仮面ライダーディフォース (24代目イエヤス)
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プロローグ 白銀の世界にて

 

 空は暗雲に覆い尽くされ、空気中を埋め尽くすのは降り注ぐ雪結晶のみ。

 見渡す限りの、白銀の世界。瞬く間に体温は下がり、迷い込めば二度と戻れないような、美しくも恐ろしい空間。

 

 辺りに人工物は見えず、降り積もってゆく雪すらも、暗雲の影響か灰色に染まり、不気味な雰囲気。

 

 そんな空間を走り抜けてゆく、一人の娘がいた。

 

 

 華奢な風格。揺れる茶髪のポニーテールと仄かに膨らんだ胸。涙目になっているマゼンタの瞳。この環境にしては薄着である、白いセーターと花柄のロングスカート、茶色のブーツに身を包み、白銀の世界を疾走していた。

 

 

 淡い桃色の唇から、仕切りに白い吐息が零れ出る。

 頬は紅潮し、今にも泣き出しそうな、苦悶の表情で満ちていた。

 

 

 背後から彼女を追跡する、三つの人影。

 

 一つは、赤と青に分かれた装甲を纏いし、紫の複眼を光らせる戦士ビルド。

 

 二つは、緑と黒の装甲を組み合わせ、紫の複眼で彼女を捉えている戦士ダブル。

 

 三つは、赤、黃、緑の上下三色で、野性に満ちた紫の複眼を鈍く輝かせている戦士オーズ。

 

 正義の風貌を持ってして、悪逆無道の行為を行う彼らに、娘は追われていた。

 

「は、話を……話を聞いてくださいって……!!」

「わ、私は……ここが何処だが分からない……だけなんです……!!」

 

 跡切れ跡切れの説得を紡ぐも、戦士たちには届かない。

 もう、脚がはち切れてしまいそうで、走るのはとうの前に限界だった。

 

 

 『サイクロン! トリガー!』

 

 

 ダブルの黒き装甲が蒼く染まり、突如出現した拳銃から放たれた弾丸が彼女の肩を貫いた。

 

 旋風が肉を穿ち、骨を砕き、真っ赤な血液が瞬く間に吹き出して、白銀の地面を紅く染めた。

 

 彼女は激痛と衝撃により、足を滑らせ転倒。

 肩を抑えて悶え苦しむも、狂気に満ちた正義の戦士の目には、ただの転がる肉塊でしかない。

 

 三人の戦士は、どす黒い靄に包み込まれ、その姿を一変させる。

 

 ビルドは漆黒に染まり、ハザードフォームへ。

 ダブルの装甲はモノトーンとなり、ファングジョーカーに。

 オーズは紫一色に染め上げられ、プトティラコンボへと。

 

 より狂気に染まった戦士達は、じりじりと、彼女の元へ詰め寄ってくる。

 

「わ……私は……誰なの……」

 

 己の名さえ分からぬまま、彼女は死ぬ。

 

 それを悟った時、無自覚にも涙が零れ落ちてきた。

 

 これまでか、と娘が瞳を閉じた時、自身の胸元に違和感を覚えた。

 

 怪我とも違う、物の感触。

 

 懐からそれを取り出してみれば、見に覚えのない、真っ白なバックルのようなデバイスがあった。

 

 

 

 中央に嵌め込まれたマゼンタの円盤を見た時、彼女の様子が急変する。

 

 目尻はツンと釣り上がり、先程までの情けない表情とは打って変わった、逞しさが垣間見えるものとなる。

 

 彼女は立ち上がると、バックル――フォースドライバーを腰に当てる。

 ベルト帯が飛び出し、彼女の華奢な腰へと巻き付いた。

 

 

 腰に付いたケースから、一枚のカードを取り出し、中央の円盤にかざす。

 

 

 『フォースエナジー……!』

 

 

 左右のレバーを引くと、バックルが斜めに展開。そして、バックル内へカードを装填。

 

 マゼンタの輝きと、近未来的な電子音と共に、彼女の周りを時空の歪みが覆い尽くす。

 それは、降りしきる大雪でさえ掻き消してしまうような、強大な力だった。

 

「変身」

 

 

 『フォースデザイア! ディフォース!!』

 

 

 四つの幻影が、この時空を駆け巡り、彼女の元へと終着する。

 幻影はやがて白銀のスーツへと変わり、上空にできた亀裂からプレートが降り注ぎ、頭部へと嵌め込まれ、鮮やかな紅き装甲が纏われた。

 

 深緑の複眼がカッ、と光れば、白銀の世界を背にして、一人の戦士が誕生した。

 

 仮面ライダー『ディフォース』。あらゆる力を制し、我が物とする仮面の戦士の名前である。

 

 

 その姿を見て、真っ先に襲いかかったのはビルド。

 

 ドリルクラッシャーと呼ばれる剣を振るい、ディフォースの装甲を削り取ろうと試みるも、彼女の掌から放たれた衝撃波に妨害される。

 

 隙を見せた途端、ビルドの懐へ強烈なパンチを叩き込んだ。

 

 『マックス! ハザードオン!』

 

 『レディ? ゴー! オーバーフロー!』

 

 ビルドは限界まで力を解放し、再びディフォースへ挑む。

 

 

 『エボルトエナジー……!』

 

 

 ケースから取り出した一枚のカードをドライバーへと装填。深紅に染まった時空の歪みをその身に纏う。

 

 

 『エボリューション! エボル!』

 

 

 赤と蒼のアーマーに、胸部には地球儀を模した装甲。プレートの色は金に変わった、ディフォース『エボルフォース』。

 

 凄まじい威力のパンチが、ビルドの装甲を粒子化しつつ、全てを破壊する。

 さらに回し蹴りを叩き込み、ビルドを白銀の彼方へと吹き飛ばした。

 

 

 『リーパーエナジー……!』

 

 『ヘルエンジョイ! エターナル!』

 

 

 続いて装填されたカードの力は、白い装甲と黒きマントを両肩に作り出す。

 プレートの色は蒼く変わり、『エターナルフォース』へと変化したことを告げた。

 

 両腕の刃で斬りかかるダブルを、マントを翻すだけで制する。

 仰け反るダブル。そこへ追撃のパンチを叩き込み、さらに追い詰める。

 

 しかし、背後からのオーズの攻撃によって一気に劣勢に立たされる。

 

 ダブルとオーズ、荒れ狂う獣かのような戦士の攻撃に追い込まれ、ディフォースは白銀の地面に転がり、纏っていたフォースを解除されてしまう。

 

 されど立ち上がり、ケースを手にとって、仕込んでいた刃を展開。

 ライドブッカーソードとして、二人の敵に立ち向かう。

 

 剣を振り下ろし、ダブルを斬りつけ、目にも留まらぬ追撃でオーズを斬り払う。

 

 

 刃を収納し、銃口とトリガーを展開。

 

 

 マゼンタの光弾を、ダブルとオーズに乱射した。火花が散り、敵の装甲は膨大なエネルギーに焼き尽くされてゆく。

 

 

 『フィニッシュ……レディ?』

 

 

 一枚の金色に染まったカードをドライバーへ翳し、ディフォースは姿勢を低くする。

 

 円盤から溢れ出る、白銀のエネルギーが右脚へと纏わりついていき、装甲部分を超常的な硬度へと変化させる。

 

 ディフォースはレバーを二度押し引きし、上空へと舞い上がる。

 

 

 『ファイナルアタック!! ディ ディ ディ ディフォース!!』

 

 

 ダブルとオーズへ、空中で突き出された右脚から、二対のエネルギー波が降りかかる。

 

 時空の歪みに囚われ、身体の自由を奪われた。

 

 そこへディフォースの、稲妻に匹敵する、それでいて強烈なキック――『ディメンションインパクト』が炸裂。

 

 着撃と同時に大爆発が起こり、一瞬、時が止まったかのように時空の色が反転し、元に戻る。

 

 土埃と雪が紙吹雪のように舞う中、ディフォースは着地し、変身を解除した。

 

 娘の表情は、前のような頼りない雰囲気に戻る。

 

 ライドブッカーから無数のカードが飛び出ていき、粒子となって、雪に紛れてしまった。

 

 脳が潰れるかのような激痛に襲われ、ようやく自分が大量に吐血している事に気づいた。

 

「っ……あ……!!」

 

 頭を締め付ける、謎の力。

 

 そんな中浮かび上がってくる、己の記憶。

 

「名前……わたしのなまえ……『圭峯(かどみね)リキ』……」

 

 娘――リキは、悶え苦しみながら、自分の名前を口にした。

 

 

「そう。君の名前は、圭峯リキさ。よく思い出せたじゃあないか」

 

 突如、吹雪の中から現れたリキを見下ろす男。

 白髪交じりの黒髪に、虚ろな赤と青のオッドアイ。分厚いコートに、シャツとジーンズという格好。

 

 彼はリキに手を差し伸べる。

 恐る恐るその手を握り、リキは立ち上がった。

 

「あなた……は?」

「んー、気軽にセントとでも呼んでくれ。そんな事より、君には大事な使命がある」

 

 彼女の質問を軽く受け流し、セントは随分と大きな話題をぶっ込んできた。

 

「君はこれより、力を司る戦士ディフォースとして、平行世界を旅しなければならない」

「平行世界……?」

「おっと、質問はあとからだ」

 

 セントは訳の分からない話をそのまま続行する。

 

「その平行世界に行き、力の暴走を抑える。それが君の使命さ」

「……その……それは私にどんなメリットが?」

「ほう、中々腹黒いんだね……今、君は自分がどこで生まれてどんな生活をしてきたか、分かるかい?」

 

 リキは首を横に振る。全く記憶に無いのだ。過去の事が。自分が何者かでさえも。

 

「平行世界を巡り、ディフォース本来の力を取り戻していけば、君の記憶もやがて戻っていく」

「それは……どうして?」

「どうしてかは俺にも分からない。そして俺も、俺が誰かは分からない」

 

 暫く、雪が吹き荒れる音だけが、その空間に木霊した。

 

「さて、立ち止まってる暇はない。早速、旅を始めようか」

 

 セントが指を鳴らすと、灰色のオーロラが、カーテンのように彼女らを包み込み、別の場所へと転送する。

 

 

 

 そこは家の中。何の変哲もない、ただの一軒家らしき内装。大量の実験器具や薬品が置かれている事以外は、ソファがあって、キッチンとテーブルがあって、テレビがある、普通の家だ。

 

「始まりの世界だよ、リキ」

 

 陽の輝きを遮るように窓を覆い尽くす額縁。その中が砂嵐に満たされ、絵が現れる。

 

 羽を溢れ落ちさせる真っ白な翼を描いた絵。その背景には薄っすらと、崩れ行く黒い翼が描かれていた。

 

「……旅が、始まる」

 

 リキは、ぐっと息を飲み込んだ。

 




次回 仮面ライダーディフォース

「人類を救済する、それが俺の役目だ」
「悪魔なんていらない! 正義が全てだ!」
「正義……ねぇ」
「私はこの世界で……何を手に入れればいいの?」

次回 ホーリーライブの世界

全ての力を、我が物に



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ホーリーライブの世界
『慈悲なき天使、己の真偽』


ちょっと急展開過ぎますかね……



 

 平行世界。

 それは、可能性の数だけ無限に存在する、あり得た筈の世界を指す名称。どの世界とも、決して交わる事はない。その性質から、“平行”なんて名前が付いている。

 

 あり得た筈の世界。

 世界と言うのは、ほんの些細な事で変わってしまう。

 そう考えると、恐ろしくも思えて、面白くも思えてくる。

 

「何考え事してるのさ」

 

 セントの拳が、彼女の抱えていた頭を軽く小突いた。

 

「……セントさん。聞きたい事があるのですが」

「なんだい」

「あの……この世界ってどんな世界なんですか?」

 

 そう言うと、冷ややかなオッドアイが、じっと彼女を見つめてくる。

 

「あのさぁ、何でも質問すれば返ってくると思ってる?」

 

 少し癪に触る言い方だが、言い返せないのがもやっとして仕方がない。

 セントは棚の実験器具を物色しながら、話を続けた。

 

「俺も平行世界については、よく知らない。だから、この世界がどんな物か、自分で調べる必要がある」

「世界を調べるって……時間掛かりません?」

 

 セントは二枚の定規を、指の間に挟んでこちらへ突き出した。

 

「あくまで平行世界。俺たちがいる世界と大元は変わらない。何かが違う世界。そういうのは、街の様子とかを見ればだいたい分かる」

「だいたい……って」

「さ、そうと決まれば街に出るよ」

 

「まぁ、この世界の仮面ライダーを探せばいいんじゃあないか。とりあえず」

 

 まだ、理解が追いつかない。

 

 せめて自分は何者なのか。教えてくれればいいのに。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「えっ、えっと……あの……その……こここ……このせか……」

 

 噛みっ噛みの、語彙力もクソもない言語を発するリキ。

 ただでさえ、相手は耳の悪い老人なのにそんな話し方では、聞き取れる筈も無かった。ご夫妻は、不思議そうに首を傾げている。

 

 セントが謝罪の一礼をし、リキの襟を掴んで引きずるようにして連れ戻した。

 

 住宅街の、人目に付かない場所まで引きずられ、リキは肩の力が一気に抜けた。

 

「なんで俺とは普通に話せるのに、急にああなるんだ」

「……すいません」

「謝るなよ」

 

 若干、怒り心頭中のセントの言葉を浴びながら、リキは唇を尖らせた。

 人見知り過ぎるのは、この使命を全うする上でかなりの足枷となりうるだろう。

 

「仮面ライダーって知ってますか、でいいじゃないか」

「……すいません」

「だから謝んなっての」

 

 無表情なセントの額に、皺が寄った気がした。

 

 

 突然、何の変哲もない、ただの住宅街に悲鳴が響き渡る。

 時を同じくして、爆発音も。

 

「デ、“デッドマン”だぁぁ!!」

 

 馴染みのない単語が聞こえ、二人は悲鳴の方向へと駆けていく。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 大量の白い怪人――ギフジュニアを従える、奇抜な格好をした三人の男女。

 ギフジュニア達は次々に人々を襲い、丹精込めて造られた家々を破壊していた。

 

「これもギフ様復活のため」

「人間達を喰らうのだ!」

 

 緑の衣装と蒼い帽子の男二人が感嘆し、中心に立つ小柄な深紅の姫君が不敵な笑みを浮かべる。

 

「ギフ様……いつまでも私を、見ていてくださいね」

 

 ギフジュニアが一斉にある方向へ顔を向けたために、優越感に浸っていた三人は束の間の娯楽から抜け出す。

 

 リキとセント。目の前の状況に困惑しながらも、戦闘の用意を整えていた。セントを除いて。

 

「ば、化け物……!」

「ほら、あんたの出番だよ」

「私の使命って……まさかこれも……?」

「逃げるつもり?」

 

 セントに嘲笑われ、リキは涙目になる。

 

「あんたたち、だぁれ?」

「わわわ……わ、私は……」

 

 呂律の回らない彼女の肩を掴み、セントは呆気なくこう言う。

 

「こいつ仮面ライダー。君たちを倒す人」

「ちょ、ちょっと……!!」

 

 その言葉を聞き、男たちはニヤけながら姫君の前へ出た。

 

「オルテカ、フリオ、よろしくー」

「おまかせください、アギレラ様」

「かしこまりました」

 

 オルテカ、フリオは懐からスタンプのようなアイテムを取り出す。

 

 『ダイオウイカ!』

 

 『ウルフ!』

 

 左胸部にスタンプを押印すると、禍々しい契約書の幻影が二人を包み込み、異形の存在へと変貌させる。

 

 触手が伸びるダイオウイカデッドマンに、恐ろしい牙を持つウルフデッドマン。

 どちらも、一筋縄では行かない相手だ。

 

「ほら、やりなよ。ディフォースならやれるって」

「え……えぇと」

 

 ディフォースドライバーを慣れない手付きで装着し、ライドブッカーからカードを抜き取った。

 

 『フォースエナジー……!』

 

 カードを翳せば、埋め込まれた円盤から膨大なエネルギーが放射され、辺り一帯の時空を歪ませる。

 襲いかかるギフジュニアでさえも、それだけで撃破してしまうような、強力なエネルギーであった。

 

「へ、変身……!」

 

 カードを装填し、レバーを押し込む。

 

 幻影がスーツに、降りかかるプレートはアーマーを作り出し、ディフォースが誕生する。

 

 

 『フォースデザイア! ディフォース!』

 

 

 ライドブッカーの刃を抜き、周りのギフジュニアを無茶苦茶に斬りつけた。

 素人以下の斬撃ではあるが、刃に仕込まれた特殊なシステムにより、見た目以上のダメージが入っている。

 

 ギフジュニアを次々に倒し、やがて殲滅する。

 

 ダイオウイカとウルフは、待ってましたと言わんばかりに飛びかかる。

 

 空気を切り裂くマゼンタの閃光が、二体の怪物を的確に捉え、貫く。

 

 装甲を侵食される痛みに悶えながら、ディフォースへと向かっていく。

 

 拳や蹴りを主体とした戦いへ発展し、火花が幾多も飛び散る激しいものへとなっていった。

 

 殴り合いなど慣れていない彼女は、だんだん押され気味になり、剣を使って抵抗するのがやっと状態まで追い込まれる。

 

「どうした女ァ!」

 

 ウルフデッドマンの鋭い爪が、白銀のスーツの斬り裂いた。

 火花が散り、彼女へかなりのダメージを与える。

 

「あの天使に比べれば、なんて事ないですね!!」

 

 ダイオウイカは笑いながら、傘のような武器の先端を彼女へ突き刺し、装甲を内部から抉り取った。

 

 苦し紛れにカードを取り出し、装填する。

 

 

 『アタックフォース……! スラッシュウェーブ!』

 

 

 刃を撫でると、マゼンタの流体エネルギーが纏われ、剣を振るうとそれが軌道を描くようにして放たれた。

 

 斬撃波はデッドマン達を斬りつけ、時空の歪みへと消えてゆく。

 

 

 『アタックフォース……! エアロブラスト!』

 

 

 天に銃口を突きつけ、トリガーを押し込む。

 

 雲を貫いたエネルギーが、上空で有象無象の流星群を作り出し、一気に降り注ぐ。

 

 デッドマンたちを蜂の巣にするほどの、大量の光弾が照射され、舞い散る砂埃が辺りを支配した。

 

「何やってんの! 引くよ! オルテカ、フリオ!」

「ァァ……いつか息の根を……」

「止めてやるからな!」

 

 アギレラ、オルテカ、フリオの三人衆はダイオウイカデッドマンの触手に包み込まれ、何処かへ消えた。

 

「……は……終わった」

 

 長過ぎるため息を付いたディフォースは、変身を解除。

 

 その場にしゃがみ込んだリキ。俯いて、死んだように硬直してしまった。

 

「こら、そんな所に座ってると――」

 

 ビュン、と甲高い音が響いたかと思えば、彼女の足元を眩い光弾が通過していった。

 

 リキは悲鳴を上げ、思わず立ち上がる。

 

「言わんこっちゃない」

 

 住宅街の奥に目をやれば、真っ白な銃を構える、真っ白な軍服で身を包んだ青年が、勇ましい顔つきでこちらを睨んでいた。

 

「何者だ……一体どこの所属だ?」

「いや、わ、わ、私達は……その……平行世界を……」

 

 弁明しようとするも、リキのコミュニケーション力が皆無なためか、余計に怪しまれてしまう。

 

「お前のような奴を、放って置くわけには行かない!」

 

 青年は銃をベルトのバックルデバイス――ツーサイドライバーにセット。

 純白の翼を模したスタンプを手に持った。

 

 『ホーリーウィング!』

 

 二対の顔が描かれた部位に押印すると、片方が真っ白に光り輝く。

 

 『コンファームド!』

 

 『ウィングアップ!』

 

 ベルトの銃、ライブガンにセット。

 

 手に持って、純白の羽を展開し、トリガーを押し込む。

 

「変身」

 『ホーリーアップ!』

 

 青年を、一切穢れのない白き片翼が覆い尽くす。舞い散る羽根は、見惚れるほどに美しく、怖いくらいだった。

 

 

 『ウィング! ウィンド! ウイニング!』

 

 『ホーリー ホーリー ホーリー ホーリー! ホーリーライブ!!』

 

 

 翼が消え去ると、大量の羽根が空中に溢れた。

 

 純白の慈悲なき戦士、仮面ライダー『ホーリーライブ』が、そこに誕生した。

 

「ま、待って! あなたがこの世界の――」

 

 ライブガンから放たれる、ライトグリーンの弾丸が、リキの脇腹を抉った。

 

「がっ……!!」

 

 全身を巡る激痛に耐えきれず、リキはその場に崩れ落ちた。

 

「お前を連行する。処分はフェニックス本部が聞いてやる」

 

 冷酷な戦士が、彼女に迫りくる。

 

 その間にセントが割り込み、彼を説得しようと立ちはだかった。

 

「あのさぁ、話くらい聞いてくれてもいいんじゃあない?」

「黙れ。怪しい者は残らず排除する。それが正義だ」

「正義、ねぇ……」

 

 血を吐き、コンクリートを紅く染めるリキを横目に写す。

 

 懐から取り出したバックル――ビルドドライバーを装着。

 すかさず赤いトリガーを手に持ち、ホーリーライブを威嚇する。

 

 『ハザードオン!』

 

 『ラビット! タンク! スーパーベストマッチ!』

 

 トリガーを差し込み、赤と青のボトルをドライバーに装填し、レバーをぐるぐる回転させる。

 

 

 『アーユーレディ?』

 

 

 赤と青に発行する部位から、黒いパイプが張り巡らされ、ライダーを象ったプレス機が瞬く間に出来上がる。

 

「変身」

 

 『アンコールスイッチ! ブラックハザード! ヤベーイ!』

 

 プレスされたセントの身体に、漆黒の装甲が纏われ、仮面ライダービルド『ハザードフォーム』が誕生する。

 

「セント……さん?」

 

 見覚えのある人影に違和感を覚えながらも、リキは意識を失う。

 

 

 純白と漆黒が激突する。

 

 ビルドの機械的な攻撃を、華麗な身のこなしで受け流していくホーリーライブ。

 

 回避と同時に放つ光弾は、難儀ながらも的確に漆黒の装甲を穿ち、ビルドへ地道にダメージを与えていく。

 

「ふん、やるねぇ」

 

 『マックス! ハザードオン!』

 

 『レディ? ゴー! オーバーフロー!』

 

 トリガーから溢れ出る真っ暗なオーラを吸収し、ビルドの戦闘能力は限界を超えた。

 

 目にも留まらぬ速さで距離を詰め、凄まじいパンチをホーリーライブの胸元へ叩き込む。

 

「ぐぅっ……!」

 

 ホーリーライブは吹き飛ばされるも、その最中でトリガーを押し込み続け、狙いを定めて極太のレーザーを照射する。

 

 レーザーはビルドを撃ち抜き、変身解除にまで追い込んだ。

 

 ホーリーライブも壁と激突し、緊急用システムが誤作動を起こして変身が解除される。

 

「ふぅ……どうだい? おあいこって事で済ましてくれない?」

「……」

「ゆっくり話をしよう。場所は君が選んでくれていい」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 リキが目を覚ますと、綺麗な少女がこちらを覗き込んでいた。

 

「わあっ!!」

 

 慌てて起き上がると、周りは随分和やかな飾り付けがされた、何処かの待合い室のようだった。冷蔵庫には牛乳が沢山並んでいる。

 

「あぁ……驚いた? ごめんなさい。うちの大ちゃんが乱暴しちゃったみたいで――私、五十嵐さくら。ここはしあわせ湯。この町一番の銭湯だよ」

 

 さくらは、ある程度の事を教えてくれた。

 

 あの青年、ホーリーライブの変身者は五十嵐大二といい、さくらの兄なのだという。

 丁度、お風呂で休んでいるらしい。

 

「そ、その人と話してきます……」

 

 リキが起き上がり、浴場へ入ろうとした時、さくらが慌てて止めた。

 

「ちょっ〜と待った! 男湯は女の子厳禁です!」

 

 さくらにそう言われ、リキは顔を赤らめる。

セントが「コミュ症の癖にスケベなんだ」と追い打ちを掛ければ、泣きそうになりながらソファへ崩れ落ちる。

 

 

 しばらくして、しっとりした大二が出てきて、リキと向かい合うように座る。

 

「……お前らは別の世界から来て、“力”の暴走を抑えるために平行世界を巡る旅をしている……と?」

「そ、そうです」

「その“力”ってのは、何なんだ?」

 

 リキは言葉が詰まった。探している物なのに、記憶の方を優先しすぎるあまりに考えていなかった。そもそも、聞かれても分からないが。

 

「この世界どころか、全ての平行世界を破壊しかねない、膨大な力。それを探すのが、俺たちの仕事」

「そ、そうです……!」

「わかってないでしょ」

 

 大二は深刻な顔つきになり、顎を指に当てて考え込んだ。

 

「こ……この世界のこと、教えてくれませんか? あの……怪物のこととか。あと、あなたについても……」

 

 大二は一瞬だけ彼女を見据え、深く息をついて話を始める。

 

「……五十年前、遺跡で“ギフ”と呼ばれる古代生命体が見つかったのがきっかけで、この世界に“悪魔”が現れるようになった」

「その悪魔を崇拝する組織、デッドマンズへの対抗策として、政府特務機関 フェニックスが結成……俺はそこに所属し、仮面ライダーとして戦っている」

 

 いきなり、大量の情報が舞い込んできて、頭がパンクしそうだったが、この世界がいかに大変で、いつ命を落とすか分からない世界だというのは理解できた。

 

「じゃ……じゃあ、あなたはどうして仮面ライダーに?」

「人類を救済する。それが俺の役目だ」

 

 ゆっくりと、噛み締めて言い放ったその言葉には、冷徹さと正義の入り混じった、重々しいものだった。

 

「悪魔なんていらない。正義が全てだ」

 

 そう言う、大二の瞳には、只ならぬ決意が感じられた。

 自分とは格が違う。リキはそう思い、言葉が出なかった。

 

 そう言い残し、大二は仕事に戻るとだけ伝えて、しあわせ湯を出ていった。

 

「……ふたりとも、お風呂どう?」

「ほぉ、じゃあお邪魔しようかな」

「リキさんも。ほら!」

「あ……な、なら、入ります」

「覗くなよ」

 

 リキとセントは、それぞれ浴場へ行った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 記憶がないため、銭湯に来た事があるのかすら分からないが、これほどまでに気持ちいい風呂には、多分入ったことがないだろう。

 

 肩まで浸かれば、身体に蔓延るモノが全部抜けていくような感覚に陥り、非現実的な気分に浸れる。

 

 雫滴る茶髪を、お団子状にまとめたリキは、口元まで湯に浸からせ、ブクブクと泡を立てた。

 

 記憶が無いまま、よく訳の分からぬ事を続けられるな、と自分を不審に思った。

 

「私はこの世界で、何を手に入れればいいの?」

 

 水面に写る自分の像を、じっ、と見つめようと、答えは返ってこない。

 

 圭峯リキ。

 

 名前しか覚えていない。それも、忘れかけていた。

 自分は名前だけの、空っぽな存在なのではないか。

 

 そう思うと怖くなってくる。

 

 怖さを紛らわすため、桶でお湯を掬い、頭からぶっかけた。

 

 

 

 

 

 




次回 仮面ライダーディフォース

「駐屯基地がデッドマンズにジャックされた」
「正確には“世界を跨げる力”だな」
「あいつのせいで兄ちゃんは……!!」
「大二さん……よく……考えてください」

次回『悪魔の魔の手、退く攻めの手』


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『迫る魔の手、退く攻めの手』

疾きこと風の如く……に習いたいですね。


 

「ねぇオルテカー。あの女誰なの?」

「さぁ。分かりません」

「何か、妙でしたよね。バイスタンプも使わず変身なんて」

 

 薄暗い地下室に、煌びやかな装飾が施された空間。

 赤いカーペットが敷かれた先には、目玉の埋め込まれた繭のような物体が、不気味に佇んでいた。

 

 その部屋に、一人の女性が入ってくる。

 

 全身をきちっとしたスーツで包んでおり、整えられた茶髪のボブ。

 不敵な笑みを浮かべながら、フリオとオルテカと向かい合うようにしてソファへ座る。

 

「おや、何も言わず入ってくるなんて」

「スタンプが欲しいのか?」

「ふふ、スタンプ? 実に興味深いですねぇ。でも、今日はあなた達にいい知らせを持ってきたのよ」

 

 何処か狂気さえ感じられる女性は、大きめのケースを机に力強く叩きつける。

 

「あなた達、仮面ライダーに手を焼いてるんでしょう?」

「別に、お前の力を借りなくとも――」

「硬いコト言わないの。ほら、これあげる」

 

 ケースは開かれ、中にある特殊な形状のバイスタンプが顕となる。

 ローラーが付いた、大きいスタンプ。真紫に塗りたくられ、不穏な目の模様が刻まれている。

 

「“パープルバイルバイスタンプ”。中にすっごく強い悪魔が秘められてるのよ。過去に何百人も人を喰ってるから、思わず私も封印しちゃったの」

「……貴様、何者だ?」

 

 オルテカとフリオの警戒心は最大レベルにまで高まり、スタンプを出して戦闘態勢に入るも、アギレラの声に制される。

 

「それ、どう使えばあいつら倒せる?」

「簡単よ。解き放てばいいだけ。しかも五十嵐家には因縁があるから、すぐに殺ってくれるわ」

 

 アギレラはニヤリと笑い、バイスタンプの入ったケースを受け取った。

 

「あなたはだれ? 名前だけ教えてよ」 

 

 去ろうとする女性に、アギレラが笑顔で問いかける。

 

「……1O(ワンオー)……覚えておいてね」

 

 1Oは投げキッスをして、部屋を出ていった。

 

 その背中には、大きく『Ω』の文字が刻まれてあった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 あれから半日後、二人は家へ戻り、これからの見通しを建てようとだけしていた。

 

「セントさん」

「んー?」

「他の世界も壊しかねない力、って言ってましたけど、具体的には?」

 

 だいぶセントとも話慣れてきた頃、リキは彼にそんな事を聞いた。

 

「……正確には“世界を跨げる力”だな。ディフォースもその一種さ」

 

 セントは空のフラスコを振りながらそう答える。

 

「世界を跨いで、いろいろな世界を無茶苦茶にしかねない力……それが何者かの手に渡る前に、君が制さなければいけない。それが君の使命だからね」

 

 リキはコーヒーを啜りながら、彼の話に耳を傾けていた。コーヒーは飲めない程では無いが、ほんの少し不味かった。

 

「私の記憶、本当に戻るんでしょうか」

「……不安がる気持ちは分かる。俺も似たような感じだからね」

「セントさんも?」

 

 不味いコーヒーを、彼女のカップに付け足す。セントは虚ろな目で何処かを見つめながら口を開いた。

 

「俺も自分が何でこんな事に付き合ってるのか、よくわからないんだ。気づけば世界を跨ぐ力を手に入れてて、君に付き添ってる」

「……」

 

 そう言って、コーヒーを啜る。自分で淹れておきながら、顔を顰めた。

 

「暗い顔しないで、テレビでも見なよ」

 

 セントがリモコンで液晶に映像を灯す。

 

 すると、映し出されたニュース番組であり、取り扱われていたのは、唖然とするような内容であった。

 

『悪魔崇拝組織デッドマンズによる、フェニックス駐屯基地襲撃が行われた模様です。デッドマンズは、基地をジャックし、何かを企んでいるとの事です。近隣住民は直ちに避難――』

 

「おー。大変だね」

 

 セントは軽々そう言ったが、リキにとっては凄く胸騒ぎがする内容であった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 日本の上空を浮遊する巨大な飛行船。フェニックスベース。青空に浮かぶその純白の両翼ほど、頼もしいものは、今の日本に無い。

 

 司令室に呼び出された大二は、総司令である赤石に敬礼を取っていた。

 

「いいんだ大二。そんな硬くしなくて」

 

 赤石は親戚と接するかのような、柔らかい表情で大二の前に立つ。

 大二は、ひたすらに真剣な顔つきであった。

 

「駐屯基地が、デッドマンズにジャックされた。目的は不明だ。何かを要求するつもりだろうが、君が行けば、きっと解決してくれるだろう?」

 

 大二は任務を言い渡されると、すぐに司令室を出た。

 さながら、任務遂行のためだけに作られた機械兵器のように。

 

「……困った子だ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「大二! 来てくれたか!」

 

 血管が張り巡らされたかのような、黒いベルトを装着した男 門田ヒロミが大二の到着を喜んだ。

 駐屯基地前には、沢山の隊員達が待機していたが、中にはそれ以上のギフジュニアが屯しているために、中々侵入できない状態であった。

 

「行くぞ、大二」

「えぇ」

 

 『スパイダー!』

 

 『ホーリーウィング!』

 

 隊列の先頭に並んだ二人は、それぞれのスタンプを起動する。

 

 『ディール……!』

 

 『コンファームド!』

 『ウィングアップ!』

 

 地上に展開される液晶画面のビジョンと、天から舞い落ちる無数の白い羽根が、正義と正義の狂想曲を奏でる。

 

「変身!!」

 

「変身……」

 

 

 『ディサイドアップ!』

 

 『ホーリーアップ!』

 

 ヒロミの身体へ蜘蛛の糸が巻き付き、大二を汚れなき純白の片翼が覆う。

 

 

 『ディープ ドロップ デンジャー! カメンライダー……デモンズ!!』

 

 『ホーリーライブ!!』

 

 

 蜘蛛の巣を模した装甲が完成し、全身全霊を懸けて世界を守る仮面ライダーデモンズとホーリーライブが誕生する。

 

「我が全身全霊を懸けて……悪魔どもを倒す!!」

 

 デモンズとホーリーライブが基地に入ると、後ろの隊列も次々に突撃した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ほんとに行くのかい?」

「行かないといけないんです……何だか、胸騒ぎが止まらなくて」

 

 駐屯基地の裏側。リキは胸騒ぎに耐えられなくなり、セントを連れてここまで駆けてきた。

 

「じゃあそうしよう。俺は疲れたからここで待っておくね」

「えぇ……?」

 

 不満を垂らしながら、ドライバーを装着し、変身する。

 

「変身……!」

 

 

 『フォースデザイア! ディフォース!』

 

 

 ディフォースに変身した彼女は、一度立ち止まって大きく深呼吸する。

 

「頑張れ……私……」

 

 記憶を取り戻す為、一人の戦士がまた、敵地へと足を踏み入れた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「んん? アギレラ様、例の奴が」

「あー。“ディフォース”っての? 適当にあしらっちゃえば?」

 

 監視室を根城とするデッドマンズは、監視カメラに映る二人のライダーを見ていたが、突如現れたディフォースに驚きを隠せない様子だった。

 

「では、私が」

「頼んだわよー」

 

 フリオが部屋を出ていき、アギレラは頬杖をついて、パープルバイルバイスタンプを嬉しそうに眺めた。

 

「楽しそう……」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 通路に蔓延るギフジュニアを薙ぎ倒していく、ホーリーライブとデモンズ。

 

 そこに立ち塞がるは、長いつばを持つ帽子のシルエット。

 

「フリオ……」

「ハハハ、こりゃあいい。フェニックスの二大ライダーが勢ぞろいだ」

 

 『ウルフ!!』

 

 誕生したウルフデッドマンが遠吠えを上げると、左右の壁を突き破って、ライオンデッドマン、ブラキオデッドマンが姿を現す。

 

「大二! お前はフリオをやれ、残りは俺がやる!」

「分かりました」

 

 デモンズは二体を引き連れ、穴の先へと消えてゆく。

 

 全速力で向かってくるウルフの攻撃を受け止め、腹にひと蹴り。数発頭部に撃ち込む。

 

 負けじとウルフも、鋭い爪を用いてホーリーライブの装甲を斬りつけるが、闘いは慈悲なき天使が有利となり、奥へ奥へと追い詰められ、エントランスへと逆戻りした。

 

 

「大二……さん?」

 

 ギフジュニアと戦っていたディフォースが、彼の存在に気づいた。

 

 ホーリーライブの光弾が、ウルフの装甲を貫通していく。

 徐々に体力を消耗していくウルフに、疲労の様子が見えてくる。

 

 けれども、ホーリーライブの攻撃の手は、収まることを知らなかった。

 悪魔の姿をしていながら、中身は人間である彼を前にして。

 

「ぐぅっ……!!」

 

 ホーリーライブの強烈な、慈悲なき足蹴が、ウルフデッドマンの腹部を貫く勢いで炸裂した。

 

 すかさずエネルギー弾を追撃で撃ち込み、反撃する隙すらも与えない。

 

 

 『ウィンドチャージ!』

 『フライングアップ!』

 

 

 聖なる銃器が眩い光に包み込まれ、それが銃口へと収縮する。

 

 

 『ウィニング! ジャスティスフィナーレ!』

 

 

 極太の光線が空気を焼きながら、デッドマンの腹部に突き刺さり、一瞬、閃光が走ると同時に突き破った。

 

 ウルフデッドマンの絶叫が響き、大量の血を溢れさせながら、フリオが床に倒れる。

 

 

 

「っ!! 待って!!」

 

 

 ホーリーライブは、藻掻き苦しむ彼に向け、再び銃口を突きつける。怖気づき、命乞いするも、慈悲なき引き金は今にも引かれる寸前にまで達していた。

 

 

 『必殺承認!』

 

 

 駆け出した白銀の戦士。その複眼に、眩い穢れなき閃光が反射する――。

 

 

 『ホーリー! ジャスティスフィニッシュ!』

 

 

 『ファイナルアタック! ディ ディ ディ ディフォース!』

 

 

 二つの必殺技が交り合い、凄まじい衝撃波が辺りを襲う。純白の壁を粉砕してしまいそうな轟動。熱風混じりの暴風が有りとあらゆるものを吹き飛ばす。

 

 ライブガンから放たれた光線は、ディフォースの拳により、歪められた時空の中へと吸収され消滅した。

 

 フリオは情けない声で叫び散らし、覚束ない足取りで一目散に撤退していく。

 

「何故止める!? あいつはデッドマンズなんだぞ?!」

 

 ホーリーライブから聞こえる、大二の怒声に、彼女は肩を震わせた。

 敵陣のど真ん中にも関わらず、変身を解除。揺るぐ双眸で、天使を見据えた。

 正義に満ち溢れているが、それは捉え方一つ変えればあまりに冷酷で、残酷で、“悪”とも捉えられるもの。

 かつ、その天使は如何なる人間の正義も認めようとしない。悪は勿論、味方であろうとも――。

 

「まだ人間……じゃないですか」

「それがどうした?! 放っておけば、どんどん悪魔を生み出すんだぞ!!」

「そういう……問題じゃなくて……」

 

 確かに、悪は滅ぼすべきかもしれない。

 

 けれど、今はそういう事が問題なのではない。

 

 もっと具体的で、彼自身に関わる――胸騒ぎに邪魔されて、うまく伝えられそうにない。

 

「やはりお前は排除しておくべきだったんだ……」

 

 『ウィングチャージ!!』

 

 怒りと後悔に震え向けられた、煌々と輝く光を充填する銃口。光の粒子が渦を巻きながら、攻撃準備に入っていた。

 

 彼女は動けなかった。

 ただ、それは単なる恐怖では無く、焦りや義務に近い何か。

 “正義”によって理性さえも失い、軽々と命を奪うという人としての悪行にさえ手を染めようとしている彼を、自分が止めねばと、何故か思っていた。

 

 

 取り出したカードに、強い一念を込めてバックルへと装填する。

 

 

 『アタックフォース……!!』

 

 

 刹那に輝く二色の閃光が、鮮やかにその時空を彩った。

 

 

 『フライングアップ!』

 『ホーリージャスティスフィナーレ!』

 

 『ディメンションバースト!!』

 

 

 二つの銃口から放たれた光弾が、中央で衝突し、凄まじい衝撃を轟かせながら、相殺し合う。

 白銀の粒子砲は、マゼンタの光弾により歪められた時空の中へ呑み込まれ、その効力を無くし、やがて消失した。

 

 

「ぐっ――!! あァァッ!!」

 

 胸部装甲が赤熱し、ディフォースの全身を焼き焦がすような痛みが襲った。

 堪らず変身を解除し、その場に膝をつくリキ。唾液を垂らしながら、朦朧とする意識の中で荒々しく呼吸をしていた。

 

「大二……さん……よく……考えてみてください」

「……何をだ」

「あなたの……正義は――」

 

 リキが己の気持ちを赤裸々にしようとした瞬間、エントランスの壁を突き破り、デモンズが派手に床へと転がる。

 

「ヒロミさん……?!」

 

 驚くホーリーライブ。砂埃舞う方向へ視線を向けた途端、複眼越しにある瞳が大きく開いた。

 

 リキもそこを見る。

 

 砂埃が去る頃、姿を現したのは、まさに悪魔と形容するに相応しい風貌の怪人。

 にやりと笑ったような頭部に、恐竜を彷彿とさせる黒紫の肉体。

 両腕を広げながら闊歩せし存在は、愉しげに笑った。

 

「楽しいなぁ。久々の世界は。美味そうな人間でもいないものか……」

 

 

「“バイル”……!!」

 

 ホーリーライブが、憎悪をたっぷり乗せた声色で言い放つ。

 

 バイルと呼ばれたその悪魔の手には、パープルバイルバイスタンプが、ぎっちりと握られていた。

 

「おい緑の。こいつはどう使う?」

「起動すれば分かるさ」

 

 バイルの傍らで、不敵な笑みを浮かべるオルテカ。

 掲げられたスタンプは、トリガーを細々とした恐ろしい指に押されて、鈍く光り輝く。

 

 

 『アンバイブ……!!』

 

 

 掌の上で、スタンプのローラー部分が火花をちらして転がされれば、禍々しい漆黒の霧が、奴の周りを覆い尽くす。

 

 充満する漆黒は、奴の身体に装甲を形成し始め、バイルの姿を瞬時に変身させた。

 

 『パープルバイル……!!』

 

 刺々しい真っ黒な装甲は、均等なる比を保っており、それを纏った姿はさながら、気高く、巧妙で残虐なる悪魔。

 真紫の複眼が鈍い光を放ち、辺りに異様な空気が万栄する。

 

「バイル……“兄ちゃん”はあいつのせいで……!!」

 

 ライブガンを握りしめる手が、小刻みに痙攣している。

 

 変身したバイル――パープルバイルの笑い声が、彼女らの耳に木霊する。

 

 ドライバーに埋め込まれた円盤が、短く点灯している。まるで、目の前の異形な存在に呼応するかのように。

 

「まさか……あれが……」

 

 




次回の仮面ライダーディフォースは……

「あいつは、兄ちゃんの“バディ”だったのに」
「悪魔はこの世にいらない!!」
「人こそこの世にはいらない!!」 
「私は空っぽな人間ですから、一緒に苦しみましょう。一人で強がるのは、格好いいけど、辛い事ばかりです」

次回『響け思い、羽ばたけ未来に』




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『響け想い、羽ばたけ未来に』

 

「来いよ、五十嵐大二ィ!!」

「ここで滅ぼしてやる……! バイル!!」

 

 怒りに震えるホーリーライブが狙いを定めるは、悠長に構えたパープルバイルの胸部。

 そこへ向けて、怨念を込めた極太粒子砲を射出。

 

 しかし、振るわれたスタンプにより形成された、真紫の帯によって攻撃は糸も容易く無効化され、気づけば、相手に向けて撃った粒子砲は、彼の胸部を貫いていた。

 

「ぐぁぁっ!!」

 

 最大出力で放ったのが仇となり、反射されたレーザーによって、ホーリーライブの変身は解除されて、無防備な青年が床へ転がり込んだ。

 

「フッ……ハハハハ!! 悪魔のいない人間など、取るに足りんな」

「悪魔なんか……この世にいらない!!」

 

 血反吐を吐きながら怒鳴る大二を、嘲笑するようにバイルは言い捨てた。酷く冷たく、鋭い声音で。

 

「何を言うか。人間こそこの世にいらない」

 

 悪魔の鈍器の引き金が引かれ、眩き光を放ちながら、ローラー部分にエネルギーが集中する。

 

 

 『パープルバイルフィニッシュ……!!』

 

 

 異様な霧が充満し、誰でも分かる“殺気”までもが空間を支配した。

 

「いかん!!」

 

 『コンドル!』

 『ドミネートアップ! コンドル! ゲノミクス!』

 

 起き上がったデモンズは、スタンプを素早く押印し、飛翔する力を得る。

 黒き装翼で滑空し、リキと大二を持ち上げたまま天井を突き破り、殺気に満ち溢れたそこから離脱した。

 

「……ハハハ……せっかく外に出たんだ。あいつらは皆殺しにしてやる」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 仮面ライダーデモンズ、門田ヒロミのお陰で何とか急死に一生を得たリキ達は、しあわせ湯で一息ついていた。

 置いていかれたセントは、少し拗ねた様子で、股を開いて猫背気味に座っていた。

 

 大二も似たような体勢であったが、恐らく、心情は彼と似ても似つかない、そもそも根本すら違う物を抱いているのだろう。

 

「大ちゃん……しっかりして」

 

 さくらが心配の声を掛けても、大二はずっと考え事に耽けているからか、返事をしようともしない。

 ――バイル。奴と彼の間に、どんな因縁があるのか。

 リキは、自分が何とかせねばという、使命感に囚われたままであった。

 

「だ、だだだ……大二さん! 一緒に……少し歩きませんか……?」

 

 思い切ってそう彼に提案する。出だしが最悪だった為、断られてしまうだろうか。

 

「……どうして」

「二人だけで……話がしたくて」

 

 不意に出た言葉を口走ると、周りにいたヒロミやさくら、セントまでもがこちらを向いてくる。

 

「……な、なんですか?」

「いや……何でも。い、いいんじゃあないか。二人で……話をするのも」

 

 ヒロミは何故か動揺を隠せない様子だった。

 

 渋々立ち上がり、彼女に着いていった大二を見送った一同は、しばらく唖然としていた。

 

「……見かけによらず、結構、積極的なんだな」

「無自覚でしょうよ。気持ち悪い」

 

 唇を引き攣らせるヒロミと、ため息を吐き散らすセント。空気は、あまり宜しくなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ざぁざぁと、用水路の水が音を立てて流れに乗せられていく。町中で、僅かな自然を感じることのできる数少ない場所である。 

 悪魔のいる世界と言えど、案外町並みは普通だった(巨大飛行船が飛んではいるが)。――否、悪魔というのは、最早デッドマンズという具体的な物を指す言葉では無いのかもしれない。

 

「教えて……くれませんか。あなたに、何があったのか」

「……ハハ。聞かれたの初めてだな。いいよ、教えてやる」

 

 大二は、少し驚いた様子であった。

 そして、己の過去を赤裸々に語り始める。

 

「俺たちは元々、三人きょうだいの五人家族だったんだ。“五十嵐一輝”。俺の兄ちゃんはすごい人だったよ」

「仮面ライダー……ですか?」

「あぁ。悪魔をもって悪魔を制する仮面ライダーとして、デッドマンズと戦っていた……でも」

 

 彼の拳が、強く握りしめられる。

 

「兄ちゃんの悪魔――バイルが裏切ったんだ。父ちゃんと母ちゃんを殺して、兄ちゃんまで喰いやがった……!! あいつは兄ちゃんの“バディ”だったのに!」

 

 薄々、気づいていた。大二とさくらに、両親はいないのか、と。あんなに大きな銭湯を、二人だけで建てられる筈もない。

 聞いてて心苦しい、などではただの哀れみにしかならないだろう。

 

 憤怒に震える声色で、彼は続ける。

 

「早いうちに、殺しておくべきだった……! 悪魔なんて……! この世にはいらないっていうのに……!」

「あの日から、俺は悪魔を許せない……自分の中の悪魔もこの手で殺した……! 悪魔なんていらないんだ。この世は正義が全てなんだよ」

 

 そう訴える彼の瞳は、悲哀と渇望と憤怒、ありとあらゆる負の感情が入り混じり、暗海の渦かのようだった。

 “悪”魔を憎む彼。その行為の糧とするために、己が“正義”を貫き通す。楽観的に見れば、それはきっと、良い事なのかもしれない。

 ただ、正義とは必ずしも正しいとは限らない。この世の、誰もがそれを持っているのだから、世界の歯車と上手く噛み合わない事は起こりうる。

 己が正義を信じ過ぎるがあまり、暴挙に走る者もいる――それが彼、五十嵐大二なのだ。

 

 リキの心の中は、いつの間にか慈愛で一杯一杯になっていた。

 彼にかけるべき言葉とは何なのか。どうすれば、彼を闇から救えるのか。

 

 そんな事を考えているうちに、向かい岸に、一人のフェニックス隊員らしき人影が現れる。

 

「あーあ。デッドマンズ退治なんてやってらんねーな」

 

 煙草を一本咥え、上半身を柵の向こう側へ投げ出した。もくもくと立つ白く細い煙は、酷く儚く、いきいきとしている。

 

 それを吸い終わると、吸い殻を用水路へと投げ捨ててしまう。

 男は、向こう岸にいた二人を不気味そうに見つめながら、そそくさと去っていった。

 

「……人間、誰しも“悪”魔はいますよ。どんな聖人であろうと、上手く隠し通してるだけで、必ず」

 

 悪魔とは――。この世界ではデッドマンズという具体的な存在を指し示す言葉なのかもしれない。だが、悪魔というのは人の心に潜む“邪悪さ”を表す言葉でもある。

 

 誰にだって邪悪な心は存在し、誰だってそれを必死に隠して生きている。曝け出す人間など、中々いない。

 

「あなた、自分の悪魔は殺したって、言いましたよね」

「でも、捨てきれてないですよね。自分の中の“悪”魔を」

 

 突然、水路の中から、真っ黒なカラスたちが空へと飛び立っていき、黒い羽を散らした。

 

 彼女の瞳に、不思議な輝きが宿っていた。

 人が変わったかのように、悠々と話すリキの声音は、凄まじく真剣なものであった。例えるなら、生徒を叱る教師のよう。

 

「俺は――」

「自分の正義を貫いてるだけ……ですか? 貫くのはいいですけど、その先にあるのは何でしょうか」

 

 何かを言おうとしていた大二の喉仏が、きゅっ、と引きつる。

 

「……人間、多少の妥協も必要だと思いませんか? 多少悪い所があったって、ある意味人間らしいじゃあないですか」

 

 リキは彼の手を握って、こう訴える。

 

「貴方は周りが見えてない。自分の正義を信じてばかりでは、きっと、いつか“悪”魔と同じに成り下がりますよ」

 

 大二の温もりを感じる。とても温かく、泣きそうなくらいに、優しい感覚になれる。

 

 

「……?!」

 

 彼女は、はっ、としたように声を漏らし、今の状況を改めて確認した。

 同い年くらいの青年の手を、優しく握っている。

 これは、凄くよくない事ではないか――

 

「は、はわ……はわわ……」

 

 慌てて手を離し、口を開けたまま引き下がる。頬を赤らめ、彼から目を逸らした。

 

「……なぁ。俺は、俺はどうすればいいんだ? じゃあ――」

 

 立っていた大二は、やがてその場に崩れ落ち、彼女へ縋るようにして涙を溢し始める。

 

「俺は……俺はもう……自分の正義を信じるやり方しか分からないんだ……それでしか、今までの自分を……許せないんだよぉ……!」

 

 静かに泣き喚く彼が、急に弱々しく見えてくる。今まで包み隠していただけで、仮面の裏では、こんな心情が蠢いていだのだろう。

 

 彼と視線を合し、彼の両肩を優しく掴んでやる。言葉が上手く出てこないが、彼女は思い切って口を開く。

 

「“自分”が何だか分からない、私が言えた話じゃないですが……もう、許しましょうよ。自分を。お兄さんやご両親は、もう帰ってきません。けれど、今のあなたにはさくらさんがいる」

「自分ばかり攻めて、苦しむのはやめましょう。私は空っぽな人間ですから、一緒に苦しみましょう。一人で強がるのは、格好いいけど、辛い事ばかりです」

 

 大二の静かな泣き声は、やがて大きな物へと変わり、彼女に抱きついてわんわんと泣き始める。

 少し恥ずかしかったが、彼が何だか弟みたいに思えてきて、何故だかこっちまで泣きたくなる。

 

 ひらひらと舞い落ちてくる、真っ黒な羽が、真っ白い彼の肩に乗っかって、僅かながら、彼を優しく包み込んだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 フェニックスベースの司令室。硝子の先に広がるのは、広大なコンクリートの野原。定期点検の為、現在は空では無く、地上に停留している。

 赤石とヒロミがいるその部屋には、切羽詰まった空気が張り詰めていた。

 

「バイルか……大二の兄を喰らい、家族諸共壊した、まさしく“悪魔”……。早めに対策を練らねばならないな」

「ですが、今の大二に奴を倒せるとは……」

「大二なら平気だ。彼は、私の一推しだからね……」

 

 にやり、と笑う赤石。不安げに思いを馳せるヒロミ。

 

 怖いくらいの静寂に包まれた司令室に、嫌な警笛が鳴り響く。

 

「何事だ?」

 

 赤石がモニターの電源を入れ、各所に配置された監視カメラの映像を投影させる。

 

 すると、並べられた映像の中に、目をも疑うような光景があった。

 

 ――パープルバイルが、フェニックスベースに侵入してきていたのだ。

 

 警備隊を酷い姿になるまでに惨殺し、愉快げに両手を広げ、白いタイルを鮮血に染め上げながら闊歩している。

 

「何が目的だ……! おのれ……!」

 

 震える手でデモンズドライバーを装着したヒロミが、急いで現場へと急行した。

 

 

 

 バイルは研究室へと侵入しており、在留していた研究者や科学者たちを皆殺しにしていた。

 異臭漂うそこへ、一人のヒーローが立ち入る。

 

「我が命を懸けて、貴様を倒す!!」

 

 『スパイダー!』

 『ディール……!』

 

「変身!」

 

 『ディサイドアップ! カメンライダー! デモンズ!』

 

 変身した彼は、バイルとの掴み合いになり、瞬く間にフェニックスベースから外へ出る羽目となった。

 ただ、これが彼の目的である。

 

 

 

 戦場は、水平線までコンクリートが敷き詰められた飛行場へと移る。

 デモンズとパープルバイルの拳が交互に衝突し、互いのエネルギーが反応しあい、その度に辺りを凄まじい衝撃が揺るがした。

 

 パープルバイルバイスタンプによる攻撃。

 ローリングされ作り出された黒き帯から、無数の棘が射出され、嵐となってデモンズを襲う。

 

 デモンズは押され気味だったが、負けじとスタンプを取り出し、そのエネルギーを己の武装へと変換する。

 

 『スコーピオン! ゲノミクス!』

 

 鋭い楔の尾を装備し、撓らせながらそれを振るって、パープルバイルの装甲を削り取る。

 

「小癪な真似を……貴様には、貴様などに用はないのだぁぁ!!」

「五十嵐大二を渡せ!! 五十嵐大二は、この俺が殺す!!」

 

 そう叫び、強力な攻撃を放つ体勢に入ったバイルの肩を、眩き銀の閃光が貫く。

 

「ぬぅ……?」

 

 バイルが視線を向けた先には、二人の人影があった。

 

「リキ……大二!!」

 

 デモンズは一瞬、彼らを止めようとした。

 だが、二人の顔つきを見て、その行為を中断する。

 

 

「バイル!! お前に、慈悲は与えない。お前をここで倒す!!」

 

 バイルはデモンズを放って、大二に釘付けとなる。

 

「ぐっ……ははは!! やってみろ。悪魔がいないお前など、取るにたらん!!」

 

 彼を嘲笑うバイルに向け、リキが言い放つ。

 

「大二さんはもう、“自分”を許した。自分の過ちを認め、前に進む決断をした。

過去の自分を正そうとしないで、受け入れる……その心こそが彼の“悪魔”です」

 

 彼女の鮮やかな瞳が、淡く、煌々と光り輝いている。人が変わったように、勇ましい顔つきだった。

 

「何だ……お前は一体誰なんだ!!」

 

 

「私はディフォース。全ての力を、我が物にする者」

 

 

 『フォースエナジー……!!』

 

 『ホーリーウィング!!』

 『コンファームド!!』

 

 『ウィングアップ!!』

 

 強大な力を秘めたカードは円盤に翳され、ドライバーに力を与える。

 

 展開されし銀の翼は銃へエネルギーを供給。聖なる音を奏でながら、銀色の羽を舞い踊らせた。

 

 

「「変身!!」」

 

 

 『ホーリーアップ!!』

 

 

 時空が歪む。眼の前の脅威を上回るほどの力が、二人の周りを取り巻いた。

 

 

 『フォースデザイア!! ディフォース!!』

 

 『ウィンド! ウィング! ウイニング! ホーリー ホーリー ホーリー ホーリー ホーリーライブ!!』

 

 

 銀の両翼が大二を包み込み、彼をホーリーライブへと、装甲と化した時空を歪みがリキを包み込み、彼女をディフォースへと変身させる。

 

 二人の戦士が、強大なる力の前に立ちはだかった。

 

「大二……! 変わったな……!」

 

 突然、ライドブッカーから一枚のカードが飛び出て、彼女の顔の前で止まる。

 何も無かったカードに色が宿っていき、『DUALITY』と刻まれた新たなカードが誕生する。

 

「行きましょう、大二さん!」

「あぁ!!」

 

「小賢しいッ!!」

 

 ディフォースの拳が、パープルバイルの装甲を激しく穿つ。放出されたエネルギーが、奴の身体へ直接伝わり、細胞諸共焼き尽くす。

 

 すかさず回し蹴りを繰り出し、胸部を足裏で押印。

 吹き飛ばされた奴に、さらなる追撃が降りかかる。

 

 銀の翼で風の軌道を受け取り、大空を翔けるホーリーライブ。

 さながら鳥のような身のこなしで、奴の放つ黒き棘を避けながら、光弾の雨をお見舞いする。

 

 凄まじい旋風を巻き起こし、銀色に輝く戦士は着陸する。

 そして、ライブガンの銃口を曲げ、刃を展開し、“エビルブレード”へと変形させる。

 

「うぉぉぉぉらぁぁっ!!」

 

 声を荒げる大二の凄まじい斬撃が、パープルバイルの装甲を大幅に削った。破片と化した装甲はドロドロの液体へと変わり、辺りへ散る。

 

 ホーリーライブの銀装甲に付着した黒い液体。されど彼は、怯まずに、エビルブレードで奴の身体を大きく斬り裂く。

 

「俺を忘れるなッ!!」

 

 バッタの力を得たデモンズによる、背後からの奇襲。

 強固な合金と人工筋肉が生み出す、凄まじいパワーが、無防備な奴の身体へ伸し掛かった。

 

「小賢しい……小賢しいなァ人間ども!!」

 

 怒り狂いながら、スタンプを用いて空間を漆黒に塗り潰す。

 

 黒塗られた空間は、やがて武装へと変わっていき、奴の背中へ巨大な翼を形成した。

 

 翼を羽ばたかせ飛翔したバイルは、奴にとっては小蝿に等しいホーリーライブを落とそうと、躍起になって滑空。

 

「これを使えば……何か」

 

 新しく手に入れたカードを円盤へと翳す。

 

 

 『デュアリティエナジー……!!』

 

 

 すると、辺りを銀色のエネルギーが満たして、緩やかに時空を歪ませる。

 装填し、レバーを押し込めば、そのエネルギーはやがて羽を型取り始め、実体化してくる。

 

 

 『ノーメルシィ! ホーリーライブ!』

 

 

 実体化された装甲は、ディフォースに装着されて、溢れんばかりエネルギーを放つ。

 

 黄緑を基調とし、銀色の金属が用いられた胸部を覆う装甲。背中から伸びる、片方が黒く、片方が白い翼。

 仮面ライダーディフォース『ホーリーライブフォース』。慈悲なき戦士の力を制した証である。

 

 大空へ羽ばたき、ライドブッカーの銃口を展開。マゼンタの光弾で牽制しつつ、空を駆る奴へ一蹴を喰らわし、あっという間に高度を上回った。

 

「何だとぉ?!」

 

 ホーリーライブと共に、ぐるぐると円を描きながら大空を駆け巡り、パープルバイルに総攻撃を仕掛ける。

 ある時は斬撃、ある時は銃撃。二面性のある攻撃で、奴に反撃する隙は疎か、移動する隙すら与えない。まさに、慈悲なき攻撃だった。

 

 

 一時静止するディフォースとホーリーライブ。

 互いに顔を見合わせ、トドメの一撃を繰り出す準備へと入る。

 

 

 『ウィングチャージ!!』

 

 『フィニッシュ……レディ?』

 

 

 華やか音楽が奏でられ、二人の翼は太陽よりも眩く光り輝く。

 

 最後の足掻きで放たれた、黒き棘の嵐を華麗に回避しながら、奴との距離を取る。

 

 バッ、と広げられた翼から二人の脚へと、強大なるエネルギーが供給されていき、敵の脚をも竦ませる。

 

 

 『フライングアップ!!』

 『ウィニングジャスティスフィナーレ!!』

 

 『ファイナルアタック! ホ ホ ホ ホーリーライブ!!』

 

 

 勇ましき二つの怒号が大空へ響き渡り、太陽の輝きをも揺るがせて、戦士達が大気を貫いていく。

 突き出された足先が、敵の禍々しき胸部へと直撃し、灼炎が巻き起こる程の勢いで装甲を貫いてゆく。

 

 一際眩い閃光が空を彩れば、悪魔の身体は二人の戦士によって完膚なきまでに貫かれ、時空の歪みに囚われたまま爆散した。

 

 バイルの残骸は跡形も無く消え失せ、舞い落ちてくるのは、幾多もの銀色の羽だけであった。

 

 





次回は間章。もしかしたら今日中に。


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『次の世界へと』

 

 バイルは撃破された。

 セント曰く、やはりあの悪魔は自分たちが探していた“力”の持ち主であったようだ。

 

 ディフォースの力で、完膚なきまでに撃破した。世界を跨ぐ危険は皆無となっただろう。

 

 ならば、もうリキ達が此処に留まる理由はない。

 

「セントさん、どうですうちの湯は」

「あぁ。熱すぎるくらいだ」

「へへ、それがウリですからね」

 

 のぼせそうなセントと全然平気そうな大二のいる、むさ苦しい男湯。

 ただ悠々と湯に浸かっている二人は、男にしかできない会話をしながら、時を過ごしていた。

 

 壁一枚跨げば、世界は一変する。

 

 お揃いのお団子ヘアにして、仲良く風呂を楽しむリキとさくら。その雰囲気、その景色、どれをとっても最高としか言い難い。

 

「リキさん、お肌綺麗ですね。羨ましい〜」

「そんな……さくらさんの方がまだ若いんだから……」

「ちょっと触ってみていいですか?」

「え、やっ! ちょ、ちょっと!」

 

 リキは胸元から肩に掛けてを、全力で両腕で死守しながらさくらから距離を取る。

 

「えーちょっとくらいいいじゃないですかー。私、触ればどんな秘訣があるのか一瞬でわかりますから」

「う、噓ですよそんなの! だ、だめぇっ! 触っちゃやだぁ!」

 

 水飛沫が散り、タオルに包まれた二人の身体が顕となる。狭い湯船の中で追いかけっこを始めた。大変危ない行為である。

 

 

「何か騒がしいですね。あ、セントさん、覗きは厳禁ですからね」

「君には俺がどう見えてるんだ」

 

 呆れるセントは立ち上がり、ふらふらになりながら脱衣所へと向かった。

 

「もう上がるんですか?」

「あぁ……少し……休んでるよ」

 

 顔を真っ赤にして、いつも以上に虚ろな目のセント。

 

 実に、湯に入ってから一時間は経過していた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎていき、夕暮れ時となった。

 リキとセントは、しあわせ湯の前で、大二に見送られていた。

 

「リキ。ありがとう。君がいなかったら、俺は、過去の因縁に決着はつけられなかったよ」

「私は……て、手助けをしただけですよ。決断をしたのは大二さんです」

 

 目を逸らしながら、小さな声でそう言うリキ。最後の最後に締まらないが、セントは何も言わなかった。

 

 二人は見つめ合い、互いに微笑んだ。

 

「行くぞ。早いとこ次の世界に行かないと」

 

 セントに襟元を摘まれ、引きずられるようにして連れて行かれるリキを、大二が呼び止めた。

 

「また……会えるか?」

「……えぇ。また何処かで会いましょう」

 

 リキは笑みを綻ばせ、セントの縛りを解き放ち、自分で歩みを始めた。

 

 今にも沈みそうな太陽は、輝かしい光を放ち続けている。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 久々に戻ってくると、何だか新鮮な気持ちだった。

 ソファへ寝転がったリキは、大きな溜息をついた。

 

「セントさん、次の世界に行くってどうやるんです?」

「ここでの役目は終えた。自動的に、次行くべき世界へ転送するのが、この家にある絡繰の仕組みらしい」

「絡繰?」

「余計な詮索は後だ。しばらく時間がかかるから、身体を休めておくことだね」

 

 そう言い残して、セントは二階へと上がっていった。

 

 色々な事が一気に起こった為か、こうやって事が収まったとき、今までの疲れがどっと降り掛かってくる。

 

 この世界には、悪魔(デッドマンズ)がいて、仮面ライダーがいて――。

 これから行く世界も、同じような世界なのだろうか。

 否恐らく、雰囲気は同じであれど、そこで生きる人々は全くの別物だろう。

 

 大二は、これからどんな物語を紡いでいくのだろうか。

 

 世界の平和を守りながら、さくらと一緒に、しあわせ湯を続けていくのか。

 どちらにせよ、もう彼は二度と過去の過ちを、自分を許せずに、正義を信じすぎて暴走する事は無いだろう。

 

 それにしても、この世界に来た頃の自分は酷かった、とリキは過去に思いを馳せる。

 見知らぬ人と会話を交わすのも危うかった彼女が、気づかぬうちに、大二やさくらと難なく、それでいて楽しく会話ができていたのだから驚きだ。

 

 こういうのを成長というのか。記憶のない自分にとっては、初めての体験であった。

 成長できたのは、大二のおかげでもある。大二を見て、自分を見つめ直し、彼と一緒に成長した。

 素晴らしい体験ではないだろうか。

 正直、世界を跨ぐ旅など、嫌なことだらけだと思っていた。

 けれど案外、悪い事なんて少ないのかもしれない。

 自分は空っぽだ。だからこそ、伸び代が沢山ある。“成長”していく旅と考えれば、嫌な事とは思えなくなる。

 

 考え込むうちに、次第に眠たくなってしまい、彼女はソファの上で、夢の世界へと行ってしまった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 随分長い間眠り呆けてしまったのか、真っ赤になっていた窓の外は、同じ世界かと疑う程に真っ黒に染まりきっていた。

 

「寝過ぎちゃった……」

 

 思わずそう呟いた彼女は、言葉を出し切ると同時に大きな欠伸をした。

 頭が上手く回っていない彼女は、自分に掛けられてあった、一枚のうさぎ柄の可愛らしい毛布に気づくのが遅れた。

 

(セントさんかな)

 

 彼の意外なセンスと優しさに、心を温められながら、彼女は立ち上がり、大きく背伸びをする。

 

 少し高い視点になった事で、ある異変に気づくことができた。

 

 ちょうど月光に晒されている、大きな額縁。

 

 羽が描かれた絵があった筈なのに、いつの間にか中身は全く別の物に変わっていた。

 

 全てを焼き尽くしてしまいそうな灼熱に囲まれた、一本の漆黒の(つるぎ)。ただそれだけの描かれた、何処か虚しい絵だった。

 

「新しい……世界」

 

 彼女の独り言が、虚しく、静寂に支配された虚空に何度も、何度も響いた。

 

 

 

 



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ファルシオンの世界
『不死鳥、孤高となりて』


 

 あれから数時間後、朝、起きてきたセントに連れられて、新たなこの世界の情報収集に向かうことになった。

 

 家を出ると、そこに広がっているのは、ホーリーライブの世界と何ら変わらない普通の景色。空に飛行船が飛んでいる事もないし、悪魔がいる雰囲気もない。

 

 けれど、ディフォースがこの世界に来たということは、何かしらの怪人がいて仮面ライダーがいる、のは確定であるとセントが言っていた。

 

 仮面ライダー。あのとき、吹雪の中で自分の事を襲ってきた存在もそうなのだろうかと、リキは考え込む。

 怖かった。自分がそれに変身するのも。だが、五十嵐大二や門田ヒロミを見て、仮面ライダーという存在に少しばかり良いイメージができた。何かの為に戦う、正義のヒーロー……。

 

 では、自分はどうなのか。

 変身者は空っぽな女。同じ世界に留まらず、各々の世界で決められた役割を熟すだけの仮面ライダー。

 何だか、大二やヒロミのように、悪魔から人々を守る為だけに戦うライダーに比べれば、とても味気ないというか、無理矢理感があるというか――。

 

 ネガティブな事ばかり考えていても仕方がない、とリキは心を改めて、気合を入れ街を歩く。

 

 しばらく豊かな街並みを歩いていると、セントが突然足を止めて、何かを覗き込むように背伸びをする。

 

「セントさん……?」

 

 彼が見ていたのは、何かの店に群がる大蛇のような列。皆そわそわしており、自分の番を今か今かと待ち望んでいるようだ。

 

「おぉ、ああいう行列は気になるんだ。よし、行ってみよう」

「行ってみよう……って――ちょ、ちょっと!」

 

 セントは吸い込まれるように、その大行列へと歩いていき、最後尾に並んでしまった。

 人が出ていくペースと長さから考えるに、数時間は余裕で掛かりそうであった。

 

「と、止めても引かないんだろうなぁ……」

 

 リキは、その場で呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 長時間並んで手に入れたのは、たった一冊の小説だった。

 これでこの世界でするべき事の手かがりでも……なんて美味しい話は無かった。

 

 しかし、余程その本が面白いのか、買ってからセントは歩きながらでも次々に読み進めていた。

 身体を屈めて本の表紙を見てみると、大きく描かれていた題名は『ロストメモリー』。見出し帯では『ファンタジー界に革命を起こす一冊』とある。

 

「そ、そんなに面白いんですか?」

「苦労して買った甲斐があった。最っ高に面白いよ」

 

 声のトーンはさほどだったが、言葉選びからして本当にそう思っているのだろう。

 

 あまり寄り道をしている暇は無いが、楽しそうだから、無駄ではなかったのかもしれない。

 

「ファンタジーの世界……こういうのも悪くない……」

 

 セントはこう見えて、頭は良いらしいから、読書の質も相当な物だろう。頭が良いというのは、何であってもメリットになりうる。

 記憶が無いからか、自分はそうであるか否かすらも分からない。――早く記憶が欲しい。

 彼女の中に、僅かながらでも常に存在する気持ちは、たったそれだけであった。

 

 リキの表情は、少し哀しげになる。

 

 自分はやはり、中身のない、空っぽな人間なんだと実感すると、やはり虚しく、哀しくなる。

 

「暗い顔をするんじゃない。こっちは楽しんでるんだ」

「はぁ……そんな自分勝手な事言わないでください」

「勝手なのはそっちだろう。擦り付けるな」

「私は――……早く、記憶を取り戻したいんですよ」

 

 語気を強めて、リキは立ち止まってからそう言い放つ。

 

「やはり君は身勝手なんだ。そういう考えが」

「そういう考えで何がいけないんですか……!?」

 

 今にも町中で喧嘩に発展しそうになっていたその時、遠くで異様な音と共に、人々の悲鳴が聞こえてくる。

 

「おっと、怪人でも現れたかな」

 

 リキはセントを睨んでから、ドライバーを手にとって、悲鳴の方へと走っていった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 鮮血飛び散る、ショッピングモールの広場の歪んだ景色をその身に投影し、空で舞い踊る無数のしゃぼん玉。

 そこだけ、明らかに“異様な雰囲気”が漂っていた。彼女らが思うのもおかしな話ではあるが、まるで別の世界かのようであった。

 

 広場を憩いの場としていた多くの人々は、ある存在に、次々と根絶やしにされていた。

 

 昆虫に似た外骨格を身に纏う、二足歩行の怪人――キリギリスメギド。

 人間の腹を拳で貫き、腸を捻り潰せば、すぐさま歓喜に震えるように飛び跳ねて、次なる獲物へと向かう。

 

 腹を貫かれた者の手元から飛んでくる、血に塗れた一冊の本。

 その本はセントも読んでいた『ロストメモリー』であり、道端に落ちたそれを見た彼は、キリギリスメギドに憤怒に満ちた一瞥を送りつけ、ドライバーを装着する。

 

「行くぞリキ」

「お、怒ってるんですか?」

「当たり前だ。許せないね」

 

 意外な一面を見せる彼に驚きながらも、リキは戦闘態勢に入った。

 

 

 『スーパーベストマッチ!』

 『アーユーレディー?』

 

 『フォースエナジー……!』

 

 棒立ちの肉塊を見て飛びついてきた怪人の外骨格を、漆黒に染まったプレス機が穿つ。更に時空の歪みが放つ衝撃波は奴に降り掛かり、天高くに飛ばされてから、重力に引き戻され、大地に叩きつけられた。

 

 

 「変身!」

 

 

 『アンコントロールスイッチ! ブラックハザード! ヤベーイ!』

 

 『フォースデザイア! ディフォース!』

 

 

 参上した黒と白の戦士は、鮮血で塗りたくられた醜き惨状の大地を踏みしめて、キリギリスメギドへ強烈な足蹴を送る。

 足裏に伝わる衝撃と、奴を襲う凄まじい圧力は後者の方が圧倒的に勝りキリギリスメギドは簡単に宙へ投げ出された。

 

 浮いたままの敵を、ディフォースの足先が蹴り上げて、地面へ大きな影を作り出す。

 銃口を展開したライドブッカーを空へ掲げ、トリガーを力強く押し込む。

 放たれた白銀の光線が爆ぜ、無数に分裂し、各々が白い軌跡を生み出しながら、キリギリスメギドの腹部を一斉に貫いた。さながら、天を舞うシロカラスの群れのよう。

 

 『マックスハザードオン!』

 『オーバーフロー!』

 

 ハザードトリガーから供給された、狂気のエネルギーをその身に纏うビルド。

 力を噛み締めながら一歩、一歩とゆっくり前進し、敵の墜落予想地点に立った。

 

 『レディ? ゴー!』

 

 『ハザードフィニッシュ!!』

 

 重力に引き戻され、今にも墜落寸前のキリギリスメギドへ、さらなる絶望が降りかかる。

 ビルドの禍々しい軌道が、キリギリスメギドの首筋を大きく斬り裂き――跳ねた。

 

 曲線を描きつつ飛翔する、キリギリスの頭部が、塵に還ると共に、身体の方も崩壊していく。

 

 ビルドは肩を回し、一仕事を終えて一息ついた。

 

「はぁー疲れた」

「セントさんもいつも戦ってくれればいいのに……」

「俺は疲れる事はキライなの」

「ほら! そういう所が自分勝手なんですってば!」

「えぇ? 耳が遠いなー」

「ふざけないでください!!」

 

 二人のライダーが争う最中で、空で優雅に舞い踊っていたしゃぼん玉達が、一斉に弾け、蒸発する。

 

 争う手を止め空を見上げた瞬間、猛烈な熱気が全身を覆い尽くした。

 

 ――火の鳥。

 大きな翼を持つ炎が、鳥のように空を舞って、大地へと降り立つ。

 

 燃え盛る灼熱が消え去り、中から一人の男が姿を現した。

 

 乱雑な黒髪と髭、殺気に満ちた橙の眼。

 黒のズボンに、上半身裸のまま黒い上着を羽織っただけの服装。炎に包まれているにも関わらず、一切の損傷を見せない。

 

「お前ら……“剣士”か?」

「……はい?」

 

 殺意、恐怖。そういった単語しか出てこない、歪な笑みを浮かべ、前のめりになりながら、男は彼女にそう尋ねた。

 

「ハハ……いいや、聞くまでもないな」

 

 男は腰に挿した黒き剣を、腰に装着したドライバーらしきバックルへと、勢いよく突き刺した。

 

「ちょ、ちょっと待って……! あ、あなた、仮面ライダーですか?」

 

 リキの話も聞かず、男は瞬く間に戦闘態勢へ移行してしまったようだ。

 

 彼の手に持たれた一冊の本が、開かれた。

 

 

 『エターナルフェニックス!』

 

 

 『かつてから伝わる不死鳥の伝説が いま現実となる』

 

 

 一句一句が読まれる度に、全身を走る悪寒。あの本に込められた力は、並知れた物では無い。少なくとも、さっきの怪人より、何倍も――。

 

 その本――ライドブックを、バックルへと装填し、納められた漆黒の剣“無銘剣虚無”を引き抜いた。

 

 

 『抜刀……!』

 

 

 しーっ、と人差し指を立てれば、辺りから音が消え去り、焔が燃ゆる音だけが静かに鳴り響く。

 

 

「変身」

 

 

 力強く振られた刀身は燃え盛り、不死鳥の幻影を二人に向けて放つ。

 やがて不死鳥は、彼の身体を覆い尽くし、強大な力を与えた。

 

 

 『エターナルフェニックス!』

 

 『虚無! 漆黒の剣が、無に帰す!』

 

 

 焔は装甲へと変わり、黒と橙と基調とした、まさに“不死鳥”と体現するに相応しい戦士――仮面ライダー『ファルシオン』が誕生した。

 

「ま、待って! 話を聞いて!」

「聞く話なんかねェッ!!」

 

 ファルシオンが剣を振るえば、火焔の斬撃波が空気を焼き尽くし、ディフォースの白銀の装甲をも焦がした。

 

 再度振るわれた刃は頬を掠め、次に振り下ろされた時には、胸部を斬り裂いていた。

 遅く、この目で捉えられるにも関わらず、避けられない攻撃。それは技量不足がどうとかではなく、彼には、凄まじい“殺気”があった。

 その殺気で脚が竦み、回避が僅かに遅れてしまうのだ。

 

(頑張れ私……!)

 

 ライドブッカーの刃で応戦し、何とか押され気味であった劣勢を覆した。

 灼熱の装甲へ三つの切り傷を刻み込んでから素早く後退し、彼には無い銃を使い、光の弾丸で撃ち抜いていく。

 

 

 『必殺黙読……!』

 

 『抜刀……!』

 

 

 一気に劣勢に追い込まれたと思われたファルシオンだったが、剣を納め、力強く引き抜くと、背中へ焔が集中し、焔の翼を形成した。

 飛翔し、天空から急降下して、幾多もの斬撃を喰らわせた。

 

 狙いを定め射撃しようとも、身に纏った火炎により、光弾は無効化されてしまう。

 

 空を焼き払う不死鳥に、手も足も出ないディフォースであったが。

 

「これなら……!」

 

 

 『デュアリティエナジー……!』

 

 『ノーメルシィ! ホーリーライブ!』

 

 

 ホーリーライブフォースをその身に纏い、対となる白黒の翼で空高く舞い上がる。

 

 不死鳥と同等の高度までに到達し、そこで激しい衝突が巻き起こる。

 

 刃で、斬っては斬られ、斬られは斬っての斬撃合戦。

 何人足りとも、その間に入る事を許されない激しい戦いを、両者は譲らず、数多もの炎や光の軌跡が空で閃いた。

 

「おかしな聖剣だな……! へし折ってやる! 剣士は全て、滅ぼす!!」

「訳が分からない……! 話を聞いてくださいってば!」

「聞く話なんかないって、言ってるだろうがよォッ!!」

 

 無銘剣虚無の刃が、赫く煮え滾り、空間をも歪ませる膨大なる熱を蓄える。

 

 カードを装填したディフォースの周りを、歪んだ時空より放出されたエネルギーが、細々とした刃に聖なる力を与える。

 

 

 『不死鳥無双斬り……!』

 

 

 『ファイナルアタック! ホ ホ ホ ホーリーライブ!』

 

 

 ぶつかり合う、刃と刃、灼熱と力。

 

 焔が紅々と爆ぜ、力が時空を歪ませ、碧く澄み渡った空を、二つの色彩が無茶苦茶に破壊した。

 

 大爆発の末、二人は地上へと落下し、相打ちという形で終わった。

 

「私は……!! 聖剣とか、剣士だとか! そんなのとは全く関係ありません! べ、別の世界から来た仮面ライダーです!」

 

 変身を解除し、我が身滅びる覚悟で、ファルシオンへ必死に訴えたリキ。

 不気味がっているのか、喉を唸らせ、首を傾げるファルシオン。しかし、僅かに沈黙を貫いた後、ライドブックを引き抜いた。

 

 装甲は本へ変わり、虚空へと消えていった。変身者の男は、呆れた様子で去ろうとした。

 

「ま、待って! まだ話したいことが……!」

「うるせぇ。剣士じゃなけりゃ、ここまでだ。とっとと失せろ」

 

 男は頭を掻き毟り、喉を唸らせて背中を向けた。

 

「わ、私、圭峯リキって言います! 同じ仮面ライダー同士、仲良く平和に――」

 

 その言葉を聞いた瞬間、男の冷めた面は狂気に満ちた物に早変わりし、彼女へ恐ろしい勢いで詰め寄ってきた。

 

「そうか! 俺はバハト! お前みたいな、“平和”を謳う奴が、虫酸が走るくらい大嫌いな男だ」

 

 男、バハトは目一杯に顔を近づけて、至近距離にも関わらず大声でそう言い放つ。

 その気迫と声に、威勢が少し良かったリキは、あっという間に沈没してしまった。

 

「失せろ。このアマ」

 

 人差し指の関節で、額辺りを軽く小突かれただけなのに、脳を激痛が襲った。

 

「くぅっ〜〜〜」

 

 リキは涙を溢しながら蹲って、バハトにひれ伏した。

 悠々と去っていくバハトを、セントは嘲笑うように見つめていた。

 

「あーあ。俺あぁいうやつ嫌いなんだよ。頑張ってね、今度はアレと仲良くしないといけないよ」

「わ、私には無理ですってぇ……」

 

 彼女の悲痛な叫びが、虚しく響き渡った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 薄暗い部屋。窓から差し込む僅かな日光しか受け付けない、本棚で覆い尽くされただけの不気味な部屋。

 その一角に置かれた、机にある水晶玉を優しく撫でて、不敵な笑みを浮かべる男。その玉に写るのは、摩訶不思議な能力を扱う戦士であった。

 

「ほほう……面白いですね」

 

 黒の装束を身に纏い、まるで過去からタイムスリップしたかのような雰囲気の男は、独りでそう呟いた。

 

 

「面白いでしょ。そいつはディフォースっていうんだ」

 

 

 見知らぬ声が聞こえ、すかさず踵を返す男。

 

 その背後には、居るはずのないパンツスーツ姿の女性が笑みを浮かべ、こちらに手を降りながら、さも当然かのように佇んでいたのだ。

 

「何者です?」

「私は1O(ワンオー)。貴方はウォウス、でしょう? メギドを使って、ファルシオンをおびき寄せようとしている、狡猾だけど素敵なお方」

 

 ウォウスと呼ばれた男は、1Oへの警戒心を最大限にまで高めた。何を仕出かすか分からないこの女を、生かしてはおけないのだ。

 

「おっと、戦うつもりはないの。貴方に、いい提案をしに来ただけ」

 

 1Oは人差し指を立てて、満面の笑みでこう言い放つ。

 

「貴方の持っている“破滅の書”。それを使って、この世界を貴方が望みように作り変えない?」

 

 ウォウスは一歩退きながらも、反論を返した。

 

「何を言うか。破滅の書は世界を滅ぼすしか能がない本です。所詮、奴をおびき出す餌に過ぎません」

 

 近づいてくる彼女の、黒い手袋に包まれた、細い指が、彼の首筋をすっ、と撫でた。

 

「私なら……貴方の望み、叶えられるんだけどな」

 

 舌をちらつかせ、上目遣いになりながらそういう彼女。

 

 何者か知らぬが、この余裕。そして、何をされても構わないという覚悟と座った肝。

 

 ――気に入った。

 

「いいでしょう。話は聞きます……ですが、何者かだけ教えてもらいましょう」

 

 1Oは無邪気な、子供らしい笑みを浮かべ喜びを見せ、くるくると回りながら後ろへ下がり、胸に手を当ててこう言った。

 

「我々は〈オメガダイナミクス〉。数多の世界を意のままに作り変える……をモットーに活動する、素晴らしき組織です」

 

 

 

 



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『平穏、不穏に穢されし』

何? 仮面ライダーリ○○○が最終回? 
だったら俺たちも最終回――という訳には行きません。


 

 随分と大きな音を立てて、落下してくる缶ジュース。

 冷々としたスチール製のそれを、自販機の底から取り出し、徐ろに頬へ当てた。

 

 つーん、と染み渡ってくる冷たさが、冴えない頭に刺激を与える。

 オレンジジュースの封を切り、リキは酸っぱい液体を喉へと流し込んだ。戦闘を終えたばかりの体には、最高の代物である。

 

 バハトを追いかけてきたが、あっという間に見失ってしまい、この静かな住宅街で今に至る。

 セントもリキも、半ば諦めかけてしまっている。この世界のライダーが、あんなにも我が強すぎる人間だとは、予想外であったからだ。

 大二はまだ素直さが垣間見えていたが、バハトに限っては、最早話すことすらままならない様子だった。

 

「……あの人……一体、何が目的なんでしょうか」

「聖剣、とか、剣士、とか言ってたね。君を“あれ”を持った“それ”と勘違いして襲ってきた……と見込んで良さそうだ」

 

 セントは『おいしいコーヒー』を啜り、顔をしかめる。

 

「何にせよ、あの人から直接聞き出すのは難しいんじゃない? 僕たちだけで“力”を見つけ出して、倒すしかないよ」

「でも……それじゃあディフォースの力が」

「いいかい、僕たちの役目はあくまで“力”を別の世界へ行かせない事だ。

前の所でホーリーライブの力を手に入れられたのも、偶然の産物さ」

 

 彼女の手に握られた、デュアリティカード。これを手に入れられたのは偶然であり、必然では無いとのこと。

 仮に新たな力を得ずにやっていくとして、通常形態とこれだけで、果たしてどんな敵にでも勝てるのだろうか。

 

「ほいっと」

 

 缶ジュースを飲み終えたセントは、行儀悪く、空き缶をゴミ箱に向けて投げ捨てた。

 

 しかし、狙いはゴミ箱を外れ、その側にいた人に当たってしまい、コツン、と音を立てた。

 

「あ」

「ちょ、ちょっと……! 何やってるんですか……!」

 

 慌てるリキと悔しがるセント。

 そんな二人に憤りを覚えたのか、人影がゆっくりとこちらを振り向いた。

 

 しかし、彼女らを見据えるその顔は、明らかに人間ではなく、異形な魚を彷彿とさせる怪人――ピラニアメギドであったのだ。

 

「か、怪人……!!」

「俺のせい?」

「〜〜〜っ」

 

 リキは呻き、ドライバーを力強く装着。セントも渋々そうして、二人は変身する。

 

「変身っ」

「変身……」

 

 

 『フォースデザイア! ディフォース!』

 

 『ブラックハザード! ヤベーイ!』

 

 

 飛びかかってくるピラニアメギドに、回し蹴りを叩き込むディフォース。

 足裏に掛かる衝撃を吸収し、地面を踏み込んで飛翔。奴の頭上から刃を振り下ろして奇襲を成功させた。

 

 敵は骨に似た歪な剣を持っており、素人くさい手付きではあるが、厄介なことに、斬撃を繰り出してくる。

 こういう時はと、引き下がったディフォースは銃口を向ける。トリガーを引き続け、マゼンタの光弾の軌道で空中を彩った。

 

 情けない声を上げながらゴミ箱の影に隠れたメギド。その影から、ピラピラのピラニアが大量に飛び出してきて、彼女を襲う。

 

 苦し紛れに装填したカードが発動したのを確認し、何とか銃口を天へ掲げてトリガーを引く。

 

 『アタックフォース……! エアロブラスト!』

 

 降り注ぐ鮮やかな朱色の光線が、紙のピラニアを掃討し、真っ黒な塵が空気中に散布した。

 

 ビルドにより引っ張り出されたメギドは、怯えながら漆黒の鉄槌を腹へと諸に受ける。

 

 

 『ガタガタゴットン ズッタンズタン! ガタガタゴットンズッタンズタン!』

 

 

 恐怖の旋律が奏でられながら、レバーが回される。

 ビルドの装甲から狂気のエネルギーが溢れ始めた瞬間、彼の背後から、もう一体のピラニアメギドが襲いかかった。

 

 流石のビルドも対応しきれず、蹌踉めいて必殺技は阻止されてしまう。

 

「二体も……――ぐっ?!」

 

 唖然としていた彼女にも、もう一体のメギドが奇襲を仕掛けた。

 歯をむき出しにして笑う、ゴブリンメギド。長い棘棒を振り回し、こちらに攻撃を仕向けてくる。

 

 振るわれた棒が装甲を穿ち、金属の棘が深々と突き刺さる。

 奇襲だった為か体勢を整える暇も無く、かと言って反撃する隙も無く、連撃を叩き込まれるディフォース。

 

 静かな住宅街は、一瞬にして戦場へと変わり果て、阿鼻叫喚が響く。

 

 ようやく反撃体勢に入ったディフォースだったが、反対方向から飛んできたビルドと激突し、二度その体勢を崩す。

 

「ちょっとセントさん……!」

「仕方がないだろう、ここは狭いんだ」

 

 三体のメギドが、じりじりと迫りくる。絶望的な状態だった。

 

「逃げるが勝ち……ってやつだね」

「そ、そう……ですね」

 

 

 『ノーメルシィ! ホーリーライブ!』

 

 

 ホーリーライブフォースとなり、重たいビルドを必死で抱きかかえながらも飛翔し、何とか窮地を脱出した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 だいぶ離れた都会の、ビルの屋上。何とかそこへ逃れられた二人は、荒く肩で息をしていた。

 

「……セントさん……重たいですよ……」

「……失礼ね」

 

 こんな時でも言い争いの火種になるような事を言えるのだから、ある意味平気そうではあったが。

 

 

 そんな二人の耳に、鉄が地面に強く打ち付けられる、キーンとした音が響いた。

 

「ちっ、騒がしい」

 

 何と、その屋上にはバハトが居たのだ。無銘剣を手に持ち、完全に戦闘態勢であった。

 

「あ、えーと……その……あの……」

 

 思わず立ち上がったリキ。身振り手振りで説明しようとするも、トラウマがあるのか全く言葉が出てこない。

 

「……あぁ?」

 

 彼女の顔を片手で掴み、しゃがれた声で威嚇してくるバハト。

 もう、リキにはお手上げの相手であった。

 セントは全く助けてくれない。この有様を見て楽しんでいるのだろう。

 

「女ァ……あまりこの俺を怒らせるなよ」

「お、女じゃ……ないです……圭峯……リキです」

「ほおぉう……?」

 

 そう言うと、頬から手は離され、バハトが彼女の周りをのそりのそりと歩く。あまりの怖さから、リキは震えながら硬直していた。

 

 バハトはニヤリと笑いながら、顔を近づけてきて、彼女の鼓動は極限まで早まった。何をしても怖い。リキはもう、泣き出してしまいたかった。

 

「ただの女じゃあないな。かと言って聖剣使いの剣士でもない……何者だ? お前は」

「あ……えーと……」

 

 刹那、彼女の中で何かが吹っ切れ、頭を数回回した後、雰囲気が一変する。

 瞳の色が淡く、白銀に光り輝き、表情も凛とした物へと早変わりした。

 

「私はディフォース、全ての力を操る者です」

「……?」

 

 雰囲気の変わった彼女に、戸惑いを隠せないバハト。

 

「世界を巡り、そこに蔓延る悪の力を除去する……それが私の使命です」

 

 リキは突然、ライドブッカーを手に取り、その矛先を彼の鼻先へ近づけた。あまりに突然の展開に、バハトも動揺している様子だった。

 

「協力しなさい。仮面ライダーファルシオン。さもなくば、慈悲は与えません」

 

 セントは、聞こえない程度に軽く拍手をしている。

 

「……あれっ? わ、私……何を……」

 

 瞳に正常さが戻った彼女は、急いで剣を下ろし、自分が今置かれている状況に慌てていた。

 

 がしっ、と強い力で肩を掴まれる。

 バハトの血走った目と剥き出しの歯が、これ程にない狂気を醸し出している。

 

「……ディフォース……!」

「へぇ……っ?」

 

 目尻から涙が溢れかける彼女には、全く理解ができない展開であった。

 

「お前、死にたいようだな」

「あ……」

 

 彼女の中で、短めの走馬灯が駆け巡った。もう、旅はここで終わりなのだと確信までしてしまう。

 突き出された無銘剣の矛先が、スローモーションのように見える。

 瞳を閉じ、痛みに悶える準備をするも、矛先は頬を僅かに掠めて、彼女の髪を束ねる紐を切断した。

 

 ばっ、と垂れる茶髪を見て、剣を振り下ろす手が止まるバハト。

 

「っ……」

 

 潤んだ瞳で彼を見上げるリキ。

 

 何を想ったのか定かでは無いが、バハトの剣を持つ腕から力が抜けたのが分かった。

 

「ごめんなさい……ただ、私は……あなたと……」

 

 まるで狐にでも化かされたかのようなバハト。その双眸からは、先程のような狂気は一縷も感じることができなかった。

 

 

「はいはーい。こんにちは、“仮面ライダー”諸君」

 

 突然、そんな声と共に、乾いた冷たい足音が近づいてきた。

 

 視線を寄せると、階段を登りきったのは一人の女性であった。

 不敵な笑みを浮かべ、黒のスーツで着飾り、手に嵌めた手袋をパチン、と鳴らしている。

 

「ディフォース。君は本当に面白いね。私我慢できなくなっちゃったよ」

「……え……わたしの事……今、なんて」

 

 女はリキに向かって、艶美な表情を浮かべたまま、投げキッスを捧げてきた。男から見ればドキ、とするのだろうが、彼女からすればただただ不気味であった。

 

「でもねぇ。ごめんなさいね。あなたがいると、本当に邪魔なのよ」

「な、何のことですか……」

 

 長い髪を揺らしながら、一歩前に出るリキ。真剣な顔つきであった。微かに揺るぐ瞳からは、僅かながらに期待と渇望が感じられる。

 

「でも、ちょっとだけ遊ばせて……ね」

 

 女が羽織っていたブレザーのボタンを外すと、前方がはだけ、白い服に包まれた腰に巻き付いている、三つのパイプが張り巡らされた“ドライバー”が曝け出された。

 

「なっ……!」

 

「私は1O(ワンオー)。覚えておいてくれたら、嬉しいな……」

 

 名乗った彼女の懐から取り出された物、リキには一目で正体が分かる。

 ――バイスタンプだった。

 

 

 『トライキメラ!』

 

 『オク サイ ムカ カモン!! キメラキメラキメラ!!』

 

 

 紫のそれがドライバーへと装填されると、三体の巨大な生物の幻影が彼女の周りを取り巻いた。

 

「変身……」

 

 

 『スクランブル!!』

 

 淡い声でそう言い、スタンプを横へ倒す。

 すると、三体の生物は一斉に粒子化し、彼女の身体へ装甲を形成していく。

 

 

 『オクトパス! クロサイ! オオムカデ! カメンライダー ダイモン! ダイモン! ダイモン!』

 

 

 眩い閃光と共に誕生した、まるで“悪魔の王”かのような仮面ライダー――ダイモンは、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 

「くっ……変身!」

 

 『ディフォース!』

 

 変身し、直様応戦する。

 剣を振るうも、軽々受け止められ、反撃のパンチを数発貰い、ふっ飛ばされるディフォース。

 

「……どいつもこいつも変な奴だ……」

 

 『エターナルフェニックス!』

 

 ファルシオンが横入りし、何とかこちら側の優勢に持って来られたものの、油断をすれば、あっという間に逆転されてしまいそうな力の差がある。

 

 ダイモンの蹴りがディフォースをビルの外へ投げ出し、落下させる。

 飛翔させる暇も与えず、すかさず自ら飛び降りて、蹴りを加えて、落下を加速させてきた。

 

 コンクリートの地面を破砕したディフォースは、よろめきながらも立ち上がり、降り掛かってくるダイモンの攻撃を防ぐ。

 

 肉弾戦が駄目なら遠距離戦だと、距離を取ったディフォースは光弾を我武者羅に乱射した。

 

 

『オクトパスエッジ!』

 

 

 しかし、その全てが禍々しい色のマントによって打ち消され、突然現れた触手に拘束され、手痛い反撃を貰う。

 

「ごはっ……!!」

 

 口の中が鉄臭くなる。今のは、致命傷になりうる攻撃であった。

 

 荒々しく降ってきたファルシオン。着地と同時に奇襲の斬撃を叩き込み、そのままの勢いを保って、ダイモンへ連撃を繰り出していく。

 

 剣だけで無く、足裏や肘を活用し、乱暴ながらも高火力を叩き込んでいくファルシオン。変身者があの男だと、一目で分かる。

 

 

 『アタックエナジー……! スラッシュムーブ!』

 

 

 マゼンタの斬撃波を放ち、ダイモンの背を穿つ。間髪入れずもう一撃、今度はマントで打ち消されるも、反対側からファルシオンによる燃え盛る斬砕が炸裂。

 

 数の暴力には抗えず、次第にダイモンは追い込まれていった。

 

「んー……つまんない邪魔が入っちゃった。まぁいいや。時間稼ぎにはなったよね」

「時間……稼ぎ……?」

 

 ダイモンは両腕を広げ、ディフォースに向けてこういった。

 

「楽しかったよ、ありがとう。お礼として、私からも最高のショーをプレゼントするわね……うふふ……」

 

 紫の淡いオーロラに包み込まれ、ダイモンはその場から消え去った。

 

「……何が……起こるの……?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そこだけ別世界かのような、禍々しい装飾が施され、王の玉座が置かれた廃れたビルの屋上。

 

 玉座に座り、足を組んで広大で、平和な都市を見下ろすウォウス。

 

「さて……“争い”で満たしてやりましょう……フフフフフ……!」

 

 

 彼の手に握られた、厚めの黒いワンダーライドブックが、開かれた。

 

『ネクロノミコン!!』

 

 

 

 

 



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『燃える想い、未来に託して』

 

 戦闘を終えると、辺りは異様な静けさに支配された。

 よく周りを見渡してみれば、誰一人として人がいなかった。まだ昼下り。誰もが仕事に戻ったり、午後の活動に切り替えるために忙しくなる時期であるが。

 

「リキ。だ、大丈夫か?」

「へ……? え、えぇ……大丈夫です」

 

 焦って降りてきたセントが、何と心配してきた。戦って追い込まれた時すら、そんな一言を掛けられた事も無かったのに。彼が神妙な顔でそんな事を言うなんて、少し見直したりもするが、何だか不吉な予感も感じる。

 

 バハトは空を見上げて、鼻で笑った。

 

「汚い空になってきたな……」

 

 蒼く染まっている筈の大空は、灰色の暗雲により覆われ始めており、陽の光は遮断され、ぐつぐつと蠢く暗雲の中では、この大地をあっという間に湿らせる粒が形成されているのだろう。

 

 立つ鳥跡を濁さずという言葉があるが、あの女には似合わない。偶然かもしれないが。

 

「バハト……さん。貴方に、少し聞きたい事があって……」

「あぁ?」

 

 若干怖気づくも、正気を保って彼に勇気を振り絞り尋ねた。

 

「貴方は……どうして戦うんですか?」

「んなもん聞いてどうする」

「いいですから。教えてください」

 

 口角を引き攣らせ、無愛想な表情で口を開く。

 

「“世界を滅ぼす”ためさ」

 

 その言葉を聞いて、リキは目を見開く。

 

 まるで、怪人だ。ヒーローとは程遠い目的であった。

 

「なん……で?」

「この世から争いが消えないからさ。争いが消えず、“平和”なんざ訪れはしない。分かるか? お前」

 

 憤りに満ち、それでいて哀しみも伝わってくる怒号が響き渡った。

 ぽつり、ぽつりと、雨粒が道路に水玉模様を描いていく。

 

 立ち尽くすリキ、胸元を掻き毟って、鼻息を荒くするバハト。狂気に満ちた顔、と思うところだったが、今の彼にその表現は相応しくないといえる。

 

「誰もが幸せになる方法を、見つけたと思った矢先――争いが起こった……! 家族は死んでいった……!」

「争いが無くならない世界を消そうとした……! なのに……誰一人として俺の味方をしない……!」

「いっちょ前に正義を語るソードオブロゴスとかいう組織も、剣士も根絶やしにした……! そして……俺は千年、死ねない身体で生きてきた!! それでも世界は変わろうとしない!!」

 

 一斉に降り注いでくる、清らかな雨粒たち。次々と地面で弾けては、また降ってきて、冷たい飛沫を散らし続けた。

 二人は濡れる事も気にせず、向かい合って佇んでいた。

 彼女のロングヘアから、雫が滴ってゆく。

 

「……世界を滅ぼした後。何が残るんですか?」

「あァ……?」

 

 雨に溶け込む声で、彼女は囁いた。女性とは、髪型一つ変わるだけでかなり雰囲気が変わる。

 

「あなたにも……家族がいたんですよね。そうしたらきっと……楽しい思い出の一つや二つ、あるんではないですか?」

「もう、とうの前に忘れたさ!! 封印されていたあのときから!! 俺は――」

 

「私には……そんな記憶、何もないです」

 

 バハトの言葉は、リキの物により掻き消される。強まってくる雨音が、酷く、虚しく、鳴り響く。

 

「家族がいたかすらも分からない。自分がどうやってここまで育ったのかも……そんな状況で争いに見を投じているんです。私」

「あなたは……絶対忘れてなんかいないですよ。じゃないと、そんな憎しみ、生まれてこない」

 

 両手同士を強く握りしめる。また、何をされるか分からない恐怖が、僅かながらにあった。

 

「……」

 

 近づいてきたバハトが、渇望の眼差しで見つめて、手を伸ばしてくる。

 

 

「――」

 

 

 そして、誰かの名前を呼んだ。

 

 無銘剣を腰に挿して、彼女の横を通り過ぎていった。

 

 大雨の中消えてゆく彼の背中は、何処となく小さく見えた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 へくしょん、と彼女の小さなくしゃみが部屋中に木霊する。

 大量の雨粒は、人の体温を瞬く間に奪う事など造作でもないのだ。

 

 髪をうさぎのタオルで拭きながら、リキは鼻水を啜った。セントのコーヒーも、温かいというだけで飲めてしまう。

 

 そこら中濡らすからと、セントに着替えるよう促されたため脱衣所に向かった。

 廊下には次々染みができ、セントはため息を漏らしていた。

 

 脱衣所に着くや否や、びしょ濡れの服を脱ぎ捨てて下着姿となる。下まで湿っており、先程の行いを酷く悔やんだ。

 下着も着替え、服も少し遅いが心機一転してコーディネートを変えた。白い襟詰めシャツに、黒のパンツ。彼女のすらっとした風貌が際立つ服装だった。

 

 ふ、と。鏡に目が行った。

 

 そこには、髪を結んでいない自分がいる。

 

 バハトは、自分を見て、名前を呼んだ。よく聞き取れなかったが、確かに誰かの名を呼んだ。

 

(……やっぱり、あの人は忘れてなんかいないんだ)

 

 彼女の微笑みと同時に、残った雨粒が静かに頬を流れ落ちていく。

 

 髪を結び直し、リキは再び旅に戻った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 外に出てみれば、大雨の最中、街は地獄のような風景に変化していた。

 

「これ……は……」

 

 至る所から悲鳴が上がり、爆炎や黒煙が色鮮やかな風景を覆い尽くしていた。

 

 

 街を駆ける彼女は、絶句する。

 

 道行く人々が、大量のメギドに襲われて、次々と命を落としていた。

 

 生き残った者達は逃げ惑う。子連れも、老人も、若者も、誰もが逃げ惑った。

 

 母親とはぐれた子供が、道端で転んだ。

 それを見た母は、大声で、声が枯れ果てるまで助けを求めた。

 されど、誰も子を助けようとはしない。

 

 それどころか、道の真ん中に蹲る母親を蹴ったり押したり、我先に逃げようとする者ばかり。

 

 争い、争い、争い――。メギド、人間問わず、街は“争い”で満ちていた。

 

「どうしてこんな事に……」

 

 答えを知る暇もなく、彼女の目の前にサンショウウオに似たメギドが現れ、その場に押し倒される。

 

「ぐっ――あっ……!」

 

 骨をも砕けそうな力で地面に押し付けられるも、力を振り絞ってドライバーを装着し、カードを装填する。

 

 時空の歪みがメギドを後方へと吹き飛ばし、硝子の障壁を突き破って、建物内へとぶち込んだ。

 

「変……身」

 

 『フォースデザイア! ディフォース!』

 

 まだ相手は向かってくる気だった。

 

 建物から出ようとするメギドの顔面に拳を叩き込み、内部へと押し戻す。

 本棚から大量の本が崩れ落ちてゆき、メギドを襲う。

 本に気を取られたのが仇となり、ディフォースのエネルギー纏う、強烈な打撃がサンショウウオに似た不気味な顔面を砕いた。

 

 本の山に突っ込むメギド。起き上がらない隙を突き、必殺の体勢を整える。

 

 

 『フィニッシュ……! レディ?』

 

 

 ライドブッカーの刃へ、眩きマゼンタの輝きが宿り、巨大な剣のビジョンを作り出す。

 

 

 『ファイナルアタック! ディ ディ ディ ディフォース!』

 

 

 解き放たれたエネルギーは、斬撃の軌道を描いて突き進む。

 メギドに激突する寸前で粒子化し、奴をドーム状に包み込んだ。

 

 そして、音も、風圧も、塵すらも残さず、一瞬にして消滅させた。

 

「うっ……?!」

 

 身体に衝撃が走り、変身解除と同時に膝をつく。

 時折走るこれは、果たして何なのかは分からない。力の酷使は厳禁だという忠告なのだろうか。

 

「君……平気?」

 

 優しそうな男の声がし、身体を起こすと、側に立っていたのは、黒いハットを被った長身の男性だった。

 

「え……えぇ」

 

 彼の胸元をよく見ると、名前の書かれたプレートが下げられてある。

 

「……神山飛羽真……あの小説の……」

「あぁ。君も読者の人か……へへ、何だか嬉しいね」

 

 飛羽真は照れ臭そうに笑って、鼻下を指で擦った。

 

「街は酷い状況だね……」

「あなたは、ここで何を……?」

 

 リキは恐る恐る尋ねた。あのライダーの件があるからか、警戒心は強まっていた。

 

「サイン会だよ。『ロストメモリー』を読んだ人たちが、次々やってくるんだ」

「俺の物語を読んで、皆、楽しそうな顔をしていた。それが嬉しくてたまらないんだ。あぁ、俺はこのために物語を書いてるんだ、って感じられる」

 

 彼の顔は、誇らしげだった。

 

「……好きですか。あなたは、この世界が」

「あぁ。たまに締め切りとかは嫌にはなるけど、この世界には探せば素晴らしい物で溢れてる。その多くを、人が持っているんだ」

「人が……?」

「そう。人の“想い”は、未来さえも変えてしまうんだよ」

 

 小説家とは、やはり変人なのだろう。そこらの一般人が語る話とは規模が違う。

 だけれど、理屈は間違っていないような気がした。

 そう思えるのは、飛羽真がそこにいるからか。

 

 

 硝子を突き破り、本屋に侵入してくるは、一風変わった、黒鎧を纏ったような怪人。

 二対の剣を構えて、こちらに迫ってくる。

 

「神山さん、逃げてください。ここは私が」

「え……でもどうやって――」

 

 『フォースエナジー……!』

「変身……!」

 

 『フォースデザイア! ディフォース!』

 

 眼の前に現れた白き戦士に、飛羽真は驚愕し、瞳孔を丸くした。

 

 もっと下がるよう促し、ディフォースは迫りくる黒鎧に立ち向かった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 黒鎧のメギドらしき怪人は、気づかぬうちに四体に増えて、ディフォースを取り囲んでいた。

 

 炎や煙が立ち込める道路の真ん中で、四つの方角から繰り出される総攻撃に悶えていた。

 

(強い……! 他の怪人とは訳が違う……!)

 

 明らかに、先程までの敵とは比べ物にならないくらいの戦闘能力を有している。一体だけでもそう感じるのに、それが四体もいる。いくら多様な力を使えるディフォースといえど、この戦況を優勢へと覆すのは不可能であった。

 

 振り下ろされる鎌が肩を斬り裂き、頭上から迫る巨剣と戦斧が胸部を穿つ。――更に追撃、目にも留まらぬレイピアによる突撃が、白銀の装甲を幾多も貫いた。

 

 

 『アタックフォース……! スラッシュムーブ!』

 

 

 苦し紛れに放った斬撃破。

 しかしそれは、黒鎧の双剣へと吸収されてゆき、真っ赤なエネルギーへと変換されて跳ね返される。

 

 ――直撃は免れず、一瞬にして変身を解除された。

 

 道路に横たわれるリキ。口からは血が溢れ、肩や腹からの出血が多々見られた。もう、これ以上の戦闘は困難とも思える傷だ。

 

「素晴らしいですね……ファルシオンが滅ぼした四賢人の力……まさかディフォースの力までも把握しているとは……」

 

 彼女の嘲笑うようにやってくる、黒服の男――ウォウス。リキはその名を知ることはないが、彼は構わず口を開く。

 

「あなたがディフォースですね……どうです? この素晴らしい世界は」

「……あなたが……こんな事を……」

「えぇ。“争い”に満ちた、至高の世界……私が長らく待ち望んだものです……」

 

 ウォウスは血だらけの彼女を見やり、狂気の笑みを浮かべる。

 黒いローブをばさっ、と翻せば、彼の腰辺りに巻かれたバックルが顕となる。

 

「あなたが倒れた今こそ、計画の最終段階に移行するに、相応しい」

 

 

 『ネクロノミコン!!』

 

 『When the forbidden book was born This world is full of supreme conflicts!!』

 

 

 巨大な黒きライドブックが開かれる。

 

 雨も、風も、木霊していた悲鳴ですらも消え失せて、異様な空気のみがその空間を支配した。

 

 

 本が装填されると、奴の背後へ黒い靄が集中し、巨大な渦を作り出す。

 そこから、禍々しい何かの腕が伸びてきて、指を不気味に曲げた。

 

 

「変身……」

 

 

 バックルのボタンが押され、仮面の狂剣士の描かれたページが開かれる。

 

 

 『Open the Necronomicon! Fight! Fight! Fight! Kamenrider! Wowus!』

 

 

 渦から現れし異形の怪物達が、ウォウスの身体を覆い尽くし、やがて漆黒の装甲へと作り変えられていく。

 

 戦いに狂い、自我を失った気高き騎士かのような仮面の怪人――仮面ライダーウォウスが、そこに誕生してしまった。

 

「……!」

 

 何処からともなく降り立った不死鳥が、変身して間もないウォウスに対して斬撃を繰り出す。

 

 炎から姿を現したファルシオン。

 荒々しく剣使いで、黒鎧達であろうと難なく圧倒し、ウォウスへ手痛い一撃を叩き込んだ。

 

「む……いけませんね。これは一時撤退といきましょう」

 

 黒い霧と共に姿を消すウォウスと黒鎧達。

 

 変身を解除したファルシオンは、すぐに立ち去ろうとした。

 ――だが。

 

「ま、待って……!!」

 

 全身が痛むも、何とか立ち上がったリキはバハトを呼び止めた。

 目眩がして、足も震えてフラフラだったが、どうしても、彼の真意を聞きたかった。

 

「……あなたは……本当に世界を滅ぼしたいんですか?」

 

 こちらを睨むバハト。殺されてもいい。彼の――仮面ライダーファルシオンの、心の内を見ないといけなかった。

 

「そんなこと、本当は思ってないんじゃないんですか……?」

「黙れ!! 俺の千年を……おまえ如きに理解されてたまるか!!」

 

 リキはふらつく足取りで彼へと近づき、震える手をそっと握った。

 

「……あなたはきっと、怖いんですよ。人を信じる事が」

 

 淡く光る彼女のマゼンタの瞳。不思議な力さえ感じられる、綺麗な宝石のよう。

 

「大切な人を奪われて、誰も信用できなくなって……何千年経っても変わらない世界に失望して……だから世界を滅ぼしたい、って」

 

 瓦礫に埋もれた女性が叫ぶと、大勢の人が助けにやってきた。

 一斉に瓦礫を持ち上げ、彼女を救出すると、女性は泣きながら人々へ感謝を述べている。

 

「でも、よく世界を見てみてください。あなたが思うような、醜い人間ばかりではないですよ」

 

 バハトの手は冷たかった。それだからか、必死に想いを語る自分の手が、とても熱く感じられる。

 

「人の想いは強い。誰かを笑顔にもできるし、誰かを傷つける事もできる」

「それがある限りは……争いは無くならない」

 

 彼の口角がぴくり、と動いた気がした。けれど、反撃してくる様子は見られなかった。

 

「でも、人の想いが、平和な未来を作る事だって有り得るかもしれない……まだ、世界を滅ぼすには早いですよ」

「信じて……みませんか。人の想いを。これからの未来を。

それを守る為に“闘う”のも、悪くないと思いませんか。それでも、あなたの望んだ世界では無かったら、滅ぼしてしまえばいいんです」

 

 冷めた顔で彼女を見つめるバハトは、一体何を想っているのだろう。

 

 一切口を開かない彼の返答を、リキはずっとずっと、待ち続けた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 廃ビルの屋上で、ウォウスは高笑いを上げていた。

 召喚した、別世界の四賢人達を従え、街中に解き放って暴れさせている。警察や自衛隊と争い、人々を蹂躙する姿を見て、笑いが堪えられないのだ。

 

「素晴らしい……! 素晴らしいです……! これこそ私の望んだ争いの世界……! あの女には最高の礼を送らねばなりませんね……!」

 

 愉しんでいたウォウスは、背後に感じた気配に邪魔されて、機嫌を損ねた。

 

「またあなたですか……ディフォース。そんな身体では、ろくに戦えはしないのに」

 

 満身創痍のリキ。彼女の歩いてきた場所には、おびただしい数の血痕が残されていた。

 

 しかし、灼熱の不死鳥がそこへ降り立つ。

 

 戦う体勢を整えたバハトとリキ。

 ドライバーを装着し、各々の変身アイテムを構えた。

 

「無駄ですよ。あなた達といえど、この力には敵うことはない」

 

 リキの瞳に淡い光が宿る、彼女の口から放たれる言葉は、ウォウスと召喚された四賢人達へ向けられたもの。

 

「貴方は私達には敵わない。例え空っぽでも、虚無なる存在であっても、人である限り、人の想いが眠ってる。その想いは、簡単に覆せるものではない。

人であることを捨て、争いだけを望んだ貴方に、打ち破る事はできない」

 

「な……何なのだ! お前は一体!」

 

 そう聞かれ、リキはカードを前方に構えた。

 

「私はディフォース。全ての力を、我が物とする者」

 

 

 『フォースエナジー……!』

 

 『エターナルフェニックス!』

 

 

 炎が燃え上がり、時空の歪みは熱気に煽られその勢力を増す。

 

 

 『抜刀……!』

 

 

 静まり返った空間に響く、決意の叫び。

 

 

「変身」

「変身……!」

 

 

 『フォースデザイア! ディフォース!』

 

 『エターナルフェニックス!』

 

 

 眩い閃光が放たれ、焔の衝撃波がウォウスを襲った。

 焔が晴れる頃、そこに立っていたのは、二人の戦士であった。

 

 

 飛び出てきたカードを取ったディフォース。

 『HIDDEN』と刻まれたカードに、色が戻ってゆく。

 

 

 何も言わず、二人の怒号と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 四賢人達を斬り倒して、真っ先にウォウスの胸部へ斬撃を叩き込む二人。

 しかし、放たれた衝撃波により吹き飛ばされ、四賢人達との戦いを強制される。

 

(身体が……まずい……)

 

 取り出した新たなるカードを装填し、身体の痛みに悶えながらも、新たな力をその身に纏う。

 

 充満する時空の歪みは、めらめらと炎のように揺れ始め、漆黒の装甲を形成していった。

 

 

 『ヒドゥンエナジー……!』

 

 

 『ピースホープ! ファルシオン!』

 

 

 レバーを押し込めば、その装甲は白銀のボディへ溶け込むようにして装着され、灼熱の焔で彼女の身体を覆い尽くした。

 

 焔が装甲へと吸い込まれ、朱く輝いた。

 朱色を基調とした、西洋の鎧を彷彿とさせる装甲――『ファルシオンフォース』。

 

 身体の痛みが無くなった。この姿になったのが原因かは定かではないが、装甲と同時期に形成された剣『エンプティフォーサー』とライドブッカーの二刀流で、荒々しい剣捌きを繰り出した。

 

 ファルシオンの剣先が双剣使いの賢人によって回避されようと、すかさず、彼女の剣が奴の首筋を斬り裂き、足裏の衝撃が賢人を襲い、カウンターする隙すらも与えない。

 

 『必殺黙読破……!』

 

 『不死鳥無双斬り……!』

 

 焔を纏った三つの円の軌跡が四賢人達を蹴散らし、暗黒の渦へと葬り去った。まだ完全に倒した訳ではないだろうが、ウォウスとやり合うならば今が最大のチャンスだった。

 

「何と小賢しい!」

 

 

 『Necronomicon Reading!』

 

 『War incarnation!』

 

 

 ウォウスが本の力を拳に纏い、彼女らへ向けて指を鳴らせば、渦の中から無数の悍ましい存在が飛び出してきて、二人の戦士を襲う。

 

 しかし、振るわれた無銘剣の火炎が、その存在を焼き払った。

 

 塵となったそれを切り払いながら、ウォウスへと突進してゆく。

 

「ぐっ…!?」

 

 『Necronomicon Reading!』

 

 『Chatting with monsters!』

 

 真っ黒な渦が展開され、その中から現れた数々のメギドたちが、二人に迫りくる。

 

 ディフォースの握る無銘の剣に、鮮やかな焔が纏われる。剣を一振りするだけで、それに秘められた膨大なエネルギーと焔が反応を起こし、凄まじい爆発が巻き起こる。

 

 メギドは塵と化し、三人は廃ビルの外へと投げ出された。

 

 黒煙を間近に受けながら、ディフォースとファルシオン。二人の戦士は、顔を見合わせた。

 

「おのれ……おのれぇぇ!!」

 

 瓦礫や硝子が降り注ぐ最中、ウォウスは最後の力を振り絞って、ネクロノミコンの真なる能力を発揮させる。

 

 

 『Necronomicon Reading!』

 

 『Contract with forbidden!』

 

 

 黒い渦から現れた翼竜が、ウォウスの身体へと浸透していき、奴を化け物を体現するような姿へと変貌させる。

 

 漆黒の翼を羽ばたかせ滑空するウォウス。掌の間で作り出した闇の気弾が解き放たれると、辺りのビルが一斉に崩れていき、凄まじい力である事が伺えた。

 

 しかし、二人の戦士は怯まず、放たれた気弾を刃で受け止めて、その闇を掻き消した。

 

「なっ、何?!」

 

 

 『必殺黙読破……!』

 

 

 『フィニッシュ……! レディ?』

 

 

 彼女らの突き出された脚に、灼熱の焔が、渦を成しながら集まって、各々の足裏を限界まで強化する。

 

 逃げようとするウォウスの両翼を、二本の虚無なる剣が貫いて、崩壊させた。

 

 瓦礫や砂埃を吹き飛ばす程のエネルギーが充満し、その時空が、歪んだ。

 

 

 『不死鳥無双撃……!!』

 

 

 『ファイナルアタック! ファ ファ ファ ファルシオン!!』

 

 

 響き渡る二つの怒号。

 

 焔を纏いし足裏と、溺れるように藻掻くウォウスの胸部が激突し、空気をも、時空をも焼き焦がす豪炎が衝撃波となって解き放たれる。

 

 大地が揺るぐような凄まじい金属音が絶え間なく響きながら、二人の足蹴は、着々と奴の装甲を貫こうとしていた。

 

「ば、馬鹿な……! 私の……理想の世界が……そこにあるのに……!!」

 

「貴方の想いは、未来を作らない」

 

 そうディフォースが言い放つ。

 

 刹那――二つの人影が、一つの影を完全に貫いた。

 

 

 爆発する寸前で、形成された時空の歪みがウォウスを包み込んで、跡形もなく消し去った。

 

 

 

 戦士が着地すると、一斉に瓦礫の雨が降り注いだ。

 

 同時に、晴れてゆく空から、煌々とした輝きが降り注ぐ瓦礫の隙間を潜り抜けて、地面を照らす。

 

 この輝きを、誰もが待ち望んでいた事だろう。

 

 

 

 



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『次の世界は、』

 

「うぅ……痛いぃ……」

「そんな怪我してるのに無理するからでしょうが」

 

 頭や腕を包帯でぐるぐる巻きにされ、お腹にもかなりの面積のガーゼを貼られているリキ。

 ファルシオンフォースは、あくまで怪我の痛みを緩和するだけで、怪我が治る力は全くもってないらしい。力を過信しすぎるのは良くないと、早めに気がつけて良かった。

 

 セントの手が傷口に触れると、ソファに散らばる彼女の解けた髪が、より一層散らばった。

 

「というかさ、あの人とどうやって和解したの?」

「え……? バハトさんとですか?」

 

 リキはしばらく考え込むと、苦い笑いを浮かべる。

 戦いが終わった後、バハトは何も言わず立ち去ろうとした。

 けれど、戦いの反動で髪が解けて、倒れそうになったリキを、不思議な事に抱きかかえて受け止めた。

 髪の解けた彼女を、何とも言えない表情で散々見つめた後、無言のまま立ち去っていた。

 

 立ち去るとき、少し笑っていた気がしたが、意識が朦朧としていた為に、勘違いかもしれない。

 

「あのー……私、大二さんの時もそうだったんですけど、どうやったのか覚えてなくて……」

「でも、あの人はただ人が信用できなくなっていただけだったと思います! 根は悪い人ではないんです!」

「ふーん。あっそう」 

 

 興味なさげなセントは、彼女の手当てした傷口を軽く叩く。情けない声が漏れ、嘲笑うようにして捲れた服を元に戻した。

 

「ひどい……」

「君が面白いのがいけないんだ」

 

 リキはゆっくりと起き上がり、ソファに思い切りもたれかかった。

 

「……セントさん」

「ん?」

 

 少し俯いて、儚い声でそう呟いた。聞こえないように言ったつもりだが、思ったよりも地獄耳だった。

 

「その……今日、色々と言い争いましたよね」

「……あぁ。そんな気がする」

 

 リキはセントの方を向いて、頭を下げた。

 突然の出来事に、彼も驚きを隠せない様子であった。

 

「ごめんなさい。私、少し焦ってて。セントさんの事、何も考えてませんでした」

 

 そう言い切ってから顔を上げると、リキはぎこちない笑顔を浮かべた。セントはそれが面白かったのか、吹き出す。

 

「あー! 私の顔見て笑いましたね!」

「ふふっ、いやいや」

 

「少し可愛くって」

 

 セントが、何気ない顔でそんな事を口走った。

 

 彼女の頬が、ほんのりと赤くなって、咄嗟にソファの背もたれへと顔を埋めた。

 

 

 その瞬間、額縁がカチッ、と音を鳴らして、中身の絵を変えた。

 

 

 青空を背景とした、無数のカラフルなUSBメモリらしきデバイスがばら撒かれた絵。

 その中央には、まるで、メモリの王たらん存在とでも言わんばかりに、真っ白な『E』メモリが描かれてあった。

 

 窓から入ってきた風が、異常なまでに冷たく、地獄のような悪寒が全身に走った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ざざぁん、と堤防を強く打ち付ける波の音が響いている、人里離れた古い波止場。

 

 そこに座り込む青年がいた。

 

 潮風で靡く、短く揃えられた茶髪。まん丸い夕日を写している、翠の綺麗な瞳。黒いパーカーを羽織り、チェック柄の襟詰めシャツに黒のパンツというコーディネート。

 

 彼の背中にはどんな嵐をも凌げそうな、鋼鉄の巨大な“盾”が下げられている。その中心には、翡翠色に輝く円盤が埋め込まれていた。

 

「……行くか」

 

 手元で弄んでいたカードを、ぎゅっ、と握る。

 

 そのカードには『DETECT』と記されてあった。

 

 

 

 



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エターナルの世界
『Aの侵略/ディテクト参上』


ここからがハイライトだ!


 

 朝、ソファで寝呆けていたリキは、何やら美味しそうな匂いに鼻を刺激され、反射的に目が覚めた。

 まともな食事など、ここ最近食べていないからか、もはや本能で動いているまである。焦げ焦げの卵焼きはもう勘弁であった。

 

「セントさん……? またお料理焦がしてませんか?」

「焦がしてない――というか、この前のあれは君が作ったんだろう」

 

 誤魔化しか真実か、どちらか定かではないが、とにかくこの前の焦げた卵焼きは最悪だったのである。

 

 リキは起き上がって、ダイニングテーブルの方へ足を運んだ。すると、そこに広がっていたのは、驚きの光景であった。

 

 テーブルに並べられた、豪華な食事。白米に、味噌汁、そして綺麗な色の卵焼きに焼き鮭。

 とてもセントが作ったとは思えないし、自分が無意識に作ったものとも考えられない。

 

「食べていいぞ」

 

 ふと聞こえた、セントにしては優しい声音。

 

 台所の方から、一人の青年が出てくる。

 

 短く整った茶髪に、美しい碧眼。青いエプロンを付けている事から、この料理は彼が作ったと見ていい――というか、一体全体、この男は何者なのだろうか、という疑問が押し上げてくる。

 

「あっ、あの……あなたは?」

「俺は恵風(けいぶ)マモルだ」

「いや……その、名前を聞いているのではなくて……」

 

 マモルはエプロンを外しながら、彼女を椅子へと座らせる。鼻へ入り込んでくるいい匂いが、リキの空腹を促進させた。

 

「まずは食べてからだ」

 

 渋々箸を持ったリキは、何が何だか分からなぬまま、卵焼きを一切れ摘んだ。

 

「い……いただきます」

 

 恐る恐る口へと運び、数回咀嚼する。

 

「……美味しい……」

 

 その卵焼きは、噛んだ瞬間、甘みが口いっぱいに広がり、ふわふわな食感でたまらぬ食べ心地であった。

 

「そうか。良かった。君も食べるといい」

「俺も? なら遠慮なく」

 

 セントもすっ飛んできて椅子に座り、卵焼きを頬張った。

 

「……そうだ。俺は誰かって話だったな」

 

 美味しく料理を食べる姿を見て、微笑んでいたマモルは、表情をキリッとさせて話を戻してくる。

 

「俺も仮面ライダーだ。世界を巡る、お前と同じような」

「……え?」

 

 リキの手が止まる。

 

「君はディフォースなんだろう? 少し……知ってる事を教えてほしいんだ」

 

 そう言い放つマモルの瞳は、恐ろしく冷ややかであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 紫のオーロラから一人の男が姿を現す。

 

 薄気味悪い地下駐車場は、不気味なまでの静けさで満たされている。

 

 喉に張り付く凍てついた空気が、吐き気を促す程に気持ち悪い。

 

「汚れた街だな……風都とやらは」

 

 真っ黒で小綺麗なスーツで身を包んだ男。その背中には『Ω』の文字が刻まれてある。

 

「俺が正してやる。まずはこれを使わせる奴を探すとするか」

 

 男――HCN(エシーヌ)は、懐から歪な風貌のUSBメモリを取り出す。

 

『アルカディア!』

 

 Aの文字が刻まれたメモリは、静けさに満ちたその空間で、しゃがれた声を響かせる。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「記憶が……ない?」

 

 外に出たリキ達は、巨大な風車がよく見える高台にある休憩所らしき場所にいた。

 何度も風が行ったり来たりして、リキの髪を激しく躍らせる。

 

「うん……ディフォースとか、そのマモルくんが言うオメガダイナミクスとか、何なのかいまいちよく分からなくて」

「……そうか。なら聞くのは無駄だな……」

 

 マモルは唇を噛み締めながらぼそりと呟く。

 

「君はさ、ディフォースと同じ力を持ってるわけ?」

 

 ベンチに寝転がるセントが、偉そうな態度で彼にそう聞いた。

 背中に背負った、翠の綺麗な円盤が嵌め込まれている巨大な盾をコンコン、と叩いてからマモルは言う。

 

「似たような物だが……ディフォースが“力を消去する”役割なのに対し、俺は“世界を保護する”役割だ」

「はぁ……」

 

 聞いた割には興味なさそうに、セントは起き上がってふらふらと車道へと出た。

 

「ああっ、あぶないですよセントさん!」

 

 彼女の声も虚しく、キキィーっと大きな音を立てて一台の車がセントを避け、大きく道を外れて建物へ激突した。

 

 リキは慌ててセントに駆け寄り、車の運転手の事を考えて混乱状態に陥る。

 

 ひとまず車の方へ向かい、扉を開けて中の様子を伺った。

 

「すいません!! 大丈夫――」

 

 ぬっ、と顔を出したのは、運転手ではなく――ゴキブリ。

 

「きゃぁぁぁっ!!」

 

 あまりに突然の出来事に、リキは今までにないような大声で絶叫し、尻もちをついた。

 

 車の中から、血まみれのゴキブリが飛び出してくる。

 人型のゴキブリ。キチキチと口を鳴らし、触角をぴくんぴくん震わせながら、辺りを見渡している。

 

「か、怪人……?」

 

 リキはすぐに立ち、ドライバーを装着しようとしたが、マモルが眼の前に立ち塞がったために手を止めた。

 

「君は休むんだ。ここは俺に任せろ」

「でも……」

 

 マモルは盾を地面に突き刺す。弾け飛ぶコンクリートの欠片が、ゴキブリ――コックローチドーパントに当たって相手を自然と挑発する。

 

 腰のケースから一枚のカードを取り出し、“ディテクトドライバー”の円盤へ翳す。

 

 

 『プロテクトパワー……!』

 

 

 彼女(ディフォース)のより高い声が響き、カードはドライバーの中へと装填された。

 

 上空の空間を裂いて出現した、巨大な球体のビジョンが彼の周りを縦横無尽に飛び回る。コックローチをも吹き飛ばしながら。

 

「変身」

 

 固く握りしめた拳で、ドライバーの円盤を力強く押し込む。

 

 

 『ディサイド!!』

 

 

 『プロテクション! ディテクト!』

 

 

 円盤から放出された翡翠色の稲妻が、バラバラになった球体の破片を彼の元へと呼び寄せ、それで身体を覆わせ、装甲を形成させていく。

 

 青緑の複眼がカッ、と輝き、変身完了の合図を知らせた。

 

 重厚感溢れる、緑がかった銀の装甲。その隙間から見え隠れする碧く光り輝く脈は、身体を巡るエネルギーの印。

 戦車を彷彿とさせるその見た目のライダーは――ディテクト。世界を保護し、保つ者。

 

「うばっしゃぁぁ!!」

 

 羽をブルルと言わせ飛びかかってくるドーパント。

 

 その胸部へ強烈な拳を浴びせ、墜落した所へ追撃として踵を落とす。

 

 上がってくる頭を蹴り飛ばし、攻撃する隙を与えなかった。

 

 コックローチが地面で蹲っている中、ケースから一枚のカードを取り出すディテクト。そのカードに刻まれている文字は『BADGUY』

 

「力試しといこう」

 

 

 『バッドガイパワー……!』

 

 

 パーカーのような金属の塊が幽霊のように辺りを飛び回り、コックローチを激しくふっとばす。

 

 

 『アイムバッド! ダークゴースト!』

 

 

 やがて稲妻によって引き寄せられ、金属のパーカーは装甲として彼の身体に纏わりついた。

 

 仮面ライダーディテクト ダークゴーストパワー。既に彼は、強化形態を取得していたのだ。

 

 向かってくる怪人の胸部を、盾の縁を忙しく回転する刃で斬り裂く。

 紫のエネルギーを纏わせ再度斬りつけ、足蹴を叩き込む。

 

 人差し指と中指を合わせてピン、と立て、念を込めるようにその手を前へ突きだす。

 

 ディテクトの背後から、空間を切り裂いて現れた金属の色とりどりのパーカー達がコックローチを翻弄し、大ダメージを与える。

 

「終わりにしよう」

 

 通常形態に戻り、必殺技の準備を開始する。

 

 

 『パワー……! チャージ……!』

 

 

 カードを翳すと、円盤から溢れんばかりのエネルギーが稲妻を迸らせながら、ディテクトの身体へと流れ込んでくる。

 

 次第にそのエネルギーは脚部へ集中し、輝かしい閃光が空気を切り裂いた。

 

 盾を敵へ投げつけると、翡翠色の稲妻で敵を拘束し、身動きをできない状態へと陥れる。

 

 

 『ファイナルアタック! ディ ディ ディ ディテクト!』

 

 

 雄々しき雄叫びと共に、ディテクトの強烈な回し飛び蹴りがコックローチの首筋へと直撃する。

 

 脚のエネルギーと、敵を拘束する稲妻の粒子が凄まじい反応を起こし、大爆発を引き起こして、コックローチを塵も残さないくらいに粉砕した。

 

 USBメモリが飛び出てきて、リキの手元へ飛んできて、彼女の掌の上ででパリン、と割れる。

 

「……ひっ、ひぃぃ! 許してくれ、仮面ライダー!!」

「……仮面ライダー?」

 

 盾を背中に背負い、変身を解除したマモルは、コックローチドーパントに変身していたであろう男に詰め寄った。

 

「知っている事を教えろ」

「ひぃぃぃ!! お、俺は拾っただけだ!! このメモリは拾っただけなんだよぉぉ!!」

「……そうか」

 

 男を突き放したマモルは、そうだけ言って去ろうとした。

 

 サイレンを鳴り響かせやってくる二台のパトカーに包囲された男は、絶望の顔を浮かばせた。

 

「お前がドーパントだな。現行犯逮捕だ」

「なぁ? 言ったろ照井。犯人は車を使って悪さをしてる……って」

 

 パトカーから降りてきた赤い男と帽子の男がドーパントを捕らえ、マモルとその隣に駆け寄ってきたリキを見つめた。

 

「あのおまわりさん。これ……」

「壊れたメモリ……まさか、あなた達が仮面ライダーですか?」

「はい……?」

 

 リキは首を傾げた。

 

「これは失敬。私は超常犯罪捜査課の照井竜です」

「私立探偵の左翔太郎です、綺麗なお嬢さん」

 

 翔太郎がリキに近づき、身体を触ろうとした時、彼の手首をマモルが掴んだ。

 

「って!!」

「……触るな」

「い、痛い痛い! 分かった、分かった!」

 

 解放された翔太郎は帽子を直しながら、恥ずかしそうにパトカーへと戻っていく。

 

「ガイアメモリがばら撒かれまして……こちらも往生しています。今後とも、ご協力の程を宜しくお願いします」

「あ、あの――」

 

 何かを聞こうとしたリキの口を、マモルが塞いだ。

 

「はい。こちらこそ」

 

 マモルはそう言ってから、竜を見送った。

 

 パトカーが去っていくのを見守りながら、リキはマモルに尋ねる。

 

「どうして止めたの?」

「……この街の仮面ライダーは、きっとアレの事を知った上で人助けをしてるんだろう。陰ながら戦う正義のヒーロー……そのイメージを、崩す訳にはいかないだろう?」

 

 彼の真意はいまいち分からない。ただ、その優しげな表情から、その言葉は嘘偽りないものなのだと確信できた。

 

 

 



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