転生したら、Vtuberのダミーヘッドマイクだったんだけど質問ある? (折本装置)
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第一章 Debut
プロローグ 生前の記憶


 いつから、こんなことになったのか。

 どうして、こんなことになったのか。

 私にはまるで思い出せない。

 ただ、生きる意味が見いだせない。

 

 

 

 大学を卒業して、戦場に等しい就職活動を潜り抜けて、たどり着いた就職先は。

 控えめに言っても地獄だった。

 

 

 残業は当たり前。

 ただし、表向きは残業していない。

 全員定時退社したことになっている。

 タイムカードというシステムがあるのだが、ご丁寧に私の勤めている会社は一人残らず定時で上がっていることになっている。

 上司が一括で押してくれている、といえばその異常性が伝わるだろうか。

 結局のところ、情報システムというものはデジタル部分はともかくアナログ的な改ざんには対応できない。

 ハッキングを防ぐことは出来ても、上司が勝手に部下のIDを使用することをセキュリティで防ぐことは出来ないのだ。

 

 

 つまるところ、表向きはともかく残業するのが当然となっている。

 したがって、給金も発生しない。

 だがそうしないと、仕事が終わらない。

 

 

 毎日朝から朝まで働いて、もらえる給料はまだこれならフリーターとして一日中バイトしていた方がましなのではないかと思える程度の額。

 物価は上がるのに給料は一向に増えないから生活が楽にならない。

 いや、多少給料が上がったところで意味はない。

 時間や心の余裕がない以上、家と職場を往復する――時には往復できないことすらある――生活に色はない。

 そのほかにも、精神論、天引き、法則が変わる、名ばかりの管理職、パワハラ、休憩禁止、笑顔じゃないと出勤登録できないシステム、居眠りしかけた社員に冷風を浴びせるシステムなどなど枚挙にいとまがない。

 灰色の学生生活、という言葉があるが、私の社会人になってからの生活は灰一色である。

 

 

 

 仕事内容も、一言で言えばクソだ。

 顧客は従業員を人間だと認識していない。

 無論、毎分毎秒トラブルが発生しているわけではない。

 何も起きなければ、特にクレームが来ることもない。

 逆に言おう。少しでも不備があれば、獣同然に吠え立てる。

 彼らを見ているとまだ、生気を失った同僚や、生気があったことが信じられないレベルの上司の方がまともに思えてくるのだから不思議なレベルだ。

 

 

 残業や連勤が続き時間がまともに取れなくなったことや、体力的な余裕がなくなったことで家族や友人とも何時しか疎遠になってしまっていた。

 以前は楽しんでいたゲームや漫画も精神が疲弊していくにしたがって楽しむことができなくなっていった。

 いつしか、私の楽しみは動画視聴サイトで見られる動画に集約していった。

 私が動画視聴をやめずにいたのは漫画などと異なり、受動的な娯楽だったからだろう。

 SNSに近い感覚かもしれない。

 そういえば、SNSなども最近やっていない。

 ログインIDを忘れてしまい、そのままログインできなくなってしまったのだ。

 そういったこともまた、友人と疎遠になった一因でもあるかもしれない。

 

 

「今日は、久々に早く終わったなあ」

 

 

 と言っても、現在の時刻は十二時である。

 体感ではなく、スマートフォンで確認しているので間違いない。

 おっと、イヤホンがずれたな。

 まあ、戻すのも面倒だし、別にいいか。

 一般的に見れば深夜であり、普通の人間ならもうすでに寝るべき時間でもある。

 このまま帰って、明日もまた五時起きである。

 いやもう今日か。

 

 

「あれ、ここって……」

 

 

 気づいた。

 ここ、家の最寄り駅じゃない。

 寝過ごして、随分と家から離れた駅についてしまったようだ。

 これでは、帰宅できるのは何時ごろになるのか。

 そして、明日は朝何時に出勤だったっけか。

 

 

 

「ハ、ハ、ハハハハハハ」

 

 

 壊れた機械のように、笑い声が漏れる。

 もはや、涙さえ枯れて笑いしか出てこないのだ。

 疲れて、椅子にへたり込む。

 

 

 

「生きたくないなあ」

 

 

 ぽつりとそんな言葉が漏れる。

 そんな言葉が漏れるくらいには、私は追い詰められていたのだろう。

 だからと言って、死ぬつもりは毛頭ない。

 いや、違うな。

 もう、死のうとする気力すら残っていないだけか。

 どこで間違えたのだろうか。

 一体何をしてしまったのだろうか。

 何かをすれば、変えられたのだろうか。

 企業に、上司に、あるいは社会に。

 強者に踏みにじられ、搾取され、もはや私の中には何も残っていない。

 あと何年、こんな地獄を生きればいい?

 私にできるのは、死神が私を連れて行ってくれないと祈ることだけだ。

 

 

「……死神?」

 

 

 椅子に座っている彼の横に、黒っぽい人影が見えた。

 死神だろうか。

 いや違う。

 ただの人だ。

 こんな時間だというのに、駅構内には私以外にも一人の人間がいた。

 紺色のブレザーに、チェック柄のスカートというスタンダードな女子の制服。

 このあたりでよく見かける、高校の制服だ。

 死神だと思ったら、その実ただの女子高生だった。

 

 

 

 高校生が出歩くにはもうずいぶんと遅いような気がしたが、まあ私が高校生であったのはもう十年ほど前の話だ。

 時代が変わったのかもしれないと、回っていない頭が益体もないことを考える。

 あるいは、条例違反なのかもしれないが、気にすることじゃない。

 いわゆる青春と言える、数少ない希望の時代。

 少しくらい、羽目を外したって罰は当たらないだろう。

 そのまま見なかったことにしつつ、家に帰るために駅を出ようとして、ふと私は気づいて足を止めた。

 

 

「……なるほどね」

 

 

 私自身に生きる気力がなくなっていたからなのか、私には彼女が同類であると認識できた。

 あくまで勘でしかないが、なんとなくわかる。

 パワハラ三昧の職場で生きてきたからか、相手の顔も髪で隠れていて見えないのに、なんとなくわかるのだ。

 生きる気力も希望も持たない、潰れて踏まれて、壊れた弱者。

 私の同類だ。

 しかし、疑問は残る。

 

 

「夜遊びじゃないのか……?」

 

 

 どう考えても、遊んで楽しかったことの余韻に浸っているという様子ではない。

 しかし、こんな夜遅くに出歩く理由が私には夜遊び以外に思いつかなかった。

 止まっていた彼女が動き出したのだ。

 

 

「おい、待て」 

 

 

 次の瞬間、私は自分の考えが間違っていたことを悟った。

 彼女は、線路に向かってふらふらと進み始めた。

 若さゆえか、彼女には、わずかながら私より気力があるということかもしれなかった。

 

 

「……それは、ダメだろ」

 

 

 ただし、生きる気力ではなく、死ぬための気力が。

 理解した。

 彼女は、電車に飛び込んで死ぬために、この時間に、ここまで来たのだ。

 

 

 駅によっては、ホームドアという自殺者を防ぐ便利な代物があったりもする。

 が、少なくともこの駅についてはそんなことはなかった。

 加えて、駅員などもいない。

 駅員がいる時間帯ではないし、あまり大きな駅でもないから元々無人なのかもしれない。

 

 

 だから、私が行くしかなかった。

 足に力を込めて、体の向きを百八十度転換し、再び彼女の方を向く。

 おぼつかない足取りの彼女に追いついて。

 

 

「待って!待って待って待って!」

「っ!」

 

 

 私は、とっさに彼女の腕をつかんで引き留めていた。

 彼女は、線路に飛び降りる寸前のところで立ち止まる。

 ぐい、と腕を引っ張るとあっさりと彼女の動きを止めることができた。

 そしてそのまま、彼女の顔が再び見える。

 

 

 彼女の顔は、濡れていた。

 双眸からあふれる涙が、彼女の顔を濡らしていた。

 それをぬぐうでもなく、

 彼女の目つきは、死んでいた。

 そして、その目には、同じく死んだ目をした男の顔が反射していた。

 

 

 どうして。

 自分は生きているのだろう。

 生きていて、何の意味があるのだろう。

 わからない。

 疲れた。糖分と睡眠が足りていない。

 

 

「あ、れ?」

「え?」

 

 ぐらり、と体がふらついた。

 めまいがする。

 視界がにじんで、歪む。

 

 

「――」

 

 

 彼女が、何事か言っているような気がする。

 何を言っているのかは聞き取れない。

 気のせいかもしれない。

 元々、疲労がたまると耳鳴りがして聴覚が機能しなくなるのは何度もあったことだ。

 ただ、それ以外の感覚はまだ残っている。

 体が、痛みを訴えている。

 自分の体が、どこかに落ちたことがわかる。

 金属のレールと、茶色と灰色の石が敷き詰められた空間。

 線路の上である。

 そして、私のいる線路が、何かに照らされて光る。

 何かは、電車だった。

 私も出勤でよく使う、ありふれたもの。

 それが、巨大な質量の塊となって私に向かってきていた。

 

 

「最後まで、巨大な物に踏みつけられて終わるのか」

 

 

 そんな私の言葉が、口から洩れていたのか心にとどまっていたのかはわからない。

 疲労がたたったのか、意識がもうろうとしてきていたから。

 

 

 

 死の間際に、私には誰かの悲鳴が聞こえたような気がした。




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第一話『転生したらダミーヘッドマイクだった』

「――べ」

 

 

 意識が覚醒する。

 不思議と、頭はすっきりしている。

 ここ最近、寝ても疲れが取れることなどなかったのに。

 睡眠時間がまるで取れていないこともそうだったが、それ以前に眠りが浅くなっていたためまともに休めたことが就職してから一度もなかった。

 だが、今は意識がクリアな気がする。

 頭や首のあたりに常にあった疲労感が全くない。

 内面を考察しながら、外界にも私の意識は向いていた。

 複数人が会話をしているらしいことが感じ取れる。

 多分、それらの声で起きたんだろうという推測もできる。

 

 

「さっさと組み立てろよ。お嬢様がお帰りになる前に」

「あの、これどこにどうやって接続すればいいんですか?」

「うん、ああそれはこうするんだよ」

「急いでくださいね。お嬢様がご帰宅なさる前に終わらせなくては」

 

 

 何事か、聞こえる。

 誰かが、話をしている。

 声の主はおそらく、全員女性だろうか。

 日本語で話しているゆえに言葉の意味は分かるが、何の話をしているのかはまるで理解できない。

 何が起こっているのかさっぱりわからないが、とりあえず五感を使って周りの状況を探るのが最優先だ。

 臭いはわからない。

 味覚もない。

 なんなら、そもそも口が開かない。

 一体何がどうなっているのだろうか。

 ただ、音だけは聞こえる。

 目は見えるだろうか。

 

 

『…………』

 

 目を開けること、目で物を見て捉えること。

 それを意識する。

 すると、ゆっくりと視界が開けた。

 漫画によくある、意識を失ったキャラクターがめざめた時のように、薄い視界が徐々に戻ってきた。

 その時、奇妙な感覚を覚えた。いや覚えなかったというべきか。

 目を開けたのは事実なのだが、どうにも瞼を開けた感覚がない。

 視界が広がったので間違いなく目を開けたのだが、皮膚が動いて目を開けたという実感がないという意味だ。

 奇妙なことだが、触覚が存在していない。

 付け加えれば、ドライアイ特有の目がじりじりと焼け付く感覚がない。

 もともとそういう傾向があったのだが、社会人になってから、特にひどくなった。

 正直、仕事の内容を抜きにしても画面を見るのが苦痛になってしまうほどには酷かった。

 が、今はそれが全くない。

 痛覚や触覚がなくなったのだろうかと推察できる。

 あまり医学については詳しくないのだが、麻酔を打てばそういう感覚もなくなるのかもしれない。

 

 

 おそらく、私は転落したが、運良く死ななかったのだろうか。

 しかし、大怪我をして麻酔を打たざるを得ない状況になったのではないかと推測ができる。

 そもそも、電車に轢かれずとも、ホームから転落すれば怪我をすることだってあるだろう。

 金属のレールと、石ころの上に落下するのだ。

 死ぬことはまずなくとも、骨折くらいはよくあることかもしれない。

 ともかく、意識があるということはまだ生きているということだ。

 死後の世界や、生まれ変わりなど存在するわけがないのだから。

 

 

『――あれ?』

 

 

 そこまで思考を回してようやく、私は眼前の光景に気付く。

 そこにいたのは三人のメイド。

 メイド喫茶やコスプレで見るようなミニスカメイドではなく、むしろシックなロングスカートのメイドさん。

 三人とも落ち着いた雰囲気を身にまとっており、コスプレの類でない本職のメイドさんだとわかる。

 まあただの勘なのだが。

 しかし、この二十一世紀にまだメイドという存在がいるのだろうか。

 私には、想像もつかない世界であるということだけは確かである。

 

 

 彼女たちは相談しながら何かをいじっている。

 よく見れば、コードのようなものを手に持っている。

 医療器材か何かだろうか。

 いや、だとしてもメイドさんがそういったものを触っているのだろうか。

 せめてナースではなかろうか。

 もしかして彼女たちは看護師で、メイド服に見えるのは制服だったりするのだろうか。

 

 

『ここはどこ?』

 

 

 私の視界に入っているものは、当然メイドさんだけではない。

 例えば、派手で、高級そうな柄の絨毯。

 例えば、落ちたら人を叩き潰せるであろうと思われるほどの大きさのシャンデリア。

 例えば、スイートルームにありそうなほどに巨大な、アニメで見る貴族が使うような天蓋付きのベッド。

 例えば、何十のドレスが、靴が、女性用の衣服が飾られたクローゼット。

 そして、そういった家具を決してギリギリではなく余裕をもって入れられる巨大すぎる部屋。

 端的に言えば、アニメの王侯貴族が使うような部屋である。

 この部屋が何なのかはわからないが、一つだけ言えることがある。

 間違ってもここは、病室ではない。

 訳が分からない。

 

 

 

「設置完了ですね」

「お疲れさまです」

「お疲れ様」

 

 

 どうやら一仕事終えたらしいメイドさん達は、満足げな顔で互いに労いの言葉を掛け合っている。

 一人のメイドさんと目が合った。

 いやあったのというのは、気のせいなのだろう。

 たまたま、私の目線と彼女の目線がかち合っただけに過ぎない。

 彼女の瞳には、私の肉体が映っているはずだ。

 そのはずだった。

 

 

 実際には、彼女の瞳に私の体は(・・・・)映っていなかった。

 人の体は、身に着けているはずの服が、二十余年慣れ親しんだ顔はそこにはなかった。

 代わりに、全く異なるものが映っていた。

 

 

『……何これ?』

 

 

 何これ、というのはそれが何か知らないゆえの疑問、ではない。

 私はそれを知識として知っている。

 ただ、それを実際に見たことはないし、触れたこともない。

 何より、私を見ているはずの彼女の眼の中に映っているということが受け入れられなかった。

 ソレ(・・)が私であるということが、受け入れられなくて、受け入れたくなくて。

 それ故の、拒絶が言葉になって漏れてしまったというだけの話。

 

 

 それは、人ではないし、生物でもない。

 黒い、プラスチックでできた頭部。

 眼球も髪もない、モアイ像のような顔面。

 しかし、耳だけは本物に近い形状をしている。

 首から下には、長さを変えられる支柱がついている。

 それは所謂、ダミーヘッドマイク(・・・・・・・・・)だった。

 

 

 ……私、ダミーヘッドマイクになってる?




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第二話『私の死神』

本日二話目です。
まだの方は前話からどうぞ。


 ダミーヘッドマイクとは、ASMR配信などに使われるマイクだ。

 立体音響というものがある。

 特殊な環境や機材、奥行きも含めて音を録音するマイクを使い、マイクを通じてその音声を聞いている人たちに、まるで実際に聞いている者自身がそこで聴いているかのようなリアリティを得ることができるのである。

 そんな立体音響にて使われる、奥行きまで図れる特殊な機材こそが、このダミーヘッドマイク。

 耳と耳の距離、頭部の形状による音の響き方。

 それらを物理的に再現することによって、よりクオリティの高いASMRなどが実現される。

 

 

 そんなものが、私と目を合わせている女性の瞳に移っている。

 そして、彼女の瞳には人間の体は映っていない。

 ここから推測できることは、何か。

 

 

『生まれ変わってる……?』

 

 

 結論を言おう。

 私は、いつの間にかダミーヘッドマイクに転生していたらしい。

 

 

『いや、何で?』

 

 

 私の言葉に答えるものは誰もいなかった。

 メイドさんたちは、機材の設定を終えて、立ったまま静止していた。

 まるで、私の言葉が耳に入っていないかのように。

 その姿も様になっている。

 

 

『いやいや、本当に人生とはわからないなあ。いや、人生ではないのか』

 

 

 どうもあまり実感がないが、私の人生はもうすでに終わったらしい。

 朧気だった記憶がはっきりしてきた。

 疲れた頭で、駅に座り込み自分の人生を悲観していたこと。

 その時、自分と同じく人生につかれたような顔をしていた女子高生を見かけたこと。

 その女子高生が、彼とは違ってまだ死ぬ勇気が残っていたこと。

 それは止めなくてはというエゴで、彼女の腕をつかんで引き留めたこと。

 イヤホンがとれたこと。

 引っ張ったとき、彼女の泣き顔が見えたこと。

 その直後、意識や感覚が不鮮明になり、おそらくは線路の上に転落したこと。

 そして、電車に轢かれて死んだこと。

 

 

 そして死んだ後に、どうやら、転生というものをしたらしいこと。

 私は理解し、納得した。

 いや、そもそもこれは転生なのだろうか。

 異世界で他人に生まれ変わってチートを……というのはよくあるパターンだったような気がするがそもそも生物ではない物体に意識が乗り移った場合それを転生と言ってもよいのだろうか。

 むしろ、それは憑依であるような気がする。

 付喪神という方が適切かもしれない。

 長年使われたものに、意識が宿るという妖怪だ。

 まあ、このマイクが長年使いこまれているのかどうかは知らない。

 でも今機材を設定されているんだから、新品だと思う。

 そう考えると、付喪神というのも不適切か。

 

 

 

 あるいは、リビングアーマーとかそういうタイプが近いかもしれない。

 死後、死者の魂が鎧に宿り動き出すモンスターである。

 死者の魂が宿っているのは間違いないから、これが一番近いかな。

 私の場合、マイクだし、動けもしないけれど。

 なんなら、声を誰かに届かせることもできないみたいだ。

 いや、声は出せるんだけど、出しているつもりになっているだけらしい。

 スピーカーとしての機構はこのマイクには存在していないから、仕方がないかもしれない。

 いずれにせよ、生まれ変わりというのは違和感がある。

 でもよく考えると、ネット小説においては無機物への憑依も転生と呼んでいたような気がする。

 ネットにアクセスできないので検証のしようがないが。

 手がないとアクセスも何もあったものじゃないからね。

 あくまでも私の頭の中限定ではあるが、ここでは転生という概念でまとめることにしよう。

 わからないことを、いつまでも考えたってどうにもならないではないか。

 一旦結論をまとめて思考を終わらせるのは大事だ。

 報告が出来なくなる。

 

『まあそう思ったところで、結局誰かに共有できるわけでもないからどうでもいいんだけどね』

 

 

 先程から何回か、言葉を発しているが、その言葉はメイドさんたちには届いていない。

 大声で叫んでみたりしたが、彼女たちは先ほどから微動だにせず入口の方を向いて立っている。

 因みに、口を開くことを意識すると声は出せる。

 他者には、少なくともメイドさん達には声が届かないようだが、思考を纏めることはできる。

 それに、他の方法での干渉もできない。

 

 

 たまに、無機物転生で物を念動力で動かしたりしている話があったが、そういうことはないらしい。

 残念だ。

 

 

『さて、感情の整理を……』

 

 

 ダミーヘッドマイクという、わけのわからないものに生まれ変わったわけだが。

 当然私の気持ちはぐちゃぐちゃであり、言語化による整理整頓が必須だと考えた。

 私は、この転生をどう思っているのか?

 

 

『いや、最高だね』

 

 

 労働もない。

 残業もない。

 奨学金の返済もない。

 何にも縛られることなく、ぼんやりと生きていける。いや、もちろんもうすでに生物ではないけど。

 無論他者との交流を図ることは出来ないが、私の人生において他者との交流はパワハラだったりクレームだったりととにもかくにもマイナスが大きすぎた。

 だから今更誰ともかかわれなくても、別にどうでもいい。

 人に虐げられない、踏みつけられない、自由な第二の生を手に入れたのだから。

 

 

『こう考えると、あの『死神』さんには感謝しかないなあ』

 

 

 気分が高揚して、つい独り言ちる。

 あの女子高生当人はそんな意図は微塵もなかったはずだが、結果的には万々歳だ。

 ……そういえば、結局あの子は無事だったんだろうか。

 今となってはもう確かめるすべなど一切ないが、それでも生きていてくれたら私は嬉しい。

 まあ、ただの感想なのだが。

 

 

 

 おや、お嬢様とやらがお帰りか。

 おそらく、このマイクを使う人だろうか。

 配信者とかかな。

 あるいはネット声優かもしれない。

 それにしても、お嬢様、ね。

 クリエイターやエンターテイナーなどといった、そういう不安定な仕事を成功させるには、実家が太いことが必須であるという記事をどこかで読んだ。

 使用人を最低で三人、あるいはもっと多いのか。

 それだけ雇えるような人間が、裕福ではないはずがない。

 そのお嬢様とやらの顔も知らないが、正直羨ましいと感じてしまう。

 世の中には、明白な強者と弱者、その二種類だけが存在する。

 私のような、踏まれすり潰されるだけの弱者がいる。

 上司や社長のように、何もせずに胡坐をかいているだけで生きていけるような生まれながらの強者もいる。

 そしてこの理不尽な世界で、弱者が強者に這い上がるのはほぼ不可能だ。

 逆はままあることらしいが。

 そして、私の持ち主は間違いなく強者の側だ。

 それも、生まれながらの絶対的強者。

 私のように、奨学金とブラック労働に潰された弱者とは真逆。

 一体どんな面構えなのか。

 

 

 ドアが、ドラマでよく見るお屋敷のそれ並みに大きな扉がゆっくりと開き始める。

 三人のメイドが、あわてて移動する。

 ドアの方を、ドアの向こうにいる主人の方に体を向け、お辞儀をして待機する。

 その所作は堂に入っており、異世界に迷い込んだのではないと思うほどで、つい見とれてしまった。

 それからぎい、とドアが動く音で正気に戻された。

 最初に目に入ったのは、ロマンスグレーの執事だった。

 どうやら、彼がドアを開けたらしい。

 そして、一人の人物が姿を現す。

 「お嬢様」、とやらはどんな人物であろうか。

 よもや、テンプレートの金髪縦ロールではあるまい。

 そんな派手な人物、コスプレ以外で存在しないだろう。

 さて、開いたドアから入ってきた人物に視線を向けて。

 

 

『……は?』

 

 

 私は、理解できなかった。理解不能に陥った。

 マイクになっていることを知った時より、死んだことに気付いた時より、転生したことを理解した時より、はるかに大きな動揺が私を包んだ。

 

 

 私は、この屋敷にはいったことはない。

 それは断言できる。

 そして使用人たちにも見覚えは断じてない。

 だが、一つだけ見覚えのあるものが、存在する。

 

 

 黒く、切り揃えられた艶やかなボブカットの髪。

 紺を基調とした、ブレザーとミニスカート。

 黒く上品な靴と、ニーソックスの隙間からは絶対領域が垣間見える。

 手は白く、細く、今にも壊れてしまいそうで。

 目はとても大きく、鼻は小ぶりで唇が薄いがゆえに余計にそれが際立つ。

 目の前の少女に、「お嬢様」に、私は会ったことがある(・・・・・・・・)

 彼女は、私が最期(・・)にあった人物。

 私の目の前で、自殺しようとしていた少女ーー私の死神だった。

 




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第三話『気づいた彼女』

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「「「おかえりなさいませ、お嬢様」」」

 

 

 メイド三人が、恭しくお辞儀したまま彼女を出迎える。

 彼女はメイド三人をちらりと一瞥して、口を開く。

 

 

「ありがとう。もう機材の設定はできてる?」

 

 

 彼女の声を、私は初めて聞いた。

 あの時、彼女は一言も発さなかったから。

 いや、もしかしたら線路に落ちた時に何か言っていた可能性はあるが、どのみち聞こえていなかったので関係ない。

 彼女の声は所謂、萌え声というやつだ。

 音程としては高いが、聞き苦しいほど甲高いわけではない。

 むしろ、透き通っていて、聞き取りやすい。

 癒される声だと思う。

 それでいて、少しだけかすれている。

 ハスキーボイスと言うのだろうか。

 まるで、アニメのキャラクターが、そのまま話しているかのような声であった。

 それこそ、こんな声で耳元で囁かれたら最高だろうな。

 私が彼女の声に対して癒されている一方で、彼女たちとメイドさんとの会話は進んでいた。

 

 

「はい、完成しております。すでにいつでも、お嬢様はパソコンの電源を入れさえすれば配信が開始できる状態となっております」

「それは上々ね。ありがとう」

「いえ、仕事ですから」

 

 

 メイドさんたちからは感情が読み取れない。

 意図して、感情を消して接しようとしている様に見えた。

 まあ、ただの勘なのだが。

 ともかく、感情というものを見せずに仕事をする姿は、まさにプロだ。

 そういう人は信頼できる。

 

 

 世の中には、直接的にはそうでなくても、不機嫌さを全面的に押し出してくる輩もいるからな。

 アンタのことだぞ、生前務めていた職場の社長。

 部下からすれば、アンタの休日の釣果とかゴルフのスコアなんて関係ないんだからな?

 後直属の上司もひどかった。

 不機嫌さを露骨に表に出して、部下をコントロールしようとするタイプ。

 フキハラっていうんだったっけ?

 何でもかんでもハラスメント呼ばわりするのもどうかと思うが、あんなのただのパワハラでしかないもんね。

 閑話休題。

 

 

 いつのまにか、彼女が、じっとこちらをつまりマイクやパソコンがある方を見ていた。

 最初は、これから彼女自身が恐らく使うであろう機材が気になるのだろうか、と思ったがどうもそんな風には見えない。

 

 

「ところで、なんだけど、さっき誰か変な声出さなかった?」

「……変な声、ですか?私には何も聞こえませんでしたが」

「……いえ、なんでもないわ。気のせいだったみたい」

 

 

 彼女は、きょろきょろと見まわしていたが、気のせいだと判断したようだ。

 もしかして、声聞こえてたりするんだろうか。

 一瞬、ぎくりとしてしまった。

 まさかね。

 だって、ついさっきまで何試しても反応なかったからね?

 出せる限りの全力で叫んだはずなのに、メイドさんたちガン無視どころかきづいてもいなかったからね。

 なので、私が発しているはずの声は人の耳には入っていないと解釈できるはずだ。

 というか、よくよく考えるとそれでいい。

 そのほうが都合がいい。

 厳密に言えば、マイクの中に私という人格が存在しているとばれてはいけない。

 理由は明白だ。

 

 

(処分されるかもしれない。それはまずい)

 

 

 ごく普通の一般的な配信者や声優が、マイクに人の人格が存在すると知ったら、どうするだろうか。

 有難がるだろうが、はたまた珍しがるだろうか。

 あるいは、無関心を貫けるであろうか。

 否、断じて否である。

 なぜなら、誰かの精神が宿ったマイクというのは、言うまでもなく不良品(・・・)だからである。

 マイクというのは彼らにとっての商売道具。料理人にとっての包丁であり、軍人にとっての銃である。

 当然、仕事道具が壊れていては話にならない。

 私が不良品だとバレたら返品、あるいは廃棄されるのが道理だ。

 ゆえに、バレてはいけない。

 

 

 しかし、不思議なものだ。

 生前は、自分の命に、生に何の興味も執着もなかったはずなのに。

 転生後、まだ一日もたっていないはずなのに自分が廃棄されることを恐れている。

 まあ、奨学金の返済も、ブラック労働もないのだから当然の話ではあるかもしれない。

 自分の心をすり潰していた苦境から解放され、完全に生まれ変わることができたのだ。

 だからこそ、慎重にならなくてはいけない。

 

 

 三人のメイドが一斉に礼をする。

 少女は、学生カバンをメイドさんの一人に渡した。

 メイドさんは、そのかばんを恭しく受け取った。

 

 

「あとはもう、下がっていいわよ。夕食の時間になったら呼んでちょうだい」

「かしこまりました」

 

 

 

 メイドさんたちは、学生かばんを持って部屋を出ていった。

 彼女は、ドアが閉まるのを見届けると、意気揚々と机に向かってゲーミングチェアに座り込んだ。

 私は机に乗せられているので、非常に距離が近い。

 視界を下に向けるとわかるのだが、私は勉強机の上に置かれている状態だ。

 多分だけど、私の後ろにはパソコンやらなんやらがあると思われる。

 そして、私のすぐ手前には彼女が座っている黒を基調としたゲーミングチェアが置かれていた。

 他が、貴族の部屋みたいな家具ばっかりだから違和感がすごいな。

 そういえばマイクや機材を準備しているあたり彼女は、配信者なのだろうか。まあ、そうだろうな。

 機材を人に設置してもらっていたようなので、あまり彼女自身は機材に強くないのだろうということは容易に想像できる。

 というかわざわざ機械を設置しようとしてるあたり、彼女はこれから配信者としてデビューするとかなのだろうか。

 いやまあ、私は配信というものについてはちゃんとわかっているわけではないのだけれど。

 動画配信サイトというプラットフォームを用いて、パソコンを使って配信を行うという程度の知識しかない。

 だから、機材の設定をしているのであろうメイドさんたちを見ても何をしているのかはさっぱりわからなかったしね。

 

 

 

 彼女は、すっくと立ち上がると機材とは別の場所に足を進めた。

 茶色の、大きなクローゼット。

 それを開けて、私服を取り出した。

 何をしようとしているのか、誰でもわかる。

 制服を脱ぎ、私服に着替えるつもりかだろうな。

 ……あれ?

 

 

 いや、ちょっと待って。

 ここで着替えるのか。

 いや、それ自体は何らおかしなことではない。

 ここは彼女の部屋で、ここには彼女しかいない。そういう前提で考えれば、誰だってそうする。

 私が彼女の立場でもそうするだろう。

 それが普通の感覚だ。

 だが、今この状況は普通ではないのである。

 一人の女子高生と、中身成人男性のダミーヘッドマイクが存在している状況である。

 ……ちょっと何言ってるかわからないな。

 とにもかくにも、この状況はまずい。

 目を閉じたいんだが、なぜか閉じることができない。

 ああ、視界もうまく動かせない。首が動かせない以上、視界の動かせる範囲も制限がつく。

 まだ、この体に慣れていないからか。

 そもそも瞼もないのにどうやって目を閉じるのだろうか。

 いや本当にどうしたらいい?

 もちろん、彼女は私に見られているなどとは思ってもいまい。

 いや、それはダメだ。

 私の心が納得できない。

 仕方がない。

 できればバレたくなかったし、そもそも声が届くのかもわからないが、やるだけやってみよう。

 

 

『あの、ちょっとここで脱ぐのはやめていただけませんでしょうか……』

「え?」

『え?』

 

 

 返答があった。

 まじですか。

 なんと、私の声が聞こえているらしい。

 メイドさんたちにはまるで聞こえていなかったというのに。

 彼女は、きょろきょろとあたりを見回している。

 瞳には、困惑と警戒の感情は滲んでいるように見えた。

 ああ、なるほどそうか。

 声がするのはわかったけれど、どこから声が聞こえているのかがわからないのか。

 彼女からすれば、誰もいないはずの部屋から誰かわからない声が聞こえてきたわけで、警戒もするだろう。

 

 

「気のせいかな?」

『いやあの、気のせいではないです』

「……どこから喋ってるの?」

『えっと、ここです。ダミーヘッドマイクです。ダミーヘッドマイクが、しゃべってます』

「……はあ?」

 

 

 少女は、服を脱ぎかけた状態のまま、すっとんきょうな声を上げた。

 ああうん、そういうリアクションになるのは大変よくわかります。

 私も、彼女の立場だったら全く同じ気持ちだと思うので。

 私の頭は、さてどうやって私のことを目の前の少女に説明するべきかというプレゼンの内容を考え始めていた。

 着替えを覗く、最低男にならなくてよかったなという安堵と、これからどうなるんだろうという不安を感じながら。

 

 




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第四話『彼女の名前は』

本日二話目です。まだの方は前話もよろしくお願いします。

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 机の上に置かれた私を前に、ゲーミングチェアに座った少女が向かい合っている。

 この状態、結構顔が近いな、とどうでもいいことを私は考えた。

 脱ぎかけていた服を正しており、膝に手を置いた状態で背筋をピンと伸ばした状態で。

 彼女の顔つきは、険しい。

 表情から感情を勘で判断するなら、困惑と疑問と恐怖といったところだろうか。

 無理もないけどね。

 いきなりマイクがしゃべりだしたら、それはそんな反応にもなる。

 とはいえ、冷静に思考できる状態でもあるだろうと考えた。

 騒いだり誰かを呼びつけたりしていないのが、私の話を聞く意思があるということだ。

 

 

 そう考えたので、私が自分が持っている限りの情報を、偽りなく伝えた。

 それが最善だと思ったから。

 私の話が終わるまで、彼女はほぼ黙っていた。

 そして話が終わると、口を開いた。

 

 

「……つまり、あれかな。君は、元々人間で、死んだ後に生まれ変わってマイクに転生したと?」

『そうですね』

「それで、さっきから私に声をかけていたと?」

『ええ、そうですね。メイドさんたちにも声掛けを何度も行っていたのですが、聞こえなかったようで』

「私が着替えようとしたところで、さすがにまずいと思って呼びかけたら、私が反応してくれたと?」

『ええ、そうです。完璧に理解してくださってますね』

 

 

 凄いな。

 私の話が完璧に伝わっている。

 と、彼女は急にぶるぶると震え出して、叫んだ。

 

 

「いやそんなわけあるかあ!どこのなろう系だよ!」

『いやでも、実際に起こっていることですからね。こうして会話も成り立っていますし』

「……それは、そうだよね」

 

 

 先程までいたメイドさんたちには声が全く届かなかったのだが、どういうわけか、彼女だけは私の声が聞こえるらしい。

 このダミーヘッドマイクの機械としての機能はあくまでも集音であってスピーカーの役割はない。

 なぜ彼女だけが私と意思疎通ができるのかはわからない。 

 よくあるのが、子供だけに認識できるというパターンだ。

 妖怪とか妖精とかは子供だけが認識できるというパターンがある。

 あるいは、私が生前に関わったことのある人だけ(・・・・・・・・・・・・・・・)が声を聞けるのかもしれない。

 

 

『それにしても、よく聞き取れますよね』

「君の声のこと?そういえば、どうして氷室さんたちは聞こえなかったのかな、はっきり聞こえてくるのに」

『そうなんですか?』

 

 

 あまり、声を張っているわけではないんだけど。

 今の彼女の言い方だと、まるで聞こえない方が不自然な気がする。

 どう聴こえているのだろうか。

 彼女に、尋ねてみると。

 

 

「なんというか、独特なんだよね」

『と言いますと?』

「耳から入ってくるというより、頭の中に直接響いてくるというか」

『そうなんですか?』

 

 

 もしかすると、本当に声を出しているわけではないのかもしれない。

 所謂テレパシーを発しているだけなのかも。

 

 

「テレパシー、かあ。言われてみればそんな気がする。まあそもそも口ないしね」

『なんかあっさり受け入れますね』

「まあ、ダミーヘッドマイクがしゃべってるのは事実だしね」

 

 

 受け入れてくれるなら、その方がありがたいんだけどね。

 まあ目の前で起きていることだから受け入れるしかないのかもしれない。

 

 

「それで、どうするの?」

『どうする、とは?』

「君は、結局のところこれからどうしたいのかなと思って。生まれ変わって何かしたいことはないのかなと。それこそ前世の心残りとかさ」

『あー』

 

 

 そうか。

 そう見えるのか。

 まあ確かに幽霊みたいなもんだからね。

 この世に何かしら未練が残っているわけでもないんだけど。

 仕事で摩耗されていた精神が完全に解放されたので、自由だ。

 しいて言うなら、奨学金返済の残りを父親に押し付けることになったことが心残りだろうか。

 まあでも、あの人には結構バイト代とかも抜かれてたし両成敗だと思ってもらおう。

 奨学金の保証人になってくれてたのも、バイト代を献上するのが条件だったしね。

 

 

『いや、特にないですね。むしろ、正直このままマイクとしてここで生活を続けたいんですが』

「……そうなの?」

『ええ、本当に未練とかはないです。大切な人も、いませんし、生前での心残りも特にありません』

「そっか、じゃあ私と同じだね」

『…………そうですね』

 

 

 彼女が自殺未遂をしたことを、私が知っていてはおかしいので適当にごまかしておいた。

 

 

『貴方さえよければここに置いていただきたいんですが、廃棄されたらもう生まれ変われない可能性が高いですし』

「いやいや、別に捨てたりはしないって」

『それはよかったです。不良品とか言われたらどうしようかと』

「霊魂が宿ってるものを不良品だからって廃棄したらそれこそ祟られそうなんだよね」

『まあそれはそうかもしれませんね』

「…………」

『冗談ですよ?』

 

 

 本当にそんなつもりはないので、そんなに距離を取らないで欲しい。

 というかその椅子、キャスター付きだったんだね。

 絨毯が痛むからやめて差し上げろ。

 

 

「ところで君の名前は何て言うの?」

『唐突ですね』

「いやまあ、君が人であることが分かった以上、名前くらいは聞きたいなあと」

『ええとですね』

 

 

 一応、流石に生前の名前は憶えている。

 だが、それを言いたくはなかった。

 理由は二つある。

 一つは、せっかく生まれ変わったというのに、生前の名前や記憶をいつまでも引きずるのも嫌だったから。

 生前の、夢も希望もないブラック企業社員としての記憶をもう保持しておきたくないのである。

 生まれ変わった以上、生まれ変わった気持ちでいたいのだよ。悪いか。

 もう一つは、目の前の彼女のことだ。

 以前のように、彼女は自殺をしようとは思っていないように見える。

 少なくとも、目は死んでいない。

 もし、彼女が私の名前を万が一知っていたらどうだろうか。

 例えば、私の名前というのが電車に轢かれたということでどこかに。

 彼女が、それを思い出してしまうかもしれない。

 思い出したくもないであろうことを、思い出させてしまうかもしれない。

 というか、私たぶんこの子の前で肉塊になってるんだよね。本当にそれは申し訳ないと思う。

 ただの不注意だったからな。

 始末書書かなきゃ……ああもう書かなくていいんだっけ。

 何よりも、彼女は今夢と未来に向けて動こうとしている。

 今日セットしたばかりの私自身を見れば明白だ。

 だから、彼女自身の過去に目を向けさせるようなことはしたくなかった。

 

 

『名乗るような名前は特にありません。君、とでも呼んでくれればいいですよ』

「なんか浮気者みたいだね」

『いやいや別に、恋人とかいたこともないですし』

「ああ、ふーん。そうなんだ」

『それはともかくとして、貴方の名前も教えていただけますか?』

「ああ、うん、そうだったね」

 

 

 彼女は、器用に椅子を足で押して、離していた距離を一気に詰めてきた。

 足元にすごい高そうな絨毯があるから、やめた方がいいと思うんだけどな、その移動方法。

 いやなんというか、以前接待で使わされた、高級ホテルにあった奴とよく似てるんだよね。

 ……経費で落ちなかったら、即死だった。

 

 

「私は早音文乃と言います。現役女子高生、そして――」

 

 

 少しだけ、声色が変わる。

 雰囲気が変わる。

 ごく普通の女子高生であるはずの彼女が、まるで別人に成り代わったように。

 たまに、見ることがある。

 優れたものには、オーラが宿る。

 いわゆる天才と言われる、ほんの一握りの強者だけが持つもの。

 芸能界などでは、売れっ子のタレントや俳優が必ず持っているといわれるもの。

 成功者が成功し、強者が強者である所以。

 それを今、彼女もまた発揮していた。

 まばゆい程のオーラを放ち、彼女は。

 

 

「新人Vtuber、永眠(ながねむ)しろだ。改めて、よろしく頼むよ」

 

 

 彼女が持っている、もう一つの名を告げた。

 




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第五話『Vtuber永眠しろ』

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『Vtuber、ですか』

 

 

 まあ予想はついていたが、なるほど確かに。

 こんなマイクや機材を使う時点で、職業は限られる。

 そして、Vtuberはその限られた職業に含まれる。

 彼女は、何を勘違いしたのか私に問いかけてきた。

 

 

「あ、もしかして知らないの?生前はそういうの見てなかった人?」

『いや、まあ知ってはいるんですけど。普通に見てもいましたし』

「そうなんだ」

 

 

 むしろ、私が死ぬ直前はそう言ったものばかり見ていた。

 Vtuberとは、バーチャルユーチューバーの略称である。

 おおまかに言えば、架空のキャラクターになり切って動画投稿や配信をする者達のことを指している。

 活動方針や活動形態が人によってさまざまであるため、しっかりと定義できないのだがまあ大まかにそれで間違ってはいない。

 アニメや漫画同様、サブカルチャーに分類されるコンテンツの一つだ。

 もともとそういうサブカルチャーが好きだった私は、その派生でVtuberをよく観ていた。

 Vtuberというコンテンツはキャラクターになり切るという性質上、アニメオタクたちには受け入れやすいものだった。

 いうなれば、一人一人がアニメの主人公になるようなものだからね。

 動画サイトを開けばいいから、いつでも見れるというのも気楽だし。

 そんなわけで、Vtuberという文化自体はなじみがあるものだったが。

 

 

『ただ、Vtuberに直接会ったのは初めてでしたので』

「あー、まあそうだよね。私も私以外のVtuberを実際に見たことはないし」

 

 

 Vtuberは数多くデビューしており、既にその数は一万を超えている。

 そう考えると、私が知らないだけで実は出会っていた可能性もあるな。

 一万に一人以上、と考えれば私が今まで関わってきた人の中にもう一人くらいいてもおかしくはない。

 まあ、それはいいや。

 出会っていようがいまいが、知らないのだから同じことだし興味もない。

 

 

「そういえば、君が亡くなったのって結構最近?Vtuberを知ってるってことは」

『ああ、まあそうですね。ちなみに今って何年の何月ですか?』

 

 

 Vtuberとはここ数年で誕生した文化であり、つまり私がそれを知っているということは、私が死んだのがここ最近であるということを示している。

 少なくとも、戦国時代や大正時代に死んだわけではない。

 ぼろを出したくなかったので、質問を質問で返すという失礼な発言をしてしまったが、文乃さんは嫌な顔一つせず私に言われたとおりに今日の日付を教えてくれた。

 どうやら、私が電車に轢きつぶされた時から、半年ほど経過しているらしい。

 私が死んだのが冬。確か二月だったかなと記憶している。

 で、今はその翌年の夏ーー八月だそうだ。

 私が彼女と生前かかわりがあったことを知られたくなかったので、私は少しぼやかして伝えることにした。

 

 

『それだと一年、の少し前ってところですかね』

 

 

 実際は一年の半分くらいなのだが、これで彼女は十か月や十一か月くらいなのだろうと思うはずだ。

 私と彼女の生前の関係は、できれば、いや絶対に彼女には知られたくない。

 知られてはいけないと思うから。

 

 

『というか、随分生前のことを気にしますね。別にいいんですけど』

 

 

 正直、良くない。

 全然良くない。

 うっかり口を滑らそうものなら、彼女の心にどのような影響が出るのか予想がつかない。

 今のところ、自殺しそうな様子は見て取れないが、何かをきっかけに再燃しないともいえない。

 それが私が想定しうる限り最悪のケースで、それだけは避けないといけない。

 

 

「いやうーん、私は死について、深く考えていた時期があってね?」

『……なるほど』

 

 

 はい、知ってます。

 それはもう、この目ではっきりとあなたの意思と、その結果何をしようとしたかを見ましたので。

 などと言えるはずもなく、私は曖昧な返事をした。

 

 

「まあ、別に死のうとか、今思ってるわけじゃないんだけどね、生きる目的もちゃんとあるわけだし」

『それはよかったです』

 

 本当に良かった。

 

 

「ただ、気になってるんだよ。もし、人が死んだらどうなるんだろうって」

 

 

 つまり、文乃さんは重ねているのだ。

 死ぬところだった彼女自身と、死ぬことになった私とを。

 私は、彼女には今と未来を生きて欲しいと思っている。

 それは、私のように目の前の少女になって欲しくないという後悔を押し付けているだけなのかもしれない。

 けれど、それが私の偽りない本心で。

 だから、私は思ったことを素直に答えた。

 

 

『えっと、正直、わかりません。私だけが特別なのか、こういう生まれ変わりが日常的に起こっているのかは知りません。それは、貴方が精いっぱい生き抜いてから知ればいいと思います』

 

 

 私には、出来なかったことだから。

 出来るはずもなかったことだから。

 空気が重いな。

 ……話題を変えるか。

 

 

『ところで、貴方もVtuberってことなんですよね?』

「うん?うーん、さっきはああ言ったけど、ちょっと違うかもしれない」

『と、言いますと?』

 

 

 てっきりVtuberの話をしだしたから、ついでにいえば新人Vtuberを名乗るくらいだから、彼女もVtuberなのかと思っていたがのだが違うのだろうか。

 というかさっき感じたオーラは勘違いだったのだろうか。

 

 

「私は、まだVtuberじゃない。これからデビューするんだ」

『ああ、なるほど。新人って言ってましたもんね。それで機材を買いそろえたんですね

「そうなの。で、明日デビュー予定なの」

『明日……』

 

 

 彼女は、スマートフォンを取り出すと、SNSのアプリアイコンを開いて私に見せてきた。

 そこには、一枚のキャラクターの立ち絵が表示されている。

 

 

 

『これが、貴方ですか?』

「そう、この子が、私。永眠しろだよ」

『おお……』

 

 

 ボブカットの白い髪、それとは対照的なゴシックロリータファッションとブレザーを組み合わせたような服。

 眼は、赤と緑のオッドアイであり、胸部装甲はかなり分厚いがそれに対して身長はそれほど高くないように見える。

 背中に背負っている巨大な死神の鎌(デスサイズ)と合わせてみると、それがより際立っている。

 見た目の年齢は、十五歳くらいだろうか。

 文乃さんと変わりがない。

 少女の可愛らしさと、死神のような暗い雰囲気を同時にたたえたキャラクターである。

 

 

『鎌、を背負ってるんですか?』

「彼女は、死神系女子高生Vtuberだからね」

『それで、ブレザーになっているんですね』

「そうなんだよ、私がブレザーが好きだからね」

 

 

 つまり、この見た目は完全に彼女の趣味と判断できる。

 

 

『いい趣味してますね!』

「だろう!」

 

 

 こういう中二っぽいデザインは結構私的には好みである。

 マイクとしてではあるが、そうか。

 私は、この子の活動に寄与できるのだな。 

 悪くないじゃないか。

 

 

 ◇

 

 

 永眠しろのデザインについて二人で大いに盛り上がりながら、私は辺りの状況をおおむね把握していた。 

 私以外にも、視界を操作すると、パソコンや、スタンドマイクも見える。

 背後にあるものも、文乃さんのきれいな眼球の反射を介せば見ることができる。

 新しい発見だったな。

 なるほど。

 というか、このパソコンすごいな。

 画面が四つもある。

 配信者特有のものなのかもしれない。

 それはともかく、聞かねばならないこともあるな。

 

 

 

『そういえば、マイクを買って、翌日にデビューなんですか?』

「う、うん。一応動作確認はするけど。SNSとかU-TUBEのアカウントはもうすでに作っているんだ」

 

 

 動作確認って何をするんだろうか。

 機材が実際に機能するのかどうかの確認かということかな?

 というかもしかして、うまく作動しなかったら私が捨てられる可能性もあるのでは?

 焼却炉にて溶けるまで焼かれるのか、あるいは埋め立てられて国土の拡大に貢献するのか。

 埋立地が多すぎて、香川県がワースト一位になったんだよね。

 正直、大阪府の方々はワースト一位でなくなったことに対してどう思っているのだろうか。

 いやまあ、どうでもいいか。

 

 

「U-TUBEにはね、限定公開というシステムがあって、リンクを貼っていないと見れないという特殊な配信があるんだ」

『ああ、そうなんですか』

 

 

 私は、U-TUBEという動画視聴サイトを利用していたが、それはあくまで一視聴者としての話である。

 配信者、動画投稿者側の視点に立って物事を考えることは当たり前だが、全くなかった。

 なので、そういう投稿者側としてのシステムは理解してない。

 

 

『限定公開って何の意味があるんですか?』

「本来の用途は、身内だけで動画を公開することらしいよ。家族とか親戚とか、友人同士で共有するんだって」

『ああ、そういうことですか』

 

 

 友人や親戚同士でのグループチャットに、動画を乗せるようなものか。

 

 

「君も見ていくかい?私のリハーサル配信を」

『いいんですか?』

「いいとも。そもそも、配信者が配信を見たいといわれて喜ばないわけがないじゃないか」

『まあそれもそうですね。じゃあ、特等席で見せてもらいますよ』

「了解」

『いやあの、待って待って』

 

 

 そういって、彼女は身を乗り出して、パソコンを操作し始めた。

 ……距離が近いんだよなあ。

 真剣な顔を間近で見ると、それを指摘するのもはばかられたので、じっと耐えるしかなかった。

 まあ、配信とかのことを考えると慣れなくてはいけないんだろうけど。

 




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第六話『リハーサル、そしてリハーサル』

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 角度的に配信画面が見えないだろうからと言って、彼女は私を回してくれた。

 マイクなので、かなり重いはずだったが、彼女でも持ち運ぶことができたようだった。

 いや、そもそも人の頭部もかなり重いんだっけと思い出した。

 むしろ、あちこちスカスカな分だけ(マイク)の方が軽いかもしれない。

 マイクの正確な重量なんて知らないからね。

 

 

 今更気づいたが、私は彼女に触れられているのに何も感じない。

 触られているということを、感知できなかった。

 それは、当然だ。

 今の私は、ダミーヘッドマイク。

 機械の体に触覚はない。

 いや、それでいえば視覚や聴覚があることもおかしな話ではあるのだが、そこだけは例外ということなのだろう。

 因みに、嗅覚もない。

 空気の匂いも、女子特有のにおいなども感じていない。

 付け加えれば、熱い寒いなども感じていない。

 多分だが味覚もないだろう。

 視覚と聴覚だけが、今の私のすべてである。

 

 

「ええと、これでいいのかな」

 

 

 Vtuberはモーションキャプチャと呼ばれるカメラで演者の動きを認識して、それに応じてキャラクターの顔や体が動くという仕組みである。

 瞬きや身じろぎさえも再現するゆえに、視聴者たちは本当にキャラクターが存在しているような錯覚させるというコンテンツである。

 

 

 彼女のパソコンの画面を見る。

 どうやら、デスクトップパソコンに画面が四つ付いているようだ。

 普段配信を観ている時はまるで気づかなかったが、なるほど確かにコメントや配信画面、はてはゲームの画面などを管理するには一枚では足りないということだろう。

 あるいは、四枚では足りないという人もいるかもしれない。

 

 

 その四枚のうち、一枚の画面の中に、一人の少女がいた。

 といっても、いわゆる実写ではなくイラストによってできた一人のキャラクターである。

 文乃さんと同じ、ボブカットの小柄な少女。

 また、はっとするほど透き通るような白い肌や、大きな黒い瞳も共通である。

 デザインの原型は、どうやらリアルでの彼女に近いものであるようだった。

 違うのは、髪の色が肌と同等かそれ以上に白いことと、服装が黒を基調としたゴシックロリータファッションと制服の融合であること。

 そして、背中におどろおどろしい死神の鎌(デスサイズ)を背負っていることだった。

 

 

 それが、永眠しろというキャラクターだ。

 先程も見たはずだが、今見ているのはLive2Dという、文乃さんの表情や動きに合わせて動くモデルである。

 こうして改めて立ち絵ではなく、動いている彼女を見ると、気づくことがある。

 文乃さんと、「永眠しろ」というキャラクターのおおまかな見た目が似ている、ということだ。

 格ゲーの2Pキャラに近いかもしれない。

 

 

 あとは、立ち絵と違うのが背景があることかな。

 ひじ掛けに髑髏がついたおどろおどろしいゲーミングチェアに座っている。

 鎌があるのによく座れるなと思ったが、そこは触れない方がいいだろう。

 

 

 少女の背景は、ごく普通の勉強部屋となっている。

 まるで、少女が本当にそこで生活しているかのように。

 実際は、高級ホテルか貴族の屋敷みたいな部屋に住んでいるのだが。

 ……バーチャルの部屋の方がよほど現実に近い人間なんて、文乃さんくらいだろうな。

 

 

 画面の端には、「Vtuber 永眠しろ」と書かれている。

 これをそのまま電波に乗せれば、確かにVtuberの配信画面になるだろう。

 ああ、そうか。

 惰性とはいえ、黎明期から見てきたVtuberという文化。

 それの裏側を、今私は見ているんだ。

 なるほど、なるほど。

 これは楽しい二度目の人生になりそうだ。

 

 

 改めて、配信画面を観ていく。

 それにしても、本当にきれいだ。

 背景も、どこかダークで、死神である彼女の雰囲気を損なわないようになっている。

 そして、彼女の入ることになるVtuberとしての体も、いい。

 服のデザインも、細かいところまで作られており、一枚の絵画のように見える。

 ふと、永眠しろというキャラクターを見ていると気づいたことがあった。

 違和感や嫌悪感ではもちろんなく、既視感の類だった。

 

 

『この画風、どこかで見たことがありますね……』

「あ、うん。結構有名なVtuberさんと同じイラストレーターさんだよ。君もそれで見たんじゃない?イラストレーターさん自身も超売れっ子だしね」

『ああ、言われてみればそうですね』

 

 

 確かに、私が生前見ていたVtuberのひとりと同じ絵柄だ。

 Vtuber界隈での知名度はかなり高く、Vtuberオタクの多くはこのイラストを見たことがあるはず。

 またイラストレーターさん自身も、Vtuberだけではなく様々な分野で活躍されている売れっ子作家であり、Vtuberは知らずともこの絵に見覚えがあるという人も少なくないはずだ。

 彼女はまだデビューすらしていない新人だが、これはバズることができるのではないだろうか。

 もちろん、Vtuberにとって一番大事なのはあくまで本人の能力であるのは間違いないが、逆に言えば、一番とは言わずともそれなりにイラストレーターの知名度と画力も重要なはずである。

 ぶっちゃけ、彼女が伸びようと伸びまいと私に何かしらのメリットデメリットがあるわけではないのだが……まあ別に他人の幸せを喜んだっていいだろう。

 正直、おそらくは私の血しぶきでトラウマを与えてしまったであろう彼女が少しでも幸せになってくれれば私としては罪悪感が薄れるというものである。

 本人には、絶対言えないけど。

 

 

 

『それで、画面はもう起動できたみたいですけど。何か話さないんですか?』

「あ、そうだね、雑談配信の体で色々と話してみようかな。じゃあ、最近見たアニメの話を……」

 

 

 永眠しろが話したのは、今期の彼女が好きなアニメの話。

 死んでから半年たっているとはいえ、名前くらいは聞いたことのある作品ばかりだった。

 放送される前に、アニメは情報が出ているので当然と言えば当然かもしれないが。

 彼女の声は、透き通るようにきれいで、それでいて甲高いわけではない。

 聞き取りやすい、耳に優しい穏やかな声だ。

 正直、これだけキレイなアバターと声ならば人気は出るのではないだろうか。

 それから一時間ほど、彼女のオタクトークは続いていた。

 

 

「ふう、なんとか終わったかな」

『…………』

 

 

 

 一時間、配信をして、更にもう一時間かけて彼女は自分の配信の録画を見直していた。

 私も隣で見ていた。

 私は、何も言えなかった。

 

 

「あの、それでなんだけどさ」

『何です?』

「どうだった、私の配信」

 

 

 

 ああ、なるほど。

 確かに、配信者自身からするとあまりよくわかっていないのだろう。

 あくまでも、自分の声だからね。

 なんというか、悪い部分ばかり見えてくるということであろうか。

 まあ、どのみち私はお世辞などは苦手なので、素直に答える。

 

 

『とてもよかったと思いますよ。二時間聞いてて、とても楽しかったです』

「良かった……!」

 

 

 彼女の顔が、ぱあっと明るくなった。

 どうやらグッドコミュニケーションだったらしい。

 正直、驚きと納得があった。

 知性を感じさせる言い回し、画面の向こうの視聴者を傷つけないような気配りと視野の広さ、そしてオタクトークにおいて最も大事な要素である、熱量。

 それを彼女は有していた。

 だが何よりも。

 彼女には、オーラがあった。

 人を引き付ける、カリスマ性とで言うようなもの。

 天才しか言いようのないものが、そこにはあった。

 

 

「良かった。正直、私の声にも自信がなかったから」

『そうなんですか?とてもいい声だと思いますけど』 

 

 

 それこそ、声優になってもおかしくないくらいの声だと思うが。

 まあ、感じ方は人それぞれか。

 人によっては、五月蠅いと感じたりするかもしれない。

 

 

「ありがとう。ところで、私は、普通の雑談なんかもしたいんだけど、ASMRもやりたいと思っているんだよね」

『まあ、そうじゃないと私を買わないですよね』

「うん、そうなんだ」

 

 

 ASMR。

 Autonomous Sensory Meridian Responseの略称である。

 人が聴覚や視覚への刺激によって感じる、心地良い、脳がゾワゾワするといった反応・感覚を楽しむというコンテンツというものらしい。

 私も、よくお世話になっていた。

 画面を見なくてもいいから作業用BGMに最適だったんだよね。

 人によっては、配信されている画面を見ながら作業できる人もいるらしいけど、少なくとも私には無理。

 なので、耳だけで聞ける歌動画か、ASMRになってくる。

 後、もちろん睡眠導入にも使ってたな。

 

 

 

「今、なんとか普通のスタンドマイクの動作確認はできたんだけど、君のことはまだ試してないんだよね」

 

 

 あ、なるほど。

 

 

「だからさ、君が正常に作動するのかどうか、確認作業に付き合ってもらってもいいかな?」

『わかりました』

 

 

 

 いよいよ、私の仕事が始まる。

 




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第七話『飛び越えろ、性別のしがらみ』

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 まあ、確かにそうだろうな。

 先ほどのテストでは、普通のスタンドマイクでしか使っていなかったのである。

 当然、私でも――ダミーヘッドマイクでも正常に作動するかどうか試す必要性はある。

 

 

 それはわかる、頭ではわかるが、理解が追いつかない。

 何しろ、まだ転生して数時間と経っていないのだ。

 目覚めると、メイドさんたちがいて、死んでいることとマイクになっていることに気付いて、そして部屋の中に死ぬ前に助けた自殺志願者の女子高生が入ってきて。

 その女子高生は、Vtuberで、私はなんというか彼女が所有するマイクで。

 さらに言えば、彼女は今ここでマイクが機能するかのテストを済ませるという。

 ある意味、生を受けてからわずか数時間ですよ?

 時間の密度濃すぎない?

 赤ちゃんと言っても過言ではないこの身に余る経験値だと思うんですが。

 

 

 とはいえ、愚痴ばかり言っても致し方ない。

 マイクとして、彼女のASMR配信の一助となることが私の今の仕事だ。

 音質のチェックと、改善案の提言。

 こんなもの、はっきり言えばブラック企業での労働と比べればどうということはないと言える。

 かかる時間も、先ほどの配信を観ていればせいぜいで二時間程度。

 二徹三徹が当然だった、前の職場と比較すれば何ともない。

 

 

『じゃ、じゃあよろしくお願いします』

「は、はい」

『何で敬語なんですか?』

「いや、まあ緊張しちゃって」

『さっきまで全然大丈夫だったじゃないですか』

「それはそうなんですけど、その」

 

 

 すう、はあと彼女は深呼吸をする。

 どうやら、本当に緊張しているらしい。

 先ほどまで、なんというかごく自然にリハーサルをしていたというのに、どうして今更恐れているのだろうか。

 どうせまだ配信をしているわけでもないだろうに。

 彼女は、頬を赤らめて、ぼそりと呟く。

 

 

「君って男の人だよね?なんというかちょっと気恥ずかしくて」

『ええ……まあ』

 

 

 確かに、私は男性である。

 一人称こそ私だが、それは就活と顧客への対応によるものであり、心も体も完全に男性である。

 昔は「俺」とか「僕」なんて言っていた気がするのだが、今では正直考えられない話ではある。

 大学生くらいまでは「俺」だったんだけどね。

 確か、終活ーーじゃない、就活をしていく中で人間性とかといっしょに「俺」という一人称が削られていったような気がする。

 

 

 閑話休題。

 私は男である。

 声で男だと判明したのだろうか。

 まあ、確かに機械の体とはいえ、男性と密着するのは抵抗があるだろう。

 ASMRはその仕様上、マイクと配信者が密着する必要がある。

 それが恥ずかしいということか。

 おっさんゆえに、女子高生の気持ちに寄り添えているとは言えないのだが、それでも異性と密着するのが恥ずかしいという気持ちはわかる。

 私も普通に恥ずかしい。

 あれ?

 そもそも、なぜおっさんだと認識されている(・・・・・・・・・・・・・)んだろう。

 

 

『そう言えば、ふと気になったんですけどちょっといいですか?』

「何?」

『いや、文乃さんからすると私の声ってどういう風に聞こえてます?』

「え?うーん、なんというか普通の男の人の声って感じかな?個人的には結構好きかも」

『なるほど』

 

 

 機械音声とかではないらしいな。

 多分だけど、生前の私の声がそのままテレパシーとして流れているんだろうな。

 彼女は、生前の私の声を聞いているがあの時は、私もかなり慌てていたから声が上ずっていた。

 だからその時と今の私の声が結びつかず、バレていないのだろう。

 あるいは、一言二言声をかけただけだから記憶に残っていなかったのかもしれない。

 

 

 正直、彼女のメンタルを考えるとバレないに越したことはないと思う。

 彼女は、自分が死ぬところを見ているはずだ。

 幸い、それにショックを受けているようには表向きに見えないが、もし私の前世(・・)に気付いたらどうなるか。

 私がミンチになる光景がそれをきっかけにフラッシュバックしても何らおかしくはない。

 ただでさえ、配信者という仕事はメンタルを損ないやすい仕事であると聞いている。

 心を傷つけかねないような事態は、なるべく回避するのがよいだろう。

 

 

『じゃあ、取り敢えずはやめておきますか?リハーサル』

「それはやだ」

 

 

 ……じゃあどうしろと?

 

 

「克服するよ、今ここで」

『……顔真っ赤ですよ?』

 

 

 廃棄されるのは嫌だが、それはそれとして無理に使ってほしいわけでもない。

 が、文乃さんは止まらずに、ずい、と顔を近づける。

 それも、キスでもするかのような、鼻と鼻が触れ合いそうな距離まで。

 触覚が存在しないゆえにわからないが、たぶん鼻息とかすごい当たってると思う。

 ふんふんって、かわいらしい音が聞こえるし。

 気恥ずかしいので、避けようとしたが、私はそもそも首を動かせないのだということを思い出した。

 首より上しかないからね、ガハハ!

 

 

『あの、文乃さん』

「な、何?」

『私も、普通に緊張してます』

「そ、そうなんだ」

『ええ、そうです』

「そ、それはあれかな?緊張を楽しめってこと?」

『うーん、それはちょっと違うような』

 

 

 なおも、私は言葉をつづけた。 

 

 

 

『血があったら、顔に全部集まっているんじゃないかってくらい恥ずかしいです』

「ふえっ、な、何を言っているのさ!」

 

 

 彼女は完全にショートしているというか、機能不全になっていた。

 まあ、私も似たようなものだけど。

 

 

「緊張していると、共有しておきたかったといいますか。それで、少しでも楽になればと」

「あー。そういうやつね」

『緊張しているのは本心ですからね?』

「まあちょっと、落ち着いたかも」

「あくまで、マイクだもんね。君はマイク、マイクは観客、観客はカボチャ、カボチャは君……」

『いやそれは普通によくわからないんですけど』

 

 

 多分、マイクもカボチャも同じ無生物であり、それ故に緊張しないという自己暗示なんだろうけど、どうしてそういう思考回路に至ったのかは謎だ。

 役者が緊張した時に、客をかぼちゃと思い込め、というのはよくある話だとは思うけども。

 顔色が、トマトのような赤から、薄いピンクくらいまでに回復していた。

 よかった。

 これはあくまでもマシになったということであって、あいかわらず赤いのは変わらないんだけど。

 

 

「そもそも、慣れなくてはいけないんだよ。女性のASMR配信ともなれば、視聴者の過半数は男性であると考えるべきだからね。いちいち恥ずかしがってはいられないんだ」

『まあ、そうですね』

「だから、逃げたくないから、君で克服させてほしい」

『いやあの、それはわかりますけどもう少し期間を置いたほうが』

「つべこべ言わないで、とうっ!」

『おふっ』

 

 

 彼女は、私の頭をがっちりと、腕と首と頭で抱きかかえた。

 結果として、視覚的にいえば、私と彼女は正面から抱き合っているような状態になった。

 まあ、私は抱えられているだけなのだけれど。

 温感もなくなっていたようで、彼女の黒くてきれいな髪が私の顔と視界にかかるほどに密着してもなお、彼女の体温はわからない。

 やっぱり、どうやら私の感覚は視覚と聴覚以外はもう残っていないらしい

 ただ、緊張でハアハアと荒くなった、彼女の呼吸音だけが伝わってきた。

 

 

 まあ、何をしたいのかはわかる。

 諸刃の剣、どころか柄も刃になったようなショック療法でどうにか克服しようとしているのだろう。

 できるのだが、こうして密着されると、私まで緊張してしまう。

 

 

 

「これ、めちゃくちゃ恥ずかしいね……」

『そうですね……』

 

 

 まあ、別に私が緊張したところで何が問題が起こるわけではないのだけれど。

 こうしてみると、ポルターガイストみたいな動き回る能力が備わってなくて逆に良かった説がある。

 そんな能力を持った状態でこの状況に陥っていたら、緊張と焦りで何をしていたかわからない。

 そんなことを考えながら、私はただ解放されるまで無言だった。

 彼女も、無言だった。

 

 

 

『「…………」』

 

 

 

 どうするんだこの空気。




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第八話『ASMRのリハーサル』

やっと。
やっと。
やっっっとASMRのシーンを出せました。

感想、評価など良かったらよろしくお願いします。

本日二話目なので、まだの方前話もよろしくお願いします。


 突然のハグが終わった後、文乃さんは頭を下げてきた。

 

 

 

「本当に、申し訳ない」

『いやいや、必要なことだったと理解してますよ。それで、克服はできそうですか?』

「なんとかなるよ、というかもはやハグまでしたんだから、どうってことはないさ。はっはっはっ」

 

 

 まあそれはそうか。

 確かに顔はまだ赤いが、吹っ切れたような顔をしている。

 これなら、配信に支障はないのではないだろうか。

 まあ、ただの勘だが。

 

 

「とりあえず、頭を傾けることにしようかな」

『そうするの?』

「うん、今回は耳かきも試すつもりだから」

 

 

 彼女は、机の引き出しを開けると中から細長い木箱を取り出した。

 木箱をぱかりと開けて、中から一本の棒を取り出す。

 茶色の木製の、細長い耳の穴に入る程度の棒きれ。

 一方の端は、さじのような何かを掬える、掻き出せる形をしていた。

 もう一方の端には、白いたんぽぽの綿毛のようなものがついている。

 それは、梵天と言われる最もメジャーな耳かきである。

 

 

「元々、自分で聞いて確認するつもりだったんだけど、良ければ君にもチェックしてほしい」

『わかりましたよ。任せてください』

 

 

 ダミーヘッドマイクに転生した私ではあったが、聴覚は生前同様に残っている。

 ASMR配信の際のおおまかな原理は、私の中に内蔵されているマイクを通してケーブル、インターネット回線を通じて多くの方々の耳に入る(・・・・)というものである。

 つまりは、私が聞いた音がほとんどそのまま視聴者に伝わるということである。

 だから私がどう聞こえたかが、視聴者には伝わる。

 

 

「ありがとう」

 

 

 それを聞いて、彼女は、機械の設定を初めた。

 私には、何をしているのかはよくわからないが、取り敢えず何のためにやっているのかは分かった。

 限定公開で、再び試運転をしようとしているのだろう。

 それからしばらくして、設定が終わったのか、彼女が戻ってくる。

 ヘッドホンをつけた彼女は既に、真剣な顔とオーラを身に着けていた。

 しろさんとしての顔になっている。

 彼女は、膝に私を乗せる。

 膝枕という奴だ。

 重くないのだろうか。

 というか、緊張感がすごい。

 すっと、しろさんの綺麗で真剣な顔が近づいてくる。

 耳元に、彼女の口元が届いて。

 

 

「こんばんは、みんなあ」

『――』

 

 

 囁き声が耳を伝わって、私の耳に入ってきた。

 そしてもはや存在しないはずの、背筋が凍った。

 すでに触覚を失っているはずなのに。

 頭部以外は何も残っていないはずなのに。

 私は、彼女の声をこの部屋で先程聞いた時、既視感を覚えていた。

 私が駅前で死ぬ直前に聞いていたということではない。

 

 

 今まで聞いてきた人の中の、誰かの声に似ていると思ったのだ。

 そして、今気づいた。

 ASMRをしていた、Vtuberさんに似ていたのである。

 つまり、彼女は今まで私が聞いてきた有名Vtuberや配信者に声の質がよく似ているということだ。

 

 

 彼女の声は、とても綺麗だ。

 透き通っていて、それでいて人を落ち着けるような声質をしている。

 肉体を失ったことで、睡眠欲はもはやないがそれはそれとして意識が持っていかれるような気がする。

 機械の体で、人を半ばやめている存在ではあるというのに、心が震えている。

 あるいは人を

捨てているからこそ、こういう時だけ人に戻れているのだろうか。

 

「今日は、ASMRリハーサルをやってみたいと思います。ぐっすり眠れるように頑張りますね」

 

 

 彼女はどうやら、彼女なりにASMR配信者をやろうとするつもりらしい。

 リハーサルではあるが、誠心誠意やろうとするその姿勢は尊敬に値する。

 

 

「どうですか、いい感じですか?」

『ああ、あふっ、あの、うんすごくいいですよ』

「フフッ、それはよかった」

 

 

 どうしよう、気持ち悪い声が出てしまった気がする。

 いやあの、ASMR配信のコメントとかもそうなんだけど、ASMRを聞いている側の声を載せてしまったら、もはやホラーなんですよ。

 もしくはシュールギャグか。

 彼女のささやきは、なおも続いている。

 癒される声で、オノマトペを使ったり、癒されるような言葉遣いで甘えさせてくる。

 

 

「はい、じゃあ耳かきしていきますねー。失礼いたします」

 

 

 囁き声のまま、彼女はそっと梵天を耳の穴の部分に入れていく。

 そのまま、優しい慈愛のこもった手つきで正確にゆっくりと手を動かしていく。

 しょり、しょり、しょりと耳かきがマイクの耳の部分をこする音が響く。

 自分で耳かきをしている時は、何も思わなかった。

 誰かに耳かきをしてもらった記憶はあまりない。

 子供のころに、親にやってもらった記憶はあるけど、嫌がってた私を力づくで押さえつけての耳かきは普通にただ痛いだけで、リラックスなどとは程遠いものだった。

 それに、一人で耳かきをするときにもリラックスという概念は生じない。

 だが、生まれて初めて耳かきを直にしてもらっている

 

 

『――』

 

 

 機械の体ゆえに、触覚はない。

 だが、機械――マイクとしての機能ゆえかあるいは人であったことの名残ゆえか聴覚は存在する。

 カリカリと、あるいはかさかさと耳かきがこすれる音が耳に心地よい。

 

 

「気持ちいいかな?」

『うん、いいですよ。すごくいい』

「そうなんだ、それはよかったなあ」

 

 

 彼女の声には、優しさがにじんでいる。

 梵天のかさかさとした音と、彼女の柔らかい声によって本当に、耳かきをされているような感覚だ。

 人に耳かきをしてもらったのはいつ以来だろうか。

 小学生の時はまだ親にやってもらっていたような気がする。

 あの時は父がかなり雑にやっていた気がする。

 父は悪人ではない。

 むしろ、基本的にはいい父親だったと思う。

 ただ少々、世話焼きであり、それに加えて少しいろんなところが雑だっただけだ。

 それはそうと、父の行動が原因で、正直人にされる耳かきにはトラウマがあった。

 

 しかし、いま彼女にしてもらっている耳かきは本当に気持ちがよい。

 先ほどまで外所の部分をこすっていたが、今は耳の穴をカリカリとこすっている。

 痛みがないからだろう。

 ただ、穏やかで軽やかな音の刺激が、とても心地よい。

 ふと、カリカリという音が止まった。

 時間を測っているわけではないが、もう終わったのだろうか。

 そう、一瞬油断した時、「それ」は来た。

 

 

「ふーっ」

『~~~~』

 

 

 耳に、吐息を吹きかける。

 音が、彼女の吐く息に含まれる熱気が、伝わってくる。

 所謂、「耳ふー」である。

 

 

「大好きだよ」

『おふっ』

 

 

 まずい、変な声が出てしまった。

 私は、ASMRを過小評価していた。

 ASMRを、私は今まで作業BGMとして聞いていた。

 それはつまり、ほとんどまともに聞いていなかったということでもある。

 さらに言えば、作業の邪魔にならないように音量を絞っていた。

 それでまともに聞こえるわけがない。

 

 

 私はマルチタスクはあまりできるタイプでもないからね。

 だが、今は耳かきをされている時と同じで、それ以外のことが何もできない。

 実際に寝かされて耳かきをされているから没入感が半端ない。

 というか、聴覚と視覚しかないとはいえ、彼女の太腿とか顔とか、白くて細い指とか、綺麗な顔とかが目に入ってくるわけでして。

さらにいえば、耳かきされるだけではなく、囁かれたり、実際に息を吹きかけられたわけでして。

 ないはずの心臓が破裂しそうだ。

 

 

 永眠しろさんは、そのまま梵天を持ち替える。

 耳かきのヘラの部分とは真逆、ふわふわした綿のほうで耳をポンポンと叩き始めた。

 ふわふわしたもので、外耳を表と裏、両方マッサージされる。

 心地よくて、今にも眠ってしまいそうだ。

 機械の体ゆえ、睡眠欲などは存在しないはずなのに。

 

 

 

「くすぐったくない?大丈夫?気持ちいいかな?」

『あ、あ、はい。すごいです』

「それはよかった。はーっ」

『んっ』

 

 

 吹きかけるのではなく、はきかけるタイプの吐息が耳全体にかかる。

 振動ゆえに、熱もまた伝わる。

 まるで一瞬お湯のつけたタオルで包まれたかのように、安堵していた。

 

 

「今日は来てくれてありがとう。おやすみなさい」

 

 

 そうして、彼女のASMR配信リハーサルは幕を閉じた。

 

 

「どうでした?」

『……しょ』

「しょ?」

 

 

 文乃さんは、指を頬にあてて、小首をかしげる。

 それを見ながら、やっとの思いで言葉を吐き出す。 

 

 

『昇天しました』

「どういうこと?」

 

 

 最高だった。

 そんな感想を伝えることができたのは、それから一時間が経過した後だった。

 因みに、感想を伝えると、普通に文乃さんは白い顔を真っ赤にして照れていた。

 可愛かった。

 とにもかくにも、リハーサルは完了。

 後は、明日のデビューに備えるのみである。




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第九話『今日は始まりの日だから』


2000UA突破してました。
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これからも頑張ります。

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 一夜明けて、今日は文乃さん――永眠しろさんのデビュー日である。

 さて、先日(マイク)の中に()がいるというアクシデントを彼女なりに克服して、なおかつリハーサルを無事成功させることができたしろさん。

 そんな彼女は、配信を前にして何を思うのか。

 

 

「……緊張してきた」

『……大丈夫、ではないですよねえ』

 

 

 私は、医学の専門家ではなければ、カウンセラーでもない。

 だが、それでもはっきりわかる。

 彼女はあからさまに緊張している。

 露骨なほどに顔色が悪いし、目が据わっていない。

 街中に居たら通報されるレベルで挙動がおかしくなっている。

 割と勘が鋭く、人の感情の起伏には敏感な自覚があるが、別に私でなくても気づけるだろう。

 ふらふらと、彼女は座っていたゲーミングチェアから立ち上がる。

 

 

「トイレ行って来るね」

『あ、行ってらっしゃいませ』

 

 

 時刻は現在午後八時。

 すでに彼女は夕食も、入浴も七時までに済ませてある。

 そしてこの一時間程度の間に、彼女はもうすでに四回もトイレに行っている。

 いや、違うね。今ので五回目だね。

 

 

 私も、緊張でトイレに駆け込むことは度々あったので気持ちはわからないでもない。

 とりあえず、世の上司は部下に当日の〇時を過ぎてから当日の案件を割り振らないで欲しい。

 ……まあ、それが私のところだけなのか他の会社でもあることなのかはわからないけどね。

 あと、緊張によってトイレに行きたくなっていたのか睡眠不足から派生したカフェインの取り過ぎが原因だったのかはわからない。

 ある程度慣れっこになっても収まらなかったので、たぶん後者な気がしてきた。

 

 

 いやでも、まあカフェインを抜きにしても緊張というのは伝わっている。

 というか、私も正直若干緊張してきた。

 まあ、緊張したところで何が変わるというわけでもないし、何かできることがあるわけでもない。

 

 

「戻ったよ」

『はい、お帰りなさい』

 

 

 トイレから、文乃さんが戻ってくる。

 相変わらず、顔色はよくない。

 昨日はうんうんうなされていたし、あまり眠れていないのかもしれない。

 因みに、なぜそれ知っているかと言えば、この部屋が配信部屋兼彼女の寝室だからである。

 いやむしろ逆か。

 彼女の寝室に、配信用の機材などを設置したのか。

 

 

 ともかく、ここまで緊張しているとなると、「緊張しているなんて不甲斐ない」などと彼女は考えてしまっているかもしれない。

 時折、ぶんぶんと首を振っているから、そういうことを考えている気がする。

 けれど、実のところを言えばそれは違うと断言できる。

 緊張していること自体はさほど問題ではないし、彼女がおかしいわけでもない。

 

 

 なぜなら、それ自体は当然のことだから。

 彼女は、今日初めてVtuberとしての活動をする身であるらしい。

 言ってしまえば新入社員のようなもの。

 私だって、入社初日は朝起きた時からすでに緊張していたし、電車に乗るときも、駅から降りて職場まで歩くときも緊張していた。

 会社についてからも緊張していた。帰りの電車では、さすがに緊張も解けてたけどね。

 誰だって、そうだと思う。

 私もそうだったし、会社の部下もそうだったと聞いているし、上司もそうだったと言っていたような気がする。

 

 

 新しいことを始めるとなれば、緊張して当然なのだ。

 それに社会的責任が付随することであればなおのことだ。

 彼女は今緊張をどうにかしようとしているが、それは無理な話。

 緊張するのが自然なことなのだから、それを解決しようというのは無茶なのである。

 だから、私に出来ることはひとつだけ。

 緊張をほぐすなんて優しいことは出来ないけど、それでも。

 せめて、誠意をもって、言葉を贈ろう。

 

 

『初配信、楽しみですね。文乃さん』

「……楽しみ?」

『ええ、そうですよ。デビュー配信は楽しみです』

「…………」

 

 

 一人のリスナーとして、心からの言葉(コメント)を送るだけ。

 さほど熱心にVtuberの配信を観ていたわけでもないが、それでもデビューするVtuberの配信を観ることも時にはあった。

 適当に作業BGMを求めて検索していたせいか、普段見ていないVtuberに出会うということも多かった。

 逆に、特定の推しを持つこともなかったわけだが、特定のVtuberに執着しなかったからこそ、忙しい中で様々な配信を観ることができた。

 そんな私の、視聴者としての経験によれば彼ら彼女らはかなり緊張していた。

 初配信というのは、そういうもので、えてして黒歴史になったりもする。

 

 

『Vtuberの活動を続けていけば、どんどんファンは増えていくと思います』

「まあ、そうだよね」

『そして、デビューした日は、その日の配信がどうであれ、最高の日になるんです』

「どうして、そう言い切れるの?」

 

 

 不安に押しつぶされそうな彼女は、私に問う。

 私は、素直に答える。

 

 

『貴方が、生まれた日だからですよ』

「…………!」

 

 

 Vtuberは誕生日とデビュー日が必ずしも同じではない。

 むしろ、記念日を複数作っておいた方がマーケティング上は有効とされる。

 記念日となれば、祝いに来てくれる人が現れる一大イベントであり、当然ながらイベントは多ければ多いほど盛り上がるのが常だ。

 だから、基本的には意図的に分けていたりする。

 閑話休題。

 生まれた日、というと語弊があるし実際はデビュー日といったほうが適切だが、つまりはそれだけめでたい日ということだ。

 

 

『ファンにとっては、ずっと今日は貴方というVtuberがこの世界に降り立ってくれた日なんです。どういう配信をしようと、ファンにとっては今日はずっと最高の日であり続けるんです』

 

 

 生まれ方はどうだっていい。

 つまずいても、初手ミュートでも、なんなら初手号泣したってかまわない。

 大事なのは、始めること。

 そして、その選択が間違ってなかったと言えるように進み続けることだけだ。

 私は、進む道半ばで終わってしまったけれど。

 先に社会に踏み出したものとして、精いっぱいのエールを。

 

 

『だから、楽しみましょうよ。疑いようのない、最高の今日という日を』

 

 

 ぽかん、としたような顔をして文乃さんは一瞬固まっていた。

 呆れているようにも、困っているようにも、あるいはそのどちらにも見えた。

 多分どっちもかな?

 勘だけど。

 

 

「そっかあ、そうだよねえ。たのしまないとねえ」

『無理に楽しもうとしないでいいと思いますけどね。ただ、気負い過ぎなくていいと思います。あんまり完成度が高すぎると、振り返り配信において、黒歴史を観て悶絶するという構図が作れませんからね』

「今それ気にしなくてもいいんじゃないかな!あと黒歴史になることがいいことでもないからね!」

 

 

 いや、そうでもないと思う。

 そういう悲鳴を聞くことで、進むご飯があるのだ。

 などと、ブラック企業に勤めていた時代は飯食う時間すらまともに取れなかった男が申しております。

 書類やデータとにらめっこしながら、ゼリーすすってたんだけど、これって私のいる職場だけですかね?

 

 

 初配信は、今日の午後九時。

 割と人が集まる時間帯だ。

 聞けば、デビュー前でありながらU-TUBEのチャンネル登録者数やSNSのフォロワーはそれなりにいるらしい。

 だから、普通に話せれば成功するはずだ。

 それこそ、以前見せていたオタクトークが配信で見せることができれば、きっとファンは出てくるはずだから。




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第十話『初配信、開始』

ようやく初配信でございます。

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『私、ここにいるの邪魔じゃないですか?』

 

 

 スタンドマイクのすぐそばに、なぜかダミーヘッドマイクこと私がいた。

 今日の配信では、ダミーヘッドマイクを使わないので、私はここにいる意味はほとんどない。

 一応、私を収納するための木製の棚があるので、そこにしまっていても問題はないはずなのに。

 というかスペース取るし、むしろデメリットが発生しているように思えるのだが。

 

 

「うん、まあそうなんだけどさ。……嫌かな?」

『いえ、いやではないです。ただ単純に、いる意味が分からないだけです』

「意味はあるよ」

『……?』

 

 

 首をかしげることは出来ないが、念話で疑問の意は伝えた。

 文乃さんは、私の顔をゆっくりと回して、画面上の永眠しろさんの顔が私に見えるようにする。

 

 

「私が、デビューする所を一番近くで見て欲しいんだ。その、仲間だから」

『……仲間、ですか』

 

 

 それはどうだろう、というのが率直な感想だ。

 私と彼女の間には、明確な上下関係が存在する。

 私は、主を選べないが、彼女はいくらでもマイクを選べる。

 百万を超えるマイクは高価ではあるが、彼女の暮らしぶりを考えれば、買い替えることは容易だ。

 そもそも、マイクというのは繊細な機械であり、いつ壊れてもおかしくない。

 つまり、いつ廃棄されてもおかしくないということ。

 そんな社長と派遣社員みたいな関係を、果たして仲間と呼ぶのだろうか。

 ああ、ちなみに派遣社員を下に見ているわけではない。

 少なくとも、私のいたところでは派遣社員も正社員も大して扱いに差はなかったと思う。

 もちろん、悪い意味で、だが。

 

 

「少なくとも私は、君に助けられたと思っているよ。逆ができているかどうかは自信がないけど」

『ああ……』

 

 

 もちろん先程、緊張してがちがちになっている彼女に声をかけた記憶はある。

 どうやら本当に緊張は抜けたらしい。

 私の言葉によるものかどうかはわからないが。

 ともあれ、そう思われているのは嬉しい。

 私の働きを評価して、対等な立場である仲間という言葉を使ってくれているのだから。

 

 

『……ありがとうございます』

「何でお礼?」

『いえ、頼られるのが嬉しいだけですよ。強者の証明ですから』

「そ、そこはよくわからないけど、まあ嫌じゃないならいいや」

しろさん(・・・・)

 

 

 あえて、私は彼女の名前を、Vtuberとしての名前で呼んだ。

 

 

『配信楽しんで、行ってらっしゃいませ』

「……行ってきます!」

 

 

 そういって、彼女はヘッドホンを装着し、パソコンの画面に向きなおった。

 もう、彼女の顔色は戻っていた。

 目は、ただまっすぐに前を。

 画面の向こう側を、見ていた。

 

 

 ◇

 

 

 カチカチと、パソコンのキーボードとマウスを操作する音が響く。

 少女は、ふーっと息を吐き出す。

 文乃さんは、いやしろさんはヘッドホンをつけて、完全に配信モードになった。

 目が据わり、緊張で定まっていなかった視線が画面に固定されている。

 何より、オーラが違う。

 ただそこにいるだけなのに、どうしようもなく目を引かれる。

 先ほどまで、ごく普通の女の子だったのに。

 リハーサルの時も、そうだった。

 配信になった瞬間、彼女の中の何かが切り替わる。

 それまで普通の女子高生だった彼女が、一瞬にしてプロの目になる。

 前職でも見たことがある。

 彼女は、職人に近い。

 弛まぬ研鑽を積み、磨き上げた末のオーラだ。

 だが、準備にかけてきた時間はせいぜいで半年程度のはず。

 それで結果を出せるなら。

 間違いなく、彼女は天才と言える人種であろう。

 

 

【待機】

【楽しみ】

【どんな子なんだろう】

 

 

 U-TUBEーー最大手の動画配信サイトで、私も生前よく利用していたーーの待機コメントを見ると、既に彼女の初配信を心から楽しみにしているコメントがいくつか見られる。

 初配信が始まる前の時点で、こうやってコメントがつくのか。

 デビュー前に、SNSなどで広報をしていたのかもしれないね。

 私はSNSほとんど見ていないからよくわからないけど。

 別に見せて欲しいと頼めば見せてくれはしたんだろうけど、そこまでしてみたくはなかったとも言いますね。

 ダークな世界観の、一分程度のオープニングが終わり、ついに彼女がミュートを解除して口を開いた。

 

 

「あー、聞こえてるかな?初めまして、こんながねむー。新人Vtuberの永眠(ながねむ)しろです」

 

 

【はじめまして!】

【聞こえてます】

【音量大丈夫です】

【こんばんは!】

【お、声かわいい】

【初見です】

 

 

 この配信においては、私の出番は特にない。

 なぜなら、初配信の内容は、普通のスタンドマイクを使った雑談であると決まっていたからである。

 スタンドマイクとは、音の録音などに使う本格的なマイクをスタンドで固定して、部屋の中でパソコンに向かいながらでも使えるようにしたものである。

 パソコンに内蔵されているマイクではなく、そちらを使うメリットとしては、音質が非常に良いことや、収音できる範囲を絞ることで、外界の雑音を拾いにくくなっていることなどがあげられる。

 私はASMR配信のみ用いられる存在であり、それ以外の配信ではスタンダードなそちらのマイクを使う。

 私も彼女の傍に置かれており、一応画面が見えている。

 流れるコメントは、概ね肯定的なものが多い気がする。

 少なくとも、否定的なコメントは見られなかった。

 肯定半分、期待半分といったところか。

 

 

「今日の配信は、雑談をコメントに来てくださった皆さんとしていこうと思っています。自己紹介もしながらね」

 

 

【了解】

【どんな子なんだろう】

 

 

 自己紹介も兼ねた雑談、というのはこの業界においてはデビュー配信時の定石だったりする。

 人によっては、自己紹介用の動画を配信前にアップする人もいるようだが、彼女はやっていないらしい。

 昨日なぜそれをしなかったのか聞いたところ。

 「……え?そんなことしてる人いるの?」

 と言われてしまった。

 結構定石と化していると思うんだけどね。

 将棋で言えば、棒銀とかそういうレベルだと思う。

 ちなみに私は棒銀と穴熊と矢倉しか知りません。

 ……振り飛車党がきいたら発狂しそうだな。 

 いやまあそれはいいんだけども。

 彼女曰く、「何人かのデビュー配信は拝見させてもらったけど、チャンネルにアップロードされている動画をさかのぼったわけではなく、検索で探した」「だから、デビュー配信前に動画を上げている人がいるなんて知らなかった」とのこと。

 

 

 彼女は、Vtuberなどといったサブカルチャーを知ってからまだ日が浅いらしい。

 であれば、そういうこともあるだろう。

 まあ、それ自体は別にいい。

 重要なのは、この初配信で何を話すのかだ。

 

 

「ではですね、とりあえず自己紹介からしていきます」

 

 

 事前に作られたスライドを表示。

 彼女が作ったわけではないだろう。

 しろさんはパソコンには不慣れで、私を含めた機材の設定もほとんどメイドさんたちに任せていたくらいだから。

 多分、このスライドもあの三人のメイドさんたちかな。

 そこには、ざっくりしたプロフィールが表示されていた。

 

 

「一応、既にSNSにはアップされているものではあるんだけど、まあそれを知らない人もいるかもしれないから、一応こうやって表示しておくね」

 

 

 はい、ここにも一人います。

 SNS見てないし、そんな画像があることも当然初めて知りました。

 まあでも、デビューするならそういう画像はあるのが普通かもしれないね。

 そういえば、社長の自己紹介みたいなのあったなあ。

 これより長い、というか分厚かったけど。

 私たち社員は貴方の中学高校時代の生徒会での活動とか、大学時代のボランティア活動とか、微塵も興味ないんですけどね。

 

 

 書いてある情報を、見ていく。

 

 

永眠しろ(ながねむしろ)。十七歳。

 冥界に住んでいる死神の女子高生。普段は、冥界にある家に引きこもっている。人を傷つけ死に至らしめる死神の在り方に嫌気がさし、人に癒しと安らぎを与えたいと考え、Vtuberを始めた」

 

 

 ゲームのフレーバーテキストを読んでいるみたいだな。

 まあVtuberの公式設定は大体そんな感じだけどね。

 

 

「永眠しろ、読みは『ながねむしろ』です。呼び方は、永眠さんとか、しろちゃんとか、しろたんとか、しろさんとか、まあ好きに読んで欲しいな。私のことを呼んでるってすぐにわかるような名前なら何でもいいよ」

 

 

【しろちゃんかな】

【じゃあ俺はしろたん】

【しろタソって呼ぶね】

【しろッチという世界線もあるのか】

 

 

 コメント欄にいる視聴者たちは、思い思いの呼び名で彼女を呼んでいく。

 わたしはまあ、しろさんでいいかな。

 そちらの名前で声をかけることが今後あるのかはわからないけど。

 

 

 そうして、しろさんは他の情報についても改めて口頭で説明した。

 まあ、画面を観ていない人がいるかもしれないから、そのやり方は正しいと思う。

 しかし、死神か。

 確かに鎌とか背負ってるし、名前からしてそうだもんね。

 後、安らぎというのもわかる。

 ASMRをメインコンテンツとしていくつもりなら、確かに安らぎや癒しを人に与えることは可能だろう。

 ……モチーフが死神なせいで、「永遠の安らぎ」みたいな不穏な感じになっちゃってるけど。

 いや名前が「永眠しろ」だし狙ってやっているのかもしれない。

 

 

「せっかくなので、事前に募集したマシュマロ、質問を、自己紹介も兼ねて読んでいきましょうかね」

 

 

【おっ】

【確かにSNSにあったね】

 

 

 うん、なるほど。

 本当に、ちゃんとスタンダードだね。

 




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第十一話『マシュマロを読んでいこう』

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 マシュマロというサービスがある。

 端的に言えば、匿名の質問コーナーである。

 SNSのコメント欄でもなく、或いは動画配信サイトのチャット欄でも無い。

 アカウントに対して、質問を投げることができる。

 基本的に完全に誰が自分に送ったかは、わからないようになっている。

 確か、変な質問を投げてきた質問者をブロックすることは出来るらしいけど、それでも誰が送ってきたのかはわからない。

 

 

 その匿名性から配信者をはじめ、インフルエンサーたちが好んで使うものである。

 これに寄せられた質問を答えることによって、彼ら彼女らはファンと交流を図ることができる。

 配信者が、マシュマロを読むというのは、配信者界隈での一大コンテンツとなっている。

 そして、彼女もまたそういった先人が敷いたレールに乗っかっている。

 既存の道を歩めるのは後発組の特権だよな。

 まあ、後発組の方がいろんな意味で不利ではあるんだけど。

 パイの奪い合いなら、先に動いたほうが有利にきまっているんだから。

 

 

 彼女は、事前に募集して送られてきたマシュマロから、いくつかピックアップしているらしい。

 いつどれを選んでいるのかは私にはわからないので、正直何とも言えない。

 多分だけど、昨日の内にはピックアップが終わってたんだろうなと思う。

 少なくとも今日は、ずっと緊張しっぱなしで何かしらの作業をしていたようには見えなかった。 

 なんなら、昨夜もうんうんうなされてたしね。

 余程緊張していたんだろうと推測。

 

 

【これから、どんな活動をしていきたいですか?】

 

 

 なるほど。

 定番と言えば定番の質問だね。

 Vtuberの在り方は千差万別。

 ゲームを中心に活動するもの、歌をメインにする者、雑談に重きを置く者、そしてASMRをメインコンテンツにするもの。

 今後の方針を知りたいというのは、自然なことだろう。

 

 

「ええと、ASMR配信を中心にしようと思ってるかな。今日の23時にはASMR配信をはじめようと思ってるんだよね。良かったら聞きに来てくれると嬉しいかな」

 

 

【おおおおおおおお!】

【これは期待】

【絶対聴きに行きます】

【耳舐め、ありますか?】

【今夜はよく眠れそうだ】

【ゲームとかはやらないんですか?】

 

 

 概ねコメント欄は、肯定的だ。

 若干セクハラじみたものや少しずれたコメントもあるみたいだが。

 あれ、これは流石にライン越えじゃない、と思える酷すぎるセクハラコメントが非表示になった。

 U-TUBEの機能として弾かれたのか、そうでなければチャンネル管理者によってモデレーター権を与えられた誰かがそういう措置をとったか。

 モデレーターというのは、チャンネル主が、アカウントを持っている存在に権利を与える。

 コメントが見やすくなるほか、誹謗中傷をする者のアカウントをBANすることができる。

 ……さっきのメイドさんたちかな?

 そんな気がする。

 機械の扱いにも慣れているみたいだし。

 

 

 今更だけど、しろさんは本当にいいとこのお嬢様なんだよな。

 そうでなければ、高校生の身分でこんなポンポンと機材を購入できない。

 そもそも、おそらくだが私単体でも百万はすると思われる。

 他の機材や、イラストレーター、モデラ―への支払額を考えると……三百万を超えてもおかしくない。

 彼女の配信には、デビューしたばかりの個人勢とは思えないほどの人数が、千人近い人数が観に来ているが、それはモデラーとイラストレーターの実力と、知名度があってのものだ。

 私は絵やモデルの相場をあまりわかっていないが、いくらかかっても不思議ではないはずだ。

 

 

 普通に考えて、初期費用が尋常ではない。

 それをどうにかできるほど、彼女の実家は裕福なのだろう。

 そうでなくては、最低でもメイドを三人も雇用できない。

 彼女はこのご時世には珍しく、恵まれた環境に身を置いているように思える。

 才覚も、家柄も、兼ね備えた完全無欠の強者である。

 私とは、真逆の、対極の存在。

 そうなると、むしろ疑問に思えてくる。

 なぜ、そこまで恵まれていながら、彼女はあの日死のうとしていたのか。

そして、なぜ死ぬことを辞めたのか。

 

 

 そして何より。

 ここまでして、彼女は何のためにVtuberになったのか。

 そんなことを思考しているあいだに、彼女は別のトークテーマに入っていた。

 

 

【死神ということですが、どうしてVtuberになろうと思ったのですか?】

 

 

 おっと。

 そんなことを思っていたらちょうどいい質問が飛んできた。

 確かに、これまたVtuberに対しては、定番の質問である。

 永眠しろというVtuberは、冥界で暮らしている女子高生の死神という設定である。

 Vtuberはアバターを作って動かす性質上、現実にはあり得ないキャラクター性を持つものが多い。

 高性能人型AI、女神、天使、悪魔、鬼、エルフなど様々だ。

 そういう設定した或いはされたキャラクターを演じるのが、Vtuberというものだ。

 ゆえに、視聴者たちもまた、その設定、あるいはロールプレイに全力で乗っかるものたちが多い。

 実際に死神なわけはないのだが、そこはノリがいいものたちと捉えるべきだろう。

 

 

「ええとね、何から話そうかな。まず、私はあんまり自分の声が好きじゃなかったんだよね」

 

 

 ふむ、そうだったのか。

 初めて知った。

 

 

【あー、声優さんとかそういう話聞くよね】

【いい声だと思うけど、逆に言えば目立つ声でもあるからね】

【コンプレックスなのか】

 

 

「うん、そう結構コンプレックスだったんだよね」

 

 

 確かに、彼女の声は特徴的だ。

 所謂、アニメ声や萌え声に分類される。

 それでいて、わずかだがハスキーボイスがかかっている。

 私見ではあるが、ASMRへの適性はかなり高いのではないか。

 少なくとも、私好みの声ではある。

 なんなら、私が生前聞いていたVtuberさんと似た声質のような気がする。

 声優と言われても違和感はない。

 もちろん、単に生まれ持った声だけでなれるような世界ではないと思うけれど。

 ともかく、生まれ持った声からしてもうすでに特徴的なのだ。

 画面の向こう側にいるリスナーさんたちは、気を張った彼女の声しか知らないが、地声からしてよく通る声である。

 つまり、街中で彼女の声を聞けばまず間違いなく周囲は彼女の方を見る。

 

 

「でも、あるきっかけがあって、Vtuberさんの配信とかを見るようになってね」

 

 

 ……その理由は聞いていなかったな。

 まあ、いずれ話してくれるかもしれない。

 さほど大した理由ではないだろう。

 私の場合は、何だったかな。

 確か、U-TUBEで音楽を聴いていた時に、Vtuberの歌ってみた動画――いわゆるカバーソングがおすすめに出てきて、そこから聞き始めたような気がする。

 昨今、U-TUBEがテレビ以上に見られるようになっている。

 人によっては、テレビは全く見ず、U-TUBEばかり見ているとも聞く。

 かくいう私もその一人だったしね。

 テレビは高くて購入できなかったんだ、悲しいね。

 そんな状況では、誰もがVtuberにはまりうる可能性がある。

 

 

「それで、私もやってみようかなと思って。人気のあるVtuberさんに、ちょっと私と声が似てるなって人が何人かいたんだよね。だから、もしかしたら私でも同じようなことができるんじゃないかって」

 

 

【確かに、具体名はあれだからあげないけど、似てるなって思う人はいるかも?】

【まあ間違いなく逸材ではある】

【そういえば似てるかも。誰にとはマナー違反だから言わんけど】

 

 

「まあ、私がはまったVtuberさんがASMR配信を主軸にしておられる方でね、それで配信を始めるとなったとき、まあ私もそれを主軸にしようと決めたんだ」

 

 

【確かにこの声でASMRされたらすぐ寝ちゃいそう】

【こういう声質好きだから助かる】

【本当に、好きなものになりたいってことなんだね】

【それで冥界から出てきたのか】

 

 

「いやいや、冥界からは出てないよ?引きこもって冥界にある家から配信してる系の死神だよ?」

 

 

【草】

【冥界に引きこもるな】

【死神なら現世に出て働きなさい】

【高校生って普通に授業あるやろ()】

 

 

「授業……いやあれですよ。死神ってさあ、一般的には人の世に出てきてあの世につれていくわけじゃない?死神って人間を殺してなんぼの存在じゃない?私がここでがく、じゃない……労働をさぼることによって人死にが減っているかもしれないでしょう?つまり、私がこうして社会に出ないことによって世界が平和になっていると言うことなんだ。自宅世界警備員とでもいうのかな」

 

 

【それはそうかもしれない】

【草】

【自宅世界警備員って何?】

【そうはならんやろ】

【なっとるやろがい!】

【労働か、学業なのか、ぐちゃぐちゃで草】

 

 

「今日はこんな感じでマシュマロを読んでいきますね。あ、もし訊きたいこととかあったら今からでもマシュマロに投稿してくださいね」

 




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第十二話『マシュマロとタグ』

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10000PV突破してました。
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 彼女について、図らずともかなり深い部分を知れた状態で、話題は別のことに移った。

 

 

【好きな食べ物は何ですか?また嫌いなものがあれば、それも教えて欲しいです】

 

 

 ……浅い。

 いや別に、お題に優劣とかないんだけどさ、さっきのやつがあまりにも彼女の深いところまで掘り下げる類の質問だったから、落差がすごいんだよね。

 もちろん、悪いわけではないけどね。

 暴言とかセクハラの類でもないし。むしろいいマロではある。

 ただまあ、逆に言えばこういう浅い質問の方が、答える側としては楽でいいかもしれない。

 実際、永眠しろさんの口からはすらすらと回答が出た。

 

 

「これはねえ、好き嫌いはあんまりないかな。いやあるにはあったんだけど、普通に克服させられたんだよね。ピーマンとかナスとか、あとトマトとか。苦手ではあるけど、食べれないものは特にないよ」

 

 

【ピーマンが苦手だったの可愛い】

【ナス科というのは、とかく嫌われがちなものだよね】

【実家結構厳しかったん?】

 

 

「そうだねえ、実家は厳しかったんだよねえ。普通に、習い事とかも結構入れられたし。茶道とか、華道とか、弓道とか、英会話とか。あと琴とかもやらされたなあ」

 

 

【待って、情報が多い】

【ガチのお嬢様なのでは?】

【琴やってたVなんて聞いたことないよ】

【琴以外、配信では活かせなさそうだなあ】

 

 

「あー、どうだろう。琴配信かあ。希望が多かったら、やってみようかな。確かに他は、配信するのは厳しいかもね」

 

 

 いやお嬢様であるというのは知っていたけれど、そんなに習い事とかあるのか。

 私は塾も含めて習い事とは無縁の生活だったからなあ。

 琴とか茶道とか、部活動以外でやってる人初めて見たかもしれない。

 

 

「そういえば、好きな食べ物だっけ。好きなものは、やっぱりハンバーグとか卵焼きかなあ。もし記念配信とかやることになったら、ハンバーグ食べながらやりたいね」

 

 

【食の好みが小学生のそれやん】

【ぺろっ、これはロリ】

【正直わかる】

【記念配信か、誕生日っていつだっけ?】

 

 

「いや別にロリではないでしょ。女子高生だからね。……女子高生ってロリじゃないよね?」

『まあ違いますね』

 

 

 思わず声が出てしまった。

 とはいえコメント欄が言うことも理解はできる。

 

 

 文乃さんの見た目は正直幼い。

 背の低さもあるが、顔が童顔なのだ。

 顔つきと身長を見れば、小学校高学年くらいだと思われるのも無理はない。

 その上で、出るところはしっかり出ているので所謂ロリ巨乳と言われる体系である。

 永眠しろというVtuberの見た目も、リアルの文乃さんと大差ないので、当然ロリに見える。

 多分、イラストレーターさんに指定するときに、彼女が現実の肉体と大差ないように指定したのだろう。

 

 

「いやでもほら、あれですよ。私刺身とか寿司とか食べられないんだよね。ほら、これはロリじゃないでしょう?」

 

 

【確かに、偽ロリだったか】

【野菜嫌いなのはわかるけど、寿司ダメな人初めて見た】

【魚全般食べれない人かな?】

 

 

「なんていうのかな。魚が嫌いとかじゃなくて、生肉が全般的にダメなんだよね。だから焼き魚とかは普通に食べれるし」

 

 

 それにしても、生肉や生魚が苦手、か。

 なんとなくだが、私には「元々は食べれたのに、のっぴきならない事情があって食べられない」ように聞こえた。

 まあただの勘なのだが。

 あえて理屈をつけるなら、厳しい親がいるはずなのに、野菜は克服させられたはずなのに、それでも食べられないままであるということ。

 例えばアレルギーのような、親の矯正をもってしてもどうにもならない理由があるのだろう。

 ……そもそも、生肉の方は食べることもそんなになさそうだけど。

 ユッケとか、馬刺しって今でも合法なんだっけ。

あんまりわかってないんだよね。

 

 

【まあ待て、女子高生は15歳もふくむ。ロリータの定義は12〜15歳。つまりJKもロリだ】

【た、確かに……】

【天才がいるな】

【つまりしろタソはロリということか】

【ほほう】

【勝ったな。ガハハ!】

 

 

 ……なぜか、コメントが、しろさんがロリか否か言う話題で埋まっていた。

 いやいや、JKはロリじゃないと思うんですけど。

  

 

 ◇

 

 

 話が少しそれてしまったが、しろさんが別のマシュマロを拾うと、コメントの流れも元に戻った。

 

 

【ファンアートのタグは決まっていますか?】

 

 

「このマシュマロね、本当にありがとう。確かに、タグとかは決めて発表しないといけないよね」

 

 

【そういえばSNSにはそういうタグ無かったような】

【ファンアートかあ、#永眠しろの絵、とか#永眠あーとあたりが無難ではあるかも】

【他の活動者さん達と被らないように気をつけて】

 

 

「あと、ごめんね。一応、前もって決めていたやつがあるので、タグについてはそれで行くつもりだよ。はいどーん」

 

 

 

【了解】

【どんななのか楽しみ】

 

 

 

 しろさんは、またスライドを動かす。

 そこには、可愛らしい彼女の立ち絵と、タグがつけられていた。

 ちなみに、タグというのは、検索しやすくなるよう特殊な符号のことだ。

 これを使うと、ファンアートなどを見たくなった時、発見するのが容易になる。

 二次創作を見たいファンにとっても、あるいはその二次創作を活動に使用したい活動者にとってもありがたい。

 いわば一石二鳥だ。

 

 

「ファンネームは、しろの永民。配信などの感想タグは、#永眠しろ配信中、ファンアートタグは、#永眠しろ閲覧しろ、センシティブな、ちょっとえっちなファンアートは#永眠しろ閲覧禁止、でお願いいたします。普通のファンアートは、私が見に行くし、活動に使用する可能性があるけど、それでよければ沢山描いてくれると嬉しいかな」

 

 

【俺たちは永民というわけか。よろしくね!】

【ファンアート描きます!】

【ちょっと今から液タブ買ってくるわ】

【そうか、未成年だからセンシティブ見れないのか】

【あんまり描かない方がいいのかな?】

 

 

 

「あ、ううん。センシティブ絵が嫌とか、そういうことはないよ。ただ、活動には当然使用できないし、そもそも私は未成年だからね。嫌悪はしないけど、一切関知しないというだけさ」

 

 

 

【なるほど】

【待って、本当に未成年なの?設定上じゃなくて?】

【そこを訊くのは野暮だよ】

 

 

 それからも色々なマシュマロを取り上げたうえで、彼女の配信には終わりが近づいていた。

 

 

「マシュマロ、送ってくれた人ありがとうね。全部は読めてないけど、目は通してるから」

 

 

 

「あ、最後に。この後ASMR配信やるよ。待機所ももうすでにできているから、見に来てくれたら嬉しいな。じゃあ、おつねむー」

 

 

【おつねむ―】

【ASMR期待してます!】

【見に行きます】

 

 

 ◇

 

 

『お疲れさまです』

「うん、ありがとう」

 

 

 配信が終わると、文乃さんはヘッドホンを外した。

 彼女が待とう空気が弛緩する。

 

 

『それで、初配信の感想は?どうです?』

 

 

 

 人生初の、公共の場でのライブ配信。

 それを終えて、彼女は何を思っていたのか。

 

 

「楽しかったよ」

 

 

 

 文乃さんは、満面の笑みでそういった。

 

 

『それはよかった』

 

 

 私は心からそう思った。

 文乃さんが、楽しんでくれたなら。

 その一助に、私がなれたのならば。

 




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生肉を食べれないなんて、一体どんなトラウマがあるんでしょうね?


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第十三話『いよいよASMR配信、開始』

いつの間にか日間ランキングに入っていたりお気に入り登録100件突破していたりしていたようです。
ありがとうございます。
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 デビュー配信が終わった後、文乃さんはそのままASMR配信の準備を始めた。

 と言っても、スタンドマイクを片付けて、ダミーヘッドマイク()が正常に作動しているかの確認と、音量調節をするだけ。

 準備自体は、これと言ってトラブルもなく、あっさり終わった。

 

 

「失礼いたします、お嬢様。お夜食の準備ができました」

「ああ、入っていいよ」

「かしこまりました」

 

 

 ガチャリと部屋の扉が開いて、使用人が入ってくる。

 確か、最初に私を組み立てたメイドさんの内の一人だね。

 焼きたてなのか、熱そうにパンを持つ彼女を見ながら、私は今後の予定に思いをはせていた。

 時刻は、十一時の少し前。

 人によっては、既にベッドに入っている人も多い時間帯である。

 

 

『で、何で配信直前なのに、物を食べようとしてるんです?』

「何か食べたら、気がまぎれるかと思って」

『気をまぎらわせるために、食べようと思ったけど、気が重くて結局喉を通らないということですか?』

「うん……」

『大丈夫ですか?』

「それ、心配してるやつ?それとも馬鹿にしてるやつ?」

 

 

 正直、ダブルミーニングである。

 ついでに言えば、夜食はパンだ。

 手に持って、熱そうにしているので、たぶん焼き立てなのだろう。

 そのパンも、一口かじって皿の上に戻してしまった。

 どうやら食事も喉を通らなくなったようだ。

 そもそも、夕食も食べきれてなかったんだよね。

 多分初配信前だったから、緊張していたんだろうなと推測する。

 それでお腹が空いたので、夜食を頼んだがそれも食べられない、と。

 こういうところを見ていると、やっぱりお嬢様なんだな。

 

 

 私の場合、いつ食えなくなるかわからないから、体調や精神状態にかかわらずとにかく口にものを入れるという習慣があった。

 というか、どうして食べられないのだろうか。

 もしかして、いや間違いなく、彼女はまだ。

 

 

「……緊張してきた」

『……さっきの初配信は成功してたと思うんですけど』

 

 

 ついさっき、初配信という一大イベントを終えていたばかり。

 配信を始める前はともかく、配信中はさほど緊張しているように見えなかった。

 そう考えれば、今緊張しているのは不自然に思える。

 完全に、峠は越えたとばっかり思っていたのだけれど。

 

 

「私にとって、Vtuberになろうと思ったきっかけが、Vtuberとして活動する意味のほぼすべてがASMRなんだ。だからこれが実質初配信みたいなものなんだよね」

『ああ、そうでしたっけ』

 

 

 確かに、そんなことをついさっき言っていた。

 Vtuberになる理由は様々だし、動機が一つだけとは限らない。

 例えば、「視聴者に元気を与えたい」という動機と、「広告収益などでお金を稼ぎたい」という動機は、必ずしも矛盾しない。

 同時に成立しうる。

 

 

 だが、永眠しろにおいては、おそらく金銭などはモチベーションになりえない。

 なぜなら、実家に、金が有り余っているから。

 おそらく、Vtuberになるための準備だけでも五百万はかかっている。

 加えて、サポートに回っているメイドさんたちの給金なども計算にいれれば、更にその費用は高額になるだろう。

 文乃さん曰く、彼女達住み込みで働いているみたいだし。

 閑話休題。

 

 

 金銭が動機になりえない以上、彼女にとってVtuberになる理由は、自己実現がそのすべてを占めている。

 自分も、人を癒す存在になりたい。

 だから、既存のVtuberのようにASMRを成功させられるかどうかというのは、彼女にとってはこの上なく重要なことなのだろう。

 それこそ、「ASMRで視聴者の耳を癒す」ことができなければ、しろさんは「永眠しろ」である意味を失う。

 それほどまでに重いことなのだ。

 

 

 正直、私は初めからうまくいくとは思っていない。

 リハーサルは確かに素晴らしかったが、彼女はまだ本番を経験していない。

 そういう修羅場をくぐってきたからこそ、磨き上げられる技術というのは確かに存在するし、彼女の技量はまだU-TUBE上で活躍しているVtuberさんたちには遠く及ばないだろう。

 

 

『…………』

 

 

 私にとっては、ASMRはそこまで大きなものではない。

 労働で心を病み娯楽すら楽しめなくなった乾いた心に、最後まで残ったのが自発的な摂取を必要としていないASMRや、動画視聴だったというだけの話だ。

 けれど、彼女にとっては。

 大きなことなのだろう。

 少なくとも、Vtuberとしてデビューしようと思う程度には。

 あるいは、彼女が自殺を断念した理由も、そこにあるのかもしれない。

 そういった部分に触れるつもりは全くない。

 けれど、もしその推測が正しいなら、それはきっと尊いことだと思う。

 

 

「まあともかく、さっきの配信は実質ノーカウントなんだよね。だから今更になって緊張してる」

 

 

 そのノーカウントの配信でも、直前までがっちがちだったけどね。

 と言いそうになったが、ぐっとこらえた。

 

 

『緊張をほぐすために、夜食を頼んだんですか?』

「うん、食べたら気がまぎれるかもしれないと思って」

『で、緊張で食べられなかったし、当然緊張がほぐれないままだったということですか』

「うん」

『…………』

 

 

 まあ、緊張してしまうのは仕方がないことかもしれない。

 何か別のことで気を紛らわそうという発想も間違いではない。

 さっき、私が声をかけたのもそれを狙ってのことだしね。

 

 

「あのさ、一つ君にお願いしてもいいかな」

『……なんでしょう?』

「私に、言葉をかけてくれないかな?」

『言葉、ですか?』

「君に何か言ってもらえたら、最後の一押しをもらえたら、頑張れる気がするんだ。さっきみたいにね」

 

 

 確かに、先ほども私は声をかけた。

 さて、今度は何を言えばいいか。

 初配信に対する、私なりに思うところを言ったつもりだ。

 であれば、今回もそれでいこう。

 

 

『そうですねえ、文乃さんはASMRの良さって何かわかってます?』

「……音?」

『はい、それは間違いなく正解ですね。でも、それだけじゃないんですよ』

「……?」

『一対一、ですよ』

「ああ……」

 

 

 言われて彼女は納得の表情を浮かべる。

 まあ、彼女も知っていたとは思う。

 ただ言語化できていなかっただけで。

 そういうことはままある。

 

 

『通常の配信とは違って、直接相手の耳にささやきかけているという設定のASMRは君と視聴者の一対一の構図になりますよね』

「まあそれは、そうだけど、結局何が言いたいの?」

『一対一ならもう経験しているでしょう、ということです』

「……あ」

 

 

 今度は言われて初めて気づいたらしく、彼女は声を上げる。

 そう、彼女は一度私に対してASMRを行っている。

 

 

『一応断言するけど、貴方のASMRは最高でした。回線とデバイスに問題がなければ、絶対に大丈夫ですよ』

「……本当に?」

『はい、私は嘘なんてつきませんよ』

 

 

 すみません、今つきました。

 いやまあでも、しろさんの実力への評価に嘘はない。

 というより吐く意味がない。

 嘘もフォローもいらないくらいに、彼女のASMRは完璧だったと心から思えたから。

 

 

『だから自信を持ってほしいです。貴方の、最初のリスナーからのコメントですよ』

「…………ありがとう」

 

 

 ここまで言えば、十分だろう。

 文乃さんは既に、前を向いている。

 ヘッドホンを取り付け、機材の最終確認に入った。

 彼女の目が輝き、背筋が伸びて、不審だった挙動が静止する。

 先ほどと同じ、いや先程以上にまばゆいオーラを放っている。

 さっきの配信直前もそうだが、私の言葉がどこまで響いているのかはわからない。

 一応年上として、社会を経験したものとして、彼女の最初のファンとして、本心から思ったことを言ってはいるつもりだ。

 けれども、言葉自体に力はない。

 もし力があるなら、私が勤めていた会社はもう少し業績が上がったはずだよ。

 毎日社長直々に集会と演説やってるんだから。

 あの一、二時間があれば、もう少し効率よく仕事ができると思うんだけどね。

 しかもあれ、昼にやるからなのか、なぜかお昼休みとしてカウントされてるし。

 

 

「喉飴取ってくるね」

『あ、はい。行ってらっしゃい』

 

 

 彼女は、そういって席を外した。

 のど飴を取りに行ったということは、肉体的な問題に意識が向いたということ。

 つまり、精神的な緊張はいくらか和らいだということでいいと思う。

 あと、出ていく直前、顔つきが少し柔らかかったような気がする。

 

 配信開始まで、後五分。

 がさがさ、という音を立てて彼女は戻ってきた。

 ああ、机の引き出しの中にのど飴入れてるんですね。

 手の届く範囲にそういうのがあるのは、いいことですよね。

 文乃さんはのど飴を噛み砕いて、ヘッドホンをつける。

 そのまま椅子に座って、パソコンを操作して、机の上に置いた私の耳元まで顔を寄せて。

 

 

「こんばぁんながねむぅ」

 

 

【きちゃ!】

【ふおおおおおおおお!】

【待ってまして!】

 

 

 眠くなるような、癒されるような、か細い囁き声とともに。

 夜の十一時に、しろさんは配信を開始した。




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第十四話『ASMR、耳かきとマッサージ』

20000PV、5000UA突破してました。
さらに日間ランキング57位になっていました。
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「こんばぁんながねむぅ、永眠しろだよ~」

 

 

【きちゃ!】

【うおおおおお!】

【待ってました】

 

 

 私の耳元で、あるいは彼らの耳元で囁き声が響く。

 囁き声でのあいさつから、しろさんによる初めてのASMR配信は始まった。

 因みに、今の彼女の服装はピンク色のジャージである。

 おそらくは、パジャマの代わりなのではないだろうか。。

 多分だが、彼女もこの配信が終わったらすぐに寝るつもりなのだろうと推測できる。

 彼女は、緊張しているゆえに起きていられるが、これで配信が終わったら、もはや意識を保ってはいられないだろう。

 

 

 時刻は既に二十三時。

 彼女は、どうもあまり夜更かしに慣れていないらしい。

 これから二時間配信をしたら、寝るつもりのようだ。

 いやまあ、スケジュール的に今日一日だけで四時間も話すことになるので、なるべく早く寝るのが正常ではあるかもしれない。

 

 

「今日は、ASMRでみんなのお耳を癒していくね。あ、コメント欄のみんなは、いつでも寝ていいからね?そのためにやってるものでもあるから」

 

 

【もう癒されてます】

【素晴らしい】

【ありがとう、ありがとう】

【チャンネル登録しました】

 

 

 彼女は、指を這わせて耳に触れた。

 そして、そのまま一定の感覚でとんとんと私の耳ーーの形をしている部分をたたき始めた。

 タッピングというものである。

 指を、マイクの耳の部分にあてて、とんとんと音を立てることによってリラックス効果を図る。

 しろさんは、耳の様々な箇所をタッピングしはじめた。

 耳の穴の傍から、耳の裏など場所を変えたり、リズムに変化をつけたり。

 雨音のような、刺激こそ低いが、どこか懐かしいような心地よさを感じる。

 それをしながらも、囁き声で視聴者をいたわることをやめない。

 

 

「さっき、お仕事終わったばかりの人もいるんだね。本当にお疲れ様。今疲れ果てた体で聴いてる人も、忙しくてアーカイブで見に来ている人たちも、みんな癒されていってね?」

 

 

「とんとんとん、はい、とんとんとん、はい、とんとんとん。どう、気持ちいいかな~?」

 

 

【あー】

【気持ちいい】

【最高】

【ありがとう】

【もう寝ます】

 

 

 コメント欄を見ると、どうやら彼ら彼女らも私と同じ気持ちらしい。

 画面の向こう側にいる者達は、どんなものなのかわからない。

 老若男女、きっと様々な人が彼女のことを見に来ている。

 そのせいもあるのだろうか。

 あるいは、単に慣れてきたせいか。

 しろさんに触れられている気恥ずかしさ以上に、胸の奥から温かいものがこみあげてくるような。

 これを言葉にするなら、安心感というのだろうか。

 優しい死神に、心も体も包み込まれているような、そんな気分にさせられている。

 

「ふうぅー」

『んふっ』

 

 

 耳に、吐息を吹きかけられたことで、思考が止まる。

 涼しいと感じられる風が吹いただけなのに、何故か耳がぞくぞくする。

 

 

「さて、じゃあそろそろ耳かきをやっていくね。」

 

 

 彼女は、机の引き出しから耳かきを取り出した。

 耳かきの匙の反対側に、ふわふわの綿のようなものがつけられている。

 昨日と同じ、梵天耳かきだ。

 リハーサルの時はなぜか膝枕だったが、今回は私を机の上に置いた状態でやるつもりらしい。

 まあ、機材の都合かもしれないね。

 

 

 私は、良く知らなかったが、梵天の端についている白い綿状のものは羽毛らしい。

 今日の夕方、文乃さんが検索して教えてくれたところによると、カモやアヒルなど水鳥の羽毛を束ねた代物だとか。

 で、何のためにあるのかというと残った細かい耳垢を取り除くためのものだという。

 完全におしゃれアイテムだと思ってたよ。

 更に付け加えると、梵天という名の由来だが、修験者の梵天袈裟のふさだとか、仏教やヒンドゥー教の神様に由来するとか様々な説があるらしい。

 なんで、そんなことを今考えているのかと言えば。

 

 

「ほーら、気持ちいい?くすぐったくない?いたくない?」

『ふおおおお』

 

 

 いかん、変な声が出てしまった。

 油断すると、耳かきに意識を持っていかれそうになるからだ。

 匙の方で、かりかりと耳かきをされつつ、耳元で時折囁かれる。

 絶え間なく、与えられる耳かきの音は心地よく、癒しを与えてくれる。

 一方、時折与えられる囁きは、奇襲攻撃であり、クリティカルヒットをたたき出す。

 

 

「じゃあ、次はこっちのふさふさで耳かきをしていくね」

 

 

 今度は、かりかりという音ではなく、かさかさという少しこもった音がし始めた。

 ふわふわした羽毛で、耳掃除をしているのだ。

 うん、なるほど。

 リハーサルでは匙の方だけを試していたが、こちらもいい音だな。

 まるで、羽毛に包まれているかのように、心が安らぐ。

 

 ◇

 

 

 それからほどなくして耳かきは終わり、しろさんは梵天を足元に置くと別の道具を取り出した。

 

 

「じゃあ、次はマッサージをするね」

 

 

 ちゃぽちゃぽと、瓶に入っている液体を手のひらに落としている。

 そして、オイルを掬った掌を私の耳にこすりつけていく。

 オイルを、耳に擦り付けて、耳の部分をマッサージすることによって音を出すらしい。

 オイルが、どういうものかは知らない。

 彼女の事前の説明によれば、柑橘系の香りがするものらしいが、私にはオイルの臭いもわからない。

 なのに、どうしてだろうか。

 どういうことなのだろうか。

 

 

【あー、なんだかいい匂いしてきた】

【しろちゃんの手は、柑橘系の匂いなんだね】

 

 

 人としての体を失い、嗅げるわけがないはずなのに、柑橘の香りが、ふわりと漂ってきた気がする。

 幻覚と言われても、構わない。

 昔の記憶を頼りに作り出されたものだったとしても、どうでもいい。

 だって、彼女は今、永眠しろはこんなにも。

 輝いている。

 

 

【すごい】

【はじめてのASMRのはずなのに、普通に心地よい】

【ママぁ】

 

 

 正直ここまでの時点で、かなり癒されている。

 私だけではなく、コメント欄のみんなも同じはずだ。

 

 

「さて、これから君の頭を、タオルでごしごししていくね」

 

 

 オイルマッサージ後は、ごわごわしたタオルで耳をこするマッサージである。

 なんというか、床屋を思い出すね。

 まあ今は髪がないけどね!

 耳を、側頭部と、頭頂部を、後頭部を、顔を。

 頭部全体をごしごしとこすってくれる。

 オイルも、ついでにタオルによって拭い去られている。

 先ほどまでのぺたぺたした感覚のマッサージとはまた違う、少し豪快ではあるが、粗野ではない。

 少しだけ強引なのは、嫌いじゃない。

 

 

「大丈夫?くすぐったいかな?」

 

 

 そうやって囁いている声も、本当に気持ちいい。

 本当に頭を拭いてもらっているような感覚。

 もしかしたら、子供のころには親にしてもらっていたこともあったかもしれない。

 ……ちょっと想像できないけどね。覚えてもいないし。

 

 

 

「はああー」

『んふううう!』

 

 

 と思ったら、また耳に息を吹きかけてきた。

 今度は、吹くのではなく吐きかけるタイプの熱のこもった吐息。

 耳を起点に、顔全体が温かくなる。

 背筋に電流が走ったような感覚がほとばしる。

 そのせいで、また変な声を出してしまった。

 

 

【助かる】

【ありがとう】

【びっくりした】

 

 

 とはいえ、聞いていた限りではもう今日の配信プログラムではこれで終わりのはずだ。

 そう思っていた私は。

 

 

「じゃあ、今からみんなには、私の心音を聴いてもらうね」

『?』

 

 

 そんな、予想だにしない、予定としてしろさんから聞いていなかった言葉に対して、私はフリーズした。

 




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第十五話『君の鼓動を聴きたい』

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 心音。

 心臓の鼓動の音であり、人が生きているということを示す音。

 日本という国で生活していれば、一度くらいは病院で心音を聞かれたことがあるだろう。

 とくんとくんと体内で脈打つその音を、マイクを通じて人に聞かせるというのが、心音ASMRというものだ。

 私は、心音ASMRを今日やることを知らなかった。

 彼女から聞いていなかったのである。

 リハーサルでもなかったし、アドリブなのだろうか。

 

 

【ヤッター】

【お、ついに来た】

【待ってました】

 

 

 が、コメント欄の反応を見ればすでに知っているという反応だった。

 おそらくだが、彼女はサムネイルなどでなにをやるのかを発信していたのだろう。

 それならば知っていてもおかしくはない。

 私、サムネイルは見ていないからねえ。

 

 

 そういえば、私は心音を聞いたことはなかったかもしれない。

 いや、あるにはあるのだ。

 心音を聞かせるというパートがあるASMRを過去に聞いていたことがあったりする。

 

 

 しかし、生前私はASMRを作業BGMとして活用していた。

 なので、リラックスしすぎないように、万が一に二も作業をしながら寝てしまわないように、音量を絞って聞いていた。

 それこそ、囁き声が聞こえるか聞こえないかギリギリのレベルまで。

 囁き声よりずっとか細い心音が、聞こえるはずはない。

 

 

 私は、ASMR配信者の裏側を知らない。

 彼女たちが、どのように音を収録しているのかは、裏の事情であり、視聴者に過ぎない私が知る必要は全くない。

 先ほども述べたが、心音というのはひどく小さい。

 声とは違い、体表に出ていない部分であるためだ。

 これは、普通に誰かと至近距離で会話しているところを想像してもらえばわかるだろう。

 ASMRで使われるような囁き声は、至近距離なら伝わるが、互いの心臓の音まではわからないだろう。

 心臓の鼓動をマイクで拾おうとすれば、まず間違いなくマイクに密着しなくてはならない。

 心臓がある、胸の部分を、である。

 

 

『…………』

 

 

 いやこれは、かなりまずい。

 膝枕の時点でも、かなり緊張したのに。

 胸を押し付けられるのはまずい。

 変な声を出さない自信がない。

 そろそろ、しろさんのASMRに支障をきたさないか心配である。

 

 

『心の準備をしなくては、般若心経を……いや覚えてないわ』

 

 

 先程から頑張って抑えているはずの念話が、自然と漏れる。

 まずいな。彼女の気を散らさないように、あくまでも声は出さないように抑えていたのに。

 いや、抑えきれてはいなかったわ。普通に声が漏れていたわ。

 それでも、どうにか心を静めねばと考えていたところで。

 

 

 しゅるり、という音がした。

 

 

『…………』

 

 

 いわゆる、衣擦れの音である。

 ごそごそ、という音も聞こえる。

 ぱさり、という何かが落ちる音も聞こえた。

 何かが、私の後ろで蠢いている。

 

 

 いや、違う。わかっている。私の後ろにいる生き物は、しろさんただ一人しかいない。

 私には、後ろが見えない。

 画面の中の、永眠しろさんのアバターとコメント欄しか見えない。

 いや、よく見ると画面に反射している文乃さんが見える。

 視聴者には見えていない、彼女の全身(・・)が余すことなく見えている。

 見えてしまっている。

 そのすぐそばに置かれている、ピンク色のジャージの上着も、見えている。

 しろさんは、椅子を引いて座り直した。

 そのまま腕で、私を抱きかかえた。

 先ほどまで、ジャージに覆われていたはずの白い二の腕が直接、私を包み込んでいる。

 

 

 

『あの、しろさん?あの、服は?』

「服はね、心音を聞いてもらうのに邪魔だから、うん、取っちゃった」

『…………大変失礼かもしれないのですが、その、下着、は?』

「ああ、下着も、上はつけてないよ(・・・・・・)?心音聴いてもらうのに、邪魔だから」

 

 

 ああ、うん。

 知ってた。わかってた。

 そりゃ服とかつけてたら邪魔でしょうよ。

 ただでさえ、筋肉とか骨とか皮膚とかにさえぎられてるのに。

 心音などを聴くための聴診器だって、少なくとも上着の上からは使わないもんね。

 因みに、視聴者には私の声は届いていない。

 だから、彼らにしてみればしろさんがただ説明をしただけに聞こえるだろう。

 

 

【ふあっ】

【エッ】

【その情報は助かる】

【おいおいおいおい】

【ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!】

【心音だからね、仕方ないね】

 

 

 コメント欄も、かなり盛り上がっている。

 いや盛り上がるどころか、早すぎて目で追いきれない。

 まあでも、配信が盛り上がる分には、別にいいのか。

 

 

「じゃあ、心音聴いてもらうね」

 

 

 頭部の向きを変えられて、そのまま耳を胸に押し当てられる。

 

 

『んひいっ』

 

 

 また変な声が出てしまった。

 彼女の白くてしっとりした肌が、私の耳に触れている。

 彼女の声も、しない静かな空間で、ただ一つ。

 小さな音がマイクに載って響き渡る。

 とくっ、とくっと音がした。

 それはささやかな、囁き声より小さな音で。

 それでもどこか力強くて。

 しろさんが、文乃さんが、確かに生きているのだと思える脈動だった。

 

 

 私は、まだこの子のことをほとんど何も知らない。

 私とは対極で、強者の側に立つ存在であること。

 なぜか、半年前に死のうとしていたこと。

 そして、今、夢を持ってその実現のために頑張っていること。

 それぐらいしか理解していない。

 

 

 私は、命を失い、人であることをやめている。

 そのことに後悔はない。

 むしろ第二の生を生きられていることを心から喜んでいる。

 だがそれはそれとして、彼女が今こうして生きていて、鼓動を響かせていることが。

 彼女の鼓動で、人が救われていることが。

 彼女が生きていてくれていることが、嬉しかった。

 その一助に、生前の私がなれたであろうことも。

 胸を直接的に(・・・・)押し当てられている緊張で、頭がどうにかなりそうではあったのだけど。

 

 

 それからほどなくして、心音ASMRは終わり、彼女は体を私から離して服を着た。

 

 

「じゃあ、これで配信を終わりにしようと思います。まだ聞いてくれてるみんな、おやすみなさい」

【おやすみ】

【最高だった】

【これはヘビロテ不可避】

 

 

 こうして、永眠しろ初めてのASMR配信は幕を閉じた。

 視聴者たちの心を、癒しながら。

 私の心を、大いにすり減らしながら。

 

 

 ◇

 

 

「終わった終わった―」

『…………お疲れさまです』

 

 

 正直少々、いやかなり疲れた。

 肉体的な疲労は全くないが、緊張からくる、精神的な疲労がすごい。

 思えば、人生において一度も女性とは縁のない人生を送ってきた。

 高校生のころから、勉強とバイトに生活のほぼすべてを費やす日々を送ってきた。

 正に、灰色の学生生活を過ごしてきたので無理もない話か。

 そんな自分が、女子高生に胸を直接押し当てられて、心音を聞かされる日がこようとは。

 いやまあ、別に彼女は私ではなく私を介して画面の向こうの視聴者に伝えていたのだけれど。

 

 

「あれ?」

 

 

 文乃さんは、パソコンの画面をまじまじと見ている。

 いや違う。

 画面を観ながら、何かを考えている。

 まずいな。

 気づかれた(・・・・・)かもしれない。

 

 

「あの、君に、一つ訊きたいんだけどいいかな?」

『な、何でしょう』

 

 

 私には、彼女の顔が見えない。

 見える位置に、いない。

 あと、目線を彼女の顔の部分に向けていない。

 合わせる顔がないからだ。

 見てはいけないものを観てしまったからだ。

 だが、彼女の声には感情と、有無を言わせぬ圧力が乗っていた。

 

 

「――見た?」

『え、いや、あの、そのですね』

 

 

 私は、嘘が下手だ。

 このことで、損をすることはあれど、得をしたことは人生において一度もない。

 だがしかし、この場では嘘をつかなくてはならないはずだ。

 どうにかして、この場を切り抜けなくてはいけない。

 私は、弱者代表社畜として数多のクレームにも負けず、叩き潰されながら耐えてきた実績がある。

 相手はたった一人だ。

 怒鳴りつけてくるタイプでもない。

 暴力的傾向もない。

 どうにかなる相手のはずだ。

 言葉を選べ。

 丸め込め。

 相手をごまかせ。

 私は、口を開いた。

 

 

『い、いや、あの、見てないっつ、よ?』

「…………」

『……見てないです』

「…………」

『…………すみませんでした』

 

 

 いやあの、圧が思ったよりすごかった。

 怖くて、文乃さんの顔が見られない。

 ゆっくりと、視線を上にあげて彼女の顔を見る。

 彼女の顔は、見たことがない程赤く染まっていた。

 例えるなら、ぐつぐつと溶岩が煮えたぎる、噴火寸前の活火山。

 羞恥と、怒りが血流を促進した結果だろう。

 目には涙がにじんでいる。

 正直、大変可愛らしい顔だったが。

 

 

 ◇

 

 

 その後、彼女の絶叫と説教は一時間ほど続いた。

 まあ正直、怒る理由もわかるし、嘘をついてごまかそうとした時点で私にも問題があるのは事実である。

 そもそも、こういう状況においては男が悪いと相場が決まっている。

 一時間もの間怒られた後、彼女はそのまま緊張の糸が切れたのちにそのままベッドに倒れこんで眠ってしまった。

 

 

 そして、翌朝も謝り倒して、なんとか許してもらえたのだった。




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第十六話『マンネリ化と新規開拓』

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 新人Vtuber、永眠(ながねむ)しろがデビューしてから早くも一か月が経過していた。

 彼女の配信内容は、概ね二パターンに分類される。

 

 

 一つは、漫画やアニメなどを話題にしたオタクトークを中心とした雑談配信。

 初配信こそ夜だったが、それ以外の雑談配信は朝か昼に行うことが多い。

 朝、寝起きとともに配信を始めるか、昼食を取りながら始めるか。

 ふわっと、緩い雰囲気で始まる雑談配信は、人気だった。

 冥界出身というだけある、落ち着いた雰囲気をたたえた見た目の彼女が熱く好きなものについて語る配信は、おおむね好評だった。

 

 

 トークの内容は丁寧で、何かを貶めたり、人を傷つけないように配慮していることが伝わる温かい喋りである。

 間の取り方も絶妙で、面白いというよりはどちらかというと癒されるとか可愛らしいという方が近いと思う。

 私としても、昔に読んだり観たりした作品について彼女が語ってくれるのは嬉しいし、新鮮だった。

 彼女は、最近漫画やアニメなどにはまったらしく、視聴者のおすすめなどを聞きながら新たな作品を摂取し続けている。

 そして、その感想をまた配信で話す。

 視聴者たちは、しろに見て欲しいがために、コメントでまた作品を布教する。

 そういう、好循環が続いていた。

 

 

 もう一つ目は、ASMR配信。

 声がよく、加えて初心者とは思えないほどの技術も持っている彼女は、私と疲れ切った視聴者の耳を心ごと癒していた。

 別に、過度に性的なことをしているわけではない。

 そもそも、ささやきや吐息、彼女はしていなかったが耳舐めなど、性的なイメージを持たれるASMRだが、U-TUBEにおいてはそこまで性的なものは少ない。

 U-TUBEは子供でも見れるように、過度に性的なコンテンツは削除されたり年齢制限がかかるようになっている。

 いわゆる、「おかず」になるようなものは、大抵別のプラットフォームで行われているのだ。

 そもそも過度に性的にせずとも、彼女のASMRに惹かれるものは多かった。

 付け加えて言えば、U-TUBE上で行われているASMRは

 実際、雑談配信より遥かにASMR配信の視聴回数は多い。

 おそらくだけど、ASMRだけを見に来ている層が多いのだろうと思う。

 実際、私も生前ASMR配信だけを見て、他の配信は観ないということもあったしね。

 

 

 そして、極めつけはこれを毎日やっていること。

 つまり、毎日二回行動していること。

 配信時間だけでも毎日合計四時間。

 加えて、配信のネタ集めやリハーサル、アーカイブを見返しながらの反省会などもある。

 

 

 これに、高校生としての学業も加わる。

 かなりハードなスケジュールであるが、今のところ問題なく、体調を崩すこともなくなんとかなっている。

 あまり私にはよくわからないが、喉スプレーやのど飴など、喉のケアも入念に行っているようだ。

 そんな生活をひと月続けた結果、彼女のチャンネル登録者数と、配信時の同時接続数は順調に伸び続けていた。

 

 

 付け加えれば、彼女の力だけではないらしい。

 文乃さんが言うには、広報担当の力が大きいんだとか、なんだとか。

 以前見かけたメイドさんは、単なるお手伝いさんというわけではない。

 文乃さんのVtuber活動のサポートが主な業務であり、三人で文乃の活動をサポートしているらしい。

 

 

 SNSの管理などを中心に行う、広報担当、氷室さん。

 サムネイルの製作や、機材などの設定をする機材担当、雷土さん。

 スケジュールや体調、メンタルの管理や外部との連絡、経理などを行う、マネージャー担当の火縄さん。

 

 ……いやあの、はい。

 初めて聞いた時は私も驚きましたよ。

 『そんなことまでメイドさんってやるの?』って反射的に突っ込んじゃったもんね。

 生前色々あって感情がほとんどなくなっていたんだけど、マイクに転生してから感情を揺さぶられることばかりである。

 機械より感情がない人間を嘆くべきか、人より感情豊かな機械としての今を喜べばいいのだろうか。

 閑話休題。

予算などの周辺環境を気にする必要が全くないというかVtuberとして活動するのには恵まれすぎているレベルの環境も、彼女の躍進に一役買っているということらしい。

 

 

 ビジュアル、声の良さ、そして毎日二回以上(・・)行動という配信頻度の高さによって、彼女は順調に登録者やファンを増やすことに成功していた。

 

 

 だが、彼女には悩みがあった。

 Vtuberには、常に悩みが付きまとう。

 そもそもが、常に感情のこもった数多のコメントを投げられる仕事である。

 それが好感からくるものであれ、悪意からくるものであれ、わずかではあるが疲弊する。

 無数の言葉を受け止め続ければ、普通の人であれば壊れてしまう。

 さらに言えば、発言一つで炎上してしまうリスクもある。

 なので常に気を使いながら話さなくてはならない。

 そんなストレスのかかる生活をしなくてはならないのだ。

 メンタルケア担当のメイドがいる彼女にとっても、それは例外ではない。

 デビューして一か月、彼女の悩みは徐々に大きくなっていき。

 私に相談するまでに至った。

 それは、端的に言えば。

 

 

『……ネタ切れ?』

「……うん」

 

 

 漫画家と担当編集がしていそうなやり取りをしてしまった。

 端的に言えば、マンネリ化、或いはパターン化である。

 まあ確かに、毎日毎日同じ配信を二回してるだけだもんね。

 もちろん、雑談配信の時間帯を変えることはある。

 なんなら余裕がある日は、朝と昼に雑談配信を行う三回行動をすることもある。

 だが、基本的なコンテンツとしては変わらない。

 これは、いいことでもある。

 それでもなお、来てくれる人がいるということは、コンテンツとして安泰であるということで、固定客をつかむことに成功しているのだから。

 現状維持には成功している。

 だが。

 

 

「でも、同じことばかりだとマンネリ化してしまうから、良くない気がするんだよね」

『ふむ……』

 

 

 まあ実際、Vtuberを見に来る層は、大なり小なり何かしらの刺激というか非日常を求める人が大半のはずだ。

 私がそうであったように、非日常を経験したいからこそ二次元と三次元のはざまにいるコンテンツたるVtuberにもそれを求めるものは多いと思う。

 

 

「現状維持は出来てるけど、それだけじゃダメなんだよ」

『まあ、そうですねえ』

 

 

 現状維持に回った、コンテンツは廃れる。

 そして何より、彼女はバズらなくてはならない理由がある。

 彼女の目的は、音を通して人を癒すこと。

 そして癒す人数は、多ければ多いほどいいに決まっている。

 わざわざメイドの一人に広報をさせているのは、そういう理由なのだろう。

 彼女の活動は、金銭をモチベーションにしていない。

 だからこそ、自己実現と野心に対して彼女の心はまっすぐだ。

 

 

 メイドさんたちに相談すればいいのではと思ったが、彼女たちは割り当てられた仕事以外はやらない主義らしい。

 メンタルのケアを行おうとはするが、企画を一緒になって考えることはしないつもりらしい。

 気持ちはわかる。

 私だって、給料以上の仕事はしたくないし。

 ……したくなかったし。

 まあ本来、こういう自己プロデュースは配信者の仕事である。

 彼女が一人で考えるべきだが、そうやって突き放すのもそれはそれでどうなのかと思う。

 正直に言えば、私も彼女が悩んでいることには気づいていた。

 ただ、その悩みが具体的にどういうものかはわからなかった。

 活動について、私が口をはさんでいいのかどうかわからなかった。

 そして今日まで聞かなかった結果、彼女の方から相談を受けた。

 さて、どうしたものか。

 私自身、この問題についてどうすればいいのかわかりかねる。

 方針を変えれば、今まで付いてきてくれた人たちが離れてしまう可能性もある。

 かといって、新規の顧客を取り込む工夫をしなければ、彼女の望みは叶わない。

 つまり必要なのは、既存の顧客を置き去りにしない程度の変革だ。

 それをするために、すべきことは。

 

 

『とりあえず、視聴者さんに直接訊いてみたらどうでしょう?それかマシュマロを見てみるとか』

「それもしてるんだけど、リクエストは耳舐めとかくらいしかないかなあ」

『あー、年齢制限とかついても面倒ですしねえ』

「でもそっか、配信で訊いてみるってのはいい考えだよね。ありがとう」

『なぜお礼?』

「なんというか、人に頼るってことがあんまり今までなかったからさ」

『…………』

 

 

 彼女が自殺を試みた理由が分かった気がした。

 辛いことがあった時、苦境に追い込まれた時に。

 味方がいないという事実は、人の心をむしばむ。

 それこそ、死にたくなるほどに。

 

 

「頼りにしてるね、相棒」

『……こちらこそ、頼りにしてますよ、文乃さん』




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第十七話『咀嚼ASMRという可能性』

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 あくまでも、活動しているのが彼女である以上、私があまり口出しをし過ぎるのはよろしくないと思っている。

 むしろ、私は一視聴者くらいのスタンスで十分だとすら考えている。

 まあ、文乃さんも色々な意見を取り入れようとしているのは確かである。

 

 

「というわけで、いろいろ新しいことをやってみようと思っておりまして……」

 

 

 そう、今日の雑談配信で彼女が切り出した。

 

 

 

【なるほど、了解!】

【前言ってた琴配信はどう?】

【咀嚼ASMRをやって欲しい】

【金属音ASMRとか?】

【耳かきオンリーASMRとかやって欲しいかも】

 

 

「うおおお、コメントがすごいことになってるね。咀嚼、かあ。なるほどー、今度やってみようかな」

 

 

 

 咀嚼ASMRというのは、ASMRの一種だ。

 人が食べ物を噛む音を流すというもの。

 個人的な感想だが、飴やせんべいなど固いものを咀嚼している人が多いイメージだ。

 私はあまり聞いていなかったジャンルだが、確かに新鮮ではあるかもしれない。

 

 

【おっ、マジか】

【楽しみにしてます】

 

 

 

「ちょっと準備に時間がかかると思うから今日は無理だけど、まあ明日にはできるんじゃないかな」

 

 

【無理はしないでね、ただでさえ毎日配信してるんだから】

【しかもほぼすべてが二回行動という】

【この前の土日は朝配信含めて三回行動だったからね……】

 

 

「あ、ありがとう。でも、今のところ無理はしてないから大丈夫だよ。ちゃんと一時から七時まで寝てるしね」

 

 

 それは事実だ。

 実際、彼女はなんだかんだと睡眠時間は確保できている。

 

 

【ちゃんと寝ててえらい】

【良かった】

 

 

 そんな感じで、今日の雑談配信も平和にかつ有意義なものとなった。

 

 

「咀嚼、やっぱり揚げ物が多いみたいだね」

『ですねえ』

 

 

 雑談配信の後、ASMR、咀嚼で文乃さんがネット上で検索をかけてみたところ、半分くらいがフライドチキンやポテトといった揚げ物を咀嚼するというものだった。

 おそらくだが、カリカリサクサクとした衣を食べるときの音が好評なのだろう。

 どういう音を好むのかは、人に寄るし一概には言えないだろうが、おそらくは乾いた音が好まれやすいのではないだろうか。

 あと、あまり湿った音、というか水音を立てすぎると官能的(センシティブ)であると判断されて、配信のアーカイブ(生放送の録画のこと)やチャンネルが削除されてしまう可能性もある。

 リスクヘッジ的な意味でもいいのかもしれない。

 

 

『あ、あとやっぱり飴とか琥珀糖も人気みたいですよ』

「お、そうだね」

 

 やっぱり、固いものを食べたほうがいい音が出やすいのということだろう。

 そもそもやわらかいものだと、まんまクチャラーになりそうだからね。

 仕方ないね。

 

 

「とりあえず、厨房に明日は夜食でフライドチキンとフライドポテトを用意するように言っておこうかな。あと、穂村さんには咀嚼ASMRのサムネイル制作をお願いしておいて……」

 

 

 スマートフォンを取り出して、彼女は使用人へと何事かメッセージを送る。

 その後も、ぽちぽちとスマートフォンをいじっている。

 

 

『文乃さん』

「何かな?」

 

 

 スマートフォンから顔も上げずに、彼女が返事をする。

 メッセージを送った後も、おそらく何かしらをしている。

 エゴサーチや、SNSにおけるリプライのチェックだろうとあたりをつける。

 

 

 彼女は、多忙だ。

 サムネイル制作など、作業の多くを人に委託しているとはいえ、配信だけで一日に四時間は使っている。

 加えて、SNSのエゴサーチやU-TUBEのコメント欄への返信などにもかなりの時間を擁しているはずだ。

 そういったサービスの一環も、どうせバレないのだからメイドにも任せればいいと思うのだが、彼女はそこは譲るつもりはないらしかった。

 普通の高校生であれば、到底回らない。

 では、どうやって回しているのか。

 単純である。

 彼女は、Vtuber以外のことをほとんど放置している。

 彼女は、ここ一か月、一度も家から出ていない(・・・・・・・・)

 当然、学校にも行っていない。

 

 

『学校、行かないんですか?』

「……っ!」

 

 

 びくりと、彼女の方が震える。

 ゆっくりと、彼女が顔を上げる。

 彼女は、私を見たことがない表情で見ていた。

 まるで、怯えているかのような。

 いや、違う。

 これは私に怯えているわけではない。

 私を通して何か(・・)を見て、その何かが怖くて震えているように、私には見えた。

 まあ、ただの勘なのだが。

 とにもかくにも、怯えさせてしまった以上フォローしなくては。

 

 

『いやあの、すみません。ごめんなさい』

「いや、ううん気にしないで。説明してなかったよね」

 

 

 首を振って、耳にヘッドホンをつけて、彼女は切り替える。

 つけるといっても、装着しているわけではない。

 ただ頭にのせているだけだ。

 ……彼女なりに、気分を変えるためのルーティーンなのだろう。

 彼女は、そのまま言葉を紡ぐ。

 

 

「私は通信制の高校に通っているんだ。だから、登校の必要はほとんどないの」

『ああ、そういうことでしたか』

 

 

 なるほど。通信制の高校か。

 確か、登校する代わりにオンラインで授業を受けたり、テストを受けたりすることで単位を取得するんだよな。

 全く行かなくていいわけではないだろう。

 少なくとも、初めて出会った日には高校の制服を着ていたわけだしね。

 

 

『ちなみに、課題とかってどうなってるんです?』

「答え写して五分で終わらせてる」

『……どうやって処理してるのかを聞いたわけではないです』

 

 

 どういうものが出されるのか、を訊いたつもりだったんですが。

 というか本当に進級できるんでしょうか。

 おじさんは心配です。

 せめて高校くらいは卒業したほうがいいと思うんですよ。

 

 

『ちなみに、登校ってどれくらいの頻度で行くことになってるんですか?』

「高校にもよるらしいし、人によっても違うらしいけど私の場合は二か月に一回かな。だから今月はいかないといけない」

『なるほど』

「そういえば、言い忘れてたんだけど、明日動画撮るね」

『え』

 

 

 

 全く予期していなかったことを言われて、流石に驚かされた。

 

 

『急ですね……』

「いやまあ、今思い出したからさ」

『ああ、学校に行くことで配信時間が取れない日があるから、埋め合わせるための動画ってことですか?』

「正解!さすがに回線的に学校やリムジンの中で配信できないしね」

 

 

 いや、回線とかそういう問題ではないと思うのだけれど。

 家の外、防音設備がない状態で配信すれば身バレのリスクが上がる。

 外の天候などでも、ある程度絞れてしまうのだから。

 このお嬢様は、時折ずれた言動が目立つ。

 

 

『それで、具体的には何をするんですか?』

 

 

 動画をわざわざとるからには、ある程度きちんとしたものではあるのかもしれない。

 少なくとも、今までの雑談などではないはずだ。

 

 

(こと)の演奏でもしようかな」

『箏?』

 

 

 ◇

 

 

 

『思ったより、大きいですね』

「わかるなー。私も始めてやらされた時はそう思った」

 

 

 どんな感じなんだろうと箏の画像を見せてもらった感想である。

 様々なものを、彼女は与えられたのだろう。

 私を含めて、様々な物品や金銭を与えられ、箏をはじめとした技術も惜しみなくつぎ込まれた。

 親に学生時代のバイト代を差し押さえられていた私とは大違いだ。

 

 

 正に強者。

 強いということは、望まれるということでもある。

 プロスポーツ選手がメディアに狙われるように、人々から注目されるように、スポンサーから金銭を与えられるように。

 彼女もまた、強者として生まれた以上、様々なものを与えられ、求められてきたはずだ。

 それを、彼女はどう思っているのだろうか。

 喜んだのか、あるいは望んではいなかったのか。

 答えは、私にはわからない。

 

 

 ともあれ、急遽、動画収録が始まろうとしていた。




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永眠しろさんへのマシュマロです。
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第十八話『はじめての動画収録』

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 その日は、朝からどたばたと忙しかった。

 初めての、動画撮影。

 しろさんは、いつもよりさらに早く起きていた。

 さらに、その日は珍しくメイドさんが三人まとめて来た。

 文乃さんが、メイドさんたちを入れることはほとんどない。

 食事などができても、部屋の中に入れず、手前に置いておかせるだけ。

 そんなレベルである。

 

 

 例外は、二つ。

 

 

 一つは、掃除。

 文乃さんの部屋は大きい。

 そこらの学校の教室と同じか、それより広いかもしれない。 

 そんなもの、文乃さん一人で掃除できるはずがない。

 まして、私を含めた精密機械も多数置かれている。

 必然的に、求められる掃除のレベルだって上がっているのだ。

 当然、メイドさんたちがやるしかない。

 因みに、メイドさんたちが掃除しに来ているあいだ、文乃さんはたいていお風呂に入っている。

 というか、彼女がお風呂に入る時間に来るよう、メイドさんたちに文乃さん自身が指示を出しているらしい。

 閑話休題。

 

 

 二つ目は、機械のトラブルの解決。

 どういうわけか、機械の調子が悪く、うまく配信ができないということが度々ある。

 あるいは、そもそも文乃さんが機械の扱いを間違えていることもある。

 そういう時、彼女にアドバイスをしたり、機械を直したりするのも、メイドさんの役割だそうだ。

 私は、現代日本のメイド事情に明るくないのでよくわからないが、最近はこういったことまで求められるのだろうか。

 かなり、少数派な気はするのだけれど。

 因みに、私を設置した時もそれに当たる。

 そういえば、メイドさんたち、あの時文乃さんが帰ってくるまでの間に作業を終わらせていたな。

 あれも、そうするように指示が出ていたのだろうか。

 よっぽど、顔を合わせたくないということだろうか。

 まあ、人づきあいが得意なタイプではないだろうしね。

 ともかく、今日に関してはその二つ目だ。

 

 

 何しろ、初めての動画収録だ。

 色々と準備することがあるらしい。

  

 

 

 まず、メイドさんたちが運んできたのは(こと)だった。

 ずいぶん大きい。

 人の背丈ほどもあるだろうか。

 とはいえ、世の中にはパイプオルガンとかいう文字通り家屋サイズの楽器もあるのであまり深く考えない方がいいかもしれない。

 

 

 初めて音楽の教科書で見た時は、何かの間違いじゃないかと思った記憶がある。

 琴を直接見るのは初めてだが、原理自体はそう珍しいものではない。

 弦楽器の一種であり、ぴんと張られた弦を、爪という装着具ではじくことによって音を出す。

 弦の太さや、長さなどによって音色を調節する。

 それだけ聞いていると、ギターに似ているなと思う。

 琴の特徴は、中央にあるブリッジと呼ばれるものではじく弦の長さを、ひいては音の高さを調節できることにあるらしい。

 ということを、文乃さんから聞かされて私は知った。

 流石に、幼少期からやってきたというだけのことはある。

 

 

 さて、なぜ私がこんな風に長々と考え事をしているのか。

 それは、端的に言えば、暇つぶしである。

 

 

「お嬢様、大変よくお似合いですよ」

「ありがとう。それじゃあ、また収録が終わったら呼ぶね」

「はい、何かあれば、いつでもお言いつけください」

 

 

 メイドさんたちが、全ての用事を終えて出ていった。

 先ほども言ったが、今回文乃さんがメイドさんたちを部屋に入れたのは動画を収録するための準備である。

 琴の運搬。

 機材の調整。

 そして、もう一つ。

 

 

「はい、もういいよ」

 

 

 そこまで考えたところで、私の思考は百八十度回転させられた視界ごと、現実に戻される。

 やったのは、文乃さんだ。

 そのはずだ。

 

 

『…………』

「どうかしたの?」

『いやあの、本当に文乃さんですか?』

「それはどういうことかなあ!」

 

 

 何か勘違いしているらしく、むっとしている文乃さんを目にしても私には弁明をしている余裕はなかった。

 赤を基調とした、花の文様があちこちに入った着物で、帯はクリーム色。

 足には、白い足袋を履いている。

 それが、彼女のつやのある黒髪と、透き通るように白い肌にはよく似合っている。

 髪は、ボブカットを一つ結びにして、かんざしを挿している。

 いわゆる、和風の美人のテンプレートがそこにあった。

 はっきり言って、めちゃくちゃかわいいし、綺麗だと思った。

 

 

『き』

「き?」

『着付け結構時間がかかったんですかね?』

「そうだね。まあでも、雷土さんが頑張ってくれたから、結構早く終わった方かな。私一人ではできないことだしね」

 

 

 そう、着替えをしてたから、顔の向き変えてもらってたんだよね。

 メイドさんたちは不思議そうな顔をしていたけど、彼女が「謎のこだわり」でごり押したらしい。

 私や文乃さんからすれば、「異性に着替えを見られたくない」という当然の心理だと分かるんだが、メイドさんにそれを言っても理解されるわけないしなあ。

 

 

「じゃあ、はじめるよ」

『了解です』

 

 

 しろさんは、機械のスイッチを押して、録音を開始した。

 

 

「こんにちながねむ。永眠しろです。今日は、琴を弾くASMRをやっていきますね。正直ちょっと自信がなかったので、今回は動画での収録となっています」

 

 

 そんな挨拶をして、琴に手をかける。

 因みに、今日の彼女はなぜか着物を着ている。

 桜色をベースとした、花柄をあしらった着物。

 彼女は、あまり動きづらい服は好んでいない。

 部屋では普段、ゆったりした服を着ていることが多い。

 昼までパジャマを着て、風呂に入った後はまた別のパジャマを着ているということも珍しくはない。

 なので、きっちりした服装というのは制服くらいだったのだ。

 だがしかし、今の彼女は。

着物を着て、琴の前に正座しているしろさんは、まるで一枚の絵画のように見えた。

 清楚で、気品があり、美しい。

 

 

「じゃあ、何曲か弾いていこうかな」

 

 

 彼女が弾いたのは、桜をテーマにした、曲だそうだ。

 少なくとも、事前に彼女からそう聞いていた。

 音としては、学校で弾かされたことのあるアコースティックギターに近いように思える。

 どちらも弦楽器だから、当たり前か。

 多分厳密には違うのだろうけど、少なくともそこまで繊細には聞き分けられない。

 はるか昔の、記憶だからね。

 けれど、はっきりとわかる。

 和の雰囲気をまとった彼女が、弾いている琴の音色は。

 私の弾いていたギターなどとは、比べ物にならない。

 川の流れるような音が、はらはらと散る桜を連想させるような曲調が。

 着物を着て、ただ一生懸命に弾いている彼女の真剣な顔つきが。

 ただただ、全てが美しかった。

 光を見た。

 恵まれた家に生まれ、同時に優れた強者であることを求められた。

 それ故に、磨き、磨かれた。

 彼女の強者としての修練の果てが、そこにはあった。

 ぽろん、ぽろんという琴の音はまさに和風そのものだ。

 

 

『…………』

「はい、これで一曲目終わりです。次の曲に行かせてもらうね」

 

 

 それから、彼女は一時間ほど弾いていた。

 曲名は、わからない。

 何をモチーフにしているのかもわからない。

 けれども、ぼんやりと思い浮かぶ。

 緑の木々に覆われた、里山が。

 はらはらと散る、紅葉が。

 あるいは、瓦屋根にしんしんと降り積もる雪が。

 そういうイメージが脳内にあふれてくる。

 

 

 何曲かひいて、収録は終わった。

 

 

 ◇

 

 

「どうだった?」

 

 

 しろさんは、着物を着たまま目を輝かせて感想を求めてくる。

 素直に答えることにした。

 

 

 

『とても、綺麗でしたよ。しろさん』

「ふえっ」

 

 

 ぽん、と顔を着物と同じ色に染めて、彼女は目を逸らした。

 あれ待って、何か誤解されてませんか?

 

 

「な、何を言ってるの!私の着物の話じゃなくて、演奏がどうだったかってことだよ?」

『ええ、ですから演奏が綺麗だったなと』

「ああ、うんそっかそっか」

『でも、それはそれとしてしろさんの着物姿も綺麗だったと思いますよ』

「だ、だから、そういうこと言うのがよくないんだって!絶対君前世ではプレイボーイだったでしょ!」

『いやそんなことはないですよ、本当のことを言ってるだけですし』

 

 

 そもそも、以前にも言ったような気がするのだが私には女性経験はない。

 というか、ぶっちゃけこれは私が手馴れているのではなく、彼女が慣れてないだけなんだと思う。

 免疫なさすぎじゃない?

 正直、女子校から女子大に行った女性よりも免疫が薄い気がする。

 将来が心配だよ、私は。

 

 




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第十九話『収益化記念、感謝のマシュマロ読み』

今回は、事前に読者の方々からいただいた、しろさんへのマシュマロを読んでいく回となっています。
話の都合上、ある程度マシュマロの内容を変えている場合があります。ご容赦ください。
送ってくださった方、ありがとうございます。


10000UA突破してました。
ありがとうございます。
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 収益化。

 それは、動画投稿者や配信者にとっての節目である。

 U-TUBEというプラットフォームで収益化を達成するための条件は二つ。

 一つは、チャンネル登録者数が一定以上を達成すること。

 もう一つは、動画の総再生時間が一定以上を突破すること。

 この二つの条件をクリアしたものが、U-TUBEに申請し、受理されれば収益化が可能である。

 動画が再生されることによって得られる広告収入や、視聴者が活動家に金銭を送るスーパーチャットなどのサービスが解禁される。

 

 

 さて、収益化をクリアするというのは活動者本人にとってはもちろん、ファンにとっても一大イベントである。

 ゆえに、Vtuberは収益化をクリアすると収益化記念配信を行うのが通例となっている。

 

 

 そしてこれは、永眠しろさんにとっても例外ではない。

 歌枠、マシュマロ読みなど、なんらかの形で視聴者への感謝を伝えるために配信を行うのがセオリーとなっている。

 彼女が選んだのは、マシュマロ読みだった。

 もともと、つい最近視聴者に活動に関する意見を送ってくれるように頼んだというのもある。

 そのため、マシュマロにはいくつか企画案が送られてきていた。

 それ以外にも、しろさんに訊きたいことを純粋に送ってくる人もいた。

 このマシュマロ読みをきっかけに、新たな企画案がまとまれば一石二鳥ではないか。

 そんな考えのもとに、しろさんはこの配信を行うことを決めたのであった。

 

 

 すでに、金銭を払うことで色つきのコメントを送ることができるというサービスであるスーパーチャットをしろさんはオンにしており、配信前から何人かが【お祝い】などと主張してスーパーチャットを投げていた。

 

 

「はい、こんばんながねむー。永眠しろです。今日は、収益化記念ということでマシュマロを読んでいくという配信を……ふえっ、何これえええ!スーパーチャット多くない?数も、額も」

 

 

 

【いつもありがとう。本当に、しろちゃんのASMRが日々の癒しになってるし、生活の糧になってるんだ。本当にありがとう¥50000】

【¥240】

【お祝い¥600】

【祝、収益化&スーパーチャット解禁。これでしろちゃんに貢げるぜ¥3000】

【リアクションかわいいな、おい】

 

 

 しろさんは、スーパーチャットに驚いてはいるが、今までに永眠しろに使われてきた額に比べればはした金だろう。

 だが、別に彼女は演技で驚いているわけではない。

 勘だが、本当に、純粋に、彼女は送られてくる額に驚いているし、多いとも思っている。

 

 

 おそらくだが、お嬢様ゆえに何でも買ってもらえるからこそ……彼女は高額の現金を持たされたことがほとんどないのではないだろうか。

 そもそも、現金を持ったことすらないかもしれない。

 彼女くらいになると、本当に何でもかんでもお手伝いさんがやってそうなんだよな。

 ともあれ、スーパーチャットに対してリアクションを取らないのは失礼という印象を与えることもあるので、彼女のリアクションは完璧ともいえる。

 

 

「いや本当にすごいことになってるって……。スーパーチャット、全部はこの場では拾いきれないから、配信の本編が終わった後に読み上げる形をとらせてもらうね」

 

 

【了解】

【無理はしないでね。ただでさえ、毎日配信もあるんだし】

 

 

「無理はしないし、してないよ。というか、みんなも無理はしないでね。お願いだから、ちゃんと生活に支障が出ない範囲にしてくださいね?」

 

 

【はーい】

【ちゃんと、真面目な話するときは敬語になるところ好き】

 

 

 

 まあ、スーパーチャットしすぎて借金抱えたり、親の貯金とか崩した例もあるからねえ。

 そうやって呼びかけるのも大事ですよ。

 ちなみに私は、スーパーチャットはしたことがない。

 しろさんには言っていないが、ぶっちゃけ一番嫌いなシステムだからね。

 

 

 ◇

 

 

 

「さて、今回の配信は初配信のようにあらかじめ募ったマシュマロを読んでいき、回答していくという配信だよ。

ではでは、まずは一番多かったマシュマロからいくね」

 

 

 そういって、彼女は事前に取り込んで置いた十数枚の画像から、一つを選んで配信画面上に表示した。

 それは。

 

 

【耳舐めASMR】

 

 

 うーん、シンプル。

 

 

「これが一番多かったね。いや本当に、もしかして同じ人が送ってるんじゃないかなと思ったんだけど、耳舐め系の要望が一番強いんじゃないかなって思います。耳舐めというコンテンツがいかに人気であるかということがわかるよね」

 

 

 まあ、わかるよ。

 ASMRって言われて、一番人気があるのが何って言われたらたぶん耳舐めだもん。

 だからリクエストが集中する気持ちもわかる。

 

 

「あ、ちなみにだけどこんなのも来てたよ。耳舐め関連だから、こっちのも上げておくね」

 

 

【ASMRいろんなのありますが、王道というか、あくまで清楚系でやっていってほしくあります。例:オイルマッサージはいいけど、耳舐めはNG(恥ずかしいからとかで)】

 

 

 なるほど。

 逆に、耳舐めをやって欲しくないという意見だ。

 これも、理解できる。

 耳舐め、というのはASMRの中でもセンシティブなものだ。

 そちらにかじを切らず、綺麗なままでいて欲しいという気持ちもまた、ファンならではだろう。

 汚れたような気持になるのかもしれない。

 耳舐めというコンテンツが人気であるがゆえに、なおのこと。

 

 

 

 さて、耳舐めをしても、しなくても、ファンを裏切る結果となるわけだが。

 しろさんは、一体どのような決断を下すのかな。

 実のところ、これについては文乃さんに相談を受けていた。

 そしてそこでは、具体的な答えは出なかった。

 私は、あくまでも活動方針の最終決定は、彼女にあると考えている。

 双方のメリットデメリットを列挙していったうえで、年長者としてあるいはマイクとして相談に乗ることは出来るが、最後は彼女が道を選ばなくてはならない、ということをはっきりと伝えた。

 一応、今回選んだマシュマロは、私も全て目を通している。

 ほぼすべてが、企画案であり、それをどうするかという意見を求められたから正直に思うところを話しはしたが、あくまで選ぶのは文乃さんであり、しろさんであるというスタンスは曲げなかった。

 

 

「とりあえず、の話をすると耳舐めをやるつもりは今のところないよ」

 

 

【そうなんだ】

【何で?】

【えっ】

【ちょっと安心した】

 

 

 コメント欄は、賛否両論。

 いや、少し否が多いだろうか。

 まあ、耳舐めを求める声の方が大きいのだから、そうなるのも道理か。

 

 

「えっと、落ち着いてみんな。いまから、ちゃんと理由を説明するから」

 

 

【了解!】

【そうだね、いったん落ち着こう。まずは服を脱ぎます】

【聞こうじゃないか】

 

 

 コメント欄が落ち着きを取り戻したのを見計らって、彼女は説明を始める。

 

 

「耳舐めをしない理由なんだけど、一番大きいのはそればかり求められるようになるのが怖いんだよね。もちろん、恥ずかしいとかそういう気持ちもあるんだけど」

 

 

【あ―】

【それは間違いない】

【実際、現時点でも雑談配信とかまで観てる俺達の方が少数派だったりするしな】

 

 

 耳舐めASMRは、人気のコンテンツだ。

 それがすべてではないが、かなりの人から根強く支持されるコンテンツというのは間違いない。

 逆に咀嚼や、この間収録していた箏ASMRなどは、少数派だろう。

 そういう決して需要が高くない配信をやっている時に、耳舐めを求めるコメントが大量に来て荒れるかもしれない。

 そのリスクがあると、彼女は言っているのだ。

 

 

 

「もちろん、耳舐めをしてほしいと思ってくれる人たちの気持ちは嬉しいよ。こういうことをやって欲しいって思ってくれるのはすごく私のことを推してくれている証だと思うから。マシュマロをわざわざ送ってくれていることも含めて、ね」

 

 

 でもね、と彼女は続ける。

 それで、離れる人がいたとしても。

 反発されたとしても。

 彼女は、その主張だけはやめないだろうという気がした。

 まあ、ただの勘なんだけど。

 

 

「私は、いろんな人に、いろんなコンテンツを望んでいる人に私のASMRを届けたいと思っている。そのためには、同じことだけをやって同じことだけを求められる、という状態にはしたくないんだ」

 

 

 そのために、君達にわざわざ意見を募ったわけだしね、と彼女は続けた。

 そして、彼女はさらに言葉を紡ぐ。

 

 

「で、二枚目についてなんだけど。もしかすると、ある程度いろんなことをやっていったら、私も新境地を求めて耳舐め配信をすることがあるかもしれない。もし、それを嫌だと感じる人がいたら、その回だけは観ないで(・・・・・・・)、飛ばして欲しいんだ」

『…………』

「私の配信は、基本的には読み切り方針というか、ギャグマンガ方針というか、一つ配信を見逃したからと言って、それで問題が生じるものではないんだよね」

 

 

 Vtuberは、配信者とはそういうものだ。

 ストーリーを重視するゲーム配信なら別だが、通常の雑談を一つ見逃しても、アニメのように展開がわからなくなって追えなくなるということはない。

 むしろ、アニメなどと違って全部見ている方が少数派である。

 

 

「だから、この回だけは観たくないというのがあれば、それは自衛してほしい。もし、もう観たくないほどつらくなったのであれば、何も言わずに離れて欲しい」

 

 

 

【了解!】

【しろちゃんの考え方がわかって、ホッとした。これからも応援するね】

 

 

 

「ありがとう、活動に多様性を持たせつつ、いろんなことに挑戦するつもりだから、これからも応援してくれると嬉しいよ」

 

 

 コメントの反応は、概ね肯定的なものだった。

 私は、コメントとしろさんを見ながら考えていたことは二つ。

 結構、しろさんって頑固だな、と。

 でも、それが彼女の良さだとも。




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第二十話『収益化記念、感謝のマシュマロ読み 其の二』

本日二話目です。
まだの方は前話から。


今回は、事前に読者の方々からいただいた、しろさんへのマシュマロを読んでいく回となっています。
話の都合上、ある程度マシュマロの内容を変えている場合があります。ご容赦ください。
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しろさんは、ひとしきり最初のマシュマロについて語ると、二つのマシュマロを画面外に追い出した。そして別のマシュマロを画面に貼っていった。

 

 

「というわけで、ここからもマシュマロを読んでいこうと思うよ!まあ大半は企画の提案だからね、基本的によっぽどのものでない限りここで取り上げてるからね」

 

 

 

【散髪音(ハサミのチョキチョキ音)】

 

 

「これね、そもそも私は散髪音ASMRなんて存在自体知らなかったから、びっくりしたね。検索して、うわ、ある!ってなってさ」

 

 

【うわ、は草】

【変なものを見るリアクションで笑う】

【へー、散髪ASMRなんてあるのか知らんかったわ】

 

 

 私も知らなかったね。そんなコンテンツの存在自体、検索して初めて知ったよ。

 本当にこの業界は奥が深い。

 咀嚼音、金属音、はては環境音やタイピング音まで、なんでもASMRになりうる。

 こうして、色々調べて試してみるまで、随分と狭い世界に生きていたんだなと実感する。

 

 

「いやいやいやいや、一応言っておくけど別にそれで嫌な気持ちになったとかでは全然ないよ。むしろ、聞いてみて、あ、こういうのもあるんだ、いいなって思ったし」

 

 

 

 しろさんは、よくASMRを聞いている。

 最近は、寝る前にも何かしら聞いているんだよね。

 それでも、一度寝るとうんうんうなされているみたいなんだけど。

 本当に毎晩うなされているから、何があったのか訊きたくなる。

 流石に訊けないけど。

 ただの勘だが、そこまで踏み込んだら怒られる気がする。

 ともあれ、私もしろさんの散髪ASMRは聞いてみたいし、彼女もやりたいと思っているはずだ。 

 

 

「ただ、散髪ASMRは実写が多かったんだよね。現状、私は冥界から出るつもりはないから、Vtuberとしてやっても需要はあるのかなって悩んではいる」

 

 

【あるよ】

【Vtuberでもやってる人いるし、そこは大丈夫じゃないかな?】

 

 

「お、そうなんだ、教えてくれてありがとう。いつになるかはまだ明言できないけど、やることにするよ。……忘れないうちに、メモをしておこうか」

 

 

 彼女は、本当にスマートフォンを取り出してメモを取りはじめた。

 最近は、スマートフォンのメモをパソコンに転送したりできるから便利だよね。

 いや……最近ではないのか?

 というか、しろさんの使ってるの地味に最新機種だね。

 ボタン使わずにどうやって起動するんだろう。

 

 

【両手指かき(両耳から聞こえてくると全体的な没入感があるので)】

 

 

「これはねえ、やりたいと思ってるんだよね。普通に今まで聞いてきたASMRでもそういうのあるしさ」

 

 

 実際、しろさんはよくASMRを聞いている。

 そんな彼女の経験から言っても、そして彼女より遥か昔からASMRを聞いている私の記憶と照らし合わせても、確かに指かきはメジャーな部類だ。

 むしろ、今までやってこないのが不思議なレベルかもしれない。

 

 

【確かに、耳かき系のASMRではよく聞くタイプのやつだよね】

【耳かき一つでもバリエーション、増やしてくれたら嬉しいねえ】

 

 

「いろんな道具とか、やり方を試す耳かきオンリーASMRとかは絶対やりたいかな。多分結構需要もあるだろうし」

 

 

【オッケー、楽しみにしてます!】

 

 

 私も楽しみだ。

 いろんな変わり種のASMRも好きだが、結局は慣れ親しんだ耳かきメインのASMRが一番よかったりするものだしね。

 因みに、心音ASMRはーー他の誰でもないしろさんによるちょっと例外なので別だ。

 あれはそもそも、ASMRとは一切関係ない部分での刺激が強すぎる。

 ひとつ、言えることがあるとすれば。

 しろさんは、ご立派(・・・)だなあということだけである。

 ……これを言ったら、三日間ぐらい口を利いてくれない気がするので本人には絶対言わないけどね。

 

 

 

【オノマトペ(声がかわいい・綺麗なら何言っても勝てる感)】

 

 

「これもねえ、調べるまで知らなかったんだけど、オノマトペのみのASMRとかもあるらしいね」

 

 

 オノマトペ自体は、しろさんも全くやっていないわけではない。

 というか、「ごしごし」とか「さらさら」とか説明をするのに擬音語擬態語を使うのが一番柔らかいし、伝わりやすいのだ。

 

 

「というか声かわいいとか綺麗って言われてるの普通にうれしいなあ。みんなもっといっておくれよ、ほらほら」

 

 

『最高にきれいですよ』

【かわいいよ】

【世界一かわいい】

【You are beautiful.$100】

 

 

 

「ふえっ!そ、そういうこと言ってくれるんだ……。ふーん。……ありがとう。あれ?いやあの、違う違う。別にお金払ってまで言えとは言ってないから!でもセンキュースーパーチャット、アリガト!海外ニキ!」

 

 

 

【草】

【海外ニキもよう見とる】

【高校生でこの英語力なの本当に笑う】

【高校生(笑)】

 

 

「おいおいおいおーい!今高校生(笑)って書きこんだ人、あと思った人も手を上げなさい。先生怒らないから」

 

 

【ノ】

【ノ】

【へ】

【ノ】

 

 

「多くない?」

『これは流石に文乃さんが悪いですね』

 

 

 何度も言いますが、勉強はしっかりやりましょう、文乃さん。

 ……私でもある程度は教えられるはずなので。

 ASMRという文化では、言語理解を必要としているわけではない。

 なので、こうして海外からの視聴者も観ていたりする。

 日本のみならず、海外の人の耳と心も癒せると考えると、やっぱりしろさんはすごいことをしているんだよなあ。

 

 

 ◇

 

【認知シャッフル睡眠法(ガチ寝落ち用)】

【声なし回(同じく寝落ち用)】

 

 

「これは、たぶん同じ方かなー?認知シャッフル睡眠法は初めて聞いたんだけど、今度また自分の耳で聞いてみて、その後試すか決めようと思ってるよ。声なし回は、吐息ありとなし、どっちがいいんだろうね?」

 

 

 そういえば、吐息ってどっちに含まれるんだろう。

 逆に、吐息オンリーでもよさそうだが。

 

 

【うーん、なしで!】

【ありでお願いします!】

【むしろ吐息だけのやつが聴きたいハアハア】

【どっちも欲しいかな】

 

 

 コメント欄も割れてるなあ。

 

 

「了解。じゃあ、両方やることにしようかな」

 

 

 

【音声作品みたいな雰囲気の回】

 

 

「音声作品って、いわゆる動画とか、シチュエーションボイスだよね?面白そうだなあ。演技力とかも必要だよね?あ、音声作品ではないかもしれないけど、近日中に動画上げる予定なので、楽しみにしててね」

 

 

【了解!動画楽しみ!】

【何気に初めてじゃない?自己紹介動画すらないし】

【切り抜き師が雑談切り抜いているのは観たことあるな】

 

 

 

【壺おじさん(のようなゲーム)発狂プレイ】

 

 

「はて、なんで私がゲームで発狂するのが前提となっているのか……。まあでも、ゲーム配信は考えておこうかな。今まで人生で一度もゲームやったことないけど、この壺おじさんっていうのが初心者向けってことなのかな?」

 

 

 

【あっ】

【まずいですよ!】

【草】

【鬼蓄ゲーとして有名なのに、本当に知らないのか】

【はじめてのゲームがあれは……トラウマだろうなあ】

 

 

 

 私も、ちらりとだけ聞いたことがあるが、確か配信者がことごとく発狂するようなゲームだったはずだ。

 さては、しろさんのファンに、しろさんをいじめたい民がいるらしいな。

 そのあたりのことは、配信が終わってから共有しておくか。

 わからないまま突き進んで、トラブルになるのが一番よくないって社会で学んだ。

 そして、それがままよくあることも、ね。

 ともあれ、ゲーム配信をしたいという彼女の意向自体は問題ない。

 ゲームの難易度だけは事前に教えておかないといけない、というだけで。

 

 

「え、待って。そんなにこのゲーム難しいの?」

 

 

 コメントの情報に恐れおののく彼女をちらりと見て、その必要もないかな、と私は考えを改めた。

 企画案がすべて出尽くし、そして、彼女は別のマシュマロを取り上げた。




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第二十一話『収益化記念、感謝のマシュマロ読み 其の三』

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今回は、事前に読者の方々からいただいた、しろさんへのマシュマロを読んでいく回となっています。
話の都合上、ある程度マシュマロの内容を変えている場合があります。ご容赦ください。
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「えーと、次は企画とか関係ない奴だね」

 

 

【ブレザーのボタンを上げ下げしてほしいですハアハア(センシティブ発言)】

  

 

 

「そもそも、なんだけどこれはどういう意味なんだろう?ボタンを上げ下げなんてできるはずがないんだけどなあ」

『まあ単純に、服を脱いでいるところを見たいってことなんじゃないんですかね?』

「あー、脱いでほしいのか。でも、ブレザーもシャツも大して変わらないんじゃないかい?」

 

 

 まあ、現役女子高生のしろさんからするとそうだろうな。

 たぶん彼女にとっては、暑いか寒いか、あるいは服を着る手間が一枚多いかの違いでしかないんだろうと思う。

 だが、視聴者たちにとっては、違う。

 私には、わかる。

 画面の向こうにいるはずの彼らと、確かに心が通じ合っている。

 

 

【わかってない、わかってないよしろちゃん……】

【シャツ一枚になったしろちゃん、スケベすぎる!】

【透け……いやなんでもありません】

 

 

 白いシャツ。

 そしてうっすらと透けるインナーや、小麦色の肌。

 ブレザーを外せば、その時点で既にもうそこは別世界なのだ。

 ロマンが詰まっているのだ。

希望が、この腐り切った世界を照らしうる、世の光が私達には見えているのだ。

 男子高校生ならば、あるいはそれを経験した者達ならばきっと理解できるはずだ。

 それこそが、男の性、というものだ。

 そもそも、一枚服を脱いだというシチュエーション自体がスケベなんだよね。

 あんまり言いすぎるとしろさんがドン引きしかねないので、口を閉ざすけど。

 

 

「結構、みんな服一枚脱ぐだけでだいぶ変わってくるんだね……。まあ、今後の参考にするということで。新衣装、やるってなったら夏服とかがいいのかな?」

 

 

 あれ、ちょっとしろさん引いてない?

 いやまあ、引かれても仕方がない類の話ではあるけど。

 ただの下ネタだし。

 ともかく、そんなマシュマロを戻して彼女は次のマシュマロを取り出す。

 

 

「ブレザーがらみだと、こういうのも来てたよ」

 

 

【そういえば、しろさんは8月なのにブレザー着ているんですね。最近はそういうものなのか、単にブレザー好きだからなのか……】

 

 

「ふっ、ふっ、ふっよくぞ訊いてくれたね。実は冥界は日が当たらないから、暑さとか無縁なんだよね」

 

 

 

 因みに、出会った当初に文乃さんはブレザーを着ていたが、あれはどうやらうっかり出かけるときに間違えてきてしまったものらしい。

 学校に行く際に、車の中で脱いで、また車を降りて家に入る際に羽織ったのだとか。

 そんなことを聞いた。

 なんとなく、気になって訊いたのだが、ただ単に彼女が冷房に慣れ切っていることを知っただけであった。

 

 

 

【それただの引きこもり……いやなんでもないです】

【強く生きて……¥600】

 

 

 

「いやあの、待って。別にずっと引きこもってるってわけじゃないよ?今度出かける用事があるから、家を出ないといけないし」

 

 

【それで、その外出は何日ぶりですか?】

 

 

「あー、二か月ぶり?」

 

 

 因みに、しろさんがデビューしてからおおむね二か月である。

 つまり、活動を開始してからほぼすべての期間、彼女は引きこもって過ごしていたということになる。

 

 

 

 

「というわけで、今日のマシュマロ読みはここまで。ここからは、スーパーチャット読みをさせていただこうかな、と思っているよ」

 

 

 

 配信者の中には、配信の流れを切らないために、スーパーチャットの読み上げを配信終了後にまとめてやる人も多い。

 有料のコメントゆえに、配信者としてもなるべく読みたいが、読み過ぎると空気が逆に悪くなってしまう。

 そもそも、ASMRでもスーパーチャットをもらうことも考えると、まとめて読んだ方がいい。

 実際に、これでASMR中に読み上げたら興ざめというものであろう。

 

 

「その前に、一つだけ」

 

 

 彼女は、改めて真剣な声音で、顔で言葉を発する。

 

 

「今日は、マシュマロを読ませてもらったけど、本当にありがとう。全部、目を通しているし送ってくれていることが本当にありがたい。みんなの意見を取り入れて、しっかりとこれからも活動を頑張りたいと思っています」

 

 

 それは、彼女の本心からの言葉。

 今まで見てくれた人に、言葉をくれた人に対して、彼女ができる精いっぱいの言葉。

 

 

「じゃあ、改めて。おつねむー」

 

 

【おつねむー】

【おつねむ!収益化改めておめでとう!】

【これからも応援してます!¥700】

 

 

 

 その後、彼女は初めてのスーパーチャットの読み上げをした。

 その日は、彼女史上最長時間の配信となったのだった。

 




改めて、送ってくださった方ありがとうございました。

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第二十二話『食いちぎるのか、あるいはその手を伸ばすのか』

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「座右の銘って何かある?」

『……急にどうしたんですか?』

 

 

 一緒にU-TUBEに上がっている動画を観ながら、しろさんが唐突に切り出した。

 ちなみに、彼女は動画を観ながらもSNSでエゴサーチをしている。

 一応言っておくが、これも活動の一環だ。

 他のVtuberの動画を観て学び、SNSを通じてファンの反応を探っている。

 明日行うことが決まった咀嚼ASMRの告知に対して、既存のファンがどう感じているのかを見ている。

 Vtuberは遊んでいるだけで生活できる、などと揶揄されることが多いのだが、彼女を見ているとそれは違うと思う。

 どちらかと言えば、趣味や遊びの場にまで仕事が侵食してくる、が正しい表現だと思う。

 閑話休題。

 結局、何がどうして座右の銘を聞いてきたのだろうか。

 彼女は、SNSをすっと見せてきた。

 

 

『#Vtuberの座右の銘?』

「うん、有名なVtuberさんが考えたものっぽくてさ……」

 

 

 ハッシュタグというものがある。

 SNSにおいて、特定の話題であることを示すためにコメントに追記する目印のことだ。

 言葉やスペースの無いフレーズの前にハッシュ記号、#を付ける形のラベルである。

 #の後ろに文字列をつなげると、ハッシュタグとして成立し、これを検索すると、話題に関連するコメントのみ閲覧できる。

 これを通じて、そのハッシュタグはSNSにおいてトレンドなどに載れば、それに乗っかる形でそのハッシュタグをつけて呟いたものたちもバズれるかもしれない。

 知名度を求めている彼女には、絶好のチャンスには間違いない。

 

 

『それで、座右の銘は何なんですか?』

「……思いつかない」

『え?』

 

 

 

 それはもうどうしようもないのでは、と正直思った。

 経験上だが、アイデアが出ないものは出ないのである。

 ましてや、SNSのトレンドはすぐに移り変わる。

 期限は非常に短く、長考することもできない。

 

 

「それでも、どうしても何かしら投稿したいんだ」

『なるほど……』

 

 

 ……だがしかし、彼女はあきらめるつもりは毛頭ないようだ。

 彼女は、少しでも多くの人に自身の配信を聞いてもらいたいと考えている。

 そしてそう考えるのは、むしろ配信者として健全なことなのだ。

 

 

「まあ、君の意見を聞いて参考にしておきたくてさ」

『なるほど』

「君の座右の銘は、なんなのかな?」

『弱肉強食』

「待って待って待って」

 

 

 なぜドン引きするのでしょうか。

 私にはわかりません。

 まあ、別にいいですけど。

 

 

「いやあの、なんでそんな荒んだ価値観なの?」

『そんな荒んでます?』

 

 

 まあ彼女は、そんなことには縁がない生活を送ってきたのかもしれない。

 強者は、目を向けようともしない。

 踏みつけられた弱者の骸を。

 お前は自分が食ったパンの数を覚えているのか、と言ったのは何のキャラだったか。

 世界(・・)を統べる存在に、弱者は抗しようもない。

 いやまあそれはいい。

 とりあえず、理由を話す。

 

 

『社会に出て、働けばわかりますよ。一握りの強者たちが、そうでない弱者を踏みつける世界です』

 

 

 労働者よりも、資本家の方が絶対に儲かるということを証明したのはどこの経済学者であったか。

 けれど、そんなことはわざわざデータを取らなくてもわかることだ。

 なぜなら、資本家が寝ている時も、誰か働いている人がいるから。

 労働者は、どれだけ無理をしても、ブラック企業に勤めても、年単位で見れば一日三時間くらいは寝ている人が大半のはずだ。

 が、資本家は二十四時間三百六十五日、弱者の作り上げたものを吸い取り続けている。

 強者が、弱者の細い肉体を四六時中食らい続ける。

 それが、この世界のすべてで、人は強者と弱者に二分される。

 そんなことを説明したのだが。

 

 

「うーん」

 

 

 まあわからないよね。

 文乃さん、一般企業などでは働いたことないだろうし。

 職業に貴賤はない、と私は思っている。

 どんな職業であれ、金銭を得られるのであればそれが正義であるはずだ。

 とはいえ、Vtuberという職業が一般的な職業とかけ離れているというのは事実である。

 人と、直接かかわる働き方をしないと、強者や弱者に関する実感は得づらいのかもしれない。

 普段外に出ないお仕事の方がどう思っているのかはわからない。

 漫画家とか、小説家とか、投資家とか、そういう人たちにはお目にかかったことがないからね。

 

 

『まあ、これぶっちゃけ私の感想なんですよね。だから、結局は文乃さんが何を思っているか、ですよ』

「ま、それはそうだよねえ」

 

 

 そう、結局のところ私の思想ではなく文乃さんの思いを言葉にしなくては意味がない。

 少なくとも、彼女のファンは彼女の心からの言葉を求めているはずだ。

 もちろん、彼女とてそんなことはわかっているはずだ。

 あくまで、私を参考にしようとしただけで。

 

 

「思いつかないなあ」

『まあ、そういうものですよね』

 

 

 座右の銘、というものをどれだけの人が普段意識しているのだろうか。

 少なくとも、私は意識してない。

 ただ常に考えて、頭の中にあることを単に言語化しただけ。

 簡単な言葉でまとめただけ。

 けれど、逆に言えば常々考えていることがないのであれば、座右の銘を言うことは出来ない。

 

 

『それならいっそ、逆に考えたらどうですか?』

「逆?」

『文乃さんとしてではなく、しろさんとして考えてみてはどうですか?』

 

 

 Vtuberは、特に彼女は自己実現を目的として活動している。

 だったら、どうなりたいか、どうありたいかを言葉にして。

 そのままいえば、いいのではないか。

 ただそれだけである。

 

 

「そうか。そうだよね。Vtuberとして、投稿するんだもんね」

『ええ、そうですね』

 

 

 それからしばらくたって、彼女はポチポチとスマートフォンを操作した。

 多分、何を投稿するかを決めたんだろうな。

 

 

『結局なんて、投稿したんですか?』

「あー」

 

 

 彼女は、

 

 

「いやなんか、その、恥ずかしいというか」

『恥ずかしくて私には言えないと思うものを、SNSに投稿したんですか?』

「あー、もうわかった、言うよ。『実体のない、見えざる癒し手になりたい』って書いたんだ」

 

 

 それは、なんだか。

 なんだろう、こういう時になんというべきか。

 明らかに不安そうな、なおかつ恥ずかしそうな顔をしている可愛らしい彼女に、私は正直に思ったことを素直に言った。

 

 

『普通のVtuberですね』

「普通のVtuberだよ!」

 

 

 因みに、彼女の投稿はタグがトレンドに入ったこともあって、それなりに伸びたようだった。

 その日の雑談配信は、いつもより少しだけ、見に来てくれる人が多かった。

 だが。

 

 

「だーかーらー、あれはポエムじゃなくて座右の銘だってば!なんでコメント欄がポエムで埋まってるの!おい、そこ、なポエムしろっていうコメントやめなさーい!」

 

 

 

 しばらくの間、ポエムであると視聴者に判断され、いじられることになった。




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第二十三話『咀嚼して、断片が見える』

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日間ランキング25位に入っていたようです。
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50000PV突破してました。
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 今日は、咀嚼ASMRをやる日だ。

 これまでの、ASMRとは少し毛色が違う。

 過去にやってきたASMRは、耳かきや心音などはあっても、あくまでも彼女の声をメインにしてきた。

 が、今回は、声以外の音をメインとしているASMRとなっている。

 

 

「どうしよう……」

 

 

 例によって、例のごとくまた文乃さんは緊張してらっしゃる。

 どうしたのだろうか。

 いや、これはあれだ。

 初めてのことをやるときにいつも緊張している。

 初配信も、そして初ASMRの時もそうだった。

 

 

『琴の時は大丈夫だったんですけどね。なぜでしょう?』

「たぶんね、琴はうんざりするほど稽古でやらされたからだろうね。人前で、やらされることだって普通にあったし」

『ああ、なるほど配信とか関係なく、はじめて人前でやることを緊張するんですね』

 

 

 まあ、私は人じゃないしね。

 それこそかぼちゃと変わらないということかもしれない。

 別に緊張しないということであれば、それでもいいと思うけども。

 

 

「うーん、多くの人が見ている場合だと、緊張するんだよね。君は身内みたいなものだし」

『…………ありがとうございます』

「なぜお礼?」

 

 

 ああもう。

 本当に。

 こういうところが、嫌いになれない。

 コックに頼んで、予めフライドポテトとフライドチキンを作ってもらっていたらしい。

 また、生野菜や果物も持ってきてもらったんだとか。

 出てきたものを見ての反応は。

 

 

 

『……これは、また』

「すごいよねえ」

 

 

 フライドポテトも、フライドチキンも、その嵩がおかしい。

 肉やイモは恐らく普通なのだ。

 衣が異様に多い。

 

 

「ザクザク音を立てたい、というオーダーを出してたからね。多分それで衣の量を増やしてくれたんだとは思うけど……。これは、噛み切れるかなあ」

『ボリューミー過ぎますもんね』

 

 

 通常のフライドチキンの倍近い厚さがある。

 いや、本当にこれどうやって揚げたんだろう。

 中まで火は通っているのだろうか。

 まあ、そこは本職の力を信じるしかないか。

 私に出来ることは、ただマイクとして、一リスナーとしてここにあるだけだ。

 

 

 ◇

 

 

「こんばんながねむー。今日は、咀嚼ASMRをしていきますね」

 

【楽しみにしてたよ】

【ASMR配信者としての道を模索していくスタイル】

 

 

「あと、今日はノイズになるといけないのであんまりしゃべらないよ。その旨については、ご了承ください」

 

 

【了解】

【咀嚼大好き勢への配慮助かる】

【しろちゃんは、ちゃんとこういうところに配慮してくれるから好き】

 

 

「じゃあ、まずはフライドポテトから食べていきます。通常より太いですね」

 

 

 彼女は、皿にあるポテトを一本取り上げ、口に運ぶ。

 そして、耳元に顔を寄せて咀嚼した。

ぱきっという心地よい音がした。

 普通のフライドポテトと違う。

 油をふんだんに使っているのか、明らかに普通に売られているものよりも表面が固い。

 それゆえに、小気味よいさくさくという音が耳に入ってくる。

 一本目を食べ終えると、少しだけ時間をおいて彼女は二本目を口に入れてまたザクザクという音を響かせた。

 なるほど、あまり聞いていなかったジャンルではあったが、こういう音を聞くコンテンツなのか。

 これはこれで悪くないな。

 山登りで、落ち葉が敷き詰められた地面を歩くような。

 海沿いの、砂粒と貝殻が混じった浜辺を踏みしめるような。

 力強く、それでいてうっとうしくはない。

 

 

【これは癖になる】

【なんかポテト食べたくなってきた】

 

 

 続いて、しろさんはフライドチキンをつまみ上げる。

 因みに、彼女は手で食べている。

 一応、フォークと箸が皿のそばに置かれているのだが、まあいいだろう。

 だれしも、時にはマナーの悪い食べ方をしたくなるものである。

 フライドチキンの衣は、普段コンビニで見るそれよりも一段分厚い。

 文乃さんの小さな口で噛み切れるのかどうかわからないそれに、かぶりついた。

 ぱき、ぱきと衣をかじる音がする。

 分厚くて噛み切ることができず、衣を削るにとどまっているようだった。

 だが、それもまたよし。

 ぱきぱきと、徐々に衣が崩れていく音は、まるで焚火の木々がたてる音ににも似ていて、心を落ち着かせてくれる。

 

 そうやって食べながらも、何事かパソコンを操作している。

 ちなみにだが、彼女のパソコンのキーボードは音が出にくい特別仕様であるらしい。

 配信をしながらパソコンを使っていても、音が乗りにくいそうだ。

 それでも、多少は乗ってしまうのだろうが。

 

 

「次は、キャベツを食べます」

 

 

 そういって、彼女が手に取ったのは生のキャベツだった。

 それこそ、焼き肉屋で出てきそうな、みずみずしいキャベツ。

 因みに、私はたれがついていない方が好みだ。

 彼女が白い歯でキャベツをかみ切る。パリッという音がする。

 そのまま、口に入れて噛んでいくとシャキシャキという水気を含んだ音がする。

 そして、耳元から口を放して飲み込む。

 

 

「うーん、いい歯ごたえだねえ」

 

 

【そうさ。キャベツってこんな音だった】

【いい音だなあ】

【しろちゃんに食べられてるなあ】

 

 

「お次は、キュウリだね。これも昔は苦手だったっけ。もう克服できたからいいけど」

 

 

【食べれなかった野菜多いんだね】

【ナス、トマト、ピーマンに続いてキュウリも苦手だったのか】

【これは草】

 

 

 パリポリと、野菜スティックをかじるときの音が響く。

 いやあれ、仕事中に食べやすいんですよ。

 今は仕事中でもないためか、こういう音でも癒される。

 しろさんが出している音だからだろうね。

 だからこんなにも癒される。

 

 

「あとは、林檎で最後かな」

 

 

 リンゴにかぶりつく。

 しゃく、しゃく、しゃくと。

 みずみずしい林檎をかじる音が響く。

 個人的には、これが一番好きかもしれない。

 なんだか、小動物がそばにいるような気持になる。

 

 

「あれ?」

 

 

 しろさんが、声を上げる。

 心なしか声色が高い。

 理由は、画面を観ればすぐに分かった。

 

 

「あ、ごめんね。ちょっと画面映っちゃった」

 

 

 

 しろさんが映っている配信画面以外の、映ってはいけないウィンドウが配信に映ってしまったのだ。

 Vtuberはライブ配信が主体ゆえに、こういう事故も時々起きる。

 視聴者側にも、全くとは言えないが、あまり動揺はなさそうだ。

 

 

【いいよ】

【大丈夫】

【一応アーカイブ消したほうがいいかも?】

【油で手が滑ったのかな?】

 

 

 

「ごめんねー。アーカイブ確認したうえで、最悪部分的にカットしてアップします」

 

 

 そんなハプニングもあったものの。

 咀嚼配信は、おおむね好評だったし、同接も多かった。

 結果的には、配信としては大成功だったと思う。

 ……疑問は残ったが。

 

 

 ◇

 

 

 配信が終わって、彼女はポチポチとスマートフォンをいじりながら、パソコンを操作している。

 たぶん、スマートフォンを操作しているのはメイドさんに連絡を取っているのだろうな。

 個人勢というのは、本来一人で活動するのが普通だが、こうして理解を得られているのは間違いなく早音文乃さんの強みであろう。

 そしてパソコンを操作しているのは、アーカイブのチェックをしているらしい。

 画面を私も観れる状態にあるので、見るつもりが特段なくてもわかってしまう。

 

 

「うーん、表示されちゃったのはNGワードが設定されたウィンドウだけか。本当に何でこれだけ共有されたんだろ?」

『まあ、これなら危険性はなさそうだしいいんじゃないですか?』

 

 

 そんなことを会話しながら、私は別のことを考えていた。

 NGワード。

 それは、配信をする側ができる設定の一つだ。

 卑猥な単語であったり、暴言であったり、配信者側のメンタルやコメント欄の民度を保つために設定されている機能である。

 しろさんのチャンネルでも、いくつか設定されているようだった。

 今回、その設定画面のウィンドウを出しっぱなしにしてしまったことで、それが誤って配信画面に映りこんでしまったようだ。

 そのリストに、指定されていたのは、一つだけ。

 奇妙なワードがあった。

 

――騒音、という言葉が。

 

 

『……?』

 

 

 確かに、良い言葉ではないだろう。

 だが、わざわざ言われる可能性も、基本的にはない言葉だ。

 なのにNGワードにする必要があるのだろうか。

 それならばもっとNGにするべき暴言やセクハラなどが多数あるはずだ。

 

 

 メイドさんが謎の基準で選んだ可能性も考えられる。

 でもこれは、たぶんない。

 なぜなら、彼女のパソコンのウィンドウに設定画面があったから。

 彼女自身で設定したと考えるのが無難だ。

 何より、メイドさんたちはどこか一歩引いた態度でしろさんに接していることを考えても、まずありえない。

 

 

 もう一つは、彼女が真っ当に考えてこれを入れたという可能性。

 この世にある彼女が思いつく言葉の中で、彼女が最も言われたくないのがこの言葉だったのではないかということだ。

 そもそも、彼女が過去に誰かに言われたことがあるのだとしたら、どうだろうか。

 誰かに言われてトラウマになっているのであれば、言われたこともないのにNGワードにされるのも無理はない。

 それは、ネット上の人物ではない(・・・・・・・・・・・)のではないかと思った。

 まあ、ただの勘なのだが。

 

 

『……文乃さん』

「どうかした?」

『いえ、今日は疲れたでしょうし。お休みになっては?』

「そうだね、ありがとう」

 

 

 私は、今思いついた仮説を話さなかった。

 そもそも、どの道私に何ができるわけでもないしな。

 見なかったことにするのが、一番な気がする。

 それでも。

 いずれ、私は彼女の心に踏み込まなければいけないような気がしていた。

 まあ、あくまでただの勘なのだが。

 彼女は、何故か私になついているように思える。

 彼女は、私を最初の友人だと言っていた。

 そのせいか、距離を測れていないようにも見える。

 だからだろうか、うぬぼれでなければ、彼女は私に心を大きく預けている。

 そして彼女がいつかそれを打ち明けたいと思ったら、私に聞く以外の選択肢はないのだ。

 だって、彼女の言葉を拾うのが今の私の存在意義だから。

 




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第二十四話『マイクと人、はじめてのお出かけ』

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「というわけで、今日は学校行って来るよ」

『忘れ物はないですか?』

「ハンカチよし。ちり紙よし。生徒手帳よし。あとは、動画の予約投稿もよし、完璧だよ」

 

 

 今日は、文乃さんにとってお待ちかねの、おおよそ二か月ぶりの登校日である。

 文乃さんは、以前見た制服に身を包んでいる。

 彼女曰く、通信制高校に通っているが、特に服装の規定はないらしい。

 しかし、彼女の意志で前の学校の制服を着ているそうだ。

 彼女曰く、着ていく服がほかにないとのこと。

 

 

 私が思うに、彼女の実家は金持ちだ。

 いやまあ、私の主観のみならず客観的に見てもそうだろう。

 つまり、所有している服も上等なものが多いのだろうと思われる。

 だから、その状態で登校すると浮いてしまうのではあるまいか。

 浮かなさそうな服もあるにはあるけど、部屋着しかないのではあるまいか。

 普段ずっと部屋着で過ごしてるんだよね。

 朝部屋着で起きて、風呂場で着替えて、そのまま翌日の夕方までずっとそのままである。

 なので、実はこの部屋で着替えること自体が二か月ぶりだったりする。

 言うまでもないが、私はちゃんと彼女の着替えが見えないように、後ろを向いていた。

 というか、私の方からお願いして頭の向きを調整してもらった。

 因みに、彼女の衣擦れの音が響いて、それはそれでどきどきした。

 もはや心臓がない状態でこんなことを言うのもなんだが、彼女は心臓に悪い。

 やたら着替えるのが遅いから、かなり精神力を削られるし。

 閑話休題。

 どこか、学校に行こうとする彼女は嬉しそうだ。

 まあ少なくとも私が知っているだけも二か月ぶりの外出だ。

 もはやルーティーンと化している彼女のVtuberとしての仕事も、今日だけはお休み。

 

 

 まあ、気分転換というのは大事だ。

 ずっとこの部屋にいれば、気も滅入るだろう。

 部屋は出ているが、おそらくこの屋敷からは一歩も出ていない。

 必要に迫られてのこととはいえ、たまの外出も必要だろう。

 私は、この部屋で夕方までぼんやりと待っていよう。

 何しろ、特にやることがない。

 できれば映画を垂れ流しにしてくれるとありがたいが、さすがにそんなことを言えるわけもない。

 電気代勿体無いしね。

 ちなみにだが、私は充電が切れたとしても意識はなくならない。

 逆に言えば、原則二十四時間意識が飛ばないため、思考を整理する時間が与えられない。

 しろさんのASMRで、あとはそれに付随する刺激で、意識が飛びそうになることがある。

 だが、例外は逆にそれだけだ。

 

 

「あのさあ」

『何ですか?』

「よければ、君も一緒に出掛けない?」

『……はい?』

 

 

 思わず、聞き返してしまった。

 いや言葉の意味は分かるが、意図までは測れなかった。

 生前の私なら、現実に経験があるかはさておき、まだわかる。

 人が人と出かけるというのは、この世の中ありふれた行為と言えるだろう。

 だが、今の私は人ではない。

 マイクである。

 

 

『いや、あの、流石に無理があるのでは?壊れません?』

 

 

 マイクというのは、精密機械だ。

 ちょっとした刺激で簡単に壊れてしまいうる。

 正直なところ、機械部分が壊れたとて私の意識がどうなるのかはわからない。

 ただ、壊れてしまえば彼女に私を手元に置いておく理由はないだろう。

 私は二度目の生(厳密には生ではないが)を今楽しんではいるが、それは彼女たちにとって何の関係もない。

 彼女は私を友というが、客観的には違う。

 私は彼女を切り捨てられないが、彼女はいつでも私を切り捨てられる。

 強者(彼女)弱者()の関係は、常に強固な境目で隔てられている。

 いつ処分されても、私には文句を言う権利すらないのだ。

 それゆえに、私としては壊れるリスクを冒したくなかった。

 そういうリスクが大きすぎると思っていたのだ。

 

 

「いやまあ、それについては問題ないと思うよ」

『……そうなんですか?』

「うん、絶対に壊れないように梱包材に包んで、万全に万全を重ねるから、さ」

『ふむ』

 

 

 まあ良く考えれば、一応私は一度トラックか何かでこの屋敷まで運ばれているはずだ。

 厳重に梱包さえしていれば、私も外に出ることは出来るだろう。

 ただ、疑問はある。

 

 

『そこまでして、私を外に出したいんですか?』

 

 

 正直、心情的な面がいまいちピンとこない。

 別に出かけるなら、一人で出かければいいと思う。

 誰かとともにいたいのならば家族や使用人と過ごせばいい。

 そういえば、私は最後に家族や友人と会ったのいつだったけ。

 思い出せないな。

 家族はなるべく会いたくなかったし、友人と言ってもそこまで親密な友人はいなかったと思う。

 まあ一番は仕事が本当に忙しかったからだとは思うけど。

 そもそも、就職する以前の記憶がもはやほとんどない。

 まるで、遥か昔のことのようだ。

 大学生時代とかはまだ比較的最近のことだったはずなんだがなあ。

 いやまあ、ほとんど勉強とバイトでつぶれてた感はあったけど。

 閑話休題。

 わざわざ私を、喋るマイクを連れ歩く必要性は全くない。

 なぜ、私を傍に置こうとするのか。

 それが理解できない。

 

 

 文乃は、少しだけ顔を赤らめて目を逸らした。

 口をもごもごとさせて、何かを言い淀んでいるように見える。

 なんだろうか。

 口を動かすのを止めてから、こちらを改めてみてきた。

 

 

「それは、その、笑わないで聞いてくれるかい?」

『冗談を言われない限り、笑ったりはしませんよ。マナーですから』

 

 

 基本的に、笑うことはない。

 そもそも、消耗していることが前提だったから笑う気力など残っていなかった。

 意外とエネルギー消耗するんだ、笑うって。

 上司が冗談を言ったら、笑うのもマナーの一つ。

 ここで重要なのは時間だ。

 笑いすぎると、本題に入る隙を逃してしまうためマイナスになる。

 かといって、笑っている時間が短すぎると失笑、あるいは作り笑いであるのように見えてしまう。

 もちろん笑わないのは論外である。

 正直業務ですり減った状態で冗談を言われても嫌悪感しかわかないんだが、それでもそうしなくてはならない。

 ならなかった。

 金のためには、権力の前には人は心をすり減らして奴隷になるしかないのだ。

 悲しいね。

 

 

「友達と、お出かけすることって今までなかったからさ、だから君と出かけたいんだ」

『…………』

「君は私にとって、最初の仲間で、友達だから」

 

 

 私は。

 常に、弱者と強者で他人を区別する、してしまう私は。

 彼女を、大切に思いながら、支えたいと考えながら、それでも自分とは相いれない生き物だと規定してしまっている私は。

 人としての心も、体さえも失った私は。

 本当に、彼女の友なのだろうか?

 私にはわからない。

 けれど、彼女が望むのならば。

 

 

「嫌、かなあ。もしそうならごめんよ」

『嫌ではありませんよ。貴方が望むのであれば、是非』

「良かった!火村さんたちに頼んでおくね!」

 

 

 そういうと、彼女はどたばたと走り出した。

 

 

「ぐえっ」

 

 

 そのまま、何もないところで転んで顔から転んだ。

 

 

『だ、大丈夫ですか?』

「あ、うん、ごめんね」

 

 

 そういって、また彼女は部屋を出て走っていった。

 随分、落ち着きがない。

 多分、よほど外出が楽しみだったんだろう。

 前日から楽しそうだったし。

 思えば、彼女が嬉しそうだったのは私と出かけるつもりだったからだろうか。

 もしそうならば、嬉しい限りだ。




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第二十五話『永眠しろの信念と意味』

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『……これ、私が来た意味あります?』

 

 

 段ボールに入れられ、梱包材に包まれ、視界が確保されるように、目の部分だけ穴が空いている。

 正直、ほとんど視界がきかない。

 ダミーヘッドマイクたる私には、目が存在しない。

 しかし、マイクの目の部分をふさがれると、何故か視界がきかなくなる。

 箱の穴が空いているとはいえ、視界の半分近くはふさがってしまっている。

 

 気づいていなかったが、早音邸は山の上にある。

 リムジンでゆっくりと下っていきながら、私と文乃さんは取り留めのないことを話していた。

 因みに、運転手さんには私の念話は当然聞こえていない。

 が、リムジンゆえに彼女が最後部座席に座っていると、彼女の声も聞こえない。

 

 

「きれいだねえ」

『確かに、美しいですね』

 

 

 季節は既に秋。

 赤や黄に染まった葉も多く、色とりどりの景色は目を楽しませてくれる。

 こうやって景色を見るのも、私としろさんにとっては随分と久しぶりだ。

 山道は蛇行していることもあって、正確な距離を掴みづらい。

 山一つ下っていることは間違いないが。

 ふもとに降りて、平坦な土地に出たところで彼女が口を開く。

 

 

「あ、この山のふもとまでが早音家の土地だよ。というか、あっちの山々は全部そうだね」

『ええ……』

 

 

 何でしれっと山をいくつも確保しているのだろうか。

 しかも、彼女の言い方からして、山一つを大したものだとは思っていなさそうだ。

 まあただの勘だが。

 維持費だってかかるだろうに。

 

 

 なんでも、山というのは植林をしたりして土砂災害が起きないようにしたりと、手間がかかるんだそうだ。

 先祖伝来の土地を押し付けられていた、職場の知り合いが言ってた。

 あの子は、どうなったんだろうか、今どうしているのだろうか?

 まあ、知る由もないか。

 

 

 それからまたさらに時間がたち、リムジンは無事に高校へと到着していた。

 しろさんは、私の方を見ながら、車から降りる。

 普通に危ないから、ちゃんと外を見ながら降りるように促した。

 ちなみに、しろさんはいつも通りブレザーを着ている。

 どうも、前の学校の制服らしい。

 最近は、涼しくなってきたらしく、別に夏服を着る必要はないというわけだ。

 

 

「じゃあ、行って来るね」

『……行ってらっしゃいませ』

 

 

 耳元で、囁きながら「行ってきます」は反則級だと思います。

 なんかこう、シチュエーションを色々と想像できてしまうというか。

 

 

 ◇

 

 

 それから、彼女が戻ってきたのは四、五時間たってからのことだった。

 もう少しかかると思ってたんだけどな。

 高校って朝八時半に始まって、三時半くらいに終わってたイメージがある。

 もしかして、一日だけの授業って、午前中だけなの?

 通信制高校、特殊な学校だとは聞いていたけど、結構自由なんだね。

 因みに、運転手さんはその間基本的にずっと車の中にいた。

 トイレに行くときと、食事の時に車を止めたくらいだ。

 今日一日かけてわかったことだが、リムジンの扱いは難しい。

 止められる場所も非常に限られるからね。

 

 

「ただいま」

「おかえりなさいませ、お嬢様」

『おかえりなさい』

 

 

 文乃さんと私を載せた車は、ゆっくりと道を進んでいく。

 リムジンから見る川と、その周囲にある公園。

 久しぶりに、自然の風景という奴を見た。

 夕方ということもあって、そこには複数の親子連れがいる。

 ボールなどで遊ぶ子供たちと、それを見守る親もいれば、ベビーカーを押して散歩する人もいる。

 ここは、育児に励む親たちの社交場のようになっているのだろう。

 私にも、こういう普通の家族の一員として過ごすような時期があったのだろうか。

 そんなことを思いながら、ぼんやりと親子たちを見ていると。

 

 

 彼らと、目が合った。

 いや、目が合ったというのは気のせいだろう。

 ダミーヘッドマイクに気付くわけがないし、気づいてもダミーヘッドマイクと目を合わせるという意識はないはずだ。

 きっと、彼らはリムジンを見ているだけなのだろう。

 正直珍しい車だから、それをじっと見るのは無理もない。

 私も、仮に就職前であれば好奇心を抑えられずまじまじと見ていたのだろうと思う。

 

 

 いや、それにしては視線の質が……。

 あくまでただの直感だが、これではまるで。

 

 

「お嬢様」

「ああ、見つかっちゃったね。もう移動しようか」

『……?』

 

 

 彼女は、運転手に届くように、声を少しだけ張り上げて指示を出した。

 声を張っているはずなのに、元気はなさそうだった。

 いや違う。

 元気はないのに、無理やり元気であるかのように見せようとしているように、感じ取れる。

 あくまでも、ただの勘なのだが。

 ともかく、彼女の指示に従って、リムジンはゆっくりと移動を始めた。

 

 

『なんだか、変でしたね』

「……何が?」

『いえ、何でもないですよ』

 

 

 リムジンを見つめる、家族連れの視線。

 明らかに彼らはこちらを睨んでいた。

 そこに、好奇の視線はない。

 恨み、怒り、或いは嫌悪。

 間違いなく、そういう感情を向けていた。

 

 

「まあ、そうだね。もう少し行けばわかるから、そこで説明するよ」

『…………?』

 

 

 彼女のぞくぞくする囁き声を聞きながらも、私の脳みその半分は、疑問に覆われていた。

 ……いや、やっぱり二割くらいかもしれない。

 車は、とある道沿いに止まった。

 周囲の景色は、まだ水の張っていない田んぼがほとんどを占めていた。

 そしてその田んぼと田んぼの間に、特徴的な建物が一件だけ見える。

 多分、あれは小学校だろうな。

 柵の内側に、プールが見える。

 二個くらい建物がある気がするが、小さいかまぼこ上のものが体育館で、大きなコの字型のものが校舎だろう。

 もしかすると、ここは彼女の母校かもしれない。

 体感時間的にも、もうここはかなり早音家に近いはずだ。

 ここに通っていたとしても、不思議はない。

 しかし、だからといってなぜここで車を止める必要があるのか。

 

 

「内海さん、少し、窓を開けてくれませんか?」

「かしこまりました、お嬢様」

 

 

 内海というのは、運転手さんの苗字であるらしい。

 彼の操作によって、窓が、ゆっくりと開いていく。

 すると。

 

 

『これは……』

 

 

 音が、響いてきた。

 金属と金属がぶつかり合うような。

 それでいて、トライアングルのようなさわやかな音ではない。

 むしろこれは、トンカチで釘を打ち付ける音を何倍にも増幅させたかのようなこの音は。

 まさしく、騒音としか言えないものであった。

 彼女は、しばらくしてまた内海さんに窓を閉めてもらっていた。

 騒音が聞こえなくなったタイミングで、私は彼女に念話を贈った。

 

 

『……何の音ですか?』

「うるさいだろう?」

『まあ、そうですね』

 

 

 事実だ。

 車の中にいたから今までわからなかったが、こんなにうるさいとは。

 騒音で苦情とか来ないんだろうか。

 

 

「このあたりには大きな工場がいくつかあってね。そのせいで、騒音がひどいんだ」

『確かに、随分とひどかったというか、とんでもなかったですね』

 

 

 あの地点で、周囲に工場は見えなかった。

 だが、それでもなお工場由来の騒音が響いていた。

 私が単に見落としていた可能性もあるが、これ工場の傍は、地獄なんじゃないか?

 これだけ音が響いていれば、法的に問題がありそうだが。

 

 

「一応、法的な基準はクリアしてるんだよ。音量とか、騒音をまき散らす時間とかね。少なくとも、それで問題になったことはないみたい」

『それはよかった……んですかね?』

 

 

 法が許しても、苦情とかは来るだろうに。

 工場関係者さんたちは大丈夫なのだろうか。

 まあそれを私が気にしても仕方がないのだけれど。

 ふと、視線を文乃さんの方にやると、彼女はじっと遠くを真剣な顔で見ていた。

 配信モードの時よりもさらに、緊張した面持ちだった。

 彼女は、おもむろに口を開いた。

 

 

「音って不思議だよね」

『……はい?』

「振動でしかないものだから、強い音は不快でしかない」

『そうですね』

 

 

 音は空気の震えにすぎず、大きければ不快なものであり、場合によっては耳に大きなダメージを負うこともある。

 生前、聞いた中で一番不快だった音は何だろうか。

 工事の音か、黒板をひっかいた音か、あるいは飛行機の着陸音だっただろうか。

 たいてい、嫌な音というのは爆音というイメージがある。

 この近くにあるという工場が何を作っているのかは知らないが、相当大きな音であることは疑いようもない。

 間違いなく騒音と呼ばれる類のものだ。

 

 

「けれど、それでありながら、音で癒されることもある。ヒーリングミュージックだとか、ASMRだとか」

『そうですね』

「同じ音なのに、随分違うんだなって思ったんだよね。人を傷つけるはずの存在が、使い方次第で人を癒せるなんて不思議で、尊いなって」

 

 

 彼女のかすれたような囁きは、きっと機械音に紛れて内海さんには届いていない。

 けれど、私にははっきり届いていた。

 その言葉が、意味するところも。

 

 

『……それが、文乃さんがVtuberをはじめた理由ですか?』

「そうだよ」

 

 

 彼女の目は、窓の外に向けられていた。

 その目には、炎が灯っているように見えた。

 それは彼女を取り巻く環境への怒りか、あるいはそれを覆さんとする彼女の情熱か。 

 もしかすると、その両方であるのか。

 

 

「私は、音で誰かを傷つけるのではなくて、音で誰かを幸せにしたい。それが、私が永眠しろとして叶えたい夢なんだ」

 

 

 彼女は、遠くを見ている。

 あくまで勘だが、多分見ているのは、学校や田んぼなどの風景ではないと思う。

 おそらくは画面の向こうにいる、顔も本名も性別も知れない、無数の人たちを。

 救いたいと望んで、毎日配信に臨んでいる。

 

 

『きっと、できますよ。いや、できてます』

「そう思う?」

『ええ。デビューした時からずっと、傍でしろさんを見てきましたから』

「……ありがとう」

 

 

 今日まで、彼女にはどれだけの人が救われてきた。

 既にチャンネル登録者数は千を超えている。

 加速度的に、ファンは増えている。

 それは、彼女に救われる人が増えていることの証明だ。

 なにより、彼女がどれだけの努力を重ねてきたか。

 毎日四時間以上の配信に加え、ASMR企画のリハーサルや、ボイストレーニングなども行っている。

 SNSやU-TUBEへのコメントのリプライなど、ファンサービスも怠らない。

 これに加えて、食事中も映画やアニメを観て雑談のネタを仕入れたり、入浴中も声の出し方を練習したりと、本当に寝る以外のほぼすべてを活動にささげている。

 それを見てきて、どうして彼女の夢を否定できる。

 

 

 ふと、もしかすると、彼女の考え方は強者の傲慢なのかもしれない、という考えが頭をもたげる。

 たまたま恵まれた人が、気まぐれで人に優しさを押し付けているのかもしれないと。

 私の腐った心が囁いてくる。

 この子も、あいつらと同じではないのかと。

 

 

 その考えを、私が前世で積み上げた醜怪な思考回路を、回らない首ごと振り払う。

 あまりに彼女に対して失礼であり、何より無粋だから。

 

 

「今日は、君と出かけてよかったよ」

『私も、文乃さんの話がきけて良かったです』

 

 

 私に出来ることがあるのであれば、支えよう。

 あいにく、支えるための、手も足も出せない身分だが。

 

 

「あ、そうだ。今日なんか気分がいいからゲリラ配信するね。雑談と、マシュマロ読み一回ずつで」

『今からですか!』

 

 

 ……やっぱり、この人どこかねじが外れてるよなと思ったのだった。

 もちろん、それが彼女のいいところではあるのだけれど。

 ちなみに、その日の配信は概ね朝に投稿した、箏動画の感想で埋まっていた。

 結構、好評だったようで、何よりである。

 




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第二十六話『コラボするのかしないのか』

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【そう言えば、誰かとコラボする予定はあるの?】

 

 

 ある日、しろさんがいつものように雑談配信をしていると、こんなコメントが流れてきた。

 こういうコメントは初めてではない。

 時折、目に入ってくる。

 

 

 コラボ、正確な名称をコラボ配信という。

 それはVtuberという職業において、一般的に他のVtuberさんと一緒に配信を行うことを指す。

 

 

 基本的には、通話アプリで通話しながら配信を行うのがスタンダードとなっている。

 つまり、web会議を配信に乗せるようなものだ。

 ちなみに、直接会って一か所のスタジオからコラボをするオフコラボという手段もあるが、それはひとまず置いておく。

 

 

 コラボ配信には、メリットとデメリットがある。

 まずはメリットだが、単純に新たな視聴者層の獲得である。

 似たような活動をしていても、全く視聴者が百パーセント被っているということは基本的にあり得ない。

 それゆえに、お互いのファンが知らなかったVtuberを知り、それをきっかけにファンになる可能性がある。

 そういう、数字的な意味合いが強い。

 もう一つは、出来ることの幅が広がる。

 例えば、ゲーム実況配信で言えば、ソロだとソロプレイしかできない。

 だが、Vtuber同士でコラボすれば、複数の人間による対戦や協力プレイなどをすることができる。

 また、雑談コラボも、視聴者と配信者で向かい合うという状態から、配信者と配信者の会話を視聴者が楽しむというコンテンツへと変化する。

 つまり、ソロ配信では実現できないことを実現できるのが、第二のメリットでもある。

 

 

 もちろん、デメリットもある。

 それは、配信が視聴者との会話ではなくコラボ相手との会話になってしまうということ。

 メリットでもあるが、視聴者と配信者のやり取りを望む視聴者からすれば、寂しい気持ちもある。

 それに加えて、コラボするということは相手や相手の視聴者との間に何かしらのトラブルが起きる可能性もある。

 中には、配信者同士は特に問題がないのに、その視聴者同士でトラブルを起こしてしまうということまである。

 私もあまりよく知らないのだが、そういう人たちを厄介ファンなどというそうだ。

 結論を言えば、コラボ配信とは通常の配信とは全く別のコンテンツであり、メリットとデメリットが混在している。

 ゆえに、コラボをするならメリットとデメリットを天秤にかけて、実行するかを各人で判断しなくてはならない。

 

 

「うーん」

 

 

 

 永眠しろさんが、Vtuberとしてデビューしてから三か月ほどが経った。

 そんな三ヵ月で行ってきた配信の中には、コラボ配信は一度もない。

 私の知る限り、彼女がコラボをする予定を立てているという話は聞かない。

 

 

 彼女はあるていど、私に今後の配信の計画を話してくれている。

 といっても、あくまでも今後どのようなASMRをやっていくかという話し合いや、雑談のネタだし程度だ。

 まあネタといっても、大抵は一緒にアニメを見るくらいなのだけれどね。

 一日の大半が、そういうネタ探しを兼ねた娯楽の享受だからね。

 

 

「いやあ、コラボのお誘い自体がこないんだよねえ」

 

 

【ああ、まあそういうこともある】

【そもそも企業に所属してない個人勢は積極的にいかないとコラボない気がする】

 

 

「うっ、それは、まあそうなんだけどね。ちゃんと、自分からコラボを申し込まない理由はちゃんとあるんだよ」

 

 

【ほう】

【聞きましょう】

【そういう裏事情的なこと、普段聞けないから助かる】

 

 

 そういえば、私もコラボ云々については、聞いたことがなかった。

 彼女が、コラボ配信を話題に出したことはなかった。

 なので、私もコラボについて触れることはしなかった。

 が、せっかくコラボの話題になった以上、コラボ配信に消極的な理由は聞いておきたい。

 

 

「うん、まあ結論から言うと、コラボって何話せばいいのかわからないんだよね」

『…………』

 

 

 うん、まあそんなことだろうとは思ったよ。

 しろさん、人とのコミュニケーションが得意な方じゃないからな。

 自分から、誰かに話しかけに行くようなタイプではないはずだ。

 

 

【あっ(察し)】

【これがコミュ障ってやつか……】

【おいよせ】

【陰キャのことしろちゃんっていうのやめろよな!】

 

 

 視聴者のコメントもおおむね似たようなもの。

 雑談配信では、彼女は概ね素でしゃべっている。

 だから、彼女がコミュニケーションが苦手であることも、人間関係に乏しいこともみんな察しているのだ。

 それが悲しいことなのか、あるいは正しいのことなのか。

 

 

「おいおいおい、君達は私がコミュ障陰キャだからコラボができないとでも?まあそれは間違いないけどね」

 

 

【草】

【あのさあ】

 

 

 えへん、と彼女が咳払いをして流れを変えた。

 かわいい。

 

 

「まあでも、それだけではないんだよ。なんというか、私は普段リスナーと一対一で向き合う配信ばかりしているからね。コラボをするのが需要に沿っているとは思えないんだよね」

 

 

【あー】

【確かにコラボばっかりになったらあんまり聞きに行く意味はないかも】

【雑談とかも面白いけど、ASMRがしろタソのメインコンテンツだもんね】

【ASMR主体の人はコラボと相性悪いんかもしれんね】

【ASMRコラボとかいいかも?】

 

 

 まあ、間違いないな。

 永眠しろというVtuberはその根本的な活動理念からして、耳を癒してあげたいという思いゆえに、活動はASMRを軸としている。

 彼女のASMR配信は基本的には視聴者を音でいやすことが目的として規定されており、視聴者に語りかけるようなものが多い。

 そういう距離間の近さこそが強みである。

彼女がコラボ配信をすると、その強みを殺しかねないのだ。

 

 

「まあ、そんなわけで今のところコラボする予定とかは特にないです。ただ、今後コラボする可能性も全然あるからコラボNGとかではないですよ、とだけ」

 

 

【了解】

【真面目な話になると敬語になるの助かる】

【まあ、結局はしろちゃんの好きなようにするのが正解だからね】

 

 

「まあ、一人で活動しているさびしさがないわけじゃあないけどね、一人にはもともと慣れてるから」

『…………』

 

 

 私は、彼女の交友関係を知らない。

 この部屋以外で彼女がどのような生活を送っているのか知らない。

 彼女がVtuberになる以前に、どのような生活を送っていたのかも知らない。

 けれど、一つ確かなこともある。

 高校生であり、金持ちの家に生まれながら自殺しようとしたこと。

 そして、あっさりと通信制の高校に転校し、それを何とも思っていないこと。

 少なくとも、彼女の心の支えになる友人や恩師はいなかったのだろう。

 付け加えれば、彼女は使用人たちとも距離をとっている気がする。

 ここ三か月、文乃さんは滅多にメイドさん達をこの部屋に入れていない。

 せいぜいで、機材トラブルが起きた時だけだ。

 

 

 さらに言えば、彼女は家族との仲もいいとは思えない。

 彼女と関わり始めて、もう二か月になるが、彼女が家族と会っていたことを見たことがない。

 別に、両親が海外を飛び回っているとかではないらしい。普通に同じ家に住んでいる。

 だというのに、彼女は会おうともしないし連絡を取ろうともしていない。

 なんなら、一度メイドさんにも苦言を呈されていたのを見たことがあるが、彼女は取り合わなかった。

 

 

 結論を述べれば、彼女には心の支えになりえる人物がない。

 あるいは、私が少しでもその一助になれればいいのだが、そういうわけにもいくまい。

 そもそも、私で事足りるのであれば、リスナーのみでもいいはずである。

 

 

 一番、友人になりえる可能性があるのは他のVtuberさんである。

 同じ業種というだけあって、話題も尽きないだろうし。

 やはり、コラボなどを行って、他のVtuberさんなどとお友達になることが重要ではあるまいか。

 一度、私からも提案してみるかと思い立った。




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第二十七話『君がいるから大丈夫』

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『文乃さんはコラボとか、本当に考えないんですか?』

「うーん」

 

 

 彼女は、目をつむってうつむいた。

 別に寝ているのではなく、彼女は考えをまとめているのだろう。

 少し時間がたって、おもむろに、口を開いた。

 

 

「配信では、はっきりとは言わなかったけど、正直なところを言えば、あんまり人との交流に慣れてないんだよね」

『……それは何となくわかってます。でも、私とか普通に会話してませんか?』

 

 

 少なくとも、私と彼女は会話に困ることはない。

 それこそ、初対面の時点で普通に接していたような気がするのだけれど。

 私とのやり取りのような感じで接することができれば、コラボとしては成立するはずだろうに。

 

 

「いや、君は正直初対面のびっくり度合いがすごくて、コミュ障を発揮するどころじゃなかったんだよね」

『そうでしたっけ……?』

 

 

 そういえば、私は文乃さんが死ぬ直前に見かけた女の子であることに気付いて動揺していた。

 ゆえに、それ以外の情報にあまり意識を割いていなかったが、彼女は違う。

 文乃さんにとっては、いきなり物言わぬはずのダミーヘッドマイクが脳に直接語りかけてきたのだ。

 そんな異様な状況を、私はともかく彼女はいきなり前準備なしに突き付けられたのだ。

 誰だってぎょっとする。

 その驚きのまま、雰囲気にのまれて会話をしてしまったのだろう。

 思えば、褒められ慣れていなかったり、話し方がいささか固かったりと、人とのかかわりが希薄なのではないかと思える部分はあった。

 そして彼女の話を実際に聞いて、その仮定が事実だと確信できた。

 

 

『いえ、やっぱりお友達を作ったほうがいいのではないのでしょうか?』

「親みたいなこと言うね?」

『確かにそうですね』

 

 

 年齢差もあるし、保護者のような気持ちで接してしまっている部分はあると思う。

 年の差は十程度しかないはずなのだが、親みたいなことを言ってしまう。

 いや、親というのが本来どうあるべきなのか、私は知らないのだけれど。

 誰も、いやどちらも、正しい親がどうあるべきかを知らない。

 どちらも子を持ったことなどないし、親との関わりも真っ当なものではないだろうから。

 

 

「君がいるから、大丈夫だよ」

『私、ですか?』

「うん。私にとっては、君は初めての友達なんだ」

『……そう、ですよね』

 

 

 一緒に映画を観たり、アニメを観たり、音楽を聴いたり。

 コンテンツに対する感想をお互いに言いあったり。

 あるいは、それは友達のような関係なのかもしれない。

 

 

 

『すみません、私にもよくわかっていません。友達がいたことなかったので』

「えっ、そうなんだ!」

 

 

 文乃さんが驚く。 

 意外だっただろうか。

 まあ、学校で話すような知り合い程度ならそれなりにいた。

 ただ、放課後に遊んで寄り道したり、休日に互いの家に遊びに行くような仲のいい友達は一人もいなかったということだ。

 そういえば、私はあまり自分の過去の話をしたことがない。

 暗い話が多いから盛り上がらないし、何より私の正体を知られたくないというのもある。

 

 

「あのさ、君の昔の話とかしてくれないかな?」

『私の?』

「うん。君の学生時代の話とか聞きたいかな」

 

 

 しれっと私が学生時代を終えて、それから死んだことは彼女の中で確定事項になっているらしい。

 まあ、事実だから何かを言うつもりはないけれど。

 

 

『そうですねえ。友達と言える人はいなかったですよ。知り合いは沢山いましたけど』

「そうなの?」

『ええ、せいぜいで休み時間とか昼休みとかに談笑するくらいでしたよ』

「ちょっと待って」

 

 

 文乃さんは、真剣な顔で、姿勢を正す。

 そしてすう、と息を吸い込んで口を開いて。

 

 

「それは友達でしょうが!」

 

 

 彼女にしては珍しく、彼女は叫んだ。

 

 

『いやあの、待ってください。待って待って待って』

 

 

 叫ばれると、パニックになってしまう。

 私の悪い癖だ。

 どうしたらいいのか、わからなくなる。

 たいていは、そうなる前になだめるための手を打っていたのだけれど。

 

 

「いやあの、ごめん」

 

 

 あわてて、彼女はボリュームを落とした。

 

 

「でもそれは、どう考えても友達だよ」

『でも、互いの家に遊びに行くとか、一緒に帰るとか、休日に遊びに行くとかはなかったですよ?』

「普通にいい関係を築けていたんだろう?なんで遊んだりしなかったんだい?」

『……学生時代は、色々な事情からお金に困っていて、バイトしてたんです』

「…………」

 

 

 彼女は、何も言わなかった。

 言えなかったのかもしれない。

 もしかすると、文乃さんにはお金がないからバイトをするという感覚すらよくわからないものなのかもしれない。

 そんな価値観の差に、生まれの差にめまいを覚えながら、私は説明を続けた。

 

 

『だから、人並みに遊んだりということはできませんでした』

「……そっか」

 

 

 だから、私には友はいないと思っていた。

 私のような弱者は、彼らのように普通に生きている者達とは相いれないのだと。

 

 

『私のことを、友達だと思ってくれていた人もいたのでしょうか』

「えっと、ごめん。わからないね、私には。友達がいたことがないから」

『……ですよね』

「でも、想像することは出来るんだ。今までずっと、そうしてきたから」

 

 

 

 今しれっと悲しいことを言われた気がしたが、スルーしておこう。

 そうしたほうがいい気がする。

 

「もしも、例えば楽しいことが少しでもあって、それを笑いあえたら」

 

「もしも、辛いことがあっても、それを打ち明けて相談に乗ってもらったり、あるいは何でもないように振舞ってバカ騒ぎしたり」

 

「夜寝る前に、今日の会話で何か変なことを言わなかったかって悩んだり、逆にこの時は面白かったなって楽しい気持ちになったり」

 

「友達が私にいるとしたら、そんな風なんだろうなって」

『…………』

 

 

 ああ、そうか。

 ブラック企業で精神が摩耗したせいか、あるいは転生の影響か。

 もう、顔もはっきりと思い出せないクラスメイト達のことを思い返す。

 私は、友達とは思えなかったけど。

 彼らは、思ってくれたのだろうか。

 

 

『まあ、君がいるから、大丈夫、ですね』

「ふえっ」

 

 

 文乃さんはまた、トマトになる。

 あるいはリンゴか。

 

「きゅ、急に口説くのはよしてくれよ!」

『いや別に口説いてませんけど』

 

 

 全然、一切、微塵も口説いてない。

 何なら、さっき言われたセリフを使いまわしただけだし。

 正直、クサいセリフだなとは思ったけどね。

 

 

「き、君なんてそんな夫婦みたいな……」

『ええ……』

 

 

 やっぱり、免疫がなさすぎると思う。

 文乃さんは、私を友達であると認識しているし、私は彼女の心の支えにもなることができている。

 だが、それはそれとして、やっぱりコラボをして人に対する免疫を身につけないといけないと思った。

 ……将来が不安だからね。

 ああ、また親目線で接しちゃってるなあ。

 




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第二十八話「私は思い悩み、想い惑う」

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今回、ちょっと特殊な回になっております。



「はあ……」

 

 

 私こと早音文乃が、Vtuber永眠しろとしてデビューしてから、早二か月。

 あっという間だった。

 配信自体は、順調だ。

 何より、楽しい。

 色々な人が、私の配信を観に来てくれている。

 私の声で、音で、癒されている。

 最初は、不安もあった。

 私の声は、周りに似たような声質の人がいない、比較的特徴的な声をしていると思っている。

 だから、受け入れてもらえるのかどうかが不安だった。

 結果的には、杞憂に終わったが。

 毎日、多くの人が私の雑談を楽しんで聞きに来てくれる。

 その中には、声がかわいい、綺麗だと言ってくれる人もいた。

 そして、ASMR。

 大勢の人が、私の配信で癒されたり、安眠を得ることができている。

 それが私の配信をやる理由であり、私は自身の活動とそれがもたらす結果に、満足していた。

 だが。

 

 

「いいことばかりじゃないんだよねえ」

 

 

 脱衣所で、ジャージと下着を、雑に籠に放り投げて、風呂に入る。

 一応、私専用の浴槽なのだが、正直かなり広い。

 広すぎるくらい。

 それこそ、もう一人一緒に入っても問題ないくらいだ。

 ……彼が水に弱くなければ、お風呂ASMRとかもやりたいんだけどなあ。

 どの程度やっていいのかよくわからないんだよね。

 なにせ、替えがきかないし、万一のことがあったら困る。

 

 

 

 風呂に浸かりながら、防水機能付きのスマートフォンを操作する。

 やっているのは、エゴサーチだ。

 『#永眠しろ永眠中』などのタグで検索したり、『永眠しろ』の名前などで検索して、ファンが私や、私の配信に対してどう思っているのかを見ることができる。

 

 

 

 そうやって、SNS上で自分のつぶやきを推しに見てもらえることを楽しみにしているファンも多い。

 だからこそ、ファンは推しているVtuberや活動者などの名前を入れて呟くのだが。

 

 

「はあー」

 

 

 そういうつぶやきが、必ずしも肯定的なものであるとは限らない。

 

 

「『活舌が甘い』『技術が稚拙』『ただ金に任せてるだけの、凡才って感じがする。成金臭がキツイ』……。だーっ、もう!」

 

 

 

 罵詈雑言をぶつけられること自体は、色々(・・)あって慣れてしまっている。

 だが、慣れているからと言って傷つかないわけではない。

 むしろ、古傷を抉られるように、他の記憶まで復活してしまう。

 確か、フラッシュバックというのだったか。

 ため息がつい、口から出る。

 湯気に混じって、すぐに消えるが、私の心のもやもやは晴れない。

 

 

 少し、冷静になろう。

 よくよく見れば、あの時(・・・)とは違い批判的な意見の中にはむしろ的を得ているものもある。

 そもそも、コメント全体の中では批判的なものはごくわずか。

 それはわかっているが、どうにもそういうコメント程目に入ってしまう。

 

 

 私は、もう一つため息をついて、浴槽を出て脱衣所に向かった。

 

 

 ◇

 

 

『お疲れさまです』

「いいお湯だったよー。ふう」

 

 

 声をかけてきたのは、私の相棒だ。

 名前は知らない。

 教えてくれないから。

 仕方がないので、「君」と呼ぶことにしている。

 本人は否定しているけど、たらしだったのではないかと思う。

 だってこう、なんというか私の心を揺さぶるようなことばかり言って来るのだ。

 因みに、それを言うと毎回『本当に免疫つけたほうがいいですよ?』と、心配されてしまう。

 解せない。

 とはいえ、謎こそ多いが基本的に善人なのは間違いない。

 そもそも声をかけてきたのも、かなり紳士的な理由だったしね。

 

 

 名前が、「君」というのは変ではないかと、自分で呼んでおきながら思っている。

 もっとこう、他の呼び方とかがあるのではないか。

 かといって、これといった名前を見つけることもできなくて「君」と呼んでいる。 

 

 

『ところで、文乃さん』

「うん?」

『何かありましたか?』

「――」

 

 

 これだ。

 これが、彼なのだ。

 証拠は残さなかったのに。

 表情にも出さないように、幼い時から教わってきた(・・・・・・・・・・・)鉄面皮でごまかしたのに。

 どういうわけか、人の感情の変化にひどく敏感なのだ。

 それが、生前の能力なのか、ダミーヘッドマイクに転生したものの特性なのかはわからない。

 けれど、確かに彼は私の心の機微に気付くのだ。

 内心を隠す技術は、十五年かけて鍛えたもので、かなり自信があったのだけれど。

 

 

「何のことかな?」

『何かあったんでしょう?顔を見れば分かりますよ。勘ですけど』

 

 

 ただ、こういう時にはとぼけても無駄だとわかった。

 正直に話すしかないなあ。

 

 

「ちょっと、嫌なコメント見ちゃってさあ」

『……ああ、なるほど。前から言ってますけど、そういうのはもうメイドさんに管理お任せしたほうが良いのでは?』

「君の言い分はわかるんだけどねえ。でもやっぱりコメントとか感想は自分の目で見たいんだ」

 

 

 彼の性格はわかっている。

 私のことを、心配してくれているのだ。

 それでもなお、止まれない理由がある。

 私は、私の配信を観ている人達の意見を直接見ておきたい。

 私がやらなくては気が済まない。

 もちろん、全て私ができるわけではない。

 例えば、永眠しろの体を作ってくれたのはイラストレーターさんとモデラーさんであり、それ以外にも機材の整備やサムネイル制作など、さまざまな仕事を氷室さんたちに割り振っている。

 そもそも、今までに使った金銭はすべて父のポケットマネーから出ている。

 私一人でやり遂げたことなど、あまりにも小さい。

 けれど、だからこそ「視聴者と関わり、彼らを癒す」という私がVtuberを始めた目的だけは曲げられない。

 

 

『わかりました。それで、具体的に何を言われてたんですか?』

「えーとね、例えば」

 

 

 きっと彼も、私がコメントなどを見るのを辞めないというのはわかっている。

 わかったうえで、言ってくれているのだろう。

 私が壊れてしまわないように。

 私が、こうやって弱みを打ち明けるのが苦手なことを知っているから、段階を踏んでくれているのだ。

 

 

 

 彼は、色々なことに気づいているはずだ。

 例えば、私が今まで人間関係をうまく築けなかったこと。

 私が、過去に何かがあって、それを抱えているが故に配信を始めたということ。

 あるいは過去に何があったのかさえも、彼は見通しているのかもしれない。

 彼がどういう過去を経て、死んだのかはわからない。

 ただ、ここまで人の気持ちに敏感だと、相当苦労したのではないだろうかとは思う。

 あるいは、その逆(・・・)だろうか。

 いや、それは考えるべきことではないだろう。

 

 

『活舌に関しては、まあボイトレするしかないですねえ。他は全部聞く価値ないです』

「そ、そうなの?」

『はい。だって具体的に何が悪いのか、どう改善すればいいのかさっぱりわからないじゃないですか』

 

 

 確かに、嫌なコメントの大半は漠然としていて、フィードバックするのは難しい。

 というか、そもそも改善しようがないものばかりだ。

 

 

『社会でも、よくあることです。『ちゃんと上司に訊けよ』と『自分で考えろ』の両立を迫られる……。まあつまり、何をしても文句を言うことが目的のヒトは一定数います』

「やっぱり、君って大人だよねえ」

 

 

 

 私は、社会を経験していない。

 井の中の蛙、というべきか、学校と家庭という狭い世界しか経験していないので明確にそこの差があると思う。

 それ以上に、人の心の機微に敏感である。

 彼のような大人に、なれるだろうか。

 そんなことを訊くと。

 

 

『……ならなくていいです』

 

 

 と言われてしまった。

 癒しが足りていないのかもしれない。

 今日は、心音ASMRの時間を長めにとることにしよう。そうしよう。

 

 

 

 その後も、一時間ほど私の愚痴を聞いてもらった。

 すべて吐き出し終わる頃には、私の心はだいぶ晴れやかになっていた。

 ……彼には申し訳ないが、定期的にこういう時間を設けたほうがいいのかもしれないね。

 その後、彼にそういうことを申し出たところ、快諾された。

 やっぱり彼は、優しすぎると思う。




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第二十九話『金属音』

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 それは、とある日の雑談配信のこと。

 すでに、彼女の配信はもう終盤に差し掛かっていた。

 時間的にも、既に二時間が経過しているし、雑談の内容も既に佳境に差し掛かっていた。

 彼女の配信は、もともとネタを探して配信画面にそれを列挙しておき、コメントを拾い話を膨らませながら、ストックしたネタを順番に消化していくというもの。

 

 

「あ、今日は違いますけど明日はちょっと特殊なASMRをやってみる予定だよ。良かったら今夜も明日も観に来てね」

 

 

【了解です】

【楽しみ!】

【何をやるんだろう】

【今日も明日も観に行くね】

 

 

『そういえば、明日試すのって何のことです?』

 

 

 私と文乃さんは、ASMRのリハーサルを度々行っている。

 それは、機材が正常に作動しているかどうかの確認であったり、あるいは今までにないASMRのメニューなどを試したいとき。

 それこそ、毎日の配信とは別に、リハーサルをしない日はほとんどない。

 リハーサルのたびに、ないはずの脳みそが囁き声のせいで爆発してしまいそうになるので、本当に勘弁していただきたい。

 因みに、本番でも当然脳みそが破壊されるので、ただ死あるのみである。

 リハーサルで、全部をやるわけではないので、何をやるのかわからない状態から奇襲をかけられるのも私の昇天に拍車をかけている。

 さて、今までにやったことがないASMRをやるときは、実際に試している。

 咀嚼ASMRなどもそうである。

 本番の二時間よりははるかに短いし、あくまでも全部やるわけではないが。

 一応いくつかアイデアは聞いていたしまだやっていないASMRはリハーサルをしてもらったことだったが、そのどれなのかはわからない。

 

 

「金属音ASMRをやろうと思っているんだよね」

『ああ、以前おっしゃってましたね』

 

 

 金属音というのは、金属と金属がぶつかり合うことで生じる音のことだ。

 トライアングルなどは、それを美しい音色として楽しむ楽器である。

 それゆえに、金属音で人を癒すためのASMRも存在する。

 以前、文乃さんが見せてくれたので、U-TUBE上にはそういう金属音ASMRがあることを知っている。

 様々な金属と金属がぶつかり合う音を聞かせるというコンテンツである。

 今までも、彼女はいくつかのASMRを私に聞かせてくれていた。

 まあ、あまり長時間聞いていると彼女が怒ってしまうので、そこまで長く聞いていたわけではないのだが。

 

 

『何を使うんですか?』

 

 

 具体的に何を使うかまでは聞いていないんだよね。

 いやまあ、生前はASMRを聴いていても、具体的にそれが何による音なのかは知ろうともしなかった。

 興味もなかったからね。

 だが、こうしてマイクになってからは、知ろうとせずとも見せられる。

 そのうち、私も気にするようになってしまったというわけだ。

 

 

「色々だよ。それこそ、楽器とかも使う予定だしね」

『リハーサルはいつやるんです?今からですか?』

 

 

 今まで金属ASMRなどやったことはない。

 

 

「いや、今回はリハーサルはしない」

『はい?』

 

 

 Vtuberは多様性を持ったコンテンツであり、一人一人違うからこそ、面白い。

 一人一人が、得手不得手を持っている。

 永眠しろさんの長所はASMRの技術。

 デビューしてわずか三か月足らず。

 おそらくあったであろう半年の準備期間を足しても、一年に満たない。

 その期間だけで、ここまでの技量を獲得することができる器用さ、天稟の才。

 そして、顔が真っ青になるほど緊張しながら、それでも本番ではきっちり成功させるその度胸。

 だが、彼女には欠点があった。

 永眠しろさんは、アドリブ力が全くと言っていい程ない。

 雑談配信は、話す内容をほとんど決めており、台本もきちんと組んでいる。 

 ASMRも、ある程度台本を作り、大まかな流れをリハーサルしたうえで、配信を行っている。

 また、機材についても事前に何度も確認をしたうえで、度々メイドさんに確認させている。

 しろさんは、そこまで徹底して準備を行っている、行わなくてはいけない配信者なのだ。

 ASMR中、私に対するサプライズこそあるが、それはあくまで彼女の想定内だ。

 彼女にとっての想定外が起きたことは、幸運にも配信中には一度もない。

 果たして、リハーサルをしなくて大丈夫なのだろうか。

 

 

「大丈夫だよ。そもそも、やること自体はいつものASMRとそこまで変わらないからさ」

『……わかりました』

 

 

 大いに不安になりながら、私は首を縦に振らざるを得なかった。

 今日のASMR配信も終わり、文乃さんはベッドに入っていた。

 

 

「起きてる?」

『ええ、起きてますよ』

 

 

 ……なんだか、恋人がいたらこんな感じなのかと思ったが、そこは触れないでおこう。

 気まずくなりそうだし。

 というか、文乃さんは絶対に顔がトマトになる。

 ただの勘だけど。

 それより、訊いておきたいことがあったし、今のうちに尋ねてみる。

 

 

『どうして、金属音ASMRをやろうと思ったんですか?』

 

 

 決断の理由を聞いておきたかった。

 無論、リクエストがあったからというのは承知している。

 けれど、やると言っておきながら準備が雑な気がする。

 

 

「理由か。挑戦したかったから、かな」

『挑戦、ですか』

「私は、色々なことに挑戦したいと本気で思っている。だから、こうして今までやってこなかったことをやりたいんだ」

『……なるほど』

 

 

 それでも、納得がいかない話ではあった。

 私の内心を察したのかどうかはわからないが。

 

 

「……明日、リハーサルをやるよ。だから、大丈夫」

『そうですか。それなら安心です』

「ううん、不安にさせてごめんね。おやすみなさい」

『ええ、おやすみなさい』

 

 

 ◇

 

 

 そして、翌朝。

 当日。

 昼に、昼食をとりながらの雑談配信を終えた後、夕方にリハーサルを一通り行った。

 その後、彼女は配信の直前まで、仮眠をとっていた。

 

 

「おはよう」

『おはようございます、文乃さん』

 

 

 もう夜の九時なのだけれどね。

 

 

「ああうん、大丈夫だよ」

 

 

 ずっとうなされてたけどね。

 本当に、一体どんな夢を見ていれば毎晩そうなるのか。

 彼女が、顔についた涙をぬぐうのを見ながら考えていたが、まあわかるはずがないか。

 告知、サムネイル制作などももう終わっている。

 あとは、配信をするだけだ。

 

 

「ふう……」

『どうかしたんですか?』

「いや、なんでもないんだよ」

『そうですか』

 

 

 まあ寝起きだし、体調は良くないんだろうな。

 もうしばらくして覚醒すれば、調子も元に戻るだろう。

 元々眠りが浅いので、睡眠時間が足りているのかという懸念もあるのだが。

 

 

「じゃあ、行こうか」

『はい』

 

 

 文乃さんは、ヘッドホンをつけて、しろさんに切り替わる。

 

 

「じゃあ、さっそくやっていこうか」

 

 

 私の隣には、多数の金属が置いてある。

 以前配信で使った金属製の耳かきであったり、フォークであったりと以前のASMRで使用した道具もいくつかはある。

 逆に言えば、今までに一度も見たことがないものも多いのだが。

 何なら、本当に何が何だかわからないものもある。

 

 

「じゃあまずは、金属の耳かきとコップを使っていくね」

 

 

 彼女が手にしたのは、金属の耳かきとコップ。

 カツカツと、澄んだ音が響く。

 金属と金属がぶつかり合う、もっともさわやかな音。

 リハーサルでもやったが、この時点で素晴らしい。

 傍で金属音を出しているので、耳の中で軽やかな音がよく響いている。

 

 

【耳かきと金属製のコップとかいう、わけわからんのに、何故かいいコンビになってるやつ】

【気持ちいい】

【あ―】

 

 

 視聴者の方々にも好評みたいだ。

 実際、いいものではあるからね。

 それは間違いない。

 

 

「じゃあ、お次はこれですね」

 

 

 彼女が、取り出したのは鍵穴と鍵だった。

 ごく普通の、それこそアパートに使われていそうな何の変哲もないもの。

 鍵を鍵穴に入れると、ガチャガチャという少し激しい音が聞こえた。

けれど、決して不快ではなく、どこか涼やかな感じがする。

 

 

「さてさて、カギと鍵穴のお次は、手錠です」

 

 

 さらに、彼女が鍵を置いて、今度は手錠を手に取る。

 銀色の手錠は、思ってより大きい。

 まあでも、筋骨隆々な男性にもはめることができなくてはならない。

 つまるところ、彼女が持つと、不釣り合いに大きく見えてしまうということである。

 手錠を彼女がカチカチと触ると、じいいいいいいいいいいい、とファスナーを閉めるような音が響く。

 かちり、という音がした。

 手錠が完全に閉じる音だ。

 何度か、これを繰り返す。

 まあ実際は、腕がないので空を切っているだけなのだが、あくまでも

 彼女が、耳元まで顔を近づけてくる。

 しろさんの呼吸音を、私の耳が、マイクが感知する。

 金属音によるそれとは、はっきりと異なる別の概念である。

 手錠を手元の辺りに置いたまま、しろさんは。

 

 

「うーん、君達のこと、逮捕しちゃおうかなあ!」

『んふっ』

 

 

 まずい、また変な声が出ちゃった。

 もう日常と化しているはずなのに、未だにぞわぞわするし、汗腺もないはずなのに、汗をかいたような気持ちになる。

 そのくせ、全くもって嫌ではないのだから、私は自分で自分のことがわからない。

 

 

【逮捕してくださいお願いします】

【終身刑がいいなあ】

【しろちゃんが手錠を持っているということは、しろちゃんはSM的なあれがお好きということ?】

【やめないか!】

 

 

「いや違うよ、今日のためにわざわざ買った奴だから。まあでも、喜んでくれたのなら、また使おうかな」

 

 

 

「次に、トライアングルを出していこうね」

 

 

 トライアングル。

 小学校の時、音楽の授業で使った記憶がある。

 音楽の授業、結構色々な楽器を使わされた記憶がある。

 リコーダーに始まり、トライアングル、鈴、カスタネット、木琴、太鼓、あとは鉄琴なんてのもあったかな。

 棒で、三角に折れ曲がった棒をたたいて、音を鳴らす。

 リン、リンと風鈴のようなさわやかな音が聞こえる。

 

 

【トライアングルとか懐かしい】

【小学校卒業してから一度も見てない】

【絵本でなんか出てきたの覚えてるな】

 

 

「お次は、鉄琴を使っていくね。ちょっと待っててね?」

 

 

【鉄筋?】

【鉄琴かあ】

【木琴は見たことあるけど、鉄琴ってあるんだ。知らなかった】

 

 

 木琴という楽器がある。

 ピアノのような、木製の鍵盤が存在し、それを棒で叩くことによって、音が出るという楽器である。

 鉄琴も、原理的には同じ。

 ただ、鍵盤の部分が木製ではなく鉄製なので、木琴よりも金属めいた、さわやかで乾いた音がする。

 

 普通に、音楽の授業における鉄琴は、楽器のキーボードほどのサイズがあり、持ち運びなどできない。

 しかし、一方で例外もまた存在している。

 彼女が持っているのは、小さな、それこそ子供が扱うような鉄琴。

 サイズとしては、ノートパソコン程度のサイズしかない。

 それならば、彼女の力でも問題なく動かせる。

 私のちょうど真後ろに、そっと音をたてないように鉄琴を置いた。

 そして、先端部分が球体を形作っているばちで鉄琴を鳴らしていく。

 うるさすぎず、しかしてスッキリした鈴の音のような音を鳴らしている。

 音の高さが徐々に変わっているので、一音階ずつ音程を上げているのだろう、とわかる。

 ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド、と音を奏でている気がした。

 まあ、私は絶対音感もなければ、相対音感も存在しないので、ただの勘でしかないのだが。

 

 

【癒されるなあ】

【金属音って、あんまりいいイメージなかったけど、楽器になってるくらいだしいい音なんだなあ】

【これはヘビロテ不可避】

 

 

 少し不安はあったが、配信自体は順調だ。

 そう思ったときに、しろさんが。

 ふう、とため息を吐いた。




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第三十話『苦手なもの』

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「ご、ごめん今日はちょっと疲れちゃっててさ」

 

 

 しろさんは、ため息に対して慌ててフォローに回る。

 その声も上ずっており、視聴者たちもハプニングであると気づいたようだ。

 

 

【何だ、ただのハプニングか】

【金属音ASMRなのに、吐息まで味わえるの最高すぎるだろ】

【無理しないでね】

 

 

『…………』

 

 

 私は、何も言わなかった。

 今は、いうタイミングではないと思ったから。

 

 

 ◇

 

 

「今日はありがとう。おやすみなさい」

 

 

【お疲れさまです】

【ゆっくり休むんだぜ】

 

 

 

 ため息から三十分ほどで、配信を終えた。

 完全に、配信が切れたことを確認したのち、彼女はベッドに倒れこむ。

 そしてゴロゴロとローラーのごとく回り始めながら、言葉を発する。

 

 

「はあああああああああ、やっちゃったねえ」

『……まあ、そうですね』

 

 

 彼女が何を悔やんでいるかはわかる。

 ため息だろう。

 とはいえ、結果的に「ため息助かる」などというコメントが多かったように感じる。

 同接が大幅に減った様子もなかった。

 悪い結果ではないのではなかろうか。

 そんなことを言ってみたのだが。

 

 

「それはそうだけどさ、やっぱり私的にはなるべく純粋にASMRを楽しんで欲しいんだよね。金属音を聴いてもらうっていう配信で、なるべくノイズを載せるって言うのはやっちゃいけないんだよねえ」

『それはそうですけど、それならそもそも、喋ったらダメなのでは?あと逮捕するとかどうとか、あれは何なんです?』

 

 

 いやまあ、喋っていた理由はわかる。

 見せられた金属ASMRは、全て実写のASMRだった。

 つまり、何を使ってASMRをしているのかの説明が必要なかった。

 だがしかし、文乃さんは――永眠しろさんはVtuberである。

 Vtuberという存在は、その仕様上、あくまでも現実世界には存在しないことになっている。

 ゆえに、口頭かテキストで説明するしかない。

 ただ、彼女はあまりテキストでの説明を好まない。

 彼女が自分の口で、言葉で、伝えなくては意味がないと考えている。

 

 

「いやまあ、あのですね、逮捕するとかいったのはシンプルに盛り上がっちゃって。なんか君の後頭部を見ていたら、悪戯したくなったんだよね」

『……いや、あの、どういうことですか?』

 

 

 随分と元気だ。

 まるで、エネルギーが有り余っているとでも言わんばかりに。

 あるいは、先ほどまでテンションが低かった反動か。

 

 

『金属音が苦手なんですか?』

 

 

 てきめんだった。

 明らかに、びくりと彼女の肩が震える。

 ゆっくりと、彼女は振り向く。

 その目には、複数の感情が入り混じっていた。

 困惑、恐れ、驚愕、感心……。

 大方、「何でバレたのかわからない」といったところだろうか。

 まあ、ただの勘だが。

 

 

 

「何でそう思うんだい?」

『明らかに、無理をされているように見えましたので』

 

 

 まあ、ただの勘なのだが。

 私には、配信中、無理に言葉を発しようとしているように思えた。

 そして、無意味に言葉を重ねるのは、大抵己を鼓舞するためと相場が決まっている。

 私も、そういう時代があったからわかる。

 

 

『否定、なさらないんですね』

「まあ、否定はしないね」

 

 

 意外だ。

 そこはきっちり認めるんだな。

 

 

「君は鋭いからね。隠し事をしても、どうせすぐばれる」

『……そうでしょうか』

 

 

 確かに、とある理由(・・・・・)から、私は人より勘が鋭いことは自覚している。

 むしろ、死んでからの方が敏感になっているとさえ思う。

 多分、体調不良が全部消えたからだろうな。

 嗅覚や味覚のような、人として大事なものを失った代わりに、ありとあらゆる負債を捨てきったからね。

 いや、この勘もある意味負債のようなものか。

 鋭くなった理由が理由(・・・・・)だし。

 

 

『それでも敢行しようとしたのは、苦手な音を克服しようとしたからですか?』

「…………」

 

 

 私は、あまり他者に踏み込むことはしない。

 それは、勘が踏み込むべきではないと警告してくれるからだ。

 そういう見極めの時、この勘はもっとも強く働く。

 けれど、それでも。

 今回だけは、踏み込まなくてはいけない。

 なぜならば、友達だから。

 

 

「言わなくてはいけないと思う。君は、私のマイクで、友達で、相棒だと思っているから」

 

 

 その言葉に嘘はない。

 そこまで信頼されている、ということ。

 そしてそれでも、まだ言いたくはないと思ったということだ。

 

 

「でも、今はまだその勇気がないんだ。もう少し、待ってほしい。いずれ絶対に話すから、その時までは」

『わかりました。それで構いません』

 

 

『ただ、今後は金属音ASMRはやらない方がいいですよ。少なくとも、根本の問題が克服できていないうちは』

「ああ、それはわかってるよ。どのみち多分もうやらないんじゃないかなと思う。正直、ニッチすぎるしね」

『ああ、まあそうですね』

 

 

 金属音ASMR。

 少なくとも、Vtuberがするものとしては、かなり稀である。

 ぶっちゃけ、そんなに何回もやるものではない気がする。

 ……鉄琴とか、手錠とか、今回のためだけに買ったものについてはいささかもったいないような気もするが、まあそれも仕方がないことではあるだろう。

 

 

 その日の夜、彼女はずっとうなされていた。

 いや、少し違う。

 私が、ここにきてからずっと。

 毎日、毎晩。

 彼女はうなされている。

 寝返りを打ち、苦しそうな声を出している。

 余程悪い夢でも見ているのだろうか。

 

 

『…………何を』

 

 

 言葉が、漏れる。

 心から、疑問が漏れて、零れ落ちる。

 これほどに文句のつけようのない環境に生まれて。

 いま、自分の夢に向かって全力で進み、それを叶えつつある。

 そんな状況で、彼女は何を思って、何に悩んでいるのだろうか。

 毎晩何に、涙を流しているのだろうか。

 きっとそれは私では、想像だにしないような重荷なのだろうと思う。

 私と彼女は、どこまでいっても真逆だから。

 強者には弱者の痛みがわからないように、きっと逆もまた然りだから。

 

 

『……もしも』

 

 

 もし、彼女がいつかすべてを打ち明けたら。

 私は、どうするのだろう。

 私も、私の隠していることを、私の正体を打ち明けるべきなのだろうか。

 私は、それをしたくないと思っている。

 それは彼女の精神衛生上のためであるし……同時にきっと私のためでもある。

 死とともに捨てた、弱者としての自分を思い出したくないからだ。

 強者である彼女がそばにいる状況でそれを思い出すのは、みじめになるだけだから。

 何より彼女に対して、悪感情を抱いてしまうことが、許せないから。

 説明すれば、心が過去に戻ってしまう気がしているのだ。 

 

 

『けれど……』

 

 

 必要となれば、きっとためらうべきではないのだろう。

 私は、彼女の友達だから。

 




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第三十一話『ゲーム配信やるってマジ?』

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前話で十万字突破してましたね。
これからも頑張ります。


 永眠しろさんがデビューして、三か月が経過していた。

 季節は十一月。

 寒いと感じられる季節である。

 

 

「さて、作戦会議をはじめたいんだけど、いいかな」

『私はいつでも、何時間でも大丈夫ですよ。この体になってから、疲労とは無縁なので』

 

 

 厳密には精神的な疲労はある。

 なので、目を閉じて意識を手放す時間もあったりする。

 手、ないけど。

 ただ、手はおろか肉体的な疲労というものがなくなった以上は、誤差の範疇だ。

 

 

 閑話休題。

 作戦会議。

 私と文乃さんが何度も繰り返してきたことである。

 内容はたいていが配信内容について。

 特に、ASMR配信については今までも色々な企画に挑戦してきた。

 逆にASMR以外の企画をあまりやってこなかったので今回もまたASMRの企画会議だろうなとあたりを付けていた。

 

 

「そ、そっかあ。じゃあ本題に入るね。今回私がやりたい企画はゲームしながらASMR、だよ」

『……ゲームをしながら?』

「そう、ゲームをしながら」

 

 

 

 ゲームをしながらASMR?

 そんなものあるんですか?

 聞いたこともなかったのでそれを疑問に思って聞いたが、彼女は「まあちょっと見てなよ」といって、パソコンの画面の目に私の頭を運んでくれ、ついでにヘッドホンを頭に取り付けてくれた。

 

 

 彼女にU-TUBEの検索画面を見せてもらうと。

 

 

『うわ、本当だ』

「でしょ?」

 

 

 

 ふんす、と彼女がなぜかどや顔をしている。

 可愛いからいいけど。

 

 

 ともかく、ゲームをしながらASMR配信をしている動画がU-TUBE上には複数上がっている。

 ヘッドホンを借りて聞いてみれば、ゲーム音も乗っているが、不快にならない程度に音量を抑えている。

 あくまで本命はASMRの方であるらしい。

 爆音でゲーム音が流れるのを想像していたが、この程度の音量であれば、BGM程度であり、ASMRの妨げにはならないであろう。

 最近は永眠しろのASMRだけを聞いていたが、久しぶりのASMRは悪くない。

 いや、むしろ耳が以前より肥えて、心に余裕が生まれたことでより一層訊くことができている。

 

 

「はい、そこまで」

『あの、今いいところだったんですけど……』

「だったらなおさらダメ」

 

 

「君が私以外のASMRを聞いているのを見ると、無性に腹が立つ」

『……ええ』

「あの、引いたかい?」

『引いたりはしませんけど、なんでなんだろうとは思いますね』

「それは……察してくれよ」

『…………?』

 

 

 意味が分からない。

 どういうことだろうか。

 もしかすると、ヘッドホンが使えないからだろうか。

 別に、ヘッドホンもパソコンも、マイクもあくまで彼女の所有物だから好きにすればいいと思うけど。

 

 

「まあいいさ、とりあえずゲームをしながらASMRというコンテンツの良さは伝わっただろう?」

『ええ、それはもう』

 

 

 しかし、この配信は正直かなりいいと思う。

 まるで、すぐそばでVtuber永眠しろのゲームプレイを見ているような感覚に陥ることができる。

 距離の近さを売りにしている彼女には相性がいいかもしれない。

 

 

 

 だが、私にはもう一つ疑問があった。

 

 

 

『あの、文乃さんってゲームできるんですか(・・・・・・・・・・)?』

「…………」

 

 

 そう、そこなのである。

 基本的に、私は彼女の勉強部屋兼配信部屋兼寝室に置かれている。

 それゆえに、彼女のプライベートをほとんど把握している。

 それこそ、ご飯の食べ方の癖も把握している。

 舐りばしはお行儀が悪いと思うんです、文乃さん。

 だが、そんな私をして、彼女がゲームをするところを見たことがない。

 大体、映像作品を観るか、漫画を読むか、音楽を聴くか。

 彼女の娯楽はその三つに集約されている。

 ゲームをやったことがあるのかも怪しい。

 そういうのって、お金持ちの家とかだと厳しいイメージあるしね。

 いや、配信を許してくれている時点で、かなりそこら辺の束縛は緩いのだろうか。

 いずれにせよ、彼女のプレイヤースキルがまるで見えてこないのが不安なのだ。

 

 

「うまい、下手で言えば下手だと思うよ。なにせ、やったことがないからね」

『…………。ないのにこの配信でやろうとしてるんですか?』

「うん、そうだね」

 

 

 

 そっかあ。

 やったことがないのに、配信でやるつもりだったのかあ。

 まあこれも、この前の金属音みたいな苦手なことへの挑戦なのかもしれない。

 

 

『とりあえず、文乃さんにはゲーム機を買ってもらわないといけませんね』

「ゲーム機?」

『え?』

「え?」

 

 

 あの、もしかしなくてもこれは。

 

 

 

『文乃さん、ゲーム機がなんだかご存じですか?』

「あの、よくわからないんだけど、もしかしてゲームをするにはパソコンとは別の専用の機械が必要なの?」

『……まあ、そうですね』

 

 

 

 パソコンでできるゲームももちろんあるが、少なくとも今観ていたゲームは専用のゲーム機が必要だ。

 それすら知らなかったのか。

 まあでも、ゲームをやったことがない人なんてそういうものかもしれない。

 私も、ゲームを始めるまではRPGという単語を、ハードの一種だと思ってたしね。

 知らない人はとことん知らないものだろうし、仕方がない。

 

 

 

『とりあえず、今日の配信は別のものにしませんか?正直今からゲームを購入してもまにあわないような気がするんですが』

「いいや、それはできないね」

『なぜです?』

 

 

 よもや、ゲームに対して並々ならぬ熱意を秘めていたのだろうか。

 実は、ゲームにだけは厳しい親御さんだったりするのだろうか。

 そんな私の推測は。

 

 

「あの、もう発表しちゃって、SNSでサムネも出してるから今更変えられない……」

『ああ……』

 

 

 

 目を逸らしながら、冷や汗を垂らしながら

 とりあえず、今できることをやろう。

 

 

『まあ、ゲーム機を買わなくてもプレイできるゲームはありますから、それをやることにしましょうか』

「あ、そういうのがあるんだね」

『ええ、パソコンのみでできるゲームがあったはずです』

 

 

 

「そうなんだ」

『そうですね、このゲームなんてどうですか?たぶん初心者向けだと思うんですけど』

「ほうほう、これが初心者向けなんだね。わかった、取り敢えずインストールしてみるよ」

 

 

 私の提案に従って、彼女はゲームを起動する。

 それから二時間後、彼女にとって、人生初のゲーム配信が幕を開けた。

 

 




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第三十二話『ゲーム配信やっていこうか』

 

 ゲーム、といえば専用のゲーム機を使うのが一般的となっている。

 ファミなんちゃらにはじまり、ゲームのソフトを特定のハードに入れる。

 技術革新に伴い、ハードは数年単位で更新される。

 ゲームをやったことがある人ならば、或いはやったことがなくても知っていて当然レベルの知識ではないかと思っている。

 

 

 因みに、私はゲームはやったことがない。

 あれねえ、ハードが普通に高いんだよね。

 少なくとも、金欠の学生がどうこうできるレベルではない。

 父は、そういうのに理解があるタイプの人ではなかったしなあ。

 まあ、社会人になれば買えなくはなかっただろうけど、どのみち時間なかっただろうしなあ。

 

 

 そんなわけで、ゲームについてよく知らない私だが、だからこそ文乃さんがゲーム機すらしらないという事実に震えていた。私でも知ってるのに……というやつだ。

 だが、よくよく考えてみれば、理解できる。

 ゲームというのは、無駄な娯楽であるとされているし、知能や視力を低下させるなど悪いイメージを持たれがちである。

 だが、ゲームというのは本来コミュニケーションツールなのだ。

 私はゲームを持ってはいなかったが、しかして学校に持ち込んできた同級生に少しだけ貸してもらって遊んだりもした。

 失敗したり、教えてもらったり、怒られたり。

 とにもかくにも、そうやってゲームを介してコミュニケーションをとるというのは子供であればそう珍しいことではない。

 大人にしたって、麻雀などを介してコミュニケーションをとったりする。

 なんなら、ゴルフだって広義の意味ではゲームと言えなくもない。

 いろいろ言ったが、どういうことかというと。

 

 

『友達いないと、ゲームってやろうと思わないですよねえ』

「……今、何か言ったかな?」

『いえ、なにも言っておりません』

 

 

 いけないいけない。

 今のは失言だった。

 

 

 今日は、一般的なゲーム機を使ったゲーム配信、ではない。

 ゲーム機を彼女は持っておらず、なおかつゲーム機を使う際にはゲーム機とパソコンをつなぐためにいろいろしなくてはいけないらしい。

 その色々、というのはわからないのだが。

 まあつまり、パソコンを使ったゲームの方が、色々と便利らしい。

 私はあまり詳しくないが、ゲーム機の画面をパソコンに出力するのは色々手間らしい。

 そんなわけで、今日やるのはパソコンゲームの一つだ。

 

 

 名前は、「Gekimuzu Ojisan Inochigake」という。

 これがどういうゲームかと言えば、いたってシンプル。

 まず、主人公はおじさんである。

 次に、おじさんは下半身がなぜか壺に埋まっている。

 上半身は裸であり、一本の、おじさんの背丈より長い棒を持っている。

 そして、その棒をうまく動かして移動を続け、ゴールにたどり着けばクリア、というゲームである。

 なぜ、文乃さんがこのゲームを配信することに決めたのか。

 それは、視聴者から以前リクエストがあったからだ。

 彼女の望みは、配信で人の心を癒し、救うこと。

 ゆえに、こういうリクエストには彼女はなるべく答えようとする。

 それこそ、たぶんリクエストされた企画は全部やり通そうと彼女は考えているはずだ。

 

 

 さて、私は実のところこのゲームをプレイしたことはない。

 だが、知っていることもある。

 配信者の中に、これを好んでプレイするひとがいること。

 そして、このゲームがいわゆる「鬼畜ゲー」と言われるタイプのゲームであるということ。

 第一に、操作が難しい。

 そのため、何度も失敗してコツをつかんでいくことが前提の……死に覚え的な要素を含んでいる。

 死にやすさゆえに、配信者がリアクションを取りやすい。

 ただ……。

 この難易度のゲームが、彼女が人生で初めて行うゲームなのだ。

 「Gekimuzu Ojisan Inochigake」をわざわざやらなくてもいいのではないだろうか。

  そういう風に考えないでもないが、リクエストされた以上、彼女が心を決めた以上は私から言うことはもう何もない。

 

 

「こんばんながねむー。今日は、君に見守ってもらいながら、ゲームをするという配信をやっていくよ」

 

 

【初見です。なんだか変わった音の響きですね】

【こんばんは!】

【きちゃ!変わり種ASMR!】

 

 

「はじめて、というか今までで一度たりともゲームというものをしたことがないので、できればコメントはなるべく柔らかいものにしてくれると助かるよ。まあ、ゲーム下手なんだなあと思ってくれれば」

 

 

【了解】

【待って、人生初のゲームが壺なの?】

【こんなのゲーム引退しちゃうって】

【とりあえず、指示コメントは抑えて、指示コメントしている奴がいてもスルーしてモデレーターに任せような】

 

 

 コメントの反応は、いつもとは少し違うね。

 まあ、仕方がないか。

 多分だけど、今日は観に来てくれる人の層が若干違う。

 普段しろさんを見てくれているひとや、ASMRを楽しみにしている人とは別に、ゲーム配信が見たくて来ている層がいるはず。

 そういう人たちの中には、荒らしや、指示厨と呼ばれる配信者に対してプレイングの指示を飛ばす手合い――つまりマナーの悪い人たちも一定数いる。

 ゲーム配信というのは、ゲームが好きな人たちが遊びに来るゆえに同接や再生回数も伸びやすい一方、そういう治安が悪くなりやすいというデメリットも含む。

 

 

 

 彼女のように、うまくゲームをプレイすることを目的にしていない配信者も多数いるのだが、指示コメントを出している者達にはそんな事情は関係ない。

 ゲームをする以上、自分達の信じるやり方が正しいと信じて疑わないのである。

 まあ、そこはメイドさん三人にお任せしよう。

 たぶん、しろさんもあんまり余裕がないだろうから。

 彼女のゲームセンス次第では、大いに荒れる可能性がある。

 そう思いながら、意識を配信画面に戻すと。

 

 

「ええと、これどのボタンを押せばいいんだっけ……」

 

 

 

【草】

【Startって読めないものなのか?】

【ゲームをスタートすらできないVtuberがいるってマジですか?】

 

 

 ゲームをプレイする以前のところで止まっていた。

開始ボタンがわからず、起動できていないようだった。

 ……これ、本当に大丈夫か?

 おそるおそるコメントを見ると。

 

 

【なんだか、彼女のゲームプレイを見守っている感があるな】

【俺たちの好きなゲームを、やってみたいって言ってやってくれる彼女……。最高かな?】

【いいな、アドバイスは控えろよ……彼女は今俺に頼らず自分の力でやりたいって言ってくれてるんだからな】

【実在してくれたらなあ】

【ガチ恋不可避、チャンネル登録しました】

 

 

 ああ、大丈夫そうだね。

 良かった。

 コメント欄の人も気持ちもわかるけどね。

 位置的に、隣でゲームをしているしろさんを見守る格好になっている。

 本当に、お家デートでゲームをやっているような感覚になっているわけだ。

 まあ、したことないので実際にこんな感じなのかはわからないけど

 




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第三十三話『ゲーム配信をやり遂げろ』

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 開始ボタンが押せず、英語力の無さをファンに知らしめてしまったしろさんだが、配信を監視しているメイドさんからのアドバイスもあって、無事にゲームをスタートすることができた。

 

 

 「Gekimuzu Ojisan Inochigake」というゲーム。

壺に下半身が入った男が、一本の棒を使って山まで登っていくというだけのゲーム。

 それだけ聞くと、シンプルなゲームに思えるし、実際シンプルだ。

 ただし、シンプルであることは簡単であることとイコールではない。

 まるで将棋だな。

 

 

「ああ、なるほどね。こうやって、動かせばいいのか、完璧に理か、あれ?」

 

 

【あっ】

【草】

【完璧なフリで笑う】

【かわいい】

【画面と耳元のギャップで頭バグりそう】

 

 

 このゲームを難しくしている点は、三つある。

 一つは、イージーモードと言えるものが存在しないこと。

 普通、ゲームには難易度を調節できるオプションがある。

 初心者から上級者まで、楽しく遊べる仕組みである。

 もっといえば、初心者、あるいはライト層を振り落とさないための商業的な工夫である。

 だが、このゲームには存在しない。

 そもそも、このゲームの開発者は永久にクリアできないプレイヤーもいるという前提でこのゲームを作っている。

 ゆえに救済措置などはなく、全てのプレイヤーに平等に苦行を強いる。

 

 

「ちょっと待って。これどうやって登るの?」

 

 

【慣れよ(諦め)】

【いけたらいける】

【感じろ、としか言えん。因みに今、私は感じている()】

 

 

 二つ目は、操作性の特殊さ。

 動かし方はシンプル。

 というか、プレイヤーは棒を振り回すことしかできないので無理はない。

 少しでもミスれば、あっさりと落ちていく。

 

 

「あっ……」

 

 

【草】

【発狂しないからこそ悲壮感があるな】

【なんかえっちじゃない?】

 

 

 そして、三つめは。

 セーブポイントがないこと。

 通常、ゲームというのはセーブポイントが存在し、死亡してもそれより前に戻ることはない。

 「もう、ここはやらなくていい」「これ以上、悪くなることはない」というのはゲームを進めていくうえで非常にありがたい。

 精神的負担がかなり減るのだ。

 逆に言えば、セーブポイントがないと……精神的にとんでもない苦痛を与えられることになる。

 そう、この「Gekimuzu Ojisan Inochigake」にはセーブポイントが存在しない。

 操作を誤れば、山を滑落することになるのだが……対処を誤れば一番最初まで落ちることだってあり得る。

 難易度調整だとか、操作性だとか、そこに難しさがあってもなおそれは「そういう難しいゲーム」であっただろう。

 だが、このセーブポイントがないというのは難しいかどうかではなくて、むしろ。

 心が折れる。

 申し訳ないが、このゲームを作った人は本当にいい(・・)性格をしていると言える。

 

 

 

 考えれば考えるほど、このゲームを作った奴は修行僧なのかと思えてくる。

 そういえば、キャラクターの頭も禿げているし、そういうことなのかもしれない。

 いやそんなわけないか。

 あるいは、ブラック企業にお勤めだったのかな。

 よくわからない理由で、わけのわからない作業をやらされることもよくあることだからね。

 指示した本人もその作業の意味わかってないんだもん。

 どうしようもない。

 閑話休題。

 とにもかくにも、こんな人に苦行を強いるためだけに産み出されたようなゲーム。

 ここに、ゲーム初心者である女子高生を投入すると、どうなるか。

 

 

 

「ああ、またここからやり直しかあ」

 

 

【草】

【毎秒落ちてる】

【がんばれがんばれ】

 

 

 

 まあ、うん。

 落ちるよね。

 もう何回落ちたか、数えきれない。

 最初は数えてたんだけどね。

 三十を超えたあたりから、面倒になっちゃった。

 あと、連鎖的に落ちるのをどうカウントすればいいのかわからないというのもある。

 

 

 

「ふー、ふー、ふーっ」

『大、丈夫ですか?しろさん』

 

 

 

 呼吸が荒い。

 ゲームを始めてから、ずっとこうである。

 声を殺しているせいか、なんだかちょっとセンシティブに聞こえてしまう。

 本人は、絶対そんな意図はないんだろうけど。

 

 

【これドスケベですよ!】

【声出せないシリーズじゃん】

【えっちすぎないか?】

 

 

 

 まあ、しろさんの意図もわかる。

 通常のゲーム配信ならば、操作しているキャラクターが死ねば叫んだり慌てたり、とにかく相応のリアクションをするのが普通だ。

 ただ、今はASMR配信中だ。

 当然、大声を出しては視聴者の鼓膜を破壊してしまう。

 ゆえに、彼女は声を抑えるしかないし、台パンなどのリアクションも取れない。

 とはいえ、しろさんは割と負けず嫌いというか感情が表に出やすいところがある。

 なので、結果として息が荒くなり、それをマイクが拾っているのだけれど、どうやらファンの皆さんは大興奮しておられる様子。

 まあ、私もなんですけどね。

 ないはずの血管がどくどくと脈打っている気がする。

 なんというか、息が上がっているゆえに、こう、すごいセンシティブに感じてしまう。

 いやまあ、私達の心が穢れているだけなのだけれど。

 とはいえ、今の状態は配信的には撮れ高なのだろうが、同時に非常に危うい状況であるということも確か。

 

 

 初めてのゲームということもあって、しろさんはかなり熱中している。

 彼女の精神状態は、非常に不安定でもある。

 ライブ配信は、動画とは違う。

 ハプニングや放送事故がいつ起こってもおかしくない。

 この間みたいなことや、それ以上の問題が噴出すれば、彼女が活動できなくなる恐れがある。

 それでは、彼女の目的が果たされない。

 

 

『しろさん』

「うん?」

 

 

 普段は、ルール違反であるとしているが、今回ばかりは例外だ。

 

 

 

『一度、深呼吸しましょう』

「……そうだよね。すーっ、はーっ」

 

 

 良かった。

 落ち着いてくれたみたいだ。

 なんとなく、一度口をはさんでおいたほうがいい気がしたんだよね。

 一瞬、しろさんは私の方を見て。

 

 

「ありがとうね、観てくれて」

『どういたしまして』

 

 

 言葉の真意は、私以外にはわからない。

 けれどそれでいい。

 彼女は、再びゲームへと戻る。

 

 

 

「なんのっ、まだまだこれからだとも」

 

 

 

「あれえ、また最初から?」

 

 

「そもそもなんだけど、なんで壺なんだろう。山登りがしたいなら、立って歩こうよ。あなたには、その立派な足がついているじゃないか。いや本当についているかどうかは知らないけど」

 

 

「スキンヘッドの方がコスト的に楽なのかな。まあそうだよね、今隣に居る君も髪の毛ないし」

 

 

 そんなこんなで二時間が経過して。

 

 

「お疲れさまでした。寝ている人はありがとう。起きている人は、おやすみなさい」

 

 

 永眠しろさんにとって初めてのゲーム配信が、終わった。

 

 

 ◇

 

 

【おつかれさまでした!】

【お家デートみたいで癒された!この後眠ります】

 

 

「終わったね」

『ええ、そうですね』

 

 

 

 文乃さんは、画面を観て配信を切り忘れていないかの、確認をしている。

 配信中であれば配信中と分かるからね。

 確認が終わると、彼女はパソコンの電源を落として、ベッドに向かった。

 スイートルームもかくや、というレベルのベッドに倒れこんで。

 

 

 

「……と」

『はい?』

 

 

 いやな予感がした。

 私は、人の感情を察することに長けている自覚がある。

 この能力にも欠点はある。

 それは、私自身の体調やメンタルによって、精度が変化すること。

 私は、配信が無事に終わったことに安堵していた。

 なので、見落とした。

 

 

「二度とやるかあんなクソゲー!あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 

 足をバタバタさせ、腕を枕にたたきつけながら、文乃さんは叫び続ける。

 私は、部屋中に響き渡る彼女の絶叫を聴きながら思った。

 どうやら、彼女は思った以上に苛立っていたらしいということを。

 そして、これで喉を傷めなければいいけど、と。

 

 

 翌日、彼女は案の定喉を傷めてしまい、その日は予めとっておいた箏動画第二段でお茶を濁すのだった。

 余談だが、彼女の内心とは裏腹に、疑似デートを楽しめるゲーム配信のアーカイブはかなり再生数が伸びたらしい。




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第三十四話『クリスマスは今年もやってくる』

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 しろさんがデビューしてからもう四ヶ月が経過している。

 もうすでに、十二月である。

 今日は、十二月二十四日。

 クリスマスイブ、という奴だ。

 海外とかだとクリスマスを祝うことはあれ、イブを特別視して祝うことはないらしい。

 なんで、日本では祝うのだろう。

 

 

 

『そういえば、今日クリスマスですけど、何かご予定は――』

「もぐもぐもぐもぐ」

『いやあの、クリスマスのご予定は――』

「もぐもぐもぐもぐ」

『ええ……』

 

 

 スルーされたよ。

 いや本当にもの悲しい空気が漂っている。

 

 

「まあ、クリスマスは視聴者のみんなと過ごすからね」

『ええ……』

「ええって何かなあ!不満があるなら言ってごらんよ!」

 

 

 別に、クリスマスを文乃さんと過ごすことに不満があるわけではない。

 ただ、それはそれとして家族と過ごせばいいんじゃないかと思う。

 そこまで険悪というわけでもないだろうし。

 ……少なくとも、私とは違い、金銭的な支援は受けられる関係なのだから。

 そんなことを、私個人の感傷を隠しながら言ってみると。

 

 

「家族や親せきとは、正月に嫌でも顔を合わせるからねえ。わざわざ過ごさなくてもいいというか。どのみち父も母も、今は仕事が忙しくて帰ってこれないと思うよ」

『ああ……』

 

 

 早音家は、良くは知らないが間違いなく名家だ。

 家の様子を見た限り、格式と伝統があるようにも思えた。

 であれば、クリスマスやハロウィンなどよりも、正月のような日本の伝統行事の方が重要視されるのかもしれない。

 聞けば早音家の両親は、仕事で毎日忙しいらしい。

 まあ、工場やら土地やらいろいろと管理しているのだ。

 色々とやることがあるのだろう。

 そんなだから家を空けることが多く、帰ってくるのが正月くらいなのだとか。

 

 

『ということは、正月は配信もお休みですか』

「そうなるね。一応、まだ私は早音家当主の、娘ということになっているから」

 

 

 なっている、というのはどういうことか聞いてみた。

 

 

「元々、早音家は世襲制だったんだけど、すでにその制度は廃止されてるんだよね」

『世襲制が、なくなった理由は?』

「私が、そう希望したからだよ?」

『そうですか……』

 

 

 まあ、確かにこうやってVtuber活動に全力を傾けている以上、経営などに携わるつもりはないのだろうなというのはわかる。

 それは、逃げではないか、いいとこどりではないかという思いがないでもないが、それを言っても仕方がない。

 文乃さんは、彼女の信念に従って動いているだけだから。

 

 

「…………」

『あの、どうかしたんですか?』

 

 

 いつの間にか、文乃さんが不安そうな顔でこちらを見つめている。

 まずいな、感情を気取られただろうか。

 いやそんなはずはない。

 ダミーヘッドマイクに表情はないから、私の感情を示せるのは声音だけである。

 

 

「いや、なんでもないよ。今日も配信頑張らないとね」

『ええ、頑張ってください』

 

 

 世間がクリスマスだったとしても、社畜とVtuberに休みはない。

 前者は、企業がひどいから。

 後者は、個人事業主だから。

 いつ休むのかさえも、個人の裁量で決まる。

 特に、普通の人が休みがちな時期、夏休みや冬休みはかき入れ時なので、休まない方が合理的だったりもする。

 

 

「というわけで、今日はお昼ではあるけど、チキンとケーキを食べながら雑談をします。別に昼間の内にケーキを食べきってしまっても構わんのだろう?」

 

 

 クリスマスイブ、お昼の雑談配信。

 スタンドマイクと私の置かれている机の上には、ケーキとチキン、そして紅茶の入ったタンブラーが置かれていた。

 栄養バランスという言葉を辞書から塗りつぶしたような献立だったが、日付が日付であるゆえに、何も言えないのもまた事実。

 

 

【完全に負けフラグやん】

【食べ過ぎてお腹壊すに一票】

 

 

「おいおいおいおい、言ってくれるじゃないか。ちなみにみんなはお昼何を食べてるの?たぶんチキンじゃないよね?」

 

 

【カレー】

【牛丼】

【(食べて)ないです】

 

 

 

「あー、牛丼いいよね、おいしいよねえ。そういえば最近食べてないなあ。今日の晩御飯は牛丼にしてもらおうかな」

 

 

【夜に牛丼食べるんだね】

【ちゃんと作ってくれる人がいるのはいいね】

 

 

 

 ちなみにだが、彼女は実家暮らしであると視聴者には説明している。

 これは、メイドさんたちを部屋に入れた時に動揺をリスナーに与えないためだ。

 なので、視聴者たちはメイドさんをしろさんの姉や母親だと思っている。

 まさか、掃除などをしているのはメイドだし、料理を作っているのは全部コックです……などと言えるはずもないので仕方がないのである。

 

 

 ◇

 

 

 一時間ほどかけて、彼女は話しながらチキンとケーキを食べ終えた。

 そして、配信終わりの告知を行う。

 配信の最後に、次の配信の告知を行う。

 これによって、リピーターなどを獲得できる。

 

 

「今日の夜は、九時から同時視聴やります。よろしくね」

 

 

 お昼の雑談配信の終わりごろに、しろさんが告知をした。

 今日は、前からやりたいねと私と文乃さんが話していた同時視聴配信の日である。

 無論、SNSなどを通じてあらかじめ告知は出していた。

 だがまあ、こうやって何度も告知しないと視聴者は忘れてしまう。

 配信に限らず、こうやって何度もリマインドすることが仕事においては重要だったりする。

 普通に忘れてたりするからなあ。

 特に、忘れてる側が上司だと叱ることもできないからなあなあになる。

 ひどい場合だと、普通に逆切れしてくる。

 だから、後々怒りを買わないためにも告知や連絡をこまめに入れるというのは本当に必要なことである。

 いやまあ、好きで来ているファンの皆さんが告知一つでぶちぎれるようなことはないとは思うが。

 

 

【うおおおおおおおお!】

【同時視聴配信助かる】

【待ってました!】

【映画デート配信楽しみ】

 

 

 同時視聴配信という告知に対して、ファンは概ね肯定的だった。

 そもそも、同時視聴配信を求める声は、マシュマロやエゴサなどでもたびたび届いていた。

 

 

【今日はASMRなしかあ】

 

 

 ぽつぽつと不満げなコメントもあるようだが、まあ致し方ないだろう。

 永眠しろというVtuberのメインコンテンツはASMRであり、再生数の多いアーカイブを順にあげていけば、少なくともトップ20まではASMRのアーカイブが占める。

 そうでなくても、彼女の配信の半分近くがASMRなのだ。

 だが、今日のようにたまにASMRの配信がスケジュールの都合上できなくなることもある。

 

 

「あ、ちょっと誤解があるみたいだね」

 

 

 しろさんが、そのコメントを見て訂正を加える。

 

 

「やるのは、同時視聴型ASMRです。詳細はまたSNSで告知しますね」

『え?』

 

 

【?】

【ふぁっ】

【つまり映画デートって、こと?】

【助かりすぎる】

【そういえば、告知だけだと同時視聴することと、何の映画を観るのかしか書いてなかったな。ASMRじゃないとは言ってない】

 

 

「まあ、クリスマスだからね。今日はみんなと一緒にいるってことだよ」

 

 

【ユニコーンへの配慮を忘れないVtuberの鑑】

【ちょうど生まれてこの方ずっと彼女がいなかったからありがたい】

 

 

 そういえば、そんな人たちもいたな、と思い返す。

 Vtuberのファンの中には、ガチ恋勢やユニコーンと言われるものもいる。

 ガチ恋勢というのは、つまりVtuberの中の人と、演者と付き合いたいと思っている人のことだ。

 そしてユニコーンというのはそのガチ恋勢から発展して、過度な処女性を求める者達のことである。

 例えば、配信者が仕事上で異性と絡んだりするだけで、コメントを荒らしたり、など迷惑行為に及ぶこともある。

 

 

 もちろん、全てのユニコーンが悪というわけではないが、Vtuber界隈の中で

 そんなユニコーンの考え方の一つに、「クリスマスは配信をしてほしい」というものがある。

 クリスマスに男の影を一切見せず、仕事漬けの日々を送って欲しい。

 それが、ユニコーンが求める理想像というわけだ。

 私は、生前Vtuberをキャラクターに近いものであると考えていた。

 それゆえに、自分の声で配信者の考えを変えようという気持ちがなかった。

 だから、ユニコーンという人種の考え方はよくわからない。

 

 

 ただ、しろさんはいわゆるファンとの一対一の関係を主体とする、いわゆるガチ恋勢向けの配信が主である。

 ゆえに、そういうユニコーンへの配慮が必要となっている。

 彼女も、それを理解しているらしくガチ恋勢やユニコーンへの配慮は活動中にも欠かさなかった。

 それこそ、誤解を避けるために私の話などは一切していない。

 仲よく映画やアニメを観る友人がいる、と言えば、それだけで邪推されてしまうものらしい、とはユニコーンに理解の無い私に文乃さんが愚痴りながら教えてくれたことだった。

 ともあれ、そういった配慮も兼ねての映画デートASMR配信である。

 私に出来ることは、リハーサルに付き合うことと、本番を聞くだけだ。

 




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第三十五話『クリスマスには映画が似合う』

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 私は、今までの人生において、そしてVtuberというコンテンツを見てきたうえで……一つだけ避けていたジャンルがある。

 

 

 それは、同時視聴配信である。

 そもそも、私は今までVtuberというものを作業の合間に見ることが多かった。

なので、映画などを見ながら配信も見るというコンセプトになっている同時視聴配信はどうにも見る気が起きなかった。

 別にリアクション単体で作業BGMにすることもできるんだろうが、なんというかみじめに感じてしまうというのが理由だろう。

 それは当然の話。

 だって、私は仕事しながら聞いているのに、画面の向こうの配信者やほかのリスナーは、映画を観てのんべりだらりとしているわけで。

 そういう風に一度意識してしまうと、一体自分は何をやっているんだろうという気分になってしまうのである。

 そんな事情から、私は同時視聴配信というコンテンツを避けていたわけだが、今は違う。

 仕事をする必要がなくなり、文乃さんとはよく映画やアニメを観たりする。

 時には、Vtuberさんの同時視聴配信をパソコンで流しながら、テレビで映画やドラマ、アニメを観ていたりすることもある。  

 

 

 

 今どきは、テレビを見るにもイヤホンを使うことができる。

 

 

 

 今日見る映画は、「ディストラクター」というタイトルである。

 海外の映画であり、工場見学に向かった高校生たちが暴走する機械に巻き込まれるという内容になっている。

 この映画の特に良いところは、CGである。

 なぜか戦艦と戦車と戦闘機と工場がそれぞれ変形して巨大ロボット四つ巴大決戦が起こってしまったのだけれど、とにかくそこのアクションシーンが圧巻である。

 CGにどんだけ予算使ってるんだよというクオリティである。

 因みに脚本は……以前一度だけ見たことのある身として言わせてもらえば。

 まあ、その凡作だよねという一言に尽きる。

 いやあの、悪いわけではないんだけどね。

 ギャグシーンも、ストーリーが展開されるシリアスシーンも含めて展開が全て読めてしまうのだ。

 まあ、よく言えば王道ともいえる。

 悪く言えば、ありきたりだろうか。

 正直、最初に見た時の感想は「これだけ金がかかっていれば、脚本が素人のものでもある程度売れはしただろうな」というもの。

 世間的な評判自体はかなり良かったからね。

 

 

「工場かあ……。あんまりいい思い出ないねえ」

『そうなんですか?』

「うーん、昔工場見学に学校行事で行くことになったんだけど、まあいろいろあったんだよね」

『それ、言っても大丈夫ですか?』

 

 

 しまった。うっかり突っ込んでしまった。

 あんまり具体的なことを言うと、なんというか身バレしたりはしないだろうか。

 工場の作る製品によっては、そこでしか作られていないなんてものもざらにある。

 いわゆる、町工場から精密機械の部品が作られていたりするのだ。

 で、オンリーワンの工場だと普通に住所が割れる恐れがある。

 そんな遠くの工場に行くわけがないからね。

 詳細はともかく、かなり絞られてしまうだろう。

 もしかすると、過去に工場見学に行った学校を特定出来るかもしれない。

 いわゆる特定厨の恐ろしさは、そこが知れないからな。

 

 

【色々?】

【事故でも起こったんか?】

【結構指飛んだりとかあるらしいよね】

【昔……?今でも高校生であるはず。妙だな……】

 

 

 コメントを見たところ、特に私の心配は杞憂であるようだった。

 工場で何があったのか考察しているものと、学生時代を昔と言っていることへの突っ込みである。

 女子高生設定のVtuberは数多く存在しているが、実際にそのVtuberを演じているいわゆる「中の人」が女子高生であるとは限らない。

 むしろ、リスナーの大半は「中の人は女子高生ではない」と思って観に来ているし、そういった失言というかメタ発言を楽しんでいる節もある。

 私はあくまでコメントをするタイプではないので、あまりよくわからない話ではあるが。

 

 

「うーん、いやそういうグロテスクなことじゃなくてね、単純に機械トラブルで見るはずだった工程が一切見れなくなって、ぱあになっちゃたってわけ」

『ああ……』

 

 

【悲しいなあ】

【あっ】

【そういうトラブルは、どれだけ頑張っても起きるときは起きるからしゃーなし】

 

 

「まあ、別に特段その工場に思い入れがあったというわけでもなければ見たいものがあったわけでもないからね。そこまでのダメージはないんだけど」

 

 

 何もすることがないというのはつらかったな、と彼女はこぼす。

 

 

【気持ちはわかる】

【今は、Vtuberを含めて娯楽には事欠かないからなあ。何もできない時間ってのはほとんどないよね】

 

 

 確かに、何もない時間帯というのはそれなりにきついものがある。

 夜、文乃さんが寝静まってから朝起きるまで、本当に何もすることがないせいで退屈なのだ。

 最近は、うなされるしろさんの声を聞いても慣れてしまって、ほとんど何も感じなくなった。

 異常と思われるかもしれないが、半年間ずっとうなされているのでそれになじんでしまったのだろう。

 

 

 

 物語は、主人公たちがスクールバスに乗って工場へ向かうところから始まる。

 日本にはあまりないが、欧米ではそこまで珍しいものでもないらしい。

 いやあくまでドラマとかで見ただけだから、本当かどうかは知らないけどね。

 

 

【バス乗れないわ。酔いがひどくて】

 

 

「へえー、バスに乗れない人もいるんだね。逆に私、電車には乗ったこと一度もないんだよね」

 

 

【待って、それ住んでるところバレない?】

【冥界には電車がないんやろ】

【冥界四国説ある】

 

 

「そうそう、冥界には電車がないんだよ。常に親の所有する車とかで移動してたから、必要なかったという」

『しろさん、一旦話変えましょう』

 

 

 主人公たちは、引率の教師とともに工場に向かう。

 バスの中では、喋ったり、歌ったり、本を読んだり、ヘッドホンで音楽を聴いたり、眠ったりと、キャラクターの行動は千差万別だ。

 

 

「こうやって、どのキャラクターがどういう性格なのかを示すのはいいよね。一人一人のキャラクターがよくたっている。あ、ちなみに私はバスの移動中は前の方の席でずっと寝てました」

 

 

【あっ】

【おいやめろ】

【友達がいる人は、隣に座りたいから先んじて席をとっていくやつか】

 

 

 どうやら、コメント欄にいる皆さんは、文乃さんと同じ感性の持ち主らしい。

 黒歴史を打ち抜かれてうめく、地獄絵図になり果てていた。

 私?私は親の了解が下りなかったので遠足とかそういう行事系はほとんどいけなかったんだよね。

 多分、旅行費を出すのが嫌だったんだろうな、と推測する。

 高校生の時は私もバイトしていたけど、その時は大学生になるための資金繰りもあったから、本当にそれどころじゃなかったというのもある。

 閑話休題。

 

 

 映画同時視聴ASMRという、デートを疑似的に体験できる配信ではあったが、今のところ、甘い雰囲気は微塵もない。

 どちらかといえば、普段の雑談配信の空気感に近い。

 いつものように、しろさんがコンテンツについてや、そこから派生した話をして、リスナーが彼女の話に対して思い思いのコメントをしていく。

 現状、まだそこまでしろさんと(マイク)の距離が近くないのも原因ではあると思う。

 まあ、映画って本来話しながら見るものでもないからね。

 コメント欄の雰囲気を見ると。

 

 

【デートじゃん】

【クリスマスデートありがとう¥500】

【いつもより雰囲気柔らかい気がする】

 

 

 ……まあ、視聴者が楽しんでくれているなら、いいかな。

 というか、普通に私と文乃さんが過ごしている時の空気って、傍から見るとデートに見えるのかな?

 ……考えないようにしよう。

 




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第三十六話『クリスマスは寒いのでくっついても許される』

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 映画は中盤になり、しろさんも視聴者も画面に釘付けになっている。

 が、私はそれどころではない。

 

 

『あ、あの、文乃さん?しろさん?』

 

 震えるしろさんが、抱きついてきたからだ。

 

 

 シリアスシーン、モブが次々と死んでいくシーンになってしまいそれでびっくりして抱き着いてきたという事情なので、無理はない。

 モブとはいえ、次々と銃や巨大なアームによって殺されていくというのはちょっとショッキングではあるんだよね。

 しろさんゴア系あんまり好きじゃないみたいだし。

 だから、彼女がそばにあった私に抱き着き、抱えるような事態になったとしても仕方ない。

 が、頭ではわかっていても心は追いつかない。

 いきなり抱きしめられて、予想外の事態におかれてどぎまぎしてしまう。

 声帯を失っているはずなのだが、何故か声が上ずっている。

 しろさんが、私の方を向いて声をかけてきた。

 

 

「ふーん、緊張しちゃってるのかな?くっつかれて緊張しちゃってるのかな?かわいいねえ」

『いや、あの、急に来られると対応に困るといいますか』

「ほうほう、まあ私もこう見えて緊張してるんだよ。君が緊張してるから、いくらかほぐれてる部分はある」

 

 

 実際に、彼女の顔は朱に染まっている。

 声もわずかではあるが緊張している。

 普段からトイレや風呂などを除いた生活のほぼすべてを共にしている状態でもあるが、だがそれでもなお男性であることには変わりがない。

 かといって、別に無理をしているという感じでもない。

 

 

『ちょっと顔が赤いですよね』

「そうだね、なんかちょっと顔が熱いかも。パタパタしようかな」

 

 

 

 そういって、彼女は手を動かしてパタパタと仰ぐ。 

 流石にそれが視聴者にまで伝わることはないだろうが、言葉からそうやって動いていることは理解できるはずだ。

 それと恥ずかしがっているという事実も。

 

 

 

【うっ(心停止)】

【心停止ニキ強く生きて】

【かわいいのはしろちゃんなんだよなあ】

【こんなんもう彼女じゃん】

 

 

「まあ、こうして一緒に映画を観てるんだから彼女と言っても過言ではないかもしれないね」

 

 

 そんなことを、耳元でささやかれる。

 失ったはずの心臓がバクバクと言っている気がする。

 幻肢痛という、なくしたはずの腕や足が痛むように感じているという現象に近いのだろうか。

 そもそも、見えたり聞こえたりする原理もよくわかってないからなあ。

 そのあたりはあまり深く考えなくてもいいのかもしれないね。

 

 

【なんかしろちゃんってこう、いいんだよな。なんというか一対一で語りかけられている感じがすごい】

【わかる】

【彼女感がすごい。ガチ恋しちゃう】

【映画デート?いや、お家デート?】

 

 

 コメント欄の反応もいい。

 映画自体が何度も放送されている所謂不朽の名作だからか、視聴者も映画自体よりも彼女の方を向いている気がする。

 映画は、中盤に差し掛かり山場の一つを迎えようとしていた。

 一度多種多様な兵器が作られている工場から、命からがら逃走したはずの主人公。

 だがしかし、自分を逃がすために残った仲間を救い出すために。

 彼女は、再び自分の意志で工場へと戻る。

 囚われの仲間を救うため、そして理不尽に抗うため。

 彼女は、己の決意を固めて装備を整える。

 そんなシーンだ。

 

 

「すごい、いいよね。なんというかテンプレではあるんだけど、仲間を助けるために強くなって決意を固めて助けに戻るって展開凄く熱くない?」

『そうですねえ。まあ、いいものは何度見てもいいですからね』

 

 

【わかる】

【俺何回もこの作品観てるけど、未だに飽きない。アクションがすごいからってのもあるけど】

 

 

「あ、何回も観てる人もいるんだね。私は初見だけど、機会があったら二回三回見てみようかな」

 

 

【それがいいと思う】

【実際、何回も観返すことによって新しく発見があったりするからね】

【この決意のシーンは何回観ても飽きないんだよね】

【毎年毎年再放送されてるから、来年見てみたらいいんじゃない?】

 

 

「そうだね、来年かあ。うん、また来年も一緒に見れたらいいねえ」

『…………』

 

 

 来年観たい、と彼女は言った。

 その言葉は、Vtuber 界隈において非常に大きな意味を持っている。

 一年先も活動を続けるという宣言に他ならないのだから。

 

 

【そうだね】

【来年も、その先もずっと推し続けるよ】

 

 

 コメント欄も、そんな彼女の決意表明に賛同している。

 

 

 来年、私はどうなっているのだろうか。

 一年後、彼女がVtuber活動をしているという保証はない。

 実際、メンタルや身体の都合、あるいは仕事などでどうしても活動を続けていられなくなって引退するVtuberさんは多い。

 デビューしたVtuberの数は一万を超えており、すでに飽和状態にあると言える。

 そして、デビューしたものの数が増えれば増えるほどに引退したものもまた増える。

 いずれは、永眠しろも引退する日を迎える日が来る。

 それこそ、大学進学や就職といった、彼女には生活環境が大きく変わりうるきっかけが多く存在している。

 そうなったとき、私はどうなるのだろうか。

 そもそも、今の私の状態はあとどれくらい持つのだろうか。

 ダミーヘッドマイクの寿命が何年かなど私にはわからない。

 ダミーヘッドマイクが、機械の体が壊れた時そこに宿っている、この私の意識はどうなっているのか。

 壊れたマイクを、私を、その時の彼女はどう思い、どう扱うだろうか。

 

 

 終わらないものなどこの世にはない。

 私の人間としての生が終わったように、この映画が終盤に差し掛かりもう終わりが見えてきているように、何にでもいずれは終わりは来る。

 いつか、永眠しろというVtuberの物語にだってその終わりは来るのだ。

 ただ、終わるときに彼女が幸せであればいいなと、私は思った。

 

 

 いつしか、映画のエンドロールが流れ始める。

 

 

「今日は、来てくれて本当にありがとう、楽しかったよ。じゃあ、また明日ね」

 

 

【また明日!本当にありがとう!】

【お疲れ様、メリークリスマス!】

 




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第三十七話『カウントダウン』

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【そういえば、半年記念って何か考えてますか?】

 

 

「うん?」

 

 

 女子高生死神系Vtuberこと永眠しろのデビューからもうすでに五か月が経過しようとしていた。

 その間、これと言って炎上することもなく、かといって伸び悩むこともなくかなり順風満帆に配信活動を行ってきた。

 チャンネル登録者数も一万に達しており、はっきり言ってVtuber、個人勢Vtuberの中では快挙と言っていいはずだ。

 半年近く休むことなく、高頻度で活動しているので無理もないだろう。

 さて、順調に伸びているVtuberというのは記念が多い。

 収益化記念はもちろん、しろさんは千人に達するまでは百人ごとに記念配信を行っていた。

 そして、千人を超えてからも千人ごとに2000、3000……と記念配信をとってきた。

 ただし。

 

 

 

「うーむ。今まで特に記念配信らしいこともやってないからねえ。記念配信って言いつつ雑談するだけだし」

 

 

 そう。

 彼女は、記念配信というものをしてきたがこれといって特別なことは何もしていない。

 雑談配信をとってはいるが、何か特別な企画を考えて実行することは今までなかった。

 

 

「逆に何かしてほしいことってあったりする?コメントしてみてよ」

 

 

【新衣装】

【耳舐めASMR】

【歌枠】

【振り返り配信】

 

 

 

 視聴者たちは、思い思いのコメントを書いていく。

 

 

 

「歌枠かあ……。私配信で歌ったことない……。何なら歌ったこと自体ないかもしれないね……」

 

 

【テンション露骨に下がってて草】

【一回聞いてみたい気持ちもある】

【カラオケとか行ったこと……いやなんでもないです】

 

 

「あー、そうだねえ。まあでも、耳舐めとか、振り返り配信はやってみたいかも。新衣装は……今発注しても多分半年記念には間に合わない気がするんだよねえ」

 

 

 彼女のデザインを務めたイラストレーターさん――がるる・るる先生は超売れっ子作家であり、今仕事を頼んでも間に合うとは到底思えない。

 加えて、書いてもらう新衣装をモデラ―さんに頼んで動けるようにしてもらうことまで考えると、さらに時間がかかると予想できる。

 到底ひと月でどうにかなることではない。

 

 

【じゃあ歌枠やりましょう】

【振り返りやって欲しい。初配信観て悶絶するしろちゃんが見たい】

【振り返りをしながら歌枠とか?】

 

 

「えー、初配信振り返りはなんだか恥ずかしいなあ。滑舌とか絶対よくないし。なんか虚無配信だったような気がするし」

 

 

【それを恥ずかしがるしろちゃんが見たいんやで】

 

 

「あ、なるほどね。そっかあ……」

 

 

 結局、しろさんは半年記念にまさかの「初配信振り返りをしながら歌枠」というよくわからない企画を実行することになった。

 歌枠なので、私の出番は全くない。

 なので私に出来ることは当然ただうまくいくことを祈るしかない。

 ないのだが……少々心配である。

 果たして、彼女はこの空前絶後としか言えない謎企画を無事に達成できるのであろうか。

 

 

 ◇

 

 

 

「歌かあ」

 

 

 配信が終わって、彼女はぽつりと独り言ちる。

 そういえば、歌枠――配信者が歌を歌い続ける配信をしろさんがやっているのは観たことがない。

 歌が苦手なのかと思っていたが。

 

 

『あんまり歌うことなかった感じですか?』

「そうだねー。合唱コンクールくらいかな。それも碌な思い出ないし」

『なるほど。カラオケとかは行かなかったんですか?』

「そういうのって一人で行くものなの?」

『一人で行く人も結構いるらしいですよ?』

 

 

 私は、会社の付き合いで連れていかれた記憶しかない。

 酔っぱらった上司の介抱するの地獄だったんだけど。

 

 

 

「少し遠くまで、カラオケに行こうかな」

『いいんじゃないですか?』

「いやあの、君も行くんだよ?」

『えっ』

「えっ」

 

 

 あの、どうしていつの間にか決定しているんです?

 いや別に嫌ではないですけど。

 ちゃんと運べば、ダメージがないということもわかっている。

 

 

「嫌、かな?」

 

 

 

 アニメで観て学習したのか、小首をかしげて不安そうな顔で訊いてくる。

 いや、これわざとじゃないな。

 素だな。

 無意識にまねしちゃってるやつだ。

 

 

『嫌とかではないですよ。それで、いつ行きます?』

「そうだねえ、じゃあ明日にしようか」

 

 

 

 そんな軽い調子で、文乃さんはスマートフォンを取り出しながら言った。

 多分、メイドさんか内海さんあたりに連絡しているんだろうな。

 スマートフォンをポケットにしまって、文乃さんは表情を緩める。

 とても、嬉しそうに見える。

 

 

「楽しみだなあ」

『そんなにですか?』

 

 

 

 正直、カラオケに行くだけでそんなに楽しいのだろうか。

 いやまあ、私がカラオケに対してマイナスイメージを持っているからそういう考えになるのかもしれないけど。

 

 

 

「だって、友達と遊びに行くなんて初めてのことだから」

『…………』

 

 

 難しく考えすぎなんだよな、私は。

 いや、考えが足りないというべきか。

 人であることを辞め、新しい存在として生まれ変わったはずなのに。

 いまだに、過去の自分に囚われている。

 カラオケにしても、あるいはそれ以外のことでも人として積み上げてきた経験にーーあるいは黒歴史に縛られている。

 それは、しろさんの理想を、そして彼女との関係を、壊しこそすれ助けにはならない。

 

 

『何度でも、行きましょうよ』

「え?」

『明日だけじゃなくて、何度でも、どこへでも行きましょうよ。文乃さんが嫌じゃなければ』

 

 

 あと、私と文乃さんの安全が確保できるところなら、ね。

 カラオケみたいな個室を確保できるところじゃないと厳しいだろうけど。

 

 

 

「いいねえ!じゃあ水族館とかどうかな!」

『それ、どうやって私を運ぶんです?』

 

 

 

 まあ、

 もうすぐ半年。

 半年たっても、それから先も。

 私と文乃さんが、こうやって友人として一緒に居られたらいいな。

 

 

 

 ◇

 

 

 そんな風に、思っていたのに。




すみません。
九月に入り、バタバタしてしまうので、投稿頻度が維持できない可能性があります。
なるべく更新できるように努力いたしますが、ご容赦ください。



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第三十八話『それはもっとも言われたくない言葉で』

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いつしか10万PV突破してました。
ありがとうございます。


「怖いんだよお」

『いやだからって、私をトイレに連れて行こうとしないでください。使用人の方と行ってください』

 

 

 何処かしらに同性と行くべきか、あるいは異性と行くべきか、というのは時と場合と相手によるのだと思う。

 映画館や水族館など、異性と行くか同性と行くかで雰囲気や意味合いが変わってくる場所は確かに存在するが、別にどちらかとしか行ってはいけないだなんてことはない。

 だが、連れションは同性で行くべきだと思う。

 異性のトイレについていくのは色々どうかと思うんだ。

 まあでも、私の扱いはペットに近いのでそこまで彼女の中では不自然ではない可能性もある。

 だとしたらそれはそれで問題ではあるのだが。

 彼女は、トイレの前に私を置いて、そのままトイレに入っていった。

 

 

「君、まだいる?」

『いますよ』

 

 

 自分で動けないし。

 

 

 なぜ、そもそもこんな事態になっているのか。

 それは、以前やったゲームASMR配信がきっかけである。

 「Gekimuzu Ojisan Inochigake」のみならず、他のゲームでもやって欲しいという意見があったのだ。

 あまり文乃さんはゲームをやったことがなかったので、マシュマロのリクエストに従うことにした。

 視聴者からのリクエストでホラーゲームをすることになった。

 

 

「そもそも、グロ系はトラウマなんだよお。ただでさえホラーは得意じゃないのに」

『……?だったらやらなきゃ良かったじゃないですか』

「いや、でも普通にリクエストが多かったし、好評だったからさ。まあ良かったよ」

 

 

 

 そういいつつも、文乃さんは相当ダメージを負っているようで。

 とんでもないことを言いだした。

 

 

 

「今日、一緒に寝てくれる?」

『ああ、まあそれならいいですよ』

 

 

 

 普段から、原因不明の悪夢を見てうなされているしね。

 私の助力で少しでも改善されるなら安いものだ。

 ……内心を取り繕うのに、苦労した。

 

 

 結局その日も、彼女はうなされていた。

 彼女の苦しそうな顔を近くで見ながら、原因を訊くべきか、あるいはカウンセリングを打診すべきかな、などと考えていた。

 彼女がどんな夢を見ているのかには、気づくことなく。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『おはようございます。よく眠れましたか?』

 

 

 結構、ぐっすり眠っていたように思える。

 一度、起きたことを除けば、快眠と言える。

 いやでも、快眠じゃないのか?

 一説によると睡眠において重要なのは連続で何時間寝たからしい。

 だから、とぎれとぎれで眠るのはあまりよくはないんだとか。

 まあ、かつての私はそもそも合計睡眠時間が狂ってたんですけどね。

 FPSをやっててあんまり寝てないというVtuberの切り抜きを見た時、「あれ、四時間も寝てるなら大丈夫じゃない?」と思ってしまった。

 そう思った自分に、驚いたんだよね。

 どうなってるんだろう本当に。

 閑話休題。

 彼女は、どこかぼんやりとしている。

 

 

「うん、まあ、ね」

『あの、大丈夫ですか?』

 

 

 顔が真っ青になっている。

 

『……何かあったんですか?』

 

 

 もしかすると怖い夢でも見たのかもしれない。

 ホラーを見たその日だからね、そういうこともあるだろう。

 

 

「思い出した」

『……え?』

 

 

 まさか、という予感があった。

 いやでも、違うかもしれない。

 まだごまかせるかもしれない。

 だから落ち着け、パニックになるには早い。

 

『待て待て待て、待ってくださいよ、文乃さん、何を思い出したのか知りませんけどいったん落ち着きましょう。ね?』

「ーーそれだよ」

 

 

『……?』

「君はパニックに陥ったとき、待て待て待てって、そういうんだ。いつも」

『…………』

「ホラーを見た時も、私が着替えようとした時も、そして」

『待……、いや、文乃さん、君が何を言おうとしているのかさっぱりわからないし、理解できません。一度考え直して、頭を冷やしたほうがいいと思います』

 

 

 嘘だ。わかっている。

 彼女を半年間ずっと見てきたから、理解している。

 彼女の頭は冷えている。

 だって、朝起きてからもうすでに一時間が経過している。

 なぜ、このタイミングで話し始めたのか、単純だ。

 考えをまとめる時間が欲しかったから。

 そして彼女の中でそれはもう終わっている。

 結論は、答えはすでに彼女の中にある。

 

 

「そして、初めて私と君が出会った(・・・・・・・・・・・)日も」

『…………っ!』

 

 

 それを、言わせてはいけなかったのに。

 私にはもう、彼女を止める腕がないから。

 言われたらすぐに、否定しなくてはいけなかったのに。

 私は、嘘が下手だから。

 

 

「聞き覚えがあるような、気がしていたんだ」

 

 

「はじめて君の声を聞いた時、過去に君と会ったことがあるんじゃないかと思った。ただ、どうにも思い出せなかったんだ。もしかしたら大嫌いだったクズ共の誰かかもしれないしね」

『文乃さん』

 

 

「君が、私の腕を引いてくれた彼なんだろう?」

『文乃さん、私は』

 

 

 言わせてはいけない。

 決定的な一言を。

 それを言われたら、私が正体を隠してきた意味が、失われてしまう。

 そんな風に考えて欲しくないから、隠したのに。

 

 

「君が死んだのは、私が原因なんだろう?」

『――』

 

 

 それは、絶対に言われたくなかった、言わせてはいけなかった言葉だった。

 

 




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第三十九話「彼女の過去」

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早音文乃。

 

 高校二年生である彼女は、大きく分けて三つ(・・)の呼び名がある。

 

 一つは、最近Vtuberデビューした、永眠しろの名義。

 リスナーは「しろちゃん」、「しろたそ」などと呼んでくれることが多い。

 また、仕事上の手続きをするときには、当然イラストレーターやモデラ―といった仕事先の相手は「永眠しろ」という名義にコンタクトをとってくる。

 己と、父の金と、実家のコネの三つをフル活用して手にした新しい名前。

 贖罪(・・)として、あるいは半ば自虐として付けた名前だったが、今ではかなり気に入っていた。

 

 

 もう一つは、本名。

 家族や父が雇う使用人たちは彼女の下の名前を呼ぶ。

 使用人たちについては、彼女自身の希望である。

 「お嬢様」と呼ばれるのは正直窮屈に感じてしまうからだ。

 

 ついでに言えば、最近できた同居人(厳密には人ではないが)にも下の名前で呼ばせている。

 父や母には言っていないが、彼女は自分の苗字が好きではないからだ。

 

 

 早音家。

 その苗字を知らないものは、このあたりにはいない。

 ()は知らなかったらしいが。

 おそらく生前も、このあたりで生活している人ではないのだろうと文乃には推測できた。

 早音という苗字は、このあたりを支配する資産家の苗字。

 元々、この土地の地主が、土地や財産を元手に事業を始めて、あれよあれよという間に大富豪に昇りつめて、今の早音家となっているらしい。

 その源流をさかのぼれば、江戸時代までたどれるそうだが……それは

 土地を、工場を、政治を、農業を、教育を。

 ありとあらゆる分野においてこの土地には早音家の影響が及んでいる。

 さらに言えば、影響力が特に強いのがここら一帯というだけであって、その影響力は日本全国、ひいては世界各国にすら及ぶ。

 早音家の総資産額は、何千億とも言われており、国内でも有数の富豪である。

 特に最も、影響が強いのは工業である。

 国内外問わず、工場を運用しており、生産している製品も多岐にわたる。

 様々な工業製品を作る工場が、このあたりの地域にも数多立ち並んでいる。

 そして、その工場が騒音(・・)を生み出している。

 無数の工場が騒音を生み出す。

 行政に訴えても無駄だ。

 法的には問題がない。

 あるいは、法的に問題がなくなるように法が変わっているのか。

 どちらなのかは文乃は知らない。

 どちらであっても、意味はない。

 

 

 それこそが、彼女にとって悲劇の始まりだったから。

 彼女が、地元の小学校に上がったころ、いじめが始まった。

 はじめは、陰口だった。

 言い出したのが誰かは知らない。

 それを追求する意味もない。

 言い出した子供は、きっと母親や父親に言われたことをそっくりそのまま友人に話しただけだろうから。

 彼ら曰く。

 早音家は、騒音を生み出す悪である。

 人々から、安寧と安眠を奪っておきながら、のうのうと甘い汁を吸い続けている許されざる下衆である。

 曰く、早音文乃の声は特徴的である。

 不自然なほどに高く、遠くまで通り、届く声であり、耳障りである。

 彼ら曰く、彼女の呼び名は。

 苗字をもじり、彼女の家と彼女自身が撒き散らす()の名前である。

 早音文乃にとって、最悪の呼び名は。

 それは、「そうおん(・・・・)」。

 十年以上にわたって呼ばれ続けてきた、彼女がたった一つだけ持つ蔑称だった。

 

 

 城を連想させるほどの家に住み、資産は何百億ともいわれる早音家。

 しかして彼らは、地元の中では嫌われていた。

 工場が出す騒音問題は、再三の苦情を受けながら改善される気配はまるでなく。

 そのくせ、彼らだけは音が届かない山奥で悠々自適に金を持て余して生活している。

 いわば街中の嫉妬と怨嗟がすべて、ただ一つの家に向けられていた。

 だがしかし、山奥にいる上に、ボディガードなどもいるゆえに物理的に攻撃することは出来ない。

 唯一攻撃できる早音家の人間は、ただ一人に絞られる。

 それが現当主の一人娘、早音文乃だった。

 学校には、ボディーガードもついていない。

 学校での、他の児童や生徒との共同生活を送るうえで、邪魔になるからだ。

 つまりは、学校において彼女を守る盾は存在しない。

 小学校の六年間、苛めは激化の一途をたどった。

 陰口、無視などはもちろんのこと。

物を隠されたり、壊されたり。

 給食を地面にぶちまけられたり、直接的に殴られたり。

 全員が加担していたわけではないが、止めに入ろうとする者もまた、存在しない。

 親に言われたから、或いはみんながやっているから、その場のノリで。

 理由はそんなところだろうと、今になって思えば想像がつく。

 さらに言えば、教師も彼らのいじめに関しては黙認していた。

 いやむしろ、人によってはわざわざ苛めていたものたちを呼び出して扇動していたものもいた。

 学校内にいた何百という人間。

 それらすべてが、早音文乃にとっては敵だった。

 

 

 父にも母にも言えなかった。

 彼らは、厳しく、早音の家を継ぐものとしての自覚と行動を求められた。

 勉強も、素行も完璧であるべし。

 それが彼らの指示であった。

 ただでさえ仕事で家を空けることが多く、会話するのは月に一回あれば多い方というレベル。

 ゆえに、ふたりとしてもあまり多くのやり取りを行うことは出来ず、せいぜいで「勉強はしているか」、「習い事の調子はどうか」というもの。

 そして、彼女はそれについて答えるだけ。

 信頼関係など、築けるわけもない。

 ゆえに、彼女は誰にも相談できない

 直接いうことはもちろん、使用人に言うことさえも、父母に知られる危険を考えると到底できなかった。

 苛められているといった弱音を吐ける関係性ではなかったのだ。

 そして、使用人たちが気付くこともない。

 元より、稽古事など普通では耐えきれないほどのタスクを背負わされ続けてきた文乃は、自分の感情を隠すことが非常にうまかった。

 それこそ両親はもちろん、ながらく傍にいた使用人などでさえ、全くいじめに気づけないほどに。

 そして、彼女の心は、誰にも気づかれずにむしばまれていった。

 身勝手な正義感を振るう、強者たちによって。

 

 




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第四十話「彼女の過去、そして彼」

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「いやー、やっぱり面白いねえこのシリーズ」

『それはよかった』

 

 

 文乃さんと、映画やアニメを一緒に鑑賞する。

 始めたての時は、互いに緊張していたが今ではもう慣れたものだ。

 少なくとも、お互いに作品に熱中し、楽しむ余裕がある。

 

 今日は、映画を既に四本見ている。

 最近取り付けられた大画面のフルハイビジョンテレビは、映画館にいるのではないかと錯覚させるほどの規模である。

 本当に、何をどうすればそんな金銭を得られるのか。

 最近は、もうコストがかかりすぎるゆえにテレビを持たない家庭も増えているという。

 実際、動画配信サービスが強すぎて、ちょっとテレビの影響力が落ちているという側面は否定できない。

 

 

 因みに、今日見ている映画はすべて同じシリーズであり、アメコミヒーローの実写映画である。

 壮大なアクションシーンが売りの映画で、どの作品も世界的に大ヒットしている。

 おおまかな筋としては、世界を救うという理想を持ちながら、価値観の違いゆえに相いれない複数のヒーローたちが、共通の強大な敵を前にして団結し、立ち向かっていくという物語である。

 

 

 

 

 時刻は、夜の九時。

 今日はもう配信はない。

 朝の雑談と、昼の作業配信をしている。

 つまりは、もう今日は二回行動を終えている。

 別にもう一度行動してもいいのだが、三回行動はまだしたことがなかったので念には念を入れた形である。

 現在の一日二回行動というペースを崩すリスクはとりたくなかった。

 後、彼女的には雑談配信のネタがつきかけていたというのもあるらしい。

 毎日欠かさずやっていれば、そんなものである。

 いや本当に、むしろよくネタが尽きないなとは思う。

 そもそも、一つのコンテンツを摂取してもそれだけでは三十分と持たない。

 毎日多数のコンテンツを摂取して、それらを配信で話している。

 それを為すために、彼女は話すためのメモ帳を持ち歩き、いつでもメモを取れるようにしている。

 それこそ、雑談配信中にメモを取ることさえある。

 例外は、雑音を排除したいASMR配信くらいだろうか。

 ……そのうち、筆音ASMRとかやりだしそうで怖い。

 今の彼女には、本当にそれをやりかねない行動力がある。

 加えて、リスナーに勧められたコンテンツを積極的に摂取したりする。

 スポンジが水を吸うように、あるいはピラニアが血を流した獲物にかみつく様に、貪欲にコンテンツを吸収している。

 

 机の左側、少し離れたところにハイビジョンTVが置かれており、それをゲーミングチェアを九十度回転させた状態で見ている。

 因みに、私は彼女の机の上に置かれているため、文乃さんの右側にいることになる。

 

 

 

『ちなみに、四つ観たと思うんですけど、四つの中でどれが一番好きですか?』

「うーん、三本目のゾンビが出てくるやつ……以外かなあ?あれだけ怖かった」

『ああ、なるほどですね』

 

 

 一本だけ地雷が埋まっていたらしい。

 悪しき科学者によって、ばらまかれたゾンビウイルス。

 ゾンビにされた者達を救うため、そして被害の拡大を防ぐため。

 ヒーローたちが立ち上がるのは、胸圧展開だ。

 さらに、アクションシーンも圧巻だ。

 ゾンビが集合して、ビルほどの高さのレギオンゾンビになったり。

 ヒーローが、複数人で空を、地面を、ビルの側面を駆け回りながらレギオンゾンビを叩きのめすアクションシーンは、どうやってこの映像を作っているのか微塵も理解ができない。

 それでいて、CGっぽさはまるでない。

 ……そういうのに耐性がない人には辛いと思うよ。

 安っぽいB級映画の方がよかったかもしれない。

 

 

『ゾンビものが嫌いなんですか?』

「うーん、どうだろう。そもそもグロが好きじゃないからねえ」

 

 

 ……じゃあ、何で見たんだと言いたくなるが、それは言わずに置いた。

 結構、苦手なものでも果敢に挑もうとする子だというのはわかっていた。

 最初のASMRからして、男性への苦手意識を一足飛びに飛び越えたわけだし。

 

 

「そもそも、今まで観たことがなかったんだよね。ゾンビ系というか、ホラー映画も観たことなくてさ」

『ああ、そういうことですか』

 

 

 

 彼女は、オタク文化にはまりだしてからまだ日が浅い。

 ゆえに、未履修のジャンルは沢山ある。

 彼女から聞いた話では、それこそ国民的アニメでさえもタイトルさえ知らないことがあった。

 

 

 「ほえー。世の中には貝の擬人化アニメなんてものがあるんだね!」と言われた時には、私はどんな顔をすればいいのかよくわからなかったよ。

 いやまあ、タイトルだけ言われたらそう思うのだろうか。

 閑話休題。

 とにかく未履修のジャンルが多い文乃さんは、ゾンビものというジャンルも初めて見たらしい。

 わたしもそこまでホラー系に明るいわけではないんだが。

 

 

 

「ゾンビって、どういうものなんだろう?」

『それはですね』

 

 

 なるほどそこからか。

 

 

 ゾンビ、というものはもともとウードゥ教という宗教の司祭が使役する死体のことだった。

 だがしかし、今一般的に映画で取り扱われているゾンビは、そんな呪術的なものだろうか。

 否、断じて否である。

 むしろ、この映画のようにウイルスによって広まる感染症の一種として扱われる。

 ゾンビにかまれると、噛まれた生物もまたゾンビウイルスに感染してゾンビになる。

 そして、宿主であるゾンビはウイルスの繁殖のためにゾンビを増やそうとする。

 

 

 

「……なるほど、そういうことなんだね」

 

 

 元々は、キョンシーのような動く死体だったらしいだけどね。

 

 

「ゾンビになるのも、ウイルスによるっていうのはいつからそうなったんだろう?」

『とりあえずかまれてゾンビになるのは、ドラキュラとか、バンパイアの影響らしいですよ。あとは、小動物とか蚊から感染するパターンもありますね?これもバンパイアが小動物に変身することからみたいですよ』

「うえー、そんなのあるんだ。私、蚊が嫌いでさあ」

『あー、まあ好きな人はいないですよね。かゆいですし』

「いやまあ、なんというか虫の中で一番嫌いなんだよね」

『そんな親の仇みたいな……』

 

 

 私にとっても、彼女にとっても、それは日常における何気ない会話。

 その時の私には、彼女の言葉の意味が分からなかった。

 グロ系が苦手な理由も、蚊が嫌いである背景も。

 私は知らなかった。

 

 

 ◇

 

 

 文乃が中学に入っても、高校に入学しても、いじめはなくならなかった。

 

 

 むしろ手を変え品を変え、どんどんエスカレートしていった。

 腹部や腕、足など、目立たない箇所には痣が多く、物も頻繁に破損されていた。

 本来なら、ここで第三者に気付かれてもよさそうなものだが……早音家の英才教育のたまものとして感情を表に出さなかった文乃の異変に誰かが気付くことはなかった。

 

 

 いじめにいいものなどない。

 全てが悪だと彼女は思っている。

 その上で、敢えて彼女に何が最悪だったのかを訊けば、モスキート音(・・・・・・)と彼女は答えるだろう。

 体を押さえつけられ、耳元にスマートフォンを向けられ、動画投稿サイトにアップされているモスキート音を聞かされる。

 モスキート音とは、高周波の音であり、何も決して心地よいものではない。

 そんな音を大音量で耳元で聞かされるのだ。

 拷問以外のなにものでもないだろう。

 それを日常的にやられているとすればなおのことだ。

 このいじめの巧妙な点はモスキートが大人には聞こえないことだ。

 故に教師達にはそれに気づくことすら出来ない。

 最も、地元民であり当然のように文乃のことを嫌っていたある教師達が、気付いたとしてそれに対処していたかどうかは甚だ疑問ではあったが、それは別にいい。

 いじめを行なっている者たちにとっては、教師に隠れてやっているという事実が連帯感を加速させる。

 自分達は正しいことをしているんだという、正義を騙った勝手な思い込みが暴走する。

 結果として、このモスキート音攻撃は文乃いじめの一種の登竜門、あるいは絵踏みと化していた。

 加えてモスキートとは蚊のことであり、彼女の下の名前をーー文乃(・・)という名前を使った嫌がらせでもある。

 文乃という名前すら、汚されたような気持ちになった。

 それが、どうしようもなく嫌だった。

 

 

 

 暴力と暴言にさらされ続ける中で。

 彼女は、もう終わりたかった。終わりたいと望んでいた。

 いじめ自体も、無論彼女は辛いと思っていた。

 だが、自殺を望んだのはそれが直接の理由ではない。

 一番の理由は、それが

 だから、ある日山を一人で降りて、駅まで向かった。

 危険な行為だったが、途中で死ねればそれもまた良しと考えた。

 駅に行ったのは、飛び込み自殺が自殺の中でもメジャーなものであったということが一つ。

 もう一つは、人生で一度も電車に乗ったことがなかったので、最後に一度見てみたかったというのがある。

 彼女は、移動するときはたいていリムジンであるゆえに、電車に乗ることはない。

 だから、駅改札に来た時も、切符の買い方がわからず、二時間ほどかかった。

 夜遅く、凍えるほど寒い夜。

 かじかんだ手で、疲れて棒のようになった足で、線路の上に飛び降りようとして。

 電車に、自分自身の悲惨な人生を終わらせてもらおうとして。

 文乃は、「彼」に出会った。

 




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第四十一話「彼女の現在、あるいは原罪」

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 「彼」が死んだとき、彼女は茫然としていた。

 目の前で、スーツを着た男が突如肉と血になったのだ。

 無理もない話ではある。

 実際、人身事故に巻き込まれた駅員や運転手がトラウマになり退職するのはよくあることらしい。

 血と肉片が汚い花火のように飛び散るさまは、確かにショッキングではある。

 しかし、彼女の脳内にあったのは、眼前の光景への嫌悪などではなかった。

 むしろ。

 

 

「……どうして?」

 

 

 心の底からの疑問だった。

 その疑問は、様々なことに向けられる。

 どうして、彼女が死のうとしていることに気付いたのか。

 どうして、彼女が死のうとするのを止めようとしたのか。

 どうして、彼が死ななくてはならないのか。

 

 

 彼女なら、文乃自身ならばいい。

 はっきりいえば自殺を選んでいる以上、自分が死ぬことは仕方がないことだ。当然だ。

 例えば、自分をいじめてきた同級生やそれを黙認してきた教師でもよい。

 人を傷つけ、苦しめ、踏みにじり、それでいて何とも思っていないクズ共。

 生きている価値があるとは到底思えなかった。

 彼らなら、文乃の代わりに死んだとしても問題はない。

 

 

 だが、「彼」は違う。

 何の罪も犯していない善良な人間だった。

 少なくとも、自殺しようとしている人間を全力で止めようとするくらいには。

 結果としては彼の行動は成功だったかもしれない。

 自分のせいで死んでしまった、自殺しようとしたばかりに巻き込んでしまった結果を目の当たりにした文乃にはもう自殺しようとする気力すら残っていなかった。

 事態を把握した駅員や、状況の収拾に向かった警察、そして行方不明となった文乃を探し回っていた両親と使用人。

 そういう大人たちが来るまで、彼女は茫然としたまま動けなかった。

 彼が、死の直前まで身に着けていたもの。

 イヤホンと、スマートフォンだった。

 足を滑らせた時、体から外れたのだろうと推測できる。

 とはいえ、その時は特に何も思わなかった。

 

 

 父と母に、文乃はすべてを打ち明けた。

 いじめられていること。

 自殺しようとしたこと。

 そして、「彼」に自殺を阻まれたが、「彼」がバランスを崩してそのまま死んでしまったこと。

 父も母も、随分と加害者たちに怒っていたが文乃にとってはあまり興味のないことだった。

 

 

 

 気づいてやれなくて済まなかったと謝る両親に、彼女は、一つお願いをした。

 これさえ聞いてくれれば何でも言うことを聞くと、あらゆることに対して従うと。

 

 

 

 それは、転校だとか、Vtuberデビューではない。

 彼女が真っ先に願ったのは、賠償金の肩代わり(・・・・・・・)である。

 「彼」は彼女を助けたのは事実だ。

 が、その事実があったとしても同時に電車を止めてしまったことに変わりはない。

 なので、遺族に請求されるであろう賠償金を文乃の父がすべて肩代わりすることになった。

 数千万という、常人なら発狂してしまうほどの額でも、早音家当主にとってはワンコインでの買い物に等しい。

 とはいえ、両親は彼女の願いを聞き入れたものの、条件を出した。

 彼女を守るための、約束を提案したのだ。

 

 

 そして、父から出た条件は三つ。

 一つ、今後一切単独での外出を認めないこと。また、はぐれても(・・・・・)いいようにGPS機能のついた端末を携帯すること。

 つまり、いつでもどこにいるかを把握できる状態にしておくということ。

 二つ、今いる高校から静養のために通信制の高校に転校すること。

 これは、一つ目の条件を守るためでもある。

 彼女を家から出したくない、というのが偽らざる父の本心だったのだ。

 彼にしてみれば、今度こそ自殺が成功してしまったらと思うと不安だったのだろう。

 仕事にかまけてさほど娘に関わってこなかったが、心配なことには変わりないのだろう。

 三つ、心身療養のために趣味を持つこと。

 学校にも実質的に行かなくなり、精神的に支柱がなくなることを懸念したようだった。

 父は、文乃の自殺未遂の理由をいじめだけではなく、早音家の教育方針が厳しすぎたことでもあると解釈しているようで、ある程度甘やかすことが肝要と考えていた。

 まあ、間違いとまでは言えないが。

 

 

 しかし、彼女にはこれと言って趣味と言えるものはない。

 学校生活は文字通り灰色であり、今まで両親から望まれた存在となるために勉学と習い事に励んできた彼女には趣味と言えるものができるはずもなかった。

 

 彼女には、何も思いつかなかった。

 しかし父との約束である以上、彼女は何としてでも何か趣味を見つけなくてはならない。

 ふと、思い出したことがあった。

 それは、「彼」が死んだときのこと。

 彼の体から、スマートフォンが離れて落ちた時。

 画面で、彼は何かの動画を見ていなかったか。

 それを知りたいと思った。

 「彼」のことを知りたいと。

 そして、彼女は記憶を頼りに検索を開始して、とある動画にたどり着いた。

 それは、彼女にとってVtuberとの、なおかつASMRとの出会いだった。

 

 

 ◇

 

 

 ほどなくして、彼女はASMRやVtuberにはまっていた。

 それだけではなく、アニメや漫画といったいわゆるサブカルチャーにもはまっていた。

 朝起きてアニメやVtuberの動画を観て、夜はASMR配信を聞きながら眠る。

 そんな生活をしばらく続けて、彼女はずいぶんと安定した。

 少なくとも、いじめを受けていたころよりはずっと。

 「彼」の生活を支えていたものに、彼女もまた救われたのだ。

 そして、彼女は思った。

 

 

 ーー自分も、Vtuberになりたい。

 ーー声で、音で、誰かを幸せにできる仕事に就きたい。

 

 

 それは、自分の存在を騒音呼ばわりされたからか。

 あるいは、「彼」の心を癒していたVtuberになることで少しでも罪滅ぼしをしたかったのか。

 とにもかくにも、彼女にはVtuberに、ASMR配信者になるという意思があり。

 早音家の総資産は、彼女がVtuberになることを可能にした。

 父親としても、趣味によって彼女の精神が安定するならばそれに越したことはないと考え、リスクが高い配信者を始めるという決断にも反対はしなかった。

 Vtuberとしての活動のサポートを専門とする使用人を雇い、大金を積んで、機材やLive2Dなどの必要なものはすべてそろえた。

 そうして、彼女はVtuberになり。

 

 

 ◇

 

 

 配信を開始する前日に、「彼」と再会した。

 もっとも、最初に見つけた時は、まるで気づかなかった。

 一つには、パニックになってしまったからだ。

 何しろ、物言わぬ、意思も持たない機械がいきなり話しかけてきたのだ。

 意味が分からないし、半狂乱になるのは当然である。

 もう一つは、言うまでもないが外見の変化である。

 

 ただ、早音の名前を聞いても特に動揺しなかったことを考えるに地元の人間ではなかったということはわかった。

 地元の、文乃を攻撃してきたクズ共ならともかく、特に何も悪いことをしていない彼が死んでしまったのは少しだけ悲しいことでもあると思った。

 幸いなのは、彼が死んだことをさほど残念にも思っていなかった。

 名前も含めて、生前の話をしてこない彼だ。

 もしかすると、過去に嫌なことがあったのかもしれない。

 

 

 彼は、アニメや漫画、Vtuberなどのサブカルチャーに詳しかった。

 Vtuberはかなり最近の配信者まで知っていたようだが、アニメや漫画は数年前のものしか知らなかった。

 それ以外、手掛かりと言えるものはない。

 家族などにあわせることができるなら、それに越したことはないと思っていたが……肝心かなめの本人が名前すら明かそうとしない。

 その状態で、彼の生前を特定するのは無理があった。

 なので、未練がないという彼の言葉に甘えておくことにした。

 

 

 そして、今日彼女は気づいた。

 彼が、自分の命を救い、そして命を散らした(・・・・)「彼」であるということを。

 

 

 




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第四十二話『そして、現実に戻る』

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いつの間にか、お気に入り登録者数が500を超えていました。
これからも頑張っていこうと思います。


『…………』

 

 

 文乃さんが、私の正体に気付いてから早くも二時間が経過していた。

 

 

 

 部屋の中には、誰もいない。

私と、家具や機材だけが残っている。彼女はここにはいない。

 真っ青な顔で、部屋を飛び出してどこかに行ってしまった。

 私にできたのは、声の限りに叫んで呼び止めることぐらいだが、もうそれもやっていない。

 別に叫ぶことによる肉体的疲労は特にないが、もう時間を考えると無駄ではないかと判断したから。

 以前試したのだが、私の声ってある程度距離が離れると届かないんだよね。

 文乃さんがこの部屋の外に出ると、ほとんど聞こえなくなる。

 まあ、声とは違うとはいえ何かを文乃さんの脳に送り込んでいる以上、射程に限界があるのは当然と言えるだろう。

 閑話休題。

文字通りも手も足も出ない、声も届かないので祈ることしかできない。

 

 

 だから、私がすべきはしろさんの身を案じることではない。

 彼女が戻ってきた場合どうするか、を考えるべきだ。

 何を語るべきなのだろうか。

 私が、一年前にあった「彼」であるということはもうバレている。

 これをごまかすのは無理だと思われる。

 彼女の中で、疑問は既に確信に変わっている。

 それを崩すのは、不可能に近い。

 まして、それが勘違いではなくてれっきとした事実であればなおのこと。

 事実であることを肯定して、どうするか。

 何を言えばいいのか、あるいは何も言うべきではないのか。

 そんなことを考えていると。

 

 

 

 

 がちゃり、と大きな扉が開いた。

 そこから、文乃さんが入ってくる。

 まるで、この部屋で初めて文乃さんにあった時と同じ状況。

 ただし、彼女の様子は、以前とは異なる。

 部屋を飛び出していった寝間着のまま。

 そとに出ていたらしく、服や髪が汚れている。

 何なら、木の枝まで引っ付いている。

 そして、もう一つ。

 内海さん、だったか、運転手の老人に抱えられていた。

 以前見た時と違い、彼の服装も髪も乱れているが、それを笑うものはいない。

 彼が必死になって、文乃さんを探したことを示しているから。

 パニック状態の彼女を、ここまで強引に運んできたことを表わしているから。

 

 

「お嬢様、すぐに氷室達が来ますので」

「うん。ごめんね」

「いえ、仕事ですから」

 

 

 そんなやり取りをして、内海さんはでていった。

 後には、私と彼女だけが残された。

 

 

『どうやって、文乃さんを捕捉したんでしょう?』

 

 

 いきなり、早朝に出ていった文乃さんを見つけるなど普通に考えれば不可能だ。

 屋敷の外に出る前なら何とかなっただろうが、屋敷の外まで出てしまうともう追跡するのは難しい。

 それこそ、彼女は以前に山のふもとの駅まで到達している。

 

 

「……ああ、これだね」

 

 

 そういって、文乃さんはポケットの中から、スマートフォンを取り出す。

 パジャマの胸ポケットの中に入っていたそれは、いつも彼女が肌身離さず持ち歩いているものである。

 それを見て、私も気づいた。

 

 

『GPS、ですか』

「うん、半年前からなんだよ。何かあっても、すぐに捕捉できるようにってね」

 

 

 ……彼女が自殺未遂をした日から、ということだろう。

 まあ、両親としては当然のごとく心配するだろうしね。

 脱走を許しているあたり、警備が万全ではないともいえるけどね。

 まあ、そういうの専門じゃないんだろうね。

 運転手と、配信のサポート担当のメイド、あとは厨房を担当するコックさんとかだからね屋敷にいるの。

 まあでも、内海さんは何かしらやってそうだけどね。

 女の子とはいえ、パニック状態になった人ひとり抱えてここまで来るのだ。

 余程鍛えているのだろう。

 まあ、それは今気にすることじゃないか。

 今考えるべきは、目の前の彼女のことだ。

 

 

『文乃さん。どうして、逃げだしたのか話していただけませんか?』

 

 

 私は、私が彼女に正体を知られた時に確実に文乃さんに精神的苦痛を負わせることになるだろうとは思っていた。

 ゆえに、あえて正体を明かさなかったが、逃げだすとは思っていなかった。

 そこまで、私の存在がトラウマになっているとは思っていなかったのだ。

 

 

「踏みにじる側の人間であれ」

『……はい?』

 

 

 唐突に、しろさんがぼそりと呟いた。

 重々しい口調で語られるそれは、彼女の言葉ではないかのようだった。

 いや、あくまでただの勘だが、本当に彼女の言葉ではないのだろう。

 

 

「父に、幼いころに言われたんだ。早音家の人間は、そうあるべきだって。それしか道がないんだって」

『……まあ資産家の家系ならそうなるでしょうね』

 

 

 「労働者より、雇う側の方が儲かる。どれだけ労働者が頑張っても関係ない」というあまりにも無慈悲な研究結果を発表したのは誰だったか。

 けれど、そんなことはあるいは発表する前からわかり切っていたことだ。

 労働者は働いている時間しか給料を稼げないが、雇用主は自分が休んでいるあいだも労働者が働くので金銭が入ってくる。

 何かをしなくては生活できない持たざるものと、何もせずともらくな生活ができる持つもの。

 そこに格差があるのは当然と言える。

 その格差は彼らにとって得になる以上、そういった言葉が受け継がれるのは当然だった。

 

 

「でも私は、そんな風になりたくなかった。あんな風に、なりたくなかった」

 文乃さんが、何を言いたいかは理解できた。

 彼女を追い詰めてきた者たちのようになりたくないということだろう。

 具体的なことは、わからないけど。

 

 

 それから、文乃さんはぽつりぽつりと彼女の過去を語り始めた。

 小学校から、高校に至るまでずっといじめられ続けてきたこと。

 その背景には、早音家の評判がよくなかったことと、家族に厳しい教育を受けており誰にもいじめられていることを打ち明けられなかったこと。

 攻撃されていることと、味方がどこにもいないことを苦にして、自殺を図ったこと。

 そして、私を巻き込んでしまったということ。

 その後、私について調べるうえで、Vtuberの配信やASMRについて知り、それがきっかけでVtuberになろうと思ったこと。

 そして、駅で遭遇した私であると気づかないままダミーヘッドマイクになった私と出会い、今日まで相棒として活動してきたこと。

 おそらくは、彼女の人生のほぼすべてを、文乃さんは私に教えてくれた。

 

 

「私は、なりたいと思ったんだ。人を踏みにじり、傷つける存在ではなくて、人に踏みにじられる存在でもなくて」

 

 

 私は、気づいていなかった。

 そして、今気づいた。

 文乃さんと、私。

 境遇も、年齢も、性別も違うはずなのに。

 根底にあるものが、考え方がよく似ていたのだ。

 

 

 弱肉強食。

 私はそれを仕方がないことだと割り切り、文乃さんはそれは嫌だと拒絶した。

 

 

「弱っている誰かに対して、手を差し伸べる。そんな人が一人いるだけで、救われる人もいるはずだって」

『合ってるじゃないですか』

「合ってる?」

 

 

 彼女は、正しい。

 彼女の配信でどれだけ多くの人が癒され、救われたことか。

 私だって、その中の一人だ。

 それを何度も、何度も心からの言葉で伝えてきたはずだ。

 

 

 

「君が、それを言うの?君が?私が正しいって、そういうの?」

『そうですよ』

「違う、違うだろう、そうじゃないだろう、どうして本当のことを言ってくれないの(・・・・・・・・・・・・・・)?」

『……?』

 

 

 私には、彼女の言っている意味がわからない。

 頼みの綱である勘も、大雑把な感情がわかるだけで、複雑な思考までは読み取れない。

 だから、わからない。

 彼女の心情も、私が何をすべきかも。

 事ここに至って、私はまだ迷っている。

 大人であるはずなのに、彼女の仲間であるはずなのに。

 ショックを受けている文乃さんに対して、何を言えばいいのかがわからずにいる。

 

 

『……とりあえず、今日はゆっくり休みましょう。今日は夜から配信だから、まだ時間があります』

 

 

 私が下した判断は、保留だった。

 彼女が何を思っているのか、正確なところはわからない。

 だが、精神的に不安定になっていることまではわかる。

 だから、一度落ち着く時間をとるべきだと。

 

 

「今日の配信は、するつもりはない」

『……そうですか。まあ、休養したほうがいいかもしれません』

「そうじゃない。そういうことじゃあ、ないんだ」

『え?』

 

 

 

 少女は、様々な感情が混ざった瞳で、淡々と言葉を紡ぐ。

 

 

「もう、いい」

『……はい?』

 

 

 何を言っているのか、私にはわからなかった。

 だが。

 

 

「もう、Vtuberは引退するよ(・・・・・)。永眠しろとしての活動はできない。意味がない」

『…………っ!』

 

 

 その言葉に、理解させられた。

 彼女の夢も、それに付随する私と彼女の関係性も。

 それらはもう、破綻しているのだと。




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第四十三話『罪悪感と絶望』

すみません。間違えて、まだ書き終えていない別の話を投稿してしまっていました。
よければ、見てしまった方は忘れていただけると助かります。
申し訳ございません。



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『Vtuberをやめるって……本気ですか?』

「冗談で、そんなことを言うと思うのかい?そもそも……冗談に見えるかい?」

『いえ……』

 

 

 私の勘が、告げている。

 彼女は本当にやめるつもりだ。

 どういう思考回路のもとに、そんな決断をしたのかはわからないが、決意自体は本物だ。

 

 

「君が死んだのは、私のせいだ」

『それは、違いますよ。文乃さんが悪いわけじゃない』

 

 

 彼女に私が死んだことに関する責任はない。

 文乃さんが暴れたり、私をつき飛ばしたりしたわけではない。

 完全に、過労で限界を迎えていた私の体が倒れて、ホームに落ちただけ。

 だから、文乃さんが責任を感じる必要などどこにもない。

 

 

「いいや、私のせいだよ。私が飛び込もうとしなければ、君は死なずに済んだのに」

『…………』

 

 

 

 なんといっていいか、わからない。

 それは、理屈として成立していない、だとか。

 あの時点で赤の他人だったわけだし、気に病まなくていいんじゃない、とか。

 そもそも、私は生きていたいと思っていなかった、だとか。

 いろいろ言いたいことはあったが、それも意味がないのだろう。

 罪悪感は、理屈じゃない。

 感情論に、理屈は通じない。

 感情に対抗できるのは、感情と力だけだ。

 前者はぶつけたくないし、後者を私は有してない。

 

 

 

「変わりたいって、思ったんだ」

 

 

 ぼそりと、文乃さんがつぶやく。

 

 

「Vtuberは全く違う、新しい自分になれる。そんな世界でなら、私の望みをかなえられるんじゃないかって」

 

 

 

 Vtuberは、自分とは別のキャラクターになりえる存在だ。

 資産家の娘である「早音文乃」ではなく、いじめられっ子の「そうおん」でもない。

 他者の耳と心を癒せるVtuberである、永眠しろとして活動すれば人を傷つけることも、つけられることもなく生きていく存在に。

 人を癒し、人を救う存在になりたいと。

 そう思ったから。

 彼女はVtuberになろうとした。

 

「償いたかった。私のせいで死んだ君に対して、君が好んでいた存在になることで、人を救うことで、償いができると思っていた」

 

 

 

 

「でも、そうじゃなかった。私は、結局加害者のままで……。それ以外の何物にもなれなかった」

 

 

 

「頭から、離れないんだよ!あの時の君の必死な表情も、あわてて上ずった声も、君が轢かれるときの音も、血しぶきも……」

 

 

 

「毎晩毎晩、夢に出てくるんだ!」

 

 

 

『…………』

 

 

 自分を、恥じた。

 毎晩、疑問には思っていた。

 何が原因で、うなされているのだろうと考えていた。

 カウンセリングを受ければいいんじゃないかと遠回しに勧めたこともあった。

 私自身が原因ではないのかと知りもせず、考えもしないで。

 

 

「でも、そこが問題なんじゃない。」

 

 

 

 

 

「君は、私を憎んでいるだろう?」

『何を?』

 

 

 完全に、戸惑ってしまっていた。

 ミステリの犯人同様、図星をつかれたから、ではない。

 かといって、冤罪にかけられた哀れな小市民よろしく、思ってもいなかったことを言われてパニックになったわけでもない。

 彼女の言葉が、正しく、なおかつ間違っている(・・・・・・・・・・)ものだったから。

 

 

「君の座右の銘は、弱肉強食だ。私たちは、富めるものはすべて違う生き物だと、異なる存在だと、そう感じているんだろう?」

『それ、は……』

 

 

 

 彼女の言葉は、いつになく鋭い。

 私は、彼女にとんでもないことを言ってしまっていたのだということを自覚させられる。

 他人から搾取する資産家こと強者にではなく、他者から苛めを受ける弱者でもない、誰かを救う第三の存在になるというのが彼女の願い。

 彼女の前で、資産家が強者であるということを話すということは。

 夢を見ている者に対して、現実を突きつけて夢を否定するのと同じことだ。

 言葉に嘘がなくても、考えが仮に正しいことだったとしても、絶対に言ってはいけないことだった。

 口に出してしまった言葉を悔んでいると、彼女はそのまま言葉を続ける。

 

 

 

「そんな君に、私は夢を語っていた。人を救いたいだとか、癒したいだとか、君を死に追いやっておいてそんな私が君の前で夢を語っている」

 

 

 

怖かった(・・・・)んだろう?いつ処分されるともわからない状態だ。君が、私の考えに反論できるわけがない。君が私を持ち上げるのは、私が好きだからではなくて、処分されたくなかったからだ。そのために、気にくわない(・・・・・・)相手の気にくわない(・・・・・・)理想にも賛同せざるを得なかった」

 

 

 

 それもまた、部分的には事実だ。

 私は彼女に対してさしたる影響力を持っていない。

 一方、彼女は私に対して何でもできる。

 いつ処分されてもおかしくはない関係性。

 私が、彼女を強者として、ダミーヘッドマイクである私を弱者として考えていたこともまた、事実だ。

 それは、文乃さんを嫌っていたというわけではなく、私の癖だ。

 私は、自分と他者の関係性を強者と弱者という視点以外で、見ることができない。

 それ以外の関係性を、幼少期から持っていなかったから。

 だから座右の銘を訊かれたときにも、弱肉強食だと答えた。

 

 

 そして、彼女が出した結論はこうだ。

 彼女にとって、はじめてできた仲間で、友人で、理解者は。

 自分が殺した存在であり、彼女を強者と捉え怯え、生き延びるために心にもないおべっかを使っていたということになる。

 ……それは、絶望もするだろう。

 あるいは、そうやって失望していることさえも、彼女は彼女自身を許せないのかもしれない。

 罪悪感と失望が、彼女の行動を縛っているものだった。

 

 

「私は、何者にもなれない。何もできなかった」

 

 

 彼女が出した結論は、ある意味正しい。

 文乃さんの心の傷、しろさんの理想、私の考え方などを合算すればそういう風に考えてしまうのは当然だ。

 そんな彼女に対して、私は何を言うべきだろうか。

 

 

 多分、何も言わないのが正しいのだろう。

 何を言っても、私の言葉は今の彼女に届かない。

 話せば話すほど、裏目に出る。

 そういう状態だ。

 

 

 彼女は、私の言葉を信じていない。

 自分が加害者だから。

 私が、強者と弱者という概念を語ってきたから。

 これまで積み重ねてきた日々がすべて無意味だったように、偽りだったように感じてしまっている。

 私の言葉が、全て噓であるかのように感じている。

 だから、何を言っても無意味かもしれない。

 けれど。

 

 

 

『…………それは、違うと思います』

 

 

 

 私の口から出てきたのは、反論だった。

 私の心の中にあったのは、怒り(・・)だった。

 言うべきではなかったとしても、ただの逆効果でしかなかったとしても。

 どうしても、言いたいことがあったから、私は言葉を発した。

 黒色の頭部を駆け巡る、感情のままに。




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第四十四話『アイを伝えたい』

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「違うって何?どういうこと?私の言ったことが何か間違ってる?」

 

 

 しろさんは、苛立ちを隠さない。

 それはきっと自分自身への怒りであり、理解し合えないことと、私への失望から来ている。

 

 

 今までの私なら。

 きっとここで引き下がっていた。

 私の勘は、人の悪感情を読み取って争いを避けるためのものだから。

 頭を下げて、あるいはその場から逃げて。

 そうやって、草食動物のように生きてきた。

 でも、それはできない。足がないから。

 それはしない。逃げたくない、理由があるから。

 

 

『少し、私の話を聞いていただけますか?私の生前の話です』

「…………」

 

 

 ぴたり、と文乃さんが止まった。

 そういえば、文乃さんは私の生前のことに興味を持っていたっけ。

 其の興味がいまだに継続しているかは不明だけど、たぶん口をはさんでいいような軽い話ではないと判断したんだと思う。

 まあ、ただの勘だが。

 話を聞いてくれる状態になったと判断し、私は言葉を発する。 

 

 

『以前、私は文乃さんに座右の銘を訊かれた時、『弱肉強食』と回答しました』

「そうだね。記憶しているよ」

 

 

 弱いものはただの肉塊であり、踏みにじられ、食いつくされ、みじめに死ぬだけ。

 それを見て、或いは目に止めることもせず、強者は高い場所で、高笑いをする。

 それが社会の縮図であると、心から信じている。

 

 

『あの言葉に、私の気持ちに、嘘は一切ありません。本心から、それが世の理だと思っています。それは、私が常に()の側だったから、出た言葉なんです』

「……肉?常に?」

『はい』

 

 

 

 もうはっきりとは思い出せない、思い出したくない(・・・・・・・・)、両親の顔を思い浮かべながら私は口を開く。

 

 

『私は、虐待家庭のサバイバーでしたから(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 その言葉を皮切りに、私は昔話を始めた。

 

 

 

 ◇

 

 

 父も母も、私が幼稚園児や小学生のころは普通だったと思う。

 父は、少し豪快で強引な人物だった。

 ビールと野球観戦が好きな、普通のサラリーマンで。

 母は、物静かな人だった。

 パートをしながら子育てをする、ドラマが好きな普通の主婦で。

 そんなごく普通に生きて、ごく普通の家庭で育って。

 日本という国ではありふれた環境だったはずだ。

 

 

 ーーある日、母がほかの男と家を出ていくまでは。

 

 

 相手は、良く知らないが、上等なスーツを着た金持ちで、弁護士を連れていて。

 慰謝料だといって、ぽんと金を渡していた。

 見下しきった、まるで肉塊を見る動物のような目で。

 母がどんな表情をしていたのかは思い出せない。

 ただ、父の何かをこらえているような表情だけはよく覚えている。

 あの頃はまだ勘が鋭くなかったから、父の気持ちは父にしかわからないけれど。

 父は、何も言い返すことはなく、ただ震えていた。

 

 

 ただ彼は、私が高校に入学する際に、一切の金銭的支援を拒否した。

 更には、生活費の類も払わないと言い出した。

 思えば、彼は私個人の幸せを願ってはいなかったんだと思う。

 いや、母の子でもある私に憎しみが向いていたのか、あるいは最愛の人に肉の脂身のようにあっさりと捨てられたことで何もかもどうでもよくなったのか。

 いずれにせよ、私に選択肢などなく、バイトをしながら学校に通う生活をするしかなかった。

 ほとんどの時間を、バイトに費やしていた。

 ……費やせる、バイト先が見つかったことだけは幸運だったかもしれない。

 ともかく、私は得た金銭を父に渡していた。

 弱いものは、強い者には逆らえない。

 そして、弱いものはさらに弱いものを攻撃する。

 父は、酒浸りになり、私に暴力を振るうことも多かった。

 逆に突然泣き出し、私を困惑させることもあった。

 それが社会なのだと、私は高校生の時に学んでいた。

 

 

 その時くらいから、私は相手の気持ちを勘で見抜く(・・・・・)ことができるようになった。

 論理的な物じゃない。

 根拠があるわけでもない。

 ただなんとなく、相手が胸中に抱いている感情がわかる。

 不安、嫉妬、怒り、悲しみ、等々。

 機嫌が悪いときは、父は何をしても怒り、暴れるので近づかない。

 逆に機嫌がよい時には、ある程度事務的なことを話しても問題がない。

 まるで、ウサギが肉食動物におびえて耳を発達させたように。

 あるいは、キリンが敵を発見するために、首を伸ばしたように。

 私は弱者のまま、そんな異常な環境に適応し続けた。

 奨学金やバイトなどを利用して、何とかそれなりの大学に入学し、卒業して。

 

 

 ブラック企業に入社した。

 父が荒れ始めてから、私は勘が鋭くなっていったことは既に説明した。

 彼が不機嫌か否か、不機嫌だとしたらどれくらいストレスがかかると爆発するのか。

 爆発を鎮めるには、どうすればいいのか。

 そうしたことを、怒鳴られながら、殴られながら学んでいくうち、人の感情に敏感になっていった。

 それゆえか、私は嫌な役割を押し付けられることも多かった。

 なぜブラック企業に入社したのかと言えば、そこしか合格できなかったからである。

 就職活動はどうにもうまくいかなかった。

 無理もない。

 バイトと、試験勉強くらいしかしていない大学生活。

 本当に、これと言って自慢できるものがなかった。

 サークルやバイト、あるいはボランティア活動といった人並みのことはほとんどやってこなかった。

 また、コネも用意できなかった。

 実家は論外、親せきも父や母と折り合いが悪く、大学内の同級生もそこまで親しい関係は築けなかった。

 

 

 そういった諸々の事情の結果として、体調を崩した状態で半ば壊れながら働き続ける羽目になり、挙句の果てには足を滑らせて命を落とした。

 必死で人並みに生きようとあがいて、もがいて、進み続けて。

 何も為せずに、強者に踏みつぶされるだけの一生だった。

 ただただ、無意味だった。

 

 

 ◇

 

 

 話し終わったとき、文乃さんは真っ青になっていた。

 それだけ、ショッキングな話なのだろう。

 主観でしか物事を見れないゆえに、私には判断がつかないのだが。

 だが、少し時間がたって、おずおずと文乃さんは口を開いた。

 

 

「……聞きたいことが、ある」

『何ですか?』

「君の過去はわかった。それで、この話をして何を伝えたいの?恨み言?それとも愚痴?私が君に聞かせたみたいに」

 

 

 まあ、もっともだよね。

 山も谷も、オチもなければ面白くもない話だ。

 こうやって長々と話してみると、しろさんやほかのVtuberさんたちはすごいと思う。

 長々と話をして、それを面白くできるのは間違いなく才能だ。

 少なくとも私は無理。

 

 

 

『人を作るのは環境だってことですよ。良くも悪くも』

「それは、私は強者の立場から動かないということかい」

『ええ、そうです。あなたには力がありますし、それはどうしたって変わらない現実です』

 

 

 少なくとも、ぽんとマイクとか機材とか買うのは余程金を持ってないと無理なんだよね。

 彼女の在り方は、彼女が資産家の娘だから出来ること。

 まかれた種が、自力で日陰から日向に移動できないように。

 弱者が強者になることはできない。

 考え方だって、そう簡単には変わらない。

 

 

「……じゃあ、ダメじゃん」

 

 

 ため息交じりに、しろさんが答える。

 

 

『でも、それでいいんですよ』

「はい?」

 

 

 ダミーヘッドマイクとして、生まれ変わって。

 しろさんを見てきた。

 はじめて、ちゃんとした強者を見てきた。

 しろさんは間違いなくピラミッドの頂点に位置している。

 圧倒的な力を持っている。

 

 

『その力を使って、貴方は人を助けることを選んだ。それがあなたです』

「…………」

 

 

 

『人って、一面でくくれるものじゃないんですよ。文乃さんは、早音家のご令嬢であり、元いじめられっ子であり、そして私達を救ってくれているVtuberさんです』

 

 

 

 私が、元虐待家庭のサバイバーだったり、社畜だったり、ダミーヘッドマイクでしろさんの友人であるように。

 人には、様々な面がある。

 近くにいないと、そういうのは見えてこないものかもしれないが。

 

 

『変わる必要なんてないんです。過去だからどうだったからって、それを全否定する必要なんてないんです。だって』

「で、でも、君はそんな私が大嫌いでーー」

『いいから、黙って聞いてください』

 

 

 はじめて、私は敬語を使うのをやめる。

 私が抱いている怒りが、伝わるように。

 精一杯、彼女の耳と心に響くように叫ぶ。

 

 

私は!早音文乃さんが!永眠しろさんが!好きだ!大好きだ!

「……ふえ?」

 

 

 しろさんが、あっけに取られている。

 口が半開きになっている。

 

 

 

「今、君と私の過去の話をしているのであって……」

『違う。過去の話じゃない』

 

 

 少なくとも、私は過去に拘泥するためにこんな話をしたわけではない。

 私が彼女に抱いている感情を、勝手に誤解されて、決めつけられたことに対して抗議しているだけだ。

 

 

『過去に起きたことは変わらない!私が死んだのも、貴方がいじめにあっていたことも、貴方が資産家の娘として生まれてきたこともまぎれもない事実だ!』

「じゃあ!」

『でも!それだけじゃないでしょう!一緒に過ごした時間があるでしょう!』

 

 

 

 少なくとも私にとっては、かけがえのない時間だったし、彼女の隣が私のかけがえのない場所になっていった。

 しろさんは、少し気圧されていたがまた口を開く。

 

 

「でも、君は強者が嫌いで」

『そうだよ、あなた以外の強者は大嫌いだ』

 

 

 人生のほぼすべてをかけて培われてきた価値観だ。

 そう簡単には変わらない。

 けれど、私の価値観より、私より大事にすべき人がいる。

 

 

「私は、君を死なせて……」

『別にいいじゃないですか。そもそも、私が生きたかったとでも思ってるんですか?』

 

 

 まあ、これを言うのもどうかと思うが本当に生前のことはどうでもいいんだよね。

 すっかり忘れてた賠償金のことも、文乃さんのご両親が立て替えてくれたみたいだし。

 

 

「……でも、今更信じられないよ、だって、君が嫌っている人たちと私は何が違う?」

『私の中では違うし、しろの永民さんたちにとっても違う。あなたが、貴方だけが特別だから、推しだから』

 

 

 それを盲目だというなら、それでいい。

 どのみち、もう眼球の持ち合わせはない

 

 

 反論は許さない。

 感情論に、理屈が通じるわけがない。

 好きだから、見ていたいから、同じ時間を共有していたいから。

 理屈として成立していないものを、論破できるはずもない。

 

 

「……本当に?」

『信じられないなら、何度だって言います。信じてもらえるまで、何度でも』

 

 

 先ほどまで青かった顔は、もうかなり赤くなっている。

 どうしたらいいのかわからないという風に、視線が定まらなくなっている。 

 

 

『文乃さんと出会えて、しろさんの視聴者になって、友達になって、相棒になれて。そうやって認めてもらえたことが嬉しかった!一緒に遊んで、笑いあって、相談に乗って、特に何も考えずにぼんやり過ごしたりしている時間が楽しかった!』

 

 

 何よりも。

 

 

『私は、貴方が幸せでいてくれたら幸せだからって。心からそう思ってるんです、だから』

 

 

 頭を下げようとして、下げる頭がないことに気付く。

 だから、せめて言葉と口調を努めて丁寧にして。

 

 

『お願いします。続けてくれませんか、Vtuber活動を。Vtuber活動をしている楽しそうで、幸せなあなたが見たいんです』

 

 

 

 そうやって、私は彼女にお願いをした。




あと一話でシリアスパート終わると思います。
多分明日更新します。


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第四十五話『見えざる手』

前話が、かつてないほど感想をいただけました。
ありがとうございます。


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 私の思いのたけをぶちまけられて、文乃さんはふらふらと椅子に腰かける。

 そして、改めて私の顔を見る。

 彼女の表情は、泣きたいような、呆れているような顔だった。

 

 

「……本当に、君にはかなわないなあ、初めて会った時からさ」

『それ、どっちの話してます?』

 

 

 私が人間としてであったときであろうか、それともバイノーラルマイクになったときであろうか。

 それには答えず、文乃さんは言葉を紡ぐ。

 

 

「私が手を引かれた時、ぼろぼろ泣いたの、覚えてる?」

『ええ、覚えてますよ』

 

 

 人だったころの最後の記憶。

 生前の記憶はほとんどないが、あの光景だけははっきりと覚えている。

 あんなに美しくて、もの悲しい光景を私は他に記憶していない。

 きっと、壊れるまで忘れられない。

 

 

「あの時、嬉しくて泣いたんだよ。手を引いて、生かそうとしてくれる人がいるんだって。生きて欲しいと望んでくれる人がいるんだって。そしたら、私、何をしてるんだろうって思えてそれで……」

『そうだったんですね』

 

 

 あの時彼女から、勘で虚しさの感情をくみ取っていた。

 けれど、その理由まではわからなかった。

 私の死など関係なく、彼女の心を救えていたというならそれはそれでよかったと思う。

 彼女に、そして生前の私に必要なのはきっと、味方だったんだと思う。

 辛いことがあった時に、なにも幸せなことがないと思った時に。

 手を握って、言葉をかけて、つなぎとめてくれる人が。

 隣に居てくれる人が、必要だったんだと、それを達成した今なら理解できる。

 

 

「けど、君が死んで、苦痛を負ったのは事実だから。それは言いたくなかったんだよ」

『うーん、ぶっちゃけそれについてはよく覚えてないんですよね。痛いとか苦しいとか、感じたのかもしれないですけど覚えてないです』

「あ、ああそうなんだ」

 

 

 一瞬のことだったしね。

 まあ、実際のところはわからない。

 もしかしたら、転生の影響で記憶が飛んでいるだけかもしれないし。

 本来、人が死ぬべきでないのは事実だ。

 

 

 彼女の話によれば、賠償金は立て替えてくれたようだが、結果としてそれだけ様々な人に迷惑をかけてしまったのである。

 ああいう賠償金は一億を超えるとも聞く。

 ともすれば、田舎にいた父親などに迷惑が掛かっていた可能性もある。

 そもそも、乗客や鉄道会社にそれだけの迷惑をかけていることも含めて度し難い。

 だが、正直彼女を助けようとしたことに後悔はない。

 

 

 結果論として金銭的な負荷は比較的穏当に収まったようだし、私が死んだこと自体は取るに足らない事象でしかない。

 彼女が死んでいれば死んでいたで、乗客や鉄道会社には同じだけ(・・・・)の迷惑が掛かっていたはず。

 だから、あの選択に間違いはないと断言できる。

 

 

 

『貴方が辛いと感じるなら、声をかけます。嫌なことがあったら、話を聞きます。寂しくなったら、愛してるって伝えます。全力で、できる限りのサポートはします』

「もういい」

 

 

 それは、言葉だけ聞けば拒絶の意志で。

 でも、声色と勘は、そうではないと告げている。

 

 

「……完敗だ。君がそこまで言ってくれるなら、Vtuberはやめないよ」

『それは、よかったです。危うく日々の糧を失うところでした』

「またそうやって……。適当なことばかり言っちゃってさ」

『いえ、本心から言ってますよ』

「ふえっ」

 

 

 

 とんでもない声を出して、再び立ち上がる文乃さん。かわいい。

 こほん、と咳ばらいをして真面目な顔になる。

 

 

「じゃあ、Vtuberとして活動をする上で、君に条件を一つ出したいんだけど、いい?」

『ええ、私に出来ることなら、何でも呑みますよ』

「即答だね。早くない?」

『迷う必要がないですから』

 

 

 社会人時代の癖か、あるいは文乃さんへの愛情ゆえか。

 ともかく、それで文乃さんが活動を続けてくれるのであれば私の方に断る理由はない。

 さて、どんな条件を突き付けてくるのか。

 百メートルを十秒台で走れ、みたいな無理難題じゃなければいいけど。

 私、足ないし。

 

 

 文乃さんは、迷っているかのように口をもごもごとさせる。

 顔も、先ほど私の告白を聞いた時よりもう一段赤くなる。

 が、意を決したのか私を見て口を開く。

 

 

「ま、毎日私に、好きとか愛してるって言ってほしい」

『……はい?』

 

 

 今なんて?

 

 

『何でですか?』

「君にそう言われると、頑張れる気がするというか……元気が出る気がするんだ」

『…………』

 

 

 文乃さん、頭がいい方だと思っていたが、もしかするとそんなことはないんじゃないだろうか。

 むしろ、ちょっと頭が足りないのではあるまいか。

 だって、その発言はもう。

 そういう意思表示に等しいよ。

 多分当人気づいてないけど。

 と、そんな私の戸惑いを拒絶と解釈したのか、文乃さんはおろおろし始める。

 

 

「あ、あの嫌なら無理にとは」

『いや全然いうのはいいですけど』

「そうなの?」

『まあ本当のことですし』

「そ、そっかあ。えへへ……」

 

 

 文乃さんは、顔をふにゃり、と緩めて笑う。

 本当にかわいいな、この人は。

 

 

 

『ちなみになんですけど、一つ訊いておきたいことがあるんですけど、よろしいですか?』

「え、まあこの際何でも好きなことを尋ねればいいとは思うけれど」

 

 

 文乃さんは、特に何も考えずに、了承した。

 どんな質問が来るのか、全く予想していないのだろう。

 まあ、もうお互いの過去について奥深くまで踏み込んだ身だ。

 隠すことなど、なにもありはしない。

 

 

 

『文乃さんは、私のこと、どう思ってるんですか?』

「ふえ?」

 

 

 文乃さんは、今度こそ完全なるトマトになった。

 湯気が頭から出そうになっている。

 大きくてきれいな目をいっぱいに見開いて明らかに動揺している。

 

 

「な、何でそんなことを訊くんだい?」

『いえ、私が文乃さんをどう思っているかは話しましたよね?だったら今度は文乃さんが私についてどう思っているのかを訊いておきたいなあって』

 

 

 無論、悪く思われているとは思っていない。

 プラスの感情を向けられているのはこれまでの言動や、勘でわかっている。

 だが、それはそれとして私が本心を口にした以上、彼女の気持ちも彼女の口から聞いておきたいのだ。

 そうじゃないと、不平等な気がするので。

 

 

「そ、それはそのだね」

 

 

 視線が、ドアの方を向く。

 

 

「きゅ、急用を思い出した!」

 

 

 そういって、文乃さんはドアを開けて部屋を出ていった。

 嘘だろうね。

 まあ、ただの勘だけど。

 ちょっとからかうぐらいのつもりだったんだけど、やりすぎてしまっただろうか。

 

 

 明後日、一応半年記念なんだけどなあ。

 まあ、大丈夫か。

 彼女は、活動を続けてくれると約束した。

 であれば、私はそれを信じるべきだろう。




次回は、半年記念配信です。


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第四十六話『感謝の半年記念』

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 半年記念。

 それは、配信者にとって一つの節目である。

 一年の半分というわけではない。

 年という単位における最小だからだ。

 たとえば、三ヵ月記念と表現することはあっても、それを四分の一周年と表現することはまずありえない。

 生え代わりの激しいVtuber業界において、一年という超巨大イベント。

 その手前にある、半年記念。

 それは、一つの壁でもある。

 体調、メンタル、モチベーション、仕事の都合、生活環境の大幅な変化などで多くのVtuberが半年記念を祝われることなく去っていった。

 さて、半年記念直前に、活動を始めてから二、三日ほど、初めて配信を休んでいた永眠しろというVtuber。

 SNSにも動きがなかったため、ファンたちは半年記念が大丈夫なのかと、あるいはこのまま失踪してしまうのではないかと不安がっていたようだった。

 というのは、当日になってからSNSをいじり始めた文乃さんから聞いていた話である。

 

 

 が、半年記念当日に、「半年記念」というでかでかとした文字のサムネイルとアップになった永眠しろの顔が出ているという告知が出てからファンの不安は収まった。

 因みに、配信時間は10時。

 ふだん、しろさんがASMR配信を行う時間である。

 ASMR配信は彼女のメインコンテンツであり、もっとも彼女の視聴者が集まってくる時間帯に記念配信を実行するのは正しいと言える。

 

 

『というか、どうするんですか?具体的に何をするんですか?』

「もちろん、ASMRだよ」

『ああ、なるほどですね』

 

 

 確かに、彼女は、永眠しろは特にASMRというジャンルで伸びたVtuberである。

 半年という記念を飾るにはこれ以上ない存在である。

 ただ、事前に聞いていた振り返りや歌枠などといったリクエストには応えられなくなってしまう。

 

 

「いやいや、何を言っているんだい?全部やるよ?」

『……はい?』

 

 

 いや、振り返りならまだわかる。

 ダミーヘッドマイクを生かしたバイノーラル雑談という配信もあるし、そういう話題の中で振り返りをしてもいいだろう。

 だが、歌枠とかはどうやっても不可能ではあるまいか。

 そんなことを言うと、しろさんは可愛いドヤ顔で秘策があるといった。

 私は、秘策が何かわからなかったが、取り敢えず楽しみにすることにした。

 

 

 

 ◇

 

 

「こんばんはあ」

 

 

【こんばんは】

【きちゃ!】

【半年記念おめでとう!¥2000】

【うおおおおおおお!¥50000】

 

 

 

「今日は、半年記念配信です。私らしい記念配信をしたいので、全編ASMRでやっていくね。また、今回も例のごとくアーカイブで広告はつけないよ。あと、スーパーチャットもいつも通り別の雑談枠で読ませてもらうね」

 

 

 

【了解】

【毎度ASMRは広告抜きにしてくれるの助かる】

【申し訳ないので、視聴料とお友達代払っとくね¥5000】

 

 

 

「じゃあ、今回はどういったASMRをやっていくかなんですけど、とりあえず初配信の振り返りからしていきますね」

 

 

【はい?】

【今なんて?】

【ちょっと待ってくれ】

【世界よ、これが永眠しろだ】

【草】

 

 

「こうやって、ダミーヘッドマイクに囁きながら、振り返り配信を観つつ色々話していこうかなと思うよ」

 

 

【なるほど】

【バイノーラル雑談みたいな感じだね】

【音量どうなるんだろ?】

 

 

「ええと、音量の問題についてなんだけどみんなの耳に重大なダメージを与える可能性があるので、画面は共有しますが音声は載せないよ。音声含めて聞きたい人は自己責任でお願いするよ」

 

 

 

【了解】

【二窓するね】

【俺はもう心に刻んでるから大丈夫】

【本当に振り返りしてくれて有難う】

 

 

 

 コメント欄の反応を見て、理解してもらえたと判断して、しろさんは初配信のアーカイブを再生し始めた。

 

 

 

「うわあ、私こんながねむーとか言ってるよ。最近、あんまり使ってないんだよね」

 

 

【そう言えばあったな】

【何で使わなくなったんだっけ?】

 

 

 

「いやあのねえ、ASMR配信をするときにはこんばんはとかの方がいいのかなって思ったんだよね、雰囲気を壊したくなかったからさ」

 

 

 

 

 

【うんうん】

【そうね】

『一理ありますね』

 

 

「そしたら、それが通常の配信にも持ちこまれて、いつの間にかほとんど使われなくなってた」

 

 

【あっ(察し)】

【今月の配信、たぶん一回どっかで使ってた気がする】

【逆に言えば月三十回以上配信をして、一回しか専用の挨拶使ってないのか】

 

 

 

 そして、アーカイブの時間は進み、自己紹介に移っていった。

 

 

「ねえ、何かさあ、この永眠しろとかいうVtuber、棒読みじゃない?心がこもってなくない?」

 

 

 

【お前じゃい!】

【正直半年前でも十分なクオリティだと思うけど……でも、今と比べると確かにあれかもしれない】

【まあこの半年で成長できたってことだから】

 

 

 

 どうも、しろさんは配信の内容というより、話し方に不満があるようだ。

 棒読みだとか、滑舌が悪いとか、そういう伝え方の部分が許容できないらしい。

 私には、その初配信の音声は聞こえないのだが、確かにこの半年で彼女が大きく成長したのは、事実ではある。

 次第に、恥ずかしいのか、落ち着かないのか体がそわそわと動きだしていた。

 

 

 

【そわそわしているしろちゃんかわいい】

【これが見たかったんだよなあ】

 

 

 まあ、

 

 

 

 そして、初配信の画面はマシュマロ読みに切り替わっている。

 

 

 

 ふと、気になるコメントを見つけた。

 

 

【今も、自分の声は好きじゃないのかな?】

 

 

 しろさんも同じ気持ちだったようで。

 

 

「ええとねえ、この時は、活動を始めた当初は好きじゃなかったよ。自分の声、本当に」

 

 

 ただね、としろさんは付け加える。

 

 

「はじめて、人前で配信して、声を褒めてもらって。ASMR配信をしたら、私の声で癒されるとか眠れるって言ってくれる人がいて」

 

 

「こんな私を、好きだ(・・・)って、大好きだ(・・・・)って言ってくれる人がいる。私の声で救われてくれる人がインターネット上にはたくさんいる。それを知ったら、何よりもそう思ってくれている人たちを大事にしたいって思って、だから」

 

 

 ただ一人にしか真意が伝わらない言葉を交えつつも、純粋に自分を求めてくれる人たちへと感謝の言葉を贈る彼女。

 その顔をみて私は、画面に映っているしろさんも、画面を見つめている文乃さんも。

 どちらも力強くて、美しいと思った。

 

 

「今は、この声が好きだよ。まあ、みんなの方が好きだけどね」

 

 

【しろちゃんが自分自身を好きでいてくれてよかった。これからも応援してるね!】

【照れるじゃねえか¥600】

【大好き!一生推せる】

 

 

 この半年で、色々あった。

 それこそ、画面の向こうの視聴者が知らないような、リハーサルでの小さな失敗は何度もあったし、機材トラブルで配信時間が遅れることも多々あった。

 そしてつい先日、しろさんは危うくVtuberを引退してしまうところだった。

 けれど、しろさんは今ここにいる。

 そして、自分の歩みと現在を肯定できている。自分のことを、いじめられた原因でもある声のこと、好きだとはっきり言える。

 ならば、私が相棒として、視聴者として、友人として彼女を支えた意味はあったのだろうと思う。

 

 

「あのー」

 

 

【何?】

【どうかした?】

 

 

「ねえ、なんだか恥ずかしくなったからこれで終わってもいい?終わっちゃダメ?」

 

 

 どうやら、さっきのセリフが恥ずかしかったらしい。

 いやまあ、確かに聞いている私も少しむずがゆかったけど。

 

 

【だめだぞ】

【だめです】

【最後までやってもろて】

 

 

「わかったよ。最後までやりますよ、やればいいんでしょ?」

 

 

 

 それから三十分ほどかけて、しろさんは「恥ずかしいのにASMR配信中なので大声を出せない」という状況を何とか耐え抜くことになるのだった。

 

 

 

『そういえば、おつねむーとかも最近使ってませんね』

「…………」

 

 

 無言かつ、ジト目で睨まれた。

 はい、大変申し訳ございません

 




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第四十七話『なんちゃって新衣装』

最近、感想が増えています。
ありがとうございます。
モチベになるので、気軽にお願いします。

また評価、お気に入り登録、ここ好き、誤字報告などしてくださっている方もありがとうございます。
励みになります。


「そういえば、なんだけどさ」

 

【うん?】

【なんだろう】

 

 

「新衣装は、半年記念には難しいっていう話だったじゃない。実際に担当してくださった絵師さんに話を聞いてみたところ、やっぱり難しいって言われちゃったんだよね。正直いろんなお仕事を抱え込んでるから仕方ないことだからね」

 

 

 

【それはしょうがない】

【神絵師たちは年単位でスケジュール埋まってるって聞くからなあ】

【がるる先生、他の子たちのこともあるだろうしね】

 

 

 しろさんの体を作ったイラストレーターであるがるる・るる先生は売れっ子であり、つまり多忙でもある。

 連絡こそ取れたものの、流石に新衣装は間に合わなかったようだ。

 通話ができただけでも、ありがたいと思うんだけど。

 

 

「ただ、その辺に関するやり取りをしたときに、ちょっと色々あってね」

 

 

【ほう】

【一周年には間に合うのかな?】

 

 

「どうだろうねー。ただ、新衣装についてももしかしたらいずれ何かしらあるかもしれない」

 

 

 私も知らない情報だが、たぶんメールでやり取りをしているのだろうね。

 

 

 

「ちょっと待ってね」

『!』

 

 

 

 

 コメント欄よりもわずかに早く、私は気づいた。

 今、マイク()の傍でささやいている文乃さん。

 彼女が、いきなり服を脱ぎだした。

 目はパソコンの画面に向いているのだが、衣擦れの音でそれとわかる。

 別に、やましい意図はないが、まったくやましいことはないが、とりあえず目で反射した姿を見るとどうやらあくまでも脱いだのは上着だけでキャミソールは残っていた。

 まあ、それでもドスケベなのは変わらない。

 そしてその一方で、コメント欄の流れが加速する。

 見えずとも、私同様に何が起こったのかを察知したのだろう。

 

 

 

【何が起こっているんだ?】

【えっっっ】

【センシティブ】

 

 

 

 そして、そのまま文乃さんはパソコンを操作して、なぜかLIVE2Dを画面外まで移動させてしまった。

 これだと、私や文乃さんはともかくリスナーさんたちには永眠しろの姿が見えなくなってしまう。

 もしたった今、配信に来た人がいたらわけがわからないだろう。

 実際、記念配信でありながら、困惑のコメントの割合が強くなりつつある。

 

 

 

 だがそれも、彼女の準備が整うまで。

 彼女の姿が、再び画面内部に戻ったとき、喜びのコメントによって押し流された。

 

 

 

『なるほど……。そういうことですか』

 

 

 

 永眠しろは、死神系女子高生Vtuberであり、その服装もアレンジはありつつも学生服――ブレザーを基調とした衣装となっている。

 さて、制服のブレザーというものは一般的にシャツの上にブレザーを羽織るのが一般的であり、永眠しろも同じである。

 であれば、一つの疑問がわくだろう。

 

 

 ブレザーだけ、脱ぐことは可能なのだろうか、と。

 その答えが、今目の前にある。

 答えは、可だった。

 

 

 

「なんかね、夏仕様として入れてくれたんだって。もともと説明書には入ってたんだけど、私が見落としちゃってたみたいなんだ」

 

 

 黒のブレザーを脱ぎ捨て、上はシャツとリボンのみとなっている。

 背中にしょった死神であることを示す大鎌もセットになっているらしいのかなくなっており、髪の色を除けば普通の学生のようにしか見えない。

 

 

 

【うおおおおおおおおおお!】

【かわいい】

【普通の女子高生じゃん】

【こんな同級生が欲しかった】

【後輩でも可】

【何でや!先輩パターンもあるやろ!】

【お胸が、お胸様が……】

 

 

 

 そう、たかが服一枚、されど服一枚である。

 永眠しろのアバターは、背が低く、それでいて胸はそれなりにある。

 所謂、ロリ巨乳という奴である。

 ブレザーという壁を一枚取り払ったことによって、豊かな双丘がシャツ越しに強調されている。

 

 

「いやいや、結構みんな喜んでくれてるみたいで嬉しいよ。新衣装はまだもう少し先になるけど、いずれそのうちに実装していただきたいので、それまで待っていてくれるかな?」

 

 

 

【最高の新衣装(仮)をありがとう!】

【もちろん!】

【ずっと待ってる!】

 

 

 

「ほうほう、ちなみになんだけど、どんな衣装が欲しいとかってある?」

 

 

【パジャマかな。添い寝シチュエーションASMRが聴きたい】

【私服とかが一番スタンダードじゃない?部屋着か、余所行きかによってだいぶテイストは変わってくるだろうけど】

【いっそ水着着てくれないかな。スク水で、「えいみん」って書いててほしい】

【さすがに水着はBANされるやろ……】

【いっそ振り切ってコスプレしちゃうとか?猫耳とか尻尾とかつけたり、ナース服とかもいいかもしれない】

【確かに印象をがらりと変えるのはいいかも】

【でも死神もコスプレみたいなもんだからな】

【おいおいおいおい死んだわあいつ】

 

 

 

 

 コメント欄は、文乃さんの言葉をきっかけに、今日一の盛り上がりを見せている。

 

 

 そして一瞬だけ、彼女はマイクをミュートにした。

 席を立つ時などは、こうして万一の放送事故を防ぐ。

 また、くしゃみなどもミュート機能を使うことで視聴者に聞かせないようにすることができる。

 そういう便利な機能だ。

 

 

 

「こんなにいるんだね。私の、私達の未来を楽しみにしてくれている人が」

『ええ。言ったでしょう?』

「やっぱり、やめなくてよかったし、これからも辞めたくないよ」

『それはよかった』

 

 

 私は、私自身をあくまでリスナーの一人にすぎないと考えている。

 彼女のような配信者ではなく、動画編集やサムネイル制作など何かしらの技術で彼らを助けているわけでは決してない。

 ただの一般人、いや一般通過マイクである。

 何が言いたいのかと言われれば、私は何もできていないということだ。

 彼女にやめてほしくない、これからも活動を続けて欲しい。

 そう思っている人はいくらでもいて、これからも増え続ける。

 たまたますぐそばに、私がいるだけ。

 それだけだ。

 

 

 

「君のおかげだね」

『――』

 

 

 そんなこと、言わないで欲しい。

 私は、踏みつぶされる側の人間に過ぎない。

 他者を踏みつぶす強さも、彼女のように誰かを救わんとする優しさも持ち合わせていない。

 私達だなんて、言わないでいいのに。

 仲間だなんて、友だなんて呼ばれる資格は到底ないはずなのに。

 

 

「一番近くで、見守って、諭してくれる」

 

 

 どうして、彼女はそう言ってくれるのだろう。そう思ってくれるのだろう。

 どうして、私は。

 それがこんなに嬉しくて、愛おしいのだろう。

 

 

「あー、ごめんね。ちょっとくしゃみ出そうになってさ、寂しかったよね、ごめんごめん」

 

 

 そうして、彼女もまたリスナーに交じって新衣装を決める話し合いを始める。

 私は、それに対して何も口を出さない。

 出せない。

 私は、彼女のマイクだから。

 けれど、彼女は私を特別だと思ってくれて。

 それが、本当にうれしかった。

 きっと、目が残っていたら涙があふれていただろうね。

 

 

 それはともかくとして。

 私は、じっと画面を見つめる。

 シャツを着て、胸を揺らしているしろさん。

 画面に反射している、キャミソール姿の文乃さん。

 

 

『いい、すごくいい……』

 

 

 幸いにも、しろさんには気づかれなかったようだった。




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第四十八話『■■■、解禁します』

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あと、先日この作品を推薦してくださっている方がいらっしゃることに気付きました。
本当にありがとうございました。
さまざまな形での応援、本当に力になっております。


しろさんは、コメントを拾いながら新衣装の展望について語っていった。

 

 

「わかるよ、メイド服もいいものだよね。誰かに尽くすために設計されたものでありながら、礼服的な厳かな感じもあって下品さがないよね。私的には、ミニスカメイドよりもクラシカルなメイドの方が好みかな。奥ゆかしさというか、オーラがあるんだよね。実物を見たことがあるんだけど、動きも含めて華があるんだ。もちろん、メイド喫茶で見るようなメイド服も大好きだよ?」

 

 

「水着かあ……ファンアートとかを観てると多数の需要が見込めるのは間違いないんだけど、いかんせんU-TUBEさんが見逃してくれるかどうかだよねえ。競泳水着とかなら肌色成分も少ないし通りそうだけど、それは逆にニッチすぎると思うんだよね。ほうほう、それはそれで需要が?これはちょっと勉強が足りなかったかもしれないねえ」

 

 

「ケモミミかあ。正直、ありだよね。ケモミミ以外も全部動物ベースの服装にしてそれを新衣装にするのはめちゃくちゃいい気がする。みんなは私にケモミミつけてもらうとしたらどれがいいかな?犬耳?猫耳?それとも兎耳?狐耳とか虎耳って選択肢もあるよね。私?私は一番好きなのは狐耳かな。ちょっと和風っぽさが出るというか落ち着いた雰囲気が出るでしょ?それがいいんだよね、あとはASMRを想定するとそういう落ち着いた雰囲気を大事にしたいってのはあるのさ」

 

 

「バニーガールはどうやってもBANされちゃうよお。いや本当に。太腿完全に露出している時点でアウトだからね、たぶん。逆バニー?それどんなやつ?ちょっと検索してみるね……。え、検索しない方がいいってどういう……。はい、次行きまーす。逆バニーってコメントした方はほどほどに反省してくださいね」

 

 

 彼女の人気の理由の一つが、この熱量の強いオタクトークである。

 文乃さんがアニメや漫画などのオタク文化にはまってわずか一年ほど。

 一年、その間にどんどんと様々な作品やコンテンツをスポンジが水を吸収するがごとく取り込んでいった。

 加えて、オタクになって日が浅いからか、熱意がすさまじい。

 一日の大半が、そういったコンテンツの摂取に費やされているほどだ。

 最近まで触れる機会も自由もなかったからこそ、心からしろさんはサブカルチャーを楽しみ、視聴者さんたちもまたそうやって楽しんでいるしろさんを見るのが楽しみなのだ。

 

 

 

「新衣装で思い出したんだけど、もう一個、みんなに見せたいものがあるんだよね」

 

 

 

 彼女は、ふと私の顔の向きを百八十度変えた。

 これによって、私はパソコンを見ることができなくなる。

 代わりに、私の視界には文乃さんの可愛らしくも真剣な顔が映る。

 そういえば、こっちを見ることはあんまりなかったかな。

 配信中は、永眠しろさんの顔ばかり見ていた。

 声は、配信上に載ったものではなく肉声だし、文乃さんの様子も画面の反射で見えてはいたんだけど。

 

 

 いやしかし、キャミソールがすごい……。

 あれ、いましろさんパソコンを操作しながらちらって私の方を見たような……。

 バレてる?もしかしてチラチラ見ているのバレてる?

 これ配信終わった後、お説教かな……。

 

 

 それからしばらくして、彼女が再び私の顔の向きを戻す。

 

 

『あれ?』

 

 

 

 すると、画面に明らかに、一つの変化があった。

 今の彼女の配信画面は、机に向かっている状態。

 つまり、本当に現実とさほど変わらない。

 鎌があるかどうかぐらいのもの。

 

 

 あとは、もう一つ。

 あるはずのものが、ダミーヘッドマイクがないくらいだった。

 そう、だった。

 しろさんの、白い髪とオッドアイによって構成されている綺麗な顔のすぐそばにそれはあった。

 

 

 

「これねえ、ファンアートを部分的にトリミングしたものなんだよね。もちろん、描いてくださった方の許可はとってるよ」

 

 

 

【我々しろの永民がついに画面上に……】

【確かにダミヘも外せないよな】

 

 

「君を、どうしてもここに置いておきたくてね、こういう形になったんだ。まあ、これも含めて半年記念ってことで」

『…………』

 

 

 私は、彼女に与えてもらってばかりだ。

 娯楽も、居場所も、大切な存在も。

 

 

「しろの永民の皆さん、今日は、本当に来てくれてありがとうね。おかげで、楽しい半年記念になったよ」

 

 

【こちらこそ!】

【耳元でお礼言ってくれるの助かる】

 

 

 彼女は、ダミーヘッドマイクを介してリスナーの耳元で囁く。

 それは、おためごかしや欺瞞ではない。

 彼女の本心だ。

 彼らが、彼らの応援がなければ、彼女の心は折れていた。

 私は彼らに伝える言葉を持たないけれど、もし可能ならありがとうと言いたい。

 永眠しろさんが、文乃さんが、壊れずにいられたのは貴方たち一人一人のおかげだから。

 そんなことを考えながら、私は今日はもう終わりかな、と思っていたのだが。

 

 

「だから、感謝を今日は行動で示そうと思います」

 

 

 ころん、という音がした。

 それが何の音か一瞬わからなかった。

 生まれ変わってから、今間の今まで一度として聞いたことのない音。

 だがしかし、それを私は聞いたことがあった。

 生前、作業BGM代わりに使っていたとあるASMRのジャンル。

 

 

 何かが、耳道を這いずり回る音と、水の音。

 

 

 

「今日は、最後に感謝を込めて耳舐めを解禁しようと思います」

 

 

【ふぁっ】

【待って待って理解が追いつかない】

【うっ(心停止)】

【これは死んだわ】

 

 

 ……なんですって? 

 

 




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第四十九話『耳舐めと、子守唄と、』

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 耳舐め。

 耳と性器には密接な関係があるという俗説も存在しており、オンラインで疑似的に性的な体験ができる、という数少ないコンテンツだ。

 マイクで伝わるのは音のみであるはずだが、耳舐めはただ音を立てるだけのものではない。

 それ以上の情報と快楽を、聞く側に与えてくる。

 ASMRにおいて、最上位の人気を誇っていると言えるだろう。

 

 

「じゅるっ、じゅるじゅる」

『う、おお』

 

 

 

 ダミーヘッドマイクである私には、触覚がない。

 例えば、私の顔に誰かが触れるとする。

 もちろん、視覚では私に触れる相手の顔が見えている。

 だが、触れられているという感覚はない。

 ついでに言えば、痛覚もないからつねられたりしてもわからない。

 

 

 だというのに、この瞬間だけは感じ取れる。

 耳穴の中に進入してきた、軟体生物の形がわかる。

 舌が発する、体温を感じ取れる。

 唾液に濡れた舌の感触が伝わってくる。

 少しだけ尖った舌の先端がごりごりと耳奥を刺激してくる。

 

 

【これはとんでもないサプライズですね、ふう……】

【最高過ぎる……】

【不意打ちだからかな、いつもより何倍も気持ちいい】

【サムネに重大発表あり、とか書いてあった気もするけどこれのことか】

 

 

 ちなみに、重大発表とやらは元々引退のことだったりするらしい。

 差し替えるのは無理があったため、このまま耳舐めのインパクトでごまかすのつもりなのかもしれない。

 

 

「好きだよ、本当に好き。ぞりゅっ、ぞりゅ、ぞりゅ」

『んおおおおおおおおお!』

 

 

 

 耳の舐めかたに変化が生じていた。

 先ほどより、舌先を使って、耳の奥のみをピンポイントで攻める。

 破城槌が、城門を破壊するがごとく、鼓膜をゴリゴリと攻撃される。

 人間の身であれば、もしかしたら達していたかもしれないと思えるほどだ。

 

 

「じゃあ、今度は反対のお耳を舐めていくね」

『……!』

 

 

 

【ちょうど左耳が寂しかったから助かる】

【これで両方攻められたら、どうなってしまうんだ】

 

 

 

「今日は、半年記念企画に来てくれてありがとうね。いつも応援してくれるみんなに、喜んでほしいと思って色々やってみました」

 

 

 

【こちらこそ、半年間活動してくれてありがとう。そして、私服の時間をありがとう】

【同様のあまり、五時ってて草】

【変態って罵ってください¥2000】

【耳はむって、してほしいです】

 

 

 

「おっと、なるたけリクエストには応えないとね……。ここで今聞いてるみんな、女子高生にお耳舐められて喜んじゃう人たちなんだ?私が制服一枚脱いだだけで、盛り上がっちゃう人たちなんだ?そう人達のこと、何て呼ぶか知ってる?」

 

 

 

 少しだけ、しろさんは声を低くする。

 

 

「ーー変態。はむ、はむ、はむ」

 

 

 

 優しく罵倒されて、ぞくりとしたのと同時に、優しい衝撃が左耳を包む。

 しろさんが左耳を、唇で歯が当たらないように優しくくわえ込んだのだ。

 唇の感触が、音響によって私達にも伝わる。

 耳舐めではないが、

 

 

 おそらくだが、これは初めてではない。

 いくら、しろさんがASMRに関して超が付くほどの天才と言っても、限界がある。

 特に、パターンを変えての耳舐めなど、その場の思いつきでできるはずがない。

 他のVtuberさんや、配信者さんの耳舐め配信などを聞いて研究しているのは、私も知っていた。

 だが、このクオリティはそれだけではない。

 それこそ、私すら知りえない状況で、練習していたとしか、考えられない。

 もしかしたら、わざわざ別のマイクなどを使って練習していたのではないだろうか。

 あるいは、これまでの配信でも私とのリハーサルの前にリハーサルのリハーサルをしていたのかもしれない。

 それは、私にとって。

 

 

 予想外で、感動すら覚える事実だった。

 私が見ている範囲だけでも、彼女は十二分に努力しているし、悩みながら研鑽を積んでいる。

 ファンとの交流だって欠かしていない。

 そんな彼女が、私にすら見えない範囲でも努力をしている。

 私の人生というのは、無意味でしかなかったと思っているし、くだらないものだと感じているが。

 今こうして、彼女の傍にいられることは、近くで観れることは。

 誇らしく嬉しいことでえええええええええっ!

 

 

 

「れろれろれろ、じゅろ、じゅろ」

『おお……』

 

 

 いつの間にか、耳はむから耳介を舐める耳舐めへと移り変わっていた。

 体温をはらんだ舌が、耳全体を痛くない程度に動き回り、蹂躙していく。

 耳だけではなく、脳みそが、心が、あるいは全身が。

 自分のすべてが、しろさんに征服されていくような感覚だった。

 

 

「好きだよ。君たちのこと、本当に好き。一日頑張って、それでここに来てくれたんだよね、ありがとう。じゅるじゅる、からから」

 

 

 少し舌を離して、言葉をゆっくりと

 さらに、今度は左耳の奥に舌を伸ばし始める。

 先ほど右耳にしたのと同様に、耳奥を、鼓膜を何度も攻めていく。

 水分を含んだ軟体生物が、耳の中を暴れまわる。

 耳も、身も、心も全てがしろさんへの感情で塗りつぶされていく。

 

 

 

 すっと耳から、舌を離した。

 しろさんは、今度はそのまま右耳に顔を近づける。

 

 

「じゃあ、またこっちを舐めていこうね」

 

 

 そういって、また舌を耳奥に入れてくる。

 しかも、さっきよりも動かす速度が速い。

 絶頂してしまうのではないかと思えるほど、興奮が高まっていく。

 

 

「じゅぷじゅぷじゅぷじゅぷっ、はあっ、じゅぷっ」

 

 

 

 ペースが速いからか、吐息も混じっており、それがまたどきどきさせてくる。

 ないはずの心臓が、爆発するような感覚を味わっていた。

 そしてさらに、彼女が耳を舐める速度は上がっていく。

 

 

「ぐぽぐぽぐぽぐぽぐぽ、はあっ、ぐぽぐぽぐぽぐぽっ!」

『~~~~んふうっ!』

 

 

 出してはいけないレベルの音量で、声が出てしまった。

 幸い、配信に影響は出なかったようで、それに安堵した。

 

 

「はい、これで今日の耳舐めはおしまいです。どうだったかな?」

 

 

 最高でした。まる。

 

 

「では、最後は子守唄を歌って終わりにしようと思います」

 

 

 そういって、しろさんは子守唄を歌い始めた。

 子守唄なんて、それこそ幼少期に聞いたかもしれない、くらいのもの。

 その程度でしかなく、リハーサルで初めて聞いたレベルだった。

 だが、何故か懐かしい気持ちになる。

 先ほどまで気分が異様に高揚していたせいだろうか、至近距離で、子守唄を囁かれていると、いつのまにやら眠気を覚えた。

 まあ、眠いだけで本当に眠れるわけではないけど、逆に言えば視聴者はそうでもないわけで。

 見れば、同時接続数は先ほどより増えているのに、なぜかコメントの流れは緩やかになっている。

 

 

 

【歌枠の伏線を子守歌で回収するのは天才】

【癒される、ママァ】

【おやすみzzz】

 

 

「おやすみ、チュッ」

『~~~~っ!』

 

 

 私には触覚はない。

 けれど、聴覚はあるから、音がすれば、音とその音が発生した位置がわかる。

 視覚があるから、正面ゼロ距離まで近づいて、視界いっぱいに広がった文乃さんの顔が見えている。

 そこから、算出できる事実がある。

 

 

【おやすみ!】

【最後まで最高の配信だった¥800】 

【また耳舐めやって欲しいな―】

 

 

 そうして、様々な要素をこれでもかというほど詰め込んだ半年記念配信は、大盛況に終わった。 

 

 

 ◇

 

 

『さっきのは、あの……』

 

 

 配信が終わると、

 

 

「さっきのは、視聴者全員への好き、っていう気持ちだから」

『ええ、それはわかっているんですけれども』

 

 

 衝撃を受け止められていない。

 いかんな。

 気持ちを整理し、心を静めねば。

 そう考えていると。

 

 

 

『へっ』

 

 

 また、しろさんの顔が近くにきていた。

 ちゅっ、という軽い音が響いた。

 

 

「今のは、君への気持ちだよ」

 

 

 

 そういって、しろさんはこちらを見ることもなくそのままベッドに飛び込んでしまった。

 形のいい耳を、真っ赤にしながら。

 文乃さんと、しろさんと出会って、ほぼ一年。

 生まれて初めて、女の子にキスされたという衝撃で、私は一晩中悶々とする羽目になった。

 

 

 

 耳舐めが解禁されたということもあって、この記念配信のアーカイブは他の動画に対して、ダブルスコア以上の差をつけた再生数を記録するのであった。

 




ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
次回は、一章のエピローグになります。
その後は、登場人物紹介をはさんだのちに、二章を開始します。
今後とも、本作をよろしくお願いします。


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エピローグ『転生したら、Vtuberのダミーヘッドマイクだったんだけど質問ある?』

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 先日の耳舐め配信は大盛況に終わった。

 というか、配信後に新規の視聴者が耳舐めめあてに押し寄せた。

 結果としてアーカイブがプチがつく程度にバズり、激増というほどでもないが登録者数は大幅に増えた。

 

 

 もちろん、いいことばかりではない。

 人気のあるコンテンツを開拓したということは、今後も常にそれを求められるということだ。

 

 

 実際、彼女の配信においてASMRはもちろんのこと、単なる雑談配信であったとしても耳舐めを要求するコメントが見られるようになった。

 それらは、彼女自身やモデレーターであるメイドさんたちによってブロックされているし、SNS上でも永眠しろさんが注意喚起を行っている。

 とはいえ、それだけで完全に解決することでもない。

 やはり、私のせいではないのかと思う。

 やっぱり何かしらの最もいい立ち回りがあったのではないかと思う。

 私が、彼女を助けようとして死んだ男であると知られていなかったら、三日間の休止はなかった。

 それを埋めるために耳舐めをしたことで、結果として治安は悪くなってしまった。

 そんなことをこぼすと。

 

 

「そんなこと気にしてたの?」

 

 

 と言われてしまった。

 まあ、彼女にしてみれば登録者数も増えたことだし、万々歳ということだろうか。

 

 

 

「まあ、それもあるけどね、そもそも活動休んだのはあくまで私の判断だよ。つまり、自己責任だよ」

『……それはまあ、そうですけどね』

 

 

 

 本来、ごく一部の例外はあるにせよVtuberというものは個人事業主だ。

 どのように活動していくのかを決めるのは本人であり、成果も責任も最終的には本人に帰着する。

 

 

 

「それに、遅かれ早かれ耳舐めはやってたよ。もともとやるつもりだったし」

『……癒しを与えるために、手段は選ばないんですもんね』

「その通りだよ」

『そうですか……それはよかった』

「……?」

 

 

 私は、リスナーがVtuberに与える影響は少ない方がいいと思っている。

 特に、私が与える影響はない方がいいだろう。

 そう思っている。

 

 

 

 だが違う。

 彼女は道を曲げることをしていない。

 はじめは、もしかしたら逃避だったのかもしれない。

 そのための口実で、借り物の大義だったのかもしれない。

 けれど、音で誰かを救う存在になりたいという願いは本物であり。

 彼女は自らの行動によって、それを成し遂げた。

 己が歩むべき道を、作り出したのだ。

 やはり、彼女は素晴らしい。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 記念配信から少したって、文乃さんが出かけないかと提案した。

 カラオケかなと思ったが、駅に行きたいのだという。

 何か理由でもあるのだろうか。 

 

 

「……覚えてないの?」

『何がですか?』

「……今日、一応君の命日なんだけど」

『あー』

 

 

 それはそれは。

 なるほど、彼女が呆れるのも道理ではある。

 むしろなんで覚えていないのだろうか。

 当の私が理解できないなど意味不明ではないか。

 いやまあ、正直自分が死んだ日って多分死んだ本人はわかっていないものなんだよね。

 

 

 内海さんの運転の下、私と文乃さんは駅までたどり着いた。

 まあ、私は壊れないようにという配慮からリムジンの外には出されないのだけれど。

 それでも、ちょうど私が落ちた場所が見えていた。

 ふと、駅構内に見知った人影を見た。

 金髪の女性。

 私が落ちたあたりに、花を置いて立ち去った。

 前の職場の後輩だった人だ。

 

 

「あの人……知り合い?」

『会社の、元後輩ですね』

「……仲良かったの?」

 

 

 文乃さんが少しだけ、不機嫌そうな口調になった。

 何か、気に障ることを言ってしまっただろうか。

 ここはスルーしておいた方がいい気がする。

 

 

『いえ、特に仲良くしていたつもりはなかったんですけど』

 

 

 少なくとも、会社以外で関わることはなかった。

 それこそ、ぶっちゃけ苗字しか覚えてないレベルだ。

 ダブってないと、下の名前って覚えられないんだよな。

 名簿作るときもコピペすればいいだけだし。

 その程度の、金でつながった薄い関係だと、切り捨てて記憶から切り離してきたのだが。

 

 

「なんだか、わかる気がするよ、私は」

『そうなんですか?』

 

 

 全然わからないのだが。

 

 

「だって、君は見ず知らずの人が自殺しようとしたら、迷わず助けてくれる人なんだよ?」

『…………』

 

 

 ただ、一つ確かなことがあるとすれば。

 あの時の行動を、悔いてはいないし、今後悔いることもないということだけだ。

 

 

「だからさ、たぶん私以外にも助けられた人はいるんじゃないかって」

『……そうですかね』

 

 

 無意味な人生だと、思っていた。

 ただ強者に踏みつけられて、みじめに何も為せずに終わったと。

 けれど、もしも文乃さんの言う通りなら。

 意味くらいはあったのかもしれない。

 

 

 こほん、という可愛らしい咳払いで意識が文乃さんの方へ戻された。

 みると、彼女の手元には包装された箱がある。 

 

 

「この間、買ったものなんだけどさ」

 

 

 おもむろに箱を開けた。

 中にあったのは、一本の鎖だった。

 金色の鎖には、鎌を模した飾りがついている。

 

 

「配信での収益で買ったんだ。色々と迷ったんだけど、はじめては、こういう風に使いたいなって」

 

 

 彼女は、ネックレスを私にそっとかけた。

 

 

「どうかな?」

『……微塵も似合ってないですね』

「あれえ?」

 

 

 それはそうだろう。

 人に着けることを想定したネックレスが、今の私に似合うはずがない。

 モアイ像だよ私。

 というか、似合うと思って買ったのかこの人。

 

 

『でも、本当にうれしいですよ。ありがとうございます』

「どういたしまして」

『これは、バレンタインのプレゼントですか?』

「いや、まあ二月なんだけどそういうことじゃなくて……」

 

 

 改めて、真剣な顔で私を見てくる。

 どうにも落ち着かない。

 

 

「君がもしも、私の相棒として第二の人生を歩むと決めてくれたのであれば」

『はい』

「今日を、君が生まれた日にしませんか?私と君が会った日を、ふたりだけの記念日にしたいんだ」

『…………』

 

 

 

 一年前の今日、電車にすり潰されて死んだ。

 そして、生まれ変わって半年間生きた。

 普通に考えれば、命日を祝うなんて不謹慎だろう。

 でも、それを彼女はやった。

 そのことが、嬉しかった。

 私のことを、理解してくれたと思えたから。

 

 

『ありがとうございます』

「じゃあ、これからはお祝いするということで。あ、内海さん!もう家に戻ってください!」

「承知しました」

 

 

 ーー転生したら、Vtuberのダミーヘッドマイクだったけど、質問ある?

 

 

 何でも答えようじゃないか。

 私は今、とても気分がいい。

 だって、最高の生まれ変わりができたんだから。




これにて一章終わりです。

が、まだまだ続きます。
よろしくお願いいたします。


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一章 登場人物紹介(ネタバレを含みます)

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 主人公

 

 名前:ない

 

 年齢:0(28)

 

 好きなもの:早音文乃、永眠しろ、ASMR

 

 嫌いなもの:家族、労働

 

 座右の銘:弱肉強食

 

 

 元社畜で元人間。

 死後、早音文乃の所有するダミーヘッドマイクに転生した。

 母親が、金持ちに寝取られた経験や、その後荒れた父に暴力を振るわれたことで他者と世界を「強者と弱者」という価値観以外で見ることができなくなる。

 また、日々父からの暴力におびえていた経験から他者の感情を察する能力が発達した。

 ブラック企業で奨学金を返すために働き始めてからはその思想がより一層激化し、オタクコンテンツを楽しむ余裕さえなくなっていった。

 体も心もボロボロだったが、転生してからはあらゆることから解放され、かなり前向きかつ楽天的になっている。

 彼女の精神に悪影響を与えることを恐れて、生前のことを話そうとしなかった。

 その結果、文乃に「金持ちなどの強者を無意識のうちに憎悪している」ことを見抜かれ、拒絶される。

 が、憎しみとは別に、共に過ごした半年間で築かれていった愛情が確かにあることに気付き、それを文乃に対して伝えている。

 文乃、そしてしろのことを、世界で一番大切に思っている。

 ……というか、現状他の人にあんまり興味がない。

 

 余談:あまりASMRを熱心に聞いているタイプではなかったが、最近はしろのASMRにどっぷりハマっている。

 ASMRを聞くたびに、彼の中の何かが目覚めているとか。

 

 

 

 ヒロイン

 名前:早音文乃(永眠しろ)

 

 年齢:17(高2)

 

 好きなもの:ダミーヘッドマイク、応援、オタクコンテンツ全般

 

 嫌いなもの:罵声、暴力、生肉全般、血

 

 座右の銘:見えざる癒し手

 

 資産家である早音家のご令嬢。

 早音家は、地域内では忌み嫌われていた。

 加えて、彼女は端正な容姿と特徴的な声色から目立っていた。

 その二つの要因から、彼女は長期間にわたっていじめを受けていた。

 いじめを苦にして、自殺をしようとしたが、「彼」ーー主人公に手を引かれて自殺を止められた。

 彼が自殺を止めてくれたこと、そしてそのまま死んだことで彼女は自殺するモチベーションを失った。

 彼女の精神的な状態に気付いた両親は事態を重く受け止めたことで、通信制高校に通うことになり、いじめからは解放された。

 

 

 主人公を死なせてしまった負い目から、そして最近になって知った娯楽の救いから、彼女もまたそういう存在になりたいと思った。

 準備に半年、デビューしてから半年で順調に活動し、登録者を増やしてきた。

 活動内容は主にASMRで疲れ切った人たちを癒せたらいいなと思っている。

 主人公のことは、恩人であり、誰より何より大切に思っている。

 次に視聴者、その次が家族や使用人である。

 いじめにあっていたことや、家族に厳しくされていたことが理由で自己評価が低く、自分の容姿や声には自信がない。

 なので、ストレートに褒められることに弱い。

 

 

 箏の演奏に加え、茶道や華道などかなり多芸。

 また、あっさりと配信やASMRのやり方をマスターするなどかなり器用。

 その一方で、感情が爆発したりと、不器用な一面がある。

 

 

余談:Ⅾ(何がとは言わない)

 

 ファンネーム:しろの永民 

 配信などの感想タグは;#永眠しろ配信中

 ファンアートタグ:#永眠しろ閲覧しろ

 センシティブファンアートタグ:#永眠しろ閲覧禁止

 

 

 その他

 

 名前:氷室理佐

 

 年齢:30

 文乃専属メイドその一。

 三人の中でも最年長であり、リーダーでもある。

 働き始めてから、一年程度だが、今の待遇には満足しており、文乃が、しろが活動に専念できるようにサポートを出来るだけしたいと思っている。

 

 

 

 名前:雷土咲綾(さあや)

 

 年齢:26

 

 文乃専属メイドその二。

 可愛いものが好きなので、文乃や、しろのことも好き。

 

 

 名前:火縄イア

 

 年齢:24

 

 文乃専属メイドその三。

 掃除が好きで、掃除に関しては誰よりも積極的に参加する。

 文乃の部屋を掃除するときはやたらと鼻息が荒いので、理佐に止められてしまった。

 

 

 名前:内海王牙(おうが)

 

 年齢:58

 

 早音家専属運転手。

 格闘技なども修めており、護衛もできるが性別上の観点から文乃に対しては運転手として接している。

 身体能力は、超人クラスで、趣味も筋トレ。

 使用人の中では古株だが、文乃はそのことを知らない。

 余談だが、永眠しろの配信を観たことはない。

 なんならU-TUBEが何かもよくわかってない。

 

 

 

 名前:陸奥蘭道(らんどう)

 

 年齢:56

 

 早音家専属シェフ。

 内海さんに次ぐ古株。

 文乃の両親がほとんど家にいないので、ほとんど文乃への専属料理人になっている。

 他の使用人へのまかないも、ほぼすべて彼が担当している。

 料理の腕は、それこそ超一流レストランで通用するレベル。

 余談ではあるが、趣味も料理であり、U-TUBEなどにも触れながら日々研鑽を続けている。

 彼のアカウントには、夥しい量の料理動画の視聴履歴が残っている。

 

 

 名前:早音弘文

 

 年齢:45

 

 世界に影響のある資産家の当主である、早音家の当主。

 余談:自分と妻の名前からとって、娘の名前をつけた。

 仕事が忙しく、文乃にあまりかまってやれなかったことを悔んでいる。

 また、厳しく接しすぎたことも含めて後悔している。

 

 

 名前:早音雪乃

 

 年齢:43

 

 弘文の妻。

 余談:夫同様、仕事ばかりで娘にかまってやらなかったことを悔んでいる。

 最近になって、娘の様子を気にしている。U-TUBEを最近は観るようになったんだとか。

 




サブキャラクターにもスポットを当てたいなと思う今日この頃。


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第二章 Collaboration
プロローグ 生前の彼


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 その日も、私は残業を抱えていた。

 

 

 それ自体は、もういい。

 とっくの昔になれたことだ。

 色々あって、まともに就職活動ができずにたどり着いたのがこのブラック企業だ。

 この不況で、恵まれたホワイトな労働環境など望むべくもないかもしれないが……それでもここまでひどいのは珍しいのではないかと思う。

 何しろ、アナログによる就業データの改ざんが横行しているような状況だ。

 膨大な残業時間をゼロにされ、社長の鶴の一声で規則も給金も変動しうる。

 大抵の人は見限って転職するか、あるいは心と体を壊してやめる。

 あいにく、私はまだ壊れるところまで行っていないし、転職の予定もない。

 これといって特殊な能力や、役に立つ資格があるわけでもない。

 実態はさておき、ごくごく普通の大学生活を過ごしてきたはずだが、逆に言えばこれと言って誇れるものを何一つ身に着けてこなかった。

 頼れる人などいない。

 それもまた、自分のかつての行動の結果である。

 だから、仕方がない。

 今日は、諸々の事情で帰る必要があったのだが、現状を考えるとそうもいかない。

 日付が変わる前には退勤できるだろうか。

 どのみち、もう予定は完遂できないだろう。

 

 

「あの、ちょっといいですか?」

 

 

 そう思っていたとき、落ち着いた男性の声がした。

 声につられて視界を上に向けると、一人の男性がいた。

 これと言って特徴のない風貌と、自信のなさそうななよっとした表情。

 黒いスーツを少しばかり着崩しているのは、彼もまたこの過重労働に被害を受けているからに違いない。

 もしかすると、彼は先日自宅に帰れなかったのではないだろうか。

 そんな彼と私がどういう関係かと言えば、彼は実質的な私の上司である。

 前の上司が体を壊したか何かでやめてしまったので、彼が実質的に私の上司である。

 さて、上司がわざわざ声をかけてくるというのは、あまり嬉しくない。

 一般的に、上司に声をかけられるということは、厄介ごとだと相場が決まっているものだ。

 まあ彼は少し特殊ではあるのだけれど。

 少し警戒しながら、口を開く。

 

 

「なんでしょうか?」

「あなた、焦っていませんか?」

「……えっ?」

 

 

 どうして、という言葉は出なかった。驚愕と疑問と、畏怖が頭を占めるあまり何も言えなかった。

 彼の感情を見せない瞳に映る私の顔は、まるで怪獣でも見るかのようで。

 しかしそれは、彼がわけのわからないことを言いだしたからではない。

 彼が、私が内心焦っていることをぴたりと当てたからだ。

 そんな私の動揺に気付かないのか、あるいは気づいているのか彼は申し訳なさそうな表情を崩さずに言葉をつづけた。

 

 

「何かしら、大事な予定があるのではないですか?少なくとも仕事をほっぽり出して帰りたくなるような用事が」

「…………」

 

 

 この人は、時々こうだ。

 口にも、態度にも出ていない人の心情をくみ取ることができる。

 だからなのか、部署間や取引先相手の調停役に抜擢されることが多々あった。

 ある種頼られているはずの彼は、終始どうでもよさそうだった。

 

 

「今日はもう、帰ってもいいですよ」

「え、でも……」

「大丈夫ですよ。上司には私の方からうまく言っておきますから。残った仕事も、対応しておきます」

 

 

 嘘だ。うまくなんて言えるはずがない。

 

 

 この人の直属の上司である、部長は感情の権化だ。

 毎日、どこでストレスをためてくるのか常に誰かを見つけて怒鳴り散らす。

 部下が何かミスをしたから怒鳴るのではなく、怒鳴りたいからミスを探すのだ。

 時折、自分のミスを部下がやったことにして怒鳴ることすらある。

 そしてその怒りを引き受けているのは、ほぼすべて彼だ。

 うまく言う、先ほど言ったが実際はただ怒鳴られるだけだろう。

 そうして、疲弊し続ける。

 とはいえ、今日は本当に大事な用事があるのもまた確か。

 

 

「……ありがとうございます」

「ええ、お疲れさまです」

「お疲れさまです」

 

 

 私は、席を立ち、彼や周囲に礼をしながら会社を出た。

 こうして、彼に庇ってもらうことは初めてではない。

 ただ、それは私が特別だからではない。

 聞けば、冠婚葬祭など、どうしても外せない予定があるときに限って彼の方から様々な社員に声をかけるのだとか。

 別に、事情を聴いていたわけでもないのに。

 なので、彼を気味悪がる人もいるし、逆に貧乏くじを引いてくれてありがたいと都合よく利用する人もいる。

 私もどちらかと言えば、後者に当たるのだろう。

 何しろ、彼に謝りこそすれ、彼の仕事を引き受けたことなどない。

 そもそも私がこなせるようなものではないというのもあるが。

 

 

 いつか。

 彼に何かしらのお礼をしよう。

 何をもらってあの人が喜ぶのか知らないけど。

 まあ、万人受けするとなるとクッキーか、タオルかな。

 いやタオルでも少し重いかもしれない。

 素直にクッキーでも渡しておくのが無難か。

 そう思った帰り道、電車を待つ間にコンビニで買い物ができることに気付いた。

 クッキーを買い、忘れないようにカバンに詰め込んだ。

 

 明日、頭を下げて日ごろの感謝を伝えておこう。

 部長や社長から、多くを守る防波堤になっていることに対して。

 そして、私の直属の上司をやってくれていることに対して。

 そんな風に思っていた。

 翌日の朝、職場で。

その日の夜に、彼が死んだと聞かされた。

 手に持っていたクッキーの箱が、カランカランと落ちる音がした。

 




第二章「Collaboration」

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第一話『コラボ配信発表』

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 Vtuber、永眠(ながねむ)しろ。

 

 

 冥界に引きこもる、死神系女子高生Vtuber。

 ASMRを主軸とするVtuberであり、視聴者を癒すために様々な音を試し、使いこなす。

 デビューから半年以上が経過し、チャンネル登録者も一万の大台に達しようとしている超大物個人Vtuber。

 半年と少し、という活動期間で、どこの企業に所属せずチャンネル登録者数が九千人を突破する。

 中々難しいことではあるが、彼女が、なぜここまで伸びたのか。

 

 

 理由は大まかに分けて三つある。

 

 

 一つは、彼女のプロデュース能力が――厳密に言えば彼女のバックにいる者達のサポートが強力だったからである。

 永眠しろの正体は、総資産何千億ともいわれる早音家のご令嬢。

 当主である父のバックアップを受けて、彼女は最良のものをそろえた。

 機材、配信するためのイラストとLive2D、そして技術的なサポートやスケジュール管理などをしてくれるメイドたち。

 

 

 準備期間の半年と、活動期間の半年、合計一年の間に費やしたコストは、金銭に換算すれば一千万円を優に超える。

 ……因みに、彼女が配信活動で得た収益はその十分の一にも満たない。

 有体に言えば、大赤字である。

 ただ、彼女は金銭的利益を求めて活動をしているわけではない。

 あくまでも人の心を救い、癒したいだけ。

 金銭的損失を恐れなければ、それでいて金が有り余っていれば、活動家はなんでもできる。

 そんなしろさんの採算を度外視したあり方が、今の結果に結びついている。

 

 

 

 二つ目は、活動頻度。

 デビューしてから半年以上が経過し、もう七か月目になる。

 そして、U-TUBEの彼女のチャンネルには、四百以上のアーカイブが残っている。

 半年以上の間、数日の例外を除けばほぼ毎日二回以上配信をしている。

 配信ができなかった日さえも、動画投稿をしていると考えれば、どれほどに彼女が意欲的に活動をしているかがわかるというものだ。

 そもそも、半年間Vtuberとして活動を続けることがどれだけ大変か。

 Vtuberになったものは五万を超えるが、その中で半年間続けられた者は限られる。

 まして、一日二回行動という過酷すぎるスケジュールをこなしたものとなれば、更に限られる。

 そうやって、日々確かに積み上げられた努力の結果こそが、その数値である。

 

 

 そして三つめは、活動内容。

 ASMRというコンテンツは、需要がある。

 それこそ、ASMRだけを聴いている層もいるくらいだ。

 特に、先日行った耳舐め配信のアーカイブに至っては、既に再生数が十万を超えている。

 登録者数が一万人未満の活動者としては、異常値と言える。

 結局、人類が生き続ける限りエロの需要が途切れることはないのだ。

 

 

 最早ファンの中では誰も、彼女のことを新人であるとは思っていない。

 活動してきた期間も、実績も、もう一流の個人勢Vtuberといっていい。

 

 

 そんな彼女に、未だかつてないことが起ころうとしていた。

 

 

 ある日の雑談配信。

 しろさんは、「重大発表をしつつ雑談」というタイトルで枠を取り、配信を始めた。

 サムネイルも、いつもより真面目なテイストで発注した。

 重大発表と書かれたサムネイルを出したことは以前にも一度だけあったが、それより一層事務的なサムネイルである。

 

 

 

 重大発表。

 それは、Vtuberにおいては二種類の意味を含む。

 

 

 一つは、いい意味での重大発表。

 新衣装、リアルイベント、ボイス販売、CD発売など、マルチタレントであるVtuberは様々な吉報をリスナーに伝えることがある。

 そういう意味での、重大発表はリスナーにもおおむね歓迎される。

 

 

 そしてもう一つは、悪い意味での重大発表。

 活動休止や引退など、望ましくない発表。

 特に、Vtuberという業界。

 入れ替わりがとにかく激しい。

 一個人が趣味で始めた、というパターンも多いので仕方がないことではあるのかもしれないが。

 

 

 当然、これはファンを悲しませる発表になってしまう。

 Vtuber界隈における重大発表が、あまりよいものとされないのはそういう理由である。

 まあ、良いとされていないからこそ、重大発表と銘打っておけば注目度が高まるので、Vtuberが人を呼びたいと望んだ時はまず間違いなく使うべきワードになってくる。

 そんなわけで、しろさんももちろん使う。

 そして、配信が始まり。

 オープニングトークとして最近見たドラマの感想を十分ほど話して。

 BGMを消し、ドラムロールとともに、彼女は事前に告知をしていた通り、重大発表を行った。

 その内容とは。

 

 

 ◇

 

 

「と、いうわけで明日はコラボ配信です。コラボ相手である金野ナルキさんのチャンネルにお邪魔させていただきます!」

 

 

【うおおおおおおおおお!】

【初コラボじゃない?】

【楽しみにしてる!緊張するかもしれないけど、なるべく自然体でね】

【ナルキちゃんのところなら納得。活動方針も結構近いしね】

【引退じゃなくてよかった……】

 

 

 Vtuber活動における初コラボ。

 

 

 コラボ配信とは、他のVtuberさんや活動家などとともにU-TUBEなどで配信を行うことを指す。

 コラボ配信のわかりやすいメリットとして、ブーストというものがある。

 コラボ相手のファンとしろさんのファンの中には、どちらかしか知らないという人も一定数いる。

 つまりその分だけ、同時接続数や再生数も上昇し、コメントは活気付く。

 いわばコラボ配信というものは、視聴者にとっては一種のイベント、お祭りのようなものになる。

 初コラボ配信となれば、なおのことだ。

 相手側の視聴者も自分たちの推しを目にすることになり、推しを応援する人が増えることになる。

 人によって、どの程度コラボをするかは様々だ。

 頻繁に行うものもいれば、しろさんのように半年間一切行わなかったものもいる。

 

 

 そんな重大発表に対してファンの反応は、好評。

 純粋に、しろさんの初コラボを祝福し、期待してくれている人が九割。

 後の一割は、スパムと重大発表が悪い知らせではなかったことに安どしている人だ。

 スパムはすぐにモデレーター権限を持ったメイドさんたちによってブロックされていくし、杞憂していた人たちも「心配かけてごめんね」としろさんが謝ったことで沈静化。

 リスナー全体が、コラボを望んでいる状態となった。

 元々、しろさんのリスナーの中にはコラボ配信を望んでいるものもいたのだろう。

 というか、そういう声は結構あったのだが、諸々の事情から半年以上の間コラボをすることができていなかった。

 だが、こうしてコラボ配信は成った。

 

 

 どうして、こんなことになったのか。

 それは、半年記念配信を行った直後に遡る。




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第二話『相談しよう、調査しよう』

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 ベッドの上で、ごろごろとスマホを触っていたしろさんが、唐突に私に声をかけてきた。

 

 

「ねえ、ちょっと相談してもいいかな?」

『はい、何かありましたか?』

 

 

 なんとなく、声がかかるかなと思っていたので、動揺はない。

 しろさんは、ベッドから降りるとスマホを見せてくる。

 ASMRをやっていることもあってか、私に対しては距離が近い。

 何度ドキリとさせられたか。

 閑話休題。

 

 

 

 事の起こりは、永眠しろさんのSNSアカウントに、一通のダイレクトメッセージが届いたことだった。

 永眠しろのSNSアカウントは、メイドたちの判断で相互フォローでなければダイレクトメッセージが送れないようになっている。

 これは、一部ファンからの過激なメッセージやアンチからの罵詈雑言などを防ぐという意味合いがある。

 さて、永眠しろのSNSアカウントはメイドさんと文乃さんが共同で管理している。

 が、誰をフォローして誰をフォローしないかは基本的には文乃さんの裁量に委ねられているものらしい。

 彼女は、自分と似たような活動方針のVtuberはフォローするようにしていた。

 つまり、ASMRをメインコンテンツとしているVtuberたちである。

 その中の一人が、金野ナルキだった。

 

 

『この人から、メッセージが来たんですよね?』

「うん、コラボがしたいって」

 

 

 SNSの、彼女のページをスマートフォンに表示させた状態で、文乃さんが説明してくれた。

 金野ナルキの見た目を端的に言えば、金髪金眼の美女である。

カネノナルキ、またの名をカゲツという多肉植物をモチーフにした髪飾りを頭に着けている。

 服装はメイド服であり、早音家のメイドが着ているようなクラシカルメイド服ではなく、ミニスカートで、肩なども露出したコスプレチックなメイド服である。

 他にも衣装があるらしく、部屋着や、メイドとは別のコスプレ衣装なども持っていた。

 立ち絵の頭身を見る限り、しろさんよりはいくらか背が高い。

 百七十センチくらいあるのではないだろうか。

 もちろん、実際のところはわからないが。

 そして、とある部分の装甲が非常に分厚い。

 どことは言わないけど。どことは言わないけど。

 しろさんも割と大きい方だが、金野ナルキさんはしろさんより一回り、いや二回りは大きいだろう。

 端的に見た目の特徴をまとめれば、金髪で巨乳のお姉さんといったところか。

 ふむ、悪くない。

 

 

「……君、変なこと考えてない?」

『いいえ、まったく』

 

 

 慌ててごまかした。

 いや、今はそんなことを考えている場合ではないね。

 

 

『具体的には、どんなコラボをするかとかは言われてないんですか?』

「ああ、彼女のチャンネルで対談企画をやっているらしくて、それに出てみないかっていう誘いだね」

 

 

 対談。

 向かい合って、話し合うこと。

 特定のテーマに沿って語り合うことが多い。

 私も、生前アニメの監督と原作者の対談などは観たことがあった。

 ただ、Vtuberの場合は、特にテーマが決まっているわけでもない限りは二人で雑談配信をすることになるのだろう。

 これまで、しろさんが一度もやってこなかったタイプの配信。

 未知への挑戦であり、期待と緊張がせめぎ合う。

 

『文乃さんはどうしたいんですか?』

「正直、出たいね」

 

 

 真剣な表情で、文乃さんは言う。

 

 

「ナルキさんのチャンネル登録者数は10万を超えてる。ここで、コラボすれば新規にファンを獲得することができるかもしれない。それに、コラボをしていなかった私がコラボをすることで活動の幅は大きく広がる」

『まあ、そうですよね』

 

 

 しろさんの願いは、自身の声でより多くの人を救うこと。

 つまり、そのためには知名度のアップは必須であり、彼女とのコラボをすればそれが叶う。

 それこそ、彼女のファンの内一パーセントが登録するだけで千人増えるのだから、メリットが大きすぎると言える。

 

 

「それにね、コラボ配信を今までしてこなかったし、挑戦してみたい気持ちもあるんだ」

 

 

 しろさんは、半年間今まで一度もコラボをしたことがない。

 それは、ASMRというソロ向けの配信が主体だったこともあるし、彼女が人間関係に消極的だったこともある。

 私と友人関係を築き上げた今、人間不信を、いじめのトラウマを払しょくする意味でも他人とのコラボは重要なステップになりえるかもしれない。

 物理的にも、心情的にも恩恵が大きい。

 それが、今のしろさんの状況だった。

 

 

『……なるほど。そう思いながらも、迷う理由があるんですよね?』

 

 

 誘いに乗るつもりなら、私にわざわざ相談しない。

 コラボをしたくないか、あるいはコラボしたいが躊躇うわけがあるのか。

 まあ、ただの勘だが、後者だろうな。

 

 

「……話がうますぎる、と思ってね」

『あー』

 

 

 金野ナルキさんは、SNSを見る限り、活動期間もファンの数もしろさんより圧倒的に多い。

 文乃さんにはメリットがあるものの、金野ナルキさんにはメリットがないように見える。

 コラボ最大のメリットが、互いのファンを取り込むことによるブーストである以上、当然の考え方ではある。

 その好条件が、逆に不安なのだろう。

 加えて、しろさんはナルキさんのことを知らない。

 ……実際、そういう一見好条件の案件が地雷だったりするからなあ。

 生前、上司の判断ミスのしりぬぐいを押し付けられたのは今となってはいい思い出、でもないな。

 普通に嫌な記憶だわ。

 

 

 さて、問題は文乃さんの悩みにどうアプローチするか。

 ここで、彼女に対してコラボを勧めたり、逆に止めることは可能だ。

 プレゼンにはある程度の自信がある。

 揺れている女子高生を説得することは可能だろう。

 だが、それでは意味がない。

 永眠しろの活動方針は、文乃さんに主導権がなくてはダメだ。

 そのために、相棒としては出来ることは口八丁で煙に巻くことではなくて。

 

 

『じゃあ、一緒に考えましょうか。金野さんの配信を観ながら』

「ふえ?」

『相手を理解するには、その人の配信を観るのが一番ですよ』

 

 

 配信にはある程度、その人の在り方が出る。

 それは内面というわけではない。

 アバターをまとったVtuberが、その腹の内で何を考えているかなどわかりようがない。

 どちらかと言えば、見えてくるのは彼ら彼女らのブランディングだ。

 どういうコンテンツに力を入れるか。

 どういう層を狙って配信をするのか。

 どういう人たちと絡むのか、あるいは絡まないのか。

 どういうことを目標にして活動しているのか。

 あり方を理解すれば、自然と金野ナルキというVtuberが何を考えているのかが見えてくるはずだ。

 

 

 恐怖心は、無知から生じる。

 であれば、彼女の恐怖を和らげることができるはず。

 コラボするのか、あるいはしないのか。

 どちらにせよ、正しい判断をしたいなら恐怖は邪魔になるはずだ。

 そして知って、恐怖を除くためには、動画や配信を観るのが一番手っ取り早い。

 そんな私の考えに、彼女も賛同したのか。

 

 

「そうだね。返事は急がなくていいと言っているし、とりあえずは課題を写しながら今までの対談コラボの配信を観てみようか」

『……課題はちゃんとやりましょうね?』

 

 

 相変わらず勉学に対して一切やる気のない彼女を叱責しておく。

 将来どれだけ役に立つのかわからないが、勉強はしておいた方がいい。

 今は彼女は考えていないようだが、早音家の当主となって経営に携わる可能性だってあるのだ。

 それを抜きにしても、将来の選択肢は増やせるに越したことはない。

 まじめに勉強すべきだと思うのだが……まあいいか。

 とりあえず、文乃さんが選んだ金野ナルキさんの動画を、一緒に観始めた。

 ちなみにだが、同時並行で課題を写そうとし始めたので、そちらは全力で妨害した。

 だから、本当に勉強はしっかりやっておきなさいよ……。

 わからないところがあったら、私が教えますからね。

 




第二章のテーマは、コラボとなっております。
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第三話『金野ナルキのASMR』

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 配信内容を見たければ、U-TUBEのチャンネルを見たほうがいい。

 チャンネルではアーカイブの一覧を見ることができるために、普段どのような配信を行っているかがすぐにわかるし、どの程度の頻度で行っているかということが分析できる。

 一覧をざっと見て、しろさんは結論を出した。

 

 

「やっぱり、ASMRが中心の活動みたいだねえ」

『そうですね』

 

 

 一応、活動方針が似ている、ということはSNSのプロフィールを見て知ってはいた。

 が、具体的にどの程度の割合なのかは知らなかったし、そもそも本当にASMRを頻繁に行っていたのかどうかも確認していなかった。

 配信のアーカイブを見ると、その三分の一くらいはASMRである。

 割合としては、一見すると彼女に劣っているように思える。

しかし、それは彼女がASMRを軽んじているということではない。

コラボやゲーム配信などを行っている結果として、割合が少し減っているだけ。

 文乃さんは、ヘッドホンをつけてASMR配信の中の一つをクリックする。

 

 

「あれ、これ見れないや。メンバー限定なのかな」

『そうみたいですね』

 

 

 U-TUBEは基本的に動画を無料で見れるコンテンツだ。

 だが、何事にも例外はある。

 

 メンバーという制度は、その中の一つだ。

 チャンネル主が設定した金額を月ごとに収めることによって、メンバーになることができ、特典を得られる。

 

 

 特典は、主に二つ。

 一つは、チャンネル主が設定したスタンプをコメントで使えるようになるということ。

 二つ目は、チャンネル主がメンバー限定に投稿した動画などを閲覧できる権利だ。

 つまるところ、無料で観たいものは無料で観れるものだけを観る。

 お金を払ってでも、すべてのコンテンツを観たいという人は、お金を払ってメンバーに入る。

 そういう、棲み分けをしているのだ。

 

 

 こういうメンバー限定配信をする側のメリットとしては、単純に金銭がもらえること。

 もう一つは、選別ができること。

 お金というハードルを設けることで、コアなファン層向けの配信ができるようになる。

 ライト層と、コアな層では需要がどうしてもずれるため、どちらにも対応できるようになるという意味でも、メンバーというシステムは非常に良いものだった。

 閑話休題。

 問題は、ナルキさんのアーカイブだが。

 

 

「これも、これも、これもだ……」

 

 

 ASMRはメンバー限定のものしかない。

 つまり、彼女のASMRを観ようと思ったら、メンバーに入らなくてはならないということになる。

 

 

「しょうがないね。あとでメンバーに入っておくことにしようか」

『いえ、そこまでする必要はないかもしれませんよ』

「え?」

 

 

 チャンネルの今後の配信の欄を見ると、タイトルが「睡眠導入ASMR【アーカイブはメン限】」と書かれている。

 配信は、誰もが見れる状態で行い、アーカイブをメンバー限定に公開することもできる。

 タイトルを見る限り、ほぼすべてのASMRはこのように配信されて、アーカイブはメンバー限定で公開されるのだろう。

 道理で、生前観たことがないわけだ。

 私、お金払わないタイプだったからな。

 ……いやまあ、ちょっと奨学金やらの支払いで余裕がなかったのである。

 逆に言えば、配信をリアタイする分には、メンバーに入る必要がないということである。

 

 

「……今日のASMR配信は、なかったよね?」

『ええ』

「よかったー」

 

 

 金野ナルキさんの、次のASMR配信は今日の十一時。

 つまり、いつもしろさんがASMR配信を行っている時間帯である。

 このままだともろかぶりになってしまうことを危惧したが、たまたま今日は雑談配信のみの日であった。

 

 

 一応、私はヘッドホンをセットしてもらったので、聞くことができる。

 

 

「はい、始まりましたー。ご主人様、こんなるきー。メイドVtuberの金野ナルキです」

『おお……』

 

 

 金髪巨乳美女というだけあって、その見た目に合った艶やかな声である。

 立ち絵では黒を基調としたミニスカメイド服だったが、今は別の衣装であるピンク色の胸元が大きく開いたネグリジェを着ている。

 ASMRの時は、これを着るのがデフォルトなのかもしれない。

 サムネイルを見ても、結構パジャマの割合が大きかったような気がする。

 しろさんも、パジャマ衣装とか着て欲しいな。

 せっかくASMRがメインコンテンツだし。

 というか、ほぼ一日中寝間着兼部屋着で生活しているので、ちゃんとしたかわいいパジャマを着た文乃さんを観たいという気持ちもある。

 もちろん普段着の彼女が可愛らしいことを否定はしないが、まあそれとこれとは別である。

 ちょっと透けたネグリジェとか、可愛らしいふわふわもこもこのパジャマとか、寝間着特有の日常生活とは違った感じの文乃さんが見たいんだよ。

 さて、オープニングトークが終わり、ナルキさんが耳かきを始めようとしていた。

 

 

「今日は、私がみんなのお耳を掃除していくことにするね」

「『ママァ……』」

 

 

 私としろさんは、ハモっていた。

 いや、違うのかもしれない。

 これは何も、しろさんと私に限らずこのASMRを聞いているすべての人の意見ではあるまいか。

 甘やかしてくれるオーラ、おねえさん、ママ特有の雰囲気が醸し出されている。

 

 

 しろさんにママみがないとは言わないが、ナルキさんには及ばない。

 なにも劣っているということではなく、キャラクター性がかなり違うというだけの話だ。

 しろさんは、声が女性の中でもかなり高めであり、見た目もロリ系だ。

 どちらかと言えば、可愛い系、妹系、あるいは後輩系だろう。

 

 

 だが、ナルキさんは違う。

 すらりとした長い手足、豊満な胸部装甲、やや低めの声など、おねえさん系、あるいはママ系と呼ばれるタイプの系統だった。

 つまり、甘えたい、と思わせるオーラ、いわばママみというものがナルキさんにはあった。

 しろさんも、もちろん視聴者を甘やかす類のASMRを配信したことはある。

 あるが、ここまでのママみは出せていない。

 

 

 そういえば、本人が見れない状態でASMRを聞くのは久しぶりだね。

 よくよく考えると異常なことでもあるが、私はしろさんのASMRばかり聞いていたから、仕方がないんだよね。

 かり、かりという耳かきの音が響く。

 多分だけど、竹の耳かきかな?

 金属系ではない気がする。

 半年間、色々聞いてきたせいで、色々と分かるようになってしまった。

 

 

「今日は一日お疲れ様。本当に、みんな大変だったよね」

 

 

 落ち着いた声で、優しく語りかけながら耳かきを実行する。

 

「ふーっ」

「『んんんんんんんんっ!』」

 

 

 突然の耳ふーによって、私たち二人はそろって悶絶した。

 しろさんのとはまた違う、大人の女性特有の色気が耳道を伝わって脳まで流れ込んでいく。

 しろさんは、体を伸ばして硬直してしまっている。

 私も体が残っていたら、同じことをしていたかもしれない。

 シンクロ率が高くていいね。

 

 

「あれ、びくびくしてるの?可愛いね?よしよし」

 そういって、ナルキさんは頭を撫でた。

 目で見えないのに、マイクでしか情報が伝わらないから触覚なんてないはずだったのに。

 確かに、手が頭と髪をなでる感覚が伝わってくる。

 

 

「お疲れさまでした。はい、ぎゅー」

 

 

 周囲から、圧迫感が伝わってきた。

 ぎゅっと、抱きしめられたのだと実感する。

 やわらかい胸が、二の腕が、押し当てられている。

 とくとくと、豊満な胸越しにナルキさんの心臓の音が伝わってくる。

 

 

「今日は一日しっかり頑張ったんだからさ、今は何も考えずにリラックスして、ぐっすり眠るんだよ?」

「『はーい』」

 

 

 そうやって一時間ほどでその日のASMR配信は終わった。

 

 

 ◇

 

 

『どうします……?』

「コラボするよ」

 

 

 ヘッドホンを外しながら、きっぱりと、しろさんは断言した。

 先ほど迷っていたとは思えないほどに、すっきりした顔をしていた。

 賢者タイムだろうか。いや流石にそれはないか。

 

 

「あんないいASMRをする人なんだよ。これは、コラボするしかないでしょ」

『まあ、そうですね』

 

 

 確かに、彼女のASMRは最高と言ってもいいレベルだった。

 しろさんとはまた少し違うキャラクター性であるが、クオリティでは甲乙つけがたいのではないだろうか。

 彼女が興味を持つのも無理はない。

 しろさんにとっては、尊敬できる先駆者なのだから。

 

 

「君も、随分とデレデレしていたしね」

『えっ、いや、あのですね』

「してたよね?」

『……はい』

 

 

 その後めちゃくちゃ言い訳した。

 あと、むしゃくしゃしたしろさんのASMRのリハーサルに付き合わされて、一晩中悶絶させられたのだった。

 




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第四話『コラボ前に、違和感』

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 季節は、三月。

 時刻は、九時前。

 今日も今日とて、文乃さんはパソコンの画面と向かい合っていた。

 

 

「緊張してきた」

『ですよねえ』

「食欲がない」

『ですよねえ』

 

 

 今日は、金野ナルキさんとのコラボ配信当日である。

 しろさんはDMに対して、是非コラボしたいという旨を返信。

 その後、日程の細かな調整が行われ。

 今日、コラボをすることが決まったという流れだ。

 さて、今日も今日とてしろさんは緊張している。

 初めてのことに対してはがちがちに緊張するのが常なので、もう私も焦りはない。

 とはいえ、何かしら言ったほうがいいだろうか。

 

 

『文乃さん、大丈夫、じゃないですよね』

「うん、そうだね。正直結構きつい。過去で二番目くらいにきついかも」

『そうですよね』

 

 

 コラボ配信は、これまでの配信とは趣向がかなり違うし、考えることも多い。

 どうやって声をかけようかと考えていたが、まとまり切っていない。

 ただの勘だが、今回は単純な言葉でどうにかなるようなことでもない気がする。

 

 

 

「っ!」

 

 

 時間切れか(・・・・・)。 

 

 

 スマートフォンのアラームが起動した。

 金野ナルキさんとの、打ち合わせの時間である。

 文乃さんは、パソコンを操作して、通話アプリを起動。

 ナルキさんへ、通話をかけた。

 

 

「初めまして、金野ナルキです」

「あ、永眠しろです。よろしくお願いします」

 

 

 ワンコールで、先日聞いた、大人びた声がした。

 

 

 

 ◇

 

 

「今日は、わざわざ来てくれてありがとうございます!」

「い、いえ。こちらこそわざわざ呼んでくださって本当にうれしいです」

「いやいやー、しろちゃんとお話してみたかったですからね。あ、しろちゃんって呼んでよかったですか?」

「え、ええ。大丈夫です」

 

 

 結構、ナルキさんはコミュ力が高いんだろうな。

 配信上ならともかく、まだ公共の場に出ていない通話の時点でもテンションが高い。

 Vtuberの中には、表、つまり配信や動画では明るくふるまっていても裏では暗い人も多いと聞く。

 というか、しろさんも若干そういうところがある。

 ヘッドフォンをつけて、配信を始めると人格が変わったように配信に没頭することができる。

 だが、普段はいささか抜けていて、緊張しいで、引っ込み思案で……世界一かわいい。そういう子だ。

 ただ、この金野ナルキという人物は彼女とは真逆。

 どうやら相当に明るい性格のようだ。

 なおかつ、距離の詰め方もうまい。

 文乃さんと話すのは初対面だが、無理をしている感じではない。

 多分、人と話すことに苦痛を感じないタイプなのだろう。

 まあ、ただの勘だが。

 

 

『…………』

 

 

 コラボ相手の人間性は、ある程度看破できた。

 裏表はなく、社交的で、相手を立てることもできる。

 これならば問題ない、はずだ。

 それとは別に、私はぬぐえない違和感を感じていた。

 ただしそれは、この金髪ドスケベメイドさんが悪いわけではない。

 ましてや、しろさんが悪いわけでもない。

 原因はむしろ、私だ。

 ASMR配信を聞いていた時にはわからなかったが少し、聞き覚えのある気がする。

 まあ、流石に気のせいか。

 そもそも仮にそうだったとしても、どうでもいいことだしな。

 

 

「あ、音声とかLive2Dが正常かどうかのチェックしていきますね」

 

 

 基本的には、打ち合わせと言ってもナルキさん主導で進んだ。

 機材に関するチェックや、事前に送られていたマシュマロに目を通したかの確認、さらにNG事項の最終確認など、淡々とこなしていった。

 結構、コラボ配信で場数をこなしているみたいだし。事前に確認していたアーカイブでも、対談コラボなどが多数あった。

 

 

「すごいですね……」

「あ、何でもいいから何か話して欲しいんだけど、いいですか?音量バランスを微調整したくて……」

「ええと、なんでナルキさんはVtuberになったんですか?」

 

 

 ここでいう、Vtuberになった理由とはメイドや死神といった設定的なものではなく、中の人がどうしてVtuberを始めたのかという質問だ。

 もしかすると、彼女はずっと訊きたいと思っていたのかもしれない。

 初めて関わる、同業だから。

 そんな、率直な文乃さんの質問を。

 考えようによっては、はなはだ失礼な質問を。

 彼女は、あっさりと答えた。

 

 

金になるからさ(・・・・・・・)

「……お金、ですか?」

 

 

 予想外の答えだったのか、少ししろさんが言葉に詰まる。

 まあ、しろさんの場合、現状普通に大赤字だからね。

 お金のためだ、と言われてもピンと来ないかもしれない。

 

 

「いや、本当にこの仕事はもうかるんだよ。椅子に座って、適当なこと喋るだけで、オタク共(・・・・)がジャンジャン金を払ってくれる。スパチャ最高!メンバー最高!ファンクラブ最高!って感じだよね」

「…………それは」

「あはは、軽蔑されちゃったかな。でもまあ、本当にこの仕事はいいもんだよ。自分の出した成果が、そのまんま金銭になって反映される。他の仕事だと、こうはいかないよ。いくら頑張っても、結果を出しても、得するのは一部の経営者層の豚共だけだ。死ねばいいのにね。死んで財貨を世のため人のために放出してほしい」

「……っ!」

『しろさん、落ち着いてください』

 

 

 さすがにまずいと判断して、私は声をかけた。

 緊張とは別の意味で、彼女の顔がこわばっている。

 それだけ、ナルキさんの地雷を踏んだということでもあるんだけどね。

 

 

『人には人の活動理由があります。ナルキさんはナルキさんですし、しろさんは、しろさんです。貴方は、貴方の道を行けばいいんです』

 

 

 一人一人、考え方が違うのは当然だ。

 だから、踏み込み過ぎるべきではない。

 今の状況は踏み込み過ぎたしろさんが、勝手に傷ついているだけだ。

 ここで、事を荒立てれば今後しろさんが誰かとコラボすることは難しくなる。

 それは、止めなくてはならない。

 彼女の理想を、たとえ彼女自身の感情であっても、邪魔してはいけないと思うから。

 

 

「ええと、しろちゃんはどうしてVtuberを始めたのかな?」

 

 

 さすがに言いすぎたと思ったのか、ナルキさんの方から話題を変えてきた。

 こういうところ、やっぱりプロってことかな。

 私は嫌いじゃないけどね。

 

 

「……私は私のやり方で、傷ついた人や疲れた人たちを癒したい。ただ、それだけです」

「……ふーん、そっか。そういえば、しろちゃんはメンバーシップとか導入してないもんね」

 

 

 いやちゃんと調べてるの凄いな。

 まあ、私達もやっていることだしお互い様かな。

 普通に考えて、何をしているかもわからない人と仕事なんて怖くてできないよね。

 個人事業主ならなおさらだ。

 

 

「さっきはすみませんでした」

「いや、気にしてないよ。喋れって言ったのは私の方だからね」

「ありがとうございます」

 

 

 少しだけ、ナルキさんの声が変わった。

 作ったような声ではなく、少しだけ砕けたような口調になる。

 多分だけど、本当に気にしていないっぽいね。

 まあ、ただの勘だけど。

 

 

 ……奇妙なことに、どうにも聞き覚えがあるんだよな。

 覚えてないだけで、配信を生前に聞いたことがあったのかもしれない。

 多分、きっとそうなのだろう。

 もう、配信が始まる。私も、しろさんの配信を聞くことに集中しなくては。

 しろさんの正確な心理状況はわからない。

 複数のことを同時に考えているなど、複雑な思考をしている時には私の勘は鈍くなる。

 イメージとしては、複数の色を混ぜると黒く濁るようなものだ。

 文乃さんが、カタカタとキーボードを操作する。

 通話アプリのメモ帳に、何か文を打ち込んでいる。

 

 

 

 そこには、「大丈夫だよ」と書いてあった。

 完全に吹っ切れたわけではないだろう。

 緊張も、それとは別の心のわだかまりも氷解しきってはいない。

 けれど、私を、つまりは他者を気遣う余裕があり、なおかつナルキさんへの配慮も忘れていないということもまたしかり。

 つまり、解決しきれないまま、飲み込むことを選択した。

 彼女の、理想の実現のために。

 ならば。

 

 

 

『行ってらっしゃいませ、隣で見てますよ』

 

 

 こうやって、励ますのが私のすべきことだ。

 文乃さんは、こくりとうなずいて、ヘッドホンをつけた。

 文乃さんから、しろさんへと切り替わる。

 身にまとっているオーラが、変わる。

 パソコンの画面上で、配信がスタートしたことがわかる。

 かくして、永眠しろさん初の、コラボ配信が始まった。




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第五話『オープニングトーク』

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「はい、始まりましたー。ご主人様、こんなるきー!メイドVtuberの金野ナルキです!今日はね、うちのチャンネルに生きのいい新人さんが来てくれております。お呼びしていきましょう、永眠しろさーん!」

「はい。こんばんながねむー。死神系女子高生Vtuberの永眠しろと申します」

 

 

 

【きちゃ!】

【二人ともかわいい!】

【しろちゃん頑張って!】

 

 

 

 待機時点から流れていたコメントは上々。

 しろさんとナルキさんのファンが入り混じっており、人が、いつもより遥かに多い。

 おそらくだが、ナルキさんの普段の配信より多いのではないだろうか。

 ともあれ、滑り出しは順調と言っていいと思う。

 

 

「いやあ、緊張してますか?しろさん」

「はい、かなり緊張しています」

「……そう?打ち合わせでは結構がちがちだった気がするんだけど、今は大丈夫じゃない?」

「それならよかったです。配信しようってなると気持ちが切り替わるんですよね」

「あー、そういう感じなんだね」

 

 

【全然ものおじしてないな】

【チャンネル登録しました】

【初対面なのに、ちゃんと流ちょうに話しててすごい】

【普段しろちゃん敬語そんなに使わないから、新鮮】

 

 

 コメント欄の反応も、悪くない。

 名前を見るに、ほとんどの視聴者はナルキさんの視聴者なのだろう。

 まあ、登録者数を考えれば、順当だろうね。

 ましてや、しろさんのファンって、九割くらいはASMR配信しか見てないし。

 他のチャンネルでのコラボ雑談に、興味を示すとは思えない。

 もちろん、しろさんの視聴者もある程度はいるけどね。

 まあ、逆に新しく視聴者を呼び込めると考えることもできるか。

 

 

「今回は、視聴者の方々から事前に募集していたマシュマロを読みつつ、楽しくおしゃべりしていこうと思います」

「はい、よろしくお願いします」

 

 

【コラボするに至った経緯を教えてください】

 

 

 今までの対談のアーカイブを見た感じ、おそらくは定番の質問。

 というか、毎回こんな感じのマシュマロが取り上げられていた気がする。

 まあ、アイスブレーキングとしては悪くないお題だと思う。

 相手が誰でも通用するから、汎用性が高いというのも高得点だ。

 

 

「これはねえ、まあいつも通りと言えばいつも通りなんだけど。

「この件について、一つ謝らないといけないことがあるんですよね」

「え、何かあった?」

「いや、メッセージに返信するのが遅かったんですよ。確か丸一日くらい寝かせてたと思います」

「あー。でも一日くらいならそんなに遅い方でもないけどね。全然、一週間帰ってこないとかざらにあるから」

「……そんな人いるんですか?」

「いるんですよねえ、これが」

「ええ……」

『ええ……』

 

 

 いや、普通にドン引きだよ。

 仕事の連絡って、休日とかは仕方ないとしてもそれでも一週間はないだろう。

 なんなら、プライベートと考えても、遅いくらいだ。

 ちなみにだが、文乃さんはかなり連絡はまめなタイプだと思う。

 少なくとも、ナルキさんやメイドさんたちとのやり取りを見せてもらった限りではそのはずだ。

 別に私やメイドさんたちがアドバイスしたわけでもなく、単純に人を待たせるのが嫌なんだとか。

 そういう心根の子だから、こうしてVtuberになったんだろうけど。

 これは仕事先だけではなく、ファンに対しても同様だ。

 流石にファンも増えて、全てのコメントやリプライに返信をすることは難しくなってしまったが、それでも出来る範囲で交流を図っている。

 そういう姿勢こそが、彼女が彼女たる所以だと思う。

 まあ、その結果悪口を言われてへこんだりするので諸刃の剣でもあるが。

 

 

「ところで、しろさんってコラボ今まで誰ともしたことなかったじゃない。何で受けてくれたの?正直コラボNGなのかなーと思ってたりもしたんだけど?」

「ええと、そもそもコラボNGだったわけではなくて、ただお誘いが今まではこなかったので」

「あー、そういうことか」

「それで、お誘いが来たので、まずどういう人なんだろうと思って、配信とか、アーカイブとかチェックしてたんですよね」

「あーそれで返信が遅れたんだね?どういう人かわからないと、コラボできないから」

「はい、じつはそうなんです」

 

 

【いい子やん】

【しろちゃんらしいな】

【真面目な子なんだね】

 

 

「ちなみになんだけど、どれを観たのか教えてもらってもいい?」

「ええと、ASMR配信を観させていただきました」

「あ、え、それ?」

「ASMR配信を観て、聞いて、勉強させていただきました。素晴らしかったです」

「あー、うん。直接言われるとなんだか恥ずかしいなーって」

 

 

 ASMRって、結構恥ずかしいって言うよね。

 しろさんは、あんまり気にしていないみたいだけど。

 感想を言われて照れることはあっても、男性の意識が宿った私に声を囁くということへの羞恥心はあっても、ASMRをすること自体への照れはないと思われる。

 まあそもそも、褒められること全般が苦手だったから、逆にASMRをやることそのものについては羞恥心が働かないのかもしれないけどね。

 

 

「ええ、良かったら、今後もまた誘ってください」

「お、いいの?コラボASMRとかやっちゃう?」

「ええと……。それはちょっと考えさせてください」

「なんでだよお!」

 

 

【草】

【やんわり断られててワロタ】

【オフコラボはハードル高いでしょ】

 

 

 最初は大丈夫かな、と思ったがテンポよく会話が続いている。

 一瞬、妙な雰囲気になりかけたというのに即座に切り替えてちゃんとコラボするというのは流石に二人ともプロである。

 コラボ配信の時間は、一時間と決まっていたはず。

 この調子なら、時間が過ぎるのはあっという間ではないだろうか。

 

 

 

 そして、もう一つ。

 しろさんの纏う空気が、先ほどより良くなっている。

 おそらくだが、こうやって話すうちにナルキさんへの警戒心や忌避感が薄れている気がする。

 単純接触効果というやつか。

 効果が出るにはいささか早い気もするが、まあ人とのかかわりが薄いしろさんならそんなものかもしれない。

 この変化がよいのか悪いのかは、まだわからない。

 

 




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第六話『楽しくじゃれて、遊んで』

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 ナルキさんが、別の質問を拾い上げる。

 

 

 

【お二人の共通点としては、ASMRをメインコンテンツにしていらっしゃりますが、お互いがASMRについて気を付けていらっしゃることを教えてください】

 

 

 うん、いい質問だね。

 二人の共通点に触れている。

 つまり、ここから共通の話題を展開できる。

 二人とも、ASMRを幾度となく行い、研究してきた歴戦の猛者だ。

 しろさんはまだ準備期間を含めて一年程度だが、逆に言えばもう一年は修業を積んでいる。

 そしてナルキさんに至っては、すでにデビュー一周年を先日迎えたらしい。

 準備期間を含めれば、二年以上かけていても不思議ではない。

 しろさんと違い何の後ろ盾もなければそれなりに時間がかかるはずだ。

 さて、私としても二人がどういう回答をするのかは非常に気になるところだが。

 

 

「さっきも話題に上がっていましたね。何か、気をつけていることはありますか?」

「おっとめちゃくちゃ食いつくねえ。これはねえ、まずなんだけど言っていいかな?」

「何ですか?」

「しろさんのASMR何個か聞いたんだけど、めちゃくちゃ良かった!本当にママァ……ってなる」

「え、あ、ありがとうございます」

 

 

 しろさん、正面から褒められるのがよほどうれしかったのか顔を赤くして照れている。

 Live2Dには、彼女の反応などは映ってはいない。

 だが、視聴者にも声音と、そこに乗った感情は伝わっている。

 今まで褒められることが本当になかったからなのか、彼女はこうしてまっすぐに褒められることに弱い。

 正直、これに関してはあまりにもちょろすぎるのでどこかで矯正したほうがいいのではと思っている。

 

 

「あ、あの私も聞かせていただきました。耳舐めとかすごくよかったです」

「えー、聞いてくれたんだ!それは嬉しいな。待って、メンバー入ってたりする?」

「あ、はい」

「ひえっ。あ、ありがとう」

 

 

 結局、あの後しろさんはメンバー入ったんだよね。

 それが、ASMR配信者としての探求心からだったのか、

 お互いの配信について、褒め合う。

 いつの間にか、随分と空気が和やかになっている。

 こういうのを、てぇてぇというのだったか。

 ……しろさんがちょろすぎるだけのような気もするが。

 

 

「さて、気を付けてることかあ。しろさんは何かあったりする?」

「ええと、幅を持たせることを意識してます。人によって、どの音が好きかって言うのは違うと思いますので、色々なASMRを試して、その上で視聴者がおのおの一番好きな音を探して、見つけてくれたらいいなって」

「あー、確かに睡眠導入用の清楚なやつから、耳舐めも入ったえっちなASMR、はては金属音ASMRみたいなちょっとマイナーな奴まで幅広いもんね。私は逆にセンシティブなもんしかやらないから」

「でも、同じコンテンツというか、一つの路線を提供し続けるというのもいいことだと思いますよ?」

 

 

 一つの路線で勝負する者。

 様々なコンテンツを提供する者。

 結局、どちらが優れているとかそういうことはないのだ。

 どちらも正しく、どちらにもデメリットはあるというだけの話だから。

 

 

「あとは、なるべく雑音を入れないようにするとか、それくらいですかね。あとは、自分で言うことではないですけど心は込めているつもりです」

「お、いいこと言うね。私も常に、誠心誠意視聴者のために頑張っているよ!」

 

 

【おいおい、嘘つくなって】

【普段は金になるからさ、とか言ってるやんけww】

【後輩の前でかっこつけてて草】

 

 

 と、思ったらコメントでボロクソに言われてるんだけど。

 吹き出しそうになるのをこらえるのが大変だから勘弁してほしい。

 

 

「……金野さん?」

「いやー、あの、ほら、あんまり印象が良くなかったのかなーと思ってさあ」

「ああ、なるほど。別に悪いとは思いませんよ。お仕事には違いありませんし」

「お、本当?それならよかった」

 

 

 多分だけど、さっき裏での発言でしろさんを怒らせちゃったから、もう刺激したくなかったんだろうな。

 人によって判断は分かれるだろうが配信上で、そうやって言葉を選ぼうとする姿勢は好感が持てる。

 ただの勘だが、しろさんも同じように思考している気がした。

 

 

「まあでも、アタシだって心を込めてるのは事実だよ。それに、貰ったお金はちゃんと機材やらなんやらで還元してるつもりだし」

【それはそう】

【この間も新しくマイク買ったって言ってなかった?】

「結構、マイクとかって新しくしてるんだよね。

 

「防音室とかも入れないといけないから」

「防音室、入れてないですね……」

「マジ?」

「割と田舎なので、夜は音自体がそこまでないんですよ。近くに家もありませんし」

 

 

 山の奥にある一軒家だから、防音室が必要ないと言えば必要ない。

 少なくとも、いくら声を出しても近所迷惑になることはないのだ。

 

 

「うーん、でもあったほうがいいとは思うけどなあ。まあそれはともかく、マイクは色々試したほうがいいんじゃない?」

「……そうかもしれませんね。でも、私は今のマイクが気に入ってますから」

「なるほどねえ。ま、こだわりは人それぞれだから何とも言えないかもね。そもそも、私の場合は最初安いマイクを買ったから徐々に」

 

 

 そういって、この話を打ち切った。

 なんというか、手馴れている。

 会話が続かない、重い空気になりそうと見るや、話題を切り替えた。

 いやまあ、個人的に私は気に入っているといってもらえたのは本当にうれしかったんだけどね。

 

 

【お二人の好きなアニメなどについて語ってください】

 

 

 

「好きなアニメかあ、何かある?」

「あの、『しまのうら』というアニメが好きです」

「ああ、アタシも観てるよ!」

 

 

 『しまのうら』というのは、今期の覇権アニメの一つだ。

 日本昔話である『浦島太郎』を元ネタにした作品で、海底人と人類との戦いを描いた作品となっている。

 主人公は、海底人である亀子とともに、海底人と人類が協調する道を探るが、海底人と人類、両方に命を狙われて……という話である。

 ギャグシーンとシリアス、そしてヒロインである亀子との恋愛描写を無理なく詰め込んでいる。

 私も、毎週文乃さんと一緒に、動画配信サイトで見ている。

 最近は、アニメをリアルタイムで見なくても、わざわざ録画しなくてもこうやって動画配信のサブスクなんかで見られるのも便利だよな。

 

 

「亀子と太郎の恋愛シーンが好きなんですよ」

「わかるよ!アタシもこういう異類婚姻譚は大好きなんだよね」

「元ネタ通りの、いじめられている亀子を太郎が助けるってところから始まるのも好きなんですよね」

「そうだねえ、乙姫じゃなくてあえて亀をヒロインにしたことで、恋愛ものとして王道にはなるんだよね。乙姫をラスボスというポジションにしたことで、単なる悪女とかじゃない、海底の王という風格が現れて、キャラに深みも出てるんだ」

「ちなみにだけど、漫画は読んでる?」

「いや、アニメしか観れてないんですよね。アニメが終わったら、コミックスを買って読もうと思ってるんですけど」

「それがいいかもしれないね。漫画はなんというかギャグシーンとかが多くてカットされている箇所もあるから一巻から読み進めるというのがおすすめかな」

「わかりました、そうしてみます」

 

 

「ちなみにですけど、金野さんが好きな漫画とかってあったりしますか?」

「うーん、私は最近だとグロ系ばっかり読んでるんだよね。「グローリア」っていう漫画なんだけど」

「それは、聞いたことがないですね。どんな漫画なんですか?」

 

 

 私も聞いたことがないなあ。

 というか、しろさんの好きな作品は、私が薦めていたものが大半である。

 だから、私が知らない作品は彼女も知らない。

 

 

「グローリアは、人が死ぬ作品なんだけど、

「私、グロいのはちょっと……」

「あれ、でもホラゲーやってなかったっけ?」

「どっちかというと苦手を克服したくてやってる感じですね」

「へえー、そうなんだ!」

 

 

 ああ、そうか。

 私は配信外での様子を知っているからわかるけど、配信しか見てないとグロ系にはちゃんと耐性があるように見えるのか。

 何時間もゲームして、悲鳴一つ上げなければそういう結論になっても

 

 

「まあでも、最近は慣れてきたのでそこまで辛くはないんですけどね」

「私、人が死ぬ作品ばっかり読んでるんだよね」

「えっ、それ大丈夫ですか?病んでませんか?」

「どういうことかなあ!」

「アハハハハハハ!」

「何で笑ってるんだよお!もう!」

 

 

 ナルキさんの語気が強くなる。

 けれども、それは決して怒り故ではない。

 どこか、楽しげで。

 しろさんも、それは同じで。

 子供がじゃれ合うような、友達がからかい合うような。

 むずがゆい、照れくさいやり取り。

 

 

 ◇

 

 

 それは、コラボ配信が終わるまで、続いた。

 

 

「じゃあ、おつナルキでもいいですか?」

「あ、はい大丈夫です」

「せーの」

「「おつナルキ!」」

 

 

 そうして、コラボ配信は無事に終わった。

 




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第七話『コラボ後に、話す』

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【お疲れ様!見てて楽しかった!】

【おつナルキ!二人の絡みがまた見たいね】

【ナルしろてぇてぇ】

【最初不安だったけど、普通に面白かったです】

【しろの永民です。素晴らしい配信に感謝¥2000】

 

 

 

 流れるコメントは、そのほぼすべてが配信を肯定するもの。

 これに加えて、同時接続数から言っても、おそらく今回のコラボは成功の部類に入るだろう。

  

 

「お疲れさまでした」

「お疲れ様でしたー」

 

 

「SNSで見た感じだと、すごく盛り上がってますよ」

『良かったですね』

「……?そっかあ、まあコメントもいい感じだね。多分だけど、配信上でも問題ある発言とかはなさそう」

 

 

 ナルキさんはアーカイブを、しろさんはSNSをチェックしている。

 

 

「あ、ちょっと待ってくれないかな?」

「はい?」

「コラボ前に、失礼なことを言ってしまったことを謝りたくて」

 

 

 ナルキさんは、しろさんにコラボ前に空気を悪くしたことを謝りたいようだ。

 

 

「私が、お金のために、お金のためだけにVtuberをしているのは、さっき話したんだけど」

「そうですね」

「それは、なんというか私にはどうしても譲れないルールというか、それを責められた様な気分になって言葉を荒げてしまったんだ。本当に申し訳ない」

 

 

 言葉から、文乃さんへの申し訳なさが伝わってくる。

 これは勘だが、いま彼女は頭を下げている気がする。

 見えないから確認しようもないが。

 文乃さんも、頭を下げて。

 

 

「あの、私もごめんなさい。別に、お金目的で活動することがダメだと思ったわけじゃないんです。ただ、私は本当に採算度外視でやっていたので……戸惑ってしまっただけなんです。正直、私は色々あって金銭的にプラスになることはあり得ないので」

 

 

 文乃さん、永眠しろさんのデザインだけでも、一千万以上使ってるらしいからね。

 加えて、メイドさんの人件費や機材関係の費用もかさんでいる。

 正直、こんなのどれだけ稼いだところで、ペイできないレベルなんだよね。

 

 

 どちらの方針がいい悪い、ではなくて。

 ちゃんとどちらもいいんだと思う。

 

 

「そうだったんだね……」

「あの……」

「うん?」

「あ、いえ、なんでもありません」

 

 

 文乃さんが、何か言いかけてやめる。

 私から背中を押すべきかと迷って。

 その時、ナルキさんが何を思ったか提案してきた。 

 

 

「良かったらさ、もう少し話さない?」

「え、あの、いいんですか?」

「うん。まだいろいろアニメとか語り足りない部分も多いからね。布教したい作品もたくさんあるし」

「はい!」

 

 

 

 画面ごしに、ナルキさんに話しかける文乃さんの顔は楽しそうで。

 見守ることに徹しようと、私は決意した。

 

 

 ◇

 

 

「アングリーズ戦記、ナルキさんも読まれてるんですね」

「そうだね、私は原作は読んでなくて、漫画版とアニメ版だけなんだけど」

 

 

 アングリーズ戦記というのは、架空戦記だ。

 王太子である主人公が、父や母などの家族や、臣下などを皆殺しにされるところから始まり、その上で成り上がっていく主人公の活躍を描いた作品である。

 先ほど、「人が死ぬ作品しか読まない」と言っていたナルキさんだが、まあ人がバンバン死にまくる作品ではあるので、彼女が読んでいても不思議ではない。

 アニメの一話でネームドキャラ二十人以上死ぬからね。

 因みに、ゴア描写は控えめなので、しろさんも問題なく見ることができる。

 逆にトラウマの克服にはつながらなかったようだが、それとは関係なく文乃さんは楽しんでいるらしい。 

 

 

 原作はライトノベルだが、コミカライズ及びアニメ化されており、原作は読んでいない人もいるらしい。

 ちなみに、私は原作派だ。

 というか、アニメについては今の状態になってからはじめて観た。

 アニメ化きまった時点で、もう私就職しちゃってたからね。

 最新刊も、文乃さんが読むのを横で読んでいた感じだ。

 私の方が読むの早いから、文乃さんの負担にはならなかったりする。

 文乃さん、たぶんだけどまだ活字を読むのに慣れてないんだと思う。

 国語の授業くらいでしかちゃんと小説を読んでいなかったらしいので、無理もない話ではある。

 

 

「原作もめちゃくちゃ面白いですよ!けっこうコミカライズ版だと省かれている描写も多いので……」

「マジで?活字あんまり読まないんだけど、読んでみようかな」

 

 

「しろちゃんって、紙派?それとも電子書籍派?」

「ああ、電子書籍ですね。近くに、書店がほとんどないので……」

「……ええ、田舎じゃん」

「そうなんですよ、あとデータとして管理しておかないと、どこに何をしまったかわかりにくくなりそうで」

「あー、それはわかるな。私も整理整頓とか全然できないもん」

 

 

 本当に、大した話はしていない。

 雑談、どころか盛りあがりもないただの会話だ。

 けれど、それでいいし、それがいい。

 ふたりの会話を聞きながら、文乃さんには、こういう会話ができる人が必要だと感じていた。

 もちろん、話し相手としては私や他の視聴者がいるが、それだけでは不十分だ。

 今回のようにコラボを通して、いろんな人と関わって、時にこうして何でもないことを話せる間柄になれば、文乃さんの成長につながるのではないかと思う。

 文乃さんの、グロとは別のもう一つのトラウマ克服のためにも、ね。

 文乃さんはいじめから、人を信用することができていない。

 相手が自分に悪意を持っているという前提で考えてしまうし、百パーセントの好意以外はすべて悪意だととらえてしまう。

 それが、先日の衝突の原因でもある。

 それは仕方のないことではあるが、徐々に人とのかかわりを作ることで克服できればそれに越したことはない。

 

 

 

 二人の会話は、二時間以上続いた。

 終わるときには、お互い疲れていて、しかしながら満足そうだった。

 

 

 ◇

 

 

『文乃さん、お疲れさまでした』

「うん、疲れたよ」

『……楽しくなかったんですか?』

「いいや」

 

 

 そういって、私の方へ向き直る。

 真顔を作ろうとして、失敗する。

 口角がどうしても上がってしまうらしい。

 

 

「楽しかったよ」

『そうですか。それは、よかったです』

「全然価値観も活動方針も違う人と絡めるのはよかった」

『はい』

「コラボ配信が終わった後になっても、アニメとかの話ができたのも楽しかったよ。はじめて、友達ができたような気がする」

『良かったですね』

 

 

「またコラボできたらいいね」

『やりましょうよ』

 

 

 発破をかける。

 きっと、これは文乃さんにとっていいことのはずだから。

 

 

『今度は、文乃さんから誘いましょう。ナルキさんだけじゃなくて、他の方も』

「……私にできるかな?」

 

 

 まあ、コラボ配信というのは大変そうではある。

 複数人の音量調節や画面の調整、スケジュールのすり合わせなどをすべて一人でやらなくてはならない。

 なので、不安に感じてしまうのも無理はない。

 けれど。

 

 

『できますよ。しろさんなら、きっとできます』

「そっ……かあ」

 

 

 嬉しそうに、照れくさそうに、満足そうに。

 文乃さんはベッドに倒れこんで、寝息を立て始めた。

 私は、最高に癒される音を聞きながら、朝まで過ごしたのだった。




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第八話『母の名前はがるる・るる』

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 金野ナルキさんとのコラボ配信以降、しろさんの活動内容は少し変わった。

 一度、コラボしているVtuberと一切コラボをしたことがないVtuberの違いとは何か。

 それは、コラボに対する誘いやすさである。

「ああ、コラボしてもいいんだ(・・・・・・・・・・)」と他のVtuberが永眠しろをそういう風に判断する。

 

 

 なので、ナルキさんとのコラボ配信の後には、複数人のVtuberからコラボの申し出があった。

 しろさんは、そのありがたい申し出をしてくれた全員に返信を行った。

 スケジュール的に不可能だなと感じれば断りの連絡を入れ、逆に参加しても問題がないと判断すれば、コラボを行いたい旨を伝える。

 スケジュールをメイドさんに協力してもらいながらすり合わせる。

 そして今日は、とあるVtuberさんとのコラボ配信当日だ。

 彼女にとって、非常に関係性の深い、唯一無二のVtuberと言っても過言ではない人である。

 メイドさんたちに機材の調整をしてもらいながら、文乃さんはコラボ配信の準備と打ち合わせをする。

 

 

 

『さて、鬼が出るか蛇が出るか』

 

 

 ――あるいは、()が出るか。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「こんばんながねむー。今日は、はじめてこのチャンネルに、私以外のゲストが来ております。つい最近までは、考えもしなかったことです。では、自己紹介をどうぞ」

「改めて、こんにちは。永眠しろを描いたイラストレーター(・・・・・・・・・・・・・・・・)の、がるる・るるです。今日は()のチャンネルにお邪魔させていただいておりまス」

 

 

 配信画面に映っている、立ち絵を端的に説明するなら、ロリである。

 紫の髪、狼の耳が頭の上から生えている。

 体格は、しろさんよりもさらに小さい。

 しろさんが中学生に見えるーーとある一部分の装甲を除いて中学生に見えるのだが、むしろ目の前の紫髪の少女は小学生に見える。

 服装は、フリルのついた白いワンピースで、清楚である。

 髪が白寄りで、服が黒寄りなしろさんとは配色が真逆である。

 ただ、服にフリルをあしらっているところとか、共通点はある。

 

 

 そんな彼女の名前は、がるる・るる。

 イラストレーターであり、永眠しろさんをはじめとしたVtuberを輩出してきた存在でもある。

 余談だが、Vtuberのガワであるイラストを担当するイラストレーターのことを「ママ」と呼ぶ文化が存在しており、イラストレーター側が担当したVtuberを息子ないし娘と扱うことが恒例となっている。

 つまり、がるる・るる先生はヴァーチャル界においては、しろさんの母親と言っても過言ではない。

 ……見た目は、しろさんの方が明らかに年上なんだけどね。

 

 

【ウオオオオオオオオオオオ!】

【ついにがるる先生とがるる家の末娘が初コラボか……ここまで長かったな】

 

 

「今日は、わざわざこんなチャンネルまでお越しいただきありがとうございます」

「いやいや、そんな固くならないでほしいんですけどネ」

 

 

 少し、アクセントが独特ながるる先生。

 彼女が、ここまでかしこまっているのには、理由がある。

 

 

 Vtuberには二種類ある。

 一つが、しろさんのように誰かにイラストを描いてもらってそのガワの中に入るタイプ。

 Vtuberの大半がそうである。

 そして、もうひとつががるる・るる先生のようなタイプ。

 自身でイラストを自作して、その中に入って配信をするタイプ。

 いましろさんの隣に居る、がるる先生はそのタイプである。

 イラストレーターでありながら、Vtuberとしても活動する。

 

 

 加えて、がるる・るる先生はオタクなら知らないものはいないとまで言われるほどの超売れっ子作家。

 コミケで壁を経験することなくシャッター、と言えば彼女の凄さが伝わるだろうか。

 Vtuberのママとしてもその実績は目覚ましく、彼女がイラストを担当したVtuberの中にはチャンネル登録者数百万人を超えるものもいる。

 というか、何なら私はそのVtuberさんの配信聞いてたんだよね。

 

 

 ついでにいえばーーがるる先生自身もイラストレーターのみならずVtuberとしても売れっ子であり、登録者数は五十万をすでに超えている。

 しろさんにとっては、文字通り雲の上のような存在である。

 

 

「そういえば、登録者数一万人突破おめでとう!」

「あ、ありがとうございます!」

「いや本当にすごいよね。まさか、何の後ろ盾もなく一万達成するなんて」

「いえ、ナルキさんとかがるる先生のおかげですから」

「いやいや、一番は君が頑張ったからじゃない?」

 

 

 そう、先日の金野ナルキさんとのコラボ配信の後、ついにチャンネル登録者数が一万を突破した。

 それどころか、ナルキさんのファンに見つかったことによって勢いが止まらず二万に届きそうな勢いだ。

 なので、しろさんとしては謙遜ではなく本心から自分の力ではないと考えている。

 まあ、彼女が自分を過小評価しているのは今に始まったことではない。

 イラストを担当したがるる先生のおかげ、と言っているのも、当初から自分の力で何かを為したという感覚に乏しいためだ。

 しろさん、直接的に褒めないと意外と照れないんだよね。

 そんなことを考えていると、しろさんがコメントを拾って流れを変えようとしていた。

 

 

 

【裏話みたいなの、合ったら聞きたいな】

 

 

「だそうですけど、何かありますか?がるる先生」

「さっきも言ったけど、しろちゃんとはね、親子なんだけどネ。依頼が来たときね……びっくりしちゃったんだよね。本当は、断ろうと思ったんだけど……まあいろいろ考えて受けることにしたんだよネ」

 

 

 因みに、がるる先生が依頼を受けた理由はしろさんによれば「相場の二十倍の値段で交渉してもらったから」らしい。

 いやあの、本当にいくらかかっているんですか?

 もう多分ね、私も百万くらいするし。

 イラストがいくらくらいするのかわからないけど、相場の二十倍なら一千万を超えている可能性すらある。

 そもそも、前世のことまで考えると、私だけでも早音家に数千万くらい使わせてるんだよね。

 

 

 本当に、早音家が有している資産額を知りたいなあ。

 どこかの国家予算くらいあるんじゃない?

 

 

「まあ、私はあの時点では全く実績のない状態でしたからね。受けてくださったことは、本当に感謝してます」

「いやあ、実のところあの時本当にお金がなくてさあ。むしろ感謝してるんだよネ」

「そうだったんですか?意外ですね」

 

 

 彼女は、何度でも言うが売れっ子作家である。

 ライトノベルの挿絵、グッズのイラスト、しろさんを含めた複数のVtuberさんのデザイン、ゲームキャラクターの立ち絵など、彼女は仕事に困っているようには見えない。

 具体的にどれだけ儲けているのかは知らないが、それでもかなりの収入を得ているのではないかと思っていたのだが。

 少なくとも、得体のしれない誰かからの依頼を受けなくて済む程度には。

 そう思っていたのだが。

 

 

「いやあ、ちょっと仮想通貨で有り金溶かしちゃってさア」

「ああ……」

『ええ……』

 

 

 おもわず、声が出てしまった。

 仮想通貨。

 Vtuberと同様、インターネットが生み出した産物だ。

 一応通貨として運用できるのだが、国家が管理しているわけでもないからある日突然無価値になったりする。

 とはいえ、逆に価値が上がったりもするらしいけどね。

 なので、仮想通貨を所有することは、ある種のギャンブルでもあるわけだが。

 彼女は、そんなギャンブルで大負けをしてしまったということだろう。

 

 

「有り金、というのは貯金を全部失ったということですか?」

「そうだよ。イケるって思ったら急にゼロ円になったんだよね。ありえなくなイ?」

「あの……。そういう投資とかって、無理のない範囲でやるのが定石なのでは?」

「それはわかっているんだけどねエ、ついついぶっこんじゃうんだよね。よしよし、これでイケる!大金持ちになれる!って思っちゃったら止まらなくってさア」

「あ、あははは」

 

 

 なるほど。どうやら、がるる先生、相当の浪費家のようだ。

 金遣いの荒さゆえに、お金に困っていたところ、割のいい仕事が入ったから受けざるを得なかったということだろうか。

 

 

 

【しろちゃんドン引きしてて草】

【娘に気を遣わせるなよがるる……】

【まあ、結果的にめちゃくちゃ魅力的なVtuberが誕生したということでもある】

 

 

 

「そうそう、まあ結果オーライってやつだヨ」

 

 

 コメントを拾いつつ、がるる先生が浪費癖をごまかす。

 

 

「半年以上、ほとんど毎日活動してきた。それだけですごいよ、カッコいいと思ウ」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 がるる先生は、配信頻度は低いからね。

 それだけで尊敬に値するということかもしれない。

 

 

【エモい、エモいけど……】

【浪費癖があるのはごまかせないぞがるる先生】

 

 

「あんまり反応良くないですね」

「あれエ?」

 

 

 可愛らしく首をかしげるがるる先生に、コメント欄は大いに盛り上がる。

 どうやらがるる先生、なかなかのいじられ体質(キャラ)らしい。




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第九話『ゲームウィズママ』

最近、また感想がいくつかいただけまして、本当に嬉しいです。

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あと、PV数が20万突破しました。
見てくださっている全ての方、ありがとうございます。


「今日はね、せっかくだから一緒にゲームをしていこうと思います」

 

 

 配信画面が、切り替わる。

 これは、事前に告知していた通りの流れだ。

 今回のコラボは、前半で雑談をしたうえで、後半はゲームをして遊ぶという構成になっている。

 専用のゲーム機などは購入済みだし、それをパソコンで画面共有するためのセッティングもメイドの雷土さんや氷室さんがやってくれた。

 そして、ゲームもがるる先生が提案したものである。

 

 

 今回二人がやっていくゲームは、非常に有名なパズルゲームだ。

 丸いスライムのようなものが積みあがっていく。

 スライムには色がついており、同じ色のついたスライムを一列に並べるとそのスライムは消失する。

 スライムが消失すると、相手側には灰色の「おじゃま」と呼ばれるスライムが送られる。

 これは、列を作っても消すことができない。

 そしてここからが重要なのだが、箱の中に入っているスライムが箱の外にあふれ出してしまうとゲームオーバー、つまりは負けである。

 

 

 しろさんにとってこのゲームをプレイするのは初めての経験。

 一応、先ほどゲームをインストールしたうえで、肩慣らしはしているのだが、あくまで付け焼刃に過ぎない。

 一方、がるる・るる先生はある程度このゲームをやり慣れているはず。

 場合によっては、あっさり負けてしまうかもしれない。

 配信が盛り上がりにかけるかもしれない。

 そんな風に心配していたのだけれど。

 

 

「……あれ、これどうやるんだっけ?」

「お、これは激アツでは?あ、やば、間違えタ!」

 

 

 ……どうしてこうなった?

 大接戦である。

 いや、接戦というのもおこがましい。

 がるる・るる先生、もしかしてこのゲームをやったことがないのか?

 そう思えるレベルで、がるる先生のプレイスキルはひどかった。

 何しろ、ゲームを初めて数時間のしろさんとほぼ互角。

 ましてや、しろさんはゲームそのものに関しても初心者だ。

 例えるなら、生まれてこの方自分の足で歩いたことのない人間が、ある日突然走ろうとするようなもの。

 しろさんのゲームスキルとセンスは、ひいき目に見ても、決して高いとは言えないレベルである。

 いや、ぶっちゃけ言えばかなり低い。 

 それと渡り合えてしまう、がるる先生、一体何者なんだ?

 

 

【がるる先生、いつ見てもどへたくそで草】

【昨日のキャス配信で、「しろちゃん初心者らしいから余裕余裕!」とか言ってたのにな】

【やっぱりがるる先生よりゲーム下手なVtuberがいるわけないんだよなあ】

【信じられるか?しろちゃん今日このゲームはじめたんだぜ?信じられるか?がるる先生、配信だけでプレイ時間百時間超えてるんだぜ?】

 

 

 コメント欄を見るに、どうやら元々がるる先生はゲームが苦手らしい。

 まあ、初心者と互角に戦っているわけだから無理もない。

 手を抜いているのかと最初は思ったが、がるる先生の様子とコメント欄を見るにそんなことは全くないようで。

 

 

 

【ゲームと歌の腕前だけは、幼女のRPを守っている女】

【指示厨殺し】

【ゲームが下手すぎて、プチ炎上したがるる先生じゃないか!】

 

 

 いつもよりも活発なコメント欄は、その大半ががるる先生の視聴者であることと、本当に先生のゲームが下手なことを告げていた。

 いやもう、本当にひどい。

 二人とも、まともに連鎖を作ることすらできていない。

 生前、友達に借りてゲームをする程度だった私から見ても二人のプレイはひどいとしか言いようがない。

 

 

「いよおおおおおおおし、勝っタ!」

「うわー!負けちゃった!」

 

 

【草】

【初心者相手にイキるな】

【しろちゃんも頑張った!】

 

 

 が、コメント欄はむしろ二人をたたえている。

 まあ、こういう反応であれば悪くはないかな。

 少なくとも、悪い反応ではないはずだ。

 

 

 まあ、この業界可愛い女の子のやることは犯罪でなければ受け入れられがちだ。

 そもそも、一見ボロクソに言われているように見えるががるる先生へのコメントは、ただ詰っているようでその実よく見ていなければできないものばかり。

 まあつまり、ファンからの適度ないじり、あるいはプロレスの範疇なのだろう。

 しろさんも、雑談配信では時々そういう挙動をすることがある。

 

 

 

「もう一回やりません?」

「いいよいいよ。お母さんの胸を借りるつもりで来なさい!」

「……胸、なくないですか?」

「……。よーし、かかってきなさい!叩き潰してやろうじゃないカ!」

 

 

【図星つかれてて草】

【顔真っ赤じゃん】

【しろちゃんも面白いな】

【これはフラグですね】

 

 

 確かに、がるる先生は小学生のような見た目をしているからね。

 本人はともかくとして、実際目の前の彼女はまな板である。

 一方、ロリっぽい見た目してるせいで忘れそうになるけど、しろさんは普通にあるんだよな。

 ちらと、部屋着を着て配信をしている文乃さんのある部分に視線をやる。

 いや、今はそっちを見ている場合ではない。

 配信画面に集中しないとね。

 

 

 さて、目を離しているすきに、というか吸い寄せられているうちに動いていた戦況だが……。

 私の目には、五分五分に見えた。

 いや、違うね、若干しろさんが有利だ。

 そもそも、さっきの戦いでもほとんど差がなかった。

 ここで言っておきたいのは、しろさんは本当に初心者であるということだ。

 そして、レベル100よりも、レベル1のほうがレベルアップに必要な経験値は、少ないのである。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってこれ、やばい」

「やったー!勝った!」

 

 

 三本先取だったが、最初の一本をしろさんがもぎ取った。

 これは、勝てる可能性が出てきたね。

 

 

「ええとねえ、しろちゃんのASMR配信聞いたんだけど、すごかったよ?」

「え、ありがとうございます。あの、あ、ヤバいミスった!」

「よしよしよし!」

「酷くないですか!」

 

 

 がるる先生、しろさんに勝てないと判断して今度は精神攻撃に切り替えたようだ。

 なんというか、この人は撮れ高をわかっているというべきか、あるいは素でこういうことをやっているのか。

 いずれにせよ、だてにVtuberを長らくやっていないということだろう。

 先ほどまで、わずかにしろさん有利だったはずだが、がるる先生が若干有利になっている。

 コメント欄も、どちらが勝つかわからない戦況に盛り上がりを見せている。

 

 

 

【精神攻撃は最低すぎて笑う】

【草】

【初心者相手になんてえげつない】 

 

 

 だが、しろさんももう半年以上活動している、一人前のVtuberだ。

 ただやられっぱなしでいるはずもない。

 そもそも、一般的な配信者と違い、しろさんはASMRに対する羞恥心が薄い。

 褒められたことへの動揺はあっても、他のVtuberさんに比べれば、ASMRを聞かれたことに対する動揺はあまりない。

 人によっては、同業者に聞かれるの嫌って人もいるらしいけどね。

 

 

「それで、ASMRの中で、どれが好きなんですか?私色々やってきたんですけど」

「え?あー、どれだろう。あ、ちょっとタンマ!」

「あ、そういえば先生もASMRやってましたよね。聞きましたよ!」

「ひええええええええええええ!あの黒歴史を掘り返すのはやめてええええええええ!あ、操作するの忘れてタ」

 

 

 

 結果的に、しろさんの精神攻撃カウンターが刺さって、あっさり勝利。

 

 

 

「負けちゃったナ」

「いやあ、ベテランって聞いてましたけど、勝ててよかったです!」

「くっそ。次は負けないからね!」

 

 

 ゲームも終わり、配信も終わる流れに入る。

 

 

「今度さあ、また別のゲームやろうヨ。今度はそっちでリベンジってことデ」

「はい!次も勝ちます!」

「……いうねエ」

「あはは、じゃあ今日は、おつがるるで締めましょう。せーのっ!」

「「おつがるる!」」

 

 

 

【おつがるる!】

【ふたりともかわいかった!またこのコラボが見たい!】

 

 

 

 永眠しろのチャンネル初のコラボ配信は、大いにバズり、結果としてチャンネル登録者数も大幅に増えた。

 何よりも、友達、と言っていいかどうかはともかく、仲の良いVtuberがまた一人増えた。




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第十話『散髪ASMR』

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UAが5万突破してました。
10万目指して頑張ろうと思います。
今後とも、よろしくお願いします。


 金野ナルキさんや、がるる・るる先生とのコラボ配信以外にも、しろさんはコラボ配信をするようになっていた。

 そんな彼女ではあったが、ソロ配信をおろそかにしているわけではない。

 頻度こそ、以前より落ちたがそれでもソロ配信はコラボ配信とは別で毎日行っていた。

 一日二回の配信のうち、どちらかがコラボ配信になるだけである。

 コラボばかりしていると、視聴者に向き合うソロ配信の時間が取れなくなる。

 それは、しろさんの望むところではなかった。

 

 

「というわけで、今日は散髪ASMRやっていきますね」

 

 

【きちゃ!】

【久しぶりの企画系ASMR、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね】

【リクエストした甲斐があった……】

【今日、もしかして敬語回かな?】

 

 

 この散髪ASMRというのは、以前にマシュマロで視聴者から来ていたリクエストの一つでもある。

 系統としては、一種のロールプレイに近い。

 しろさんが美容師になりきって、視聴者は客として散髪してもらうというシチュエーションとなっている。

 

 

「じゃあまずは、刈布をかぶせていきますね」

 

 

 刈布というのは、美容院などで首から下を覆うテルテル坊主のような布のことだ。

 服や靴、体に髪の毛が付着するのを防いでくれる。

 今回のために、わざわざ購入したらしい。

 そこまで高価なものではないみたいだけどね。

 ごそごそ、という音がして刈布が頭を通過して、首から下をすっぽりと覆う。

 まあ、私は首から下とかは特に存在しないんだけどね。

 高さを調節するための棒があるくらいかな。

 三脚みたいなやつ。

 

 

 刈布をつけ終わると、ついで、しろさんは霧吹きを取り出した。

 これは、取り寄せたものではなくて庭を管理するためのものを借りてきたそうだ。

 ……そこまで値が張るものでもないはずだが。

 しろさんは、根が貧乏性なのかもしれない。

 

 

「次に、霧吹きをしていきますね。これは、癖直しと言って髪についた癖を直すことに加え、水分を含ませて髪を切りやすくする意味合いもあります」

 

 

 ふむ、散髪の霧吹きにまさかそんな意味があろうとは知らなかった。

 そもそも、散髪の工程なんて深く考えないからね。

 店員が話しかけてきたりして、気が付いたら終わっているということもあるくらいだし。

 因みに、私としろさんはあまり話しかけて欲しくないタイプだ。

 まあ、私達を知るものであれば、納得してもらえるとは思うが。

 

 

「結構、ボリュームがある感じだからさっぱりした感じにしちゃいましょうねー」

 

 

 余談だが、今日の私の頭にはウィッグが取り付けられている。

 それも、しろさんが言った通りかなりボリュームがある。

 おまけに結構長い。

 女性用のウィッグらしく、肩ぐらいまで髪が伸びている。

 ビジュアル系のバンドメンバーでもないと、男性でここまで伸ばさないのではないだろうか。

 まあ、私はあんまりバンドに詳しくはないんだけど。

 伸ばしてる人はそこそこいる気がする。

 髪が長い方が、髪型で個性を出しやすいからね。

 私は前世では髪をギリギリまで短くするタイプだったし、今に至ってはモアイ像である。

 なので、あんまり個性は出せなかったかな。

ファッションに興味がなかったから、出すつもりもなかったけど。

 そんなわけで、私にとって今日ははじめて髪を長く伸ばした日といっても過言ではなかったわけだが。

 

 

 ◇

 

 

「ぶふっ。いや、あの、これはふふっ。だめだこれアハハハハハハハハハ!」

『……そんなに面白いですか?』

「い、いや待って今話しかけられたらアハハハハハハ!」

『…………』

 

 

 ◇

 

 

 ダミーヘッドマイクが――モアイがウィッグを被っている、という絵面が相当に面白かったらしく、文乃さんは日中はずっと笑っていた。

 まあ、私は直接見ていないからわからないけど、確かにシュールな絵面ではあると思う。

 結局、私に長髪は似合わないということなのかもしれない。

 リハーサルも、いつもの倍以上時間かかってたからね。

 まあ、昼間に散々笑われたかいあって、今はしろさんも笑わずに配信とロールプレイに没頭できている。

 そう考えれば、悪くないかもしれない。

 そもそも、文乃さんがそこまで笑うこと自体少ないからね。

 いいものが見れたので、私も文句はない。

 

 

 そんなことを考えているあいだに、しろさんの配信は次の工程に進もうとしていた。

 

 

「みなさんが普段どのような感じで散髪しているのかはわからないんですけれど、今日の散髪はバリカンとかは使わずに散髪用の鋏だけで散髪していきます。これは、冥界のローカルルールですので」

 

 

【なるほどね】

【冥界にはバリカンないのかな】

【坊主にしたいとき、剃刀を使うしかないってってことか。たまげたなあ】

【ローカルルールって、大富豪とか麻雀の説明じゃん】

 

 

 しろさんは、改めて散髪用の鋏を手に取った。

 ちなみにだが、こちらも刈布同様しろさんが通信販売で購入したものである。

 散髪用の鋏は、髪をすくために、櫛のような形になっている。

 正確には、すきばさみというらしい。

 もっさりした感じを出さないために、スッキリさせるために、ボリュームの多い髪を間引く役割がある。

 

 

「じゃあ、散髪を始めていきますね」

 

 

 しょき、しょき、しょき、と繊維を刃が断ち切る音が、マイクをとおして視聴者の耳まで届く。

 髪は、同じ太さの鉄より丈夫だと聞いたことがある。

 模造品に過ぎないウィッグがそこまでの強度を有しているわけではないだろうが、音自体は普段の散髪の音と大差ない。

 金属とそれに近い強度のものがぶつかり合って生まれるのは、しょきしょきという綺麗な音だ。

 鋭くて、それでいて決してうるさくはない涼し気でさわやかな音が響く。

 

 

「髪が、毛根が引かれる感覚に意識を向けてみてくださいね?」

 

 

 触覚などないはずなのに、音に想像力が刺激されるのか、記憶が呼び起こされているのか、髪が引っ張られる感覚がある。

 

 

「おかゆいところはございませんか―?くすぐったくないですか?」

 

 

【癒される】

【気持ちいい】

【ZZZ】

【なんだかとっても眠いんだ……】

【今日はロールプレイだからか、完全に敬語なのもまたいい……】

 

 

 視聴者さんも、コメントを見る限りは心地よい音だと感じているらしい。

 

 

「さて、おおむね切れたところで、今度は別の鋏を使っていきます」

 

 

 今度の髪切りばさみは、刃の部分は普通だった。

 

 

「さっきの鋏も、今手に持っている鋏も、ステンレス製なんだよね。理由は、散髪するときはどうしたって水に触れることがあるので、さびにくいステンレスの鋏を使うんだって」

 

 

 VtuberのASMR配信は、実際に何が行われているのか視聴者にはわからないので、想像するしかできない部分もある。

 そしてしろさんの説明は、想像を助けている。

 金属でできた鋏が、強靭な髪を断つ音は、とてもさわやかで。

 聞く人を、それこそ夢の世界にいざなってくれるような、安心できる音だ。

 音を聞いているだけで、画面を観ているだけで、ぼんやりと実際に自分が散髪してもらっているイメージが形成されている。

 ……なんだか懐かしいな。

 散髪なんてもうずいぶん行っていないからね。

 

 

「私は、女子高生ですからね。散髪をするのは初めてだけど楽しいですし、みんなが喜んでくれるのは嬉しいですね」

 

 

【幸せ】

【ありがとう】

【良く眠れそう】

 

 

「最後に、ドライヤーをかけていこうと思います」

 

 

 普段、彼女が使っているらしいドライヤーにかちりとスイッチを入れると、暖かい風がぶおーんという音を立てて吹き出してきた。

 ドライヤーの熱は、聴覚しかない私には伝わらない。

 だが、出力を加減しているだけあって、五月蠅くはない。

 むしろ、穏やかで心地良い音が髪と頭皮をなでる。

 誰かに髪を乾かしてもらうのって、こんなに気持ちいいのか。

 

 

「では、今日はお疲れさまでした」

 

 

【おつねむ―】

【お休みなさい】

【またこういうのやって欲しいな】

 

 

 初めての、散髪ASMRは、好評に終わった。

 同時に、永眠しろさんのロールプレイには需要があるということが、明らかとなったのであった。

 




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今回は、リクエスト回でした。
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第十一話『シチュエーションに対応したロールプレイ』

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「うーん」

『どうかされましたか?』

「いや、結構マシュマロがたまってるなあって思ってさ。色々リクエストが多くてさ」

 

 

 永眠しろさんが設置しているマシュマロには、様々な匿名のコメントが投げ込まれている。

 暴言やセクハラの類はSNS管理担当である氷室さんがこっそり処理してくれているようだが、逆にそれ以外はすべて文乃さんの希望通り彼女が受け取っている。

 単純に、配信の感想や好意を伝えるものが一番多いが、その次に多いのがリクエストだ。

 特に、ASMR配信についての企画案が多い。

 文乃さんにとっても、こういうリクエストはありがたい。

 先日の散髪ASMRのように、彼女も私も全く知らなかったASMR企画を試すことができるようになる。

 

 

『確か、以前貰ったリクエストの中には両手指かきなんてものもあったようなきがしますね』

「そういうのもあるねえ」

 

 

 マシュマロは、私にも共有されているので、どんなリクエストかは当然私も知っている。

 

 

「耳かきASMRオンリーやってみたいね?」

『いいですね』

 

 

 そうして、耳かきのみのASMR配信が決定した。

 まあ、これについてはまだやっていなかったことが不思議なレベルである。

 

 

「うーん」

『何か悩んでいるんですか?』

 

 

 せっかく企画が決まったというのに、まだ何か悩んでいることがあるというのだろうか。

 あるいは、このASMRについて何かしら悩んでいるのだろうか。

 

 

「いや、声ありと声なしどっちがいいのかなって」

 

 

 そういえば、声なしでASMRやって欲しいというリクエストもあったな。

 

 

『とりあえず声ありにして置いたらどうです?それで、次やることがあったら、声なしにするとか。どっちもやるっていう前提にしたほうがしろさんのスタイルには合ってるかなとは思うんですけど』

 

 

 しろさんのASMRのスタイルは、広く、より多くの人にがモットーだ。

 一人でも多くの人を癒したいと考えているから、様々な

 だから、それどころかより一層マイナーな箏ASMRや、金属音ASMRのようなことだってやる。

 因みに、箏動画はもうすでに四本くらい出ている。

 曲の数だけバリエーションを出せるから、ネタ切れになることはないだろう。

 箏を持っている人なんて限られるし、演奏できる人もほとんどいないからある意味彼女固有の武器なんだよね。

 多くの視聴者に知ってもらい、視聴者がおのおのの意志で自分の好きなものを聞いて癒されてくれればいいと考えている。

 広告をつけていない以上、収益にはならないが、再生数が彼女にとっては一番重要であると言えるかもしれない。

 

 

「そうだよね、よし、それでいってみようか」

 

 

 その後、しろさんとは色々と話し合った。

 耳かき用の道具であったりだとか、スケジュールだとか色々だ。

 

 

『他に、何かやりたいことってありますか?』

「色々あるよ?認知シャッフル睡眠法とか、オノマトペとか」

『オノマトペ、は結構やってませんか?』

 

 

 オノマトペ、とはペタペタ、すりすり、などの擬態語である。

 ちょくちょくASMR配信でも使っているはずだが、オノマトペのみの配信をやりたいということだろうか。

 

 

「そうだね、オノマトペだけの配信とかやってみたい。実際、配信では間が持たないかなと思ってるんだけど、動画とかならいけるかなと思ってるんだよね」

『なるほど。あえて動画を出すのもいいですよね』

「動画だと、シチュエーションボイス系とかやってみたいなあ」

『ああー。同棲している彼女が、とかいう奴ですよね』

 

 

 

 シチュエーションボイスとは、特定の状況を設定して聞いている人に向かい主人公が話すセリフを録音したものである。

聞いている人が当事者になれるよう対話をしており、相手の声を含まないストーリー展開となっていること、そして視聴者とのやり取りを想定して独特の間を取ることなどが特徴である。

CD、データ販売、動画としての投稿などが主となっている

そのため視聴者は「自分に、配信者が話しかけてくれてる」という気分になれて、臨場感や高揚感が味わえるところが大きな魅力である。

 通常のASMR配信以上に、距離感が近く、一対一を意識したコンテンツとなっている。

 ある意味、先日やったロールプレイに近いともいえる。

 ふと、彼女はニヤニヤしながら私の方を見てくる。

 いわゆる、腹立つ顔というやつだ。

 まあ、かわいいからいいんだけどね。

 

 

「もしかして、君はそういうシチュエーションが好きなのかな?同棲のシチュエーションとか、添い寝みたいなやつ?」

『ああ、まあ、好きですね』

 

 

 ちょっと自分の性癖を知られたみたいで恥ずかしいんだけど。

 割と、昔は「シチュエーションASMR」とかを聞きながら作業してましたよ。

 早く寝たいなあ、と思いながらやっていたのは悪しき思い出である。

 

 

「具体的にはどういうのが好きなの?耳かき、ヤンデレ、それとも添い寝とか?」

『ああまあ、ヤンデレ、添い寝が好きですねえ』

 

 

 ふむふむ、と文乃さんは何かを納得したようにうなずいている。

 かわいい。

 

 

 

「せっかくだから、リハーサルをしてみてもいい?」

『シチュエーションボイスの、ですか?』

「うん」

『それは、なぜでしょうか?』

「君が、好きなものをやってみたいんだよね」

『そうですか……』

 

 

 なんだか、照れるなあ。

 

 

 ◇

 

 

「いやー、終わった終わった。ごめんね、待たせちゃって」

 

 少し、彼女の声はいつもより高い気がする。

 まあ、「彼女」というシチュエーションならそうなるのだろうか。

 こんなに可愛くて、優しい人が彼女ならきっと幸せなんだろうなと思う。

 この肉体でそんなことが、実現するはずもないが。

 

「配信が楽しくてね、ついつい遅くまでやっちゃったよ」

 

 しろさんの声は、いつもより低く、心なしかかすれている。

 少なくとも、普段配信で聞いている声よりは。

 むしろ、配信外の文乃さんの声に近いかもしれない。

 電話で声が高くなるように、しろさんと文乃さんでは声色が若干違う。

 文乃さんの方が、やや自然体で、気が抜けている。

 今日は、そちらの方に近い。

 

「ごめんって。もう、本当にごめん」

 

 後ろから、ぎゅっと腕を首に回してきた。

 それを、音だけで、空気の揺れだけで知覚できる。

 本当に、彼女と同棲しているような距離間でぴったりと密着している。

 

 

「配信と、君どっちが大事ってそれはまあ、ベクトルが違うからはっきりとしたことは言えないというか……」

 

 

 少し、甘えるような声を出す。

 

 

「いやでも、君が配信に劣っているということは絶対にないよ?」

 

 

「せっかくだから、今日は一緒に寝ようよ。甘えたいしさ」

 

 

 そういって、ごそごそと布団に入り込む音が聞こえる。

 よりぴったりと、密着してきた。

 吐息がかかる、心臓の鼓動がとくとくと伝わる距離まで密着して。

 色々なことを話しながら、眠そうな声で、最後に一言。

 

 

「お休み」

『…………』

 

 

 可愛すぎて、悶絶してしまった。

 

 

 ◇

 

 

『…………』

 

 

 「お休み」と言ってから、数十分後。

 文乃さんはすうすうと、寝息を立て始めていた。

 演技、ではないね。

 多分、本当に寝ている。

 まあ、普段の配信に加えて、とある企画の準備とか色々やることが多かったみたいだから仕方がないかもしれない。

 リハーサルだし、今は起こす必要もないだろう。

 けれど、一言だけ言わせてほしい。

 最高の、文句のないリハーサルだと思えたから。

 

 

『お休みなさい、文乃さん』

 

 

 本当の彼女に対して言うように、優しく、穏やかに、愛おしさをこめて。

 私は、言葉をかけてから、朝まで待った。

 可愛らしい文乃さんの寝顔を見ながら。

 




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今回は、一応リクエスト回でした。
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第十二話『迷いをふりすてて、耳をかく』

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 季節は四月。

 桜が咲き、新社会人や学生が新たな生活を始めるといういわば門出の時期。

 温暖化の影響化、四季が失われたといわれ始めて久しいこの日本でも、今この瞬間だけは、確かに温かく、過ごしやすい時期であることは疑いようのない事実である。

 春眠暁を覚えず、ということわざにもあるようにこの時期は暑すぎず、寒すぎず、最も眠りやすい時期だ。

 ただし、それは普通ならばの話である。

 今の社会人には、ストレスや残業が多くのしかかり、そんな春であってもなかなか眠れるものではなかったりする。

 そんな中、一人の少女がその状況を打破すべく、立ち上がった。

 

 

「…………あと、三十分だね」

『そうですね』

「…………」

『…………』

 

 

 

 今日は、耳かきASMRをする日である。

 ついでに言えば、先ほど文乃さんが言ったとおり、もう残り時間は少ない。

 事前に告知をしており、SNSのリプライにはいつも以上に楽しみにしているというコメントが多かった。

 まあ、耳かきというのはASMR配信において最も有力なコンテンツである。

 それを求める人も、かなり多い。

 多分、耳かきと耳舐めが二大巨頭ではないだろうか。

 

 もうすぐ配信が、始まるというタイミング。

 文乃さんは、食事や入浴を済ませており、リハーサルも終えている。

 氷室さんと雷土さんによる機材設定も完了している。

 あとはもう、配信を始めるだけという状態になっている。

 彼女は、喉飴を舐めながら画面を見つめている。

 緊張はしているが、あくまでも初配信や初ASMRのような壊れてしまいそうなほどではないと思われる。

 ただの勘だけど。

 なので、下手に話しかけると逆に悪化するかもしれないという懸念もあって話しかけられずにいた。

 だから沈黙を破ったのは、文乃さんの方だった。

 

 

「ねえ」

『何ですか?』

「最近、Vtuberとしていろんな人と関わるようになったんだ」

『ええ、知ってますよ』

 

 

 当然、把握している。

 彼女の傍で見てきたから。

 彼女の努力のたまものだ。

 視聴者も、彼女の活躍を喜んでいるはずだ。

 少なくとも、文乃さんから聞いている情報は大半がその通りである。

 ナルキさんと関わると決意したから。

 違う考えを持った人を、受容できたから。

 がるる・るる先生の差し出した、物おじしてしまいそうなほどに大きな手を振り払わなかったから。

 忙しい先生に対して、スケジュールを調節する手間を惜しまず、礼儀を尽くした姿勢が評価されたから。

 がるる家の姉にも臆しながらも声をかけ、自分の理想のために突き進んだから。

 今の彼女があると思っている。

 

 

「そういう活動に対して、後悔はない。見てくれる人が増えて、信頼できる仲間というか、友達ができたとも思っている」

 

 

 実際、ナルキさんやがるる先生とは仕事とは直接関係ないやり取りもしているらしい。

 アニメや漫画の話だとか、好きなVtuberについて話したりだとか、色々あるようだ。

 度々、どうやって返したらいいか、という相談を受けたりもするからね。

 今のところ、女性向けの下ネタとかはないからギリギリ私でもうけ負えている。

 もしそんなのが来たら、私では無理なのでSNS担当の氷室さんに丸投げすることになると思われる。

 いやまあ、あの二人はしろさんの年齢を知ってるだろうからそこまでえげつないことは言わないだろうとは思っているんだけどね。

 

 

「ただ、ソロ配信だけという生活をやめて、思うんだ。視聴者さんたちの、しろの永民との距離が広がったんじゃないかって」

 

 

 なるほど、そういうことを気にしていたのか。

 確かに、登録者数が増えたことや、裏での打ち合わせややり取りが増えたこともあって、彼女は前より視聴者に関わる時間は減った。

 具体的には、視聴者が書き込む動画へのコメントや、リプなどに返信するのが難しくなった。

 もともと、毎日配信やリハーサルで忙しかったこともあってかなりギリギリのスケジュールだったから、そこにコラボが加わるともう無理なのだ。

 その旨は、永眠しろさんのSNSアカウントで伝えてあるし、視聴者も納得している。

 ただ、しろさん自身が納得できるのかはまた別の話だ。

 けれど、私が掛ける言葉は決まっている。

 

 

『そんなことはありませんよ』

「そう、なの?」

『少なくとも、私がそんな風に感じたことはないです』

「でも……」

 

 

『わかってますよ。そういう問題じゃないってことは。でも、目的と手段は、分けて考えなきゃいけません』

「目的と、手段?」

『文乃さんの目的は、声を通して、ASMRで、誰かを癒すことでしょう?』

「そうだね」

『コメントなどを使った視聴者さんとの交流は、あくまでも視聴者さんを元気づけるための手段の一つです。それができないなら、別の方法を模索すればいいだけのことです。今みたいに、ね』

 

 

 手段は、たくさんあるはずだ。

 雑談配信、ASMR配信、コラボ配信、ゲーム配信、箏動画。

 そういったものを、今まで積み上げたものを、見せつければ、きっと視聴者さんたちは付いてきてくれる。

 

 

「そうか、そうだよね。うん、そうだ」

 

 

 文乃さんは、私の声を聞いてうんうんとうなずいている。

 

 

「ありがとう、君のおかげで、また前に進めるよ」

『それはよかった』

 

 

 一番よくないのは、立ち止まること。

 もう無理だと絶望して、諦めてしまうことだと。

 初めて出会った日に、私が終わった日に、絶望を共有した私たちは知っているから。

 

 

「いってきます」

『行ってらっしゃいませ』

 

 

 お決まりのやり取りの後に、配信が始まった。

 

 

 ◇

 

 

「こんばんは、永眠しろだよ。今日は、耳かきオンリーASMRを今から、やっていくよ。無言というわけではないから、そこだけよろしくね」

 

 

【きちゃ!】

【こんばんながねむ―】

【今日は耳かきをしてもらえると聞いて】

【了解!】

【サムネにも書いてあったもんね】

【楽しみ がるる・るる】

 

 

 

 がるる先生もよく見ているなあ。

 この人、コラボしてからはちょくちょくコメント欄に出現するんだよね。

 もしかすると、以前から見てはいたのかな。

 一応娘だし、気にかけてはいたっぽいよね。

 適当そうに見えて、しっかりしているのかしていないのか。

 まあ、それはいいか。

 

 

「まずは、タオルでお耳を拭いていくよ。ほら、ふきふきふき」

 

 

 彼女が取り出したのは、いかにも高級そうな、柔らかそうなタオル。

 多分だけど、しろさんがバスタオルとして使っているようなやつ。

 視界の端に、しろさんが手に持っているのを見ただけでそのふわふわ感が理解できる。

 タオルって、高いものは本当にふわふわしているからね。

 ごしごし、という強いこすり方とは違う、ぼふっ、ぼふっ、と耳の表面を優しく、やわらかく、温かくタオルを押し当てていく。

 フェザータッチとでもいうのか、壊れ物を扱うような優しい手つきで耳を掃除されている。

 

 

【もう寝そう】

【心地よい】

 

 

「ちょっとだけ、強めに拭いていくよー。ごりごりごりごり」

 

 

 そんな言葉とともに、しろさんの、手つきが変わる。

 先ほどより、激しくタオルで耳介をこすっていく。

 ゴシゴシゴシゴシ、というタオルで体を拭く音が聞こえる。

 やわらかいものを、押し当てられている圧迫感が伝わってくる。

 

 

【ふわああああ】

【脳が震える】

【最高過ぎるよ】

 

 

 

「じゃあ、次は梵天を使っていくね」

 

 

 

 そういって、彼女は傍に置いてあった白い毛のついた耳かきを取り上げる。

 耳かきオンリー配信はまだ、始まったばかりだ。

 




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第十三話『彼方まで伸びし指』

更新遅れて申し訳ありません。
ちょっと環境というかデバイス的に難しい状態になっています。
今後ともよろしくお願いします。


 

「梵天から使っていくね」

 

 

 

 梵天。

 すでに何度も配信で使っている耳かきを、ここで投入する。

 しろさんにとっては最も馴染んだものであり、視聴者さんにとっても、おそらくは最も聞きおぼえのある耳かきだと思う。

 ASMRといえば耳かき、耳かきと言えば梵天と相場が決まっている。

 いわば、スタンダードオブ耳かきである。

 

 

 さて、その音は。

 

 

 

『おお……』

 

 

 

 思わず、声が出てしまった。

 うん、声が思わず出てしまった。

 こういうのがいいんだよ、こういうので。

 もはや実家のような安心感がある。

 

 

 

 

「続いて、ステンレス製の耳かきを使っていきます」

 

 

 しろさんが取り出したのは、ステンレスの耳かき。

 梵天よりは少し短い。

 綿棒程度の長さだろうか、ただし綿棒とは違ってへらがついている。

 金属音ASMRに使っていたそれが、耳に差し込まれていく。

 金属音が元々苦手だったようだが、最近はそこまででもなくなっているとか。

 だからこそ、今回の配信でも使っているのだけれど。

 

 

 

『ふおお……』

 

 

 

 金属がこすれるような音。

 爽やかな、涼しい音。

 シャリ、シャリ、という音。

 刀を振るうような、鈴が鳴るような、凛とした美しい音。

 

 

【金属音ASMRやってた時のやつだな】

【さっきより涼しげでさわやかな音。落ち着くなあ】

【この音好きかも】

 

 

 今までのASMR配信ではステンレス耳かきはほとんど使ってこなかったからね、視聴者さんにとっても新鮮なのかもしれない。

 なんなら、今回の配信で初めて聞く人もいるかもしれないからね。

 金属音ASMR配信の再生数、他のASMRと比べるとかなり低いし。

 耳舐めと、耳かきが回りすぎているというのもあるけど。

 

 

 こうやって、しろさんが改めてステンレス耳かきを使うことで、視聴者さんにとってはまた新しい発見と餡るかもしれない。

 各々が、各々の好きな音を聞いてくれるのが彼女の望みでもある。

 彼女はステンレスをしまい、一つのケースを取り出した。

 

 

「綿棒ですね、今度使っていくのは」

 

 

 ぱかり、とプラスチックのケースを開ける音が響く。

 綿棒を入れるケースって、どれもみんなドラム缶みたいな円柱だよね。

 綿棒を入れるケースって、結構独特な形をしているよね。

 空になったら、綿棒以外のものを入れたりしない?

 私は前世でやってた。

 飴とか、チョコとかいれたんだけど、これ私だけかな?

 少なくとも文乃さんは、やってはいないらしいけど。

 果たして、貧乏生活をし過ぎた私がずれているのか、逆に富豪のもとに生まれたしろさんが特殊なのか。

 はたまた、その両方であろうか。

 

 

 これといった特徴のない、白い綿棒。

 綿棒は、耳掃除に使われる。

 特に、赤ちゃんなどは耳を傷つけないために、耳かきではなく赤ちゃん専用の綿棒が採用されることも多い。

 だが、その一方で、耳かきには向かないとも言われている。

 耳穴内部で耳垢を押してしまうため、耳垢が奥で詰まってしまうんだとか。

 しかし、逆に言えば。

 

 

「ほらー、耳掃除するよ。ぐりぐり、ぐりぐり」

『うっ、あっ』

 

 

 彼女の持つ綿棒が、耳奥のみを丹念に攻め続ける。

 ぐりぐりと、ごりごりと、鼓膜だけを攻撃され続けている。

 一点を刺激されると、いつもとは違い、いつも以上にセンシティブな気がする。

 新しい何かに目覚めそうだった。

 

 

 

「つぎ、ゴムブラシで耳かきをしていくよ。しゅこ、しゅこ、しゅこ」

 

 

 綿棒を奥から出して、彼女が取り出したのは、今回の配信のために通販で取り寄せた耳かき用ゴムブラシ。

 黒い持ち手の先端に、ゴムでできた青いひだがこれでもかというほどびっしりとついている。

 ごしゅっ、ごしゅっ、という音を立てて耳の中にゴムブラシが入っていく。

 

 

『ふおおおおお』

 

 

 リハーサルでは試したものの、まだ馴染んでいない新感覚に、つい声が出てしまう。

 奥までブラシが入り込むと、パリパリという音に変わる。

 くるくるとゴムブラシを回転させると、ぐりぐりという音になる。

 

 

「ぱりぱりぱりぱり、かりかりかりかりこりこりこりこり、ぱりぱりぱりぱり」

 

 

 しろさんの耳かきと、それに対応したオノマトペが、絶妙に気持ちいい。

 

 

【大好き】

【眠れる……】

【すやあ】

 

 

「ぐっすり眠ってね。今日は何も考えなくていい日だからさ」

 

 

 そうやって、しろさんがかける慈愛に満ちた声も、聴く人を眠りにいざなっている。

 私も、機械の体でなければ、今頃きっと寝落ちしていたはずだ。

 

 

「じゃあ、お次は竹の耳かきを使っていくね」

 

 

 ゴムブラシを耳から引き抜いて、次に彼女が取り出したのは、竹の耳かき。

 正確には、煤竹の耳かきというらしい。

 竹を、熱して固くしたものであるという風に聞いている。

 梵天よりも、色の濃い耳かきが右耳に入ってくるのを感じながら。

 耳の中を掘り進める音は、乾いていて、心地よい。

 

 

「じゃあ、お次は指かきをしていきます」

 

 

 しろさんは、薄いゴム手袋をはめる。

 歯科医が使うような、薄さであり、ごそごそという音がマイク越しに視聴者たちの耳に届き、私達の期待感を煽る。

「じゃあ、まずは右耳からしていきますね」

 

 

 

 ゴリゴリ、と関節を複数持った蛇のような何かが耳の中に侵入してくる。

 耳道を、鼓膜を蹂躙される感覚が響く。

 関節が曲げ伸ばしされることで、耳の中で指が暴走し、脳内でえも言われぬ感覚が炸裂する。

 ずりずり、と、耳の中で出し入れすることによっていけないことをしているような感覚がある。

 す、と指が離れた。

 

 

『あ……』

 

 

 名残惜しくなって、つい声が漏れてしまう。

 少し、恥ずかしい。

 

 

 

【気持ちいい……】

【最高】

【ビクビクする】

 

 

「じゃあ、次は左耳を始めていきますね」

 

 

 背後から、耳元で囁かれる。

 

 

【うおおおおおおおお!】

【左やられたらおかしくなっちゃう】

 

 

 今度は、左手の指が左耳に侵入する。

 しろさんは、右利きなので左の動作性はわずかに右に劣る。

 だが、それもまたよい。

 少し不器用で、ごりごりと蠢く左手が、縦横無尽に動き回る右手とはまた違った快感を与えてくる。

 

 

「じゃあ最後は、両耳を責めていくね」

 

 

【もうダメ、おかしくなっちゃう】

【こんなの耳が孕んじゃうよ】

 

 

 最初に感じたのは、耳をふさがれる感覚。

 指で両耳道を封鎖され、空気が反響してごうごうと音を立てる。

 そして、ゆっくりと指が耳の内部へと侵入していく。

 ゴリゴリ、という音が両耳から響く。

 いや、耳だけではない。

 耳をふさがれたことによって、脳内で指の立てる音が反響している。

 全身が、心が完全にしろさんに支配されていた。

 

 

【好き】

【最高すぎる】

【これは寝ちゃう】

 

 

 これは、視聴者たちも同じだった。

 当然だ。

 同じ音を聞いていて、同じ人が好きなのだ。

 感じていることも、おそらくはきっと大差ない。

 

 

 ◇

 

 

「今日は聞いてくれてありがとう。お疲れさまでした、もしかしたらまたやるかもしれないかな、おやすみなさい」

 

 

【おつねむ―】

【最高でした】

【素晴らしかった】

 

 

 しろさんは、配信を切ると椅子から立ち上がって、ベッドに倒れこむ。

 どうやら、それなりにつかれたらしい。

 無理もないかな。

 文乃さん、相当今回の配信に力を入れていたし。

 リハーサルも、彼女はいつもの倍以上の時間をかけていた。

 それはきっと、今回の配信が彼女の主力になりえるからだ。

 

 

 ASMR配信者にとって、配信の同時接続数以上に大切なことがある。

 それは、アーカイブないし動画の再生回数だ。

 

 メリットは二つ。

 再生されればされるほど、おすすめに表示されやすくなる。

 また、再生数が高い動画は印象がいい。

 「これだけ再生されていれば、きっと高品質のものに違いない」と、初見の人は判断する。

 

 

 つまり、一つ再生数が伸びる動画があれば、新規を取り込みやすくなるのだ。

 しろさんのASMRで最も幅広い層に需要があるのが耳かきであり、そこを彼女は理解していた。

 だから、文乃さんは必死で頑張った。

 今までに彼女が積み上げてきた経験と技術を全部使って。

 己の理想である、「より多くの人を癒す」を達成するために。

 さて、そんな試みはうまくいくのだろうか。 

 

 

 

『きっと、うまくいきますよ』

 

 

 

 いつもよりも活発だったコメント欄の様子から、今度のアーカイブは伸びるだろうと判断した。

 まあ、ただの勘なのだが。

 私の勘は、よく当たるからね。

 だから、今は。

 

 

『お休みなさい』

 

 

 他の誰でもない、私だけの権利。

 彼女をいたわり、ねぎらう権利を行使する。

 




次回はASMRとは違う回になると思われます。


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第十四話『コラボと麻雀』

感想など、いただいていつも感謝しています。
モチベーションになるので、良かったら気軽にお願いします。


 先日、永眠しろさんは耳かきオンリーASMR配信を行った。

 結果としては、その配信のアーカイブはかなり再生された。

 コメントや高評価も、今までの比にならないほどつけられており、大成功であると判断できるだろう。

 そして、しろさんはここがチャンスであると判断したようだ。

 今度は、声なしの耳かきASMR配信を行った。

 それもまた、再生数を大きく伸ばした。

 耳かきというコンテンツはやはり王道だけあって需要がある。

 しばらくは、ASMRにおいては耳かきをメインにしていくつもりだと、しろさんは私に語った。

 さて、こうして個人配信でかなりの成功をつかみ取ったしろさんだったが、そこでは終わらない。

 この勢いのままに、さらに永眠しろというコンテンツを広めるための行動を起こすことにしたのだ。

 新たな視聴者層を獲得するために、活動の幅を広げるために、新しくできた友達とまた遊ぶために。

 またしても、コラボ配信をすることになったのである。

 

 ◇

 

 とある日の、午後二十二時。

 ぬるりと始まった配信画面には、ふたりの人物が映っていた。

「麻雀、ですか……」

 一人は、大鎌を背負い、フリル付きのブレザーを着込んだ女子高生こと永眠しろさん。

「そ、麻雀だよ」

 もう一人は、金髪金眼巨乳コスプレメイドこと、金野ナルキさん。

 配信画面タイトルには、「コラボ雑談。ゲスト:金野ナルキさん。トークテーマ、漫画」と書かれている。

 しろさんとナルキさんは、コラボ配信を度々行っていた。

 時にナルキさんのチャンネルで、時にしろさんのチャンネルで。

 時に雑談を行い、時に一緒にゲームをプレイする……というか、介護してもらう。

 明るい性格のお姉さんであるナルキさんと、少し内気な少女ことしろさん。

 二人の組み合わせは、どちらのファンからもかなりの支持を得ていた。

 

 そして今日は、なんだかんだと四回目のコラボとなる。

 今回は、しろさんの枠で、雑談コラボを行う。

 トークテーマは、両者の好きな漫画やアニメについて。

 お互いがお互いの好きなものを、語りあうという配信だった。

 元々、ナルキさんもしろさんもかなり漫画を読んでいる。

 そして、色々と裏でやり取りをする上で、かなり好きな漫画がかぶっていることがわかった。

 というか、私がかなり広く浅くしろさんに勧めたからね。

 なので、ナルキさんが知っている漫画は、概ねしろさんも私も知っている。

 まあ、漫画について守備範囲がかぶっているということで。

 コラボ配信をしようということになった。

 そこで、麻雀の話題になったのだ。

 

 

「おもしろいんですか?やったことがないんですけど」

「うん、普通に面白いし、しろちゃんにもやってみて欲しいなあ」

 

 

 なぜそんな話題になったかと言えば、麻雀を主題にした漫画をナルキさんが好きだといったからである。

 そして、その漫画をしろさんは読んだことがなかった。

 ついでにいえば、麻雀のこともよく知らなかった。

 まあ、それも当然かもしれない。

 麻雀というのは大人のテーブルゲームである。

 大学か、あるいは社会人になってから学ぶものであるというのが一般的な認識だ。

 そんなわけで、現役女子高校生たるしろさんが知るわけがないのである。

 ついでにいえば、麻雀を主題とする漫画は結構成人男性向けに作られた漫画が多く、暴力や未成年の喫煙の描写などもそれなりにある。

 なので、私もしろさんに麻雀を主題とした漫画などをすすめるのははばかられた。

 だからしろさんは麻雀にはおろか、麻雀系の漫画やアニメなどに触れることがなかった。

 

 

【しろちゃん、こういう漫画は読んでないんだね】

【麻雀知らないのは解釈一致】

【ていうか、女子高生になんて物を進めてるんだ……】

【まあ、麻雀は割とナルキちゃんのコンテンツの一つだから】

 

 

「でも麻雀って、Vtuberが配信できるんですか?」

「いやいや、それができるんだよ。この、『天域麻雀』を使えばね!」

「ああ、『天域麻雀』って書いてあるサムネイルを見たような気がしますね」

 

 

 『天域麻雀』は、オンラインでインターネット上にいる相手ならだれでも麻雀をすることができるというアプリだ。

 それなりにはやっているゲームだし、Vtuberさんの中にも配信したことがあるという人は少なくない。

 基本的に無料でプレイすることができることや、アプリをインストールしなくてもブラウザで利用できることがその理由の一つかもしれない。

 

 確か、ナルキさんはもちろん、がるる・るる先生も配信していたはずだ。

 サムネイルだけ見て、該当の配信は見ていないが。

 

 

「あー、いやそうでもないんだよね。私が麻雀のルールを覚えたのは、Vtuberになってからなんだよね」

「そうなんですか?」

「大学とか、全然友達いなかったからね。麻雀を覚える機会すら得られなかったというか……」

「ああ、それちょっとわかります。私も、学校で友達ができたことないので」

「う、うーん、ちょっと私の場合は違うかもしれないね」

 

 

【あっ】

【草】

【なんか空気悪くない?】

 

 

 ナルキさんがテンションを高く保っているために、なんとか空気が悲壮にならずに済んでいるが、内容は本当に悲しいだけの話である。

 しかし、ナルキさんコミュニケーション能力が高いはずなのに、友達がいないとは意外だった。

 何かあったのかな、と思いかけてそこまで気にしても仕方がないと思考を打ち切る。

 

 

「職場とかだと、良くしてくれる人もいたけど、ブラックだったからすぐにいなくなっちゃうんだよねえ。だからそれこそ麻雀教わるような人ってのはいないかも」

 

 

 わかるー。わかるなあ。

 まともな人がいても、そういう人って感性がまともだからすぐに退職するか、精神的にやんじゃうんだよね。

 だからすぐにいなくなってしまう。

 ブラック企業というのはそういう場所だ。

 強者と弱者という価値観の檻に囚われて、人の感情におびえていただけの私然り、そんな私に怒鳴り散らしていた元上司然り、ブラック企業に長期的に努めている人はどこかずれていると思う。

 もちろん、もしかしたら例外的にまともな人もいるかもしれないけど。

 

 

「ま、私もこの『天域麻雀』で麻雀を勉強したタイプでさ、はじめは本当に何もわからなくて、視聴者に教えてもらったんだよね」

「そうなんですか」

「うん、『天域麻雀』にはある程度アシストとかルール説明のチュートリアルもついてるし、何ならある程度は私も教えられるから、やってみたらいいんじゃないかな?」

「ほうほう」

 

 

 金髪メイドさんが、目をキラキラさせながら解説してくるのを聞いて、うちの死神系女子高生さんも興味を持った様子だった。

 

 

「せっかくだし、やってみましょうかね」

「うんうん、せっかくだしやってみて欲しいよ。あと、さっき紹介した漫画も読んでほしいな」

「あ、それはこの配信終わったらすぐに買います」

「決断早いね!」

 

 

 いつしか、空気が悪くなりかけたことなどなかったかのように、話していた。

 トークも全体的には盛り上がり、コラボ配信としては大成功に終わったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 配信が終わり、ナルキさんとの通話が終わった後も、彼女は麻雀について考えていたようだ。

 おもむろに顔をこちらに向けて、私に問いかけてくる。

 配信外の文乃さんは、割とのんびりしている。

 配信中、せわしなく画面配置や音量などを調整したりしているからその反動かもしれない。

 

 

「ねえ、君は麻雀やってたことある?」

『まあ、多少はやってましたね』

 

 

 一応、就職活動のためにサークルには所属していた。

 全くコネクションがない状態で、就職などできるはずもないからね。

 そして、そのサークルの先輩に麻雀を教えてもらっていた。

 まあ、賭け麻雀をしていることがほとんどだったので、あんまり参加はしなかったけどね。

 賭け事でお金を増やせるとは思っていなかったしね。

 そもそも、賭け麻雀は自分以外の三人がグルだと絶対に勝てないんだよ。

 例えば、三人で手牌を共有されたらこちらは情報のディスアドバンテージがヤバいことになる。

 さらに、味方に振り込んだりもできるからね。

 少なくとも、そういうのも含めるといかさまされている側は絶対に一位にはなれないんだ。

 




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第十五話『ルール説明』

感想、お気に入りなどよろしく良かったらお願いします。


 ともあれ、そんな事情で、友達はいないものの麻雀のルールは知っているし経験も多少はある。

 

 

「やっぱり君さあ、人たらしだったんじゃないの?」

『いや、なんでそうなるんです?』

「だって、普通に人間関係を構築しているし、何より人の心に敏感だし……」

『まあ、それはですねえ』

 

 

 文乃さんには、友達がいなかったと説明している。

 実際いなかったし。

 ただ、文乃さんと私では「友達がいない」の理解の仕方が違う。

 私の経験は、バイトなどで忙しすぎて誰かと仲を深めることができないというパターンだった。

 それに対して、文乃さんの場合は、いじめに遭っており、味方が一人もいないが故の「友達がいない」だった。

 彼女にしてみれば、私は人間関係について大成功を収めているように見えるのだろう。

 実際そんなこともないんだけどね。

 

 

『まあそれに、人の心がわかることが必ずしもいいこととは限りませんから』

「そうなの?」

『ええ。私の勘は時折相手が隠しておきたいことまで見抜いてしまうので』

 

 

 幸い、そういうトラブルが起こったことはない。

 元々、父を刺激しないために、爆発させないために発達した勘であるがゆえに当たり前と言えば当たり前だが。

 相手の心の、弱いところに触れないように立ち回るために発達した勘。

 だから、勘が原因のトラブルが起こったことはない。

 とはいえ、使い方次第ではトラブルを起こすことも可能だったかもしれない。

 少なくとも、勘で得た情報を全て相手に伝えてしまえば、一日に一度はトラブルになっていたはずだ。

 閑話休題。

 

 

 

「まあ、とりあえずわかったよ。どういうゲームなのか、教えてくれる?」

『いいですよ』

 

 

 ここで、麻雀のルールを説明しよう。

 まず、東西南北、三元牌、萬子、索子、筒子などといった麻雀牌がプレイヤー全員に十三枚ずつ配られる。

 三元牌は何も書かれていない白と呼ばれているもの、緑の字でハツと書かれているもの、赤い字で中と」書かれているものがある。

 萬子は、漢数字が書かれた牌であり、索子は緑色の植物などが描かれた牌、筒子は対応する数字の分だけ丸が書かれた牌となっている。

 

 

 プレイヤーは、十三枚の手札、もとい手牌を最初に持つ。

 そして他の牌がある山から、自分の番に一枚の牌を引く。

 そして、十四枚から、一枚を選んで捨てる。

 これを繰り返すことで、点数を得られる「役」を作っていくことになる。

 誰かの役が完成すると、その時点でその番は終わり。

 手牌も山もリセットして、また同じことを繰り返す。

 ゲーム終了の基準は場合によって変わるため一概には言えないが、条件を満たせばゲーム終了となる。

 最終的に、得た点数の最も高いプレイヤーが勝ちである。

 ざっくり言うと、少し複雑なポーカーといったところだろうか。

 あとは、四人または三人でしかできないことも、ポーカーとは違うんだよね。

 ポーカーだと、一対一でやるとか全然あるみたいだし。

 そうそう、ポーカーについてもサークルの先輩に教わったんだよね。

 そういう悪いこと全般、ざっくり教わった。

 まあ、そういう話もできたほうが就職とかそののちに役立つのは間違いない。

 ……少なくとも、接待では役に立った。

 なんというか、そもそも接待自体やりたくはなかったんだけどね。

 

 

 中国発祥の遊戯ではあるが、少なくとも日本ではおじさんのゲームというイメージが強かった。

 かくいう私もその一人である。

 大学時代、同級生や先輩に教わって覚えた。

 雀荘の中は煙草の臭いがひどく、おじさんたちの威圧感がすごかったことを覚えている。

 そんなイメージゆえに、若年層の間ではあまり流行っていないものでもあった。

 少なくとも、私達ぐらいの年齢では女子高生が麻雀をやるというのはまずありえないという共通認識だった。

 だが、この『天域麻雀』がその現状を変えた。

 配信者がこのゲームを通じて麻雀を学んだり、そもそもキャラクターがかわいいという理由で普通に流行っていたりしているようだ。

 私は見ていなかったけど、結構Vtuberさんの中でもやっていたり、なんならナルキさんみたいに麻雀をこれで覚えたという人も多いみたい。

 

 

 

 『天域麻雀』には、ドラ(追加で獲得できる点数が増えるボーナス牌のこと)を点滅させてわかりやすくする、上がれるタイミングを教えてくれる、など、ポンやチー、カンができるように牌などといった程度のアシストもある。

 オンラインのボードゲームは、将棋やオセロなども含めて初心者でもプレイできないと人口を確保できないため、こういうアシストがついていることが多い。

 加えて、対局中には役の一覧表を見ることもできる。

 こういうサポートも含めて、初心者でも始めやすいゲームではあるだろう。

 

 

 

 『天域麻雀』は、結構な人気があるし、私が死ぬ前の時点でもそれなりに実況しているVtuberさんたちはそれなりにいたはずだ。

 どうやら、いまでもその人気は健在、いやそれ以上に盛り上がっているらしい。

 一応、しろさんも私も、Vtuberの配信を観ることはそれなりにあるため、『天域麻雀』という物自体は知っていた。

 

 

「一応、アカウントを作っておこうかな」

『それがいいと思います良ければ、そこらへんの手順も私が教えましょうか?』

 

 

 多分だけど、以前別のオンラインゲームに登録したことが昔あったはず。

 ほとんどプレイしていなかったが、やり方はたいして変わらないだろう。

 

 

「いいの?」

『いいんですよ。あなたのための、私ですから』

「ふえっ」

 

 

 顔を真っ赤にして、彼女は画面に向かう。

 メールアドレスを登録して、アカウントを作成しようとしているのだ。

 これ、私のアドバイスいらないかもしれないな。

 

 

「へ、変なことを言わないでくれよ!なんというかね、そうやって口説くようなことをバンバンと言ったらだめだよ?」

『いいじゃないですか。それに』

「それに?」

 

 

 文乃さんは、可愛いらしく小首をかしげる。

 少しだけ、緊張した状態で声を発する。

 

 

『ちゃんと言わないと、伝わらないこともあるでしょう?』

「……そうだよね。うん、そうだ」

 

 

 以前、言うべきことを言わなかったがために、彼女と私の間には誤解が生じていた。

 そして危うく、関係が破綻する所だった。

 その時、関係を維持できたのは私も彼女も、本音を打ち明けあったからだ。

 だから、私はしろさんに、文乃さんに。

 好きだとか、愛してるだとか、毎日いうのだ。

 伝えるのだ。

 

 

「私も、好きだよ」

『……ありがとうございます』

 

 

 その後は、これと言って気恥ずかしい会話はなく。

 『天域麻雀』を軽く触って、私が麻雀のルールや、役を教えて。

 CPUと、対局をしてもらって、コツをつかんでもらって。

 そうして、一日は終わった。

 



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第十六話『ガチャを引きつつ己を語る』

ツイッターにて、文法の使い方や重複表現などを誤字報告で指摘してもいいのかというご意見がありましたので、ここでも答えておきます。

大歓迎です。

ただ、理由などを書く場合は感想欄でお願いしたいです。(理由も含めて訂正されてしまうため)


それはそれとして、誤字については私の方でも注意してまいります。
これからもよろしくお願いします。


「みなさん、こんばんは。今日は、麻雀ASMR配信をやっていこうと思うよ」

 

 

 

【きちゃ!】

【ナルキちゃんとのコラボで話題になったやつね!】

【麻雀かあ。コメントが荒れなきゃいいけど】

【ASMRだから大丈夫じゃない?】

【ゲーム系になるとASMR要素突っ込んでくるの好きよ】

【耳元で囁かれながら麻雀されるの、どういう感覚で見ればいいんだ……】

 

 

 永眠しろさんが保有するコンテンツの一つとして、ゲームをしながらASMR配信をするというものがある。

 世間には麻雀をゲームとして扱うことに違和感がある人もいるかもしれないが、『天域麻雀』はソーシャルゲームの一種なので、今回の麻雀ASMRもゲームASMRとカウントすることに何ら問題はない。

 いつも通り、音量を絞ったゲームのBGMが響き、BGMよりはわずかに大きい囁き声が耳元で発される。

 

 

 ここで、まず麻雀と『天域麻雀』の違いについて説明していこう。

 一つ、世界観。

 『天域麻雀』は文字通り、天域という場所に住まう天使たちが、争いを繰り広げているという設定だ。

 そして、彼等彼女ら本気で戦うと、天域自体にも影響が出るほか、地球にさえも被害が出てしまう。

 それを防ぐため、天使が人間であるプレイヤーの体に憑依し、麻雀で代理戦争をするという設定だ。

 もちろん、現実ではプレイヤーが麻雀をしているだけなのだが、それはまあいい。

 リアルで、そんなファンタジーな世界観で麻雀をすることはまずありえないだろう。

 

 

 二つ、アシスト。

 リアルの麻雀にはあり得ない、あがり牌やドラ牌の表示。

 残り時間のカウントなど、とにかく至れり尽くせりである。

 

 

 三つ、装飾。

 麻雀とは直接関係ないキャラクター達が使えるのは言うまでもないが、雀卓や立直棒、牌などの見た目を装飾できる。

 立直棒などは、アクセサリーとひとくくりに呼称される。

 

 

 プレイヤーは、キャラクターである天使と契約する。

 初期から契約している天使と、課金によるガチャを回すことで獲得しないと契約できない天使がいる。

 そして、麻雀をしている時には彼女たちのボイスが流れたりする。

 立直やツモ、ロンのみならず、ドラ牌を捨てた時や、ゲームに勝利した時など様々な場面でキャラごとに固有のセリフが設けられている。

 一般的なゲームのキャラと違って、性能が変わるということや、特殊なスキルが獲得できるというわけでもない。

 ゲームのキャラメイクやアバターの着せ替えに近いかもしれない。

 見た目やキャラ愛を重視する人以外は、まず基本的にこだわらないポイントではある。

 私は、そもそもこのゲームをやってはいなかったが、たぶんやっていても課金はしなかっただろうな。

 ソシャゲとかにもお金使わないタイプだったし。

 それ以上に、お金なかったし。

 

 

 で、しろさん、文乃さんはどうなのかと言えば。

 

 

「うーん、キャラが一体も出ないんだけど……バグ?」

【最低保証で草】

【このゲームのガチャは、特殊な立直棒とかアクセサリーばっかりで、基本的にキャラは出てこないよ】

【目当ての子が欲しいとなると、間違いなく天井前提になるかなあ】

 

 

 うん、しろさんはそういう人だよね。

 しろさん、麻雀そっちのけでキャラクターなどが出るガチャを回している。

 

 

 

【金突っ込み過ぎで笑う】

【しろちゃんって結構浪費家なの?ガチャ狂い?】

「いや、ガチャを今までにやったことはないよ。課金とかって、人生初なんだよね。やり方がわからなかったから、人に聞いたよ」

 

 

 因みに、課金について教えてくれたのは氷室さんだ。

 やけにすらすらと教えてくれたんで、課金を結構しているのかもしれない。

 少なくとも、『天域麻雀』のキャラクターについてかなり盛り上がっていた。

 このゲーム、天井一回十万って聞いてたんだけど……。

 文乃さんは、お金を電子化する方法すら知らないし、なんならU-TUBEからもらっている収益の管理方法もわかっていない。

 そこら辺の管理は、メイドさんたちと、早音家専属の税理士とで行っているらしい。

 彼女たちに任せきりにしているせいで、彼女も具体的な収入は把握していないのだとか。

 閑話休題。

 

 

 ともかく、この世界ではリアルマネーをつぎ込むことで、「天使の輪」と呼ばれるアイテムを購入できる。

 そして、「天使の輪」を消費することによってはじめてガチャを回せるのだが。

 うん、渋いね。

 普通なら、最低保証として、何かしらキャラが出るはずだが、それすらない。

 ここまで渋いのには理由がある。 

 この『天域麻雀』というゲームでは、別に新しくキャラをゲットする必要はない。

 新しいキャラクターを得ても、それは一種の演出であり、麻雀そのものには何の影響も与えない。

 通常のゲームキャラクターには性能差があるが、『天域麻雀』ではキャラクターを変更したところで手牌やツモが変化したりはしないのだ。

 つまり、キャラクターを得るために回すガチャへの需要は他のゲームに比べてはるかに低い。

 だから、渋くても問題がないのだ。

 キャラクターが出なくても、ゲームをプレイするうえでは何の影響ももたらさないのだから。

 

 

「うーん、これさあ、全然でないんだけど、やっぱり壊れてるんじゃないの?」

【はいもう二十連】

【また最低保障か】

【今ので一万溶けたの怖すぎるだろ】

 

 

 この『天域麻雀』は、一回五百円でガチャを回せる。

 そして、二百回回すと天井と呼ばれるシステムによって、一体のキャラクターを選択できるようになる。

 つまり、一体のキャラクターを得るためには最大で十万円を消費するということ。

 

 

 

「できれば、さっさと出したいんだけどね。さっさと出して、好きなキャラクターと一緒に麻雀を打ちたいよ」

 

 

 

 

 

「いやなんというか、お金を使うことに慣れてないんだよ。普段は、家の人が買ってくれたりするから。箏とか着物とか、パソコンとかマイクもそうだよ」

【しろちゃん本当にお嬢様なんだよな。ですわー、みたいなロールプレイとはまた違う、根がお嬢様】

 

 

 そんなことを言っているあいだに、三十連。

 まだ、キャラは出ない。

 

 

【ちなみに、どのキャラ狙ってるの?】

 

 

 『天域麻雀』のキャラクターは、性能差こそないものの、外見や性格などはバラバラである。

 唯一の共通項は、背中に羽が生えていることと、頭部に光輪がついていることだ。

 可愛らしいロリキャラ、妖艶なお姉さん、ムキムキバキバキのマッチョメン、人の好さそうな顔をしたおじいさんなど、とにかくバリエーションが豊富だ。

 

 

 

「このキャラかなあ、やっぱり銀髪巨乳って最高だと思うの」

 

 

 しろさんが、マウスのカーソルで指し示したのは、銀髪ロングの天使だった。

 背は高く、すらりとした手足とくびれた胴体でありながら、出るところは出ている。

 踊り子のような衣装を着ているせいで、今にもたわわな双丘が零れ落ちそうだ。

 イラストであるため正確なことはわからないが、G、いやHといったところだろうか。

 それにしても、わざわざVtuberとしての体を銀髪にするあたりもしかしてとは思っていたけどしろさん、やっぱり銀髪好きなんだね。

 

 

【唐突な自己紹介するじゃん】

【奇遇だな、オレもだ】

【しろの永民で、銀髪巨乳嫌いな奴いないだろ】

【自分と似たキャラで麻雀するのもいいかもね】

【このキャラ身長百七十センチ以上あるし、髪も長いから似ているかと言われると微妙だけどね】

 

 

「うーん、まあ身長はねえ。さすがに高校生にもなってこれ以上伸びるとは思えないし……。ちょっと話がそれるんだけどさ、身体測定、体重はともかく身長を測る意味あるのかって思っちゃうよね」

 

 

 女子だとそうだよね。

 男子は大学生でも伸びる人は伸びるけど。

 あ、私も身長は中学生で止まったタイプです。

 百六十五センチとかだったかな、最終的に。

 結局、父親の背は抜けなかった。

 体格で負けていなかったら、また違ったのだろか。

 

 

【身長はともかく、髪に関しては伸びる可能性あるよね】

【ロングバージョンも実装可能】

【結構Vtuberって髪型差分ある人いるよね】

 

 

 コメント欄を見ると、しろさんのロングヘアバージョンに関心がある人が多いようで。

 まあ、私もぶっちゃけ見たいけどね。

 ボブカットが一番好きではあるんだけど差分を見たい(イメチェンしてほしい)気持ちもあるのだ。

 

 

「ロングかあ、幼稚園くらいの時はしてたね。小学校に上がったタイミングでやめてしまったけれど」

 

 

 おや、それは知らなかった。

 昔の写真とか、見せてもらったことないもんね。

 文乃さん、子供時代にいい思い出が少しでもあるのか怪しかったから、踏み込みづらかった。 

 

 

【そうだったんだ。何か止めるきっかけとかあったの?】

【暑苦しかったとか?】

【髪洗うの面倒そうだしね】

 

 

「いや、同級生とかに髪掴まれて引きずり回されたりするようになってねえ、ロングなんてとてもじゃないけど出来る状態じゃなかったんだよね」

 

 

【ええ……】

【いじめじゃんかよ、最悪】

【そういえば、前に自分の声が嫌いって言ってたけど、もしかしてそれが原因?声優さんとかにはちょくちょくあるエピソードらしいけど】

『…………』

 

 

 初めて、いじめに遭っていたことを明確にカミングアウトしたしろさんに対して、コメント欄は激しく動揺していた。

 早音文乃さんが、どれほど酷いいじめを受けてきたのかは、私は彼女自身から聞いて知っている。

 そんな私でも、彼女の口からいじめられたエピソードを聞くたびにいらだちと嫌悪を抑えられない。

 ましてや初めていじめられていたことを知った、視聴者さんたちの動揺はかなりのものだと思う。

 ただ、彼女の声に悲壮感のようなものはあまり感じられないのだけが救いだろうか。

 

 

 いじめが彼女の転校によって、終了してすでに一年以上経過している。

 それでも、彼女がいじめられた事実は変わらないし、それがいまだに彼女の中に根を下ろしていることも事実だ。

 最近まで、人との接し方もまともにわかっていなかったことが、それを示している。

 何しろ、私と出会うまで、ナルキさんと関わりだすまで自分から人に関わろうとすることはほとんどなかったんだよね。

 自分の周囲にある人間がほぼすべて敵である以上、無理もないけど。

 

 

「まあでも、こうして配信で話せる程度には消化できたことという話でもあるからね。そこらへんは、君達や、近くで支えてくれる人たちのおかげだよ」

『~~っ!』

 

 

 思わず、悶絶してしまった。

 しろさんは、耳元で囁きながら私の頭をポンポン、と叩いた。

 ただでさえ、顔の近くで、それこそ天使みたいなきれいな声で囁かれながら、頭をポンポンされるだけでもとんでもない破壊力だというのに。

 彼女は、頭に触れることで、私に伝えているのだ。

 誰よりも彼女の支えになっているのは、一体どこの誰なのか。

 彼女の動作と、普段の言動と、ついでに私の勘が伝えてくれる事実が、涙がこぼれそうなほどに嬉しかった。

 まあ、私涙腺とかないけど。




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第十七話『Death from Explosion』

感想が最近増えてきて、励みになっております。

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 無論、私だけの力だと、うぬぼれるつもりも毛頭ないが。

 少なくとも、今画面の向こう側で見てくださっていたり、心配や励ましのコメントを書いてくださっている視聴者さんたちもまた、感謝すべき存在であると思う。

 さっきしろさんも感謝していたけど、私からも感謝の言葉を送りたい。

 伝達方法がないのが困りものだけど。

 

 

 

「まあ髪のことは吹っ切れてるし、ロング差分は、がるる先生に作っていただきたいよね。やっぱりいつかそのうち、ね?」

 

 

 

【ほう?】

【これ新衣装の匂わせってことでいい?】

【一体どんな衣装なんだ?】

 

 

 

「まだ明確なことは何も言えないけど、期待しておいてね、とだけ言っておきます」

 

 

 新衣装。

 それは、Vtuberにとって記念配信以上の一大イベントだ。

 イラストレーターが、新たにVtuberの衣装を仕立てて。

 モデラ―が、その衣装が使えるようにモデルとリンクさせる。

 この二段階の工程を踏むため、極論一人で準備ができる記念配信とはかかる時間も、手間も、お金も比べ物にならない。

 何より、視聴者にとっては推しの新たな可能性を見ることができるイベントである。

 新衣装配信と聞けば、普段はあまり見に来ないライト層もリアルタイムで見ようと考える。

 衣装が変わるのに合わせて髪型が変わることも多々あり、視聴者たちは彼女の言葉に、創造力、もとい妄想力を掻き立てられていた。

 

 

【一番ありそうなのは、部屋着かなあ。ナルキちゃんも持ってるし】

【メイド服でご主人様とか言ってほしい】

【バニーコスとかあったりするかな?】

【ロングもいいけど、ベリーショートとかもあってほしいな】

 

 

 コメント欄は、新衣装の予想や髪型差分への期待で満ちていた。

 

 

 そんな和やかな会話とは裏腹に、配信画面は地獄絵図の様相を呈していた。

 

 

「おっと、これでもう百連――天井の半分かあ」

 

 

 しろさんは既に九十回ガチャを回している。

 その間、出てきたキャラクターはゼロ。

 さっきから、麻雀とは直接関係ない話をするのも、多分現実と向き合いたくないからだろう。

 まあ、ただの勘だが。 

 

 

【なあ、なんで俺たちはこんなにナチュラルにお金が溶けていく様を見ているんだ?】

【無表情に消えていくお金】

【本当にリアクションが平坦だから、ASMRとしては見やすいかもしれない】

【眠くなってきたからいいASMRだよ】

【ショックでしろちゃんが永眠しちゃう……】

 

 

「お?」

『おお?』

 

 

 星空をモチーフにした画面が、虹色に輝き始める。

 ソシャゲあるある、最高レアのものは、大抵虹色。

 つまり『天域麻雀』においては天使が、キャラクターが出てくるということで。

 

 

【これは】

【キャラクター確定だ!】

【来るか】

【来てくれ……!】

 

 

 

 多くの人に見守られながら出てきたのは。

 

 

 ーームキムキマッチョな男性の天使だった。

 顔は爽やか系のイケメンであり、首から下は筋肉の鎧で覆われている。

 私見だが、女性に人気がありそうなキャラデザインだ。

 『天域麻雀』は、老若男女問わず麻雀を楽しんでもらうことをコンセプトにしたゲームであり、女性に人気があるようなキャラクターだって当然実装する。

 まあ、私のすぐそばにいる女性の好みとは違ったようだけど。

 

 

 虹色に光ってもなお、安心してはいけない。

 ガチャで求めていたものと同格のレアリティでありながら、まるで違うものが出る。

 これがいわゆる、すり抜けである。

 

 

「何これえ……」

 

 

【ふにゃふにゃになってて草】

【かわいすぎる】

【草】

【あんまりマッチョとかは好みじゃないんだろうか】

 

 

「いや、嫌いってわけじゃないけどさあ、なんというか、今は銀髪巨乳の気分なんだよね。どうしてもこの銀髪巨乳ちゃんに来てほしくて仕方がないわけですよ」

 

 

【しろちゃんの男性の好みってどんなの?】

【そういえば、配信で聞いたことないかも?】

 

 

 

「うーん」

 

 

 しろさんは、活動していくうえで、ガチ恋勢と言える人達を大事にしている。

 自身を一人の人間として好いてくれる顔も知らない人たちを、しろさんは好ましく思っていたし、ありがたいとも感じていた。

 ガチ恋勢にとって、しろさんの好みのタイプはぜひとも知っておきたい情報のはず。

 だが、しろさんはそれを言ってこなかった。

 なぜか。

 これは、彼女が以前私に言っていたことだが、彼女の理想とガチ恋しているファンの実態が乖離していた場合、その人が悲しんでしまうのではないかと憂慮していたのだ。

 だから、これまで明言することを避けてきた。

 とはいえ、全く言わないのもそれはそれでガチ恋勢の反発を買う。 

 

 

 なので、しろさんはナルキさんやメイドさんたちにどこまで言っていいのかを相談していたらしい。

 

 

「どうだろう、顔とか身長とか体型とかはなんでもいいかな」

 

 

【内面が大事ってこと?】

【ハゲててもいいの?】

【身長百六十切ってる俺でもありって、こと?】

 

 

「私の傍に居てくれて、私を支えてくれるような人がいいかな」

 

 

【つまり主夫ってことか】

【かわいい】

【悲報。ワイ、傍にいる方法がわからなくて詰む】

 

 

 

「あとそうだな、辛いときには励ましてくれて、愛してるって言ってくれて、それから私の手を握ってくれる人がいいな」

 

 

【甘えさせてくれる人が好きなのね。いいじゃん】

【めちゃくちゃ乙女なんだよなあ】

【オッケー、これから毎日愛してるっていうね】

 

 

 メイドさんと打ち合わせただけあって、人を傷つけないように配慮されているね。

 しかし、わからない。

 どうして、しろさんは顔を真っ赤にしながらこちらを見ているのだろう。

 よほど、自分の好みを言うのが恥ずかしかったのだろうか。

 羞恥の感情までは読み取れても、その理由まではわからない。

 

 

「すごいよねえ、これだけお金を投入しているわけだけどさ、得られるのはただの、いや、何でもない」

『しろさんストップ』

 

 

【おいやめろ】

【絶対今ただのデータって言おうとしたでしょ】

【アカンアカン】

【ソシャゲやってるときに言ったら一番ダメな奴】

 

 

 まあ、言いたいことはわかる。

 ガチャというのは、ソーシャルゲームというのは本来そういうものだ。

 本来は、実体すらないただのデータ。

 それに対して人は情熱を、時間を、あるいはお金を注ぎ込む。

 ある意味、Vtuberに近いのかもしれない。

 画面の向こうにいる、正体すらわからない存在。

 がるる先生も、金野ナルキさんも、実際にはどういう人なのかわからない。

 明るい人かもしれないし、暗い人かもしれない。

 私達がいる場所のすぐ近くに住んでいるのかもしれないし、はるか遠くに住んでいるのかもしれない。

 視聴者にしてみれば、しろさんも同じことだろうが。

 閑話休題。

 

 

 すでに百連。

 つまりもうすでに、五万円が消えてなくなったわけだ。

 

 

「もはや申し訳なくなってきたな。君達から得た収益を使って、私はこんなことしてるわけで……」

 

 

【いいんだよ】

【それで、配信が盛り上がるなら安いものよ¥2000】

【追加で送るよ¥30000】

 

 

 

「いや待って、そういう意味じゃないから。お金を催促しているわけでは全然ないからね?」

 

 

 そういいながら、しろさんは画面上のボタンをクリックする。

 これで、百十連目である。

 

 

「また、ダメだったなあ」

 

 

 またしても、キャラは一体も出ない。

 そして、アクセサリーが十個出た。

 

 

 

【百連以上回して、キャラ一体のみってマジ?】

【一応五パーセントのはずなんだけど】

【普通に考えたら、四体か五体は出てないとおかしいんだけどね】

【もうこんなのグロ画像でしょ】

 

 

 

「いや、もうそろそろ出るじゃないんかなあと思うよ。ほら、さっさとキャラを引いて麻雀をしないといけないしね」

 

 

 少し、声が震えている。

 確率的に考えて、かなりの下振れを引いているということはわかっているのだろう。

 相当ショックのはずだ。

 というか、打ち合わせの前提では、さくっと欲しいキャラクターを出したうえでそのまま視聴者と楽しく麻雀を打つ予定だった。

 視聴者との交流をしつつ、ゼロ距離で囁く。

 そんな、ファンの心を掴むような、画面から目が離せなくなるような配信をする予定だった。

 

 

「どうしよう、どうしよう……」

 

 

 

 すでに百五十連まで回している。

 どうしてこうなった?

 ファンの心を掴むことはできている。

 画面から目が離せなくなる配信ではある。

 

 

【心臓がギュッと握りつぶされる】

【ハラハラして目が離せねえよ】

【何でこうなったんだろうな】

【¥50000】

 

 

 

 キャラクターは、先ほど出たマッチョメンの一体のみ。

 爆死も爆死。

 大爆死である。

 

 

「頼む、頼むよ」

 

 

 百六十連目。

 

 

 

「お願い、もう許して」

『…………?』

 

 

 百七十連目。

 

 

「待って待って待ってもう無理です無理ですぅ!」

『――っ!』

 

 

 百八十連目。

 

 

【声がちょっとおセンシティブに】

【これはえっっですよ】

 

 

 

 

 コメント欄が、先ほどとは別の意味で活気づき始める。

 

 

 

「ふー、ふーっ!」

 

 

 いやでも待ってほしい。

 スケベすぎません?

 別に健康器具とかも使ってないのに……。

 しろさんの様子を見る限り演技とかでもなく素でやってるっぽいし。

 コメント欄が、男性の好みの時以上に活発になっている。

 しろさん、やっぱり天才だよ貴方。

 

 

「あっ……」

 

 

 緊張の糸が切れたような声とともに、二百連を回し終えた。

 天井、到達である。

 

 

「…………」

 

 

 無言のまま、目当てのキャラクターと交換。

 『天域麻雀』からログアウトして、エンディング画面へと切り替える。

 

 

 ◇

 

 

「お疲れさまでした。麻雀は、もう今日は気力がないのでまた今度やります」

『……お疲れさまです』

 

 

【おつねむ―】

【本当にお疲れさまでした】

【ゆっくり休むんだぜ】

【これだけ爆死したらしゃーなし】

【しろ虐助かりました】

【正直興奮した¥4000】

【ガチャ代¥30000】

【なんかごめん 金野ナルキ】

 

 

 コメント欄は、七割の彼女をねぎらう声と、三割の変態で埋まった。

 ガチャで気力を消耗したしろさんは、見るからに疲れている様子だった。

 

『お疲れさまです、本当に』

「うん、本当に疲れた……。あ、ナルキさんからメッセージ来てる。愚痴があるなら聞くって」

 

 

 しろさんは、ナルキさんに通話をかけ始めた。

 よほどうれしかったのか、声は明るかった。




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第十八話『オフコラボの申し出』

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 しろさんが人生初のガチャに挑み、大爆死を喫したあの日から一週間が経過していた。

 文乃さんは、いつものようにゲーミングチェアに座っている。

 ただ、普段なら作業や課題をしている手は全く動いておらず、心ここにあらずという感じだった。

 声をかけてみるか。

 原因は大体わかってるし。

 

 

「うーん」

『悩んでるんですか?』

「うーん」

オフコラボ(・・・・・)のことですか』

「……うん」

 

 

 

 オフコラボは、通常のコラボとは異なる。

 通常のコラボ配信が通話アプリを通じて、遠いところにいる配信者やVtuberさんたちが遠距離にいながら傍でいるように配信するのとは真逆。

 実際に、同じ空間で一緒に配信をするということだ。

 通常のコラボ配信はオンラインでコラボするのに対して、オフコラボは通話などを使わずにすなわちオフラインでコラボを行う。これがオフコラボである。

 さて、Vtuber業界ではコラボ配信は頻繁に行われている。

 直接顔を合わせる必要がない、ただインターネット上の相手と通話しているだけのこと。

 だが、これがオフコラボになると、一気にハードルが上がる。つまりは、インターネット上の相手とリアルで会うことになる。

 言ってしまえば、SNSで関わっていた相手と、オフ会をするようなもの。

 オフコラボのハードルは、それぐらい高い。

 あるいは、専用のスタジオを所有している企業所属のVtuberならば別かもしれない。

 だが、しろさんは個人勢だ。

 普通に考えれば、オフコラボなどまずない。

 たった一つの、例外を除けば。

 

 

 ◇

 

 

 話は、先日、ガチャ配信での爆死直後にナルキさんとしろさんが通話をしたことに端を発する。

 彼女たちが通話をするのは珍しいことではない。

 仕事の話はもちろんのこと、プライベートの話をすることもあった。

 また、しろさんがナルキさんに相談や愚痴を言うこともあった。

 その日は、ひたすらしろさんが『天域麻雀』の確率について文句を言っていた。

 まあ、二百連回して虹が一体しか出なかったら、愚痴や文句の一つも言いたくなるだろう。

 しろさんの愚痴が一段落したところで、唐突にナルキさんが話を切り出した。 

 

 

 

「ねえねえしろちゃん、オフコラボをやらない?」

『…………え?』

「……え?な、何でですか?」

 

 

 

 明らかに動揺するしろさん。

 そんな彼女を見てやめた方がいいかなと思ったのか、ナルキさんは若干声のボリュームとテンションを落として理由を説明する。

 

 

「いやまあ、ASMRオフコラボができたらなあ、と思って」

「ああ、なるほど。ASMRですか……」

 

 

 ASMRは、立体音響だ。ゆえに、通話でコラボするのは不可能だ。

 ゆえに、ASMRコラボをやろうとすれば、オフコラボ以外にはない。

 つまり、一緒にASMRをするために、しろさんとナルキさんが直接会うということだ。

 

 

「少し、考える時間をいただいてもいいですか?」

「ああうん、全然急がなくていいからね?無理そうだなと思ったら断ってくれても構わないから」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 それからしばらく何でもないことを二人が話して、通話は終わった。

 

 

 ◇

 

 

「どう思う……?」

『オフコラボのことですよね?私は、文乃さんの心情以外に問題はないと思っていますが』

「そうだよね。正直、今まで全くオフコラボの可能性を想定していなかったわけではないけど」

 

 

 コラボASMRというものをしろさんはやったことがないが、ナルキさんは様々な人と行っている。

 U-TUBEをあされば、彼女と他のVtuberによるASMRコラボ配信を観ることができる。

 彼女にしてみれば、何の意図も悪意もない、ただ単に自分の定番企画に誘ってみた。

 ただそれだけのこと。

 正直、前世で人と直接会って仕事をするのが当たり前だった私にしてみれば、なんてことのない普通の話にも思える。

 だが、しろさんの感情を勘で読み取ってみれば。

 

 

『不安、ですか?』

「そうだね、ネットの友達と通話するのと、リアルで会うのとではまた違うから」

 

 

 昨今、インターネットが発達し、情報という授業やインターネットマナーに関する講習などは何年も前に導入されている。

 インターネット上の友人と、リアルであってはいけない。

 それが、現代日本の教育方針である。

 なぜ、インターネット上の友人と会ってはならないのか。

 その中の一つに、現実の相手がどんな相手なのかわからないというのがある。

 これは、Vtuberにこそ当てはまる概念だろう。

 イラストを見ただけでは、画面の向こうから聞こえてくる声だけでは、結局どういう人物なのかを判断できない。

 顔も、本名も、年齢すらもわからない。

 Vtuberという仮初の名前と顔を持った存在だからこそ、時に不透明性が顕著になることがある。

 彼女が警戒してしまうのは無理もないことだし、むしろそれは日本の教育が行き届いている証左でもある。

 

 

 付け加えて、しろさんにはリアルのかつ、人間の友人がいない。

 リアルの友人である私は人間ではなく、人間であるナルキさんやほかのVtuberさんはリアルでのかかわりはない。

 そして今まで関わってきたリアルの同年代の人物には……まあ少なくともしろさんの方には碌な思い出がないわけで。

 そういった事情もあり、しろさんは人と直接会うことをためらっていた。

 

 

 バーチャルよりも、リアルの方がずっと傷つけられる経験が多かった。

 もちろん、現実で関わってきた全ての人がそうでないことはしろさんだって知っているはずだ。

 

 

『どうしたいですか?』

「え?」

『文乃さんには、しろさんには相談に乗れる私という相棒がいます。Vtuber業に関してなら相談できるメイドさんもいます。いざという時に、守ってくれるご両親やボディガードもいます』

「そうだね」

『ですが、それらはあくまで補助の役割を担っているにすぎません』

「あくまでも決めるのは私。そう言いたいんだね?」

 

 

 Vtuberは、タレントだ。そして個人事業主だ。ゆえに助言は出来ても最終的な決定は彼女が行わなくてはならない。文乃さん以外の誰かがかじ取りをしてしまえば、全くの別物になってしまう。

 人を癒し、救いたいという彼女の意思こそが、永眠しろの根幹なのだから。

 

 

「私はやるよ、オフコラボ」

『わかりました。じゃあ、ナルキさんに連絡して、それからメイドさん達にも相談しましょう』

「うん!」

 

 

 文乃さんは、パソコンを起動してメッセージを送り始めた。

 

 

 

 ◇

 

 

『それにしても意外でしたね』

「断ると思ってた?」

『あ、いえ、あっさり決めたなと思いまして。もっと悩むかと思っていたので』

「正直、怖いんだよね。現実であったら、いじめられるんじゃないかって」

『それは』

「わかってるよ、私がいじめられたのは、現実とかインターネットとか関係なく、あいつらがクズだったからだって」

 

 

 文乃さんは、ゆっくりと立ち上がって私のことをじっと見ている。

 

 

「ただ、気づいただけだよ。現実でも、手を伸ばしてくれた人がいたことに」

『ああ、メイドさん達とか運転手さんとかですね』

 

 

 勘だが、彼らは単に仕事というだけでなく、心から文乃さんを大事に思っている。

 そうでなくては、以前に文乃さんが脱走した時、もっと確保に時間がかかっていたはずだ。

 そういった直後私は、じっと文乃さんがこちらを見ているのに気付いた。

 その目は、なぜか呆れているように見えた。

 

 

「手を伸ばすって、比喩じゃなくて、言葉通りの意味だったんだけどな」

『…………?』

 

 

 その言葉の意味は、私の勘でも読み取れず。

 首を傾げようとして、それが不可能なことに気付いた。

 そして、もう一つ気づいていた。

 彼女にとって、自殺を考えるほど過酷だったいじめ。

 そのトラウマが、少しずつ改善されつつあることに。




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第十九話「リアル・エンカウンツ」

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 早音家の最寄り駅。

 ある意味では、私と「彼」にとって思い出の場所。

 ここから、ある意味私の人生は始まっているといっても過言ではない。

 一度くらいは、電車に乗ってみたいものだが、如何せん内海さんのリムジンで大体何とかなってしまうので、あんまり乗る意味がない。

 なので、結局十七年生きてきて、一度も電車に乗ったことがないというありさまである。

 まあ、誘拐対策の一環でもあるので仕方がないとは思うけど。

 

 

「お嬢様!お加減はいかがですか!」

「ああ、大丈夫だよ」

「それはよかったです!ところでお嬢様、緊張されていませんか?ハーブティをご用意させていただきますが」

「ふうん、せっかくだからいただこうかな」

「かしこまりました!この前雑談配信で美味しいとおっしゃっていたやつです!」

 

 

 因みに、今日はメイドの雷土さんも一緒だ。

 最初は、私の方から使用人たちとは距離を置いていたが、最近は色々会話をすることも増えた。

 というか、こういった仕事をするだけあってというべきか、氷室さん、雷土さん、火柱さんは全員Vtuberオタクである。

 なので、私の配信も仕事と趣味を兼ねてみてくれたりする。

 ほぼすべての私の配信を三人がかりで監視してくれているのは助かるのだが、

 まあ、雷さんはちょっと押しが強くて、時々私のーー「永眠しろ」の話をしてくるので恥ずかしくて悶絶してしまうのだけれど。

 「彼」にも指摘されたことではあるが、やはり私は褒められることに耐性がないのかもしれない。

 

 

 先日の脱走の件もあり私の外出の際には、内海さんとメイドさんの中からもう一人が付き添うということになっている。

 本来ならば、業務外のことであるはずだが、雷土さんたちは快く引き受けてくれていた。

 まあ特別に手当てが出るということもあるのだろうけど。

 

 

「まだですかね!」

「多分だけど、今来た電車に……ああ、やっぱりいた」

 

 

 私たちは、車の中で、駅の外で、とある人物を待っていた。

 その人物の顔はわからない。

 ただ、服装は本人からのメッセージで聞いているし、声も知っている。

 駅の出口を見ていると、聞いていた服装と同じ人物が出てきた。

 雷土さんに、ドアを開けてもらって、私はその人のところに歩いていく。

 

 

「すみません。成瀬キノさんですか?」

「あ、はいそうですよ。早音文乃さん、だよね?」

 

 

 その女性は、ジャケットにジーンズという非常にラフな格好をしていた。

 彼女の、リアルにおける本名は成瀬キノ。

 そして、バーチャルにおける呼び名は金野ナルキ。

 何度もコラボをしているVtuberであり、今日はじめてリアルで会う人である。

 

 

「じゃあ、改めて、今日のコラボもよろしくね」

「はい、よろしくお願いいたします」

 

 

 そして今日、オフコラボ配信をするVtuberでもある。

 

 

「それで、文乃ちゃんの家まではどうやって行く感じ?」

 

 

 こちらの緊張を知ってか、あるいは知らずにやっているのか。

 緊張感などないかのように、へらへらした態度を成瀬さんは崩さない。

 もしかすると、本当に緊張なんてしていないのかもしれないね。

 

 

「成瀬様ですね」

「うん?」

 

 

 いつの間にか、リムジンから雷土さんが出てきて成瀬さんの横に立っている。

 

 

「お初にお目にかかります。メイドの雷土と申します。お荷物お持ちいたします」

「え?メイド?マジ?」

「はい、マジでございます」

 

 

 いや、マジでございますはなんかおかしくない?

 というか、メイドさんって慣れてて気づかなかったけど、普通に考えてみたら異常だよな。大半の人は、おそらくコスプレぐらいしか見たことはないだろう。

 本物の家政婦など、ましてやメイド服を着た本物のメイドなどまず見ることはない。

 それは戸惑うだろう。

 まあ、言葉はともかく所作は堂に入っている。

 この人達、元々メイドが本職ではないはずなんだけど。

 

 

「うわすごーい!文乃ちゃんってもしかしてお金持ち?いいじゃーん!」

「えっと……いいんですか?」

「そりゃもちろん、お金があるに越したことはないじゃん」

 

 

 以前、成瀬さんはお金のために活動していると言っていた。

 私の境遇は、彼女にとっては羨むべきものなのだろうか。

 それとも。

 いや、無駄な思考はよそう。

 会話に思考を集中させるべきだ。

 

 

「そ、それにしても結構遠いと聞いていましたが、迷わずにこれたんですね」

「まあ、一応この駅には来たことはあったからね」

「……?」

 

 

 彼女は、ここからそう遠くないところに住んでいるという話だった。

 つまりは、別に彼女がたまたまこのあたりに来ていたとしても何ら不思議ではない。

 だがなぜか、言い方に違和感があった。

 

 

「このあたり、あんまりじっくり見れてなかったからさ、興味あるなあ」

「……?まあ、あまりいいところはないですけどね。ド田舎ですし」

「いやいや、いいところなんじゃない?のどかだし」

 

 

 疑問に思った。

 この近くまで来ていて、駅に来たことがあったはずなのに。

 どうして、彼女はこのあたりに詳しくないといったのか。

 まるで、彼女は駅だけしか知らないとでもいうかのように。

 駅に行っておきながら、駅にしか行かないということはあり得るのだろうか。

 それこそ、駅そのものに用事があるのでなければおかしい。

 普通に考えればあり得ない。

 思いつく可能性は、せいぜいで鉄道オタクぐらいだろうか。

 違和感が、ぬぐえない。

 

 

 そもそも……私は以前この人にあったような気がする。

 いや、違うな。どこかで見かけたような気がするというのが正確だろうか。

 

 

「山の上に家があるのか―。え、電波大丈夫なん?」

「まあ、一応配信者として不便がない程度には整備されていますので」

「そうなんだー」

 

 

 ちらり、と隣に座った成瀬をみる。

 おそらくだが、年齢は二十代半ばといったところ。

 私とは十歳近くの年齢差がある。

 年上の女性。

 いや、メイドさんたちも年上ではあるのだが、なんというかそれとはまた違うのだ。

 あくまで使用人と雇用主の関係。

 仲良くしていても、仕事がベースになっている。

 もちろん、仲良くしてくれている彼女らの振る舞いを演技であるというつもりはないのだが。

 だが、Vtuberどうしだとどこまでが仕事でどこからがプライベートなのかという境界線があいまいになってくる。

 だから、圧を感じるのだ。

 金色の髪を、背中まで伸ばしており、ファッションも大人びている。

 顔にも化粧が施されており、大人びた美しさが際立っている。

 彼女のことを調べた時、顔出しの配信者をやっていたといううわさもあったが、この容姿なら案外本当かもしれない。

 

 

「そういえば、訊きたいことがあったんだけど」

「何ですか?」

「文乃ちゃんさあ、彼氏いる?」

「ふえっ?」

「は?」

 

 

 

 思わず、変な声が出てしまった。

 顔がみるみる赤くなるのが自分でもわかる。

 あと雷土さんもなぜか動揺しているのはなぜなのだろう。

 

 

「い、いませんよ。何でそう思うんですか?」

「そっかー、そういう主張かあ。いやまあ、なんとなくね」

「?」

 

 

 煮え切らない回答をのこして、成瀬さんは会話を打ち切った。

 彼氏なんていない。

 「彼」とは明確にそういう関係になったわけではないし。

 

 

 ◇

 

 

 

「すごい大きな家だね―」

「そうですね」

 

 

 私達二人は、雷土さんに案内されている。まあもちろん私が案内できるのだけれど、一応ね。

 彼女は私を守りたいし、不測の事態に対応できるように監視をしておきたい。だから、こんなことになっている。

 とりあえず、広間に通される。

 両親が家に帰ってこないのであんまり使われてないんだけどね。

 

 

「さて、そろそろ機材を見たいんだけど。いいかな?」

「あ、はい。大丈夫だよ」

 

 

 部屋の中に入っていく。

 そして、机の上にあるダミーヘッドマイクを見る。

 

 

「おや、これがダミーヘッドマイクだね」

「ええ、そうですね」

 

 

 正直、嫉妬してしまうので他のダミーヘッドマイクを用意しようかと思ったのだが、流石に両親側に事情を説明できる気がしなかったので断った。

 マイクを他の人に取られたくない、というのは意味が分からないしね。

 バイノーラルマイクは他にあるんだけど、「彼」が一番品質がいいし、気分も上がるんだよ。

 

 

『…………』

「どうしたの?」

『え、ああまあ』

 

 

 奇妙だ、と感じた。

 普段ならば、私の言葉にはノータイムで返答してきた。

 だが今は完全に上の空だった。

 

 

 もしかして。

 成瀬さんに見惚れているのだろうか。

 私とは違って背は高く、胸も私より遥かに大きい。

 グラビアアイドル顔負けのナイスバディである。

 後で折檻するか。

 そんな風に考えた時、私は異変に気付いた。

 

 

「この、声」

 

 

 ずかずかと、「彼」のところまで歩いていき、ひざまずく。

 そして、「彼」の顔に触れる。

 

 

「先輩?」

『……成瀬さんですか』

 

 

 

 ……どういうこと?




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第二十話『会話の条件』

先日、たくさんの感想をいただきました。
ありがとうございました。
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 もう思い出したくない記憶だが、私はダミーヘッドマイクになる前は一人の人間だった。

 奨学金という名の借金を背負わされ、親からはバイト代などを奪われ続けたあげく一切の援助はなく、ブラック企業で毎日酷使され続ける。

 そんなどこにも救いがない、地獄のような生活。

 そこに、成瀬キノという人間がいた。

 

 

 私と成瀬さんが関わりだしたのは、彼女の教育係だった社員が退職したからだった。

 その元教育係の人、退職代行を頼んだんだっけ。

 上司が烈火のごとくぶちぎれてて、こっちにまで飛び火した記憶がある。

 退職した社員に対して怒っても意味ないだろうに。

 どうせもう無関係なんだから、と思ったけど、それがわかるほど理性的じゃないんだよな。

 

 

 ともかく、私が実質的な教育係になった。

 なので、仕事のイロハをある程度教えた記憶がある。

 社畜時代と雰囲気が違う気がするが、Vtuber活動を精力的にやっているあたり会社は多分辞めたんだろうな。

 そもそもあの会社、一年以内に七割抜けるような職場だし。

 五年以上居座ってきた、私や私の上司はどこかおかしかったのだろう。

 

 

 成瀬さんと、私の関係は、普通の上司と部下だった。

 仲が良かったわけでもないが、特段悪かったつもりもない。

 それこそ、下の名前があやふやなレベルだ。

 趣味だとか、プライベートなことは何一つ知らない。

 会社の中だけの、薄く浅い関係だった。

 まあ、別に成瀬さんに限らないけど。

 

 

 ◇

 

 

 さて、そんなかつての知り合いが実はしろさんの友達で、コラボ相手の金野ナルキさんだったわけだ。

 私の感想としては、ちょっと気まずいなというもの。

 なんというか、あまり世間一般的に受け入れられていない職業に就いているのを、前職の知り合いに見られたような感覚。

 そもそも職業どころか、種族が変わっているのだけどね。

 機械族とかだろうか。

 

 

「先輩?本当に先輩なんですか?」 

『ええ、貴方の職場での先輩ですよ』

 

 

 私は、勘で目の前にいる他者の感情を読み取れる。

 父から身を守るために培われた能力であり、普通ならわからない相手の内面を感知できる。

 思うに、私は無意識レベルで相手の表情や動作、呼吸などを読み取り、そこから相手の心理状態を解析しているのではないかと思う。

 ただそれも万能ではない。

 体調によって精度は左右されていたし、目の前にいる相手でないと感情はわからない。

 他にも、いくつか相手の感情を正確に測れないパターンが存在する。

 現に、今の成瀬さんからは、はっきりとは読み取れない。

 疑問、混乱、焦り、悲しみなど、様々な感情が入り混じっており、どう形容していいのかわからない状態になっている。

 

 

 さて、どう対応すべきかな。

 繰り返すが、私の力はもともと父から身を守るためのもの。

 彼が感情を爆発させて暴れまわる瞬間、あるいはその危険を察することができた。

 概ね、二パターンある。

 まず、一つの感情が占有しているパターン。

 これはわかりやすい。

 あと、原因が一つしかないので鎮火しやすい。

 

 

 もう一つは、複合した感情が入り混じって連鎖爆発を起こす場合。

 こちらの方が厄介だ。

 例えば、「仕事で部下のしりぬぐいをさせられた」、「好きな野球選手が引退した」、「犬にほえられた」、「息子が物音を立てた」など言った様々な事象とそれに対する感情が、ただ一点に牙をむく。

 このパターンは、本人ですら原因を正確に説明できないことも多い。

 対処を間違えれば爆発するが、正解があるのかどうかもわからない。

 私にその感情が向くならいいが、文乃さんにも危害が及びかねない。

 その可能性が頭によぎるほどに、彼女の感情は乱れている。

 

 

 いったん、文乃さんたちを外に出すべきかな、と考えかけて。

 

 

「あの、ちょっとトイレお借りしてもいいですか?」

「え、ええ大丈夫です」

 

 

 

 成瀬さんが、外に飛び出していった。

 とりあえず、最悪の事態にならなかったことに安心しながらも、まだ気が抜けない状態であることも自覚していた。

 

 

「あのさ」

『はい』

「どういうことか、説明してもらってもいい?」

 

 

 

 文乃さんも、かなり動揺していらっしゃる。

 無理もない。

 成瀬さんが私の知り合いであること。

 私の声を聞ける者が、文乃さん以外にも存在していたこと。

 どちらもかなりショッキングだったはずだ。

 私は、素直に成瀬さんが職場の後輩だったことを伝えた。

 

 

「そうか、そういうことだったんだ」

『何がですか?』

「どこかで見た気がしてたんだ。駅で、花を供えているところを見たんだよ」

『そんなこともありましたね』

 

 

 私と文乃さんが、リムジンに乗って駅まで行った日のこと。

 花を供えていた金髪の女性。

 確かに、あれは成瀬さんだった。

 

 

「ところで、どうしようか?」

『成瀬さんに、どう説明するか、ですよね?本当のことを話したほうがいいのではないでしょうか』

「……ありのままを話して信じてもらえるかな?死んで、ダミーヘッドマイクに転生したって、普通に考えて理解不能だと思うんだけど」

『確かに』

 

 

 

 なんだ、さっきの感情の渦はトイレを我慢していたからだったのか。

 てっきり、マイクがかつての先輩だったことに動揺しているのかと思ったが勘違いだったらしい。

 まあそれならよかった。

 私が原因で、コラボ相手に動揺を与えるなんて文乃さんに申し訳が立たない。

 

 

 

「ごめんね、急にトイレに行っちゃって」

「いえ、全然」

 

 

 成瀬さんは、私と文乃さんを交互に見ていった。

 

 

「説明してもらってもいいですか?何で先輩の声が、マイクから聞こえてくるんです?」

「わかりました。あ、雷土さんは少し席を外してもらえますか?」

「……?承知しました。何か御用がありましたらいつでもお申し付けください」

 

 

 深々と礼をして、雷土さんは部屋から出ていった。

 ドアが閉まる直前、心配そうな表情が見えた。

 まあ、彼女視点だとずっと独り言言ってたわけだからね。

 無理もないね。

 

 

 ◇

 

 

 私は、素直に真実を語った。

 電車を寝過ごしたこと、足を滑らせて事故で死んだこと。

 死んでから半年後、ダミーヘッドマイクに転生したこと。

 文乃さんは、たまたま事故現場にいたので、私の事情をある程度知っていること。

 今は、文乃さんの相棒として、第二の人生を謳歌していること。

 私が死後に経験したことを、可能な限り成瀬さんに伝えた。

 文乃さんの事情は話せないので、不完全ではあるけど。

 

 

 

『それにしても、私の声が聞こえるとは思ってませんでした』

「通話している時も聞こえたんですよね、だからてっきり、文乃ちゃんに彼氏がいるのかと思ったんだけど」

「ふえっ」

 

 ぼんっと文乃さんの顔が一瞬で朱に染まる。

 熟れた柿みたいになってる。

 

 

「か、彼氏だなんてそんなこと、ないですよ?」

『そうですね』

「…………」

 

 

 文乃さんが、何故か私をじっと睨んでくる。

 何か気に障るようなことを言ったかな?

 でも事実として、付き合ってないんだもん。

 

 

「普通は聞こえないものなの?」

『ええ、現状私の声が聞こえているのは成瀬さんと文乃さんだけです』

「じゃあ、あのメイドさんたちは全く先輩の声が聞こえないってこと?」

「そうなりますね」

「ええ、じゃあさっきの私って虚空に話かける危ない人だったってこと?」

「そうなりますね」

「そんなあ」

 

 

 成瀬さんは、がっくりとうなだれる。

 こんなに、感情を体で表すタイプではなかった。

 明るい性格、大げさな身振り手振り。

 こっちが本来の成瀬さんということだろうか。

 まあ、あんな会社に居たらだれでもおとなしくなるということだろう。

 

 

「それにしても、声が聞こえる、聞こえないの基準は何なんでしょうか。てっきり、妖怪や妖精のように未成年だけ、とかだと思っていたのですが」

「確かに、私はもう二十五だから、その仮説だと矛盾するよね」

『……多分だけど、生前にかかわりがあった人だけ、声が届くんじゃないでしょうか』

「「あっ」」

 

 

 

 同じ職場の成瀬さんは言うまでもなく、文乃さんも死の直前に出会っている。

 一方で、メイドさんや運転手の内海さんなどは、生前のかかわりが一切なかった。

 だから、言葉が届かない。

 辻褄はあっているはずだ。

 

 

「……なんだか、夜に枕元で知り合いに語りかける幽霊みたいだね」

『悪霊じゃないですかそれ』

 

 

 

 まあでも、死んでるし幽霊みたいなものかもしれないね。



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第二十一話「女二人寄れば」

日間ランキング23位になっていました。
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 ASMR配信までには、まだ時間があったから。

 私も、ナルキさんも広間で話すことにした。

 因みに、メイドさんには退出してもらってる。

 多分、何かあったら駆けつけてくるとは思うけどね。

 

 

 成瀬さんはもちろん、「彼」も把握していないだろうが、私が半年記念直前に脱走して以来、屋敷のほぼすべての部屋に盗聴器と監視カメラが仕掛けられている。

 本来は、私を逃がさないためのものだが、今は私と成瀬さんを監視するために使用されている。

 

 

「先輩がああして、話すようになったのはいつからなの?」

 

 

 一瞬誰のことだろうと思いかけて、「彼」のことだと気づく。

「私がデビューする前日です。購入したマイクが、いきなり話し始めて……」

 

 

 着替えようとした時に話し始めたことは、言わなかった。

 「彼」ほど鋭くないが、まあ私なりの勘という奴だ。

 

 

「ひとつ、訊いてもいい?」

 

 

 成瀬さんは、じっとこちらを見ている。

 どこか、顔には緊張の色が見える。

 

 

 

「な、何でしょう」

 

 

 美人の真顔というのは、迫力がすごい。

 『彼』にあわせるまでは、ずっと笑顔だったから、なおのことだ。

 

 

「先輩とは、どういう関係?」

「…………」

 

 

 質問の内容自体は予想していた。

 が、いざ訊かれると言葉に詰まる。

 『彼』に対しては、様々な思いがありすぎて、一つを選べない。

 

 

「最初、通話に乗った声を聞いた時は聞き間違いかと思った。視聴者たちも、リアクションを取っていなかったから幻聴かなと思った」

 

 

 私がアーカイブで、自分の配信を聞き直している時、『彼』の声は私には聞こえなかった。

 おそらく、リアルタイムで通話や配信をしている時だけ、聞こえるのだろう。

 まあ、念話とかいう非科学的なものだし普通の理屈が適用される類のものでもあるまい。

 

 

「何度も通話で声を聞いているうちに、彼氏さんか誰かが裏で指示を出しているのかと思うようになった。あの人に声が似ているとは思ったけど、もう既に亡くなっている人が話しているはずがないとね」

 

 

 最初に彼女がマイクになった『彼』の声を聴いたのは、私が熱くなりかけたのを制止した時だった。

 確かに、裏で指示を出しているという風にみられるのは自然なことだ。

 そして、男性の声である以上、彼氏と思われるのも無理もないことだ。

 また、顔が熱くなる。

 きっと今、私はトマトみたいになっているのだろう。

 

 

「そして、今日直に声を聴いてみて、あの姿を見て(人ではないということを知って)、疑問が抑えられなくなったんだよ。目の前にいるのは、先輩なんじゃないかって」

 

 

 そして、本当にそうだった、というわけだ。

 『彼』は、成瀬さんの職場の先輩だった。

 偶然とは恐ろしいものだ。

 成瀬さんは、明らかに『彼』を慕っている。

 私は、会社というものをよく知らないが、おそらくはひとつの会社に勤めていて仲のいい人間などそう増えるものではないはず。

 部署が違えば、役職が違えば、直接関わることはあまりないと聞く。

 そんなごくわずかの人間が、Vtuberになって、こうしてオフコラボが原因で再会することになる。

 いったいどれほどの確率だろうか。

 まあ、片方はダミーヘッドマイクに転生するという確率が通用しないことをやってのけているわけだけど。

 

 

「だから、どうしても訊いておきたくて。きみと、あの人がどういう関係なのか」

 

 

 ーーそして、君は彼をどう思っているのか。

 私には鋭い勘はないので、彼女が何を考えているのかはわからない。

 けれど、私のとる行動は決まっている。

 『彼』と話すときのように。

 あるいは、視聴者に語りかけるように。

 嘘をつかないで、本心からの言葉を伝える。

 この問いに偽りをもって答えるのは、何よりも『彼』に対する侮辱だろう。

 

 

「別に、付き合っているわけではないです」

 

 

 少なくとも、そういう関係ではない。

 悲しいことに。

 

 

「『彼』とは友達で、相棒で、仲間で……。『彼』は私にとって一番大切な人です」

「そっか」

 

 

 成瀬さんは、何かに納得したようにうなずいていた。

 表情は、嬉しそうにほころんでいた。

 そんな彼女を見ていて、私も一つ気になっていることがあった。

 

 

「ひとつ、訊いてもいいですか?」

「いいよ」

 

 

「『彼』は成瀬さんにとって、どういう人なんですか?」

「あー、気になるよね」

 

 

 

「恩人なんだよね、私にとっては」

 

「私さあ、色々あってあんまり友達いなかったんだよね。それがきっかけで、就職にも失敗しちゃってさ」

「なるほど?」

 

 

 

 『彼』もまた、似たような事情から同じ企業に入ることになったと聞いている。

 そう考えると、腑に落ちない部分もある。

 そもそも、この性格で友達がいないだなんてあり得るのだろうか。

 成瀬さんはかなり社交的な性格だし、むしろ友達は多そうだと感じる。

 実際、多くのVtuberさんと積極的にコラボをしており、現在Vtuberの友人には事欠かないはずだ。

 

 

 友人ができないパターンというのは、概ね二つに分けられる。

 一つは、人と人との関係性においてプラスを重ねられなかったタイプ。

 いわゆる、コミュ障とか陰キャとか言われるタイプだ。

 もう一つは、大きなマイナスを他者に与えてしまったタイプか。

 どちらかと言えば、私の場合はこちらの方が適切だろうか。

 前者は、成瀬さんに限ってあり得ないだろう。

 となると後者か。

 彼女も、私のように孤立させられていたのかもしれない。

 いや、そこは追及すべきではないね。

 

 

「職場も、環境とか雰囲気とか最悪の職場でさ、ある程度先輩から聞いているかもしれないけど本当にやめる人とか病んじゃう人は当たり前のようにいたんだよね」

「うわあ……」

 

 

 もちろん『彼』から色々聞いていたのだが、改めて別の人の口から聞くとなおさらキツイ。

 成瀬さんの場合、普段が明るいからなおさら聞いていて辛いんだよね。

 

 

「そんなとき、唯一味方になってくれていたのが先輩だったんだ」

「そうだったんですか」

 

 

「でも、なんとなくわかる気がします」

「そうなの?」

 

 

 見たこともないのに、見える気がする。

 毎朝、疲れた顔で電車に乗り込んで会社へと向かい。

 昼間は、上司に怒鳴られたり、部下の面倒を見たりしてあわただしい一日を送り。

 夜は、ふらふらになりながら、書類のチェックと明日の準備をしつつ電車に揺られて帰宅する。

 彼は、人の心に踏み込んで、言葉を選んで、誰かを守るために奔走してきたのだろう。

 少なくとも、心から感謝している人が、私の前の前にいる。

 

 

 いつだっただろうか。

 『彼』が、『自分の人生は無意味だった』とこぼしたことがある。

 正直、私は命を救われたのでその言い方はどうかと思わないでもなかったが、それを言ってしまうと彼の死を肯定してしまうようで言いづらかった。

 なんだ、違うではないか。

 目の前に、死など関係なく『彼』が救った人がいるではないか。

 

 

 

「『彼』の話を聞かせてもらってもいいですか?」

「いいよ。そうだな、一緒に外回りに行かされたときにーー」

 

 

 それから一時間ほど、二人でおしゃべりをした。

 

 

 ◇

 

 

 

『……あの』

「どうかしたのかい?」

『いやあの、ふたりともかなり仲良くなってませんか?』

 

 

 私の部屋に戻ってきた私と成瀬さんを見て、『彼』が呟く。

 勘で判断したのか、あるいは余程私達がわかりやすかったのか。

 私たちは、声をそろえて答える。

 

 

「「趣味があったので」」




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第二十二話『ASMRオフコラボ、開幕』

最近ランキングに入っていることが度々あり、大変ありがたく思っています。
いつも応援ありがとうございます。



 しろさんがデビューしてから、九か月。

 季節は五月。

 桜も既に散り、若葉が茂る季節。

 暑すぎず、寒すぎない快適な時間。

 そんなさわやかな時期に、しろさんははじめてのオフコラボ配信を開始した。

 

 

 

「こんばんながねむー。今日は、ASMRオフコラボをやるよ」

「はーいご主人様、こんナルキー。金野ナルキです。今日は、しろちゃんのお家にお邪魔してまーす」

 

 

 

 右耳からしろさんの声が聞こえて、左耳からはナルキさんの声が聞こえてくる。

 因みに、配信画面には二人の立ち絵がそれぞれ表示されている。

 メイド服を着たナルキさんが左側、学生服を着たしろさんが右側である。

 

 

【うおおおおおおおお!】

【始まった】

【両耳から聞こえるのヤバい】

 

 

 コメントにもあったが、コラボASMRはただコラボするというだけにはとどまらない。

 片方の耳からしろさんが、もう片方の耳からナルキさんの声が響いてくる。

 その快感は、単体のASMRとは一線を画す。

 

 

「今日はね、朝から来てもらってですね。一日のんびり過ごした後に、こうして配信をさせていただいております」

「今日は一緒にお風呂入ったもんね。おんなじシャンプーの匂いするもん二人とも」

「お風呂あがった直後にいきなり匂い嗅いできてびっくりしましたよ、ナルキさん。スンスン、スンスンって」

 

 

 

【解像度あがってきた】

【えっっっじゃん】

【これがてぇてぇってやつか】

【しろ金てぇてぇはあります】

【シャンプーの銘柄教えてください。飲みます】

【雑談配信で言ってたぞ。クッソ高い奴】

【しろちゃんの鼻息当たってる。最高】

 

 

 

 ちなみに、お風呂上りということで二人ともパジャマを着ている。

 しろさんは、薄いピンクのネグリジェ。

 肌の露出はさほどないが、普段可愛らしい寝間着を着ることが滅多にないため、正直見ているだけでどきどきする。

 鎖骨とか、くるぶしとか、別に性的でも何でもないはずの部位にものすごくフェチズムを感じてしまう。

 風呂上がりとかは、もっとヤバかった。

 上気した頬とか、湿気を含んだ髪とか、もう見慣れたはずの光景に対してどきどきしてしまう。

 これが、可愛らしいパジャマを着たことによるものだ。

 恐ろしい子!

 

 

 

「ごめんごめん。それじゃあそろそろ始めようか。うーん、ちょっと動きにくいね」

「……ああ」

 

 

 そして、ある意味ではもっとヤバいのがナルキさんだ。

 何がヤバいのかと言えば、胸部装甲である。

 しろさんが今日、可愛らしいパジャマを着ているのはナルキさんの目を意識してのことだ。

 有体に言えば、見栄を張った形になる。

 さて、ナルキさんは風呂に入れてもらうことまでは考えていなかったらしい。

 そもそも、今の彼女は生活リズムが大いに乱れており、夕方に風呂に入るという習慣すらない状態らしい。

 つまり、着替えをそもそも持参していなかった。

 

 

 それによって導かれる結論は何か。

 

 

「身長も、胸囲(・・)もあってませんもんね」

「あはは、今日はしろちゃんにパジャマも借りちゃってます」

 

 

 ナルキさんが現在来ているパジャマは、しろさんが来ているパジャマとデザインやサイズは同じもの。

 ただし、色だけが違う。

 しろさんがピンクなのに対して、ナルキさんは彼女のトレードマークである黄色のパジャマである。

 

 

 そして、サイズがあっていない。

 身長が足りていないせいで、ふくらはぎや臍が露出している。

 そして何より、胸部装甲の主張がとんでもないことになっている。

 間近に彼女の保有する大量破壊兵器があるだけで、理性と知性が崩壊してしまいそうだった。

 

 

【今パツパツってことか、えっちだなあ】

【ふぅ……】

【胸だけじゃなくて、太腿とかも張り付いてそう】

【しろちゃんもすごい緊張してそう】

 

 

 

「正直、すごく緊張してるよ。めちゃくちゃ距離近いからね。君たちの顔がなかったら息がかかってるんじゃないかってくらい。髪はかかってるし」

「おっと、ごめんよ。一旦、私の髪は君にかけておこうかな」

「ナルキさん、ダミーヘッドマイクはかける場所じゃないです」

 

 

 髪が私の頭部に触れている。

 触覚はないが、どういうわけかくすぐったく感じる。

 

 

「じゃあ、まずは耳のマッサージをしていこうか」

「はい、じゃあナルキさんは左側をお願いしますね。私は、君の右側をマッサージするから。とんとんとんとん」

「じゃあ、ご主人様、丹念にご奉仕しますね?ごしごしごし、ごしごしごし」

 

 

 

 しろさんが、私の耳をタッピングする。

 一方、ナルキさんは私の耳をタオルで痛くない程度にごしごしとこする。

 

 

 

【いつもより三百パーセントくらいセンシティブなんだよね】

【両方から同時にマッサージされるの良すぎる】

【助かる】

【二人とも好き】

 

 

「しろちゃん、手、震えてない?大丈夫?」

「あ、ごめんなさい。ちょっとナルキさんと、君が近くて緊張しちゃって」

「そっかー。そういう時は肘を胸にあてて固定すると、震えにくくなると思うよ」

「それ、ナルキさんだからじゃないですか?あ、でも止まった」

 

 

 

 しろさん、やっぱり緊張しているみたいだな。

 まあ、本当に至近距離にいるから仕方がないけどね。

 あと、見えているわけではないんだけど、ふたりとも会話でしっかりと胸部装甲について匂わせてくるんだよね。

 二人ともとんでもないものをお持ちなのでそういう話をされるだけでもどきどきしてしまう。

 さて、ふたりともマッサージを続けている。

 ナルキさんは、タオルマッサージを、緩急を続けつつ継続している。

 しろさんは、タッピングで耳のあちこちをうるさくない程度に音を立てている。

 

 

「気持ちよさそうだね、良かった」

「こうやってとんとんされるの好きなんだねー」

 

 

 くすくす、と小さな声で二人は笑いあう。

 二人で相談しながら、視聴者()に対して奉仕しているようなシチュエーションに、コメント欄も活性化しているようだった。

 

 

「じゃあ、交代しようか」

「そうですね」

 

 

 今度は、右耳担当のしろさんがタオルによるマッサージを、左耳担当のナルキさんがタッピングを始める。

 ごしごしごしごし、としろさんの持つタオルが耳介を丹念に拭いていく。

 さらにそこでとどまらず、タオルを指に巻き付けて耳道までこすってくる。

 先ほどとはまた違う刺激が加えられる。

 

 

「とんとんとん、ふうぅぅぅ」

『~~!』

 

 

 ナルキさんもまた、タッピングだけにはとどまらない。

 タッピングだけではなく、耳道に吐息を吹きかけてくる。

 しろさんよりいくらか厚みのある唇から吹き込まれる吐息が、耳の中をくすぐってくる。

 タオルと、吐息。

 両耳の中を同時に責められる快楽に、脳みそが侵食されていく。

 

 

「じゃあ、お次は耳かきをしようか。今日は、ふたりで一緒に梵天を使っていこうと思います」

「思いまーす」

 

 

 

 しろさんがタオルを置き、足元にある梵天を取り出す。

 ナルキさんも、それと同時に自分の分の梵天を手に取る。

 因みにタオルとか梵天とか、使う道具一式は、ナルキさんも持ってきているみたい。

 

 

【思いまーすってナルキちゃんが続けるの仲良しで良き】

【両方耳かきされるの楽しみ】

【これ耐えられるのかなあ】

 

 

 

 私にとって、視聴者にとって。

 今日の夜は、いつもより少しだけ長い。




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第二十三話『ASMRオフコラボ、耳かき』

「これはこれは、耳垢がすごい溜まってるねえ。あんまり掃除できてないのかな?」

「そうかもしれないですねえ。これは、ゆっくりと時間をかけて二人がかりで掃除しないといけないね」

 

 

 現在、パジャマ姿のお二人に挟まれて、大変困惑しております。

 二人は、梵天をもって耳かきをはじめる。

 

 

「じゃあ、行きます」

『おおう』

 

 

 変な声が出てしまった。

 一応、変な声が出ても大丈夫なようにリハーサルを済ませてはいるはずだが、ナルキさんはASMR中に私の声を聞くのはほとんどないので、まだ慣れていないだろう。

 とはいえ、さすがプロというべきか。

 ナルキさんもしろさんも、それで心が乱されることはなく。

 時折、ささやきや吐息を交えながら、じわじわと私達に癒しの波動を送ってくる。

 

 

 カリカリカリ、と耳介をこする音がする。

 いつもと違うのは、それが両耳から聞こえてくること。

 以前、しろさんにしてもらった指かきと似た感覚。

 両耳をふさがれたことで、音が頭部内に反響する。

 

 

「気持ちいい?」

「くすぐったくない?」

 

 

 

 両耳から交互に送られてくる声も、ぞくぞくとした快感を与えてくる。

 片方の声が、もう一方の声をかき消さないように息を合わせる練習をリハーサルでしていた。

 それとは逆に、声を同じタイミングで出す練習もしていた。

 それこそ二人とも、汗びっしょりになってお風呂に入らざるを得なくなるほどにリハーサルは白熱していた。

 元々裏で、声を合わせる練習はしていたようだが、リアルではまた違うということだろう。

 ともあれ、そういった努力の甲斐あって、互いが互いの長所を殺さず、二人がかりで私と視聴者たちを天国まで誘っている。

 

 

「びくびくして、かわいいね」

「そうですね、かわいいです」

 

 

 くすくすと、ふたりが顔を見合わせて笑いあう。

 なんだか、本当に二人とも仲が良くなっているような気がする。

 まあ、結構長時間二人で呼吸を合わせる練習をしていたから,無理もないけど。

 おかげで、私も視聴者たちも耳から脳みそまで完全に支配されてしまっている。

 

 

「ふうーっ」

「はあぁぁぁ」

『おふうっ』

 

 

 

 急激に、両方の耳から息を吹きかけられる。

 しろさんが、吹きこむような冷たい息を。

 ナルキさんは、耳全体を温めるような吐息を。

 両耳から、浴びせられる吐息という今まで感じたことのない刺激にとんでもない声が漏れ出る。

 

 

 

【ふおおおおおおお】

【最高過ぎる】

【気持ちいい】

【両耳はダメエ】

 

 

 

「あ、びくってなっちゃった?」

「かわいいですね。ふーっ、てしただけで声出ちゃってますよね」

 

 

 しろさんも、ナルキさんも楽しそうに話しつつ、梵天を持つ手は止まっていない。

 コメント欄と、私の反応を純粋に喜んでいるらしい。

 右側で梵天のふわふわしたほうでポフポフ、という音を出しながら耳全体をしろさんが叩いている。

 叩きながら、はーっ、と温かい息を吐きかけてくる。

 ナルキさんは左側で、梵天の匙で耳奥をカリカリと搔いている。

 耳奥を刺激すると同時に、耳元で「かりかりかりかり」とオノマトペを吹き込んでくる。

 

 

 

「今度は、指かきしていこうか」

「そうですねえ。ゆっくり入れていこうか」

 

 

 二人とも、梵天から手を放して今度は指を耳にそろそろと近づけていく。

 そして、耳穴にそろそろと入れていく。

 関節を動かしながら、耳道を突き進み、鼓膜をトントンと刺激する。

 

 

「こうやって丹念にお耳を掃除しないと、この後あることをする時に困っちゃうからね」

「そうだねー。何をするんだろうね?」

「いやー、全然わからないんだよな。何をするんだろう」

 

 

 

 いやーなんだろうなー。

 全然わからないなー。

 一体何なんだろうなー。

 ……なぜだかすごい期待できる。

 

 

 

【耳舐めじゃん】

【両耳舐めってこと?】

【うおおおおおおおおお!】

【今でも限界近いのに、これは……寝てしまうぜ】

 

 

 

 

 期待を持たせつつ、しろさんとナルキさんは指かきを続行する。

 ぐりぐりと、ごりごりと、あるいはぞわぞわと。

 耳の表面を、耳道を、鼓膜を。

 虫のように動き回る指が、私の脳内を蹂躙していく。

 

 

『あっ』

 

 

 すぽん、と耳から彼女たちの指が外れて。

 思わず、惜しむような声が出てしまう。

 

 

 すっ、と二人の顔が私の両耳のすぐ近くに来ていた。

 先ほどまでの、耳かきをするためにわずかに開けていた距離すらなくして。

 しろさんとナルキさんの形のいい鼻や唇が、物理的にマイクに触れるか触れないかというとことまで距離を詰めている。

 すんすん、と耳に鼻をくっつけて匂いを嗅いでいる。

 耳だけでなく、その周りの頬などの匂いも嗅いでいる。

 嗅覚がないので、私には今の私の匂いがわからない。

 ただまあ、彼女らの様子から推測するに、臭くはないのだろう。

 臭かったから泣く。

 まあ、私には涙腺とかないけど。

 

 

「うん、臭くないね」

「汚れもないよ。きれいになったね」

 

 

 それはよかった。

 息がかかりそうな、いや実際に現在進行形でかかっている距離なので落ち着かないが、それもまた良い。

 

 

「耳のお掃除完了、ですね」

「じゃあ、みんなお待ちかねの」

 

 

 

【ん?】

【いよいよか】

【ほお】

【耳舐めだ!】

 

 

 二人の口が、私の傍でゆっくりと開いていく。

 口から、軟体生物が這い出てくる。

 

 

 

「「耳舐め、していこっか」」

 

 

 ナルキさんと、しろさんの。

 息ぴったりの、かつどうしようもない程に色気のある声を聞いて。

 喉もないはずの私の口からごくり、という音がした。




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第二十四話『ASMRオフコラボ、耳舐め』

 ASMR配信は、概ねサムネイルに何をするのかが書いてある。

 コラボASMR配信であれば、当然コラボするメンバーの立ち絵と名前が書いてあるが、それだけではない。

 耳かき、タッピング、吐息などといったメニューもサムネイルやタイトルに書かれていることが多い。

 今回の配信のサムネイルには、耳舐めとも書かれてあった。

 そして、ASMRというものにおいて、二強とされているのは耳かきと耳舐めである。

 つまりは、耳かきから耳舐めへの移行するという流れは。

 これ以上ない程、撮れ高にあふれていた。

 

 

 ◇

 

 

「じゅる、じゅる、じゅるっ」

 

 

 しろさんが、じっくりと舐るように右側の耳介を舐めてくる。

 耳の表面を舐めまわしてくる。

 水音が私の内部で響く。

 初手から全力で、私と視聴者の脳みそを侵略しにかかっている。

 

 

「はむ、はむ、ちゅっ、はむっ、はむっ」

 

 

 

 ナルキさんも、負けてはいない。

 耳たぶと、耳輪、つまりは次回の外側を唇ではむ、というオノマトペを出しながら咥えこむ。

 彼女のやや厚めで、ぷるっとした唇の形と柔らかさが音を介して伝わってくる。

 さらに、時折ついばむ音に加えて、耳のあちこちにキスの雨を降らせてくる。

 

 

「じゅる、じゅるっ、じゅるっ、好き」

「はむ、ちゅっ、好き、好き、ちゅっ、はむっ、ちゅっ」

『あふうっ』

 

 

 

 加えて、しろさんもナルキさんも、「好き」という言葉を何度も使ってくる。

 音の刺激による快楽だけではなく、ストレートな愛情表現も加わって、私にはないはずの心臓が爆裂しそうになる。

 

 

 

【最高過ぎる】

【好き】

【愛してる】

 

 

 

「あー、喜んでくれてるんだ、嬉しいな」

「そうだね、喜んでて可愛いね」

 

 

 私と、視聴者の反応を見ながら、彼女たちは幼子をあやすかのように語りかける。

 冷静に考えれば、女性二人にその様に扱われるのは屈辱的なことであるのだろう。

 だが、私は、そして多くの視聴者は残念なことにもはや冷静に考える判断力など失っていた。

 脳みそがぞわぞわと震える。

 二人は、顔は耳の傍から動かず、腕だけを動かす。

 ナルキさんは左手を、しろさんは右手を伸ばして。

 

 

「「よおしよおし、よし、よし、よし」」

 

 

 耳元で、よしよしと言いながら、ふたりして私の頭をなで始めた。

 がさがさという音がして、穏やかな手の温かさがじんわりと伝わってくる。

 頭頂部、後頭部などをじっくりとなでながら耳元でオノマトペを囁いてくる。

 さらには、頭をなでながら、舌で耳を時折舐めてくる。

 腕を使って親が子にするような温かな愛情表現をしておきながら、舌では恋人でもやるかどうかわからないアブノーマルな快感を送り込んでくる。

 

 

「かろ、かろ、ころ、ころ」

「じゅぽ、じゅぽ、じゅぽっ」

 

 

 今度は、より激しい耳舐めが始まった。

 耳道を舐めて、飴を舐めるような軽やかな音を立ててくるしろさん。

 ナルキさんは、水音を立てて、ぐっぽぐっぽと耳奥を舐めてくる。

 清楚で癒されるのがしろさんで、よりセンシティブなのがナルキさんだ。

 

 

 しろさん、意外と耳舐めはしていないからね。

 それこそ、表では(・・・)半年記念以来一度もやっていないんだよ。

 逆に、ナルキさんはほぼすべてのASMRで耳舐めをしている。

 そもそも、方向性がしろさんと比べるとややセンシティブによっている部分がある。

 

 

 

 どちらがいい悪いではなく、どちらもいいものだ。

 そしてこの状況では、二つの要素を同時に楽しむことができた。

 

 

 

「好きだよ。はあぁぁぁ、ぐぽぐぽっ」

「私も、大好き。ふーっ、かろっ、じゅろっ、ころっ」

 

 

 

 耳舐めだけではなく、ふたりとも吐息を吹きかけてくる。

 さらに、そこに愛情表現の言葉を、織り交ぜてくる。

 そこに、耳舐めも当然入ってくる。

 

 

【吐息、好き、耳舐めの三連コンボはやばい】

【二人で舐め方が違うのも最高】

【これが、3PASMRか】

 

 

「ぐぽっ、ぐぽっ、ぐぽっ」

「れるっ、れるっ、ほおおおおおおおおっ、れるっ」

 

 

 ここで、ついにしろさんが耳奥を舐め始めた。

 舌を限界まで伸ばして、耳奥だけを丹念に責めてくる。

 鼓膜に直接音が響き、私の耳に響いてくる。

 一方、ナルキさんは息を吹きかけながら、丹念に耳を舐めている。

 それだけではなく、口を大きく開けて、耳全体をぽっかりと覆っている。

 これによって、音が大きく反響する。

 両耳から、うるさくはないが耳と脳内全体に響き渡る音に、私は悶絶せざるを得なかった。

 

 

 

 それからもしばらく両耳責めは続いて。

 すっと、彼女たちは舌を耳から離す。

 

 

「お疲れさま。おやすみなさい」

「おやすみなさーい」

 

 

【お休み】

【エッチすぎて逆に眠れないかも】

【愛してる】

【最高でした】

【これでゆっくり眠れそう】

【ZZZ】

 

 

 

 視聴者も同様である。

 コメント欄は、二人への感謝、愛情、歓喜で埋まった。

 初めてのASMRコラボ配信は、大成功だったと言えるだろう。

 

 

「お疲れさまです」

「ありがとう。こちらこそ、楽しかったよ」

『お疲れさまでした』

 

 

 コラボが終わって、耳の洗浄を行った後、ふたりはベッドの上で一緒に寝ていた。

 まあ、コラボ配信が終わった時には既に十二時を回っていた。

 その時間だと終電も既に無くなっており、そもそも深夜に女性が一人で出歩くのも躊躇われる。

 で、泊っていくことになったわけだが、部屋はいくらでも空いている。

 客間のどれかに泊まってもらってもよかったのだが、「しろちゃんとパジャマパーティーやりたい」とナルキさんが言い出した。

 メイドさん達は

 

 

「少し、お話してもいいですか?」

「ああうん、大丈夫だよ?」

 

 

 

 しろさんと、ナルキさんは隣で一緒に寝ていた。

 文乃さんは、訊きたいことがまだまだあるらしい。

 

 

 

「成瀬さんは、何のためにお金を稼いでるんですか?」

 

 

 成瀬さんは、金のためにVtuberになった。

 それは、何度も聞いている。

 あと、最近知ったんだけどナルキさんの配信でも何度も言っていることらしい。

 だが、金を得たいというのは何のためなのか。

 

 

 お金というのは、手段だ。

 食品、衣類、住居、し好品、サービスなど欲しいものを得るための対価だ。

 文乃さんが、誰かを救うことために金銭を費やしているように。

 成瀬さんも、何か理由があるのかと文乃さんは尋ねたが。

 

 

「何でだと思う?」

「うーん、服とかですかね?」

「いやどういうイメージなの?」

「めちゃくちゃおしゃれだったので」

「いや文乃ちゃんがそれ言う?」

 

 

 しれっとはぐらかされているね。

 まあ、文乃さんも無理に聞き出すつもりはないのだろう。

 

 

 

「なんだったら、私が眠れるまで耳舐めしてあげようか?」

「い、いらないですよ!やめてください恥ずかしい!」

「おっと、冷たいなあ」

 

 

 文乃さんは、顔を真っ赤にして身をよじって避ける。

 それを見て、成瀬さんはくすくすと楽しそうに笑う。

 本当に、仲の良い親友に見える。いや、事実そうである。

 

 

 それからしばらく、何事か小声で話していた。

 何を言っていたのかはよく聞き取れなかった。

 一、二時間ほどたつ頃には、二人とも寝てしまっていた。

 

 

 成瀬さんのことは、正直まだよくわからない。

 先ほど、文乃さんの質問を明らかにはぐらかしていたこともある。

 けれど、それはある意味当然なのかもしれない。

 人が、人に対して情報を全て明かすというのは怖いことだ。

 少なくとも、私は私の過去を文乃さん以外に話してはいない。

 私が勘で見抜けるからつい忘れそうになるが、本来人の心というのは、決して踏み込んではいけないものだ。

 

 

 けれど。

 

 

 

『きっと、いつか』

 

 

 

 彼女の心にも、大きく踏み込まないといけない気がする。

 友人の友人として。

 あるいは、かつての同僚として。

 彼女が何を思い、何を考え、行動しているのかということに干渉する日が来るのかもしれない。

 その結果彼女の心を傷つけるかもしれない、あるいは私たちの方が傷つくかもしれない。

 まあ、ただの勘だが。

 

 

 そして、同時に。

 何とかなるだろう、という予感もあった。

 何らかの原因で、これ以上深く関わるとしても。

 文乃さんと成瀬さんが、親友なのはきっと変わらないはずだから。

 




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第二十五話『嫉妬が引き起こす現象』

 

「ねえ、君は私のこと愛してる?」

『ええ、愛してますよ』

 

 

 もはや、日課の様なやり取りを今日も繰り返す。

 ただし、違う部分もある。

 

 

「ふーん」

 

 

 なぜか、文乃さんがすごく不機嫌なのだ。

 この前、ナルキさんと、成瀬さんとコラボをしてからずっとこんな調子だ。

 どうしよう。

 理由を訊いても教えてくれないし。

 

 

『文乃さん』

「……何?」

『何に怒ってるんですか?』

「別に」

『私に、そういうごまかしが通じると思っているんですか?』

「…………」

『すみません。言い方が悪かったですよね。ただ、このままではいけないと思うので』

 

 

 あいにくだが、いやでも勘が鋭いのだ。

 文乃さんが不満を抱いていることはわかっている。

 二人の今後の関係性を考えれば、ここで不満を解消しておくべきだ。

 

 

「わかった。じゃあ、話すよ。本当は言わない方がいいんじゃないかって思ってたんだけど」

 

 

 まあ、私の勘の鋭さは文乃さんも知っての通りだ。

 嘘でごまかせる程度のものでもない。

 しろさんは、不満を言うために口を開いた。

 

 

「ナルキさんに耳舐めされた時さあ、デレデレしてたね」

『ぶふっ』

 

 

 思わず吹き出してしまった。

 確かに、人生初めての両側から耳舐めをされたということで、テンションが上がってしまっていたのは事実である。

 無論、コラボASMRの配信を聞いたことは生前もある。

 だが、直に両耳を舐められるなど初めての体験であり、まず絶対にありえないことである。

 ゆえに、まあ、文乃さんの言う通りデレデレしてしまっていたかもしれない。

 ぶっちゃけナルキさん一人にメロメロになっていたかと言われればそんなことはないのだが。

 ……まあ怒るよね。普通に考えてさ。

 私だって、逆の立場なら間違いなく憤慨するし。

 

 

『文乃さん』

「何かな?」

『ごめんなさい』

「いや、でも別に君が悪いわけじゃなくてさ、あれはたぶん男性ならしょうがないというか成瀬さんの大胸筋がとんでもなかったというか」

『私が悪いとか、そういう問題ではないし、ましてやしろさんがわるいわけでもありません。これは、感情の問題ですから』

 

 だから、ちゃんと隠さずに言った方がいい、と伝えた。

 

 

 もし、私と文乃さんがもっと浅い関係であったなら。

 仕事上の割り切った関係性であったなら。

 私は、そこまで言うこともなかっただろう。

 あるいは、上下関係があればもっと違ったのかもしれない。

 

 

 けれど、そうではない。

 私と文乃さんは、友人である。

 であれば、理論や正論で語ることは、きっと正解ではないと思う。

 感情論は、感情でしか解決できない。

 文乃さんは、すうっと息を吸い込んでゲーミングチェアの上に正座した。

 

 

「色々言いたいことがあるから、答えてくれる?」

『何でも、偽りなく答えます』

 

 

 まずは、質問から始まるらしい。

 

 

「成瀬さんとは、生前にかかわりがあったんだよね?仲良かったの?」

『いえ、全然。ただの職場の先輩と後輩ですよ』

 

 

 たまたま、私が生前いた部署に、成瀬さんが入ってきただけ。

 私がそこで比較的若手だったということもあり、教育係のようなことをしていた。

 なんで教育係のようなものかと言われると、それは正式な教育係がやめているからなんだよね。

 うちの職場は、いろんな人がすぐに抜けていくんだよね。不思議だね。

 上司が、退職代行に対して毎日のようにぶちぎれていたんだよね。怒ったってどうにもならないのに。

 仕事をする時間が長すぎたせいで、関わる時間はそれなりにあったが……特に仲が良かったわけでもない。

 人に興味を持ってる余裕なんてなかったんだよあの時は。

 

 

「でもさ、成瀬さんって駅まで行って花を供えてたんだよ?本当に仲良くなかったの?」

『いやあの、本当に会社に仲のいい人とかはいなかったので。忙しかったですし』

「そ、そうなんだ。そうだよね」

 

 

 忙しかった、という一言がよほど重かったのか、文乃さんは納得してくれた。

 どうして、浮気を詰められている時の旦那さんみたいなことになっているんだろうか。

 弁解できたからいいけど。

 まあ、実際花を供えるためにわざわざ来ていたのは意外だったけどね。

 文乃さんから聞いた時は、本当に信じられなかったようだね。

 意外と、義理堅い性格だったのかもしれない。

 そういえば、仕事も結構真面目にやってくれてたっけ。

 ……そもそも、私がいた会社はまともな人いなかったから、思えば成瀬さんは数少ない普通の人だった気がする。

 

 

「君の耳を舐めるのは私だけがいいなって思っちゃったんだよね」

『……なるほど』

 

 

 これって、あれでは?

 所謂、やきもちでは?

 私が成瀬さんに耳を舐められて、興奮しているのを見て気分を害されたということだろう。

 ちなみにだが、配信者も自分の視聴者がほかの配信を観るのを嫌がる人も一定数いるのだとか。

 とはいえ、成瀬さんではなく私の方に怒りが向くあたり、個人的には私好みだったりする。

 

 

『文乃さん』

「……はい」

『まず一つ、言わせてください。私にとって一番大切なのは文乃さんです。他の誰でもありません』

「……ふえ?」

 

 

 ぽん、と文乃さんは一瞬でゆであがる。

 今日は林檎みたいだな、と思いながら話を進める。

 

 

『ええと、何か埋め合わせをさせてもらえませんか?』

「というと?」

『まあ別にやましいことをしたというわけではないですけど、それでも気分を害してしまったのは事実なんですよね。だから、埋め合わせをしたいなと思いまして』

「なるほど」

 

 

 感情論なのだから、文乃さんの感情をスッキリさせないと解決しないのだ。

 椅子に背筋をピンと伸ばした状態で座っているしろさんは、少しだけ考えて言葉を発する。

 

 

「じゃあ、二つ程お願いしていいかな?」

『いいですよ。なんでも、おっしゃってください』

 

 

 別に、彼女がやって欲しいということであれば、いくつでもやった方がいいと思う。

 二つというなら、それで構わない。

 

 

「まず一つ、この後また私とカラオケデ、デートすること」

『わかりました』

 

 

 少し途中で照れてしまっているしろさんを見ながら、私は同意する。

 別に、私としては決して苦痛ではないしね。

 むしろご褒美です。

 

 

 

「二つ目は、私の収録に付き合ってもらうこと」

『わかりました。……それだけでいいんですか?』

「うん、とりあえずはそれでいいよ」

 

 

 しかし、これでも結局持ち運んだりするのはしろさんはメイドさんたちのやることなんだよね。

 手足のない、自分で動けないゆえに私がしろさんにしてあげられることはそう多くない。

 あまり人との交友が多くなかったからわからないけど、普通に考えればこういう時は贈り物をしたりどこかに連れ出したりということもできるはずだ。だが、わたしには到底不可能な話。

 お金がないし、なんならもう連れていくための手もないわけで。

 まあ、できることをやるしかないよね。

 

 

『それで、収録って何をするんですか?』

 

 

 永眠しろというVtuberが提供するコンテンツは、概ね二種類。

 一つは、配信。

 これは言わずもがな。

 

 

 もう一つは、動画。

 箏動画など、生配信をするのには不安があったり、あるいは動画にして短い時間にまとめる方が適切なのではないかと思われたものを動画にしているらしい。

 しろさんのチャンネルにアップロードされているのを見てみたが、おおよそ十分から十五分程度のものが多い。

 また箏を弾くのかと思ったが、どうにもそんな感じには見えない。

 

 

『何を収録するんですか?』

 

 

 見たところ、これと言って何か特別な道具があるようには見えない。

 当然、いつものような箏もなければ着物も着ていない。

 本当に、何をやるのやら。

 ただ、いつもと場所が違う。

 箏動画の撮影は絨毯の上で行うが、今は文乃さんが使っているベッドの上で収録をしようとしている。

 

 

「今日はだねえ、シチュエーションボイスを収録させてもらうことにするよ」

『ああ、ボイスですか』

 

 

 シチュエーションボイス。

 それがなんであるかと言えば、いわばロールプレイである。

 状況に応じて、キャラクターになり切って演じる。

 もちろん、Vtuber自体がキャラクターを演じるものであり、ある意味彼らは常にロールプレイををしているともいえるが、両者は似て非なるものである。

 Vtuberは、かつてはともかく今は間違いなく配信を主としているものが大半。

 ゆえに、どうしても本人の人格、素が出てくる。

 それゆえに、無理のない範囲でキャラクターと自身の人格を融合させる。

 だが、その一方でボイスは逆だ。

 短時間ゆえに、ボロが出ることはほとんどない。

 なので、自分を押し殺して役になり切ることができる。

 どちらかと言えば、Vtuberというより声優に近い仕事であるような気がする。

 

 

『それで、具体的にはどんな設定で、どんなシチュエーションで収録するんですか?』

「私は、君の同棲しているか、彼女という設定かな」

 

 

 いや、始める前から照れないでほしい。

 こちらもそういう態度を取られてしまうとなんだか気恥ずかしくなってくる。

 まあ、ありがちな設定ではある。

 ASMRは配信のみならず、こういった動画も含めて距離の近さが売りであるから。

 恋人や、夫婦などの設定は定番であるはずだ。

 疑似的に推しと恋人になれるわけで、いわゆるガチ恋勢にとっては本当に嬉しいものであるはずだ。

 それはともかくとして、一体どういうシチュエーションなのだろうか。

 やっぱりベッドの上で収録するんだし、添い寝シチュエーションだったりするのだろうか。

 寝息とか聞けちゃったりするのだろうか。

 そんなことを考えながら、私はどきどきしていた。

 

 

『どういうシチュエーションですか?』

「ああ、それはね」

 

 

 ぞくり、とした。

 私の勘が、危険だと訴えている。

 心なしか、文乃さんの瞳の、ハイライトが消えている気がする。

 

 

「浮気した彼氏を監禁するシチュエーションボイスだよ」

『あっ、はい』

 

 

 どうやら、まだ文乃さんはまだ怒っているらしい。

 まあ、仕方がないよね。

 監禁かあ。

 

 

 

『最高じゃないですか』

「?」



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第二十六話『愛してる愛してる愛してる』

作品とは全く関係ないですが、今日は、筆者の誕生日だったりします。


 シチュエーションボイスの収録、といっても準備するものは箏動画の収録とあまり変わらない。

 むしろ、着物や箏が必要ない以上、準備は箏動画より楽かもしれない。

 着付けとか、本来メイドさんたちの仕事じゃないはずなんだけどな。

 たまたま、氷室さんと火縄さんがそのあたりのことを熟知していたらしい。

 閑話休題。

 

 

 シチュエーションボイスの収録準備は、いつもの動画収録同様、メイドさん三人によって行われた。

 端的に言えば私を机とは別の場所に移動させる。

 具体的には、今回はベッドの上に置かれている。

 文乃さんが普段寝ているベッドの上にいると考えるだけで、正直興奮してしまう。

 ……これだと、私がまるで変態みたいだな。

 いや、逆に健全なのか?

 いやでもアラサー男性が女子高生に耳かきや耳舐めをされて悶絶している状態が健全かと言われるとそんなことはないんだよね。

 深く考えるのはやめにしよう。そうしよう。

 

 

「お嬢様、これで大丈夫ですか?」

「はい、ありがとうございます」

 

 

 機材の設定も、いつも通り無事に終わったようだ。

 機材と言っても、私だけおけばいいというものではないからね。

 具体的に何をしているのかは、さっぱりわからないんだけど。

 

 

 ともあれ、シチュエーションボイスの収録がスタートした。

 

 

 ◇

 

 

「あ、起きた?おはよう、さわやかな朝だね」

 

 

 どうやら、時間としては朝らしい。

 撮影している時間はお昼なのだが、まあそこには触れないでおこう。

 というか、こういう時返事したほうがいいのだろうか。

 ナルキさんに確認してもらったのだが、私の声が電波を介して聞こえるのは通話や配信といったリアルタイムの時のみ。

 だから、話しても音声が乗る心配はない。

 

 

「はい、あーん。おいしい?」

『おいしいですね』

「ふふっ、よかった」

 

 

 私と会話できるからか、表情や声音がいつもより自然な気がする。

 これはこれで、お家デート感があっていいのではないだろうか。

 しろさんは、足を

 

「ねえ、あの女の料理とどっちがおいしい?」

 

 

 がさがさと、紙を取り出すような音。

 そして、私に見せてきた。

 ちなみに、紙には何も書かれていないし、印刷されていない。

 

 

「この写真さあ、君があの女の弁当を、あの女に食べさせてもらっているんだよね?」

 

 

 なるほど、どうやらしっかりと調査されているらしい。

 写真を見せつけてくるASMRをするなんて、恐れ入った。

 

 

「ふんふん、一緒にご飯を食べるのだけなら浮気じゃないって?そんな理屈が通じると思ってる?」

 声に含まれている温度が、さらに下がっている。

「どう、おいしかった?」

『おいしかったです』

 

 

 こくこくと、心の中でうなずく。

 なぜか敬語になる。

 

 

「おいしかったかあ、良かったね。食べれてえらいね、よしよし」

 

 

 そういって、しろさんは頭をなでてくる。

 くうーん、と鳴いてしまいそうになった。

 つけられているし、犬になってもいいような気がしてきた。

 シチュエーションとしては、あくまでも怖いのだが、それとは別にしろさんに飼われているというのは普通に嬉しいし。

 

 

「トイレ行きたい?ああいいよ、この首輪でベッドにつながれているから、動けないもんね」

 

 

 しろさんが、腕を動かすと、じゃらりという音がした。

 彼女が持っているのは、銀色の鎖だった。

 鎖は、私の頭のすぐ下、スタンドにまで伸びて、赤い首輪がついている。

 詳細は不明だけど、たぶん犬用の首輪なんじゃないかな。

 しろさんが触れると、指と革がこすれてきゅっという音が出る。

鎖を指で動かすと、ちゃらちゃら、ちゃらちゃらという音が鳴る。

 金属音へのトラウマが薄れていることに安堵しつつ、それ以上の恐怖と警戒で心が急速に満たされていく。

 

 

「逃げたら、わかっているよね?」

『は、はい、逃げません』

「うんうん、逃げない逃げない。大変よろしい」

 

 

 嬉しそうな表情と声音で、しろさんは告げる。

 演技力が、どんどん上がっている。

 色々と、ナルキさんに相談することも多いみたいだし、それ由来だろうか。

 あるいは、しろさんの現在の精神状態が今収録しているシチュエーションとシンクロしているだけかもしれない。

 どちらかは判別できない。

 プロの演技って、心にもないことを言っているわけじゃなくてむしろ感情を調整してるから、完璧に判断するのは難しい。

 

 

「うんうん、わかってくれたらいいんだよ?」

 

 

 しろさんは、満足気な表情と声を出した。

 そう思った刹那。

 

 

「もし逃げようとしたら、さ。どんなことされちゃうか、わかるよね?」

 

 

 しろさんは、右耳にかみついてきた。

 唇の感触が伝わるようなはむっとした甘噛みではない。

 歯形が残ってしまいそうなほど、強い噛み方だった。

 

 

「絶対、逃げちゃだめだよ?」

 

 

 背筋凍ってるよ。背筋ないけど。

 ……本当に演技だよね?

 逃げたくなってきた。

 足があったら逃げたい。穴があったら、避難したい。

 

 

 ◇

 

 

 それから少し時間がたった。

 メイドさんが入ってきて、しばらくすると体勢が変わっている。

 しろさんが私を押し倒して、馬乗りになったような状態になっている。

 いわゆる場面転換だ。

 

 

「どうして、逃げようとしたの?」

『あ、いや、あの』

 

 

 台本の大まかな流れは知っている。

 なので、主人公側が逃げようとしていることもわかっていたし、そのあとしろさんが私を捕らえて圧をかけることもわかっていた。

 だというのに、なぜ私は固まってしまったのか。

 しろさんの声が、あまりにも冷たく、その場から動けなくなるほどのプレッシャーを放っていたから。

 動けないというのは、脚があるかないかという問題ではない。

 あってもなくても、動けないだろうという話だ。

 

 

「君と、私。ずっと一緒だもん。どこにも行かないし、どこにも行かせないよ?」

 

 その言葉とともに、収録は終わった。

 それから二週間ほどたって、動画は投稿された。

 動画としては、やや長めで二十分ほど。

 安眠を目的ではなく、シチュエーションを楽しんでもらうことを主とした彼女の新たな試みは、かなり好評だった。

 

 

 ◇

 

 

『再生数も、高評価の数もいい感じですね』

「そうだね、これはシリーズ化してもいいかな」

『えっ?』

 

 

 こうして、しろさんは定期的にシチュエーションボイスを収録、投稿することになった。

 だいたい、シチュエーションとしてはヤンデレだったので、私と視聴者たちは二重の意味でドキドキすることになった。

 ともあれ、こうして彼女の活動方針が広がっていくことは喜ばしいことだ。

 より多くの人に救いの手を伸ばす。

 彼女の理想を叶えるためには、やることと出来ることは多い方がいいはずだ。

 

 

 それこそ歌、とかね。

 




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第二十七話『カラオケデートをしよう』

ランキング38位になってました。

ありがとうございます。

あと30万PV突破してました。
これからも頑張ります。


 私が、早音家の外に出ることは滅多にない。

 自分で出るための足がないから文乃さんに出してもらうしかないのに加え、精密機械である私を傷つけずに運ぶのにも準備を要する。

 他のVtuberについて正しい情報を持ち合わせているわけでもない私だが、それでも自分のダミーヘッドマイクを持ち出して出かける文乃さんのようなことをする人はいないだろう。

 とはいえ、文乃さんと私の関係性はかなり特殊だ。

 デートをするためなら、常識なんて何のそのである。

 

 

 因みに、今日のデートは、一応私がナルキさんにデレデレしていたことへの埋め合わせとなっている。

 まあ、別に埋め合わせ関係なく文乃さんが望めばいつでも行くけどね。

 多分だけど、私が精密機械だしそこまで頻繁に連れ出すのもなという意識があるのかもしれない。

 だから、何かしらのきっかけがないと連れ出せないということなのかも。

 

 

 

 今日も今日とて、梱包材と箱に包まれて私はリムジンで運ばれる。

 運転手である内海さんと、メイドさんが一人同行してる。

 というか、二人がそばにいることが

 

 

『久しぶりのデートですが、楽しみですね』

「そ、そうだね!ていうか、はっきりというのはちょっと恥ずかしいんだけど」

 

 

 文乃さんの顔が、うっすらと赤くなる。

 いじめなどが原因で、恋愛経験の皆無な文乃さんは初心だった。

 

 

「君も歌ったりしたい?」

『いえ、全然……。正直、歌う機会が全然なかったので』

 

 

 

 人生で、カラオケというものに行ったことはある。

 あるが、それは会社の付き合いで行かされたもの。

 歌うことより、歌ってもらうこと、つまりは接待がメインだった。

 就職以前は、遊ぶ機会もほとんどなかったしね。

 普通に考えれば、カラオケなんて安い方なのだろうが、当時の私にはそれすらも高かったんだよね。

 

 

『何か歌いたくなるような曲があるんですか?』

「あるよ、最近見始めたアニメのオープニングとか。ほら、これこれ」

 

 

 

 文乃さんは、スマートフォンの画面を見せてきた。

 アニメソングは、一話までしか流さないことが多々あるので、しっかり全話見ていたとしても後半の歌詞は知らないという人も珍しくない。

 事前に歌詞を調べて歌おうとする姿勢は、正しい。

 それにしても。

 文乃さん、こんなに歌に積極的な人だったっけ?

 あんまり歌うことってないんだけど。

 

 

 

 永眠しろさんとしての活動も、ASMRと雑談、あとはゲーム配信がメインである。

 歌枠など、やったことは一度もない。

 それこそ、コラボ相手の中に歌を中心に活動を行っている人がおり、その人にも歌枠を行うように勧められたがやんわりと断っていた。

 視聴者にも、歌枠を望む声はあったが、未だに実行していない。

 どうも、歌にはさほど自信がないということらしい。

 前に一度カラオケに行ったときは、確かに音程はずれまくりだったし、リズムもあっていない。

 お世辞にも、うまいとは言えなかった。

 声はきれいだし、そもそも音程とか関係なく文乃さんが一生懸命歌っているだけで私は好きだけどね。

 多分、視聴者も納得してくれるんじゃないだろうか。

 まあ、ただの勘なのだが。

 

 

 ◇

 

 

 

「そういえばー。最近その曲ラジオで聞きましたね」

「お、そうなんだ。というか、ラジオとか聞くんだね」

「聞きますねー。折角なんで、文乃さまも聞いてみたらいいと思いますよ?」

「うーん、私普段アニメとか動画とか、映像作品ばっかり見ているんだよね」

 

 

 

 今日同行しているのは、メイドの一人こと火縄さん。

 メイド三人の中では、一番若く、ポニーテールと細い目が特徴的だ。

 性格的には、かなり緩く、距離感も比較的近い。

 あと、細かいこともあんまり気にしないタイプみたい。

 

 

 何しろ、傍から見れば文乃さんはずっとうんともすんとも言わないマイクを運ばせておいて、ひたすら話しかけている痛い人間である。

 文乃さんが、ひたすら私に話しかけていることには頓着せず、音楽について話していることだけを聞き取って、その音楽について話す。

 なんというか、ボケた人に対する対応と同じものを感じる。

 

 

 ◇

 

 

 

 ともかく、カラオケに到着。

 以前にも行った、かなり遠いかつ大きな駅前にあった。

 カラオケで二人分の料金を火縄さんが払ってくれる。

 ちなみにだが、彼女たちはその場にいた人たちからチラチラ見られていた。

 火縄さんが、クラシカルメイド服を着ていたというのが一つ。

 内海さんが、執事服をびしっときめていたオシャレなイケおじだったというのが一つ。

 文乃さんは地味な私服を着ているものの、私が入るような巨大な箱を持っているのでそれはそれで目立っている。

 あと、文乃さんはかわいいので、それもあるかもしれない。

 ひいき目かもしれないが、正直テレビで見る女優さん達とかよりもずっと綺麗で、可愛いと思う。

 

 

 

 カラオケ三人分の料金を払い、内海さんと火縄さんは部屋の外、受付の辺りで待機することに。

 二人とも、彼女の安全のために、部屋内で待機したそうだったが、文乃さんが「デートだから」と頑なに拒んだ結果である。

 妥協案として、いつも通りGPSをオンにして、なおかつそれとは別に盗聴する。

 何かあれば、二人が突入する。

 まあ、二人とも文乃さんを心配してのことだからね。

 仕方がないね。

 

 

「さて、歌おうか」

『そうですね』

 

 

 

 あれ?

 今、なんて?

 

 

「せっかくだし、君にも歌ってほしいんだよね」

『いいですよ』

 

 

 まあ、彼女が喜ぶならそれもいいだろう。

 私も、文乃さんがセットした音楽を一緒に歌うことにする。

 まあ、あくまでも今日は埋め合わせ。

 そうでなくても、お姫様のために尽くすということは道化師の前提条件だ。

 しばらく、共通で知っていた音楽を歌った。

 

 

『……そういえば、なんですけど』

「何?」

『いや、何で歌を歌い出したんだろうって。結構楽しそうだし』

 

 

 あんまり歌いたがってなかったのに。

 今日は妙に楽しそうだったから、つい聞いてしまった。

 

 

「楽しそうなのは君がいるからだけどね」

『…………』

 

 

 そういわれると、なんだか恥ずかしい。

 

 




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第二十八話『準備の前のモチベーション』

またランキング入ってました。

これからも応援よろしくお願いします。


『ま、まあ、それはともかくとして。歌を練習しようとしている理由は何なんです?』

 

 

 二人っきりで、照れくさい雰囲気をごまかそうとして、文乃さんに質問をする。

 歌を歌っている理由そのものは明かされていない。

 もちろん、カラオケは私とデートするうえで一番適した場所と言っても過言ではないが。

 個室を確保できるのがでかすぎる。

 

 

 文乃さんは、一転真剣な顔つきになり、口を開いた。

 

 

「歌枠をやろうと思っていて……」

『歌枠!?』

「そ、そうだけど、どうしたの?」

 

 

 いけない。

 ついつい大きな声を出してしまった。

 どうせ、文乃さんにしか聞こえてないだろうけど。

 いや、そうとも言えないか。

 このカラオケの最寄り駅、私の職場があったところなんだよね。

 つまり、私の声が聞こえる相手、「生前に関わった人間」がどこにいるかは未知数だ。

 せいぜいで一分かそこら関わっただけの文乃さんでさえ聞こえるのだから、ただすれ違っただけの人でも聞こえてしまうのかもしれない。

 

 

『すみません。ただ、しろさんが、文乃さんがやるとは思っていなかったので』

 

 

 歌枠というのを、永眠しろというVtuberはやったことがない。

 やったことと言えば、睡眠導入のための子守歌ぐらいのもの。

 カラオケでは度々こうして歌っているが、それでもなお配信上で歌うことはしないのである。

 

 

「あー、まあ確かに。君と出会う前まで、歌に碌な思い出なかったし」

『ああ……』

 

 

 文乃さんが何を言いたいのかは勘で察することができる。

 人は、早々歌わない。

 一般人ならばカラオケに行けばいいのだろうが、彼女は実家が厳しく、おまけに友達もいないのでカラオケに行くという選択肢は持っていなかった。

 となると、必然的に歌う機会はただ一点に限られる。

 合唱コンクールだ。 

 生徒が、あるいは児童が学校で、クラスが一丸となって歌う。

 子供にとっては一大イベントだが、文乃さんにとってはまた別の意味がある。

 そう、彼女の味方が一人として存在していない状態で。

 詳しくは聞いていないが、彼女にとって歌が苦痛であったことは想像に難くない。

 

 

 そう考えるとなおさら、どうして歌枠をやろうとしているのかと思ってしまう。

 わからないので、本人に聞いてみることにした。

 

 

「実はね……まあ君にも共有しておくべきだったかな」

 

 

 うんうん、と文乃さんはうなずいていた。

 

 

「実は、『がるる家歌リレー』に参加しようと思っているんだ」

『あー』

 

 

 

 がるる家。

 がるる・るる先生がイラストを担当したVtuber達であり、娘のことである。

 しろさんも、がるる先生にイラストを担当してもらっていたためにこの枠組みに含まれる。

 そして、がるる先生が仲介役となって、他のがるる先生の娘さんと、しろさんとコラボするようになった。

 がるる先生の娘さんは、しろさん以外は全員企業所属のVtuberであり、芸歴も登録者数もしろさんとは比べ物にならない。

 しかしながら、彼女たちはしろさんに対しても礼儀正しく優しかった。

 それゆえ、しろさんもコラボ配信を楽しく行うことができた。

 ゲームや雑談などのコラボを複数回行った後、がるる先生たちに誘われて、がるる家での歌リレー企画をすることになったという経緯だ。

 ちなみにだが、私も参加すること自体は知っている。

 何しろ、普通に通話してたからね。

 ヘッドホンを文乃さんは配信以外でほとんど使わないので、大体通話の内容は私に聞こえている。

 聞かれて困るようなことならその限りではないのだろうが。

 

 

『確かに、大型イベントですから、歌うことになれる必要はありますよね。ソロの歌枠は必須ですよね』

「そういうこと。そして当然、裏でのボイストレーニングや歌の練習も必要になってくる」

 

 

 さて、ここで永眠しろさんというVtuberの活動についてみてみよう。

 雑談とASMR配信を軸に時折ゲームをしたり、コラボ配信をしている。

 歌枠はない。そして、歌ってみたの様な動画を出したこともない。

 確かに、これではまずい。

 ぶっつけ本番でコラボ企画に参加するのはリスクがありすぎるし、リハーサルとして歌枠をあらかじめやっておきたいということだろう。

 加えて、他のがるる家のファンの中には、チャンネル登録者数の少なさや、企業に所属していないことから反発している層も少なくない。

 

 

 この辺、Vtuberがアイドルの延長線上にあるからというのも否定できない。

 アイドルの文化として、センターの取り合いというのがある。

 つまり、実力や人気があるものが重要なポジションに就けるということだ。

 そのため、ファンの間でも派閥や対立、分断が存在する。

 この流れがVtuberにも受け継がれており、登録者数が低く、後ろ盾も表向きは存在しないしろさんをよく思わないものもいる。

 

 

 逆に、今回の『がるる家歌リレー』を成功させれば、そういった空気も払しょくできる。

 がるる先生をはじめとした、がるる家のファンを取り込むことができる。

 そのためにも、準備を怠りたくないということだろうな。

 まあ、気持ちは分かった。

 

 

 

『ちなみになんですけど、これ他のがるる先生のコラボ相手からの了解は得てますか?匂わせになるような気がするんですが』

「それは大丈夫。直接言うわけじゃないなら、リークにはならないし、事前に歌配信するくらいなら問題ないって」

『なるほど』

 

 

 

 まあ、ぶっちゃけ他のがるる家の方たちも歌枠を取ると思われるので、たぶん察しがいい人とかは気づくだろうけどね。 

 しかし、新たな疑問がある。

 

 

『それだと、私がなおさら歌う意味なくないですか?』

 

 

 技術的な指導とか無理だし。

 むしろ、音痴よりなので邪魔だと思うんだけど。

 

 

「ある、歌が上手い人に相談したんだけど……モチベーションがまずは大事なんだって」

『え』

 

 

 つまり、その答え方は。

 私と歌うことがモチベーションを上げるための最善手というかのような。

 

 

『じゃ、じゃあ頑張りましょうか』

「う、うんいっぱい歌おうね!」

 

 

 かくして、半ばやけくそ気味のテンションで私たちは色々なアニソンを歌った。

 少なくとも、文乃さんの歌に対するモチベーションは、かなり上がったような気がする。

 まあ、ただの勘なのだが。

 

 

 




内海・火縄「「文乃様、すごい喋ってる……」」

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第二十九話『長女と四女』

 

 ボイトレとは、ボイストレーニングの略称である。

 発声方法全般に関してのトレーニングである。

 体全体を使って発声する体の使い方や、声が通るような発声方法、喉が枯れないような発声方法などを学ぶ。

 声優や歌手など、声を使う仕事を務める仕事をする職業につく人がやるトレーニングなのだが、Vtuberもまた例外ではない。

 まあ、Vtuberは声優さんなどとは違いボイストレーニングを行うかどうかは個人差がある。

 芸能事務所などに所属しない、いわゆる個人勢がVtuberには多いことも一因である。

 ボイストレーニングにしても、講師との接点ができづらいからね。

 歌などに力を入れていなければ、わざわざボイストレーニングをしなくてもいいだろうと考える人も少なくない。

 さて、永眠しろさんに限ってはどうだろうか。

 

 

 

 彼女の場合は、ボイトレをやらないという選択肢はなかった。

 彼女は、自分の歌がうまくないことを自覚している。

 音程は合わず、テンポの速いアニメのオープニングなどを歌うとリズムを取るのも難しい。

 歌唱力向上のために、手段を選ぶべきではない。

 ASMRについては才能があり、たまたま独学で何とかなったが、全てにおいてそんなやり方が通用するとは思っていなかった。

 華道、茶道、箏、勉強……彼女が何かをする上で、大抵は師となる人物が存在していた。

 彼らは早音家お抱えの家庭教師であり、日本でも選りすぐりの者達だったそうだ。

 そして、歌を練習するうえでも彼女は早音家とは別の伝手を使って最高峰の先生を見つけ出していた。

 

 

 ◇

 

 

「こんにちは。一対一は、初めましてだよね」

「は、はい。よろしくお願いします」

「緊張しなくて、大丈夫だからね」

 

 

 しろさんが話しかけているのは、パソコンの画面。

 画面に映っているのは、桃色のロングヘア―の女性。

 背中には、桃と白の混じったような羽を生やし、頭上には音の高低にあわせて揺れ動く輪っかが浮かんでいる。

 服装は白いゆったりとしたドレスで、彼女の落ち着いた声と相まって清楚でありながら大人びた雰囲気がにじみ出ている。

 

 

 彼女の名前は、天使羽多。

 業界最大手Vtuber事務所の「Volcano」に所属しているVtuberの一人であり、チャンネル登録者数が百万人を超えている超大物Vtuberでもある。

 

 

「今日は、よろしくお願いします」

「任せて、君の姉として色々教えるよ!」

 

 

 羽多さんの担当イラストレーターは、がるる・るる先生である。

 つまり、Vtuberとしてはしろさんの姉に当たる。

 因みに、羽多さんが長女で、しろさんが四女らしい。

 後二人も、羽多さんほどではないが、歌の実力はすさまじいと聞いている。

 閑話休題。

 

 

 この場にいる二人は、『がるる家歌リレー』に参加することが決まっている。

 しろさんは、自身の歌唱力には不安があった。

 しかし、誰に教えを乞えばいいのか見当もつかないしろさんは歌唱力の高い他のがるる家のメンバーにボイトレのコーチを紹介してほしいと頼んだのだ。

 そして、その中の一人である羽多自身がコーチを買って出たというわけだ。

 名前の通り、「天使の歌声」の異名を持っている彼女は、歌配信をメインコンテントしてその地位を築き上げてきた。

 歌ってみた動画や、オリジナルソングも大人気であり、「天使羽多」の名義でメジャーデビューを果たしている。

 「Volcano」内でも、彼女の歌唱力は一二を争うほどだそうだ。

 

 

「そうだね、レッスンを始める前にまずどういう曲を歌うつもりなのか教えてもらおうかな」

「は、はい」

 

 

 しろさんは、自信が歌うと決めている曲のセットリストを送った。

 

 

「これは結構、難しい曲ばっかり選んだねえ。意図はわかるけども」

「う、そ、そうなんですよ。なので、どうしようかなと思って」

 

 

「音程の調節が課題なんだよね。じゃあ、まずは声を出しながら少しずつ声の高さを変えていこうか。とりあえずやってみて」

「ええと、そのやり方がわからなくて」

「そうだね、声を高くするときは無理やり引き絞るイメージかな?全力で叫ぶというか」

「あ、なるほど」

 

 

 

「ええと、この曲のこの部分はもっと感情を込めたほうがいいかな。このパートは今のままでいいと思うよ」

「な、なるほど」

 

 

 

「ここのリズムマジで難しいよね。とりあえず、鼻歌を歌ってリズムになれようか」

「わ、わかりました。でもできますかね?」

「大丈夫だよ、出来るまでやってもらうからね」

「ひえっ」

 

 

 そんなこんなで、三時間もの間羽多さんの指導は続いた。

 まあ、こまめに休憩は挟んでいたけどね。

 

 

 

 彼女の実力に、疑いの余地はない。

 ゆえに、しろさんとしてはどうしてそこまでしてくれるのかという疑問もあったのだろう。

 

 

 少しだけ、間をおいて羽多さんから返答があった。

 

 

「そうしたいと、思ったから、かなあ」

「……と言いますと?」

「Vtuberってさ、もちろん仕事であるのは間違いないんだけど、それだけじゃないんだよね。わかるかな?」

「それは、理想や自己実現ということですか?」

「ううん、違うよ。それも一つの答えなんだけど、私が言いたかったのは別のことだね」

 

 

 

「繋がり、だよ」

「……繋がり、ですか?」

 

 

「わたしさ、Vtuberとしてデビューする前は、いわゆる歌い手でさ、今ほどの人気ではないにせよ、そこそこ見てくれる人もいてさ、そこそこ楽しかったんだ」

「はい」

 

 

 歌い手。

 動画や配信などのプラットフォームで、歌を中心に活動する者達の総称。

 羽多さんの所謂前世が、「ニヤニヤ動画」で活動していた歌い手であったことは、しろさんも私も、一応知っていた。

 ああいうゴシップ情報って、知ろうと思わなくても勝手に入ってくるからね。

 

 

「ただ、基本的にずっと一人ぼっちでね、贅沢かもしれないけど、人との繋がりが欲しいって思ったんだよね」

「それで、Volcanoに?」

「うん。同じ目的に向かう、仲間が欲しかったんだ、私は」

 

 

 Vtuberになる理由は人それぞれだ。

 元々、インターネット上である程度成功していた彼女は、共に歩んでくれる人が欲しかったのだろう。

 

 

「家族っていうのは、それも同じ舞台で戦い続けている家族っていうのは、なかなかできるものじゃないからね。バーチャルのものであっても、代えがたい存在なんだ」

「それが、私に手を貸す理由ですか?」

「そうだね。こうやってお仕事をきっかけに出会った人たちとの縁を、大事にしたいと思ってるんだ」

 

 

 画面上に、羽多さんのリアルの顔は映っていない。

 ただ、これが彼女の本心であるということは理解できた。

 

 

「ああ、それは少しわかります」

 

 

 しろさんは、これまでの人生で友達ができなかった。

 一応今は私がいるけれど、例外的と言っていいだろう。

 だが、Vtuberは違う。

 一見キャラクターに見えるが、中には確かに心と体を併せ持った人が存在している。

 それは間違いなく

 そして、つながりというのはVtuber同士だけではない。

 視聴者も含む。

 ASMRなど、距離の近さをウリにしてきたしろさんには、それもまた理解できていた。

 

 

「君に、そのつながりを大事にしてほしいと思ったんだ。だから、私に出来ることなら何でもしたいって」

「ありがとうございます」

 

 

 仮初の家族として、つながりができた人として、助けになりたいと思ったから。

 そんな百パーセントの善意で助けてくれる彼女に、しろさんは感謝して、ボイトレの続きを始めた。

 終わるころには、心なしか声の出し方に変化があるように聞こえたが、気のせいだろうか。




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第三十話『告知と前評判』

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 カラオケデートをしてから一か月ほど経過した。

 季節は六月。

 じめじめとして、機械にとっては恐るべき季節、とはならなかった。

 最近は異常気象が常態化しており、ほとんど雨は降っていない。

 私は熱を感じることができないが、文乃さんは相当参っているようだった。

 配信中、冷暖房付けられないんだよね。

 音を拾っちゃう可能性があるから。

 なので、直前まで冷房で空気を冷やしてから配信を始めることになるらしい。

 あと、隣の部屋のエアコンを稼働させることで何とかしているんだとか。

 前者はともかく、後者は間違いなく普通の人には無理だよな。

 

 

 さて、六月になってもしろさんは変わらず配信を毎日しているのは変わりない。

 違うのは、ローテーションの中に歌枠が加わったことくらいだろうか。

 まあ練習は大事だからね。

 

 

 とはいえ、毎日歌枠をしているわけでもない。

 今日みたいに、雑談配信をすることももちろんある。

 ただし、今日の雑談は一味違った。

 「告知あり雑談」というタイトルをもって始まった雑談配信。

 心当たりがないもの、的外れの予想をするもの、そして正解にたどり着いていたもの。

 様々な視聴者が押し掛ける中で出したのは。

 

 

「というわけで、他の方も既に告知していると思うんだけど、『がるる家歌リレー』に参加させていただきます」

 

 

 画面には、この配信が始まった少し後に出た画像を載せる。

 それは、がるる先生描きおろしのイラストであり、がるる家のメンバーがそろってマイクを手に持ち熱唱しているという構図だった。

 まあ、別に一緒に歌うわけではないのだけど、こうやって勢ぞろいしていた方が雰囲気いいよね。

 あと、何故かセンターにしろさんがいる。

 なんでなんだろう。

 

 

【うおおおおおおおおおおお!】

【しろちゃんもこういうコラボ企画に参加するようになったの嬉しい】

【これは楽しみ!】

【ほんとにすごい告知なんだよな】

 

 

 コメント欄は盛況で、反応を見る限り好評だった。

 しろさん以外は全員がチャンネル登録者数10万人を超えている大物Vtuberである。

 この大型コラボを成功させることができれば、新たなファン層を獲得することができる。

 より多くの人を救うという、彼女の目的を達成できる。 

 

 

「何を歌うかとかは、当日まで秘密ということで。ぜひ、がるる先生や他の方の配信も見つつ、私の歌も聞いてくれたら嬉しいよ」

 

 

【期待してる!】

【絶対行くぞ!】

【今のうちに他の四人のチャンネルも登録しておくか】

 

 

 

 さて、コメント欄の反応は上々だね。

 ファン全体の反応がどうかはわからないけど。

 

 

 ◇

 

 

 がるる家について語るスレ・その45

 

 

 26名無しの視聴者

 

 がるる家歌リレー企画第二回開催決定キタ――(゚∀゚)――!!

 

 27名無しの視聴者

 

 第一回は、確かしろちゃんいなかったよな

 

 28名無しの視聴者

 

 そもそもやるのが発表された時点ではまだデビューしてなかったししゃーない

 

 29名無しの視聴者

 

 デビュー当時は、がるる家の忌み子とか呼ばれてたもんな

 がるる先生も、炎上してたし

 

 30名無しの視聴者

 

 なんかやらかしたん?永眠しろになる前の前世とか?

 

 31名無しの視聴者

 

 >>30永眠しろは前世が判明してないぞ

 声が似ているって言われてる奴は何人かいるけど、たぶん別人じゃないかと思う

 

 32名無しの視聴者

 

 >>30本人に落ち度があったというか、がるる家の他の三人の娘の過激なファンがキレてた感じ

 三人とも有力事務所なのに、一人だけ個人勢だから釣り合わないだろってことでぶちぎれてる

 なんなら未だに、登録者数が少ない寄生虫扱いしてる奴もいるし……

 

 33名無しの視聴者

 

 登録者数マウントとかくだらなすぎる

 だからVtuberファンは民度がーとか言われるんだよ

 

 34名無しの視聴者

 

 >>30付け加えると、がるる先生の方は元々個人依頼は受けないって明言してたのに、なぜか個人勢のVtuber  のイラストを描いたから一部のファンがキレて、そこにアンチが乗っかって炎上した

 既に謝罪して、現在は個人依頼も解禁してるけど

 

 

 35名無しの視聴者

 

 結局何でがるる・るるはしろちゃんからの依頼を受けたんだ?

 

 

 36名無しの視聴者

 

 >>35金だろ

 がるるが金以外で動くはずがない

 

 

 37名無しの視聴者

 

 時期を考察すると、永眠しろが依頼する直前に先生FXで有り金前部溶かしてるっぽいな

 雑談配信で愚痴ってる

 それでなりふり構っていられなくなった感じか

 

 

 38名無しの視聴者

 がるる先生の配信観てきたけど、ぼかしてるけどこの言い方だとたぶん相場より多く貰ってるな

 もしかすると、相場の五倍とか十倍くらいぶんどったのかもしれん

 

 

 39名無しの視聴者

 いや、神絵師の相場の十倍っていくらよ

 1000万行くんじゃねえの?

 

 40名無しの視聴者

 しろちゃんの視聴者なんだけど、なんというか話す内容から結構裕福なのかなって感じることがあるんだよね

 本当にその可能性はある

 

 41名無しの視聴者

 

 まあ、もう炎上についてはいいでしょ

 大事なのは、歌リレーですよ

 

 

 42名無しの視聴者

 

 この前歌枠とってたんだけど、普通にうまかったよね

 

 43名無しの視聴者

 

 まあ、ぶっちゃけどんだけ下手でもがるる先生よりマシだからな

 

 44名無しの視聴者

 

 >>43???「音程って何ですか?」

 

 45名無しの視聴者

 

 絵の描けるジャイ〇ン

 

 46名無しの視聴者

 

 歌枠が朗読になる女

 

 47名無しの視聴者

 

 歌動画において、MIXの恩恵を世界一受けている女

 

 48名無しの視聴者

 

 ま、まああの人のおかげで歌関係におけるハードルは下がってるから……

 

 49名無しの視聴者

 

 何で視聴者からあれだけ音痴だのリズム感がないだの言われてもなお、歌おうとするのか

 

 50名無しの視聴者

 

【速報】永眠しろちゃん、天使羽多ちゃんにボイトレを受けていることをSNSで呟く

 

 51名無しの視聴者

 

 ファッ

 

 52名無しの視聴者

 

『天使の歌姫』が直々に指導してるんか

 歌枠もやってたみたいだし、ガチで努力しているのは伝わっているよな

 

 53名無しの視聴者

 

 何はともあれ、無事に成功してくれたらいいよな

 

 




余談

がるる家の評判

がるる・るる「金遣いが荒い」「ゲームが下手」「音痴」「だがかわいい」「絵がうますぎる」

天使羽多「歌と言えばこの人」「かわいい」「美しすぎる」

次女「マオ様かわいい」「クソガキ感がいい」「トークがうまい」「歌もうまい」

三女「やばい」「エロい」「歌はうまい」「また広告はがされてる」

永眠しろ「かわいい」「あんまり知らないかも」


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第三十一話『五人家族』

最近、ダミーヘッドマイクを題材にしたアニメが放送されているらしいですが、本作とは一切関係ありません。
ただネタがかぶってるだけです。



それはそれとして、アニメ観ようかなと思ってます。
みんなも良かったら観てみてください。


あと、本作をよろしくお願いします。


 『がるる家歌リレー』に参加しているVtuberは合計五人となっている。

 

 

 がるる・るる先生と、彼女が描いた娘達四人。

 しろさんの順番は、三番目。

 最も若手である彼女が、初手やトリを務めるのは流石に荷が重いという他の四人による配慮である。

 

 

 因みに、一番手は先日しろさんにボイトレをしてくれた天使羽多さん、トリを務めるのはがるる・るる先生であるらしい。

 

 

 歌リレーのスケジュールとしては、十九時からスタートして、各々が一時間ずつ歌っていく。

 それが、おおよそのスケジュールである。

 時刻は十九時前。

 

 

 まだ、歌リレーすら始まっておらず、しろさんの番までは二時間ほどある。

 そんな状況下で。

 

 

「…………」

 

 

 

 早音文乃さんは、がちがちに緊張していた。

 これまでも幾度となく緊張し、そのたびに乗り越えてきたのだが、今までの比ではない。

 顔は、青いを通り越して土気色になっている。

 目はあちこち動いたりはしていないが、焦点はあっていない。

 表情は硬く、目を動かす余裕すら、失われている。

 そして、いつものゲーミングチェアに座って頭を抱えている。

 食事だって、今日は朝から何も食べていない。

 水は飲んでいたようだが、それだけだ。

 初配信の時でさえ、ここまで酷くはなかった。

 その理由は、わかる。

 

 

 文乃さんは、ここ最近まで一人で戦ってきた。

 いや、もちろん実際には一人ではない。

 配信のサポートをしてくれるメイドさんがいるし、私にすらわからないレベルで様々なことをしてくれる使用人たちがいるし、活動を見て応援してくれるファンがいるし、何より金銭的に援助してくれるご両親がいらっしゃる。

 けれど、精神的には私と出会うまで彼女は孤独だったはずだ。

 誰も信頼できず、誰にも心を開いていなかった。

 私に対しても、ごく最近まで本心を口にしきることはできていなかった。

 

 

 だが、最近の、あるいは今のしろさんは違う。

 私に本音を話すようになっただけではない。

 ナルキさんや、がるる・るる先生、がるる家の姉など、他のVtuberと関わりはじめた。

 メイドさんにも、他の使用人にも積極的にコミュニケーションをとるようになった。

 彼女の世界は、徐々に広がり始めている。

 

 

 だから、だからこそ文乃さんは恐れている。

 変化しつつある自分を、より多くの人と関わり多くの人に見られるようになっていく自分を、見てくれる人に受け入れてもらえるのか。

 

 

 この日のために、ずっと彼女は努力を重ねてきた。

 打ち合わせを入念に行ってきた。

 ボイトレを何時間、何十時間とやってきた。

 歌枠で調整をしてきた。

 その努力に意味はあるのか。

 

 

 不安なのだろう、と思う。

 まあ、ただの勘なのだが。

 彼女とより本音で会話するようになったからか、以前よりも精度が増しているような気がする。

 

 

 

 まだ二時間あるし、その間に何かを言わなくてはならない。

 ならないのだけれど、ここまで緊張している彼女に、何と声をかけるべきか。

 ここまで追い詰められていると、私が声をかけた時点で、それが刺激となって爆発しかねない。

 そういう事例を、主に実父でさんざん見てきた。

 今回は、そういうレベルだ。

 何か、一つでもこの状況を打ち破るきっかけがあれば。

 そう思っていた時、7時になって。

 『歌リレー』が、始まってしまった。

 

 

 トップバッターは、羽多さんだ。

 配信開始と同時、彼女が歌い始める。

 ピンクの髪、天使の輪、そして純白のドレスと羽。

 歌枠を想定しているのだろう、ライブハウスのような配信画面も神々しい。

 

 

「~♪」

 

 

『あれ?』

「……っ!」

【おや?】

【なるほどそういう……】

 

 

 いきなり歌い出したからではない。

 それは、歌枠だと「掴み」としてよくあることだし、そもそも『歌リレー』では全員そういうスタイルで行くと決まっている。

 彼女の歌った曲に、聞き覚えがあったから。

 文乃さんも、同じだろう。

 息をのむ音が聞こえた。

 

 

 最初に羽多さんが歌ったのは、以前はやったアニメのオープニングテーマだ。

 五つ子のヒロインがいるという設定が注目され、話題になった。

 これを、リレーの一番手である彼女が、初手に持ってきた。

 それが示す意味なんて、分かり切っている。

 

 

 五人目の家族(・・・・・・)に対する、歓迎しかありえない。

 

 

「羽多、さん」

 

 

 文乃さんが、信じられないというように目を見開く。

 コメント欄も、それを理解しているのか、大いに盛り上がっている。

 一曲目が終わったところで、羽多さんは少しだけ、と言って話し始めた。

 

 

「今日はね、一応初めてがるる家全員でのコラボということで」

 

 

 まあ、実際のところコラボをしたことはあるんだけど、スケジュールの都合で勢ぞろいとはいかなかったんだよね。

 がるる先生、羽多さん、しろさんの三人だったり、あるいは四姉妹が全員いたけど、今度はがるる先生がいなかったりだとか。

 全員、各々の活動で多忙だったんだよね。

 まだしろさんが、五人の中で一番暇だった可能性もある。

 

 

「まあ、今日はお祭りなので、私のファンも、それ以外の方のファンも、今日はじめてがるる家を知ってくれたという人も、一緒に盛り上がっていきましょう!」

 

 

 そういって、羽多さんは歌い始めた。

 私は、歌を聴きながら、気づいていた。

 先ほどまで、焦点のあっていなかった文乃さんが、しっかりと画面を見つめていることを。

 そして、彼女の目から涙があふれていたことを。

 

 

「じゃあ、この後はリンクから移動してくれると大変助かります!それでは、お疲れあまつかー」

「ねえ、君」

『何でしょうか?』

「私も、私にも、できるかな?」

 

 

 歌で、人の心を動かすことができるだろうか、と彼女は問うた。

 たった今、プレッシャーでボロボロだった文乃さんが少しだけ回復できたように。

 だから、私は心のままに、素直に答えた。

 

 

『わかりません、人の心がどう動くかは、私にも予測できません。でも』

 

 

 そこで区切って。

 

 

『貴方が歌ってくれたら、私の心は動きます。全力で喜び、打ち震えると思います』

 

 

 ただ、主観まみれの本心を口にした。

 

 

『だから、きっとできると私は信じてます。あなたの努力も、これまで人の心をつかんできたという結果も、私は知っていますから』

「……そっか」

 

 

 ゆっくりと、しろさんは椅子から立ち上がる。

 そして、部屋の外に向かって歩き出した。

 

 

「ちょっと、厨房に行って来るよ。食べないと歌うための力が出ないからね」

 

 

 そういって、しろさんは扉を開けて部屋を出ていった。

 以前は、コックである陸奥さんにも、メールでやり取りをしてここまで持ってこさせていたはずだ。

 けれど、最近はああして急にものを頼むときには直接出向いている。

 人と積極的にかかわることができるようになっている。

 いじめのトラウマで人を信じられなくなっている彼女が、少しずつ変化している。

 彼女は、良い方向に変わり続けている。

 この歌リレーが成功するのかどうかはわからない。

 それは、五人のVtuberにかかっているからだ。

 けれど、きっと文乃さんなら、しろさんなら、大丈夫。

 大丈夫だと、そう信じることができた。

 




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第三十二話『歌に決意と優しさを乗せて』

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 永眠しろさんは、『がるる家歌リレー』の三番手。

 注目を集めがちな、一番手や大トリは末娘であるしろさんには荷が重い。

 なので、中途半端な三番目が一番適切だと判断だった。

 

 

「じゃあ、行って来るよ」

『はい、行ってらっしゃい』

 

 

 互いに掛け合う言葉はいつも通り。

 配信前には、毎回行われるやり取りだ。

 だが、少しだけ違うところがある。

 

 

 文乃さんは、立ったまま、いつもより高い位置にセットされたスタンドマイクと向き合っている。

 マイクには、声優さんが収録に使うようなカバーが取り付けられている。

 以前行った歌枠でも、同様の機材を使っている。

 機材がどういう効果を有しているのかは、わからない部分も多い。

 歌ということで、マイク以外も普段とは違う機材が使われているみたい。

 多分だけど、詳細はしろさん自身もよくわかってない。

 Vtuberで部屋を紹介する配信とかやってる人いるらしいけど、しろさんは無理だろうな。

 本人が、おかれている機材が何か、どういう効果があるのかわかってないんだもん。

 そういえばナルキさんが、今度部屋紹介やるとか言ってたっけ。

 いや、今はそんなこと考えてる場合じゃないな。

 

 

 私は、机の後ろにあるベッドの上に置かれている。

 歌うための措置だ。

 機材の関係上、ここに置くしかなかったらしい。

 まあ、広報腕組み彼氏面をさせてもらいましょう。

 腕ないけど。

 ヘッドホンをつけて、配信開始のボタンを押した時点で、もう私にできるのは見守ることだけだ。

 だからこそ、全身全霊でしろさんを見届け、彼女の歌を聞かなくてはならない。

 

 喉スプレーをシュッ、と吹き出す音がして。

 カチカチと、パソコンを操作する音が響く。

 

 

 配信が開始すると同時に、彼女は歌い出した。

 

 

「~♪」

 

 

 

 しろさんが、最初に歌い出したのはとあるアニメのオープニングテーマだった。

 異世界に召喚された不登校の高校生が、自身の死を起点に時間をさかのぼるという能力を駆使してもたらされた悲劇をやり直し、覆すという物語である。

 「鬱展開」と称されるグロテスクかつショッキングな悲劇と、悲劇を引き起こした、「死に戻り」の力を駆使してもなお打破が困難な強敵。

 そしてその後敵を討ち取り、ハッピーエンドをつかみ取る。

 そんなカタルシスが、私もしろさんも好きで複数回観ていた。

 私も彼女も、辛い思いをしたうえで幸せな今があるから、なおさら。

 

 

 自身の能力で、あるいは他人を巻き込んで。

 出来る全てを出し尽くして、救いたいものを救う。

 その在り様は、どこかしろさんに似ている。

 

 

 だから、きっとしろさんはこの曲を選んだ。

 ずっと見てくれている人に。

 時折、顔を出してくれる人に。

 そして、初めて彼女を見る人に。

 

 

 永眠しろとは、どういう人かを伝えるために。

 どういう意思を持ってこのリレーに参加しているのか。

 今まで何をしてきたのか。

 

 

 

 コメント欄も、そんな彼女の意思を理解しているわけではないだろうが、大盛り上がりだった。

 

 

【うおおおおおおおおおおお!】

【きちゃ!】

【めちゃくちゃカッコいい】

【こんばんは!初見です!】

【ラーフェの枠から来ました!】

 

 

 

 見に来た人の多くは、どうやらこの歌リレーでほとんどはじめてしろさんを目にする、他のがるる家メンバーのファンではないのかと推測できる。

 同接も、普段の配信とは比べ物にならない。

 まあこれでも、かなり少ない方ではある。

 トップバッターの羽多さんと比較すると、半分以下まで落ちてるし。

 とはいえ、それでも半分近い人は『がるる家』の一員としてしろさんを応援してくれている。

 きっと、前二人の誘導が大きいのだろう。

 それを活かせるかどうかは、しろさん次第だ。

 

 

「こんばんは!初めて来てくださった方ははじめまして!そうでない人は今日も来てくれてありがとう!永眠しろです!今日は、『がるる家歌リレー』三番手を務めさせていただいてます!よろしくお願いします」

 

 

 歌が終わると、しろさんは顔を上気させたまま自己紹介とあいさつをする。

 視聴者も、コメントを書き込むことで答える。

 

 

【こんばんは!】

【チャンネル登録しました!】

【歌めちゃくちゃうまいじゃん】

【裏声良すぎい!】

 

 

 しろさんの歌に対するコメントの反応も上々。

 じわりじわりと、同接や高評価の数も増えている。

 

 

 しろさんの歌唱力と、美しい画面ゆえだね。

 氷室さんと雷土さんがこの時のためだけに作った、黒をベースとした

 この配信画面は、彼女専用のライブハウスである。

 

 

 

 

「~♪」

 

 

 しろさんが次に歌うのは、落語の「死神」をモチーフにした音楽である。

 男性が歌うことを前提とした曲だが、キーを動かせば女性でも歌えないわけではない。

 落語の「死神」における主人公は、筋金入りのろくでなしであり、それゆえか歌詞は自虐的であり、イントネーションも吐き捨てるような物言いが大半である。

 最初の曲もそうだが、普段の雑談配信とは声の出し方が違う。

 普段が、地声に近く、むしろ可愛らしい声を出し続けている一方で、今歌っている時はむしろカッコいい、少し低い声で歌い続けている。

 このいわゆる裏声を使った歌い方の会得が、特に難しかったらしい。

 

 

 

 どちらがいい、悪いという話ではない。

 どちらも必要な要素であり、しろさんが努力の末に手に入れた技術だ。

 

 

【全部の曲で死をモチーフにしてる?】

【何で?】

【死神だからじゃない?】

【だとしたらすごい!】

 

 

 

 お、コメント欄でも、正解を導き出した名探偵さんがいるね。

 実際、今回しろさんが歌う曲はすべて「死」に関係する曲だ。

 理由は、これもまたコメント欄で当てられている通りだ。

 視聴者がどの程度、しろさんが死神であるという事実を重く見ているかはわからない。

 女子高生死神を名乗っていることもあって、視聴者の多くはむしろ女子高生という属性にばかり目を向けがちな印象がある。

 

 

 だが、死神という属性はしろさんにとって、あるいは早音文乃さんにとって非常の重い意味を持つ。

 「死」という概念も、だ。

 永眠しろさんというVtuberは、一年近く前に文乃さんがいじめを苦にして自殺をしようとしたことが発端だ。

 私を死なせてしまったという罪悪感から、私が好きだったVtuberになることで、誰かを救おうと考えた。

 傷ついた心を癒して、人を助けるための手を伸ばして、誰かの生きる理由になること。

 それが永眠しろさんの方針だから。

 

 

 「死神」を名乗っているのは、私を死なせてしまったということを忘れないための戒めだ。

 

 

 私は、私自身の死に納得しているし、責める気持ちは当然ない。

 だから、罪悪感など感じる必要もないが……それですべてがなかったことにはならない。

 罪悪感が無用のものだったとしても、そこから生まれたしろさんの決意(・・・・・・・・・・・・・・・)はなかったことにはならないからだ。

 

 

 二曲目が歌い終わると、しろさんが再び話し始める。

 

 

「コメントでも、言ってる人がいましたけど、今日歌うのは全部『死』がモチーフの曲です。死神系女子高生、永眠しろをよろしくお願いいたします!」

 

 

 

 自分が何者か、何をしてきたのか、何をしようとしているのか。

 話せないことも、もちろんある。

 けれど、彼女は言葉で、歌で、視聴者に伝える。

 視聴者に楽しんで欲しいと、癒されて欲しいと、そのためになら全力を尽くすと。

 それはきっと、歌を聞く人たちに伝わっている。




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第三十三話『生きろ』






 歌リレー配信は、つつがなく進行していった。

 死をテーマにしたアニソンや、ボカロソングを歌った。

 比較的音程が高い曲が多く、ほとんどしろさんは原キーで歌っている。

 

 

 ただ歌うだけではない。

 曲の合間には、選曲に関する思い出を語る。

 アニソンだと、アニメに関するエピソードを語ることになる。

 すべて、そのアニメが好きゆえに選んだアニソンであり、アニソンを歌った後はそのアニメの話になる。

 大昔には、アニソンがアニメの主題にそぐわなかったという事例もあるようだが最近は違う。

 きちんと作品の世界観に寄り添ったものが多い。

 中には、後の展開を示唆するような歌詞もあったりと、考察が捗ったりもする。

 ボカロ曲もそうだ。

 この場合は、曲を作ったボカロPや、あるいは曲そのものについて語ることになる。

 ボーカロイドを使って作曲をする人のことを、いわゆるボカロPと呼ぶ。

 このボカロPだが、作った曲が一曲だけということは滅多にない。

 なので同じボカロPが作った曲や、曲を元にしてできた小説なども好きで楽しんでいることを語った。

 もちろん、歌った曲の感想を話すこともある。

 まあ、あまりアニメやコンテンツについて語りすぎると、歌う時間が無くなるのでほどほどにしなくてはならないが。

 ともあれ、しろさんの配信を初めてみる人は、普段しろさんがどういう配信をしているかというその一端を垣間見ることになったはずだ。

 

 

「小説版を見ると、歌詞の解釈も変わるんだよね。ああ、こういう意味があるのかっていう風に思えて、点と点が線でつながるんだ。逆に、小説から入った人は、曲を聞いた時にきっとたくさんある点を見る中で、線というストーリーを追憶できると思うんだよね。どっちの楽しみ方もありだと思う」

 

 

【すげえ。結構早口なのに、ちゃんと聞き取れる】

【活舌のいい早口オタクじゃん】

【すごいだろ、みんな。これ、普段の雑談配信ほとんどこんな感じなんだぜ】

【理路整然と話してくれるのもあって、聞き取りやすいよな】

【今確認したけど、だいたい雑談配信に時間あるんだが、本当にこんな感じなの?】

 

 

 

 そして、レッスンをしてくれた羽多さんへの謝辞。

 何度も言うのはくどいと思ったのか、最後から二番目の曲を歌い終わった時に語り始めた。

 元々、歌はあまり上手ではないこと。

 それを知って、羽多さんは歌リレーのためにボイトレを施してくれたこと。

 当日、緊張していたが、羽多さんの歌を聞いたことで、感動のあまり一周回って緊張がほぐれたこと。

 

 他のがるる家のメンバーにも、感謝していることも。

 

 

「何の後ろ盾も実績もない私に、体を与えてくれたがるる先生に、まだまだ数字が小さい私に対して気さくに接してくれたお姉さま方に、そしてこの『歌リレー』に誘ってくださった四人に、本当に感謝しています」

 

 

 その言葉だけで、全てが納得したわけでもないだろう。

 がるる家ファンの中にいるらしい、しろさんのアンチはこれでもなおしろさんを忌み子として疎み続けるかもしれない。

 それでも、聞く意思があって、しろさんのことを見て判断する心がある人には、伝わるはずだ。

 彼らの大部分は、純粋にがるる家が好きで、しろさんはがるる家のメンバーなのだから。

 

 

「じゃあ、いよいよ最後の曲を歌おうと思います。これ、死というくくりで見ていいのかわからないんですけど、まあ死と生は表裏一体だと思うので、ありだと思います」

 

 

 

 彼女が選択したのは、とあるボカロPが作った曲。

 命が失われていくことを、救えない命があることを、命を大切にというのが綺麗ごとでしかないという矛盾をたたきつけてくるような曲だった。

 けれど、曲が伝えたいのはそんなことではなくて。

 辛いことがあっても、くじけそうになっても。

 いつ死ぬともわからない、はかない命だとしても。

 必死にあがいて、不幸を抱えて。

 

 

 それでも、生きろと。

 

 

 

「ーー今日は来てくださってありがとうございました。この後、マオ様の配信がありますので、良ければそちらに移動してください」

 

 

 

 後良ければ、チャンネル登録、高評価よろしくお願いします。

 そういって、しろさんはこの配信を締めくくった。

 

 

【おつねむ―。最高だった】

【こういう大型イベントに参加してくれてありがとう!】

【¥2000 ごめん、正直あんたのこと嫌いだった。今は、応援してる!】

【チャンネル登録した】

【歌リレー終わったら、雑談配信だけでも見ておこうかな】

【¥400 今日の配信でまたしばらく『生きる』力がもらえたよ。有難う】

【最高の歌だった!】

 

 

 

 コメント欄の反応は様々だ。

 ねぎらうもの、称えるもの、謝るもの、感謝するもの。

 ほぼすべてが、彼女に対する好意で満ちていた。

 

 

『お疲れさまでした』

「うん、ありがとう」

 

 

 

 そういいつつも、しろさんはパソコンをカタカタと操作していた。

 多分、SNSへの書き込みかな。

 次の人への誘導も兼ねているからね。

 リレー企画である以上、自分の出番が終わったからハイ終了、とはならないのだ。

 あと、他の人の配信を観てリアクションを取らなかったりしても叩かれる。

 かなり疲弊しているはずだが、それでも机の前から動かないのはそれが理由だろう。

 

 

『大丈夫ですか?いったんベッドで休んだ方が……』

「ううん、ベッドに今行くと絶対寝ちゃうからダメ」

『ですが』

「それに、やっぱり他の人の配信もリアルタイムで観たいんだ。忖度とかじゃなくて、純粋に」

『わかりました』

 

 

 彼女が、自分の意志をはっきりといった以上、私ではもう止められない。

 だって、パソコンから目を離して、こちらに顔を向けた彼女の表情は、とても生き生きとしているから。

 生きている人の、目だから。

 

 

『…………』

 

 

 生きるとは何だろう。

 私はもうすでに生きていない。

 そういう風に解釈している。

 血液を循環させる心臓はなく、電気信号によって体を制御する脳は存在せず、そもそも動かすべき体がない。

 あるのは、魂と、視覚と聴覚だけ。

 存在はしているけれど、生きてはいない。

 

 

 けれど、たぶん文乃さんの解釈は違う。

 生前の私が死んだ日を、誕生日だと言ってくれた。

 友達であると、相棒であるといい、苦楽を共にしてきた。

 きっと彼女にとって、私は人間なのだろう。

 では、私がすべきことは何だ。

 私のしたいことは、何だ。

 

 

『文乃さん』

「何?」

『私も見ていいですか?』

「え、ああ、ごめん!すぐにスペース開けるね!」

 

 

 

 文乃さんによってこじ開けられたスペースに移動されながら、私は考える。

 やはり、彼女とこうして何かを分かち合っている時、私は生きていることを感じられる。

 はじまった、四人目の歌配信を聞きながらそんなことを考えた。

 それはともかくとして。

 

 

 

『文乃さん』

「何?」

『この状態、まずくないですか?』

「え、そう?」

『いえ、何でもありません』

 

 

 文乃さんに抱きかかえられ(・・・・・・・)ながら配信を観ているのだが、吐息とか、胸とか色々と当たっているのだが。

 まあ、これが生きてるってことなのかもしれない。

 そう思考を放棄して、歌配信を聞くことに意識を裂くのだった。

 とくとくと、背後から聞こえる心音に意識を引かれながら。




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第三十四話『祭りの後で』

すみません、間違えて別の話を投稿してました。

見ちゃった人は忘れてください。

今回短めです。


最近、また感想やお気に入り登録などが増えてきて有難く思っています。
良かったら気軽にお願いします。


 がるる家について語るスレ

 

 

 

 120名無しの視聴者

 

 で、どうだったんだ、今回のがるる家歌リレーは

 

 121名無しの視聴者

 

 最高だったよ

 大トリ以外は

 

 122名無しの視聴者

 

 草

 

 123名無しの視聴者

 

 事実だからしゃーなし

 本当に何であんなに歌ができないのか

 

 124名無しの視聴者

 

 ま、まあ逆に残り四人の力は引き立っていたから……

 

 125名無しの視聴者

 

 初手の羽多さまでもう昇天したわ

 

 126名無しの視聴者

 

 ラーフェもよかった

 歌枠とかライブの時は、普段とギャップがあるのもいいところだよなって再認識したわ

 

 127名無しの視聴者

 

 そういえば、確かにあの人下ネタだよな

 歌が素晴らしすぎて忘れてたけど

 

 

 128名無しの視聴者

 

 あの人下ネタは草

 いやその通りなんだけど

 

 129名無しの視聴者

 

 下ネタ言いすぎてアーカイブ何回か削除されてなかった?

 

 130名無しの視聴者

 

 ラーフェは結構えぐいのも言うからな。

 それこそ、これU-TUBEでながしてええんか、レベルのやつまで

 

 131名無しの視聴者

 

 ラーフェさんは本当に普段の配信とは違った魅力があるよな

 

 132名無しの視聴者

 

 それを言うなら、マオ様もだろ

 普段はクソガキ感満載だけど、歌うとマジでカッコいい

 

 133名無しの視聴者

 

 確かに歌枠以外だとかわいいのに、歌い出すとかっこよくてドキッとするよなあの大魔王様

 

 134名無しの視聴者

 

 逆に、ギャップがないのはがるる先生だよな

 普段の配信と歌声があんまり変わらない

 まあ、どっちも可愛いからよし!

 

 135名無しの視聴者

 

 それもそれで魅力だよな

 カッコよく歌うのと、可愛く歌うのってどっちも優れた技術だし

 

 136名無しの視聴者

 

 がるる先生に技術という概念は存在しない

 イラスト以外では

 

 137名無しの視聴者

 

 ワロタ

 

 138名無しの視聴者

 

 しろちゃんもすごくうまかった

 相当頑張ったんだろうなって

 

 139名無しの視聴者

 

 実際、最近歌枠ばっかりだったしな

 師匠がよかったのもあるだろうが、努力の結果だろう

 

 140名無しの視聴者

 

 かつてはがるる家の忌み子、なんていう風に言われていたあの子が、今やがるる家のファンにもがっつり受け入れられてるようでウレシイウレシイ

 

 141名無しの視聴者

 

 もうそんな風に言う奴いないでしょ

 しいて言うならがるる先生自体が忌み子

 

 142名無しの視聴者

 

 がるる先生の歌の悪口はそこまでだ!

 後ゲームについても

 

 143名無しの視聴者

 

 近々、色々ととんでもないことになりそう

 

 http://■■■

 

 144名無しの視聴者

 

 ???

 釣りかな?

 たまに変なの来るよな

 

 145名無しの視聴者

 

 まあまあみんな落ち着き給え

 これでも聞いて落ち着けよ

 

 146名無しの視聴者

 

 永眠しろ、振り返りをしつつASMR雑談だと!

 

 

 147名無しの視聴者

 

 この子やっぱりASMRに全振りなんだよな

 

 148名無しの視聴者

 

 ゲームしながらASMRとか普通にやってるもんな

 FPSとかよく叫ばずにできるよ

 

 149名無しの視聴者

 

 マジで?

 そんなのやってるんだ、ちょっと聞いてくるよ

 

 150名無しの視聴者

 

 またファンが増えたな

 

 151名無しの視聴者

 

 マオちゃんとコラボしてくれないかな?

 がるる家ではやってるけど、まだサシコラボは出来てない

 

 152名無しの視聴者

 

 そのうちやるんじゃない?

 




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第三十五話「ちょっとした雑談と回想」

しろちゃん視点です。


「歌リレー、お疲れ様!」

「ありがとうございます。見てくれたんですか!」

「そりゃ見るよ、本当に最近順風満帆って感じじゃない?」

「そうですね!例の件(・・・)も、成瀬さんが協力してくれたおかげで順調ですよ」

「いやいやー、私はちょっと口を出しただけで、頑張ったのはしろちゃんとがるる先生でしょ?」

「がるる先生もお礼を言ってほしいとおっしゃってましたよ?」

「マジで!相互フォローだし、コラボ誘ってみようかな……」

 

 

 歌リレーも終わり、私はある程度落ち着きを取り戻していた。

 

 

 今日は、こうして余裕があるので作業通話をしている。

 仕事のことや、何でもないことをこうやって成瀬さんと、ナルキさんと話す。

 因みに、相手ががるる先生の時は彼女はずっと絵を描いている。

 成瀬さんはサムネイルなどを製作したり、事務作業や連絡をしたり。

 私は、課題を処理しつつ、SNSでエゴサーチをしたり、可能な限りリアクションをしたりしながら、である。

 この時間が、私は好きだ。

 因みに、『彼』は話に滅多に入ってこない。

 「何で君入ってこないの?」と聞いたのだが、『なんだか邪魔な気がして』というあいまいな答えが返ってきた。

 まあ、無理に入ってきてもらおうとは思わないけど。

 

 

「そういえば、成瀬さん。動画を投稿しようと思います」

「ああ、もしかしてあれ?」

『あれ、ですか』

「そう、あれ(・・)だね」

 

 

 一体、私達がいかなる動画の話をしているのか。

 話は、数週間前に遡る。

 

 

 ◇

 

 

 それは、ナルキさんとのコラボASMR配信を放送する、数時間前のこと。

 ナルキさんが来て、機材のチェックも終わり、数時間何をすればいいのかもわからない、暇な時間ができていた。

 

 

「そういえばさ、文乃ちゃんって箏動画とかあげてたよね?」

 

 

 そんなことを、突然成瀬さんが言い出した。

 

 

「ええ、そうですね」

「めちゃくちゃうまかったけど、結構やってたの?」

「まあ、小学生の時くらいからやらされてましたね」

 

 

 本当にいろいろやらされたなあ。

 茶道、華道、弓道、なんていう日本的なことから、英会話やチェス、ピアノなどの伝統とは真逆のことまでとにかくいろいろな芸事をやらされた。

 英会話以外は、ある程度見についたかな。

 勉強は、あまり得意ではないのだ。

 箏も、その一つに過ぎない。

 そんなことを言うと。

 

 

「いいなあ」

 

 

 成瀬さんは、羨ましいという感情を隠さずにそう言った。

 

 

「……いいなあ」

「成瀬さんは、習い事とかはなかったんですか?」

「そんなのやらせてもらったことないよ。ピアノとか英会話とか行きたかったけどねえ」

 

 

 心から羨ましそうに、なおかつどこか恨めしげに語る。

 あまり裏表のないタイプだというのはここ最近の付き合いで察していたので、本心だろう。

 私からすると本当にただ苦行だったのだけれど、やったことのない人からすればよいものという認識なのかもしれない。

 人間の本質はないものねだりだと、『彼』も言っていた気がする。

 成瀬さんの綺麗な顔を見ていると、なんだか申し訳なくなってきたので、提案することにした。

 

 

「じゃあ、やってみますか?」

「はい?」

 

 

 小首を傾げる彼女を見て、思う。

 やっぱりこの人綺麗だよね。

 あと、大きいし。

 何がとは言わないけど。

 絶対に、『彼』も視線を送っていたことだろう。私にはわかる。

 閑話休題。

 

 

「箏をやってみませんか?というか収録しませんか?初心者に教えてみた、みたいなタイトルで」

「いいの?」

 

 

 嬉しそうに、成瀬さんは椅子から立ち上がった。

 まあ、箏なんてやる人はあんまりいないのかもしれない。

 『彼』も最初は戸惑っていたしね。

 

 

「はい、着物も、箏も多分お貸しできると思いますので……」

「いいの?」

「氷室さん、お願いできます?」

「はい、大丈夫ですよ」

 

 

 いつの間にか雷土さんと入れ替わりで入った氷室さんに声をかける。

 私は、着付けの仕方とか知らないので彼女に任せることになる。

 

 

「ここでお着替えになりますか?」

「……それはダメだね。部屋を変えよう。着物を選びたいし」

「まあ、それがいいですね」

「……?承知しました」

 

 

 少しだけ、氷室さんは不思議そうな顔を出したがとくには何も反論せず二人を連れて部屋を出た。

 『彼』に見られるなんて恥ずかしい。

 いや、『彼』に私が見られるのはもう今更構わない。

 上に関しては、生まれたままの状態を晒したこともあるのだから。

 

 

 ただ、成瀬さんと一緒に見られるのは嫌だった。

 絶対比較されるに決まっている。

 服の上からでも負けているのがわかるというのに、完全に開帳されてしまったら立ち直れない。

 『彼』が巨乳好きなことくらいは知っている。

 『萌えアニメは揺れで名作か否か決まる』とか言ってたからね。

 まあ、私も大きい方ではあるから別にいいけど。

 

 

 ◇

 

 

「ちなみになんだけど、箏っていくらくらいするの?」

『さあ……』

「さあ……」

 

 

 そういえば、知らないね。

 いくらくらいなんだろう。

 自分の所持品で値段がわかるのがVtuber活動に関連するものだけなんだよね。

 

 

「ええと、火縄さん、いくらだったかわかる?」

「あー、えっと、この箏だとこれくらいですね」

 

 

 眼鏡をずり上げつつ、スマートフォンで調べてくれた氷室さんの口から、おおよその額を聞いて。

 

 

『「…………」』

 

 

 『彼』も、ナルキさんも言葉が出てこなかった。

 いやもちろん、楽器が全般的に高いのは知っているし、文乃さんが使っているのだから安物ではなく、むしろそれなりに質が良くて根が張るものだろうとは思っていた。

 だが、しかしである。

 結構高かった。

 それこそ、マイクと比較しても引けを取らない。

 私は、金銭のやり取りを教科書など、創作の中でしか知らなかったので金銭感覚はそこらの高校生と大差ない。

 

 

「だ、大事に使わせていただきますね?」

「……?ええ、よろしくお願いします」

 

 

 

 その後、箏動画を収録した。

 人にことを教えるのは初めてだったので慣れないことをしてしまった。

 だが、本当に楽しかった。

 

 

 ◇

 

 

 その日は、もう一つ思い出があった。

 配信が終わって、その場の勢いで一緒に寝ることになったときのことだった。

 とりとめのないことを話していたが、どうしても訊きたいことがあったので、訊いてしまったのだ。

 

 

「ナルキさん」

「貴方にとって、『彼』は何ですか?」

 

 

 成瀬さんがどう思っているのかは、今彼女の顔が見えるときに確認しておきたかった。

 『君』については後で確認するよ、と首だけあげてダミーヘッドマイクに念を送る。

 ともかく、成瀬さんはさほど悩まず答えを出した。 

 

 

 

「恩人、かな」

「恩人……」

「前の職場で、本当にお世話になったんだよ」

「例えば?」

 

 

 職場での直属の上司ともなればもちろん、色々世話になることもあるかもしれない。

 そうすれば、仲が良くなるということもあるだろう。

 実際、上司と部下の関係と呼んでいいのかどうかは全く分からないが、メイドの三人もかなり仲がいいように見える。

 『彼』もそんなことを以前言っていた気がするので、私の勘違いなどではないはず。

 

 

 だが、恩人とまで言える関係性になるのは困難なはずだ。

 小説や漫画を見ても、友人や仲間という言葉は頻繁に使われるものの、恩人という言葉はまず出てこない。

 恩がある、借りがあるという関係は、そう簡単に築かれるものではない。

 一体、何があったというのか。

 

 

「うちの会社って、ブラックで、とにもかくにも根性論の会社でさあ」

「うわあ」

 

 

 

 『彼』から聞いてはいたものの、本当にろくでもない。私も、怒鳴られたりするのには覚えがある。

 本当に、今思うと私はなぜ怒られていたのか微塵も理解できない。

 そもそも、怒るという行為自体非効率でしかないはず。

 エネルギーの消耗も大きいだろうしね。

 まあ、私はあまり怒るということもないのだけど。

 怒っても無駄なことが多いとわかっていたというか、とにかく感情を殺していた記憶しかない。

 そういえば、たぶん私が初めて人に対して感情をむき出しにしたのって恐らくはあの時なんだよな。

 駅で飛び降りようとして、『彼』に手を掴まれたあの時。

 色々な感情があふれてボロボロと泣いてしまったことを覚えている。

 

 

 そこから、自分の気持ちに正直になることができた。

 趣味を見つけて、やりたいことが決まって、Vtuber活動を始めて。

 何より、生まれて初めて好きな人が、できた。

 『彼』は私に、感情をくれたのだ。

 どきどきするような

 

 もうすぐ寝るというのに、これはよくないね。

 

 

「そんなとき、間に入ってくれたのが先輩だったんだよね」

「ああ……」

 

 

 私の口から出た言葉には、二重の意味合いがあった。

 『彼』ならきっとそうするだろうなという納得と。

 それは、恩を感じるだろうなという納得だ。

 

 

「成瀬さんは、『彼』のことは好きなんですか?」

「どうだろ、正直言えばあんまりよくわからない。顔が好みじゃないのは確かだけど」

 

 

 確かに、彼はあまり特徴のない顔立ちをしていた。

 すれ違っても記憶に残らず、挨拶をしても多分三秒もすれば忘れてしまうような顔だ。

 逆に言えば、そんな特徴のない顔を、二人とも未だはっきりと覚えているということにもなるのだけれど。

 

 

 きっと、恋愛感情があったのかは本人にもわからないのだろう。

 ただ、彼女の表情は少し暗いように見えた。

 まるで、何かをこらえるような。

 

 

「ただ、私の中で先輩はもう死んだ人だからね。そこは、文乃ちゃんとは違うかな?」

 

 

 表情が一転、にやにやと笑う成瀬さんを見て、意味を察して顔が熱くなる。

 

 

「べ、別にそういう意味じゃないです」

「へー、じゃあどういう意味なの?お姉さんに相談してみ?」

 

 

 そんな話をしていたら、いつのまにか寝てしまっていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 余談だが、それなりに箏動画はバズった。

 




お知らせしたいことがあります。

しばらく更新を不定期にさせていただきます。
リアルの事情で、時間のねん出が難しいというのが理由になります。
十二月には、間違いなく毎日更新に戻せると思ってますが、今月は難しいです。
申し訳ありません。


今後ともよろしくお願いいたします。


代わりと言っては何ですが、現在誤字訂正などをしつつ、小説家になろうでも掲載をはじめました。

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第三十六話『一周年記念凸待ち開始』

お久しぶりです。


 七月の歌リレーから、ひと月ほど経過した。

 今は八月。

 蝉が結婚相手を探して鳴きわめき、カブトムシとクワガタムシが飛び回り、太陽が地面を焼き尽くす。

 そんな時期に。

 永眠しろさんは、Vtuberとしてのデビュー一周年を迎えようとしていた。

 

 

『おはようございます』

「おはよう」

『いよいよ一周年ですね』

「三日後だもんね……。うっ、緊張してきた」

 

 

 起きてきた文乃さんは、そのままふらふらと洗面所に向かった。

 三日前、記念配信の内容を決めた時からこんな感じである。

 

 

 一周年。

 それは、何につけても大きな節目だ。

 カップルであれば、プレゼントを用意し、予定を開けて盛大に祝うだろう。

 子供の一歳の誕生日であれば、親は一斉に祝福するだろう。

 ソーシャルゲームであれば、無料石の配布や、何かしらのイベントがあるだろう。

 そしてVtuberにとっても、一周年というイベントは決して軽くない。

 

 

 そもそも、一年活動を続けられる者事態が稀である。

 配信という、人によってはそれなりに体力や精神を削られることを一年続けるというのは、並大抵のことではない。

 いわゆるVtuberドリームなどといった収益を上げて豊かな暮らしができるのはほんの一握りである。

 実際のところは、大半のVtuberは金銭的な利益を求めてのことではなく、趣味としてやっているものが多い。 

 結局、収益化自体叶わない人が大半であるけどね。

 ましてや、リアルの兼ね合いやモチベーションの維持などもあって一年間貫き通せるのはほぼいないと言ってもいいくらいだ。

 だが、少なくとも永眠しろさんはそれを成し遂げたのである。

 さて、一周年を迎えたということであれば当然それに付随するものがある。

 記念配信である。

 

 

 歌枠、凸待ち、企画、重大発表、とにかく一大イベントをやるのがセオリーだ。

 ゆえに、緊張するのは仕方がない。

 まして、今回の企画は永眠しろさん史上最大規模の企画である。

 

 

 

 ◇

 

 

 当日になっても、文乃さんはまだ緊張していた。

 

 

「うううううううううううう」

 

 

 なるほど。

 これはまずい。

 ただ、それこそ歴代ワーストというわけではない。

 因みに一番まずかったのは歌リレーの時かな。

 

 

 今回は、企画の性質上直前まで打ち合わせをしていたので比較的安定している。

 やっぱり、人と関わるのは彼女にとってプラスに働いている。

 だから、あと一押し。

 そよ風のような小さなひと押しに、私がなれればいいと思う。

 

 

『しろさん』

 

 

 あえて、一年前(・・・)と同じようにしろさんの方の名前を呼ぶ。

 

 

『今日は、貴女が生まれた日です』

「……っ!」

 

 

 文乃さんも、どうやら一年前のやり取りを思い出したらしい。

 

 

『応援しています。だから胸を張ってください、今日という素晴らしい日は、誰もがしろさんを祝福するためにあります』

「……大げさだなあ。でも、ありがとう」

 

 

 文乃さんは、クスリと笑う。

 よかった、笑ってくれた。

 多分もう大丈夫だ。

 まあ、ただの勘だが。

 

 

「じゃあ、行ってくるよ」

『はい、行ってらっしゃい』

 

 

 

 これは、もう一年続けているやり取り。

 家族のように、あるいは恋人のように。

 これまでほとんど一年中かかさずやってきた会話。

 そして、これからも傍にいたいから贈る言葉。

 

 

 ヘッドホンを装着して、もう慣れた手つきでパソコンを操作して。

 しろさんは記念配信を始めた。

 

 

「はーい、こんばんながねむ―。今日も配信やっていくよ」

【きちゃ!】

【待って、今回もASMRなの?】

 

 

 囁くような声で、入ったので視聴者たちは動揺した。

 ちなみに私も動揺している。

 

 

「あ、言い忘れましたけど、今回はいつものダミーヘッドマイクを使っております。サムネイルに入りきらなかったからその情報抜けてたよね、ごめんね」

 

 

「というわけで、改めまして。この一周年を記念する企画は、ASMR凸待ちだよー」

 

 

 

 凸待ち。

 それは、コラボの一種である。

 まず、通話アプリのサーバーを配信者が作り、そこに同じ配信者や視聴者を招待する。

 そして、順番にサーバーに来た人たちとトークをしていくという配信になっている。

 まあ、視聴者の場合暴言や卑猥な言葉を叫ぶなどといったリスクが存在しているがゆえに、配信者同士のみで凸待ちをすることも少なくない。

 というのは、一般的な凸待ちの話。

 凸待ち配信が飽和した昨今では、そこにプラスアルファを加えるのも珍しくない。

 例えば、逆に配信している側が友人のVtuberに通話をかけることで、かけられた側の素の反応を見ることができる逆凸配信。

 凸してくれたVtuberと会話するだけではなく、ゲームなどもするゲーム凸待ち。

 待ち構えている側が、複数人いるというコラボ凸待ちなど、様々な派生が存在している。

 

 

 今回の、ASMR凸待ちもそういった基本の凸待ちから派生したものであり。

 彼女と私の知る限りでは、永眠しろが考案したオリジナルである。

 

 

「それじゃあ、まずこの凸待ちのルールを説明するよ。ASMRしながら凸待ちをする。なおかつ、凸待ちの最後に来てくれた人からセリフリクエストを受けて、答えるよ」

 

 

【これは期待】

【頼むぞがるる、わかってるな?】

 

 

 

「次に、会話デッキというものを一応作っておいたよ。まあ、これは比較的無難なものだね。それこそ、普通の凸待ち配信でもよくあるような奴」

 

 

 

「開始前に、一つだけ。皆さんに注意事項があります」

 

 

 一段と声を低くして、しろさんは視聴者たちに語りかける。

 

 

【何でしょう?】

【はい?】

「今から、凸待ちをしていくわけで、こちらで音量は調節するんですけど、それでもこちらがダミーヘッドマイクを使っている以上、音量バランスが完全に調整できるとは限りません。なので、心持ち小さくしていただけると、大変助かります」

 

 

 これは、苦渋の決断だった。

 何度も何度もメイドさんたちにお願いして、リハーサルを行った。

 また、今日来る予定のVtuberさんたちにはあらかじめ企画の趣旨を何度も説明したし、通話を伴う打ち合わせもした。

 それでも、向こうがダミーヘッドマイクを使わない以上、完ぺきとは言えない。

 何か問題が起きてしまうかもしれない。

 それでも、どうしてもしろさんはこの企画をやりたいと言い張った。

 

 

――凸待ちをしてみたい。これまで関わってきた人に、感謝を伝える場でありたいから。

――ASMR配信をしたい。これまで支えてくれた君と、一緒に一周年を祝いたいから。

 

 

 それは、彼女の意志である。

 放送事故の可能性があろうとも。

 しろさんの意思より優先すべきことなど、あろうはずはない。

 だからメイドさんたちは準備を手伝ったし、彼女達もリハーサルを手伝った。

 

 

【了解!】

【音量調節頑張ってね!】

【叫びそうなやつ……二人位いるなあ】

 

 

 

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第三十七話『最初の凸者』

 凸待ちを初めて、早十五分。

 その間、しろさんはコメントを読みつつ、適度にトークを織り交ぜていた。

 

 

 トークテーマは一年の振り返りである。

 デビュー当日、本当に緊張していたこと。

 初めてASMR配信をするときにも、緊張していたこと。

 いやいややらされていた箏を動画にしたところ好評で、初めてやってよかったと思ったこと。

 コラボ配信をはじめてやっていた時、普段人と話さな過ぎて何を話せばいいかわからなかったこと。

 それをきっかけに、彼女は家族などとも積極的に関わりはじめたこと。

 シチュエーションボイスや、オフコラボASMRなど色々と挑戦していくのが楽しかったこと。

 私も知らなかったことを、時に真剣な声音で、時に楽しそうに話してくれた。

 

 

 視聴者も、ある者は懐かしいなと昔のことを思い出しながら、またある者はそんなことが過去にあったのだなと驚きながら。

 しろさんの囁きに耳を傾けつつ、思い思いにコメントを打ち込んでいった。

 

 

 その流れは、しろさんがパソコンを操作し始めたことで中断される。

 だが、そこに不満を持つものは一人もいない。

 なぜなら、ここからが本番だから。

 

 

「おっと、一人いらっしゃいましたね」

 

 

【おっ】

【最初は誰だろ、ナルキさんかな】

【大穴でマオ様】

【ラーフェだったら笑う】

 

 

 通話アプリのしろさんしかいなかったサーバーに、一人来客が訪れる。

 

 

「どうも、イラストレーター兼Vtuberのがるる・るるです」

「はい、というわけでがるる先生がいらっしゃいましたー」

 

 

 入ってきたのは、しろさんよりさらに幼く聞こえるロリボイス。

 超人気神絵師、がるる先生である。

 もうしろさんのチャンネルではおなじみだね。

 一番コラボしているんじゃないか?

 

 

【きちゃ!】

【うおおおおおおおお!】

【いきなりがるる先生!】

【初手からとんでもない人が来たな】

【ちょっと声抑えてるのいいな】

 

 

 がるる先生少し、テンションが低い。

 多分、企画に対する配慮をしているのだろうな。

 大声を出せば企画が台無しになってしまう。

 そのことへの配慮なのだろう。

 

 

「来てくださってありがとうございます」

「そりゃあ来るよ。なんたって、愛娘の一周年記念だよ?」

「ありがとうございます」

 

 

 しかし、この状況はかなりいいのではないだろうか。

 二人の囁き声が、視聴者の耳に同時に入ってくるわけで。

 二人の間にある空気になったような感覚のはずだ。

 まあ、私はがるる先生の声は聞こえないんだけどね。

 ヘッドホンをつけているしろさんと、視聴者さんにしか聞こえない。

 ……あとで、しろさんにお願いしてアーカイブを見せてもらおうかな。

 

 

「最近、また投資に失敗したと伺いましたが」

「うっ、いやあのね。前回のやつは絶対いけるはずだったんだって」

「投資に絶対、なんてあるはずないですよね?高校生でもわかりますよ。せめて、ちゃんと生活に使う分のお金は残しておくべきでしょう?」

「そ、そうなんだよ、しろちゃんの件での失敗から学んでさ、生活に使う分は残してたんだ」

「はい」

「そ、そしたら負けちゃってさ。だから取り返そうとしてぶっこんだら全部なくなっテ……」

「じゃあ、がるる先生が悪いんじゃないんですね。もう投資はしない方がいいと思いますけど」

 

 

 しろさんが声を落としたまま話していることと、呆れていることもあって説教しているようにも聞こえる。

 

 

「それは無理だよー。私の夢は大金持ち、億万長者になることだもん」

「今でも十分お稼ぎになられているのでは?」

 

 

 確かに。

 そもそも、早音家が支払った金額だけでもおそらく相当なはずなのだが。

 普通に二、三年くらいは生きていける金額だと思うよ。

 

 

「そうじゃなくてさ、働かなくても銀行の金利とかだけで悠々自適に暮らしていけるような大富豪になって一生遊んで暮らしたいのだヨ」

「……そんないいものでもないですけどね」

「え?」

「え?」

 

 

 おっと大丈夫かしろさん。

 身バレしちゃうんじゃないでしょうか。

 が、それは杞憂だったようで。

 

 

「いや、実際儲けようとして一文無しになってるじゃないですか。そんなうまい話なんてないんですよっていう話です。儲けた人のことはわからないですけど」

「やはは、そうだよナ」

 

 

 しろさん、トークうまくなってない?

 

 

「投資はね、もうしないよ、ていうかここ二か月くらいは、実はしてない。実際、お金にだらしないせいでしろちゃんにも迷惑かけちゃってたシ」

「迷惑なんてかけられたこと一度もないですよ?」

 

 

 確かに。

 今のしろさんがあるのは、がるる先生のおかげと言っても過言ではない。

 超人気の神絵師がイラストを担当したからこそ、今の人気がある。

 もちろんそれだけではないが。

 

 

「正直ね、ずっと不安だったんダ」

 

 

 音量を落としているからか、あるいはネガティブな話をしているからか。

 彼女の声は、低くかすれていた。

 いや、先ほどよりさらに一段階ボリュームが落ちている。

 

 

「私は、些か名が売れている」

「些かどころではないと思いますけど」

 

 

 複数の有名Vtuberのデザインを手掛けているがるる先生だが、彼女の仕事はそれだけではない。

 ゲームキャラクターのデザイン、グッズなどのイラスト、アニメ化した大人気ライトノベルのイラストなど、彼女の仕事は多岐にわたる。

 それこそ、投資と浪費以外が趣味になりえない程度には。

 本当に、むしろなんでわざわざ投資なんてしているのか。

 

 

「そんな私が、全くの無名で、事務所などの後ろ盾もないVtuberを生み出してしまった。正直、ずっと心配だったよ。君がVtuber界隈に受け入れてもらえるのかも、君が幸せに活動できるのかどうかも、確信が持てなかった。いや、ほぼ不可能だとさえ思っていた」

 

 

 しろさん側は、大金を積んだ。

 がるる・るる先生は相場を超える金額に納得した。

 両者合意の取引だったが、がるる先生の内心には後悔があったのかもしれない。

 ある種、金に目がくらんだ形の取引だったから。

 そして、どれだけの災禍が降りかかるのか予測もつかなかったから。

 見守っていたというのは本当だろう。

 だが、がるる先生がしろさんにコメントしていたことは一度もない。

 それはなぜか。

 関わることで、がるる家ファンからのバッシングがしろさんに来ることを恐れたのではないか。

 大きくなるまでは、あるいは活動が安定するまでは待つことにしたのではないか。

 

 

「でも、君はそれを全部覆した。どんどん登録者数も伸びてるし、こうやって大きな企画もできるほどになった」

「私の力だけじゃないです、先生とか、がるる家の皆さんとか、ナルキさんとか、支えてくれる人たちのおかげです」

「ありがとう。そしてそれ以上に、楽しんでくれていることが嬉しいんだ、他の娘もそうだけど、私がきみたちの幸せになってくれて、はじめてお金以外の幸せを得られた気がするんだ」

 

 

 声が、少しだけ震えているのは気のせいではないだろう。

 

 

「だから、君に言いたいんだ。Vtuberになってくれてありがとう、今日まで活動を続けてくれてありがとう、それから」

「……?」

「生まれてくれて、今日まで生きてくれてありがとう」

「あ……」

 

 

 彼女は、自分が生まれたことさえ呪ったのかもしれない。

 それほどまでに、彼女を取り巻く環境は最悪だった。

 けれど、がるる・るる先生はこういったのだ。

 彼女が存在してくれていることが嬉しいと。

 

 

「う、ううううううう、ひっく」

 

 

 まさかの、ボロ泣きである。目から涙をボロボロとこぼし、服で拭いている。

 ああ、ダメだよしろさん!

 跡が残っちゃうから強くこすらない!

 

 

「私、私も、がるる先生に、作ってもらえて幸せです、本当に、先生が、ママでよかったって……」

「うんうん、そうだね」

 

 

 ボロボロ泣きながら言っているせいで、完全には聞き取れない。

 はっきり言って、放送事故だ。

 けれど、私はよかったと思う。

 

 

 

「じゃあ、「ママ―大好き!」って言ってチューしてください」

「…………は?」

 

 

 しろさん、真顔である。

 先程まであふれていたはずの、涙が引っ込んでいる。

 おいおい、放送事故だろこれ。

 エモい空気が台無しなんだが?

 コメント欄も、【は?】と【草】で埋まっている。

 凍り付いた空気に対して、しろさんは何と返すのか。

 

 

『しろさん、何かしゃべってください!』

「はっ!あの、がるる先生どういう意味ですか?」

 

 

 確かに何の脈絡もなかったので、しろさんが驚くのも無理はない。

 

 

「単純に、娘からの愛情表現が欲しいんだよね」

「……ままーだいすきー」

「あれ、棒読みじゃない?」

 

 

 演技力SSSのしろさん、配信上で初めて棒読みになった。

 ある意味、永眠しろさんの歴史に残るセリフではあるかもしれない。

 

 

「じゃあ、お疲れさまでした、がるる・るる先生」

「あれっ」

「先生もお忙しいと思うので、今日はここまでにしておきましょうお疲れさまでした!」

「え、あの、キス音は?いや違うちょっと待って待って単なる悪ふざけっていうか冗談だから、愛情表現だから許し」

 

 

 そこで通話が切れた。

 というか、しろさんが切った。

 画面上の永眠しろさんの顔も、パソコンを操作している早音文乃さんの顔も真顔である。

 

 

【切られてて草】

【親子の縁も切れてるぞ】

【なんでえ! がるる・るる】

 

 

 

 コメントは大盛り上がりになっている。

 

 

「おっと、次の凸者の方が来られたようですねー」

 

 

 まあ、湿っぽい空気を笑いに変えるためなんだろう。

 多分、きっと、おそらく。




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第三十八話『次女』

 一人目が追放されてから二分と経たないうちに、二人目が来た。

 

 

「お話して大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ」

 

 

 通話アプリを操作して、しろさんが声をかける。

 答える声は、がるる先生よりも少し幼かった。

 

 

 

「諸君、わが名はマオ・U・ダイである」

「あ、マオ様来てくださってありがとうございます」

「うむ、来たぞー」

【マオ様じゃん!】

【銀髪コンビきちゃ】

 

 

 銀色の腰まで届く髪、山羊のような、ねじくれた漆黒の双角。

 服装は、マフィアが着るような黒く重厚なコートだが、サイズがあっていないためにぶかぶかになっている。

 ワインレッドの瞳は大きく、引き込まれる。

 背丈は、小さい。

 確か、しろさんよりも小さく、線も細い。

 人外ゆえに実態はともかくとして、見た目の年齢は、十二歳くらいに見える。

マオ・U・ダイさんは文字通り大魔王系Vtuberであるらしい。

 彼女の所属している企業のホームページによれば、「魔界から地球を征服しにきた大魔王。地球征服のため、同志獲得と広報活動に精を出している」という風に書かれている。

 実際、普段の振る舞いは尊大かつ、口調は大仰で、まさに大魔王という言葉がぴったりだった。

 ただし。

 

 

「あの、声大丈夫かな?音量大きすぎたりしない?」

「あっ、大丈夫ですよ。今くらいのボリュームで話していただければ」

「わかった。じゃあ、改めて一周年おめでとうございます」

「ありがとうございますぅ」

【草】

【全然大魔王らしくない会話で草】

【企画が破綻しないように、真面目に考えるマオちゃんかわいい】

【いい人やん】

 

 

「あの、マオ様って本当にいい人ですよね」

「おいやめろやめろ」

「以前コラボをしたときも、スケジュールの調節を積極的にしてくださって」

「んー?いや、記憶にないけどね」

「じゃあ、チャットの履歴視聴者のみんなに見せてもいいですか?」

「ねえ本当にやめて、企画の趣旨上大声でキレ芸できないから……。リアクション取りづらいから」

 

 

 打ち合わせの通話を聞いていた時も、こんな感じだった。

 彼女には、おそらく裏表というものがない。

 だから、メタ発言というか失言がそれなりに多い。

 一方で、素直に相手を気遣う性格が表に出ており、「いい子」「優しい魔王様」などとも呼ばれている。

 魔王でありながら、魔王っぽくないとファンから言われるのもそれゆえだ。

 だが、その飾らない姿がファンから愛されている所以でもある。

 徹底して冥界の女子高生を演じるロールプレイ主体の永眠しろさんとは対極だが、そんな二人がこうして話したりするのもまたVtuberというコンテンツである。

 Vtuberの在り方は多様だからね。

 

 

「まあ、一応『がるる家歌リレー』は一大企画だったからね。そりゃあ姉として色々やったりもするさ」

「マオ様は、がるる家次女ですもんね」

 

 

 羽多さんが長女で、マオ様は次女。

 そして、まだ来ていないもう一人が三女で、しろさんが四女となっている。

 

 

「そうだね。あ、我はお姉さまとか呼ばなくていいよ。マオ様って呼ばれてる方が好きだし」

「わかりました、お姉さま」

「ん?わかってなくね?全然我のこと敬ってなくね?」

 

 

【草】

【ちゃんとプロレスしてて草】

【羽多ちゃんとは全然接し方が違うけどこれはこれでよいよね】

「そういえばさあ、トークデッキとかってないの?」

 

 

「ああ、一応用意してますよ」

 

 

 さっきは全く使わなかったが、一応しろさんも凸待ち定番の会話デッキなるものは用意している。

 凸待ちというのは、会話がメインなわけだが、誰しもが多数の相手とコミュニケーションを円滑にアドリブで行えるわけではない。

 なので、予めトークテーマをいくつか考えて、準備しておく。

 これがトークデッキである。

 

 

「『永眠しろの第一印象と今の印象』」

「定番だな」

「あはは、定番ですね」

 

 

 一番スタンダードなトークテーマだった。

 まあ、いきなり冒険する必要もないよね。

 羽多さんやがるる先生と違って、一対一で話したことはほとんどない相手だし。

 

 

「似ているって、思ったかな」

「……似ている、ですか?」

「まあキャラ的に、ね。ほら、死神も魔王もどっちも闇属性っぽいじゃん。あと、結構初配信を観る限りでは口調もちょっと偉そうだったし」

「確かにそうですね」

 

 

 第一印象だとそういうものかもね。

 実際は、そこまでキャラクターとして似ているわけではないのだけれど。

 魔王様でござい、というマオ様の口調と、リアルの言葉遣いそのままの少し突き放したようなしろさんの物言いも少し違う気もする。

 とはいえ、似ているとは言われればそうかもしれない。

 ただ、しろさんの関心はそこにはなかったようだ。

 

 

「あの、初配信って結構昔から、見ていてくださったんですか?」

「昔というか、存在自体はSNS開設した時点で知ってたよ」

「……ちゃんと調べてるんですね」

 

 

 がるる先生から知ったという線もたぶんない。

 彼女は、自身の影響力を恐れてしろさんの宣伝はほとんどしていなかったらしいから。

 だがしかし、マオ様はあくまでも自力で調べてたどり着いたということであろう。

 普段から、Vtuberにどんな人がいるのかをリサーチしているのだろうな。

 だから、無名の個人勢であるしろさんの存在も察知しているのだろう。

 

 

「初配信も観てたよ。その後のASMR配信もリアルタイムでね?」

「え?み、みていたんですか?」

 

 

 しろさん、めちゃくちゃ動揺している。

 まあ、初配信から見られていたというのであればそうなるかな。

 もはや緊張で声も体も震えている。

 それはそうだろう。

 登録者数五十万の、一年以上しろさんよりも早くデビューした大先輩が。

 自分のことを、初期から見てくれていたというのだから。

 

 

「それ、なんで裏で言ってくれなかったんです?」

「いやまあ、単純に言いそびれたんだよ。あと、ASMR観てますって本人に言うの恥ずかしいじゃん」

「ところで、今の印象は?」

「うーん、まあ全然違うよねって思った。私はASMRとかやらないし」

「なんでやらないんですか?」

 

 

 声を潜めたまま、しろさんは問う。別にそういう意図はないんだろうが、内緒話をしているみたいでどきどきする。

 というか、そう考えると私ぬすみぎきしているポジションになっている気がする。

 

 

「いや、だって、その、恥ずかしいじゃん」

『「今なんて?」』

 私は、そしてしろさんは何をマオ様が言っているのかわからなかった。

「恥ずかしいって、何がですか?」

「ASMRをやるのが」

「……どこがですか?」

「いや恥ずかしいだろ普通に考えて!」

【そう言えば、しろちゃんが普通にやってくれるから忘れがちだけど、ASMR恥ずかしいっていう人一定数いるよね】

【ASMRに限らず、ガチ恋向けのコンテンツは抵抗ある人も多い気がする】

【確かに、しろちゃんがASMRそのものに照れてるの見たことないかも。褒められて、とかはともかくとして】

「そんなにさ、ASMRっていいわけ?」

「めちゃくちゃいいですよ。人を癒してるっていう実感がわくのが最高です」

「あー、まあそれはちょっとわかるかも。私も、視聴者が元気になってくれたらうれしいし」

 

 

 しろさんの言葉には、嘘がない。

 収益すらどうでもいいと考える彼女にとって、配信活動というのは人を癒すという理想の体現に他ならない。

 企業に所属するタレントである以上、利益を求めていないと言えば嘘になるだろう。

 だが、それでも一人のVtuberとして、マオ様にも共感できる部分らしかった。

 

 

「じゃあ、ASMR今度やりましょうか」

「えっ」

【あっ】

【ロックオンされてて笑う】

【うちのしろちゃんが済みません】

【ASMRのことになるとちょっとタガが外れちゃうんです】

 

 

 コメント欄にも指摘されているが、しろさんはスイッチが入る。

 普段の早音文乃さんから、永眠しろさんへと切り替わるのだ。

 だが、それとは別にもう一段階スイッチが入っている。

 それは、ASMR配信をするときだ。

 ASMRに対して並々ならぬ情熱を注ぎ込んでいるしろさんは、ASMRになると羞恥心というものがなくなる。

 それこそ、私に対して耳舐めをしても羞恥心を一切感じないくらいには。

 配信外で、私にその、キスをしたときは顔をトマトにして照れるというのに。

 

 

「い、いやでも我はやり方とかわからないしさ」

「今度、ウチに遊びに来てくださいよ。全然教えますよ?私でよければですけど」

「じゅ、需要もないと思うな。我、そういうのやったことないし、シチュエーションボイスとかもほとんどまともに販売してないし」

「うーん、コメント欄見ると、そうではないみたいですよ」

 

 

 コメント欄に、視線をやるとそこには。

 

 

【#ASMRしろマオ様】

【#ボイス出せマオ様】

【しれっと家に誘ってるの強すぎない?】

【しろちゃんがどんどんコミュ強になっている……。これが成長か】

【二人のASMRが聞いてみたいな】

 

 

 いや、めちゃくちゃ望まれてるじゃんマオ様。

 

 

「う、うーん。そういえば、セリフリクエストをやってるんだよね?」

「そうですね」

「じゃあ、『お姉ちゃん、いつもありがとう』って言ってもらってもいい?」

 

 

 少しの間隔を開けて、緊張から息を吸って、吐いて。

 きっとしろさんは、心から言葉を口にした。

 

 

 

「いつもありがとう、お姉ちゃん」

「んふっ」

 

 

【あっ】

【いい……】

【俺女の子になるわ】

 

 

「最高だったよー、さっすがASMR系Vtuber」

「マオ様もASMRやらないんですか?逆に私を妹扱いするセリフとか、言ってほしいんですけど」

「う、い、いやそれじゃあもう終わりでいいかな?」

 

 

 あ、完全に逃げようとしていた。

 

 

「では、次回のコラボはASMRということで」

「おいおいおいおいちょっと待ってくれよ」

「何か問題でも?」

「……ノープロブレム」

「あと」

「何ですか?」

「一年間、見守らせてくれてありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 

 

 そうして、通話が終わった。

 大魔王は、彼女に感謝と激励を残して、立ち去った。

 

 

「あっ、また通話がかかってきたね」

 

 

 そして、次の来客が来る。




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第三十九話『三女』

 マオ様が通話から抜けた直後に、三人目が入って来た。

 

 

「むむむ」

『大丈夫ですよ、しろさん』

【どうした?】

【あっ(察し)】

 

 

 しろさんは、パソコンを操作して、配信上の画面からロリ魔王様を外し、別の立ち絵を張り付ける。

 紫の艶やかなロングヘア、牛のような角、背中から生えた蝙蝠のような翼。

 それだけ聞けば、マオ様と同系統だと思われるかもしれない。

 だが、実情は異なる。

 まず、頭身が違う。

 マオ様が明らかに幼いとわかる見た目をしているのに対して、今張り付けられた立ち絵は大人の女性であるとはっきりわかる。

 着ている服装は、体にぴったりと張り付き、彼女の妖艶さを掻き立てている。

 そして、一番目を引くのはその豊満なバストだ。

 ナルキさんもすごかったが、彼女も決して負けていない。

 

 

 彼女こそは、がるる家の一人。

 彼女の名前は。 

 

 

 

「どうも、がるる家三女、サキュバス系Vtuberのラーフェ(・・・・)キューバム(・・・・・)です」

「あ、普通の挨拶なんですね?」

「そりゃそうだよ。普通の挨拶しかしないよ、私は」

「ああそうなんですか、よかっ」

「ところでさ、女×3って卑猥じゃない?」

「あの、もう通話切っていいですか?」

「待って待って、冗談だってば」

 

 

 そう、このラーフェ・キューバムさん。

 問題児である。

 

 

 配信中に、暴言や発狂などを頻発する。

 そして何より、今みたいに下ネタをバンバン言ってくる。

 そもそも、今日は違うけど普段の挨拶からしてとんでもないからね。

 

 

 何が『貴方の心をバキューム〇ェラ、ラーフェ・キューバムです』だよ。

 意味わからないからね。

 

 

 ……あの挨拶のおかげで、私は「ねえ君、バキュームフ〇ラって何?」という質問をリサーチのためにラーフェさんの配信を観ていたしろさんに投げかけられたんだからね。

 結局断固としてごまかしにごまかしを重ね、我慢の限界に達した文乃さんが自分で検索して赤面するまで質問攻めは続いた。

 あれ以降、ラーフェさんの配信で聞いた意味の分からない単語は調べない、というルールが私達の間にはできた。

 高校生には刺激が強すぎるよな。

 一応企業勢なのに、よくクビにならないなあと思う。

 

 

「いやー。一対一で話すのって初めてじゃない?」

「そうですね……」

 

 

 ラーフェさんとの一対一のコラボはやめておこうと提案したのは私である。

 何しろ、ラーフェさんのキャラクターはアクが強すぎる。

 耳舐めなど、ややセンシティブな配信もするが、だからといって男性でも引くレベルの下ネタを配信でするような人をしろさん一人で捌くのは、難しい。

 がるる家のコラボでは、場を引っ掻き回すラーフェと、それをたしなめる羽多とマオ様、そしておろおろするがるる先生としろさんによってうまく回っていたりもする。

 今回は、凸待ちという大勢を呼ぶことが前提の企画であること、加えてラーフェさんと話す時間が短いことから、しろさんは問題ないだろうと判断したようだ。

 

 

「ところでさ、好きな体位は何?」

「あの、ちょ、やめ」

「じゃあさ、長いのと硬いのと太いのとどれが一番好き?」

「あの、本当にBANされちゃうんで勘弁してくださあい」

 

 

【最低すぎて草】

【しろちゃん未成年なんですが】

【よわよわになっているしろちゃんかわいい】

【いやドン引きしてるんでしょ】

 

 

「ごめんごめん、とりあえず初手下ネタから入るって決めてるからさ」

「歌リレーではちゃんとしてたのに……」

「あはははは、まあああいうちゃんとした場では、なあ?」

「今日も一応一周年記念だったんですけど」

「いやいや、後輩に対して洗礼をな?」

「洗礼に謝ってください」

「辛辣ぅ!」

 

 

 一見、ただセクハラをしているようにしか見えないが、これもまたがるる先生の時と同じプロレスである。

 ラーフェさんは、自ら突っ込みどころを作ることで会話を回しやすくしているのだ。

 つまり、これも彼女なりの気遣いということなのだろう、たぶん。

 

 

 

「ところで会話デッキなんだけどさ、第一印象と今の印象ってあるじゃん」

「ああ、そうですね。それについて話していきますか?」

 

 

 会話デッキ、しろさんは複数作っていたが、同じものを使ってはならないという法律はない。

 むしろ、同じ質問であっても人によって応答が違うため視聴者も楽しめる。 

 さて、定番と言うが、一体どんなことをラーフェさんは言ってくるのか。

 

 

「そうだねえ、見た目がエロいなって思った」

「……もう本当に最低なんですけど」

 

 

 ……あのさあ。

 普通にセクハラ発言なんだよね。

 別に間違ってないけどさ。

 本当のことだからと言って、何を言っても許されるわけではないんですよ。

 事実陳列罪ですよ。

 

 

「まあまあ、今は印象変わってるからさ」

「へえ、そうなんですね」

「うんそうだよ、ASMRとか聞いてて、声もエロいなって」

「通話切りますね」

「タンマ、私が悪かったからもうちょっと時間をプリーズ」

 

 

 声を落とした状態ではあるが、あわてているのがわかる。

 まあ、大声を出して企画を潰さないあたり、悪い人ではないのだろう。

 普段の配信とかを見たが、結構暴言や発狂が多いタイプのVtuberだし。

 

 

「あとまあ、個人的なことだけどさ、はじめて妹ができたから嬉しかったってのはあるよね」

「ああ、ラーフェさんは三女ですもんね」

「そうそう、私もデビュー当初は叩かれたなー」

「ラーフェさんも、お互い大変でしたよね」

 

 

【そこらへん触れるんか】

【確かに、ふたりとも初期はそれなりに叩かれてたかも】

【ラーフェの場合、下ネタがひどかったからってのもあるけどね】

 

 

 ラーフェさんを含め、がるる家の人たちの経歴は粗方しろさんがリサーチしている。

 その結果によれば、ラーフェさんはデビュー当初含め、そのどぎついキャラクター性と言動から、何度か炎上しているらしい。

 残念ながら当然である。

 

 

「私は、あんまり末っ子って感じのキャラクターでもないと思うからさ、しろちゃんみたいなかわいい子が来てくれたのは嬉しいなあって思ってたよ」

「いつ頃から私を知ってたんですか?」

「デビュー直後かな、ちょっとがるる先生が燃えてたのは知ってたから。ちょっと、気になってね」

「そうだったんですね」

 

 

 ラーフェさんにしてみれば、燃えやすい自分が絡むと事態が悪化する可能性があったため、静観するしかなかったのだろう。

 彼女なりに、妹のことを見守っていたということか。

 

 

 

「だから、こうやってしろちゃんが頑張っているだけでうれしいんだよな。えらいえらいえらいエロい」

「最後で全部台無しですよ……」

 

 

 こほん、としろさんが咳払いをする。

 心なしか、ジト目になっている。

 口元は、緩んでいる。

 三女と四女、まるであり方の違う二人だが、そこには確かな絆があった。

 

 

「ラーフェさんの第一印象は、ヤバい人、ですね。今の印象は、すごくヤバい人です」

「おい」

 

 

 気のせいだったかもしれない。




三女パート、筆が進み過ぎたので、もう一話だけ続きます。

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第四十話『家族の始まりと、意味深な応援』

最近、また感想や評価が増えてきてます。

ありがとうございます。

励みになるので、感想や評価などよろしくお願いいたします。


「でも、私ラーフェさんには感謝していることが一つだけあるんですよ。まあ、それ以外は一切感謝とかないですし、何なら軽蔑してるんですけど」

「うーん、いいツンデレ。それで、何に感謝してるの?」

「……メンタルどうなってるんですか?まあ、あれですよ」

 

 

 こほん、としろさんはわざとらしく、かわいらしく咳払い。

 

 

「がるる家っていう枠組みを作って下さった(・・・・・・・)ことです」

「あー、そんなこともあったね」

 

 

 多くのVtuberファンの耳目を集める、がるる家というコンテンツ。

 だが、がるる家という枠組みはどうして始まったのか。

 

 

 それは、ラーフェさんが配信中にがるる先生に通話をかけたことから始まったらしい。

 フットワークの軽いラーフェさんは、それこそ他のVtuberなどを突発でコラボすることが多々あった。

 それゆえに、がるる先生もその標的になり、電子の海に彼女の声が乗った。

 結果として、その配信は大いに盛り上がり、ラーフェの説得によりVtuberがるる・るる先生がデビューした。

 それ以降、がるる先生とラーフェさん、マオ様、そして羽多さんの四人でコラボをすることも増えたのだそうだ。

 

 

 それこそ、しろさんがデビューする前に一度歌リレーを開催していた程度には。

 そうして、誰が呼び始めたかは定かではないが、自然とコラボ名として『がるる家』という呼び名が付けられた。

 つまり、がるる家というコンテンツの起源は、目の前のサキュバスだったりするのである。

 そういう意味で、本心からしろさんはラーフェさんに感謝している。

 まあ、先ほどのセクハラのせいでマイナスに傾いている感は否めないけど。

 

 

「別に、ただ必死だっただけなんだけどね」

「必死、ですか?」

「私の性格的に、ガチ恋勢を抱えてっていうのは難しかったからさ、とにかくそれとは別の方法でファンを増やそうって考えて、いろんな人とコラボをするのが最善だと思っただけだよ」

 

 

 彼女は、ビッチなどと呼ばれていることもある。

 それは、あまりにも多くの人とコラボをすることと、猥談が多すぎることが原因である。

 けれど、猥談が多いのも、多くの人とコラボするのも、ラーフェさんなりの戦略だったのだ。

 Vtuberは多様性、とよく言われる。

 

 

 素晴らしい言葉に聞こえるが、それは多様性を出さなければ生き残れない環境、ということでもある。

 各々が、自分だけの武器を持ち、磨かなくてはいけない。

 

 

 しろさんには、様々なASMR企画と、早音家によるサポートが。

 がるる・るる先生には画力と、イラストレーターとして積み上げた知名度がある。

 そして、ラーフェさんの場合は下ネタ、発狂、暴言といった倫理コードすれすれの芸風と、誰とでもコラボする積極性が武器だったということだろう。

 実際、しろさんみたいにどうしても積極的になれない人はいるからね。

 

 

「しろちゃんも、すごいと思うけどな、私もASMRやっているけど、正直君ほどうまくできてないし、頻度もそこまで高くないし」

「ラーフェさん、ASMRのアーカイブ残さないですよね」

「耳舐めとか、過激な奴は事務所の方針でアーカイブ残せないんだよね」

「あー、企業はそういう難しさもありますよね」

 

 

 しろさんやナルキさんのような個人勢と違い、企業勢は事務所の方針とすり合わせる必要が出てくる。

 まあ、ラーフェさんについてはここまでのびのびと活動させてもらえるのであればもういいような気がするけどね。

 耳舐めより、下ネタとかセクハラの方がまずくないですか?

 まあ、BANのリスクがある程度存在するから仕方ないけどね。

 ちなみに、しろさんはまだアーカイブがBANされたことはないが、ナルキさんはあるらしい。

 

 

 余談だが、私も、コラボ相手について知っておきたいという理由でラーフェさんの耳舐めASMRを一度だけ聞いたことがある。

 一度だけ、というのはその後しろさんがものすごく不機嫌になってしまったのでそれから聞いていない。

 

 

 

「そういえば、台詞リクエストがあるんだよね?」

「ええ、まあ、せっかくなので何かありますか?」

「ふふふ、そうだなあ。やっぱり応援してほしいかな、って」

 

 

 なるほど、まあこのセリフを見ると確かに応援の意味はあるとは思うのだが。

 なんというか、これは。

 配信で、言っていいのだろうか?

 直接的ではないから、大丈夫だとは思うのだけれど。

 

 

「これ、大丈夫かな?」

『まあ、配信がBANになるようなことはないと思いますけど』

「じゃあ、やろうかな」

 

 

 通話アプリに送られてきた文面に、私がチェックを入れる。

 まあ、直接的なことは何も書いてないからね。

 あと、視聴者の助かると思う。

 理由は説明できないが。

 

 

【一体何を指定したんだ?】

【なんだかわかった気がする】

【何か知らないけど、ラーフェに感謝したほうがいい気がしてきた】

 

 

 ◇

 

 

「じゃあ、行きますよ」

 

 

 少し間をおいて、しろさんは言葉を発する。

 ダミーヘッドマイクである私に、そして視聴者に対して。

 囁き声で、しかしてどこか力強く。

 癒すように、励ますように、あるいは愛おしさを注ぐように。

 

 

 

 

「フレー、フレー、イケ、イケ、頑張れ、頑張れ、イケ、イケ」

 

 

 

 

 …………思考が、止まった。

 ないはずの心臓が、動かなくなる感覚を得た。

 

 

 

【おいおいおいおいおいおいおい】

【がんばれがんばれはまずい】

【これはセンシティブすぎる】

【えっっっっっ】

【えちちちちちちちちち ¥3000】

【¥20000】

【うっ】

『ふう……』

 

 

「待って待って、みんな何でそんな反応してるの?」

 

 

 さて、セリフリクエストした当の本人の反応はどうかというと。

 

 

「ぶふう、ぶふう、いい、いいねえ」

『「……今なんて?」』

 

 

 

 いや、本当に何を言っているの?

 およそ淑女が出していい声じゃないと思うんだけどな。

 完全におじさんの声なんだが。

 しろさんは、未だに困惑していた。

 

 

「あの、結局このセリフどういう意味があったんですか?」

「……し、知らないなあ」

「嘘ですよね?本当はどういう意味なんですか?ただの応援じゃないですよね?」

「……じゃあ、お疲れさまでした。誕生日おめでとう!」

「え?あ、切られた」

 

 

【逃げられてて草】

【今日の凸待ちこんなんばっかりだな】

【ラーフェさん、いい仕事したよな】

【ありがとうありがとう】

【最高過ぎる】

【……ふう】

 

 

 

「……というわけで、次の方が来ているので、来ていただきましょうかね」

 

 

 なんというか、本当に嵐のような人だったなあ。

 悪い人ではないんだけどね、いや本当に。

 




次回は、いよいよあの方です。


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第四十一話『長女』

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 凸待ちASMR配信が進み、いよいよ四人目。

 視聴者も、おおよそ次に誰が来るのか予想は出来ていた。

 そもそも、候補がもう二人しか残っていないのだから仕方がない話ではある。

 

 

「どうも、がるる家長女の天使羽多(あまつかうた)です。しろちゃん、一周年おめでとう」

「ありがとうございます、先生」

 

 

 次女、三女に続くのは、羽多さん。

 桃色のロングヘアの天使で、立ち絵は聖女のようにおっとりとした雰囲気を醸し出している。

 がるる家長女にして、登録者数は百万オーバー。

 登録者数がすべてではないが、他の四人に比べても圧倒的な人気を誇っているのは事実だ。

 メインコンテンツは、歌であり、しろさんのボイトレの師匠でもある。

 

 

「さっきはごめんね、うちの妹が粗相をして」

「いえいえ、うちの姉でもあるので、申し訳ありません」

【謝ってて草】

【ラーフェは本当にさあ】

【しろちゃんも謝ってるの笑うんだが】

 

 

 粗相ねえ、本当に前の人がずっと垂れ流しだった気がするけどね。

 本当に、マジであの人は怒られた方がいいと思うよ。

 

 

「会話デッキとかある?」

「あ、はい。『お互いの長所と短所』とかどうでしょうか?」

「お、いいねえ」

 

 

 しろさんは、さっきとは違うお題を選択。

 まあ、別にトークデッキに頼る必要もないと思うのだが。

 話したいことも、彼女とは特に色々あるだろうし。

 

 

「私から話していいかな?」

「あ、はいどうぞ」

「まず、しろちゃんの長所はね……」

 

 

【長所はいくらでもありそうだけど】

【短所って何だろう】

【まあ改善点ってことならあるかもしれない】

 

「長所は何といってもASMRだよね。私も寝る前に時々聞いてるよ。本当に、最近デビューしたばかりの子だとは思えないよ」

「そ、そうなんですか」

 

 

 羽多さんも聞いていたのか。

 がるる家、全員しろさんのASMR聞いている説がありますねこれは。

 しろさんのASMRは最高だからね。

 仕方ないね。

 

 

「まあでも、私一人の実力とかでは全然ないですからね」

 

 

 そうだろうか。

 まあ、氷室さんたちのサポートや、実家の金銭的援助、さらにはナルキさんの指導があったということは事実である。

 だが、決して永眠しろさんがそれだけで成立するわけもない。

 むしろ。

 比率でいってしまえば、彼女の才覚と努力、そして彼女の意思が大半だと思う。

 そもそも活動を始めたきっかけ自体、彼女の決意と信念に端を発するのだから。

 

 

「いやいや、実際に頑張ってるのはしろちゃんじゃん。私は、しろちゃんみたいにクオリティの高いASMRは出来てないからさ」

 

 

 うんうん、そうだよね。

 よくわかっているよ、羽多さん。

 

 

「いえいえ、羽多さんのASMRも聞かせていただいてますよ?勉強になってます」

「ええ、そうなんだ。結構いろんな人のASMR見てるんだ?」

「一番聞いてるのは、ナルキさんですね。他にもいろんな人のを聞いてますけど」

「ああ、金野ナルキさんだっけ、どんな人なの?」

 

 

 そういえば、ナルキさんとがるる家の皆さんは絡みなかったんだっけ。

 二人とも、結構コラボをしているイメージだが。

 まあ、そういうこともあるのかもしれない。

 Vtuberの数自体が多いしね。

 ともあれ、ナルキさんに羽多さんが興味を持ったのならそれはいいことだ。

 いずれは、しろさんと三人で何かしらのコラボができるかもしれない。

 

 

「うーん、守銭奴で、あとASMRの技術がすごくて、やたら距離が近くて、仕事に対しては丁寧な人です」

「褒めてるのか貶してるのかわからないね……」

「悪い人ではないので、話してみてもいいんじゃないですか?」

「そうだねー。私もたまにASMRはやるけど、教えを乞うてもいいのかな」

「いいんじゃないですか?ナルキさんも喜んでくれると思いますよ」

 

 

 ナルキさん、ASMRの技術もすごいけど、一番はしろさんも含めて色々な人と絡んだりできるフットワークの軽さが強みだからね。

 

 

「そういえば、短所は何かあったりしますか?」

「うーん」

 

 短所、ねえ。

 別に、なくてもいい項目ではあるけどね。

 とりあえず、私には思いつかない。

 いつだって最高だと思っているからね。

 

 

「短所、というか直して欲しいところは、距離感かな?」

「……近すぎますか?」

「んー、逆だね。むしろ、ちょっと遠い気がする」

『「あー」』

 

 

 がるる先生にも指摘されてたしね、それ。

 流石は、親子というべきか。

 確かにずっと敬語だし、家族というには距離が遠いと思う。

 というか、ボイトレの先生というのが染みついてしまっていることもあるのか、がるる先生とかと比べても距離を置いてしまっている気もする。

 ……これでも、かなり改善された方なんだけどね。

 

 

「普通にため口でいいし、何ならお姉ちゃんにするような態度でもいいと思うんだよ?」

「か、考えさせてください」

 

 

 ゲーミングチェアに座っているしろさんの鳶色の瞳と、画面に映っているLIVE2Dのオッドアイが泳いでいる。

 まあ、まだ時間が必要かもね。

 知り合ってからまだ半年たってないし。

 でもじわじわと距離は縮まっているんだよね。

 最初なんて、がちがちで、会話も困難だったから。

 今はむしろ打ち解けている。

 初コラボ相手であるナルキさんと、がるる家のメンバーにはしろさんは心を許しかけていた。

 話題は、羽多さんの長所と短所に移っていた。

 

 

「長所は、なんといっても歌、ですよね。本当にうますぎます」

「あはは、それほどでもあるよ。歌には本当に自信があるからさ」

 

 

 羽多さんは基本的に温和で、優しい人だと思う。

 表でも、裏でも大差ない。

 心優しいだけの、普通の人に見える。

 ただ、歌になると雰囲気が変わる。

 『天使の歌声』と言われる、美しく深い歌は、数多の人々を魅了してきた。

 しろさんがASMRのスペシャリストならば、羽多さんは歌配信のスペシャリストなのだ。

 

 

「逆に直して欲しいところは……ないですね?」

「待って、私が悪い人みたいじゃん?」

 

 

 しろさん、それだと改善点を指摘した人が悪みたいになっちゃうんだよね。

 

 

 ◇

 

 

 その後も、歌について話したり、お互い好きな漫画について話したりして大いに盛り上がった。

 ちなみに、羽多さんは少女漫画が好きらしい。

 ちなみに、しろさんはあんまり読まない。

 私が読んでないからね。

 

 

「最後に、セリフリクエストをお願いします」

「せっかくなんで、ため口を使ってほしいんだよね」

 

 

 少し、悩んでいた彼女は顔を上げて。

 

 

「よし、じゃあこうしよう」

 

 

 そういって、何事かカタカタと打ち込んでいた。

 パソコンの画面に表示された文章を見て、しろさんが固まる。

 

 

 

「これ、読むんですか?」

「うん、お願いします」

「そうですか……」

 

 

 しろさんは、ため息を一つ吐くと、声を少しだけ低くする。

 

 

 

 

「俺の前では、素直になれよ。お前は、俺の女なんだからな」

 

 

 

 

 いつもより、声が一段と低い。

 所謂イケボである。

 まあ、これはこれで悪くないね。

 しろさんは恥ずかしそうに、形の良い耳を真っ赤にしているけど。

 可愛いなあ。

 

 

【これはこれでいいな】

【新しい何かに目覚めそうだ】

「んはー。ありがとうございましたー」

「あのちょっと待ってください。ため口ってこんなの聞いてないというか、ちょっと!」

 

 

 

 通話は切れた。

 羽多さん、ちょっと逃げましたね。

 

 

「さて、最後に一人だけ、サーバーに来てくださっている方がいるので、お呼びしていきましょう。大丈夫でしょうか?」

 

 

【一体誰やろなあ】

【あと一人しか残ってないんだよなあ】

【一体どこの金髪メイドなんだ】

 

 

 

 しろさんは、最後の一人を呼ぶために、再びパソコンを操作し始めた。




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第四十二話『最後の凸者』

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「はいどうも、今日来た人の中で、ただ一人絵柄が違う女、金野ナルキです」

「はい、今日は来てくださってありがとうございます」

 

 

 

 しろさんが、配信画面上から羽多さんの画像を外し、金髪で豊満な体型のメイドを永眠しろさんの立ち絵の隣に置く。

 しろさんも大きいけど、これはとんでもないな。

 四つの宝玉が画面上で存在を主張している。

 凸待ちASMR、最後の凸者は金野ナルキさんである。

 しろさんのファンからすると、結構おなじみではあるね。

 正直一番頻繁にコラボしているからね。

 

 

【うおおおおおおおおおお!】

【知ってた】

【いつもの人だ】

【ナルキちゃん来た!】

 

 

 うん、なんだかんだとしろさん結局ナルキさんとがるる家以外ではまだコラボしてないからね。

 裏で色々やり取りをしている人はいるけど、まだ表に出せる段階ではないし。

 一応、初対面として凸待ちに呼んでもよかったのだけれど、それは向こう側から丁重に断られた。

 あと、しろさんも躊躇ってた。

まあ、距離がある以上仕方がないことともいえる。

 なので、ナルキさんはただ一人、がるる家以外でこの凸待ちにこれた人ということになる。

 

 

「いや気まずいよ。家族団らんに押し掛けた部外者みたいになってない?」

「……すみません。元々、ナルキさんをトップバッターにするつもりだったんですけど……スケジュールが合わなくて」

「いやまあ、それに関しては私も悪かったよ。さっきまで配信してたばっかりだし。まあもう終わったけど」

「確か、部屋紹介の配信でしたっけ」

 

 

 以前、彼女の口から聞いていた。

 ナルキさんは、視聴者参加型の部屋紹介企画を行っていた。

 SNSのハッシュタグ、#金野ナルキで視聴者に自身の部屋の写真を投稿してもらい、それをナルキさんが精査する。

 そして、個人情報や卑猥な画像、著作権を侵害するようなものなどが写っていないことを確認したのち、画像をピックアップする。

 そして、配信上で画像を写しだし、紹介していく。

 Vtuberに限らず、配信者が度々行うファンと交流するための手法の一環である。

 さらに、これも通話で聞いた話だが、今回ナルキさんはオチとして自身の部屋も公開したようだ。

 具体的にどんな部屋なのかは見ていないが……まああまり興味を持つべきものでもない気がする。

 どうして興味を持つべきではないのかを正確に言うと、しろさんの反応が怖い。

 

 

「まあでも、結局こうやって凸待ち配信ができるのはナルキさんのおかげですからね」

「お?どうしたのさ急に」

「いやだって、本当のことじゃないですか」

「いやいや、それはしろちゃんと、その周りの人たちの力でしょ」

「それはそうかもしれませんけど、ナルキさんだってその中の一人ですよ、友達で、仕事仲間です」

「……それだけ?」

「それだけって」

「というのは」

「ああいや、なんでもないよ」

【おっ、てぇてぇか?】

【つまり友達のままじゃいやってこと?】

【告白じゃん、これもう】

 

 

 どうやら、視聴者は

 もしかすると、ナルキさんもエンタメとして恋愛的な雰囲気を匂わせようとしているのかもしれない。

 いや、それは違う。

 ただの勘だが、元職場の同僚として、あるいはVtuber金野ナルキと直接対面したものとして。

 彼女の先程の言動は、エンタメや冗談ではない、何かしらの意味がこもった言葉であったはずだと。

 だが、これをしろさんに伝えても逆に混乱を招く可能性がある。

 何しろ、あくまで勘は勘に過ぎないし、そもそも顔を合わせていない状態では表情や呼吸などのデータが足りず、勘の精度が十分ではない。

 だから、ここはあえて反応せずに

 

「まあ、しろちゃんのことは好きだよ」

「ええ、私も好きですよ、ナルキさんのこと」

「守銭奴とか言ってたってコメントに書いてあるけど」

「あっ」

【あっ】

【おいおいおいおい】

 

 

 おっと、私が知らないところで雲行きが怪しくなってませんか?

 まあ確かにそんなこと言ってたような気もするね。

 

 

「いや、まあ言いましたね」

「ふーん、まあ全然いいけどね?私としては全然いいんですけどね?事実だし」

【事実は草】

【雑談配信でもずっと金の話してるからね。仕方ないね】

【FXとか仮想通貨の話を配信でするの、こいつとがるる先生だけでしょ】

 

「やっぱりさあ、お金がないよりはあった方はいいわけじゃん?」

「それはそうですね」

 

 

 しろさんの機材も、Vtuberとしてのアバターも、お金がなくては手に入らないものだからね。

 私も、正直お金を得ること、得ようとすることが悪いとは思わない。

 ただ、人の上に立ち、踏みつけて搾取する人たちが気に入らないだけで。

 

 

「お金があれば、たいていのものは手に入るし、失ったものを取り戻すこともできるからね」

「若さ、とかですか?」

「そうそう、アンチエイジングでね……って誰が年増だって?うん?」

【おいおいおいおい終わったなしろちゃん】

【言うほど年齢差なさそうだけどな。アニメの趣味的に】

【コラボを増やすごとに、キレが増していってない?】

 

 

 しろさん、年齢はまずいですよ。

 まあ、お互いプロレスとして小突き合っているだけなんだけども。

 というか失ったものって何だろう。

 質屋に大事なものを預けてたとかかな?

 全然ありえそうだけど。

 私はそもそも預けるものすらなかったからなあ。

 思えば昔から家にはあまり私の所有物がなかった気がする。

 でも普通はそんなものだと思うけどね。

 貧乏人が、実は金になるようなものを持っているケースなんてレア中のレアだろう。

 

 

 ともあれ、会話デッキすらいらないほどに二人はノリノリで会話を続けている。

 無理もない。

 幾度となくコラボをしているだけではなく、裏でもたわいない会話をしている。

 今この瞬間もそうだ。

 

 

「しかしもう半年ぐらいになるんだよね」

「そうですね。いきなりDMが来たときは本当にびっくりしました」

「こちらこそ、受けてもらえるとは思ってなかったよー。ダメもとで誘ってたからさ。ぶっちゃけ」

「まあ、企画って断られるのも仕事の内って言いますもんね」

 

 

 今迄のことを振り返ったり。

 

 

「ASMRオフコラボはまたやりたいんですよね。大好評でしたし」

「それはそうだねー。今度は私のチャンネルでもやらない?二回行動で」

「めちゃくちゃハードそうですね……。でも面白そうです」

 

 

 今後、やりたいことを話して。

 

 

「最近『天域麻雀』やってる?」

「裏でたまにやりますけど、全然勝てないですね」

「まあツキがない日はダメだからねー」

「一回負けたらもうその日は打たないようにしてますね」

「おっ、それいいじゃん、私も真似しようかな」

 

 

 

 お互いの趣味の話をして。

 きっと、二人がプライベートでは話すことと何も違いはなくて。

 本当に、良かったと思った。

 しろさんに、こんな存在ができたことが嬉しかった。

 

 

「そういえばさあ、セリフリクエストがあるんだよね?」

「ええ……チャットに書き込んでいただけると――」

 

 

 雑談が佳境に入り。

 いよいよセリフリクエストをしようかという時に。

 

 

【よくもまあ、こんなところで配信できるよな】

『……うん?』

「へ?」

 

 

 ふと、とあるコメントが目に留まった。




余談。
この作品、大体一章につき一回くらいシリアスシーンがあります。



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第四十三話『金色の炎』

感想を、最近たくさんいただいております。

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 この、心温まる瞬間において、明らかに無用で不要で。

 すぐさま、モデレーターであるメイドさんの誰かがブロックした。

 だが、同様のコメントがパラパラと混じってくる。

 

 

【最悪】

【もう、二度と配信しないでほしい】

【本当によくこんなところに来れるよな】

 

 

何かがおかしい(・・・・・・・)

「……え?」

 

 

 語気が強くて、明らかに人を傷つけるためのコメント。

 間違いなく、誹謗中傷であり、メイドさんたちによってBANされていくのも当然だ。

 そして、コメントしている者達は見たことがない名前だった。

 普段配信を観ている者達が苦言を呈しているわけではない。

 所謂、荒らしと呼ばれる行為、そして者たち。

 

 

 これは、炎上(・・)だ。

 

 

 炎上。

 炎上とは、元々物理的な火が燃え上がるものだった。

 また、寺社仏閣などの大きな建造物が燃えあがることを示しているらしい。

 そこから転じて、インターネット用語においてはインターネット上に批判的なコメントが集中し、閲覧・管理機能が損なわれてしまう状態を火災にたとえた表現である。著名人のサイトでの発言やマスコミ報道などがきっかけとなり、炎上状態になることが多い。

 心理的なもののみならず、経済的な損害さえもが発生しうる。

 元々は、相手を激昂させるための文章をインターネット上に発するというフレーミングという言葉に由来しているらしい。

 さて、この状況はまちがいなく炎上に当てはまる。

 何しろ、コメントが荒れすぎて、二人とも話せなくなっているし、ファンたちも配信のいい雰囲気を壊されたことで怒り、荒れている。

 私は、しろさんが配信するのを隣で見るし、エゴサーチをするのを見ている。

 だから、こうやって荒らしている人間たちがしろさんのファンではないと思う。

 

 

 だが、ありえない話ではない。

 何が原因で炎上するかなんてわからない。

 しろさんが何か悪いことをしていなくても、悪い受け取られ方や切り取られかたをされれば炎上することもある。

 元々、Vtuberはマイノリティだった時期からはじまり、炎上しやすい文化ではあった。

 だからしろさんが炎上をしたとしても不思議ではないが、違う(・・)

 

 

 だが、違和感を覚えたのはそこではない。

 むしろ、私が感じたのは。

 この悪意は、本当にしろさんに向けられたものなのかということ。

 多分、これは炎上しているのは決してしろさんではなくて。

 

 

「え?」

「え?」

 

 

 多分、もう一人(・・・・)の方だ。

 

 

 ナルキさんと、しろさんが声を出したのは、悪意からではないコメントがあるのを見たからだ。

 

 

【ナルキちゃん!今すぐSNSをチェックして!】

 

 

 よくコラボしていると、相手の配信を観ることも自然と多くなる。

 そのため、私もしろさんもナルキさんの配信はよく見ていたし、良くコメントを書き込む常連さんたちの名前やアイコンも自然と覚えてしまっていた。

 だから、わかる。

 今、悲鳴のようなコメントを書き込んだのは間違いなくナルキさんの熱心なファンだ。

 断じて、荒らしや捨てアカの類ではない。

 

 

「こ、れ、は」

 

 

 音声だけでもわかる。

 ナルキさんが、明らかに動揺していた。

 コメントが荒れていることに、彼女が燃えていることに気付いたのか。

 あるいは、その原因にまで思い当たる部分があったのか。

 

 

「ごめん。今日は、通話切るね」

「え、ちょっちょっと待って!」

『しろさん!落ち着いてください!』

 

 

 想定外の事態で、声を荒らげかけたしろさんに対して、あわてて制止をかける。

 ふらふらと、椅子に座り込んだしろさんを見て、わたしははじめてしろさんがいつの間にか立ち上がっていたことに気付いた。

 どうやら、私も冷静ではなかったようだね。

 しかし、一体何があったのやら。

 いや、今は気にしている場合ではない。

 今やるべきは、ついてしまった傷をなるべく浅くすることだ。

 

 

『とりあえず、配信を切ってください』

「あ、ああ、そうだね。皆さん、今日は来てくださってありがとうございました。配信はこれで終わりにします。スーパーチャットなどは後日読ませていただきます。お疲れさまでした」

 

 

 コラボ配信などでは使っていた終わりの挨拶すらまともに使わないまま、しろさんの配信は終わった。

 半年記念とは異なり、多くの人を巻き込んだ配信は。

 大きな波乱を抱えたまま、終わった。

 

 

【これ何?大丈夫だよね?】

【逃げるのか卑怯者!この場で何があったのか説明しろ!】

【今見てきたけど、これまずいかもなあ。しろちゃんまで飛び火しなければいいけど】

【後味悪いなあ……。なんというか、最後の最後で邪魔が入った気分】

 

 

 配信が終わった後、しろさんはいつになく青い顔だった。

 今まではランナーズハイ、あるいはライバーズハイというやつだろうか。

 疲れているはずなのだが、高揚感を得て、つやつやした明るい顔つきをしていることが多い。

 それは、大なり小なり配信が成功したからだろう。

 だが今回の配信は、成功したとは言い難い。

 しかも、特に彼女が何かをやらかしたのではなくて、巻き込まれたのだ。

 

 

「ごめん。取り乱した」

『いえ、大丈夫ですよ。それに、すぐに冷静になったじゃないですか、立派なものです』

 

 

 本心から、文乃さんを賞賛する。

 確実に、彼女は成長している。

 それこそ、突発的な異常にも、私の言葉一つで最善の対応をして見せた。

 以前よりも、コラボを通してアドリブ力の無さが克服されているのではないだろうか。

 だが、その彼女をして今回の一件には対応しきれなかった。

 

 

「一体、何があったのかな?」

『とりあえず、SNSで調べてみるのが一番早いと思います』

 

 

 SNSで調べ物をするのは愚かだ、と言ったのは誰だったか。

 それ自体は、私も同意見だが何事にも例外はある。

 特定のVtuberについて知りたかったら、SNSで検索していくのが一番簡単だ。

 

 

「うん、そうだね」

 

 

 そういうしろさんの声は、震えていた。

 彼女の小さくて細い体も、震えていた。

 

 

「ねえ」

『何でしょうか』

「ナルキさんは、大丈夫だよね?」

『…………』

 

 

 言葉が、出てこなかった。

 安易な慰めをすることだってできる。けれど、それはするべきではないし、したくない。

 私は、彼女にだけは嘘を吐くべきではないと、そう考えているから。

 

 

『少なくとも、今あなたがすべきことは情報を集めることです。それがナルキさんを助けることにもつながると思います』

「そっか、そうだよね」

 

 

 果たして、そんな私の言葉にどれほどの意味があったのだろうか。

 文乃さんは、暗く沈んだ面持ちのまま、SNSでナルキさんについて検索を始めた。

 そこには―。

 




【お知らせ】 
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第四十四話『遠巻きに見る炎』

最近感想をかなりたくさんいただけて、励みになってます。ありがとうございます。

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 がるる家について語るスレ・その53

 

 

 名無しの視聴者47

 

 

 んで、結局金野ナルキは何をやらかしたんだ?

 

 

 名無しの視聴者48

 

 

 やらかしたっていうか疑惑だよ疑惑

 

 

 名無しの視聴者49

 

 

 >>48

 でも否定しないってことは、罪を認めたのと同じでは?

 

 

 名無しの視聴者50

 

 

 ハイハイ、ソーデスネ

 

 

 名無しの視聴者51

 

 

 結局のところ、まあ本人が言及しないと何とも言えないな

 

 

 名無しの視聴者52

 

 

 それで、あいつは何の疑惑で炎上してるんだ?

 

 

 名無しの視聴者53

 

 

 マルチ商法

 

 

 名無しの視聴者54

 

 

 ……なんで?

 

 

 名無しの視聴者55

 

 

 昨日、ナルキは部屋紹介の配信をやってた

 視聴者参加型のやつな。送られてきた画像を紹介するってやつ

 んで、ラストにナルキ自身の部屋も見せるって配信だった

 

 

 名無しの視聴者56

 

 

 ゴミ屋敷と、ちゃんと綺麗な部屋が半々だったよな

 

 

 名無しの視聴者57

 

 

 で、ナルキの部屋だが、ゴミ屋敷そのものの部屋を見せられた(機材の周囲だけキレイで、あとはぐちゃぐちゃのゴミの山)

 

 

 名無しの視聴者58

 

 

 その映した自分の部屋に、なにか証拠となりえるものがあったってこと?

 

 

 名無しの視聴者59

 

 

 マルチ商法でよく使われてる会社の洗剤、それの容器が複数個あったらしい

 

 

 名無しの視聴者60

 

 

 あの会社かな?でもそれだけだと弱くない?

 普通に買わされただけの可能性もあるし、マルチとは無関係に買っただけって可能性もあるだろ

 

 

 名無しの視聴者61

 

 

 でも五個だぞ?それが自室に並んでたんだぞ?

 不自然が過ぎるだろ

 

 

 名無しの視聴者62

 

 

 でもあの部屋、汚部屋だったじゃん

 何があってもおかしくないだろ?

 それこそゴキブリとかいつ出てきてもおかしくなさそうだったけどな

 

 

 名無しの視聴者63

 

 

 そもそも、みんなよく気付いたよな

 

 

 名無しの視聴者64

 

 

 有名な炎上系の切り抜き師が切り抜きやがったんだよ

 しかも、投稿したのが配信終わって、しろちゃんと話しているタイミングなんだよね

 まるで、狙ったみたいに

 

 

 名無しの視聴者65

 

 

 実際に狙ってたんじゃない?

 ふたりとも一応スケジュールは事前に出してたわけだし

 

 

 名無しの視聴者66

 

 

 つまり、しろちゃんの凸待ちにナルキが来ることを読んで、ナルキが配信で何かやらかすことを期待して配信をチェックしてたってわけだ

 性格が悪すぎる

 

 

 名無しの視聴者67

 

 

 もう、こういう悪質な切り抜きは取り締まったほうがいいだろ

 百害あって一利なしだ

 ただでさえVtuberってだけで燃えやすいのに

 

 

 名無しの視聴者68

 

 

 話が脱線してないか?

 このスレで重要なのは、しろちゃんへの影響だろ

 

 

 名無しの視聴者69

 

 

 配信はすぐに終わらせたし、あのあとSNSもまるで動いてないし

 いつもなら、おはようとか呟いてるのに、それすらない

 アーカイブは非公開になってる

 

 

 名無しの視聴者70

 

 

 しろちゃんのSNSアカウントにも、突撃してるバカがちょくちょくいるな

 

 

 名無しの視聴者71

 

 

 おい、炎上系の配信者がなんか変な記事上げてるぞ

 

 

 名無しの視聴者72

 

 

 永眠しろがマルチ商法に加担してるらしい

 

 

 名無しの視聴者73

 

 

 ???

 

 

 名無しの視聴者74

 

 

 ソースどこ?

 

 

 名無しの視聴者75

 

 

 がるるのアンチスレッド

 

 

 名無しの視聴者76

 

 

 アンスレをソースにするのもうやめてほしい

 ただのデマだろ

 

 

 名無しの視聴者77

 

 

 ナルキがマルチ商法に加担→しろちゃんとナルキは仲が良い→しろちゃんもマルチ商法に加担してる、っていう理論らしい

 あと、なんかしろちゃんが金持ちっぽいっていうのも根拠になってた

 元締めなんじゃないかって

 

 

 名無しの視聴者78

 

 

 もうこれ訴えていいだろ

 

 

 名無しの視聴者79

 

 

 取り敢えず我々にできるのは見守ることだけだぞ

 

 

 名無しの視聴者80

 

 

 ナルキちゃんからの情報を待つしかないね

 

 

 名無しの視聴者81

 

 

 せめて、しろちゃんだけでも復活してほしいな

 しろちゃんの方はもう事実無根のいちゃもんでしかないわけだし

 

 

 名無しの視聴者82

 

 

 とりあえず凸だけはするなよ

 余計に事態が悪化しかねない

 

 

 名無しの視聴者83

 

 

 そうだね

 

 

 名無しの視聴者84

 

 

 マジで二人とも復活してくれ

 




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第四十五話『通話』

総合評価が1500を超えていました。
これからも頑張ります。

感想とか、お気に入り登録とか励みになってるのでよければお願いします。


 

『なるほど……』

 

 

 私たちは、SNSを見て事態をおおむね察していた。

 ナルキさんが、成瀬さんに疑惑がかかり、炎上した。

 

 

 マルチ商法。

 他者を勧誘することによって成り立つ、

 現在は、法律で禁止されており、犯罪である。

 そんなマルチ商法に、友人が加担しているかもしれない。

 文乃さんの動揺は、計り知れない。

 私ですら、多少なりとも動揺しているのだから。

 

 

「君は、その、どう思う?」

『彼女が、本当に加担していたかどうかですか?』

「うん」

 

 

 まあ、真偽を気にするのは当然だ。

 だが。

 

 

『……わかりません』

「わからない?君の勘でもかい?」

『ええ』

 

 

 データが少ない。

 私は、文乃さんが思っているほどナルキさんについて詳しくない。

 多分文乃さんの方が知っている。

 あと仮に、データが多くても関係ない。

 

 

『文乃さんは、金の切れ目が縁の切れ目という言葉を知っていますか?』

「君から聞かされた気がするけど、どんな意味だっけ?」

『言葉通りですよ。お金がなくなると、一見強いように見えた絆なんてあっという間に壊れてしまうという意味です』

「ああ、そういう意味なんだね。けど、それとマルチ商法とどういう関係があるの?」

『お金、というのは恐ろしい力があるんですよ』

 

 

 ある絵師は、金銭を得ていながら、それのみでは満足できず、より多くの金銭を得ようとして結果として散財することを繰り返している。

 ある会社員は、莫大な奨学金という名前でコーティングされた借金を抱え込み、ブラック企業を抜けるに抜けられなくなり過労が元になり、命を散らすことになった。

 お金で、幸せになるかどうかはわからない。

 だが、お金には人の人生を崩壊させかねない、力がある。

 それは紛れもない事実である。

 

 

『つまりですね、お金は人の心に与える影響が膨大である以上、私には成瀬さんがそういうことをする人間かどうかは判断できません』

『さて、どうしますか?』

 

 

 

 文乃さんは、押し黙ってしまった。

 まあ、酷な選択かもしれない。

 とりあえず、流れを打ち切って飛び火への対処をさせるべきか。

 ぽろん、と通信音が鳴った。

 

 

「誰?」

 

 

 Vtuberや仕事相手と連絡をするための通話アプリ。

 パソコンには、氷室さんの名前が出ていた。

 

 

「はい、もしもし」

「お嬢様!」

 

 

 声からして、かなり慌てている。 

 多分、心配になったんだろうね。

 以前、自殺未遂をしたり突如山の中に飛び出したりしたこともあるんで、無理もないかな。

 後者に関しては、まあ私が原因でもあるのだが、彼女たちには知る由もない。

 ナルキさんのことと、しろさんのことを知っているメイドさんたちからすれば精神的に追い込まれているであろうことは容易に想像がつく。

 スマートフォンの位置情報が変わっていないとはいえ、不安に思って当然だろう。

 

 

「大丈夫ですか?」

「あ、うん、大丈夫だよ。どうもありがとう」

「そ、そうですか」

 

 

 安心したらしく、声にいつもの落ち着きが戻ってきた。

 最近気づいたけど、メイドさんたち、本当に文乃さんのことを心配してるみたいだね。

 それが雇用主だからなのか、それともほかの理由があるのかまでは、わからないけど。

 

 

「大丈夫だから、安心してほしい」

「わかりました。何かありましたら、いつでもご連絡ください」

「うん、頼りにしてる」

「はい」

 

 

 そうして、通話が切れた。

 一つ、確かなことがある。

 文乃さんは、間違いなく変わった。

 人との交流への恐怖心が徐々に払しょくされていったのか、こうしてメイドさん達ともちゃんとやり取りができている。

 それが誰の影響なのかなんて、わかりきっている。

 今の文乃さんには、しろさんには間違いなくナルキさんの存在が必要だ。

 

 

 

「今から通話をかける」

『わかりました』

「君にも立ち会ってほしいんだけど、大丈夫?」

『もちろんです』

 

 

 

 彼女が望むなら、拒否する理由などない。

 3コールでナルキさんが出た。

 

 

「はあ、何?」

「――っ!」

 

 

 冷たい声だった。

 覚悟を決めていた文乃さんが、言葉に詰まるほどの。

 少なくとも、

 これは、まずいか?

 声からわかる。私の勘が、告げている。

 思った以上にナルキさんは追い詰められている。

 今この瞬間、爆発してもおかしくない。

 これは、適当なタイミングでさっさと退散したほうがいい。

 

 

「あの、わかってますから」

「わかってないだろ」

「……え?」

 

 

 なるほど。

 文乃さんと、ナルキさんの間で情報の齟齬があったのだと、理解できた。

 

 

「いいか、一つだけ言っておくよ」

「…………?」

「私がマルチ商法に加担していたのは事実(・・)だよ」

「…………え?」

 

 

 顔が、蒼白を通り越して、土気色になる。

 それこそ、私の正体を知ることになった日と同じくらい、彼女は憔悴していた。

 

 

「な、んで?」

「なんで、ねえ」

 

 

 彼女の口から出た言葉は、悪意を含んでいた。

 呆れたような、軽蔑したような、嫌悪するような。

 

 

「君にはわからないでしょ、説明したってわかるはずがない」

「え、えっと」

 

 

 言葉に詰まる。

 

 

『しろさん、通話を切ってください。今日はもう、話さない方が――』

「先輩、先輩ならわかるでしょ?」

『…………理解はできます。しろさん、もう通話を切ったほうが』

 

 

 そういえば、ナルキさんも聞き取れるんだっけ。

 まあいいでしょう。

 

 

「…………とりあえず、そういうことだから」

 

 

 

 だから何なのかを言わずに、ナルキさんは通話を切った。

 

 

 ◇

 

 

 通話が切れた後、文乃さんは明らかに憔悴していた。

 ここまでひどい状態の文乃さんは久しぶりに見る。

 前回は、私に原因があったゆえにまだ対処が楽だった。

 

 

 だがしかし、今回は違う。

 原因が、金野ナルキさんと文乃さん自身に存在する以上、私一人の言葉ではどうにもならない。

 彼女が落ち込んでいる要因は、おそらく二つに分けられる。

 ナルキさんがマルチ商法をやっており、炎上してしまったこと。

 こちらについては、もうどうしようもない。

 炎上というのは、そもそも個人がどうこうできるものではない。

 目に余る行動をとった特定の個人を訴えられるかもしれないが、逆に言えばそれくらいのものだ。

 

 

 何を勘違いしたのか、しろさんもマルチ商法に関与しているというデマを流している連中がいるらしい。

 これに関しては、事実無根のデマであり、営業妨害に当たる。

 早音家の力をもってすれば、しろさんにかかった火の粉を振り払うくらいはできるだろう。

 

 

 まあ、訴えようが勝とうが、それだけで事態が解決とはいかないんだよね。

 時間をかけて、空気が落ち着くのを待つしかない。

 少なくとも、一ダミーヘッドマイクに出来ることは何もない。

 ゆえに、私が頭を回すのはもう一つの問題。

 文乃さんの内面についてである。

 今回は、今までとは事情が違う。

私一人で、解消できるほど今回の心の傷は軽くない。

前回どうにかできたのは、心の傷が私に由来するものだったからだ。

 

 

「わからないんだ」

『……わからない、というのは?』

 

 

 うつむいたまま、複雑な感情をまき散らしながら、文乃さんは答える。

 

 

「ナルキさんのこと、何にも知らないんだよ、私は」

 




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第四十六話『足を伸ばせ』

感想など励みになってます。

ありがとうございます。


「ナルキさんのこと、何にも知らないんだよ、私は」

『それは……』

 

 

 ナルキさんが、犯罪行為に手を染めていたことを、文乃さんは知らなかった。

 それは事実だ。

 だからといって、何も知らないということもあるまい。

 私の知らないところでも、それなりにプライベートのやり取りがあったと聞いている。

 好きなゲームやアニメ、漫画、普段着ている服などの趣味嗜好。

 喋り方や、ASMRのやり方。

 Vtuberという仕事におけるスタンス。

 完全でなくても、知っていることは多かったはずだ。

 というか、多分知っているはずなんだけど。

 

 

「ナルキさんが、私の家に来ていた日、覚えてる?」

『ええ、覚えていますよ?』

 

 

 あの日は強烈だった。

 まず、ナルキさんが私の社畜時代の後輩であると判明した。

 そして次は、人生で初めての3ピ……二人によるASMR。

 いや、それは別に今考えなくていいな。

 今は至福の時間を思い返して楽しんでいる場合ではない。

 

 

「君をナルキさんが見つける前に、私と彼女で一緒にいた時間があったんだよ」

「なるほど」

 

 

 そんなことがあったのか。

 

 

「そのときね、ナルキさんは、成瀬さんは屋敷を見て茫然としててね」

「あの時さあ、成瀬さんはどう思っていたんだろうね」

 

 

 私のせいかもしれない。

 私は、自分を弱者だったと思っている。

 そして、強者を憎んでいる。

 だから、強者と弱者は相いれないんだよということを教えてしまった。

 そして間違いなく、成瀬さんも元々は弱者の立場だったはずだ。

 少なくとも、ブラック企業に勤めて一緒に死んだ魚の眼をしていた成瀬さんはそちら側の人間であるはずだ。

 

 

 いや、しろさんは私に言われるまでもなくわかっているのかもしれない。

 何しろ、彼女は大富豪の娘に生まれ、それが原因でほぼすべてから疎まれて、いじめられていた。

 強者と弱者の間に壁を感じており、自分とナルキさんの関係性はもう二度と修復できないのではないだろうか、と考えてしまったというわけだ。

 これはよくない。

 私は、彼女を幸せにするという目的がある。

 成瀬さんは、文乃さんにとってはあまりにも大きな存在である。

 彼女がいたから、文乃さんは多くのVtuberとコラボをすることになった。

 そしてそれをきっかけに、Vtuberのみならず、メイドさん達や、家族たちとも交流するようになった。

 私は文乃さんの心の内を背負い、支えてきた自負がある。

 だがしかし、成瀬さんが文乃さんを外に連れ出さなかったら、今の文乃さんとしろさんはいないのだ。

 

 

『文乃さん』

「何?」

『成瀬さんに、会いに行きませんか?』

「ふえ?」

 

 

 うつむいていたしろさんが、不思議そうな顔を向けてくる。

 可愛いが、今はそこに意識を向けることはしてはいけない。

 

 

『何も知らないなら、知りに行きましょう』

「で、でも理解できないよ。私は、君たちと違うから」

『じゃあ、私も連れて行ってください。理解できないのなら、私が通訳しますから』

「はい?」

 

 

 どう考えてもめちゃくちゃな言い分だと思う。

 理解できないなら、私が噛み砕いてわかるまで文乃さんに伝える役割を担うと言っているのだ。

 そして私は、私ならできると思っている。

 まあ、ただの勘だが。

 

 

「君は、どうしてそこまで必死なの」

『このまま終わったら、ダメでしょう』

「それは」

『だって、一人じゃダメなんですよ。一人だったら追い詰められちゃうんですよ』

 

 

 苦しい時、辛い時。

 誰かがそばにいて、手を握ってくれたり。

 耳元で言葉をかけてくれて、励ましてくれて。

 それを文乃さんが教えてくれた。

 だからこそ、ここでナルキさんと文乃さんを向き合わせなくては。

 ナルキさんは、もうVtuberとしては活動できなくなるだろう。

 また文乃さんは孤立し、内にこもってしまう。

 道を違えるにしても、「強者と弱者だから理解し合えない」と思って別れてしまったら、文乃さんはもう人と関われなくなる。

 それは健全でも、幸福でもない。

 だから、退けない。

 そんな言葉を、どう受け取ったのか。

 

 

「そうだよね、一人にしたらダメだ」

 

 

 文乃さんは、いつの間にかスマートフォンでSNSを開いていた。

 画面を私にも見せてくる。

 そこには。

 

 

 ◇

 

 

【最低すぎる】

【ファンだったけどやめます】

【これは信じがたいけど、本人が全く否定してないのがな……】

【永眠しろの方は、ついさっき、否定する声明が出たけどな】

【面白くなってきたな】

 

 

 ◇

 

 

 ナルキさんについてのつぶやきだった。

 SNSというのは本当に便利なもので、「金野ナルキ」で検索すればその言葉がついていたつぶやきが見れる。

 呟いているのは、しろさんのファン、ナルキさんのファン、二人のアンチ、あるいはVtuber界隈のアンチや、愉快犯など様々である。

 しろさんはともかく、ナルキさんに対しては、批判的なコメントが多い。

 これは、ナルキさんが一切のコメントを出していないからだ。

 与えられる情報が、切り抜き師や炎上系の配信者によっての悪意に満ちた情報だけ。

 それでは、ファンですらもナルキさんを信じることができなくなる。

 

 

 今目の前にある問題は二つ。

 このままでは真偽がどうあれ、ナルキさんが犯罪者ということで釈明や贖罪の機会を与えられないまま活動が終わってしまう。

 そして、飛び火しているしろさんの炎上も完全には沈静化しない。

 

 

 だから、やるべきことは二つ。

 ナルキさんと、文乃さんの関係性を修復すること。

 そしてナルキさんを説得し、声明を出させてこの炎上騒動を解決、あるいは解消すること。

 といっても、動くのは基本的に文乃さんなんだけどね。

 

 

 私も、出来る限りのことはしようと思う。

 文乃さんの友人として。

 それに、成瀬さんの元先輩として。

 彼女たちが、未来のある二人が前に進み続けられるように。




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第四十七話「少女、成瀬キノ」

百話目ですね。


 

 昼過ぎに、異臭で目が覚めた。

 ゴミをかき分けながら体を起こして、準備をしようとして気づく。

 そういえば、暫くは配信する必要はないんだったか。

 いや違う、もうしたくてもできないのだ。

 私は、自分のーー『金野ナルキ』のアカウントを開く。

 そこには、夥しい数の罵詈雑言が送られてきていた。

 その大半は、マルチ商法に関与していたという理由で彼女を糾弾するものだった。

 あとは、私の人格や容姿への批判もあった。

 

 

「ああそっか、いつもならサムネ作ってたっけ、この時間」

 

 

 結構時間をかけてサムネイルを作っているので、それがなくなると途端に暇になる。

 だからこそ、こうしてSNSを見る時間的余裕がある。

 

 

 正直、配信をしたい気持ちはある。

 けれど、どうやってもこの状況では無理だ。

 何より、釈明を先延ばしにしているせいで問題が大きくなってしまっている。

 このままひっそりとだんまりを決め込んで失踪するか、あるいは謝罪を行うか。

 いずれにせよ、碌な結末はもう待っていない。

 Vtuber金野ナルキとして一年半。

 準備期間や、前世も考えればその倍以上。

 それだけ費やして、努力をして、積み上げてきたはずなのに。

 ようやくやり直せるかもしれないと思ったのに。

 全部消えてしまう。

 また、失ってしまう。

 

 

 それだけではない。

 恐らくは、自分を心配してくれた仲間に対しても失礼な態度を取ってしまった。

 事情を話してもいないのに、「理解できないんだ」だのとどんな気持ちでそういうのか。

 そもそも、私は彼女に謝らないといけない立場だ。

 

 

 今はもう収まりかけているが、私が凸をしたことでしろちゃんにまで飛び火してしまっていた。

 土下座でも何でもしなければいけない関係性なのに、私は何を言っているのだろうか。

 そもそも、彼女が金持ちで自分と立場が違う存在であろうが、私が彼女に複雑な思いを感じていたからといって彼女に対してきつい言葉を浴びせていいだなんて話はない。

 しろちゃんは声明を出したので、いずれは復活するだろう。

 疑惑も、少なくともしろちゃんの方は現在進行形で薄れているらしかった。

 

 

「どうして、こうなっちゃうんだろう」

 

 

 ぽつり、と私は呟く。

 また、一人になってしまった。

 ぼさぼさの、長い金髪をかき上げる。

 ぼさぼさなのは、髪を染め続けた結果なのか、あるいは最近手入れを怠っていたからなのか。

 

 昔から、家にはあまりお金がなかった。

 といっても、別に稼ぎが悪いわけではない。

 バブル以降不景気が続いているにしては、共働きの両親の稼ぎは悪くなかったのではないかと思う。

 ただ、思い返せば収入は悪くなくても支出はよくなかった。

 父は、パチンコや競馬などが好きで、母もブランドのバッグなどが好きだった。

 まあ、子供のころは父は景品のピーナッツの入ったチョコレートや、ジュースもらったりしていたし、母が持っているバッグなんかも正直高いのか安いのかなんてわからない。

 ブランドなんて見ているだけじゃ普通の商品との違いなんてわからないものだ。

 持ってみれば、材質や縫製による強度の差とかあるんだろうけどね。

 

 

 私は結局持っていないからわからない。

 まあ、いくらか浪費癖があるにせよ私が高校を卒業するまでは問題なく回っていた。

 両親から、大学に行くのであれば学費は払わないと聞いていたので、高校生からバイトをして資金を貯め、入学の資金としていた。

 そして、大学に通いつつもバイトをしながら学費を稼いでいた。

 まあ、生活費は両親が出してくれているのでそこまで苦しくはなかった。 

 途中までは。

 

 

「これは、何?」

 

 

 ある日、実家の一軒家で暮らしていた私に両親が「話がある」と言って、リビングの机に座らせた。

 そして、いきなり机の上に無数の洗剤を並べた。

 業務用かな、と思えるような巨大なボトルが何本も、である。

 

 

「これか、これは夢だよ」

「……夢?」

 

 

 私には、ピンとこなかった。

 何しろ、あくまでも洗剤は洗剤である。

 言ってしまえば夢をかなえられる素晴らしい商品ではない。

 洗濯物を綺麗にできるだけだ。

 いや、食器用洗剤なら食器を綺麗にすることもできるのか。

 違うな、そういう問題ではないな。

 

 

「これを誰かに売れば、俺たちは大金持ちになれるぞ」

「簡単に、稼げるのよ、キノもやってみればいいわ!」

 

 

 意味が分からない。

 自分が無知なのか、あるいは両親が間違っているのか私には判断できなかった。

 

 

「これを、売ればいいの?」

「ええそうよ、とりあえずここにある奴全部買って、売ってちょうだい」

「買う?」

「そうよ、バイト代があるでしょ?それで売って」

「い、いや学費に使うものだからそんな余裕はないよ」

 

 

 拒絶しようとしたが、両親は折れず、挙句の果てに「生活費を出してやっているのは誰だ」などと言いだしたので折れるしかなかった。

 結果として、使い道のない洗剤を抱えることになった。

 

 

 ◇

 

 

 私は、父と母のことを大学の友人に相談した。

 そのときの私は、マルチ商法については知らなかった。

 知っていたら、相談なんてせずに自分の身で処理するべきだったとわかったのに。

 

 

「ねえ、ちょっと待ってよ!話を聞いて!」

「ごめん、ちょっと用事があるから、さ」

 

 

 それから一週間と経たぬうちに、私はすべての友人を失った(・・・)

 元々バイト漬けであまり付き合いの良くない私はあまり人から好かれていなかった。

 

 

 加えて、母に影響を受けてしまったのか、私はファッションに凝る癖があった。

 お金に余裕がないはずなのに、美容院に行ったりしていたし、安い服をいいように見せるような着こなし方を必死で学んでいた。

 その結果、私を内心でよく思わない人もいた。

 そして、今回のマルチ商法がとどめになり、私は大学内のすべての友人から縁を切られた。

 噂は、大学にとどまらず、中学や高校の同級生とも縁を切られていった。

 中には、ご丁寧にわざわざ電話をかけてきて、暴言を吐いてから絶縁してくる人もいた。

 頼んでないのに。

 思えば、父も母も見た目だけは気を使っており、一見すれば家計に余裕があるように見えていただろう。

 だから、傍から見ればファッションに気を遣う余裕がありながら、なぜかバイトしている付き合いの悪い人間に見えたのかもしれない。

 

 

 私は、結局一人暮らしを始めた。

 追加で洗剤を売りつけてくる両親が、疎ましかったからだ。

 そのせいで友達を失ったのに、という思いもあった。

 

 

 洗剤を使うことにした。

 誰かに売れる気はしなかったし、売ろうとも思わなかった。

 安物の服は、縫製が甘く、色も落ちやすい。

 買った時と比べて少し崩れた服を見てため息をつきながら、私はひとつずつ畳んでいった。

 

 

 

 ◇

 

 

 その時に、私には理解できないことだらけだった。

 友人が、どうして縁を切ってしまったのか。

 家族が、どうして変わってしまったのか。

 まったくわからなかったし、理不尽だとも思った。

 けれど、一つだけ確かなことがある。

 大学で孤立して、就職活動もあまりうまくいかず。

 家族との関係も悪化して。

 さらには、両親がマルチにはまったことで親戚からも完全に見限られて。

 居場所が欲しい(・・・・・・・)な、と私は強く思った。

 

 

 そう思ったまま、大学を卒業して。

 あの人(・・・)に出会った。

 




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第四十八話「会社員、成瀬キノ」

感想、評価などはモチベになります。
ありがとうございます。

お気軽にどうぞ。


 

 就職した先は、ブラック企業だった。

 

 

 残業は当たり前。

 毎日朝から朝まで働いて、もらえる給料はまだこれならフリーターとして一日中バイトしていた方がましなのではないかと思える程度の額。

 物価は上がるのに給料は一向に増えないから生活が楽にならない。

 そのほかにも、精神論、天引き、法則が変わる、名ばかりの管理職、パワハラ、休憩禁止、笑顔じゃないと出勤登録できないシステム、居眠りしかけた社員に冷風を浴びせるシステムなどなど枚挙にいとまがない。

 

 

 正直、最低レベルのブラック企業であると思う。

 けれど、私はそんな会社を辞めようとも思わなかった。

 一つには、人脈がなく、まともな転職先を見つけられると思えなかったこと。

 一応は正社員であるのだが、今やめてもせいぜいで派遣やアルバイトにしか就くことができない。

 もう一つは。

 

 

「成瀬さん」

「は、はい!」

「この件、どうなっていますか?」

「あ、それならまとめてきました!」

 

 

 私に声をかけてきたのは、職場の先輩である。

 

 

 背は私よりも少し低くて、猫背で。

 顔だって普通だ。

 悪くもなければよくもない、薄い顔立ち。

 すれ違ったらすれ違いざまにもう記憶から消えていそうな顔だ。

 挙動もおかしい。

 ずっと、目や首を動かして周囲に気を配り続けている。

 まるで、草食動物が肉食動物におびえて敵を探し続けるかのように。

 傍から見たら、不審者にも見えるだろう。

 

 

 けれど、彼だけなのだ。

 毎日話しかけてくれるのも。

 時折、私の体調や精神面を気遣ってくれるのも。

 きっと、彼には別に特別な意味などないのだろう。

 仕事だから。

 必要なことだから、会話しているだけに過ぎない。

 

 

 

「先輩、あの」

「ああ、そうですね。時間がありませんし、移動しながらお昼食べましょうか」

 

 

 時折、こちらの心を読んだような発言をするけれど。

 それは、ただ彼がそういうのに敏感なだけで。

 別に、私のことを特別気にかけているからとかじゃないし。

 

 

「先輩、麻雀とかやってたりしたんですか?」

「ええ、まあ大学時代に。成瀬さんはやったことないんですか?」

「全然やったことないですね」

 

 

 時には、仕事とは全く関係ない話をすることもあった。

 けど、それだって私が話しかけたから返してくれるだけで。

 疲れたような、苦笑とも取れる笑みを向けて

 

 

 灰色の学生生活、という言葉があるが、私の社会人になってからの生活は灰色である。

 ただ、それは何も悪い意味では決してない。

 黒い職場で、黒いスーツに身を包んだ人たちが塗りつぶされる中、一つだけ、私にとっては灰色の居場所がある。

 それは灼熱地獄のような真夏日に、木陰に入って涼むような。

 吹雪の中、かまくらに入って寒さを一時的にしのぐような。

 そんな少しだけ心地よい時間だった。

 

 

 家族も、友人も、恋人も、味方と言える人がどこにもいない状況で。

 先輩と一緒に過ごしている時は、退屈やみじめさを感じずに済んだ。

 リアルで、私が味方だと思える相手はこの人だけだった。

 

 

 ◇

 

 

 

 先輩と一緒に過ごすことで心に余裕が生まれたからか、私には一つだけ趣味があった。

 

 

 それは生配信。

 ニタニタ生放送というサイトでマスクをつけて、「ナルキ」の名義で配信をしていた。

 そこには、リアルの私を知る人間はいない。

 配信頻度も一週間に一度できればいい方だし、音質だってたいして良くない。

 けれど、一定数来てくれる人はいて、そんな数少ない視聴者との交流が彼女にとっては癒しだった。

 利益になるわけでもないけれど、会社の愚痴を言ったり友人がいないことを嘆いたりするだけの時間が、自分をさらけ出させることが楽しかった。

 流石に、職場に気になる男性がいるという話はできなかったが。

 

 

 

 ◇

 

 

「先輩って、好きなお菓子とかってありますか?」

「……特にないですけど。最近食べたのはチョコとゼリーですかね」

「ゼリー飲料に関してはお菓子カウントしていいんですかね?」

 

 

 暗黒にして漆黒にして純黒な職場で働き出して、一年がたった。

 

 

 その間、先輩にはかなりお世話になった。

 私を指導してくれたり、私も含めて自分以外の社員のミスをカバーしてくれたり。

 すごく怒鳴ってくる上司が一人いて、確か課長だったかな。

 そういう人をなだめて、サンドバッグになるのもあの人の役目。

 押し付けているつもりはないけど、先輩はぶちぎれ寸前のときの課長の気配を誰よりも早く察知して、発散させようとするので、止めようがない。

 そうしないと、自分以外の誰かが拷問じみた説教を受けるとわかっているからだろう。

 

 

 とにかく、たかが職場の先輩であっても、十分に恩人と言える相手であるということだ。

 それこそ、食べ物くらいなら渡しても不自然じゃないはずだ。

 最近は、先輩の指導のおかげで仕事がある程度できるようになってあんまり頼る必要もなくなってきたから、改めてお礼をするのも当然だし。

 職場の先輩だし、別に意識しているわけじゃないし。

 とはいえ、重すぎるものを送りたくもないとなると食べ物くらいしか思いつかない。

 パソコンの画面から顔を上げて、私の眼を見ながら彼は口を開く。

 

 

「しいて言うなら、クッキーとか、ケーキとかは食べたいですね。最近食べる時間がなくて」

「ああー。そうですよね」

 

 

 ◇

 

 

 ケーキは持ち運びとか保存性に難があるので、業務の合間を縫って、クッキーを購入。

 別に、何の変哲もないチョコクッキーだ。

 高すぎず、安すぎない、お土産くらいの代物。

 次の日、出勤したタイミングで渡すつもりだった。

 

 

「喜んで、くれるかなあ」

 

 

 家だと、ついついたくさん出てしまう独り言の一つ。

 配信をすることで、よりひどくなったかもしれない。

 

 

 別に、喜ばなくてもいいけど。

 ただお世話になっているので、何かしら礼をしておきたいというだけで。

 クッキーを渡したらどんな反応をするんだろう。

 喜ぶだろうか、驚くだろうか。

 それとも、実は全部見通していて無反応だったりするのだろうか。

 ラッピングしてもらった箱を一撫でして、無くさないようにカバンにしまって眠りについた。

 

 

 楽しい日々ではないけれど、新しい居場所を得て、私はそれなりに満足していた。

 

 

 

 先輩が死ぬまでは。

 

 

 ◇

 

 

 事故だったと聞かされた。

 不運にも、たまたま駅のホームで足を滑らせてなくなったと。

 けれど、本当に事故だったのだろうか。

 

 

 葬儀に参列しながら、私は思う。

 彼が死んだ駅は、最寄りの駅ではない。

 先輩の最寄り駅は、彼との会話の中で彼がこぼしていたので間違いない。

 

 

 じゃあ、なぜわざわざそんなところへ行ったのか。

 どう考えても、不自然としか思えない。

 自殺したと考える方が、自然ではないのだろうか。

 本当に事故だったとして、死にたいと思っていたのではないだろうか。

 

 

 いや、この際自殺かどうかは重要ではない。

 先輩は、亡くなる直前に何を思っていたのだろうか。

 私はとにかく先輩に救われていた。

 先輩と一緒に仕事していたり、会話している時は満たされていた。

 

 

 じゃあ、先輩はどうだったのだろう。

 あの頼りない笑顔の裏で、彼は何を感じて、考えていたのだろう。

 

 

 将来を悲観していたのだろうか?

 笑顔の裏で、私を含めた職場の人たちを恨んでいたのか?

 私のせいで、負担が大きくなって壊れかけていたのか?

 あの空間に、ほんのわずかでも希望を見出していたのは、私だけだったのか?

 

 

 彼は、私のことを概ね理解していたと思う。

 じゃあ、私は彼のことをおおよそでも理解していたのか?

 

 

「最低だ」

 

 

 私は、また一人になってしまった。

 また、暗闇の中に落ちてしまった。

 死んでからしばらくは、もう一つの心のよりどころだった配信もできなくなっていた。

 

 

 その時、私はたった一つだけ思うことがあった。

 

 

「先輩って、なんでここで働いてるんですか?」

「お金のためですよ」

「お金なら、他でも稼げるんじゃないですか?先輩仕事できますし」

「私なんかを雇ってくれるのはここしかありませんから、奨学金を稼ぐにはここに残るしかありません」

 

 

 もしも、お金があったら(・・・・・・・)

 

 

 こんなことにはならなかったのではないだろうかと。

 私が、両親を支えられるような稼ぎがあれば、彼らがマルチ商法なんて犯罪まがいのようなことに手を出さなくて済んでいたのではないか。

 お金があれば友人たちとの縁もきれなかったのではないか。

 

 

 そして何より、貧乏でなければ先輩は死ななくて済んだ(・・・・・・・・)のではないか。

 

 

 私も、一人にならなくて済んだのではないか。

 私は、色々考えた末に、そういう結論に達した。

 それが、お金こそが、私の生きるための指針になった。




 Q.なんでこいつ金に執着してるの?
 A.遠因は主人公


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第四十九話『Vtuber、金野ナルキ』

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良ければお気軽にお願いします。


 

 お金を稼ぐ、と決めて。

 そこからは早かった。

 Vtuberになったのは、お金が得やすい業界というイメージがあったから。

 そして、もう一つは元々腕に覚えのある職業だったから。

 彼女は、ニタニタ生放送というアプリで生放送をやっていた。

 その経験と、獲得したファンを元に、金野ナルキというVtuberとして彼女はデビューした。

 元々、彼女はVtuberになってもいいかなとは考えていた。

 ただ、Vtuberになる前と後では、意識が違う。

 有体に言えば、お金を儲けるための努力を惜しまなくなった。

 

 

 

 滑り出しは、順調とは言えなかった。

 そもそも、会社を辞めてVtuberになるという大博打もいいところ。

 今の私より、ずっと安い機材ではあったものの、機械というものは全般的に高価なものだ。

 スマートフォン一つでも、本体価格はおいそれと手が出るようなものではないのだから。

 しかし、そんな彼女を生活できるレベルまで押し上げたのが耳舐めASMRである。

 エロに特化したASMRというコンテンツを築くことで、Vtuberとして一定の地位を築くことができた。

 広告収入という形ではなく、むしろ作品を個人に売るような形態で最初は活動をしていた。

 

 

 

 U-TUBEでは私のASMRは出せないものが多い。

 というか、BANを喰らった前科があるレベルで私のASMRは過激だ。

 U-TUBEではかなり抑えている方だが、他のサイトにはR18レベルのものをアップしていたりする。

 もちろん、有料だ。

 

 

 つまり、U-TUBEではASMR以外に武器を作る必要があった。

 

 

 その一つが、コラボをすること。

 探してみればU-TUBEではともかく、SNSにおいてはそれなりに知名度の上がっていた金野ナルキと、コラボをしたいというVtuberはかなりいた。

 そんなVtuberさんたちと対談コラボを行うことで、視聴者数を増やす。

 気づけば、やや過激なASMR配信なども相まって、彼女の登録者数は活動を初めて一年で十万人にまで上昇していた。 

 

 

 

 その時には、先輩が亡くなってから一年が経過していた。

 

 

 ◇

 

 

「誰も、来てないんですね」

 

 

 彼の墓参りにも行ったが、そこには一応誰かが手入れをしていた様子だった。

 先祖代々の墓らしいので、たぶん親戚の誰かがやったのだろう。

 ただ、私個人としては墓以外の場所にも花を供えておきたいと思った。

 それが、私にできる数少ないことだったから。

 なので、彼が死んだ駅にもいくことにした。

 具体的に、どこで死んだのかは知らない。

 ただ、適当なところに菊の花と、渡すはずだったクッキーを供えた。

 どういうわけか、リムジンが泊まっているのが目についた。

 このあたり、何もない田舎だと思っていたけど、富豪がいたりするのだろうか。

 

 

 ◇

 

 

 しろちゃんを知ったのは、本当にただの偶然だった。

 たまたま、活動の方向性が比較的近くて、なおかつ最近かなり伸びているVtuberだったからだ。

 まさか、彼女のダミーヘッドマイクに先輩の魂が宿っているだなんて思っても見なかった。

 ただ、コラボ相手として不足はないだろうと思ったからDMを送り、コラボに誘っただけ。

 

 

 最初の印象は、結構しっかりしている。

 というか、Vtuberは個人事業主ということもあってか、しっかりしていない人が多い。

 どれくらいかというと、メッセージを送ると一週間くらい返ってこないというのがよくあるレベル。

 私が勤めていたブラック企業でも、そこまで酷くなかった。

 そこだけはむしろ早かった記憶がある。

 たまに、人員が抜けるせいで、以前その人に預けていた業務や連絡が滞ってしまったことはあるけど。

 

 

 また、遅刻やドタキャンも多い。

 配信の三十分前に集合と言っていたのに、開始三十分後に通話に入ってきたことがある。

 ちなみに、その人とはその後一度もコラボしていない。

 

 

 そんな感じだから、連絡がその日のうちに返ってきて、打ち合わせなどにも五分前には必ずいて、ドタキャンすることもない、というだけで貴重な人材なのだ。

 最初は、私と同じで社会人あがりなのかなと思っていたが、訊いてみるとどうやら本当に高校生らしい。

 これは驚いた。

 配信頻度から考えて、兼業ではないと思っていたから。

 なんなら、専業のVtuberでも毎日二回行動は多い方だろう。

 私がブラック企業に勤めていたころは、業務に追われて週一が限度だったが、正直ホワイト企業だったとしても

 どうやら通信制高校に通っているのだとか。

 ともかく、社会に出ているわけでもないのに社会性を身に着けているのだとしたら素晴らしい。

 それだけで、コラボをしたい、もっと絡みたいと思える理由になる。

 

 

 しいて欠点を上げるなら、自分から声をかけるのが苦手なところだろうか。

 ただこれも、誘えば大体乗ってくれるので、私からすると別にそんなことは気にならない。

 コラボを何回もして、裏で通話をしたりして、結構仲良くなったりして。

 Vtuberになって、新たに得たものの一つがしろちゃんも含めた同業者の友人だろう。

 所謂生主として生配信をしていたころは、配信頻度が低かったこともあって同業者と関わることはなかった。

 気が合って、活動方針が合う人とはオフコラボをすることもあった。

 よくやるのは、ASMRオフコラボだ。

 両方の耳を同時に責められるのは、とんでもなく気持ちいいのだ。

 わたしも度々自分で聞いているので間違いない。

 だから、しろちゃんともオフコラボをしようとした。

 最初は、スタジオを抑えようとしたのだが、しろちゃんが彼女の家に来てほしいというので従うことにした。

 

 

 指定された最寄り駅には聞き覚えがあったが、まあいいやと思って。

 屋敷を見て愕然として。リムジンもそうだけど、世の中とんでもない金持ちがいるもんだなと思って。

 何の警戒もせず、前触れもなく、先輩が声をかけてきたんだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 そこまで思い返して、我に返る。

 

 

 とんとん、という音がした。

 ドアをたたく音だ。

 なんだ。

 宗教の勧誘化、あるいは集金か。

 いずれにしても興味がないのだが。

 もう、諦めるまでこのまま粘ろう。

 そう思った時。

 

 

「成瀬さん」

 

 

 

 少しだけかすれた、それでいて涼やかで綺麗な声。

 私の声よりもずっと綺麗で、ASMRをするために生まれてきたような声。

 何度も、配信で、通話で、そしてリアルでも聞いたことのある声。

 

 

 あわてて、ごみをかき分けてドアを開けると。

 

 

「お久しぶりです、成瀬さん」

 

 

 しろちゃんが、目の前にいた。

 

 

『お久しぶりです、ナルキさん』

 

 

 先輩を、その腕の中に抱えた状態で。

 

 







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第五十話『恐怖心』

「お嬢様、掃除、終わりました」

「ありがとう、氷室さん。あとは、外で待機しておいてください」

「承知しました」

 

 

 文乃さんの声によって、氷室さんたち三人が部屋の外に出ていった。

 メイド三人がアパートの一室で掃除をしているという光景は滅多に観られない光景があった。

 

 

 

 きれいさっぱり、余計なものが片づけられた部屋。

 汚部屋を作り出した成瀬さんはもちろん、文乃さんも当然掃除なんてできない。

 そして、文字通り手も足も出ない私は論外。

 なので、リムジンに一緒に乗り込んだメイド三人によって、清掃が行われた。

 三人とも、流石メイドさんというべきか。

 わずか一時間足らずで、彼女たちはゴミの山に作られた部屋を完璧に片づけていた。

 

 

 ちなみに、今日来ているのは私と文乃さんに加え、メイド三人と運転手である内海さんだ。

 彼はもうずっと一時間車内で待機してもらっている。

 カラオケの時同様、文乃さんに何かがあればすぐにでも飛び込んでくるはずだ。

 

 

 この一時間、成瀬さんはずっと無言だった。

 私達を迎え入れてさらに、メイドさんたちが入ってきたときに驚いていたけど逆に言えばそれだけ。

 私と文乃さんを、ゲーミングチェアに座らせてからは、ずっと無言で床の上に座り込んでいる。

 文乃さんも、話しかけることはせずにずっと私を抱えたまま黙っている。

 まあ、文乃さんの場合はメイドさんたちが出ていくまで待っていたというのもあるんだけど

 

 

「掃除、ありがとう」

「いえ、別に。お話しするためには、場づくりが重要ですから」

 

 

 成瀬さんの口から最初に出たのは、部屋を片付けてくれたことに対する礼である。

 私は嗅覚がないのではっきりとはわからないのだが、たぶん文乃さんの反応からして相当臭うのだろう。

 さっきまでハンカチを鼻と口にあててたし。

 まあ一人暮らしならそんなものかもしれない。

 ちなみに私は汚くなかったよ。

 なにせ、家による時間も短かったし、何よりものがほとんどなかったからね。  

 

 

『成瀬さん、過去に何があったのか話せる範囲で話していただけませんか?貴方の口から』

「先、輩」

 

 

 私は、今日ここに来た理由の一つを訪ねた。

 今日ここに来た理由は三つ。

 過去に何があったのか知ること。

 現在の、二人の関係性を修復すること。

 そして、未来の問題を解決するための方法を模索すること。

 

 

「最初は、大学生のころ……」

 

 

 すうっ、と息を大きく吸い込んでから成瀬さんは語り始めた。

 大学生の時、親にマルチ商法に巻き込まれたこと。

 でも、結局売ってはいないこと。

 けれど、それが原因で周りに縁を切られてしまったこと。

 

 

「それって、成瀬さんは悪くないんじゃないんですか?」

「悪いとか悪くないとか関係ないよ。もう、世論は完全に私が悪ということで固まっている。どうやってもそれは覆せないんだよ、経験則だけどね」

「そんなこと」

「いいんだよ、ごめんね。しろちゃんを巻き込んじゃって」

 

 

 

 成瀬さんは、自嘲気味な笑みを顔に貼り付けていた。

 彼女の心の中には、一つの諦観があるのだろう。

 かつて、ブラック企業にいた私と似た種類のものだ。

 どうせ変わらない。変えられない。

 彼女が、謝罪会見などを行わなかったのもそれが理由だ。

 以前マルチ商法についての誤解を解けなかった。

 誰もが、彼女から離れていった。

 だから今回もそうなるはずだと、

 

 

「私からも、訊いていいですか?」

「何?しろちゃん」

 

 

 それまでほとんど口を開いていなかった文乃さんが質問をした。

 

 

「『彼』のこと、どう思っているんですか?」

「『は?』」

 

 

 成瀬さんも、私も何も言えなかった。

 

 

「恩人って言ってましたね。以前、一緒に泊まった時に」

「言ったよ」

 

 

 確かに、私は一応面倒を見ていた。

 ただまあ、恩人というのは大げさな気がする。

 あと、今の状況とは何の関係もないと思う。

 むしろ、炎上をどうやって収束させるべきかを話し合う場だと思っているのだが。

 もしこれでこじれたら、文乃さんと成瀬さんの関係を修復できなくなる。

 

 

「でも、それだけじゃないでしょう?」

「それは」

「何を思っているのか、知りたいんです」

 

 

 確かに、私も隠し事をしているのかなとは勘で察していた。 

 そして今、私の勘は答えにたどり着く。

 彼女の隠していることとは、私に起因していると。

 

 

 

「嫌い」

 

 

 それは、ずっしりとした重々しい声。

 

 

「アンタのことが嫌いだった!ずっとずっと、私の方を見て、何かを見透かしてくるようなアンタが嫌いだった!」

 

 

 泣き叫ぶような、喚き散らすような。

 感情のありありと乗った声を吐き出す。

 

 

私の前からいなくなる(・・・・・・・・・・)アンタなんか……嫌いだ!」

『…………』

「成瀬さん」

「消えていく、両親も、友達も、先輩も、ファンも……。どれだけ頑張っても、取り戻そうと頑張っても、全部全部零れ落ちていく」

 

 

 ようやく、成瀬さんのことが理解できた。

 彼女の本音を聞くことができた。

 私だけではなく、人とのつながりが断ち切れてしまうことが、彼女は怖いんだ。

 怖くて、立ち向かう気力すら残っていないんだ。

 恐怖心こそが、彼女の人格を構成する核なのだ。

 

 

 

「だから、嫌なんだ」

 

 

 その言葉が、本心だった。

 

 

 顔を伏せている成瀬さんの表情は見えない。

 けれど、ぼたぼたと、涙の雫が彼女の瞳から零れ落ちる音は聞こえた。

 

 

 やっと気づいた。

 あの日、私がしろさんに誕生日を祝ってもらった時に。

 金髪の女性が、成瀬さんがいたことには気づいていた。

 けれど、あの時私は遠くから見ていたから気づいていなかった。

 今、初めて分かった。

 あの時もきっと彼女は、泣いていたのだ。

 

 

「悲しかったんですね、成瀬さんは」

 

 

 

 私は、わかっていなかった。

 事故で死んで、全てが終わったと思っていた。

 賠償金は早音家が立て替えてくれたし、会社にはいかなくていいし、父にはもう怯えなくていい。

 何もかもリセットして、新たな人生をやり直せると。

 

 

 けれど、そうではないのだ。

 Vtuberがどこまでいっても、「中の人」というリアルの側面からは逃れられないように。

 きっと、この私もあの私(・・・)と地続きで、切り離せるようなものではない。

 そもそも、それはこの私の仕組みが体現している。

 私は、生前に関わった人としか会話できないのだから。

 

 

 私が死んだからと言って、生前にやってきたことは変わらない。

 私が積み上げてきた数少ない人間関係は終わっていない。

 私の死で、傷ついた人の心の傷は、きっと癒えていない。

 

 

 

 じゃあ、何をすればいいのか。

 私が、私としてすべきことは何なのか。

 私に出来ることは何だ。

 そんなの、たった一つに決まっている。

 

 

『成瀬さん、まだ間に合います』

 

 

 言葉を、かけることだ。

 

 




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第五十一話『大好きな人達』

感想などモチベになってます。

おきがるにどうぞ。


『成瀬さん』

 

 

 私は彼女に語りかける。

 

 

『私は、勘が鋭いんです。人の心とか、感情とかそういうのに元々敏感なんです』

「知ってますよ」

 

 

 それはそうだ。

 私は、勘で人の心を読み取れてしまう。

 そして、人が自分の眼で見たものや聞いたことを簡単に無視できないのと同じように、勘で察した不穏な気配も無視できず、それに対応するための行動をしてしまう。

 

 

『だから、わかってますよ。あなたが、本心からお金を欲して活動していることも、人間関係が壊れていたことも』

「…………っ!」

 

 

 気づかないはずがない。

 私は、人が嘘をついていればほとんど必ず見破る。

 ついでに、彼女がこちらの話を聞いてくるが、あまり自分の話をしてこなかったこともわかっていた。

 だから、そうなのではないかと推測していた。

 まあただの勘だったが。

 

 

 いやそれはいい。

 大事なのは、そんなことじゃない。

 私が気付くべきは、言葉にするべきは。

 

 

『成瀬さんが、文乃さんを大事に思っていることも』

「「…………え?」」

 

 

 急に、ふたりがぽかんとした顔で私を見る。

 確かに、よく考えてみれば話のつながりが不明だ。

 あわてて補足する。

 

 

『ここに文乃さんが来たのは、成瀬さんを助けるためで、私が来たのは二人の関係を取り持つためです』

「何で、私が文乃ちゃんを大事にしてるって思うんです?あんなにひどいことを言ったのに」

『そんなの、成瀬さんの態度を見てたらわかりますよ』

「っ!」

 

 

 通話越しならともかく、オフコラボの時の成瀬さんはかなりわかりやすかった。

 私と出会うというアクシデントに動揺していたということを考慮しても、彼女はほとんどずっと上機嫌だった。

 それこそ、私の存在に気付く前のほうが、機嫌がよさそうだった。

 きっと単純に、文乃さんと、友達と一緒に居られることが嬉しかったのだろう。

 

 

『何が言いたいのかと言えば、お二人にとっては、お互いが大事な存在であることは変わらないってことです』

「そうですよ、成瀬さん」

「ごめん!」

 

 

 成瀬さんが、こらえきれなくなったのか床に座ったまま、頭と手を床につけた。

 いわゆる、土下座である。

 

 

「文乃ちゃん、酷いこと言ってごめんなさい!巻き込んで炎上させてごめんなさい!傷つけて、ごめんなさい!」

「成瀬さん、顔を上げて」

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 

 文乃さんは、椅子から立ち上がると、私を椅子においてそっと床に座り込み、ぽんぽんと肩を叩いた。

 肩を震わせて、成瀬さんは嗚咽していた。

 文乃さんは、何を思ったのかゆっくりと成瀬さんの体をゆっくりと持ち上げて抱きしめる。

 成瀬さんの顔は、もう涙と鼻水でぐしょぐしょだった。

 不思議と、嫌悪感はなかったけど。

 

 

「大丈夫ですよ、私はどこにも行きませんから。成瀬さんの、ナルキさんの友達ですから」

「ごめん、ごめんねえ」

 

 

 抱きしめられたまま、ぽろぽろと涙を流しながら成瀬さんは謝り続ける。

 そして、文乃さんはゆっくりと背中をさすり続ける。

 とりあえず、懸念事項のうち一つ、二人の関係性については解決したといってもいいかな。

 ある程度、成瀬さんの感情が落ち着いてきたように見えたあたりで声をかける。

 

 

『成瀬さん。人であることを捨てた私が言うのもなんですがね、人が幸せになるために必要なことって、隣に誰かがいることだと思うんです』

 

 

 くじけそうなとき、手を掴んでくれる誰かがいたら。

 悲しくなったときに、差し伸べてくれる手があったなら。

 きっと、それだけで人は「大丈夫だ」って思えるような気がする。

 私が、死ぬまでずっと求めていたものだったから。

 死んで生まれ変わって初めて、手に入れることができたものだったから。

 

 

「そんなこと、わかってるんですよ」

『成瀬さん』

「しろちゃんが、文乃ちゃんが私にとって大事な人だってことも、私を大切に思ってくれてるのもわかってる」

「成瀬さん」

「私には、人間には傍にいてくれる人が必要なんだってことも」

『…………』

「先輩が、私にとってはそういう人間だったんですよ。先輩にとってはそうじゃなかったかもしれないですけど、先輩と一緒に働けることが心の支えだったんですよ」

『……そこまで』

 

 

 私にとっては本当に会社の後輩のつもりだった。

 恩というのも、特別何かをしたわけじゃない。

 ただ、そうするべきだと思ったからやっていただけ。

 人を助けていたわけではなくて、そうするしかないと思っていたのだ。

 けれど、彼女にとってはそれが救いだった。

 

 

 

『成瀬さん』

 

 

 私は、もう一つだけ質問をした。

 

 

『貴方はどうして、Vtuberになったんですか?』

「お金を稼いで、自分を見てくれる人がいて、自分を好きだと言ってくれる人がいて」

 

 

 ぽつぽつと、成瀬さんは、ナルキさんは語る。

 

 

「やり直せる気がしたんだ」

 

 

「お金を稼げば、人を集めれば、また幸せだったころに戻れるんじゃないかって」

「私も、戻りたい時代があるんです」

 

 

 ぽつり、と成瀬さんを抱きしめる腕に少しだけ力を込めて、文乃さんが口を開く。

 

 

「小さいころ、まだいじめが始まっていなかったとき」

「……え?」

 

 

 文乃さんのいじめが始まったのは、小学校に入学してからだと聞いている。

 成瀬さんは、きょとんとしている。

 ああ、そもそもいじめに遭っていたこと自体知らないものね。

 言っていいのかと思ったが、まあ本人が納得しているならいいだろう。

 

 

「父が、肩車してくれていたんです。それで、すぐ近くに母がいて」

「そ、そうなんだ」

「あの頃みたいに戻れたら、どんなにいいだろうって」

「そっかー」

 

 

 顔を泣きはらしながら、成瀬さんは納得したようにうなずく。

 あるいは、彼女にも懐かしい家族との思い出があったのだろうか。

 

 

「お金があれば幸せにきまってるって思ってたけど、そうでもないんだね。そりゃそうだよ、私だってお金だけはあるんだし」

「そうですよー」

 

 

 二人は、それが面白かったのか笑いあっている。

 てぇてぇという表現が正しいのかわからないが、胸が温かくなる。

 まあ、胸ないけど。

 でも、言葉を伝える機能はあるので会話に混ざらせてもらおう。

 

 

『文乃さん、成瀬さん。私にも、生前に幸せな時代があったんです』

「そうだったの!」

 

 

 文乃さんも、知らなかった。

 私も話していなかったからね、当然だ。

 

 

『子供のころの話ですけどね、両親が離婚する前の話です』

 

 

 母が不倫して、姿を消し。

 父が荒れ果て、狂い。

 息子が怯えて、諦める。

 そんなことが起きる前の話。

 

 

 

「君は戻りたいと、思ってるの?」

『いいえ全く』

 

 

 文乃さんが、心配そうな顔で尋ねてくるので、強く否定しておく。

 今更彼らに愛情など残っていない。

 それに。

 

 

『戻ろうと思って戻せるようなものでもないですから。二人とも、それはわかっているでしょう』

「うん」

「……そうですね」

 

 

 文乃さんは当然のこととして真顔で、成瀬さんは受け入れたくない事実として堪えるような表情で、答えた。

 仮定の話なんだから、実現できるはずもないけどね。

 

 

『変わらないなんて、ありえないんですよ。元に戻すこともできない。時の流れは変えられないから』

 

 

 肉体は老いるし、精神も経験によって変容する。

 それはもう、止められないし止まるべきではない。

 

 

『戻れない。やり直しなんてできない。だったら、もう一度立ち上がって進めばいい。一緒に』

 

 

 

 絶望に沈んでも、また昇ればいい。

 それこそ、()という字のごとく。

 

 

 

 

「じゃあ、改めて今後の話し合いをしましょうか」

『おお、いいですね』

「今後?」

『炎上事件の解決、ですね』

「できるの?」

 

 

 成瀬さんは半信半疑だ。

 いや、正直私もこれが一番難しいと思っているのでいい加減なことは言えない。

 だが、その解決は意外な方向からもたらされる。

 

 

「実は、もうプランは考えているんですよ」

「えっ?」

『は?』

 

 

 

 予想していなかった文乃さんの言葉に、私も成瀬さんもあっけにとられた。




 ちょっと更新が滞るかもしれません。

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第五十二話『懺悔コラボ』

感想、マシュマロなどモチベーションになっています。

ありがとうございます。


 金野ナルキさんが炎上してから一週間後。

 彼女は、復帰配信を行った。

 いつもつけていたスーパーチャットや広告などをつけず、背景は白一色。

 

 

 まずは、まともに活動をしておらず、その理由について報告をしていなかったことへの謝罪。

 その後、状況説明を行った。

 内容自体は、SNSで事前に彼女自身が語ったことと大差ない。

 切り抜き動画で指摘されたとおり、マルチ商法に関わっていたこと。

 かなり近しい存在に押し付けられ、拒否できなかったこと。

 末端の末端であり、誰かに売りつけたりはしていないこと。

 それでも、犯罪行為の片棒を担いでいたのは事実であること。

 現在、既にマルチ商法からは足抜けしていること。

 多くの人に迷惑と心配をかけてしまい、本当に申し訳なく思っていること。

 引退は考えておらず、これからの活動で反省を示していこうと考えているということ。

 

 私と文乃さんは、そんな謝罪配信兼復帰配信をはらはらしながら見守っていた。

 コメント欄や、SNSにおける反応は賛否両論。

 今後の活動をひとまず応援したい、というものもいれば、絶対に許せないという人もいる。

 けれど、彼女なりに反省しているのは視聴者たちにも伝わったようだ。

 

 

 

 そして、彼女が復帰配信をしたその日、しろさんもまた配信を行っていた。

 配信中、しろさんはナルキさんについて言及した。

 ナルキさんが炎上した後に、直接会ったこと。

 本人から直接の謝罪を受けて、既に両者間では和解していること。

 しろさん自身はマルチ商法に加担はしていないこと。

 ナルキさんとの関係性は、これからも変えるつもりがないこと。

 

 

 最後に、近日中にナルキさんとのコラボ配信を行うこと。

 

 

 これには、色々な意見があった。

 愉快犯的なコメントとは異なり、本心から炎上のリスクを心配するものや、単純に犯罪寸前の行為に関与しているナルキさんを見たくないというもの。

 半分以上が、コラボに対して反発しているように、私には見えた。

 

 

「みなさんが、反対する気持ちはわかります。それが、私を慮ってのことであるとも、理解しています。それでも」

 

 

 

 すうっ、と息を吸い込んで。

 背筋をピンと伸ばして。

 画面の向こうの人々に語りかける。

 

 

 

「私は、自分が信じた道を行くと決めています。より多くの人を救うために、私は私がすべきことをやるつもりです」

 

 

 

 だから、信じて見守ってくれたら嬉しいと、しろさんは語った。

 配信の後、全てのファンが納得したというわけではない。

 だが、その中の何割かは理解を示したようだった。

 

 

 ◇

 

 

 そんな復帰配信から三日後。

 永眠しろさんのチャンネルでは、とあるコラボが行われようとしていた。

 

 

【楽しみ】

【犯罪者と絡まないでほしい】

【今回のコラボはもうしろちゃんにとってマイナスだと思うよ。がるる家とかとコラボすればいいじゃん】

【いったいどんな企画になるのやら】

【確かに、サムネだけ見ても内容わからなかったな】

 

 

 コメントは、否定が半分。

 もう半分は、疑問と期待で構成されている

 まあ、こんなものだろう。

 これは、見に来ている層の問題もある。

 明らかに、普段のしろ金コラボより同時接続数が多い。

先日行ったASMRオフコラボの時と同じくらいか。

 おそらくだが、ここに来ているものの大半は、ふたりのファンーーではない。

 純粋なナルキさんのアンチ、今回の一件で生じた反転アンチ、Vtuber界隈全体のアンチ、さらには炎上という名のお祭り騒ぎを楽しむ愉快犯など。

 ナルキさんやしろさんに対して、そしてこのコラボに対して肯定的な視聴者は全体の二割いるかどうかだろう。

 これが現実。

 バーチャルの世界でも、現実は付きまとってくる。

 けれど。

 

 

『成瀬さん、文乃さん』

「先輩?」

「どうしたの?」

『行ってらっしゃい』

 

 

 

 配信が始まれば、私ができることは何一つとしてありはしない。

 だからこうして、配信を始める前には言葉をかける。

 大切な人には、

 

 

「うえっ!何ですか急に!……ありがとうございます」

「ありがとう。行って来るね!」

 

 

 二人とも、配信を開始した。

 少しだけでも、私の言葉は届いただろうか。

 あと成瀬さんや、うえって何?

 ちょっと傷つくんですけど。

 

 

「こんばんながねむー。どうも、永眠しろです。今日は、コラボ配信です」

【きちゃ!】

【うおおおおおおおおおお!】

「ゲストを呼んでいきましょう!金野ナルキさん!」

「はい、どうも、こんばんは。金野ナルキです。今日はこの場にお呼びいただきありがとうございます」

 

 

 ナルキさんは、いつもの陽気な様子が打って変わって、復帰配信もとい謝罪会見同様のローテンションで話していた。

 

 

「今日やっていく企画なんですが、懺悔麻雀となっております」

「懺悔麻雀、聞いたことないんだけどどういう配信なのかな?」

 

 

 『天域麻雀』というゲームを立ち上げた状態で、しろさんが説明を始める。

 

 

【確かに聞いたことないな】

【どういう企画配信なんだ?】

 

 

「ルールその一、私、ナルキさん、視聴者さん二人で麻雀を行います」

「なるほどね」

「ルールその二、ナルキさんは私にロンをすることができません」

「ほ、ほほう」

 

 

【あーこれ、炎上がしろちゃんに飛び火した分の懺悔ってことか】

【一時、めちゃくちゃにコメントが荒らされていたからね】

 

 

「ルールその三、ナルキさんは私より順位が低かった場合、罰ゲームがあります」

「……はい?」

 

 

 ナルキさん、固まる。

 心なしか、声が震えている。

 

 

「あのしろちゃん、ちょっと待って」

「じゃあ、はじめていきます。パスワードを画面上に表示するので、私達と遊びたい方はぜひ入ってきてください」

「しろちゃん、怒ってます?」

「全然怒ってませんよ?ただ、そういう企画というだけです」

「う、うーんそうか」

「ちなみに、罰ゲームは私からの台詞リクエストです。私が行ってほしいセリフを、ナルキさんに言っていただきます」

「おおう……。今日のしろちゃん、話聞く気ゼロだ……」

 

 

 

【なるほど、今日はナルキちゃんがボコボコにされる企画か】

【おもしろいな、チャンネル登録するわ】

【懺悔というか執行麻雀だな】

 

 

 これは、いい流れだな。

 コメント欄の肯定の割合が増えつつある。

 それが文乃さんの、しろさんの考え出した計画。

 ナルキさんへの悪感情を、ナル虐(・・・)というコンテンツに変換するという腹積もりだ。

 




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第五十三話『言葉のデスサイズ』

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「立直!」

 

 

 ナルキさんが、五の筒子を捨てて立直をかける。

 アイスのような形をした立直棒が場に置かれる。

 立直というのは、ビンゴのリーチと大差ない。

 すでに聴牌している状態であり、あと一枚だけ出ていればあがることが、点数を得ることができるようになる。

 

 

「じゃあ、これですかね」

 

 

 隣にいたしろさんが、ノータイムで六の筒子を捨てる。

 立直した際、そのすぐ近くの牌は一般的に危険牌である。

 因みに、六の筒子はこの状況では、超危険牌である。

 

 

「あああああああああああああああ!」

 

 

 あっ。

 ナルキさんが叫んでいる。

 なるほど、彼女の画面は私には全く見えないけれど、これが当たり牌だったらあがれないね。

 

 

【あっ】

【発狂してて草】

【あたり牌だったのに、しろちゃんから上がれないから……】

 

 

「どうかしたんですか?」

「い、いやなんでもないよ?」

 

 

 しろさん、これちゃんとわかっててやってるね。

 打ち合わせ通りの流れではある。

 ナルキさんは、話を変えようとした。

 

 

「ええと、最近は何かしてた?」

「いつも通り、雑談配信とかASMRとかですね。動画も上げてましたよ?ASMRのやつですけど」

「そ、そっかあ」

「ちなみに、ナルキさんは最近何の配信をしてたんですか(・・・・・・・・・・・・・・)?」

「ぶふっ」

 

 

【あっあっあっあっ】

【まずいですよ】

【今日そういう感じね。理解した】

 

 

 当然だが、つい最近までナルキさんは謹慎をしていた。

 よって、配信など一切していない。

 あるとしたら謝罪配信くらいのものだが、そんなことを言えるわけがない。

 なるべく炎上した話などは表に出したくないものなのだ。

 そう、今回の配信は、いわばプロレスである。

 しろさんがナルキさんをボコボコにするという構図なのだ。

 

 

 ◇

 

 

「……なるほど、そういうコラボなわけね」

「ええ、これならば反発を抑えられるかと」

『確かに』

 

 

 先日、成瀬さんのアパートでしろさんはコラボ企画の全容を話した。

 永眠しろと、金野ナルキのいわゆる「しろ金コラボ」は、アンチのみならずしろさんのファンからも反発があった。

 しろの永眠さんたちにしてみれば、しろさんを巻き込んで炎上した金野ナルキは敵であり、しろさんの傍にいて欲しくない。

 何より、また炎上する可能性がある爆弾であるナルキさんと関わることが、しろさんにとって危険になるのではという懸念もあった。

 なので、その空気感を逆手に取るという企画をしろさんは考えた。

 麻雀の特殊ルールやトークなど、多彩な方法でしろさんがナルキさんを攻撃する。

 言うなれば、ナルキさんに格闘技で倒されることが喜ばれるヒール役をやってもらおうとしているわけだ。

 

 

「わかった。こういう企画なら参加するよ」

「いいんですか?提案しておいてなんですが、結構成瀬さんの負担が大きいと思いますよ?」

 

 

 一方的にボコボコにされる、というのもそうだが、視聴者たちもその流れに便乗した場合、その配信上で味方がいないということになる。

 精神的負担がとんでもないことになるはずだ。

 いや本当に、ヒールレスラーはよく耐えられるよなと思う。

 そもそも、肉体的な負担が大きいというのはあるけど。

 

 

「大丈夫だよ。そもそも、こうしてまた金野ナルキとして戻ってきた時点で叩かれるのは覚悟の上だし。そもそも、リスクとしてはしろちゃんの方が大きいからね」

『まあ、それはそうですね』

「じゃあ、日程を決めましょう!その前に復帰配信もしてもらわないとですし」

 

 

 プロレスという枠組みを作ってヘイトを多少和らげているとはいえ、完全に打ち消せるわけではない。

 入念な打ち合わせを、彼女たちは何度か行ってきた。

 

 

 

 

「し、しろちゃんはさあ、最近、何かはまってることとかってある?」

 

 

 あわてて、ナルキさんが再度話題を変えた。

 ただし、彼女の声はまだ少し硬い。

 心理的にぶん殴れられたというダメージが残っているのかもしれない。

 

 

「うーん、最近は家事にはまってますよ」

「へえ、料理とか?」

「いえ、恥ずかしながら料理はまだできてなくて」

 

 

 うん。

 しろさん、たぶん包丁の持ち方も知らない。

 なんなら、電子レンジの使い方をわかっているのかすら怪しい。

 シェフも、絶対に調理器具に触らせないらしい。

 賢明な判断である。

 

 

「ふーん、じゃあ掃除とか?」

「いえ、掃除もやり方がよくわかっていなくて。家の人に任せっきりになってしまっています」

「実家暮らしというのはそういうものかもねー。私は一人暮らしだから全部やらないといけないけど。ていうか、しろちゃんは何をしてるの?」

「洗濯ですね。洗剤(・・)選びとかするのが楽しくって」

「え、あ、あの。せ、せ、洗剤?」

「ええ、洗剤(・・)ですけど。あの、どうかしたんですか?体調でも悪いんですか?」

 

 

 しろさんは、気遣うような声音で話しかける。

 しかし天使のようなその声は、今死神の鎌のようにナルキさんのライフを削っていた。

 

 

「いやいや、体調は決して悪くないよ?いやあの、うん、洗剤、かあ」

 

 

 明らかに、洗剤という言葉を聞いた瞬間、ナルキさんの態度がおかしくなった。

 いやあ、何でだろうなあ。

 全然心当たりとか、ないなあ。

 

 

「ちなみに、ナルキさんはおすすめの洗剤とかってありますか?」

「ごふっ」

「あの、どうかしましたか?」

「い、いやなんでもないよ。洗剤かあ、適当にまとめ買いした奴を使ってたから、製品名とかはちゃんと覚えてないなあ」

「そうなんですか、じゃあ、写真とかありますか?見せていただければそれだけで中身の特定とかできそうなんですけど」

「あっ、あっ、あっ、すうーっ」

 

 

【草】

【ナルキちゃん壊れちゃってるじゃん】

【そう言えば、洗剤の画像が出回ってバレたんだっけ】

【やめてあげて!もうナルキのライフはもうゼロよ!】

【ナル虐助かる】

 

 

 コメント欄も、大いに盛り上がっている。

 ちなみに、配信で特定の人物が虐められることを〇〇虐という。

 コラボ配信中にいじられたり、あるいはソロ配信でもゲームなどしていてひどい目に遭って発狂したり。

 そういうコンテンツは一定以上の人気がある。

 今日は、ナルキさんがボコボコに虐待されるという配信である。

 さて、ちらりと配信画面に目をやる。

 

 

『これは……』

 

 

 思わず声が漏れる。

 期待以上の成果だったから。

 

 

 配信中において、その配信が盛り上がっているのかという指標は三つ。

 コメント欄、高評価の数、同時接続数。

 コメント欄は、先ほどからずっと書き込まれ続けているのは気づいていた。

 配信前から、普段の比にならないレベルのコメントが書き込まれていた。

 だが、コメント欄は配信開始前と雰囲気が変わっている。

 ボロカスにナルキさんを敵視する声を出していたはずのコメントが、今は殴られているナルキさんを見て楽しむ空気感が漂っている。

 しろさんが、ナルキさんが、私が描いた光景が現実となっている。

 高評価の数が、増えている。

 先ほどまでついていた低評価が消えて、その上で高評価がどんどん増えている。

 同時接続数、リアルタイムでこの配信を観ている人の数も、増えてきている。

 

 

 今迄のしろ金コラボよりも多く、ASMR配信より多く。

 がるる家歌リレーや、ASMRコラボに比肩するほどに。

 

 

『すごい……』

 

 

 つい口に出してしまうのは、一番大切な人に対する惜しみなき賞賛であるが故だ。

 しろさんが、文乃さんが、大切な人を救うために自力で考えて導き出した方策。

 打ち合わせをして計画を進め、本番でも物おじせずに、ナルキさんを攻撃する役回りを務めている。

 ほんの一年で、いったいどれほど配信者として成長したのか。

 その答えが今、数値として示されていた。




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第五十四話『過去の文献を読み上げているだけ』

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「立直」

 

 

 しろさんが立直をかける。

 

 

 私には、ナルキさんの画面はもちろん見えないのでナルキさんが何を考えているのかはわからない。

 ただ、定石を考えれば降りるべきだろう。

 とりあえずは、字牌を切ってきた。

 これは、既にしろさんが捨てている牌なので、安全である。

 そして、しろさんの番が来た。

 『天域麻雀』では、立直すると自動でツモ切りしてくれる。

 なので、自動的にツモった牌が捨てられる。

 

 

「……あっ」

「あれ?どうかしたんですか?」

 

 

 ナルキさんは、固まった。

 

 

【あれ?】

【おい】

【これもしかして】

 

 

「ナルキさん、これあがり牌なんですか?」

「い、いやあの、あの……」

【あがってもいいんやで(暗黒微笑)】

【ミラクル起きてるやん】

【本当に笑う】

 

 

 コメント欄も、この奇跡的な撮れ高に大盛り上がりだ。

 配信の雰囲気が、完全にナル虐を楽しむ方向へと向かっている。

 いまだにナルキさんへの悪意を吐き出すアカウントもあったが、そういうアカウントはモデレーター権限を持っている氷室さんたちによってBANされている。

 そのまま、ナルキさんは手牌を捨てることしかできなくて。

 

 

「あ、それロンです」

「へ?」

 

 

【あっ】

【終わった】

 

 

 ナルキさんの出した牌が、ちょうどしろさんの求めていた牌だった。

 ナルキさんの持つ点数の多くが、しろさんに移動する。

 結局、その局はナルキさんが最下位になった。

 

 

「来てくださった方、ありがとうございました。友人戦に入ってくるのは一人につき一回にしてもらってくださいね」

「…………」

 

 

 コラボしている二人だが、テンションが明らかに違う。

 ナルキさん、完全に落ち込んでいる。

 

 

「じゃあ、とりあえず今からセリフリクエストをしていきますね」

「まあ、全然いいよ。そもそも、セリフリクエストだなんて配信でリスナーにやってることだからね」

「なるほどですね」

 

 

 なにやら、意味ありげにしろさんが笑っている。

 はて、一体何をリクエストするつもりなのだろうか。

 セリフリクエストに対しての羞恥心とかあるのかな、いやないというレベルのナルキさんに対して彼女は何をお願いするのだろう。

 

 

「あ、あのしろちゃんこれは?」

「どうかしましたか?」

「あ、いえ、なんでもありません」

 

 

 ナルキさんは覚悟を決めたように息を大きく吸い込んで。

 

 

「いつもありがとう。こんなことになってしまったのに、立ち直るきっかけを与えてくれて、企画を作ってくれて。私から離れないでいてくれて、本当にありがとう」

 

 

 心からの、言葉だった。

 感謝を、愛情を、喜びを乗せて指定されたセリフを読んだ。

 

 

【おおおおおおお、エモい】

【エモいか?言わせてるだけだぞ】

【いや待ってくれ、これはまさか】

 

 

「あのさあ、しろちゃん」

「なんですか?」

「これなに?」

「いやまあ、私とナルキさんのメッセージのやり取りからコピペしただけですね」

『うん?』

【はい?】

【ああ、そういうことね】

 

 

 文脈から察するに、今の台詞はナルキさんが以前に送ってくれたメッセージを読ませていたということになる。

 時系列的には、アパートで話した後のやり取りなのだろう。

 立ち直るきっかけと、復帰するための企画を提供し、何よりナルキさんから離れないという決断をした。

 余談だが、今回の炎上を機に、彼女から距離を置いたVtuberもそれなりにいる。

 実際、事後対応がよくなかったのでナルキさんの方にも大いに落ち度があったりする。

 その上で、ナルキさんにしてみれば傍にいてくれるしろさんの対応が嬉しかったのだろうが。

 ……これ、本当に恥ずかしい奴では?

 

 

「もおおおおおおおおおおお!裏のやり取り言わせるのはズルいじゃん!」

【草】

【こんな恥ずかしそうなナルキちゃん初めて見るかも】

【いい子やん】

 

 

 ◇

 

 

 麻雀は、次の局へと移った。

 

 

「ツモだね」

 

 

 おっと、ナルキさんがあがってしまった。

 どうにも、さっきより打ち手が必死な気がするね。

 まあ、ただの勘だが。

 どうやら、先ほどの台詞リクエストが効いたらしい。

 まあ、実際裏での真面目なやり取りばらされるうえに、自分で読み上げることになるわけだから、ダメージは相当大きいんだろうね。

 

 

 

「うおー高いですね」

 

 

 高い点数が出ると、特殊な演出が出ることがある。

 

 

「よしよし、これで何とかなった」

 

 

 これで、ナルキさんは二位。

 対して、しろさんは四位。

 これならば、この局はまず間違いなくしろさんが負けるだろう。

 コメント欄も、純粋に勝負を楽しんでいる。

 いや、負けているしろさんを応援する声が圧倒的だな。

 とにもかくにも、やはりナルキさんに罰ゲームを、しろさんには一発逆転を望む声が大きい。

 

 

「うーん」

 

 

 しろさんが、唇を尖らせながら手牌を見て悩ましげにうなる。

 かわいい。

 まあこれは悩む気持ちもわかるけどね。

 最初にしろさんが捨てたのは、九索だった。

 中との二択だったけど、まあこれは悩む余地もないね。

 

 

「いやー、この局は流石にもう勝ったかな。ごめんね、しろちゃん」

「うーん。まあ、ナルキさんが勝ったらもう一回罰ゲームになるまで耐久にしましょうかね」

「ちょっと待って、それは聞いてないかな?」

 

 

 そんなプロレスをはさみつつも、しろさんは順調に手を進めていき。

 

 

「立直」

 

 

 あともう一枚で上がれると、宣言した。

 視聴者の二人は、降りるつもりなのかしろさんが捨てた安全牌を切っている。

 

 

「これも、安全牌だねえ」

 

 

 そういって、ナルキさんが既に三枚場に出ている南を捨てた。

 

 

「あっ」

【あ?】

【あっ】

【これは】

「うん?」

「それ、ロンです」

 

 

 三枚切れている字牌は、普通に考えれば安全だ。

 ただ、一つの例外を除けば。

 麻雀の中でも、特に点数と知名度が高い役。

 すなわち役満が一つ、国士無双である。

 

 

 ああ、そういえばこのゲーム、役満は特殊な演出があるんだよな。

 そんなことを考えながら、私は生まれて初めて役満を出した少女を見つめる。

 その横顔は「まさか本当に出るとは思ってなかった」と言いたげである。

 まあ、そういうものだよなあ役満って。

 

 

「あ、あれ?」

 

 

 『天域麻雀』は基本的に点数がマイナスになれば終了である。

 そして、ナルキさんは三万二千点を払うことになりマイナスになってしまった。

 つまり、またナルキさんの負けである。

 

 

「と、いうわけでナルキさん、また罰ゲームですね」

「え、あ、あの」

「どうかしましたか?」

「いやあのほら、いい時間だしさ、このまま終わってもいいんじゃないかなって思うんだよね」

 

 

 ナルキさん、この期に及んでなお見苦しく抗おうとする。

 

 

【諦めろナルキ】

【結構きわどいセリフリクエストされても一切怯まないのに、本当に嫌がってるの笑う】

 

 

「無駄ですよ、ルールはルールですから」

『もうこの際さっさと言った方がダメージ少ないと思いますけどね』

「わかりましたよ……。セリフ送ってもらってもいい?」

 

 

 あ、つい声が漏れちゃった。

 ナルキさん、この場に味方がいないとわかって諦めがついたようだ。

 多分、今の彼女は目が死んでいる気がする。

 まあ、直接見えない以上はただの勘なのだが。

 

 

「昨日は、泊めてくれてありがとう!私何か変なことしてなかったかな?一緒に過ごせて楽しかった!また泊まりに行ってもいいかな!」

 

 

 戸惑うような、恥ずかしがるような、何かを知りたがるような、喜びに打ち震えているような複雑な声。

 いやきっと全部の感情が含まれていたのであろう、文面。

 

 

「というわけで、オフコラボの後、お泊りしてもらった後、解散した後に送られてきた文ですね」

「うああああああああああああああああ!言ってない言ってない言ってないですう!」

 

 

【草】

【かわいい】

【ナルキちゃん、しろちゃんのこと大好きじゃん】

 

 

「ナルキさん、結構さみしがりですよね。通話とかもめちゃくちゃしたがりますし」

 

 

 確かに、ここ三日はめちゃくちゃ通話してきてたな。

 

 

「や、やめてよ。ねえ、色々あって不安定になってるだけなんだってば」

「色々?」

「あっ、いやなんでもありません」

 

 

 

 コメントや、同接数なんてもう見る必要もない。

 画面の前で話している二人が、この企画が大成功だと教えてくれているから。

 




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第五十五話『母、そして未来』

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「とまあ、先日そんなことがありまして」

「ほうそれは、いい企画だったんじゃないカ?」

 

 

 がるる先生は、ぽつりとこぼした。

 それは、しろさんとの雑談コラボ配信中のことだった。

 事前に、がるる先生とのコラボに対しては反対であるという意見がしろさんのもとには届いていた。

 

 

 これは、対処が難しい話である。

 おそらくだが、これを送った人はナルキさんの復帰に手を貸したことや、それが理由であまりがるる家のVtuberとコラボをしなかったことを言っているのだろう。

 そして、コラボ配信を観ている人にも知りたいと思っている人は多いはずだ。

 とはいえ、そんなセンシティブな話をするわけにはいかない。

 下手に蒸し返せば、ナルキさんやしろさんが炎上しかねない。

 かといって完全に触れないというわけにもいかず、がるる先生がナルキさんの復帰についてぼかしつつも触れることになった。

 

 

「そもそも、私個人としては娘たちの方針はあくまでも娘たちが決めるべきではないかと思っているんだヨ」

「確かに、皆さん自由に活動なさってますもんね」

「一人だけ、自由過ぎるやつもいるけどネ?」

「『ああ……』」

 

 

【ああー】

【確かにいるね】

【名前を言ってはいけないあの人じゃん】

【あの子も普通に炎上してるもんな】

 

 

 下ネタが過ぎるがるる家三女のことを、この配信に関わっていた全員が思い出していた。

 まあ、下ネタ一本槍で、企業勢としてのコンプライアンスを無視して、時に炎上を繰り返してきた娘がいたりする現状を踏まえれば、確かに巻き込まれて炎上したぐらいではなんということはないのかもしれない。

 

 

「そういうわけだから、君達が犯罪と引退のどちらかをしない限りは、縁を切るだとかそういうことは一切考えてないんダ」

「ありがとうございます」

 

 

 しろさんは、こくこくとうなずいた。

 人の縁というのは、意外とあっさりと切れたりする。

 

 

 私で言えば、就職すると大学時代までの知り合いとは全くと言っていい程関わりがなくなった。

 大学では、高校時代の知り合いと、高校では小学校・中学校時代の知り合いとある程度関わりがあった。

 だというのに、就職したらいつの間にかつながりは消えていた。

 別に何も、それを恨むつもりもないが。

 

 

 しろさんに関して言えば、彼女自身を傷つける悪縁から距離を置くことに成功している。

 いずれも、距離が離れたことで縁が切れたという形だ。

 なので、当然大きな事件があれば縁というのはぷつんと切れたりする。

 会社をリストラになった途端、家族に見限られ、全てを失うだなんてよくある話ではないだろうか。

 だが、かなり大きな事件があったにもかかわらず、がるる先生はこうして自らしろさんとの関係性をつなぎとめようとしてくれていた。

 そこにリスクがあり、リターンはほとんどないとわかっているはずなのに。

 がるる先生は、それでも離れることを選ばず、傍にいるといった。

 まるで、本当の母親のように。

 まあ、私はもう母親の記憶なんてまともに残ってないのだけれど。

 

 

「だからまあ、ちょっとしろちゃんが遠慮してたんだけど、やろうよって声をかけさせてもらったのサ」

「本当にありがとうございます」

 

 

「これはすごく有難いことなんですけど、ラーフェさんや羽多さん、マオ様も色々と声をかけてくださって。まあ、こちらもいろいろ落ち着いたのでこれからコラボとかもしていきたいとは思っております」

「コラボはここ最近できてなかったけど、普通に通話はしてたからネ」

 

 

【裏ではちゃんと通話してたのてぇてぇ】

【色々ごたついてたし、正しい判断ではある】

【声をかけるのも優しさだし、落ち着くまで表では絡まないのも優しさだよね】

 

 

 コメント欄も、最近コラボがなかった理由を知って納得した様子だった。

 実際、しろさんとがるる先生のコラボがないことを悲しんだり、不安に思う人も結構いたと思われる。

 事情を説明することは、必要なのだ。

 

 

 ◇

 

 

 そのまま、二人は色々な話をした。

 

 

 お互いが流行っていたり、ハマっていたりする漫画やアニメの話。

 最近、がるる先生が担当したイラストの仕事の話。

 また、しろさんが最近やった企画やASMRの話。

 リアルで会いたい、あるいは会った時に具体的に何をするか。

 話題は尽きなかった。

 これで終わっていればよかったのだけれど。

 

 

「さて、今日も今日とてやっていこうかナ」

「あの、本当にやるんですか?」

「当たり前だヨ」

 

 

 今日のコラボ配信は、先日のように前半が雑談、後半がゲームによる対決となっている。

 ただし、ゲームの内容は違う。

 今日やるゲームの名前はZENITH、という。

ジャンルは、FPS。

 宇宙人、サイボーグ、超能力者など、それぞれ特別な力を持った超人が、バトルロワイヤルを行う。

 勝ち残り、頂点に至ったものは、全てを叶える力を得るという設定である。

 

 

 ゲーム的な設定についてだが、特殊能力を持ったキャラクターを選択し、銃撃戦を制したものが勝利する、というのがルールとなっている。

 さて、このZENITHというゲームだが、戦う形式には3種類ある。

 一つは、ランクマッチ。

 バトルロイヤルの通信対戦を行う。

 そして、順位や撃破数、与ダメージなどに応じてランクポイントが得られ、それに応じてランクが変動する。

 二つ目は、カジュアルマッチ。

 バトルロイヤルの通信対戦を行うことまではランクマッチと同じ。

 だがしかし、ポイントなどはなく、和気あいあいとゲームを楽しむためのシステムである。

 ランクマッチでは、実力差がありすぎるもの同士でチームを組むことはできないが、ことこの状況では話が変わってくる。

 

 

 もう一つが、射撃訓練場。

 ここには、的などが設置されている。

 試合の前に、ある程度ゲームのプレイになれていくことを目的としている。

 そして、この訓練場ではフレンド同士のワンオンワンが可能になっている。

 つまり、しろさんとがるる先生の一騎打ちが可能ということだ。

 

 

 訓練場のワンオンワン。

 それ自体は、別にいい。

 対決としても、そこまで不自然なものではないだろう。

 だがしかし。

 問題は、対決するのがしろさんとがるる・るる先生であるということ。

 しろさんは、時折この『ZENITH』を配信することがある。

 といっても、プレイスキルはかなり低い。

 それこそ、カジュアルのみでランクには参加しない、程度の腕前だ。

 では、そんなしろさんの今日の戦績はというと。

 

 

「もう一回!もう一回!」

「で、でもがるる先生。もう私が五連続で勝ってますけど」

「うぐっ」

 

 

 がるる先生、やっぱり下手すぎないか?

 しろさんも、そこまで強いわけではないのに。

 

 

【昨日配信で、「明日はいける、勝てる!」とか言ってたのになあ】

【しろちゃんも特別うまいわけじゃないのに先生が下手すぎる】

【あれだけ打ちまくって与ダメージゼロなの、もはや逆に才能だろ】

 

 

 コメント欄も、笑い半分、呆れ半分というか。

 これはこれで盛り上がっているからいいのだろうけど。

 さっきまでの感動的な空気は、一体どこに行ってしまったんだろうか。

 盗んだやつがいるなら、ぜひとも返してほしいね。

 

 

「今回は、負けた方に罰ゲームをしてもらう予定だったんだが……まさか負けてしまうなんてナ」

 

 

【当たり前だろ】

【何で自分の力量が理解できないのか】

 

 

 

「じゃあ、先生に罰ゲームを課しましょうか」

「そうだネ」

 

 

 確かにそれが道理ではある。

 ちなみに、先日のナルキさんとのコラボではしろさんに罰ゲームはなかったが、あれは特殊な例だね。

 

 

「じゃあ、ASMRオフコラボ配信やりましょうよ」

「えっ」

「いいですよね?」

「あ、はい」

 

 

【ウオオオオオオオオオオオ!】

【いいじゃん】

 

 

 そうして、配信のコメント欄は盛り上がった。

 それは今この瞬間を楽しむゆえであり、未来の配信に期待するからでもある。

 未来。そう、未来だ。

 

 

 しろさんは、今日まで奔走してきた。

 一日一日、改善をしながら進み続け、順調にファンや仲間を増やしてきた。

 明日はきっと、今日よりいい日になる。

 しろさんにとっても、彼女と関わる全ての人にとっても。




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エピローグ『終わった恋と始まっていた恋』

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本当にモチベーションになってます。


 ナルキさんが炎上してから、一か月ほど経過していた。

 その間、ナルキさんはソロ配信メインで活動を行っていた。

 今、コラボをし過ぎると反発を招くという判断である。

 とはいえ、事情を説明し、精いっぱい活動していると行動で示してきた。

 これ以上、出来ることはないし、何より多くの人が戻ってきてくれていた。

 逆に、今回の炎上騒動でナルキさんのことを知り、彼女のファンになったという人もいた。

 

 

 最初の対応こそ悪かったが、その後の行動は完璧だったと言えるし、結果だけ見れば持ち直したと言えるだろう。

 

 

「ちょっと、トイレに行ってきますね」

『ああ、行ってらっしゃいませ』

 

 

 私は、部屋を出ていった文乃さんを見送った。

 

 

「先輩、少しお話しませんか」

『いいですよ』

 

 

 すると、成瀬さんが通話アプリ越しに話しかけてきた。

 もしかすると、二人になれるタイミングをうかがっていたのだろうか。

 

 

「すみません。今日は、文乃ちゃんにお願いして二人にしてもらったんです」

『そうだったんですか』

 

 

 よく許可したな、と思ったが、まあそれだけ文乃さんと成瀬さんが仲良くなったということだろう。

 私としては、嬉しい限りだ。

 いや、私の感情や感傷はどうでもいい。

 

 

『それで、何を話したいんです?』

「……先輩にとって、前世はどうでしたか?」

 

 

 単刀直入に、成瀬さんは質問を繰り出してきた。

 

 

 前世、というのはVtuber的な意味合いでは当然ない。

 文字通りの意味である。

 人として、生きていたころのことを振り返ってどう思っているのかと訊きたいのだろう。

 あるいは、そうでもないのかもしれない。

 私が、生前彼女をどう思っていたのか、彼女とのかかわりをどう捉えていたのかを訊きたいのかもしれないとも思った。

 根拠はない、ただの勘だが、勘違いではないと思う。

 以前の彼女の涙が、根拠として薄弱とは思えない。

 それでも、気づかないふりをするしかないけれど。

 

 

『正直に言えば、無意味だったと、地獄だったと思っていましたよ。死んでマイクに転生していることを自覚した時は、素直に喜んだくらいです』

 

 

 それは、成瀬さんに言うべきではないかもしれないとさえ思った、私の本音。

 彼女は私とのかかわりで救われていたのかもしれない。

 けれど、当時の私には、成瀬さんは救い足りえなかった。

 ちゃんと見ていなかった、ということでもあるのだろうけど。

 

 

「…………」

『けどね』

 

 

 と、成瀬さんの話を遮って続けた。

 話に割り込むような形になって大変申し訳ないが、まだ話の途中なのでね。

 

 

『文乃さんと一緒に過ごして、成瀬さんと再会して、気づいたことがあるんですよ』

「気づいたこと?」

『私は、一人じゃなかったってことです』

 

 

 幼少期は、家族が全員揃っていた。

 学生時代は、親密ではなかったかもしれないが、立ち話をするような友人や麻雀などの悪さを教えてくる先輩がいた。

 職場では友人はおらず、敵ばかりだと思っていたが、なんだかんだと私を見てくれていた後輩がいた。

 それに気づいていれば、少し違ったのかもしれない。

父に、暴力におびえて。勘に頼って、危険を察知し防ぐか躱すことばかり覚えて。

自分に好意、好感を向けてくれる人たちをないがしろにしていた。

 自分の人生に意味はないと見限って、生きていたくないと願って、轢きつぶされて終わって。

 死んで初めて、自分は一人ではないことに気づけた。

 それで何かが変わったわけではないかもしれない。

 けれど、少しだけ私は幸せに生きて、幸せに死ねたかもしれない。

 もう少し、思い出を残せたかもしれない。

 それは、確かに後悔として私の中にある。

 仮説が正しければかつての友人知人とは会えるはずだが、自分から動くことはできないし、文乃さんを連れまわすつもりもない。

 

 

『だから、まあ結論から言うと、成瀬さんと出会えて、ナルキさんと再会できて、嬉しかったですよ。私は』

「っ!きゅ、急に何を言ってるんですか!」

 

 

 成瀬さんが慌てて叫ぶが、そこに否定的な感情はない。

 照れているだけと思う、ただの勘だが。

 

 

「先輩」

『何ですか?』

「しろちゃんと付き合ってるんですか?」

『……いいえ?』

 

 

 そんな事実はない。

 そういえば、以前も似たようなことを訊いていたな。

 あり得るはずもないと思うけどね、私はもう人間じゃないし。

 手をつないだりとか、そんなことさえできない。

 一度説明したはずだが、なぜ同じことを二度訊くのだろうか。

 

 

「もういいですか?」

「あれ、文乃ちゃん?いつから?」

「ただいま戻りました」

 

 

 

 そこに、文乃さんが割り込んでくる。

 どうやらここまでのようだった。

 

 

 

「おっと、あんまり長々話していると怒られちゃいますね」

『そうですね』

「息ぴったりだね、二人とも」

「そんなことないけどねー」

『そんなことはありませんよ』

「……今微妙にハモってなかった?」

 

 

 うーん、まあそこそこの期間仕事を一緒にしてたからかな。

 それに、勘で息を合わせるのは得意だったりする。

 別に、文乃さんに勘繰られるような関係性は一切ないんだけど。

 

 

「しろちゃん、さっさとくっつかないと、私がとっちゃうよ?」

「ふえ?」

 

 

 しろさんが、口をぽかんと開けた。かわいい。

 瞬間、首をぐるりと回して、距離を詰め、息がかかる距離にまで顔を近づけてくる。

 近い。

 眼を見開いた状態で、顔を寄せられると心臓に良くない。

 いや別にもう心臓はないんだけど。

 

 

「君、どういうこと?」

『無実です』

 

 

 何もしてませんし、何もありません。

 

 

「あげません!私のですから!」

「あははははは!さーて、どうだろうね」

 

 

 とる、という言葉が何をさしているのかはよくわからないが、たぶん冗談だと思う。

 成瀬さんからは、少しの悲しみと後悔、そして決意が読み取れる。

 そこに、何かを奪おうとする悪意はない。

 

 

 むしろ、引きずっていた過去の思いが完全に振り切れて、成瀬さんの中で決着したかのように思える。

 私と再会して、文乃さんと関わったことで、そうなったのだと推測される。

 まあ、ただの勘なのだが。

 

 

 ひょっとしたら、文乃さんを煽り、焚きつけるために嘘をついているのかもしれないね。

 

 

 いや、わかっている。

 わかっていないふりをするのはやめておこう。

 

 

 後輩のことも、相棒のことも、どちらも理解している。

 後輩が、彼女なりにエール(・・・)を送ってくれた以上。

 今、私の隣に居る人の心が、定まっている以上。

 

 

 ……私なりに、色々と考えるべきなのかもしれない。

 文乃さんのことを、しろさんのことを。

 そしてついでに、自分の心についても。

 あらゆる感情を読み取れる私の勘でさえ、自分の心のすべてはわからない。

 けれど、きっと。

 決断の時は、もうすぐそこまで迫っている。

 




 と、いうわけで二章がこれにて完結でございます。


 この後、登場人物紹介といくつか閑話をはさんでから三章を開始させていただきたいと思います。
 本作を書き始めた時、三章を書くつもりはありませんでした。
 が、読んでくださる方、応援してくださる方のおかげでここまで書いてこれましたし、これからも頑張れます。
 ありがとうございます。


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閑話・使用人の話『Freeze』

というわけで、閑話は早音家使用人の話です。

感想など、ありがとうございます。
励みになります。



 

 早音家メイド、氷室理沙の朝は、日によって違う。

 早いときは、七時に起きて、文乃を手伝う。

 機材の調整などが主だ。

 永眠しろとして一年前とは比較にならないほどの技量を有している文乃だが、機材の扱いだけは一向に上達する気配がない。

 遅いときは、十二時過ぎに起きる。

 なぜならば、エゴサなどをしていて深夜まで起きていることがあるから。

 今日は、前者。

 朝起きて、文乃の部屋に入り、異常がないかを確認。

 特に問題がなければ、メイド三人が使っている作業部屋へと向かう。

 問題があれば、アドバイスをしたり解決策を練り、実行する。

 これが、概ね午前中の業務である。

 

 

 氷室理沙の担当は、SNSなどを活かした広報である。

 ある程度機材の扱いなども心得ており、動画編集などもできる。

 また経理なども、そつなくこなせる。

 もっとも、機材に関しては雷土に及ばず、経理などの能力も火縄に劣る。

 なので、広報兼リーダーという立ち位置に落ち着いている。

 

 

 朝起きると、すぐに永眠しろ名義のすべてのアカウントにログイン。

 削除すべきものは削除し、そうでないものは残したうえで

 

 

 今の生活に、不満はない。

 給金などの待遇は比較的良い。

 元々友人もいないし、家族との仲もあまりよくなかった理沙にとっては住み込みで働くという条件も悪くない。

 パソコンを扱う仕事なので、スキルアップをしながら生活できるからここがダメになっても次に活かせる。

 理想に近い職場である。

 唯一嫌だったメイド服の着用も、一年以上すればもう慣れてしまった。

 最初は、会社員時代に着ていたスーツが恋しかったが、今はもう肌触りも忘れてしまった。

 

 

「さて、そろそろ作りますか」

 

 

 昼食を済ませて、パソコンの前で向かい合う。

 氷室理沙は、広報担当。

 SNSのチェックとは別に、最近もう一つ重要な仕事を請け負っている。

 パソコンを起動する。

 画面には、編集ソフトが立ち上がっており、そこには銀髪でオッドアイの美少女の画像が映っている。

 新しい仕事、それは永眠しろの切り抜き動画制作である。

 切り抜き動画とは、文字通り動画や配信の面白い部分などを切り抜いて、抽出した動画である。

 長時間の生配信が主体となっているVtuberは、見始めるハードルが高い。

 全く何も知らない状況で、二時間も三時間も観るのは苦行でしかない。

 

「まあ、こういうところだよね」

 

 

 切り抜き動画は、主に人が注目する、いわゆる撮れ高のみを切り取って動画にする。

 今回、理沙が作っているのは金野ナルキとの麻雀コラボの動画だった。

 先日の炎上と、それに対する反発をエンタメに落とし込んだ文乃のアイデアと、それをやりぬいた胆力は一年以上傍で見ていた理沙にとっても、意外なものだった。

 

 一年と少し前に、理沙は求人を見つけた。

 早音家でのメイドの募集。

 それも、家事のみならずなぜかパソコンなどの技術やSNSに精通していることが条件だという。

 給料も、破格の条件であり、冗談ではないのかと思えた。

 というか、冗談のつもりで応募した。

 

 

 その後面接をして、合格の通知をもらい、雇用主である文乃と初めて対面した。

 

 

 最初に思ったのは、壁を作られているな、というものだった。

 もちろん、雇用主と使用人の立場なのだから、壁があるのは至極当然ではある。

 だが、文乃が他者に対して作っている壁はそういうレベルのものではないのでは、と思った。

 

 

 文乃が両親と会話するのを見たことがある。

 貼り付けたにこやかな笑顔で、如才ない所作で、感情のこもらない声で。

 血のつながった家族に対して、まるで営業のように対応していた。

 背筋が凍った。

 あんな顔は、女子高生が会得できるものではない。

 社会の荒波にもまれて、ようやく身につくレベルのものだ。

 一体何を経験すれば、ああなるのか。

 

 

 自分のような他人だけではなく、身内にさえも態度を一切変えない。

 だから、文乃が誰かのために何かをするなどと、その時は想像できなかったのだ。

 

 

 そんな状況が変わったのは、半年ほどたってから。

 

 

「あの、お疲れさま」

「あ、ええ」

 

 

 いきなり、文乃の方から話しかけてきた。

 ちょうど、コラボを解禁したころだろうか。

 脱走したりと、メンタルが不安定になっていたが金野ナルキとのコラボがいい方向に作用したのかもしれない。

 その後も、時々話をした。

 といっても、別に深い話をしたわけではない。

 昔から屋敷で働いている内海や陸奥にも、彼女の詳細は訊いていない。

 ただ、彼女なりに、自分に心を開いてくれようとしているのが嬉しかった。

 戸惑うような声音も、おどおどと怯えるような表情も、視線を合わせようとしないのも、初めて会った時の鉄面皮に比べればずっと心地よい。

 

 

「うーん、永眠しろの金野ナルキに対するイジりを入れすぎるとバランスが悪い。ちょっと削ったほうがいいな」

 

 

 パソコンで、動画の編集を行いながら、考える。

 切り抜きというのは、ただ見どころをカットアンドペーストすればいいというものではない。

 

「金野ナルキのリクエスト台詞の読み上げは、入れたらダメだな。全部カットして、本編に誘導するような字幕を付ける」

 

 撮れ高を全て載せてしまうと、切り抜きだけで満足してしまう。

 本編も観てもらうために、少し欠けさせた、不完全なものでなくてはならない。

 まあ、再生数を稼ぐため、利益を得るための切り抜き動画ならそれを考えなくてもいいのだろうが、今回理沙が作るのはそうではなくて元の配信に誘導したり、あるいは永眠しろのチャンネル登録者数を増やすためのものなのだ。

 

 ナルキが、炎上した時は肝を冷やした。

 永眠しろが巻き込まれて炎上したこともそうだが、公私共に仲の良い友人がトラブルに巻き込まれているという状況がまずい。

 また、脱走してしまうのではないか。

 心を、完全に閉ざしてしまうのではないだろうか。

 それが、恐ろしかった。

 けれど、文乃は理沙が思っているよりずっと強く。

 

 

 あっさりと立ち直り、あまつさえ救い出すと言いだした。

 ようやく気付いた。

 もう、誰も信用せず、心を閉ざしていた早音文乃は、どこにもいない。

 ずっと強くなって、帰ってきた。

 

 

 

 そして救い出してしまった。

 自分で考えて、自分が泥をかぶるという方法で。

 

 

「永眠しろをあまりよく知らない人への導線という前提である以上、麻雀の解説もはさむべき?あたり牌についてはこのサイトから引用して、リンクも貼って」

 

 

 何が、彼女を変えたのかはわからない。

 多分、金野ナルキだけではないのだろう。

 根拠はないが、ただの勘だが、そんな気がする。

 

 大きく息を吐いて、理沙はゲーミングチェアにもたれかかる。

 あとは校正して、雷土咲綾によるダブルチェックを実行して、文乃に確認をしてもらって。

 それで特に修正箇所が見つからなければ、このまま永眠しろのチャンネルにアップロードされる予定だ。

 

 

「もう夜遅いですね、配信が始まる頃でしょうか」

 

 

 Vtuberという職業、そのサポートはまだまだ分からないことばかりで挑戦の連続だ。

 だが、今のところ不満はない。

 むしろ。

 

 

「楽しいですね」

 

 

 

 そう、一人呟いて、理沙はコーヒーを飲んだ。






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閑話・使用人の話『Thunder』

副反応で動けなくなってました。
申し訳ありません。



 雷土咲綾の担当は、機材である。

 パソコンの設定はもちろん、組み立てや修理も可能としている。

 部品さえあれば、

 配信に関する機材周りのことならば、彼女は大体知っている。

 まあ、配信に関わらずパソコンのことに関しては詳しい。

 氷室理沙に切り抜きについて教えたりもしている。

 

 

 Vtuberについても、彼女は詳しかった。

 だから、彼女なりにアドバイスをしたりもした。

 特に、彼女が尽力したのは金野ナルキの炎上の件だ。

 文乃が提案した作戦は、Vtuberに詳しいと自負している咲綾からしても危ういものだった。

 それこそ、加減を間違えれば二人とも消し飛びかねないほどの。

 なので当初は反論しようとしたが、文乃の決意が固く、ここまでのラインならいいのではないかという助言にとどめた。

 結果として、それが功を奏している部分もある。

 

 

 正直、今の生活に不満はない。

 元々、パソコン関係の仕事をしていた彼女は、今の業務もそこまで困難ではない。

 さらに、同僚の二人や雇用主である文乃とも関係も悪くない。

 可愛いものが好きな彼女にとっては、美人な同僚もどこか不思議な雰囲気をまとった美少女の雇い主も見ているだけで満たされる存在だった。

 

 

 そんな彼女には、最近はまっていることがある。

 

 

「よっし、入れた!」

 

 

 それは、ゲーム配信へのスナイプである。

 スナイプと言っても、別に妨害のようなことをするわけではない。

 視聴者参加型の配信というのがある。

 ゲーム配信においてはパーティーメンバーや対戦相手を募集するということはままある。

 なので、狙いすましてタイミングを見計らって彼女はパーティメンバーに滑り込むことを頻繁に行っている。

 そして今日も今日とて、彼女はスナイプに成功していた。

 

 

「あー、今日もしろちゃんかわいい」

 

 

 パソコンの画面に映っているのは、Vtuber永眠しろ。

 現在、彼女の雇い主である。

 

 

 元々、メイド三人はモデレーターとして配信を監視するという役割を負っていた。

 だが、常にそれをしなくてはならないわけではない。

 特に、ソロ配信ではそこまでコメントも多くないので、少なくとも三人で対応する必要はない。

 なので、今は火縄がモデレーターとして不適切なコメントをブロックしている。

 

 そして氷室と雷土は休憩中であり、今は完全にプライベート。

 不快なコメントが目にはいればモデレーターとしての権限を行使することもあるかもしれないが、今は気にしなくてもいい。

 

 

 最初はただの仕事としてやっていたはずだった。

 だが、生まれて初めてVtuberの手伝いという特殊な仕事をすることになり、永眠しろの配信を聞くうちにはまってしまった。

 元々、Vtuberは好きであり、加えてがるる・るる先生のファンでもあった。

 彼女の可愛らしい絵柄は雷土にとっては好みドストライクであり、画集などを買うほどのファンだった。

 加えて、しろさんの配信などはかわいく、面白くて純粋に好きだった。

 今や、仕事関係なくプライベートですべての配信を観るくらいにはヘビーである。

 因みに、氷室はそもそも仕事でほぼすべての配信を観ており、火縄はプライベートではASMR以外観ていなかったりする。

 今、永眠しろがやっているのはFPSである、『ZENITH』。

 視聴者と遊ぶために、カジュアルマッチを回している。

 視聴者と交流しつつ、自分もゲームを楽しむという、配信者にはよくある配信でもある。

 

 

 そもそも、プライベートで一緒に遊べばいいじゃないかと思われるかもしれないが、そこはメイドと主、なおかつ配信者とファンの関係性である。

 そこの線引きだけはしっかりしていた。

 まあ、スナイプするくらいなら素直に遊んでほしいと言えばいいのだが、それはマナー違反だと彼女は考えていた。

 視点が、完全にファンである。

 ちなみにだが、プレイヤーネームを「ライトニングソイル」で固定しているせいで、永眠しろの有名視聴者と化していたりする。

 因みに永眠しろの配信では、視聴者参加型において同じ人が二回以上参加するのは禁止である。Vtuberの配信ではよくあることだ。

 なので、今日については一度限りのチャンスである。

 

 

【ライトニングソイルニキ今日もいるじゃん】

【マオ様もおるやんけ】

【Vtuber二人とチーム組めるの運勢強すぎるだろ】

 

 

 今回は、有名Vtuberであるマオ・U・ダイもなぜか参加しており、ライトニングソイルこと咲綾はまたとない幸運を楽しんでいた。

 仕事も、プライベートも。

 本当に充実していて。

 こんな日々がずっと続けばいいと、いや続けて見せると。

 咲綾は考えていた。

 

 

「待って待って、しろちゃん!そこ安全地帯の外だからあ!」

 

 

 なお一緒にマッチできた時間は、三分にも満たなかった。

 





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閑話・使用人の話『Fire』

今回で閑話終わりです。


 火縄イアの担当は、他の二人と比べても多岐にわたる。

 彼女は機材に関してはほとんどわからないため、それ以外の業務を負っているということになっている。

 出来ることと言えば、経理ともう一つぐらいだろうか。

 基本的には、雑用を請け負うのが火縄の仕事である。

 例えば、機材担当とともに鼻息荒く機材周りの掃除を行う。

 本来であれば部屋の隅から隅まで掃除をしておきたいところだったが、

 

 

「それでね、今日はさあ……」

「文乃様」

「どうかしたの?」

「いえ、なんでもありません。失礼いたしました」

 

 

「どうしようかな、あの言動」

 

 

 火縄の担当は幅広い。

 その中の一つは、メンタルケアである。

 

 

 火縄は、そして他のメイドや使用人たちも彼女の奇行を面と向かって指摘したことはない。

 雇用主、あるいは雇用主の娘に対して言いづらいというのもあるし、そもそも指摘することで彼女の精神の均衡が崩れるのではないかと懸念していたというのもある。

 盗聴などで、文乃の声を聴いて分析したのだが、『君』と会話すればするほど、彼女の精神は安定することがわかっている。

 イマジナリーフレンドが発現する年齢としてはかなり遅い方なのではないのかと思われるが、それでもなお放置したほうがいいのではないかという結論に達している。

 彼女との会話の中で気づいたことはいくつかある。

 

 

 一つ、そもそもイマジナリーフレンドという表現は少しだけ事実とずれている。

 イマジナリーフレンドというよりは、恋人に近い。

 胃もたれして吐き気を催すほど、あるいはドキドキして劣情を催すほどに何度も何度も文乃は『君』に対して愛を囁いている。

 

 

 二つ、彼女はイマジナリーフレンドであることを自覚している。

 つまり、自分しか『君』の声が聞こえないということを理解している。

 メイドや使用人には声が聞こえず、会話ができないことを知っているという前提の行動があまりにも多い。

 そもそも、メイドや使用人にも聞こえると自覚しているのであれば、矛盾した言動が目立つ。

 

 

 三つ、イマジナリーフレンドは文乃にとって他人である。

 イマジナリーフレンドは、交代することがある。

 つまり、肉体の支配権をイマジナリーフレンドが乗っとる場合がある。

 ただこの場合、主導権はあくまで文乃本人であり、いつでも彼女の意志で交代できる。

 主導権が本人ではなく、イマジナリーフレンドであった場合解離性同一性障害に分類される。

 イマジナリーフレンドという状態において、もっとも憂慮しなくてはならないのがこの乗っ取りである。

 肉体が同じとはいえ、人格が別であるならば文乃を守らなくてはならない。

 

 

 が、現状人格が入れ替わった事例は文乃の場合確認されていない。

 イマジナリーフレンドが生活に支障をきたす唯一のパターンがこの肉体の支配権の移動であり、それが行われている形跡が全くない以上、危険性は薄いと考えていいはずだ。

 

 

 イマジナリーフレンドは幼少期特有のものとされるものの、実際には成人してからもなおイマジナリーフレンドが発現したり、持続する例は観測されており、実はそこまで変な話でもない。

 なので、静観が正しい判断なのかもしれない。

 だがその一方で、火縄はそれでいいのかとも思っていた。

 

 

 今はまだ、いい。

 だが、いつ彼女を乗っ取らないと保証できるのか。

 彼女自身も、イマジナリーフレンドを見たことはさほどなかった。

 だがしかし、それでも危険なことに変わりないはずだ。

 付け加えると、彼女は時折不安定になる。

 特に、一番不安定になったとき、つまり身一つで家を飛び出していったときにも直前まで彼女は彼と話していた。

 だというのに、どうして理沙も咲綾も悠長なのか。

 イアも含めたメイド三人は、それぞれ文乃に対する感情が異なる。

 雇用主への恩義から助けになろうとするのが理沙で、ファンとして接しているのが咲綾、そしてイアは単純に文乃が好きで守りたいと思っている。

 あるいは、『君』のことがイアは本質的にあまり好きではないのかもしれなかった。

 

 

 

「それはね、君がいてくれるからだよ」

「…………」

 

 

 

 部屋の中で、彼女は会話をしている。

 相手は、間違いなく『君』だ。

 

 

「……まあ、いいか」

 

 

 文乃を大事に思っているがゆえに、今のところは経過観察でいいかと方針を改めたのだった。

 




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二章 登場人物紹介

 主人公

 

 名前:ない

 

 年齢:0(28)

 

 好きなもの:早音文乃、永眠しろ、ASMR、しろの友人

 

 嫌いなもの:家族、労働

 

 座右の銘:弱肉強食

 

 元社畜で元人間。

 死後、早音文乃の所有するダミーヘッドマイクに転生した。

 久々に、後輩である成瀬と再会したことで、自分と文乃の関係を見つめ直すようになる。

 現状維持ではいられないのだろうと、考えている。

 

 

 ヒロイン

 名前:早音文乃(永眠しろ)

 

 年齢:17(高2)

 

 好きなもの:ダミーヘッドマイク、応援、オタクコンテンツ全般

 

 嫌いなもの:罵声、暴力、生肉全般、血

 

 座右の銘:見えざる癒し手

 

 ASMRを軸とするVtuber。

 最近、金野ナルキやがるる家とコラボをしたり、メイドたちと関わったりと人に興味を向けることを覚えた。

 今回、改めて人を救うという信念のままに動くことの重要性を感じた。

 最近、かかわりのあるVtuberにASMRを教えようと画策中。

 

 

 余談:Ⅾ→E(何がとは言わない)

 

 ファンネーム:しろの永民 

 配信などの感想タグ:#永眠しろ配信中

 ファンアートタグ:#永眠しろ閲覧しろ

 センシティブファンアートタグ:#永眠しろ閲覧禁止

 

 

 名前:金野(きんの)ナルキ(成瀬キノ)

 

 好きなもの:Vtuber、ファン、友達、先輩、お金

 

 嫌いなもの:孤立、炎上、マルチ商法

 

 年齢:25

 

 座右の銘:金さえあれば、何でも掴める

 

 金髪ロングで、巨乳メイド。

 永眠しろと異なり、過激でセンシティブなASMRをメインとする。

 また、積極的にASMR配信者などとコラボを頻繁に行っている。

 永眠しろと関わったのも、ただ積極的に色々な人をコラボに誘っていただけ。

 その正体は、主人公の会社の後輩。

 浪費家の家族がマルチ商法にはまり、結果として人間関係がリセットされてしまったという過去を持つ。

 ブラック企業で出会った主人公と、生配信での人とのかかわりを心の支えにしていたが、主人公の死によって精神の均衡を失い、金銭に執着するようになってしまっていた。

 炎上後は、金銭への執着は弱まったが、メンタルはかなり安定している。

 

 余談:G(何がとは言わない)

 

 余談2:実は、他のサイトでは本当に過激な十八禁のオ〇サポ配信などもやっている。

 主人公は、しろさんのブチ切れを恐れて一度も聞けていない。

 なお、本作は18禁ではないので、具体的な内容がここに記されることはありません。

 

 

 ファンネーム:ナルキンズ

 配信などの感想タグ:#ナルキライブ

 ファンアートタグ:#ナルキ全年齢

 センシティブファンアートタグ:#ナルキ18禁

 

 Vtuber

 

 名前:がるる・るる

 

 年齢:23

 

 好きなもの:金、娘、不労所得

 

 嫌いなもの:税金

 

 座右の銘:一攫千金

 

 小学生のような見た目をしている。実はリアルの姿も割と小学生に近い。

 その実態は、イラストレーター兼Vtuber。

 普段の配信は雑談、ゲーム、お絵かきが多い。

 視聴者とのプロレス、というかボコボコにされるがる虐がメインコンテンツ。

 趣味が投資であり、大金持ちになって老後までお金に困らない生活をしたいと思っている。

 というか、イラストレーターをしているが元は漫画家志望でやはり一獲千金を求めて漫画家を目指していた。

 その後紆余曲折あって売れっ子になり、大物Vtuberになりつつも投資やFXなどで散在することを繰り返していた。

 

 

 余談。

 自分のせいでしろさんにまでデビュー当初飛び火したことを後悔している。

 なので、最近は貯金を心がけ、投資なども辞めている。

 ぶっちゃけ、普通に貯金したほうが効率がいい。

 ちなみに投資を辞めても視聴者にいじられる流れは継続中。

 

 余談2:A(笑)

 

 ファンネーム:がるる族

 配信などの感想タグ:#がるる・るる

 ファンアートタグ:#がるる・るる(配信などのタグと同一)

 センシティブファンアートタグ:#えっちながるる

 

 

 名前:天使羽多(あまつかうた)

 

 年齢:25

 

 好きなもの:歌、Vtuber

 

 嫌いなもの:黒板を爪でひっかく音、辛いもの

 

 座右の銘:天上まで届け、地の底まで響け、私の歌

 

 

 チャンネル登録者数百万を超える超大物Vtuber。

 歌をメインコンテンツにしており、しろの歌の師匠でもある。

 がるる家長女として、妹であるしろのことを気遣っていた。

 時折、ASMRを行っており、しろと意見交換をしたりすることもある。

 

 余談:F(何がとは言わない)

 

 

 ファンネーム:羽多様の僕

 配信などの感想タグ:#天使羽多

 ファンアートタグ:#天上天下絵画

 センシティブファンアートタグ:なし

 

 

 名前:マオ・U・ダイ

 

 年齢:不明(22)

 

 好きなもの:仲間、家族、ロールプレイ

 

 嫌いなもの:苦いもの、ASMRを配信すること

 

 座右の銘:世界の半分を貴様らにくれてやるぞ、リスナー!(某配信より引用)

 

 魔界から地球を征服しにきた大魔王。地球征服のため、同志獲得と広報活動に精を出している、という設定のVtuber。

 がるる家の中で誰よりも、世界観、というかロールプレイを重んじる。

 とはいえ、世界観を出し過ぎるとコラボがしづらくなるためコラボ中はしっかりしている。

 社会人経験があることも手伝って、がるる家では一番のしっかり者だったりする。

 配信は、ゲーム配信と雑談、視聴者とのプロレスが多めである。

 

 

 ファンネーム:大魔王の配下

 配信などの感想タグ:#大魔王の饗宴

 ファンアートタグ:#魔王極大美術館

 センシティブファンアートタグ:なし

 

 

 余談:B(何がとは言わない)

 

 

 名前:ラーフェ・キューバム

 

 年齢:26

 

 好きなもの:下ネタ、卑猥なこと、自由

 

 嫌いなもの:税金

 

 座右の銘:可能性の拡張

 

 

 がるる家三女、初配信からとんでもない下ネタをぶっこんで炎上した過去を持つ。

 配信中に下ネタや暴言などをいう、とんでもない配信が多い。

 社会人経験があることから割と裏ではまともだったりする。

 

 

 余談:C(何がとは言わない)

 

 ファンネーム:ラーフェラー

 配信などの感想タグ:#キューバムライブ

 ファンアートタグ:#ラーフェアート

 センシティブファンアートタグ:#ラーフェセンシティブ

 

 

 

 その他

 

 名前:氷室理佐

 

 年齢:30

 

 文乃専属メイドその一。

 三人の中でも最年長であり、リーダーでもある。

 働き始めてから、一年程度だが、今の待遇には満足しており、文乃が、しろが活動に専念できるようにサポートを出来るだけしたいと思っている。

 最近、咲綾のサポートも受けつつ切り抜き動画をアップしている。

 

 

 名前:雷土咲綾(さあや)

 

 年齢:26

 

 文乃専属メイドその二。

 可愛いものが好きなので、文乃や、しろのことも好き。

 Vtuber永眠しろのファンである。

 

 

 名前:火縄イア

 

 年齢:24

 

 文乃専属メイドその三。

 掃除が好きで、掃除に関しては誰よりも積極的に参加する。

 文乃の部屋を掃除するときはやたらと鼻息が荒いので、理佐に止められてしまった。

 メンタルケア担当として、しろさんの精神状態を不安に思っている。




次回から三章に入ります。

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第三章 Father company
プロローグ『重大告知』


 

 

 Vtuber、永眠(ながねむ)しろ。

 ASMRを中心に活動しているVtuberであり、一年と少し前からほとんど休みなく活動し続けている。

 加えて、自身の担当イラストレーターであるがるる・るるをはじめとした有名Vtuberとのコラボによって登録者数を順調に伸ばしている。

 すでに、登録者数は十万人近い。

 まあ、登録者数百万人を超えているVtuberさんとコラボしたりもしているので当然と言えば当然かもしれない。

 そして今日、しろさんはVtuberとしてまたしても、さらなる躍進を遂げようとしていた。

 

 ◇

 

 

『重大告知 ただし引退ではない』

 

 

 とある日の、永眠しろさんの配信タイトルである。

 「引退ではない」というあらかじめネガティブな可能性を潰しておくタイトルを見て、視聴者たちはいったい何だろうかと思った。

 新衣装だろうか。

 歌ってみた動画の発表だろうか。

 コラボ配信や、大型イベントの告知だろうか。

視聴者たちは、固唾をのんで見守っていた。

 そして、発表の内容は。

 

 

「というわけで、永眠しろ、初めての案件配信が来ました!」

 

 

 白髪のボブカット、緑と赤のオッドアイ。

 黒と白を基調とした、フリルをあちこちにあしらったブレザータイプの制服。

 夏服バージョンゆえに、隠すつもりのない胸部装甲が、本人の体の動きに合わせて顔とともにフリフリと揺れ動く。

 

 

 

【うおおおおおおおおおお!】

【初案件めでたい!】

【登録者数を考えると遅すぎる気もするけど、おめでとう!】

【しろちゃんも、すっかり売れっ子Vtuberになってる】

【楽しみ!】

 

 

 案件。

 今問題となっている事柄、対応しなければならない事柄あるいは、これから審議・調査・解決をしなければならない事柄ないし、訴訟事件のことを意味する。

 というのは、一般的な、辞書的な意味の話。

 Vtuberや、配信者にとっての案件の意味はいささか異なる。

 ここでの案件というのは、企業案件の略称であり、案件配信というのは企業からの依頼で配信をすることだ。

 企業が売り出したい商品を、Vtuberや配信者が宣伝する。

 そして、企業は広告収入とは別に、宣伝してくれたVtuberに宣伝費用を報酬として払う。

 つまるところ、広告収入など以上に安定した収入が見込める。

 案件配信を受けられるというのは、趣味としてのVtuberから、職業としてのそれに対するステップアップともいえる。

 なおかつ企業と関わっているということで、きちんと活動しているという対外的な信用を築くこともできる。

 ちなみに、配信するのではなくて動画をだしたりするパターンもある。

 

 

【それで、結局何の宣伝をするんですか?】

 

 

 コメントが、一つの疑問を提示する。

 今は、企業案件が決まったということだけで、具体的にどのような配信が行われているのかは視聴者には伝えられていない。

 どこの企業の、どんな商品を宣伝するのか。

 紹介する商品は、多岐にわたる。

 パソコンやソーシャルゲームなどの配信者と関係の深い商品から、食品や漫画まで本当にいろいろある。

 私が知る限り一番衝撃だったのは、アニメ化された漫画の案件で、Vtuberさんが実際に読んでその感想を述べるというものだった。

 作業をしている時、「そんな案件あるの?」と思った覚えがある。

 さて、では今回は何を宣伝すればいいのか。

 

 

「あー、それはちょっと待ってね」

 

 

 しろさんが、パソコンの画面を操作して、企業からもらった商品の情報を映し出す。

 そこに映っているのは、色とりどりの()だった。

 それらすべてが、蟲のような形をしていた。

 つやつやとしていて、一つ一つが虫をかたどった宝石のようだった。

 

 

早音製菓(・・・・)の新商品、『バグ・キャンディ』を永眠しろのチャンネルで咀嚼ASMR配信で宣伝させていただきます」

 

 

【ガタッ】

【案件でもASMR!】

【企業側も、しろちゃんのことよくわかってるよなあ】

【さすがASMR系Vtuber】

【早音製菓って、すごいところから仕事が来たんだね】

【楽しみにしてるし、しろちゃんが宣伝するなら絶対買う!】

 

 

 ◇

 

 

『配信、お疲れさまでした』

 

 

 もう何回かけたのかも覚えていないほどに、口にしてきた言葉。

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 文乃さんが返す言葉もまた、いつもと同じやり取り。

 彼女は、立ち上がって一つ伸びをする。

 文乃さんの細い体のラインと、分厚い胸部装甲が強調されて、些かどぎまぎしてしまう。

 季節は九月、残暑厳しいゆえに、文乃さんの格好はハーフパンツとタンクトップであり、色々と見えてしまうわけでして。

 後、ただの勘なんだけど文乃さん胸部装甲がより強化されている気がする。

 言及してしまうとセクハラになってしまうので、言うつもりはないのだけれど。

 

 

「どうかした?」

『いえ、何でもありません』

 

 

 文乃さんが、疑わしげな視線を向けてきたので慌ててごまかした。 

 まあ、あまりぶしつけな視線を向けるのはよろしくないからね。

 割と、文乃さんも真剣に嫌がってはいないような気もするけど。

 話題を変えておこうか。

 

 

『さて、告知した以上、あとはやり抜くだけですね』

「そうだねー。リハーサルとかもやらないといけないし。前日がいいかな?」

『それでいいと思いますよ。サンプルは、お願いすれば手に入るでしょうし』

「そうだね……」

 

 

 文乃さんは、ゲーミングチェアに腰掛けたまま、どこか遠い目をしていた。

 彼女の今の思考は、私にも感知しきれない。

 多くのことを考えすぎて、あまりにも複雑化しているから。

 信念、愛情、拒絶、嫌悪、困惑、期待など、多くの感情が複雑に捩れて絡まり、こじれているから。

 

 

 それは、今回の案件先に起因していた。

文乃さんの両親が統括している早音グループの一つに、早音製菓がある。

 どうして、早音製菓から案件が来たのか。

 それは、一週間ほど前に遡る。

 




三章、スタートです。


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第二話「父との会話」

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 早音家の食卓。

 普段、私が使うことは滅多にない。

 だいたい、メイドさんかコックの陸奥さんが部屋まで持ってきてくれるし、食べ終わると食器を持って帰ってくれる。

 大体生活のほぼすべてが自分の部屋で成立するようになってしまった。

 

 

 芸事もやらないしね。

 しいて言うなら、配信では使えるからと箏はまだやっているくらいだろうか。

 でも、茶道や華道もASMRに活用できるかもしれない。

 今度、『彼』と一緒にリハーサルをしようと思っている。

 閑話休題。

 食卓は、私以外の誰かと食事をするために使う。

 成瀬さんが一度だけ来た時も、ここは一緒に食事をするために使用されていた。

 

 

 そして今、食卓が本来の用途として使われていた。

 テーブルの上には、シミ一つ、皺ひとつ存在しないテーブルクロスが敷かれている。

 さらにその上には、磨き上げられた銀色のナイフとフォーク、なおかつ白い皿が置かれている。

 皿の上にある料理も、彩りよく、見た目だけで素晴らしいものだとわかる。

 普段、私一人の時とは気合の入り方が違うね。

 まあ、私がリクエストする料理がこういう格式ばったものじゃないというだけで、手抜きをしているわけじゃないんだけど。

 私の上座には、一人の男性が座っていた。

 高級そうなスーツがよく似合っている、壮年の男性。

 整った髪形、若々しい顔つき。

 娘の私から見ても、見た目はいいと思う。

 優秀なビジネスマン、という感じを受ける。

 

 

 ただし、中身はわからない。

 それは、何も中身が伴っていないぼんくらということではない。

 むしろ逆。

 中身が詰まりすぎていて、何を考えているのかまるで理解できない。

 

 

 『彼』の影響か、少しだけ他人の感情に敏感になっている。

 といっても、これまでできなかったことができるようになったという方が近い。

 氷室さんたちが、損得抜きに私を心配して、愛情を注いでくれていることが理解できた。

 成瀬さんが好意を持って接してくれていることも、私を挑発して焚きつけようとしていることも理解できた。

 いじめで心を閉ざしていた私に、『彼』がもたらしてくれたものの一つだ。

 

 

 けれど、父からは何も読み取れない(・・・・・・・)

 何も私に対して感じていないのか、あるいはビジネスの場で作り上げた仮面が分厚すぎるのか。

 にこやかな表情が、帰ってきてから一時間以上、一秒たりとも崩れない。

 あるいは『彼』でさえ、読み取れないのかもしれない。

 

 

「お久しぶりですね、お父様」

「ああ、久しぶりだね、文乃」

 

 

 余談だが、三人そろって会食をしたことは一度もない。

 元々、ずっと仕事人間だったので、父がこうして仕事を離れているあいだは、母がその穴埋めをやっているのだろうなと推測した。

 もちろん、想像でしかないのだけれど。

 けれど、両親に不満はない。

 むしろ、これまでまともに顔を合わせることもまれだったことを考えれば、彼らなりに気遣ってくれているのだろうということぐらいは分かる。

 大富豪と言っても差し支えないレベルの人たちだし、その気になれば仕事などしなくても一生遊んで暮らせるのだろうが、まあ二人にとっては仕事が生きがいなのかもしれない。

 

 私も、ある意味似たようなものだからね。

 

 

「そういえば、配信を観させてもらったよ。懺悔麻雀、面白かったね」

「ありがとうございます」

 

 

 父も母も、配信を観ているらしい。

 あと、氷室さんたちが観ていることも知っている。

 一般的に、実の家族や友人、知人に配信を観られたりすることは恥ずかしいものとされているらしい。

 マオ様が、おねえさんに配信を観られてしまい、それを嫌そうに愚痴っている切り抜きを見て知った。

 嫌がるマオ様は非常にかわいいが、正直私はその気持ちがあまりよくわからない。

 あるいは、どこかで家族に対して距離を感じているのだろうか。

 マオ様や、多くのVtuberと違い、家族を身近な存在と感じていないから、そんな考えになってしまうのだろうか。

 実際『彼』に配信を聞かれるのは、まだ恥ずかしいしね。

 もう、流石にだいぶ慣れたけど。

 ともあれ、両親と私の間の心の距離は非常に遠いのもまた事実である。

 しいて気になることがあるとすれば、私が耳を舐めたりするような配信などを、どんな気持ちで見ているのだろうかということだ。

 別にいいのだけれど。

 そもそも本当に見ているのかどうかもわからないし、考えない方がいいかもしれない。

 

 

「最近、学校はどうだい?楽しいかい」

「楽ではありますよ。外出も、二か月に一度で済んでいますから」

「進学は考えているのかい?」

「いいえ、全然」

 

 

 私は、大学や専門学校に行くつもりはなかった。

 成績は悪く、どのみち大していいところに行ける気はしない。

 つまり、進学する意味を感じていない。

 『彼』にさえも反対されていたが、そこは譲れない。

 そもそも私は、学校というものが大嫌いなのだからどうしようもない。

 

 

「つまり、このまま働くつもりだと?」

「はい」

 

 

 卒業後は、Vtuberとして働くつもりであった。

 チャンネル登録者数が増えて、既に採算がとれるところまで来ている。

 ただし、現時点ではまだカツカツだ。

 他の使用人はともかくとして、氷室さんたちの人件費まで考えるとギリギリになってしまう。

 というか、食費や生活費などを勘定に入れていない。

 サポート三人を養える体制にするためには、どうすればいいのだろうか。

 現状趣味ゆえに実家がサポートしているが、このままではだめだ。

 そもそも長期的に活動してもらうなら、給金を上げたりしなくてはならない。

 趣味の範囲でならうまく回っているが、仕事として考えるならまるで回っていないのだ。

 では、一体どうすればいいのか。

 その出口は、意外なところからもたらされた。

 

 

「文乃、一つ仕事をお願いしたいんだがいいかな?」

「はい?」

 

 

 驚きのあまり、私はぽとりとフォークを落としてしまった。

 一瞬、もう家業を継ぐつもりはない、と言いかけてそうではないことに気付く。

 仕事ということは、いわゆる案件配信のことだろう。

 Vtuber永眠しろに対して、企業が仕事を斡旋する。

 

 

「最近、子会社の一つが、どうやら配信者やVtuberに商品の宣伝をしてもらおうということになっているらしくてな。お前さえよければ、どうだ」

「宣伝する商品が、どういうものかわからないと回答できませんよ」

 

 

 なぜ、私はこんな言い方をしているのだろうと思った。

 いや、今はそれについて考えている必要はない。

 

 

「商品は、飴だな。実食して、その様子を配信してもらうことで宣伝するというものだ」

「飴、ですか」

 

 

 飴、キャンディ、宣伝。

 具体的なことを訊いた瞬間、私の頭は高速で動き始めた。

 まず私の、永眠しろの長所を生かすならASMR配信をしないという選択肢はない。

 咀嚼ASMRなら、飴とのシナジーもある。

 実写カメラを展開して、飴を映し出す。

 そして、飴を食べる音をASMRで流せばいい。

 気づけば、完全に案件配信をする前提でプランを組んでいた。

 それが、どういうわけか私には受け入れがたかった。

 

 

「少し、考えさせてください」

「ああ、そうしてもらって構わない」

 

 

 父は、朗らかな笑みを浮かべたままうなずいていた。

 私は、どうしようかなと思っていた。

 案件配信。

 案件を受けられるようになれば、むしろ今抱えている問題がすべて解決する。

 案件は、広告収入やスーパーチャット以上に安定した利益を得られる。

 そうすれば、実家の援助抜きにメイド三人を雇えるし、機材などもまかなえるようになるかもしれない。

 ただ、ためらってしまう理由もあった。

 実家にさらにサポートを受けることの申し訳なさ。

 何よりも、父親に対してどう向き合っていけばいいのかまるで分からないことが、私を悩ませていた。

 『彼』ならば、正しい答えを出せるのだろうか。

 




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第三話『保留』

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「……ということなのだけれど、どうしたらいいのかな?」

『ふむ』

 

 

 夕食に行ってくる、と言って戻ってきた文乃さんが部屋に戻ってきたらなぜか悩み事を抱えていた。

 どうやら、彼女の父親に仕事を受けないかと言われたらしい。

 さて、どうしたものだろうか。

 ぶっちゃけ、配信内容は悪くないと思う。

 飴をASMR配信で宣伝。

 永眠しろさんの活動内容を見れば、それがマッチしているということもわかる。

 きっと、父親は相当しろさんの配信を観ているんだろうな。

 しろさんのASMRとか観ているんだろうな。

 娘の耳舐め配信とか、どういう気持ちで聞いているんだろうね。

 いや別にいいんだけど。

 まず、何に悩んでいるのだろうか。

 

 

『条件とかは結構よさそうですね』

「まあね、報酬もいいし、正直新商品を配信で使わせてもらえるだなんて絶対に楽しいと思う」

『なるほど。じゃあ、何を悩んでいるんですか?』

「それは……」

 

 

 彼女は、条件的にはビジネス的には、また趣味的なことでも悩むところは一切ないらしい。

 つまり、感情的な理由で悩んでいるのだろう。

 家族の問題は、千差万別、十人十色。

 

 

 

「どう、説明したらいいのかわからなくて」

『大丈夫ですよ、いくらでも話してください。全部私が聞きますから』

 

 

 そのための私だから。彼女の赤心は、全部受け止める。

 そういう意思を示すと、彼女は納得したのかおずおずとうなずいた。

 

 

 

「まず、最初から話すと、あのね」

 

 

 文乃さんは、たどたどしく話し始める。

 私が相槌を打ちながら訊いた話を要約すると。

 まず、父親は感情を表に出さない人で、何を考えているのかよくわからない。

 目的がわからない以上、怖いとしか言えない。

 娘を利用しようとしているのでは、何か悪意があるのではないかと考えてしまう。

 

 

『ええと、まず聞いてください、しろさん』

「何かな?」

『お義父様……しろさんのお父様は、配信をしているところを見ているんですよね?』

「まあ、そうだね」

 

 

 しろさんから、聞いている情報によれば文乃さんの父親はしろさんの配信をいくつも見ているらしい。

しろさんの言葉によれば、嘘をついている、適当に話を合わせている感じではなさそうだ。

 あるいは、彼なりに娘に向き合おうとしているのかもしれない。

 

 

 おそらくだが、家族としては初めてのことなのではないだろうか。

 仕事、資産家としての業務はわからない。

 けれど、彼なりにどうにか距離をつめようと考えているのではあるまいか。

 だから、何も無理に遠ざける必要があるとは思えない。

 

 

 とりあえず、誤解は解いておかなくてはならない。

 

 

「利用しようとしているわけではないと思いますよ」

「そうなの?」

 

 

 資産家というのは、いるだけで一般庶民を傷つける。

 多くの罪のない庶民を、弱者を踏みにじってそれを足場に生活している。

 だがしかし、その残虐な行為はすべて無意識なのだ。

 意図的に、人を攻撃しようとする悪意から生じるものではない。

 人が歩いている時に、無意識に蟻を潰すように。

 あるいは反射的に目の前にある蚊を叩き潰すように。

 無意識かつ、無自覚に破壊や蹂躙が行われる。

 

 

 逆に言えば、彼らには悪意というものは薄い。

 こと、身内に対して利用してやろうとよこしまな感情を向けるとは考えにくい。

 きっと、彼なりに応援したい、あるいは歩み寄りたいだけなのだ。

 

 

『文乃さんは、どうしたいと思ってますか?』

 

 

 究極的には、彼女の意思こそが一番大事なのだから。

 

 

「そうだね、正直わからないんだ」

『わからない?』

「両親が、何を考えているのかがわからない。いや、わかってはいるんだよ」

 

 

 彼らなりに、文乃さんに歩み寄ろうとしているのだろう。

 彼らが、文乃さんに対して今までかなり厳しく接してきた。

 いくつもの習い事をやらせて、完璧であることを強いた。

 それが、正しいことなのかはわからない。

 少なくとも、文乃さんはご両親を信頼できていなかった。

 いじめが激化していた原因は、それだったのだと思われる。

 十年以上、一言も発さず、表情にも出さず。

 その壁は大きい。

 実際、彼らはそれが誤ちであると認め、方針を変えた。

 けれどきっと、文乃さんにとって両親というのは血が繋がっているだけの他人だったし、それは今も変わっていないのだ。

 だから、戸惑う。

 家族として接してくる彼らに対して、どう対応すればいいのかわからない。

 まるで別人のように見えてしまうから。

 

 

『嫌いなんですか?ご家族のこと』

「今の家族は嫌いじゃないよ。ただ、うーん、わからないんだ」

『なるほど』

 

 

 家族というのは難しい。

 私は、言葉で幾度となく文乃さんのメンタルを保ってきた。

 だが、今回ばかりは私の言葉一つでどうにかなるものではない。

 家族問題というのは呪いの一種だ。

 

 

『では、発想を変えてみるのはどうですか?』

「発想?」

『お父上として見るのではなく、仕事上の相手として考えてみては?』

 

 

 家族であり、仕事相手であると考えるから複雑になる。

 だから一旦、抱え込むよりはある程度割り切って受け流したほうが楽だよと、教えた。

 まあ、元社会人としてのアドバイスだね。

 

 

「それでいいの?」

『いいんですよ。あなたの心が、そう感じているのならそれが正しいんです』

 

 

 ご両親が反省している、改善した。

 それがどうした(・・・・・・・)

 重要なのは、文乃さんがどう思っているのかという一点のみ。

 今はまだ、距離がある他人として見れないなら、それでもいい。

 無理に距離を詰めようだなんて思う必要はない。

 

 

『そのうえで、私としては受けておいた方がいいとは思います』

「その理由は?」

『ひとつは、これが案件配信だということです』

 

 

 個人でやるのとは違う、企業に依頼されて行う案件配信を成功させれば、企業に認められた存在であるという信頼が手に入る。

 それが世界的な影響力を持つ早音グループであればなおのことだ。

 そして信用が手に入れば、まわりまわって永眠しろさんの夢の助けになりえる。

 

 

『もう一つは、保留にしたほうがいいと思うからです』

「保留?」

『最近優しくされていて、それに違和感を抱いている。なら、いったん保留にしてしまいましょう』

 

 

 もっと時間がたってから、改めて向き合ったとしても遅くはないはずだ。

 文乃さんにはまだ、これからの未来があるのだから。

 

 

「ありがとう」

『いいえ』

「君の意見は本当に面白いし、頼りになるよ」

『それはよかったです』

「わかった、受けてみるよ」

 

 

 この決断が正しいのかどうかはわからない。

 けれど、前に進んでいることに意味があると私は思う。

 進み続けられるのは、未来がある者の特権なのだから。

 

 

 

『ところで、今日はASMR配信でしたっけ』

「あ、うん。そうだね」

『じゃあ、ASMRのリハーサルやりましょうか』

「うん、それがいいね。今日は耳かきメインの予定だから色々試したいな。新しく買ったレース手袋を試したいんだよ」

『ほほう』

 

 

 話を切り替えるために、ASMR配信の話題を振ると、ぱあっと顔が明るくなった。

 うん、やっぱり文乃さんは好きなことについて話している時が一番楽しい。

 というか、レース手袋ですか。

 文乃さんが、見せてくれたのは黒くて薄い布を使ったレース手袋。

 まるで、下着のような見た目をしている。

 

 

 それはそれは、えっちではないのか。

 耳かきASMR配信は何度もやってもらっているのだが、やるたびにレベルアップしているし。

 さて、どうなるやら。

 

 

 ◇

 

 

 それから一時間の間、耳かきをされて脳みそがドロドロになってしまった。

 いやまあ、脳みそとかないんだけど。




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第四話『ナルキに相談』

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「いいじゃーん!それ!」

 

 

 ナルキさんが復帰してからというものの、成瀬さんと文乃さんは前以上に頻繁に話している。

 雨降って地固まるというべきか、随分と親密になっていた。

 リハーサルを終えて、二人は作業をしつつ通話をしていた。

 成瀬さんは配信のサムネイルを作り、文乃さんは課題をやっている。

 高三になって、去年よりは課題増えてるんだよね。

 まあ、当然かもしれないけど。 

 

 

「そ、そうですかね?」

「いやいや、親が案件くれるってなかなかないよ?最高じゃん?」

「い、一応話は通して見ましょうか?ナルキさんも案件受けられるように」

 

 

 ある意味、正直な反応を見せるナルキに困惑しつつも、しろさんは言葉を返す。

 まあ、実のところしろさんが早音文乃さんであるということ、つまり早音グループを取りまとめている早音家の一人娘であるということは当然ナルキさんも知っている。

 自宅に招いた際に、彼女はそれを言っていた。

 お互いの本名を明かしているのだから、バレるのは仕方がない。

 まして、この巨大な家だ。

 当然バレるだろう。

 

 

 文乃さんは、成瀬さんに案件を回してもらえるように頼もうか、と提案したのだ。

 単なる友人だから、関わりがあるからというだけではなく、彼女の実力や登録者数を見ていての発言でもあった。

 

 

「え、いやそういうつもりではないよ?」

 

 

 あわててナルキさんが訂正する。

 

 

「あれ?そうなんですか?」

「うん、別にわざわざそこまでして案件得ようとは思ってないよ?しろちゃんに負担がかかるだろうし」

『へえ……』

「あれ、先輩どうしたんですか?」

『いえ、意外だなあと』

「そうですか?」

 

 

 あくまでただの勘だが、以前のナルキさんなら強引にでも案件をねじ込んでいただろう。

 金への執着が、以前より薄らいでいる気がする。

 炎上したことで、彼女は路線を少し切り替えている。

 良くも悪くも、少しおとなしくなった。 

 

 

「私はわかるね。正直、成瀬さんのイメージから考えると違和感がぬぐえないから」

「待って待って、私のイメージ悪くない?」

「そ、それは、まあ、否定できないかと」

「一瞬否定しかけてやっぱり無理だってあきらめるのやめてもらっていいかなあ?」

 

 

「さてさて、何か相談があるのかな?」

「え?」

「え、じゃないよ。悩んでいるのはわかり切っているからさ、相談してみなよ」

『なぜ、文乃さんが悩んでいるとわかったんですか?』

「うーん、結構人の感情に敏感な人と一緒に仕事してきたから、かな?」

「ほうほう」

 

 

 なぜか、がっしりと文乃さんが私の首を掴んでいる。

 あれ、あの握る力強くないですか?

 彼女の白い指ががっちりと頭部をホールドしている。

 一応、機械じゃなくて表面の部分だから大丈夫だと思うけど。

 あのね、壊さないでくださいね。

 結局、この機体が壊れた時に、私の精神がどうなるのかはわからないんだよね。

 リビングアーマーとかは、宿っている鎧が壊れるともう動かなくなっているイメージがある。

 つまり、このダミーヘッドマイクが壊れてしまうと、もう私が機能しなくなる可能性が高い。

 実際に、やってみたわけじゃないから、未確定ではあるのだけれど。

 

 

『ふ、文乃さんちょっと』

「あ……。ごめん!」

 

 

 あわてて文乃さんは、手を離した。

 どうやら無意識にやっていたらしい。

 

 

「まあ、それは冗談だよ。むしろ、文乃ちゃんと一緒にいる時間が長かったから、かな」

「へ、へえそうなんですか」

「照れてるの?」

「悪いですか」

「いや、まあ、全然」

 

 

 

 うーん、なんだろう、この雰囲気は。

 私もしかして邪魔だったりするだろうか。

 

 

「案件というめでたいことがあったのに、テンション低すぎ!お姉さんに言ってみな!」

「ありがとうございます。じゃあ」

 

 

 文乃さんは、ぽつりぽつりと私に語ったことと同じ内容を話し始めた。

 

 

「文乃ちゃん」

 

 

 唐突に、ナルキさんがギャグのような明るい口調から、生真面目なものに切り替わる。

 

 

「家族と、修復不可能にまでなった身として、一応アドバイスをするよ」

「……!」

 

 

 私とは違った意味で、過程に問題を抱えていたナルキさん。

 不倫や暴力といったものとは違い、金銭トラブルで破綻した関係。

 ある意味、私より根が深いかもしれない。

 成瀬さんは私と違って、まだ解消されていないからね。

 

 

「まず、どんなことがあっても自分を大事にするということ。自分の体と心を最優先すること」

「はい」

 

 

 画面の向こうで、何故かナルキさんが私の方をちらりと見た気がした。

 多分、私が自分を大事にしていなかったこと、怒っているんだろうなと思った。

 文乃さんと彼女は和解したけど、私と成瀬さんが和解したかというとわからないしね。

 彼女を置いて行ってしまったことに対しては、謝ったところで解決するものでもない。

 あるいは、しろさんを守れというメッセージだろうか。

 

 

「二つ目は、気にしすぎないこと。家族は、あくまでも他者なんだよ」

「はい」

 

 

 彼女が、どのように家族と向き合ってきたのかはわからない。

 けれど、人間関係に依存し、執着する成瀬さんのことだ。

 きっと家族に対して関係を修復するために何かしらの行動をとったはずだ。

 あるいは、友人に対してもそうだったのかもしれない。

 そしてそのすべてが、失敗し、無に帰したのだ。

 あるいは、よりひどいことになったのか。

 

 

「そのうえで、しろちゃんが向き合いたいと思うのならばとことん進んだ方がいいとも思う」

「ふえ?」

「まあ、何か抱えきれないことがあったら私に相談してくれてもいいよ?些か頼りない部分もあるけどね」

 

 

 成瀬さんはどこか、自嘲的に笑った。

 

 

「あの、なんというか意外でした。もっと、反対されると思っていましたけど」

「うーん、まあ私の家族はうまくいかなかったからね。でも、君はまだどうにかできる可能性があるんだよね」

「そうかもしれません」

 

 

 実際、私や成瀬さんと文乃さんでは根本的に違う。

 マルチ商法のために、娘を食い物にしようとしてきた両親や、暴力を振るう父親には、確かに子供に対する悪意があった。

 だがきっと、早音家のご両親には悪意というものは全くないのだ。

 だからこそ、どちらに転ぶのかわからない。

 

 

 

「家で思い出したけど、文乃ちゃんは私以外とオフコラボとかしないの?がるる家の人とか」

 

 

 沈んだ空気を明るくしようとしたのか、成瀬さんが、話題を変える。

 確かに、現時点ではまだ成瀬さんとだけだ。

 

 

「いえ、やろうと思っている企画はあるんですよ。ただ、ちょっと難しくて。今日通話しているのは、その企画についても相談したくて」

「ほうほう、まあせっかくだし話して見なさいな」

 

 

 文乃さんは、少しだけ間をおいて一言呟いた。

 

 

「ASMRレッスン、という配信をやりたくて。がるる先生やマオ様のような、まだASMRをやったことがないVtuberさんに対して」

「あー、なるほどね」

 

 

 ナルキさんは、うなずく。

 そこにいたのは、ASMR系Vtuber、金野ナルキだった。

 

 

 

「成瀬さん、ASMRを教えるオフコラボとかなさってましたよね?」

「そうだねー。教え方、私にできる範囲で教えるよ。使うのは、文乃ちゃんの家だよね?」

「はい、正直ここ以外で教えられる自信がないですし。後、よほどのことがない限り(・・・・・・・・・・・)普段は外に出ようと思わないので」

「へえ、そうなんだね」

「「…………」」

 

 

 

 少しだけ、気まずくなってしまったようで、そのまま通話が終わった。

 文乃さんが少しだけ顔を赤くしていたが、成瀬さんも同じような表情をしているのだろうなと思う。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「だいぶ気持ちが楽になったよ」

『それは、良かったです』

 




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第五話『死神と魔王の吐息』

 

 文乃さんが成瀬さんに相談してから約一週間後。

 文乃さんは、案件の準備を進めていった。

 火縄さんと相談してスケジュールを決めつつ、氷室さんと相談して配信のレイアウトを考える。

 そしてお父上からサンプルをいただいたうえで、リハーサルも行った。

 だがしかし、文乃さんのやることはそれだけではない。

 普段のASMR配信や雑談配信はもちろん、リハーサルや雑談用のインプットなどやることは山積みである。

 そして今日は、文乃さんにとってもかなり大きな企画が動こうとしていた。

 

 

  ◇

 

 

「広すぎない?」

「そうですか?」

 

 

 山の上にある、一軒家というにはとてつもなく広い早音家。

 確かに、ドラマとかを見たりすると、この家くらいのサイズはお金持ちの家として紹介されたりもする。

 そうして、夜に人が寝静まった時点で誰かが一人死ぬということもあり得るわけだ。

 いや、先日みたサスペンスだね。

 グロ系が苦手中の苦手な文乃さんだが、意外と、サスペンスに対する忌避感はないらしい。

 海外のものはともかく、日本のものってそこまでグロくないと思うしね。

 

 少なくとも、実際に死体を見たことがある彼女からすればそこまで嫌な記憶を喚起されるものではないようだった。

 文乃さんは、私もいる自室で、ダミーヘッドマイクなどを見せながらもう一人の人物と話していた。

 しろさんより年上だろうか。

 二十代前半くらいに見える。

 つり目で、気が強そうな顔つきの女性だった。

 

 

 彼女の名前は、大間桜花(おおまおうか)

 人気Vtuber事務所『アナザーワールド・ワイドウェブ』に所属するVtuber、マオ・U・ダイの中の人である。

『アナザーワールド・ワイドウェブ』という事務所は、独特の世界観を持っていることで有名だ。

所属するVtuberが、全て異世界から来た魔族という設定であり、様々な魔族がいる。

それを取りまとめるリーダーにして、最古参のVtuberこそが、マオ・U・ダイである。

ゲームを通じた

今回の企画も、元々はマオ様が発案したものだし、スケジュール調整もほとんどやってもらっていた。

 何が言いたいのかと言えば。

 

 

「しっかりしてますよね、桜花さんって」

「どうしたの、藪から棒に」

「いや、例えばスケジューリングとかめちゃくちゃやってくれてるじゃないですか」

「あー、まあ事務所の後輩のスケジューリングとかしてた時期もあったしね。最近はスタッフも増えたからやらなくて済んでるんだけど」

「ええ……」

 

 

 そんな彼女だが、ASMRをやったことがない。

 彼女は、あまり個人で配信するタイプではない。

 『アナザーワールド・ワイドウェブ』のリーダーとして、コラボ配信が主体である。

 そのことから、ソロ配信自体の需要が低く、どうしてもソロになってしまうASMRをすることがなかった。

 ダミーヘッドマイクのような、特殊な機材を用いる必要があることも一因である。

 文乃さんが、早音家のバックアップを受けているせいで忘れがちだけどASMRって結構ハードルが高い気がする。

 専用の機材を用意するだけで、百万くらい普通にかかってしまう。

 まあ、ちゃんとしたLive2Dを作ろうとするだけで、普通に何十万とかかってしまうので、Vtuber自体がハードルやコストが高いと言えるかもしれない。

 

「今日はよろしくね」

「いえ、私の方こそよろしくお願いします。というか、嫌じゃないですか?なんというか半ば強引に引っ張りこんだ感じがしますけど」

 

 

 確かに、もとはと言えばしろさんが凸待ちで強引に誘ったのがきっかけだったしね。

 というかアーカイブすら残っていないのだし、うやむやになってもおかしくないと思ったが、普通に成立した。

 逆に、どうして受けてくれているのかが気になるな。

 凸待ちとか、しろさんが炎上して後のやり取りとかでいい人なのはわかっていたんだけど。

 普通に心配のメッセージを配信終わった直後に送ってきたからね。

 

 

「いや、私としても挑戦してみたいな、とは思ってたからね。ASMR配信をしているしろさんに教えてもらえるならありがたいよ」

「そういってもらえると救われますね」

「それにーー」

「それに?」

「いや、何でもない。打ち合わせしよう」

「そうですね!」

 

 

 二人はそのまま、文乃さんの部屋で打ち合わせを始めた。

 完全に蚊帳の外だった。

 いや、仕方ないんだけどね。

 マオ様とは会話できないし。

 

 

 ◇

 

 

 時刻は夜の九時。

 機材のセッティングが終わり、おおよそのリハーサルも済んだ。

 いやまあ、文乃さんが「はじめてのリアクションが欲しい」といってあんまりがっつりリハーサルはさせなかったんだけど。

 

 

「こんばんながねむぅ。永眠しろです。今日は、ASMR配信をやっていくんですけど、ゲストの方がね、隣に居ます」

【きちゃ!】

【一体誰なんだ?】

【サムネイルに書いてあるんだよなあ】

「今日は、ASMRオフコラボなんですけどね、コラボ相手の方が実は一度もASMR配信をやったことがないということで、ASMRのやり方を私の家でお教えしつつASMRに興味を持ってもらおうという企画ですよ」

「しょ、諸君、わが名はマオ・U・ダイである。今日は、初めてのASMR配信をやろうと思いまして、こうしてしろちゃんにお世話になっております」

 

 

 一つのダミーヘッドマイクをはさんでしろさんの立ち絵の隣に居るのは、黒い双角と長い髪を頭に乗せた幼女。

 傲岸不遜といった態度と裏腹に、可愛らしい見た目をしている。

 この見た目とキャラクターと、なおかつ中身のギャップこそが彼女が人気である理由だ。

 文乃さんもどちらかと言えばかわいい系だが、マオ様は彼女よりもさらに幼く、かわいさとクソガキ感に振り切れている印象だね。

 ゲーム配信などは、視聴者たちとプロレスしつつ視聴者たちが楽しめるような空間を作っている。

 

 

【噛んでるの可愛い】

【いつもより大人しくて笑う】

【猫被ってて草】

「おいおいおいおい、貴様ら、随分と我のことを見くびってくれるじゃあないか。誰が猫被ってるって?」

「マオ様、今日私の家に来てからずっとガッチガチでかわいかったですけどね」

「おいやめろ」

 

 

【草】

【リークされてるの面白い】

【まあ、マオ様割とネット弁慶だし】

 

 

 配信開始早々、何故かプロレスが始まっている。

 これ大丈夫だよな?

 しろさんなら大丈夫か。

 

 

「いやあのねえ、家がでかすぎるんよ。うちの事務所よりでかいんだけど」

「そうなんですか?」

 

 

【事務所ってスタジオ込みだよな。ヤバくね?】

【怖すぎるだろ】

【冥界って土地の値段やすいんかな()】

【そりゃ萎縮しちゃうわ】

 

 

「あれ、リスナーの皆さんも怖がっちゃってますね」

「というか、今日本当にASMRやるわけ?このダミーヘッドマイクっていうの、触っても大丈夫?」

 

 

 そう、もうすでにASMRは始まっている。

 お二人の間にいる私の介して、二人の作り出した振動が視聴者の耳にすべて伝わっている。

 

「ええと、まずはマオ様、もう少し近づいてください」

「ええ、結構近くない?」

 

 

 二人の顔と、耳の距離は現在三十センチほど。

 私が、本物の人間であればかなり近いと言えるはずだ。

 だが、私は人間ではない。ただのマイクだ。

 そして今やっているのは、通常の会話ではなくASMR配信だ。

 しろさんは、ずいと顔を寄せる。 

 唇が耳に触れるようなほどまで、息が鼓膜に届くような距離で。

 

 

「このくらいですかね」

 

 

 背筋がぞくぞくした。

 何度も耳元で聞いている声なのに、脳が、体が、心が痺れる。

 

 

「ええ、こ、こんなに近いの?」

 

 

 マオ様は、一瞬動揺した様子を見せた。

 が、そこは流石にプロ。

 

 

「わかったよ。……これでいいか?」

 

 

 耳元まで、しろさんと同じくらいの距離までぐいと詰めてきた。

 左耳に、長い髪と吐息がかかる。

 両方の耳元で囁かれているという事実にドキドキする。

 それは視聴者も同じなようで。

 

 

【ウオオオオオオオオオオオ!】

【ガチ恋距離助かる】

【マオ様やっぱりいい声だよね】

【もうこの状態で喋ってもらうだけでもいいんですけどね】

 

 

 マオ様の声は、しろさんよりもなお高い。

 しかしながら、決して不快な声ではない。

 両方の耳を、ロリ二人に囲われる。

 ここが天国かと、私は考えた。

 

 




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第六話『死神と魔王の耳かき』

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「ええと、このままの距離で声をかけていればいいの?」

「うーん、ちょっとだけ距離を話してみましょうか。こんな風に」

 

 

 そういいながら、文乃さんは少しだけ距離を話す。

 そして、油断したところで、また距離を詰める。

 

 

「こうして、角度を変えるのもありだよ」

 

 

 しろさんが首を、体を動かすことで様々な角度から囁き声を送り込んでくる。

 外耳道のすぐそばや、耳たぶ、あるいは耳の上などから囁いてくる。

 右耳側はしろさん一人のはずなのに、たくさんの人が囁いてくるかのように感じられる。

 右耳がハーレム状態だよ。

 左はそうでもないんだけど。

 

 

「わ、本当だ。すご、みんなの眼には見えないかもしれないけど、すごい顔の角度とか変えてるじゃん」

 

 

 いつの間にか少しだけ距離を取ったマオ様がしろさんの観察をしながらほめたたえている。

 マオ様は、今日は教わりたいという企画なので一歩引いてしろさんが何をしているのかを見なくてはならない。

 

 

「じゃあ、次は耳ふーっ、やってみましょうか。こんなふうに、ふうーっ」

『んんんんんんンんん!』

 

 

 おっと、思わず声が出てしまった。

 視聴者も同じ感想なようで。

 

 

【気持ちいい】

【最高】

 

 

「じゃあ、マオ様もやってもらってもいいですか?」

「オッケー。じゃあやっていくわ」

 

 

 少し砕けた口調で、マオ様が耳元まで口を寄せる。

 

 

「すうっ」

 

 

 彼女が、息を吸い込む。

 そして、吐き出す。

 

 

「ぶふうっ!」

「ん?」

 

 

 あれっ?

 視聴者も、私も、ついでにしろさんも固まった。

 

 

【うん?】

【草】

【暴風雨やん】

【エイムあってないよ】

 

 

 まるで、違う。

 しろさんの耳ふーが春のそよ風とすれば、今マオ様がやってのけたのは冬に吹きすさぶ木枯らしや、あるいは夏に襲来する台風といったところか。

 風の吹く場所が、わずかに耳を外れているのが不幸中の幸いだ。

 もし直撃したら、災害になっていただろうから。

 

 

 しかし、改めて思ったが、ASMRというのは初心者がやると、そうなるんだな。

 初めてリハーサルをやってもらった時点で、しろさんはめちゃくちゃうまかったし、癒された。

 とはいえ、それは独学とはいえ半年もの間、文乃さんが練習をしてきたからにすぎない。

 

 

 半年、というのは言葉にしてしまえば短いが、時間で言えば長い。

 ブラック企業だと、結構な人が半年持たずに辞めたり潰れたりする。

 

 

 来る日も来る日も、きっと文乃さんは練習を重ねたはずだ。

 文乃さんから、私が来るまでも他のマイクで練習してきたと聞いている。

 さらに私と出会って、もう一年以上。

 彼女はほとんど毎日休むことなくASMRの練習を続けてきた。

 それゆえの、技巧。

 

 

 はじめてASMRをしたときは、しろさんもきっと今のマオ様みたいな感じだったんだろうね。

 そう思うと、なんだか感慨深いものがある。

 元々しろさんは、興味を持ったことに対しての吸収力は尋常じゃないからね。

 

 

「ちょっと待ってエイムがあってないって言われてるんだけど」

「マオ様、ゲームのエイムはうまいんですけどね。吹き込む感じじゃなくて、もっと弱くでいいと思いますよ」

「えっ、そうなんだ。やってみるわ、ふうぅー」

 

 

 今度は、うまくいった。

 やられている時は、気づかなかったけど。

 耳ふーって強く吹いているわけじゃないんだよね。

 むしろ、騒音にならないように極限まで力を加減している。

 あと、耳ふーって口を絞って圧縮するのではないみたいだね。

 耳は―に比べれば、かなり口が閉じているようだが、ある程度は開いている。

 イメージは人の心を凍てつかせる北風ではなく、熱の衣で人を包む太陽と言ったところか。

 

 

「じゃあ、お次は耳は―だね。これは、口を大きく開けて、口全体で耳を覆うくらいのイメージだよ」

 

 

 そういって、しろさんは、口をぱっくりと開き、本当に耳を包み込んだ。

 耳と口、感覚器官が直接触れ合っている今の状況は、どうしようもないほどに淫靡であると、私は思った。

 

 

「はあああーっ」

『「ふわあああああああああああああああ」』

 

 

 心をドロドロに溶かして融かすような熱のこもった吐息が、右耳を通して脳に流れ込んでくる。

 

 

「というわけで、マオ様もやってみてもらってもいいですか?」

「わ、わかった」

 

 

 マオ様は、小さな口を精いっぱい開いて、私の耳をぱっくりと包み込む。

 しろさんも、マオ様の様子を伺いつつ、右耳をくわえ込む。

 そして、同時に息を吐き出した。

 

 

「「はあああああーっ」」

『んんんんんんんんんんんんんん!』

 

 

 温風に、両耳が同時に侵食されて、つい声を出してしまった。

 しろさんが全く集中を切らせていないのが不幸中の幸いである。

 というかもう慣れっこなのかもしれない。

 マオ様が私の声聞こえなくて本当に良かったと思う。

 

 

【ああああああああああああああ! ¥8000】

【耳が溶けちゃう】

【まさかの両耳は―はヤバすぎる】

 

 

「マオ様、視聴者さんたち、すごく喜んでるよ」

「んえ?そ、そっかあ、頑張った甲斐があったなあ」

「マオ様めちゃくちゃうまいですね、センスの塊ですよ」

「そ、そう?まあ我、天才だからね」

 

 

 

 ふふん、と鼻を鳴らしながら、顔を真っ赤にして目を逸らすマオ様。

 しろさんは、そんな彼女にニコニコと、微笑ましいものを見る目を向けていた。

 

 

 

【照れてるマオ様かわいい】

【ASMRだけじゃなくててぇてぇも味わえるなんて、最高じゃないか】

 

 

 妹は本心から、姉の上達の早さを喜び。

 姉は、そんな妹と、視聴者からの評価が嬉しくて。

 結論。

 がるる家は、今日も温かいです。

 

 

 ◇

 

 

 しろさんは、足元に置いてあった耳かきを取り上げた。

 今日の配信は囁き、耳かき、そしてマッサージの三部構成となっている。

 時間的にも、習得度的にもそろそろ耳かきに移行していいと判断したようだ。

 

 

「次は耳かきをやっていこうかな、まずは私からお手本を見せていくね」

 

 

 しろさんが、竹の耳かきを私の右耳にいれる。

 

 

「かりかりかりかり、こうやって擬音、オノマトペをやりながら耳かきをするといいんですよ―」

「おおおおおおう」

『ふおおおおおお』

【草】

【マオ様も限界化してて草】

 

 

 余談だけど、今回はどのように聞こえているかを本人が理解するために、マオ様もイヤホンをしている。

 なので、耳を介して癒しの波動が流れ込んでくるわけで。

 それは声も出ようというものだ。

 仕方がないだろう。

 うん、どうしようもない。

 むしろ、ASMR配信中であることに配慮して大声を出さなかっただけ、素晴らしいと言えるのではないだろうか。

 というか声を抑えたせいで若干センシティブだったようなような気がする。

 いや、これ以上考えるのはよそうかな、しろさんが怖い。

 

 

「マオ様もやってみてください」

「う、うん。わかった。かりかりかり、かりかりかり」

 

 

 しろさんが、自分が使っているのとは別の耳かきを手渡す。

 マオ様は、おずおずと受け取って、耳かきをゆっくりと左耳の穴に差し込んでいく。

 左耳からも、オノマトペとともにかりかりという健康的な音が聞こえてくる。

 手つきにぎこちなさがみられるが、心地よさを楽しむのに問題はないだろう。

 

 

「耳かきをしている時は、くすぐったくないですか?とか逆に気持ちいいですか?みたいなコミュニケーションを取っていくのもおすすめだよ」

「あー、なるほど」

【こうして色々聞いていくと、普段いろいろ工夫してくれてるってことがよくわかる】

【実はしろちゃんのASMR聴くの今日が初めてだったんだけど、他のアーカイブも聞いてみようかな】

 

 

 コメントでも書かれているけど、作品を作っている人たちが裏でどんな工夫をしているのかっていうのは見過ごされがちだからね。

 なので、何もできない管理職がのさばって現場の人たちが損ばかりしたりするわけで。

 閑話休題。

 努力の跡を、見てくれる人がいるのはいいことだよね。

 

 

 

 しろさんは、耳かきを足元に置く。

 マオ様も、それに習う。

 

 

「じゃあ、お次はマッサージやりましょうか」

「よーし、やってやろうじゃないの」

 

 

 いよいよ、ASMR講座が佳境へと入ろうとしていた。

 





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第七話『死神と魔王の愛撫』

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 マッサージと言っても、ASMRのマッサージは多岐にわたる。

 限られた時間の中でそれを全て教えることはできないし、初心者であるマオ様に無理やり詰め込むこともきっと間違っている。

 だから、しろさんは今回タッピングと肩もみにとどめている。

 実際にはオイルマッサージやヘッドスパロールプレイなど、色々あるのだがちょっと複雑すぎるから、としろさんは言っていたしマオ様も同意している。

 

 

「じゃあ、まずはマオ様、私がやるところを見てもらってもいいですか?」

「うん、いいよー」

 

 

 少し離れて文乃さんを見ることができる位置に、つまり私の正面にマオ様は移動していた。

 そうして、しろさんも私の頭の後ろまで移動する。

 

 

「はーい、じゃあはじめますよ。とんとんとん、とんとんとん」

【あー、最高】

【癒されるわあ】

 

 

 いつも通り、癒しを与える彼女の指先が自在に動く。

 指ではじくだけの振動が、どうしてここまで心地よいのだろうか。

 

 

「じゃあ、マオ様もやってみてください」

「りょ、了解です」

「あちこちいろんな場所をとんとんって叩くのがコツです」

「オッケー、なるほどね」

 

 

 マオ様もまた、タッピングを始める。

 とんとん、とんとん、と両耳に振動が伝わる。

 しろさんほどの精度ではないが、それでも確かに癒される。

 

 

 リハーサルの時もうっすら思ってはいたが、やっぱり、マオ様今までやっていなかったけど才能があるんじゃないか?

 

 

「じゃあ、今度は肩叩いていきましょうか」

「お、今度も交代する感じ?」

「いいえ、まず私がお手本を見せましょう。その後に、一緒にやってもらってもいいですか?」

「わかったよ」

 

 

 しろさんは、私の首の下、肩の辺りに自分の左腕を横向きに突き出した。

 ちょうど、私の方があるはずの場所としろさんの左腕の位置が重なっている。

 

 

 ASMRとは、虚構でもある。

 耳舐めをしているからと言って、本当にマイクの耳を舐めているとは限らない。

 しろさんの直に舐める方式とは別に、音を立てるタイプの人もいる。

 むしろ、しろさんの方が少数派だ。

 だから、肩たたきと言っても本当に肩を叩くのではなく腕を肩に見立てて音を立てる。

 彼女の細い、しかして肉の程よくついた腕を右拳がとん、とん、とんと叩く。

 

 

「マオ様も、一緒にやりましょう」

「うん、わかった。とんとん、とんとん、とんとん」

「お、いいリズムですねとんとんとん、とんとんとん」

 

 

 マオ様も腕を突き出して叩き始めた。

 

 

【最高 ¥3939】

【おじいちゃんと孫みたいな気分になる】

【ほんわかしてきた】

 

 

 視聴者も静的なものとは別の意味で癒されたようだ。

 私も二人に肩たたきされるのは初めてで幸せな気分だよ。

 

 

 ◇

 

 

 

「お疲れさまでした、これで今日の講座は終わりですけど、どうでしたか、マオ様」

「いやー、慣れないことばかりで疲れた。もう今日は風呂入ってさっさと寝たい」

「じゃあ、せっかくですし、い、一緒に入ります?」

「いや顔真っ赤にして言われてもこっちは逆に冷めちゃうんだけど」

「何でですか?」

 

 

 そんな冗談を言いつつも、配信は終幕へと向かっていった。

 

「まあ、せっかく教わったことですし、メン限でASMRやりますか」

「お、いいですね。時間的にいい感じなので、ここで終わりにしましょうか」

「了解」

「じゃあ、皆さんもおやすみなさい」

「おやすみなさい」

 

 

【お休み】

【いい配信だった、また見たいな】

【メン限でやってくれるだけ感謝】

 

 

 

 ASMR講座という新企画は、こうして成功に終わった。

 

 

 ◇

 

 

「お疲れさまでした、桜花さん」

「ありがと、文乃ちゃん。いやもう、マジで疲れたよ、楽しかったけどさ」

 

 

 配信が終わった直後、文乃さんと桜花さんはへたりこんだ。

 何しろ、彼女はここまで一時間以上人生で初めての挑戦を行っていた。

 消耗するのは当然だ。

 また、文乃さんも人にものを教えるという慣れないことをしたせいで、かなり疲労している。

 二人とも、ふかふかの絨毯に座り込んでいる。

 

 

「そういえば、一つ訊いてもいいですか?」

「何?」

「あの、ASMRコラボをしてくれた理由です、もう一つ何か理由があったのでは?」

「あー、そのことかあ」

 

 

 コラボをする前に、マオ様が言いかけていた。

 ASMRに挑戦したかったこと。

 それも配信者として、あるいはエンターテイナーとして立派な理由だろう。

 ただ、それが全部ではないだろうと思う。

 多分、あの場で言わなかったことを考えると個人的なものだった気がする。

 まあ、ただの勘だが。

 

 

「笑わないでくれよ?」

「笑いません」

「しろちゃんに会ってみたかったから」

「…………ふえ?」

 

 

 しろさんの顔が、トマトになる。

 

 

「や、そういう反応されるのもそれはそれでやりづらいんですけど」

 

 

 横目でしろさんの顔色を窺いつつ、桜花さんも顔をゆっくりと赤らめていく。

 配信者の間での用語として、裏と表というのがある。

 配信に乗っている状況を表、そうでない時間を裏と定義している。

 裏でのやり取りが配信上でのちに明かされることもあるため完全オフというわけではないのだろうが、それにしても裏でもこういうやり取りをしてくるとは。

 ASMRとはまた違うドキドキがあるね。

 てぇてぇが過ぎませんか?

 

 

「別に、変な意味ではないのよ。がるる家で直接会ったことがないの、しろちゃんだけだったから、どんな子なんだろうって気になったってだけ」

「ああ、そうですよね」

 

 

 しろさんが、真顔に戻る。

 そういえば、しろさんがデビューする前にがるる家全員でオフコラボをするという配信があったんだよな。

 もしかすると、がるる家でまたオフコラボをやる予定があるのかもしれない。

 私が把握していない以上、やるとしてもまだ先の話だろうが。

 

 

「ちなみにですけど、今の印象ってどんな感じですか?」

「うーん、そうだねえ。結構まともかなって感じ。がるる家だと一番まともじゃないかな?」

「そうなんですか?」

「がるる先生は言わずもがなだし、ラーフェは下ネタしか言わないし、羽多さんも、プライベートは結構抜けてるからね」

「ご苦労様です」

「わかってくれて、嬉しいよ」

 

 

 これもしかして、結構な頻度で彼女がまとめ役のようなことをしていたんじゃないだろうか。

 まとめ役、というか折衝的なポジションって大変だよね。

 成果はないのに、責任だけ増えるし。

 

 

「まあ、あとは本当のお嬢様でびっくりしたよ」

「そんなにですけどね」

「いやすさまじいよ、このあたり一帯全部しろちゃんの家なんでしょ?」

 

 

 早音家は四方を数多の山に囲まれている。

 そしてその山脈全てが早音家の所有物である。

 山奥には、複数の工場もある。

 こんな感じで、早音家の資産は日本全国そこかしこにあるらしい。

 とんでもない話ではないだろうか。

 

 

「そういえば、がるる家の方とお会いしたのははじめてですね」

「そうなんだ、がるる先生とも会ったことないの?」

「いえ、そのうちどこかのタイミングでASMR講座配信をやるつもりですよ」

「あ、そうなんだね」

 

 

 がるる先生、大丈夫かな。

 配信を観ていると結構不器用なイメージがあるんだけど。

 うっかり私を壊したりしないでほしいね。

 

 

「大丈夫なのかね、がるる先生ちょっとイラスト以外は全然ダメなところあるから」

「確かに、リハーサルはあっちのマイクで試したほうがいいのかもしれませんね」

 

 

 ちらり、と文乃さんが自室にあったもう一台の(・・・・・)ダミーヘッドマイクにめをやる。

 そちらには、何もない。

 意識もなく、声を出すこともない、ごく普通のダミーヘッドマイク。

 練習用として、たまに文乃さんが使うこともあるマイク。

 確かに、抜けているところのあるがるる先生相手なら、リハーサルはこっちでいいのかもしれない。

 本番は、まあしろさんが私じゃないと気合入らないらしいので難しいけど。

 

 

「マオ様、もう一つ訊いてもいいですか?」

「何かな?」

「マオ様は、どうしてVtuberをされてるんですか?」

「ほう、結構深いことを訊いてくるね」

「あ、いえ、話したくなかったら申し訳ありません」

「いやいやそういうわけじゃないんだよ、ただしろちゃんみたいに深くて誇れるような理由があるわけじゃないからさ」

 

 

 文乃さんは、配信でもたびたび自身が活動を始めた理由を話している。

 流石に、私の話まではしていないが、元々孤立していたことや、配信、ASMRの力で人を癒したいと思って活動していることは雑談で幾度となく話している。

 それをどこかでマオ様は聞いていたのだろう。

 

 

「別に、活動理由に貴賤はないと思いますけど」

 

 

 文乃さんは真顔でマジレスした。

 まあ「金」と回答した人が二人位いるからね。

 そこまであけすけすぎる人がいる以上、どんなことを言われても不快にはならないだろう。

 

 

「そっか。まあ簡単に言うと、まともじゃなかったからかなあ」

「はい?」

「嫌なことを言ってしまうけどね、Vtuberになって、活動を続けて成功しちゃう人たちってのはどこか頭のねじが外れているんだ」

 

 

 マオ様は、そんなことを語り始めた。




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第八話『次女と四女』

 

 早音家の浴室は、広い。

 一人で入りながらも、私は内心で「これ二、三人入っても余裕だな」とは思っていた。

 だが、これまでは一緒に入る相手などほとんどいなかった。

 母親は滅多に帰ってこないし、かといって使用人である氷室さんたちを誘うのは憚られた。

 学校の同級生たちとは、そういう機会はなかった。

 家族をもっと芸事をしたいという口実で説得し、修学旅行といった泊まる類の行事は全部欠席していた。

 学校でも酷かったのに、泊りの行事となれば何をされるかわからなかったから。

 ましてや精密機械である『彼』は論外。

 

 

 なので、一緒に入れる相手などまずいなかった。

 要するに、私にとって誰かと一緒にお風呂に入るということは私にしてみればレアイベント、いやそんなちゃちなものではない。

 金色などいったちゃちなものでは決してない。

 虹色のスーパーレアである。

 ちなみに、ナルキさんとは一緒に寝たことがあったものの、混浴はしていない。

 何しろ、そもそも混浴という発想自体がなかったんだよね。

 閑話休題。

 

 

「このお風呂めちゃくちゃ広いね、いつもここに入っているの?」

「ええ、はい」

「私の家の風呂、狭いしユニットバスだから体感さらに狭く感じるんだよね」

「そうなんですね」

 

 

 私は、今マオ様と――桜花さんと混浴している。

 なぜなのか、と自分でも思う。

 はっきりとは覚えていないのだが、話の流れで何故かそうなってしまった。

 私としても、別に嫌ではないしね。

 友達と一緒にお風呂入るなんて、最高じゃない。

 

 

 

「しろちゃんってさあ、でかいよね」

「そ、そうですかね?」 

 

 

 じっと、桜花さんは私の胸部を見つめてくる。

 なんだかじっと見られると、同性とはいえ恥ずかしい。

 タオル一枚つけていないので、しっかりと見られてしまうわけで。

 何とか、話題を変えておきたい。

 『彼』にチラチラ見られるのとはまた別種の恥ずかしさがある。

 『彼』に見られるのも、満更でもないのだけど。

 

 

「そういえば、お風呂に入る前に行ったのはどういう意味なんですか?」

「あー、私が元々社会人だったのは知ってる?」

「ええ、まあ」

 

 

 Vtuberという生き物はリアルの全てを赤裸々に晒すわけではない。

 それは自分の身の安全を守るためであり、同時にファンのためでもある。

 いわゆる「中の人」について知りたくないと考えるファンは多い。

 ただ、ファンというのは難しいことに推しの詳細を知りたがる側面も持っている。

 なのでキャラクターを崩さない程度にリアルの話をぼかしつつ話すのが最も好ましいと言える。

 私で言えば冥界から出ていない、と言っておりいわゆる引きこもり状態であることや、学校で居場所がなかったこと、あるいは現在まともに学校に行っていないことを示唆している。

 まあ、別に私の場合はあんまり真に受けている視聴者が少ないんだけど。

 みんな私のこと大学生から社会人だと思ってるっぽい。

 

 

 

 マオ様も、魔界で働いていた過去があるが今は退職している、と言った形で社会人経験があったということを配信で話していた。

 

 

「どうして、会社を辞めたんです?」

 

 

 会社を辞めた理由は、表ではぼかされていた。

 配信上ではいわれていない。

 おそらくここで言っているということは、踏み込んでもいいのかなと判断して私は質問した。

 

 

「別に、大した理由があったわけではないよ。単に、疲れちゃってね?」

「ブラック企業ということでしょうか?」

 

 

 『彼』がいた企業のように、本当に悪条件な職場も多いと聞いている。

 そういうことなのだろうか。

 

 

「いいや、むしろ私がいたのは比較的ホワイトな職場だったよ」

「じゃあ、なんで?」

「耐えられなくなって、ね」

「耐えられない?」

「毎日毎日、会社に行って、やりたくもないことをずっと続けるのが、ただただ耐えられなかったんだ」

 

 

 大間さんは浴槽にもたれかかり、体勢を崩した。

 ばちゃり、と水面に波紋が広がる。

 彼女の横顔には、どこか自嘲の色があった。

 自分で自分を貶めるほどではないと思うのだが。

 

 

「それは、少しだけわかるような気がします」

「ありがとう。でも、私は私が弱かったからこうなったと思っている」

「じゃあ、後悔してます?今のことを」

「いいや、そうじゃないんだ」

 

 

 改めて、私の方に向き直り桜花さんは真っすぐに見つめてくる。

 

 

「Vtuberになろうとしたことも、プロジェクトを立ち上げようと思ったことも、事務所を大きくするために動いてきたことも、全部後悔はない」

「それはよかったです」

「ただねえ、同時に思うんだよ。Vtuberじゃなくて、真っ当な仕事を続けられていたらどうなっていたんだろうって」

 

 

 Vtuberも真っ当な仕事であると言おうと思ったが、やめておいた。

 そんなことを、彼女が理解していないはずがないから。

 確かに、Vtuberという仕事は不安定だ。

 加えて、大っぴらに人前でいえる職業でもない。

 中の人を前面に出せないというVtuberの特色上、大っぴらに明かせない。

 また、Vtuberを辞めて後に他の職業に転職する際には履歴書に経歴として書くこともできない。

 私は、そういったことを気にする必要はない。

 極論、お金に困っていないし、現時点で仕事としてというよりも趣味、あるいは自己実現としてVtuber活動をしている。

 だが、大間さんのように完全に仕事としてやっている人からすれば特に不安定な職業に映るのだろう。

 お風呂に入る前に、「Vtuberになる人は、どこか頭のねじが外れている」と評していた。

 それは、リスキーな道を歩むことに適していた、あるいは歩まざるを得ない自分を顧みての言葉なのかもしれない。

 私はどうだろう。

 成瀬さんにも指摘されたことだが、私の金銭感覚は大きくずれている。

 そもそも、私は物を自分で買うことが滅多にない。

 欲しいものを言えば、それが問題ないと判定されれば与えられ、不適切と思われればもらえない。

 いずれにしても、私が自分の金銭を消費するということはない。

 

 

「しろちゃんは、どうしてVtuberになろうと思ったの?まだ高校生なんだよね?」

「ええと」

 

 

「大間さんに言うのもなんですが、私の家はお金持ちです」

「うん、知ってる」

「なので、働く必要がありません。つまり、私は趣味としてVtuber活動をしているんです」

「あー、そっかしろちゃん個人勢だもんね。だから活動が趣味から始まっているのか」

 

 

 納得しているのか、うんうんと、うなずく。

 上気した顔は、童顔でありながらとても綺麗だった。

 

 

「私の声で、手で、傷ついた人を癒すことが私の目的です」

「しろちゃんはすごいね、私は何というか」

 

 

 この人には、私が高尚な存在であるかのように見えているのかもしれない。

 あるいは、彼女には自分がつまらない人間に見えているのかもしれない。

 けれど。

 

 

「そんなことはないです、違いなんて、ないんですよ」

「そう思う?」

 

 

 

 じっと見つめられて、考えをまとめていた。

 

 

「ASMRは、多くの人を癒すことができます。でも、完璧じゃない。いくら手を伸ばしても私一人では限界があるんです」

「限界?」

「ASMRというのは、日々の疲れをいやすためのものです、だから人は最高のものじゃなくて最適なものを見ようと考えるんです」

「最、適?」

「例えば、声質です。私の声が好みだと言ってくださる方は多くいます。でも、マオ様みたいにより幼い声や、羽多さんにみたいな大人びた声が好きだという人だっているんです」

「あと、シチュエーションとか内容も配信者によって、あるいは視聴者によって違ってくるんです」

 

 

 例えば、私は本当に耳舐めから金属音まで幅広くやっているが、そうでもない人の方が多い。

 声を入れない環境音などに特化したチャンネルや、シチュエーションボイスやロールプレイといった演技力に秀でたチャンネル、あるいはナルキさんみたいにセンシティブに特化したチャンネルなど得手不得手がある。

 また、視聴者にも当然一人一人好みというものがある。

 私とて、出来る限り多くの人を癒せるようにバリエーションを増やしているが、それにも限界はある。

 例えば、男性が行う女性向けの所謂イケボASMR配信や、そもそもVtuber活動から大きく逸脱してしまう実写配信などはできていない。

 後者はともかく、前者は私のスペック上不可能なのだ。

 

 

 でも、それでいい。

 私が精いっぱい手を伸ばして、伸ばし続けて。

 それでも救えない人は、他の誰かが守ればいい。

 

 

「より多くの人を癒すには、たくさんの人がASMRをすることが必要だと思っているんです」

「それは、君の理想だよね、別に私が高尚になるわけでもないというか」

「それは違います!」

 

 

 ばしゃり、と腕をお湯にたたきつける。

 お湯が飛び散ってこぼれた。

 

 

「Vtuberっていうのは多様なんです、色々な人がいて様々なことをして」

「う、うん」

「ASMRに限らず、誰かの活動で救われてる人がいるなら、それはマオ様に、私に、その人にしかできていないということなんです」

 

 

 傷ついた時。

 苦しくて、何もかも嫌になった時。

 誰かが支えてくれるだけで、人は救われる。

 私は、そういう存在に、「見えざる癒し手」になりたいと思っていた。

 でも、全ての人にとっての癒しが私である必要はない。

 必死で手を伸ばしても、届かない人はいる。

 私のことを知らない人も、私のことが嫌いな人だってどうしようもなく、必ず存在する。

 

 

「きっと、意思とか目的に間違いなんてないんです、大事なことは、その上で何をしたか、何をもたらしたかだと思います」

「そうか。君は、救える人を増やすためにと考えて、今日はこういう企画をしたんだね」

「あはは、それだけじゃないですけどね。マオ様に会いたいという感情とか、あとマオ様とコラボすることで喜んでくださっている方々もいますから」

「そっかあ、ハハッ。それはわかるなあ」

 

 

 

 彼女は、入浴してからはじめて笑った。

 

 

「私も、ASMRやるよ」

「あのさ、今日教わったこと以外にも何かコツとかあったら教えてもらえる?」

「はい、いいですよ」

 

 

 

 その後、お風呂から上がってから寝るまでに、私と桜花さんは色々と話した。




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第九話『ロリとは成長するもの』

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「ふーむ、マオちゃんがそんなこと言っていたわけですか」

「ええ、そうなんですよ」

 

 

 マオ様としろさんがオフコラボしてから二日後。

 私と文乃さんがいる部屋には、マオ様ではない方が一人いた。

 文乃さんより、桜花さんよりも小さい。

 身長は百三十センチくらいではないだろうか。

 黒い髪を腰まで伸ばしており、二次元のロリがそのまま画面から出てきたような風貌だ。

 というか、髪色などを除けばほぼすべてVtuberのアバターそっくりであり、自分自身を元に作ったのだろうなとわかる。

 ロリ、どころかペドに片足を突っ込んでいるように見えるが、彼女はロリではなく成人女性であり、母親(ママ)である。

 彼女の名前は、がるる・るる。

 永眠しろさんを、がるる家のVtuberを作り出した張本人である。

 

 

「あの子、真面目だからナ、色々考えちゃうんだよナ。そこがいいところなんだけド」

 

 

 がるる先生は飄々としている。

 多分だけど、この人はあんまり深く考えることをしていないんだろうな。

 だからこそ、しろさんは生まれたんだろうな、とも思う。

 慎重な絵師であれば、断るような案件だろうから。

 

 

「がるる先生、あんまり深く考えてなさそうですもんね」

「なん、だト?」

 

 

 ショックを受けたような顔をしているが、残念ながら当然である。

 

 

「さて、じゃあリハーサルをやっておきましょうか」

 

 

 

 今日の夜、がるる・るる先生としろさんはASMR講座配信を行う。

 その前に、マオ様同様にリハーサルをするつもりだった。

 

 

「そこ、ちょっと気になっていたんだけド」

「何ですか?」

「なんというかサ、初見でやる企画なのにリハーサルするのかって思ってネ。リアクションとかも大事だろうシ」

「あ、そういうことですね」

 

 

 初見、あるいは初挑戦というワードは強い。

 視聴者たちは、全く事前情報や経験がない状態での配信者のリアクションを期待して見に行く。

 そこで、初見のリアクションを取れなければファンとしては興ざめだろう。

 だから、新作のゲームをやる配信者はあえて事前情報などをほとんど完全にシャットアウトしていたりするらしい。

 しろさんは逆にそういうの出来ないからね。

 情報とか調べたくなっちゃうタイプだし、ついでに言うとあんまりゲーム配信自体やろうとしない。

 むしろ裏でゲームをして、それについて雑談配信をするほうが多い気がする。

 あと、壺のゲームでこりてるっていうのもあるんだろうなと思う。

 閑話休題。

 しろさんは、リハーサルをやろうとする意図を説明した。

 

 

「リハーサルをわざわざやるのは、最低限のスタートラインに立つためです」

「ああ、鼓膜破壊しないようにってことかナ」

 

 

 音量の調節ができなければ、視聴者の鼓膜は破壊される。

 そもそも、視聴者としては配信者の囁き声一つ聞き逃すまいとASMRを聞いているあいだにはボリュームを上げていることが多い。

 その状態で、例えば大声を出してしまうと、本当にトラウマになりかねないのだ。

 マオ様相手にリハーサルを行ったのはそういう理由である。

 だが、がるる先生相手では少しだけ事情が異なる。

 

 

「いえ、少し違います。機械を壊さないようにするためですよ」

「ン?」

 

 

 がるる先生、首を九十度横向きにかしげる。

 

 

「がるる先生って、抜けているところがあるじゃないですか」

 

「まあ、そうだよね」

 

 

 がるる先生もまた同意する。

 実際、ゲームのプレイスキルが低いのもそうだが、色々と会話をしていると本当に抜けていることが多くて。

 それこそ、投資に全財産をつぎ込んでしまうというのが一番の例である。

 

 

「つまり、私がダミーヘッドマイクを壊しかねない、と判断したということ?」

「はい、そうです」

「そうなんダ!」

 

 

 彼女は、驚いていた。

 いや、仕方がないだろう。

 本当にやりそうだし。

 

 

「本番で、使うのはこちらのダミーヘッドマイクです」

 

 

 そういって、文乃さんが私の方に手を向ける。

 私は、現在普段しろさんが使っている机の上に置かれている。

 

 

「そして、こっちが今からリハーサルに使う奴です」

 

 

 文乃さんが、指さしたのはもう一つのダミーヘッドマイク。

 私と、見た目としての違いはさほどない。

 値段とか音質にもそこまで差はないらしい。

 最大の違いは、私の魂が入っているのか否か。

 そして、文乃さんのモチベーションが上がるか否か、らしい。

 自分で言うのは少し恥ずかしいな。

 ともあれ、文乃さんにとって、私以外のダミーヘッドマイクはすべて練習台に過ぎないようだ。

 完全所見のがるる先生に使うあたり、本当に彼女は私でなければ最悪壊れてもいいと考えているのだろう。

 

 

「一応、壊さないように頑張りまス」

「そうしてください。百万円くらいするので」

「ヒッ」

 

 

 がるるせんせいがびくりと身を震わせた。

 あれ、もうがる虐始まってます?

 

 

「今は配信はついていませんが、お互いにヘッドホンでどのように聞こえるか理解できる状態です」

「ああ、そうみたいだね」

「じゃあ、一度やってみましょうか」

「よ、よろしくお願いします!」

 

 

 がるる先生、初手で豪快に叫びました。

 

 

「先生?まじめにやってますか?」

「え、あれ、何か変なことやったかナ?」

「音量が大きすぎます。囁く声で、もっとボリュームを落としてください」

「え、あ、ごめン」

 

 

 がるる先生は、それから何度か試して耳元で囁けるようになったようだ。

 これ、本当に大丈夫だろうか。

 まあ、機械を壊してしまうようなことはなさそうだったが。

 

 

 ◇

 

 

「こんなんで、配信できるのかなア」

 

 

 しろさんの部屋にて、運ばれてきた軽食を取りながらがるる先生はこぼした。

 

 

「それは大丈夫ですよ、あくまでもうまくできる必要なんてないですから」

「まあそれはそうだけどネ、ここまで酷いとは思ってなかったからなア」

 

 

「うーん、成長っていうのも一つのコンテンツですからね」

「成長?」

 

 

 しろさんはU-TUBE上では最初からうまかったが、逆にマオ様やがるる先生には彼女にはできないコンテンツをやってほしいとしろさんは望んでいた。

 つまり、回数を重ねることによってどんどんうまくなっていくというのを視聴者に楽しんでもらおうというわけだ。

 そんな彼女の考えを説明すると、がるる先生は少しだけ嬉しそうな顔をした。

 

 

「そっか、懐かしいナ」

「懐かしい?」

「イラストレーターに私がなったのは、中学生の時だったんだよね」

『「中学生?」』

「全然珍しいことじゃないよ、保護者の同意とかは必要だったりもするけど、中学生とか高校生で漫画の賞をとるとかはざらにあるし」

『「ええ……」』

 

 

 私は、漫画家やイラストレーター、小説家といったクリエイターたちのことは何も知らない。

 同時に、彼女の金銭感覚が異様である理由も理解できた。

 中学生から、売れっ子イラストレーターとしての道を歩んできたのであれば、まともな金銭感覚を持つことはできないだろう。

 今も、二十代の人間とは思えないほど稼いでいるわけだし。

 

 

「絵を描き始めたのは、いつ頃だったんですか?」

「わからなイ」

「わからない?」

「物心ついた時には、もう描いてたんだよ」

『「ええ……」』

 

 

 人が覚えている記憶は三歳以降の記憶だけらしい。

 であれば、そのタイミングでもう描いていたのだろうか。

 

 

「お父さんが、褒めてくれてネ。キャラクターの絵とか、お父さんやお母さんの絵を描いたりしてね、それが楽しくて嬉しかったんダ」

「そうだったんですか」

『…………』

 

 

 褒めてくれて、嬉しい。

 そうだったなと思い出した。

最初は、ただそれ(・・)が嬉しかったんだった。

それがすべての始まりだったんだな。

 がるる先生にとっても、文乃さんにとっても。

 そして、私にとっても。

 

 

「小さいときは、もちろん下手でさ、でもそこからどんどん描いて腕を磨いていったんだ。そういう昔のことを思い出しタ」

「確かに、私も最初はASMR全然できなかったですからね、滑舌もよくなかったですし」

「じゃあ、私もうまくできるようになるかナ」

「ええ、できますよ」

 

 

 文乃さんも、がるる先生も顔を見合わせて笑った。

 やっぱりてぇてぇが過ぎませんかね。

 

 

 ◇

 

 

 その日の夜、しろさんとがるる先生はASMR配信を行った。

 がるる先生はマオ様や、ましてやしろさんには遠く及ばない。

 けれど、一生懸命やっていることは視聴者さんにも伝わっていた。

 がるる先生のこれからに期待するコメントがあふれていたのだった。

 




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第十話『バグ・イーティング』

 

 ASMR講座配信を行ったり、マオ様と文乃さんが混浴したり、はたまた文乃さんとがるる・るる先生がとある重要な仕事(・・・・・)について話し合ったり。

 重要な仕事については、ナルキさんやそれ以外の人も巻き込んだプロジェクトだ。

 私も、何度か文乃さんに頼まれて相談に乗っていた。

 いずれ、配信される時が来るはずだ。

 閑話休題。

 それから一週間ほどたって、案件配信の日がやってきたのだ。

 

 

『案件配信やっていきましょうか』

「そうだね……」

『緊張していますか?』

「結構してるね、何しろ案件は、は、初めてだもん」

 

 

 声が震えている。

 だが、緊張はそこまで酷くない。

 少なくとも、これまでの配信と比べればという話だ。

 初配信や、初コラボ配信、一周年記念配信と比べるとそこまででもない。

 咀嚼ASMR自体は何度かやっていたし、慣れがあるのかもしれない。

 違うのは、食べるのがバグ・キャンディという名の虫の形を模した飴であるということ。

 そしてもう一つは、これが案件配信であるということ。

 実際のところ、しろさんは案件を受けたい、わけではない。

 どちらかと言えば、案件を受けることで信用を得る、つまり足場を固めることがしろさんの目的だ。

 

 

「こんばんながねむー。今日は人生初、案件配信やっていきます」

【きちゃ!】

【死神だから人じゃないんだよなあ】

【『バグ・キャンディ』好きだから助かる】

【待って、これお手々写ってる!】

 

 

「はい、改めて配信の流れを説明していきますね」

 

 

 今回の配信は、ただしろさんのLive2Dが写っているだけではない。

 しろさんの手元が写っている。 

 しろさんは、黒い手袋をつけた状態で、手に色とりどりの飴を持っている。

 普段タッピングなどをしている細い指が、細やかにかつ滑らかに動いているのが視聴者にも見える。 

 まずは、しろさんが案件の詳細を説明する。

 紹介する商品は、早音製菓の新商品、『バグ・キャンディ』。

 虫をかたどっているが、絶妙にデフォルメされており可愛らしいデザインをしている。

 口に入れるのには抵抗を覚えないようなデザインになっている。

 サイズも、当然食べられないようなレベルではない、普通にコンビニで売っているキャンディのサイズ。

 

 

「これを、実際に食べて、感想を言いつつ、宣伝していくというASMR配信になっております。良かったら、概要欄に貼ってあるリンクから飛んでもらって、購入していただけると非常に嬉しいです」

 

 

【買います!】

【今出先だけど、後で買おうかな】

【指細いな】

【飴のサイズと手袋の種類がわかれば指の長さと太さ特定できないかな?】

【しろちゃんの指、すごい綺麗だよハアハア がるる・るる】

【何人か危険人物混じってて草】

 

 

 

 最初にしろさんが手に取ったのは、テントウムシのような見た目をしたイチゴ味のキャンディ。

 それをつまんだ状態で、良く見えるように映してから口元に運ぶ。

 

 

「う、ん、コロッカロッ」

 

 

 口に飴を含むと軽快な音が響く。

 飴玉が、唾液で濡れた舌によって口内を動き、歯とぶつかって軽快な音を立てる。

 しろさんの歯も、舌も見たことがある私自身としては具体的な動きまでが想像できてしまう。

 あの舌で、何度も直に舐められているのだ。

 どうしてもこう、ね。

 色々と余計なことを考えてしまうというか。

 ある程度以上に興奮が高ぶってしまうと、今の私は自然に声が出てしまう。

 なので、心を静めることを意識する。

 普段なら声を出してもいいかなとも思うんだけど、今日は咀嚼ASMRだ。

 万一、私のせいでASMR中に口内を怪我してしまったら取り返しがつかないことになる。

 

 

【あー癒される】

【イチゴの香りがする】

【もうぽちったわ】

【甘いな、みんな。俺は現在進行形で食っている】

【何、だと!】

 

 

 案件告知してから一週間以上がたっているからもう買っている人もいるかもしれない。

 

 

「じゃあ、次はスパイダーを食べるね。これ綺麗だよねー」

 

 

 そういって、しろさんが取り出したのはレモン味のキャンディーだ。

 クモの巣を象った黄色の薄い飴を、口元へと運ぶ。

 パキリ、という小気味よい音を立てて綺麗に生えそろった前歯がクモの巣をへし折る。

 そして、その一部を口内でぱきぱきと砕いていく。

 楽しそうだね。

 個人的には、レモン味のキャンディーが結構好きだった。

 まあ一番好きなのはハッカ味だったけどね。

 辛いものとかもそうだけど、刺激が強いものが好きだったんだよね。

 ちなみに、味覚も痛覚も失っているので酸味も辛みもわからない。

 いやでも、どうだろう。

 スースーする感覚は、もしかしたら感じられたりするのかな?

 今度試してもらおうかな。

 いや、今はそんなことに関わっている余裕はない。

 しろさんは、続いて残ったクモの巣もパキパキと砕いていた。

 今迄の私の記憶と比較的近いものは、パインアメだろうか。

 あれよりも薄いけどね。

 

 

「うん、おいしいね。スッキリした爽やかなレモンの味だね」

 

 

 完全に噛み砕いて、飲み込んだレモン味キャンディーへの感想をそうやって締めくくった。

 

 

「じゃあ、お次はメロンのバッタ型だね。メロン味のキャンディって食べたことないなあ」

 

 

 お次はうまいこと、ショウリョウバッタをデフォルメした飴だった。

 なんというか、ここまで可愛らしいデザインになるんだね。

 わざわざ実写で手元を写すだけのことはある。

 虫であることはわかるのに、虫特有の気持ち悪さが微塵もない。

 しろさんが、わざわざVtuberとしてのタブーを侵し、実写で手元を写しているのは飴の優れた見た目を魅せるためだろう。

 

 

「うん!おいひいね!今までに食べたことない優しくて、まろやかな味だよ。これが大人の味ってやつなのかな?」

【メロンは確かに食べたことないかもなあ】

【好きだなあ、しろちゃんのコメント】

【食レポうまくね?】

【メロンが大人の味は微笑ましいな】

 

 

 コメント欄も食レポを純粋に楽しんでいた。

 この配信は飴の宣伝をするのが目的。

 ただ、しろさんはそんなことを意識していないかのように、あるいは意識しないようにと振舞っているのか、純粋に楽しんでいるようだ。

 そして私も、視聴者もそんな彼女を見て楽しんでいた。

 こうやって、純粋に楽しんでいるところを見て、購買意欲をしろさんのファンが掻き立てられる、というのが案件配信である。

 

 

 

「ではでは、今度はカブトムシにしよう」

 

 

 しろさんが、選んだのはカブトムシを象った茶色い飴。

 確か、コーラ味だったか。

 しろさんは、口に入れる。

 そして、わかりやすく顔を歪める。

 

 

「うーん、コーラ味ってこんな風にシュワシュワしているんだね。炭酸が入ってるのかな?」

 

 

 どこか、難しい顔と声色をしながら、コーラ飴についての感想を述べていく。

 苦虫をかみつぶしたような顔をして、バリバリと飴を噛み砕く音を響かせる。

 これはこれで爽快だ。

 

 

「ちょっと、あんまり、あれかもしれないですね。すうーっ、好みが分かれる可能性があるかもしれませんね、はい」

【あっ】

【あんまり炭酸飴好きじゃなかったか】

【まああの刺激が苦手っていうのはわかる】

 

 

 炭酸ねえ、苦手な人は苦手だよね。

 私は特に嫌いではない。

 就職してからは、あるいは高校に入学したあたりからは結構飲んでいた気もする。

 好きというほどではないけど、辛いものとか刺激物はそれなりに好きだった。

 今思えば、ストレスが強かったんだろうな。

 実家、あるいは職場がストレスのもとだったが。

 小学生のころは、別にそんなストレスなかったんだけどね。

 ――ははは、まだお前には炭酸早かったかな。

 ――まあ父さんもあまり炭酸は得意じゃないけどな。

 ――ビールもそんなにたくさん飲めないし。

 嫌な記憶が、蘇った。

 頭を振って、実際には振れないが振ったつもりになって、意識の外に記憶を追い出す。

 今は、今この瞬間だけに集中したい。

 

 

 その後も、しろさんは次々と飴を紹介していった。

 オオムラサキをモチーフにしたブドウ飴、クワガタ虫のような形をしたオレンジ飴、あるいはシロアリに似たミルク飴。

 それら一つ一つを味わいながら、丁寧に舐める音と歯が飴に当たる音を響かせる。

 ころころ、かろかろ、という音が耳に響く。

 やがて、全ての『バグ・キャンディ』を食べ終わり。

 

 

【お疲れさまでした!】

【買います!】

 

 

 案件配信は成功に終わったのだった。




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第十一話「次なる案件」

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「案件、よくやってくれたね」

 

 

 案件配信を終えた翌日。

 私と、父親は一緒に食事をとっていた。

 元々仕事人間で、滅多に家に帰ってこなかった父だが、最近は週に一度くらいの頻度で帰ってくる。

 私が自殺未遂をするまでは、月に一度帰ってくればいい方だったからこれでもかなり改善されてはいる。

 かなり引継ぎとかに腐心したと思われる。

 ちなみに、母も大体同じくらいのペースで帰ってくる。

 ただ、片方が家にいるときはもう片方が穴を埋めているらしく、家族三人がそろうという状況はまれだ。

 

 

「ええ、何とかなりましたよ」

「配信後、売り上げはかなり伸びていたよ。文乃に任せた甲斐があった」

「ありがとうございます」

 

 

 『彼』に言われたアドバイスを思い返す。

 家族として向き合う必要はないと。

 私の心の準備ができるまでは、仕事としての距離間でもいいのだとも。

 であれば、その方針に乗っ取ろうと考える。

 

 

「お父様、一つ訊いてもよろしいでしょうか」

「なんだい」

「今回の案件は、成功に終わったと言えますか」

「もちろんだとも、このグラフを見てくれ」

 

 

 そういって、父はタブレットをどこかから取り出した。

 そこには、売り上げと配信の関係性を示すグラフがあった。

 私の、永眠しろのチャンネルは登録者数十万に達している。

 同時接続数も、四桁に達するのは珍しくはない。

 改めて、もうかなり永眠しろというVtuberの影響力が大きくなっているということを自覚できる。

 あくまでも、私一人のおかげではないのだけれど。

 

 

「では今後とも、案件などを回していただけるということでよろしいのでしょうか」

「ああ、君が良ければ構わない。案件を今後は定期的に回そう。可能であると思うものだけ、受けてくれればいい」

「ありがとうございます」

「現時点で、私に出来ることはあるかな?」

「そう思ってくださるだけで、十分です」

 

 

 完全に父の意向には添えていないのだろうなと自覚しつつも、私はまだ心を開ききれていない。

 きっと、かつての記憶がまだ自分の中にあるからだろう。

 冷たい目。

 自分を、父の後継になるべくそれにふさわしい人間に育てようとする圧。

 思い出すだけで、背筋が凍ってしまう。

 母も同じだった。

 きっと、それがどうしようもなく怖いから、私はまだ心を開けない。

 ASMRには様々なものがある。

 いかなる案件であろうとも、私が積み上げてきたことを信じるだけだ。

 

 

「ちなみに、次回の案件は何の案件ですか?」

「ふむ、一番可能性があるのはパソコンの案件だな。実際にパソコンを配信で使ってもらって、使用感などを宣伝してもらうことになる」

「なるほど」

 

 

 頭の中で、どうやって宣伝をするのかというプランが組みあがっていく。

 それを父に話しながら、食卓では穏やかな時間を過ごした。

 

 

 ◇

 

 

 パソコンについて考えていたが、私だけでどうにかなることではないということに食事を終えてから気づいた。

 雷土さんを呼びに、メイドさんたちの作業場まで行くと、何やら氷室さんが何事か話している。

 はっきりとは聞こえないが、語気が強いってことはわかる。

 通話が切れたところで、彼女は私に気付いたようだった。

 

 

「お嬢様、どうかなさいましたか」

「ちょっとね、氷室さん、どうかした?」

「いえ、何でもありませんよ」

「何でもないってことはないでしょ?もしかしてまたあいつ?」

 

 

 一つだけ心当たりがあった。

 私の今の生活で、唯一と言ってもいい懸念点。

 私が背負わなくてはならない、面倒なしがらみ。

 

 

「お気づきでしたか」

「まあね」

「この際、交渉は他のものに任せてよいかと思いますが。いえ、本来であれば交渉する余地すらない相手(・・)です。潰せばいい」

「ありがとう。心配してくれて。でも、任せてほしい」

「……承知しました」

 

 

 氷室さんたちは優しい。

 私を本心から気遣っている。

 そして、きっといらぬことをしているとも思っているのだろう。

 私にとって、大切な存在であっても、その大切な存在の近しい人まで配慮する余裕はない。

 それが私の本来の考え方だ。

 あるいは、こう考えるのは私が血のつながった家族に対して情がほとんどないからなのかもしれない。

 けれど、この件だけはどうしても私の手で解決したい。

 間違っているのは、私の方なのだろうか。

 であれば、私はどうすべきなのだろうか。

 例の件が、私を悩ませているのには、もう一つ理由がある。

 この件は、私が解決しなくてはならないということ。

 つまり、『彼』には頼れないということだ。

 本来なら『彼』が一番の適任なのだけれど、だからこそ頼れない(・・・・)

 だが、頼ろうとしなくても結果的に頼ってしまえば同じこと。

 『彼』の勘を欺くのは不可能だ。

 どれだけ隠していようと、悩み事があれば彼は検知してしまう。

 だから、私はそれに対しての解答を用意していた。

 悩みを気取られるのであれば、見つけにくい程に悩みを増やせばいい。

 色々と考えた末に、私はひとつのアイデアを出した。

 

 

 ◇

 

 

『新しいASMRに挑戦したい、ですか』

「う、うん。コラボも多かったけど、この際またさらにソロで幅を広げたくてね」

『確かに、マンネリ化するのもよくないですもんね』

 

 

 ASMR講座は好評だったが、正直やっていること自体はがるる先生の時と、マオ様の時の二人で大差がない。

 麻雀コラボも、会話の内容は違うものの、やっていることは同じだからね。

 マンネリ化を嫌うことはわかっている。

 それに、しろさんが時折何かに挑戦することで、全く違うファン層を取り込んできた実績もある。

 合理的にも心情的にも、反対する理由がない。

 ただ、彼女の会話にどこか引っかかる。

 まるで、何かをごまかそうとしているような。

 

 

 

『何かあったら、私か雷土さんたちに相談してくださいね』

「うん、もちろん相談するよ」

 

 

 ……ああ、これはたぶんメイドさん達には共有しているな。

 その上で私には言えない、となると女性由来の悩みの可能性もある。

 改めて思うことだが、悩みや情報を共有できるのが私だけでなくてよかったと思う。

 この一年で、しろさんが、文乃さんがそれだけ成長してきたということだろう。

 だから、きっとまだ問題はないはずだ。

 本当にどうしようもなくなったと感じたら、私も介入しよう。

 何ができるのかはわからないけど。

 

 

『……それで、最初は何をするんですか?』

 

 

 どうも、文乃さんには複数の案があるように見える。

 まあ、ただの勘なのだが。

 だから、まずはどんな企画を持ってくるのか。

 

 

「そうだねえ、まずはキーボードタッピングASMR,そしておみ足ASMRにしようかな」

『何ですって?』

 

 

 何だその背徳的、じゃないとんでもないタイトルは。

 




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第十二話『おみ足リハーサル』

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 おみ足ASMRというのが一体全体何かと言えば、文字通り足が主体のASMRである。

 通常のASMRであれば、手や口から出す音がメインとなっている。

 だが、おみ足ASMRは違う。

 足から出す音をメインにしたASMRだ。

 両足を耳元につけたり、あるいは頭を踏んだり、両足をこすり合わせることによって音をだしたりする。

 足、というのはある種、フェチズムの極致だ。

 手や顔のように、表に出るようなものでは決してない。

 かといって、胸やお尻のように徹底して隠されているものでもない。

 しかしだからこそ、足にフェチズムを見出すものを後を絶たない。

 

 

 私は、特別足が好きというわけではないのだが、しかしてしろさんの柔らかそうな太腿で挟まれたいとか、小さな足で踏んでほしいという願望はある。

 客観的に見てもそういう需要があることは明らかだ。

 決して、私個人の願望などではない。

 ないったらない。

 

 

『なるほど、文乃さんとしてはおみ足ASMRがやりたいと』

「おみ足ASMRとタイピングASMRね。君、半分聞き流してない?」

『あ、すみません』

「まあ、いいけど」

 

 

 ジト目になりながらも、文乃さんは話しを続けた。

 

 

「まず、君にとってはあんまり関心がなさそうな方から話しを進めようかな。タイピングASMRをすることになった経緯も含めてね」

 

 

 ジト目のまま、文乃さんは話し始めた。

 そういう試み、くらいに思っていたのだが聞いてみるとちゃんとした理由があった。

 案件が成功し、さらにその結果として別の案件をもらえたこと。

 そうして、パソコンの宣伝をするために、パソコンのキーボードのタイピング配信をするつもりであるということ。

 

 

 

『キーボードのタイピングだけで配信をするんですか?』

「普通に企画もののASMRならそれでもいいんだろうけどね、パソコンの宣伝を含んでいる以上はそれはないかな。ちゃんと囁き声で話しつつ、宣伝するよ」

『というか、ASMRで宣伝するんですね』

 パソコンの宣伝、というとなんとなくゲームなどで遊んでスペックなどを主観的体験として伝えているイメージがある。

「まあ、普段私のことを見てくれている視聴者の皆さんに見ていただくことが一番大事だからね。いつも通りやるさ」

 

 

 とはいえ、文乃さんもゲームをする予定ではあるらしい。

 タッピングをしつつ、以前やっていたゲームASMRも並行して行うという今までにないASMR配信を予定しているようだった。

 こうやって会話をしてみると、文乃さんの成長を実感するな。

 自分で自分の長所を把握すること、そして何をすればいいのか考えること。

 そういった技術の精度が比べ物にならないくらい向上している。

 元々は、私がかなりアドバイスをしていたことだ。

 だがしかし、彼女はこの一年半の経験と、なおかつナルキさんのような配信者たちとのかかわりを経て随分と成長していった。

 そんな彼女の成長が寂しいのか、嬉しいのか、私には自分でもよくわからなかった。

 

 

『それで、おみ足ASMR配信というのはどうするんですか?』

「……随分とおみ足ASMRに興味津々なんだね」

『い、いえそんなことはありません』

「本当は?」

『嘘です、興味しかありません』

 

 

 嘘を認めて謝ることにした。

 文乃さんがジト目になりながら、詳細を話していく。

 基本的に、太腿に私をはさんだ体勢で行うつもりだということ。

 タイツやオイルなども使うということ。

 

 

 私は、しろさんの足を普段見ることはあまりない。

 彼女が机に向かっている時は、角度の関係で上半身しか見えないことが多い。

 見えるとしたらベッドの上に彼女がいる時だが、当然大抵文乃さんは布団をかぶっているわけでして。

 もちろん夏などはふくらはぎくらいは見えるが、太腿までは見えないのだ。

 

 

『美しい……』

「ふえっ」

 

 

 しまった、声が漏れ出てしまった。

 しかし、仕方がないと言える事情もある。

 彼女の足は、本当に綺麗だった。

 太すぎず、それでいて細すぎない。

 足のピンク色の爪は切りそろえられており、それがとても可愛らしいと思える。

 腰から下がすべて晒されている彼女に対して、どうしても視線が向いてしまう。

 一応、生前の私にも同じ部位があったはずなのに、どうしてこんなにも印象が違うのだろうか。

 屋内にいるからか、きっちりと手入れされている脚はシミや産毛一つ見当たらない。

 結構、剃刀負けとかあるらしいと聞いたことがあるんだけど、どうやっているのだろうか。

 もしかしたら、普段からすぐそばに私がいるから徹底して見た目で隙を見せないようにしているのではないか。

 なんていうのは、さすがに勘違いかな。

 

 

「あの、ど、どうかな」

『世界で一番綺麗な足ですね』

「んんっ、もう。そうじゃなくて、声とかこの体勢でも届くかってこと」

『あ、なるほど』

 

 

 確かに、リハーサルとしてはそちらの方が重要だった。

 今、私の頭部はしろさんのすべすべした白い太腿に挟まれている。

 しろさんは、体育座りのような体勢であり、そこに私が挟まっている状態だ。

 太いとかむくんでいるというわけでもない、むしろ細いのだがしっかりと柔らかくて女性であることを感じさせる。

 私に肉体が残っていたらとんでもないことになっていたかもしれない。

 ちなみに、しろさんは今下半身は下着しかつけていないらしい。

 強制的に前を向かされているので見えないけれど。

 一体どのような下着を着ているのかは大変気になるところではあったが、それを訊くと間違いなく怒られるので置いておこう。

 多分だけど、黒な気がする。

 まあ、ただの勘だが。

 

 

『そうですね、文乃さんのきれいな声ははっきり届きますよ』

「……もう、またそういうことを言って」

『文乃さんにしか言いませんし、適当に言っているわけでもないですからね?』

「も、もうわかってるってば」

 

 

 文乃さんが、はにかみながら答える。

 ああもう、本当に可愛い。世界で一番可愛い。

 このままだと、とんでもないことまで言ってしまいそうなので、あわてて止める。

 

 

『もう一つ、体勢を変えてみてはいかがですか?』

「あ、ああそうだね」

 

 

 太腿をたっぷり堪能できる状態から、文乃さんがじわじわと動いている。

 膝で、細いふくらはぎで、骨ばったくるぶしで挟み込めるようにじわじわと移動していく。

 そして、足と、十本の指で私の耳に、頭に触れる。

 

 

「ど、どうかな」

 

 

 ごそごそと、手とはまた違う物体が両耳を覆う。

 足で触れられているという感覚と認識が、私を非常に興奮させる。

 

 

『お、おおおう』

「あはは、喜んでくれたようで何よりだよ」

 

 

 文乃さんは、悶えている私を見てくすくすと笑う。

 満足そうで、私も穏やかな気持ちになる。

 そしてそのまま、すっと足をどける。

 少しだけさみしいような気もしたが、まあ仕方がない。

 

 

「どうかな?」

『音響は問題ないと思います。あとは、タイツとかを使うなら、そちらも一通り試しておいた方がいいかもしれません』

「そうだね」

『あと、その体勢では疲労が大きいと思うので、何かしら台などの対策が必要です』

「あー、そうだよね。ぶっちゃけ、もうきついもん」

『運動してませんしね。やはり運動を取り入れたほうがいいのでは』

 

 

 そんな風に、先ほどとはまるで別物の真面目な雰囲気で話しを私たちは始めた。

 そのまま、二人で長時間にわたってリハーサルを続けるのだった。

 




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第十三話『おみ足本番』

先日沢山感想いただきました。
ありがとうございます。


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「こんばんながねむー」

【うおおおおおおおおお】

【踏まれたい】

【ドSなしろちゃんが見れるってマジですか?】

【待って、この位置って】

 

 

 おみ足ASMRと銘打たれた配信。

 そこには、私と志を同じくした人たち、もといドМの皆さんが配信を観にやってきていた。

 配信前から踏まれたい、という意思を感じるコメントが多々送られてきていた。

 おみ足ASMRなんて聞いたら、大抵の人は踏んでもらえると思うからね、仕方ないね。

 

 

「君は今、私の太腿に挟まれてます。わかるかな?」

 

 

 女性らしい柔らかさのある太腿が、両耳をがっちりと挟み込む。

 肉で覆われた耳の中で、ごそごそという音が響いた。

 そんなはずがないというのに、彼女の足から温度が伝わってきたような気さえする。

 

 

【うわあ、包まれてる】

【温かい】

【ふう】

【賢者がいて草】

 

 

「今ね、私下半身はショーツ一枚ですね。上着は来てますけど、ちょっと寒いんだけどね」

 

 

【おいおいおいおいおいおい】

【エッチすぎないか?】

 

 

 

 うん、今はしろさんは服を上半身しか着ていない。

 流石に下着こそ脱いでいないが、それはそれでドスケベである。

 直接見てはいないけど、多分だけど、今日は白な気がするね。

 まあ、ただの勘だが。

 この後、タイツを履いたりもするんだけど、今は綺麗な素足をさらしている状態なわけだ。

 

 

「じゃあ、まずは膝枕で耳かきをしていこうか」

 

 

 しろさんは、そういって私の体勢を変え、正座をした状態の彼女の太腿の上にのせる。

 まるでクッションにうずもれるように、私の頭はすっぽりとしろさんの白い足に収まってしまう。

 視界がしろさんの体と逆の方を向いているので、しろさんの様子は見えない。

 

 

「ふうーっ」

『んんんんんんんんんんんんんんっ!』

 

 

 いきなり、息を右耳に吹き込まれる。しまった、また声が出てしまった。

 しまった、太腿に意識を集中させすぎていて、警戒を怠ってしまった。

 ないはずの心臓がバクバクと鼓動する。

耳ふーなんて、もう何回もやってもらっているはずだけど、どういうわけか

 しろさんは、いつも通りの梵天を取り出して私の右耳に入れていく。

 かり、かり、と音が鳴る。

 膝に置くことで不安定になっているからだろうか。

 心なしかいつも以上に、手つきが優しいような気がする。

 

 

「おかゆいところはありませんか?気持ちいいですか?」

【気持ちいい】

【ここに住みたい】

【最高過ぎるぞ膝枕】

 

 

 

「じゃあ、お次は、左耳を耳かきしていきます」

 

 

 しろさんは、そういって位置を変えた。

 今度は左耳に梵天を入れていく。

 

 

「かり、かり、かり。どうかな?くすぐったくない?私のおひざと耳かきで癒されてくれてるかなー?」

 

 

 癒されている。

 癒され過ぎて治癒限界で脳が爆裂してしまうのではないかと思える。

 生足膝枕耳かきの時点で最高だというのに、これ以上耐えられるだろうか、と私は楽しみにしつつも不安になった。

 

 

「はい、耳かき終わりました。ふう~っ」

 

 

 やがて両方の耳かきが終わって。

 しろさんは左耳に、小さな耳垢を飛ばすように息を吹き込んだ。

 耳かきが終わったと認識していた私たちの耳に、またしても癒しの波動が送り込まれる。

 

 

【あー】

【最高だよしろちゃん】

【膝枕耳ふーはご褒美です】

 

 

「ありがとう、じゃあお次はちょっと趣向を変えてみようかな」

 

 

 そういって、名残惜しくも膝から私の頭をどけて。

 またしても太腿で挟み込む。

 

 

「どお?また私の太腿で挟んでるんだけど、どうかな?気持ちいい?」

 

 

 時間を空けてまた挟んだことで、先ほどの感動が蘇ってくる。

 やわらかい二つの肉によって両耳をふさがれて、音がこもり、脳内に反響する感覚。

 両手で耳をふさがれている時とはまた違う、充足感が心を支配していく。

 

 

「太腿で、ぺちぺち、ぺちぺち、ってしていくね。ぺちぺち、ぺちぺち」

『あふっ』

 

 

 なんということだろう。

 しろさんが、私をはさんだ状態で太腿をわずかに開いて閉じる、を繰り返す。

 ぺちっぺちっ、という太腿がマイクにぶつかる音が響き、同時にしろさんが「ぺちぺち」とオノマトペを出す音も耳に入ってくる。

 耳で、肌で、あるいは脳で。

 私が、あるいは視聴者が使える感覚器を全て使って、しろさんの白くて滑らかな太腿を感じ取っていた。

 

 

「はい、太腿ぺちぺちはこれで終わりだよ。お次は、みんなが期待していることをしていこうかな」

【おっ】

【これはこれは】

【みんなが期待していること、一体なんだろうなー】

 

 

 視聴者のコメントの流れが加速する。

 ASMRが落ち着き、いわば小休止に入ったタイミングだからだろうか。

 

 

「まずは、お膝」

 

 

 そういって、しろさんはするすると私を移動させる。

 かたい膝小僧が、壊れそうなほどに柔らかい膝の裏が、私の耳や頭部を触れる。

 圧迫感があるわけではないが、肉が薄い分骨に近いので、密着感がある。

 

 

「そして、ふくらはぎ」

 

 

 膝を通過して、今度はふくらはぎに挟まる。

 彼女の身長の割には長いふくらはぎを、ゆっくりと私の頭部は通過していく。

 白い、普段は靴下などで覆われていることも多い部分がむき出しになって、マイクの耳にすりつけられている。

 すりすりという音が、どこか背徳的に感じられてそれだけでどぎまぎしてしまう。

 

 

 

「くるぶし」

 

 

 二つの硬いものが、耳を挟む。

 足の中で最も骨ばったそこには、しかして金属のような無機質な冷たさはない。

 こつこつと当たる音は穏やかで、理由もわからないがなぜか癒される音だった。

 

 

 そして、更に動いて。

 

 

「はい、足に到着」

 

 

 目的の場所へと、脚から足へと到着した。

 五本の指と、足の裏で私の耳を包み込み、挟み込む。

 

 

「今ね、私の足で君の耳を包み込んでます。どうかな?癒されてくれてるかな?」

 

 

 足で耳を覆われて、音が脳内で反響する。

 少し動かすたびに、足裏と耳がこすれてぐわん、ぐわんと音を立てる。

 いやらしい感じではなくて、むしろ穢れた心を洗い流してくれるような音が響いていた。

 

 

【足キタ――(゚∀゚)――!!】

【これを待っていた】

【長い道のりだった。いや道のりも良かったんだけど】

【ふみふみされてる!】

 

 

「うん、そうだね、ふみふみしてますよ、君のこと。ほら、ふみふみー、ふみふみー」

『うっ、あっ、ああっ』

 

 

 

 しろさんの足が、マイクの頭部を移動していく。

 まずは、左足で耳をふさいだまま、右足で頭頂部を押さえつけられる。

 続いて、もう片方の足で同じことをする。

 足を頭に乗せられているという屈辱的なはずのものが、穏やかで温かな声音と、しろさんにされているという事実によって背徳感へと変換されていく。

 

 

 つづいて、両足を同時に動かしながらしろさんは踏み始める。

 頭頂部、側頭部、後頭部、耳、そして耳の下、顎のあたりなど、様々な場所をオノマトペを続けながら生足で踏んでいく。

 

 

「ねえ、踏まれて喜んじゃってるの?君ってかわいいね、かわいい変態さんだよね?」

『ありがとうございます!』

「そっか、そんなに喜んでくれてるんだね。よかった。ふみ、ふみ、ふみ」

 

 

 しろさんは、嗜虐的に笑いながら私の頭部を丹念に、壊れないように優しく踏んでいく。

 力が入りすぎないように、脚を手で押さえながらやっている。

 リハーサルの時に試していたので、間違いない。

 優しさをこめてくれていると信じられるから、私達はしろさんに全幅の信頼を置いているわけでして。

 

 

【ありがとう、ありがとう】

【いつも癒されてるよ】

【ドSなしろちゃんもいい!】

 

 

 コメント欄も大いに盛り上がっている。

 背後のしろさんも、盛り上がっている。

 勘とか以前に、声音で丸わかりだ。

 いつもより楽しそうにしている。

 

 

「さて、じゃあふみふみもおわったところで、次のステップに行ってみようかな?」

 

 

 そういって、しろさんが傍らにあった秘密兵器を取り出して。

 

 

「ここからは、タイツを履いてASMRしますね」

 

 

 さらなるフェチズムを、追加してきた。

 

 




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第十四話『タイツとオイル』

10万UA突破してました。
ありがとうございました。
今後とも頑張ります。


評価、お気に入り登録、感想などいただけると嬉しいです。


 タイツ。

 脚を覆う防寒具であり布を構成する糸の太さが25デニール以上のものを指す。

 因みに、25デニール以下のものはストッキングと呼ばれている。

 ストッキングはタイツとは用途も異なっている。   

 タイツが、生地が厚く純粋に防寒具として使われる一方、ストッキングは見た目を着飾るためにあるものという側面が強いようだ。

 因みに特定の界隈でタイツとストッキングを間違えるとめちゃくちゃ怒られるらしい。

 閑話休題。

 

 

 しろさんは側にあったタイツを取り寄せると足で私を挟んだままの体勢で片足ずつ脚に入れていく。

 今回は、オーソドックスな黒いタイツだ。

 しゅるしゅる、しゅるしゅる、という衣擦れの音が聞こえる。

 何度も聞いているはずの音なのに、不思議な緊張感がある。

 タイツを私の傍で履いているというシチュエーションがそうさせるのかもしれない。

 私は元々タイツにあまり執着していない。

 ともすればタイツとストッキングの違いすらよくわかっていなかった。

 とはいえしろさんのタイツとなれば別。

 

 

 【素晴らしい】

 【これはおセンシティブ】

 

 

 視聴者の反応も良い。

 期待に満ちている。

 まだ着ていない状態でこれならば、タイツを着た時、一体どうなるのか。

 それが彼らの心を一つにしていく。

 もしかすると、視聴者の皆さんはあまり彼女が着替える現場に立ち会うことはあまりないのかも知れない。

 心音の時とかは最初から脱いでいたりするからね。

 実際の格好は見えないのは残念なようなそれで安心するような。

 

 

「じゃあ、初めていくよ。すりすり、すりすり」

 

 

 先ほどの生足とは違う。

 糸で紡がれた繊維と私のプラスチックで作られている耳と擦れ合ってすりすりという音を立てる。

 生足だった先ほどよりも涼やかで、気持ちのいい音が響き渡る。布一枚空けているということもあってか、リラックスして聴くことが出来ている。

 

 

「次は、指で耳かきをするよ」

 

 

 そう言って、しろさんはタイツを纏った足の親指を両方の耳へと入れていく。

 耳の表面をなぞるのではない。

 足の指を耳の奥まで突っ込んでいった。

 

 

「ゴシゴシ、ゴシゴシ。どうかな、くすぐったくないかな?」

 

 

 普段の指かきとも、耳かきとも違う。

 足の親指が当然手よりも太く、なおかつ不器用だ。

 だからこそ、得体のしれない何かが私の耳を蹂躙しているような感覚があってぞくぞくさせられてしまう。

 

 

「じゃあ、次なるステップに移行しようかな」

 

 

 しろさんが、そういって、足を移動させないまま何かの入った小瓶を取り寄せてきた。

 いや、私はその中身が何か知っている。

 リハーサルで使っていたし、なおかつ何度もASMR配信で活用しているものだったから。

 視聴者も、勘のいい人たちは気づいているのかもしれない。

 しろさんは、蓋に手をかけて、きゅぽん、という音を視聴者にも聞かせて。

 

 

「ここからは、オイルを使っていきます」

 

 

【ふあっ】

【待って待って、ここでオイル使ってくるの?】

【おいおいおいおい死ぬぞ俺たち】

 

 

 しろさんは、ふたを開けてオイルを掬いあげる。

 そして、タイツを着た生足に塗りたくり始めた。

 ぬちゃ、ぬちゃ、という音が聞こえる。

 液体がかき混ぜられる音が、しろさんの下半身から生み出される。

 ぐちゃぐちゃという音を聞いてしまうと、なんだかよからぬことを想像してしまう。

 

 

「ふふっ、オイルを塗り終わりました。じゃあ、改めて始めて行きましょうかね」

 

 

 

 どこか妖艶な雰囲気を漂わせながら、しろさんはオイルまみれのタイツを履いた足をマイクにそっと添える。

 ずりゅ、ずりゅ、と先ほどよりもずっと大きく、いやらしい音が脳内に響く。

 ないはずの心臓が、血管が、脳が、ばくばくと震えていた。

 水音は配信上では流してはいけないのだが、まあこれぐらいなら問題はない。

 

 

「ふふっ、どうかな?大丈夫かな?痛くない?」

 

 

 オイルまみれの足で、耳を、頭頂部を、順番に踏んでいった。

 さらに、親指を使って耳の内部も攻めていった。

 

 

【気持ちいいよ、痛くない】

【最高です】

【えちちちちちち】

 

 

 視聴者たちも、この配信が始まって以来一番コメントが盛り上がっている。

 オイルマッサージと、足踏みと、そしてタイツ。

 それらすべてによって配信が盛り上がっている。

 

 

 

 

 それからしばらくして、配信の終わりがやってきた。

 しろさんが体勢を変えて耳元まで顔を寄せてくる。

 

 

 

「今日は楽しんでもらえたかな?じゃあ、おつねむー、お休みなさい」

【お疲れさまでした!】

【またやって欲しい】

【今回の配信で何かが目覚めそうだよ。ありがとう】

 

 

 

 大好評のうちに配信が終わった。

 

 

 

 ◇

 

 

「つーかーれーたー!足がしんどい!」

『お疲れさまです』

 

 

 

 配信が終わった直後、文乃さんは足を下ろして倒れこむ。

 しかしてまだ終わってはいない。

 タオルを掴んで私の頭部を丹念に拭いてオイルを落としていく。

 私についていたオイルが全部落ちると、そのまま文乃さんはオイルまみれになった靴下を脱ぎ捨てて絨毯の上に寝転がる。

 

 

『文乃さん、とりあえず寝るならベッドにしましょう。床で寝るのは良くないですよ』

「はーい」

 

 

 私を持ち上げつつ、ゆっくりと文乃さんは起き上がってベッドに横たわる。

 文乃さんはそのまま枕元まで私を運ぶと、寝転がったまま話しかけてきた。

 

 

「今日の配信、どうだった?」

『素晴らしかったです』

 

 

 

 新たな境地にたどり着いた永眠しろさんの配信。

 シチュエーションも、技巧も、大まかな流れも、セリフ回しも全てが完璧だったと思われる。

 けちのつけようがないのだ。

 そんなことを言うと、文乃さんは照れながら笑ってくれた。

 かわいい。

 

 

 その後も、ベッドの上で談笑していたが、ふと文乃さんが切り出した。

 

 

「ひとつ訊きたいんだけどさ」

『何ですか?』

「君ってMなの?」

『…………』

 

 

 文乃さんが、爆弾のような質問を投げかけてきた。

 さて、質問の意味を考える。

 なにしろ、先程足によって頭を踏まれるというドM御用達のような配信で喜んでしまっていた私である。

 文乃さんも、配信をしている最中に私が歓んでいるのは聞いていたわけで。

 それはドM疑惑をかけられてしまったとしても仕方がないのではないかと思われる。

 

 

 とはいえ、ここはしっかりと否定しておかなくてはならない。

 私にもプライドというものがある。

 特殊性癖の持ち主だなんて汚名を大人として、文乃さんの前にさらすわけにはいかないのだ。

 

 

『そうかもしれません……』

「うん、だよね」

 

 

 あっさりと自白してしまった。

 いやだって、ここでそういう性癖がない、と言ってしまうともう二度とやってくれない可能性があるから。

 二度と文乃さんに踏んでもらえないのはあまりにも辛すぎる。

 欲望には勝てなかったよ。

 

 

『人生で、そんなことなかったんですけどね。自分がそういう性癖なんじゃないかって思うことは』

 

 

 ダミーヘッドマイクに転生したことによって、自身の嗜好が無意識のうちに変質しているのか。

 または、安心できる環境にいることで、心に余裕ができたからなのか。

 もしくは、文乃さんと出会ったことで目覚めてしまったということなのか。

 

 

「まあ、でもそういうのはある日突然きづく、というのもあるらしいからね」

『そうなんですか』

 

 

 知りたくなかったよ、あと知られたくもなかったよ。

 文乃さん、流石にこれは引いただろうか、と思っていると。

 

 

「いいねえ」

『うん?』

 

 

 

 文乃さんは、目を輝かせていた。

 ドン引きするでも、非難するでもなく、純粋にいいものとして受け止めている。

 

 

「ドM向けのASMR配信、やってみようかな」

『どんなことをやろうとしているんですか?』

「まあ、踏んでもらう系のASMR配信をするとかはもちろんとして、罵倒ASMRとか、蝋燭とかもやってみたい」

 

 

 これはいわゆる創作意欲的なものだろうか。

 あるいは、何かしらが目覚めているということか。

 

 

『文乃さんは逆にSなんですかね』

「うーん、どうだろう。よくわからないけど」

 

 

 文乃さんが寝転がったまま、視線を宙にあげて考える。

 

 

「君が踏まれて喜んでるとき、嬉しいような、切ないような気持になって、ドキドキしちゃったんだよね。かわいいなって」

 

 

 そんなとんでもないことを、照れながら言ってきた。

 どうしよう。

 文乃さんが世界で一番可愛い件について。

 

 




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第十五話『Vtuberのパパというもの』

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 しろさんの、すべすべした綺麗でかつやわらかいおみ足。

そんな極楽を配信で二時間堪能した次の日。

 文乃さんは、もう次の配信について考えていた。

 今は九月。

 夏は終わっており、これから秋が深まり、木の葉も色づくであろうという季節。

 

 

「やはりねえ、タイピングASMRの要素は取り入れないといけないと思うんだ」

『それは間違いないですよね』

 

 

 私たちは、案件配信について話し合っていた。

 案件配信というのは、案件の内容にもよるがある程度は配信者の裁量にゆだねられている場合が多い。

 そうでないと、各々の強みが発揮されず、配信者の集客力、宣伝力を活かせないと判断してのことだろう。

 NGワードと言われている絶対に言ってはいけないことと、逆に絶対に配信上で伝えなければならない事項を言わなければならないが、逆にそれさえ守っていれば自由だ。

 ゆえに、パソコンの案件についてもASMR配信でもいいということだ。

 とはいえ、文乃さんはあまりパソコンについては詳しくない。

 ゆえに、パソコンに関する正確な情報を説明することはできない。

 永眠しろさんとして彼女に出来るのはただ一つ。

 全力で楽しむということ。

 

 

「うん?」

『どうかしました?』

「いや、氷室さんから連絡が来たんだよね。SNSのダイレクトメッセージを確認してほしいって」

『ほう?』

 

 

 氷室さんは、広報担当である。

 ゆえに、SNSの管理もしているし、変なメッセージが送られてきても全てブロックしているらしい。

 そして、重要案件であるメッセージが来た時には、こうして知らせてくれることもある。

 まあ、大抵はコラボのお知らせとかだね。

 今迄接点がなかった人からの申し出とかは他のメッセージに紛れてしまうからね。

 

 

 さて、結局のところ誰からどんなメッセージが来ていたのか。

 

 

「パパさんからコラボしないかって」

『はい?』

 

 

 ……どういうこと?

 父親って、実父?

 話に聞いていた文乃さんのお義父さんとしろさんがコラボをするの?

 

 

「あ、いや、そっちじゃなくてVtuberとしてのパパだよ」

 

 

 そう言われて、自分が間違っていたことを悟る。

 

 

『え?ああ、モデラーさん(・・・・・・)のことですか?』

「うん、そう」

 

 

 永眠しろさんには、生物学上の早音家夫妻とは別に、父と母がいる。

 母はがるる・るる先生。

 イラストレーターはVtuberのママでありそれはつまり

 キャラクターの骨格を、そして肉体を生み出すがゆえにママと呼ばれる。

 では、Vtuberのパパとは何か。

 それは、モデラーと言われる職業。

 モデリングという工程を通すことによって、単なる静止画であるVtuberの立ち絵をぬるぬる動くLive2Dへと昇華させる存在。

 産み落とされた命を、大切に育む存在。

 実際、Vtuberの体を作る際は、モデラーをイラストレーターが兼任していることもあるので、一概にはいえないが二人で体を作っていくという意味合いがあるのは間違いない。

 

 

 永眠しろさんを作ったモデラーさんこと、ロリリズム先生。

 しろさんを含む、数多のVtuberのモデル作成に関与している。

 新衣装のモデリングなども考慮すれば、彼女が関与したVtuberの数は数百にも及ぶとされている。

 さもありなん。

 彼女は、Vtuberのパパ、モデラーとしては最古参クラス。

 かつてVtuber黎明期と言われた時代。

Vtuberという概念が新たな文化として誕生したばかりで、Vtuberのモデルは3Dが当然と言われていたころ、いくつかの企業がプロジェクトを立ち上げていたころ。

 そのプロジェクトの一つの中核を担っていたのがロリリズム先生だった。

 以来、2D、3D両方のモデル作成を行うモデラーとしてVtuber業界のありとあらゆるモデルを生み出してきた。

 本人も、自らが作ったモデルでVtuberとして活動しており、今回はVtuberとしてのコラボである。

 

 

『それで、どうされますか?』

「もちろん受けるよ。ロリリズム先生の配信は見ているし、いい人だとはがるる先生から聞いている」

 

 

 何でも、がるる先生とロリリズム先生は友人で、リアルで会ったこともあるらしい。

 彼女の人を見る目が確かかどうかは疑問の余地があるのだが、まあ悪人ではないと思う。

 がるる先生が悪人と接していたら、間違いなく被害を受けているはずだから。

 

 

「それに」

『それに?』

「ロリリズム先生と接することで、父との接し方に答えを見出せるかもしれないから」

『……なるほど』

 

 

 文乃さんは、進み続けたいと思っているのだ。

 私は現状維持でもいいと思っている。

 けれど、彼女は好意を、あるいは厚意を向けてくれている父に対して正面から向き合いたいと考えている。

 であれば、潰れない程度に背中を押しつつ、手を取って支えるべきなのだろう。

 

 

『じゃあ、返信しちゃいましょうか』

「そうだね。とりあえず通話用のサーバーに招待しないとね」

 

 

 私も、逃げず怯えず隠れずに、向き合うべきだったのだろうか。

 出来ることはやってきたつもりだけれど。

 まあ、仕方がないよね。

 過ぎてしまった過去はもう巻き戻らない。私が以前文乃さんに言ったことだ。

 もう二度と会えないし、出来ることもありはしないのだから。

 

 

 

 ◇

 

 

 メッセージを受け取ってから一週間後。

 コラボの日程が決まり、打ち合わせも終えて、本番が始まった。

 

 

「こんばんながねむー。今日は、コラボ雑談ですよ」

「ろりりずむです、よろしくお願いいたしますー」

「は、はじめまして」

「がちがちだね、大丈夫だよー」

 

 

 パソコンの画面からは、間延びした、落ち着いた女性の声が響く。

 声から察するに、年齢はがるる家の皆さんより年上だろうか。 

 いかにも、落ち着いたお姉さんという感じの雰囲気である。

 ロリリズム先生の体であるLive2Dも、くたびれた白衣を着たけだるげなおねえさんである。

 ついでに言えば、彼女はがるる先生やナルキさんよりも年上であるらしい。

 多分私と同年代くらいかな?

 

 

 ちなみにだが、Vtuberとしての体を担当しているイラストレーターはがるる先生ではないので、がるる家には含まれていない。

 というか、がるる家の他のメンバーも、モデラーは別にロリリズム先生だったりそうじゃなかったりするらしいからね。

 ちなみに、イラストレーターさんと比べてモデラーさんは絶対数が少ないらしく、それゆえにモデラーさんは多くのVtuberを担当する。

 そのため、Vtuberのママが同じというのは珍しいが、逆にパパはそんなに珍しくなかったりするんだとか。

 

 

【本当に、いろんな人とコラボするようになってきた】

【どんどん規模が大きくなってるみたいで嬉しい】

【ロリリズムさんVになってるの知らなかった】

 

 

「モデラーとしての本業が忙しくて、あんまり配信出来てないからねー。しゃべり方とかも全然覚えてないから、変だったらごめんねー」

 

 

 ロリリズム先生、配信頻度月一とかだからね。

 普段の仕事もパソコンと向き合う、あまり人と会話するタイプのものではないだろうし、と考えると話し方を忘れるというのもおかしくはないだろう。

 実際、文乃さんもデビュー当初に比べてかなり話すのがうまくなっている気がする。

 

 

「いえいえ、全くおかしいところはないですよ」

「そっかー。ちょっと遅れちゃったけど、一周年おめでとうね」

「ありがとうございます!」

「うーん、たくさんのVtuber誕生に関わっていると、結構一年続けるのが難しかったりもするからさ」

 

 

 一年は、長い。

 インターネットが発達し、流れる情報の量は十年前とは比べ物にならない。

SNSのトレンドに上がるような流行りでさえ一か月もあれば人の記憶の片隅にまで追いやられている。

 そんな状態で一年間駆け抜けるということは、どれだけ素晴らしいことで、なおかつ難しいことであるか。

 実際大半のVtuberは一年と経たずに活動休止や引退をするらしい。

 結構生配信って大変だからね。

 しろさんみたいに、ちゃんとリハーサルをしている人であれば、配信時間プラス一、二時間は消費する。

 あとしろさんは全部メイドさんに投げてるけど、サムネイルとか、宣伝とかに使っている時間も含めると他の趣味と比較しても負担になってしまう。

 それを一年休みなく続ける、というのはとんでもなく負担である。

 職場でさえ、私のいたところのような例外を除けば三百六十五連勤なんてありえないのだから。

 あの職場って、何連勤してたっけ。

 正直数えてないんだけど。

 データそのものが改ざんされているから、公的には休んでいたことになっていたはずだしね。

 閑話休題。

 何十人ものVtuberの誕生に携わり、そして全員の活動を、あるいは引退を見守ってきた彼女にしてみれば奇跡のようなことなのかもしれない。

 

 

「だから、そうやって一年間ほとんど休みなく君が走ってくれたことが嬉しくてね。できたらコラボしてほしいなーって」

「パパって呼んでくれてもいいんだよ?」

「すみません、なんだか慣れてなくて。パパさん」

 

 

 

 コラボに慣れてきていることもあってか、初めてコラボするにしてはいいものだ。

 

 

【パパさんだと他人の父親みたいになっちゃうんだよな】

【なんで、私のことはママって言ってくれないのに…… がるる・るる】

【がるる先生ショック受けてて草】

 




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第十六話『モデラーと重大告知』

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「そうなんだ。あんまり仲が良くないのかなー」

「悪いわけじゃないんですけど、単純にどう接したらいいのか距離を測りかねると言いますか」

「あー、まあそれはわかるよ」

 

 

 しろさんは、ぽつぽつと自身の事情を、空気が重くならない程度に話している。

 彼女は、いじめがあったことや、両親に厳しく育てられたことを明言していない。

 それは、エンターテインメント性を損なうから。

 しろさんは、視聴者に対して彼女の配信に触れることで幸せになって欲しいと思っている。

 だから、なるべく雰囲気を壊すようなことはなるべくしたくないと思っているのだ。

 ネガティブな発言は控えるようにしている。

 とはいえ、全く説明しないというのも難しいだろうとある程度のことはこうやって話しているのだが。

 

 

【しろちゃん実家が厳しいらしいしな、あんまり踏み込みづらいってことなのかも】

【なんかわかる気がする。思春期だとどう接したらいいかなんてわからんよな】

【昔、親に当たってたの今更申し訳なくなってきたな】

 

 

 視聴者も、各々の意見をコメントに書き込んでいる。

 彼らの意見は、正しいかどうかはわからないけれど、間違っていないものが多かった。

 きっとそれは、彼らがしろさんをしっかりと見て、彼女の言葉を聞いているからなのだろう。

 私は、この世界で誰よりもしろさんにとって身近な存在だと思っているし、そうであれたらいいなと思っているが、彼女に向けている愛情という意味では画面の向こうにいる視聴者たちにも私に比肩する人がいるかもしれない。

 けれど、彼らにも、私にも、正しい答えを出せる人はいない。

 しろさんと、彼女の父親は違うから。

 そして多分、親と子の関係性に正しい答えなどはないから。

 

 

 私にも、答えはわからない。

 私と父親の関係は、親子とは程遠いものだったから。

 私は、父が特別異常者だったとは思わない。

 むしろ母に金を理由に出ていかれ、ボロ雑巾のように捨てられた。

 そんな彼らにもはや憎しみなどはない。

 ただ、もう少しだけ別の可能性があったのではないのかと、そう思わずにはいられなかった。

 

 

「まあ、私も親子の関係はちゃんとわかってるわけじゃないけどね」

「そうなんですか?」

「本当に子ども育てたわけじゃないからね、Vtuberさんって結局個人事業主だから育てるっていうより育っていったって認識の方が強いし」

 

 

 まあ、実際の親子のように長い時間をかけて作り出される関係ではないからね。

 生み出すところまでが生みの親(クリエイター)の責任で、それ以降のVtuberを育てるのは、育ての親、つまりは中の人(・・・)の責任になってくる。

 

 

 

「というより、モデルを作ってから関わることってあんまりないんだよね」

「あー」

「モデルってのは、Vtuberの骨格で、イラストがVtuberの顔だと思っているんだけど」

「それはそうだと思います」

「骨格だけ見てもそれが誰なのかわからないように、Vtuberの体だけ見ても誰がモデラーなのかはわかりづらいし、特徴も出にくいんだ。だから、あんまり私に作られたという実感をファンの方も持ちにくい」

 

 

 

【確かに、イラストレーターとVtuberは一対一対応してるけど、モデラーは覚えてないかも】

【特徴とかはあったりするらしいんだけど、素人がわかるものじゃないしな】

 

 

 モデラーの目標は、よりリアルなモデルを作ること。

 関節が、挙動が、不自然でないように、より本物の人間に近くなるようにプログラムする。

 つまり、技術や過程に差があったとしても、全てのモデラーの目的はおおむね一致しているのだ。

 それでは、個性を出すことは難しい。

 少なくともイラストレーターのようにちらりと見ただけで絵柄で誰が作ったかはわかる、というようなことはないのだ。

 それゆえに、距離が遠い。

 パパとママ、という言葉を使うのであれば、Vtuberはすべて母親似なのだ。

 

 

「だからこそ、モデラー達はこうやって深くかかわることは普通ないんだ」

「確かにあまりコラボされていませんよね」

「うーん、あんまり私から申し出ることもないし、もちろん呼ばれることもそんなにないからね」

 

 

 ロリリズム先生は配信頻度が高くない、と考えると誘いづらいだろうしね。

 配信のアーカイブもほとんど作業配信だったからね。

 より一層忙しさが感じられるといいますか。

 むしろ逆に、しろさんが声をかけられている状況がレアなのかもしれない。

 

 

「私と良くコラボしてくださいましたね」

「あー、まあ実のところはがるるちゃんが言ってくれなかったら、私から誘うなんてとてもじゃないけどできないからね」

「そうなんですよね、先生が申し出てくれて、今回ただ乗りしたって感じです」

 

 

【ただ乗り?】

【サムネに書いてたやつかな?】

 

 

 今回のサムネイルは、重大告知あり、と書かれている。

 元々近日発表する予定だったものを、ここで出すということだ。

 

 

「先生は、寂しくはないですか?」

「全然?正直、別にいいんだよ」

「そうなのですか?」

「親子と言えるのかどうかさえ分からないけど、私がかかわってきたVtuber全員が、納得のいく終わり方ーーいや、生き方をしてくれていたらいいなって、私は思うんだ」

 

 

 多くの人の始まりを、活動を、そして終わりを見てきたから。

 いつか、しろさんにも来るであろう終わり。

 それを何度見てきたのだろうか。

 

 

「何かをしてほしいがために、作り出したわけじゃないんだ。ただ、生み出したくて、何かをしてあげたいと思ったから、私はモデラーをやっている」

「…………」

「あれ、何か変なことを言ったのかな?」

「ありがとうございます、先生」

 

 

 パソコンに向き合うしろさんの顔色が、先程より少し良くなっていた。

 きっと、彼女の言葉が響いたのだろう。

 

 

 ◇

 

 

 

 その後も、色々と話していた。

 急に決まった配信ゆえに、そこまで

 ふむ、もういい時間帯だね。

 パソコンの画面から時間を把握しているので、頃合いが私でも把握できる。

 

 

『しろさん、そろそろいいんじゃないですか?』

「あ、そうだね。ロリリズム先生、そろそろだと思うんですけど、いいですか?」

「大丈夫だよ」

【うん?】

【何だろう】

【一体、何が始まろうとしているんだ?】

【もしかして、アレか?】

 

 

「今日の配信において、永眠しろは重大発表がございます。改めて、その告知をさせていただきます」

【おっ】

【何だなんだ】

【もしかして?】

 しろさんは、そこで言葉を止めて、BGMを切り替える。

 ゆったりとした雑談配信用のフリーBGMから、いわゆるドラムロールと呼ばれるものへと変更する。

 そして、音量も引き上げる。

 緊張感を煽る演出に、視聴者たちは、何が起こるのだろうかと固唾をのんだ。

 そして、しろさんの操作によって、配信画面が切り替わる。

 そこには、告知内容が明記されていた。

 

「永眠しろ、新衣装お披露目をさせていただきます!」

 

 すなわち、新衣装お披露目、とでかでかと書かれていた。

 そしてその文字を見た瞬間。

 

 

【うおおおおおおおおおお!】

【やった、やった、ついに!】

【素晴らしいね! がるる・るる】

【がるる先生がいたのはそういうことか!】

【ありがとう、ありがとう ¥2000】

【もう出ないかと思ってた!】

【デビューしてから一年半、収益化してからでも一年以上】

【またせおってからに!おめでとう!】

【どんな衣装なんだ!】

【これは嵐の予感】

 

 

「ふえっ、コメントが、すごい!すごい!」

「しろちゃん、落ち着いて」

「あ、す、すみません」

 

 

 コメント欄が、今までにない程に加速した。

 無理もない。

 たった今しろさんが行ったのは、かつてないほどの重大イベントの告知だったのだから。

 新衣装。

 それは、Vtuberにとって一つのお祝い事である。

 例えるならば一国一城の主が、新たに作った城を人々に見せつける、レベルのことだ。

 Vtuberの中には、それを悲願にしている人もいるくらい、新衣装の存在は大きい。

 ナルキさんの件で大きくずれこんでしまったが、ようやく発表できるというわけだ。

 

 

「詳細はまだ言えませんが、モデラーはロリリズム先生、そしてイラストは言うまでもありません、がるる・るる先生でございます!」

「頑張ったよー」

「色々ありまして公開が遅れてしまいましたが、明日お披露目をさせていただきます。当日は、皆さん良かったら観に来てください!」

 

 

【絶対見に行く!】

【デビューしてから一年以上だもんな。本当に長かった】

 

 

 

 この日は、いつも以上にSNSでしろさんのファンは歓喜していたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

「お疲れさまでした」

「あのさ、しろちゃん。よかったらちょっとお話しできないかな?」

「ふえっ?いいですよ」

 

 

 その裏で、しろさんにとって重要な会話が交わされていることも知らずに。

 

 

 

「しろちゃんってさ、蒼樹いのちちゃんのファンなの?」

「はい?」

 




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第十七話『始まりのVtuber』

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「しろちゃんってさ、蒼樹いのちちゃんのファンなの?」

「はい?」

 

 

 蒼樹いのち。

 それは、日本でいや、世界でもっとも有名なVtuberの一人だ。

 おっとりした声と、清楚な雰囲気、そして深い海のような青い髪と瞳が外見上の特徴だ。

 そして、始祖という異名を持ったVtuberでもある。

 

 

 Vtuberという概念が、まだ生じていなかった時代。

 ごく少数の者達が、モデルを作りだしてあるいは作ってもらうことによってVtuberという概念を生み出した。

 そんな風に俗にいうVtuber黎明期に産み出されたVtuberの中の一人が、蒼樹いのちであり、なおかつそれを

 チャンネル登録者数は、三百万人を超えており、日本にいるVtuberの中ではトップクラスだ。

 活動範囲も、歌、ASMR、ゲーム実況などなど幅広く、3Dモデルを活かした配信なども行っている。

 Vtuberとして最古参であることや、なおかつ登録者数の多さも手伝って、彼女はVtuberの始祖とまで呼ばれることすらある。

 最も古く、最も偉大なVtuber.

 そしてかつての私(・・・・)が、生前最も聞いていたVtuberでもある。

 

 

 私が、事故死したあの日。

 文乃さんは、私のスマートフォンの画面を観て、蒼樹いのちというVtuberを観てはじめてVtuberというものを知った。

 完全に同じではないが、初めて見たのが蒼樹いのちさんのASMR配信であった以上、蒼樹いのちさんに、しろさんは多大な影響を受けていた。

 多分、ASMR配信をしようと思ったのも蒼樹いのちさんに影響を受けていたものだと思われる。

 それほどまでに影響を与えているVtuberではある。

 ではあるのだが。

 

 

「はい、ファンでした!あ、いやあの今でもファンなんですけど」

 

 

 いのちさんはでした、などという過去形で語られる存在だ。

 

 

「わかってるよ、あの子は今活動休止(・・・・)しているんだからね」

 

 

 蒼樹いのちさんは、半年以上前にVtuber活動を無期限休止(・・・・・)している。

 活動を休止した理由は不明で、活動再開時期も、不明。

 また転生の線も、ない。

 少なくとも、インターネット上でいのちさんの中の人が何かしらの活動をしているという情報は回っていない。

 彼女の知名度が高すぎるので、

 ある意味で、父親であるモデラーが同じである以上、奇遇にもいのちさんとしろさんは姉妹であるとすら言える。

 いやもしかすると、偶然ではないのかもしれない。

 文乃さんが、いのちさんに影響を受けているのであれば、狙ってやっていた可能性ももちろんある。

 

 

「あの、何か聞いていますか?いのちさんが活動を休止していた理由は」

「…………」

「あ、すみません」

 

 

 聞いてはいけないことだったのだろうか。

 沈黙があって、文乃さんはあわてて取り繕おうとしたが。

 

 

「いやいいんだよ。私は理由を知ってはいるんだ。でも、それについては言えない。プライベートなことだからね」

「ああ、それはそうですよね」

 

 

 いのちさんの休止理由は公になっていない。

 だがしかし、表に出ていない以上、もう二度と言えないということなのだろう。

 

 

「ただ、一つ言えるとするならば、彼女はいつかきっと戻ってくるよ。だから、それを信じていてほしい」

「ありがとうございます!」

 

 

 

 

「どうして、いのちさんの話をしてくださったんですか?」

 

 

 確かに、そこがわからない。

 何しろ、しろさんといのちさんの間には直接的な関係はない。

 もちろん、しろさんは配信上で何度もいのちさんの話題を出している。

 だから、彼女の配信や切り抜き動画を見れば、しろさんがいのちさんに憧れていたようなことはすぐにわかる。

 だから、共通の話題となりえるのは事実。

 とはいえ、あえて彼女の話題をする意味もない。

 新衣装の話など、話題はいくらでもあるのだから。

 

 

「私もファンだったからね、ついつい話したくなっちゃって、ごめんなさい」

「いえ、私も嬉しかったです。ロリリズム先生がそんな風に思ってるなんて」

 

 

 まあ、Vtuberにとってはすべての憧れのようなものだからね。

 ある種神に等しいともいえる。

 

 

「良ければ、蒼樹いのちさんの話をしませんか?」

「お、それはいいねえ。私が好きなのは歌ってみた動画のーー」

 

 

 その後は好きなVtuberさんの話で盛り上がり、かなり長時間通話していた。

 

 

 ◇

 

 

『楽しそうでしたね』

「君は、私を見る前からいのちさんの配信観てたもんね?ひょっとして混ざりたかったりしたのかな?」

 

 

 通話を終えたのちに、文乃さんはじっと私の傍で見つめてくる。

 顔が近くて、存在しない心臓に悪い。

 あと、圧が強い。ちょっと嫉妬が入っていませんか?

 別に嫉妬されるようなことはない気がするんだけど。

 ぶっちゃけ、いのちさんはしろさんにとって程、私にとっては重要ではない。

 

 

 推し、という概念がある。

 割とふわっとした定義だったりするが、

 そういう意味では、いのちさんは間違いなくしろさんの推しである。

 ただ私の推しは、あいにくと目の前にいる少女ただ一人である。

 

 

『私にとっては、もう文乃さんと一緒に見た思い出としての側面が強い人なんですけど』

「そうなの?」

 

 

 以前も言ったが、私は生前はVtuberをそこまで必死になってみていたわけではない。

 長きにわたるブラック企業における地獄のような生活の中で精神が摩耗し、その状態で見れる娯楽がそれだったというだけに過ぎない。

 けれど、しろさんが一緒に見ていた時は違った。

 文乃さんは、私が他の人のASMR配信を観ることを嫌がる。

 

 

 だが、それ以外の配信については特に何とも思っていないらしい。

 映画やアニメを観るときのように、私と娯楽を共有することを純粋に楽しんでいた。

 そんな彼女の隣で、あるいは太腿の間に挟まれた状態で、私はいのちさんの雑談配信などを観たりしていた。

 ブラック労働している時には気づかなかった側面が色々と見えてくる。

 例えば、この人は3Dモデルなんだな、とか。

 歌がとてもうまくて、人の心に染み入るような歌い方をするんだなとか。

 雑談が、話題一つ一つに一生懸命で、心から楽しんで話しているんだろうなとか。

 それと、たぶんしろさんはこの人をリスペクトしているんだろうな、と。

 

 

 そうやって積み重ねてきたから、私にとってVtuberというものはもう文乃さんやしろさんから切り離して考えられるものではない。

 文乃さんと出会うまでより、文乃さんと一緒に過ごすようになってからの方が、幸せの数も質も、ずっと上なので。

 そんなことを話すと、彼女はトマトになった。

 

 

『そう言えば、何ですけど』

「うん?」

『文乃さんは、いのちさんに会いたいですか?』

「そうだね、どんな人なのか、関わってみたい、それで、お礼を言いたいかな」

『いつかそうなるといいですね』

 

 

 まあ、きっかけになった人だし無理もないか。

 終わりというものは、どうしたってネガティブなものだけど。

 始まりというものはいつだって素晴らしいものだから。

 

 

「新衣装のお披露目の手順を考えたいんだけど、一緒に手伝ってくれる?」

『いいですけど、今日はもう寝ましょうね』

 

 

 明日から、また文乃さんの日々は始まるのだから。




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第十八話『新衣装お披露目、の前に』

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 新衣装。

 元々は、ソーシャルゲームのキャラクターなどで使われていた言葉である。

 それは、Vtuberにとって最も重大なイベントである。

 新たに衣装をイラストレーターさんが描きおろし、モデラーさんがそれを動くようにモデリングする。

 人が動き、金が動き、何より視聴者たちの心が躍る。

 ゲームで言えば、追加コンテンツ。

 あるいはアニメで言えば第二期のようなもの。

 大半のVtuberにとっては、一世一代のイベントなのだ。

 企業のVtuberであれば、チャンネル登録者数が五万人増えるごとに、新衣装を獲得できるというシステムを採用し得ることが多い。

 しろさんの登録者数は十万人ほど。

 むしろ、これまでお披露目していないことがおかしなくらいだった。

 しかし、デビューから一年と七か月経過し。

 ようやく、その日が来た。

 

 

 ◇

 

 

「こんばんながねむー。今日は新衣装配信をやっていこうと思います」

 

 

 そんないつもの挨拶とともに始まった配信は、しかしていつもの画面ではなかった。

 通常の、しろさんの部屋として作られた背景に、誰の立ち絵もLive2Dも存在していない。

 姿も見えない虚空からしろさんの声だけが聞こえる状態になっている。

 

 

【きちゃ!】

【うおおおおおおおおお!】

【おめでとう! ¥10000】

【ここまで長かった】

【どんな衣装なんだろう】

 

 

 しかし、コメント欄はいつも以上に活発だ。

 これからどんな衣装をまとって、しろさんが登場するのか。

 それを彼女のリスナーたちが楽しみにしているがゆえに、この反応。

 

 

「じゃあ、改めて新衣装をお見せしようかな、とは思っているんですけど、ちょっとオープニング代わりに軽くトークをしてからお披露目しようと思います」

 

 

 いきなり新衣装をお披露目することはしない。

 まずは、焦らす。

 理由は二つ。

 一つは、一人でも多くに新衣装が解禁される瞬間を生で見てもらうため。

 配信の開始時間は告知しているが、誰もがその時間から見れるわけではない。

 ゆえに、少し遅れた人が来るまで待ちたい、そうしろさんが考えたからである。

 もう一つは、撮れ高の問題。

 新衣装がどんなものなのかを、今日来てくれている人は確認したいと思っている。

 そこでいきなり公開してしまえば、視聴者たちにとっては見続ける意味が半減してしまう。

 一般的には、大体新衣装がお披露目されると、がくっとそれ以降の同接が減る。

 それを懸念しての、商業的な、あるいはエンターテイナー的な意味合いでの観点だった。

 そんなわけで、彼女は雑談から入ったというわけだ。

 

 

「じゃあ、まずマシュマロを読んでいこうかなと思います」

【新衣装おめでとう!どんなのになるのか今から楽しみ】

「ということなのだけれど、逆にみんなはどういう衣装だと思う?予想でも願望でもいいから各々書き込んでほしいんだけど」

 

 

 しろさんが新衣装を発表した直後から、SNSや掲示板などではどのような衣装なのかと憶測する声があった。

 コメント欄にも、多くの人がしろさんの言葉を皮切りに思い思いの予想を書き込んでいる。

 

 

【部屋着】

【水着】

【メイド服】

【着物】

【ナース服とか?】

【セーラー服】

【マイクロビキニ】

【バスタオル】

【着ぐるみ 金野ナルキ】

【バニー がるる・るる】

【チャイナドレス 天使羽多】

【魔女コスプレ マオ・U・ダイ】

【全裸 ラーフェ・キューバム】

【ナルキちゃんおるやん!】

【がるる家もいて草】

【おい全裸はだめだろ】

 

 

「おお、色々予想してくれてますね。はーい、ラーフェさんはセクハラやめてくださいね。ブロックしますよ?」

 

 

 しろさんは、コメントに一つ一つ目を通しながら、楽しそうに笑う。

 様々な予想をしてくれていることが、嬉しくて仕方がないのだろう。

 あと、友人がコメントをしているということもあるのかもしれない。

 ナルキさんやがるる先生は新衣装作成に手を貸してくれていたからともかく、そうではない他のVtuberさんも押しかけてくれた。

 各々忙しい身だというのに、わざわざ来てくれていたのだ、感謝だってあるだろう。

 ……例え、それがセクハラコメントであったとしても。

 ラーフェさん、本当にぶれないよね。

 私もあんまり人のことは言えないけど。

 

 

「今回、もちろんお披露目できる新衣装は一着だけですけど、今の意見を反映して、次の新衣装を作るときに参考にいたしますので、よろしくお願いします。もちろん、健全なものの中から、ですけど」

【ガタッ】

【これは素晴らしい】

【これは次にも期待を持たせてくれるような、いい配信だ】

【ごめんごめん ラーフェ・キューバム】

【うちのラーフェがすみません ¥3000】

 

 

 確かに楽しみではあるよね。

 私は一応答えを知っているけれど、まだ作られるような計画すら立っていないという次の新衣装はどんなものになるのか、と想像が、もとい妄想が膨らむ。

 何しろ、彼女はかわいい。

 どんな服を着ても似合うだろう。

 そして、そんな衣装を着てASMR配信を行うわけで。

 また違った楽しみ方ができそうだと思う。

 個人的には、バスタオルとかが気になるね。

 お風呂ASMRが、私の耐久性の観点からまだできていないのだけれど、いつかやっておきたいなとは思う。

 というか、バスローブやバスタオルをまとったしろさんは、ねえ、見たいじゃないですか。

 全然いやらしい意味では全くないんですけど。

 

 

「じゃあ次のマシュマロ行くよ」

【結構、出すの時間かかりましたね】

「うーん、これはね、本当に申し訳ない、もっと早くしたかったなという気持ちはあったんだけど、どうしようもなくて。順番に理由を説明していくね」

 半ば苦情じみたマシュマロに対して、しろさんは相手を傷つけないように柔らかい言い方をしながら事情説明を始める。

「まずね、伸びが正直ちょっと想定外だったことが一つ」

【あー】

【確かに十万行っていたのって、コラボブーストが大きいもんね】

【俺もがるる先生とのコラボで知ったわ。爆速で登録者が増えてた記憶ある】

 

 

 ナルキさんや、がるる家などのVtuberさんとコラボするまで、彼女の登録者数は一万人を切っていた。

 そこから十万人まで増やしたのはしろさんの努力もあったのだろうが、その大半はがるる先生や羽多さんといったチャンネル登録者数が優に十万を超えるVtuberさんのファンを取り込めたからだ。

 なので、コラボを解禁する前と後ではチャンネルの伸びが比較にならない。

 それゆえに、登録者数五万人の記念として新衣装を出そうと考えた時には、既に六万に達しようとしており、間に合わないと判断せざるを得なかった。

 なので、十万を突破したタイミングがベストではあったのだ。

 あくまで結果論だけど。

 まあ、伸びがよかったというのははいいことではあるのだけれど。

 

 

「それともう一つは、ぶっちゃけもう少し手前で発表するつもりだったんだけど、色々あってね」

 

 

【色々?】

【うん?】

 

 

「本来は一周年記念で発表しようと思ってたんだけど、色々難しいなって判断してね」

 

 

【あー】

【しろちゃんもあの時燃えてたもんなあ】

【本来ならあのタイミングでやるつもりだったのか】

【これナルキさん戦犯では?】

「いや、それは違うよ。結局色々私なりに考えて、このタイミングにしようって決めたわけだから、正直私以外に責任はない。それは、理解してほしいかな」

【了解】

【まあナルキの件は半ば燃やされたようなものだし】

【犯人探しが一番不毛だからね】

 

 

 一瞬不穏な空気になりかけたが、しろさんが統制をかけるとあっさりと鎮火した。

 色々なことがあり、数も増えたがしろさんの視聴者は基本的に民度のいい人たちが多い。

 まあ、これはヤバい人がメイドさんたちによって全てブロックされているという単純明快な事情もあるのだが。

 

 

「ま、色々あって、待たせちゃったとは思うんだけど、もう延期されたりはしないので、もう少しだけ待っててねということだね」

 

 

【楽しみすぎる!】

【現在進行形で待ってるよ!】

【マジでどういう衣装なんだろう】

【個人的には、鎌をどうしたのかが気になる。だいたい新衣装だとそういうのはなくなってるイメージだけど】

 

 

 しろさんは、マシュマロを画面から追い出して次のマシュマロを選択する。

 

 

「じゃあ、次。これで最後だね」

 

 

【新衣装制作に関して、何か印象に残っていることはありますか?】

 

 

「ふむ、ネタバレにならない範囲で言うと、そうだねえ」

 

 

 しろさんは、視線を上にやりながら言葉を選ぶ。

 多分、彼女自身の記憶を探っているのだろう。

 なおかつ、衣装の詳細が漏れないように頭を回していると思われる。

 

 

「まあ、私は服にあんまり興味なくてさ、初期衣装もある程度大まかな注文を文章で送っただけで、あとはほとんどがるる先生に丸投げしてたんだよね」

 

 

 そうだったのか、それは知らなかった。

 でも服とかイラストとかの知識がないなら、それ以上出来ることってない気もする。

 それこそ、「黒を基調としたブレザー、死神の鎌を背負っている、緑と赤のオッドアイと、銀髪」くらい指定しなできなかったはずだ。

 私が発注していても同じことが起こっていただろうね。

 

 

「そもそも何が作りたいのかもわからなくて、どういう衣装にしたいのかっていうことをいろんな人に相談してたんだよね、それこそがるる先生も含めてさ」

「ナルキさんに発注の仕方とか色々教えてもらって、マオ様やラーフェさん、羽多先生にも色々アドバイスをもらったりしてさ」

「だから、本当に今までお世話になった人すべてのおかげで、この衣装があると思ってます。というわけで、そろそろお披露目していきますね」

 

 

 ついに、しろさんは本当にお披露目を開始した。

 

 

 

 

 

 




・余談

この新衣装お披露目、実はもっと前にやるつもりでした。
というか、二章のラストにお披露目するつもりでした。(裏設定としては当初凸待ちでお披露目発表のつもりがナルキさん炎上でうやむやになってしまい、復活したのちにやるという予定でした)

で、二章のエピローグを投稿した後で、完全に新衣装お披露目を忘れていることに気付きました。


なぜ忘れていたのかは筆者にもわかりません。
こんな感じではありますが、今後ともよろしくお願いいたします。


【お知らせ】 
 先日より、カクヨムコンに本作を応募しております。
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第十九話『新たなる衣装』

 オープニングが終わり、いよいよ新衣装お披露目が始まる。

 

 

「じゃあ、まずは足から見せていくね」

 

 

 まず、真っ先に目に入ってきたのは、靴だった。

 しろさんが普段はいている、制服の革靴より、ヒールが高い。

 続いて、膝あたりまで出てきた。

 そこで、靴下の色が異なることに気付く。

 初期衣装の時は、膝のあたりまで白い靴下で覆っていた。

 だが、今回の新衣装では膝上まで黒いソックスで覆われている。

 

 

「次は、太腿を見てもらいましょうかね?そろそろどういう服かバレちゃいそうだけど」

 

 

 そういって、しろさんはそろそろと太腿を見せてくる。

 まず、目に入ってきたのは靴下とスカートを、あるいは下着を結び付ける二本の、黒い線だった。

 いわゆる、ガーターベルトという奴だ。

 なぜだろう、別に露出はかえって減っているはずなのに、どうしてこんなにもいやらしく感じられてしまうのか。

 多分だが、下着がどうなっているのかを想像できてしまうからだな。

 詳細はわからないものの、とりあえず色と布の質感は予測できる。

 

 

 そういえば、がるる先生は設定として下着とかも作りこんでいるらしい。

 がるる先生本人としろさんは、データを持っているんだと、しろさんが以前私に話してくれた。

 あの手この手を使って、見せていただけないかと頼んでみたのだが、しろさんは顔を真っ赤にして断固として見せてくれなかった。 

 はなはだ無念である。

 何とか、しろさんの機嫌がいい時を見計らって、またお願いしてみたいものだね。

 閑話休題。

 見えたのはそれだけではない。

 シースルーの白いフリルがついた、黒いスカート。

 そしてその上には白いエプロンが見える。

 ここまで観れば、もう視聴者もどういうものか気づいただろうね。

 

 

「さてさて、お次は首のあたりまで見てもらおうかな?」

 

 

 予想のコメントの大半が、正解を捉えている状況になりながらも、まだしろさんは焦らす。

 二の腕を半分ほどまで覆う袖が、フリルのあちこちについた服が、露になる。

 

 

「じゃあ、最後は頭ね」

 

 

 しろさんは、そういって全体を出した。

 黒を基調とした服に、白いフリルとカチューシャ、そしてエプロン。

 上着は半そでで、細い腕と可愛らしい肩、そして、胸の谷間が露出している。

 下は短いスカートで、太腿の絶対領域がまぶしい。

 耳には、死神の鎌を模したような耳飾りがついている。

 結論を言おう。

 メイド服である。

 

 

「はい、というわけで新衣装はメイド服でした!当たった人、おめでとうございます!」

 

 

 しろさんは、メイド服を着ていた。

 氷室さんたちが着ているようなクラシカルメイドではなく、露出の多いメイド喫茶の店員が着るような衣装。

 ナルキさんの初期衣装に近いだろうか。

 メイド服というより、メイドコスと言ったほうがいいかもしれない。

 あまりにも可愛すぎる。

 

 

【かわいい!】

【メイド服とは】

【最高過ぎないか?】

【最高! ¥10000】

【ありがとう!ありがとう! ¥7777】

 

 

 視聴者たちも大盛り上がりである。

 さらに、スーパーチャットなども多く飛び交っている。

 その中には、高額なものも多い。

 

 

 

「みんな喜んでくれて、ありがとう!ある程度落ち着いたところで、じゃあ、とりあえず今回の衣装を作るにあたっての、経緯を説明していこうと思います」

 

 

 しろさんはにこにこしながら、衣装についての説明を始めた。 

 

 

「きっかけは、まずASMR用の衣装が欲しいと思ったことなんだよね」

 

 

【ほほう】

【まあ必要ではあった】

【確かにメイド服はぴったりかも】

 

 

 実際、ナルキさんはいくつかASMR配信用の衣装を持っていたりする。

 ASMRをメインとしている人にとっては、もはや当然のことでもある。

 

 

「で、ナルキさんに相談していたんだけど、いくつかアイデアを送ってくれたんだよね。そして、そのアイデアの中から選んだって感じです」

 

 

【他にはどんなアイデアがあったの?】

【メイド服にした理由は?】

 

 

 そういえば、他のアイデアたぶん私見てないね。

 別に聞くまでもないって思ったからだろうけど。

 

 

「理由はいくつかあって、まずコスプレをしてみたかったっていうのが一つ。コスプレをすることで、シチュエーションボイスとかも作れるしね」

 

 

【確かにメイドってコスプレの一種か】

【丈も短いし、メイドコスプレ衣装って認識でいいのかな?】

【制服もコスプレじゃないの?】

【おいおいおいおい死んだわあいつ】

 

 

「こほん、さて制服をコスプレと言った人を黄泉に送ったところで、では二つ目。ちょっとえっちな衣装が欲しかったから」

 

 

 確かに、しろさんの格好は非常にきわどい。

 肩、谷間、太腿などが露出しており、非常にセンシティブになっている。

 露出度自体はそこまで高くないのに加えて、黒を基調としているのでBANされることはまずないだろうが、フェチズムを刺激してくるそれがえっちであることに変わりはない。

 しろさんの配信には、耳舐めをはじめ少しだけ過激なパートもある。

 そういうことをする際にも、それに相応しい性的魅力をアピールする衣装が必要だとしろさんは考えたのだろう。

 

 

「耳舐めとかも、やっていくので期待していてほしいなってことですね」

 

 

【メイドさんのご奉仕やん】

【うっ、ふう】

【これは今後が楽しみですね】

「ええと、それで三つ目なんだけど」

 

 

 しろさんが、何故か言いよどんでいる。

 視聴者さんは気づいていないだろうが、私にはしろさんの顔が赤くなっているのが見えていた。

 そして理由もおおよそ見当はついていた。

 

 

「ナルキさんへのリスペクトというか、あわせというか、まあそんな感じです」

 

 

【かわいい】

【草】

【炎上の時も思ったけど、本当にナルキのこと好きだよなあ】

 

 

「そうだね、正直一番仲がいいVtuberが誰って言われたら私は迷いなくナルキさんっていうよ。いつもよくしてもらってるし」

 

 

【こちらこそ、仲良くしてくれててありがとう 金野ナルキ】

【あれ? がるる・るる】

【がるる先生敗北者で草】

【涙拭けよがるる】

 

 

「いやあの、がるる先生のこともすごく大事に思ってるんですよ?ただしいて言うならって話ですからね?」

 

 

 しろさん、あわてて補足する。

 彼女は私のことを垂らしとか言ってるけど、多分しろさんの方がひどいと思う。

 ナルキさん、がるる家、メイドさん等々、特に女性に好かれる才能がある気がする。

 ちなみに、一度それを指摘したことがあるのだが、「多分君の影響だから私は悪くない」と言われてしまった。

 訳が分からないよ、まあ別にそんな能力が私にあろうがなかろうが、別に大した意味はないから別にいいか。

 

 

「じゃあ、次は関わってくれた方の紹介です」

 

 

 そういって、しろさんはさらに画面を切り替える。

 そこには、複数名のSNSのアイコン画像が表示されていた。

 もちろん、事前に彼女が許可を得ていたものである。

 

 

「衣装を描いてくださったのは、もちろんがるる・るる先生です。ラフから完成まで、全部作っていただきました」

【どやあ がるる・るる】

【がるる先生がどやっておられる】

【ここはどやってもいい場面ではある】

【がるる先生もありがとうございます!】

【腹立つ顔してそう】

 

 

 メイド服をよく見ると、細かい意匠がちりばめられている。

 冥界や死をモチーフにしたような飾りを取り付けているのだ。

 

 

「そして、そんな綺麗なイラストをモデリングしてくださったのはロリリズム先生です。告知も手伝ってくださって、何から何までありがとうございます」

 

 

【コメント欄にはロリリズムはいないな】

【SNS見たら、三日前から完全に止まってるから】

【あっ】

【忙しいんだろうな】

 

 

 うん。

 まあ、ロリリズム先生は数多の人たちから仕事を受けているからね。

 これなくても仕方がない。

 というか、がるる先生あたりは本当に大丈夫なんですか?

 

 

「さて、色々説明も終わったところで、ここからはスクショタイムだよ!」




というわけで、メイド服でした。
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第二十話『表情』

感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。


 スクショタイム。

 スクリーンショット、通称スクショをするための時間だ。

 つまり、視聴者に新衣装をまとったしろさんを撮影してもらう時間のことである。

 いうなれば、撮影会のようなもの。

 新衣装お披露目においては、恒例行事となっている。

 

 

「スクショした画像は、どんどんSNSにハッシュタグをつけてアップしてくれたら、あとで見に行きますので、よろしくね!」

 

 

 スクショをSNSにあげる人が多ければ多い程、宣伝にもなる。

 なおかつ、そういったファンの投稿に、Vtuberが反応したりすることでファンと配信者での交流をすることもできる。

 スクリーンショット一つで、ここまで美しい文化ができているのだから、面白い話である。

 

 

「ところで、みんな、スクショに興味がない人も、もうちょっとだけ待機してほしいんだよね。見せたいものがまだあるから」

【うん?】

【そうなんだ】

【じゃあもうちょっと見ておこう】

 

 

「ま、私のことを信じてもらう必要はないのだけれどね。どちらかというと、がるる先生とロリリズム先生のことを信じて欲しいということさ」

【どういうこと?】

【もしかして、まだ隠し玉がある?】

【なんとなく予想がついたかもしれない】

【ああ、そういえばマオ様とかと時にはあったあれがない】

【ぐふふ がるる・るる】

 

 

 しろさんは、まず配信画面を操作して、自身の顔をアップにした。

 脚も、腕も、体も映らなくなり、顔と、首と、肩だけが写っている。

 いわゆる、ガチ恋距離という奴で、コメント欄もそのかわいさのあまり【かわいい】で埋まっている。

 ついでに私の心もかわいいで埋まっている。

 かわいい。

 世界一かわいい。

 

 

「うわー、みんなが褒めてくれてる!ありがとう!嬉しいな!」

【!】

【あああああああああああああああああああ!】

【心臓が止まるかと思った】

【うっ】

【こんなの泣いちゃうよ】

 

 

 しろさんが喜びの感情を、声に出したから――ではない(・・・・)

 感情が、目に映っていたから、だ。

 しろさんの眼が、キラキラと輝いている(・・・・・)

 極大の四芒星が目の中に出現している。

 いわゆる、シイタケ目というやつだ。

 

 

「というわけで、スクショタイム兼、がるる先生が用意してくれた表情差分お披露目会、はっじめるよー」

【うおおおおおおおおおおおおおお!】

【泣き顔とかあるのかな!】

【赤面とか欲しい】

【シイタケ目だけでも最高過ぎる】

【ちゃんとお披露目終わっても帰らなくてよかった】

 

 

 Vtuber永眠しろさんの表情は、元々あまり多い方ではなかった。

 無理もない話ではある。

 この一年半、彼女は最初にもらったLive2Dだけを使ってきた。

 ただの一度のアップデートもなく。

 それゆえに、ここにきて一気に表情の幅が広がったのだ。

 新衣装に加えて、新たに表情を追加した。

 当然、その分費用は掛かるが、しろさんにとっては障害にもならない。

 あと、今回はお友達価格ということで、かなり相場より安くなっているらしい。

 これも、しろさんが勝ちとった信頼の一つではあるかもしれない。

 

 

「じゃあ、とりあえず表情変えていくね」

 

 

 しろさんは、そう言いながらパソコンを操作して画面を切り替える。

 ついでに、声音も切り替える。

 

 

「うう、みんなあ、この一年間付いてきてくれてありが、とう、うう」

 

 

 しろさんは、ここ一年でかなり演技力が向上した。

 何しろ、幾度となくASMR配信をしている身である。

 二日に一回はASMR配信をしており、それを一年半。

 配信外でリハーサルをしている時間も考えれば、ほとんど毎日続けている状態だ。

 それは演技力も上がるはずだ。

 

 そしてそこに、涙で瞳をうるうるさせた泣き顔差分が加われば、鬼に金棒。

 演技だとはとてもじゃないが、到底思えない。

 

 

【すごい、本当に泣いてるみたい】

【いやこれは泣いてるよ】

【泣き顔かわいいハアハア】

【君の雫を舐めたい ラーフェ・キューバム】

【映画のタイトルみたいで草】

 

 

 視聴者の反応は様々だが、全員が心から喜んでいる。

 これからは、しろさんがいじめられる展開もより楽しめるようになるかもしれない。

 

 

「ひえっ、み、みんな私の泣き顔を求めすぎじゃない?こわい、ぷるぷる」

 

 

 そういうと、表情が一変。

 泣き顔から、青ざめた顔に変化する。

 瞳孔は見開かれ、こめかみのあたりに縦線が何本か浮き出ているのだ。

 声色も相まって、本当に怖がっているように見える。

 

 

【かわいい】

【これもいい】

【この顔でホラゲやって欲しい】

【しろ虐の民がわいてて草】

【表情ころころ変わりすぎて、スクショタイムなの忘れちゃうよ】

 

 

 確かに、ホラゲーなんかはこれでもいいかもしれない。

 まあ、彼女がやりたがるかと言われる微妙なラインだが。

 そして、いよいよ表情差分は最後だ。

 

 

「ええと、今日は本当に見てくれてありがとう。べ、別に嬉しくなんかないんだからね!」

 

 

 表情が、反転。

 青から、赤面に切り替わる。

 しろさんが普段私に見せている照れ顔が、ほとんどそのまま視聴者たちの前に映し出される。

 個人的には、今回の表情差分でこれが一番好きだ。

 とくに耳まで赤くなっているのが評価ポイントだね。

 

 

【最高!】

【これはいいツンデレ】

【そういうロールプレイも見たい!】

 

 

 コメント欄は、欲望に忠実に盛り上がり、沸き立っていた。

 

 

 ◇

 

 

 その後も、スクショタイムは続いた。

 

 

「改めて、どうですか?この衣装は」

 

 

 ルーズに戻して、全身をスクショしてもらい。

 

 

「どうどう、このお胸、正直制服の時よりえっちじゃない?」

 

 

 がるる先生の手によって増した露出をこれでもかとアピールし。

 

 

「じゃあ、次は全身写した状態で表情変えていくね」

 

 

 ルーズ状態で表情を変えることで、バリエーションも増やし。

 気づけば、一時間が経過していた。

 

 

「じゃあ、皆さん、ありがとうございました。おつねむー」

 

 

 新衣装お披露目配信は、たくさんの人に祝われながら幕を閉じた。

 この日の同時接続数と、スーパーチャットの合計額は、それぞれ永眠しろさんのチャンネル史上過去最大を記録したのだった。

 




というわけで、新衣装回でした。


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もしかしたら二回目の新衣装を出す際に参考にするかもしれません。

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第二十一話『握られた寿司、打ち込む鍵盤』

お気に入り登録など、ありがとうございます。


 

 Vtuberにとって最大級のイベントである新衣装お披露目が終わったその次の日も、永眠しろさんに休みはない。

 今日の配信は、案件である。

 以前から聞いてはいた。

 パソコンの案件。

 しろさんも、配信上で近々やると何度か話していたもの。

 それが、今日行われようとしていた。

 

 

「文乃様、機材の設定終わりました!」

「あ、ありがとう。雷土さん、火縄さん」

 

 

 機材担当の雷土さんと、サポートである火縄さんが案件で宣伝するパソコンをセッティングしてくれた。

 今回は普段使っているパソコンは移動させて、宣伝する早音テックのパソコンを使うことになる。 

 さらに、宣伝として使うゲームの設定も既に万全。

 もうすでに一年以上働いてくれているだけあって、三人とも本当に頼りになる存在だ。

 

 

「じゃあ、やっていこうかな」

「ごめん、ありがとう。ちょっと考え事をしてた」

『何を、考えていたんですか?』

「うーん、色々」

 

 

 それはそうだと思う。

 もし仮に、何か一つのことだけを考えたりしているのであれば、私にはしろさんの思考はもうほとんど読めているはずなのだ。

 だというのに、今の思考はまるで読めない。

 複数のことを同時に考えているのだろうね、最近はこういう状態が多い。

 一体何を考えているのだろうか。

 

 

『具体的には?』

「お父さんのこととか、あるいは案件うまくいくかなとか、次の新衣装どうしようかなとか、あとはまあ、何でもない」

 

 

 何でもない、というのは紛れもない嘘だな。

 列挙してきた三つについては、本当なんだろうけどね。

 とりあえず、隠しておきたいというのならば配信前だし追及するのはやめておこう。

 

 

「こんばんながねむー。今日は、案件配信やっていきますよ」

 

 

 しろさんは、いつも通り配信を始める。

 着ているのは最近公開した新衣装である、メイド服である。

 サムネイルには、「案件配信、タイピング・咀嚼ASMR」などと書かれていた。

 あと、パソコンの情報なども載っている。

 サムネイルは雷土さんが作っているので、しろさんが知らない情報でも載っている。

 

 

【きちゃ!】

【メイド服助かる】

【かわいい!】

【新衣装で案件か、いいね】

 

 

 しろさんは、キーボードと彼女自身の間にマイク()を置いている。

 これによって、キーボードをタイピングする音が聞こえる。

 

 

「今回は、画面に表示されているタイピングゲームをしながら、こうしてタイピングをするというタイピングASMRになっております」

【パソコンの宣伝でもASMRは草】

【しろちゃんらしいな】

【早音グループに気に入られてるのすごいな】

 

 

「私ね、正直パソコンのことは全然わからなくてさ、今回のセッティングも家の人に手伝ってもらってるんだよ」

【そうだったのか】

【しろちゃん本当に機械音痴だから】

【草】

 

 

「だから、パソコンの案件として宣伝しようにも、どうしたらいいか全くわからなくてね。普通の配信者ならゲームをやったりするんだろうけど、私は全然やらないし」

 

 

 確かに。

 しろさんは、ゲーム配信を積極的にするタイプではない。

 全くやらないわけではないのだが、それでもむしろ裏でやるパターンの方が多い。

 何しろ、しろさん、ゲームがあんまりうまくない。

 

 

 カタカタ、カタカタ、カタカタとパソコンの音が響く。

  

 

「おお、何だかいい音が出てるような気がするね。やっぱり、いいパソコンだなあ」

 

 

【確かにいつもとタイピング音は違うけど、それで買おうという気になるかというと……】

【キーボードの宣伝してます?】

 

 

 今回の配信は、センシティブな要素はほとんどない。

 しいて言うならメイド服くらいだろうか。

 なので、視聴者たちもリラックスして配信を観ている。

 

 

「おいおいおいおい、君達酷いじゃないか」

 

 

 しろさんも、耳元で囁きながらもタイピングをしているので本当に和む、落ち着く配信だ。

 まあ、普段の配信も癒したりする配信が大半なのだけどね。

 たまにこの前のおみ足ASMRのようなセンシティブなものが混ざってくるだけで。

 センシティブだと広告収入がはがされるはずなのに、騒音対策でそもそも広告付けてないの、無敵状態で自爆してるようなものだよね。

 ちなみに、この表現は以前通話していた際にナルキさんが漏らしたものだ。

 言いえて妙ではあるけど。

 

 

「おっ、クリアだ」

【おめでとう!】

【これもうホントにパソコン関係なくて草】

 

 

 

「普通ならこれで終わるところですが、ところがどっこいそうはならないんだな」

 

 

 しろさんは、側に置いてあった割り箸で何かをつまみ、口元に運ぶ。

 黄色い卵焼きに、白い酢飯。

 何かは、寿司だった。

 

 

「お寿司、食べます」

 

 

 可愛らしい口を開けて醤油のついた寿司を口一杯に頬張る。

 玉子とシャリ、あと海苔を噛み切る音がマイクを通して響き渡る。

 しばらくして、ごくりと白くて細い喉を鳴らし、しろさんは寿司を飲み込んだ。

 

 

「冥界は特殊な空間だからね、ゲームをクリアするとお寿司を食べることができるのだよ」

【草】

【咀嚼ってサムネに書いてあるの見た時は意味わからなかったけどこういう企画か】

【冥界って言っておけばなんでも許されると思ってそう】

 

 

 それはしろさんが出したアイデアだった。ただパソコンを使ってタイピングをするだけでは企画として弱いのではないか、宣伝効果が見込めないのではないだろうか。そんな風に感じていたらしい。

 案件配信というのは、あくまでも内輪に配信をするということが求められる。

 つまり、企画までして人を呼び込む必要性はないのだ。

 けれど、しろさんはそれをやる。

 それは、この案件に対して真剣だからだ。

 こうして案件という安定した収入を得続けることで、ビジネスとして永眠しろを維持できるようになりたいという思惑が半分。

 そして案件をくれた父に対して全力で向き合いたいという思いがもう半分。

 そんな彼女だからこそ、視聴者も、私も応援したいと思うのだけれど。

 

 

「じゃあ、レベルを上げようか」

 

 

 今回の寿司タイピングゲームには、レベルがある。

 レベルを上げれば上げるほど、当然難易度も上がっていく。

 だが、レベルが高いゲームをクリアすれば、高いスコアを得ることができるというわけだ。

 

 

 レベル1はクリアできたようだが、果たしてクリアできるのか。

 

 

「うん、余裕だね。おいしい」

 

 

 レベル2をクリア。

 マグロの赤身を食べる。

 ネタがでかい。

 私が知ってるマグロと違う。

 

 

「あぶなあ、セーフセーフ。おいひい」

 

 

 レベル3をギリギリでクリア。

 今度はホタテを食べる。

 明らかに、大きい。

 そして、新鮮であることが見ただけでわかる。

 というか舌の肥えたしろさんが喜んでいるあたり相当なはずだ。

 

 

「あれ、待って待って無理かも」

 

 

 

 そして、レベル4でしろさんは詰まってしまった。

 彼女は、決してゲームがうまい方ではない。

 むしろ、レベル3までクリアできたのはかなり頑張った方だと思う。

 

 

「やってやるさ……」

 

 

 それから一時間、タイピングを繰り返していたが、クリアできなかった。

 配信が終わった後、しろさんは「サーモン食べたかった」と呟いたのだった。

 

 

 余談だが、パソコンの売れ行きはさほど変化しなかったものの、なぜかキーボードだけを買おうとする問い合わせが殺到したらしい。

 




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第二十二話「父と母」

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 案件配信が終わって、その翌日。

 またしても、私は父と食卓で顔を合わせていた。

 相変わらず緊張はするのだが、これでもだいぶましにはなっている。

 少なくとも、陸奥さんが作ってくれたおいしい料理を食べるのに支障が出ない程度には。

 

 

「昨日の案件配信は面白かったね」

「観ていたんですね」

「まあ、案件だからね。もちろん他の配信も観てはいるけど」

 

 

 表情を笑顔のまま話し続けている。

 正直、少しだけ怖い。

 

 

「ですが、あまり売り上げは伸びていないのでは?」

「別に伸びていないわけではないよ。というかパソコンは値段が張るからね、飴とは違って少し宣伝したからすぐ売れる、というようなものでもないんだよ。そもそも、一年に一台買えば多い方だからね」

「そういえばそうですね」

 

 

 確かに、私もデビューしてから同じパソコンを使い続けている。

 もう二年近くになるけど、まだ問題なく使える。

 とはいえ、もう少ししたら買い替えていいかもしれない。

 せっかく、活動を支援したいという意図でスーパーチャットなどをもらっているわけだし。

 

 

「サイトのアクセス数自体は、かなり伸びているし、SNSのトレンドにも載っただろう?それだけで十分なんだよ」

 

 

 SNSのトレンドには、『お寿司咀嚼タイピングASMR』という謎のワードが載っていた。

 どうやら、企画として面白かったということで、それなりにバズったようで。

 簡単に売り上げが増えたりはしないにしても、こういうのは知ってもらうだけでも意味がある。

 というか、知ってもらえないともうステージにすら上がれないからこそ、彼女たちは 

 

 

「それで、最近調子はどうかな?」

「大分、精神的にも改善されてきました」

「そうだったのか」

「お寿司、食べれたんですよ」

「……そうか。そうだね」

 

 

 あの時(・・・)以来、寿司を含めて生肉の類は全部だめだったからね。

 今でも覚えている。

 何かがつぶれて砕け散る、人生で最も不快な音。

 飛び散る肉だった何か。

 正直、それ以来生肉を見るのも苦痛だった。

 それが、今や少量なら食べられるくらいになった。 

 

 

 『彼』が死んだ時から、もう二年以上になる。

 でもたぶん、それが理由ではないと思う。

 ダミーヘッドマイクに転生してくれたから、生まれ変わってくれたから。

 この一年と七か月、私の隣に居てくれたから。

 少しずつ私は前に進めるようになってきた。

 いじめられていた記憶は濃密な日々の中で薄れ、人生で初めての駅で経験したトラウマは『彼』とのあわただしくも温かい日々が埋めてくれた。

 日々一歩ずつ、前へ前へと生きてきた。

 だから、今日はもう一歩進むと決めてきた。

 

 

「そのうえで、話がありますお父様」

「聞こうか」

 

 

 どうして、この人の表情が変わらないのかわかった。

 彼は、優れたビジネスマンだ。

 状況に合わせて表情を変えることなど朝飯前。

 彼がこうしてにこやかな笑顔でいるということは、彼なりに誠心誠意をもって向き合おうとしてくれていることの証左なのだろう。

 その在り方を、私は完全に理解することはできない。

 私は、母とは違うし、『彼』みたいに特別な力もないから。

 けれど、それでも私は彼の娘で、この人に相対しているから。

 

 

「私は、Vtuber活動を仕事としてやっていきたいと考えています」

 

 

 今迄のどの瞬間より硬い声と表情で、私は宣言した。

 

 

「どうして」

「はい?」

「どうして、Vtuber活動を続けたいのかな?」

 

 

 ビジネスとして考えるならば、訊く必要のないものだっただろう。

 取引先の相手に、「どうしてその仕事をしているんだ」なんて訊くはずがない。

 だから、きっとこれは父親としての問いだった。

 彼なりに、私を案じているのかもしれない。

 だから、私は素直に答えよう。

 本心からの言葉で。

 

 

「小さいころから、私にはやりたいことなんてありませんでした。早音家を継ぐなんて言われても、正直事業に携わりたいなんて思えなかった」

「…………」

「でも、Vtuberになって、はじめて楽しいことを見つけられた気がするんです」

「…………」

 

 

 彼は、口を挟まずに黙って聞いている。

 表情も変わらないので、何を考えているのかはわからない。

 けれど、私は止まらない。

 

 

「私の声で、企画で、喜んでくれる視聴者がいる。仕事で関わり始めた人たちの中にはいい人や、変な人がいて、そのかかわりがとても楽しいんです。これまでの人生で、そんな関係を誰かと築けたことがなかったから」

 

 

 

 伝わるか、わからない。

 頭がおかしいかもと思われるかもしれない。

 理解してもらえるなんて思っていない。

 それでも、全部言わなければと思った。

 

 

「何より、私の傍でずっと一緒にいてくれる誰よりも大事にしたくて、ずっと一緒にいたい()がいるんです。だから」

 

 

「このVtuber活動をずっと続けたい。ただ、一時的な精神的な療養のための趣味としてではなくて、生涯続けていける仕事として」

 

 

 どんなことがあっても、死ぬまで続けたいと思っているから。

 ならば、仕事として考えるのが最善だ。

 具体的には、Vtuberとしての収益のみでVtuberとして生活し、氷室さんたちを雇い続けられるようにする。

 

 

「文乃」

「君は、勘違いをしている。まず、君の療養は終わっていない」

「はい?」

 

 

「精神的なものは、自覚に乏しい場合も多いし、再発することだって多々ある。ゆえに、療養を続けるべきなのは変わらないし、当然それに趣味が必要なら続けて欲しい」

「う……」

 

 

 確かに、当人だからこそ反論できない。

 ましてや、私は使用人の方々からイマジナリーフレンドが発現したと思われているみたいだし。

 傍から見れば、まだまだ大丈夫と言える状態ではないだろう。

 

 

 

「それでも、もし。君が仕事としてVtuber活動を続けたいのなら、私は出来る限り手を貸そう。早音グループのトップとして」

「はい!」

「とりあえず、次の案件の話をしておこうか」

「そうですね」

 

 

 家族であることに、変わりはないから。

 だから、こういう向き合い方はきっと間違いではなくて。

 私が抱えている、もう一つの悩み(・・・・・・・)も、きっと悩んでいるということ自体は間違いではないのだろうと、そう信じた。

 

 

「あら、楽しそうな話をしているのね」

「お、お母様?」

 

 

 雪のように白い肌。

 そしてその肌と対になる、炭を連想させる黒い髪。

 正直、見た目だけで言えば二十代と言われても信じてしまいそうなレベルだ。

 いつの間にいたのか、気づけば背後を取られていた。

 足音もなく、彼女は父の傍まで移動した。

 

 

「本気で仕事にしたいというのなら、あなた自身がいろいろ回せるようになっておかないとね」

「そうだね、できる限り、私達が指導しよう」

「よろしくお願いいたします」

  

 

 私は、頭を下げた。

 私は、どうしてもまだこの人達が怖くて距離を取ってしまうがゆえに。

 そして両親は、仕事をベースとしているためビジネスとしての接し方がベースになっているゆえに、距離がある。

 でもこれでいい。

 家族の形に万人共通の正解など存在しない。

 

 

「それはそれとして、先程の話を全て聞いていたのだけれど」

「そうだったの?なら雪乃も席につけばよかったのに」

「うーん、何だか口をはさむのどうかと思ったのだけれど、ちょっと聞きたいことがあってね」

 

 

 何だろう。

 もしかして、例の件だろうか。

 それとも、Vtuber活動のビジネス化についてまだ何かがあるのだろうか。

 

 

「さっきの話だけど、好きな人がいるのね?」

「ふえっ」

「え、そうなの?」

 

 

 父の表情が崩れる。

 ちなみに、母の表情は変わらない。

 『彼』のことはわからないはずなのに、先程の言葉だけで見抜いたのか。

 

 

「うん、そうなんだ」

 

 

 はっきりと、素直に答えた。

 

 

「あら、それはいいことね。恋愛は、人生を変えるもの。ねえ、あなた?」

「娘が、結婚か……」

 

 

 父が感慨深げな顔になっている。

 あれ、ついさっきまで家族らしくなくてもいい、とか思っていたんだけどなあ。

 もしかして、恋バナをしていたら普通に打ち解けるのでは?

 

 

「あなた、そうとは限らないわよ?」

「うん?」

「いや、文乃の交友関係を洗えば、絞り込めるじゃない?」

「あっ」

 

 

 そうだ。

 基本的には、私の交友関係は女性しかいない。

 そして、今の会話で察したのだが、おそらく二人ともイマジナリーフレンド、『彼』の存在に気付いていない。

 つまり、私の「好きな人」は女性であると解釈されてしまうのは無理がない。

 かといって、訂正するのも面倒だし。

 

 

「大丈夫よ、文乃。私たちはいつでもあなたの味方だからね」

「そうだな」

「…………うん、ありがとうございます」

 

 

 とりあえず、誤解したままでいてもらうことにした。




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第二十三話『筋トレ』

リクエスト回です。


 永眠しろさんは、常に挑戦をするVtuberである。

 これまでも、誰もやってこなかった斬新な企画系ASMRを実行に移し、多くの人たちの注目を集めてきた。

 そんな彼女だが、別に彼女一人ですべての企画をすることはできない。

 彼女はマシュマロを開いており、そこには時折企画のリクエストが来たりする。

 文乃さんが、スマートフォンでマシュマロを一枚一枚見ていた時、それは姿を現した。

 

 

【筋トレASMRをやって欲しいです】

 

 

 それは、マシュマロに送られてきた視聴者からの要望である。

 筋トレASMRか。

 

 

「これさあ、どっちだと思う?」

『どっち、と言いますと?』

「私が筋トレをしている配信なのか、それとも私が視聴者の筋トレを手伝うカウントダウン配信をすればいいのか」

『うーん、たぶんですけどそれは前者じゃないですか?』

「どうしてそう思うの?」

『勘ですね』

「じゃあ間違いないかなあ」

 

 

 おそらくだが、永眠しろさんが筋トレをしている姿を見たいのだろうな。

 今は筋トレをするゲームもあったりするし、それを使った配信があったりする。

 だいたい、悲鳴であったり吐息が混じったりするので、視聴者は大助かりだ。

 さて、企画としては悪くないと思うが、文乃さんはどうだろうか。

 

 

「一応聞いておくけど、君がただ私が息を荒くしているのを聴きたいというわけではないんだよね?」

『そ、そんなわけないじゃないですか』

「…………」

『見たいですけど、それとこれとは別ですよ』

「まあそうだよね」

 

 

 ジト目になっている。

 

 

『どうします?』

「無理」

 

 

 即答である。

 冗談という雰囲気ではなかった。

 目も、見にまとう雰囲気も本気だった。

 

 

『何でですか?』

 

 

 私が思うに、しろさんは今まで常に努力していた。

 視聴者を楽しませるために、喜んでもらうために。

 そして、ありとあらゆる配信や企画にチャレンジしてきた。

 その中には、様々な事情で断念せざるを得ないという企画も確かにあったがそれでも文乃さんはやる前から拒否するようなことは一度もなかった。

 だというのに、今更どうしたのか。

 もしかして。

 

 

『筋トレ、嫌なんですか?』

「……うん」

 

 

 まさかの理由である。

 いや、そんなことはないか。

 思えば、文乃さんがまともに運動している姿を見たことがない。

 大体一日中、ゲーミングチェアか、ベッドの上にいるわけでして。

 そして、これといって筋トレをするようなことも当然ない。

 ボイトレとかはやってたけど、声優さんがやっているような基礎の体力トレーニングのようなことはまるでやってこなかった。

 食事量があまり多くないため、太ったりはしていないが不健康であることに変わりはない。

 うかつだった。

 私は人の体を捨てているがゆえに、そして元々不健康だったがゆえに、彼女の健康状態をあまり考慮に入れていなかった。

 大体、Vtuberというのは引きこもって活動していることが多い。

 

 

『ちなみに、体を鍛えるという選択はなかったのですか?』

「う、そ、それはね」

 

 

 文乃さんは、語り始めた。

 何しろ、体を鍛える習慣はあまりなかった。

 華道や茶道、箏などをやることはあっても武道など体を動かすようなことは一度もしてこなかったようだ。

 それこそ学校の体育くらいのもの。

 付け加えれば、文乃さんは学校で経験したことにいいイメージを持つことができない。

 文乃さんが言うには、体育の授業にもいじめはあったようだし。

 ドッジボールとかは、本当に地獄だったそうだ。

 初めて聞かされた時は、ないはずのはらわたが煮えくり返った。

 文乃さんは、そんな私を見て、少し嬉しそうだったけどね。

 それも、通信制の高校に行ってからはそれすらもなくなった。

 文乃さん、結構細い方だとは思っていたけどそもそも筋肉がない可能性もあるんだよね。

 

 

『筋肉を裏切った私が言うのもなんですが、筋肉は裏切りませんよ』

「う、うんそうだね」

 

 

 文乃さんは、こくこくとうなずく。

 

 

「ある程度、健康を保つためにも運動はしたほうがいいよね」

『その通りです』

 

 

 私に手足がないので忘れがちだが、しろさんは月に一度外出すればいい方なのである。

 そしてそれ以外では、彼女は常に家にいて映画やドラマやアニメや、U-TUBEの動画を観るか、配信の準備などをして過ごしていた。

 一日の大半を、座って過ごしていたわけで。

 そろそろ、運動だってしたほうがいいんじゃないかと思う。

 

 

「君は、学生時代に運動はしていたの?」

『ええとですね……』

 

 

 もはや古の記憶となり果てている子供時代の記憶を掘り起こす。

 

 

『子供のころは、野球をしてましたよ。小学校の時ですけど』

「やきゅう?」

 

 

 奇妙なイントネーションで、言葉が返ってきた。

 文乃さん、もしかして野球をご存じでない?

 まあ、女の子だとスポーツに詳しくない人もいるらしいしね。

 

 

「一応、九人でやるとか、バットとボールを使うとかは知っているよ。ただ、細かいルールとかは知らないかな」

『まあ、やらないし、観戦もしなければそんなものですよね』

 

 

 実際、私だってやっていないスポーツのルールはほとんど知らない。

 三十歳にもなって、結局オフサイドの意味が理解できなかったりする。

 

 

「中学生の時は、どうだったの?高校生の時とかは?」

『中学は、新聞配達のバイトをしていて、高校以降も色々バイトしてたので、ある程度運動はしてましたよ』

「あー、動き回ったりするらしいね。バイトって」

 

 

 結局、子供の時が一番幸せなのかもしれないね。

 球を追いかけて、母がユニフォームを洗濯してくれて、そして父は応援してくれていた。

 

 

 いや、流石に今の方が幸せだ。

 そんな私の内心とは裏腹に、文乃さんは覚悟を決めたらしい。

 

 

 

「やるかあ、筋トレ」

『やりましょう!でも、よく決心しましたね』

「君が、楽しそうに体を動かすことについて話すからね」

『……なるほど』

 

 

 文乃さんは、顎に手を当てて考え始める。

 

 

「メニューは、何がいいかな」

『まあ、上体起こし、スクワット、腕立て伏せ、プランクとかがいいんじゃないですか?』

「ほう、それは何でなの?」

『わかりやすいかなと』

 

 

 Vtuberの配信は、やはり没入感も大事になってくる。

 そう考えると、非常にメジャーな筋トレ方法がいいのではないか、イメージしやすいのではないかと思ったのだ。

 逆にマニアックな筋トレだと、「それなに?」となってしまって没頭できなくなってしまう。

 

 

「なるほど、確かにそうだ」

 

 

 そこから、文乃さんと私は話し合いを重ねていき、配信の流れを決めていった。

 あとは、文乃さんがやり切るだけ。

 まあ、出来るかどうかはさておいて。

 無理な気がするな。

 特に腕立て伏せなんて、ある程度鍛えていないと元々の姿勢を維持するのも難しいだろうね。

 

 

 ◇

 

 

「こんばんながねむー。今日は筋トレASMRというものをやらせていただきます」

【きちゃ!】

【本当に意味の分からない企画で草】

【ASMR企画をやらせたら本当に右に出る人いないだろうな】

「まずは、ちょっと上体起こしからやっていきますね」

 

 

 しろさんは、筋トレ配信を始めた。

 




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第二十四話『上体起こし』

感想などモチベーションになっております。

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 上体起こしというのは、基本的に一人でできないとされている。

 脚を誰かに抑えてもらうことで、初めて腹筋を鍛えることができるのだ。

 

 

 だが、しろさんはその常識を超えていく。

 彼女の足を抑えているのは二つのベルトと、そのベルトが繋がった吸盤。

 吸盤が床にくっついて固定され、なおかつベルトで足を縛ることで足を固定することができる。

 

 

 つまり、一人でも上体起こしが可能だ。

 ちなみに、その吸盤の上に台を置き、更にその上に私を設置している。

 しろさんが体を起こすと、ちょうど彼女の顔が私の顔に触れるような位置だ。

 頭突きしないようにだけ気を付けて欲しいものだが、大丈夫だろうか。

 

 

 私は基本的に、しろさんの配信を心から楽しみにしている。

 ただし、今回だけははっきり言って不安の方が勝る。

 それはなぜか。

 

 

 しろさんが、リハーサルを断固拒否したからである。

「いくら何でも負担が大きすぎる」というのがしろさんの主張だった。

 要するに、ただでさえ筋トレは辛いのに、更にリハーサルをするというのはしろさんをしてキャパオーバーだったということだろう。

 筋肉痛で動けなくなっても困るので、私は反対はしなかった。

 ただし、妥協案としてじぜんにラジオ体操をしてもらうことだけはゆずれなかった。

 何しろ、しろさんは運動不足オブ運動不足であり、運動量はもはやマイナス。

 なのに、準備なしで運動をすれば体を傷めかねない。

 なので、そこを妥協点とさせてもらった。

 しろさんも、体操ならと反対しなかった。

 

 

 ちなみに、しろさんはラジオ体操のやり方を知らなかったので、メイドさん三人が教えることになった。

 今の学生達って、ラジオ体操とかやらないのかな。

 私が学生だった頃は、運動会とか夏休みとかラジオ体操やらされていたんだけどね。

メイド服を着た三人と、部屋着を着た少女の四人が同じ部屋でラジオ体操をしているというのは中々にシュールな光景ではあった。

 閑話休題。

 

 

 いよいよ、上体起こしを始める。

 が、その前にしろさんは私の耳元で囁いてきた。

「じゃあ、みんなに足を持ってもらうね」

【えっ】

【しろちゃんのふくらはぎを俺達が抑えるのか】

【シチュエーションとしては最高だね】

 

 

 もちろん、視聴者が本当に足を掴んでいるわけではないのだが。

 彼女の位置的に、そういうシチュエーションであると錯覚させるということができる。

 視聴者たちの脳内には、折り曲げられた白い足が浮かんでいることだろう。

 

 

「ええと、腕を胸を前で交差させて、と」

【ほうほう】

【潰れてそう】

【全部耳元で実況してくれるの最高過ぎる】

 

 

 実際、腕を交差させることでしろさんの胸部装甲はつぶれて、盛り上がっている。

 装甲の大きさと柔らかさがはっきりと見えている。

 こんなの、天国過ぎませんかね。

 

 

 

「じゃあ、始めますね。一」

 

 

 しろさんは、予めしかれていたマットの上に倒れこむ。

 そして、そのまままた上がってくる。

 しろさんの顔が、私の耳元にまで近づいてくる。

 

 

「はあ、はあ」

『あの、大丈夫ですか?』

 

 

 すでに、わずか一回目で息が荒くなっているようだが、これ以上やったら死ぬんじゃないんだろうか。

 私の耳元から荒い息を吐いたまま、動かない。二回目を始めようとしていない。

 やはり運動不足の身ではまずかったか。

 

 

【耳元ではあはあされてるの最高】

【ハアハア(*´Д`)】

【俺も運動したくなってきた】

 

 

 コメントを見ると、視聴者には好評らしい。

 いや、認めよう。

 私的にも最高だ。

 息を吐く口が近づいたり遠ざかったりすることで、生々しさが出ている。

 これはいいものだ。

 リクエストしてくださった方に感謝を送りたい。

 

 

『しろさん、皆さんも喜んでるようなので頑張りましょう』

「は、はい。二」

 

 

 そうして、彼女は腹筋を再開した。

 

 

「う、ん。うんんんんっ。はあ、はあ。三」

 

 

 またしても、しろさんは

 人の手でやるほどがっちりと抑えているわけでもないしもしかしたらある程度は足も使っているのかもしれない。

 それでも、彼女の身体能力では相当きついらしくて、一回一回上がってくるだけでかなり疲弊している。

 待機時間的に、一回やって、また休んでの繰り返しだ。

 

 

「よんっ、く、う、ううん」

 

 

 ガチャ爆死配信の時も思ったのだが。

 しろさんは、追い詰められれば追い詰められるほど声がセンシティブになる気がする。

 前回は精神的なものだったが、今回は肉体的なものだ。

 甘く、それでいて切ない声が耳から脳内へと侵入してくる。

 

 

「ごーおっ、はあっ、はあっ。ろーくうっ、んんんっ、ふあっ。なーな、ふうんっ」

【ふう】

【あふう】

【頭が変になりそう】

 

 

「はーひいっ、ううんっ。も、もう無理もう無理いっ。きゅ、うっ」

【うっ】

【心臓止まりそう】

【これはおセンシティブ】

 

 

「はーっ、はーっ、じゅ、うっ」

 

 

 苦難困難を乗り越えて、しろさんは上体起こし十回を終えた。

 

 

「ああ、はあ、あう、腹筋は終わりです。ちょっと、ぎゅってさせて」

 

 

 私の耳元で、囁きながら、私を設置している台に手を添えて自重を支えている。

 十秒ほど休んでから腕をぎゅっと私を支えるシャフトに回した。

 言葉で、息遣いで、体で、心で。

 全部を使って、しろさんは視聴者を抱きしめ、寄りかかる。

 

 

【うあっ】

【最高過ぎる】

【かわいすぎる】

【腹筋十回であっさりと息が上がっているのコスパがよすぎる】

 

 

「あっ、あのさ、汗臭くないかな?大丈夫?」

 

 

 すんすん、としろさんが私の近くで鼻を鳴らしながら視聴者に問いかける。

 私には匂いなんてわからないけど、でもそうした振る舞いを見ていると、確かに女の子のにおいや汗のにおいがするような気はする。

 でもたぶん、しろさんの汗だったらきっといい匂いがするんだろうね。

 嗅覚や味覚がなくなっているのが悔やまれる。

 

 

【大丈夫だよ】

【むしろいいにおいがする】

【最高だよ】

【逆に俺達こそ臭わない?大丈夫?】

 

 

「そ、それなら全然いいんだけど。よかった。ああ、君は全然臭くないよ、すんすんすんすん、うん全然臭わない」

 

 

 しろさんが、耳元や首元をスンスンと嗅ぎまわる。

 正直しろさんは今回リハーサルをしてなかったので、クオリティ的にも心配だったのだがそちらは杞憂に終わりそうだった。

 まさか筋トレから汗と匂いを連想して、匂いを嗅いでくるだなんて、本当にしろさんは私と視聴者さん達を喜ばせるのがうますぎる。

 本当に、立派なVtuberになった。

 それこそ、もう機材と金銭関係以外は、誰かに頼らなくてもいい程に。

 

 

 さて、次はスクワットだな。




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第二十五話『スクワット』

ここすきを見ていると、どういうところで喜んでいるかわかって楽しいですね。
ありがとうございます。


 スクワット。

 脚を鍛えるための筋トレとしては最もメジャーなものだと思う。

 脚だけではなく体幹や腰を使うということである。

 スクワットにも色々種類があるらしいが、今回文乃さんが実行するのはノーマルスクワットだ。

 足を肩幅まで開き、膝を曲げて腰を落とし、また戻すという誰もが一度は見たことがあるであろう運動である。

 正直、これが一番不安だ。

 スクワットは、やり方が悪かったり、負荷をかけすぎると膝を傷める。

 腰から下は、痛めると致命的だからな。

 簡単には治らないうえに、常に負荷がかかり続ける場所が壊れるのは最悪すぎる。

 だが、あくまでも十回くらいだし、何とかなるだろうとも思っていた。

 

 

「さて、お待たせしてすみませんね。なんというか、ちょっと準備に手間取ってしまって」

【いいよ】

【大丈夫、気にしないで!】

 

 

 マイクを動かして、スクワットの準備を整える。

 今、ちょうど私の目の前に、キスするような距離間でしろさんの顔がある。

 ダミーヘッドマイクの収音機能は万能ではない。

 ある程度距離が近くないと、吐息のような小さな音はキャッチできない。

 なのでこの間合いが正解だったのだが、それはそれとして距離が近すぎる。

 もちろん、普段のじゃれ合いというか、話している流れでキスされることは度々あるけど、毎回キスされるたびにないはずの心臓が爆裂しそうだった。

 あとね、こんなに長時間正面からゼロ距離で向かい合うだなんてまずないのだ。

 普通のASMRだと、後ろから囁かれることが多かったからね。

 微かに、しろさんの鼻息が私の顔にかかる。

 視聴者の皆さんも距離の近さを感じているはずだ。

 

 

「じゃあ、スクワットをはじめていきますね、いーちっ」

『っ!』

 

 

 一度しろさんは沈み込み、また再度浮上してくる。

 つまり、しろさんの顔が一気に近づいてくる。

 まるで、自分より小さい女の子が、ずいっと距離を詰めてきてキスをするかのような。

 

 

「んっ、今度はさっきよりマシかも。にーいっ」

 

 

 こっちは、さっきとはまた別のベクトルで落ち着かない。 

 

 

「さーんっ」

『おおう』

 

 

 もう一つ、気づいたことがある。

 しろさんはいま、タンクトップにショートパンツという非常に動きやすいかつラフな服装をしている。

 筋トレのためと考えれば特に問題はない服装ではあるのだが、またしても装甲(・・)が揺れている。

 腕を頭の後ろで組んで胸を張っているせいか、むしろ先ほどより強調されている。

 

 

「よーん、んっ、ごーおっ。ろーく、うっ、あっ」

 

 

 思えば、しろさんが激しく動き回ることなどなかった。

 部屋の中を移動する際には歩けばいいし、唯一部屋の中で走ったのが私の正体に気付いた時のみ。

 私の方にも心の余裕がなく、当然そんなところをチェックしている暇などなかった。

 だが、今はその余裕がある。

 薄く綺麗なピンク色をした唇から漏れ出す吐息が空気の振動として耳に伝わり、胸部の振動が視覚的な刺激として目に映る。

 先程以上に眼福と言えるだろう。

 

 

【しろちゃんもう苦しそう】

【息上がってない?】

【息というか、足が動かなくなってるんじゃないかな?なんにせよ助かる】

【ありがとうございます】

『しろさん、もう少しですから、頑張ってください。大丈夫ですか?』

 

 

 先ほどより、ペースが落ちている。

 というか、膝を曲げたまま止まっている。

 これはまずい。

 しろさんの吐息が聞こえない状態が続くと、配信上よくない。

 何より、しろさんに無理はさせたくない。

 精神的にもそうだが、膝を痛められたりしたら大問題だ。

 

 

「まだまだいけるよ、なーなっ。んんっ」

 

 

 なんとか、顔をあげて、また上がってくる。

 精神力で言えば、しろさんはきっと同年代の子と比較にならないほど強いと思う。

 しかし、視覚情報としてしろさんを捉えられる私には、彼女の顔が震えているのがわかった。

 いや顔だけではなく、全身が小刻みに振動している。 

 あ、もう足が限界になってるパターンだわこれ。

 一応、最悪を想定して何かあれば別室にいる火縄さんがすぐに駆け付けられる状態ではあるけど、大丈夫かなこれ。

 

 

【めちゃくちゃしんどそう】

【がんばれ。がんばれ】

【これはセンシティブですよ】

 

 

 確かに、何かを堪えるような今のしろさんの吐息は、先程とはまた違った意味でのセンシティブである。

 配信としては大成功だろう。

 

 

 

「はーち、う、ん、んんっ」

 

 

 がくがく震えるのを制御しながら、声量が大きくなりすぎないように気を使いながら、しろさんは膝をまた曲げていく。

 

 

「きゅう、ん、ふーっ、ふーっ」

 

 

 ぽたり、としろさんの顔から体から汗が流れ落ちる。

 果たして視聴者の皆さんの耳に届いているのかどうかはわからないが、視覚的には非常に艶めかしく映る。

 

 

「じゅうっ、ふああああああああっもう無理」

 

 

 十回目が終わると同時、しろさんはへたり込んだ。

 

 

「す、すみません。ちょっとだけ休憩させてください」

 

 

 しろさんは、動こうにも足が震えて動けないらしい。

 これ、最後にしたほうがよかったかもしれないな。

 このままだとマイクの設定ができない。

 かといって、ここで中止するにはあまりにも時間が中途半端だ。

 どうすべきかと、一瞬考えて。

 

 

「すみません、ちょっと足が動かないので、家の人を呼んで動かしてもらいます」

 

 

 私が結論を出すより早く、息を整えたしろさんが喋った。

 そのまま、スマートフォンを起動して火縄さんを呼び出す。

 

 

【ファッ】

【!】

【嘘でしょ】

【筋トレでたてないの面白過ぎる】

 

 

 メッセージを送ってから一分とかからないうちに、ゆっくりとドアが開いて火縄さんが入ってきた。

 メイド服を着たまま、それでも音を最低限に抑えてしずしずとしろさんの方に近づく。

 

 

「ありがとうございます、本当に」

「いえいえ、そちらこそお疲れさまです」

 

 

 互いに声を潜めながらのやり取り。

 動作すらも、視聴者の鼓膜を壊さないような静かなものだ。

 けれど、確かに電波に乗っている。

 

 

【これ誰だ?】

【声の感じからして母親って感じじゃない。姉かな?】

【すごい人いて草】 

 

 

 まあ、声の主が女性と分かればそこまでの反発はないだろうとも思う。

 現在進行形で、そこはかとない誤解が生じているような気がしているけれど。

 マットの上に寝転がっているしろさんの頭部の近くに、シャフトを最短にした状態でおかれる。 

 この距離なら、しろさんの囁き声でもよく聞こえる。

 

 

「というわけで、家の人が手伝ってくださったので、なんとかできますね。もう少しだけ頑張ろうと思うので、皆さんお付き合いください」

【準備整った!】

【待ってました】

【お姉さんとのASMRも待ってます】

【次は、なんだったっけ。サムネに書いてあったような】

 

 

 ハプニングがありつつも、なんとかスタッフの手を借りて無事に乗り切った。

 さて、次は確か。

 

 

「次は、プランクで、あとは腕立て伏せですね」

 

 

 これ、しろさんの今の足で耐えられるのかな?

 




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第二十六話『腕立てという名の上下運動』

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「じゃあ、改めてプランクを始めます。三十秒時間を測ってます」

【なるほどね】

【三十秒持つのだろか】

【今更だけど、時間測るタイプのやつはASMRに向いていないと思うの】

 

 

 確かに、ASMRとはスローペースでじっくりと癒していくものだ。

 だから、短時間しかできないプランクが向いていないと言われれば、間違いではない。

 実際、立案した後でそこには気づいていた。

 けれども、しろさんいわく「そこは大丈夫」とのこと理由はわからなかったがきにしないことにした。

 きっと、何か彼女なりの考え方があるはずだから。

 

 

「さて、私は今現在君に対して、馬乗りの体勢になっております」

 

 

 私の、ダミーヘッドマイクの頭部は横たえられており、顔面は真上にあるしろさんの顔を見ている。

 囁き声を聞き取る必要があるので、相変わらず距離感が近い。

 キスするような、あるいは本当にキスされているのではないかという距離でしろさんは囁いている。

 

 

「プランクをする際、私は君の上でプランクをするので、私が落ちちゃったときに下で支えていただきます」

【がんばる!】

【俺そんな力ないんだけど】

【もしかして、俺らも筋トレをする配信だった?】

 

 

 ASMRにおいて大事なのは、没入感だ。

 自分がそこにいるのだと錯覚させるのが一番重要。

 そういう意味では、彼女の言葉選びは完璧だったと言えるはずだ。

 

 

「じゃあ、はじめるよ」

「よし、改めてプランクをやっていくよ」

「三十、二十九、二十八」

 

 

 しろさんはプランクを始めた時に、カウントダウンスタート。

 三十から数えて、数字が下がっていく。

 私の、ダミーヘッドマイクの頭部はしろさんの下にいる。

 なおかつ、私の顔面はちょうど上を向いている。

 つまり、私の体の上に、ちょうどしろさんの体があるような状態である。

 さらにいえば、プランクをしている以上、しろさんの顔は私のすぐそばにある。

 その状態で、カウントダウンをされるわけでして。

 色々とよからぬことを考えてしまいそうになる。

 

 

「二十二、ぐ、二十、じゅうきゅ、じゅうはっ」

 

 

 疲れてきたのか余裕がなくなり、だんだんと言葉遣いが崩れてくる。

 まずい、どうしよう。

 すべての言葉が、息遣いが、体勢が、センシティブなものに感じられてしまう。

 体ががくがく震え、重力に引っ張られて大きさを強調された胸部装甲が揺れ、顔や首から汗がしたたり落ちる。

 聴覚と視覚。そして、想像力。

 私に残されたものをすべて使って、今この瞬間こそを全力で味わっていた。

 

 

「さん、に、ひうっ、いち」

 

 

 やがて、終盤に差し掛かり、既にしろさんの体力が限界に近づいていた。

 というか、無理やり腰を上げて維持しているけど、もう筋トレとしては瓦解している。

 ついでに、私達の精神も既にある意味で限界を迎えようとしていた。

 また新しい何かに目覚めてしまうではないか。

 

 

「ゼロ」

『あふうううううううっ』

 

 

 まるで、全身が痙攣したかのごとく、電流が私の脳内を駆け巡る。

 吐息交じりのカウントダウンは、少なくともそれだけ私にとっては刺激が強かった。

 そして、それが終わった瞬間、しろさんは体勢を崩し始める。

 自重を支えきれなくなったのだろう。

 音を立てすぎないように膝をつき、そこから太腿、体、腕、頭の順にマットに体を横たえていく。

 さすがにそこだけは譲れなかったのか、なんとか私に当たらないような体勢で着地。

 だが、それはしろさんの顔が私のすぐ近くにある状態。

 寝転がっている私に覆いかぶさるようにして、しろさんは倒れこむ。

 何かをした後のように、息を荒くして。

 

 

「はあ、はあ、たった三十秒って侮ってたけ、ど、本当にきついね」

 

 

 回復していた状態から一気にまた元に戻ってしまったしろさんを見て、私は言葉が出てこない。

 それは視聴者さん達も同様らしく。

 

 

【ああ】

【ふう】

【最高……】

【この三十秒でここまでやってくれるなんて】

 

 

 みんながみんな、しろさんの全力に感じ入っていたということだろう。

 

「さて、こんな調子なんだけど、ここから最後に腕立て伏せをしていくよ」

【お、いよいよか】

【これで終わりかあ】

「いやいや、すみませんね。もう、腕が上がりそうにないんですがまあがんばろうと思います」

 

 

 腕立て伏せ、またの名をプッシュアップ。

 腕や胸筋などを鍛えられるトレーニングだ。

 ちなみに、女性の場合は胸筋を鍛えるとバストアップ効果などもあるらしい。

 正直、しろさんには是非とも鍛えていただきたい。

 別に変な意味は全くないけどね。

 変な意味は全くなくて、ただ健康でいて欲しいというだけで。

 

 

「腕立て伏せも、上体起こしやスクワット同様十回やらせてもらうよ。はじめます」

 

 

 しろさんは、手を肩幅まで広げて私の頭の横に手を置く。

 

 

「いーちっ、んっ、これ、維持するのもきつくない?」

【あっ】

【気づいてしまったか】

【最後の最後にとんでもない試練が】

【かわいい】

「くっ、んっ、にーいっ、さーんっ、しーいっ」

【ちょっとペース早くなってない?】

【きつすぎて早く終わらせようとしている】

【余裕がなくなってるみたいでえっっ】

 

 

 視聴者の皆さんも、かなり喜んでいらっしゃるようだ。

 ただ、私としてはそれどころではない。

 しろさんが動くたび、しろさんの胸部装甲が先ほどの比ではなく揺れ動いている。

 元々、Vtuber活動を始めたころからかなり大きかった。

 そして、この一年半ほどで、さらに成長した。

 禁断の果実が、目の前でアダムを誘惑するかの如く、今私の目の前でしろさんのしろさんが弾んでいる、揺れている、誘っている。

 

 

『お、おおう』

 

 

 視線が、唇と胸部を無限ループしてしまう。

 柔らかい体が、筋肉と関節の動きに合わせて弾み、口から息を漏らす。

 それだけのことなのに、どうしようもなくあるはずもない心臓がばくばくと拍動するような感覚がある。

 

 

「ご、ろくっ、ななっ、はちっ、きゅうーうんっ」

 

 

 それだけではない、しろさんの体が私の上で上下に動いているため、まるで本当にいけないこと(・・・・・・)をしているような感覚がある。

 実際は、ただの健全な運動でも、私達の曇りしかないまなこと、この特殊な体勢ではそうとしか思えない。

 

 

「じゅうっ、ぷはあっ」

 

 

 またしても、しろさんが私の傍に倒れ伏す。

 

 

「お疲れ様、今日はもう終わりということで、おやすみなさい」

【お休みなさい】

【お休み、うっ、ふう】

【おつねむ―】

【おつね、ふぅ】

 

 

 

 コメントの反応を見る限り、今日の配信はかなり好評だったようだ。

 めちゃくちゃ攻めた企画だったからね。

 

 

 ◇

 

 

 配信が終わっても、文乃さんはマットから動こうとしなかった。

 吐息が耳に当たって、こそばゆい。

 なんだか耳が熱い気もするし。

 

 

『お疲れさまでした』

「うん、ありがとう。もう一歩も動きたくないや」

『私もちょっと疲れました』

「え、なんで?」

『ええと』

 

 

 その後数分間、私は言い訳をすることに全力を注いだ。

 数分というのは、メイドさんたちが文乃さんを抱えて、そのままベッドに運んだからである。

 

 

『お疲れさまでした、おやすみなさい』

 

 

 

 そんな私の声は、誰の耳にも届かなかった。

 彼女の、いつも通りのかわいらしい寝息だけが、部屋には響いていた。




まさか筋トレを四話にわたってやることになるとは。


今回は、マシュマロでのリクエストに応えた回となります。
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第二十七話『過激な友達と姉』

感想、マシュマロ、評価、お気に入り登録などモチベーションになります。


本日、某Vtuber系ライトノベルのアニメ化が決まったらしいですね。
なんというか、ジャンルとしてでかくなったなあという思いと、ファンとしての喜びがあります。
筆者も一物書きとして頑張ろうと思いました。


 しろさんは、ASMRをメインにしたVtuberではある。

 だが、それは別にそれ以外の配信をしていないということでは決してない。

 より多くの人を癒すために貪欲に、様々なことをやるのがしろさんだからだ。

 筋トレ配信の翌日、しろさんはとあるVtuberさんたちと打ち合わせをしていた。

 

 

「久しぶりですね、こうやって『天域麻雀』を起動するのも」

「おっ、そうなんだ。もしかして裏でも全然やってない感じ?」

「最近案件が多くて……」

「ああ、飴のASMRめっちゃよかったよね、エロかった」

「ラーフェさん、一言多いです」

 

 

 今日は、異色の三人コラボである。

 一人は、言うまでもなく永眠しろさん。

 そして他の二人は、がるる家三女ことラーフェ・キューバムさんと、しろさん初コラボの相手である金野ナルキさん。

 なぜ、この三人でコラボをすることになったのか。

 話は、このコラボをする前に少しだけさかのぼる。

 

 

 ◇

 

 

 ナルキさんが復帰した直後、ラーフェさんと文乃さんが一対一で通話する機会があった。

 

 

「それにしても、大変だったね、しろちゃん」

「あはは、まあでも私が選んだことですから」

 

 

 実際、ナルキさんを見捨てるという選択をすることもできた。

 ただ、しろさんはその選択を取らなかった。

 

 

「そういえばさあ、ナルキさんとコラボしてみたいんだよね」

「えっ、大丈夫ですかねえ。いや事務所的に」

 

 

 ラーフェさんは『ア・ライブ』というVtuber事務所に所属している。

 つまるところ、企業の看板を背負って立つVtuberであり、炎上しているVtuber

と関わってもいいのだろうか。

 

 

「ああ、大丈夫だよ。事務所の許可はとっているし、何よりも私がコラボしてみたいんだ。炎上してなお、また這い上がってきた人と、それを助けた人とはね」

「ラーフェさん!」

「よし、納得してくれたなら話が早い、3PコラボしませんかってDM送っちゃおう!」

「ブロックされますからやめましょうね?」

 

 

 

 ◇

 

 

 と、いうわけで。

 配信画面には、死神系女子高生のLive2Dとメイド服の金髪美女、そして露出の多いサキュバスの立ち絵が映し出されており。

 

 

「はい、今日は三人麻雀コラボやっていきます!こんばんながねむー、永眠しろと申します。そして」

「はーいご主人様、こんなるきー、メイドVtuberの金野ナルキです。今日はお招きいただきありがとうございます」

「はい、貴方の心にバキュームフ〇ラ、どうも清楚系Vtuberのラーフェ・キューバムです」

「清楚系ではないですよね?」

「成分表示偽装やめてください」

「辛辣すぎない?」

【草】

【本当にひどい挨拶】

 

 

 配信初手からすぐさま辛辣な攻撃が飛んでくる状況だが、これがラーフェさんの配信では割と普通である。

 女性Vtuberの中には、しろさんも含めて男性と共演しないという人も多い。

 だが、ラーフェさんは違う。

 面白いと思えば、興味を持てば男性であろうが、それどころかVtuberでなかろうがコラボをしようとする。

 そういう積極性があるからこそ、こんなコラボが成り立っているともいえるかもしれないが。

 そもそも、がるる家という枠組みだってラーフェさんがいなければできていないだろうしね。

 

 

「さて、今日の企画は、単純に三人麻雀で役満を狙っていくという企画になってるよ。最初に出した人以外の二人には罰ゲームがあります」

「罰ゲームってどんなんだっけ?」

「確かセリフリクエストだね」

「つまり、しろちゃんやナルキちゃんにものすごいセリフと言わせてもいいってことだよね」

「U-TUBEに流して問題ないようなリクエストをお願いしますね」

「なんか今日、結構しろちゃんに刺されるなあ」

 

 

 さて、三人麻雀は一般的な四人麻雀とは違う。

 使える牌が少なく、人数も少ないため、高得点が出やすい。

 当然、最高得点でもある役満も、だ。

 

 

「数え役満もありなので、よろしくお願いします」

「はいはい、じゃあやっていこうか」

「みたらし団子しゃぶらせるとかでもいいのかな?」

「それは流石にメン限行きになりますねー」

 

 

 思い思いのことを話しながら、三人とも『天域麻雀』を操作する。

 

 

「それにしても、驚きました」

「何が?」

「しろちゃんから、ラーフェさんがコラボしたがっているという話を聞いたからですよ」

「あー、言ったねそんなこと」

「今言ったねって言いました?」

 

 

 そんな掛け合いをしつつ、ラーフェさんが説明をする。

 

 

「元々、せっかくだし絡んでみたいなー、とは思ってたんだよね。で、しろちゃんと通話している時にじゃあ三人でコラボしようって話が出たの」

「その時私いなかったので、あとから聞かされてびっくりしましたけど」

「あっはっは」

「笑うところですかね?」

 

 

 そのタイミングで、山にあった牌がすべて切れた。

 全員、ノーテン(聴牌してない状態)である。

 

 

「まあ、役満を狙う勝負ですので、こうなりますよね」

「うーん、ちなみに出ないときは一生出ないから気をつけてね」

「ラーフェさん、何か過去にあったんですか?」

「いや、役満耐久したら十二時間くらいでなくてさあ」

「ええ……」

 

 

 しろさんは、そこまで長時間配信をしないからなあ。

 こういう耐久系の企画に対しても、むしろしろさんは消極的だった。

 一応は学生でもあるのと、彼女はリハーサルや準備に時間をかけるタイプだったのでね。

 

 

「大丈夫かなあ、十二時間は持たないんだけど」

「私もです、昨晩の全身筋肉痛でただでさえきついのに」

「え、えっちなことしたの?」

「筋トレですよ!」

 

 

 ラーフェさん、本当にろくなこと言わないな。

 打ち合わせで、筋トレASMRをやってたことは見ていたとか言っていたから、確信犯だろう。

 

 

「いや、夜に運動していたとか、絶対エッチなことじゃん」

「夜にジョギングしている人とか、ジムに行っている人もいるかもしれないじゃないですか」

「ああ、たまに夜に窓の外から見るね、ジョギングする人」

「ラーフェさんとナルキさんは筋トレとかジョギングとかってします?私は昨日はじめてだったんですけど」

 

 

 確かに、他のVtuberさんがどの程度運動をなさっているのかは気になるね。

 まあ、外から基本出ないし運動はあまりしていない気がするけど。

 

 

「私は、あんまりできてないかなあ。正直運動するモチベーションはないし」

「ああ、まあパソコンの前に座る仕事だと自然とそうなりますよね」

「私は結構運動するかなー」

「夜の運動ですか?」

「いやんえっち、セクハラだぞ?」

「はい?」

「は?」

「辛辣すぎない?」

 

 

【いや草】

【本当に笑う】

【マジで扱い雑なんだよな】

【残念ながら当然だった】

【しろちゃんちょっとイラっとしてて草】

 

 

 まあ、あれだけ下ネタ振っておいて、いきなり梯子を外されればそうなる。

 とはいえ、今配信が盛り上がっているのはラーフェさんがトークを回しているおかげだ。

 しろさんは、コラボになれては来たものの、まだトークを回せる司会側になれるほどの力量はない。

 ナルキさんも、炎上したことや、最近コラボがほとんどできなかったこともあって、やや遠慮がちになっている。

 ゆえに、ラーフェさんが司会とヒールを同時に受け持つことで配信を面白くしている。

 流石、サキュバス系Vtuberを名乗り、煽りと暴言と下ネタを得意とするだけのことはある。

 先ほどから変な発言を連発しているのも、突っ込まれやすくしているのだろう。

 多分。

 

 

「冗談はさておいて、こう見えても、私は3Dの体を持っているからね、運動はしておかないといけないんだ」

「ああ、なるほど」

「二人は、3Dの体に興味はないの?」

「うーん、なくはないですけど、ちょっと現実感ないですね」

「正直、私のファン層的には実写コスプレ配信の方が需要あるからなあ」

「ああ個人勢は実写ができるのも強いよね」

 

 

 Vtuberでも、自由な個人勢の中には首から下を写した実写配信をする人は結構いる。

 ナルキさんは、自分でメイドのコスプレをしてASMRをしていたりもするんだ。

 あれを聞いた後は、しろさんちょっと不機嫌になってしまっていたけど。

 

 

「いつか、3Dになりたいですね」

「うんうん、しろちゃんならできるよ」

「一応、私に出来ることがあったら、何でも聞いてねー。先輩だし、経験豊富だから」

 

 

 少しだけ、私も、そして多分しろさんも。

 これまで活動をやってきて、改めてその先を考えた。

 

 

「ふふふ、いい雰囲気になったところで、さーて、勝負はここからだあ!立直!」

「あ、ロンです」

『「え?」』

「は?」

「というわけで、今回はしろちゃんとラーフェさんの負けになります」

 

 

 ナルキさんの国士無双にラーフェさんが振り込んだので、残る二人の負けが決まった。

 

 

「じゃあ、改めて今日のDMを朗読してもらって」

「ええ、事務的なことしか私送ってないんですけど」

「待って待って、私が悪かったから、勘弁して、私のキャラが崩れるから!」

 

 

 その後、ラーフェさんはかなり恥ずかしそうにメッセージを読み上げて、その日の配信は盛り上がったのだった。

 




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第二十八話『裏で見る夢』

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「お疲れさまでした」

「おつかれー。いやあ、あんなに恥ずかしいとは思ってなかったよ」

「確かに言い淀んでましたもんね。まさかあそこまで動揺するとは」

「いや、あの、ホントに勘弁してください」

 

 

 配信上の下品な態度は裏腹に、ラーフェさんの態度は落ち着いている。

 もともと社会人だったと、どこかの配信で言っていたから社会で磨かれるとみんなある程度温厚になるのかもしれない。

 いや、そうとは限らないか。

 私の元上司とか酷かったし、何なら父もひどかった。

 多分、社会がどうとかというよりそういう気質なのだろう。

 

 

「ラーフェさんは表と裏で違いますもんね、態度が全然」

「そりゃリアルでこんなに下ネタバンバン言えるわけないじゃん。セーブしてるっての」

「ああ、じゃああっちの方が素なんですね」

「そうそう、元々ガチ恋向けにやっていく選択肢もあったんだけど、先輩方の配信とか観ててたぶん私はそう言うやり方は無理だなって思ってさ。結果として、どんどんVtuber界隈がコラボとかに寛容になっていったからだいぶましになっていったわけ」

 

 

 まあ、配信者というものは誰しも配信において自分の殻を破り、己の本質や素をさらけ出すことがある。

 例えば、しろさんはASMRをしている時度々ドSになる。

 私や視聴者の反応を見るのが楽しい、という状態になるのだ。

 そうなると、元々の技巧にさらに磨きがかかってしまう。

 私たちはなすすべなくしろさんの囁きや吐息に悶絶させられる他なかったりする。

 

 

「ナルキちゃんは、あんまり表と裏で差がないよね」

「まあ、元々ロールプレイとかやっていましたけど、最近はほとんど機能してませんからね」

「あー、それは私もだわ。全然サキュバスっぽい言動とかやってないもん」

 

 

 まあ、Vtuberというのは様々なキャラクターを演じているが、別に本当にそのキャラクターになるわけでもない。

 たいていは、架空のキャラクターと自身の素を各々の塩梅で両立させていく場合がほとんどである。

 ナルキさんとかは挨拶とASMR以外でメイド要素はあんまりないし、ラーフェさんに至っては本当にサキュバス要素が見た目以外ない。

 下ネタを言っているのはサキュバスと言えばそうなんだけど、ネタに走りすぎているのでエロというよりギャグなんだよな。

 こちらも、ASMR配信の時はセンシティブなんだよね。

 まあ、しろさんが怒るので口に出すことはないのだけど。

 

 

「ま、私は企業所属なのにもかかわらず、結構自由にやらせてもらってますからね」

 

 

 ラーフェさんは『ア・ライブ』という事務所に所属している。

 羽多さんやマオ様が所属している事務所とは違い、男女混合であることと、活動内容に対する縛りがほとんどないことが特徴だ。

 少なくとも、事務所のルールやブランディングの問題から、問題なく男女コラボができるのは、がるる家の中ではがるる先生と彼女だけである。

 がるる先生はどちらかというと男女問わずイラストレーターや漫画家とコラボする機会が多いらしいので自由に誰とでもコラボするラーフェさんとはまたちょっと違うのかもしれないが。

 最近は、麻雀プロやプロゲーマーとコラボしたりと、本当に自由に活動している印象がある。

 

 

「しろちゃんは、結構がちがちにロールプレイしているイメージあるけどね」

 

 

 確かに、しろさんは冥界に住まう女子高生、というキャラクターを崩すことは絶対にない。

 シチュエーションボイスを投稿するときでさえも、女子高生であることと矛盾しないような台本を組んでボイスを出す。

 他のVtuberさんでいうと、例えばナルキさんがだすシチュエーションボイスは八割がたメイドであることを無視した作品だったりする。

 

 

「私の場合、そもそも本当に高校生なので、演じているという感覚は薄いんですよね」

「え、そうなんだ。今何年生?」

 

 

 そうか、ラーフェさんは知らなかったのか。

 がるる先生たちは知っているはずだが、わざわざ言わなかったということだろうか。

 

 

「もう三年生です。もうすぐ卒業ですね」

「おー、そっか。じゃあ、もうすぐ自称高校生になっちゃうわけだ」

「うっ」

「なんだか、Vtuberになってから、どんどん時間が早くなっている気がするんですよ」

「ああ、なんかわかるよ」

 

 

 Vtuber業界、流行の移り変わりも激しいからね。

 ゲームをはじめとしたVtuberがやるようなコンテンツはどんどん移り変わっている。

 それこそ『天域麻雀』をやっている人も半年前まではかなりいたが、最近はそんなにいない。

 それこそ、しろさんは配信上では、もう半年以上前から全然麻雀配信をしていないらしい。

 

 

「あ、ロンです」

「あれ?ねえええええええええええ!」

 

 

 しろさんの当たり牌を出したラーフェさんが、飛んでしまった。

 ラーフェさんの絶叫が、スピーカーを通じて私達の脳内に響き渡った。

 

 ◇

 

 

 通話とついでに麻雀も終わって。

 私と文乃さんは、配信の振り返りをしながら雑談をしていた。

 

 

「さっきの話、どう思った?」

『3Dのことですか?』

「そうそれ。私にもできるかなあ」

『とりあえず、体はある程度鍛えておかないとダメかもしれませんね』

「もーまたそういうこと言うんだから」

 

 

 そんなことを言いながら、文乃さんは腕を回してくる。

 最近は、前にもまして文乃さんの距離が近い気がしている。

 それこそ、気持ちが昂ったときにキスされることすらある。

 ちなみに今も頬ずりされている。

 しろさんの柔らかい頬が私の頬に押し当てられている。

 感触も、熱も、直接感じ取ることはできないのに、どうしようもなくドキドキする。

 

 

「確かに、結局のところ運動はできないとな、とは思うんだよね。3Dライブとか見ても、なんというかみんな一時間動き回っててすごいなと思う」

『確かに』

 

 

 しかも、3Dってなんかぴっちりとした服を着てごてごてした機械をつけているらしい。

 動きやすい服でも少し動いただけでふらふらになっているので、このままでは3Dをできないだろう。

 

 

「楽しみだなあ」

「3Dがですか?」

「それもあるんだけど、未来がだよ」

「…………なるほど」

「昔ならきっとこんな風に考えることなんてなかった」

 

 

 元々、しろさんは一人で生きてきた。

 誰にも心を開くことができず、未来に絶望していたはずだ。

 けれど、今は明確に違う。

 やりたいことがある。

 それを成し遂げるための手段がある。

 輝かしい、たどり着きたい未来がある。

 ならば、私はそれについていこう。

 いつまでこうしていられるかはわからないけど。

 出来る限り、傍で彼女を支え続けよう。

 

 

「こういう風に考えたのは、やっぱり君のおかげだと思うんだ」

「ねえ、ずっと一緒にいてくれる?」

『はい、ずっと一緒にいますよ』

「そっか、じゃあ今日は一緒に寝てもらおうかな?」

『えっ』

 

 

 その後、数時間の間しろさんの寝息をすぐ傍で聞きながら一夜を明かしたのだった。

 機械ゆえに睡眠をとることはないが、人の体であっても寝られなかったと思う。




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第二十九話『天使と死神』

 


 久々に、ASMRも告知も一切関係ないコラボ配信をした翌日。

 

 

「こんばんながねむー。永眠しろです。そして」

「はい、がるる家長女の天使羽多です。今日はよろしくお願いします」

 

 

 しろさんに続くのは、彼女より少し低くておっとりした声。

 なれど、力強くはきはきとした声。

 メイド服しろさんのLive2Dの隣で動いているのは、桃色の髪と白い服、白い羽の天使。

 『天使の歌姫』天使羽多さんである。

 今日は、『ZENITH』というFPSを一緒に遊ぼうというコラボ企画となっている。

 しろさんも、時折ソロで配信したり、がるる先生とコラボ配信したこともあるゲームだ。

 こういうゲームのいい点は、そのゲームが好きな人達と取り込めること。

 そして、同じゲームをやっているVtuberさんとコラボするきっかけになることだ。

 どうしたって、やっていることがまるで違う人とはコラボしにくい。

 実際、それが原因で裏では仲良しなのに表ではコラボできなくなった、という事例も聞く。

 お互いに、やっているゲームが多少なりともかぶっているのは幸運かもしれなかった。

 

 

「久しぶりのコラボですもんね、いつ以来でしたっけ?」

「ええと、凸待ち以来ね。……ちなみに、これ話題に出して大丈夫なの?」

「はい、大丈夫ですよ」

【初手から危なっかしくてワロタ】

【プレイングも危なっかしいのに】

【おい事実陳列罪だぞ】

 

 

 余談だが、コラボ配信前にはきちんと双方NGの確認をしあっている。

 事前の打ち合わせは、そういう意味でも大事だ。

 ラーフェさんとの打ち合わせが一番大変だったな。

 とにかくギリギリのラインを攻めようとするせいで、ギリギリまでガイドラインを定めなくてはならなくなった。

 下ネタに特化したVtuberさんと今後コラボすることになったら、活用できるのかもしれない。

 ラーフェさん以外に使うような状況には陥って欲しくはないが。

 いや本当にお願いしますよマジで。

 最悪、ナルキさんあたりを緩衝材にして何とかしてもらおう。

 これ以上、しろさんに汚れて欲しくない。

 

 

「そう考えると結構期間が空いちゃったよね」

「私はまだ鮮明に覚えてますよ。なぜかイケボで口説く様に指定されたことを」

「しろちゃん、そういう系のASMRはやらないよね」

『確かに』

 

 

 おっと、つい声が漏れてしまった。

 先日ナルキさんたちに指摘されていたが、しろさんはあまり永眠しろというキャラクターから外れたロールプレイをあまりやりたがらない。

 多分、無理して演じているとかではなくて自然にやっているからなんだろうな。

 しろさんと文乃さんの間にギャップはほとんどないし。

 オーラは違うんだけど、それはあくまでも集中しているだけというか、別人になるわけではないのだ。

 視聴者を癒したいのも、救いたいのも、感謝しているのも、大好きなのも、全部本音。

 死神を名乗るのだって、元は自虐と自戒を込めて、今は誰も死なないでほしいという祈りを込めてのもの。

 早音文乃さんは、永眠しろというキャラクターをロールプレイしているわけではない。

彼女の本心からの言葉で、あるいは挙動で私に向き合っている。

 だから、まるで別のキャラクターを演じるということへの習熟度は意外にも低い。

 むしろ、よくセリフリクエストに対応できたな、と思うくらいだ。

 

 

【よくぞ言った羽多さん】

【羽多ちゃん、有難う】

【実際あんまりないよね】

 

 

 視聴者からも突っ込まれている。

 

 

「まあ、そうですね。全然やってないですよね。やっぱり需要があるのかなあ?」

「それは絶対あるよー。コメント欄のみんなも心待ちにしてるっぽいよ?」

【待ってます】

【楽しみにしてます ¥2000】

【頼む、いろんなシチュエーションボイスをください】

 

 

「まあでも、メイド服を手に入れたので、メイドとご主人様のシチュエーションASMRは何回かやりたいなと思っています」

「ああ、そういえばまだ使ってないもんね」

「あれ、しれっとASMR全部観てるみたいな発言しませんでした?」

「全部は見てないけど、大体は見てるよ?」

「『えっ』」

 

 

 あとしろさん、まだ私聞いてなかったから心の準備とかできてないんですけど。

 本当にやるんですか、メイドさんASMR。

 心臓のストックを用意しておかなくては。

 

 

「それにしても、羽多さんがゲームをするだなんて、意外でした」

「私だってゲームくらいするけどね」

「配信でやっているイメージが全然なかったので」

 

 

 羽多さんの活動は、ほとんど歌配信と歌動画である。

 たまに、雑談やASMR配信をやることはあっても、ゲーム配信をやっているところなどまず見ない。

 なお、ゲーム画面はカジュアルマッチであり、二人ともダウンしており、視聴者一人が二人を回復しなくてはならない状態になっていた。

 マッチが始まって二分の出来事である。

 

 

「たまにやることはあるけど、正直年に一回くらいのペースでしかできないのよね」

「それはまた何でですか?」

「単純に私がゲーム下手すぎるから苦情がすごくて。あと、歌とかASMRをやって欲しいって気持ちもあるみたい」

「なるほど」

 

 

 実際、同じ配信者であってもコンテンツへの需要には偏りがある。

 ナルキさんで言えば最も人気があるのは他の配信者とのコラボであり、しろさんで言えばASMR配信だ。

 そして、羽多さんの場合は歌配信への需要が最も高い。

 

 

「まあ、でもコラボ配信の時はこうしてゲームをすることもあるんだ。ソロでやったのはたぶん一回だけなんじゃないかな」

「なるほど。私も同じですよ。あっ、全滅してましたね」

 

 

 実際、羽多さんはゲームが下手だ。

 がるる先生のようにシンプルにセンスがない、という感じではなく、ゲームそのものに慣れていないような動き。

 端的に言えば、コントローラーやキーボード―のどこを押せばゲームキャラクターがどう動くのかを覚えきれていない人の動きだ。

 多分、経験さえ積めばどうにかなるタイプだと思うんだけど、配信上で経験積めないとなると難しいだろうな。

 歌を軸に据えている関係上、そこまでゲーム配信ができないというのは仕方がないことだし。

 

 

「じゃあ、今度裏でやりませんか?」

「え、いいの?」

「はい、まあ私も人に教えるとかは出来ないんですけど、遊ぶくらいなら」

 

 

 まあ、すでに友人通り越して家族になっていたりする間柄だ。

 配信無関係に通話することもあるし、そこにゲームが加わってもいいだろう。

 

 

「しろちゃんはさ、ゲーム配信とかやってたりする?」

「やりますけど、私の場合ゲームASMR配信なので苦情がくることはないかもしれません」

「あー、なるほど。ちゃんとリスナーさんの需要とすり合わせてるんだ」

「というより、私のやりたいことがASMRなので、それをずっとやってるってだけなんですけど」

「わかる。私も、歌が好きで歌ってるだけだからね」

 

 

 羽多さんは、元々U-TUBE上で歌い手として活動をしていたらしい。

 ただ、あまり人気が出ていなかったときに、今所属していたVtuber事務所から打診を受けていた。

 そしてVtuberとしてデビューし、今に至るというわけだ。

 

 

「色々やりたいことはあるから、色々やってはみるけどさ、それでも軸はブレさせないようにって決めているんだ」

「軸、ですか」

「うん、私の夢。いつか、絶対に達成したいって思っている目標」

「それは?」

 

 

 もしかしたら、彼女が配信で言ったことがあったかもしれない。

 ただ、しろさんも私も聞いたことがなかったので尋ねた。

 登録者数百万を超え、メジャーデビューをしてオリジナル曲やCDを出した『天使の歌姫』の目標とは何か。

 

 

「それはね、いつか世界中を回ってソロライブをすること」

 

 

 

 少しの恥ずかしさも見せず堂々と、彼女は己の夢を語った。

 




ここまで読んでくださってありがとうございます。

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第三十話『歌姫と癒し手』

「世界中で、海外でソロライブ?」

 

 

 しろさんは、彼女の発言を確認した。

 それほどまでに、スケールが大きいものだったから。

 何しろ、早音グループがしろさんのために全力を尽くしてもなお実現できるのかわからないレベルのことだからだ。

 

 

「といってもね、別にデビュー当初からこんな目標を持っていたわけじゃないんだよ元々は、いろんな人に聴いてほしいなっていう漠然としたものだったし、私には海外に出ていくことなんて考えは当時は微塵もなかったからね」

「そうだったんですね」

「最初は何というか、登録者数何万人とかが目標だったかな。あと、再生数百万回超えの動画を出したかった。でも、今は多くの人が観て、聞いてくださっているわけなのでもう叶っている目標なんだ」

「夢がかなった結果、その先に新たな目標ができたんですね」

「そういうこと」

 

 

 

 まあ確かに、成功者あるあるだと思う。

 皮肉でも何でもなく本心からの言葉だ。

 もともとの目標を達成した時、人はその先を見る。

 少なくとも、私の隣にいるVtuberさんは間違いなくそういう人だ。

 ASMR企画を次々と行い、怖いと思っていたコラボを乗り越え、新衣装を得てさらなる可能性を手に入れた。

 きっと、羽多さんもVtuberとして歩む過程で、色々なものを叶えて、手にしてきたのだろう。

 登録者数百万を超えている人なんだし。

 

 

「最初はさ、事務所の方針として海外に展開していくっていうことが決まったからだったんだ」

「ほうほう」

 

 

 羽多さんのいる事務所『Volcano』は、海外のファンも取り込んでいる。

 国内と比べても、その数は決して無視できるものではない。

 というか海外の方が多い。

 元々、Vtuberの文化が根付いた当初、海外のファンはそこまで多くなかった。

 そこに目をつけて海外展開でファンを増やしたのが『Volcano』であり、海外にVtuber文化を浸透させた功労者でもある。

 さらにいえば、同じ事務所内でも、歌を重視する彼女は特に海外からの人気が高い傾向にあるようだ、とがるる家のことを調べていたしろさんから聞いた。

 

 

「それでね、ファンがたくさん増えて、国を超えていろんな人が応援してくれるようになった」

「はい」

「その時、思ったんだ。これが私の理想なんだって。国とか、そういう境界全部飛び越えて(・・・・・)歌声を伝えたいなって」

 

 

 ある意味、天使らしい、そして歌姫らしい願い。

 どこまでも、自分の歌を届けたい。

 その在り様は、少しだけしろさんに似ている。

 

 

「だから、リアルイベントを世界中でやりたい。インターネットを通じてだけじゃなくて、直に私の歌声を届けたいんだ」

 

 

 彼女は、既に東京でのリアルイベントも複数回行っている。

 だから今度は、さらにその先を目指したいのだと彼女は言う。

 

 

「そのために必要なことは、まずもっとたくさんの人に知ってもらうこと。現状、東京はともかく、それ以外だと採算が取れそうになくてね」

「そうなんですね」

「そもそも海外だと色々難しかったりもするからね」

「確かに、権利関係とかどうなるんでしょう」

 

 

 しろさんは、むむむ、と考え込む。

 かわいい。

 羽多さんが、ここで話題を変えてきた。

 

 

「しろちゃんの夢は、より多くの人をASMRで救うこと、だったっけ?」

「ええ、そうです。一人でも多くの人を癒せたらいいなって」

「確かにしろちゃんのASMRはいつも癒されるものばかりだものね」

「ありがとうございます。そのためにも、色々とやりたいことがあって、シチュエーションボイスとかをショップで売ってみたいなって今は検討してます」

 

 

【ほう】

【ガタッ】

【何だって?】

 

 

「今の私を見ている人って、U-TUBEかSNSで知ってくれてると思うんですけど、そういう音声を販売しているショップで売ったら、もっと多くの方々が聞いてくれるんじゃないかって、いろんな人を癒せるんじゃないかって思うんですよ」

「た、確かに」

 

 

 彼女の考え方は、ある意味では羽多さんと似ている。

 U-TUBEという媒体の限界。

 そこから出て、さらに自分の声を届けていきたい。

 

 

「お互い、頑張っていこうね」

「はい!」

 

 

 互いが夢を語り合い、励まし合う。

 会話の雰囲気は、非常に和やかである。

 

 

【別にいいけど、もうマッチングできないんですか?】

 

 

 ゲーム画面を除いては。

 

 

「あっ」

「ああっ」

 

 

【草】

【あっ】

 

 

 話に夢中で、完全にゲームを進める手が止まっていた。

 マッチングがいつの間にかできなくなり、画面が待機状態でとどまっている。

 なんというか、しろさん達らしいね。

 

 

「と、いうわけでオチもついたところで、配信終わりましょうか」

「うん、そうだね。話してたらあっという間に二時間経ってたね」

【確かにあっという間だった】

【この二時間で二人は何回死んだんだ?】

【数えられないだろ】

【暴言で草】

【FPSとかやるとトークがつまらなくなりがちとか言うデメリットを、こんな方法でどうにかしてくるとは思わなかった】

【トークのためにプレイスキルを捨てる。配信者の鑑】

【ないものは捨てれない定期】

 

 

 うーむ、FPS界隈からも人が来ているのか、コメントがいつもより辛らつだ。

 とはいえこれは、悪意からではなくプロレスの範囲内だろう。

 楽しんでくださっているみたいだし、悪意は感じない。 

 だからこそ、メイドさん達もBANしていないみたいだし。

 ちなみに、コメントをBANできるモデレーター権限はコラボ相手である羽多さん達にも与えられているが、彼女は彼女で自分のチャンネルのコメントを見ているため、しろさんのチャンネルのコメントは見ていないだろうからあまり関係ない。

 まあ、向こうもこちらと似たようなコメントになっているのではないか。

 

 

「さて、ここで告知をします」

「みんな、何だと思うかな?予想してみて?」

 

 

 とりあえず、しろさんのチャンネルのコメントは。

 

 

【FPSの大会に出るとか?】

【プロと組んでも勝てなさそう】

【コラボASMR配信に違いない。俺は詳しいんだ】

【両耳舐めASMR!】

【ママシチュエーションボイス!】

【何か案件でもやるのかな?】

【ASMR講座をお願いします】

 

 

 様々な要素が飛び交っていた。

 大体ASMRなのが、このチャンネルの層をものがたっているよね。

 あと、一人予想じゃなくて願望書いている人いなかったかな?

 気持ちはわかるけど。

 

 

「「せーの」」

 

 

 そういって、しろさんと羽多さんは画像を展開する。

 そこには。

 

 

【うおおおおおおおおおおお!】

【綺麗すぎる!】

【待って、ヤバくね!】

 

 

 画面に表示されているのは、一枚のきれいなイラスト。

 鮮やかなロゴと背景、なおかつ可愛らしい二人の立ち絵。

 それは、ただのイラストではない。

 それは、サムネイルである。

 

 

「私達で、歌ってみたを出すことにしました!」

「な、なんだってー」

 

 

 羽多さん、棒読みすぎます。

 曲は、一時流行っていたラブコメアニメのオープニングだ。

 しろさんは当時見ていなかったが、最近になって見始めており、原作のライトノベルも全部読み終えている。

 このオープニングを歌っているのが二人組の女性歌手であることから、決まったらしい。

 サムネイルも、アニメに若干寄せている。

 ちなみに、動画制作やサムネイル発注などは羽多さんの伝手を使った。

 あるいは、彼女なりに妹にコネクションを作りたいと思ったのかもしれない。

 

 

「今回は、本当にお世話になりました」

「いいのいいの、妹に歌動画を出すきっかけを与えられたなら全然」

「その代わり、今度ASMR教えてよ」

「はい、是非とも!」

 

 

【てぇてぇ】

【ガタッ】

【最高過ぎる予告】

【確かにしろちゃんあんまり歌わないよな】

 

 

「この後、九時からプレミア公開されます。配信終わったら、私達も一視聴者として観るので、一緒に見てくださるとうれしいです」

「URLを貼ってあるので、もう飛んでも大丈夫だよ!」

 

 

【了解!今から行きます】

【楽しみです】

 

 

「「お疲れさまでした!」」

 

 

 八時五十九分に、配信は終わった。

 

 

 その後、しろさんのチャンネルでアップされた彼女たちの歌ってみた動画はかなりの再生数を記録したのだった。

 

 

 ◇

 

 

「いやー、お疲れ様でした」

『…………』

「どうしたの?」

『え、ああ、何でもありませんよ。お疲れさまでした』




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第三十一話『勉強』

二十九話、若干修正を入れていますので、もしよければもう一度見返していただけると嬉しいです。


 コラボをしたり、歌動画を出してからしばらくたって。

 十一月に入り、秋がますます深まり実質冬なのではと思える状態になってきた。

 私は、熱い寒いというのはわからないが、外から見える景色でおおよそわかったりする。

 もう大分、木々は色づいている。

 なんなら、葉を落としているものもある。

 

 

 もう彼女は高校三年生だ。

 受験にせよ、就職にせよ、大きな転換期になる時期だ。

 多くの高校生は部活動などを引退して、受験勉強に本腰を入れるタイミングではないだろうか。

 学校の課題をやりつつも、さらなるASMRの企画を考えているのだろう。

 手が止まっているわけではないのだが、それとは別の問題がある。

 

 

『文乃さん、課題に集中しませんか?』

「え?」

『ノート、見てください』

 

 

 先ほどまで英単語などが書かれていたはずだが、いつの間にかASMR配信のアイデアが日本語で書かれている。

 文乃さん、勉強本当に苦手なんだよな。

 私も教えてはいるんだけど、如何せん全然上がらない。

 理由はわかっている。

 

 

 結局、勉強というのは大学受験程度なら反復による学習、つまり暗記で事足りる。

 逆に言おう。

 時間をかけて、手間をかけて、勉強しなくては学力は上がらず成績も当然伸びない。

 当たり前と言えば当たり前の話である。

 

 

 何か、何か文乃さんに勉強に対して興味を持ってもらうためにはどうすればいいだろうか。

 ぶっちゃけ、勉強する必要はない。

 何しろ、彼女の実家は巨木のように太い。

 彼女が進学しようが就職しようが、あるいは何もせずにニートになろうが。

 文乃さんがこれからの人生でお金に困ることは、恐らくない。

 何をしても何をしなくても、生きてはいける。

 

 

 けれど、生きていけることと生きていることは別なのだ。

 文乃さんが、裕福であってもかつて死を望んだように。

 あるいは、私が生物として生存していても、心は既に死んでいたように。

 そんな風に生きているとしたら、死んでいないをしているだけなら、きっと悲しいと思うから。

 私は、彼女に幸せであって欲しいし、幸せになって欲しい。

 モチベーションが燃え尽きないうちは、Vtuberとしての活動に邁進してほしい。

 成瀬さんや、がるる家の皆さんをはじめとして、いろんな人と仲良くしてほしい。

 家族と仲良くするか、それができなくても適切な距離を置いて接していてほしい。

 

 

 そして大学に行って、様々な世界を見てみて欲しい。

 もしかしたら、何か新しい仕事に興味を持つかもしれない。

 

 

 もしかしたら、もしか、したら。

 生涯を共にする、大切なパートナーに出会うかもしれない。

 もしかしたら、子供なんてできたりもして。

 私がいても、私が消えてしまったとしても。

 彼女の人生が、幸せなまま続いていてほしいのだ。

 いつまであるのかも、わからないから。

 まだこの世にいること自体が、不自然なことなのだから。

 

 

 そんなことを、私の個人的な感傷は全カットしつつ、大幅にぼかして私は伝えたのだが。

 

 

「これをやらないと世界が広がらないなら、私は狭いままでいいよ……」

 

 

 文乃さん、頬をぷくっと膨らませて拗ねてしまった。

 かわいい。

 うーん。

 無理に勉強させなくてもいいのだろうか。

 もちろん昔ほど多くはないが、高校を卒業してそのまま就職する人たちだってたくさんいる。

 Vtuber活動が軌道に乗っている以上、無理をさせない方がいいのだろうか。

 彼女は、一応仕事としてVtuberをやろうとしているらしい。

 大学で経営や経済を学ぶとかするのもいいのではないかと思うのだが。

 年齢差のせいか、文乃さんに対して保護者のような態度を取ってしまう時が多々ある。

 

 

「そもそも、勉強なんてしてても眠くなるだけじゃん」

『まあ、それは否定できませんけどね』

 

 

 確かに正論と言えば正論かもしれないけれども。

 それを受験生が言いだしたらもう終わりだと思うんだけど。

 いや、待てよ?

 

 

『文乃さん。ASMRをしましょう』

「ふえっ」

 

 

 文乃さんは、首をかしげて固まった。

 かわいい。

 戸惑うような声を上げて、文乃さんは口を開く。

 

 

「きょ、今日は雑談配信という予定だったんだけど。それじゃダメ?」

『いえ、今日はそれでいいです』

「あ、そうなんだ。企画系を思いついたってこと?」

『はい』

 

 

 解説系動画、というジャンルがある。

 学校の勉強、大学で学ぶような専門分野の勉強、雑学などなど解説する内容は動画やチャンネルによって違うが、体系だった知識を解説するという動画には需要がある。

 とはいえ、文乃さんにはそこまで解説できるほど詳しいものはない。

 私も同じだ。

 大学も出て、企業で働いていただけの一般人と、勉強が苦手な高校生ならそんなものである。

 もちろん、資料をまとめれば解説することはできるだろうが、それも教科書やインターネットの表層にある情報の域を出ないだろう。

 この娯楽のあふれたインターネットにおいては、簡単に埋もれてしまうはずだ。

 

 

 ただ、解説するだけならば。

 

 

 Vtuber永眠しろさんの最大コンテンツは、ASMRである。

 つまり、解説系ASMR動画をだせばいいのではないだろうかと、私は考えたのだ。

 

 

「ねえ、これって本当に私が資料をまとめないとだめなの?」

『だめです』

「本当に?」

 

 

 

『文乃さんが、しろさんが自分で資料を作成することにはいくつかメリットがあります』

「ほうほう」

『ひとつは、自分で作ったほうが手がなじむということです』

「あー、それはあるかもね」

 

 

 文乃さんが配信を行うとき、台本を作ることが多い。

 一から十まですべてを決めているというわけではないが、大まかな流れはその台本に記されている。

 そしてその台本はすべて文乃さん自身がすべて自分で作っている。

 なので、この説得は効いたようだ。

 

 

「ところで、いくつかって言ったよね、他にも理由とかがあるってこと?」

『ええ、ありますね』

 

『今回は、解説系動画です。しかし、文乃さんの感情や意思が乗っていないと、意味がありません』

 

 

 朗読というのは、ただ棒読みで終わってはいけない。

 心を込めて読むからこそ、人の心を震わせる。

 ゆえに、文乃さんが内容を完璧に理解し、把握しておく必要がある。

 また、ある程度理解していないと読み間違いをしたりする可能性もある。

 解説動画としてアップする以上、それは致命的である。

 

 

「なるほど」

「もしかして、私に勉強させるためにこの企画考えた?」

『それは違います。やらせる、なんてつもりは全くないです』

 

 

 慌てて否定する。

 私にとって、決めるのも選ぶもあくまで文乃さんであり、しろさんだ。

 彼女の思考を無理やり捻じ曲げたいとは思っていない。

 

 

『きっかけになれば、と思いまして。いろんなことに興味を持つ端緒になって欲しいんです』

 

 

 そもそも解説系動画って、たぶんそういう使い方をするのが一番正しいんだよね。

 テレビや動画、映像作品で得られる情報なんて、たかが知れている。

 大事なのは、そこから学ぶこと。

 あるいは、その動画の製作を通してそこに書かれていることの何倍も知識を深めていくこと。

 彼女の成長にきっかけになればいいと思った。

 

 

「まあいいか。私もいい企画だなって思っちゃったからね、それに」

『そ、れ、に?』

 

 

 言葉が、とっさに出てこなかった。

 

 

「どういうことであれ、君が私を思ってくれたしてくれたことならなんだって私は嬉しいよ」

『な、ら、良かったです』

 

 

 

 そういって、資料を作っている文乃さんを私はぼんやりと見守っていた。




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第三十二話『歴史解説』

 部屋の中には、カタカタと新しいパソコンのキーボードをたたく音だけが響く。

 

 

『…………』

「さてさて、ここまでできればいいかな」

 

 

 私が、自分が消えることを想定していると言ったら、しろさんはどう反応するだろう。

 まず大前提として何を解説するのかという選定がある。難しすぎる、マニアック過ぎてもだめ。かと言って、眠くなってもらうという都合上簡単すぎるのも良くない。

 結果として文乃さんが選択したのは高校の日本史だった。

 難しすぎないし、ある程度の人に興味を持ってもらいやすい分野だ。

 何より死神系女子高生Vtuberというロールプレイに合致している。

 高校生なんだから高校の分野の勉強をするのが当たり前なんだよな。

 そう言えば、文乃さん高校もう少しで卒業なんだよな。

 卒業したらどうなるんだろうか。

 考えないようにしましょう。

 Vtuber界の闇を覗き込んでしまったような気がする。

 まあ、女子高生を名乗っていても中の人は三十路とかはよくある話だ。

 逆に言えば、リアルがどんな人間であったとしても自分のなりたい姿になることが出来るのがVtuberの良さとも言えるが。

 もし、私がVtuberになっていたらどんな姿になるだろうか。私はどうなりたいのだろうか。

 少しだけ考えて、すぐに答えは出た。

 単純な話だ。

 答えが目の前にあった。

 文乃さんが使っているデスクトップパソコンの待ち受け画面。

 そこには、永眠しろさんと、ファンの方が作って下さったダミーヘッドマイクの素材だ。

 もちろんこれは私ではない、あくまでリスナー全体に過ぎない。

 けれど、これでいい。

 これがいい。

 

 

 今、この姿こそが、ダミーヘッドマイクで文乃さんの相棒として隣にいる状態こそが望ましい。

 閑話休題。

 今回文乃さんが取り上げているのは縄文時代だ。

 日本史の教師には二パターン存在する。

 古代から教える先生と、近世近代から教える先生だ。

 前者は、古い時代から順番にやることで体系だった勉強ができるから。

 後者は受験で重要な近世近代を余裕がある時期に終わらせておきたいから。

 古代からやってもらっているのはそちらの方がスタンダードであり

 あと、文乃さんに学んで欲しかったから。

 なので、今彼女は縄文土器や竪穴住居、貝塚などを調べて朗読用に資料をまとめている。

 まとめるというのは意外に難しい。

 ただ教科書を丸写しするとかネットの記事をコピペするのとは違い、自分で体系的に知識を理解するのとはわけが違う。

 

 

「こんばんながねむー。今日は女子高生らしく勉強解説系ASMR、やっていきますよ」

【きちゃ!】

【始まったぞ、永眠しろチャンネル名物、よくわからない企画系ASMRだ】

 

 

「まず、縄文時代というのがいつからいつまでなのかということから説明しておきますね」

 

 

 縄文時代は、一万五千年前から三千年前である。

 当時、人々は狩猟採集を主に生活の糧としていた。

 磨製石器で動物を狩り、縄文土器で食物を調理し、貯蔵する。

 

 

 いわゆる原始時代とは違う。

 というか、原始時代というのは歴史学ではなく社会学的な用語らしい。

 

 

「実は、この縄文時代以前に旧石器時代というものがあったんですね」

 

 

 いわゆる、石同士をぶつけ合って出来る打製石器を使って狩猟などで生活する分命だ。

 ちなみに、旧石器時代は日本には存在していないという説もあったが、今では旧石器時代に大陸から日本に渡ってきた。

 そして、日本に定住して、今の日本人につながっている。

 

 

「人の祖先は、アフリカから誕生したという説があります。徒歩によって、長い長い距離を渡って日本まできたんだよね。我々のご先祖様は」

 

 

「話を戻そうか。縄文時代は、農耕の始まりとともに終焉を迎えるんだ。狩猟、採取から農耕をして、拠点を作る弥生時代に移り変わるんだよね」

 

 

 縄文時代でも稲作をしていた形跡はあるらしいが、今のような水田を用いたいわゆる水稲耕作が行われるのは弥生時代になってからだ。

 そして、弥生時代と縄文時代の一番大きな違いは土器に表れている。

 縄のような文様の土器ゆえに、縄文土器

 

 

【ああ、眠くなる】

 

 

 うん、いろんな反応があるね。

 眠そうな反応も、またよし。

 難しいことで、眠くなるというのもまた、この配信の意図だからね。

 

 

 

 そして、配信が終わりを迎えて。

 

 

「今日は、配信聞いてくれてありがとう。もしかしたらまたやるかもしれないから、コメントで感想とかお願いします。じゃあ、おつねむー」 

 

 

【なんだか不思議な気分】

【これで勉強しようかな】

【結構わかりやすかったな。要点をくりぬいて、まとめている感じ】

【お疲れさまでした!癒された!】

 

 

 ◇

 

 

『お疲れさまです。どうでした?』

「楽しかったね!」

 

 

 文乃さんは、少しだけ疲れたような顔をしつつも、楽しそうだった。

 

 

「第二回やりたいね。次は、弥生時代かな?」

『そうなりますね。また一緒にやっていきましょう』

「うん!」

 

 

 

 それから、度々ASMRのための勉強会をすることになるのだった。

 




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第三十三話『台本制作』

 

「ロールプレイを本腰入れてやりたい」

『ほう』

 

 

 そんなことを、文乃さんが言いだした。

 いや、理由はわかる。

 以前ナルキさんやラーフェさんとのコラボで出た話が原因だろう。

 彼女にしても、より多くの人を救いたいという理想に沿っているそのアイデアを生かさない手はないと考えているのだろう。

 その考え方は、正しい。

 永眠しろさんというキャラクターの枠組みすら超えて、さらに幅広い癒しを提供することができるようになるかもしれない。

 

『ロールプレイ、というのは具体的にどんなことをするんですか?』

「せっかく新衣装をもらったからね、メイドのロールプレイをやりたいと思っているんだ」

『それがいいですね』

 

 

 せっかく、メイド服という新衣装を獲得したのだ。 

 ここで使わない手はないだろう。

 つまり、死神女子高生永眠しろさんではなく、ただのメイドとして配信をするというつもりのようだ。

 

 

 

「ただ、せっかくだからしっかり準備をしておきたくてね。少しでもクオリティを上げるために、何をすればいいと思う?」

『そうですねえ』

 

 

 彼女がこうして意見を訊くのは、今に始まったことではない。

 新しい何かをするとき、彼女は私に対してこうやって尋ねてくる。

 だがそれは、何も私への依存を意味しない。

 自分で考えて、あるいは他の友人に意見を聞いたりもして。

 何より、最終的に決めるのは彼女だ。

 ずっと、文乃さんは、しろさんはそうしてきた。

 ともあれ、メイドか。

 ある意味、文乃さんとは真逆の存在だ。

 文乃さん、文字通り奉仕される側の存在だからね。

 メイドをいきなり演じるというのは難しいのかもしれない。

 少しだけ、考えて、私は結論を出した。

 

 

『なり切ってみるというのはどうでしょうか』

「なりきる?」

『まず、形から入るのはどうかな、と』

「ふえ?」

 

 

 私の提案に、文乃さんは首をかしげた。

 

 

 ◇

 

 

 三十分ほどして、文乃さんは戻ってきた。

 

 

「ねえ、これって本当にASMRに必要なことだよね?」

『必要ではあると思いますよ』

「本当に?君の趣味ってことじゃないんだよね?」

 

 

 文乃さんは、今現在メイド服を着ている。

 永眠しろさんの新衣装のような、いわゆるメイド喫茶の露出の多いコスプレ衣装とは違う。

 スカートの丈が足元まである、いわゆるクラシカルメイド服である。

 黒い靴、白いソックス、フリルのついたロングスカートに、白いエプロン。

 上半身は、黒い長袖にフリルがあしらわれ、胸元の黒いリボンと、頭部のカチューシャが文乃さんと組み合わさることによって絶妙なかわいらしさを醸し出している。

 

 

 黒と白を基調をした、清楚で厳かな服が、文乃さんの白い肌と黒い髪によく映えている。

 普段来ている制服は黒と白のみというわけでは決してない。

 普段着ている服も、白と黒のみという組み合わせになることはまずない。

 しかし、こうしてリアルに白と黒のみの服を着られると、永眠しろさんがリアルに出てきたようにも感じられてしまう。

 

 

『すごい、本当に綺麗です』

「ふえっ、あ、うん、そうなんだ。いや、べ、別におだてられたからって嬉しくないからね!」

 

 

 顔を真っ赤にされながら言われても、あんまり説得力はない。

 視線もあちこちに泳いでいる。

 窓、予備のダミーヘッドマイク、ベッド、床、机、天井、などを一巡りして、私の方に目を向けるも、また照れてうつむいてしまう。

 なんなんだ、このかわいい生き物。

 

 

「まあ、そこまで言ってくれるなら、わざわざ借りた甲斐はあったかな」

 

 

 火縄さんにお願いして、借りたものだ。

 サイズが比較的近かったため、問題なく着ることができるらしい。

 ちなみに、着方がわからないので、別室で着せてもらったのだそうだ。

 残念なような、ほっとしたような。

 もう一年以上の付き合いになるが、彼女の着替えを見たことは一度もない。

 ちなみに、どうにも火縄さんの鼻息が荒かったような気がするのだが、まあ文乃さんの態度を見る限り大丈夫だったということなのだろう。

 メイドさんたち、文乃さんのこと大好きだからね。

 

 

「それで、こうやって服を着ることがメイドになりきる第一歩ってことでいいのかな?」

『はい』

 

 

 何事も、形からという言葉がある。

 嘘偽りをもって行動していたとしても、行動を続けていればそれがいつしか本心となる、というのはよくある話だ。

 いや、仕事なんてしていない人を本当に無理やり働かせたら更生した、というパターンは意外とあるんだよね。

 人として正常に直ったとみるか、元々の人格が壊れたとみるかは、解釈が分かれる問題ではあるのだろうけど。

 もちろん、そうならないパターンもあるから、注意が必要だ。

 閑話休題。

 普段着ている服ではなく、ましてやたまにしか着ない女子高生の制服でもなく、メイド服という普通なら絶対に着ないような服を着せる。

 これに意味がある。

 新しい服を着ることで、心機一転。

 気持ちも入るはずだ。

 加えて、もう一つ意味がある。

 このメイド服は、スカートの丈も長く、どうしても衣擦れの音が聞こえてしまう。

 だが、この場合はそれでいい。

 むしろあえて立てることで、本当にメイドに奉仕されているような感覚が得られるはずなのだ。

 それこそ、コスプレASMRというジャンルも世の中には存在する。

 コスプレをした状態で、自分の体を映してASMRを行うのだ。

 実際に、架空のキャラクターが三次元空間に現れて癒してくれているような気分になれる。

 ナルキさんとかは度々やっていたりもするね。

 さて、ここまで言ったはいいが、本当に効果があるのかは半信半疑だったりする。

 

 

「台本はね、まだできてないんだよね。大枠は出来てるんだけど」

『ほうほう』

 

 

 文乃さんは、スマートフォンを起動し、一つのマシュマロを見せてきた。

 そこには【メイド衣装の方で視聴者をお坊ちゃまと仮定して、奉仕の合間合間に刺激的なアクション入れてくるおねショタ的なやつ】と書かれていた。

 

 

「先日、マシュマロにこういうリクエストが来ていてね。せっかくだし、採用してみようと思ったんだ」

 

 

 なるほど、これは確かに普段の文乃さんとはかなり違うね。

 もちろん、お姉さんみやママみを前面に押し出した、視聴者を甘やかすASMR配信などすることも度々あった。

 今回、特に通常と違うのは、視聴者側に役が与えられているということだ。

 これまで、視聴者は視聴者だった。

 視聴者代わりのマスコットとして、ダミーヘッドマイクの画像が使用されていたりもしたが、体型も、表情もない無属性の存在だったはずだ。

 だが、視聴者にお坊ちゃまという属性が与えられることによって、文乃さんの演技にも幅が出る。

 結構いいお題だね、これは。

 

 

『せっかくですし、ナルキさんのASMR配信を参考にしてみましょうか』

「そうだね、あとそういう音声作品とか、U-TUBEに上がっている動画なんかも見てみることにしよう」

 

 

 文乃さんはそう言って、U-TUBEをスマートフォンで開いてシチュエーションボイスなどを聞き始めた。

 私も、ヘッドフォンをつけて聞かせてもらっている。

 

「うーん、ちょっといいかな。この表現とかめちゃくちゃ良くない?」

『確かに、お姉さんものとしては鉄板ですよね』

 

 

 パソコンのメモ帳に、文乃さんは良いなと思った表現をカタカタと打ち込んでいる。

 

 

『このセリフなんですが、活用できそうじゃないですか?』

「いいねえ、でもそのまんま使うよりちょっとアレンジしたほうが――」

 

 

 私達は、そうやって聴きながら、話をしながら、台本を作成していった。

 気が付けば、一日で台本はおおよそできあがっていた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

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今回は、マシュマロによるリクエスト企画です。何かリクエストがあれば。↓
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第三十四話『インタビュー』

 台本の製作が完了した翌日。

 朝に雑談配信を行った後に、またしても私と文乃さんは打ち合わせを行っていた。

 またしても、彼女はメイド服を着ている。

 ちなみにだが、メイド服は何着も同じものがあるらしい。

 

「じゃあ、一回この服を着たままリハーサルをしてみようか」

『そうですね』

 

 

 その後、文乃さんと、一時間ほどリハーサルを行った。

 

 

「さて、どうかな」

『最高でした』

「んっ、も、もうまたそういうことばかり」

 

 

 文乃さんは、またしても顔がリンゴのようになる。

 かわいい。

 好きですよ。

 そんな風に言いそうになって、あわててストップをかけた。 

 ともかく、文乃さんは概ね完成していると言える。

 

 

「メイドかあ」

「いや、常々思ったんだけどね、私から見たメイドと、普通の人から見たメイドって差異があるんじゃないかって気になってね」

『と、言いますと?』

「普通の人にとってはさ、メイドって実際に見ることはないわけじゃない。メイド喫茶とかいうお店に行けばみられるかもしれないけど、コスプレじゃなくて本当のメイドを見ることはまずない」

『ああ、なるほど』

 

 

 私には、彼女の言いたいことが分かった。

 文乃さんと私がいる早音家にはメイドさんをはじめとした使用人がいる。

 私は行ったことがないのだが、別荘を管理している者達を含めると、使用人の数は膨大になるらしい。

 ちなみに、文乃さんはほとんど使っていないそうだ。

 まあ家を出るのが嫌なんだよね。元々、私とでないと、あんまり出たがらないという。

 最近は、二か月に一度の登校くらいかな。 

 あと、オフで他のVtuberさんとご飯食べに行っている時くらい。

 閑話休題。

 

 

 ともかく、文乃さんにとって職業メイドというのはコンビニ店員並みに身近なものなのだ。

 だが、かつての私のような人間はどうか。

 メイドというものを、フィクションでしか知らないという人も多いだろう。

 少なくとも、巨大な屋敷で働いているメイドさんという構図を直で見る人はまずいないだろう。

 なので、文乃さんの中で一般的なイメージと、文乃さんの中の記憶をすり合わせる必要があったようだ。

 確かに、そういうのは大事だよね。

 自分の中のイメージと、世間一般のイメージが違った場合すり合わせる必要が出てくる。

 私で言えば、家族だろうね。

 親が学費を出している、というのがぴんと来なかった。

 お金を出してもらうどころか徴収されるような環境に育つと、そうなるんだよね。

 今になって思うと、義務教育以降の学費を払うのはともかく、バイト代を徴収するのは流石にダメだよなあと。

 私まだ未成年だったからね。

 またしても脱線してしまったな。

 

 

『それなら、色々訊いてみたらどうですか?』

「というと?」

『本職の方とか、本職じゃない方とかがいらっしゃるじゃありませんか』

「あっ」

 

 

 ◇

 

 

 文乃さんがメッセージで呼び出してから、わずか五分後、文乃さんの部屋には一人の女性が座っていた。

 セミロングほどに伸ばした髪を、後ろで二つくくっている。

 ツインテールというには長さが足りないが、個人的にはこういう髪型のほうが好きだ。

 

 

「なるほど!それで私が呼ばれたんですね!」

 

 

 火縄イアさん。

 文乃さん直属のメイドさんである。

 彼女はかわいいものが好きらしく、それに伴って当然文乃さんのことも好き。

 

 

 この部屋に入ってきたから鼻息が荒い気がする。

 あと、目が血走っているような気もする。

 この人、本当に大丈夫だよな?

 あと、なんでか知らないけど、この人私に対して敵意あるんだよね。

 そこまで強いものじゃないから、放置しても問題ないと思うんだけど。

 文乃さんを介してしか私を観測できないはずなのに。

 それだけ、文乃さんが彼女の中で優先度合いが高いということでもある。

 彼女の仕事は、文乃さんのメンタルケア。

 なので、イマジナリーフレンドにしか見えない私は治さなければならない(消さねばならない)存在でもあるからなあ。

 私が言うのもなんだけど、文乃さんってびっくりするくらい周りから愛されてるよね。

 

 

「改めて、今回は時間を取ってもらってありがとう」

「お任せください、お二人の分まで頑張りますよ」

 

 

 ちなみに、氷室さんと雷土さんはここにはいない。

 単純に、各々の仕事で忙しいのだろう。

 SNSのチェック、切り抜き動画やサムネイルの作成、スケジュールの調整など彼女達の仕事は多岐にわたる。

 こうして文乃さんから緊急な呼び出しがかかることも考えると、本当に三人で回せているのが不思議なくらいである。

 最近は給金の額も上がっているらしい。

 それもあって、まだ案件や広告収入のみで三人を雇うのは難しいようだ。

 ……まあ、機材周りの値段も高いし、さらにいえば永眠しろさんの配信って、半分くらいASMRなので広告収入はあんまり入らないんだよね。

 どちらかと言えば企業案件による収入と視聴者から送られるスーパーチャットなどが収入源であり、変動が激しいのもある。

 早音グループから企業案件をもらうことで安定しかけてはいるが、まだビジネスとしては永眠しろさんは発展途上なのである。

 ともあれ、今は質問というか、取材をするのが先だ。

 メイドの心構え、あるいは意識していることを文乃さんは火縄さんに尋ねた。

 

 

「うーん、メイドの心構え、ですか」

「ごめんなさいね、変なことを訊いてしまって」

「いやいや、それは別にいいんですけど、正直私の場合は普通のメイドとは違いますからね。お役に立てるかわからないです」

「まあ、パソコンでの作業が主だもんね、三人とも」

「そうなんですよ」

 

 

 確かに、メイドさんと言えば家事を手伝う、いわば家政婦としての役割が本来の姿だ。

 文乃さん直属のメイド三人は、いろんな意味で特殊な存在ではあるんだよね。

 だって、切り抜き動画やサムネイルなんてメイドさんがやる仕事ではないからなあ。

 ある意味、コスプレしながら仕事しているのに近い。

 

 

「でも一つ思うのは、雇用主に恵まれたなって思ってますよ」

「そうですか?」

「ええ、条件がいいのはもちろんですけど、お嬢様は優しいですし、何よりとってもかわいいので、本当にここで働けて良かったと思ってます。お嬢様が、雇用主でよかったと」

「……それだ」

「え?」

 

 

 どうやら、欠けていたものが完全に埋まったみたいだね。

 文乃さんの目が、普段と違う。

 ヘッドホンをつけた時、ゾーンに入っている時の目に近い。

 

 

「あの、力になれましたかね?」

「うん、ありがとう。そういえば、何かしてほしいことってあるのかな?」

「はい?」

 

 

 火縄さんは戸惑ったような顔をした。

 

 

「いや、いつも色々やってもらってるからね。何か、してほしいことがあるのなら

「じゃ、じゃあ、一緒にお風呂に入ってもよろしいですか?」

「そんなことでいいなら、別にいいけど」

「いいの?あ、いやいいんですか?」

 

 

 あれ、これ流れがよくないな。

 このままだと、何だか文乃さんがよくないことになる気がする。

 もちろん同性だから、特に問題があるわけでもないんだろうが。

 なんか、火縄さん目が血走っているような気がしているんだよね。

 

 

「じゃあ、今すぐお風呂に入りましょう、お嬢様!」

「うん、今すぐ?」

『文乃さん、ちょっとさすがにやめておいた方がいいですよ、身の危険を感じます』

「身の危険?」

 

 

 すでに、火縄さんはギリギリまで顔を近づけて、鼻息荒く迫っている。

 あと文乃さん、もう私との会話を隠す気なくなってませんか?

 まあ、そもそも前から盗聴器とかで会話を聞かれることは散々あったけどね。

 カラオケデートなんかは、文乃さんが私に話しかけている声、全部聞いているはずだし。

 

 

「何をしているのかと思えば、一体何を迫っているのですか?」

 

 

 氷のように、冷たい声が室内に響き渡る。

 がちゃり、とドアが開いて、すたすたと氷室さんが入ってきてがっちりと火縄さんの方を掴む。

 そのすぐあとから、雷土さんも入ってくる。

 

 

「いやあのですね」

「正座」

「あのー」

「「正座」」

「あっはい」

 

 

 先輩二人の圧に負けたのか、渋々といった様子で火縄さんは正座した。

 まあ、三人とも愛の深さゆえの行動だからね。

 ちょっと自重したほうがいい人もいそうだけど。

 

 

「うーん、別にみんな相手なら抵抗ないけどね、着付けとかもお願いしているわけだし」

 

 

 当然なのだが、私は人の心が読めると言っても、全てが見えるわけではない。

 むしろ、何を考えているのかを大まかに察しているにすぎないのだ。

 なにが言いたいかというと、着付けの際の映像記憶までは見れないわけで。

 もちろん見れたらダメなので、それでいいのだけれど。

 

 

「じゃあ、せっかくですし、ここにいる四人で一緒に入ることにしましょう。イアさんも、異論はありませんね?」

「うおー!楽しそうですね!」

「うえっ、いいんですかあ!みんなの裸体が見れるなんて、最高です」

「いいですね。四人の方が楽しそう」

 

 

 そういって、文乃さんたちは部屋を出ていった。

 文乃さんが普段使う浴槽は、数人が同時に入れるくらいのスペースはあるらしいと、文乃さんや成瀬さんから以前聞いた。

 私はマイクに転生したことに対して、嫌悪感や忌避感は一切抱いていない。

 むしろ、文乃さんのダミーヘッドマイクに転生することができて、本当に良かったと思っている。

 だがしかし、この瞬間だけは。

 

 

『私も……見たいっ』

 

 

 女性に転生できなかったことを、心から後悔した。

 いや別に、自分の意志で転生を決められるわけじゃなかったんだけども。

 

 

 まあ、それはともかくとして。

 あの三人が、文乃さんのメイドでよかったな、とは思うよね。

 




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第三十五話『メイドになってみた』

「さて、いよいよやっていこうか」

 

 

 時刻は夜の十時。

 すでに、リハーサルも、機材の設置も終わっている。

 先ほどお風呂に一緒に入った雷土さんと氷室さんの手によるものだ。

 ちなみに、火縄さんはいなかった。

 たまたまなのか、それとも妙な真似をしようとして粛清されてしまったのか。

 いずれにしても、文乃さんの様子から、危害を加えられたわけではないと思う。

 まあ、ただの勘なのだが。

 

 

『大丈夫ですか、緊張などありませんか?』

「うん、大丈夫。今回は、色々やったからね。むしろ、どうしてやろうかとか、どこまでいけるのかっていう期待が強いかも」

『なるほど』

 

 

 初めてのこととなると、文乃さんはいつも緊張する。

 だが、今回はそこまででもないようだ。

 多少は緊張しているが、それを新たなことをする興奮が上回っている。

 理由はいくつかあるだろう。

 

 

 一つには、いつも以上に準備をしてきたこと。

 準備しているあいだ、雑談配信こそしてきたものの、他のASMRや企画、コラボ配信などは全て放置していた。

 そこまでやってきたことは、なかった。

 なんだかんだ、文乃さんは準備と企画を両立してきたからね。

 それだけ、今回の挑戦に時間を割いていたということだ。

 

 

 二つ目は、演技がメインだから。

 ロールプレイという、全く別の存在になり切る配信。

 元々、文乃さんはヘッドホンをつけることで別人へと切り替わる。

 なので、別人になり切るという行為には緊張をほぐしてくれるのだろうと推測できる。

 これが、文乃さん、あるいはしろさんのままだったなら結局は緊張してしまっていたのかもしれない。

 

 

 そして三つめは、彼女が単純に強くなったから。

 もう二年近く活動をしてきて、かなり緊張に慣れてきた。

 実際、この企画を抜きにしてもそこまで酷くはなかったんじゃないかな。 

 

 

「じゃあ、そろそろ始めようか」

『ええ、行ってらっしゃいませ』

「うん!」

 

 

 文乃さんは、メイド服を身にまとったまま、ヘッドホンをつける。

 パソコンに表示された、配信開始ボタンを押して、しろさんは配信を始めた。

 

 

 ◇

 

 

「失礼します」

【おや】

【きちゃ!】

【声いつもと違うくない?】

 

 

 少し、離れた場所から、しろさんの声が響く。

 それから少したって、わずかな衣擦れの音とともにしろさんが私に接近してくる。

 

 

「お坊ちゃま、どうかなさいましたか?」

 

 

【うおおおおおおおおお!お坊ちゃま呼び!】

【新しい世界の扉が、開かれた】

【メイドさんシチュエーションがいい】

【ありがとうございます】

 

 

「こんな夜更けに私を呼び出されて、また虫が出ましたか?雷、は今日は落ちていませんね?」

 

 

 訥々と、実際にあった出来事を思い浮かべるかのように、しろさんは語る。

 こうして、部屋に来るのもいつものことなのだ、という状況説明をそれだけで終える。

 

 

 

「なるほど、暗くて怖いから一緒に寝て欲しい、と。承知しました」

「私は、貴方様のメイドですから、当然お坊ちゃまが必要としているなら何でもさせていただきますよ。そう、な・ん・で・も」

 

 

【うおおおおおおおおお!】

【えっ】

【いつも以上に色っぽい】

【本当にオネショタってかんじがしてよき】

 

 

 実際、声音や態度を見ればお姉さんのメイドにしか見えないのではないだろうか。

 

 

 ◇

 

 

『満足感?』

「うん、今回のシチュエーションにおいて一番大事なのはそこだと思う」

 

 

 お風呂上がりでほかほかになった文乃さんが、私に言ってきたのはそんな言葉だった。

 正直、ぴんと来ない。

 私には文乃さんが適当に言っているわけではなく、あくまでも確信があって言っているのだろうなということだけは理解できる。

 逆に言えば、それしかわからない。

 

 

「火縄さんも、氷室さんも、雷土さんも、ありがたいことに私が雇用主でよかったと思ってくれている」

『ああ、そういうことですか』

 

 

 今回のロールプレイは、主人に尽くすメイド。

 つまり、視聴者が主人で心からよかったと思い、満足していることがこの状況においては大事だったりする。

 忠誠心、敬愛、奉仕精神。

言い方は色々あるだろうが、とにもかくにもそういう心がなくてはこの配信が成り立たない。

 

 

 ◇

 

 

 さて、しろさんは私を抱えたまま、ベッドの中に入っている。

 この配信が始まった時点で、私はベッドの上に置かれていた。

 そして、しろさんが視聴者がいるベッドの中に入ってくるというシチュエーションである。

 余談だが、しろさんが使うベッドはスイートルームもかくやというレベルであり、人が二人はいるには十分なスペースがある。

 それこそ、ナルキさんがうちに泊まった時に一緒に寝たくらいだ。

 ゆえに、私の頭部としろさんが入るスペースを確保することぐらいは朝飯前というわけで。

 特に、今私としろさんは密着しているからね。

 

 

「眠れませんか、お坊ちゃま、じゃあ、まずは囁いていきますね」

 

 

 そういって、しろさんは私の横で囁いてくる。

 耳もとから聞こえる甘い声に、私の脳も甘く融かされている。

 なぜか、子供のころに戻ったような気分になる。

 これが、おねショタというやつか。

 私の脳内には、まだ小学生だったころの私がメイド服を着たお姉さんにかわいがられている光景が思い浮かんでくる。

 

 

「かわいいですね。ふふっ、どうされたのですか?顔を赤くして」

 

 

【トマトになっちゃう】

【こんなん逆に眠れないでしょ】

【かわいい、のか?】

【ショタシチュエーションだからな。それにしても、セクシーお姉さん感がすごい】

 

 

 視聴者さんにも、指摘する人がいるが、声がいつもと違う。

 何しろ、しろさんは元々声の幅はあった。

 視聴者を甘やかすような、ママみのあふれる声を出すことも多々あった。

 そうやって甘えてもらう、安らいでもらうことがコンセプトである以上、そこを練習しないということはしろさんの中ではありえない。

 それが彼女の理想だから。

 

 

「あら、坊ちゃま、目を開けていてはダメですよ。ちゃんと目を閉じて、私の声を聴きながらゆっくりとお休みくださいね、ふふっ」

『おおう』

 

 

 それにしても、本当にすごい。

 目を閉じることで、本当に私としろさんがお坊ちゃんと、メイドさんの関係のようにすら思えている。

 

 

「すみません、少しだけお待ちくださいね」

 

 

 そういって、しろさんはうるさくならないように、ゆっくりと体を動かす。

 私の体の上を通り、そのまま反対側に移動する。

 メイド服を着た銀髪のお姉さんが、ゆっくりと私の上を膝立ちでまたぎ、反対側に倒れこんでいく。

 

 

「かわいいですね。ぎゅっとしてあげたくなってしまいますね?」

 

 

 耳元で囁いて。

 

 

「あらあら、ハグしてほしいんですか?仕方ありませんね」

 

 

 そういって、しろさんが腕を回して抱きしめる。

 これが、おねショタかと、私は知った。

 

 




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第三十六話『絵本のような物語を』

 

「坊ちゃま、起きていらっしゃいますか?」

 

 

 覗き込むように、あるいは問いかけるように文乃さんは言葉を発する。

 コメント欄が、それに答える。

 

 

【起きてる】

【ZZZ】

【眠いよ】

 

 

「坊ちゃまは、まだ眠れていないようですね。今日は、ご本を読み聞かせしてあげましょうか」

 

 

 一応もうすでに寝ている視聴者もいるはずだが、そこには構わずしろさんは配信を続けた。 

 基本的に、しろさんはASMR配信中にコメントを拾わない。

 雑談配信の際はともかく、全体の流れを台本を組むことで作り上げるASMR配信ではノイズになりかねないからだ。

 今回のようなロールプレイ主体の配信では、特にそう。

 

 

 

 ともかくしろさんが、そっと取り出したのは一冊の絵本。

 通販でこの日のために購入した、のではなく昔彼女が読み聞かせをしてもらった時に使われていた本なのだとか。

 しろさんは本をぱたり、ぱたりとめくりながら読み始めた。

 それは、外国の絵本作家が書いた、青虫の絵本だった。

 青虫が、色々な果物を食べていくというお話。

 絵本は、子供が触っても壊れないように分厚くしているものが多いのだがこの本は絵本の中でもいわゆる仕掛け絵本という奴であり、その都合上通常の絵本よりもさらに分厚くなっている。

 ぱらぱら、という軽快な音ではなく、ぱたり、ぱたり、というゆったりした音なのはそのせいだ。

 本に穴が空いており、穴を通って、芋虫が果物のを食べ進むという絵本だ。

 子供が目を開いて本を読んでいけば、その魅力に取りつかれていたことだろう。

 というか、私も昔読んだ覚えがある。

 絵本っていいよね。

 内容なんてまともに覚えていないというのに、絵と読んでもらったことだけは覚えている。

 本当に、あの頃は良かった。

 

 

 やがて、本を読み終わったしろさんはぱたんと本を閉じた。

 私の隣で、横向きに寝転がって、私に視線と吐息を送る。

 ASMR配信では、こうやって合間合間にかすかな吐息を吹き込むのも技術の一つだ。

 わかっていても、心地よいと感じてしまうのだけれど。

 

 

「かわいいですね。本当に、もう眠くなってきてしまいましたか?」

 

 

 しろさんは、そう言いながら頭をなでる。

 しゃわしゃわ、という音が響いてくる。

 いやらしさというものは一切ないが、なんだか落ち着くのだ。

 頭を撫でられるという行為には、性的なニュアンスは一切ないのである。

 ふと、頭をなでる手が止まった。

 

 

「おや?これはいったいどういうことでしょうか」

 

 

 疑問符を浮かべながら、それでいて少しだけ楽し気な声をあげながら彼女は妖艶な態度を崩さない。

 

 

「坊ちゃま、どうして両腕を伸ばしていらっしゃるんですか?」

 

 

 からかうような声音で、問いかける。

 にっこりと、悪戯が成功した子供のような顔を浮かべている。

 

 

「もしかして、私にぎゅっとしてほしいんですか?」

 

 

 耳元に顔を近づけて、囁いてくる。

 唇を触れさせるか触れさせないかという状態で、吐息が耳の中で反響する。

 熱が伝わって、私の内部からも熱が発生しているような気がする。

 

 

「仕方ありませんね。少しだけですよ?」

 

 

 そう言って、しろさんは私に抱き着いてきた。

 胸部装甲が、顎のあたりに押し当てられて、唇は耳元に触れている。

 メイド服に包まれた柔らかい体が、小さい私の体を覆っている。

 

 

「ふうーっ。とってもかわいい、安らかな顔をしていますね。今にも溶けちゃいそうな、あどけない顔」

【んんんんんんんっ】

【ママァ!】

【最高が過ぎる】

 

 

 吐息で、言葉で、あるいは全身を使って。

 しろさんは、ゆっくりとじっくりと私を、視聴者を甘く融かし続けた。

 

 

「お休みなさいませ、坊ちゃま」

 

 

 そんな言葉で、締めくくるまで。 

 

 

 ◇

 

 

 

 配信が終わって、メイドさんたちがあわただしく機材を片付けて。

 後には、私とメイド服を着たままの文乃さんだけが残された。

 もうメイド服を着る必要もないのだが、脱ぐ気力も残っていないらしい。

 メイドさんたちが脱がせばいいのかもしれないが、一人不安要素がいるからなあ。

 ともあれ、私はいつも通り言葉をかける。

 

 

『お疲れさまでした』

「ありがとう」

「いつも、ありがとうね」

『急に、どうしたんですか?』

「いや、いつも思っていることだから。今日だって、君が相談に乗ってリハーサルに付き合ってくれたからできたことだからさ」

 

 

 今までやってこなかった新たな挑戦。

 それを終えて、文乃さんは改めて感謝を伝えたいのだと、そういった。

 

 

「正直、君が隣に居てくれるから頑張れるんだよね」

『そんなこと』

 

 

 そう、否定しようとしたが、ノータイムで反論される。

 

 

「あるよ。あのね、私は一人でできることってそんなに多くないって思うんだ。サムネイルだって、機材の設定だって、私は全然できないし。経営戦略も、練れないし。何より、私自身をケアするのは私以外にしか、君にしかできないことだから。私に対して一番奉仕してくれているのも間違いなく君だしね」

 

 

 だから、今回の件では特に力になれたのだと、文乃さんは言いたいらしい。

 まあただの勘だが。

 客観的に見て、文乃さんは、しろさんは強い。強くなった。

 もしかしたら、もう私なんていらないんじゃないかと思えるほどに。

 けれど。

 彼女が、まだ私を必要としてくれるのは。

 自分の歩みの、隣に居て欲しいと私を欲してくれるのは。

 

 

『嬉しい、です、ね』

 

 

 それが、どれほど独善的な心でも、あるいは心すら持たない消えかけの亡霊の思いだったとしても。

 

 

『文乃さん?』

「すぅ」

 

 

 彼女は、どうやら本当に寝たらしい。

 なるほど、彼女の本当の寝顔は、本当にあどけない。

 さっきまで、妖艶な女性を演じていたのが嘘のように。

 きっとどちらも本当なのだけど。

 

 

『お休みなさい』

 

 

 この幼い寝顔を独占できたらいいなと、そんなことを考えながら私は一晩中見守っていた。

 




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第三十七話『命の管理者』

今回もマシュマロ企画です。


 

 ロールプレイを行い、大好評だった先日の配信。

 改めて、文乃さんは別のロールプレイをやろうとしていた。

 

 

「うーん、今度は何をしようかな」

『マシュマロに来てないんですか?』

「昨日は来てなかったんだよね。あれ、何件か来てる」

 

 

 おそらく、しろさんが先日行った永眠しろさんというキャラクターを脱ぎすてた配信を観て、「こういうロールプレイを見たい」と思ってくれた方がリクエストをしてくれたんだろうなと思う。

 ちなみに、しろさんのところにマシュマロ自体は結構来る。

 質問、純粋な好意や応援、リクエスト、布教したいコンテンツなど、マシュマロのシステムとメイドさん達に弾かれるクソマロ以外は大体配信で取り上げたり、SNSで返信していることが多い。

 もちろんすべてではないけど。

 

 

『どれかいいのはありますか?』

「そうだね、色々面白そうなのはあるんだけど……これかな」

 

 

 文乃さんは、そんなことを言って新しいマシュマロを表示する。

 そこに書かれていたのは。

 

 

【仕事の疲れ等で定命待たずに死にそうになってる人に定命全うさせるために世話を焼き、活力を取り戻させる死神さんシチュボ】

 

 

 ああ、なるほど。

 死神ロールプレイね。

 これは興味深い。

 永眠しろさんは、もちろん死神である。

 だが、死神というキャラクターをことさら押し出しては来なかった。

 だからこそ、あえてここでの死神ロールプレイは妙手だと思う。

 このマシュマロを選んだのはいい判断ですよ。

 

 

「そうだねえ、まず口調とかは普段と意識的に違うようにしておきたいかな」

『なるほど』

「なんだか、このマシュマロだと圧倒的に年上の、それこそ数百年とか生きている感じの死神とかがいいと思うんだよね」

『確かに、そもそもしろさんのお姉さんボイスに需要があるのはわかり切ってますからね』

「あ、ありがとう。と、ともかく声も昨日のメイドさんとかに近い方がいいよね」

 

 

 それはまあ、本当にそうだと思う。

 お姉さんボイス、需要あるからなあ。

 

 

「何をするのがいいかな、人の世話をすることなんてめったにないからさ」

『看病ASMRとか、介抱ASMRとか調べて聞いてみましょう』

「おっ、それは確かに」

 

 

 文乃さんは、またしてもパソコンとスマートフォンを起動して聞き始めた。

 私も、ヘッドホンをつけてもらう。

 

 

「ほうほう、食事を作ったり、身の回りの世話をするのが一般的なんだね。介抱なんてしたことないから全然わからなかったよ」

『私もそういう経験はほとんどないですね』

 

 

 しいて言うなら、あくまでも上司を介抱した時くらいか。

 あの人、何を思ったのか、たまに酒を飲んだまま出勤してくるときあるからな。

 千鳥足になって物にぶつかって周りに当たり散らすのは勘弁してほしかった。

 色々なASMRを見ている最中、文乃さんがぽつりとこぼす。

 

 

「死神ってさ」

『はい?』

「死ぬべき時が来ると、人を死に導くんだってね」

『そうらしいですね』

 

 

 私は、文乃さんを自分の死神だと思っている。

 彼女が自分と同じ、希望を持っていない人間だと思って。

 死んでほしくなかったから止めようとして。

 結果的に、そこで死んだ。

 自分が死ぬべき時は、あの時あの瞬間だったと思っている。 

 過程はどうあれ、一人の少女の自殺を止められた。

 何より、今はなぜか転生して彼女の傍にいて、幸せな日々を送ることができている。

 だから、救われたとも思っている。

 

 

「私は、人に死ぬべき時なんてものがあるとは思ってないんだ。だから、人には少しでも長く生きて欲しいし、幸せになって欲しいと思ってる」

『それが、死神としての文乃さんの考え方ですか?』

「そうだね。少しでも長く生きて欲しい。そういう善意が、今回の配信では必要だもんね」

 

 

 そんな認識について話しながら、文乃さんは台本を作っていった。

 

 

 ◇

 

 

「こんばんは」

 

 

 いつもとは違うあいさつで、しろさんは入ってきた。

 

 

「ふむふむ、何やら埃が積もっておるようだな。さては、また掃除をさぼっているのかな?」

 

 

 声が、かなり遠くから聞こえてくる。

 それこそ、耳元で囁いてくるかのような普段のASMRとは比較にならないほど遠い距離だ。

 だが、それでいい。

 もとより、ダミーヘッドマイクの長所は間合いを正確に伝えること。

 音源が近ければ近く、遠ければ遠くから聞こえさせることが私の役割。

 ゆっくりと、かつ音を立てすぎないようにしずしずと、しろさんは私の眼前まで近づいてきた。

 そして、キスするかしないという距離で止まった。

 

 

「相変わらず、死にそうな顔をしておるな。死神である我より死神に見える」

【声が、違う】

【いつもより威厳がある】

【お姉さんというより、もっと上の長命種みたいな】

 

 

「クマがあるし、ちょっと痩せておらぬか?あと普通に考えてもう人であれば寝る時間ではないのか?」

 

 

 まじまじと近づいて、彼女は一呼吸おいてからまた口を開いた。

 

 

「なるほど、今日もいや、昨日も仕事が忙しかったというわけか。本当に、社畜というのは難儀だのう」

【そうだね】

【何でこんなに解像度高いんだ】

【癒される】

【うう、何だか泣けてきた】

 

 

「じゃあ、とりあえずそこにいてくれ。これから、ちょっと料理するからのう」

「なぜ料理、と申すか。貴様、その食生活で健康が維持できると思っておるのか?」

 

 

 はあ、とため息をつきながら、しろさんはまた私から離れている。

 ただし、声が聞こえないというほどではない。

 せいぜいで、一メートルくらいか、それより近い。

 といっても、しろさんは料理を作ることができない。

 そもそも、こういう家庭環境だとまともに家事をすることなんてまずないよね。

 文乃さんのお義父さんも、家事は全然できないらしいからね。

 親子そろって、掃除のやり方一つ知らないのだとか。

 そんなわけで、彼女たちは料理なんてできるはずもなかった。

 なかった。

 しかし、文乃さんの努力は、それを可能にした。

 しろさんの机の上には、まな板と、万全を期してプラスチック製の包丁が置かれている。

 そして、ニンジンやジャガイモ、ブロッコリーといった野菜も。

 

 

「今日は、野菜の具沢山スープを作ろうと思っておる。コンビニ弁当やゼリー飲料ばかりでは寿命を迎える前に死にかねんからの」

 

 

 とんとん、と包丁が食材を切っている。

 刃が食材を切り、木製のまな板に刃が当たる。

 猫の手も完璧だし、手つきもまだ固いが、逆にそれくらいの方が安全だ。

 耳に響く音が、心地よい。

 

 

【ああ、癒される】

【これ通い妻なのでは?】

【いや同棲だろうな】

 

 

 視聴者さん達も、純粋に癒されている。

 やはり、しろさんの根本的なあり方は変わらない。 

 そして、包丁で食材を切り終えると、しろさんは傍にあったもう二つの器具に触れる。

 アルコールランプと、コーヒーメーカーだった。

 中には、水だけが入っている。

 さすがに、ガスコンロを使うのは許可できないというメイドさん達との協議のうえで、妥協案としてできたのがこのアルコールランプである。

 そこに、しろさんは点火する。やがて、私の傍でぽこぽこと水があるいは泡が立つ音がした。

 

 

「というわけで、お湯を沸かしておる。スープができるまで、こうして少しだけ話そう」

 

 

 そういって、しろさんは私の耳元まで接近してくる。

 つい、五十センチほど先でぽこぽこと音を立てているアルコールランプがBGMになっている。

 さすがにガスコンロは使えないんだよね。

 何しろ、文乃さんは料理ができない。

 そんな彼女に包丁を持たせることはいざ知らず、コンロを使うことは許可されなかった。

 残念ながら当然だったので、しろさんも反論しなかった。

 

 

「いいか、前にも言ったが、お前の寿命はまだまだ先なのだ。だというのに、お前は働き過ぎて死にそうになっている。それは、世の理に反しておる」

 

 

 あくまでも、仕事だからな、と付け加える。

 だがその声は、冷徹とは程遠い、むしろ穏やかで温かかった。

 

 

【そっか、そういうシチュエーションがあるのか】

【こうやってお世話してもらえるのもいい】

 

 

「さて、じゃあ体を拭くからな。服を脱いでもらおうかの」

『おおっ』

 

 

【ん?】

【ガタッ】

【ちょっと待ってください。僕は今冷静さをかfjshふぃfじゃ】

【欠いてて草】

 

 

 視聴者は大いに盛り上がった。

 ついでに、私も盛り上がった。






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第三十八話『命ある限り』

「ほれ、どうした?服を脱ぐのが恥ずかしいのか?しかし体を拭かないと体を壊してしまうかもしれんぞ?というか壊すぞ?病気になるぞ?」

【それはそう】

【体まで拭いてくれるの有難すぎる】

 

 

 そういって、しろさんは私を支えている軸につけられていた上着を脱がしにかかった。

 ボタンを一つ一つ外し、なおかつ上着をゆっくりと上にずらしている。

 もちろん、私は普段から服を着ているわけではないのだが、今日だけは着ている。

 プレゼントにもらったネックレスも、結局壁にかけてあることが多いしね。

 ASMRがないときは、文乃さんがつけてくれたりもするんだけど。

 

 

「ほれほれ、かわいいやつだのう。顔を真っ赤にして、本当に初心なやつじゃ」

 

 

 そういいながら、しろさんはさらにシャツを脱がしていく。

 しゅるしゅる、ずりずりという、布がこすれる音が、視聴者の耳に響く。

 一方、あいかわらずアルコールランプは熱を放っており、お湯が沸く音もやまない。

 まるで、本当にしろさんと同棲しているかのような感覚を覚える。

 

 

「やれやれ、なんというか貧相な体じゃのう。まあ、そこがかわいいのだが」

 

 

 そう言いながら、しろさんは顔を近づけて。

 小ぶりできれいに筋の通った鼻を、首筋の辺りに押し当てる。

 

 

「すんすん、すんすん、すんすん」

【ああ】

【におい嗅がれちゃってる】

【嗅がないで―】

【最高】

 

 

 しばらく、しろさんはにおいをかぎ続けた。

 鼻息が当たって、熱とこそばゆさで頭がぼうっとなりそうだった。

 

 

「すんすん、すんすん。ふうむ、相変わらず癖になる匂いだ。すまんな。今日は拭いたらもう嗅げないから、名残惜しくてつい嗅いでしまった」

【ありがとう】

【においフェチなのいい】

【しゅごい】

 

 

 彼女は、濡れたタオルを取り出す。

 これは、しろさんが通販で買った濡れない水というやつを使っているのだそうだ。

 なんでもそもそも水で濡らしてはいけない機械などを洗浄するためのものだったのだとか。

 確かに、機械に影響を及ぼさない水があるのなら、ASMR配信でできることの幅は大いに広がるはずだ。

 ともかく、そうやって水で私の服と、体の部分となっているシャフトを拭いていく。

 きゅっ、きゅっという音が響いている。

 しろさんの動くことによる衣擦れの音や、耳元に顔を寄せたしろさんが吐く息が響いてきて、本当に癒される。

 

 

「長生きしてくれないと、私とて困るのだからな」

【する!】

【ありがとう】

【これだけで百年生きれる】

 

 

 やがて、沸騰したので、しろさんはアルコールランプの火を止める。

 そして、いよいよ食事の時間になった。

 

 

「では、あーんをしてやろう」

【何ですと?】

 

 

 しろさんは、お椀とスプーンを取り出し、そっと私の口元まで匙を運ぶ。

 このシーンだけ見ると、おままごとみたいだな。

 

 

「まあそう驚くな。お前がつかれている。だから、私が食べさせてやるというのだ、わかるだろう?はい、あーん」

 

 

「もぐもぐもぐ、ごっくん。はい、よくできました」

 

 

 

 一口ごとに、しろさんはそう言いながら頭をなでてくる。

 頭も脳髄も心も、ドロドロに溶けている。

 やがて、食事が終わるとしろさんはお椀とスプーンを脇に置いた。

 

 

「さて、食事もとったな。次は、歯磨きをしてやろう。ほれ、座れ」

 

 

 そういって、しろさんは私の頭を膝に乗せた。

 そしてそのまま耳に唇を近づけて。

 

 

「なんだ、膝枕をされて緊張しておるのか、かわいいのう。まあ、そう固くなるな。ほれ、リラックスをするのだ」

 

 

 さらさら、とさりげなくしろさんは頭をなでる。

 しろさんにこれをやられると、正直何も言えなくなる。

 ここ1年半で作られた、100以上ある弱点の一つでもある。

 

 

「息を吸って、吐いて、と深呼吸をしような。すうーっ、はあーっ」

 

 

 耳元で息をゆっくりと、細く吸い、温かい息を吐き出した。

 耳に息がかかり、脳が、心が弛緩していくのを感じる。

 

 

「では、改めて歯磨きをしていくからの、ほら上を向いてくれ」

 

 

 そう言われてから、私は上に顔を向けさせられた。

 一応、台本としてはここで視聴者が顔を横向きから上向きにしたことになっているわけだが。

 まあ、それはいい。

 今日のしろさんはいつもと同じで、音の出にくいかつラフな格好をしている。

 ゆえに、胸部装甲が目に入る。

 顔が見えないというほどではないが、視界に入らないわけでもない。

 この体勢だと、見えてしまうのは仕方がない、不可抗力なのである。

 

 

「うん、どうかしたのか?ははあ、もしや」

 

 

 しろさんが、何かに気付いたように楽しげな声を上げる。

 顔も、笑っている。

 だが経験上知っている。

 これは、ドS状態の時の目だ。

 

 

「なんだ、私の胸が気になるのか?触ってみるか?んー?」

【どきっ】

【み、見てないよ】

【俺は見てるが?】

【触ってもいいんですか?】

【ガタッ】

 

 

「まあまあ、そう目をギラギラさせんでも、取り敢えずは歯を磨いてからだな」

 

 

 しろさんは、傍に置いてあった歯ブラシを手に取る。

 当たり前だが、歯磨き粉はつけていない。

 つける必要もないし、掃除が面倒だからね。

 余談だが、しろさんが普段使っている歯ブラシを使っているらしい。

 彼女自身はたいして問題だと思っていないようだが、私としてはどきどきしてしまうのだよな。

 キスされることが何回あったとしても、間接キスに対してどきどきしてしまう。

 これはもう一生直らないのかもしれない。

 

 

「じゃあ、はじめていくぞ。口を開けてくれ」

 

 

 歯ブラシを、ダミーヘッドマイクの顔の部分に当てていく。

 

 

「しゅこしゅこしゅこ、しゅこしゅこしゅこ」

 

 

 オノマトペとともにしゃかしゃか、という爽やかな音が響く。

 オノマトペを使われることによって、より一層お世話されているという実感がわいてくる。

 

 

「はい、これにて歯磨き終了」

 

 

 結構、時間をかけてしろさんは歯磨きを終えた。

 まあ、一般的な歯磨きって短すぎるって話もあるんだよね。

 母にやってもらった時は、どうだったのかな。

 声も顔も、もうはっきりとは覚えてないんだ。

 

 

「では、そろそろ就寝の時間だな。ほれ、寝るぞ」

 

 

 しろさんは、そんなことを言いながらすっと腕を回す。

 そのまま、マットのしかれた床の上に倒れこんだ。

 私の頭が、彼女の胸部装甲に包みこまれた状態で。

 

 

『おお、おおう』

「おやおや、そんなに私の胸の中が気に入ったのか?」

【えっっっ】

【最高過ぎる】

 

 

 視聴者たちも、うれしそうだ。

 嬉しくないわけもないが。

 

 

「そこまで喜ぶのなら、今日は特別に。聞かせてやろう」

 

 

 そういって、しろさんは、服を脱ぎ始めた。

 現在、私は後頭部をめり込ませている状態のため、文乃さんの格好は見えない。

 だが、背後の衣擦れの音から状況を予測することができていた。

 服の感じから下着をつけていないことはわかっていたけども。

 

 

 とくっ、とくっ、とくっと。

 柔らかくて豊満な胸部装甲と、肋骨をすり抜けて聞こえてくる。

 しろさんの心臓の音が。

 命の音が、響いてくる。

 彼女が呼吸するたび、しろさんが生きているのだと実感できる。

 

 

「この音は、死神の奏でる命の音だ。この音が止まるまで、お前が死ぬことは許されない。だから、もっと体を大事にしておくれよ」

【うん、大事にする】

【明日は朝ごはん食べよう】

【運動しようかな】

【ありがとう】

【ちゃんと寝よう】

【ZZZ】

 

 

「では、お休み。ゆっくり休むのだぞ」

 

 

 そういって、しろさんは配信を締めた。

 

 

 ◇

 

 

『お疲れさまです』

「ありがとう。今日は、もう寝るよ」

『…………』

「寝るよ?」

『あっ、はい、お休みなさい』

 

 

 文乃さんの今回の配信は、人の健康を気遣うものとなっていた。

 けれど、もう一つだけ、意味があることを私の勘が見抜いていた。

 私が死ぬまで傍にいて欲しいと、私に言ってくれていた。

 そんな気がした。

 そして、それができればいいなと、心から思った。

 



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第三十九話『野球映画で過去を想う』

前回は沢山感想をいただけて嬉しかったです。
感想などはモチベーションになっております。


 同時視聴配信というものがある。

 しろさんがもう何回も行っているコンテンツであり、視聴者からの人気がかなり高い。

 割と同時視聴配信というのは内輪向けのイメージがある。既に獲得したファン層はよろこぶだろうが、新規にファンを獲得するのは難しいとされている。だがしかし、しろさんの同時視聴配信は例外である。なぜならば。

 

 

「はい。こんばんながねむー。今日は同時視聴ASMRやっていくよ」

【きちゃ!】

【デート配信だ!】

【耳元囁き助かる】

【初見です】

 

 

 耳元で、しろさんが囁いてくる。本当に恋人みたいだよね。視聴者さんたちもそう思っているような気がする。 今回見る映画は、野球をテーマにしたアニメ映画だ。

 話の内容としては全国大会を目指している主人公が、チームメンバーと衝突しつつも、最終的に一丸となって全国大会への出場を勝ち取るというものだ。

 わかりやすい、王道中の王道であるスポーツものなのだが。

 

 

「えっ、これなんで出塁しないの?」

【ファールだからやで】

【しろちゃん、もしかしてルールわかってない?】

 

 

 開始早々、視聴者から突っ込みが入る。

 

 

「ええと、確かあれだよね。反則ってことでしょ?あれ?じゃあなんで退場してないんだろ?」

 

 

 野球にはフェアゾーンとファウルゾーンが存在し、ファウルゾーンに打球が飛んだ場合はワンストライク以下ならストライクのカウントが増加し、ツーストライクならノーカウントになる。

 つまりどれだけ遠くに飛ぼうが、ファウルゾーンに落ちたら出塁することはできないというわけだ。

 閑話休題。

 

 

 割と基本的なことすら知らないしろさんに対して、コメント欄の反応はさまざまだ。

 

 

【ファールすらわかってないのは草】

【サッカーと混ざってるんだよな】

【かわいい】

【まあ確かに普段野球見ない女子高生ならこんなものか】

 

 

「う、うう。いやでも、複雑すぎない?」

『まあまあ、わからなければまた解説しますので』

【まあ理解できなくても雰囲気で見れるから】

【そこらへん知りたくなっちゃうのは真面目なんだろうね】

 

 

 視聴者や私と掛け合いをしつつ、しろさんの視線は基本的に画面から離れない。

 それにしても。

 

 

 映画を観ているのだが、あくまでも私には音声は聞こえない。

 テレビ画面上に映し出された副音声で大まかな内容は理解できるが。

 ただ、内容は私の中でそこまで重要ではない。

 何しろ、今重要なのはしろさんと一緒に見ているということ。

 例えば、映画デートで、映画を観るのは確かに大事かもしれない。

 だが、隣に居る人の横顔を眺めて、その美しさに見とれてしまうこともまた、同じかそれ以上に大事なことであるはずなのだ。

 だから、これでいい。

 少なくとも、しろさんと一緒にいられるなら、コンテンツ自体はそこまで問題じゃない。

 なんなら、もう一回後で一緒に見ればいいわけだし。

 

 

 やがて、映画はクライマックスに差し掛かる。

 あと一回勝てば、全国大会出場というところまで、主人公のチームは駒を進めた。

 相手は、去年の全国出場校であり、主人公のいなかったチームを、ボコボコに負かした因縁の相手でもある。

 

 

 そして、九回の裏、ツーアウト満塁。

 一点を追う主人公たち。

 バッターボックスに立ったのは、主人公。

 四番打者である彼を前に、敵は敬遠を選ばない。

 いや、同点になってしまうから選べない。

 

 

 ごくり、としろさんが固唾をのむ。

 白い喉が、こくりと動く。

 いかんな。

 さっきから、意識がしろさんの方に引っ張られて過ぎている。

 

 

「はっ、はっ、はっ」

【こんな時でもセンシティブ】

【無意識なんだろうな】

【だからこそいい】

 

 

 そして、主人公のバットが、ボールを捉えて、バックスクリーンまで運んだ。

 試合は終わり、主人公を胴上げする所で物語は終わる。

 

 

 

「ふおおおおおおおお。すごい、すごいねえ、すごい、すごい」

 

 

 声を抑えながら言っているせいで、ちょっと「すごい」が変な意味に聞こえてしまう。

 鼻息も荒いため余計にセンシティブ。

 そもそも、近くにいるのもよくない。

 カップルシートに座っているカップル並みに距離が近い。

 カップルシートなんて使ったことないけど。

 

 

「すごいよかったね。なんというか、みんな目的、夢のために全力っていうか。私はスポーツなんてまともにやったことないんだけど、それでもカッコいいって思ったよ」

 

 

【わかる】

【これきっかけに、スポーツものとかハマってくれたらいいな】

【スポーツものは、野球のみならず一大ジャンルだからね】

 

 

「私も、一応Vtuberとして活動するうえで夢や目標ってあるし、努力しているつもりだから、共感できるところは沢山あったんだよ。仲間、相棒に支えられるシーンとかさ」

 

 

 確かに。

 しろさんがここまで歩んでこれたのも、いろんな人とのかかわりがあったからだと思う。

 他のVtuberさんや、支えてくれる使用人の方々、さらにはご両親。

 あとは、私もその中に入っていると思う。

 

 

「今日は、いい作品を見れて楽しかったです。じゃあ、お疲れさまー」

【おつねむ―】

【映画デート配信楽しかったです】

【またスポーツ系も見たいな】

 

 

 視聴者さんも、各々でコメントを書き込んでいく。

 やっぱり、こういう距離が近い配信もいいものだよね。 

 

 

 ◇

 

 

 配信が終わって、文乃さんは私と二人で反省会をしていた。

 私としては、かなり盛り上がったし、別に反省するようなことはないと思うのだが。

 

 

「うーん、やっぱりルールがわかってた方がいいかな。君は野球のルールとか知ってる?」

『ああ、まあある程度は』

 

 

 少なくとも、アニメやドラマを楽しめる程度には知っているつもりだった。

 

 

「野球ってさ、そもそも得点を競うゲームだよね?ファールって何?」

『ええとですね』

 

 

 まず、何から説明すればいいのか、と考えながら私は野球のルールについていろいろと説明していった。

 意外と、知っていることでも説明するというのは難しい。

 基礎知識がない相手に説明している人たちは偉大だよ。

 それこそ、しろさんだって解説系の配信をこの前したわけだけども。

 スポーツものというのはちょっと難しいかもしれないね。

 私も野球についてはある程度知ってはいるのだが、逆に他のスポーツはそこまで詳しくない。

 ちょっとジャンルを間違えたかもしれないが、まあこれも経験と言える範疇だろうね。

 

 

「ねえ、あのさ」

『はい?』

「いや、何でもない。明日言うことにするよ」

『そうですか』

 

 

 わからなかったが、納得することにした。

 文乃さんが寝てしまったので、私は一人になった。

 一人になったとき、大抵はその数時間を文乃さんの寝顔と寝息を楽しむためだけに使う。

 こと彼女が絡むと、口から出てくる唾液すらも愛おしく感じられてしまうから、不思議だ。

 ただ、今日は違った。

 

 

 野球に関する作品を見たからだろうか。

 少し、昔のことを思い出していた。

 

 

 私は、夢を見ることができない。

 元々、眠りから覚めた時には夢を覚えていないということがほとんどだった。

 だが、死んでからはそもそも眠らないので夢を見ることはない。

 だが、近いものはある。

 過去に意識を向けると、かつての記憶が実感を持って蘇ってくる。

 

 

「なあ、見てみろ、ツーアウト満塁だぞ!逆転のチャンスだ!」

 

 

 野球中継を見ていた父が、叫び声をあげる。

 テレビの向こうでは、父の応援する球団が逆転を決めたところだった。

 

 

「うおおお!やっぱり、野球はすごいなあ」

「もう、貴方ってば本当に野球好きよね」

「いやいや、そりゃそうだろ。この子だってもう少ししたら野球の楽しさがわかるはずさ」

 

 

 母が、少し呆れたような、それでいて愛情をたたえたような瞳で父を見ている。

 父も、そうやって母と話をするのが楽しくて仕方ないようだった。

 そうだ、食卓を囲んでいるのだった。

 そして、チャンネルの優先権が父にあるので、野球を見ていたんだ。 

 

 

「そういえば母さん、授業参観っていつだっけ?」

「あらいけない、カレンダーに書き忘れてたわ。再来週の木曜日よ」

「お、そうか。じゃあ有給申請しておかないとな」

「あら、本当に?大丈夫なの?」

「何を言っているんだ。自分の愛する子供の参観日だぞ。観に行くに決まってるじゃあないか」

 

 

 父は、良くも悪くも素直な人だった。

 陽気で、活発で、嘘がつけない人。

 趣味も、野球観戦くらいのもの。

 

 母は、穏やかな人で、私を主婦として育てながら父を支えていた。

 二人とも、家族を愛していたように見えていた。

 そう、思っていたんだ。

 

 




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第四十話『後悔より生まれた力』

「なあ、今度の週末どこかに行かないか?」

「いいわね、どこに行きましょうか」

 

 

 私は、何と答えただろうか。

 いや、何度も繰り返されたやり取りだからその時によって、答えは違うかな。

 まあ、基本的に二人とも私の行きたいところを優先してくれたよ。

 もちろん、予算の範囲内だったけど。

 この時は、近くの公園に行くことになった。

 交通費を含めてもなお

 かなり広い公園で、周りには人がたくさんいた。

 私は、父とキャッチボールをしていた。

 小さなグローブとつけて、ゴムボールを投げる。

 小学校低学年では硬球とかは重すぎるからね。

 逆に、ガチ感あるよなあ。

 多分、当時の父としては普通に野球をやって欲しかったんだと思う。

 

 

「お、いい球投げるなあ!」

 

 

 私の投げた球を、父もまたグローブをはめた左腕でつかみ取る。

 元々、高校まで野球をやっていたらしく、本当に野球に打ち込んでいたんだとか。

 キラキラと目を輝かせながら、ボールを投げ返す。

 それは子供でも取れるように極限までに加減された球であり、私もしっかりと受け止める。

 

 

「野球やるか?」

 

 

 そんなことを、目を輝かせながら言っている。

 野球は、そこまで楽しいわけじゃなかったと思う。

 体を失くしてもなお言えることだが、正直運動自体はやりたいとは思わない。

 それくらい、運動が好きではなかった。

 けれど、父が喜んでくれるのは嬉しかった。

 なので、少年野球のチームに入った。

 

 

 母は、他の子供のお母さんと一緒に手伝いに来てくれていた。

 父も、かなり見に来てくれた。

 自分の子供が野球をしているというのが、嬉しくて仕方がなかったんだろう。

 結構テンションは、高かった。

 まあ、あくまで周囲の迷惑にならない程度だったと思われる。

 

 

 母が、他の男と家を出る前の話。

 私の人生において、最も幸せだった時代だ。

 

 

 ◇

 

 

 母が出ていった日、父は私の意思を無視して、野球チームから私を抜けさせた。

 そして、私の野球道具を全て処分した。

 多分だが、あの日父は完全に壊れたんだと思う。

 自分にとって、一番大事なものが失われた瞬間に。

 私の幸せに興味がなくなり、私を応援する気力なんて、残っていなかった。

 

 

 その後は、絵に描いたように、あるいは悪夢のように私の人生は暗転していった。

 金銭的な理由から友達や彼女は出来ず、ブラック企業に入ることになり、特にこれといったこともできずに命を終えた。

 父はと言えば、趣味の野球観戦もしなくなり、ただ金銭のみに執着するようになった。

 かといって、それを何に使うでもない。

 ただ、貯めこむ。

 服装にも、食事にもまるで気を遣わず、機械的に仕事をし、家に帰る。

 そして感情を取り戻したかと思うと、大体私に攻撃する。

 そんな流れで、私の能力も磨かれていったということだ。

 

 

 けれど、今になって思えば。

 母について。

 髪型や服装が、急に派手になったわけじゃない。

 家事をさぼっていた記憶もない。

 

 

 されど、今思えば気づくべきだった。

 母が、何の理由もなく上機嫌な時があることに。

 母が、時折明るい声で誰かと電話している時に。

 そして、母はある日突然消えた。

 私と父を捨て、これまでの生活を捨て、思い出を捨てた。

 

 

 私は、思うことが一つだけある。

 もしも、私が気付いていたら。

 母を、止められていたのかもしれない。

 父は、あんなに苦しまなくて済んだかもしれない。

 家族は、そのまま仲良く過ごせたのかもしれない。

 ああ、そうだ。

 私の能力は、そういう後悔から生まれたんだ。

 文乃さんが、かつては私を死なせてしまったことを悔いているように。

 成瀬さんが、私の心をいたわれなかったということを後悔しているように。

 私の心にも、後悔がある。

 能力を伸ばしたのは父でも、産んだのは母だったのだろうね。

 彼女がどうしているのかは知らない。

 多分父も知らないだろう。

 

 

 ともあれ、私は過去を悔やみ続けている。

 そしてそれを解決する方法は、無い。

 もう、どこにもない。

 私はもう、人間ではないのだから。

 

 

 ◇

 

 

 

『もう、朝か』

 

 

 記憶の旅から帰ると、もうすでにうっすらと明るくなっていた。

 最近、調子が良くないことはわかっていた。

 だからだろうか、あんなふうに記憶をたどったのは。

 記憶をたどってわかったのは、結局過去は過去であり、変えようがないという当然の話。

 何より、私にとって父はもう関わりたくもない人でしかない。

 だから。

 

 

「おはよう」

『おはようございます』

 

 

 文乃さんが、ふわふわもこもこのパジャマを着たまま起きてきた。

 普段なら、眼福だと興奮する所だったのだが、今は違う。

 一つには、今嫌な思い出がまだ頭に残っているから。

 もう一つは、文乃さんが酷く真剣な顔をしているから。

 

 

「君に会わせたい人がいるんだ」

『嫌です』

 

 

 即答した。

 文乃さんの言葉を、拒絶するなんて普通はない。

 けれど、この申し出だけは拒絶せざるを得なかった。

 一番、会いたくない人だったから。

 

 

「君のことで話があると言って、君の父を呼び出した。今日、来る予定だ」

 

 

 そう、文乃さんは宣言した。

 




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第四十一話『If he loved me』

 文乃さんが、パジャマ姿で呟いた直後。

 空気が、張り詰めた。

 柔らかくて三人くらいなら入れそうな巨大なベッドも。

 恐らくはもう長らく使っているのであろう、細かい傷がついた勉強机も。

 逆に、最近になって買い替えたゲーミングチェアも。

 机に置かれた永眠しろさんに関するほぼすべてが詰まっているパソコンも、そのわきに置かれたスタンドマイクや予備のダミーヘッドマイクも。

 すべて、いつもと変わりないはずだ。

 だというのに、二人の間を流れる雰囲気だけは全くの別物。

 昨日まで穏やかだった空間は、冷えてしまっている。

 それは、十二月に差し掛かり寒くなっているから、ではない。

 私が、心を一方的に閉ざすというかつてない状況だからに他ならない。

 

 

『会いたくありません』

「…………」

 

 

 私は、文乃さんの言葉を否定することなんてめったにない。

 私の記憶が正しければ、過去に一度だけ。

 文乃さんが私の正体を知って、Vtuberとしての活動を辞めようとした時だけだ。

 それに並ぶほどに、私にとっては抵抗があった。

 

 

『会って、何の意味があるんですか。あの男は、私を傷つけ、奪い、貶めてきた。どんなことがあったって会いたくありません』

「そうだね」

『それに、あの人も、私と会いたくなんてないでしょう』

「うん、私もそう思う」

 

 

 文乃さんは、真顔で答えた。

 私の眼をまっすぐに見て、はっきりと答えた。

 私は彼女のことが好きだが、その中の一つが、こうして私を見てくれることが。

 こんなにまっすぐ目を見て、心を送り込んでくれる人は、彼女以外にいない。

 あるいは、彼女もまた誰かに見て欲しかっただけかもしれないが。

 

 

「色々やり取りを重ねる中でわかった、君のお父さんは私の父と違って君を愛していないと思う」

『でしょうな』

 

 

 ないはずの胸がきしむのを堪えて、文乃さんと言葉を交わす。

 今更何の未練があるのかと自嘲しながら。

 実際、文乃さんの父や母が彼女に厳しくしていたのは良くも悪くも愛情の裏返しだ。

 自分が歩んできた道を、歩んでほしいと思っていたのだろう。

 それが、思いつく限りもっともきれいで幸せな道だから。

 たいして、私の父が私につらく当たってきた理由は真逆。

 私に、興味がないから。

 好きの反対は無関心だとはよく言ったもの。

 関心がないから、視界にいれたくない。

 そして、なおかつ興味がないものがそばにいることが我慢できなかったんだろうね。

 実際、家を出たら金銭を要求されることもなくなったし。

 

 

「私ね、お墓参りに行ったことがあるんだ。君が埋まっている」

『ああ……』

 

 

 そういえば、ついこの前には、私の命日があったはずだ。

 私がここに来てから一年半たっているからね。

 

 

「けれど、そこには誰も来てなかった。花が供えられた形跡もなかった」

『…………』

 

 

 父は、私の命日をどのように過ごしたのだろうか。

 彼は、ずっと家と会社だけを往復する生活を繰り返していた。

 だから、自分がそこにいたかのように見える気がする。

 会社に行き、また家に帰り。

 コンビニで買った食事を胃に収め、ソファに座ってぼうっとしたまま朝が来るのを待っている父のことが。

 まあ、葬式に関しては喪主を務められそうなのが彼しかいないがために、おそらく動かざるを得なかったはずだが。

 

 

「だから、彼は君を愛してないと思うよ」

『そう思うのなら、なぜ私を父とあわせようとするのですか?』

 

 

 愛情の通っていない親子というのは、普通の他人よりもたちが悪い。

 おまけに片方は肉体も戸籍も手放している。

 碌な結果にはならないはずだ。

 だというのに、一体なぜなのか。

 

 

「決着を、付けてもらうため」

『決着、ですか』

 

 

 その言葉を聞いて、少しだけ腑に落ちた気はした。

 文乃さんは、私を死なせてことを悔いていた。

 だが、私と互いに本音をぶつけ合うことで、前に進むことができた。

 毎日私が愛を囁く必要性ができたこと以外は、万事解決したといってもいい。

 成瀬さんは、私に対して、文乃さんに対して自分の感情を打ち明けることで過去に対して自分なりの納得を得たように思う。

 少なくとも、彼女はもう私のことで思い悩んでいる様子はない。

 いろんな意味で吹っ切れたというか、応援しようとしているというか。

 

 

 私は、どうだろうか。

 私の価値観は、父に植え付けられたものだ。

 弱肉強食という信条は、圧倒的強者である父に踏みつけられたから。

 金銭を重く見るのは、父が金のことばかり考えていたから。

 だから、今の私がある。

 文乃さんと出会って、そこからいくらかは脱していると思う。

 けれど、完全に吹っ切れているともいえないだろう。

 野球映画を観ただけで、フラッシュバックしてしまうくらいなのだから。

 

 

「君も私も、色々あった。本来は、君の問題に私が首を突っ込むべきじゃなかったのかもしれない」

『…………』

 

 

 肯定は出来ない。彼女の行為と厚意を無下にしたくないから。

 否定はできない。父のことは、もう二度と思考の片隅にすら入れておきたくないと思っていたから。

 けれど、文乃さんの言うことはひとつの正論だった。

 文乃さんが、私の思いを知って、私を死なせた罪悪感を乗り越えたように。

 成瀬さんが、自分の恐怖心と愛情を私と文乃さんに打ち明け、迷いと後悔を振り切ったように。

 私にも、未来に進むために壁を乗り越える必要があるはずだと言いたいのだろう。

 彼女の善意は不快ではなく、間違っているとも思えなかった。

 

 

『ひとつだけ、条件があります』

「何かな?」

『万一に備えて、いつでも使用人の皆さんで文乃さんを保護できる状態をつくってください。貴方の安全が世界の何よりも重要です』

「ふえっ。う、うん」

 

 

 顔を真っ赤にして、文乃さんはうなずいた。

 

 

「一応、内海さんと氷室さんからそうするように言われているからね。そこは安心していいよ。全員で私を見張りながら、守ることになるはず」

『そうですか。それは安心ですね』

 

 

 文乃さんを信じていないわけではないんだけど、ちょっと抜けてるところあるからね。

 

 

『…………』

 

 

 苦しめられてきた。

 傷つけられた。

 けれど。

 未練がある。

 思い出がある。

 魂に刻まれた、愛情の残滓がある。

 

 

『……会いたくはないです』

「うん」

『でも』

 

 

 そこで、言葉に詰まる。

 

 

『もしも、会いたいと思ってくれていたらって思ってしまうんです』

「そっか」

 

 

 それから五時間後、文乃さんのスマートフォンに、私の父が来たと連絡があった。

 




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第四十二話『悪意と金欲の男』

 文乃さんの自室ではなく、応接間にて、文乃さんはソファに座って話を聞いている。

 ちなみに、私は箱に入ったまま、文乃さんの隣に置かれている。

 万一を警戒してのことだそうだ。

 

 

「お嬢様、警備は万全となっております」

「ありがとう、内海さん」

 

 

 壮年の男性が、文乃さんに話しかけている。 

 スーツの下からでも、鍛え上げられた肉体がわかる。

 この人、ただの運転手なんだよね?

 実はSPとかじゃないよね?

 元々警備をしていたとか言われても驚かないよ、私は。

 まあ、これならば何かあっても文乃さんを守ることができそうだ。

 

 

「まず、この部屋には私と氷室、そして雷土がいます。加えて、別室には、万一に備えて陸奥と火縄、あともう一名(・・・・)が待機しています」

 

 

 もう一名?

 この屋敷にいる使用人は、他にもういなかったはずなんだが。

 お義父さんやお義母さん直属の使用人かな?

 彼らの仕事も手伝う、秘書のような存在が何人かいるとは聞いている。

 あるいは、屋敷全体を管理している使用人か。

 もちろん、私は実際に見たことはない。

 どちらも、文乃さんの部屋には入ってこないからね。

 

 

 前者はそれこそ海外にいることさえざらだし、後者もあんまり文乃さんには関わっては来ないから。

 これは、過去のトラウマを取り除くために、文乃さんが自殺する前から関わっていた使用人とはあまり関わらせないようにしているらしい。

 一時は、お義父さんたちも文乃さんには会うまいと距離を置いていたんだとか。

 閑話休題。

 

 

 文乃さんは、私とは違うことが気になったらしい。

 

 

「万一?」

「例えば、何らかのアクシデントで外から攻撃があった場合です」

「そんなことあるかなあ?」

「ですから、万が一、です。正直、彼だけを制圧するならば私一人で十分ですから」

 

 

 こほん、と咳払いをして、内海さんはちらりと壁に目をやってから言葉をつづけた。

 

 

「それと、もう一つ、条件があります」

「何?」

「旦那様から、条件を出されております。それは、口論などになってしまった時点で強制的に隔離させていただくということです」

「ああ……」 

 

 

 妥当ではある。

 あくまでも、お義父さんや使用人の皆さんは文乃さんの生存と安全を最優先にしている。

 そもそも、本人の同意があるとはいえ、GPSや盗聴器などを使っていることもあり得る。

 付け加えれば、文乃さんと私には父が私を愛しているわけがない、という前提がある。

 だがしかし、内海さんたちにはそれが理解できない。

 父親が、子供に対して微塵も愛情がない、ということを察しろという方が無理な話ではある。

 

 

 つまるところ、彼らは父が文乃さんに報復するのではないかと警戒している。

 一応私の死の原因と言えなくもないから、そういう解釈も理解できるのだが、少なくともそういう理由で争いになることはあり得ないんだよね。

 別の意味で争いになる可能性はあるので、この態勢は助かるんだけど。

 

 

 と、こんこん、とドアをノックする音が聞こえた。

 瞬間、使用人と文乃さんの間に緊張が走る。

 ドアを開けたのは、火縄さんだった。

 文乃さんを見ている時限定の、明るい様子はどこへやら。

 今は表情が硬い。

 そして、その後に。

 

 

 

 父が、入ってきた。

 白いものが混じった、というより白に黒いものが混じったような髪をしている。

 着ているスーツはかなりくたびれている。

 何年も前から、同じものを使い続けているのだろう。

 もしかしたら、あの日からずっと買い替えていないのかもしれない。

 いや、流石にそれはないと思いたい。

 記憶にある姿より、かなり老け込んでいる。

 十年もあっていないから当然かもしれない。

 ぺこり、と一礼してソファに座る彼を見ながら、少しだけ悲しくなった。

 何故かはわからないけれど。

 

 

 

「今日は、お時間を取って下さってありがとうございました」

「…………」

 

 

 元々、私の勘は父の思考を読むためだけに生まれた。

 だから、今この瞬間も彼の思考はほとんど読むことができた。

 このような場所に呼ばれていることへの戸惑い、金持ちや強者に対する嫌悪、そしてそれすらも塗りつぶすほどの打算と悪意。

 文乃さんが何を望んでいるのかはもうわかっている。

 そして、彼女の望みが絶対にかなわないことも。

 父側が、そんなことをするはずがないということも。

 

 

『文乃さん』

「大丈夫」

『…………』

 

 

 これはダメだ。

 もう、文乃さんを止める手段がない。

 

 

 メイドさんたちが、ワゴンにティーセットを乗せて運んできた。

 ティーセットには、紅茶にクッキー、スコーン、ケーキなどが置かれている。

 

 

「お食べにならないので?」

 

 

 最初に、父が発した言葉がそれだった。

 

 

「え、ええ。お腹がいっぱいなので」

「そうですか」 

 

 

 そういうと、彼はまず、バッグからビニール袋を取り出した。

 そして、スコーンとクッキーをそのまま袋の中に突っ込んでいった。

 さらに、皿も何枚か手に取り、それらを全てバッグの中にしまっていく。

 

 

『「「「…………」」」』

「何か?」

「いえ」

 

 

 文乃さんも、背後にいる使用人の皆さんも、ついでに私も絶句する。

 社会人として、人としてあまりにもありえないような行動を堂々ととっている彼に。

 そしてなおかつ、それを何とも思っていないことの醜悪さに。

 本当に、ここまで落ちて腐ってしまったのかと、今更ながらため息が出る気分だ。

 まあもう呼吸器官はないんだけど。

 

 

 文乃さんは、一つ咳払いをして、紅茶を飲み干す。

 ティーカップを置いてから、話し始めた。

 

 

「あの、今日はお話ししたいことが」

 

 

 と、それを父が阻む。

 

 

「それで、振り込みはいつになるんですか?」

「え?」

 

 

 まあ、そんなことだろうと思ったよ。

 この人は、そういう人だ。

 離婚した後、貯金だけを生きがいにしてきた。

 それこそ、私からバイト代を強奪してまで。

 昔ならいざ知らず、今の彼は金のことしか頭にない。

 思えば、私の思想だった『弱肉強食』もブラック企業ではなくて、彼に由来していたのだろう。

 

 

「あなたのせいで、息子は死んだわけでしょう?慰謝料はもらえないかもしれないが、少なくとも見舞金くらいはもらってもいいはずだ」

「ううん……」

 

 

 言葉に詰まっている。

 たぶん、この反応からしてこういう申し出を再三していたんだろうな。

 まあただの勘だが。

 

 

 むしろ、彼女はそれを知っていて釣ったのかもしれない。

 私に、かつての息子にあわせたい文乃さんと、どうにか難癖をつけて金を巻き上げたい父。

 それぞれの思惑があって、今の状況がある。

 とはいえ、どうしたものかな。

 一応、雷土さんと氷室さん、内海さんが文乃さんの傍にいる上に、別室では陸奥さんと火縄さん、そしてあの人(・・・)が待機しているはず。

 何かしらトラブルに発展すればすぐに父は拘束され、退去させられるだろう。

 というか、父が何かしなくても、もうメイドさんたちがぶちぎれそうなんだよね。

 具体的には、父がお菓子とお皿を持ち帰ろうとしたあたりから。

 文乃さんが止めているから何も言わないし、何もしないけど激発寸前ですよ。

 何なら現在進行形でキレてますよ。

 キレない方がおかしいともいえるけど。

 

 

「息子さんについて、どう思っているのですか?」

「ああ、それはもちろん悲しかったですよ。当然でしょう?」

 

 

 それは、本当だろう。

 父は、私が死んだと聞いた時に本当に悲しいと感じたはずだ。

 

 

「危うく、億単位の賠償金を請求されるところでしたから」

 

 

 何しろ、鉄道を止めて死んだのだから。

 文乃さんの小さな口から、歯ぎしりの音が聞こえた。

 




書いてて、こいつマジのカスやん、と筆者は思った模様。


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第四十三話「悪魔から見た世界」

沢山感想いただきました。
ありがとうございます。
シリアスパート、もう少しだけお付き合いくださると幸いでございます。


 人生で、一番幸せな瞬間があるとしたら、それはきっと二十年前になるのだろう。

 高校を卒業して、就職。

 高校時代から付き合っていた彼女と、結婚。

 それから数年して、妻が妊娠して息子を出産した。

 子供が生まれて、何か変わったかと言われるとそこまで変わらないと思う。

 家族を、大切な人を常に優先し続けてきた。

 朝、妻に見送られて家を出て、夕方に仕事を終えて帰宅。

 愛する息子と妻に出迎えられて、テレビを見て、妻と子の寝顔を見てから眠りに落ちる。

 休みの日には一緒に出掛けたり、家事をやったり。

 そのすべてが、本当に楽しかったのだ。

 嘘偽りなく幸福で、満たされていた。

 妻が、家を出ていくまでは。

 

 

 私は、知らなかったのだ。

 私も息子もいない間、妻が他の男と会っていたことも。

 妻が、私の収入に不満を抱いており、それを友人にこぼしていたことも。

 妻の不倫相手が、資産家であったことも、知らなかった。

 気づけば、私は数百万のお金と引き換えに大切な妻を失っていた。

 法的に婚姻関係が解消されたから、というわけでもない。

 出ていった妻が残していった書置きを見た時か。

 あるいは、弁護士をはさんで向かい合った時に。

 私の最も大切なものは失われてしまって、もう手に入らない。

 

 

「お父さん」

「なんだ」

「お母さん、どこに言っちゃったの?」

 

 

 息子が、声をかけてくる。

 戸惑うような、媚びるような。

 その姿が、あの男を見る元妻の顔に、よく似ていたから。

 

 

「触るな!」

 

 

 気が付くと、腕を振るって息子を吹き飛ばしていた。

 少しだけ、胸が痛んだような気がしたが、それをごまかすように酒をあおる。

 愛していた妻も、息子も、もうどこにもいないのだから。

 

 

 それからの時間は、まさに灰色のような人生だった。

 そのころから髪の毛に白いものが混じり始め、その割合はどんどん増えていった。

 生活はほとんどずっと一緒。

 朝家を出て、職場に向かい。

 仕事が終われば、会社を出て寄り道一つせず家に帰り。

 帰宅後は、これといってすることもないのでソファの上で酒を飲むか食事をとるかして過ごす。

 そして朝になると、ソファから起きてまた会社に行く。

 それだけだ。

 時折、スーパーなどで必要なものを買うとか、入浴など最低限のことぐらいで、それ以外には何もしない。

 そんな中、時折息子が話しかけてくる。

 基本的に、暴力を振るわれたり金をとられたりするので、息子はまず私に接触してこない。

 

 

「大学の手続き、サインをしてほしいんですけど」

「学費は出さないぞ」

「奨学金の申請書類にサインしていただくだけでいいので」

 

 

 奨学金の申請ということは、万一のことがあった場合、私が責任を負わなくてはならないのだろう。

 借金の保証人になるようなことだから。

 今思い返しても、どうしてサインしたのかわからない。

 しいて言うなら、殴るのも拒絶するのも疲れていたのかもしれない。

 

 

「春から、家を出ます。大学に通うために。もう二度と、ここには帰ってこないと思います」

「好きにしろ」

 

 

 それが、最後の言葉だった。

 あの時、息子はどういう表情をしていたのだったか、覚えていない。

 あるいは、見ていたのかも怪しい。

 どうでもよかったのだ。

 

 

 それから、息子が大学に行って、社会人になっても私は変わらない。

 相変わらず、家と職場を往復するだけの生活。

 ここ数年は、誰ともまともに会話をしていない。

 妻がいなくなる前から、職場では必要最低限以上のコミュニケーションは取らないタイプだったし、そもそも話したいとも思わなかった。

 息子とは特に連絡も取りあっていなかった。

 どこに住んでいるのか、何をしているのかも、私は知らなかった。

 それどころか、どこにいるのかさえも知らない。

 妻と同様、もう知りたいとも思わなかった。

 そんな日々が、ずっと続くのだろうと思われた時に。

 

 

 ――息子が、死んだという連絡を受けた。

 

 

 

「あ、貴方にとって、息子さんは何なのですか」

「さあ。私は、お金を取りに来ただけだ」

 

 

 少女は、口をパクパクさせている。

 何に対するリアクションなのかはわからない。

 

 

「本当に、何も思わなかったんですか。たった一人の家族が、死んだんですよ。それを聞いた時に、何かしら感じたんじゃないですか?」

「何も」

 

 

 その質問には、即答できた。

 妻を失った時から、心に穴が空いた感覚がある。

 一番の趣味だった野球を見ても、ボーナスをもらっても、息子が成長していっても。

 何にも、幸福を感じることができない。

 満たされないのだ。

 何に対しても、情熱を傾けられずに、冷めている。

 冷めきったまま、金銭を集めるという行為だけが私の体を突き動かしていた。

 もう、何のために金銭を集めているのかも定かではない。

 どうせ、預金するか、床に放置するだけなのに。

 わかっている。

 お金を集めるのは、稼ぐのは、家族を守り育てるためだ。

 そしてその熱を失ったから、手段が目的化しているだけに過ぎない。

 真っ当な感情が失われた今、私に残されたのは義務感と、漠然とした不満だけだ。

 

 

「葬儀場で最後にあった時だって、喪主が面倒だなって、葬儀代とかいくらかかるんだろうって、それだけ」

 

 

 淡々と、そう言い捨てる。

 少女は白い肌をさらに白くして体を震わせる。

 

 

「そんな、そんなこと」

 

 

 目の前にいる少女は、何を思ったまま顔を青くしてうつむいている。

 そんなことはわかっているはずだ。

 私が、息子に愛情を持っていないことは彼女だってわかっている。

 金銭だけを目的として私がここに来たことだってわかっているはずなのだ。

 あるいは彼女は、わかっているのかもしれない。

 わかっていたけれど、いざ現実に直面して衝撃を受けているのかもしれない。

 そもそも、どうして彼女はここまでそんなことにこだわるのだろう。

 私が、息子をどう思っていたとしても、何をしていたとしても彼女には関係ないはずなのに。

 彼女にとって、息子はたまたま居合わせただけの他人でしかないはずなのに。

 いや、もうどうでもいいな。

 このまま話していても平行線というか、堂々巡りになるだけだ。

 

 

 さっさと終わらせよう。

 私は、息を吸い込むと、叫んだ。

 

 

「いいから、金をよこせよ!」

「っ!」

 

 

 彼女の背後にいる使用人が動き出したのがわかる。

 けれども、私はまだ止まれない。

 止まることなどできない。

 そのためだけにやってきたから。

 もうそれしかやることがないのだから。

 

 

 いいはずなんだ、許されるはずなんだ。

 あの日、金ゆえにすべて奪われた。

 すべて失った。

 だから、奪ってもいい。

 息子に暴力を振るったことも。

 息子に金銭的な支援を碌にせず、逆に金銭を払わせたことも。

 そして、今ここにいて、金を得ようとしていることも。

 なに一つ、私は間違っていない。

 すべてを失って、どん底に沈んで、ただ一つだけ手元に残ったものまで、間違っているなんて思いたくない。

 

 

「返せよ!私が失ったものを!全部、全部、返してくれよ!」

 

 

 そんなことを目の前にいる少女に言ってもどうにもならないことは理解している。

 けれど、言わずにはいられないのだ。

 そう思っているから、私は叫んで。

 

 

『もう、黙れよ』

 

 

 固まってしまった。

 その声に、聞き覚えがあった。

 いや、ついさっきも聞こえていた。

 けれど、絶対に聞き間違いに決まっているって思いこんでいたんだ。

 だって、今更聞こえるわけがないから。

 以前よりずっと、冷たくて。

 あの時は含まれていなかった怒気を、はらんでいる。

 なあ、どうしてなんだ。

 死んだんじゃないのか。

 お前は。

 

 

『久しぶりだな、父さん』

 

 

 どうして、彼女の隣の箱から、お前の声が聞こえてくるんだ?




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第四十四話『last moments』

 やはり、声は届いた。

 文乃さんや成瀬さんの時も思っていたが、どうも私の声は生前に出会っていたときのみ届く。

 だから、生前で一番関わった人にも届く。 

 

 

 既に動いていた内海さんによって羽交締めになっている父を箱の隙間から見る。

 

 

 十八年間、一緒の空間にいた。

 心が通っていたかはともかく、私の人生で一番長い時間を過ごしていたのは目の前の男だ。

 最低の父だったと思う。

 金を奪い、体を傷つけ、心を歪めた。

 文乃さんとともに生きる中で、第二の余生を過ごす中で、自分の歪みに気付く中で。

 父は、本当に最悪の人間だったと、そういう存在でしかないと思う。

 

 

 けれど、殴られることよりも、金銭を取られることよりも嫌だったのは。

 ふさぎこんで、沈んでいる父の小さな背中を見ることだった。

 苦しまないで欲しかった。

 自分の今までの人生を、全否定しないで欲しかった。

 私や、母への憎しみから解放されて欲しかった。

 胸を張って、生きていて欲しかった。

 だから、ここで終わらせなくてはならない。

 

 

 私の、残り少ない(・・・・・)時間を使って。

 

 

「待って、私は君にそんなことを言わせるために」

『文乃さん』

「うん?」

『ここは、私に任せていただけませんか』

「…………」

 

 

 文乃さんの言いたいことはわかる。

 きっと、彼女は私と父に、仲直りをしてほしかったんだろう。

 断じて争わせる為ではない。

 自分と、父もできたことだから。

 

 

 支離滅裂な発言を繰り返し、金をせびる男。

 そんな人物普通に考えれば、追い返すのが道理である。

 けれど、文乃さんはそれをしなかった。

 事を荒立てても、文乃さんには何のデメリットもない。

 むしろ、父をつけ上がらせてしまう方がよほどデメリットが大きいはずなのに。

 

 

 

 私も、出来ることなら彼女の願いを叶えて和解したかった。

 けれど、無理だ。

 かつての私と、今の私では違うから。

 私より、血が繋がっていた家族より。

 ずっとずっと、大切な人ができたから。

 大切な存在を傷つける人に、伸ばす手はないと決めているから。

 

 

『父さん、随分やつれましたね』

「…………」

『私が死んでから何かありましたか?』

「…………」

 

 

 返答はない。

 うつむいているので、表情もわからない。

 ただ、感情はある程度読み取れる。

 私の声を、自身の息子と認識し。

 死んだはずの息子の声がどうして聞こえたのかと困惑し。

 さらに、文乃さんが私の声を聞いていることから幻覚ではないと判断し。

 死んだはずなのに、どうしてとまた思考がループする。

 無理のない、正しい反応だ。

 それには構わず、私は続ける。

 

 

『ここで、何をしているんですか』

「……どこだ」

 

 

 父は、目を見開いて、ぎょろぎょろとあたりを見回して何かを探している。

 正直、自分の息子を探すような視線ではない。

 怨霊でも見るような目だ。

 あながち間違いでもないか。

 

 

「何処にいる!」

 

 

 それには答えない。

 どのみち、このまま話し続ければ分かることだから、本当に答える意味がない。

 

 

『どういうつもりで、文乃さんを問い詰めているのですか。何の意味があって』

「何の、意味があって、だと?金のために決まってるだろ!そうでなきゃ誰がこんなところに!」

「あのさ」

 

 

 まずい。

 このタイミングで彼女が喋るのはまずい。

 爆発しかねない。

 あくまでただの勘だが、絶対に当たると言い切れる。

 

 

「どうして、『君』があんな考え方をするのか、どうしてこういう人間(・・)になっていたのか、よくわかった気がするよ」

 

 

 文乃さんが、怒りの感情を口にする。

 

 

「気に入らないことがあれば叫んで、喚いて、暴れて、当たって。考えるのは家族のことでも、悲劇のことでもなく、お金のことだけ」

「……な、な」

 

 

 父が、固まっている。

 これは、まずい。

 彼の感情、そして文乃さんの感情。

 そこから、十秒先に何が起きるのか予測できる。

 止めないと。

 

 

 何をしてでも。

 悪魔(・・)になってでも。

 

 

『母さんが』

 

 

 ぴたりと、動きが止まる。

 それは離婚してから、一度たりとも口にしたことはない人。

 母のことを私に言われたのははじめてだったはずだ。

 

 

『母さんが、出ていったのは私のせいじゃない』

 

 

 一瞬の躊躇と、隣にいる人の息遣い。

 勝ったのは後者だった。

 

 

『お前が、弱かったからだ』

「――っ!」

 

 

 私に、出来ることは少ない。

 手を出すことはできないし、足を伸ばすこともできない。

 言葉を発することと、感情のベクトルを操作することだけ。

 怒りを、冷ますことはできない。

 他者の感情を察しても、それを自在に操ることはできない。

 漫画の超能力者ではないのだから、そんな器用なことはできない。

 出来るのは、爆発から逃げることと、逆に感情の暴走を受け止めることだけ。

 

 

 私の言葉で、文乃さんに対しての怒りが、私に向けられた。

 父は、見つける。

 今までの状況証拠から、あるいは私の声の位置から、はたまた文乃さんの視線から。

 箱の中にあるダミーヘッドマイクこそが、声の大元であると看破する。

 ゆえに、彼はいつも彼が行ってきた方法で、それに対応しようとする。

 そうなるように、誘導したのは、私だ。

 いつもやってきたことだ。

 かつては、自分に価値があると思えなかったから。

 今は、自分よりずっと価値があると思える人に出会えたから。

 

 

 父はがむしゃらに足を伸ばして、カップを蹴り上げる。

 それはソファに当たって跳ね返り。

 乗せられていた台から、私を叩き落とした。

 落ちた拍子に箱が空いて中身である私がテーブルの上に飛び出す。

 

 

「おおお!」

 

 

 踵を高く上げた父が足を私に打ち下ろす。

 

 

 ばきり、という何かが致命的に壊れる音がした。

 

 

 外側の、プラスチックでできた外層が割れたのだ。

 加えて、内部機構にも甚大なダメージが生じている。

 私にはわかる。

 これはもう、ダメだ。

 理由はわからないが、私にはこのダミーヘッドマイクの状態が理解できていた。

 同時に、自分の意識が薄れ始めている。

 どうやら、私の意識はこの機械の状態と連動しているらしい。

 

 

 兆候(・・)はあった。

 時折、言葉を発しようとして詰まってしまうということが。

 元より二年間ほぼ毎日使用されてきた。

 精密機器であるダミーヘッドマイクに何らかのエラーが起きてもおかしくない。

 さらにいえば、家の外に持ち出されていたのもよくなかったのかもしれない。 

 別に文乃さんに非があったとも思わないけど。

 

 

 悔いがないなんて言わない。

 今の生活に満足していたし、未練はある。

 けれど、もうどうしようもないことだ。

 だから、せめて言うべきことを言おう。

 この、転生して得た命が完全に尽きるまでに。

 

 

『私は、貴方の息子だ』

『けど、ここにいる文乃さんは違う』

 

 

 私にとって、一番大切な人。

 様々なことを諦めてきて。

 それでもたった一人だけは諦められなかった人。

 だから、譲れない。

 彼女に危害を加えることだけは、許容できない。

 

 

『私たちの問題に、この子を巻き込まないでください。ましてや』

 

 

 そこで、一拍おいて言葉を続ける。

 語気を強める。

 

 

『貴方だけの問題に、巻き込むんじゃない』

 

 

 お金に困っているのかもしれない。

 けれど、私が死んだときの賠償金のみならず、葬儀費用すらも早音家が立て替えたと聞いている。

 いつ死んでもおかしくなかった私の葬儀費用が浮いたのだ。

 金銭的には上々だろう。

 だったら、もう文乃さんにたかるのは間違っているはずだ。

 

 

「……俺は、悪くない。俺は、悪くない。全部、貧乏が」

 

 

 ふらふらと、父は拘束されたまま座り込んだ。

 そして、ずるずると別室に連れ出されていった。

 私は気づいた。いや、ずっと前から気づいていたんだ。

 母に出て行かれたあの日、父はすべてを失ったのだ。

 妻はどこに行ったかもわからなくなり、残された息子も母に顔立ちが似ていることもあって憎しみを助長するだけの存在になり果てた。

 そうして、彼にはもう何も残らない。

 

 

「ねえ!待って!返事をして!いやだいやだ!」

 

 

 文乃さんの声が聞こえる。

 まずい。意識が、遠のきかけている。

 私の仮説は正しかった。

 宿っている機械が壊れれば、その中にいる私もまた機能しなくなる。

 つまり、二度目の死を迎えようとしている。

 最後に思ったのは、ああ、またかということ。

 また、彼女を悲しませてしまった。

 

 

 元々、あるはずのない第二の生だ。

 この屋敷で意識を取り戻して、文乃さんと再会してから、今日に至るまで。

 本当に、悔いはない。

 けれど、一つだけわがままが許されるなら。

 全部(・・)、伝えてから消えたかった。

  

 

(また、踏みつけられて終わるのか)

 

 

 そうして、私の意識は途切れた。

 




次回は今日中にあげようと思っているのでよろしくお願いします。

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第四十五話『再臨と決別』

更新遅れて申し訳ありません。


 彼女の部屋、ドアをはさんで氷室さんと彼女が会話している。

 彼女の方は、どこからどう見ても憔悴している。

 つい先ほどまで、ずっと号泣していたから無理もない。

 

 

「文乃様、お待ちください」

「大丈夫だよ、本当に心配なら盗聴器と監視カメラを使っていいから」

「あの、でも」

「いいから、一人にさせて」

 

 

 流石の氷室さんも彼女の剣幕に押されて、何も言えなくなったようで。

 心配そうな顔をしながら、監視カメラをセットしてドアを閉める。

 ふらふらと歩いて、ベッドに倒れこむ。

 彼女の表情はよく見えないが、少なくとも内心は穏やかではないはずだ。

 さて、そろそろいいだろうか。 

 

 

『あの―』

「……え?」

『文乃さん、大丈夫ですか?』

 

 

 どうも、転生したらダミーヘッドマイクだったんだけど、質問ある?

 いやあの、本当に何がどうなっているんでしょうか。

 一度目の生は、電車に轢きつぶされて。

 二度目の生は、まあ生と呼んでいいのか知りませんがとにかく父親に機体を破壊されまして。

 そして、三度目の生(・・・・・)が始まった、というわけだ。

 

 

「どこ、どこにいるの、君は?」

『ここですよ』

 

 

 文乃さんは、私の声が聞こえる方にゆっくりと歩いてくる。

 答えたのは、文乃さんの机の上に置かれた予備のダミーヘッドマイク。

 文乃さんが幾度か練習に用いていたもの。

 元の私とさほど機能が変わらないものの、調子が出ないという理由で本番では使ってこなかったもの。

 そこに、私は転生してしまっていたというわけだ。

 いや本当に、どういうことなんだろう。

 確かに、死んだ人間がダミーヘッドマイクに転生するということ自体が普通には考えられない奇跡である。

 そして奇跡が二度あっても、不思議ではない。

 これが、たまたま起きていることなのか、あるいは必然の現象なのかは定かではない。

 大事なのは、私の意識がここにあること。

 そして、文乃さんが悲しむ理由は、もうないということだ。

 

 

「本当に、君なの?」

『はい、そうですよ。文乃さんだけの、私です』

「はじめて、私がプレイしたゲームは?」

『「Gekimuzu Ojisan Inochigake」』

 

 

 私は、訊かれたことに対して素直に答える。

 彼女の、私が私であるという答え合わせに応えよう。

 

 

「じゃあ、始めてのASMRのあとで、私が怒ったのはどうして?」

『パソコンの画面越しに反射した絶景、いえ、反射してものを見てしまったからです』

 

 

 あの光景は、今でも鮮明に思い出せる。

 何しろ、上半身に関しては全部見えていた。

 あの光景だけで、ご飯十杯はいける。

 いや、消化器官は私にはないのだけれど。

 

 

「私の、一番大切な人は?」

『永眠しろさん、ですか?』

「はずれ。でも、君ならそういうと思った」

 

 

 文乃さんの表情は、わからない。

 呆れているのか、怒っているのか、喜んでいるのか、とても複雑そうな表情を浮かべている。

 文乃さんは、目の前にいる状態からさらに距離を詰めてくる。

 

 

『あ、あの、文乃さん』

 

 

 感情が複雑に絡まりすぎていて、本当に何が起きているのかわからない。

 何を彼女が思っているのかはわからない。

 やはり怒っているのだろうか。

 無理もないけど。

 

 

「うう」

『え、あ』

 

 

 腕を、私の下にあるシャフトに回してきた。

 自然と、抱き合うような形になる。

 彼女の細く柔らかい腕が、シャフトに絡みついてぎしぎしという音を立てる。

 

 

「うわああああああああああああああああああああ!あああああああああああああ!」

 

 

 安堵と、悲しみと、自責の念と。

 様々な感情が、慟哭となってあふれ出す。

 ぽろぽろと涙をこぼしながら、しろさんが私をがっちりと抱きしめてくる。

 いやあの、割れちゃいませんか?

 さすがにそんな短期間で何回も壊れるのはちょっと。

 

 

 どれくらい、泣き続けていたのだろう。

 自壊するような、あるいは自戒するような声を上げて、文乃さんはごうごうと泣き続けた。

 

 

 

 しばらくして、文乃さんがようやく泣き止んだ。

 

 

「ごめんね」

『何がですか?』

「私のうかつな行動で、君がもうすぐ死ぬところだったんだよ。だから、ごめんなさい」

『いえ、私は別に。文乃さんに、怪我がなくてよかったですね』

「そんなこと言わないで」

『ああ、そうですね、すみません』

 

 

 今の言い方はよくなかった。

 何しろ、文乃さんの前で自分の命なんてどうでもいいなんて、今の状態で言ってはいけない。

 私が言いたいことは、もっと別のことで。

 

 

『文乃さん』

 

 

 タイミングを秒単位で測り、口調を調整して、私は文乃さんを制する。

 

 

『私は、あと何回こういうことがあっても、同じことをします。それで、文乃さんを守れるのなら』

「でも……」

『だって、私は文乃さんが好きだから』

「ふえっ」

 

 

 突然の言葉に、文乃さんは戸惑ったような声を上げる。

 泣き過ぎて、目の周りを真っ赤にはらして、涙と鼻水でぐちゃぐちゃなのに。

 どういうわけか、それを私は綺麗だと思った。

 きっと、この世の誰よりも、私にとっては綺麗な人だから。

 ずっと一緒にいたいと思えるような人だから。

 

 

「でも、私の無意味な行動のせいで、君が危うく完全に消えるところで」

『大丈夫ですよ。それに、意味はありました』

 

 

 間違いなく、無意味じゃなかった。

 もう関わらないでいようと、決別することができた。

 自分の中の未練に、決着をつけることができた。

 それに、知らなかったことも知れた。

 

 

「意味?」

 

 

 きょとんとした顔になる文乃さん。

 これはかわいい。泣き顔も綺麗だと思うけど、文乃さんはこういうかわいい方が似合っていると思う。

 

 

『父と最後に会話したのはもう十年前になります』

「そうだったんだね」

 

 

 そもそもあれは会話、と言えるのだろうか。

 大学の入学手続きの際に、奨学金申請の保証人になってくれるよう頼んだのが最後だった。

 

 

 

『それでも、父は気付きました。声の主が自分の息子であると』

 

 

 今の父にはもう、私に対する愛情は残っていない。

 けれども、私を愛していたという事実は消えない。

 母に似た私を嫌悪しながら、それでも完全に突き放すことはなく、家に置き続けたこともそうだ。

 傍から見ても、私から見ても地獄だったが、それでも当時の私にとってはその地獄こそが居場所だった。

 

 

『父が、私を覚えていた。それだけで、私は十分なんですよ』

 

 

 最低の人間だった。絶対に許せないとも思っていた。

 文乃さんを傷つけようとしたことは、絶対に許さない。

 けれど、確かに。

 私が親だと思えるのは、父一人だけ(・・・・・)なのだ。

 

 

 いや、それは私のとって本題じゃないんだ。

 大事なことは、もっと別のこと。

 

 

『だから、文乃さん』

 

 

 眼球はないけど、心から文乃さんを見据えて、言葉を紡ぐ。

 結局、自分の気持ちを伝えるというのは本当に難しくて。

 全力を尽くしても、全霊を注いでも、伝わるとは限らないし、真逆に取られてしまうことだってある。

 それでも、人は声を枯らして伝えようとするんだ。

 

 

『父と会わせてくれて、ありがとうございます』

「会えてよかった?」

『はい、自分なりに決着とか、あと今回のことで覚悟(・・)も決まったので』

「そっか、よかった。……覚悟?」

 

 

 文乃さんは、安堵しながら首をかしげた。

 




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第四十六話「そのころ彼らは」

今回短めです。


「参りましたね」

 

 

 消沈している文乃を、父である早音弘文は見守っていた。

 見守る、というのは監視カメラの映像越しである。

 火縄と陸奥がいる別室にいる、最後の一人。

 それは、彼である。

 メイド三人の直接の雇い主は文乃だが、彼女に支払う金銭は保護者である弘文と雪乃の負担である。

 そして、メイド三人が得た情報は当然二人にもある程度は共有される。

 

 

 事故の被害者の、遺族。

 もしも自分なら、この状況では絶対会わないだろうと思う。

 文乃には、会って直接話したいことがあるように思える。

 一方、遺族側はそういったことが一切なく、ただ単に金銭のみを求めているように思える。

 まともな話し合いはできないし、トラブルを呼び込むだけ。

 直接的なものではなく、専門家などを通した間接的なやりとりをしている方が正しい対処法なのではないかと思ったし、忠告もした。

 だが、それでも文乃は止まらず、結果はこのような状況である。

 どうするのが正解だったのかはわからない。

 ただ、無理やり止めることが正解でなかったのは確かだ。

 

 

「陸奥さん、火縄さん、お二人は娘をお願いします」

「旦那様はどうなさいますか?」

「私は、ここに残りますよ。どうにも、嫌な思いをさせてしまいそうだ」

 

 

 弘文には、今の文乃のことが微塵も理解できない。

 ダミーヘッドマイクという機材が高いことは、彼も理解している。

 だが、彼は世界にすら絶大な影響力を有する早音グループのトップである。

 金銭感覚などは破綻している。

 百万円のマイクなど、彼にとっては駄菓子のようなものだ。

 だから、彼女に共感できない。

 

 

 たかがマイク一つ壊れただけで泣き叫ぶ彼女の心が理解できない。

 だが、彼が文乃の傍にいないのはそれだけが理由ではない。

 

 

 もしも、不用意な発言をして、傷つけてしまったらどうしよう。

   

 

 何しろ、彼らには前科がある。

 それが彼女のためであると厳しく接し、結果として彼女は居場所を失い追い詰められていった。

 自分と彼女の在り方や感性が違うゆえに、彼女をまた傷つけてしまうのではないかという思いが、彼の足を縛っていた。

 

 

「旦那様、失礼します」

 

 

 がちゃり、と音がして内海が暴れた男を、拘束したまま椅子に座らせる。

 ただ、先程のような危険な雰囲気はない。

 目の焦点があっておらず、何事かぶつぶつと呟いている、

 ここにはいない何かにおびえているような。

 

 

 

「何が、何がどうなっているんですか?」

「内海さん、私に任せてもらってもいいかな?」

「しかし……」

 

 

 内海は戸惑った。

 雇用主と、危険人物を同席させてもいいのだろうか。

 だが。

 

 

「大丈夫。私に任せて」

「承知しました」

 

 

 そう言われてしまっては、返す言葉がない。

 内海は、彼を放したまま、しかして何もないように部屋からは出なかった。

 

 

「一体、あれは何なんだ、どうして息子の声が」

「落ち着いて」

 

 

 既に完全に沈静化している。

 早音弘文は、ビジネスに関するあらゆる技巧を極めている。

 一対一なら、相手を洗脳に近い状態にして制圧することすら造作もない。

 

 

「俺は、悪くない」

「そうだね、君は悪くない」

「そうだ、悪くない悪くない……」

 

 

 どう考えるべきなのだろうか。

 結局のところ、彼をどうすべきかという問題がある。

 器物破損や恐喝で塀の中に閉じ込めてもいい。

 洗脳をこのまま続けて、人格を完全に崩壊させてもいい。

 元々なぜかかなり動転しているため、あと一時間もすれば廃人にすることも可能だろう。

 

 

 ただ、文乃がどう思うかはわからない。

 彼女が、自分の手でこの男をどうするのか決めたいのかもしれない。

 ゆえに、沈静化させたうえで放置している。

 あるいは、文乃に殺させない(・・・・・)ためにこの男を逃がすべきかもしれない。

 文乃が彼を殺したいほど憎んでいるのならば、父親として彼女の願いをかなえることはできない。

 

 

 彼のスタンスは、感情を無視すること。

 冷徹に、合理的に突き詰めて企業を運営する。

 感情的な意見や理不尽は権力と金銭によって圧殺する。

 それは、文乃に対してもそうだ。

 自身の感情も、相手の感情も潰して、そうやって生まれながらの強者として生きてきた。

 だからこそ、彼にはわからない。

 文乃がそうであるように、自身を弱者であるとみなしている人たちの人間の在り方は、弘文には絶対に理解できない。

 

 

 ◇

 

 

「文乃様、大丈夫でしょうか」

「うーん、これどういう状態なんですか?」

「…………」

 

 

 

 メイド三人は、困惑していた。

 泣きじゃくり、狂乱し、暴れる文乃を抑えつつなだめていた三人だが、ひとしきり泣き続けた文乃はそのまま自室に引きこもっていた。

 と、思ったら予備のダミーヘッドマイクに縋り付いて泣き始めた。

 

 

 一対、何をしているのか。

 何を思っているのか。

 彼女達には理解できない。

 理解してあげられない。

 

 

「本当にどうなっているんでしょう?落ち着いてくれたのは幸いですが。」

「うーん、でも、立ち直ったのならいいんじゃない?」

「入れ替わったのか、代替品を見つけたのか、いずれにしても現状維持ということか」

 

 

 

 彼女たちの反応は様々だ。

 

 

 氷室理沙は疑問には思いつつも、取り敢えず復調に安堵し。

 雷土咲綾は楽天的にかつ、気にしないようにしようと考え。

 火縄イアは冷静に分析しつつも、嫉妬と危機感を胸の奥に秘めている。

 

 

 けれど、三人ともが心から文乃を大切に思っているということだけは、事実だった。

 

 

 

 

  

 

 

 




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第四十七話『二人の決断』

遅れてすみません。
更新です。


「覚悟?」

『はい』

 

 

 最初に、早音文乃さんに抱いた気持ちは、共感と使命感だった。

 同じように、自分の周りの世界に絶望していたことが、一目見ただけでわかった。

 そして、同時に危なっかしくて見ていられないとも、線路に飛び降りようとしている彼女を見て、それだけはダメだとも思った。

 理屈ではなく、感情として同じ気持ちを抱えた少女に死んでほしくないと思ったのだ。

 

 

 次に抱いた気持ちは、戸惑いと安心だった。

 転生したと思ったら、ダミーヘッドマイクで、その持ち主がまさか以前に助けた女の子。

 Vtuberのダミーヘッドマイクとして過ごす日々は、全てが戸惑いの連続で。

 でも、本当に一瞬だって退屈することがないほど楽しくて。

 そして、何より文乃さんが、しろさんが。 

 生きて、生き生きとして過ごしていることが。

 本当に、嬉しかったし、安心できた。

 彼女と過ごす、新鮮ながらも温かな日々に、私は安心を抱いていた。

 

 

 そして、最後に気付いた感情は、愛だった。

 両親とは親子関係が破綻しており、金銭的な理由などから誰かと親しい関係になることがなかった。

 好きなものを共有したり、何時間もくだらない話をしたり、そういった心のつながりを誰かと得ることができなかった。

 触れられることが嬉しいんだということも知った。

 色欲と、信頼と、愛情が私の中でどんどん大きくなっていった。

 人として私が失っていた、一番大事なピースを文乃さんが埋めてくれた。

 

 

 いろんなことを教わって、学んで、思い出して、新しく知った。

 笑うこと。

 楽しむこと。

 悩むこと。

 戸惑うこと。

 誰かを、愛すること。

 

 

 そして何より、言葉で、心で、伝えること。

 Vtuberが視聴者に言葉を尽くして何かを伝えようとするように、私もまた色々な思いを言葉にしてきた。

 けれど、まだ私は文乃さんに伝えきれてないことがある。

 だから。

 

 

『聞いてほしいことがあるんです』

「うん、きくよ」

 

 

 文乃さんは顔を上げて、私の方を向いている。

 まだ、涙声だったが、もう声色はかなり落ち着いていた。

 ずっと、いろんなことが黒い頭部を駆け巡り、言葉が出てこなかった。

 もし、私の勘が、間違っていたら、単なる勘違いだったらとか。

 あるいは、仮にそれが叶ったとして彼女にとってそれは健全なのかとか。

 彼女の未来を、縛ってしまう結果にならないかとか。

 それは、あくまでも自分の幸福だけであり、結局は彼女を不幸にしてしまうのではないのかと思った。

 けれど、今回のことで、改めて言わねばならないと思った。

 

 

『私の、いえ私と、恋人(・・)になってくれませんか?』

「……ふえっ」

 

 

 文乃さんは、急に立ち上がった。

 立ち眩みしそうなものだが、むしろ顔が真っ赤になっている。

 驚きと、喜びと、戸惑いで感情がぐちゃぐちゃに乱れている。

 

 

「な、何で急に?」

 

 

 私の勘が正しければ、戸惑ってはいるものの、嫌がっている様子はない。

 大丈夫だと判断して文乃さんは続ける。

 

 

『嫌ですか?』

「い、嫌じゃないよ!むしろすごい嬉しいけど、でも、なんで今のタイミングでって」

 

 

 まあそれはそうだ。

 文乃さんにしてみれば、死んだと思った、失われたと思い込んでいた私がしれっと復活しているのだし。

 しまった、確かに普通に考えると、意味が分からないか。

 

 

『実のところいつかこんな日が来るんじゃないかって、私の二度目の生が終わるんじゃないかとは、思ってたんです』

「そう、なの?」

『はい。機械だって、永遠に持つわけじゃないですから』

 

 

 機械の保証期間は一年か半年か。

 もはや二年間たっている以上、いつ壊れてもおかしくなってしまった。

 機械が壊れてしまったら、その中にいる私は行動できるのだろうか。

 

 

 私は、できないと思っていたし、徐々に私の精神が消えかけているような感覚もあった。

 言葉が出なくなることが何度かあったのだ。

 

 

 だから、私は出来る限りのことをしてきた。

 私がいなくなっても、文乃さんが生きていけるように。前に進み続けて、救いの手を伸ばし続けられるように。

 それは、間違っていたと思う。

 いや、その方針自体は間違っていない。

 いつこの関係性が終わってもおかしくない以上、それに備えておくのは正しい。

 

 

 けれど、一つだけ、意図的に伝えていないことがあった。

 人間でない、肉体すら持たない自分でいいのか、とか。

 そもそも、彼女と私の本心が全く同じとは限らないのではないか、とか。

 いつ消えるのかわからないし、伝えないのが正解なのではないかとか。

 色々私なりに考えて、伝えてこなかったけれど。

 

 

 さて、返答やいかに。

 

 

「私も好きだよ。今更だけど、恋人になって欲しい」

『よ、よろしくお願いします』

「…………」

『…………』

 

 

 ちょっと気まずい。

 いやな沈黙ではないけど、むずがゆい感じだ。

 先に口を開いたのは文乃さんだった。

 

 

「そういえば、恋人になったら、君にやって欲しいことがあったんだけど」

『何でしょう』

「呼び捨てで、文乃って呼んでほしい」

『何ですって?』

 

 

 言いたいことはもちろんわかる。

 恋人なら、こういう感じなのは全然普通だとも思うし。

 

 

『い、いやあそれはちょっと』

「え、何で?」

 

 

 しまった。文乃さんがちょっとジト目になっていらっしゃる。

 いやだって、気恥ずかしいよ。

 だって、二年近く一緒にいるんだよ。

 今更名前の呼び方を変えるなんて抵抗があるのだけど。

 まあ、文乃さんのお願いならやるしかないか。

 

 

『文乃』

「……ふえ?」

 

 

 文乃さん、完全にフリーズ。

 というか、顔がトマト通り越してザクロになっている気がするけど、大丈夫。

 

 

「んんんんんんっ」

『文乃さん!?』

 

 

 色々と耐性がなかったらしい。

 それじゃあ、仕方がないね。

 顔色が戻ってくると、彼女はまたぎゅっとしがみついてきた。

 

 

「ああもう、好き!大好き!ずっと一緒がいい!」

『はい、私もですよ』

 

 

 

 とりあえず、呼び捨てはしばらくなしという結論になった。 

 

 

 それから、何時間も話し続けた。

 これまでの思い出。

 これからの思惑。

 

 

 Vtuberのこと。

 趣味の話。

 これからやりたい活動。

 企画のアイデア。

 たわいもないじゃれ合い。

 そんなことをしていたら、いつの間にか陽が沈んでいた。

 

 

 ◇

 

 

 この選択が、正しいのかどうかはわからない。

 正しいとは、思えない。

 少なくとも、傍から見ればきっと歪で異常な関係性だと思う。

 けれど、彼女は今笑ってくれているから。

 私の心は、幸せと愛で満ちているから。

 私達二人の世界においてだけは、きっと間違いではないと信じると。

 そう、私は決めたのだ。

 




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エピローグ『これからも、二人で』

これにて三章完結です。


「二人ともおめでとう!」

「あ、ありがとうございます」

『ありがとうございます』

 

 

 父の一件から二週間ほどたったとある日のこと。

 文乃さんと成瀬さんが通話しており、そこに私も混ざっている状態だった。

 本題は、コラボ企画に関する打ち合わせなのだが、そこでついでとばかり文乃さんと私の進展を報告することになった。

 まあ、報告できる相手が彼女一人しかいないというのもあるが。

 ちなみに報告が伸びた経緯としては、あまり報告することがなかったから。

 

 

「しっかし、先輩の父親がそんな感じだったとはね、なんというかある程度予想は出来てましたけど」

『ああ、そうなんですかね』

 

 

 成瀬さんとは、あまり深い話をすることがなかった。

 ただ、成瀬さんは私の背景について思うところがあったのかもしれない。

 なんというか、会話とか雰囲気で察せる部分があったのかもしれない。

 成瀬さんも、家庭環境にかなり問題を抱えている側だからね。

 成瀬さんの場合は、縁が切れているのは幸いだと思うけど。

 

 

『本当に肝が冷えました』

 

 

 何しろ、一歩間違えれば文乃さんが怪我をしてしまったかもしれない。

 壊れたのが、私で本当に良かったと思っている。

 文乃さんから聞いた話だが、あの後父とは示談になったようだ。

 器物破損に加え、精神的苦痛も含めてかなりの額を払うことになったのだとか。

 加えて、接近禁止のおまけつき。

 父は、この家にも入れなくなったようだ。

 まあ、言われなくてももう来たいとは思っていないだろうけれど。

 

 

 あの後、その場にいたお義父さんによって鎮圧されていたらしく、あれ以上のもめごとは起きなかったようだ。

 しかし、特に格闘技をやっていたとかではないらしいのだが、どうやって制圧したんだろう。

 まあ、気にしても仕方がないか。

 

 

「まあ、今更感は若干あるけど、二人がくっついたならよしだね」

「ふふふ、本当に嬉しいです。ふふふふふふ」

『文乃さん、あの、距離が近いような』

「……楽しそうだけど、二人の世界に入っちゃってない?通話切ったほうがいい?」

 

 

 その後も、コラボ企画に関する調整をして、さらに雑談しながら作業をしていた。

 

 

 ◇

 

 

「こんばんながねむー。今日も配信やっていきますよ、お耳を癒していきますね」

【こんばんながねむ】

【きちゃ!】

【実家のような安心感】

 

 

 その日の夜、しろさんはASMR配信を行った。

 マイクが変わったが、視聴者さんたちは変わらず彼女の配信を楽しんで、癒されてくれている。

 それが、私にとっては本当にありがたい。 

 

 

「今日は、いつも通り耳かきベースの配信をやっていきますよ」

【いつも通りだね】

【もう癒される】

 

 

 しろさんは様々な企画に挑戦しているのだが、実はやっているASMR配信の割合としては耳かきなどのスタンダードな配信が多い。

 毎回毎回金属音や生足のような尖った配信ばかりしているわけではないのだ。

 

 

「今日はね、耳かきする前にクリームを塗っていこうと思います」

 

 

 そういって、しろさんが取り出したのは、今まで使ったことのなかったクリームである。

 

 

「えっと、バラの香りがするらしいから、リラックスできるかなって思って使ってます。じゃあ行くよー?ぺたぺた、ぺたぺた」

【この音落ち着く】

【オノマトペと合わせてくれているのもいい】

【バラの香りがしてきた】

 

 

 

 しろさんの細く白い指が、耳を中心にクリームを塗りつけていく。

 バラの香りがするという、薄ピンク色のクリームが薄く引き伸ばされてぺたぺたという音を立てている。

 嗅覚など私にはないはずなのに、匂いはマイク越しに伝わるはずないのに、しろさんが言葉で、音で発信するだけで、本当にバラの濃厚な甘い香りを感じることができる。

 

 

 

「よしよし、最近は寒くなって乾燥してきてるからねえ。お肌の調子を保つためにもこういう保水クリームは大事なんだよ。私も同じものを使ってるからね」

【ガタッ】

【しろちゃんと同じものを】

【もしかして、使いかけのやつだったりしますか?】

 

 

 あれちょっと待ってほしい。

 それは私も聞いてないんだけどなあ。

 ちょっとドキドキしてしまう。

 いや、キスまでしておいていまさら何をと思われるかもしれないがそれとこれとは話が別である。

 そういえば、リハーサルの時点で新品じゃないよなとは思っていたが。

 リハーサルは意外と考えることが多くて、あんまり気が回らなかった。

 

 

「じゃあ、いよいよ耳かきをやっていこうかな。今日は、梵天を使います」

 

 

 そういって、文乃さんは普段から使っている梵天を取り出す。

 するり、と右耳に差し込んでいくと、ざわざわと音がして、それだけで癒される。

 

 

「そういえばねえ、今日はちょっと変わったところがあるんだけど、わかるかな?」

【?】

【マイク替えたとは言ってた気がするけど】

【言われてみれば衣擦れの音がするような】

 

 

 しろさんが腕を動かすと、薄い生地が触れ合わさって、しゅるしゅるという音を立てる。

 決して大きな音ではなく、不快でもなく、むしろ爽やかな音だ。

 同時にどこか、艶やかでもある。

 

 

「今日はね、ネグリジェを着て配信してますね。紫色のやつ。あとで、ネグリジェの画像だけアップするね」

【ガタッ】

【透け透けって、コト?】

【えっっっ】

 

 

 交際を始めて、しろさん、もとい文乃さんが一番変わったのが服装だね。

 いわゆるだらしのない部屋着でいることがほとんどなくなった。

 部屋にいるときも、ちゃんと可愛らしかったり、今みたいにドキドキさせられるような服を着ていることが多い。

 カラオケなどにデートに行くときも、前以上に着飾ることが多くなった。

 多分、ナルキさんあたりからの入れ知恵なんだろうな。

 

 

 正直、私としては今回みたいないわゆるドスケベな恰好を見れて眼福だと思う一方で、隙がなくなったことに保護者のような一抹の寂しさを覚えている。

 まあ、一番大きいのは成長していることへの喜びなんだけどね。

 

 

「じゃあ、耳かきしていこうか。かり、かり、かり。かり、かり、かり」

【あー、よすぎる】

【癒される】

【お耳溶けちゃう】

 

 

 

 耳かきも、昔より格段にうまくなっている。

 ごりごりと、あるいはかさかさと梵天が縦横無尽に動き回り、的確に心地よい刺激を与えている。

 オノマトペにしても、昔よりもリラックスさせるようなリズムを刻んだり、視聴者の耳を楽しませるために緩急をつけたりと、技術面での向上が著しい。

 それでいて、人を癒したいという彼女の志は衰えることなく、むしろ輝きを増している。

 

 

「ふーっ、しょりしょりしょり、しょりしょりしょり、はあぁぁ、しょりしょり、しょりしょり」

 

 

 時折吐息を吹きかけながら、耳かきをする手は止めない。

 脳みそが、耳が、心が。

 甘くとろとろに融かされて、満たされていく。

 

 

「じゃあ、今日もありがとうございました。おやすみなさい」

【お休み!】

【ZZZ】

【いつもありがとうございます】

 

 

 

 そういって、今日の配信が終わった。

 

 

 ◇

 

 

『お疲れさまでした』

「お疲れさまだよ―。癒して―」

『はい、本当によく頑張りましたね』

「むふふー」

 

 

 文乃さんは、私に抱き着いたまま、ベッドに横たわっている。

 改めて交際を宣言してから、より一層密着するようになった。

 薄紫のネグリジェ越しに、匂いや感触、体温まで伝わってくるような気がする。

 

 

 デビューしてからもう一年と十か月。

 色々な経験を経て、様々な意味で成長してきたしろさん。

 

 

これからも、きっと彼女は成長を続けていく。

 新たなことに挑戦し、様々な人と出会い関わり、時に挫折や回り道をして。

 けれど、最後には笑うと、笑わせてみせると。

 彼女の隣で、支え続けると、決めているから。

 

 

『文乃さん』

「なあに?」

『愛してます』

「ありがとう。私も、だよ」

 

 

 窓の外に映る空は、きっと私が死んだ日のように寒くて。

 けれど、私の隣には温もりを持った人がいてくれるから。

 私は、これからも転生したらダミーヘッドマイクだった人間として、生きていく。

 世界で一番好きな人と、Vtuberと一緒に。

 




ここまで読んでくださってありがとうございます。

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四章も書いていこうと思いますが、いくらか期間が空いてしまうかとは思います。

詳細は活動報告にあげておきます。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


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