異聞!決号作戦 (シン・アルビレオ)
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1話 猫と地震

お断り
※本作品はIFの本土決戦をベースにしてます。アンチヘイト表現や生々しく痛々しい表現等が出てきますので
気分が悪くなったら読むのを1度中断し、推しを愛でたり猫ちゃんでも吸って落ち着いて下さい。

※軍事(自衛隊や旧日本軍、連合国軍)の描写については必ずしも正しいとは限りません。なるべく情報を調べてるけど自衛隊とかは軍事機密が多いところあるからね仕方ない。

※実在の人物、組織、地名が出てきますがこの作品はフィクションですので関係ありません。

※一部BGM推奨のとこがあります。そのBGMを聴きながら読むと胸熱かも…?

※更新は亀で不定期となりますがご了承下さい。

※推敲してますがもし誤字脱字がありましたら、報告お願いします。

※ふぶきの物語については頑張って執筆しておりますので、もう少しお待ちいただけるとありがたいです。



 2022年4月20日、ラバウル沖やショートランド沖、ダンピール海峡、南西諸島にて赤色海域の予兆が見られ始めたため分析したところ、ほぼ一か月後±2日に中規模程度の深海棲艦が出現することが判明。各鎮守が備えていると予報通り5月20日に赤色海域が発生し様々な深海棲艦が湧き出ていく。

大本営はR方面作戦を発令し各鎮守は日本を守護らんと戦っていった。

 

 数年前に幌筵泊地から佐世保鎮守府に転属された彼もこの作戦に参加しており、なんとか7月11日に最終海域を突破し無事に大本営からの報酬やメリーランドを迎えることができた。

「ふぅ、資源がギリギリだったが今回も誰一人欠けることなく突破できたか」

わいわいと楽しむ艦娘たちを見て提督は安堵する。彼の名は(くぐい)大将。彼が着任した当時は19歳であったが今や20代後半と年齢を重ねていた。

「しかし、深海棲艦も新たな兵器が確認されましたね」

9年間司令官の秘書として支えてきた特型駆逐艦Ⅰ型、吹雪。

この鎮守府内では最古参の艦娘であり、練度は150とトップに立っている。

経験豊富で敵からは大変恐ろしい存在であり、味方からしてみれば大変強くて頼りになる存在である。

 

 青葉によるインタビューで吹雪と対戦した彼女たちはこのように語っている。

米の芋スカイママ曰く、「彼女はマジシャンなの? アイオワさんから教わった超ヘビー級のMMAスタイルでごり押ししても通用しない」

露の同志でっかいの曰く「サンボは剛の力が重要なんだ。それで挑んでもそれ以上の剛でやられた!と思ったらイポーニャーの柔道のような曲線の柔らかい動きをする。あれは同志ちゅうくらいと同志ちっこいのが使っているシステマに似ているんだよな」

ボ〇カワウソ生みの親である英戦艦曰く、「バリツ、という武術を私は使っているの。ジャパンの柔術とボクシングを融合させた武なんだけど、彼女はそれ以上に多様多種な技を使うわ! あれに勝てる子っているの?」

駆逐艦が戦艦にジャイアントキリングする例はあるが、ほとんどは魚雷による攻撃だ。

しかし吹雪は魚雷ではなくタイマンでしかも素手で戦艦に勝っているのだから、いかに彼女が異常かお分かりだろう。

 

 「あぁ、前回は超重爆飛行場姫に超重爆機、そして今回は反跳爆撃か。深海側も学んでるな」と提督は忌々しく言い放つ。

「そうなると次に考えられるのはあれですかねぇ……」歓迎会の様子を自前のカメラで撮っていた青葉が提督の所にやってきた。青葉の言葉を聞いた提督が頷きつつ小さい溜息をつく。

「今後ありえるケースは本土大空襲、最悪のケースは原子爆弾の投下か……ウランやプルトニウムを所有したらと思うとぞっとする。奴らが狙うとすればウラン鉱山がある国か、原発がある国か」

提督は地理が得意なので頭の中で地図を思い浮かべていた。

「原子爆弾はウラン濃縮の知識や原子炉の開発がないと難しいですから、もし私が狙うとすれば原発ですかね」と青葉は推察する。

「その可能性は高いだろうね。それに一部の反艦娘派や過激派、深海棲艦を神と崇めるカルト教団等が原子力に関わる技術者や知識人を拉致して深海棲艦と協力する可能性も捨てきれない」

「うげっ、それは厄介ですね。9年経ってもそんな思想を持つ人がまだいることに驚きですよ。脳内お花畑なんですかね」

青葉はあきれたように言い放つ。

陸軍憲兵や公安とのタッグで《適切な対処》を進めたおかげで2013年頃と比べればかなり減ってきたが、未だ鼠のようにちょこまかと地下や海外へと逃げ回っていたりしていて完全な撲滅には至っていない。

「彼らの護衛を強化するのは勿論、残っている原子力発電所の防衛も強化しないとだめだな」

 

 ここの日本の原子力発電所はどうなっているのだろうか。

深海棲艦の影響で各資源の輸入が低下していき、ウランの輸入量も低下したため研究が滞っていたMOX燃料に注目が再度集まり、MOX燃料加工所やプルサーマル計画がより一層進められた。

しかし日本近海へ出現するケースが多くなり、太平洋側に存在する原子力発電所は全て廃炉へと追い込まれてしまう。

また、1990年代から2兆円の費用を掛けて青森県六ヶ所村で建設されていた原子燃料サイクル施設も深海棲艦の影響により2017年に撤退し、もんじゅ(ナトリウム冷却高速炉)がある福井県に移転したが安定したMOX燃料の生産は時間がかかるだろう。

さらに九州近海でも出現ペースが上がったため、川内原子力発電所と玄海原子力発電所も原子炉スクラムしてしまった。

現存で稼働している原子力発電所は瀬戸内海と日本海側となっており、今や地熱や太陽光等再生可能エネルギーを中心とした発電がメインとなっている。

 

 

 「原子力発電所だけでなく水力発電所やダムの防衛も強化するべきだわ。我が祖国には苦い経験があるのよ。あ、これ食べる?」

自家製のヴルスト(日本でいうソーセージ)とザワークラウトを頬張りながらそう言ったのは、ドイツのでかい暁のことビスマルクだった。

「頂こう。うん、本場のソーセージは旨いな。えぇとなんだっけあれ……チャスタイズ作戦だっけ?」

「そうよ。WWⅡの頃イギリス空軍がドイツ工業地帯のダムを狙った作戦よ。反跳爆弾を使ってダム手前まで到達した爆弾は沈んで水面下で爆発、その衝撃で決壊し下流に多大な被害が出たわ」

「反跳爆撃は厄介だったな。万が一のためにアトランタ砲や長10cm砲をベースとした対空装備を充実させたほうがいいかな。でもあれってでかいし置くスペースあるのか? それに日本に水力発電所とダム、それから火力発電所ってどれくらいあるんだ……」

全部を守護るとなると各鎮守府の担当地域は膨大な高射砲や対空機銃を配備しなくてはならない。佐世保鎮守府は西九州・南西諸島区域となるのでかなりの広さだ。

なら対空カットイン装備仕様の艦娘を派遣したほうが余計なスペースを喰わずに済むが、一体何人の艦娘が必要になるのだろうか。

「まぁ、今はそんな難しいことを考えるより祝いましょうよ! ほら、大和さんも改二になったし!」

「吹雪の言う通りだな。盛大に祝うか!」

恒例の祝賀会は深夜まで続き、次の日にはまたいつも通り遠征や任務をこなして次の作戦に備える……そんな日常が突如崩れ去ってしまった。

 

 猫の出現。

しかもただの猫ではなく鎮守府よりでかくて全身が真っ黒で穴が開いたような姿をしており、その穴の中には大量の0と1で埋め尽くされていた。

激闘とどんちゃん騒ぎの疲れで静まり返った佐世保鎮守府は一切誰にも気づかれることなく、猫の黒穴に吸い込まれていった。

ただ、一人を覗いてその様子を見ていた娘がいる。

若葉マークのついた帽子を被って茶色のおさげを黄色のリボンで留めており、セーラー服を着た彼女は穴の範囲外であるところから見守っていた。

「うん、これは予想以上にうまくいったね。さて次は……ここか。やれやれ、別世界行くのめんどいな」

そう言いながらも鎮守府があった場所へすたすたと歩き、猫に近寄るとすうっと消えるように吸い込まれていき猫も跡形もなくどこかへと消えていった。

 

 

 

 

日本国 2022年10月9日

 陸上自衛隊西部方面隊が主催する大規模島嶼奪還演習である《鎮西演習》の開催が近づいており、全国の陸空海が九州に集結していた。

おおすみ型輸送艦2隻が佐世保に入港したのを機に、大分港では民間チャーター船のなっちゃんworldから北海道の第2師団に属する90式戦車や74式戦車、99式自走155mmりゅう弾砲、87式自走高射機関砲等が陸揚げされた。

さらに関東からは第一空てい団や中央即応連隊、第4対戦車ヘリコプター隊等が続々と現地入りしており、空挺降下訓練やヘリボーン訓練のため輸送機(C-1・C-2)や輸送ヘリコプターも到着し準備を進めていた。

それだけでなく空中給油機(KC-767J・KC-46A)早期警戒管制機(E-767)までもが飛来し、マニアの間ではちょっとしたお祭り騒ぎとなっていた。

 

 演習まであと1週間後に迫った健軍駐屯地の西部方面総監部では陸上総隊司令官、統合任務部隊指揮官、方面総監相当たる面子がリモート会議のため出席していた。

時刻が20時を回ったところで外はひんやりと寒さが感じられた時、携帯のバイブレーションが一斉に振動し不協和音の警報音が会議室内に響き渡る。

「ん?これは……緊急地震速報!?」

「震源地は日向灘か……むっ、くるぞっ」

誰かがそう呟くと同時に、遠くから不気味な地鳴りが聞こえてきた。

小刻みに地面も揺れ始め、コップに注いであったお茶が波紋を描き、プロジェクターの映像がカタカタと上下に揺れてきている。

これはでかい、と直感した幹部たちは避難経路を確保するためにドアを開ける者や机の下に潜り込む者など各々行動を取り始めた。

直後、大地がズン!と大きく縦に震えるとテーブルの上にあったペットボトルのお茶やコップが宙を舞う。

室内にいる人々は咄嵯に這いつくばり頭を守る他ない。

すぐさま大きい横揺れが襲い掛かると、壁に飾られていた額縁に入った高そうな絵画や壁掛け時計などが大きく音を立てながら左右に揺さぶられていた。

 

 

 震源地に近い新田原基地では緊急地震速報が受信されるのと同時に強烈な揺れが襲い掛かり、エプロンや整備場に駐在していたF-15D/JやU-125A、UH-60J、那覇基地から飛来したE-2Cがまるでトランポリンのように跳ねていた。

機体を整備や点検していた隊員たちはあまりの揺れに、地面に這いつくばりながら暴れる機体や車両から離れるしかなかった。下手すれば押しつぶされるからだ。

管制塔はかなりの高さがあるので地上よりも激しい揺れに見舞われていた。

当直の管制官らはなんとか机の下に避難するもキャスター付きの椅子があちこち転げまわり、様々な資料が床にぶちまけられていた。

地震発生時に離着陸する航空機はいなかったのは不幸中の幸いだろう。もしいたら重大な事故に繋がる可能性があっただけに管制官たちは心の底からホッとした。

 

 

 

 三沢基地から飛来した第302飛行隊のF-35Aのパイロットたちは、築城基地の会議室で鎮西演習に向けてブリーフィングを行っていた最中に地震に見舞われた。

なぜF35のパイロットが演習に呼ばれたのか。

それは近年中国軍の成長が著しく、第5世代ジェット戦闘機を配備しているからだ。

特にJ-20は航空自衛隊にとって最大のライバルになりえるだろう。

中国だけでなくロシアでもSu-57の配備やSu-75の開発も進んでいる。

そのため日本もF-35の導入を決定し三沢基地には25機のF-35Aが配備されている。

いまだ主力を占めているF-15D/Jでは大変厳しい戦いが予想されるため、対ステルス機を想定した訓練を初めて盛り込み12機のF-35Aが築城基地に飛来した。

東北出身者が多い第302飛行隊のパイロットたちは東日本大震災の揺れを思い出していた。

「隊長、滑走路の無事が確認されたらすぐ飛ばしましょう」と真賀(まが)3等空佐は揺れに耐える中助言した。

F-35Aはステルスだけが売りではない。優れた光学センサーを持っているので戦術偵察や災害が起きた時の初動偵察としても運用できるのが強みだ。

「あぁ、そうだな。しかし長いぞこれ……南海トラフ巨大地震じゃないといいが」と大伯(おおはく)2等空佐は不気味で長く続く揺れに不安そうな顔を浮かべた。

 

 

 海上自衛隊佐世保基地でも震源地から離れていたにもかかわらず、かなり強い揺れに見舞われていた。

「うおっ!?」

「これはでけぇぞ」

停泊していた護衛艦も上下に揺れだし、日本海の荒波に慣れている乗組員ですらよろけてしまったり何かに捕まっていないと転げてしまうほどだった。

外をみると係留ロープがギシギシと軋み、港の電灯もユサユサと揺れて灯りが左右を照らしていた。

(こりゃ震度5弱はあるか?)

DDG-1788あしがらの甲板で巡検をしていた松塚海曹はあまりの揺れに中断し、転げまわらないよう身をかがめながら当直士官とともにヘリ格納庫に避難した。

この夜に海に転落したら危ないのもあるが、一番怖いのは係留ロープが破断してしまうことだ。

破断したらまるで鞭のごとく襲い掛かり、人を軽々と吹き飛ばしたり首切断や足切断させてしまうほどの威力がある。

また、地震波であるP波は液体でも伝わる性質がある。このような揺れは海震と呼ばれている現象であり、1995年1月17日の兵庫県南部地震では漁船と旅客船が、2011年3月11日の東日本大震災では福島県沖を航行するカーフェリーが海震に遭遇している。

「まだ揺れてますね……」新川(あらかわ)士官が不安そうに呟く。

「あぁ、それに津波警報も出るかもしれんな……忙しくなるぞ」と松塚(まつづか)海曹は険しい表情で佐世保湾を見つめていた。

 

 

 空中給油機(KC-767J・KC-46A)




R方面作戦終わったばかりなのにもう夏には欧州なんですか…?!
資源回復にレベリング、装備改修、溜まった任務……やることが……やることが多すぎる!


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2話 転移

 灯りが失われしばらく身動きが取れなかった健軍駐屯地の幹部達だったが、揺れが収まっていくと次第に落ち着きを取り戻しておそるおそる机の下から出てくる。

「けっこう揺れたなぁ」

「うむ、南海トラフ地震だったら嫌だな」

一人の幹部がスマホの懐中電灯アプリを起動すると、物は散乱しているがそれほど目立った被害はなさそうだった。

「あれっ、電波がないな」

別の幹部はスマートフォンでヤプーサイトやSNSを開くも圏外になっており一次情報の収集ができないのは痛かった。

おそらくアンテナや基地局が壊れたかサーバーがパンクしたのだろうか。

そうなると空からの情報収集が一番確実だが、あの揺れでは滑走路も点検のためしばらく閉鎖されるだろう。

滑走路にヒビが走れば離着陸に影響がでるし、破片でもあったらエンジンに吸い込んで墜落してしまうこともある。

無人偵察機のことRQ-4 グローバルホークは青森県三沢基地にあるが、青森から九州までは流石に遠すぎる。

(あれしかないか。地震で壊れていないことを祈ろう)と第8師団長の砂岡茂雄(すなおかしげお) 陸将は思い巡らす。

北熊本駐屯地の第8師団第8情報隊にある無人偵察機スキャンイーグルがあったはずだと。

アメリカが開発した無人偵察機であり、2019年に本格的に導入したばかりの無人偵察機である。

離陸は滑走路を用いない圧縮空気によるカタパルト方式なので、こういう時にはうってつけだろうと判断した。

 

 幸いS波が来る前にドアが開けられていたため、部屋に閉じ込められるという最悪の事態は避けられた。

廊下に出て灯りを照らすと、ところで壁がはがれたりヒビが入っていた程度だった。

「これだと震度5強くらいか?」

最大震度7を2回も記録した2016年熊本地震では建軍駐屯地や北熊本駐屯地などで施設内の一部が崩壊するほどの被害が出た。

「うむ、まず対策本部は外にしよう。耐震工事を終えてるとはいえ余震が来ると被害が大きくなる可能性があるからな。被害状況の情報収集を素早くやるぞ」

西部方面総監の関川龍之介(せきかわりゅうのすけ) 陸将がはっぱをかけると、幹部たちは一斉に散りそれぞれの役割を果たそうと情報収集に務めていく。

 

 自衛隊法は結構複雑だ。

災害が発生した場合まずは自治体や海上保安庁が対応するが十分な対応ができない場合、自衛隊法第83条により、市町村長の要請依頼を以て都道県知事などの派遣要請により行うことを原則としている。

しかし市町村長が何らかの事情でその要請依頼ができない場合、防衛大臣または大臣の指定する者に直接通知することができる。

そしてその要求を確認した防衛大臣または大臣の指定する者が、派遣すべき事態かどうか統合的に見て認められると部隊派遣命令を出せる。

 

 第2項では突発的な大きな災害が起こりその対応として特に緊急を要し、要請なんぞ待っていられない!となった場合、防衛大臣または大臣の指定する者がその要請を待たずに派遣を命令することが出来る。

これを自主派遣と呼ばれ、今この場で出せる一番偉い人は方面総監である。

また、第3項には庁舎や営舎などの施設又はこれらの近傍に火災その他災害が発生した場合は部隊などの長は、部隊を派遣することができる。

 

 しかし災害派遣の実施については公共性(公共の秩序を維持するため、人命および財産を社会的に保護しなければならないか)、緊急性(差し迫った必要性があるか)、非代替性(自衛隊の部隊が派遣される以外にほかの適切な手段がないか)の3つの要件に概要しているかを判断しなければならないのだ。

 

 

 

 会議室を後にした関川陸将は懐中電灯で照らしながら外の様子を確認しようと廊下を歩いていると、幹部達が息を切らしてこちらに向かってきた。

あの慌て方をみるとかなりの被害がでているのだろうか。

関川陸将は何が来てもいいように心の中で身構えたが、予想斜め上の報告がいくつもあがった。

「闇が広がり外に出れない」

「隣の建物や駐屯地周辺の住宅地等が一切見えない」

「火の手どころか星空一つも見当たらない」

どういうことだ、と関川陸将が思わず言い放ったが百聞は一見に如かずということなので、幹部たちとともに辺りが一望できる屋上へと急いで上がった。

階段を駆けあがり屋上の踊り場に到達すると報告通り、何も見えなかった。いや、闇に包まれているといったほうがいいだろう。

深淵の深海か、はたまたブラックホールなのか。

不気味なほどシィン、と静まり返っていた。

いくつかの懐中電灯が向こうを照らしているが、光を吸収しているかのようで一切明るくならない。

「な、なんだこれ…?」

「集団幻覚…?」

「夢ではないのか?」誰かが言うと幹部たちが自分でビンタしたり頬をつねったりしたが、ジンジンとした痛みがある。やはり夢ではないようだ。

「無線はどうなんだ?繋がるのか?」関川陸将が質問すると、無線機を持った隊員が悔しそうに首を振った。

「どれも試していますがうんともすんとも……」

隊員はもっている無線機を幹部たちに近づけると、どの周波数を合わせてもノイズ音だけが悲し気に鳴り響いていた。その様子を見た幹部たちは絶句した。この事態にどのような対処をすればいいのか誰もが頭の中でフル回転していた。

「市民や外にいた隊員たちの状況が不明だ。どうやって確認する?」

「それならロープを体につけて命綱のようにするのはどうでしょうか?」

「暗視装置もつけていきましょう。建物内の倉庫にあったはずです」

万が一の有事に備えて武器庫だけでなく様々なところで装備品を管理していたが、まさかここで役に立つとは誰も思わなかった。怪我の功名とはこのことをいうのだろう。

次々と対処案があがり少し安堵した空気が流れた矢先、風が強く吹き始めたかと思うと地鳴りがおどろおどろしく響き渡り、周りがピカピカと光ってきた。

そして全ての懐中電灯がショートしたかのように切れてしまった。電源を何度もオンオフしても結果は変わらなかった。

「くそっ、こんな時に限って!」

「この人数で階段はまずいっ、せめて踊り場か下の階でしゃがめ!」

屋上の踊り場は人で溢れかえっていたため、階段で様子を見ていた幹部らは慌てて下り余震に耐えようと頭を守る防御姿勢であるダンゴムシの状態になった。

屋上につながる戸を閉めるとほどなくして余震が建物を揺らし、ミシミシと軋む音と雷が余計に恐怖を掻き立てた。

 

 余震と闇と雷に飲まれた現象は同時刻、九州に存在する自衛隊基地で見られた。

春日基地や新田原基地、鹿屋航空基地では飛行場灯火すら消えて完全な暗闇の中に取り残された。パイロットらはエプロンで待機していた航空機に乗り込み、前脚の支柱についているタクシーライトをつけようと試みたがどういうわけかシステム類が動かずがっくりと肩を落とした。

佐世保基地でもそれぞれの艦船が汽笛やサーチライトを使おうとするも、同じく作動せず断念。どの護衛艦もなすすべがなくただ事態を見守るしかなかった。

 

 「ふぅ……さすがに数も多いし時間もかかったけどうまくいってくれてよかった」

地震は全くの偶然だったがこの機を逃すまいと猫を全て投入した。

おかげで地震のせいと少しは誤魔化しができるだろう。

「申し訳ないけど暫く借りていくよ」

彼女らは飢えていた。

ここ最近出番がなく、仲間と猫でゴロゴロモフモフしたりする日々を過ごしていた。

当然鬱憤は溜まりなにか面白いことはないかと話し合っていると、ある一人のエラー娘が発言した。

「下界で転移・召喚ものが流行っているらしいからそれをしてみたい」

「それいいね!」

「じゃあ初代に頼もう!」

早速初代エラー娘に相談すると、あっさりと承諾した。

彼女曰く、「私も暇だったし、新しい刺激がちょうど欲しかった」と。

調べていくと転移や召喚の他に転生もかなりあることが分かったが、全部同じじゃないですか?という状態に陥った。

「これだから素人はダメだ。もっとよく読みなさい」と初代はアドバイスを送る。

じっくりと読み進めていくと大まかに分かってきた。

「転生は一度死んで異なる人物に生まれ変わることが多いね。これはちょっと違うか」

「そうなると転移?」

「うーん、召喚のほうがいいんじゃないか?こちらの暇つぶしとはいえ事が済んだら元の世界に戻したいし」

「確かに……そういやどこの異世界に送るつもりなの?」

「あっ……どうしようか」

「中世ヨーロッパ風が大部分を占めているけど技術差が大きすぎるね。かといって近未来的だと難しいな」

「となると近代かなぁ。ちょっと本あさってくるわ」

1時間後、図書館から戻ってきたエラー娘が戻ってきた。

「この世界だとIFだけどどう?」

「おぉ、これはおもしろそう!」

早速レポートでまとめ、それを初代エラー娘に提出するといい反応が返ってきた。

「素晴らしいレポートね。後ほどネコ用のマタタビと報酬を渡すわ」

やったー!とエラー娘たちは喜びながら初代の部屋を後にする。

「さぁて、色々と準備しなきゃね」

初代エラー娘は白衣をバサッと着ると猫を抱えラボへと入っていった。

 

 

 1945年10月30日

この年は季節外れの台風が発生し種子島の南東海上を進んでいた。

そのため前線の活動が活発し、夕方にはバケツをひっくり返したような豪雨となっていた。

佐世保鎮守府では空襲で焼けてしまったため本部を地下防空壕に移しているが、扉から雨水が大量に入り込み階段は滝のようになっている。

外ではこれ以上水が入ってこないよう第3217設営隊が土嚢を積み上げたり排水しているが、日暮れで暗くなり圧迫感を覚えるような豪雨の前になかなか作業が進まなかった。

突如空が閃光のよう光ったかと思うと、戦艦の砲撃がかわいく見えるレベルで稲妻が近くで落ちた。

びりびりと大気が震えるような轟音に、爆音に慣れている彼らも心臓が口から出るほど驚き中には倒れこんだ兵士も出てしまう。

「くっ……とても近くに落ちたな。一旦作業中止だ!」

隊長がなんとか耐えて叫ぶが、この豪雨と雷で聴覚が低下してしまっていたため反応した兵士はごくわずかであった。

 

 地下防空壕本部でも落雷ははっきりと聞こえ、上からぱらぱらと土埃が落ちてきたほどだ。

電球の光が一瞬消えるもすぐ復旧し何事もなかったかのように地下を照らしていた。

「外はすごい天気ですな」参謀である西村友春少佐が話しかける。

「うむ、連合国軍にとっては最悪の天気でいいがここも同じだ。これ以上被害を出さないためにも止んでほしいな。あとどれくらいで止むのかを気象班に確認してほしい。あ、それから最新の台風進路とうねりの予報もお願いしたい」と司令長官である杉山六蔵中将が指示を出す。

部下が敬礼し退出するのを見届けた後、杉山中将は机の上においてある日本軍の配置図の書類に目を落としていた。

連合軍の上陸に備え陸海と共同でトーチカを作っていたが、九州南部は破局的噴火によって出来たシラス台地が広がっているため、堀削に苦戦した。

せっかく出来上がった数少ないトーチカがこの大雨による土砂災害で失ってしまえば防衛に穴が空いてしまうだろう。

それにうねりが続けば海岸に秘匿している特攻兵器が出せない恐れもあった。震洋なんて小型のボートだから敵にたどり着く前に転覆してしまっては元の子もない。

ゆえに杉山中将はこれからの天候が気掛かりになっていたのだ。

しばらくすると報告が来た。

気象班によると台風はこれからさらに速度を上げ、北東へ進み高知沖へと進むようだ。

天候は回復しうねりに関しては6mほどのが続くが、次第に落ち着くそうだ。

「そうか、報告ありがとう」と杉山中将は少しだけ安堵した表情を見せた。

これで心置きなく戦えると。

 

 しかし彼らは知る由もなかった。

あの雷でまさか空襲前の佐世保鎮守府がなぜか2つも出現し、そしてこの現象はここだけではないということに。

 




アプデで大和改二/重の水着実装や古鷹のお出かけmode、サムエルの改二などが来ましたね。みんな可愛くてみんないい。
ところで吹雪ちゃんの水着はまだですかね?


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3話 混乱

 

 一体どれくらいの時間が経っただろうか。

余震が収まったのを確認し、一人の幹部がおそるおそる屋上に出る扉を開けると見慣れた風景が広がっていた。

あのブラックホールみたいな闇と雷はどこかに行ったのか、消えたのかは定かではないにせよとりあえず一同は安心する。

阿蘇山はいつもと変わらない佇まいで熊本市街を見下ろしていたが、目が暗闇に慣れていくにつれ基地周辺の住宅街の灯りがこれっぽちも見当たらないことに気付いた。

「これはいったいどういうことなんだ……?」

関川陸将は目の前で見ていることが信じられず唖然とした表情を浮かべていた。

「関川陸将、目の錯覚だといいんですが月が三日月になっていません……?」

声を震わせながら上空を見上げている粟島 照(あわしま てらす)事務官の声に釣られ皆おそるおそる夜空を見上げると、確かにあの時は満月だったのにいつの間にか三日月に変わっている。

(まさかタイムスリップしてしまったのか……?)

誰もが心の中でそう思うのも無理はない。

あるものはスマホを取り出し家族と連絡を試みようとするも繋がらず焦る隊員や、あるものは住宅街に向け大声で呼びかけようとする隊員、あるものは脳の処理能力が超えてしまい某国の株暴落自暴自棄おじさんのように立ちすくむ隊員などで集団パニックに近い状態になりかけたが、関川陸将が冷静になるように呼びかける。

「落ち着け! あのブラックホールみたいなのが消えたのなら今がチャンスに違いない。まず衛星電話がつかえるかどうかだ。袋津 純彦(ふくろづ すみひこ)1等陸佐、今すぐ部隊を展開し準備してくれ」

「は、はい!」彼は西部方面システム通信群長を務めている。動揺しながらもビシッと敬礼すると颯爽と階段を下りながら通信科の仲間を集めていった。

「まず情報を集めるのが最優先だ……今すぐ対策本部を立てるぞ。各部隊は命令があるまで待機せよ」

関川陸将は幹部たちにテキパキと指示を出すが声は若干震えていた。彼も一体これからどうなるのか分からない不安がのしかかっていた。

しかし自衛隊として国民と部下を守護る義務がある。

その使命感だけが彼を奮い立たせているといってもいいだろう。

 

 健軍駐屯地は西部方面システム通信群本部があり西部方面直轄の通信科部隊となっているため、様々な通信システムを運動場に展開することができた。

しばらくはノイズ音ばかりであったが、徐々に声が聞こえ始めてきた。

おそらく近隣の部隊も通信システムを展開しているのだろう。

「よぉし!」

周波数を微調節していた隊員は嬉々と歓声をあげた。

頼みの綱である衛星はちゃんと宇宙空間にあるようでこれだけでも儲けものだ。

まず熊本にある陸自駐屯地に向けてやり取りをしていくと、耳を傾けていた隊員はどんどんと青ざめていった。

民家が少ない、灯りも見えない、月が三日月になっている……ここと全く同じ現象がいくつもあがってきたからだ。

「とりあえず熊本の駐屯地は無事が確認できたのはよかったが……」

「やはり本当にタイムスリップしてしまったのか……?」

隊員たちはお互い不安そうな顔を見合わせた。

「隣県はどうだ?」と袋津1等陸佐は尋ねるが反応はいま一つのようだ。

「分かった。引き続き呼びかけは続けろ。とりあえず本部に報告してくる」

対策本部を設置中の幹部たちは袋津1等陸佐の報告に愕然とし、この異常事態にまるで自分たちだけがポツンと取り残された感覚に陥る。

「やはりそうか……第8情報隊のUAVを飛ばす許可がほしい」と第8師団長を務める砂岡陸将は要望を出す。

「同感です。関川陸将、第42即応機動連隊や第4偵察戦闘大隊等にも部隊派遣命令を出すのはどうでしょう」と幕僚長兼健軍駐屯地司令を務める曽木 雄一郎(そぎ ゆういちろう)陸将補も提言する。

「そうだな……それと防衛省や霞ヶ関、海保、警察署、各市役所等はどうなっている?」と関川陸将は袋津1等陸佐に再度確認をとる。

「何度も呼びかけてますがまだ繋がりません」と残念そうに首を振った。

向こうが混乱しているならまだしも最悪のケースは自分たちだけタイムスリップしたとなると、これはかなりまずい事態だ。

関川陸将は災害派遣の3つの要件(公共性・緊急性・非代替性)を満たしていると判断し、第83条第2項に基づき自主派遣を決定したことで各部隊はあわただしく動き始めた。

 

 

 北熊本駐屯地では方面司令部からの自主派遣要請を受け、カタパルトと専用のコンテナに入れられたスキャンイーグル2、もといUAV(中域用)が隊員によってえっちらおっちらと運び出されていた。

このUAVは約13㎏前後しかなく一人でも運べるほど軽いため、最小限の人数であっという間に展開することが出来た。

東西南北の方向を偵察するため計4つのUAVがカタパルトに載せられ発射を今かと待っていた。

「まさかこのような形で飛ばすとは思いもしませんでしたね」

第8情報隊所属の石山 竜也(いしやま たつや)1等陸尉が隣にいる隊長に声をかける。

「あぁ、まったくだ。これで周辺の状況がわかるだろう」

第8情報隊隊長を務める藤山 優介(ふじやま ゆうすけ)2等陸佐が門の辺りに目を向けると、第8偵察隊の隊員が乱れなく整列し近くには偵察用オートバイや軽装甲機動車、数々のトラックが止まっていた。

「偵察隊も総動員か……そりゃそうか」

「そういやRCV見かけませんね」

石山1等陸尉が辺りを見回すと、RCVがいないことに気付いた。

RCVとは87式偵察警戒車のことであり、25mm機関砲や暗視装置、後方TVカメラ等を装備しているのが特徴である。

「武装した車両が偵察すると誤解を招く恐れもあるから待機だとよ。おそらくキドセンを持ってるとこもそうじゃないかな」と藤山2等陸佐は答える。

キドセン、もとい16式機動戦闘車は見た目は戦車なのに足回りが装輪式となっている。

100km/hで迅速に展開し52口径105mm砲の火力を持ち、優れた光学系サイトだけでなく行進間射撃もできるのが強みだ。

ゆえに今回の偵察としてはどちらも過剰と判断されたため、おとなしく待機となっていたのだ。

「あぁなるほど。優秀なセンサーがあるのになぁ……でもその代わりがUAVってことですね」

「そういうことだ。UAVである程度偵察したらその情報を元に偵察隊が最終確認。五感より勝るものはないよ。おっ、そろそろ時間だな」

言葉通り、UAVは勢いよくカタパルトから発射され軽快なプロペラ音を響かせ、あっという間に夜空へと溶け込んでいった。

「さて鬼が出るか蛇が出るか……」

藤山2等陸佐は不安そうに呟きながら、重い足取りでUAVを操作している簡易テントへ向かった。

 

 

 

 

 様々な発電機用投光器が運動場に並んでいる健軍基地の災害対策本部。

本部の設置から10分ほど経過し、関川陸将を始めとする幹部たちはUAVから送られたリアルタイム映像を見つめていると大まかに周辺の様子が分かってきた。

まず地形はほぼ変わっていないが一番の違いは市街地は存在するものの、そのほとんどが焼け落ちていたことだ。

基地の隣にある謎の建物もかなりひどく焼け落ちていた。

「あの時の地震で大規模な火災があったのか……?」

タイムスリップだとは認めたくない第4師団長の横越 巧(よこごし たくみ)陸将の言うことは確かに一理ありそうだ。

関東大震災の例によればちょうどお昼ごろであり多くの家庭で火を使っていた。

さらに木造住宅が多く風も強かったことも運悪く重なり、あちらこちらで火の手が上がり始めるとあっという間に延焼し東京を中心に被害が続出した。

「にしてはおかしくないか?その辺をアップしてほしい」

砂岡陸将はなにか違和感を感じ取ったようだ。

「映像を拡大できるか?」と隊員が無線で確認を取ると、可能だと返答が来る。

UAVの操縦員がカメラをズームすると、あるところではコンクリート造らしき建物が原型もなくバラバラになっていたり、道路には至る所に穴が開いていた。

「まるで多連装で耕したみたいだが、それにしては着弾跡が多すぎる……まさか空襲かこれ?」と西部方面特科隊長兼湯布院駐屯地司令を務める城山 薫(しろやま かおる)1等陸佐は考察していた。

西部方面特科隊が所持している『多連装』とはMLRS(多連装砲ロケットシステム)のことである。

12連装の227mmロケット弾を4.5秒間隔で発射することで制圧面に関してはこれ以上ない装備だが、ここまで広い範囲が壊滅しているのは見たことがなかった。

「確証が欲しいな。確か熊本空襲の資料が資料室にあったはずだ」

「関川陸将、私たちが探してきます」と健軍駐屯地業務隊隊長を務める大江 俊夫(おおえ としお)1等陸佐が申し出ると、すぐに隊員たちを引き連れて数十分後に資料室からいくつか資料を持ってきた。

熊本市街を飛んでいたUAVは遠隔操作によってさらに高度をあげると、市街地上空をグルグルと旋回していく。

健軍駐屯地の幹部たちは送られた映像を見ながら戦災地図を見比べていく作業をしていく。

彼らが見ていたのは『熊本空襲戦災地図』、『熊本空襲を語り継ぐ』、『熊本県の百年』、米軍資料や当時の新聞だった。

調べを進めていくうちに空襲による焼け跡が資料と変わらないことが分かり、本部内は騒然とした空気に包まれた。

「認めたくなかったがやはりここは1945年の熊本市ということか……」

大きなため息をつきがっくりと肩を落とす横越陸将の言葉が、この場の全員の気持ちを代弁していた。

「正確な日付は不明ですが8月10日以降かと思われます」と大江1等陸佐は推察した。

「ということは史実なら終戦間近か、とっくに終わってるな。これからどうするべきか考えなければ」と砂岡陸将が言うと、周りの幹部も同意するように頷き合う。

「なら我々ができることといえば復興ではないか?」

第5施設団長兼小郡駐屯地司令を務める稲葉 幸治(いなば こうじ)陸将補が提案するも、関川陸将は難しい顔を浮かべながら語る。

「確かに復興は当然としたいところだが、まずはこの日本や世界がどうなっているか知る必要がある。情報隊と偵察隊が持ち帰った情報と現地人との交渉を経てから総合的に判断したほうがいい」

確かにその通りだと彼の意見に反対するものはおらず、全員が賛成の立場を示した。

すると1本の無線が入ってきた。

 

 「こちら健軍駐屯地対策本部……えっ、それは本当なのか?古間空将、緊急事態です」

電話対応した通信科の隊員が慌てた様子で西部航空方面隊司令官を務めている古間 貴之(ふるま きし)空将に報告してくる。

「一体何があったのかね?」

「春日基地と築城(ついき)基地が大日本帝国陸軍の格好をした集団によって囲まれつつあるという報告がありました!なお小銃らしきものを装備しているとのこと。そして、新田原(にゅうたばる)鹿屋(かのや)の通信も復旧しましたが、大日本帝国空軍の航空機やパイロットが多数見られると!」

突拍子もない内容に数秒間ほど古間空将を始めとする幹部たちは固まった。

それと同時に本当にタイムスリップしてしまったことを強く実感していた。

「そうだよな……昨日までなかった基地がいきなり目の前に現れたら誰もが確認するもんな」

第8航空団司令兼築城基地司令を務める貝津 正幸(かいつ まさゆき)空将補は納得したように静かに呟いた。

「帝国陸軍の数はどれくらいだ?」

古間空将は通信科の隊員に尋ねる。

「確認します……どこも歩兵騎兵を中心とした小隊レベルの規模とのことです」

「となると偵察か……」

万が一のことも考えて古間空将は基地警備隊に警戒態勢を敷きつつも、彼らとコンタクトを取ろうと伝えようとしたところ、また一本の無線によって遮られた。

「はい、対策本部で……ええっ、そちらも!?」

今度はどんな発言が出てくるのかと、全員が固唾を飲んで見守っていた。

三面(みおもて)海将!佐世保基地にて大日本帝国海軍と説明のつかない第三勢力が現れたとのこと!」

「説明のつかない第三勢力?なんだそのあいまいな報告は」

佐世保地方総監の三面 光輝(みおもて こうき)海将は怪訝な顔を浮かべる。

「いやそれが……自分でも本当なのかどうか。説明しても信じてもらえるのか……」

「構わん。言いたまえ」

「了。ええと、男性1人と複数の女性で、提督及び艦娘と名乗っているとのことです」

「うーん……疲れているのかな私は。提督と艦娘と聞こえた気がしたが間違いないんだな?」

三面海将は眼鏡を外して眉間を揉みほぐしながら再度尋ねる。

「はい、確かに間違いないと。それとトップ同士の会談を設けたいそうですぐに戻ってきてほしいと」

「いきなりだな……分かった早急にヘリを手配してほしい」

高遊原(たかゆうばる)駐屯地に西部方面航空隊が駐屯していますので、UH-2をこちらまで手配します」

そこに待ったをかけたのは古間空将だ。

「日本とはいえここは俺たちの日本ではない。許可なしに飛ばしたらまずいのでは?」

新型の多用途ヘリとはいえ最大速度259km/h、巡航速度230km/h前後であり万が一レシプロ戦闘機に追いかけられたら勝てる見込みは少ない。

「確かに……でも今は夜ですし大丈夫なのでは」

通信科の若い隊員は疑問を口にするが古間空将は即座に否定した。

「甘いな。旧日本軍は夜間戦闘機というのも持っていたんだぞ。疾風(はやて)月光(げっこう)屠龍(とりゅう)なんかが有名だ」

現代機だけでなく第二次世界大戦機にも詳しい古間空将に言われ若い隊員は納得するしかなかった。

古間空将の部屋には様々な飛行機のプラモデルなどが飾られてあることは空自や自衛隊オタクの間ではちょっとした有名人であるものの、通信科の若い隊員は無線マニアだったので空のことには疎かった。

「かといって車では時間がかかりますよ。どうしたものか……」

次から次へと湧き出てくる難題にどう対処するべきか三面海将は頭を悩ませる。

 

 「関川陸将、先ほどのブラックホールに加え大日本帝国陸空海軍と艦娘と名乗る謎の集団となると災害派遣では対処できません! 向こうが偵察とはいえ見たこともない兵器をみたら敵の新型兵器と判断され基地を制圧する可能性もありえますし、ここは警護出動を検討してはどうか」

警護出動、第5航空団司令兼新田原基地司令を務める岩津 朗(いわつ あきら)空将補の爆弾発言に対策本部はざわめきが広がっていく。

「待ってくれ、それは無茶だぞ!?」

「日本人同士で戦争をおっぱじめる気か!?」

「じゃあなにもせず基地や隊員に被害が出ていいんですか!? 貴重なF-15J/DJ(イーグル)F-2(ハイパーゼロ)F-35(ライトニングⅡ)等が失ってしまったら責任とれるんですか!?」

彼の言う通り我々の存在が向こうにどのように映っているのか分からない。

仮に交渉しても帝国陸海空軍に謎の集団が基地を制圧して装備類を押収しまう可能性はゼロではない。

貴重な人員と兵器がいきなりここで失われてしまえば今後の活動に支障がでてしまうだろう。

これは早急に対応しなければならない問題だが、それを決める権限は自衛隊(こちら)にはない。

理由は自衛隊法第81条の2により定められている。

 

【第1項 内閣総理大臣は日本国内にある次に掲げる施設又は施設及び区域について《中略》、又は重要な施設その他のものを破壊する行為が行われる恐れがあり、かつその被害を防止するため特別の必要があると認める場合は部隊の出動を命じることができる】

 

【第2項 内閣総理大臣は警護出動を命じる場合、あらかじめ関係都道府県に意見を聴くとともに、防衛大臣と国家公安委員会との間で協議をした上で期間を指定しなければならない】

つまり自衛隊の基地が破壊される恐れがあっても、内閣総理大臣と連絡が取れない現状では無理なのだ。

 

「しかし警護出動となると内閣総理大臣の命令がないと出せん。上との連絡はまだつかないのか!?」

「はい、あらゆる通信を試みてますが未だに繋がりません」

「くそ、こんなときに限って。ここは同じ日本のはずだ。まずは刺激せずこちらから歩み寄ってじっくりと話し合うべきだと思う。それでも向こうがなりふり構わず攻撃を仕掛けてきたら…………内閣総理大臣の命令無しに動かした責任は私が全て取るので警護出動を命じる。それでいいか?」

関川陸将は覚悟を決めた様子で対策本部にいる幹部たちに確認をとる。

シィン、と空気が静まり返り、どう答えれば最適解なのか誰もが悩んでいた。

しばらくの沈黙を破ったのは三面海将だった。

「私も責任を取りますよ。行方不明だと思っていた自衛隊が無事に戻ってきたのに法律を破って警護出動を出したと知ったら、上はカンカンになりますね」

「私もだ。タイムスリップという特例中の特例でもクビはまぬがれんだろう。まぁ、辞表を叩きつけるし部下を守れるなら本望だ」

古間空将も覚悟を決めた。

すると健軍駐屯地警備隊隊長の長潟 圭(なががた けい)から通信が入った。

『近隣住民とマスコミ、旧帝国陸軍らしき組織が何事かとこちらに来ています』

「陸軍かちょうどいい! 飛行許可取れないか確認してくる」

三面海将は椅子から腰を浮かしたが関川陸将によって止められる。

「待て、私も同行しよう。しかしマスコミか……熊本防衛支局の総務部長はいるか?」

関川陸将が呼びかけると、諏訪 文也(すわ ふみや)総務部長が奥のほうからやってきた。

「報道官にマスコミ対応をお願いしたいがよろしいか?」と諏訪総務部長に確認をとる。

「大丈夫ですがどこまで説明を?私たちは未来の日本からタイムスリップしてしまいました、と正直に言っても信じますかね?」

「そうだな……ここは正直に言おう。自衛隊の装備や通貨を見せれば多少なりとも納得すると思う。しかし機密事項に関わることは伏せておいてほしい。それから、こちらも情報が欲しいから適当にあしらうことはしないように」

「分かりました。報道官に伝えておきます」

長い一日になるだろうな、と関川陸将は肺にたまった空気をゆっくりと吐き出した。




楽しかったー FSW!
おいしかったー コニシガノフやうどん、瑞雲焼き!
すごかったー Toshi提督と吉田兄弟と無良提督!
速かったー レーシングカー!
最後まで行けなかったー 夏イベ!
秋刀魚ではなくハロウィンー 南瓜任務!

そしてアルビレックス新潟のJ1昇格&J2優勝おめでとうございます。推しのチームがやっと這い上がれたか……よくここまで持ち直したと思います。もうJ2にはいきたくないわ!あそこは底なし沼よ!


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4話 佐世保鎮守府

 同時刻、海自のほうではもっと大混乱となっていた。

佐世保鎮守府内に大日本帝国海軍、海上自衛隊、そして艦娘たちが鉢合わせしたのだから。

ここで各鎮守府はどのようになっていたのだろうか。

上空から見下ろすと、ニミッツパークと呼ばれていたところに艦娘の佐世保鎮守府が、米海軍佐世保基地の学校があった所は海自の佐世保地方総監部、そして帝国海軍の佐世保鎮守府はいつも通りの場所となっているが空襲で焼け落ちており無残な姿になっていた。

物々しい雰囲気となったのも当然で佐世保鎮守府防衛隊や佐世保陸警隊がそれぞれの装備を持ってにらみ合っていたが、帝国海軍も海自も共通の疑問を持っていた。

(女性ばかりのあれは一体何だ?)

 

 刀を持って片目に眼帯をしている紫髪と薙刀を持った同じ髪の色の女性。

同じく片目に眼帯でマントを被りサーベルのような武器を持っているイケメンな緑髪の女性。

巫女のような服を着ているのに日本刀を持ってる女性が二人。

闇に溶け込むような学ランスカートと軍帽で同じく日本刀を帯同している女性。

ニンジャとサムライのような雰囲気をまとっている女性が二人。

なぜかカメラを構えてパシャパシャと撮っている女性が一人……と見たことのない女性たちが集っていた光景に釘付けになっていた。

 

 すると奥から第1種軍服を着ている男性とセーラー服を着ている女の子がやってきた。

あまりにもミスマッチな光景にお互いが困惑していると、拡声器で男性が呼びかける。

最初はハウリングが酷く聞き取れなかったが、音量調節をしていくにつれ聞き取れるようになった。

「私は敵ではなく佐世保鎮守府の責任者だ。事態が飲み込めなく困惑しているが、まず君たちの責任者と話し合いたい」

まさかの日本語で呼びかけられたことに一同は驚きと安堵をもたらした。

言葉が通じなかったらどうしようと皆不安になっていたからだ。

それでも警戒心は緩まず防衛隊は銃口を向けながら、陸警隊は催涙弾投擲銃を持つも銃口は向けずに警備犬や特別警備隊もいつでも行けるよう後方で待機。

女性たちの集団は指示が出たのか武装解除しているようで成り行きを見守っていた。

 

 「ねぇ、あの銃って……」

「あぁ、懐かしいな。それにどちらも私たちの名前を持っている船がある組織だろう」

巫女のような服と日本刀を組み合わせている彼女の名は伊勢と日向。

日本刀はすでに鞘にしまい敵意がないことを示していた。

(一体どうなるやら)と日向はそんなことを考えていると、向こうから知っている顔が見え驚愕した。

「なっ、あのお方はまさかっ……」

そして隣にいた青葉もカメラ越しにあんぐりとした表情を浮かべた。

「なんで艦長がここに……!?」

 

各々の責任者を呼び出そうとそれぞれが動いていると、数分もしないうちに責任者が走って出向いてきた。

広場で責任者同士出会うとが敬礼し、まずは互いに自己紹介をする。

「帝国海軍佐世保鎮守府司令長官の杉山 六蔵(すぎやま ろくぞう)中将である」

「海上自衛隊佐世保地方幕僚長 南魚 哲也(みなみうお てつや)海将補と申します」

普通に佐世保鎮守府と言おうとした鵠大将はまずいと悟った。

これでは所属名を名乗るとき三つとも佐世保鎮守府では混乱するだろうと、とっさに思いついた言葉を脳内に並べる。

深海棲艦特設災害対策(深災対)執行組織日本本部 佐世保鎮守府の鵠 清五郎(くぐい せいごろう)大将です」

即席とはいえよく噛まずにすらすらと言えたと鵠大将は心の中でどや顔した。

しかし、この場にいるお偉い方たちは深海棲艦という言葉の意味が分からず困惑していた。

「えっとすみません、その……深海棲艦とは?」と南魚海将補は恐る恐る質問する。

「えっ、そちらには深海棲艦がいないんですか?」

「いないもなにもそのようなのは聞いたことも見たこともないですが……」

なんということだと鵠大将は衝撃に包まれた。

「杉山六蔵中将、深海棲艦というのは聞いたことは……?」と祈るように尋ねるが

「ない」と首を横に振りきっぱりと断言する杉山中将の言葉を聞き、がっくりと肩を落とす。

まさか深海棲艦、いや艦娘すら存在しない世界があるとは思いもしなかった。

一から説明しなければならないがどうやって説明しようかと悩む。

まさか海の底から正体不明のがいきなり湧いたかと思うと、第二次世界大戦で活躍した艦が女の子になって戦っているとは信じられないだろうなと思った。

 

 「まぁ深海棲艦や海上自衛隊とはなにか……追々詳しく聞くとして、君たちはそもそもどうやってここに現れたんだね?敵か味方か?返答次第では」と杉山中将は二人をジロっと見つめ右手を挙げる。

すると杉山中将の後ろで警戒していた防衛隊のボトルハンドルが一斉に音を立てた。

その動きを見た佐世保陸警隊司令の大形 正人(おおがた まさと)一佐は無線で南魚海将補に話しかける。

『南魚海将補、どうします?』

「そのまま待機。決して銃口は向けるな」

平常心を心がけ小声で応答するが、内心はいつ撃たれるか気が気でなかった。

それに喉も砂漠のようにカラカラになり、背中や脇は汗でびっしょりとなる。

ちらりと目線と隣に移すと、鵠大将はさほど気にしておらずそれどころか余裕の表情を浮かべている。

それもそのはず、鵠大将の後ろには向こうで静観していた女性たちがいつのまにかいた。

(なっ、いつのまに……音も気配もしなかったぞ!? まるでS部隊のようだな)

S部隊とは特殊作戦群と呼ばれる謎の多い特殊部隊だ。

一度基地の警護訓練で仮想敵をしてもらったが、ものの数分であっという間に制圧され、終いには抹殺された苦い思い出がある。空挺団もすごかったが彼らはもっとすごかった。

彼女は長手袋の下に着けている網手袋や赤い腰帯等を身に着けているので、かなり目立つくノ一だなと南魚海将補は思った。

あとは中学生にしか見えないセーラー服の子と日本刀を腰に帯同している黒い学ランスカートの子、合わせて3名が守護り(まも)にきたのだろうか。

よくよく見るとどちらもかなりの美人で見惚れそうになるが、気を取り直して目の前のことに集中することにした。

 

 「ほぅ、そちらのお嬢さん達なかなかやりますな」

杉山中将は感心していたが内心は冷や汗をかいていた。

(この雰囲気と佇まい、幾つもの戦場をくぐり抜けてきた強者か。ただの奇抜な女性ではないということだな)

「だがこちらでは見たことも聞いたことのない名前なのだ。調べさせてもらいたいのだがよろしいか? ちゃんと協力してくれれば手荒なマネはしない」

「ほぅ、手荒なマネとは……どこかにぶちこんで情報を吐くまで拷問でもする気かい?」

ゆらぁ、と殺気が発せられ鵠大将の周辺の空気がぐにゃぁ、と歪んでいるような気がした。

その殺気に南魚海将補は思わず距離を取り、杉山中将は息を吞んだ。

後ろにいる彼女たちもただならぬ殺気を出している。

その光景に距離があるはずの防衛隊も陸警隊も後退りした。

屈強な彼らが口をそろえて言うには、銃があるのになぜか勝てる気がしないと後に語っていた。

「ッッ……す、すまなかった。丁寧に対応するのでそちらの持っている情報も教えてほしい」

「拷問や自白剤などの非人道的行為はしないと約束できるか?」

「は、はい! 誓って約束します!」

ふっ、と四人の殺気が収まると杉山中将と南魚海将補は汗がどっと吹き出て、呼吸するのを忘れたかのように荒い息を繰り返していた。

まるで日本刀が四方八方から突きつけられているかのような錯覚だった。

 

 「少しいいですか?三面 光輝海将は……あ、海将とはこちらでは大将に当たる地位ですね。今は熊本市にいるのですが、会談するなら呼び戻したほうがいいでしょうか?」

「熊本市におるのか……呼び戻してほしいが佐世保航空基地は少し離れているしここまで来るには車で20分ほどかかる。それでもいいなら着陸許可を出すが」

杉山中将は脳内で地図を思い浮かべていた。

佐世保航空基地は佐世保市崎辺町にあり水陸両用の航空基地であるもの、本格的には使われていない。

少し時間は喰うが使うならそこがいいだろうと判断したが、南魚海将補は心配いらないと笑みをこぼす。

「それについては及びません。ヘリコプターを使います」

ヘリコプター、と聞いて二人の頭にはてなマークが浮かんでいたが、鵠大将が思い出したように口に出した。

「もしかしてオートジャイロですか?」

「はい、それをさらに発展させたのがヘリコプターです。杉山中将殿、お願いがあるのですがよろしいでしょうか?」

「なんだね?」

「我々は本来ここには存在しない組織です。すなわち所属不明の航空機となってしまいます。同じ日本とは言え撃墜される可能性もありますのでそれを避けるために飛行許可をお願いしたいのです。許可が出れば40分前後でこちらに到着します」

「分かった許可をする。陸と空にも私のほうから話をつけておこう。海軍の偉い方が緊急の用事で佐世保に向かっている、と言えば大丈夫でしょう」

「それに夜ですし着陸しやすいよう探照灯を照らしておきますね」

鵠大将も協力を申し出る。

「ありがとうございます」と南魚海将補はピシっとしたお辞儀でお礼した。

ひとまず一旦その場は解散し、飛行許可を得るため各々が行動を開始した。

 

 幸いなことに健軍駐屯地でも同じような話が出たためかとんとん拍子で事が進んでいった。

きっかり40分後、遠くからローター音がパタパタと聞こえてきた。

対空レーダーをみると佐世保湾のほうからやってきているようだ。

「よし、探照灯のシャッター開けろ」

鵠大将が艦娘たちに無線で指示を出すと、佐世保鎮守府の上空に一斉に光の道が出来上がった。

それはまるで滑走路灯のようにヘリを導き、あっという間に広場の上空へと到達した。

ローターから吹き下ろされたダウンウォッシュが周囲の草木を波紋上になびかせながら、スムーズに広場へと着陸していく。

着陸したのを確認した艦娘たちは探照灯のシャッターを閉じ撤退する

その様子を遠くから見ていた杉山中将らは驚き、鵠大将は感動し、青葉は興奮しシャッターを連発して撮っていく。

実は鵠大将はS-51Jという回転機翼を資料上で見たことがあるのだ。

ゆえに驚きはしなかったが幌筵には持っていない装備なので今だにお目にかかることはなかった。

「すごいでありますな。カ号より使いかってがよさそうであります」

提督の隣にいたあきつ丸も感心していた。

彼女は改に改装するとカ号を持ってきてくれるが、カ号はオートジャイロのためあのような動きはできない。

「それに迷彩はおそらく陸さんのですかな? 山林に溶け込みやすそうであります」

ヘリコプターをよく見ると確かに緑や茶色などの色で構成されている。

山林を低空で飛んだら見つけにくそうだし合理的だなと鵠大将は思った。

 

 一方で杉山中将らは不思議な動きをする機体に宇宙猫状態となっていた。

「なんじゃありゃ……」

「すごいのぅ……」

広場上空でピタッと止まったかと思うと徐々に高度を下げて難なく着陸する様子をただただ口を開けてぽかんと眺めるしかない。

あっけにとられていると、機体から黒色を基調とした制服の人が正帽が風で飛ばされないよう手で押さえながら降りてきた。

先ほど会話した南魚海将補も彼の近くに行きなにやら話し合いしながら小走りでこちらに向かってくる。

おそらく彼が三面光輝海将なのだろう。

年齢はパッと見て50代後半だろうか?顔立ちは優しそうで軍人というよりどこにでもいるようなおじさんという感じだった。

しかし見た目だけで判断するのは危険だ。先ほどの鵠大将の件を思い出したからだ。

165cmほどの20代の彼があれだけの殺気を放せるのは相当の修羅場をくぐってきたに違いない。

故に杉山中将は警戒し少しだけ身構えた。

三面海将は杉山中将らに気づくと帽子を外し軽く会釈をして近づいてきた。

「遅くなり大変申し訳ありませんでした! 三面光輝海将です。以後よろしくお願いします!」

ヘリの騒音に負けぬよう大声で自己紹介してきた彼にこちらも負けじと挨拶する。

「熊本からご苦労様だった! 私が杉山 六蔵 中将である!」

「僕が鵠 清五郎 大将です! 遠い所からわざわざありがとうございます!」

お互い大声で挨拶するも帽子を外し右手で握手を交わす。

丁寧かつ柔和な物腰に好印象を持った杉山中将はホッとした。

「早速ですが会談場所は地下防空壕で?」

「うむ、到着したばかりですまないがついてきてくれ」

杉山中将を先頭に二人が跡を追うと、UH-2はふわりと上昇し先ほど来た空路へ戻り夜空へ消えた。

あれほど騒がしかったのが何もなかったように静まり返った佐世保鎮守府はそよ風がひんやりと吹いていた。

「なんだったんだろ……夢でも見てたのかな」

「まるで狐に化かされたかのようだ」

近くで見ていた帝国海軍佐世保鎮守府防衛隊は皆同じことを思い、この日の出来事を一生忘れることはなかった。

 

 

 




今日はJ2最終節であり新潟県中越地震から18年。
あの日は浦和レッズの試合をテレビで見てるときにグラッときたのを今でも覚えています。
確かビッグスワンも自衛隊の前線基地となって使えなかったかな



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5話 情報開示Ⅰ

秋刀魚祭りは工廠任務だけできんかった……ネジと瑞雲が足らんかったチクショウメッ


 杉山中将を先頭に鵠大将と三面海将、そしてその護衛たちは佐世保鎮守府防空指揮所の入口前にやってきた。

鵠大将は秘書艦の吹雪と陸軍に詳しいあきつ丸を護衛として連れ、三面海将は管理部長の関屋 伸(せきや のぼる) 一等海佐と佐世保陸警隊から前川 篤司(まえかわ あつし)副隊長を連れてきている。

門番の海軍兵士の二人は身体検査をしようとしたが後ろにいる人を見て躊躇してしまった。

なぜなら女性が二人、しかも見た目は中学生にしか見えないからだ。

(おいおいまじかよ……)

(うっわめっちゃ美人じゃん。しかし、どうするこれ?)

門番の二人はアイコンタクトで会話していた。

女性がほとんどいない職場に美貌な女性が現れてしまえば反応してしまうのも無理はなく、しかもどちらも発育がいいのだからごくりと唾を飲み込む。

ゆえに身体検査をしようにもできず戸惑っていると、1ついい案を思いつく。

「杉山中将殿、あの、すこしよろしいでしょうか?」とこそりと耳打ちする。

「なるほど……君たちでは躊躇してまうから女子の国民義勇隊を呼んで代わりに身体検査をか……よし、呼んで来い」

「はっ、ありがとうございます」

電話をかけてから数分後、女子の国民義勇隊が2人やってきた。

「えっと、あの方たちを身体検査すればいいんですよね?」

「そうだ、武器やカメラ等怪しいものがないか確認すればいいだけだ。もし見つけたら触らず私たちに報告するように」

「わかりました。すみません失礼しますね」

荻川 洋子(おぎかわ ようこ)はセーラー服を着ている女性の担当となった。

服の上からポンポンと触っていくが、引き締まった体に驚く。

荻川の身長は150cmくらいなのでほぼ同じ目線となる。

お肌はモチモチ、それなのにここまで鍛え上げられた筋肉は羨ましかった。

(すごいなぁ……どうやったらここまでになるんだろう)

 

 私も黒の学ランを着ている女性に身体検査していくが、見ただけでわかる二つのたわわに顔を赤めた。

少し背が高めなので160cmくらいかなと思う。髪も黒くサラサラなのに白く化粧された顔は芸妓みたいで美しかった。

白手袋を外してもらうと予想とは裏腹に手のひらがごつごつと硬くなっている。

(すごい……)

「気になるでありますか?」いきなり話しかけられドキッと心拍数が上がった。

「あ、はい……」

「奴らと戦ったり日本刀で振り回たりしてたら自然とこうなってしまったであります。最初はタコが痛かったけどもう慣れてしまったでありますな」

ケタケタと笑う彼女に私は苦笑いするしかなかった。

「でも向こうの子がすごいであります。何せあの子より大きい敵を素手で屠れるし……おかしいでありますよ。彼女と何度も手合わせ願いましたが連敗中であります」

「そんなに強いんですか」

身長や見た目は私と変わらないのに意外だった。

「えぇ、悔しいですが彼女は最強でしょう。日本刀使っても勝てないってもう訳が分からんであります。彼女に追いつけるよう日々鍛錬してますが、まだまだ先は遠そうであります」

身体検査が終わると、どちらも特に怪しいものはなかった。

「あの……お名前は?」

「あきつ丸であります。そしてセーラー服の彼女が吹雪でありますな。貴方は……?」

「あっ、私は秋葉 舞衣(あきば まい)と申します」

「秋葉 舞衣……ふむ、いい名前でありますな。以後お見知りおきを」

別れ際にあきつ丸さんは屈託のない笑顔を見せ優しく頭を撫でてくれた。

その温もりはとても心地よく感じた。

(またどこかで会えるかな?)

あきつ丸さんの背中を見送りながら私はそんなことを思っていた

荻川 洋子と秋葉 舞衣は何か不思議な体験をしたと後に周りに語り、この出来事を忘れぬよう日記にもつけた。

 

 「あきつ丸さん、先ほどの彼女達って……」

「えぇ、恐らく国民義勇隊でしょうな。時計はまだ狂ってたので精確な日時は分からないでありますがなんだか嫌な予感がするであります」

「まさか戦時中?」

「その可能性は高いでしょうな。提督と三面さんも薄々気づいているようでありますが……」

吹雪とあきつ丸は小声で話していると、頑丈そうな佐世保鎮守府防空指揮所の扉が重い音をたてて開いていく。

中に入るとひんやりとした空気が肌に触れ鳥肌が立つ。

電気は通っており薄暗い照明がコンクリートで覆われた壁をぼんやりと映していた。

カツン、と靴の音が反響する階段を下った先にはまた頑丈そうな扉がある。

扉が開けられると空調室のようで、ゴウンゴウンと大きな音を立てて機械が稼働していた。

杉山中将の説明を聞くとここは各電気設備が発する熱を抑えたり、各室を快適に過ごせるよう冷暖房設備が完備されている。

そして地下1階と2階に別れていて700㎡以上の面積があり、外壁の厚さは1mで天井に至っては3mものコンクリートで覆われているそうで佐世保空襲の時は上や隣にあった建物は焼失したが内部までの被害は皆無だったそうだ。

空調室を抜け長い廊下を通り過ぎた先には地下1階には中央に防空指揮所が構えてあり、それを取り巻くように作戦室や発令所、情報室等が配置されており職員たちが忙しく動き回っている。

杉山中将たちとすれ違った職員は移動の邪魔にならぬよう廊下の端に移動し敬礼で挨拶するも、やはり後ろにいる女性に驚きお手本のような二度見をしていった。

「随分と慌ただしいですね」

関屋一等海佐は職員を見送りながら言うと、杉山中将が当たり前だと言わんばかりに答える。

「そりゃ連合国軍との本土決戦が間近ですからな」

 

彼は今、なんと言った……?

 

さぁっと体温が下がるのと時が止まったような感触に襲われる。

鵠大将と艦娘2人、三面海将らは互いに顔を見回すとどちらも血の気の引いた顔をしていた。

彼が言った言葉をとっさに理解できず頭の中で何度も反復した。

だがそんなことはお構いなしといった様子で杉山中将は歩きながら説明を始めた。

なんでも南九州では連合国軍の艦砲射撃や空爆が激化しているが、日々耐えて本土決戦に備えている。

一億総玉砕の精神で迎え撃てば寄せ集めの連合国軍なぞ恐るるに足らず必ず勝つだろうと鼻息を荒くして語る。

しかし話が頭に入ってこない。

本来なら1945年8月15日にポツダム宣言があり終戦の道が開かれたはずだ。

どういうわけかここは今だ戦争が続いているらしく、しかも南九州ということはオリンピック作戦だろう。

史実では行うことがなかった大規模上陸作戦が目の前に迫っていることにめまいがしてきた。

 

 

 電話交換室の隣にあるラウンジに案内され入室するとそこには長机や革張りの椅子があり、壁際には立派な本棚が幾つもあった。

「私は準備があるので少しそこで待ってくれ。終えたら呼ぶ」

杉山中将が退出し足音が遠ざかったのを確認すると、全員が深い溜息をつく。

なぜ本土決戦が? 日本はどうなる?  我々はどうすればいいのか?

考えれば考えるほど頭の中が真っ白になり思考停止に陥りそうになる。

だがここで立ち止まっては何も解決しない。

三人寄れば文殊の知恵という言葉がある通り、どこまで情報を開示するかお互い確認しあう。

部屋に盗聴器がつけられている可能性があるかもしれないので、鵠大将が提案した筆談をすることにした。

『ひとまず……歴史や自衛隊のことはどこまで説明します?』

関屋1等海佐はそう書きながらちらりと顔を上げる。

『自衛隊の話をする以上、敗戦の事は避けられないがそれがどう影響するか……』

本土決戦前に士気を下げるようなこと言っていいのか三面海将は不安だったのだ。

それに未来から来たというだけでも信じて貰えるかどうか怪しいものだ。

タイムスリップなんてSF小説のようなことが実際にあるわけがないと思われているだろう。

しかし、それはあくまでも可能性だ。

今更、この世界に来た時点であり得ないことだらけなのだから。

『仮に隠したとしてもすぐバレる可能性は高いですよ。なにせこの紙やペンだけでも経済力や技術の高さが分かります』と関屋一等海佐は正直に話したほうがいいと伝える。

『しかし通貨については隠したほうがいいと思われます。銭や厘なんて使っていないことが分かってしまうと大変なことになるかと』

『ハイパーインフレーションか……』

もうその通貨は使用していませんよと教えてしまうと、軍の間で手放す人が増え民間人にもその流れが来るかもしれない。

ここの日本で銭や厘という貨幣の信認が落ちれば一気に暴落する可能性もありえたからだ。

 

いや、すでにインフレは起きてるかもしれない。

世界各国の投資家が本土決戦によって日本は滅びて円はもうなくなるだろうと踏めば円の信認も暴落しているだろう。

その最中に爆弾を放てば風前の灯火である日本経済は跡形もなく吹き飛ぶことも十分に考えられる。

『そもそも1000円札すらここではまだないはずです。買い物するにも昔の貨幣がないと混乱しますよ』

『そうなるとこちらで何かを売って貨幣を手に入れなければ。なにがいいですかね……』

海自側から売れるものはないか思案する。

ぱっと思いついたのは64式7.62mm小銃で沢山保管してあるが、こちらの銃と弾薬の規格が違うので融通が利かなくなるからと却下。

そうなると売るものがあまりないことに気づき、お先真っ暗になる。

こういうのは陸自の一人勝ちになるだろう。昔ほどではないがやはりライバル意識というものはある。

すると深災対の鵠大将が助け舟を出す。

『対空機銃なら腐るほど沢山あります。ここと規格が同じなら7.7mmや12.7mm機銃等はほとんど使っていないので売れると思います』

ふむ、と三面海将は考え込む。

魅力的な案だが、なぜ対空機銃を売ろうとするのだろうか。

一応聞いてみると対空用ではなく対人に使うことを想定しているそうだ。

12.7mmなんて重機関銃クラスであり、人間相手ならひき肉になってしまう。

『ただ、この場で思いついただけなので他の艦娘とも相談しなければなりません。反対が多ければ白紙にします』

『分かった。海自もいったん持ち帰って陸空と検討する』と三面海将はありきたりな返答をし、他の二人も同じ意見らしく首を縦に振る。

 

 『しかし兵器となると全部国産で通すしかないか……詳細な兵器のスペックを出したら向こうは本土決戦のためぜひ協力してほしいと言うだろうな。なにせ未来の軍事力だし猫の手も借りたいだろう』

三面海将は険しい顔でペンを走らせていた。

護衛艦のシステムや武装は米海軍をベースにしているし、繋がりも強い。

そのことが向こうにバレたら面倒なことになるのは目に見えている。

さらに小銃1つだけでもこの世界の小銃よりも凌駕するスペックを持つ。旧日本軍が協力を申し出ることは想像に難くないだろう。

『自衛隊は専守防衛があるとはいえ戦争を放棄しています。戦争に介入せず中立な立場として各国と交渉すべきでは? 政府や軍の上層部には反戦派や良識派がいるかもしれませんし彼らをうまく取り込めばいけるかも』

前川副隊長は持論を書くも、三面海将は難しい顔を浮かべながらペンを走らせる。

『本土決戦目前ということはおそらく彼らは牢屋送りか握りつぶされている可能性が高い。それに我は介入させるざ得ないかもしれん……私たちだけでなくもし熊本以外の九州に存在する陸空海自がここにタイムスリップしていたらどうする? 特に南九州にいる自衛隊員はすでに巻き込まれてもおかしくはない』

二人は分かりやすいほど青ざめた。

鹿屋基地には海自の哨戒機がある。

杉山中将が先ほど言っていたように南九州一帯は連日艦砲射撃や空爆されている。

もし自衛隊の基地が破壊されたら? 自衛隊の兵器が連合国に渡って解析されたら?

『かといって戦線にいる旧日本軍を横目に我だけがそそくさと撤退するのもな……これも陸空と早急に話し合う必要がある』

三面海将が書き終えるのを待ったかのように、鵠大将が手を上げる。

 

 『実は米だけでなく英や仏、豪などの連合国艦娘と枢軸国の独、伊の艦娘もいます。彼女の存在を知られたら向こうは連合国艦娘を敵とみなすかもしれません』

その内容に海自側は目を見開く。

艦娘は日本の娘だけかと思ったが、まさか海外の娘もいるとは予想外だったのだ。

『司令官、あの資料を見せて人間は艦娘に勝てないことを示してはどうでしょう?』

『あれか……確かに見せれば少なくとも制圧は無謀だと伝えられるだろう。しかし今度は自衛隊と同じく艦娘を前線に送れとか言いそうだ』

『かといって秘匿すれば後々面倒なことになります。どう折り合いをつけるか難しいでありますな……』

 

 ああでもない、こうでもないと筆談で会話している内に吹雪とあきつ丸の顔つきが変わった。

海自側からみると彼女たちは見えない何かと小声で会話しているように見える。

彼女は颯爽とペンを走らせると『杉山中将がこちらに向かってきている』という内容が書かれたメモを渡した。

足音も聞こえないのにいったいどうやって分かったのか不明だが、そんなことは後だ。

筆談メモ用紙やペンを急いで鞄に詰め込み何事もなかったように過ごす。

しばらくしてドアが開かれ杉山中将が戻ってくる。

(本当に来た……)

海自の3人は心の中で驚愕するもポーカーフェイスでなんとかやり過ごし、杉山中将に促されラウンジを後にし長官室に案内されると、室内には先客が4人いた。

スッと立ち上がり自己紹介していく。

「参謀長の石井 敬之(いしい けいし)少将である」

歳は52歳で千葉県出身の彼は榛名の艦長を務めたことがあり、その時にはガダルカナルの戦いやヘンダーソン基地艦砲射撃を経験している。

「参謀副長の大江 秀三(おおえ しゅうぞう)大佐です」

富山県出身であり長門や山城、熊野、鳥海など機関長を務めていて、歳は49歳で石井参謀長とは3つ離れている。

「私が護衛を務める佐世保海兵団団長の阿部 孝壮(あべ こうそう)少将と申します。そしてこちらが部下の藤家 和平(ふじいえ わへい)中佐です」

山形県出身の阿部少将はほとんどが白髪でかなり老けているように見えるがまだ53歳である。1940年10月11日の特別観艦式では比叡が御召艦となったときの艦長を務めていた。

佐賀県出身の藤家中佐の見た目は若々しく20代前後に見える。

彼らが彼女を最初に目にしたときはどこか懐かしい気配を感じたが、その正体が分からずモヤモヤしていた。

「どうぞ掛けてください」

杉山中将の言葉に従い椅子へ腰掛け、入り口からあきつ丸、吹雪、鵠大将、三面海将、関屋 一等海佐、前川 副隊長の順に座る。

杉山中将が向かい合うように椅子に腰を掛け、部下たちも椅子に座るとピリッとした緊張感が漂ってくる。

 

 「まず深海棲艦特設災害対策執行組織から話を聞きたい」

杉山中将は詳しく聞きたいと切り出した。

「わかりました。あ、その正式名称は長いので今後は深災対と略しても大丈夫です。まず深海棲艦とはなにかをお話しなければありませんね……吹雪、あきつ丸あの資料を」

二人が鞄から取り出したのは青のファイルで閉じられた資料だった。

「見ても構いませんよ。えぇとですね、2010年ごろから各海域のシーレーンでタンカーや商船、果てには客船までが被害に合う事例が発生。勿論軍も護衛していくようになりましたが時間が経過していくにつれ被害はうなぎ登りになっていきました。各国は敵対国もしくはテロ集団の仕業だろうとピリピリとしていましたが、それはすぐに覆されることになりました」

そう言いノートパソコンが出されると帝国海軍側は興味津々とした様子で見つめていた。

「ちょっと待ってほしい。その機械はなんだ? それにそのようなファイルはみたことのない」

杉山中将は疑問をぶつけると鵠大将はすぐに答える。

「あぁ、これはノートパソコンと呼ばれる持ち運び可能なコンピューターです。民間人のほとんどが持っています。そしてこのファイルは事務用のキングファイルと呼ばれるものでよく普及されているものですよ」

「なんと! そんな便利なものがありふれておるのか……」

「アナログコンピューターというのはあるが未来の日本というのはここまで技術は進歩しておるのか。我が日本は勝利し繁栄しているのだな」

石井少将は驚き、杉山中将は嬉しそうに話す。

少しは未来から来たことを信じてもらえたようで安心したが、内心は複雑な心境である。

 

 説明が再開されニュースや個人で撮られたもの等様々な映像が流れたが、共通していることは黒い何かによっていきなり襲われていることだった。

他の映像はもっとあるが刺激が強すぎるので出すのはやめておいた。

例えば隣にいた救命ボートが砲撃によって跡形もなくなっている映像だったり、戦艦の射撃で酷いことになっている沿岸部や、客船が深海棲艦に襲われ機銃掃射を受けているものもあったりする。

ちらりと帝国海軍側をみると深海棲艦よりも映像の鮮明さの方に驚きの声があがっていた。

「白黒ではなくカラーでここまで鮮明だとは……信じられん」

「しかもカクカクしていないぞ」

「一般人が持っておる板状の機械はなんなんだ?」

食い入るように見て感想を言い合っている。

「まぁこれがスタンダードなんですよ。ちなみに板状の機械はスマートフォンと呼ばれる小型の携帯電話です。分かりやすく言えばトランシーバーに近いですが、通信だけでなくカメラで撮影とかメモをとったり、計算したりと何でもできます」

「そこまで高性能なのか!?」

あんな薄っぺらそうな機械なのにいったいどのように詰め込んでいるのか理解し難い表情を浮かべる。

「値段によって性能は変わったりしますがね。ほとんどの国民、いや全世界のほとんどがスマートフォンを持っているのはもはや当たり前です」

そこまで科学技術が発展していたとは……しかも海自側も同じのを皆持っていると聞いて目玉が飛び出そうだった。

 

 「さて話を戻しまして、多方面に分析した結果深海から湧き出るように現れたことから深海棲艦と名付けられました。イロハ順に分けていますが後になるにつれ見た目が人間に近くなり、知能があがり鬼級や姫級といった言語能力をもつ深海棲艦まで出現しています」

「人間に近い……ということは対艦ミサイルの効果が薄くなる?」

三面海将はハッと気づいたようだ。

対艦ミサイルは慣性誘導やGPSで誘導し最終段階に電波ホーミングで目標を撃破する。

射程は数百キロを超えるのが当たり前なので当然水平線より遠くなりレーダー波は届かなくなる。

そのため観測ヘリなどを飛ばし目標を補足できるようになったが、それでも人間大の大きさを寸分狂いなく狙うには技術的に難し過ぎるだろう。

そもそも対艦ミサイルなのだから人間相手に使用することは想定していない。

「えぇ、海面に人間が立っているようなもんです。そんな小さい目標を対艦ミサイルで狙うのは難しくなります。かといって近づけば戦艦級の砲撃で危険が増す」

ノートパソコンを操作し画面を切り替えると、イロハ順に分けられた深海棲艦の写真一覧表が表示された。

写真越しでも十分威圧感があることが分かる。

しかも全体的に歯がむき出しになっている口もあるからもしかしたら人間を捕食しそこからDNAを接種して人型に近づけた可能性もあるのでは?と杉山中将は考察した。

その考察は正しかった。

とある海岸に流れ着いた深海棲艦を解剖していくと、胃には消化しきれなかった人間の骨や衣料の繊維等が検出された事例もあった。

資源を奪うだけでなく人間を捕食しDNAを得た。だから人型に近いのができあがったのではないか。

当たってほしくなかった予測は真実になり世界は恐れおののいた。

民間人が撮った映像の中には深海棲艦に喰われている映像もあるが先ほどと同様に見せるのは止めておいた。

絶叫と助けを求める声が響き渡る中、バリボリと骨が砕かれグチャグチャと血肉を噛む音は戦場に慣れている艦娘ですらトラウマになるレベルだからだ。

 

 「深海棲艦のせいでシーレーンは破壊され、空も航空力学を無視したような深海戦闘機まで現れ各国の経済は軒並みガタガタになりました。軍もなんとかしようとしましたが年々増してくる深海棲艦の勢いは止められずもはやここまでかと誰もが諦めかけたとき、2013年4月23日に5人の艦娘が現れ日本へ迫りくる深海棲艦を一蹴しました」

映像には機敏な動きで深海棲艦を翻弄する5人の艦娘が映っていた。

「そのうちの一人が私です」はい、と可愛らしく手を挙げたセーラー服の女性。

「とはいってもその映像に映っている方とは別ですがね。特型駆逐艦Ⅰ型1番艦、吹雪です。よろしくお願いいたします」

「そして自分は陸軍の特殊船丙型のあきつ丸であります」

海軍式と陸軍式の敬礼をしてきたので慌てて帝国海軍側も答礼する。

懐かしい気配の正体が分かったのはよかったが、にわかには信じられずお互いどういうことだ?と見合わせる。

そもそも史実ではすでに海の底に沈んでしまっているからだ。

なのに目の前にいるのはその軍艦だというのだが、見た目は女子中学生という有様。

頭がこんがらがってきそうだが、吹雪たちの顔を見るとその目は真剣そのもので嘘や冗談ではないことが伺える。

 

 「まぁ疑心暗鬼になるのも仕方ありません。証拠なら今からお見せするであります。吹雪殿、準備はよろしいですか?」

「はい。よしっ、擬装展開」

ハート型のアクセサリーから光が漏れ、あきつ丸と吹雪の体が光に包まれたかと思うと数秒後には擬装展開を終えた。

吹雪は12.7㎝連装砲と3連装酸素魚雷発射管を装着しキセル型の缶室吸気口を背負い、あきつ丸は飛行甲板が書かれた巻物と走馬灯を手に持っている。

「これが私たちの本来の姿です」

えっへん、とどや顔で吹雪はお披露目した。

だがそんなことを言われても納得できるはずもなく、鵠大将を除いた全員、口をあんぐりと開けて固まっているだけだった。

無理もない。目の前でいきなりこんなものを出されたら誰だってそうなるだろう。

ようやく話を切り出したのは杉山中将だった。

「し、信じられん……50口径3年式12糎7砲が人が持てるサイズになっているのも訳が分からんがどうみても本物の質感ではないか……」

「はい、勿論ちゃんと動きますよ」

吹雪が主砲を操作すると2門の砲身が同時稼働し、太ももにつけられている魚雷発射管もぐるりと回転する。

「やはり……その主砲はA型だ! 間違いない!」

藤家中佐はいきなり大声を上げたので周りもびっくりした。

「す、すみません! 実は私、初雪と磯波の砲術長を務めていたことあるのです。通りで懐かしい気配するなと思ったらそういうことでしたか……」

「えぇっ! それっていつ頃ですか?」

「初雪は1937年12月からですね。あとは転々として磯波が1941年9月からでした。最後は軽巡洋艦天龍の砲術長を務めました」

まさか初雪ちゃんと磯波ちゃん、それに天龍さんの元砲術長がここにいるとは思いもせず吹雪は驚きつつもなんだか嬉しかった。

「それが本物なら仮にここで撃てばどうなる?」

「そうですね。この部屋は確実に吹き飛んであなた方は血肉へと化すでしょう。試してみます?」

吹雪はニコッとした笑顔で言うものだから杉山中将の背筋が凍りつく。

本当にここでやりかねない迫力があったのだ。

海軍のお偉いさんたちも同じようで、冷や汗を流しながら首を横に振った。

 

 

 「まぁ、艦娘が現れた説は色々とありますが、通説によれば船魂信仰が大きく関係しているのではないかと言われています。船は昔から女性として扱うのが慣わしですから、それが影響してこのような姿になったのではないかと」

「船魂……女性……思い出した。重巡洋艦の愛宕であったな。艦内新聞で愛宕と高雄を擬人化したイラストが発刊されていた。それも影響している可能性もあるってことか……」

なるほど、それならば一応説明がつくなと杉山中将は少し納得した。

(ってことは、彼女たちが軍艦だったってことはその時の記憶を持っている……?)

もし本当なら彼女の気分を害してしまうのではないかと思い、関屋一等海佐は別の疑問を口にした。

「船魂信仰があるとしても何故、深海棲艦が現れ人類を襲うようになったのですかね? もしかして地縛霊だったりします?」

「そう言う研究者もいますし、いやあれは軍艦の亡霊の集まりだと言うメディアもいますし、深海棲艦の支配下に置かれた地域で艦娘が戦うも轟沈してしまい深海棲艦となってしまったと言う学者もいます。正直奴らの正体は艦娘と違い今だ不明なのです」

鵠大将は少し困ったように答える。

その他にも9年も戦ってること、不定期で現れる赤色海域(イベント)のこと等資料を交えて教える。

しかし多少の資源で艦娘が建造出来てさらに固有装備付き、補給のための資源は少しかかるが普段の食事は人間と同じものでよし、お風呂に入ればどんな重傷でも完治し戦線復帰できること、しかもバケツをぶっかければあっという間に全回復できること、妖精さんの存在等は伏せておいた。

そこまで開示すれば便利屋としてこき使われる未来が見えたからだ。

 




カタールW杯は予想以上にカオスな展開ですね。

日本がまさかドイツとスペインにジャイアントキリングして首位突破するとは予想外過ぎるぞ。
クロアチア戦はPK戦で負けてしまい8強には行けず世界の壁は高いね……そのクロアチアは優勝候補のブラジルと戦い2連続のPKに引きずり込んで勝つのはえぐい。

それにサウジアラビアがグループリーグでアルゼンチンを破るわモロッコが4強に進むわ、一体何が起こっているのか説明して頂戴!

明日はクロアチアとアルゼンチンの試合ですか。
決勝はアルゼンチンVSフランスと予想するけど、クロアチアも侮れんしなぁ…しかし連続PK戦まで行ってるから疲労面がどうなってるか。
モロッコがフランスを破ったら一番面白い


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6話 情報開示Ⅱ

 

 深災対の説明が1時間ほどで終えたので少し休憩をとり、今度は海上自衛隊へとバトンタッチした。

三面海将は神妙な顔つきで話しかける。

「最初に断っておきますが今からお話しすることは、我々の歴史であり、あなた方と違う歴史を辿ってきたわけです。それを踏まえた上で聞いてください」

いったいどんなことが語られるのかと杉山中将たちはごくりと唾を飲み込む。

そう言って三面海将は、ノートパソコンの映像を再生しながら自分たちが歩んできた世界の歴史を語り始める。

 

 その内容だけでもとても衝撃的であった。

特に広島・長崎の原爆による被害が生々しく流れている映像に杉山中将たちは言葉を失い、胃から込み上げてくるものを抑えることに必死だったが、それ以上に驚いたのは日本がポツダム宣言を受け入れたことだった。

映像を見た限り天皇は終戦したいと願っていたが、陸軍を中心に最後まで徹底抗戦すべきと言う声も大きく溝は日々深まっていく。

それが原爆投下とソ連軍参戦によって終戦に向けて一気に進み、妨害もあったものの8月15日に降伏した。

そして1950年に朝鮮戦争が勃発すると警察予備隊が設置され、これが自衛隊の元祖となり1954年に3つの組織になる。

そのうちの1つ海上自衛隊の広告映像が数十分ほど流れ、自衛隊側の説明は終わった。

 

 帝国海軍側はあまりにも怒涛の展開に呆然とするばかりであり、本日何度目か分からない宇宙猫状態となっている。

ようやく我に返ったところで、杉山中将からなぜ本土決戦に至ったのか話を切り出す。

政府側はすでもサイパンや硫黄島、沖縄も取られソ連参入も近づいているし、資源も食料もない。ならば降伏し再建すべきという意見。これは天皇もその意見に強く賛同していた。

ここまでは同じ歴史を歩んでいたが、運命の歯車が狂ったのはここからだった。

陸軍省は降伏なんぞもってのほかであり、新型爆弾なぞこけおどしだ!と言い放ったのだ。

実際米国は開発が遅れているし、兵力はまだ本土にたくさんおりこちらに引きずり込めば勝てるという徹底抗戦派が占めていた。

陸軍が得た情報によればアメリカは新型爆弾を完成するまではよかったが、いざ実験すると思った通りの成果は得られなかったらしい。

 

 元々アメリカを中心とする連合国はドイツの原爆開発疑惑があり先駆けるために開発したが、1944年5月にドイツが無条件降伏し色々と調査していくと、そもそも原爆を開発していないことが判明。

核の脅威は去ったしもういらなくね?と一部の科学者は開発中止を提言したが、今更多くの企業や大学を巻き込み数十億ドルの巨額の金をつぎ込んだものに中止はできないと突っぱねる。

不満の声が出るがしぶしぶと開発を続けるも、こんなのどこに落とすんだと話題になり始めた頃、とある噂が出るようになる。

未だに降伏しない日本に対して原爆を使用するのではないか……そんな噂が研究者の間でまことしやかに囁かれていた。

特に7人の科学者は原爆推進派と対立が根深くなり、委員会を説立し原爆使用反対等のレポートを提出するも門前払いされる。

そもそもそのレポートが作成される以前に米政府などは原爆を日本に対して無警告及び無制限使用することを決定していたのだ。

これをきっかけに根回しを済ませていた反対派は後日、マンハッタン計画から自ら脱退。

あと一息で原爆完成という目前にして優秀な科学者やスポンサーを大量に失い、開発が滞り窮地に陥る。

残った人員と金でなんとか完成にこぎつけるが、結果は成功とも失敗ともいえない微妙な空気が実験場の間で流れたらしい。

これでは対日戦に使えない、せめて使えるレベルになるまで開発を続けよとトルーマン大統領から叱責され、やむなく続行するも予算不足に陥り開発は遅々として進んでいないのが真相である。

 

 「原爆はまだできておらずどこにも投下すらされていないが、いつか2発以上持つ可能性があるということか……」

裏を返せば改良する余地があるということだ。

つまり史実よりも出力の高い原子爆弾が出来上がる可能性もありえることに三面海将はため息をつく。

「そうです。それに今どこまで原爆の開発が進んでいるのか情報が入ってこなくなりました。噂では見つかってしまい強制収容所に収容されたかすでに殺されてしまったか……」とつぶやきながら杉山中将は顔をしかめる。

 

 さらに話を続ける。

ドイツの脅威がなくなったソ連軍は占守島へ侵攻しようと戦力を集めていたが、その矢先にカムチャッカ半島南部の太平洋側にあるペトロパブロフスク海軍基地付近で大地震が発生し津波も来襲した。

幸い港湾内に基地はあったので津波による被害は限定的だったが、それでも住宅の倒壊や道路の地割れが相次いだため兵士たちは復興作業に追われた。

さらに運の悪いことに後日、コリャークスカヤ山が数千年ぶりに大噴火し大量の火山灰が基地を覆った。

これによりソ連海軍太平洋艦隊はこれらの基地を放棄することを決定した。

近くにあったソ連空軍のエリゾウォ基地も地震と火山灰が滑走路に降り積もったり、その重みで格納庫がいくつか潰れたことが重なり航空機の離発着ができなくなったので同じく放棄。

対日参戦において重要な基地がまさか災害によって失われるとは思ってなかったソ連軍は、作戦を中止し北樺太へ撤退することにしたが追いかけるように不運が続き、サハリン北部を震源とする地震に襲われた。

泣きっ面に蜂となったソ連軍は這う這うの体でソ連本土まで退避し、北海道上陸は思いもよらない形で一旦阻止されることになる。

しかしその代償として占守島や幌筵島でも津波による被害が出てしまったが、軍部は情報統制し徹底的に隠蔽したため、国民はまったくそのことを知らされていない。

 

 当然継続派はここぞとばかりに、ソ連はしばらく参戦しないだろう、むしろ好機と伝える。

憎き米国を今ここで倒そうでないか。中には神風が吹きソ連に天罰を与えたとまで言う始末だった。

本当にソ連軍は参戦しないのか、むしろ力を蓄えるのではないかと天皇らは不安になり、その日の会議は終了した。

次の日もまた次の日もなかなか進展しない。

撤退したとはいえソ連の力は侮れないという空気が日本政府内に蔓延しているのを危惧した陸軍省はクーデター計画を画策する。

8月上旬、ポツダム宣言をどうするのかという御前会議が開かれようとした矢先、クーデターを発動した。

勿論終戦派は裏で阻止しようとしたが想定よりも数が多く失敗してしまい、内閣になだれ込んだ陸軍省の将校と陸軍近衛師団を中心としたクーデタ一派に乗っ取られ鈴木内閣は倒れ、終戦派の多くは投獄されてしまう。

"皇国血盟維新団(こうこくけつめいいしんだん)"と名乗ったクーデタ一派はすぐさま新内閣を樹立し、ポツダム宣言の破棄及び徹底抗戦をすることを各国に表明する。

 

そして中華民国軍とソ連軍の南下を防ぐために満州国国境から満州国の山岳地帯及び朝鮮半島北部の山岳地帯へ移して要塞化し、持久戦に持ち込み時間稼ぎすること。

特に中国戦線では本土決戦のため経験豊富な支那派遣軍の主力部隊を引き抜き、残った各部隊は満州国と朝鮮半島を守る部隊へ吸収することを決定した。

当然現地部隊は不満の声が続出するも、反対する兵士たちが上官たちによって次々と粛清されていく光景をみて震えあがってしまい最終的には黙って受け入れるしかなかった。

 

 アメリカを中心とする連合国は鮮やかなクーデターと戦争継続の表明、早すぎる中国戦線の放棄に驚きを隠せなかった。

特に日本軍が占領した土地や基地がもぬけの殻になった連合国軍と中華民国軍たちは罠かと疑い、慎重に進軍し日本軍が待ち伏せしていないかを入念に調べあげた。

日本軍がゲリラ戦を仕掛けてきたら厄介だからだ。

そして本当に放棄したことが分かると彼らは呆れ果てた。

″奴らは一体何を考えているんだ?″と誰もがそう思ったのと同時に、得体の知れない恐怖感が兵士たちの心に植え付けられていく。

各国政府は誤報ではないかと疑う者も当然いたため、念のためもう一度調査と降伏勧告を行う。

連合国としてはこのまま交戦を続ければいずれ日本は負けるのは目に見えており、せめての情けをかけたつもりだった。

しかし勧告は無視され、あろうことか挑発ともとれる行動をしたため日本侵攻に懐疑的な立場を示していた指導者や軍上層部ですら態度を改めざるを得なくなった。

日本が8月中旬に決号作戦を全国民に対して発動したことに対し連合国はダウンフォール作戦を行うことを決定した。

 

 

 一通り終えると、海自と深災対は浮かない顔をしていた。

歴史がここまで異なるとは流石に想定外であり、相当まずい事態になっている。

そもそも玉音放送を阻止しようとした宮城事件というものがあり自分たちの史実でこれは失敗したが、まさかここでは成功しておりしかも新内閣まで樹立し決号作戦を発動したことに頭を抱えたくなった。

サイパンの戦いやノルマンディー上陸作戦、硫黄島、沖縄戦以上の地獄で血みどろの戦いが南九州と関東で繰り広げられることは想像に難くない。

「まぁこういったわけで連合国軍の侵攻があと2日で始まるため、君たちのことは海軍総隊司令部に報告する。それまでは待機してもらい改めて命令を言い渡す」

杉山中将は当然というように言い放す。

 

あと2日……ということは今日は10月30日!?

その言葉を聞いたとき雷に打たれたような衝撃が三面海将と鵠大将らに走った。

 

「あの映像を見た限り連合国軍なぞ鎧袖一触であろう」

「未来から強力な援軍が来たのはありがたいですな」

参謀長たちはもう勝ったも同然といった雰囲気を浮かべている。

「ちょ、ちょっと待ってください。我々は敵でもないですが、かといってあなた方と協力するとはまだ一言も言っていません。これからどうするべきか陸自、空自とも相談しなければいけません」

三面海将の反論に帝国海軍側はぽかんとした表情を浮かべる。君はいったいなにを言っているんだと言いたげな顔だ。

「海上自衛隊と名乗っているがどうみても軍隊ではないか? 日本の軍隊なら祖国の未曾有の危機に立ち向かうのが当たり前ではなかろう」と杉山中将の至極まっとうな意見に海自側は言葉に詰まってしまう。

「しかし自衛隊はすぐ動けるわけではありません。こんな前例がありませんし、最高指揮官である内閣総理大臣とはまだ連絡取れていない状況なので……」

「おかしなやつだな。なら同胞が戦って散っていくのを黙って見ておるのか」

「そうとは言っていません。それに、どれくらいの部隊がこちらに来てしまっているのかまだ把握できていないのでそれを確認しつつそれぞれの意見も聞かなければ……」

「そう言いつつ時間稼ぎして血を流さず傍観をする気か? まったく未来の日本軍というから期待したがこうも軟弱者の集まりだとはな」

「軍なら上からの命令を黙って素直に聞き従えばよろしいものだ」

海軍将校たちは呆れたように次々と批判を口にする。

その発言にはさすがの三面海将たちもカチンと来た。

いくらなんでもこの扱いはないのではないか。自分たちだって好きでタイムスリップしたわけではない。

日本を救うため、国民を守るため命をかけて戦う覚悟はある。

ただ、法律とあまりにも想定外のことが多すぎて動こうにも動けないのだ。

しかしここで事を荒げてはダメだ。

なんとか穏便に収めようと三面海将は言葉を選んで反論する。

「我々とて混乱しているのです。いきなりこのような世界に来てしまったのですから確認する時間を頂ければ……」

「そんなものはただの言い訳にしか聞こえん。貴様らはそれを利用し逃げようとしているだけだ!」

「そうだ。我ら大日本帝国海軍は貴様らのような弱腰の臆病者とは違う!」

そんなこと知るかよ、お前らの都合なんて知ったこっちゃないとヒートアップしてくる

どうしようもない怒りがこみ上げてくるがぐっと堪え、なんとか冷静さを保つ。

 

 「はぁ……さて、深災対はどうだ? まさか君たちも拒否するわけはあるまいな?」

海自では話にならないと思った杉山中将は深災対にターゲットを変えてくる。

「なにせ艦娘は見た限り帝国海軍の生まれ変わりではないか。お国のために戦うのは至極当然であろう」

向こうの期待と圧力に鵠大将は思わず息を飲むもしっかりと反論していく。

「……そもそも私たちの日本では艦娘は自身及び提督に生命を脅かす危機がない限り人間に手を出すことは法律で禁じられているのです。藤家中佐、特型Ⅰ型の出力はわかりますか?」

話を振られると思ってなかったので間抜けな返事をしてしまうがすぐ気を取り直し答える。

「えぇと、確か5万馬力だったような」

「それが艦娘にそのまま反映されたら? 勿論装甲や速度、武装も艦だった頃と同じです」

「そういうことか……」

藤家中佐は納得した表情を見せる。

あの大和に至っては15万馬力以上に加え世界最大最強の46cm主砲を持ち、噂では主砲の斉射試験で檻に入った実験用の動物が見るも無残な姿になったと聞く。

生身でフルパワーの艦娘と戦えばどうなるかは火を見るよりも明らかになると気づいたからだ。

「そうなら陸では無敵ではないか! 戦車なんぞ木っ端微塵にできる!」

「最前線で出せば鬼畜米英なぞ敵にすらなりませんな」

有頂天になっている杉山中将たちに鵠大将は軽い溜息をつく。

「お分かりになっていないようですね。もし艦娘が人類に対して反乱を起こしたら、とは考えつかないのですか?」

それを聞いて海軍将校たちはあっ、となる。

「それがあり得るから、私たちの日本では艦娘に対しての法律があるんです」

「しかしだな。ここは君がいた日本ではないからそんな法律は関係ない」

「そもそも艦というのは兵器だぞ。兵器ならこき使われるのが当たり前だ」

「いえ、彼女は兵器ではなく人間であり、人の心を持ち人権も保障されています。それを兵器だの道具だのとぞんざいに扱うのは許されません」

毅然とした態度の鵠大将に海軍将校たちはイライラしてくる。若造のくせに生意気だと言わんばかりだ。

そもそも大将という位が与えられているのも気に食わない。

「人権? 兵器に人権なんぞあるわけなかろう。そちらの日本も随分とおかしい国だな」

「ああ言えばこう言って反論ばかりしおって、貴様らは日本を守る気がないのか!?」

石井参謀長がバン、と机を叩き杉山中将は顔を真っ赤にして恫喝し、空気が一気に険悪になっていく。

「全くだ。一緒に戦う気がないなら協力するまでここから出さん! おい、うちのとこの海兵団を至急こちらに呼べ」

工藤少将が藤家中佐に命じ、稲垣式自動拳銃をホルダーから出し威嚇しようとしたところ風を切る音が聞こえたかと思うと自動拳銃があっという間にバラバラになってしまう。

いったい何が起こったのか分からずあっけにとられているとチン、と鍔鳴りが聞こえた。

「やれやれ、提督殿が言った約束をお忘れになったわけではあるまい?」

あきつ丸がどこに隠していたのか日本刀を手にしており、おそらく居合術で自動拳銃だけをバラバラにしたのだろう。

抜刀したはずの刃の色はまったく見えず、気づいたら自動拳銃が使い物にならなくなったことに工藤少将は震えあがった。

 

 「あきつ丸さんの言う通りです。いいんですか? ここが悲惨なことになっても?」

雪のような冷たい言葉で部屋の温度が急に冷え込んだように感じる。

恐る恐る吹雪に目を向けると、青筋を立てて殺気こもった表情をしていた。

心なしか彼女の後ろには真っ白な容姿にドレスを着た深紅の目を持つ鬼のようなオーラが見えた瞬間、この部屋にいる全員が死の危険を感じ走馬灯を思い浮かべた。

あきつ丸ですらとっさに臨戦態勢になろうとしたところで鵠大将が吹雪をそっと落ちつかせると、鬼みたいな奴は消え彼女から放たれた殺気は随分と和らぐ。

が、鵠大将を除く全員が汗びっしょりになり大きく息を吐きながらソファーに大きくもたれかかる。

誰もが安堵のため息をつき、今生きていることに感謝していた。

 

 均衡を破ったのは意外にも藤家少将のほうだった。

「と、とりあえず佐鎮の隷下に入ってもらうのは保留にしたほうがよろしいかと……」

「あ、あぁ、私も彼の提案に賛成である……」

藤家中佐と工藤少将はろれつが回らない様子だ。

目の前で手にしていた自動拳銃が一瞬でバラバラになったのもあり、こんなとこに長くいては命がいくつあっても足りないと一刻も早くここから抜け出したかった。

「お二人は正気か!? もうすぐ連合国軍が上陸してくるんだぞ!」

「軍隊なら侵略者を迎え撃つのが責務であろう!」

参謀長たちは声を荒げ反対する。せっかくの強力な軍隊なのにここで逃がしたくはなかったからだ。

「あの、再度言いますが自衛隊の他部隊がどこにいってしまったのか分からないのは流石にまずいのではないでしょうか。もし連合国軍の爆撃が明日もありそれで失ってしまっては帰りを待っている家族にも示しがつきません」

三面海将は冷静な口調で反論する。

吹雪の言動で頭を冷やされた杉山中将は何かを考えこむように腕を組む。

確かにこのままでは貴重な戦力を失う可能性もある。

それは避けたいところだが……。

杉山中将はしばらく考え込むと、結論を出したのか口を開く。

「なら時間を決めようではないか。今は21時か……石井参謀長、連合国軍の爆撃は7時からだったよな?」

「えぇ、従来なら7時からですね」

「では8時間後の5時までに他部隊の現在地や人数を探し出し、偽りなくこちらに報告するように」

杉山中将は壁に掛けられている時計を見ながらそれで手を打とうとする。

「分かりました。なるべく早めにご報告できるよう努力します」

三面海将も承諾し、ひとまずこの会議は終わり一同は解散となる。

 

 




アルゼンチンがフランスを下し優勝しましたね。メッシおめでとう!

そして先週の大雪はやばかった……車は雪で埋まり物量は止まり、国道8号線とその周辺は渋滞でカオスでしたわ。
雪に慣れているのは山側でそんなに積もらない海側にドカ雪が来たからてんやわんやでしたよ。

第7話は来年以降になります。皆様よいお年を。

※ドイツの降伏を45年7月から44年5月に変更いたしました。


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7話 前門の虎後門の狼 

明けましておめでとうございます。
2023年もどうぞ宜しくお願い致します。


 会議が終わり雨は幾分落ち着き、深災対と海自は重い足取りで地上に出る。

「とりあえず私は艦娘に説明しますが……三面さんはどうします?」

「そうですね……まずは得た情報を共有しつつどれくらいの規模の部隊がここにきてしまったのか確認しないと」

「そういえば海自の基地って佐世保だけじゃないんですか?」と吹雪は首をかしげる。

「うん。ここだけじゃなく鹿屋にも基地があるんだ。そこに配備されているのは対潜哨戒機やヘリコプターがほとんどなんだ」と三面海将は優しく教える。

「なるほど。鹿屋基地がそのまま移転されていたらまずいですよね……」

吹雪の指摘に三面海将たちは頷くしかなかった。

鹿屋は戦前から使われていた航空基地であり、特攻の出撃基地でもあったことから連合軍はその被害を少なくするために重点的に攻撃をしている可能性がある。

明日も予定通り連合軍による爆撃があるならば機体や人員を逃がさなければならない。

「もしできることがあれば私も協力は惜しみませんから何なりとご連絡ください」

鵠提督は名刺を三人分取り出すと、それに続くように海自側も名刺を出し交換し合う。

数時間前までは慌ただしく物事が動いていたので余裕はなかった。今は少し落ち着いてきたので三人は名刺を交換しあうことができた。

「あ、最初に断っておきますが固定電話は吹雪ちゃ……じゃない吹雪さんが代行としてやります。また、私が何かしらの事情で執務できない場合は彼女が提督代行として艦隊を指揮します」

鵠提督はポケットから青い手帳を取り出し海自の方々に見せると、なるほどそういうことか、と三人は納得する

鵠提督は生まれつき難聴のため普段は補聴器を使用して日常を送っている。

裸耳(らじ)になるとほとんどの音は聞こえなくなるらしいので、それなら秘書艦である吹雪の方が対応しやすいだろう。

「では私はこれで失礼します。この困難を共に乗り越えましょう」と鵠提督は右手を差し出すと、三面海将はがっちりと握手を交わし関屋一等海佐と前川副隊長とも握手する。

平瀬交差点で別れるとお互いの鎮守府へ歩を進める。

「鹿屋って確か後輩の提督がいたな……それだけじゃない岩川基地もあったな。もし別の提督と艦娘がこちらに来てしまった可能性もあり得るならば早急に確認しないと」

「ですな。大淀さんに頼みましょう。それと資源の確認も」

あきつ丸の提言のおかげでやるべきことが頭の中で整理されていく

ニミッツパークがあった場所には今や深災対の佐世保鎮守府があり、到着するとすぐに大淀と明石に指示を出すと、吹雪とあきつ丸を連れひとまず執務室へと戻ることにした

「さてと……まずどうすればいいんだろうね……」

鵠提督は帽子とコートを脱ぎながら溜息をつく。

 

 懸念はもちろん、海外艦娘のことだった。

ここで第二次世界大戦の対立を見てみよう。

まず枢軸国は日独伊三国同盟(日本・ドイツ・イタリア)を中心としハンガリーやフィンランド、タイ等が含まれる。

連合国はアメリカ、イギリス、フランス、オーストラリア、ソ連等およそ26ヵ国にもなる。

ちなみにスウェーデンやアイルランド、スイス等は中立な立場であった。

オランダも当初は同じ立場であったがドイツの侵攻により王族が亡命し、その後中立を破棄し連合国側となる。

 

 艦娘の立場に置き換えるとこのようになる。

日本艦娘・ドイツ艦娘・イタリア艦娘VSアメリカ艦娘・イギリス艦娘・フランス艦娘・オーストラリア艦娘・ソ連艦娘・オランダ艦娘。

そしてスウェーデン艦娘(ゴトランド)はどっちつかずとなる。

この鎮守府には海外艦及びサブ艦も含めるとおよそ320名の艦娘がおり、大部分は日本艦娘によって占められている。

量なら圧倒しているものの、兵器の質に関しては海外艦娘に分がある。例えば電探や対潜兵器の性能に関しては海外製のほうが強い。

 

今まで深海棲艦という敵がいたからこそ垣根を越えて協力できていたが第二次世界大戦時の世界に飛ばされたとなると、深海棲艦なんているわけなく各国がそれぞれの正義を挙げて戦争している。

 

もし連合国側の艦娘が連合国軍に寝返るとなると、それを阻止したい枢軸国側の艦娘との衝突は間違いなく避けられないだろう。

 

かといって連合国側の艦娘を本土決戦のために戦わせるのも、それは自国の兵士を殺めることになり精神的に病むだろう。

 

とはいえ本土決戦に協力せず傍観すれば反感を買うことになり、結果としてどれを選んでも修羅の道になる。

まさに前門の虎後門の狼だ。

 

 

 

「とりあえず集めて会議だな。まず終戦まで生き残った艦娘を中心にしたほうがいいかな?」

「そうなると……戦艦組は長門さん、空母組は鳳翔さん、重巡組は青葉さん、軽巡組は北上さん、駆逐艦組は雪風、潜水艦組は伊58さんですかね。あ、海防艦組はどうします?」

吹雪は本棚からリストを手に取って確認していく。

「どうしようか……言い方悪いが海防艦の見た目は低学年児だぞ。この事実を伝えるにはショック過ぎる。かといって伝えないわけにもいかないし……仕方ない、戦後組である占守にしよう」

「わかりました。海外艦はどなたを?」

「そうだな……米艦はサラトガ、独艦はビスマルク、伊艦はリットリオ、仏艦はコマンダ・テスト、英艦はウォースパイト、ソ連艦はガングード。豪艦はパース、典艦はゴトランド、蘭艦はデ・ロイテルを呼ぼう。それから明石と大淀と間宮も頼む」

「場所と時間はどうしましょう?」

「今から15分後の2130に第1会議室にしよう」

「承りました司令官」と吹雪は館内放送のスイッチを入れメモを見ながら呼び出していく。

提督は責任の重さに胃がキリキリと痛み出していくも、資料を抱えて会議室へ向かった。

 

 15分後、提督と吹雪、あきつ丸が第1会議室で待っていると扉がノックされた。

すでに重々しい空気が会議室に蔓延し入室した艦娘たちは緊張でこわばっている。

呼ばれた艦娘たちが全員揃い着席したのを確認すると、提督はカラカラに乾いたのどをお茶で潤してから話を切り出す。

「いきなり呼び出して申し訳ない。時間が惜しいので単刀直入に言おう。ここは1945年10月30日の日本ということが判明した」

ざわっと場の空気が変わる。

それも当然、いきなり1945年と言われても何が何だか分からないだろう。

「提督よ、ここまで呼んでおいて冗談なら笑えんぞ? と言いたいとこだが納得できるのが恐ろしいな」

長門が溜息をつくようにいった。

「えぇ、昨日は真夏日で大変暑かったのにいきなり肌寒くなりましたからね」と間宮は思い返す。

タイムスリップ前の佐世保鎮守府付近では33℃を観測し、アイスやかき氷などがバカ売れしていた。

「でもさぁ、記録的な冷夏になったと説明ができるんじゃない?」と発言したのは北上だった。

普通ならば異常気象かもしれないと思うが、間宮は更なる証拠を出した。

「いえ、それだけではありません。聞いたことのないような様々な無線が飛びあっていました。旧日本軍だけでなく自衛隊と名乗る組織、そして微弱ですが米軍の無線も確認できました」

間宮は強力な無線通信設備を搭載しておりこういったのはお手の物だ。

ゆえに一番驚いたのはサラトガだった。

「待って、なぜUSAが……それに1945年10月30日……っ、まさか」

サラトガは勢いよく立ち上がり、嘘であってほしいとすがるような顔で提督を見つめた。

「そのまさかだ。ここの日本は終戦どころか戦争を継続することを決め、連合国は対抗するようにダウンフォール作戦を11/1に決行していることが先ほど判明した」

一瞬の沈黙の後、会議室は騒乱の渦に巻き込まれた。

サラトガは力なく椅子に崩れ落ち、ウォースパイトは王冠がずれ落ちたのに気づかず呆然とし、ガングードは咥えたパイプがポロッと机の上に落とし、ゴトランドは青ざめながら連れてきた(ゴトシープ)ぎゅっと抱きしめ、青葉はメモ帳を床に落とし、占守は処理能力がオーバーヒートしたのか気絶してしまった。

他の艦娘達も信じられない、なぜなんだと動揺を隠せない。

「気持ちは分かるがまずは落ち着け。まずどうしてこうなっているのかここの日本の歴史から話そう」

鵠提督は全員が落ち着くのを待ち、深呼吸してから再度口を開く。

その内容はあまりにも信じ難いものだった。

歴史が明らかになるにつれ艦娘たちの顔はどんどん青ざめていく。

一通り話し終えると皆言葉を失い、ズッシリと重い空気が蔓延していた。

無理もない、史実では行われなかったダウンフォール作戦がここでは明後日に始まろうとしている。

それは受け入れがたい現実であり、特に連合国軍に属していた艦娘にとっては岐路に立たされていた。

 

日本につくか、連合国につくか。それとも中立か。

そして他の海外艦娘にこの事実をどう伝えればいいのか。

 

長門はちらりと連合国軍側の海外艦娘を見るが、とても話しかけるような雰囲気ではなかった。

「私たちはどうなるのでしょうか?」

鳳翔はそんな重々しい空気を変えようとおしとやかに発言する。

「うむ、元の世界に戻ることが第一だけど連合国軍の侵攻が間近なのがな……それに帝国海軍側はすぐにでも参戦してほしいと要望していた」

「それってつまり……」

雪風が恐る恐ると聞くと鵠提督はゆっくりと頷く。

「あぁ、向こうの佐鎮の傘下に入り連合国軍と戦うことになる」

「ダメよっ、それだけは……!」

サラトガは今にも提督につかみかかりそうな勢いで立ち上がるが、隣に座っていたウォースパイトに制止される。

「複雑な状況なのは分かっている。だからどうするべきか会議を設けたんだ。……君たちはどうしたい?」

長い沈黙が流れ、暫くたったのちサラトガが発言する。

 

「私は連合国軍に対して戦争を止めるべきと説得したいです」

それに賛同したのは連合国軍に属していた艦娘達。

「説得か……」

「えぇ、そうすれば戦闘は避けられるしお互い無駄な血を流すこともないわ」

確かに理屈としては正しいだろうが……日本の艦娘達は複雑な心境だった。

自分達の祖国が滅亡に向かっているのを黙って見過ごすことはどうしてもできない。

かと言って連合国軍艦娘の前で戦います、とは口が裂けても言えないのが辛いところだ。

それに待ったをかけたのがビスマルクだ。

「確かに一番の理想だけど、私たちのことをどうやって連合国軍に説明するの? 下手すれば貴方たちは裏切り者となってしまうかもしれないわ」

「そ、それは……」

サラトガは言葉を詰まらせる。

通信でいきなり私たちは連合国軍の艦娘ですからこんな戦争を止めて講和しましょう、平和が一番です、なんてきたら日本軍によって洗脳されたのかと思われても仕方ない。

そもそも艦娘という存在自体がイレギュラーであり、一から説明しても理解してもらえるのか不安だった。

 

「……降伏するのはどうなの?」とゴトランドは発言する。

それは皆の頭に過ったことではあったが、否定的な意見が提督から出る。

「連合国軍に保護されたとしても日本の艦娘は実験体にされるだろう。そんなことをするのは私が許さないし、連合国が手に入ることを阻止したい帝国海軍が奪え返そうとするだろうから更に混沌としそうだ」

実験体、それを聞いて長門とサラトガは苦い思い出がよみがえった。

 

クロスロード作戦。

 

艦船に核兵器を使ったらどれくらいの被害になるかをビキニ環礁で実験された。

その他にも酒匂やプリンツ・オイゲン、アメリカの老朽艦が使われ今でも海の底に眠っている。

この実験の成果は沈没したのもあれば最後まで生き残った艦船も多々あり、米国は艦船に核攻撃はあまり意味がないと判断し海の古強者はなんたるものかを見せつけた。

 

「待って、捕虜を実験体にするってジュネーヴ条約に反しているのでは?」

リットリオが指摘すると提督は脳内にある記憶を引っ張り出す。

「いや、捕虜に関する条約は第二次世界大戦後の1949年に改正されるんだっけ…史実通りならあと3年待たないといけない」

「ならハーグ陸戦条約はどうでしょうか?」

ハーグ陸戦条約はオランダで作られたということもあり、デ・ロイテルはそのことを少し知っていた。

ただ詳細は流石に覚えていないので提督がしばらく席を外し、図書室から分厚い本を持ってきたので確認していく。

「えぇと、あったあった。交戦者の資格によれば、法規、権利、義務は正規軍だけでなく条件を満たす義勇兵とかでも交戦者となるのか。もし独立して動いてもこれならちゃんと適用されるみたいだ」

「なるほど……あ、でもこの世界って私たちがいたとこじゃないからそういった条約がない可能性ってあるんじゃない?」

デ・ロイテルが恐ろしいことを口に出し全員が息をのむ。

「下手すれば原爆や毒ガスを躊躇なく使用するんじゃないか?」

ガングードがタバコのパイプを咥えながらサラトガを鋭い目つきでけん制する。

日本に無差別な空襲と2発の原爆を投下した史実があるだけに、サラトガは反論できなかった。

それにダウンフォール作戦の計画案にはまさにその兵器を使用することが書かれていたが、あくまでも計画だと自分に言い聞かせる。

しかしその願望は叶えられないだろう。

今現在フィリピンや沖縄には生物化学兵器を大量に貯蔵しているが、この世界に来たばかりの自衛隊、彼女たちが知るはずもない。

「もし連合国軍がそのような兵器を使用したら、君たちはどうするんだ…?」

長門はサラトガやウォースパイト等の連合国軍艦娘を見渡す。

「貴方たちだって本音は祖国のために戦いたいんでしょう」

「っっ……」

日本艦娘たちは図星なのか強く否定できず口を紡ぐ。

バチバチと火花が散るような空気感の中、鵠提督は腕を組み目を閉じて思考する。

(戦争というのはお互いの正義をかけたぶつかり合い。これは長引くよな)

結局この場では結論が出ず艦娘へアンケをとることになり、次回へ持ち越しとなったので別の話題に移る。

 

「さて大淀、鹿屋と岩川はどうだった?」

「はい、提督及び艦娘の存在はいまのところ確認できていません。また、前所属の幌筵や呉、舞鶴、横須賀その他泊地にも電話を掛けましたが使われていない番号になっていました」

「なるほど……現時点でここに来てしまった艦娘は我々の佐世保鎮守府だけか。明石、資源備蓄はどうなっている?」

「はい、燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトは全て35万、高速修復剤等も3千とMaxまでありました。しかしながら遠征による資源獲得は期待できないとみていいでしょう」

「失った資源は回復はできない可能性が高いか……間宮、食料品の備蓄量は?」

「えっと、歓迎会で使った分を差し引いても十分にあります。けど新たに補充することは難しいと思います」と頭の中で計算していく。

「人道支援として兵士や周辺住民に炊き出しするとなると、その分はあるか?」

「全員を賄うとなると、とても足りないかと」

「そうか……節約のためしばらくは戦闘糧食に切り替えるしかないか」

秋月型が聞いたら喜びそうだが一航戦ならがっくりと肩を落としているだろう

幸い任務で得た秋刀魚の缶詰等が沢山あるのは救いだが、置かれている状況は最悪といっていい。

資源や食料の殆どは遠征、輸入に頼っている。

回復しないとなれば備蓄を切り崩して生活しなければならず、それがスッカラカンになったら死を意味することになる。

 

 

 懸念事項はまだある。

仮に連合軍の戦艦アイオワが攻撃によって轟沈してしまったら、それによって艦娘のアイオワがいなくなる可能性もあり得る。

最悪連合国側の艦娘が旧日本軍・自衛隊の攻撃によって鎮守府から消滅する……それだけは避けなければならない。

どうするべきか鵠提督は意見を求めることにした。

 

「その予想に関しては私は大丈夫かと思います。なぜなら本来の駆逐艦吹雪は1942年10月11日にサボ島沖海戦で沈没しているからです。この第二次世界大戦の世界についた途端私は艦船としてはいない存在ですから消滅しているはずです」

「なるほど一理あるな。吹雪の言う通りならほとんどの日本艦娘は消滅しているはずだ。しかし、そのルールがどうなっているかすら分からん。仮にすでに沈んでしまった艦艇は艦娘に影響でないけどこの時点現存している艦艇が沈んだ場合それと同じ艦娘も消滅します、というルールがこの瞬間に適用されていたら……?」

「そうなると現存している連合軍の艦艇が中破や大破したら艦娘も同じように服が破ける、もあり得るのでは?」

あきつ丸はちらっと自分の胸を見つめる。

もし今ここで突然パーン、と服が目の前で弾け下着や装甲胸部が露わになったらと思うと、自分から言っておいて顔から火が出そうだった。

「連合国側の艦娘と同じ艦艇はなるべく無傷で手にいれて佐世保とかに曳航し実験する手もあるがリスクが高い。どうやってここまで曳航するのか、その護衛は誰がやるのかといった問題がある」

どうすればいいかと提督が悩んでいると、鳳翔が手を挙げて発言する。

「提督、それなら私が引き受けましょうか? 呉空襲で軍艦としての鳳翔は呉にあるはずです。損傷も少ないですしうってつけかと」

「ならサンプルは多くあったほうがいいかと。私も立候補しましょう」と青葉も手を挙げる。

「私も。といっても呉か鹿児島のどっちかにいると思うけど」と北上も立候補していく。

「私も協力を申し出たいが、おそらく横須賀でコロネット作戦のため固定砲台として運用される可能性があるな……」と長門は悔しそうな表情を浮かべる

「うーん、軍部がそれを許すかどうかは非常に難しいと思うんだが」

艦娘のためにおたくの生き残っている軍艦を実験に使いたいです、なんて言ったら門前払いとなるのは間違いない。

またもや暗礁に乗り上げていると、静観していたサラトガが恐る恐る口を開く。

「提督、私たちの艦載機を使ってみるのはどうでしょうか? 深夜に連合国軍が空襲でやってきたなら誰もお咎めないでしょう」

その発言に皆驚き、目を丸くする。

夜間空襲なら昼間よりも難易度は上がるが、どこから来た部隊なのかはよっぽど近づかない限り判別するのは難しい。

低空で呉まで飛べばレーダーに探知しにくくなり、仮に攻撃がバレたとしても適当な部隊名を挙げ威力偵察とほら吹けばいい。

しかし提督は難色を示し首を横に振る。

「いいのか? いや……乗組員に被害がでてしまうし、戦闘機で撃ち落されるかもしれん。それに艦娘がそんなことをしたのがバレたら色入りとまずい」

「なら大破着底している私とかを狙えば大丈夫かと。もうほとんど転覆してましたし、乗組員もいないはずです」と大淀もフォローする。

「君たちの熱意は分かった。ただこれも待機している艦娘たちに聞かなければならない。1時間後まで意見をまとめてくれ」

1回目の会議は解散し、代表者たちは牛歩のようにとぼとぼとそれぞれの部屋へと戻っていく。

 

 

 

 

 

 同じ頃三面海将たちも総監部へと戻ると、次々と情報が舞い込んできた。

現時点分かっていることは、鹿屋基地は全員無事で、九州に存在する全基地も無事に連絡取れたとのこと。

警護出動は発動されなかったこと。

鎮西演習に参加している人員や兵器も無事にあること。

燃料や弾薬、食料、医療品等も同じく在庫はすべてあった。

 

 やはりそうかと三面海将はテキパキと指示を出す。

三面海将の気迫にただ事ではないと誰もが直感し、迅速に行動を開始した。

佐世保地方総監部が天と地をひっくり返したように騒がしくなり、慌ただしく人員が動き回り電話をかけたり会議室をセッティングしたりとてんてこ舞いとなっている。

しかし東日本大震災や熊本地震を経験したこともあってかスムーズに物事が進められ、15分後には対策本部が立ち上がる。

対策本部が設立された大会議室には佐世保地方総監部の主要幹部や佐世保港に泊まっていた護衛艦の艦長が勢ぞろいしていた。

テレビ会議で健軍駐屯地対策本部と繋がっており、陸と空の主要幹部全員が集まったことを確認すると、自衛隊の運命が決まる会議が始まった。

『ではこれより会議を始める。音頭は私がとらせてもらう』と関川陸将がマイクを手に取ると会議室の空気がピン、と張りつめた。

『まず状況確認だ。先ほど帝国陸軍と接触し話し合いした結果、1945年10月30日の日本にタイムスリップしてしまい、あろうことか本土決戦前ということが分かった。三面海将、そちらも帝国海軍と接触したと思われるが裏はとれているか?』

「はい、佐世保鎮守府の杉山中将らと話し合いしましたが、11月1日に連合国軍による侵攻があると明言しておられました」

三面海将のはっきりとした発言にこの会議室だけでなく向こうも動揺したのか、ざわめきが広がる。

『そうか……分かったありがとう。本土決戦に至った経緯についてこちらが聞いたのと同じかどうか確認したい』

『では杉山中将から得た情報をお話します』

アメリカの原爆開発失敗、災害によるソ連の北海道上陸中止、皇国血盟維新団によるクーデターの成功、ポツダム宣言の破棄を三面海将は包み隠さず説明する。

動揺が大きかったのは初めて経緯を聞いた護衛艦の艦長たちだった。

多くの艦長は頭を抱え始め、ある者は分かりやすく青ざめ、またある者は怒りを抑えきれないのか震えている

当然の反応だろう。

なぜポツダム宣言を破棄し、あまつさえ本土決戦に引きずり込んだのか理解できなかった。

「ふざけるな! クーデターで鈴木内閣を倒し本土決戦内閣を樹立し、あまつさえには挑発行為だと!?」

1人の艦長が思わず声を荒げると、周りの艦長たちも怒りや呆れの声が上がる。

今現在、日本の勝敗はもはや決していると言っていい。

日本が勝てる確率は限りなくゼロに等しいからだ。

このままでは収拾がつかなくなるので三面海将が場を収める。

「落ち着け。我々が今すべきことはもう過ぎてしまったことに憤ることではなく、これからどうするか話し合うことです。それに時間が惜しい。なぜなら明日の7時には連合国軍の爆撃が予想されるからです。南九州の自衛隊基地をどうするべきか早急に結論出さなければ多大な被害がでます」

『三面海将の言う通りだ。まずはこれをみてほしい』

関川陸将が第8情報隊隊長を務める藤山 優介(ふじやま ゆうすけ)2等陸佐に指示を出すと、スクリーンの映像が切り替えられる。

映し出されたリアルタイムの赤外線映像を見て、全員が息を飲む。

それは無人偵察機から撮影された吹上浜の様子を捉えた画像で、海を埋めつくすように軍艦が悠々と構えていた。

 

『偵察の結果、吹上浜沖には102隻の軍艦が確認されました。資料によれば海兵隊第5水陸両用軍団があり、指揮はハリー・シュミット将軍が務めているそうです。硫黄島で戦った精鋭部隊で11月1日に吹上浜に上陸するのは間違いないかと』

102隻、その数にどよめきが広がる。

『さらに宮崎海岸には戦艦3、巡洋艦8、駆逐艦11、支援艇35の計57隻の軍艦を確認。志布志湾海岸は無人偵察機による偵察はまだ確認出来ませんがおそらくここにも50隻近い軍艦がいると思われます』

「ということは合わせると200隻以上の軍艦が南九州を取り囲んでるのか……!?」

環太平洋合同演習(リムパック)ですら多くても50隻くらいは集まるがその4倍となる。

聞いたこともない数字に艦長たちはめまいがしそうだった

『川内駐屯地は連合軍の軍艦がいるところから20㎞も離れていないため戦艦の射程内であり、また上陸予想地点からそれほど離れていないため我の戦力だけでは守り切るのは到底不可能と判断。よって川内を放棄しえびの駐屯地へ撤退し体制を整えたいものだが……』

川内駐屯地の第8施設大隊長の高柳 哲樹(たかやなぎ てつき)2等陸佐は言葉に詰まりながらも提言する。

この施設大隊は多くの建設機械等を持っている貴重な部隊だ。

その特性から対戦車は110mm個人携帯対戦車弾(LAM)で対人においては12.7mm重機関銃が自衛火器の最大火力であり、大量に迫りくる連合国軍を迎え撃つには蟷螂の斧である。

 

『それを言うなら新田原基地と高畑山(たかはたやま)分屯基地が危ない。とくに後者は貴重なレーダーサイトがあるため連合国軍は狙う可能性が高いから我としても絶対に死守したいが……』

西部航空方面隊司令官の古間 貴之空将は難しい顔を浮かべ地図を指し示しながら説明する。

高畑山分屯基地には、弾道ミサイル探知にも対応している最新のJ/FPS-7に更新されている。

これを失っては防衛に穴が開いてしまうが、山頂500m以上の所にあるため防衛するのは難しく、無数に降りそそぐ戦艦の砲撃にはたとえ地対空ミサイルを配備しても厳しいだろう。

 

「鹿屋基地も同じ状況です。志布志(しぶし)湾から17㎞ほどですが連合国軍の艦艇が多数確認されています。しかし……」

三面海将も口ごもる。皆その理由は分かっていた。

新田原陸軍飛行場と鹿屋海軍基地の存在、そして防衛している各師団や国民義勇戦闘隊のことだった。

飛行場には特攻用の航空機が多数待機しているのが確認でき、11月1日にそこから飛び立ち連合国軍に特攻することを意味する。

また、ほとんどの国民を総動員してまで防衛に当たっている。

それを横目に自分たちだけがこそこそと安全圏まで逃げることは果たして許されることなのか?

下手すれば恨みを買う行為であり、今後とも友好な協力は得られなくなるだろう。

 

 誰もが答えを出しあぐねている中、第43普通科連隊長兼都城駐屯地司令の田上 正夫(たがみ まさお)1等陸佐が挙手し提案する。

『仮に旧日本軍と基地防衛するとなっても、戦術や兵器の運用が全く異なります。混乱を招くだけですので我々は独立部隊として運用するのはどうでしょうか?』

独立部隊、その言葉に感心したような声がちらほらと上がった。

一部の陸軍方面軍では持久戦を用いるように指導していたものの、多くは水際作戦や浸透戦術を採用していた。

自衛隊の戦術は専守防衛とはいえど、遠距離からミサイルによって洋上で敵を撃破する戦法をとっている。

似て非なる戦法の故、混合部隊として運用すればゴタゴタになるのは目に見えている。

それに弾薬類の規格は旧日本軍とは全く異なる。

弾薬切らしたからそっちの使っている弾薬貸して、ができないのは痛い。

なら最初から独立部隊として動き得た情報を提供し連携して撃破していけばいいと考えを述べ、南九州に所属している各幹部達は納得したような表情を見せる

 

そこに待ったをかけるようにDDG-176ちょうかいの艦長である姫野 由香里(ひめの ゆかり)1等海佐が立ち上がって反論を述べた。

イージス艦の女性艦長としては2人目の事例であり、DD-153ゆうぎりの艦長に就任していたこともある。

『待ってください。それは自衛隊が戦争をすることになります! 内閣総理大臣ともまだ連絡が取れていないのに戦争をすればこれは重大な憲法違反です! 私は断固反対し降伏も視野に入れるべきかと』

降伏という言葉にやはりその意見が出るよなと周りの幹部たちは心の中で溜息をつく。

降伏すれば連合国軍も殺さないし戦闘による犠牲者は出ないことになる。

まさに誰も傷つかないめでたしめでたしなハッピーエンドだ。

姫野の発言に苦々しい顔をしたのは独立部隊に賛同していた幹部たちだ。

彼らだってできることならば戦わずに済ませたい。

が、憲法9条・平和主義を高らかに掲げても向こうからしてみれば「知らんがな」状態だ。

降伏した瞬間に処刑される可能性もゼロではない。

『確かに戦闘すれば憲法違反及び自衛隊員の多くが死傷するのは明らかだ。だがそれ以上に日本国民の多くが目の前で死んでいくことになる。この戦争で連合国軍が南九州を占領すれば今度は関東へ向かう前線基地となり、関東を獲れば中央政府や天皇、皇族たちがいる長野県松代へ向かうだろう。それを黙って見過ごすことはできない』

田上1等陸佐は冷静に反論するが、空自幹部や護衛艦の艦長、戦車大隊幹部を中心に降伏に賛同していた。

『しかし! ここは私たちが生まれ育った日本ではありません! 別世界の日本ですし暴論になりますが、知ったことか私たちを勝手に巻き込むな、と思っています』

流石にそれは言い過ぎだと周りから声が上がるも、降伏派はヒートアップしていく。

「それに自衛隊は人殺し集団ではありません! この70年間で1度も銃で人を殺していません。その誇りを失ってもいいんですか!?』

『そうだ! それに将来の同盟国と争って何になる!』

『機甲戦は技術差がありすぎてワンサイドゲームになるだろう。ゲーム感覚で人を殺めてしまうのはいかがなものか』

降伏派の主張が大きくなり田上1等陸佐は危機感を募らせる。

彼らは言うことはもっともだが、憲法やプライドを死守してまで滅びゆく運命であろう別世界の日本を傍観するのはいくらなんでも馬鹿げていると思った。

 

 するとさらに別の意見が出る。

『私としては中立な立場をとり、戦争を終わらせるよう交渉すべきだと思う』

『未来の情報を出して誠心誠意に説得すれば分かってくれるはずだ』

西部方面システム通信群長の袋津 1等陸佐や第8情報隊隊長の藤山2等陸佐が中立という意見も出して、派閥は3つに分かれ喧々諤々とした雰囲気となる。

このままでは平行線をたどるだけになると思い、関川陸将は軽く咳払いすると話を切り出す。

『君たちの言うことも分かる。だからこそ慎重に動かなければならない。ひとまず民主主義らしく出た意見を元に全部隊にアンケートをとるのはどうだ?』

そう言った後、各部隊の幹部たちを見渡すとまぁそれなら……という空気が流れ騒がしかった会議室の雰囲気は落ち着くが、また一つ懸念事項が第1航空群司令の青海 一馬(おうみ かずま)海将補から上がる。

 

 『もし前線に近い基地を放棄するとなったらどこまで逃げ、武器や機密書類やらはどうするのか?』

『それだけじゃありません。燃料や弾薬、食料等も一緒に持っていかなければ連合国軍の手に渡ってしまう。優先順位をつけてほしい』

西部方面後方支援隊長の豊栄 昇平(とよさか しょうへい)1等陸佐も同調して付け加える。

その問題も頭が痛くなる。

特に燃料や食料が連合国軍に懐に入ったら、ただでさえ物量不足している旧日本軍が圧倒的に不利になる。

弾薬も規格が違うから今すぐ使うことはできないが、いずれ解析されるだろうからそうなるのは避けたい。

『ちょっと待ってくれ。連合国軍の手に入らないように基地を爆破したり機密書類を破棄するのは理解できる。しかしその直後、私たちがいた現代に戻ってしまったらどうするんだ?』

高畑山分屯基地司令の苗場 三史郎(なえば さんしろう)2等空佐が待ったをかける。

他の者たちも最悪の状況を考えてしまったのか、暗い顔になった。

そうなったら自分たちは本土決戦最中の日本から命からがら戻り連合国軍の手に入らぬよう色々としちゃいました、などと妄言を吐く怪しい集団になってしまう。

下手したら懲戒免職で精神病院行きかもしれない。

地震と火災で壊滅してしまった案も出たが、地震による崩れ方と爆発による建物の崩れ方は異なる。

よほど上手くやらない限り見破られるだろう。

どうするべきか……と皆が悩んでいると、高柳2等陸佐が妙案を思いついたようだ。

いったいどんな案がでてくるのかと全員の視線が集中する中、彼は自信満々な様子でこう述べた。

『連合軍のせいにすればいい』

どういうことだ、と誰もが頭の上にはてなマークを浮かべている。

『確か明日7時に最後の爆撃があるんですよね? それまでに基地に爆薬を仕掛け遠隔操作できるようにする。そして偽情報を連合国軍に流す。例えば援軍が基地に合流するとかね。爆撃機やら艦砲射撃がうまい具合に来たら爆破スイッチを押す。勿論証拠としてビデオも回せば現代に帰ってしまった場合でも上に説明できるかと』

施設科の仕事は構築だけではない。地雷原の処理や道路、橋の破壊をするために爆弾を仕掛けることもあるのだ。

『なるほど……いい案だが爆破スイッチを押す隊員に被害が及ぶ可能性もある。そこの所はどうするつもりだ?』

幕僚長兼健軍駐屯地司令の曽木 陸将補が質問をすると、高柳2等陸佐はそれが来るのを分かっていたかのようにスラスラと答える。

『建設機械やシャベルで簡易的な塹壕を掘ってそこに隠れ、日が暮れたら撤退するのはどうですか? どうしても持ちきれないものは地下室か地中に埋めて隠しましょう。それに不測の事態もあるかもしれない。そうなったらガソリンでもぶっかけて燃やしましょう』

『わかった。その作業は早めに越したことはないから早速作業に取り掛かってくれ』

関川陸将が命令すると高柳2等陸佐が指示を出す。

指示が出された川内駐屯地では第8施設大隊がシャベルを中心とした建設機械を動かし始め、他の駐屯地でも小型シャベルやスコップを持ち突貫作業で進めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




また大雪となりましたね。
先月のと比べればそれほど積もらず、公共機関も事前に通行止めし集中除雪するなど大規模な渋滞はなかったかな。

そしてこの日は誕生日を迎えました。よい一年になりますように


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8話 紆余曲折

今更ですがWBC盛り上がりましたね! 日本代表優勝おめでとうございます


 時刻は22時を回り雨が降ったり止んだりする中、少しでもバレないように暗視装置を用いて近くの林でざくざくと小型スコップで塹壕を掘り進めている第8施設大隊の第2施設中隊。

グラウンドではシャベルを中心とした建設機械で機密書類等を隠す穴を恐るべし速度で進めている重機の音が聞こえてくる。

「なぁ、どうするよ?」

喜多2曹は隣にいる同僚の小金3曹に声をかける。

「どうするもなにも実感が湧かないですよ。タイムスリップしたかと思えば太平洋戦争終盤で、しかも史実ではなかったダウンフォール作戦があるなんて」と困惑しつつも塹壕を掘る作業は止めなかった。

「でも見ただろ? やってきた帝国陸軍の兵士に武装した市民。おそらく国民義勇隊だ」

最初に川内駐屯地が発見されたのは、たまたま散歩していた住民だった。

いつのまにか見たこともない建物があったのでこっそりと忍び込むと、びっくり仰天し大きな音を立ててしまいつつもその場を脱兎のごとく後にした。

それに気づいた見張りの自衛隊員は追いかけようとしたがすでに見当たらず、上官に怪しい人物が侵入していたらしいと伝えていると帝国陸軍を乗せた小型車両が何台かやってきて今に至る。

「旧式の銃だけでなく竹槍、農具まで持っていたのはびっくりしましたね」

藤見士長の言葉に周りの隊員も同意する。

あの光景は衝撃的だった。自分たちと同じ年代どころか老若男女問わず、果ては少年までが偵察にきたのだから。

交渉及び確認したのは陸軍が中心となり国民義勇隊はその後ろで見守っていたが、あまりにも非現実的な光景に自衛隊員たちは理解が追いつかなかった。

それにかなりやせ細っており栄養失調になっていることは一目瞭然だった。

「満足に食料や装備が与えられてないはずだ。それでも玉砕覚悟で殺るんだろう……」

喜多2曹が呟くとそれを聞いた周りの隊員の士気が下がり、掘るスピードが若干遅くなる。

「できることなら彼らを救ってやりたいが中隊長が言うには別世界の日本らしい。俺たちが関わったことで歴史が大幅に変わっていくのはいいことなのか?」

小金3曹は普段からタイムスリップ系の小説を愛読しており、介入することがバタフライ効果になってしまうことを危惧している。

「でも……彼らを見捨て逃げるのも嫌ですよ」

藤見士長の声色から複雑な心境が生じていることに誰もが気づいていた。

おそらくどの部隊でもこのような議論が交わされていることだろう。

「まぁアンケは出したし決めるのは上だ。ほれ、少し遅れてるぞ」

喜多2曹が皆を促すと止まりかけた手を動かしていく。

 

 一方、川内駐屯地の会議室では中隊長や幹部同士で話し合いが続いていた。

「まず周辺の陣地にいる陸軍や住民達はどうします? 撤退するまで炊き出しで支援するのはどうでしょうか」

第1中隊長の内野1等陸尉も栄養失調になっているであろう国民義勇隊を見て居ても立っても居られなくなったのか提案する。

「しかし後方支援隊は健軍駐屯地にある。要請しても連合国軍の侵攻までわずかしかないし明日にも空爆があるそうだ。食堂を開放してもその中で炊き出しするのはあまりにも危険すぎる」と礼拝陸曹長は首を横に振る。

「撤退する前にせめて戦闘食糧Ⅱを配りますか?」

第2中隊長の1等陸尉が対案を出すも礼拝陸曹長はうーん、と考え込む。

「いい案だが全員を賄えるほどの戦闘食糧はあるのか? 部隊の分も残しておかないとすっからかんになるぞ」

「南海トラフ地震を想定して戦闘食糧や非常食は多めに備蓄していましたので大丈夫かと」

「配ること自体は賛成なんだが、″私たちは逃げますが代わりにそれを配るので頑張ってくださいね″、となるなら向こうの心情は悪くなると思う。それにゴミも出ますし見たこともない先進的なレーションを見たら連合国軍は回収して分析されてしまうかもしれません」

第3中隊長の羽生田1等陸尉の指摘に内野1等陸尉は呆れたような大きなため息をつく。

「じゃあどうしろっていうんですか! このままじゃ彼らはお腹をすかせたまま戦って死んでいってしまうんですよ! せめて飯はたらふくと喰わせたい!」

「落ち着け! まず我々が生き残ることが最優先事項だ」

礼拝陸曹長は激高する彼にペットボトルに入った水を渡し宥めるように言い聞かせると、水を飲んで落ち着いたのか深呼吸をして冷静さを取り戻す。

「すみません。つい感情的になってしまいました」

「気持ちは分かるが戦闘食料を作る工場もどうなっているのか確認できていない。補給が見込めない以上戦闘食糧をおいそれと配布するのは難しい。部隊の存続が第一だ」

それに、と一呼吸置く。

「医療に詳しいわけじゃないが、長い間栄養失調状態の人間が急激な栄養補給をすると死んでしまうことがあるらしい」

これはリフィーディング症候群と呼ばれ古くから記録はあるが、近代医学として詳細な記録として残されたのは実は太平洋戦争の末期であった。

そこまで言うと彼は納得したのか、これ以上反論することはなかった。

 

 そして重機はどうするかという話になるとまた議論が活発化していく。

連合国軍が手に入らないように爆破処分する案、セミトレーラーで安全な地まで持っていく案が出るがどうもパッとしない。

「セミトレーラーがあるとはいえ、えびの駐屯地までは90km以上離れてます。道中には山道もありますし途中で連合国の空軍に見つかったら全滅しますよ」と本部管理中隊長の保内1等陸尉が懸念点を上げると行き詰ってしまう。

すると地図を見ていた彼がなにかを思いついたようだ。

「えびの駐屯地まで行かなくてもいいんじゃないか?」

中隊長たちはどういうことか、と互いに顔を見合わせる。

「北に行けば出水市や水俣市がある。事前に海自に協力を要して港まで行き、建設機械を輸送艦で安全圏まで運べばいい。距離も40km程度で済むがどうか?」

なるほどそれがあったか、と皆納得しかけたが礼拝陸曹長が待ったをかける。

「しかしおおすみ型の最高速度は40km/hだったはず。佐世保からだと全速力でも5〜6時間近くかかり、今から向かわせても0300くらいになる。それに吹上海岸付近には102隻の軍艦がおり空爆まで数時間しかない。探知され海自と我が部隊が攻撃に晒される危険性があるぞ」

「長島が目隠しになるとはいえ空からの脅威は消えないか……」と保内1等陸尉は残念がるが羽生田1等陸尉がならばと提案する。

「戦闘機やイージス艦を護衛につけたり、探知されないよう電子妨害を仕掛けるのはどうでしょうか?」

その提案に対し礼拝陸曹長は半分却下、半分賛成した。

というもの空自と海自が戦闘を始めることになり、おそらく渋るだろうと。

しかし電子妨害ならばどちらも死傷者は出ないので、了承する可能性はあるというのだ。

更に西部方面システム通信群の第319基地通信中隊が川内駐屯地にいたことも思い出し、彼らにも頼んでみることにした。

ここだけでなく宮崎海岸と志布志湾に我が物顔で居座る連合国軍に電子妨害を仕掛ければ、向こうは混乱の極みになりその間に撤退すれば被害が出る可能性がグッと下がる。

もし海自が何らかの障害で来れなくなる可能性も考え、第二のプランとして陸路で撤退することにした。

「さて、上に伝える前にあれの結果はどうなっているか現時点で教えてもらえるか?」

第8施設大隊にはおよそ550人ほどの自衛隊員がいる。その他の部隊も合わせると700人ほどが川内駐屯地にいる。

礼拝陸曹長にメモが渡され確認すると撤退が260、中立し説得するのが200人くらいで90人がここで抗戦、回答を決めかねている隊員が150人ほどとなっていた。

割合でいうと20%の隊員が決断できていないことになる。

仮にこの20%全てが離脱する考えを持っていればどうするのかと礼拝陸曹長に問いかけると、暫くの間思案した後重々しく口に出す。

「勿論その意思は尊重するが、部隊の運用に支障をきたすほどの人員が大量に離脱したら引き留めるかもしれん……」

 

 

 打って変わって新田原基地や鹿屋基地では放棄し春日基地及び築城基地まで撤退する意見がほとんど占めていた。

近年、人民解放軍の著しい増強を受けて防衛省等はやっと重い腰を挙げ新田原基地等に航空機掩体(シェルター)を設置している。

対爆用だが流石に戦艦の艦砲射撃は想定していない。

そもそもミサイル戦が占めている現代戦において戦艦は無用の長物となったのだから。

例としてヘンダーソン基地艦砲射撃がある。飛行場の破壊には成功したが、もう一つの新しい飛行場は事前偵察ですらかすりもせず無事だった。

旧日本軍は戦術的に失敗したものの、米軍を中心とした連合国軍は抜かりなく徹底的に基地を破壊するだろう。

そうなればいくら地対空ミサイルを基地に揃えようが優秀な航空施設科が何度滑走路を直そうが、苛烈な対地攻撃の前では焼け石に水なのは間違いなかった。

 

 

 えびの駐屯地ではどうかというと、ここに留まって態勢を整えようとする声が多かった。

というのも南九州の中では戦線から一番離れており、市の中心にはカルデラ性の盆地、南部には霧島山とえびの高原、北部には矢岳高原で囲まれておりまさに天然の要塞ともいえる。

旧日本軍だけでは連合国軍を抑えきれず、いずれ戦線は大崩壊するだろう。

そうなったとき軍司令部や残存してる部隊は霧島山地に転進し、最後の決戦をすると読んでいた。

旧式だが北海道から第2師団第2戦車連隊の74式戦車がおそらく最後の演習に参加しており、今は湯布院駐屯地で待機しているが山地が多いこの地形ではハルダウンを用いた待ち伏せ戦法はうってつけだろう。

宮崎平野や志布志で戦う案も出たが、南九州の各駐屯地にバラバラと防衛部隊を置いても量で圧倒する連合国軍相手には厳しいし、対艦ミサイルがいくら優秀でも数に限りがある。

戦艦の装甲は被弾前提で作られており、多少の被弾でも撃ち返してくる恐竜みたいなものだ。

陸の王者である戦車ですら戦艦の射程内にいれば、まるで赤子の手をひねるかのように戦闘不能に陥るだろう。

なら最初から戦艦の射程外であるえびの駐屯地で戦力を集め空自や特科による攻撃で数をなるべく減らし、橋頭保や伸びきった補給線を遮断、引くに引けなくなった連合国軍を霧島山地まで引きずり込んで質で圧倒するプランをえびの駐屯地だけでなく偶然にも都城駐屯地の幹部たちも描いていた。

 

 

 高畑山分屯基地の第13警戒隊では南九州唯一無二のレーダーサイトをどうするか意見が割れていた。

山頂にレーダーサイトがあり航空機から見れば一発でバレる。

隠そうにもデカすぎて無理、移動も当然無理と固定レーダーの弱点が浮き彫りとなっている。

一番近い都城駐屯地でも70km程離れており、志布志湾を通るか国道220号線で日南市を経由するルートしかなくどちらもリスクのある道だ。

03式中距離地対空誘導弾や短距離地対空誘導弾を急いで配備しても、ウンカのように押し寄せる連合国空軍と戦艦の艦砲射撃相手には分が悪い。

なら海自が所持しているイージス艦なら対処できるのではないかと意見が出た。

しかしながら佐世保からここまで来るにはいくつかの障害を乗り越えなければならず、処理能力が高いイージス艦でも流石に限界がある。

空自のジェット戦闘機は速くてミサイルという利点があるが、その場に留まれない欠点がある。

空の脅威が少なくなったとしても、今度は歩兵がグンタイアリのように押し寄せてくるだろう。

志布志湾と日南市から押し寄せてきたら守り切れる自信がない隊員が多く占めていた。

結局泣く泣くレーダーサイト等を爆破し都城駐屯地を経由しえびの駐屯地まで撤退することにしたが、ただでは帰さないことにする。

道中や建物の至る所にブービートラップをできるだけ仕掛け、連合国軍の戦意を削ごうと考えていた。

幸い周りは山間部で竹や木材が沢山あるため加工するには困らなかった。

 

 

 一方で健軍駐屯地やその他駐屯地では交戦するよりも中立の立場で説得し戦争を止めるべき、という声が半分近くを占めていた。

まず南九州にいる隊員や兵器を避難させるのは勿論、自分たちの未来の歴史を話してソ連の脅威等を説いたり、自衛隊の映像を見せたりする。

仮にこの交渉が受け入れられず敵意を向けられたら、威力偵察として様々な兵器を一発も撃つことなく見せつける。

いわば砲艦外交によってこれは本物だ、勝てないと戦意を挫き停戦にへと持ち込むのが最終目的である。

更に新政権や軍部にも同じように話し合いをする。

自衛隊を手にいれようとあれこれ画策したりすれば痛い目にあうぞ、と希望的観測を込めて訴える。

 

しかし、それはグラブジャムンのように甘すぎる見通しだと反論の声が当然上がってくる。

連合国軍がその話を信じる保証はない。

プロパガンダだと一蹴されたり、受け入れた振りをして罠に嵌めたり、そもそも交渉に応じずいきなり撃ってくる可能性だってある。

更に停戦しようが、新政権側や軍部が認めなければ意味がない。

彼らが怒り狂ってこちらにに宣戦布告したら本州の旧日本軍と国民義勇隊が押し寄せてきて日本人と日本人が血で争う最悪の未来もあり得るだろうという反論に誰もがゾッとする。

そいつらが中枢に巣くう限り日本という国は永劫に平和が訪れないだろう。

 

それを防ぐには秘密裏に鈴木内閣の関係者や終戦派を救出し、新政権にカウンター・クーデターを仕掛けなければならない。

レンジャー資格者や対馬警備隊、第1空挺団、特殊作戦群がちらほらと鎮西演習に参加しておりこういった救出作戦にはうってつけの人材がいるも、実行すれば歴史がどう転ぶのか分からない。

いや、自衛隊らがこの時代にタイムスリップした時点で歴史は変わり始めている。

どちらの言い分も分かるだけにはっきりとした答えが出ず、ただ時間だけが過ぎていっていく。

 

 

 

 

 

 深災対佐世保鎮守府でも艦娘たちが各部屋で甲論乙駁(こうろんおつばく)と議論が交わされていた。

日本艦娘は相手は深海棲艦ではなく生身の人間ということもあって意見が割れていたが、祖国を守護りたいという声が圧倒的に占めていた。

パイロットたちを特攻に向かわせることを阻止したいのは空母艦娘の間で一致し、様々なレシプロ戦闘機を基地に配備し特攻員は後方配備に追いやる案が出ると周りは次々と賛同していった。

さらに自衛隊基地にもレシプロ戦闘機を配備し、替えが効かないものを一旦後方に避難させる時間を稼ぐ案が吹雪、あきつ丸、青葉の妖精さんから出される。

佐世保基地に潜り込んで諜報していた妖精さん曰く、自衛隊には戦局をガラリと変えるほどの兵器があるらしい。

実は別れる際に吹雪とあきつ丸は妖精さんに海自のお偉いさんにくっついていくよう指示を出していた。まぁ、青葉は独自に動いたようだが気にしないでおこう。

ご存じ上げる通り自衛隊には様々な節約があり、最悪の場合何もできずに人員も装備も失われてしまう。そうなれば敗北を意味する。

よって日本艦娘側の方針は大まかに決まったかと思われた。

が、義勇戦闘隊による老若男女問わない特攻はどうするのか、パイロットだけを助け国民を助けないのは不公平なのではとあきつ丸から質問が出ると誰もが返答に詰まる。

それらも防ぐためには艦娘が前線に立たなければならない。

前線に立つことに反対していた艦娘は一定数いたが、特攻で死んでしまう方々を少しでも減らし日本を守護れるならば本望だと考えを改めていく。

問題としては彼らたちの説得やどこに配備するのか等があるものの、後ほど提督と突き詰めていけばいいので日本艦娘たちは一旦解散する。

 

 

 さて、海外艦娘側はやはりというべきかは意見がまとまらず、音頭を取っているサラトガの顔には疲労感が漂っていた。

一旦皆で休憩を取りサラトガが部屋を出ると、様子を見に来たであろう吹雪と遭遇した。

「かなりお疲れのようですね……」

「いやもう……こうなることは分かっていましたが。そっちはどうですか?」

「大まかですがこのようになりました」

A4用紙でまとめられたのを目で追うと、気になる項目を見つけた。

(特攻……あぁ、カミカゼか)

サラトガ自身は硫黄島攻略戦でカミカゼアタックによる大被害を受けたことがあり、その恐ろしさは身に染みている。

あんなクレイジーな戦法は二度と経験したくないし、そちら側も特攻を阻止したい。

ならば最善案は枢軸国の艦娘や戦闘機を配備することになるだろう。

代わりに米空母艦娘の艦載機や基地航空隊が来ようと言うなれば、あっという間に袋叩きになることは目に見えている。

実際にB-29が撃墜されたり不時着してしまい生き残った搭乗員が、一般市民や軍人による集団暴行で亡くなってしまう事例もあったからだ。

(本当に難しい立場ね……)

サラトガは心の中で軽い溜息をつく。それに前線に立つということは連合国軍兵士と戦うことになるので複雑な心境だ。

かといって日本艦娘を阻止するとなると、もはや内ゲバであり敵からしてみれば願ってもない状況だ。

とりあえず吹雪を海外艦娘がいる大部屋へ招きその紙を皆に見せることにする。

一旦提督に長引くかもしれない、とスマホのチャットで断りを入れるのも忘れない。

 

 吹雪がサラトガのあとについて部屋に入ると、まるでディベートのように枢軸国と連合国の艦娘で別れていてピリピリとした空気が流れている。

中立国であったスウェーデン艦娘のゴトランドは顔をゴトシープに埋めながら休んでいたほどだから、激論が交わされたのだろうと想像ができる。

「すごい現場ですね……」

「放っておくだったり降伏する案も出たけど、あの会議で提督が発言したようにゴトが実験体にされるかもしれないと言ったらまぁ荒れちゃってね」

先ほどの会議に参加していた海外艦娘で恐れていたのはこちらが何もせずに日本が負けてしまい、日本艦娘が賠償艦として実験体になってしまうことだった。

同じ釜の飯を食った仲間が実験体になるのはいくら何でも耐えられない。

そして連合国軍の艦娘もそうなってしまう可能性も否定できなかった。

拒否しようが″君たちの艦娘を自国の発展のために役立て″と強制的に連れていかれ新たな戦争の道具になり軍事バランスが崩れるのは容易に想像できる。

そうなると残るのは提督ただ一人となり彼の処遇はどうなってしまうのか。

捕虜として捕まり戦犯者として処刑されてしまうかもしれない。あるいは生体解剖実験に回されるかもしれない。

海外艦娘達は考えたくない未来に寒気が走る。

 

勝てば官軍負ければ賊軍

 

勝者だけが正義

 

そんな理不尽極まりない話であるが、過去の歴史から見ても証明されている事実である。

疲れ切ったゴトランドから吹雪に代わり、コピーされた日本艦娘側の案を皆に配っていく。

じっくりと読んだ彼女たちの反応はそれぞれで違い、ある者は渋い顔を、またある者は納得したような顔で読み終えていた。

この反応は想定内だ。

「長引くほど不利なので手っ取り早く終わらせるには、アメリカに潜り込んで民衆の世論を煽るのもどうでしょうか?」

(フム……ベトナム戦争か)

アイオワの姉妹艦であるニュージャージーはまだ確認されていないが、ベトナム戦争で対地砲撃をした例があったことを思い出した。

圧倒的な戦力を投入したにも関わらず北ベトナムの強固な抵抗によりズルズルと泥沼化したことで財政が圧迫され、更には機密文書の漏れや民衆の反戦運動がアメリカ各地、いや全世界で高まったことで米軍は撤退しベトナム戦争は終結した。

「いい案だけど真珠湾みたいな事例がベトナム戦争ではなかった。それについてはどうするの?」

アイオワが危惧していたのは真珠湾とベトナムではアメリカ民衆の意識が違うことだった。

 

真珠湾に卑怯な手を使った日本には徹底的な報復を。

ベトナムが共産化するのは許されない。

世論誘導があったとはいえ怒りの根源とエネルギー量が段違いなことを説明する。

 

「それにこの時代はテレビ放送も中断していてラジオや新聞が主流なはずだから、ベトナム戦争のように大衆が戦争を気軽に知るのはちょっと難しいカモ。それに10年も続いた。資源の輸入が見込めない今の日本に耐えきれる?」

「じゅ、10年も!? いや私たちもそれくらい深海棲艦と戦ってるけどそんなに……」

吹雪が驚くとガンビア・ベイがおずおずと手を上げる。

「あの、私はジープ空母と呼ばれていた護衛空母の一隻ですから、いくら質が良くても戦いが長引いたらアイオワさんの言う通りベリーハードだと思いマス……」

彼女が言う通りカサブランカ級護衛空母は週刊護衛空母なんていう言葉があり、戦時中は建造ドッグをフル稼働するほどの物量と人員があったからこそできた芸当である。

それに戦争が長引くということは、新たな兵器を研究する時間ができることも意味する。

だから余裕を与えない為にも初手から全力で殺るしかないが、連合国軍の上層部が大本営発表したり新聞などを検閲する可能性もあるし、そもそもどうやって包囲網を突破してアメリカに行けばいいのか。

 

艦娘の利点を生かせばなんとか潜り込めそうだが船の速度なので時間がかかる。

レシプロ機は速いがアメリカまでの距離が足りなく、そもそも防空網を突破できるのか。

 

皆が頭を悩ませていると吹雪がなにか思いついたようにパン、と手を鳴らす。

「もし潜入するとしてもわざわざシアトルやロサンゼルスまで行かなくてもいい。私たちの前所属は幌筵、そこに一番近いアメリカといえばお判りでしょう」

アメリカ艦娘達がハッとした表情を浮かべる。

「アラスカ州……!」

「えぇ、まず日本海から大湊へ行きそこから宗谷海峡を通り単冠湾、幌筵を中継しアラスカ州に極秘潜入するのもありですが問題は天候ですね」

アリューシャン列島があるベーリング海では深海棲艦が出る前まで屈指のカニ漁場として一攫千金を狙う漁師が真冬に集まっていた。

しかしその環境は台風並みの暴風に荒れ狂う大波、氷点下を下回る気温で死傷者が出るほど過酷を極める。

鍛え上げられた艦娘でも冬期間は出撃制限どころか禁止がかかることもあるくらいだ。

 

「ちょっと待って。たしか飢餓作戦によって佐世保港や日本周辺には機雷がたくさんばらまかれているはずよ。それにアッツ島には陸軍飛行場があるわ」

サラトガが待ったをかける。

吹雪という艦はサボ沖海戦で轟沈しているので、それ以降の歴史は全く知らない。

艦娘になってから歴史の本や教科書で昔に学んだ程度なのですっかり忘れていた。

話し合った結果スパイ作戦については一旦保留しこういった案もあったよ、と提督に持ち込むことにする。

連合国艦娘たちはあくまで停戦を呼びかけつつも後方支援に回ることにした。

そして粘り強く交渉したにも関わらず非人道兵器(原爆や生物化学兵器)の使用が確認されたら反旗を翻して日本艦娘側につくことにする。

これはクロスロード作戦における実験艦として沈められたサラトガの強い要望だった。

海外艦娘の方針がおおまかに決まったので吹雪がちらりと時計を見ると、時刻は1時近くを回っていた。

「これから司令官と会議してきますね。皆さんお疲れ様でした」

彼女が退出すると海外艦娘は眠気を抑えながらぞろぞろと自室へ戻っていく。

これからどうなっていくのか誰にも分からない不安が立ち込めていた。

 

 




艦これは10周年が経ち4/1には色々な情報出ましたね。
一言言わせてもらうと吹雪ちゃんマジ天使すぎて昇天しかけた……あれは反則よ!
無事にクリアファイルも手に入れました。あとはグッズや!

艦これ運営、しばふ先生ありがとう

2023/5/9 機雷について編集


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9話 暗雲低迷

 福岡県二日市に司令部を置いている第16方面軍の横山 勇 (よこやま いさお)中将は各師団・旅団からまとまられた報告書を溜息をつきながら読んでいた。

住民から春日市や築城で見たこともない基地があるという通報を受けて部隊を動かし、勿論自分たちもこの目で見たいと思い部下たちを率いたがまさか未来から来た日本人だとは流石に想定外だった。

言葉使いも階級もわが軍とは異なり戸惑ったが、聞けば聞くほど強力な兵器があるとわかりこれは神が与えた贈り物だと確信した。

すぐさま第2総軍第16方面軍の指揮下に入ってほしいと交渉したが、あっさりと断られるとは思いもしなかった。

怒鳴りたかったが軍人たるもの常に冷静にしなければならない。

粘って交渉するも自衛隊と名乗る組織は首を横に振るばかりで、徐々に怒りより呆れのほうが強くなっていった。

怒り罵る部下たちをなんとか抑え帰路につくが、報告書を見る限りどの師団でも断られたそうだ。

それに自衛隊から未来の歴史を教えられて愕然とした。特に2発の原爆投下と日本の降伏。

第2総軍や中国軍管区は広島市に司令部を置いているため、このまま原爆が落とされるとなると確実に壊滅し命令系統が機能しなくなる。

(新型爆弾の噂は小耳に挟んでいたがあれ程とは……それに広島・長崎市民も疎開しなければならないぞ。しかし決号作戦はもう間近。全市民を疎開させるには時間が足りないがなんとかしなければ)

すでにインフラは空襲で寸断され軍も市民も戦争に駆り出されている。

畑元帥になんて報告すればいいのだろうかと何度目か分からない溜息をつく。

 

「司令部を宇品に移転するのは? 船舶司令部があったはずです」

「いや、放射線の影響がありますから船舶司令部も移転すべきかと」

軍医部長の田中 厳 (たなか いわお) 中将は広げられた地図を見ながら意見具申すると、皆驚愕した顔つきで地図から目を離した。

「70年以上経っても放射線によって苦しめられていると自衛隊から聞いたが、そんなに恐ろしいものなのか?」

「はい。放射線にはアルファ線、ベータ線、ガンマ線、中性子線等があります。勿論無味無臭で痛みは一切なく遺伝子や染色体、骨髄細胞、免疫機能等を破壊し気づかないうちに体はボロボロになります。癌や病気にもなりやすく、平均年齢は下がるでしょう。さらに放射線の影響は長い時間体に留まります。つまり次世代の子供にも影響が出ます。奇形児や障害を持って生まれてくる可能性は高くなり、五体満足で生まれる子供はとても貴重になるでしょう」

ゾッとするようなことを淡々と言う軍医に思わず背筋が凍った。

「治療法はないのですか?」と高級参謀の穐田(あきた)大佐は震える声で尋ねるが田中中将は首を横に振る。

「ありません。それに人体だけでなく土地や水も放射線で汚染されますので、もう二度と人が住めない街になるかと」

「でも自衛隊の話では未来でも人が住んでいるぞ。これはどういうことだ?」と参謀副長の友森清晴大佐が疑問点をあげる。

「放射線は時間が経過したり距離が離れれば離れるほど影響は小さくなるらしいです。映像で見た限り上空で炸裂したからかもしれませんが私が分かるのはこれくらいです」

実は日本も原爆を開発していたが、極秘中の極秘であり知っているのはほんの一握りだけなのでここにいる誰もが詳しいことは知らなかった。

 

「まぁ、このままにしておけば甚大な被害が出ることには変わりない」

横山中将達は地図をまた見て近すぎず遠すぎない所を探していく。

呉市や大竹市は海軍にとって重要な基地があるがすでに壊滅しており、江田島は周辺海域が連合国軍の機雷によって埋めつくされている。

長崎県大村市にも海軍航空隊や第21海軍航空廠があるが壊滅している。

すでに重要拠点は連合国軍の大空襲によってすでに潰されてると言ってもいい。

「広島は廿日市市、長崎は諫早市に官庁を移すのはどうか?」

参謀長の稲田 正純(いなだ まさずみ)中将は地図を指さしながら比較的被害が少ない場所をあげる。というかそこしかない状況だ。

「そうする他あるまい。建物疎開を中止し、広島・長崎市の中心部は暫くの間立ち入り禁止することを第2総軍に提言する」

建物疎開とは空襲による火災の延焼を防ぐ目的で建物を壊すことだが、あの映像を見せられたら意味がないことは明白で一刻も早く中止にすべきだと誰もが思った。

横山中将の意見に否を唱える者はいなかったが、果たして受け入れてくれるかどうか。

信ぴょう性を増すなら自衛隊も連れていきたいが、先ほどの対応を見たからか信用できない。

しかしあなた方は原爆によって塵すら残らない消し炭となってしまいますので逃げてください、と元帥らに向かって言うのも流石に気が引ける。

(下手すればデマで混乱に陥れたとして軍法会議にかけられるか、上層部に握りつぶされるか……いや待て、なぜ自衛隊は原爆投下の映像をもっておるのだ? そもそも我らに見せたのも戦意を挫く目的で見せたとしたら? 仮に自衛隊が第2総軍と接触し転進することを米軍に流したら? 日本人の皮を被った外国人なら?)

考えれば考えるほど横山中将の疑心は膨れ上がっていく。

結局未だ敵か味方なのか分からない軍隊もどきに一丁前に手柄を取られるのはいけ好かないが、第2総軍の命令系統が機能しなくなるかもしれないことを天秤にかけると自衛隊を一緒に連れて説明するしかないものの、一つ気がかりなことがあった。

 

数日前から連合国軍の無線のやり取りがわずかながら活発化していたことだ。それに初めて聞く暗号も出てきたらしい。

解読班が一生懸命解読を試みているが、今までと異なるパターンや複雑さもあり難航しているようだ。

決戦が近いから、で片付けられるかもしれないがどうも胸騒ぎが収まらない。

まるで横山中将の不安を表しているかのように、先ほどまで小ぶりだった雨が激しくざぁざぁと降り始めた。

 

 

 

 自衛隊と艦娘がタイムスリップしてくる数時間前、南九州を包囲している太平洋艦隊では気象担当者が逐次台風の情報を集めていた。

その理由に米海軍には1つのトラウマがあった。

1944年12月にルソン島付近で第38任務部隊が進路予測を誤って台風の暴風圏に突っ込んでしまう。

コブラ台風と名付けられたそいつは米海軍の駆逐艦をいくつか沈没させたり空母の艦載機を失わせたりと散々な被害を出してしまう。

そのため米海軍は台風については敏感になりレーダーや航空機、気球を用いて観測体制を敷いている。

その結果、種子島付近にいる台風はのろのろと北東しお昼すぎには紀伊沖まで移動する見込みであり、雨は朝まで降り続くも次第に回復し風も波も落ち着くが雲はしばらく多い予報が出る。

高知沖にいる陽動部隊に直撃しないのは幸運であり、直撃していたらコブラ台風の二の舞になっていたかもしれない。

早速報告書をまとめ上官に提出し、不備がないことを確認した上官は会議のため戦艦ミズーリに集まった太平洋艦隊第3・5艦隊の幹部たちに配る。

 

 「ふむ、これは朗報だな」

水陸両用部隊をまとめる第40任務部隊司令官R・K・ターナー提督は報告書を見て満足そうに呟く。

揚陸用舟艇というのは波が高いと上陸が難しくなるためなるべく避けたい。

上陸前に沈没してしまっては作戦そのものが瓦解してしまうからだ。

「艦砲射撃や航空機による爆撃も問題なく行えそうですが雲が厄介ですね」

第54任務部隊司令官J・B・オルデンドルフ海軍中将はターナー提督の言葉を補足するように言う。

雲が厄介な理由は誰もが察しした。

「カミカゼアタック、か」とターナー提督が忌々しく呟く。

硫黄島攻略では雲が低く視界不良の天候だった。そのためカミカゼアタックを許しビスマーク・シーが轟沈しサラトガが大破、ルンガ・ポイントなどが損傷したのは記憶に新しい。

日本本土に近いので航空機だけでなく自爆用ボートや人間魚雷、人間機雷も警戒しなければならない。

連日空襲や艦砲射撃で潰しているとはいえ、運よく潰されなかった特攻用の秘匿基地が存在している可能性もある。

もし上陸中に海中と空から連動した特攻を繰り出されたらさすがに苦戦するだろう。

「まったく奴らのカミカゼアタックの執念は凄まじいな……」

オルデンドルフ中将が苦々しげに言い放った。

彼としては祖国防衛のため命を捨ててでもアメリカと戦うというトチ狂った精神論が理解できなかった。

そのようなものは映画や小説の中だけでいいというのが彼の本音である。

「だが、それを恐れていては何もできない。来ると分かっているなら迎え撃てばいいだけの話だ」

ターナー提督はあくまで冷静だった。彼自身、カミカゼアタックに対する恐怖は勿論ある。

しかしそれをいつまでも恐れていてはこの先の戦いを乗り越えることなど不可能だ。

カミカゼアタックは日本にとって最後の切り札であるが、特攻への対策はすでに講じており後はそれを徹底させるだけだと彼は思っている。

それを使うほど追い詰められた時点で戦争遂行能力が無いに等しい。

「念のためもう一度各部隊にカミカゼアタックの対応を周知させろ。それと生物化学兵器の使用も問題ないか?」と第5艦隊司令官レイモンド・スプルーアンス提督が確認をとる。

「えぇ、天候もこれから安定してきますから大丈夫かと」

書類を配った上官も肯定する。BC兵器(生物・化学兵器)を効果的に発揮するには気象にも十分注視しなければならないのだ。

生物兵器は炭疽菌を詰め込んだ爆弾、化学兵器はマスタードガスやホスゲンを中心とした砲弾や爆弾、それらの配布タンクがマニラ湾や沖縄の各地で製造されていた。

すでに貯蔵量は数千万トンにも及び、生物化学兵器を搭載した輸送艦はいつでも出港できるよう待機している。

「なら良し。例の新型爆弾はどうなっている?」

第3艦隊司令官ハルゼー大将も気になっているのか口をはさんでくる。

「先ほど5発ほどがアメリカから発ったと」

「開戦まで間に合わせたかったんだがな……」とハルゼー大将は残念そうに言った。

「仕方ありません。様々な障害を乗り越えやっとできあがったんですから」

スプルアンス提督がなだめるとそれもそうだな、と思い巡らした。

幾度の実験の失敗やメンバーの脱退やら紆余曲折あったが、ようやく実戦に使えるレベルまで完成できたことは素直に喜ぶべきだろう。

 

 「日本の連中を地獄へ送るには十分な威力があるだろう。台風の影響もなさそうだし事前に検討していたあれを発動するぞ」

おぉ、と幹部たちが色めき立ち室温が上昇したように感じた。

「ついにですね」とターナー提督が上ずった様子で言う。

「あぁ、大統領や元帥のお墨付きだ。パールハーバーでやられたことをそっくりお返しするだけさ」

彼の脳裏にあるのは真珠湾の復讐だった。

ニイハウ島沖付近で真珠湾攻撃のニュースを聞き、急いで付近を索敵したが空振りに終わり12/8にパールハーバーに帰港した。

いくつもの艦艇が鉄くずのように変わり果て、基地が爆撃で穴だらけで様々な航空機が黒焦げになるほど燃え尽き、火薬と燃料と血が混じったような地獄の光景は今でも忘れることができない。

「リメンバー・パールハーバー……今となっては懐かしい響きですね」

スプルーアンス提督も真珠湾へ帰港中に攻撃されたことを知った時は腸が煮えくり返るほどの怒りを覚えた。

いつかジャップに復讐を誓ってから必死に勉強し、1年後のミッドウェー海戦で日本の空母4隻も沈める大勝利をおさめたときは歓喜で踊り狂いたくなったものだ。

「すべてはあそこから始まったな。一時はどうなるかと思ったが、よくぞここまで持ち直して今やジャップとの歴史的な一大決戦が始まる。胸がすく思いだよ」

「同感です。ジャップの奴らに怒りの鉄槌を下す絶好の機会です」

スプルアンス提督は拳を握りしめながら熱く語る。

「我々に歯向かったらこうなるぞ、と黄色い猿には再教育をさせなければなりませんな」

オルデンドルフ海軍中将も興奮気味にまくし立てる。

その言葉に呼応するように士気が高まりつつあった。

彼らの頭の中では自分たちが世界最強の座に就く姿が描かれていた。

日本というアジアの小国を徹底的に叩き潰す。それは彼らにとって当たり前の復讐であり疑う余地もない。

それに彼らは日本憎しの一心でこの作戦に賛同した者たちだ。

中には日本という国がこの世に存在したという事実すら消し去ってしまいたいという思想が渦巻いていた。

 

 「では諸君、作戦開始時刻まで最終点検を不備なく行え。無線は通常通りにな」

ハルゼー大将が会議を締めると幹部たちは紅潮した様子で退出し、会議室には2人の大将が残った。

「いよいよですね、ハルゼー将軍」とスプルアンス大将は高揚感を抑えきれない様子で声が上ずってしまう。

「うむ、奴らはこの世界に必要ない。なんなら絶滅に追い込んでやろう」

ハルゼー提督は狂気じみた目つきをのぞかせながら日本民族を粛清しようとはっきりと口にした。

 




やっとE3-3甲終えました。
後方待機空母といいボス前のネ級改といい道中の殺意がマシマシすぎるんじゃ。

結局道中支援と基地航空隊を投げて突破率をあげるやり方でラスダンは安定してきたけど5回もかかったよ。

今週末にまた友軍がくるそうですがあと2週間あるかないかだと思います。資源もすくなくなってきたし間に合うのでしょうか……


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10話 機雷をばら撒いた連合国軍に助走付けて殴りたい

梅雨任務でてるてる坊主を集める某艦ゲームはここだけではなかろうか(いいぞもっとやれ


 

 午前0時を少し回り、深災対では先ほど集ったメンバーが第1会議室で提督と最終確認をしていた。

提督は吹雪がまとめた案を概ね認めていたが、やることが多すぎて目が回りそうになる。

まずこちらが所持している航空機を各基地に配備し自衛隊機と特攻機、その人員を後方に追いやること自体は賛成だが、自衛隊と旧日本軍を説得しないと混乱が起きるのは必須。

スパイ作戦(仮)もこちらが持っている陸攻や二式大艇では敵の防空網を突破するのは流石に厳しく、大湊や単冠湾、幌筵にも協力を仰がなければアラスカ州にたどり着くことすら、いやそもそも日本から出さんぞと言わんばかりの機雷をどうにかしないとならない。

まさに三位一体となってやらなければこれらの作戦は達成しないだろうと誰もが一致した。

 

「司令官、私たちはすでに覚悟ができています」

艦娘たちはそれぞれの遺書を懐から一斉に出し机の上に置く。

何度も深海棲艦と戦っていく中でいつか轟沈してしまうかもしれないため、艦娘全員が遺書を書いており自室の机の引き出しやロッカーに保管してある。

命を投げ打ち、提督さえ生き残っていればそれでいいと考えていた。

仮に轟沈しても提督さえ元の世界に戻れば、そこで新たな艦娘が建造できる。

そして二代目を育ててくれれば本望だと。

 

特に吹雪からすれば自分たちの指揮官であり、主人でもある司令官をみすみす死地に向かわせるわけにはいかない。

連合軍が目をつけられれば間違いなく司令官は抹殺か生け捕りにされるに違いない。

念のためいつ何時も司令官のそばでボディガードのように護衛しなければと考える。

司令官は私たちとは違い普通の人間だ。

仮に司令官が病気などで指揮ができなくなった場合、代理として吹雪が指揮を執るシステムが組み込まれているが司令官を慕っている艦娘は多く、彼を失ってしまえば立て直せないほど士気は崩壊するだろう。

例え無事に元の世界に戻れても、提督無くして普段の生活ができるとは思えなかった。

 

「そうか……だが誰一人欠けることなくみんな揃って帰還することだ。君たちはもう家族同然なんだからな」

提督はぐるりと皆を見回す。彼は艦娘を失うことを極度に恐れていた。

自分たちがいた世界では深海棲艦の攻撃によって轟沈してしまえば例外を除いて二度と帰ってこない。育成した時間も装備も無に帰してしまう。

一応ダメコンを装備すれば防げるも貴重なので数に限りがある。

しかしここは別世界の日本。

一発被弾して轟沈することも十分あり得るため慎重にならざるを得ない。

「帰れればまた来られる。キスカ撤退作戦を率いた木村提督の言葉を忘れないでほしい」

彼の説得は艦娘たちに響いたようで全員が顔つきを変え、礼号作戦の時木村提督のことをよく知っている大淀は特に心打たれたようだ。

「さて、ひとまずお隣の海自さんに報告だ。向こうはどうなっているのかね」

 

 佐世保地方総監部

時を少し戻して、とある本を見つけてほしいと第2掃海隊司令を務めている小勝 圭(おがち けい)2等海佐から頼まれ資料室で調べていた一人の若い隊員がいた。

海上幕僚監部防衛部の掃海隊OBが戦後に出版した本を見つけ目次を見ていくととある項目に目が留まる。

 

[日本近海機雷設置図]

 

それを見た瞬間、心臓がドクンと跳ね上がり背中から嫌な汗が流れてきた。

急いでそのページをめくり、目を凝らしながら佐世保という地名を見つけ出し、機雷設置数を見ていくと書かれている数字を見て驚愕する。

(これはまずいぞ。急いで報告しなくては)

彼は本を手にしながら人生の中で一番速く走りつつも迷惑にならぬよう会議室へ駆け込んだ。

 

 杉山中将と三面海将に許可をとり第2掃海隊のひらしま型掃海艇3隻と掃海ヘリMCH-101を出動させると、資料通り機雷を見つけることができた。

得た情報はすぐさま陸・空、佐世保鎮守府にも共有されるとテレビ会議が慌ただしく動き始める。

すると杉山中将からあんな短時間でいったいどうやって見つけたのだと外線電話が来たので、百聞は一見に如かずということでこちらに招待することにした。

10分後、佐世保鎮守府から杉山中将と石井参謀長、西村参謀の三人が派遣されたが、見たこともない光景に目を回しそうになっていた。

パソコンといった機械がたくさんあったり、昼のように明るく輝く細長い電灯が天井に等間隔で埋め込まれていたり、大きいテレビが壁にかかっている。

しかも大きさの割にかなり薄くどうやって部品を詰め込んだのか不思議に思っていた。

さらにそのテレビには緑のまだら模様を着ている軍人が鮮明に映っている。

確かあれは陸上自衛隊と説明されていた気がする。

広告映像でちらっと映っていたが海自の軍服とはまた違った色でかなり目立っていたのを覚えていた。

「画面に映し出される方は何者なのだ?」と杉山中将が画面の向こうにいる人物について三面海将に尋ねてきた。

「彼は西部方面隊で一番偉い関川 龍之介陸将です。陸上自衛隊も5つの方面隊に分かれていて西部方面隊は主に九州と沖縄の防衛警備や災害派遣を担当しています」

「なるほど。彼はここにいるのか?」

「いえ、関川陸将は熊本県にいます。テレビ会議システムと呼ばれてるもので遠隔拠点にいてもあれを使えばほぼズレがなく、まるでそこにいるかのよう会話できます」

我が国とかけ離れた技術力に杉山中将たちは顔を見合わせてただただ脱帽するしかなかった。

 

 

 会議が再開されると、皆眉間にしわを寄せたり難しい顔しながら共有された資料を見ていた。

「よって早急に佐世保港を機能させる必要があります。ソーナーで判明しただけでも連合国軍が設置いたと思われる機雷は佐世保港付近でおよそ60個、資料によれば周辺海域では500個前後にものぼりますがそれだけではありません。飢餓作戦によって関門海峡や瀬戸内海は倍以上の機雷によって封鎖されています」と小勝 2等海佐は浮かない表情で説明していく。

飢餓作戦という言葉が出た途端に周りからため息が漏れる。

 

それは連合国軍が海上交通遮断のため本土周辺に大量の機雷を敷設し、補給路を絶つ作戦。

効果は絶大で関門海峡や主要港は機能不全に陥りシーレーンは麻痺。

修理設備がある港も機雷で封鎖され、傷ついた船が修理できずそのまま放っておかれている。

当然食糧も入ってこないので全国各地で飢饉状態が相次いでいる状態だ。

朝鮮半島にいる残党部隊も日本に向かう航路が多数の機雷で遮断されており、輸出したくてもできないという歯がゆい思いをしている。

死を覚悟し運よく機雷源を抜けても今度は連合国軍の潜水艦が待ってましたといわんばかりに待ち構えており、多数の輸送船等が海の藻屑へとなり果ててしまった。

 

特に陸自の方々は焦りが感じ取れた。

というのも先ほど川内駐屯地から輸送艦しもきたで重機類を運べないかと打診があったのだが、それがおじゃんになってしまった。

「佐世保港をクリアしても予定地の港には機雷があるだろうな。時間がかかりすぎる。砂岡陸将、これらの情報を至急川内駐屯地に伝えろ」

関川陸将の命令に第8師団長の砂岡陸将は暗号化された電話で伝えていく。

そこからの川内駐屯地の動きは早かった。港が使えないと分かるとすぐ部下に命じて陸路による撤退に切り替えていった。

 

 

 「待ってくれ。我が海軍が防衛のため設置した機雷もあるのだ。それも撤去するのは佐世保港の防衛力が低下してしまうのではないか」と石井参謀長は憤る。

機雷を易々と掃海されては設置した意味がないし、命を懸けて設置した部下たちに対する冒涜であり許せなかった。

石井参謀長の言うことは理解できるが、それが原因で湾内から出港できないのはよろしくない。

なら帝国海軍が設置した機雷を避けるしかないのだが、どこに設置したのかを問うと頑なに首を横に振って教えてくれない。

ソーナーだけではどちらかの機雷かを判別するのは難しく、結局無人機か水中処分隊員の目視による確認作業となるが人・数も限られているので時間がかかってしまう。

どう説得しようか三面海将達は悩んでいると、杉山中将が石井参謀長にこそこそと耳打ちしていた。

 

「君の言うことはもっともだが、連合国軍の機雷をすぐ見つけられるのは素晴らしい。それに長官室で見せられた彼らの映像を見ただろう? こけおどしの可能性もあるが、本当ならあんな強力無比な海軍は連合軍を屠れるかもしれんぞ」

「ですが……彼らの土壇場になってしまいます。それでもよいのですか?」

「構わん。第一あんな兵器は世界中のどこを探してもないだろう。つまり補給はできない可能性が高い。動けなくなったところをかき集めた特攻でぶつけ戦果を分捕ればいいではないか」

その考案に石井参謀長は時代劇の悪代官のような笑みを浮かべ賛同し、機雷掃海を許可するとともに生き残っている数少ない掃海艇も出し協力するとまで言われた。

 

態度が変わったことやこそこそ話に不安が募るも、今はありがたく受け入れよう。

三面海将は頭を切り替え今動けるのはどれか。

のしろは点検中、みくまは海上公試中で佐世保から離れており転移には巻き込まれておらずここにはいない。

「そうなると第2掃海隊ともがみ、ぶんご、水中処分隊をフル稼働して機雷を処分するしかない……どれくらいかかる?」

三面海将の問いに周りの目がこちらに集中するのが分かる。

第2掃海隊の司令と艦長、水中処分隊長、もがみ、ぶんごの艦長は互いに顔を見合わせひそひそと話し合う。

「そうですね……第二次世界大戦レベルの機雷なら確実に処理できます。ペルシャ湾の例ですとおよそ三か月半の間で34個の機雷を処分できましたが技術の進歩があるので、佐世保港だけならそれほどかからないかと。しかし関門海峡や豊後水道も含めると数年、いや数十年かかってもおかしくないかと……」

小勝2等海佐は申し訳なさそうに答える。

「我々も同じ意見です。戦後70年以上経っても完全に掃海されていないのを見るとそれくらいかかることを覚悟したほうがいいかと」

ましゅう副長を経てぶんご艦長になった新堀 昴(にいぼり すばる)2等海佐も答える。

そう、戦中にばらまかれた機雷は今現在においても年平均数個を処理しており厄介極まりない存在となっているのだ。

 

下手すれば数十年もかかる……その言葉に会議室の空気が意気消沈するさなか、1つの伝言メモが部下から三面海将に渡されたのでチラリと読み進めていくと深災対の提督代理である吹雪から電話が来たとのことだった。

このタイミングはちょうどよいと思い、ひとまず会議を中断した。

三面海将は少しの間離席すると周りに伝え、会議室を後にし折り返し電話をかけるとすぐに繋がり、吹雪さんの声が聞こえる。

内容は深災対の方針が決まったのでそちらにお伝えしたいとのことだった。

それを聞いてもう決定したのかと心の中で驚くも、メモを取りながら話を聞いていく。

「なるほど。そちら側の対応は分かりました。我々も深災対と円滑に物事を進めたいと思っていたところなのでテレビ会議はできますか?」

『機材はありますが』

「わかりました。でしたら隊員をそちらに派遣し、繋げられるようにします」

『ありがとうございます! 派遣される人数とお名前もお伺いしてもよろしいでしょうか?』

「そうですね……少し相談しなければならないのでまた掛けなおします」

『了解です。決まりましたらまたご連絡ください』

「わかりました。お気遣い感謝いたします」

『いえ、こちらこそ。それと、鵠提督から提案がありまして』

吹雪から伝えられた内容に三面海将は目を見開く。

数時間前の杉山中将らと深災対との会議で自衛隊は法律的なしがらみがあることを伝えていた。

ただでさえ激戦が予想されるところに部隊をどうするのか、戦闘に参加するのかで議論が続いている。

そのさなか鵠提督の提案はまさに渡りに船であった。

「なるほど……その手がありましたか。ありがとうございます。ではまた後程」

 

三面海将は受話器を置きすぐさま佐世保システム通信隊の司令である戸野 巡(との めぐる)2等海佐を館内放送で呼びかけると、数分もしないうちにやってくる。

「急に呼びつけてすまない。実は深災対のテレビ会議システムをこちらに繋げるために数名の隊員を選抜や志願でもいいから直接出向いてほしい。場所はニミッツパークがあった場所に転移してきたそうだ」

「なるほど事情は分かりました。すぐに取り掛かります」

「助かるよ。よろしく頼む」

その後派遣する隊員の準備が完了したとの連絡を受け、深災対に折り返し電話を掛けると吹雪さんが対応してくれた。

「準備が整いました。今すぐ向かいます」

『了解いたしました。門衛室には川内さんが担当しています。私は正門のところでお待ちしております』と終始丁寧な口調だった吹雪さんにほっこりしながら通話を終える。

 

(さて、まずは古間空将に彼の提案を伝えなくてはな)

なぜならば連合国軍の上陸予定地には宮崎海岸があり、その近くには第5航空団などが配備されている新田原基地があるためだ。

健軍駐屯地に電話し古間空将を呼び出し、保留音が数十秒ほど鳴り響くと古間空将が電話に出る。

『待たせて申し訳ない。一体どうしたんだ?』

「実は……深災対からある提案が上がってきまして」

『提案だと?』

古間空将の言葉に三面海将は先ほどのやり取りを話していく。

『ふむ……こちらもどうするべきか悩んでたところだ。その提案はありがたいな。早速第5航空団司令部と話し合ってくる』

電話が切られると三面海将は小さくため息をつく。こちら側(自衛隊)と比べフットワークが軽い深災対が少し羨ましいとさえ思った。

 

2人は徒歩で向かい正門をくぐり門衛室を見つけると、ツーサイドアップの髪型で首に白いマフラーを巻いて忍者みたいな恰好をした艦娘が目に入る。

「おっ、来たね。私の名前は川内型軽巡洋艦1番艦の川内。君たちのことは吹雪から聞いているよ」

かなりの美人で声も艶っぽく、思わず惚けてしまう。

「あっ……海上自衛隊佐世保地方総監部のシステム通信科から来ました保倉 直人(ほくら なおと)1等海尉です」

彼は黒の短髪で度が強めの眼鏡をかけている。身長は170cmぐらいあり先日29歳を迎えたばかりで、仕事熱心で上司からの信頼も熱い期待のホープとされている

「はっ、はじめまして。田麦 豊 海士長 と申します」

彼は21歳で185cmもある大柄な坊主頭、ニキビ跡が少しまだ残ってる青年という感じだ。

見た目に反して女性と話すと少し緊張してしまうが、芯が強く思いやりのある性格をしている。

しどろもどろに挨拶してしまい、体温がカッと上がっていくのがはっきりと分かる。

すると川内はクスッと笑いながら言う。

「大丈夫よそんなに緊張しなくても。怪しいもの持ち込んでないか身体検査させてもらうよ」

ポケットやカバンの中身を全て出したり、服の上から触られたりするが川内さんからいい匂いがふわっと香ってくるのでそれどころじゃない。

気を紛らわせるために保倉1等海尉はふと気になったことを言う。

「あの……吹雪さんはどちらに?」

「えっ、最初から君たちの後ろにいるけど?」

ざわっと空気が変わり木々が風で揺れた様な気がする。

あんな熱かった体温も急速に下がり鳥肌が一斉に立つ。

後ろを振り向くのが怖いが勇気を出すと、彼女がいたので心臓が縮みあがりかけた。

最初から居たというが気配も音もしなかったのに。

「あ、驚かせてしまいましたか? すみません……私が吹雪です。宜しくお願い致します」

吹雪は申し訳なさそうにお辞儀をする。

彼女の容姿は事前に教えられていたが、本当にセーラー服を着た中学生みたいな姿なのにここまで気配を消せるとは只者ではないと思ってた。

「三面様からお話を伺っております。こちらの許可証をお渡ししますので、首にかけて無くさないようお願い致します。私がご案内いたしますが、立ち入り禁止の場所が数多くありますので私のそばを離れぬようについてきてください。隙を見てこっそりと抜け出して探ろうとするならば……お分かりですよね?」

門衛室の電灯で照らされた吹雪の顔はにっこりと微笑んでいるが目は笑っていないことに気圧されて、こくこくと頷くしかない。

こうして彼ら二人は吹雪の監視の下、佐世保鎮守府司令部内に足を踏み入れた。

 

 玄関に入ると外見も内部も総監部とほぼ変わらず親近感があったが、細部までみると掲示板の内容や張られているポスターとか異なっていていた。

じっくりと見たいが今は見学会ではないので気持ちを抑え吹雪さんの後を付いていきながら

階段を上がっていくと、執務室と書かれた部屋に到着する。

「こちらが司令官が執務するお部屋になります。今いらっしゃいますのでご挨拶を」

重厚そうな扉をノックすると中から若い声が聞こえ、吹雪が扉を開け入室すると20代後半の男性とサラサラな黒髪ロングヘアーで眼鏡をかけた艦娘がいた。

「ようこそ。私が提督を務める鵠と申します」と丁寧な口調で挨拶をしたので通信システム課の2人もピシっとお辞儀しながら挨拶する。

「私が軽巡洋艦大淀です。艦隊指揮の補佐や鎮守府運営、通信などを担当しています」

川内さんとはまた違った雰囲気と清楚な声、眼鏡もあり見た目も知的そうな女性……なのだがスカートのサイド部分がなぜか開いており、見えてはいけない一部が見えてしまいそうだったので全力でそこから目をそらす。

ここの風紀はどうなっているんだと内心思いつつ、平静を装いながら大淀さんにも挨拶していく。

「深災対のテレビ会議システムを繋げるために来て頂きありがとうございます。早速お願いしてもよろしいでしょうか」

 

 提督と吹雪が前に、大淀が後ろに挟まれるように階段を随分と下っていくと、地下のある一室で足を止め提督が説明する。

「こちらが地下指揮所です。深海棲艦による大規模侵攻が確認された場合こちらで指揮を執っています。万が一の砲撃及び爆撃にも耐えられるよう頑強に作られております」

地下ということもあって昔のような暗い室内を2人はイメージしていたがいざ入室してみると、照明がしっかり灯されており明るく、換気扇も作動しているのかジメジメしておらず清潔に保たれていた。

そして数々のモニターやマイク等が設置されている。

ビデオ会議に必要な機材は揃っていたので回線を繋げるだけならすぐに終わりそうだ。

 

早速大淀さんとセッティングや構築作業を進めていくが、隣に来るたびにまたいい香りが漂い集中できなくなりかけたのが何度かあった。

それでも耐え地下のほうが終わると地上にある会議室も同様に作業を進め、午前1時半に完了することが出来た。

後は無事に繋がれば成功で電源を入れてみると、エラーを吐き出すことなく接続でき2人は安堵の溜息をつく。

「全てが無事接続できたみたいですね。これでテレビ会議ができますがなにかあればまた何時でも呼んでください」

「ありがとうございます。とても助かりました」と鵠提督は感謝を述べると、吹雪さんと大淀さんも天使のような笑顔でお礼を言ってきたので昇天しかけた。

こんなところで働きたいと思いつつも理性が果たして持つかどうか……自問しつつ提督と吹雪さんの案内で佐世保鎮守府司令部を後にする。

門衛室にいる川内さんにもお礼すると「お疲れ様。気を付けてねっ」と微笑みながら手をひらひらと振って見送りしてくれた。

 

佐世保鎮守府司令部からだいぶ離れると、2人とも緊張から解き放たれたかのように息を大きく吐く。

今日だけで一体幾つの心臓を撃ちぬかれただろうか。

あんな美人と可愛い娘がいるなんて予想外で、彼女に囲まれて仕事できるあの提督はなんと羨ましい。

2人はどこか夢心地な気分で帰路に就き、部隊に戻った時は質問攻めにされたとかないとか。

 

 

 ひとまずテストで佐世保地方総監部と深災対とのテレビ会議をしてみると遅延もなくスムーズに出来たので、午前2時にいよいよ自衛隊とテレビ会議することが決定される。

 

佐世保地方総監部は三面海将らを中心とした海自の幹部と帝国海軍佐世保鎮守府の幹部3名。

 

健軍駐屯地には鎮西演習会議で集まっていた各駐屯地・基地の幹部。

 

佐世保鎮守府司令部では鵠提督と吹雪、大淀が出席し予定時刻ちょうどに関川陸将から挨拶が始まると皆引き締めた表情をする。

 

『これより合同会議を始める。事前に佐世保地方総監部から通達があった通り、本時刻をもって深海棲艦特設災害対策執行組織が会議に加わることになった』

画面に深災対の3人が映し出されると健軍駐屯地の幹部たちから歓待の声が漏れる。

どちらも美女なのも驚いたが、パッと見コスプレ会場から抜け出してきたかのような服装で困惑してしまうのも一部見受けられた。

深災対が軽めの自己紹介を終えると歓待からざわめきが大きくなる。

世界中の海軍が驚愕したとも言われる特型駆逐艦Ⅰ型と、大日本帝国海軍最後の連合艦隊旗艦であった艦が人になっているというのは常識外れ過ぎていた。

若者の隊員の中にはMMDやVチューバーの類ではと思っていたのも多かったが、映像越しではまるで人間そのものであり認識を改めていった。

 

 本来ならじっくりかけて艦娘について説明したいところだが時間が惜しい。

ひとまずPDFにした資料を秘密回線で転送し、本題である佐世保湾に巣くう機雷の件に移る。

三面海将が機雷の設置数や掃海艇の所持数等を説明していくと、深災対の方々も機雷があることは米艦娘からの報告で分かったらしい。

『なら我が艦隊には掃海艇の艦娘はいませんが、機雷除去ができる海防艦娘がいます。どの海防艦娘も機雷掃海具を持っているので多少なりとも時間短縮できるかと思いますが』

「ちなみに海防艦娘はどれくらいの人数で容姿はどんな感じですか?」

小勝2等海佐が手を挙げて質問すると提督は困った顔を浮かべる

『17人いますが容姿はですね……えぇと」

なぜか歯切れが悪くなる。言っていいのかどうか悩んでいるようであり誰もが固唾を飲んでどんな発言が出るのか見守る中、提督が意を決して口を開く。

『小学生低学年くらいなんです……』

暫く時が止まり、聞き間違えじゃないのかともう一度丁寧に尋ねるがやはり答えは変わらない。

予想よりも斜め上の発言に自衛隊側は驚愕、唖然、絶句が混じりあったような騒ぎになり中には頭を抱えたりしていた者もいた。

理由は国際法において18歳未満の子供は徴兵されないとしているが、それが引っかかるどころか小学生低学年は数え役満でスリーアウトゲームセットだ。

 

杉山六蔵らも流石に驚いていた。

国民義勇戦闘隊を各地に配備しているとはいえ原則男性は15歳から60歳、女性は17歳から40歳(妊産婦は除外)と義勇兵役法で定められており、年齢制限外の方も志願として認められていた。

しかし実態はなりふり構わずどの世代でも強制的に徴兵されているのが現状であった。

(小学生低学年ということは向こうもそれほど追い詰められているのか……が、それでもお国のために戦うとはなんと素晴らしいことか!)と内心感動さえしていた。

来るべき決戦において老若男女問わず赤ん坊だろうが障害者だろうが関係なしに戦え。

むしろ囮や罠として使えと推奨している。

武器がなくても各々持っている物で工夫し、大和魂で一人でも多くの米英鬼畜共を屠れと洗脳教育や訓練を行ってきた。

これに賛同しない、協力しない国民もある程度いたが非国民として弾圧したり村八分で社会的に孤立させている。

 

「杉山中将殿、たしか海防艦は占守型だと1940年辺りに竣工されたはずでは?」

西村参謀は周りに聞こえないよう2人に耳打ちする。

「うむ、そうなると向こうの年代は確か2022年だから82年が経過している計算になる」

「本来なら高齢者なのだが本当に小学生低学年の見た目なのか怪しい。この目で見なければ納得はできまい」

隅でこそこそと話し合って海防艦を連れてくるようにと言おうとしたが、鵠提督はそうなることが分かっていたかのようにすでに海防艦娘を呼んできていたようで手招きすると、ひょっこりとフレームインしてきた。

 

 黄色より薄い灰色みたいな髪の毛にエメラルドグリーンのくりくりとした目、濃い緑のセーラー服なのに襟は松葉のような色、お腹辺りは白色、袖口にはファーが取り付けられていて見たこともない制服だがそれよりも身長が吹雪より小さい。

目視だと130cm前後くらいしかなさそうで、本当に小学生低学年くらいの身長だということが証明され再度頭を抱えてしまう。

『占守型海防艦1番艦、占守っす!』

しかも語尾がまさか「~っす」とは予想外で最早色々と衝撃的過ぎて皆言葉が出ない。

帝国海軍の3人ももう訳が分からないといった表情を浮かべていた。

なにせ艦としての占守北海道方面に所在しており、大淀は呉空襲によって大破着底していたはずであるからだ。

 

 自衛隊側でもどうするよこれ、と言いたげな雰囲気になっていた。

見た目は子供、年齢は高齢者という某推理漫画の主人公も推理を放棄するレベルだろう。

このままでは小学生低学年に武器を持たせて戦争に参加させるという犯罪的行為に加担することになり、そもそもこんな幼女達を戦場に立たせるなんて深災対は狂気の沙汰でしかない。

しかし帝国海軍の掃海艇と海自の艦だけでは足りず一日でも早く湾内を安全に航海できるようにしたいという気持ちもある。

 

「あの、どうして小学生低学年の女の子を戦場に?」

ちょうかい艦長の姫野1等海佐は怒りと困惑が混じった声で問う。

「こればかりは未だ研究中なのです。一説によれば元の艦の大きさが関係しているらしいですが……。初めて邂逅したときはすでにその姿でしたので」

 

鵠提督はそれに、と付け加える。

当然私たちがいた世界でも海防艦娘が初めて確認されたときは同じような反応であった。

大本営のお偉いさんや鎮守府の提督は頭を抱え、国民やマスコミ、政治家の反応はというとおおまかに分かれたそうだ。

 

″艦娘のおかげで各国の経済は徐々に立て直し、国民の生活も上向きになってきている″

″今更騒ぎ立てるのもナンセンス″等と受け入れる声が多かった。

 

一方で一部の野党議員やマスコミ、人権団体、反艦娘団体は″駆逐艦よりも小さい艦娘を戦場に立たせるのは流石にどうなのか″、とまともな意見が出たことでスムーズに事が進み、大本営と鎮守府はどうすれば納得してもらえるか連日話し合ったり海防艦娘の特性を調べていくにつれ、とある事実が判明した。

 

″消費資源が駆逐艦よりも少なく、敵潜水艦に対してはほぼ先制攻撃ができる″

 

特に消費資源が少ないことは大本営だけでなく財務省も歓迎していた。

この事実をすぐさまマスコミに公表したり観艦式では海防艦の演習等をライブ中継したりと不安を払拭するようにした結果批判の声は萎み、今では受け入れられていることを真摯に伝える。

 

ここでは言わなかったことだが本来なら反艦娘派は連日連夜国会前や各鎮守府でのデモ活動や議事妨害、質問主意書の乱発、SNSによる工作活動、聞くに堪えない罵詈雑言なシュプレヒコールなどあらゆる手段を用いていっただろう。

そういった思想は自由であるも日本政府は差別・侮辱的な言動に対しては断固たる態度で臨む。

自衛隊や米軍ですらギリギリなのに艦娘はいともたやすく撃破するのだから、艦娘がそっぽを向かれてしまえば国そのものが滅びかねない。

ゆえに反艦娘の声が大きくなり結託して一大勢力を築くようなことは何としても避けたい。

そのため徹底的に艦娘に対して好意的な情報を出すようにコントロールしたり、適切な処置を講じていったことで単に反艦娘の力が弱体していっただけである。

 

 しかし姫野1等海佐は怒りをより露わにする。

「いくら大将とはいえこれは人道に反するのではないでしょうか?  たとえどのような理由があるにせよ、幼い子だけでなく中学生のような子を戦場に立たせるなどあまりにも無責任ではないのでしょうか」

姫野1等海佐の指摘はごもっともだ。

彼女は家庭持ちで中学生と小学生の子供がいるから余計に思うところがあった。

「お気持ちは分かります。しかし彼女たちは誇り高き大日本帝国海軍の軍艦の生まれ変わりであり、責務を全うするために命を懸けて深海棲艦と戦い海を鎮魂しています。どうか理解していただきたい」

真剣な眼差しで諭す鵠提督。

それでも食い下がろうとする姫野1等海佐だったが、やることが山のように積み重なっているのに堂々巡りの議論をするわけにはいかないと判断した三面海将が間に入り落ち着くよう促す。

「申し訳ありません。少し熱くなりすぎました」

そう言うと彼女は頭を下げ謝罪をする。

しかし怒りの感情は隠せておらず、手のひらには爪の跡が残るほど強く握られていた。

時間も限られているので強行採決をとることにしたが横暴なのではと反発の声が当然あがってくる。

ここで反論したのが護衛艦の艦長たちである。

 

″連合軍は重要港湾でもある佐世保を空襲する可能性が十分にあり得る″

″護衛艦が係留で密集しているままで対空戦闘を行うのは非常に好ましくないので一刻も早く機雷除去してほしい″

 

そこまで反論されるとぐうの音も出せず渋々ながら了承する。

ちなみに杉山中将達にも聞くと当然のように賛成の立場である。彼女達は素晴らしい大和魂を持っているのに貴様らはなぜ時間をかけるのだ……と軽く説教されかけた。

「では採決を取らせていただきます。帝国海軍の掃海艇と海防艦娘で協力して機雷除去を行うべきだと思う方は挙手を」

全員が手を挙げる。やっと一歩前進したことで安堵の空気が流れる。

「では海防艦娘は除いては…いませんね」

 

 よって帝国海軍と海自、海防艦娘のタッグによる史上初の機雷除去に挑むことになり、すぐさま別室の会議室で打合せをすることを決定した。

 




長らくオーパーツだった震電を無事にゲットできたのでヨシ!

北海道と佐世保行きたかったな。けど通年なのはありがたいし次は舞鶴みたいですね。舞鶴といえば吹雪ちゃん。つまりグッズや限定グラがでるってこと…?!


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11話 機雷掃海と各基地の撤退及び原爆疎開に関する会議

大変長らくお待たせいたしました。


ー 佐世保地方総監部 ー

 急いでセッティング作業を進めていく中、平島型敷設艇5番艇・済州の山部(やまべ)艦長と第4号掃海艇の長井(ながい)艦長が最初に総監部にやってきた。

済州は1944年12月佐世保鎮守府部隊に編入されると以後は本土決戦のため温存され、第4号掃海艇は元々シンガポールに所在していたが、高雄と妙高と共に無事に内地帰投を果たした経歴がある。

 

応接間に案内した数分後、今度は集団登校のようにぞろぞろと海防艦娘が来たが先頭にいる教官のような艦娘とロシア感のある艦娘が誰なのか分からない。

「練習巡洋艦鹿島です。うふふ、よろしくお願いいたしますね」

緩めのウェーブがかかった銀髪のツインテールが特徴の彼女は対応している職員がごくりと唾をのんでしまうほどの魔性を感じていた。

「ひび……ヴェールヌイだ。ロシア語で信頼できるという意味なんだ」

鹿島の隣にいる小さい子は髪もセーラー服も白だが瞳がブルーグレイなので神秘さが感じられる。帽子には旧ソ連のマークが目につく。

海防艦娘は占守・国後・八丈・石垣・択捉・松輪・佐渡・対馬・平戸・福江・御蔵・屋代・日振・大東・昭南・第四号・第三〇号の17人が元気よく挨拶する光景にほっこりする

これで全員揃ったようなので、応接間で待機していた帝国海軍の艦長たちを呼び会議室に案内していく。

それぞれ席に座ると部屋の電気が落とされ、プロジェクタースクリーンに映像が入ると健軍駐屯地と三面海将達が会議している部屋と接続される。

 

 「お集まりいただきありがとうございます。早速ですが佐世保港の対機雷戦について説明します。まずどの場所に機雷が敷設されているのかお伝えします」

小勝2等海佐が音頭を取りカラー化された海図が画面上に映し出されると皆食い入るように見つめる。

特に山部艦長と長井艦長はこれほど精密な色付きのは初めて見た、と驚きの声を漏らす。

「資料と掃海艇、ヘリのソーナーを照らし合わせた結果、洗出シノ瀬灯浮標から佐世保港口第1号灯浮標及び第2灯浮標付近をα……ではなく、″い海域″とします。佐世保航路第3号灯標から第4号灯標付近を″ろ海域″。佐世保港エイノ鼻灯浮標から佐世保港本船沖灯浮標付近を″は海域″。佐世保港離レ灯標から佐世保港大曾根灯浮標付近を″に海域″におよそ10~15個の感応式と係維機雷があることが判明しました」

機雷が敷設されている場所を赤ペイントペンで囲んでいくと、まるで佐世保港から出さないと言わんばかりに封鎖されているのがはっきりと分かる。

ギリシア文字ではなく″いろはにほへ″と順にしたのは帝国海軍の艦長や艦娘になじみがあり分かりやすいだろうと配慮した。

「よってこれらの海域周辺を立ち入り禁止区域に設定します。また、沿岸部の道路通行止めや住民の避難措置もとらなくてはなりません。そのため佐世保警察と長崎警察署、佐世保市役所、長崎県庁に連絡をとりたいのですが……」

「えっ、そこまでやるのか?」

このご時世漁に出ていく漁船もめっきりいないことから、わざわざそんなことしなくても機雷掃海は可能なのではと山部艦長は考えていた。

しかし小勝2等海佐は首を横に振って反論していく。

「安全のためです。それに掃海中に機雷が突如爆発する可能性も否定できませんし、市民を巻き込むわけにはいかないので」

遠回しに野次馬は引っ込んでほしいと言いたげな雰囲気を小勝2等海佐から感じ取れた。

確かに見慣れない軍艦がいきなり港内に現れ、物珍しさから漁船などがうろうろしては掃海の邪魔になるだろう。

『分かった。″空襲演習″として付近住民を防空壕へ避難させ、付近一帯に憲兵や警察官、更に佐鎮の海兵団も動員し警戒態勢を引く措置を私から話を通しておこう』

杉山中将は石井参謀長に指示を出すと、佐鎮に向け伝令を出す。

その一言で小勝2等海佐をはじめ自衛官はほっとした顔を浮かべる。

 

「ありがとうございます。では、次にどのような機雷が確認されているのかこちらをご覧ください」

スクリーンには各機雷の性能がまとめられた表が出て小勝2等海佐はレーザーポインターを用いて説明する。

「飢餓作戦に使用されている主な機雷はまずMK25。これは3種類に分類されておりMod0は磁気誘導式、Mod1は音響感応式、Mod2は磁気水圧複合式まで分類されています。次にMK26は磁気誘導式。最後にMK36はMK25の小型版と言っても差し支えありません。これらは主に航空機から投下できる沈底機雷に分類されており、見つけづらいのが特徴です」

説明を聞いている間、長井艦長は悔しさと称賛と嫉妬が内心で渦巻いていた。

(ただでさえ沈底式は見つけるのが難しく、燃料不足やB-29の空襲に苦心しながらも見つけ出したのは数個程度。なのに向こうはその倍どころではない数を見つけ出している。くそっ……素晴らしいが我々の存在意義がなくなるではないか)

チラリと横目で山部艦長を見ると同じようなことを思っているようで、目が合うとほんの軽く頷く。

それでも平静を装って小勝2等海佐の話を聞き続ける。

 

「では海上自衛隊はどのように機雷を処理しているのか。こちらの動画をご覧いただきたい」

映像が切り替わり5分程度の動画が流れる。

山部艦長と長井艦長はプロパガンダだろうと半信半疑で見ていたが、やはりカラー化されてカクカクしていない映像を見るたびにどう見てもこの日本と向こうの日本とは技術の差は歴然としていると嫌でも思い知らされた。

しかもヘリコプターで捜索するという手際のよさだったり、無人潜水機とやらで海中探索して掃討するといった画期的な兵器には度肝を抜かれる。

こちらも掃海具を新たに作ったりするが新しい機雷に対しての有効な手立ては無いに等しく、残された手段は機雷源に向け誰かが船で先陣を切り、爆破する前に海に飛び込んで突破するしかなかった。

タイミングよく飛び込まないと無人となった船は機雷源から程遠いところまで行ってしまったり、かといって誤ると水から伝わる爆圧に巻き込まれ船と一緒に木っ端微塵となるチキンレース状態であった。

このままでは確実な掃海はできないと業を煮やした上層部は船から飛び込むことを禁止したり、未だ多数の欠陥が残っている伏龍で機雷掃海するというある意味原点に戻ったりした。

その分犠牲者も出て多くの若者が海へ散ってしまった。

そんな無茶な命令でも彼らは文句ひとつ言わず、むしろお国のため、天皇陛下のために死ぬのは本望だと自ら進んで行く者ばかりだった。

徹底した洗脳教育が実った成果に諸悪の根源である皇国血盟維新団、いや今は新政府として神国政府を樹立した彼らはマスメディアも使って大胆的に称えると、感化された国民は神風特別攻撃隊に加わりたいと懇願する者や、鬼畜米英を追い出そうと町内や学校ごとでより一層訓練に励む光景が各地で見られる。

帝国海軍もその勇敢さを称賛しさらなる掃海を命じるも、結局資源不足と果てしない物量に押され処理できた機雷は日々少なくなっていったので残った兵器や人員は本土決戦用へと回されている。

戦争というものはこうも人を変えるものかと山部艦長と長井艦長は心の中で重い溜息をつく。

 

一方で海防艦娘たちはキラキラした眼差しで見入り、時折子供らしく歓声を上げていた。

動画を見終えると海防艦の佐渡が感想を投げかける。

「潜るやつって潜水艦娘にもできそうだなぁ」

「いや、潜水艦というのは鉄の塊で磁気が強い。下手すれば感応式の機雷に反応してしまう可能性があり得るのではないかと」

もがみ艦長の桑川(くわがわ)2等海佐の指摘に周りの海上自衛隊員はもっともだと頷く。

第二次世界大戦期の潜水艦というのは現代のものと比べれば静粛性が低いのが多い。

もし哨戒機や護衛艦がこの時代の潜水艦を探し出すとなるといとも簡単に見つけ、まるで銅鑼を鳴らしまくっているかのようだと評価されるだろう。

「なら艤装を外せば問題ないのでは?」

君は何を言ってるんだと言わんばかりの視線が鹿島に集中する。

「例外ですが艤装を外しても潜水艦娘は潜れます。それにスク水を着ているので大丈夫かと」

スク水と聞いて飲み物を飲んでいた自衛隊員たちがむせたり漫画のように吹き出したりと

動揺がみられたが、鹿島は意に介さず妖精さんを通して深災対へ伝令していく。

 

ー 深災対 ー

吹雪から渡されたメモの内容に内容に目を疑ったが、人員が多いほうがいいのは理解できる。

早速執務室に伊58のことゴーヤを呼び出すと、すぐに来てくれた。

「単刀直入に言うが、佐世保港にある機雷を安全地まで運ぶことはできるか?」

ゴーヤは何言ってるんでちか、と冷めた目で見ていたが事情を話すとふーむ、と考え込む。

「機雷を見つけることはやったことないでちよ。そもそも機雷なんて激レアでち」

ぶっつけ本番なことに難色を示す。

ちなみに深海忌雷というのがいるがどういうわけかZ3(マックス・シュルツ)と一緒におり、しかも夏にしか確認されていない。

噂では磁気ならぬ児気に反応しているらしいが、いかせん個体が少ないので未だ調査中である。

「だよな……ちなみに艤装を外して潜航した場合どれくらいできる?」

「そうでちね……半日くらいはずっと潜れるでち。まさかそれをやれと……?」

純酸素を事前に吸い水中で息を止めた世界記録は24分3秒でギネス世界記録に認定されている。それよりも24倍も長く潜れる計算になる。

「下手すれば轟沈しまうかもしれん。前例もないし行けと強く言えないが……」

「艤装なしで潜航するのは遊びとかでしかやったことないでちが、やれと言われればやるでちよ。もとより覚悟の上でち」

「……分かった。潜水艦隊は隣の総監部に向かってくれ。鹿島には連絡を入れておく」

ゴーヤが敬礼して退室しようとすると、提督が呼び止める。

「おいちょっと待て。その恰好のまま行くつもりか? スク水とセーラー服だけでは流石にまずいぞ。せめて着替えよう」

「あ……そうでちね。危ないところだったでち」

そのあと部屋に戻るとゴーヤは皆を呼び、服やスカートを履いたりしてから総監部に向かった。

 

 数分が経過しおしゃれした潜水艦娘らがぞろぞろと会議室へ入室すると余裕のあった会議室が今や満員御礼の幕が上がりそうなほど混みあう。

次々と女性が増えていく様子に山部艦長と長井艦長は目を丸くしている。

伊58・168・8・19・401・13・203・47・400・504・まるゆ・呂501の計12人がそれぞれ自己紹介をしていき会議が再開される。

ちなみにガトー級潜水艦のスキャンプはお留守番しているが、提督の許可を取りスキャンプにそっくりな妖精さんを通じて盗聴している。

そしてもう一度動画を流し潜水艦娘にも説明していく。

「……というわけで君たちは潜水艦と聞いている。よって水中処分員と共に超音波を使って機雷を映像化できるゴーグルとハンドソーナーを使って機雷を探し出してほしい」

初めて見るハイテクそうな機械に潜水艦娘から歓声があがり、海防艦娘は羨ましそうな声を漏らす。

それを見た鹿島はここに明石と夕張がいなくて良かったと思っていた。

あの二人ならガンギマリした目で涎垂らしながら質問攻めしまくって果てには解析しようとするだろう。

「まずは人海戦術で見つけ出すのですね」

指で眼鏡を押し上げた伊8が尋ねる。

「その通りだ。人数はできるだけ多いほうがいい。君たちは水中処分員と共にまずは港から近い″は海域″に行ってもらいたい。機雷を見つけたらすぐ報告し、近づかずゴムボートや掃海艇まで退避してくれ」

潜水艦娘たちは真剣な面持ちで頷く。

「そして我々は港から遠い機雷源、つまり″い海域″と″に海域″まで2機の掃海ヘリで水中処分員を輸送しへローキャスティングで機雷を処分します」

第111航空隊司令の白瀬(しろせ)1等海佐が続けて説明すると、イムヤのこと伊168が確認をとる。

「この海域の水深は15mくらい?」

「えぇ。先ほどのヘリによる調査で沖合まで行くと一番深いところで40mくらいの深さになっています」

ここでも水深がほぼ変わらないことに潜水艦娘はホッと胸をなでおろす。

「ただ、先ほどまで台風の影響で大雨が降っていたため、河川からの濁流で海中視界が悪化している可能性が高いです」

「なるほど……夜が明けてからも水中ライトは必須ですね。潮流はどうですか?」と水中処分隊隊長の稲鯨(いなくじら)3等海佐が挙手して質問する。

潮流が速いと更に視界が悪くなるだけでなく、漂流してしまったりする恐れがあるために命に係わってくるためだ。

すると山部艦長がポケットから手帳を取り出しページをめくりだす。

「今日は下弦の三日月で小潮であるから、潮の流れが穏やかだそうだ」と月齢表を見ながら答える。

まさか彼が答えるとは思いもよらず誰もがポカーンと口を開けてしまう。

「実は私は釣りが好きで、釣島(初島型電纜敷設艇2番艦)の艦長とは気が合ってよく釣りの話をしていたんだ。また南方では息抜きの時に部下とF作業をしていたこともある」

F作業というワードが出てきて色めきだったのは艦娘達だった。

確か海自にもF作業をするときはたまにあるが、あそこまで盛り上がるのは驚いた。

聞くとどうやら一大イベントのようで秋になると秋刀魚祭りまでやっているそうだ。

果てには横浜の臨港パークや富士スピードウェイでリアル秋刀魚祭を開催し釣った秋刀を市民に振舞ったり、大根すりおろしイベントや音頭を踊ったりと艦娘の間ではF作業=祭りという認識が根付いている。

海自でも過去に護衛艦カレーナンバー1グランプリを開催した経緯もあるから違和感がない。

話が脱線したので小勝2等海佐が咳払いして軌道修正する。

「おほん。他に質問はないか?……よし、では命令がでたらすぐ出れるよう準備に取り掛かれ」

解散しそれぞれの持ち場へと戻る。

あとは許可と周辺住民の避難、道路封鎖さえできれば第84条の2″機雷などの除去″により出動できるようにしておくが、その時間がもどかしく感じられた。

 

 

ー西部方面総監部ー

 ひとまず機雷除去の件はめどが立ちそうなので次の話題に移る。

「次に第16方面軍の横山中将からお話があるそうです」

古間空将が声をかけると、やっと出番が来たかと一歩前に出てくる。

50代半ばくらいの男性で彼の身体からは年相応の衰えを感じ取ることができ、体型もややメタボ気味だが、スキンヘッドに精悍な顔つきと口ひげは歴戦の猛将を思わせる。

 

横山中将と稲田参謀長は30分前にUH-2でここに到着した。

第2総軍等に事情を説明する件で幹部たちを引き連れ春日基地に寄ったら、向こうからちょうどいいタイミングに来てくれて良かったと言われた。

どういうことかと詳しい説明を求めるとこちらでは大将に当たる位の方々から名指しで話し合いたいことがある、と要望が来たそうだ。

直接会って話し合いたいということは相当切羽詰まっている状況なのだろう。

それに未来から来たらしいとはいえ大将という位からの要望は軍人たるもの無視できるわけがない。

しかし福岡から熊本まではだいぶ離れており、車で飛ばしても2時間はかかる。

かといって九州に集められた航空機は本土決戦用に回されているしどうするのかと思ったら、春日基地の滑走路に案内され見たこともないオートジャイロに乗らされ気づいたらここに連れてこられた。

頭がどうにかなりそうだったがさらに追い討ちをかけるように目の前に広がる光景は現実味がなく脳みそが爆発しそうになる。

ヘリ内で事前に説明を聞き眉唾物だと思ったが、いざ目の当たりにすると言葉が出ない。

洗練された建物の内部は昼のように明るく照され、港には見たこともない軍艦が係留していたり果てには女性の軍人もちらほらと見かけられた。

夢でも見ているのではないかと思ってしまうが、こっそりと自分の手のひらをつねっても痛いので夢ではなく現実だと再認識させられる。

 

「横山勇と申す。第2総軍司令部及び中国軍管区司令部に我々と出向き、貴方たちのことや原爆の件について説明してほしい。特に後者は人命、国益に関わることであるから早急をお願いしたい。具体的には市民を疎開したり司令部や官庁を別の場所に移すことを考えている」

疎開と聞いて関川陸将はあることが頭に浮かぶ。

 

(なるほど、原爆疎開か)

 

史実では原爆投下の後に新潟県知事が国に逆らうように緊急疎開を発令した。

実際にはその前日から疎開の噂があり、パニックになった市民が避難して市内はあっという間にゴーストタウン化していったことがある。

『広島市に向かって説得をすることに佐鎮も賛成である。司令部が壊滅してしまったら作戦そのものに支障がでるためだ』

杉山中将も彼の意見に同意する。

 

しかし大本営が納得してくれるのか、それが最大の懸念点であることを西部方面総監部に集っている自衛隊幹部たちは分かっていた。

「なら自衛隊のことを隠して伝えるのはどうでしょうか? 例えば陸軍の諜報部に情報を渡して流してもらえば……」と幕僚副長である丸潟陸将補が隣にいる幕僚長兼健軍駐屯地司令である曽木 陸将補に耳打ちする。

「いや、確か広島や長崎の原爆投下の時部下の報告を上官が握りつぶしてしまった例がある。いまいち信用できん」

そんなことが、と彼は小さく驚く。

 

原爆疎開は広島市・長崎市の原爆投下があったからこそ新潟市では疎開できたが、ここではまだ原爆は投下されていない。

訳の分からない未来人から映像を見せられ″このように原爆が投下される可能性がありますので逃げてください″と信じてもらえるのだろうか。

杉山中将たちにはなんとか信じてもらえたがそれ以外が連合国軍のスパイだ、お国のために逃げるのは恥だ、と言われればそれまでである。

 

すると鵠提督が挙手し提案をする。

『もし疎開してくれたら、その見返りとして我々の基地航空隊を広島に派遣するとちらつかせるのはどうでしょうか?』

(基地航空隊?)

聞きなれない言葉にほとんどの自衛隊員は首をかしげたが、杉山中将達はその意味が分かった。

『なるほど基地航空隊による航空戦力の提供か……。いい案だがそちらにはどんな機体があるのだ?』

『零戦はもちろん陸軍戦闘機や局地戦闘機、ドイツやイタリアの海外戦闘機、ジェット戦闘機の試製秋水やコメートもあります。それだけでなく偵察機や飛行艇もあります』

おぉ、と周りから感嘆の声が漏れる。

『更に可動率はほぼ100%を維持しているので問題ありません』

可動率100%というあり得ない数値に誰もが耳を疑い驚いた。

 

旧日本軍はジェット戦闘機やロケット戦闘機、高性能レシプロ機を九州防衛のために優先的配備しているも、お世辞にもいいとは言えない。

そもそも連日の空爆に加え潜水艦による通商破壊、機雷の封鎖で燃料や資材は入ってこない。

おまけに腕利きの職人や整備員は前線で駆り出されたので今は素人が殆どで、不良品が多いため騙し騙しで整備しているのが現状である。

そこまで落ちぶれているのにクーデターで政権をひっくり返して決号作戦を実行する新政権に笑い話にもならない。

しかし上がやれと言われたら否応なしにやるしかないのが軍国主義のつらいところだ。

そんな現状にため息をつきつつも横山中将と稲田参謀長は深災対が羨ましくも、本当にそんな航空戦力を所持しているのかと疑問に感じていた。

 

空自ですら全体の可動率は50%くらいで可動率の低下や共食い整備による現場の声が近年やっと大手メディアなどを通じて取り上げてもらえるようになった。

世界最強の軍隊である米軍ですら達成していない数値にいったいどんな手品を使ったらこうなるんだ、と疑念のまなざしを向けられる。

が、彼はどこ吹く風かのように話を続ける。

『後ほど基地航空隊の資料をお渡ししますのでご心配なく。また、広島だけでなく鹿屋や宮崎等に配備しようと思います』

『鹿屋と……』

「宮崎に?」

三面海将と古間空将は少しわざとらしく聞き返す。

『はい。自衛隊機はハイテクと聞きましたが法律的な観点から動かすのに手間がかかるみたいですよね。申し訳ありませんが邪魔なので九州北部へ行っていただきたいのです。攻撃すらできない自衛隊は現時点でお荷物なんです』

『その通りだ。やはり自衛隊というのは軟弱者の集まりらしいな』

『深災対が協力してくれるのならありがたい』と杉山中将と横山中将はうんうんとうなずく。

邪魔だのお荷物、軟弱者という辛辣な発言を聞いて一部の幹部たちはムッとした表情になったり、ピクっと眉を動かす者もいた。

法治国家だからと聞こえはいいが、他国と比べ制約が多いのがつらいところだ。

そもそも内閣総理大臣どころか官僚や国会議員、都道府県知事などがいないなんて誰が想定しているのか。

そのようなタイムスリップを前提とした法律を作りましょう、なんて言う人がいたら申し訳ないが頭の中を疑ってしまうか病院に通院することを進めるだろう。

「お待ちください! それは聞き捨てなりません。我々だって出来る範囲で模索中なんです!」

関川陸将が立ち上がって抗議するも、杉山中将はやれやれといった様子で冷たく答える。

『ではなぜ大日本帝国の未曾有の危機に対してすぐに協力しないのだ?  我々は鬼畜米英共を倒し国を守護らなければならない。貴様らがすぐ動かぬのであれば彼の言う通り大人しく逃げ我々や深災対に任せればよいのだ。それかそちらの兵器を我々に譲渡し情けない自衛隊の代わりに戦ってやってもいいのだぞ? さぁどうするのだ?』

関川陸将はぐぬぬ、と歯ぎしりしながらそれ以上何も言えず勢いよく椅子に座り込む。

少しイラついたように机を指でコンコンと叩いていた。

実はそれが合図であらかじめ事前に話し合っていたものだった。

合図に気づいた三面海将が鵠提督にアイコンタクトすると、彼は軽く頷く。

『しかし彼らはとても貴重な戦力です。それにあのような兵器は我々も扱いにくいものばかりです。前線から引いてくれるだけでも我々の負担は軽減されます』と少し同調するように鵠提督も発言する。

その様子を見た陸空海の将たちは内心してやったり、と笑みを浮かべる。

事前に彼からあえて帝国陸海軍側に立ち、わざと自衛隊を追い出す演技をすると聞かされていた。

深海棲艦が出現する前までは自衛隊も存在しており彼らの苦労がよく分かっているからだ。

 

するとタイミングを見計らった部下達が各部隊からのアンケート集計結果が書かれた紙を持ってきたので、受け取った陸空海の将官たちは速読する。

 

内容は川内・国分・都城駐屯地の陸自幹部達は全部隊をえびの駐屯地まで撤退するか、戦闘部隊はとある地点に留まって時間稼ぎをするかで意見が分かれたそうだ。ちなみに降伏する意見はほんのごく僅かしかいなかった。

自衛隊法に照らし合わせるなら、奥まで引きこもるよりある程度引き付け戦い、我々に被害が出れば反撃の口実ができてより動きやすくなるだろうと腹を括ってのことだ。

 

沿岸配備師団を見捨てるのかという批判の声も第12普通科連隊と第43普通科連隊、第8施設大隊内、第1航空群では当然上がった。

彼らの気持ちはわかるが、南九州だけの戦力ではとてもではないが勝ち目はない。

武器は強力だが駐屯地内の備蓄だけではあっという間に弾薬が尽きてしまい、以後は足手まといになる可能性が高いと幹部たちは必死になって説得した。

だったら銃剣を装着し突撃してまでもやります、と一部の隊員が血気盛んな意見が出るとそれだったら降伏して保護してもらったほうがマシだ、さらに一緒に撤退するべきだという意見がまた出てヒートアップし果てには殴り合いの喧嘩まで発展してしまう。

慌てた幹部たちが仲裁に入りなんとか引き離して場を収める。

第12普通科連隊と第43普通科連隊、第8施設大隊は地元である九州出身者が多く、ご先祖様がここにいるかもしれず守護りたいという気持ちが多かった。

確かにそうだよな、と各幹部たちの気持ちは揺れ動いていた。

3つの部隊の幹部たちが暗号化された無線で暫く意見交換をし、元の日本に無事に帰れる確率を少しでも上げるため今は無謀な犠牲者は出すわけにはいかないと改めて決断した。

前線にいる帝国陸軍に関しては各司令官と再度接触し、我々と後方に″転進″し態勢を立て直す案を打診する。

それでも反対するものは部隊から脱退してもいいし自衛用の武器や食糧などは渡すから後は好きにしろ、降伏するなりこの時代を生き抜くなり頑張ってくれと隊員たちに通達するとようやく引き下がってくれた。

 

こういった紆余曲折を経て、彼らは主力部隊が到着するまで各隊が障害物の構築をしながら小林市や都城市に集い、第25師団と共に遅延戦術をとるのはどうかと意見具申した。

健軍駐屯地にいる第8師団長にもこれが我らの総意だと伝えると、″君たちの覚悟はよく分かった。私達も最善を尽くして上と交渉する″と意を決してくれたそうだ。

『ふん、最初からそうすればいいものをわざわざ時間かけおって』と杉山中将はいやみったらしく呟くが反論したい気持ちをグッと抑える。

 

まとめると南九州に存在する全部隊は都城駐屯地を除き撤退。

そして横山中将とともに第2総軍司令部に出向く時間を調整し、疎開の見返りとして深災対の基地航空隊を派遣する案を出す。

異議は出なかったため同意したとみなし、ひとまず切りのいいところまで会議が進んだので帝国陸海軍の幹部達には応接間に案内して15分程度の休憩を設けることにした。

 

 さて、向こうも覚悟は決めたようだ。あとはこちら次第である。

バタフライ効果によってこの世界がどんな歴史を歩むことになるのかもはや誰にも分からない。

米大統領が別の人になるかもしれないし、どこかの国が政権交代で政党が変わるかもしれないし、有名な大手企業ができないかもしれないし、それどころか国際関係や国力などがガラリと変わるかもしれない。

ただそれを恐れてこのまま傍観すれば、自衛隊どころか日本そのものが消滅する可能性は高い。

かといって武器の世代差はあるも量に関しては向こうが圧倒的だ。戦傷者無しの完勝は難しい。

そして各国の歴史書には『軍事政権が戦争継続をしたため連合国軍により民族が消滅したアジアの国があります。それは日本国です』と以後に渡り長く語り継がれるだろう。

そうならないために関川陸将と三面海将、古間空将はクビ覚悟で全ての責任を背負うことにした。

すでに辞表は自室の机の上に叩きつけてある。

まず帝国陸海軍には極秘に無線で連合国軍の上官、できたら司令官クラスと交渉をする。

表向きは中立宣をし連合国軍とは交戦しない立場をとり、万が一交戦した場合降伏し武装解除する。

それを信じてくれないのならば佐世保港に来てもらい直接交渉していくが、実際は中立派と降伏派に戦争の現実を教えることであった。

話し合いでそう簡単に戦争が終わるなら軍隊なんてとっくに無くなっている。

そもそもこういった交渉は本来政治家がするものだが我々の時代の政治家はいないし、この日本を牛耳っている政権はイカれた戦争を継続している狂った政治家だ。

中枢に中立宣言します、とうっかり言ったら非国民と烙印を押され連合国軍だけでなく旧日本軍と国民義勇隊を相手しなければならなくなるだろう。

より地獄の光景になることは間違いない。

 

まだ戦闘どころか上陸してもないのに、いきなり敵国の一部の軍隊が中立宣言を出すのは連合国軍に罠ではないかと怪しまれるのではないか?という声が上がった。

 

「いや、これは抑止力になり攻勢することを躊躇するのでは? 未確認の軍隊がいきなり無線に入り込んで未来の武器を持っているし我々は歴史を知っている、なんて話したら不気味ですよ。それか秘密裏に特殊部隊でも作ったのか、と疑心暗鬼にさせることもできるかも」と西部方面システム通信群長の袋津1等陸佐が希望的観測を述べると、西部方面通信情報隊長の明田(あけた)2等陸佐が別の案を出す。

「連合国軍が上陸したあと、夜襲を仕掛け指揮所に入り込んで連合国軍の無線を分捕るのはどうでしょうか? こちらには文明の利器である暗視装置がありますし。それか連合国軍の指揮戦車、もしくは無線手を拉致するとか」

さらっと恐ろしいことを言い出したことに他の幹部はギョッとするが、かなり合理的だと納得する。

どちらの言い分も理解できるだけにどの案を採用するか誰もが頭を抱え唸るも、ひとまず第95条の″自衛隊の武器等の防護のための武器の使用″を発令し撤退作戦を最優先しつつ、いつどのタイミングで交渉をするのかを協議していく。

 

万が一であるが、もし交渉が決裂したら緊密な連携をとる為に統合任務部隊、″JTF-鎮西″を6年ぶりに復活させ、西部方面総監(関川陸将)を長とし西部方面隊を主力に置き、佐世保地方隊や西部方面航空隊等を組み込ませる。

更に超法規的措置として武力攻撃予測事態において第77条の″防衛出動待機命令″を発令することを決めると、幹部や隊員達の間に緊張が走り、身震いする。

 

 




推敲したり分割したり色々とこねくり回してしまった結果、前回の投稿から5か月が経とうとしている……!?

夏イベ→南瓜→秋刀魚
資源が足りないわしーちゃん! けど報酬は魅力的すぎるわ!!
飛龍(熟練)+イ号誘導弾☆1と64戦隊無事にゲットできました。
しかし秋刀魚がこれになるってどんな仕組みなんだろうか。南瓜と言い節分の豆といい謎が多いが解明しなければ。


おや、こんな時間に誰だろう?


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12話 自衛隊法

本来は11話で出したかったのですが、長くなってしまったので12話にぶち込みました。
ネットで調べまくったけど法律って難しいね…。
法学部出身ではないので法律に関しては間違いや至らない点があるかと思われますがご了承ください。


 海自の鹿屋基地は鎮西演習で参加予定だった第61航空隊のC-130Rが3機休んでいた為それを使って270名近くの人数を一気に輸送できるが、この基地には1600名近くの隊員がいるので足りない分を要望しておいた。

航空燃料や武装を積んだ車両等は国道504号線を通り水俣市や八代市、佐賀市、鹿島市を経由するが下道で8時間以上もかかるため、健軍駐屯地で休憩をとってから大村飛行場へ輸送する。

配備されている15機のP-1はできる限り誘導弾や爆弾、魚雷を装備して同じく大村飛行場へ向かうことになった。

 

 空自の新田原基地ではF-15等の航空機を築城基地と春日基地に振り分けて配備する。

AAM(空対空ミサイル)はできる限りF-15に装着するが、残ってしまった分は完成弾コンテナに収容し運搬車や輸送機に積んで輸送することにした。

ちなみに高畑山分屯基地の隣にはヘリパッドがあり、CH-47やV-22が離発着できるくらいのスペースなので使わない手はない。

 

 関川陸将は輸送機・輸送ヘリには数の限りがあるため、乗り切れなかった分はトラックや人員輸送車になるべく詰めるよう各駐屯地・基地に通達した。

自家用車に関してはどうしても持っていけない車があったら所有者に許可をとり、ガソリンを1/2トン燃料タンク車に入れてから焼却なり爆破処分する。

これも連合国軍が手に入れて解析されるのを防ぐためである。

 

 そして各方面からまとめられた要望を元に空中輸送員(ロードマスター)が人員・貨物の搭載に関する計画の立案及び機体の重量・重心の算出だけでなく食料、医薬品などはどうするか等問題は山ほどあるが総動員体制で進められている。

まず即応性が高い回転翼機でさっさと運んだあと、輸送機で残った分を一気に詰め込んでいくことにした。

その結果国分・川内・都城駐屯地にはV-22、CH-47J、UH-60JAを中心に派遣する。

新田原と高畑山、鹿屋も同様であるが、鎮西演習のため派遣された空自の第1輸送航空隊の第401飛行隊からC-130Hが8機、空中給油仕様のKC-130Hが2機、第404飛行隊からKC-767が2機。

第402飛行隊からはC-1が3機。

第403飛行隊からC-2の2機の計17機を投入することになった。

なるべく昼間を避け夜間で済ませたいが日の出は午前6時の予報なので、あと3時間しかないし連合国軍が上陸するまであと1日しかない。

それまでには何としても終わらせないといけないので恐るべし集中力で進めていく。

やることが……やることが多い!と阿鼻叫喚の光景が空中輸送員の間で繰り広げられていた。

 

 

 

ー築城基地ー

 地震による滑走路点検のため戦闘機はすぐに飛ばせなかったが、スクランブル命令が来てもすぐ行けるよう各パイロットは飛行装具を付けたまま待機室で休んでいた。

整備士たちも機体の最終点検を行い、いつでもスクランブル発進できるように準備万端である。

そんなときブリーフィングを行うとアナウンスが入ったので各パイロット達は疑問に思いながらも待機室を後にする。

ブリーフィングルームに入り全員が集まったのが確認されると部屋の電気が落とされ、遮光カーテンが自動で閉じられプロジェクターが作動する。

すると第5航空団第305飛行隊のイーグルパイロット達がスクリーン上に映し出された。

「まず自衛隊法第95条により撤退支援としてF-35Aを飛ばしてもらいたい。そして我々はJTF-鎮西の下に組み込まれ、それに伴い防衛出動待機命令が発令される可能性が高まった」

貝津空将補の代わりに副司令官である鳥越(とりごし)1等空佐が出来立てほやほやの資料を読み上げると、パイロット達がざわっとどよめく。

自衛隊の歴史上初となる防衛出動待機命令に驚きを隠せなかったからだ。

「自衛隊法95条って確か″自衛隊の武器等の防護のための武器の使用″……でしたよね?」

第302飛行隊の飛行隊長大伯(おおはく)2等空佐が恐る恐ると質問する。

「その通りだ。武器等というのは武器、弾薬、火薬、車両、液体燃料、船舶、航空機、有線電気通信設備、無線設備となる。これらを各駐屯地から安全地へ運び出すため、空から警護に当たってもらいたいそうだ。しかし武器の使用に当たっては人に危害を加えてはならず、正当防衛または緊急避難に該当しなければいけないのは周知の事実だ。その3つの条件は、急迫不正の侵害と防衛の意思、手段の相当性だ。君たちも耳に胼胝ができるほど教えられたと思うが、改めて復習しておこう」

黒板に白チョークを打ち付けながら鳥越1等空佐が分かりやすく説明していく。

 

「まず刑法では″急迫不正の侵害に対して自己または他人の権利を防衛するため″とあるので他人を守護る行動ができる。複数の敵機が地上部隊に飛来し機銃掃射してきた場合、今まさに攻撃を受けているので″急迫不正の侵害″に関してはクリアできている。そして明らかに敵機が隊員に向けて攻撃しているのが客観的に判断出来ている場合、権利の防衛では生命が一番高く身体が真ん中、財産が一番低めとなっている。更に敵機襲来時に塹壕を掘っても間に合うわけないし、逃げようとしても車両より航空機のほうが圧倒的に速いので適当な手段がないともいえる。″相当性″においては、相手が機銃掃射のみで攻撃していたら我々も機銃のみでしか地上部隊を守れない。なぜなら武器の使用は″必要最小限度″でなければならないからだ」

一呼吸おいて空いたスペースに書き足し、チョークが打ち付けられる音が室内に響いていた。

 

「では、君たちが乗る戦闘機が敵機に補足され射撃されたら正当防衛は成立するのか。答えは否に近い。航空機は財産の一種とみなされ、権利の防衛だと一番低いのは財産だと先ほど説明した。財産を守る為に敵機を撃ち落すのは相手の生命を奪いかねない行為であり相当性がない。そして我々が所持している機体はマッハを超えることができるジェット戦闘機なので、反撃以外にも″逃走″という手段があるため適当な手段がある、ということになる」

全て書き終えた鳥越1等空佐はチョークを置きパイロットたちに目を向けると、皆分かっているようで軽く頷いていた。

 

「質問よろしいでしょうか」と挙手したのは第302飛行隊パイロットの真賀(まが)3等空佐で、許可が出ると質問を述べていく。

「敵機が爆装しており地上部隊に向けて爆撃した場合、我々はAAM(空対空ミサイル)の使用はできますか?」

「敵機が無誘導爆弾を装備しているのなら必要最小限度に則るため無理だろう。ただ、誘導爆弾ならAAM使用できると思うが、その爆弾の見極めが難しい。そうなると″第88条 武力行使″が発令されるまでは機銃のみとする」

『これって無事に現代に戻れた場合、映像に残して証拠を集めてないと後々面倒なことになりそうですね』

空自で二人目の女性イーグルパイロットになった第305飛行隊の高鳥(たかとり)2等空尉が口を挟んだ。

タイムスリップから戻った、という前代未聞のことなので必然的に各捜査機関がこぞって取り調べをするのは間違いない。

『第二次世界大戦末期の航空機と戦ったなんて言っても信じてもらえないだろうな。まぁ撮ったとしても今度は映像加工されてると思われるだろうがその手の専門家が調べれば分かるし、やっておいたほうが確実に良い』

『だがどうやって撮る? 手順通りでの写真撮影している暇はないぞ』

その他のイーグルパイロット達がやいのやいのと議論する。

通常のスクランブル発進は対象機を目視で確認したのちに、1番機が写真撮影をし2番機は離れたところで監視していく。

現代なら問題ないがここは戦争真っ最中。いくらジェット機とはいえ即撃ってくるであろう相手に写真撮影できるほど近づくのはリスクが大きすぎる。

「ゴープロはどうだ? 空自の広告や撮影でよく使ってるから使い方には慣れているし、コックピットかヘルメットとかに固定して撮ればいいと思う」

第305飛行隊長の鳥原(とりばら)2等空佐の発言にそれがあったかと皆が膝を打つ。

確かに近頃はテレビ局の撮影で芸能人を乗せて体験飛行することも多くなったので一通りの機材は持っているのだ。

 

 「よし、では次の話に移ろう。君たちはどの空域に向かえばいいのか今説明する」

スクリーンにオリンピック作戦の連合国軍の配置図および上陸予想経路と南九州の空域図がセットで映し出されると、3つの赤丸が目につく。

「0400に離陸し吹上浜海岸上空のX-18空域、日向灘上空のX-22-1空域、高知沖上空のX-20にそれぞれ2機、計6機のF-35Aが高高度巡航し30分後の0430にEA(電子攻撃)を仕掛けた後、まず回転翼機が各基地へ電光石火の如し侵入しそそくさと人員と武器等を回収し撤退。そしてより詳しい偵察も同時に行う。残りの6機は待機だ。更に志布志湾はA-1空域に近いX-22空域のF-35Aが担当だ。そこを飛んでもいいのか三面海将と青海海将補に確認をしたが問題なしと返答が来た」

実は鹿屋基地に米軍の無人機MQ-9が22年11月から1年間運用することが決まっており、米軍との連携を強化するとともに東シナ海を中心として周辺海域の情報収集を目的として鹿屋に一時的に展開をすることになっていた。

その飛行エリアはA-1空域と名付けられ志布志湾から鹿児島湾口部、東シナ海まで飛行エリアを設置したものの、地震と共に基地や人員丸ごとタイムスリップしてしまったので配備はおじゃんとなっているだろう。

お偉いさんと米軍と海自の心境を思うと申し訳ないがあれは不可抗力だと内心で謝罪しておいた。

「そしてE-767よりも即応性があるE-2Dも飯塚駐屯地の上空付近を飛び君たちを支援するそうだ。後から空中給油機も第405飛行隊のKC-46Aが大村湾の上空を飛ぶ。しかし万が一のため第8航空団のF-2を飛ばし護衛してほしいと古間空将から伝達があった。頼めるか?」

「はっ、お任せください」

「指一本たりとも触れさせません」

第6飛行隊飛行隊長の竹鳥(たけとり)2等空佐と第8飛行隊飛行隊長の千鳥(ちどり)2等空佐が自信たっぷりと即答する。

F-2は対艦攻撃だけが華ではない。対空もこなせるマルチロール機なのだ。

第8航空団飛行群のパイロット達と話し合った結果、第6飛行隊がE-2Dの護衛をし、第8飛行隊がKC-46Aの護衛をすることを決定した。

「次に敵の規模について説明する。資料および無人偵察機による調査の結果、吹上浜海岸には戦艦4・巡洋艦10・駆逐艦14・支援艦74の計102隻。志布志湾には戦艦6・巡洋艦13・支援艇34の計53隻。宮崎海岸には戦艦3・巡洋艦8・駆逐艦11・支援艇35の計57隻。高知沖は陽動部隊だがこれらを全部合わせると300隻にも上るそうだ」

聞いたこともない数に周りからどよめきの声が漏れる。

「300隻!? これは多すぎますね……」

第302飛行隊パイロット下鳥屋(しもとや)3等空佐が驚きを隠せない表情で発言する。

現代戦争ではめったにみられない数字でありさすがアメリカといったところか。

「そこまで多いと私たちだけでは船名まで判別がつきません。JTF-鎮西だけでなく帝国海軍と深災対にもデーターを共有しましょう」

大伯2等空佐の提言に反対の声は出ず可決された。

F-35Aには電子光学分散開口システム(EODAS)を用いることで360°全球を警戒監視できる。

真後ろだろうが真下だろうがヘルメットマウントディスプレイ(HMD)のバイザーに投影されるので死角が存在せず、全体の状況を簡単に把握できる。

さらに機首下に電子光学ターゲティングシステム(EOTS)を備えており、90㎞先から探知でき、しかも静止画をリアルタイムで伝えることができる優れたセンサーである。

もしF-35があの時に採用されなかったらと思うと苦労していたことであろう。

 

そして第302飛行隊のパイロット達はどの空域に誰が向かうか話し合った結果、飛行隊長の大伯2等空佐と真賀3等空佐がX-22-1空域とA-1へ向かう。

X-20空域は下鳥屋3等空佐と鷲巻(わしまき)3等空佐を、X-18空域は鴻野(こうの)3等空佐と上道(かみどう)3等空佐を選出する。

一先ずベテランパイロットで固めたが302飛行隊に異動される前はF-15やF-2でブイブイ言わせた猛者だ。

 

 次に第305飛行隊のイーグルパイロット達はまずどの方向に逃げるか確認しあっていた。

西都市方面か高鍋町方面かで迷ったが、新田原西回廊に向かうには西都市方面がいい。

そしてF-35AがEA(電子攻撃)を仕掛けた瞬間にT-4練習機や救難隊の機体、1個教育飛行隊を先に避難させることにし、残った1個飛行隊の20機が輸送機・輸送ヘリの護衛担当も決めていく。

 

 第3航空団整備補給群も鎮西演習のため築城基地に集っており、F-2だけでなくF-35Aを飛ばすことになったため緊急ブリーフィングが開始された。

30分程でブリーフィングを終えると、けん引車を使ってF-2とF-35Aを格納庫から駐機ポイントまで移動させると、タイヤに車輪止めをつけてから1機に対し3名が飛行前点検を行っていく。

すぐにでも飛ばさないといけないため、手順は簡略化され点検を素早く進めていく。

給油車をフル稼働して航空燃料をMAXまで入れ終えると、燃料が漏れることないようにしっかりと締めて燃料員たちは指さし確認をする。

更に予備機も飛行前点検を終えた後プリタキシー・チェックも行っていく。

もし作戦機が何らかのトラブルで飛べなくなった場合、すぐに予備機で飛ばせるようにするためだ。

F-35Aのパイロットも目視で機体に異常がないか確認してから梯子で駆け上がり、それぞれの愛機へと乗り込んでハーネスを装着する。

HMDを装着し電源をONにするとタッチパネル式のカラーディスプレイやその他の液晶から情報がズラッと表示される。

初めて目にしたとき40代前後のベテランパイロット達は情報の多さに酔いそうだった。

また、他の戦闘機にはない操作なので最初の訓練の頃はアナログ機器に慣れていたので苦戦したが、入ったばかりの20代後半から30代前半の隊員はVRゲームやスマートフォン類のタッチパネル操作に慣れていたこともあってかあっという間にマスターした。

まだ若いもんには負けんと奮起したベテランパイロットの中には慣れ親しんだガラケーからスマホに機種変更したパイロットもいたほどだ。

後ろから閉じられるキャノピーが完全に閉じられると自分だけの世界になる。

垂直尾翼やフラップ、エンジンノズル等が操縦通りに動くか確かめると問題なく作動するのを整備員と共に確認し有線でのやり取りを終えると、整備員達はタキシングの邪魔にならないよう有線機器や車輪止めを素早く回収する。

管制塔と英語でやり取りをしながらエンジンスタートすると、乗りなれたF-2やF-15とはまた違った甲高いエンジン音を周囲に響かせる。

整備員は横一列に並ぶとビシッと敬礼する。

パイロット達も敬礼を返し、F-2を先頭にF-35Aがカルガモの親子の如くゆっくりと滑走路へタキシングし離陸位置につく。

そしてもう一度垂直尾翼やフラップ、エンジンノズル等が操縦通りに動くか確かめると、しっかりとスムーズに動いておりご機嫌が良さそうだ。

F-2が滑走路から飛び立ち、相棒と4機のF-35Aが離陸位置についたことを確認すると左手にあるエンジンのスロットルレバーを最大出力にしグッと押し込み、アフターバーナーが点火され加速によって身体が座席に押し付けられ滑走路を滑るように走行し、引き上げ速度を超えると機首を上げていく。

滑走路から飛び出し周防灘に差し掛かると、機首を更に上げハイレートクライムで高度をぐんぐんと稼いでいく。

後方乱気流による墜落を防ぐため、ある程度時間を置いて相棒のF-35Aが飛び立つ。

隊長機は高度を稼ぐと右旋回し作戦空域へ機首を向ける。

こんなずんぐりむっくりとした見た目とは裏腹に機動性はかなり良く、きびきびと動いてくれる。

作戦機のF-35Aが全て滑走路から飛び立ち、2機1組になると管制塔からE-2Dの周波数に切り替える。

対洋上目標も難なくこなせるE-2Dの背中をゆっくと回転させている円盤状のレーダーはすでに多数の連合国軍艦艇を捉えており、得た情報を即座にF-35Aと本部等に共有していく。

『情報通り敵艦艇はかなりいるが、今のところ目立った動きはない。このまま作戦空域へ向かえ』

「了解した。このまま向かう」

エンジンの音と酸素マスクによる呼吸音だけが辺りを支配し、ディスプレイの灯りと赤と緑の航行灯だけが安堵の光だ。

しかしナイトビジョン機能のおかげでまるで昼間のように明るく見え、相棒のF-35Aもくっきりと見える。

『全機、作戦空域に到達する前に電子装備を起動させ異常がないか確かめてほしい。もし異常があれば基地に引き返し予備機を飛ばさせる』

大伯2等空佐が指示を出しEOTSの1つの機能であるターゲティング前方監視赤外線(T-FLIR)を起動させると、兵士と兵舎が集まっているところがあった。

ディスプレイにはデジタル化された地図が映りチラリと見ると、現在地は飯塚市辺りを飛んでいるので第56軍司令部らしい。

試しに飯塚駐屯地のほうにカメラを向けズームすると、だいぶ離れているのに飯塚駐屯地の窓やそこを歩いている隊員すらはっきりと見えることに驚いた。

さらに数分後、山家村(現筑紫市)に差し掛かると第56軍司令部より多い兵舎と警備している兵士がはっきりと見えた。

(あれが第16方面軍の司令部か。やはり本土決戦の備えて地下壕を掘ったんだな)

そんなことを思いつつもEODASを起動すると、熱画面には海面にエンジンを動かしている艦船らしきものがいくつも浮かび上がった。

それだけでなく佐世保港に停泊している護衛艦、滑走路で待機しているF-15やP-1等、今まさに飛びだっているF-2の航空機も1つの映像としてHMDに浮かび上がる。

EODASは360度全球をカバーしているとは聞いたが、初の実戦でここまで偵察ができるこの機体に畏怖する。

『九州上空なのにここまで見えるってすごいですね……』と真賀3等空佐が驚嘆の声を上げる。

『あぁ、同感だ。恐れ入ったよ』

そして他のF-35Aも問題なく電子装備が作動したことが無線で伝えられると、大伯2等空佐は(さすが優秀な整備員たちだ)とホッとする。

あとはトラブルなく作戦空域へ行くだけだ。

 

 

 松原展望台付近の林では、新聞記者がちらほらと隠れていた。

「いやぁ、まさかこんなことになるとは思いもしませんでしたね」

「あぁ、これは特ダネ中の特ダネだよ」

西日本新聞では深夜に築城飛行場の隣に突然謎の建物がいきなり現れたと近隣住民からタレコミが入り、酔っぱらいが冷やかしの電話したのかと怪しんだが、次々と同じ内容の電話が入ってくる。

更に春日や北九州市、久留米市でも同じような報告が次々と入り込んでくる。

これはただ事ではないと編集長は事実確認のため記者をかき集め、それぞれの地域に記者を振り分け車をすっ飛ばせと命令した。

ベテランの青野記者と20代前半の新人記者が築城に到着すると、見たこともない建物にランランと光り輝く滑走路が目に入った。

いったい何なのだこれはと唖然するも我に返りカメラに収めていくと、後を追うように大手新聞社(朝日・毎日)の記者が車から降りてきた。

忌々しいライバル会社だが今は縄張り争いしている場合ではない。

なにか分かることはないかと聞くも、全く分からない様子だったので少し落胆した。

上に有刺鉄線がついたフェンスに沿ってとりあえず一緒に歩いていくと、築城駅まで歩いてきた。

そこには驚きの光景が広がっており、第56軍と築城海軍航空隊の隊員や警察、築城村等の住民でごった返しになっていた。まるで正月とお盆が一気に来たような騒ぎになっており、おそらく数百人、いやもっといるだろうか。

群衆の後ろに回ると正門らしき所が見え、門は締まっているがそこには見たこともない制服とヘルメットを着た人が対応に追われていた。

おそらく恰好からしてこの基地の警備員だろうか。

更にその後ろでは基地内を突破させまいと盾や警棒で守りを固めている警備員が何十人もおり、あとジャーマンシェパードも何匹かいる。

その様子をカメラで撮ると後ろから殺気だった声が聞こえた。

「責任者を早く出せーっ! あれは何なのか説明しろー!」

そうだそうだと、群衆から同意の声がいくつもあがり、閉まっている守衛門を掴みガシャガシャと揺らしたり守衛門を登ろうとする市民もいたが鋭利な忍び返しをみて断念する。

すると警備員から「落ち着いてください! もう少しで来ますから! というか私も何が何だか分からないんですよ!」と悲鳴に近い声が上がる。

ピリピリとした空気が蔓延し更に騒ぎを聞きつけた近隣住民も増えてきて流石にまずいと感じた陸軍と築城海軍航空隊の隊員、警察官は近隣住民を守衛門やフェンスから遠ざけるように引き離していく。

ということは見たこともないあの基地が突然現れたかのように出てきたとでもいうのか。

確かにあそこはだだっ広い林が広がっていたがいったいどんな手品をつかったのだろう。

そして建物の奥のほうから責任者らしき軍人が出てきたようで陸軍と築城海軍航空隊、警察官の偉い人と話し合っている。

その様子を記者たちはお構いなくカメラに収めていくも、徐々に険しい顔になりなんだかとんでもないことになっているようだ。

そして責任者らしき軍人が陸軍と築城海軍航空隊のお偉いさんの数人をあの謎の建物へ案内しようとしていた。

記者達もどさくさに紛れて後からついていこうとしたが、それに気づいた陸軍兵士と警察官たちに阻止されてしまう。

抗議するも「この事案は重大な機密に関わるため今後一切許可なしに立ち入りを禁止し、これを破ったものは特高と憲兵を呼ぶぞ」と脅され、住民たちもそれに恐れたのかそそくさと帰宅していく。

心の中で悪態つきつつも帰ったふりをして近くで様子をうかがったが、門前で警備を始めてしまい滑走路に至っては定期的にパトカーらしき車が巡回しており突撃取材は難しくなったので今に至る…というわけだ。

もう一度突撃取材する手も考えていたが、ふとあのことを思い出し躊躇してしまう。

実際、過去に地方の新聞社が政権や軍部を批判する記事を懲りずに記事を出したところ、憲兵や特高がやってきてまるで打ち壊しにあったかのように荒らされ、更に記事を書いた記者や上司だけでなくその家族までもが連れていかれ拷問された、なんていう話も聞いている。

結局その新聞社は圧力がかかって廃刊に追い込まれてしまった経緯がある。

(全く、この国は歪んでやがる)と青野記者は深い溜息をつく。

ふと懐中時計をみるとすでに午前4時になっていた。

通りで眠気が襲ってくるはずだ。ふぁ……っとあくびをしながらぶるりと身体を震わせる。

ないよりはマシの配給されたペラペラの防寒着を着ているとはいえ、10月下旬の夜は身体が冷える。

ここで寝てしまったら凍死、とまではいかないが命の危険はあるので定期的にストレッチしたりする。

動きも見られないので暇だがここで撤退しては記者としての名が廃る。

せめて特ダネになるようなスクープ写真を撮らければ……と青野記者は物思いにふけっていると、どこからか甲高い音が聞こえてきた。

「ん? なんだこの音…?」

「レシプロ機のエンジン音しては違いますよね……」

隣にいた新人記者がキョロキョロと辺りを見回す。

すると滑走路から翼端灯がピカッピカッと点滅している航空機が地上走行してるのを見つけた。

音の発生源はあれだとすぐ分かったが、様々な航空灯火によって浮かび上がった航空機を見て愕然とした。

色までは分からないが秋水や橘花とは全く異なり、大きいが一つはスリムで、もう一つはずんぐりとした見た目に思わず息をのむ。

「あれは……まさかロケット、いやジェット戦闘機なのか!?」

「なんですかあれ!? 新兵器ですかね?」

「分からん。おい、なにぼさっとしている! はよカメラで撮れ!」

「は、はい!」

新人記者は急いでフィルムを巻き上げシャッターを切る。ネガで現像するのでどんな映りになっているか分からないが今は一心不乱に撮っていく。

勿論他社の記者も我先にと撮っておりちょっとした熱狂に包まれていた。

青羽記者は懐から手帳を取り出していま目撃していることをありのままに鉛筆を走らせていると、戦闘機の後ろから炎が突然吹き出したかと思うと轟音が響き渡り、あっという間に滑走路の向こうに行きそのまま周防灘方面へと飛び立っていくと急激に炎が上に上がる。

なんという上昇力か。

そして残りも同じように離陸し散開した。

時間にしてわずか10分も経っていないだろうか。

一連の出来事に記者たちは鳩が豆鉄砲を食ったようになり、お互い顔を見合わせていた。

(いったい何だったんだあれは……)

見たことのない戦闘機に対する驚愕、興奮もあったがそれよりも得体の知れない恐怖という感情がこの場にいた記者たちの心に深く植え付けられることになった。

そのジェット機の飛行音が辺りをこだましていくのがより一層の恐怖心を駆り立てている。

 

 

 時は少し遡りF-35Aが築城基地を離陸する前、南九州の各駐屯地司令はたまたま隣になってしまったところは徒歩で、離れたところは高機動車でそれぞれの師団へ出向いていた。

出向く理由は戦略的に撤退することを伝えるためである。

各師団長及び幹部達と面談していくも軟弱な軍隊だと怒るもの、転進を拒むもの、たとえ本部や中央が降伏しても独立して最後の一人になるまで戦い抜くものと彼らの反応は様々であった。

ならせめて民間人だけでも転進を、と説得しても耳を貸さずそれどころか貴重な戦力を下げるとはどういう了見なんだと一蹴されてしまい追い出される。

どこも説得は失敗に終わり、ならばと近くの町や村の長と話し合ってみるもここでも同じようなもので徒労に終わってしまった。

当初は誠心誠意に話せば理解してくれると期待していた。

だが予想とは反して中には連合国軍のスパイじゃないかと敵意を向けるものや、撤退するなら武器や食料等を置いていけと理不尽なことを言いだすのもいた。

戦闘食糧や部隊食糧を含めれば自衛隊側は一応、周辺住民たちに炊出し支援できるほどの食糧を備蓄している。

しかしタイムスリップに伴いそれを生産できる工場がなくなった可能性が高く、補給ができない以上おいそれと渡すわけにもいかない。

心苦しいがそういった理由があり部隊の存続が第一なので申し訳ないが難しい、とやんわり伝える。

そもそも食堂を開放したり食料品を渡したとしても今度はそれをめぐる争いが住民同士で起きるのは目に見えているがそれは心の中で留めておいた。

すると囲んで睨みつけてきてこれでもかと言わんばかりの罵声を浴びせてきたり、中には竹槍などの武器で脅したりと胸糞悪い結果となってしまいさらに気を落とすこととなった。

どの村や町でも同じ反応ばかりで途方に暮れて駐屯地や基地に戻り西部方面総監部と佐世保地方総監部、深災対に報告すると、それを聞いた自衛隊幹部と提督はがっくりと肩を落とす。

「くそっ、なにが一億玉砕だ! 命をなんだと思っている!!」と、ある幹部が怒り任せに机を拳で叩く。

まさかここまで一億玉砕の考え方が浸透しているとは思ってもおらず、あの頑なさは異常であり最早洗脳レベルである。

こうまで折れないとなると、たとえ強制的に撤退させようとしても住民総出してまで抵抗してくる可能性は高い。

「とりあえずできる範囲で対話は継続しよう。君らもご苦労だった」

どうにか冷静さを保つように努めるも、関川陸将の心の内では無力感に支配されていた。

 

 実はさすがに民間人までも巻き込むのはどうなのかと抗議をする兵士も全国各地にいたが、非国民だと上官から叱責され飯抜きや暴力は日常茶飯事、果てには再教育と言う名の拷問で物言わぬモノとして扱わたりとそれを見た仲間たちは震えあがり抗議の声すら途切れていった。

こんなところにはいられないと脱柵した兵士に関しては、捜索隊や手配書を周辺に出しておき見つけた場合は住民の前に差し出し木にしばりつけて旧式の銃で撃ったり、竹槍で突いたり農具で撲殺する訓練等といった残酷な私刑を行った部隊もある。

ナチス党を参考に恐怖で支配し洗脳することを命令した新政府は、本土決戦に向けて一本化し組織的な抵抗をさせないようにすることで思想の統制を成功させていた。

国民でも例外はなく中には一族が全滅したり、酷いところは集落すら消滅してしまうところもあった。

あまりにも理不尽な弾圧に嫌気したり命からがら逃げた住民や兵士は当てもなくさまよい、いつの日か山奥や廃村などに集いひっそりとレジスタンスを結成しているところもあるが、そこまでの背景があるとは自衛隊や深災対たちはまだ知る由もない。

 




2023年もお疲れ様でした。
皆様よいお年を。

※第302飛行隊のパイロット達が逃げる方向を高鍋町から西都市方面に変更しました。

参考資料
ニコニコ大百科 正当防衛ケース3
自衛隊法 e-Gov法令検索
F-35情報館


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