ぼんやりと焚火を見つめていた。すると、降雪地帯特有の身が引き締まる様な一陣の風が吹いた。体を芯から凍らせるような冷たさに、思わず体を震わせる。

 

 

 この風の冷たさが、俺は嫌いではない。

 この風はいつも自分の立ち位置を思い出させてくれる。例えば俺が村のはみ出し者であるとか。例えば俺が弱虫のヘタレであるとか。例えば弾代で貯金がカツカツだとか、そういうの。

 

 

 大して旨くない携帯食料と、なかなか旨いアプトノスの肉を腹に収めると俺は立ち上がり、テントの中に入り、おとなしく寝た。

 夢を見た。大好きなハンマーを担いだ俺が坂にモンスターを誘導してごろごろ転がって頭を叩き割る、そんな素敵な夢を。

 

 

 目が覚め、ギルド所属の『アイルー』と一緒に撤収の準備が終わると、乗り心地が最悪なうえにそこまで速度の出ないアプトノス車に乗り込み、帰路に着く。

 

 

 俺は(ケツ)の痛みを少しでも誤魔化すために、変わり映えしない外の風景をぼんやりと眺めていた。

 日中だけあって少しは寒さが和らいだ風、陽の光を反射してきらめく草花、のんびりと草を食むアプトノスやステップを踏んで戯れる『ケルビ』たち。

 

 

 そんな光景が俺の網膜に映り、気が付けば流れ去って行く。

 美しい自然の原風景をずっと見ていると、荒んでいた心が洗われるような不思議な気分に陥ってきた。自分がこの風景の一部の様な気になってくるのだ。そんな事あるはずないのに。

 

 

「ハンターさん、もうすぐポッケ村に着くニャ! 下りる準備をして欲しいニャ!」

 

 

 心地良い酩酊感に身を任せていたのだが、同行していたアイルーに声をかけられ、浸っていた素晴らしいトランス状態はドキドキノコでキマっていた時にウチケシの実を食わされたときみたいに消えてしまった。

 

 

「ああ、了解」

 

 

 俺は返事をし、伸びをした。

 

 

 外を見ると、整備された見慣れた道になっていた。窓から身を乗り出し、正面を見るとそう遠くない距離にポッケ村入り口にあるゲートが見えた。これを潜り、依頼を出した村長に報告すればクエスト完了だ。

 ようやくクエストが終わると思うと嬉しくてたまらない。

 

 

「ハロー、ポッケ村」

 

 

 アプトノスがゲートを潜る。麗しの我が故郷へ到着だ。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 俺が戻ったと分かるや、村の連中がわっと群がってきた。相変わらず耳ざとい連中だ。

 今日の成果はどうだったとか話を聞かせてとねだる子供たちをやんわりとなだめながら、のたのたと遅れてやって来た村長に俺は依頼の報告した。

 

 

「そうかい、やはりドスギアノスがいたか」

「えぇ、そこら辺をうろちょろしてたギアノスを撃ち殺してたら案の定湧いて出てきましたよ」

「どうやって倒した?」

「いつも通りこいつで」

 

 

 俺はボウガンをポンと叩く。

 

 

「手下どもと一緒に穴だらけにしてやりましたよ」

「ひやはや、末恐ろしい童じゃ」

 

 イヨイヨ~という奇妙な声を上げながら、村長は依頼の報酬の入った袋を渡してきた。

 俺は受け取ると中身を改めた。

 

 

「1……500……900よし、きっちりあるな」

 

 

 俺は袋を懐にしまい、それから狩猟の最中に取ってきた村用の素材を荷馬車から降ろす手伝いをしに行った。

 

 

「ほらよ、欲しがってた『セッチャクロアリ』だ」

「お~ありがとう! 助かったぜ! これで家の建て替えを再開できそうだぜ!」

 

 

 渡されたセッチャクロアリの入ったケースを掻き抱き、何ならキスまでしそうな勢いのこいつはポッケ村の『加工屋』だ。相棒のアイルーと一緒に武具屋を経営している。

 モンハンをやっていた諸君なら、こいつらがどんなに有能な奴かよく知っているだろう。

 

 

 だから俺はとにもかくにもこいつらにごまをすってはひいきにしていた。……もっとも俺は容姿が容姿だからこいつ以外にも平身低頭ごまをすりまくっているのだけれど。

 

 

 コミュニティで過ごすには八方美人でいるのが一番だ。特定の誰かだけに比重を割くと、その他と大なり小なり態度は変わる。

 村の人間はそういうのに敏感で、バレた瞬間に俺の人生は終わる。

 

 

 だったら誰に対しても同じ態度でへいこらしていれば、これ以上良くなりはしないだろうが悪化することは無いだろう。自分に対して下手に出てくる奴に優越感を覚えるのが人間というものだ。

 なら精々俺を下に見て優越感に浸っていればいい。俺が力をつけて出ていくその日まで、許してやるよ。

 

 

「もっともいつ出ていくかは未定だけど……」

「ん? 何か言ったか?」

 

 

 虫籠に頬擦りしてにやけながら顔を向ける加工屋に、俺は肩を竦めて何でもないと伝えると、再び積み荷下ろしに戻った。

 

 

 村という閉ざされた社会で生きていくにはとにもかくにも献上する事。加工屋なら鍬や鋤を。雑貨屋ならより安価で豊富な道具を。ハンターなら村人の要望する素材を。

 とりわけ食料になる物だと特に喜ばれる。雪に囲まれたポッケ村は自給自足していくには厳しい環境だから、それも仕方がないと言えば仕方がない。

 

 

 だからアプトノス一頭如きでまるで金塊を見つけた探検家みたいに大はしゃぎする村人を見るのはなかなか良い気分だった。まるで自分が凄い事をしたみたいで誇らしさの様なものを感じてしまう。

 だが落ち着いて物事を考えてみると、だんだんと見えてくる物もある。

 

 

 彼らが俺にこんなに感謝を送るのは、単にこの村にまともなハンターが俺しかいないから。

 アプトノス一頭で大はしゃぎできるのは、今までこんなに多くの物資を見た事が無かったから。

 

 

 XX辺りの時代になると、交通の便が発展してポッケ村にもハンターが良く来るようになる。それは5年後か10年後か。どっちにしろ半分竜人族の自分からすれば大した違いは無い。俺が不要になる日はそう遠くない内に必ず来る。

 

 

 半竜人ですら白い目で見られるには十分なのに、ソロで活動し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をとる俺が、誉れ高きチームのハンターたちに勝てる道理など無いのだ。

 

 

 だから俺はこの村に献上し、自分から出ていった優秀な犬という印象でこの村から出ていかねばならない。それしか道は無い。

 

 

 全くうんざりする。何だって父は竜人族の女なんぞを娶ってしまったのか。なぜ母は人間の男なんぞを夫として選んでしまったのか。

 恋や愛の事は前世含め40年以上の月日が流れてもやはり理解できなかった。しかしそれが悪い事とは思わない。この世は理解できない事に溢れている。まあそういうこった。

 

 

 俺は積み荷を降ろし終え、荷馬車から降りて物資に群がる村人たちに目を向ける。

 どいつもこいつもバーゲンセール中の主婦みたいに目を血走らせて物資に手を伸ばしていた。

 

 

 彼ら彼女らの必死さは、心の底から明日も生き抜いてやるぞという強い意志からくるもので、その熱気は見ているこっちまで熱くなってくるほどの力を感じた。

 彼らこそ自然と共に生きる者だ。ハンターが自然と調和して生きてゆく最たる者というが、そんなのはこの光景を知らない連中の戯言もいいとこだ。

 

 

 ここには自然界に勝るとも劣らない弱肉強食の摂理が確かにあった。自然界だけじゃない。人社会にだって確かに自然はあるのだ。

 

 

 俺は彼らの生存争いを見届けると、踵を返し、家へ帰った。装備を外し、インナー一丁だけの姿になると俺は一息ついた。

 

 

 さてと。明日はギルドの依頼で密林行きだ。なら精々英気を養うとしよう。

 

 

 さっと体を拭くと俺はベッドに飛び込んでさっさと寝た。意識が消えるその時まで、村人たちの優しい生存競争の喧騒が聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




加工屋の兄ちゃんってすごいんですね。


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ソロハンター〝白雪鬼〟(しらゆき)

自分が思っている印象と、他者から見た印象は大体違うものなのよねん。


 さくりさくり。足元の雪を踏み鳴らし、男たちは今日も今日とて畑仕事に勤しんでいた。

 厚着の子供らが白い息を吐きながら、寒さなんてへっちゃらだぞ、とばかりにはしゃぎながら通りを走り去ってゆく。女たちはその様を穏やかに見つめながら、井戸端会議に花を咲かせている。

 

 

 ここはポッケ村。フラヒヤ山脈近くの雪山の懐に抱かれた村。雪に閉ざされた静寂の村。

 物流や人手も乏しい。モンスターの脅威に晒されることも多いこの村だが、しかしそこに生きる人々は生命力に満ちていた。

 

 

 寒さなんて何するものぞ。誰も彼もが胸の内にそんな思いを滾らせて、今日も自然の脅威に引かず臆せず真っ向から立ち向かっていた。

 

 

 さてさてそんな平和な村の一角に控える小屋から、一人の男がふらりと現れた。男はゆったりとした足取りで通りに向かって、正しくはその先にある村の出口へと歩を進めた。

 男の姿を認識するや、村人たちにビリリと緊張が走った。男女子供アイルー問わずそろいもそろって纏う空気が一変した。

 

 

 先ほどまでの喧騒が一転して静寂へと変わった。彼らは黙って男に道を開けた。神に道を譲る信徒の様に。

 

 

 この男を言い表すならば、白銀の太陽。あるいは雪。

 

 

 年の頃は20代半ばといったところ。流れるような銀の髪を首元まで伸ばし、女と見まがう顔は眉目麗しく、白い肌はまるで雪の精霊の様。本人曰く父譲りだという黒紫の瞳は妖しく、偶々夜に彼の瞳を見た男曰く、まるで夜に閃く星のようだったと興奮気味に語っていた。

 

 

 すらりとした手足は、しかし今回は白い怪しげな衣服に包まれて残念ながら拝むことはできなかった。

 この防具、名を『フルフルシリーズ』と言い、目の無い不気味な飛竜『フルフル』から作られた防具である。

 

 

 男は相変わらず眠たげな眼で彼らを一瞥し、すぐにぷいっと目を背けた。まるで興味など無いとばかりに淡々と。彼が横切った後、男女問わずほうっとうっとりとしたため息を吐いた。辛抱堪らずその背に駆けだそうとする女がいたが、隣にいた友人の女が首根っこを引っ掴んで止めた。

 

 

 男の背には海老を模した軽弩が背負われていた。その名の通り『エビィーガン』という名のこのボウガンは水属性の弾を撃つことに長けており、村人たちはこの後イャンクックを狩りに行くという彼の言葉を思い出していた。

 

 

 となると場所は密林か。ならそこそこ長い時間彼は村からいなくなってしまうだろう。

 ゲート近くで佇んでいる村長と『ネコートさん』に声をかけて出ていく男の背を見つめながら、村人は心底残念がった。

 

 

 最早語りつくしたと言っていい程だが、彼はとてつもなく美しい。それに腕っぷしもたつ上に話を合わせるのも上手いときた。

 半分竜人の血が流れているから左耳がとがっており、左手の指が4本しかない。普通は気味悪がる要素なのだが、神話で英雄が半分人外であることなど鉄板中の鉄板だ。

 

 

 眉目の美しさとそれらの要素が相まって、むしろ彼の神秘性を高めている要因となっていた。

 

 

 思えば彼は小さなころから我々とは何処か隔絶した雰囲気をしていた。

 村人はしみじみ思い返す。

 

 

 もう20年前の事になるが、それは雪山で救難要請の信号弾が打ち上げられたのをギルドの気球が発見した時の事だ。

 偶々ポッケ村に滞在していたハンターが急いで駆け付けはしたが、信号弾を打ち上げたハンターは見当たらなかった。

 

 

 駆け付けたハンターもティガレックスを追い払う事には成功したものの、当のハンターは終ぞ見つけられなかった。

 仕方なく諦めて帰ろうとした矢先、連れてきていたアイルーが鼻をすんすんさせ、急に走り出した。そしてアイルーが止まった所に彼はいた。

 

 

 駆け付けたハンターたちが言うには目にした瞬間、まるで雷に打たれたみたいな衝撃を受けたという。雪の上で倒れ伏し、浅く呼吸する幼子はまさに雪の精霊の様であり、一時自分たちが幻覚でも見ているのかと錯覚したと語っていた。

 

 

 その後村で保護された彼は、村長にこの村に住ませてほしいと嘆願したとのことだが、村長曰く『幼子とは思えない程精神が熟していた。話している最中に何度大人と話していると思ったことか』とのことだ。

 

 

 村長の言う事が正しいと分かるのは、そう時間はかからなかった。

 彼は村で暮らし始めてからすぐに自分から仕事を求めて村中をあっちこっち駆けずり回っていた。

 

 

 病み上がりだからとか、子供なのだからという言葉にまるで耳を貸すことなく、彼は大人に混じってひたすら畑仕事に精を出した。その仕事ぶりや仕草は成熟した大人のそれであり、なるほど、確かにこれは子供とは思えないと誰もが納得した。

 

 

 そして男の印象を決定付ける決定的な瞬間が訪れた。

 それは彼が村に住み着いてから数年がたったある日の事。雪山で山菜取りに出かけていた村の男が肉食モンスターの群れに襲われるという事件があった。

 

 

 幸い肥やし玉を携帯していたから何とか逃げおおせたものの、依然雪山には男を襲ったモンスターの群れが住み着いており、これではとても山菜取りに出かけられる状況ではなくなってしまった。

 

 

 村人はそろいもそろって頭を抱えた。村長は村人たちと元専属ハンターとギルドマスターを集め、意見を出し合った。

 

 

 どうする、ハンターを雇うか? 無茶言うな、そんな金が何処にある、もっとよく考えて話せこの馬鹿。何をこのごく潰しが。黙れ耄碌ジジィじゃあどうすんだ。この村で戦える者などおらんぞ。あたしが若ければドスギアノスなんてちょちょいのチョイだったよ。ホラを吐くなデブ。残念ながら今このギルドで出せるハンターはおらんのう。なら私が行きます。お主は座っとれ等々。

 

 

 話し合いはようとして進まず、ギルドマスターが打診してハンターを呼び寄せようと席を立ったその時である、話し合いの会場として選ばれたギルドの入り口から彼が入ってきたのは。

 

 

 彼の体は酷く汚れていた。赤黒く生臭い汚れで。

 

 

 呆気に取られている大人たちに目もくれず、彼は右手に持っていたものを放り投げた。

 それは放物線を描いて大人たちが囲むテーブルのど真ん中にべしゃりと音を立てて落下した。

 

 

 初めはそれが何なのか、大人たちは理解できなかった。しかし凝視するにつれ、それが村の男を襲った肉食モンスターのリーダーの生首であったことに気が付き、わっと驚いた。あまりにも驚きすぎて、椅子から転げ落ちた者がいるくらいだった。

 

 

「ドスギアノス、狩っといたから」

 

 

 驚愕する大人などに目もくれずに彼は短くそういうと、固まっている村長にツカツカと近寄って、右手をずいっと突き出した。

 

 

「報酬くれよ報酬。討伐報酬な。900ゼニーで良いぜ」

 

 

 村長は突き出された手を凝視し、それからゆっくりと顔を上げて目の前の子供を見た。

 

 

 防具らしい防具は身に着けておらず、唯一の武装は背中に背負われた軽弩のみであった。その事実に村長は、その他の村の大人たちは再び驚愕に目を見開いた。

 とりわけギルドマスターと長きにわたり村を守ってきた元専属のハンターの驚愕は大きかった。

 

 

 その理由はライトボウガン、というよりボウガンや弓の役割と言ったら他の近接武器の支援が専らだったからだ。

 ライトボウガンは言わずもがな。ヘビィボウガンは火力が高いが動きは鈍く、この武器の運用方法はランスの様な近接要員に守られながら使うものなのだ。弓だって威力は高いが狙われてしまえば成す術がないものなのだ。

 

 

 何より遠距離武器は敵の弱点を正確に射貫く技術が必要だ。当然動き回りながらそんなことが出来る者はいない。だからこそ近接要員がモンスターを引き付け、どっしりと後方で構えながら隙を見て支援射撃をしたり、強力な砲撃を撃ち込む物なのだ。動き回りながら戦うことなど基本的にあり得ない事なのである。

 

 なのにこの少年はこの年で、こんな小さな体で村を悩ませていた怖ろしい怪物の親玉をたった一人で仕留めて見せたのだ。しかも信じられない事に軽弩で。

 

 

 それはつまり、激しく動き回るモンスターを自身も動き回りながら正確無比に弱点に当て続けるという途方も無い神業を行い続けた証左であり、良く見れば彼の体は返り血で汚れているだけで、傷らしきものは一つとして無かった。

 

 

 集った大人たちは再び彼を見た。全身は血糊や泥で汚れており、整えられていた銀の髪はあっちこっち乱れていた。しかし、室内に灯されている松明の炎を反射して妖しく光る黒紫の瞳は、銀の髪は、混じり気無しに美しかった。

 

 

 その事を理解した瞬間、実際に実行はしなかったものの、確かに彼らは傅いた。この少年に、彼らは神を見出した。

 

 

 この日、(せかい)が彼にひれ伏した。

 

 

 そこからである。村人たちが彼への態度を変えたのは。

 10になるかならないかの少年に、表向きは普段通りに接しはするが、内心ではただひたすら頭を下げて平伏していた。

 

 

 一部の者は変わらず異形の怪物とか、半端ものの人擬きと言いふらしていたが、それはそうでもしないとのめり込んでしまう事を恐れたが故の事であった。

 

 

 だが更に月日は流れ、十数年経った今では陰口を叩く者はいなくなっていた。そんな事をするには、男はあまりにも美しくなりすぎてしまった。

 

 

 銀の髪は太陽の具現であり、黒紫の瞳は夜の結晶。白い肌は雪を固めて作ったが如く、彼の体はまさしくポッケ村そのものであった。

 だからこそ、そんな彼を村人たちが神と崇め奉るのは、ちっとも不思議な事では無かった。

 

 

 神の噂を聞きつけて、この村にも少しずつハンターが訪れるようになった。そして彼の姿を一目見れば、男も女もたちまち虜になってしまった。

 誰が言い出したのか、いつしかポッケ村に白き鬼が住むという噂がまことしやかに囁かれることになった。

 

 

 今日もまた、白き鬼を求めて一組のハンターがやって来ては、不在のためギルドの前で嘆き悲しむ姿が見られた。しかしその光景はポッケ村では日常茶飯の出来事で、近くを通り過ぎたアイルーが肩を竦めた。

 

 

 ここはポッケ村。麗しき白き鬼が住みついている村。雪に閉ざされた、神の潜む秘境。

 

 

 

 




ドスギアノスよかドスジャギィ復活はどうなんですかい?


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VSイャンクック

クック先生は素直に通常速射を受けてくれるから好きよ。(4から先は知らん。ダンゴムシを飛ばしてくるな!)


 乗っていた船から降りるとじめっとした生ぬるい風が顔にかかった。

 顔を顰め、舌打ちを一つすると連れて来たオトモアイルーの『ヨシツネ』がこちらを怪訝そうな顔で見上げてきた。

 

 

「何だよ」

「まぁ~た眉間に皺が寄ってるニャ。旦那さん顔が良いらしいからあんまそういう顔しない方が良いニャ」

「余計なお世話だこの猫」

「あ? 何ニャソレ? アイルー差別ニャ? 喧嘩売ってるニャ? そうなんニャろ? ん?」

 

 

 不良みたいな絡み方してくるオトモの横を通り過ぎ、既に建てられていたキャンプの方へ向かう。

 

 

「あぁ? これはもう完全に僕に喧嘩売ってるニャ! この野郎上等ニャ! ぶっ殺してやるニャ!」

「オトモ」

「あ゛ぁ゛!?」

「キャンプで準備完了次第すぐに出発するぞ。早くしろ」

「うん」

 

 

 俺らはそろってキャンプに入り、装備の点検、荷物のチェック、体調に問題がないか素早く確認し、特に問題がない事を確認すると装備を身に着け、キャンプから出た。

 さあクエスト開始だ。

 

 

「えぇ……とあいつは今どのあたりにいるかなっと」

 

 

 俺は支給された地図を広げながら、奴が居そうなところをいくつかピックアップして、近い順に向かうことにする。この時なら4か3あたりだろうか? 

 

 

「モンスターごとに好んで行く場所の目星は大体付けられてるんだから便利なもんだな」

「技術の進歩とはかくの如しニャ」

「違いない」

 

 

 俺たちは軽口を叩きながら歩を進める。

 今回の依頼はギルドからの物で、『密林の大怪鳥』というクエストだ。依頼内容は時折人を襲うから狩猟よろしくという、まあよくあるものだった。

 

 

 このクエストはポッケ村の集会所から出された所謂集会所クエストで、ランクは下位の星2といったところ。記憶では密林なら亜種の方が出てきたような気がするが、まあイャンクック亜種だろうが原種だろうが行動に差異は無いからどうでもいいか。

 

 

 俺とヨシツネはエリア4の波打ち際の砂を踏みしめ、途中絡んできたクソッタレカスゴミうんこ、通称『ヤオザミ』を散弾で穴だらけにしながら、イャンクックの影を探した。

 

 

 いなかった。まあいい。時間はまだある。

 ヤオザミからとったザザミソを啜りながら、俺たちは大怪鳥を探すために密林の中を彷徨った。

 

 

 それにしてもどうだ? 体の芯から凍らせるような雪山から一転して、密林のじめじめとしたこの気候ときたら! 

 藪をかき分け、垂れ下がるつる草をハンターナイフで切り分けて進みながら俺は思う。

 

 

「こんな所で狩猟しようとする奴なんて正気じゃないな」

「ボウガン一丁でモンスターを狩るような人間の台詞じゃ無いニャ。恥を知れニャ」

「爆弾担いで特攻する馬鹿に言われたくはない」

「あ? 旦那さんがやれっていうからやってやってるニャ? 自分で言った事すら忘れてるニャ? もしかして僕喧嘩売られてるニャ? 買うぞおらかかって来いニャ」

「オトモ」

「あ゛ぁ゛!? ニャに気安く話しかけてきてるニャ!? ぶっ殺すニャよ!」

「奴が居た。準備しろ」

「分かったニャ」

 

 

 エリア3と4は外れ、その次にエリア8と6を経由してエリア5へと行ったが、ここで俺たちは当たりを引いた。

 密林のエリア5は開けた空間で、そこのど真ん中にそいつはいた。

 

 

 桃色の外殻としゃくれた大きな嘴、扇状に開くこれまた大きな耳をぴくぴくと動かしながら、そいつ、『大怪鳥イャンクック』はのんびりと佇んでいた。

 

 

 俺はヨシツネに素早く目配せした。ヨシツネは頷くと、しめやかに駆け出し、バレない様にイャンクックの後方に移動した。

 ヨシツネのポジション確保が無事に終わるのを見届けながら、こちらも準備を進める。

 

 

 背負っていたエビィーガンを下ろし、水冷弾が入っていることを確認する。それからポジション確保するためにちょこちょこ場所の微調整をした。

 長年遠距離武器で戦って来て分かった事なのだが、この武器種で一番重要なのは初めの不意打ちの時にどれだけ相手を削れるかだ。

 

 

 そのまま押し切って殺せるのが一番いいが、それが出来ない場合はどれだけ機動力を奪えるかとか、どれだけその後の行動に支障が出るように傷つけられるかどうかで戦いの流れが決まる。

 ババコンガなら尻尾をちぎり取れればキノコをストックすることが出来なくなるからブレスを弱体化させられるし、ダイミョウザザミなら背中の殻を破壊できればタックルの威力が落ちるからよい。

 

 

 イャンクックの様な飛べる奴なら翼膜をズタズタにしてやることが出来ればもう二度と飛行できなくなってとても良い。サマーソルトが出来なくなったリオレイアを見るのはとても愉快だった。

 

 

 俺はイャンクックの前方右斜めあたりに陣取り、ひたすら奴が隙を見せるまで待った。

 こっちが苦労してあっちゃこっちゃ移動している間にも、奴の動きはのんびりとしたものだった。

 

 

 イャンクックは時々きょろきょろしたり、足元の地面を引っかいたり、鼻をすんすん鳴らしてはくしゃみをしたりしていた。

 俺は奴の仕草から不意打ちするのに最適な動作を確認するまで微動だにせず、血眼になって観察していた。

 

 

 そしてイャンクックはあくびをするみたいに大口を開けて翼を広げる動作をした。

 

 

 ここが仕掛け時と見た俺は身を隠していた木から飛び出し、奴の顔面から翼にかけて斜めに貫き通すように水冷弾を連射した。

 

 

「クェエ~!?」

 

 

 奴は面食らってもんどりうって倒れた。その好機を逃すなんて余程の馬鹿かハンターを始めたばかりの素人だけだ。

 俺はすかさずリロードし、奴が体勢を立て直すまで撃って撃って撃ちまくった。

 

 

 やがて体勢を立て直し、自分の状況を理解したイャンクックは目をクワッと見開き、翼を広げてぴょんぴょんと跳ねた。

 荒げた呼気に炎が見え隠れしている。怒り状態へと移行した証拠だ。

 

 

 俺は撃つのを止めて後ろに跳んで距離を取り、起き上がった奴の姿を観察した。

 

 

 先ほどののんびりとした雰囲気は消え失せ、外敵を排除しようという明確な敵意と殺意がイャンクックから漲っていた。

 しかし、怒って体を大きく見せるように翼を広げて威嚇する奴の体はボロボロだった。

 

 自慢の耳は両耳とも千切れており、翼膜にいたっては穴だらけで、これではとてもじゃないが飛ぶことなんて不可能だった。

 つまるところ、もうこいつは逃げ出すために空を飛んでエリア移動なんていうふざけた事が出来なくなったという事だ。

 

 

 これは良い。こいつは俺の事ばかりに気を取られていて、後ろにいるヨシツネなんかさっぱり眼中に無かった。これがとても良い。

 足で地面を掻き、今まさに突進しようとする背後から大タル爆弾を持って突っ込んでくるヨシツネにさっぱり気づいていないなんて、今日はとても良い日だと思わずにはいられない。

 

 

「ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

「クエッ!?」

 

 

 大和魂を籠めた気合の叫びで奴はようやくヨシツネの存在に気がついたようだが、もう遅い。俺に散々練習させられたヨシツネの爆弾特攻は完璧で、ぎりぎりまで近づいてから放り投げられた大タル爆弾はイャンクックに避ける間など与えなかった。

 

 

 ヨシツネは素晴らしい前転で距離を取った。爆弾は放物線を描いてイャンクックへと迫る。イャンクックは今まさに死が迫っているというのに、それでも彼の目に諦めの色は一切無かった。

 

 

 生きようと藻掻く大怪鳥に、死神が迫る。大怪鳥は少しでも長く生きようと回避動作をとった。

 大怪鳥は吠えた。死神を追い払うために。死神は哀れな犠牲者に向かって憐みたっぷりに首を振った。

 

 

 次の瞬間、爆音が世界を引き裂き、天を揺るがせた。

 紅蓮の炎が吹き上がり、天に上りゆく龍の如く空へと立ち昇った。

 

 

 手で顔を覆って爆風から身を守る。俺より近くで爆風をもろに受けたヨシツネは悲鳴を上げてころころと転がっていった。

 

 

「ニャ~しびれるニャー!?」

 

 

 余裕そうなので無視。それよりイャンクックの状態の方がはるかに気になる。だが爆煙は濃く、向こう側の彼の状態はようとしてつかめなかった。

 どうなっているか分からぬ状態で迂闊に動くとどうなるか、駆け出しのころに嫌ってほど味わった。迂闊に近づいて突っ込んできたリオレウスの姿は未だに夢に出る。

 

 

 無駄弾を撃つのが嫌だから煙に向かって乱射するのも憚られる。俺は煙が自然に消えるまでただひたすら待ちの姿勢だった。体勢を立て直したヨシツネの奴もいつでも爆破できるように両手に小タル爆弾を抱えながら煙の先を凝視していた。

 

 

 風が吹いた。死神だって吹き飛ばすような強い風が、俺たちの横っ面に叩きつけられた。思わず腕で目を覆う。

 風はたっぷり10秒間ほど吹きすさび、風がやんで腕を下げると、爆心地の真ん中に横たわって動かないイャンクックが目に入った。

 

 

「はぁー……」

 

 

 俺は構えていたエビィーガンを下ろし、息を吐いた。緊張が解かれ、精神的な疲れがどっと襲い掛かってきた。思わず尻もちをつく。

 

 

 狩りの後はいつもこうだった。未だに命のやり取りに慣れることは無く、弾丸越しならマシになったとはいえ、終わった後はこの様だ。

 こんな有様でよく20何年もハンターを続けられたものだと、感心せずにはいられない。いい加減慣れてもいい頃だろうに。

 

 

 クエスト終了を知らせる信号弾を打ち上げ、ギルドの連中が来るまでの間、俺はしばらく腰を下ろしたまま空を見上げた。

 やはり遠距離武器だけでしか狩猟してこなかったからだろうか? 勇気を出してハンマーや双剣に手を出してみるべきだったのか? 

 

 

 でもさ、良く考えてみろよ? イャンクックでさえ怒り状態になれば小型モンスターとは一線を画すほどの威圧感になるんだぜ? あれを至近距離から浴びながら、尻尾攻撃や火炎液を、鳥竜種特有のノーモーションタックルを避けきる自信があるか? 近接武器を担いだまま? 冗談じゃない。

 

 

 ゲームと違って痛みがあるし、回復薬で傷が治るとはいえ、常に死の危険が迫ってくるんだぞ。ネコタクのおかげで死ぬ前にキャンプに連れていってもらえるとはいえ、誰が好き好んで痛みを受けようなどと思う? 

 

 

 誰かと一緒にクエストを受けざるを得ないときがあるが、一緒になるハンターはどいつもこいつも近接武器ばかりだった。ガンナーの奴とコンビを組んだことなんて一度だってありはしない。

 なぜ彼らはあんな怪物たちと切った張ったが出来るのだろうか? 

 

 

 やはり俺が軟弱だからか? もしかしたら自分自身を愛しきれていないのかもしれない。自分自身を愛しているのならば、信頼できるならばハンマーや双剣を手に取り、モンスターと戦えているのかも。

 

 

 ギルドの連中がダバダバとやって来た。俺は頭だけ剣士仕様にしたフルフルヘルムのフードを被り直し、剥ぎ取りを行った後に引継ぎをしてからキャンプへと向かった。

 

 

「平気ニャ?」

 

 

 いつもの様に心配そうに見上げてくるヨシツネに、俺は肩を竦めた。

 

 

「平気もくそも」

 

 

 俺はいったん言葉を切って、乗り込んだ船の上から流れゆく雲を見上げながら言った。

 

 

「やるしかないのさ」

「そうかニャ」

 

 それから俺たちは黙って空を見上げた。

 

 

 思う事は多々あるけれど、何にせよ、終わり良ければ総て良し。生きてクエストを達成できたことを、今は喜ぼうではないか。

 

 

 死神がこちらに振り向いて、にやりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 




展開の都合上弾が切れたり切れなかったりします。回復薬とかの効果も効き目が良かったり良くなかったりとまちまちです。
リアル寄りの描写を期待した読者の皆様には申し訳ありません。


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あるハンターの証言

大剣は抜刀大剣でしか使えません(半ギレ)私は本来は双剣とハンマー使いなんです!でも私が使ってもそんなに強くないんですよね…。何も感も斬裂ライトが悪い!(憤怒)徹甲速射許すまじ!(激昂)


 私はドンドルマを拠点としたハンターだ。現在私はクエストの指定地である雪山に赴くため、アプトノス車に乗っていた。

 

 

 いつもならパーティを組んでいる2人の女の子とドンドルマ周辺で狩りを行っているのだが、2人とも各々の事情で今回はお休み。

 

 

 それに伴い私一人で、厳密にいえば雪山の麓にあるポッケ村の『専属ハンター』と協力して、雪山で発生した『フルフル』2頭の狩猟を行う様にギルドから言われていた。

 

 

 ギルドからそう言われた時、私はドキリと心臓が大きな音を立てたのを覚えている。

 ポッケ村の専属のハンターと言われたら、該当するのは一人だけ。そう、あの『伝説のガンナー』の再来とまで言われたソロハンター『白雪鬼』ただ一人だ。

 

 

 ソロハンターと言われる存在ははみ出し者か、あるいは()()()()()()()()()()()()()()()()()()かの二通りしかない。

 で、かの白き鬼は後者だと言われている。

 

 

 ()()()()()()。そう憶測の様な物言いなのは、その白き鬼がさっぱり自身の事を話したがらないのと、あの『幻獣キリン』並みに目撃する事が困難な事に由来するからなんだって。

 白き鬼の話はドンドルマでもしきりに話題になる事があり、曰く村に帰る事が殆ど無く、帰ってきたとしてもその次の日か次の次の日には別のクエストのために村を出ていってしまうとの事だ。

 

 

 偶々同じクエストに同行したハンターの話では、装備がなぜかちぐはぐであり、その癖妙に動きが良く、従来のガンナーでは考えられないほど動き回り、的確に弱点部位に弾を当てて瞬く間にモンスターを捕獲してしまったという。

 

 

「あれは人間業じゃない。まさしく鬼か、それか神様みたいな業だったよ」

 

 

 そう語るハンターの目は、まるで古龍の御業を見たかのような、圧倒的な畏敬の念が浮かんでいたのを私はよく覚えている。

 

 

「どんな人なのかなぁ……」

 

 

 私は流れゆく景色をぼんやりと眺めながら、件の白き鬼の人物像に思いを馳せる。

 

 

 噂では年齢は20代後半辺りで、太陽を思い起こさせる様な銀の髪を持ち、艶やかな白い肌は雪を固めて作ったが如く、その美しい顔は女も男も虜にするという。

 

 

 だがその顔を見られるのは村人ですら滅多になく、仮に見れようものならその年の運を全て使い果たしたとすら言われている。

 

 

「う~気になる!」

 

 

 考えれば考える程気になって仕方がなかった。私だって噂に躍らせられるような年頃の女の子なのだ! そこにそんな意味深かつ気になるよーな噂が流れたとあっては、もうわたしゃーいてもたってもいられんのですヨ! 

 

 

 そんな時に噂の中心の白鬼様に会える機会が与えられたとあっちゃあ、もう受ける以外に選択肢なんてないじゃんそんなの! 

 

「うおおおおおお待ってろポッケ村―! 私が『白雪鬼』の素顔を見てやるんだからあああああ!」

「うるさいからちょっと黙れニャ」

「あ、うん。ごめん」

 

 

 同行していたギルドのアイルーが耳を塞ぎながらぎろりと一瞥。私は素直に突き上げていた拳を引っ込め、おとなしく座った。私は素直に言う事を聞く良い子なのだ。決してその視線にビビった訳ではない。無いったら無い。……ホントだヨ? 

 

 

 額から流れる冷汗を拭い去り、私は心の中で再度決意する。

 

 

(絶対ぜっっったい素顔を見てやるもんねー!)

 

 

 ……再び睨みつけられて、私はポッケ村に着くまで石のように固まっていた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「えぇえええ!!? もう行っちゃったんですか!?」

 

 

 ポッケ村に着くなり、私は一も二も無く集会場の方へ赴いてギルドマネージャーに依頼の件を持ちかけた。で、言われたのは「奴さんもう行ったよ」の一言だった。

 

 

「私止めたのよ。危ないからって。そうしたら『別にフルフル2頭くらい一人で十分。それに、仮に俺がくたばった所で、一体誰が気にするっていうんだ?』って言われちゃってね~」

「な、何ですかそれ!? マネージャーなんですから立場で押し切っちゃえばいいじゃないですか!?」

 

 

 私の疑問にマネージャーは、彼にも色々あるのよ~、と肩を竦めた。

 

 

「ちなみ白雪鬼さんが行ってからどれくらい経ちました?」

「そうね~……大体1時間前くらいかしら~?」

「なら急いでいけば間に合いますね!」

「そう言うと思ったわ~」

 

 

 ハンターはせっかちだからね~、とギルドマネージャーは言いながら、すでに村の外に雪山行きのアプトノス車の用意は出来ているから、準備が済み次第出発できるわ~というありがたいお言葉を私に下さった。

 

 

 そうと決まれば善は急げ。私はすぐさま装備の点検を始めた。

『雌火竜リオレイア』の防具である、ドレスを思い起こさせる鎧を各種点検する。そうなのだ。私たちのパーティはリオレイアを倒せるくらいの実力があるのだ。私だってこれでも結構名の知れたハンターなのだ。

 

 

 ふふんと誰にともなく自慢げに鼻を鳴らす。……ギルドマネージャーさんと受付嬢さんたちの白い目を華麗にスルーし、私は再び装備の点検に戻る。……よし問題なし。

 それから最後に相棒であるこれまたリオレイアの素材で作った『ヴァルキリーブレイド』という大剣を背負い、これで準備完了だ。

 

 

「では行ってきます!」

「気を付けて行って来てねぇ~」

 

 

 私は見送ってくれたギルドマネージャーに手を振って応えると、村の外に止まっていたアプトノス車に飛び込んだ。

 私が乗りこむと、馬車の御者であるアイルーがすぐさまアプトノスに鞭を飛ばし、雪山まで全速力で駆け抜けた。

 

 

 乗り心地は最悪だったし、若干酔いかけはしたけど、それでもあっという間に雪山のキャンプに到着した私は早速支給品ボックスをあさり、そして驚いた。

 

 

「うそ、全く手が付けられてない……!」

 

 

 支給品ボックスの中身はボウガンの弾以外そっくりそのままそこにあった。応急薬どころか地図すらとられていないとは……! 

 

 

「って感心してる場合じゃなーい! 急がないと!」

 

 

 私は応急薬を6個、携帯食料2個、ホットドリンク、地図をかっぱらい、アイテムポーチにねじ込むと、地図を片手にキャンプから飛び出した。

 




フルフルZシリーズ、これが好き。


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押しかけハンター『セリア』

長すぎたので2つに分けました。なのにあんまり長さが変わってないってどういうこと―?


「えっと、フルフルが出没するエリアは1,3,6,7,8だから……えぇ~と……うぅ、雪山って殆ど来た事が無いから何処にいるのか分からないよ~!」

 

 

 んがんがホットドリンク片手に地図とにらめっこをするが、雪山なんて所に来た事なんて全くなく、更にフルフルと戦ったことだってほとんどなかったから、勝手がさっぱり分からなかった。

 現在私はエリア3あたりをうろちょろしていた。

 

 

 ……仮にもそこはフルフルが良く行くエリアで、しかも寝床に選ぶ様な場所だって事など私の頭からさっぱり抜け落ちていた。

 背後から生臭い息がかかった。

 

 

「ッ!!?」

 

 

 私はぎょっとなって咄嗟に大剣を手に取って盾めいて前方に翳した。その瞬間、大剣越しに凄い衝撃が私を襲った。

 

 

「っつぁ!?」

 

 

 咄嗟だったからあまり踏ん張りが効かず、私は後方に一歩二歩と後退った。

 

 

「このぉ!」

 

 

 気合で反動から脱すると、私は不意を突いてきた元凶を睨みつけた。

 

 

 粘液に覆われた白くてブヨブヨとした質感の皮膚。目の無い顔は気味が悪く、半開きになった口から唾液がダラダラと垂れ流しになっていた。

 

 

『奇怪竜フルフル』が、明確な敵意を剥き出しにして私の前に立ちはだかっていた。

 

 

「くっ!」

 

 

 鼻をしきりに鳴らし、こちらの位置を探しているフルフルに向かって私は大剣を構えた。

 フルフルは目が退化しており、匂いで獲物を探るという。そして体内に発電器官を有していて、鈍い動きだと迂闊に飛び込めば放射した電撃で返り討ちにあったという例が多々あるから、ここは攻撃を誘発してその隙に攻撃するのが一番だ。

 

 

「!」

(来た!)

 

 

 それまで鼻を鳴らしてきょろきょろしていたフルフルが、こちらに勢いよく振り向き、首を伸ばしてきた。

 

 

 私は前転して湾曲する首を潜り抜け、首が戻る間に胴体を2度3度切りつけた。

 

 

「ぎゃあ!」

 

 

 首を戻したフルフルがゆっくりと、しかし確かに私に狙いをつけて突進してきた。

 

 

 私は横に跳んで突進をかわしながら大剣でフルフルの胴体を切り付けた。

 

 

 その後も同じような攻防は続き、確実にフルフルに傷をつけていったのだが、フルフルの表情の無い顔や元々動きが鈍いせいで、本当にダメージを与えている実感がちっとも湧かなかった。

 

 

「も~何なのよ~!」

 

 

 またゆっくりとした動きで突進してきたフルフルの横を通り過ぎながら、大剣で胴を傷つける。

 これで何度目だろう? 手ごたえを感じているはずなのに、どうにも進展しているとは思えなかった。

 

 

 フルフルが突進を終え、こちらにゆっくりと振り向いた。口から稲妻を含んだ息を吐きながらゆっくりと。

 

 

「ッ! 怒り状態!」

 

 

 私の言葉に呼応するように、フルフルはいきなり跳躍してきた。その速さは先ほどの鈍い動作とは比べ物にならないくらい早く、急な緩急の変化に私はついていけなかった。

 しかも電撃を纏ったその跳躍は、雌火竜の装備を着た私に驚くほど良く効いた。

 

 

「ああぁ!!?」

 

 

 吹き飛ばされた私は壁に叩きつけられた。

 

 

「か、はっ……!」

 

 

 肺の空気が一気に口から抜け出し、私は酸素を求めて喘いだ。ダメージは大きく、早く回復薬を飲まねばならないのに体が痺れて動かない。

 

 

「はあぁ───……」

 

 

 フルフルは長い息を吐き、私に与えたダメージを確認するように鼻をふごふごと鳴らした。

 

 

(早く……早く動かなくちゃ……)

 

 

 頭は危機を感じて驚くほど冴えているのに、それに反して体はちっとも動かない。

 

 

(早く早く早く!!!)

 

 

 動かない。動けない。そうこうしている間にも、怒り狂ったフルフルはべたんべたんと足音を響かせながら私にゆっくりと迫ってくる。

 

 

『ね~え知ってる? フルフルって獲物に直接卵を植え付けて、孵化した子供はその獲物の肉や体液を内側から喰べて成長していくんだって! 凄いよね!』

 

 

 クエストを受ける前に友人とした会話が思い起こされる。何でよりによってそんな事を今思い出してしまうのか。自分自身を殴りつけてやりたくなる。

 心では今をどうにかしないと分かっているのに、私の意思とは関係なく頭は腹を食い破って出てくるフルフルの幼体を完璧に脳裏に描き切った。

 

 

(や、やだ……やだやだ、そんなの嫌!!!)

 

 

 ガタガタと震える体を掻き抱こうとするも、体が痺れて動けない。痺れのせいで目の端から流れ落ちる涙すら払えない。

 最近はネコタクの技術が発達して死者が驚くほど減ったというが、じゃあ死ぬ前に卵を産みつけられてしまったら、結局死ぬことに変わりは無いではないか。

 

 

 べたんべたん。一歩、また一歩と、のっぺらぼうの妖が、私の体を蹂躙するべく近寄ってくる。

 

 

「こ、来ないで……来ないでよぅ!」

 

 

 ご丁寧に口だけは動いたから、無駄だと分かっていても拒絶の言葉を吐かずにはいられなかった。

 当然聞き入れられることは無く、とうとうフルフルは私のすぐ目の前までやって来た。

 

 

「はぁああああ─────……」

 

 

 フルフルは私の顔のすぐ目の前まで首を伸ばした。生臭い息が顔にかかり、思わずむせてしまった。しかし恐怖と痺れのために顔を逸らせない。私の耳元に死神の足音が聞こえた。

 フルフルは口を開けた。大きく開けられた口は喉奥まではっきりとわかる程で、どうやら彼は私に卵を植え付けるより食べる方を優先したらしい。

 

 

「やだ……こんな終わり方なんて嫌!!!」

 

 

 フルフルの口が迫る。死神が背後で手ぐすね引いて私を待っていた。私は声の限り叫んだ。そんなことしても無意味なのに。

 

 

 そう思っていた。私を丸のみにしようとフルフルが勢い良く首をすぼめた瞬間だった。彼の体に唐突に紅蓮の花が咲いた。

 

 

「ぎゃわああああああああ!!?」

 

 

 フルフルが絶叫を上げて私から後退った。

 

 

「え? え?」

 

 

 唐突の事で理解が追いついていない私の事などお構いなしに、状況は急速に進展してゆく。

 転倒して足をばたつかせるフルフルにまた炎の花が咲いた。その炎の威力は私の大剣の一太刀を優に超えており、一発ごとにフルフルの肉を目に見えるほど焼き焦がしていた。

 

 

「す、すごい……!」

 

 

 訳も分からず感心している私の目の前に、一匹のアイルーが降り立った。しかもそのアイルーはなぜか鎧を纏っており、私の困惑に拍車をかけた。

 

 

「ニ゛ャ゛ー爆弾食らえニャー!!!」

 

 

 不思議なアイルーはというと、その小さなポーチのどこに入っていたのか小タル爆弾を取り出しいてはぽいぽい放り投げた。

 

 

 どれだけ切りつけられてもぴんぴんしていたフルフルが、火炎の雨を受けてみるみる弱っていくのを見るのはなかなか痛快な気分だった。

 

 

「ぎゅ、おご……」

 

 

 もはや動く体力すらなくなったフルフルが血の塊を吐いたのを機に、火炎の雨は止んだ。代わりに一発の弾丸がフルフルの脳天に突き刺さり。僅かな点滅の後、大爆発を引き起こした。

 

 

「わっ!」

 

 

 結構な衝撃に、私は思わず顔を覆った。どうやら痺れは取れていたらしい。私は覆っていた腕を下ろし、フルフルがどうなったか確認した。

 フルフルの頭付近はもうもうと煙が立ち込めており、どうなっているのか判別は難しかった。やがて黒煙が晴れると、フルフルの頭はすっかりなくなっていた。

 

 

「はわわ……」

 

 

 私は痺れとは別の意味で動くことが出来ず、腰を抜かしてへたり込んだ。

 それを心配したのか。鎧を着たアイルーが私の元までやって来て顔を覗き込んできた。

 

 

「は、はわ、えっとあの」

「何ニャ思ったより平気そうニャ。心配して損したニャ」

 

 

 何を言えばいいのか分からずもごもご口を動かす私に、アイルーはものすごく冷たい目で私を一瞥すると、プイッとそっぽを向いてしまった。

 

 

「え!? ちょ、あの」

「お~い旦那さ~ん。もう降りてきても平気ニャよ~!」

 

 

 私なんかに目もくれず、アイルーは頭上に向けて大声を張り上げた。すると、一人のハンターがフルフルのすぐ近くに降り立った。

 アイルーは私の時とは大違いな態度でそのハンターに近づき、ハンターが何か言うと烈火のごとく怒りだした。

 

 

 しかしそのハンターは怒り狂うアイルーなど眼中に無いとばかりにスルーし、こちらへ近づいてきて、私のすぐ目の前で止まった。

 

 

 私は目の前に立つハンターの頭からつま先までじっくりと見上げた。そのハンターの装備は頭は『モノブロス』の防具で、体は死神を思わせるような黒い防具を着ていた。武器にいたっては、何だろうあれ。アイルーのぬいぐるみ? を背負っていた。

 

 

「……早いうちに回復薬を飲んでおけ」

 

 

 そのハンターは私を観察するように見下ろし、そう呟くと私から背を向けフルフルの剥ぎ取り作業を行い始めた。

 

 

「あ、はい」

 

 

 私は言われた通りアイテムポーチから応急薬を取り出しグイっとあおった。口内に苦みが広がりえずきそうになるが何とか飲み干す。

 途端に体から煙が上がり、肉体の負傷個所がみるみる修復されてゆく。

 

 

「あ、あの!」

 

 

 治ったと見るや私は立ち上がり、黙々と作業を続けるハンターの背中に声をかけた。

 

 

「なんだ?」

 

 

 ハンターはこちらに振り向きもせずに言った。

 

 

「あの、えっと……た、助けてくれてありがとうございました!」

「あんたがマネージャーの言ってた援軍ってやつだな」

 

 

 私のお礼など聞いてませんとばかりに、ハンターは淡々と言った。

 

 

「は、はい、そうです! そうでした……そうだったんですけど……」

「残念ながらもう一頭は討伐済み。クエストは完了。あんたはとんだ無駄足だったな」

 

 

 ハンターはこちらに見向きもせずに言い捨てた。

 そんな態度に私はちょっとムッとなってしまった。確かに私は何の役にも立てなかったとはいえ、いくら何でもそんな冷たく接しなくたっていいではないか。

 

 

 反論をしようと口を開きかけたその時、ハンターはすくっと立ち上がり、こちらに近寄ってきた。

 

 

「まあなんだ。ハンターをやっていたらこういう日もある。だったら今日はそういう日だと割り切った方が身のためだ」

 

 

 そう言いながらハンターは肩をポンと叩いて先に行ってしまった。

 その背を茫然と目で追いながら、私は口を半開きにしたまましばらく呆けていた。ずるい。何でこのタイミングで優しくしてくるのか。これでは私の怒りのはけ口はどうすればいいのか。

 

 

 しばらくボーっと立ち尽くしていたが、やがて動けるようになると先に行ったハンターの背を追った。死神が舌打ちして、私から背を向けて去って行った。

 

 

「あなたがポッケ村のハンターっていう事であってますか?」

 

 

 追いつくなり、私は早速ハンターに話かけにいった。円滑なコミュニケーションはいつだって何気ない会話から始まるのだ! 

 

 

「そうなる」

 

 

 だがそれは相手に会話の意思がある時だけの話。噂の白き鬼は噂の通りコミュニケーションをあまりとらない人のようで、彼の一言でその意志は十分伝わった。

 

 

 しかしそれでめげる私ではない! 絶対に彼の素顔を見るまであきらめたりなんかするもんですか! 

 

 

「えっと、ギルドからの指名で二人でクエストに行くって話だったんですけど、どうして先に行っちゃったんですか?」

 

 

 私の疑問に、白雪鬼さんはうんざりと首を振った。

 

 

「俺はこのクエストを3日も前に受注していた。その時は特に人数の指定なんかなかったんだ。だから俺は3日かけて計画を練り、その時を待っていたんだ。それなのに今朝になって突然このクエストは2人で受けてもらうとかマネージャーは抜かしやがった! ふざけんじゃねぇ! 今更計画の変更なんて出来るか!」

「だから一人で先に行った、と?」

 

 

 白雪鬼さんは私の疑問に答えず、こちらの方に首を向けた。防具越しで分からないが、おそらく睨んでいるのだろう。燃え上がるような怒りをひしひしと肌に感じ、これ以上は不味いと私はすぐさま話題の転換を図った。

 

 

「あの、私『セリア』っていいます!」

「そうか」

「ドンドルマでハンマーの娘とライトボウガンの娘とパーティで狩りをしているんです!」

「そうか」

「えーと……あの……ここ最近話題になっている感じの『雌火竜戦隊(ヴァルキリーズ)』ってチームなんですけど! し、知ってますか!?」

「そうか」

「……」

 

 

 し、塩! 対応が塩すぎです! 会話が続かないよー! 

 

 

「ハっ!」

 

 

 白雪鬼さんの後ろをちょこちょこついていた鎧を着た変なアイルーが、こちらに振り向いて鼻で笑った。

 

 

「笑わなくてもいいでしょ~! っていうか貴方は一体何なの!? どうして鎧を着てハンターと同行しているの!?」

「あ!? 都会者はオトモアイルーも知らないニャ!? 信じられない情報弱者ニャ! こんな情弱がハンターやっているニャンてそんな事があっていいのニャ~!?」

 

 

 有り得ないとばかりにどこかの絵画めいて両頬に手を当てるオトモアイルーとやらに、私は怒りよりも困惑の方が勝った。

 

 

「オトモアイルー?」

「つい最近ネコバァという竜人族とギルドが連携して始めた新しい試みさ。知らないのも無理は無い。何せ今のところやっているのはこいつだけだからな。この馬鹿の戯言なんか気にするな」

 

 

 振り向きもせずに、前を歩く白雪鬼さんがさっと私にフォローを入れた。

 

 

「あ゛ぁ゛!? 何ニャその物言いは!? もしかして僕喧嘩売られてるニャ!? ザッケンニャコラー! スッゾオニャー!」

 

 

 私に向けられていたどこか小馬鹿にするような調子から一転。オトモアイルーは激昂して訳も分からない事を叫びながら背負っていたピッケルめいた形状の武器を振り回し始めた。

 

 

「テメッコニャー!」

「オトモ」

 

 

 白雪鬼さんは背後にいるオトモアイルーに短く呼びかけた。先ほどの狩りの時に爆弾を投げまくっていたアイルーの事が想起され、はらはらしながら見ていた私は次に彼が一体何を言うのか気が気でなかった。

 

 

「もうすぐ着くぞ」

「うん」

「え!?」

 

 

 これはさすがに驚きを隠せなかった。怒り狂っていたオトモアイルーはその一言だけで嘘のように怒りを鎮め、再び白雪鬼さんの後ろを黙々とついて行くではないか。

 

 

 困惑する私をよそに、二人は何事も無くずんずん進んでいく。それがあまりにも自然体であり、私は遅まきながらこのやり取りが二人にとって日常的な事であることに気が付いた。

 

 

「ムムム……」

 

 

 キャンプにたどり着き、撤収作業を手伝いながら私は二人のやり取りが頭から離れなかった。

 私たちのパーティとはまた違った信頼関係の提示に、私は酷く心を惹き付けられた。

 

 

(私もあんなふうにこの人と接してみたいなぁ……そうするにはどうすればいいのかなぁ……?)

 

 

 帰りのアプトノス車に揺られながら、目の前で腕を組んで俯く白雪鬼さんを凝視しながら私は考える。

 彼の膝の上には当然とばかりにオトモアイルーがちょこんと座っており、前足で頭を撫でたり、あくびをしたりしていた。両者ともに私なんかに目もくれない。二人からすれば私はこのクエスト限りの存在でしかないのだろう。

 

 

 彼の顔を見たい。仲良くもしたい。二つの欲望が私の中でぐるぐると渦を巻く。

 二兎を追う者は一兎をも得ずという。本来ならどちらかを選ばねばならないだろう選択肢だが、そもそも彼の様な手合いは仲良くならなければ素顔を見せるなんてことはまずないだろう。

 

 

 顔を見るためにはまず彼に信頼されなくちゃいけない。でも私はあまり長くこの地に留まっていられない。うんうん唸って考えていたら、いつの間にかポッケ村に到着していた。

 アプトノス車から降り、一息ついた瞬間、村人たちがわっとこちらに群がってきた。

 

 

 すわっ何事か! 思わず身構える私を村人たちは素通りし、私の後に出てきた白雪鬼さんを取り囲んでやんややんやの大騒ぎだった。

 目が点になって硬直する私に、遅れてやって来た村長さんがアプトノス車に積まれている狩りの成果を杖で示しながら、これが彼の村での立ち位置なのだと私に教えてくれた。

 

 

「あ奴は自分の生まれに大層負い目を感じているらしくてのう。こうでもしないと傷つけられると本気で思い込んでおる」

 

 

 そんな事は無い事に早く気付いて欲しいのじゃが。そう語る村長さんは酷く悲し気だった。

 私は村長さんから目を離し、村人に囲まれている白雪鬼さんに目を向けた。

 

 

 話を聞かせて欲しいと縋りついてくる子供の頭を撫でてやんわりと拒否し、肩を組んできたがっしりとした男性の背を叩きながら彼はするりと抜け出して積み荷の方へそそくさと歩き去った。

 傍目から見れば分け隔てなく接しているように見えるが、俯瞰して見ると、明らかに村人と彼との間に距離がある事に気が付いた。これはきっと完全な部外者の私だからこそ気付けた違和感だろう。

 

 

「分かるだろう?」

「はい……」

 

 

 私は白雪鬼さんから目を逸らさずに、村長さんに返事を返した。

 笑顔の村人に囲まれている白雪鬼さんは頭を完全に覆うタイプの防具だから、一体どんな表情をしているのかは分からない。けれど、決して笑顔でない事だけは確信できた。

 

 

「種族の違いは時として差別や偏見を生むが、そうするにはあ奴はあまりにも皆に優しくしすぎた。今更そんな目で見ている者などこの村にはもうおらぬよ」

 

 

 ならばなぜ彼は村人たちから距離を取っているのだろうか? それはきっと両者のコミュニケーション不足だと私は思う。

 少ししか会話をしていない私が言うのもなんだが、その少しの会話の中でも分かる事はある。

 

 

 両者はお互いの認識の違いを共有する事無くここまで来てしまった。村人たちがやや過剰に持ち上げるのも原因だろうけど、当の本人がさっぱりコミュニケーションを拒絶し続けているからこそ、ここまで酷く拗れてしまったのだろう。

 

 

「私……」

「んん?」

 

 

 ぼそりと口から洩れた一言に、村長さんは小首をかしげた。

 

 

「私、彼の顔を一目見るためにこのクエストを受けたんです」

「そうかい」

「でも今はそれだけじゃなくって、彼とこの村との関係を少しでも良くしてあげたいと思いました」

「ほ! それはそれは」

 

 

 村長さんは面白そうにほっほっほと笑った。

 

 

「だがどうする? あ奴は一度思い込むとなかなか考えを変えようとしない頑固者じゃぞ? しかもヌシのような面識のない奴の言葉などちっとも聞き入れようとしない偏屈な奴じゃ」

「ならこれから親しくなればいいんです!」

 

 

 私は言い切ると、白雪鬼さんに向かってずんずん歩いて行った。白雪鬼さんはちょうど積み荷を降ろし終えたところで、近づいてくる私に気が付きこちらに顔を向けた。

 

 

「お話があります!」

「俺には無い」

 

 

 一も二も無く出てきた否定の言葉を遮って、私は遠慮なく続ける。

 

 

「私、もう少しこの村に留まるつもりでいます!」

「あぁそうかい。それで? それが俺に何の関係が」

「さしあたって私をあなたの家にしばらく住ませてください!」

「」

 

 

 顔をこちらに向けたまま、白雪鬼さんの体が凍り付いたかのように固まった。さっきまでは鎧の奥の表情はさっぱり分からなかったけど、今ならば手に取るように分かった。恐らく口を開けて呆けているに違いない。だってその固まり方が彼の背を茫然と見ていた自分に重なって見えたから。

 

 

「な、何を言って……お、おま」

「おっと彼女はわしが招いた客人だぞ。まさか断りはすまいな?」

 

 

 よたよたと遅れてやって来た村長がいたずらっ子のような笑みを浮かべながら、そう言った。

 

 

「な……あ……は?」

 

 

 さっきまで酷く冷めた対応だった彼が、いま私の目の前で理不尽を前に腕をわなわなと震えさせていた。

 

 

「で、返事は?」

「……はい、白ちゃんセリアさんを家に泊めます」

「分かればよろしい」

 

 

 項垂れる白雪鬼さんを見て満足そうに村長さんは笑い、私の方に顔を向け、茶目っ気たっぷりにウィンクした。

 私は村長さんにつられる様に、くすりと笑った。

 

 

「けっ!」

 

 

 白雪鬼さんの隣で立っていたオトモアイルーがそっぽを向いた。

 

 




白鬼くんちゃんの装備は頭はモノブロS(剣士)、胴両腕足がデスギアSで、武器はアイルーヘルドールです。スキルは自動装填と攻撃(中)です。
ちなみにですが回復薬の効果はミカエルの眼のあれをイメージしています。知らない人は検索してトライガン、読もう!血界戦線も読むといいですぞ!


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VSリオレイア

レイアはハンマーで気持ちよく倒せる貴重な敵なので好きです。亜種は知らない。希少種は滅べ。


 どれだけ準備を整えようが、どれだけ注意深く対象を観察していようが、どうやっても不意を突くことが出来ず、真正面からの戦闘が避けられないときはある。

 

 

 それは相手がこちらよりも上手であった時とか、運が悪かった時とか、あるいは味方がどうしようもない程しくじってしまった時とか。

 

 

 今回は一番目と二番目だった。

 

 

 俺と、突如押しかけて来た女ハンターセリアは一緒になって、脇目も振らずに走る。先輩としての威厳とか、後輩としての敬いみたいなのとか、出会ったばっかりのよそよそしさとかもかなぐり捨てて俺たちは生存本能に突き動かされて走る。死神に追いつかれない様に。

 

 

「足元気をつけろ! こけたら死ぬと思え!」

「ハァッ! ハァッ! はぃぃいいい!」

 

 

『森丘』の森林地帯で、俺たちは盛り上がった根っこを飛び越え、進行上に突っ立っている『ランポス』を押しのけて走る。走る。走る。

 しかし俺らが死に物狂いで突っ走ろうが、俺らの一歩と奴の一歩では歩幅が違う。

 

 

 すぐ後ろから木々をなぎ倒しながら、ドスドスと足音がどんどん大きくなって行く。俺らをつけ狙う死神の足音がどんどん近づいて行く。

 

 

「気張れルーキー! あと少しだぞ!」

「あぁああっ!!!」

 

 

 息も絶え絶えなセリアが吠えているようにも喘いでいるようにも思えるような返事を返す。

 

 

 必死になって走り抜いた先、開けた場所に出た。

 森丘のエリア10、森丘の奥地にしては広い空間が広がっている場所。そこが死神との決戦に俺が選んだ場所だった。

 

 

 俺らがそこに飛び込んだと同時に、死神もダッシュの勢いのままエリア10に入り込んだ。

 それは猛ダッシュからの急停止で勢いを殺しきれず、数メートル地面を滑ってからようやく止まった。そしてゆっくりとこちらに振り返った。

 

 

 緑の甲殻と鱗に身を包み、どんな陸路も走破する圧倒的な脚力。尾の先端は毒針が生えており、そこから繰り出されるサマーソルト攻撃は圧巻の一言。

 

 

 陸の女王『雌火竜リオレイア』が、敵意と殺意に満ちた目で俺たちを睨みつけた。

 

 

 奴から放たれるプレッシャーに俺は冷や汗を流す。

 ただ下位の依頼を受けていたはずなのに、どうしてこうなった? 俺は思わずにはいられない。

 

 

 セリアの野郎を受け入れてからはや2週間が経った。初めの内はどうなるもんだと思ったが、押しが強いわりには意外にもこの女は聞き分けが良く、先輩ハンターとしてこいつの依頼に同行した際はこっちのアドバイスは素直に聞き入れるし、呑み込みも早かったからストレスは少なかった。

 

 

 誰かと狩りをしていてこんなにストレスを感じないのは初めてだったから、俺の口も自然と動き、気が付けばヨシツネまでとはいかないけれど、村長や加工屋くらいには気を許せていた。

 

 

 それでもやっぱり完全に受け入れられているわけでも無く、自室にいるとき以外に顔を覆う系の防具が手放せなくなった。

 別にこいつの事は嫌いではない。話していて気持ちのいい奴だし、何より面が良いし、尻と胸が良い感じのデカさなのも悪くない。

 

 

 だがそれで信用できるかといえば別問題だ。俺はこいつの事を全然知らない。だから外見は愛想よく振舞っているこいつの腹の内がさっぱり読めない。だから、怖い。

 本当は半端者の俺の事を馬鹿にしているんじゃないか? 上から目線で命令してくる俺を疎んでいるんじゃないか? そう思うたびに、俺は何を信じればいいのかさっぱり分からなくなる。

 

 

 結局のところ世界というものは自分が知り得る事の範囲でしか見えはしない。だから俺は自分の知り得ない事や自分がいないときに広まっている噂話が怖くてたまらない。

 

 

 あぁそうだ。俺は恐ろしいのだ。

 

 

 どうしてだ? 俺はいつの間にこんなにも世間体が怖ろしいと思うようになってしまったのか。

 前世で生きていたころには世間どころか隣人が何をしようが気にも留めていなかったというのに、今では隣人が俺の事をどう思っているのか不安でたまらない。

 

 

 だから俺は誰とも話さなくていい様に狩りに逃げた。少なくとも何かと命のやり取りをしている時だけは何も考えずに済んだから。コミュニティーの俺への評価なんかよりも、生死を賭けた生存競争に身を投じる事の方が何倍もマシだった。

 何せコミュニティーでしくじったら生き地獄だが、こっちでしくじったらもうこれ以上何も考えなくて済むのだから。

 

 

 そうやって何もかもから逃げ続けて20年以上の時が流れ去った。その間に俺と村の連中との間に緩やかに、しかし着実に溝が広がっている事に俺は気が付いていた。

 でも俺は見て見ぬふりをした。真実と向き合う事はいつだって苦痛を伴うもので、そんな痛みに触れるくらいなら俺は孤独のままでいい。

 

 

 そう思っていたのに、運命というのはいつだって唐突にこちらの事情なんてまるで関係なしに碌でも無い物を放り込んで来る。

 俺の前にやって来た運命は、緑のドレスを着たお姫様だった。

 

 

 お姫様はずかずかとこちら側に踏み込んできて、俺が覆っていた孤独の壁を躊躇なく叩き割った。

 いい迷惑だ。再び引っ込もうとする俺の首根っこを引っ掴んで、彼女は意気揚々と外へ、溝の向こう側へ飛び込んでいった。

 

 

 彼女は村人にもまるで躊躇なく踏み込んでいった。彼女が元気よく挨拶をすれば村人は手を振って応え、狩りから帰ってくれば俺だけじゃなく彼女に群がってゆく村人も少しずつだが増えていった。

 

 

 何故だ? どうしてお前はそんな簡単に他者に踏み込んでいける? 怖くは無いのか? 腹の内で何を思っているのか気にならないのか? 

 

 

 狩りの出発前に村人たちと話し込む彼女を見る度に、俺は何度そう思ったことか。

 

 

 ババコンガ。ダイミョウザザミ。ゲリョス。この2週間で狩った相手だが、先ほども言った通りセリアは呑み込みが早く、ババコンガのブレス、ダイミョウザザミの殻、ゲリョスの死んだふりの事を伝えたらすぐに理解してくれた。

 もしかしたらこの呑み込みの良さが、誰とでも分け隔てなく接する事の出来るヒントなのかもしれない。

 

 

 そう思う頃には村人同様に、俺もだいぶほだされていた。その事に気がついたのはリオレイアの狩猟依頼の準備のために道具屋の店主と話している時だった。あんなに長く村の人間と話したのは初めてだった。空いていた溝が、少しだけ縮まって見えた。

 

 

 さて依頼の件だが、この依頼は俺宛にギルドから承ったもので、森丘に出現したリオレイアを狩猟してきて欲しいといういたってシンプルな物だった。

 流石に俺に宛られた依頼にセリアを同行させる事は憚られたからいつも通りヨシツネと行こうとしたら、連れてってくれって聞かなかった。

 

 

 何でもリオレイアをシンボルにしているハンターがリオレイアの依頼を受けないなんてあってはならない、と鼻息荒く語っていたから、俺は軽い調子でOKを出した。

 依頼地である森丘につくまでは、レイアを倒したハンターのお手並み拝見ってくらいの心持だった。

 

 

 何故同行を許してしまったのだろうか? 依頼に出ていたリオレイアが追い出され、今目の前に居るのが()()()()であることが事前にわかっていたら、絶対に同行なんてさせなかったのに。

 

 

「な、何なんですかこいつ? 私たちが倒した個体より何か……一回りくらい大きいんですけど?」

「当り前だ、こいつ上位個体だぞ?」

「じょ、上位個体!?」

 

 

 驚くセリアに、俺はリオレイアから目を逸らさずに頷いた。

 

 

「そうだ。事前にそういう事が伝えられなかったとみるに、こいつはつい最近ここにきたんだろうな……そして本来の依頼対象を追い払って居座ったんだ! くそったれ!」

「えぇ!?」

 

 

 驚愕するセリアに、俺もつられて舌打ちする。

 

 

「分かったなら、お前はとっとと帰れ!」

「え、い、嫌です!」

「下らん意地を張ってる場合か!」

「意地じゃないです!」

 

 

 そう叫ぶと、あの野郎、大剣を掲げてリオレイアに突っ込んでいきやがった。

 

 

「たぁあああ!」

「ギャオー!」

「にゃーぁああああ!!?」

 

 

 案の定リオレイアにどつかれ、セリアがゴロゴロと吹っ飛ばされた。

 

 

「ガキが!」

 

 

 俺は背中の『バストンウォーロック』を手に取ると、セリアを追撃しようとしていた奴の横っ面に通常弾を叩き込んでやった。

 

 

「グォオ!?」

 

 

 ヘビィボウガンから発射された通常弾の威力に、セリアにあわやというほど近づいていたリオレイアの顔が弾かれた。

 

 

「走れ!」

「ッ!」

 

 

 セリアは悔しそうに顔を歪ませると、大剣を背負い、走り去っていった。

 そうだ、それでいい。分不相応な相手に戦うなんて愚の骨頂だ。それが出来るお前は賢い。

 

 

「さてと」

 

 

 離脱するセリアの背を見送りながら、俺は怒りに燃えた目でこちらを睨んで来る陸の女王に顔を戻す。

 

 

「おうおう、そう睨みなさんな女王陛下」

「グルル……」

 

 

 ヨシツネははじめの接敵の時にダウン。復活の時間は5分か? 10分か? それまでの間にどれだけこいつを削り切れるか……。

 

 

「っ!?」

 

 

 思考は脳裏から発せられた警報にかき消された。俺は脳の命令通り横に跳んだ。

 そのすぐ後に、俺が元居た場所に尾が叩きつけられた。

 

 

「はは、せっかちな野郎だ!」

 

 

 湧き上がる恐怖を軽口で誤魔化しながら、尾を戻す際に生じた隙に通常弾を尾の付け根、翼膜、顔面に1発ずつ撃ち込んだ。

 

 

「ガァアア!!」

 

 

 巨体にモノを言わせた突進をステップでかわし、反転して足に撃ち込む。再度の突進も同様に避け、同じように足に。

 3回目の突進で飛び込むように倒れた奴の後ろから、俺は貫通弾に弾を切り替えて2発撃った。

 

 

 こちらにリオレイアが振り返る。口元から炎が漏れていた。奴が怒りだした証拠だ。

 

 

 怒りの咆哮が放たれる。俺は寸前に音爆弾を取り出し、足元に叩きつけて音の波を相殺。その直後にヨシツネが地面から復活し、同時に爆弾を放り投げてリオレイアの視界をくらませた。

 

 

「ギャウッ!?」

「ニ゛ャ゛ー!!!」

 

 

 ヨシツネが叫びながらリオレイアの前をうろちょろし始めた。リオレイアは視界内のヨシツネをうっとおしがって躍起になって追い回す。

 俺はその隙に電撃弾に弾を切り替え、ひたすら翼膜や顔面に撃ち込みまくった。

 

 

「グォオオオ!!?」

 

 

 弱点属性を連続で撃ち込まれ、元からズタボロだった翼膜に大きな穴が開き、顔面は血まみれだった。

 

 

 あれだけ威張り散らしていたリオレイアが苦しむ姿にドキドキするって、これって雌火竜凌辱だぜ! 何て感じでいい気になって撃ちまくっていたのだが、それが良くなかった。

 

 

 少々夢中になりすぎた。リオレイアの急なターゲットの切り替えに面食らった俺は咄嗟にシールドを展開したものの、反動で思い切り吹っ飛ばされてしまった。

 

 

「くっっっそが!!!」

「旦那さん!?」

 

 

 ヨシツネの悲鳴のような叫び。危機を感じて脳内麻薬が分泌され、目の前で口元から炎を漏らしながら頭を振り上げるリオレイアの姿がスローモーションになる。

 反射的に横に跳ぼうする。吹き飛ばされた時にでも打ったのか、頭がずきりと痛み、一瞬動きが遅れる。

 

 

 注意一秒、怪我一生なんて言葉がある。何にせよ、引き際を見誤った者の末路はいつだって悲惨な結果を辿るという事だ。

 

 

 くそたれめ。せっかくこの日まで一度だってネコタクの世話になった事なんてなかったのに。運転手であるアイルー共の憎たらしくほくそ笑んだ顔を思い描き、心底うんざりする。

 

 

 女王が頭を振り下ろし、今まさに火炎を俺に発射しようとした。

 

 

 その時だった。

 

 

 リオレイアの背後の茂みがゆっくりと揺れ動き、何かが飛び出してくる。

 陸の女王を着た姫が、大剣を大上段に構えながら陸の女王の尾に向かって突っ込んでいった。

 

 

 女王はまだ気づいていない。姫はゆっくりと近づいて行く。

 

 

 姫が大剣の間合いに入った。そこではじめて女王は気がついたようだが、もう遅い。

 

 

「やぁあああああ!!」

 

 

 姫は裂帛の気合と共に大剣を振り下ろした。女王は咄嗟に尾を引こうとしたものの、ブレスを発射しようとした矢先の出来事だったので、当然反応は遅れた。

 振り下ろされた大剣は女王の尾にめり込み、肉を裂き、骨の半ばほどまで断ち切ったものの、そこで止まってしまった。

 

 

「グオオオオオオ!!?」

「うっそぉっ!?」

「否、それでいい!」

 

 

 セリアの大剣がめり込んでいる個所に俺は間髪入れずにレベル2徹甲榴弾を撃ち込んだ。

 徹甲榴弾は2度3度ちかちかと点滅し、その後に爆発を引き起こした。爆発を受け、ついにリオレイアの尻尾が千切れ飛んだ。

 

 

「あ゛ぁ゛私のヴァルキリーブレイドが!?」

 

 

 爆発に巻き込まれ、セリアの大剣が放物線を描きながら明後日の方へ飛んで行く。

 

 

「待って~!」

 

 

 涙目になりながら大剣の方へ駆け寄り、すぐさま破損状態を確認すると、セリアはうっうっと涙を流しながらまるで我が子を抱くように大剣を抱きしめた。

 

 

「何やってんだおめー」

 

 

 呆れたヨシツネがセリアに近づき、嘲りたっぷりに吐き捨てた。

 

 

「だっで……わだじのあいぼうなんだもん。あんなひどい事されて可哀そうだもん……」

「アホニャこいつ。武器なんだから損傷して当然ニャ。てか何でおみゃーここにいるニャ。帰ったんじゃないニャ? 雑魚はとっとと失せろニャ。邪魔ニャ」

 

 

 ぼろくそに貶すヨシツネを蹴っ飛ばして退け、セリアの前に立つ。背後で抗議の声が聞こえるが無視する。

 

 

「うぇえ、その……えー」

「助けられたことに関しては礼を言うが、戻ってきたことに関しては後で説教だ。今はあいつを仕留める。お前はヨシツネと連携して陽動。俺がアイツをぶっ殺す。いいな?」

「っはい!」

「ちっ……分かったニャ。与えられた仕事くらいはするニャ。おらとっとと動けニャ」

 

 

 ヨシツネがセリアを先導し、尾をちぎられた痛みから脱したリオレイアの前を再びちょこまかしだした。リオレイアはとりわけセリアに執着し、尾がちぎられているのにもかかわらずにサマーソルトをぶっ放したほどだった。

 

 

 尤も彼女たちに執着すればするほど奴は死に近づいて行く訳なのだが。

 

 

「ギャワァア!!?」

 

 

 隙あらば足に通常弾を撃ち込んでいたのが功を奏し、突進のために力んだ瞬間に、ぶちりという音を立てて奴の腱が千切れた。

 

 

「今だ!」

「ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

「はぁああああ!!!」

 

 

 俺の声を合図にヨシツネは大タル爆弾を翼にぶん投げ、セリアは溜め攻撃を腹に、俺はレベル2通常弾を撃ち込みまくった。

 

 

「カッ……カッ……」

 

 

 波状攻撃を受けて、リオレイアの巨体が音を立てて崩れ落ちる。彼女は血を吐き、藻掻くように足を動かしたがそれもすぐに終わり、2度と動かなくなった。

 

 

「ふぅー……」

 

 

 俺は重い息を吐いた。今回は胆が冷えた。セリアの助けがなかったらどうなっていたかと思うとぞっとする。

 

 

 ひとしきり深呼吸して呼吸を整えると、未だバクつく心臓を悟られないようにセリアの下へ近づく。セリアは恥も外見も無く寝そべって息も絶え絶えになっていた。

 

 

「はぁ……ッ! はぁ……ッ!」

「ようルーキー、上位のモンスターはどうだった?」

 

 

 セリアは何とか口を動かそうとするものの、酸素を求める心肺がそれを許さなかった。だから彼女は首を振った。

 

 

「これで分かったろう? 無理に自分よりも格上に挑んだところで、手酷くやられるか、勝ったとしてもそうなる。無理なら無理と諦めて、出来そうなやつに押し付けるのが一番さ」

「でも……」

 

 

 息が整ったセリアが口を挟んだ。

 

 

「でも、格上との対峙でこそ、見えてくる物もあると思うんです」

 

 

 上体を起こし、姿勢を正しながらセリアは続ける。

 

 

「私、言われた通りに逃げました。でも、途中でこう思ったんです。それでいいのかって。いずれこれ以上のクラスのモンスターと戦うかもしれないのに、それでいいのかって」

「だから戻ったと? 死ぬかもしれないのに?」

 

 

 俺の疑問に、彼女は真っすぐな瞳で答えた。

 

 

「白雪鬼さん。人にはね、時として命を賭けてでも成し遂げなくちゃいけないことだってあるんだよ」

「……」

 

 

 命とは変えが利かない物で、だからこそ生き物は命が脅かされるとどんな手段を使ってでも生き延びようとする。

 そんな中で人という種族は奇妙な事に、矜持とか信念というも物のために時として命を賭け、命を散らしたりしなかったりする。

 

 

 何故だ? 死ねば終わりで、ならばこそどんな手段を使ってでも、誰かを出し抜いてでも生き延びようとすることは当然の事だろう? 

 それなのにどうしてお前らは信条や矜持なんかを持ち出して命を捨てる様な事が出来るんだ? 

 

 

 目の前の少女を見る。下位装備で上位モンスターに挑みかかった無謀な子供。

 愚かな子だと思った。しかし同時に羨ましいと思う自分も確かにいた。

 

 

 少女の姿は酷いものだった。美しい緑の装備は泥や返り血で酷く汚れており、頭を覆う鎧の隙間からこぼれる髪はあちこちに跳ねていた。

 みすぼらしい身なりだ。息を切らしてへたり込む姿は無様の一言。なのにどういう訳か彼女が眩しく見えた。

 

 

 俺と世界との溝は着実に埋まりつつあるが、底深き疑問の穴は広がるばかりだ。

 いつの日か埋まる日は来るのだろうか? 

 

 

 撤収準備を終え、アプトノス車の窓の外に流れる景色をぼんやりと眺めながら俺は思う。膝の上のヨシツネがこちらを心配そうに見上げてきた。

 

 

 俺はヨシツネを一撫でして、それからもう一度窓の外へ顔を向ける。遠くに森丘の森林地帯が見えた。

 人生というのはとどのつまり森林を開拓する様なもので、様々な人手によってはじめて切り拓かれてゆく。

 

 

 俺の人生の森は、果たして開拓できるのだろうか? 願わずにいられない。どうか俺の中の森に魔物が潜んでいませんように、と。

 

 




「はー俺は孤独で十分ですけどー?余計なお世話ですけどー?」→「美少女には勝てなかったよ…」
哀れ


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大弓、岩を穿つ ~しゃれこうべの円弧~

セリアちゃんは白雪鬼くんちゃんがいなかった場合の2ndGの主人公だったりします。
ドンドルマの依頼でポッケ村にドスギアノスが湧いたから狩猟→なんやかんやで村に滞在→仲間の2人も用事が済み次第ポッケ村に合流→キャッキャウフフしながらティガと対峙→順調に成長していって最後はウカムを討伐って感じです。そうならなかったのは何も感も白雪鬼くんちゃんが強すぎたせいです。
セリアちゃんの実力は良いとこ中堅で、少しずつ成長していく感じを表現したかったんですが、少し急ぎ過ぎたかもしれません。


「暑いです~……」

「我慢しろ、もうすぐ着くぞ」

「うへ~……」

 

 

 私は流れ落ちる汗を拭いながら水筒の水を飲む。

 

 

(生温い……)

 

 

 行く前にキンキンに冷やしていたにもかかわらず、この場所に来てわずか30分程度で不快なほど水が生温くなっていた。

 息を吐き、思わず天を仰ぎ見る。黒煙と分厚い雲に覆われた地獄めいた空を。

 

 

 私は白雪鬼さんの依頼である上位の『バサルモス』の狩猟依頼に同行していた。

 で、そのバサルモスがいる場所が何と火山だったのだ。

 

 

 私はつい先日ハンターランクが上がり、それに伴い火山での狩猟が許可された。そんな時に白雪鬼さんが火山で上位のバサルモスの狩猟依頼を受けたという話を聞きつけた。

 私はどうか連れてって欲しいと頭を下げた。当然白雪鬼さんは渋った。というより遠回しについて来るなという拒絶の言葉を告げられた。

 

 

 彼の言う事は分っている。私はもう2度も分不相応な事をして彼に迷惑をかけている。

 分かっている。自分でも厚顔無恥なお願いである事くらい分かっている。でも私は彼の領域での戦いを知っておきたかった。いつか彼の横に並んだ時に足手まといにならない様に。

 

 

 初めはただの下心から始まった彼への興味が、いつの間にか共に轡を並べて分かち合いたいと、そう思うようになっていた。

 1ヶ月に満たない交流だというのに、私はこの孤独な弓兵に酷く入れ込んでしまっていた。

 

 

 彼と一緒に狩猟をした事のある人も、こんな事を思ったのだろうか? 

 

 

 思いが通じたのか分からない。彼はため息を吐き、仮面越しで分からないけど心底うんざりしたような声色で私の同行を許可してくれた。

 

 

『もう次は無いからな』

 

 

 出発の時に短くも有無を言わさぬ声色で言われた警告は未だに耳にこびり付いている。

 

 

『勿論です。今回はただ白雪鬼さんの戦いを見るだけですから! 絶対に出しゃばったりなんかしません!』

 

 

 ……仮面越しに猜疑の瞳が向けられたのを感じた。

 

 

 信頼は地の底。戦いで活躍しようなどと烏滸がましいにもほどがある。私はただのお荷物でしかない。そんな中で無理を言って同行を許可された手前、泣き言を漏らすなんて以ての外なんだけど、ちょっと予想していた以上に暑すぎる! クーラードリンクを飲んでいてこれなのだからたまらない。

 

 

「ニャハハハハ! そんな程度で泣き言漏らすとかとんだ根性なしニャ! 大人しく下山する事を進めるニャ!」

 

 

 さささどうぞどうぞ! とばかりに両手を使って後方に向かってジェスチャーするヨシツネに、私は歯を食いしばって耐えた。

 言い方は腹立たしいけど、彼の言う通りだ。こんな程度で音を上げて、一体どうして彼の戦いについて行けるというのか。

 

 

 何も言わず、無言で進む私にヨシツネは舌打ちして、顔を前に戻して無言で主人の後ろを黙ってくっ付いて行った。私もそうした。

 

 

 分かっていたことなのだが、ヨシツネはどうも私の事が気に食わないみたいだ。最初の頃は碌でもない行動ばかりする私に腹を立てているからそうしているのかと思っていたみたいだけど、どうやらそうではないらしい。

 

 

 というのも、わたしだけでなく村の人たちにも同じように辛辣にこき下ろしているのだから。

 彼の白雪鬼さんへのこの執着ぶりは一体何なのだろうか? とてもただ一緒に暮らしてるからだけとは思えないのだけれど……。

 

 

 白雪鬼さんなら何か知っているのだろうか? 私はちらりと先頭を進む白雪鬼さんの後姿を盗み見る。

 彼は私たちの諍いなぞ我関せずとばかりに不干渉を決め込み、ただひたすら無言で目的地に向かって歩を進めていた。

 

 

 下位の依頼の時はヨシツネと、ときどき私を交えて軽口をたたき合ったものなのだけど。やはり上位の依頼だと彼もそんな余裕は無いのだろうか? 

 

 

 私たちはそのまま、目的のバサルモスが見つかるまでの間無言で火山の中を歩き回った。途中やけに多いイーオスの集団にかち合い、白雪鬼さんが肥やし玉を投げてさっさと追い払ったという出来事以外には、特に問題の無い探索だった。

 

 

「見つけた……」

 

 

 その呟きと共に、突如前を歩いていた白雪鬼さんの足が止まった。それに伴い私たちの足も止まる。

 

 

「え、何処ですか?」

 

 

 場所はエリア4。草木一本生き物一匹すらいないマグマ沸き立つ地獄の窯のような場所だった。

 しかし件のバサルモスの姿は何処にもなく、ちらほらと爆弾岩があるくらいだ。強いて言うなら()()()()()()()()()()()()()()()()、特に言及する様な事でも無いだろう。

 

 

「まあ初見ならそんなもんだろう」

 

 

 私を一瞥すると、白雪さんは背負っていた弓に手を伸ばした。

 

 

 瞬間、空気が変わり、ぞわりと肌が泡立つ。

 

 

 その様に私は依頼の出発前に村人の誰かが言っていたある事を思い出した。なんでも白雪鬼さんが弓を持ち出すときはどうしようもない強敵や、短期で終わらせたい時だけなのだという。

 

 

「こいつは『ダイミョウザザミ』の弓でな、『オオバサミⅣ』つう水属性の貫通弓だ」

 

 

 言いながら白雪鬼さんは一際大きな爆弾岩に向けて矢筒から矢を取り出し、弦に矢をつがえ、ぎりぎりと引き絞った。

 矢が引き絞られる度に空気までもが引き絞られるような錯覚に陥る。

 

 

「はっ……はっ……」

 

 

 息苦しい。自然と浅くなった呼吸がうるさい。

 

 

「お前は離れていろ。オトモ、行け。派手なモーニングコールを送ってやれ」

「ニャ」

 

 

 ヨシツネは頷くと、大きい爆弾岩の方へと勢いよく駈け出した。

 私も同時に白雪さんから離れ、近くにあった人一人が容易に隠れられる大きさの岩の影に身を隠した。

 

 

 岩から顔を出し、2人の姿を確認する。

 丁度ヨシツネが爆弾岩の前までたどり着き、大タル爆弾を放り投げたところだった。

 

 

「ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 

 投げ放たれた大タル爆弾は放物線を描いて爆弾岩に直撃。瞬間腹に響ような轟音が響き、目も眩む閃光と共に火柱が上がった。

 

 

「オォオオン!!?」

 

 

 それと同時にどこからともなく絶叫が聞こえた。

 

 

(一体どこから!?)

 

 

 狼狽える私に答えるように、ヨシツネに爆弾を放り投げられた大岩が身悶えし、それは姿を表した。

 

 

 私が大岩と思っていたのはそれの背中だった。まるで岩そのものが竜の姿を形どったかのような体。ずんぐりむっくりなその姿はどこか愛嬌を感じないでもなかった。翼はあるが、体を覆う岩の様な甲殻の重さから、飛ぶのはあまり得意ではなさそうだ。

 岩竜『バサルモス』が絶叫を上げながら、地中から勢いよく飛び出してきた。

 

 

「そぉら寝起きに冷たい水はいかが?」

 

 

 間髪入れず、白雪鬼さんは弓から手を離した。

 引き絞られた弓矢は力の解放に歓喜するがの如く光の様に飛び去り、狙っていた腹に過たず深く突き立った。

 

 

「オオォ!?」

 

 

 突き立った矢は刺さった拍子に高圧の水流を噴射し、更にバサルモスの腹を抉った。ビキッとここからでも分かる程亀裂の音が大きく響いた。

 

 

 が、さすがに上位クラスのモンスター。すぐに体勢を立て直したバサルモスはウロチョロするヨシツネに目もくれずに白雪鬼さんに向かって突進を繰り出した。

 白雪鬼さんは慌てることなくステップで突進をかわす。

 

 

「あれは……」

 

 

 しかもそのステップは何か特殊なようで、紅い光が生じ*1、向き直ると同時に放たれた矢は先ほどの引き絞っていた矢、え~と確か溜め3だったかな? と同じ威力で放たれた。

 

 

「オォン!?」

 

 

 全く同時個所に硬い甲殻を突き破り、もしかしたら肉にさえ届いたかもしれない威力の矢に、バサルモスは堪らず後退る。

 その隙に白雪鬼さんは矢を射た勢いでさらにもう一射*2、その反動を利用してさらにもう一射*3。驚異の3連射をバサルモスの腹に叩き込んだ。

 

 

 近い箇所に連続して貫通性の高い矢を撃ち込まれ、ついにバキンッ! という鈍い音とともにバサルモスの腹を覆っていた甲殻が剥がれ落ちた。

 

 

「嘘、もう部位破壊しちゃった……!」

 

 

 接敵からわずか2分ほどで、もう白雪鬼さんは敵の最大の弱点を晒すことに成功してしまった。あまりの光景に私は開いた口が塞がらない。

 

 

 驚きの光景はまだ続く。バサルモスは反撃に短い尾を振り回した。しかし白雪鬼さんはあろうことかそれを踏み台にして上に跳び、バサルモスの目元付近に貫通矢を撃ち込んだ。

 

 

「オォ!?」

 

 

 突き立った拍子に甲殻の破片がばら撒かれ、バサルモスは血の涙を流しながら片目を瞑った。あの痛がりようからして、もしかしたら潰れたのかもしれない。

 

 

「オオオン!!」

 

 

 バサルモスは無茶苦茶に翼を、頭を振り回して狙いを妨げると同時に、その巨体を生かして彼を踏み潰そうとした。

 だが白雪鬼さんは風に舞う羽毛のように気が付けばバサルモスの側面、背後に、ほんの斜め横に滑るように移動し、決して姿を捉える隙を与えずに剥き出しになった腹に正確無比に矢を撃ち込み続けた。

 

 

「──────!」

 

 

 まるで舞い踊るかのように岩竜の周りを動き回る白雪鬼さんの姿に、私は目が離せなかった。

 彼の動きは徹底して相手の間合いに入らず、逆にこちらの間合いを維持し続けて一方的に攻撃し続けるというとんでもない狩猟スタイルだった。

 

 

 文にしてみれば何を馬鹿なと一蹴してしまうようなことだけど、実際に現実でそれをされてしまったら、きっと誰でも私の様に呆けたように口を開け、見入ってしまうだろう。

 あれはまさに神業、うぅん。そんな範疇じゃない。最早あれは魔技、鬼の御業としか言いようが無かった。

 

 

 あの奇跡のような(わざ)を収めるまで、一体どれだけの研鑽を積んだのだろうか? 考えてみるが、私如きのちっぽけな脳味噌ではどうやったって想像なんかつかなかった。

 

 

「……?」

 

 

 ふと見ると、右手が細かく震えていた。違う右手だけではない。全身が震えていた。

 それはきっと目の前の彼と私の差を無意識に感じ取った体が、畏れたのだ。あの神の如き鬼の御業に。

 

 

 ごくりと喉が鳴る。追いつきたいと思う気持ちは彼の本気の戦闘を見た後でも変わらない。しかし同時に思うのだ。果たしてあれに並び立てるまでにどれだけの死線を潜らなければならないのだろうか? 

 

 

 それはもう莫大としか言いようが無い。あれは訓練だけで培われた業ではない。死ぬほどの訓練と死ぬほどの戦闘経験があって初めて成し遂げられる業なのだ。

 

 

「もっと多く、よりたくさんのモンスターと、戦わなくちゃ……!」

 

 

 何事も経験だ。大地だって一日二日でできたものじゃない。途方も無い長い年月により少しずつ形作られるのだ。

 経験するのだ。飛竜種、鳥竜種、牙獣種……、様々な種、様々な個体と戦い、そして研鑽する。

 

 

 彼の戦闘はもう間もなく終わる。帰還次第すぐに手をつけなくては。この熱が冷めないうちに! 

 そしてすぐにでもクエストに向かわねば。白雪鬼さんの隣に立つには私はあまりにも経験が足りない! 

 

 

 ……幸か不幸か、経験しなければならない死線は、この後すぐに経験する事になった。

 

 

「っ!?」

 

 

 反射だった。予感が脳裏をかすめた時には背負っていたヴァルキリーブレイドを手に取って横薙ぎに振るっていた。

 

 

「「ギャッ!?」」

 

 

 振るわれたヴァルキリーブレイドはあわや飛び掛る寸前だったイーオス3体をまとめて両断した。

 

 

「こいつらは!」

 

 

 襲い掛かってきたのは今しがた倒した個体だけでなく、複数匹がまだ残っており、私を中心に包囲網を築いていた。

 

 

 分かる。こいつらはさっき白雪鬼さんが追い払ったイーオスたちだ! 

 

 

(この動き……統率されている……!)

 

 

 突発的な襲撃ではない事は動きがあまりにも連携が取れてることで気が付いていた。という事はこれを統制している者がどこかにいるという事! 

 

 

 私がそう思うのと同時に、群れのイーオスたちを押しのけて、一際体躯の大きいトサカの立派なイーオス、群れのリーダーである『ドスイーオス』が私の前までやって来た。

 

 

『いいか? もしドスランポスとか、ドスゲネポスとか、そういう群れを率いて襲ってくる奴がいたら、1も2も無く司令塔を叩け。連中は鳴き声とかでコミュニケーションをとってることが多いから、息つく暇を与えるな』

 

 

 私は踏み込んだ。ドスイーオスは短く鳴いた。すると立ち塞がるようにイーオスが2匹並び出た。

 

 

『あ? 群れの奴らが襲ってきたら? お前の武器は何だ? 大剣だろうが。振り回して近寄らせるな』

「やあ!」

 

 

 私は踏み込みの勢いを利用して大剣で回転切りを放った。

 

 

「ギャッ!?」

「グエッ!?」

 

 

 目の前の2匹のイーオスが切り裂かれ、更に背後から襲おうとしてきたイーオスを牽制する。

 

 

「ギャーッ!」

 

 

 その隙を狙ってドスイーオスが飛び掛かってきたけど、私はそれを狙っていた! 

 

 

「たぁああああああ!!!」

 

 

 私は回転の勢いを緩めることなくさらにもう一回転。飛び掛かってくるドスイーオスにそれを避ける術なんかない。私の一撃に吸い込まれるようにドスイーオスが落下してゆき、大剣がドスイーオスの首にめり込んだ。

 大剣の大質量が勢い良く振られ、ドスイーオスの首は大した抵抗も無く切り飛ばされた。

 

 

 宙を飛ぶドスイーオスの顔は驚いているように目を大きく見開いていた。信じられないとでも言う様に、最後の力を振り絞って黄色い瞳を私に向けた。

 生首は円弧を描いて宙を舞い、それからどさりと音を立てて私たちの前に落下した。

 

 

「私の、勝ち!」

 

 

 どしんとヴァルキリーブレイドを地面に突き刺した。イーオスたちは目の前に落ちた生首を見やり、それでボスの敗北を悟ったようで、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 

 

「ハァ……ッハァ……ッ」

「へ~ソロでドスイーオス倒すなんてやるじゃん」

 

 

 突然声を掛けられて驚いて倒れ込みそうになる体が、そっと背後から支えられた。

 

 

「わわっ!? す、すみません!」

 

 

 私は謝り、自力で立ち上がろうとしたけれど、どういう訳か足に力が入らず、彼に支えられたままになってしまった。

 

 

「え? どうして?」

「ソロでの狩猟は神経を使うからな。緊張の糸が切れて体に力が入らなくなってんだろうぜ」

「あの、バサルモスは?」

「そんなもんとっくに終わってるニャ」

 

 

 支えられたままの姿勢で背後の白雪鬼さんに疑問の言葉をかけたが、彼が答える前にヨシツネが答えてしまった。私はヨシツネの指を指す方向へ目を向けた。

 そこには落とし穴にはめられ、ぐっすりと眠るバサルモスの姿があった。

 

 

「『捕獲』したんですか……」

「面倒くさかったからな」

「いつから私の事を見てたんですか?」

「イーオスが飛び掛かってきた時くらい?」

「ほぼ最初からじゃないですか!」

 

 

 私の言葉に白雪鬼さんはくすくすと笑うばかりで、結局それ以上何も言わなかった。代わりに力の抜けた私の体を彼はひょいと背負った。

 

 

「なっ!?」

「おっと抗議は聞かんぜ? お前が動けるようになるまで待ってやる時間が惜しいからな」

 

 

 うぅ確かにその通りだけど、でももうちょっとこう、心の準備というか、一声かけてくれても良かったんじゃ……。

 

 

「むー……」

「はっ、そうむくれるなよ。さっきの戦い方。なかなか良かったと思うぜ」

「あれくらいじゃだめです。もっとうまく切り抜けられるようになって、あなたと一緒に戦いたいんです」

「そういう奴は過去に何人かいたな。音沙汰がさっぱりないから、まあ口だけだったんだろ」

「私は違いますー! 絶対絶対やってやるもん! もん!」

「期待せずに待ってるよ、ルーキー」

 

 

 白雪鬼さんの声色に、ほんの少しだけ期待するような色が浮かんでいたのは果たして私の願望だろうか? 

 仮面の奥の表情は分らないが、それでも少しだけ笑っているような気がした。

 

 

 私と彼との間には未だ溝があるけれど、いつかその溝を渡れたらいいな。

 そう願いを込めて、私はキャンプに着く間、白雪鬼さんの背中に顔を埋めて匂いを堪能していた。

 

 

 追記

 

 何て言うか女の子ともいえるような男の子ともいえるような独特の香りがした事をここに記しておく。とても良かった……

 

 

 

 

 

 

*1
チャージステップ

*2
剛射

*3
剛連射




バサルモスもグラビモスも水冷速射でいちころじゃー!近接でなんかとてもじゃないけど行けないよー!(双剣で足を壊しながら)


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王者の風に夢を託して ~あの溝を越えて~

何だか年々リオレウスがハンマーで狩づらくなっているのは気のせいでしょうか?


 春と聞かれて思い浮かべる単語とは何だろうかと聞かれたら、俺は出会いと別れと返すだろう。

 

 

 セリアが俺の家に転がり込んできてもう一ヶ月が経とうとしていた。その間にポッケ村にも春が来た。

 で、春と言えば俺からすれば出会いと別れの季節であり、今日が過ぎればセリアはドンドルマに帰る事になっていた。

 

 

 俺は今セリアが受けた依頼である森丘に出現したイャンクックの狩猟に同行していた。

 セリアの奴はこれが俺との最後の依頼になるからっていうんで、自分がどれだけこのクエストに力を入れているか興奮気味に熱弁していた。

 

 

「いいですか白雪鬼さん! そりゃあ私は貴方と一緒にいて活躍できた事なんて全くと言っていいほどありませんでしたけど、この世には有終の美という言葉だってあるんです! 最後くらいバシッっと決めたいじゃあありませんか!」

 

 

 アプトノス車の中で食い終えたこんがり肉の骨を振り回しながら野郎は捲し立てた。

 俺は彼女の熱気に圧倒され、口を開くタイミングを見失っていた。だから目の前ででかい声を張り上げるこいつの唾が時折飛んでくる事への文句も言えやしない。

 

 

「ダラダラダラダラとさっきから何なのニャおみゃーは?」

 

 

 俺の膝の上を我が物顔で独占するヨシツネが、いい加減うんざりしたように対面で大声を張り上げる馬鹿を睨みつけた。

 

 

「だって最後ですよ最後! 1ヶ月間一緒にクエストを受けてきて良い所が一つも無かったなりに私だって成長してるんです! そこを! このクエストで! お見せして! ほんの少しでも好感度を上げておこうと思いまして!」

「ぶっちゃけやがったニャこいつ! とうとう取り繕う事すらし無くなったニャ! なんちゅう奴ニャ! とんだ厚かましさ! 親がいたら見てみたいもんだニャ!」

「な、な、な、何でそこまで言うんですか~! 気になってる人の好感度を上げたいと思う事は悪い事じゃないでしょー!」

 

 

 売り言葉に買い言葉で、ヨシツネとセリアはお互いの事を罵り合いながら延々ヒートアップしてゆく。

 それを目の前で聞かされるこっちは堪ったもんじゃない。耳を塞ごうにもモノブロSは頭を完全に覆うタイプの頭防具だから、音を遮断するにはこいつを外さなくてはならない。

 

 

 そこで俺はある妙案を思いついた。最近常々思っていたことだし、ちょうどいい切っ掛けを探していたところだったから、これはチャンスだと思った。

 

「あ、良い事思いついた」

「「ニャ? (へ?)」」

 

 

 俺の呟きに、バカ二人は示し合わせでもしたかのように罵り合いを中断して揃ってこっちに顔を向けた。

 

 

「いやなに、お前の熱意は十分伝わった。で、この一ヶ月確かにお前は良いとこなかったけど頑張ってるとこは十分見せてもらった」

「え? あ、ありがとうございます……?」

「だからこのクエストの成否如何でお前に()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「面白いもの、ですか?」

 

 

 いまいち要領を得ない顔で俺の言った事を復唱するセリアに、俺はただそうだと返した。

 

 

「ご褒美と思ってくれて構わん。だからクエストに向けて精々集中力を高めるためにその口を閉じてろ、このボケ」

「……分かりました」

 

 

 俺の言うことに素直に従い、セリアは本当に目的地である森丘につくまで口を利かなかった。

 

 

「なんだか知らニャいけど……あまり変なことしてチョーシに乗らせちゃダメニャよ? この手の手合いは隙を見せたら延々絡んで来るに決まってるニャ」

 

 

 俺の膝の上でふんぞり返りながらヨシツネがこれ見よがしにセリアをせせら笑ったが、当のセリアは言いつけを忠実に守る犬みたいに口をつぐんでいたから、ヨシツネは拍子抜けしたように俺の腹を背もたれに脱力した。

 

 

 うるさいのが両方とも口を閉じたから馬車の中がようやく静かになった。俺たち3人は森丘のベースキャンプにつくまで自分の世界に引っ込んでいた。

 

 

 車を引くアプトノスは文句ひとつ言うことなく淡々と進み続け、太陽が昇り切る前に森丘のベースキャンプに到着した。

 ベースキャンプに着くなりセリアは真っ先テントの中へ入り込み、俺ら2人がテントに入るころにはテントから飛び出して支給品箱をあさっていた。

 

 

「随分とまぁ気合入ってんのな」

「最後ですからね!」

「チッ!」

 

 

 力強く頷くセリアに対し、ヨシツネはデカい舌打ちを一つ零した。

 

 

「……」

 

 

 俺は親の仇を見るかのような目でセリアの後姿を睨みつけるヨシツネの後頭部を見ながら、何故この二人はこんなにも互いを憎み合っているのか不思議でしょうがなかった。

 

 

 俺はセリアの事が嫌いではない。確かに実力不足の癖に周りをちょろちょろする姿は足手まとい以外の何物でも無いが、たかがハンターを始めて数年そこらのガキに何を期待すると言うのか? 

 むしろこいつは年の割には十分以上にやっていると思う。何より面が良いし、話していて気持ちのいい奴だから不快感もそこまでじゃない。対するヨシツネは誰にも彼にも愛想の悪い獣畜生だが、セリアに対しては特にあたりが強い。

 

 

 なぜだ? この一ヶ月で彼女の人となりは大体わかったはずだ。彼女は嘘が下手で、どうも腹の内はあまり隠さない人間で、こちらに対して悪感情は持っていない事くらい俺にだって分かった。

 それでもなお初対面の時と態度が変わらない、それどころか日が経つにつれてどんどんあたりがキツくなっていくのは、おそらくセリアの何かしらが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それが意識的にしろ無意識的にしろ、何にせよ魂が出てきてしまったのなら俺から言える事は何もない。魂の問題はその人自身でしか解決できない事なのだから。

 人と人。馬が合わない奴は何処にだっている物で、まあ結局の所そういう事なのだろう。

 

 

 俺はそこで思考を取りやめ、ヨシツネの後頭部からイャンクックを相手に死闘を繰り広げる若き女ハンターに目を移した。

 

 

「はあ……! はあ……!」

「クェエエ!!!」

 

 

 場所は草原地帯のエリア1。何でそこになったかというと、俺が飛んでいたこいつをヘビィボウガンで叩き落としたからだ。

 

 

 セリアがイャンクックと戦い始めて10分経過といったところ。彼女は熱弁していただけあって今のところ無被弾。しかし回避に専念していたことによりスタミナの消費が激しい。いったん距離を取ってスタミナを回復したいところだ。

 対するイャンクックは振り向きに合わせて抜刀大剣を食らい続けたために顔中傷だらけだった。

 

 

 俺はよほどの事がない限り手出しするつもりがなかった。ヨシツネも俺と同じように距離を置いてつまらなそうに二人に戦いを見つめていた。こいつには手出し無用とか何も言ってはいないが、こいつにはそもそもからして彼女のために何かしようという気が無いらしい。

 

 

「クェエ!」

 

 

 完全にプッツンきたイャンクックは口から火炎を漏らしながら、4連続で突いてきた。

 

 

「はあ!」

 

 

 怒り時のイャンクックの行動は尋常じゃなく素早くなるが、さすがにチームでリオレイアを倒せるだけあってセリアはこれを回避し、嘴が地面に突き刺さって抜くのに手間取っている間に翼に重い一撃を食らわせた。

 

 

「クェ~!!!」

 

 

 嘴を引っこ抜いたイャンクックは今度は尻尾を振り回して接近を拒絶してきたが、セリアは上手い事これをかいくぐり、胴体に抜刀しながらの振り下ろしで切り付けた。

 

 

 

「クオッ!?」

 

 

 今のはかなり深い一撃だった。流れ出る血で足元の草を汚しながら、イャンクックはたたらを踏んだ。

 

 

「んんんんんんでやあああああああ!!!」

 

 

 これで決めると踏んだセリアは大剣を上段で構え、力を溜めてからの溜め切りを繰り出した。

 

 

「クエ~!!!」

 

 

 その一撃は先ほど胴体に着けた切り傷をさらに深くえぐり、体が殆ど裂けるくらいの切り傷というより亀裂のような傷をつけた。

 

 

「グエ~……」

 

 

 流石にモンスターといえどもそれだけ大きな傷をつけられたらお終いだった。イャンクックは力無く倒れると、最後に一つ大きく身動ぎし、それっきり動かなくなった。

 

 

「はあ……はあ……やった……やった! ソロで討伐できた!!! あはは!」

 

 

 あれだけ息を切らしていたにもかかわらず、ソロ討伐に成功できた喜びから疲れなど吹っ飛んでしまったかのようにぴょんぴょん跳ねて体全体で喜びを表現していた。

 強い感情というものは伝染し、周囲の人にも影響を与える物だ。セリアの喜びにつられ、俺は意味も無く笑ってしまった。

 

 

「ちぇ、無乙かニャ。つまんねーの」

 

 

 一体何を期待したのか、ヨシツネはかーぺっ! と唾を吐き捨てた。

 大方ヨシツネはセリアが無様に3乙してクエスト失敗を期待したのだろうが、そもそも彼女の実力はドスイーオスの群れを相手にできるくらいはある。したがって余程油断しない限り、イャンクック相手に後れを取る事などまずあり得ない。

 

 

 尤もそんな事を懇切丁寧にこいつに言い聞かせたところで無駄だという事は長年の付き合いで知っているから、俺は何も言わなかった。

 

 

「へっへ~ん残念でした! 見ての通り私は五体満足だもんねぇ~だ! お生憎様、見たかったものが見れなくって可哀そ~」

「ハァッ!? 何ふざけたこと抜かしてるニャ! お前さては喧嘩売って来てるニャ? 上等だこの野郎! ぶっ殺してやるニャ~!!!」

「何を~!!!」

 

 

 うにゃうにゃと程度の低い喧嘩をおっぱじめたバカ二人を尻目に、俺はクエスト完了の信号弾を打ち上げようと地面にしゃがみこんだ。

 

 

 そんな時だった。

 

 

 ぶわっと強烈な風が吹きすさんだ。

 

 

「ッ!?」

 

 

 体の発した危険信号に従い、俺は咄嗟に前転回避を行った。

 

 

 回避姿勢からすぐに体勢を立て直し、背中のヘビィボウガンを手に取りながら反転する。セリアの姿が無かった。

 

 

「!? おいヨシツネ! セリアは!?」

「あそこニャー!」

 

 

 ヨシツネが指を指す方向に目をやると、そこにはホバリングする天空の王者の姿があった。

 

 

 紅い甲殻に身を包み、リオレイアに酷似したフォルムは彼女に比べて刺々しい甲殻が目立つ。翼膜は炎を思わせる黒い模様があり、力強く羽ばたく姿はまさに王を思わせる威風堂々としたもの。

 火竜『リオレウス』が、片足でセリアを鷲掴みしながらこちらを睥睨していた。

 

 

 俺は一も二も無く氷結弾を発砲していた。出し抜けに放たれた弾丸を、しかしリオレウスは回り込むような動きで簡単に回避してしまった。

 これが下位個体なら面食らって食らったものなのだが、回避してきたとなると……。

 

 

「糞ったれ、乱入制度は3からだろうが!」

 

 

 毒づきながら俺は照準を合わせ、再度発砲。自動装填のおかげで装填の手間が無いから、残弾が許す限り俺は好きに撃てるという訳だ。

 

 

「グォオッ!?」

 

 

 こんなに速く撃ってくるとは思わなかったようで、反応が間に合わず胴体に思い切り氷結弾が着弾したリオレウスは体勢を崩して空中で仰け反った。しかし反応と言えばそれだけで未だ空中に奴はあり、肝心のセリアは掴んだままだ。

 

 

「ニャー当たらないニャー!?」

 

 

 ヨシツネも援護射撃ならぬ援護投擲で小タル爆弾を投げまくるが、機動力が高すぎてさっぱり当たらず、逆に炎ブレスを吐かれて吹き飛ばされていた。

 

 

「ニャイエエエエエエ!?」

 

 

 ころころと転がってゆくヨシツネを尻目に、俺は次の一手をどうするか考えた。

 

 

 リオレウスに飛ばれたら閃光玉でとっとと叩き落すべきなのだが、セリアがいる以上そんな事をしたら潰れて面白おかしい死体の出来上がりだ。

 なら徹甲榴弾? 残念ながら持ってきた分しか無ぇから外す心配を考慮すると使えない。散弾なんて以ての外だ。

 

 

 奴は俺の事をそれなりの外敵とみなしたらしく迂闊に攻めてこず、ホバリングしながら俺の周りをぐるぐる回った。

 どうする? このまま考えこんでいても状況は良くならないどころか離脱される危険性を考えると悪くなる一方だ。

 

 

 俺とリオレウス。どちらも攻めあぐねていた。互いに隙が無さ過ぎた。にらみ合いばかりで時間だけが無意味に過ぎて行く。

 

 

 睥睨する王。晴れ渡る空。我関せずにただ揺られている草花。膠着状態の中で、彼らはただ静かに囁き合う。いったいどちらが死神に連れていかれるのだろうか、と。

 

 

 額から汗が流れ落ちる。打開策がさっぱり見えてこなかった。こんなにももどかしい気分になったのはずいぶんと久しぶりだった。思わず舌打ちが出る。

 

 

 延々と続くかと思われた膠着状態は、しかし唐突に終わりを告げた。

 膠着状態が破られるのはいつだって膠着している両者以外の者によるもので、今回もまた、膠着を打ち破ったのは全くの予想外の者だった。

 

 

 唐突にリオレウスが悲鳴を上げた。あまりにも唐突すぎてきょとんとした状態で棒立ちする俺をよそに、状況はどんどん進展していく。

 リオレウスは足をばたつかせた。特にセリアを掴んでいる方の足をだ。

 

 

 すかさずそちらに目をやると、何とセリアの奴はあの体勢で強引に大剣を持ち上げ、のこぎりを引く要領でリオレウスの足をぎこぎこと切り裂いていたのだ。

 

 

「このっ! このぉー!!!」

「グオオ!?」

 

 

 リオレウスは堪らず悲鳴を上げ、セリアを放り投げてどこかへ飛んで行ってしまった。

 呆気にとられた俺はその姿を追撃もしないで、ただ呆然と目で追う事しかできなかった。

 

 

 〝覚えてろ! 〟

 

 

 王の去り際に、ふと頭の中にそんな声が聞こえた。

 

 

「きゃあああああ!」

 

 

 空の彼方へと飛び去って行くリオレウスの姿を見ていた俺は、空中に放り出されたセリアの悲鳴で我に返り、急いで彼女の真下まで走る。

 

 

「ふぎゃ!?」

「ぐふっ!?」

 

 

 勢いのままスライディングしてぎりぎり地面に落ちる前に回収することが出来たものの、上手く抱えきれずセリアの背中が腹に直撃し、お互いに悶絶したまましばらくそのまま仰向けで悶えた。

 

 

「ぐふ……よくもまあごほっ……無事だったもんだ」

「痛たた……ありがとうございま痛っ」

 

 

 俺たち互いを支え合いながら、何とか立ち上がった。

 

 

「ありゃ完全にお前の事を根に持ったぞ」

 

 

 息を整え、リオレウスが飛んでいった方角の空を見上げながら俺はセリアに言った。

 

 

「根に……ですか?」

「あぁ、モンスターっていうのは執念深い。恨みつらみも日が経つにつれてどんどん膨らんでく」

 

 

 まあそれは人も獣も変わらないか。口には出さず、心の中で一人ごちる。

 

 

「いつかまたお前は奴と戦うことになるだろう。その時に俺はきっといない。あの傷ついたリオレウスはお前と仲間たちだけで倒す必要があるんだが……そんな無様で果たして奴を仕留めきれるかな?」

「……」

 

 

 セリアは答えない。彼女は唇を噛みしめてただ王の飛び去っていった空の彼方を無言で睨みつけていた。

 いつか迎えるであろう運命の日に向けて挑戦するかのような。そんな表情を、あの空に向けて。

 

 

 紅蓮の王者が吹かした風が、一人の少女を運命の戦争へと駆り立てた。少女は王者の風に夢を託す。これからの日々を夢想しながら、来るべき日に備えて牙を整え、仲間たちと共に歩みながら、運命の戦争へ向けて真っすぐに。

 

 

 前哨戦はすでに始まっているのだ。俺はそれを、彼女のその表情から読み取った。

 風に揺られる草花の擦れる音が、運命に挑む少女へ笑いかけているように聞こえた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 ポッケ村に着くまでの間、アプトノス車の中で俺はセリアに恨みつらみで恐ろしい程の被害を出したモンスターについて、例を挙げながら講釈をたっぷり聞かせてやった。片目を失った黒狼、角をへし折られた魔王とかそういうのだ。

 

 

 ポッケ村に着くと、いつものように村人総出で出迎えられた。群がるガキやらなんやらを捌きながら、俺は集まった村人たちの姿を改めて眺めまわしてみた。

 男、女、子供、老人、アイルー、可能な限り自分というフィルターを取り外して一人一人の顔を注視する。

 

 

 今までこうして他人の顔をじっくり眺める事なんてまずなかったから、見知っていた村人の顔が何だかやけに新鮮に映った。

 目尻が下がった目元。大笑いする口元。手の動き。足運び。あらゆる仕草、身振り手振りを注視してみるも、そこに俺をどうのこうのしようとする意図は終ぞ発見できなかった。

 

 

 この世界を人間が認識する場合、常に自分というフィルターを通して脳に情報が取り込まれる。そのフィルターのかかり方は経験や育っていった環境やらによっていくらでも変化する

 俺の場合は前世の世界の一般常識、そこで育ち、培われた価値観が分厚い曇りガラスみたいにこの世界の姿をぼやけせさせていた。

 

 

 で、腹の内はともかく、表向きに俺を害そうとする奴はどうもこの村には存在しないらしい。

 その事に気が付くことが出来たのは、1ヶ月の間全く面識のない奴と生活をしたからだ。それが良い事かどうかは分からないが、少なくともこれで多少はマシに生きていけるんじゃないかと思う。

 

 

 そう思うと、過去の自分の行いが酷く馬鹿らしくなっていた。無意識の内に張り詰めていた気が急速に緩んでいくのが手に取るように分かった。

 体から力が抜けて倒れ込みそうになる。びっくりしたヨシツネが俺の足を支えてくる。

 

 

「あ、白雪鬼さ~ん!」

 

 

 こっちの気を知りもしないで、天真爛漫なお姫様が上機嫌でこちらに駆け寄ってくる。

 

 

「はぁ、うるせぇ黙れ……なんだよ」

「あのですね、行きに約束していただいたご褒美の件の事なんですけどね」

 

 

 指をつんつんしながら恥ずかしそうに上目遣いで聞いてくるセリアをしげしげと見下ろし、それから視線を感じてそちらを見やる。

 彼女の後ろにずらずらと追従した村人共が、何だ何だと興味津々にこちらを見つめていた。

 

 

 男、女、子供、老人、アイルー。見知った顔、顔、顔。

 再び視線を目の前のよそ者に戻す。恥ずかしさと不安がないまぜになった顔。

 

 

 受けたクエストの結果を見れば上々、その後の対応は及第点もいいとこだが、ま、良しとしとくか。どうせこれで最後なんだし。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。終わり良ければ総て良し。一期一会。よぅし。

 

 

「あぁ、その話ね。いいぞ。ほれ」

 

 

 そう言って、俺はモノブロSを外した。世界と俺とを隔てていた壁は、驚くほど呆気なく外れた。ヘルムが外され、肩口まで伸びた髪が解放されてはらりと垂れた。

 

 

「こんな伸びてたっけ?」

 

 

 肩にかかる髪を一つまみしながら、俺は一人ごちた。

 今度またヨシツネに切ってもらおうと思いながら、明瞭になった視界で改めて前を見る。世界から音が消えていた。この場に居た誰も彼もが馬鹿みたいに口を大きく開けて固まっていた。ネコートまでもが普段の仏頂面を大いに崩して固まっていた。

 

 

「( ゚д゚ )」

 

 

 目の前に居たセリアなんか、ボロカスにやられてクエストを終えた後に報酬画面で天鱗でも見つけたみたいな顔をしていた

 それがなんだかおかしくて、ついくすりと笑いを一つ。

 

 

「おう、改めて()()()()()。俺がこの村の専属のハンターをやっている白雪鬼だ。おっと本名は聞くなよ。何せ俺も知らんからな」

「( ゚д゚ )」

 

 

 ……反応がない。試しに近寄って目の前で手を振ってみるが、うんともすんとも言いやしない。

 

 

「あ……だ、旦那さん……な、何で?」

 

 

 不思議に思って首をかしげていると、足元のヨシツネがこの世の終わりみたいな顔をしてプルプルと震えていた。

 

 

「別に。ただ意味も無く肩ひじ張る事の無意味さに気づいたってだけさ」

 

 

 懇切丁寧に教えてやったというのに、ヨシツネの反応といえばわなわなと震えるばかりだった。

 

 

 それなりの年月を共に生きてきたけれど、時折こうやってヨシツネの事が分からなくなることがままある。まあ自分の事すら分からない事が多いのだ。なら自分以外の事で分からない事があったって、それはちっとも不思議な事じゃないはずだ。

 

 

 俺は肩を竦めて見せ、もう一度俺の世界を見回した。別にいつもより輝いて見えるとか、何か見え方が変わったとかそういう物は無かったけれど、重ぐるしい気配のような物が雲散した様な気がする。

 

 

 軽くなった体で、新しくなった世界に一歩を歩進める。次に二歩目。三歩、四歩。足取りも軽く。生まれたての子馬の様に。俺の歩みに応えるように、人の波が割れる。言いようのない全能感が胸に満ちる。

 

 

 歩を進める俺の後ろにヨシツネとセリアが、それを追って村人共が追従する。

 

 

 村の中心あたりで歩みを止め、空を仰ぎ見る。空は満天の星空で、いつか見た空がそっくりそのまま出てきたかのようだった。

 あの時の俺と、今この瞬間の俺。果たしてあの頃より俺はマシになれているのだろうか? 

 

 

 俺は願う。どうかこれより先の未来が、かつてよりマシでありますように、と。せっかく意識を改めてやったのだから、それ位の融通は聞かせて欲しいものだ。

 俺の願いに応えるように、流れ星が星の海を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 




これで2ndGの一つの節目が終わりました。後は古龍やら白い神やらをヨシツネと一緒にダラダラと狩っていく小説になります。


~大まかな登場人物紹介~

白雪鬼…転生者にして真正のヘタレ。中身は糞だが見た目は絶世の美女にも美男子にも見える。投稿者のイメージとしてはFateの蘭陵王をさらに女寄りにしたようなイメージ。多分作中で一番偏見と差別意識にまみれてる。

ヨシツネ…年少の頃に一族もろともモンスターに全滅させられた悲しい過去を持つ。主人が主人なので多分作中で二番目に差別と偏見にまみれてる。

セリア…弱冠15歳の若き女ハンター。幼馴染2人とともにハンターを始めて半年くらいでレイアを討伐した凄い子だったりする。今後登場するかは知らない。


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ぼくのかみさま

オトモアイルーの進歩はシリーズが進むごとに目覚ましいですね


 ねえ、いったいどうしておとうさんとおかあさんはしんじゃったのかにゃあ。

 

 

 森丘の途中に広がっている草原地帯の一角にある大きな木の下で、旦那さんの膝の上に腰を下ろしながら、ずっと胸の内で考えていたことを僕は思い切って聞いてみた。

 

 

 さあ? たぶんかみさまがさいころをふって、でためがたまたまそういうめだったからじゃないかなぁ? 

 

 

 遠くに見える飛竜の影を目を細めて見つめながら、旦那さんはそう言った。

 

 

 だれかがしぬのに、かみさまがいちいちさいころをふっているのかにゃ? 

 

 

 僕は驚いて、思わず聞き返してしまった。

 

 

 そうだよ。だからたとえもしちかくでひとがしんでしまったとしても、あまりじぶんのせいにすることはないんじゃないかな。だってそれはおれたちのせいじゃなくって、かみさまがさいころをふるのがへたくそだからおこったことなんだからね。

 

 

 旦那さんは事も無げにそう言うと、僕の頭をワシワシと撫でた。その撫で方ときたら! 乱暴で雑で、かつてお父さんやお母さんの優しい撫で方とは大違いのもので。

 似ても似つかない雑な物なのに、けれどどうにも懐かしく、僕は黙って目を細めてされるがままだった。

 

 

 いつだってそうだった。どんなに下手くそな撫で方だろうが、旦那さんに撫でられると僕は一発でまいっちゃうんだ。

 

 

 そして僕らは再び口を閉じ、草原の彼方に見える森丘を見据えながらただそこに座っていた。

 

 

 風が吹いた。穏やかで柔らかで、傷ついた者をそっと一撫でするような優しい風が、そよそよと僕らに吹き付けた。

 陽光を受けて輝く草花。戯れるケルビ達。穏やかに草を食む草食竜の群れ。

 

 

 それは僕の世界が黄昏を迎えて滅び去り、新しい世界を構築している最中のある時の一日。

 

 

 僕の全て。僕の世界。あぁ、そうだった。僕の世界を破壊した神はランポスなんかでは無かったんだ。僕の世界を破壊した神は、旦那さんだったのだ。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 僕のそばに プーギーがやって来て こんな事を聞いてきた

 アイルーさん アイルーさん どうしていつも怒っているの? 

 うぅん 怒ってなんかいないよ

 でも 今日も他のアイルーと 口喧嘩をしていたよ

 あれは喧嘩じゃないんだよ

 僕の答えに 首をかしげるプーギーに 僕は微笑みながら言ったんだ

 あれは喧嘩じゃないんだよ あれはね 僕にとっての世界への赦しなんだよ

 家の前を 子供らが 軽快な笑い声を後に残して 彗星の様に駆け抜けて行く

 その声を皮切りに 世界に音があふれ出す まるで神が一言で 世界を生み出したかのように

 畑を耕す男の声が 子供を叱る女の声が 鋼を打つ加工屋の音が ガンガンガンと鳴り響く

 穏やかな昼下がり 僕はその音を聞きながら 大あくび

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「ふにゃ……?」

 

 

 ふと目が覚めて、むくりと顔を持ち上げる。随分と懐かしい夢を見た気がするが、寝ぼけ眼を擦って眠気を払い落とす頃にはすっかり忘れてしまった。

 窓の外を見る。陽はとっくの昔に上がっており、夜の闇から逃れた外は、太陽に色付けされてうんざりするほど自己主張していた。

 

 

「ニャ……? ニャ……?」

 

 

 一緒に『ベッド』に寝ていた『彼女』の姿を探して、未だ眠気が覚めていないぼやけた視界で辺りを探ってみるが、覚醒していない頭ではあまりにも荷が重く、探すのが面倒くさくなった僕は二度寝に洒落こもうと目を閉じた。

 

 

「いやなに寝ようとしてんだ、この馬鹿」

「ニャッ!?」

 

 

 その瞬間、僕の頭がボカリとひっぱたかれ、眠気は雲散した。

 

 

「痛った~……何しやがるニャ! このあま!!!」

 

 

 僕はガバッと『ベッド』から跳ね起き、僕の頭をはたいた元凶であるこの家の3()()()()()()を睨みつけた。

 

 手入れの行き届いた真っ黒な毛並み。一部の隙も無い様な引き締まった体。形のいい耳は、僕への怒りでピンと尖っていた。普段は瞳孔の細い黄色の瞳は、怖ろし気に開かれていた。

 この家のキッチンアイルー『マサムネ』が腕を組み、心底どうしようもないものを見る目つきで僕をねめつけていた。

 

 

「うるせぇわこのスカタン! 今何時だと思ってやがるんだ、このぼけ」

「だったら何ニャ? 僕がいつ起きようが僕の勝手ニャ? 何が悲しくてお前にどうこう言われなくちゃいけないニャ?」

「お前の糞みてぇな腹を満たすための飯を誰が作っていると思ってるニャ? もっとよく考えてから口を開け」

「「あ゛ぁ゛!?」」

 

 

『ベッド』の上で息がかかる程互いに顔を近づけながら、僕とマサムネは睨み合う。

 部屋の中の冷たい空気を押しのけて、僕らのどろりとした生暖かい殺気が充満する。

 

 

 一触即発の空気。ほんの些細なきっかけで喧嘩が勃発しようというまさにその時、うぅんと僕らが踏みしめている『ベッド』が身動ぎした。

 

 

「「……」」

 

 

 その様を見たマサムネが一度だけ僕の顔から真下に目を移し、すぐに僕の方へ目を戻すと舌打ちし、それから『ベッド』から飛び降り、すごすごとキッチンの方へ向かって行った。

 と、マサムネはキッチンの前で立ち止まり、こちらに振り返ってこう言った。

 

 

キッチン(こっち)に来る前に旦那を起こしてこい」

 

 

 それだけ言うと、僕の返答を待たずにマサムネはこんどこそキッチンへ引っ込んでいった。

 

 

「お前に言われなくてもやるニャ」

 

 

 僕は吐き捨てると、踏みしめている『ベッド』、インナー一丁でだらしなく眠りこける旦那さんの胸の上に四つん這いになり、顔をぐにぐにと突いた。

 

「おぉ~い、旦那さぁ~ん、朝……ていうかもう昼ニャ。寝すぎニャ。起きるニャ」

「うぅ……ん」

 

 

 僕の必殺百裂突きを食らった旦那さんは、しかし起きる事無くただ寝ぼけた声を上げると顔を横に向けた。

 

 

「おら~起きるニャ~仕事しろニャ~」

「うぅん……うるせぇ~……だまれぇ~……むにゃむにゃ……」

 

 

 僕はそれでもめげずに頬っぺたを突きまわし、ようやく意識が覚醒しだした旦那さんは白旗を上げる寸前だ。僕が旦那さんに勝利できる数少ない事の内の一つがこれだった。

 あと少しで僕は旦那さんを完全に打ち負かせる! そう思うと頬が自然とほころび、目尻が下がって笑顔を浮かべる。

 

 

 その時の事を想像し、うへうへと笑っていると、キッチンの方から祝福の様な香りがふわりと鼻先をくすぐった。

 

 

「むにゃむにゃ……スンスン……これ……は……『ガーグァ』のシモフリトマト煮込みの香り!!!」

 

 

 祝福は僕だけじゃなくて旦那さんにも平等に降り注ぎ、祝福を受けた旦那さんはキスを受けたお姫様みたいにガバッと跳ね起きた。僕が苦労して覚醒寸前まで持っていったていうのに、あの糞ったれはほんのちょびっと匂いをかがせただけでいともたやすく旦那さんを起こしてしまった。

 

 

 畜生、その役目は本来は僕のはずだったのに! 

 

 

 なぁんて嘆く間もなく、旦那さんの胸の上に乗っていた関係上彼が勢いよく起きた拍子に跳ね飛ばされ、僕は壁に思い切り叩きつけられた。

 

 

「ニャバーッ!?」

「ウオー!!!」

 

 

 壁に叩きつけられ、無様にずるずると下がり落ちる僕なんかに目もくれずに、旦那さんはベッドから飛び降りると、寝間着の恰好のまま寝室から飛び出していった。

 

 

「ぐふっ……くそ」

 

 

 したたかに打ちつけた顔面を摩りながら、よろよろとキッチンの方へ向かう。

 旦那さんはすでに食事を始めているらしく、ガーグァのトマト煮込みをがっついていた。

 

 

「もがもがもが! ……ん? 何だお前、今起きてきたのか? 俺より遅いとかとんだ寝坊助だな」

 

 

 パンを口の中に押し込み、モガモガと咀嚼している最中に旦那さんは僕の存在に気づいたようで、嚥下しながらこちらの方に顔を向けた。旦那さんの隣で同じように飯をかっ食らっていたマサムネがにやりと笑った。

 

 

「は? 何を抜かしてるニャこの人は? もしかして自分が起きた時間すら把握出来てないニャ? 五十歩百歩って言葉すら知らないのニャ? もしかして喧嘩売ってるニャ? なめんじゃねぇニャ!」

「オトモ」

 

 

 うが―と怒りに支配された僕に、旦那さんの声がかかる。

 

 

「早く食えよ。冷めちまうぜ」

「うん」

 

 

 僕は口をゆすいでからご飯を食べ始めた。

 

 

「いただきますニャ」

「どうぞ召し上がれ、寝坊助さん」

 

 

 ヤオザミのスープを啜りながら、僕は目の前のマサムネを睨みつけた。彼女は僕の事を鼻で嗤って受け流すと、流れるような動作で空になった旦那さんのグラスに水を注いだ。

 

 

「お、ありがと。お前はどこかの馬鹿と違って気が利くな」

「んふー当然さ! だって私はどこかの馬鹿と違って優秀なんだからね!」

「この糞野郎ども!」

 

 

 にやにやと笑いながら僕の方へ流し目を向けてくる二人に、僕は憤りを隠せなかった。思わず机に拳を叩きつける。

 僕の反応に二人は顔を見合わせると、次の瞬間腹を抱えて大笑いした。

 

 

 

「わ、笑うなぁ!!! 笑うなぁ!!!」

「「ダッハハハハハ!!!」」

 

 

 止めろと言われてこの二人が止めたためしは一度だってありはしない。今回もまた僕の言葉に耳を貸す事無く二人は笑い続ける。

 

 

「……ッ!!! ……ッ!!!」

 

 

 こめかみがひくつき、顔が紅潮していくのが手に取るように分かる。体を流れる血管が脈打ち、血流がどくどくと流れる音が大銅鑼の様に耳元を木霊した。

 

 

「ッッッッ!!! ガァアアアア!!! ガァアアアア!!!」

 

 

 ついに衝動のままに旦那さんに飛び掛る僕。すかさずマサムネが目の前に立ちはだかり、もつれ合って倒れる。それから立ち上がると僕とマサムネはひとしきり殴り合った。

 それを見て旦那さんは机に突っ伏してゲラゲラと笑った。

 

 

 そうだ。そうなのだ。

 

 

 マサムネの拳が顔面に突き刺さり、床を舐めながら僕は思う。

 

 

 これが僕たちの本来の日常だった。旦那さんが僕らを煽り、僕が切れ、マサムネが阻み、僕とマサムネが取っ組み合い、旦那さんがそれを後方から笑いながら見る。

 これが僕たちの日常で、そこに他者が入り込む余地は無い。

 

 

 僕がいて、旦那さんがいて、マサムネがいて。僕たち3人だけの、ちっぽけで閉ざされた世界。

 そこに他者が入り込む余地は無い。

 

 

 そのはずだった。つい一週間前までは。

 

 

 あの一週間前の出来事の後、僕の世界は少しずつ、しかし確実に変わってしまった。

 

 

 一ヶ月と一週間前、僕らの前に一人のハンターが現れた。

 大した実力も無く、その癖下心を隠しもしないで僕の世界に土足で侵入してきた不届き者。

 

 

 許せなかった。僕の世界に侵入してきたことにも、僕の世界に不可逆的な変化をもたらしたことにも。

 

 

 嵐というものは全てを根こそぎ吹き飛ばし、例え過ぎ去った場所が何も変わっていないように見えても、でも確実に何かしら変化が起きているのもなのだ。

 あのガキは嵐だった。嵐は一ヶ月もの長きに渡り留まり続け、そして決定的な変化をもたらして過ぎ去っていった。

 

 

 旦那さんが外行きの衣服『マフモフシリーズ』に着替え、玄関の前で靴をとんとんして整える様を僕はまじまじと見つめる。

 マフモフシリーズはこの村の民族衣装のような物で、これさえ着ていれば寒さなんてへっちゃらで、抱き着くとふわふわして暖かいのだ。

 

 

 いつも通りだ。……旦那さんの顔をフルフルヘルムでなく『ユクモ村』に伝わる編み笠を被っているだけなのを除けば。

 

 

『本当なら『ユクモシリーズ』で固めたかったんだが、こんな場所であんな格好なんて沙汰の外だ!』

 

 

 一週間前の朝、そう言って泣く泣くマフモフシリーズを着て外に出る旦那さんの姿が、脳裏に現れては煙のように霧散する。

 

 

「オラ行くぞ」

「……うん」

「うーっす」

 

 

 旦那さんが歩き出すのに合わせ、僕らもその後ろをくっ付いて行く。

 

 

「お、白鬼の旦那! おはよう!」

「おう」

「あ、白雪鬼様! おはようございます!」

「あぁ」

「しししし白雪鬼様お、お、お、お、おはようござざいますすすぅううう本日もお日柄も良く素晴らしい一日でございますね貴方様も変わらずお美しい私はもう一目見ただけで夢見心地から抜け出せませんよところでこの後ご予定などはありますでしょうかなかなか良さそうな茶葉が手に入りましてねどうですか丁度焼き菓子も焼き上がった所ですのでどうでしょうか来ますか来てくれますかていうかもう来いオラそのすまし顔私のアクメ汁でビチャビチャにしてy、な、何をする!? や、ヤメローヤメロー! 私はやったんだー!!!」

「そうか」

 

 

 旦那さんはかわるがわる挨拶してくる村人を捌き、旦那さんの前に立って危険な兆候を見せ始めた女を別の女が連行してゆく様を僕は鼻で嗤いながら、変わってしまった世界に思わず顔を顰める。

 

 

「無駄だぜ? 諦めな」

 

 

 横で歩いていたマサムネが、前を向いたまま目だけを向けてぼそりと言ってきた。

 

 

「……うるさい」

「いつかこうなる事くらい予想できたはずだろ? だったらとっとと受け入れちまった方が身のためだぜ」

 

 

 僕はそれに舌打ちで返すと、マサムネはため息をつき、可哀そうな物を見るかのように憐憫たっぷりの眼で一瞥すると、視線を前に戻した。

 僕もそうした。

 

 

 旦那さんは定位置である村の出入り口前の焚火で暖を取るネコートの奴と村長と何やら小難しい話しを延々繰り広げていた。

 

 

 〝いつかこうなる事くらい予想できたはずだろ? 〟

 

 

 その背中を見つめながら、僕はマサムネの言葉を反芻する。

 あぁそうだ。お前の言う通り。それくらい僕にだって予想できたよ。いつか旦那さんは吹っ切れて自分の作り出していた壁を取り払うことくらい。

 

 

 でも、自分の世界に閉じこもる事の何が悪い? 世界に触れなければ成長できないだの傷は癒えることは無いだの、そんな事は本当の意味で傷ついた事の無い奴の戯言も良い所だ。

 本当に傷つけられた者なら、傷を負った時の絶望が、向き合う事の辛さが分かるはずだ。分かっているなら、そんな事を軽々しく言えるはずが無い。

 

 

 僕の世界は一度破壊され、旦那さんのおかげでようやく再生を遂げた。それを再び失いたくないと固執するのはいけない事なの? 停滞する事はいけない事か? 

 

 

 ねぇ神様? もしあんたがいるというのなら教えて欲しいんだ。僕のこの思いはいけない事なの? 何が良い事なの? 悪いことって何? 教えてくれよ。居るんだろう? なあ? 神様よう……。

 

 

 旦那さんがネコートをひょいと持ち上げ、胸の前で抱きしめる。ネコートはじたばたと暴れるが、旦那さんに顎を撫でられた途端ぴたりと止まり、ぴくぴくと堪えるように震えだした。

 

 

 いつかこうなる事は分っていた? 畜生、お前に言われるまでも無い。

 

 

 俯いて、視界に広がる雪が残った地面を見つめながら僕は思う。

 

 

 そうとも、間違っているのは僕の方なのだ。

 

 

 隣にいたマサムネが気遣うように肩に手を置いた。僕はその手を振り払い、旦那さんに背を向けてとぼとぼと歩き出した。

 村長がキセルから吐き出した煙が目に染みた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 僕の目の前に、旦那さんの後頭部がある。今から僕はある重大な仕事を始める。旦那さんの髪を切るという重大な仕事を。

 

 

「いつも通りバッサリと頼むぜ。いい加減髪を洗うのが面倒になってきたからな。いっそ坊主にでもするか?」

 

 

 旦那さんはこっちに振り向きながら、にやりと笑う。

 

 

 僕は身振りで前を向くように頼むと、旦那さんは「洒落の分からん奴め」と言いながら正面に向き直った。

 

 

 僕は旦那さんの太陽を彷彿とさせる髪を手に取った。絹を触ったかのようなさらりとした感触に、思わず目を細める。

 旦那さんは特に髪を手入れするような人じゃないのに、一体どうしてこうもサラサラになるのだろうか。疑問に思わなかった日は無い。

 

 

 尤もいくら僕が疑問に思おうが、ある奴にはあるし。無い奴には無い。結局の所そういう事なのだ。

 世の中は理不尽だ。一度も荒事を経験しない人だっているし、逆に一夜ですべてを失うような人だっている。

 

 

 鋏を手に取り、ゆっくりと太陽を切り落としてゆく。切り落とされた太陽の切れ端が、陽光を受けてきらりと輝きながら、ゆっくりと地面に落ちてゆく。

 すかさず待機していたマサムネがそれを掃き取ってゆく。

 

 

 陽が上がり始め、鳥の声しか聞こえない部屋の中に、鋏の音と床を掃く音だけが響き渡る。

 鋏で髪を切り落とす度に、僕たちだけの世界が端から少しずつ切り落とされていくような錯覚を覚える。

 

 

 そのせいで何度もこの手を止めてしまいそうになったけど、僕は手を止めなかった。

 僕は確かに僕の世界をそのままにしておきたい異端者だけど、それはそれとして主人に忠実な従僕なのだ。

 

 

 延々に続くかともいえるような作業は、時間にしてわずか10分程度の時間だった。僕は自分の仕事ぶりに満足感を得ると、旦那さんに顔を上げる様に言った。

 旦那さんは顔を上げ、目の前に立てかけられた姿見鏡で従僕の仕事ぶりを吟味すると、舌打ちした。

 

 

「おい……」

 

 

 旦那さんの抗議の声に、僕はただ曖昧な笑みを浮かべた。鏡に映る旦那さんの髪形はいつも通りのショートヘアーだった。

 旦那さんには悪いけど、これが僕なりの、変わりゆく世界へのせめてもの抵抗だった。

 

 

 世界が変わろうとしているのなら、だったらあり方だけでもそのままで。

 

 

 心が変わってきても、せめて、見た目だけは、僕の記憶のままで……。

 

 

 僕の眼から落ちた一滴の涙は、床を掃くマサムネに髪と一緒に塵取りに掃き取られていった。

 

 

 

 




何だこれは…(戦慄)


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VSイャンガルルガ ~忍び寄る気配~

いい加減ガルルガじゃなくって先生をほんへに出してくださいませんか?(憤怒)


 薄っ暗く、じめじめしているうえに地面がぬかるんでいて不快極まりないのが、『沼地』という場所だった。

 

 

 踏みしめる度に足裏が浅く沈み込み、防具越しに伝わる不快な感覚に舌打ちを零し、さらに今回の依頼の討伐対象の事を考えてもう一つ舌打ちをする。

 

 

「ふざけやがって、よりにもよって沼地になんか出やがってあの戦闘狂が。死にたがりの癖にしぶとく生き残りやがって。さっさと絶滅してしまえばいい物を……なあお前もそう思うだろ?」

「……そうニャね」

「……」

 

 

 俺の軽口に、ヨシツネはどこか心ここにあらずといった感じでそう言った。いつもの軽口を期待した俺からすればとんだ期待外れな反応だった。

 

 

 そんな調子のヨシツネに話しかけたところで大した反応が返ってこないと早々に悟った俺は口を閉じ、黙々と目標がいる場所に向けて歩を進めた。ヨシツネは黙って俺の背について来た。

 

 

 歩きながら、俺はヨシツネについて考える。

 

 

 最近のこいつはずっとこんな調子だった。寝ても覚めてもどこか呆けており、動きもぎこちない。まるで狂竜症を発症したモンスターみたいな挙動は気味が悪かった。

 放って置けば治るだろうと高を括っていたのだが、数日たっても変わらないどころか壊れた機械みたいに急停止する頻度が増える始末だ。

 

 

 真面目に狂竜症の線を疑い、村在中の医者に見せたらなんでも精神的なショックによる心神喪失とのことだ。

 

 

 俺は首を傾げた。このウスラバカが心神喪失するようなことがこの数日間で果たしてあっただろうか? 

 隙間の多い脳味噌から記憶を絞り、それらしきものをひり出そうとしたものの、該当する記憶などとんと思い浮かばなかった。

 

 

 この一ヶ月でヨシツネにとって大きな事件なんてなかった。

 強いて言うなら俺が自分を偽らなくなったことくらいだが、こいつからすればそんなこと燃えないゴミくらいどうでもいい事に違いなく、だとするとやっぱり該当する様な事は思いつかない。

 

 

 マサムネの奴にそれとなく聞いてみたのだが「アイツにも色々あるのさ。まあ吹っ切れるまで放って置いてやってくれ」といまいち要領を得ない言葉ではぐらかされてしまった。

 

 

 マサムネの奴は役に立たず、肝心の本人は御覧の通りの有様なので手の施しようがない。

 釈然としない思いでしぶしぶマサムネに言われた通り放って置くことにした。

 

 

 そんな折にギルドから一つの依頼を任された。

 何でも沼地で『イャンガルルガ』が突如襲来し暴れ回っているらしく、それを狩猟してこいとのことだ。

 

 

 これがギルドマネージャーから言われた事じゃなければ、俺は回れ右してポッケ村から出て行っていただろう。

 

 

 何せあのイャンガルルガだ。生粋の戦闘狂。自然の摂理から逸脱した異常生命体。糞ったれのはた迷惑野郎。

 俺はイャンガルルガという生き物がとにかく嫌いだった。ゲームでもバインドボイスからのサマーソルトやノーモーション突進とこいつを嫌う理由を上げればきりがない。

 

 

 更に現実のこいつは下位の個体ですら腹立たしいほど狡賢い上に不利と見た瞬間に即撤退しようとするから質が悪い。もう正直な話俺の人生に一瞬とも関わってきてほしくない。ていうか絶滅してほしいと本気で願っている。

 

 

 上位担当の受付嬢からの情報では推定上位相当の個体らしいが、そのクラスとしては比較的小柄なので貴方からすればそう難しい話じゃない、とか何とかほざいていた。

 話を聞いていて、このガキはイャンガルルガという生き物がどういう存在か分かっていて、その上でそんな事をほざいているのかと正気を疑ったくらいだ。

 

 

 体格が小柄で、尚且つ上位の実力になるまで生き延びた個体なんて100%ろくでもない個体に決まっている。

 小さかったら弱い個体であるとは限らない。イャンガルルガというモンスターは特に。

 

 

 ハンターをやっていれば常識とすら言っていいこの警句を、あの受付嬢は知らなかったのだろうか? 

 

 

 全く、最近は碌な事が起きやしない。オトモはこの様。受付嬢は若く経験が少ないからアドバイスは役に立たないわ。

 糞ったれ。どいつもこいつもこの白雪鬼様の事を馬鹿にしやがって。

 

 

 自分の意識が変わったところで、世界が変わる訳じゃない。

 意識を変えようが価値観が変わろうがそいつが負け犬であることに変化はなく、そいつは結局そいつのままだし世界はいつも通りの世界のままだ。

 

 

 くそ、クソ、糞。

 

 

 毒づき、吐き捨てる。いつものように。

 

 

 世界というものはこの沼地のような物だ。

 ぬかるみ、じめじめして不愉快そのものの空気。足に絡みつく因果の鎖は泥沼のようで、ずぶずぶずぶずぶと沈みこむばかり。一度踏み出せば助かる見込みなど無い。立ち込めた霧で一寸先すらおぼつかず、おっかなびっくり進むしかない。霧の中には魔物が潜んでいる。困難という魔物が。俺たちはその影におびえながら過ごしていく他ないのだ。命が尽きるその時まで永遠と

 

 

 うんざりする。

 

 

 頭を振って不要な考えを頭の隅に追いやり、改めて地図を広げた。こういう思考に入り込むと延々考えてしまうのが俺の悪い癖だ。

 

 

 今俺たちはエリア4辺りをうろついているのだが、イャンガルルガの姿は見受けられず、見られるのは奴が暴れたと思わしき痕跡だけだった。

 バラバラになったランゴスタの破片が至る所に散らばり、嘴で突かれたと思わしきブルファンゴの千切れた胴体が誰にも顧みられることなく放置されていた。

 

 

 暴れ回っているという話を事前に聞いていたが、実際に目にしてみるとすさまじい。聞きしに勝るとはこのことだ。

 

 

 さてどうしようかと思案しようとしたところで、強烈な『気』を感じた。

 

 

「ッ!? こいつは……!」

 

 

 どうやら向こうからこっちにやって来てくれるらしい。探す手間が省けた事に喜ぶ半面、不意打ちが出来ない事への落胆もあったが、狩りはいつでも臨機応変な対応を求められる。人生と一緒だ。

 

 

「おいオトモ!」

 

 

 担いでいたライトボウガン『キングエビィーガン』に水冷弾が入っているか確認しつつ、後方のヨシツネに呼び掛ける。

 ヨシツネはすでに小タル爆弾を両脇に抱えており、いつでも放り投げられるように身構えていた。どうやら仕事とプライベートを分けるくらいの分量はあるらしい。

 

 

 気にかけていた不安が杞憂であったことが分かると俺はヨシツネから顔を外し、正面へと戻した。

 丁度そのとき空から紫色の影が降りてきたところだった。

 

 

 見てくれはイャンクックのそれと近しいが背中や尻尾に生えた物々しい棘、毒々しい紫色の甲殻、そして纏う空気の鋭さから明らかに別種であると分かる。

 

 

『黒狼鳥イャンガルルガ』が、口から黒煙を吐きながら俺たちを睨みつけていた。

 

 

 イャンガルルガの体は生傷に溢れていた。別にイャンガルルガの体が傷だらけであることはいつもの事なので気にするようなことでは無いが、その傷は何というか明らかに戦ってできた傷というより一方的につけられた傷といった感じがする。

 そう思うのはイャンガルルガの纏う雰囲気に怒気の他に、多大な怯えを感じ取ったからだ。

 

 

 普通のイャンガルルガの二割り増しくらいに傷の多いイャンガルルガだが、その中でも一際目を引くのが背中につけられた巨大な爪痕だった。

 つけられてから時間が経っていないのか、治り切っていない傷跡からどす黒い肉が見えた。

 

 

「こりゃああまり長く持たんなこいつ」

 

 

 と俺。

 

 

「そりゃいい事ニャ。迷惑な奴がとっととくたばる分には大歓迎ニャ」

 

 

 ヨシツネが続けて言った。

 

 

「違いなし」

「クォオオオオオ!!!」

 

 

 俺たちの軽口が聞こえたか、それとも背中の痛みでか。何にせよ怒り狂ったイャンガルルガが何の予兆も無く突っ込んできた。

 

 

「狙う場所は言うまでも無いな?」

「ニャ」

 

 

 確認を終えると俺たちは二手に分かれながらイャンガルルガの突進を避けた。

 

 

「ニ゛ャ゛ー!!!」

 

 

 間髪入れずにヨシツネはイャンガルルガへ向けて小タル爆弾を放り投げた。

 

 

「クォオオ!」

 

 

 イャンガルルガは顔面に向けて投げられた小タル爆弾を仰け反る事で回避した。さらにその仰け反りは攻撃動作の準備も兼ねており、イャンガルルガは仰け反った姿勢からヨシツネに向けて勢いよく嘴を叩きつけた。

 

 

「イニャーッ!」

 

 

 そう来るだろうと読んでいたヨシツネはこれを危うげなく回避。

 

 

「クオーッ!」

 

 

 離れようとするヨシツネをイャンガルルガが追う。

 

 

「はっはっは後ろががら空きだ」

「クオッ!?」

 

 

 ヨシツネは完璧に仕事をしてくれた。見事に注意を逸らしてくれたおかげで、俺はイャンガルルガの無防備な背中に向けて水冷速射を浴びせることが出来た。

 苦悶の声を上げるイャンガルルガにもう一セット速射のプレゼントをしてやろうとしたが、奴は優先順位をヨシツネから俺に変更したようだ。

 

 

「クォオオオオオ!!!」

 

 

 その怒り様はまさしく怒髪天を衝くと言うが如し。翼を広げて咆哮するイャンガルルガから距離を取ろうとするが、こいつの突進の速度は凄まじく、俺は回転回避を強いられた。

 

 

「チッ」

「クオオオ!」

 

 

 体勢を戻し、立ち上がった俺にイャンガルルガは急停止して急ターンして急接近、俺が狙いをつける間もなくイャンガルルガの連続攻撃が襲い掛かってきた。

 

 

 振り下ろされる嘴をステップでかわし、振り回される尾を飛び越え、空中にいる俺に向けて振るわれた翼の一閃をボウガンで受け止め、反動で後方へと飛んで距離を取る。

 

 

「……」

 

 

 ボウガンで防ぎ、後方へ飛んだことで衝撃を無くしたにも拘らず、受け止めた俺の腕はびりびりと痺れた。

 俺は腕を一瞥して戦闘に支障が無い事を確かめるとキングエビィーガンに水冷弾をリロードし、前方のイャンガルルガを見やった。

 

 

「クォオオ……」

 

 

 イャンガルルガは足で地面を掻き、吠えながら俺と同様隙を窺うようにじっとしていた。

 

 

 いやはやこんなに強いイャンガルルガと戦ったのは初めてである。

 下位、上位どちらの個体とも戦ったことはあるが、それでもここまで鬼気迫る強さを持った奴はいなかった。

 

 

 上位より上の個体。となると……。

 

 

「この強さ……さしずめG級に片足突っ込んでる個体って事か」

 

 

 言いながら、俺は閃光玉を放り投げた。

 

 

「クオッ!?」

 

 

 G級に片足突っ込んでる個体といえどもこれだけ唐突に閃光を受けた経験など無いだろう。

 俺の読みは的中し、イャンガルルガは咄嗟に目を瞑ろうと動こうとしたものの、間に合わずに閃光玉の光をもろに受けた。

 

 

「クォオオオオオ!!!」

「今だ! 行け!」

「ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 

 にらみ合いの最中、イャンガルルガの後方で待機していたヨシツネが俺からの合図を受けて大タル爆弾を持った特攻を仕掛けた。

 

 

「クエ~ッ!?」

 

 

 素面ならともかく閃光で目が眩んでいればさすがのこいつでも避けきれなかった。

 迫る危機を察知し、イャンガルルガは闇雲に動いたものの、結局は逃げきれずに大タル爆弾が直撃。紅蓮の炎が炸裂し、直撃した翼が吹き飛び、堅殻や鱗の破片がそこら中に散らばった。

 

 

「はっは―!」

「クエッ!?」

 

 

 その時俺はというと、ボウガンを背に戻し、全速力でイャンガルルガに向けて走り出していた。

 奴が向かってくる俺の姿に気づいたようだがもう遅い。振るわれた翼を潜り抜け、俺はイャンガルルガの背中に飛びついた。

 

 

 そして背中に跨るように座り込むとイャンガルルガが反応する前に、背中の爪痕に向けて水連速射を弾が無くなるまで撃ち込みまくった。

 

 

 ただでさえイャンガルルガの背中は水属性を良く通し、その上傷を負っているとなってはひとたまりも無かったようだ。

 全弾が付き、跳び離れると同時にイャンガルルガはずしんと音を立てて倒れ伏した。

 

 

「クエ~……」

 

 

 イャンガルルガは弱弱しく鳴きながら、それでもなお立ち上がろうと藻掻いたが、誰の目から見ても討伐寸前の最後の足掻きでしかなかった。

 俺もヨシツネも、これで何事も無く終わりと思っていた。だが次の瞬間、そんな気分も吹っ飛ぶ様な事が起きた。

 

 

 〝畜生……糞ったれの轟竜……め……! 〟

 

 

「何!?」

 

 

 イャンガルルガの今際の際に聞こえた声に問いただそうとイャンガルルガへと詰め寄ったものの、すでに事切れていた。

 

 

 

「おい、今の意味どういうことか分かるか?」

「轟竜っていったらそりゃ、一つしか無いニャ」

「そりゃそうだが……」

「「……」」

 

 

 俺とヨシツネは互いに顔を見合わせ、たった今聞いたことの意味を考えた。しかし判断材料といえばこのイャンガルルガの傷跡ぐらいしかなく、呼び寄せたギルドの奴らにイャンガルルガの言っていたことを伝えると俺たちはポッケ村へと帰還した。

 

 

 道中俺たちの胸の中には不穏の影が差していた。その影はポッケ村へと近づけば近づくほど濃く、重さを増していく様な気がした。

 

 

 端的に言えば嫌な予感がした。それも物凄く。

 俺とヨシツネはアプトノス車の中で会話をすることなく、()()()()()()()()ただひたすら体力を回復させる作業に没頭した。

 

 

 そして俺たちはポッケ村に着き、いつものように群がってくる村人共を押しのけてやって来た妙に神妙な顔をしていた村長にそれ見た事かと顔を見合せた。

 

 

 逃げ出そうとする体を押さえつけ、心底嫌そうな顔をしているであろう俺たちの前にやって来た村長は、開口一番こう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヌシよ、雪山にG級の『ティガレックス』が出た」

 

 



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VSティガレックス 

一番強かったのは初めて戦った2ndGだったかもしれぬ


「ヌシよ、雪山にG級の『ティガレックス』が出た」

「それはさっき聞いた。もっと詳しく話せ」

 

 

 場所を移動し、現在俺たちはポッケ村の集会場の中にいた。

 

 

 右からヨシツネ、俺、マサムネ。対面に座るのは右からギルドマネージャー、村長、そしてティガレックスの知らせを持ってきた黄色いギルドの制服を着た女、G級の受付嬢だ。

 

 

「あぁ……そうじゃな。主よ、頼む」

「はい村長さん。では初めまして、私はギルドのG級のクエスト専門の受付嬢、『シャーリー』と申します。お会いできて光栄です白雪鬼さん。あなたのお噂はかねがね」

「世間話がしたいなら帰ってもらって結構。仕事の話をしようぜ」

 

 

 シャーリーはまだ何か言いたげな目をしていたが、俺は睨みつけて黙らせた。

 こいつは人畜無害そうな面しているが、大陸でも数人しかいないG級クエストの受付を任されている奴である。隙なんぞ見せられるか。

 

 

「……分かりました。お話はまたあとで、という事で」

「あぁ、生きていたらいくらでも話してやるよ」

「ちょ!? 縁起でもないこと言うなニャ!」

 

 

 俺の発言に苦言を呈すヨシツネに、憐みたっぷりに首を振って見せ、指を立てて懇切丁寧に教えてやった。

 

 

「あのな、相手はG級のモンスターで、尚且つ最上級ランクのG3のハンターが相手をするような奴なんだぞ? 上位のモンスター相手にひいひい言っているような俺が勝てる相手か? 少しは考えろ、このボケ」

「だからって死ぬとは……だったら逃げればいいニャ! こんな糞ったれな村何ぞ捨てて逃げればいいニャ!」

「そうやってどうなる? その後の俺の人生は? ギルドが任務を放り捨てて逃げた奴なんか使うと思うか? しかも俺は半端者だぞ? 退いても進んでも行き先が同じであるなら、だったら思い切って進んでパーっと終わろうや」

「──────」

 

 

 ヨシツネは俺の説明に納得したんだかしてないんだかよく分からない顔をして口をつぐむと、黙って項垂れた。

 俺は舌打ちしながら顔を正面に戻し、辛気臭い顔をしていた目の前の3人に身振りで話の続きをするように促した。

 

 

「……観測員から届いた情報によりますと、雪山に降り立ったティガレックスはエリア8付近でポポの群れを丸ごと捕食、その後騒ぎを聞きつけてやって来たドドブランゴがいましたが、これも従えていたブランゴもろとも捕食。それで満足したのか現在エリア6付近をうろついている、とのことです」

「サイズは?」

「観測員が遠くから測ったものなので正確なサイズではありませんが、おおよそ2400cmとのことです。これは今まで確認されたティガレックスの中でも最大級の個体です」

「そうか……」

 

 

 報告を聞いて、思わず顔を覆った俺を誰が攻められる? 

 何時の時代もデカさは強さだ。G級と言われるほど強力な個体で、尚且つ最大金冠クラスの巨体。そこから繰り出されるパワーなど想像だってしたくない。

 

 

 そんな俺の思いとは裏腹に、過去のティガレックスとの戦闘光景が忌々しく脳裏に蘇る。

 猛烈なダッシュからの飛び掛り、突進してくると見せかけて急ブレーキからの回転攻撃。息つく間もない連続攻撃に狙いをつけてる暇も無い。さらにそのパワーときたら。シビレ罠にかけて通常速射で滅多打ちにしてたと思ったら前足で強引に地面をひっくり返して罠から逃れるという訳の分からない光景。

 

 

「クソが……」

 

 

 俺は吐き捨てて、椅子から立ち上がった。マサムネとヨシツネも続いて立ち上がった。

 

 

「あ、あの話はまだ!」

 

 

 シャーリーが去りゆく俺を止めようとするが、これ以上話を聞いても碌な情報はなさそうだったから、止まらず集会場から出て行った。

 

 

 俺の姿を見るなり纏わりついてきて、何の話していただのなんだのと聞いてくる村人共を捌きつつ自宅へと戻る。

 

 

「ヨシツネ、準備しろ。マサムネは飯作り終わったらお前も来い」

「うぃ」

「は? 旦那さんマジで言ってるニャ?」

 

 

 キッチンへと向かうマサムネの背を凝視しながら、ヨシツネが信じられないとばかりに呟いた。

 

 

「相手はG級だぞ? 使えるモンは何でも使わなけりゃ、勝てるもんも勝てねぇ。当り前だろ?」

「僕だけじゃ不安だっていうニャ!?」

 

 

 ヨシツネの戯言をマサムネが作った猫飯を腹の中へ納めながら聞き流す。

 

 

「ぼ、僕だって回復笛くらいなら吹けるニャ! 囮役だってやる! お、お願いだから」

「お前さあ」

 

 

 腹ごしらえが済み、防具を着込んで鏡でチェックしている最中に足に縋りついてくるヨシツネに顔を向ける。

 

 

「これから未だかつてない強敵を相手にするっていう時に、何が悲しくってお前の我がままなんぞに付き合ってやらなくちゃいけないんだ?」

「でも、だって……僕……ぼく……」

 

 

 涙声で肩を震わせるヨシツネに、俺は心底うんざりしながら、言葉を選んで口を開く。

 

 

「お前がマサムネの奴と一緒に狩りをするのが嫌いなのは嫌って程知ってる。で、その上で聞くがお前がマサムネと狩りすんのと俺がくたばるの、どっちが嫌か?」

「……」

 

 

 問いかける俺の顔をヨシツネはしばらく凝視し、それから諦めたように首を振り、こちらに背を向けて自分用のアイテムボックスから装備を取り出し始めた。

 

 

 小タル爆弾やらを自分のポーチに杖込んでいくヨシツネを眺め、俺は大きくため息を吐いた。全く、面倒な事だ。

 そうこうしている内にマサムネも合流し、俺たちはしばらくの間無言で装備の点検を始めた。

 

 

 俺は再び鏡に向き直り、改めて自分の装備の点検を再開した。

 

 

 頭、腕、腰、足をリオソウルUで固め胴だけをヒプノSにし、装飾品で高級耳栓とランナーが発動するようにしている。さらに増弾のピアスを耳に着ければ装弾数UPがつく。この世界がゲームじゃないからこそできる小細工だ。

 そして武器はソニックボウⅢで、増弾のピアスの効果で溜4の拡散矢が放てる。ティガレックス相手なら拡散矢が撃てなきゃ話にならんからだ。

 

 

「よし」

 

 

 装備に不備が無いことを確認し、背後を見ると、丁度二人も準備を終えたようだった。

 ヨシツネはいつものボマースタイルで、マサムネは普段の割烹着姿から鎧武者めいた防具を身に纏っていた。背中にはアイルー用の小太刀に、さらに大型のブーメランを背負っている。

 

 

「その恰好を見るのはずいぶん久々だな。腕は鈍ってないだろうな?」

「ふふん、私を誰だと思ってんだ? その腑抜けと一緒にされちゃあたまらんよ」

 

 

 とマサムネ。

 

 

「あ゛ぁ゛?」

 

 

 煽られて辛気臭い雰囲気が直ちに怒気へと変わり、ヨシツネは憤怒の形相でマサムネを睨みつけた。対するマサムネは余裕しゃくしゃくといった面持ちで、不敵に鼻で嗤ってみせた。

 

 

 今にも殴り合いを始めそうなバカ二人に声をかけ、俺たちは外へ出た。

 

 

 外に出ると、待ち構えていた村人共が一斉にこちらを見た。

 俺は肩を竦めて見せ、ヨシツネとマサムネを従えてそのままゲートの方へと歩いて行った。

 

 

 ゲートにはすでに村長たちが待ち構えており、ゲート前に待機していたアプトノス車に乗り込む俺たちを不安そうな面持ちで見つめていた。

 

 

「ヌシよ、あまり無茶はするなよ」

「俺の事より村の心配をした方が良いんじゃねぇの? 俺がクエストミスったら多分アイツこっちに向かって来るぞ?」

 

 

 俺の言葉に、村長の顔はますます険しくなった。

 

 

 鼻を鳴らし、村長から顔を逸らして傍に控えていたギルドマネージャーとシャーリーの奴へ顔を向ける。

 

 

「じゃ、そういう訳だから住民共の避難頼むわ」

「……えぇ、了解したわ。でもできれば生きて帰ってきてほしいわねぇ~」

「随分楽観的な話だな」

「わ、私は白雪鬼さんの事、信じていますので! どうか無事に帰ってきてくださいね!」

 

 

 俺は唾を吐き捨て彼女たちから顔を逸らすと、そのまま乗り込んだ。後から続いてマサムネとヨシツネが乗り込み、扉を閉めるとすぐさまアプトノス車は動き出した。

 

 

 地獄行きの超特急は、あっという間に俺たちを雪山へと運び込んだ。

 キャンプから離れ、麓から聳え立つ白き山を見上げた。

 

 

 空は曇天に覆われ、それに伴ってか美しいはずの雪山をどことなくおどろおどろしいものへと変えていた。

 

 

 風が吹いた。冷たいはずの風が、やけに生暖かく感じるのは、この山に潜む恐るべき魔物の放つ気のせいだろう。

 

 

「……」

 

 

 無意識の内に生唾を呑んでいた。対峙してすらいないのに、こめかみから冷汗が流れ落ちる。

 だが臆したところで何になる。すでに賽は投げられた。後は進むほかないのだ。

 

 

 俺はヨシツネとマサムネに目配せした。2人は頷いた。

 

 

 俺は正面に向き直り、目を閉じ、一つ深呼吸した。

 

 

 意識が切り替わる感覚。肺に流入した冷たい空気が脳を冷やし、全身の感覚が研ぎ澄まされる。

 

 

 息を吐き出し、目を開ける。動揺は消えた。

 

 

 さぁ~てと。仕事開始だ。

 

 

 俺たちは雪山へと乗り込んだ。

 

 

 



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絶対強者

ティガレックスなんか双剣で刻んでやればええねん(回転攻撃で弾き飛ばされながら)



 辺り一面が雪に覆われ、さらに空の曇天まで合わさり、ともすれば天と地の境界線が曖昧に見え、全てが白く見えるここは雪山のエリア6。

 普段ならポポやファンゴ、ギアノスやブランゴといったモンスターたちが熾烈な生存争いをしているであろうその場は、しかし静寂に包まれていた。

 

 

 ただでさえ乏しい命の気配は、たった一つを除いて、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 見るがいい。白き雪景色を彩る悍ましい血の海を。そしてその中心で、身動ぎする影を。

 

 

 それは俺たちが想像する恐竜という生き物に酷く酷似した顔つきをしていた。が、それはあくまで顔つきだけの話で、その他の要素は似ても似つかない。

 嘗て太古に生息していた飛竜種の始祖と言われる古代生物の要素を色濃く残した風貌。黄色の外殻に青い縞模様の体躯と、歩行に適した形状に発達した前脚が外見的特徴で、その見かけの通り陸上での運動に特化している。

 

 

『絶対強者』、『大地の暴君』、発見されてから日は浅いが、それを呼び示す恐ろしい異名は数知れず。

 

 

 轟竜『ティガレックス』。よそからのこのこやって来て、ここら一帯を縄張りにする生き物を残らず食い尽くし、暴君はただ満たされた腹の赴くままに微睡んでいた。

 

 

 物陰に身を隠し、弦に矢をつがえ、引き絞った状態を維持しながら、俺は血走った目で奴を凝視して、オトモたちが罠の準備完了の報告を待ち続けていた。

 

 

 ぎりぎりぎり──―。

 

 

 瞬きすらせずに一瞬たりとも視線をティガレックスから逸らさず、いや逸らせずに、俺は奥歯が割れ砕けんばかりに噛みしめて、ただひたすらその時を待っていた。

 

 

()()()()()()()()()()()に耐えるのは、酷く困難な事だった。

 

 

 ……この衝動は分っている。これは怒りだ。あるいは憎しみと言ってもいいかもしれない。

 

 

 奴の姿を一目見た瞬間に、俺は全てを理解した。

 

 

 ──―あぁ、何十年の時を経て、お前もここに戻ってきたんだな。

 

 

 あいつが何を思いここに戻ってきたかは分からない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 モンスターの考える事など俺には徹頭徹尾わからぬ。興味も無し。

 

 

 正直な話、これで死ぬかもしれないと思ってここへ来た。今までG級に近い相手とは戦ったとはあるが、完全にG級と呼べるべきモンスターとは戦ったことは無かったからだ。

 

 

 だが、相手がこいつなら、こいつであるのならば、俺は死ぬわけにはいかなくなった。

 何が何でも殺す。捕獲などしてやらない。絶対に息の根を止める。絶対に同じ場所になんか行ってなどやらない。お前だけ死ね。

 

 

 戦いに長く浸っていると、一目見ただけで相手の力量というものがなんとなく分かってくる。さらに年月を重ねれば、話を聞いただけで直感が疼く様になり、依頼を受けるか受けないかの判断もつくようになった。

 

 

 だから俺は依頼達成率を100%に維持出来た。自分にできる依頼しかしてこなかったから。

 

 

 この依頼の話を聞いた時に、頭の内に湧いて出た声は2つだった。

 

 

 〝 死ぬぞ、止めとけ〟〝後悔したくなけりゃ、行け 〟

 

 

 直観というものは面倒だ。何せ根拠と呼べるものは無い癖に、それが正しいと思い込むことが出来るのだから。

 他人に説明を要求された際も根拠が無いから、ただ直観だ、としか説明できないのだ。

 

 

 直観の源は己の莫大な経験や体験が蓄積したもので、故に直観とはそれに類似する経験が起きた際に即座に回答が出てくるカンニングペーパーみたいなものだ。

 

 

 で、俺のカンニングペーパーから出力された答えはその2つ。

 

 

 俺が選んだのは、後者だった。

 

 

 理由はこれまた直感で、その2つの声の他に、胸の内で微かに身じろぎする何かを感じ取ったからだ。

 

 

 その何かは、ずっと昔に、記憶の中に埋没した色褪せた記憶。原初の記憶。全ての始まりの記憶が発した、産声にも似た何かだった。

 

 

 思い出したのは、つい一瞬前。暴君の姿を視界に収め、矢をつがえた直後だった。

 

 

 矢をつがえ、視界にティガレックスの姿を収めた時だった。

 

 

 視界に映る奴に奇妙な既視感を覚え、その直後に、視界の奴と記憶にあるティガレックスとの姿が重なった。

 ほんの一時の間呼吸が途絶え、心臓が鼓動を止めた。

 

 

 世界が静止していた。体を流れる血流の音が、濁流のように聞こえた。

 

 

 〝ごめんね〟

 

 

 耳元で聞こえたその声を皮切りに、世界に音が戻り、静止した世界は動き出した。

 

 

「ハァーッ! ハァ──ッ!」

 

 

 弓を握った掌から、ビキビキという音が聞こえた。呼吸が荒くなっている。整えなければならないと、頭で分かっているのに、収まらないどころか今にも飛び掛って行ってしまそうなほど、体の内から荒れ狂うマグマのように、熱が暴れた。

 

 

 ぎりぎりぎり──―。

 

 

 熱を押さえつけるように、されど逃がさぬように、俺は奥歯を噛みしめた。その時が来るまで、正しく熱を向ける先を間違えぬように。

 

 

 まだか……まだか……まだか。

 

 

 時間にしてたかだか数分の事だろうに。俺はもどかしくて仕方が無かった。

 早く奴の傷一つない厚鱗に穴を、皹一つの無い奴の重殻に亀裂を。とにかく奴を血祭りにしてやりたくて仕方が無かった。

 

 

 ……復讐なんてガラじゃない。勝算の薄い相手に戦いを挑むなんて馬鹿げている。

 

 

 頭の冷静な部分は、今もなお退くように促している。

 

 

 それは正しいことだ。生き物として。人として当然の事だ。

()()()()()()()()? 

 

 

 この熱を見て見ぬふりをして退けというのか? 

 

 

 ……そうだとも。そうであるのだとも! 

 

 

 分かっている。馬鹿げている。何をやっているんだ俺は!? 

 退けよ。逃げちまえ。何が悲しくて勝てないと分かり切っている相手に戦いを挑もうとしている? 

 

 

 うるせえ! 分かってるっつってんだろ! じゃあ退けよ! 

 

 

 だが

 

 

 死にたくねえんだろ?! 碌に面識のない血縁なぞのために俺が苦労しなきゃいけない理由はなんだ! ふざけるな! んな事は分ってるんだよ! そうだよ馬鹿げてる! だったら! 

 

 

 しかし

 

 

 畜生死にたくねえよ! 死にたくない! こんな事で死ねるか! 

 

 

 

 

 

 

 

俺は!!!!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでもなお 進もうとするのならば

 

 

 

 

 

「グオォオ!?」

 

 

 目の前で微睡んでいた暴君が、突如として悲鳴を上げた。

 

 

 暴君は体を動かそうとしたが、全身の筋肉が痺れ、動けないようだった。

 

 

 マサムネが仕掛けたシビレ罠である。

 

 

「グルォオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 それを皮切りに、俺は溜めていた力を開放した。

 

 

 レベル4拡散矢が、まさしく散弾めいて広がりながら、空気を割いて猛然と突き進む。

 流星のように放たれた矢は暴君の傷一つない厚鱗を割り、その内部の肉を裂いて深く突き刺さり、更に矢に宿った雷の力が、痺れて動けない暴君の肉体をさらに焼いた。

 

 

「ガォオ!?」

 

 

 身動きの出来ない暴君は突如として身に走った無数の激痛に堪らず悲鳴を上げた。

 

 

 

「ニ゛ャア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

「ヨーソロー! てな! わっはっは!」

 

 

 続いてヨシツネが大タル爆弾Gを、マサムネが上位のドスランポスの尖爪を加工して作った貫通ブーメランを次々投げ放った。

 

 

「グオオ!? グオオ!?」

 

 

 暴君は身に起きた激痛に理解が及ばないようで、シビレ罠で体を痙攣させながら唯々俺たちの波状攻撃を受け続けていた。

 

 

 俺たちは暴君に理解が及ぶ前に全てを終わらせるつもりでいた。

 

 

 俺たちはただ只管攻撃を続けた。途中でシビレ罠が効力を失い、あわや暴君が自由の身になりかけたが、マサムネのブーメランには麻痺毒が塗ってあり、再び暴君は拘束された。

 

 

「ニ゛ャア゛ア゛ア゛死゛ね゛よ゛や゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

「ゴア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ン゛!!!」

 

「おうおう! いい加減死んでくれや!!!」

 

 

 俺たちは示し合わせるまでも無く、最後の攻撃に入っていた。

 俺はあらん限りに引いた矢に憎しみを籠めて、ヨシツネは支給品ボックスの中に入っていた支給用対巨龍爆弾を、マサムネは上位のショウグンギザミの尖爪を加工して作った巨大貫通ブーメランを投げ放った。

 

 

「グオ──────」

 

 

 暴君の悲鳴は、続く爆音と閃光が塗りつぶした。

 

 

 瞬間、目も眩む閃光が放たれ、爆音と獄炎が俺たちの目と耳を焼いた。

 

 

 堪らず後退り、衝撃に耐える。

 

 

「「やったか(ニャ)……?」」

 

 

 俺たちは同時に呟き、その中心、蒸気と黒煙に遮られた視界の先を見ようとした。

 

 

「くそ、良く見えん。やつは死んだのか?」

 

 

 ざっと、一歩踏み出す。

 

 

 その時だった。

 

 

「ガァアアアアアアアア!!!」

 

 

 黒煙を割いて、傷だらけの暴君が勢い良く姿を表した。

 

 

 瞬間、体中の肌が粟立ち、血流が異常に加速。世界のほぼすべてが動きを止めた。

 静止したその世界で動く者は、目の前の暴君ただ一人のみ。

 

 

 暴君は凍り付いた時の中をゆっくりと、だが確実に、眼前の愚か者を終わらせるために、四肢を動かした。

 

 

 不味い不味い不味い!!! 

 

 

 俺は焦った。暴君は死んでいない。傷を負ってはいるが、致命傷じゃない。

 

 

 しかし焦る心に反して、俺の脳味噌は的確に、かつ無慈悲に状況を判断し続ける。

 

 

 暴君の傷一つなかった肉体は、今や大量の矢で剣山じみた有り様になっていた。自慢の厚鱗は爆弾により焼かれ、重殻は鎌蟹の爪や鳥竜の爪によりすっぱりと切断されていた。

 どれもこれも大きな傷だ。だが、命を脅かすほどの傷では無かった。

 

 

 俺は戦慄した。思いつく限り、最高の一撃を加えたつもりだった。怒りと憎しみによる一撃は、過去最高の一矢であったと確信した。しかし暴君を終わらせるほどでは、無かった。

 マサムネの渾身のブーメランによる一撃も、ヨシツネの狙いすました投擲も、すべて。

 

 

 暴君が、顎を開いて、放物線を描いて、迫り来る。

 

 

 ──―やはり挑むべきでは無かったのだ。

 

 

 

 意識が途絶える直前に、脳裏に閃くのは、やはりどこかで聞いた、謝罪の声だった。

 

 

 視界一杯に広がる暴君の口内。

 

 

 破砕音。

 

 

 衝撃。

 

 

 悲鳴。

 

 

 暗黒。

 

 

 

 

 

 ──────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──―我が子よ。

 

 

 

 

 

 




正直2ndGでG級のティガレックス相手に拡散矢とか狂気の沙汰だと思う。(訓練場のティガレックス相手に拡散矢を撃ちながら)


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異常震域

ティガ二体とか気が狂う!


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 

 ティガレックスの突撃により、大砲で射出された砲弾のように吹き飛んで行く男を目で追いながら、ヨシツネは絶叫した。

 

 

 吹き飛んだ男はごろごろと雪の上を転がった。うつ伏せに倒れた男は起き上がる気配がなかった。

 しかし、良く耳をすませば微かに呼吸する音は聞こえた。

 

 

 元々ハンターという職業になる者は必然的に常人よりも頑丈だ。

 それこそ即死にしか見えないような攻撃を受けても、3()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 例を挙げるならば怒り状態の角竜の突進の直撃や、火竜の火炎ブレス、金獅子の殴打というものですら、気絶こそすれ即死する事はあまりない。

 

 

 さらに近年のネコタクの発展具合から、クエスト中に死亡するというケースはほとんど無くなった。

 

 

 何故即死しないのか? 気絶するにしてもなぜ3度だけなのかは未だに分かってはいない。

 しかしヨシツネにとってそんなこと酷くどうでも良かった。大事なのは彼が生きているかどうか。それだけである。

 

 

(まだ生きている……)

 

 

 血走った目で倒れた男を凝視しながらヨシツネは一瞬安堵したが、それもすさまじい憎悪と憤怒でたちまち塗り替えられた。

 

 

 それは気絶した男を喰らおうと突進のために四肢に力を入れ身を沈めたティガレックスへの憎悪、そして雪の降り積もった霊峰の化身たる敬愛すべき旦那を、怖ろしく雑にかつ人攫いめいてリスペクトの欠片も無く無造作に台車に乗せた野卑なネコタク運送達への怒りである。

 

 

「ふざけるなぁあああ!!! ふざけるなぁあああ!!!」

 

 

 あっという間に男をかっさらい、視界の外へ消えてゆくネコタク運送業者たちへ、ヨシツネはあらん限りの憤怒と憎悪を向けた。

 

 

「旦那さんは一乙してない! 旦那さんはまだやれるニャ! フザケルナ!」

「このボケ! んなこと言っている場合か!」

 

 

 男を乗せたネコタクを追いかけようとしたティガレックスへ閃光玉を投げつけて視界を焼いてどうにか阻止したマサムネが、その短い猶予でヨシツネへと近づき、その横っ面を思い切り殴り飛ばした。

 

 

「グニャ―ッ!?」

「いいかこのボケ? 旦那は落とされた! いいか!? ダ・ン・ナ・は・一・乙・し・た・ん・だ!」

 

 

 憤怒と憎悪で血走った眼を見開き、悪鬼の如き形相で睨みつけるヨシツネにマサムネは怯むことなく捲し立てる。

 対するヨシツネは言葉にすらならない唸り声をあげるばかりだ。

 

 

 そんなヨシツネに、マサムネはキレた。

 

 

「ふざけんじゃねぇニャ! キレたいのは私だって同じニャ! でもそんな事で勝てる相手か!? 旦那ですら勝てなかった相手にニャ!?」

「ニャ……」

 

 

 ヨシツネの形相が僅かばかりにゆるんだ。

 

 

「お前だって分かってるニャ! 仕方なかった! 相手が悪かった! いい加減認めろ!」

 

 

 マサムネはここが好機と見て一気に畳みかけた。指を突きつけ、今までずっとヨシツネが目を逸らしていたことを、言い放った。

 

 

「旦那だって出来ない事があるんだよ!! クエスト中に乙ることのあるハンターなんだよ!!! 旦那は神じゃねぇんだよ!!!」

「~~~ッッッ!!!」

 

 

 ヨシツネは吠えた。

 

 

「お前が恨む相手は私じゃない」

 

 

 掴み掛ってきた手を払いのけ、マサムネは後方へと振り返りながらそれを指した。

 

 

「ガルル!」

 

 

 今や完全に視界が回復した暴食の怪物は、ヨシツネとマサムネを視界にとらえ、怒りで真っ赤に染まった四肢を広げ、威圧的に身構えていた。

 

 

「お前! こ……こ……ころ……殺……殺す……殺す!!!」

 

 

 目の前にいる相手は、未だかつてない程の強敵。G級の、それも頂点たるG3級の怪物である。

 しかし対峙するヨシツネには、最早そういう格云々の話は頭から吹き飛んでいた。

 

 

 ただ、ただ神たる我が主を傷ものにした償いを取らせること以外、すべての思考が抜け落ちていたのだ。

 

 

「悪いな旦那。私じゃこいつのうまい焚き付け方が分かんねぇんだ。……出来るだけ早く来てくれよ。でないとティガレックスに殺される前にこいつに殺されちまう」

 

 

 ドスランポスの尖爪を加工して作ったブーメランを構えながら、マサムネは苦い顔で独り言ちた。

 

 

 睨み合う両者は互いの出方を窺い、それからどちらともなく動き出した。

 

 

「グォオオオオオオオオオオ!!!」

「「オォオオオ!!!」」

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 闇があった。

 

 

 黒く、暗く、一寸の先すら見通せぬ深い闇。

 

 

 光すら呑み込む深淵の闇の世界。しかしその只中にあってなお、決して染まる事の無い白く銀の姿があった。

 

 

 何処か東洋の意匠を感じさせる服に身を包み、太陽を連想させる銀の髪は眩しく、白磁器のような肌は雪を固めたが如し。その顔は見方によっては男にも女にも見える。

 

 

 閉ざされた瞼は、不意に見開かれた。そして闇色の瞳で、己が揺蕩う闇を見渡した。

 

 

 闇は濃く、何物をも見通せず、だが酷く心地よかった。羊水の中で微睡む胎児のように。ここは酷く幸福だった。

 

 

 男は眉を顰め、己が置かれた状況を理解しようとした。

 

 

「子よ……」

 

 

 だが、それは背後から声をかけられた事により中断させられた。

 

 

 男は立ち上がり、後ろを向いて声の主をあらためた。

 

 

 初めは鏡でも見ているのかと思った。しかし、よくよく見てみれば、それが鏡像でない事が分かった。

 服装は同じだが、目の前に居る者の背丈は自分よりも頭一つ分小さく、目の色は黒紫でなく紅色である。そして決定的に違うのは、ささやかながらも確かに主張する胸の突起であった。

 

 

 男は驚いて後退った。そんな彼に、目の前の女は微笑んだ。

 

 

「子よ」

 

 

 女は笑みを浮かべて、一歩踏み出した。

 

 

 更に一歩。

 

 

 更にもう一歩。

 

 

 気が付けば女と男の距離は目と鼻の先。

 

 

 男は今更ながらその事に気が付き距離を取ろうとしたが、先んじて頬に伸ばされた女の手が、それを阻んだ。

 

 

 壊れ物を扱うかのように触れられた手はひんやりとしており、その温度はどことなく死者を思い起こさせた。

 

 

「あぁ……あぁ……」

 

 

 女は夢中になって男の頬を摩り、口からは恍惚の吐息が漏れていた。覗き込むように見上げる紅の瞳から、男は目を逸らさなかった。

 この瞳は知っている。この白い手の感触も知っている。それはずっと遠い昔、始まりの、原初の記憶。

 

 

「こんなにも大きくなった。こんなにも立派になった。あぁ……あぁ……。私たちの宝は、これほどまでに勇ましい武士(もののふ)へと育った。見ていますか、ケンジさん」

「勿論だとも」

 

 

 いつの間にか女の傍らに男が立っており、女に頷いて見せた。

 黒い髪、引き締まった体をこれまた東洋めいた服に包み込み、何処か険しさを感じさせる顔つきから、厳格そうな印象を受けた。

 仄暗い湖の様な黒紫の瞳は、しかしどこまでも柔らかく、まるで我が子を見る父親のようで。

 

 

「よくぞ、よくぞここまで育ってくれた」

「あぁ……あぁ……話したいことはたくさんあるのです。伝えたいことは山のように。注ぎたい愛情は海のように」

「しかし我々には時間が無い」

 

 

 男はある一点を指示した。つられてそちらを見ると、何も無かった闇の中に、大きな亀裂が走っていた。

 

 

「故に、急がねばならない」

「子よ、あなたはこのままいけば、あの轟竜に敗北するでしょう」

「かつての我々のように」

 

 

 男と女は交互に口を開く。そして言葉を紡ぐごとに、その輪郭は薄くなってゆく。

 

 

「そんな結末を許すわけにはゆかぬ」

「故に教えましょう。我が奥義を。竜の咆哮を」

「「我らの意思を」」

 

 

 男と女はいつしか一つになり、光り輝くヒトガタとなっていた。ヒトガタの手には一つの弓が握られている。

 

 

「「さあ、構えなさい」」

 

 

 ヒトガタは矢を取り出し、弦につがえ、引き絞った。

 

 

 男は言われるがまま、いつの間にか握り締めていた弓を構えた。

 そして矢を取り出し、弦につがえ、引き絞った。

 

 

 二者は同時に弓矢を放った。放たれた矢は閃光めいて飛び、崩れゆく世界を震わせた。

 

 

 男は弓を放ち続けた。何千、何百と。

 

 

 気が付けば男はただ一人、崩れゆく世界の只中にいた。

 

 

 ヒトガタの姿はすでにない。彼らはすでに、男の胸の内に。

 

 

 そして彼は竜の咆哮を知った。己の名もまた。

 

 

 世界が崩れてゆく。光が男を飲み込む。

 

 

 

 意識が覚醒する。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 男は目を見開き、勢いよく上体を起こした。

 

 

「おぉう!?」

 

 

 男を下ろし、撤収しようとしたネコタク運送達は突然起き上がった男に大層驚いた。

 

 

「もう起きたぜこいつ!?」

「マ!?」

「マ! だよマ!」

 

 

 大仰に驚く二人を一瞥し、男は立ち上がりながら自分のコンディションを確認した。

 

 

 ぎしぎしと節々が痛むが、行動に支障が来るほどではない。

 

 

 まだやれる。

 

 

 ぎゅっと拳を握り締め、雪山の方を見やる。

 

 

「おいおいおい白雪鬼の旦那! もう行くつもりか!? 起きてすぐだなんて無茶だぜ!」

「ちったあ休めよ! 相手はG級だぜ!? 行ってすぐに乙られちゃあこっちとしてもたまんねぇぜ白雪鬼さんよ!」

「トチノキだ」

「「あ?」」

 

 

 二人は顔を見合わせた。

 

 

「トチノキ。それが俺の名前」

 

 

 男は瞑想めいて呟き、顔を拳に向けた。

 

 

「俺はトチノキ。カムラの里の、フユコとケンジの、ただのトチノキだ」

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「グニャ―ッ!?」

 

 

 避け損ねた石礫が体に当たり、ヨシツネはきりもみ回転しながら吹き飛んだ。

 

 

「ヨシツネ!」

 

 

 吹き飛んだヨシツネに注意を奪われたマサムネに、間髪入れずに靱尾が叩きつけられた。

 

 

「ンニャ―ッ!?」

 

 

 辛うじてブーメランで防いだものの、その衝撃に堪らず吹き飛ばされ雪の上をゴロゴロと転がった。

 

 

「ぶっっっは!!! ……畜生!」

 

 

 血反吐を吐き出し、額から流れる血を無造作に払いながら、マサムネは震える体に鞭打って立ち上がった。

 

 

 マサムネも、ヨシツネも、ともに立っていられるのが不思議なほどに満身創痍だった。

 当然だ。相手は飛竜の中でもとりわけ危険と称されるティガレックス。さらにその最上位の個体。寧ろ戦いの土俵に立てているだけでも奇跡だった。

 

 

 彼女たちがかろうじて戦えている理由はティガレックスが手負いであったことももちろんあるが、一番の理由は白鬼が与えた傷が事の他ティガレックスの行動に支障が出る程に大きかったためである。

 

 

 故にここに奇妙な拮抗状態が発生していたのだ。

 

 

 しかしそれも限界を迎えようとしていた。彼女たちと相手との地力の差が、ここで出始めていた。

 

 

 相手は一撃でこちらを戦闘不能に出来る程の力を持ち、手負いの状態でも問題なく駆け回れるほど体力が有り余っていた。

 対するマサムネたちは攻撃を当てるどころか相手の攻撃に対処するだけで手いっぱいで、その上主が不在の心理的ストレス、食らえば終わりという緊張の連続に、心身ともに限界を迎えつつあった。

 

 

「クソがァ!!!」

 

 

 のしのしと威圧的に近寄ってくるティガレックスに、ヨシツネは小タル爆弾を次々に投擲して接近を拒絶する。

 ばんばんと、ティガレックスの体のあちこちで小タル爆弾が炸裂する。しかし煙が晴れれば、着弾した重殻や厚鱗は僅かばかりに煤けているだけであった。

 

 

 ティガレックスは体に爆ぜる小規模の爆発にまるで気にした素振りすら見せない。

 

 

「おいコラ待ちやがれってんだ!!!」

 

 

 歩みを止めないティガレックスに破滅的な予兆を感じ取ったマサムネは、無関心なのを良い事に、ティガレックスの背後に飛び乗り、回転した勢いを乗せたブーメランの一撃を叩き込みにいった。

 

 

 しかしそれすらも、圧倒的な力の差の前には無慈悲であった。

 

 

 暴君はヨシツネの目の前にまで来ると前足を広げ、どっしりと構えた。

 

 

 そして息を吸い、咆哮した。

 

 

「ゴアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

「「──────」」

 

 

 それは最早音の域に非ず。周囲の物体を吹き飛ばすほどの破壊力を秘めた、恐るべき力の本流が全方位に放たれた。

 マサムネは無論、ヨシツネも、まるで嵐に舞う木の葉めいて吹き飛ばされた。

 

 

(畜生……)

(糞ったれ……)

 

 

 意識が途絶える直前に2人が見たのは、天に吠える暴食の怪物の姿だった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「アアアアアア……」

 

 

 咆哮を終え、それがもたらした結果を見るために、ティガレックスは再び正面を見据え、それから訝し気に目を細めた。

 

 

 ちょこまかと蠅めいてうろついていたアイルー二匹は、今しがたの咆哮で気を失っていた。

 然り。失っているだけだ。聞こえる呼吸はか細く力無いが、それでも尽きる気配が無い事に彼は酷くプライドを傷つけられた思いだった。

 

 

「グルグルグル!」

 

 

 瞬時に沸騰したティガレックスは怒りで四肢と顔を真っ赤に染め、どちらを先に血祭りにあげるか、鼻をふごふごと鳴らしながら吟味した。

 

 

 あの黒い方は小さく力も無い癖にこちらの体に傷をつけてきたな。不愉快だ。

 あのふわふわした毛玉はばんばんするものを投げてきて煩わしかった。その上こちらに対して怯むどころか噛みついてきた。不愉快だ。

 

 

 決めた! あの毛玉にしよう! そうしよう! 

 

 

 ティガレックスはヨシツネの方に向き直ると、前足を思い切り地面に叩きつけ、後ろ足を掻いた。その姿はあたかもクラウチングスタートを決めようとする陸上選手めいていた。

 

 

 そして今まさに走り出そうと、四肢に籠めた爆発的な力を開放しようとしたその時。

 

 

 狙いすまして放たれた放射状に拡散する弓矢がティガレックスの軸足に突き刺さり、ティガレックスはバランスを崩してスピン。猛烈な勢いで岩壁へと衝突した。

 

 

「グルル!」

 

 

 衝突によるダメージは大してないが、出鼻をくじかれたティガレックスは酷く苛立った。

 ブルブルと頭を振るい、鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、自分に対してこのような事をしでかした者の位置を探った。殺すために。

 

 

 それは程なく見つかった。ティガレックスはそちらへと顔を向けた。

 ティガレックスの視線の先に、ぎこちなく、だが決断的な足取りで近づいてくる銀の姿があった。

 

 

 それは先ほど彼に吹き飛ばされた半竜の人間であった。

 

 

「……」

 

 

 彼は再び戦場へと戻った。

 

 

 そして彼は倒れ伏すヨシツネとマサムネに目をやった。呼吸はか細く弱弱しいが、しかし命に別状はなさそうであった。少なくとも今は。

 

 

 それが分かると小さく安堵の息を吐き、それから剥き出しになった顔で、肌で、この場に満ちる恐るべき殺意の本流を受け止めると、改めて暴君へと顔を向け、言った。

 

 

「よぉ、また会ったな」

 

 

 白鬼はまるで親しい友人に話しかけるかのように、ともすれば穏やかさすら感じさせる口調で呟いた。

 

 

「またと言っても、実際お前と顔を合わせるのはこれで3度目になるのだが……まあお前は覚えちゃいまい」

「グルグル……」

 

 

 苦笑いを浮かべながら独り言ち、やれやれとばかりに首を振る。暴君は何もせず、ただ凝視する。体に憤怒を籠めながら。

 

 

 やがて白鬼は顔を上げ、暴君の凝視を真っ向から受け止めた。

 

 

 黒紫の視線と、赤黒い視線が交差し、火花を散らす。

 

 

 両者の瞳に籠められた想いはまるで正反対だった。

 

 

 片や煮えたぎる憎悪と憤怒で燃え上がる様な熱の籠った恐るべき思念を感じさせる瞳。

 片やこの雪山や、湖の底のような、魂を凍り付かせる仄暗い瞳。

 

 

 相反する想いが衝突し、相殺し合い、この空間に奇妙な空白地帯を生み出していた。

 

 

 白鬼の心は凪いでいた。憎悪や怒りは未だ胸の内に燻っている。しかし、それを爆発させようとは思わなかった。

 彼はあの夢の狭間の刹那の瞬間に、一つの真理ともいえるような境地に達していた。

 

 

 怒り、憎悪、悲しみ、苦しみ。それらすべてに蓋をするのではなく、かといって爆発させる事無く、薪をくべられた炉めいてその力を内に留め、巡回させる。

 どれだけ嘆こうが、叫ぼうが、訴えたところで変わりが無いのならば、であるのならば、それ等を明日を生きる原動力に、その先に進むための力に、光へと向かうための力とする。

 

 

 白鬼の瞳は凪いでいた。暴君の瞳は燃えていた。

 

 

 二者は互いに無言で対峙した。両者の体は込められた異常な力の影響で等しくミシミシと軋んでいた。時が来れば力は解放され、後に待つのは凄惨な殺し合いである。

 

 

 どれだけの時間が過ぎたのだろうか。5分か10分か。もしかしたら1秒も経っていないのかもしれない。両者の時間の感覚はすでに曖昧になっていた。永劫にも続くような刹那の時間は過ぎて行く。

 

 

 その時。突如として風が吹いた。降雪地帯特有の身が引き締まる様な一陣の風が。二者の間を吹き抜けていった。

 それを合図に、二体の魔物は地を蹴った。

 

 

「グルォオオオオオオオオ!!!」

 

 

 先に仕掛けたのは暴君であった。暴君は溜めていた力を開放し、さながら暴走機関車めいて白鬼目がけて突っ込んだ。

 白鬼は眉一つ動かさず赤い残光を後に残す幻惑的な横ステップで突進を危うげなく回避。

 

 

 そして振り向きながらつがえていた矢を開放。瞬時に練り上げられた溜め4の拡散矢が、暴君の背中に突き刺さった。

 

 

「ゴアアアン!!!」

 

 

 追い打ちめいて雷が背を焼くが、暴君は頓着せずに前足を地面に突き立てて強引にUターン。再度突進で白鬼を轢殺せんと迫った。

 それも先ほどと同じように回避すると、白鬼は再び暴君の背に矢を突き立てた。

 

 

「ゴアアアン!!!」

 

 

 追い打ちめいて雷が背を焼くが、暴君は頓着せずに前足を地面に突き立てて強引にUターン。再度突進で白鬼を轢殺せんと迫った。

 それも先ほどと同じように回避しようとして、白鬼の脳裏に電流が走った。直後、暴君は白鬼の前で急停止。そして反動を生かした回転攻撃を繰り出した。

 

 

 白鬼はまずは致命的な前足を跳躍してかわし、遅れて向かい来る胴を狙った尾の一撃を一瞬早く着地して屈み込むことで回避。

 

 

「ガアッ!」

 

 

 屈み込むことで生じた一瞬の隙を狙い、暴君は前足を叩きつけてきた。

 白鬼はトマトめいて潰されるより一瞬早く赤い光の伴うステップでそれをかわす。

 

 

 直後、一瞬前まで彼のいた地点に破滅的な打撃が叩きつけられた。衝撃でインパクトの地点が割れて爆ぜ、小規模の振動すら発生する極めて恐るべき一撃であった。

 

 

 怖ろしい光景に、しかし白鬼は動じることなく至近距離から暴君の顔面に向けて拡散矢を放った。

 

 

「グオオッ!?」

 

 

 機械じみて正確に放たれた矢は過たず暴君の片目とその周辺を射抜き、さらには雷で焼き滅ぼし完全に失明させた。

 

 

「ガアアアアアアアア!!!」

 

 

 激痛と憤怒で我を忘れた暴君はめちゃくちゃに暴れ回り、執拗に白鬼を殺さんと迫った。

 

 

 対する白鬼は殆ど丁寧と言ってもいい程それらに対応した。

 

 

 叩きつけられた前足を跳んで避け、噛み千切ろうと迫る顎をかわし、当たれば爆ぜるであろう尾を潜り抜けた。

 

 

 一つ攻撃をかわす度、白鬼の回避は滑らかになった。

 一つ攻撃を当てる度、白鬼の矢の一撃は鋭さを増した。

 

 

 かわし、当て、かわし、当て、そしてかわし、そして当てた。

 

 

「ガアア!?」

 

 

 暴君は困惑した。相手は手負いの半竜の人間である。

 取るに足らない相手であった。当てる事さえできれば、一撃で滅ぼせるはずのこの爪が、この尾が、この体が、当たらない。

 

 

 

 不意に、彼は自らが死の淵に立たされている事実を悟った。

 

 

 しかしそれを、湧き上がる憤怒で押し流した。

 

 

 関係ない。要は一撃当てれば終わるのだ。ならばこちらが終わる前に奴を殺し、奴の血肉を喰らい命を繋げばいいのだ! 

 

 

 暴君は憎悪に燃える瞳をギラリと光らせ、その場にどっしりと構え、前足を広げた。

 丁度白鬼が一矢を放ったタイミングであった。

 

 

 これ以上ない好機。暴君はほくそ笑み、息を吸い、そして咆哮した。

 

 

「ゴアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

「──────」

 

 

 視界が霞むほどの莫大な音圧が、空間を塗り替えた。

 

 

「アアアアアア……」

 

 

 咆哮を終え、それがもたらした結果を見るために、暴君は再び正面を見据え、それから目を見開いた。

 

 

 白鬼は遠くへいた。しかしそれは吹き飛んだからでなかった。

 彼は暴君が勝ちを焦って切り札を使うことを見抜いていた。故に一瞬早く体を動かし、見事必殺の間合いから外れる事に成功していたのだ。

 

 

 そして、その隙を逃すような愚を、彼は犯しはしなかった。

 

 

 白鬼は矢筒へと手をやり、力を籠めて一本の矢を引き抜いた。

 

 

 それは先端が剣めいて巨大な歪な矢であった。更にその矢に込められた力は通常の属性矢とは比にならない。その証拠に漏れ出た雷がバチバチと音を立てて帯電していた。

 

 

 白鬼は片膝姿勢になり弓を構え、そしてそれを地面にこすりつけて先端を発火させると、弦につがえ、構えた。

 

 

 さて今更言うまでもないが、弓の矢についてである。

 

 

 弓の矢は矢筒で属性エネルギーを凝縮して作り出しており、だからこそ矢切れの心配が無いという事は周知の事実であろう。

 彼の奥義、『竜の一矢』は数本分の属性エネルギーが凝縮された矢である。

 

 

 しかし、白鬼の作り出した一矢は、数本分などという生易しい代物では無かった。

 彼の作り出した矢に籠められた属性エネルギーは10本20本、あるいはそれ以上かもしれない恐るべきものであった。

 

 

 ぎりぎりと音を立てて構えられた矢のプレッシャーは相当な物だった。

 そこから放たれる殺気は、暴君の憎悪すら揺るがせる程である。

 

 

 暴君は咄嗟に跳びかかり、出がかりを潰そうとした。

 

 

 これでいい。先ほど同じだ。潰れてしまえ! 

 

 

 それは、ともすれば先ほどの一戦のリフレインであった。暴君が飛び掛かり、白鬼がその下に。

 

 

 しかしそこには決定的な違いがあった。

 

 

 白鬼の瞳に、迷いはなかった。彼の瞳は凪いでいた。

 

 

 静止した時の中で、暴君は見た。白鬼の背後に大口を開け、今まさに火炎を吐こうとする()()()()()()()()姿()()

 

 

 

 白鬼と暴君の視線が交差した。

 

 

 彼の瞳は凪いでいた。彼の瞳は燃えていた。

 

 

 そして運命は放たれた。

 

 

 螺旋を描いて空気を引き裂き、音すら置き去りにして放たれた龍の一矢は飛び掛かる暴君の大口に吸い込まれる様にして入っていった。

 

 

 矢は暴君の口内を突き破り、それに飽き足らず頭蓋を脳を貫き、脳漿をぶちまきながら風穴を開けた。

 

 

 白鬼は動かなかった。彼のほぼ真横を暴君の巨体が通り過ぎ、地響きを立てて落下した。

 

 

 白鬼は新たな矢を矢筒から取り出し、弦につがえ構え、そして残心した。

 

 

 暴君は四肢を無造作に広げたまま倒れ伏し、ピクリとも動かない。鼓動は停止し、残された目は急速に白濁していく。

 

 

 莫大な四肢を動かすための活力が失われていた。それは最早物言わぬ肉塊であった。

 

 

「ハァー……」

 

 

 白鬼は弓を下ろし、つがえていた矢を外して矢筒に戻し、弓を畳んで背に負った。

 それから天を仰いだ。

 

 

 天は勝者を祝福するかのように雲間から日差しを覗かせていた。

 

 

 天のスポットライトを身に浴びながら、トチノキは太い息を吐き、それから心底うんざりしたように呟いた。

 

 

「終わった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




弓の所の突っ込みは受け付けます。私の頭で理屈をつけるならこれしかなかったんです。はい。


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怪獣たちの後始末

ちなみにですが、ケンジさんは妻であるフユコさんを庇って丸のみにされました。だから彼の遺品は無いんです。所持品装備もろともおなかの中に入っちゃいましたからね。フユコさんは仇に燃え、猛然とティガレックスにかかっていきましたが、結果はプロローグにある通りです。ショッギョ・ムッジョな。


 うっ、という自分の呻き声で、不意に意識が覚醒した。

 

 

 目覚めたばかりという事もあって視界モザイクがめいてぼやけており、思考は霧の中に囚われたみたいに覚束ない。

 

 

 だから俺は目を開けたまましばらくぼーっと天井を見上げ、視界と思考の靄が消え去るまで待っていた。

 

 

 意識を取り戻してから30分程度といった所か。目覚めた当初はぼやけた視界と同じように靄がかっていた思考も、それ位の時間が経てば徐々に薄れ、今やこうして物事を考えられる程度にははっきりしている。

 

 

 どうやらまだ生きているらしい。

 

 

 天上の木目を数えるのに飽きが回ってきたころに、ようやくその事実が飲み込めた。

 

 

 しかしよくもまああんな怪獣を相手にして五体満足でいられたものだ。しみじみそう思う。

 あの威圧的なティガレックスの姿を脳裏によみがえり、ぶるりと身を震わせる。

 

 

 で、自分の状況を飲み込めて来ると、今度は自分の体調の方に意識が向いた。その瞬間に思い出したかのように体のあちこちから痛みの信号が送られ、クリアだった思考はたちまち痛みに塗り替えられた。

 

 

 その痛みときたら! 細胞の一つ一つに針を通されているんじゃないかっていうくらいの隙間の無い痛みだ。更に体は鉛のように重く、身動ぎ一つできない俺は甘んじてその痛みに耐えるしかなかった。

 

 

 あまりの痛みに視界が霞み、俺は再び意識を失った。

 

 

 次に目が覚めると、俺の眠るベッドのわきに複数人の人物が立っていた。

 俺は痛む体に鞭打って顔を横へと動かし、そいつらに顔を向けた。

 

 

「ほ、目が覚めたか。早いな」

 

 

 目が合った村長が俺を見るなり、何処か感心したようにそう言った。村長の横にはギルドマネージャー、その後ろにはシャーリーの奴が彼女の背から覗き込むようにして俺を見ていた。

 

 

「そんちょうか……」

「うむ、そうじゃな」

「ここは……」

「ヌシの家じゃな」

 

 

 俺の家らしい。

 

 

 いやはや何とかなってよかったよかった、と彼女は一人頷くと、俺が意識を失った後の事を説明してくれた。

 何でもギルドへの信号弾を撃ち、駆け付けたギルドの連中を目にした瞬間に俺は気絶したらしい。なる程、道中の記憶がない訳だ。

 

 

 で、急いでポッケ村に運ばれた俺たちは怪我の手当てを受け、自宅へと運ばれた、というのが昨日の話らしい。

 それからティガレックスの死骸の後始末についてはシャーリーとギルドマネージャーが説明した。死骸の殆どは研究目的で運ばれ、装備の製作に必要な素材はあとで送るとの事だ。

 

 

 後でティガレックスの素材で作れる物はすべて作らせるつもりでいたから、それを聞いて一つ肩の荷が下りた気分だった。

 

 

「ヌシがあんな大怪我をした事など一度としてなかったから、皆それはもうてんやわんやの大騒ぎだったぞ。ワシが止めていなければ今頃この家は押しかけた住民でそれはもう目も当てられぬ惨状になっていただろうな」

「そうか。ていうかあんたら避難してなかったのか? 何やってやがる死にたいのか?」

 

 

 俺からの指摘に、村長は肩を竦め、さも平然と言ってのけた。

 

 

「まさか! ちゃんと言った。しかし、みんなヌシが勝つと信じて疑わず、誰も避難しようとしなかったのじゃ」

 

 

 3の村人かよ。

 

 

「そうよ~、皆言っても全っ然聞いてくれないんだもの。皆が避難してくれないんじゃあ、私達だけが避難するわけにもいかないわよね~」

 

 

 と、いつも通り飄々とした態度でマネージャーが続く。

 

 

「と、とにかく、結果的には白雪鬼さんがティガレックスに勝利したわけですし、き、杞憂で済んで良かったじゃないですか」

 

 

 とシャーリー。

 

 

「あのな、そりゃ結果論だ。俺がくたばる可能性だってあった。いや、むしろそうなる可能性の方が多かった。ふん、随分まあ分の悪い方に賭けたもんだ」

「そんな! みんなあなたが勝利すると信じていましたよ!」

 

 

 鼻で嗤ってやった。そのまま掛布団を剥ぐと、痛む体に鞭打って、アイテムボックスの方へ向かった。

 が、やはり体調は万全とは言い難く、途中でずっこけそうになった。

 

 

 慌てて駆け付けたシャーリーに体を支えられてアイテムボックスの方へ難儀してたどり着くと、俺は目当てのいにしえの秘薬を取り出し、口の中に放り込んで噛み砕いて回復薬グレートで流し込んだ。

 

 

「とにかく」

 

 

 口の中の地獄めいた混沌を意識しないように心がけながら、俺はシャーリーとギルドマネージャーを睨みつけた。

 

 

「俺は勝った。であるならば相応の報酬は貰うぞ。ワカッタカ!」

「勿論よ~。G級のモンスターが倒されたなんてここ最近なかった大事件だもの。それ相応の報酬と地位があなたに用意されるわ。……だからまずは体を休めてね。これでも私だって心配だったんだからね~」

 

 

 俺は舌打ちをすると、ヨシツネとマサムネの姿を探した。

 

 

「あ奴らはまだ寝込んでおる。……あぁ安心せい。命に別状はない。ただ覚醒にはまだ数日はかかるじゃろうがな」

 

 

 考えを読んだ村長が機先を制して俺に告げた。

 

 

「ふん、寝坊助どもめ」

「何を言うか。あれほどの怪物相手に生きているだけでも十分なのに、一晩で目覚めるヌシが異常なんじゃ」

 

 

 村長がジト目で見てくるが、俺は無視して出口へと向かった。村長たちも後に続いた。

 

 

 ドアを開けると、引き締まるような冷たい空気が体に叩きつけられ、俺は怯んでドアを半分ほど閉めて一歩引いた。

 

 

 舌打ちして、改めてドアを開けて外へと出る。

 

 

 陽は当に頭上高くあり、眩しさで目が眩む。手で光を遮って、目が慣れるまでしばらくそうした。

 で、目が慣れて手を下ろした瞬間、今度は爆音が耳を聾し、世界の音が塗りつぶされた。

 

 

 顔を顰めて音の出所を探ったが、全方位から聞こえてくるために何が何だかさっぱりだ。

 右を見ても左を見ても、顔、顔、顔。どいつもこいつも馬鹿みたいに大声を張り上げて何か言っているのだろうが、どいつもこいつも好き勝手にしゃべっているせいでさっぱり判別が出来なかった。

 

 

 まるでドスジャギィの群れにでも放り込まれた気分だ。これじゃあ聖徳太子だって聞き分けることが出来ないだろう。

 

 

 事情を聞こうにもどいつもこいつも狂竜症のモンスターみたいに我を忘れているようで、俺は話が出来そうなやつを見つけるのに酷く苦労した。後ろで佇む村長たちは他人事みたいに笑っていたが、こいつらには立場が上の者としての自覚があるのだろうか? こういう時にこそ黙らせるためのパワーがお前らにはあるだろうに。

 

 

 舐めやがって。

 俺は唾を吐くと、村人の波を難儀しながらかき分けて話が出来そうなやつを探した。

 

 

 誰かの手が腰に触れた……いない。

 

 

 誰かの手が尻に触れた……いない。

 

 

 誰かの手が胸元に入り込んだ……いない。

 

 

 背中に引っ付いてきて耳元で洗脳音楽みたく意味不明な文言を垂れ流す女を引き剥がしたところで*1、腹を抱えている加工屋の倅を見つけ、近づいてとりあえず挨拶の一発をくれてやった。

 

 

「アバーッ!?」

 

 

 左頬を押さえて訴える倅に、今度は右に同じものをくれてやる。

 

 

「ナンデ!?」

 

 

 俺は唾を吐き*2、舌打ちした。

 

 

 彼は唾を吐き、口をへの字に曲げて腰に手を当てた。

 

 

「オイオイ寝起きだってのに元気な奴だな!」

 

 

 おどけてみせるこいつだが、睨んでやれば観念した様に頭を振るい、口を開いた。

 

 

「お前が言いたいことは分かる。だが俺たちは残る事を選んだ」

「それで死んでもか?」

「あぁ、そうだ」

 

 

 倅は頷き、まっすぐ見つめてきた。その目に迷いはなく、揺らぎ一つもない。目を逸らし、周りの村人を見る。他の村人の目もそうだったが、今でこそ熱狂に飲まれてはいるが、どの目もこの倅と同じように迷いはなかった。

 

 

「はっ、大層な信頼な事で」

「それだけお前に対して信頼を寄せてるッて事だろ。俺含めてな」

「どうだか」

 

 

 倅は微笑んだ。俺は居心地が悪くなり、話題を変える事にした。

 

 

「で、ティガレックスの素材を使って装備を作る件とか、何か聞いてないか?」

「あぁ、それな。もちろん聞いてるぜ。後、その件とは別にお前に良い知らせがあるぜ」

「良い知らせだぁ?」

 

 

 訝しむ俺に、倅はにやりと笑った。

 

 

「ギルドの連中が装備の事でやって来た時に話してくれたんだが、お前の母親の荷物がな、見つかったそうだ」

 

 

 俺は目をしばたいた。

 

 

「へえ、そりゃまた」

「ほとんど凍り付いて駄目になっちまってたけど、その中で面白いものがあってな。後日修復してお前に渡すから楽しみにしてな」

 

 

 倅は意味深に笑いながら、そう言った。

 

 

 それから数日後、ヨシツネとマサムネが目覚め、かんどうのさいかいの後に、俺たちは散歩もかねて倅のもとへと向かった。

 

 

「で、その面白いもんとは何だ」

「どうせろくでもないもんに決まってるニャ。きっと体のいい実験台か、何ニャらかんニャらしようって魂胆ニャ」

「ヘッハハ! 死にかけりゃあ多少は改善するかと思ったがそうでもねぇな! おい倅、こいつの言う事なんか気にすんな! ハハハ!」

「へへ、元気なアイルーだぜ!」

「おい」

「へいへい、せっかちな奴だな。ほらこれさ」

 

 

 そう言って渡してきたのは、丁寧に畳まれた布……服か? 

 

 

「本来は鎧に匹敵する防御力があるそうなんだが、修復するにはここらじゃ取れないような素材ばかりでさ、だからそいつは多少頑丈な衣服って程度にしかならなかった。すまんな」

「これがお袋の荷物の中に?」

 

 

 渡された服をつまみ、広げてみた。無意識の内に眉間に皺が寄った。

 

 

「そういうこった。早速着てみてくれ」

「おい」

 

 

 俺は広げた服を凝視しながら言った。

 

 

「サイズはお前ように仕立て直してあるから大丈夫だと思うけれど」

「待てこらおい」

「なんだ?」

 

 

 俺は倅を睨みつけた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 念をすようにもう一度言う

 

 

「そうだが……なんだよ?」

 

 

 まだ分からないようだから、俺は懇切丁寧に説明してやった。

 

 

「お前は間抜けか? じゃなきゃ馬鹿か? どこの世界に嬉々として男に()()()()を渡す馬鹿がいるんだよ」

「え、女物の……あ!」

「あ! じゃねえよあ! じゃ」

「「ブフーッ!」」

 

 

 ようやく察しがついた倅が信じられない程の間抜け面で口元を押さえた。ヨシツネとマサムネと武具屋のアイルーが同時に吹き出し、ひっくり返って笑い転げた。

 俺が広げた服。それはカムラの里の2人の竜族が着ている服を模した、所謂『依巫・神凪シリーズ』という女性用の防具だった。

 

 

 もう一度言う。女性用だ。そんなものを嬉々として渡してくるとは、こいつの目は腐っているのか? 俺の何処に女の要素があるというのか? 

 確かに()()()()()()()()()姿()()()()()()が、まさかこいつ言外に俺の事を女々しい小心者とでも言いたいのだろうか? 

 

 

「マッタ! マッタ! ほら仕方が無いだろ! 友達の血縁の残したものだぜ! 直して渡さなきゃ男が廃るぜ!」

 

 

 俺はあらん限りに倅を睨み、それからひっくり返って笑い転げる馬鹿2匹を蹴り飛ばし、武具屋のアイルーを引っ掴んで地面に叩きつけ、倅の頭を掴んでカウンターに叩きつけた。

 

 

「「アバーッ!」」

 

 

 悲鳴を上げてのたうつ愚者の声を背に、俺は加工屋の中へと入っていった。

 

 

 加工屋の中には寸法を測るためや装備の着心地をはかるための試着室があり、俺はそこに入り込んだ。

 

 

 今着ている服を脱いで畳み、それから渡された依巫・神凪シリーズを鏡の前に広げで見せた。

 ムカつくことに倅の寸法は完璧で、この服は俺の体にぴったりと合うように仕立て直してあった。

 

 

 仕方がない。友達の頼みなのだ。

 

 

 自分に言い聞かせ、俺はため息を吐くと、ゆっくりと依巫・神凪シリーズに袖を通していった。

 

 

 全て着終わると、俺はあまりの着心地の良さに驚いた。まるで絹そのものを纏っているかのような滑らかさに、思わず唸った。

 しかし、あの倅のしたり顔がちらつき、俺は実に複雑な思いのまま外へと出て行った。

 

 

「お~痛て……お、戻った……おふっ」

 

 

 俺の姿を見るなり、倅は前かがみになって黙ってしまった。

 

 

「何だこいつ」

 

 

 俺は一瞥をくれてやると、集会場の方へと向かった。なんでも依頼の報告件ティガレックス討伐を祝って集会場で宴を開くそうだ。

 金が貰えるならどうでもいい。俺はマサムネとヨシツネを引き連れて、集会場への道をのんびりと歩いていく。

 

 

「お、トチノキ様、おは……おふっ」

「ああトチノキの旦那……おふっ」

「アババ―ッ!?」

「「アバーッ!」」

 

 道中いつものように住民共をあしらうために身構えていたのだが、なんだか様子がおかしい。どいつもこいつも話しかける途中で口ごもり、顔を赤らめ、そっぽを向いてしまうのだ。

 しまいには奇声を上げて*3、ひっくり返って痙攣する者がいる始末。

 

 

「何だってんだ」

「一過性の精神疾患ニャ。ほっとけニャ」

「そういうもんか?」

「ぷぷ、そういうもんだぜ」

 

 

 そういうもんらしい。

 

 

 途中で横切ったネコートさんの首根を引っ掴み、首筋辺りを撫でまわしながら集会場の中へと入っていった。

 

 

「あらあらまあまあ」

「「ワースゴーイ!」」

「ほわっ!?」

「おや、またずいぶん面白い恰好をしておるの」

 

 

 中にはすでに村長、ギルドマネージャー、シャーリー、上位下位の受付嬢が揃っており、俺を見ての感想は三者三葉だ。

 

 

「質問は受け付けんぞ」

 

 

 椅子にどかっと腰を下ろしながら、牽制の一言。続いてヨシツネが隣に座り、マサムネは厨房の方へ消えていった。

 

 

「えぇ、分かったわ~。じゃ、手短にいきましょ。まずはティガレックス討伐による、あなたの地位についてね。シャーリーちゃ~ん、お願いね~」

「はい、ではトチノキさん、こちらをどうぞ」

 

 

 シャーリーに手渡された書類を受け取り、したためられた文を読んだ。

 

 

 内容を要約するとこうだ。

 

 

『G級のティガレックス討伐を称え、本日よりハンタートチノキのハンターランク9とする』

 

 

「……冗談だろ?」

 

 

 バサッと書類をテーブルに置き、目の前のギルドマネージャーを見た。

 

 

「残念ながら冗談じゃないわ。あなたをG級に引き上げる話はね、実は前々からあったのよ。それで今回の件がとどめとなり、更に人手不足やら上の思惑やらが合わさった結果、異例の飛び級って事態になったのねぇ~」

「なったのねぇ~、じゃねぇよ。他人事だからって好き勝手言いやがって。糞……」

 

 

 先ほどまで死ぬほど暴れていたネコートさんを抱え直し、撫でまわしながら毒づく。

 

 

「えっと、トチノキさんは昇格があまり嬉しくなさそうですけど……」

「嬉しいわけ無いだろ。ランクを上げられるって事はそれ相応の危険なクエストをやらされるってことだぞ? 何が悲しくて自分から死地に向かわなくちゃいけないんだ」

「あ、あはは……」

 

 

 シャーリーは頬を掻き、答えに窮しているようだった。当然と言えば当然か。普通ならG級への昇格は選ばれし者の中のエリート。昇格の話を受ければ泣いて喜ぶものなのだろうが、生憎俺は金はあるし、別に上昇志向なんて物も無い。必要に迫られたからやってるってだけで、行かなくていいなら俺は絶対に行かない。

 

 

 許されるなら古文書を読み漁ったり、遺跡調査に加わったり、モンスターの生態を研究していたい。

 だがそれだけだと食いっぱぐれるし、何よりそれが俺の役割だから、仕方なくこなしているのだ。そこんとこをはき違えないでほしいものだ。

 

 

「ま、トチノキちゃんが嫌がりそうなお話はここまでにして、次はティガレックス討伐の報酬と素材についてね」

「はい、まずはこちらが依頼の報酬金額となっております。トチノキさんは一度力尽きておりますので、その分だけ差し引かれている事はご了承ください」

 

 

 そう言って、シャーリーは俺の前に小切手を差し出した。小切手には70000000の文字が書かれてある。

 

 

「……桁間違えてねぇか?」

「いえ、これで間違いないです。G級のモンスターの討伐にはそれだけ意味があるという事です」

「そうか」

 

 

 深く考えない事にした。小切手を受け取り、懐にしまった。

 

 

「次に素材についてね~。素材は貴方が装備に使う分、防具一式とライトボウガン、ヘビィボウガン、弓の分でいいかしら?」

「あぁ、それで十分だ。……言っちゃなんだが、研究分は残るのか?」

「えぇ、今回の個体は観測史上最大の個体だから、それ位渡したところで大したこと無いわ~」

「あそ、ならいい」

「分かったわ~。じゃ、この話はこれで終わりでいいかしら?」

「あぁそうしてくれ。これ以上は気が滅入る」

 

 

 顔を顰める俺に、ギルドマネージャーとシャーリーは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。

 

 

「ほほ、なら堅苦しい話は終わりにして、宴にしようぞ」

 

 

 と村長はやおら立ち上がると、手をパンパンと叩いた。

 

 

 それを合図にマサムネが、その他のキッチンアイルー共が、料理を担いでぞろぞろと配膳を始めた。

 

 

「おいヨシツネ、村の連中を呼んで来い」

「うぃーっす」

 

 

 ヨシツネは気だるげに椅子から降り、外へと出て行った。そして大勢の村人を引き連れて戻ってくるころには、俺はすっかりと出来上がっていた。

 

 

「ぶっ! 旦那さんもう飲んでるニャ!? 早すぎニャ!」

 

 

 ヨシツネが何だか言っているようだが、ゆで上がった俺の脳味噌はすでに言葉を記憶するという機能がマヒしていた。

 俺は首を傾げ、いつの間にか隣にいたシャーリーが注いだ達人ビールを促されるまま流し込んだ。

 

 

「そーれイッキ♡イッキ♡」

「ちょ!? 何してるニャ―!」

 

 

 糾弾しようとしたヨシツネの声は、というかヨシツネ自体が津波のように押し寄せた村人たちに押しのけられてどこかへと消えた。

 そこからはてんやわんやの大騒ぎ。どいつもこいつもがグラスを、ジョッキを掲げてなにがしかに祈りの言葉を捧げながらそれを呷り、口の端の泡を拭いながらガハハと笑う。

 

 

 何処から湧いたのか。吟遊詩人が音楽を鳴らし、どこかの村に伝わる白き神の寓話を高らかに謳いあげた。割れんばかりの歓声。拍手。

 男集が肩を組み、足並みをそろえてどしどしと足踏みをする。アイルーたちが音楽に合わせて踊り、子供が歌い、女たちが笑う。

 

 

 俺は次から次へと注がれる酒を喉に流し込み、注ぎ足され、また飲んだ。

 

 

「どれだけ飲んでも大丈夫ですよ♡酔っても私が介抱してあげますからね♡」

「アー……イ」

「だから安心してどんどん飲みましょう♡」

「……」

 

 

 耳元に口を寄せ、囁くように紡がれるシャーリーの声が、少しずつ遠くなる。

 肩を抱く柔らかな温かさに、次第に瞼が重くなってゆく。

 

 

 音楽。笑い声。拍手。遠ざかってゆく。

 

 

 篝火の幻惑的な揺らめき。通り過ぎて行く人々の朧な影。縋りついてくる2匹の見知った顔。黒紫色の大きな影。

 

 

 暗転。

 

 

 

 

 気が付くと、俺は見知らぬ部屋で、素っ裸で横になっていた。

 目をしばたきながら起き上がると、堰を切ったかのように痛みの波が脳髄を揺らし、俺は頭を押さえてしばらく蹲った。

 

 

 痛みの波がマシになると、俺は改めて部屋を見渡した。

 

 

 部屋は小ぎれいに片付いており、そこかしこに小洒落た調度品が置かれていた。

 まず間違いなく女の部屋だった。オカマ趣味のホモ野郎の線も疑ったが、その心配は杞憂だった。

 

 

 隣へと目を向ける。そこには掛布団に包まる女がいた。やはり裸である。彼女のトレードマークたる黄色い仕事服はベッドの下の床に無造作に脱ぎ散らされていた。俺の服も同様に。

 

 

 俺は見知らぬ天井を見上げ、未だ不明瞭な頭で思案する。

 

 

 よく分からんが、やはりよく分からん。

 どうしてこうなったのか、まるで分らない。いつの段階で連れ込まれたのか記憶を手繰り寄せてみるが、それは沼地に立ち込める霧の様につかみどころが無く曖昧だった。

 

 

 昨日今日知り合った奴とヤッた事はそれなりにある。しかしいつも思うのは、女というものはどうしてこう突発的にヤリたがるのか。

 思うに、女というものは生粋のロマンチストであり、刹那的な快楽を尊しとなす享楽主義者なのだろう。

 

 

 再び視線を女に戻す。

 

 

 彼女も、きっとそうだ。

 

 

 そう結論付けると、どっと疲れが身を苛んだ。身も心も重ぐるしく、しいて言うなら吐きそうだった。

 

 

 俺は吐き気を堪えながら衣服を着こみ、刹那的な快楽の名残に別れを告げると、秘薬を求めて家路についた。

 

 

 ドアを開け、部屋を出て、外気を深々と吸い、心と体をキリッとした冷たい空気で覚まし、そして思い切り嘔吐した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
背中から地面に叩きつけられた彼女は悶絶している間も無く周囲の者に囲んで蹴られた

*2
スライディングしてきた女が顔面で受け止めた。彼女は恍惚とした顔をしていた。周囲の者は畏怖した

*3
これ自体はいつもの事




逆送り狼◇卑猥は一切ない◇


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路傍の太陽

飄々としたお姉さんは好きですか?私は大好きです!


 記憶に残っている一番初めの記憶は、さびれた路地裏のかび臭い空気と、蠅と蛆のたかる腐乱死体の山だった。

 

 

 死体の山の中には私の父と母と兄と妹と弟も含まれていて、人間非人間問わず様々な死体と混ざり合い、まるで奇怪な一個のオブジェのようだった。題名をつけるならば、そうだな『生命の神秘』だろうか。ははは。

 

 

 死せる者たちは皆一様に目を開けたまま死んでおり、生ける者たちへの憎悪で白く濁っていた。

 父と母と兄と妹と弟の目も同様に見開かれていて、生き残った私を糾弾していた。

 

 

 お前もこっちへ来い。

 

 

 父と母と兄と妹と弟は声なき声で叫んだ。

 

 

 筆舌に尽くしがたい悪臭の中で、私は、笑った。この村と同じ、酷く乾いた笑みだった。

 

 

 空には輝かしい太陽が私達の頭上に燦燦と君臨し、からからに乾き、ひび割れた大地に、そしてその上に立つ私たちを容赦なく焼いた。

 

 

 私は空を見上げ、あまねく全ての者を無感情に照らす太陽を睨みつけた。

 

 

 まだこの世に降り立ってほんの数年しかたっていない私はこの村を、この村に住む村人を、この村に住むアイルーを、世界を、太陽を、何もかもを呪った。

 

 

 学も無く、言葉も知らなかった私は、爆発する感情の赴くまま、呪詛を吐いた。

 

 

 呪われよ! 呪われよ! 世界よ滅べ! 太陽よ地に落ちよ! なぜ私がこんな目に合わなくちゃいけないんだ! 呪われろ! てな具合だ。分かる? そう……。

 

 

 尤も言葉を知らない当時の私はそんな複雑な言葉など吐けなかったから、口から出たのは野を走るモンスターめいた、ぐるぐるとかごろごろとか、とにかく栄養失調の子アイルーの絶叫と思ってくれ。分かる? そうか……。

 

 

 絶叫する私を、近くを通り過ぎたどこかの家の使用人アイルーが、鼻で嗤いながら通り過ぎた。

 

 

 正午の太陽が照り付け、無感情に光りながら、見放された地上を見下ろしていた。

 

 

 私が生まれ落ちたのは神に見放され、救いが無く、後は乾き、朽ち果てる定めの、無味乾燥な、ありふれた地獄だった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「お、お姉ちゃん……!」

 

 

 目が覚めると、私はゴミ捨て場に大の字で血を流して倒れていた。

 なぜこんな場所にいる? 生じた疑問に、全身を焦がす痛みが答えてくれた。

 

 

「アバーッ!」

「お姉ちゃん!」

 

 

 痛みでのたうちながら、私の脳裏に気絶する前の記憶がフラッシュバックしていた。

 

 

 同じ路上生活をしている一匹の老アイルーを背後忍び寄って石で頭をカチ割り、持っていた物資を奪っていたクズメラルーをこれ幸いとばかりにしこたまぶちのめして物資を総取りしようとしてたんだ。

 それを見咎めた通りがかりのアイルーが私を糾弾した。

 

 

 売り言葉に買い言葉。私たちはすぐさま言葉での掛け合いから殴り合いを始めた。

 

 

 騒ぎを聞きつけた自警団アイルーが数匹こちらに駆け付け、こちらの言い分も聞かずに私を袋叩きにした。薄汚い浮浪アイルーが! 親無しの屑! くたばっちまえ! そう罵りながら。

 

 

 勿論私は反撃した。だが多勢に無勢。すぐに地面に引き倒され、殴られ、蹴られた。

 

 

 痛みに霞む視界で、襤褸布を纏っただけの服の懐をまさぐるが、案の定私の物は全て奪い取られていた。

 

 

 とんだくたびれ儲けだった。物資は得られず、それどころか所持品すら奪われて。

 

 

「お、お姉ちゃん大丈夫?」

 

 

 何もかもどうでも良くなって脱力していると、不躾な声が再度聞こえた。

 瞬間、プッツンいった私は痛みを無視して起き上がり、その声の主を視界にとらえると反射的に殴り飛ばしていた。

 

 

「うわあ!」

「テメェこら!」

 

 

 頬を押さえてひっくり返るそいつを蹴っ飛ばしながら、私は怒鳴った。

 

 

「いったいいつになったら学習するニャ! ()をお姉ちゃんって呼ぶなっていつも言っているだろうが!」

 

 

「で、でもボク、ボク……」

 

 

 頬を押さえ、無様な上目遣いで小ジョンソンが私を見上げた。

 

 

 こいつとの付き合いは1年程前に遡る。小さくてのろまなこいつは他のアイルー共にいじめられており、ある時物資が心もとなかった私はそいつらから物を奪うためにいじめの現場に乗り込み、叩きのめした。

 

 

 それを自分のために救ってくれたと思い込んだこいつは私をお姉ちゃんと呼び、以来度々私の前に現れるようになった。

 

 

「くそ……」

 

 

 口の中に残った血の混じった唾を吐くと、私は恐る恐るといった手つきで差し出された回復薬を奪い取り、がぶりと飲み干した。

 

 

「ぺっ、で、何の用だ? ……いや、言わなくて良い。どうせまた屑共にいじめられたんだろ?」

「え!? ち、ちが……そうじゃなくって!?」

 

 

 慌てふためきながら否定する小ジョンソンを殴りつけた。

 

 

「お前がへなちょこなのは今に始まった事じゃないんだ。今更否定すんじゃねぇニャ!」

「うぅ……」

 

 

 小ジョンソンはぽたぽたと涙をこぼしながら項垂れた。こぼれた涙は乾いた大地に染み、すぐに乾いて消えた。

 

 

 私はため息を吐きながら首を振り、喉奥から迸り出そうな罵詈雑言を飲み込みながら口を開く。

 

 

「泣くなよ。例え連中がお前をどう言おうが俺はお前が優しくて気のい奴だって事は知っている。お前にだって良い所はあるんだ。正直連中がどうしてお前を小突くのか不思議でならないよ」

 

 

 私がそう言うと、小ジョンソンは堪え切れずにおいおい泣いた。

 

 

「な? だからこんなとこに来ないで、お前なりに何とかやってみろ。そうすりゃ、何かが変わるかもしれないぜ」

 

 

 私が言いたいことがどれだけ伝わったかは知らないが、小ジョンソンはこくりと頷くと私から背を向け、とぼとぼと歩き去った。

 

 

 その頼りない背中ときたら! きっとまた私のもとに泣きついて来るんだろうなということが確信できた。

 

 

 私は唾を吐き、自分の寝床へと向かった。今日はもう何もやる気が起きなかった。

 帰り際、私が前を通った店の店主が私を見るなり顔を顰め、持っていた箒を振り回して私を追い立てた。

 

 

「ざけんじゃねぇ! 薄汚い野良アイルーが! 俺の店の前に立つんじゃねぇ!」

 

 

 私は怒鳴る気力もなく、いつもならしゃにむに突撃していった物だが、先程も言ったように何もやる気がしなかったから、中指を突き立てて大人しく通り過ぎてやった。

 

 

 この対応は何もこいつばかりじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()全員がこんな態度だった。

 今考えればおかしな話だ。どいつもこいつもみすぼらしく、ドンドルマやココットのようなまともな場所からすれば皆同じに見える程に違いなど無いのに。

 

 

 私達は獣だ。腐肉を喰らい、汚泥を身に纏うやせ細った死にかけの獣。なのに彼らは()()()()()()()()()()()()()()。こんな場所に生れ落ちた時点で人としての生など望むべくもないのに、そう思い込んでいる。いや、おそらく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 だから私たちの様な負け犬の負け犬を、彼らはこぞって叩きのめした。それは自己を何としてでも肯定するための、彼らなりの妥協案だったんだろう。私たちからすりゃあいい迷惑だが。

 

 

 この村は乾いている。人も、アイルーも、資源も。水源は遠く離れた井戸のみで、その井戸も時期に枯れる。特産と言えばサボテンだけで。彼らは日がなサボテンを育てるか、あるいは砂漠に生えるサボテンを求めて砂漠へと旅立ってゆく。

 

 

 この村は乾いている。誇れるものなど何も無く、潤すための娯楽も話題も無い。一日一日が経つごとに、魂が乾いていく。

 

 

 私たちは雨粒。砂の上に足らされた水滴。遅かれ早かれ、地に染みて綺麗さっぱり消え去ってゆく。

 

 

 そうならないためには抗う外ないものだが、救いがたい事にこの村の者は例外なく排他的かつ保守的だった。だから衰退こそすれ肥える事は終ぞなかった。

 何もしなかった私たちは、処刑前の囚人の心境だった。いつとも知れぬ処刑の日を、絶望と虚無に蝕まれながら延々と生きてゆく。

 

 

 彼らはもしかするとその日を望んでいたのかもしれない。惨めな生を終わらせてくれる終末の日を。

 

 

 殴り、罵り合いながら日々を過ごしていると、その日は何の前触れもなく訪れた。

 

 

 突如として村のど真ん中の大地が裂け、一本角の悪魔が建物瓦礫や石礫をまき散らしながら姿を現したのだ。

 そこからはあっという間だった。

 

 

 初めは悲鳴や怒号で溢れていたが、ほんの数分そこらで声を上げる者はいなくなっていた。

 

 

 一本角の悪魔は煩わしい蠅が消えた事に満足すると、悠々とサボテン畑の方へと消えていった。

 

 

 あぁ、私? 

 

 

 こういう言葉がある。君子危うきに近寄らず。あるいは、ヤバそうなやつに目をつけられたら媚び売っとけ! 

 

 

 結局生き延びたいのなら、ヤバそうな兆しをいち早く見つけられるか否かが生存への道なのだ。

 

 

 私達に目もくれずにサボテンを貪る悪魔を背に、一人、また一人と歩き出し始めた。私もそれに続き、当てのない旅が始まった。

 

 

 照り付ける太陽、果ての見えない砂漠、陽炎で霞む彼方を見据えながら、生き残った虫けらたちの行進は続く。力尽きた虫けらの屍を後に残して。

 

 

 力尽きた虫けらの体は残った虫けらにすすられてそれは無残な物だった。でもしょうがない。私たちは結局屍を喰らい命を紡ぐ獣でしかないのだから。それ位は許容してほしいものだ。

 

 

 しかしいくら命を繋いだところで、当てのない旅に終わりはない。一人、また一人と力尽きて倒れ、気が付けば残ったのは私一匹だけ。

 

 

 干からびて朽ちた竜骨を杖代わりに砂の海を歩き続けたが、それももう終わりが近い。最後の一人が消えてからもう3日になる。途中で見つけた枯れかけの湧水を飲めたとはいえ、それももう遠い記憶だ。

 

 

 霞む視界の中、私は身に覚えのある地響きを聞いた。それは村の中心を割いて現れた悪魔が近づいてくる振動に、とてもよく似ていた。

 

 

 目と鼻の先で地面が爆発した。

 

 

 ガリガリにやせ細り、体重の無い私は衝撃で木の葉のように宙を舞い、砂の上に叩きつけられた。

 

 

 もはや体力は底を尽き、立つ気力すら失った私は頭だけを上げ、それを見た。

 

 

 天を突く赤い角を高々と振り上げ、高らかに吠える悪魔を中心に、私の視界は徐々に狭まってゆく。

 

 

 全く、最期に見る光景がこれとは、つくづく度し難い……。

 

 

 あの時と何一つ変わらず天に座し、無感情に私を見下ろす太陽を睨みつけながら、私は笑った。この砂漠の砂と同じ、酷く乾いた笑みだった。最早何かを呪う気力すら湧かなかった。何もかもが尽きて果てていた。

 

 

 視界はどんどん暗く、黒くなってゆく。私を見下ろす太陽も、私の涙を無慈悲に飲み干す砂漠も、悪魔の姿も、どんどん消えてゆく。

 

 

 

 薄れゆく意識の中で、私は見た。

 

 

 狂ったように光る太陽の下で足を掻く悪魔の前に、もう一つ現れた太陽の姿を。

 

 

 あれはなんだ? 

 

 

 そう訝しむ私の意識は、その一瞬後には闇に飲まれて消え去った。

 

 

 で、気が付けば私は布団にくるまって眠っていた。

 

 

 私は目をしばたいた。そりゃそうだろ? だってどう考えても死んだだろあの場面じゃ。

 私はしばらく自分はあの世にいるんじゃないかと信じて疑わなかった。

 

 

 だってこのベッドの寝心地ときたら! 絹のように滑らかで引っかからないシーツ、ふかふかの枕。死後の世界じゃなかったら、このベッドの心地のよさをどうやって説明すればいい? 

 

 

 そして何より私が死後の世界と思い込んだ理由は、常に私を襲っていた飢餓感や、絶えずこさえていた生傷がすっかり無くなっていたことだ。

 

 

 私は恐る恐るといった手つきで布団を剥ぎ、ベッドから降りた。部屋はひんやりとしており、私はブルリと体を震わせた。

 

 

 何せ今の私は裸一貫。襤褸すら身に着けていない。だがどこの誰とも知らぬ家の中でじっとしている事なんかできなかった。

 

 

 物音を取立てない様に抜き足差し足で部屋を横切り、ドアノブに手をかけようと手を伸ばした。

 

 

 その時、私が触れるよりも前にドアノブが捻られた。私は息が止まり、阿呆のように手を伸ばした姿勢のまま硬直した。

 

 

 そしてドアが開かれ、そいつは、私と同じか少し下くらいのアイルーは、ヨシツネは私を頭からつま先までをじろりと見て、つまらなそうに鼻を鳴らした。

 

 

「何ニャ生きてたのニャ。そのまま野垂れ死んでいればよかったのに」

「あぁ?」

 

 

 瞬間プッツンいった私は目の前の糞生意気なガキを相手に殴りかかっていた。舐めた奴はぶっ飛ばす。そういう心持さ。分かる? そう……。

 

 

「テメッコニャ―!」

「ナンニャオマエドグサレッニャー!」

 

 

 私達は互いが誰かも分からずとにかくしゃにむに殴り合った。あいつが一発撃ち込んできたら、私は二発あいつに撃ち込んだ。そしたらあいつは三発殴り返したから、私は四発返した。

 

 

「「ハァーッ! ハァーッ!」」

 

 

 お互いに肩で息を吐きながら睨み合った。ヨシツネは口をもごもごさせ、それから血の混じった唾を吐いた。私も同じようにつばを吐き、拳を構えた。不退転の意思だ。もうムカつくからとか、そういう理屈の話ではなくなっていた。これは魂を賭けた決闘だった。

 

 

 ヨシツネもそれが分かっていた。何を言うまでも無くアイツも拳を構えた。

 

 

 荒くなった息が整うまで、私達は円を描くようにじりじりと動き、牽制し合った。

 

 

 長い睨み合いの末に息も整い、今まさに殴り合わんとしたその時、再びドアが開かれた。

 

 

 私達は同時にそちらを見やった。

 

 

 私の呼吸は止まった。

 

 

 私の目の前に、太陽があった。

 

 

 太陽はその闇色の瞳で私を見下ろし、形のいい顎に手を当てて、そして一言。

 

 

「ふぅ~ん、元気じゃん」

 

 

 その後恐らく体の事とか、何で助けたのかも言ったのだろうけど、私の耳には何も入ってこなかった。ヨシツネの手酷い罵倒も何一つ。

 

 

 私は目の前の銀の太陽から目を離すことが出来なかった。

 

 

「てな感じだ。分かった? ……おい」

「ニャッ!?」

 

 

 声を掛けられ、びくりと身を震わせて太陽を見上げた。闇色の瞳と目が合った。

 

 

「だから分かったかってんだよ」

「へ? あ? な……何がだよ」

「また一から説明させる気か?」

 

 

 腰に手を当て、太陽は心底呆れたように息を吐いた。

 

 

「ねえ旦那さん、考え直した方が良いニャ。こんな薄汚い浮浪アイルー雇うよりネコばあのアイルーの方が何倍もマシニャ」

「へ、雇う?」

 

 

 目をしばたく私に、太陽は頷いた。

 

 

「あぁそうだ。丁度もう一匹アイルーを雇おうと思ってな。あの婆さんに紹介された奴でもいいと思ったが、借りを作るのは嫌じゃん?」

 

 

 それでどうする? 

 

 

 太陽は私の目を見て、その目で問いかけた。

 

 

「お……俺……俺は……」

 

 

 私は両掌を見つめた。それから体を見る。

 

 

 ごわごわの毛並み。ガリガリの躰。

 

 

 正面を見る。

 

 

 太陽の如き銀の頭髪、雪みたいにきめ細やかな肌、そして何よりその顔ときたら! あぁ! クソッタレ! 

 

 

 私は震える体を押さえつけ、ぎこちない足取りで一歩一歩、太陽のもとへと近づいて行く。

 

 

 旦那に聞いた話じゃあ、分不相応な者が不用意に太陽に近づくとたちまち焼き尽くされ、滅ぼされるという。

 その話を聞いたのはずっと後だったけれど、この時の私は、きっと本能で理解していたんだろうな。目の前の存在と自分との圧倒的なまでの格の違いを。

 

 

 長い旅路の果て、ついに太陽の眼前へとたどり着いた私は、己を強いて、その手を取った。

 

 

 つるつるのすべすべで、雪みたいにひやりとした手の甲に、私は亀みたいにのろのろと顔を近づけ、そして畏れ多くも口づけを落とした。

 

 

 太陽を恨み、憎みさえした私は、この日、太陽に永遠の忠誠を誓ったんだ。

 

 

 雪の降りしきる、静かで、誰しもが眠りこける、ありふれた夜の出来事だった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 それからの生活は今までと180度違うと言っていい程激変した。

 

 

 まず場所。砂漠から雪国へ。寒いったらありゃしない。だけどここには人の温かみってもんがあった。あの村には暑いくせに凍えるような絶望と失望しかなかった。けどここは正反対。誰しもが他者を慈しみ、分け隔て無かった。まさにこれこそが人の住む場所だと、私は思い知った。

 

 

 次に帰る家がある。それも隙間一つなく、完璧で、暖かい。

 

 

 次に身なり。ガリガリだった体は旦那の作る飯や薬でみるみる回復し、ごわごわだった毛並みは旦那のブラッシングでこの通りよ! 衣服は襤褸でなく加工屋の奴にわざわざ採寸させた私専用の物だ。着心地もいいし、何より暖かい。

 

 

 次に、これが一番重要な物だが、家族が出来た事だ。正しくは仕えるべき主と口やかましいガキだが。

 

 

 大変な事もそれなりにあった。特に料理と戦闘面。これを覚えるのは堪えたよ。

 

 

 旦那はスパルタでな、ブーメランを教えるのも勉学を教えるのもそりゃあもうボロカスにしてくんのよ。

 

 

 でも、楽しかった。一つ覚える度、自分が過去の自分よりましになっていくと実感できた。地面をはいずる蟲からアイルーになれたんだ。

 料理はネコばあという竜族の婆さんから紹介されたキッチンアイルーに師事して覚えた。これも信じられないほどきつかったけど、苦じゃなかった。

 

 

 心身ともに充実した私はいつの間にか『俺』から『私』へと変わっていった。衣食足りて礼節を知る。至言よな。

 

 

 やがて旦那が上位の依頼を受ける事が多くなったころ、私の仕事はオトモアイルーでは無く専らキッチンアイルーとして働くことが多くなった。

 ま、それでもたまに一緒に行くこともあるがね。この前のティガレックスみたいに。

 

 

 全てが満たされていた。乾いていた荒野のような心に、土砂降りの雨が降って一気に肥えたみたいな。ていうか過多だな。うん。幸せの過剰摂取。

 

 

 ただ、そんな中でもどうしようもないこともあり、ワイン樽の中の淀みのように、少しずつ私の心に沈殿して言った不満が、一つある。

 や、世界への恨みも憎悪も未だ変わりないんだけどさ、その中でも特に理不尽に感じた事なんだわ! これが! 分かる? そうか……。

 

 

 なあ旦那。あんた神様なんだろ? だから私のこの疑問にも答えられるはずだ。そうだろ? だって神様は何だってお見通しで、何にだって答えて下さるって言っていたのはあんたなんだからな。

 

 

 なあ神様(だんな)、教えてくれよ。何で私は人間じゃないんだ? 

 

 

 月明かりだけが光源の真夜中の寝室の中で、眠る旦那に私は問いかける。

 

 

 どうして私は人間じゃないんだ? 何でこんな苦しいんだ? なあ教えてくれよ。答えろよ、旦那(かみさま)

 

 

 返答はない。そりゃそうだ。眠ってる人間が、答え何か返してくれるわけがない。だからこれは私のただの自己満足だ。

 

 

 どうしようもない事は世の中に腐るほどある。戦争が無くなること。いじめが消える事。飢餓が無くなる事。……私が人間になる事。

 

 

 そう。これはただのどうしようもない事で、これはただどうしようもない程不可能なことなだけだ。

 

 

 この瞬間だけ、この時だけは、私の心は昔に戻っていた。あの荒れ果てた荒野のような、ただ絶望と失望だけが、私の心に砂嵐の様に吹き荒れていた。

 

 

 気付けば私は笑みを浮かべていた。あの時の砂漠のような、酷く乾いた笑みだった。

 

 

 笑みにはやがて嗚咽が混じり、震え、跪き、声にならぬ声で、私は慟哭した。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「~♪ ~~♪」

「ニャ……」

 

 

 初めて聞くが、しかしどこか懐かしさを感じる鼻歌で、私は目を覚ました。

 

 

「~♪ あ? 何だ、寝ていたのか。お前が寝るなんて珍しいな」

 

 

 歌っていた鼻歌と、ブラッシングの手を止め、旦那が物珍しそうに私を見下ろした。

 

 

「……へへ、それだけ旦那のやり方が上手いってこった」

 

 

 私は今しがた見た夢を悟られぬように、旦那の膝の上で誤魔化すように笑って見せた。

 

 

「あ、そ。で、何か変な夢でも見たのか?」

 

 

 だが旦那にはお見通しのようで、形のいい眉を顰めながら、そう言った。

 

 

「な、何だってそんな」

「目元見てみろ目元」

 

 

 言われるがまま目元を拭う。湿っていた。

 

 

「……何でもないさ。うん。何でもないよ。()は平気さ」

「あ、そ」

 

 

 それだけ言うと、旦那は私のブラッシングを再開した。私はされるがままにされ、信じられない程の幸福感の中で、再び目を閉じた。

 

 

 どうしようもないこと。手の届か居ない物。自分じゃ出来ない事。他人にはできない事。

 

 

 そんな事ばかりさ。この世界はそんな事ばっかりだ。

 

 

 でもそんな世界でも、愛を叫ぶことはできる。口をふさぐ手をどけ、恋しい人の名を呟くくらいの自由はあるのだ。有る筈だ。そうでなきゃ困る。

 

 

 だから私は、せめて、心の中で偽る事だけはしない。

 

 

 愛してるぜ旦那。後ヨシツネも。

 

 

 顔で笑って、心で泣いて。

 

 

「へへっ」

 

 

 旦那は私の頭を撫でた。あの時の砂漠の砂の残りを払うかのような、酷く雑な手つきだった。

 

 

 




仮にマサムネ=サンが人間だった場合、黒髪美乳飄々系距離が超近い誰にでも気さくなお姉さんが爆誕します。武器は双剣あたり。つまりトチノキ君が手取り足取り教えられる武器種ってことですね。


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VSガノトトス亜種?

「依頼を出したうえでわざわざ出向くとは」

「こちらとしては内密に事を運びたい。故に我が依頼を受けるに足るかその目で確かめたい。失敗でもされたら堪ったものでは無いからな」

「そうか。仕事熱心なのだな。国もさぞかし誇らしいことだろう」

「……さて何の事やら」

「ふん、まあいい。そら、そうこうしている内に丁度件の受注者が来たぞ。貴殿の自慢の観察眼でせいぜい見てみるがいい」

「言われなくてもそのつもり……おふっ」

「おいネコート、今度はどんな面倒な依頼を持ってきたんだ?」

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「全くこのモンスターが蔓延る世界で権力争いだなんて、随分とまあ()()()連中だな」

「へへ、違いねぇや」

「……」

 

 

 依頼人への愚痴を楽しみながら、俺たち3人はデデ砂漠(2ndG以降なら旧砂漠と呼んだ方が分かりやすいか)のエリア5の水辺を殺気立ったアプケロスを蹴散らしながら進んでいた。

 

 

「クオオ!!!」

 

 

 レベル1通常弾を頭に受けて頭蓋を破砕されたアプケロスが、断末魔の悲鳴を上げてずしんと倒れ伏した。

 

 

「「グルル……!」」

 

 

 倒れ伏し、動かなくなった同胞と俺を見つめ、アプケロスの群れは遠巻きに尻尾を振り上げて威嚇を続けるものの、これ以上は踏み込んでは来なかった。

 

 

「こいつらみたいに危ないと分かったらすぐに手を引きゃあいいのにな」

 

 

 轟弩【大戦虎】から空薬莢を排出し、遠巻きにこちらを威嚇するアプケロスを睨みつけ、舌打ちを一つ。

 

 

「お偉方にも事情があるのさ」

「あーやだやだ地位にしがみつく奴っていうのはどうしてこう醜いのかね」

「……」

 

 

 レベル2通常弾を装填しながら俺は唾を吐いた。マサムネはそんな俺を見てくすくすと笑った。

 

 

 マサムネに向けて舌打ちをもう一つすると、俺は彼女の隣で無言で佇み、延々睨みつけているヨシツネ(バカ)に向けて声を張り上げた。

 

 

「おいそこのウスラバカ、いつまで不貞腐れてやがる。あんまりしつこいとマサムネの代わりに留守番させるぞ!」

「……は?」

 

 

 そこではじめて反応を見せたヨシツネ(バカ)が、目をすがめてこちらに振り返った。

 

 

「は? 僕が? は? こいつの代わり? は?」

「イヤだってのならとっとと動け、このボケ」

「あ? 何ニャソれ? は? こいつなんかいニャくてももう十分ニャ? こいつこそ留守番ニャ? は?」

「はぁーははは、それで済むなら私も有難く留守番させてもらうんだが」

 

 

 にやにやとヨシツネに笑いかけていたマサムネがこちらを見上げてきた。

 

 

「バカかお前は。G級相手にお前1匹で話になるか。あれだけ酷い目にあってまだ理解できてないのか?」

 

 

 俺の脳裏には、未だティガレックスの暴れっぷりがこびり付いていた。あれから1ヶ月以上時間が経ったのだが、それしきの時間じゃこびり付いた記憶が過ぎ去るには程遠い。

 

 

「……チッ」

 

 

 俺と同じことを思い描いているであろうヨシツネは苦い顔を作ると舌打ちを一つし、それからマサムネを思い切り睨みつけたと思えば視線をそらし、正面を向いた。

 

 

 ……話はこれで終わりらしい。

 

 

「初めからそうしろ、この馬鹿が」

「は!」

 

 

 マサムネがヨシツネを鼻で笑った。ヨシツネは唾を吐いた。

 

 

 

 アプケロスがこれ以上襲ってこない事を確認した俺たちは改めてエリア7へ向けて歩き出した。

 

 

 道中での出来事と言えば、エリア7へ向かう洞窟の入り口に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()位で、後は特筆するような出来事は無かった。

 

 

 エリア7の地底湖に着いた俺たちは姿勢を低くしてしめやかに中央を横切り、湖の端へと向かった。

 俺はギリギリ水の底から姿が見えないように屈み込んだ。事前の打ち合わせ通り、ヨシツネとマサムネが身を低くしながらそっと湖を覗き込み、ターゲットの姿を探した。

 

 

 俺はその間にポーチから釣り竿とエサ用のカエルを取りだし、釣り針にカエルを突き刺した。

 痙攣するカエルを目尻に、刺さり具合を確かめて外れない事が分かると俺はヨシツネたちへ目を向けた。

 

 

「「……ッ! ……ッ!」」

 

 

 丁度向こうもターゲットの姿を確認できたようで、無言でこちらに向けて手を振っていた。

 俺は分ったと頷くと、姿勢を低くしたまま湖へと近寄り、それから竿を振って釣り糸を垂らした。

 

 

 ターゲットはすぐさま食いついた。尋常じゃ無い勢いで釣り竿が引っ張られ、やがてピンッと糸が張った。

 

 

「ぐ、ぬ、ヌウウウー……!!!」

 

 

 俺は必死になって釣り竿に()()()()()()。これは最早握り締めるとか、引っ張るとかそういう次元ではない。ゲームでは拮抗した様な描写で一本釣りをしていたものだが、現実ではこんなもんだ。

 

 

 というかヤバい。マジでやばい。下位上位の個体の時ですら漁船でも引っ張ってるんじゃないかって手ごたえだったのだが、G()()()()()はその比ではなく、最早鯨と綱引きでもしてるんじゃないかという感覚になってくる。

 

 

 それでも釣竿を手放さず、曲がりなりにも釣りの体を成せているのは、ひとえにこの肉体の性能が良いからである。

 まったくこのように産んでくだすった母上父上には感謝してもしきれない。思わず天に祈りを捧げてやりたい気分である。

 

 

 だが某漫画でも言っていたように祈ると手がふさがってしまうので、頭の中で思い描くだけで留めておいた。

 

 

 いやはや実に、実に残念である。

 

 

 

「グワーッ!?」

 

 

 さて現実逃避はこのくらいでいいだろう。駆け寄って来たオトモと協力して、命がけの綱引きは徐々にこちら側へと均衡を傾けつつあった。

 

 

「ニ゛ャ゛ー!!!」

 

 

 ここでヨシツネが起死回生の一投を見せた。一瞬の隙を見て投げ放たれた小タル爆弾が切れ味鋭いカーブを描き、見事水面を暴れ狂う翡翠色の影の目の前で炸裂した。

 

 

「ッッッッッ!!!!???!!???」

 

 

 翡翠の影は爆発の音に驚き跳び上がり、俺たちはその勢いを利用して竿を思い切り振りかぶり、翡翠の影を、まるで魚を思わせる顔つきをした巨大な魚竜種、『ガノトトス亜種』を俺たちの土俵に叩きつけた。

 

 

「ギョギョギョ~!?」

 

 

 ガノトトス亜種はビタンビタンと地面をのたうち、未だ自分が置かれた状況をあまり理解できていないようだった。

 恐らく今まで誰かに釣り上げられたことが無かったのだろう。そりゃそうだ。G()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 だから釣り上げられた経験の無いこいつは、その後どうしていいのかが分からない。攻めるならば今しかない。ここで殺しきる。水中になんて戻らせない。

 

 

「オトモ!」

「ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

「シャー死に晒せー!」

 

 

 のたうつガノトトス亜種の顔面に()()()()()()()()()()を叩き込みつつ、俺はオトモに呼び掛けた。

 以心伝心。先を言わずともこちらの意図を察した彼らはすぐさま動き出した。

 

 

 ヨシツネは大タル爆弾Gを抱えて腹に向かって突っ込み、マサムネはティガレックスの剛爪を加工して作ったブーメランを投げ放ち、ガノトトス亜種の足を切り刻んだ。

 

 

「アバーッ!!!」

 

 

 俺たちの総攻撃を受け、ようやっと自分の置かれた状況を理解したガノトトス亜種は跳ね起き、憤怒を露に翼を広げた。

 

 

 満身創痍の翠水竜は、しかし傷を負っているにも拘らず命が尽きるには程遠く、憎悪と憤怒に燃える白濁した瞳は未だ活力に満ちていた。

 

 

「くそ、だから魚竜種は嫌いなんだ。特にお前は大嫌いだガノトトス!」

「ブシュ―!」

 

 

 吐き捨てると、俺はすぐさま横にステップを踏んだ。その一瞬後に奴の吐いた高水圧のブレスが着弾し、俺がいた地点に一直線の切り傷を大地に刻み込んだ。

 

 

「クソが―!」

 

 

 俺はガノトトス亜種の執拗なブレス攻撃をかわしつつ通常速射を奴の顔面に叩き込みながら、悪態をつかずにはいられなかった。

 

 

 完全に判断を見誤った。虎の子の徹甲速射をぶち込みまくってとっとと殺しておくべきであった。

 何が起こるか分からないから。殺しきれるか不安だから。言い訳はいくらでも言えるが、何を言おうが今この瞬間命の危機を迎えるくらいなら、これから起こる想定外に喚き散らした方が何倍もマシだった。

 

 

「この、亜空間判定野郎が!!!」

 

 

 ブレスだけでは殺しきれないと判断したのか、それとも通常弾速射を延々頭に叩き込まれるのを嫌ったのか、ともかく奴はブレスを中断し、足元でうろつくオトモを無視して俺に向かって這いずり突進をしてきた。

 

 

 俺は射撃を中断し横にステップ、だけではかわしきれないので更に横っ跳びをした。

 

 

「ギョゴ―!」

 

 

 ガノトトス亜種は突進がかわされたと見るやすぐさま立ち上がり、()()()()()()を繰り出してきた。

 

 

「ッッッ!!?」

 

 

 もちろん俺はかわした。大事を取って大げさなくらい距離を取ろうとした。が、どうも奴の巨体は動作一つで風圧が物凄く、タックルの時に発生する風圧はその中でも最大級の強さであり、最早それは衝撃波と称するに相応しく、つまるところ()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事になった。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 地面を2転3転してようやく体勢を立て直した俺は、眼前でタックルを終えた体を引き戻すガノトトス亜種から視線を外さずに自分の体の負傷具合を確かめた。

 

 

 あくまでタックルのおまけでついて来た衝撃波だけあって、負傷自体は肉が多少痛むくらいで目立った傷は無かった。

 ただせっかくこちらが押していた状況だっただけに、それを強引に引っぺがされてしまった。

 

 

 俺たちとガノトトス亜種は互いに息を荒げたまま、じりじりと動きながら互いの出方を窺っていた。

 

 

 とはいっても俺たちに大した負傷は無く、向こうは満身創痍の瀕死状態。エンカウントの際にしこたまぶち込みまくったのが功を奏し、このまま放って置いてもじきに命が尽きる事は明白であった。

 故にこちらが攻めてやるメリットも無いし、仮に向こうが戦いを放棄して逃げ出そうものなら奴の逃げ道に陣取っているヨシツネが仕掛けたシビレ罠にかかってもらうことになる。

 

 

 要するにオーテ・ツミである。

 

 

 俺たちは悠々とした態度(無論気は抜かないが)で、ガノトトス亜種を挑発し続けた。

 

 

 楽な仕事である。

 

 

 ガノトトス亜種が目に見えて焦れだし、今にも膠着をうち破り、動き出そうとしていた。

 それに合わせて俺たちも今まさに動き出そうとした。

 

 

 楽な仕事のはず()()()

 

 

 その瞬間、脳髄に電流めいてある記憶が閃いた。まるで己の存在を誇示するかのように積み上げられた糞の山を。

 

 

 全身の毛が総毛立ち、冷汗が垂れる。命の危機を直感した脳が脳内麻薬を多量分泌し、主観時間が鈍化した。

 泥のように重みを増した時の中で、俺は予感に従ってゆっくりと後方を振り返った。

 

 

 後方を振り返った俺が目にしたのは、視界一杯に広がる砂茶色だった。

 

 

 それと同時に時間の流れは元に戻り全身に衝撃を感じ、視界は暗転した。

 

 

 気が付けば、俺はベースキャンプで大の字で倒れていた。

 

 

 理解が追いつかず一瞬だけ呆け、それから軋む体の痛みを軽く凌駕する憤怒に従って腹の底から吠えていた。

 

 

「「ニャイエエエエ!?」」

 

 

 いそいそと撤収しようとしていたネコタクが俺の声に驚いて尻もちをついた。

 

 

 俺は立ち上がり、抱き合ってプルプルと震えているネコタクの内の一匹をむんずと摘み上げると、尋問を始めた。

 

 

「あわあわあわ!」

 

 

 初めの内は口から不明瞭な音が出るくらいだったのだが、()()()()()()()()それなりの事を口にするようになった。

 

 

 曰く砂色の大きな影を見た、速すぎて碌に全貌を掴めなかった、4つ足である事、ビッグフッド! だのなんだのかんだのという情報が得られた。

 

 

「くそ、ここら一体に()の縄張りがあるだなんて聞いてないぞ」

「フギャ!?」

「あぁ相棒!?」

 

 

 ネコタクを放り投げ、空に浮かぶギルドの気球を睨みつけながら独り言ちる。

 

 

「まあ亜種の方は目撃情報が少ないからさもありなん、てか。後で要報告だな。ついでに吹っ掛けるか。ライトボウガンの製作費は全額向こう持ちとか何とかで」

 

 

 それ位してくれないと割に合わない。

 

 

 ため息を吐きながら俺はポーチから回復薬グレードを取り出し、瓶のふたを開けてがぶりと飲み干した。瓶を放り捨て、俺は急いでエリア7へと急行した。

 

 

 普段なら気配を消してそろりそろりと移動するものだが、今は腹の底から湧き上がる怒りに我を忘れそうになっており、気配全開で猛ダッシュでエリアの中心を爆走していた。

 

 

 道中でギアノスやらアプケロスが視界の端に映ったが、ただ単に俺の運が良かったのか、それとも気まぐれでも起こしたのかは知らないが遠巻きに俺を眺めているだけで襲ってはこなかった。

 おかげで俺は大した時間を空けずにエリア7へと戻ってくることが出来た。

 

 

 戻ってくると、そこには地獄絵図が広がっていた。

 

 

 砂色の大狒狒が翡翠色の大魚と取っ組み合いの大げんか。その足元を豆粒みたいな2匹の猫が巻き添えを喰らわない様に必死になって駆け回り、どうにか足止めをしようと爆薬を鳴らしたり、ブーメランを投げたり、取っ組み合って殴り合ったりしていた。

 

 

 ヨシツネ(バカ)マサムネ(アホ)ガノトトス亜種とドドブランゴ亜種(畜生共)の醜い喧嘩を遠巻きに直視した俺は、脳髄のどこかで何かが千切れる音を確かに聞いた。

 

 

「よし、全員爆殺しよう」

 

 

 そうしよう。

 

 

 背負っていた轟弩【大戦虎】を手に取り、残っていたレベル2通常弾を排出し、代わりに取りだしたレベル2徹甲榴弾を満身の怒りを込めて一発一発丁寧に装填する。

 

 

((グルルルルル……))

 

 

 俺の怒りに呼応して、轟弩【大戦虎】に宿るティガレックスの『意思』が俺の脳髄に流れ込んできた。

 

 

 これは余談になるが、G級の武器を手にして分かった事なのだが()()()G()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()()

 モンハンの武器にはそれぞれ武器説明文が読むことが出来る。で、下位から上位ではただのそういう逸話程度の物で、G級からは逸話通り、あるいはそれに準ずる物になり果てる。

 

 

 初めて轟弩【大戦虎】を手に取った時はそれはもう酷いものだった。的に向かって撃とうとしたら脳裏にティガレックスの姿が閃き、まるで何かに引き裂かれたかのように腕にざっくりと3本の裂傷が刻まれたのだから。

 

 

 だがそれも過去の話。今ではこいつはすっかり従順になり、俺の意思に呼応して弾丸に力を乗せて威力を上げたりしてくれる。

 

 

 怒りを注ぎながら弾丸を込め終えた俺は片膝立ちになり、ウロチョロ動き回るドドブランゴ亜種とガノトトス亜種がひとまとまりになる瞬間をひたすら待ち続けていた。

 

 

「グオオオオオ!!!」

「ブシュ―!!!」

 

 

 俺がネコタクに運ばれてからまだ大して時間は経っていないはずだが、ドドブランゴ亜種はすでに結構なダメージを受けていた。どうもドドブランゴ亜種は執拗に吐き出される高水圧ブレスに近寄るすべを見いだせず、攻めあぐねているようだった。

 

 

 恐らくこのドドブランゴ亜種は若く、ガノトトス亜種がこの地に根付いた後からやって来た個体なのだろう。で、力関係はガノトトス亜種>ドドブランゴ亜種で、縄張りに居ながら対抗する術の無い彼はずっと排除する機会を窺っていたに違いない。

 そして俺たちがガノトトス亜種を追い詰め、その機会が訪れたわけだ。

 

 

「その癖碌に攻められずにあまつさえ一方的にダメージを喰らうとか……じゃあなんで俺は殴られたんだ? 殴られ損じゃないか……」

 

 

 そう思うと怒りがさらに上乗せされ、噛みしめた奥歯がぎりぎりと音を立てた。

 

 

 そうこうしている内に事態はどんどん進み、いつの間にかガノトトス亜種の足元に居たマサムネがシビレ罠を起動させ、ガノトトス亜種の動きを封じた。

 

 

「ブオオオ!!! ……ブオ!?」

 

 

 突如現れたその好機に飛びついたドドブランゴ亜種だったが、踏み込んだ瞬間ヨシツネが仕掛けていた落とし穴を踏み、上半身がすっぽりと隠れてしまった。

 

 

「BWAHAHAHAHAHAHA!!!」

 

 

 2体の怪物が揃って動きが封じられる光景はあまりにも滑稽で、俺は大笑いを隠す事無く引き金を引いた。

 

 

 発射された幾多の徹甲榴弾は砂獅子と翠水竜のあらゆる個所を爆炎で染め上げ、俺は調合分を含めてすべてが尽きるまで延々徹甲速射を叩き込み続けた。

 

 

 最後の徹甲榴弾をガノトトス亜種にぶち込んだ俺は、3度の爆音が鳴り終わり、爆発によって生じた黒煙が晴れるまで微動だにしなかった。

 

 

 先程の喧騒とは打って変わって、洞窟内は恐ろしい程の静寂に包まれていた。遠く離れているはずのマサムネとヨシツネの息遣いすら聞こえてくるほどの静寂の中、俺は空薬莢を排出し、レベル2通常弾を込めてゆく。

 

 

 やがて黒煙が晴れると、ズタズタになった砂獅子と翠水竜の亡骸が力なく横たわっていた。

 

 

「ふぅ―……」

 

 

 こちらに駆け寄ってくるオトモを迎えながら、俺は安堵の息を吐いた。

 

 

 ひと悶着合ったが、これにてクエストは完了である。

 

 

 ポッケ村に戻った俺はドドブランゴ亜種の乱入の件をギルドに報告しつつ、今度の依頼人へのクエスト達成の報告も同時に行った。

 

 

 依頼人は大層俺に感謝し、あの怪物の毒があればようやく、等と不穏な事を口走っていたが、こちらとしては知ったこっちゃない。どうぞご自由に。

 

 

 後日、どこかの国でどこかの貴族が毒を盛られただのなんだのかんだのという風の便りを聞いたような気がするが、おそらくそれはお礼にもらったブレスワインの酔いが齎した幻覚かなんかだろう。

 

 

 ギルドは俺の要望を聞き入れ、武器防具の製作費は無償で行ってくれるとのことだ。

 

 

 まあ何にせよ、しばらくは仕事も砂漠もこりごりである。

 

 

 幻獣チーズのつまみをブレスワインで流し込みながら、俺はしみじみそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




狩猟してほしいモンスターとか、トチノキ君に起って欲しいシチュエーションとかどしどし募集中です。遠慮せずにコメント、書こう!(コメント乞食)


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月間狩りに生きるvol.××特別読み切り『ポカポカ白雪村』

『はいはいどーも初めまして、どっかの村でハンターをやってる白雪鬼というものだ』

 

 

『あー質問なら受け付けんぞ。文句が言いたきゃこの時期に風邪何ぞ引いたあのアホに言ってくれ』

 

 

『まったく、何が元専属ハンターだよ。自分の体調管理くらいしっかり気やってくれってもんだ。おかげでこんな糞面倒なコラムを書かされることになったんだぞ!』

 

 

『あーやだやだ、ただでさえやる事が多いっていうのに何が悲しくてこんなもん書かなきゃいけないんだよ。龍歴院で博士号取るための試験勉強だってしなくちゃいけないのにさー。大体────』

 

 

 

(*以下原稿用紙一枚分ほどの愚痴が続いたため中略)

 

 

 

『──―で、このコーナーは俺の経験やら浅知恵やらから捻りだしたしょうもない話を無駄話を交えてダラダラ書き綴っていくだけの酷く面白味の無いコーナーだ。代打としちゃ妥当だと思わんかね?』

 

 

『……前書きはこれくらいで良いか? じゃあ早速だが本編に入っていくぞ』

 

 

『記念すべき今回のお題は、デデン! 『ティガレックス』についてだ。あぁ今回はなんて書いたが勿論次回なんてないぞ。期待した奴は残念でしたー』

 

 

『で、ティガレックスについてだが……俺はモンスターという存在自体嫌いだが、その中でもティガレックスという生き物は特に嫌いだ』

 

 

『理由? は! 冗談だろ? 大型モンスターなんて碌でもない生き物の中で、肉食で、更にリオレウスよりも危険度が上のこいつが嫌いにならない訳が無いだろうが。馬鹿にしてんのか。そんなんだから『規制済み』』

 

 

『さてティガレックス。あぁ愛しのティガレックス。まず初めにこいつが発見された経緯でもざっくりと紹介していくか』

 

 

『ではこれよりティガレックス発見の経緯を教えていくので、精々学んでいきたまえよ、無知なハンター諸君』

 

 

『こいつが発見された経緯だが、とは言ってもこいつは特定の巣を持たずに餌を求めて各地を徘徊するという習性上、目撃例自体は結構な頻度で上がっていたんだ』

 

 

『しかしだ、こいつと相対したことのある()()()ハンター諸君ならば知っている通り、こいつは酷く獰猛な上にあっちゃこっちゃ動き回るせいで、生態の調査がなかなか進まなかった』

 

 

『だが発見されてから20年も経てば、いくら獰猛なモンスターといえども調査は進んでいくものさ。それは生態を研究する学者共が優秀というのもあるが、この俺が何度か捕獲して生きたサンプルを送り続けてやったんだから、そうでなきゃ困るというものだ』

 

 

『発見の経緯はこのくらいでいいだろう。次に教えるのはこいつの生態についてだ』

 

 

『前述したとおりこいつは一定の場所に留まることなく、獲物を求めてあちこちを徘徊する。大体は砂漠とか砂原の様な乾燥地帯が主な生息地なんだが、持ち前の適応能力に任せて得意じゃない寒冷地帯にまでわざわざ足を運んだりする。いい迷惑だぜ』

 

 

『そのせいで大人しかった『ガムート』の群れが殺気立って大暴れするから、本当に迷惑だ。ただまあティガレックスの襲撃で、上手くいけばガムートの肉が食える可能性があるから、そこだけは感謝してやってもいい。ガムートの肉は牛に近い触感で、寒さに耐えるために脂肪をたっぷり蓄えてあるからとっても肉厚でジューシー。おすすめの食べ方は豪快に鉄板焼きが一番。モグモガーリックフライを乗せて、ムーファミルクのバターを乗せて、がぶりと一口。そして達人ビールで流し込む。幸せというものを感じたいのなら一度やってみると良い。ついでに取れるポポの肉と食べ比べもしてもいいかもな。どちらも甲乙つけがたい。極上の食材だ。ちなみにこれら全てを実行するとなると、合計金額はひい……ふう……みい……ざっと20000ゼニ―だな! ムッハハハハ!』

 

 

『話が逸れた』

 

 

『ともかく、奴に特定の巣は無く、何処にでも出現する可能性があるってこった。森丘で、雪山で、砂原で狩猟している君たちの目の前に突如としてティガレックスが降ってくることが無いように祈っているよ』

 

 

『で、生態の話の続きだが、ティガレックスの異名は知っているかね? そう『轟竜』だ』

 

 

『何故奴は『轟竜』などと呼ばれているか? その理由は、奴は特殊ななき袋『大鳴き袋』と言われる器官をもっていて、そこから発せられる桁違いの咆哮は、最早音の領域に非ず。周囲の物体粉砕する音の暴力は、飛竜のブレスにすら匹敵する。食らってみた者が言うんだ。間違いない。実際鼓膜が破れたし。ま、その経験があったおかげで2度目は喰らわずに済んだから、戦闘に置いて経験は何よりも重要なファクターな事ですね?』

 

 

『こいつは飛竜のくせして陸上での動きに特化している。ただ完全に飛べない訳じゃなくって、風の流れに乗ってムササビみたいに滑空する事によって長距離を移動するんだ。こいつが様々な地域で出没するのは、この生態のためだろうぜ』

 

 

『さて陸上での動きに特化してると記したが、具体的にどんな感じなのか教えてやろう』

 

 

『まずはこいつの代名詞である突進。糞、これに尽きる。だからこっちは弓だっつってんだろーが! いちいち距離を潰してくるのはやめろって言ってんでしょおおおおおおおお!!! しつこいんだよ! 2度も3度もよー! 対策? 納刀して逃げろ。以上!』

 

 

『次、飛び掛かり。糞糞の糞。だから距離を潰してくるなあああああああ!!!』

 

 

『対策は不用意に距離を空けないようにするか、いっそ前に出て飛び越えさせると良いよ』

 

 

『次、回転攻撃。距離を取れ、以上! でも近くにいるときに突発的にやる事が多いから、近接要員が一番喰らうのがこれじゃなーい?』

 

 

『次、岩飛ばし。不用意に距離を空けるといきなりやってくる。不意にやられてガンナーがぶち当たって一乙っていう話は良く聞いたり聞かなかったり。一発も当たった事が無いから知らん』

 

 

『近接武器は反時計回りに且つヒットアンドアウェイを心掛けること。あと正面に極力立つな。ガンナーは……そもそもこいつ相手にガンナーとか自殺行為なので無難に近接オンリーで行った方が良いんじゃねーの? それでも行きたいっていうマゾモスは、正面に立たずに電撃弾を後ろから垂れ流していると良いぞ。俺は拡散矢で顔面付近をうろつくけど……』

 

 

『後付け加えるとするなら、こいつは凄い運動能力を持っているのはさんざ説明したとおり。だがそれは無尽蔵じゃ無い。こいつは疲れやすいのだ。大暴れするこいつの猛攻をしのぎ切れば、次期にスタミナが尽きてくる。ヘロヘロになったそのタイミングで、罠や閃光玉やらを駆使して一気に叩みかけろ。4人いりゃあ怒る前に捕獲くらいならできるだろ?』

 

 

『まあこんなもんか。良かったじゃないか。これで君たちは少し賢くなれた。この調子でどんどん知識をつけて沢山狩猟してくれたまえ。そして上位、更にG級まで駆け上がって、ぜひとも俺の仕事を奪い去ってくれ。期待してるよ勇猛果敢なハンター諸君』

 

 

『じゃーねー』

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「よし、焼けたな」

 

 

 

 ポッケ村、トチノキ宅のキッチンで、エプロン姿のトチノキがオーブンを開け、小麦色にやけたパンやら何やらを取り出してゆく。

 

 

「あー香ばしい」

 

 

 小麦色にやけたパンの発する香ばしい香りを深々と吸い込み、恍惚とした表情で呟く。

 

 

「あも」

 

 

 そのうちの一つを無造作につかみ取り、一齧り。

 

 

「んーこれだよこれ! この頭の悪い味! たまらん!」

 

 

 ふわふわな生地を咀嚼する度に小麦の香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、とろりとしたカスタードクリームが優しく舌を包み込み、荒んでいた心を柔らかく抱擁した。

 

 

「やっぱクリームパンはこうでなきゃいけねぇ」

「なんにゃごとごと音がすると思ったら、旦那さんまたなんか作ってるニャ」

 

 

 ムシャムシャとクリームパンをかじっていると、不意にキッチンの扉が開き、マサムネとヨシツネが入ってきた。

 

 

「旦那が突発的に何か作り出す事なんかいつもの事だろ? つーか旦那、ギルドから依頼された携帯食料の改良はどうしたんだよ?」

 

 

 マサムネの疑問の言葉に、トチノキは顔も向けずにテーブルの一角を指示した。そちらに目を向けると、ご自由にご試食くださいと書かれた立て札と、数種類の棒状のクッキーめいたものが積まれていた。

 マサムネはそれを手に取って一齧りし、既存の携帯食料とは比較にならない程旨い携帯食料に目を剥いた。

 

 

 それから彼女は携帯食料の山からパンの山の方へ目を移す。

 クリームパンの他にウィンナーロール、メロンパン、チョココロネ、ベーグル等、明らかに依頼されていた携帯食料よりも多く作られていた。

 

 

「パン作る片手間に作ったのかよ……」

「ふつう逆ニャ」

「全くだ」

 

 

 共に携帯食料をかじりながら、マサムネとヨシツネは好き勝手な事を言った。トチノキは鼻を鳴らし、しかし何も言わなかった。

 

 

「モガモガモガ、ん?」

 

 

 それはメロンパンを半分程食べ終えたあたりの事。玄関のドアを叩く音が聞こえ、トチノキはもごもごと口を動かしたまま、ドアへと向かった。

 

 

 ドアを開けると、そこには誰も立っていなかった。訝し気に眉を顰めると、足元でにゃあという声が聞こえ、視線をそちらへと向ける。

 

 

「おお、誰かと思えば」

 

 

 途端に訝し気な顔は柔らかなものへと変わった。

 

 

 そこには頭にラッパを乗せた大きな赤いぼうしを被ったアイルーが立っていた。

 

 

「やあ『郵便屋さん』、こんにちは」

 

 

 普段の彼からすればおよそ考えられない程優し気な声色で郵便屋さんへとあいさつをし、そっと両手でつかむと抱え上げ、自分の目線と同じになる様に抱え上げた。

 

 

「ニャ、こんにちニャ」

 

 

 くりくりとした大きな目で闇色の瞳を見つめ返しながら、舌ったらずな口調で彼も挨拶を返した。

 

 

「それで、こんな辺鄙な場所に来てどうしたんだ? 俺に届け物か?」

「うんそうニャ」

 

 

 郵便屋さんはくるりと首を回して後方を振り返った。トチノキもそちらに目を向けると、リヤカー一杯に山と積まれた紙束が目に入った。

 

 

「うへ、あんなの運んできたのか。そりゃご苦労様」

「うん、とってもつかれたニャ」

「よし、ちょっと待ってろ」

 

 

 トチノキは郵便屋さんを下ろすと家内へと入って行き、再び現れると暖かなスープの入ったマグを差し出した。

 

 

「ほら、ヤオザミの出汁をベースにしたホットドリンクだ。あったまるぜ」

「わ! ありがとうニャ!」

「それで、俺への手紙ってのはどれだい? またギルドから?」

「ニャ、あれニャ」

 

 

 再度トチノキは尋ね、くぴくぴとホットドリンクを飲みながら、郵便屋さんはリヤカーの白い山を指示した。

 

 

「うんそれは分ったから、あの中のどれだ?」

「あれニャ」

 

 

 同じ質問をし、それからまた同じ返答が返ってきた。

 

 

 トチノキは白い山に目を向け、それから郵便屋さんを見た。そして白い山に目を向けると、トチノキはよろよろと白い山へと近づき、震える手を伸ばし、白い山を構成している紙切れを一枚手に取った。

 

 

 それは手紙であった。差出人は『グラビモスが倒せない』という人物であった。

 

 

 折りたたまれていた手紙を開き、内容を読んでみる。

 

 

『月間狩りに生きるvol.××特別読み切り読みました! 大変面白かったです! で、続きはいつ載りますか?』

 

 

 トチノキは手紙を破り捨てた。それからもう一枚を手に取る。差出人は『くたばれドスイーオス』という人物。

 

 

『月間狩りに生きるvol.××特別読み切り読ませていただきました。次のお題ですが、ドスイーオスはいかがでしょうか?』

 

 

 トチノキは手紙を破り捨てた。それからもう一枚を手に取る。

 

 

『続きは?』

 

 

 トチノキは手紙を破り捨てた。

 

 

『続き』

 

 

 トチノキは手紙を破り捨てた。

 

 

『ガノトトス!』

 

 

 トチノキは手紙を破り捨てた。

 

 

『PN雌火竜姫 月間狩りに生きるvol.××特別読み切り『ポカポカ白雪村』とっても面白かったです! これで終わりなんてもったいないです! ですので次のお題はリオレイアなんてどうでしょうか? 飛竜のオーソドックスな──―』

「あ゛────────────────!!!!!!」

 

 

 トチノキは渾身の力で手紙を引き裂くと、だんだんと踏みにじり、激昂したラージャンめいて絶叫した。

 

 

「ザッケンナコラー!!!」

「どうしたんだ旦那!? 急に大声を出して!?」

「ドシタンス!? 旦那さんドシタンス!?」

「けぷ、ごちそうさまニャ」

 

 

 大声を聞きつけた音も2匹が血相を変えて飛び出してくるが、トチノキの怒りはさっぱりひかなかった。逆ににこやかな顔で歩み寄ってくるギルドマネージャーの姿を認め、そして見せつけるかのように顔の前で書類をひらひらさせているのが目に入った途端、トチノキは爆発した。

 

 

 この日を境に、月間狩りに生きるに新たなるコーナーが設けられることになるのだが、その誕生経緯は目を背けたくなるほど酷いものであった。

 

 

「ニャ、クルペッコ」

 

 

 郵便屋さんはマグカップを両手に持ちながら、首をこてんとかしげて、目の前の不思議な光景を眺めているのであった。

 

 

 



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VS??????

遅れた理由ですか?


!Un forastero!
!A avisar a los demas!
!Te cogi!



「ザッケンナコラー!」

 

 

 俺の絶叫が鬱蒼とした木々の中へと吸い込まれ、風のささやきと葉擦れの音にかき消されて消えてゆく。

 

 

 密林とはまた違った趣の生温い風の不愉快さに、思わず舌打ちを零す。耳を押さえながらこちらにジト目を送ってくるマサムネとヨシツネの二人も同様に眉間に皺を寄せているから、きっとこいつらも同じ思いを抱いている事だろう。

 

 

 草木の醸し出す青臭い匂い。前後左右何処からでも聞こえてくる大小さまざまな鳥獣共の喧しい声。ここに来るのは異常繁殖した『ヒプノック』を狩りに来た時以来だが、あの時思ったこの『樹海』への不快感が何一つとして変わっていない事に、俺は安堵の息を零した。

 

 

 思い、考え方、価値観。時と共に移ろい行き、あの時感じたことが、今この瞬間ではさっぱり理解できないというのは、どうしようもないと思うのと同時に何ともやるせない思いを抱いてしまう。

 だからこそ、あの時感じた思いとこの瞬間に感じた思いが、寸分の狂いもなく同じ事に、俺は酷く安堵したのだ。

 

 

 あの時の俺と今この瞬間の俺。あの時の意固地になって周りに壁を作っていたころの俺の思いを理解できなくなって久しいが、何を良いと思うのか、何を悪いと思うのかという根本的な部分の変化が無いという事は、つまるところそこの部分は特に変えなくていいという事の証左である。

 

 

 俺は確実に進歩している。それが証明されるとは、今日は何て良い日なのだろうか。

 

 

 道を阻む藪をハンターナイフで切り払いながら、俺は一人頷いた。

 

 

 とはいえ樹海への不快感が無くなった訳ではなく、藪の中からこちらの動向を窺っていたランポスを憂さ晴らしもかねて散弾で蹴散らしながら、俺は唾を吐いた。

 

 

 そもそも何で俺がここにいるのか? 

 

 

 その理由は今から何日も前に遡る。

 

 

 龍歴院が最近始めた通信資格講座で博士号を手に入れてから数日後、俺は唐突にドンドルマのギルドに呼び出された。

 

 

 意味が分からなかった。何が悲しくてあんなところまで何日もかけて遠出なぞしなくちゃいけないのか。何より呼び出された理由が、『博士に相談したい事がある』というものであったので、ギルドマネージャーにそれを伝えられた瞬間に、俺の中の何かがこれは碌でもない事だぞと、自信たっぷりに断言していた。

 

 

 当然だろ? 俺は博士号取ったばかりで何の功績も上げてなんかいないんだぞ? 論文だって最終試験で書いたもの一つっきりだ。タイトルは『通常種のドドブランゴとその亜種の生息域の差異から考察する環境適応への考察について』

 

 

 これは最近狩ったドドブランゴ亜種から着想を得たもので、通常種と亜種でまるで正反対の気候に住むこいつらを中心に、亜種やその派生種についてある事無い事書いたものだ。

 2ndG時代ならまだまだ生態研究なんて碌に進んじゃいないだろうから、そこら辺の事を交えた論文なら受けがいいのではないか、と考えて書き記したのだが、結果は予想通り。満点回答とはいかないものの俺の論文は受け入れられ、俺は晴れて博士号を手に入れられたわけだ。

 

 

 これで研究を名目に堂々と狩猟依頼をサボれると狂喜していた矢先に、この呼び出しである。

 

 

 嫌な予感しかしなかった。

 

 

 村の出口にわざわざ気球で迎えに来たギルドの連中を見てその予感はさらに高まり、ドンドルマのギルドに着いた途端上の階にある応接室に通され、そこで待っていたギルドマスターがにこやかな笑みを視界に居れた瞬間に確信へと変わった。

 

 

 逃げ出したい衝動を何とか堪え、ギルドマスターから話を伺ってみると、なんでも樹海に生態調査で出かけていた調査団とその護衛のハンターが謎のモンスターに襲撃されたという。

 調査団がモンスターに襲われるという話は別に珍しい話でも無いのだが、その襲い掛かってきたモンスターは今まで見た事が無い、未知のモンスターだったという。

 

 

 謎のモンスターの()()()()()()()()()()()、強さにまるで歯が立たなかった一行は這う這うの体で撤退。

 

 

 そのモンスターの正体を掴むためにハンターを派遣したかったのだが、現在付近に手練れのハンターはおらず、また学者共も余程怖かったのか、樹海へ行くことに及び腰になっている始末。

 

 

 調査のための露払い役のハンターもおらず、調査のための学者も役に立たないという事態に、ギルドはお手上げ状態。

 どうしたもんかと頭を捻っているとこに、龍歴院の行っていた通信資格講座で初の博士号を取ったというハンターの話が耳に入った。更にそのハンターは大陸で数名しかいないというG級ハンターというではないか。

 

 

 これ幸いとばかりにその話に飛びついたギルドにより、晴れて俺に白羽の矢が立ったという事でした。ちゃんちゃん。

 

 

「笑えないんだよ糞が」

 

 

 ここに至るまでの道程を思い出していくうちに、その時に感じた怒りが再び再燃焼し始めた。いつの間にか目と鼻の先でのたうち回っていたドスランポスのどてっ腹を怒り任せにレベル2通常弾で執拗に抉りながら、俺は天を仰いだ。

 

 

 過去に感じたことが同じであるという事は良い事だとさっきも話したが、何故かは分からないが不愉快な話というものは良かった話よりも大幅に誇張される傾向にある。

 どうしてだろう? 悪い記憶よりも良い記憶の方が良いに決まっているのに、俺たちは悪い記憶の方がよく残るのだ。

 

 

 何故だ? まさか俺たちの本能は悪い記憶が残っていた方が都合がいいとでもいうのだろうか? 

 

 

 おかしいとは思わないか? 喉元過ぎれば熱さ忘れるという言葉があるが、それこそ我々人類の本質ではないか。

 人類は忘れる生き物だ。どんな事があろうがどんな事が起きようが、時間が経てばその記憶は劣化し、風化し、ともすればねじ曲がり、自分の都合の良いように解釈し、いつしか思い出す事すら無くなり記憶の中へと埋没する。

 

 

 その癖都合の悪い記憶は、その程度が悪ければ悪い程喉の途中に引っかかり続けるのだ。質の悪い事に普段は全く主張してこないのに、ふとした拍子にその存在をチクリと垣間見せ、俺たちを酷く不快な気分へと叩き落とすのだ。まるで忘れるなとでもいうかのように。

 

 

 まったく、余計なお世話にもほどがある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そうこうしている内に、俺たちは調査隊が撤退する羽目になったモンスターと交戦した地点へとたどり着いた。

 

 

 元は拠点であったであろうそこは、見るも無残に破壊されていた。

 

 

 テントの残骸があちこちに吹き飛ばされ、持ち込まれていた書類や支給品ボックスの残骸がそこかしこに散らばっていた。

 俺の足元には食料が入っていたであろう大袋が転がっており、中身はとっくの昔にモンスター共に持ち去られていて、風に晒されて虚し気にぱたぱたと揺れていた。

 

 

 ありとあらゆる機材がそのままなのを鑑みるに、連中はよほど焦っていたらしい。野晒しの書類を見れば、襲撃当時の慌てようが目に見えるようだった。

 

 

 俺たちは互いに顔を見合わせ、それからうんざりとため息を吐きながら、各々の作業へと取り掛かっていった。

 

 

 マサムネとヨシツネが散らばった書類をかき集めている姿を目尻に、俺は黒い毛が付着した擦れ跡に近づいてその毛と泥をナイフで削ぎ取り、腰に吊ってあるカンテラめいた籠の中へと入れた。

 その途端籠の中に入っていた明るい粒子が暴れ狂い、一つの塊となってひとりでに籠から飛び出して今しがた調べた痕跡とは別の痕跡へと群がるように飛んでいった。

 

 

「何ニャそれ?」

 

 

 痕跡に群がる光に来劣られたヨシツネが、かき集めた書類の泥を払いながら訝し気に目を細めた。

 

 

「『新大陸』から送られてきた新技術の内の一つさ。『導虫』というらしいぜ」

「へぇええ。ギルドの奴、良くそんな貴重な物貸し出してくれたじゃないか」

「G級特権様様さ」

「は!」

 

 

 そんな風に無駄口を叩きながら俺たちは仕事を済ませ、ある程度目処が付くと休憩もかねて飯にすることにした。

 

 

「糞、こんな面倒な事を任されるなら、博士号なんぞとるんじゃなかったな」

 

 

 シチューの入った鍋を囲みながら、俺は吐き捨てた。

 

 

「へへへ、まさに骨折り損のくたびれ儲けだな」

「馬鹿を言うな。儲けなんぞ三千世界で3度豪遊できるぐらいにはあるわ」

「だった因果応報ニャ。普段の行いが悪いから巡り巡ってこういうことになるニャ。おおくわばらくわばら。願うならこの不幸な流れに巻き込まれないように祈るニャ。明日は我が身ニャ南無阿弥陀仏」

「上手いこと言っているつもりなら、お前はとんだ頭ランポスだな」

「あ?」

「じゃなきゃアイルーの形をしたババコンガさ」

「あ゛ぁ゛!?」

 

 

 取っ組み合って殴り合いを始めた馬鹿二人から視線を外し、残っていたシチューを飲み干すと俺はささっと片づけを始めた。

 片づけ終わると俺は水筒の水を飲む、()()()()()、背負っていた武器へと手をかける。

 

 

 空模様を気にしているように顔を空へと向けながらさりげなくオトモたちに目を向けると、二人とも取っ組み合いながらも己の獲物にいつでも手がかけられるようにしていた。

 

 

 それが分かると視線を戻し、俺は水筒から手を放した。

 

 

 水筒は派手な音を立てて地面に落ち、俺はわざとらしく声を上げながら、屈み込んだ。

 

 

 瞬間、ずっと背後からこちらの隙を伺っていた気配が膨れ上がり、轟音がしたかと思えば風切り音を伴って鋭い殺意が俺を目がけて突っ込んできた。

 

 

 俺は屈み込みながら溜めていた力を解放し、ばね仕掛けめいて跳躍。バク転で首を狙った刀翼のかわし、着地と同時に背中の『カホウ【凶】』を抜き放ち、火炎弾をその背中にぶっ放した。

 

 

「グギャア!!?」

 

 

 バランスを崩し、苦悶の声を上げてのたうつ襲撃者には悪いが、さっさと帰りたいので手心を加える事無く俺たちは手筈通りに淡々と事を成した。

 

 

 俺はじたばたと左右に揺れる顔面に火炎弾をぶち込みまくり、ヨシツネが大タル爆弾で硬い刀翼を吹き飛ばした。マサムネは逆立つ毛に注意しながら丁寧にその尻尾を切り落として無力化した。

 

 

「ガ……ガワ……ガワワ……」

 

 

 ヨシツネの仕かけたシビレ罠が起動し、瀕死の襲撃者はがくがくと痙攣した。

 

 

「……はあ……」

 

 

 俺はため息を吐きながら首を振り、哀れな襲撃者の顔面に捕獲用麻酔弾を撃ち込んで無力化した。

 

 

「終わりニャ?」

「じゃあ帰るか」

「はーははは……ならさっさと信号弾を打ち上げようぜ」

 

 

 マサムネに促され、俺は頷きかけるとポーチの中をまさぐった。

 

 

 実に呆気ない幕切れだが、まあ何がいるのか知っていればこんなもんだろう。

 

 

 俺は()()()()()()()()件の襲撃者へと目を向けた。

 

 

 確かに素早い動きには目を見張るものがあったが、正直期待外れも良い所であった。更に言えば気配を消す技術も杜撰であり、体格も小柄な事から、この個体は相当経験の少ない若い個体なのだろうという事が窺えた。

 

 

 そう思った所ではっとなり、ポーチをまさぐる手が止まった。

 

 

 固まった俺を訝し気に見上げてくるオトモに目もくれずに、俺は次々湧き出てくる憶測に溺れていった。

 

 

 今回の生態調査に連れられたハンターたちは皆上位の実力者だったと聞く。それがこんな弱っちい個体に後れを取るか? 

 更に言えば全く未知の個体とはいえ、4人いて無様に敗走するなんて事あるか? 上位だぞ? 下位の身の程知らずの鉄砲玉じゃない。引き際を心得た実力者たちが、そんな有り様になるか? こんな雑魚相手に? 

 

 

 胃に氷水でも流し込まれたみたいに全身が冷えてゆく。いつの間にか周囲から音が消えていた。生き物の気配が欠片も感じ取れなくなっていた。代わりにむせ返る様な死の気配が濃密にこの空間に満ちており、数多の疑問は絞られ、俺は一つの疑問に行き着いた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()? 

 

 

 その考えに思い至った時には、気が付けば俺はオトモ二人を抱え上げて身を投げ出していた。

 

 

 一瞬遅れて、背後から黒い死の風が吹いた。

 

 

 先程の拙い強襲とは訳が違う恐ろしく洗礼され、数多の血を啜ってきた鈍色の妖刀が、俺の頭の数ミリ先を音もなく通過していった。

 

 

 銀色の頭髪が数本切り取られ、陽に反射してキラキラと輝きながら地面へとゆっくりと落ちていった。

 

 

 俺はオトモを放り投げ、その巨体の癖に殆ど音も無く地面に着地し、逆立てた尾をぐるぐると旋回させて威嚇する黒き獣、件の上位ハンターを蹴散らした謎のモンスター、『迅竜ナルガクルガ』へ向けてカホウ【凶】を向けた。

 

 

「くそ、ついてねぇや」

 

 

 俺の泣き言に返答するかのように、怒れる親は咆哮した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2ndGの時は雷よりも火の方が効くんですよね。


何で変わったんでしょーか?コレガワカラナイ


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絶影

遅くなって大変申し訳ないです。


 思うに、こうなる事はあの人間の団体を追い払った時にすでに決まっていた事だったのかもしれない。

 

 

 あの日は初めから、何処かおかしかった。

 

 

 太陽が真上にある時間に不意に目が覚めたのもそう。人間の団体を追い払う際に必要以上に傷つけてしまったのもそう。あの日を境にやけに喧しくなった鳥竜共もそう。

 

 

 思うに、彼らは予感していたのかもしれない。これから起こる悍ましい死の予感に。

 

 

 嫌な予感は消えることなく日々増し続けた。私の苛立ちを子は察したのか、私の顔を見つめては小首をかしげて不思議そうにしていた。

 育ち盛りの子を前にこれ以上弱い姿を晒すわけにはいかなかった。故に、私は増し続ける嫌な予感をひた隠しにし、連綿と受け継がれる狩りの仕方を粛々と教え続けた。

 

 

 そして、その結果がこれか。

 

 

 視界の先に、筒状の道具から放たれた物により、子が倒れ伏していた。

 

 

 死んだかと思った。その瞬間、体中の血流が加速し、爆発的な力が爪の先から尾の先端まで浸透する。

 

 

 だがよく見れば、子はか細いが、確かに息をしていた。死んだように眠っているだけであった。

 敵は怖ろしい手練れであった。あの時追い払った人間とは比べるべくもない。子が敗れるのも、無理はなかった。()()()()()()()()

 

 

 関係ない。それがどうした。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()、何であれ、我が縄張りに侵入し、あまつさえ子をあのような目に合わせた者へやる事は一つだけだ。

 

 

 人間が子に向かって一歩踏み出した瞬間を狙って、私は飛び出した。万力の怒りを伴って。一筋の流星となって。

 

 

 しかし、無限の怒りを持って振るわれた翼は、紙一重でかわされた。

 

 

 飛び掛かりの勢いを利用して反転してもう一度飛び掛ろうとしたが、それは体勢を立て直した人間が筒状の道具を向けているのが目に入り、断念した。

 

 

 人間は全身を様々な竜や獣の皮や鱗で鎧っていた。ちぐはぐで実に奇抜な格好であったが、見た目に騙されてはいけない。臭いを嗅げば分かる。あれは夥しい屍を覆い隠す、一種の擬態なのだ。

 

 

 従者の獣人共もそうだが、彼らからは恐ろしい程の死の匂いがした。

 

 

 関係ない! だからどうした! 

 

 

 かつてない程の死の気配に臆した心が、再び燃え上がるのを感じた。

 

 

 そうとも、関係ない。

 

 

 たとえ相手が死神であろうとも、我が縄張りに入ったのであれば、やる事は何ら変わらない。

 

 

『────』

 

 

 死神が何事かを呟いた。

 

 

 それを皮切りに、私は飛び掛かった。死神に尾を掴ませないように、影すら置き去りにして真っすぐに。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「ゴルァアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 憤怒の咆哮が、静まり返った樹海を震わせた。ティガレックス程とは言わぬが、それでも並のモンスターを遥かに凌駕するほどの音量で放たれたそれは、トチノキに圧力となって降り注ぎ、視線の先のナルガクルガの姿を霞ませた。

 

 

「野郎、何つー声を……ッ!?」

 

 

 トチノキは目の端に涙を浮かべながら耳を塞いでいた手を放し、正面を睨んだ。しかし、その先にいたはずのナルガクルガの姿が影も形も無い事に驚愕して目を見開くと同時に、背後へと振り返りながらカホウ【凶】のシールドを展開した。

 

 

 その直後、凄まじい衝撃がシールド越しに伝わり、トチノキは堪らずたたらを踏んだ。

 

 

(クソ、角度が甘いッ! 衝撃を受け流しきれてない!)

 

 

 トチノキは痺れる腕に舌打ちを零しながら、振り終えた尾を引き戻しつつ後方へ跳んで飛来したブーメランと小タル爆弾をかわすナルガクルガの着地地点に向けて発砲した。

 

 

 痺れが抜けていないにも拘らず正確無比に顔面に向けて放たれた火炎弾を、ナルガクルガは驚異的な反射神経で反応し、最小限の動作でかわすと、細かく左右に跳ねながら翼刀で切り付けてきた。

 

 

「シャアッ!」

「舐めんな!」

 

 

 霞んで見える程の速度で振るわれた翼刀を、トチノキは再びシールドで受けた。

 先程は不意打ち故に受け流しきれなかった。しかし今度はきちんと認識したうえでのシールドでのガード。しくじる事などありえない。

 

 

 防がれた衝突に備えていたナルガクルガは、目の前で起こった光景に目を剥いた。

 

 

 助走を得て振るわれた翼刀の一撃は先ほど放った不意打ちとは訳が違う。たとえ防がれようとも吹き飛ばすだけの威力と速度が乗っていたはずだった。

 しかし、その必殺の一撃は、トチノキの展開したシールドによって()()()()()()()()()()

 

 

 トチノキは翼刀が当たる瞬間に僅かにシールドを傾けたに過ぎない。にも拘らず、たったそれだけの動作で彼女の翼刀は魔法のように逸らされたのだ。

 

 

 結果、吹き飛ばして隙を作る筈だった一撃はトチノキの薄皮一枚切ることなく空を切り、逆に致命的な隙を晒す事となった。

 

 

「熱いの喰らえ!」

「ギャッ!?」

 

 

 トチノキはその隙に火炎弾を連射した。

 

 

 一発、二発。放たれし火炎はナルガクルガの豪黒毛を燃やし、厚鱗を焼き尽くし、その奥の肉を舐め回した。

 

 

「グギャアアア!!!」

 

 

 未だかつてない激痛に堪らず悲鳴を上げるナルガクルガは、しかし放たれた三発目の火炎弾を翼刀で受ける事で強引に痛みによる拘束から脱すると、顔面を狙った執拗な射撃を跳躍する事で回避。そのままトチノキの背後へと回りこんだ。

 

 

 トチノキはリロードを終えたカホウ【凶】を構えながら、背後へと回ったナルガクルガへと向き直った。

 

 

(跳躍の時に体に着いた火も消したか……)

 

 

 火炎弾が着弾した顔面は焼けただれており、片方の目は煮崩れ、完全に失明していた。3発目を受けた翼刀は高熱により融解し、半ばからひん曲がっていた。追撃を受けた体も顔面ほどではないが、それでも露出している肉の一部が炭化しており、ぶすぶすと焦げたにおいが風に乗って鼻腔を刺激した。

 

 

 満身創痍の有様だが、残念ながらそれは見せかけだけに過ぎない

 大型の飛竜という生き物は、一晩寝ればどんな傷でもたちまち治ってしまうという。

 

 

 

 一晩でどんな傷でも、というのはさすがに誇張表現が過ぎるが、餌を喰い、適度な睡眠をとり続ければ大概の傷ならば数日で完治する。欠損部位までは治らないだろうが。

 ただ、それがG級というレベルにまで育った化物というのであれば、もしかしたら欠損部位まで治ってしまうかもしれない。

 

 

 そう思わせるだけの迫力が、目の前の怪物にはあった。

 

 

 怒りを通り越して激昂したナルガクルガの残った右目は煌々と輝き、憎悪と憤怒で燃える瞳は片時もトチノキから逸らされることはない。

 

 

「なる程、茶番は終いという訳だ」

 

 

 凄まじい激情に臆しそうになる心を軽口で誤魔化しながら、トチノキは緩慢に動きつつナルガクルガの背後に忍び寄っていたオトモ二人に指で合図を送った。

 

 

 瞬間、目の前の影が()()()

 

 

「──―ッ!」

 

 

 トチノキはすかさず横へと飛んだ。その途端、風切り音と共に地面が爆ぜた。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 トチノキは見た。

 

 

 自分が一瞬前までいた場所を叩き割った棘だらけの黒い鞭のような物を。

 

 

 体勢を立て直したトチノキはすぐさま発砲した。しかし発射された火炎弾は黒き影の残した残像を突き抜けるばかりで、彼女の巨体をかすりもしない。

 

 

「ニ゛ャ゛―ッ!!!」

 

 

 目で追えないと判断したヨシツネは小タル爆弾の塊を空中に放り投げた。一発当たれば御の字。怯みでもすれば大金星。我が主ならばそこからあっという間に討伐にまで持っていけると確信しての必殺の投擲。

 

 

「シィイイ!!!」

 

 

 やたら滅多らに降り注ぐ小爆発の雨を、影はかいくぐり、切り払い、尾から射出した棘で叩き落し、何と一発も被弾する事無く切り抜けた。

 

 

「うっそだろお前!?」

「キエーッ!」

 

 

 驚愕に目を見開くヨシツネとは対象に、こうなるであろうと読んでいたマサムネが爆撃地点を抜けた影に向かって狙いすましたブーメランを投げ放った。

 

 

 最短距離で突き進んだブーメランは空中にいる影の体を切り裂くべく、高速回転しながら亜音速で迫った。

 

 

 そして今まさに黒い影に命中するかに思われたブーメランは、()()()()()()()()()()、そのまま持ち主の手へと戻ってきた。

 

 

「何ぃ!?」

 

 

 マサムネは目を剥いた。視線の先で空中に身を躍らせる黒い影が、ぼやけ、雲散した。

 

 

(バカな、()が追っていたのは奴の残像!? まず──―)

 

 

 気付き、慌てて振り返った先にあったのは、今まさに前足を叩きつけようと振りかぶる黒い影の姿であった。

 

 

「おいおい、冗談じゃ……」

 

 

 思わず毒づくマサムネにお構いなく、影は前足を振り下ろそうとした。

 

 

 が、突如として黒い影が弾かれるように横へと吹っ飛んだ。

 

 

「よそ見は良くないぞ!」

 

 

 影を吹き飛ばしたトチノキの砲撃だった。体勢を立て直した影は脇腹に新しく刻みつけられた焼け跡の火を消すと、滴る血もそのままにトチノキへと飛び掛った。

 

 

 トチノキは足首を狙った翼刀の一撃を小ジャンプでかわし、続けざまに振るわれた尾をシールドで受け、反動で後方へ跳び距離を取り、発砲。

 

 

 こちらに向けて飛び掛かろうとしていた影は瞬時に跳躍の方向を変えると、小刻みに跳ねまわりながら、多少の被弾をお構いなしに四方八方からトチノキへと執拗に攻撃を加えた。

 

 

「この、ちょこまかと鬱陶しい奴だなお前は!」

「ゴアァアアア!!!」

 

 

 影の攻撃を流し、かわし、防ぎながら、トチノキは歯がゆそうに眉を顰めた。

 

 

 攻撃は当てている。ダメージは与えてはいるが、そのどれもが致命的とは言えない。今はまだこちらが優勢と言える様な状況だが、それは薄氷の上の極めて綱渡り的な状況の連続を運良く切り抜けられているに過ぎない。

 

 

 向こうは弱点部位に致命打を数発撃ち込まれなければ死なないが、こちらは一発まともに食らえばそれだけでキャンプ送りである。

 このまま長期戦にもつれ込めば、スタミナ切れに陥るのは間違いなくこちらなのだ。

 

 

 故に、トチノキは勝負に出た。

 

 

「素早く動けるのが、お前だけだと思うな!」

「ニ゛ャ゛―ッ!!!」

 

 

 ヨシツネの投げた小タル爆弾の弾幕により生じた爆炎に乗じて距離を取ったトチノキは、カホウ【凶】を抱え上げた。その途端、彼の輪郭に青白い光が生じた*1

 

 

「グルル……」

 

 

 そのころ影は隙を見せたトチノキへ飛び掛かる寸前であった。

 

 

 退くか、進むか。

 

 

 一瞬の躊躇いの後、彼女は飛び掛かる方を選んだ。警戒よりも、憎悪の方が勝ったのである。

 

 

 何をしようと無駄な事だ。

 

 

 影は加速した。頭の片隅でがなり立てる死の予感を憎悪の奔流で押し流し、必殺の一刀でもってあの人間を仕留め切る。

 

 

 加速した世界は、次第に動きを鈍らせ、ついには泥めいて沈殿した。

 

 

 あらゆるものが動きを止め、ただ自分の体だけがその中をゆっくりと突き進む。殺意を持って。

 

 

 そして、後ほんの数ミリでトチノキの体に翼刀が触れるかという刹那に、影は見た。

 

 

 翼刀が体に触れた瞬間、彼が纏う青白い光が水の飛沫めいて散ったかと思えば、有り得ない挙動で身を捻りながら、翼刀の一撃を受け流したのである。*2

 

 

「ゴルアアッ!?」

 

 

 憎悪に支配されていた影の思考が、この時ばかりは真っ白になった。想像の埒外の現象に、加速した思考は乱れに乱れた。結果、着地に失敗した影は大きな隙を晒す羽目になった。

 

 

 慌てて体勢を立て直し、トチノキへと体を向けた瞬間、受け流した反動を利用して装填し終えたトチノキの放ったレベル2散弾を全身に受けた。

 

 

「グウッ!」

 

 

 体中に痛みが走るが、先の火炎弾の直撃に比べれば耐えられる範囲である。

 それよりも気になったのは、トチノキが纏う青白い光が先ほどよりも強くなっていっている事だ。

 

 

「ゴルアアッ!!」

 

 

()()()()()()

 

 

 そう悟った影は即座に思考を切り替え回避に専念して動こうと試みたのだが、散弾の密度はあまりにも濃く、加えてトチノキの射撃の精密さは彼女の退路を悉く潰し、着実に輪郭の光を強めていった。

 

 

「オトモ、()()()()()()()! 離れてろ!」

 

 

 トチノキが叫ぶようにそう言うと、投擲準備に入っていたヨシツネとマサムネは即座に武器を仕舞い込んで間合いの外へと離れていった。

 

 

 その間も影は状況を立て直そうと地を跳ね、木を蹴り、滑空を交えて縦横に逃げ回ったのだが、それでも立て直すことはできなかった。

 

 

 そして、トチノキは精細さを掻いた動きを読み切り再び真正面から散弾を浴びせかけ、ついに光は最大限まで高まった。

 

 

「よお大将待たせたな。お詫びに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 瞬間、光が、()()()

 

 

「グルアアアア!!!」

 

 

 恐るべき予感に突き動かされ、影は跳躍し、青白い光を纏う白鬼に向けて尾を叩きつけた。影の持つ技の中で最も威力の高い渾身の尾の叩きつけ攻撃。

 

 

 当たればどんな相手でも絶命させることが出来た。

 

 

 どんな相手でも。

 

 

()()()()()()()()

 

 

 傍から見て棒立ちの白鬼を目がけて尾は振るわれた。

 何十個もの大タル爆弾Gを一斉に起爆したかのような衝撃が、樹海を震わせた。

 

 

 土埃が何百年と根を張る木々よりもなおも高く立ち昇り、対立する両者の視界を遮った。

 

 

「ゴァアアア……」

 

 

 影は尾に力を入れ、めり込んだ尾をすぐさま引き抜いてその場から離れた。

 

 

 渾身の一撃は当たってはいない。振るわれた尾に、肉体を破壊する手ごたえが無かった。

 

 

 あの人間は、あの棒立ちの姿勢から、よけたのだ。あの神速の一撃を! 

 

 

「ッ!!」

 

 

 地面に着地した影は、すぐ真横に気配がある事に気が付き、咄嗟に翼刀を振るった。

 

 

 しかし振るわれた翼刀は、そこにいたと思われた人間を通過し、何事も切り裂く事無く降り抜かれた。

 

 

「グラッ!?」

 

 

 影は何度目かの驚愕に目を見開く。

 

 

 彼女の視線の先でその姿がぼやけ、雲散した。

 

 

「ギャアッ!?」

 

 

 驚愕によりこじ開けられた緊張の一瞬の隙間に、まるで影の如く滑り込んだ一発の弾丸が、彼女の肉体を深くえぐった。

 

 

「ははははは!」

「グルル!!」

 

 

 怯み、後退る彼女を嘲笑う声の方向へ顔を巡らすが、そこにすでに白鬼の姿は無い。

 

 

 あるのは、飛来する数発の弾丸だけ。

 

 

「ゴァアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 影は吠えた。

 

 

 我が領域を荒らし、子を傷つけ、自らの肉体をこうまで痛めつけるだけに飽き足らず、この私と速さ比べだと? 

 

 

「グルァアアアア!!!」

 

 

 さらに怒りを募らせた影は、四肢に莫大な力を籠め、ありったけ溜めてから、その力を解放した。最早影すら置き去りにする勢いで、黒き影は駆けだした。

 

 

「お」

「あ?」

 

 

 戦場から離れ、遠巻きに戦況を眺めていた従者の視界から、影と白鬼の姿が掻き消えた。

 

 

 一瞬の静寂の後に破砕音だけが空気を震わせ、放たれる剥き出しの殺意の応酬に従者たちは生唾を飲み、込み上げてくる怖れを奥歯を噛みしめてただひたすらその時が訪れるまで耐えていた。

 

 

 黒き殺意は瞬く間に白き影に追いついた。

 

 

 殺意を凝縮して振るわれた尾は空気の壁を突き破り、音すら置き去りにして白鬼へと迫った。

 

 

 頭部を狙った殺意を屈んで避け影の斬撃を直角に曲がる事でかわした白鬼は反転して発砲。

 

 

 顔面を狙った致命的な弾丸だけかわし後の弾丸は肉体の強靭さだけで受け切り、影は強引に攻撃を実行する。

 

 

 弾けとぶ肉片や燃え盛る黒毛を散らしながら、影は爪で引き裂きにいった。

 

 

 白鬼は執拗に振るわれる爪を小刻みに跳ねまわる事でかわし続け、爪を避ける度にカウンター気味に発砲し影の肉体を着実にそぎ落としてゆく。

 

 

 しかし怒り狂った影は多少の負傷を物ともしない。逆に傷を負うたびに攻撃は激しさを増し、殺意の応酬はその度に激しさを増した。

 

 

 影は蝶のように舞い、白鬼は蜂のように刺した。

 

 

 影は蜂のように刺し、白鬼は蝶のように舞った。

 

 

 白鬼は弾丸を散弾へと切り替えて乱射した。空間全てを埋め尽くすかのような弾丸の壁を、影はきりもみ回転しながら突っ込み肉体を傷つけながらも強引の接近しそのまま噛みつきに行った。

 

 

 素早い上に隙の無い極めて恐るべき攻撃を白鬼は横に跳んで回避した。

 

 

 更に飛来する棘の弾幕をシールドを展開して防ぎつつ下段を攻めてきた尾をさらに深く地に身を沈めることで避けた白鬼は芋虫めいてころがりながら燃える弾丸を複数回発砲した。

 

 

 一発目。

 

 

 影は飛び跳ねる事でこれをやすやすとかわす。

 

 

 二発目。

 

 

 着地の勢いそのままに、姿勢を低くした状態で前に出る事でこれもかわす。

 

 

 三発目。

 

 

 これは二発目のすぐ後ろに巧妙に隠されていたものであった。反応が間に合わない。そう判断した影はひしゃげていた方の翼刀で受けた。それによりついに翼刀は完全に溶け落ち、使い物にならなくなった。

 

 

 構わない。だからどうした。

 

 

 代償は大きかったが、ついに自らの間合いへと近づくことができた。

 

 

 影は確信した。これで終わると。

 

 

 その予感に突き動かされ、放たれていた殺意が目の前へと凝縮され、脳髄へ流れ込み、視界が明滅し、主観時間が泥めいて停滞した。

 

 

 向こうも同じ判断を下したらしい。

 

 

 視線の先の白鬼は最早逃げ回る足を止め、地に根を張ったが如き仁王立ちで、堂々とこちらを待ち構えていた。

 

 

 憎悪と殺意が交じり合い、影の瞳の眼光は一層鋭く研ぎ澄まされた。それはさながら熱せられた一振りの刀の如く。

 対する夜の結晶の如き黒紫の瞳は、まるで湖の底の如く暗く、深く、凪いでいた。

 

 

 最後の攻撃に選択した部位は、やはり翼刀であった。

 

 

 影は残っている方の翼刀に全ての力を注ぎ込み、飛び掛かった。

 

 

 流星のように飛び出し、影は翼刀を振るった。それは間違いなく生涯で一番の一刀であった。

 

 

 完璧なタイミング。完璧な軌道。敵の呼吸の僅かな乱れに合わせて振るわれたこの一刀。避けられるはずが無い。

 

 

 避けられるはずが──────

 

 

 鈍化した世界の中で、白鬼はゆっくりと盾を展開した。

 

 

 ない──―

 

 

 それは暫し前の一刀のリフレインであり、あの瞬間からまだ数分程度しか経っていない。それはあまりにも早すぎる因果応報であった。

 

 

 突き進む鈍色の流星は、白鬼が展開した盾に接触した瞬間、絶妙な角度で傾けられ、莫大な殺意が、憎悪が、僅かな火花を散らしながら明後日の方向へ飛んでいった。魔法のように。

 

 

「──────」

 

 

 ナルガクルガの巨体が、殺意に引っ張られて白鬼の上をゆっくりと飛び越えてゆく。

 

 

 地響きを立てて、彼女は背中から大地へと落下した。

 

 

 首を左右に振って藻掻いている内に、銃口を向ける白鬼と目が合った。

 

 

 世界が吹き飛び、無音の瞬間が訪れ、暗黒の只中にナルガクルガと白鬼だけがあった。

 

 

 白鬼の瞳はただ凪いでいた。そこに喜びも悲しみも無かった。ナルガクルガの瞳には憤怒と憎悪があった。そして僅かばかりの──────。

 

 

 白鬼は引き金を引いた。

 発射された火炎弾は螺旋の軌跡を空中に刻みながら空気の壁を突き進み、呆けた様に開け放たれたナルガクルガの口の中へ吸い込まれるように入り込んだ。

 

 

 僅かな膨張の後、ナルガクルガの頭が吹き飛んだ。

 

 

 ぶわっと吹きすさぶむせ返る様な血の匂いと熱波に、白鬼は眉一つ動かさずにただ淡々とヘビィボウガンから薬莢を排出し、次弾を装填した。

 そして機械的に構え、残心した。

 

 

 頭部を失ったナルガクルガはピクリとも動かない。

 そこにはかつて子を思い、死の予感を感じながらも立ち向かった母親の面影はなく、ただ腐敗するだけの肉の残骸だけがあった。

 

 

「ふぅ────────―………………」

 

 

 白鬼は太い息を吐き、吐き、吐き、それからヘビィボウガンを折り畳み、背負ってから顔を覆うヘルムを取った。

 

 

「気分はどうニャ?」

 

 

 全てが終わり、近づいても問題ないと判断したヨシツネが、後ろにマサムネを引き連れて、ナルガクルガの死骸を一瞥しながら問いかけた。

 

 

「最悪」

「だと思ったよ」

 

 

 分かり切った返答を聞きながら、マサムネは信号弾を打ち上げた。

 

 

 近づいてくる、招かれざる客たちの気配を遠くで感じながら、トチノキは帰還した後の事に思いを馳せて天を仰ぎ、うんざりと首を振った。

 

 

 それから視線を目の前のナルガクルガへと戻す。ただ子を守るために戦い、惜しくも命を散らした母親の亡骸。

 

 

 可哀そうに。彼女が命を賭して守ろうとした子は、これから人間というふざけた生き物に好き勝手に弄ばれるのだ。

 全ては発展のためだの自然と調和するためだのとなんだのとかんだのと大義名分を掲げながら。

 

 

 トチノキはため息を吐いた。

 

 

 そのとき強い風が吹き、ざわざわと木々が葉擦れの音を立てた。

 

 

 それが、彼には、どこかこちらに対し、怒りを孕んだ唸り声に聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
ブレイヴスタイル

*2
イナシ




ブレイブヘビィ気持ちよすぎだろ!


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ドンドルマにて

長々お待たせして申し訳ありません。
その上糞長いとか…ちょっと配慮ってもんが足りんととちゃうか?


 わいわいがやがや。

 

 

 ごとごとどすどす。

 

 

 耳に入るのは、老若男女話し声や荷馬車にぎちぎちに詰められた荷物の窮屈そうな音。

 ここにいると、あたかも人で形作られた迷路にでも入り込んだ気分になってくる。

 

 

 

 窮屈な村を出て、この街を目指す若者も多い。そうして、皆一様にこの街の規模と燃え上がる様な活気に度肝を抜くのだ。

 

 

 大樽を抱えた屈強な男たちが、道行く人々に怒鳴り散らしながら、軍隊さながらに行進する。

 草の根の如く張り巡された人の足をかき分けて、子供たちが笑いながら走り抜けていく。

 

 

 きらびやかな鎧を身に着けた狩人の一団が、周囲の人々の羨望の視線を一身に浴びながら、和気あいあいと語り合いながら腹を満たすために入る店を吟味している。

 小奇麗な衣服を身に着けた獣人が、もの珍しそうな視線にさらされながらも懸命に売り込みを行っている。

 

 

 村落とは比べ物にならない程の活気に満ちたここは『ドンドルマ』。

 

 

 大陸内でも最大規模を誇るこの町は豊富な資源、豊富な人材を惜しげもなく使い、それこそ大陸の王国の城下町にすら匹敵するほど賑わいをみせている。

 その規模に呼応するようにギルドもまた大きく、様々なハンターたちが出入りしている関係上、名の売れたハンターもちらほら見受けられる。

 

 

 とは言ったものの、確かにギルドの規模は街相応に大きいが、この町のハンターズギルドを取り仕切るギルドマスターが酒場にばかり入りびたり、ついには「いちいち行き来するのが面倒くさい!」という理由から、なんとその酒場にギルドの受付を設けてしまったのだ。

 

 

 おかげで昼間っから酒浸りになるハンターが増え、酒場(ギルド)では昼夜問わずに様々な鳥獣の鎧で着飾ったハンターたちが祝杯を挙げており、彼らの声が途絶えることは一時として無く、いつ何時も賑やかで、華やかで、そして実に喧しかった。

 

 

 だが、ギルドを通り過ぎ行く住民たちに不快感をあらわにする者は一人としていなかった。

 それは、彼らがハンターたちの命を懸けた闘争の果てに今この平和を享受できている事を良く知っているからだ。

 

 

 それ故に千鳥足を踏むへべれけのハンターが隣を横切ってもあぁまたか、と口に出しはするものの、住民たちの浮かべる表情は柔らかい。

 

 

 さてさてそんな喧しく、個性的な者たちが跋扈する華やかなギルドに、一人の男が現れた。

 

 

 きぃっと微かな音を立てて押し開かれたドアの向こう側から現れた男をまず初めに目にしたのは、入り口近くの席で飲んでいたハンターであった。

 彼は仲間と談笑しながら酒を飲んでいて、たまたま背後を振り向いて、ぎょっと目を見張った。その男の装いを目にした途端に酔いは吹っ飛んでしまった。それはあまりにもその男の装いが奇抜であったからでだ。

 

 

 ハンターにとって防具とは象徴である。その者が身に着けている防具を見れば、実力の程やスタンス、性格というものが見えてくる。

 ランスを扱うものならば防御力に秀でたバサルシリーズやザザミシリーズで身を固めたり、逆に双剣や片手剣などを扱うものならばボーンシリーズやコンガシリーズで身を固めたり、武器の運用スタイルによって身に着ける物は様々だ。

 

 

 またそれらの防具は強力なモンスターの素材を多量に使う関係上、ほぼ必然的に見た目が派手になってしまったり、傍目から見れば奇抜に映る事もしばしばある。

 しかしそれは空を支配し、野を駆け回る雄々しいモンスターたちを下した証であり、自らの腕を示す指標であるのだ。

 

 

 故に、例え不格好であろうが似合っていなかろうが、尋常のハンターたちは頭からつま先に至るまで完全に同じモンスターの防具を身に着けている。自分はこれだけのモンスターを下したんだぞ、と周囲に誇示するために。

 

 

 だからこそ、突如として現れたハンターの異常としか言いようのない見た目に誰しもが度肝を抜かしたのだ。

 

 

 そのハンターは頭部、胴体、右腕、左腕、下半身と、身に鎧っている防具は全てバラバラであった。

 まるで実用性というものを度外視したその防具の選び方は、初心者にありがちな、強そうな防具ばかりを選んで身に着けたかのような不格好さで、見る者が見れば不快感に顔を顰める程である。

 

 

 まるで歩くチンドン屋めいたその恰好は、ハンターという職を冒涜しているとしか思えなかった。

 素材になったモンスターへのリスペクトも、用途による付け替えという線も感じ取れない、防具を身に着けるうえで絶対にやってはいけない組み合わせとして教科書に乗せられるであろう。

 

 

 謎のハンターが物珍しそうに首を巡らせながらゆったりとした足取りで店内を見回しながら歩を進めれば、誰しもが厳しい、ないし軽蔑の視線を送った。

 

 

 と、厳しい視線を送るハンターたちをかき分けて、一心不乱に近づいて行く者あり。

 

 その者の身長は2メートルを超える巨躯をバサルSシリーズで覆い、背負うグラビモスの素材で作られた豪槍グラビモスによってそのシルエットは倍近くに膨らんでいた。

 

 

 彼はこのギルドでもそうはいない『上位』のクエストを受けられる強者として名を馳せていた。しかし彼を見つめる視線には畏怖と興奮がない交ぜとなったものばかり。

 

 

 その理由は、彼は非常に厳格な性格であり、尚且つ熱しやすい精神は不正を見ればたちまち燃え上がり、喧嘩と見るや率先して首を突っ込んでは双方を殴り飛ばし、延々説教をする始末であった。

 

 

 そんな彼が、ふざけているとしか思えない格好のハンターを目にすれば、これから何が起きるのかは火を見るよりも明らかであった。

 

 

 いかめしい顔に青筋を浮かべ、ぎりっぎりっと周囲にまで聞こえる程の歯軋り音を立てながら、バサルのハンターは大股で謎のハンターへと近づいて行く。

 一歩距離が縮まるたびに周囲の期待と興奮、そして同情は比例して高まってゆき、後一歩で手の届く範囲に間合いが狭まれば、息を呑む音があちこちから聞こえた。

 

 

「フーッ! フ―ッ!」

 

 

 口の端から泡を飛ばし、息を荒げながらバサルのハンターは丸太めいた腕をぬっと伸ばし、人の頭蓋をすっぽりと覆いつくせる掌で頭を掴みに行った。

 

 

 アッと声を上げる者がいた。

 

 

 捕まる。

 

 

 誰もが思い描いた凄惨な光景を、しかし謎の男はまるで唐突に立ち止り、くるりと後ろを向くと、バサルのハンターへと向き直り、そして。

 

 

 

「おやおやおや、どうもこんにちは勇敢なるハンター殿。ってアナヤ! それはバサルシリーズ!? しかも上位のバサルモスを倒した者だけが身に着ける事の許されたバサルUシリーズではあるまいか!? アナヤ! アナヤ! 何たることだ! つまり貴殿は通常種のバサルモスだけでは飽き足らず蛮勇を超えた先にある誉ある上位の! しかもバサルモスを倒し、その鎧を手にした真の勇敢なるハンターという事と推察する! おぉよもやこれ程の強者と相対することができようとは何たる幸運であろうか!? やや! その背に負う獲物はもしや……豪槍グラビモス!? ナムアミダブツ! あの恐るべき岩山グラビモスすら貴殿たる英傑は下したというのか!? ブッダ!? 下位とはいえグラビモスを倒し! それすら凌駕しかねない地獄から来た魔物たる上位のバサルモスを……下した!? あぁ! あぁ! いいいい言わずとも良い! 私は分っているとも! 貴殿の鎧の汚れ具合や擦り切れ具合から見ればそれが誇張でも虚言でもない事は私のような素人研究者でも一目見ればわかるとも! ゴウランガ! 何たる常人を遥かに超えた体躯が織りなす突撃を持って岩山すら粉砕するであろう剛腕をその瞬間を見ずとも想起することができる猛々しき傑物であろうか!?」

「「──────」」

 

 

 開かれた口より放たれたるは、言葉の洪水。

 周囲で聞いていたハンターたちはもとより、真正面から聞かされたバサルのハンターは到底受け止めきれることができず、自分よりも二回りは小さい男から放たれる情報の本流に堪らず一歩後退る事となった。

 

 

 男は一息に言い切りいったん閉じていた口を再び開こうとしたのだが。

 

 

「な、なあおい。あんた」

 

 

 また情報の洪水を聞かされたのでは堪るまいと、男の近くにいたクックシリーズで身を固めたハンターが言葉を発せられる前にインターセプトした。

 

 

「ンッンッン~何かね勇敢なハンター殿?」

 

 

 男はぐるりと首を巡らし、クックのハンターへと顔を向けた。あの脳髄を直接殴りつけられるかのような情報の洪水に再び晒されるのかと身構えたが、クックのハンターの見せた咄嗟の機敏に周囲からほっとため息が聞こえた。

 安堵のため息があちこちで上がる中、男の凝視を受けたクックのハンターは冷や汗を流していた。

 

 

 完全に頭を覆うタイプの頭部鎧を身に着けているためこちらを見つめる男の表情を窺うことはできず、感情の機敏を感じ取るには唯一露出している双眼から推察するしかない。

 

 

(こいつ……何つー目をしていやがるッ!)

 

 

 だが、その目が問題であった。

 男の黒紫の瞳は人間の目をしている。だがまるで人間のする目では無かった。

 

 

 見つめ合っていた時間にすれば僅か数秒程度であったが、その僅かな時間だけで男の内に潜む巨竜めいたアトモスフィアを十分に感じていた。

 

 

「あ、あぁ、さっきの話であんた研究者っていってたけど、あんた学者様なのか?」

 

 

 からからに乾いた喉から発せられた声は、驚くほどに掠れていた。ほんの少し前までビールで十分に潤っていたはずなのに。

 この圧迫感の中、声を発せられただけで大金星である。クックのハンターは自分を褒めてやりたかった。

 

 

「ン……ン~? ……あぁ!」

 

 

 男はおどけたように首を傾げ、それから合点が行ったように一人頷くと大仰な仕草で一礼し、名乗った。

 

 

「あぁ失敬、気持ちが先走りすぎてしまってアイサツが遅れてしまいましたな。ドーモ勇敢なるハンターの皆さま、ハジメマシテ! 私はトチノキ。名もなき龍歴院の新米研究員でございます。どうぞお見知りおきを!」

 

 

 男が、トチノキと名乗る男が自らの正体を明かすと、周囲のハンターたちは納得がいったように頷いた。

 なるほどハンターならばいざ知らず、学者ならば、このような奇抜な格好をしていてもおかしくは無い。

 

 

 学者、特にモンスターを研究する学者というものは、変わり者が多い。

 例えば鳥竜の生態の研究専門とする者がある鳥竜にのめり込みすぎてそのモンスターの頭を模した頭鎧を裸一貫で四六時中身に着けていたり、昆虫類の生態を研究するうちに夏に囚われてしまった者がいたりと、特定の種への知識を深めていくうちに、戻れなくなってしまう者が多いのだ。

 

 

 彼らハンターとてモンスターの放つ不思議な魅力というものは重々承知で、学者と同じように特定のモンスターにのめり込んで戻ってこられなくなるような者だっている。ゲリョスを愛する男、フルフルにのめり込む女。

 ただいつの世も知識職と現場職には溝が広がっているもので、学者たちは全く気にしていないがそういう恰好をした学者を見ると、ハンターたちは後ろ指を指さずにはいられない。まあ要するに同族嫌悪のような物だ。

 

 

 先程の陰口は何処へやら、ハンターたちは思い思いの事を口にした。

 だから俺は言ったんだこの方は学者様に違いないって、嘘をつけこの野郎お前あいつはドキドキノコをキメたイカレ野郎って決めつけていただろうが、何じゃとこら表へ出ろ、良いぜ生かしちゃおかねぇ、止めろ馬鹿野郎ども、先生様ならあの恰好は納得だぜ、全くどうして私たちはあんなに目くじらを立てていたのかしら。

 

 

「そ、そうか……じゃあここに来たのも研究のためかい先生?」

「然り、数日前に樹海で新種のモンスターが発見されたようで、その調査、そして報告をしに野を超え山を越え、こうしてはるばるやって来たのですな」

「なるほどなあ、新種のモンスターか」

 

 

 男の目的を聞いたハンターたちは互いに頷きあったり、トチノキへと会釈したりしながら新種のモンスターとやらについて話し合った。

 樹海で新種のモンスターの発見だと? そんな話聞いてねえぞ、お前みたいな三流ハンターにそんな重要な話が行く訳ないでしょ、何だとお前獲物を抜け殺してやる、上等だ俺の水剣ガノトトスの錆にしてやる、新種のモンスターとはどんなモンスターなんじゃろうな、それを今から調べるんだろ、俺に言わせりゃ新種のモンスターなんてアプトノスみたいなもんだぜ。

 

 

「そういう訳なので、私はこれにて失礼するよ。ギルドマスターに報告書を提出せねばならないのでね。では()()()()()勇敢なハンター諸君」

 

 

 言葉を切り上げたトチノキは最後にバサルのハンターの肩を景気良く叩き、肩を揺らしながら受付嬢の案内について行き、ギルドの奥へと姿を消した。

 

 

 その背を目で追いながら呆然と佇んでいたバサルのハンターに、底意地の悪そうな笑みを浮かべながらクックのハンターが絡みに行った。

 

 

「よう大将、悪い奴は見つかったか?」

「フ、フーンク……」

 

 

 バサルのハンターはバツの悪そうな顔でクックのハンターを睨みつけ、それから手近のハンターからジョッキを奪い取り、残っていた酒をがぶりと飲み干すと、とぼとぼとした足取りでギルドから出て行った。

 

 

 バサルのハンターが出て行くと、ギルドの中は堰を切ったかのような大笑いに包まれた。

 男も女も、アイルーも手に持つジョッキやコップなどを振り回し、やんややんやの大喝采だ。

 

 

 誰かが言い出した先生様万歳の叫びに全員が続き、祝杯を挙げた。

 

 

 何処から出てきたのか、吟遊詩人まで現れて山のように巨大な龍の話や、砂漠に現れた銀色の太陽の話をひとくさり謳いあげた。

 

 

 乱痴気騒ぎの中、しばらくしてギルドマスターのいる部屋から出てきたトチノキは、そのあまりの乱れぶりに面食らって立ち尽くした。

 目ざとくその姿を見つけたハンターが一杯どうだい、と彼に酒を進めたのだが、明日に響くと面倒だから遠慮しておくとすげなく断り、2匹のめかし込んだアイルーに連れられてギルドを出て行った。

 

 

 トチノキが出て行った後もハンターたちは飽きずに騒ぎ倒し、ようやく落ち着きを取り戻した時にはすっかり陽は暮れており、これでは狩りにいけないなと開き直って、ハンターたちはまたぞろ騒ぎ始めたのであった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 次の日の朝、ギルドのクエストボードに一枚の張り紙が張り付けられていた。

 

 

 内容は本日の正午に、闘技場でイベントがあるという旨の簡潔なものであった。

 

 

 ハンターたちは首を捻った。闘技場で催し物が為されるのは別に珍しいことではない。しかしそういうことをやる場合、必ずと言っていいほどギルドは大々的に宣伝を行っていた。

 なのに今回はそういう話を全くと言っていいほど聞いておらず、訝ったハンターたちは銘々の意見を言い合った。

 

 

 何だ今度は何だってんだ、またぞろギルドが悪だくみ考えてやがんのさ、イベントねぇ、観戦は自由らしいぞ、何をやるんだろうな、できれば派手なやつが良いな、ついに俺の出番ってか、お前じゃねえ座ってろ、出しゃばるなデブ、何だと殺す、やってやれやってやれ。

 

 

 売り言葉に買い言葉で、酒の抜けきっていないハンターたちの乱闘騒ぎはギルドナイトが出張って来るまで続き、乱闘騒ぎを聞きつけた住民たちまで観戦し始めた。

 そして集まった住民にハンターたちがイベントの事を伝えるや、集まってくる者は雪だるま式に増え、闘技場は瞬く間に満員となった。

 

 

 正午までもう間もなく。告知すらされていない急遽のイベントにも拘らず満員の観客席は、此度のイベントの内容でもちきりである。

 一体何を見せられるのであろうか。誰もかれもが自分なりの意見を隣席の者たちと話し合い、笑ったり、逆上しては殴り合ったり、歌ったりしていた。

 

 

 そしてついに正午を迎えると、おなじみのファンファーレ*1が鳴り響き、観客たちのざわめきは徐々に鳴りを潜め、ついには風の吹く音すらはっきりと聞こえる程の無音となった。

 

 

 観客たちが静かになったタイミングを見計らったスタッフたちは速やかに動き、闘技場の扉を開き、その奥に潜んでいた怪物を解き放った。

 

 

「「ワオオ―ッ!!!」」

 

 

 開け放たれた扉から出てきたモンスターを見るや否や、観客たちは興奮により声をからして叫んだ。

 

 

 深紅の堅殻、小山めいた巨体を支える逞しい足、自身の体すら覆いつくすほどの大きさのその翼。雄々しき青の瞳が放つ眼光は、猛り狂う命の炎に燃え盛っていた。

 空の王者、火竜リオレウス。間違いなく闘技場での人気ナンバー1のモンスターである。

 

 

「グォオオオオオオオオオ!!!」

「「ワオオ―ッ!」」

 

 

 リオレウスが咆哮すると、それに呼応して観客たちの興奮のボルテージは跳ね上がった。

 普段ならば絶対に見る事の叶わない上位相当のリオレウスがこんなにも間近で動き、その戦いぶりを見せてくれる。

 

 

 これが興奮せずにいられるか。モンスターの花形の姿に、皆が大興奮していた。

 

 

 観客の興奮ぶりが頂点に達したのを見計らって、スタッフたちは反対側の、挑戦者側の扉を開いた。

 

 

 ガゴンと音を響かせて扉が開くと、ぴたりと歓声が止んだ。

 

 

 完全に開き切った扉の奥から現れる挑戦者の姿を、彼らは固唾をのんで見守っていた。

 誰が出るのか。どんなハンターがあの雄々しき空の王者を相手取るのか。

 

 

 観客たちの興奮は臨海寸前だ。それはさながら噴火前の火山のようだった。

 

 

 やがて静かな足音と、それに伴う鎧のカチャカチャとした音が、微かに聞こえ始めた。

 

 

「ワオ……え?」

 

 

 そしてついに出てきた挑戦者の姿を見た観客は興奮に叫ぼうとし、しかしその姿を見た瞬間に出てきたのは困惑の声であった。

 

 

「何あれ?」

「何ですかあの恰好は?」

「開始前のパフォーマンス?」

 

 

 観客全員の視線は挑戦者側の扉から現れたハンターの姿に注がれた。

 

 

 現れたのは全部位がちぐはぐの、奇妙なハンターであった。

 

 

 統一感がまるでなく、コンセプトのコの字も見当たらない、滑稽とすら思えるような鎧の着こなし。なのにその恰好には不釣り合いな大弓*2を背負っている。

 

 

 闘技場は困惑に包まれた。特に先日ギルドにたむろしていたハンターたちの困惑は大きかった。

 

 

 何せ先日自らを研究員と名乗った男が、なぜか挑戦者としてそこに立っているのだ。これで困惑するなという方が無理な話である。

 

 

 観客の困惑をよそに、闘技場に放たれた両雄はすでに臨戦態勢に入っていた。

 

 

「グルル……」

 

 

 リオレウスは両足で地面を掻き、唸り声をあげて眼前の小さな挑戦者に威嚇した。が、まるで堪えた様子を見せない相手に、リオレウスは口の中に火炎を迸らせ、あいさつ代わりと言わんばかりに火球を吐き出した。

 

 

 いきなりのスタートに、観客たちはどよめいた。だが観客たちはこれから起こる出来事によってさらなる驚愕に襲われることとなる。

 

 

 火球が着弾し、爆音が轟くのと、リオレウスが悲鳴を上げるのはほぼ同時であった。

 

 

 観客はあっと驚いた。怯んで仰け反るリオレウスの目元に、冷たい煙がもうもうと立ち込める矢が突き立っていたのだ。

 

 

 ざわめきがさざ波めいて広がる中、リオレウスもまた驚愕していた。

 

 

 火球を放った。そこまでは良い。この火球はあくまで牽制用だったので、当たろうが避けられようがどっちでも良かった

 相手は反応できなかったようで、火球が間近に迫っているにも拘らず棒立ちであった。当たると思っていた。

 

 

 だが当たらなかった。

 

 

 彼の動体視力はかろうじて捉えていた。

 

 

 火球が当たるほんのゼロコンマ数秒の間に、相手のハンターは横にステップを踏んだ。赤い残光を後に残して。

 横に跳んだハンターは瞬時に練り上げられた力を解放し、矢を放ったのだ。

 

 

 放たれた迷いなく突き進み、そして過たず自分の目元を穿ったのだ。

 

 

 ぞくりと背筋が粟立った。

 

 

 リオレウスは反射的に後へと飛んだ。それが彼の命を救った。

 

 

 頭部を狙った矢がぎりぎりそれ、胴に突き刺さった。

 

 

「グォオオオ!?」

 

 

 凄まじい冷気にリオレウスは堪らず悲鳴を上げる。

 

 

「何だ……何が起きている!?」

 

 

 驚愕と困惑に悲鳴じみた叫びをあげるハンターに、誰しもが答えられなかった。

 

 

 闘技場の中で何かが起きている。何か、怖ろしい事が。

 

 

 誰も目で追えなかった。当のリオレウスでさえ。

 

 

「ガアッ!」

 

 

 奇抜な格好が視界の端に映り、リオレウスは反射的に翼を叩きつける。

 

 

 が、翼が叩きつけたのは一瞬前までハンターがいた地点であり、当のハンターはその少し横で弓を構えており、硬直の一瞬の隙を狙って顔面に矢を放った。

 

 

「グッ……グォオオ!!!」

 

 

 沸騰した空の王者はその場で跳び上がり、折りたたんでいた一対の巨大な翼を開き、大空を舞った。

 

 

 調子に乗るな! 双眼に怒りを燃やしながら地上を見下ろした彼が見たのは、顔面付近に跳んでくる、小さな球状の物体であった。

 

 

 これは……まず──────。

 

 

 危険信号は、爆音と閃光が塗りつぶした。

 

 

 バランスを崩し、地上に落とされた空の王者はめちゃくちゃに翼と尾を振り回した。

 

 

 取り乱すリオレウスとは裏腹に、ハンターの動きは落ち着いたものであった。恐ろしいほど精密な間合い管理により、ハンターは繰り出される闇雲な反撃をどれ一つくらうことなくさばき切り、その合間合間に的確に反撃の一矢を叩き込んでいった。

 

 

「グラアアア!!!」

 

 

 満身創痍の空の王者は憤怒と苦痛を籠めた尾の一撃で、付近一帯を薙ぎ払った。

 

 

 ハンターは何と退くことなく、逆に自ら尾に向かって突っ込んでいった。

 

 

 何を!? 困惑するリオレウスや観客たちは、次の瞬間奇跡を目の当たりにする。

 

 

 振るわれた尾に向かって、ハンターはジャンプした。タイミングが狂えば下半身を持っていかれるであろうそれはハンターの足の下のぎりぎりを通過してゆく。そこでハンターは足を突き出し、通過する尾を踏みしめ、さらに高く飛んだ。

 

 

 そう、それは最早跳んでいいるのではなく飛んでいた。

 

 

 高く飛んだハンターは優雅とすら言っていいほど悠々とした佇まいで弓を引き絞り、矢を放った。

 

 

 一射。

 

 

 反動で二射

 

 

 更にその反動でもう一射。

 

 

 目が見えるようになったリオレウスの鋭い尾の一撃を身を捻ってかわすと同時に一射。

 

 

 着地と同時に一射。その反動でもう一射。

 

 

 神業だ。ハンターが空中にいたのはほんの数秒間程度だ。そのたった数秒間の間にで6度もの強力な矢を叩き込まれたリオレウスは最早虫の息となっていた。

 あまりの光景に、闘技場は静寂へと包まれていた。誰もが我を忘れていた。誰もが目の前の神秘的とすら言える光景に見入っていた。

 

 

「カッ……カッ……」

 

 

 凄まじい冷気が身を苛み、痛みでふらつくリオレウスの前で、ハンターは止めを刺すべく矢筒に手を突っ込み、気合を入れて、勢いよく引き抜いた。

 その途端凄まじい冷気が解き放たれ、白い濃霧のような靄が溢れ出た。

 

 

 歪な、先端が雪の結晶めいた恐るべき弓矢であった。

 遠巻きに見ているにも拘らず、その矢が発する冷気に観客たちは冷や汗を流した。

 

 

「グ……グルォオオオ!!! ゴォオオオ!!!」

 

 

 間近で見ていたリオレウスは観客たちの比ではない程の危機感を感じていた。しかし、もはや逃げるだけの体力は残っておらず、ブレスを吐こうにも冷気によって火炎が阻害され、最早吐く事すらできなかった。

 

 

 ハンターは片膝を立て、恐るべき矢を弦につがえ、ぎりぎりと引き絞った。凄まじい力が弓に集まっている。弓から聞こえてくるぎりぎりという音は、さながら大気が悲鳴を上げているかのようだ。

 

 

 そして、ついに竜の一矢は放たれた。

 

 

 大気を切り裂き、猛烈な勢いで突き進む一矢は、リオレウスの堅牢な堅殻をあっさりと突き破り、内部の肉を凍り付かせ、すべて凍り付かせるよりも早く肉体を貫通し、それでもなお勢いを損じる事無く飛び、飛竜のブレスすら受け切るネットをあっさりと突き抜け、彼方へと飛んでいった。

 

 

 ハンターは結果を待たずすぐさま矢筒から矢を引き抜き、弦につがえて構え、残心した。

 

 

 事切れたリオレウスは靄を上げながらぐらりと揺らぎ、地響きを立てて倒れ伏した。

 死した体はピクリとも動かず、魂の抜けきった躰はところどころが凍り付き、まるで氷河から運び出されたかのような有様だった。

 

 

 鹿威しを打ったかのような静寂が、闘技場を包み込んだ。

 夢や幻のような時間だった。何もかもがあっという間に過ぎ去った。

 

 

 感動と興奮で、呆然と立ち尽くす者も少なくない。

 

 

 誰もが思った。

 

 

 お前はいったい何者だ? 

 

 

 その思いにこたえるかのように、ハンターは頭を覆っていた鎧を外した。

 

 

 風が吹いた。降雪地帯特有の身が引き締まる様な一陣の風が。

 

 

 彼らは皆一様に口をあんぐりと開け、目を見開き、凝視していた。地上に出現した、銀の太陽を。

 

 

 流れるような銀の髪を首元まで伸ばし、女と見まがう顔は眉目麗しく、白い肌はまるで雪の精霊の様で。

 

 

 突き刺さる数多の視線など気にも留めずに、ハンターは弓を折り畳み、つがえていた矢を矢筒に戻すと、ぱたぱたと手で顔を扇ぎながら、言った。

 

 

「あつい……」

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 

 初めはか細い、吐息のような声だった。

 

 

 誰が言ったか分からぬその呟きに追従するように、ぽつりぽつりと似たような声が少しずつ聞こえ始め、やがてどこからでも聞こえだし、ついには地鳴りのような吠え声へとなった。

 

 

「「ワオオオオオーッ!」」

「アイエッ!?」

 

 ハンターが狼狽えた様にびくりと肩を震わせ、何が何だかわからぬとばかりに辺りを見渡した。

 

 

 そんな事など知らぬとばかりに、観客たちはただ叫んでいた。

 

 

 ずっと話には聞いていた。

 

 

 白き神の伝説を。白鬼の武勇を。

 

 

 御伽噺だと思っていた。

 

 

 夢見心地で聞いていた。

 

 

 だが、ついに彼らはその御伽を自らの眼に、耳に、脳髄にへと刻みつけたのだ。

 

 

 ハンター、白雪鬼。

 

 

 彼を称える声は、本人がそそくさと奥へと引っ込んだ後も、延々途切れることなく続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
パープー

*2
アイシクルボウⅡ



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