スーパーロボット大戦OG ~求める存在~ (ショウマ)
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騙し騙され

 

 

 目的地の一角に、珍しく人だかりが出来ている。

 

「凄ぇなぁ、あの二人……」

 

「お? 何が凄いんだ?」

 

 そんな声が聞こえてくると、物珍しさも手伝って自然と早足になる。

 

 そこは基地内にいくつかある、機動兵器の鍛練や習熟などに用いる筐体が設置されたシミュレーター室の一室。

 

 人だかりが出来ているのは、室内に備えられた観測室だ。そこに備えられたモニターが、現在シミュレーターを用いて対戦をしている二人の“戦場”を映し出していた。

 

 基地を仮想戦場として映っているのは、どちらも肌色を基調とした人型機動兵器。

 

 使用されている機体は、本来はここでモニターを見ているメンバーを指揮する者が扱う〔ゲイオス=グルード〕。

 

 彼ら――ゾヴォークが保有している、指揮官用機動兵器として開発された高性能機である。

 

 指揮官用といってもそれは“元”であり、現在ではかなりの数が量産されている。

 

 近・中・遠距離を問わない隙の無い武装に、厚い装甲としっかりとした設定がされている脱出装置も備えられているため、近年では最前線に配置される兵や傭兵部隊でも扱う者が増えてきていた。

 

 そして、この人山が見つめるモニターの中では、二体のグルードが激しく火花を散らしている。

 

 片方が、両肩に装備しているエネルギー砲――ドライバーキャノンの上部から四発のランチャーミサイルを続けて放てば、片方は前に突き出した両手の小手部分から発射したエネルギー弾が、ミサイルを撃ち漏らすことなく迎撃する。

 

 片方が攻撃を掻い潜って掌から発生させたデュアルレーザーソードで左腕を奪えば、同時に至近距離から無理矢理発射したドライバーキャノンによって、アイカメラを一つと主砲二門の発射口をもぎ取る。

 

 発射の際の反動を活かして距離を離すと、再び光が飛び交う射撃戦を展開する。

 

 ちょっと視線をずらしたモニター脇には、二体を操作しているパイロット達の操作ログが表示されているが、これが尋常な早さでは無い。

 

 水が決してその流れを止めないように、高速で延々と表示され続けている。

 

 互いに手の内は分かっているとでも言いたいように、一進一退の攻防が続く。

 

 さらに視線を観測室の外へと向ければ、激しく上下左右に振動している筐体が二つ目に入る。

 

「その内壊れるかも知れないが、とりあえずこの決着が着くまで保てば良い」と、この場で見ている者達の思いは一致していた。

 

「どうせ、修理代は自分には関係ない」という思いでも一致していたが。

 

 どちらの機体も損傷が大きくなってきたが、撃墜判定は未だに出ていない。

 

 この演目を互いに楽しむかのように、紙一重の所で直撃になりそうな位置からの攻撃を外していた。

 

 わざと外しているのではなく、本気で避けているのかもしれないが……。

 

「それにしても、何で音声切ってんだ?」

 

 後から無音のモニターを見始めた一人が、そう疑問を口にした。

 

「あ~……聞いてたら疲れるからだよ……」

 

 律儀に教えた者の声は、確かに疲れを滲ませていた。

 

「疲れる……って誰と誰だ?」

 

「面倒臭ぇな、音声出した方が早いだろ。ほれ!」

 

 

 

 分からずに首を傾げる数人の見学者を見て、他の者が密集している中をかき分けて、無理矢理にオフになっている音声スイッチへと手を伸ばす。

 

 画面の中では、二体のグルードがレーザーソードで近接戦を仕掛ける所だった。

 

「あ、馬鹿! やめ……『あーっはっは! さあ、そろそろ観念しなさい!』……ろ……」

 

 止めようとした者より一瞬早く、役目を再開した通信機から聞こえてきたのは、年若い少女特有の高い声。

 

『いや~、つ~よくなったな』

 

 もう一方の通信機からは、彼等の上官で間延びした独特の口調で話す男の声が聞こえる。

 

「ゼブリーズ隊長と、親衛隊のエルミア隊長か」

 

「やっぱりあの二人か……」

 

「むしろ、他に誰が居るんだよ……」

 

 正体が分かると、みんながみんなゲッソリとして疲れた表情を浮かべた。無言で音声のスイッチが切られる。

 

「え、隊長って……まだ若い女の子っぽいのに?」

 

 知らないため戸惑いの声を上げた一人の兵士に、その場に居るほぼ全員から虚ろな笑いが向けられる。

 

 先任達からそんなものを一斉に向けられた、まだ新人であるその兵士は当然恐怖に駆られてしまう。

 

「この画面を見てそんなことを言ってるようじゃ、突撃兵にもなれず、バイオロイド兵に出番を奪われて終わるぞ?」

 

「う゛……」

 

 そう言われると、言葉に詰まる。入ったばかりで先が無いと言われるのは、誰でも嫌なものである。

 

 少なくとも目の前で――自分達の隊長とその女の子は、自分の技術の及ばないレベルで死合をしているのだから……

 

「まあ、お前もその内こっちの仲間になるさ……トラウマになる位、あの子に何度も何度も何度も撃墜されて……な」

 

 男達は、虚ろな笑みを浮かべて手招きをする。まるで亡者が新たな仲間を招くかのように……

 

 その男達の向こうにある画面では、二体の死闘が終わりを迎えようとしていた――

 

 

 

 その筐体の中はむせかえるような熱気に溢れ、頻りに何かを動かし……または叩く音がこの場を満たしていた。

 

 

「さすがはゼブ! あたしでは、まだちょっと敵わない……かっ!」

 

 機動兵器のコクピットを模しているそこで、楽しそうに言っているのは十六・七歳の少女。

 

 足元近くの床には、この暑さによって吹き出た汗だろう……水分を含んで、重そうな制服の上着が脱ぎ捨てられていた。

 

 左手で握っていた操縦桿を強引に左に倒し、ゼブ機のサーベルをすれすれで避ける。

 

 右肩部の装甲が今のでまた破損したが、少女――エルミア・エイン親衛隊第四派遣機動部隊(小)隊長は全く気にすることなく、視線をメインモニターに向けたまま右手の指がコンソール上で躍り続ける。

 

 あちこち損傷して、生き残っている僅かな武装の中から、両腕のダブルキャノン(既に片腕になっているが)を選択。

 

 回避から間髪置かずに、ゼブ機の――カメラアイが破損して死角となっている側から、腕を水平に上げたエルミア機が攻撃を仕掛ける。

 

 右に左にと弾道をずらしながら、最後は真ん中に。

 

 二発……三発と至近距離から放たれたエネルギー弾は、しかしゼブ機には当たらなかった。

 

 死角でしかも真横からの攻撃……見えていない筈だというのに、前後へのステップで続けざまに二発を避け、コクピットを狙った最後の一撃に対しては……こちらに機体を向けながら、両掌から発動させたレーザーソードをクロスさせて受け止めるという離れ業をして見せる。

 

「これもかわすかー……。というか、どんな動きよ!」

 

『いやぁ~、い~まのは危なかったよ?』

 

 口調は悔しそうだが、それとは真逆に表情は輝かんばかりの笑顔。

 

 心底楽しそうな彼女に、大戦相手――ゼブリーズ・フルシュワ機動第三軍攻撃隊長からの音声が届く。

 

「何言ってるのよ、ゼブ。今の動きからしても、どうせあたしの動きを読んでいたんでしょ?」

 

『まあ、あ~る程度はね? エルちゃんとは、何度も戦ってるし~ね』

 

「エルちゃん言うな! 約束忘れてないでしょうね、ゼブ!? あたしが勝ったら……!」

 

 半壊状態のエルミア機が、十数メートル先に立つ――同じく半壊のゼブ機に、右手のレーザーソードを向ける。

 

『お~れの使ってる機体を寄越せだ~ろ? お~ぼえてるって』

 

 その言葉を聞いて、少女の笑みはますます強くなる。

 

「よし! その言葉、絶対に忘れないでよ!? あなたのライグ=ゲイオスは、絶対に手に入れてみせるわ……!」

 

『いいけ~どさ。ど~せなら、新しいの貰ったらい~いんじゃない?』

 

「あたしがあの機体好きなのは知ってるでしょ? それが、あなたに勝った証なら言うこと無しじゃない。新しいのじゃ意味無いし、メンテや改良は自分でも出来るし……」

 

 両手で分からんと言いたそうな仕草をするゼブ機に、エルミアは先程までよりも幾分かテンションを下げた口調で、尻すぼみにボソボソと返す。

 

『ん~、でもそ~ろそろ仕事の時間何でね。終わらせてもらうよ?』

 

 ゼブ機が両腕のレーザーソードを構えると、エルミア機も応じて片腕にのレーザーソードを構える。

 

「良いわよ。あたしの勝ちで……終わらせる!」

 

 操縦桿を握り、足元のペダルを力強く踏み込む……そして、コンソールを舞台に踊る右手の指。

 

 両肩のドライバーキャノンとランチャーミサイル、右手の小手部分からのダブルキャノンが次々とゼブ機に躍りかかる。

 

『そ~こで撃ってくんのが、エルちゃんだ~ね』

 

 最初に飛んでくるドライバーキャノンを、“最初から”回避行動をとっていたゼブ機は左に避ける。

 

 自機からそれたそれらには構わず、二振りのレーザーソードで“回避した先に”飛んできたミサイルを切り払う。

 

 断続的なダブル……シングルキャノンが執拗にゼブ機の周辺――ゼブの回避行動を予測した位置を突いてくる。

 

『それじゃ、今度はお~れから』

 

 レーザーソードを展開したまま、こちらはダブルキャノンでエルミア機を狙い撃つ。

 

 距離をどんどん詰めながらシングルキャノンを迎撃し、さらにエルミア機の回避の癖を読んで二門の砲塔を破壊する。

 

 壊される直前にドライバーキャノンが発射されるも、それは斜め上に飛んでいき何かを空しく破壊しただけ。

 

『悪いけど、墜~ちてもらうよ?』

 

「まだよ!」

 

 間近に迫ったゼブ機の脚部付近を狙ったシングルキャノンは外れ、自機が振るうレーザーソードを刃で受け止めると、もう一振りの刃でその右腕を斬り落とす。

 

 ゲイオス=グルードが胸部に搭載しているビーム方は既に双方とも使いきっているため、エルミア機の戦闘力はこれで実質無きに等しくなった。

 

 そのエルミア機のコクピット部分に二振りの刃を突き付けるゼブ機。

 

『最後はあっけなかった~ね、エルちゃん』

 

「だから、エルちゃん言うな! ま、あたしの実力がこれってことでしょ」

 

 少女は操縦桿やコンソールから手を離すと、大きく背伸びをしていた。

 

『じゃ、こ~れで俺の勝ち……ッ!?』

 

 ゼブの声を遮って、メインモニターの向こうから激しい物音が響き渡る。

 

 上部と下部を撃ち抜かれた柱に、ゼブ機が押し潰されていた。

 

 そこに、行儀悪く足で操縦桿とペダル操作をしているエルミア機が、突き付けられた刃から無理矢理体をそらした結果……柱に押し倒される反動でゼブ機の刃に胴体部分を斬り裂かれながらも、相手のコクピット部分にその頑丈な足を叩き込んでいた。

 

 ゼブ機のコクピット部分が押し潰されて大破判定が出るのより僅かに遅れて、回し蹴りをいれた姿勢のエルミア機もそのまま巻き込まれる形で倒れ、胴体の切断と潰死の二重で全壊判定が表示される。

 

 前に伸ばしていた足をゆっくりと下ろし、大きく息を吸って、吐く。

 

 額に張り付いていた紫の髪を摘まんで、肌から浮かせる。

 

「綺麗じゃないし、胸を張っての勝利じゃないけど、勝ちは勝ちよね」

 

 勝利の表示が出ている画面を見つめながらエルミアは喜色満面にそう言うと、シートに体を固定していたベルトを外して立ち上がる。

 

 しなやかな身体を思い切り伸ばし、スカートの埃を払って、足下に落ちている上着に手を伸ばす。

 

 グッショリとして重い上着に形の整った眉をしかめると、自分の身体を見下ろす。

 

 半袖の濃い目のシャツ。こちらも当然のように汗を吸っているが、下着の線は多分出ていない。

 

 うん、まぁ大丈夫。

 

 上着の袖口を持って引きずりながら、筐体の外に向かう。

 

 閉じられていた扉を開けると外から涼しい空気が流れ込み、彼女の火照った身体を心地よく冷やしてくれる。

 

「姉御、お疲れ様でした!」

 

「上着、預かります」

 

 外でずっと控えていた彼女の直属の部下の二人、ハイ・カーエとモベ・ビーシが敬礼で出迎えた。

 

「姉御って言わないで! せっかくの余韻が無くなるじゃない」

 

 モベに上着を預けながら、エルミアが部下達を叱る。

 

 その直後、脳天を襲う痛烈な痛みにエルミアは頭を抱える。

 

「いっ………!」

 

 両手で頭を押さえた姿勢で、横から現れて一撃を加えてきた人物を見上げる。

 

「……ったーい……でしょ、ゼブ!? いきなり、何するのよ!?」

 

「だ~から、最初に上着を脱いど~けって言った~ろ? エルちゃんはす~ぐに熱中するんだ~から」

 

 そう言いながら、ゼブリーズは自分の上着をエルミアに着せる。

 

「あ、ありがと……って、何でゼブは汗一つかいてないのよ? それと、エルちゃん言うな」

 

 ゼブリーズの上着に袖を通しながら、いつもの飄々とした姿に気付き不満を口にした。

 

「言ってなかったっけ~か? おりゃ~汗をかきにくい質なんだわ。それより、い~つのまにシミュレーターにあんな~の組み込んだ?」

 

「聞いたことないわよ、そんなの。ああ、障害物の? 昨日、組み込んだばかりよ。リアリティーあって良いでしょ? そんなことよりゼブ。約束のは!?」

 

 紅い眼を輝かせて詰め寄る少女の顔に、ゼブリーズは頭を掻きながら分かってる分かってると、手に持っていた数枚の書類を押し付ける。

 

「むぎゅ……って、何これ? 辞令?」

 

「そ。エルちゃんに渡してってあ~ずかったのよ。俺はエルちゃんの、身元引き受け人だしね」

 

「エルちゃん言うなってば。えっと……」

 

 定番のやりとりを続けながら、エルミアは書類に眼を通していく。

 

「えっと……親衛隊から機動第三軍に一時出向? で、そこからさらに技術部に一時出向……って、何よこれ!?」

 

「いや~、新型機の件でセティがエルちゃんに来てほしいって言っててな。俺や他の機体のデ~タ確認も、ま~とめて頼みたいのよ、これが」

 

 いつもの様に飄々とした態度で語るゼブリーズに、エルミアが食ってかかる。

 

「だから、何であたしなのよ!? 技術部には優秀な人が一杯いるし、あたしは帝国の機体に使われてるクリスタルを解明して、めくるめくライグ=ゲイオスの改造ライフに専念したいのよ!」

 

「何がそ~こまで惹き付けるのか、俺にゃあ分~からん」

 

「良いでしょ、あの機体! 一目見たときから、愛機はあれって決めていたんだから」

 

「そ~れで、俺の機体なんだが……」

 

「うんうん。あたしが受け取って、改造しながらずっと使い続けるから安心してね。まずは、塗装して……」

 

「約束通りエルちゃんで良いけど」

 

「うん、ありがとうありがとう、それとエルちゃんはやめてね。後は、武装の……」

 

「出向中は専念して欲~しいそうだから没収ね」

 

「うんうん、分か……は?」

 

 違う世界に半分以上旅立っていたエルミアの意識だが、聞き捨てならない言葉を聞いて戻ってきたようだ。

 

 親しい者以外には滅多に出さない間の抜けた声を上げ、ゼブリーズを見上げる。

 

 年若くして技術士官と親衛隊を勤める少女が、この時は年相応に見える。戦闘時のあの姿も、年相応といえば年相応に見えないこともないが、笑いながら撃墜された多くの者にとってはそう思える筈もなく。

 

「あ~げはす~るけど、しばらくは俺が預かっと~くね」

 

「いや、あのちょっ……それ、詐欺って言うんじゃ」

 

 尚も何かを言おうとするエルミアの両腕を、左右からハイ・カーエとモベ・ビーシが掴む。

 

「……って、二人とも?」

 

「ささ、姉御行きましょうか。俺たちも一緒に出向とのことなんでお供しますよ」

 

「医務室で、先生にいつもの検査をしてもらったら、技術部に向かいましょう」

 

 部下に両腕を取られて、シミュレーター室の出口へと引きずられていく少女。

 

「ちょっ、ちょっと待って!? こら、ゼブ! ゼブリーズーッ! どういうつもりよ!?」

 

「いや、理由は言~ったよ?」

 

「あたしの、ようやく手に入れた念願の時間を! こら、二人共離しなさい! 離して! せめて、ゼブを一発殴らせて!?」

 

「駄目ですよ、姉御。ゼブリーズさんは姉御の上官なんですから」

 

「上官を殴るのは禁則事項です」

 

「あたしは被害者よ! 後、姉御言うな!」

 

「駄目ですって。辞令に書かれているんですから」

 

「さあ、観念してください」

 

「何であたしの方が悪いみたいに言われるのよ!? おかしいでしょ! こら、ゼブー!! ゼブリーズ、ちょっと、覚えてなさいよ! あたしのライグ=ゲイオスー!」

 

「はいはい、早く技術部の仕事終わらせましょうね」

 

「ジュスティヌさんがお待ちかねですよ」

 

「セティに捕まったら家に帰れないでしょ! 離して、は~な~せー!」

 

 シミュレーター室で大勢の者が見つめる中、大騒ぎしながら部下に連れていかれる少女の姿。

 

 シミュレーター室から外に出て、再び扉が閉ざされた後も暫くは少女の叫び声が聞こえてくる。

 

 騒ぎの片割れとなった男も、やれやれと呟きながら仕事にかかるために外に向かって歩き始めた。

 

「そ~れにしても、元気になったもんだ」

 

 街中で行き倒れていた少女を拾った時のことと、今の姿を比べて――もう一度、元気になったもんだと頭の中で呟くとゼブリーズも部屋を出ていった。

 




 
 
 
※ ロボット戦闘の練習で書いたものです。描写についてのあれこれをお願いします。


おそらく、一話限り……


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静かに姦しく

 
ちょっとした日常回です。

練習しなくてはいけない戦闘描写がありませんが……。




 

 

 様々な用途に用いる精密機械が、決して広くない――むしろ狭い内部を有効に活用して作られた棚に――使用目的ごとに整頓されて置かれた室内。

 

 そこに置かれている機材は、どれもこれも現在他で使われている物と比べると、少し古い世代の物ばかりである。だが、目端が利く者が見れば、どれもこれも改良が施され、最新の物にも劣らぬ性能を発揮するであろうということが分かる。

 

 それもこれも、高い機材を用意できないがために、不要となった旧式を貰い受けて改良して使い続ける、涙ぐましい努力の成果でもあったが。

 

 部屋の白い壁にも、様々なメモ書きされた用紙や、あれこれ書き込みされている設計図が所狭しと貼られている。

 

 やや低めに設定された空調の効いたその室内では、設置された二台の端末から、異なる二種のタイピングの音が奏でられていた。

 

 一つは軽やかなリズムで流れる様に、もう一つは重く遅く――まるで重量級の機動兵器に、さらに重装備させた上で地上を歩かせているが如く。

 

「二時間……」

 

「駄目」

 

 自分の指が奏でているのと同じ、重く低い声による少女の提案を、涼やかな女性の声が一言で切って捨てる。

 

「一時間……」

 

「駄目」

 

 両者とも手を――スピードにかなりの差はあるが――動かしながら、少女の提案はやはり女性によって否決される。

 

「六時間……」

 

「増えてるじゃない。駄目に決まってるでしょう」

 

「セティ、お願いだから帰らせてぇぇ! ゆっくりベッドで休みたいーー!」

 

 少女の悲痛な叫びが、狭い室内に響き渡った。

 

 彼女達が本拠地としている基地にある技術棟。

 

 現在二人が居る場所は、女性――ジュスティヌ・シャフラワース上級士官と、エルミア・エイン技術士官(現)兼親衛隊(小)隊長(元)が共同での使用許可を得ている、多目的研究用の個室である。

 

 二十歳という若さで、既にゼブと同じく部隊指揮を任される実力と、機動兵器の設計にも携わる才能を持つジュスティヌ――通称セティは、家族の居ないエルミアにとっては姉の様な人物である。……普段ならば。

 

「ダ~メ。それに、休む時間はあげたわよ? それをあなたが無駄にしたんじゃない」

 

「うぅ……」

 

 

     ※ ※ ※

 

 ――鍵を解除する小さな音を立てて、昭明が落とされ暗い室内の扉が開かれる。

 

 中をそっと覗き込むと、端末を横にずらしたデスク上に、椅子に座ったまま前のめりに突っ伏して眠っている少女の姿があった。

 

 曲げた両腕の上に頭を乗せて、静かな寝息を立てながら、毛布の掛けられた肩を呼吸に合わせて上下させている。

 

 

 その様子を確認すると、セティはエルミアを起こさない様に静かに扉を閉める。

 

「ここじゃ寝られないって言っていたから、甘い物を持ってきたけど良く寝てるみたいね。良かったわ」

 

 後一時間と思ったけど、二時間くらい寝かせてあげようかしら?

 

 セティはそんなことを考えながら、エルミアが休んでいる間は部屋の外で見張りをしている妹分の直属の部下である二人――ハイ・カーエとモベ・ビーシに視線を向けた。

 

「それじゃ二人とも、時間が来たら戻ってくるから後をお願いね。ちょっと遅くなるかもしれないけど」

 

「(は!姉御の睡眠の邪魔はさせません!)」

 

「(自分達のことはお気になさらず。ここは、お任せ下さい)」

 

 セティに対して、小声と敬礼で返す。

 

 二人に小さく頷いて返すと、部屋に鍵をかけ直し踵を返す。

 

 が……

 

「あ、資料」

 

 エルミアの様子を見るついでに、部屋に置き忘れていた資料の回収もあった事を思い出して、すぐに足を止める。

 

 再び小さな音を立てて開錠すると、扉を開けて静かに中へ。

 

 腕を伸ばして静かに眠っている少女の邪魔をしない様に気を付けながら、セティは自分のデスクから必要な書類を回収していく。

 

 足音を立てないように細心の注意を払って移動すると、静かに扉を閉める。

 

 扉に施錠され……その際の僅かな音に合わせて、室内の端末が起動する。

 

 暗い室内を、モニターを光源とする僅かな灯りが照らす。

 

 横にどかした端末の位置はそのままにして、腕だけを伸ばしてそちらに頭を傾けるという器用な姿勢で、音を立てない様に入力を始める。

 

 入力をしている少女の顔は、紅い目を輝かせて楽しみを堪えきれない子供といった感じで始終ゆるみっぱなしであり、年相応に見えるそれは他人――親しい者以外――には決して見せられないものである。

 

 シミュレーターや戦場での高揚した姿も、物静かな立ち居振舞いをする、技術者モードの彼女しか知らない面子には見せない方が良いだろうが……

 

 エルミアは端末を操作して待受画面を呼び出すと、そこに設定している愛機(予定)を見てホゥッと一息を吐く。

 

 写っている画像は、撮影時に“偶然”操縦席が開いて、小さいが中からパイロットが出てくる場面であった。

 

 一目惚れした愛機(予定)と、“たまたま”そこに写っていた恩人のこの画像は、自分が今まで撮った中でも最高の一枚と思っている。

 

 そして、“再び”愛機(予定)改良プランを呼び出して……

 

「なぁにをしているのかしらぁ、エルちゃぁん?」

 

「ひぃいぃぃぃぃっ!?」

 

 気配を全く感じさせずにセティに耳元でそっと囁かれたエルミアは、全身の毛を逆立たせて悲鳴を上げる。

 

 慌てて振り向けば、僅かな光源に照らされたセティが、朧気に幽鬼然とした佇まいで笑みを浮かべていた。

 

「まさかぁ、あげた睡眠時間をずっと違うことに使ってた……なぁんてことは、無いわよねぇ、エルちゃん?」

 

「セ……セティ姉? 話せばきっと……駄目そう!」

 

 笑顔でにじりよってくるセティに必死に弁解しようとするエルミアだが、その怒気に説得は不可能と判断……毛布を落とし、白衣を翻して脱兎の如く逃げ出す。

 

 スカートから伸びている足を懸命に動かし、狭い筈なのに今だけは広く感じる部屋を、ドアに向かって一目散に駆け抜ける。

 

 辿り着いたドアの施錠を解除して、扉を――

 

「開かない!? って、こらー! 開けなさい! 開けて、早く、開けてぇっ!? 」

 

「駄目です、姉御!」

 

「諦めて下さい」

 

 ドアの向こうからは、部下(直属)からの無情な返答。

 

「姉御って言わないで! それより、二人共開けなさい! お願い、ひらいてぇっ!?」

 

 ドアにかけた指に力を込め、一瞬だけ動くも開くには至らない。

 

 外見も気にせず、へりに足をかけてドアを開こうと――

 

「どこへ行こうと言うのかしら?」

 

 元々狭い部屋である。あっさりと肩を掴まれ、腰に手を回されて捕獲される。

 

「セ……セティ姉、待って!?」

 

「さ、頑張って仕事してもらうわよ。それだけやる気があるのだから、本来の仕事もはかどるわよね?」

 

 明かりが戻った室内で、暫し少女への小言が続く。

 

 そんな二人の座るデスクの端には、二人分の菓子が置かれていた。

 

     ※ ※ ※

 

「さ、分かったら早く進めましょう」

 

「は~い……」

 

 設定図案から予想される、機体性能や武装評価のデータを確認しつつ、修正を加えていく。

 

 現在セティが使用しているのは、ゼブが使用しているのと同じ――エルミアご執心の上級指揮官用の設計・開発された機動兵器――ライグ=ゲイオス。

 

 それを基準にして、装甲面を犠牲に機動性を高めた、セティが自身の専用機として設計している機体、〔ビュードリファー〕……なのだが。

 

「おかしいわね、どこで間違えてるのかしら?」

 

 導き出された予測性能データを見て、コツコツと爪でデスクを叩くセティ。

 

 唸るセティの隣の席で、エルミアも複数のデータを呼び出してミスが何処かを確認している。

 

「今のままだと、装甲は薄く機動性も低いという有り得ない性能ですね」

 

「そうなのよ……って、仕事モードね」

 

 先程までの今にも轟沈しそうな口調とは違い、落ち着いた理知的な話し方をする技術者モードのエルミア。

 

 肩を越す程度の長さの紫色の髪を髪止め(セティから貰った物)で止めて、雰囲気のためだけに研究者然とした見た目をした伊達眼鏡をかけている。

 

 本当はセティが右目に付けている物と同じ、コンピュータと直結している網膜投影式のデータ閲覧装置――セティが使用しているのは分析装置――を希望していたのだが、「一日中何に使うか分かるから、今はダメ」とセティに禁止されている上に、ゼブにも同様のことを言われている。

 

 セティの本音としては、四六時中ニヤニヤする妹分の顔を他人には見せられないといった所である。

 

 分析ではなく閲覧という点でも、目的は丸わかりであった。

 

 部屋の棚に置かれた機械群を改良した彼女のこと。作ろうと思えば作れる筈だが、二人の言いつけを律儀に守り作製には至っていないようである。

 

 少なくとも、セティやゼブ達の知る範囲では見たことは無い。

 

「今は仕事中なのですから当然じゃないですか、セティ」

 

「ええ、そうね。少し前のあなた自身に聞かせてほしいわね」

 

 まるで別人であるが、セティは全く気にしていない。

 

 今の姿と戦闘時の姿、そして親しい者の前で見せる姿の三つ。

 

 ゼブが行き倒れていた彼女を保護した頃から知っているが、その時を思えば今の『生きている』姿は遥かに喜ばしい事なのだから。

 

 セティにも劣らない、流れる様な音程を奏でていたエルミアの指の動きが止まった。

 

「セティ。ここを見て下さい」

 

「どれ?」

 

 

 見やすい様に少し席を下げたエルミア。セティは隣に身を乗り出すと、指し示された画面を覗き込む。

 

 ごくごく僅かな一点。

 

「ここの姿勢制御用の部分が、装甲に覆われてしまっています。これ一ヶ所で、機体全体に影響が出ているようです」

 

「あら、本当ね。でも……ほら、データ興し班に渡したこっちの図案だと、きちんと覆っていないわよ?」

 

 そう言って、セティが自分の席から取り出した一枚の資料。

 

 確かに、エルミアが指摘した場所は覆われていない……覆われてはいないが。

 

「セティ。びっしりと書き込みされているせいで、これでは黒い装甲と思われます。重要性の強調というのは分かりますが、それのせいで他部分の説明と混じってしまっていますし」

 

 エルミアの言う通り、隣接している部分の説明と一部重なってしまっており、データの仮組み――試運転をシミュレーターで扱えるように――しているチームが見間違えるのもやむを得ないと言えなくもなかった。

 

「でも、ここが重要じゃない。エル、その端末で性能修正出来るようにしていたでしょ?」

 

「何故それを……?」

 

 思わず口から出た言葉。続く、こっそり追加したはずなのに……は心の中で呟く。

 

 そんなエルミアを見透かす様に、セティは目を細める。

 

「ライグのデータを日々弄っているあなたが、していない筈が無いでしょう? むしろ……あの班に持っていかなくても、ここでシミュレーター用のデータ作成出来るんじゃない?」

 

「無理です。あそこで使うための専用のディスクを作るキットがありません。シミュレーターを弄って、データを直接呼び出す様にしてしまうと漏洩の危険もありますし」

 

「キットが無い……ねぇ」

 

「な、何ですか、セティ? あれはあの班にしか置かれていない物ですから、ここにはありません」

 

 ジトっとした目で見られ、エルミアが明らかに狼狽える。

 

 一瞬、少女の目が泳いだのもセティは見逃さなかった。

 

「あ、セティ。ビュードリファーについてですが……」

 

「何かしら?」

 

 あからさまに話題を変えてきたが、あえてセティはそれに乗る。

 

 追求は、この後いくらでも出来るのだから。

 

「機動性は問題無いようです……が、やるからには徹底的に弄りましょう」

 

 まだ詰める必要がありますがと前置きをして、エルミアが自身の専用データバンクから呼び出した追加性能案。

 

 彼女達が所属するゾヴォークと共に共和連合――複数の星系国家から成る星間国家連合体――を構成している派閥勢力の一つである、“ウォルガ”で採用されているビーム吸収機構や、使用して排出されたエネルギーを再度取り込みエネルギーの回復に充てる等の機能。

 

 他にも、光学迷彩を全身に施す事で相手のレーダーを眩惑させ――分身しているかの様に複数に見せかけ――たり、それを用いて電波障害を引き起こすジャミング機能。

 

 ビュードリファーに正式採用予定であるトライリッパー……刃を取り付けた円盤状の投射用武器に、切り裂いた面から腐食させ敵装甲の劣化を狙う等のプランが表示される。

 

「他にも、クローアームで突き刺すと同時に電撃を流し込むとか……」

 

「エル」

 

 嬉々として語るエルミアを、何故か額を押さえながらセティが制した。

 

 

「あなた、良くこれだけあれこれ思い付くわね……」

 

「そう言われても、思い浮かんでしまうため仕方がありませんとしか……」

 

 自分でも分かりませんが、とエルミアは首を傾げる。

 

「しかし、せっかく脚部を廃してまでの高機動・高速戦闘が可能な機体なのですから、『真っ先に戦場に辿り着いて』も仮定に入れて相手陣営への嫌がら……こほん、撹乱を狙っても良いと思います。搭載される戦略ミサイルに特殊弾頭を用いるのも良いですよね」

 

 

 

 力説する少女から出される案の数々に、セティは自身の端末に呆れながら入力していく。

 

「いじれるものは徹底的に弄る」という彼女は、こうしてセティ……ここにいる技術者達が思い付かない事を口にする。

 

 実現出来ない物も勿論多いが、発想力は群を抜いていた。

 

 その才能を活かす方向を間違えることも多々あるが。

 

「……あら、もうこんな時間なのね」

 

 セティの視界に入った時計は、既に夜をかなり回っていた。

 

「はい、ここでずっと監禁されている私には関係ありませんが」

 

 先程まで語っていた姿から一転。眼鏡を外しながら、恨みがましそうな目をセティに向ける。

 

 それをセティが気にする……ようなことは全くなく、逆に。

 

「監禁って、人聞きが悪いわね。エルを家に帰す時間も惜しんで作業を進めただけよ?」

 

「文法が明らかにおかしくありませんか? 私の時間を勝手に惜しまないで下さい」

 

「あなたが家に帰る手間も惜しんで作業を進めていたら、もっと早くに進んでいた筈だったんだけどね。最初は逃げることだけを考えて、落ち着いたと思ったら今度はライグの改良とか他の作業していたじゃない」

 

「う……」

 

 端末を閉じて電源落としながら溜め息混じりにセティが言うと、エルミアは視線を向けられる前に顔を明後日の方に逸らす。

 

「さすがに辛そうだったから休む時間をあげたらあれだしね」

 

「うぅ……」

 

 視線が突き刺さるのを感じる。

 

 確かに、あれについては悪いとは思っていた。

 

 もちろん、あの機体への情熱を抑えられなかったというのも確かではあるが……

 

「ま、良いわ。今日のところは帰してあげる」

 

「え、良いの?」

 

 思わず振り向いたエルミアの目が驚きに見開かれる。

 

「後半は頑張ったしね。明日も休みで良いわよ?」

 

「天変地異?」

 

「いらないのね。じゃあ、明日も……」

 

「ごめんなさい、セティ姉! ありがたく頂戴させていただきます!」

 

 もっとも、本当に束の間の休みであることを、今の喜びの余り気が抜けた少女が知る筈もない。

 

 まだまだ行う作業は山のように残っており、それらを円滑に進めるためということを、セティも黙して語らない。

 

「じゃ、医務室の検査も日中に終わってるし、荷物を纏めたらいつもの所で合流しましょう」

 

「うん」

 

 エルミアは頷き、白衣を椅子にかける。

 

 薄手の濃い色の服を好む彼女は、今は紫に近い赤で統一した半袖のポロシャツにスカート姿である。

 

 デスクの端に置かれていた空になった食器を手に、部屋を出ていく。

 

「あ、二人共。明日はあたし休むから、あなた達も自由にして」

 

「ついにジュスティヌさんを怒らせて謹慎ですか、姉御?」

 

「いや、オカシラの場合は謹慎だと罰にならないだろう。シミュレーター使用禁止の方が効く筈だ」

 

「二人共、あたしを何だと……って、姉御もだけどオカシラはもっと止めなさい!」

 

 扉の近くから叫びでもしない限り中から外には音は漏れないが、外から中へは丸聞こえである。

 

 賑やかなやりとりを続けながら、やがて歩き去っていく三人組の足音が完全に消えると、セティは携帯通信機を取り出す。

 

「あ、ゼブ? あの事はエルには言ったの? ……ええ、卿が内密にどこかの星への特使として向かう際に、親衛隊を連れていった件。……そう、奇跡的に助かった卿以外はほぼ全滅した……何かキナ臭ったからって……まぁ、何かありそうだけど証拠は無いし。まだ出向扱いだけど……そう、今回はタイミング良く異動させられたけど、卿にもあの子が親衛隊の中でも優秀なのは知られているし、またどこかに……いえ、どちらかと言えばあたしやゼブも含めて、大規模に動くことの可能性よ。……考えすぎなら良いけど、卿は過激派の筆頭だから今回の件も何かあると見た方が良いわ。……ええ、よろしく」

 

 携帯通信機をポケットに入れると、セティも立ち上がる。

 

 エルミアの端末の電源が完全に切れているのを確認すると、部屋を出て施錠する。

 

 壁に貼られている物は取るに足らないダミーばかりだが、端末の方は公開出来ない内容ばかりである。特にエルミアのは。

 

 念には念を入れて多重にロックもかけている。

 

 ゾガルでは現在大規模な作戦は発表されておらず、他の敵対国家と時折小競り合いがある程度。

 

 それでもセティの勘は、今後何かあると告げている。

 

 それに備えて、警戒しておいて損はない。

 

 自分にもまだやりたいこと……会いたい人物が居るのだから。

 

 荷物を持ったセティが足早に向かうと、黒い大きな手提げバッグに荷物を詰め込んだエルミアが、待ち合わせ場所で既に部下の二人と待機していた。

 

「ごめん、待たせちゃった?」

 

「大丈夫、セティ姉。あたしも来たばかりだから」

 

「そう。それと、ゼブも後から来るそうよ」

 

「ゼブも? 来るなら別にあたしは良いけど……あ、そういえば、前に殴るって決めたのにまだ果たせてなかった!」

 

「駄目ですって姉御。上官を殴っちゃあ」

 

「規則に触れます」

 

 

「姉御言うな。それでセティ。今日はどこに行くの? デザートの美味しい所?」

 

「料理とお酒のおいし……どこ行くの?」

 

 踵を返しダッシュでどこかに行こうとしたエルミアを、部下二人が止める。

 

「こら、離しなさいハイにモベ! ゼブとセティの二人に付き合えないわよ! 何なら二人が行ったら良いわ!」

 

「前半はともかく、後半は無茶っすよ姉御。離しませんが」

 

「夜間に騒ぐのは迷惑行為です。離しませんが」

 

 二人は、もがくエルミアの両腕をがっちりと掴んでいる。

 

「姉御、自分達は店の前で失礼させてもらいますね」

 

「ごゆっくり、夜明けまで」

 

「シャレになってないわよ! でも、さすがにセティ達は仕事でしょうしそこまででは」

 

「ゼブは知らないけど、あたしは午後からよ。だから、ゆっくり飲みながら色々と話しに付き合ってもらうわよ?」

 

「離してーー!」

 




 

 

 セティと、ライグ……ではなくビュードリファーの改造話。

セティのお酒云々はこのシリーズだけの設定……たぶん



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弄(いじ)るままに、抗うままに

 

 

 似たようなドアが立ち並ぶ小綺麗な建物。

 

 その内の一つ――セキュリティの厚いドアの向こう側は、キッチンと一体化のリビングを外すと部屋は実質二つしかないが、その内の一室は寝室として使われている生活感溢れる小さな部屋。

 

 その部屋の容量を最大限に活用するように配置された、必要最低限の家具と大型の本棚。

 

 傷まないようにはされているが、様々な分野の本がギッシリと詰め込まれており、入りきらない物が床に整理されて積み上げられている。

 

 部屋の隅には箱が置かれ、その中には多種多様な機械が収められていた。

 

 こじんまりしたベッドの側面の壁には棚が設けられており、とある同じ人型機動兵器をモデルとしたミニチュアがサイズごと、ポーズや武器を構えて置かれている。

 

 そして、この家の主はそのベッドの上――伸ばして休める大きさの身体を丸めて、等身大のぬいぐるみに抱き付いて眠っていた。

 

 スヤスヤと安眠を貪っている少女。

 

 不意にその少女の両の眼が開かれ、むくりと起き上がる。

 

「急がないと……完成のために」

 

 少女の眼は、この家のもう一つの部屋に通じるドアに向けられ――。

 

 

 

 

 カタタタタタ……!

 

 悶々と熱気を放つ部屋の中では、凄まじい勢いでキーが叩かれていた。

 

 ほとんど止まることなく動き続ける指の下、キーボードの文字盤に書かれていたキーの名称はその大半が消え去っており、それでも作業には何の影響も出ていないようだ。

 

 明かりとりと換気位にしか使えなさそうな窓が付いた小さな部屋。

 

 その部屋の大半を占めている、U字形の机の上に置かれた三台の端末。

 

 三台全てが起動し、その内の二台の前に斜めに向かい合うように座って、それぞれのキーボードに片手ずつでの入力作業が行われていた。

 

 その紅い眼は最小限の動きで、高速で流れるログや表示されるデータ、二台で異なるそれら全てを捉えていた。

 

 下着姿で入力している少女――エルミア・エインの全身には、びっしりと玉のような汗を浮かんでいた。

 

 汗は重力に従って下に滴り落ちているが、この部屋に敷かれた毛長のカーペットに全て吸収されている。

 

 部屋に取り付けられた冷却機には『10』の数値が表示されているにも関わらずのその状態に、しかしエルミアの顔には何の表情も浮かんでいない。

 

 暑さを暑さとして認識していないほどに、彼女の意識は目の前の事項に集中していた。

 

 片側では入力を続け、もう片方は記録して終了……そのまま別のデータを立ち上げる。

 

「誰にも邪魔はさせない。全ては……」

 

(――怖い怖い怖い怖い! もう嫌だ、寄るな来ないで!?)

 

(大丈夫だ! 俺が護ってやるから)

 

(怖がらなくて良いの。ここにはあなたに危害を加える人はいないわ)

 

(まだ間に合うな、ドクターが帰る前に捕まえてくる。ゼブはすまないがその子を。俺は……苦手だ)

 

 綺麗よりは可愛いと言われる顔を僅かに歪める。

 

「く……誰にも……全ては……」

 

     ※ ※ ※

 

 その作業を幾度か繰り返し……やがて、終わりの時を迎えた。

 

「っはぁ……はぁ……はぁ……」

 

 作業を終え、動きを止めた震える両手は机に乗せられ、倒れそうなほどに生気を失い青ざめた肌の身体を支えている。

 

 両手の震えは全身からのものだが、普通の汗から脂汗と変わりつつあっても、彼女はその状態で三台目の端末へと向き直る。

 

 それは他の二台と違いキーボードの類は無く、大きなモニターだけの機器。

 

「入力、設計は完了。後は……実戦データを」

 

 モニターに、『set up』と『loading』の文字が表示される。

 

「求められているのは、ライグに代わる……許せない、上級指揮官機。でも、ベースはあくまでもライグ」

 

 淡々と書類を読み上げるように話すエルミア。

 

 一部だけ感情が籠められていたが、それ以外は大きな変化は無い。

 

 モニターには、彼女の所属する組織で使われている人型機動兵器――ライグ=ゲイオスが表示されており、そこからいくつか線が引かれていた。

 

 そして、彼女の周囲に次々と四角いパネルみたいな“非実体のモニターが起ち上がる”。

 

 それと同時に窓が塞がり、合わせて部屋の証明が落とされると各モニター以外の明かりが消え去った。

 

 エルミアはパネルに手を向けると、素早く指を走らせる。

 

 闇に閉ざされた世界で、目の前に共和連合と敵対している国家の艦隊が“現れる”。

 

 旗艦と思しき巨大な花みたいな艦と、五隻の随行艦で構成されているそれらから、虫に酷似した多数の機動兵器を射出させてきた。

 

 みるみる距離を詰めてくる強行偵察用機動兵器群を、オレンジ色の光が一直線に貫いた。

 

 後方へと連鎖的に爆発の花が咲く。

 

「ライグの発展後継機、性能を単純に強化した機体〔オーグバリュー〕。威力を控え目に、収束時間を早めたライグのギガブラスターを腹部に搭載」

 

 右に伸びた二本のラインの内、一本が点滅しそこから機体性能のデータが表示される。

 

 白とオレンジで塗装されたその機体の両肩横には、ライグや他のゾヴォークの機体とは違う独特な形状のドライバーキャノンが装備されていた。

 

「実体剣を廃し携行率重視のロングレーザーソード、両脇腹には連装ミサイル」

 

 ミドルレンジ――密集している辺りにミサイルをばらまき、そのほとんどが小破や中破止まりだが、当たり所が良い(悪い)モノはそのまま動きを停止する。

 

 最接近する機体には右手から伸びたエネルギー剣が振るわれ、斬られた機体はその身をゆっくり分かたれ、火花を散らしながら両断されていく。

 

 第一波を退けたオーグバリューの、両肩にあるドライバーキャノンが動く。

 

 上側にあった砲口が開きながら90度展開し、左右一発ずつ、続けて形状の違うエネルギー弾が二発ずつ放たれる。

 

 先に放たれた二発は、第二波の兵器群の後方……こちらに砲を向けていた二体の黄色い支援砲撃用の機体、そのフェイスを貫通してもぎ取っていく。

 

 その衝撃のせいか、失った頭部の部分から光が迸りやがて自壊へと繋がっていく。

 

「優先する機能の関係で集束型でこそ無いものの、高い貫通及び破壊力を持つ取り外し可能な可能なツインドライバーキャノンと」

 

 後の四発は均一の距離を保ちながら、兵器群の突入ルートを囲うように空間で静止する。

 

 兵器群がそこに侵入すると、その四点を結んだ正四面体の内部に雷撃が生まれ、空間内の物体に容赦無く襲いかかる。

 

「空間指定型のMAPW――大量広域先制攻撃兵器――であるプラズマ・リーダー。そして……」

 

 開いていた砲口を閉ざし、下側――現在は後方にある円錐になっている部位が上を向くように270度展開する。

 

 射程距離内にいる敵には連装ミサイルを撃ち放つと背部のバーニアを噴射、敵機群の中へと突入していく。

 

 ライグ=ゲイオスよりも大型の機体だが、それを感じさせない機動性。

 

 無数の実弾やエネルギー弾の中を突っ切り、敵機の横をすれ違い様にレーザーソードで斬りつけていく。

 

 いくつか避けきれずに出来た小さな傷は、自己修復機能で少しずつ塞がっていく。

 

 目標地点――散開していた随行艦の一隻にほど近い場所。

 

 主砲の射線外から、そして対空砲火の合間を縫って機体を静止させる。

 

「オーグバリューが切り札、ゲインシューター」

 

 ――こちら側からは見えないが、オーグバリューのツインアイが鋭く輝いていることだろう。

 

 二本のドライバーキャノンが共鳴し、そこから重力波が発生――周囲へと拡がりながらフィールドを形成していく。

 

 こちらに向かってきていた部隊が、ソレから逃れるためにルートを変更しようとするもあえなく、重力の結界へと捕らわれる。

 

 やがて一定範囲まで拡がったフィールドは、内部の重力を一層強め……戦艦を機動兵器ごと圧し潰していく。

 

 エルミアの指が動き、再びパネルを操作する。

 

 モニターの右に伸びていたもう一本のラインが点滅し、次の機体が表示される。

 

「正確にはライグの発展後継機ではない本機。ライグと比較すれば攻撃性能は余り変わらず、防御性能を犠牲に機動性を高めた〔ビュードリファー〕」

 

 赤を基調色とした脚部の無い、どこか女性に似た印象の半人型の機動兵器。

 

 その特徴と共に眼を引くのは、両腕がそれ自体を武器としても使えるクローアームとなっていること。

 

「こちらは既にデータに上がっている通り、外装ではなく内蔵装備を使用する」

 

 静止状態からの急加速。

 

 重武装かつ重装甲のライグはもちろん、発展型のオーグバリューにも勝る機動性。

 

 両手のクローアームの先端部から光が迸り、オーグバリューよりも幅広のレーザーソードが構成される。

 

 離れていたことからゲインシューターに巻き込まれずにすんだ機動兵器部隊に、急接近したビュードリファーは回避行動を取ることすら許さずにレーザーソードを振るう。

 

 足を止めて辺りを薙ぎ払い、まとめて爆散させたビュードリファーは急発進。

 

 後からその場をエネルギー弾が数発通り過ぎた。

 

 そちらを確認すれば、遠方に今のを放った砲撃用の機体が五体。

 

 次々飛来する砲撃を無茶にも思える機動で全て回避し、逆にビュードリファーは背面部から無数のミサイルと、円盤状の物体を三つ射出する。

 

 四方八方から襲うミサイルと、それ自体が高速回転しつつ三本のブレードで斬り裂くトライドライバーの変幻自在な動きで翻弄された所を、白い光の奔流が飲み込んでいく。

 

「高速機動をしても操者には負担をかけない緩和システム。ロングレーザーソード。MAPWとしても使用出来るマイクロミサイルに、大口径のビーム砲」

 

 放ったばかりで、胴体の中央部から光の残滓を散らすビュードリファー。

 

 しかし――。

 

「そし……て……う……ぐ……」

 

 パネルにノイズが走り乱れていくと、それに合わせて部屋の中に広がっていたに消え去っていく。

 

 消える直前に映っていたのは、相手の旗艦である花型の艦と正面から撃ち合う赤い機体。

 

「重……装甲砲撃戦機動兵器〔セイグラム〕。近遠距離……戦対艦巨大決戦用兵器〔バラン=シュナイル〕。対……用……器〔グラン=シュナイル〕」

 

 膝から床に崩れ落ちるエルミアの手の中には、いつの間にか一枚のディスクがあった。

 

「ふ、ふふ……私は間違っていない……こん……のあたし……じゃない……運命なんか信じない。あたしはあたしの……鎖……」

 

 うわごとのように呟きながら、完全に意識を失ったエルミア。

 

 そして、この部屋のドアノブが回り、扉が開かれ――

 

 




 
 

魔改造って好きですか?


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抗う力――改め造るは

 

「このあたしから逃げられるかしら?」

 

 徐々ににじり寄ってくる気配。

 

「ま……まだよ。まだ、勝機はあるわ!」

 

 まだ終わっていないとばかりに、力強く宣言する。

 

「さぁて、これならどうかしらね?」

 

 しぶとく抵抗し続けるものの、身動きを封じるためか上に圧しかかってくる。

 

「あっ……あぁ……そんな!? で、でもこっちだって、負けてられないわ!」

 

 大半の動きは封じられているが、最後の抵抗とばかりに反撃に出る。

 

「はぁはぁ、そろそろ本気でイクわよ?」

 

 隙間から何かが潜入してきた。

 

「ハァ……ダ、ダメ……ぅぁ……くぅっ!?」

 

 差し込まれたそれに抵抗するもむなしく、徐々にその力は小さくなっていき――。

 

「さあ……フィナーレよ」

 

 甘く、囁くような声がついに終了を告げた。

 

「ギニャーーー!?」

 

 室内に少女の絶叫が木霊する。

 

「全くもう。毎朝毎朝、布団を剥ぎ取るのに無駄に抵抗しないでほしいわね」

 

 亀のように抵抗する少女からようやく剥ぎ取った布団を手に取り、荒い息を吐きながらセティが呆れたように呟いた。

 

 ここは、独身の上級将校に割り振られている宿舎。

 

 とある一件により、セティの家で強制的に生活を送ることになったエルミア。もちろん拒否権は無い。

 

「あたしの楽園が、セティ姉に壊されちゃったよ……これからどうすればいいの?」

 

「いつまでもバカを言っていないで、身支度を整えて朝食の準備に入ってくれないかしら?」

 

 布団の無くなったベッドの上で、自室から持ってきた人間大のぬいぐるみに話しかけている妹分に、セティは干場に向かう足を止めて冷たく言い放つ。

 

「はぁい」

 

 セティとエルミア、そして彼女のぬいぐるみの二人と一体で休んでもまだ余裕があるキングサイズのベッドから、名残惜しそうに少女は下りた。

 

 手際良く着替えをすませると、洗濯物をポイポイッと洗濯機に放り込んでスイッチを押す。

 

 欠伸を噛み殺しながら洗面所で顔を洗い、吊ってあるタオルで水気を拭き取るとキッチンに向かう。

 

 強制生活以前にも時々寝泊まりに来ていたこともあり、どこに何が置いてあるかは大体把握していた。

 

 冷蔵庫脇に置いてあるボックスの中に手を入れ――。

 

「味気無い食事は駄目よ? きちんと作ること」

 

「え~~……」

 

 まさに手軽にそれで終わらせるつもりだったエルミアは不満そうな声を漏らす。

 

 そして、キッチンの入り口に立って釘をさしてきた姉貴分に猛然と抗議を始めた。

 

「セティ姉、あたしが番の時ばかり毎食作らせてるよ。セティ姉だって料理出来るのに、担当の夕食は外が多いし」

 

「はい、ブツクサ言わない。それに、当番は朝か夕食で先にエルに選ばせてあげたじゃない。家ではいつも自分で作ってるんでしょ?」

 

「食費が苦しいから結局そっちの方が安上がりってだけ……」

 

「ライグのミニチュアを作る材料を買うのを控えれば良いだけじゃない」

 

 目をそらしたところに、原因の指摘をドライバーキャノンばりに撃ち込まれる。

 

「内から溢れる何かが囁くと、衝動的に材料を買い気が付くと作り始めてるんだから、あれは不可抗力」

 

「典型的なダメな子じゃない」

 

 実に適切な一言で一刀両断である。

 

「あれはライグの武装改良案も兼ねているから!」

 

「はいはい、本物のライグで好き勝手したら良いでしょ。早くしないと朝食抜きで出勤よ?」

 

「む~……それはイヤだしな。夜はきちんとセティが作ってよ?」

 

 体は確かに朝食を欲しているし、このままでは本当に無しで連れ出されかねないので不承不承頷いたエルミア。

 

 せめてもの反撃に夕食の約束を取り付けようとする。

 

「ええ。それより、洗濯物はきちんと分けたでしょうね? あなたの服、色が濃いものが多いんだから」

 

「………………うん」

 

 エルミアが目を泳がせながら返事をすると、セティは慌てて洗面所に置いてある洗濯機へと走る。

 

 機械を途中で停止すると中を確認し――。

 

「ちょっと、全部まとめて放り込んでるじゃない! 機動兵器関連以外への大雑把な所を何とかしなさいって言ったでしょう!」

 

「セティ姉、火を使ってるから今はダメだって!? ニャアアアアッ!?」

 

 

 

 そんな一幕はあったものの、エルミアは約束通り調理を始める。

 

 フライパンを火にかけると、皿を二枚用意して冷蔵庫から買っておいた卵を四つ取り出した。

 

 いつ出撃になるか分からない職務上基本的に買い置きはしないため、その日や、せいぜい翌日分に必要な物だけ買うのである。

 

 エルミアはボールの中に卵を次々と割り入れると、塩と砂糖を少量加えて小気味よい音を立てながら素早くかき混ぜる。

 

 フライパンが温まるとバターを一欠片放り込み、先程の卵を流し込むと再びかき混ぜていく。

 

 やがて卵が固まり始めたところで素早くフライパンの先の方へと寄せると、柄をリズミカルに叩きながら卵を巻いていく。

 

 ちょうど卵が一周する頃には、楕円形の山が出来上がっていた。

 

 フライパンを火から下ろすと、懐に手を入れる。

 

 出てきたのは指先から肘くらいまでの長さがある、ライグのロングレーザーソード……を護身武器としてそのまま小さくしたもの。

 

 出力を大幅に落としレーザーナイフとして使用すると、完成した卵料理を二等分……よりは片方は僅かに小さく切る。

 

 携行ライグソードをまた懐に仕舞い、料理を用意しておいた皿に盛り付けると、使った調理道具を水につける。

 

 料理を乗せた皿をテーブルに運ぶと少し小さめの方を自分の席に置く。

 

 最後に冷蔵庫から冷たい野菜ジュースを二本とトマトケチャップを取り出すと、パンが入った籠と一緒にテーブルへと運んでいく。

 

 ジュースはそれぞれの席に、ケチャップとパン籠は中央に置く。

 

「セティ姉ー! 簡単だけど出来たよー!」

 

 卵の甘い香りが広がっていった。

 

 

 

「そういえば……エル? あなた料理とか勉強したの?」

 

 キッチンで食後のコーヒーを煎れているセティが思い出したように疑問を投げかけると、問われたエルミアの方はキョトンとした表情を浮かべた。

 

 そしてゆっくりと頭を振る。

 

「してないよ? そんな暇があれば作るか造るか寝ていたいし」

 

「そうよねぇ。少なくとも、知っている限りではそんな時間ないし」

 

 カップを二つ持ったセティがテーブルに戻ってくると、一つをエルミアの前に差し出して席に着いた。

 

「ご飯を作る理由はさっきも言った通りだけど、料理も何となく出来るってだけだしね。じゃなかったら、全自動料理マシーンなんて考えないって」

 

「結局見ないけど、あれはどうしたの?」

 

 これで料理の手間とおさらばよ! と言ってあちこちから材料を集めていたのは記憶に新しい。

 

「それがね、全長四百メートルを超えそうになったから分解破棄した」

 

「勢いで作り始める前に設計図を引いた段階で気付いてほしかったわね」

 

「設計図は無いよ? 閃きと勘だけ!」

 

「頭が良いのか悪いのか、どちらかにしてくれないかしら?」

 

 それなりに豊かな胸を張って言うエルミアに、コーヒーをすすりながら嘆息するセティ。

 

「あたしも料理とか一通り覚えたけど、あなたもきちんと覚えたら? エルなら色々出来るようになりそうだし、ゼブとか喜ぶかもしれないわよ?」

 

 

 

「ぶっ!? ゲホッゲホッあ、熱っ、熱っ!?」

 

 飲んでいたコーヒーを吹き出してしまい、さらにむせた上に騒ぎ始めたエルミアに。

 

「テーブル、後で拭いて頂戴ね」

 

 直撃を避けたセティは冷静に、汚れたテーブルを指差した。

 

「セ……セセ、セティ姉!? いきなり何を言うのさ!? なな、何でゼブの名が」

 

「さあ、どうしてかしらね」

 

 悪戯めいた笑みを浮かべるセティに、顔を真っ赤にしていたエルミアもニヤリと笑みを浮かべた。

 

 深く考えずに思い付いた反撃の言葉、しかし最悪の愚策であるそれを口にする。

 

「そういうセティ姉だって、相手が……が……」

 

 口にしてから気が付いたのだろう。そこで言葉は途切れ、赤かった顔は白に、そしてサアッと血の気が引いていく。

 

 セティには幼馴染みで、親同士が決めた婚約者がいた。

 

 その婚約相手でエルミアの恩人の一人でもあるロフことグロフィス・デルファルテは、士官学校を首席で卒業したものの、家柄だけで決まり縛られることを嫌った彼は家を出てしまった。

 

 現在彼はラクレイン姓を名乗って傭兵として入隊しているが、それを知っているのはゼブと偶然知る機会を得たエルミアだけ。

 

 確かな実力と戦士としての性分に加え、情に篤く部下の面倒見が良い彼は部隊指揮を任され、実質将軍クラスの扱いを受けるまでに至っていた。

 

 ロフが家を出た際にセティとの婚約は破棄されているが、理由は先に述べた通りであり彼女を嫌ってのものではない。

 

 セティもまた、彼のことを想い続けていることはゼブもエルミアも知っていた。

 

 恩人二人のその状態をどうにかしたいと思う気持ちはあるが、まだ色々と気持ちの整理がついていない内に会わせると思わぬ――悪い方向に進む可能性があるからというゼブの言葉に納得したエルミアは、彼のもうしばらく時間を置くという方針に従っていた。

 

 ただの売り言葉に買い言葉のつもりで余り考えずに放った言葉は、彼女が絶対に言ってはならない……絶対に言いたくなかった言葉であった。

 

 どうして言ってしまったのかという疑問と後悔が彼女の中を占めていた。

 

「が……何かしら?」

 

「何でもありません。ないよ、セティ姉」

 

 セティのカップが“カチャ”と小さな音を立てて受け皿に置かれると、エルミアの体がビクッと震える。

 

 静かに席を立って自分の方にやってくる姉貴分の顔を見ることが出来ず、少女は小刻みに震え始めた。

 

 震える少女の肩にそっと手を置くと、その耳元で囁いた。

 

「エル? そんなにあたしの本気が見たいなら、存分に見せてあげるわよ」

 

「イヤーーッ!? ごめんなさい、もう言いません!? セティ姉、本気は敵に見せたら良いから、許して!?」

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「ま~た、偉くつ~かれてるね、エルちゃん」

 

「あ、あはは……堪えたよ堪えられたよ。うん、あたしはまだ、大丈夫」

 

 出勤後、待ち合わせ場所にやってきた虚ろな表情の身元保証対象の少女に、ゼブはだ~めだこりゃと呟く。

 

「ど~せいつものように勢いのままに何かしたんだ~ろ?」

 

「うう……今日のは完全にあたしが悪いし、言い返せない。いつもとか言われているのはあれだけど」

 

 落ち込みながら唸っていたエルミアだが、やがて大きく深呼吸するとそこにはいつもの強気な表情が戻ってきていた。

 

 親衛隊の制服の内側から携行ライグソードを引き抜くと、柄にある緑のクリスタルをずらし、その中から取り出した二枚のミニディスクをゼブに差し出した。

 

「失点は絶対に取り返してみせる。でも、その前に約束を果たすわ。ライグの性能をバランス良く高めた〔オーグバリュー〕を、ゼブの癖や好み、扱いやすさを重視して設計した〔スカウリングリヒト〕よ」

 

「ん~、“一掃する光”?」

 

 ディスクを受け取りながら訊ねてくるゼブに、エルミアは首肯する。

 

「あたしはセンスが無いから名称に関しては好きに変えて。あくまでも設定コンセプトだから」

 

「つ~ことは、広域戦か」

 

「“も”出来る機体って意味合いの方が強いかな? 装備されているゲインシューターを改良してあるから使用法も増えているし、単体……対艦戦も出来るわ。詳しいデータはこっちの資料を見て」

 

 今度は携行ライグソードの刀身部分が一部展開し、そこから紙片を二枚取り出してそれらもゼブに手渡す。

 

「趣味だ~ろうけどさ、ま~た変わった物作ったな」

 

 趣味と実益を兼ねているのだろうが、彼女を知る者なら七割以上が趣味だと見抜くだろう。

 

 しかし、憂慮すべきはこの“やたらと物騒な設計がされた武器”を少女が必要として、作り上げたことであった。

 

「で、結局あ~のとき倒れてた理由はお~ぼえてないんだな?」

 

 エルミアが、受け取る予定のゼブのライグ=ゲイオスの状態確認をするはずだったその日。

 

 ゼブの休日に合わせていたエルミアが約束の時間の一時間前は愚か、十分が過ぎても現れない“異常”に、彼はすぐさま少女の宿舎へと向かった。

 

 ゼブとセティに(使ったことはないが一応ロフにも)渡されていた合鍵を挿し込み、解錠されるもそのまま三秒待つ。

 

 セキュリティシステムが解除されてから扉を開けて家の中へ。

 

 リビングから誰もいない寝室を抜けて、奥の部屋へと足を進めたゼブは、異様に寒い室内で倒れているエルミアを発見した。

 

 見た目も青白く触れても冷たい彼女に自分の上着を着せると、セティに連絡を送って主治医を捕まえさせ、マイナスになっていた室温を上げる。

 

 セティが捕まえた主治医の所に何とか運び、危険な状態だった彼女はそれを脱することができた。

 

 直接的な原因はあの部屋で眠っていたことだが、そこに至る過程が不明であり、目を覚ました彼女もベッドに入った以降は全く覚えていないようだった。

 

 主治医の話ではトラウマから来る発作的なものなのかもしれないという話だが、そういう行動をとるようなものかなど詳細は彼にも分からない。

 

 結局原因不明のまま、エルミアはしばらくの間セティの所で暮らすことになる。

 

「ぜ~んぜん。むしろあたしが聴きたいくらいよ。起きたらいきなり二人に怒られるし、医務室だし先生も居るし。何より、あたしのライグを弄る日が遠ざかったし!」

 

 懐に剣を仕舞いながら愚痴るエルミア。

 

「そういや、ず~っと研究していたものが完成し~たんだっけか?」

 

 仕事の合間の研究……研究の合間の仕事と言うべきか? ついに解明したそれを、少女はライグに使おうとしていた。

 

「うん! でもアレは凄い性能よ。思い付くまでは出来ても、あの性能のままで最初に実用までもっていった人は恐ろしい才能ね。アレをベースにすれば確かに大きな力になるけど、一歩間違えれば災厄になるわ」

 

 笑顔で頷くものの、後半は憂いを帯びた表情になったエルミアに、ゼブは鋭い視線を向ける。

 

「エルちゃん、そ~んなもの使う気なら許可消すぞ?」

 

 それを聞いたエルミアは首を横に振って憂いを消すと、強気な表情でゼブを見上げながら胸を張る。

 

「だ~いじょうぶ、ま~かせて! 怖いくらいにアレが理解出来たあたしは、あの金属細胞のどこかに情報を送る機能とか、そういう不要なのはカットしたり、強いリミッターをかけたりしてあるから! この剣もその試作だし、変なところもないしね」

 

「な~ら良いんだけど、俺達の方には使ってないんだよな?」

 

「うん。セティ姉の〔イロズィオンヴィント〕も、さっき一緒に渡したロフさんの〔アサルトブリッツ〕にも使ってない。今のところあたしの〔ゼフィリーア〕だけかな」

 既に私物としているライグにも名前を付けているらしい少女に、ゼブは最早何も言わない。

 

「前の二つはな~んとなく分かるが、エルちゃんのは分からねぇな」

 

 代わりにそう口にすると、何故か少女が小首を傾げた。

 

「それが、何となくそんな名前が浮かんだんだよね。何だろう? まあ、ライグのままで良いけど、でも個体名称で登録しとこうかな……って、エルちゃん言うな!」

 

「い~まさらだな」

 

「くっ……まぁいいわ。ロフさんの方は新型の試験運用部隊だから必要ないかもしれないけど」

 

「ま、一応わ~たしておく。ロフも試験機以外をも~ておけば、いざという時にい~いだろうしさ」

 

「うん、ありがとうゼブ」

 

 ディスクと資料を自分のポケットに入れるゼブの横で、用事が終わり勤務に戻らないといけないのに、朝の件を気に病むエルミアはどこか浮かない顔だった。

 

 そんな少女の頭を、ゼブはポンポンと優しく叩いた。

 

「ま、な~にをしたかは知らないが、きっと大丈夫さ」

 

「え……どういう」

 

「姉御ーー!」

 

 訊ねようとした声を遮って大声で二人の元に駆け込んで来たのは、エルミアの直属の部下であるハイ・カーエとモベ・ビーシであった。

 

「だから、それはやめなさいってば!」

 

「ジュスティヌさんからライグの改修に行くなら付き合うわよ? という言伝てを預かっております」

 

「格納庫で姉御を待ってるそうっす」

 

「え、ホント!? 行く行く! 格納庫ね……って、ハイは姉御をやめなさい!」

 

 そう言いながらも、嬉しそうに走っていく少女(上司)を三人は見送る。

 

「で、セティは?」

 

「笑顔でした」

 

 

 

 

 

  【後日】

 

「え~と……」

 

「こ~りゃまた極彩色にしたな」

 

「ねえ、エル? カラーリング変更もするのは聞いていたけど、こんな色だったかしら? 機体のベース色が紫に、翼が赤、それで各所のレンズ部分は緑のままだから目立つわね」

 

「え……うん……たぶん……そう……だったかも? (まだ武装追加と例のアレを使っただけなんだけど……あれー?)」

 

 



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考えるより、撃つがやすし

 

 

 双方から放たれる無数のミサイルやレーザー、高出力のビームといった兵器が飛び交う――戦場と化した宇宙空域。

 

 両陣営がぶつかり合う最前線――激戦地となっている中央部では、撃破された両軍の機動兵器が光の華となって咲き乱れている。

 

 それは戦場の両端に位置する互いの艦隊でも――機動兵器に比べれば格段に数は少ないが――起きる出来事であった。

 

 敵側からの主砲を含む艦砲射撃や、機動兵器からの射撃攻撃を受け続けた結果……耐久力の限界を超えた艦が一隻、また一隻と爆沈していく。

 

 その一方側――ゾヴォークとウォルガの連合艦隊の主力を構成しているのは、ゾヴォークで用いられている戦艦〔ゼラニオ〕。

 

 巨大強襲空母として設計され、主力戦艦として用いられるソレは連合艦隊の大多数を占めていた。

 

 同型ばかりで見分けがつかない艦隊の一部、派兵されている親衛隊の第四派遣機動艦隊の内の一隻。

 

 戦場ということもあり慌ただしい艦内。

 

 小破や中破といった機体が帰艦する度に、怒号が飛び交っている格納庫の一角。

 

 機体色である薄紫から“薄”が取れ、特徴である六枚の翼には赤という目立つカラーリングが施された〔ライグ=ゲイオス〕が一機と、通常カラーの〔ゲイオス=グルード〕が二機。

 

 待機状態の小隊が出撃の時を待ち構えている。

 

 ……ように見えた。

 

 コクピット外では先の慌ただしいやりとりが起きているのにも関わらず、その小隊は雑談に花を咲かせていた。

 

 もちろんやるべきことを終え――または行いながらではあるが、そこには今いる場所が戦場であるという緊張感は、欠片も存在していなかった。

 

「やっぱり、艦隊はいらないにしても、専用の艦とか欲しいと思わない? 色はもちろんだけど、機能とか設備とか武装とか」

 

 パイロットシートに腰かけている少女――エルミア・エイン小隊長は、サブモニターに映し出されている部下の一人と喋りながら、忙しく手元の端末に指先を動かしていた。

 

 追加した武装や、改良時に取り入れたばかりの特殊装甲を初めとする各項目に、次々とクリアの表記がされていく。

 

 追加性能を増やし(過ぎ)たため、それまでに搭載されていた従来の内部システムでは、処理能力が追い付かなくなってしまった。

 

 そこで急遽新たなシステムを作り上げ……ている最中である。

 

 試験動作中に発覚……さらに出撃も重なった結果、この土壇場での準備となってしまったのである。

 

 幸い、システムその物は――このような可能性もあらかじめ考慮して――土台は作ってあったため、必要な設定を入力していく。

 

『良いっすね、姉御! 高機能高性能唯一無二の艦!』

 

「そう! ちゃんと分かってるわね、ハイ。通りいっぺんではなく、自分の望むサポートや能力を持つ艦。でも、姉御はやめなさい!」

 

『ですよね! でも、それって難しくないっすか? 専用艦といっても、当然ブリッジクルーや整備の人員とかは必要でしょうし。姉御、自分達やゼブリーズさん、ジュスティヌさん達しか知り合い居ないんじゃ?』

 

「ふふ~ん! 艦そのものは一人でも動かせるシステムを構築すれば良いのよ。整備の方はパイロットが兼ねるとか、後は余り気は進まないけど、バイオロイド兵を借りるというのも」

 

 

『オカシラ。知り合いが居ないのは否定されないのですね』

 

 メインモニターの右下に、もう一人の部下の顔が表示される。

 

「う、うるさいわね、そんなこと気にしなくて良いのよ! 後、姉御もだけどオカシラはもっとやめなさい! モベ、それで外の状況は?」

 

 怒りか羞恥か別の感情か、顔を赤くして逸らしながら部下に問いかける。

 

『機動兵器の損害は帝国軍の方が多いですね。ただ、無人兵器が多数を占めるあちらと違い、有人機が多いこちらの方が、人的被害は大きいでしょう。それを踏まえた上で損耗を比べれば、兵力で勝るこちらがやや優勢といったところかと』

 

「ん。こっちにも無人機がいないわけではないんだけどね。ウォルガの方とは違って、ゾガルにはバイオロイド兵の数も少ないし、それどころか最近になってようやく配置され始めたくらいだし」

 

 部下の報告に首肯するも入力の手は止めず、エルミアは肩を竦めるとそう答える。

 

「機械化の監察軍ばかり送りこんできて。愚帝の頭に進化を促す宇宙線が降り注いだら、あそこはちょっとはマシになるのかしらね……」

 

『姉御? 何か言ったっすか?』

 

「え? あたし、何か言った?」

 

 無意識に何かを呟いたのか、ハイ・カーエに思わず聞き返したエルミアの耳には、小さな電子音が届けられる。

 

 機体と繋いでいたコードを外し、入力していた端末を閉じて正面にあるメインモニターに目を向ければ、そこには全てのチェック項目の完了と異常無しの表示が出ていた。

 

 今度は機体の方の端末に指を走らせながら、入力を終えたばかりのシステムを次々と起ち上げていく。

 

 コクピット内の器機に灯が点り、全天囲モニターが周囲の景色を映し出した。

 

「よし、オールオッケー!」

 

 少女が満面の笑みを浮かべると同時に、ブリッジからは出撃が伝えられる。

 

 それを聴いたエルミアは、パチン! と指を鳴らすと二人に指示を飛ばす。

 

「グッドタ~イミン! 二人とも、準備は良いわね?」

 

『待ってました!』

 

『いつでも』

 

「さあ、あたしとどこまでも覇道を共に歩みなさい。〔ライグ=ゲイオス ゼフィリーア〕、行くわよ!」

 

 ――いつか乗る日を夢見て数年。

 

 ――譲り受け、改良を行うこと半年。

 

 エルミアは操縦桿を握ると、足下のペダルを踏み込んだ。

 

 顔を上げたゼフィリーアのツインアイに、この時を待ちわびたかのように強く光が灯る。

 

 三対六枚の赤い翼を展開し、背部にあるバーニアに火が入ると一気に噴射を始め――。

 

 艦内の照明に照らされて、機体の各所に取り付けられたレンズがその色である緑の煌めきを返しながら、加速を強めたゼフィリーアが宇宙(そら)へと躍り出た。

 

 その後には、二機のゲイオス=グルードも続く。

 

「二人とも、流れ弾なんかに当たるんじゃないわよ? むしろ、当たりそうならあたしの近くにいなさい!」

 

『ラジャーっす!』

 

『了解です』

 

 母艦のゼラニオから飛び出したエルミア小隊は艦隊から離れ、激戦地を目指す。

 

 近付くにつれ、小隊に飛来する攻撃も飛躍的に増加する……が。

 

 先頭を行くゼフィリーアの見えない何かに阻まれて、実弾はおろか非実体弾もその効果を成さない。

 

 ビームに至っては、バリアで弾かずに直接受けた装甲が、そのまま吸収する始末である。

 

「ほぼ完璧な慣性中和も可能にする、イナーシャル(ディフレクト)フィールド。これはそう簡単に抜けないわよ」

 

 ゼフィリーアが発動しているバリアフィールドは後方の部下二人にもその効果が及び、敵弾を回避し損ねた二機をしっかり守っていた。

 

『姉御ー! そんなのがあるんなら、俺たち避けなくても良いんじゃ?』

 

「戦場でずっと一緒にいられる保障は無いでしょ? 常に回避を試みるべし! これはあくまでも保険よ。遠すぎると効果は無いし、味方全部を守れるってわけでもないんだから。変な弾が直撃しても知らないわよ?」

 

 疑問を投げかけるハイに、エルミアはそう答えを返した。

 

『き、気を付けるっす』

 

 前線に近付いたことで、敵機の数も増え始める。

 

「さて、二人とも。守備隊は控えているけど、敵を一機たりとも後方に抜かせるんじゃないわよ! 彼らの仕事をなくしてやる! くらいの気持ちでやりなさい」

 

『了解っす!』

 

『了解』

 

 敵軍――ゼ・バルマリィ帝国軍の保有する甲虫型の偵察用機動兵器〔メギロート〕が、ゼフィリーアを確認すると群がるように襲いかかってくる。

 

 そこに背部ブースターを噴かしながら自ら飛び込むと、まるで飛んでくる小虫を払うかのように、ゼフィリーアはロングレーザーソードで横薙ぎに斬り払う。

 

 右手に持った大型の実体剣の刀身を包みながら伸びる光の刃が、メギロートの装甲を――そこに埋め込まれたクリスタルの欠片ごとやすやすと斬り裂いていく。

 

「あたしは人型を中心にやるから、二人はメギロートを中心に壊しなさい! 全部ね!」

 

『りょうか……って無茶っすよ、姉御!? あれめちゃくちゃ数が多いじゃないっすか!』

 

 両の手のひらから伸ばしたデュアルレーザーソードで二機のメギロートを破壊しながら、ハイが悲鳴を上げる。

 

「はい、つべこべ言わない! あれは偵察機なんだから、放っといたらこっちの情報がいっちゃうでしょ。傭兵隊は新型に乗っていることも多いんだし」 

 

 ゾヴォーク側にいる傭兵隊。エルミアの恩人の一人であるグロフィスも所属しているそこは、その多くがゾヴォークに機動兵器を提供している軍事商人『ゴライクンル』のお抱え部隊である。

 

 戦争商人とも言われる雇い主の関係で、彼らの開発した新型機を扱う者も多い。

 

 エルミア自身は、何かと黒い噂も多いゴライクンルに対して、余り良い感情は持っていない。

 

 しかし、彼らのおかげで助かっていることが多いのもまた事実なので、必要悪……と割り切ることも出来ない少女は複雑な感情を抱いていた。

 

『ハイ、さっきも言われていただろう? つまりそれくらいの気概でやれ、ということだ』

 

 両腕の小手部分に備えたダブルキャノンで、ハイや自身、エルミアに迫るメギロートを撃ち抜いていくモベ機。 

 

『あ、そういう意味っすか!』

 

「むしろ本音なんだけどね……」

 

 メギロートをまとめて斬り捨てながらエルミアがそう呟くが、直前に通信を切っていた直属の部下二人には届かない。

 

 カレイツェドやレストレイル、他チームのゲイオス=グルードといった友軍機の支援も時に行いながら、二機は弾薬の関係で前衛と後衛を入れ換えつつエルミアからの指示を実行していく。

 

「あれで腕も悪いなら怒るところなんだけど、やっぱりあたしが甘いからかな」

 

 解析した例の金属細胞で構成されたクリスタルには、相手の機体を解析し他の個体に情報を伝える機能が備わっていた。

 

「この子の性能テストをしたいけど、どこまで使ったものか悩むわね」

 

 乱戦になっている状況下ではあるが、ゼフィリーアはバリアに阻まれ無傷である。

 

 自陣は無人機ばかりということもあり、気にせず主砲を撃ってくる敵艦から、エルミアは自分を盾に味方を護る。

 

 メギロートや魚型のヨエラ、人型のゼカリアといった帝国軍を、主に剣だけで相手にしていたゼフィリーア。

 

「ま、多少は使わないとね」

 

 突撃してきたヨエラの頭部に、剣の柄を直接叩き込む。

 

 柄がめり込み、勢いを止めきれずに貫通した機体が爆散していった。

 

「撃ち抜いて、斬り裂きなさい! プラネイト・ガン・ソード!」

 

 手元の端末を操作すると、メインモニターに映っていた敵機のいくつかにロックオン表記。

 

 六枚の翼の付け根に取り付けられた菱形のパネル状という外見のパーツが外れると、それぞれが単独に飛行を始め、変幻自在な動きで敵機に攻撃を始めた。

 

 四隅の角には移動や姿勢制御用の可動式スラスターが、縁にあたるライン上を開くことで連装式のビーム砲が現れる。

 

 それらは絶え間なく光弾を吐き出して帝国軍の機体の足を止めると、蜂の巣になった敵機に止めを刺すためにビームの刃を構成。

 

 弱まった装甲を、生み出した刃で一気に貫いていった。

 

 設定を変えることで自立式の誘導兵器としても使えることから、周囲に展開して死角のカバーに用いる他にも、左腕に六基まとめて装着して盾としても使用することもできる。

 

 ずっと使用し続けるのはエネルギー消費の関係で無理だが、本体から供給することで再度用いることは可能である。

 

 別のゼカリアを破壊したゼフィリーアの翼の付け根に、戻ってきたガン・ソードが装着された。

 

「ん~、もうちょっとエネルギーの消費を少なく出来るかな」

 

 武器の状態を知らせるモニターにチラリと目を走らせる。

 

 装甲材質に用いた金属細胞は、強力な自己再生能力を有していた。

 

 それは損傷や、使用したエネルギーさえも回復するほどに強力なもの。

 

 強力過ぎるがゆえに、この能力の“先”にある力を警戒したエルミアはリミッターをかけていたが、気を付けて使えば有用なものであった。

 

 解析したつもりではあるが、大事な人達に何かがあっては困るため、ゼブ達の機体には使用しなかったが。

 

 そのうち再生機能だけを取り出したものを作り出して、彼らの機体に用いる予定である。

 

 

「MAPWマイクロミサイルポッド、射出!」

 

 エゼキエルという名称のどこか騎士を思わせる機体と剣を交えながら、ゼフィリーアの右肩にあるレンズが開く。

 

 そこに内蔵されていたランチャーミサイルを排除し、代わりに装備していた三角柱状のポッドがエゼキエルの肩越しに発射され――。

 

 敵の砲弾やビームを避けながらある程度の距離を飛ぶと、三つある側面が一斉に開いた。

 

 中にあるのは、一面につき二列十発の小型ミサイル。

 

 計六十発のミサイルが一斉に放たれ、それぞれが敵機を捕捉して追尾を始める。

 

 追われたメギロート達がすぐに回避行動を取るものの、彼我の速度差に大きな差があったこともあり、戦場で一斉に光の華が咲いた。

 

 メギロートやヨエラくらいだと撃破までいくようだが、人型では一番量産されているゼカリアで良くて中破、当たりどころ次第で大破。

 

 ゼフィリーアが両断したばかりのエゼキエルや、太めの体格で砲撃用のハバククといった装甲の厚い機体に関しては、小破や僅かに中破が出るという結果になった。

 

 その残った個体をゼフィリーア――ライグ=ゲイオスが標準装備している両肩の砲塔、ドライバーキャノンで砲撃する。

 

「狙い撃ち! 大人しく逝きなさい」

 

 集束され撃ち出されたエネルギー弾は、狙い過たず吸い込まれるようにエゼキエルやハバククに元へ。

 

 見た目通りというべきか、ハバククは堪えきれなかったようだが、エゼキエルの中には火花を散らしながらもまだ動くものがあった。

 

 もっとも、射出されたプラネイト・ガン・ソードによってすぐに後を追うことになったが。

 

 エルミアが付近の状況データを呼び出すと、ゼフィリーアが暴れたせいもあり、バルマリィの機体はかなり減少していた。

 

 ハイとモベの二人も健在で、コンビで協力しながら奮闘している。

 

「旗艦の“花”も居ないみたいだし、この子以外には当たると危険な威力の主砲がある、敵艦の〔フーレ〕を全部落としたら終わりかな?」

 

 敵の艦隊がいる場所のデータを呼び出したエルミアが操縦桿を動かし、ゼフィリーアがゆっくりとその向きを変えた。

 

 機体の各所に取り付けられたレンズが一斉に光り輝き――。

 

 コクピット内に小さくアラームが鳴った。

 

 次いでメインモニターの端に、こちらに向かってくる敵の小隊の映像が表示される。

 

「ん? 新型? 見たことない機体ね」

 

 両肩には単筒タイプの砲門、手には変わった形をした棒状の得物を持ったオレンジの機体が三つ。

 

 先頭には隊長機らしき、似た形状だが細部があちこち異なる黒い機体が居る。

 

 どちらかといえば丸みを帯びたオレンジに比べて、黒いのは鋭角的で禍々しさを醸し出している。

 

 さらに四機とも――黒いのはさらに――速度も速く、ゼカリアやエゼキエルとは明らかに性能が違うことが分かる。

 

「……黒いのは、何か嫌な感じね。それなら、まとめて消えてもらいましょうか!」

 

 ゼフィリーアのツインアイが輝き、各所のレンズからエネルギーが放たれると、機体の前で収束――黒い球体が生まれた。

 

「有人機なら、心静かに死を受け入れなさい! ギガブラスター、ファイア!」

 

 

 

 ライグ=ゲイオスの最強兵器であり、ゼフィリーアにも当然装備されているソレが、間に四機を挟む形で発射される。

 

 

 黒い光の奔流はメギロートやヨエラといった機体も巻き込みながら真っ直ぐに突き進み――。

 

 

 

 



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刃を交えて――人形遊戯

 

 

 エルミアが部下の二人を率いて出撃した、丁度その頃。

 

 この宙域に一隻の艦が姿を現していた。

 

 帝国軍側の後方、まるで滲み出るかのように。

 

 その艦の艦橋(ブリッジ)内。

 

 そこには異様な光景が広がっていた。

 

 そこに存在する、全ての者が仮面を見に付けているのだ。

 

 その内、艦を操作していない仮面の者達が、ブリッジと艦内通路を繋ぐドアの前に整然と並んでいる。

 

 そして、その者達と向かい合うように立っている一人の女がいた。

 

 ここにいる者達の指揮官らしく、一人だけ他とは異なる作りの仮面を身に付けている。

 

 他の者達が顔を全て覆うような仮面を付けている中で、その女が身に付けているそれは口許を露出させるタイプだった。

 

「ヌン、サメフ」

 

「はい」

 

「はい」

 

 指揮官の女が、聴く者に冷徹さを思わせるような声で列へと呼び掛ける。

 

 鏡で写したかのように同じ体型の者が並ぶ列の中から二人、幼くも凛とした声で応じると女の前に出てくる。

 

 他の者達よりも一回りか二回りほど小柄で、背丈は周囲の肩よりも低かった。

 

「我々はこれより、予定通り例の星に向かう」

 

「はい」

 

「はい」

 

「しかし、お前達二人は“あのお方”から別任務を授かっているな?」

 

「はい」

 

「はい」

 

 その返事に、女は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「よって、ここでお前達を下ろす。任務が終われば……辺境方面軍の第二艦隊か第八艦隊と合流して、後の指示を仰げ」

 

「はい」

 

「はい」

 

「では、直ちに出撃しなさい」

 

「分かりました」

 

「分かりました」

 

 ここでようやく別の言葉を発した二人は女に一礼すると、まるで同調しているかのような動きで部屋を出ていく。

 

 部下のその姿を、女は仮面越しに面白くなさそうに見つめていた。

 

「いよいよだね?」

 

「いよいよだね」

 

 格納庫に部下を引き連れてやって来ると、置かれた自機にそれぞれが乗り込んでいく。

 

「『確かめれば』いいんだよね?」

 

「『確かめれば』いいんだよ」

 

 コクピット内で、二人は確認するように話す。

 

「楽しみだね」

 

「うん。遊べるかな」

 

「〔ヴァルク・タウォーム〕」

 

「出撃」

 

 

 

 幾つもの爆発と閃光で満たされた戦場。

 

 相手を殲滅するため、双方共にその火線は一層激しさを増していた。

 

 そこへ、新たに一つが加わる。

 

「――ギガブラスター、ファイア!」

 

 人型機動兵器のコクピット内。敵を捉えたメインモニターを見つめながら、操手の少女――エルミア・エイン小隊長は躊躇うことなく、自機のトリガーを引いた。

 

 撃ち放たれた一条の黒き光の奔流が、宇宙(そら)を走る。

 

〔ライグ=ゲイオス ゼフィリーア〕が放ったエネルギー集束砲は、真っ直ぐに敵――ゼ・バルマリィ帝国軍の艦隊へと。

 

 こちらへ突き進んでくる新型機の小隊を巻き込むようにして。

 

 周囲の敵軍とは、明らかに性能が違う機動力を見せる敵小隊。

 

 オレンジが主体色の機体が三機に、隊長機らしい禍々しい外見の黒い機体。

 

 それらは向かってくるギガブラスターに対し、四機共が躊躇いを見せることなく回避する。

 

「な……」

 

 それは自分達の背後にいる艦を、最初から見捨てるような機動だった。

 

 四機は散開し、後方の敵艦隊の内の一隻……〔フーレ〕がギガブラスターの直撃を受ける。

 

 激しい光の奔流に押し流されるように徐々に後退しながら、やがて艦のあちらこちらで小爆発が生まれる。

 

 そして、それらは閃光と共に一つの大きな爆発となった。

 

 しかし、エルミアはその光景を見ていない。

 

「艦の楯になると思ったのに、敵の行動を読み間違えた……! 新型二種の機動データを算出……って計器に乱れ? 強力なジャミング機能!?」

 

 回避された直後に、操縦しながら手元を見ることなく入力用の端末に片手の指を走らせていたエルミアが、表示されたそれに驚きの声を上げた。

 

 瞬時に敵機の機動力を計算するはずのシステムが、今は目まぐるしく数値を変化させるのみ。

 

 じっくり時間をかけてとまでは言わないが、それなりに自信を持って完成させたばかりのシステムでさえこれなのだ。

 

 そのジャミングの強力さに、エルミアは思わず舌打ちした。

 

 敵のデータ収集をシステムに任せ、エルミアは操縦に専念する。

 

 ギガブラスターを回避した際、オレンジの機体はこちらを包囲するような形で動いたが……隊長機はさらに加速しながら前方へと回避した。

 

 前方……つまり。

 

「くっ!」

 

 ゼフィリーアの右手が跳ね上がる。

 

 その手にある実体剣から生まれたレーザーソードが振り上げられ、黒い機体が手に持つ長い棒状の得物……そこから伸びた三日月状のエネルギーの刃が振り下ろされる。

 

 ぶつかり合った二条の光刃の交差部は激しく火花を散らし、鍔迫り合いの如く咬み合っていた。

 

 刃を交える一方で、ゼフィリーアのツインアイと黒い機体――ヴァルク・タウォームのラインアイも睨み合いの様を呈していた。

 

 二機の機体の全高は余り変わらないが、もともとライグ=ゲイオスは重武装で設計されている分重量がある。

 

 敵方のオレンジの方は丸みを帯びた体形で、得物と両肩の大筒から見ると距離を問わない万能型の機体なのだろう。

 

 タウォームの方は鋭角的な見た目をしており、目に見える武装も銃口部がある長柄のそれのみ。

 

 内蔵型の武装がある可能性はあるが、力よりは速さに重点を置いているように見えた。

 

「単純な力比べなら、負けない!」

 

 タウォームを弾き飛ばそうと、ゼフィリーアの右手に力が込められる。

 

『速さに重点。間違ってはいないね?』

 

『うん、間違ってはいないね』

 

 ゼフィリーアのコクピット内に、黒い機体からの声が送られてくる。

 

「……っ!? こちらの通信に割り込み? しかも女の子の二人乗りなんてね」

 

 そっくりな、幼くも凛とした二人分の声。

 

 一人言を言っているのでなければ、二人乗りなのだろう。

 

「武装解除して投降しなさい! この戦いはこっちの勝ちよ!」

 

 バルマー帝国の本拠地がどこにあるのかは、はっきりとは分かっていない。

 

 それも踏まえて、有人機であるならと降伏を呼び掛けるエルミアだが、通信機から返ってきたのはクスクスという二人分の笑い声。

 

『降伏だって?』

 

『勝ちだって?』

 

『関係ないよね?』

 

『関係ないよね』

 

「あー、もう! 鬱陶しい喋り方は……やめなさい!」

 

 力を増したゼフィリーアがレーザーソードを大きく振り払い、タウォームの鎌を受け流す。

 

 追撃とばかりに剣を振るうが、相手は背部バーニアを吹かして距離を離したために刃はむなしく宙を切る。

 

 さらに追い撃ちをかけようとしたゼフィリーアを、周りのオレンジの機体が連続で射撃を行いそれを阻む。

 

 その射撃の狙いは正確であり、ゼフィリーアも距離を置かざるをえなかった。

 

 部下の二人に説明した通り、『バリアはあくまでも保険であり、基本は受けない、回避する』が彼女の考えである。

 

 破れられないバリアなんてものは無いと彼女は思っているため、未知の機体の武器はより警戒を強めるべきものだ。

 

 バリアが貫通され、それに付加効果があれば戦況が大きく変わりかねない。

 

『姉御ー! ……うわ、何だこいつら!?』

 

『オカシラ、すぐに援護します……気を付けろ、ハイ。手強いぞ』

 

 エルミアの方に向かおうとしていたハイとモベの二機のゲイオス=クルードを、相手の三機が妨害しながら立ち塞がる。

 

 周りには数を減らしたとはいえ他の帝国軍機もいるため、三機のコンビネーションも合わさると二人の苦戦は免れない。

 

「ハイ! モベ!」

 

『よそ見?』

 

『よそ見だね』

 

 二人を援護しようとしたゼフィリーアだが、その前に逆さまになってタウォームが現れる。

 

 タウォームは振り上げていた鎌を、ゼフィリーアの下から上へと振り下ろす。

 

「振りが甘い!」

 

 迫る刃を、後退しながらレーザーソードで斬り払い――

 

『考えが甘いね?』

 

『考えが甘いね』

 

 武器を振り払われ、がら空きになったタウォームの機体前部各所から、黒いワイヤーのようなものが伸びる。

 

『抵抗してみせて?』

 

『抗ってみせて?』

 

『『出来ないなら……死んで? メス・ショット』』

 

 ワイヤーの先端がバリアを突き破ってゼフィリーアに刺さると、タウォームは残りを巻き付けるように旋回する。

 

 刃のように鋭いワイヤーが幾重にも巻き付き、締め付けられたゼフィリーアの装甲が悲鳴を上げる。

 

「この……やることまで本当に鬱陶しいわね!」

 

 逆さまのままモニターの正面に映っている相手に、エルミアは悪態をつく。

 

『誉め言葉?』

 

『誉め言葉』

 

「誉めてないわよ!」

 

『ふふ、このままバラバラに分解されたい?』

 

 ワイヤーがゼフィリーアの装甲にさらに食い込んでいく。

 

『ふふ、コクピットの中でじわじわ逝きたい?』

 

 タウォームが両手に柄を握りしめ大きく鎌を振りかぶると、そのブレード部分が長大化する。

 

『『あなたはどんな死を迎えたい?』』

 

 二人の声に合わせて、タウォームのラインアイが不気味に輝いた。

 

「……そうね、どうせならベッドの上で死にたいわね。軍人だから無理と思うけどさ」

 

『…………は?』

 

『…………え?』

 

 エルミアが返した答えに対して、通信機の向こうからは間の抜けた声が聞こえてきた。

 

 それに構わず、エルミアの独白は続く。

 

「昔の記憶なんてものはないし、覚えていることはこの数年のことくらいだけどね。それでも返さないといけないことは出来ちゃったし、やりたいこともまだまだある」

 

『意味が分からないよ?』

 

『意味が分からないね』

 

 通信機の向こう側の声からは、困惑の色は隠し切れない。

 

「つまりね。あたしはこんな所で、あんた達に負けるつもりなんか無いってことよ!」

 

 ゼフィリーアのツインアイが力強くエメラルドの輝きを放った。

 

「あたしのライグを傷付けた恨み、思い知れ! ギガブラスターverF、リベンジブラスト!」

 

 ゼフィリーアの全身から機体正面へと向かう膨大なエネルギーが生まれると、それは途中過程で電撃のように食い込んだワイヤーを伝ってタウォームへと。

 

 伝った先のタウォームのワイヤー射出部の各所からは、エネルギーを受け止め切れなかったせいで火花が上がっている。

 

 たまらずワイヤーを引き抜こうとしたが、それより早くゼフィリーアの手がしっかりと握り締めていた。

 

 そして、ゼフィリーアの前には二度目となる黒い光球が生まれる。

 

 続けて放たれた一条の闇色の光閃。

 

 間一髪で、光の奔流をワイヤーを鎌で切り離すことで回避したタウォーム。

 

 だが、回避した先に闇色の光球が迫ってきていた。

 

「いっ……けぇー! ブラスターホームラン!」

 

 エルミアは、残っていた光球を、ワイヤーが切れたことで自由になった剣で力任せに打ったのである。

 

 攻撃されている間もじっとタウォームの機動計算を行っていたシステムが完了したことで、相手の回避先は予測されていた。

 

 闇色の光球を無理矢理回避しようとしたタウォームだが、凄まじい勢いで迫るそれを避けきれずに下半身をもぎ取られてしまう。

 

 光球はそのまま帝国軍の機体をいくつか飲み込みながら、あらぬ方へと飛び去っていった。

 

『やるね?』

 

『やるね』

 

 二人は乗機の下半身を失っても、各所から火花を散らしていてもまるで気にした様子は無く、これまで通りの感じで話を続けている。

 

「堪えてないわね。まだまだやるってこと?」

 

『堪えてないしね?』

 

『痛くないしね?』

 

『『続けるよ』』

 

「それなら、徹底的にやるまでよ!」

 

 操縦桿を握り直し、ペダルを踏み込む。

 

 ゼフィリーアの背部と三対六枚の翼に取り付けられたバーニアに火が点くのと同時に、タウォームも滑るように移動を始める。

 

「まずはこれから! 撃ち抜いて、斬り裂きなさい! プラネイト・ガン・ソード!」

 

 ゼフィリーアの翼の付け根から再び六つの菱形のパネルが外れて、解き放たれた刃が不規則な軌道を描きながらタウォームに襲いかかる。

 

 ゼフィリーア自身もガン・ソードの後を追うように飛ぶ。

 

 六基のガン・ソードから様々な角度で撃ち放たれる無数の弾丸を、タウォームは身を捻ったり、あろうことか急停止からの別方向への急発進を繰り返して回避していく。

 

 そんなタウォームの軌道上に、回り込むように飛来してきた三角柱状の物体。

 

「ホーミングレーザー……セット。プラネイト・ガン・ソード、リフレクター転換。ゼフィリーア、包囲殲滅モード!」

 

 メインモニターに映し出されているタウォームの、コクピットがあると思われる場所を避け、その機動を奪う形でロックする。

 

 モニターの中の相手もまた、機体の各所が展開していた。

 

『数秘予測』

 

『ゲマトリア修正』

 

「心静かに受けなさい! ペンタグラム!」

 

 ゼフィリーアの翼に幾つものエメラルド色の小さなレンズが展開。

 

『強念の力、力の摂理』

 

『絶対の真理、全ての源』

 

『『全ては、来たる日のために。ディーン・ミシュパート』』

 

 タウォームが全ての装甲を排除(パージ)すると、そこにはコクピットのことなど考えていないとばかりに搭載された砲門。

 

 先行していたポッドからのミサイルと、翼のレンズから一斉に放たれるレーザー。

 

 蜘蛛の巣のように広がりながら向かう、エメラルドの輝き。

 

 それの一部は光弾を吐き出すガン・ソードに当たると軌道を変え、タウォームへと降り注ぐ。

 

 逃げる隙間も与えないゼフィリーアの攻撃に、タウォームも全身から赤いレーザーを放って対抗する。

 

 ところ構わずに射撃しているように見えて、向かってくるレーザーやミサイルを迎撃するように放たれており、赤と緑の閃光が辺りを彩る。

 

 途中、どうやったのかは不明だが、ゼフィリーアの右の翼が二本半ばから断ち切られていた。

 

 しかし、反撃はそこまでで、二色の共演は長くは続かなかった。

 

 先の被弾で内部を損傷していたらしいタウォームが、攻撃しながら自壊していく。

 

「早く脱出しなさい!」

 

 本来は武装を組み合わせて行う攻撃であるが、それのシークエンスを中断して再び呼び掛けた。

 

 全身から汗が吹き出し、髪や服が肌に張り付いている。

 

『必要ないよね?』

 

『必要ないよね』

 

『あなたこそ、早くあるべき場所に帰れば?』

 

『戦いをやめれば?』

 

 しかし、返ってきたのは二人のそんな声。

 

「な……」

 

 そして、エルミアが何かを言うよりも早く、閃光に包まれたタウォームが爆散する。

 

「な、何なのよ……いったい」

 

 その跡を呆然と見つめながら、やるせない思いと共にエルミアは言葉を吐き出した。

 

 残っていたオレンジの小隊を撃破した、ロフ率いる傭兵隊や部下二人が駆けつけるまで、ゼフィリーアは動くこともせずその場で佇んでいた。

 

 

 

 

 個室に備え付けられた通信設備。

 

 そのモニターには、眼が四つという奇異な仮面を身に付けた人物が映し出されている。

 

 モニターの前では銀髪の少女が二人頭を垂れており、足下には銀の仮面が二つ置かれていた。

 

『……聞こう』

 

「ゾヴォークに対する帝国監察軍第八艦隊の攻撃は、今回も失敗に終わりました」

 

「再度の製造にはしばらく時間が必要と思われます」

 

 画面の向こう側……年配らしき男の低めの声に対し、頭を垂れたまま涼やかな凛とした声で少女達は報告を述べる。

 

『機械化艦隊のことは構わぬ。お前達の任務の方だ』

 

「標的とは接触。機体には知識の流入らしきものも垣間見ることが出来ましたが、偶然と言える範囲のものです。父様が気にされるような“番人”の要素は無いようです」

 

「“番人達”よりは、父様の“七人”の方が近い印象を受けました。交戦の際に、タウォームの遠隔兵器が破壊されましたが、本体には気が付いていなかった模様」

 

『分かった。お前達は引き続き、ゴラーゴラム隊に身分を隠して確認を続けろ。それと、代わりの機体を用意する。お前達がこれまでに集めた機体の運用データのおかげで、〔ディバリウム〕の目処もたつ』

 

「「分かりました、父様の仰せのままに」」

 

『時間が無い。私は例のモノの完成を急がねばならん……アリエル、アリエール。お前達は必ず生き残れ。来たる日のために、あの二体を手中に置くために』

 

 

 

 



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One day in front of a storm

 

 

「あーーっ、もうっ!」

 

 小部屋の中で、苛立たしげな薄着の少女の絶叫が響き渡った。

 

 その叫び声に、狭さを有効活用すべくあちこちに設けられた小棚が、微かに振動する。

 

〔ゼフィリーア〕の初陣から帰還して、二週間。

 

 半袖の黒いシャツにショートパンツというラフ過ぎる姿のエルミアは、あれから家とここ……研究室を往復する日々を過ごしていた。

 

 戦場で刃を交えた敵の新型機体と、そのパイロットらしい二人の少女(予想)のことを考える度に、エルミアはイライラとした気分にさせられる。

 

「散々好き放題やって、言いたいことを言った挙げ句に、最後は爆散! 普通なら、悪役は必要以上にあれこれ説明してから逝くものでしょう!」

 

 エルミアの小隊と交戦した、バルマー帝国の新型機部隊。

 

 隊長機と部下の二種四機の機体は、その全てが欠片一つ残さず宇宙の塵となっていた。

 

 もちろん、パイロットの脱出も確認されていない。

 

 よって物的資料は何も得られなかった……が。

 

 一度深呼吸をして、苛立ちから来る高揚した気分を落ち着かせたエルミアは、端末に指を走らせるとゼフィリーアのシステムに繋げる。

 

 パスワードを入力してロックを解除、呼び出したデータを目の前のモニターに映し出した。

 

 そこに表示されているのは、オレンジと黒の二種類の機体。

 

「結局、手に入ったデータはこれだけかー。無いよりは良いけど」

 

 小隊員機のオレンジの機体も、こちらの一般機の中では上位に位置する〔ゲイオス=グルード〕に、勝るとも劣らぬ性能を持っていた。

 

 装甲や耐久性、武装面はこちらに分があるが、その機動性とジャミング能力は厄介である。

 

 そして、厄介さはその上を行く黒い隊長機。

 

 ゾヴォークの保有する高機動型の機体をも上回る機動性と、文字通りに全身に仕込んだ武装という突き抜けた設計がされていた。

 

 そして、この機体にも搭載されていたジャミング能力。

 

 隊員機との相乗作用により、こちらへの影響はさらに大きくなる。

 

 高速機動による敵陣侵入と出鼻を挫く広範囲への攻撃、そしてジャミング能力での妨害。

 

 このコンセプトだけであるならば、彼女の姉貴分の〔ビュードリファー改 イロズィオンヴィント〕と同じであるが、両者には決定的な違いがあった。

 

 黒い機体の武装が、コクピット……つまりはパイロットの命が全く考慮されていないことだ。

 

「あちらにも事情があるんだろうし、あたしがとやかく言うこともあれだけど。それでも、命を散らすのを前提にするのは間違ってるわ。それが、後に繋げるためであっても」

 

 なまじ言葉を交わしていたために、目の前で死なれたのは後味が悪かった。

 

 そこが戦場であって、この感傷を持つこと自体が自身の弱さであると理解していても。

 

 そしてエルミアは、相手に聞きたいことがあった。

 

 爆発の直前、相手が言った言葉。

 

『あなたこそ、早くあるべき場所に帰れば?』

 

 彼女達は、ここに来る以前の記憶が無い自分のことを知っていた節がある。

 

 出来ればそれを教えてほしかった。

 

 何をしていたのか、自分はいったい何なのか。

 

 身の回りで起きた不可思議な出来事や、様々な技術の記憶。それらも、過去と関係があるのかを。

 

「――ああ、もう! やめよやめやめ。考えても仕方ないわ」

 

 お手上げとばかりに大きく頭を振ると、椅子の背もたれに身体を預ける。

 

 頭もそのまま後ろに倒すと、天井を見上げた。

 

 そのままの姿勢で、しばらくボーッとする。

 

 頭の後ろに両手を回すと指を組むと、隣の空席に視線を向ける。

 

「ゼブもセティ姉もロフさんも、最近特に忙しいみたいだし。三人共ということは、近々大規模な遠征でもあるのかな?」

 

 現在セティの家で生活しているエルミアだが、姉貴分の彼女とは、最近家でも顔を合わせていなかった。

 

 深夜に帰り、早朝に出ていく。

 

 家に帰らないこともしばしばである。

 

 深夜に帰ってきてそれに気付けた時は、それとなく日保ちする材料で食事を作って、分かるところに置いておくということをしていた。

 

 そして傭兵部隊であるロフは別にしても、ゼブやセティの状態から推察されるのは、一つだけである。

 

「狙いは、ウォルガの連中が撃退されたという星か、バルマーの連中ね」

 

 彼女達のゾヴォークと共に、共和連合を構成している勢力ウォルガ。

 

 そこがある星に部隊を派遣し、ほぼ全滅という憂き目にあったことを知る者は多い。

 

 彼女が過激派と揶揄される、ゾガルという派閥に所属している関係もあるかもしれないが、そういった情報はすぐに出回る。

 

 他の敵対国家の可能性もあるが、有力候補はその二ヶ所とエルミアは目星をつけていた。

 

 現在、親衛隊と技術士官、ゼブの部隊員という三足の草鞋(わらじ)状態のエルミア。

 

 大規模な遠征となった場合、自分も従軍する可能性はある。

 

 もっとも、定期検査が必要なエルミアが呼ばれるかは、微妙なラインだが。

 

「ゼフィリーアの更なる改良に、個人的な戦艦……は難しいわねー」

 

 前者の愛機の改良も、黒い機体以上の機動にしようとすれば、今の状態から多くのものを犠牲にする必要があった。

 

 戦いの中で見せた変速的な動きを計測して、そこから推測されたあの機体の最大機動力は、決して遅い方ではないゼフィリーアの三倍以上。

 

 強力な慣性中和システムを積んでいるゼフィリーアも、急停止だけであれば可能ではある。

 

 しかし、その場からのタイムラグ無しのマックススピードでの加速や、方向転換といったことは不可能であった。

 

「星間航宙船や風の精霊じゃあるまいし。かといって、ゼフィリーアの……ライグの形を壊してまでの改良なんて、そんなものは全く意味が無い」

 

 少なくとも、彼女にとっては。

 

 大事なのは、造形を保った上での更なる改良。

 

 そしてあの機体が、こちらのゲイオスシリーズのように、大量に生産された時のことも考えておかねばならなかった。

 

「あー……頭痛い」

 

 結局、現在の悩みの種に戻ってきてしまう。

 

「こういう煮詰まったときは、閉じこもっていたら逆効果ね」

 

 閃きに、その紅い目は爛々と輝き始める。

 

 背もたれから身体を起こすと、横着な姿勢で腕を伸ばして端末を落とすと、背伸びして席から立ち上がる。

 

 壁のフックに引っ掛けていた親衛隊の制服を手に取ると、今の服の上からしっかりと着込む。

 

 冷房を切り、最後に部屋の電気を落とそうとして……その動きが止まる。

 

「どうせなら」

 

 部屋の入り口に手を伸ばそうとしていた彼女だが、不意に自分のデスクへと振り返った。

 

「徹底的に、気分を変えないとね」

 

 そう楽しそうに話す彼女の顔には、小悪魔めいた表情が浮かんでいた。

 

 その視線は、デスクの引き出しに向けられている。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 二機のゲイオス=グルードが、宙間戦闘を行っている。

 

 相対して五分。

 

 しかし、早くもはっきりと分かる形で結果は表れていた。

 

 片方は執拗に接近戦(クロスレンジ)に持ち込もうとし、その相手は、それから必死に距離を取ろうとしている。

 

 バーニアを吹かせて逃げ回っている機体は、既に中破と言っていい損壊状態。

 

 そのかろうじて残っていた両肩の砲門に、にわかにエネルギーが集束していく。

 

『お、俺だってこのままやられてたまるか! やってやる……やってやるぞ!』

 

 一矢報いようと、振り向き様に放たれた二発のドライバーキャノン。

 

 近距離から放たれたエネルギー弾を、しかしそれ以前から回避行動を取っていた追手は、難なくかわしてしまう。

 

 砲門を残した状態で追い詰めれば、一か八かで狙ってくると予想してあったために。

 

「……それにしても、狙いが雑ですね」

 

 追手のバーニアが、更に勢いよく噴射する。

 

 両手のひらから伸びたエネルギーの刃が、変な姿勢で射撃をしたせいでバランスを崩している相手に、容赦無く突き刺さった。

 

「これで終わりです」

 

 穴が開いた場所に、小手に装備されているダブルキャノンが、続けざまに撃ち込まれていく。

 

『うわっ!? うわぁぁぁぁぁっ!?』

 

 通信機から、対戦相手の悲鳴が聞こえてくる。

 

 相手の機体の動力部を撃ち抜くと、モニターには相手の撃破が示された。

 

「これで、九人」

 

 筐体の中で、エルミアが静かに呟いた。

 

 今の彼女は、肩までの紫の髪を髪留めで小さな尻尾のようにまとめ、銀縁の伊達眼鏡をかけた研究者然とした姿である。

 

 本当なら実機を動かしたいところであるが、良くも悪くもあれは目立ちすぎるために断念し、シミュレーターで我慢していた。

 

 ゼフィリーアの性能に胡座をかいて、それに頼った戦いをするような行為を彼女は忌避する。

 

「ゼフィリーアの改良も良いでしょう。しかし、パイロットが性能を引き出せなければ意味がありません。私自身が、強くならなければ」

 

 敬遠されやすいライグを使用せず、多くの相手と戦いやすいグルードを使っているのはそういう理由であり、他意は無い。

 

 呟いた少女は、眼鏡のブリッジを指の腹で押し上げると、操縦桿を握り直す。

 

 その足が、力強くペダルを踏み込んだ。

 

 モニターに表示された新たな“敵影”に、彼女が駆るグルードの背部にあるバーニアが、徐々に鎌首をもたげながら噴射を始める。

 

「距離ニ千……千……射程内……ミドルレンジ、ターゲットロック」

 

 敵に向けた両手から、牽制に放つダブルキャノン。

 

 その後を追うように、両の手から再び刃を伸ばしたグルードが飛ぶ。

 

 今回の相手もグルードだが、向かってくる非実体の弾丸をレーザーソードで無造作に受け止めた後に弾き飛ばすと、そのまま逆にエルミア機へと突っ込んでくる。

 

「この動き……というよりは非常識な操作は……」

 

 小細工無しで、正面からぶつかりあった両機。

 

 互いの刃――四条の光の刃が交錯し、眼前で激しく火花を散らす。

 

 切り結んでいたかと思うと、互いの鋭い突きを受け流し、再び剣を交わせて鍔迫り合いに。

 

『いーないと思ったら、やっぱりここか』

 

 通信機から聞こえてきた声は、彼女の予想通りのよく知る人物の声だった。

 

「ゼブ、忙しいのでは?」

 

『まーだまだな。だが、まあ概要は決まったからな、そーれを伝えに来た……んだが』

 

「……だが? どうしましたか?」

 

 通信機越しに会話をしながらも、双方の装甲には浅く深く剣戟による傷が刻まれていく。

 

『仕事はもちろんだが、こーっちのケアも必要なんでね』

 

 エルミアがどうにも塞ぎこんでいるらしいことはセティから、その原因らしきことはロフから彼へと話は伝わってきている。

 

 が、しかしかといって何をどうすれば良いかといえば、さしもの彼にも分からなかった。

 

 ライグ関係以外で、今すぐに彼に出来そうなことといえば……。

 

「ケア……ですか?」

 

 言っている意味が分からないと、エルミアが訝しげに答える。

 

 それを合図に、同時に刃を離した両機は距離を取って向かい合う。

 

『とーりあえず、エルちゃん』

 

「何でしょう? 次の作戦の指示でしたらここを出た後で――」

 

『ちょーっと眼鏡をはーずしてくれないか?』

 

「外すと言っても、これはレンズも入っていませんが……そもそも、映像通信でもありませんし」

 

『それは知ってるけれどもな、そっち(真面目仕事モード)だとどーにも調子が出ないんだわ』

 

「今一つよく分かりませんが」

 

 ゼブの発言の意図が読めず、エルミアは困惑していた。

 

 それでも言われた通りに眼鏡を外すと、制服のポケットの中に仕舞う。

 

 髪留めにも手を伸ばしかけたが、言われてないから良いかとそのままにしておいた。

 

 シートベルトで身体を固定したままだが、気持ちシートに座り直すと操縦桿を握る。

 

「外した……けど?」

 

 彼の意図が分からないままのため、エルミアの声には僅かに困惑が含まれていた。

 

『んーじゃ、続きといこうか? エルちゃん』

 

「だから、エルちゃん言うな!」

 

 言葉と同時に、刃を引っ込めた左手の小手に備えられた砲口が唸りを上げる。

 

 ゼブ機はそれを受け止めずに、上に飛ぶことで避ける。

 

「逃がさない!」

 

 すぐさまエルミア機もその後を追撃し始める。

 

 射的ポイントをずらしながら、 ゼブ機の予想回避ポイントに弾をばらまくエルミア機。

 

 その両肩に装備されたドライバーキャノンにも光が灯る。

 

『こーっちじゃないと、俺にゃわーからねぇんだわ』

 

「何をわけの分からないことを、しかもリラックスして言ってるのよ! ……良いわ、すぐにその余裕を無くしてあげようじゃない!」

 

 ゼブ機の回避行動を徐々に狭めながら、エルミアはドライバーキャノンの発射タイミングを計っていた。

 

「あ、そうだ。ゼブ、あたしが勝ったらちょっとお願いがあるんだけど」

 

 絶えず牽制射撃を仕掛けながら、猫撫で声で話しかける。

 

『今度はなんだ? ライグの二機目か?』

 

「う……それはそれで惹かれるけど、また別よ」

 

『内容によーるけどな。この間みたいなのじゃなく、実力なら考えてやってもいいぜ』

 

 それを聞いたエルミアの顔に、不敵な笑みが浮かんだ。

 

 自然と、彼女のやる気にも火が点く。

 

「言質とったわよ! あたしの戦艦のために、勝たせてもらうわ!」

 

『こりゃまたおかしなものをほーしがってるな、エルちゃん』

 

 ターゲットをロック。

 

「だから、エルちゃん言うなーっ!」

 

 咆哮と共に、逃げ場を塞いだ上でのドライバーキャノン。

 

 さらに、エルミア機の胸部が展開。

 

 そこに搭載されたビーム砲が姿を見せる。

 

「狙いはもう、付いてるわ!」

 

 ドライバーキャノンと時間をずらして、高出力のビームが放たれる。

 

 ゼブの腕を決して過小評価しない彼女は、三発の内の一発でも当たれば良い! くらいのつもりだった。

 

 少なくとも、ゼブ機の動きが止まれば良い。

 

 左手からの射撃を続けながら、確実なトドメを狙うエルミア機は右手の光の刃を振りかぶった――

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 シミュレーター室から出てきたゼブとエルミアが、並んで通路を歩いていく。

 

「なんで、あの状況からあたしが負けるのよ」

 

「いやぁ、かなり惜しかったが、詰ーめがあーまかったな」

 

 結果は、エルミア機の撃墜による敗北。

 

 筐体の中では、信じられないとばかりにエルミアの絶叫が響き渡ったのだが、幸い外に声が漏れることは無かった。

 

「まさか、ドライバーキャノンをレーザーソードで斬り離してぶつけるなんて。あと、左腕も」

 

「〔オーグバリュー〕のはパージ出来るからな。そーれを応用しただけなんだけんども」

 

 エネルギーを少し蓄積させたキャノン砲を斬り離したゼブは、飛んでくる弾にぶつけることで爆発を誘った。

 

 その後はダブルキャノンによる攻撃は多少受けたものの、身軽になった機体でその場を離れることでビームを回避。

 

 先に起きた爆発のせいでゼブ機の動きを一瞬見失ったエルミアを、今度はゼブが強襲した。

 

 その際に、追加で斬り離した左腕を囮に使ってエルミアの注意を逸らすという徹底振りで、エルミア機を撃墜したのである。

 

「オーグバリューの機能は当然知ってたけど、グルードで無理矢理使うなんて思わなかったわよ。そこまでして勝ちたいわけ?」

 

 恨めしそうに言うエルミアに、ゼブは深く溜め息を吐いた。

 

「エルちゃんにだけは言われたくない台詞だーね」

 

「む……あたしはただ純粋に、そう純粋に勝ちたいだけよ? ほら、あたしの澄んだ目を見て」

 

「欲望でギラつき過ぎてるだけなーんじゃね」

 

「見向きもしないで失礼なことを……あ、外で実機でやらない? ゼブと一緒なら何も言われないし、ついでに〔スカウリングリヒト〕の状態も確認したいし」

 

「馬鹿なこと言ってないでメシ行くぞ」

 

「あ、行く行く!」

 

 疲れたように話すゼブの後に、楽しそうなエルミアが続く。

 

 少なくとも、今の少女からは暗い影は消えていた。

 

 

    【おまけ】

 

 

「そういや、部下の二人はどうした?」

 

「チームプレーの考案」

 

「むしろ、そーっちを見てやれよ」

 

 



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忍び寄る悪意

 

 

 紫と赤。

 

 独特な配色がされている機動兵器が一機、暗礁宙域を駆け巡っていた。

 

 その後を無数の光弾が追い、あるいは逸れて脇を通り抜け、またはバリアシステムに散らされる。

 

 この[ライグ=ゲイオス ゼフィリーア]だけを残して、近辺のゾヴォーク艦隊は壊滅に近い損害を受けていた。

 

「……これは、ちょっとシャレにはならない……わ、ね!」

 

 エルミアは、握っていた操縦桿を思い切り左に押し倒す。

 

 その通りに急旋回するゼフィリーアは、後ろから迫っていた凝縮されたエネルギー弾を回避。

 

 続けて、機体の正面からは立て続けに、ビームや弾丸が向かってくるのが見える。

 

 その数の多さに回避することを諦め、ゼフィリーアのバリアシステム――イナーシャル(ディフレクト)シールドを信じて突っ込んでいく。

 

「――ハアァァアアアッアッ!」

 

 背部にあるスラスター全て――特徴的な三対六枚の翼に仕込まれたそれも、一際強く青白い炎を吹き上げ、ゼフィリーアがさらに加速する。

 

 向かってくるビームは機体に触れること無く見えない壁に阻まれ、ミサイルが爆煙を撒き散らす。

 

 その中から無傷で飛び出してきたゼフィリーアは、煙の尾を引きながら右手の剣を構えていた。

 

「レーザーソード! いっけえぇぇっ!」

 

 ゼフィリーアのツインアイが緑に煌めく。

 

 実体剣の刀身を光が包み込み、突進する勢いのままに突き出された剣が相手の――恐竜に酷似した機体の厚い装甲をやすやすと貫き、中枢部へと。

 

「――撃ち抜いて、斬り裂きなさい! プラネイト・ガン・ソード!」

 

 六枚の翼、それぞれの付け根から菱形のパネル状のパーツが外れ、移動ユニットによって即座に行動に転じた。

 

 相手の攻撃を掻い潜りながら飛行すると、逆に内蔵された連装ビームによって相手の装甲を蜂の巣にしていく。

 

 銃撃後に非実体の刃を構成すると、先のそれにより弱まった装甲部分へ正確に突き刺さり――。

 

「破砕!」

 

 完全に貫通した剣を横に振り抜くと、バーニアスラスターを吹かし、その場を離れる。

 

 プラネイト・ガン・ソードが貫通、それぞれに相手の背後から姿を見せて弧を描くと同時に、七つの爆光が戦場を彩った。

 

「ディフェンサーモード」

 

 戻ってきた六つのパネルの内、二枚は元の翼の付け根へ、残りの四枚は掲げた左腕へと装着される。

 

 そこにバリアを纏うことで盾となると、二発三発……飛来した集束弾を全て受け止めた。

 

 衝撃は振動となってコクピット内のエルミアにも伝わるが、それも少女の手を止めることは出来ない。

 

 少女の目は、メインモニターの端に表示された一文字の数字を捉える。

 

「――ダメージ、ゼロ。……それじゃ、次はあたしから! 狙いももう、付いてるわ」

 

 上げていた左腕を下ろすと、両肩の砲門が即座に集束し終えていた弾を吐き出した。

 

 数発のドライバーキャノンが、ズングリした体型の自動砲撃機体を次々と粉砕していく。

 

 その時、小さな電子音がエルミアに警戒を報せる。

 

 警戒指定先をモニターで拡大すれば、彼女の大好きな機体達が、とても見覚えのある黒い球体を集束させていくところだった。

 

 さらに、胴部に大きくAとBと書かれた二体の機体も、それと挟み込むように向かってきている。

 

「本当に、シャレにならなくなってきたわね……でも」

 

 発熱により熱の籠った息遣いをしながら、エルミアは流れる汗をそのままに、吐息と共に言葉も吐き出す。

 

 制服も、それ対策に特殊な素材を用いての特製な物であったが、腕などに重みを感じ始めてきている。

 

「でも、いかせない!」

 

 戦闘が始まって、既に四時間が経とうとしていた――。

 

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「――で、結局ゼブもセティ姉もロフさんも、あたしを置いて行ってしまったんですよ!」

 

「ククク。任務であるなら仕方無いでしょう? キミはキミで、こちらで仕事をこなしながら彼らの帰還を待ちなさい」

 

 患者である紫髪の少女の話に、白衣を着た男は慇懃に答える。

 

 短めの金髪に、切れ長の目。整った顔立ちの、冷たい印象の美青年。

 

 年齢は二十七歳だが、出会った六年前から変わらないため自称であるようだ。

 

 独特の薬臭い匂いをさせている、施設内の医務室。

 

 点在する用途不明の様々な機材が、この部屋と男の雰囲気をより怪しくしていた。

 

「って、テスタネット先生が遠征にOKを出して下さってれば、あたしだって一緒に行けたんですが!?」

 

 ゾヴォークの派閥の一つ“ゾガル”が打ち出した『地球文明抑止計画』。

 

 テイニクェット・ゼゼーナンを司令官とする艦隊が発ったのは、つい先日のことだった。

 

 これにはゼブやセティといった正規軍や、傭兵部隊を率いたロフも参加している。

 

 ゼブとセティは総司令となった男に良い感情を抱いていないらしく、終始渋い顔を見せていた。

 

「わたしには、キミ以外にも患者がいるのです。彼らを置いていくわけにもいきません。それともキミは、全員を連れていくでも言うのですか?」

 

「う……ぐぐ」

 

 長い足を組んだ姿勢で椅子に座ってカルテを書いている青年は、言葉が続かない少女に冷たく鼻で笑った。

 

 それに「むー……」と唸りながらも、エルミアは脱いでいた制服の上着を羽織る。

 

 分厚いファイルに書き上げたばかりのカルテを差し込むと、パラパラと捲り始める。

 

 この男は状態や症状に合わせて、カルテを作成するかしないか、する場合も紙媒体かコンピュータ入力かを決めていた。

 

「一番酷い患者はキミですがね。……最近は初診時よりもかなり改善傾向が見られていましたが、このところまた悪化しています。心当たりはありますか?」

 

「心当たり……と言われても、出撃が増えたくらいしか」

 

「もともと、キミの身体は長時間の作業には向いていません。日常生活を送る分には問題無いでしょう。しかし、集中力を高めれば高めるほどに、逆に肉体は衰えていく」

 

 テスタネットはファイルを開いたまま、その射抜くような鋭い眼差しをエルミアに向ける。

 

「はい。軍を薦めたのは先生だったような気がしますが」

 

 何度も聞いた自分の身体のこと。そして、そんな自分をこの職場に推薦した目の前の男に、しっかり言葉を投げ返す。

 

 前にも言い返したことはあるのだが、その時は男に通じず、今回も同じであった。

 

「ククク。キミを連れてきた者が軍属で、わたしも一応軍医ですよ? ならば、キミも軍に入ればその後の治療もしやすいではありませんか」

 

「先生? 何度も言いますが、その笑い方は怪しいと……」

 

「もっとも、わたしが想定したのは内部勤務だったのですがね。説明もしてあったのに、なに機動兵器乗りになってるんです?」

 

「それは……やっぱりあれに惹かれたから。後は……守りたいから」

 

 しどろもどろになって答える。一目見て惹かれた機体で、恩人達の力になりたい。この場所を守りたいから。

 

 そういった詳細は言わずに、表面的な答えだけを口に出す。

 

 少女のその答えに、男は再び鼻でせせら笑う。

 

 その行為は、雰囲気と相まって男にはよく似合っていた。

 

 その毒舌も含めて。

 

「長時間の戦闘には堪えられないのに、何を言ってるんですか。するのなら、相応の準備をしてからにしなさい。でなければ……死にますよ?」

 

 悪寒にも似た何かをもたらす、冷気をまとっているかのような視線。

 

「……分かってます。大丈夫です、引き際はわきまえていますから」

 

「ククク。頼みますよ? キミに死なれると困りますからね」

 

「え?」

 

 この男から訊いたこともない言葉を言われ、しかしエルミアは気味が悪そうに顔をしかめる。

 

 後ろに退きながら、それを訊ねた。

 

「先生? 本気で言ってます? 変なもの食べましたか?」

 

「ククク。もちろん本気です。食べてはいませんが、飲んではいますね」

 

「飲むな! それ、絶対に何か変なもの入ってますから!」

 

「失礼ですね。本気で心配しているのですよ? わたしは」

 

「えー……」

 

「あなたが死んだら、わたしの完治療記録が途絶えますからね」

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 ゾヴォーク艦隊が次々と壊滅、消息を断つという報が飛び込んできたのは、それからしばらくの月日が流れた頃だった。

 

 豊富な兵力を誇るゾヴォークといえど、艦隊規模で失っていれば影響も徐々に大きくなってくる。

 

 よって、その原因の解明及び敵勢力ならばその殲滅のため、大規模な艦隊が派遣されることになった。

 

 その中には、最近出撃の回数を自主的に減らしていたエルミア小隊も含まれている。

 

『でも、いったい何なんでしょうねー。艦隊ごと壊滅が、今回で六回目ですよ』

 

 航行する[ゼラニオ]の内の一隻。

 

 現在は第二種戦闘配置のため、シフト制による機乗待機となっていた。

 

『確かに穏やかな話ではありませんね』

 

 サブモニターに映る、部下のハイ・カーエとモベ・ビーシもどこか浮かない顔をしていた。

 

『姉御は、何か分かりますか?』

 

「姉御は止めなさいって何年言わせるのよ。……ま、事故ってことではないのは確かよね」

 

 視線は手元に落としたまま、ハイのそれにはしっかりツッコミを入れる。

 

「気になるとすれば、ちょっかいを仕掛けてきてる“誰かさん”の情報が一件も無いことよ」

 

 エルミアは端末を操作していた手を止める。

 

 艦の設計図らしきものが描かれたその画面を保存すると、伸びをする。

 

『何が変なんすか?』

 

「艦もたくさんいるし、機動兵器に至っては膨大な数よ? それなのに、肝心の敵については何の報告も無し。おかしいでしょうが」

 

『あー……確かに』

 

『そうですね』

 

 ゾヴォークの強みは、機体性能もさることながらその保有数もである。

 

 一艦隊としても、その兵力は馬鹿には出来ないものがあった。

 

「地球には、もっと常識外な一艦隊があるらしいけどね……見てみたかったな」

 

 それはウォルガから伝わってきた情報。

 

 規格外な機体ばかりが集められた少数の部隊によって、彼らは敗北を喫したらしい。

 

『姉御? 何か言ったっすか?』

 

「何でもない。それより二人とも、機体のチェックは入念にね? 何が出てくるか分からないんだから」

 

『了解!』

 

『了解です。……ところでオカシラ、一つ質問があるのですが』

 

「オカシラはもっとやめなさいってのに……どうかしたの、モベ?」

 

 訝しげな隊長に、モベは至って真面目に自機のそれを訊ねた。

 

『自分とハイの機体の、この大きく書かれたAとBは何でしょうか?』

 

「そのうち弄ろうと思ったから、分かりやすく目印」

 

『そのうちというのは、まだ時期は決まっていないのですか?』

 

「まあ、なんとなく思っただけだしね。識別信号が出せないときの、判別にも良いでしょ?」

 

 つまりは、当分このままということ。

 

『今すぐに外し――』

 

 艦内に、けたたましく警報が響き渡った。

 

『先遣艦隊が戦闘状態に入っています!』

 

「入って……“います”なの? 移行しました、じゃなく?」

 

 伝えられる情報に、エルミアは小首を傾げる。

 

『情報網が封鎖されているため、戦闘光による確認のみ。各隊出撃し、先遣艦隊を援護せよ』

 

 にわかに、格納庫が慌ただしくなる。

 

「おかしい……。これは何かあるわね」

 

 半起動状態だったゼフィリーアを戦闘モードに移行させながら、エルミアが呟いた。

 

『姉御。どういう意味っすか?』

 

 その言葉に不穏な何かを感じ取ったハイが、自分よりも年下の隊長に訊ねる。

 

「さっき言ったように、今までずっと隠れ続けていた“誰かさん”が、ここにきていきなり姿を見せたからよ。単にこっちの人数が多いから、って線もあるけどね。かくれんぼをやめて牙を剥き出しにした、そこには理由があると思うわ」

 

『なるほど。余程の相手というわけですね』

 

 モベと共に、ハイも表情を引き締めた。

 

「二人とも、絶対に油断しないでね。……エルミア小隊、出るわ!」

 

『『了解!』』

 

 エルミア達の他にも、他の艦からも次々と友軍機が発進してくる。

 

 前方に広がっていた戦闘光は、僅かな時間で随分と少なくなっていた。

 

『あ、姉御!? これ、どういうことっすか!?』

 

『バカな……』

 

 その場で行われていたことを視認し、二人が絶句する。

 

 ゼラニオに襲いかかる[ゲイオス=クルード]。

 

 砲撃機の[グラシドゥ=リュ]が恐竜みたいな[レストレイル]を撃墜すれば、[レストグランシュ]がそこにドライバーキャノンを撃ち込む。

 

 ライグ=ゲイオスの最強兵器が、[ガロイカ]や[カレイツェド]を飲み込んでいった。

 

 凄惨な同士討ち。

 

『今……のコン……が……』

 

 サブモニターが乱れ、ハイの声もよく聴こえなくなってしまう。

 

「強力な通信障害!? ……って本隊が!」

 

 メインモニターに、背後で戦闘が勃発したことが表示される。

 

 戦闘といっても、起きているのはおそらくここと同じだろう。

 

 エルミアは、ゼフィリーアを動かなくなった二機から離して、近くで戦闘している機体に近付いていく。

 

「通信は……無理ね。これだけ大規模に仕掛けているなら、どこかに潜んでるはず……だけどね!」

 

 それを探し出してどうにかしない限り、この状況をどうにかする手は無かった。

 

 ゼフィリーアに、“艦隊を含めた”周囲の機体から一斉に砲撃が放たれた――。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 ――五時間。

 

 朦朧とし始めた意識を振り絞って、エルミアはゼフィリーアを操る。

 

 無人機は破壊し、有人機は可能な限り無力化してきた。

 

 腕やドライバーキャノンと兵装を壊しても、今度はその機体をぶつけてくる。

 

 艦隊は、そのほとんどが内部からの攻撃で撃沈されてしまっていた。

 

 ゼフィリーアにもいくらか損傷があるが、機体に使われているクリスタルによって、随時修復機能が働いている。

 

 機体より先に、操手の方が限界に近かった。

 

 周りには、信念により傷一つ付いていないライグ=ゲイオスを始めとして、多くの機体が残っていた。

 

「……はぁはぁ、っく……ちょっと……どころじゃ、無くなって……きたわね」

 

 目眩もするし、頭もズキズキする。

 

 しかし、それでもエルミアは操縦桿を手放さない。

 

 メインモニターに、小さく「hit」の文字が表示された。

 

「――そこぉっ!」

 

 ゼフィリーアが背後に振り返りながら、レーザーソードを振るう。

 

『――――……あは』

 

 確かな手応えと共に、刃が何もない空間で止まる。

 

『とうとう見つかっちゃったね?』

 

『ようやく見つけられたんだね』

 

 聞き覚えのある少女達の無邪気な声。

 

 レーザーソードを鎌で受け止めながら、いつかの黒い機体が空間からその姿を現した。

 

「あんた達……本当に、ろくで……もないこと、ばっかり……」

 

 息も絶え絶えというエルミアに、通信機の向こうから二人の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 

『なかなか外に出てこないから、待つだけというのも暇なんだよ?』

 

『だから、遊びながら待ってたよ? それに、こんなのは序の口』

 

 鎌でレーザーソードを払い除けると、禍々しい黒い死神は歓迎するかのように、その両腕を広げる。

 

『『さあ、遊ぼう?』』

 

 



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跳梁跋扈――降臨

 

 

『どうしたのかな? そんな動きだと、この〔ヴァルク・タウォーム〕とは遊べないよ?』

 

『どうしたのかな。この前よりも動きが悪いよ』

 

 以前のバルマー戦で相見えた時と同様、タウォームと呼ばれた黒く鋭角的な造りの機体には二人が乗り込んでいるようだ。

 

 相手の少女達からは、ひっきりなしにからかうような通信が入ってくる。

 

――宇宙を、もつれるように駆ける二機の機動兵器。

 

 両手で持った鎌を振りかざしながら、眼光鋭くラインアイが赤く煌めいた。

 

 二機が接触する度に、レーザーソードの緑光の刃と、相手が振るう死神の鎌たる橙色の刃が幾度も火花を散らす。

 

 単純な(パワー)を比べれば、タウォームよりもエミリアの〔ライグ=ゲイオス ゼフィリーア〕の方が上であろう。

 

 エルミア自身の腕も、決して悪い方では無い。

 

 しかしそれは、『ベストの状態であれば』という話である。

 

「その……鬱陶しい……しゃべり……方と……ネジ曲がった……性格は……最……悪……よね」

 

『ほめられたのかな?』

 

『そうなのかな?』

 

「んなわけ……ない……でしょ」

 

 主治医に言われた限界時間である三時間はとうに過ぎ、既に六時間が過ぎようとしていた。

 

「こっちは……戦い通し……だってのに」

 

 何とか鎌を振り払ったエルミアだったが、そこで操縦桿を握り続けていた両手が離れた。

 

 力なく垂れた両の手を持ち上げようとするが、もはや言うことを聞きそうになかった。

 

『それは、こちらも同じだよね?』

 

『同じだよね。そこらにあるオモチャを、ずっと操っていたんだよ?』

 

 鎌で、周りのゾヴォークの兵器群を指し示す。

 

 百や二百では無い数。

 

 残骸となっているものも多いが、五体満足な物もまだまだ残っている。

 

 残骸……無人兵器については、そのほとんどはエルミア自身の手で破壊したものだ。

 

 無事なのは有人機か、彼女が手を出せなかったごく一部の機体だけである。

 

『これだけ操るのは大変なんだよ?』

 

『大変だよね。タウォームのシステムを使って掌握しても、その間は大きく動けないから注意し続けないといけない』

 

『もともと、この子は潜入破壊工作機だから直接戦闘行為は不得手』

 

『あくまでも、力のサポートがこの子の役割。絶対の真理である、この力の』

 

 ハイスペックの隠密能力を用いて敵対する基地に潜入。

 

 後は、相手の戦力を使うことで撃滅を謀る。

 

 一機で戦局を変える力。

 

 しかし、地球で開発された(もしくは古来から存在している)同じコンセプトの機体達とは、その方向性は違っていた。

 

 一機で全てを倒すのでは無い。

 

 一機で全てに対応する必要も無い。

 

 一機で事足りる状況を作り上げるのだ。

 

 何の対策もされていない機体など、彼女達にとっては文字通りのオモチャ同然でしかない。

 

 そして、これに対抗出来るのは“彼女達と同じ力”を持つ者だけであった。

 

『あなたには、“彼”は持たせなかったみたいだね』

 

『定め、決められている運命すらも改変することを可能とする、“鍵”たる強念の力……“サイコドライバー”の力を』

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 サイコドライバー。

 

 神にも喩えられる強力な力が、この二人の強さであった。

 

 ヴァルク・タウォームは二人の力をサポートするためだけに開発された機体であり、それを知るのは二人と開発者である彼女らの父親を除くと、部隊の誰も知らされていない。

 

 タウォーム“本体”の戦闘力も高いものでは無い。武装も、中距離への射撃が可能なガンサイズが一振りのみ。

 

 性能のほとんどをサポートに割いているためなのだが、彼女達はこれまでそのことに対して不満を抱いたことは無い。

 

 外見を本体そっくりに作られている遠隔兵器を囮に使い、自らは笑いながら相手の首をはねるだけなのだから。

 

 しかし今、彼女達の盾であり刃であった影武者はエルミアに破壊され、失われていた。

 

 それでもなお、交戦すれば詭弱な本体のみで戦場に赴き、直接戦闘状態になっても退く様子は微塵も感じられない。

 

 敬愛する父からの指令もあるだろう。

 

 影武者を、初めて破壊したエルミアへの興味も並々ならぬものがある。

 

 それらを支えている根幹こそ、サイコドライバーと呼ばれる力。

 

 彼女達はこの力に絶大な信頼を寄せ、確固たる自信を持っていた。

 

「……反応無いね?」

 

「反応無いね」

 

 これまで、大なり小なり示していたエルミアからの反応は、無い。

 

 ゼフィリーアの実体剣を覆っていたエネルギーはいつの間にか消え失せて、エメラルドの輝きを放っていたツインアイもその光を落としている。

 

「つまんないね?」

 

「つまんないね。死んだかな?」

 

 先程までのからかいから一転、不満を露に言っているのは、複座式のパイロットシートに腰かけている二人の少女である。

 

 彼女達は同じ部隊の制服や仮面とは別に、機体から伸びているコードを身体の数ヶ所に身に付けていた。

 

「ん……微弱だけど心臓は動いてるよ、ヌン」

 

「弱いね。今にも止まりそうだよ、サメフ」

 

 モニターに、入手した相手――エルミアのバイタルデータを呼び出して確認する二人。

 

 そこには非常に危険な状態が示されていた。

 

 このまま放置すれば、エルミアが生命活動を終えるまで、そう長い時間はかからないだろう。

 

「どうする? 父様は、確認を続けるように仰られてたけど」

 

「どうしよう? トドメを刺しても良いけど」

 

「もし、父様の計画に必要だったら?」

 

「困る。私たちに失敗は許されない。……決着もついてない」

 

「こだわるね? ヌン」

 

「こだわるよ? サメフもでしょ?」

 

「うん。連れて帰る?」

 

「そうしよう。父様に確認を取る時間も惜しい」

 

 結論を出すと、タウォームはゼフィリーアの背後に回り込み、その六枚の翼を適当に掴む。

 

「オモチャは?」

 

「邪魔」

 

「じゃ、手っ取り早く自爆させ――」

 

『――……な』

 

 抱えて移動しようとしていたタウォームの動きが止まった。

 

 ゾヴォークの機体、その全てに自爆コードを打ち込もうとした手も止めて、少女達は仮面に覆われた顔を見合わせる。

 

「今、何か言った?」

 

「言ってない」

 

『我が機体に触れるなと言ったのだ』

 

 その瞬間、モニターに閃光が走った。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 切断されたタウォームの左腕が、その勢いのままにどこかへ漂っていく。

 

 不意打ちで放たれたソレから辛くも逃れ、タウォームが距離を離すと二機は改めて対峙した。

 

『なに?』

 

『生き返った?』

 

 困惑気味な相手に、エルミアはフッとその口許に不敵な笑みを浮かべる。

 

「生き返ったとは、異なことを言うな。我は死んでおらんぞ? そう、お前達も言っておったではないか」

 

『われ……?』

 

『あなた、誰? 声は同じだけど、違う』

 

「誰……か。お前達は、我のことを知っているのではないか?」

 

 不遜な態度と物言いを続けるエルミアに対し、相手は戸惑いをどんどん強めていく。

 

『あなたの力、今一度確かめる必要があるね?』

 

『私たちの知るあなたのままなのか、内からの警鐘通り……警戒すべき人物なのか』

 

 残る片腕で、ガンサイズをゼフィリーアに向けて構え直す。

 

「我は構わぬが、お前達はそのポンコツで戦闘を続けるのか?」

 

 その瞬間、冷たい宇宙空間を通してタウォームから殺気が発せられるのを、エルミアは確かに感じた。

 

『その言葉は許さない。この子はポンコツなんかじゃない』

 

『聞き捨てならない。その言葉は、作った父様をも馬鹿にしているように聞こえる』

 

『『後悔させる』』

 

 タウォームが得意とする急加速からの接近。

 

 死神が二機の間にあった距離を僅かな時間で詰め、その鎌を振り下ろす。

 

「……やれやれ。意外と頭に血が上りやすいようだ。先程のことを忘れ――」

 

 死神の鎌は、微動だにしないゼフィリーアの眼前で止まっていた。

 

 左腕から外れた、四つのパーツが組み合わさって出来た盾によって。

 

「――自ら飛び込んで来るとは、な。……さあ、存分に舞い踊れ。プラネイト・ソーサー」

 

 ゼフィリーアのツインアイが、蒼く輝く。

 

 盾は円盤(ソーサー)の刃へと役割を変え、高速で空間内を薙ぎ払い始めた。

 

 回避しようとするタウォームだが、その先には菱形の遠隔誘導兵器が待ち構えている。

 

 盾に使用せず収納していた、残り二基のプラネイト・ガン・ソード。

 

『こちらの動きがっ……読まれてるっ』

 

『あちらには……力はないはず……なのに』

 

 今まで相手を翻弄し続けていた二人は、機体を襲う衝撃の中で初めて逆の立場を味わっていた。

 

 何度も逃れようとしてみたものの、待ち構えている誘導兵器に攻撃を受ける。

 

 二基しかないはずのそれに、取り囲まれているかのような錯覚。

 

 二人が混乱に陥っている間にも、タウォームはその装甲を失っていく。

 

「――確かにそれは良い機体だ。お前達の力も恐るべきものがある。しかし、お前達が任務に成功し続けてこられたのは、その完璧に近い隠密性能によるところが大きい」

 

『『!?』』

 

 通信機の向こうから、二人が息を呑むのが分かる。

 

 タウォームのガンサイズが断ち切られていく。

 

 しかし攻撃の手は緩めずに、静かに淡々とエルミアが語り始めた。

 

「これまで仕損じることもなく、目撃者も全て葬ってきたのであろう? 同じ相手と戦うことなど無かったはずだ。例え囮であっても、操る者がいるならそこには知らずに“癖”が出る。そう……」

 

 手足を失い、機能不全を引き起こしたタウォームを前に、円盤はその動きを止めた。

 

「隠密と交戦時の囮を用いた奇襲。そのコンセプトが崩壊し、変更することも逃げることもしなかった時点で、お前達の敗北は決定していたのだ」

 

 再び戦うことを考え、エルミアはタウォームの動きを解析している。

 

 それと、今回戦闘しながら集めたデータを合わせた結果、彼女達の機動や行動パターンを得ることが出来た。

 

『私たちが……手も足も出ない……? この急激な変化は……』

 

『父様は、これが分かっていた? だから、次の機体を送ってくれた』

 

「……であろうな。あの男がそんな下手を打つまい。特にそれが、自らに必要なものであればなおさらだろう。それを、お前達が力を過信したがために無にしたのだ」

 

 二人にエルミアがエルミアが同意した上で、思うことを口にする。

 

『あなた、なぜ……』

 

『父様のことを知ってるということは、やはり今のあなたは……』

 

「――さて」

 

 汗で張り付いていた蒼い前髪を払い除ける。

 

 モニターに映し出されているタウォームを蒼い瞳で見据えながら、二人の声を遮ったエルミアが高圧的かつ尊大な口調で問う。

 

「――お前達のような強者を、ここで散らすのは惜しい。よって、とるべき道は二つ。我に降り、我が道を共に歩むか。この場で新たな輪廻に旅立つか、だ」

 

 そこにからかっている様子は無い。彼女は本気で、それを口にしていた。

 

『エルミア……!』

 

『あなた……本気?』

 

 相手に湧き上がる、憎悪と怒り。

 

「さ、選択するがいい」

 

 勧告する少女の言葉に合わせて、ゼフィリーアの各部から青いレンズが展開していく。

 

 ソーサーも分離し、六つのガン・ソードもタウォームを包囲していた。

 

『私たちの力は父様のためにある』

 

『あなたのために使う気は無い。それに……』

 

『『私たちは、まだ負けてない』』

 

 一対一の対決にこだわった結果、動きを止めていた掌握済みのゾヴォークの機体達が動き始める。

 

「……愚かな。いくら操ったところで、満足に動けぬお前達を狙えばそれで終わりだというのに」

 

 ため息を一つ吐くと、それは相手への餞別。

 

「お前達も知る通り、弱者には死を……それが宇宙の原理」

 

『やれるものなら、やってみせて』

 

『ただし、その時はあなたも一緒に連れていく』

 

 彼女達は父親に生き残るように言われている。

 

 エルミアについては様子見に留めるようにとのことだったが、ここに至ってはもはやそうも言っていられなくなった。

 

 父親からの指示は絶対である。生き残ることも……まだ諦めていない。

 

 タウォーム唯一の武器であったガンサイズは、既に無い。

 

 しかし、その眼前に白く眩い光球が現れると、みるみるその大きさを増していく。それは、自分達の念の力を集束させたもの。

 

『『消えて。オウル・レディファー』』

 

「心穏やかに、運命を享受せよ。ツインブラスター」

 

 被弾する度に蓄積されてきたエネルギーをまとめて撃ち返すリベンジブラストと、ギガブラスターによる複合技。

 

 武装を一斉に解き放つペンタグラムにはさすがに及ばないものの、互いが混ざり重なりあうことにより、その威力と射程を大きく伸ばしている。

 

 黒球と白球、互いに反するかのような光球。

 

 それらが同時に、相手に向けて放たれる。

 

 ――まさにその時であった。

 

『困りますね。サンプル同士で潰しあわれては』

 

 男の声が割り込み――。

 

「む?」

 

『――なっ!?』

 

『――はうっ!』

 

 突如現れた、赤く巨大な右腕だけの物体。それが、傷付いているタウォームのボディを鷲掴んでいた。

 

 タウォームの前にあった白球は、二人の意識が乱れたことで霧散。ゼフィリーアの黒球も、エルミアが攻撃をキャンセルしたことで消え去っている。

 

『なに、これ?』

 

『アンノウン……』

 

 タウォームがなんとか振りほどこうともがいているが、腕はガッチリと掴んだままビクともしない。

 

『ククク。限界を越えた娘を助けるために、野生的な防衛本能が働き、守護者の仮面を被りましたか。全てこちらの狙い通りですね』

 

「その声……ドクター・テスタネットか?」

 

 聞き覚えのある声に、エルミアは主治医の男の名を上げる。

 

『ククク。そちらの人格でもわたしの名を知っていましたか。ならば、キミに死なれると困るという言葉も知っていますよね?』

 

「……仕組まれていたか」

 

 悔しさは無いが、不愉快そうに言う。

 

『そう、この機会をずっと待っていました。三人が揃う、この時を。よって、三人ともに死なれると困るのです。大事なサンプルなのですから』

 

「なるほど。我が部屋からデータを持ち出したのは、お前だったか。ドクター」

 

 いつかの原因不明の昏倒騒ぎ。ゼブやセティには告げなかったが、部屋からは機体データを入れたフロッピーが持ち出されていた。

 

 腕だけで姿を見せない男に対して、エルミアは鼻で笑ってみせる。

 

「しかし、ぬかったな? ドクター」

 

『何がです?』

 

「お前が持ち去ったあのフロッピーはダミーだ。知っているだろうが、ゼブ達の機体のデータは我が手元には無く、既に処分されている」

 

『……ああ、そんなことですか。問題ありませんね』

 

「なに?」

 

 どうでもよさそうに言うテスタネットに、エルミアも眉を潜める。

 

『わたしにも、今のその人格と同じく秘密の記憶……虚憶と呼ばれるものがありましてね。ある程度なら補完出来ました。もっとも、“そちら”ほどの技術レベルには足りないため、完全ではありませんが』

 

 タウォームを掴んだままの腕が、ゆっくりと移動を始める。

 

 その先には、姿を現した巨大過ぎる機体。

 

「グラン=シュナイル。……しかし、その巨大さはいったいどういうことだ!?」

 

 地球に向かったゼゼーナン卿が、彼女の設計したバラン=シュナイルを作製した段階でグランが出てくることも想定してはいたが。

 

 機体色以外はバランに似せた外見のそれは、予想を遥かに上回る大きさであった。

 

 形の若干変わったボディなどは、第二の顔にも見えてしまう。

 

 タウォームを掴んでいる腕が、元の隠し腕の位置に戻る。

 

『ククク。あなたの虚憶にはありませんか。悪魔を宿すこの(グラン)=シュナイルで、わたしは全てを手にいれてみせましょう。まずは――』

 

 タウォームを、顔に見えるボディの口にあたる場所へ運ぶ。

 

「っ! ドクター!」

 

『ククク。鍵の二つ、いただきます』

 

 巨大な顎が開かれ――。

 

『『きゃああぁぁあっ!? 父様――』』

 

 悲鳴を上げる二人を乗せたままタウォームを呑み込むと、ゆっくりと閉ざされていく。

 

『グランの更なる進化のために、次はあなたの番ですよ』

 

 

 




 
 
 
 

 
あっちこっちに出てくるとある人物の設定を用いることにより、OG世界に異物が混入。

最終回まで残りわずかとなり急展開過ぎる流れではありますが、もう少しだけお付き合い下さい。



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うずまく悪意――悪魔、牙剥きし時

 

 

「――ハァアアアッ!!」

 

 気迫のこもったエルミアの雄叫びが、広くはないコクピットの中に響き渡る。

 

 それに呼応するかのように〔ライグ=ゲイオス ゼフィリーア〕はグングン加速し、まるで流星の如く宇宙を駆け抜けていく。

 

 背面にある全てのバーニアに火が灯り、一層激しく吹き出していた。

 

 フルブースト状態からのレーザーソードによる大上段の一撃。

 

 その鈍重そうな外見からは考えられない程の速度と勢いから放たれる一撃は、ゼフィリーアの基となっている〔ライグ=ゲイオス〕すら断ち切ることが可能であろう。

 

 ただし、当たれば。

 

 並の機体を凌駕するその速度にしても、障害物が無いここだからこそ出せるのであって、他の場所であればとてもではないが無理な話である。

 

 しかし――。

 

「これも駄目か……!」

 

 それらの条件が揃っていてなお、渾身の一撃すら、目の前の相手には僅かな手傷を負わせることしか出来ない。

 

 斬りつけた刀身越しに伝わってくる手応えと、メインモニターに表示されている敵機の情報。

 

 それらを瞬時に判断したエルミアが鋭く舌打ちし、攻撃を終えた愛機はすでに離脱行動に入っている。

 

 モタモタしていては、すぐに捕獲されてしまうからだ。

 

 今つけたばかりの相手の傷は、すでに“再生”し始めている。

 

「なんという機体だ。似たコンセプトだというのに、使い方次第でこうも『化ける』とは……」

 

 現れた当初こそ、『共和連合』で使用している大型砲撃艦ウユダーロ級と変わらぬサイズであったソレ。

 

『姉御ー!!』

 

「来るな!」

 

『……ッ!』

 

『オカシラ、せめて支援砲撃だけでも――』

 

「いかん!」

 

 戦域からの一時離脱をエルミアに命じられている二人が、彼女からの一喝を伴う命令に、ギリ……と奥歯を噛み締める。

 

 喋り方は違っても、彼女である限りその命令は絶対であった。

 

 ゾヴォーク艦隊のコントロールを掌握していた〔タウォーム〕から解放されたことで、生き残っていた部隊ともどもこの二人も自由を取り戻していた……が。

 

「お前達まで、奴に“喰われる”必要はない!」

 

 先に捕獲されたタウォーム同様、解放された部隊の大半は周囲に散らばっていた残骸諸共、敵に“喰われて”しまったのである。

 

 もちろん反撃を試みる者もいたが、その全ては無駄に終わっていた。

 

 ゼフィリーアを捕まえようと、数え切れないほどの触手が伸びてくる。

 

 上半身こそ彼女が設計した〔グラン=シュナイル〕の面影が残っているが、下半身は取り込んだモノと触手により完全に異形と化していた。

 

 おかげで、機動兵器としては只でさえ規格外な大きさだったものが、さらに数倍……戦艦も取り込んだためか十倍以上に膨れ上がっている。

 

 それは第四世代型超弩級戦艦エクセリオン級を軽く凌駕し、第五世代型に迫るほどであった。

 

 背後から迫る触手に、ゼフィリーアは振り向き様に左腕を向ける。

 

「剣の舞い。踊れ、プラネイト・ガン・ソード」

 

 左腕の盾が外れると同時に分離、背面から飛び出した二基のソレと合わせて六基の無人誘導武装端末が、触手を迎撃に向かう。

 

 先程までの、威力に優れる円盤(ソーサー)型ではなく通常形態での使用なのは、単純にその数に対応させるためである。

 

 乱れ飛ぶ光の剣が、迫る触手を次々と斬り裂いていく。

 

 分断された触手が黒い塵となって消滅していく傍らで、剣を潜り抜けてゼフィリーアに迫るモノもあったがレーザーソードによって薙ぎ払われていった。

 

 他にも数本を同様に片付けると、ゼフィリーアの左肩にあるレンズが開き、六枚の翼には無数の小さなレンズが展開する。

 

「我が裁き、受けよ」

 

 深紅の悪魔に狙いを定めると、一気にトリガーを引く。

 

 左肩より射出された三角柱状のミサイルポッドが、触手を避けながら一定距離を飛び――その三面ある側面をオープン。内蔵していた六十発のミサイルを、一斉に解き放った。

 

 そして、そのミサイル群をエメラルドグリーンに輝く光の雨が、触手を撃ち抜きながら追い抜いていく。

 

 ホーミングレーザーで穿った穴に、装甲を腐蝕させる特殊弾頭を用いたミサイルをぶつける。何らかの生体兵器であるなら、あわよくば他にも影響をもたらせられるかもしれないという狙いがあった。

 

 先んじたレーザーが深紅の悪魔に命中する。

 

 ――まさにその時。

 

「なに……!?」

 

 G=シュナイルの全面を覆うように展開されたバリアが、レーザーを阻んでいた。

 

 間髪置かずにミサイル群が次々と着弾していくが、その全てが受けきられてしまっている。

 

 本体への着弾は、ゼロ。

 

「あの二人の力か」

 

 忌々しそうに呟くエルミア。

 

 念動フィールド。

 

 念動力という力を用いることで発生させるエネルギーフィールド=バリアの一種である。

 

 彼女の知る限り、操手である男――ドクター・テスタネットにその力は無いはずであった。

 

 となれば、あれは補食された二人の力ということになる。

 

 バリアの強度は、扱う者の念動力次第。あの二人の力とするならば、その強度も推して知るべしである。

 

「……ハイ、モベ」

 

『あ、姉御!?』

 

『指示を』

 

「お前達は、今すぐ基地に戻れ」

 

 サブモニターに映っている二人に告げながら、近くに呼び戻した六基と共にしつこく迫る触手を斬り捨てる。

 

『ええっ!?』

 

『オカシラ。なぜ、そのような……』

 

「ゼブ達に、こやつのことを伝えよ。このまま野放しにしていては、何をするか知れたものではないぞ」

 

 地球にでも行ってくれれば、あの地の連中が勝手に倒してくれるかもしれないが。

 

(もっとも、我が“知っている地球”とは異なっているからな。この世界に、果たしてどれだけの戦力があるのか)

 

 胸中で、エルミアはそう一人ごちる。

 

 彼女の知る地球は数多の勢力が入り乱れ、群雄割拠が如くの世界であった。多くの文明・存在を巻き込みながら、やがて訪れる終末の黙次録――最後の審判にすら抗おうとする者達。

 

 その後、あの世界がどうなったのかは彼女にはもう知るよしもないことだが。

 

 

 それでも、一つの(地球)であれだけ多くの多彩な兵器が産み出された文明は、まさに驚嘆の一言。

 

 既にウォルガとバルマーの一部隊を退けていることから、この世界の地球にもある程度の力が備わっているのは確かであろう。

 

 もっとも、ゼブ達三人が本気で真面目にあの機体を使って任務をこなしていれば、今頃はかなりの被害が出ているはず。

 

『しかし、姉御!』

 

「命令だ。……行け!」

 

 モニターに映るハイ・カーエの顔には、いつもの彼らしくない苦渋が滲み出ていた。

 

『……ハイ、行くぞ』

 

『モベ!? てめえ!』

 

 相方のモベ・ビーシの発言に、殺気立った怒りの声を上げる。

 

『俺達がここにいても、オカ……隊長の足手まといになるだけだ。それなら、戦いやすく場を調えるのも、俺達の仕事だ。違うか?』

 

『……分かったよ』

 

 いつも以上に淡々と語るモベの様子から、彼もまた感情を押し殺していることを悟り、ハイは不承不承頷いた。

 

『隊長。ご命令、確かに賜りました。ですが、まだまだご指導授かりたくと思います』

 

『姉御! どんな手を使ってでも、必ず生き残ってて下さいよ!』

 

「転移装置があるといっても、基地までの往復にどれだけかかると思ってる」

 

 通信を切って移動を始めた二人へ、エルミアが呆れたように呟いた。

 

 通信機から、あの男の含み笑いが聞こえてくる。

 

「何がおかしい?」

 

『ククク。失礼、ずいぶん甘いものだと思っただけですよ? 本来のあなたであれば、そんなことは口にしなかったでしょうしね』

 

「ふ。言ってくれるな、ドクター? 我は我だ」

 

 眉をしかめ、不機嫌に吐き捨てる。

 

『ククク、そうですか。では――』

 

 巨体の前面部が蠢き、内から突き破るように砲塔が四つ現れた。

 

 僅かに機体の向きをずらす。

 

『邪魔なゴミは掃除しても構わないですね? 』

 

「貴様……!」

 

 この男が何をするつもりか分かり、初めてエルミアの顔色が変わる。

 

『弱者には死を……それが宇宙の原理ですから』

 

 四つの砲塔に、根元から先端に向かって赤く煌めいた光が集束していく。

 

 四つの光はやがて輪を描き、さらに中心へと集束していく。

 

「くっ! ……転移完了には二秒、ギガブラスターによる迎撃には三秒、リベンジブラストにはチャージが足りん!」

 

 ゼフィリーアの搭載システムによる、一秒にも満たない予測計算の結果に、エルミアが再び舌打ちする。

 

 光の輪の中心には、すでに赤く禍々しい巨大な光球が生まれていた。

 

「やむを得んか」

 

 エルミアはゼフィリーアを動かすと、射線軸上で停めた。

 

「ドクター。お前の悪魔の一撃くらい、我が止めてみせよう」

 

『ククク。では、元になったモノにちなんで、DG(デビルグラン)=シュナイルとでも名称を変更しましょうか?』

 

 軽口で返しながら、男がそういえばと口にする。

 

『私は他の奴らや、ましてや地球の者達と戦うつもりはありません』

 

「む?」

 

 男の言っている意味が分からず、エルミアが訝しげにする。

 

『私が求める存在は、あなただけですから』

 

「お前は何を――」

 

 言っている? という言葉が声になることはなかった。

 

 DG=シュナイルの顔にも見える下腹部――その巨大な口を開くと、中からは白く眩い光が溢れ出る。

 

『さあ、いきますよ? ビッグバン・レディファー』

 

 吐き出された白光が赤き光球と混ざりあい……ゼフィリーアを飲み込めるほどの光の柱が、螺旋状になって迫ってくる。

 

「させぬ!」

 

 ゼフィリーアがバリアシステム――イナーシャル(ディフレクト)シールドの出力を最大限にして展開する。

 

 さらに、背後には間違っても抜かせないように展開面をさらに拡大。

 

 その内側ではプラネイト・ガン・ソードを、ディフェンサーモードにして六基全てを使用する。

 

 飲み込まんと迫る光と遮り護るための光。

 

 相反する二色の光が激しく火花を散らす。

 

 シールドに沿って赤の光が迸っているが、その威力の大半は削ぎ取られているため、後方に影響が出るほどではない。

 

「……二、一、ゼロ」

 

 レーダーから二人の反応が消えると同時に、エルミアの口元に笑みが浮かび、そしてシールドが砕ける。

 

 続けて、内にあったプラネイトディフェンサーと接触……しかし、数秒もすれば六基全てが異常を示し始める。

 

 連続使用していたことに加え、過剰な力を受け止めているせいで負荷がかかってしまい、オーバーロードを引き起こしてしまったようだ。

 

 幸い、二人もいない今ならば回避することも簡単である。

 

 ――しかし。

 

「エネルギーチャージシステム、起動」

 

 エルミアは避けるどころか、リベンジブラスト用のシステムを起ち上げた。

 

 受けたビーム及びエネルギー兵器を転換・増幅して撃ち返すというこれは、自機だけでは使用できない兵器ではあるが、充分なチャージを終えたこれは相応の威力を誇っている。

 

 唯一の問題は……。

 

「堪えるのだ、ゼフィリーアよ」

 

 受けきった上で、システムが正常に作動していること。

 

 攻撃に転じる際、エネルギーの誘導にもし失敗すれば……良くて機能停止、悪ければそのまま宇宙ゴミだろう。

 

 プラネイトディフェンサーが完全に停止し、ゼフィリーアが螺旋の光の中に飲み込まれていく。

 

 

「ククク。無駄ですよ。その機体のデータはすでに私の中にあり、その上で全力を出しきってようやく機能停止する力で撃ったのですから」

 

 コクピットの中で、テスタネットは少女の下した判断を冷笑する。

 

 メインスクリーンは、発生した膨大なエネルギーの影響で一時的なシステムエラーを起こしており、攻撃は終えているため数秒もすれば正常に戻るだろう。

 

 ディフェンサーが機能不全を起こしたのであれば、それだけ予測よりも大きなダメージを受けたということであった。

 

 完全に消滅していたら彼の計画にも支障が出てしまうのだが、その時は多少手間になるが別の手段を講じるだけである。

 

 光の放射の影響は徐々に収まりつつあり、モニターも快復――

 

『ふ。ゼブのようにはいかんか』

 

 展開率を可能な限り拡げたレーザーソード。盾のように扱ったために耐久度の限界を越え、半ばから崩壊していくそれの陰から……蒼く輝くツインアイが光を放つ。

 

「な――!?」

 

『騙しあいは、我の勝ちのようだ』

 

 DG=シュナイルを、先とは逆に黒い光が飲み込んでいった――。

 



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――人形――

※ 今回、内容に一部鬱表現があります。




 

 

“彼女”が深い闇の底から意識を浮上させた時、戦況は一変していた。

 

 重い瞼をゆっくり開けると、視界の中に鮮烈な赤の世界が飛び込んでくる。

 

 警告を伝えるアラームも絶えず鳴り響いているのだが、間近から聞こえているソレを、少女はどこか遠くに感じていた。

 

 混濁した思考のまま、焦点の定まらぬ視線は徐々に上へと向けられていく。

 

 目の前に広がる赤い世界の正体は、天井から照らす非常灯らしい……いや、だった。

 

 目で見たものが脳に伝わり、それを認識して思い出すまでにいつもの倍以上の時間がかかっている。

 

 それでも、脳を働かせることによって少しずつ意識ははっきりしていく。

 

 不意に、赤の世界に別の光がもたらされる。

 

 電気系統に異常が生じていたらしく、ダウンしていたシステムが自動で再起動したようだ。こちらも不調なのか正面に据えられたモニターは時折瞬いているのだが、それが逆にシグナルとなって少女の意識の覚醒を促す。

 

 思考はクリアに、ぼやけていた視界もはっきりとした輪郭をもって、情報を頭脳へと伝えていく。

 

「――つぅ……」

 

 鈍痛がして額を押さえるが、勢いよく頭を振って吹き飛ばす。

 

 シートベルトで締めている部分が酷く痛む。余程の衝撃があったのだろう、もししていなかったら今頃は目の前に――突き出た操縦桿やレバーの類いに、勢いよく突っ込んでいたかもしれない。

 

 そう、操縦桿。

 

 少女――エルミア・エインは、自分が今いる場所を完全に思い出した。

 

〔ライグ=ゲイオス ゼフィリーア〕のコクピット内部。中を見渡せば、幾つかの計器から火花が上がっている。

 

「“あたし”は……あの二人と戦って……その後は」

 

 身体に変調を来すために定められた制限時間。それを大幅に越えて行われた戦闘の果て、限界を迎えた彼女は意識を失ってしまった。

 

 しかし、その後に起きた出来事について、朧気ではあったが少女の記憶として残っている。

 

 それはピントのずれた画面を見ているかのような、不思議な感覚であった。

 

 自分の身体が愛機を操作して、あの二人を――〔ヴァルク・タウォーム〕を追い詰めていく。

 

 非現実的な夢のような世界の中で、彼女は“彼女”の奮闘と、“悪魔”の所業を見ていた。

 

「……っ! あの男は……DG(デビルグラン)=シュナイルはどうなったの!?」

 

 エルミアはすぐさま端末に指を走らせた。

 

 機体周辺の状況を調べるのと同時に、ゼフィリーアの状態も確認していくのだが――得られた情報に愕然とする。

 

 サブモニターに表示されたゼフィリーアの、ほとんど左半身と言っていい範囲と脚部が消失していた。

 

 肩部に装備していた砲塔はもちろん、背面の六枚羽型のスラスターについても左の三つと、右の下部に位置する一つが。

 

 右手の実体剣も半ばから失われており、レーザーブレードを構成する機構は動作不良を起こしている。

 

 切り札であるリベンジブラストも、エネルギーを変換及び増幅する回路に重大なトラブルが発生し、兵装システム自体も機能していなかった。

 

 もっとも、残るプラネイト・ガン・ソードや翼のホーミングレーザー、肩部内蔵のミサイルポッドについても、それぞれの理由で使用不可能であったが。

 

 サブモニター上には、他にゼフィリーアの被害状況を知らせるダメージレベル指数も表示されている。

 

 ――ダメージレベル9。

 

 撃墜を示す10を除き、実質的な大破であった。

 

 装甲に使っているズフィルードクリスタルも機能不全を起こしているのか、自動修復は行われていないようだ。

 

 一度に大きな損傷を受けたせいもあるが、別の可能性も否定出来ない。

 

 そして、ゼフィリーアがそんな状態にある一方。

 

「この、化け物……!」

 

 モニターに映ったソレを見て、エルミアは嫌悪感を露に吐き捨てる。

 

 多少のダメージは見受けられるものの、その悠然と佇んでいた。

 

『ククク。あなた……といってももう一人の人格の方ですが、彼女の台詞を借りるなら、化かしあいなら私の方が上のようですね』

 

 嘲笑するテスタネットの声に合わせて、DG=シュナイルは異形と化した下半身部分……そこを取り巻く無数の触手が蠢く。

 

 おそらく先に取り込んだモノだろう、一体化したドライバーキャノンやレーザーソード、ゼラニオの主砲といったゾヴォークの兵器が先端に表れていた。

 

 さらには、レストシリーズやゲイオスシリーズといった、機動兵器の頭部を生やしているモノすらある。蛇の如く鎌首をもたげ、口部を開いて鋭い牙を見せつけてくる姿は生物のようだった。

 

「ドクター……いえ、テスタネット! あんた、そんなもの造ってどうするつもりよ!?」

 

『ふむ、またそちらの人格に戻りましたか。あの消耗具合では、回復にはまだ時間がかかるはずですが。後の可能性に懸けて覚醒を促した、というところでしょうか?』

 

 エルミアを無視して、テスタネットは分析と考察を行う。

 

 無視される形となったエルミアであったが、テスタネットの話を聞いていた彼女の脳裏を、ある光景がよぎっていた――

 

 

 

「――我の勝ちのようだ」

 

 これまでに得たデータから計測された、DG=シュナイルの装甲とその強度。そこから、破壊するのに必要な威力を導き出した。

 

 そして、こちらへの攻撃に大出力のエネルギーを放出したばかりのDG=シュナイルは反動で動けず、もとより機動力に劣るため回避は不可能。

 

 加えて、エルミアの予想通りであればあの厄介な念動フィールドも、数秒のタイムラグで間に合わない筈であった。

 

 放たれたリベンジブラストの黒い光の奔流は、真っ直ぐに巨大な赤い悪魔のコクピット部分を目指す。

 

 勝利を確信し、笑みを浮かべかけたエルミアだが、不吉な予感が背筋を駆け抜けた。

 

 その勘に従って、リベンジブラストによる攻撃中であったが強引に回避行動を取らせる。

 

 背面にあるバーニア、翼を広げてそこにあるスラスターも合わせて火を噴き出すと、操縦桿を力任せに動かしていく。

 

 その瞬間、モニターが赤く染まり……光の雨がゼフィリーアに振り注いだ。

 

「ぐ……ぬううう!」

 

 腕が。

 

 足が。

 

 翼が。

 

 ゼフィリーアの装甲が次々と貫かれていく中、彼女は咄嗟の判断でバリア――イナーシャルディフレクトフィールドを、機体の要所にピンポイントで張り巡らしていた。

 

 それでも大きな被害が出てしまうだろうが、何もせずに座して破壊されるよりはマシである。

 

 サブモニターに表示された機体の各所がみるみる赤くなり、ダメージレベルも2……3と上昇していく。

 

 勝利の一手であった筈のリベンジブラストが、エネルギーを集めた巨大な腕の手のひらに受け止められていた。

 

『ククク。DGフィンガーは攻防一体でしてね、こういう使い方もあるのですよ』

 

「く!」

 

 最低限の動きで、こちらの攻撃を抑え込んでいる。

 

 さらに……

 

「こ、これは……!?」

 

 エルミアは、自分の中に流れ込もうとしている異質な力を感じた。

 

 それは、自分が別のナニかに変わってしまうような危険なモノ。

 

「精神感応……いや、これは汚染だな。我を書き換えるつもりか? ……だが、させん!」

 

 自らを支配しようとする力に対し、彼女は機体を操作しながら、その強靭な意思で抵抗を試みる。

 

「我を従えると思うな!!」

 

 吼えて、バリアに使っているモノ以外のエネルギーを、全てリベンジブラストに回す。

 

 膨れ上がった黒き光の川が、激流となって悪魔に襲いかかっていく。

 

「後は、任せるぞ。己が運命に負けるな……――」

 

 

 

「――負けて、たまるもんですか!」

 

 自分が無事であるということは、“彼女”は精神支配に打ち勝ったのだろう。感じることは出来ないが、それに報いるためにも勝たなければならない。

 

 しかし――

 

『ククク……クハハハハハハ!』

 

 テスタネットの嘲るような笑いには、他者を呑み込まんとする狂気が満ちていた。

 

 それに負けぬように、少女は声を張り上げる。

 

「何がおかしいのよ!?」

 

『ククク……失礼。この世界での目的が、これでほぼ達成出来たかと思うと。時間はかかりましたが、こちらの計画は順調に進みそうですね』

 

「計画……この世界ですって?」

 

『ええ、そうです。この世界における、ある男が立てた計画ですがね。簡単にですが、教えてあげましょうか?』

 

 こみ上げる笑いを抑えながら、テスタネットが種明かしをするように自らの考えを話し始めた。

 

『――そして、運命に抗おうとする男は自らの能力を過信する余りに、必要な因子を全て揃えたと“誤認”してしまったのです。必要なモノが欠けていることに気付かぬまま、穴の空いた計画に従って、ね』

 

「ユーゼス……それが元凶の名前。――でも!」

 

 噛み締めるように、その名前を呟くエルミア。

 

 しかし、まだ見えてこないモノがある。愛機の修復を試しながら、話の引き延ばしの意味も兼ねて疑問をぶつける。

 

「それがあんたにどういう関係があるのよ!? ユーゼスを助けるってんなら、ここじゃなくて最初から地球に行けばいいじゃない!」

 

『助ける? そんなつもりはありませんね。私の目的はあの男ではなく、必要な因子を手に入れて光の巨人の力を得ることなのですから』

 

「光の……巨人?」

 

『ククク。これはあなたには関係ないことです』

 

 耳慣れないワードを聞き訝しげな声を上げる少女に対し、テスタネットもそのことについての詳細を話すつもりは無いようだ。

 

 代わりに、別の話題を口にする。

 

『この世界に、イレギュラーの因子である三つの鍵が揃う。二つは、旧き人祖の鍵たる存在』

 

 メインアームとなる巨大な両腕を失っているため、小型――といってもゼフィリーアを一掴み出来る――の隠し腕で腹部を示す。

 

「あの二人……」

 

『そして、もう一つ。多くの存在が入り乱れ、無限力のデータを持つ鍵』

 

 DG=シュナイルのツインアイが、動けぬゼフィリーアを見据える。

 

『私の求める存在――最後の鍵は、あなたです。造られた生命体、人造人間である、ね』

 

 コンソール上を動いていたエルミアの指が、ビクリとして止まった。

 

 驚きに眼を見開き、茫然とモニターを見つめる。

 

「人造人間……? あたしが……?」

 

 震える声で呟くと、信じられないとばかりに自分の手を見つめる。

 

『あなた自身も不思議に思っていたのではありませんか? 知り得ないこと、明らかにおかしな技術知識を持っていることを』

 

 思い当たる節はあった。

 

 初見であるはずのズフィルードクリスタルを理解していたこと。

 

 光子力やゲッター線、超電磁力、オーラ力やプラーナといったゾヴォークはおろか、共和連合でも聞いたことが無いエネルギー技術論の知識。

 

 魂の安息の場や、異なる位相の地下世界の存在。

 

 バルマーもそうだが、ウォルガやゾガルが得ているのとは異なる地球文明について。

 

 曖昧で夢みたいなものだが、彼女はそれらを知識として知っていた。

 

 現に、ゼフィリーアにはそういった技術のごく一部が使われているのだから。

 

「うそ…………」

 

『あなたはそういった技術が蔓延る世界から転移してきたのです。いえ、させました、この私が』

 

 少女の声に先程までの勢いは無く、それに畳み掛けるようにテスタネットは言葉を続ける。

 

 そこに歪んだ笑みを浮かべながら。

 

『ジュデッカ・ゴッツォタイプのハイブリッドヒューマンを基に製造し、ユーゼスに与えられたパルシェムの一体。廃棄処分される筈だったソレに多少手を加えさせれば、後はこちらに移すのみ。因子を集めるという彼の精神行動の中に、こちらが少し働きかければ意外と簡単に進みました』

 

「……あたしは……廃棄処分…………」

 

 テスタネットが話を進めていくごとに、エルミアの精神は少しずつ壊されていく。

 

 そして、それがテスタネットの狙いでもあった。

 

 この少女が普段見せている明るさとは逆に、精神的に酷く脆いことを知っている。

 

 強引に取り込んでしまえば目的は達成出来るのに、テスタネットはそうしようとはしない。

 

 手間をかけさせた分、完全に絶望する姿を見るために。

 

 それももう……目前である。

 

『一つ残念だったのは、私が回収した時のあなたが、あちらの知識を失っていたことですね。転移によるショックとは思いましたが、それでは役に立ちません。幾つか試しもしたんですがね、無駄でしたよ。おかげで遠回りせざるを得なくなり、ここまで時間がかかったわけです』

 

 ショックを受けているエルミアは、ただ話を聞くだけになっていた。

 

『まさか、仕方ないので新しい個体を取り寄せようと捨てた直後に、私の所へ担ぎ込まれて来るとは思いませんでしたが』

 

「……やめ……て」

 

『本来の人格は、おそらくもう一人の方だったのでしょうね。今のあなたのソレについては、後から構成されたモノでしょう。私が回収した時のあなたは、本当に人形のようでしたし』

 

 記憶を戻すために実験を行う内に、怯えるだけになった彼女を鬱陶しく感じた彼は、躊躇いもなくそのまま外に捨てたのだ。

 

 その後、怯えるだけであった彼女が“新たな自分”を作り上げ、あちらの知識の流入を見せ始めたのは幸運であった。

 

『さて、副作用の無い複製人間である私と違い、調整しなければ所詮あなたは長生き出来ないのです。人形は人形らしく、朽ち果てるまで私の指示通りにしていなさい』

 

 そしてテスタネットは仕上げに入る。

 

「にん……ぎょ……う」

 

 うわ言のように呟くエルミアに、トドメを刺すために。

 

『そう、人形。……最後にもう一つだけ、あなたにとっておきを教えてあげましょう。ジュデッカ・ゴッツォタイプは、特に優秀な人間のデータを元に作られるそうです。つまり――』

 

「……やめて……聞きたくない」

 

『あなたはこのDG=シュナイルと同じ――』

 

「もう……ききたく……」

 

 その先を理解して、拒絶を示す少女。

 

 しかし、その祈りは虚しく――テスタネットは自らの悦のために、

 

『化け物なんです』

 

 それを口にした。

 

「あ……ああああああああああああああああ!!」

 

 絶望に打ちのめされた少女の声が、コクピット内に重く響き渡った。

 

 

 

『――さて、そろそろ終わりにしましょうか』

 

 メインアームの調子を確かめるように、何度も指を動かす。

 

“彼女”の抵抗によりダメージを受けていたDG=シュナイルも、大部分の再生作業が完了した。

 

 エルミアの悪足掻きを警戒して、念のためと趣味を兼ねて様子を見ていたのだが……。

 

 ゼフィリーアを引き寄せるため、触手が幾重にも巻き付いても最早なんの反応も返ってこない。

 

 DG=シュナイルの胴部が蠢き、無抵抗の獲物を食そうと大きく顎を開く。

 

『ククク。これで再び……いえ、今度こそ本当の神になるのは、この私です』

 

 複製元の男が成しえなかったことをやりとげ、自分の存在を確立すること。それこそが、テスタネットの最終目的である。

 

 丸呑みのためにさらに大きく口を開き、テスタネットが次の段階の手順を考え始めた時だった。

 

 どこからか飛来した無数の円盤状の光の刃が、悪魔の触手を切り裂いていったのは。

 

 




 
 
 
 
※ ゲームで言うと、今回はボス前のイベント会話回となります。


作者の拙い文章では伝わり難いと思いますので、以下バレている方には「うん、分かってた」ネタバレを。

興味ない! という方はここまでで。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
エルミア:αシリーズのユーゼスが、第七艦隊内で破棄したパルシェムの一体。あの世界の知識を持つ。


テスタネット:ヒーロー作戦の世界で作られたユーゼスのコピー人間。オリジナルが成しえなかったことを自分が達成することで、自己を確立しようと企む。





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幕間――とある部下と下僕の思いと決意

 
 
前回投稿から間が空き、お待たせすぎて申し訳ありません。

少しずつ書き連ねていく内に長文に……。

そして、誰特な二人の回
 
 
 



 

 

「……ちくしょう」

 

 もう何度目になるだろうか?

 

 決して広くはないコクピットの中で、彼は同じ言葉を繰り返し呟いていた。

 

「くそ……! もっと遠くまで跳びやがれ! 基地はまだまだ先だってのに!」

 

 命令に従い、機体に備え付けられた転移装置を使って基地まで一瞬……というわけにはいかない。

 

 戦艦などに使用されているのと違い、機動兵器用のはある程度の距離しか進めないため、通常空間との出入りを繰り返す必要があった。

 

 そして連続での使用も出来ない。

 

 本来は作戦行動で一定距離内にある艦や、基地といった場所に戻るのに使われるからだ。

 

 ゾヴォークでは機動兵器単体での長距離宙間移動は考えられておらず、リスクや負担も考えれば艦を使った方が良い。

 

 もちろん一部の専用機には飛距離や耐久性、消費するエネルギーを低く抑えた高性能な物が積まれているが、彼の乗機は一般機である。搭載されているはずがない。

 

「ちくしょう! 姉御のアレさえ完成してれば!」

 

 彼の上官で技術士官も兼任している少女が、一般機にも採用出来るような高性能かつ低コストな物を開発中ではあるが、ここ最近は諸事情により作業は中断していた。

 

 もっとも、このままでは永久に完成することなく終わりそうだが。

 

「いや、絶対にこのまま終わらせない……終わらせてたまるかっす! だから、もっと早く……速く!」

 

 通常空間でチャージを待つ間、彼――ハイ・カーエはカウントダウンされるモニターを睨むように見ていた。

 

 それで数字の減りが一気に早くなるようなことはないため、よりイライラを増すだけであったが。

 

 通信機を使用した後そのままスイッチを切っていないため、今までの呟きは僚機の相棒にも聞かれているだろうが、今のところ何の反応もない。

 

 着込んでいるノーマルスーツの下はイヤな汗でベタベタしていたが、普段なら不快に思うはずのソレも今の彼は何も感じていない。

 

 彼にあるのは、ただただ無力感からくる自らへの怒りのみ。

 

 口元は噛み締めた歯がカチカチと鳴り、操縦桿をグッと握り締めた両手は、興奮状態により小刻みに震えていた。

 

「まだか……まだか!」

 

『落ち着け、ハイ』

 

 通信機越しに、同行している僚機に乗る唯一の相棒であるモベ・ビーシが、ハイに自制を促す。

 

 彼の静かで落ち着いた声を聞いたのは、小隊長のエルミアに戦場からの離脱を命じられて以来。

 

 つい先程のことだというのに、彼の声が懐かしく、随分時間が経っているように思える。

 

 それだけ、怒りと焦りに支配されたハイの頭が周りを認識出来ていなかったのだろう。

 

『ここで焦っても仕方がない。今は待つんだ』

 

 いつもとなんら変わりない、普段通りのモベの声。

 

「モベ! お前はっ!」

 

 しかしそれは、ハイの怒りを鎮めるどころか火に油を注ぐことになる。

 

「お前は、姉御が心配じゃねぇのかよっ!? ガキの頃からずっと一緒だったお前だけは、俺と同じだと思ってたのに!」

 

 昔の口調に戻り、通信機に向かって怒鳴るハイ。

 

 ハイとモベの二人に、家族と呼べる肉親はいない。

 

 毎日を生きるのに必死だった二人は、似たような境遇だということもあって気が付いたら共に活動していた。

 

 感情や勢いに任せて動くハイと理屈家のモベ。性格や行動がとにかく対称的な二人は、だからこそお互いの欠点を補いあい、助け合えてきた。

 

 それゆえにぶつかることも多かったが、うやむやの内に元に戻っている。

 

 軍に入ったのも二人で相談して決めたことだ。

 

 安く住と食を確保し、衣は支給される制服。給料が手に入ってから、徐々に買い足していけばいい。

 

 そんな十分にも満たない時間で決めたのを相談と言えるかは別として、入隊自体はココでは珍しい話ではない。

 

 辛くも試験を通過して入隊した後も、二人の苦労はしばらく続いた。

 

 良く言えば個性的、悪く言えば目立つ二人。後ろ楯もない二人は、様々な部隊を転々とする日々を過ごすこととなる。

 

 二人でワンセットと考えられていたらしく、バラバラにされなかったのは幸いだっただろう。

 

 命令に従って、ただそれをこなす日々。

 

 中には無茶な命令もあったが、少しずつ結果を出しながら二人は生き延びてきた。

 

 子供の時のように生活で必死になることはないが、あの頃みたいな充実感もない。

 

 あの日、自分達よりも年下の少女の部隊に配属されるまでは――。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 数えるのも馬鹿らしくなるくらいに手慣れた配属手続き。それを機械的に終えた二人は、渡された辞令書を手に目を通していく。

 

 ややあって――

 

「なあ、モベ?」

 

「なんだ?」

 

 辞令を読みながら、ハイは既に懐に仕舞い込んだモベに話しかける。

 

「そっちにはなんて書いてある?」

 

「『右の者、親衛隊に配属を命ず』」

 

 細かい部分は省き、簡潔に内容を伝えるモベ。

 

「なんで?」

 

「知るわけないだろう」

 

 また二人揃って……という意味ではない。『使い走りみたいな部隊が続いていたところに、どうしていきなりこんなところへ?』という意味である。

 

 したっぱな自分達が、上級兵である親衛隊に任命。青天の霹靂とも言える、いきなりの大出世であった。

 

 ハイが疑問に思うのも当然である。

 

 モベの答えも、それに応じたものだ。

 

 念のためモベが、否応なく付き合いが長く顔馴染みとなった人事官に確かめるも、間違いはないという返事。

 

 ただ人事官は、「自分は詳しく知らないが」と前置きをした上で、これにはかなりのお偉いさんが絡んでいるらしいことを二人に伝える。

 

 それを聞いた二人はますます困惑していく。

 

 そんな状況で、先に動いたのはモベ。

 

 踵を返した彼は、部屋の外に向かって歩き始める。

 

「ハイ、行こう。ここで考えたところで答えは出ないし、時間も無駄だ」

 

「それもそうだな。ま、場所が変わっても、俺達がやらされることは変わらないだろうしな」

 

 そう納得した彼は、先を行く相棒を追い抜いて指示された部屋に向かった。

 

 部屋の前で乱れていた身なりを整えたハイは、ドアを軽く二回ノック。

 

「モベ・ビーシとハイ・カーエ、指示によりただいま出頭致しました」

 

 

 間を置かず、ドア脇の端末でモベが室内に連絡を入れていた。

 

『はい。では、ロ、ロックを解除します』

 

 年若い女……少女のような声が端末を通して聞こえてくると、二人は無言で顔を見合わせる。

 

 端末からは何やらボソボソと会話する声が漏れ聞こえてきたが、“カチッ”という音と共にロックが解除された時には、二人はもう正面に向き直っていた。

 

 自動で横に開くドアに合わせて、二人は敬礼。

 

「えっと、二人とも。そこでは話がしにくいですし、中に入って下さい」

 

 部屋の中、正面に置かれたデスクの向こうに座っている人物が、困ったように言って二人を中に招き入れる。

 

 デスクに隠されて上着しか見えないが、真新しい親衛隊の制服を着たその人物は、声から二人が予想した通りの見た目であった。

 

 歳は十五、六くらいだろうか? もっと下かもしれない。

 

 今は若干緊張気味な面持ちだが、争いごとには向かない物静かな雰囲気を醸し出している。少なくとも、自分達(十八)より上ということはなさそうだ。

 

 もっとも、ここ(ゾヴォーク)は実力主義である。歳は若くても能力が高ければ相応の場所が用意されるというのも、珍しい話ではない。

 

 目の前の少女も、そういった者の一人なのだろうとモベは判断した。

 

「失礼します」

 

 部屋に入った二人の背後で、ドアが静かに閉ざされる。

 

 背筋を伸ばし、改めて敬礼する二人を前に少女も席を立つ。

 

 背は標準かやや小柄。二人では僅かにハイの方が背が高いが、それでも百八十はある自分達の胸くらいまでしかない。

 

 ストレートな紫色の髪は首筋を隠す程度。動いた拍子にサラサラと揺れたソレは、その艶と合わせてよく手入れがされていることが分かる。

 

 しかし、これまで二人は多くの部隊を転々としてきたわけだが、その間に出会った者達と目の前の少女では決定的な違いがあった。

 

 それは――眼である。

 

 任務をこなすだけの者達と違い、この少女の紅い眼は輝きを持っていたのだ。

 

 生き生きとした、活力に満ちた眼。

 

 それが、二人にこの少女が普通ではないということを悟らせる。

 

「本日只今を持って、親衛隊第四機動艦隊所属小隊に着任致しました。モベ・ビーシと」

 

「ハイ・カーエです。よろしくお願いいた――痛っ! 噛んだ、致します」

 

 淀みなく言ったモベと違って、途中で噛むという失態をしでかしたハイであったが、少女がそれを気にする様子はない。

 

 少女も敬礼をすると、

 

「りょ、両名の着隊を許可します。私はエルミア・エイン。二人には、私が指揮する小隊に入ってもらうことになります」

 

「……拝命致します」

 

 こういう時、ハイに代わって弁が立つモベが答えることが多いのだが、その返事はいつもより僅かに遅かった。

 

 それに気付いたのは、ずっと隣にいたハイだけであるが。

 

 その理由は……考えることが不得手なハイにも分かった。

 

 敬礼に馴れていないのは気にするつもりはないが、言葉に詰まりすぎるのだ。

 

 入室時もそうだが、変にドモるし、話す時には視線も時々泳いでいる。

 

 まるで、その場で即興文を作っているかのような違和感。

 

 ただそういった挨拶云々が苦手なだけなのかもしれないが、彼女のやる気が並々ならぬものだけに、余計そこが目立ってしまう。

 

 服装と、見た目から推測した年齢。そして会話に慣れていないこと。それらから二人の中で浮かんだ少女のイメージは、“気合いが空回りする新人士官”。

 

 だが、先程の“一握りな例”もあるため、そのような先入観は持つべきではない。

 

 しかし、二人が微妙な思いを抱いているのを、目の前の少女――エルミアも感じ取ったようだ。

 

「あの、二人とも? どうかしたのかしら?」

 

「い、いえ、なんにも」

 

「自分も特には」

 

 エルミアからの問いには対して、ハイは気まずそうに、そしてモベはいつもの鉄面皮の下に感情を仕舞い込んで答えた。

 

 そこで会話が途切れ、部屋の中に不自然な沈黙が落ちる。

 

 そんな時、

 

「エルちゃんがあ~やしいからだろ」

 

 独特な話し方をする男の声が、ハイ達の真後ろから聞こえてきた。

 

 すると、これまで困惑気味だった少女の表情が一転し、すぐさま自分達(の後ろ)へキツい視線を向け始める。

 

 そんなエルミアにつられて、背後に振り返った二人の顔がみるみる驚愕の色に染まっていく。

 

 慌てて姿勢を正し、その人物に敬礼する二人。

 

「ぜ、ゼブリーズ・フルシュワ司令官!?」

 

 二人が気が付かなかっただけで、おそらくはずっとそこに居たのであろう。入り口から丁度死角になる場所に陣取り、腕を組んだ姿勢で壁にもたれていたのは二人でさえ知っている“かなりのお偉いさん”――前線指揮官の一人だった。

 

「ま、今日はオーレからの仕事ってわけじゃないし、堅苦しいのは抜きでらーくにしていいよ」

 

 ゼブリーズは壁から背中を離し、上官が下士官にする答礼を真面目に返すと、二人へ楽にするように告げる。

 

「は、はぁ」

 

「しかし、規律が……」

 

 そうは言われても、二人の立場ではソレを素直に受け入れられるはずもなく、今度は二人が困惑することになった。

 

 そしてそれは、

 

「ちょ、ちょっとゼブ! あたしが怪しいってどういうことよ!?」

 

 たったいま自分達が背を向けたばかりの方からの、机を叩きながら上げた声によりますます酷くなっていく。

 

 振り返ってみれば、今までのイメージはどこにいったのか。おとなしそうな感じは鳴りを潜め、強気で勝ち気そうな少女がそこにいた。

 

「いや、そーのまんまの意味だが?」

 

「どこが!? 静かで真面目で頼りになりそうな上司じゃない!」

 

 砕けた口調で、上司のはずのゼブリーズに真っ向から食って掛かっている。

 

「そーの設定、無理があーりすぎじゃね?」

 

 ゼブリーズの言葉に、いつの間にか左右の壁に分かれて立っているハイとモベも、表には出さないようにこっそりと同意を示す。

 

「そんなことないわ! それに、ほら! この二人だって……って?」

 

 視線をハイに向けたところで、ようやくエルミアも気が付いたようだ。

 

 ハイからの呆れるを通り越して面白がってるような視線に、慌てて口を両手で塞いだ少女。

 

 反対側の壁に立つモベにも視線を向けるが、彼は相変わらず無表情を貫いており、何を考えているかはそこから読み取ることは出来ない。

 

 しかし、今のやりとりを全く聞いていないということはないだろう。

 

 もはや誤魔化しきれないと悟ったのか、脱力した彼女の手がゆるゆると口元から下ろされていく……が、その動きが途中でピタリと止まった。表情を引き締めると、その強気な眼差しと右手の人差し指を真っ直ぐにゼブに向ける。

 

「これもぜぇーーんぶ、ゼブのせいよ!」

 

「あん?」

 

「今度は何だ?」とでも言いたそうなゼブリーズの反応に、エルミアの目がつり上がっていく。

 

「あたしの綿密で緻密な計画に基づく大事な一日目が台無しじゃない!」

 

「どーこから見ても、杜撰で適当だった気がすーるけどな」

 

 何やら言い始めたエルミアだが、壁にもたれ直したゼブリーズは慣れた様子で答えた。

 

 それだけではなく、

 

「一ヶ月以上前からおーしえてやってたのに、なーんもしてないエルちゃんが悪いだろ」

 

 更なる情報を暴露する。

 

「エルちゃん言うな! それにこっちが準備しようとしてたとこに、ゼブとセティ姉が仕事を持ってきたんじゃない!」

 

 それに怯むことなく、なおも言い返す少女であったが、

 

「家に帰った後、ずーっと遊んでるからいーったんだがな」

 

 やはりゼブリーズは全く取り合おうとしない。

 

「遊んでないわよ! アレも立派な研究の内。本物により近い1/100を作ることで、その改造や改良パターンを――」

 

 身振り手振りを交えながら、自分の行為がどれだけ重要かを語るエルミア。熱弁も振るいながら歩き始めた彼女は、大きなデスクを迂回すると、ハイの前を通ってゼブの前に進み出る。

 

 そのゼブリーズは耳に指を突っ込んでおり、明らかに話を聞いている様子ではない。

 

 エルミアの方も話す方に集中しているのか、こちらもゼブリーズの様子には気が付いていないようだ。

 

(おい、どうするんだ、これ?)

 

 所在なさそうに立つハイが、反対側で直立不動状態のモベに目で訴えかける。

 

(俺達が、上司達の話に口を挟むわけにはいかないだろう。もうしばらく様子を見るんだ)

 

 同様に、アイコンタクトによる返事を受け取ったハイは小さく頷き、こちらはやや崩した姿勢で状況が変わるのを待つ。肩幅に両足を開いて背中に回した両手を組む、いわゆる“整列休め”の姿勢である。

 

 そしてその時は、それから一分と経たずにやってきた。

 

「まあ、ともかくだ」

 

「むぐ!?」

 

 喋り続ける少女の口を片手で塞いだゼブリーズが、二人に視線を向ける。

 

 それを受けた二人は、素早く部屋の中央に戻って直立の姿勢を取った。

 

 それなりに軍隊生活をこなしてきたこともあって、こういった動きもいつの間にか自然に出来るようになっていたのだ。

 

「最初がコレで不安に思ったかもしれないが」と前置きをした上で、ゼブリーズが説明を始める。

 

 現在ゾヴォークで使用されている機動兵器は、そのほとんどがそういったモノを専門に扱う所から提供されているのはハイ達も知っていること。

 

 そして、ゼブリーズのように立場ある者が希望すれば、彼の者達は専用の機体を用意してくれもする。

 

 よって今回、扱う自分達がより扱いやすく、かつ実際にどんな機能を必要とするかをリサーチしようということになった。

 

 ここ(ゾガル)とは別の派閥であるウォルガでは既に行われていることで、それに触発されたゼブリーズ達の知り合いのある女性によって、今回の話が持ち上がったという。

 

 しかし、例え自分達の機体のことであっても、それだけに専念するわけにもいかない立場でもあった。

 

 そこで――

 

「白羽の矢が立ったのがあたしってわけ」

 

 それなりな胸を張りながら、エルミアが茶目っ気たっぷりにウィンクして見せる。

 

「エルミアさ……いえ、エルミア隊長が?」

 

「そ!」

 

 ゼブリーズやその仲間から任される――それはすなわち、この少女が彼らから全面的な信頼を得ていることに他ならない。

 

 それも、戦場で自分達の命を預ける機体のデータ取りである。彼女を信じていなければ、そんな話を振るはずがない。

 

 ここにきて初めて、ハイの中でコロコロと表情がよく変わる少女を見る目が変わった。

 

「いーちおう、エルちゃんは技術士官だーしね。機動兵器の操作の腕もそれなり……んー、グルードでエースクラス以外なら、まーけないんじゃないかな?」

 

 エルミアの頭をポンポンと手のひらで叩きながら、少女のことを話すゼブリーズ。完全に、扱いが子供に対するソレである。

 

「エースにだって負けないわよ! それと、エルちゃん言うな!」

 

 案の定その腕を振り払ったエルミアが、ほぼ真上のゼブリーズの顔を見上げながら怒りの声を上げ始めた。

 

「俺やセティには全敗だがな」

 

「う、うるさいわね! 二人がおかしいのよ……コホン!」

 

 咳払い一つして、エルミアがハイ達に向き直る。

 

 彼女の目に、最初に二人が見たような煌めきが宿っていた。

 

「ということで、あなた達にはあたしの手伝いをしてもらうわ」

 

「俺……いえ、自分達がですか?」

 

「あ、畏まった言い方はしなくていいから。普段は楽な喋り方で良いわ。あなたも面倒でしょ?」

 

 ヒラヒラと手を振りながら、ハイに向かって自身も面倒臭そうに言うエルミア。

 

「は、はぁ……」

 

 そんな少女にペースを乱され続けて曖昧な返事をするハイに代わり、モベが口を開いた。

 

「自分は普段からこの口調のためお許し下さい。それで、自分達なんかにそのような大任がこなせるでしょうか?」

 

「そうね。こなせると思うし、あなた達にしか頼めないのよね」

 

「それは……理由をお聞きしても?」

 

「あなた達には、誰の息もかかってないから」

 

「貴重な存在よ?」と、エルミアがアッサリとした口調で答える。

 

 その言葉に、ハイだけでなくモベも息を飲んだ。

 

 人が集まればそこには思想が生まれ、やがては派閥も出来る。

 

 当然ゾヴォーク――つまりはゾガルやウォルガにとっても、それは例外ではない。

 

 

「あなた達二人は、今までに様々な任務に就かされてきた。そして、それらをこなしてきたことで経験と、応用力も身に付いてきている。今回のこの仕事も、誰かが妨害をしてくるかもしれないの」

 

 これまでとはうってかわって、真面目な口調で話し始めるエルミア。

 

「それになにより……」

 

「なにより?」

 

 少女のまだ幼さを残す顔に、ニヤリと笑みが浮かんだ。

 

「あなた達、退屈してるでしょ?」

 

 自分達が抱いていた思いを言い当てられ、動揺が顔に出てしまう。

 

「あたしには分かるわ。退屈という満たされない渇きに喘いで、変化をもたらす潤いを求めてる」

 

 胸に手を当て、詩を朗読するように語るエルミア。それは、さながら舞台の上で演じているかのようだ。

 

 そして二人は、その芝居がかった動きから目を離せないでいる。

 

「あたしなら、それを与えられる。退屈な日々なんてさせてあげない」

 

 少女の言葉は、二人にはとても魅力的に聞こえていた。

 

 そんなハイ達に、妖しく笑いながらエルミアは手を差し出す。

 

「さあ。あたしと、覇道を共に歩みましょう?」

 

「お、おお……」

 

 ハイの口からは、うわ言のような声が漏れていた。差し出された手に、震える自らのソレを伸ばし――

 

「こら」

 

「いったーい!!」

 

 遥か遠い星で言う撞木で鐘を突いたかのような重い音と、それと同時に響き渡る少女の悲鳴。

 

 ハッと我に返るハイとモベ。

 

「まったく。どーこで覚えるんだか」

 

 少女の頭に(軽く)拳を振り下ろした姿勢のまま、ゼブリーズは呆れた様子で嘆息している。

 

「――って、いきなり何するのよ、ゼブ!?」

 

 殴った本人としては軽くだったのかもしれないが、庇うように頭を押さえているエルミアの目には涙が浮かんでいた。

 

「お前が何してるんだ」

 

「何って……スカウト?」

 

「オーレにゃ、別な何かにしか見えなかった」

 

 少女の答えに、もう一度嘆息したゼブリーズはこめかみを手で押さえていた。

 

 しばらくそちらを睨んでいたエルミアであったが、また唐突に彼女はハイ達の方に顔を向ける。

 

「ま、ゼブのことは横に置いといて」

 

 と、手で横にどけるジェスチャーをしながら、今度は小悪魔めいた表情を浮かべるエルミア。

 

 そして、

 

「ま、少しの間だけでも一緒に仕事してみない? 少なくとも、日々これ退屈ってのは無くなるわよ?」

 

 自信満々に、そう言いきってみせた。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「――あの時の姉御の、エルミア隊長の言う通りだった。俺達が退屈するようなことはなく、それまで感じたこともないくらいに充実した日々を送ることも出来た。……何度も死にそうな目にもあったけど!」

 

『……ああ、そうだな。あの時、オレもお前もオカシラに救われた。それは事実だろう。……死線をさ迷ったことも多かったが』

 

 エルミアと出会って彼女の小隊に参加してからは、賑やかで(危険なこともあったが)、あの時の言葉通り退屈することは無かった。

 

 シミュレータによる訓練の際、二人がかりでエルミアに挑んで敗北したり。その彼女がゼブやセティを相手に善戦するものの、力及ばず撃墜されて愚痴るのをモニター越しに聞いたり。

 

 少女が特定の機体に傾倒していることも、それが絡むと他を投げ出してしまいそう……しまったことも。

 

 設計図を描くだけ書いたら、後は()()()()に渡したら良いからとゼブリーズに手渡し。

 

 本末転倒なことをしているのに気付かず、必要な物を手に入れていよいよ趣味の時間――という絶妙のタイミングで、少女(と自分達)が技術部に転属させられたのは自業自得といったところだろう。……ハイ達にとってはとばっちりであるが。

 

 後のタイミングでゼブリーズが二人に教えてくれたことなのだが、設計図のところどころにセティにも理解出来ない理論があったかららしい。あのタイミングは完全に偶然だったそうだが……仕事に厳しいゼブリーズのこと、ある程度は狙っていたと思われる。

 

 色褪せぬ記憶。

 

「それなのにお前は――」

 

『ハイ』

 

「っ!?」

 

 静かだが強い語気で名を呼ばれ、

 

『落ち着くんだ』

 

 続く二度目となるその言葉が、再び激高しかけたハイを今度は押し止めた。

 

「ぐっ……くっ……」

 

 硬く強く握り締められていた拳から、やがてゆっくりと力が抜けていく。

 

 次に大きく息を吸い込むと、時間をかけて吐き出していく。自分の中にある、言葉に出来ないモヤモヤしたモノを全て吐き出すかのように。

 

「…………ワリぃ」

 

 コンソールを操作して呼び出したサブモニターに映る顔に、バツが悪そうに謝った。

 

 モベにしては珍しく、口の端が笑みを型取る。

 

『気にするな。しかし、首尾よく片付いたら、一週間のメシ代はお前持ちだ』

 

「うげっ!」

 

 シレッと告げられた一言に、高くついたなとぼやくハイの顔からは逆に悲壮さが抜けていく。

 

 ドン底だったはずの気持ちは、少しずつ浮上してきていた。

 

『落ち着いたか?』

 

「……少しは、な」

 

『そうか』

 

 完全にはほど遠いだろうが、それでも随分マシになったのは事実だ。

 

『今の内に持ち直しておかないと、後からがつらくなるぞ』

 

「後から?」

 

 モベの言葉に首を傾げるハイ。

 

 そんな彼に向かって、何てことのない口調でモベが話す。

 

『ゼブリーズ様達に伝えたら、すぐに隊長の所へ戻らなくては、な? 怒りに任せて戦っても、相手にいいようにされるだけだ』

 

「モベ! やっぱお前も」

『当然だ。オレもオカシラのチームなのだから』

 

 さも当然といった感じで話すモベに、喜びを露にするハイ。

 

 しかし、その表情はすぐに陰りを帯びる。

 

「なぁ、俺達――」

 

『隊長に内緒で、オレ達がドクターから受けていた指示のことか?』

 

 

 今まさに口にしようとした内容を先に言われたハイであったが、それに頷き返しはするもののツッコむようなことはしない。

 

「……俺達がドクターに報告していたエルミア隊長の様子って」

 

『隊長の身体が余り丈夫でないのは事実だろう。そのことはゼブリーズ様も仰っておられたし、それにあの男は主治医だ。隊長に、普段と違うようなことがあれば報告するように言われるのは、決して間違いではない』

 

 ゼブリーズ達が基地内にいつもいるわけではない。そうなると、普段エルミアに近い場所にいるのは自分達二人ということになる。

 

『そこに何らかの思惑があったのも事実だろうがな』

 

「……ああ」

 

 淡々と話をしてはいるものの、やはり彼も思う所はあるようだ。顔や言葉の端々に苦々しさが出ていた。

 

 モベも苦しんでいたことを知ったハイは、両手で自分の頬をはたく。

 

 コクピット内に甲高い音が響く中、ハイの目からは迷いが消える。

 

「よし! チャチャッと隊長からの命令をこなして、このムシャクシャをぶつけにいこうぜ!」

 

『同感だ』

 

 二人は笑いながらコンソールを操作し始めた。

 

 間もなく数字はゼロになり、転移が可能となる。

 

 AとB。右肩と左肩のいずれかにエンブレムの如く描かれた二機のゲイオス=グルードが宇宙を翔ぶ。

 

『オレはお前の銃で』

 

「俺はお前の剣だ。で」

 

 二人は声を合わせて、言った。

 

「『俺(オレ)達は隊長の盾だ』」

 

 頷き合い、転移に入ろうとした所で――

 

「……通信? こんな場所で、いったい誰が」

 

 小さなコール音に手を止めて、訝しげにするハイ。モニター向こうのモベにも届いているようだ。

 

 しかし――それがエルミアが設定した秘密回線で、そのかけてきた人物は今まさに自分達が求めている人物だと知ると、驚きに大きく目を見開いた。

 

 二人は即座に通信ユニットに手を伸ばし、そしてモニターがその人物を映し出す。

 

 そして……――

 

 最後の戦いが始まる。

 

 

 

 

   ――→続く

 

next stage

『ジェノサイドドール』

 

 

 

※ おまけ

 

 

 ある日の会話。

 

 

「それにしても、姉御」

 

「姉御って言わないで! で、何よ?」

 

「あの時、俺達が引き受けなかったら、どうしてたんすか?」

 

 お互いに気にした様子もなくいつものやりとりを終えて、ハイは気になっていたことを聞いてみる。

 

「ん~、引き受けてくれるって確信してたから、全く考えて無かったわね」

 

「その根拠は何です?」

 

 言い切った少女に、今度はモベが尋ねた。

 

 それを待ってました! とばかりに会心の笑みを浮かべて、エルミアは懐から手帳を取り出す。

 

 小さな字でビッシリと書かれたソレを見せながら、

 

「ふふん! 見なさい! この、寝る間とモデル作りとシミュレータ訓練を惜しんで、仕事の時間をフル活用して作った、二人の反応とパターン別スカウトマニュアルを!」

 

「「仕事して下さい」」

 

 



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ジェノサイドドール 前編

長くなったため、前後編で……。

※ 通信文を『』→【】に変更しました。




 

 

 触手の先にあるのは、ゾヴォークの中でも独特な形状であるレストレイルの頭部だ。そのフェイスが人間のように口部を開き、牙を剥き出しにして四方八方から迫る。

 

 しかし――

 

【ちょっと趣味が悪すぎるんじゃないかしら? ドクター】

 

 セティが駆る〔ビュードリファー改〕の両腕にあるクローアームから放たれたビームが、迫ってくる頭部の眉間を次々と正確に撃ち貫いていく。

 

【そうですか? 私は結構気に入っているのですが】

 

 DG=シュナイルの半ばから断ち切られた触手の断面が蠢き、そこから再生されていく。

 

【訂正するわ。ちょっとどころか、全く合いそうにないわね】

 

【それは残念です。ところで、こちらからも質問はよろしいですか?】

 

【あら、何かしら?】

 

 全く残念に聞こえない口調で話すテスタネットと、それを気にした風もなく応じるセティ。

 

 それは少女の検査の関係で訪れた際、他愛ない世間話をしていた時となんら変わりない。

 

 ただ違うのは、ここが医務室ではなく戦場だということだ。

 

 DG=シュナイルが差し向けるモビルヘッドとでも言うべき代物を、ビュードリファー改は流れるように回避し、逆に破壊していく。

 

 その肩に、大破している〔ゼフィリーア〕を背負った上で、である。

 

【あなたの設計したビュードリファーには、クロー部分にビームガンなどは内蔵されていなかったと思うのですが?】

 

【詳しいわね】

 

【私に必要なことでしたから。なるべく強い兵器を、コレの強化に使いたかったものでね】

 

【へえ……】

 

 相手が将軍に数えられるセティであっても、無断でデータを得たことをもはや隠そうともしていない。

 

 DG=シュナイルの巨体が動きを止めると、セティも悪魔と向かい合う形で自機を停止させた。

 

 赤い半人型の機動兵器。

 

 外見上は、テスタネットが手に入れたデータと相違ない。しかし、先程のビームのように細部で異なっているのだろう。

 

【――ふむ。気にしていませんでしたが、私がダミーを掴まされたというのも、虚勢からの嘘ではなかったわけですね】

 

(――精神を掌握、操作したはずでしたが……抵抗した上にダミーの用意とは。もしくは、あちらの人格が邪魔を?)

 

 今となってはどちらでも良いですが、とテスタネットは肩を竦める。

 

 自分にとって有益であるなら、まとめて手に入れればいいだけなのだから。

 

【ビュードリファーの問題点を解消し、あの子の妄想したアレコレを加えた〔イロズィオンヴィント〕よ。長いから“改”にしてるけどね】

 

【ほほう……アレコレを加えて、ですか】

 

【ええ。“アレコレ”を加えて、よ】

 

 テスタネットの口調が粘りのあるものに変わった。セティもそれには気付いており、あえて挑発するように答える。

 

 一触即発。

 

【では、もう一つだけ質問があります。予定より随分と早い帰還のようですが、ゼゼーナン卿はどうされましたか?】

 

 テイニクェット・ゼゼーナンは、『地球文明抑止計画』の総司令官にして太陽系方面軍作戦指令長官に就いた人物で、今回の作戦ではゼブやセティの上官であった。

 

【死んだわ】

 

 だというのに、アッサリと返ってきたその答えにテスタネットの眉がピクリと動く。

 

【ほう……?】

 

【色々と侮れない地球の軍事力の独占と、それによる本国においての地位向上及び確立。ゾヴォークが禁じている手法を用いての地球側への細工。そもそも、今回の『地球文明抑止計画』そのものが、彼が立場を利用して周到に準備した上で成立したモノだということも判明してるわ。トドメに枢密院から出された停戦命令を無視、証拠の隠滅を謀ったわ】

 

 枢密院。

 

 ゾヴォークがウォルガなどと共に構成している共和連合――複数の星系国家から成る星間国家連合体を統括する、最高意思決定機関である。

 

 その枢密院から命令を携えた特使が地球に派遣されてきたのだが、彼はそれを拒否した。

 

 その上で、ゼブやセティ達の逆鱗に触れる手段も取ってきたのだ。

 

 それは――

 

【ロフの暗殺。そして、あたし達全員を抹殺することで……ね】

 

 画像を通さない通信機越しだというのに、冷え冷えとした声がセティの心情を表していた。

 

 特使を含む、真相を知ってしまった全ての者を排除する。

 

 幸いロフや特使は無事であったものの、これによりゼブ達とゼゼーナンは完全に決別――地球側の特殊部隊と共同し、彼の操作する〔バラン=シュナイル〕を撃破したのであった。

 

 この裏で暗躍していた者達も、既にその全てが宇宙の塵となって消えている。

 

【なるほど、状況はよく分かりましたよ。ありがとうございます】

 

【どういたしまして。逝く前の手土産よ】

 

 お互いへの殺気で、冷たい宇宙が満ちていく。

 

【それはどういう意味でしょうか?】

 

【そのままの意味よ。それくらい、聞かなくてもあなたなら分かってるわよね? ……テスタネット・ゼゼーナン】

 

【その名まで調べあげていたのですか。御苦労様ですね、どうでもいいことだというのに】

 

 動揺することなく、いけしゃあしゃあと言うテスタネット。

 

【あなたがいつ現れて、いつからゼゼーナンから“ゼゼーナン”の名前とその地位を得たのかは分からなかった。けど、あなたが今回の計画の工作に一役担ったという証拠は掴んでるわ】

 

【ええ、私の計画には必要でしたので。彼はその役目を果たしてくれました。惜しむらくは、あの機体を得られなかったことくらいですね】

 

 ビュードリファー改が両腕のクローアームを構えるのと、モビルヘッドがその鎌首を持ち上げるのは同時だった。

 

【私としては、あなたの命は貰う必要がありません。ですので、その機体と“ソレ”を置いていって下さるなら……見逃してあげても良いですよ】

 

【あらお優しい。でも、お断りよ。……こちらからもいいかしら?】

 

【もちろんです】

 

【今すぐ、死んでもらえるかしら?】

 

【お断りします】

 

 その言葉を合図に、両機は同時に動いた。

 

 DG=シュナイル本体とモビルヘッドからビュードリファー改へと、一斉に光が注がれる。

 

 胴体からのビームと口から放たれるエネルギー砲。

 

 幾筋もの光の奔流が、そのことごとくを避けるビュードリファー改の尾となって引いた後に、やがて消えていった。

 

 お返しとばかりにクローアームから放つビームが、種々様々な頭部を破壊していく。

 

 それでもモビルヘッド達が、その数に物を言わせて接近してくる。

 

【邪魔よ!】

 

 “放つ”ではなく、“伸ばす”。

 

 “撃つ”ではなく、“斬る”。

 

 両クローアームから伸びた二振りのレーザーソードが、近寄るモビルヘッドを移動しながら斬り捨てていく。

 

 そうして近寄るものがいなくなれば、また射撃に戻る。

 

【そんな荷物を抱えて、見事なものです。それにしても解せませんね。そんなもの放り出してしまえば、少なくともアナタは助かるというのに】

 

【お生憎様、あたしはそういうの嫌いなの】

 

 賞賛ともバカにしているとでも受け取れる言葉を吐くテスタネットに、負けじとセティも言い返す。

 

 それを聞いて、彼はやれやれと肩を竦めた。

 

 DG=シュナイルからの弾幕は、一向に減る様子はない。

 

 ビュードリファー改がどれだけ潰したり切り裂いても、その端から再生されていくのだ。

 

【これならどう? トライリッパー、発射!】

 

 ビュードリファー改の背部から射出された刃の取り付けられた円盤状の物体が二つ、高速回転しながらDG=シュナイルへと向かっていく。

 

 立ち塞がるモビルヘッドの触手部分を切り裂いて本体に迫るものの、張り巡らされた念動フィールドの前に阻まれてしまった。

 

【無駄ですよ】

 

 モビルヘッドを腕のように使って、トライリッパーを二基まとめて打ち払う。

 

【……そうでもないわ】

 

【――なに?】

 

 セティの言葉に、疑問に思ったテスタネットが片眉を上げ――

 

 トライドライバーに斬り裂かれたばかりの触手の横を、ビュードリファー改が高機動モードのままで通り抜けた時――同時に電撃が襲う。

 

 電撃は触手の内部を伝って、本体に迫っていく。

 

 スパークしながらやがて根元に辿り着いたソレが、巨大な下半身の一角で小さな爆発を起こす。

 

【なに!?】

 

 その巨体からすれば微々たる、本当に僅かなダメージではあったが。

 

 どんなに小さくても、損害である。

 

【やたらエネルギーの消費が大きいのが欠点ね、コレは】

 

 見れば、ビュードリファー改の片側のクローアームが、見目も激しく帯電していた。

 

 テスタネットがすぐにデータの分析に入る。

 

【……なるほど、腐食ですか】

 

 使用されているのはかなり強力なモノらしく、特殊な細胞で出来ている触手の断面の色が、人目にもはっきりと変わっていた。

 

【しかしそれも、すぐに通用しなくなりますよ。この機体は進化するのでね】

 

【あの子はおバカでヌケてるところもあるけど】

 

――ビュードリファー改の背中で、僅かに動く気配がする。

 

【でもね、馬鹿じゃあないの。本当はとっても臆病なのに、見栄を張って強気を装って、自分を隠して。でも、決して――馬鹿ではない】

 

 静かな口調で語りながらも、モビルヘッドを攻撃する手は緩めない。

 

 本体を無視して、ひたすらそれだけを狩る。

 

 テスタネットの方はそれに構わず、ジッと相手を注視していた。

 

 モビルヘッドをどれだけ失っても、こちらには全く痛くないのだ。本体が無事な限りいくらでも再生出来るし、そのことは相手も分かっているはずだ。

 

 だからこそ、相手の狙いが分からなかった。モビルヘッドを狩ることによるメリットは……?

 

 あの雷撃だけでは、このDG=シュナイルを倒すことは出来ない。その前にこちらが進化して、耐性を手にいれるからだ。警戒するに越したことはないが、それだけの余裕はある。

 

(逆に、ヘッドを全て失ってから相手が何をしてくるか確めるのも良いかもしれませんね。アレを手にいれて神と成った後に、その知識が光の巨人達との戦いで役に立つかもしれません)

 

 テスタネットはクツクツと笑いながら、おざなりな攻撃を続ける。一撃を与えてきた相手の腕だけを、今は警戒することにして。

 

 ゼフィリーアをも上回るビュードリファー改の高機動戦闘により、いつしかモビルヘッドは再生が追い付かなくなっていた。

 

 いよいよ残り数本となった時、

 

「セティ姉!」

 

 割り込んできた声に、テスタネットは我が耳を疑った。

 

 それは、心を完全に折ったはずの少女の声。

 

 しかし、今聴こえたソレは決して心が折れた者のものではない。

 

 動揺した瞬間、DG=シュナイルは動きを止めてしまった。

 

【援護もサポートもしっかりしてくれる……自慢の妹分よ!】

 

「斬り裂きなさい! プラネイト・ガンソード!」

 

 ビュードリファー改が背負ったゼフィリーアの双桙に、エメラルドの輝きが戻る。

 

 漂っている間に修復を終えた六枚のパネルは、再び宇宙を一斉に舞い始めた。

 

 六基の誘導兵器達は残るモビルヘッドからの攻撃を避けながら、周囲を取り巻いて円盤状となった光刃でまとめて刈り取っていく。

 

 砲撃が止んでいる今、巨体の正面はがら空きとなっていた。

 

「あの機体に時間を与えないで。チャンスは……今! ロフさん!」

 

【任せろ!】

 

 この場所への転移を終えると同時に、現れる青いズングリとした機体。

 

【テスタネット! 貴様の我欲による行為、許すことは出来ん!】

 

 グロフィスの雄叫びに応えんと、ゼイドラム改〔アサルトブリッツ〕がDG=シュナイルへ一気に突っ込んでいく。

 

 ゼイドラムは砲撃戦機として設計されたものであるが、このアサルトブリッツは最初からロフが乗ることを前提としている。

 

 より増したその重厚な装甲を以て正面からの突撃に特化した、砲撃も出来る近距離戦機であった。

 

【まずは、コイツだ!】

 

 細身のビュードリファー改と違って、ガッシリとしたゼイドラム改の両腕。その内側には、小型の腕が一対が見える。

 

【隠し腕……アレも別の機体というわけですか】

 

 小型の腕の両方に装備したビーム砲の内、まずは片側を二連射。続けて残るチャージしていた方も撃ち放った。

 

 改前の時は片腕だけに装備していたビーム砲だが、隠し腕にすることでその両方に装備。サイズも小型化しているが、威力は変わっていない……どころか、チャージを可能としたことでむしろ強くなっている。

 

【うおおおおおおっ!】

 

 撃つと同時にさらに加速したゼイドラム改。背面ブースターを全開にして突撃する様は、まさに流星であった。

 

 先の二発が着弾し、同じ場所を艦砲並に極太のビームが襲う。

 

 そこに……

 

【バニッシュ……ゲイザアアアアッ!】

 

 エネルギーを凝縮させた右腕を振るった。

 

 押し込む力とそれを防ごうとする力。相反する二つのエネルギーが激しく火花を散らす。

 

【ククク。なるほど、素晴らしいパワーです……が、それではまだ――】

 

【まだだっ!!】

 

 吼えて――残る左腕にもエネルギーを凝縮させていたゼイドラム改は、それも叩き込む。

 

 衝突は激しさを増し、幾度も閃光が瞬く。

 

「あいつの念動フィールドには限界があるわ! 一気に畳み掛ける!」

 

【あなた達。いい加減、鬱陶しいですよ】

 

 あくまでも抵抗する者達に侮蔑の視線と共に吐き捨てて、DG=シュナイルが再びその身体のあちらこちらから砲撃を再開した。

 

 艦砲とまではいかなくても、表面にある無数の突起や穴からは、それに近いモノが雨霰とばかりに一斉に放たれる。

 

 バリアに隣接し、逃げることの出来ないゼイドラム改へと降り注いだ。

 

 ――否。もとより、逃げるつもりなど無かった。

 

【……なに?】

 

 命中すると同時に、全てゼイドラム改が吸収していく。

 

 ビーム吸収機構。主にウォルガで使われているものだが、エルミアはゼフィリーア以外の三機にも採用していた。

 

【ク……ならば!】

 

 幾つもの触手が一斉に再生を始め――た時だ。

 

 サンプルを奪われた時と同じ閃光が疾った。

 

【ソーサーフォーム】

 

 光が一閃する毎に、眼では捉え切れない何かによって、モビルヘッドは再生する暇すら与えられずに朽ちていく。

 

 ただの一つも逃さないとばかりに、ビュードリファー改は攻撃の手を緩めないまま、悪魔の周囲を旋回し始める。

 

【見切れやしないわよ。このイリュージョン・ソーサーは!】

 

 剣ではなく円盤状のエネルギーの刃を発生させたクローをワイヤーで伸ばし、超高速で振り回しながら斬り刻んでいる……のだが、最早その動きを捉えるのは至難の技であろう。

 

 さらに動きながらの多角的な攻撃に加えて、近くの仲間――特に接近しているロフ――への被害もない。

 

 ゾヴォーク内で同じ将軍であるゼブやロフと比較すると――パイロットとしては――劣ると思われがちな彼女だが、その実力はやはり高く、このような繊細なコントロールを必要とする技術は他の追随を許さない。

 

 この時になって、テスタネットはセティがモビルヘッドを狙った理由を知ると同時に、自分が致命的なミスを犯したことを悟る。

 

 本体のとは違い、モビルヘッドが放つのはビームとは異なるエネルギー砲だ。あの装甲では、こちらは吸収出来ない。

 

 吸収出来るものも含めてセティが攻撃を避け続けていたのも、それを悟られないためだった。

 

 畳み掛けるように、少女の声が響く。

 

「ゼブ! モベ!」

 

【やーれやれ。やーっと出番か】

 

【いきます】

 

 戦場に現れたのは白と赤の人型機動兵器――オーグバリュー改〔スカウリングリヒト〕と、乱雑な字で両肩にBと書かれたゲイオス=グルード。

 

 

 オーグバリュー改は頭部がライグ=ゲイオスに似ている以外、ビュードリファー改同様に外見状は通常機と変わりない。

 

 どちらかと言えば、性能そのものよりもゼブ自身が扱いやすいように、最適化されている機体である。

 

 望む動きを、痒い所まで手が届くように。これはゼブ自身を余程理解していないと出来ない。

 

 モベのグルードはと言えば、背中の砲門が通常のよりも前にせり出していることだろうか。

 

「モベ。そのX2はまだ未完成よ。それと、コンパクトにした試作ギガドライバーキャノンも、まだ実動実験はすんでないわ。一射は出来るはずだけど、異常があれば、遠慮なく廃棄なさい」

 

 仕事以外に向ける行動力が並外れているエルミアとて、直属の部下二人の眼を掻い潜っての作業は至難の業だ。

 

 とりあえず文字を書きこむことで何かすると見せかけ、その実、既に作業を開始していたのではあるが。

 

 二人の反応見たさと、いつか『こんなこともあろうかと!』を言うという、ただそれだけのためだけに。

 

【了解です】

 

【テスタネット。あんたもアレコレとやってくれてたようだな。いや、あちらさんを唆してた分、よりあんたの方が性質が悪いか】

 

 低く押さえた声と、普段とは違う雰囲気を醸し出しているゼブに対し、テスタネットはこの状況にあっても余裕の態度を崩さない。

 

【クク。一つ教えて差し上げましょうか? この世には、“利用する者”と“される者”しかいません。そして私は、“する側”の存在です。あの男も、その娘も、この私に利用されるサンプルでしか――】

 

【テスタネット……落とし前をつける】

 

 ゼブがテスタネットの発言を遮ると、本体にギリギリ届く場所に位置取った両機は、十分にチャージを終えたそれぞれの武装を解き放つ。

 

【ゲインブラスト!】

 

【セット! ギガドライバーキャノン】

 

 エネルギーを凝縮させて形成された巨大な光球と弾丸が、それぞれにバリアと接触――三ヶ所から発生した凄まじいエネルギーの余波が、やがて全体へと拡がっていく。

 

 バリアの範囲が全域ではなく、ピンポイントに集中されていたのならばまだ堪えられたのかもしれない。しかしそうはさせないがために、セティがヘッドと同時に広範囲への攻撃を行っているのだ。

 

 そして――

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 飛散し、落ちた滴が床を濡らす。

 

 むせるように咳き込んだ少女の口の端から、赤いモノが一筋流れている。

 

 全身を襲う痛みで、身体中が悲鳴を上げていた。

 

 身体への負担を抑える活動可能時間を、既に大きくオーバーしていたのだ。意識を取り戻した際の朦朧としていた時とは違い、クリアになればなっていく程に痛みは鮮明になっていく。

 

 ゼフィリーアからゼブ達の三体と、三体からゼフィリーアへは万が一に備えての緊急通信システムが設けられている。

 

 ちなみにエルミアは、三体同士についてはあえて設定しなかった。これはゼブの話を聞いた彼女が、ロフの意を汲んだためである。もちろん、当人同士が後から構築することは可能だ。

 

 ゼブ達が地球に向けて出発して以降、エルミアはほぼ毎日、このシステムを使って定時連絡を兼ねた通信を入れていた。

 

 もともとゼブ達は、今回の地球での作戦にキナ臭いものを感じており、それの調査を本国に残るエルミアに任せたのだ。

 

 しかし、ゼブ達以外の知人・友人は皆無な彼女のこと。本国にあの計画の他の賛同者がおり、その者に嗅ぎ回っていることが知られた場合には、何かしら行動を起こされる可能性があった。

 

 エルミアとしてはそんなヘマをするつもりは毛頭ないのだが、コレはそれに備え(ゼブやセティに言われてしぶしぶ)用意したモノだ。

 

 部下達の機体の改造が遅れたのも、その調査の関係である。改造の合間に調査をすれば、少女がまた何か変なことを始めたという、普段のイメージに繋がりやすいといえ狙いもあった。

 

 ちなみに、部下の二人にはこれらのことを知らせていない。一人腹芸の出来ない者がいるため、そこからバレる可能性を考慮したのである。

 

 それに慣れないことをさせるよりも、彼らには自分の護衛をする傍ら、彼らの視線で周囲を警戒してもらう方が何かに気が付くかもしれない。

 

 少女が彼らの眼を掻い潜っていたのも、“いつも通り”を装いつつ、自分を捜す過程で“変化”がないかを調べるためだった。

 

 普段とは違う僅かな違和感があったのなら、そこには大きな変化に繋がる何かがあるかもしれないから。

 

 巧妙に隠されていた主治医の名を知ったのも、調査の過程で何人か怪しそうな人物をピックアップしている途中のことだ。

 

 最初は、悪い噂を持つ人物との関係を勘繰られないように、仕方なく隠しているのだと思った。

 

 言動や笑い方が怪しい人物ではあったが、それでも自分の命の恩人である。ゆえに、後回しにして先にその他のメンバーから洗い始めた……のだが。

 

 しかし調べていけばいくほどに、決定的な証拠は掴めないままで疑惑だけが膨らんでいく。

 

 だがエルミアは定時報告をしながらも、テスタネットの名だけは知らせようとはしなかった。

 

 ギリギリまで――ゼブ達が戻ってくる時まではと。

 

 しかし、その願いは叶わなかった。

 

 証拠を掴むと同時に、自分達が連続艦隊壊滅の件で出撃を命じられることを知ったエルミアは、その時点で三人への報告を行う。

 

 エルミアがテスタネットの名を伝えるのに躊躇した理由――それは少女が『生きたかったから』に他ならない。

 

 自分が他の者達と“少し違う”ことは、普段の検査でも分かっている。

 

 そしてそれには、テスタネットの存在が不可欠だ。

 

 冷たく薄暗い闇の世界から、温かで明るい光の世界を与えてくれたゼブ達に、少しでも多く恩を返したかった。

 

 少しでも長く、一緒にいたかった。

 

 しかし……それももう終わり。

 

「落とし前は、つけなきゃね」

 

 エルミアは制服の外ポケットから一振りの、護身用のライグソードを取り出した。

 

 恩人の一人に自分はサンプルとして求められ、あまつさえ記憶も消されて利用されていたのだ。

 

 生きるためとはいえ、知らずにそんな人物を犯人ではないと思おうとしていたなど、全てが判明した今では滑稽である。

 

 それにどうやら戦闘の合間に、“彼女”はその時点でのDG=シュナイルのデータとテスタネットの話をゼブ達に送っていたようだ。

 

“彼女”の言った『後は頼むぞ』は、エルミアだけではなく、こちらに急行しているゼブ達に向けてのものだった。

 

 

 それ以降に判明したことや解析についても、“ショックを受けたフリ”の間に終えている。

 

 いや……フリではなかった。知った時、激しく動揺したのは事実だ。

 

 しかし、もはや尽きる直前の命。ならば、勝つためになんでも利用するまで。

 

 そのための痛みや心を隠す仮面なら、何枚でも被ってみせる。

 

「騙しあいなら、あたしも負けない。あんたなんかに負けてられないし、利用もさせない。全部、壊してあげる」

 

 モニターに映る巨大な悪魔を見据え、とても静かな口調で宣言する。

 

 悲壮感は無い。いつもの勝ち気で強気な笑みさえ、少女は浮かべていた。

 

 心も、澄んだ湖面のように落ち着いている。

 

 コンソールを操作することで端末の一部がスライドし、何かを差し込めるような空洞が現れた。

 

 口許を袖口で拭うと、取り出したライグソードの刀身部分をそこにあてがう。

 

「ゼフィリーア。あたし達もいこっか……?」

 

 高速で動き回るビュードリファー改の背から、まるで自らの意思で動いたかのように右半身以外を失った機体が離れていく。

 

 それに気付いた姉貴分から通信が入ってくる。

 

【ちょっと、エル?】

 

「さ、そろそろ終わりにするわよ! ゼフィリーア、フルドライブ!」

 

 力強く声を張り上げ、エルミアはソードを一気に挿し込んだ。



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ジェノサイドドール 後編

 

 

 DG=シュナイルにも勝るとも劣らぬ早さで、大破状態だったゼフィリーアがみるみる修復……いや、再生されていく。

 

 脚部が。

 

 左半身が。

 

 翼にも似た形の六枚のスラスターが。

 

 半ばから失われていた剣が。

 

 完全に元の形を取り戻した機体は、まるでロールアウトしてきたばかりのような輝きを放つ。

 

 その輝きが消えるか否かの間に、ゼフィリーアの全身にあるレンズが一斉に一際強く煌めいた。

 

【エルミア……、あなたはまだ無駄な抵抗をするつもりですか?】

 

 落ち着きを取り戻し、この期に及んでまだ余裕を崩さないテスタネットを、中も正常となったコクピットに座る少女は鼻で笑ってみせる。

 

「あたしは、自分が納得のいく生き方をする。だから……あたしのことはあたしが決める!」

 

【良いでしょう。それならもう一度、再起不能にしてやるまでです。全員まとめて、糧にしてあげます】

 

「やってみなさい、出来るものならね! ギガブラスター、ファイア!」

 

 各レンズ部から放出されたエネルギーが機体正面に収束し、発生した黒い球体が光の奔流を発射した。

 

 バニッシュゲイザーを二発分、ゲインブラストに試作コンパクトギガドライバーキャノン。

 

 それとイリュージョンソーサー。

 

 それら全てを受け止めている所へ、エルミアの気持ちがそのまま宿っているかの如く、普段よりも威力の増したギガブラスターが襲いかかる。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 DG=シュナイルのコクピット内では、かかる負荷に異常を示す計器を見つめたテスタネットが鋭く舌打ちしていた。

 

「あのサンプル二人の力もだらしないものです。もっとも、強引に力を引き出せばもうしばらくは保ちますね。その間に、こちらもやりますか」

 

 自らの勝利を微塵も疑わないまま、モニターの正面に映る機体の姿に笑みを溢す。

 

 それに乗る少女とは違って、男を満たすのはドス黒い嵐のような狂気だった。

 

 後少しなのだ!

 

 目の前のアレさえ手に入れば、自分は“自分”に成れる!

 

 コピーなどではない。

 

 人間でもなく、やがては神へと至る存在!

 

「ククク……クハハハハハハ! さあ、早く私のものになりなさい!」

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「お膳立てしてあげたんだから、しっかり美味しいところ持っていきなさい! ハイ!」

 

 画像は送らず、音声だけの指示。

 

【了解っす、姉御!】

 

 ゼフィリーアとオーグバリュー改やモベ機のいる場所の、丁度中間地点に現れたハイの駆るゲイオス=グルード。

 

 両肩におざなりなAの文字が書き加えられている機体は、脇目も振らずにゼイドラム改と同じポイントを目指して翔ぶ。

 

【しかし!】

 

「しかし?」

 

 いろいろと言いたいことはある。

 

 だがそれを全部口にする時間でも、状況でもない。

 

 そのためハイは、モニターに『Sound only』と表示されている相手に、それら全てを一つにまとめた言葉をぶつけることにした。

 

【姉御、本当に一体なに考えてるんすか!?】

 

 ハイ機の左腕が唸りを上げている。巨大な――ドリルとなって。

 

【腕が変形なんて!】

 

「だってあんたみたいなのって、ドリルだとか変形だとか、そういうのにロマンだかなんだか感じるんでしょ? ああ、それにあと合体だっけ?」

 

 上官からは、いつものあっけらかんとした答えが返ってきた。

 

【か、感じないっすよ! なんすか、ソレは!?】

 

「ふーん……? ま、いいわ。――一気にやっちゃいなさい!」

 

【ウッス!】

 

 ドリルの腕を大きく後ろに引き――

 

【いっくぜぇ! ブレェェェェイク・アタァァァァァッック!!】

 

 バリアに向かって突き立てた。

 

「ノリノリじゃない」

 

 冷静にツッコム少女の目の前で、鉄壁を誇っていた悪魔のフィールドが幾つもの光の欠片となって砕け散る。

 

 それすなわち――現在食い止めているモノの着弾も意味していた。

 

【バリア貫通とは……またアジな武装を】

 

 巨体の四ヶ所で大きな爆発が起こり、ボディの表面のあちらこちらを、光の刃が削っていく。

 

 爆発的な加速力を持つゼイドラム改には接近を許してしまったが、それでもテスタネットは己の優位性を確信していた。

 

(どうせもう一度、強度を高めて張り直すところだったのです。逆に手間が省けたというものですよ)

 

 その後で、懐にいる飛んで火に入るなんとやらを始末すればいい。

 

(虫ではなく、この機体の餌として、ね)

 

 胴体では激しい爆発が起きている中、僅かばかりの振動もないコクピット内のパイロットシートに、尊大な態度で腰掛けていたテスタネット。

 

 そんな彼の余裕は、ゼイドラム改から遅れて突っ込んできた機体によって崩されていった。

 

【おおぉぉりゃあぁぁぁぁぁっ!】

 

 胸部辺りに真正面から殴りかかったロフとは違い、ハイは「お前の顔が気に入らねぇ」とばかりに、相手の顔を目標に定めていた。

 

 バーニアを吹かして軌道修正後、ハイ機はその巨大なドリルを突撃の勢いのままにぶつける。

 

 ドリルはグルードよりも大きな相手のフェイスを抉り――自分の役目は終わったとばかりにその身を崩壊させていく。

 

【バカな! 制限!?】

 

 初めて狼狽の声を上げたテスタネットに、少女はニヤリと凄みのある笑みを浮かべる。

 

「どう、ドクター? これでしばらくの間、再生も、バリアも出来ないわよ?」

 

 こちらも試作の上、一度使うと完全に壊れてしまうのが欠点だが、どうやら上手くいったようだ。

 

 動きを止める(スタン)ではなく一時的な封印ではあるが、その効果の有効性は折り紙つきであった。

 

【き、貴様……!】

 

「あなただけは絶対に許さない。あたしの覇道のために、次元も、平行宇宙も越えて、直接死の国に叩き込んであげる!」

 

 二発目のギガブラスターとゲインブラストが、悪魔の巨体を揺るがす。

 

【サンプル風情が、調子に乗るな!】

 

 キレたテスタネットからは余裕が消え、口調も変わってしまっている。

 

 唯一、元のグラン=シュナイルの姿を留めていたフェイス。それがモビルヘッドのように開口すると、その場に残っていたハイ機にかじりついた。

 

 予想外の行為に回避が遅れ、牙がかすっただけで残っていた左腕の肘から肩口までが持っていかれてしまう。

 

 DG=シュナイルの大小四本の腕がエネルギーを帯びて、禍々しさも伴いながら赤く染まっていく。

 

 そしてその腕を、ゼイドラム改に振り下ろす。

 

 小さくても艦艇ほどの大きさがある腕が四本、並の機動兵器を上回る速度でゼイドラム改に迫る。

 

【ロフ!】

 

【セティ!?】

 

 そこに飛び込んで来たビュードリファー改が、機体をぶつけるようにしてゼイドラム改をその場から連れ出した。

 

 

【ロフ、油断しないで】

 

【ああ、すまない……セティ!】

 

 ロフからの警告に、セティがレーダーに目を走らせる。

 

 ビュードリファー改の背後から迫る、艦艇ほどの大きさを持つ二つの物体。本体から切り離された小型の両腕は、あれでも身軽だと言わんばかりに、こちらの速度をも上回っていた。

 

 セティ達は預かり知らぬことだが、もともとコレはあの二人を捕獲するため、タウォーム用の調整がなされていたものだ。

 

 高機動なのはそのせいである。

 

【どれだけ余裕をみせていたのかしらね】

 

【だが、自らの力を過信するものは、それがために身を滅ぼす。奴とてそれは例外では無い!】

 

 もつれるように翔んでいた二機が、同時に別方向へ別れた。

 

 腕も、それぞれを追いかけるべく進行方向を変えようとした時だ。

 

 

 その場を囲むように発生した重力波が、二本の腕を空間ごと閉じ込めた。

 

【ゲインシューター、潰れろ!】

 

 両肩のドライバーキャノンを共鳴させながら、敵を押し潰すためにオーグバリュー改はさらに出力を上げる。

 

 やがて腕の一つに限界が訪れた。

 

 一ヶ所に小さく亀裂が入るとそこから全体へと拡がり、半ば折れ曲がるようにその身を反らしつつ内側から爆ぜる。

 

 残っている右腕も、全身に細かなひび割れが入っているが、こちらは重力空間から脱け出してしまう。

 

 しかしそれが誰かを追うことはなく――

 

【墜ちなさい!】

 

 ビュードリファー改が腹部から放った極太のビームに亀裂を大きくし、

 

【バニッシュゲイザァァァァァ!】

 

 アッパー気味に打ち上げるように放たれたゼイドラム改の一撃で、腕の亀裂が入った場所から白い光を噴出。閃光と共に爆散した。

 

 打ち合わせなどは一切していない、阿吽の呼吸による攻撃。

 

 残るは、本体のみ。

 

「グッ!? ゲゲホッゲホゲホガハッ!」

 

 DG=シュナイルのメインアームから放たれるエネルギー波を、単身引き付けていたエルミアが突然、激しく咳き込み始めた。

 

 その尋常じゃない様子と音声のみという状況、一同の胸中に不吉な悪寒めいたモノが走る。

 

【エル……まさかお前】

 

【姉御!?】

 

【オカ――隊長!】

 

 エルミアが咄嗟に非公開にするより早く、彼女のバイタルデータを呼び出したセティの表情が、信じられないものを見たとばかりに強張る。

 

【エル! あなた、どうしてこのことを言わなかったの!?】

 

 反応は微弱。危険域なんてものでもなく、動いている方が不思議な位だった。

 

「セティ姉、お説教は後で聞くから。先にアイツを」

 

【駄目よ。あたし達がやるから、あなたは今すぐに退きなさい!】

 

「それだけはイヤ」

 

 少女がハッキリと拒絶の意思を示す。

 

「アイツは絶対に、あたしが倒す。コレだけは譲れない」

 

 赤いエネルギー波が、ゼフィリーアの右肩にある砲塔を、背にあるスラスターごともぎ取った。

 

【エル!】

 

「お願い……」

 

 怒声にも近いゼブへ、エルミアは静かに訴える。

 

【…………わぁーたよ】

 

 ほんの数秒の出来事のはずだが、ゼブの諦めにも近いその声が吐き出されるまでには、永遠にも近い時間がかかった気がする。

 

【ゼブ!】

 

【ただし! ライグは没収だからな】

 

「えー」

 

 非難の声を上げるセティを無視して、もはや仮面を脱ぎ捨てた少女はゼブの決定に楽しそうに答える。

 

【ゼブ、良いのか?】

 

【言っても、どーせ聞かねえさ】

 

【…………そうか】

 

 再び接近してメインアームを破壊しようとしているロフに、ゼブは嘆息しながら答えた。

 

「みんな、ごめん。それと……ありがと」

 

【ホントにもう。エル、終わったら覚えてなさいよ】

 

「うん」

 

 ビュードリファー改はクローアームの先端――ハサミのように開いたそこに、円盤上のエネルギーの刃を発生させる。

 

 そして放たれた二枚の円刃が、悪魔の指を数本切断していく。

 

「ほらほらドクター、どうしたの? そんなんじゃ、機能が回復する前に終わっちゃうわよ?」

 

 ある目的のため、エルミアはあの二人を真似した物言いでテスタネットを挑発する。

 

 ゼフィリーアが胸部のレンズを開き、中からリベンジブラスト用に改装された砲門が現れるとチャージを開始。

 

【ならば、まとめて終わりにしてあげますよ! 弱者には死を、それがこの宇宙の原理です!】

 

 巨体の前面部が蠢き、内側から突き破るように現れる四つの砲塔。

 

(――きたっ!)

 

 少女の狙いは意趣返し。

 

 テスタネットと、さんざん引っ掻き回してくれた相手への。

 

 リベンジブラストのチャージを続けながら、タイミングを見計らう。

 

 四つの砲塔の根元から先端に向かって、赤く煌めいた光が集束していく。

 

 DG=シュナイルの顔のようにも見える胴体――その巨大な顎が開き、

 

(――今!)

 

 ゼフィリーアの、先の攻撃で失われたモノを除いた残る全てのバーニアに火が灯った。

 

「え?」

 

 しかし、その少女が行動を起こすよりも早く、

 

【うおおおおおおっ!】

 

 二機のゲイオス=グルードが突撃を始めていた。

 

 両機ともいつの間にかドライバーキャノンをパージして、それにより僅かでも運動性を高めている。

 

「ちょ、ちょっと。戻りなさい、あなた達!」

 

 追おうとしたゼフィリーアだが、メインアームからの攻撃を避けた分だけ遅れをとってしまう。

 

【姉御の狙いは分かってますって!】

 

【ですので、ここは自分達にお任せを】

 

 エルミアは口の中で小さく呻いた。思えば、この二人はあの場面を見ていたのだから、知っていて当然なのだ。

 

 意趣返しの言葉から、ソレだと即座に結びつけたのだろう。

 

(こんな時に限って気が付かないでよ)

 

「ダメ、戻りなさい! これは命令よ!」

 

【やや、通信システムに異常が】

 

【こちらもです。調整不備の件は後ほど】

 

「戻――あっ!」

 

 二機は通信を遮断したようだ、呼びかけても反応はない。

 

 DG=シュナイルの白み始めた胴の口から、二機は躊躇することなく飛び込んでいく。

 

「ああ、もう! いきなさい、プラネイト・ガン・ソード!」

 

 少女は頭を掻きむしると怒りの声を上げる。

 

 そして自らも向かいながら、胴体をチマチマ削っていた誘導兵器を先に追わせた。

 

 中は広めの空間となっており、天井と床には絶えず白い光が、ガイドビーコンのように外へと向かっている。

 

 おそらくこれが、攻撃用の――ビッグバン・レディファーのエネルギーなのだろう。

 

 膨大な力であるソレらに触れないよう気を付けながら、ガン・ソードを奥に向けて移動させる。

 

 ビーコンとは逆方向に進むと、数秒もしない内に目的のモノを見つけた。

 

 天井と床から伸びた、攻撃性の低そうな細めの触手に縛られている、手足の無い黒い鋭角的な機体。

 

 DG=シュナイルに捕食された、〔ヴァルク・タウォーム〕だ。

 

 予想通りにタウォームから――おそらくは操手であるあの二人から――力を引き出していたらしい。

 

 ハイとモベはレーザーソードとダブルキャノンを用いて、タウォームを切り離そうとしていた。

 

 そこへ三基ずつ、上下で分担させたソード状態の菱形の物体が飛来――一気に切断していく。

 

 支える物を失い漂い始めたタウォームを、ハイ機とモベ機が受け止めた。

 

 胴部に巻き付く形で残っていた触手をむしり取りながら、二機は離脱を開始する。

 

 タウォームが引き剥がされたことで、DG=シュナイルの攻撃も中断されたようだ。

 

「……ま、ハイ達に助けられる方が、あの二人にとっては屈辱的かもね」

 

 遅れて中に侵入していたエルミアは、そう一人ごちる。

 

――プライドはやたらと高そうな二人だ。何らかの目的があって近付いてきたようだが、任務に失敗した上にその人物に助けられたとあっては、彼女達にはこれ以上ないリベンジとなるだろう。

 

 エルミアにはそんな思惑があったのだが、どうやらそれ以上の結果となったらしい。

 

 あれだけテスタネットに力を消耗させられていたというのに、タウォームからは怒りや屈辱といった感情がハッキリと感じられる。

 

【クハハハハ。自ら掌中に飛び込んでくるとは、感謝しますよ!】

 

 内部に響き渡るテスタネットの狂笑を無視し、エルミアと合流したハイ達は一路出口を目指す。

 

「喜んでいられるのも今のうちよ。すぐにぬか喜びさせてやるわ」

 

 意趣返しはまだ終わっていないのだから。

 

 そのためにも、ハイ達だけはなんとしてでも逃がさなければならない。

 

 辿り着いた出口は、既にゆっくりとその顎を閉じかけていた。

 

 そこに、

 

【ヌオオオオオオッ!】

 

 両手によるバニッシュゲイザーで少しでも遅らせようと、ゼイドラム改が飛び込んでくる。

 

「ロフさん!」

 

【急げ!】

 

 しかし、さすがに体格に差がありすぎた。

 

 四機の隊長機の中で最も近接戦に優れたゼイドラム改とはいえ、豆で象を持ち上げるようなもの。

 

 悪魔が腹の口を閉ざす力の方が、圧倒的に強い。

 

 それに距離。ゼフィリーアならともかく、ハイ達では間に合わない。

 

 DG=シュナイル自身も動いているようだ。内部は激しく揺れ動き、ただ翔ぶことも難しい。

 

「ロフさん、離れて!」

 

 三人も、絶対に死なせるわけにはいかない。

 

【断る!】

 

 ゼブとセティの方も片腕の破壊には成功していたのだが、巨体ゆえのその暴れ具合に苦労していた。

 

 そしていよいよ、ゼイドラム改の足が閉じ続ける下顎に触れる。

 

【グ……無理か】

 

 ロフの操作している両手のレバーが、強い力で押し戻されてきていた。

 

(ならば、内と外から同時に火力を集めて、風穴を開けるまで!)

 

 ロフがそれを提案しようとした時だった。

 

(む? 反動が……無くなった?)

 

 押し戻されていたレバーの動きが止まっていた。

 

 それどころか、僅かずつだが悪魔の顎が開き始めていく。

 

 まるで、必死に噛み締めようとしているものを無理矢理に開こうとしている、そんな感じを受ける。

 

【こ、これは……!?】

 

 予想外の出来事に、テスタネットも驚きの声を上げる。

 

 暴れていたDG=シュナイルが停止して、痙攣にも似た小刻みな振動を行うのみだ。

 

【どうしたのだ、早く閉じろ! サンプル共に逃げられる!】

 

(……ということは)

 

 エルミアの視線が向かう先は一つだ。

 

【許さない】

 

【認めない】

 

 爆発寸前の感情を無理矢理押し殺したかのような、二人の少女の声。

 

 ゾヴォーク艦隊にしたように、DG=シュナイルにも干渉しているようだ。

 

 だがその巨体ゆえか、はたまた消耗のためか。悪魔への干渉は不完全らしく、相手は制御を取り戻しつつある。

 

【私たちの力は】

 

【父様だけのもの】

 

【こんな屈辱は】

 

【認めない】

 

「ハイ、モベ! タウォームを放棄、外へ離脱!」

 

 ついさっきは一時的に切っただけだろうが、その後に入れ直したかどうかの確認をするのももどかしい。

 

 ガン・ソードを二機に貼り付けて接触通信の要領で指示を送ると、両機はすぐさま行動に移す。

 

 少女二人は艦隊連続壊滅事件の犯人だが、例え捕縛したとしてもあの厄介極まりない能力があっては、とてもではないが満足のいく尋問は出来ないだろう。

 

 付け加えて、

 

【テトラクテュス・グラマトン】

 

【シェム・ハメフォラシュ】

 

 このまま大人しく捕まるような性格でもない。

 

 音程の無い歌のような呟きは、まるで呪詛のよう。

 

 それを耳にしたエルミアがコンソールに指を走らせるのだが、その動きはすぐに止まってしまった。

 

 宙を漂い、天井スレスレの位置まで浮いたタウォームの中で、二人の少女の声が唱和する。

 

【【トロメア】】

 

 傷だらけの機体のあちこちから、幾筋もの白光が噴出していく。やがて内から膨張するような様相を呈すと、機体全体が光に包まれ――爆散。

 

 これまでで最大規模の衝撃に、DG=シュナイル巨体が大きく揺らいでいた。さらに今の一撃が変に作用したらしく、各所で小爆発も起きている。

 

 爆風に圧される形で押し出されたゼイドラム改の周りに、仲間の機体が集まってくる。

 

 ビュードリファー改。

 

 オーグバリュー改。

 

 それと間一髪で飛び出してきた、損傷軽微なゲイオス=グルードが二機。

 

 ……の、以上五機。

 

【おい、エルミアはどうした?】

 

 訝しげにロフが問う。

 

 ゼフィリーアもこちらに向かっていた。

 

 機体の速度は言うに及ばず、もし操作が出来なくなっていたとしても、あの位置ならば爆風に押し出されるはずである。

 

 ……あえて流れに逆らわない限りは。

 

 ロフの疑問に、彼女の部下である二人も反応を示した。

 

【え、俺――いえ、自分達の後ろから一緒に……え、あれ? 姉御!?】

 

 周囲を見渡しても、サーチにも、自分達以外の機影はデカ物があるのみだ。

 

 悪魔の口は既に閉じられており、隙間からは爆煙が漏れ出ている。

 

【離脱の途中から速度が上がったため、隊長が自分達の機体を押して助けてくれているものと】

 

 いつもは冷静なモベの表情も苦渋に満ち、声の悔しさも隠そうとしない。

 

 その眼はモニターへ向けられている。背を向けたハイ機の、そこに添えられた三枚の菱形のパネルへと。おそらくは、自分の機体にもあるのだろう。

 

 プラネイト・ガン・ソードをブースター代わりに。

 

 ふと、まるで付属品のようだった三枚のパネルが機体から離れていった。

 

 漂う――まるで役目を終えた、宇宙ゴミのように。

 

【う、ウソだろ……俺達が盾にならないといけねえってのに、逆に助けられてどうすんだよ……】

 

 やるせないといったハイの声に、誰も、何も言わない。

 

 ただ、一機が動いた。

 

 両肩に装備した独特なデザインのドライバーキャノンを稼働させながら。

 

【ゼブ?】

 

【こじ開ける】

 

 言葉少なに語る彼に黙って頷き、セティとロフも自機を動かす。

 

 そんな彼らの視界が、白く染まった――……

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「ハイ達のおかげでちょっと回り道しちゃったけど、やっとここまでこれたわ」

 

 タウォームによる自爆はかなりのダメージを与えたようだ。

 

 あの一撃で、DG=シュナイルの内部は球状に大きく抉れている。

 

 ゼフィリーアもまた、イナーシャルDフィールドがあっても全てを防ぎきることは出来ず、機体は大きく傷付いていた。

 

 もっとも、フルドライブ中の現在は装甲に使われているズフィルード・クリスタルによってすぐさま修復されていくのだが。

 

【エルミア。あなたのせいで、私の計画が大きく狂ってしまいましたよ】

 

「それじゃダメなのよ」

 

【ほう?】

 

「狂ってしまうじゃ意味ないのよ。修正も出来ないくらい、完全な終わりじゃないとね」

 

 三対六枚の翼を大きく広げて、足元に剣を突き立てながら告げた。

 

「欠片一つ、跡形もなく虚空の彼方に消し去ってあげる」

 

 辺りに、テスタネットの嘲笑……狂笑が響き渡る。

 

【クハハハハハ! ここに入ってきた段階で不可能なことですよ。言っておきますが、ここにはさっきの爆発もなんの影響も及んでいません。あなたの機体のデータは得ておりますが、それでも影響は出ないでしょう。それに!】

 

 周囲に開いていたクレーターが、音を立てて塞がり始めた。

 

【制限されていた能力も戻りつつあります。つまり、あなたには万が一にも勝ちはありません。そのままそこで、この機体の一部になっていただきましょう】

 

 タウォームを捕らえていたのと同じ触手が、天井や床からゼフィリーアを取り囲むように生えてくる。

 

 離れた場所の床には、ライグ=ゲイオスやゲイオス=グルードといった機体までせり上がってきた。

 

 巣穴から出てくるアリのように、次々と姿を現すゲイオスシリーズ。

 

 分析すると、捕食して得たデータを用いたコピーらしい。

 

「良いわよ、別に」

 

【おや、随分と殊勝な心がけですね】

 

「最初から、勝つ気なんかないし」

 

【クク、そう何度も演技に騙されるとでも?】

 

「本当なのにな」

 

 少女は行儀悪くも、コクピットの中で両足を伸ばして寛いでいた。

 

 コンソール上に乗せた右足の親指の腹で、差し込まれた状態のライグソードの柄頭をなぞる。

 

 両手も、開いた状態で自分の顔の高さまで持ち上げていた。

 

「あたしは最初から、相討ち狙いよ!!」

 

【中から引きずり出せ】

 

 足に力を込めると、剣は全てが挿入口の中へ消えていく。

 

「ゼフィリーア、オーバードライブ!」

 

 両手と眼前の何もなかった空間に、ウインドウが起ち上がる。

 

 もはや、エルミアは痛みも苦しみも感じていなかった。

 

 エメラルドグリーンの光を放つツインアイが、一際強く輝いた。

 

 周囲の妨害者は全てゼフィリーアの纏うバリアに阻まれ、触れることしら出来ない。触手に至っては消滅する始末だ。

 

「あんたは結局、何一つ得られないのよ!」

 

【サンプル風情が! 私はコピーなどでは終わらん! いずれは光の巨人の力も手に入れ、私は神に、全能なる調停者となるのだ! クハハハハハハ!】

 

「夢なら、永眠してからたっぷり見れば良いわ!」

 

 両手の指がモニター上を踊るように軽やかに舞い、眼前のモニターでは文字や数字の羅列が超高速で流れていく。

 

 向きを修正したゼフィリーアの機体各所にあるレンズが一斉に煌めき、放たれたエネルギーは正面へと収束――球状へと。

 

 さらに胸部のレンズが開くと、中から現れた砲門は既にエネルギーのチャージを終えていた。

 

 狙いは、タウォームから一方的に送信されてきている――剥き出しになった天井の内のただ一点。

 

 エルミアよりも、自分達を利用したテスタネットの方が余程気に入らなかったらしい。

 

「決着は……アッチにイったらつけれるかな?」

 

 自分自身の意識がある時につけたかったが、叶いそうになさそうだ。

 

【エェルミィアァァ!】

 

 何かをされるという未知ゆえか?

 

 自分がこのまま終わるかもしれないという思いか?

 

 後少しというところまできて、自らのミスで計画が失敗したことか?

 

 理由は定かではない。

 

 少なくとも、テスタネットにあったのは怒りだけではなく、恐怖も持っていたことだ。

 

 ギガブラスターの黒とリベンジブラストの黒、似て非なる二色の光球が一つに重なる。

 

「……あたしはあたしらしく! ツインブラスター、ファイア!」

 

 放たれた闇色に染まった光の奔流は、狙い過たず天井の一画を撃ち抜いた。

 

 無数のコピー機体ごと吹き飛ぶ広間。

 

 発生した爆発はすぐ近くの回路に侵入――そこから連鎖的に、全体へと広がっていく。

 

 痛みを感じる暇もなく一瞬で、コクピットも爆光の中へと飲み込まれた。

 

 今まさに攻撃を仕掛けようとしたゼブ達五人の目の前で、巨大な悪魔は最初の大きな一発目を皮切りに、連鎖的な爆発を引き起こていった。

 

 やがてその巨体をグウッと膨らませながら、全身から黒や赤の迸らせていき、

 

【全力退避!】

 

 超新星爆発もかくやという勢いで、辺りを閃光で染め上げた。

 

 爆発は、誰かの名を呼ぶ声もまとめて吹き飛ばしていく……――

 



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幕間 ある日の記憶――道標

※ 最後……の前に、書くだけ書いて投稿するタイミングを逸していたモノをまとめて。


 

 

 真夜中の路地を、肩を並べて歩く男が二人。

 

 二人とも仕事帰りといった様子だが酒は飲んでないらしく、足取りはしっかりしている。

 

 繁華街からは少し外れていることもあり、二人以外に歩いている者はいない。

 

「でーもよ、ほーんとにいいのか?」

 

「ああ、もう……決めたんだ。ゼブ、お前には苦労をかけるが」

 

「きーにすんなって。俺とロフのなーかだろ? 俺は応援するよ」

 

「……すまん」

 

 正規軍のゼブと違い、ロフは系統の異なる傭兵隊の所属である。

 

 軍の士官学校を首席で卒業している彼は、本来であればゼブと同じ正規軍――エリート官僚の道が約束されていた。

 

 しかし、彼はそれを良しとしなかった。由緒ある家柄というだけで一生が決まることを嫌い、実力も色眼鏡で見られることを不服とした彼は、自分そのものの力を試すために傭兵として入隊したのだ。

 

 家を飛び出し、親の決めた婚約者にも――一方的に――破棄を告げている。

 

 彼女には本当に申し訳なく思う。酷いことをしたという自覚もある。もとよりこれは自分の我儘で、彼女にはなんの落ち度も無いのだから。

 

 しかし彼は、今のままでは彼女の前に立つ資格は無いと考えていた。同じ士官学校の出で、機動兵器の知識に詳しく開発者としても成功するであろう彼女とは違い、自分には何もない気がしたのだ。

 

 だからこそ、彼は自分の実力が結果となる傭兵の道を決意した。

 

 自分の中で納得のいくものが得られるまで。

 

 想いに蓋をして。

 

 そんな自分の相談を受けて、無茶な願いを聞き入れてくれた上に背中まで押してくれた友人へ、ロフは短い言葉の中に深く感謝を込めて告げる。

 

 ゼブリーズという男はいつもこうだ。適当なようでいて、その実よく周囲の状況を把握していた。

 

 仲間思いで、一歩引いた視点から自分や友人達のフォローをしてくれるこの男は、望んでも得られないかけがえのない存在だ。

 

 だからもし、ゼブが困難に直面するようなことでもあれば、ロフは万難を廃してでも駆け付けるつもりである。

 

「ねーんのため、メキちゃんにもはーなしは通しとくか」

 

「メキボスか。だが、向こうとは行動を共にする機会は少ないんじゃないか?」

 

 古馴染みの彼は、ゼブ達とは別の意味で違う指揮系統の軍に所属していた。双方は余り折り合いのある関係ではなく、ロフの言う通り行動を共にする機会は滅多に無い。

 

「そーだけどさ、ロフは傭兵だから、比較的会う可能性はあーるだろ? おーれ達も、任地で偶然一緒になる可能性はあーるしな」

 

「確かに、俺が会う可能性はあるな。その後に任地でというのも、ありえない話ではない……か」

 

「ま、そーうはない話だけどねー。連絡がつーくかもわーからんし」

 

「違いない」

 

 面倒見が良く飄々としたゼブだが、もちろんそれだけではない。

 

「けーどさ、ロフの中で踏ん切りがついたら」

 

「みなまで言うな。分かってる、彼女には……セティには必ず自分で伝える。今はまだ、時間が欲しい」

 

 友人だからこそ、釘を刺すべきこと、言うべきことはしっかりと伝える。

 

 二人の話は決して大声というわけではないが、周りが静かなだけによく響く。

 

 逆を言えば、

 

「おんや?」

 

「む?」

 

 物音がすれば二人にも聞こえるということだ。

 

 鈍い金属製の物を叩いたような音を、二人の耳が捉えた。

 

 どうやら音源は、差し掛かった脇道の奥からのようだ。明かりも無い道は闇に覆われ、二人の位置からではどうなっているかは分からない。

 

「なーんだろ?」

 

「小動物の類いではないのか? 確か、この先は行き止まりのはずだ」

 

「ま、ちょーっくら見てきますか」

 

 ポケットから取り出したペンライトを手に、そちらへと足を向けた友人に苦笑しながら、ロフもそれに付き合う。

 

 歩きながらロフは、銃をすぐに取り出せるかを確かめている。

 

「物好きだな。……そういえば」

 

 相談にのってもらう手前あえて聴かなかったことだが、やはり気になった彼はそれを訊ねることにした。

 

「どした?」

 

「今さらだが、どうしてこっち方向に来た? お前の家は逆方向だろう」

 

 ロフ自身、話す場所のことなどは特に考えていなかった。せいぜい、どちらかの借りている寮でという程度だ。

 

「こーっちに夜中まで開いてるうーまいメシ屋があるんだわ」

 

 夜食と朝食だという彼の答えに、そのためだけに真逆の方向に行くのかと、軽い脱力感を味わう。

 

 そんな軽口を叩き合いながらも、二人は軍人だ。

 

 それぞれ入隊したばかりであっても、油断なく周囲に気を配っている。

 

 そして――

 

「ありゃま」

 

「急ぐぞ!」

 

 先程よりも大きく派手な音が響き渡れば、躊躇なく走ることも出来る。

 

 頼り無いペンライトの明かりが、暗がりで倒れたモノを捉えた。

 

 時代錯誤な、傷だらけであちこちヘコんだ金属製の箱。どうやらゴミ箱として使われていたらしく、倒れたソレの周囲には中身が散らばっている。

 

 その横には……箱に負けず劣らず傷付き、粗末な貫頭衣を身に付けた女の子の姿があった。

 

 意識は無いようで、ゴミ箱にもたれるようにして倒れている。

 

「な……!?」

 

 驚きの余り呆けた声を上げるロフの横で、ゼブは手早く真新しい軍のコートを脱ぎ始めた。

 

「ロフ、医者だ!」

 

 ロフは時計を見て、時間を確認する。

 

 そして知り合いの医者が今どこにいるかを、記憶と照らし合わせた。

 

「……この時間なら軍の方か、まだ間に合うな」

 

 腕が良いため、軍医と校医を兼任している男。ゼブやロフも士官学校時代に世話になっていた。

 

 ……変人ではあるが。

 

「俺はドクターを捕まえてくる。ゼブはすまないがその子を。俺は……子供の扱いは苦手だ」

 

 ゼブもそれを知っているからこそ、あえてなにも言わない。自分も得意ではないし、どちらかと言えば苦手な方なのだが。

 

 しかし、武骨なロフだと少女に触れることすら出来ないだろう。それでは、医者の所に運ぶのにも支障が出てしまう。

 

 その場をゼブに任せ、ロフはすぐに駆け出した。

 

 銃から一新した通信用の携帯端末に持ち換えつつ、乗り物の類いも探す。

 

 ロフの背を見送ったゼブは、倒れている少女に自分のコートを着せる。

 

 ロフからの連絡を待ちながら、ゼブは少女の様子を窺い――そして顔をしかめた。

 

 十歳位だろうか?

 

 あちこち擦り傷だらけの上に、足は素足――靴も履いていない。身体は痩せ細り、血色も良いとは言えない。

 

 汚れが目立つ幼さの残る顔には、苦悶の表情さえ浮かんでいる。

 

「こいつはちっとばかし許せねえな」

 

 紫色の髪は手入れをされておらず、ボサボサな状態で散らばっているという表現が近いかもしれない。

 

 そんな彼女の頭をなんとはなしに撫でると、気のせいか少女の表情が和らいだ気がした。

 

 ロフからの連絡を確認したゼブは、コートで包んだ少女を抱えると深夜の路地を駆け出していく。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「あ……ああああっ!!」

 

 隣室からの叫び声に、飛び起きたゼブが慌てて自室を出る。

 

 首席卒業でこそないものの、士官学校では優秀な成績だった彼は、上級士官候補として宿舎の一室を与えられていた。

 

 ドアを開けて部屋の中に入れば、布団に寝かされている少女が叫び声を上げながら、身体を大きく仰け反らしている。

 

『――傷の方は大したことありませんが、極度の衰弱状態にありますね。もう一つ、詳しく診てみないと分かりませんが、もしかしたら発作の気もあるかもしれません』

 

 昨夜、どうやって移動したのかは覚えていないが、ゼブ達は顔馴染みの医者の所へ少女を運び込んだ。

 

 帰ろうとしていたところを無理矢理に引き止めたため、男は不快そうな態度を隠そうともしなかった。

 

 だが、少女を見て眉をひそめた彼は、簡易的ではあったが診察をしてくれたのである。それも、気が向きましたからと無料で。

 

『次は意識が戻り、落ち着いて出歩けるようになってから連れてきて下さい』という言葉を聞いた後、とりあえずゼブが少女を引き取ったのである。

 

「当たーり。変人でもさーすがは名医……って、言ってる場合じゃねえな」

 

 この間も、少女の咆哮に似た叫び声は続いている。

 

「あああああああっ!」

 

「……大丈夫だ、しっかりしろ!」

 

 どうしたものか迷った末に、ゼブは少女が暴れないように肩を押さえながら、ひたすら呼びかけ続けた。

 

 そのままの状態で一分ほど経過した頃、少女の声に変化が現れる。

 

 獣の咆哮のような声から悲鳴へと。

 

「怖い怖い怖い怖い! もうイヤ! 寄るな、来ないでー!」

 

「これ、聞こえてたら、誤解、されそうだなっ」

 

 さらに激しく暴れる彼女を、ゼブも必死に押さえ付ける。

 

 少女が眼を見開くが、その焦点は定まっていないようだ。紅い眼は何も映していない。

 

「もうイヤァァッ!」

 

「大丈夫だ、オレが護ってやる。大丈夫だ」

 

 安心させようと、ただそれだけを繰り返し伝える。

 

 ――何分そうしていただろうか。

 

 気が付いた時には、ゼブは少女の頭を撫でていた。

 

 少女も落ち着きを取り戻しており、今では静かな寝息を立てている。

 

 暴れた拍子に乱れてしまった布団をかけ直し、ゼブはまた頭を撫でた。

 

「大丈夫だ」

 

 最後にもう一度、少女にそう声をかけてから部屋を出る。

 

 リビングに置かれたテーブルの上に、少女が起きた時のためボトル水と食事を用意した。

 

 食事といっても、昨夜は結局例の店に買いに行けなかったために、非常食の類いだが。

 

 味はないが、飲むだけで終わるので時間をかけずに栄養補給が出来る。

 

「そーろそろ、行かねえとな」

 

 そして自分も一つ手にすると、家を後にした。

 

 

 

 早めの帰宅を目指したものの、仕事を終えたゼブが家に辿り着いたのは、夜もかなり更けた頃だった。

 

 ロックを解除してドアを開けると、隙間から消えているはずの明かりが溢れ出る。

 

 起きたのかと、それだけを思って家の中へ。

 

「お?」

 

 入ってすぐ。寝かせていた部屋の中から、半分だけ顔を覗かせている少女と眼が合った。

 

 そのまま、しばし見つめ合う。

 

 動かない。

 

 動かない。

 

 全く動かない。

 

 三十秒ほどそうしていた二人だが、「埒があかん」とゼブが前に出る。

 

 すると少女は、すぐに部屋の中に顔を引っ込めた。

 

 ゼブが部屋の中を覗き込めば、盛り上がった布団の山がある。

 

 一歩近寄れば一歩分、掛け布団の山が逃げた。

 

 その光景に、ゼブは溜め息をつく。

 

「あーんまり広くないんだし、にーげてもしかたないぞ。外に出たいってんなら止めないけどなー」

 

 布団がビクリと動く。

 

「ん? 出たいのか?」

 

 そう尋ねれば、布団のこちら側が少し持ち上がり、中から少女が顔を見せた。

 

 表情を見る限り怖がってはいないし、警戒している風にも見えない。

 

 困惑に近いような感じを受けるが、ハッキリしたことは分からなかった。

 

 なにより、少女自身も分かっていない気がする。

 

「とーりあえず、気が付いたようだな」

 

 先の質問は無かったことにして、ゼブが別のことを口にするとまたもや布団が閉じる。……が、今度はすぐに持ち上がった。

 

 そして、

 

「……おじ……さん……だれ……?」

 

 消え入りそうな、蚊の泣くような声で話しかけてきた。

 

 だがゼブはそれに答えずに、別のことを告げる。

 

「オーレはまだ十代なーんだぜ? おじさんじゃなくて、おにいさんだーろ」

 

 布団の中で、少女が小さく二度三度と頷いた。

 

「……おじ……さん」

 

「お に い さ ん、だ」

 

 入口の時と同じく、しばし無言で交わされる視線。

 

 十秒後、沈黙を少女が破る。

 

「おにいさん……だれ?」

 

「ゼブリーズだ。よーびにくかったら、ゼブでいいからな」

 

「ゼブリーズ……ゼブ」

 

 モゴモゴと口の中で何度も繰り返す少女に、今度はゼブが尋ねる。

 

「きーみの名前は?」

 

 小さく首を傾げ、考える素振りを見せる少女。

 

 答えが返ってくるまでに数秒を要した。

 

「……エル……ミア……エイン。……たぶん」

 

「たぶんってーのは?」

 

「気がする……だけ」

 

「家族は?」

 

 

 フルフルと少女――エルミアが首を横に振るのに合わせて、布団も一緒に左右へと動く。

 

 それが“いない”なのか“知らない”なのか、少女のソレだけではハッキリとは分からない。

 

 だが、ゼブはそれ以上を訊ねなかった。

 

 記憶の混乱の可能性もあったが、なによりも発作の時に叫んでいた内容と、その痩身具合から。

 

 親の存在はともかく、エルミアが苦しんでいたのは確かである。

 

 それに今は覚えていなくても、後から思い出すかもしれない。

 

 ひとまず今日のところはこれでと、ゼブは問題の先送りを決めたのだった。

 

「ま、ぼちぼちいくとしますが」

 

「なにを? お……ゼブ」

 

 エルミアが『お』の後に何と続けようとしたのか、ゼブはあえて訊ねようとはしない。

 

 代わりに、明日の訓練にぶつけようと思う。

 

 そんな内心をおくびにも出さず、ゼブは部屋の外に置いていた包み紙を手繰り寄せた。

 

「ま、メシにしようぜ」

 

 帰り際、例の店に寄ったというロフから受け取ったものだ。

 

 袋を開ければ、空腹を直撃する肉のいい匂いが漂い始める。

 

 ……と、小さな音も聞こえた。

 

 見れば、布団の開いていた穴が凄い勢いで閉ざされる。

 

「ほーれほれ。早く出てこないと、ぜーんぶたーべちまうぞ。オレだって腹減ってんだ」

 

「…………おじさん……いじわる」

 

「マジに食べるぞ」

 

 それが本気だと感じ取ったのか、持ち上がった布団から慌ててエルミアが外へと出てくる。出てきたのだが……

 

「あー……あの件で機嫌は最悪だろうが、明日はセティの力を借りねえとならんな、こりゃ」

 

 昨日よりもさらに酷い姿になっている少女に、ゼブは頭を抱えた。

 

 

 ――翌日。

 

 彼はやむを得ず助けを求めた友人から、「ちょっと見ない間に老けたんじゃない?」などと言われることになる。

 

 余談だがそれからしばらくの間、ゼブの戦績は連戦連勝だった。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「おーい、エルちゃん」

 

「なに、ゼブ?」

 

「外、行くか」

 

 ゼブがエルミアを引き取ってから、半年の時が過ぎていた。

 

 人見知りする少女によって最初こそドタバタしたものの、今ではセティとの関係も良好である。

 

 ちなみにセティは、最初から『お姉さん』と呼ばれていた。

 

 それによってロフは、いつか落ち着いたら飲みに行くことと、それの一週間分は彼が奢ることをゼブに約束させられる。

 

 そのロフを連れてきた時には、少女は人見知りとその見た目で怖がっていたのだが、苦手なりに話しかけてくる彼を見ている内にそれも消えていく。

 

 ちなみに、少女からの呼びかけ一回目は『おにいさん』で、名前を聞いた後は『ロフさん』であった。

 

 これによりロフは、ゼブから奢る期間を一ヶ月に延長することに同意させられる。

 

 そんな半年の間に、エルミアには少しずつ変化が現れていた。

 

 どこで覚えたのか、簡単な物ではあったが料理を覚えており、ゼブがいない時間には家事もしている。

 

 ただ、他の時間は家の中でジッとしていることが多いようだ。

 

 買うのに集中力と忍耐が必要になったが、ゼブが買ってきた人間大サイズのヌイグルミを抱いているのが常である。

 

 相変わらず口数も少なめで、自分から喋ることも余り無かった。

 

 ゼブやセティが一緒の時を除けば、外に出るようなこともない。

 

 いつも何をしているのかと訊ねても、『ジッとしている』や『静かにしてる』という答えが返ってくる始末である。

 

 さらに、ゼブと出会う前のことは全く覚えていないらしい。あのドクターが言うには、極度のトラウマで失われた可能性もあるとのことだった。

 

 あの発作は今も続いている。頻度こそ減ってはきていたが、あれは見ている方も心が痛くなる姿だ。

 

 何とかしてやりたいと思うゼブだが、では具体的な方法はというと、何も思い付かない。

 

 ドクターに聞いても、そんなのは時間が解決しますよという答えだけが得られた。

 

 確かに、それも一つの手段だろう。

 

 ロフとセティには聞いていない。お互いに想い合っていることを、二人の友人であるゼブだけは知っていた。

 

 あの二人のことだ。家の件がなくても、時間を置いたとしても、絶対に忘れることはないだろう。

 

 友人達を応援するゼブとしても、二人についてはそれでいいと思っている。

 

 口に出さないよう、エルミアにも二人の事情を話しておいたので、聡い彼女は話題にしなかった。

 

 そもそも、自分からそういう話しをしないのだが。

 

 しかし、こちらの方はそういうわけにはいかない。

 

 エルミアが心に受けている痛みは、実のところゼブには分からない。推し量ることは出来ても、完全に理解することは出来ないからだ。

 

 今はまだいい。

 

 ゼブも、求めればロフやセティも少女の力になってやれる。

 

 しかし、ここ――ゾヴォークは、他の文明勢力との戦闘が近年増加傾向にあった。

 

 ゼブ達は軍人であり、戦いに絶対は無い。

 

 縁が出来た以上は、自分達に何かあったとしても、エルミアには生き抜いてほしいと思う。

 

 そのために、一人でも生きていける力を身に付けてほしかった。

 

 軍人になれとは言わないが、家事の件といい物覚えはかなりいいようなので、研究職には向いているかもしれない。

 

 それだけでも、生活には困らないだろう。

 

 そんなことを考えながら歩いている内に、ゼブとエルミアは居住区を抜け、郊外へと。

 

 二人が今いるのはちょっとした高台で、疎らに草木が生えている。

 

 そこを、二人は並んで散策していた。

 

 非番でもきちんと制服姿のゼブと、エルミアが着ているのはセティとの買い物で選んだモノだ。

 

 フリルが施された丈の短い黒のノースリーブタイプワンピースの上に、リボンが付いた紺のベスト。

 

 肩も出ているし裾も短い服装ではあるが、「暑いのはイヤ」というエルミアの意見を取り入れている。

 

 会話もなく、ただ足だけをエルミアのペースに合わせて動かす。

 

 少女に伝えたいことはあっても、いざとなると言葉にするのは難しい。

 

(やーれやれ。どーにもまいったぁね)

 

 心の中で呟き、ボリボリと頭を掻く。

 

 そんなゼブに気付き、エルミアが顔を動かす。

 

 まだ成長期だというゼブと小柄な少女とでは、ほぼ真上を見上げるようなものだが。

 

 表情や感情が希薄なエルミアだが、全くないというわけではない。頭を撫でた時には一瞬ビックリした後に、はにかみ嬉しそうな顔をする。

 

 服の一件のように、控え目に自分の意思を示すことも、稀ではあるがあった。

 

 ただ苦手なだけだ。

 

 話すことが、誰かと一緒にいるということが、“分からない”。

 

 だから、学習している。

 

 何をすれば良いのかを。

 

 何をしてはいけないのかを。

 

 手探りで。

 

 一歩どころか、かなり後方に引いた立ち位置から。

 

 過去の記憶を失っているエルミアなりに、ボンヤリと理解していた。自分を、“嫌なコト”から助けてくれたのだということを。

 

 では、自分は何をしたらいいのか? どうすれば、助けることが出来るのか?

 

 『するな』と言われたことはしない。それは傷付けるだけで、助けにはならない。だから、セティ達のことは言わなかった。

 

 『しろ』は、今まで言われたことが無い。ゼブのいない一人の時でも、しっかり食事を摂っておくように言われたことくらいだろうか?

 

 それくらいであり、だからこそ困っている。

 

 料理を含めた家事を覚えたのも、一日をただただ過ごすよりはと、ゼブの手間を減らそうとしただけだ。

 

 しかし、これはこれで助けにはなっているのかもしれないが、彼女の想い描く“助ける”とは微妙に異なっている気がする。

 

 本当の意味で助けられるようになりたいと、最近の少女はそれだけを考えて日々を過ごしていたのだ。

 

 答えはまだ出ていない。

 

 だから、

 

「エルちゃんは、やってみたいこととか、なーんかないか?」

 

 それを訊かれても、答えられなかった。

 

 自分の中の基準に照らし合わせて、こういったものは口に出して言うべきことではないと思っているし、何よりも意地である。

 

 闇の中に沈んでいたところを黙って拾い上げてくれたのなら、自分だってそれとなく支えることで返したい。

 

 しかし、そんな気持ちも虚しく、今の自分にはなんの力もなかった。

 

「分からない」

 

 それが、今の正直な気持ちだ。

 

「そうか」

 

 足を止めた二人は、この高台で一番見晴らしの良い場所に来ていた。

 

 周りからは一段低い場所ではあったが、ここからだと街が一望出来る。

 

 辺鄙な場所なのでややアクセスが悪いことが欠点なのだが、その景観から隠れた人気スポットとなっており、ゼブ達も子供の頃はよくここで遊んでいた。

 

 それきり黙ったままの二人の髪を、フワッと風が巻き上げていく。

 

「ゼブは」

 

「ん?」

 

 顔にかかった髪を手で後ろにやった少女が、正面の景色を見つめたままポツリと呟いた。

 

「ゼブは……どうしててほしい?」

 

 してほしいことは、いつか自分で見つけたい。

 

 それはそれとして、ゼブは自分に何を求めているのだろうか?

 

 ゼブの質問は、『こんなことをしてみないか』という指針が得られる機会なのではないか?

 

 いつかは自分で見つけたいが、今の自分では分からない。

 

 ならば、今それを考えることを諦めよう。

 

 その代わりに――何か一つで良い、道標になるものが欲しかった。

 

 そしていつか、今度こそ自分だけで答えを見つけ出してみせる。

 

「んー、そうだなぁ」

 

 ゼブからの答えを、少女は静かに待つ。一言一句聞き逃すまいと、意識を集中させて。

 

 そして、

 

「な~により、元気でいてくれることかな」

 

「元気……?」

 

「暗く沈んでるよりは、明るく元~気な方が良~いだろ」

 

 ポンポンと、軽くエルミアの頭を叩きながら。

 

 その少女は何度も、まるで自分に言い聞かせるように、「明るく……元気」と呟き始める。

 

 それを聞きながら、ゼブも口にすべきか迷っていたことを伝えることにした。

 

「あーとは、一人でも大丈夫なようになることかな」

 

 少女の呟きが止まった。

 

 驚きに紅い眼を見開いた少女が、再びゼブを見上げている。

 

「一人……つまり、家から出ていった方が良いということ」

 

 それでは恩が返せないのだが、それが彼の助けになるというなら仕方がない。拙速を尊ぶという言葉もあるし、外に連れ出したのもそれが理由だとするなら、今からでも出ていかねば。

 

 エルミアの明晰過ぎた頭脳は、瞬時にそんな答えを導き出した。

 

「お世話になりました」

 

「オーレの言い方も悪かったが、エルちゃんの早合点も大~概だ~な」

 

 お辞儀してすぐに向きを変えようとした少女の襟首を、ゼブはため息と共に掴む。

 

「違う?」

 

「半~年も一緒にいて、俺はそーんな外道な真似をすると思われてんのか」

 

 そう言ってジト目で見下ろせば、少女は沈痛な表情で視線を逸らした。

 

「逸らすなよ」

 

 いったいどこで覚えてくるのか。おじさん呼びと共に、エルミアはたびたびこういった行動をする。

 

 問い詰めたい衝動にも駆られるが、それは後だと先に説明を始めた。

 

「オーレが軍人なのは、エルちゃんも知~ってるだーろ?」

 

 黙って頷く。

 

「セティもそうだし、傭兵のロフも似ーたようなもんだ」

 

 これにも少女から頷きが返ってくる。

 

「で、任務によっては三人共がい~ないこともあーるわけだ」

 

 今回は返ってくるまでにやや間があった。

 

『三人共が』の下りで何を考えたかも分かるが、敢えてゼブはそれに触れない。

 

 それも踏まえて、この話を振ったのだから。

 

「期間も分からん。で、その間はエルちゃん一人になるだ~ろ? 出~来れば、今のうちに基盤を整えときたいんだよ」

 

「つまり、生活力?」

 

「まあ、そ~れでもいいけど。今のままじゃ、家に閉じ籠もりっきりで帰ってきたら餓死……ってことになりかねんしなぁ」

 

「それが、『一人でも大丈夫になる』こと」

 

「エルちゃんが行きたいなら、オーレ達みたいに学校に通うって~のもいいけどな。そ~の前に、一人で生活出~来るようにならねぇとだろ」

 

 ゼブの話を聞いている内に、またしても少女の目が大きく見開かれる。

 

 だが、同じソレでも今度は驚きによってではない。

 

“目標が得られた!”という喜びによってだ。

 

 この期待に、まずは応えたい。

 

 瞳には活力が満ち、爛々と光を帯び始める。

 

 少しだけ嬉しそうな少女は右手の人差し指を額に当てると、

 

「明るく……元気……生活力」

 

 などと、こちらもいつもより半オクターブほど弾んだ声で呟いていた。

 

「家には、エルちゃんが居たいだけ居~ればいいさ。何かしらやらかさん限り、俺から追~い出すつもりはないし、出てく必要もないからな」

 

 少女は依然ブツブツと言い続けているが、口許は僅かに綻んでいる。

 

 だが、彼女の呟きは今度も中断されることに。

 

 何かが二人のいる高台の直上を通過し、それが一時的に光を遮ったことで視界が暗くなる。

 

 光はすぐに戻ってきたのだが、今度は空のそれを追うように二人の後方から迫ってきた強めの風が、色々なものを巻き上げながら前へと吹き抜けていく。

 

 ゼブはそういった諸々からエルミアを庇うように動くのに加え、バランスを崩さないようにそっと肩に手を置いて支えてやる。

 

 仰ぎ見れば、手に持つ大きな剣と背中にある翼のような六枚のスラスターが視界に入った。

 

「おんや、ライグ=ゲイオスだーね。え~らく低空飛行だが」

 

 二人の前方を飛ぶ新型の機動兵器を見て、ゼブは硬直している少女に説明してやる。

 

 この近くには施設もあるし、低空飛行はともかく機動兵器を見かけること自体は珍しいことではない。

 

 エルミアが余り外を出歩かないため、今までに見たことが無かったというだけである。

 

「って、お~い? エルちゃん、聞~いてるか?」

 

 ゼブが話しかけても少女は上の空。ただ、いつまでも一点だけを見つめ続けていた。

 

 

 

 ――それからしばらくの後に。

 

 帰宅したゼブは、エルミアが家にあるモノを適当に使い、某機体の模型を作る姿を見かけるようになる。

 

 どうやらハマるとのめりこむタイプらしく、機械方面に才能があったようだ。セティが使わなくなった旧式のデータ端末を手渡したのだが、すぐにその扱いを覚えて弄り続けていた。

 

 内向的だった性格や行動にも、徐々に変化が現れていく。

 

「これなら居~ない間も大丈夫だ~ろ」と、ゼブが言う程度に。

 

 代わりに、友人や知人達からの「老けたか?」というコメントの数は増大したが。

 

 戦果も鰻登りだ。

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……――。

 

 




 
 
 
※ 次回でラストとなります。帰宅時間にもよりますが、今夜か明日中に投稿致します。


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求めるモノ

 

 

 ――……。

 

「今朝はな~つかしい頃の夢を見たと思~ったんだよなぁ」

 

 手で押されて奥へ少し引っ込んだ壁が、音を立てず横にスライドされていく。

 

 その様子をロフやセティと共に眺めていたゼブの脳裏に、今朝見た夢の懐かしいやりとりが余切る。

 

 見つけ出したテスタネットの研究施設は、あの日、エルミアが倒れていた壁の向こう側にあった。

 

 入り口は隠されたこの一ヶ所だけ。

 

 地下にはだだっ広いスペースがあり、DG=シュナイルを置いてあったと思しき痕跡も見つけた。

 

 五階建ての建物だが、二階より上の部分には何もなく、こちらは最初から使うつもりが全く無かったらしい。

 

 かといって、一階にある研究施設にしてもここ数年は使われた形跡は無く、所狭しと置かれた器具は多量の埃を被っていた。

 

 薬品なんかの類いも全てカラ、あるいは処分済みで残っているモノも無い。

 

 システム端末と繋がっている人一人が入りそうなカプセルも、おそらく望みのモノが得られない苛立ち紛れだろう、破壊され無惨な姿を晒していた。

 

 実験の詳細が事細かに書かれた概要書も、床に投げ捨てられていたものを発見した。それを読んでいたセティは吐き気でも覚えたかのように顔をしかめ、即座の処分を敢行する。

 

 そして、この日行われた数時間をかけての調査は、結局彼らの求めていた情報が得られずに終わってしまった。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 ゾガル……いや、テイニクェット・ゼゼーナンによる地球進攻と、テスタネット・ゼゼーナンの野望が潰えてから、三日の時が経過していた。

 

 艦隊連続消失事件も含めれば、必要な報告書の類いはかなりの量だ。三日という時間も、大半はそれらの残務処理に費やしている。

 

 そして――

 

「ハイ」

 

「……ああ」

 

 開いた窓から、爽やかな風が入り込む。

 

 室内にあるベッドはシーツや布団が綺麗に畳まれており、枕元には人間大のヌイグルミが鎮座している。

 

 その脇にある小さな机の上には、サイズ以外は本物と見紛うほどに精巧な作りのライグ=ゲイオスの模型が置かれていた。

 

 それも二つ。通常のと紫の塗装が施されたモノだ。

 

 さっきまでここに誰か居たような雰囲気の、この数日で見慣れた部屋。

 

 そして、その人物だけが抜け落ちた光景。

 

「モベ、行こうぜ」

 

「了解だ」

 

 親友を促し、踵を返す。

 

 キチッと制服を着こなしているハイは最後に一度振り返ってから、部屋を後にした。

 

「ゼブリーズ隊長、予想通り病室から姉御が脱走しました!」

 

 駆け足で通信を入れながら。

 

 

 

 前身のゲイオス=グルードの設計思想を受け継ぎ、ライグ=ゲイオスもパイロットの生存を第一に考えられている。

 

 上級指揮官機ということもあって、グルードよりもその辺りはさらに高められていた。

 

 もちろん、元が同じゼフィリーアもそうだ。

 

 悪魔の全てが消滅する閃光と爆発が収まった跡に集まってきたゼブ達五人は、原形を留めていないゼフィリーアの残骸が漂っているのを発見する。

 

 残骸――脱出機能を備えたコクピット部分だけを残して。

 

 回収した後に、ゼブ達の率いていた地球からの帰還艦隊と合流。本国に戻ると同時に、エルミアは集中治療室に送られることになった。

 

 仕事の合間に、ゼフィリーアのブラックボックスを解析したセティ。

 

 それにより分かったことは、エルミアが『生きようとしたこと』だった。

 

 それは本当に無意識だったのだろう。

 

 被弾の直前になって、全エネルギーを扇状に展開したレーザーソードとバリアに回し、機体を盾にしてまでコクピットを護ることだけに集中させていたのだ。

 

「あれだけ言って、覚悟を決めて無理矢理押し切ってやっちゃったってのに」

 

 あの時から変わったようには見えない高台からの景色を眺めながら、少女は肩を竦める。

 

 今の彼女は、病院を抜け出してきた時の寝間着姿だった。

 

 買ってはみたものの、結局暑くて一度も着たことがないバスローブタイプで、長めの裾が風に揺れる。

 

 手すりに両手をついて身を乗り出すようにしていた少女が、クルリと背を向けた。

 

 汚れることを気にせずに地面に座り込むと、たった今まで手を置いていた手すりに背中をもたれさせる。

 

「それで生き残っちゃったら、なんか気まずいし格好悪いじゃない」

 

 そのままの姿勢で、ボーッと空を見上げる。

 

 ここは彼女にとって、大切な場所の一つだった。

 

 あの日――自分が“あたし”として産声を上げた時から。

 

 最近はここに通う時間が取れなかったが、エルミアにとってここが出発点には違いない。

 

 任務も何もないとき、少女はここでボーッと過ごすことを好んでいた。

 

 隠れた人気スポットのため誰かがいることもいることもあるが、その時はこの高台内の別の場所で過ごし、居なくなってから改めて出直すほどに。

 

 モヤモヤした気持ちを洗い流し、リフレッシュする――ここは、少女にとってそういう場所なのだ。

 

「これから……どうしよっかな」

 

 それは意識して言ったわけではない。

 

 呼吸のように、ただ口を突いて出ただけ。

 

 体調は悪くない。

 

 あくまでも、今エルミアが感じている分には。

 

 日常を過ごしている時に巻き戻ったかのように。

 

 思い当たる節は一つ。

 

 ゼフィリーアに使用していたズフィルード・クリスタル。

 

 それの持つ四つの性質の一つにして、他は危険と判断して削った中で残した能力――自己再生能力。

 

 機体の自動修復だけに止まらないその再生能力は、搭乗するパイロットにも及ぶという。

 

 もしかしたら、その機能が自分にも作用したのかもしれないと仮説を立てていた。

 

 もちろんその効果を見たことはないが、その原理を理屈として知っている。それが、テスタネットが言っていた“こことは別の世界の知識”なのだろう。

 

 深層心理にも近いが、そちらに意識を傾ければズフィルード・クリスタル以外にも様々な知識や事柄が浮かび上がってくる。

 

 あちらとこちら。二つの世界にどれだけの共通点があり、それらの知識がどの程度活用出来るかも分からないが。

 

 しかし、肝心の“自分を生かすための知識”だけが抜け落ちていた。

 

『使役される人形には不必要』ということで、最初から与えられなかったのかもしれない。

 

「どうすれば良いかな」

 

 落ち着いている今はまだいいだろう。

 

 だが、自分に必要だという調整が出来ないのであれば、緩やかに訪れる死を待つしかないのだ。

 

 テスタネットがメモを残しているようなことも、おそらくない。

 

 あの男が書くのは仮説と経過だけであり、知識については自らの頭脳の中だけで完結している。

 

 定期検査と身体の状態が酷いときには麻酔をかけられていたため、彼がどのようにしていたのかを知らない。

 

 つまりは、エルミア自身で見つけるしかないのだ。

 

 研究するか……“知識のある場所”に出向いて得るかによって。

 

 そこは、バルマー本星。

 

 それも、中枢。

 

「無理」

 

 辿り着くまでもだが、何よりの問題として教えてもらえるはずもなく。

 

「自分で研究しながら、一か八かで医務室を探すしかないかな」

 

 手がかりなど無いとは思うが、他に手はなかった。

 

 戦闘を行わずに負担をかけないようにすれば、それなりに保つかもしれない。

 

 もしくは……、

 

「最初から諦めて出てくってのは無しだからな」

 

――自動修復されていればゼフィリーアで、機能が死んでいれば他の機体を借用して……誰にも見付からないどこかでヒッソリと。

 

 そんな考えを見越したかのような言葉が、少女のすぐ近くから聞こえてきた。

 

「ゼブ? ……みんなも」

 

 カクンと正面に視線を戻せば、いつの間にか見知った五人――ゼブ、セティ、ロフ、部下二人――と見慣れぬ男女の二人組が居る。

 

 その二人の内、気っ風の良さそうな男の方は資料で見たことがあった。

 

“元”ウォルガのメキボス・ボルクェーデ。

 

 ゾガルよりも先に地球に侵攻した部隊に、他四人の指揮官クラスと共に参加。紆余曲折の末、彼以外の四人と共に部隊は壊滅、彼自身も重傷を負ってしまう。

 

 その作戦失敗の責任を取らされた結果ウォルガから追放、枢密院入りをしたというゼブ達の友人だ。

 

 エルミアは話したことはないが、ゼゼーナンの計画について調べている際、彼女の情報網に彼と彼に託された使命の情報も入ってきていた。

 

 もう一人の、黒髪に眼鏡の女性については覚えがない。ただメキボスの背後に控えるように立っているため、彼の関係者なのだろうと見当をつける。

 

 他の五人だけでなくその二人も複雑そうな顔をしているため、ある程度の事情は知っているようだ。

 

「よく分かったわね」

 

「“素の”エルちゃんが考えそうなことだからな」

 

 いつもの口調ではないのは、エルミアに対し含むところがあるからだろう。素というのを強調していることからも、現在の彼女の状態を完全に見破っているようだ。

 

 そんなゼブに、昔の自分を思い出したエルミアは苦笑いを浮かべる。

 

 そういえば自分を変え始めたのもあの日からかと、当時の記憶が甦ってきた。

 

「考えはしたけど、実行はしないわよ? そんなの、“今の”あたしの趣味じゃないしね」

 

 そして、少し幼い自分が目指した道標を。

 

 両頬から小気味よい音を響かせて、自らに渇と気合いを入れ直す。

 

 そう、自分はあの時に誓ったはずだ。

 

 明るく、元気に、生き抜くために。

 

「では、どうする?」

 

「決まってます。ギリギリまで、最期の最後まで足掻いてみせます!」

 

 だからこそ、ロフの問いに力強く答えることが出来た。

 

「エール~? さっきまでとは、随分顔付きが変わったじゃない? ドン底みたいだったのに」

 

「ふふーん! 見失ってた自分を取り戻しただけよ、セティ姉」

 

 からかうようなセティに対しても、エルミアは明るく返事を返す。

 

「さすがは姉御!」

 

「それでこそ、です」

 

「当然でしょ!」

 

 少女が意識不明の昏睡状態だった時には沈んでいたハイ達も、勝ち気な笑みを浮かべる上司の姿に心から安堵していた。

 

 目の前の状況を見ていたメキボスは「なるほどな。噂通り、賑やかな嬢ちゃんだ」と、明らかにコレを楽しんでいる。

 

「ガヤト」と、後ろに控えていた女性に何ごとかを囁く。頷き、端末らしき腕時計を弄るのに任せると、メキボスは深くタメ息を吐いているゼブにニヤニヤした顔を向けた。

 

「ゼブ。お前も大変そうだな。……いや、これからもっとか?」

 

「メキちゃん、楽~しそうだな」

 

「まあ、他人のを見てる分にはな。自分に降りかかってくるのは勘弁だが」

 

 ゼブも言い返そうと口を開きかけたのだが、メキボスと彼の背後に視線をやっただけで、そのまま取り止めてしまう。

 

 ただ、「その言葉、後悔しても俺は知~らないからな」と、口の中で呟く。

 

 メキボスをそのまま放置したゼブが、セティやハイ達に囲まれてやりとりをしている少女の方へ向かい始めた時だった。

 

 突如、風向きと強さが変わる。

 

 気持ちよく吹き抜けていたソレは、叩き付けるような逆風へと。一同は突風から顔を背けたり、咄嗟に腕で庇っていた。

 

 風はその一瞬だけですぐに吹き止んだが、

 

「ぶわっ!?」

 

 ハイが慌てたような声を上げる。

 

 顔を上げてそちらを見れば、ハイが顔に貼り付いたソレを不思議そうに手に取っていた。

 

「な、なんだ……って、うちの制服?」

 

「一般隊員……それも女性用のが二着だな」

 

 相棒が両手に摘まみ上げているのを見て、モベがそれの正体を答える。

 

 確かにそれは、この場に居る者にはとても見覚えがあるものだった。

 

 いつもの調子の彼に、ハイは憮然とした表情で口を開く。

 

「モベ、それくらいは俺だって見りゃ分かる。そうじゃなくて、なんでそんなもんが――」

 

「いないはずだね?」

 

「いないはずだよ」

 

 そんなハイを、頭上からの声が遮る。

 

 手すりより数メートル向こう、何もない空中に立つ二人の人物。

 

「なっ!?」

 

「う、浮いてる?」

 

 腿辺りから前開きな純白のロングコート。

 

 風になびく銀の髪に、顔を覆い隠す銀の仮面。

 

 ゆったりとしたコートで分かりにくいが、丸みを帯びた身体つきから女性だということが分かる。

 

 二人は鏡写しのようにソックリではあったが、片方の人物は右腰に手を当てた状態で、イライラとつま先を上下に動かしていた。

 

 仮面越しの視線は、ただ一人の人物へ。

 

「違うわ。機体がある、見えないだけ」

 

 先程の風で乱れた着衣を整えながら、立ち上がったエルミアがスッと目を細める。

 

 真っ向からぶつかり合った視線が火花を散らす。

 

「この距離で、駆動も姿も悟らせないなんて」

 

「おそらくさっきの風もワザとかと。機体反応は全くありません」

 

 セティとガヤトも、それぞれの知識によって相手の性能を測っていた。

 

 同時に歯噛みもする。もし相手が自分達を害するつもりなら、とっくに出来ていたであろうことに。

 

 ゼブとロフ、それにメキボスが動こうとしたのを、エルミアが止める。

 

「あたしに任せて」と伝えると、仮面の女性二人に向かって不敵な笑みを浮かべた。

 

「初めまして、ね? あの状態から脱出してたんだ」

 

「初めまして。準備はしてあったよ?」

 

「初めまして。捕まってる時はこの子を呼べなかっただけ」

 

 この子というのが、今そこにある機体なのだろう。

 

 イライラした方が先に喋り、後からの方は挨拶しながら軽く会釈している。

 

 見た目と声はそっくりだが、性格といった内面で違いがあるようだ。

 

「それで、わざわざこんな所まで来て、何か用なのかしら?」

 

「そうだよ?」

 

「借りを返しに」

 

 その言葉に、エルミアは思わず眉をひそめる。

 

「助けた借りは、テスタネットを倒す前に送ってきたやつじゃないの?」

 

 問うと、二人は同時に首を左右に振った。

 

「違うよ?」

 

「あれは敵を倒すのに必要なこと」

 

「あいつは私達にとっても敵だから」

 

「ただ、この子があってもあの時の私達には、もう戦う力が残っていなかった。帰還するのがやっと」

 

「で、あたしに代わりに倒させたと」

 

 それで納得したわと、頷くエルミア。

 

「でも、それって随分勝手な話じゃないかしら? 自分達はさっさと退き上げて、エルにだけやらせるなんて」

 

 憤然とした様子のセティに、二人はチラリとだけ視線を向けた。

 

「だから、そこの二人が逃げられるようにしてあげたよ?」

 

「自分達だけなら、出口まで待たずにこじ開けてこの子を入れてた」

 

 あくまでも五分の取り引きだと、そう主張する。

 

「セティ姉。納得はいかないだろうけど、この二人には言っても無駄よ。価値観が全く違うんだから」

 

 収まりがつかないという姉を落ち着き払った声で宥めているエルミアだけが、一行の中で平静を保っていた。

 

 他のメンバーはそれぞれに警戒や不信感を露にしており、艦隊消失事件を知るハイに至っては敵愾心を全開である。

 

 テスタネットを確実に倒すためとはいえ、命を賭けさせる行為にセティが怒るのも無理はない。

 

 少女にタイムリミットが迫り、彼女が特攻するつもりだったことに気付いていたとしても。

 

 もしかしたら他に方法があったかもしれないのに、あの二人が特攻を後押ししたようなものだ。

 

 それに、エルミアとしても表には出していないというだけで、二人を許した訳ではない。あれだけ好き放題されたのだ、彼女達との関係は敵だとハッキリ断言できる。

 

 結果的に助けることになってしまっただけで、もともとは意趣返しだったのだから。

 

 もちろんそれは、相手も十二分に理解しているのだろう。特にイライラしている方は無邪気そうな喋りとは裏腹に、エルミアを睨んでいるのが仮面越しにも分かる。

 

 ――場は緊張感に満ちていた。

 

「それじゃ、聞きましょうか? 消耗しきって完全に回復していないあんた達の、返す借りってのを」

 

 上下に動いていた足の動きが止まった。

 

 腰に当てていた手を後ろに引き――

 

「グボァッ!?」

 

 ボーリング玉を床に落としたかのような音が響いたのと、ハイが呻き声を上げるのは同時。

 

「あ……れ?」

 

 目にも止まらぬ早さで腕を振り上げた女性も、茫然と自分の手を見つめて固まっていた。

 

「サメフ!」

 

 ハイが大きく仰け反ったまま後方に倒れると、もう一人の仮面女性が横の仲間に向かって激しい剣幕で叫ぶ。

 

 誰よりも早かったそれは聞いていた者が思わず息を飲むほどの迫力があり、サメフと呼ばれた女性もかなり慌てた様子で、

 

「ちょ……ちょっと手が滑っただけだよ! 確かにアレにもムカついてたけど、今のは違う!」

 

「そうだとしても、こちらの落ち度となる。私達がミスを犯すということは、すなわち父様のお顔に泥を」

 

「分かった……分かってるよ、ヌン」

 

 相手――ヌンというのがそうらしい――の小言を遮ると、サメフは今の行為でより刺々しい視線に変わったエルミア達の方に向き直り、

 

「エルミア・エイン」

 

 静かに宣言する。

 

 真っ直ぐエルミアを指差すと、

 

「命の借りは命で返す」

 

 ツイと指先を動かし、倒れたハイを――彼の顔面に乗っている数百ページはありそうな厚めのファイルの所で止める。

 

「それはあなたと同じ、指揮官型ハイブリッド・ヒューマンに関しての、資料の一部。私達の権限で手に入れた、今のあなたに必要な箇所」

 

 本人を含む、事情を知る者達の顔が一斉に変わった。

 

 ハイを抱き起こしていたモベが、そのファイルを手に取る。

 

 手にズシッとした重みが伝わるが、それとは別の理由で片眉を跳ね上げた。

 

 そこに書かれている文字が読めないのだ。

 

「私達の国の文字。エルミア、あなたならば読めるはず」

 

 言われて、モベの持つソレに視線を落とす。彼女の言葉通り、読めることだけを確認するとすぐに視線を戻す。

 

「そしてそれは、父様から許可を得ていない……私達の独断でもある」

 

 何故か自信満々に言うサメフ。何も反応しないところを見ると、これはヌンも承知の上のようだ。

 

 そして二人は、いつものように交互に喋り始めた。

 

「私達は負けた」

 

「私達は成果を示すことが出来なかった」

 

「だから、勝たねばならない」

 

「あなたと、あなたの機体に」

 

「あなたに死なれては困るんだよ?」

 

「父様のために……私達のためにも」

 

 二人は告げる。

 

 あなたを倒すのは、この私達だと。

 

 現れた時と同じく、風が吹き始め砂埃を巻き上げていく。

 

 どうやら引き上げるつもりのようだ。

 

「逃げる気か!?」

 

「舐めたマネをしてくれた礼を、まだ受け取ってもらってないぜ!」

 

 二人が帰るということを察したロフとメキボスが、眼を庇いながら声を張り上げる。

 

 しかし、強く吹き付ける風が動きを牽制し、阻害していた。サメフはその姿を見ながら肩を竦める。

 

「あなた達――共和連合の誇る勇士達と戦うのは、私達の役目ではないんだよ?」

 

「命令が下されればその限りではないけど。私達は、あなた達を相手にするつもりはない」

 

「なに!?」

 

――そう、命令に無い行動をするのは今回限り。

 

 仮面を通しての射抜くような二人の視線は他の者達には目もくれず、自分達の中でただ一人の好敵手と定めた相手へと。

 

「エルミア・エイン。私達は……私はあなたに負けたわけじゃない。“もう一人のあなた”が偶然勝ちを拾っただけ! 次は絶対に、あなた達には負けない!」

 

「予告する。きっと、あなたは父様の計画に必要となることを。ならば、いずれ私達はまたあなたと戦うことになる。しかし、命令以上に万全のあなたと、あなたの機体を倒すことに意味がある。それまで、負けることは許さない。あなたを倒すのは私達と、この“トロメア”なのだから」

 

 心の奥底に秘めていた激情を解き放ち一方的に言葉を吐き出した二人の姿は、現れた時と同じく唐突に消え去った。

 

 辺りを見渡しても、もはや影も形もない。

 

 試しにメキボスが、そこらの石を拾っては投げを繰り返し、本当にいないかを確認している。

 

「なんなの、アレは? 好き勝手なことを」

 

「セティ姉、考えても無駄だって。あの二人、出会った時からあんな感じだし。しかも、ゲーム感覚で自分達の都合だけを押し付けまくる。それだって、常人には理解不能の代物だし」

 

 呆れ顔のセティにため息一つ交えて答えると、エルミアはモベから手渡されたファイルをパラパラと捲り始めた。

 

 命を助けられたからと敵の命を助けにくる。

 

 こちらの指揮官をまとめて倒せるチャンスだったいうのに、興味は無いとばかりにそんな気配もまるで見せず。

 

 何よりも理解出来ないのは、あの二人も実は瀕死だったということだ。あの言動でそんな素振りも全く見せなかったが、エルミアにはそれが何故か分かってしまった。

 

 そんな状態でこのファイルを持って来たのだ。最後のあれは本音だろうが、それと合わせて『やられた意趣返し』に来たのならば、やはりその自尊心は途方もなく高いらしい。

 

「バルマーの奴らか。クソ面倒なヤツラだな」

 

「(ヌンとサメフ……そういえば、地球の言葉を調べている時にそんな単語があったような。どこの言葉だったっけ? 後で調べないと、何かの手がかりが得られるかもしれない)」

 

 セティと同じく疲れた様子のメキボスと、そんな主人の横で黙考するガヤト。

 

 その一方で、ゼブとロフは渋い顔をしていた。

 

「侵入から撤退まで、こちらのレーダー網にはかすりもしなかったか」

 

「なーかなか面倒な相手だぁね。こりゃ早急に対策を練らねぇと」

 

 兵士が駆けつけるどころか、警報の一つも鳴らなかったというのは非常にまずい事態である。

 

 今回は何もせずに帰っていったが、同じ性能の機体が大挙して押し寄せて来たら、それによってもたらされる損害は甚大なものになるだろう。

 

「そうね。あたしもちょっと考えてみるわ。……ところで、エル。それは使えるの?」

 

 難しい顔をしている妹分に声をかけてみると、彼女はファイルを捲る手を止めて「ん~……」と唸り始めた。

 

 少女の答えを待って一同が注目する中、

 

「使える……とは思う」

 

 エルミアはやや自信なさげに言う。

 

 その答えに一同は「おおっ!」と思ったが、すぐにそれならその曖昧な表現と態度は何だと疑問を浮かべる。

 

「どういうこと?」

 

「だって、言葉は分かってもあたしはソッチに興味とか無かったから」

 

「専門用語でズラズラっと書かれてもサッパリ」と、エルミアは愚痴を溢す。

 

 自分の生い立ちや成り方について、今さら疑う余地もアレコレ言うつもりはない。その過程で自分は様々な知識を得ており、そのおかげで助かってる部分もあったのだから。

 

 そして、その中にはサイボーグや人型決戦兵器な人造人間といったものも含まれている。

 

 だが、

 

「知識はあっても、実際に出来るかは別だしね。本当の意味で身に付けるなら、しっかり勉強しないと」

 

 そう言うとエルミアは両手でファイルを胸の前で抱き締めるようにして持つ。

 

 その目には生気がみなぎっていた。

 

 腹の立つ相手なのは確かだが、これで向こうが借りを返したというのなら受け取るまでだ。罠の可能性も考えて、それを見極める必要もあった。

 

 自分のケジメは、キッチリと自分の手でつける。

 

 あの時は特攻という手段を取ったが、今度は自分の特効薬探しになりそうだ。

 

 時間制限もある。しばらくはコレに集中せざるを得ないだろうが、

 

「ふふん! あたしを助けたことを必ず後悔させてやるわ。挑んでくるってんなら、返り討ちにしてやるまでよ!」

 

 戦場はちょっと変わってしまうが、コレも自分の戦いだ。ならば、必ず乗り越えてみせると少女は気持ちを高揚させる。

 

 ゾヴォークの優れたクローン技術もついでに覚えようかというくらいに。

 

「姉御、その調子っす!」

 

「自分達もお供させていただきます。材料の調達役も必要でしょう」

 

 いつの間にか復活していたハイとモベが、いつもの調子でエルミアに協力を申し出た。

 

 何故かハイの肩には、ヌン達が最初に投げ付けてきた制服が綺麗に畳まれた状態で乗っていたのだが、エルミアはそれを見なかったことにする。

 

「これ、何か仕返しに使えないっすかね?」

 

 訊かれたが、それに答える者はいない。

 

 代わりに、ロフがセティに話しかける。

 

「まだまだ問題は残っているが、こちらの方は一件落着か?」

 

「ひとまず、ね。本当の解決はあの子の頑張り次第だけど」

 

 ロフの方に歩み寄りながら、セティは視線だけを少女に向ける。

 

 エルミアの方を手伝いたいのはやまやまだが、防衛網の方もどうにかしないといけない。

 

 機動兵器については造詣の深いセティとても、エルミアの抱えている問題の分野については専門外だ。

 

 それなら少女の呑み込みの早さに期待して、自分は別の作業を進めていく方が効率的だと判断した。

 

「素直に喜びにくい状況ではあるんだが、嬢ちゃんにめでたいことには違いないだろ? なら、厄介ごとは今だけ忘れて、パーッといこうぜ!」

 

 メキボスが、暗さと湿っぽさの残りを全て吹き飛ばすように、パンパンと手を叩きながら前へ進み出る。

 

「なあ?」と彼が背後を振り返ると、やはり数歩下がった場所に控えているガヤトが笑顔で頷く。

 

「マスターに言われて、料理の美味しい所を調べておきました。深夜まで開いているお店で、席を八つ手配済みです」

 

 あの二人が居ない間にしたのだろうが、短時間の内にかなり手際良く進めたらしい。

 

 もちろん飲み物もと語るガヤトが口にした店名は、これもゼブやロフには馴染み深い名前だった。

 

 数年前から二人が良く顔を出す、例の店である。

 

「ゼブ、どゆこと?」

 

 それらの話を一人不思議そうに聞いていたエルミアは、気が付けば自分の横に立っていたゼブに事情を訊ねた。

 

「ざっくばらんに言~うとだな」

 

 ポリポリと鼻の頭を掻きながら、ゼブがエルミアに説明し始める。

 

 それによれば、もともと今日はこの後に、長期任務と諸々の事件を終えての慰労会を行う予定だったらしい。メキボス達が来ているのもそのためで、当初はエルミアの部屋を訪ねてから短時間のつもりであったが、どうやら夜中まで延長になりそうだ。

 

 すると、いつものように定位置であるエルミアの左右後方に控えていたハイが、嬉しそうな表情で隣にいる相方に話しかける。

 

「そういや、さっき八人って言ってたけど、俺た――痛ってぇ!?」

 

 喋っている途中でいきなり顔を歪めたハイが、右足を押さえると周囲を跳びはね始めた。

 

 モベは相棒のそれを無視すると、何度目かの叫びで周囲から集めていた視線に頭を下げる。

 

「失礼しました。(立場を考えろ、俺達が含まれるワケないだろう?)」

 

「(だ、だよな……)」

 

 鉄板が仕込まれたブーツを戻しつつ、モベからの小声による注意。耳打ちされたハイは、見るからに残念そうな様子で肩を落とす。

 

(ああ……このメンバーでの飲み会。チョットだけでも見てみたかったぜ)

 

 そんなハイの心の声が聞こえたワケではないだろうが、

 

「ん? もう人数に入れちまってるんだが?」

 

 当然のように言うメキボスに、モベは『え?』と愕然とした表情を浮かべる。それとは逆に、ハイの方は満面の笑みだ。もちろん彼も自分の立場はわきまえてはいるものの、やはり好奇心は抑えられないらしい。

 

 その部下達の心情を正確に読み取ったエルミアは小さく嘆息し、相変わらずねと呟いた顔には笑みが浮かぶ。

 

(自分が求め、あたしが望んだモノ……か)

 

 

 渋っていたモベだが、ハイとメキボスの口撃を受けて、ようやく観念したようだ。この後の予定していた仕事の工程をずらし始めている。

 

 相棒の首に腕を巻き付けてはしゃぐハイと、そんな彼を引き離そうとするも、決して嫌そうではないモベの顔にも珍しく笑みが浮かんでいる。

 

 そんな二人から離れたメキボスは、ガヤトを連れ穏やかな表情で談笑しているロフやセティに何事か話しかけていた。

 

「やっぱり、賑やかな方が良いわね」

 

 そんな少女の頭に、誰かが手を乗せる。隣を見上げれば、そこには保護者代わりの人物が立っていた。

 

「賑やかす~ぎても困~るがな。俺は静かなのも嫌いじゃないし。まあ、暗~いよりは良いさ」

 

「フーンだ。また前のにしろって言われても、もう戻せないわよ? それとも、また新しく変わっていった方がいいの?」

 

 絶妙な力加減で頭を撫でられ、そのことで昔を思い出した少女はこそばゆさと込み上げてくる嬉しさに、ともすれば弛緩しそうな表情を見られまいと顔をうつむける。

 

「とりあえずは、今のままで良いんじゃね? それにな、どう変わっても全~部ひっくるめて、エルちゃんだからな」

 

「あ、そ。じゃ、あたしも今のままでいっか。あと、エルちゃん言うな」

 

 エルミアがいつものように言えば、ポンポンと最後に軽く頭を叩かれる。

 

 そして他の者達と共に出口の方へと移動を始めたゼブだが、すぐにその足を止めた。

 

 そのまま背中越しに、エルミアへ声をかけてくる。

 

「エルちゃんの意識が戻ったら、一人で突っ走ったことについて言ってやろうと思ってたんだ」

 

「うん」

 

 むしろそれは、エルミアの方も予想していたことだった。それに、今なら素直に何時間でも説教を受け入れられそうだ。

 

 しかし、続けて話す彼の内容はその予想に反して。

 

「やめた」

 

「へ?」

 

 思わずポカンと彼の後頭部を見上げる。ずり落としそうになったファイルを、両手で持ち直す。

 

「気が変わった。何かの拍子に、改めて言うかもしれないけどな」

 

「いやまあ、それはゼブの好きにしたら……としか」

 

 今からと思っていただけに拍子抜けはしたが。

 

 いつの間にか、かなり先に進んでいたセティの自分を呼ぶ声に、エルミアはファイルを振って応える。

 

「エルちゃん」

 

「なによ?」

 

 走って追いかけようとしたところで話しかけられ、少女はゼブの横に来たところで止まった。

 

 彼を見上げ、続きをジッと待つ。

 

「おかえり」

 

「…………ただいま」

 

 ゼブがエルミアに合わせるかのようにのんびりと歩き始めると、少女も走ることなく、彼の隣を進んでいった。

 

 身体のこともあるし、変なストーカーもいる。

 

 しかしそれでも、足掻いてもがき掴んだ“今”を、諦めず絶対に手離さないことを自らに誓いながら――

 




 
 
『スーパーロボット大戦~求める存在~』は、以上で完結となります。

元は一話だけのつもりだったことを考えると、予想以上に続いてしまったことに。

思えば、私のスパロボデビュー戦だったPS版のF。そこでゼブとライグ=ゲイオスのコンビに墜とされ続けたのが、自分の中でずっと強く残り続けていました。

おかげで、以降の作品でもゼブ達三人とライグの登場を期待する始末。

第二次OGとダークプリズンは、そんな念願が叶ったわけですが……第三次でも参戦してくれることを切に願います。

そんなライグと、ゼブの年齢と顔。ゾヴォーク周りの設定を見て、あの帝国→あの男と絡めて、出来たのがエルミアでした。

改造ライグ含め、活かしきれなかった部分は今後の第三次OG次第ということで(投げる)。

敵を残したのに、これで第三次OGに帝国がまるで絡まなかったら、まさに大惨事になってしまいますが。

ヒーロー達の戦記な世界や、その他の平行世界に行くような話も考えたりしましたが、ひとまずここで終わりたいと思います。

最終話をすぐに投稿するはずが、諸事情により今になってしまったことを、この場を借りて深くお詫び致します。

では、最後までお付き合い下さり、本当にありがとうございました。
 
 
 
 
 
オマケ
 
「姉御! 復帰したらアイツらを軽くブッ飛ばせるくらいに、俺の機体を改良してほしい!」

「こら、ハイ。お前だけだと負けるに決まってるだろう。ですので、オカシラ。自分のX2も一緒にお願いします」

「はいはい、そのうちそのうち。あと、姉御もオカシラもやめなさい」

 部下達の話を適当にあしらいながら、予約を入れた店を目指すエルミア達。

 ロフとセティ、メキボス達とはかなり距離が開いてしまっている。

「そういえば」

「ん?」

 緩やかな坂道を下りながら、あることに気が付いたエルミアはゼブに疑問を口にした。

「決戦の時も思ったんだけど、セティ姉とロフさん、一緒にいるけどいいの?」

「ああ、それがな」

 ゼブが説明をしようとした時だ。

 エルミアの背中を、冷たいモノが駆け抜けた。全身の毛が一斉に逆立つ。

「なん――」

「エール~?」

「ヒッ!?」

 耳許で囁かれる、背後からの甘く、優しいセティの声。

 はるか前方を歩いていたはずの彼女に、背後から肩を抱かれた少女の口からは悲鳴が飛び出す。

 逃れようにも両肩にかかる力は強く、とても脱け出せそうにはない。

「そうそう。あたしも、あなたに聞きたいことがあったのよねぇ」

「な、なに? セティ姉」

 抵抗はしない。

 ただ、早く解放されるようにと祈る。

「あなた、ロフのことは知らないって言ってなかったかしら?」

(あ……!?)

 しかし、祈りは届かなかった。

 少女がビクッと動揺したのを見透かすかのように、セティの目がスッと細められる。

「それなのに、どうして彼の専用コードを知ってたのかしら? 分かったら教えてって、お願いしてあったはずよ、ね?」

 もちろん、エルミアがゼブとロフの意を組んで動いていたからだ。

 しかし、良く公私を共にする女同士ということもあって、セティが嘆き悲しんでいた姿も当然エルミアは知っている。

 その際、自分も協力するからと言ってしまったのだが。ゼブやロフにはそのうち相談するつもりで、結局言い出せないままにズルズルと今を迎えてしまっていた。

 少女の頬を、一筋の滴が伝う。

「ゼ、ゼブ~……って、いないし!」

 エルミアが助けを求めて見渡せば、ゼブはおろかハイ達も、はるか前方のロフ達の所にいる。

 肩越しに背後をおそるおそる振り向けば、微笑んでいるセティと目が合う。据わっている、その目と。

「じゃ、ゆっくり飲みながら、ジックリと話しましょうか。サクサク、サクサクとね」

「意味不明だから! それに、あたしはそこまで悪くないのよ! ちょっと、誰か……ああもう、昼間っから酒なんて飲まずに、真面目に仕事しようよ!」

『お前が言うな』

 少女の絶叫が響き渡る中で、彼女に届いたのは助けの手ではなく、周囲からのツッコミだけだったという。



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