転生した私はコズミック・イラの立会人になろう。 (ひきがやもとまち)
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プロローグ

*思いつきでの独立連載の為、サブタイトルとかは今のところ考えられてない次第です。


 諸君らは、パプティマス・シロッコという名で呼ばれた男をご存じだろうか?

 

 なに、大した男ではない。己が野望のためティターンズとやらいう碌でなし組織に加担して身を滅ぼした、愚かで傲慢な野心家だった男のことさ。

 

 だが、なぜ今になって私がそんな男の話をしているかと言えば、“先頃死んだ私が”転生の神に求めた転生対象の名が、そのパプティマス・シロッコだったと言うだけのこと。

 そして求めた転生先は宇宙世紀とは異なる歴史を歩んだ地球世界。

 

 『機動戦士ガンダムSEED』の大西洋連邦にである。

 

 ・・・なに、心配ない。別に連合などと言うヤクザやティターンズと変わらぬ組織に肩入れして世界をこの手にするなどと、大それた野望を持ってのことではない。ただ、パプティマス・シロッコの天才的才能がなければユニウス戦役で起きた愚かな時代の流れは変えられないと感じただけに過ぎぬのさ・・・。

 

 ふふ、これも傲慢に感じられてしまう言葉だったかな・・・?

 だが、そう言うべき男なのだよ。パプティマス・シロッコと呼ばれた男は。

 

 そして今の私は、コズミック・イラの立会人になるためパプティマス・シロッコに転生した身である以上、そう見られるのは仕方のないことだと割り切るとしよう。・・・ククク。

 

 

 

 

「――パプティマス・シロッコ技術主任。先頃ザフト軍司令部は貴様を士官として任じ、隊長を示す白服を与えることを正式に決定した。謹んで受領するように」

「はっ。光栄であります。ご期待に添えられるよう微力を尽くします」

 

 国防委員長の執務室で、委員長手ずから渡された白色の軍服を受け取りながら私は実直な軍人に相応しい態度と口調と表情を心がけた答弁を繰り返す。

 

「・・・言うまでもないことだが本来、モビルスーツ開発で多大な功績のある貴様を危険きわまる前線に送り出すのは本意ではない・・・。

 が、『現場で実機に乗ってみなければ解らないこともある』とする貴様の強い希望を容れ、妥協した決定であることを強く胸に刻み適切な対応を取ってくれるものと確信した故でのものだ。判っているな?」

「はっ。不肖の身に特別なご配慮、まこと感謝に耐えません。このご恩には必ず報いさせて頂く所存であります」

「うむ」

 

 鷹揚に頷き返しながら目の前の男、プラント評議会国防委員長の座にあるパトリック・ザラ――『SEED』世界における最大級の戦争犯罪人の片割れはデスクの引き出しを開けて一枚の書類を取り出すと、私の方へ向けて差し出してくる。

 

「貴様の配属先には士官学校で同期だったらしい、クルーゼ隊のヴェサリウスを推薦しておいてやった。形としてはクルーゼ隊の副隊長として奴を補佐する立ち位置になるだろう。実践と理論の違いというものを先任であるクルーゼからよく学んでおくように。――以上だ」

「はっ! 失礼致します!」

 

 敬礼し、踵を返すとキビキビとした足取りで歩み去って行く私の背中に「シロッコ」と、親しげな声が――あるいは、親しげを装った声が――かけられたので振り返る。

 

 視線の先には“将来の”ザラ議長がおり、その顔には友好的な笑みを浮かべているが、どこかしら昏い陰を感じさせる微笑みでもあった。

 

「――貴様には“期待している”」

「・・・はっ。閣下。必ずや」

 

 双方、含むところのある遣り取りを終え、私は軍本部の建物内にあるロビーを足早に通り過ぎ出入り口へと向かい、外に出て軽く深呼吸して毒気を吐き出す。狸の相手をするというのも存外に疲れるものだった。

 

「さて・・・これからどうするか・・・?」

 

 まだ建物のすぐ近くにあるという地理的な問題から、監視カメラの目などを意識した発言で監視者たちの目を欺きながら私は周囲を軽く見渡し、これから行くべき先について考える。

 今日はこの後これと言った予定もなく、共に過ごす恋人――メインヒロインとなり得そうな女性との出会いもなかった寂しい十代少年の時を過ごした敵キャラでしかない私だが、どうやら良き友人には恵まれていたらしい。

 

 本部ビルの近くに止めてあった車の1つからクラクションを鳴らす音が聞こえ、そちらに目をやると見慣れたセダンのフロントガラスが開かれて、親しく付き合う友人の顔が笑みと共に現れる。

 

 私はその顔に、苦笑を以て返す演技を“して見せる”。

 

「やぁ、クルーゼ隊長殿。迎えに来てくれたのかい? わざわざ君が来るほどのことでもなかろうに・・・」

「ご謙遜を。ザフトにおけるモビルスーツ開発の権威である若き天才様が軍に入隊されたのですから、タクシー役ぐらいは小官如きが如何様にも請け負わせて頂きますよ、シロッコ副隊長殿?」

 

 我々は同時に笑い出し、過剰なほどに大きい笑い声で後方から盗み見ている2人の黒服たち白い目を向けられるのを感覚によって確信する。

 

 演技を続けながら我々は、落ち合う予定だった場所へ自然と向かえるよう示し合わせた訳でもない息の合った会話を繰り広げてゆく。

 

「なに、せっかく技術者から軍の指揮官に出世したんだ。昇進祝いに一杯やろうと誘うのは、友人としては当然のことだと思ったのでね。迷惑だったかな?」

「とんでもない。喜んで誘いに乗らせてもらうとも。・・・しかし、その言い様だと今日は君の奢りと言うことでよいのかな? クルーゼ?」

「いいや、もちろん君の奢りだよシロッコ。君の昇進を祝う会なのだから、君の払いで気持ちよく飲むのが筋というものだ」

「おいおい、クルーゼ・・・?」

 

 わざとらしく不機嫌そうにしてみせる私にクルーゼは、同じくらいにわざとらしく俗っぽい笑顔を浮かべて見せてから敢えて物欲丸出しの台詞を口にだす。

 

「せっかく白服になれたのだ。高給取りに加われた喜びを早い内に実感するため、初任給は飲むだけでパァーッと使ってしまうのがいいだろうと思ったまでさ。白服の給料は君が思っているよりずっといいものなのだぞ? なにしろ他にも色々と役得が付いてくるからな・・・」

「なるほどな。そう言うことなら納得だ。ありがたく好意に甘えさせて頂くよ、白服の先輩ラウ・ル・クルーゼ隊長殿」

 

 もう一度だけ笑ってからクルーゼは車を走らせ初めて、それまでは敢えて付けっぱなしにしていたドライブレコーダーも「飲みに行くときまで付けておくのは無粋か・・・」と呟いてから切ってしまう。

 

 

 

 ――そこまでして、ようやく私たちは一息入れることが出来るのだった。

 まったく、なまじ有能すぎると上から目を付けられて利用されるか抹殺されるかの二つの一つしか道がないのがザフト軍という閉ざされた世界でのみ生き続けてきた者たちの軍がもつ欠点だな。

 

「・・・やれやれ、不便なことだ。求められた役割を演じ続けるというのも存外に難しい。以前までとは大違いだよ・・・」

 

 大きく息を吐き出しながら、運転席に座る男――仮面ではなくサングラスをかけた姿の『SEED』世界最大の悪役ラウ・ル・クルーゼが疲れたように笑ってみせるのを、私は苦笑しながら見つめ返す。

 

(変われば変わるものだ)

 

 と、感心しながら・・・。

 

「おいおい、君がそれを言うのか? 世界を欺き、全てを欺き、『人類など滅んでしまえ!』と叫んでいた仮面の男、ラウ・ル・クルーゼが?」

「言ってくれるなよ、シロッコ。私にも恥ずかしさを感じる人間らしい心ぐらい戻ってきているのだからな・・・」

 

 苦虫を噛み潰したような、と表現するには楽しさも混じえた悔恨の苦笑を浮かべてクルーゼは、服のポケットから薬の錠剤が入った小さな小瓶――ピルケースを取り出して見下ろす。

 

 それは以前まで彼が服用していた物と、“全く同じように似せて作られた”別物の薬。

 より正しく言い換えるなら『効果が桁違いで別物と言った方が正しい薬』だ。

 今の彼は私が長年の研究の末に作り出したコレによって『死の運命』から逃れる術を手に入れ、精神的な余裕をも獲得していたのである。

 

「・・・コレのおかげで私は常に「死の恐怖」に怯える日々を送らなくて済むようになった。

 いつ自分が死ぬのか、明日自分は生きていられているのかと、ビクビクして明日に怯えながら生きなくても良くなった。

 ただの命ある一個の命として人としての人生を、どう生きるかで悩み迷って考えられるようになったのだ。君のおかげで人間になれたのだ。これで変われない人がいるなら嘘だろう?」

「確かにな。君の言うことは間違っていない」

 

 私は大真面目に首肯して同意した後、おどけた笑顔で道化じみたセリフを言ってやる。

 

「――なにしろ作るのに、金と時間がかかっている。神の定めた運命を覆す禁断の領域、人の限界を忘れた愚か者の夢の結晶なのだ。これで効果がなかったら泣くに泣けないな、制作者としてはの話だが?」

「だから、それを言ってくれるなと言うに・・・」

 

 私は哄笑し、クルーゼは苦笑する。

 私が十数年がかりで手に入れた、望んだ結末へと至る道の肖像がここにある―――。

 

 

 ――実のところ、私がコズミック・イラの世界にシロッコとして生まれ変わったとき、プラントを選ばなかったのには幾つかの理由があった。

 

 まず第一に、私パプティマス・シロッコはニュータイプであってコーディネーターではない。ナチュラルなのだ。大人になった後ならシロッコのハイスペックに物を言わせて騙し通せる自信があったが子供の時もそれが通じる確証はない。

 クルーゼの子供時代と同じように地球でナチュラルとして生まれ、長じてからプラントに赴く方が安全であり確実であると考えた故でのことだった。

 

 そして第二に。こちらの方が本命というか狙いだったのだが、遺伝子工学について学ぶためである。

 プラントの遺伝子工学ではない、ナチュラルが持つ遺伝子工学に関する資料をコーディネーターを名乗る前に可能な限り知っておくこと。それはクルーゼを救うためには必要不可欠なことだったからだ。

 

 ご存じのようにコーディネーターの国家であるプラントと、ナチュラルによる国家連合体であるユーラシア連合・大西洋連邦とは、その創立された理由からして仲がきわめて悪い。

 戦争が勃発した後には事実上の国交断絶状態となり、平和目的だろうと何だろうと宇宙から地上に降りることが非常に難しくなるだろうことは想像に難くない。

 

 ならば戦争が始まる前から、訪れることが出来なくなる地が持つ情報を少しでも多く習得しておくことは技術者として当たり前のことでしかなく、やって当然の優先順位と呼ぶべき物だった。

 

 遺伝子工学ではコーディネーターの方が圧倒的に上だとは言っても、やはり歴史の浅い国の資料では抜け落ちている部分がないとは言えないし、なによりも『失敗の記録』は次の成功のため非常に重要な意義と価値を持つ。歴史学において敗戦国の資料が特級の国家資料として重要視されるのはそれが理由なのである。

 

 失敗から学ぶことの大切さは、無論技術や科学の面にも応用される。

 事実、生まれつき優秀で失敗しづらいコーディネーターが持つ栄光の記録よりも、生まれつき平凡なナチュラルたちが持つ敗北の記録の方が遙かに参考資料として役立ってくれた。

 

 なぜなら私が作りたかったのは『確実に安全にコーディネーターを生み出す技術』ではなく、『最高のコーディネーターを作ろうとして失敗した結果の出来損ないを救う技術』なのだから。

 

 

「ああ、忘れていた。今週の追加分だ。使いすぎることなど起きないとは思うが、念のために持っておいてくれ。何かあったとき君の手元にないかもしれないと思うとゾッとしない」

「ああ、すまない。ありがとう、感謝するよ。これが減るとどうにも不安になるのでね・・・」

「わかるよ」

 

 原作の彼を見て知っている私は、心からの理解を込めて同意する。

 彼は自分の頬を指でなぞり、昨日までと比べて今日はどうなっているのか、かわってはいないだろうか確認するように震える指で擦り上げてゆく。

 

 彼がそうまでして不安がる理由も理解できる。

 ――なにしろ薬は完全なものではない。彼は完全に死の運命より脱した訳ではないのである。またいつあの日々に逆戻りするかと思って不安に怯えてしまうのは仕方がない。

 

 『生きられるかも知れない』と知った者にとって、死は何よりも恐ろしいものだ。

 『死ぬ以外に道はない』と信じていた頃と同じ精神など求めるべくもないほど圧倒的に。

 

 

 ――結論から言えば、彼の身体を苛む生まれつきの欠陥、『常人の数倍の早さで減り続けるテロメア』の問題はパプティマス・シロッコの天才を以ってしても解決することは不可能だった。

 私がシロッコの才能と、遺伝子工学技術において他のガンダムを大きく引き離す『SEED』世界の二大勢力プラント連合の技術を掛け合わせて作り出すことが出来たのは、『テロメアの減退速度を遅らせる薬』と、その効果を高めるための食事療法各種による補助的な延命療法のみである。

 

 如何にテロメアが、遺伝子が複製される度に短くなってゆき、クルーゼが年老いたアル・ダ・フラガの体細胞から創り出されたクローン人間に過ぎなかったとしても。

 クルーゼはクルーゼであり、残り寿命が確定しているアル・ダ・フラガ本人ではない。やりよう次第では普通の人間と同じように死ぬことは出来ずとも、『今日明日に死ぬ心配だけは皆無』という状態にまで持って行くことは可能なのである。

 

 その結果がもたらした効果は、今見てもらっているとおりだ。

 クルーゼには死ぬまでの間に『死ぬための心の準備をする時間』が与えられたことで安心感が生まれ、周りのことに目を向けるだけの余裕が出来た。

 死ぬまでの時間に何をしようか?と、考えて実行しても途中で強制中断させられる可能性が大きく削られたのである。

 

 私はこの程度が限界だったかと、シロッコの才能を十全に活かしきれなかった今世の自分の凡人さに落胆したが、クルーゼは逆に「これだけでも十分だ」と本心から浮かべた笑顔で笑って返してくれた。

 

 おそらくはこれが、『寿命で死ねるのが当たり前』で生きてきた現代日本人と、『寿命が最初から短く設定されている』動乱期の人間との間に広がる死生観の差なのだろうと、私はおぼろげながら実感させられ、キラ・ヤマトたち原作オーブ勢と周囲との間の温度差に多少ながらも納得させられたものだ。

 

 

「そうだ。私の方も伝え忘れていたのだが、出撃は二日後の一二〇八、船は第三デッキに停泊してあるから、忘れずに来てくれたまえよ」

「ずいぶんと急な話だな。何かあったのか?」

「諜報部からもたらされたばかりの超一級極秘事項だ。軍事機密なので許可なき者に口外はできん・・・などと言うのは今更過ぎるかな?」

「破棄したとは言え、人類滅亡計画の『ついで』として、プラントをも滅ぼすつもりでいた謀臣の陰謀計画を聞かされた身としてはな」

 

 ははははは、とまたしても笑い声で満ちる車内。

 そして笑いを収めたクルーゼが、表情を改めて語り出す内容に私の方も知らぬ間に、戦時下の顔へと筋肉筋を動かされていた。

 

 ついに“あの日”が訪れたのである。

 

「三日前のことだ。オーブが所有する中立コロニー『ヘリオポリス』方面と向かう連合艦らしき艦影を哨戒に出ていたローラシア級が目撃した」

「ほう?」

「見たこともないフォルムをしていて、すぐに見えなくなったそうだが、コンピューターに照合させたデータにも存在しないことから連合の新造戦艦であることが予想される。

 ――が、軍上層部は『また時代遅れな連合お得意の艦隊決戦思想か』と左程に危険視していない。「敵の能力ではこの程度が限界か」と、相対的に重要視して“やっている”がね。真面目に対処する気がないのは明白すぎるざっくばらんな対処を命じられてしまったよ」

 

 そこらのコンビニで面白い新商品を見つけたらしいと、その程度の情報を話すように気楽な口調で語るクルーゼだが、その内容は彼が言うほど事態を楽観視してはいないことを意味していた。

 

 ザフト軍が誇るエース部隊を率いる彼が“その程度の重要性しかない任務”につけることを上が快く思う訳がない。彼がかなりの無理を言って出港許可を取り付けてきたのは間違いない。

 彼ほどの男がそれほどに重要視する“ヘリオポリス絡みの新造戦艦”・・・考えられることは一つしかあり得ない。

 

「だが、それでも出撃(で)るのだろう? そうするだけの理由は何かな? 教えてくれないかクルーゼ」

「勘だ。私の勘がそうしろと告げている。

 “アレを見過ごせば、いずれその代価を我らが命で支払わねばならなくなる”・・・と」

 

 ビンゴだ。予想通りの答えに、私の表情も厳しく、そして好戦的になる。

 いよいよ『奴』と戦えるのかと思うと、パプティマス・シロッコとして、1人のガンダムファンとして燃えるところがないはずが無い。

 

「故に出航許可を取り付け、補給も急ぐよう命じてある。

 ――が、どれほど急がせようと機械だ。人間の都合だけで早めるのには限界がある。どんなに急がせても二日後が限界だった。

 それまでに英気を養い、万全の状態で出撃して欲しいと願う隊長から新任の部下に対する心からの歓迎会だ。存分に飲み食い楽しむといい。君の奢りでな、シロッコ副隊長殿」

「・・・そこは出来れば、新任の部下に対する心遣いとして、隊長様からの奢りでとして欲しいところなのだがな? クルーゼ隊長?」

「それは次の機会にさせてもらおう。誰かと約束の一つでもしていた方が生き延びようという気にもなると言うものさ。

 それを教えてやるのが配属先の原隊指揮官として果たすべき義務・・・そのように解釈できるよう頑張ってくれたまえ、我が新しき参謀殿」

「・・・善処すると致しましょう、我らが戴く隊長殿」

 

 三度の笑い。戦場に赴くまえに訪れた束の間の休息時間に、戦士たちは休み英気を養い覚悟を手にする。

 敵と戦い、倒す覚悟を。必ず生き延びて帰ってくると誓う覚悟を。

 

 そして私は・・・・・・この狂った時代コズミック・イラが正常な時代の中の一つになれたことを目撃して、立会人となる。その為の覚悟を。

 

 

 今、時代の歯車が動き出す。

 その赴く先は誰も知らない、知らせない。

 未来を決める権利など、私が誰にも与えてやらない―――――――。

 

 

 

 

つづく




*『初見の方用の説明』

今作の主人公【パプティマス・シロッコ】の名字は、彼自身が転生者ではなく“憑依”転生者だったことから、アニメ版・近藤版・ゲーム版など複数のシロッコを融合させた『シロッコを演じる者』として間違いとされた方を採用する方式となっております。

また、作中で何度か使い分けているのは、アニメ版や近藤版、小説版などの媒体によって『シロッコ本人の行動内容や思想』も変化が大きかったからが理由。

ゴッタ煮シロッコとして、大雑把に『パプテマス』をアニメ版準拠のシロッコの言動を、『パプティマス』をアニメ版以外のシロッコの言動をする際などの違いを示すことで意識的に演じやすいように「使い分けてる」感覚となってる設定。



「ガンダム二次作」の時から何度かご指摘を受けてた部分について、今更ながら最初に説明文を持ってくるべきだと理解したので追加しておきました。

もっとも、一番の理由は作者が好きな綴りがソレだからで、ベースとしてるのもパプティマス。


このため「今作版での正式名称」は【パプティマス・シロッコ】が正解となります。

……まっ、シロッコにとって名前なんて【ただの記号】としか思ってないかもしれませんがね。
どっかの赤い彗星も、最終的には偽名が本名扱いされてたのを知ってるなら尚更に…


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第1話

 

 ・・・カタカタ、カタカタ。

 ヘリオポリスにある工業カレッジのキャンパスでキラ・ヤマトは、教授から依頼された資料の作成を端末で行いながら、画面の端には常に戦時速報を表示させる癖がついていた。

 

〈――では次に、激戦の伝えられる華南戦域、その後の情報をお伝えいたします。新たに届いた情報によりますと、ザフト軍は先週末、華南宇宙港の手前六キロの地点まで迫り・・・・・・〉

 

「・・・・・・」

 

 意識して付いた癖ではない。ただ、幼い頃を一緒に過ごした親友と離ればなれになる切っ掛けとなった戦争について、他のオーブ国人よりかは深く調べて知識があったことも事実ではあった。

 

「お、こんなところにいた。また新しいニュースか?」

 

 肩越しに突然、ぬっと顔を覗かせてきた学友の登場に驚かされながらも、キラは我に返り、

 

「トール・・・・・・」

「うわ、先週でこれじゃ、今頃はもう陥ちゃってんじゃねぇの、華南?」

 

 お気楽な調子であっけらかんとコメントしてみせる友人の言葉に曖昧な微笑で返していると、第二の友人にしてトールのガールフレンドでもあるミリアリア・ハウもやってきた。

 

「華南なんてけっこう近いじゃない? 大丈夫かな、本土」

「そーんな。本土が戦場になることなんて、まずナイって」

 

 不安を交えたミリアリアの言を、トールは悪意のない口調で笑い飛ばす。

 彼らの住むヘリオポリスは、中立国オーブが所有するコロニーで、オーブが今次大戦への参加を頑なに拒否し続けているのは確かな事実であったから、彼の言うことはあながち間違ってはいない。

 どんな言い訳をしようとも中立国を攻撃することは非難を免れない蛮行なのだから、正面の敵と矛を交えている最中にソレをするのは愚策以外の何物でもない。

 オーブが“中立を貫き通す限り”、そう簡単には彼らの故郷が戦火に飲み込まれるという事態にはなり得ない。“条約が正常に守られ続ける限り”においては絶対に――――。

 

「それよりもホラ、行こうぜ? 教授がお前のこと呼んでるぞ? また資料の編集手伝ってほしいんだってさー」

「え、本当に? うわ、この前の分だってようやく終わったばっかりだって言うのに・・・」

 

 彼らに誘われ、手を引かれながら歩き出すキラ・ヤマト少年。

 

 ――そうだ、戦争なんて僕たちとは関係ない。コンピュータを閉じたら終わってしまう、画面上の表示に過ぎないものなんだから――。

 

 “この時の彼”はまだ、そう思っていたし、そう信じていたから、裏表ない率直な笑顔をたたえながら手を引かれ、教授のいる建物へ向けて歩き出し、何気ない仕草で空を見上げる。

 

 ――その時だ。

 

「・・・・・・?」

 

 ナニカが遠く微かに見えた気がして、コロニーの壁を透かし観たかのように『青い宇宙』を実感したかのような錯覚に襲われたのは――――。

 

「今のは、いったい・・・・・・?」

 

 つぶやく彼に答えるのは、先を急ぎたいトールのせかす声のみ。

 その声に「ごめん、今行くよ」と普通に返して、今感じた不思議な感触を記憶の中から忘却の淵に沈めてしまおうとする彼。

 

 だが、不思議とその感触は彼の脳裏に残り続け、今後も彼に『不快な感触』を与え続けることになる。

 

 これが後に、『ユニウス戦役』と呼称される大規模な戦乱の影で活躍した二人の天才の最初の接触だったことを、今の彼は知らないし今後も知ることはない。

 

 なぜなら彼は最強のコーディネーター。

 最強に近い位置にいるニュータイプの青年とは力の性質が異なる才能の所有者だったから―――。

 

 

 

 

 

 

 

「そう難しい顔をするな、アデス」

 

 遠く窓外に浮かぶ、『宇宙世紀』のものとは全く異なる形状をしたスペースコロニー・ヘリオポリスを眺めていた私の耳に、クルーゼの声が聞こえてきたのでソッと振り返る。

 彼は無重力状態の艦橋で遊泳しながら、艦長席に座るアデス艦長と入手した情報への対処法についてちょっとした口論をしているところだった。

 

「は・・・しかし。――評議会からの返答を待ってからでも、遅くはないのでは・・・」

「遅いな。私の勘が、そう告げている」

 

 パサッと、クルーゼが指ではじいて投げ渡してきた写真を手に取り眺めながら、私とアデス艦長、そしてクルーゼはそれぞれ異なる表情を顔に浮かべる。

 

 その画像は不鮮明ではあるが、間違いなく巨大な人型をしたロボットに使うものと断言できる装甲の一部が写されていた。

 パイロットであり、指揮官であり、技術屋でもある私にとっては一目瞭然なそれも、アデス艦長のような船に長くいる人間には判別が難しいのか、あるいはガディキャプテンほど船乗り歴が長くないジャマイカンが、色を変えただけのボスニアの見分けが付かなかったのと似たような理由か。その両方か。

 

 どれにしろ彼は、この連合が開発したとおぼしき新型モビルスーツを奪取するため『中立コロニーに特殊部隊を送り込んで破壊工作をおこなわせる作戦』に消極的ながらも反対のようだった。

 

「・・・シロッコ副隊長は、この事態。どのように観ておられますか?」

 

 救いを求めるようなアデスの声に、私は今度は身体ごと振り返り、

 

「私も艦長の意見に賛成だな。この作戦案は却下すべきであると考えている」

「おいおい、シロッコ・・・?」

 

 ハッキリとそう告げた私の言葉が意外だったのか、クルーゼは仮面越しに「正気か?」と言いたげな視線を送って私を見る。

 そんな友人の不安を解消してやるため、私はより有効だと前世の頃から暖め続けていた案を開陳した。

 

「むしろ、ヘリオポリス政庁に堂々と抗議してやればいい。写真も添えてな? 『貴国は中立を放棄して連合に肩入れするのか』と。

 民間人諸君らにも聞こえるよう、オープン回線を使って大きな声で避難勧告を轟かせながらな。少数の我々が動くよりもきっと早く確実に事が片付くと私は考えるが、如何かな?」

「・・・悪党だな、シロッコ」

 

 先ほどとは異なる感情を込めた視線で私を見るクルーゼと、呆れてものも言えないとばかりに首を振るアデス艦長。

 

 対照的な反応を示す二人に私は白く輝く歯を見せて、シロッコらしい笑顔を浮かべて見せながら。

 

「戦いは非情さ。このくらいに卑劣な手は考えてある。

 ――それよりも私としては、敵が民衆に突き上げられてヘリオポリスから脱出してくるときに敵モビルスーツを奪うため、ノーマルスーツ部隊を貸してほしいのだがね・・・?」

 

 

 

「大尉ーっ」

 

 トレーラーから胴間声で呼びかけられ、地球連合軍大尉マリュー・ラミアスは作業服姿で振り返る。

 同じ任務に従事する同僚であり部下のコジロー・マードック軍曹が、無精髭だらけの顔を窓から突き出し怒鳴っていた。

 

「んじゃあ、俺たちゃ先に船に行ってますんでー!」

「お願いね!」

 

 周囲が騒がしいので、自然とマリューの声も怒鳴り声に近くなる。

 ここはヘリオポリス内にある国営軍需企業モルゲンレーテ社の地上部分に当たる。彼女たちは表向きモルゲンレーテ社の社員と言うことになっているから全員が地味な作業服を着ているが、実際にはそのほとんどが地球連合軍に籍を置く身であった。

 

「・・・ようやく“G”が完成まで漕ぎ着けられたのね・・・。これできっと戦局は動くわ」

 

 彼女が極秘裏に連合初のモビルスーツ開発計画に従事し始めてから数ヶ月、ようやく完成させることができた5機のGの搬出作業も順調そのもの。

 

 後は同じく極秘裏に建造されていた新造戦艦“アークエンジェル”に移送すれば、計画は完遂する。彼女の胸が感慨で満たされるのは当然だった。

 

 

 だが、しかし。

 いつの時代、どんな戦争であろうとも、敵にとっての幸福は味方にとっての災厄であり。

 味方を守るため死なせないため、敵の幸福は可能な限り邪魔するのが戦争における礼儀であり常識でもあるのもまた至極当然のことでしかなかったのだった。

 

 突如として天高く頭上から怒鳴り声同士によるやり取りが轟いてきたのだ。

 

 

『接近中のザフト艦に通達する! 貴艦の行動は我が国との条約に大きく違反するものである。ただちに停船されたし!』

 

 ヘリオポリス管制官らしき男の声にマリューたちはギョッとさせられる。

 ザフト軍!? まさかG計画を察知されたのか? いや、それよりもなぜ、こんな重要な会話を民間の電波に乗せて垂れ流しにしている? これでは機密も何もないではないか!

 

 そう怒鳴りたくなる彼女だったが、彼女が驚くにはまだ早かったことを思い知るのは次に聞こえた敵の声だった。

 

 落ち着いた渋みのある声で、その人物は語る。慣れた調子で敵の急所を的確に突いてくる。

 

『ヘリオポリス管制室に告ぐ。残念ながらその要求は受け入れられない。なぜなら先に条約違反を犯しているのは我が国ではなく、貴国だからだ。当方はその事実を証明するに足る確固たる証拠を入手している。

 貴国が我が国との条約を守り、今後も中立を貫く意志に変わりないと主張されるのであるならば、今すぐコロニー内にあるヘリオポリス工廠から連合に所属する軍属の人間と、開発中の新兵器の双方をコロニー外へ放逐していただきたい。

 それが成されないというのであれば、我が国は貴国が条約を犯し、連合に属する決定を下したものと見なさざるを得ない』

 

「・・・・・・っ!!!!」

 

 マリューたちは驚愕した。

 まさか自分たちの存在と計画、その全てが敵の手で暴露されてしまうだなんて! 一体なぜ!?

 

 ・・・いや、今はそれどころではない。一刻も早くGの移送を完了させて艦長に指示を仰がなければならない。

 幸いヘリオポリスは自分たちを見捨ててはいない。管制官が粘ってくれている間に自分たちは少しでもアークエンジェルまでの距離を稼がなければ! そう思っていた。

 

 ――それが公共の電波に乗せられていると知るときまでは―――。

 

 

『見よ! これが我々のつかんだ証拠だ! このモビルスーツとおぼしき5機の巨大人型兵器の実在を以てしても、連合とオーブ首脳陣との癒着の悪意を否定できる者がおろうか!?』

 

 ――民間のローカルテレビ局にまでメールで添付されて送られてきた画像。

 それは先ほどクルーゼから投げ渡された不鮮明なモビルスーツらしきものの画像――ではない。

 もっとハッキリとした、人型だと判る形を持った5機のGがトレーラーに乗せられ移送されていく光景を録画した、生々しい証拠VTRだったのだから!!

 

 

 

「――クルーゼ隊長の言ったとおりだったな」

 

 冷静な口調で言ったのは、イザーク・ジュールだった。先行して派遣された潜入工作班の隊長役を任されている少年兵である。

 

「それを言うなら、シロッコ副隊長もだろ?

 “綺麗事で飾り立てた国ほど突いただけで埃が山のように出るものだ”――ってさ」

 

 ディアッカ・エルスマンがくすくすと笑った。金髪に浅黒い肌、陽気そうな外見だがけっこうな皮肉屋でもある彼も潜入工作班の一員だ。

 

 彼らに与えられた任務は至極単純なものだった。

 艦隊に先行してヘリオポリス内に侵入し、敵モビルスーツの実在を示す証拠を確保して、シロッコとヘリオポリス管制官との会話をジャックして、入手した証拠と共に公共の電波に乗せる。それだけである。

 

 軍需用と違い、民間の電波はセキュリティが甘くコーディネーターである彼らにしてみれば、子供でもハッキングできる程度の安直なものでしかない。

 撮影した画像も、移送班に専門の軍人が付いていなかったのか警備網がスカスカで、堂々と侵入して脱出してくることができてしまった。

 ディアッカなどは思わず「戦争ってこんな簡単なものだったっけ?」と軽口を漏らしてしまうほどに、簡単すぎる任務。

 

 

 ――だが、効果は覿面だ。

 ヘリオポリスの住人たちは今頃政庁とモルゲンレーテ・ヘリオポリス支部に押しかけて猛烈な勢いで抗議していることだろう。

 政庁は政庁で、情報の出所を探っているかもしれないが、もう遅い。一度拡散した情報を押さえ込むことはコーディネーターでさえ困難を極めるのだから、自分たちより大きく劣るナチュラルごときに出来るわけがない。

 

「やっぱり間抜けなもんだ。ナチュラルなんて」

 

 イザークが、差別意識を隠そうともしないで言い切るのを耳にして、同僚のアスラン・ザラは少しだけ顔を歪めるが。声に出しては何も言わなかった。

 

 作戦は成功であり、戦闘行為も民間人虐殺などの非人道的行いにも手をだす必要性は生じなかった。今はそれで由とすべきところであり、いたずらに同僚同士で不和を持ち込む必要性は微塵もない。そう思ったからである。

 

「ただ、少し不完全燃焼だったな。連合のあのモビルスーツ、意外と面白そうだったのに・・・アレ奪って一暴れしていけたら最高だったのになぁ?」

 

 ディアッカがそう言って、せっかく押さえかけていたアスランの我慢を台無しに仕掛ける。

 

 彼らも、その後ろに続くアスラン・ザラ、ニコル・アマルフィ、ラスティ・マッケンジーのいずれもがザフト軍のエースであることを示す赤いパイロットスーツを着用しており、彼らを守るようにそれぞれのチーム構成員が周囲を取り巻くようにガードして飛んでいる。

 

 彼らは所謂エリートであり、功を焦る気持ちも手柄を欲して戦いを求める生の欲望も、子供らしく純粋に戦いを愉しみたい危険な感性も十分以上に持ち合わせており、簡単すぎる任務に退屈さを覚えていたのだ。

 

 だが、ここでディアッカを押さえたのは意外にも隊内で一番好戦的なイザーク・ジュールだった。

 彼は言う。

 

「ぼやくなよディアッカ。生きて母艦に帰り着くまでが潜入工作だと、クルーゼ隊長から言われたろ?」

「そりゃま、そうだけどさぁ」

「いいから聞け。隊長に続いて副隊長はこう仰られていたはずだ。“心配しなくても諸君らの遊び場は敵が自分から用意してくれるだろう。少しだけ彼らの死亡時刻が変わるだけのことさ”――とな」

「・・・ああ、そう言えば、そうだったよなぁ・・・」

 

 言い聞かされてディアッカは引き下がる。酷薄な笑みを口元にたたえながら、見下しきった視線で地上のモビルスーツ移送班を一瞥してから速度を上げて、イザークに追随する。

 

 もしもヘリオポリスが連合艦を匿い続けるのであるならば、適当なミサイルで威嚇射撃して市民たちの尻に火をつけてやるだけのこと。

 彼らは自分たちの身の安全を求めて、ヘリオポリス政庁に連合艦を即座に放逐するよう訴えかけるに違いない。

 恐怖と興奮で混乱している群衆たちを相手に、『そんな事実はない。敵の策略だ、落ち着け』などと言ったところで誰も聞く耳など持っているはずがない。

 そんな状況下で誰か一人でも住人の前で撃ってしまったら身の破滅だ。

 

 彼らにとって互いを守るために取れる最善手は、連合艦の放逐しか他になく、後はいつどの様にして放逐するのか。そのタイミングと戦術だけが考えるべき課題として残されるはずだ。そこを突く。

 

 

 

「そうして出てきてしまえば、後は簡単だ。事態は誰の目にも明白なほど見えやすいものになり、本国はあらかじめ事実を知っていたが故の行動だったと、事後ではなく事前承諾した上での作戦行動だったことにせざるをえなくなる・・・」

 

 私が作戦の趣旨を説明し終えると、心配性のアデス艦長が

 

「そう上手くいくものでしょうか・・・?

 もし民衆がヘリオポリス政庁の警備兵に大人しく従わされたりした場合には、我々だけが誰も見ていない舞台上で一人芝居を演じる道化の役を担わされる羽目になるのではありませんか・・・?」

 

 まるで、どこかのレーザー砲に改造されたコロニー内の劇場を見てきたことがあるかのように、大した証拠もない漠然とした疑惑と不満を口にする。

 

 とは言え、馬鹿馬鹿しいと言い切ることが出来ないのがSEED世界の住人たちだ。ロゴス時代における連合の圧政に唯々諾々と従って生きながらえていた彼らの人間性は信頼の於けるものでは決してない。

 

 しかし――。

 

「艦長の言い分もよく分かる。――だが、必死で逃げる奴らは怖いものなのだぞ? 助かるためにはどんな無茶でもやるのが、生き延びるために逃げ惑う民衆という者たちだからな」

 

 シーブック・アノーに、アムロ・レイ。どちらも避難民の一人に過ぎない身でありながら、戦乱の渦中で頭角を現し軍を代表するエースにまで成り上がったニュータイプ。

 彼らも最初の時点では、『自らが生き延びるため必死で戦っていた』。それ以外に戦うべき理由のない民間人の少年たちが生存欲求だけを頼りに一国の軍隊を撃破できるのがガンダム世界である。

 

 ならば今回が、その例に漏れる例外である理由も特にはない以上、必ず何らかの形で民衆による突き上げは起き、アークエンジェルは巣穴から叩き出されて出てこざるを得なくなるはず。そこを討つ。

 

「とは言え、連合も遊んでいるばかりとも思えない。脱出の成功率を上げるため、何かしらの手は打ってくるだろう。そう言うものだよ。

 偶然であろうとなかろうと、勝てるはずだった相手を取り逃すには訳がある。それは時代の流れを示すものかもしれんのだ。そんなものに逆らっては勝てる戦も勝てないよ・・・」

 

 そう。だからこそ敗れた。ティターンズもアクシズも、全体を通してみた場合にはエゥーゴでさえも最終的な勝利者にはなりえなかった。

 

「冷静なのですな・・・まるで戦争を舞台として演じる役者かなにかであらせられるようだ・・・」

「ククク・・・私は最終的に勝った者として、コズミック・イラの立会人になりたいと思っているから、そうも見えるか・・・?

 まぁ、見ているがいい。向こうには負けたくないから策を練る事情があるように、こちらには必勝を信じるに足る自信と事情があるのだと言うことを敵に教えてやる」

 

つづく



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第2話

「艦長!」

 

 地球連合軍大尉、ムウ・ラ・フラガは本来着るべき軍服に着替えるまもなく、アークエンジェルの艦橋に飛び込んできて上官を求め声を張り上げる。

 

 民間船に偽装してヘリオポリスに入港していた彼の乗る船は本来、新造戦艦に配備されるモビルスーツのパイロットたちを運んでくるだけが任務であり、彼自身にしたところで船の護衛以外の任務は帯びていない。

 だから敵からの襲撃を受けること事態は予測された範囲内であったし、港に入った後に襲われるのは予定にはなくとも本来であれば有り得べきではない許されざる暴挙であったから想定しておくことそのものが難しい。

 

 

 ――が、今発生しているこの事態に限って言うなら予想できなかったのではなく、予測したくなかったと言う方が正しい窮状だったという方が正しかっただろう。

 

(まさか中立国であることを隠れ蓑に利用したことが裏目に出るとはねっ!)

 

「おお、フラガ大尉か! 良かった、無事だったのだな!」

「敵であるザフト艦の動きは!?」

「ここにくるまでにトレースした二隻の内、ナスカ級だけが警告を無視して接近し続けておる。・・・だが、巧妙にも領海内には一歩も入ってこないまま攻撃開始時刻だけを通達してきおった。

 “二十分待って連合艦を放逐しないなら、それを以てオーブと連合はザフトに対抗するため密約を結んだものと見なし、攻撃を開始する”・・・とな」

「・・・分かり易いブラフですね。ここまで条約を遵守して証拠を提示しておきながら、最後の部分だけは力押しの脅迫に出る必要性がない。明らかに本艦をヘリオポリス自身の手で追い出させにかかってきている・・・」

「同感だ。だが、既にヘリオポリスからは“一刻も早く出航してくれる”ように催促の雨が飛び交い続けている。まして二十分と明確な制限時間を指定されてしまったのではな・・・」

「パニックは、抑えようがありませんか・・・」

 

 無理もない、そう言わざるを得ない群集心理だとムウ個人は思うが、それでも悔しさに歯噛みせざるを得ないのもまた連合軍人として生きる彼の立場というものでもあった。

 

 誰だって自分はかわいいし、他人の都合に巻き込まれて死にたくはない。

 オーブは確かに表向きは中立を標榜しながら、裏では地球の一国家として自分たち連合の要請を受け入れて、こうして身分を偽り軍艦共々密入国させてくれている。

 

 ――とは言え、それらの事情はオーブの政治に深く関わっている一部要人たちのみが知る機密事項であって、ヘリオポリス全住民の内大半を占める民間人たちのほとんどには寝耳に水の出来事だったはず。驚き慌てて狼狽え騒がずに冷静な判断をと求める方が無理難題と言わざるを得ないのも確かな事実であったのだから・・・。

 

 

「とにかく、こうなってしまっては致し方がない。先手を打つ」

 

 民間貨物船の船長に偽装していた、アークエンジェルの艦長は作戦を決定した。

 

「敵の要請を受諾すると言って、二十分後に港を出た瞬間にローエングリン発砲。敵の意表を突き、その隙にフラガ大尉がナスカ級のエンジン部を奇襲して敵全体の足を止めて撤退に追い込ませる。

 数でも質でも敵より劣り、乗艦が乗り慣れていない新造艦とくれば、それしかあるまい」

「ですな・・・坊主共はどうされますか?」

「手が足りない以上は、出すしかない。――ただし、当艦の直援としてだ。対空機銃と副砲による援護射撃が受けられる中なら、OSが未完成なままでも弾除けぐらいには使えるはずだからな」

 

 艦長の言葉に、ムウはうなずく。

 搭載予定だった5機のモビルスーツ“G”と、それに搭乗予定だった若手のパイロットたち。

 本来なら軍事機密を預けられる関係上、彼らに安全な場所から戦争ゲームを見物させつつ実戦経験を積ませてやりたいところであったが、現状においては望むべくもない贅沢でしかない以上、それら余裕を手にするためにも戦ってもらうより他道はない。

 

 冷酷なようだが、それが今の自分たちにしてやれる最大限彼らの安全を考慮した作戦案だったから・・・・・・。

 

「モビルスーツデッキ! 聞こえているな? 二十分後までに全ての機体を発進可能な状態にして待機させておくように。・・・なに?」

 

 艦長席に取り付けられていた受話器に手を伸ばし、命令を下した艦長の目が険しくなる。

 

「おい、それじゃ困るんだよ! なんとかならんのかなんとか! ・・・ええい、分かった! こちらで代理を探しておく! とにかくそちらは今使える分だけを確実に動かせる状態に持って行って待機させておいてくれ。分かったな!?」

 

 乱暴な手つきで受話器を置き、胸の前で腕組みしながら「まったく、なんと言うことだ・・・」と歯噛みしだす艦長。

 

 何が起きたのか気になったが、言い出しづらい空気を敏感に感じ取ったムウが沈黙していると、艦長の方が察してくれて口を開いた。

 

「上陸させてから艦に着くまでの間に、ヒヨッコ共の一人が暴徒化した民間人に襲われて怪我を負ったそうだ。利き腕にな。到底モビルスーツの操縦は不可能な状態だそうだ」

 

 思わず天を仰いでしまうムウ。踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂とはこのことだろう。ただでさえ少ない持ち札が、戦う前にさらに減ってしまったというのだから彼でなくても絶望感に囚われそうになるのは致し方あるまい。

 

 艦長は指揮シートに座りながらブツブツ呟き何かを言っていたが、作戦時にかかる負担がより大きくなった責任重大なムウには聞いていてやる余裕がなく、どの様な戦術で攻めるべきかと頭の中でシミュレートするのに忙しい彼は聞き逃してしまっていた。

 

「・・・ラミアス大尉が工業カレッジの地下で移送中に保護した民間人が協力を申し出てきてくれているらしいのが、不幸中の幸いか・・・・・・。

 しかし一体誰なのだ? 民間人でありながらロボット工学の権威でもある教授の片腕的存在でもあるカレッジの学生というのは・・・」

 

 

 

 警告から二十分後。ヘリオポリス前方の宙域にて。

 

「時間であります」

 

 アデスが時計を確認してから声を発し、

 

「ヘリオポリスの港湾デッキが開き、奥に軍艦らしき艦影を視認いたしました」

 

 オペレーターが報告し、それに被さるようにして別の艦橋要員が大声で危機の到来を告げてくる。

 

「敵艦に高エネルギー反応感知! 攻撃してきます!」

「退避! 方向は右だ! 急げ!」

 

 アデスが指示し、艦橋のクルーたちは緊張しながらも落ち着いた調子で指示を実行して敵艦からの奇襲より母艦を守り抜いて見せた。

 

 だが、危機はそれだけでは終わらない。ここからが本番なのである。

 

「敵艦よりモビルアーマー部隊の出撃を確認しました! 急速に本艦へ向けて接近中!」

「全速後退! こちらも迎撃のためモビルスーツ隊を発進させろ!」

 

 敵艦の動きに呼応するように艦長が指示を出し、敵味方双方の動きを眺めながらシロッコは他人事のような口調で独りごちていた。

 

 

「ま、こんなものか」

 

 ―――と。

 

 

 

 

「よしっ! 先手を取った!」

 

 地球連合軍のモビルアーマー《メビウス・ゼロ》のコクピット内でムウ・ラ・フラガ大尉は快哉を上げていた。

 

 彼が艦長の立てた作戦を実行するに当たって取った手段は単純明快なものだった。

 未だ敵には存在しないはずの新兵器、高出力ビーム砲《ローエングリン》を撃ってみせることで驚かせ、自分が出撃する瞬間を敵に見つからないよう目眩ましとして用い、天頂方向からナスカ級へと回り込んで接近、奇襲をかけてエンジン部を直撃させて航行不能とし、敵全体を撤退に追い込むというものである。

 

「やはりヘリオポリスからナスカ級に至るまでの途上で、ローラシア級が伏せてありやがったか!」

 

 周囲に漂うデブリに紛れ込むことで巧妙に隠れ潜んでいた敵の随行艦ローラシア級だが、天頂方向から俯瞰してみれば一目瞭然。

 一度に二隻を同時に相手取りながら母艦を守るには手が足りず、とにかく敵艦隊旗艦のナスカ級を倒してしまうことを最優先事項に据えざるを得なかったアークエンジェルとしては今の自分たちが持ちうる最高戦力を切り札としての特攻役に当てる賭けに出たわけだが、どうやら自分たちは賭けに勝利したらしいと言うことをムウは確信していた。

 

(ナスカ級から出てこようとしているモビルスーツは本物だ! ダミーじゃない! 敵は本当にこちらの奇襲を受けて驚きながらも即時対応しようとしているということだ! これなら勝てる!)

 

 そう確信して、後退しながらも逃げようとはしていない敵ナスカ級との距離をさらに縮めて、もう少しで射程に捕らえられると言うとき。

 

 

 キュピィィィィッン!!!

 

 ―――ムウの脳裏を嫌な予感が走り抜けた。

 

「この感触・・・きさま! ラウ・ル・クルーゼか!?」

『久しぶりだな、ムウ・ラ・フラガ!」

 

 天頂方向からナスカ級に向かって逆落としをしようとしていた矢先、さらに自機の上方から小隕石の影に隠れていたモビルスーツが姿を現し、手に持つマシンガンを乱射して突っ込んできながらメビウス・ゼロのエンジン部近くを擦られてしまった!

 

「ちぃっ! しまった! 後ろを取られた上に、この速度では・・・っ」

『お前はいつでも私の邪魔をしてくれたな、ムウ・ラ・フラガ! もっとも、お前にとっては今の私こそが最大の邪魔者なのだろうがね!』

 

 ダダダッ! またしても乱射。しつこいほど執拗に、攻撃の邪魔をしてくるため撃ち続けてくる。

 背後を取られて、上も取られる。およそ飛行機乗りにとって最低最悪の位置関係に歯を食いしばって耐え忍びながら、それでもムウは進むのをやめない。

 今の自分の目標は宿敵を倒すことではなくて、敵旗艦の足を止めることだ。

 

 それさえ叶えば後は、アークエンジェルの圧倒的火力に晒させられるだけとなり、ナスカ級を守るためローラシア級は盾とならざるを得ないし、仮に旗艦を見捨てて単艦で向かってきたとしても練度の差を補いうるだけの性能差がアークエンジェルとローラシア級には存在している。

 モビルスーツ戦ほど兵士の能力が絶対的な差として現れにくい艦隊戦で勝負を決めるのがムウの目的だった。こんなところで足止めを食ってはいられない! 一刻も早くナスカ級に一撃を加えてやらなくては!!

 

 そう思い、ひた走るムウの執念が生きることを覚えた敵に勝ったのか、ムウの駆るメビウス・ゼロは火力の乏しい有線式ガンバレルだけでなく、装甲の厚い敵用に搭載されている『対装甲リニアガン』の射程にも敵艦を捉えることに成功した!

 

「よし! これでっ!!」

 

 叫んで、ロックオンした全ての武器の発射ボタンを押そうとしたまさにその瞬間。

 ――敵艦『ヴェサリウス』の全対空機銃が一斉にこちらへと向けられて、射的距離ギリギリの間合いでありながら正確無比な射撃精度によりしたたかなダメージを被らされてしまった。

 

 特に、メイン武装である『リニアガン』と、『ガンバレル』二基の損失は大きすぎた。残された火力だけではいくら装甲の薄いナスカ級だろうと落とすことは不可能に近い。

 

『ヴェサリウスを、やらせるわけにはいかんな!』

「!?」

 

 突如として聞こえてきた、聞き覚えのない男の声。

 相手の彼は“お肌の触れあい回線”を通じて、こう続けてくる。

 

『連合のフラガ大尉だな? 我々は貴官らが保有する5機のモビルスーツの内、4機までを手に入れた。

 そちらが攻撃をやめ、停戦を受け入れて母艦への帰投を受け入れない場合は、貴官らの母艦を全面破壊する用意がある。

 繰り返す、我々は貴官らが保有する5機のモビルスーツの内、4機までを――――』

 

『大尉! 今すぐ戻ってきてください! これは敵の罠です! 大尉とアークエンジェルとの距離を開いて通信も満足に行えなくさせるための!

 大尉が出撃されてから直ぐに背後から敵のパイロットスーツ隊による奇襲を受け、白兵戦で5機のGの内4機までもを奪われ、現在のアークエンジェルは裸城同然なんです! どうか敵からの停戦勧告を受け入れて即時撤退を! 大尉!』

「ちぃっ! わかったよ!!」

 

 信号弾と一緒に照明弾を放ち、撤退の補助を担わせながら逃げ帰っていくムウのメビウス・ゼロを黙って見逃してやり、クルーゼは友人といつも通りに会話を始める。

 

「これで良かったのかな? 我が最良の友にして、最高の参謀格殿?」

『十分だ。もとより最初の攻撃で全てを得ようなどと思っていたわけでもない。敵の数を減らすことができ、減った分は味方として吸収することができた。

 こちらの損害はジン小破一機のみ・・・十分すぎる戦果だ。今はこれで十分としておくべきだろう。あまり追い詰めすぎると連中は何をしでかすか分からんからな』

「確かに・・・『血のバレンタイン』の件もあることだしな。窮鼠猫を噛む挙に出させるのは時期尚早か」

『そう言うことだ。欲をかくと碌な目にあわんのは歴史が証明していることでもある。作戦目標は達成したのだ。今は大人しく帰還してきて次の作戦に備えてくれ。人質に使えそうな場所から遠ざかったら、もう一度出てもらうかもしれん』

「やれやれ、指揮官使いが荒い参謀殿だなまったく・・・フフフ」

 

 頼もしそうに笑顔を浮かべて後方を確認するクルーゼ。

 遠くから四つの光点を見いだして、潜入させていたイザークたちが無事に敵モビルスーツを出撃した直後に襲って奪い取るのに成功したのだという事実を確認した後、母艦へ帰投していく。

 

 

 この戦いでザフト軍が負った損害は、戦艦というものを甘く見たパイロットの一人、オロールのジンが敵艦に接近しすぎて機銃で撃たれ被弾。小破一機のみなのに対して連合側は、出撃させていた4機のG全てを敵に奪われ、戦闘のどさくさの中で艦長およびクルーの一部までもが重軽傷を負うという悲惨なものとなってしまっていた。

 

 シロッコの立てた作戦は、母艦を囮にして敵主力を誘い込み、実は一機だけを除いて全てのジンを移し終えていたローラシア級によって敵母艦を奇襲して、迎撃に出てきた不慣れなパイロットたちから機体を強奪してくるというものであり、母艦さえ落とせばいいと信じたムウとは丁度対極にある作戦内容だったのである。

 

 

 こうして、無意味な陽動作戦を行わされてしまったアークエンジェルは大きく数を減らし、乗員の定数割れを引き起こし、一部を偶然収容することになった避難民の少年少女たちに委ねざるを得なくなってしまったのだった。

 

 度重なる条約無視と条約違反の数々に頭を悩まされながら、それでもアークエンジェルは地球へ向けての航海に乗り出す。

 一刻も早く船と生き残ったGを計画の発案者であるハルバートン提督へ届けるために。

 

 

 大天使に名を持つ白い船の孤独な航海は、まだ始まったばかりであった―――――。



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第3話

 ――カタカタ、カタカタ。

 キラ・ヤマトは連合が開発した新兵器モビルスーツ“G”の一機、《ストライク》のコクピットシートに座ってキーボードを高速で叩いていた。

 

「・・・ヤリブレーションを取りつつゼロ・モーメント・ポイントおよびCPGを再設定・・・ちっ、これじゃダメか。なら疑似皮質の分子イオンポンプに制御モジュールを直結させて・・・」

 

 独り言をつぶやきながら未完成だったOSを急速に形にしていく手腕に舌を巻かされながらマリュー・ラミアスは、忸怩たる念いに柳眉を曇らせていた。

 それはコーディネーターとナチュラルとの能力差に対するコンプレックスであり、民間人を戦争に巻き込んでしまった自分たち軍人の無能さを痛感するものであり、オーブが中立国でコーディネーターとナチュラルが平和裏に共存している国だと承知しているのに“敵国人だから”という偏見を完全に拭い去ることが出来ない自分自身の偏狭さに自己嫌悪したが故でもあった。

 

「・・・悪いわね、ここまでさせてしまって・・・」

「いえ・・・。僕としても助けてもらった恩はお返ししたいですから・・・」

 

 そう言って、顔を上げることなく言葉だけで返してくるキラ・ヤマト少年。その声は固く、決して彼の本意から来る行動ではないことを物語っていた。

 

「それに、僕としては一刻も早くあなた達にはヘリオポリスから出て行ってほしいですし、戦うなら巻き込んでほしくありません。

 そのためにアークエンジェルが武器を必要としているというなら、これくらいのことは手伝います。・・・早く終わらせて帰らせてほしいですから・・・」

「・・・・・・」

 

 マリューは答えず、手に持った飲み物に口をつけて黙り込む。

 民間人である彼には知らされていないが、今では艦長代行となっている彼女は知っていた。

 『先の戦闘で甚大な人的被害を被ったアークエンジェルに、戦える民間人を手放せる余裕は存在していない』という事実をだ・・・・・・。

 

 

 ――キラがマリューと合流してしまったのは、完全な偶然によるものだった。

 カレッジに到着して教授のラボに着いたのとほぼ同時に発せられた非常事態警報。

 それを耳にしたらしい、部屋の隅っこの方にいた『教授のお客さん』を自称していた金髪の少年(?)が「やはり、お父様は・・・!」とつぶやいて地下へと向かい走り出してしまったため、一緒に避難させようと後を追ってきたのだが、そこで運悪くマリューたちに退去を迫る暴徒化した群衆と、それに追われる“G”移送班と鉢合わせしてしまい、まとめて殺されないためには合流してアークエンジェルに逃げ込むしかなくなってしまったのである。

 

 

 その後、ヘリオポリスから脱出するための戦闘が始まり、パイロットたちが間に合った4機のGと、フラガ大尉の部下であるモビルアーマー部隊数機とが連携して敵一機を小破にまで追い込むが、代わりとして艦がダメージを負ったとき飛び散った破片に脇腹を貫かれた艦長が負傷し、残りの正規クルーのほとんどまでもが何らかの形と理由で負傷し戦闘続行不可能な容体に追い込まれてしまっていた。

 

 彼女たちのあずかり知らぬ事ではあったが、これは運命とも呼ぶべき世界の悪意による作為的な損耗によるものだった。

 

 『歴史の修正力』である。

 

 シロッコによってもたらされた激変に正史が細やかな抵抗をおこなった結果として、辻褄合わせのため艦長たちが犠牲の羊に供されてしまったのだ。

 

 これによりアークエンジェルは、多数の避難民を抱え込む必要性はなくなった代わりとして、多数の負傷兵を抱え込む羽目になり、ごく少数ながらも脱出時に暴徒たちから救助した民間人の少年少女たち数名を回収して処女航海に出航せざるを得ない窮状に追い込まれてしまったのだった。

 

「――そう言えば、この船って今どこに向かっているんですか?」

「・・・ああ、そう言えば伝えてなかったわね」

 

 思い出したように飲み物から口を離し、ラミアス大尉は先ほど副長たちと交わしたちょっとした口論を思い出しながら言葉を続ける。

 

「ユーラシア連邦が保有する軍事衛星“アルテミス”・・・“アルテミスの傘”よ。一応は同盟関係にある国が持つ拠点だから、補給は受けられるだろうってことでね。

 そこまで行き着けばひとまずは安心できるはずなんだけど、それを敵が知らないはずがない。必ず妨害するため動き出すと思われるの。だからその時、船を守れる力として“ストライク”はどうしても必要不可欠なのよ・・・」

「・・・・・・」

 

 キラは答えない。

 彼には、彼女の言ってることが正しいのか間違ってるのか判断して行動できるだけの自意識を未だ持ち合わせることが出来ていなかったから・・・・・・・。

 

 

 

 

 

「クルーゼ隊長へ、本国からであります」

 

 ブリッジクルーの一人が慇懃無礼な口調でプラント本国から届けられたばかりの命令書を差し出し下がっていった後、クルーゼは一瞥した命令書を私とアデスにも見るように無言で差し出してきた。

 

「評議会からの出頭命令ですか!? アレをここまで追い詰めて首を絞めている最中だというのに!?」

「中立国が所有するコロニー、ヘリオポリスに軍艦が接近しただけでも大事だからな。議会は今頃てんやわんやとなっているから沈静化させたい。そんなところだろう」

 

 クルーゼが至極冷静な口調で論評し、私もその意見に同意する。

 地球と宇宙とが争い合っている戦争の直中にあって、双方に利益をもたらすからと中立を尊重してもらっていた国のコロニーが、地球軍の新型兵器製造に関与していたことが露見したのだから、対オーブ政策を担当していた議会の一部は盛大に首が飛んでいることだろうし、市民たちとて今度ばかりは黙って公式発表を受け入れるわけにもいくまい。

 

 ロゴスの実在をテレビ中継で証明されたときの戯画を描かされるのは、誰だろうと真っ平ご免だからな。嫌でも現場責任者からの報告は聞いておいて証言してほしいに決まっているのだ。

 

 それに――――

 

 

「おそらくはその推測で間違っていまい。査問会に出席するようにとも、添えられていることだしな」

「査問会?」

「プラント憲章にもザフト軍基本法にも規定されていない、超法規的措置という奴だ。なんらの法的根拠も持たない恣意的な代物だよ。

 要するに命令を無視して独断専行した我々に釘を刺しておきたい。『今回だけは特別だからな?』と、秘密裁判ごっこでリンチにかけて上下関係をハッキリさせておく必要を感じた。そう言うことだよ、おそらくだがな?」

「・・・・・・」

 

 またもや呆れ果てたと言わんばかりのアデス艦長。

 まぁ、今回は気持ちは分かるが本国の言い分も分からなくはないものだからな。流石に今回のはやりすぎた。

 

 ここまでやった連中を、『結果良ければ』で不問に付してしまった場合、今後の大局に差し障りがある・・・そう考えるのは至極まっとうで正常な判断でしかない。非難する謂われは特にはないさ。

 

「無論、現場に立つ身としては迷惑でしかない、と言う艦長の気持ちも分かるがね?」

 

 そう言って、相手の肩をポンポンと叩いて労ってやりながら、私はクルーゼの隣へと向かう。

 

「さて、どうするクルーゼ? 如何に恣意的なものとはいえ、国防委員長が君に出頭命令を出すこと自体は立派に法的根拠を持つものである以上、無視するわけにはいかないだろうが・・・」

「まぁ、仕方がないさ。アレはガモフを残して引き続き追わせよう。・・・頼めるか? シロッコ」

「請け負わせてもらおう。これでも逃げる獲物を追いかけ回すのは得意なのでね」

 

 私は安請け合いして簡単に引き受けると、アデス艦長が懸念を示す。

 

「しかし、モビルスーツはどうされますか? 二隻に別けて追いかけるのは戦力分散の愚を犯すだけで、兵法の常道からは外れてしまいます。『兵力は集中して運用すべし』は戦術の基本中の基本でありますが・・・」

「問題ない。私の方は敵から鹵獲した分と、自分用にチューンしたジン一機だけがあれば十分だ。それ以外は持って帰ってくれて構わない」

「アレを投入されると!?」

「他にアレ以上の性能を持つ機体がない状況ではな」

 

 ローラシア級が搭載可能なモビルスーツ数の上限は5機だけなのだ。限られたペイロードを有効活用するためには、同じ数でも性能的にジンより勝るガンダムたちを選ぶのは当然の選択でしかない。

 

「データは先ほど私自身が取り終えた。もう実機が残っていようといるまいと大した影響はない。それよりかは実戦で使用させてデータ検証に役だってもらった方が都合がいい。

 ――宙域図を出してくれ! ガモフにも索敵範囲を広げるよう打電だ。直ぐに私も行くと申し添えた上でな」

「はっ!」

 

 先ほどの停戦に紛れて、敵は行方を眩ませたつもりになっているが、実際には逃げられるところも隠れられる条件に合った場所も限られている。そう易々と戦艦サイズの獲物が隠れられるポイントはない。

 厳密には広大な宇宙には無数にそう言う場所が存在しているが、航路図から外れてしまう恐れが発生してしまう。絶対に月へと帰還しなければならない船が取り得るギャンブルとしてはリスクが大きすぎる選択肢だ。

 本当の意味で追い詰められているならまだしも、そこまでは追い詰めすぎていない以上、連中は可能な限り安全策をとりたいはず。

 

 ならば妥当な線としてアルテミスへと逃げ込むのは間違っているとまでは言えないが・・・状況が状況だからな。

 ワッケイン司令と同様に頭が固いことで知られるナタル・バジルール少尉では、自分たちがもたらしてしまった状況の変化に柔軟に対処して考え方を改めることなど出来はすまいよ。

 

「奴らは我々が退くのに合わせて、既にこの宙域を離脱した可能性もありますが・・・」

「いや、それはないな。この近くのどこかでジッと息を殺して退いてくれるのを待っているのだろう」

 

 アデスが問い、クルーゼが答える。

 

「・・・網を張るかな・・・」

「網、でありますか?」

「ヴェサリウスは本国への帰路につくついでとして先行し、ここで速度を緩めて敵艦を待つ。シロッコにはガモフで軌道面交差のコースを索敵を密にしながら追尾してもらって、前と後ろから敵艦を討つ。

 本国も帰りがてらに土産を持ってくることぐらい許してもらっても罰は当たるまいと私は思うが、如何かなシロッコ?」

「悪くはない。――が、反対だ」

「シロッコ・・・?」

 

 クルーゼの不審げな響き。彼ほどの知謀の持ち主であっても、やはり今の段階ではGの登場によりもたらされた状況の変化を完全に理解するまでには至らないか。

 

「先の攻撃が始まるまでなら、その作戦が最善手だったと私も思う。だが、状況が変わった。

 敵は自らが、この戦争の趨勢を左右する力を有している事実を敵味方内外に知らしめてしまった。“あのクルーゼ隊を相手に一隻で生き延びた船”だからな。誰しも喉から手が出るほど欲しくなる存在に駆け上ってしまったのだよ。

 それこそ、『軍事同盟』などという損得勘定だけで結ばれた偽りの握手など振り払って、条約違反を犯してでも手に入れたいと願う禁断の箱にな・・・?」

「・・・ふ、ふふふ・・・君はつくづく性格が悪い男だな、シロッコ。敵の市民たちを利用した次は、敵の味方さえも利用して敵を噛みつきあわせる腹づもりか?」

「当然だ。その為にこそ先ほどは無理をせずに君を退かせた。最終的な勝利者になりたいだけの私にとって、あの場で無理をする必要性は微塵も感じられなかったからな」

 

 

「のんびり待つとしよう。読み通りに敵の交渉が決裂して分裂するのを。刻の運がこちらに傾く瞬間を焦ることなくゆっくりと、な・・・」

 

 

 

つづく



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第4話

 《アルテミスの傘》。

 ユーラシア連邦が誇る軍事拠点《アルテミス》を守る光学シールドの名前で、外側からも内側からも攻撃を通さないし通させない鉄壁の防御性能を誇っている。

 また、戦略上さして重要な拠点でもなかったためザフト軍も今まで手を出ししてこなかった場所の名でもある。

 

 

「だから攻撃をする必要はなく、敵が出てくるまで待つってこと? バカみたいな話だな」

 

 ディアッカ・エルスマンが皮肉気な笑いを閃かせながら言ってのけ、イザーク・ジュールが鋭い視線で友人を睨み付けてから吐き捨てるように言い切る。

 

「ふざけるなよ、ディアッカ。・・・シロッコ副隊長もお控えください。戻られた隊長に何も出来ませんでしたと報告するわけにはいかないのでしょう?」

「ふむ? 私はそれでも構わないと思っているのだがね。なにしろ我々に任された任務は脚付きの監視であって、撃沈ではないのだから」

「・・・っ!」

 

 不快気に顔を歪めるイザークとディアッカ。

 これが『脚付きが巣穴から出てくるまで攻撃は不要である』と断言した私の作戦案を聞いた上での上官に対する彼らの反応だった。

 

 クルーゼがプラントに向かって出航してから数時間が経過し、残されたローラシア級ガモフに移乗した私の指揮下にあるパイロットたちの間で早くも感情的軋轢が生じ始めていたのである。

 

 貸し与えられた四名の赤服の内、アスラン・ザラとニコル・アマルフィは比較的私の作戦案に好意的だったが、自他共に認める主戦派議員のご子息コンビ、イザークとディアッカがこれに不服を露わにしてきたのである。

 

「つまり、君たちは私の作戦案に反対なのだな?」

「そうは申しておりません。ですが――」

「では、どういう事なのかハッキリと口に出して明言していただけないかな? ジュール議員のご子息イザーク・ジュール君。

 私はザフト軍司令部から正式にクルーゼ隊副隊長の役職を拝命し、君たちの上官である白服を賜った身でもある。付け加えるならクルーゼ隊長からは自分が戻られるまでの間、隊の指揮権は私に委ねることを明言していただいた。

 そんな私の作戦案にケチをつけるからには相応の代案か、もしくは反対するに足る根拠があるはずだ。そうだろう? エルスマン議員のご子息ディアッカ・エルスマン赤服士官殿?」

「・・・それは・・・」

 

 自分の家柄と身分とを鼻にかけることのある彼としては、それらを逆用された状態というものに耐性がないらしく、アッサリと言葉の槍を封じられて黙り込まされてしまった友人の体たらくに義憤でも抱いたのかイザークもまた身体を前に乗り出す。

 

「失礼ではありますが、シロッコ副隊長。その言い様は卑怯です。軍においては地位身分家柄は関係なく、能力と結果だけを見て扱うべきとはザフト軍基本法にも明記された一般的なものでありますので、先ほどの言い様はそれに違反しております」

「そうかね? イザーク君。君から見て私の言い分は、そこまで卑怯な反則に見えていたのかね?」

「はい、てらいのない意見を言わせていただくなら、その通りであります。なによりもフェアではありませんでした。訂正する必要性があると判断せざるを得ません」

「そうか・・・」

 

 私は顔を伏せてから内心の笑いを隠し、相手の言い分に面白さを感じ取りながら、こう断言する。

 

「では、良く覚えておきたまえイザーク君にディアッカ君。戦争を行う戦場という場所に、フェアプレイ精神などという概念は存在しないのだよ」

「「・・・っ!!」」

「使えるものは何でも使う。敵味方問わず、身分家柄出身年齢家族関係・・・何でもいいし、どれでもいい。とにかく目的をなすのに役立ってくれそうなものがあるなら使わずに敗れた方の言い分が間抜けと言うだけなのだからな」

 

 先ほどよりも一層強い視線で睨んでくる二人。

 私はそれに構わず、自分の主張を四人に向かって語りかける。

 

「仮に相手と対等な立場で戦い合うのが正々堂々と呼ばれる概念だとしよう。では、モビルスーツに乗って戦車や戦闘機相手に戦っている我々ザフト軍を君たちは卑怯だと罵るのかね?

 “敵にあわせて自分たちも地ベタを這いつくばりながら敵を探して白兵戦で殴り合いをするべきだ”と、評議会で意見を主張する気があるというのかね?」

「そんなことは言っておりません! 俺はただ――っ!」

「ただ、何かな? ジュール議員のご子息、イザーク・ジュール君。君は一兵卒ではない、クルーゼ隊の赤として影響力を持つ議員の息子として何を語りたかったのだ? 何を主張したかったというのかね?」

「・・・・・・」

「言えんだろう。それは君が今まで楽をしてきたと言うことの証明だ。生の感情で語るだけで俗人を動かすことは出来るが、我々指揮官を相手にするにはいささか以上に不足だな。

 今少し自分の目の前の現実だけではなく、もっと広い視野に立って物事を洞察できるようになった方が君のためにもなると思うがね」

「「・・・・・・」」

 

 二人は悔しげな表情を浮かべて黙り込み、シロッコらしい言い分で論破した私のことを睨み付ける。

 私は二人を等分に眺めやりながら「とは言え・・・」と、言葉足らずだった部分を補足して付け加え、

 

「理屈だけで人も世の中も動かないのは確かだ。当然のことだがね、現実はアニメではないのだからな」

「・・・ご自分の正しさを証明されると仰られるのですか?」

「いいや、違う」

 

 胡乱げにやぶ睨みしてくるイザークに、私は白い歯を見せて笑いかけてやりながら、挑発的に断言してやった。

 

「分からないかね? 君たち未熟な若者に、戦争とヒーローごっこの違いというものを教えてやろうと言っているのだよ。分かり易く、勝敗という結果によってな」

 

 これにはイザークたちだけでなく、アスランとニコルも表情を硬くする。当然だ。なぜなら私は「君“たち”未熟な若者」と言った。これをイザークたちだけが該当されると思い上がるほど、彼ら二人は傲慢な性格の持ち主ではない。

 

「・・・副隊長自ら手本を見せていただけるというわけですか?」

「ああ。作戦行動中なので模擬戦しかしてやれないのは申し訳ないがね? 弾がもったいないのでペイント弾しか使わせてやることは出来ないが、少年たち向けの教材としては十分だろう?」

『・・・・・・』

 

 パプテマス・シロッコ特有の傲慢で尊大な物言いによる挑発は効果覿面だったらしく、四人はそろって硬い表情で黙り込むと強い意志を込めた瞳で私のことを睨み返してくる。

 

 が、ここで待ったをかけてきた者がいる。ローラシア級ガモフの艦長『ゼルマン』である。

 

「ま、待ってください副隊長殿。敵は目の前にいて、我々は奴らが出てくるのを待ち構えている側なのですよ? 敵の目の前で模擬戦を行うなど、わざわざ自分から逃げ出す隙を与えてやるようなものではありませんか!」

「だからこそだ、艦長。こうして我々が遊んでいてやれば、敵も出てきやすくなるだろう?」

「!! まさか・・・ご自身たちを餌にして囮役を!?」

 

 驚く艦長に私はうなずいてみせる。

 どのみちアルテミス内にいる限り、傘を解かなければミサイル一発撃つことも出来ないのが現在のアークエンジェルなのだから、傘にさえ注意していれば何をやっていようと不意を打たれる心配は低いだろう。

 

 それに、それをみたユーラシアのガルシア司令が指をくわえて見ているだけに甘んじられるかというのも興味深い命題だ。手柄欲しさで脚付きを強奪して出てきてこようとするなら、それはそれで面白いものが見られることだろう。

 

 無論、あの程度の男にやられっぱなしな主人公勢でもあるまいが、決裂が対立にまで騒ぎが大きくなったとしても敵である私にとっては有り難いだけだから一向に問題ないことである。

 

「で、ですが副隊長の機体は専用のジン一機のみ・・・・・・いくらチューンされているとは言え、G四機を相手にジン一機だけではいささか――」

「フェイズシフトがあるかないかの違いだろう? 実弾を使わない模擬戦では関係ない。

 ビーム兵器も当てられなければ、どうと言うこともないエネルギー食い虫なのは変わらんわけだしな」

「しかし・・・」

「それに、私のジンは十分速い。不慣れな機体で戦わされる未熟な若手パイロット諸君を相手にレクチャーしてやるだけなら、いい案配になるというものだ」

『・・・・・・・・・』

 

 終始無言のまま、四人は闘志を胸に燃えたぎらせながら私の後に続いてノーマルスーツに着替え、傘を解いた場合には敵の主砲射程範囲まで二キロほどの距離を取って四対一で向かい合っていた。

 

 

『始めます。よろしいですか副隊長殿?』

 

 興奮しているイザークに変わって、アスランがリーダー代理で確認を取ってくる。

 

「ああ、構わん。いつでも掛かってきてくれたまえ」

『やめるんでしたら今の内ですよ?』

 

 ディアッカが、特有の嫌な笑い方と共に言ってくるのを、私はシロッコらしい嫌みな笑いで応じて返す。

 

「ほう? 負けるのが怖いのかね、ディアッカ・エルスマン君。嫌なら尻尾を巻いて逃げ出してくれても構わんのだが?」

『・・・・・・』

 

 途端にムッツリと不機嫌そうに黙り込む。青いな、と思わざるを得ない。

 攻めるばかりで反撃されたときのことを準備できていないのでは、素人以下と言うしかないし、自分たちの対処できる範囲までしか敵の反撃手段がないと決めつけて考えるのは傲慢とさえ言えない無能怠惰によるものであろう。

 敵はこちらに勝とうとしているのだ。ならばいつまでも自分たちに有利なルールを適用させ続けてくれるはずがない。

 

 この当たり前なことが判らないらしいのが、SEEDの敵キャラたちムルタ・アズラエルやギルバート・デュランダル、パトリック・ザラにロード・ジブリールといった一般には優秀とされていたらしい人物たちという辺りがSEED世界の不思議というか歪みと言うべきなのか・・・微妙なところだな。

 

 

『――行きます!』

 

 開始の合図がガモフから出され、定石通りに一番機動性の高いアスランが先行して私の後ろ、彼にとっての前方に右回りで高速移動する。

 その隙に残りの三機も配置につき、ニコルの《ブリッツ》は左に、ディアッカの《バスター》は右に、正面からの白兵戦を得意とするイザークの《デュエル》は正面から動かないままこちらを牽制し続けている。

 

 オーソドックスな包囲陣だ。周囲が援護する中でイザークが接近し白兵戦を仕掛け、残りは包囲網を維持しながら数的にも心理的にも圧迫していく作戦。

 四倍の兵力を有し、四方を取り囲める数の差がある場合には一見有効な戦法のように見える。

 

 が、しかし。

 

「あまりにも教科書通り過ぎる作戦だな!!」

『っ!?』

 

 機体を加速させて突貫しながら、私は通信越しに相手の驚愕した呻き声を聞く。

 然もありなん。私が突っ込んでいって接近戦を挑んだ相手は遠距離砲戦型の《バスター》・・・ではなく、偵察を得意とする特殊な武装が多い《ブリッツ》・・・でもなかったのだ。

 

 私が接近白兵戦を挑んだ相手は、四機の中で最も接近白兵戦を得意とする機体イザークの駆る《デュエル》だった。

 まさか敵の方から自分たちに有利な選択をしてくれるとは思ってもいなかったらしく(その為に唯一動かないで隙を見せない機体にデュエルを選んだのだろう)、デュエルは一瞬慌てたが、そこは彼も赤だ。狼狽え様など一瞬で消し去り、ビームサーベルを抜いて機先を制されるため前に出る。

 

『舐めるなぁぁぁぁぁぁっ!!!』

「ふっ・・・」

 

 燃える彼だが、あいにくと今の私たちは一対一で戦っているのではない。一対四のハンデ戦であろうと、これはチーム戦なのだよ。

 

「勝てると思うな・・・・・・小僧ぉぉぉぉぉっ!!」

『なにっ!?』

 

 突如としてジンの下腹部から現れた隠し腕――ジ・Oに搭載されていたものと同じギミック――により意表を突かれた彼は、手に握られた実体ナイフの一撃を避けるために突撃を停止。

 やはり青いな、と私から酷評される動きを見せてしまう。

 

 ・・・敵の目の前で動きを止めるのは素人か、経験の少ない未熟なパイロットだけである。

 そして彼らは年齢的には後者に分類されるだろう。

 所詮、才能があるからと徴兵されて一年未満の戦争でエースにまで成り上がった少年兵たち。どうしても経験値不足から来る自分のやり方が通用しなかったときの対処法が疎かになりすぎている!

 

「ふっ、掴んだぞ! イザーク!」

『くっ! おのれぇぇぇぇぇぇっ!!!!』

 

 ジェリド中尉よろしく、背後に回り込んで敵の機体を羽交い締めにした私のジンを振りほどこうと藻掻くイザーク。

 だが、彼は解っていない。屈辱感から来る怒りで興奮するあまり、周りが見えていないのだ。

 

 敵の機体を掴んだことによる接触回線が可能となり、イザークのコクピット内で交わされている会話がマイクから漏れ聞こえてきた。

 

 

『イザーク! 退いてくれ! これじゃお前に当たっちまって敵が撃てない!』

『そんなことは言われんでも判っている! 直ぐに振りほどく! お前らは大人しく見ているだけでいい!』

『アスラン! 僕が背後に回り込んで副隊長の機体だけを接近戦で仕留めれば・・・っ』

『・・・いや、ダメだニコル。この人はそれを通じさせてくれるほど甘い相手じゃない。近づいていって刺そうとした瞬間に機体を振り向かせてイザークを刺すことになったあげくに、返す刃でお前までやられる。悔しいが、ここは様子を見るんだ・・・』

 

 ふっ・・・まぁ、アスランだけは及第点としておこうか。――合格点には程遠いがね?

 案の定、羽交い締めにされている味方を撃つことを恐れて攻撃の手を止めざるを得なくなるガンダムパイロットたち4人。

 

「やれやれ、坊やなことだな。実戦ではなく模擬戦でしかないのだから、味方ごと撃ち抜いてしまっても一向に構わないのだぞ?」

『!!!』

 

 私が教えてやると、四人はそろって愕然とした空気で回線中を満たしきる。

 ま、無理もないか。こう言う発想の転換は知能指数やテストの成績に反映されるとは限らない優秀さだからな。

 

「しかし暢気だな、諸君。敵が自分たちに都合のいい状況がくるまで大人しく今のままを維持してくれるとでも思っていたのかね?」

『『『!!!!』』』

 

 状況を観察するため、そしてイザークの脱出を援護するため距離を詰めてきていた三機はハッとしたように気づいて距離を取ろうとするが・・・遅すぎたな。

 

「そら、お迎えがきたようだぞ。仲間たちの元へ戻りたまえ!」

『ぐわぁっ!!』

『え、ちょ、イザークっ・・・!? うわぁっ!?』

 

 脱出しようと藻掻いていたイザーク機を、望み通りに解放してやり後ろから蹴飛ばしてニコルの方へと突き飛ばしてやると、逃げようとしていた優しいニコルは避けることを選ばずに受け止めようとしてぶつかり合い、絡み合ったまま予定していたよりも後方へと強制的に移動させられる。

 

 お荷物を捨てたことで自由を得た私は、まだ比較的近くにいたディアッカのバスター目掛けて最高速度による急速接近、白兵戦を仕掛けようと“してみせる”!

 

『うわっ! 来やがった! こんのぉぉぉぉぉぉっ!!!!』

『ディアッカ!!』

 

 背後からはMA形態に変形した《イージス》が迫り、ディアッカは先ほどの教訓から威力が大きく一発で確実に仕留められる超高インパルス長射程砲で狙うことは最初から諦めて、命中率重視の対装甲散弾砲に狙いを絞る。

 距離的にはギリギリ長射程砲でも撃てないほどではなかったから、これは英断の部類に入るのかもしれないが、それでもまだまだ甘いと言わざるを得ない。

 

 彼がここで選ぶべき武装は、両肩に装備された220ミリ径6連装ミサイルポッドだった。

 アレを乱射すれば全て避けられずとも距離だけは稼げた。仕切り直しが可能だったのだ。

 にも関わらず『攻撃すること・当てること』を選んでしまったのは、生まれながらに高い能力を有するコーディネーターの傲慢。

 スペック頼りの戦い方で勝ち続けてこられたことによる弊害だろう。

 

『食らいやがれぇっ!!』

「ふっ」

 

 私はニュータイプ能力による先読みで相手の撃とうとしている先、弾道を予測し、空間把握能力により目の前から迫り来る敵への対処で頭がいっぱいになっているらしい敵よりも正確に敵味方の配置図を脳裏に思い浮かべていたから、余裕を持って敵の散弾を横に避けて回避した。

 

 

 “ディアッカを救うため大急ぎで駆けつけようとしていた、模擬戦だから多少の損害は無視しても構わないことを学ばされたアスランの乗る《イージス》が来ている目前で”――な?

 

 

『ぐわぁっ!?』

『アスラン!? バカ! 何やってんだよお前!』

 

 助けに来てくれた同僚に対して非道い言いようだが、良いだろう。子供の言うことだ、許してやるとしよう。

 ――どうせ彼も直ぐに同じところへ送ってやることだしな・・・。

 

「やれやれ。友達思いなのはいいことだが、目の前で敵に避けられたことを忘れるのは感心しないな。せっかく友人が助けてくれた命を無駄に散らせる羽目になっても知らんぞ?」

『!? しまっ・・・・・・ぐわぁぁぁぁっ!!?』

 

 中距離および遠距離型に特化しすぎたせいで、接近戦用の武装がほとんど装備されてないバスターでは、味方がやられた時点で全速後退離脱が正しい。味方の死――この場合は敗退だが――に嘆き悲しみ叫んでいる暇などないのである。

 

 模擬戦故にフェイズシフトによる防御補正はジンの攻撃で敗れる程度に設定されているおかげで、五回ほどジンの持つ重斬刀で切りつけるだけで撃墜判定させることが出来たバスターをほっぽり出し、私は残る二機へと向かって徐々に距離を詰めていく。

 

 この時交わされていた会話は、距離があるので私が聞くのは不可能だったが、模擬戦後の反省会時にガンマイクで録音されていたのを聞く限りでは、こう言っていたようである。

 

 

『・・・おのれ! このままやられっぱなしでいられるか! ニコル、こうなったら二人がかりで奴をやるぞ! 二機による同時攻撃と性能差であのニヤケ面を押し潰す!』

『で、ですがイザーク。ここまでこちらの動きを先読みした作戦を立案された副隊長です。そんな当たり前すぎる手が通用するでしょうか・・・?』

『敵が策を弄するときこそ有効なのが正攻法だろうが!? 恐れるな! 最悪、二機でかかって一機でも生き残れば俺たちの勝ちだ! これは模擬戦だと言うことを忘れるなぁっ!』

 

 

 ・・・ああ、イザーク。君は言うことは非常に正しい。惜しむらくは正しい答えに行き着いたのが“遅すぎた”のが致命的だったな。

 

「終わりの句は詠み終わったかね? ではそろそろフィナーレと行かせてもらうとしよう」

『っ!! 行くぞっ!』

『は、はいっ!』

 

 ほう、突貫か。最後は二機がかりによる数の差で力尽くの勝負を挑んできたというわけだな。・・・最初の時点でその手を選んでいたならば、私に出来ることなど何一つ無かったというのに・・・。

 

「だが、今となっては無意味だな。我武者羅に突っ込んでくるだけで勝てるのは、ヒーローごっこの主役だけだと言う現実を教えてやるとしよう」

 

 私は至極冷淡な口調でつぶやいて、ゆっくりとライフルを持ち上げ先陣を務めるイザーク機に狙いを定める。

 

『・・・・・・』

 

 彼は避けない。

 覚悟を決めたのか? 損害を無視して接近して勝てる賭けに出たのか? ・・・否である。

 

「狙いは悪くなかったが、人選ミスだったぞ? イザーク。そこは本来ニコルのいるべきポジションだった」

『!!! しまった!?』

『ぐわっ!?』

 

 自身を盾に使って接近してニコルが仕留める、フォビドゥンを撃墜したときの戦法を応用した戦い方は、だが余りにも見え透いた配役が災いしたことによりデュエルよりも機体幅が大きいブリッツの各部位を狙い撃ちされたことによる合計点で撃墜判定が確定された。

 

 これで残るはイザークのデュエル只一機のみである。

 

 

『く、クソォォォォォォォォォッ!!!!!』

 

 今度こそ覚悟を決めたイザークの突貫。

 私はそれを眺めながら「ふっ」と冷笑し、ライフルを握らせていた機体の腕を下げさせる。

 

『!? 貴様! 俺を侮辱するのか!? 俺とてジュール家の男だ! ただでは負けぇぇぇぇっん!!!!』

 

 叫んだ瞬間。声が終わるのと重なるように。

 

 

 ビー―――――――ッ!!!

 

 

『シロッコ副隊長、模擬戦の予定終了時刻に達しました。母艦にお戻りください』

「うむ。正確な時刻観測と報告、感謝するゼルマン艦長」

『いえ! こちらこそ勉強させていただきました! 次の実戦に活かしたいと思っております!』

『・・・・・・』

 

 ちなみにだが、最後の無言はイザークである。

 奴め、さてはこれが模擬戦であることを完全に失念していたな? これだから目の前のことばかりに囚われる子供は度し難いのだ。

 

 

 

「次は負けません! 絶対にです!」

 

 ガモフの狭苦しいガンルームで息巻くイザークをニコルとアスランが二人がかりで宥めに掛かり、ディアッカがふて腐れた表情でそっぽを向いているのを眺めて面白く感じながら、私は彼らに問いかける。

 

「なぜ、君たちは格下の敵相手に敗れたのか解るかね?」

 

 ――と。

 帰ってきたのは至極当然の口調で「悔しいが、自分たちは敵より弱かったから」だった。

 

 無論、採点は0点だ。箸にも棒にも引っかからないとはこの事だな。

 

「違うな。君たちが敗れたのは君たちが私よりも弱かったからではない。君たちは“戦士であって、軍人ではない”からだ」

「・・・??? どういうことでしょうか? シロッコ副隊長・・・」

 

 アスランが聞き、私は彼の目を見ながら一元一句正確に思い出すよう注意しながら、前世で読んだガンダム小説の一文を記憶の墓場から掘り起こす作業に自分の頭脳を集中させた。

 

 

『機動戦士ガンダム外伝~コロニーの落ちた地で・・・~』という作品がある。

 

 確か始まりはセガサターンソフトだったと記憶しているが、古すぎるので私自身プレイした記憶はない。小説版を読んだだけである。

 そのノベライズ版の中でジオン軍パイロットについて面白い記述があるのを前世の頃から興味深く見ていたのが私であった。

 

 本に書かれたいてことの概要はこうである。

 

“ジオン軍は数の差を質で補うため、個人的技量の向上を軍全体に推奨させていた。

 その結果、一人前の腕を持つパイロットたちは育ったが指揮官不足が目立ち始めてしまい、優秀なパイロットを小隊長に据えても自分が突出するだけでチームプレイにはならなくなってしまっていた”

 

“それに対して連邦は数の差を活かすためにチームで戦うことを徹底させた。

 この戦略は功を奏し、パイロットとしてはエースに手が届くか否かと言った程度でしかない連邦マスター・P・レイヤー中尉率いる主人公チームに、質ではほぼ全員が勝っていたジオン軍モビルスーツ部隊は敗北を繰り返させられる結果をたどる”

 

 そんなジオンの状況を連邦の将軍が表して言った言葉がこれである。

 

 ――ジオン軍にいるのは軍人ではなく、武人か戦士である。・・・・・・と。

 

 

 

「諸君らは自己の技量に自信を有する余り、他のメンバーとの連携を軽んじ、四対一のチーム戦ではなく、『一対一を四つ作ってしまいながら戦っていた』のだよ。

 ただでさえ技量に差があるのだ。それを互いが互いの得意とする戦い方の邪魔になるからと協力する意思に欠けていたのでは却って足手まといにしかならない。

 君たちは知らず知らずのうちに味方を足枷として使いながら私と相対してしまっていたのだ。

 数の差によるハンデが事実上消滅した戦いの中で、目に見えない足枷付きのハンディ戦だぞ? 勝てるわけがない」

『・・・・・・』

「要するに諸君らは、自分を高める前に、まず互いのことを知り合っておけと言うことだ。

 言っておくが、今更言われるまでもなく“アイツのことは解っている”はなしだぞ?

 判っていると信じることと、キチンと理解し合っていることは別物だからな」

『・・・・・・・・・』

 

 ある意味では、ニュータイプらしい『分かり合うことの大切さ』を説いてやりながら、一方で信頼を『自分勝手な思い込み』と決めつけてみせるニュータイプ否定的なセリフを吐いた私の耳に、部屋の壁に埋め込まれているスピーカーから艦長のダミ声が轟いて報告を上げてきた。

 

 

『副隊長! 敵が動きました! どうやら脚付きはユーラシアと決裂して、アルテミスを脱出するようです! 要塞各所で爆発光が視認できました!』

「・・・読んだとおりだ。時の運はこちらに傾いてきた」

『脚付きはアルテミスと交戦しながら脱出しております! 今なら攻撃の機会です! 副隊長、ご命令を!』

「無用だ。行かせてやれ」

『・・・は?』

「こちらは運動の後で疲れているからな。挑むなら、休憩して万全の状態を整えてからにしたいものだとは思わないか? 艦長」

『し、しかしみすみす敵を沈めるチャンスを逃すのは・・・』

「まぁ、聞け。確かにこれは機会ではある。敵と戦いながら逃げようとしているのだからな、横合いからの不意打ちを恐れざるを得ないだろう。・・・つまり――」

『!! 逆に今は警戒されている・・・と、言うことですか?』

「そうだ。奇襲をかけるなら心身ともに疲れ果てて、安心して休めると思ったその瞬間が最も適している。ただでさえ数が少なくなった今の我々で挑む必要は無い」

『なるほど・・・』

「それに、敵は危なくなればアルテミスと再び手を組む可能性が出てきてしまうかもしれん。従わなければ死ぬしかないという状況では、双方共に個人の都合を言ってはいられんだろうからな。

 そこまで追い詰めるよりかは、敵を炙り出せただけでも良しとしておこうではないか。なにしろ我々に与えられている任務は“脚付きの監視”なのだからな。

 ――皆もそれで良いな?」

 

「異論はありません。俺は副隊長の指示に従います」

「僕もです。先ほどの見事な手腕を次の戦場では敵が味わうのだと思うと同情して見逃してあげたくなりますから」

「――ま、俺は負けたんだしぃ? 負けた奴が勝った人に自分の意見を押しつけるのは、それこそフェアじゃないでしょう。そうだろ? イザーク?」

「―――っ知らん! 俺は疲れたので失礼させていただきます!」

 

 叫んで出て行ってしまうイザークを、苦笑しながら追っていってやるディアッカ。

 去り際にこちらを見てウィンクをよこしてくる辺り、彼もなかなか良い男なのだろうと、あらためて思う。

 

「・・・意外な一面を見ましたね」

「あ、ああ・・・」

 

 ふふふ、原作よりも早い時期から仲良くなれそうでなりよりだ。その調子でニコル生存フラグでも立ててやってくれると有り難い。

 なにしろ地上での活動時には私やクルーゼが介入する余地はほとんど無いのが原作なのでね。

 

「なんにせよ、これでユーラシア連邦と大西洋連合との間に楔は打ち込めた。脚付きという、太くて頑丈すぎる純白の楔がな・・・ふふふ。

 いつ世も、地球にとって白い船が永遠の疫病神となる運命は変わらぬのだよ・・・ククク・・・」

 

 

 

つづく



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第5話

 アークエンジェル艦内の空気はピリピリして、帯電しているかの様になっていた。

 無理もない、アルテミスで受けられる予定だった補給は受けられず、基地司令ガルシアの暴走により力尽くで艦内から追い出され掛かったところを連合クルーの機転に救われなんとか脱出したばかりという窮状にあるのだから・・・。

 

 そんな中でムウ・ラ・フラガ大尉より提案された『デブリ帯に流れ着いた宇宙ゴミの中から、必要分の物資を拝借してくる』というアイデアが好意的に受け取られないのも仕方の無いことであった。

 

「しかたないだろ? そうでもしなきゃ、こっちがもたないんだから」

 

 開き直ったように、あっけらかんと言うムウだが、本来この手法は妥当なものである。

 戦場の何処ででも行われている平凡な行為に過ぎず、むしろ持っている他人を殺してでも奪おうとしないだけ人道的な範疇に属しいるとさえ言い切れるのが戦争というものの本当の醜さであるのだろう。

 

 だが、そんな現実は戦争を『画面の向こう側で起きている無関係な出来事』としか見てこなかったヘリオポリス出身の少年少女たち現地徴用兵には理解できないし、したくもない。

 アークエンジェル本来のクルーたちにしたところで、国運を賭けた一大プロジェクトであったため人選基準に意識の高さや使命感など人格的な面を優先せざるを得ず、実戦経験の有無については開発班の方まで配慮している余裕は今の連合になかった。

 

 要するに、『これは戦争なんだ』と言いながら、泥臭い実戦を経験した者たちがほとんど存在しないのがアークエンジェルというエリートたちが乗る艦であり、『自分たちのしている苦労が一番大変だ』と思い込んでいる苦労知らずの艦だったと言うことでもあるのだろう。

 

「死者の眠りを妨げようというつもりはないわ。ただ、失われたものの中からほんの少し、いま私たちに必要なものをわけてもらうの。―――生きるために」

 

 

 マリューは、自分の言葉を詭弁のように感じながらも断固とした口調でそう言った。

 生き残りためにゴミを漁る盗掘者の汚名を得ることになる自分たちを恥じ入るが故の言葉。

 だが、それは逆に自分たちの行う戦争が『自分たちが生き残るため敵の命を食らい合う大量殺戮者同士の殺し合い』だと認識できていなかったが故の発言でもあった。

 

 

 ・・・外観も中身も、乗っている搭乗員までもが純白の船アークエンジェルは、こうしてデブリ帯に向かって舵を切る。

 

 流れ着いたゴミの巣窟を、墓標の群か何かのように思い込みながら粛々と重々しい機動でゆっくりと宙を泳ぎながらまっすぐに・・・・・・。

 

 

 

 

 一方。

 そのアークエンジェルを背後から追尾し続けるザフト艦ローラシア級ガモフの指揮官代理、パプティマス・シロッコは、この時ある決断を下していた。

 

 

「・・・少し仕掛けてみるか」

「は?」

 

 隣で間の抜けた声を出すゼルマンを余所に、私は人には聞かせられない内容をはらんだ作戦案を自問自答することに没入していく。

 

 前世における原作知識との辻褄合わせが、それである。

 

 ・・・現在、アークエンジェルはデブリ帯に向かっているところであるだろう。多少の誤差はあったが、それでも敵方の物資云々に関してまで私の影響は及ぶべくもないからな。窮乏しているはずだ。

 冷たく暗い人の住めない場所、宇宙空間で人が生きていくために必要な物資が手に入る場所など、コロニーなど人工の大地以外では他にあるまい。

 

 問題は、これを邪魔するため動くか否かだった。

 

 原作だと、この時点で我々ザフトは攻撃を仕掛けていない。アルテミスの爆発によって脚付きの所在を見失っていたからである。

 が、私は敵がどこに向かっているかを知っている。現在地が判らずとも、作戦目的と目的地さえ判れば十分すぎるのが戦争というものである以上は問題ないと言えるだろう。

 

 問題があるとするなら、数である。

 本音を言えばクルーゼが連れて帰ってくる大兵力を加えて一気呵成に攻め掛かり殲滅するつもりでいた。

 最悪、アークエンジェルとストライクについては、ザフト艦として迎え入れることも今となっては可能なのである。

 クワトロ大尉の例もあるし、二重スパイになるという口約束を口実に解放してやってもいい。どの道を辿ろうとも戦争の早期解決に役立ってくれさえすればそれで十分すぎる存在なのだから、歴史の誤差など無視すべしと断定していたのが私であったのだ。

 

 

 それを今になって前言を撤回したのには、当然ながら訳がある。

 語るまでもない、アスラン・ザラとキラ・ヤマトが接触してどの様な反応を示すのか確認しておくべきであることに思い至ったからだ。

 

 ・・・キラ・ヤマト。そして、アスラン・ザラ。

 SEED世界におけるバケモノとしか表現しようのない、あの二人はコズミック・イラにおける最大にして最悪の不確定要素だ。接触したとき、どの様な化学反応を起こすのか確認しておかなければ怖くてとても使い物にならない危険物といえるだろう。

 

 だから私は決断した。

 多少の損害はやむを得ないし、実戦経験の少ない今ならまだイザークたちでも無傷で帰還できる可能性が高い。

 撃墜できる可能性については・・・まぁ、無理だろうな。『未熟な内なら勝てる』のであるなら、歴代ガンダムシリーズの敵キャラたちは苦労しなかったであろうから。

 

 才能のある人間はナニカ持っているものだという。

 それが実力か、運の良さか、はたまた主人公補正によるものかは、この際どうでもいい。

 戦争は結果であり、勝敗は結果であり、生き残れるか死ぬかは結果しか介入できない問題なのだ。気持ちなどいくらあっても意味はないのである。

 カミーユでさえ愛し合う戦死者たちの魂を吸うことはできても、生き返らせることはできなかった。

 それが人の限界だというなら、理由の如何に関わらず『勝って生き残れる力を持っているものは強い』。それだけで十分すぎる理屈だった。

 

 だが、表向きの理由としてはこう言った。

 

「新しい機体で編成された部隊で能力査定を行っておきたい。その為に敵の実力を試す意味も含めた威力偵察を仕掛けようと思ったのだ。

 敵と味方の強さの基準がわからなければ、作戦の立てようがないからな。

 敵に余計な経験を積ませてやる義理はないが、クルーゼ隊長が戻られたときに参考資料として提出する分くらいは一応取っておきたいのだよ」

「確かに・・・。先日のアルテミスで垣間見た敵機の動きは尋常なものではありませんでした。初戦でラスティが取り逃した《ストライク》という名前らしい機体とはまるで別物です。モビルスーツ戦でどこまで力を発揮するのか調査しておく必要はあるでしょうが・・・」

「多少の危険は覚悟の上だ。たかが偵察任務のため、命までかけろなどと命令する気は私にもないよ。データ取りを優先させて危なくなったら、すぐに退かせる」

「・・・・・・うぅむ・・・」

「それにフェイズシフト装甲もある。あれは継戦能力が大きく損なわれる装備だが、一方でパイロットの生還率を飛躍的に高めてくれる代物でもある。

 こういう任務にこそ打って付けの、アレはよい物だよ。艦長」

「なるほど」

 

 懇切丁寧に意図を説明してやることで艦長は納得し、快諾してくれた。

 なにかと言葉不足になりがちなクルーゼの補佐役を務めるに当たって私がつけた癖である。役に立ってくれて嬉しい限りだ。

 

 分かり合うためテレパシーにばかり頼るから失敗するニュータイプパイロットとしては尚更に・・・な。

 

 

 

 

 こうして実行された脚付きおよびストライクの威力偵察作戦。

 その結果は、『原作のぶり返しが一気に来た』・・・と言ったところか。

 

 

「アスラン・ザラです! 通告を受け、出頭いたしました!」

 

 臨時で副隊長室として使わせてもらっている申し訳程度の応接室に、しゃちほこばったアスランの声が響き渡り、「入りたまえ」と言った私の声が扉の開閉音に掻き消される。

 

 クルーゼの真似をして、ゆったりと指を組み合わせながら相手の目を見つめ、私はただ一言。

 

「さて――弁明があれば聞こうか」

「――っ!!」

 

 相手の顔が衝撃に歪む。

 処罰を受けることは覚悟していたとはいえ、いきなり詰問口調で言い渡されるとは想像していなかったという風情だな。

 ま、ガンダム作品主人公とは元来、そういう連中ではあるのだが。

 

「冗談だ。私はそんなつもりで君を呼んだのではない。

 作戦失敗は立案者であり実行を命令した責任者たる私の責任だし、何の理由もなく君が命令違反を犯して勝手な行動をするなどとは思っていない。むしろ気になることがあるなら話してほしいと言いたくて呼んだのだよ」

 

 意外そうな表情を浮かべる相手を、私は面白そうに見返す。

 

「君は作戦中、敵機と交信を行った挙げ句、命令にない敵の捕縛を独断で実行しようとした。これについてパイロットたちの間で君に対する不審が芽生えている。

 互いに背中を預け合うべき者同士が疑い合うという状況はよろしくないと思うが、如何かな? アスラン君」

「はっ・・・命令に違反し、勝手なことをして申し訳ありませんでした!」

「アスラン・・・私をあまり失望させないでくれ。まさか私が、そのような誤魔化し目的での詭弁を聞くために君をここに呼んだと思っている訳ではないのだろう?」

「・・・・・・」

 

 明らかに鼻白んだ様子で黙り込むアスラン。

 キツい言い方になってしまったが、“予定通り”だ。ここで優しくしたところで私の求める結果のためには役に立つまい。

 

「――ふむ。答えはなし、か・・・なにか深い事情があるようだな」

 

 しばらく黙って返事を待ってみたが“予想通り”返事は帰ってこなかったので、勝手に話を進めさせてもらうとする。

 

「私としても部下のプライベートまで詮索する趣味はないし、できれば尊重してやりたいところだが、何分にも立場というものがあるのでね。そう甘いことばかりは言っていられん。

 敵と内通している恐れのあるパイロットは当然出撃させるわけにはいかんし、自室での謹慎だけで済ませられるかどうかはクルーの反応次第だ。

 スパイの疑いが晴れるまでは拘束させてもらうこともありえるだろうし、場合によっては後方への後送も視野に入れておく必要がある」

「・・・そんなっ!?」

 

 相手が慌てた様子で、ようやく取り乱し始める。

 よもやそれほど大袈裟なことになるとは思っていなかったので焦っているらしい。前線から退かされてはアークエンジェルにいるキラを救い出すことは不可能になるからな。

 

 だからこそ、この揺さぶりには効果がある。

 連合と違い、上から命令されなくても個々人の判断で正しい行動ができるからと、階級による立場の違いさえ明確に定められていないザフト軍の緩い規律も、こういう場合には役に立ってくれるものだ。

 

「無論、ご子息が起こした問題である以上は、ザラ国防委員長閣下へも報告が届くだろうし、当然閣下にも累が及ぶだろう。それが血の繋がりというものだからな」

「!! 父は関係ありません! 私が独断でしでかした私の問題です! 処分されるのでしたら、どうか私一人に厳罰をお与えください副隊長!!!」

 

 燃えるような瞳で私を睨み付けてくるアスラン・ザラ。

 対する私はシロッコらしく、涼やかな瞳で眺めるだけだ。相手の焦るさまをジックリと・・・な。

 

「違うな、アスラン。そうではない、君だけの問題では済まされないのだよ。

 これはザフト軍クルーゼ隊で赤服を着るエースパイロット、パトリック・ザラ国防委員長閣下のご子息アスラン・ザラの起こした問題なのだから、その累は隊の仲間や上官たち、引いては親類縁者と国家の戦略にまで影響しかねない」

「そんな・・・・・・」

 

 唖然とするアスラン。私は容赦なくたたみかける。

 

「組織とはそう言うものなのだ、アスラン。君がどう言うつもりで、敵の誰と接触したのかは知らないが・・・・・・ハッキリ言っておく。

 “国家間戦争の中で、君たち二人だけの戦争はあり得ない”のだよ」

「・・・っ!!」

「ザフト軍の軍服をまとった者が取るすべての行動はザフト軍が命じた作戦であると解釈され、連合の軍服をまとう者がおこなった愚行はすべて連合の総意であると判断されてしまう。それが戦争というものなんだ。

 個人の都合を押しつぶし、一人一人の違いを否定しながら突き進む、血と炎に染まった暁の車のごとく、戦争は個人というものを許容しない。

 君らがどれだけ『子供の都合と、身勝手な大人の傲慢』を叫んだところで、個人が唱えるだけでは声の大きい小さいしか違いはない。

 戦いを否定するにも、終わらせるためにも必要となるのは数だ。それだけなのだよ、アスラン」

「・・・・・・」

「そして数を集めるには、他人に自分の思いを伝えて理解を得なければならない。

 自分は相手の主張を否定しているのに、自分には言いたくないことを言わなくていい権利を求めるなど筋が通らないだろう?

 “言わなくてもわかって欲しいが、自分には口に出して伝えてくれなければ解らない”などと言う、身勝手でバカな理由に巻き込まれて味方を死なせたくはあるまい?

 ・・・なにしろ、一人の我が侭を通すことが僚友を殺し、部隊の全滅を招き、ひいては師団、軍の敗北。国家の滅亡を招く恐れがあるのが戦争なのだからな。

 私としても臆病にならざるをえんのだ。わかってくれ、アスラン・・・」

「・・・・・・・・・はい、わかり・・・ました。お話しいたします・・・。

 ストライクに乗っていた敵のパイロット、キラ・ヤマト――月の幼年学校で私の友人であった、友達のことを・・・」

 

 こうして私は現時点における、アスランからキラ・ヤマトへの好感度チェックを完了させた。

 

 

 結果から言えば・・・・・・ま、伝説の鐘を鳴らすにも爆弾処置に手間取るのにも程遠かったようだがね。

 

 

 

つづく



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第6話

「そうおっしゃるなら、彼らは?」

 

 ナタル・バジルール少尉の声が、アークエンジェルの艦橋に冷たく響き渡る。

 

「キラ・ヤマトや彼らを、やむを得ぬとは言え戦闘に参加させて、あの少女だけは巻き込みたくないとでもおっしゃるんですか?」

 

 隠しようもない非難の意思を込めたバジルール少尉による糾弾の言葉。

 クルーゼ隊からの追撃を躱し、デブリ帯での補給を無事終えられたアークエンジェルは一息つく間も与えられぬまま、次なる厄介ごとの種を内部に抱え込んでしまっていたのである。

 

「彼女はクラインの娘です。と、いうことは、その時点ですでに、ただの民間人ではないと言うことですよ」

 

 彼女が言うところの『クラインの娘』。それはプラント最高評議会議長シーゲル・クラインの息女であり、先ほど補給中に漂流していたところを助けた少女ラクス・クラインの事を指していた。

 

 彼女は『血のバレンタイン』で知られるコーディネーター側にとって悲劇の地『ユニウス・セブン』で追悼慰霊をおこなうため事前調査に来ていたところ連合の船に臨検を求められ、応じはしたものの追悼慰霊という目的自体が惨劇の加害者である連合兵士たちにとっては不快さの素であったためか別の理由によるものなのか戦闘が発生してしまい、部下たちが彼女だけでも生き延びさせようと脱出させていたのである。

 それを補給作業途中のキラ・ヤマトが発見し、確保して持ち帰ってきた結果あらたな揉め事が艦内で起き始めている。そういう経緯だ。

 

 

「わかっているわ、バジルール少尉。でも・・・できればあの子を月本部には連れて行きたくないという私の思いは変わらないわ・・・たとえそれが甘さとわかっていようとも、ね・・・」

「・・・・・・」

 

 艦長の言葉を聞き、これ以上は副長の口出しすべき事柄ではないと判断したらしいナタルは自分の席である副長席に座って担当作業を確認し始める。

 “しこり”を残しながらアークエンジェルは、地球連合軍月本部へと向かっていく。

 その先に何が待っているかを知らぬまま。

 

 ――そして、自分たちの行動と判断が“とある男”に、どう思われているかなど想像すら出来ぬまま、敵に気取られぬようゆっくりと・・・・・・。

 

 

 

 

「どうした、シロッコ? らしくもなく素直にガモフの指揮権を返してくれるじゃないか」

 

 帰って来て早々、クルーゼが私にからかい口調で述べた内容がこれである。

 やれやれ、天才はいつの時代も理解されぬものというのは確かな格言だったようだな。

 

「滅相もない。クルーゼ隊長がお使いになると言うのならば、ガモフは喜んで返上いたしますとも」

「潔いのだな」

「脚付きからは、知らない内にその中へ取り込まれそうになる奇妙な引力を感じる。あの感じは好きではないから、早く他人に押しつけてしまいたかっただけさ。それだけだよ」

 

 軽く笑い合い、肩をたたき合う我々友人二人。裏がありそうな会話の方が逆に裏のあるなしが分かって楽でいいと言うあたり、つくづく謀略好きな人物だ。パプティマス・シロッコとラウ・ル・クルーゼと言うお二人はな。

 

「シロッコ、ラクス嬢のことは聞いているな?」

「無論だ。ヴェサリウスが捜索を引き継ぐと言う話だろう? ユン・ロー隊長から話は聞かされているよ」

 

 公には乗船ごと消息不明と公表されているラクス・クライン嬢だが、原作にもあるとおりザフト軍はこの時点ですでに彼女の現在地を大凡ながら把握していた。

 今では地球の引力に引かれてデブリ帯の中にいるユニウス・セブンである。

 

「少し前に脚付きに対してアスランたちを使って攻撃を仕掛けさせた。そのときニコルにはミラージュ・コロイドを使って戦場に最後まで留まり、脚付きの向かう方角を確認してから帰還するよう指示しておいたのだがな・・・ビンゴだ。実に嫌な位置に向かってくれたよ」

「・・・やはり、ラクス嬢は脚付きに発見されてしまっている可能性が高いのか・・・」

 

 クルーゼは、ニコルが持ち帰った情報から推測した脚付きの予測進路と、撃墜された偵察用ジンが連絡を絶った場所とが表示されたディスプレイを見下ろしながら腕を組み、つぶやく。

 仮面に隠れて表情は見えないが、普段から見慣れている私はなんとなくの印象から“面倒くさそう”にしている時にまとう空気と似たものが感じられていた。

 

「ザラ委員長は、アスランがラクス嬢を連れ帰ってきてくれることをお望みなのだそうだ。

 悪い地球連合から囚われの婚約者を助け出してヒーローのように戻ってくるか、婚約者を殺され号泣しながら亡骸を抱きしめ復讐に燃えて戻ってくるかのどちらかをリクエストしておられたよ。遠回しにだがね?」

「なるほど、政治家らしい。差し詰め戦争を続けるためには、生け贄となる悲劇のヒロインか、英雄物語の王子様のどちらかが必要になってきたと言うところかな」

 

 プラントは自給自足が可能な人工の大地ではあるものの、生活必需品の中にはどうしても大量生産するのに広い土地が必要不可欠なものが多く存在している。

 仮に完全な模倣品が造れたとしても、コストパフォーマンスを考えれば地球から輸入した方が遙かに安くなる品というのは意外に多い。

 

 プラント理事国からの輸入により配給制になるまでには至っていないが、安全保障などの経費が上乗せされるため必然的に値段が高騰し、今では兵士の使うライフル弾より生活必需品の方が高くなってしまった物まで出てくる始末だ。

 戦争などどうでもいいから、早く元の生活に戻りたいと言うのは人として自然な願いと言えなくもない。

 

 私は友の言葉に肩をすくめて率直な意見を返して相手の苦笑を誘う。

 

 

「相変わらずハッキリとものを言う男だな、君は。

 むしろ、こういう芝居じみたことこそ領分と言ったところか?」

「事実だろう? 私は歴史の立会人に過ぎないからこそ、よく判るのだよ。アイドルとは、民衆の想いを代弁させるための偶像・・・道化に過ぎないことが。

 自分たちの主張を代表するものとして民衆が欲した結果として生み出されるのがアイドルなのだからな、それが政治的に利用されるのもまた人の世における必然だろう」

 

 私は明朗快活に断言する。そして、過去の記憶を掘り起こしていく。

 

 ミネバ・ザビもそうだった。セシリー・フェアチャイルドもそうだった。

 リリーナ・ピースクラフトも、ディアナ・ソレルも。あの、ジオン・ズム・ダイクンでさえそうだった。民衆が望み、求め、応じる形でアイドルの役割を演じることにより人々の思いを集めて入れる入れ物としての機能を果たした民衆のための偶像たち。

 

 そして同時に、愚民と化した民衆にとっては飽きたら捨てて次を求めればいいだけの、民衆の玩具となり得る存在・・・・・・。

 

 ジオン・ダイクンの思想に賛同し、熱狂とともに担ぎ上げた民衆は彼を殺したザビ家の扇動に乗り、アッサリと公国制への移行とザビ家独裁を受け入れてしまった。

 ティターンズを支持し、彼らの勢力を支える基盤となっていた人々はダカール演説以降は手のひらを返してエゥーゴ側に寝返った。エゥーゴに喝采を浴びせた人々はコロニーレーザー争奪戦で力を使い果たしたエゥーゴを見限りアクシズへと乗り換えた。そして三勢力いずれもが滅んだ後にエゥーゴの主要メンバーもまた連邦の体制に取り込まれ権力機構の一部に落ちた。

 

 ・・・これが宇宙世紀で難民となってきた人々の歴史である。

 

 そんな彼らにとってアイドルとは、自分たち個人個人では言っても聞いてもらえない意見を代わりに社会に向かって叫んでくれる存在を差している。

 自分たちの言っていないことを叫ぶアイドルなど求めていない。

 彼らはアイドルに個性と人格を求めはするが、人格的欠陥があることを決して許さない。

 

 そう言うものだ、人という生き物は。社会がなければ生きられない社会的動物でありながら、常にその個が内包する世界観は個の周囲だけで完結させてしまう悪癖を持っている。

 

 社会があるから生きていられる現実を頭で解っていながら、それらを縦糸でつなげて考えようとはしない。自分の今見ている現象を理解するばかりに囚われて、大局と個の関わり方の基本を見失い、世界を歪ませていく。

 

 そうやって、死者にしか心を開けない少年が今を生きている人々を殺す理由に死者の名を持ち出すような世の中になっていく。

 まったく、寒い時代になったものだと奴らは思ったことがないのかな?

 

 

「ふむ・・・しかし、シロッコ。ご高説は承ったが、それよりも今は目の前の現実を処理にしかからないかね? 人類全体のことを論議するのは未来でも出来るが、現在目の前にいるかもしれないラクス嬢は、こうしている今も我々の手が届かぬ連合艦隊月本部へと近づいていっているのだがね?」

「無論、承知しているとも。それに関連して思っていた事柄を述べたまでのことさ。まぁ、気にするな。焦ったところで主役の出番が早まるわけではなかろう」

「・・・??? ――まぁ、そうだな。それで? 先ほどの話と関連した事柄というのは?」

 

 私が言った含みのある言葉に一瞬だけ怪訝そうにしたが、直ぐにいつもの調子で合わせてくれる愛しき友人ラウ・ル・クルーゼ。おおかた“どうせ直ぐに結果でわかるだろう”と割り切ったのだろう。物わかりのいい友人を持てて、私は心底から幸せ者だと信じているよ。

 

「脚付きがラクス嬢を確保している場合、まず間違いなく人質交渉に使ってくるだろう。当然だ、彼女は現プラント評議会議長、シーゲル・クラインの娘なのだからな。

 である以上は、彼らとしては彼女が手元にある限り、いつかどこかで必ず交渉カードに持ち出してくるのだけは間違いない。

 それが今すぐか、後になってかは定かでないが、使ってくることだけは確実だ。国家元首の娘に産まれるとは、そう言うことなのだから」

 

 マリュー・ラミアスには彼女なりの正義感や倫理観があるのだろうとは思うが、こればかりは変え難い事実なのだから受け入れるより道はない。

 

 ・・・たとえ当人からみて不本意な決断で、強制されただけでしかなかったとしても、それが国家の名の下おこなわれたものである以上は、最高責任を取らねばならないのが元首の立場というものであり、その娘として生を受けた以上は親の恨みに巻き込まれるのはどうしようもない人の世の常であるからだ。

 戦争を起こした国の元首一族に戦争責任がないのだとしたら、人の世に戦争責任など存在しなくなってしまうだろう。

 

 そして、それこそ私がガンダムSEEDを許しがたく思う理由の一因であり、誤った歴史を正したいと感じさせられた最大理由の一つなのだ。これだけは断固として譲ることは出来ない。

 

 だが―――

 

「しかし、それは別に悪いことではない。敵対国のVIPを捕えたときに互いの国が拘留している捕虜交換が行われるのはよくある話だし、停戦や休戦を申し出るときに使う交渉カードとしてなら、むしろ彼女の願いに沿ってもいる。終戦の道を模索する際に、相手国側の中枢近くに個人的窓口が存在しているかどうかで平和への道がどれだけ短縮できるかに至っては今更説明するまでもなかろう?

 人質という言葉のイメージに囚われることなく、固定観念にこだわりすぎなければ、人質交渉が平和へと至る道になる可能性も存在しているのだよ。

 そして、だからこそ重要になるのがタイミングであり、どう使うかなのだ。これ次第で人質は双方にとって最悪を避ける手段から、互いの憎しみを助長するだけの道具に成り下がりかねない。それこそ絶対に避けなければならない最悪の選択肢だ」

 

 私は強く静かに断言して見せた。

 

 先にも述べたが、私はナタル・バジルール少尉の取った『人質交渉』と言うやり方そのものを否定してはいない。あれは正当な手段だったと評価している。

 

 だが、タイミングが最悪だった。自分たちが当初助けて救助した民間人を、危なくなったら人質として前に出すなど、まるでヤクザのやり口だ。カミーユの両親を人質に取ったティターンズと、やっていることは何ら変わらない。

 

 それだけではない。

 彼女はキラ・ヤマトの優れた資質に目をつけてコーディネーターであっても連合軍の戦力に迎え入れるべきと望む現実感覚を持ちながら、その手段として彼の両親を人質に取ることを進言するなど、目的は正しいにもかかわらず、やり方は最悪を極める悪癖を持っている軍人。それでいて自らの間違いに気づくのが手遅れになった後だという辺りに救いのなさが窺えるが、これは別に彼女の能力が劣っていたからではないと私は考えている。

 

 単に、経験値が絶対的に不足していた、それだけだろうと。

 それが私の下したナタル・バジルール少尉に対しての総評なのである。

 

 忘れられがちだが、彼女は士官学校を優秀な成績で卒業した“ばかりの新米将校”でしかなく、階級としては尉官クラスでは底辺に近い少尉でしかない。

 アークエンジェルで副長代理を任されて急速に成長したものの、『指揮官としての経験は皆無』なのがナタル・バジルール少尉という人物の、この時点における能力限界だったのだろうと。私はそう結論づけている。

 

 あるいは彼女には名将と呼ばれるに足る才能があったのかもしれない。数十隻の艦隊を指揮統率する器が備わっていたのかもしれない。

 だが、現実に彼女が経験した役職と権限は明記されている範囲内で、アークエンジェルの副長と、ドミニオンの艦長の二つのみ。その合間の時期に何か別の役職に就いていたとしても、経験値と呼びうるものが得られるほど長くいられる時間的余裕は原作が与えてくれていない。

 彼女には才能を生かせるようになるだけの経験と時間が圧倒的に不足していた。

 

 その為に彼女の視野は自分の経験した一少尉として眼前の戦場と、自身の担当する戦域での勝敗を至高価値と捉えさせ、巨大な戦局全体を見下ろして判断することが出来ない。一士官としての視点でしか戦争を見る能力が育てられないまま長くもない生涯が終わってしまった。

 そんな今の彼女では『単なる戦闘屋』にしかなることはできない。だからあんな暴挙にも平然と出れる。

 

「人は、『これしか他に道はない』と思い込むと平和を阻む一番の敵になりやすい。道は常にいくつも前にあることに気づかぬまま、他人の引いたレールを爆走しやすく、間違いに気づいても途中からでは修正しづらい。そう言う輩が脚付きに乗っていた場合には最悪の事態を招きかねない。

 それを避けるためには、専門家の登場を願うのが一番だとは思わないか? クルーゼ」

「ふむ? 理屈はわかるが、そんな都合のいい人物がいったいどこから―――」

「隊長!」

 

 アデスが叫び、私とクルーゼが彼に向き直る。

 

「レーダーが艦影を捉えました。合計三隻。地球軍の艦隊のようですが、こんなところでいったい何を・・・・・・」

「ほう、やっと来てくれたか。存外に待たせてくれるゲスト殿だな」

 

 アデスの言葉にクルーゼが答えるより早く私が口にした言葉に注目が集まる。

 

「どういう事だ、シロッコ。説明してもらえるのだろうな?」

「勿論だ。だからそう怖い目で睨むなよ、クルーゼ。別に君を謀っていたわけではない。なにしろ、隊長代理としてやっておいた仕事の一つに過ぎないのだから」

「・・・その報告を隊長の私は受けた覚えがないのだがな? パプティマス・シロッコ隊長代理殿?」

「だから今しているだろう? 説明より先に策が成ってしまった様だが、順番が逆になったぐらいでそう怒るなクルーゼ。シワが増えるぞ?」

「・・・・・・」

「・・・すまなかった、謝る。今後は二度とこんな真似はせん。許して欲しい、この通りだ。もう二度と君に嘘はつかないと約束しよう。血判書を書いて渡しても構わない」

「・・・・・・・・・・・・はぁ」

 

 頭を下げて謝ると友人はしばらく沈黙した後、見せつけるように大きなため息をつくことで許すと言う意思表示をしてくれた。

 

「・・・で? 今度は何を企んだのだ?」

「いや、大したことではない。本当だぞ? ただ、ヘリオポリスにイザークたちを潜入させたとき、たまたま手に入れた情報の一つに面白いものが混ざっていたから使ってみただけのことさ」

 

 嘘だがね。本当は原作知識です、だなどと言ったところで信じてもらえるはずもないので死んでも言わないが。

 

「いったい、何をどのように使ったというのだ?」

「中継装置を使って連合軍宛に、脚付きが救助したとおぼしき避難民の候補を一人だけ通報してやっただけさ。中立国のコロニー市民が連合に危害を加えられないよう気遣うのはザフト軍の軍記に違反してはいなかろう?」

 

 嘘だがね。本当は何も送ってなどいないのだが、こうでも言わんと言葉に説得力が持たせられん。

 

「誰だ? その避難民の一人というのは?」

「フレイ・アルスター。大西洋連邦事務次官ジョージ・アルスター殿のご息女さ。戦闘指揮はド素人でも、地位身分では現場であろうと最高位の方だ。

 非常事態に陥らん限りは、彼が連合側の責任者兼代表と言うことになる。そう、敵との戦闘のような非常事態に陥らん限りは絶対に、な・・・?」

『・・・・・・・・・』

 

 もはや言葉もない、と言いたげなクルー一同に背を向けて私は嗤う。

 消えなくてすんだ光たちの幸運に、敬意と感謝を込めて心の中で敬礼を送りながら。

 

「無論、彼との交渉が終わった後は我々ははれて敵同士に逆戻りとなるだろう。敵と味方が戦争している状況の中、我々だけが敵との一時的な休戦というわけだ。なかなかの美談になりそうじゃないか。なぁ、クルーゼ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」

 

 極上のつもりだった友人に向けた笑顔に対して返されたのは、何故だか知らぬが疲れたような溜息一つだけだった。いったい何故だ? 理不尽な。

 

 

つづく



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第7話

「月本部へ向かうものと思っていたが・・・やつら、『足つき』をそのまま地球へ降ろすつもりとはな・・・」

 

 部下から艦隊集結完了の報告を聞きながらラウ・ル・クルーゼは顎に手をやり、小さく溜息をついていた。

 

 連合との一時的な蜜月の時を終え、ラクス嬢を後方へと搬送し、クルーゼがそれを確認した直後に別働隊を率いた私が背後から追い打ちをかけ、補給作業中だった連合艦は旗艦以外を全て撃沈させてから数時間あまりの時が過ぎている。

 

 クルーゼ隊はヴェサリウスとガモフの二隻しかいないと思い込んでいた連中は、その二隻がラクス嬢を連れて遠ざかっていくのを目視し安心しきっていたのだろう。

 合流予定だったローラシア級“ツィーグラー”に先行して到着していた私率いるジン部隊だけで損害もなく一撃離脱強襲が可能だった。

 

 『海軍の連中は船の数がそろっていれば安心するもの』・・・こうして、赤い彗星の自説は正しさを証明されたわけである。

 

「降下目標はアラスカですか」

「おそらくな」

 

 部下からの質問に、ラウはやや苦々い声と口調で応じる。

 

 アラスカは地球連合軍の最重要拠点である。半分近くを占領したとは言え、あくまでコーディネーターにとっての庭は宇宙。地上は勝手が違いすぎる。

 そこへ入り込まれてしまったら、確かに容易には手出しできまい。

 

「なんとかこっちの庭にいる内に沈めたいものだが・・・・・・」

 

 そこで彼は言葉を切り、こちらを向く。

 

「どうかなシロッコ? なにか妙案はないものだろうか?」

「させておけ」

「・・・なに?」

「したいようにさせておけと言っているのだよ、クルーゼ」

 

 聞かれて私は、友へと振り向く。

 

「安全な場所から書類仕事だけして戦争を遊びにしているような連中に、アレが渡ったところで何ほどのことがある? 天才の足を引っ張ることしか出来ない俗人どもに、何が出来るというのだ?

 せいぜい、ストライクの模造品でも大量生産しながら子供のような理屈をごねる程度が関の山だ。そんな賢しいだけの子供じみた連中の遊びに我々大人が付き合ってやる義理はない。

 我々は今現在、目の前に立ちはだかっている知将ハルバートン提督一人を倒せば十分なのだよ。違うか? クルーゼ」

「それは・・・そうかもしれないが・・・・・・」

 

 やや不満顔を浮かべるクルーゼ。

 優れたパイロットである彼は、己の“勘”を信じている。『足つきとストライクを見逃せば、いずれその代価を自分たちの命で支払うことになる』と感じた直感を。

 

 そして原作を見る限り、その勘は正しい。少なくとも彼の命と、彼の信じた数少ない人々』は、足つきとストライクを落とせなかったことへの代価として命を支払わされているのだから。

 

 だが・・・残念だが、この戦闘に限って言うなら正しい勘も手遅れだな。

 

「それに、今から追ってもどうせ間に合わん。敵は追い詰められれば足つきだけでも地上に降ろすだけだろう。ザフトの勢力圏内だろうと、地上は地上。安全に降下できる場所まで守ろうとして諸共に撃沈されるよりかは遙かにマシな結果だからな。

 その程度の判断が出来ぬ無能な相手を、君は知将などいう表現は使わないはずだ。違うかね?」

「むぅ・・・・・・」

「よしんば足つきが地上の現地部隊を無傷に近い状態で撤退に追い込みながら前進を続け、アラスカまで無事にたどり着けたとしたら、それはそれで一向に構わん。

 ここでハルバートンを討っておけば、連中は彼らを持て余すことは確実だからな。

 ・・・未だ連合の象徴である戦艦とモビルアーマーで我々に勝てると思い込み、モビルスーツをザフトが造ったコーディネーターの象徴のように捉えている俗人どもにとってあの船は、潜在的な敵も同然。味方同士で潰し合うことにしか使えはしないだろう。だからこそ、放っておけと言っているのだよ」

「・・・確かにな。アレを造らせたのは彼ということだし、戦艦とモビルアーマーでは、もはや我らに勝てぬと知っている良い将だと言える。

 目の前で戦う勇敢な敵よりも、嫉妬深い味方の方が目障りに感じやすいと言うのも納得できるところだが・・・・・・」

 

 SEED世界にあって、他の誰より人の心の醜さを知る彼は理屈の上で納得したようであったが、感情の面でしこりが残ると言いたげな表情を浮かべ小首をかしげる。

 

「・・・そううまく事が運ぶものかな?」

 

 根拠のない、だが外れようのない彼の懸念に私は微笑ひとつだけを返事として返し、彼の肩を叩いてやりながらブリッジを出て行った。

 

 ・・・親友には申し訳ないが、私は彼と別の評価を足つきとハルバートンに与えていた。

 私にとって、SEEDに出てくる登場キャラクターの中で誰より先に殺しておかなければならないと確信していたのはキラ・ヤマトでもアスラン・ザラでもない。

 いま目の前に立ちはだかる敵、知将ハルバートン提督その人だけだったのである。

 

 

 早い話、彼は『天才のなり損ない』だった。

 

 旧弊きわまる連合軍上層部にあって、誰より早くモビルスーツの有用性と、戦艦およびモビルアーマーの限界に気づいた人物であり、その身を捨て石にしてガンダムの開発計画を強行させ、その為にオーブの技術協力を得ているところから見ても、彼に対する各勢力の評価が極めて高いことが窺い知れる。

 

 そんな彼が、もしストライク・ダガーを始めとする連合製のモビルスーツ群を指揮して戦場に立った場合どうなるか?

 連合は核に頼ることなく自力でザフト軍と互角に戦えるようになるかも知れない。そうなってしまったら戦争の長期化と消耗戦への突入は避けられない。

 

 仮に彼が政治に対して口出しできる性格の持ち主だったなら、生き延びさせる方が有効だったかもしれない。

 彼の能力を持ってすれば、アズラエルやサザーラント大佐らのバカな愚行を止める一助にもなったであろうし、エマ中尉のように間違った組織に仕え続けることを由とせず、裏切ってくれる可能性すらあり得たかも知れないほどの才能を私は彼に感じさせられている。

 

 

 だが、それらの可能性を全て切って捨てられるほど彼は『軍人』だ。連合軍人として高潔な精神を持ち合わせすぎている。

 彼はたとえ上が間違っていようと、決して裏切ることを潔しとせぬまま間違った軍で最善を尽くすことに尽力して、組織に殉じることを償いと考える実直すぎる漢の類。

 

 謂わば、エギーユ・デラーズの亡霊がレビル将軍の才能を持ってコズミック・イラの世界に生まれ落ちてきたのが彼なのである。

 彼らと同じ階級と兵力を手に入れる前に叩かねばならない。ワッケイン司令でいる内に殺しておかなければ戦線は拡大してしまう。

 

 矛盾するようだが、彼は同士として迎え入れたい程に優秀であるが故、ここで殺しておかなければならない人物の筆頭になってしまっていたのだった。

 

「・・・ハルバートン、貴様は道を誤るべきだったのだよ。その手に世界を欲しがってくれていたら、共に世界の今後について考えられたかもしれんのにな・・・」

 

 『ちっぽけな感傷は世界を破滅に導くだけ』・・・原作シロッコの予言は図らずもコズミック・イラの地平で実現してしまうことを事実として知っている私としては苦いものを胸の内に抱かざるを得ない。

 

 勿体ないと思う。残念だとも感じている。

 だが、殺すしかない。殺さなければならんのだ。でなければ戦争の早期終結が実現できん。

 

「常に世の中を動かしてきたのは一握りの天才だとまでは自惚れまい・・・己の立場をそこまで過信はするまい。

 ――ただ、クズどもに権力を握らせておくより遙かにマシな結果をもたらすことまでは否定できないはずだ。優れた人の存在を冒涜する以外になんの存在価値もない人間はクズ以下ではないか。世界の事情を洞察できん権力者どもは排除すべきなのだ。

 ハルバートン、何故それがわからん・・・っ!!」

 

 天才に生まれながら、連合の一軍人としての在り方にこだわり続け、ホフマン大佐などという本部の飼い犬に鈴を付けられる身に甘んじて終わった『天才のなり損ないハルバートン提督』。彼をこの戦場で必ず討つ。

 

 ――それが当初から私にとって、アークエンジェルの地球降下阻止攻撃における只一つの目標だったことを知る者は、この世界には他にいない・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

「いや、ヘリオポリス報道の知らせを受けたときは、もうダメかと思ったよ! それがまさか、ここで諸君と会えるとはな・・・・・・」

 

 アークエンジェルの格納庫内に入ってきた連絡艇から長身の将校が降り立つと、気さくな様子でマリューたち一人一人と目線を合わせるように見つめながら挨拶してきた。

 年齢を感じさせない引き締まった体つきからは躍動感が感じられ、ふさふさした黄褐色の髭と、制帽の下に輝く悪戯っ子のような瞳が彼の性質を物語っていた。

 

 ハッキリ言えば子供っぽく、純粋なのである。そう言う面でも彼はワッケインよりも、レビルに似ていた。

 ルウム戦役で捕らわれた後の脱出劇に、後の“ジオンに兵なし”アジ演説。戦略家であり、アジテーターとしての側面も持ち、なおかつ風貌に似合わず興奮する性質。

 

 ――シロッコの言い分も、あながち間違っていない。もし事情の全てを把握できる神の立場にいるものが実在したら、そう評していたかも知れない人物。

 それこそれが彼、ハルバートン提督。月に駐留する第八艦隊の司令官だった。

 

「ありがとうございます、閣下。お久しぶりです」

 

 旧知の間柄で、恩師とも呼べる人物に対してマリューは彼女にしては珍しいほど軽い調子で敬礼し、直属の上官との絆の強さを示し合う。

 将校とは言え佐官クラスが将官にしてよい態度かと言われたら疑問が残るそれを、周囲の皆は驚きながらも不快な思いは抱くことなく受け入れられたが、中に一人だけ無礼だと感じた部外者が混じっていた。アラスカから送られてきた彼の副官ホフマン大佐である。

 

「しかしまあ、この艦一つと“G”一機のためにヘリオポリスの怒りを買い、アルテミスまで崩壊させるとはな・・・」

 

 会談のため艦長室へと入った途端に放たれた、彼の苦々しい口調の言葉に、マリューは言葉もなく項垂れる。

 G開発計画を主導したハルバートンがむっつりと彼女を擁護する言葉を口にした。

 

「だが、彼女らが“ストライク”とこの艦だけでも守ったことは、いずれ必ず我ら地球軍の利となる」

「アラスカは、そうは思っていないようですが?」

「ふん! やつらに宇宙の戦いの何がわかる!」

 

 侮るように鼻を鳴らすハルバートンと、白い視線で上官の顔を一撫でするホフマン。

 司令官と副官との間に漂うこの雰囲気こそ、最後方から安全に戦争を主導するアラスカと、最前線で指揮を執り続けてきた天才のなり損ないとの間に広がる絶対的な格差であることを、凡人の域を出ないマリューには察することが出来ず戸惑うことしか出来ないでいたのだが。

 そこで思わぬ救いの手が伸ばされた。

 

「いやいや、ホフマン大佐。提督と彼女がいてくれたお陰で私も娘も敵に殺されることなく、生きてここまで辿り着くことが出来ました。なんとお礼を申し上げて良いのかわかりません。

 あいにくと軍司令部のことは詳しく存じませんが、政府の方へは私の方から彼らのことはよく報告しておくつもりでいます。どうかご安心ください。悪いようにはされないよう、私の方でもできる限りのことはさせていただくつもりですからね」

 

 どこかのほほんとした口調で、先刻の戦いで死ぬことなく生き延びていた太平洋連邦の事務次官ジョージ・アルスターが、彼と彼の部下への弁護を口にしてくれたのである。

 これにはホフマン大佐も意表を突かれたし、ハルバートンもマリュー自身でさえビックリさせられていた。たぶん、シロッコが同席していたとしても同じような反応を示さざるを得なくなっていたであろう。

 

 彼としては政府の重鎮で苦労知らずのアルスターが、現場仕込みのハルバートンと、軍閥派のホフマンとの間で意見を分裂させて決定を遅らせる目論見から殺すことなく生き延びさせてやっただけだというのに、アルスターの反応は彼の想像を裏切ること甚だしいものがあった。

 

 善良で親切な人柄の持ち主なのである。

 溺愛する娘と再会できたことへの恩もあるだろうが、それを差し引いてもアルスターの人の良さは連合の官僚として常軌を逸していた。

 専門家ではないからと、軍事に関してはハルバートンの言うことに首を振るだけのマシーンと化してくれるし、政治的な面での手続き等は意外と手早くこなしてくれる。その手腕は軍官僚タイプの軍人ホフマン大佐が必要なくなるほど鮮やかすぎるものであり、ハルバートンたちを大いに仰天させてくれまくっていた。

 

 ・・・正直、彼の生存こそがシロッコにとって最大の誤算と言えるほど、彼はお人好しで子煩悩で親馬鹿な性格をしており、だからこその事務“次官”だったのかもしれない。

 

 思えば、連邦の参謀次官アデナウアー・パラヤも無能ではあったが、お人好しで親切ではあった。視界が狭く、価値基準が完全に地球連邦政府高官のものではあったが、本気でシャアと戦後のバラ色生活を夢見てしまうほどバカなお人好しではあったのだ。

 

 その二面性がハルバートンにとっては最良の形で、シロッコにとっては最悪の形で裏目に出た結果。

 アークエンジェルを含む第八艦隊は、何の障害もないまま地球への降下ポイントへ向かうことが出来、準備を急がせたシロッコの頑張りはプラスマイナスで相殺され結果的には0になった。

 

 完全に原作通りの状況下で、足つきを含む第八艦隊と相対する羽目に陥ってしまったのである。

 

 

 

「チッ・・・アルスターめ、存外にやるではないか。原作では早々に死んでしまったからと見くびりすぎていたな・・・私もまたシャアと同じく若さ故の過ちを犯してしまったというわけだ・・・」

 

 先行させた部下からの報告により敵の配置を知った私は舌打ちをして、小声でつぶやきを漏らす。仲間割れを期待して殺さなかった敵が思いのほか活躍して厄介な敵になる・・・。

 悪役らしい失敗の仕方をした自分の無能さに腹が立たぬでもないが、失敗を悔やまず次のための糧にするのが大人の特権である以上は致し方あるまい。割り切るとしよう。

 

 ――それにどのみち作戦そのものに変更の必要は無い程度の誤差だ。次に続く戦闘で取り返してみせるさ。

 

 

「シロッコ副隊長、クルーゼ隊長より入電。“こちらは攻撃準備よし”です」

「ツィーゲル発進! 艦隊は横並びのまま敵艦隊へ突入する! ヴェサリウスのG部隊が発進した後、それに続く形でモビルスーツ部隊を発進させろ!」

「ハッ! 了解!」

「だが、無理はするな。こちらはジンしか積んでいないのだからな。

 フェイズシフトを持つGの突撃に引きつけられた敵を一隻ずつ安全に、かつ確実に船を沈めてゆくことだけに集中すればそれでいい。母艦を失った艦載機群など時間さえかければ無傷で無力化できる程度の戦力だ。恐るるに足らん」

「――っ! 副隊長! ガモフより入電。医務室で治療中だったイザークが、制止を振り切り出撃しようとしている。こちらで阻止して欲しいとのことですが・・・」

「構わん。行かせてやれ」

「・・・は?」

「イザークが自分から当て馬になってくれるのは本艦にとって、非常にありがたい。よくやってくれる良い部下であり、良いパイロットじゃないか・・・フフフフ」

「ら、ラジャーッ」

 

 私は復讐心に駆られて突撃していく、片目のイザークの姿を記憶の片隅から掘り起こしてせせら笑いを浮かべた。

 

 

「賢しいだけで目の前の現実しか見ようとしない近視眼な輩は、望みを叶えてやる形で勝利のために利用してやるのが一番ありがたい・・・。それで死ぬとするなら、彼もその程度の男だったと言うことだからな。

 戦争など所詮は政治の手段でしかないことも判らん子供は、どこへだろうと行きたいところへ逝き、母親の胸の中へでも還るのだな。マザーコンプレックスの少年パイロット君。

 ふふ、ふははははっ!!」

 

 

 

 

つづく



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第8話

 Xナンバー4機による突撃から始まった地球連合軍第八艦隊とクルーゼ隊との戦闘は苛烈を極め、アークエンジェルがアラスカへの直接降下を諦めて単艦での降下シークエンスに入ったことから更に熾烈さと激烈さを増して行っていた。

 

『メネラオスより各艦コントロール、ハルバートンだ。本艦隊はこれより大気圏突入限界点までのアークエンジェル援護防衛戦に移行する。厳しい戦闘であるとは思うが、彼の艦は明日の戦局のために決して失ってはならぬ艦である。

 ――陣形を立て直せ! 第八艦隊の意地に賭けて一機たりとも我らの後ろに敵を通すな! 地球軍の底力を見せてやれ!!』

 

 艦隊司令官自身の口から発せされた叱咤激励により、Gの突撃に混乱しかけていた艦隊の統制を取り戻し、迎撃体制から防御陣形へスムーズな移行を可能ならしめたところは彼の艦隊指揮能力の高さを物語っていたと言えるだろう。それは腐った連合軍上層部に籍を置き続ける将として賞賛に値する成果だったと自負してもいい。

 

 

 ――が、しかし。

 

 

「・・・暇ですな」

「・・・ああ、そうだな・・・」

 

 戦闘開始からこの方、艦砲の射程ギリギリの相対距離を保ちながら撃ち続けているだけのクルーゼ隊本体であるヴェサリウスとガモフの艦隊としては、やる事がなくて暇だというのがハルバートンと戦っている側の心情としては素直なところだった辺りに戦場の悲惨で滑稽な現実が現れていたとも言えるのだろう。

 

 なにしろ彼らとしては、実弾兵器では効果の薄いGを相手に艦砲の主砲であるビーム砲を主軸に撃ちまくってくれているわけなのだから、遠目から見ても発砲位置は丸分かりなのだ。安全に遠くから発砲位置めがけて撃っていれば自然と当てられてしまう。

 デブリがあればまだしも、沈めた船の残骸ぐらいしか漂っていない艦隊行動が可能な宙域で、コンピューターに計測させたポイントを機械にセットしてボタンを押すだけの流れ作業。

 最大射程のビーム主砲に狙われる心配もなく、安全な距離から適当に撃っていれば自然とダメージを蓄積させていく敵を相手に緊張感を維持しながら戦うというのは意外と骨の折れる作業なのだなと、楽勝に慣れたクルーゼでさえそう思わずにはいられないほど簡単に事が運んでしまっていた。

 

 

「ハルバートンは、どうあっても足つきを地上に降ろすつもりらしい。奥にしまい込んで何もさせておらんのだからな」

 

 頬杖をつきながらクルーゼは評し、続いて溜息交じりにこうつぶやく。

 

「要するに、最初から勝とうと思って戦っておらんのだよ。守り抜く事に意識が向かいすぎているから、足つきを狙って猪突し続けるイージスたちばかりに注目してしまい、我らの事は眼中にない。

 艦隊を突入させれば別だったかも知れないが・・・遠くから撃ってるだけではな。大した損害も与えられておらんから全体に与える影響まで気が回らなくなっているのだろう。我々からの砲撃が攻撃ではなく突撃支援である事に気づけていない・・・」

「こちらは楽と言うか、楽すぎて暇なほどですがね・・・作戦を考案されたシロッコ副隊長の慧眼と言えばそれまでですが・・・艦砲射撃の演習代わりに的当てぐらいしかやることがありません」

「ストライクも名前の割には出てこないしな」

 

 苦笑しながら友人の観察眼に心の中で賛辞を送っておく。

 『敵将の心理を突いた見事な作戦だった』、と。

 

「アレを作らせたのも彼だという事だし、戦艦とモビルアーマーでは我らの全てに勝てぬと思い込みすぎているのだろう。

 ・・・別に我が軍の全てがモビルスーツ部隊というわけではないのだがね・・・」

 

 苦笑するクルーゼの言は皮肉の極みだった。

 彼は元地球の学生だった友人のお陰で、地球軍の軍事技術についても多少ながら知識と見識を得ており、それらとザフト軍の兵器を比較して性能の優劣が歪である事を知っていたから、ハルバートンからの高評価にはやや面はゆい気持ちにならざるをえかったのである。

 

 

 実のところザフト軍の艦船建造技術はそれほど高くない。

 無論、低いわけでは決してないし、建造し始めたばかりの急造軍隊としては優秀すぎる程のものだったが、それでも自分たち独自で1から造り上げたモビルスーツに比べると連合の十八番である艦船系ではどうしても後追いになってしまうのがプラントの置かれた実情だ。

 

 具体的にはローラシア級の1.3倍という建造費がかかるナスカ級が地球連合の主力艦である250m級戦艦を一撃で仕留めるに足る「120cm単装高エネルギー収束火線砲」を装備しており、砲撃戦能力ではほぼ互角と言える。

 ましてナスカ級が高速戦闘艦であることを加味するなら、凌駕していると言ってもいいぐらいだ。

 ローラシア級とて、区分としては戦艦ではなくMS搭載艦でありながら高い砲撃戦闘能力を有している。決して連合軍艦艇に遅れを取っているわけではない。

 

 ・・・とは言え、それらはあくまで艦隊同士が砲撃戦を行う艦隊戦で互角に戦えることを意味しており、性能がほぼ互角の艦船で数が圧倒的に上回る敵と戦えば引き算で自分たちが全滅させられるのは確実である。

 

 しかも艦艇は、モビルスーツほど搭乗員の能力が性能に影響を与えられない類いの兵器である。数と性能と、なによりも砲の射程こそが重要となる兵器のジャンルなのだ。

 乗組員たちが如何に早く敵の攻撃を察知しようとも、艦が避けるために動ける速度は艦船自体が持つ機動性の限界を越える事は出来ない。個人の能力よりも艦の性能と数を揃えることこそが何より重要なファクターとなってしまう分野。それが旧来の艦隊決戦思想の在り方なのである。

 

 この問題を解決するため、数で圧倒的に劣るコーディネーターの国家プラントが造り出した兵器がモビルスーツだった。

 あるいは、造り出さざるを得なかったと言うべきなのかも知れない。

 彼らの技術を持ってしても数の差を覆せるほど優秀な性能を艦船に持たせることは出来なかったから、個人の資質で性能が大きく上下動するモビルスーツを投入し、一人の人間が操る一機のモビルスーツで多数の人間が乗り込んでいる艦船を撃沈させるといった費用対効果の法則を持ち出さざるをえないほどに連合とザフトの数の差は圧倒的すぎたのだから。

 

 また、戦艦とモビルアーマーを主力とする連合軍は今まで培ってきたノウハウの蓄積によって戦艦を比較的安く大量生産できるという基礎から積み上げてきた実績があるのに対し、ザフト軍の艦船建造技術にはそれがない。どうしても一隻作るのに掛かる費用が同性能の連合艦より高くなってしまう。

 元々が資源コロニーであり、資金的に豊かではあっても買い手がいなくては即座に干上がってしまう宇宙に浮かぶ小島のプラントとしては安くて高性能な兵器の開発に着手しなければ大国地球連合相手に全面戦争なんてとても無理だった・・・そう言う表側では決して語るわけにはいかない経済的に逼迫した事情がプラント側には常に存在していた。

 

 

「モビルスーツに対しては正当な評価をしてくれているようだが、我々コーディネーター全体に対しては過大評価だったようだな。ザフト軍は人の心を持たない機械人形だけで構成された軍隊ではないと言う事実がいまいち認識できていない。

 知将ハルバートン・・・良い将ではあったが、自身の至った正しい答えに固執しすぎてしまった辺りは、やはり老人だな。頭が固い。老人に新しい兵器は造れても、新しい時代は創り出せないと言うことか」

 

 それらの裏事情を知るクルーゼは、せせら笑いを浮かべて酷評する。

 そんな彼にヴェサリウスの艦橋クルーが前線での戦果報告をもたらした。

 

「デュエルとバスターがそれぞれ一隻ずつ敵艦を轟沈。イージスとブリッツも一隻ずつに損害を与え、撤退を余儀なくさせた模様。二艦とも戦場を離脱していきます」

「艦型から見て、セレコウスとカサンドラですね・・・船乗りにはなんとなく分かるものです。

 背中から撃って撃沈させますか? 離脱中であれば容易に撃沈できますが・・・」

 

 観測班からもたらされた報告に、アデスが補足して指示を促す。

 その声には微量であり、遠回しではあったが温情を与えてやりたいという思いが微かに読み取れた。

 生真面目で実直な軍人である彼としては、戦闘不能に陥り逃げようとしている敵を背後から討つというのは命令であれば実行するが決して好みな行動ではなかったのである。

 

 クルーゼは「ふっ」と嗤うと。

 

「イザークとディアッカは甘いな。完全に沈めてしまったのでは生存者に期待できず、敵は味方を見捨てて復讐心を掻き立てられるだけではないか。

 敵というものは殺すのではなく、損傷させて足手まといを増やした方が無傷の味方の動きまでもを封じられて便利なのだぞ?」

 

 平然と楽しそうな口調でヒトデナシ発言をする上官に白い視線を向けるアデス。

 そんな艦長に対してクルーゼは、新たなヒトデナシ命令を下す。

 

「逃げようとする二艦に向けてレーザー照準を照射しろ。だが、すぐには撃つなよ? こちらの攻撃から逃げる味方を守るため盾になろうと前に出る艦を本命として狙い撃て。

 援護に来る艦がいない場合に限り、離脱しようとする二艦に向けて攻撃を許可するが、当てるなよ? 威嚇射撃にとどめるのだ。逃げようとする味方が背中から撃たれ続けていればその内誰かが正義感に駆られて出てきてくれるだろうからな。遠すぎて届かない副砲の無駄撃ち相手としては丁度いい」

「・・・・・・」

 

 無言のまま非難がましい視線で自分を見つめてくる部下に対してクルーゼは、肩をすくめて笑い返しながら誤魔化すように事情を口にする。

 

「言いたいことは分かるがね、アデス。これは、私が考えた作戦ではなくシロッコの発案したものなのだよ。“こういう場合にはこうするのが一番効率的で楽だ”とね。だから非難も苦情も私にではなく、私の親友に向けて言うのが人として通すべき筋だと思うのだが?」

「・・・セレコウスとカサンドラに向けて照準用レーザー照射。120cm単装高エネルギー収束火線砲は砲口を向けるだけでまだ撃つな。出てきた本命を狙い撃てるよう、砲手には目標の周囲から目を離すなと伝えておけ。副砲は主砲の邪魔にならん程度に適当に撃たせておけばそれでいい」

 

 明らかに『類が呼んだ親友だ』と心の中で思っている表情のまま何も言わず、実直すぎる軍人のアデスは命令を実行するため実務的な指示を出すことに集中する。

 そんな部下の心理を知ってか知らずか、仮面の男クルーゼは含み笑いを浮かべながら腕と足を組み直して頬杖をつき、乗艦のやや後方に追尾してきている“例の物”を眺めながら笑みを浮かべて独りごちる。

 

 

「どのみち我ら本体には、突入できない事情があるのだ。アレを敵に気づかせないまま戦う工夫は必要不可欠だからな。後は我らが信頼し尊敬している参謀殿に任せるとするさ」

 

 軽く笑って気持ちを切り替え、僚艦のガモフにも先走らないよう指示を出すよう伝達しながら戦況を見守るクルーゼ。

 その為の布石としてツィーグラーから借り受けた3機のジンであり、本当の目的を伝えぬまま突撃させた4機のGなのだ。彼としては万全を期したつもりであったし、それなりの自負も持ってはいた。

 

 しかしこの時、彼は一つの大きな判断ミスをしていたことに気づいていなかった。

 

 作戦内容に軍事機密に関わる秘匿兵器が関係しているため詳細を伝えていなかったガモフの艦長ゼルマンは、度重なる足つき撃沈の任を果たせぬまま地上というローラシア級では決して追いつけない場所まで逃げられてしまうことに表現しようもないほどの挫折感と屈辱と悲壮感に襲われて、胸が張り裂けそうになっていたのである・・・・・・。

 

 

「・・・このような事態になってしまったのも、もとはと言えば我らの不甲斐なさによるもの・・・。

 かくなる上はザフト軍人の意地に賭けて底意地だけでも見せつけてやらねば立つ瀬がない・・・っ!!」

 

 

 

 

 

 一方、アークエンジェルを援護防衛するため『死に場所』を定めた第八艦隊相手に陽動目的で突っ込んでいかされた4機のXナンバーもまた押し寄せる敵の物量を前に苦戦を強いられていた。

 

「グゥレイト! 数だけは多いぜ!」

 

 ディアッカが叫び、腰だめに構えた砲を撃って敵を落とす。それでも全体としては敵の勢いに何らの変動もおとずれてくれない。変わらず猛攻を加え続けるため津波のように押し寄せてくる。

 

 クルーゼ隊本体からの支援砲撃と、彼らの背後から回り込まれないよう撃ち漏らした敵を着実に落としながら追尾してくれている3機のジンによる援護もあり、彼らの活躍振りは獅子奮迅と呼ぶに相応しいものであったが、そのぶん反撃の勢いも凄まじく、クルーゼ隊本体が事実上戦場に参戦する意思を見せていないことも影響して彼らの負担は戦果と同じくらい凄まじい数に膨れ上がっていたのである。

 

「ビームを集中しろ! なんとしてもあの4機をアークエンジェルのもとに近づけてはならん!」

 

 ハルバートンはそう厳命して、着実に増えていく艦隊先鋒の被害から遭えて目を逸らして気づかないフリをし続けていた。

 

 これだけの被害に気づかない彼ではない。最初から気にはなっていた。

 だが、一方で距離から見てもクルーゼ隊本体がアークエンジェルの降下を邪魔するためには4機のGが活路を開かなければならず、その4機を足止めし続けている限り敵艦隊はアークエンジェルを有効射程圏内に収めることは出来ない!

 

 ならば突入してきた4機のGを落とすことに全戦力を集中させることこそが、アークエンジェルとストライクを安全に地上へ降ろすための最善策だと彼は固く信じて、失われゆく犠牲に対して哀悼の意を表するだけで無視する道を選んでいたのである。

 

 敵がシロッコの提言により、足つきを狙うことを最初から諦めていることに考えが及んでいなかったのだ。

 これは彼の読み違いから来る計算ミスと言えなくもなかったが、一方で彼の年齢的に難しい判断だったことも確かではある。

 

 経験豊富で実績も才能もあふれる彼には、嫌が応にも経験則という名の固定概念が付きまとわれてしまう。完全に自由な発想と計算力とを維持し続けるのは老人には難しすぎる難事なのである。

 ましてや、ここを死に場所と定めてアークエンジェルを地上に降ろすことが軍人として最後の勤めだと覚悟を決めた今の彼にとっては尚更だ。

 

 覚悟を決めた彼の指揮する第八艦隊の反撃は、既存のモビルアーマーと艦船しか持ち合わせていない軍とは思えないほど苛烈さと粘り強さを持っており、性能に任せて突撃して突破できると確信していたアスランたちにとって思わぬ巨大な障壁として立ち塞がれていたのだった。

 

 それでも機体の性能差から、被害は一方的に第八艦隊から出し続けられている。虐殺とも評すべき光景を前に、いてもいられなくなった二人のパイロット、ムウ・ラ・フラガのメビウス・ゼロとキラ・ヤマトのストライクが時間制限付きでアークエンジェルから発進したのだが、それでも目に見えるほどの救済効果はもたらされることはなかった。

 

 たかがエースパイロットの乗ったモビルアーマー1機が参戦したぐらいで全体の戦況に影響を及ぼせるはずもなく、ストライクもまた復讐戦と雪辱に燃えるイザークのデュエルに付きまとわれて、思うように身動きが取れなくされていたからである。

 

「ようやくお出ましかぁストライクぅ・・・お前が出てくるのが遅すぎるから傷がうずいて仕方なかっただろうがぁぁぁぁぁっ!!!」

「デュエル!? 装備が・・・っ」

「この傷の礼だ! 受け取れぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 デュエルの火力不足を補うためプラント本国で開発された追加装備『アサルトシュラウド』が加わったデュエルを相手に文字通りの一騎打ちを演じざるをえなくされてしまい、第八艦隊の援護どころではなくされてしまったキラは内心で焦りを募らせていたのだが、彼もこのとき大きな勘違いとすれ違いをしてしまっていたことに気づけていない。

 

 キラの目的は第八艦隊の犠牲を少しでも少なくすることであり、アークエンジェルを守り抜くことだったが、イザークの目的は自分に傷を負わせたストライクを落としたい、奴をこの手で殺してやりたいと言う、個人的復讐心から来ている暴走に過ぎなかったのである。

 

 目的が別の者同士が戦い合うというのも戦場の常識から考えるとおかしなものではあったのだが、生憎とこの時のイザークにそんな理屈を考える理性など残っていない。

 ただただ有り余る才能を、プライドという感情論で振りかざし、エゴを満足させられたらそれでいいと本気で思い込んでしまっている復讐鬼に理屈も理性も良識さえ意味がなく、価値もまた認めてもらえない。

 ただ自己の欲求が満足すればそれでいい野蛮な子供にモビルスーツという名の銃を持たせてしまったからこうなっている状況の中で、キラが自分の目的を達するためには問答無用でイザークを撃ち殺す以外に他の手は存在しておらず、それが出来ぬなら時間稼ぎに徹してタイムオーバーを狙った方が余程にマシな結果を得られたことだろう。

 

 敵の狙いがアークエンジェルだと思い込んでしまったが故の判断ミス。

 撃ちたくて撃っているわけではないからと、前回の戦いで自分が手傷を負わせた相手に恨まれているかもしれない可能性を考慮しなかった辺りはキラもまた幼さ故の純粋な傲慢さの持ち主だったことを意味していただろう。

 

 そしてそれが最悪の結果をもたらしてしまうかもしれない可能性のことも・・・・・・

 

 

 だが、そこに。

 

「!! ガモフが・・・っ!?」

「ローラシア級、本艦に接近!」

 

 ディアッカとニコルが異口同音に疑問の声を発し、アークエンジェルでは自分たちに向かって真っ直ぐ突っ込んでくる敵艦を感知して警報が飛び交い、ヴェサリウスからは命令を無視して敵陣めがけて全速突入していった僚艦に対して制止を命じる通信がもたらされている事態。

 

 クルーゼ隊を形成する一艦、ローラシア級ガモフがアークエンジェルに特攻をしかけるため、無謀としか言いようのない強行突撃を敢行しながら戦場を突っ切ってキラたちの前に躍り出てきたのだ!!

 

 

「ガモフ、出過ぎだぞ! 何をしている!? ゼルマン!」

『ここまで追い詰めて・・・退くことは・・・もとはと言えば・・・我ら・・・・・・足つきは必ずや・・・っ!』

 

 悪化する通信状態の中、ゼルマン艦長から最後にもたらされた内容が其れであり、その直後にムウのメビウスがしかけた攻撃によって多大な被害を被らされたガモフは通信が切れ、そのままガモフは足つきを庇うように立ちはだかってきた小型連合艦を沈めて前に出ると、アークエンジェルめがけて体当たりするため真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ突き進んでいく。

 

 そんな彼の執念の前に立ちはだかるのは、彼と同じく命がけで執念を燃やす男ハルバートンの座乗艦にして、最後に残った栄光ある第八艦隊の生き残り戦艦メネラオス。

 

 

「すぐに避難民のシャトルを脱出させろ」

「閣下!?」

「ここまで来て、アレに落とされてたまるか・・・っ!!」

 

 ノーマルスーツに包まれた拳を強く握り込み、決意と覚悟を胸に秘めて最後までカードを投げ出さないと決めた漢ハルバートンは、自らを捨て駒の盾として使い捨てガモフの特攻からアークエンジェルを守り抜くため残された全ての力で砲撃戦を行う準備を進めさせる。

 

 その一環として、アルスター次官を乗せた民間脱出シャトルが艦底から射出させられていた。

 本当なら護衛を付けて月基地まで送り届けるのが筋なのだが、戦力的にその余裕がなかったことと、時間的にも敵が余裕を与えてくれなかったことにより詰め込まざるをえなくなったという事情があったのだが、これが彼にとって幸となるか不幸となるか、正史は未だ判断を付けらていない。

 

 なぜならこの時代、このコズミック・イラには歴史の立会人であり、介入者とも呼ぶべき漢が決然と佇み、薄ら笑いを浮かべていたのだから・・・・・・

 

 

「閣下! 脱出用シャトルの射出を完了しました!」

「よし、では本艦はこのまま直進してくる敵ローラシア級を迎撃してアークエンジェルを守り抜く―――」

 

 悲壮な決意を固めて、祖国の勝利のため礎となる軍人の鏡としての人生を終えようとする地球連合最強の知将ハルバートン提督。

 だが、現実の戦場はそれほど上手い具合に古典悲劇さながらのお涙頂戴劇を演じさせてはくれない。必ずや第三者の身勝手なエゴが誰かの使命感や犠牲を自らの益のために利しようと横やりを入れてくるのが常である。

 

 

「!! 高エネルギー反応感知! 本艦の直上! 真上です!」

「なんだと!?」

 

 驚いてハルバートンは天頂方向にある装甲板しか見えない天上を見上げた。

 彼の脳裏によぎったのは、一体どこから沸いて出た敵か?と言う疑問。

 

 確かに敵は前方にいたはずだ。敵本体もまた遙か前方に位置したまま、動いていなかったはずである。

 敵が他に豊富な別働隊を用意していたと言うことだろうか? あるいはクルーゼ隊とは関係のない、自分が感知していなかった余所の艦隊が騒ぎを聞きつけて急行してしまったのだろうか?

 

 少なくとも、クルーゼ隊の艦艇数は最初から最後まで確認し続けたとおり『三隻のまま』増えても減ってもいなかったはずだ。

 ならば一体どこから誰が、なんの目的で・・・・・・

 

「この質量はまさか・・・戦艦クラスのものを越えている!?」

「目標至近! 回避間に合いません! 本艦に命中します! うわぁぁぁっ!?」

 

 様々な疑問が脳裏をかすめては過ぎ去っていく中で、ハルバートンの肉体は大出力ビームによって包まれて、艦橋もろとも跡形もなく気づかぬ内に蒸発させられてしまっていたのだった。

 

 艦橋を直撃したビーム攻撃の後、しばらくして第二射、第三射目が最初のものより大分細く短い形で撃ち込まれ、メネラオスの推進部とメインエンジンとを順番に刳り抜いて撃沈し、足つきが落とせぬのならせめてコイツだけでもと覚悟を決めていた傷つき負傷したゼルマン艦長の下に、生き残っていた通信装置から最近聞き慣れされてしまった冷たい声の優しい言葉が紡ぎ出されてくるのを耳にする。

 

『こちらはツィーグラーのパプティマス・シロッコ副隊長だ。ゼルマン艦長、聞こえているな?

 そこからでは足つきを追ったとしても、どうせ何も出来ん。大人しく艦を修復し、味方の救援を待て。それ以上少しでも進んでしまうと地球の引力に魂を引っ張られて死ぬだけだぞ』

「シロッコ副隊長・・・ですが! ですが自分は・・・! せめて! せめて足つきと差し違えて役目の半分だけでも果たさせていただきたく・・・っ!!」

『その損傷で大気圏内に突入し、体当たりするまで艦が保てると本気で思っているのかね? 途中で爆発四散し、無駄死にに終わるだけだと思うがね』

「ぐ・・・っ」

『無論、死にたいのなら止めはしない。無駄死にだがね。

 自己満足のため部下を無駄に死なせる無能が部下にいたというのは私にとっても痛恨の極みではあるが、まぁ指揮官の責務だからな。貴様の心中に付き合わされる部下たちの遺族には私から手紙を書いておいてやる。存分に死んでくるがいい』

「・・・・・・・・・」

 

 ここまで言われて死を選べるほど、ゼルマンは無責任な男にはなれない程度には男だった。

 彼は艦を可能な限り修復しながら救助を待つと同時に、シロッコが連れてきたツィーグラーのジン3機が残敵を掃討し終えた後に着艦して休ませてやれるようデッキを最小限使えるよう整備を急がせる指示を出していった。

 

 そして、思い出す。

 

「そう言えばシロッコ副隊長。一体どこから沸いて出てこられたのでありますか? 私は確かにあなたの搭乗していたツィーグラーを置いて先行したはずだと思っていたのですが・・・」

『なに、ちょっとしたロストテクロノジーを使ってみただけのことさ。単なる手品みたいなものだよ。気にしなくていい』

「はぁ」

『では、連れてきた部下たちのことを頼む。私は最後にもう一つだけやっておきたい野暮用があるので少々散歩をさせてもらいに行く。後は任せた』

「承知しました、シロッコ副隊長。無事なお帰りをお祈りしております」

 

 

 

 

 

 第八艦隊とクルーゼ隊による艦隊戦は、シロッコの突然の奇襲によって旗艦を撃沈され、指揮系統をいきなり損失させられた残存兵力が統制を取り戻す余裕を与えることなくクルーゼ隊本体とツィーグラーによって殲滅させられたことで終結し、決着はついていたのだが。

 

 もう一つの戦闘は一向に決着の時を迎えられてはいなかった。

 キラとイザークによる、戦闘終結後にも行われ続けていた完全なる私闘という名の決闘は、未だ決着がついていなかったのだ・・・・・・。

 

 

「コイツぅ!」

「お前なんかにーっ!」

 

 

 感情と感情、私怨と使命感。どちらもともに個人的欲望と願望に端を発する戦略とも戦術とも次元の異なる私的感情同士のぶつかり合いの中、既にタイムリミットが過ぎていることを理解する程度には冷静さを残していたキラが前方の空域に見えるアークエンジェルにたどり着くためにも体当たりするかの如く敵に向かって突撃し、重力の中ではまともに狙いもつけられないイザークの連続射撃を突破して一撃をかまし、距離を無理矢理引き離す。

 

「ぐぅっ!?」

 

 体勢を崩したところを、顔面に蹴りでの追撃。遠心力を利用してイザークの乗るデュエルを、完全にストライクのもとにまで追いつけない距離まで吹き飛ばす。

 

「く・・・そぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」

 

 だが、イザークは諦めない。諦めきれない。なんとかしてコイツを殺して、自分の傷つけられたプライドを癒やしたい。自分は母親にだって叩かれたことがないのに、そんな自分の顔に初めて傷を付けた奴がバカでのろまなナチュラルだなんて絶対に絶対に許すわけになんかいかなかったから!

 

 だからこそ彼は、凶行に走る。

 プライドのため人を殺していいと思い込める、幼すぎる心が彼を一時的に暴君へ駆り立てる。

 自尊心はあっても自制心のない野獣に彼を変えてしまう。知識はあっても教養はない野蛮な猿に彼を変貌させてしまう。

 

「!? メネラオスのシャトル・・・っ!」

 

 安全な地上へと降りて戦争から逃げるため、避難民を乗せたシャトルが彼とイザークとが私闘を繰り広げている決闘場を横切るように降下してきて、ストライクに狙いを定めようとしていたデェエルの照準の前を塞いでしまって彼を更にイラ立たせる。

 

「・・・クソォォ・・・・・・よくも邪魔をぉぉっ!!」

 

 恨みと憎しみに凝り固まった声が端正な唇から漏れ出し、ストライクを狙って撃った弾がかすりもしない理由を、『今さっき確実に当てられていた攻撃を撃つのに邪魔した奴等のせい』だと断じて、ライフルの銃口が向けられた先を敵機であるストライクから、逃げ出した非武装のシャトルへと変更させる。

 

 

「!! やめろぉぉぉぉ! それにはぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

「逃げ出した腰抜け兵がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁつっ!!!」

 

 

 二人の少年の叫びが重なり、一発の弾丸が無音の宇宙を走り抜け、一隻のシャトルに乗せられた様々な希望を個人的恨みと八つ当たりで撃ち抜こうとした、その瞬間。

 

 

 上方から飛来した高出力ビームが、イザークの放ったビームとぶつかり衝突して弾け合い、比較的発砲場所から近かったのもあってデュエルは衝撃で吹き飛ばされ、シャトルを救おうと接近しかけていたキラもまた逆方向へと弾き飛ばされてしまうのだった。

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!? な、なんだ!? なにが起こったんだぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 異なる二人の悲鳴が宇宙に走り、地上へと落ちていくのを見送りながら一人の立会人はメガランチャーの銃口を降ろし、コクピットの中で「くく・・・」と冷たくせせら笑うのだった。

 

 

「良い旅を、今はまだ愚かなる少年たちよ。しばらくの間、お別れだ。カミーユやバナージと同じく、重力の井戸の底で戦争の現実を学んでくるといい。

 その結果が彼らと同じ、人の心とちっぽけな感傷とをごっちゃにして世界を破滅に導く手助けしかしない子供であることを武器に使う小賢しい大人でないことを、心より祈っておいてやるよ・・・ふふふ、ははは、ハハハハッ!!」

 

 

 

つづく

 

 




オマケ『今話で転生憑依シロッコが使った宇宙世紀アイテム』

バルーン:第二次ネオ・ジオン紛争とバビロニア戦争で活躍しまくったアレ。作者お気に入りの逸品。

メガバズーカランチャー:カミーユがZで使っていた奴・・・では残念ながらない。百式がゲルググと繋いで使っていたのを再現した物。動力はツィーグラーから提供させていたため艦から離れすぎることができないのが難点。最後の超絶狙撃はシロッコのエース級ニュータイプ能力によってはじめて成せる神業なので現時点ではシード化してもキラには多分無理。


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第9話

『・・・死にたいんですか? こんな所で・・・何の意味もないじゃないですか』

『なんだと貴様! 見ろっ! みんな必死で戦った! 戦っているんだ! 大事な人や大事なモノを守るために必死でなぁっ!!』

『!! 気持ちだけでいったい、何が守れるって言うんだ!?』

 

 

 

 ・・・・・・感慨と共に、私は原作でのやり取りを思い出しながら心の中で肩をすくめる。

 たしか、アニメ版ではこの辺りで交わされていた会話だったなと記憶の糸を手繰りながら私はクルーゼの隣に立ち、その光景を“画面の外から”眺めやっていた。

 

「両名とも無事にジブラルタルに入ったと聞き、安堵している。先の戦闘ではご苦労だったな」

『・・・死にそうになりましたけど』

 

 ヴェサリウスの隊長用個室に据えられた端末の画面に向けて語りかける自分たちの上官に対しディアッカ・エルスマンは、不満気な表情にイヤな感じの笑顔をたたえながら皮肉な返事を返してきていた。

 あたかも、“自分たちがこんな目に遭ったのは俺たち以外が役立たずだったからです”とでも言い足そうな口調と表情で。

 

「残念ながら足付きとストライクを仕留める事は出来なかったが、君らが不本意とは言え共に降りたのは幸いだったかもしれん。足付きは今後地球駐留部隊の標的となるだろうが、君たちもしばらくの間、ジブラルタルに留まり共に奴らを追ってくれ」

『・・・・・・・・・』

「無論、機会があれば討ってくれて構わんよ?」

 

 それだけ告げるとクルーゼは、相手からの返事を待たず一方的に通信を切った。これ以上、苦労知らずのお坊ちゃん方の相手などしている暇はないという意思を行動で伝えようとするかのように。

 

「ふぅ・・・」

 

 通信を終えて疲れたようにマスクを外して目をほぐすクルーゼ。

 私の調合した薬によって老化の進行は大分停滞しているため、アニメで見えていた範囲までしか彼の顔に年輪は刻まれていないが、今ばかりは加齢とは別の身体的影響により彼の身体は急速に老いが見受けられていた。

 

 端的に表現して、寝不足と過労による中間管理職のオッサン臭さが滲み出る顔つきになってしまっていたのである。

 

「苦労性のクルーゼ隊長、お疲れ様です」

「茶化すなシロッコ。私としては冗談口を返している余裕さえ惜しい心境なのだぞ・・・?」

 

 “あの”クルーゼが言っているとは思えないほど『生の疲れ』が滲み出ている口調と表情を前にして、友人には悪いと思いながらも私は笑いを我慢するのに少なからず苦労させられてしまうのだった。

 死から遠ざかったことで、死ぬまでは生きているため努力してみようと思い直してくれた我が友クルーゼではあるが、ここまで激変しすぎた状況というのは想像の埒外だったのは事実なので、私としても計算が狂い・・・なんと言うかこうバカバカしすぎて笑い話にしたくなってしまうほどハイテンションになっていたのである。

 

 まぁ、要するに私の方でも連日の徹夜で調子がおかしくなっているだけだったりするのであるが。

 

 

『機会があれば・・・だとぉ・・・?

 討ってやるさ。次こそ必ず、この俺がなぁ!』

 

 

 先の通信を終えた直後、イザークが叫んでいた宣言を思い出しながら私は片手に持つチューブを友に向けて掲げて見せる。

 

「不満そうだったな彼らは。おおかた地上の現地部隊と合流した後でもストライクを討つため独断専行を繰り返す腹づもりなのだろう。

 フッ。前線でモンテ・クリスト伯のような復讐劇か・・・。イザークらしいな、お坊ちゃん」

「その分、我々大人が子供の遊びの後始末をやらされるというのだから、堪ったものではないがね」

 

 鬱憤をぶつけるように毒を吐くとクルーゼは、私から自分の分のチュ-ブを奪って口に含む。

 入っているのは普段は飲まないカフェイン入りのコーヒーである。パイロットは排泄の問題から利尿作用のあるコレを飲みたくても飲まない者が意外に多く、私もクルーゼも例外ではなかったのだが今このときばかりは飲まなければやっていられない。

 

 眠すぎるのだ。眠気覚ましの一杯でも飲まなければ到底やっていられない状況に現在のクルーゼ隊中枢は陥っていたのである。

 

 なにしろ我々は『敗軍の将』たる身なのだから・・・・・・。

 

 

「ニコルとアスランの方はどうした・・・?」

「休憩を与えておいた。どのみち、戦闘の恐れがない空域においてパイロットにやってもらう事はほとんどないのは当たり前だからな。

 存分に寝て、充分に食べ、英気を養ってもらうことこそが通常任務時におけるMSパイロットの果たすべき仕事なのは言うまでもなかろう?」

「・・・その割に、私たちは働きづめになっているのだがね・・・・・・」

「何事も事後処理が一番の苦労なのはすべての事柄に共通する弊害だからな。受け入れるしかあるまいよ」

 

 私は肩をすくめて友の嘆きに応えてやる。

 まったく、キラ・ヤマトの言うことは尤もだったとつくづく思い知らされる。確かに戦争中では、気持ちだけで守れるモノなど何ひとつない。

 

 なぜなら戦争とはモノを大量消費し続けることで行われる行為なのだから。

 守るためには使いまくり、失いまくることでしか何一つ守れるモノは存在しないのが戦争という異常事態の中での悲しい現実というものなのだから。

 

「ハルバートンの第八艦隊はほとんどが降伏を拒否して、闘死するか逃亡するかを選んでくれたから比較的捕虜は少なくて済んだが・・・それでも0というわけにはいかん。一人残らず戦死する戦闘などありえんのだからな。

 現在は監獄用のスペースに放り込んであるが・・・もとから敵の数の方が多い相手だ。少ないとは言え、比較的にでしかないことは今のうちに伝えさせておいてもらうからな?」

「・・・また、食料の消費量でグチを聞かされるのかと思うと頭が痛くなってきそうになる幸せな未来の報告をありがとう心の友よ・・・」

 

 どういたしまして、と返してやろうかと思ったが止めておいた。正直、シャレで済まない状況がすぐ身近に迫ってきていることを知る身としては冗談としても口にするのが憚れる内容だったからな。

 

 

 ――ザフト軍は、プラントが地球に対して戦争状態に陥ってしまうときのことを考えて創設された私設軍隊である。最初から地球が敵となることを想定して創られているため、支給される装備のほとんどは自前での調達が可能なことを前提として設計されている。

 

 無論、効率やコストを考えたら外部委託や輸入に頼った方が遙かに生産効率がよくなる部品は数多く存在しており、性能的にもモルゲン・レーテ社から購入した方が優れた成果を出す機材を数えだしたら切りがない。

 

 だがそれでも、モルゲン・レーテがオーブの国営軍需企業であり、オーブが地球にある国の一つである以上は、地球と戦争することを想定して設立されたザフト軍にとって依存しきる訳にはどうしてもいかない。敵に武器の心臓部を握られてしまうことだけは、可能性上の話だけだったとしても絶対に避けなければならない最重要課題だったからである。

 

 その為、ザフト軍は軍として軍事行動をする上で必要となる物資を最低限プラントで自給自足が可能となるよう最初から計算されて設立された極めて特殊な組織となっていた。

 地球と地続きではないスペースコロニーが、地球全体を敵として戦うことを想定し、その並外れて高い技術力を最大限投入したからこそ可能となった異形の軍隊と言うべき存在なのかもしれない。

 

 

 ――だが、反面。ザフト軍の大本であるプラント本体は非常にもろい経済基盤の上に成り立っている宇宙都市でしかなかった。

 

 なにしろ元々がコーディネーターを隔離するため宇宙に創られた鳥籠でしかないのだ。

 コーディネーター側の主観はどうだったか私は知らない。しかし、連合が食料その他の宇宙では手に入りにくい生活必需品を鎖としてプラントを地球に縛り付けておく政策を取っていたであろうことは容易に想像が付く。当然の政策と言うべきだろう。

 

 『強い牙を持つ奴らは閉じ込めておくか繋いでおくかしないと危ない』のだから――。

 

 その結果、プラントの食料そのほか生活必需品の自給率は笑ってしまいそうなほどお粗末なものにならざるを得なくされてしまっている。プラント理事国からの支援がなくなれば直ぐにも干上がるのではないかと思われるほど切羽詰まっている状況がもう何年も前から常態化してしまっているのだ。

 

 もちろん地球を相手に戦争を仕掛けると決めた時点で、一定の増産には成功していた。

 得意の遺伝子工学技術をフルに使い、動植物の成長促進、生産量の増加、安全で美味な遺伝子組み換え作物など現代日本では白眼視されながらも知らぬ間に口にしている類いのものだったが、この世界のプラントでは一般の食卓に上るほどポピュラーな一般的な食物となっていた。“戦前までは”。

 だが、それも開戦以降は激減する一方と成り果ててしまっている。軍隊が作った端から持って行ってしまうからだ。

 戦闘時における人間の肉体は、平時と比べて三倍の食事量を必要とするのだと何かの本で読んだことがある。その説が正しいとするならば、たかだか戦前の二倍、三倍に増やした程度ではプラントの食料生産量が長期間の戦争を支えられるものではない事ぐらい子供でも分かりそうなものなのだがな…。

 

 

「ただでさえ、軍艦に余剰人員など乗せていない。食料は搭乗員が予定された日数を消化する分以上は載せられるスペースが存在しなかったから詰め込むことが出来なかった。その上――」

「我が軍の艦船はモビルスーツの運用を前提に設計されているせいで、見た目ほど余剰スペースが用意されておらず、連合軍籍の艦艇はMSのない時代から使われていた分だけ広く、人員も多い。おまけに――」

「たかだか戦艦とモビルアーマーしか保有していない第八艦隊だけ殲滅したところで、足付きもストライクも仕留められなかった我々は事実上、作戦を失敗させられた敗軍の将と言うことになるわけだからな。さらなる補給を求めるからには相応の成果を出すことを要求される羽目になるだろう。堪ったものではない。

 あの距離ではどうせ追い詰める以上のことは望むべくもなかったというのに・・・」

「ああ・・・。そう言う意味でもイザーク達が地上に落ちてくれたのは幸いだった。これ以上厄介ごとが増やされるのは正直勘弁して欲しいと願っていたところだったからな」

 

 疲れたように肩をすくめるクルーゼ。

 彼が言っているのは、イザークが先の戦闘の最後におこなった非武装の脱出用シャトルをビームライフルで撃とうとした行為、それについてプラント理事国各位から非難の声が上がっていることについてだった。

 

 彼は戦闘にどさくさで間違って撃ってしまっても、誰にも気づかれるはずがないと高をくくっていたのかもしれないが、SEEDの世界にはロウ・ギュールをはじめとするニュータイプじみた特殊技能をもつ民間人が数多く存在している。今回の件もジェス・リブル辺りが撮影していたのかもしれない。

 厳しい情報規制を強いたときには既に手遅れ、各地のプラント理事国に持ち込まれてしまった情報は今更どうにかすることなど不可能だったため、やむを得ず彼ら二人の処遇を地上の前線に押しつけて無理矢理手落ちに持ち込んでしまった。そういう事情が先の通信には隠されている。

 

 彼らにはああ言ったが、本音を言えば『敵を討ちに行く以上は、無論君らも討たれる可能性は考慮しておいてもらうぞ?』というものでしかない。

 同じ言い訳で各国からの非難を躱して急場しのぎを繰り返させたのだから、地ベタを這いずり回って左遷先でほとぼりが冷めるのを待つぐらいの我慢を要求する権利と資格が当然我々にはあるのだと私は確信している。

 

「ああ、そうだクルーゼ。伝え忘れていた。本国からの通達だ。今回の件について、君自身の口から直接説明と釈明を聞かせて欲しいとのことだったぞ」

「・・・またか。あれだけ同じ内容の報告と報告書を届けさせておきながら、まだ同じ内容の謝罪を耳にしたがるとはな・・・。

 人という生き物はつくづく他者を貶めることで自分の方が上に立った気になりたがる生き物なのだと言うことがわかって嫌になってくるよ」

「そんなものさ、俗人共のやることというものはな。天才の足を引っ張ることしかできない俗人共としては、自分たちの先を行く天才の足を引きずり落として同列に並んで笑い飛ばしたい欲望がある。

 コーディネーターもナチュラルも身体能力と頭脳面で違いがあるだけで精神的には大差ない以上、この手の欲望は誰しもが持ち合わせていることだろう。

 ・・・愚かなものだ、世の中の流れを洞察できん無能な政治家という奴らはな。いずれ我々が粛正してやるとしても、今はそのときではない以上、頭を下げに赴く以外に他あるまい。

 それが隊長と副隊長というザフト軍の中間管理職に与えられた役割というものなのだよ、我が盟友クルーゼ」

「・・・与えられた役割を演じるというのは存外に難しく、疲れる生き方なのだな。我が親友シロッコよ・・・」

 

 

 

 

つづく



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第10話

『バルトフェルドさん! もう止めて下さい! 勝負はつきました! 降伏を!』

『言ったはずだぞ! 戦争には明確な終わりのルールなどないと!

 戦うしかなかろう・・・互いに敵である限り。どちらかが滅びるまでなぁっ!!』

『僕は・・・僕は・・・殺したくなんかないのに―――――ッ!!!!』

 

 ――地球上においてキラがバルトフェルドとの出会いが、戦いという悲劇に発展していた頃。

 アークエンジェル隊の勝敗は戦局になんら影響を与えることなく、彼らの予測は大きく裏切られ、膠着状態が続いたままプラント評議会議長シーゲル・クラインの任期切れの時期を迎える。

 

 それに連動し、プラント本国では戦争終結に向けた市民レベルでの活動が活発化していた。

 クライン政権に代わる新たなる新体制の構築前準備。

 

 即ち、選挙である。

 

 

 

 

『――私はなにも「地球を占領しよう」「まだまだ戦争をしよう」と申し上げているわけではない! しかし、状況がこの様に動いている以上、こちらも相応の措置を執らねばならないのは確かです』

 

 私は久しぶりに帰ってきた帰るべき場所、ザフト軍士官用の官舎でテレビを見ながら、食後の一杯を優雅に楽しんでいた。

 時間軸で見るならば、キラ・ヤマトがアンドリュー・バルトフェルドと劇的な原作バトルを繰り広げている頃合いだ。個人的にはバルトフェルドは嫌いではないので手助けしてやりたい気持ちがないわけでもない。せめてアイシャが死なずに済むような装備なりを送ってやりたい気持ちはあるが、立場的にどうすることも出来ない。

 せいぜい『可能性という名の人だけが持つ神』に祈ってやるぐらいが関の山だ。吉報を待ちながらテレビを視聴するのが今の私に出来る全てである。

 

『中立を公言しているオーブの裏切り、先日のラクス嬢人質事件・・・彼らを信じ、対話を続けるべきだと言われても、これでは信じる方が無理です』

 

 画面の中では次期政権首座が確実視されている現国防委員長のパトリック・ザラが猛々しい口調で、平和的解決と戦力拡充の両方を同時に唱える器用な詭弁を駆使して熱弁を振るっていると、

 

 ぴりりりり♪

 

 テーブルの上に投げ出されていた携帯が鳴り響き、着信があったことを私に知らせる。

 携帯に手を伸ばし、遺伝子改造された自称新人類コーディネーターが造り出したにしては前世の日本製の物と似すぎた形状を持つソレに苦笑しながら、私は通話ボタンを押した。

 

「シロッコです」

『クルーゼだ。今、時間はあるかね? 我が盟友よ』

「これは我らが敬愛するクルーゼ隊長殿。この御時間では、まだザラ新評議会議長閣下と密談の最中では?』

 

 軽く皮肉を言って電話の向こう側の相手を苦笑させてやりながら、私はテレビを消さずにリモコン操作で音量のボリュームだけを下げてやる。

 

『皮肉を言ってやるなよシロッコ。議長ではなく、ザラ国防委員長閣下だろう? “今はまだ”、な』

「失礼した。つい本音が出てしまったのでね。ククク・・・」

 

 やる前から結果が確定しているプラント評議会選挙。前世の日本もかくやと言うレベルで無意味な投票だが、『総意』という名の大義名分を得るためには確かに有効なのは事実でもあるだろう。

 

『あちらの案件は通ったそうだ。オペレーション・スピットブレイクは有効票の三分の二以上の賛成を得て、評議会により決定された』

「それはそれは、ザラ議長・・・いや、国防委員長も不幸なことだな」

『ほう?』

 

 クルーゼが私の用いた表現に面白そうな顔をして、その真意について問うてくる。

 

『その理由は?』

「官舎に帰ってくる直前に個人的ツテをたどって得た最新情報なのだが・・・負けたそうだぞ。バルトフェルド隊長が、足付きにな。

 半数以下にまで打ち減らされた残存部隊が副官のマーチン・ダコスタに率いられ、ジブラルタルへ尻尾を巻いて逃げてくる最中だそうだ」

『ハハ、それは確かに国防委員長殿にとって幸先悪く不幸な出来事だな』

 

 画面越しに笑い合う私と友人。

 長引く戦争が穏健派のシーゲル・クラインから支持を失わせ、代わって力を増した主戦派のパトリック・ザラは、軍備増強による戦争の早期解決をマニフェストに選挙戦での勝利を確実にしたばかりなのだ。

 評議会議長に就任して最初にこなす仕事が、敗報の隠蔽工作と箝口令の指示なのだから、これほど不幸なプラント最高評議会議長も歴史上に希なことだろう。

 善し悪しは別として、彼は今コーディネーターの歴史に不滅の名を刻んだことになる。それを喜ぶかどうかは彼の自由であり、権利となるだろうがね。

 

『近々それに伴い、ザフト全軍に地球上への大規模な攻撃準備命令が発令されるだろうとのお達しも、国防委員長閣下からのお話には含まれていた。

 “目標をパナマと偽った上での”偽の攻撃命令がな』

 

 我が友クルーゼの言葉も皮肉な色彩で彩られている。

 表向きは別の場所を攻めることになっている攻撃計画の、真の準備を任された国防委員長の信任厚い謀臣である彼から見れば、この計画の長所も欠点もお見通しと言うことだ。無論、私にもな。

 

 

『オペレーション・スピットブレイク』

 

 それはパナマ・ポートを落とすと見せかけて、本命であるアラスカの連合本部JOSH-Aを奇襲するという斬首戦術であり、原作でのクルーゼがアズラエルと組んで味方を大量虐殺するため、蛻の空になった連合軍本部をサイクロプスで自爆させて奇襲してきたザフト軍全員を一人残らず殺させてしまった作戦の名称である。

 

 言うなれば、ジャブロー降下作戦と、アクシズをゼダンの門にぶつける作戦とを攻守ところを変えて再現したようなもの、と言えばわかりやすいかもしれないな。

 

 見た目は派手な作戦内容ではあるが実のところ、言うほど上手い作戦というわけではないのが、この真オペレーション・スピットブレイクの正体だった。

 

 作戦開始直後になってから、いきなり攻撃対象を変更してパナマを落とす分にクルーゼが補填してやっただけの量の軍需物資でアラスカを落とすことを求められてしまう。

 それも、地球に降下するためカウントダウンに入っている船の中で、だ。判断に迷っている余裕すらも与えられていない。

 

 原作では『敵の本部に奇襲をかける』という軍事ロマンチシズムと、『この戦いに勝てば戦争はそこで終われる』という希望的観測に基づきはしても言ってることは概ね正しい発言で困惑する兵士たちの統制を取り戻していたようだったが・・・さて。

 

「敵の拠点を占拠するため、陽動作戦を囮につかって敵本体を誘引。しかる後に空き家になったアラスカを奪取する・・・確かに壮大で、戦略的には間違っていない作戦ではある。

 が、そう上手くいくものかな? 連合も遊んでいるばかりではないと思うのだがね」

 

 私が宇宙世紀の歴史で、似たような作戦案のほとんどが失敗してきた過去の実例を思い出しながら言ってみたところ、友曰く。

 

『上手くいく、と信じたからこそ選んだのだろう? 彼も。その先に自分が願ったものがあると信じた道を。その先には無いのだということなど知りたくもないために』

「フッ・・・」

『選ばなかった道など無かったと同じ。いくら振り返ってみても戻れはしない。過去は何も変えることは出来ない。

 “もしもあの時、選びえなかった道を選んでいたら求めていた未来があったかもしれない”――そう思いたくないからこそ、人は誰も今を必死に足掻くのだろう? 人は見えぬ未来という可能性を信じて進むしかないのだから』

「・・・・・・」

『未来の可能性を恐れ、信じて。今この時に血の道を選んで進む・・・不運な男だな、パトリック・ザラも。その道を舗装するのに使われる血が、自分のものではないという保証もないというのに』

「どちらにせよ、それは彼が悩み迷って考えるべき道だ。我々が思い煩って議論してやる価値のない道だよ。

 我々は、我々の歩むべく選んだ道のことだけ気にしていればそれでいい」

 

 私はバッサリと切り捨てて、少々思うところがあった自分の気持ちに割り切りを付けるように、敢えて強い言葉で断言して見せた。

 

「彼に事情があると言うことは、彼以外の他人にも事情があると言うことだ。利害が一致する限りにおいては快く協力関係を維持していく道を考えよう。それが一番生産性があって、ステキだ」

『・・・確かにな。私としたことが、少々感傷的な気分になっていたようだ。疲れているのかもしれないな。連絡事項を伝えたら、久しぶりにゆっくり休むのも悪くないかもしれない・・・』

 

 マスクを外して、目元をほぐすような仕草をするクルーゼ。

 ・・・やはり彼も疲れていたらしい。ただでさえ通常業務にザラから頼まれた真スピットブレイクの準備とを両立させなくてはならない激務なのだ。到底常人に耐えられるものではない。

 彼だからこそ出来ていることとは言え、やはり健康的生活を心がけて欲しい相手には送って欲しくない生活環境に今の彼は置かれていたようだ。

 

『宇宙で出来る準備は完了したので、明日にでも最終調整のため地球に降りられるよう船の出航準備を進めさせている。君も出立準備をはじめておいてくれ。出航は明朝12:08を予定している』

「了解したが、それらの手続きは私が引き継いでおく。君はもう休め。隊長相手に失礼とは思うが、明朝10:00までの絶対安静を命じさせて頂く」

『おいおい、シロッコ・・・?』

「俗人の目は誤魔化せても、私には通じんよクルーゼ。君が今、相当な無理をしていることぐらい一目見れば解って然るべきところだ。むしろ今の今まで確信が持てなかった私の落ち度と断言できる。友人として薄情な限りだ。反省している。悔いるばかりだよ、クルーゼ」

『・・・・・・』

「朝にでも君の部屋に行き、専用に調合した薬を数錠渡しておこう。あまり量は飲んで欲しくない薬だが、少量であれば今の状態を改善するのに役立つはずだ。悪いがそれまでは寝ていてくれ。何か適当に美味いものでも手土産として持って行ってやるから」

『・・・・・・ありがとう、シロッコ。悪いが君の言葉に甘えさせてもらうとする。

 ――正直、とにかく疲れた・・・もう歳なのかもしれないな。なにしろ私は普通の人間よりも年を取るのが数倍早いバケモノなのだから』

「なにを言う」

 

 ハハハと笑い合い、我々は電話を終えてそれぞれの役割を全うするため、望んだ未来へと続く道を選んで歩み始める。

 

 クルーゼは、おそらく自室のベットへ。

 そして私は、ヴェサリウスを停泊している軍港の一角へと歩を進めいく。

 

 彼は、その先に続く道を少しでも長引かせられると信じるために。

 私は、やはり彼にもナニカ信ずるものが出来て欲しいと思うために。

 

 

 

 

 

 

 ――それは、クルーゼが下車して帰宅してから数十分後が経過した、プラントのひとつマイウス市にある公園に停車中のパトリック・ザラが所有する黒塗りの高級車の車内にて。

 

 

「・・・遅れました、申し訳ありません。ザラ議長閣下」

「おいおい、君らしくもないな。いささか気が早過ぎるのではないかね? まだ国防委員長だよ私は」

「失礼しました。つい本音が出てしまいまして」

「ははは、上手いな君も」

「・・・・・・」

 

「例の物は予定までに間に合いそうかね?」

「はい。完成の目処は立ちました。オペレーション・スピットブレイクが成功した暁には、無力化した地球はナチュラル共もろとも核エネルギーの光で焼き尽くされることでしょう」

「ハハハ、我らが力を合わせればナチュラル如きだな」

「・・・・・・」

「いや、なに。正直に白状するが最初はこの仕事、シロッコに任せようと思っていたのだがね。だが今では君に任せて正解だったと、自分の人を見る目を自画自賛したい気分になっているのだよ。二人とも、そしてクルーゼも良くやってくれている。私のためにな」

「・・・すべてはコーディネーター全体のため。我らは総意に従って動くのみです、閣下。私たち友人一同が閣下に協力するのは、ザラ国防委員長閣下の唱える道こそ真にコーディネーターが歩むべき道だと信じるが故です。どうか我らの献身、お受け取り下さい」

「うむ! 期待しているよ、“ギルバート”・・・」

 

 バタン。ブオォォォォ・・・・・・

 

 

 

「・・・そうだとも。彼に出来るのだ、私にも出来ぬはずがない。

 己の出来ること、己のすべきこと。それは自分自身が一番よく知っているのだから・・・」

 

 つぶやいて思い出すのは、過去の思い出。

 友人たち三人で語り合い、チェスをしながら、致命的に食い違った“あの時の会話”を・・・

 

 

 

『――願いは叶わぬものと知ったとき、我らはどうすればいい? それが定めと知ったときに』

『――ならば私が変える。全てを! 戻れぬと言うなら始めから正しき道を。

 己の出来ること、己のすべきこと。それは自分自身が一番よく知っているのだから・・・』

 

 

 

『ははは、力だけでは時代の流れに逆らっても勝つことはできんよ。

 それに戦い終わった世界を導いてゆく新たな指導者は“女”だと、私は考えている――』

 

 

 

つづく



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第11話

「久しぶりに感じる、地球の1G重力か・・・」

 

 《オペレーション・スピットブレイク》実行の前準備であるパナマポート攻略のための戦力集中を偽装する一環として、我々クルーゼ隊を乗せた状態でローラシア級から射出された降下ポッドの中で、私はそう独りごちた。

 

「・・・不愉快だな、この感覚は・・・。

 まるで年老いた母親の妄執が宇宙を汚す物の怪と成り果て、母の元を巣立っていった子供たちに忘れられまいと体内へ引きずり戻そうとしているように感じられる・・・」

 

 私はこめかみの辺りに感じた頭痛に手を当てながら、そう慨嘆せずにはいられなかった。

 コズミック・イラの世界にパプティマス・シロッコとして生まれ変わった私が転生特典として与えられていたニュータイプ能力が言わせる言葉である。

 

 天才ニュータイプ青年、パプティマス・シロッコとして生まれかわった私は地球の自然から生まれたナチュラルであり、宇宙で生まれ育ったコーディネーターではない。

 『Define』のシロッコと同じく、ザフト軍に入隊するため地球にいた頃の記録は抹消済みとは言え、せっかく里帰りした地球だ。何かしら思うところはないものかと期待していたのだが、一度も地球の土を踏むことなく嫌悪感から入らされるとは残念でならない。

 

 ガンダムSEED世界特有の、地球を取り巻く自分より優れた者たちへ向けられる嫉妬と憎悪。

 それら醜い負の感情は、私がいた頃より深みと暗さを増したように感じられた。

 それが不快さとなって私のニュータイプ能力を悪い意味で刺激したのだろう。

 

「凡人が自分より優れた者の才能を妬むのは仕方がない、許せる。人がやることなど所詮そんなものだと、笑って流せるのが天才であるべきだからだ・・・。

 だが、クズは必要あるまい? まして、天才の足を引っ張ることしかできず、優れた人の存在を冒涜する以外になんの存在価値もないクズ以下のムシケラは粛正される運命にあらねばならんのだよ・・・・・・」

 

 私はそのような価値基準のもとでコズミック・イラの世界を今まで生きてきた。

 どうやら原作シリーズにおいてエース級ニュータイプでありながら、一度たりとも地球に降りたシーンを描写されなかったシロッコの肉体と地球の相性は良くないらしい。

 

「所詮、『木星の重力によるプレッシャーでニュータイプ能力に開花した青年』パプティマス・シロッコに、地球の重力は必要なかったと言うことか・・・・・・」

 

 そう結論づけると私は瞼を閉じ、機体が地上へ着陸するのを大人しく待つことを選択した。

 大気層を抜ければ見えてくる、青く眠る太陽系唯一の水の星の情景に夢を抱く気持ちは、今の私から完全に消え去って遠い刻の果てに流されついた後だったから――。

 

 

 

 

 

 

「お願いします隊長! アイツを追わせてください!!」

 

 ・・・今日何度目になるか分からぬイザークの叫びが、室内に響き渡る。

 隊長および副隊長に与えられている細やかな特権として、愛機の搬送作業は整備班にやらせ赤服のエースたちより先にブリーフィングルームへと赴くことを許されている私とクルーゼだったが、流石に今回だけは上位に立つ者としての義務と特権が相関関係にあるものなのだと基本的な認識を苦々しく再確認せざるをえない。

 

 なにしろ、我々より先に到着して上官たちの着任を待ちわびていたらしい部下からの数ヶ月ぶりに聞かされた第一声が『ストライクおよびアークエンジェル追撃命令継続の嘆願』・・・と言うより『要求』だったのだからな。

 傲慢なきらいがあると自覚している私たち二人でなくとも不愉快な再認識を余儀なくされざるをえんだろう。こういう時だけは連合の上意下達な軍隊のあり方が羨ましく感じられるのが二重の意味で腹立たしい。

 

「イザーク・・・、感情的になりすぎだぞ?」

「ですが・・・っ!!」

 

 隊長であるクルーゼが、やんわりと窘めてやるが通じない。尚も自分の意見の正しさを信じて我を通そうとしてくるイザークには、さすがに我が性悪な友人も呆れ気味な態度になってきている。

 

 ・・・遺伝的に優れた能力を持って生まれたコーディネーターのみで構成された軍隊であるザフト軍には、厳密な階級というものが存在しておらず、隊長や艦長などといった役職のみが組織としての建前で特権を与えられているに留められている。

 基本的に知的レベルの高い軍隊であるザフト軍は、上官の命令に従うだけでなく、兵士たちが現場で独自の判断を下すことが許されている・・・・・・そういう名目が、連合の階級社会に対抗するためにも平等を謳うコーディネーター国家プラントには存在しているからだ。

 

 原作におけるこの後の展開、パトリック・ザラの暴走とジェネシス発射と、ギルバート・デュランダルへの盲信ぶり。

 さらには『お国の命令だから』『勝つために必要だから』と免罪符を口にし続けるしか能がなくなった『能力は高いが自分で考える頭を持たない木偶の群れ』に成り下がった近未来のザフト軍を知る者としては失笑ものでしかない建前だがな。

 表向きの意味しか無い規則だからこそ、表向き守ってやらなければならん義務が存在する。ワガママ放題で育った子供には、それが分からんらしい。

 

 

 そろそろ私がヒール役を買って出て仲裁に入ってやろうかと考え出した頃、ちょうどいいタイミングでブザーが鳴り、部屋の外から「失礼します」と声がかかると扉が開かれる。

 

「アスラン・ザラ、ニコル・アマルフィ、入室いたしま・・・イザーク!? その傷・・・」

 

 入ってきたのは、機体の搬送作業を終えたらしいアスランとニコルだった。

 家柄自慢で、能力自慢でもあるイザークにとって両方共に自分より一段上に位置し続けてきた過去を持つアスランは意識せずにはいられぬ相手。

 彼の顔を見た途端「・・・フンッ!」と鼻を鳴らしてそっぽを向くと、先ほどまで威勢良く吠えていたのが嘘のように黙りこくって静かになってくれた。

 

 その光景を見て、私とクルーゼは同時に心の中だけで冷笑を閃かせていた。

 

 ――無能者めが・・・と。

 

 フィクションではなく現実の人間がやることとして、イザークの愚考と愚行を目の当たりにしてしまえば、そう思えてくるもの致し方あるまい。

 

 そもそも、コーディネーターが生まれつき能力面で優れている事実を認めようとしないナチュラルの頑迷さを口汚く罵っていたのは、他の誰でもない彼だったのではなかったか?

 強がっているから、自分の言った言葉が行動を裏切ってしまっていることに気づけなくなるのだよ。俗人が、語るに足りん。

 

「傷はもういいそうだが、彼はストライクを討つまで痕を消すつもりはないと言うことでな」

 

 クルーゼが事情を知らぬアスランとニコルに説明してやる。

 さて、これで参加者全員がそろったと言うわけだ。ようやくクルーゼ隊として次の作戦を前に行動方針を決めるための会議が始められるな。やれやれだ。

 アーガマを見ていても思ったことではあるが、子供のワガママに付き合わされる大人としては迷惑で仕方がない。これがイザークではなくカミーユであったなら、最強ニュータイプ能力に考慮して我慢もしてやれたのだがな。ストライク相手に常勝ならぬ常敗続きのイザークでは苦行にしかなれん。全くもってやれやれだよ。

 

 

 

 

「――『足つき』がデータを持ってアラスカに入るのは、なんとしても阻止せねばならん。

 だが、それは既にカーペンタリア基地のモラシム隊長の任務になっている」

「我々の仕事です! 隊長! あいつは、最後まで我々の手で!」

「私も同じ気持ちです、隊長!」

「ディアッカ・・・」

「ふん! 俺もね、さんざん屈辱を味あわされたんだよ! あいつには!」

 

 事務的なクルーゼの説明に対して、再び感情論で隊としての行動を決めさせようと論陣を展開してくるイザークとディアッカ。

 常は皮肉屋なディアッカでさえ感情的になっている事実を前に、ニコルでさえ驚いて彼を見つめ、その視線に気づいた彼が顔をしかめる。

 

 ・・・敗北と失態続きで自らに科した冷静な皮肉屋という仮面すら維持できなくなったか・・・負の感情丸出しで喚くしかなくなったプライドだけは高い子供というのは哀れなモノだ。

 

「無論、私としても諸君らと気持ちは同じなのだがね・・・」

 

 クルーゼが表向き血気にはやる若い部下たちの勇み足に同調して見せてから、私に対して配役を振って

 

「シロッコ、君はどう思うかな? 隊長として部下たち全員の意見を聞いておくためにも、副隊長である君の意見も拝聴しておきたい」

「無論、私も個人的感情としてはイザーク達と同様だ。一度捕捉した獲物を取り逃すことはプライドが許さない。

 『足つき』追撃任務と言う名の役割は我々に与えれたものであり、一度ならず二度までも与えられた役割を演じきることなく途中退場させられるなど余りにも不快すぎるからな」

 

 私が即答で断言して返すと、イザークとディアッカが「我が意を得たり」とばかりにニヤリと笑って、敵にキラがいる事を知っていてニコルがまだ殺されていないアスランは不満そうに顔を歪めながら沈黙を貫き、原作通りニコルは特に何も意見しない。基本的にイエスマンなのが彼だからな。求めるだけ無駄な役割というものもある。

 

「『足つき』を落とすのは我々の仕事だという信念には、私も固く確信しているところである。

 ――が、それを決めるのは我々の仕事ではなく、もっと権限を持つ軍上層部がやるべき仕事だとも思っているのでね。私情と公の立場に揺れて判断が難しいところだな」

 

 即答に続く言葉で一瞬前まで良かった表情と機嫌を一気に急降下させるイザークとディアッカ。対照的にホッとしたように安堵の吐息を漏らすアスラン。

 子供らしく素直な反応で、結構なことだ。

 

「我々軍人は組織の決めた命令に従う義務がある。国内最大最強の暴力機関としての側面を持つ我々が規範を超えて恣意的な行動を取ることは許されるべきでは決してない。個人的感情を理由として無名の師を起こし、無辜の民衆を傷つけてしまうなど許されざる蛮行だという認識は良識ある諸君らにとって言われるまでもない常識であると確信しているところだが如何に?」

「「・・・・・・」」

「とは言え、戦いというモノは非常なものであり、軍人は常に最悪のケースを想定して動かなければならない以上、二の手、三の手ぐらいは用意しておくのが当然の義務だと私は考えるが・・・どうかな? クルーゼ」

「ふむ?」

 

 私からのわざとらしい反問に、友人もまたわざとらしく顎に手を当て考える素振りをして見せた後。

 

「つまり、モラシム隊長が敗退した場合に備えて後詰めの任を我々が担う・・・そういう解釈で合っているのかな? 我らが聡明なる天才参謀シロッコ副隊長殿」

「まさにご慧眼であります、クルーゼ隊長殿。小官としましても説明する手間が省けて助かりました」

 

 わざとらしい小芝居を終えた私たちの見つめる先で、四者四様に打算と思惑と気遣いが入り交じった表情を浮かべ合っている四人の少年パイロット達。

 今更過ぎると自分でも思うのだが、SEED以降のガンダムパイロット達は感情が顔にストレートに出過ぎなのではないだろうか? デュランダルやヒイロ・ユイ、刹那・F・セイエイなどは逆に表情が変わらないまま中身の感情が揺さぶられすぎていたしな。平成ガンダムの少年パイロット達はカミーユとは違った意味で情緒不安定な者が多いようだな。

 

「無論、私個人としても諸君らと同じ想いを共有している。だが、シロッコの言にも一理ある。

 スピットブレイクの準備もあるため私は動けんが、そうまで言うならモラシム隊長が敗退したのを確認するまでは攻撃をしない、という条件を守ってくれるのなら、君たちだけで後詰めの任務を許可されるよう上申しておくが、どうかね? やってみるかね?」

「はい!」

 

 気負い込んでイザークが言うのを聞いて、私は唇を歪めたように笑いを浮かべて軽く揶揄しておく。この忙しいときに原作にない騒動でも起こされたら堪ったものではないのでね。

 

「“今度は”撃たれる前に撃つのは控えてくれよ、イザーク。さすがに私も現場にいなければ、非武装の脱出用シャトルを完全武装した軍隊が撃ち殺すなどという許されざる蛮行を止める術など持っていないのでね」

「・・・!! アレは! あの時はただ・・・っ」

「ただ、何かな? 弁明があれば聞かせてもらいたいな。混戦になったドサクサで民間人を虐殺し損ねてしまった決闘の名を持つモビルスーツのパイロット君」

「~~~っ!!!」

 

 悔しげに歯がみするだけで言い返してこようとはしないイザーク・ジュール。

 原作でキラのトラウマにもなった、あの折り紙で作った鶴の女の子のシャトルの事を引き合いに出して牽制に使わせてもらったのである。

 折角助けてやった命なのだ。有効利用して他の人を無駄に死なせないよう役立たせないのは勿体ない。私に残った元日本人の“おもてなし精神”が魂の底からそう叫んでいるのだよ。

 

「フフ・・・そう虐めてやるなよ、シロッコ。――しかし、そうだな。イザークは勇敢で優秀だが前科もあることだし、今回の指揮はアスラン。君がとってみるかね? イザーク、ディアッカ、ニコル、アスランで結成された隊の指揮を」

「――え!?」

 

 出し抜けの指名にアスランが動揺して二の句がつけなくなり、「い、いえあの、俺は――いえ私などではとても・・・」とどもった末に、咄嗟の判断によるものか一番妥当で無難な責任回避方法を選択して私の方へと向き直る。

 

「わ、我がクルーゼ隊には他の隊と違ってシロッコ副隊長がいらっしゃいます! クルーゼ隊長が不在の折には副隊長であるシロッコ副隊長こそが尤もその任に堪えうるものと愚考する次第であります!」

「ほう、そうかね? 私としては君にも十分すぎるほど将器と才幹を感じていたのだがね・・・。

 まぁ無理強いするものではないし、言っている主張も道理ではある。どうかな、シロッコ? アスランもこう言ってくれていることだし君が再び隊の臨時指揮を執ってみるかね?

 私としても君なら信頼して隊を任せられる。君がやるはずだった書類仕事の方は、多少キツくはなるが私一人で担ってしまっても構わんが?」

「尊敬し敬愛するクルーゼ隊長殿から直々のご指名を賜り恐悦至極に存じますが・・・辞退いたしましょう。今回ばかりは私にその任務は務まりそうにありませんからな」

 

 私からの返答が意外だったのかアスランは表情を引きつらせ、逆にディアッカは面白いものを見つけたとでも言いそうな顔で傘にかかったように言ってくる。

 

「へぇ? クルーゼ隊では上官の命令に、部下が異議を唱えてもいい風に規則変わってたんだ? それともそれが、ザフト軍でただ一人の副隊長様特権ってヤツなわけ?」

 

 からかうように言ってくる子供の悪口に、私は白い歯を見せて笑いながら少しだけ教育してやろうと答えを返す。

 

「当然の判断だよ、ディアッカ。なぜなら私には今回、オペレーション・スピットブレイクで使用するつもりで持ってきた、ハンドメイドの大気圏内飛行可能新型モビルスーツを地上でも性能テストをおこなうようザフト軍本部から直接通達が来ているのでね。

 軍人たる者、直属の上官からの命令や親友からの頼みよりも上からの命令を優先して従わなければならんものなのだよ。それが宮仕えの悲しさと言うものだからな。やれやれさ」

「・・・っ!! へぇ・・・噂の天才技術者様が造った新型機ってヤツは、宇宙で散々テストした後でも地上に持ってきたらまたテストしなくちゃ危ないような代物なんだ。そんなので本当に大丈夫なのソレ?

 現場のパイロットにとっては戦場でモビルスーツだけが頼りなんですけども~?」

「ああ、そうだな。だからこそテストには万全を期するに超したことはないのだよディアッカ。

 宇宙で使いこなせていたからと、地上に戦場が変わった後でも問題なく使えると思い込みいきなり実戦投入させ、勢い込んで出撃してみたはよいものの、慣れない環境下でまともに動かすこともできずにノロマなだけの役立たずかお荷物になってしまったのでは格好がつくまい?

 そういう赤っ恥を晒さぬ為にも、出撃前の入念なチェックと調整は技術者として基本中の基本なのだよディアッカ君。君たち現場のパイロットにも理解してもらえると助かる苦労なのだがね」

「・・・・・・っ!!!

 ――チッ!!」

 

 今度はバルトフェルド隊長とキラが戦ったときにレセップス上で晒していた、彼ら二人の赤っ恥体験を引き合いに出して黙らせてやる。

 プライドの高いこの二人が、あの様に無様な醜態を報告書に記すはずもなく、数少ない目撃者で生存者でもあるマーチン・ダコスタたちバルトフェルド隊の生き残りメンバーは、死んでいなかった彼らの隊長を守る形で本国へ帰国中。

 斯くして彼らの犯した過ちは、誰にも知られぬことなく黒歴史として忘れ去られるはずだったわけだが・・・・・・生憎と原作を見ている私にとっては報告書に記述するかどうかなど関係ないのでね。利用させてもらった。

 

 言われた相手にとっては「まさか知っているはずはないはずだが・・・っ」と思い悩みながらも聞くわけにもいかない自分自身の恥さらしな記憶だ。自分の口から直接聞き出せるわけがない。

 ディアッカ、悪く思わんでくれ。そして恨むとしたら自分たち自身が無能なのがいけないのだよ、クククク・・・。

 

 

「他に意見はないようだな? よろしい、では満場一致での作戦案可決と言うことで軍上層部へ上申し、カーペンタリアで母艦を受領できるよう手配する。ただちに移動準備にかかってくれ。以上だ」

 

 クルーゼが放った止めの一言が全てを決して、臨時のクルーゼ隊・・・いいや、アスラン隊が『足つき』を追って動き出す。

 

 目指す場所は『オーブ首長国連邦』。

 キラ達の祖国がどうこうと言うより、バルトフェルド隊が任されていた北アフリカ方面から大西洋連邦の支配領域である南北アメリカ大陸まで直線距離で一番近い道のど真ん中にある国だからな。遠回りをする理由も余裕もないアークエンジェルには他に選択肢と呼べるものが存在しない。

 アラスカのパナマへ向かうためには必然的に通らざるをえない道の直近にある国なのだから。

 

 

 

「さて、私もそろそろ出るとしようか」

「行くのか? シロッコ」

「私に、あの経験不足な若者達を助けさせたいのならそうするべきだ。今の彼らでは『足つき』には勝てんよ」

「・・・上申書には、予定通り新型機の性能テストということで出しておこう。それで誤魔化せるだろうからな。

 機能テストでしかないとして、ついでにディンの一個小隊でも護衛に付けさせるかね?」

「私が試作した新型機一機で済むなら、あんな旧式の空飛ぶカカシを使って敵に撃墜スコアを稼がせてやる必要はないだろう? まぁ、見ておけ。

 負の感情を丸出しにする度胸もないくせに、理論武装して私情を正当化したがる子供達を死なせないでやるためにも出撃する」

 

 

 

 

「パプティマス・シロッコ、『プロトタイプ・メッサーラ』、出る!!!」

 

 

 

つづく




今作オリジナル設定
新MS『プロトタイプ・メッサーラ』
 原作シロッコが使っていたメッサーラを大気圏内でも飛行可能にした可変MS。
 MS誕生から三年と待たずに飛行可能MSが当たり前になる『SEED』および『デスティニー』世界の技術進歩速度を先回りして取り入れたため推力と出力が桁外れに向上している。
 外観的には原作と全く同じ物だが、性能面では比べるべくもない。
 要するにスパロボ世界のメッサーラみたいな機体ということ。
 表向きはアラスカ基地攻略のためシロッコが試作した飛行可能な可変MSだが、実際には細かい位置がわからないキラとアスランたちとが戦う場所を空から探すためシロッコが造った機体の中で相応しいのを造っただけである。
 ただし凝り性なので手は抜いていない。
 天才のプライドが中途半端と妥協を許容しない性格の持ち主である・・・。



*今回はアスランとキラそれぞれに対するケジメを付けさせるため、あえて彼らだけで会わせる必要がありましたので原作展開に委ねましたが、ニコルを死なせることなくキラとアスランを全力で戦わせるため転生シロッコもまた知謀を巡らせております。


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第12話

 『オペレーション・スピットブレイク』開始に先立つ露払いとして、イザーク発案によりザラ隊長率いる“足つき”追撃隊が急遽編成されアークエンジェル追討の任務に就いたのであったが。

 現実問題として彼らが地球に降りてきて合流した場所はアフリカのジブラルタル基地であり、地球連合軍本部アラスカを目指しているアークエンジェルの現在地はインド洋のど真ん中である。モビルスーツよりも戦艦の方が推進力は上であることを考慮するなら、アスランたちは地上ザフト軍が保有している最大規模の海軍施設カーペンタリア基地まで輸送機で運んでもらい母艦を受領してからでないと追撃もなにも始めようがなかった。

 

 

 ビー、ビー、ビー。神経質そうな響きの機械音が室内に鳴り響く。

 

「はい、こちら待機室。アスラン・ザラ」

『こちらコントロールルームだ。すまんな、君の機体を乗せた機は航法機材のトラブルで少し出発が遅れる。通達あるまで、そこで待機しててくれ』

 

 連絡相手が言うところの機体――モビルスーツ一機のみを搭載可能な輸送機はザフト軍地上部隊で多く用いられている中型の飛行機で、垂直離陸機能はないものの小回りがきいて燃費も良く、コストパフォーマンス的に見ても補給という大量輸送に向いており、最新鋭を好むコーディネーターからもけっこう重宝されている機種のことだ。

 

 だが、いつの時代の誰に造られた機械であろうとも、『安くて大量に運べる輸送用機械』に完全な安全性など求められる訳がないのは今更述べるまでもない。

 

 飛行機としての性能は高いのだが、海もなければ雷も鳴らない宇宙空間をホームとするコーディネーターたちが造った航法機材は地球の気まぐれな気候の変化に弱く、ちょっとしたことでトラブルが起きやすいという欠点を有していたのである。

 

「わかりました。待機を継続いたします」

 

 こういう事態はそれなりの頻度で発生していたため、対処する側も熟練してきており作戦に影響するほどの遅れを出した事例は今のところ起きておらず、アスランとしても地上に降りてきたばかりで勝手がわからず、事前に『そういうものだ』と通達を受けていたこともあってアッサリ受け入れて一人、思考の海に没頭する。

 

「・・・キラ・・・もし本当に、君を殺さなければならないのだとしたら――それは・・・ッ」

 

 ――自分の手で!

 

 予定外のトラブルで与えられた待機時間延長を、彼は恐怖におののきつつも、きっぱりと彼は悲壮な覚悟で友を討つ決意を固めていく。

 それは年若い彼なりの誠実さであり、組織全体のことを優先して友を討つというザフト軍人として正しい在り方ではあったがが、一方で“足つきとストライクを君が討て”と命じてきたシロッコの真意がどこにあろうとも職務の中で軍の意志に従うだけの手足になる道を自主的に選んで歩んでいた事実を示してもいた。

 

 彼は自分だけでなく、ザフト軍全体が『体制を維持するための道具』に成り下がる道を選んでしまっている事実に気づいておらず。

 自分たちと似たような組織構造を持つ組織が、自分たちとは異なる地球を舞台に覇権争いを繰り広げた末に内部崩壊で自滅に近い滅び方をした事実も知らない。

 

 その組織が、『ティターンズ』と呼ばれていた歴史的事実をも、違う地球世界で生きる彼らは知ることなく、同じようにトップダウンの形で意思決定が行われている組織の命令に従って今日も地球を舞台に民族紛争ならぬ人種戦争を繰り広げ続けている・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、アラスカを目指してインド洋をいく途中のアークエンジェルにも、予定外のトラブルに見舞われつつあったことを、遙か遠くジブラルタルにいるアスランは“今の時点ではまだ”知らない。

 

 

「ソナーに感! 7時の方向、モビルスーツです!」

「間違いないか!? 数は?」

「音紋照合、グーン2。それと不明1ですが、モビルスーツであることは間違いありません!」

「この前戦った敵かもしれないわね・・・総員、第1戦闘配備!!」

 

 戦闘を避けるため、敵の警戒網がもっとも手薄と思われる大洋の真ん中を選んでアラスカへと向かっていたアークエンジェルは、ザフト軍カーペンタリア基地所属のモラシム隊から二度目の攻撃を受ける羽目になっていたのである。

 

 バルトフェルド隊を撃破したとは言え、無傷というわけにはいかず、そのくせ連合本部からは救援どころか補給さえ寄越されないまま自力でアラスカまで来るよう指示されてしまったアークエンジェルは、敵と遭遇する可能性は低いが、何かあった際には逃げ込む場所がないインド洋を航路に選び、ハイリスク・ハイリターンの道を“運頼り”で進んできた訳であったが、それが二度続けて同じ敵に襲撃されるというのでは本末転倒も甚だしい。

 戦いで疲れた心と体を、綺麗な海の景色で癒やされたかったクルーたちとしては、いささか“うんざりとした”心境でモラシム隊からの襲撃に応戦する準備へと走っていたのであるが。

 

 

 攻め寄せる側の、モラシム隊を率いるマルコ・モラシム隊長にも今攻めなければならない事情が存在していたことをアークエンジェルのクルーたちは誰も知らない。

 

「フン! 浅い海を行ってくれるとは、この“ゾノ”には却って好都合だ。クルーゼも降りてきているそうだからな、今日こそ沈めてやるぞ! 足つきめ!」

 

 水中用の新型モビルスーツ“ゾノ”のコクピット内で、モラシム隊長はそう宣言すると好戦的に髭面を歪めて笑う。

 

 先だっての戦いで彼は、グーン2機、ディン1機を撃墜され、自らが搭乗していたディンも小破させられていたが、一方で上げた戦果といえば傷ついていた敵艦をさらに傷つけただけという、無様すぎる醜態を晒してしまった直後だった。

 惨敗といって差し支えない結果であり、クルーゼの安っぽい挑発に乗ってしまったことが失態の要因だと自覚する彼のプライドは傷つかざるを得なかったが、それだけではない。

 

 足つきを相手に失態を重ねながらも、国防委員長パトリック・ザラのお気に入りというだけで左遷もされずにヌケヌケとエリート部隊でいられ続けている恥知らずなコネだけで出世した仮面の男と陰で罵る声が大きくなっていたクルーゼに対する評価が彼の敗北によって再び復活の兆しを見せ始めているというのだから堪ったものではなかった。

 

 バルトフェルド隊だけなら、『運が良かっただけ』だの『隊長の方に致命的ミスがあった』だのと理屈づけして笑っていられた者たちも、モラシムが再戦のためゾノを受領しにカーペンタリア基地へ帰還したときにはスッカリ静かになってしまい、遠回しにクルーゼ隊への再評価を口にしているのを聞かされた彼としては怒り心頭にならざるを得ない。

 

 しかも、出撃に先立ちジブラルタルからもたらされた“例の男”からの通信が、彼の感情を激発させた。

 彼は任務で忙しい上官のクルーゼの代理として、モラシムにこう伝えてきたのである。

 

 

「我が隊への援軍に貴様らの部隊のパイロットと機体を派遣しただと!?」

『はい。新しく編成した部隊ですので能力査定もおこなえておりませんが、優秀です。必ずや隊長のお役に立てるものと確信しております』

「そんなことを言っているのではない! 我々の仕事だぞ!

 足つきの撃沈とアラスカ行き阻止はザフト軍上層部より我々が与えられ、必ずや討ち果たすと明言した任務なのだ! 技術屋上がりの成り上がりは軍の命令系統さえ心得んのか!」

『ですから、守っているじゃないですか。モラシム隊長への援軍に派遣したと知らせたつもりですが・・・?

 足つきの追撃は我々が担当していたとは言え、今ではモラシム隊長の方が専任であることは承知しておりますし、派遣した部下たちにも言い含めてあります。好きに使ってくれて構いませんよ。なんでしたら手柄も貴隊の隊員たちで山分けしていただいて構いません。

 私の部下たちはどうやら、私的な復讐心で足つきの搭載機を落としたがっているだけのようでしたから大丈夫でしょう』

 

 この場合、シロッコの冷徹で薄情な人の心を無視するがごとき言動は相手にとって、鼻先で赤い布を降られているのと同義であることは説明するまでもない。

 

「・・・わかった。だが、援軍は必要ない。あの船は最後まで我々の手で沈める。足つきを何度も取り逃してきた敗北の実績ばかり豊富な援軍など足手まといにしかならんからな。

 貴様の派遣した援軍とやらには、黙って我々の戦いを空から観戦するよう伝えておけ。不用意に乱入されて貴隊を後ろからでも撃ってしまっては気の毒というものだろう。温室じみた研究所育ちの技術者は知らんかもしれんが、誤射というのは戦場だとよくある話なのだぞ・・・?」

 

 最大限に悪意を込めて、露悪的な表情で言ってやった皮肉もこの男の皮肉そうな鉄面皮の微笑にはヒビ一つ入れられない。

 

『それは結構。貴官からそのような言葉を聞くのは嬉しい。未熟な若者たちに軍人の志を模範として示していただければ幸いであります、モラシム隊長殿。――フフフ・・・』

 

 

 そして通信は、相手から一方的に切られてしまう。

 灰色の板面と化したスクリーンにモラシム隊長が、通信が終わった直後に拳を叩き付けて砕いたこともまた今更言うまでもない必然的な帰結だったことだろう。 

 

 

「あの若造! パプティマス・シロッコとかいう技術屋上がりで成り上がりの青二才めが!

 ヤツの見ている前でクルーゼ隊が取り逃がし続けた“足つき”を私の手で討ちとり、奴らの無能さを証明してやらなくては気が済まん!

 総員、抜かるなよ! 後がないと思え! ザフトのために!!」

『了解!! ザフトのために!!』

 

 小気味良い部下たちからの唱和を聞きながら、モラシム隊長は勝利の確信とともに連合が開発した『白い新造戦艦』アークエンジェルを沈めるため突撃を仕掛けていく。

 

 

「クルーゼとシロッコが見ているのだ! たかが傷ついた戦艦一隻に、これほどまで手こずるなど笑い話にもならん! これ以上あの若造共ごときに舐められて堪るかよッ!!

 私はザフト軍の隊長、マルコ・モラシムなのだァァァァァァァァッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから1時間ほど過ぎた頃。

 ザフト軍ジブラルタル基地の一室にて。

 

 

 ビー、ビー、ビー、・・・ガチャッ。

 

「こちらはクルーゼ隊のパプティマス・シロッコ副隊長である。隊長が所用で席を外しているため私が代わって用件を聞く。何か?」

『ハッ、報告致します。先ほどカーペンタリア基地より連絡が入りまして、足つき追討の任に当たっていたモラシム隊長が戦死されたとのことであります』

「そうか。ザフト軍人として名誉の戦死を遂げられたモラシム隊長の御遺族には、後ほど私と隊長の双方から哀悼の意を表する弔文を送っておこう」

『ハッ! 先方もお喜びになることでありましょう!

 それから今ひとつ、クルーゼ隊宛に本国より通達が届いておりまして、戦死したモラシム隊長に代わって足つき追討の任務は再度クルーゼ隊に戻されることが内定しているため準備を整えて欲しいとのことであります。正式な辞令はオペレーション・スピットブレイク以後になるとの由。以上であります』

「ご苦労。後は私の方で隊長に報告しておく。下がっていい」

『ハッ!』

 

 

 機体を微調整するため一時帰投していた私は、通信が切れて灰色の板面と化した通信パネルを見下ろしながら「フフフ・・・」と露悪的に笑って見せて、ソファに座ってくつろぎながらコーヒーを飲んでいた上官から唇を「へ」の字に曲げて酷評される。

 

「相変わらず、エゲツ無いことだな。我が悪友よ」

「心外だな、親友よ。私は友の名誉を回復するため、味方の兵まで騙す性に合わん手法を我慢してまで実行したというのに」

 

 面倒ごとを部下に押しつけてコーヒータイムを楽しんでいた上官から酷評される不遇な天才の役を演じる自分を満喫したまま、私はうそぶいて嗤いガルマを謀殺したときのシャアの境遇を心置きなく満喫する。

 彼であるならキシリア・ザビに向かって言っていたように、復讐のために味方を殺す行為を犯してしまった後に虚しさを感じることも出来たかもしれない。

 

 だが私はパプティマス・シロッコであって、シャア・アズナブルではない。単に近藤和久が作画を担当していた漫画版『機動戦士Zガンダム』で敵の手を借りジャマイカンを謀殺していたシロッコのやり方を再現しただけのことでしかない。

 虚しさを覚える理由など一切もたない私は、モラシム隊長が死ぬ前より少しだけ風通しが良くなった基地内の空気に深い満足感を覚えていた。

 

 

 ・・・宇宙でこそエース部隊として知られていた我々クルーゼ隊ではあったが、降りてきたばかりの地球上、連合軍と戦う最前線である地上では完全に新参者。

 ましてやアークエンジェルに出会って以降、ケチが付きっぱなしの戦績だけが知られていたということもあり、安全な後方で楽な相手とばかり戦ってきた『苦労知らずのキャリア組』というレッテルを張られながら動かざるを得なかったのだが、これからは多少やりやすくなることだろう。職場の空気が仕事をしやすいものになるのは素直に歓迎すべき事柄だからな。

 

 しばらくの間、穏やかな沈黙が流れて私もクルーゼも互いに何を思っているのか判然としないまま、特に気にすることなく曖昧な今という時間を無為に過ごす余暇を楽しんでいる最中。

 クルーゼが何を思ったのか、このような言葉を口にするのが聞こえてくる。

 

「・・・モラシム隊長も無能とはほど遠い人物だったのだがな。それでも戦死を免れることはできなかった。

 やはり目の前の敵しか見ることのできない軍人では、それが限界ということなのかもしれんな・・・」

 

 感慨深げな声音でつぶやかれたクルーゼの発言が、何を意図したものであったのかは、その仮面と私のニュータイプ能力を持ってしても今一判然としないものであったが、それでも私は表面的な字面の中だけに訂正すべき点を感じざるを得ず一部修正を彼の発言に加えるため声をかける。

 

「少し違うな。彼は目の前の敵をふくめた現実を見ながら、戦いの場に赴いたわけではあるまい」

「・・・?? では、彼は何のために、何を見ながら戦っていたと君は思うのかね?」

「無論、過去だよ。彼は、その手に失われつつあった自分の輝かしい過去を取り戻したがっていた。だから足つきに戦いを挑み、そして過去の栄光の夢を見ながら死んでいったのだ」

 

 私はそう断言して窓により、眼下に映るオペレーション・スピットブレイクのために掻き集められた膨大な兵力を見下ろしながら、自説の続きを口に出す。

 

「手に入るはずだった勝利、メンツに泥を塗りつけられた我々の悔しがる顔、ザフト軍地球侵攻部隊の中でも勇名を馳せていた輝かしい栄光の過去、黄金時代。

 それら敗北によって失われてしまった大切な過去が、今を生きる人を間違わせる。

 誰だって失敗したときには、“あの時あちらを選んでさえいれば・・・”と思いたがるものだろう? アレと同じだよ。

 失敗した今の自分という現実を認めたくないから、取りこぼしてしまった勝利を“まだ取り戻せるはずだ”と信じたいから信じて戦いを挑んでしまえば負けもする。現実の今を見ようとしない人間に、現実を生きている敵を倒すことが出来るはずはないからな」

「・・・・・・」

「失われてしまったモノを嘆く心、失ったモノが全てだったとする思い込み、二度と手に入らないモノにもう一度手を伸ばそうとする執着。

 それら損失への嘆きを、プライドという一般論で綺麗に飾り立てることで正当化した愚考。

 即ち、『感傷』だよ。それが人を愚行の虜にする。

 ちっぽけな感傷が人に破滅をもたらし、国を滅ぼし、やがては世界を破滅に導くことになるだろう・・・・・・と私は予言しておこう」

 

 そう締めて、私は座っていた椅子から立ち上がり部屋の扉へと歩み寄る。

 任せていた整備が終わると指定されていた時間帯になったからだ。私は私で次の戦いのためにやることはそれなりに多いのだよ。

 

「行くのか、シロッコ」

「ああ、行く。アスランたちが気になるからな。おそらく彼らでは足つきとストライクは落とすまでには至れまい。とすれば次のための布石は打っておくにしくはない」

「では、グゥルを用意するよう手配するかね? 幸いスピットブレイクを前にして過剰に集めすぎてしまったとかで、多少の数なら使い捨ててしまって構わんとオフレコで言われている身だ。足の遅い輸送機よりかは燃料を無駄遣いすることなくアスランたちに追いつけると思われるが?」

「せっかくのご好意だが、好意だけ頂いておくとしよう」

 

 そう言って私はクルーゼに向かって白い歯を光らせながら笑いかけると、シロッコらしく傲慢なセリフを、シロッコらしい口調で親友に宣言しながら再出撃しに向かって歩き出す。

 

 

 

「私の《メッサーラ》だけで済むのならば、グゥルのような旧式の支援機を使うことはないだろう?

 木星近くで使うモビルスーツとして私自らが設計したメッサーラと比べたら、ザフト地上軍が必須としているグゥルでさえ、あまりにも足が遅すぎる」

 

 

 

 

つづく



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第13話

 温暖な気候と、未だ戦火に巻き込まれずに済んでいる雄大な自然の海を魚たちが泳ぎ回るオーブ首長国連邦、近海の海域。

 その海中に今、ザフト軍潜水艦が音もなく接近後退を繰り返しながら、領海の外縁部を出たり入ったりと示威行動を取り続けている。

 

 その迂遠さに対する苛立ちを八つ当たりしたわけではないだろうが、イザーク・ジュールは手の平で握っていた紙切れを机に叩きつけ、鋭い罵声を同窓の上官に向け放っていた。

 

「こんな発表、素直に信じろって言うのか!?」

 

 バンッ!!と、防音処置が整っている艦内全体に満ちるほどの大きな音を立てて叩きつけれた紙切れ。

 それと同じ内容がコピーされている紙の書類を、皮肉気な視線と表情で眺め回してやってからディアッカ・エルスマンも友人に同調して毒を放つ。

 

「『足つきは既にオーブから離脱しました』・・・なんて本気で言ってんのォ~? それで済むって? オレたちバカにされてんのかねェ? やっぱ隊長が若いからかな?」

 

 揶揄するような視線と態度。そして口調。

 それらは多分に嘲りを含んでおり、彼らが“先日の失敗”について臨時の隊長であるアスラン・ザラを責めているのは明らかすぎるものだった。

 

 

 先日、新設されたばかりのアスラン・ザラ率いるザラ隊は、連合の“足つき”――新造戦艦《アークエンジェル》追撃のため攻撃を仕掛け、戦闘を行い、あと一歩のところまで追い詰めながらも、オーブ軍の横やりによって相手の喉元を締め上げている最中にリングの外まで連れ出させれるのを黙ってみていることしか許されなかったという失態を犯している。彼らはそのことを言っているのだ。

 

 無理もあるまい、あれほどまで足つきを追い詰められたことは、彼らでさえ出会って最初の頃以外には一度もなく。

 あのまま数秒だけ攻撃を続けられていたならば、確実に沈めていた!と確信できる手応えを掴んでいたからこそ、それを横から割って入ってきて『自分勝手にバカな理屈をほざくばかりで戦う勇気も覚悟もない臆病きわまる中立国』なんて存在に配慮してやって退くしかないと判断して命令してきた隊長のアスラン・ザラを非難がましい目と態度で指弾してくるのは仕方のないことではあったのだから。

 

 そして、だからこそ彼は言い切れる。

 

 

「そんなことはどうでもいい。オーブは建前を唱えているだけだからな。

 この発表が嘘か真か、俺たちが議論しなくても向こうの方がよく理解しているさ」

 

 オーブは中立国として建前を口にしているだけであり、こういう状況下での一般回答を返してきているだけでしかない。

 仮にアスランがオーブ側の代表だったとしても、同じ回答を公式声明として発表していたことだろう。

 

 何より、この場合はこれで十分なのである。

 国の公式発表の真偽は自分たちの国の政府が判断することであって、軍の命令を実行するだけの軍人でしかない自分たちにはどうでもいいことでしかない。

 重要なのは、この公式見解が自分たちの任務を阻害している。それをどう掻い潜って任務を果たすかの具体的な方法論であって、相手の主張が本当なのか嘘かだのと相手に聞こえない海の底で言い争ったところで時間の無駄でしかない。

 

 アスランは部隊を率いる隊長を任せられた者として、そう判断していた。

 だからこそイザークの感情を収まらせるため好きに言わせ続けていたのだが、どうやらこれも時間の無駄だったらしい。

 

「だが、これがオーブの正式回答だと言う以上、ここでいくら俺たちが嘘だと騒いだところで、どうにもならないと言うことだけは確かだろう」

「なにをぉっ!?」

「押し切って通れば、本国も巻き込む外交問題だ」

「・・・ぐっ」

 

 アスランに冷静な大人の対応を示されたことで、馬鹿にされたように感じたイザークが衝動的にかっとなり食ってかかるのを正論でいなす。

 

 疑いを強めているとはいえ、プラント政府はまだ現時点ではオーブの中立を尊重し、主権国家として対応している。

 イザーク個人の主観的評価がどうであろうと、ザフト軍に所属している限りはプラント評議会の公式見解を彼は尊重しなければならず、これに異議を唱えることは国家の決定に疑義を抱いていることを意味し、彼の立場的にあまり好ましくない方向に事態が進展してしまう恐れがあった。

 

 頭に上がっていた血を、わずかに掛けられた冷や水分だけ冷まさせられた後、

 

「ふーん・・・さすがに冷静な判断だな、アスラン。いや、ザラ隊長?」

 

 それでもプライド故なのか、すぐに嘲笑するような顔つきになると、『隊長』の部分を敢えて強調した口調で嫌味を言ってくる。

 

 ――が、しかし。特に方針自体には意見や反論は持ち合わせていなかったのか、その後に続く言葉はなさそうでもあった。

 

 要するに、ただの負け惜しみである。『子供か君は・・・』と言いたくなったのをぐっと堪えてアスランは言われたとおり隊長らしく振る舞うための返答として。

 

「俺の決定を理解してくれて嬉しいよ、イザーク。今後ともよろしく頼む」

「・・・・・・~~~っ!!!」

 

 勝ち誇ったように嘲笑していた表情が引き攣りを起こし、ヒビ割れたような激情が溶岩のように火口から噴出するかとさえ思われたのだが。

 

「だから? はいそうですか? って帰るわけ?」

 

 幸いなことにアスランに顔を向け、ディアッカには背中だけをさらす位置関係だったため顔を見られておらず、友人とは違った理由で反感を抱かされたらしい彼が別方向から反撃してきことで一時的な部下と上官の激突はギリギリのところで未然に防止することができたのだった。

 

「カーペンタリアから圧力をかけてもらうが、すぐに解決しないようなら潜入する。――それでいいか?」

『・・・・・・っ!!』

 

 事も無げに言ってのけたアスランの言葉に、一瞬全員が『ギョッ』とさせられ絶句する。

 

「“足つき”の動向を探るんですね?」

 

 中で一番最初に冷静さを取り戻したニコルから確認のための質問をされ、首肯して肯定するアスラン。

 

「どうあれ、相手は仮にも一主権国家なんだ。確証もないまま俺たちの独断で不用意なことはできない」

「突破していきゃ『足つき』がいるさ! それでいいじゃない!?」

「・・・・・・正気か? ディアッカ」

 

 敢えてアスランは過激な表現を使ってディアッカに応えた。

 侮蔑していると取られても仕方のない言葉であると承知はしていたが、せめてこれくらいのことは言ってやらないと彼らの感情的な暴走を抑止するための“脅し”にはならないだろう。

 普段はおとなしいアスランでさえ、そう感じざるを得ないほど今の彼とイザークからは冷静さが枯渇しかけている。そう見ざるを得ない暴論がディアッカの唱えた説だったからである。

 

「軍人が国家の許可なく独断専行で中立国への攻撃をおこなって戦端を開き、政府は後追いで行動を承認し、戦争を開始する・・・・・・評議会の面目は丸つぶれになるぞ。

 ただでさえ現政権は樹立して間がなく、選挙に勝ったばかりで内外の敵も少なくない情勢下で、君は自分の母親を破滅させたい願望でも抱いていたのか?」

「・・・・・・っ!! そ、それは・・・・・・けどさッ!!」

 

 思わぬ角度からの不意打ちにたじろいで、精神的に蹈鞴を踏まされたディアッカは、それでも諦めることなく反論しようとしてくる。

 が、それは彼がアスランの主張した内容自体を否定するためのものでないことは彼の立場と親子関係を鑑みれば明らかすぎるものであり、単にアスランに言い負かされて黙り込んでしまう自分がプライド的に納得できなかっただけだろう。

 

 そう判断したアスランは、再び攻撃の方向性を変更させる。

 彼はクルーゼ隊所属のパイロット達の中では実績・実力ともにトップガンであり、隊長と副隊長を除く隊内のナンバー3として内外にも知られている人物だ。

 

 当然のように隊長達からパイロット達の指揮を任されることが多く、比較的彼らの戦略戦術思考などを耳にする機会も多くなり、若い少年パイロットたちの中では頭一つ二つ飛び抜けた政治的センスを持ち合わせるに至っている事実を、彼はまだ気づいていない・・・・・・。

 

「ヘリオポリスとは違うぞ、ディアッカ。同じに考えているなら止めておいた方がいい。

 単純に軍の規模もそうだが、仮に攻め入って足つきを見つけ総攻撃を仕掛け、勝ったとしてだ。・・・その後はどうなる?

 オーブから流出した難民にモルゲンレーテの技術者や《G》の開発スタッフ達が混じっていた場合に、連合へ走られたらどうするつもりなんだ? オーブの軍事技術の高さは言うまでもないだろう?」

「それは・・・・・・」

「祖国再興のため、あるいは復讐のため彼らが連合に降ってオーブが秘匿していた軍事技術のすべてを無償提供する可能性だってある。

 表向きは平和ボケした中立国だが、裏ではどうなっているのか計り知れない厄介な国なんだ。ただ勝てばいいというほど単純な話ではないだろう。

 まさか、オーブ国民を一人残らず殺す訳にもいかない以上、慎重にことを進めるしかない・・・」

 

 それに、とアスランは悔しそうに口をつぐんだ皮肉屋の少年に苦笑する作り笑いを浮かべて見せながら、例え話を披露してやることで相手にとっても受け入れやすいよう調整する。

 

「二十世紀の後半・・・いや、中頃だな。占領後の予定もなしに自分の国土の何十倍もの領土と海上を制圧して、軍の補給は現地調達。そして結局、数年で潰された国があったそうだ」

「ああ・・・・・・、ダイニジセカイタイセン、ね」

 

 士官学校時代、戦史の授業で教官から教わった内容をおぼろげに思い出したディアッカは理解の色を表情と瞳に宿してアスランを見返す。

 たしか、ニホンとかいう地球上にかつて存在していた小さな島国だったと記憶している。教官達が『愚かなナチュラル共が起こした記念碑的な愚行』と激しく罵りまくっていた罵声の数々の方が記憶に残っていたため完全にはほど遠い記憶の再生しかできなかったが、これだけの情報が思い出せれば彼にはアスランの言わんとしていることは察することができる。

 

 彼とて伊達に、アスランとイザークに次いで成績上位者グループの一角を占めていた優等生の一員だったわけではないのである。これだけの事前情報が与えられてさえいれば、頭を冷やして少し冷静に自分たちの状況を俯瞰視点で見下ろすことも可能になる。

 

「そういうことだ。自分たちが見下しているナチュラルの愚行をコーディネーターが模倣してやって、味方からもナチュラルからも笑い物になってやる義理は俺たちにないだろう? だからさ」

 

 そう言って白い歯を見せて笑いかけるアスランに、ディアッカも目玉を軽く動かして返事とする。

 ・・・無駄に歴史好きな上官の影響を静かに、だが確かに受けてしまっていることまでは彼らも気づいていないようでもありはしたが・・・・・・。

 

「――ふん。OK、従おう」

 

 むっつりと聞いていたイザークが、唯一の味方だった友人を陥落されたことで形勢不利と判断し、あきらめたように両手をあげて降参の意を示すことにしたようであった。

 しょせん彼とて正論を説かれ、それについ感情のみで反対していたことに気づかぬには聡明すぎる頭脳を持つコーディネーターの少年である。

 

「俺なら突っ込んでますけどね。さすが、ザラ委員長閣下のご子息だ!」

 

 とは言え、それでもちくりと皮肉を言うことは忘れないあたりに彼のプライドの高さが現され、その自尊心の高さこそが正論を素直に受け入れられずに感情的な反発をしてしまい、無意味だと冷静になれば判りそうな議論を繰り広げさせた原因になっていたことまでは気づけていないのも事実ではあった。

 

「ま、潜入ってのも面白そうだし・・・・・・」

 

 そして、その近視眼的な思考こそが彼に、敵の実力を過小評価させたがり、敗北を受け入れられずにいつまでも固執し、敗北を重ねさせる遠因となっていることに繋がっているのだと学習するには、彼のプライドは高すぎたのである。

 

「案外ヤツの――“ストライク”のパイロットの顔を拝めるかもしれないぜ?」

 

 それは発言者にとって、単なる嫌がらせの一言でしかなかったろうが、言われた方は思わず「ハッ」となると同時に「ギクリ」ともなり絶句させられてしまったが、イザークと彼に続くディアッカがそれに気づく様子はなく、彼らはそのまま部屋を出て行き、残されたニコルだけがアスランの表情に落とされた陰の色を見つけて、けげんそうな面持ちになるだけで終わった。

 

 

 少なくとも、彼らクルーゼ隊所属の少年エースパイロットたちにとって今このときに起きた出来事は、これだけのことで完結したのだ。この先はない。

 

 

 だが、世界は彼ら少年達だけで成立しているわけではない。他に二人の同席者達が存在していた。

 それは彼らクルーゼ隊の面々が『お客様』として乗船している、潜水艦の艦長と副官たちの存在だった。

 立場上、同席することだけは形式的な義務ではあったが、『本国から来たエリート部隊』が内輪だけで話し合っている会議の内容に割って入れるほどには彼らのプラント内における席次は高くなく、会議の間中じっと大人しく話を聞くだけに留めなければならなかったのは正直に白状して屈辱の極み以外の何者でもなかったのである・・・・・・。

 

 

「・・・・・・なんとも感情的な少年達でしたな、艦長。あれで一応は本国でモテはやされているエリート部隊のエースパイロットたちとは、到底信じられません。ザフト軍の名誉も誇りも地に落ちたものです」

 

 副官が背中の後ろで組んでいた指をほどきながら、イザークたちに続いて出て行ったアスランとニコルを背中が扉の外へ消えると同時に吐き捨てるようにつぶやいた苦々しい声が室内にむなしく響き渡った。

 

 会議の間中、「ぐっ」と力を込めて組み続けて我慢していた指の痺れとともに抑圧されていた感情まで解放されたのか、いつもよりずっと口が悪くなっている副官に対して中年の艦長は宥めるように声をかけてやる。

 

「彼らも、まだ若いということさ。そう怒ってやるな。子供の言うことに大人がいちいち注意していたのでは若い世代は育つまいよ。

 なにより、パイロットとしての実力があるのは間違いようのない事実でもあることだし・・・」

「腕は立つでしょうな、たしかに」

 

 副官はにべもない。むしろ、『アレで腕すら立たないのでは新兵よりも役立たない』とまで言いたそうな不満げな表情を露骨に浮かべる。

 

「ですが、知性の方は年齢標準を下回っているのではありませんか? 艦長。

 オーブの主張を信じるかどうかなど、今この場で彼らの主張を議論するだけの状況に陥らされている自分たちの醜態を客観視さえできれば、火を見るより明らかではありませんか。

 それこそ子供でもわかる理屈なのですよ? それすら考え及ばぬ未熟な少年たちが戦争の主力として前線にまで駆り出されている現状を見るに、小官としましては戦争の行く末について楽観視する気になれません。寒い時代になったものだとお思いになりませんか?」

「それぐらいにしておけ、ヴォイチェフ」

 

 艦長は、さすがに副官の口が過ぎてきていることに気づかざるをえず、注意を促すよう警告する。

 

「どうであれ、相手は仮にも本国のお偉いさんのご子息様なのだ。我々、前線の雇われ軍人風情が独断でどうこうできる立場でもなし、それこそ負け惜しみというものだよ副官。言うだけ言って矛を収めてやることだな」

 

 朗らかに好々爺然として副官の肩をたたきながら笑いかける艦長だったが、その瞳には言葉とは裏腹に邪な光がわずかに灯っていることを相手の方は洞察して、鏡を見れない本人は気づくことができていなかった。

 

 それは、『媚びる色』の光だった。

 

 ザフト軍はコーディネーターだけで構成された軍隊であり、コーディネーターは宇宙の民である。

 その彼らにとって地球上よりもさらに遠くにあると感じられているのが、海底という辺境の地であった。

 

 その海底に隠れ潜んで敵を探して彷徨い泳ぎ、宇宙艦隊と違って戦争が勝利で終われば軍縮の憂き目にあわされるのは確実という『宇宙国家プラントが誇るザフト地上軍・潜水艦部隊の艦長』という辞令を与えられた時点で艦長は、左遷されたと判断せざるを得なくなっていたからである。

 

 この認識は事実と異なるものではあったが、同時にザフト軍の兵士たちの多くが共有してしまっている誤解に満ちた共通認識であり、相互不信の種にもなっていた。

 

 それは、MSという新機軸の最新鋭ロボットを開発したことにより、戦争の勝敗を『数よりも個人の技量』に比重の傾いた中世期の時代にまで巻き戻してしまった軍隊が必然的に持たざるを得ない悪弊なのかもしれない。

 

 アスランたちが先ほど彼らを完全に意識外において、内輪の会話に終始してしまっていたのは、これが理由である。

 自分たち『MSパイロットこそ』この戦争の主役と位置づけ、艦船をMS移送のための輸送船と認識して、それを操船する乗組員達を自分たちより格下と侮ってしまっている内心が程度の差こそあれ如実に現してしまっていたのが先ほどまでのアスランたちが行っていた会議の別側面から見た真実だったからである。

 

「さし当たって我々は自分たちの仕事を果たすとしようじゃないか。それが建設的な意見というもだ、違うかね? ヴォイチェフ副官」

「・・・失礼しました。さっそくオーブへ潜入するための偽造IDを調達する指示を出します。ただ、なにぶんにも急な話ですので軍人用のものは難しいかと思われます。整備士の一人ということであればなんとか・・・」

「それは仕方のないことだな、彼らにも我慢してもらうしかあるまい。さすがに彼らの年齢でオーブ軍のエースというのは無理がありすぎるからな」

 

 冗談口をたたいて先ほどまでの会話を笑ってなかったことにしようとしている艦長に副官は、謝意を示すため軽く頭を下げた後に思い出したことがあったのか顔を上げる。

 

「あの、艦長・・・」

「どうした?」

「指示を出してから資料室で、オーブの法律関連のデータを集めておきたいと思いますがよろしいでしょうか? 我々プラントの民にとって当たり前のことでも、地上に住むナチュラルたちにとっては異常なことがあるのかもしれません。そういった些細な事柄から彼らの身元がバレたら厄介な事態になります。これは知性とは関係のない事柄ですから・・・」

 

 艦長は、わずかに思案してから頷いた。

 

「よかろう。0600時には彼らをオーブまで送り届けるため小型艇を発進させる予定でいる。それまでに資料をまとめておいてくれ。行く途中で彼らに読んでもらうとしよう」

「判りました」

 

 そして両者は、それぞれの場所に向かった。

 が、艦長の指示に従ってから副官が向かった先が、資料室ではなく別の部屋だったことに彼が気づくのは全てが手遅れになった後のことであった。

 

 

 

「アスラン・ザラ率いるザラ隊は、オーブへの潜入をおこなうようであります。潜入のための小型艇発進は0600時を予定しているとのことです」

『――そうか。それは結構。おそらく彼らはオーブで足つきを発見した後、自分たちだけで戦闘を行おうとするだろう。その時にはまた私に報告しろ』

「承知いたしました、パプティマス・シロッコ副隊長」

『期待しているぞ、ヴォイチェフ“艦長”』

 

 ガタッ。

 

「・・・これは、テッド・アヤチ艦長。盗み聞きですか?」

「それが艦長に対しての態度か? どういう事か説明してもらおう、“反乱兵”ヴォイチェフ副官。君は資料室へ行っていたはずではなかったのかね?」

「ふ・・・」

 

 ――ゴリッ。

 

「!! 貴様! 一体どう言うつもりだ!? じ、上官に銃を突きつけるなど反逆行為に当たることだ! これは死刑に値する重罪なのだぞ! それを貴様らわかっているのか!?」

「艦長、貴方を除く本艦全ての乗員が既にパプティマス副隊長と、クルーゼ隊長の指揮下にあります。

 この戦役終了時にザフト軍を掌握されるのは間違いなく、あのお二方です。

 戦争といえば数のゴリ押しと騙し討ちしか知らぬ小策士のパトリック・ザラや、平和平和と口で唱えながら汚職と不正を蔓延らせる身内人事のクライン派ではありません。

 我々はその様に確信してお二方の指揮の下、行動しております。・・・無論、無償奉仕というわけではありませんがね」

 

「ヴォイチェフ! 貴様ぁぁ・・・・・・っ!!」

 

「ご安心ください、艦長。我々は艦を乗っ取ろうなどと考えておりません。これまで通り大人しく艦長を演じておられれば、貴方を監禁したりは致しませんよ。

 “子供たち”に怪しまれると、言い訳するのが面倒ですからね・・・」

 

「貴様、上官に向かって―――」

 

「上官だと思うからこそ、こういう話し方をしているのです。『プラント評議会への反乱を企む大罪人』に艦長の代理として副官が情報を流していた時点で、我々はすでにザフト軍人の道を踏み外しているのだという事実をお忘れなく」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 ガクリと膝をついたアヤチ艦長の仕草と、それに続く沈黙が彼の全面降伏を現すものである事実を察して勝利の笑みを浮かべるヴォイチェフ副官。

 そんな彼に対して、反逆した“かつての上官殿”は恨みがましい目線で上目遣いに見上げながら、まんざら負け惜しみとも言い切れない口調で呪うように吐き捨てた。

 

 

「・・・・・・ザフト軍の誇りを失った、獅子身中の虫どもめ・・・・・・っ」

 

 

 それは彼の心にわずかに残っていた、最期の誇りが言わせた言葉。

 ザフト軍のために戦ってきたザフトの軍人として、結果的に裏切らざるを得なくなってしまった古巣に対して最後の勤めを果たすための言葉であった。

 

 言う方にとっては本人なりに誠実さが籠もった一言であったのだが、聞かされた方としては不快さをそそられずにはいられない最悪に耳障りの悪い侮蔑の言葉であったらしい。

 

 ヴォイチェフは『ふん!』と思い切り鼻を鳴らして裏切った上官を見下ろしてやりながら、万感の思いを込めて彼ら前線で酷使されている兵士たちの嘘偽らざる心情をシンプルすぎる一言にまとめて吐き捨てた。

 

 

 

「愛国心を押しつけるなら、それに見合う給料ぐらい出すべきだ。いつでも売り払える側に立てると思っているから、金をケチって裏切られる。

 一度ぐらい二束三文で売り飛ばされる国家っていうのも体験してみれば、お偉いさん方も愛国のために兵士の給料を増やす気にもなるってもんだろうさ。はははッ」

 

 

 

つづく



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第14話

「足つきはオーブにいる。間違いない、出てくれば北上するはずだ。だから、ここで網を張る」

「ああ?」

 

 アスランが今後におけるザラ隊の方針について断定口調で決定を告げたとき、イザークは思わず虚を突かれ、秀麗な面立ちを歪めながらチンピラのような反問の言葉を口に出してしまっていた。

 

 相手の言いだした言葉が唐突すぎて、理解できなかったからである。

 彼としては当然の疑問だった、なにしろ自分たちは先ほど帰艦してくるまで『足つきはオーブに“いない”』という証拠しか見つけ出してこれなかった身なのだから・・・・・・。

 

「オイ、ちょっと待てよ。なにを根拠に言ってる話だそりゃ?」

 

 食い下がると言うより、噛み付いてくるかのような声と態度で理由説明を求めてくるイザーク・ジュール。

 それもそのはずで、彼らは昨日、予定通りオーブ国内へと侵入を果たしたものの、これと言った成果らしい成果はあげることが出来ずに収穫もなく、足つきはオーブに居るのかもしれないし居ないかもしれないという当たり前の結果だけを持ち帰ってきて、虚しく手ぶらの帰参をしてきた身なのだから、アスラン臨時隊長の決定と命令には唯々諾々と従えるだけの根拠も自信も到底持つことができない心境に今のイザークは立っていた。

 

「・・・一度、カーペンタリアに戻って情報を洗い直した方がいいのではありませんか? 確証がないのでしたら・・・」

 

 ニコルもまた、取りなすようにアスランに向かって妥協案を提示してくる。

 もともと彼は慎重派の人間で、『自分たちが見てきた場所に足つきが居なかっただけ』という可能性も十分高いことは承知していたのだが、一方で他の地域の戦略状況などにも気を回せる人物でもあったことから、アスラン臨時隊長に気を回してそう言ったのだった。

 

 現在、ザフト軍はパトリック・ザラ新議長の下《オペレーション・ウロボロス》実行に向けて戦力を集中させつつある。その中でアスランが臨時で隊長代行を任された部隊だけが本体を離れて中立国に隠れ潜んだかもしれないし、いないかもしれない連合艦一隻に拘り続けて、補給まで要求することは彼の将来のためにもならないのではと気を回した故での発言だった。

 

「・・・いや・・・、いるんだ・・・・・・」

 

 一方でアスランは、彼の気遣いに感謝こそすれ提案まで受け入れる訳にはいかない事情を抱えていた。

 それは彼が、友人であるキラ・ヤマト少年とオーブ国内で再会を果たしているからであり、彼だけはアークエンジェルがオーブ内に必ず留まり続けていると確信――というよりも事実として知っていたからである。

 

 だがアスランはニコルに対してすら、自身が決定を下した理由について一切の説明を行おうとしなかった。

 それは彼が強くこだわりを持っている相手、友人であるキラ・ヤマトを未だに『倒すべき敵』と認識しきれずにいる曖昧さが・・・・・・ハッキリ言ってしまうなら『撃たなければならない敵と認めたくない願望』が彼の中では根強く残り続けていたことが理由の一因になっているものだった。

 彼は、敵となった親友キラ・ヤマトを討つことに対して、どこかしら私事のように考えていた節があり、『友人を討つことは自分が果たさなければならない義務』として捕らえている一方で、ザフト軍の一員として連合軍のエースパイロットを討たんとする集団としての意識には欠けていた。

 

 キラ・ヤマトとストライクの追撃任務は『自分とキラだけの問題』であり、他人を巻き込むことも、他人の手を借りることも拒絶していたように見えるのである。

 

 有り体に言ってしまうなら、それは単なる『子供同士の意地の張り合いによる喧嘩』に似ている心理によるものだったのかもしれないが、そこまで考え至れるほどアスランもキラも大人ではなかったし、自己客観視することも出来ていなかった。

 そして、自分の本心を詭弁で取り繕い周囲を欺けるほどには、子供らしい狡猾さも持ち合わせることが出来ていなかったことが今の状況悪化を結果的に招いてしまうことになる。

 

 彼は、嘘で本心を偽るぐらいなら沈黙する。

 そういう道を選びやすい性格の持ち主であり、そのことが今までもこれからも誤解と不平不満をしばしば周囲の者に与えてしまいやすい悪癖となっていく運命を背負った少年でもあったわけだが、今回ばかりは間が悪かったと言わざるを得ない。

 

「・・・これまでにもう二日近く費やしているんだぞ!? 違ってたら足つきはもう追いつけないほど遙か彼方まで逃げ延びてしまうかもしれないんだ! もしそうなった時、お前は責任が取れるのかアスラン! ええ!?」

 

 イザークが小刻みに身体を震わせるほどの怒りを堪えきれなくなって、思わず感情の赴くまま怒鳴り声を上げ、当たり散らしてしまったことが破滅の一弾に繋がっていた。

 普段の彼ならば、ここまで単純な頭の持ち主ではなかったし、アスランもまたキラのことで頭がいっぱいになりイザークの感情論に付き合おうという気持ちにはなれなかったかもしれない。

 

 だが、やはりタイミングが悪かった。

 イザークは当初、足つきはオーブ国内にいると考え、そう主張してアスランの慎重論には皮肉と嫌みを交えた反対の論陣を張っていた男だったはずだ。

 そんな彼の意見に、臨時隊長として持論を曲げて妥協案を示した結果がオーブへの侵入であり、自分たち自身による情報収集だったはずなのだ。

 無論そこには自分自身の個人的思惑も無関係ではなかったが、少なくともイザークとて賛成したし、国内に足つきはもういないというオーブの声明を誰よりも否定的に見ていた彼の意向には叶うはずのものでもあったはずなのである。

 

 結果的に思うような成果が得られなかったことでイラ立つ彼の気持ちは分からないでもない。

 だが、こうも意見を手の平返しされた挙げ句、常に怒鳴られて非難されるのが自分ばかりとあっては、アスランとて時には苛立ちを返したくもなる。

 

 あるいは、軍内部でも1位と2位を2トップで独走している口の悪さを誇る毒舌家の上官二人に悪いところが似てしまっていたのかもしれない。

 このとき彼は、彼らしくもなく痛烈な皮肉をイザークに向かって「ポツリ」と呟くような囁き声で口にする。してしまう・・・。

 

「・・・最初は、足つきは必ずオーブが匿っていると強硬に主張する。

 潜入して足つきが発見できなければ、逃げ出した可能性が高いと非難する。

 足つきは一体、どのように動いたときにイザークから褒めてもらえるのだろう・・・」

 

 この一言に、イザークはおろか室内にいた全員が言葉を失って唖然とした表情で、生真面目そうな臨時隊長を務めている少年の顔に視線を集中させられてしまう。

 ディアッカでさえ、普段の軽口を忘れて何を言っていいのか分からなくなり、視線をさまよわせるようにして友人の顔を見つめ――そしてギョッとさせられる。

 

「・・・・・・~~~~ッ」

 

 イザークの、斜めに傷跡が走った後でさえ美しいと表現できていた顔が、赤から青へ、そしてドス黒く染まった憎しみの色へと一瞬ごとに明度を変えながら変色していき、色が変わるごとに顔面筋肉筋が配置を大きく変えていった末に出来た形相は、たしかニコルが読んでた美術関連の雑誌の中で『トーヨーのシュラ』とか書かれていた絵に描かれていた妙な仮面と酷似して見えるほど人間離れした憎しみだけに染まり尽くしたナニカを見ているかのような、そんな印象を受けさせられるほどのものがそこにはあった。

 

「―――あ」

「これは決定だ、臨時とはいえ隊長としてのな。クルーゼ隊ではそうではなかったが、通常の軍人なら一時的な代行だろうと上官の命令に兵が異議を唱えることは許されない。弁えてくれ、イザーク・・・」

「・・・・・・ッ!!!」

 

 反論の言葉を口に仕掛けたイザークの口が開ききる寸前に、アスランは敢えて言葉を遮るようにして形式論を口にして相手を黙り困らせる。

 彼としては、思わず口をついて出てしまった感情論にばつが悪くなり、この会話を早々に途切れさせるつもりで使った形式論に過ぎない言葉でしかないものだったが・・・・・・イザークにとっては嫌な記憶を思い出させられる屈辱の言葉でもあったことを、この時の彼が知らない言い方でもあったのだった。

 

 その言葉を聞いた瞬間、一瞬にしてイザークの顔色が変わる。――より悪い方向に。

 

「アンドリュー・・・・・・バルトフェルド・・・・・・ッ!!!」

「・・・・・・??」

 

 何故この場で、先日の戦闘で戦死していたことが発表されたばかりの南アフリカ方面軍司令官だった男の名前が出てきたのか理解できずにアスランは柳眉をしかめる。

 たしかにイザークとディアッカは、足つき追撃任務の一環として一時的に彼の旗艦レセップスに同乗していたと聞いてはいたが、その時に彼らと足つきと故バルトフェルド隊長との間に個人的諍いでもあったのだろうか?

 あいにくと報告書には記載されておらず、バルトフェルド隊の生き残り達とカーペンタリアで会うこともできぬまま次の任務を与えられて今ここに来ていたアスランには諍いの内容を予測することさえ難しいが、今までのことを鑑みるならイザークが感情論でバルトフェルド隊長に噛みついてしまって、年長の相手に窘められて悔しかったとか、そういう類いのものなのだろうと大して深く考えることもなく、アスランは作戦会議の閉会と命令は決定事項であることを告げて甲板上へ向かっていく。

 

 ニコルがその後を小走りで追いすがり、同席していた潜水艦クルーが敬礼と共に去って行き、残されたのは立ったまま震え続けているイザークと、どうにも手持ち無沙汰になってしまってバカバカしい気分になっていたディアッカ・エルスマンの友人コンビ二人だけとなってしまう。

 

「・・・・・・いうつもりだ、・・・命令だと・・・? ・・・ざけるなぁ・・・ッ!!!」

「伸しちゃう気なら、手ェ貸すよー?」

 

 友人のつぶやきを聞き取って、ディアッカは露悪的な表情で、気持ちだけは本気でそう言ってやる。

 実際、そうなってくれた方が面白いと思っているのは確かだが、だからと言って友人がそこまで感情を行動に直結させるほどの低脳ではないことも熟知してもいる。

 相手が悪感情を持て余しているとき、敢えてあくどさを強調したセリフを吐いて怒りの方向性を逸らしてやるのは、彼の昔から続くイザークと付き合っていく手段の一つだったからだ。・・・しかし―――

 

「どーする? クーデターやる? ククッ、ハハ・・・・・・」

「・・・・・・・・・ふざけるなッ!!」

「あ――?」

 

 いつにも増して感情的になりすぎている友人からの返答を耳にして、ディアッカは多少の不快感を込めて友人の顔へと視線を向け直す。

 そしてイザークは、そんなディアッカの顔を見てこようとはせず。・・・それどころか最初から彼の言葉など“聞こえていた部分は一言もなかった”のだ・・・・・・

 

 

「命令・・・? 決定・・・? 隊長と兵だと・・・? ――いいだろう、従ってやろうじゃないかアスラン・・・。

 だが、このままでは終わらない。終わらせない・・・必ず出し抜いてやる・・・・・・ストライクを倒すのは、この俺だってことを思い知らせてやるぞアスラァァァァァッン!!!!!」

 

 

 一人の少年パイロットが乗った、ガンダムタイプの白いMSによって人生を狂わされたエリートパイロットが、この世界でも一人生まれようとしていた事実を今という刻はまだ、誰も知らない・・・・・・。

 

 

 

つづく



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第15話

 オーブ首長国連邦政府からの公式発表として、『地球連合所属の新造戦艦アークエンジェルは既にオーブ国内から離脱した』という宣言が出されてから数日後。オーブから程近い海域で、一つの死闘が行われていた。

 

 【オーブ海軍の演習艦隊から離脱したアークエンジェル】と、【中立国オーブに素性を偽り密入国して情報を入手していたザフト軍ザラ隊】とが、小さな島を戦場に戦闘を繰り広げていたからである。

 

 オーブへの潜入時にキラと出会って会話も交わしているアスラン・ザラの判断によって近郊の海に潜んで網を張り、待ち構えていたザフト軍ザラ隊であってが、戦況は比較的アークエンジェル優位に推移しているようでもあった。

 

「なっ!? 煙幕ゥッ!?」

「チィッ! 姑息なマネをッ!!」

 

 万全の迎撃態勢で臨んだにも関わらず、先の戦いでは撃沈寸前まで敵艦を追い詰めたザラ隊が、今までにないほどアッサリと劣勢に追い込まれる要因となったのは、今回の戦闘で初めて用いられたアークエンジェルの支援用兵装《スモーク・ディスチャージャー》と煙幕弾によるところが大きい。

 どちらも直接攻撃力を持たず、二度目からは対策が立てられやすい、初見殺しの子供だましじみた兵器でしかなかったものの、初見殺しではあるが故に初めて見る敵艦の武装に意表を突かれ、ザラ隊の面々は襲いかかってきた側でありながら機先を制され、最初の先制攻撃を敵側に許してしまう失態を演じる羽目になる。

 

「・・・!? なんだとっ! 二機っ!?」

『おおッと!!』

『う、うわァッ!?』

 

 また彼らが先制攻撃によって不利になった理由は、それだけではない。

 イザークが今、意外そうな声を上げながらビームライフルを発砲して回避された敵戦闘機《スカイグラスパー》の予備機にキラの親友であるトール・ケーニヒが搭乗して、上空からの情報支援のため参戦していたことが思わぬほどの相乗的効果をもたらしていた故でもある。

 スカイグラスパーは地上に降りる際、ハルバートン提督率いる第八艦隊から受領してきた重力圏内用の戦闘機だ。

 フラガ大尉の愛機である《メビウス・ゼロ》がモビルアーマーであるが故に宇宙空間でしか使えないからこそ、彼を地上でもストライク支援のために活かせるよう与えられた機体であり、彼専用機ではないため《ガンバレル》も装備していない見た目は普通の戦闘機でしかない存在。

 

 だがイザーク達からすれば、「二機のどちらが“エンデュミオンの鷹”なのか?」という疑問が撃ってみるまで分かりようがない機体でもあり、見た目だけでは判断しづらい。まして戦闘機の軌道はMSと違って単調であり、個人個人の癖が現れにくい。誤認させるだけなら本来の目的とは異なる使い方をしてみるのも十分にありだ。

 

『よし! 悪くないぞ! ストライクの支援、任せる!』

『は、はいッ!!』

 

 結果的に彼らは「二兎を追う者は一兎をも得ず」の格言の如く、雲の中から飛び出してきた直後のスカイグラスパー2機の中間に向けて第一射目のビームを発射してしまい、両機ともに回避されたあげく、ムウの乗る1号機には自分たちの上空に上がられ頭を押さえられ、トールの乗る2号機には自分たちの位置と高度、風向き風圧などの射撃に必要なデータを人工の雲の中に発信されてしまう地理的不利な要因を自ら招き入れる失策を犯すことになってしまっていた。

 

『こちらスカイグラスパー、ケーニヒ! ストライク、聞こえるか!? 敵の座標と射撃データを送る!』

『・・・っ、了解!!』

 

 コーディネーターといえども、出撃直後の機体の動きだけで乗っているパイロットを特定することは容易ではない。数値以上に経験からくる勘働きの方が重要になる分野だからだ。

 

 おまけに、総掛かりで強襲してきたところに煙幕が張られたことで足が止められ、初めて見る敵艦の武装を前に当初の作戦を変更する決断ができぬまま敵の接近を許してしまったという不利が重なる。

 

 ビシュゥゥゥゥゥッウ!!!

 

『『『うっ、くぅッ!?』』』

 

 データを基にして雲の中から発射されてきた長大な《アグニ》のビーム光に、アスラン達4人はそろって呻き声を上げさせられる。

 自分たちからは見えない位置にいる敵からの砲撃に近い太さを持つビーム射撃。一カ所に集まったままでは、マグレ当たりであっても擦っただけで自機が乗っている支援マシーン《グゥル》は耐えられないだろう威力を目の当たりにさせられて、敵が来るのを待って襲いかかってきた側の自分たちの方こそが罠に飛び込んできてしまったような状況になってしまっていることを認めざるを得なくなったのが、その理由だった。

 

『く・・・っ、散開!!』

 

 敵のビーム光の太さを目にしてアスランは、部隊を別けるための指示を出す。

 遅まきながら自分が初歩的な判断ミスをしていたことに気がついたからである。

 敵“戦艦”を沈めるのであれば、MS部隊は各個に別々の方向から襲わせた方が迎撃火線は分散されて効率は良くなる。

 《グゥル》がある自分たちと異なり、空を飛べないストライクには、足つきの足さえ射れば自由な動きが利かなくなる。

 

 ―――俺が、キラを落とすことに拘りすぎた結果だとでも言うのかッ!?

 

 アスランは心の中でそう罵倒し、もう一人の自分が即座にそれを否定させる。

 強敵となったキラを全機総掛かりで落とすことだけに集中してしまい、足つきを軽視してしまった自分の判断ミスが、友人であるキラを本心では討ちたくないと願う心理から来ていたのではないかという疑問に捕らわれ、覚悟を決めたはずの自分が迷っているという事実を認めたくなかったからである。

 

 矛盾を抱えた心境に陥りかけながらも身体の方はなんとか動き、敵の射撃を避けて散開しながらもストライク対策のため、それぞれに相性の良い者同士でペアを組み、部隊を二つに別けて二方向から挟み撃ちする形を取って足つきへ接近する方針に切り替えている。

 

『――ッ』

 

 だが、キラとて自機のMSに「ガンダム」の名を与えた少年パイロットだ。因縁めいた宿命によるものなのか、思い切りがいい。

 安全な雲の中に隠れながら送られてくるデータを基にして『見込み』で撃った弾で落ちてくれるほど遅くもなければ甘くもない現実を知ると、三射目で砲撃を辞めて自機とアークエンジェルとを繋いでいたチューブを取り外して投げ捨てる。

 

 このチューブを取り付けている限り、ストライクはアークエンジェルから直接エネルギー供給を受けられて、消耗の激しすぎる高出力高威力の《アグニ》を残量に配慮することなく撃ち続けられる巨大なメリットが得られるのだが、外してしまえば通常と同じだ。自機が背負っているバッテリーで賄うより他になくなってしまうしかない。

 

 だが、煙幕によって敵から完全に姿を隠してしまえば、味方からも敵が見えなくなるのは道理でしかない。

 敵の数が多く、また弾幕を掻い潜ってこれるほどのエースでさえなかったなら話は別になったかもしれないが、生憎とキラが相手にしている敵部隊には赤服のエース達しかいない。

 

 ――当てるために狙って撃った弾でなければ落とせない強敵たち・・・ッ!!

 

 そう判断したキラは、外したチューブを投げ捨ててフェイズシフトを展開し終えた直後に甲板から飛び立ち、左舷から攻撃を仕掛けようとしていた《バスター》と《デュエル》の目前へと躍り出る。

 

『なっ!?』

『くぅっ!?』

 

 長距離砲撃用と同等の威力を持つビーム砲《アグニ》を使って撃ってきながら、装備を換装させる間を置かせることなく中距離射撃戦の距離まで急速接近してきたキラの判断は完全にディアッカとイザークの意表を突いていた。

 

 驚き慌てながらも、いったん後退して距離を取って仕切り直すか、そのまま進むかで一瞬の判断を迫られる二人。

 ――だが、それは片方のパイロットにとってはともかく、イザークにとっては判断を迫られただけでなく、自分個人に対しての許しがたい侮辱のように感じられて仕方がなかった。

 

 

『~~~ッ!! ストライクぅぅぅぅッ!!!』

 

 接近してくる敵機を前にして、自機のビームライフルと《グゥル》の小型ミサイルとを同時に発砲しながら前に出ようとする道を選ぶイザーク・ジュール。

 それは一見、距離を置いて射撃に転じたディアッカの一時後退を援護する形に見えはしたが、彼がその行動を行った動機はもっと単純極まるものだった。

 

 心に余裕がない人間は、往々にして小さな失敗を受け入れられずに破滅するまで突き進むことしか出来なくなる傾向がある。

 イザークはもともと決して愚かな男ではなかったが、優秀ではあっても心に幼い部分を持った少年でもあった人物でもある。

 そして、心が幼い優秀な人間ほど敵を見下し視野が狭窄しやすく、自分たちが高い地位にあるべきだと信じ込んでしまい、自分より愚かな人間が一面では自分を上回るものを持っている可能性を考えようとしない。

 

 否、考えたくないのだ。

 それを拒否する状態こそが、プライドが高くなりすぎる余り、心に余裕がなくなった心理状態というものなのだから・・・・・・。

 

 

 ――たかがナチュラルが操るMS如きに俺が! コーディネーターである俺が負けるはずがない! 負けたままでいいはずがないんだぁぁぁッ!

 

『こっから先へは行かせねぇよッ!!』

 

 同僚である相方に呼応して、いったん距離を置いたディアッカの《バスター》が《デュエル》を援護するため砲撃支援用MSとして両手に持ったビーム砲で援護射撃を開始する。

 

 ・・・しかし、この時点で彼は友人でもある相方が、自分の攻撃の邪魔になっている事実に気づいていない。

 本来、空に飛び立ちながら急速接近してくる敵に対しては、左側にマウントしている《対装甲散弾砲》による散弾の方が有利だからだ。指向性を持たせたビーム射撃では、真っ直ぐ飛びすぎてしまって回避行動を取りながら接近してくる敵と、距離を取るため移動しながら射撃する自分とで命中率が下がるだけでしかない。

 

 だが、判断するより先に激情に駆られたイザークが前に出ようという動きを示したため、彼に当たる危険性を恐れて確率論兵器の散弾を彼は撃つことが出来ない。

 また、実体弾では有効打とに成りきれないフェイズシフト装甲の長所を知りすぎてしまっている立場という事情もある。

 今の自分は、ただ敵の接近を阻めばよく、撃墜まで狙わなくても良かったのだと気づかされたのは、彼がストライクに落とされて海へと落下していくしかない立場へと成り下がってしまった後のことだった。

 

 バフゥン!!

 

「ぐわぁぁぁッ!! ――あッ!?」

 

 グゥルの翼に軽い一撃を食らわされ、足は止まりつつも滞空できる程度には加減された攻撃を受けた衝撃により、「空中で棒立ちしていた敵MS」という間抜けな姿を晒してしまったディアッカの《バスター》は当然の報いとして飛行マシーンの上から蹴り落とされ、悲鳴を上げながら海へと落下していくしかなくなってしまう。

 

「クッ! このォォォォォッ!!」

 

 前に出て打ち合おうとした自分を無視して、接近戦武装のないバスターを撃破するのではなく、救助の手がいる海へと落下させて落としたストライクの姑息さに激高するイザークだったが、キラとしては当然の判断だった。

 

 空が飛べないストライクでは、いつまでも空中戦など応じられる訳がない。

 ならば接近武装メインで射撃能力の低い《デュエル》よりも、砲撃支援用の《バスター》の方が先に倒しておくべき厄介な存在だったことは火を見るより明らかだからだ。

 

 だが、プライドに駆られているイザークには、その程度の道理すら受け入れきることはできない。

 

 結果として彼は、命中率は高くともフェイズシフト相手にはエネルギーを減らせるだけでダメージには至れない頭部バルカンを乱射しながらストライクに迫るという愚行を選んで突撃してしまい、逆にストライクの右肩に装備されていた《120ミリ対艦バルカン砲》で《グゥル》を損傷させられ飛行を維持できなくなるという結果を招く。

 

「ぐわぁぁぁぁぁッ!?」

『イザークっ!? ちぃッ!!』

 

 高度を維持できなくなって、徐々に海へと落ちていくしかなくなった同僚の機体を遠目に見てアスランが舌打ちする音がイージスのコクピット内にのみ響き渡る。

 

 出撃した時には4機編隊だった自分たちは、既に二機が損傷して戦線を離脱させられ、敵が被った損害はイザークが最後に放ったバルカン砲ぐらいのものという惨状。

 今まで幾度となく死闘を繰り広げてきたアスラン達と足つきとの戦いで、ここまで明確に差が出たのは、この戦いが初めてだった。

 

 ―――あるいは、それが良くなかったのかもしれない―――。

 

『コイツぅっ!!』

 

 先に落ちていった他の二人と異なり、アスランに好意的で彼の指揮下に入ることを全面的に受け入れているニコル・アマルフィの《ブリッツ》が、「隊長から後退命令も作戦失敗の決定も下されてない状況下」において隊長機よりも先にストライクへとビームライフルを撃ち放ち、ザラ隊長もまた部下の判断をよしとしたまま飛び続けられなくなって降下していくストライクを好機と見て追撃するため全速前進しながら自機のビームライフルを連発させたが、やがて雲の中から現した足つきの姿を見て、すべては計算尽くの行動に過ぎなかったことを結果によって思い知らされることになる。

 

「えぇい! ―――なッ!?」

『バリアント、撃てぇぇぇぇッ!!!』

 

 主砲のゴッドフリートによって降下していくストライク追撃の足を止めさせ、甲板上に着艦を確認した後、リニアカノンである《バリアント》と対空防御ミサイル《ウォンバット》を連続発射されたことで、フェイズシフト装甲を持たない《グゥル》に乗った《イージス》のアスランも後退せざるを得なくなり、ニコルの援護射撃もあって無事脱出には成功したものの、それは炸裂する爆発光の群れが発生したことで再び足つきの姿が見えなくなってしまう状況を作り出されてしまったことをも同時に意味してしまってもいた。

 

 これには、空から戦況を俯瞰してデータを送り続けていたトールの功績が大きいといえる。

 戦力として取るに足らぬからと最初の一射目で見抜いてからは見逃していた連合製の戦闘機であっても、視界が閉ざされ目の前にいては敵の姿が見えなくなってしまった戦場において有効に作用するのだという事実を、既存兵器に対するMSの絶対的優位性と、ナチュラルが創った時代錯誤な飛行機如きと侮る気持ちが自らの敗因へと繋がっていたことを、彼らは果たして知ることが出来たとしても受け入れることは出来たであろうか・・・?

 

 

「ベクトルデータをナムコムにリンク! ノイマン少尉、操艦そのまま」

「了解!」

 

 ナタル少尉――地球に降りる際、中尉に昇進していたナタル・バジルール中尉の指示の基、アークエンジェルの位置と高さがブレないように調整させられ、甲板にたつキラに計算違いが起きづらくなるよう最大限の配慮がなされていた。

 キラの咄嗟の判断による奇襲で、敵の半数を落とせたことは大戦果だったが、やはり《アグニ》の連射は威力を押さえてもストライク単独ではエネルギー消耗は激しい。

 それでもバッテリー残量だけで見るなら継戦は可能ではあったが、それはあくまで「今までの戦い方を続けて勝てる場合」の話でしかない。

 

 既に、射撃武装しか持たない《バスター》と、本来は接近戦用で重力に縛られた地上では本領を発揮しづらい《デュエル》は落とし、残るは特殊戦闘が可能な《ブリッツ》とMS形態では汎用型の《イージス》の二機だけ・・・・・・戦闘開始時とは戦況が変化した今となっては《ランチャー・ストライカー》より《エール・ストライカー》を装備させた方が有利である。

 むしろエネルギーが減ったランチャーのままでは、悪くすると敵に避けられ続けて先にガス欠を起こしてしまう危険性すらあり得るだろう。

 

『フラガ機、来ます!』

 

 アークエンジェルの艦橋に響いたサイの声が、ストライクにも届く。

 続いて、ミリアリアの呼びかけと、いつものムウの軽い調子で言う声が彼の耳朶を打つ。

 

『ストライク、エールへの換装スタンバイです!』

『プレゼントを落とすなよ!』

 

 もともとスカイグラスパーは、地上では空が飛べないストライクの支援用にセットで開発されていた機体であり、本来の開発目的としてはストライカーパックをストライクまで運んでいく輸送機としての役割を担わされる予定だった。

 そのため互いの位置関係を知るため周囲の情報を収集する能力は高く、初陣で素人でしかないトールが有効なデータを送り続けられた理由も機体性能に依存するところが大きかった。

 とはいえ、如何に状況を調整して難易度を下げようとも、宇宙空間よりは装備の換装に制約が多いことは厳然たる事実であったし、初の空中換装と言うこともある。

 

「少佐、どうぞ!」

 

 キラは一瞬だけ息が詰まったが、覚悟を決めてムウに応じて甲板を蹴った瞬間には迷いは一切なくなり、ただストライカー・パックを装備するための最適回答と軌道を計算する数式だけが頭に残るだけとなっていた。

 

 そして、難しい難度の空中換装をキラの乗るストライクがやってのけたのを目にして味方は安堵の声を上げ、キラの敵となってしまった者たちは驚愕するしかない。

 

『アイツ・・・空中で換装をッ!?』

『・・・・・・ッ』

 

 自分では不可能な敵の神業に、ニコルは素直な衝撃を受けさせられたが、アスランが受けた衝撃は彼より深く、そして屈折してもいた。

 

 ――明らかにキラの操縦技術は格段の上昇を遂げている・・・・・・落とすべき自分が覚悟を決められずにいたがために、敵となった親友の脅威が上がっている!

 

 ・・・そういう形での精神的衝撃である。

 それは言い換えるなら、「自分が親友に対する思いさえ割り切れるだけで勝てていた」という増長とも呼ぶべき発想でしかないのだが、異なる歴史を歩んだ別の地球上で思い上がりを正してくれた年長の軍人とアスランは出会うことが出来ていない。

 

 彼は知るよしもない。

 史実におけるこの戦闘で、彼を庇うために戦死した僚友の死に責任を感じて「自分のせいでアイツは死んだ」と嘆く道を選んだ自分自身と同じ道を選ぼうとしてしまった少年兵が、地球側の兵にいた別の地球を巡る戦いがあったという事実を。

 その中で、彼と同じ心理と、彼とは真逆の色を持つ機体を愛機としていた少年兵が、とある兵士から言われた言葉を聞く機会を、ザフト軍という能力主義が徹底しすぎた年齢や経験を重視しなくなった軍隊様式が奪ってしまったという事実をだ。

 

 彼は自分と同じ少年兵と、同じ言葉を言われるべきだったのだろう。

 

 

『自惚れるんじゃない!

 ガンダム一機の働きでマチルダが助けられたり、戦争が勝てるなどと言うほど甘いものではないんだぞ!?

 パイロットはその時の戦いに全力を尽くして後悔するような戦い方をしなければ、それでいい・・・』

 

 

 ――そう言われているべきだったのだろう。

 だが、可能性は可能性でしかなく、今の彼が生きる現実の軍隊に誤った後悔を正してくれる立派な大人は存在していない。

 

「アスラン・・・・・・っ」

『はぁぁぁぁッ!!!』

 

 赤い敵機に乗り、自機へと迫り来る親友のことを頭に思い浮かべながらビームサーベルを引き抜くキラ・ヤマト。そでを鉤爪状の特殊武装《グレイプニール》を発射して切り落とされながらもビームサーベルを抜いて応戦するニコル・アマルフィ。

 

 動きが止められてしまった味方に援護射撃をしようとするアスランに対しては、ムウが乗るスカイグラスパーがキラと巧みに連携しながら攻撃することで邪魔が入らないように牽制させられる。

 MSに空中戦を可能にさせてくれる《グゥル》と言えども飛行支援マシーンでは、生粋の戦闘機相手のドッグファイトは機動性の面で分が悪い。戦局は硬直するが、ザフト軍不利の状況下での硬直はアスラン達にとって面白いはずはなかった。

 

 更に、彼らの不運は重なる。

 

 

「キラ・・・・・・っ、――えぇいッ!!」

 

 眼下で続けられている戦闘を見下ろしながら、上空からの情報支援だけをこなすよう言明されていたトール・ケーニヒが、友人の戦う姿を見ているだけの状況に我慢しきれず、怖さを振り切り上空からMS相手に突撃する覚悟と決意とを固めてしまったからである。

 

 それは本来なら暴挙にしかなれない、勇気と蛮勇とを履き違えた行動となるはずのものであったが、ことこの瞬間だけは彼らにとって有効に作用する決め手となる。

 

『なにっ!? コイツっ!!』

 

 既に格上の相手となってしまったキラを相手に、《グゥル》による空中戦が可能なことのみを優位性とすることで何とか互角に近い戦いを行っていたニコルの機体に、ミサイルが命中してしまい集中が大きく乱され、接近戦においては致命的すぎる隙を晒してしまったからである。

 

 いつでも倒せるザコでしかないからと、放置し続けたことが裏目に出る結果を招いてしまったニコルたちの甘さは自業自得の結果となって彼の機体を切り裂かせる。

 

『キラっ!』

「トール!? ・・・よしっ」

 

 敵がナーバスになっている鍔迫り合いの最中に、横から不意打ちを食らわせてきた戦闘機へと一瞬だけとはいえ注意をそらしてしまった不意を突いて、ストライクは至近距離で立ち止まってしまった敵機のライフルを内蔵した右腕を切り裂き、バスターと同じようにグゥルから蹴り落とすことで戦闘空域より強制的に離脱させてしまったのだ。

 

 悲鳴を上げながら海へと落下していくニコルと、喝采をあげるキラの友人トール・ケーニヒ。

 

 対照的なその姿を見下ろしながら、アスランの心にも黒いものが初めて宿ったのは、この瞬間だったのかもしれない。

 

 

『くそォ・・・・・・ッ』

 

 

 既に部下として指揮を任された僚友達は敗退し、残ったのは自分のイージス一機のみ。

 敵は消耗しつつも全機健在、母艦も射程距離内に捕らえられる寸前まで接近されている。

 戦い続けたが故にエネルギーは残り少なく、ストライクと違って母艦に戻らず補充する当てもない。

 

 ――既にこの時点で、勝敗は決していた。作戦を中断して撤退する以外の選択肢など存在しない。そんな戦況。

 

 そんな状況下の中でアスランが選んだ選択は―――

 

 

『はぁぁぁぁぁっ!!!』

 

 一機だけ残った、自機だけでの突貫だった。あるいは特攻と呼ぶべきかもしれない。

 がむしゃらに敵機へと機体を突っ込ませ、グゥルを狙ってきた敵に撃たせてやりながら被弾したグゥルを奪い取られていたニコルのグゥルへと追突させることで相手からも足を奪い取り、高威力ながらもエネルギー消耗の激しい《スキュラ》を放つためにMA形態へと変形させてストライク目掛けて連射させる。

 

 これは彼らしくもなく、碌な勝算もないままの無意味な突撃だった。

 たしかにMA形態のイージスには多少ながら飛行可能能力を持っているが、宇宙用に作られた形態である以上は重力圏内でのドッグファイトでMSのような小さな獲物に当てられるようにはできていない。

 

 可動性も低くなり、斜角の自由度も宇宙空間と比べればなきに等しい。

 エールに換装していたキラのストライクなら余裕を持って回避できるほど、お粗末なビーム射撃。

 

 そして、彼に対する止めとして。

 

『キラ! ソードを射出するぞ!』

「トール!?」

 

 ムウの1号機と同じようにトールの2号機にも装着されていた、ストライク換装のためのストライカーパック。

 機体エネルギーもろとも回復できる機能を持った、この装備を新たに換装されてしまった以上、スキュラを発射し最後のエネルギーを無駄に使い捨ててしまったアスランに、勝ち目は完全になくなってしまうしかない。

 

「ちぃ・・・っエネルギーが! ――なにっ!?」

 

 突如コクピット内に鳴り響いた警告音が示す方向に顔を上げると、ソードストライカーに換装し終えた親友が乗るストライクが巨大な剣を振り上げ、自機を切り裂くため急降下して間近まで迫ってきていたのである。

 

 染みついた癖でビームライフルの銃口を上げてしまってから、一発分しか残っていないエネルギーが頭をかすめて一瞬だけ迷いが生じ、その迷いが彼からビームライフルすら奪い取り、敵に切り裂かれた銃身が爆発四散する位置から後退しながらアスランは、自分が親友に敗れたことを他の誰より思い知らされる立場になってしまっていた。

 

『もう下がれ! キミたちの負けだ!!』

「なにを・・・っ」

『もう辞めろアスラン! これ以上、戦いたくない!』

「何を今更・・・っ」

 

 親友からの呼びかけが、逆にアスランから撤退という選択肢を奪い取らせる。

 

「撃てばいいだろ! お前もそう言ったはずだ! お前も俺を撃つと・・・言ったはずだァッ!!」

 

 ただ感情任せに勝ち目もなくぶつかっていく素人じみた突撃。

 戦技もなければ勝算もなく、先を見据えた作戦も、相打ちを狙った覚悟さえも存在しない、我武者羅なだけの想いを込めて、ただ斬りかかっていくだけの攻撃とも呼べない無様な斬撃。

 

『・・・・・・っ』

 

 子供のワガママのようにも見える、その一撃が却ってこの時のキラの神経を刺激してしまい、児戯としか呼びようもない斬撃に対して武器すら使わず、ただ拳でイージスの横っ面を殴りつけることで吹き飛ばして地に伸させ、エネルギーが切れてフェイズシフトダウンした灰色の機体を地面に横たわらせたままの姿を晒させる屈辱をアスランに味あわせる結果となったのは、あるいは何かの皮肉だったのやもしれない。

 

 感情的になって意味不明な言葉を叫びながら斬りかかってきた子供を、殴ってやることで間違いを正させようとした大人の位置関係。

 この時の彼らは丁度そういう構図を取り合っていたのだが、残念ながら今のアスランには、自分の過ちを認めて修正できるほどの精神も心の成熟も得られていなかった。

 

『アスラン!!』

「・・・くぅっ!!」

 

 未だ降伏も投降もよしとせず、敵意をむき出しにして自分をにらみつけてきていることを肌で感じさせれたキラは、つい積もり積もっていた鬱憤を、八つ当たりのような恫喝行為と止めの一撃へと繋げさせようとしてしまい、ソードストライカーの対艦刀を振り上げて、今までの自分が感じたことのない暴力的な衝動のままにアスランごとイージスを真っ二つに切り裂くため振り下ろそうとした瞬間―――。

 

 

 突然スピーカーから、明瞭な声で聞こえてきた言葉に“三人のパイロット達全員”が驚愕させられ、声に出してその驚きを表現したのはザラ隊を率いる臨時隊長アスラン・ザラただ一人だけ。

 

 

 

「攻撃中止だと・・・・・・っ!? バカなッ!!!」

 

 

 

 

 

 ――この時の彼らは知らないだろう。あるいは永遠に知ることはないのかもしれない。

 彼らの身体の中にある魂が、神の国とやらに辿り着けるまでは永遠に知る必要のない事柄でしかないのだから。

 

 自分たちの魂が多く散りゆき漂っている地球の向こう側には、自分たちと異なる知的生命体としての生活を送り、そこで子を生み育て、死んでいっていた。

 

 そして、その地球の歴史で1969年に人類が初めて月に立った土地が、後に月の中心的都市となり、その都市を制する者は宇宙を制すると呼ばれるほどの力を有していくようになる。

 

 その都市にあって、中立を現政権への従属を公言しながらも敵味方に武器を提供し続けて、死の商人として歴史の裏側から世界の戦乱をコントロールし続けてきた者たちに対する皮肉を、オーブという国になぞらえながら再現したいと願っていた演劇好きな男の思惑と本心など、彼ら歴史と無関係な子供達が知る必要などいささかも無かったのだから・・・・・・。

 

 

『私は、ザフト軍のクルーゼ隊、パプティマス・シロッコ副隊長。

 貴官らが定義するところの・・・・・・フフッ、“敵”だ。

 私の機体は、艦橋の頭上に着陸した。そちらが攻撃を辞め、停戦を受け入れない場合は、貴艦を全面破壊する。

 問答無用で核を発射し、不利とみれば民間人を人質にすることも躊躇わない貴官らの行動は、国際法を遵守する意思も能力もなきものと見なさざるを得ない以上、交渉の余地はない。

 即刻の行動によって、要求への返答として頂きたい』

 

 

 

 歴史は世界を変えて繰り返され、一部の個人が新しい環境に適した能力を手に入れた程度で人類全体が変わることは未来永劫にあり得まい。

 

 誰かが誤りを正してやらねば、正しい形で進むことも出来ないというならば。

 

 

『―――貴艦からの返答は如何にッ!?』

 

 

 強い口調で質しながら、口元に笑みを浮かべ続ける男。

 トールが降下したことで、ガラ空きになった頭上から降りてきてアークエンジェルの艦橋の上に着陸されてしまった見たこともない巨大新型MS.

 

 コズミック・イラの世界で初めて実現された、重力圏内でも飛行可能な可変MSに乗って現れた男。

 

 パプティマス・シロッコ。

 

 【二つの地球圏の歴史の立会人】になることを望む男は、この世界でも冷たい瞳で笑み浮かべて他者を見下ろす位置に立つ。

 それこそが最も、シロッコらしい生き方だと信じて揺るがぬ自信が、彼の肉体には最初から備わっているのだから―――。

 

 

 

 

つづく



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第16話

久しぶりの更新、と言うより独立連載して初の更新となってしまいました。
本当はもっと早めに更新する予定だったんですが、色々あって遅れてしまい申し訳ありません。
今回のもザフト軍内輪話。ニコルが死なずに生き延びたが故に起きる騒動をお楽しみ頂けたら嬉しく思います。


 刻は、かすかに遡る。

 アークエンジェルのCICが、その機体の接近を察知したのはキラ・ヤマトの《ストライク》が、アスラン・ザラの駆る《イージス》と地上での白兵戦を開始した丁度その時の出来事だった。

 

「――っ! 高熱源体を感知、本艦の左翼上方より急速に接近中!」

「なんですって!?」

「ミサイルか!? イーゲルシュテルン起動! 索敵はどこを見ていたッ!」

 

 索敵とCICを担当しているジャッキー・トノムラ軍曹からの慌てたような報告と、敵接近の急報を聞かされたマリュー・ラミアスとナタル・バジルールは、互いに違う言葉を報告者の下士官に返しながらも揃って艦橋の天井を見上げた。

 そこにあるのは鋼鉄の平板だけで、敵の姿など見えるはずはないと分かっていても見上げずにはいられなかったのだ。

 

 彼女たちとしては、完全に不意を突かれる形となっていたからである。

 因縁の相手とも言うべき、クルーゼ隊に奪取された4機の《G》部隊をついに全機撃退する寸前まで敵を追い詰め、その内の一機には今まさにトドメを刺そうと喉元に切っ先を突きつける段階までこぎ着けることが出来たのである。

 

 既に、戦闘の勝利には直接寄与できない格納庫に詰める整備班などの間では、一機だけ残ったストライクのみの力で偉業を成し遂げつつあるキラを、向かうところ敵なしの最強MSパイロットとして先勝気分で勝利者を迎え入れる準備まで始めている者もいるほどなのだ。

 今まで苦戦し続けられてきた相手だけに、その喜びもひとしおだという気持ちはマリューたちブリッジクルーとて変わるところではない。

 

 だが、だからこそ油断があった。

 勝利を目前としたことで目の前に残った敵一機だけに意識を集中させすぎてしまった。こんな距離まで敵の接近に気付かないなど、間抜けにも程がある不手際としか言い様がない!

 

 ――とは言え、腐ってもそこは激戦をくぐり抜けてきたアークエンジェルのCIC担当だ。彼が敵接近に気付くのが遅れたのには理由があったのも事実である。

 

「この動きはミサイルではありません! MSです! 機種識別に該当なし!」

「なんだと? ディンではないのか?」

「ディンにしては反応が大きすぎますし、輸送機にしてはスピードが速すぎますっ」

「ザフト軍が開発した新型戦闘機だとでも言うことなのッ!?」

 

 この時期、まだザフト軍連合共に空中戦闘用の兵器は未だに戦闘機が主力の地位を占めたままだった。

 ザフト軍は地球侵攻の際、ジンをベースとして大気圏内での飛行を可能にして巨大な六枚翼を与えた大気圏内モビルスーツ《ディン》を投入して戦果を上げてはいたが、逆に言えばディン以外の飛行可能MSは未だ開発されるに至ることは出来ていない。

 

 地上用のMSとして、《ザゥート》に《バクゥ》《ラゴゥ》などを開発し、水中用でも《ゾノ》や《グーン》など新型機を投入し続けることで、コーディネイターが持つ技術力の高さによってナチュラルたちとの能力差を戦略的優位に直結させてきたザフト軍にとって、ただ一つ開発と進歩が遅れている戦場がドッグファイトのための飛行用MS開発競争だったと言っても良い。

 

 トノムラが敵機の存在に気付くのが遅れたのも、この前提あってのものであり、ザフト軍に未知の新型飛行可能MSが現れたとしても急速すぎる発展はなく、既存の機体の発展系に収まる範囲の変化しかないだろうと高をくくっていたのである。

 そんな彼にとって、ディンの三倍近い巨体と、二倍以上の速度で以て急速にアークエンジェルへ向かって飛来してくる謎の新型機と思しき飛行物体は脅威でしかなく、操舵士を担当していたアーノルド・ノイマン少尉も船の舵を切りながら悲鳴のような叫び声を上げるのがやっとだった。

 

「くそッ! 躱しきれないか・・・っ」

「敵機接近、来ま―――ひぇぇッッ!?」

 

 艦橋の全面に張られたガラスの目の前まで迫ってきていた奇妙な形状をした大型戦闘機の姿に度肝を抜かれ、カズイ・バスカークが怯えた声で悲鳴と共に席を立って逃げだそうとした瞬間に、

 

 ――グォンッ!!

 

 敵戦闘機は、正面衝突すると思われた瞬間に機体を急速に上昇させ、アークエンジェルの直上に上がると、そこで驚くべき変化を遂げる。

 

「――っ!! あ、あれはまさか・・・モビルスーツ!?」

「せ、戦闘機がMSに変形をしただと!?」

 

 モニターで図示できるほどの距離まで近づいてから艦の上方で姿形を変えた巨大戦闘機と思われていた飛行物体は、両肩が異様に膨らんだ形状を持った大型モビルスーツの姿に変形したのである!

 

 《PMXー000 メッサーラ》

 

 コズミック・イラの技術を用いてシロッコの知識と天才性によって再現された、原作では存在しないゲーム版だけの設定である地球上での運用を可能にしたパプテマス・シロッコ初のハンドメイドMS。

 

 宇宙世紀とコズミック・イラ、二つの異なる歴史を歩んだ地球の技術があわさり合った世界初の存在が今、再びアークエンジェルへと急速降下して迫り繰り、その頭上からブリッジの屋上へと落下音ととに着陸してきたのである。

 

 ―――ドゴォンッ!!

 

「きゃあ!?」

「う、うわぁっ!?」

 

 大きく揺れ動かされた艦橋内でクルー達は手近なものに必死に掴まり、転倒を免れた中。

 装甲と装甲を接触させ合うことで振動により通信を届かせる、『お肌の触れ合い回線』を用いた若い男の声が、アークエンジェルの艦橋内に静かに響き渡る。

 

 

『私は、ザフト軍のパプティマス・シロッコ副隊長。

 貴官らが定義するところの・・・・・・フフッ、“敵”だ』

 

 

 どこかしら嘲弄を含んだような男の忍び笑いが、声と共に彼らの耳朶を叩く。

 シロッコと名乗ったザフト軍人は、相手の戸惑いに頓着する素振りすら見せずに、自らの要求のみを一方的にマリューたちへと通達してきたのだ。

 

『私の機体は、艦橋の頭上に着陸した。

 そちらが攻撃を辞め、停戦を受け入れない場合は、貴艦を全面破壊する。

 問答無用で核を発射し、不利とみれば民間人を人質にすることも躊躇わない貴官らの行動は、国際法を遵守する意思も能力もなきものと見なさざるを得ない以上、交渉の余地はない。

 即刻の行動によって、要求への返答として頂きたい』

 

 有無を言わさぬ要求。

 交渉の余地はなく、受け入れるか否かの二者択一だけがアークエンジェル側に与えられた選べる道であった。

 

「・・・フラガ少佐の機体と、ストライクの位置は?」

「かなり離されてますね・・・もっとも今この状況下で援護のため撃たれでもしたら、私たちの方が危なくなるだけで終わるでしょうが・・・」

「くっ、あと少しのところで・・・」

 

 悔しそうに歯がみするナタル中尉であったが、ノイマン少尉の言葉が正しいことを認めざるを得ない状況でもあった。

 なにしろシロッコと名乗るザフト軍人は、降伏も投降も呼びかけておらず、ただ停戦のみを求めているだけなのだ。

 それは必ずしも、アークエンジェルを生かしておく必要がないことを意味するものでもある。仮にフラガが撃つか、自分たちが艦を上下逆さまにして振り落とそうとすれば即座にブリッジだけでも爆破してくるだろう。

 

 それを示すかのように、相手から再びの、そして最後の警告がブリッジ内全員に聞こえるよう響いてくる。

 

『断っておくが、これは貴艦に対して私個人からの慈悲であると受け取って欲しい。

 貴艦の搭乗員には、ヘリオポリスからの難民も現地徴用兵として強制的に徴兵されていると部下から報告を受けている。

 中立国の民間人すら巻き込む連合の暴挙は許しがたいが、私自身はオーブと敵対するのは得策ではないと考えているからだ。

 だが先日、プラント評議会議長に就任されたパトリック・ザラ議長までもが私と同意見とは限らない。これは最終勧告である! 停戦せよッ!!』

 

「えっ! パトリック・ザラですって!?」

「プラント国防委員長・・・っ、対連合主戦派のタカ派だ。議長になってたのか・・・」

 

 長い逃亡生活の中で政治事情、とくに敵国プラントの内情など知る由もなくなっていたアークエンジェル内のクルー達は、今までの穏健派だったシーゲル・クライン議長から主戦派のパトリック・ザラに政権交代が成されたという情報を今ここで初めて、敵の口から聞かされて決断を迫られていた。

 とはいえ、事ここに至って選択肢などどこにもない。連邦のジオン残党討伐部隊を相手に十分な戦争準備を整えて挑むことが出来た反政府運動とは立場が違う。

 

「停戦信号を発射してちょうだい。それとノイマン、念のためアークエンジェルの艦上に白旗を掲げさせるよう伝達して」

「艦長っ! 何もそこまで・・・っ」

「しょうがないでしょう!? アラスカの目の前まできた今、ストライクだけじゃなく、アークエンジェルも沈めさせる訳にはいかないんだからっ!」

「くっ・・・・・・わ、分かりました。停戦信号発射だ!! 急げっ!!」

「ハッ!」

 

 自軍の艦長のあまりに屈辱的な対応を聞かされた瞬間、ナタルは発作的に上官へと詰め寄ってしまいかけるが、それを睨み付けるように見返されながら放たれた上官の言葉に反論を飲み込んで指示を下す声が装甲越しに聞こえてきたシロッコは、皮肉な形に唇を歪めていた。

 

「ナタル少尉・・・いや、中尉の性格は相変わらずのようだな。地球の重力に魂を引かれた人間たちの集団でしかない連合の理屈では、宇宙の民を率いていく事はできんというのに。

 あの女、好きになれそうもないな」

 

 メッサーラの慣熟飛行と初の実戦テストをも兼ねた任務の中で、シロッコはナタル・バジルールという人物について今の時点では知りようもない部分までもを含めた評価として酷評していた。

 

 ナタルは一見すると、必要とあれば非情な策もとれる冷徹さを持ったリアリズムに徹する軍人に見えるが、それはあくまで『敵に対して』のみ適用可能になる判断基準でしかなく、味方に対しては詰めも対応も判断基準も大いに身内贔屓をした甘すぎる対応しかすることのできない、連合という看板なしでは何も出来ない軍人の典型でしかないのである。

 

 シロッコはナタルの発言を聞いた瞬間、記憶の中から浮かび上がった光景を被せ見て、そう思っていた。

 

 ・・・・・・軍事的な有効性を認めながらも、見た目に拘って特例を認めさせたグレミー軍のラカン・ダカラン。

 決して無能な男でも弱いパイロットでもなく、裏切りという非情手段を執ることもできる有能な指揮官でありながら、実質よりも見た目の体裁を優先する部分などが彼ら二名が同種の人間であることを物語っていた。

 

「戦いは、力だけで勝つことは出来んよ。その必要性を感じながら動けなかったからこそ、貴様はアズラエル如きの木偶に成り下がる道を選ぶことしかできなかった。

 所詮、リアリストのなり損ないは粛正される運命にしかなれんのだ」

 

 

 

 

 

 シロッコの乱入によって、前線で敵と斬り合うキラたちの与り知らぬ内に合意が成立されてしまった停戦発効だったが、それに最も激しく反応を示したのは窮地を救われたはずのアスラン・ザラだったのは本人の性格的に妥当でもあり皮肉でもある結果となってしまっていた。

 

「戦闘中止・・・・・・? バカなッッ!!」

『アークエンジェルに白旗が・・・っ、どういう事なんだ!?』

 

 突然の事態急変に驚愕して、戸惑うことしか出来ない親友同士にして敵同士でもある二人の少年たち。

 

 そこに割って入ったのは、位置的にも距離的にも、そして・・・・・・歴史の修正力においてさえ、“彼”以外に適任はいるまい。

 

『アスラン! 停戦信号です! 足つきが一時停戦を求めてきたんですっ』

「ニコルか!? それは一体どういう事なんだ! 奴らは勝っていたじゃないかっ!!」

『シロッコ副隊長です! 先ほどボクのもとへ通信が届きましたっ。副隊長がイージスに敵の注意が向いている隙を突いて足つきに奇襲をかけて停戦を受け入れさせることに成功したようなんです』

「・・・シロッコ副隊長が・・・」

 

 機体の片腕を失いながらも、死すべき運命を永らえる幸運に恵まれた僚友ニコル・アマルフィから告げられた事実によって、アスランは自分たちが窮地を救われたことを知る。

 それは本来、命拾いした事への安堵と、部下の窮地を救いに来てくれた上官への感謝でもって報いるべきシチュエーションだったと言えるだろう。

 

 だが――人類の新たな形ニュータイプの少年がそうだったのと同じように、遺伝子改造されたコーディネイターの少年にも、時として正しい判断より小っぽけな感傷を優先したい心情に駆られる事がある。

 

 

「シロッコ副隊長・・・ストライクは俺たちに任せて、自分だけ良い子になろうというつもりですか!?」

 

 激しく表情を怒りに歪めながら、いつになく口汚く罵るアスラン。

 彼自身、驚くほどの怒りに駆られていて、その理由が判然としないこともあり、持て余した激情をコントロール出来ずに苛立っていたのだ。

 

『どちらにしろ、その機体の状態で戦闘続行は無理です! 今は停戦を受け入れ、一時撤退をッ!』

「くぅ・・・!!」

 

 歯がみして、コントロールスティックを強く握りしめるアスラン。

 見ると、一度は海中へと落下させられ戦線離脱させられていたイザークの《デュエル》とディアッカの《バスター》も機体を大ジャンプさせて海上へと強引に舞い戻ってきて戦線復帰し、ストライクに向け援護射撃を放ってくれていたようだったが、停戦を要請させられた足つき側にとって戦闘続行は無意味化した後であり、帰投指示を下されたらしいストライクが援護射撃を受けながらも足つきへ向かって機体を跳躍させ、搭載MSを回収した敵艦が高度を上げ始めていく。

 

 アークエンジェルは、現時点では唯一の大気圏内で飛行能力を有する巨大戦艦である。

 《グゥル》を全機損失し、宇宙と違って地べたを這いずりながら戦うしかないMSしか持たないアスランたちザラ隊には、こうなってしまうと文字通り手も足も出ない。

 伸ばしたところで、届く距離に敵はいなくなりつつあったのだ。アスランがどれほど悔しがり、憎悪の瞳で睨み付けようとも・・・・・・頭上から自分たちを見下ろす巨大飛行物体には何の影響も与えることなど出来はしないのだから・・・・・・。

 

「・・・くそッ!! 撤退する!!」

 

 そう言って、イザーク、ディアッカ、ニコルを連れて島の外縁部から海中へと姿を没して逃走に移った4機のMSたち。

 

 それを見届けた後、シロッコも足つきの艦橋上部に押し当てていたグレネードランチャー装備の右手を退かし、機体を軽く飛び上がらせてからMA形態へと変形させ、部下たちの後を追うように撤退していく。

 

『――敵の新型、反応ロストしました。完全にレーダーの範囲外まで飛び去ってしまったみたいです・・・』

『おうおう、いい引き際だねぇ・・・。どうせ俺たちは締まらない引き立て役だったけどねぇ』

 

 トールからの報告に、フラガ少佐が彼特有の皮肉なユーモアセンスを持って応じている声がキラにも聞こえたが、付き合おうという気も、笑おうという気にも今はなれそうもなかったため沈黙を貫くしかなかった。

 

 ――疲れた。ただただ疲れていた。心も体も心身共にボロボロになる寸前だった。

 今はただ、ベッドに入って休みたい。温もりが欲しい、癒やされたい・・・・・・そんな想いばかりが頭の中に沸いては消えるのを繰り返すしかなくなる程に・・・・・・全力を出し切ったキラ・ヤマトは疲れ切っていたのだから・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・だが、圧勝とまではいかずとも、取りあえずの目的である連合本部への到着を阻止せんと企図したザラ隊の撃退には成功し、一路アラスカへの航海を進んでいく『判定勝利者』とでも呼ぶべきアークエンジェルには、まだしも自分たちの戦果を自嘲気味に皮肉る精神的余裕があったのに対し。

 

 足つきの撃沈とストライク撃墜のため待ち伏せして一方的に打ち負かされ、シロッコ一人に名をなさしめただけで終わった、良いところなしのザラ隊の誇りとプライドは救いようがないほどに深く傷つけられ、やり場のない感情に若い少年たちの心と激情は復讐戦を望まずにはいられなくさせていたのである。

 

 

「くそッ!!」

 

 ガンッ!という打撃音を響かせながらパイロットスーツを着たままのイザークが、力任せに壁を殴りつけていた。

 その横ではアスランとディアッカも着替えをしていたが、僚友の凶荒を止めようとする様子はなく、黙りこくったまま黙々と赤い制服への着替えを続けている。

 

 ザフト軍のエースであることを示す、赤い色の軍服を―――

 

「くそッ! くそッ・・・・・・くっそォォォッ!!」

 

 壁だけでは足りず、周囲のものにまで当たり散らし始めたイザークは、ロッカーまでもを蹴りつけて、はずみで開かれた扉の中に吊り下げられた赤い制服が覗いた瞬間。

 大きく目を見開いて動きを止め、次いで憎々しげに「くそッ!」と最後の呟きを発して、激情を抑えることになんとか成功することが出来たようだった。

 

 ・・・・・・シロッコの介入と機転によって、無事に母艦である潜水艦《クストー》まで帰投できたアスランたちザラ隊であったが・・・・・・その姿は見るも無惨な敗残兵そのものの醜態を晒していた。

 

 損傷部分こそブリッツの右腕一本を失っただけであり、残る3機の《G》は簡単な補修とエネルギーさえ補充しなおせば再度の出撃が可能な程度と比較的軽微と言っていいレベル。

 攻撃時に使用した飛行用サブユニット《グゥル》の全機撃墜も痛いと言えば痛いが・・・・・・補給物資の追加要求で済ませられる範囲の問題ではある。

 

 だが彼らが問題視しているのは、『自分たちが負わされた傷が浅かったこと』ではなく。

 敵に対して、かすり傷一つ与えただけで逃げることしかできず、『生き延びてきただけのエース』という名前倒れとなってしまった、今の自分たちの為体にあったのだから――

 

「なぜアイツに勝てない!? なぜ俺たちはアイツらなんかに勝てなかった!!」

 

 時間の経過と共に、沸々と湧き上がり続けてくる悔しさと屈辱の感情に耐えきれなくなったイザークが、アスランに詰め寄り喚き散らす。

 現在、唯一機体を損傷していたニコルは念のため医務室で診察と治療を受けさせられている。

 医師の話では、せいぜい捻挫ぐらいの傷を負っているだけとの事だったが、敵は“捻挫ぐらいの傷さえ”負っているとは彼らには到底思うことができない。

 

 

 本来の歴史であれば、戦死したニコルに対する哀惜の念と、彼を殺した敵への憎しみと怒りへと転化されていたはずの激情は、全員が無事に生きて“逃げ戻ってこられた事”により敗北を味わう時間を十分に与えられてしまったことが、若く優秀な彼らのプライドを弥が上にも深く傷つけられずにはいられなくなっていたのである。

 

「こんな所まできて、なぜ俺たちはアイツに勝てないんだ! ええ!?」

「言いたきゃ言えばいいだろう!?」

 

 先ほどまで静かな無表情を讃えていたアスランの表情が憤怒に歪み、煮えたぎった激情を押さえつけようとした鉄面皮が破れかかって、イザークが一瞬呆気にとられるほどの怒気を発させながら睨み付ける

 

「俺のせいだと! 隊長を任された俺の作戦指揮がマズかったから、俺たちザラ隊は負けたんだと! 言いたきゃ言えばいいだろう!?」

 

 叫び声を上げることで激情をものに当たらないよう、必死に抑制しているアスランだが、実のところ今回の一件で特に複雑な心理を抱え込む羽目になってしまったのは彼だった。

 戦闘中は気づかなかったか、あるいは戦いに集中することにより気付かなくて済んでいた感情を今の彼を、敗北をゆっくりと噛みしめる時間と強制的に向き合わされていたのだ。

 

 アスランにとってキラは、『弟』のような存在だと認識されていた。ほんのわずかでも早く生まれた自分の方が『守ってやるべき弟』として、子供時代のアスランはキラを見ていた。

 それはヘリオポリス襲撃の際に再会した時も変わっておらず、『騙されやすい純粋な弟』を『卑劣な誘拐犯ども』から救出するつもりで強制的に『兄が守れる場所』まで来させようとした経験もある。

 

 だが今、その『弟』は兄であった自分よりも遙か上の高見に立ちつつあるのだ。

 兄である自分がプライドに拘り、ビームサーベルで斬りかかってきたのを、まるで子供のワガママを正すかのように拳で殴っただけで尻餅をつかされた。 

 

 シロッコの介入と停戦要求がなければ、恐らく自分は機体ごと身体を超高熱の刃で蒸発されていたか、あるいは助けに入ろうとしていたらしいニコルが身代わりの犠牲となって自分だけは助かり逃げおおせた末に、今この場でイザークと口論していたはず・・・・・・それがアスランには分かる。分かってしまう。

 それは彼自身が、MSパイロットとしては極めて高い技量の域に至りつつある証明であったが、今の彼がそれを喜べる心境になかったことは言うまでもない。

 

 

 ―――悔しかったッ。

 今まで下だと思っていた相手に上回られた自分が、どうしようもなく悔しくて悔しくて仕方なかった!!

 

 そんな心理に陥っていた彼らだったが故に、シロッコから言い渡された命令には驚愕より激怒で応じたのは必然の結果だったのかもしれない。

 

「なんですって!? ここまで来て俺たちに撤退しろと仰るのですか!」

「そうだ。君たちにはパナマへの攻撃に参加してもらうため、急いで北上してもらいたい。大至急にな」

 

 冷徹な声音で、乗馬用の鞭を指揮棒代わりに振るいながら臨時編成されたザラ隊への原隊復帰と、主力攻撃軍への編入とを同時に申し渡してきた上官の発言に対して、イザークのみならずアスランやディアッカ、ニコルでさえも承服しかねる思いを露わにした。

 

「納得できません! アレは我々の獲物です! シロッコ副隊長も一度はそれをお認めになったはず! それを今更・・・・・・」

「それも道理だ。今回の敗北を喫する前までなら、イザークの意見に私も賛成だったろう。

 だが、状況が変わった。君たち4人が総掛かりで挑みながら、たった一機の《G》を相手に1機が損傷し、3機が撃退されたほどの強敵とあってはな。

 部下の生命に対する責任を有する副隊長として、部下を無駄死にするかもしれん戦場にこれ以上留まることは許可できない。そういうことだ」

 

 サラリと公式的かつ表向きな理由説明によってイザークからの非難に応じたシロッコだったが、それだけで彼らが退くのなら今までの苦労は最初から存在していなかった事だろう。

 

「今回の戦いでは、敵が始めてみる兵器を使ってきたことが大きな敗因です! 敵の手が晒されたからには、もはや恐れるほどのものではありません!」

「だとしてもだ。《グゥル》を4機も失い、《ブリッツ》は補充部品の入手が難しく、整備班が言うには機体の修復はオペレーション・スピットブレイク開始に間に合わんそうだ。

 パナマへの総攻撃を行おうというこの時期に、これ以上の補給物資を要請することは難しい。潮時だよ」

 

 現実の戦局と戦略状況をもちだされ、イザークとしては反論の言葉を一端は引っ込ませざるを得なくされる。

 なにしろ先日、その件でアスランに対して詰め寄ったばかりなのが彼自身なのだ。口実という側面も強かったとは言え、その言葉に理があると思えばこそ口実としての利用価値である。相手の言い分が理屈の上で正しいことぐらいは流石の彼にも納得せざるを得ない。

 

 無論、シロッコとしては自分がその場にいなかった場面で相手が語っていた言葉を、『キャラクターの語ったセリフ』として知っていたからこそ、口実として使っただけでしかなかったが・・・・・・裏の事情を知る由もない相手に対しては、それで十分だった。

 

「・・・・・・哀れみでしょうか?」

 

 今度はアスランが、いつになく低い声音でシロッコの本当の目的について質してきた。

 格下の弟だと思っていたキラへの敗北感、劣等感、指揮官としての自責の念。

 更には結局、命を助けられる形となってしまったシロッコに対する複雑な感情が混ざり合い、彼にとっても言い過ぎだと自覚できる言葉を言わせてしまっていたようだった。

 

 彼の背後で、ギョッとしたように普段は礼儀正しい僚友の後頭部を見つめるニコルの姿を眺め見ながら、少年の若きプライドと傷つけられた自尊心とを秤にかけて、シロッコとして生まれ変わった存在はシロッコらしく、本心を素顔の仮面に隠して役割を演じるため舞台に上がる。

 

「そんなつもりで君たちを呼び出し、こんな事を伝えた訳ではない。

 私個人としてはただ、気落ちするなと言いたかっただけだ。だが・・・・・・できれば私やクルーゼの立場というものも考えられるようになって欲しいとは思う」

「隊長たちの立場・・・・・・ですか?」

 

 その言葉はアスランたちにとっても、確かに意表を突くものではあったらしく、言われた当人だけでなく感情に駆られていた残りの3人までもをキョトンとした表情を浮かべさせ、冷静さを僅かに取り戻させる効果があったようである。無論、一時的なものでしかないのは解りきっている事だったが。

 

「そう、立場だ。・・・国を思って自主志願した諸君らには言いにくいことではあるが、政府閣僚のご子息たちを戦死させた司令官という立場は、前線の雇われ軍人として余り居心地のいい場所ではないのだよ」

 

 その言葉は“狙い通り”、アスランたちの精神を激高させた。

 当然の反応だと言えるだろう。彼らとしては今更になって、親や家の都合で自分たちの動きを掣肘されるなど不愉快であり理不尽以外の何者でもなかったのだから。

 

「納得できません! 軍においては家柄や身分に依らず、能力のみを評価すべきであることはザフト軍にとっての大前提です! そして事実、今までは自分たちはそのように扱われてきました! 赤服とクルーゼ隊への配属は実力と実績によって勝ち取ったものです! それを今更・・・・・・ッ!!」

「君の言うことも尤もだがね、イザーク。

 ・・・・・・だが、建前は建前として守られていたとしても、国家や軍隊といった組織というものは建前を建前として守っただけの個人に対しては、あまり建前通りには対応してくれないものさ。今の君たちなら解るだろう?

 オーブ、連合。そして我々ザフト軍とて例外ではないさ」

『それは・・・・・・』

 

 上官の発言に対して一斉に目を背け、後ろめたそうな表情を浮かべる部下たちを冷たい瞳で見下ろすシロッコ。

 先日までならアスランたちには通じにくい論法だったかもしれないが、今の彼らにはやや負い目があったからだ。

 

 ――中立国オーブ国内へ、身分を偽り密入国していた件がそれである。

 

 正規の手順に従い、足つきに関してオーブへの圧力をかけるようジブラルタルに要請はしたものの、その後に続く行動は完全に彼らの独断専行によって行われた、外交問題に発展しかねない暴挙ではあったのだ。

 

 バレなければ良い、というのは法的に見ても正しく妥当で、オーブには中立という立場を利用した条約違反の前科もある相手国だ。

 だが、そもそもアスランたちは『正体を隠して、身分を偽り、密かに密入国』を果たしている。まるで泥棒かスパイのようにコソコソと。

 

 流石にこの状態で、非は相手国だけにあり、自分たちには後ろ暗いところは何もないと言い切れるほど面の皮の厚い年齢に彼らはまだ至っていなかった。

 

 また、その話をシロッコが知っていると思しき口調と論法で言われたことも、彼らの心に忸怩たるものをもたらしてはいた。

 ジブラルタルにも知らせず、密かに行っていた作戦だったが・・・・・・どこからか秘密が漏れてしまい、シロッコやクルーゼに上からの圧力がかけられたという可能性は否定できない。だからこそ、こうしてシロッコ直々に自分たちを迎えに来た。と考える方がタイミングの良すぎる援軍の到着の理由付けにもなる。

 

 だが、言うまでもなく彼らのそれは邪推であり、自分たちに後ろめたい部分があるからこそ感じてしまった、相手の曖昧な発言から深読みしすぎた勘ぐりに過ぎぬものだったのが公式的な事実である。

 

 シロッコは原作知識あり転生者として、原作知識によるアドバンテージを利用した演技をしただけであり、相手がそれを見てどう解釈するかは相手たち自身の問題でしかなかったのだ。

 

 自分の言動に対して周囲が抱いているイメージを最大限に利用し、相手が求める役柄を演じ抜くことで相手の中の自分のイメージを肯定してやり、相手自身の行動を自主的に操るのがシロッコの芝居じみた本領だった。

 彼はパプティマス・シロッコを演じたがった者として、パプティマス・シロッコらしい役割を演じて見せただけでしかない。コズミック・イラの地球圏という舞台に立つ役者として・・・・・・。

 

「今だから話すが、オペレーション・スピットブレイクを前にして地上ザフト軍の戦力をかき集められている状況下で、地上用の支援ユニット《グゥル》の補給に要請された通りの数を揃えられた裏には、そういう事情も関係してはいたのだよ。

 先の選挙で新政権が発足したばかりと言うこともある。その辺りを配慮せざるを得ない私やクルーゼの事情というものを解ってほしい、アスラン。――いや」

 

 

「パトリック・ザラ新評議会議長のご子息、アスラン・ザラ君」

 

 

 ・・・・・・その言葉を言われた瞬間。

 アスランは自分がどんな表情で受け止めたのか、自分自身では正しく自覚することが恐らく出来ていなかったことだろう。

 あるいは自覚していたかも知れない。だが、自覚したと自分で思っていたものと現実との間には大きな隔たりがあった上での自覚が限界だった。

 

 彼は自分の行動を、自分の意思で選んでいるつもりだった。

 父の期待に応えようと思ってはいたし、かつては優しく良い父親だった母が生きていた頃に戻ってほしいと期待していたのも事実であったが・・・・・・それでもキラに関する行動においては父の方針に背くことの方が多かったと理解した上で動いてきた。そのはずだった。

 

 ・・・・・・だが所詮、自分の行動は父親あってのものだったのかもしれない。

 自分の自由も、得られたスキルも、通えた学校も、得られた知識も、技術も、全て。

 

 父親の地位によって与えられてもらえたモノでしかなかったのではないか?

 “弟”のキラが足つきに乗り込み、自分たちと戦いながら急速に成長していったのとは真逆に。

 素人同然の腕しか持っていなかった当初の頃からは比べようもないほどの高見へと駆け上り、ザフト軍士官学校ではイザークを押さえて主席だった自分をも上回って、今では子供をあしらうかのように“兄”である自分のことを殴り飛ばすほどに――――ッッ

 

「~~~~ッッ」

 

 その瞬間アスランは、極端なまでに理不尽な理由で沸騰した精神を、生まれて初めて実感させられていた。

 怒れる拳を強く握り、慟哭を空の彼方に届けと叫びたい衝動に駆られ―――それでもギリギリのところで自制できたのは、“この後”に続く行動を彼の頭の中で決めてしまった後だったからかもしれなかった。

 

「・・・・・・了解しました、シロッコ副隊長。命令を受諾します。それから、お気遣いと配慮に感謝いたします」

「ほう? 殊勝だな」

「ですが、パナマを攻める本隊と合流するまでの間だけでも、足つきを追跡することをご許可いただきたいのです。

 足つきは連合司令部のあるアラスカへと向かっていますが、我が軍からの総攻撃を前にして急遽パナマへの援軍に向かうよう指令が届く可能性もあります。

 我々を退け続けた戦力は軽視できません。せめて北回帰線を越えて、目的地がJOSH-Aと確定するまでは監視を外すべきではないと考えますが・・・」

「ふむ。一理あるな、よかろう。

 もしそれまでに足つきがパナマへと転身する気配を見せた時には、足止めを第一目標としたものではあるが、君たちに今一度の出撃と復讐戦を許可しよう」

 

 そう言って、アスランから“引き出した提案”を許可するという体裁を取り繕うことで、修正が加えられていくコズミック・イラの異なる歴史。

 

「ただし、仮にそうなったときでもニコルは残れ。君にはパナマ到着までは待機を命じる」

「そんな! ボクだってまだ戦えます! たとえブリッツがなくてもディンで支援ぐらいなら・・・・・・」

「ほお? 君は4機がかりで1機に挑んで勝てなかった相手に、ブリッツより性能の劣るディンを使えば勝つことができると言うのかね?

 フェイズシフト装甲があってさえ墜され掛かったストライクの攻撃を、君はディンで回避しきれると、自信を持って断言することができるか? ニコル」

「・・・・・・いいえ」

「それでは、性能の劣る仲間を気遣い、互いの気が削がれる。今回は待機していろ」

「・・・・・・はい。分かりました・・・」

「私としても、あの心優しいアマルフィ議員に君の楽譜を届けるような役をやりたくはないのだ。すまんな」

 

 両親のことを持ち出されては、ニコルとしてもアスランたちとしても彼まで連れ出す訳にはいかない。

 

 

 ―――これで全ての準備は整え終えた。

 後は、刻を待つだけである―――。

 

 

 

 

「・・・・・・これだけお膳立てをしてやれば、後は歴史の修正力とやらが辻褄合わせを測るはずだ。歴史の手並みを拝見させてもらうとするさ」

 

 部下たちを退かせ、一人きりになった仮の私室でシロッコは笑みを零していた。

 でなければ実のところ困るのだ。アスランは、ニコルが殺されなかったことでキラに対しての憎しみを殺意にまで至らせる理由を欠いており、あのままではSEED化が覚醒するのか否かが不確定要素でありすぎている。

 

 それでは今後の展開が原作から離れすぎてしまう恐れが存在していた。

 キラにもアスランにも、ある程度までは原作通りに動いてもらい、連合とザフト双方の思惑を阻み続ける、混沌の源として機能できるだけの力を持ってもらわなければ彼の計画に支障をきたすことにもなりかねない。

 

 

 宇宙世紀のパプテマス・シロッコと同様、コスズミック・イラに生まれ変わったパプティマス・シロッコもまた連合ザフトどちらの勝利で戦争が終わることも望んでいなかった。

 正確には、ブルーコスモス思想に汚染されたバスク・オムのような地球連合軍と、パトリック・ザラ率いるコーディネイター優良人種説とでも呼ぶべき思想を奉ずるギレン・ザビの尻尾どもに勝たせる気がないのである。

 

 シーゲルは、まだいい。

 ウズミも平時においてなら、仕える主に選んでやっても良い程度には統治者として如才ない器を有している。

 少なくとも、同時代の他の政治家たちより遙かにマシな国家元首であることだけは間違いようのない事実だろう。

 

 だが、今のような動乱期を生き抜ける才覚を持ち合わせた有事の人材とは呼べない。

 地球連合はどうとでもなる。だが、宇宙の民であるコーディネイターと地球の人々との間に穿たれた心理的亀裂を内包した地球圏を導いていくためには、それを行える天才が、それに相応しい宇宙の力を手にできる状況が必要なのである。

 

 

「SEED化にしろ、キラ・ヤマトとラクス・クラインの出会いにしろ偶然とはいえ、あのようなものが出てくるのにも、起こるにも理由がある。

 それは時代の流れを示すものかも知れないのだ。そんなものに逆らっても戦には勝てん。

 時の運は、まだ私に味方する方へと動く時期に達していない。その為にも今はまだ、時代の流れに乗ってやるとしよう。最終的に勝つために」

 

 

 それこそがパプテマス・シロッコらしい生き方だと確信して、彼はシロッコとして生まれ変わる道を選んだのだから。

 そうでなければ、一度は地上を離れた自分の魂が、パプティマス・シロッコとして異なる地球圏の世界に還ってきた意味がない―――。

 

 

 

 

 シロッコがそう考え、そう決断を下した翌日の早朝。

 アークエンジェルのクルーたちに戦闘の後、一つの報告だけがもたらされる。

 

 

 

 ―――キラ・ヤマト少尉、未帰還。

 

 

 

 ・・・・・・という一文だけが、彼らにもたらされた戦闘の結果であり、同じ報告を聞かされた対極の所属にたつ船の中で一人の男が示した反応と、奇しくも真逆の光景が互いの艦内で現出されていた事実を知る者は両軍共に誰一人いなかった。

 

 両軍共に完全な味方とは思っていない、ただ一人の男を除いて誰一人として・・・・・・。

 

 

 

つづく




*今話の文章中では「パプテマス」と「パプティマス」を敢えて別けて使用しております。

アニメ版:「パプテマス」
近藤マンガ版:「パプティマス」

複数の作品で違う部分を持つキャラクターを、一人の別人が演じているという意味での演出と解釈していただければ助かります。


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第17話

久々過ぎる更新になってしまいました、申し訳ございません。
一度は書けてたんですけど、内容が気に食わずに結局は大幅な書き直しで時間を食ってしまいましたよ…。
もう少し思い切りよくならないと最近、時間的にキツイ時代ですねぇ…。


 

 赤色灯のみに照らされた薄暗い艦橋にあるモニター中央に、最後まで残っていた機体状況を伝える表示が切り替わり、変わって別の文字が画面上に浮かび上がる。

 

【SIGNAL LOST】

 

「・・・・・・え?」

 

 その表示を見たニコル・アマルフィは呆けたような声を上げながら、思わずポカンとした表情を晒してしまう。

 同じ内容のものに一足早く切り替わっていた《バスター》の状態を表す表示の下に、つい今し方まで記されていた《イージス》の反応も消え、全く同じ文章だけが無味乾燥に彼の眼前に突きつけられていた。

 

 ピ―――という、危険を伝える耳障りな音が響くのを、今だけは気にならずに画面上に示された文字だけを凝視し続け、ザフト軍潜水艦《クストー》の管制官が抑制された声音でおこなっている呼びかけも鼓膜を虚しく響く。

 

「――ザラ隊長、エルスマン機、聞こえますか? 応答してください。ザラ隊長、エルスマン機、聞こえていたら応答を――」

「《バスター》と《イージス》、および先ほどの爆発が確認された地点は?」

 

 ニコルの隣でモニターを見つめていた艦長が無言のまま、その傍らに立つ副長がCICに確認を取る。

 帰投を命じられていたザラ隊が、アラスカに向かう途中のアークエンジェルを運良く発見して最後の攻撃を仕掛け、その戦闘が惨憺たる結果に終わった直後での出来事だった。

 

 海上では少し前から雨が降り出したらしく、浮上すれば嵐に揺れる海が見えたかもしれない。

 だが海底は至って穏やかなままで、地上での激闘が行われた後だという事すら忘れそうになってしまうほど平穏そのもの。

 

 そう。・・・その戦闘で失われた命が、数字としてのみ表示され、そこに違和感を感じなくなってしまうほど穏やかに。

 閉ざされた狭い空間内から見上げるだけの、画面の向こう側で行われていた戦争だけを見つめるオーブ国民たちと同じように、ただ冷静に、適切に、手順と戦況に則って正しく対応することだけが自分たちの仕事だと割り切った上で―――。

 

「2時方向の小島です。それとオズマン隊長から通信、援軍に来たとのこと。戦闘空域到着予定は17分後と言ってきております」

「フン! 危険な相手を我々に押しつけ、安全になったと思った途端に美味しいところだけ掻っ攫いに来たか! オズマンのハイエナが!」

「――あ、待ってください。今足つきから発信された通信を傍受しました。

 “・・・人・・・救助を求む・・・島の位置は・・・”雨と荒波で正確には分かりませんが、どうやらオーブに救難信号を送っているようです」

「・・・なるほど、そういう事か。よし、面舵いっぱい。本艦はこれより、この海域より離脱する」

「えっ!?」

 

 艦長の決定と命令を聞かされたニコルは、信じられない思いで振り返ると、悲痛な表情で命令の変更を訴えかけた。

 

「そんな・・・! せめて、あと5分――いえ、2分だけでもアスランたちの帰還を待ってください!」

「君には悪いが、この状況となっては不可能だ。“君たちの隊”が全滅させられたことで、我が艦には戦力らしい戦力が残っていない。オーブ軍まで動き出す危険性が出てきた今、これ以上この海域に留まるのは自殺行為なのだよ。理解してほしい」

「そん・・・な・・・・・・」

 

 相手に肩を落とさせ引き下がらせた、気遣うような表情を見せる艦長の言葉を聞かされて、俯いたニコルには見えない位置で副長は唇を皮肉な形に曲げていた。

 

 艦長が言った綺麗事が、自分の任された潜水艦を傷つけられたくないという小心者な理由を含んでのものであることを彼は知っていたのだ。

 そんな状況でニコルは黙り込み、沈黙が戻ってきた潜水艦はしずしずと艦長の命令通りに進路を変えて帰還の途につこうとしていた。

 その瞬間に事だった。ハッチが開き、騒々しい荒ぶる少年が飛び込んできたのは。

 

「艦長! 艦が動いているが、状況はどうなっている!」

 

 イザーク・ジュールだった。足つきを補足後に仕掛けた戦闘中に敗退し、先に帰還していた彼は医務室で手当を受けたその足で艦橋まで直談判に赴いてきたらしく、頭には包帯を巻いて軍服の下からも消毒薬の匂いをプンプン匂わせながらの入室だった。

 

「アスランとディアッカは!? さっきの爆発は何だ!?」

「傷の方はもう良いようだね・・・。二人の方は不明だ、我々は当初の予定に従って帰投命令を実行している最中だよ」

「不明? 不明とはどういうことだ!?」

「詳しい状況はわからん。まずバスターとの交信が途切れ、やがて大きな爆発が確認された後、イージスとの交信も途切れた。

 そしてエマージェンシーは、どちらからも出ていない。足つきはオズマン隊が追撃している」

「そんなバカなッ!!」

 

 激しい剣幕で状況説明を否定し、艦長に向かって艦を戻すよう強い口調で要求する彼。

 二度手間であり、多少面倒ではあったがニコルに行ったものを今一度イザークに対しても語ってやらねばと艦長が内心で溜息をこぼしていた丁度その時。

 

 ザラ隊最後の男が現れる。

 ・・・・・・主役は最後に登場するものだとでも言うように、潜水艦の中さえ劇場として用いる男に生まれ変わった人物が――。

 

 

「状況はどうなっているか? 艦長」

「あ、ハッ! シロッコ副隊長・・・」

 

 薄い赤と黒で塗り分けられていた狭い空間に、白一色の軍服をまとった青年士官が入ってくると、副長他のブリッジクルーたちは即座に敬礼をして、艦長一人だけが複雑そうな表情を湛えながら反応が遅れ、ニコルがそれに倣い、イザークは敬礼すらしようとしない。

 

「左前方にプレッシャーを感じたのでな、情報が知りたくなった。・・・誰がやられたか?」

「はっ、あの・・・プレッシャーと言いますのは・・・?」

「口では説明しづらいが、感覚的なセンサーのようなものだと思ってもらっていい。

 私室にあるモニターを使って回線に割り込もうかとも思ったのだがな、艦長たちに嫌われたくはない。できれば口で説明を聞いておきたいな」

「ハッ! それでは僭越ながら小官が――」

 

 急に生き生きとした口調と態度で割り込んできた副長を、不愉快そうな視線で眺めてくる艦長を無視するように、副長は簡明にイザークたちに語った内容をシロッコに説明する。

 その様子を見ながら、ニコルはまだしもイザークの方は苛立ちを押さえることに苦慮し続けていた。

 

 彼としては相手が上官とは言え、当然の怒りだったからだ。

 この芝居がかった男は、足つきを捕捉して攻撃を仕掛ける際、自分たちだけで出撃させて、己一人潜水艦に残って高みの見物を決め込んでいたのである。

 

「君たちが望み求めた報復戦だ。君たちだけで果たすのが筋だろう」

 

 というのが、その理由だった。正論である。

 帰還命令の抜け穴を使ってでも、足つき撃破にこだわった自分たちの行動を鑑みれば、正しかったのは相手であって、自分たちの失態でしかないことぐらいは理解できる年齢だが、その結果としてアスランとディアッカの二人が未帰還という現状をもたらしている。

 感情を持つ人間として、不満や怒りを感じるのは当然のことだと、イザークは固く信じる己の思いを疑っていない。

 

「・・・ふむ、事態は見えてきたな。後は簡単だ。この艦は即刻カーペンタリアに帰投する」

「なっ!? 待ってください副隊長!!」

 

 そして、シロッコが下した命令に対して、他の誰より早く反応して強行に反対したのは、全員の予想通りイザークだった。

 

「今すぐ艦を戻すべきです!! あの二人がそう簡単にやられる訳がない! 伊達に赤を着ている訳じゃないのが俺たちクルーゼ隊なんですよ!?」

「分かっているさ、イザーク」

 

 だが吠えかけられた上官の方は、慣れた調子で泰然としたもの。

 まるで感情を剥き出しにして吠えるだけの子供でも相手にするかの如く、イザークの感傷を優先して現実を見ようとしたがらない意見を一蹴する。

 

「私とてアスランやディアッカがやられてたと思っている訳ではない。あの二人のことだ。仮に機体を失うことになろうと、自分だけは脱出して生き延びるぐらいの事はやってのける」

「だったら!!」

「まぁ聞け。彼らの生存は信じているが、機体の反応が消え、交信が途絶えているのも事実ではあるのだ。その一方で、エマージェンシーは出ていない。

 如何にストライクと足つきとはいえ、フェイズシフト装甲を持つ2機共が、この状態に陥るというのは些かおかしい」

「え・・・? あ、そう言えば・・・」

 

 言われて始めて気づき、イザークは愕然とした表情を晒していた。

 これはニコルも同様で、あまりに衝撃に脳が一時的な機能不全を起こしていたのか、自分の不明を後悔する色を顔に浮かべていた。

 だが他のクルーたちには今一ピンとこなかったらしく、不思議そうな顔をしたまま沈黙し続けていた。

 これは彼らとクルーゼ隊が保有しているモビルスーツに対する知識量と実体験の多さの違いがもたらした差でもあったのだ。

 

 基本的にフェイズシフト装甲を持つ機体が、敵の攻撃を受けてエマージェンシーを出す余裕もなく一撃だけで撃墜されてパイロットも戦死させられる、という状況はモビルスーツ戦においてはほとんどあり得ない。

 それをするにはビーム兵器の直撃が必要不可欠であり、フェイズシフトの防御性能はビーム兵器の斬撃だろうと一発でパイロットごと破壊するには、ソードストライカー装備時の《15.78メートル対艦刀シュペーゲル》で一刀両断するか、ランチャーストライカーの《320ミリ超高インパルス砲アグニ》をコクピットかメインエンジンどちらかに直撃させるより、現時点では他に手がない。

 

 どちらかならば不可能な話ではなく、現に前回の戦闘でもニコルがあのまま突貫していれば、そうなっていた可能性は極めて高い窮地に陥っていた。

 だが、その時でさえ側にはアスランが乗るイージスがおり、味方戦死の報は届くはずであった。

 片方ずつしか、エマージェンシーを出す余裕もなく一瞬にして殺すことなど出来ないはずのストライクを相手に、片方がやられたのを放置して戦闘を続け、残る片割れも脱出や救難信号を出すことなく同じ轍を踏まされる・・・・・・というのは流石に低確率すぎる偶然が味方しなければ不可能なように思われる。

 

 それぐらいなら、それぞれの場所で別々の敵と戦って敗れた――とする方が、まだ説得力が感じられる。

 二人はおそらく互いの敗北を互いに目撃することなく、互いに母艦に知らせることも撤退すらも出来ない内に敗退させられたのだ。

 

「とするならば、彼らが生きていると仮定した場合、足つきに察知されないため島内に隠れ潜んで潜伏しているか、足つきに降伏して捕虜となったかの、いずれかだろう。

 あるいは何らかの事故で機体が作動せず、島のどこかで漂流しているかもしれんがね。

 どちらにしろオーブ軍が動き出したというなら、我々だけで捜索活動をするより、彼らに探し出させた上で、返還してもらった方が手っ取り早く確実というものさ。

 “中立国の義務”としてね。ヘリオポリスでの貸しもある。ここらで纏めて返させてやるというのも悪くはあるまい?」

 

 ククク・・・と、含み笑いと共に言われた言葉にイザークは反射的に反発を感じた。

 上から目線で見下ろして、人を見下すことしかしない人間――そんな風に彼にはシロッコのことが見えるようになってきていたからだった。

 

「・・・・・・部下の命を、オーブという他国に貸す立場でおっしゃるんですか?」

 

 以前よりも更に目つきの悪くなった凶眼で、イザークは言い切っていた。

 自分たちだけで出撃させて、自分だけが安全な場所に隠れていたことを非難するための言葉だった。

 

 それにニコルは気づいて顔色を青くして、副長もまた表情を不快気に歪めて「生意気な坊や」を睨み付けるが声までは出さなかった。

 

 だが、どちらにしろシロッコにとっては大して気にするほどの問題でも無かったらしい。

 軽く笑って手を振りながら、シロッコとして生まれ変わる道を選んだ男は、シロッコらしい口調と態度で平然と―――正しいものの見方に基づく事実を告げるだけ。

 

 

 

「もし君たちだけを出撃させ、アスランとディアッカの未帰還という結果に終わったことで私を恨みに思うのなら筋違いだな、イザーク君。

 もし彼らを生きて帰したいと本気で願っていたのなら、“私が命じたオペレーション・スピットブレイクへの合流”に従っていれば済んだ話なのだから。

 あの戦闘は君たちが望んで選び、失敗した結果に過ぎず、私が命じた訳ではない」

 

 

 ――その言葉を言われた瞬間。

 イザークの顔色の激変ぶりは微速度撮影でも見るかのように鮮やかだった。

 

 言い負かされた事への怒り。言い返せない事への屈辱。敗北感、憎悪、プライドなど・・・様々な感情が内面から湧き上がってきて今にも噴火するように思われたがギリギリのところで自制できたのか、荒々しい歩調で艦橋を飛び出して自室へと戻っていく。

 途中で大きな音が響いてくるのが聞こえ、ニコルは思わずビクッとさせられたがシロッコは動じることなく、後を艦長に託して自室へと戻る道を選択していた。

 

 そして、誰の見る目のなくなった位置まで来た時、冷笑混じりの瞳で呟いていた。

 

 

 

「フフッ・・・まるで子供のようですらない。完全に子供の言い分というところかな、イザーク。

 どちらにしろ、これで舞台は整ったという訳だ」

 

 

 

 異なる地球の歴史を知る男にとって、イザークはジェリドと被って見える部分があるのとほぼ同じ理由で、カミーユ・ビダンとの類似点も多いのがイザーク・ジュールであり、ジェリド・メサでもあることは最初から見抜けていた。

 

 状況の中で、自分に都合のよい部分だけを正当性があると感じて、自分に都合の悪い部分は軽視して解釈する悪い癖を持っている少年っぽい士官たちなのである。

 その点では、ガルマとも似ている部分を持っていたのが彼ら三人だったのかもしれない。

 それらの推察と分析が正しい評価であるかは関知すべき所ではなかったが、少なくとも現時点で状況のほとんどはシロッコの望む形で出来上がりつつあったと断言してよい仕上がりとなっていた。

 

 自分が表舞台に立ち、人々を主導して導く役割を果たすべき日は近い。

 転生を望んだ目的そのものである、シロッコ立つ日が、今しばらくの忍従によって実現される。そう確信していた。

 

 

 

 

 ・・・・・・だが、どこまでも時代は、人の心を大事にしない男が勝利者となるのを阻害したくて仕方が無いものらしい。

 

 シロッコたちが潜水艦クストーで、カーペンタリア基地へと帰還した直後のこと。

 彼は、自分でも予期せぬ出来事が、自分の知っている出来事として実現されてしまっていた事実を知ることになるのである。

 

 

 

 

 それは―――連合本部アラスカへの【クルーゼ隊“以外の偵察部隊”】が派遣されていたという凶報だった。

 

 

 斯くして、時代は、世界は。

 目の前の現実を見せつけるため、刻の涙を多くの人々が流す道を選び続ける・・・・・・。

 

 

つづく




*言うまでもないでしょうけど、一応の説明です。
最後のは、【もう一人の親友】の本格介入開始の布石です。

詳しくは次話で。


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第18話(正式完成版)

半端で止まってたのを完成させて再投稿という形に相成りました。
ホントは完全書き直しするつもりでしたが、時間無かったのと最近更新滞ってるのが気になりまして……取りあえずという感じで。

また本来はもう少し長く、連合サイドの場面も描く予定でしたが、アスラン視点での話を間に入れるかで悩んでおり、一先ず区切りが良い所で。


 

 今さら言うまでもないとは思うが・・・・・・正史におけるパプテマス・シロッコがそうであったように、ラウ・ル・クルーゼも同じであったように、この私コズミック・イラの立会人となるため生まれ変わった転生者パプティマス・シロッコもまた、連合とプラントの武力衝突に協力しながらも、いずれかの勢力による勝利によって戦争が終わることを望んでいる訳ではなかった。

 

 連合が勝って終われば、社会の反動化を推進することは明白だ。それこそアズラエルやジブリールなどの愚物が、中世を再現するため躍起になるだけだろう。

 地球連邦が勝利した宇宙世紀の戦後世界もろくな社会を築いたわけではないが、奴らが連邦よりマシとは到底思えん。

 

 逆にザフト軍の勝利で幕を閉じたところで、怨恨のみで戦いを支えているパトリック・ザラに率いられたままでは体制維持すら困難となるだろう。

 エギーユ・デラーズを肯定するわけではないが、志を持たぬジオン残党アクシズ軍がダブリンにコロニーを落としたよりは、穀倉地帯に軌道変更させたガトー達の方がマシだったことは事実でもある。

 

 ――だが少なくとも現段階において、私はパトリック・ザラが密かに進める《真のオペレーション・スピットブレイク》を成功させてやるつもりではいた。

 ブルーコスモスに率いられた地球連合という組織は、いま殺すよりも生かし続けた方が弊害は大きくなる一方の連中だと断じざるを得なかったからである。

 

 また仮にアラスカへの奇襲攻撃が成功したところで、“あの”アズラエルやジブリールたちが素直に白旗を掲げる潔さを持っているとも思えず、《ストライク・ダガー》の量産体制も完了している頃合いでもある。本部を失ったところで連合との戦争そのものは今しばらくは続くだろうというのが私の読みだ。

 

 クルーゼと親交を結んで味方にしたことで、アズラエルに作戦を密告するパイプが失われたという事情もある。戦争は終わらぬにしろ、地上での趨勢を今の時点で確定しておくのも悪くはない・・・・・・そう考えていたのだが。

 

 

 

 ――そんな私の元に予期せぬ凶報がもたらされたのは、ストライクを倒した後に生き残ったイザークのみを連れてカーペンタリアまで帰投した、その数日後のことだった。

 

 

 

「シロッコに対して本国への召還命令だと? この時期にか?」

 

 基地指令室から戻ってきた私を待っていてくれた友人からの不審げな一言がそれであった。

 理解しかねると言いたげに口をへの字に曲げてみせる友人に向かって、私としては肩をすくめて見せるより他に感情表現の手段がない。

 原作と違い、二心を抱いてはいるが味方の作戦失敗を企図しているわけではない、この世界のクルーゼにとっては至極当然な反応であり、前線の指揮官としても常識的な不満の意思表示でもあったからだ。

 

 少しでも冷静に考えられる指揮官であるなら、敵地上基地への攻略作戦において飛行可能なモビルスーツの有無が大きく戦局を左右するのは言うまでもない。ましてビーム砲を装備している可変モビルアーマーとくれば尚更だ。

 

 にも関わらず、敵拠点攻撃を間近に控えた時期にテストパイロットも務めた開発者本人を後方へ呼び戻すなど人材の無駄遣いとしか解釈しようがない。

 私は苦笑の形を作って見せながら、司令に言われてきたばかりの言葉を鸚鵡返しに暗唱する。

 

「人類史上初の可変型MSを完成させ、プラントの輝かしい歴史に名を残した技術者を、万が一にも戦死する危険性のある最前線には置いておく訳にはいかぬそうだ。

 アスランの特務隊栄転に伴い、共に本国へと帰還して表彰式典に参列せよと――ザラ新議長閣下から直々のお達しを頂戴する栄誉に浴したわけだな」

「・・・・・・ああ、なるほどな。議長閣下も、なにかとお忙しいらしい」

 

 肩をすくめながら抽象的な返答を返した私だが、そこは腐れ縁というヤツなのだろう。クルーゼは正しく私の意図を読み取って、皮肉気な形に唇を歪めて笑って了解の意を表してくれる。

 

 もともとパトリック・ザラ率いる主戦派のザラ派は、コーディネイターをして『ナチュラルたち旧人類より優れた新人類』を称しており、その根拠として「ナチュラルを圧倒的に上回る技術力」が有力な主張の一つになっていた。

 原作でシーゲル・クライン前議長が懸念していた第三世代の出生率低下さえ、コーディネイターの英知を結集した技術力で解決しうると確信している、時代遅れな科学万能主義こそが彼らザラ派の正当性を示す根拠でもあるのだ。

 

 だが一方で、《ジン》や《バクゥ》、更には《ゾノ》などの新型も含め、プラントがコズミック・イラの史上初めて開発に成功して運用してきたモビルスーツ群は、前クライン政権下で生み出されたものばかりであり、目下のところ新任のザラ議長には技術面での実績が乏しい。

 そんな彼にとって、就任直後に史上初の可変MS開発を成し遂げさせた評議会議長という肩書きは、前任者との差を市民達に見せつける上でも絶好の宣伝材料になり得るだろう。

 

「要するに、自分の議長就任を華麗に飾り付ける勲章役に呼び戻されたわけだ。俗物の人気取りに利用されるのは不愉快だが、命令とあればやむを得まい。

 与えられた役割をこなすのも、軍人の勤めと思って割り切るさ」

「さすがはシロッコ副隊長殿は、役者でいらっしゃる」

「言うなよ、クルーゼ。ぞんがい、人身御供の家系なのかもしれんのだからな」

 

 そう言って皮肉気に唇を釣り上げて、私は悪友と共に笑い合う。

 私もクルーゼも、共にコーディネイターではないナチュラルが、コーディネイターを演じているだけの者たちであり、そのような存在がコーディネイターの優位性を誇示するための名誉ある役割を与えられるというのだから、真実を知る者にとっては笑うしかない。無論、人前では心の中だけでの笑みになるだろうが。

 

 もともとザラ新政権には、情報の取捨選択による印象操作でイメージを利用する、後のデュランダル政権を彷彿とさせる部分が強い。

 ストライクのパイロットが、コーディネイターの少年キラ・ヤマトだと知らせることなく黙殺したのが良い例だろう。

 

 連合とオーブの技術力が手を組めば、ナチュラルが操った機体でも《砂漠の虎》やクルーゼ隊を撃退しうる脅威になるのだと市民達の危機感を煽り、オーブと連合の密約を見抜けなかったクライン政権の弱腰な態度に失望させ、強行主戦派の自分に支持を集めさせることができるのだからな。

 コーディネイターが操ってこそ、あの驚異的な戦果が出せたのだと市民たちに思われてしまっては元も子もない。

 アストレイ三人娘達による模擬戦の光景と、Xナンバーのカタログスペックを並べて表示されたものを見せつけられ、連合とオーブの密約を国家存亡の危機だと考えるバカはいまい。

 

 アスランの特務隊栄転も、一番の目的はそこに尽きる人事ではあるのだ。

 確かにザフト軍にとって無視し得ぬ脅威にまで成長していたストライクを相打ちの形で撃破したアスランの功績は高く評価されるに値するのは事実だが、その功績に高い地位で報いるのは、それだけ『連合とオーブが結託して造りあげたストライク』が強敵だったことを相対的に示すアピールになる。

 真のオペレーション・スピットブレイクによって、連合がありえなくなった後、“その後の処置”のためオーブに更なる圧力強化を謀る・・・か。

 

 フフ・・・【条約は破られるためにある】とは、よく言ったものだ。

 それは中立を破棄されたことを糾弾する側とて、例外ではあり得まい。

 

「どちらにしろ、本国に戻らねばならなくなった私には、連合との決戦に参加することは出来ん。メッサーラは君に預ける。

 今までの機体とは勝手が違うだろうが、クルーゼなら問題なく使いこなせると確信している」

「あまり買いかぶられても困るのだがな」

 

 不本意そうに言いながらも、クルーゼの表情から微笑は消えない。

 そこにはパイロットとしての絶対の自信がある故なのだろう。必ず乗りこなしてみせるという自負が感じられた。

 

「とはいえ、貸してくれるのなら使ってみせるさ。

 “あの男”に出来たことだ。私にモビルアーマーの操縦ができないはずがない」

 

 どこか負けん気の強い少年じみた響きを持った声で、事情を知らぬ者には解らぬ言葉で快諾してくれたクルーゼに対し、私もまた白い歯を見せたシロッコらしい笑顔を以て右手と右手を握り合う。

 

 そうした上で・・・・・・たった一つだけ気になる懸念事項についての情報を伝えておく必要があった。

 

「――ところで、一つ気になる噂を耳にした。整備班から聞かされたのだが・・・・・・どうやら地球軍本部への先行偵察部隊として、君たちに先んじて別の一隊が先刻派遣されたらしい」

「アラスカに偵察部隊を、我々以外にか?」

「そうだ」

 

 不審げな声と口元の表情でクルーゼが尋ね返し、私も解せぬと言いたげな表情を作って彼の疑問に応じる。

 あながち演技というわけではない。この状況は私が仕組んだ結果ではないのだから、理解できぬという思いも嘘ではなかったからだ。

 

 原作において真のオペレーション・スピットブレイク発動寸前にクルーゼからアズラエルへの作戦内容の密告に使われた、地球軍本部JOSH-Aへの特務偵察。

 あの出来事が、クルーゼの独断によるものだったのか、与えられた偵察任務に紛れる形で流用したものであったのか、私は知らない。

 

 だが今、少なくとも私が生まれ変わって参戦したコズミック・イラの争覇戦の中で、本格的な奇襲をおこなう前にアラスカへの偵察任務をクルーゼ達が極秘裏に命じられていたのは事実である。

 原作と異なり、パトリック・ザラの片棒を担いでいないにも関わらず、クルーゼが真の作戦目標を既にして知っているのは、それが理由によるものだ。

 

 だからこその、奇妙さだった。

 原作での同シーンにおいて、クルーゼが公の任務を私的復讐のため利用した流れだろうと、己の復讐計画のため偵察任務を捏造した流れであろうと、どちら共に矛盾する『もう一部隊の偵察任務』という出来事は、私の知るコズミック・イラの歴史には存在していない。そのはずだったからだ。

 

「司令部が、より正確な情報を欲したからではないのか? 潜水艦一隻での偵察は危険が伴う。

 敵の防諜対策によって幾つかの偵察部隊が補足撃滅されることを想定し、複数の偵察部隊を送り込んでおくのは用兵の常道から逸している程でもなし」

「通常の敵拠点に対する総攻撃なら、それもあり得るだろう。だが今回のような作戦では・・・・・・」

「・・・・・・たしかにな。囮に敵の注意が集中している隙を突いて、空き家になった頭を奇襲によって潰すことを目的としながら、多数の偵察隊を派遣したのでは本命はこちらだと敵に悟らせるようなものでしかない。

 余りに、リスクとメリットとの比重が偏り過ぎている・・・」

 

 クルーゼもまた、私と同じ理由で作戦の趣旨と理由が理解できず、首をかしげて腕を組むポーズで考え始める。

 

「その部隊を今から止めることは出来ないのか? 場合によっては撃沈してしまっても、この状況なら名分は立つと思うのだが・・・」

「私も同じことを考えたが、一足遅かったようだ。今からでは先に出航した部隊に追いつくのは無理だろうな。

 《ナスカ級》と《ローラシア級》の連携で足つきを追い越すことが出来た宇宙と異なり、この大海原で我々ザフト軍は《ボズゴロフ級》しか持ち合わせていない」

 

 肩をすくめながら、私は技術者として技術的に不可能であることを簡明に説明する。

 ザフト軍は技術大国とはいえ宇宙国家らしい特徴として、ジオン軍同様に潜水艦の開発においては積極的ではない。

 今次大戦と続くデスティニー時での戦いにおいても、海上での戦いには専ら《ボズゴロフ級潜水母艦》ばかりが当てられ、別の船を造るという事がついぞなかった。

 

 ユーコン級潜水艦だけで、マッドアングラーを保有しないジオン海軍のようなものだとイメージすればいい。

 同一艦が同一速度で同じ目標に向かって移動する限り、後発組が先行ランナーに追いつけることは永遠にこないだろう。

 相手が連邦の俗物どものように驕り高ぶって油断してくれたなら話は別だが、残念ながらコズミック・イラの勢力図を宇宙世紀に当てはめた場合、ザフト軍はジオン軍であって地球軍ではない。優良人種説は唱えようと、現場の兵たちまで同じ訳ではない部分も同様にな。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ――私の頭の中で、危険を知らせる不快さを強く感じさせられずにはいられなかった。

 それは原作知識を持つ転生者であれば誰しもが感じ取るべき場面であり、危険信号だけなら私でなくともパプテマス・シロッコになる必要すらもなく、想像力さえあれば感じられて当然の状況。

 

 だが私が感じ取っていた不快さは、それらの多くと些か趣を異にしたものだったかもしれない。

 私が感じた危険とは、『複数の危険性が重なり合って相乗効果を起こしている可能性』

 

 仮にコレが、『歴史の修正力』によって引き起こされた、私という異分子がもたらした変化を正しい歴史へと引き戻すための辻褄合わせだとしたら――このコズミック・イラの世界には、そして私には実行役として歴史に選ばれ得る人物に心当たりがある・・・・・・。

 

「――今回の作戦、敵に漏れたかもしれんな」

「なんだと・・・?」

 

 ややあって顔を上げ、小さな声で呟いてしまった一言に、クルーゼが仮面の下に隠れて見えない柳眉を逆立て、聞き逃せない情報と思ったか鋭い反応を返す。

 

「いや、その前提で動いた方がよいかもしれぬと言うことさ。作戦は、どこから敵に漏れるか分かったものではないからな。

 ――これは私が地球へと降りてから独自に調べて得た情報で、まだ裏も取れていない噂の域を出ぬ代物でしかないのだが・・・・・・」

 

 無論、彼にだけは聞こえるよう意図的に声量を絞って呟いた結果ではあったが、それ故にこそコチラも手の内の一つや二つは最初から持っていたように見せかけねば、我が自慢の友人を動かすことは出来ないだろうと考えた私は、『ありもしない過去』だが確認の取りようのない記録を捏造し、咄嗟に情報の整合性を取らせることに成功する。

 

「《グリーンランド》の方へと、大量の建築資材や工事用の重機が輸送されたらしいと言う話を、技術者たちから昔のツテで聞かされた。

 最初は新たに拠点でも建設するつもりなのかと思っていたのだが・・・・・・どうにも位置が気になる。

 あの辺りは地球軍本部より更に後方に位置して、睨みを利かせられるザフトの基地などある訳がない。最も近いジブラルタルでさえアイスランドの向こう側だ。

 と言って、後方拠点を新設するだけと言うには徴発された物資の量と工業機械の数が膨大すぎる。とすれば・・・・・・」

「本部機能の移転を考えていた可能性が高い・・・・・・と、言うことか?」

 

 クルーゼが疑念混じりの声ながらも、先ほどよりは深刻さを増した声音で私の話を受け取ったのを聞き届け、私もまた重々しい仕草で頷きかえす。

 

 それらは転生者としての知識によって得た原作知識を下地として、その設定を可能とするため連合軍が行っていたであろう作業行程を又聞きという形でクルーゼに伝えたものだった。

 私自身が見た訳ではなく、JOSH-Aを放棄後にグリーンランド地下へと移される連合軍の新司令部の建設情報も、ザフト軍の情報網はもちろんのこと私の耳にも届いてきたものは一つもない。

 この点、連合軍側の防諜対策もなかなかのものと評価せざるを得ない部分ではあったのだろう。

 だが一方で地球連合が、JOSH-Aに攻め込んだザフト軍ごとサイクロプス自爆によって壊滅的な大打撃を被らされたこと。JOSH-Aを失った後のために新たな地球軍新司令部をグリーンランド地下に築き上げていたのは原作世界における事実ではある。

 事実として其れがある以上は、『それを造るため運ばれる物を見たという情報』は、事実でなくとも事実を形作る1ピースにはなり得るものだ。

 

 どのみち、『建築資材の搬入』という情報だけでは、運ばれた後に確認する術はない。ただ運ばれた先で本当に要塞が建設されていたか否か、その結果によって真偽が確定する。そういう類いの情報だった。

 『ラプラスの箱』と同様に、始まりは虚偽でしかないものでも後付けで現実を変えうる価値が付与されることは、ままあるものさ。

 

「とは言え、なんら証拠があっての予測という訳でもない。

 可能性としては否定できん程度の、状況証拠に基づく憶測に推測で肉付けして、つぎはぎで辻褄合わせをしただけの代物だ。まぁ、そういう前提で動いていた方が安全ということさ。

 作戦というものは、どこから情報が漏れるか分からんものだと、昔誰かから教えられた覚えもあることだしな」

 

 とは言え、現時点では憶測の域を出ないのも事実ではある。

 本当に、真のオペレーション・スピットブレイクの作戦情報が敵に伝わっているかは判然とせず、仮に本部機能を移転させていたとしても原作と事なりグリーンランド以外の場所に建設している可能性も棄てきれない以上は、念のため言葉を濁しておくぐらいが丁度よかろう。

 

 原作を知る私としては、仮に悪い予感が的中してしまった場合であっても、ザフト全軍は敗戦へと直結することはなく、むしろ本土決戦によって事実上の勝利国となり得る未来へと続いていく状況下で、わざわざ可能性上の話でしかない味方の被害を未然に防ぐため、上層部が推し進める真の作戦案にケチを付けて嫌われる愚行は避けるべきだと考えていたからだ。

 

 だが、流石と言うべきか。この世界におけるクルーゼは冷静であり、慎重だった。

 

「・・・・・・しかし、君の予測が当たっていたとしても、地球軍が本部を移転までする理由にはなれまい?

 仮に今回の作戦情報が敵に漏れていた場合であっても、パナマ防衛に回している戦力を即座に動かせるようにして、アラスカへと舵を切った我が軍後方から追撃させ、背後を突かせた方が戦術的には理に叶う。

 我が軍の作戦を空振りに終わらせるだけのために、わざわざ大規模な拠点を放棄するほどの価値が果たしてあるものだろうか・・・?」

 

 小首をかしげながら疑問を呈したクルーゼの判断は的確であり、私から見ても納得のいくものが充分に感じられた。もし私が転生者ではなく原作知識を持っていなければ、思わず彼の言葉で自説を破棄して、未来の危険性を放置してしまう選択肢を選んでいたかもしれないほどだ。

 

 ・・・・・・しかしながら、彼を納得させるだけなら簡単にできてしまう過去を、このコズミック・イラの世界は持っていた。

 アニメ版しか見ていない者たちにとっては余り馴染みのない話であろうが、この世界には今のクルーゼをこそ納得させるには最適な情報が過去に存在していたのだよ。

 

「分からんが・・・・・・あるいは連合は《エンディミオンの再来》を狙っているのかもしれん」

「エンディミオン・・・・・・? ッ!! 《エンディミオン・クレーター》かッ!!」

 

 ガタッと音を立てて両手を突き、彼にしては珍しいほど驚いた動作で立ち上がるとクルーゼは、忌まわしい記憶を思い出したかのように顔の下半分を歪めて口元を曲げる。

 

「そうだ。かつて連合軍が月面に保有していた資源供給基地《エンディミオン・クレーター》

 君が例の、“フラガの息子”と初めて遭遇したという戦闘が行われた場所だ。そして連合軍が行った悲劇の前例にもなり得る忌まわしき呪われた地・・・」

 

 友人の希少な姿を見物しながら、私は『彼にとっての始まり』ともなっていた、アニメ版では描かれていないアニメ版が始まる前に勃発していた今一つの悲劇の記憶を、今現在の比較例として語り出す。

 

 《エンディミオン・クレーター》とは、CE70年の開戦序盤においてザフトと地球軍が月面の支配権を巡って小競り合いを繰り広げた、俗に言うところの《グリマルディ戦線》において地球軍の重要な資源供給基地として知られた地名であり、この地を巡る攻防戦の中で我が友ラウ・ル・クルーゼと宿敵ムウ・ラ・フラガが宿命的な出会いを果たした場所でもある。

 

 そして、この場所には今一つの由来があった。

 連合軍が初めて《サイクロプス・システム》を使用し、敵味方共に全滅させた場所という呪いと怨嗟の声に満たされた由来が・・・・・・。

 

「あの戦いにおいて、我々ザフトの猛攻から基地を守り切れぬと悟った連合は、月面を巡る勝敗を決めさせぬ為、サイクロプスを起動させて味方もろとも敵を吹き飛ばすという暴挙に出た。

 あの時には、基地防衛のため戦力をかき集めた防衛戦が敷かれてあり、基地内から異常な量のエネルギー反応が感知されたことからギリギリのところで我々は生き延び、ムウ・ラ・フラガも脱出と撤退に成功した。

 ・・・・・・だが、防衛戦を構築してもいない敵本部への奇襲作戦・・・・・・もし、如何なる手段だろうと今作戦の情報を敵が掴むことができていたら、私でさえ誘惑を感じざるをえんほどの好条件が整いすぎている」

「・・・・・・まして、地球より微弱ながらも重力がある月面基地からの脱出でさえ、あれ程の被害を被らされたのだ。足の遅い潜水艦や水陸両用モビルスーツ部隊では、前回と同じ被害規模さえ望み薄、か・・・・・・」

 

 溜息と共にクルーゼは椅子に座り直し、相手の愚かさと愚行に吐息するように息を吐く。

 

「・・・では友よ。我々はどう動くべきだろうか? 無駄と承知で今の話を、総司令部に報告してみるかね?」

「証拠はなにもない」

 

 答えが分かり切っている質問に対して、私もまた分かり切っている回答を形式的に返すのみ。

 今回の作戦は、パトリック・ザラ議長から直々の密命によって極秘裏に準備が進められてきた一大作戦だ。生半なことでは、今さら中止にできようはずもない。

 なにしろ、評議会にすら通さず承認もされていない、勝った後に事後承諾で許可を得ていたことにして実行しようという、最高権力者の独走と特権乱用を体現したような作戦案が、これから我が軍が行おうとしている《真のオペレーション・スピットブレイク》なのである。

 

 また、この懸念は必ずしも有り得ない話と言うほど、特別な人材が必要な情報漏洩という訳でもない。

 確かに今作戦は、奇襲をより確実なものとするため軍上層部内でも一部の者しか詳しい内情を知らされておらず、軍の移動を管轄する部署の重要ポストを占める幾人かと、実戦部隊の先導役として先陣を切る主戦派幹部たちなど、パトリック・ザラが信頼する数少ない側近たちのみが知る最重要機密に類するものだ。

 

 ザフト軍全体の中でも、真の作戦内容を知っている者は極一部だけに限られ、それ以外の者たちにとっては表向きのオペレーション・スピットブレイクを実行するものと、頭から信じ込まされている者たちが大部分な作戦。

 

 ・・・・・・だが逆に言えば、作戦内容を知るメンツの中で誰か一人でも裏切って敵に情報を漏らした場合、そのことを他のメンバーが把握するのは不可能と言っていいのが、極秘の作戦案というものでもある。

 もともとザラ議長に、情報を知らされたメンバー全員の動向を逐一チェックできるほどの手駒はそろえる事はできていない。下手に監視するよう命じれば、命じられた監視員がナニカ情報を知ってしまって裏切らないかとイタチごっこを演じる羽目になりかねない。

 

 そこら辺に、パトリック・ザラが持つ謀略家としての限界があったと言っていいのかもしれなかった。

 この手の作戦を実行する際には、信じて委ねられる腹心がいなければ成功は覚束ない。その為にこそ、裏切らぬと信じ切れる側近を育てておかねばならないのだ。

 

 たとえば、パプテマス・シロッコにとってのサラ・ザビアロフのようにである。

 フォン・ブラウンへのコロニー落とし漏洩や、自分自身がNT能力によって相手とせめぎ合っているところを、自分に変わって動きを止めた敵を撃たせる役割など、相手が自分を『背後から撃ち殺す危険性』を危惧せざるを得ない者には到底任せられるものではない。

 

 無論それは、シロッコにとって都合のいい思考しかできぬよう洗脳した結果でしかなかったが、パトリック・ザラはそれすらやらぬまま息子すら遠ざけて今回の陰謀に及んでしまっている。

 自分が本国にいながら、遙か遠くの侵攻先まで軍を遠隔コントロールするには、最低でも腹心の将が自分以外に一人は必要不可欠だった。

 パトリックには、それがない。妻を殺され復讐心に取り憑かれてより、他人を信じることができなくなった彼には、もともと大それた野望など実現できる器になるのは不可能なのだから――。

 

「むしろ、失敗してしまったときに責任を押しつけるための口実として使われるのがオチだろう。なにも知らぬ存ぜぬを通して、真面目に作戦実行の任を果たした方が利口というものさ」

「確かにな・・・・・・最近のザラ議長は以前にも増して猜疑心が強くなったように思える。下手に懸念事項など告げ口すれば、“情報を流したのが我々だから知ることができた懸念だった”とでも言い出しかねない。結果が変わらんのなら、放っておくのが一番の良策か」

「そういう事だ」

 

 ニヤリと私は笑って白い歯を見せ、クルーゼもまた不敵そうに微笑み口元を歪ませ視線を交わらせ合う。

 これが我々、パプティマス・シロッコとラウ・ル・クルーゼという、本来は敵として立ちはだかっていた者たち同士の枢軸だった。

 味方の兵まで騙すような行為は、あまり気が進まないのは赤い彗星と同じくするところだが、シャアと同様に我々も必要とあらば他人の命は利用し、切り捨てる。

 それがキラ・ヤマトやカミーユ・ビダンには選び得ない策を用いる、ちっぽけな感傷で世界を破滅に導く小賢しい子供たちから恨まれ、敵対し、互いに否定し合うことしかできない間柄になる一番の理由なのだから。

 

 

「とにかく、退き時は見誤らぬよう、いつも以上に注意しておいて欲しい。何かあったら即座に司令官に命じて、全軍撤退するよう要求してくれ」

「了解した。私としても、サイクロプスの炎で焼き殺されるのはゾッとしないからな・・・」

「いざとなったら、君だけでも離脱して安全地帯まで逃げ延びろよ? 後のことは私の方で何とかするよう議長を説き伏せる。君さえ生き残れば、我々の理想が潰えることはないのだから――」

「フフ、期待させてもらおう天才殿。もっとも、情報が漏れておらず作戦が成功し、我らの杞憂でしかなかったなら、それが一番有り難いのだがな」

 

 違いない、そう答えて私も笑い、我々は二人揃って部屋を出て同じ場所へと向かって歩き出す。

 今日が記念すべき日であったから、と言うのがその理由だった。

 

 我らクルーゼ隊から、初の《ネビュラ勲章》授与者が現れ、国防委員会直属の特務隊へと栄転が決まった若きトップガンに対して、正式に辞令が通達される日・・・・・・フフフ。

 きっと彼も喜んでくれることだろう。大手柄を立てて、祖国へと凱旋できるのだからな。

 

 ―――親友を自分の手で殺したという大手柄を持って、ザフト軍のトップとなった父親に会うためプラント本国へと舞い戻るアスラン・ザラ・・・・・・か。

 

 原作での、その後を知る者にとっては、なかなかに見物な劇を見物できそうでクルーゼだけでなく私もまた心が躍るのを抑え切れんよ。

 

 パプティマス・シロッコという肉体は、どうやら余程に小賢しいだけの子供が嫌いらしいと、こういう時にはよく思い知らされて困る。ハハハハ。

 

 

 

つづく




*最後は悪役らしい終わり方で締めてみました。
ただし、この心の声も実は伏線。

裏事情に関わってる者が演技していると、内面はけっこう腹黒いという種らしさを演出しておりまっス♪


*書き忘れましたが、次話から原作ストーリーに回帰します。
今話のようなオリジナル話は、やはり私には描きにくい…。


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第19話

結局アスランは飛ばして、地球連合サイドだけの話も急いで書いてしまいました。
どーも気になってしまって……不完全燃焼なやり方は合わないらしい作者の性分みたいです。


 

 極北の地、アラスカ。

 そのユーコン川の河口付近にある巨大な滝の中に、地球連合軍統合司令部《JOSH-A》はあった。

 もっとも地上から見たのでは、大地の下に穿たれた空洞に人工地盤を築いて建設された全容を窺い知ることはできない。

 司令部施設のほとんどはユーコンデルタの地下に隠されており、流れ落ちる滝の奥に隠された巨大戦艦さえ優に収容できるメインゲートでさえ、巨大すぎる地下施設全体から見れば入り口に過ぎないサイズしか持たないのだ。

 

 地下に広がる巨大空間に浮かべられた人工地盤は、上下または外縁部の岩盤と無数のサスペンションで接合され、あらゆる地盤の動きと人工の地下空間とは無関係になるよう設計されている。

 内部には当然、軍関係施設のビル群が建ち並び、光ファイバーを介して届けられた陽光に照らし出される姿からは、まるで地上にある市街地をまるごと移し替えてきたのような外観を誇っているほどだ。

 

 極北の大地の地下空洞に造られ、地震はもちろんのこと核ミサイルの直撃にも影響を受けないよう建設された一大軍事拠点。

 地球連合軍の統合作戦司令部《JOSH-A》の、それが全容だった。

 

 それは、CEとは異なる暦を用いる地球において建設された地球連邦軍の拠点《ジャブロー》と酷似した規模と外観を誇っていたと言っても決して過言ではなかっただろう。

 

 だが反面、《JOSH-A》と『ジャブロー』には大きな相違点が存在してもいた。

 『ジャブロー』を有した地球連邦軍は、地球圏全土を版図として統一政体を確立し、地球からの独立を求めて地上へと侵攻した制圧部隊を撥ねのけた実績を持つのに対し。

 《JOSH-A》を本部とする大西洋連邦は、宇宙都市群で開発されたモビルスーツ部隊によって追い詰められつつあり、同じ地球上にある各国を完全に勢力圏内に収めることすらできていなかった。

 

 その点で、CEにおける地球軍の拠点《JOSH-A》は、宇宙都市国家ジオン公国軍の攻撃から防衛に成功したジャブローよりも、軍の一部が拡大して地球連邦を乗っ取るまでに膨張したことに脅威を抱き決起した反乱軍『エゥーゴ』によって陥落寸前まで追いやられたティターンズが防衛したジャブローの方にこそ近かったかもしれない。

 

 CEとは別の地球で軍本部としての役割を担っていた、時間軸がわずかに異なる二つのジャブロー。

 その二つは、暦の異なる別の地球において一つの運命へと統合されることになる――。

 

 

 

 

「守備隊《ブルーリーダー》より入電。――『アークエンジェルからの支援要請を受け、我これより援護のため急行する』・・・以上です」

「・・・・・・了解した。入港の準備を進めるよう管制局に通達しろ。下がってよい」

「ハッ!」

 

 意図的に照明が抑えられた室内で、通信士官からの報告を受け取った地球連合の軍服を纏った年嵩の将校が、不快なものを追い払うような仕草で手を振って相手を下がらせる。

 そこは《JOSH-A》内部にある会議室の一つで、壁面には要塞外の情景までモニタリングできる大型モニターを備えた場所だった。

 

 今その部屋では、中央に置かれたテーブルを数人の将校たちが囲むように席につき、不景気な面を寄せ合って密談を交わしている最中だったのだ。

 そこに飛び込んできたのが『アークエンジェルが独力でアラスカの防空圏内まで辿り着いた』という“凶報”だ。

 

 アークエンジェルに乗るクルーたちにとっては甚だ心外な評価と対応だったのは当然のことだが、彼らにとっては僚艦の無事に安堵する気には到底なれず、不愉快にならざるを得ないことこそ当然の反応だと信じ切っていたことは、誰にとっても不幸な皮肉でしかなかったことだろう。

 

「――“アークエンジェル”か・・・・・・よもや本当に独力で辿り着くとはな・・・」

「ここまで来てしまった以上は、受け入れぬ訳にもいかんだろう? 味方の兵たちへの手前もある。やれやれだ」

「ハルバートンの執念が守ってでもいるのでしょうかね? あるいは怨念ですかな」

 

 最初の一人が困惑したように声を上げ、隣に座った同僚が「仕方がない」と言いたげに肩をすくめると、彼ら二人よりは階級が低いらしい人物がブラックジョークにくるむように『生前は上官だった故人』の名を持ちだして皮肉っぽい笑声を小さく上げる。

 

 だが、冗談交じりの皮肉な評に返ってきたのは、冗談に合わせた皮肉ではなく、いっそ生真面目なまでの厳密な『主義思想』だった。

 

「フン。あの艦を守ってきたのはハルバートンの亡霊などではなく、コーディネイターの子供ですよ」

「それはそうだが・・・・・・そうハッキリ言うな、サザーランド大佐」

 

 その返答を発した将校の言葉を聞かされて、別の将校が苦りきった表情を浮かべて自重を促す。

 『サザーランド大佐』と呼ばれた人物にとって、事なかれ主義的な相手の弱腰の態度は不快であったが、仮にも上官相手に失言を窘められて無視する訳にもいかない。

 形式的に頭だけ下げて非礼を詫びると、さっさとモニター画面を切り替えさせる。

 

「――だがまぁ、土壇場に来て“ストライク”と、そのパイロットがMIAというのは・・・・・・なんというかその・・・・・・幸いであったな」

 

 それを見せつけられた将校たちは一瞬だけ黙り込み、ややあって別の一人が言い方を和らげた表向きな発言で場を取り繕う。

 その声には、幾ばくかの後ろめたさが込められたものだった。

 

 それは彼が、軍主流派の一員として、今は亡きハルバートン提督が強行に後押ししていたアークエンジェルの建造とXナンバーの開発計画に断固反対して、無意味であり予算の浪費であると主張した過去を持つ一人であったことが反映した故でのものだ。

 

 現在、彼らは既に各地の軍事工廠において《Xナンバー》を基にした量産型モビルスーツの開発生産と、キラ・ヤマトのパイロットデータを基本としてナチュラル用に調整されたOSの配備を急ピッチで進めており、まもなく完了するという知らせを受け取ったばかりなのだ。

 

 結果として、ハルバートンの自説は正しかったことを、反対派である自分たちの手によって証明されたという状況は、彼にとって罪悪感とまではいかぬものの、多少の後ろめたさぐらいは感じられて言葉を濁してしまったというのが、その理由であった。

 

 まるで自分が、墓泥棒にでもなって死者の偉業をネコババしようとしているような、そんなウソ寒さを僅かに感じる程度には、彼らの心にも善良さの片鱗ぐらいは残っているようでもありはした。

 

 しかし所詮、盗人たちが微かに善良さを持っていたところで、彼らが盗賊の一味であることに変わりはなかった。

 それを表すようにサザーランド大佐は、部屋に集まった面子にも見えるようモニターに映し出した書類を議題に挙げ、『この件での問題点』を明確にして、納得できる形で指し示す。

 

「仕方ありますまい? GATシリーズは今後、我らの旗頭になるべきものです。しかし――それがコーディネイターの子供に操られていたのでは、話にならない」

「・・・・・・たしかに」

「しょせん奴らには敵わぬものと、目の前で実例を見せつけられるようなものだからな。それでは仮に戦争には勝利できたとしても、“我らの目的”には合致しない・・・」

 

 先導するように述べられたサザーランドの言葉に、他の将校たちも躊躇いや後ろめたさを棄て、みな一斉に頷いて賛同を返す。

 

 モニターに映し出された映像は、キラ・ヤマトに関する書類が映し出されていた。

 その中には当然、『コーディネイター』という種族名が明記されており、そして顔写真の上には識別しやすい色のスタンプで『MIA』と捺されてある。

 

 それが現在の、《X-105ストライク》のパイロットだったキラ・ヤマトに対して地球連合が与えた公式書類に記された処遇だった。

 

「何より、アフリカ共同体をはじめとするプラント寄りの世論も無視できないと言われたのは、“アズラエル様”なのですよ。その判断に異義でもおありで?」

「それは承知しているが・・・・・・パイロットであるコーディネイターの子供が死んだ以上は、アークエンジェルを使い捨てるのは時期尚早な気もする。どうせ始末するなら今少し役立ててからでも良いのではないかね?」

「汚らわしいコーディネイターなどの力を借りてでも、単艦でアフリカ方面軍を撃破してしまった艦なのですよ? 奴らのように腹に二心抱えていそうな連中など信用できません。

 なに、彼らの穴埋めには私が出ますよ。アズラエル様から与えられた連合初の量産型モビルスーツの威力を持ってしてね」

 

 その人物の名をサザーランドが持ちだした瞬間、アークエンジェルの処遇は決定された。

 それほどに、その人物の名が持つ意味合いは大きいのだ。特に、この場に集まった将校たちにとっては非常なまでに。

 彼の決定に楯突くリスクを冒すことを考えれば、純粋に戦力として見た場合にアークエンジェルを惜しむ気持ちなど、彼らはクルーたち全員の命ごと切り捨てることに躊躇いは抱かない。

 そういう人物だけが、この部屋には集められていたのだから。

 

 

 ・・・・・・一方で彼らが交わしていた会話内容こそが、マリューたちアークエンジェル隊のクルーやハルバートンが抱いていた連合軍本部への評価と、本部から自分たちに与えられている評価との間に、致命的な齟齬と隔たりがあったことを示す一文でもあった。

 

 実のところ地球連合本部アラスカにおいて、《ハルバートンが推し進めた連合製モビルスーツの開発と運用艦アークエンジェルの建造》は決して低く評価されているものではない。

 ただ、《連合内の非主流派であるハルバートンが推し進めた》という部分が評価されていなかっただけである。

 

 現実には、《Xナンバー》の後継機に当たる新型機が既に完成間近であり、アークエンジェルと全く同じ性能を持った2番艦《ドミニオン》の建造も始められ、こちらも近々完成する予定であることが報告によって知るところとなっていた。

 

 これらはアークエンジェルと第八艦隊が合流した後、ハルバートンの元に送り込んでいた同士の一人であるホフマン大佐が密かに機体から抽出させていたデータを、月基地を介して地球軍本部アラスカまで時間差をかけてでも送らせていた結果だった。

 キラの書き換えたOSのデータも、この時にコピーされたものがベースとして流用されている。

 

 マリュー・ラミアスたちは、自分たちが守り抜いた艦と機体の価値と成果を、地球軍本部は認めていないから評価されてもいない、と感じていたが、実際にはその逆でアラスカでは彼女たちの叩き出した成果を高く評価しており、評価しているからこそ“認めがたいもの”と断じて排除する以外の選択肢を完全に奪い去っていたことに、彼女たちは全く自覚していなかったのだ。

 

 

 

「すべての技術はすでに受け継がれ、更に発展しております。オリジナルの現物がなくなったところで大した問題はないでしょう?」

 

 陰惨な笑みを浮かべながらサザーランドは嘯く。

 彼は他のメンバーの幾人かと違って、ハルバートンが残した遺産を掠め取るという行為に対して、ほんの僅かな後ろめたさも感じるところがなく、むしろ当然のことだと受け入れていた。

 

 彼に言わせれば、技術というものは大方の場合に発明者自身が、その発明による成果によって実り豊か人生を送れることは希でしかなく、多くの歴史的事業や計画は遺業を引き継いだ後継者たちの手によって完成され、蒔かれた種の実りは後継者の世代から収穫できるようになるものだ。

 

 その点において自分たちは何ら恥ずべき事などやっていない。

 恥ずべきなのは、卑怯な手で自分たちを追い詰めつつある『宇宙のバケモノ共』だけであり、自分たち大地の上で清浄なる進化を遂げた霊長類の長たるナチュラルに卑怯者など一人もいない。

 いるとしたら、卑劣極まるコーディネイター共と私利私欲で結託した一部の矮小なる者共だけでしかなく、それ以外の大部分の者たちを納得させて聖戦への参加を呼びかけるためにも一芝居打つ必要性が、自分たちには絶対的に存在していた。

 

「《Xナンバー》は今度こそ、我らのために正しく用いられなければなりません。ハルバートンごときの主導によるものではなく、我らの手で・・・・・・」

「既にユーラシア連邦からも、《ストライク・ダガー》の供給を条件として、事実上の属国となる提案を受け入れるという返事が来ておりますしね。

 もっとも奴らは奴らで自分たち製のモビルスーツを開発中だったという噂もありましたが、まっ、その分も吹っ掛けさせてもらいましたので誤差の範囲内かと」

「形式を整えるための生贄役として到着したアレか? フン、確かにアレだけの戦力を一挙に失えば、教条的に独立主権を叫ぶ連中も大人しくならざるをえんだろうよ」

 

「その事だが・・・・・・“アズラエル”には、なんと?」

 

 

 小物同士で政治的裏取引の結果について囀りあう中、メンバーの一人から報告の如何について問われた瞬間、サザーランドの両目が僅かに細められた。

 

 ―――不敬な呼び方ではないか。

 

 そう彼は思ったのだが、相手の将校は気付かない。

 

「“問題は全てこちらで修正する”――と、既に伝えてあります」

 

 さり気なく、自分が直接の報告役を担っていた事実を他のメンバーの前で明かしながら、その事実の重要性にも気付かぬ愚か者の同士たちを内心で侮蔑しながら、サザーランド大佐は得々とした笑みを浮かべて指を組む。

 

「“不運な出来事”だったのですよ。――そして、おそらくはこれから起こることも含めて、すべてはね・・・・・・」

 

 その言葉に、室内に集っていた将校たち全員が厳粛そうな表情を作って頷きを返す。

 彼らの頭に、先ほどまでは僅かに残っていた後ろめたさや、コーディネイターの子供が操っていた連合初のモビルスーツに関する懸念はすべて消え去り、今回の一件が終わった後に訪れるであろう事態の中で、“自分が割り当てられる役職と地位”について思いを馳せ、更なる向上のため忠誠の尽くし方についての算段。

 

 ―――それだけで占められているのが、この会議室に呼び集められていた連合軍上層部の一派たちなのだから。

 

 

「とは言え、セレモニー開始までには、まだ時間があります。

 あまり目立つことをして、コーディネイター共に気取られてしまっては元も子もありませんからな。せいぜいが油断しているよう装うためにも、通常業務をこなし続けているように演じるとしましょう。

 アークエンジェルが寄港した後、クルーたちへの事情聴取のため査問会をおこないます。その場での議事進行役と議長役は私が担いましょう」

「おいおい、既に運命が決した艦の責任問題など形式だけで充分だろう? 別に君や我々の中から出なくとも・・・・・・」

「なに、あの艦には我が軍が“お世話になってきた”のは事実ですからな。その分の礼儀だけでも払って手切れ金としてやろうという親心という奴です。老婆心ですよ、お気になさらず」

 

 気さくに笑って同士たちからの異論を謝絶し、自分自らの手でアークエンジェルのクルーたちへと―――死ぬ前に最期の意趣返しをしてやる役目を、サザーランド大佐は穏やかに守り抜いて陰惨に嗤う。

 

 彼はアークエンジェルのクルーたちとは誰とも面識がなく、階級としては最高位のマリューやムウでさえ名前を聞いたことがあるだけで直接会って話した経験など皆無な人物だ。

 個人的な恨みをアークエンジェルに対して抱くべき理由など存在していないはずの連合軍将校・・・・・・だが、ウィリアム・サザーランド大佐にとっては憎んでも憎みきれない正当な理由を有する艦だった。

 

 

 ―――30にも満たぬ年齢で、しかも女でありながら、既に少佐だと・・・!?

 それも汚らわしい存在であるコーディネイターの力など借りた手柄によって!!

 

 

 既に初老に達して、退役までに幾つ星を増やせるかが最重要事となりつつあったサザーランド大佐にとって、そんな艦長を誕生させた艦の存在を許容するなど不可能だった。

 

 もとより彼は、連合軍上層部内でも早い時期から政府に影響を及ぼすブルーコスモス盟主へと渡りを付け、影響力は強くとも直接的な命令権までは有していない彼の代理として、軍内部におけるブルーコスモス派閥を動かす役を担ってきた。

 

 本部付けの大佐とは言え、後方勤務である以上は前線で敵と戦うハルバートンのように武勲を上げて出世するという訳にはいかず、年齢的にもハルバートンより年長者でありながら階級では下回っている事実に歯ぎしりせんばかりを思いを常日頃から抱いていたことが、彼の旗色と仕えるべき主を選び直させることになる。

 

 もともと彼の年齢で階級は大佐という時点で、サザーランド大佐という人物が大して使える人材でないことぐらい、考えるまでもなく誰でも分かる。

 そんな彼が軍人として残された時間の中で、立身出世を叶えようと思えば、選ぶべき道は自ずと狭まらざるを得ない。

 

 この部屋に集められたメンバーたちも、ブルーコスモス盟主へと忠誠を誓うことを約した同士たちであり、新たなる地球連合軍の中軸を担う選ばれた者たちの一員として選抜された忠臣たちだった。

 

 巨大組織である地球連合軍の首脳が、たったこれだけの数人だけで構成されている訳もなく、あくまで本番を前にして“台本の確認”と“段取りの打ち合わせ”のためアズラエル様からの通達を前もって知らせておく必要があった者たちだけが、今この場に集っていた将校たちの所属する本当の所属勢力における仲間なのだから。

 

 

 

 

『――仕える相手を選べるチャンスを与えてあげてるんですけどねェ?』

 

 

 

 形式主義に陥り、部下の評価選考も古くさい因習やら伝統やらに縛られている連合内での出世レースに絶望し、年齢によって未来の栄光へ至れる可能性が潰えたことを思い知らされた時。

 

 自分へ向かって手を差し伸べて下さった、あの方の掛けてくれた言葉をサザーランドは今でも昨日のことのように思い出すことができる。

 

 

「この戦いの結果によって、世界は再び気付くことになるでしょう。・・・我々の書いたシナリオによって正しい答えに。

 奴らがいるから、世界は混乱するのだという事実に。

 コーディネイターなどという宇宙のバケモノ共など作り出してしまったから、こんな世界になってしまったのだという真実に。

 避難も脱出もよろしいですが、此度の“不運な出来事”の後、我らは一挙に打って出なければなりません。その為の準備も怠りませんよう。

 ――“すべては、青き清浄なる世界のために”・・・・・・!!」

 

 

 そう、今回の作戦も被害も、戦争の勝利も。

 “大西洋連邦のため”でもなければ“地球連合のため”でもない。

 

 すべては、“青き清浄なる世界のため”にこそ、在るべきものだから―――。

 

 

 

つづく



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第20話

どちらにしようか決めかねたまま出来あがった内容ですが……一先ずは投稿しておきました。
シロッコの介入で変化したプラント本国の事情回と、アスランの病室お見舞い回。
場合によっては差し替えも想定した上での更新となります。

尚、特に問題ない場合には次話から真のオペレーション・スピットブレイク開始でもいいんですけど…これもまた悩み中。悩み多き昨今。


 アスラン・ザラは、窓の外見える夕日を見つめていた。

 ザフト軍が確保した地球上における要衝の一つ、カーペンタリア基地内に併設された軍病院の一室から、ベッドに横たわって療養中のことだった。

 

 オーブ近海の小島でおこなわれた、足つきとストライク――キラ・ヤマトとの決戦で負傷し、その後オーブ軍に救助されてザフト側へと引き渡されてから数日。

 彼の位置から見える景色の下方では、目前に迫った《オペレーション・スピットブレイク》への準備のため着々と準備が進められている慌ただしい光景が見えてはいた。

 地球軍に残された最後のマスドライバーを奪い取り、宇宙にあるプラント群へ攻撃したくても出来ない窮状へと追いやる、ザフト軍にとっては極めて重要な作戦だ。

 当然のごとく、準備には万全が期され、地球上の各方面軍のみならず、宇宙からも次々と戦力が集められ、最終的にはザフト地上軍全軍の7割以上が集結することになる一大作戦。

 

 前例のない大規模な決戦を前にして、ナチュラルと比べて理性的とされるコーディネイターの兵士たちも興奮と動揺を隠しきれず、各所では揉み合いだけでなく口論も散発しているようでもあった。

 

「・・・・・・」

 

 だが、どちらにしろアスランの視界に彼らの姿は写っていなかった。

 彼の瞳に、心の視界に写し出されていたのは、自分の手で殺してしまった親友と、親友の死に泣き叫んで自分に銃口を向けてきて撃たなかった金髪の少女。

 

 ・・・・・・そして、涙に濡れた少女の瞳だけだった。

 

「・・・・・・・・・」

 

 アスランは次々と過去の光景を思い出しながらも、それらの光景を横糸でつなげて考えようとしていた訳ではなかった。

 ただ思い出していた。ただ思い出しながら、何故こうなってしまったのか? なぜ自分たちはこんな結果に至る場所まできてしまったのか?と、ただ同じ疑問を繰り返し繰り返し頭の中で行ったり来たりさせているだけ。

 

 ・・・・・・一体どうして、こんなことになってしまったのだろう?

 再び出会った時、キラは敵だった。一緒に来いと何度も言ったが、キラは聞き入れようとはしなかった。同じコーディネイターなのだから自分たちの仲間になるのが正しいのに、キラはそれを拒んだ。地球軍にい続けた。地球軍は敵だ。敵は倒すしかない。

 だから撃った、殺した。自分が、キラを、この手で。自分が自分が自分が自分が・・・・・・

 

 無限に続き始めた、罪悪感から始まる負の思考。その連鎖。

 あるいは、他の誰でもなく彼自身がそれを続けたがり、自らを罰したがり、自分がやったことは許されないことだと、誰かから罰せられなければいけない大罪人なのだと信じたがって、それを証明する根拠や証拠となる記憶を求めているだけなのかもしれなかったが、それすらも今の彼には考えられる精神的余裕はない。

 

 

 

 

 

 ただ無限に繰り返されるメビウスの輪から抜けられなくなりつつあった彼の思考を、「トントン」と静かに叩かれたノックの音が一時的に中断させたのは、いったい何時間そうしていた後のことだったろう?

 

『クルーゼだ。入っていいかね?』

「あ・・・隊長・・・・・・どうぞ」

 

 室外から問われた確認に、了承の意を返してドアが開かれ、波打つ金髪をなびかせながら見慣れた仮面姿の上官が入ってくる姿をアスランは最初、無感動な目で見つめていたが、上官の背後から付き従うように紫色の高い頭頂部が視界に写った瞬間、思わず身じろぎしそうになる。

 

「そのままでよい。今の君は怪我人なのだからな、礼は不要だ」

「・・・・・・申し訳ありません」

 

 後からやってきた男に目を奪われた少し後、先に入室してきていた相手が敬意を払うべき存在であることを遅れて思い出し、痛みを堪えて起き上がり敬礼しようと身体を動かそうとして表情が歪むのを見て取ったクルーゼが、片手をあげて制すると労りの言葉をかけてくれる。

 

 その部下に対して示した優しい態度は、アスランに胸の痛みを感じさせるものがあり、うなだれるようにベッドの上で謝罪を口にさせていた。

 ディアッカを――ラウから預かった兵を行方不明にさせたことに対する詫びの言葉だった。

 また、それだけでなくヘリオポリスで奪取したフェイズシフト搭載機の半数を損失させてしまったことも含めた言葉でもあった。

 これから始まろうとしているパナマ攻略では、連合軍も必死の抵抗を示すだろうし、戦闘は今までにない苛烈なものとなるだろう。その際に実弾兵器を無効化する機能を有する高性能MSの有無は、兵士たちの生還率と死亡率に大きく影響することは疑いない。

 

 自分は、それを可能とする兵器を与えられた身でありながら、友へ抱いた感情のため討伐にこだわり退き時を誤ってしまった・・・・・・そういう意味を込めての謝罪だったのだが、クルーゼは鷹揚にかぶりを振って部下の失態を咎めようとはしなかった。

 

「いや、気にしなくていい。シロッコからも報告は聞いたが、君はよくやってくれた。私の方こそ対応が遅れてしまったことを、すまなかったと思っているほどだ」

「いえ・・・そんな・・・・・・そんなこと、は・・・・・・」

「確かに払わされた犠牲は大きかったが、やむを得んことでもあったのだろう。

 それ程に“強敵だった”ということだからな、君の“親友”は」

「・・・・・・ッ」

 

 上官からかけられた『優しい口調の言葉』に、丸くなっていたアスランの背がびくりと震え、顔をうつむかせながらシーツを握りしめる手に力が入る姿を眺めやりながら・・・。

 

 クルーゼは――自らの放った言葉で相手が受けた痛みと苦悩を味わうように、満悦の笑みを浮かべながら美食の快楽に酔いしれる。

 

 そんな両者の姿を等分に眺めやれる位置にあるシロッコは、親友の相変わらずな悪趣味に呆れさせられながらも筋と友情を通して口には出さず、ただ黙って肩をすくめるだけに留めておくことにしておいてやった。

 

 シロッコの天才性によって寿命が大幅に延命されたことで、人類滅亡計画を破棄したクルーゼではあったものの、それまでの人生が碌でもなさすぎていた為なのか、未だに他人の心が痛みや苦悩に苦しみのを見せつけられると、甘美な愉悦を感じてしまう悪癖として残り続けていたのである。

 

 ハッキリ言って良い趣味とはいえず、むしろ悪趣味としか表現しようのない性癖ではあったのだが・・・・・・彼が送ってきた半生を思えば、寿命が延びただけで善人になれるなど求める方がどうかしてもいるのだろう。

 

 シロッコとしては、自分自身も決して良い趣味で選んだ転生先の肉体でないことは自覚していたこともあり、その趣味が向かう先が味方にならぬ限りは放置する方針を決めていた。

 明らかな友人贔屓が強すぎる方針ではあったものの、小説版では自分自身にもサドの加虐趣味らしき描写があったこともあり、存外に自分も似たもの同士かもしれないと割り切っていたため、このような場面を目にしてもストレスなく見過ごすことが出来てきていた。

 

 痛みを堪えるため、うつむいた姿勢が仇となり、クルーゼとシロッコというザフト軍内でもトップ争いを独走しそうな悪趣味すぎるSっ気を上官2人共が有しているとは気づくことなく。

 

 アスランはただ、自分の心の内側にある景色だけを見つめ、ただ自傷行為じみた罪悪感に打ちひしがれ続けている。

 そんな彼にクルーゼは、今日の自分が病室を訪れた本命の目的について切り出し、趣味の愉悦を終わらせる。・・・未練を振り切るのに多少の苦労をしなくもなかったが。

 

「君にとっては辛い戦いだったと思うが――ミゲル、バルトフェルド隊長、モラシム隊長、他にも多くの兵が彼によって命を奪われていたのは事実だ。その強敵を討った君の強さは、本国でも高く評価されているよ。

 ――そこでという訳ではないだろうが、軍からは功績を称え、君にはネビュラ勲章が授与されるそうだ」

「――え・・・・・・?」

 

 一瞬、アスランには自分が何を言われているのか意味が分からなかった。

 勲章――? 勲章が授与されるとは、どういうことだ?と混乱する頭で必死にアスランは整合性を取るため脳をフル回転させ考え続ける。

 

 自分のキラに対する個人的な哀惜の念や罪悪感は、この際置いておこう。

 だが、それを差し引いても自分が勲章授与に値する功績を立てたとはアスランには到底思えない。

 

 何故なら自分は『敗軍の将』だからだ。

 率いていた部隊は事実上の全滅を喫して、標的であった敵艦には逃亡を許し、足つき追撃における当初の目的であった『連合本部アラスカまで新型MSと新造艦のデータを持ち帰らせぬ事』は完全に失敗して、連合軍にナチュラル用のMSを量産されてしまう危機を阻止することが出来なかった。

 

 戦績を一見するだけなら、無能の極みとアスランを罵倒されたところで反論する余地を見いだせなかったかもしれないのが彼の立場なのである。

 まして、失わせてしまった人員の中には『エルスマン議員のご子息』もいる。

 評議会メンバーにも名を連ねている彼の親は、息子を“MIA”にさせた無能な隊長の栄達と栄光を許せる心情になることができたのだろうか――?

 

 様々な疑問点が瞬時にアスランの脳裏に現れては消えることなく点滅し続け、彼に事態の“異常性”を警告していたが―――それは早計な判断だったかもしれない。

 何故なら彼を驚愕させる威力を持った言葉の爆弾は、“これから投じられる”ところだったのだから・・・・・・。

 

「それに私としては残念な極みだが、本日付けで君には国防委員会直属の特務隊へ転属するよう通達も来ている。

 栄転だ。おめでとう、アスラン。私も優秀な部下を率いていた上司として鼻が高いよ」

「そんな・・・・・・隊長っ、うッ!?」

 

 呆気にとられ、思わずどういうことかと勢い込んで訪ねようと身を乗り出そうとして、負傷した身体の傷に苦痛を訴えられ、再び蹲ってしまった部下の背中を優しい手つきで支えてやりながら―――クルーゼの口元からは愉悦の笑みは全く消えていない。

 むしろ会心の笑みと言って良いほどの、余人が見れば狂気の笑みとも受け取れるシチュエーションと立場で悦びに満ちあふれた笑顔を浮かべる親友に、シロッコは「かける匙なし」と見切りをつけて、もはや何も言う気はなくなった状態で見物人に徹することにする。

 

「トップガンだな、アスラン。君は本国で開発されたばかりの最新鋭機が与えられ、その専属パイロットとなるとのことだ。その機体受領のため、即刻本国へ戻って欲しいそうだよ」

「しかし・・・! 隊長、それではあまりに・・・・・・っ」

「ああ、それとだが本国への帰途にはセレモニーに参列するため、シロッコも同道する予定だったのだがね。

 君の負傷具合から軍医が今しばらくの療養が必須と言ってきかなくてな、早くともオペレーション・スピットブレイク開始と同日まで宇宙への帰還は許可できないそうだ。

 悪いが彼には一足先に本国へ帰還してもらって、君のセレモニーへの参加は見合わせざるを得なくなってしまった。前途ある若き英雄の誕生に冷や水をかける結果となってしまって申し訳ないが了承して欲しい。では――」

「そん・・・な・・・・・・待って、待って下さい、クルーゼ隊、長・・・・・・ッ!!」

「アスラン」

 

 痛む身体を堪えて必死に手を伸ばそうとするアスランだったが―――その彼に上官は・・・否。

 本日付けで上官ではなくなってしまったらしい男は、静かな声音で今日まで部下だった少年の名を呼ぶと、最後に一切の感情を配したマシーンのような声音で彼に“事実だけ”を冷徹に突きつける。

 

「――君の立場と敵だった者との関係を知る者として、今の君の心情は察するにあまりあるが・・・・・・これは既に“本国で決定された命令”だ。

 軍人である以上、我々のような下の者に今さらなにを言っても、どうすることも出来ない事柄なのだ。聞き入れたまえ」

 

 冷たい声音で告げられた事実に対して、アスランは反論の言葉を失うことしか出来ない。

 相手の言っていることは完全に正論の極みであり、組織の人事秩序の上から言っても、自身の立場から見た意見としても完全に正しく、自分が言おうとしている内容は個人的感情だけで組織を動かせると信じる子供じみた愚かな妄想と断じられても仕方のない暴言でしかないと思い知らされることしか出来なかった。

 

 何故なら自分は、赤服をまとったザフト軍のエースパイロットで、トップガンになった“一人”でしかないからだ。

 

 

 

 この決定が軍本部から出されたものであるなら、それを不当として覆そうという望みを叶えるためには最低でも『黒服』か『白服』などのエース級以上に地位身分を手にして影響力を高めなければならない。

 

 たかだか現場の1エースパイロットに留まる限り、彼には今回の決定を拒絶できる権限が与えられることは決してなく、まして覆すなど越権行為以外の何物でもない。

 もしアスランが今回の人事を覆したいと望むなら、むしろ特務隊への転属は受け入れるべきものだった。それだけ本国と評議会政府からの覚えめでたき地位に近づくことが出来るからだ。

 組織の決定を変えたいと望むならば、組織そのものを変えれるようにならねばならず、組織そのものを変えたい者は偉くなって、高い地位と権限を手にするより他に道はない。

 

 それ以外の手を使おうとするなら、それは非合法手段でしか存在しないだろう。

 たとえば、そう―――クーデターとか。

 

 自身が父の意に背いて今のザフト軍を変えるため、反乱軍を率いてマントを翻し「粛正」を呼号する姿を一瞬だけとは言え想像してしまったアスランは「ぞっ」となり、慌ててかぶりを振って不快な妄想を追い払おうとするが・・・・・・不快な事実までは消えてくれないのが現実でもあった。

 

「それ・・・・・・は・・・ですが!」

「やりきれない話だがね。それが組織に属するというものさ。――お父上が評議会議長となられたのは、聞いているかね?」

「え? ・・・あ、はい。一応は・・・」

 

 激高しかかっていたところに、またしても話題転換をもたらされ、沸騰しかかっていた頭は再び困惑したような表情を顔に張り付かされてしまった。

 変幻自在な変化球を多用してくる会話が、どうやらクルーゼの得意分野であるらしかった。

 相手の心理を振り回して弄ぶ彼らしいコミュニケーション術と言えばそうなのだろうが、これでは良い友人には『一人ぐらい』しか恵まれそうにないと、彼自身も彼の友人も同じ感想を抱き合っていたことを彼ら共通の部下である少年は気付いていない。

 

「ザラ議長は、戦争の早期終結を願っておられる。そのためにも血を分けた息子である君には遠く離れた戦場ではなく、自身の身近で力を貸して欲しいと、そう思っておられるのだろう」

「・・・・・・」

「本当に――早く終わらせたいものだな、こんな戦争は・・・・・・そのために君もまた、お父上と我が軍勝利のため力を貸して欲しい。これは私個人からの願いでもあるのだよアスラン」

「・・・・・・・・・・」

 

 今まで上官だった人物から、そこまで言われてしまえばアスランとしては反論や反対など出来るはずもない。

 最後にそう言い残して席を立ち、病室を出て行ったラウの背中にアスランは見送ることすら出来ずにシーツを強く握りしめ、俯くことしか出来ないままクルーゼ隊の一員として隊長と交わす最後の会話の締めくくりとなった。

 

 ――そして、それ故に彼は気付くことが決して出来なくなってもいた。

 

 俯いた姿勢で去って行く隊長を見送っていた彼の位置からは見えようがない、正面から見たクルーゼの顔面の下半分には、「戦争の早期終結を願う」などと言う小綺麗な平和主義など微塵も感じられない歪な愉悦の笑みを終始浮かべ続けたままだった事実に。

 

 自分の内面ばかりを見つめたがるアスランは、最後まで相手が浮かべ続けていた内心を現す笑みを見抜くことが出来ぬまま、部下と隊長としてクルーゼの関係に終止符を打った。

 その滑稽とも呼ぶべき人間関係に気付いていた者がいるとすれば、異なる地球で役者でありながらも痴話喧嘩の舞台劇を見物していた観客でもあった立会人の男一人だけだったろう。

 

 

 

 

 

「やれやれ・・・・・・言葉不足な上官を持つと、フォローのため部下が苦労させられるものだな」

「・・・・・・?」

 

 その立会人を自称していた男に生まれ変わった人物は、隊長が退室していった後にも関わらず病室に残り、アスランには意味不明な言葉を何事か呟くと、病室の中をなにかを探すようようにウロウロし始める。

 

 最初はその行動の意味が分からず、仮にも副隊長だった相手に挙動不審さを咎めるのも気が引けて、首をひねるだけだったアスランだったが―――やがてシロッコの手付きから一つの可能性に思い当たってハッとなる。

 

(まさか――――盗聴器ッ!?)

 

 その懸念に気付かされて一気に険しくなった目つきで周囲を見渡し、怪しげな箇所がないか自分でも探し始めてしまうザフトの少年兵アスラン・ザラ。

 まさかとは思う。仮にも軍病院で傷病兵相手にやることでもなく、味方に対してそこまでやるなどとは思いたくもない。

 何より自分には、そんなことをされる理由に思い当たる部分が何もないのだ。

 

 だが―――今のアスランの立場なら、本日付けで与えられることになった『今日からのアスラン』には、そういう行為をされてしまう理由を持った立場になってしまっていたのかもしれない・・・・・・そう思ってしまったが故での行動だったのだ。

 

「・・・ふむ。流石に精密機器が多い病室まで仕掛けがあるとは穿ち過ぎた考えだったか・・・いや、すまなかったなアスラン。余計な心配を抱かせてしまったようだ。

 少々“やんごとない御方”の話に、触れなければならない話題だったものでね」

「い、いえ・・・・・・私の方も先日は失礼いたしましたから・・・部下の立場にある者として失言でした」

「そう思っているなら、それでいい」

 

 杞憂だったことをオーバーアクションの手振り付きで示した今一人の上官だった男に対して、アスランは頭を下げながら謝罪の言葉を述べる。

 足つきと最後の決戦を挑むに当たって、シロッコに助けられながらも挑発的な言葉を投げかけてしまったことを遡って詫びた言葉だった。

 シロッコはそれには鷹揚に手を振って謝罪を受け入れながらも、特に気にした様子も見せることなくアスランの側に心持ち近づいて背後を気にした後、ようやく“今回の見舞いの本題”に入る準備が整ったと判断した。

 

「・・・実はなアスラン。言おうか否か私とクルーゼも迷ったのだが・・・・・・君のこれからの立場を鑑みれば先に伝えておくべき事柄だと判断したからこそ聞かせる話なのだが・・・・・・。

 先程クルーゼが語った内容は、あくまで“表向きの話”であって真の狙いは別のところにあると我々は見ているのだよ。今回の君の人事には多分に政治目的が絡んだ故でのものだろうと」

「と、言われますと・・・・・・?」

 

 アスランもまた相手に併せるようにして小声になって、それに応じる。

 陰謀好きで謀を好む上官たち2人の影響をダイレクトに受ける立場にあったせいで、最近ではとみにこういった行為が慣れがつき始めてしまっている自分に彼自身が気付いていなかったのは、果たしてアスランにとって幸福なのか不幸なのか? それは現段階の時点ではなかなかに判定が難しい難題だったかもしれない。

 

「クルーゼが言っていたことの繰り返しになるが・・・・・・お父上のザラ国防委員長が先日の選挙の結果、評議会議長に当選されたことは知っているな」

「はい・・・クルーゼ隊長にもお応えしました通り、一応はという程度ですが・・・」

「ふむ。では、その内訳は? どのような経緯によってお父上がクライン議長からの政権交代を成し遂げられたか、有権者たちの投票理由などは聞いているかね?」

「・・・・・・いいえ。医療スタッフの誰かが教えてくれたような気がするだけで・・・・・・あるいは父から直接メッセージが届けられたものを読んで知ったものかもしれません・・・恥ずかしながら、よく覚えていないのです・・・」

「まぁ、君の様態と、陥らされていた立場を思えば致し方のないことではあるが」

 

 苦笑する響きがシロッコの声に籠もり、思わずアスランは赤面する。

 考えてみれば、かなり親不孝な行動であり、次期議長候補の子息として不適切な軽挙だったかもしれないと今更に他人の口から知らされて思い知らされる形となってしまったのが理由によるものだった。

 

「――ザラ議長が当選されたのは、逼迫する状況に追い詰められ、なりふり構わなくなってきた連合のような国との戦争を早期解決に導くためには、国家主権などの法律的正しさに拘る穏健派のクライン政権よりも、今はザラ政権の方が確実だと市民たちが考えたからだ」

「はい・・・・・・」

「が、これは一面的な事実であって、通俗的な見解に過ぎん。本音はまた別のところにある。

 シーゲル議長とクライン政権による弱腰政策が結果として、プラントを危機的状況に陥れ、無用な犠牲を生じさせる原因になっていたと市民たちは解釈したのだ。

 今回の君がストライクを落とした手柄で、ネビュラ勲章が授与され、特務隊に配属までトントン拍子に事が早く運びすぎたのも、その一環だな」

「・・・・・・それは一体どういう・・・」

「つまりだ――」

 

 そこまで言って、流石にシロッコも後ろめたさを感じざるを得なかったのか唐突に声量を落とす。

 併せるようにしてアスランも喉を鳴らして声を飲み込むと、心持ち耳を寄せて相手の発言を聞き逃さないよう意識を集中させる。

 

 

「つまり、ストライクを落としたという手柄は、それだけの脅威を排除できた故での功績ということにしたいのだよ。

 “オーブが連合と密かに結託して開発していたストライク”は、それ程の脅威と被害をプラントに与えるものだったのだと既成事実化したいわけだ・・・・・・」

「――あッ!?」

 

 

 思わずアスランは飛び上がって驚きを露わにしそうになり、再び痛む身体の激痛に襲われてベッドの上に逆戻りする道化を演じる羽目になる。

 だが・・・今だけは、それを恥ずかしいとは思わなかった。思っている余裕が精神からなくなってしまっていたからだ。

 

(父上・・・っ、そこまでやられますか、父上ぇぇぇ・・・・・・ッッ!!)

 

 そんな想いが胸を満たし、アスランの中で過去の優しかった父親と、今の卑劣な情報操作によって『倒すべき敵』を増やそうとしている冷徹な謀略家でしかなくなってしまった父の姿との隔たりに目眩を覚えるほどの怒りに駆られる。

 

 実際にオーブ・ヘリオポリスから奪取した《イージス》に乗って、キラと戦い続けてきた自分だからこそアスランにはよく理解できていた。

 

 『あの機体は使えない』、という事実がである。

 余りにもピーキーすぎて、ナチュラルの能力では性能の半分も発揮することはできないのがオーブが開発した連合初のMS《Xナンバー》の実態だったのである。

 

 キラだからこそ、コーディネイターの中でも自分たちクルーゼ隊の猛攻を一人で支え続けた彼が操っていたからこそ、ストライクはこれほどの戦果を上げることを可能ならしめる名機となっていたのだ。

 もし仮にキラ以外の、それもナチュラルがパイロットを務めるためには大幅なOSの書き換えと単純化、さらには性能低下によって扱いきれる域にまで落とし込むことが絶対必須となるのは明白だった。

 

 あくまでカタログスペックによる数値データと、ストライクに打ち立てられた被害だけを検証した場合にのみ、オーブと連合の密約を許したことで生まれてしまったストライクの脅威は成立可能になる。

 そんな虚像でしかないのが、ザフト軍にとってオーブの軍事力が持つ脅威度だった。

 確かに連合側でも使用可能なMSの開発を許してしまったシーゲル前議長の失態は大きく、侮れるほどの安い脅威でないのは事実だが、ナチュラルがあの機体を操ったところでクルーゼ隊や《砂漠の虎》を単機で退けるほどの脅威には至らず。

 一般のナチュラル兵でも使えるレベルにまで落とし込んだストライクの下位互換機を量産されたとしても《シグー》を多少上回る性能しか発揮されることはあり得ないと断言できる。

 

 父は明らかに、敵の脅威を過大に喧伝することによって世論を煽り、徹底抗戦に傾くよう民意を操作している!

 今回の議長就任も、プラント市民の総意と言えば総意による決定だが、ザラ自身が煽った世論に押されての総意ではないか! それが公正な選挙結果と言えるだろうか!? アスランとしては何重の意味で腹出しく思えて仕方がない。

 

「そういう事情が裏では介在した結果だろうと、私やクルーゼは現状から分析した結果として考えているのだよ。

 もっとも、所詮は前線の雇われ軍人でしかない我々の僻み根性が現れただけでしかないかもしれんが・・・・・・」

「・・・・・・いえ、正しいものの見方だったと思われます。今の父なら、やりかねません・・・。

 父とは言え、今の父上にはどこか信頼が置けないものを感じていたのは私自身も同様でしたから・・・・・・ですが」

「うん?」

「なぜ私に、そのような話をお聞かせいただけたのでしょう? シロッコ副隊長」

 

 真っ直ぐにアスランは、目の前に立つ男の薄ら笑いを浮かべた顔を直視して言い放つ。

 そう、シロッコからの話を聞いて今回の件に抱いた疑問を解消できたアスランが、次に疑問を感じたのは答えを教えてくれた本人に対するものだった。

 

 何故その事を自分に教えてくれるのか?と、それが分からなかったのだ。

 自分は本日付けで彼らの部下ではなくなり、本国で議長直々の特務隊へと所属を変えることになったのは彼らが言ってきたばかりである。

 立場上、今の話を父の耳に入れてシロッコを反逆罪で逮捕拘束するよう求めることも不可能ではない権限を与えられた身分になるのである。

 そんな相手に何故、今このタイミングでそれを伝えるのか?

 

「無礼を承知でお聞きしますが、シロッコ副隊長はなにを狙っておいでなのですか? 出来ればお聞かせ願いたいものです」

「フッ・・・いい返事だ。では私も仮面を被るのはやめにしよう――」

 

 戯けたような口調で素顔を晒したままそう言って、実際には手袋一つ取って見せたようには思えない元上官の挙動を、一挙手一投足まで見逃すまいとアスランは思い決めて相手からの言葉を待つ。

 分かりやすく仮面をつけて素顔を隠しているラウ・ル・クルーゼより、余程この男の方が仮面じみたものを感じさせられる。そう思わされながら。

 

「前にも言ったかもしれんが・・・・・・今の私にとっての使命は、重力に魂を惹かれた人々が造り出した古い体制の呪縛から、プラントの市民たちを解放することだと考えている」

「・・・それは、地球連合のような者達のことではないのですか? ブルーコスモスのように愚かな思想に取り憑かれて、彼らの言いなりになってプラントに核を撃ち込んでしまう身勝手な者達こそが――」

「違うな。コーディネイターたちも、そういった過去に拘る体制が放った放火の悲劇と犠牲者たちに心を囚われ、彼らを否定し、倒すことに熱中しすぎて地球ばかりに目がいっている点では連合の人々と何も変わらない。

 上を見上げて否定するか、下を見下ろして否定するか。方向が真逆なだけで、やっている行動に大差なき者達なら、古き体制を打倒することに囚われている過去の悲劇に縛られた者達と同じだと断言できるだろう」

「それは・・・・・・そうかもしれませんが・・・・・・」

 

 否定の言葉を放ちそうになりながらもアスランは内心、「そうかもしれない」と思う気持ちもあった。

 父であるパトリック・ザラは、自分たちナチュラルよりも能力で勝るコーディネイターこそが新たなる種たる新人類だと主張して、ナチュラルへの差別的な思想を持つ過激な一派から熱烈に支持されているものの、見方を変えれば父の主張は『ナチュラルを見下し否定することに依存している』という側面もあるのだ。

 比較対象として自分たちより劣ったナチュラルを必要とする。

 

 また、ナチュラル側からコーディネイターに対する差別的な否定への反発と悪感情が、パトリックの唱える『自分たちこそが優秀であり、劣った者が優れた者を攻撃するのは無礼である』とする方針に賛同しやすいムードを形作ってもいた。

 

 ハッキリ言ってしまえば、新議長パトリック・ザラの方針は【アンチ地球連合】であり【アンチ・ブルーコスモス思想】でしかない。・・・・・・と言うのが実情だったのだと、アスランはこの時初めて明確に自覚した。させられてしまった。

 

「私はザフト軍の軍人なのだよ、アスラン。プラントという国と、プラント市民たちを守るため戦っている。ザラ議長個人の私兵へと鞍替えした覚えはない」

「・・・・・・」

「無論、ザラ議長の政策が真にプラントのためになるなら協力は惜しまん。

 ブルーコスモス支配体制下での連合と、共存を受け入れるなど考えられんことでもあるしな。だからこそ、こうしてザフト軍に身を置き続けてもいる」

「・・・・・・・・・」

「君はこれから本国へと戻り、議長の近くに身をおく立場となる。こういった裏事情を知っておいて損はないと思ったからこそ話しておくことにしたのだ。

 今のプラントと市民たちを、今までのように外側からではなく内側から見て、自分の意思で考えられるようになるのだ。

 目の前の現実ばかりに心囚われ、全体を見定める心を忘れてはならない。

 生の感情むき出しで戦うだけでは、人に品性など求めるのは絶望的だからな」

「・・・・・・・・・・・・はいっ。ご指導、ありがとうございました・・・!」

 

 感動と共に一礼し、頭を下げたアスランに労りの言葉を最後にかけるとシロッコは、一足先に本国へと戻るため出立の準備を始めようと私室へ戻り。

 

 

 

 

 

 

 

「―――ふふふ・・・かわいい奴だよ。アスラン。

 さすがは一人でパトリック・ザラをやろうとしただけの事はある、と言ったところか」

 

 仮面じみた薄ら笑いを浮かべる表情に、初めて感情めいた露悪的な笑顔を満面に浮かべて呟き捨てることになるのを、アスランは知らない。

 

 原作におけるガンダムSEEDの歴史は、連合本部アラスカへの奇襲とサイクロプス自爆によって急激に加速する流れとなっていた。

 だが、生まれ変わった自分が介入したことで歴史の流れは大きく変化し、ラウ・ル・クルーゼは人類滅亡計画を企むことなく、ムルタ・アズラエルに真のオペレーション・スピットブレイクの情報は渡っていない――“はず”ではある。

 

「これでいい。パトリック・ザラとアスランの枢軸が長続きするはずもないが、私の介入によって今以上に余計な変化などもたらされるのは阻止せねばならん。

 パトリック・ザラの思惑通りにことが運ぶなら、それで良い。

 だが、そうならなった時には“彼”の存在を考慮せねばならん世界がCEでもある。

 その時のために、対抗馬ともなり得る彼の赤き騎士は用意しておいてやるに超したことはあるまいよ・・・」

 

 これから始まるコズミック・イラの歴史はシロッコにとって未知のものなのだ。

 何が起きるか予測は付かず、何が起きようと不思議ではない。

 ならば何が起きて、どのような変化が生じようと、対応できるだけの余裕と選択肢を数多く撒いておくことが肝要だった。

 

 

「“種を飛ばす手はず”は整えてやった。あとは結果を待つのみだ。

 もっとも、絶望などという、ちっぽけな感傷にこだわって自滅したフル・フロンタルの二の舞を踏むのは御免だが・・・・・・こればかりは立会人に過ぎぬ身で決める訳にもいかん問題か。フフフ」

 

 

 自分が全ての人の心と行動を操れるなどと思い上がる気は毛頭ない。それは恐らくシロッコ本人も同様だったろう。

 敵であるカミーユからの否定的感情に満ちた指摘など、どこまで信用できるか分かったものでないのは当然のことでしかない。

 もっとも、完全に間違っていたとまでは思っていないのも、今の彼であったのだが・・・。

 

 皮肉気に嗤って、パプティマス・シロッコに生まれ変わった転生者の若者は、歴史の流れが変わる瞬間に立ち会えている実感を肌で感じ取り、一時の愉悦に酔いしれていた・・・。

 

 

 

つづく




*『補足説明』
指摘を受けましたので、念のための説明です。

今話のラストでシロッコが言っている、【種を飛ばす手はずは整えてやった】というのは、今話内のアスランについてではなく伏線となります。

詳しくは次話か次次話において語られる予定。


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第21話

色々あって自分の執筆スタイルに疑問を感じ、何となく書きたい衝動に駆られて思わず書いた話となります。
とりあえず、新しいネタ集めするより、自分の書いてる作品のアニメ版だけでも全話見直す方を優先しようと決意。


 

 地球軍本部アラスカまで到着してから数日後、アークエンジェル・クルーたちの待遇は甚だ不本意なものとなっていた。

 敵の追撃を振り切り、独力だけで敵陣を突破して孤独な戦いを勝ち残り、連合軍本部アラスカまでたどり着くこと――。

 それは年号の異なる地球圏をめぐる大戦で白いMSの戦艦に与えられた任務遂行とまったく同じものであったが、それを果たして目的地まで辿り着いた者たちへの対応はまったく異なるものへと変化していたのが、その理由だった。

 

 彼らはアラスカへの到着後。艦内待機を言い渡されてから、5日間も音沙汰なきまま放置され続けていたのである。

 

 すでに艦内では、問題が発生し始めていた。

 積もり積もったフラストレーションが元と思しき味方同士のイザコザが、表面化し始めていたからだ。

 

 戦死が確認されたキラの友人、トール・ケーニヒの恋人“だった”少女ミリアリア・ハウによって、先の戦闘で捕虜になっていたザフト軍の赤服パイロットであるディアッカ・エルスマンが害されそうになったのは、そんな中で起きた事件の中で最大のものだったと言っていい。

 

 

 

「捕虜をいつまでも、医務室に置いておいたのが間違いでした」

 

 通路を歩きながらマリュー・ラミアスは、捕虜が襲われて殺されそうになった一件について副長から冷淡な声での報告を受けていた。

 ナタルから冷静に述べられる事務的な内容は、微量な糾弾が混じっていることを感じさせられ、普段は温厚というより“お人好し”という方が正しい性格の艦長もうんざりした表情を隠しきれない心地にさせられる。

 

「ましてや、そこを一時でも無人にするとは・・・・・・。先の戦闘で兵たちも動揺しているのです。当然あのようなことが起こり得ることを、認識しておくべきでした」

「そうね――」

 

 実のところ、あの捕虜に関してはマリューの側でも迂闊さを悔いている部分はあり、アラスカ入港と同時に本部へと引き渡す予定で怪我の手当だけして、その後はほとんど放置した状態になり半ば忘れかけてしまっていたのが理由だった。

 

 無論、アラスカ到着時に捕虜の件については報告していたのだが、その件についてさえ本部からは何の指示もなく、自分たち自身の存在さえ忘れられたような扱いを受けていたアークエンジェルのクルーたちにとって正直、捕らえた敵のことまで気にし続ける余裕はなかったのである。

 

 ザフト軍によるパナマ侵攻に対処するため余裕がない。――それが、この処置がおこなわれた理由説明だった。

 最初はマリューたちも、それで納得とまではいかぬまでも「仕方がないか」と受け入れてはいた。

 

 アラスカまで辿り着いたとはいえ、到着寸前にストライクを失い、結果として彼女たちが本部まで持ち込むことが出来たのはアークエンジェル本体と戦闘データだけだったというのは紛れもなく事実であったし、ヘリオポリスで《G》の開発計画をスタートさせた頃には、5機の《G》と運用母艦アークエンジェル双方をセットで新たな地球軍の主力に考えていたのと比べれば、大損害と言われても否定する言葉がないのも事実ではあったからだ。

 

 ・・・・・・とはいえ、その過程で幾つかの戦功を上げたのも事実ではあり、他の味方が敗北と後退を続けている中にあって孤立しながらも勝利を続けてきた実績とも鑑みれば、この冷淡すぎる対応に悪意的なものを感じざるを得なくなっていくのは仕方のないことであっただろう。

 

 英雄として歓迎しろ――などと傲慢な願いまでは考えたこともない。

 ただ部下たちに上陸許可を出して、広々とした空間で休暇を与えるぐらいの配慮はしてくれても良いのではないだろうか?

 事情聴取の必要性があるという通達内容から、士官たちは無理かもしれない。だが曲がりなりのも戦艦のクルーたち全員から事情を聞きたい訳ではなかろう。

 業を煮やしたマリューから問い合わせても、本部からの反応は梨の礫。これでは彼らに不満を溜め込むなと求めるのも無理がある。

 

 

「そうでなくとも、これではまるで捕虜に脱走してくれと言っているようなものではありませんか。この件も報告せざるを得ないでしょうね・・・」

「それも正確な論評なんでしょうね。でも、それなら――」

 

 だからであったのか、この時の彼女はナタルからの他人行儀な一言が妙に勘に障るものを感じさせられ、不機嫌になっていた。

 正直、イラついてもいたのだろう。

 地球に降りてきたばかりで砂漠の虎と戦闘になった直後に、キラ・ヤマトが横柄で生意気にも取れる発言をしていたことがあるのと同様に、彼女にも自分の感情をコントロール仕切れず、神経が「雑」になってしまうこともある。

 人はマシーンではない以上、それは仕方のないことでもあったのだから。

 

「――副長の良きように。私なんかに構わず、勝手にしてくれればいいだけでしょう?

 今までずっと、そうしてきたのだから・・・・・・」

「艦長ッ!!」

 

 無責任とも受け取れるマリューからの返答に叫び声を上げるナタル。

 だが、その声は糾弾と言うより悲鳴に近かった。

 

 普段は、頼りなくはあっても理は理として認められる人だと思っていた艦長が、なぜ今のような状況下で自棄を起こしたような反応をするようになっているのか? 彼女には全く理解できなかったからだ。

 

 ・・・・・・ただ一方で、彼女が自分の行動にはじめて疑問を抱かされたのも、この瞬間だったことは事実だった。

 確かに艦長の言うとおり、今回の件では艦長だけでなく自分にも、そして軍本部にも責任があったのだ。

 

 このような事態が起こり得ると懸念するのが当然なら、自分の判断で移動を命じさせ、終わった後に艦長へと報告をあげても良かった。・・・今までやってきたのと同じように・・・。

 

 また捕虜が脱走する危険性を留意するなら、本部もなにか言って然るべきだった。

 脱走した捕虜に、本部内での破壊活動などやられてはアークエンジェルの責任問題ウンヌンというレベルでは収まらないのだから、危険性を留意するべきだったのだ。

 

 そして、この自分も。

 本来は先任士官でしかない相手の失態ばかりを糾弾して、軍上層部の責任問題には言及すらしようとせず、その理由を「軍人の義務」「勝利のため」とだけ言い続ける自分の行動は――俗にいう『保身』と呼ばれるものではなかったか――?

 

「――ッ、艦長ッ!!」

 

 我知らず、声を上げていた。

 開けてはいけないパンドラの箱を開きかけてしまったような恐怖心に襲われて、何かに向かって自信の正当性の主張をしなければ気が済まない。そんな衝動的な欲望に掻きたてられ叫ばずにはいられなかったのだ。

 

「私はなにも、個人的感情であなたを非難しているつもりはありません! むしろ、逼迫した状況の中でよくやっておられると感嘆を禁じ得ない思いを抱いている程に!!」

 

 思わず発せられた、自分でも言うつもりのなかった言葉にナタル自身が驚きを感じさせられたが、同時に納得もした。

 そうか、そうだったのかと自分でも自分の気持ちが今ようやく分かった。理解したのだ。

 

 自分はこの人に敬意を抱いていることに。本来ならば果たさなくて良い責任を背負って、その細い肩と身体で折れることなく背負い続けて今までやってこれた彼女に軍人として深い敬意を感じるようになっていた。

 

 だからこそ、立派な艦長になれるよう支えようと思っていた。艦長の至らぬところを補佐するのが副長の役目として、敢えて失敗部分や悪い部分の指摘ばかりに明け暮れてきた。その部分さえ是正できれば、彼女は間違いなく完璧な艦長になれると信じて・・・・・・。

 

 だが――だがしかし、今は・・・・・・今となっては―――

 

「私が申し上げたいのは、我々にとって規律は重要なものであり、野戦任官だろうが緊急事態だろうが、それは変わらないということだけです!

 軍には厳しく統制され、上官の命令を速やかに実行できる兵と、広い視野で情勢を見据え、的確な判断を下すことのできる指揮官が必要です! でなければ隊や艦は勝つことも、生き残ることも出来ないのですから!」

「・・・ええ、分かっているわナタル。分かっていると、言いたいところだけれど・・・・・・」

 

 突然に褒めちぎられて意表を突かれたらしいマリューは、しばしの間きょとんした表情で呆けたように黙っていたが、やがてホロ苦い笑みを浮かべ直すと感情を抑えきれなかった自分の失言を取りなすように、茶化すように―――ナタルにとっては致命的とも言っていい言葉を口にする。口にされてしまった。

 

「分かってはいるけれど・・・・・・できなかったなら、分かってないのと一緒よね?

 私も、あなたも、他のみんなも、今回のことも全てが」

「・・・・・・ッ!?」

 

 足下がガラガラと崩れる音を聞いたかのようだった。

 マリューの言葉は、退廃的な気分が言わせているだけの愚痴でしかないことは分かっていた。

 溜まり続けた心労が、油断しても敵に襲われる恐れのない場所にきて一挙に反動がきているのだろうと、ナタルでさえ察することができる。

 

 ・・・にも関わらず彼女は、相手がシニカルな気分になっているだけでしかない言葉に、驚くほど衝撃を受けさせられていた。

 今まで信じていたものに裏切られたような、そんな気持ちに生まれて初めてなっていたのだ。

 

 先ほど自分が語った言葉は、軍事教練で教えられたとおりの正論だった。それは間違っていなかったと今でも信じ続けることが出来ている。

 だが・・・・・・現実に今まで、規律なきはずのアークエンジェルは生き残り続け、勝ち続けてきている。

 他の規律を教え込まれたはずの連合軍部隊が、パナマに残された最後のマスドライバーを死守するため結集して、反撃に回る余裕すら失っている不利な戦況にありながら――

 

「艦長。私は・・・私はなにも――」

「・・・・・・ごめんなさい、ナタル。あなたを責めるつもりはなかったの・・・・・・むしろ感謝してる。今まで至らない私をよく支えてくれてたと。

 ただ、ごめんなさい。今は、今だけは・・・・・・少しだけ一人にしておいて・・・。

 今の私には感情的にならないことが出来そうにないから・・・」

「・・・・・・艦長」

 

 そう言われてしまえば、もはやナタルにかけられる言葉は何もなかった。

 ただ敬礼し、自室で一休みすることだけを提案して受け入れられると、自分は艦長の代わりにやるべきチェック作業をこなすため艦橋へと戻っていく。

 正直、大した仕事はない状況だったが、今は彼女もなにかをやっていたい気持ちになっていたから・・・・・・

 

 

 彼女たちが待機任務を解かれ、主要クルーたちがブリーフィングルームへと集められて審議会を受けさせられた後、一部乗員の移動とアラスカ守備軍第五護衛艦隊付きへの所属替えを言い渡されるのは、この日から更に数日後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 地球上の地下深くに建造された基地施設内にある薄暗い一室で、上級将校の前に多くの士官たちが集められ、審議を受けさせられていたのとは真逆の位置に浮かぶ宇宙空間において。

 

 軍を率いる立場にある人物が、照明を落とした薄暗い執務室でデスクを前に、一人の腹心から報告を受けていたのは、コズミック・イラの暦が冠せられた世界らしい皮肉な偶然によるものだったのかもしれない。

 

「“スピットブレイク”、全軍配置完了したとのことです。ザラ議長閣下」

「・・・・・・・・・」

 

 デスク上に置かれたモニターに映し出された、現在通信が繋がっている相手からの言葉にパトリック・ザラは黙ったまま報告を聞き終える。

 モニターの向こうでは、いつもの通り底の読めない爽やかな笑みを浮かべた好青年が、こちらに微笑みかけている。

 同志とも、新たに得た腹心とも呼ぶべき人物で、緩くウェーブがかった豊かな黒髪と、ハンサムな顔が若々しい。

 そんな彼を前にして、それでもパトリックは押し黙ったまま動こうとしない。

 

 その姿は、ここまで辿り着くまでに歩んできた困難な道程に思いを馳せているようにも、対ナチュラル右翼にしてタカ派の筆頭がらしくもなく逡巡を感じて躊躇っているようにも見える、どちらとも言えず、どちらになることも可能なような、自分の人生の進むべき道は「どちらを選ぶべきなのか?」と迷っている人物に、余人からは見える姿だったかもしれない。

 

 だが、どちらであるにせよ、その反応はモニター向こうの通信相手にとって、予想外のものではなかったようである。

 今この時も、衛星軌道上では数知れぬ輸送艦がモビルスーツを収容した大気圏突入カプセルを降下ポイントへと運びつつあり、地球上では各拠点から輸送機が離陸をはじめて目標値点への移動を開始し、先行していた潜水母艦群も予定ポイントに集結して待機させてある状況が、既に出来上がりつつあった。

 

 大量の人員。膨大な量の物資。

 大量殺人という非生産的活動の極みとも呼ぶべき行動を壮大な規模で実行するため、プラントとザフト軍は持てる力の大部分と、生産能力の限りを尽くして掻き集めれるだけの物という物を集め尽くして、予定されていた計画決行の日に備えてきたのである。

 

 前線から遠く離れたプラント本国にいるパトリックが一声発すれば、地球軍側に残された最後のマスドライバーを奪取するため集められた戦力すべてが動く。

 兵士も司令官も、みな同様に一人の人間からの司令を待ち望んでいる。

 

 これだけの大軍勢を用いた一大作戦の開始が宣言されれば、それは命じた張本人であるパトリック自身でさえ止めることは出来なくなるかも知れない、膨大すぎる数が持つ力の力学。

 

 そう。始まってしまえば、動き出してしまえば、もはや誰にも止められなくなるのだ。

 たとえ命じられた目標が、当初の予定と異なる、議会で承認されていない場所に向けての攻撃命令であったとしても。

 

 一度動き始めた状況は、巨大な津波と化して全てを飲み込み終えるまで止まることは決して出来ない。そういう風に、この作戦は形作られている。

 

 これだけの物を集めておいて、今さら何もせぬまま中止するなど世論が許さない。

 許すことのない社会の風潮を、パトリック・ザラ自身が煽って作り上げてきた今までがあるのだ。もはや彼に戻る道など、とうの昔になくなっていた。

 

 最初から一つしかない選択肢と分かっているなら、焦らせる必要は微塵もなかった。

 ただ優しく、「大丈夫。君は間違っていない。あなたは決して悪くない」と心を慰め傷を癒やし。

 

「―――あとは、ご命令をいただくのみです。

 我らにとって、唯一の正しき道たるザラ議長が示された理想を実現するため、全てのコーディネイターの心に、創成の光を見せるための作戦決行のご命令を」

 

 ・・・・・・ギリギリの縁に立って揺れていた男の背中を、ソッと後ろから押してやるだけで、後は自分の意思で突き進んでいくことは最初から決まっていたことなのだから。

 

 それがパトリック・ザラが生まれ持っていた運命である限り。

 彼はその道から逃れることは決して出来ない。

 

「―――・・・・・・」

 

 やがて議長は重々しく唇を開いて言葉を発する。

 その内容が―――世界を変える一撃になると、そう確信して―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――終末の光を、創成の光として放つことを命じた人物が決定を下したのと同じ場所にある別の建物内で、彼とは真逆の立場に立つコーディネイターの少年が数日ぶりに目を覚ましたのは、果たしてその数日後であったのか前であったのか。

 

 昏睡と覚醒と目覚めを幾度も交互に繰り返していた彼には、もう分からない。

 

「・・・・・・うぅ・・・ここ・・・は・・・・・・?」

 

 重かった瞼をゆっくりと持ち上げながら、まどろみの中でキラ・ヤマトは掠れた声を絞り出すように呟いていた。

 ゆるゆると目を覚ました彼は、自分が見た光景を当初「天国にきた」としか思うことができない。それ程に綺麗で、平和で、優しい場所だったからである。

 

 四方に芝生が広がっていて、周囲には花が咲き乱れ、甘い香りが一息ごとに肺に入り込んでくる。

 青い空をバックにして、ふわふわと波打つピンク色の豊かな髪を持った天使が、ニッコリ笑いかけながら自分に話しかけてきてくれて、それで―――

 

「あら、ピンクちゃん。いけませんよぉ、そちらは・・・・・・まぁ。おはようございます」

「・・・・・・ラクス・・・・・・さん?」

 

 だが、天使と思っていた人物からかけられた声が記憶を刺激し、それが引き金となって見覚えのある人物と目の前の天使の姿がやがて合致し、その人物の名をキラに思い出させてくれることになる。

 

『ラクス・クライン』

 

 プラント評議会のシーゲル・クライン議長の娘にして、プラントにとって『平和の歌姫』と呼ばれる少女。

 そして――“自分が殺しかけたアスラン・ザラ”の婚約者でもある女の子――

 

「あら・・・ラクスとお呼びになってくださいな――キラ。

 でも、覚えていてくださって嬉しいですわ」

 

 そう言って、あの時とは違い自分の名を直接呼んでくれて、ほわりと微笑みを向けてくれる優しくも美しい少女。

 

 だが――それにしても、どうしてラクスがこんな所にいるのだろう・・・?

 まだ本格的に目覚めていない頭で、そう考えたとき。

 キラはそもそも、此処がどこで、自分が今どのような場所にいるのかさえ把握していない事実に気付いて、しばしの間愕然とする。

 

「おや、彼が目覚めたのですね?」

 

 そんな自分に、別の人物から新たに声が掛かった。

 落ち着いた大人の男性の声音だったが、こちらの方には聞き覚えがなく、ただ敵意を一切感じさせない声と喋り方がキラに警戒心を抱かせることなく、ゆっくりとした足取りで部屋から出てきた男の姿を自然に迎え入れる形となる。

 

「はい、マルキオ様。つい先程キラが目覚めてくださいましたわ」

「ふふ。だとすると驚かれたのではありませんか? このような場所で寝かされていたのですから。

 館の皆さんも、そう言って反対されたのですが、ラクス様がどうしてもベッドはここに置くのだと仰られまして」

「あら。だってこちらの方がお部屋より、気持ちいいじゃありませんか。ねぇ?」

 

 杖をつきながら盲人特有の探るような足取りで現れた、三十代後半の黒髪の男性とラクスとのやり取りによって、キラはようやく広々とした庭に据えられたサンルームらしきガラス張りの建物に寝かされている自分に気付くことができたようだった。

 

「――ぼくは・・・・・・」

「あなたは傷つき、私の祈りの庭に辿り着いてこられたのです・・・」

 

 現在置かれている状況を理解し始めたキラの呟きに、マルキオが穏やかな声で答えを付け足す。

 その声は穏やかであっても、過度のいたわりは含んでいない。淡々と事実を告げているだけの言葉だけを与え、キラに自然な形で記憶の再構築を促すための言葉でもあるようだった。

 

「そして、私がここへお連れしました・・・・・・」

「あ・・・・・・」

 

 ラクスが付け足すように言った言葉と表情によって、キラは一時的に忘れていた重要な記憶を――あるいは、一時だけでも忘れていたい消すことが出来ない記憶を、『アスランの婚約者』の口から聞かされて、思い出させられることになり

 

「あ・・・ああっ・・・・・・あ・・・・・・!!」

 

 よみがえった記憶。意識を失う直前の、憎しみしかない記憶。

 ぞろりと蘇った自分の思考にキラはぞくりとし、圧倒されて全身が小刻みに震えはじめる。

 

「ぼく、は・・・・・・アスランと戦って―――しんだ・・・はず、・・・・・・なのに・・・・・・」

「キラ・・・・・・」

 

 震えだすキラを気遣うように、寄り添うラクス。

 そんな二人の姿を見ることができなくなった両目で、痛ましげに眺めやることしか出来なかったマルキオだったが、

 

「――もっともね」

 

 と、今この時だけはキラの傷ついた心と向き合う時間を、身体が少しでも回復するまで逸らすだけの価値ある話を提供することが出来そうだと感じていた。

 だから口にする。真実の、もう一つの側面を。IFがありえたかもしれない歴史の一部を。

 

「たしかに私は、傷ついたあなたを見つけ、ここにお連れしました。

 ・・・・・・ですが、それはあくまで“連れてこようとしただけ”のことで、実際に連れてきたのは正確には私ではなかったのです。

 どういうわけか、軍の検問と警戒が急に厳しくなってしまったようでしてね。もし私が当初考えていた専用船で、あなたを連れてくる手段を取っていたならば、おそらくは捕捉されて捕虜となり、あなたがこの場所で目覚めることは出来なかったかも知れません」

「・・・・・・それ、は・・・」

 

 一体どういう事なのか? 相手の言っている話の意味が分からずキラは問いかけ、マルキオもまた答えるのが難しいというように困った顔になる。

 やがて溜息を吐くような仕草を示すと、盲人故に敏感になった聴覚によって遠くから聞こえてくる音を捉えて、キラに向かって肩をすくめて見せるように語る。

 

「・・・私などよりも、本人から直接聞いてみるのが一番いいでしょうね。多分とても驚かれるとは思いますが・・・・・・それでも彼は敵ではありません。少なくとも、今のあなたにとって彼は敵ではない。

 私があなたを助けるだけでなく、ここまでお連れしたのは《SEEDを持つ者》であったが故に。ですが彼は、別のナニカをあなたに見いだしているような・・・・・・そんな気がします。

 会っておく方が、あなたにとっても結果的に良いことになる人物だと私は思います。・・・楽しいと思える人物かは、残念ながら分かりませんが・・・」

「・・・・・・・・・??」

 

 ますます分からなくなった相手の言葉にキラは混乱し、沈黙したまま見つめていると、彼の耳にも聞こえるように芝生を踏む靴音が庭の方へと近づいてきて、そして―――

 

「――ほぉ? もう意識を取り戻したとは、流石だな。見舞いに来ただけのつもりだったが、これは私も同席させていただいても宜しいでしょうかな? ラクス・クライン様」

「どうぞ、ご自由に。こういう芝居がかった催しは、あなたの好みでもあるのでしょう?」

「ハハハ、これは手厳しい。私は立会人に過ぎませんので、この場においても立ち位置を変えるつもりは毛頭ありませんよ。ラクス・クライン様」

「あら? 本当にそうなのでしょうか。うふふふ」

 

「・・・・・・・・・???」

 

 新たに現れた男の服装と態度と、そしてラクスたちとのやり取りとの落差によって、混乱が現界に達しつつあることしか出来なくなってきたキラ・ヤマト。

 表裏の乏しい、ただハッキリとした言葉で己の想いを具体的に形にするのを拒む傾向にあるだけで、根は素直で腹の探り合いなどには全く適正のないキラでさえ分かるほど、ラクスも男もニコやかな笑顔で楽しげに談笑しながら、その実まったく笑っていない仮面劇じみた挨拶を交わし合った後。・・・・・・その男はベッドに横たわるキラの前へと進み出る。

 

 

 ・・・・・・形だけならザフト軍の物より連合軍の軍服に近い黒色の衣装を身にまとい、紫色の髪を額の上で一つに纏めてヘアバンドで止めている独特の服装センスを持った人物のようだった。

 

 ――冷たい瞳をしている人――

 

 それがキラが彼と会って最初に抱かされた印象であり、我知らず僅かに後ずさる。

 そんな彼の姿を見下ろしながら、相手の男は薄く笑みを浮かべた。

 

 

「フフ、目の前で敵の兵士を見て固くなるのは分かるが・・・・・・せめて礼ぐらいは言って欲しいところだな。

 私はこれでも君を助けるため、それなりに便宜を図ってやった身ではあるのだぞ? まぁ、いい」

 

「あなた・・・は・・・・・・」

 

「私の名はパプティマス・シロッコ。ご覧の通り軍人だ。

 ザフト軍クルーゼ隊の副隊長をしている、プラント側の軍人だよ」

 

 

 その名と所属を告げられながら、白い歯を見せて笑われた時。

 キラが思わず取った反応は、ラクスの上げた笑い声によって場に満ちた緊張を吹き飛ばしてくれるものとなる。

 

 

 

つづく




注:念のため補足説明しておきますが、今話でシロッコとキラとの邂逅そのものはネタぐらいの意味しかありません。

どっちかと言うと、【クライン派との顔つなぎ】を今の時点でやっておくのが、今後の展開的に必要になる部分。

むしろキラもシロッコもいなくなった地上で、アズラエルとの伝手もないクルーゼの方が、この場面でのメインになる予定。


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