【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件 (ホッケ貝)
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崖っぷち!?旭川トレセン学園編
どん底からのリスタート


高評価とお気に入りはモチベーションの回復に直結するので
どしどし入れてほしいです!めっちゃやる気が出ます!


ホッカイドウシリーズ…

 

それは、中央URAと唯一対等に渡り合える"地方"ローカルシリーズである。

 

ナイターレース、官民連携型経営方針、外国交流、さらには全国に先駆けてインターネット投票システムを導入したりなど、先進的で奇想天外な策を打ち出し、トゥインクルとホッカイドウの二大体制を築き上げ、現在に至る。

 

少子高齢化の中、入学希望者数は年々増加しており、売上もまた増加しつつあり、未来は明るいと断言はできないが、少なくとも暗くはないだろう。

 

地元から愛され、北海道の産業基盤として、国際的にも認知されて無視できない存在にまで成長したホッカイドウシリーズだが、その地方の頂に至るまで、"とある男の奮闘"があった。

 

 

 

 

 

「うっそだろおい…」

 

俺は姿見の前に立ち、粘土をこねるように顔をペタペタと触る。

 

「見たらわかる、めっちゃ老けとるやん…」

 

これマジ?いきなりおっさんになってて草(絶望)

 

俺は土木現場勤めの20代男性である。仕事終わりに自宅でちょこっとアプリウマ娘をプレイしたのちに仮眠をとったのだが、目が覚めたら全く知らない部屋の椅子に座っていたうえ、40~50代の老け顔のおっさんになっていたのである!

 

この逆コナン現象に、思わず俺は困惑する。

 

これはもしや、"寝て起きたらおっさんになっていた件について"が始まるんじゃねーのこれ?

と思いつつ(ラノベ並感)、とりあえず部屋を細部まで見て回る。

 

「脱出ゲームみたいだな…ん?おっとこりゃ…」

 

適当に戸棚を開けると、中にはファイリングされた謎資料が沢山入っていた。

 

とりあえず目に入ったファイルを一個取り出して、中身を確認する。

 

"1984年度決算"とデカデカと書かれたファイルを一枚捲ると、息苦しい程沢山の数字がぎっしりと詰め込まれており、俺はそれを見た瞬間、理解するのを諦めてそっとファイルを閉じた。

臭いものには蓋をしよう精神である。

 

ファイルを元の位置に戻して、さらに何処かの誰かも知らない部屋を漁る。

 

窓際に置いてある机と椅子の方に目をやると、万年筆や団扇に混じってパンフレットらしきものが目に入った。

 

パンフレットの表紙には、"これで丸々マル分かり!旭川トレーニングセンター学園のすべて!"と書かれていた。

 

流し見するぐらいの感覚でパラパラとページをめくっていると、ある部屋の全体を写した写真に目が釘付けになる。

 

「え?これって…この部屋じゃね?」

 

"理事長室"と題して紹介されている部屋が、俺が今いる部屋そのものだったのである。

 

また、その下に理事長からのコメントというものがあり、吹き出しにコメントが書かれているという体で横にも写真が掲載されてあるのだが、その写真の人物がどこからどう見ても今の俺なのである。

 

ということはつまり、俺はどこかの地方トレセン学園の理事長になったというわけだろう。

 

また、この世界にはウマ娘が実在するということも分かった。

 

俺はもともとウマ娘プリティーダービーの世界観が好きだったので、ウマ娘がいる世界で暮らすという絶対に叶わないような夢が叶って嬉しいっちゃ嬉しいのだが……

どこの誰か分からない地味に地位が高い謎の中年男性にいきなりなってしまったので、素直に喜べないばかりかむしろ困惑している。

 

まあそんなことはさておき、悲観ばかりして下を見ているだけだと事は進まない。大事なのは前を見て、前進することだと自分を鼓舞し、パンフレットを隅々まで読む。今は情報が必要なのだ。

 

また、ついさっき読むのを諦めたあのファイル群にも手を伸ばす。

 

 

 

それからしばらくして、これがラノベだったらよかったのにな(願望)……なんて冗談を思いつつ、俺は夕方まで様々な資料に読み浸かっていた。

 

はぁ~~~~~~~(クソデカため息)

 

ぬぁぁぁん疲れたもぉぉぉん!と、目力を発揮して叫びたかったが、知らない人からしたらただただ寒いだけなので、グッと堪える。

 

そんなことはさておき、分かったことを出来るだけ簡単にまとめていこうと思う。

 

まず、今は1985年で、シンボリルドルフがトゥインクルシリーズを席巻している真っただ中だ。

 

また、ここはサザエさん時空ではないということも分かった。

マルゼンスキーはとっくのとうにトレセン学園から卒業しているうえ、ナリタブライアンやスペシャルウィークなどといった史実における未来のウマ娘が全く話題にされていないので、生年月日のズレがあるが、少なくとも活躍時期は現実に沿った時空だというわけだ。

 

そしてここは、地方都市から少し離れたところにある地方トレセン学園だと言うことも分かった。

イメージとしては、シンデレラグレイのカサマツトレセン学園みたいなものだろう。

 

だがここで、俺はふと疑問に思った。シンデレラグレイ一巻冒頭で、全国にある地方トレセン学園が紹介されていたのだが、その中に"旭川トレーニングセンター学園"や、岩見沢トレーニングセンター学園なるものは描かれていなかった筈である。

 

どういうこっちゃと疑問に思ったのだが、少し踏み込んで考えてみれば、答えは簡単だったのだ。

 

それは、"廃校"されていたからなのである。

 

それを裏付けるように、この学園の経営状況はかなり危うい状況だというのが、数字に現れているのである。

 

最後に俺の立ち位置を述べて終わろう。

案の定、将来廃校になる学園のトップだということが確定したのである。

 

絶望……ッ!圧倒的、絶望ッ!!

 

俺はソファーに座り、頭を抱えて現状を嘆く。

いくらツヨツヨメンタルとポジティブ思考があったとしても、将来沈没が約束している泥船に乗せられている事が分かったら、そりゃもう悲観する他無い。

 

確定したグッドエンドほど嬉しい事は無いが、確定したバッドエンドほど悲しい事は無いのである。

 

だがしかしである。こんな危機的状況だからこそ、むしろ逆境を乗り越えて勝利を掴みたいと思い始めたのである。

 

いわゆる、成功した未来を夢見て一時の安堵を得る現実逃避と言えるだろう。

 

馬鹿馬鹿しく思えるかも知れないが、その夢を実現する事が、この約束された崩壊を回避できる唯一の方法なのではないだろうか?

 

「……やるしかない!!」

 

俺は決意した。この学園をなんとかして立て直そう、と。そして、二度とこのような危機に陥らないように、北海道全体を盛り上げてやる!と、俺は熱い志を持った。

 

 

 

 

 

「そういや、家どこだ?」

 

改革を始める以前に問題があるかもしれない。

 

 

 

・・・

 

 

 

「おはようございまーす!」

 

「こんにちわー!」

 

生徒の元気一杯な挨拶に対して、俺は笑顔を浮かべて手を振って返す。

中身は一般オタク男性だが、端から見る分にはどこにでもいそうな優しいおじさんだ。

 

そんな俺は今、あることの調査のため、生徒が多く通る玄関付近で立っている。

 

それはずばり、"士気"である。

 

生徒の場合、走りに対してどれぐらいやる気があるのかだとか、どれぐらい誇りと自信を持っているかだとか、そういう"数字に表れない部分"を把握しておきたいのである。

 

そのようなことを把握しておきたいわけが、前世にあった。

 

前世でよく読んでいたシンデレラグレイの冒頭で、あまりやる気のないウマ娘がいた描写を思い出したのである。

 

なぜやる気がないのか?それは言うまでもなく、地方だからである。

 

言うまでもないかもしれないが、中央と地方では大きな"格"の隔たりがあるのである。

 

現実競馬でも、中央の落ちこぼれが地方に転入なんてことは日常茶飯事で、中央で生き残ることは非常に難しいことなのである。

 

対して地方というと、あまりそのようなことはなく、中央と比べて入学ハードルも天と地ほど差があり、比較的簡単だ。

 

また、選りすぐりのエリートが鎬を削る中央では、そんな低レベルな地方に対して偏見が存在するというのも、紛れも無い事実だ。

 

夢破れたウマ娘や、かつて中央を目指していたが、これまた夢破れて地方に流れ着いたトレーナーが多くいるのが現状だ。

 

なので、地方には"中央に対する劣等精神"が存在しており、それがやる気やモチベーションの無さ、もといシングレ冒頭のようなことに繋がったのだろうと、俺は考えている。

 

 

 

「やっぱり、か…」

 

当たってほしくなかったが、案の定俺の見立ては当たっていた。

 

トレーナーと生徒、どちらも全体的にやる気のなさが目立つばかりであった。

 

理由は、やはり地方であるということからくる劣等感であった。

 

―どうせどれだけ頑張っても中央みたいにはなれない―

 

と、ついつい漏らすトレーナーや生徒が多く見られた。

最初からあきらめているのである。

 

「やっぱり、根底から覆さなきゃダメなんだろうな…」

 

俺はこれから始まる作業の多さを想像して、またも絶望する。

 

例えば、木を切れば切り株が残る。目に見える結果が残るのである。

そして、いまから俺がやろうとしていることは、そういう目に見えるものではないのである。

 

腰が折れるような作業である。ぱっとすぐにわからないので、あのお決まりの達成感を得づらいというのがちょっと残念だ。

 

しかしながら、今のうちに手を打っておかないと、これからやってくる平成の経済爆弾らに対応できず、今ここで働いている職員、そして青春を過ごす生徒たちを危機に晒すことになってしまう。

 

それだけは、回避しなければならないのだ。泥船にオールをつけるために俺はやるのである。

 

・・・

 

 

「諸君、わしは改革を推し進めることを、今ここで宣言する…!」

 

転生してから数日ほど経ったある日のこと、すっかりそれらしい立ち居振る舞い方をマスターしてきた俺は、学校長や人事部長などといった重鎮が集まる会議で、パラダイスみてぇなトレセン学園を作りてぇと宣言した。

 

「…それで、改革とはどのような内容で…」

 

「いい質問だ!まず初めに、意識から取り掛かろうと思っている」

 

「意識…ですか?」

 

財政だとか校則などではなく、まさか精神面から来るとは思っていなかったであろう。

皆ポカンとした顔になっているのである。

 

「そうだ、まずは意識から始めようと思う。なんせ、みんな最初から諦めているではないか、「どうせ地方だから…」とね」

 

そう言うと、円卓を囲う重鎮らの顔つきが曇る。やはりどこか思い当たるところがあるのだろう。その様子はまさしく、図星を突かれたようであった。

 

「できっこない、そう思っていないだろうか?そのような前提が、無意識にあるのではないだろうか?と、わしは思う」

 

「…そのような思い込みがあるのも、無理はないと私は思います。理事長先生はすでに把握済みかと思われますが、この学園やホッカイドウシリーズそのものが、この好景気に置いて行かれたかのように緩やかな傾斜期に入りつつあります。本部も、ここも、少ない資金でやりくりして、何とか体面だけは保てているのが現状です。…えー、正直に言いますと、改革をするための資金を捻出するのは、かなり難しいです」

 

「清水経理…やはり君はそう思っているのか」

 

学園の資金を管理する経理部長が異を唱える。

まあこれは想定内だ。それに、周りがイエスマンまみれだと間違いに気づけず、気づいた時には

☆大☆惨☆事☆なんてこともありうるので、むしろ安心した。

 

報連相はしっかりしておいた方が良いのは、前世で学習済みだ。

 

「予算が少ないということは、"改革できる範囲が狭い"という解釈でいいだろうかね?清水経理」

 

「え!?え、えぇ…まぁ…そうなりますね」

 

「つまり、どんなに小さかろうが、改革はできるということだね?」

 

「…はい、その理論で行くと…」

 

「ならよし」

 

少々強引な方法で、改革はできることを認めさせた。

 

資金とは、いわば選択肢だと俺は思う。資金が多ければ多いほど、大胆な改革を打ち出せるが、少ないとできる範囲が狭まる。だが、金がある限りできないことはないのは確かだ。

 

もっとも、赤字でなければの話だが…、今はぎりぎり黒字だ。

 

「…それで、具体的にどのような改革を」

 

「最初の意識改革を終えたら、具体的には二つに絞ってやっていく予定だ。一つ目、入学希望者の増加。二つ目、レース場入場者数の増加。期間は五年だ。受験費があるだろう?入学希望者を増やして、受験費をより多くとることで財務状況を改善するつもりだ」

 

「では、どのような方法で入学希望者数を増やしていくつもりなのですか?理事長先生」

 

「小、中学校向けの体験入学を増やし、ポスターも学校に貼り付けたいところだ。あとは、制服の変更が目玉だ」

 

「制服の変更…!?」

 

周りがざわつき始める。そりゃそうだろう、伝統を捨てると言っているようなものだからだ。

 

「正直言って、あの青黒いセーラー服では注目を集められんし、陳腐化したデザインだ。それに、若い女の子のファッションセンスをそそるようなものではないだろう。そこで、だ。新しくて、都会的なデザインの制服を導入すれば、わが校の魅力を上げられると考えているのだ。イメージはブレザーだ。それに伴って、身なりの校則も緩和しようと考えている」

 

「ちょっと待ってください。制服の変更には多額の出費がかかります!それに、取引先の変更期間、契約料も考えたら、かなり金も時間もかかります。改革途中に資金が足りなくなった場合の対策はあるんですか?」

 

「改革の効果はすぐには出ないことを承知してほしい。だから、一時的な収入減もやむを得ない。それはさておき、まず、資金が足りなくなった場合はできるだけわしが私財を出す。それでも足りない場合は、銀行から融資を受ける方針だ。もっとも、大惨事にならないように、わし自身が保証する。すべての責任をわしが請負う」

 

「そう…ですか。では、レース場入場者数の増加の件は…?」

 

「ここのレース場の命綱は、旭川から来る来場者だ。だが、旭川の住宅街や市街地は、ここからかなり距離がある。それがネックになって、来場者数は横ばいになっているのが現状だ。そこでだ、ここへ来やすくなるように交通の便を改善するため、バス停の誘致を考えている。あと、ここへ来る理由を増やすために、屋台の出店も増やそうと考えている」

 

「し、しかし理事長!!改革が失敗して財政状況が悪化したら、それこそ本末転倒です!」

 

「やらなくて後悔よりも、やって後悔だと思わないかね?このまま沈み逝く様を、何もせず見続けるのかね?わしは、それが一番の悪手だと思うのだ」

 

「…!」

 

皆、先ほどまでヤジが飛び交っていたのに、悟ったかのように静まる。

流れは完全に掴んだ。今がチャンスである。

 

「清水経理…、資金の動向を長年管理し、金の重みを人一倍理解している君なら、現状維持のほうがいいと思う気持ちもよくわかる。失敗を恐れる気持ちもよくわかる。だからこそ、わしはなんとかせねばならないと思うのだ。我々は今、泥船に乗っている。何もしなければ、いずれ沈む。泥船だから沈むのでは?そう思うかもしれない。実際そうだ。泥はいずれ溶けておしまいだ。だが、長く浮かすまでと言わなくても、何とか岸にたどりつく、という方法は残されているのだ。皆、何かわかるかね?」

 

「…漕ぐ、漕げば岸にたどり着けると思います」

 

人事部長が、恐縮した様子で言った。

 

「その通り、パーフェクトだ。そう、漕ぐのだ。知恵を振り絞れば、助かる道は残されているのだ。できっこないという前提が、助かる道を邪魔しているのだ。諸君、だからわしは意識から始めようと言ったのだ。少し見方を変えれば、見えるモノは変わってくるのだ。今まで見えなかったものが、見えるはずだ」

 

さあ、いよいよ大詰めに差し掛かってきた。

 

「諸君、わしだけではこの学園を救うことはできない。皆の協力が…一致団結しなければならないのだ。わしだけでは、挽回の策を生み出すのに限界があるのだ。わしだってただの人間だ。人間だから、間違うことだってある。お互いに間違いを問い正し、より良い方向に持っていけるような皆のアイデアが必要になるのだ。それが、わしの改革第一弾…"意識"なのだ。この改革には、皆の協力と連携、団結が必要になる。老いも若いも関係ない、生徒も教員も関係ない。皆一丸となって、改革に取り組む…それぐらいの覚悟が必要なのだ」

 

言い終えた。俺はこの改革に捧げる思いと覚悟を、すべて吐き出したつもりだった。

俺は本気だ。だが、それが相手に伝わらなければ、意味がない。

 

どうやら、説得は一筋縄ではないようだ。

 

 

・・・

 

 

はぁ~~~~つっかれ!(クソデカため息)

 

転生してから早数週間、何度にも及ぶ学園の重鎮らとの会議でようやく今のうちに手を打っておかねばならないと説得することに成功した俺は、理事長室の椅子に腰かけて、クソデカため息を吐く。

 

「まぁ、信じてもらえるわけがないよな…」

 

一人そう呟く。今の日本は、パラダイスみてぇな好景気の真っただ中だ。

将来、銀行が経営破綻するような未曾有の不景気が訪れる!なんていっても、今の価値観からしたら現実味がなさ過ぎて信じてもらえないのも無理はないだろう。

 

だから俺は、様々な資料や法則、さらには歴史なんかも引っ張り出して、早く手を打たないとまずいことになることを必死に説明した。

 

その姿はきっと滑稽に映っただろう。しかしながら、改革を認めさせた時点でこちらの勝利だ。

 

ちなみに、会議を重ねる数週間、奇妙なことが起きていた。

 

「あ^~、ちょっと思い出してきたぞ…」

 

万年筆で適当に書いていると、突如存在しない記憶が脳内に溢れ出す…!

 

どういう原理かはわからないが、何かしらの本を読んだり、食べ物を食べたりすると、断片的に記憶が蘇るという謎な現象が起きているのである。

 

本当に訳が分からないのだが、そういえば前世で似たような話を聞いたことがある事を思い出す。

 

例えば、とある格闘ゲーマーが突如記憶喪失になってしまったが、覇王拳の撃ち方だけ覚えており、とりあえずそれをやってみたところ一部の記憶が蘇り、それを契機に他の技を試したところ、記憶がほとんど蘇った、という事例があった気がするのだ。

 

脳が忘れても、体は覚えている…というか染みついているという訳だ。知らんけど。

 

とまあ、実際にとある行動がきっかけで記憶が蘇った、という事例は本当にあるらしく、おそらく俺もその一例に当てはまるのだろう…と解釈している。

 

で、ここで疑問に思うかもしれない。

 

―じゃあ、今までどうやって経営してきたの?―と

 

答えは簡単だ。俺が何もしなくても学園は回る立ち位置だったからだ。

 

会社は社長、または会長を軸に動いているが、社長が直接営業をしたり、人事採用をしたりすることはあまりない。営業なら営業課の人が、人事なら人事部が…といった具合に、役割を分担して動いているのが実像だ。

 

大雑把に言えば、社長とはいわば司令塔のようなものだ。

指令がなくても、すでにやるべきパターンは出来上がっているので、今まで通りにやれば、一応動けるのだ。

 

み〇ほだって一応動いているのだ、少しぐらいなら何とかなるものだ。

 

だから、今日まで何もやらなくても何とかなってきた。

 

だが、そろそろ何もしないというのが毒になってきたのが現実だ。

もうそろそろ本腰を上げて、動かねばならないのだ。理事長として、数百名の生徒の青春のため、数百名の職員の飯のため、沢山の思い出が集まるこの学園の存続のために、俺は俺の役目を果たさなければならないのである。

 

 

・・・

 

 

「これはトレーナー用ので、これは高等部三年生用のもの…。あとこれは教師用ので…」

 

俺は原稿に間違いがないか探っていた。

 

これはアンケートだ。この学園で勤務する職員や、青春を過ごす生徒たちにどのような不安があるのか、隅々まで把握しようと考えたのだ。

 

もちろん、ただ集めて終わりなんてことはない。集められた意見を解決する策を取り入れ、改革案を修正しつつ、改革を最高の形で完遂するのが目的だ。

 

また、問題を解決できればイメージアップにもつながる。現場の苦悩に耳を傾け、さらに解決すれば、本気で今を良くしてくれると信頼してくれるはずだ。

 

いくら改革したところで、内面が変わっていなかったら大して意味がない。

それどころか、愛想や信頼を尽かされるだろう。さらに言えば、悪評が広まる可能性だってある。

 

そんなことはさておき、原稿に間違いがないか確認し終えた俺は、印刷機を作動させる。

 

アンケートの対象がこの学園にいる者ほぼすべてなので、印刷する枚数がとんでもないことになる。あんまりにも大量なので、途中で壊れたりしないかが心配だった。

 

ちなみに、印刷費はすべて自腹だ。

 

 

・・・

 

 

「物申すアンケート???」

 

トレーナー職員室にて、一人の若年男が声を上げた。

 

「そうだ。理事長先生がこれを書くように指示したのだ。期日は三日後、ここにケースを置いておくから、書き終えたらケースの中に入れること、いいね?返事!」

 

「「はい!」」

 

その場に集まっていたトレーナーらは、威勢よく返事をする。すると、それに力をすべて使い果たしたかのようにへなへなになっていく。全体的にやる気のなさが蔓延っているのである。

 

「え~?「トレーナーの皆様、お疲れ様です。不満に思ったことや、こうしてほしい、ああしてほしいなど改善してほしいことを遠慮せず書いてくださいby理事長」だってよ、お前らなんて書く?」

 

「文字通り物申せばいいんだ、理事長だってそう申しておる。じゃあ早速…"給料上げて"っと…」

 

「まてまて、きっと不満を吐いた奴から"クビ"を切っていくんだ。こんなの乗らないほうがいい」

 

一人の若年トレーナーが、これは罠だと言う。

 

現場の職員らは、あまり改革に乗り気ではないというのが現状で、相変わらずの低調さである。

 

ご存じの通り、これは罠などではなく、首を切ろうなどという魂胆は微塵たりともない。

もっとも、今のところの話だが…

 

「…理事長は改革を推進しているそうだ。しかも、その改革の中に俺ら現場の協調も入っているらしい…」

 

「へぇ…この薄給で?頑張れと?」

 

「まあそんなカッカするなよ。つまり、改革のために俺らの反発を生むような事はしたがらないはずだ。だから、解雇…なんて愚行は絶対しないはずだろうよ。仮にそうなったとしても、組合に助けてもらえばいい。だから、今は思う存分、不満をこの紙に吐いちまったほうが身のためさ」

 

「成程ねぇ…」

 

 

・・・

 

 

「結構閑散としているな…」

 

アンケートを配布した次の日が休日だったので、俺はレース場に赴いていた。

 

学園の施設と、レース場の施設が一体型となっている地方じゃよくあるタイプで、俺ら旭川トレセン学園関係者からすれば、歩けばすぐ近くだ。

 

ただ、普通の来場者からすると、そうではない。

 

隣にも小規模な街があるが、最も大きな顧客は、やはり旭川市だろう。

名前に旭川と付いているので勘違いされやすいが、実際は市からまあまあ遠い場所にあるのだ。

 

また、ここは地方だ。中央ほどの格はなく、目ぼしいモノも無い。したがって、わざわざ見に行きたい!と思う要素が少なく、列車やバスの運賃を払ってまで見に来ようとあまり考えられていないのが現状だ。

 

「オグリみたいなスターがいれば、少しは変わるんだがなぁ…」

 

客寄せパンダがいない…俺はついつい愚痴を漏らす。

 

「オグリ…とは誰ですか…?あまり聞いたことがない名前ですね」

 

「あぁ、それは…」

 

おそらく土木現場勤めであろうつなぎ姿の40代と思しきおじさんが、俺の愚痴に反応する。

 

「俺にとってのスターみたいなもんです。ところで、あなたは?」

 

「しがない土木勤めで、ここの常連といいましょうか」

 

「ははぁ、常連ですかぁ…」

 

なんとなんと、この人はここの常連だという。

これは、常連目線から見た問題点を聞き出す絶好のチャンスである。

 

「そういうあなたは、あまり見かけない顔ですね。もしかして、ここは初めてで?」

 

「んまぁそんな感じですね」

 

常連の顔を把握しているってもはやプロでしょ。と、心の中で突っ込んでいると、レースが始まった。

 

「順調なスタートですね、あの子は特に将来の走りが期待できそうです」

 

「へぇ、見ただけで分かるってなると、やはりあなたは余程ここに通い慣れていると…」

 

「趣味がレース観戦でしてね、素人ですが目利きには自信がありますよ」

 

「ははぁ、それはすごい…」

 

謙虚気味な口調だったが、最後の最後で土木のおっちゃんはドヤ顔をする。よほど誇りと自信があるのだろう。

 

そんな事はさておき、土木のおっちゃんと駄弁っていると、ついにレースは終盤に差し掛かる。

 

「チェルカースィ耐える!耐える!耐える!ここで抜け出すホッカイクリオネ!」

 

「……!!」

 

逃げと追い込みの真っ向勝負、最後にどちらが勝つかは分からない大接戦である。

 

この手に汗握る展開に、俺とおっちゃんは固唾を飲んで見守った。

 

「ホッカイクリオネ抜け出してゴールイン!!」

 

ゴールインした瞬間。なんとも言えぬ感情が俺の脳内を駆け巡る。だが、それは悪いものじゃない。むしろ、心地よいものだ。

 

「この手に汗握るハラハラ感…そのあとのゴールイン…!これだからレース観戦はやめられない!」

 

「……良いですね」

 

ボソッと自分の気持ちが漏れる。

 

「ですよね!この気持ち、是非とも多くの人に知ってもらいたいところですねぇ……」

 

「えぇ、まぁ……」

 

そう言うと、俺とおっちゃんは周りを見る。ポツポツと人はいるが、最大収容人数15000に見合わない閑散ぶりだ。

 

「やっぱりここにスターがいれば、もうちょっと人が来ると思うんですけどもねぇ……」

 

おっちゃんはごもっともと言わんばかりに相づちを打つ。

 

「そうですね…うちに中学生の甥っ子がいるんですけども、ここがやってる休日の日は中央の方をテレビで観戦しているんですよ。ここは生で見れて迫力を感じられるのに、勿体ない……」

 

「ほほぅ…そうですか」

 

「あ、もうそろそろで休憩時間が終わるので帰りますね。色々と駄弁れて楽しかったです。さようなら!」

 

「さようなら!お気をつけて!あと、いつも来てくれてありがとうございまーす!」

 

ズボンのポケットからタオルを取り出し、それを首もとに巻くと、おっちゃんは手を振りながら早歩きで出入口に向かっていく。

 

それに対して俺は、手を軽く振って見送った。

 

これは興味深い証言だ。これはもしかすると、入場者数を増やせるヒントになるのでは?と考えた俺は、あの証言を忘れないように、ポケットからメモ帳を取り出してメモした。



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エセ理事長、不満の多さに絶望する

「フム、フムフム、なるほど…これはこれは興味深い…」

 

山積みされたアンケートに囲まれながら、俺は一枚一枚手に取って読んで確認し、出された意見をまとめていく。

 

丸一日かけて読破した俺は、アンケートの山を見て一息つく。

 

はぁ~~~~~~つっかれ!(クソデカため息)

 

無茶苦茶足腰が痛い。転生前の現場労働終わり並みに疲れた。

こんな時は、ピクシブでも開いて推しのイラストを眺めて尊み成分を補給したい……!

のだが、この時代はピクシブどころか、気軽に利用できるインターネット自体がまだ無いのだ。

 

ウィンドウズ何だったかはよくわかないが、現代のような薄いタイプではなくて、この時は分厚くて、しかも物理的にも動作的にも重いうえ、数十万円もするというそんじゃそこらの家電よりもバカ高いもので、現代に慣れた俺からすると骨董品のようなものが主流品で驚くばかりだ。

 

まぁ黎明期だから仕方がない。このまま後10年もすれば、まともに使えるパソコンが出てくるだろうと考えれば、今はどうってことはない。

 

また、インターネットが主流になる時代になればグローバル化が進んで、この暗く寂れた地方に陽が当たる日が来るだろう。

 

そうすれば、旭川市依存を解消できるきっかけになるかもしれない。

というかそうしなければならないのだ。

 

とにかく、インターネットや掲示板サイトが大衆化し始める2000年代までの辛抱だ。

 

また、大衆化し始める前から知名度があると尚良い。98世代のころにはすでに掲示板なるものはあるので、少々フライング気味かもしれないが、90年代後半から本格参入の準備を…いや、今から始めてしまってもいいかもしれない。

 

まぁそんなことはさておき、俺はまとめた意見をもう一回見直していた。

 

「え~っと、職員は"給料上げて"、"残業代をもっと増やして"、"レースの賞金金額を上げて"、"寮の共同洗濯機の数を増やして"etc…」

 

と、かなりの数の不満が寄せられた。よっぽど溜め込んでいたのだろう。

 

やはり…というか案の定内容として多かったのは、金に関するものだ。

 

中央のトレーナーの年収は、あまり活躍していなかったとしても千万近くのものが多くいる。

その理由は、様々な分野で手当てがつくからだ。

 

レース出走手当なり、トレーニング推奨補助金なり、チーム援助金なりで様々な事で金が入るのである。

 

もちろん、入る金が多い分出る金も多い。アニメの沖野トレーナーのように、主に担当におごったり、補助金対象外のものを買ってプレゼントしたりするのが挙げられる。

 

また、おハナさんのようなリーディングトレーナーの場合、担当がG1などといった重賞で勝ちまくれば、トレーナーにも数割ほど賞金が入ってくるので、1億を超える場合もあるとのことだ。

 

そんな金のように光り輝く中央とは対比するのが、ここのような地方だ。

 

たとえリーディングトップをとるような(地方基準で)一流トレーナーだったとしても、1000万を超える事例は少ない。

 

理由はやはり、地方そのものが金がないからだ。

 

中央はメイクデビューで数百万貰えるのに、こっちは重賞で十数万ほどだ。

 

圧倒的、資本力の差…!リジチョー、驚愕…!

 

賞金の大半がウマ娘に入るのは中央と同じシステムだが、いかんせん母数が違う。

さらにそこから学園に入る賞金を引いて、トレーナーに入る賞金を考えれば…雀の涙ぐらいしかないのは、もはや想像するまでもないだろう。

 

腹が減っては戦ができないように、金がなくして労働意欲は湧かない。

 

「そらやる気も出ないわな…」

 

職員らの不満が書き溜められたメモ帳を流し見しながら、俺は思わず呟く。

 

足らぬ足らぬ工夫が足らぬ、金も足らぬ、すべてが足らぬ。

 

某標語を少しいじったものが、まさにこの凄惨たる状況を現しているだろう。

 

給料をほんの少しでも上げれる策を模索しつつ、俺は次に生徒向けに配布したアンケートのまとめを見直していく。

 

「えーっと?"トレーニング設備の種類を増やしてほしい"、"レースの賞金金額を上げてほしい"、"寮の設備を改良してほしい"、"制服をいい感じのデザインにしてくれ"etc…」

 

やはりこっちでも出た"レースの賞金"、できることなら賞金金額を自分で調整したいところだが、あいにくそれは管轄外だ。

 

しかも、皆が想像するような普通のレースの管轄が本部で、重いソリを引っ張るばんえいレースの管轄は市という二頭状態なのである。

 

さらに言えば、それらレースに出走するウマ娘の管理が各学園なので、実質三つの頭……いわゆるケルベロスのような権力図なのである。

 

なので、できる改革の幅が限られているのだ。

 

賞金は上げれん!申し訳ねぇ……!と心の中で謝罪しながら、俺は出された不満を元に、自分なりの修正案を考えて、紙にまとめる。

 

ちなみに、数日後にまた重鎮が円卓を囲う会議があるので、そこで話し合ってさらに改革案を最適な方向へ洗練するつもりだ。

 

 

・・・

 

 

「なんか最近、ちょっと変わってきたと思わないか?」

 

「……あー、確かにな」

 

担当ウマ娘がコースで走っているのを傍らに、トレーナーの若年男二人はコース脇のラチに頬杖を付いて駄弁っていた。

 

「給料、ちょっと上がったな」

 

「1000円だけ……雀の涙程度だが上がったな」

 

基本給が1000円だけ上がった。本来ならただそれだけで終わるはずだが、理事長はもしかすると、本気でこの最低にも等しい現状を良くしてくれるのでは?と、二人は感じ始めていたのである。

 

「でもよ、たかが1000円だぞ?」

 

ごもっとも、たかが1000円である。その程度では、焼け石に水である。

 

……だが、されど1000円なのである。

 

非常に厳しい財務状況の中絞りに絞り出した末に捻出した金なのを、二人は察していた。そのためか、それ以上文句は出なかった。

 

普通なら、こんな状況下で給料アップなんてありえないだろう。

それどころか、下げる可能性だって大いにあり得るし、最悪の場合、リストラなんてこともあり得たかもしれない。

 

ふとここで、あの、たった数文字程度の労いの言葉が添えられたアンケートを思い出す。

 

「あれに書かれたやつ、もしかして全部解決するつもりなんじゃね?」

 

「いやいや、そんなまさか……」

 

できっこない。この寂れた地方ごときに解決できる金などないと、二人は一蹴する。

 

「でもまぁ、あの理事長ならやりかねんな」

 

良くも悪くもやるだろう、という謎の信頼が現場に広がっているのである。

 

「まぁでも、ちょっとでもやる気があるならいいだろう。少なかれ給料を上げてくれたのは感謝だ。あの理事長が言う改革が成功すれば、今よか良くなるだろうしね。失敗して共倒れだけは勘弁だがな!ガッハッハ!」

 

やはり改革の序章ということだけあって、あまり現場からも、さらに言えば上層部からも確固たる信頼を得ているとは言いがたい。

 

だが、少しだけ風向きが変わってきたというのは、確かだろう。

 

それが良い方向に向くか、悪い方向に向くかは、今後の進捗次第だ。

 

「そういや、重賞を勝ったら学園の方から手当てが出るみたいだぞ?」

 

「マジ?!いつだよそれ?!」

 

「あくまで検討している段階だとさ。それに、給料の上がり具合から見て、大した額の手当てじゃないだろうさ」

 

「でも、今よりも少しでも多く稼げるってなら、俺はウェルカムだ」

 

 

 

かくして、今日も今日とて寂れた地方トレセン学園は、変わらず生き続ける。

ここ最近は、少し活気が出てきたという変化を添えて。



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エセ理事長、経済破壊爆弾を見つける

暑いということは、暑いということなんです。(小泉構文)

 

状況がヤバすぎると一周回って冷静になることってあるよね、知らんけど。

 

現代ほど地球温暖化が進んでいないという事もあってか、心無しか涼しく感じる北海道の夏のある日、教育委員会とひとまず話し合いを終えた俺は、学校長と並んで建物を出る。

 

きっと冷たい空気と暖かい空気が相撲でもしていたのだろう、建物から出た瞬間、熱風に襲われる。

 

「暑いですねぇ…」

 

物静かな学校長が思わず声を上げるほどだ。やはり暑いものは暑い。

 

こんな時はキンッ!キンッ!に冷えたビール……じゃなくてアイスでも食べたいところだ。

たしかこの時代なら、チューペットがまだあった時だろうか?

 

というか、夏+スーツなんて誰も喜ばないクロスオーバー考えたやつ誰だよ!いい加減にしろ!

 

どうせならTシャツ短パンで過ごしたい(見るほうが地獄)、なんて思いつつ、汗を払いながら二人は社用車に乗り込む。

 

外とはうって変わって、車内は冷房が効いてて最高だ。

 

そんな愚痴はさておき、いったいなぜ俺は旭川市の中心部に来ていたのか?その理由は、市内の小中学校向けの体験入学、小学生の職業体験の選択肢の一つにする事と、およびにポスターとパンフレットの設置の交渉のためだ。

 

交渉は市側の理解もあり、おおむねうまくいっているが、やはりいくらか手順を踏まなければならないのが現実だ。パパっとやって、終わり!なんてことにはならないのだ。

 

「体験入学してくる生徒らにとって、思い出に残るような体験をしてあげてほしい。そのためなら、多少の出費は良しとするし、こっちもサポートする……頑張っておくれ」

 

「はい」

 

数字と睨めっこする経理ら経営陣よりも、現場に任せたほうがいいだろうと俺は判断した。

なんせ、小中学生に年間売上高を見せるよりも、地方とは言えど本物の競争ウマ娘と触れ合ったほうが楽しいだろうし、何よりも貴重な体験になるはずだ。

 

俺がなぜそこまでして小中学生にこだわるのか?

 

少し小汚い話になるが、ずばり"未来の財源を作り出す"ことだ。

 

もっと踏み込んで言うと、"思い出"という名の金を使ってくれる"きっかけ"を作るためだ。

 

思い出というのは一種の心の寄り所で、よほどのことがない限り忘れないものだ。

 

例えば、上京した男が、あることをきっかけに実家がある地元に帰ってくる。

地元へ帰ると、走馬灯のように懐かしくて楽しかった学生時代の思い出が、脳内を巡る。

 

『あー、修学旅行楽しかったなぁ…あいつ今何やってんのかな…あそこってまだやってるのかな…って、やってるやん!見に行ったろ!』

 

もうお分かりだろう。思い出がある限り、上記のような数値に現れない集客効果があるのだ。

しかもこれは、半永久的なものだ。良い評価の口コミが広がるように、金を使わずして客を呼び込めるのだ。

 

このような思い出商法は、先人の成功にあやかって模倣したものだ。

 

さらに言えば、入学体験やその他諸々の広報活動で、受験者数増加による受験料収入増加も見込めるうえ、体験を通して学園に入りたい!ここのトレーナーになりたい!という人が出れば、まさに一石二鳥どころか一石三鳥だ。

 

思い出を汚すな!いい加減にしろ!とヤジを飛ばしたいかもしれないが、こうでもしなければ、財源を確固たるものにできないのである。

 

先人の知恵に感謝…と思いながら、流れゆく旭川の市街地を見とれていると…

 

「北海道植民銀行…?」

 

略して植銀…あれ、なんかどっかで聞いたことがあるぞ?

 

「……どうしましたか?」

 

「いや、ちょっと今大事なことを思い出そうとしているんだ…」

 

唐突に体調が悪くなったのかと心配されるほど、俺は考え込んでいた。

何か大切な事を忘れている気が……あっ()

 

 

拓銀だ!!

 

 

デデドン!(絶望)

 

点と点が線で繋がった瞬間、俺は思わずパッと目を見開いて、迫真の目力を発揮する。

 

どうやら、この世界線では似たような名前で存在するようだ。

 

史実では、バブル期に大量に作った不良債権を消化しきれず、都銀初の倒産という日本史に残る大事件を引き起こした銀行である。

 

もちろん、倒産して終わり!な訳がなく、その後も現代に至るまで回復しない北海道経済の低迷を誘発することになるのである。

 

北海道が土台なのに、肝心の土台がガバガバになるのはヤバイ!何とかせねば!とは思うのだが、ひなびた地方都市の外れにある学校の理事長の俺に、拓銀改め植銀を動かせる訳がないので、ふるさとの北海道経済と共に死に行く様を見届けるしかないのである。それが堪らなく悔しい。

 

……しかしまぁ、本当にそうなるかは未知数だが、抱え込んだ爆弾が爆発する時期を把握しているだけまだマシである。

 

いわゆる、未来知識チートを使い、津波のように押し寄せてくる損害を最小限に抑えるのだ。

 

「これは研究せねばならんな……」

 

「……どうかされましたか??」

 

「有事の対応策を考えていたんだよ」

 

 

・・・

 

 

自販機だよ!全員集合!!

 

交渉から数日ほど経ったある日のこと、なんと記念すべきことに、校舎側の敷地内に新しく自販機を設置することが決まったのである!

というか、すでに設置されている。

 

バァン!!(落下音)

 

う”ん”ま”ぁ”あ”い”!!!

 

前世の建築現場でも愛用していたコーヒーはたまらねぇぜ!!

これから毎日缶コーヒーを買おう!(提案)

 

…ということはさておき、ただ単にコーヒーを買いたいがためにわざわざ設置したわけではない。これもまた、不満解消に繋がると考えたからだ。

 

実は、仕入れた自販機が一癖も二癖もある物なのだ。

生徒寮付近に設置した自販機は、普通の飲み物が売っている自販機だ。

 

目玉となるのは、職員寮内に設置した自販機である。

 

一癖も二癖もある自販機とはズバリ、煙草と酒類を扱える自販機である。

 

実は、教員側の悩みで「煙草や酒を買うのに町の方へ出なければならないのがめんどくさい」という不満が、いくらか送られてきたのである。

 

この問題を比較的安価に、なおかつ一気に二つとも解決できる方法が、煙草と酒類を扱える自販機であったのだ。

 

この自販機はすこぶる評判が良かったのだが、それが判明するのはもう少し経ってからだ。

 

 

・・・

 

 

「いやー、シンボリルドルフがまさか故障で宝塚記念を出走回避するとは思いませんでしたね~」

 

「そうですね、欧州遠征計画がどうなるのか、決行するのか中止するのかがまだ分からない事も不安ですねぇ」

 

俺がよく知るネームドウマ娘達は、今頃何をしているのだろうかと時々疑問に思う。

 

シンボリルドルフとミスターシービーは在学中だという事は判明している。

 

また、マルゼンスキーは父と同じくダンサーの道を歩んでいる事は分かったが、年代的に殆どウマ娘化されていないから、他はどのような道を歩んでいるかさっぱりだ。

 

というか、ゴルシ辺りになると、下手したらまだ生まれていないかもしれない。

 

まぁそんなことはさておき、ラジオに耳を傾けながら、部下から提出された新しい制服の案に俺は目を奪われていた。

 

「ははーん?これは面白い……」

 

俺は胸をときめかせていた。

その理由はもちろん、制服の更新は意識改革の目玉であるからだ。

 

契約料や、生徒全員分、さらにはばんえいウマ娘用のを一気に製造する事となるので、今年度の改革用予算の半分近くを使うという決して安くない出費をすることになったが、それを抜きにこんなにも早い時期に実行できるのは、幸先の良いスタートで嬉しい。

 

ちなみに、全体的な色合いはダークブルーで、腰回りに左右ともにポケットがついており、こちらから見て右の胸元に我が校の校章が刺繍されているというデザインのブレザーだ。

 

また、当然の如くスカートにも変更の手が加えられていた。

 

ダークグリーンとダークブルーを交互に繰り返すストライプ模様で、ミニスカートの夏期仕様と、ロングスカートの冬季仕様二種類が用意されていた。

 

また、ブレザーの中に着るシャツとネクタイは、今まで使っていた物を流用できるようになっており、一時的なコストカットができるようになっている。

 

ちなみにだが、新入生用のシャツとネクタイは、従来の契約を切り、新しく契約する業者に頼むことになっている。

 

これだけ見ると、よくあるブレザーとスカートのセットと思われるかもしれない。

だが、依然として戦後……下手したら戦前から大して変更が加えられていないセーラー服が跋扈する中でも、十分な改革の一歩と言えよう。

 

また、この試みは十分な話題性があるはずだ。

これを体験入学の時や、小中学校のパンフレットを通して大々的に宣伝すれば、我が校が本気で変わりつつあることを内外にアピールするチャンスだ。

 

「……えぇっと、午後からあれか……」

 

教育委員会との交渉がある程度終わったので、次は学校へ行って予定の打ち合わせをする段階である。すでに体験入学でどのような事をするかを生徒会と上層部で打ち合わせ済みなので、後はいつここへ来るかを打ち合わせるだけだ。

あと、ついでにパンフレットも配布する予定だ。

 

今回は、旭川市内のほぼ全ての小中学校が対象になるのに合わせて、旭川市の隣の町である美瑛町にもターゲットを広げるため、例年を上回る仕事量となる。

 

まるで居酒屋をはしごするが如く、学校を東西南北に駆け巡るため、この老練な転生肉体も相まって、体力的にも精神的にもかなりキツい。

 

だがそれでも、例え腰をやったとしても、俺はやり遂げなければならない義務があるのだ。

 

「いてててて!!!ヤバイゾ~コレ……!腰やったなクォレハ……」

 

状況がヤバすぎると一周回って冷静になることってあるよね、今まさにその状況だ。

 

改革を続ける前に、まず湿布を張らなければならないかもしれない()




※主人公は植銀を救いません!※


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エセ理事長、ばんえいレースを観戦する

「ふんぬぅぅぅんんんん!!!」

 

「おー!頑張ってんなぁ~」

 

ガシャンという乾いた金属音と共に特徴的なゲートが開かれると、ゆっくりとしたペースで、ソリを引くばんえいウマ娘らが飛び出る。

 

よく皆がイメージするウマ娘は、大抵モデル体型だ。

だが、ここ旭川トレセン学園に在籍するばんえいウマ娘は全くもって違う。

 

ホッカイドウシリーズは、世界的に見て珍しいレースが開催されている。

それは、"ばんえいレース"である。

 

最大1トンにも及ぶ鉄製ソリを引っ張るというもので、一概に速く走れれば良い訳では無いのが、通常のレースと最も異なる所だ。

 

当然、走りに変わって重要視されるのが"力"だ。

筋肉を付け過ぎると体重が増してしまい、かえって遅くなってしまうが、ばんえいの場合は足の速さなんてぶっちゃけ関係ないので、重い物を引けるように思う存分筋肉を付けてしまった方が有利になる。

 

結果、身長は女性にしては異例の2m越えが珍しくなく、身体中筋肉まみれでガッシリとしているケツとタッパがデカいウマ娘になるのだ。

 

また、現実のばんえい競馬と似たように、トレーナーがソリに乗って担当を指揮するそうだ。

なので、トレーナー自身の体重管理が必要になるので、この世界のばんえいウマ娘トレーナーは、現実のジョッキーと大差無いようだ。

 

ある意味ではこのウマ娘世界において、"人馬一体"という四字熟語が最も当てはまると言えるだろう。

 

ちょうどばんえいレースが開催されていたので見に来たのだが、その迫力に俺は圧倒される。

もはや言葉すら出ない。

 

「やっぱりつくづくウマ娘って不思議ですよね、なーんであんなにも力を出せるのか……」

 

「そうですねぇ……」

 

言葉出とるやないかい!というツッコミはさておき、すっかり顔見知りになった俺と土方のおっちゃんは、二人並んで椅子に座り、レースを眺める。

 

土方のおっちゃんは、ウマ娘のことを不思議だと言い、俺は頷く。

 

やはりウマ娘時空でも、ウマ娘の起源等は神秘的な謎に包まれているらしく、現代科学を持ってしても解明できていないようだ。その為、未だにエルフ的な妖精であるという考えが広く信じられてるとか、知らんけど。

 

まぁ、その原因が―そもそも大元の設定があやふやだったから―というのを俺は知っているのだが、それをバラしたら謎の死を遂げそうなので、今は忘れて目の前のレースを楽しむ。

 

「お!あともうちょい!あともうちょい!!」

 

「頑張れ……!頑張れ……!」

 

あーだこーだウマ娘の謎について語っていると、いよいよレースは終盤に差し掛かり、「頑張れ!」という声援が多くなる。

 

「「いけー!がんばれー!やったれー!」」

 

「うぉぉぉぉ!!!」

 

最後は雄叫びを上げて、レース板を横切る。

 

ゴールインすると、ウマ娘とトレーナーは両手を上げながら喜びの声を上げる。

そして観客も歓喜の声をあげ、勝者を讃えるように拍手をする。

 

これがばんえいレースなのか……と、俺は考える。

通常のレースと比べると、分かりやすい華が無くて見劣りするかもしれない。

だが、草の根のように、たくましく力強い、単純な"力"のぶつかり合いが、男心を刺激する。

 

だがしかし、例え魅力的であったとしても、売り上げ的に見れば、通常のレースと比べるとばんえいレースは劣ってしまう。また入場者数も、ただでさえ少ないのに、さらに少ないのが現状だ。

 

このような寂れた状況を変えるには、ばんえいレースの魅力をアピールする他無いだろう。

だがそれは、もう少し後の話だ。

 

今は今で、小さな改革をコツコツと積み重ねるしかない。

塵も積もれば山になるように、堅実にやっていけば、いずれ大きな成功に繋がるだろう。

 

できることなら全国規模で大胆にCM広告を打ちたい所だが、そんな余裕は微塵たりともないので、せいぜいパンフレットを配るのと、体験入学で説明するぐらいだ。

 

ちなみにだが、生徒会考案の新体験入学ではなんと、ばんえいウマ娘が引くソリに乗って、実際にばんえいレースを体験しよう!というコーナーが用意されているのである。

 

そのような体験は、おそらく人生で二度もない筈なので、とっておきの思い出になることが期待されている。あわよくば、将来はばんえいレース関係者になりたい!という人が出てくれば一石二鳥だ。

 

そんな事を考えながら、俺と土方のおっちゃんはライブステージに移動する。

 

ちなみに、ライブ内容はソーラン節である。

力強い踊りならぴったりだろうと思うのは、俺だけだろうか?



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エセ理事長、体験入学を何とかして凌ぐ

お ま た せ


=学園の状況=1985

・シンボリルドルフの光

シンボリルドルフの活躍により、中央のトゥインクルシリーズに関心が持っていかれている

話題性が低下する

経済力が低下する

 

・傾斜経営

今のところは耐えているが、適切に策を立てなければいけない

時が来れば、末路が分かるだろう

 

・ホッカイドウシリーズの枠組み

北海道を基盤とした各地開催レースは、一定の成果を生んでいる

話題性が増加する

経済力が増加する

 

・希望の兆し

今代の理事長は、改革に意欲的なようだ

もっとも、成功するかどうかは置いておいての話だが……

話題性が少しずつ増加する

経済力が少しずつ増加する

やる気が少しずつ増加する

 

・好景気

今のところ世間は好景気なのだが、我々はその恩恵を受けているとは言いがたい

だが、その逆の場合は必ず受けるだろう

 


 

 

秋のこの頃、旭川トレセン学園は平常運転(惰行)だ。

 

拓g…植銀の看板を見る度に悶絶したり、例年と比べて大幅にボリュームアップした体験入学の準備の為に旭川市を東西南北上下に駆け巡ったり、北海道のじめじめした夏の暑さに負けかけたりと、転生してからと言うもののドタバタとした日々を送ってきた。

 

ここ最近は心無しか仕事の密度が薄くなってきて、休みに入れる時間が多くなってきた気がするものだ。ついでに、背中に貼る湿布の枚数が六枚から四枚に減った事も述べておく。

 

「ぬあぁぁぁんもぉぉぉぉん疲れたもぉぉぉぉん!!(半ギレ)」

 

逝きすぎィ!な語録とため息を肺から吐き出しながら、理事長室のソファーに腰を下ろしてうつ伏せになる。

 

今ここで部下がやって来たら、きっと地獄を見る事となるだろう。

なぜなら、加齢臭漂う汗まみれのおっさんがソファーで寝ているうえ、部屋には書類や資料のファイルのピラミッドが出来上がっていたりと、さながらカオスな状況になっているからだ。

 

この圧倒的尊厳破壊ルームと化した理事長室の散々たる様を横目でボーッと眺めつつ、体験入学で学生向けのスピーチの内容を、粘土をコネコネするが如く形をまとめていく。

 

ヒトはヒトである以上、集中力が永遠に維持される訳がない。ましてや相手は子供だ。興味の無い話など、馬の耳に念仏と同じだろう。なので、できるだけ要点を絞ることで短くしたい所だ。

 

そう言ったことを念頭に入れつつ、俺はコネコネと形をまとめていく。

 

 

・・・

 

 

白と赤の塗装のモノコックバス二両が、紅葉が舞う旭川レース場の駐車場に停車する。

そのバスには、今から旭川トレセン学園に体験入学する小学生が乗っていた。

その数、100人以上。現代からしたらなかなかお目にかからない人数である。

 

「運転手さんにちゃーんと感謝するんだぞ」

 

最前列に座る白澤という名の30代前半男性担任教師が、バスが止まるなり賑やかな後ろを振り向いて言った。

「はーい!」と無垢で元気な声が返ってきた事を確認するなり、微笑ましいなと頭の隅で思いながら、運転手に「ありがとうございます」と一声かけて降車する。

 

それに続くように、小学生は一人一人運転手に感謝のことばを述べて降車する。

 

「じゃあね!」

「ありがと!」

「アザっす!」

 

言葉遣いは決して上品なものとは言えなかったが、それでも運転手は笑顔で会釈をして見送った。

 

「ここに出席番号順に!二列で並んでくださいねー!」

 

白澤が握り拳の右手を天仰ぐように上げて場所を示すと、バスから降りた後やや散り気味だった小学生達はゾロゾロと並び始める。

 

ある程度形になったと判断した白澤は、とある行動の為にその場で待機していたトレセン学園の職員と生徒に準備が整った旨を伝える。

 

賽は投げられた。

 

「皆さん、こんにちわ~!!」

 

「「「こんにちわー!!」」」

 

案内役を勤める高等部生徒の可愛らしい声を皮切りに、大いなる改革の第一段が幕を開ける。

 

100人もの小学生を前に立つウマ娘の名は、ホッカイクリオネ。

彼女は生徒会の役員で、役割分担会議の際に自ら案内役を買って出る程、今回の体験入学に対して意欲的な生徒であった。

 

一体何故それほど意欲的だったのか?

 

それは、思い出にあった。

 

これから始まる体験入学で一体どのような体験をするのかだとか、注意事項をジェスチャーも交えて流暢に話す最中、ホッカイクリオネは温かく懐かしい気持ちに浸っていた。

 

あの日の思い出は、5~6年も前の事であろうか。

当時は将来に対して漠然とした考えを持っており、のらりくらりとした日々を送っていた。

中央入りしてダービーを獲る!と、たいそうな夢を誇らしげに語る同級生がいることにはいたが、そう言った周りの競争意識に良くも悪くも感化される事がなく、とりあえず今を生きれてればいいと言った具合に牧歌的だった。

 

ただ、小学校卒業間際となるとそうとも言えなくなってきた。

このままでは不味いのでは?何か熱中できる物がないと困るのでは?行動を起こさなければいけないのでは?と薄々気付き、将来に対して不安を抱く。

 

曇り空の心に、持ち前の元気と希望を押し潰され掛けていたある日、ここ旭川トレセン学園の体験入学に行く事となったのである。

 

それが人生の転換点であった。

 

レース場の設備の裏や校舎内を見学している内に、漠然と「面白そうだな」という感情が浮かび上がってきた。

レースに憧れてだとか、学園生活に憧れてだとか、そういう具体的なものではなく、"考えるな、感じろ…!"的な感じに、ただ直感的に導きだされただけなのである。

それから少しして、その面白そうという感情がなぜ浮かび上がってきたのかを理解した。

 

自分の中で初めて、熱中できる物ができたからというものだ。

 

 

 

 

 

今にも有り余る元気が溢れそうな小学生達を見て、ホッカイクリオネはあの日の光景を思い出す。

 

そして、あの日の自分をこの小学生達に照らし合わせる。

 

この学園に来る者の理由は様々だ。

中央の滑り止めや、実家から近かったからだとか、はたまた姉がここに通っていたからだとか、様々な理由がある。

 

そんな"理由"に、自分がなれればいいなと、儚い希望を抱いていた。

そして何より、自分に"理由"と"思い出"という金に変えられない貴重な動機を与えてくれた学園と先輩に対する恩返しの為、大きく成長した彼女は新しいステージへと登壇するのである。

 

「……それでは、いきましょう!!」

 

「「はーい!」」

 

ホッカイクリオネと数名の生徒の先導で、小学生達は学園の中へ入っていく。

その背中を追う白澤は、どこか満足げな表情を浮かべていた。

 

そんな事はさておき、学園生に率いられる小学生達は、まず始めにレース場の門に案内される。

 

「ここは見ての通り、旭川レース場の出入口です。レースを見る際は、必ずここを通ってくださいね。ちなみに、入場料は100円です」

 

一度立ち止まって後ろから付いてくる小学生達に体を向け、両手を横に広げて門の説明をする。

小学生達は、こくこくと頭を縦に振って頷いて返事をした。

 

「ここはパドック。出走する前の選手がここで自分をアピールする所だよ。トモの張りや様子を鑑みて、どの娘が一着になるか考えたりするんだよ!」

 

「あれはスタンド。グッズや指定席券が売ってたりする所だよ。あと、私達から見て建物の裏側には大きな観覧席があるよ!」

 

「これが券売所。ここで出走するウマ娘に投票するんだよ。一番人気とか二番人気とかは、ここで投票された票数に応じて決まるんだよ!」

 

ホッカイクリオネと彼女に率いられる小学生達は、門、パドック、スタンド内と概ね例年通りに施設の内部を巡っていく。

 

小学生達にとって、あまり来たことのない旭川レース場の散策というのは意外と好奇心を擽るもののようで、概ねイイ感じに事が進んでいった。

 

その事をホッカイクリオネに学園と小学校の教員双方が安心しつつ、さらに事を順調に進めるべく行動を続ける。

 

「ここがさっき言ってた観覧席です。ちなみに、旭川レース場は最大収容人数一万五千人を想定しているので、こんなにも広くて眺めがいいんですよ!」

 

「「スゴーイ!!」」

 

観覧席の一番上でそう高らかに宣言するホッカイクリオネ。

なお、最大収容人数に達する又はそれに近づくといった事は一度もなく。

彼女の元気な声は閑古鳥の鳴き声と共に、全くもって人がいないレース場内に響き渡るのであった。

 

最近様子がおかしい理事長に、ブラックジョーク染みた現実が心に刺さるのだが、そんな事お構い無しに体験入学は続く。

 

「これから皆さんには、ばんえいレースを体験してもらいます!ほら、あそこにばんえいウマ娘がいるでしょ?あそこまで移動するので、私にちゃんとついてきてください!」

 

ばんえいコースの横でそりと共に待機するばんえいウマ娘に向けて、ホッカイクリオネは指を指して次の体験の内容を軽く説明するなり、ホッカイクリオネと小学生達はダートコースを横切ってばんえいコース横に集まる。

 

「どうも、皆さんこんにちは!ばんえいレース専属トレーナーの木村直木です。この度は体験入学に来ていただきありがとうございます!本日は――……」

 

いよいよメインイベントが始まる。

体験入学の大目玉、"ばんえいレースを体験してみよう!"である。

 

「それでは、選ばれた方は指定されたソリに行ってください」

 

直木という若いばんえいトレーナーが注意事項諸々を説明し終えると、事前にじゃんけんで選出された小学生がそれぞれのソリの元に行く。

 

「私の名前はソールズベリー。よろしくね!」

 

「よ、よろしくお願いします…」

 

ばんえいウマ娘を前にして、とある草食系男子小学生は狼狽えた様子でなよなよしく返事をする。

それもそのはずだろう。背も、筋肉も、ケツも、タッパも、何もかも自分より何倍も大きいウマ娘を前にして、平常心を保てる訳がない。

 

その事を予め想定して、体験入学を考案した生徒会と教員陣は前もって対策を打っていた。

 

策はずばり、優しくすることであった。

 

全身筋肉の彼女らばんえいウマ娘は、準備をしつつ気さくに話かけて、恐怖心を打ち砕こうとする。

 

そのうち、最初は恐ろしい巨人に見えていた小学生達は、だんだんとユーモア溢れる気さくな筋肉お姉さんであると認識が変化し始める。

 

「うん、準備は整ったかな……」

 

直木トレーナーは小さく呟く。

6人のばんえいウマ娘と、1トン近くにも及ぶソリ。そして、手綱を握る小学生と横からサポートする学園職員……準備は万全だった。

 

「いちについて、よーい……ドン!!」

 

直木トレーナーによるゴーサインが出された瞬間、ドスンと地を踏み鳴らす第一歩と共に、小さなばんえいレースはスタートする。

 

「ああ!追い越されちゃう……!ソールズベリーさんもうちょっと早く行ける?!」

 

「ちょっとキツイかもッ……!!」

 

「こういう時はあえて脚を溜めて最後の平地で抜け出せるようにするんだよ!」

 

鞍上小学生、走者ばんえいウマ娘、付き添いばんえいトレーナーの三者による二人三脚ならぬ三人四脚という協力体制で、ばんえいレースはゆっくりとした展開で進む。

 

「よっちゃん行け~!負けたら鼻からスパゲッティ食わすぞ~!」

 

「ソールズベリーさん頑張って~!」

 

ばんえいレースは、人が歩く速度とほぼ同じぐらいの速度で進む。

なので、やろうと思えば並走して観戦することだってできるのだ。(距離は考慮しない物とする)

横で並走するように観戦する小学生達や、さらには職員達も、彼ら彼女らを応援する。

 

第一、第二の坂を乗り越え、いよいよ最後の直線……というか平地に入る。

ここまで来ると、もはや速さというよりも持久力がモノを言う世界に突入する。

 

そして、そんな我慢比べの土俵で最後まで立っていたのは、よっちゃんと呼ばれる小学生とソールズベリーのコンビであった。

 

「ソールズベリー1着!1着!!」

 

「おめでとう!」

 

パチパチパチパチパチパチ

 

ゴールが確定するなり、体格差の激しいこの二人組は周りから拍手喝采を浴びる事となった。

 

しかし、当のよっちゃんは、勝利に酔いしれてなかった。

いや、むしろ勝利に酔いしれていた方がよかったかもしれない。

 

よっちゃんは、ソールズベリーの肉体美……というか筋肉美に魅了されていた。

常識や人格は、小学生の時に培われると言われている。このような"英才教育"は、少々早すぎたのかもしれない。

 

 

――ケツとタッパがデカいウマ娘は好きかい?

by 名無しのばんえいトレーナー研修生

 

 

彼の性癖は、若くしてねじ曲がってしまうのだが、それに気づくのはもう少し後の事であった。

 

 

 

――――――――

 

――――

 

――

 

 

 

その後、レース場の設備やトレセン学園の内部探索など、様々な体験を通して、性癖の変化という事を除いて体験入学は順調に進み、無事に終わりを迎えた。

 

最後に、理事長のスピーチの引用を紹介して終ろう。

 

「一勝よりも一生を!」



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エセ理事長、数字の波に飲み込まれる

ぶっちゃけ物語の時系列的に伸ばせる所がないのと、下手に伸ばしたらダレるなと思ってテンポ重視と繋ぎの意図を込めて今話は短くなっています。


よいこのみんな、元気してるかい

 

ところで、冬って言ったらどんなイベントが思い浮かぶかな?

 

サンタさんがプレゼントを運んでくれるクリスマス?

 

年明けを祝うお正月?

 

好きな人にチョコレートを送るバレンタイン?

 

みんなはどんなイベントが思い浮かぶかな?

 

そうだね確定申告だよね(ネイチャァ)

 

「ぬぁぁぁんもぉぉぉん疲れたもぉぉぉん!!!」

 

なんやねんいきなりやるべき事が多くなるっておかしいやろもうちょっと頻度考えられんのかほらさダムの放水みたいに一気にドバーッ!て来るんじゃなくてハドソン川の下流並みに穏やかに流れてきてほs

 

「はぁ、はぁ、……ヨシッ!(現場猫)キチゲ発散完了!」

 

ストレスが貯まりすぎると奇行に走るよね……って事は置いておいて、ちょっと山場を乗り越えたのかなって一瞬頭の中を過った秋もつかの間、また仕事が次から次へと舞い込んでくる日々に逆戻りだ。

 

体験入学に来た小中学生から募ったアンケートに加えて、一般の観客向けのものや、街中に設置したもの、最後に我が校の生徒や職員の現状の不満や改善してほしい事を綴ったアンケートの再検証など、適切な改革の策を打つために情報を集めようとした結果、とてつもない量のアンケート量になってしまったのである。

 

アンケート、アンケート、アンケート……

 

頭の中にずっとこの単語が羅列しているせいで、軽くゲシュタルト崩壊を引き起こしそうになる。

 

あれやこれやとアンケートや数字とにらめっこをし続ける艱難辛苦に打ち耐えること幾星霜、今度はアンケートの集計結果を元に改革案を立案する作業に入る。

 

顧客からの要望、通せんぼする予算…両者一歩も引かない世紀の矛盾(ほこたて)対決の末(こんなにも大っぴらに表現しているが、ただの会議である)、来年度の予算案と実行する改革を決定する。

 

やっとおしまい!閉廷!……と行きたい所だったのだが、ここに来てなんと"確定申告"が立ち塞がるのである!!

 

 

 

そして、今に至るという訳だ。

 

もうそろそろで、雪解けの季節がやって来る。

それと同時に、更新された制服と共に新しい生徒を迎える準備をしなければならない。

計算と徹底的な準備に次ぐ準備、そして実行と、前世では味わうことのない形の苦労に、この老練な体が悲鳴を上げる。

 

なんだかんだ言って、この世界に転生してからあともう少しで一年になる。

……と言うのに、あまり実感が沸かない。

なんというか、とてつもない速さで時間が進んでいるような気がするのだ。

 

ウマ娘世界なんだから、ウマ娘やトレーナーにでも転生して、中央で活躍する古典的な転生生活が始まるのかと思っていたが、実際はどこの馬の骨かも分からないおっさんに転生して、今や潰れ掛けの地方トレセン学園を再建しようとしている真っ只中だ。

 

これまで実施してきた小さな改革は、まだ成果を表していない。

その結果の有無は、春から始まる来年度に明らかになるだろう。

 

俺の果てしない戦いは、まだまだ続く。



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エセ理事長、効果を実感する

「――はい、繋がりましたね。今、我々は旭川トレセン学園の入学式に訪れています。お目当ては勿論…この新しい制服です!」

 

「「イエーイ!」」

 

ベージュのスーツでピッチリと身を固めたリポーターがリポートするなり、コマンドーなロケランかなと言いたくなるようなカメラを背負ったカメラマンは、カメラを二人組でピースをする生徒に向ける。

その様子を、俺は遠方から微笑ましく見守っていた。

 

大変嬉しい事に、制服のデザインが可愛くなる事を聞き付けた幾つかの地元メディアが「取材させてくれ!」と申し込んで来たのである。

 

ポスターやパンフレットの説明だけでは広報力がやや火力不足なため、一発の威力がデカいマスメディアの取材を快諾し、今に至るという訳だ。

 

「この学園に入学するきっかけになったことは、なんでしょうか?」

 

「そうですね…。この制服が可愛かったから(笑)ははは」

 

「あなたは――」

 

「うーん、そうですねぇ…。体験入学で、決心がついたというか……」

 

取材の内容をさも当然の権利ですと言わんばかりに盗み聞きしつつ、改革の成果をしみじみと実感し、思わず「ヨシッ!」と小さくガッツポーズを決める。

 

パンフレット配りに始まる地道な広報戦略と、制服の変更や体験入学のボリュームアップなど大胆な改革の結果は、受験者数の大幅増加や注目が集まるなどして予想を遥かに上回る大成功を収め、これに俺は大満足する。

また、制服の変更はかなり効果があったらしく、わざわざ本州から受験を受けに来るウマ娘がいたのである。

 

ただ、それだけ影響を及ぼすと弊害と言うものが現れてしまうのである。

受験者の中には、同じくホッカイドウシリーズ加盟校がある岩見沢や札幌などの地域から、わざわざ故郷を離れてまでここ旭川トレセンの入試を受けに来る……いわば共食いとも見れる現象が発生してしまったのである。

これが中央だったり全く別の枠組みの地方トレセンならぶっちゃけ問題無いのだが、身内で競争している状態なのである。

 

このまま入学希望者が我が校に偏り過ぎてしまうと、仲間である加盟校の瀕死の病人と化した財政に止めを刺してしまう可能性が浮上してきたりと、新たな問題が立ちはだかるのである。

 

……まぁそんな事は置いておいて、今は素直に成果を喜ぶ時だろう。

職員や生徒、そして業者などの多大な努力が報われた誇らしい結果である。

 

「……みんなのお陰なのだ。だから、俺は恩返しをしなくてはならんのだ」

 

そう自分に言い聞かせ、俺は賑やかな人混みの中に入っていった。

 

 

・・・

 

 

東京都府中市に陸上戦艦の如く鎮座する巨大な建築物群、中央トレセン学園。

勝利への渇望というドロドロとした感情が水面下で渦巻く彼の地にて、その様な果てしない戦いを忘れるような"ある事"が話題になっていた。

 

生徒会"役員"のシンボリルドルフは、トレーナー室で新聞を読んでいた。

メガネを掛け、左手を顎下に添えて右手で新聞を掴んで読み更けている視線の焦点は、"旭川トレセン学園の新制服が話題に!"というデカデカと書かれた見出しに向けられていた。

 

「……ほう、なるほど」

 

珍獣を見るような好奇心溢れる眼差しで、ルドルフはいつものように黙々と記事を読む。

 

その最中、ふと食堂にいた時を思い出す。

 

それは最近の事であった。

食堂で食事をしていると、近くで三人ほどのグループを作って食事をしている者達の会話が耳に入ってきたのである。

 

会話の内容はずばり、旭川トレセン学園の新制服であった。

 

よくよく耳を傾けて見れば、そこらかしこで地方トレセンの改革が話題になっているという現状を、ルドルフは早々に理解した。

 

ふとルドルフは、新聞に掲載されている新制服のブレザーと、今自分が着ているダークブルー色のセーラー服を比較する。

そして、たかが地方の話がなぜここまで話題になっているのかを考える。

 

理由は単純だった。

 

「皆がこれを望んでいる……」

 

ウマ娘は女の子だ。年頃になれば、身なりを気にするようになる。

化粧の仕方だとか、ファッションのセンスを極めたりなどがそれに当たるだろう。

 

その理論で行けば、このような古くさくて汎用的なセーラー服よりも、旭川トレセン学園のような先進的なデザインとファッションセンスの制服を望むだろうし、流行に敏感な年頃の女の子がわざわざ古い方を選ぶというのはあまり考えられないので、当然の理だろう。

 

ここでルドルフは知恵が働いた。

"今度行われる生徒会会長選挙で、制服のデザイン更新という公約を掲げよう"と――

 

 

 

――結論から先に述べておくと、シンボリルドルフは上記の公約に加えて、現役時代の名声、さらには培ってきた人望や人脈によって、見事に当選を果たして晴れて生徒会会長に就任する。

 

我々にとって馴染み深い会長の称号を得るなり、早速新制服導入に向けて動き出す。

だが、主に保守的な学園運営の反対や、お役所仕事特有の動きの遅さにより改革は難航し、全生徒のアンケートを取って嘆願書を提出したり、様々な妥協の末、数年かけてやっと新制服の導入を果たすのであった。

 

のろのろと作業を続けている間、旭川以外の地方でも後を追うように続々と新制服の導入がなされていく様子を、ルドルフは悔しげな顔をして眺めなければいけない事となった。

 

そしてルドルフは、新たな危機感を抱くようになった。

 

――中央が地方に追い越されるかもしれない――

 

まさかとは言うが、ここ最近のホッカイドウシリーズの下克上的経営方針は、とても見過ごせるようなものではなかった。

だからこそルドルフは決意した。

 

「私が守らなければならないのだ」

 

と……

走る事以外で初めてライバルができた瞬間であった。

 

 

 

=学園の状況=1986

・シンボリルドルフの光

シンボリルドルフの活躍により、中央のトゥインクルシリーズに関心が持っていかれている

話題性が低下する

経済力が低下する

 

・ブレザー革命

古きを破壊し、新しきを創造した制服改革は、全国的に注目を集める事となった

話題性が大幅に増加する

経済力が大幅に増加する

やる気が大幅に増加する

※陳腐化するまで効果は続く

 

・追い風が吹いてきた経営状態

小さな改革が実を結び、予想以上の成果を収めた。だが、依然として適切に策を立て続けなければ、また傾くだろう

時が来れば、末路が分かるだろう

 

・困惑するホッカイドウシリーズの枠組み

北海道を基盤とした各地開催レースは、一定の成果を生んでいる。

だが、学園間の緩い均衡は、急進的な改革により崩れようとしている

話題性が増加する

経済力が増加する

※今ならまだ間に合う!ブレーキを踏むんだ!!

 

・希望、信頼、協力

今代の理事長は、改革に意欲的なようだ

もっとも、成功するかどうかは置いておいての話だが……

話題性が少しずつ増加する

経済力が少しずつ増加する

やる気が少しずつ増加する

 

・好景気

今のところ世間は好景気なのだが、我々はその恩恵を受けているとは言いがたい

だが、その逆の場合は必ず受けるだろう



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エセ理事長、大規模な改革を推す

「あーだこーだあれだこれだ!」

 

「「ソートモイウ!」」

 

俺は今、札幌にあるホッカイドウシリーズの本部にて、一年に一回、シリーズ本部の重鎮と加盟校の重鎮が将来について語り合う(意訳)会議で、迫真の熱弁()を奮っている。

 

題材として真っ先に上がったのが、我が校の新しくなった制服であった。

未だに旧来の伝統に則ってセーラー服を使い続けている帯広や北見といった加盟校の受験者数がかろうじて横ばいを維持している中、ブレザーに更新したわが校だけ唐突に例年の三倍近く爆上がりするという異例な数値を叩き出した。

 

地元を中心とした広報戦略が最大限に効果を発揮した形となったのだが、思いのほか火力が強く、道北や道南といった地域や、僅かながら本州からわざわざここへやってきて受験するほど、想定していたよりもはるかに大きな影響を及ぼすことになった。

 

おまけに、地元のマスメディアから始まって、全国規模のマスメディアにも注目の眼差しを向けられ、このお祭り騒ぎに中央のトゥインクルシリーズは沈黙を保っているが、噂によるとあのシンボリルドルフが反応していたりと、割と真面目にホッカイドウシリーズ史上最大の注目を浴びることとなった。

 

また、受験者数増加による受験費という収益が増加したり、取材料によって決して少なくない額を稼げたのである。

 

あまりの成功っぷりにこれは将来の不穏の前フリなのではないのかとさえ思うほどであったが、この際はいっそのことこのまま勢いに乗って改革を推し進めてしまおうと決意を固めた。

 

そのため、改革の必要性を必死に説いているのだが、ぶっちゃけホッカイドウシリーズ全体の経営状況が厳しくてそれ以前の話であった。

 

「どこもかしこも予算不足ですか……」

 

「「ソーナノダ!」」

 

学園の存続、職員の雇用、生徒の青春、シリーズの繁栄の為には利益を増加させることが最適というのは満場一致だった。

 

しかし、他人から見て俺の改革はやや急進的に映るらしく、「分からなくもないけどねぇ…」といった具合に難色を示す。あと、単純に金がかかりすぎるというのもある。

 

また、制服改革の成功による弊害も追及される事となった。

なので、俺はこう提案した。

 

「ならいっそのこと、あなた方も制服を更新してみては?」

 

「「ファ!?」」

 

一度に全ての制服を更新するとなると、生徒を管理する側である学園はとんでもない負担になる。

しかし、その様な負担を背負ってまで実行する価値はあると俺は確信しているし、ホッカイドウシリーズ重鎮や他の加盟校の重鎮も、やや下がり気味の横ばいの状況から打開できる最も安価な方法であると薄々気付いていた。

 

制服の大規模更新に関して、差別化するかそれとも統一するかに意見が別れる。

もしも各加盟校がバラバラに制服を制定した場合、それぞれの個性が生まれて話題性が向上するだろう。

ただそうなった場合、解決すべき問題である加盟校間の競争は避けられないだろう。

 

統一した場合、同規格の大量発注による費用の低下を望める事や、存続のデザインを流用できることからデザインの依頼費を浮かす事ができるなど、費用面でメリットがある。

また、統一することによって差別化を無くすことで、競争を避ける事ができる。

しかしそうなった場合、それぞれ別の制服を採用した場合と比べて話題性がいまいちに終わる可能性が高い。

 

メリットがあって、デメリットがある。

 

この二つを慎重に選考した結果、我々は統一した制服を選ぶ事になった。

この程度なら予算的にギリギリいけるというのもデカかったが、やはり身内の間で競争できるほどの体力がないというなんとも悲しい理由が一番デカかった。

 

次に俺は、レース開催の曜日の変更と、夜間開催を提案した。

 

これは、中央と競争している土日の開催を(中央に真っ向から立ち向かって勝てるわけがないから)避け、代わりに平日に行うことで授業終わりの学生や仕事終わりの社会人を取り込もうという算段である。

体験入学やレース場、さらには街頭で配った膨大な量のアンケートを元に作った資料を元に、いかに平日開催と夜間開催に可能性があるかをこれでもかと力説する。

 

また、学生個人でレース場に行けるようにするため、公共交通機関であるバスの増発も要だとする。

 

平日と夜間開催は十分稼げる可能性があるが、いかんせん金と時間がかかるのがネックである。

夜間開催用の設備建築費用、周辺住民やバス会社、さらにはばんえいレースを管理する行政との交渉と、様々な壁が立ちはだかるので、なかなか苦難の道を歩むことであろう。

 

これはあくまでも一理事長の意見という扱いであるため、絶対に実行されるとは限らない。

この提案が受け入れられることを願うばかりである。

 

最後に、これからは地元に愛されるような組織を作ることが重要だと提案する。

 

これは文字通りすぎて逆に説明が難しいのでふんわりと説明すると、地元の住民や企業、そして行政に好意を持ってもらえるような組織にする事で、ヤバい時になったら団結して苦難に立ち向かおうという目論みである。

 

好かれるに越したことはないのである。

 

その後も会議は続いていき、「本当に成功できるのか?」という猜疑心は未だに晴れていないが、なんやかんやあって改革の風を吹かす事に成功したのであった。

 

これからは、より大規模な改革を実行することができるようになったのである。

もちろん、予算と格闘しながらの話だが……



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エセ理事長、入場者が増えて喜ぶ

「アツゥイ…!アツゥイ…!アツッ!!」

 

ガッチリと固めたスーツ姿で悶絶している男が一人いる。俺の事だ。

くそうっ!北海道の夏は本州と比べたらそれほど暑くないって言われているが、じめじめさを抜いただけで十分暑いじゃないか!

 

暑すぎてキチゲ発散寸前!そんな時のオトモはこいつだ!

 

「なに!?ダブルソーダッ?!」

 

「今日は暑いんでこれでも食べてスカッとしましょうよ!!」

 

汗が映える満面の笑みで、冷気を発するダブルソーダを差し出すのは、レース観戦でよく一緒になる土方のおっちゃんだ。

 

時は夏。少し前まで穏やかな気温で過ごしやすい日々を送っていたのに、いきなり暑くなり始めて意気消沈している真っ只中だ。

 

今日は土日で本来であれば定休日であると言う事と、いったん数字から離れて休みを満喫してリフレッシュしたら、何かイイ案が思い付くのではないか?という考えのもと、学園に隣接しているレース場にやって来た。

 

そんなときにまた出会ったのが、ここの常連である土方のおっちゃんだ。

 

歳を取れば取るほど友が減るとよく言われている世知辛い世の中、この歳(といっても精神年齢は辛うじて20代前半)になって友ができるだなんて人生は奇妙だなと思いつつ、俺はありがとうと感謝して、相手の善意を受け取る。

 

「ウマいウマい」

 

そう言いながらアイスを食べつつ、土方のおっちゃんが読む新聞をシレッと盗み見する。

 

(ホッカイドウシリーズ、土日開催から撤退……旭川トレセン学園の成功を受けて、加盟校の制服をいっぺんに更新……差別化は校章やネクタイで、か)

 

とデカデカと記載してあるため、流し読みしただけでもなんとなく頭の中に入ってくる。

 

アイスが溶けると手がベタベタになって後から色々と面倒なことになるのと、もうそろそろで始まる予定のばんえいレースの観戦に集中するため、歯と頭がキーンッ!となる覚悟で一気に食べる。

 

そして、腕時計で現在時刻を確認して出走まで残り何分かを計算しつつ、ふと周りの様子を見渡す。

 

「ソールズベリーさん、頑張って……!」

 

「ばんえいレースって初めて見るからどんな感じなんだろ~」

 

「メロンパフェおいしいですわ!パクパクですわ!」

 

去年と比べて考えられない程の数の観客が、寂れきった旭川レース場の観客席に活気を取り戻していた。

 

制服更新というこの時代ではかなり進歩的な改革に加えて、北海道でしか開催されていない"ばんえいレース"という潜在的な集客力の塊が巧い具合に話題の波に乗ったことで、旭川レース場に活気をもたらしていた。

とはいえ、そんなごった返す程ではなく、まだまだ空間が目立つ程度にだが……

 

「……最近、人が増えましたな」

 

「確かに、そうですなぁ。ここの魅力がようやく広まったような気がして、かなり前から応援していた身としては嬉しいもんですよ」

 

推し活の鑑かッ!心の中で俺は最敬礼をする。

 

とまぁそんな事はさておき、俺とおっちゃんは、見に来る人が増えて良かったと心なしか嬉しい気持ちになる。

 

ただ、ここで終わってはいけないのが、客ではなく経営者である俺の定めだ。

今のところその話題性から一時的な利益増に繋がっているが、確固たる基盤と矢継ぎ早に話題性を提供して活気に結びつける経営努力を常に心がけなければならない。

さもなくば来る終焉は……

 

綱渡りをしている現状、なかなか直視したくない未来だ。

 

「お!きたきたっ!始まりますよ!!」

 

「――!」

 

ボーッと黄昏ていた俺の手を、おっちゃんはポンポンと叩く。

それでハッと我に帰った俺は、身長が2mにもなる筋肉モリモリマッチョウマーンのばんえいウマ娘の方向を見る。

 

「――続きまして二番、ソールズベリー」

 

「前回の敗因はペース配分ミスとのことでしたので、今回のレースで反省を生かす事ができるかが胆ですね――」

 

淡々とした様子で読み上げるナレーションの声……

 

「うわ~!すっげ、あんなに筋肉!?」

 

「1tをソリで引くってまじ?そんなのウマ娘の私でも無理だよ~」

 

「わあ~!ソールズベリーさんだ!!頑張ってー!!」

 

いつもよりも活気がある観客の歓声……

 

そして、アップを始める走者のばんえいウマ娘たち……

 

全てが完璧に整っていた。

 

 

 

ガシャンッ!!

 

金属が擦れる乾いた音が響くと同時に、ソリにトレーナーを乗せたばんえいウマ娘達はゆったりとしたペースで一斉に飛び出す。

 

「「いけーッ!がんばれーッ!」」

 

それと同時に巻き起こる応援の大喝采、一瞬にして場の興奮は頂点に達する。

 

「ハッ!!アウッ!ウォォォッ!!」

 

「よし、よし!その調子だソールズベリー!無理に前に行く必要はない!ほら、あの時を思い出すんだ!」

 

肺の奥から吹き出る雄叫びと機関車の煙のような吐息と共に、冷静な指示を与えるトレーナーを背後に彼女らはたくましい歩みを一歩一歩確実に進める。

 

「おー、すごい……」

 

思わず口に漏らすほど、やはり何度見てもこの気迫に圧倒される。

そして何より、これがばんえいレースの醍醐味……"迫力"なのだと気づかされる。

 

「ノースイルソンが坂を乗り越えて最後の直線へ。二番手にソールズベリー、両者譲らぬ一騎打ちです!」

 

「「がんばれーッ!がんばれーッ!!」」

 

「ソールズベリーさんっ!!」

 

ここで二人のウマ娘が他と抜け出す形で最後の直線に突入し、歓声はより大きくなる。

ここまで来ると、あとは体力がモノ言う世界だ。

 

「並んだか!?おっとノースイルソン!ここで限界かっ!ずるずる下がる!すかさず駆け込むソールズベリー!」

 

「ソールズベリーさん!!」

 

「ゴールイン!ソールズベリーゴールイン!チャンスを掴めるまで踏ん張ったソールズベリーの勝利ッ!!」

 

「「おめでとう!おめでとう!」」

 

「やったぁ!ソールズベリーさんが勝ったんだ!!」

 

「くっ、賭けは俺の負けだぜよっちゃん……メロンパフェは俺の奢りだ。トホホ……」

 

なんだか元気がある子供がいるなとふと振り返ると、そこにいた子供はなんと体験入学でここへ訪れた小学生……いや、中学生だったのだ。

 

そうかそうか、まさかあの体験を通して推しができるとは……

つまり思い出戦略は成果を出していると言うことだろうか?

 

「……さて、レースが終わった事ですし、次はウイニングライブと行きましょうか」

 

「……そうしましょうか」

 

白熱した戦いの直後、熱が抜けた俺達観客は、ゾロゾロとウイニングライブ会場へ向かうのであった。

 

 

・・・

 

 

どこにでもいそうな中学生、よっちゃんはおそらく人生の岐路に立っていた。

なぜなら、目の前に心の底から応援しているお姉さんことソールズベリーがいるのである。

そしてなんと、二人きりというシチュエーションなのである。

 

「えへへ、私のこと覚えててくれたんだ……」

 

「は、はい」

 

事の発端は、よっちゃんの親友であるミノル君が、賭けに負けて一人で二つのパフェを買いに行った事から始まる。

マスメディアから注目の的にされたここ旭川レース場には、いつもよりも多くの入場者で賑わっていた。そのため、普段ならあまり起こらない列で渋滞ということが発生したのである。

 

購入責任はミノル君が果たすため、あとは適当に時間を潰すだけのよっちゃん少年は、適当にスタンド内をうろつく事にした。

 

その時たまたま、控え室へ移動していたソールズベリーと不意に遭遇したのである。

そのまま通りすぎるものかと思っていたその時、なんと彼女は彼の事を覚えていたのである。

 

汗ばんで疲れきった表情をピシリと直し、できる限り精一杯の笑顔と共に手を振ったのである。

 

「おっ、久しぶりですね」

 

丁寧語が砕ける程噛み噛みなよっちゃんの言葉が、全ての始まりであった……

 

 

 

本来であれば関係者以外立ち入り禁止なところを、関係者特権的な感じのモノで特別に通過したよっちゃんは、一生に一度もないチャンスをたった今掴んでいると薄々気づいていた。

 

控え室でデカいお姉さんとショタ(直球)二人、何も起こらないはずがな……いわけがあるわけない。

 

「私ね、あなたに感謝したかったんだ」

 

「え、感謝?」

 

よっちゃん青年は戸惑う。自分は彼女に対して何か感謝するような事をしただろうか?と……

 

「覚えてる?体験入学の時、私とあなたとでレースをしたわよね」

 

「そうですね。あのとき、それで勝ちましたけども……」

 

「そう、あのときの経験と、あなたの応援で今日勝てたのよ!」

 

「え!?」

 

よっちゃん青年は驚く。それはもう人生で経験したことがないほどに。

 

「私ね、ここ最近ずっと負け続きだったの。デビュー戦で勝ってからずっと、惜しいところで負け続けちゃったの……」

 

「そうだったんですか……」

 

過去を話すソールズベリーの目が曇っていくのが、よっちゃんにはわかった。

 

「でもね!あなたとレースしたあのとき、久々に完璧なレースができたの!」

 

「完璧な…レース?」

 

「そう!完璧なレース!ペース配分、テクニック……いろんなものが、あのとき完璧だったの!……だからね、トレーナーさんは言うのよ。「勝ちたかったら、あの日を思い出すんだ」ってね。……でもね、勝てた理由って、あの日の再現だけじゃないと思うの」

 

「じゃないって……?」

 

「あなたが応援してくれたからよ」

 

「――!!」

 

その時、よっちゃんの脳が破壊された。

だが、そんな事お構いなしに、というか気づかずにソールズベリーは今まで内に秘めていた想いを赤裸々に話す。

 

「あなたの応援、ずっと聞こえてた。あなたの声が、ずっと……!」

 

「―――ッ」

 

「だから踏ん張れて、チャンスを掴む事ができたのよ。――ッだからね、私はあなたに言いたいことがあるのッ!」

 

グスングスンと涙ぐむのを抑えて、ソールズベリーは全ての感情をさらけ出す。

 

「ありがとう!」

 

 

 

・・・

 

 

「おいよっちゃん、パフェ食わねぇのか?あと、なんか顔赤いぞ」

 

「い?いいいいやいやいやいや!別に!そんな事ないし!!ね?!」

 

「はーっ?はぁ……おかしいやつ……」

 

あれ、またあの中学生達じゃないか。おまけにパフェまで持ってる。

……見てるとだんだんうまそうに感じてきた。後で買って食べよう……というのはさておき、俺とおっちゃんは今、ウイニングライブ会場で二人揃って長椅子に座って待機している。

 

「ここに来ている人の大半は、ばんえいウマ娘のウイニングライブを見たことがないんじゃないですかね?」

 

「あー、確かに……」

 

おっちゃんがそう言ってくるので、俺は確かにと相づちを打つ。

ふと周りを見渡してみると、やはり普段よりも多くの客が、始まるのが今か今かと待機していた。

 

「どんな反応をするか、楽しみですな」

 

「絶対驚くぞ~^」

 

いい年したおっさん二人が唐突ににやけるという謎な光景なんて知らねぇよと言わんばかりに、ウイニングライブが始まる合図であるブザーが鳴る。

 

「皆さん!私たちを応援してくれて、ありがとうございます!」

 

そう話すのは今日一着をとったソールズベリーだ。

レース後の疲れがまだ残っているのであろう、顔がまだ赤い。

これから"アレ"をするのだから、これだけの激務をこなす彼女ら選手に敬意の念を送っていると、いよいよライブが始まる。

 

「それではいきます……ウイニングライブ、"ソーラン節"!」

 

彼女らの強さをこれでもかと強調する迫真の歌と躍り、それこそがソーラン節である。

 

三味線の軽快な音と共に、彼女らの舞いは始まるのである。

 

「「どっこいしょー!!どっこいしょ!!」」

 

「うぉ、やっぱり何度聞いててもすごっ、揺れが!」

 

ちょっとジャンプするだけでドスンドスンととんでもない衝撃が伝わってくるのだ。

この衝撃波に耐えれる者のみが、ばんえいウマ娘のウイニングライブを堪能できるのである。

 

「ちょ、よっちゃん溢れる!」

 

ドスン!ドスン!ドスン!

 

「うぉっ!」

 

こんな歳にもなって情けない声を出しながら、俺はウイニングライブを鑑賞するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「あのばんえいウマ娘、いいトモの作りだったな。それに、体力も一級品だ」

 

「幾度となく挫折を経験しても、その度に立ち上がった経歴……間違いない、彼女は"耐えられる精神"を持っているだろう」

 

「そうだな……あとは、"スカウト"の時を見定めるだけだな」

 

筋肉モリモリマッチョウーマンに忍び寄る、謎の厳ついスカウトマン……

果たして彼女らの将来はいかに?!

(※犯罪ではありません)



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エセ理事長、洋芝を開発する

凱旋門賞――それは、ウマ娘たちの悲願――

 

1969年にスピードシンボリが出走して以来、何度も挑戦しては打ち砕かれるを繰り返すこと幾星霜、我が国の競走馬及びウマ娘は勝利の門をくぐれずにいる。

 

エルコンドルパサーやオルフェーヴルなどといった名だたる名馬でもダメ……

その原因は、日本と海外の芝が根本から異なるからだと、一部の界隈では言われている。

 

そこを踏まえると、そういった日本の芝と海外の芝の違いを克服できるシステム(トレーニング方法や施設など)の需要があるのでは?と、ふと俺は思いつく。

 

その時、脳内に電流が走る。

 

――そういえば、札幌競馬場って確か洋芝だったよな?――

 

これは天啓ッ!!まさに、神から授かりし記憶ッ!!

 

……いい歳して中二病を発症する中年男性は置いておいて、ふとしたきっかけで思い出した前世の記憶を下敷きに、洋芝の実用化を考案する。

 

基本的に、地方レース場の主力はダートである。理由は、芝と比べてダートの方が維持費と整備がお財布的に楽ちんだからだ。というか、芝のコースの維持が難しすぎるのだ。

なので、財政的に厳しい地方は仕方なくダートを使わざるをえないのである。

 

対して中央の主力は芝だ。有り余るほどの財力があるからこそ、全国に何個もある芝のコースを維持できるのだ。倒れかけの学園を経営する身としては、その財力に恐れ慄くのみである。

 

そして、民衆のトレンドは中央だ。なので、必然的に芝のレース界隈に注目が向けられていることとなる。

 

世間は芝の話題に持ち切り、大してダートには目にくれず、風が無情にすっからかんの観客席を吹き抜けるのみ……普通の地方トレセン学園だったのなら、対抗することは難しい。

 

だがしかし!ここホッカイドウシリーズは、最強の切り札を持っているのである!!

 

ズバリ、ばんえいレースである!

 

普通のレースとは違う"ガチ"の魅力は、ここでしか見れないものだ。

この替えが効かない魅力こそが、中央に対抗できる唯一の手段である。

なので、主力であるダート路線を洗練しつつばんえいレースの魅力をガチ推ししたいところなのだが、いかんせん地方の一理事長にできる事は限られている。

なので、そこら辺りの改革を行うのは、もう少し後になりそうだ。

 

さて、話がそれてしまったので本題に戻そう。

 

日本のウマ娘が海外で勝てないのは、海外の芝に慣れていないから説を解決するため、海外の芝に近しい芝のコースを作るのだ。

 

海外そっくりの芝のコースを作れば、海外挑戦の為の本格的な練習ができるという最大の魅力と需要があるはずだ。

また、今のところ洋芝の試みは全国を調べてもまだなされていない試みなので、我々が開発成功できれば話題性を呼び込む事ができるだろう。

あと、ばんえいレースはここにしかないので確かに強力なカードではあるが、それだけではやがて、中央が財力にものを言わせて新しい魅力を開発した際に力不足になる可能性があるので、ばんえいと洋芝の真打ち二刀流でトレセン学園群雄割拠の時代を生き残ろうぜという算段だ。

 

つまり、芝・ダート・ばんえいと来て、隙がなければ自分で開けるの精神で、洋芝という新しいブランドを作るのである。

 

という訳でやってみよう!!

 

…と行きたいところなのだが、バッドコンディション人員と予算が不足がここで発動してしまう。

 

「専門の人がいねぇ!!」

 

今まで維持で精一杯……というかダート維持で充分だったので、ある意味攻撃カードとも言える研究機関がないのである。

 

ならホッカイドウシリーズ運営本部はどうかというと、これもまたないのである。

 

「くっそう……いざというときの"攻撃カード"が無いのかよう、トホホ……」

 

ないなら俺がワンマンで、何て事もできなくもないが一から芝の勉強をしなくてはならないので、現実的に考えてムリゲーな手段だ。

 

中央だとかから人材を引き抜くという手段もあることにはあるが、そういう人たちは高給取りなので、比較して低給なこちらへ来る理由がないのである。

 

となると取れる手段は、素直に諦めるか、それとも他所に依頼するしかない。

 

今、目の前にデカいダイヤモンドの原石がある。

磨いて売れば、大金になるのである。

だが、我々にはそれを磨く技術がない。

磨く技術がないので、先を越されるかもしれないが磨く技術を得るまで温存しておくか?

それとも、利益が減ってでも技術を持っている人に依頼するか?

というアフリカの発展途上国のような二択を天秤に乗せて悩みに悩んだ末、学園の重鎮やシリーズ本部とも会議して相談した結果、他所に依頼することとなった。

 

ちなみに、研究費用がシリーズ本部から出たという事を今のうちに述べておく。

 

 

・・・

 

 

「お会いできて大変嬉しいです。シンボリ家当主様……」

「私も会えて光栄ですよ―――理事長さん―――」

 

洋芝開発の手助けを得る為に様々な団体や組織、そして"家"と交渉することとなった。

 

そのうちの一つが、シンボリ家である。

 

俺は今、とてつもなく緊張している。

なんせシンボリ家は、最強の三冠ウマ娘とも名高いシンボリルドルフを輩出した他、シリウスシンボリやシンボリクリスエスなどといった歴史に名を残す名ウマ娘を輩出してきた超名門家なのである。

 

日本を、そして世界のウマ娘界隈を動かす立場にあるシンボリ家当主を前にして、俺は固唾を飲んで交渉に挑むのである。

 

そんな俺とは対照的に、当主は余裕綽々といった感じだ。

 

「まぁ―――そう固くならずに―――。今日は芝についてお話しするだけなのですからね―――。イージーですよ、イージー―――」

 

そう言って軽く笑う当主。

だが、笑っているようで、その目は笑っていない。

 

この人は本当に強い。

まるで、猛獣と対峙しているかのような威圧感を感じる。

だが、それでもやるしかない。

俺はこの道を選んだのだ。

なので、勇気を振り絞って話を切り出す。

 

それから時間が流れて、迫真の議論()の末の結果がこうだ。

 

「―――検討します」

 

ちきしょーーッ!遣唐使ならぬ検討師かよーーッ!

 

……まぁ、大金が動く話だから、後でゆっくり考える必要があるのだろう。

その必要性は理解している。

ただ、どうにも決め手にかけているような雰囲気なのだ。

「前向きに」とのことだが、このまま帰ると考えが変わってしまうかもしれない。

だから、俺は最後に特大の爆弾を爆発させる事にした。

 

「……ちなみに、タニノ家やアグネス家とも交渉を進めています」

 

「―――ッ!?」

 

そう、前述したように、俺はこのプロジェクトを成功させるため、様々な団体や組織、そして家の中で一番良さそうな条件の所と手を組む予定なのである。

まぁ、競売的なものをイメージしてもらえれば一番分かりやすいだろうか。

 

「なるほど――――タニノ家にアグネス家ですか――――」

 

他の家の名前を出した瞬間、シンボリ家当主の目に闘志の炎が宿る。

ライバルと手を組もうとしている事がよっぽど嫌なのだろう。

 

「――――即決とはいきませんがね――――しっかりと――――前向きに検討しますよ――――」

 

 

・・・

 

 

それから数週間後、シンボリ家当主から「一緒に洋芝開発しようぜ」という連絡が来た。

海外遠征に理解があることと、当主がやや感情的な人格なのが味方したのであろう。

その報に、俺は胸を撫で下ろして安堵する。

 

また、他の交渉相手に流れる事を危惧したためか、研究資金をこちらが提示した条件よりもかなり良い数値で、共同研究計画を結ぶ事となった。

その代わりと言ってもなんだが、洋芝の研究にシンボリ家が関わった事を強調するように、という条件が追加されたのだが……結構な割合で出資している上、研究機関は向こうのものなので、その程度の条件なら安いもんだ。

 

という感じで、洋芝の研究と開発を始める事となった。

洋芝のコースは、既に普通の芝ノウハウがある札幌や函館のレース場に作られる事になるだろう。

もっとも、それは数年も先の話だが……



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エセ理事長、教育の改革をする

「こっから出てくるのはなんだぁ!?接点T!!(a,b)を通るように引いたときのぉ↑!!接点T!!だからぁ!!この点とこの点とこの点が出るわけだぁ!!この点は出ねえよぉぉ!」

 

「おー、元気にやってるな……」

 

シンボリ家と共同開発協定(ほぼ委任)を結んでから間もなく、ホッカイドウシリーズ運営と俺は、洋芝のコースをどこに作るかということと、それにともなってレースの編成の変更を念入りに選定すること数ヶ月、歳を取れば取るほど時間の経過が早くなるようで、いつの間にか紅葉が風に乗ってひらひらと舞う季節になっていた。

 

徒然なるままに廊下を歩いてみると、右からも左からも、生徒に学びを教える先生の威勢の良い声が耳に入ってくる。

 

「懐かしいなぁ、あんのときは寝落ちしかけながら受けてたっけな」

 

給食を食った後の授業は高確率で眠くなるという経験を幾度も遭遇した身としては、寝落ちしないで頑張れ!と、黙々と授業を受ける生徒達に対して心の中で励ましの言葉を送り、その場を去る。

 

 

 

さて、気分転換の散歩がてらに授業の光景を見て回ってきたのち、いつもの理事長室に戻ってきたところで仕事モードに切り替えなければならない。

 

洋芝研究と同時平行するように、俺はとある改革を行おうとしていた。

 

それはズバリ、"教育改革"である!

 

制服という外観の魅力で他所と差別化することで、ここへ来る魅力と理由を作り出した今、次に必要とされるのは教育という中身に付加価値を付ける事だと判断したのである。

 

と言っても、今回の改革は制服の変更のような話題集めを主軸としたものではなく、どちらかと言えば生徒の学校生活と将来に主軸を向けた内容とする予定だ。

 

そもそも我が校は、中央と比べて格に劣る地位にある。

例えば、中央卒というだけで大手に行くことも夢ではないが、対して地方卒の肩書きはいまいちパンチに欠け、そこらの高卒と同程度に扱われてしまうという苦々しい現状がある。

 

我々含め地方は、当てられる予算や入ってくる生徒の学力が文武両道の超難関である中央と比べて一段も二段も違うため、卒業後の進路に苦しむ場合が多いのである。

 

また、「中央は名門」「地方は落ちこぼれ」という偏見が存在するのがなかなかデカい。

まぁ、実際その通りなので言い返せないのが辛いところだ……。

 

就職に苦労すると長々と説明してきたが、幸いにも彼女らはウマ娘なので、主に肉体労働の方面からスカウトが来る。

だが、全員が全員なりたい訳ではない。

また、肉体労働は肉体労働でも、よからぬ意味での方面からもスカウトが来ることがあり、これは中央でも問題になっている事だ。

 

と言うような事情で、在学中の生徒やこれから入ろうと考えている学生とその親は、"卒業後の進路"に不安感を拭いきれていないのである。

特に、これから入る生徒と親にとって、卒業後の進路が安泰という訳でもないのにわざわざ絶妙に高い学費を払ってまで、絶対に成功するとは限らないレースの世界に入る勇気がないというのが現状だ。

 

そのような"不安感"が、学園の経営状態の健全化を阻む最大の障壁なのだ。

 

そして、その不安感を取り除く事こそが、旭川トレセン学園改めホッカイドウシリーズ加盟校が生き残る策であり、改革に協力してくれた生徒達に対する最大級の恩返しであると俺は考えている。

 

その為に、俺は教育関連の専門家や、学園の重鎮や教員とも大々的に相談を繰り返して、以下の三つを主軸とした改革の策を練る事になった。

 

・指定校推薦枠を作る

・就職ルートの確立

・資格取得を援助

 

第一に指定校推薦枠は、文字通りの意味を持つ。

要するに、進学したいと考える生徒を後押しするための目標だ。

もちろん、無条件で推薦を受けれるのではなく、成績優秀かつ人格的に問題の無い生徒が対象となっている。

これによって進学しやすくなるので、進学希望の生徒にとってはかなり嬉しい話となるだろう。

 

第二に就職ルートの確立は、不況になっても確実に就職できるようにしようという目論見だ。

これは、バブル景気が崩壊してとんでもない不景気になることで、後に氷河期世代と呼ばれる就職難に陥るのを回避するための策である。

 

第三に資格取得を援助する訳は、上記の策を後押しする為に定めた策だ。

英検なり危険物なり、資格を持つことで就職の幅が広がるし、転職にも役立つ筈だ。

また、学歴に対抗できる唯一の手段が資格であると俺は考えている。

なので、資格取得の援助の為に受験費の半分を学園が払うと今のところ定めている。

 

また、この中には乗っていないが、悪質マルチ商法やカルト宗教の勧誘などといった魔の誘いに対する対策方法の講義も行う予定だ。

 

という訳で、上記の三つの大目標を元に教育方針を再構築するとともに、俺はこれからも改革に奔走するのであった。



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エセ理事長、教育に春をもたらす

な ま ら 寒 い

 

という訳で、季節は冬になった。

外を見渡す限り、太陽の反射で目がチカチカと痛むぐらい一面雪景色の今日この頃、雪に覆われる田畑と山の景色を眺めて、さすが北海道といった感想がポッと出てくる。

スーパーカムイならぬスーパーサムイな温度のせいで、外に出るたび室内と外の温度差に震えるばかりであり、俺は外の寒さに嘆く。

 

「くそっ!寒くて力がでないっ!」

 

と言ってバタコさんが来るほど世の中は甘くないし暖かくない。ついでに金もない。

仕事のためなのだ、しかたないのだ(ウインディ並みの感想)と自分に言い聞かせて、酷寒を耐え凌ぐ。

 

そんな事はさておき、高卒率の高さとその後の就職率の割合、そして新社会人において必要とされる諸々の事を踏まえた結果、やっぱり中央に勝てるわけがないので大人しく高卒後に就職を前提とした教育方針を固める事と、その為に必要とされる教育を念入りに選定することになった。

 

まず、校長曰く商業高校がわりと参考になるよとのアドバイスを貰ったので、市の教育委員会を通して視察なり資料なりなんなりしてデータを集めてノウハウを積む。

 

そして、高校を卒業した後に就職した職種やその職種で必要とされる資格、又は持っておくと有利な資格を集めたデータを元に、どこに行っても通じる汎用性が高い資格を教育過程に組み込む。

 

危険物や商業薄記などといった特定の資格に特化することも視野に入れていたが、いかんせん割くことができる時間や予算、資格を持ってるだけでほぼ活用機会のない業種に就職する可能性を踏まえると、汎用性が高い……例えば英検や漢検など、とりあえずどこに行っても通じる資格を優先した方が良いと判断したのである。

 

また、前述した2つの資格のような教育過程に含まれなかった(というか泣く泣く外さざるをえなかった)資格も、取りたい気持ちがあるのなら喜んで後押しする構想は、前々から変わっていない。

 

「よいしょーッと!!あー腰がキツいったらありゃしねぇ……」

 

資格の参考書諸々が入ってなまら重い段ボール箱を、図書室の一角に運ぶ。

そして、新しく設置した棚に一冊づつ入れていく。

 

「うし、これで図書室は終わりだ。で、次は教室かぁ……」

 

という感じに、汎用的でオーソドックスな資格から、専門的でマイナーな資格まで、仕事で役に立つ資格を揃えた参考書等の書物を、図書室や教室、そして寮に設置しておく。

貸し出し可能な参考書を配備する事で、わざわざ生徒自身でお金を出して買わなくても、借りる事で出費を抑えて資格の勉強をすることができるようにするという目論見である。

それと、実際に手に取らなくても、興味を持ってもらうだけでも充分効果があるはずだ。

ちなみに、これら参考書は全て自費である。出費が洒落にならないっピ!(ヤケクソ)

 

これで終わり!閉廷!……とはいかないのが、未来知識を組み込んだ教育改革である。

 

資格以外にも、嘗めてかかったら痛い目を見るランキング堂々の一位である"税"に関する授業を、高校生に当たる高等部に向けて大々的に実施する予定だ。

例えば、年末調整の書き方がそれに当たる。

また、税の計算方法を早い時期から体幹に刷り込むべく、例えば「Aさんは所得300万円のトレーナーです。ですが、ある日競艇で3800万円を的中させました。このときに発生する税金はいくらになるでしょうか?」的な問題を、テストに載せるのである。

 

税の他にも、社会に出たらうまいことこなさなければならない事がたくさんある。

例えば、人との付き合いがそれに当たるだろう。

社会におけるマナーや、異性との付き合い方、契約の重要性や危ない勧誘に対する対策方法など、学園の重鎮や職員、そして生徒会というそれぞれの"現場"を交えた会議で練りに練られた案を、教育過程に組み込む事になった。

 

さらに、昭和の時代においてかなり急進的な改革計画も、来年度から実施する予定である。

それはずばり、[規則緩和][いじめの根絶][体罰廃止]の三つである。

 

話が逸れるが、"僕らの七日間戦争"という作品はご存知だろうか?

内容を大雑把に表すと、―子供である主人公らを抑圧する大人達に反抗する―という話である。

この作品が公開されたとき、親や学校からの圧政に苦しむ子供らを中心に大きな反響を及ぼして、現在に至るまで語り継がれる有名な作品である事は、周知の事実だろう。

 

いったいなぜ、当時の子供たちにそれほど影響を及ぼしたのか?

ずばり、自由にあこがれていたからなのではないか?と、俺は考察する。

 

親の熾烈な躾、甘えだと切り捨てられるいじめ、過剰な体罰、パワハラ……すべてがこうであったわけではないが、今と比べてゆとり教育以前の子供の環境と言うものは、かなり厳しいものだったと考えるまでもない。

 

だからこそ、規則緩和にいじめの根絶、そして体罰廃止という自由化の改革は、とてつもない魅力と話題性に繋がるはずであり、ありとあらゆる形の暴力に苦しむ生徒や職員に対する救済と恩返しになると俺は考えたのだ。

 

国がゆとり政策を推し進める以前に、ましてや昭和という良くも悪くもパワーイズジャスティスな時代で、このような自由化の改革は、反対派にとって恐ろしく甘ったるいものに見えるだろう。

 

『教えはどうした!教えは!』

 

とでも声を高らかにして、さも当然のように口を出してくるだろう。

 

だがしかし!中身未来人の俺が学園のトップな時点で、反対派は詰みだ!

汚い話になるが、このまま権力と民意にものを言わせて教育改革を断行するのである。

 

 

 

 

 

1987年より実行に移された旭川トレセン型改革は、実行当初世間から冷たい目線で見られていた。

 

『子供が怠けては、将来社会が回らなくなる』

 

という、新聞に寄せられたフレーズが有名だろう。

 

だがしかし、世間がどれだけ冷たくしても、理事長の熱い信念を冷やすことはできなかった。

そうすること数年、旭川トレセン学園の改革は着実に実を結び、北海道で屈指の人気校になったのである。

 

そして、旭川トレセン学園の教育改革を皮切りに全国的に巻き起こった教育改革のブームは

後に[教育の春]と呼ばれることとなる。

 

―2022年、理事長亡き後に放映されたドキュメンタリー番組のフレーズより引用―



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エセ理事長、推しに会う

=学園の状況=1987

・能ある獅子は牙を隠す

異国の地で選手生命を絶たれたシンボリルドルフは、競争の世界から退き、生徒会の仕事に専念することになった。

今のところ脅威ではないが、本来あるべき地位に立ったとき、我々に牙を向けるだろう。

獅子はまだ眠っている。わざわざ起こす必要はない。

 

・教育の春

古きを破壊し、新しきを創造した制服と教育の改革は、全国的に注目を集める事となった。

迷える仔ウマ娘達に導きの手を差し伸べるには、充分だろう。

話題性が大幅に増加する

経済力が大幅に増加する

やる気が大幅に増加する

※陳腐化するまで効果は続く

 

・まさかのV字回復を果たした経営状態

小さな改革は着実に実を結び、予想以上の成果を収めた。

我々が思っている以上に周囲に影響を及ぼしており、これは未来世代のウマ娘の進路、ひいては日本ウマ娘史に絶大な影響を与えている。その事に我々は気づいていないのだが……

それでもなお、依然として適切に策を立て続けなければ、また傾くだろう

運で手に入れたものを維持するには、実力が必要だ

 

・改革に適応するホッカイドウシリーズの枠組み

北海道を基盤とした各地開催レースは、一定の成果を生んでいる。

だが、学園間の緩い均衡は、急進的な改革により崩れようとしている。

話題性が増加する

経済力が増加する

ハイリスク・ハイリターンにも程がある

 

・希望、信頼、協力

今代の理事長は、改革に意欲的なようだ

もっとも、成功するかどうかは置いておいての話だが……

話題性が少しずつ増加する

経済力が少しずつ増加する

やる気が少しずつ増加する

 

・不穏な好景気

おかしい……なにかがおかしい……

こんなお金まみれの世の中は、普通じゃあり得ない筈だ

まるで、泡のような夢を見ているようだ

 


 

 

「金運upオナシャス!」

 

と初詣で祈ってから時が経つこと数ヶ月、世間では国鉄分割民営化、消費税の前身にあたる売上税の導入改革で猛反発が巻き起こったりと、「歴史の転換点に立ってんな……」と身をもって実感する出来事が起きていた。

 

そんな激動の時代に、また春がやってきた。

春と言えば桜だったりと、草花が咲き始める季節だと想像されやすいが、北海道の場合そのような芽生えはもう少し遅れてやってくる。

 

しかし、現代の人の動きというものは、世知辛いことにそのような自然の動きと同調して動けるほど暇ではないのが現実だ。

 

今年もまた、例年通りに入学式が行われた。

ただ一つ違うとすれば、例年と比べて“活気”があるということだろう。

それだけは断言できる。

 

制服更新を筆頭とした改革の効果はまだまだ先細っていないようで、前年と比べて受験者数がほんのちょっぴり増加した。

もうちょっとブースト効果が爆発すんじゃねぇのかなと、正直楽観的に思っていた。

だが、実際の数値は思うほど伸びなかったのである。

 

その原因はずばり、ホッカイドウシリーズに加盟している学校すべてが制服を更新したことによって、制服の魅力がわが校だけのものではなくなったことで、進路の選択肢が分散してしまった事が一番の原因だろう。

 

……この結果こそが本来望まれていたはずなのだが、なんだかもどかしいものだ。

まぁ、二年前の自分に言ったら呆れられるぐらい贅沢な悩み事だし、そもそも加盟校全体での制服更新を提案したのは俺なので、これ以上泣き言は言わないようにしておく。

 

確かに思うように数は伸びなかったが、加盟校全体で見てみれば、ここ二年で受験者と入学者は爆増しているし、何より同じ型を大量発注したことによって、費用がちょっと下がるという金銭的省エネ効果を受けることができたので、結果オーライといったところだろう。

 

さて、そんな俺は今、学園に隣接しているレース場のレースを久々に観戦している。

 

「まさかここの工事に携わることができるなんて、夢にも思いませんでしたよ――」

 

「よかったですねぇ――」

 

久々に出会った土方のおっちゃんは、嬉しさを隠し切れない様子で、パドックを俺と一緒に眺める。

 

夜間開催設備を建築する会社をどれにするかという話が持ち上がった時、俺は真っ先におっちゃんが務めている会社を運営本部に推した。

結果、いろいろあっておっちゃんが務めている会社が工事を請け負うことになったのである。

まぁ早い話、コネだ。

 

さて、ホッカイドウシリーズが休日開催から撤退して、平日へ移行したことを契機に、さらなる客層増幅を狙って計画された夜間開催……またの名をナイターレースの実施に向けて、いよいよ最終段階に入ったのである。

 

ホッカイドウシリーズ内初のナイター開催の地に選ばれたのが、大変喜ばしいことに、ここ旭川トレセン学園もとい旭川レース場なのだ。

 

で、当の俺が言うのもなんだが、北海道随一の都市である札幌にある札幌レース場でやるべきだったのではないか?と、俺はツッコむ。

だが、あそこは周りが住宅街なので、近隣の住民を納得させるのが厳しかったから、札幌ではなくあえてここにしたのでは?と思う。

 

確かにここなら、周りはほぼ田んぼで交渉の手間が段違いに簡単だし、おまけに旭川という北海道第二の都市と近いという条件が揃っている。

デメリットがまさかメリットになろうとは思ってもいなかった今日この頃、ここの周りは比喩的にも物理的にも閑散しているというメリットはまだまだ使えそうだなと、俺はにやりと目論む。

 

「パドックでどの子が勝てそうとかわかるもんですか?」

 

「なんとなく、雰囲気が……パシッ!と引き締まってたら、印を付けるようにはしてますね」

 

「要するに何となく……」

 

「う~んそうです……解説とかあれば判断材料になってもうちょっと楽になるんですけど……」

 

パドックで解説かぁなるほど……案外侮れない意見かもしれないなと考えつつ、駄弁りながら予想すること数分、何やら周りがいつもより騒がしいことに気が付く。

 

活気があることはいいことだ、と嬉しく思っていたのだが、どうやら毛色が不穏なもののようだった。

 

「う、うぁぁぁ!ル…ルドルフが地方レース場を練り歩いてる!」

 

えッ――――!?!?

 

「おいおいまじかよ!しかもルドルフだけじゃねぇ!中央の生徒会の面々もおる!」

 

えッ――――!?!?練り歩くが誤用じゃなi…

 

って、そんな誤用警察ムーヴをしているような場合じゃない!

大至急事態の対応に急ぐのである。

 

「うわー!サイン貰っていいですか!?」

 

「ツーショット取りたいです!」

 

「握手お願いしまーす!」

 

普段なら絶対にできないであろう群衆の囲いが発生しており、俺はその中を、おっちゃんと一緒に割って中に入る。

 

「私たちはあくまでもプライベート的に訪れたのであって、あまりそのような――あ」

 

「えッ――」

 

群衆の中から抜き出た瞬間、騒ぎの中心にいた本物のシンボリルドルフに俺は目を奪われた。

 

ラジオで声を聴き、テレビでその勇姿を眺めていた転生してからの幾星霜、ついに報われた!というような謎の幸福感が心の中に生まれた。

前世では画面越しに、ゆえに絶対に会うことができないはずのシンボリルドルフが、今俺の、それも1,2、メートルほど前に存在しているではないか。

 

 

これがウマ娘のシンボリルドルフ、間違いなく、生きている……!

 

 

俺は固唾を飲んで、ただ黙り込んでその場にたたずむ以外に、何の要求をすることもなく、何もしないでじっと眺めていた。本当に、嬉しいんだかよくわからない、複雑な気持ちだった。

 

――はっと我に返る。それと同時に、自分がしなければならないことを理解する。

 

「みなさーん!あまり邪魔にならないように!節度を持って!」

 

この場においては、俺はただのレース大好きおじさんだ。それも、加齢臭が漂うような男である。

なら、一般人なら一般人なりに、仕事を果たすまでだ。

なんとなく察したおっちゃんとともに、俺は誘導作業に徹するのであった。



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カイチョー、テイク・イット・イージー

=学園の状況=

中央の意地

1860年に横浜居留地競が行われた事を皮切りに、我が国のウマ娘レース産業は、幾度もの苦難にめげず、走者と夢と共に前進してきた。

未だに欧州をはじめとしたレース先進国には遠く及ばないが、先祖がやってきたように、血なまぐさい努力を続ければ、いずれ追いつくことができるだろう。

だが私は思う。前だけを見ていたら、足元が疎かになる。

話題性が大幅に増加する

経済力が大幅に増加する

やる気が大幅に増加する

エースウマ娘出現率がUP

 

中央の格

「中央はエリート集団」「地方は落ちこぼれ」誰かが言い始めたその言葉こそ、まさに我々がどれほど崇高な集団であるかを表すのに、これ以上ない言葉であろう。

実際、日本のウマ娘は中央に入ることを強く望んでいるし、地方に入ったり都落ちすることは恥だと考えているのが現在の風潮だ。

当分、この考えが変わることはないだろう。もし変わるとしたら、中央が落ちぶれて、地方が躍進するときぐらいだろう。

まぁ、到底ありえないだろうが……

話題性が大幅に増加する

経済力が大幅に増加する

やる気が大幅に増加する

エースウマ娘出現率がUP

 

中央の国際的承認

我らURAは、国際的に認められた組織である。

話題性が大幅に増加する

経済力が大幅に増加する

やる気が大幅に増加する

エースウマ娘出現率がUP

 

みんなの憧れ

誰もがレースに出たいと思っているし、誰もが栄光を掴みたいと思っている。

トゥインクルシリーズは永年民衆の憧れであり、希望である。

話題性が大幅に増加する

経済力が大幅に増加する

やる気が大幅に増加する

エースウマ娘出現率がUP

 

北より出でる旭日

ここ最近、奇妙なことに北海道のとある地方トレセン学園が話題になっている。

地方に頭を下げる事なんぞ言語道断であるが、そのような偏見と差別の色眼鏡を外した時、学べるものが見えるだろう。

日が二つ。天は一つ。

話題性が少し低下する

経済力が少し低下する

エースウマ娘出現率が少しDOWN

※手を打たない限り、デバフ効果が徐々に上乗せされていく

 

格好の天下り先

上層部の大半は、大手企業の元重鎮や元高級官僚だったりと、本来の専門職ではないものが大半である。土台ではなく、屋根から腐って崩壊するのが現実だ。

経済力が少し増加する

やる気が大幅に低下する

※手を打たない限り、デバフ効果が徐々に上乗せされていく

 


 

シンボリルドルフは、今まで経験したことのない困難の壁に阻まれていた。

 

「おかえり」

 

「ただいま」

 

珍しく生徒会室で生徒会の仕事をしていたミスターシービーは、本部に直談判しに行った帰りのルドルフに対してニカッと笑って出迎える。

 

それに対してルドルフは、いつものように、自然なそぶりで「ただいま」と言った。

筈であった。

 

良き理解者であり、良き親友であるシービーは、ルドルフの"ちょっとした変化"を見逃さなかった。

 

肺と心の内に溜めていた苦難を含んだ空気をフゥと吐きつつ会長椅子に座るなり、律儀に揃えて置いてあったシャープペンシルを右手で一本手に取り、左手で生徒会主催のイベントに関する書類を取るなり、黙々と仕事を始める。

 

黙々と、ただひたすら、カリカリカリとペン先のなぞる音が生徒会室にこだまするのみであった。

 

そんな堅苦しくて重い雰囲気の中、シービーが話を切り出した。

 

「……そのテンションだと、またダメだったのかな?」

 

ルドルフの耳がぴくっと動いて、反応する。それと同時に、ペンのなぞる音がやむ。

空気がピリピリとしだす。

 

「……あぁ、ダメだったよ」

 

誰がこれを予想できただろうか?シービーだけなのか?

大衆の面前では決して感情を露わにせず、皇帝の二つ名のままに凛とした態度で、そして一貫した態度で他人と接するあのルドルフが、悲しげな顔をしているではないか。

 

燃え尽きたといわんばかりの顔をするルドルフは、さらに話を続けた。

 

「――ぬぁあぁぁぁん!もう!ルナもう泣いちゃうもん!!」

 

「あ~よしよしルナちゃん、ルナは頑張り屋さんだからね~、よ~しよしよしよし……」

 

吹っ切れたルドルフ、まさかの幼児退行。

いったい誰が、これを予想できただろうか()

 

「みんな期待してくれてるんだよ、ルナが制服を新しくしてくれるって!でも、でも!それがなかなかうまくいかなくてさぁ……ルナ、みんなの期待を裏切っちゃうんじゃないかなって……」

 

「しょうがないよルドルフ、世の中うまくいかないことのほうがたくさんあるからね、しょうがないしょうがない、よしよし……」

 

為せば成る、何事もな人生を送ってきたルドルフにとって、公約に掲げていた制服の更新が滞っていることが、今までにない形の挫折であった。

全ウマ娘の幸福を願うという自分の理念と、生徒の民意というプレッシャーが、新たな敵を前にして弱っているルドルフの首を絞めていたのである。

 

「あぁぁ、もうどうすればいいんだと……」

 

「う~んどうすればいいんだろうね~、よしよし……」

 

「テイク・イット・イージーだぜ、ルドルフ」

 

「岡〇君。」

 

その時、突如ルドルフのトレーナーが現れる。

トレーナーを前にしてルナモードから皇帝モードへ移行するルドルフを前に、たまたま生徒会室前を通りすぎようとしたときに話が聞こえてきて、担当の愛が重すぎるがゆえについつい話を盗み聞きしていたら担当の意外な一面を知れてしまってちょっと複雑だけども理解を深めることができてよかったと思っている〇部。トレーナーは、担当のためならばとアドバイスをする。

 

「仕事だけど、気楽に行こうぜ。クリス(マッキャロン)じゃないけど、テイク・イット・イージーだぜ。」

 

「岡〇君。」

 

(要するに旅行にでも行って、気分をリフレッシュしようぜってことね)

 

 

 

 

 

 

 

かくいうわけでルドルフは、担当トレーナーからのアドバイスで、疲労というガスを抜くため実家へ帰るついでに北海道を旅行することになったのである。

いわば、ふるさと旅行といったところであろうか。

 

ちなみに、生徒会の諸々の仕事は、カツラギエースやギャロップダイナといった残りの生徒会の面々が代わりにすることになっている。

 

(わたしがいなくても大丈夫だろうか……)

 

自分がいなくてもうまくやれているのかどうか、仕事人のルドルフは不安になる。

と同時に、そのような心配は本末転倒であるとルドルフは我に返る。

 

シービーをはじめとした生徒会の面々、そして後輩や同期から、「ゆっくりしていってね!」と背中を押されて今に至るというのに、こんな時にも仕事のことが忘れられないというのはまさに本末転倒であるし、むしろシービーたちの想いに反することではないかと考え直したのである。

 

それに、曲がりなりにもシービーは一年だけではあるが生徒会会長を務めたノウハウがあって頼りになるはずだし、カツラギエースやギャロップダイナなどの優秀で真面目に仕事をこなす生徒会の面々がいるから、少しの間自分がいなくたって大丈夫なはずだと、自分を勇気づけると共に仲間を信頼する考えを改める。

 

「―――どうしたんだいルナ、ちょっと浮かない顔をしているようだが―――」

 

「いや、何でもないよ……ただねお父さん、決心がついたんだ」

 

「―――そうか―――お父さん不器用だけど応援してるからな、だから、頑張っておくれ――

 テイク・イット・イージー―――」

 

「うん、テイク・イット・イージー……!」

 

屋敷の玄関にて、二人は親指を立ててグータッチをする。

そして、上靴を履いたルドルフは、玄関の戸を開ける前に敬礼をしてみせた。

それに対して父であるシンボリ家当主は、ピシッと敬礼をする。

それから特に語ることもなく、父は去り行く愛娘の背中を、閉まる扉で見えなくなるその瞬間まで、敬礼をしながら見届けるのみであった。

 

 

 

 

 

 

 

「やぁルドルフ、実家でしっかり休めたかい?」

 

「シービー、それにみんな……どうしてここにいるんだい?私には理解できない、説明してくれ」

 

まぁ、なんということでしょう(絶望)。本来であれば学園で仕事をしているはずの生徒会の面々が、旅行用の装備を持って実家の門の前にいるではありませんか。

 

ビフォーアフター怒りのナレーションでも飛んできそうな目の前の光景に、ルドルフの肝が冷える。

 

胸を張って任せられると思っていたのが間違いだったのかもしれないと、ルドルフは頭の中で前言撤回する。

 

「仕事は……?」

 

「全部終わらせたよ!」

 

「え?!」

 

ルドルフは前言撤回を前言撤回する。やっぱりやるときはすごいじゃないか。

 

「い、いやでも、明らかにみんな「今から旅行します」とでも言いたさげなカバンに服装をしているけd――」

 

「うん、するよ」

 

「え?」

 

「ルドルフと」

 

「え……!?」

 

「ルドルフと!」

 

「えッ―――!?」

 

大事なことなので二回言いました(すっとぼけ)

さすがのルドルフとは言えど、目の前の想定外の事態を理解し、なぜそうなったのかを思案するまでに時間がかかる。

 

「うーん、なんとなくわかってきたぞ……つまりこうだ、旅行に行く前に、私が「ルナちゃん一人だと寂しいよん」と言った事が発端なのだろう?違うか?」

 

「うん!その通り!(満面の笑み)だから、アタシたちめっちゃ急いで、それこそダービーの時の追い込み並みに追い込んで、仕事を全部終わらせたの」

 

「全部?」

 

「そう、全部!」

 

「!?!?」

 

まさかの大活躍に、ルドルフは言葉を失う。

それと同時に、もっと信じればよかったという罪悪感と後悔の念と、友の悩みに文字通り総出で駆けつけてくれる優しさに感銘を受ける気持ちがごちゃ混ぜになる。

 

「皇帝サマよ~、"全ウマ娘の幸福"のためとはいえよ、何も一人で溜め込むもんじゃないぜ……オレたちがいるってのを、忘れてもらっちゃぁ困る」

 

「そうよ!私たちに任せなさい!」

 

「エース先輩、ギャロップ先輩……」

 

かつての敵である先輩二人も、シービーに続く。

 

「……ありがとう……ありがとうございます」

 

「も~どうしたのさ!いきなり思い出したように敬語使っちゃってさ。そう畏まらないで、ほら!行こう!試される大地に!」

 

 

 

 

 

 

かくいうわけで、ルドルフは生徒会の一部のメンバーとともに、六泊七日で北海道各地を巡る慰安旅行に行くこととなった。

 

ルスツや函館、札幌などといった一連の旅で、着実に楽しい思い出と経験を蓄積していった。

ところが、最後を締めくくる旭川にて、事件は起きた。

 

「あれルドルフじゃないの……?」

 

最近何かと話題になっている旭川トレセン学園の隣にある旭川レース場にて、ばんえいレースを見に来たルドルフら一行に、聞き捨てならない言葉が耳に入る。

 

そう、変装すり抜けバグである。

 

ルドルフらとしては、世界的に有名なスターである以上、変装にかなり気を使ったつもりであった。

 

だが、ルドルフらの完璧な変装を見抜いた通りすがりの客は、只者ではなかった。

なんと、髪色の配置に耳飾り、さらには歩調まで注視した末にひねり出した結論だったのである。

 

「ルドルフ……?」

 

「はは、そんなばなな……」

 

たった一つの呟きが広がるスピードはなかなか恐ろしく、ものの数十秒ほどで周りの関心がそちらへ向けられたのである。

 

「うわー!サイン貰っていいですか!?」

 

「ツーショット取りたいです!」

 

「握手お願いしまーす!」

 

どう対応すべきキョドっている間に、周りが囲われてしまったのである。

 

「私たちはあくまでもプライベート的に訪れたのであって、あまりそのような――」

 

民の波に皇帝が飲まれていると、そこに意外な救世主が現れた。

 

「みなさーん!あまり邪魔にならないように!節度を持って!」

 

「jkに群がるのはよくない!(至言)」

 

スーツを着た40代後半の男と、土方作業着の40代後半の男の二人が、群衆の間に入って群がるファンを追い返し、誘導しはじめたのである。

驚いたことに、シンデレラを助けに来たのは白馬の王子ではなく、白髪のおじさんだったのである。

 

とはいえ、ルドルフらはこのようなギャップで文句を言うようなウマ娘ではない。

 

「助けてくれてありがとうございます!」

 

「いえいえ、自分達は当然のことをしたまでで――」

 

相手が謙虚な姿勢である以上、無駄に肩入れすることなく、お互いに形式的な礼の意を伝えて、その場を離れる。

 

思いのほか事態は早く解決することになったのだが、ルドルフは後に「もっと早く気づけばよかった……」と後悔することになる。

なぜなら、助けてくれた相手は、実は先進的な改革を成功させまくる凄腕の理事長であり、成功の秘訣など先駆者から話を聞くことができたはずだからである。

 

 

 

「あぁ、ソールズベリーさん負けちゃったよぉ……」

 

「推しが負けて悲しくなる気持ちはわかるぜぇよっちゃん……かくいう俺も、シービーさんが負けた時どれほど涙したことか……」

 

かくして、ルドルフら一行は、あのハプニング以降特にトラブルが起きることなく、無事に観戦を終えた。

 

「いやぁ、あの筋肉はすごいね!あれほどのは中央じゃ見たことないよ!」

 

タクシー乗り場にて、シービーはムッキムキな肉体を話しに挙げる。

中央のスターから見ても、あの筋肉は魔境なのである。

 

「あぁ、確かにそうだったな。迫力がすごいと、北海道帰りの子からよく話を聞いていたんだ。だから、ばんえいレースを生で見れてよかったよ」

 

そう言うルドルフの顔は、今回の旅を締めくくるのに縁起が良い満面の笑みをしていたのであった。

 

 

 

 

 

 

「やっぱり記事になってるかぁ……!」

 

理事長室にて、迫真生徒会!慰安旅行の裏技!と書かれた新聞の見出しの記事を、俺は頭を抱えて読みふけていた。

 

世界に名を馳せる中央のスーパーウマ娘が、どこのウマの骨かもわからぬ地方のレース場を"視察"していたという事実は、面白おかしく世に解き放つメディアの方々にとって格好のネタになったようで、今俺が手に取っている新聞以外にも、様々な新聞社がこの事をネタにしているというのが、現状だ。

 

「いやぁ、気を利かせて内部を案内すべきだったかな……でも、あくまでも一般のお客って扱いだし……うわぁ、本当にあれでよかったんだろうか……!」

 

競輪なり競馬なり、ギャンブルを一度はやったら誰しも経験したことがあるであろうあのもどかしさ……そう、果たしてあれが最善の決断だったのか?という何とももどかしい悩みに、俺は悶々とする。

 

事前に視察したいという旨の連絡がなかったので、いくら名誉を積んでいようとも、所詮は一般の客と同じ待遇を受けなければならない。

というか、正直抜き打ち視察的なものかと思っていたので、ただ見て終わりでこっちが驚いたもんだ。「え?!本当にそれでいいの!?」ってね。

 

……大変苦しい言い訳になるが、おそらく本当に、一般の観客としてレース観戦を楽しみたかった筈なので、必要以上に干渉しなかった自分の判断は正しい!!!

と、自分に言い聞かせる。

 

こうでもして自己暗示をかけなければ、(後悔しすぎて)自我が保てなくなるので、失敗したらその分成功で盛り返すか、潔く諦めるというポジティブ思考に切り替え、もうそろそろいい加減に今すべきことに集中するため、気持ちを切り替えることにする。

 

――はずだったのだが、記事の最後辺りに、なかなか興味深い内容が記されていた。

 

内容を簡単にまとめると、”もし二度目があるとしたら、その時はプライベートという形ではないだろう”という感じである。

ルドルフらしく古い言い回しや堅苦しい口調、さらにはあからさまにのらりくらりとした、いわばぼかすような言い回しだったのでまとめるのに苦労したが、精一杯頑張ったつもりだ。

 

これはつまり、次もあるよ!と匂わせていると解釈できる。

なんなら、今度こそ正式な視察という形で、ここにやってくる可能性が大だ。

 

「ま、まじか……」

 

中央という黒船来航の可能性に、俺は恐れ慄く。

もしなんかやらかしたら、報復と言わんばかりに金がある限り骨の髄までしゃぶり尽くされるかもしれない。

 

「……いや、逆に考えるんだ。ピンチをチャンスに変えてこそ経営者ってね……よし!これならいけるぞ自分!!頑張るぞ!!」

 

ピンチをチャンスに変える……森羅万象の成功者(自称)が多用したせいで安っぽく感じるフレーズではあるが、言葉の真意自体は一応ちゃんとしている。

どんな困難が立ちはだかっても、それをバネに変えて乗り越えるという不屈の精神である。

そんな言葉を使って、自分を奮い立たせるのであった。




エセ理事長、実のところご本人自身はあまりメディア露出をしていない。



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エセ理事長、スポーツ医学の導入を企てる

 中央の設備は、かなり充実している。

 ベンチプレスやトレッドミル(ジョギングマシン)といった器具はもちろん、実際のコースを模した練習場や、坂路といった設備が代表的な例だろう。

 このような"選択できる暇"が発生するほど充実したトレーニング設備によって、中央のウマ娘はのびのびと鍛え上げられていくのである。

 

 対して、地方トレセンの設備はKBTITの下半身並みに貧弱だ。

 ベンチプレスなどはあることにはあるが、中央のと比べると古いうえに少ない。

 また、コース練習場の規模もかなり小さく、建設費がかかる坂路なんてものはあるはずない。

 そう、全体的にバリエーションが貧弱なのである。

 

 このようなトレーニング環境の差が、地方が中央に勝てない最も大きな原因であると同時に、ブランド力(魅力)の脆弱さを招いているのである。

 

 このままでは、いつまでたっても中央に勝つことができないし、地方に対する偏見を払拭することはできない。

 

 かといって、大規模投資できるほどの金なんてどこにもない。

 

 そんな八方塞がりの状況下において、俺はとある盲点に気づく。

 

 それは、"スポーツ医学"である。

 

 その発見のきっかけは、些細なものであった。

 

 それは、とある休みの日のことだった。

 この世界における過去の名ウマ娘はどんなものだろうと図書館で本を読み漁っていたところ、テスコガビーというウマ娘の記述が目に入った。

 「後ろからはなんにも来ない!」というフレーズで今尚名高い快速ウマ娘の彼女の最期は、トレーニング中に心臓停止というあまりにも儚く、そして悲しいものであったのだ。

 

 純白無垢なウマ娘ワールドはやさしいせかいじゃないってこれマジ?死人出るん?

『嗚呼三女神よ、あなたはなぜ、幼き少女に過酷な運命を課すのか?』

 と、俺は思わず叫びそうになった。

 

 これだけなら、ただ悲しんでおしまいだった。だが、ここで俺はあることに気が付く。

 

「あれ、そういえばこの時代って、まだスポーツ医学が浸透してなかったんだっけか……」

 

 そう、今はまだ1987年で、ゴリッゴリの精神主義が蔓延る時代なのである。

 

 今から考えると、とても信じられないような手法が、この時代にはまかり通っていたのである。

 例えば“水を飲んではいけない“だったり"うさぎ跳び”などなど、なんだクォレハ……たまげたなぁ……な案件が、恐ろしいことに“常識”だった時代なのだ。

 こういった科学よりも精神を重視した非効率な習慣は、選手の命を、"花"のように散らしていったのである。

 いや、気づいていたが認めたくなかった――と言った方が、もしかしたら近いニュアンスかもしれない。なんせ、スポ根の方が分かりやすい"華"だからだ……。

 

 ともかく、その事に気づかされてから、中央のトレーニングに対する見方がやや疑問寄りになった。

 

 そして、その疑問を解消するべく、俺は中央のトレーニングの様子を調べるという行動を起こした。

 テレビなりラジオなり新聞なりなんなり、果ては元中央のトレーナーや職員の証言から、謎に包まれたヴェールの裏を探った。

 

 結果はビンゴだった。

 

 一見すると極限まで効率化されていたように見えたそれは、トレーニングを施すトレーナー自身がやや古く、精神主義に傾倒しており、設備は効率化されていても、肝心のトレーニング方法そのものが非効率的という本末転倒なものだったのである。

 

 つまり、せっかくいい設備があるのに、非効率な方法をゴリ押して有望な選手を使い潰している。というのが、中央の現状なのである。

 

 もちろん、このような科学を排斥した精神主義の傾倒は、中央だけではない。

 地方もそうだし、何ならここもそうだ。

 それどころが、日本全体が傾倒していると言える。

 

 何度も繰り返すが、科学を無視した慣例的なやり方は非効率そのもので、本来であればもっと輝けた原石達をそのままにしておくどころか、意図せず粉々に砕いてしまうというもったいないの極みである。

 

 そのような、時代というヴェールに隠されていた弱点こそ、中央攻略の道筋だ。

 

 向こうがスポーツ医学を大々的に導入して本格的に質を高める前に、先にこちらが導入して、一時的ながらも質の面で肉薄攻撃してやろう…という算段なのだ。

 

 

 

 というわけで、俺はさっそく行動に出る。

 体育系や医学系の大学、そして専門家などを訪ねて、スポーツ医学に関する考えや研究、意見を収集する。

 また、レースを引退した選手やトレーナー、そして野球や卓球などといった他種目のコーチや選手にも訪ねて、トレーニングに対する考えや意見を収集して、サンプルを集める。

 さらに、あえて精神主義に傾倒するトレーナー陣の考えや意見も収集する。

 敵を倒すためには、敵を知っておいた方がいいだろう。

 

 かくして数か月にも渡って集めたサンプルをもとに、専門家らと協議して"新トレーニング要領"を製作し、それをトレーナー陣に配る。配る。配りまくる。何なら標語にもする。

 

「うぉ、なんじゃこりゃぁ……これが理事長の改革の一環だってのか?」

 

「え、なにこれは……(困惑)」

 

 批判を通り越して、もはや困惑の領域に達しつつある今日この頃、全体的に困惑の目で見られているが、専門家らと協議して具体的な数値なり資料なりを載せて、従来の非効率なやり方を否定したためか、表立って批判する者はほとんどいなかった。

 というか、中途半端に感情面を持ち出して批判しようものなら、「じゃあこれ論破できるの?」といった話に飛躍するという、シンプルにめんどくさい事になるのが一番でかいのだろう。

 ゴリッゴリの正論パンチで反撃するという訳だ。勝ったなガハハ、風呂に入るぜ。

 

 という冗談は置いておいて、中央に対抗するため、選手生命という花を枯らさないため、いまだに非効率が蔓延るトレーニング界隈にスポーツ医学を浸透させるべく、なおも活動を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

「あの頃にこれがあれば、志半ばでターフを去る者は少なかったかもしれない」

 

2022年、旭川トレセン学園を訪れた際にルドルフ氏は当時を静かに回想する。

 

ルドルフ氏が活躍していた当時は、まさにスポーツ根性な時代であった。

 

地を這い、泥にまみれ、血なまぐさい努力の末に、勝利する……

 

そのような美的概念の裏に隠れた無数の使い潰された想いと涙を、ルドルフ氏は見逃していなかった。

 

「過酷なトレーニングで、体や心を壊してしまう者が多かったんだ。そんな、砕かれた原石の上に立っていることがね……素直に喜べないんだ。彼女らは、もっと輝けたはずなんだ……」

 

学園の敷地内に設置された石碑を前に、ルドルフ氏は赤裸々に内に秘めた想いを告白する。

 

「理事長さん、あなたが残したものは、立派に輝いていますよ」

 

旭川トレセン学園を発端にしたスポーツ医学の浸透は、放任主義と管理主義の二派閥を生み出すことになったが、どちらも根底にあるのはスポーツ医学である。

そして、旧来の精神主義は双方に分裂する形で縮小し、時代とともに廃れていくのであった。

 

 

―2022年、理事長亡き後に放映されたドキュメンタリー番組のフレーズより引用―




スポーツ医学って書きすぎてゲシュタルト崩壊しそう



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エセ理事長、コネを作りまくる

 一勝よりも、一生を――

 

 勝負の世界で、このような理想論を掲げている者は、はたしてどれほどいるのだろうか。

 

 勝負の世界で栄光を掴み取れる者は、ごく一握りだ。

 ほんのコンマの差しか違わない高水準の実力を持った者同士が、持てる力全てを出し切って、勝利という限られた玉座を奪い合うからだ。

 

 無念の想いを抱えて、勝負の世界から降りてきた者の数は、とてもじゃないが数えきれない。

 今日もまた、世界のどこかで、誰かが苦渋の決断をする。

 残酷な現実だ。

 

 これはレースに身を投じるウマ娘だけではなく、オリンピックの選手などといったありとあらゆるスポーツのアスリート達全員に与えられた宿命なのだ。

 

 では、そんな勝負の世界から降りてきた者を迎え入れるのは誰か?

 

 今までずっと、スポーツにすべてを捧げた彼ら彼女らを支えるのは、何なのだ?

 

 答えは"誰もいない”だ。

 嗚呼悲しいかな、世は冷酷なことに、成績不振な元アスリートの受け皿が不十分なのだ。

 

 プロ野球や競艇で稼いだベテランが、引退後にとんでもない事になっているのが、たまに話題になっているだろう。

 

 いったい何故そうなる?

 それはずばり、スポーツにすべてを捧げたが故に、社会を知らないからである。

 

 ウマ娘二期で、トウカイテイオーが挫折して一人でお出かけに行くシーンが、俺にとって最も記憶に新しい。

 プリを撮ろうとしたら証明写真だったという描写があるのだが、それがスポーツに青春も時間も努力も何もかも捧げて挫折した者を表しているように思える。

 

 年頃の女の子であれば、誰でも知っているはずのプリを知らない。

 知ることがないほど、スポーツに熱中していた……

 悪い言い方になるが、そんな"社会常識"と"社会経験"が欠如している者が、社会という大海原に放り出されてまともにやっていける筈が無いのは、想像に容易いだろう。

 

 そのようなことで最も心配するのが、親である。

 

 必ずしも成功するわけでもないのに、厳しい世界に行かせて本当に良いのだろうか?

 

 夢を語る我が子に、現実を突きつけてまで、まともな進路を送らせた方が良いのか?

 

 夢諦めて、燃え尽きてしまう我が子を見たくない――

 

 と、子を心配する親の気持ちが、スポーツ界隈参入の最大の障壁なのである。

 

 このことは、万年希望の受け皿である中央でさえも問題視されており、

「夢を叶えよう!」なり

「君も輝けるよ!」なり

「栄光を掴めるよ!」なりなんなり、柔らかい言葉を巧みに使って、不安を解して勝負の世界に手招きしている。

 たとえそれが、破滅の道であったとしてもだ。

 

 ここ最近、自分が教育者の立場であることが恐ろしく感じてきた。

 なんせ、これから先70年も80年も生きる生徒の"生き方"を決めてしまう立場にいるからだ。

 

 俺は教育者でもあるが、経営者でもある。

 経営者は経営者として、利益を出すために行動しなければならない。

 

 では、利益のために彼女たちの青春を喰い物にしなければならないのか?

 

 甘い言葉で誘惑して、破滅の道を歩ませるのか?

 

 それは無理だね、心が痛む。

 

 だがしかし、感情を優先するのは、経営者として失格だ!非効率の極みになってしまうからだ。

 効率化する為に、時には切り捨て、非情にならなければならないのだ。

 

 しかしそれだと、俺は一生を後悔することになるだろう。

「金のために、たくさんの生徒の青春と人生を喰い物にした」ってね。

 

 後悔することはまっぴらごめん!かと言って、エゴを優先したら経営がやばい!

 

 そんな板挟みになって感情がぐちゃぐちゃになったときに、ふと天啓が頭に降りかかった。

 

「そうだ、うまい具合に混ぜればいいんだ」

 

 ってね。

 

 そう、エゴと経営を、魅力に結びつけるのである。

 

 一見すると、地雷でしかないだろう。しかし、その地雷を加工して利益に結びつけてこそだ。

 

 そうして出来上がったのが、"就職ルートの確立"である。

 このことに対しては、幾らか前にも説明したので、今回は省こうと思う。

 

 ともかく、もし就職ルートの確立が成功した場合を簡単にまとめると

・レースの成績が不振でも、安定した進路を行くことができる

・就職率の高さを売りにできる

・上記の二つによって、子の未来を不安に思う親の気持ちを和らげる

 というような、ここだけの魅力につながるのである。

 

 さらに、『ゆりかごから墓場まで』のように、生徒の人生に寄り添った姿勢をアピールすることによって、信頼と好印象を勝ち取ることができるのだ。

 

 では、ルートを確立するためには何が必要なのか?

 ずばり、優先して採用してもらえる"コネ"である。

 汚い話だなと思うかもしれないが、なんだかんだ横のつながりは大切なのである。

 人脈こそ正義、はっきりわかんだね。

 

 というわけで、さっそく行動する。

 

 まず、常連のおっちゃんの伝手を利用して、建築界隈に浸透して、徐々にコネを広げていく。

 

 また、スポーツ医学を導入する過程でも、さりげなくコネを広げる。

 ついでに、データを数年間送ることを引き換えに、指定推薦校枠を取ることができたことを、今のうちに述べておく。

 かなりお得な条件だったし、進学の面での強みを作ることができて、めっちゃ大きな収穫だった。

 

 さらに、レース場で観戦していた時にたまたま遭遇した自衛隊のスカウトマンから伝手を辿り、暫くして本部のお偉いさんと本格的に協議して、より明確的な自衛隊への就職ルートへの確立にも成功した。

 その代わり、学校内でポスターやパンフレットを使って自衛隊のことを大々的に宣伝することになったのだが、むしろ職業への興味が湧いて良い事だろうと、好意的に解釈する。

 

 また、給食関連から地域の食品業者や農協にも浸透したり、地方銀行や娯楽施設など、とにかく広めに広めまくった。

 

 

 

 

 

 

「すごい熱意だったねぇあの人は……」

 

当時食品会社の社長だった氏は、しみじみとあの時を語った。

 

「すごい熱意とは……?」

 

「えぇ、「一勝よりも一生を」「自分は生徒の人生を墓場まで保証したいんだ」ってね。ハキハキと、学校運営に対する想いを語っていたんです。だから私は思ったんです。あ、この人の想いは本当なんだなって」

 

進歩的な改革の推進は、当時世間の多くが冷たい目で見ていた。

だが、氏のように理事長の想いに共感し、協力する者も多かったのである。

 

―2022年、理事長亡き後に放映されたドキュメンタリー番組のフレーズより引用―



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エセ理事長、汚れ役になる

 俺らが駐屯地から車に乗って出る際、雪がシンシンと降っているにも関わらず、駐屯地司令官が司令部玄関前で、去り際にビシッと敬礼をして俺らを見送る。

 

 敬礼だの軍隊だの俺はあまり詳しくないのだが、その粋な計らいに感銘を受けて、司令官の姿が見えなくなるまでこちらも敬礼をした。

 

「……学校で自衛隊を好意的に扱うのは、注意した方がいいかもしれません。理事長先生」

 

 肩がしこたま凝ったから適当に解していると、共に交渉しに来た校長が、何やら重い雰囲気を醸し出して話を切り出す。

 

「……やっぱりあれか。うん、わかってるよ」

 

「はい、もしこのままゴーサインを出してしまうと、間違いなく"連中"が反発するでしょう」

 

 校長が言う"連中"が何を指すのか?

 具体的に言葉にせずとも、俺は何となく理解していた。

 

 連中とはズバリ、"左派"である。

 

 話が逸れてしまうが、ウマ娘というコンテンツはやさしいせかいである。

 大志を抱いている女の子が、仲間とともに切磋琢磨し、時には葛藤して、栄光の座に至るという綺麗なスポ根モノなのである。

 転生する前の俺は、そんな優しい世界観に魅力的なキャラクター、そして燃えるシナリオに感銘を受けて、ウマ娘の沼に嵌まったのだ。

 

 では、そこに左派だの右派だの、政治の話を混ぜたらどうなる?

 

 一瞬にして、汚くなる。

 

 例えるのなら、百合の間に野獣先輩を挟むようなものである。

 

 まぁつまり、混ぜるな危険!ってなわけだ。

 

 俺はウマ娘の優しい世界観が好きだったのだが、いざウマ娘が現実に実在していたらどうだろうか?嗚呼悲しいかな、嫌でも政治が絡むのである。

 

 二次創作だと、よくURAが悪役にされやすい。

 だが現実は、それこそ"実在していたら"というIFは、そんな生ぬるいものではなかった。

 

 純白無垢な少女の夢と希望で覆い隠されたヴェールの下には、様々な思惑と悪意と金が、闇鍋のように渦巻いている。

 夢を叶える権利を売り、それで得た金で贅を肥やし、叶えられなかったらそこでおしまいさようなら。

 

 なんてまぁ、夢がない現実なんだ。

 結局こっちも、大して変わらないんだなと俺はつくづく思う。

 

 今でこそ下火だが、成田闘争なりストライキ頻発なりで、1980年代は左派系がかなり幅を利かせていた時代なのである。

 また、それ以前に、1976年の皐月賞直前に中央トレーナー組合とURAが争った春闘ストの影響を受けて、流星の貴公子と今尚名高いテンポイントの調整予定が狂わされて、皐月賞に勝てなかったという事例がある。

 そんな史実、再現しなくていいから(良心)

 

 とまぁ夢がないことに、ウマ娘レース界隈はがっつり政治の影響を受けているのである。

 

 そんな現実に幻滅して、思想だとか政治だとかの黒い話には、あまり手を突っ込まないつもりでいた。

 

 しかし、いずれやらなければならなかった。

 

 下水の整備は誰がやる?ゴミの整理は誰がやる?汚れ作業は、誰がやるのだ?

 

 誰かがやらなければならない。

 誰かが汚れ役を買って出て、この世は回っているのだ。

 

 というわけで、学園に蔓延る"過激的反対派"に対する対策方法を考えなければならない。

 

 まず間違いなく、このままやろうものなら反発されるだろう。

 かといってやらなかったら、単純に約束を破ることになるし、職業への興味につながらない。

 しかも、職業への興味につながらないことは、就職ルートの確立が危ぶまれることになる。

 こうなると改革の意味がない。

 

 なんてこった!もう助からないゾ!(八方塞がり)

 

 どうしようもないと思ったその時、思いのほか呆気なく打開策が思い浮かんだ。

 

 それはずばり、オペレーション"替え玉"である。

 

 ざっくり表すと、自衛隊以上に他の職業を紹介しまくることで、注目を逸らして本命を隠すという作戦である。

 

Qそんな作戦で大丈夫か?

 

と、思うかもしれない。だが

 

A大丈夫だ、問題ない

 

である。

 

 ……とカッコつけて断言したが、実際は問題大有りだ。

 ちょっと紹介しただけでも過剰に反応するかもしれないし、何なら真の意図に気づかれるかもしれない。

 

 後から「ああしていれば、こんなことにならなかった」だとか「こうしていれば、もっとうまくいった」と言われるかもしれない。

 

 これが果たして最善の策なのかどうかは、結果のみが知る……のだが、うまくいった。

 

「ヨシ!」

 

 3月の末になって、いまだに大規模な反対が起こっていないことに、俺は安堵すると共にガッツポーズをする。

 

 就職ルート革命の取り組みをみっちり説明したことが幸いしたのか、今のところ職業紹介に自衛隊が混ざっていても特に問題ない。

 

 この冬はかなり緊張したが、雪解けと共に緊張も解かしていいかもしれない。

 

「ぬぁぁぁんもぉぉぉん、何とかなったぁ……!」

 

 今までの疲労がすべて抜けるかのようにして、椅子にパタンと座る。

 

 とりあえず、良い新学期を迎えられそうだと、頭の隅でふと思った。

 

 

 

 

学園運営に対する思いを熱く語ることでも有名だったんだぜ

彼の本気の想いに魅せられて、彼ならと考えを改めるものも多かったんだ

 

ただ理想を語るだけじゃなくて、それに至る計画をちゃんと説明したうえで、堅実に成果を出し続けた事が、右も左も、彼を信用して愛した理由なんだぜ

 

―【一勝よりも一生を】レジェンド理事長と呼ばれた男【ゆっくり企業解説】―




だいぶ扱いにくい題材でしたが
経営や教育、時代を扱ううえでどうしても外せない存在だったので、だいぶオブラートに包んで作りました。



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エセ理事長、堅実に積み重ねる

=学園の状況=1988

・教育の春

教育の改革は、全国的に注目を集める事となった。

迷える仔ウマ娘達に導きの手を差し伸べるには、充分だろう。

話題性が大幅に増加する

経済力が大幅に増加する

やる気が大幅に増加する

※陳腐化するまで効果は続く

 

・安定し始めた経営状態

小さな改革は着実に実を結び、予想以上の成果を収めた。

我々が思っている以上に周囲に影響を及ぼしており、これは未来世代のウマ娘の進路、ひいては日本ウマ娘史に絶大な影響を与えている。その事に我々は気づいていないのだが……

それでもなお、依然として適切に策を立て続けなければ、また傾くだろう

運で手に入れたものを維持するには、実力が必要だ

 

・改革に適応するホッカイドウシリーズの枠組み

北海道を基盤とした各地開催レースは、一定の成果を生んでいる。

だが、学園間の緩い均衡は、急進的な改革により崩れようとしている。

話題性が増加する

経済力が増加する

ハイリスク・ハイリターンにも程がある

 

・レジェンド理事長

今代の理事長は、改革に意欲的なようだ

もっとも、成功するかどうかは置いておいての話だが……

話題性が少しずつ増加する

経済力が少しずつ増加する

やる気が少しずつ増加する

 

・不穏な好景気

おかしい……なにかがおかしい……

こんなお金まみれの世の中は、普通じゃあり得ない筈だ

まるで、泡のような夢を見ているようだ

 

・横の繋がり

人は、一人では生きていけない。人は、一人では強くなれない。

どんな苦難の壁が立ちはだかっても、みんなと協力すれば何とかなる……かもしれない。

 

 


 

 

 大変喜ばしいことに、ここ数年、経営状態が安定してきた。

 意識から始まり、制服、教育、そして就職と続いた改革は、世間では「ぬるい」だの「ばか垂れ」だの、あげくの果てには「偽善者」だのと言われてまぁまぁ批判されている。

 ド直球すぎて涙が出、出ますよ……

 だがしかし!着実に良い結果が出始めているので、そういった批判にめげずに今日まで生きている。

 やらない善よりもやる偽善だ!ってね。

 

 制服改革とばんえいレースによって一時的に獲得できた顧客の中で、主に地元民を中心としたリピーターを獲得することにも成功しており、心無しか、以前と比べて人が多い時が多くなった気がする。

 (大レースがないときは相変わらずの閑散ぶりである)

 

 また、規制緩和や生徒の未来に寄り添った教育改革を大々的にアピールしたことによって、受験者数と入学者数が増加し、受験料と入学料でガッツリ稼ぐことができた。

 

 その稼ぎの大半が給料で消えてしまうのだが……まぁ一旦暗い話は置いておいて、教育改革の細かな部分も、あまり目立たないが着実に成果を出し始めている。

 

 一つ目は資格援助。

 例に挙げるとしたら、漢字検定だろうか。

 例年なら一クラス一桁ほどしか受ける者がいなかったが、前年は驚くことに、受ける数が二桁になったクラスが何個か出たのである。グラフを見ると、全体的に増えた印象だ。

 

 また、簿記や危険物などといった、より専門的な資格を取ろうとする生徒が出たことが、個人的に腰を痛めてまで参考書を買い漁った甲斐があってマジでよかったと思ってる(隙自語)

 

 二つ目は就職援助。

 こちらは始めたのがつい最近なのもあってデカい成果が出ていないが、例年と比べて数パーセントほどではあるが、進学を除いた就職率が上がっている。

 

 その中でまぁまぁ大きな勢力になったのが、この時代からして意外なことに自衛隊であり、食べ盛りな彼女らにとって"食費がほぼタダ"という宣伝文句が魅力的だったのではないかと思う、知らんけど。

 

 とまぁそんな冗談は置いておいて、旭川には駐屯地がある都合上、親が自衛官という場合が多く、それはここ旭川トレセン学園も例外ではない。

 

 親に憧れて自衛官になったという人も多いので、おそらく積極的な宣伝が、悩める心を後押ししたのではないか?と、俺は真面目に考える。

 

 自衛隊が躍進して困るのが左派である……のだが、どういう訳か、今に至っても大きな反乱がないということを、今のうちに述べておく。

 

 で、これで最後にしようと思う。

 それは、"入学動機がより明るくなった"ことである。

 

 入学する際、「入学するにあたって、率直な感想を述べてください」という簡単なアンケートを、生徒と保護者、両方で取ったのだ。

 で、主に保護者側から「ここなら娘を安心して預けられそうだ」というような回答が多く寄せられていたのである。

 確実に、そしてじわじわと、効果が出始めていると、俺は読んでいるときに肌身をもって実感した。

 

 という訳で総評。

 

 やったぜ

 

 である。

 

 改革がうまくいっていることに、俺は喜ぶ。

 だが、成功に酔いしれず、さらなる経営計画を練るというのが経営者たるもの……浮かれる心を一度引き締めて、次なる構想を練るのであった。




作品内でおおよそ三年経ちました
ここにきて気づいたことがあります
というかまぁ、薄々気づいてはいるんですけでも
"ウマ娘なのに、ほとんどおっさんしか出てこない"んですよ
前代未聞です
こんなんでも、本当はウマ娘を出したいんです
けども、少なくとも"今は"出そうにも出せれないんです
本格的にウマ娘にスポットが当たる話が来るのは、もうちょっと先になりそうです



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エセ理事長、制度を作る

 ウマ娘を養うというのは、本当に大変なことだ。

 

 体力的なこともそうだが、なによりも食費という金銭的な面が、大きな足かせになっている。

 

 よちよち歩きの赤ちゃんの時こそ普通の人間と大差ないが、幼稚園児になる頃にはブラックホールを思わせる亜空間胃袋の片鱗を見せ始め、小学生になった時には大人並みに食べる……。

 といった具合に、成長していくにつれてとんでもない量を食べるのである。

 

 こうした大食いは、家庭の財布を蝕んでいくのだ。

 

 こうした莫大な食費などによって、ウマ娘の母子家庭が、ヒトミミの家庭に比べて何倍にも多いのである。

 

 なんとまあ、悲しい現実なのだ。

 

 これは全国家共通の社会問題であり、各国で様々な策が講じられているが、根本的な解決には至っていない。

 

 ウマ娘の母子家庭には、政府から補助金が出るのだが、食費を辛うじて養う程度しか出ない。

 元夫からの仕送りもあるとはいえ、一瞬の贅沢すらできない困窮した状況に置かれているのが、現状である。

 

 そうした家庭状況は、本来咲くことができたはずの芽を潰していると、俺は思う。

 そのような問題に阻まれて、ここトレセンに入りたくても入れないという子が、もしかしたらいるかもしれない。

 その中には、オグリキャップのような将来の大物がいるかもしれない。

 そのような可能性の芽が、咲かずに終わってしまうのはあまりに惜しいことだ。

 

 せめてチャンスだけでも与えてあげたい……

 

 なら、チャンスを与える制度を作ればいいのでは?

 

「こ、これだ…!」

 

 何とかならないかと思案していると、今まで悩みが噓のようにポッと解決策が出てくる。

 そこから粘土をコネコネするように、なんとなく形にしていく。

 

 それで出来上がったものはずばり、"母子家庭及び極貧家庭対象の金銭的支援"である。

 つまり"奨学金"ということだ。

 

 一応国や地方自治体からも出てはいるが、もっと踏み込んだ内容にするつもりだ。

 

 というわけで、この取り組みをできるだけ早く実行に移すべく、さっそく行動する。

 

 まず、学園の重鎮や市、専門家らと相談して、より具体的に案をまとめる。

 ここら辺のラインまでなら、そこまで経営に響かないぎりぎりのラインを、苦難の調整の末捻り出す。

 

 ざっくり結果を表すと、世帯年収120万以下及び母子家庭を対象に、入学費や授業料、制服代や教科書代など諸々の費用と支援額でほぼ相殺する額の有償奨学金を支援する運びなった。

 

 本当は200万とか、もっと上限を上げたかったのだが、理想は現実の問題と採算性的に妥協せざるをえなかったのである。

 

 まぁ、当初の予定よりも規模が小さいとはいえ、実行できるだけ御の字と言ったところか。

 ゆくゆくは規模を拡大させたいところだ。

 

 最初こそ、この制度に懐疑的な意見が多かったが、この取り組みによってここの注目度や魅力が高まる他、就職支援改革によって職に就いて返済する可能性が高いことを証明したりなど、巡り巡って利益につながる事を、みっちりと説明して納得させたことで、次の新入生から制度の対象にすることが決まった。

 

 ここ独自の奨学金を定めることに成功した俺は、さらなる改革を行う。

 

 それはずばり、"労働状況の改善"である。

 転生当初に取ったアンケートでは、"給料上げてくれ”や“設備が古臭い”というような、悲痛な要望が寄せられていた。

 

 あの頃は金が少なく、雀の涙程度の昇給や自販機設置ぐらいしかできなかったが、改革が堅実に成功し、ついでに奨学支援を理由に市から補助金を取ることができた今は違うのだ。

 

 そう、いまなら給料UPができるのである!

 

 というわけで、さっそく月収を……と行きたいところだったのだが、より大きな問題があるので、いったん置いておく。

 

 問題、それは…"残業代"である。

 

 ―教師はブラックだ―という話を、耳にしたことはないだろうか。

 

 インターネットによって情報が極限まで可視化された現代、ありとあらゆる職業の実像が露わになり、ヤバい実情が世間一般に露出されるような時代になった。

 これによって一部の職業が敬遠されることになるのだが、その中の一つに教員という職業がある。

 

 教員の仕事がブラックだといわれる一番の要因は、残業がヤバいということだろう。

 ブラックさを一から説明するとかなり話が脱線するので、申し訳ないが割愛させてもらう。

 まぁヤバいということは知っているだろうし、伝わっただろう。

 

 で、そのヤバい所を改善すれば、職員の士気が上がるのもそうだが、なによりも教育改革で第一線に立っている彼ら彼女らに対する、せめてもの労いになるはずだ。

 

 そのためにどのような手段をとるのか?

 やり方は実にシンプル、残業代を満額支払うようにするのである。

 

 残業を無くすことは困難である。なら、ちゃんと金を払うことで不満を和らげるという算段だ。

 

 残業ときたら次は休暇について!と、行きたかったのだが…またも苦難の壁にぶち当たる。

 というのも、教員の場合休暇の個人差がまあまああるのである。

 

 なんとなく予想がつくかもしれないが、部活の関係で祝日練習をしたり、遠征だったりと、完全週休二日制にするのが難しいのである。

 

 ちょっとこればっかりは厳しいので、代わりと言わんばかりに、育児休暇が取りやすい環境を作る方針に切り替えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの学校はいろんなことの面倒見てくれたんです。あの頃の楽しい思い出は、いつまで経っても色褪せることはありません。だから、あの学校に行けてよかった。私はそう思っています」

 

当時母子家庭であった氏は語る。

 

貧困家庭救済奨学金、残業代満額支払い、育児休暇推進……

 

理事長は当時において、かなり進歩的で挑戦的な制度を制定した。

 

これらをはじめとした制度は、今日にいたるまで教育現場における制度制定に多大な影響を及ぼしたのである。

 

―2022年、理事長亡き後に放映されたドキュメンタリー番組のフレーズより引用―




制度制度やりすぎてゲシュタルト崩壊起こしそう…


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エセ理事長、スターを欲する

 雪虫が冬の訪れを道民に知らせようと舞い、制度制定に向けて東西南北上下に動きまくる今日この頃、俺は世間話のネタがないかとテレビをつけていた。

 

「天皇陛下の病状は日々悪化の一途を辿っており――」

 

「あーそうか、もうそろそろか……」

 

 9月に昭和天皇が吐血して以来、マスメディアの雰囲気がなんとなくだが重苦しくなり、

あ(察し)ふーん…となるぐらい、事態の深刻さを物語っていた。

 昭和天皇の崩御――いわゆるⅩデーが、刻一刻と迫っているのである。

 

 史実では、昭和天皇が崩御したとき、国民全体がお通夜状態――いわば自粛ムーブになったのである。

 これによって派手な催しは自粛され、中央では開催が延期になったりもした。

 

 その点、ここホッカイドウシリーズは自粛ムーブ期間と冬季開催休止期間がたまたま被っているため、実質ここだけノーダメージである。

 

 さて、そのようなことはともかく、もうそろそろで昭和が終わるのかと思うと、なんだか寂しく感じる。

 だが同時に、時代が変わる瞬間を生き、そして見ることができると思うと、不思議な高揚感が生まれるのだ。

 

 複雑な感情のままテレビをボーっと見つめていると、なかなか興味深いことが取り上げられていた。

 

「オグリキャップ、大活躍!」

 

 オグリキャップ……それマジ?!

 

 それまでのアンニュイな感情から一転攻勢、オグリキャップというネームドキャラが出てきて、俺は外人四コマのように狂喜乱舞する。

 

 そうだ、そういえばこの時期だったか!と、俺は腑に落ちる。

 

 オグリキャップとは、もはや語るまでもないほどのアイドルホースだ。

 笠松競馬改めカサマツトレセン学園から彗星の如くデビューを果たし、そのままカサマツで十勝したのちに中央へ移籍、クラシックに出られなかったり低迷期が来たりと、次々と降りかかる困難にめげず、ラストランの有馬記念で有終の美を飾った名ウマ娘である。

 

 また、大井トレセン学園からイナリワンが出たりと、地方に何かと注目が集められていた時代なのである。

 

 実はホッカイドウシリーズにも、ドクタースパートという地方上がりのアイドルホースがいるのである。

 史実では皐月賞を勝利したりとなかなか活躍した……のだが、どうにもいまいち知名度に欠けているのである。

 

 史実の戦績やドラマ性など、個性はなかなかのもののはずなのだが、より強い個性を持ったオグリキャップらに隠れてしまった感が否めない。

 

 ああ、そういえばそんな馬もいたなと思い、ドクタースパートが史実通りいるのかどうか確かめるべく、ホッカイドウシリーズ加盟校の全生徒が記載された生徒資料を読み漁る。

 

「あ、いたいた――え、ここ……!?」

 

 なんと、所属校が"旭川"になっていたのだ。

 

 確か三年前に見た時には別のところになっていた筈なので、割と最近転入してきたということになる。

 

 ということはつまり、改革のおかげでこっちに来た可能性があるのでは?と、俺は勘ぐる。

 ちなみにだが、ホッカイドウシリーズ加盟校同士の転入はかなり簡単なことを、今のうちに述べておく。

 

 改革が思いもよらぬ"福"を招き入れたということに、俺はやりがいを感じて喜んだのであった。



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エセ理事長、ブームを起こす

=学園の状況=1989

・教育の春

教育の改革は、全国的に注目を集める事となった。

迷える仔ウマ娘達に導きの手を差し伸べるには、充分だろう。

話題性が大幅に増加する

経済力が大幅に増加する

やる気が大幅に増加する

※陳腐化するまで効果は続く

 

・安定し始めた経営状態

小さな改革は着実に実を結び、予想以上の成果を収めた。

我々が思っている以上に周囲に影響を及ぼしており、これは未来世代のウマ娘の進路、ひいては日本ウマ娘史に絶大な影響を与えている。その事に我々は気づいていないのだが……

それでもなお、依然として適切に策を立て続けなければ、また傾くだろう

運で手に入れたものを維持するには、実力が必要だ

 

・改革に適応するホッカイドウシリーズの枠組み

北海道を基盤とした各地開催レースは、一定の成果を生んでいる。

だが、学園間の緩い均衡は、急進的な改革により崩れようとしている。

話題性が増加する

経済力が増加する

ハイリスク・ハイリターンにも程がある

 

・レジェンド理事長

今代の理事長は、改革に意欲的なようだ

もっとも、成功するかどうかは置いておいての話だが……

話題性が少しずつ増加する

経済力が少しずつ増加する

やる気が少しずつ増加する

 

・不穏な好景気

おかしい……なにかがおかしい……

こんなお金まみれの世の中は、普通じゃあり得ない筈だ

まるで、泡のような夢を見ているようだ

 

・横の繋がり

人は、一人では生きていけない。人は、一人では強くなれない。

どんな苦難の壁が立ちはだかっても、みんなと協力すれば何とかなる……かもしれない。

 

・オグリコール

「オグリ!オグリ!オグリ!」

誰もがそう叫んでいる。

地方の寂れたトレセン学園から彗星の如くデビューしたオグリキャップは、瞬く間にアイドルホースの座に上りつめた。

これにより、普段なら見向きもされない地方レースに、民衆の関心が向くようになった。

話題性が少し増加する

経済力が少し増加する

 

・奨学金制度

チャンスは万民公平にあるべきだ。

与えられたチャンスを生かすどうかは、本人の行い次第だ。

経済力が少し低下する

話題性が少し増加する

エースウマ娘出現率が少しUP

 

 


 

 

 史実のドクタースパートは、8月末の北海道3歳優駿に勝利したのちに中央へ移籍し、皐月賞を勝利したり、ステイヤーズステークスでレコード勝ちをする。

 これにより、ダート1200と芝3600の勝鞍とレコードを持つという、恐らく未来永劫現れない記録を持った馬である。

 

 そんな読むだけでおなかたっぷり!な戦績とドラマを持つドクタースパートは、不幸にも白塗りの名馬に衝突してしまう……(オグリキャップとメジロマックイーン、ついでにりゃいあんに挟まれた世代に生まれてしまったのである)

 

 充分個性が強いのに、さらに強い個性を持つ馬がいたせいで、どうにもいまいち知名度に欠けてしまう……というのが、北海道が誇る名馬、ドクタースパートである。

 

 そんな不運な名馬…改めウマ娘が、ここ旭川トレーニングセンター学園に"未だにいる"。

 

 ……あれ、なんかおかしいぞ?

 

 北海道3歳優駿に勝った後にはもう中央に移籍し、とっくのとうにここはおろか、北海道からいなくなっているはずである。

 

 だがどういうわけか、史実で勝った京浜杯3歳ステークスが開催される時期になっても、まだここにいるのである。

 地獄の確定申告を乗り越え、いよいよ新学期目前というあたりで、ようやく俺は歴史が変わったことに気が付くのだが、「まぁ、ここまで好き勝手動きまくったら、そりゃ歴史壊れるよな」と、納得する。

 

 しかし、歴史が変わると弊害というものが生まれてしまう。

 このことでドクスパが中央に移籍しなかった結果、ダートと芝のレコードと、皐月賞勝鞍という個性が失われてしまったのである。

 

 話題性の塊がここにいることは大変嬉しいのだが、本当にそれでよかったのかと、素直に喜べない感覚に陥る。

 

「これでいいのか……」

 

 得体の知れない罪悪感のようなものに、心が包まれるのであった。

 

 

 

 

 

「ドクタースパートさん!いったいなぜ中央に移籍しないのですか!」

 

 気分転換がてらに学園の敷地内をブラブラ歩いていると、数名の記者と思しき男が、我が校の生徒に絡んでいたところに、偶然出くわす。

 

「取材の申請なんてあったかなぁ……」

 

 否、そのような予定はなかったはずである。

 

 という事はつまり、あの記者たちは勝手に学園に侵入して、嫌がる生徒に無理やり取材を強要しているという訳である。

 

 えぇ、こんな絵に描いたような悪徳記者ってマジで実在してるん?

 怒りを通り越して呆れである。

 

 まぁ、史実のオグリ周りの記者とかの話を思い出すに、ああいうやべーのがいてもおかしくないかと、謎に納得する。

 

 そんなことはどうだっていい、とにかく生徒を助けなければならない。

 

「いや、あのっ…!」

 

「そうですよ!あなたは"こんなところ"で留まるべきではないほど強いウマ娘ですよ?!なのに!なぜ!?」

 

「…こんなところ?」

 

「君たち!何をしているのかね!!」

 

「げ、理事長!」

 

「逃げろ逃げろ!」

 

 俺が大声を上げながら近づくと、悪徳記者たちは一目散にずらかる。

 俺はそれを追おうとするのだが、今の俺の体はおっさんだ。

 前世の20代土木のノリで走ろうとした瞬間、腰を痛めてしまった。

 

「いててて、老いを感じる…(小並感)」

 

「あ、あの、ありがとうございます…」

 

「いや、俺のことはどうだっていい…それよりも大丈夫かい君!?何か危害を加えられたりとか…!?」

 

「い、いえ、なにも。大丈夫ですよ」

 

 何かヤバいことをされていたら大変!と、心配するあまり、俺は大丈夫かどうか質問攻めしてしまう。

 

 それから間もなくして我に返り、具体的に何をされたのか、聞かれたのかを冷静に聴き取り調査し、一応事態はいったん収束する。

 

「…ところで、一つ聞きたいことがあるんだ」

 

「はいっ!なんでしょうか?」

 

 ドクスパは元気よく返事をする。元気旺盛で心優しく、強いウマ娘である。

 そんな彼女に、どうしても聞きたいことがあった。

 

「いったいなぜ、ここに留まる判断をしたんだい?君は強いウマ娘だ。もしも中央に移籍すれば…皐月賞は勝てるだろう。でも、なぜ?」

 

「…ここが好きだからです」

 

 ここが好き…?思いのほかあっさりとした理由だった。

 だが同時に、愛がなければわざわざここに残らないだろうな…という妙な説得力を感じ、納得する。

 

「ここの制服ってかわいいですし、先生とか私たち思いですし、なにより、足が悪い私に寄り添ったトレーニングをしてくれるトレーナーがいて……こんな最高なところ、中央にはきっとないでしょう……だから私は、ここに残ることにしたんです」

 

「なるほど、そうかい……」

 

 本人の意思であれば、それでいい。

 下手に引き留めるようなことはせず、俺は本人の意思に従う他あるまい。

 

「…ありがとう、君たちのお陰でもっと頑張れるよ」

 

 俺はそう言い残して、その場を去った。

 

 

 

 

 

 

 さあ、俺にはやることがある。

 それは二つ、警備の強化とドクスパの知名度を上げることだ。

 

 警備に関しては、地元の警備会社に敷地内の警備を依頼し、警察に依頼して、付近を定期的にパトカーで巡回してもらうことにした。

 さらに、生徒と職員に向けて不審者の対応方法の講座を、臨時的にやることにした。

 とりあえずこれで、応急的な処置になったはずだ。

 

 警備強化の取り組みと同時並行しつつ、ドクタースパートの知名度を上げるPR活動に、精を入れる。

 

 史実のドクスパは、より強い個性を持ったオグリに飲み込まれてしまったことで、いまいち知名度に欠けてしまうことは、何度も説明しただろう。

 

 これを回避するためには、局地的な力強い取り組みが必要だと、俺は考えたのである。

 

 その協力相手とはズバリ、行政である。

 

 旭川はもちろんのこと、この世界の彼女の出身地である函館、そして道にも協力を仰ぐ。

 

 ドクスパを歴史の中に埋もれないようにするためには、我々だけでは火力不足だ。

 だから、官民一体の取り組みが必要なのである。

 

 また、行政以外に、観光会社や地元メディアなどといった民間にも協力を仰ぐ。

 

「勝負服のコスプレ用衣装を売る、なんてのはどうでしょう?」

 

「オグリのようにぬいぐるみを作るなんてのはどうだ!」

 

「「あーだこーだあれだこれだ!」」

 

 熱心に売り込みまくった結果、雪だるま式にどんどん取り組みの規模が大きくなっていった。

 

 また、デビュー以来無敗で北海道三冠を成し遂げた事や、本人自身の人望も拍車をかけて、ドクスパは少なくとも北海道だけで見れば、オグリをも上回るスーパースターへと進化したのである。

 

 北海道だけオグリキャップのグッズ販売の業績が芳しくなかったり、ドクスパの三冠のレースは珍しく万単位の入場者数を記録したりなど、官民ともに前向きに協力してくれたことも相まって、俺が予想していたよりも遥かに強大な規模で、ドクスパブームが北海道で巻き起こる事になったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

北海道で起きたドクタースパートブームは、局地的なマーケティング集中戦略として、最も成功したブームとも言われ、当時理事長であった氏が官と民を円滑に結んだことによって、最大限の効力を発揮したのである。

 

この成功は、のちにホッコータルマエなどといったご当地ウマ娘戦略に影響するのだった。

 

また、ドクタースパートは当時の最先端の科学を取り入れたスポーツ医学の先例となった。

 

足に不安を抱えていた彼女が無敗北海道三冠を成し遂げられたのは、経験則ではなくデータに沿って適切なトレーニングを施すことができたところが大きかったのである。

 

―2022年、理事長亡き後に放映されたドキュメンタリー番組のフレーズより引用―




ん?流れ(歴史)変わったな

悪徳記者がどうなったかは、想像にお任せします



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エセ理事長、出世が決まる

 春になってからというものの、ドクタースパートの布教活動に獅子奮迅の働きをしたり、その過程でさらにコネを広げまくったりと、中央に負けまいと言わんばかりに北海道の隅々まで頭を下げ、駆け巡った。

 

 相次ぐ長距離移動に体中が悲鳴を上げるのだが、その甲斐あってかプロジェクトは成功を収めることができた。

 

 ひとたびドクスパがレースに出ようものなら、北海道のメディアはドクスパ一色となり、役所と企業の絶妙な提携によってグッズ販売などといった事業がうまい具合に刺さり、お互いに儲けられてwin-winな関係になっている。

 

 そのような目に見える成果を収められたおかげか、大変嬉しい事に俺は出世することになった。

 

 出世先とはズバリ、ホッカイドウシリーズの運営の代表である。

 

 やったぜ

 

 より上の地位になることで、さらに大きな改革を推し進めることができるようことに胸が躍る半面、苦楽を共にし、慣れ親しんだここからおさらばになってしまうと思うと、なんだか寂しい気持ちになる。

 

「……5年か」

 

 陽に照らされた理事長室の窓際に立って、外に広がる田原と、その手前に並ぶ防風林というありふれた田舎の景色を眺めつつ、俺はひとり呟く。

 

 世間から『日本のゴルビー』と呼ばれるほど、この時代において進歩的な改革を行い、わずか五年で経営状態を大幅に改善した。

  

 ここまでやれば、しばらくの間は安泰だろう。

 そう考えると、もう俺の役割は終わったのかもしれない。

 

 しかし、どうやらまだ居場所があるようだ。

 今年度いっぱいで俺はここから離れ、札幌を拠点としたホッカイドウシリーズの頂点に立つのである。

 

 さぁ、後は後任を決めつつ、五年間共に歩んでくれた職員のみんなに対する感謝の方法を考えるとするかとのびのびしていると、トレセン学園理事長として最後の仕事が舞い込んできた。

 

 ずばり、"スウェーデンの王様をおもてなしする"ことだった。

 

 どうやら、3月に行われるクロスカントリースキー大会のゲストとして訪問する際、ついでに寄っていくとのことらしい。

 ざっくりとした説明だが、そのまんま過ぎてこれ以上でもこれ以下でもない。

 

 唐突なお偉いさんの来訪に、俺は思わず震え上がる。

 だが、ここぞとばかりにチャンスを見出すのが経営者たるもの…

 これは海外進出のチャンスであり、もし成功すれば、地方の中でホッカイドウシリーズは多大な影響力を持つことになるだろう。

 それに、最後の仕事が"王様をもてなす"だなんて、むしろ名誉なことじゃないか。と、自分を鼓舞する。

 

 かくして、俺は理事長として最後の大仕事に取り掛かるのであった。

 

 

 

 国際的な関わりの場合、相手を理解することが最も優先されるだろう。

 日本だと通用するジェスチャーポーズが、海外の場合実はとんでもない意味を持っていて…というような事態を避けるべく、最低限の知識が必要だ。

 そのため、スウェーデンの歴史や文化や風土など、ざっくりとだが一応の教養を身に着けるべく、臨時的に授業を行う。

 教員側もそうだが、俺も学ぶ。

 ましてや、俺はここの代表者である。

 代表者である以上、さらに深い知識が必要とされるので、俺は人一倍スウェーデンの勉強をする。

 

 その間、どのような方法でスウェーデンの王をもてなすのか、行政と民間会社と相談して、コネコネと案をまとめ上げる。

 めっちゃ大きな催しをするのかと身構えていたのだが、行政いわく、そんなに長く滞在する予定はないとのことなので、めっちゃ派手にしなければならないわけではないらしい。

 また、おそらく見たいのはレースではなく、学園の方らしい。

 

 行政以外にも、そういった国外のVIPを迎え入れた実績のある会社や、大使館からのアドバイスを取り入れたりして、どういったルートで案内したほうが良いのかを策定する。

 

 さらに、学園周辺の警備強化や、暴徒に襲われた際の対策方法を教授されたりと、警察方面との連携を深めていく。

 

 そうこうしていくうちに紅葉が舞う季節になり、葉が地面に落ちると次は冬虫が舞い、いよいよ雪が降ってきた。

 

 その間、俺はヒーヒー(50代おっさん迫真の息継ぎ)言いながら、必死にしがみつくが如く諸々の作業をこなしていく。

 また、職員や生徒、その他大勢が、皆一つの目標に向かって努力をしている。

 

 そうするうちに、北海道の長い冬はあっという間に過ぎ去っていった。

 

 そして3月、ついに時が来た。

 

「……ふぅー、よし、がんばるぞ」

 

 出勤前、武者震いを抑え、自宅の玄関で自分自身を鼓舞する。

 決戦の時が、来たのである。








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エセ理事長、北欧に影響を与える

――レースを盛り上げたい!――

 

 という大志を胸の内に秘めているウマ娘が、スウェーデンにいた。

 そのウマ娘はのちに、『北欧シリーズ創始者』または『北欧版理事長』と呼ばれるのであった。

 

 

 

 

 

「いろんな人にレースの魅力を知ってもらいたいんだけどね、まぁその…うまくいってなくてさ」

 

「うーん、ご苦労さんとしか言えないね。はっはっは…」

 

 ゴトランドというウマ娘は、トレセン時代の友人に愚痴を漏らしていた。

 

 母がウマ娘であるゴトランドは、幼い頃に両親に連れられてレースを観戦した事をきっかけに、次第にレースの世界に興味を示すようになった。

 

 それからというもの、小学生を対象にしたレースに参加して賞を取ったり、列車と並走したり、余裕があればレースを観戦したりするなど、年を追うごとに走りに魅せられていった。

 そんな彼女がトレセン学園に入るというのは、至極当然の流れであっただろう。

 

 スウェーデン王立トレーニングセンター学園に入学した彼女は、今まで抑え込まれていた"走る"という本能的欲望が爆発したかのように、思うが儘走りまくった。

 

 そして、仲間とともに切磋琢磨ししつつ、トレーニングに励む日々を送ること数年、いよいよデビューの時が来た。

 

 彼女は勝ったのである。

 そして、彼女の躍進はデビューだけに留まらなかった。

 スウェーデン、ノルウェー、デンマークなど、北欧各国を跨いで善戦したのである。

 

 しかし、世間の多くは無関心であった。

 それも彼女に対してではなく、レース産業そのものに、である。

 

「大外から全員ぶっこ抜いて勝つあの快感…!レースの手に汗握る展開に興味がないなんて、人生の半分損してるなんて言っても、過言じゃないッ!!」

 

「この国はあんまりレース産業が盛んじゃないからな、しゃーないしゃーない」

 

「う~ん納得できないよ~…」

 

 程よく冷めたウォッカが、二人の体を温める。

 グラスに一杯、二杯と注ぐたび、二人の顔はうっすら赤くなっていった。

 

 スウェーデンのレース産業の起源は古いが、その割には規模があまり大きくなく、それはつまり民衆の関心がレースに向けられていないという事を指していた。

 

 レースの魅力を肌身をもって感じ、心の底から心酔して信仰している彼女にとって、人気がないという現実が、はっきり言って耐えられなかったのである。

 

『誰もやらぬのなら、私がやる!』

 

 今も昔も、それが彼女のモットーであった。

 野心に燃える若きウマ娘は、残りの人生のすべてを自分の理想に捧げる覚悟を決めたのである。

 

 しかし、その道のりは果てしなく長いものであった。

 

 イベントをしたりして新たな顧客獲得に向けて奮闘しているが、いまいち打撃力が欠けており、決定的な手ごたえがないと感じていた。

 

 理想と現実の乖離に、次第に疲労感が溜まっていった。

 

 そんな時、一時的に日本から母国へ帰ってきた友人から「せっかくだから、飲みに行こうぜ!」という連絡が入った。特に深く考えることなく、彼女は誘いに乗った。

 

 そして、今に至るのである。

 

「はぁぁぁ……ほんと、どうすればいいんだか」

 

 カタンと音を立ててグラスを置き、テーブルに顔を近づけるようにぐったりと倒れる。

 そんなゴトランドを見て、友人は苦笑いする。

 

「はっはっは……ところでさ、レースを盛り上げるのに役に立つ…かもしれない話があるんだけど、聞く?」

 

 友人がそう言った瞬間、ウマ耳がピクッと反応するよりも早く体を起こし

 

「もちろん!!」

 

 と叫んだ。

 

「okej、okej、その気があるんだって言うんだったら……みっちり話したる……!」

 

「どんとこい…!」

 

 スウェーデン王立国営銀行日本支部で勤務しているその友人は、とある成功例を話に挙げた。

 その例とはズバリ、旭川トレーニングセンター学園のことであった。

 

 地元を重点的に当てた広報戦略や、官民が連携した事業などといった策を、悩める友に伝授する。

 それは確かに有意義なものであったが、口伝えであるため、はっきり言って解像度に限界があった。

 

――これは、直接聞いて学ぶしかない!――

 

 そう決心するのに、あまり時間はかからなかった。

 

 ゴトランドは、理想のためならばなかなか肝の据わったウマ娘であった。

 そんな彼女は、一世一代の賭けに出ようとしていた。

 それは、"王に対する直談判"であった。

 

 

 

 

 

「……フゥ」

 

 宮殿の執務室を前にして、彼女は深く息を吐いて心を落ち着かせる。

 これほど緊張したことは、レース以来だろうか?と、不意に何十年も昔の記憶が蘇る。

 しかし、その思い出に浸っている余裕はない。

 

 意を決して扉に手をかけようとしたその時、ドアノブがひとりでに回った。

 全くもって予想外の出来事であった。

 

 中から出てきたのは、まさに国王であった。

 

「おぉ、ゴトランド君じゃないか」

 

「…ッ!こんにちは、国王陛下」

 

 ゴトランドは慌てて姿勢を正し、軽く頭を下げる。

 

「今日は何用かね?」

 

「はい……実は、陛下にお願いがあって参りました。少しだけ、時間を頂けないでしょうか?」

 

 彼女は単刀直入に切り出した。

 それに対して、王は優しく微笑む。

 

「もちろん、構わんとも。ささ、入りなさい」

 

「失礼します……」

 

 王の好意に感謝しつつ、ゴトランドは部屋に入った。

 

 応接用のソファーに座るよう促されたので、言われた通り腰掛ける。

 すると、召し使いがすぐに紅茶を持ってくる。

 

「ありがとうございます」

 

「なに、気にすることは無い。……それで、頼みたいこととは何だね?」

 

「はい。単刀直入に言います、来年3月の訪問予定に、旭川トレーニングセンター学園を組み込んでくれませんか」

 

「ふむ、なるほど」

 

 ゴトランドの発言に、王は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐさま元の柔和な顔に戻る。

 

「それで、なぜそのような事をするのかね?」

 

「…我が国のレース産業繁栄の為に、学べる事があるからです」

 

「ほぅ……」

 

 王は、興味深そうな視線を向ける。

 

「まず、レース産業の発展に必要なものは何かという事を考えました。そこで思いついたのは、先駆者に習う事です。旭川トレセン学園は、かつて経営難でした。しかし、奇想天外な策を打ち出し、それらを立て続けに成功させたことで、北海道のレース産業を盛り上げるとともに経営状態を改善しました。このように成功した旭川トレセン学園から学ぶことこそが、我が国のレース産業の未来を切り開く鍵となると考えたのです」

 

 王は、ゆっくりと頷く。

 

「そしてもう一つ、これは私の個人的な理由なのですが……私は、あそこをもっと知ってみたいんです。あの学園の素晴らしさを、もっともっと知りたいと思ったからこそ、こうしてお願いしている次第です。……どうか、お願いします!」

 

 そう言って、ゴトランドは深く頭を下げた。

 それを見た王は、彼女の誠意に応えようと決意を固める。

 

「……分かった。そこまで熱く語るのなら、訪問予定にその学園を組み込もう」

 

「……~~はいっ!ありがとうございますっ!!」

 

 彼女は心の中でガッツポーズをした。

 

 

 

 

 

 それから数ヶ月の時が経ち、ついに訪日の時が来た。

 

 前半にクロスカントリースキー大会の観戦を行い、中盤に旭川トレセン学園の視察、後半に市長らと会談を…というのが、ざっくりとした日程である。

 

 そして、今は中盤、そう視察の真っ只中である。

 

「こちらが寮となっております。我が校は中央の二寮制のような巨艦主義とは違い、より小規模な寮を何個かに分けて――」

 

 メディアに囲まれながら、学園の理事長自らが率先して紹介を行う。

 ゴトランドは訪日に備える為に日本語の勉強をしていたが、いかんせん勉強不足であった。

 日本語という言語は他言語と比べると不規則に変化し、その変化のバリエーションももはや把握できない程あるため、世界的に見てかなり難解な言語である。

 

 「ありがとう」「さようなら」といった簡単な言葉は音で認識して理解できるが、漢字が混ざったり方言が入ったりする言葉の理解は範囲外である。

 

 理事長がはりきり過ぎて説明がやや長くなってしまう事も拍車をかけて、翻訳家を交えながらの視察は、想定以上に時間を浪費することとなった。

 

 かくいう事態が発生したが、伸びることを想定した日程を組んでいるので、なんとかなっていた。

 

「こちらはばんえいレース用のソリとなっています。重さはおよそ一トンにも及ぶため、これを引っ張るウマ娘は筋肉をたくさんつける必要があります」

 

「お〜~~!」

 

 ばんえい用のソリを前にして、群衆から声が上がる。

 冬季故に、ご当地名産物であるばんえいレースを披露することができないのが大変名残惜しいが、その分魅力を説明して、補う。

 この時ゴトランドは、空港で熱烈に迎えてくれた、やけに筋肉がすごいウマ娘を思い出す。

 これが友人が言っていたBANEIか…確かに、あれだけ鍛えないと厳しいだろうな…うん、アリだ。と、納得する。

 

 余談だが、欧州の人は筋肉系美女が好きな人が多いらしい(((

 

「こちらは教室になっております。わが校は一勝よりも一生をというスローガンのもと、成人してから役に立つようなスキルを教えることに注力しています」

 

「こちらは職員室。受動喫煙の危険性を鑑みて、校舎内の禁煙を定めると共に、喫煙ルームを設けることにしました」

 

「ここはトレーニングルームとなっております。財政的に厳しくて中央ほど設備が整っているわけはありませんが、スポーツ医学の導入によるトレーニングの効率化で、差を埋めようと取り組んでいます」

 

 などと、その後もゆっくりとしたペースだが視察は続く。

 

「あ~、思いのほか何とかなったな……」

 

 と、理事長は呟く。

 時間オーバーしてしまうのでは?と懸念しながら案内を続けていたが、そのような不安の予想に反して予定通り終わったことに安堵したのである。

 しかし、戦いはまだ終わっていなかった。

 

「リジチョー。少し、あなたとお話ししたいのですが…」

 

 自分の役職名を言われて振り返ると、そこにいたのはスウェーデンウマ娘レース協会の代表…そう、ゴトランドがいたのである。

 

「ど、どうもこんにちは、ゴトランドさん!何か、お話でも?」

 

 通訳を介して、二人は会話をする。

 

 スウェーデンのレース産業はあまり栄えていない事

 自分はその現状を変えたい、盛り上げたいという事

 そのため、成功した実績があるここをもとに、改革したいという事

 そのために、個人的に話をしたいという事を伝える。

 

「成功の秘訣というものは、あるのですか?」

 

 と、ゴトランドは聞く。

 すると理事長は、こう答えた。

 

「シンプルなことです。皆で"協力"して策を練って、実行して、信頼することです」

 

 そのことを通訳を介して聞いたゴトランドは、顔に"?"を浮かべる。

 

「本当にそれだけか?」

 

 と…

 

「はい、よく言われます……ともかく、今まで実行してきた改革の数々は、皆の協力が無ければ、実行されることすらなかったのです。そして、あれほどの成果を収めることができたのは、みんなが信頼してくれて、最大限の働きをしてくれたからです。だから、私は皆に感謝しています。それはもう、感謝しきれないほどに…」

 

 思いのほかあっさりとした答えに、ゴトランドは呆気に取られる。

 なぜなら、もっと深い理由があるかと思っていたからだ。

 しかし、あの理事長がそういうのならきっとそうなのだろうと、自分を納得させる。

 

「ゴトランド会長、時間です」

 

 通訳の者が、腕時計を見て言う。

 楽しいことに限って時間が早く過ぎるように感じるのは、もしかしたら万国共通かもしれない。

 

「そうか…」

 

 と、ゴトランドは悲しげに漏らす。

 しかし、予定を優先しなければならない。

 

「アリガトウ」

 

「…!?こ、こちらこそ…」

 

 理事長は、ありがとうと喋ったことに驚きを隠せなかった。

 

 かくして、旭川トレセン学園の訪問は終わった。

 

 その後ゴトランドは、理事長がした改革をスウェーデン風に置き換えた改革を、国王の後援のもと、皆と協力して考えて、実行していく。

 

 後にゴトランドは、こう語った。

 

―今の北欧シリーズがあるのは、彼によるところが多い―と…



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エセ理事長、旭川トレセン学園から去る

 スウェーデンの視察団をもてなしてから数日経った。

 時は3月末、春の訪れが遅い北海道の雪の下で寝ていた花が、芽を咲かす時を今か今かと息を潜めている時だ。雪が溶ければ、すぐに緑が蘇るだろう。

 

 学期が変わる合間には妙な静けさがあると、五年間経験してきた俺は思う。

 一部の生徒は卒業して学園を去り、残った生徒も実家に帰るなどしているためか、いつにも増して人の気配が薄く、静かだ。

 

 学友と共に学び、そしてトレーニングをして6年間を過ごした生徒らは既に卒業し、自分が社会に出て大丈夫かと不安に思っている頃だろうか。

 大丈夫だ、社会に出て役に立つスキルは既に身に付けている筈なのだから、ケツとタッp…

胸を張って、自信を持ちなさい。と、鼓舞してあげたいところだ。

 社会というゴールなきレースに身を投じる彼女らの人生に幸多からん事を願いつつ、俺はここから去る準備をする。

 

「これは私物、これも私物……これはここに、こいつもここに…か。……ええっと、あんぱん???あ、賞味期限切れ間近じゃねぇか!」

 

 耳を澄まして周りに誰もいないことを確認するなり、勿体ないので、流れるような自然な動作で危険物の処理(意味深)をこなす。

 

 自分で掃き掃除をしたりして、日頃から見える所の整頓を心掛けているつもりだったが、改めて見てみると、普段客人に見せないような見えない所がまぁまぁ汚かった事が判明する。

 という訳で、後任の者に不快にさせないよう隅々まで念入りに掃除をしているのが現状だ。

 因みに、この部屋には俺しか居ないからか、無意識の内に独り言が多くなる。

 

「よし、これで全部かな……」

 

 あらかた整理を終え、段ボール箱の中に私物を詰め込んでいく。

 私物を入れた段ボール箱は一旦家に持ち帰り、札幌へ引っ越すついでに持っていく予定だ。

 

 それはともかく、綺麗になった理事長室を眺める。

 

「……うん、綺麗だ」

 

 理事長として過ごしたこの場所ともお別れである。

 

 俺は椅子に腰かけ、窓から景色を見渡す。

 

 今日も良い天気だ。

 窓の外には雲一つない青空が広がり、太陽が燦々と輝いている。

 

「今日で最後なんだな……」

 

 この景色を見るのもこれが最後かと思うと、やはり寂しさを感じるものだ。

 感傷に浸る俺は、目を閉じる。すると、数日前の出来事が脳内のスクリーンに映し出された。

 

 一番始めに映し出されたのは、俺の出世祝いに職員のみんなが盛大に祝ってくれた時の出来事だった。

 "出世祝い"と書かれた襷を掛けられ、職員のみんながカンパして買ったなんか凄そうな酒を貰った時、俺は感動するあまり嬉し泣きしてしまった。

 

 次に、色々な方面から俺の出世を祝う祝電が掛けられた事が映し出された。

 取引先の業者はもちろん、右派左派の地元の大物政治家や労働組合など、色々なところから祝電が掛けられた。

 

 また、俺が次期ホッカイドウシリーズの代表になる事を告げるメディアも映し出された。

 "ホッカイドウシリーズの次期代表はあの理事長!期待高まる!"だとか、"理事長、北海道を改革か!?"など、極めて好意的な記事が、主に地元メディアを中心に出されていた。

 その一方で、本土の方…特にURAの反応は芳しくなく、批判的な主張をするメディアが目立っていた印象がある。

 

 ひととおり思い出を再上映した後、目を開ける。

 

「よし、頑張るか」

 

 寂しさは決心に変わり、次なるプロジェクトを成し遂げようとする原動力になる。

 俺のレースは、まだまだ続くのだ。




第一章 完



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落日 平成不況とホッカイドウシリーズ運営編
エセ理事長、ホッカイドウシリーズの代表になる


=ホッカイドウシリーズの現状=1990

・不穏な株価降下

あれ?おかしいぞ?

株価が下がってる?

まぁ、たまにはこんなことがあってもおかしくないだろう

大丈夫、きっと上がるはずだ

 

・レジェンド理事長

今代の理事長は、改革に意欲的なようだ

もっとも、成功するかどうかは置いておいての話だが……

話題性が少しずつ増加する

経済力が少しずつ増加する

やる気が少しずつ増加する

 

・オグリコール

「オグリ!オグリ!オグリ!」

誰もがそう叫んでいる。

地方の寂れたトレセン学園から彗星の如くデビューしたオグリキャップは、瞬く間にアイドルホースの座に上りつめた。

これにより、普段なら見向きもされない地方レースに民衆の関心が向くようになった。

話題性が少し増加する

経済力が少し増加する

 

・ドクタースパートブーム

ここにはオグリやイナリワンにも劣らないスターがいる。

その名もドクタースパート!

北海道無敗三冠を成し遂げ、圧倒的な強さで全道民を魅了した。

官・民の絶妙な連携体制が、ブームの効果を底上げしている。

話題性が大幅に増加する

経済力が大幅に増加する

やる気が大幅に増加する

エースウマ娘出現率がUP

 

・中央、地方、北海道

ここ最近、レースの世界を志すウマ娘と親に新たな選択肢が浮上してきている。

スポーツ医学の大々的な導入や、卒業後の進路サポートなどといった改革が功を奏し、新たに北海道という枠の概念が浸透しつつある。

話題性が少し増加する

経済力が少し増加する

エースウマ娘出現率がUP

 

・陰の実力者

官・民・軍、北海道の隅々まで友好関係を広めた元理事長の活躍によって、我々の事業は成功しやすくなっている。

背中には気をつけろ

やる気が大幅に増加する

 

 


 

――助けてお嬢様!――

 

 と、目の前にそびえ立つ爆弾(拓銀もとい植銀ビル)を前にして、心の中で叫ぶ。

 しかし、そう叫んだところで某お嬢様は餡パン男のように助けに来てくれるわけがない。

 嗚呼悲しいかな、この世界線に彼女はいないのである。

 

 崖っぷちだった学園を見事に再建することに成功した俺は、その手柄を上層部に認められて、大変嬉しい事に出世が決まって早数ヶ月、その間にスウェーデン視察団おもてなしや禁煙を推し進めたり、後任への業務移管作業だったりとキツい仕事を乗り越えて、遂にホッカイドウシリーズの代表となった。

 

 もはや言うまでもないだろうが、ホッカイドウシリーズの経営は、かつての学園経営のそれとは圧倒的に規模が違う。

 

 札幌・旭川・函館・岩見沢・北見にある加盟校やレース場、そして子会社と、数千に及ぶ従業員と生徒を従える、北海道を基盤にした巨大企業である。

 

 そんな巨大企業ともなれば、動かせる金が増えるというのは当然の理だろう。

 まぁ、デカくなった分、出ていく金も多いのだが…それはともかく、昨年巻き起こしたドクタースパートブームによって利益がかなり出た。

 行政と民間の緻密な連携によって効果と利益が底上げされた結果であり、当然、それに携わった行政と民間企業も恩恵を受ける事ができ、みんなwin-winな状態である。

 

 このブームによって一気に北海道経済に対する莫大な影響力を有する事ができ、一部の専門家曰く、植銀に次ぐ影響力を保持していると評される程になった。

 これによって、これから実行する官民を巻き込んだ計画は少しばかり実行しやすくなるだろう。

 

 ひとまず、一連の利益による蓄えで、向こう数十年は経営を維持する事ができるだろう。

 

 しかし、維持するだけでは生存競争に勝てないというのが経営の世界だ。

 新しい事への挑戦を怠れば、やがて他所に追い付かれ、抜かされ、いずれジリ貧になるだろう。

 勝つというよりも、生きる為に前へ進むというニュアンスが、最も正しいだろう。

 

 不況という希望が見えない荒波の舵取りを、俺がしなければならない。

 少しでも裁量を誤るものなら、北海道経済と共に沈没してしまう。

 あまりにも重大な責任に「俺に北海道経済が懸かっているのか…」と、心が締め付けられる。

 

 ふと、頭の隅にこんな考えが浮かんだ。

 それは、"俺がこの世界に転生したワケは、北海道を救う為なんじゃないか?"と…。

 考えすぎかもしれないが、それぐらいデッカい使命がなきゃ、神はそう簡単に転生させてくれないだろう。

 そうだ、そうなのだ。きっとこれは三女神から授かった天啓なのだ。と、自分を鼓舞する。

 それぐらいデッカく精神を構えなければ、やっていけないのだ。

 

 という訳で、さっそく改革していく。

 

 動かせる金が増えたのなら、ここはリゾートなりベンチャーなりでデッカく大量投資で利益爆上げ…!と行きたい所だが、それは確実に失敗する。

 なんでそうなるかって?バブル崩壊が起きるからなんだよなぁ。

 未来知識チート様々である。

 

 もはや説明するまでもない、日本の経済と希望をどん底に突き落としたヤベー不況である。

 人や文献によって具体的な発生年がずれるが、少なくとも、1989年12月29日に発生した株価の大暴落が決め手だろうと俺は考えている。

 そう、実はもう崩れているのである。

 

 だが、大衆の多くは「きっとすぐ回復するだろう」と、「おいおいそりゃ不味いぞ」と言いたくなるほど牧歌的で、そして恐ろしいまでに楽観的な考えのままなのが、現状だ。

 

 遠方で発生した地震が、すぐに自身がいる場所に影響を及ぼす訳ではないように、株価が大暴落したところで、世間にすぐに影響を及ぼす訳ではない。

 そのタイムラグを察する事が遅れた結果、悲惨な目に……という事は、想像に容易いだろう。

 

 危機を察知して、すぐに売り逃げすることができた者はどれ程いるのだろうか?と、俺は思う。

 結局いつの時代も得をするのは、冷静な判断と大胆な決断ができる者だけなのだ。

 

 では、タイムラグという最後のセーフティーラインに乗り遅れた大多数の民衆と社会はどうなってしまうのか?

 そんな者達に訪れるのは、不景気という重石を背負わされる運命である。

 

 銀行は貸し渋り、給料は下がり、ボーナスもカット。しまいにはリストラと来た。

 そして、備え無しの中小企業群は次々と窒息して倒れ、そのシワ寄せは大企業にもジワジワと押し寄せてくる。

 既存の従業員の面倒を見るだけで精一杯の辛うじて生き残った企業は、新規採用を絞り、結果就職氷河期の到来……

 トドメに消費税増税だ。

 

 これから先、転生チートどうのこうのじゃどうしようもならないほどの、文字通り地獄のような時代が訪れる。というか、もう始まってる。

 

 こうなるともう手遅れなので、未だに泡の夢を見ている者に対して目を覚ますように呼び掛けるぐらいしか、俺にできることはないだろう。

 

 それはともかく、俺には乗り越えなければならない壁がある。

 それは、"植銀倒産"である。

 

 これに関しては、説明するとあまりにも長くなるので割愛させてもらう。

 とにかく、この爆弾が起爆した途端、北海道じゅうの中小企業が連鎖倒産を起こして大変な事になるのである。

 

 そんな未来を知っているのなら、なんで助けないの?と、疑問に思うかもしれない。

 理由は至ってシンプル。そんな金が無いからだ。

 某お嬢様のように買収して不良債権を消化して立て直すようなマネができるほど資金力があるわけではないから、自力で生き残るしかないのである。

 

 危機になったときに一番頼れるものは、今まで地道に積み重ねてきたものであると俺は確信している。

 だから、積み重ねてきたものが真の力を発揮する事を信じつつ、俺は改革を考えるのであった。

 

 

 

 

 

 

「ここから先、失われた30年と言われる大不況が訪れるでしょう」

 

1990年に放送された北海道のローカル番組に出演した際、理事長はまるで未来を予言するような発言をした。

 

当時、日本はバブル景気に浮かれており、理事長のような好景気終末論は聞く耳を持たれなかった。

 

だが、理事長のような絶大な影響力を持つ人物の警告は、夢に浸かる民衆に少なからぬ警戒感を与えたのであった。

 

―2022年、理事長亡き後に放映されたドキュメンタリー番組のフレーズより引用―



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エセ理事長、働き方にテコを入れる

「ブルグント上がってくる!外から上がってくる!インからワンステートも上がってきた!逃げるオセアニア厳しいか!?」

 

「……なんか楽しめねぇな」

 

 ホッカイドウシリーズの運営代表になって、旭川から札幌に引っ越して早数週間、ここ最近働きっぱなしなので気晴らしにレース観戦しに来た。

 

 レース見て、レース場のメシ食って、さらにレース見て、帰る。

 そんな大雑把なローテーションを組んで、久々の休日を満喫しようとした……のだが、どうにも楽しめない。

 

 まれによくある、"ダラダラ過ごしてたらいつの間にか休日が終わってて、なんか歯切れが悪い"というあの消化不良な感じではない。

 何とも言えない空白感があって、それが楽しめない理由に繋がっている気がするのだ。

 

「ユーラシアとイースタシアが並ぶ!外からブルグントが上がってくる!大接戦ドゴール!!」

 

 ゴールインと同時に、その空白感のワケに気づく。

 

「あーそっか、おっちゃんがいないからか……」

 

 レース場で一緒に観戦して、メシや酒を飲んで盛り上がったりしたあの土木のおっちゃんがいないのだ。

 いないのはおっちゃんだけではない。

 学園の職員や生徒もいないのだ。

 大切なもの程、失って初めて気がつくというのは、まさにこの事だろう。

 

「……寂しいな」

 

 たった一人、レース場での休日はこんなにも寂しいものだったのかと、俺は悲観する。

 

 寂しい、ただそれだけだ。

 でもそれが、すごく重く、心にのし掛かるのだ。

 

 歳を取れば取るほど、他人との関係が疎遠になると言われている。

 実際、小学生の頃の親友と、定年退職後まで仲が続いているなんて人は、果たしてどれ程の割合でいるのだろうか?少なくとも、そう多く無いことは確かだろう。

 あのときはあれほど仲が良くて親交があったというのに、時が経てばいずれ、先細って無くなってしまうというのはなんともまぁ悲しい事だろうか。

 

 そのような"孤独"という不安感に駆られているのが、ここ最近の出来事だ。

 死ぬ時はせめて、みんなに囲まれたいなと淡い願望を抱きながら、俺はレース場を後にした。

 

 

 

 

 

 

「理事長先生、あまり顔色が宜しくありませんが……大丈夫ですか?」

 

 あれから数日が経ち、今俺は喫煙所で煙草を吸っているところだ。

 左手を腰に当てつつ、右手に持った吸いかけの煙草の灰柄を灰皿にチョンチョンと落としていると、これから会議を共にする役員が、畏まった様子で話しかけてくる。

 

「えぇ、あーまぁね…久々の休暇であんまり休めなかったからかな…」

 

 休みで休めなかったと強調してはいるが、そもそもこの仕事が好きなので、あまりブラックと感じたことはないどころか、むしろ休みなんて無くても何とかなると考えているのが俺のスタンスだ。

 

 その気になれば、年中無休で働けちゃうぜ!……というジョークはさておき、俺を基準に会社の労働体制を作った場合、地獄に住む武富○やジョ○スも真っ青なレベルでブラックになる事が確実なので、部下に対して働き過ぎないように促している。

 

 ブラック企業が出来てしまう原因の一つに、"やりがい"というものがある。

 ざっくりと説明すると、仕事にやりがいを感じすぎてしまうあまり、自分が世間一般的にブラックな環境にいると気づかなかったり、それを許容してしまうというものだ。

 "やりがい搾取"というフレーズが、聞き馴染み深いだろうか。

 

 これの類いは、教員などの公共組織もそうだが、ベンチャーや小規模な会社によく見られるらしい。

 会社が成長して、向上心や愛社心溢れる創始メンバーが出世して管理職になると、「お前ももちろんそうするよな?」という無言の同調圧力を生み出してしまい、断りづらい後出の社員がその雰囲気に飲み込まれ、結果意図せずともブラック化というケースがあったりする。

 

 ざっとやりがいによるブラック化を説明したのだが、俺の場合、ガッツリ当てはまっているんだなこれが(絶望)

 

 自分でも分かるほど明らかにオーバーワークで、実は健康状態もヤバかったりするのだが、いかんせん、これから嫌でも到来する"失われた30年"からホッカイドウシリーズと北海道を守るためならば、命に代えてでも仕事を完遂してみせると覚悟を決めている所存だ。 

 もう歳だし、長生きは無理だろうし、半ば諦めも入ってる。

 つまり、別に今のままでも俺はいいかなという具合だ。

 

 それはさておき、上の圧力によってブラック化してしまうという事態だけは何としても避けたい今日この頃。

 時代的には早いかもしれないが、ぶっちゃけ史実通りに動かなければいけないルールなんて無いし、何よりも苦しい思いをする人を減らすため、俺は働き方にテコを入れる。

 

 かくして、運営代表に就任したその日から始まった"働き方改革"は、今なお続行中だ。

 

 内容を隅々まで説明するとかなり長くなってしまうので、ざっくりとした形で箇条書きでまとめると、こんな感じになる。

・残業代満額支払いや育児休暇推進など、旭川トレセン学園時代にやった労働面の改革を応用する

・残業代支払いを1時間単位から1分単位へ細分化

・パワハラやセクハラ等の根絶をより推進

・コンピューター等の導入によって業務効率化

・処遇改善

・女性が働きやすい環境を作る

等を、今のところ推進している。

 これだけではなく、成果や状況を鑑みて新たに策を加える予定なので、将来的にはもっと増える……筈である。

 

 残業に関してだが、実は少し踏み込んだ改革をしている。

 それは、"定時退社奨励"だ。

 

 そもそもなぜ8時間労働が基準とされているのか?

 ずばり、最も効率的だからだと言われているからだ。

 なお、実は8時間労働が最も効率的だという科学的証明がある訳ではないらしい。

 

 それはともかく、この8時間労働は1886年のアメリカで起きたメーデーから始まり、日本では、戦艦榛名や伊勢を建造したことで名高い川崎造船所が1919年の労働争議の際に導入したことをきっかけに、日本でも徐々に広まっていったという歴史がある。

 

 ややうんちくが臭くなってしまったので、話を戻していよいよ本題に入ろうと思う。

 先ほども述べたように、効率的な労働時間が8時間と言うのならば、8時間を越えた場合、効率が落ちると言うことになる。

 

 それはつまり、残業とは本来の力を発揮しきれていない状態とも解釈ができ、わざわざ非効率な状態に残業代を支払う……つまり余計な金を払っているとも解釈できるのだ。

 

 念のため言っておくが、残業を無駄な行為だと言っている訳ではない。

 前世バキバキ労働者な俺だからこそ、残業のキツさと重要性というものを身に染みて実感している。

 

 しかし、経営サイドから見ると、実は一概に残業が良いとも限らない。

 はっきり言うと、普段よりも効率が落ちている残業をして残業代を払わされるぐらいなら、8時間以内に仕事を終わらせてくれという、経費削減の本音があるのだ。

 さらに、残業をするための夜間照明費や設備等も含めると、案外経営側の残業に掛かる金は多いのである。

 残業代を出し渋るブラック企業や、定時退社を推奨する会社の本音ってこれだったんかなと、心の中で妙に納得する。人道精神だけではなく、結局金も絡んでいたのである。

 

 てな訳で、長々となってしまったが、かくいうざっくりとした事情によって、俺は業務改善による経費削減と高効率化……そしてブラック回避という、見えざる飴と鞭の働き方改革を推奨するのであった。

 

 

 

1990年、ホッカイドウシリーズは政府よりも早く、企業全体で大規模な改革を打ち出した。

 

女性の地位向上や業務健全化を組み込んだ働き方改革は成功し、決断に迷う全国の経営陣に対して、決意を固めるのに十分なインパクトを及ぼした。

 

全国の会社とサラリーマンに希望の光をもたらした改革は、"ホッカイドウ型労働革命"とも呼ばれ、働き方改革の先駆けになるのであった。

 

―2022年、理事長亡き後に放映されたドキュメンタリー番組のフレーズより引用―




死亡フラグは至る所に潜んでいる……



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エセ理事長、サインついでにレースを改革する

「続いてのニュースです。ホッカイドウシリーズ加盟校の生徒数が、中央の二倍になりました」

 

 季節は夏、俺はとあるビッグプロジェクトを進める為、海を渡って盛岡までやって来た。

 昼に市内のこじんまりとしたラーメン屋でラーメンを啜っていると、ホッカイドウシリーズの名が唐突に出てくる。

 

 天井付近の角に分厚いブラウン管のテレビが設置されており、ちょうど今、全国放映規模のニュース番組が映し出されていた。

 

 俺は思わず麺を啜るのを止めて、画面に映し出された中央とホッカイドウの生徒数の推移を表したグラフを凝視する。

 

「グラフをご覧になるとお分かりになると思いますが、制服改革をした年から順調に上がっていき、北海道のドクタースパートブームによってさらに跳ね上がり、今年遂に中央の二倍の規模になっています」

 

 若い女性のアナウンサーが、スタジオに設置されたグラフ図を指差しながら、右肩上がりの推移を解説していく。

 一方で、中央のグラフはほぼ横這いだ。

 これは停滞しているのではなく、上限に達しているが故の推移なのでしょうがない。

 

 それはともかく、いつの間にか中央を上回る規模になったことに、俺は満面の笑みで喜ぶ。

 

 地方が中央に勝った――とは言うが、実際のところ中央は単体で、こちらは函館・札幌・旭川・岩見沢・帯広と5つあるので、母数にものを言わせた感が否めない。

 だが、それでも数だけ見れば中央を凌駕する勢力になり、たった一つの分野でも中央に勝てた事には変わらず、ひいては一連の改革が大成功している事実を表すのに十分だろう。

 

 総評、やったぜ!である。

 

「……お客さん、もしかしてホッカイドウのリジチョーだべ?」

 

 アナウンサーの景気の良い話に釣られて満面の笑みでいると、恐らく70はありそうなシワが目立つ四角い顔をした店主が、俺に話しかける。

 ニタニタ笑った顔を見せるのはどうかと思って、店主さんに顔を向けるときに一瞬だけ仕事モードの神妙な表情をするが、そんな冷静さを上回る喜びに即墜ち2コマされ、「はい、そうですよ」と、笑みを浮かべて答える。

 

「じゃじゃ!?なんて大物じゃ!!」

 

 俺がそうだと答えるなり、店主さんは目を丸くして驚く。

 

「そうだ、色紙があるんじゃ…」

 

 と言うと、唐突に店の奥に行ってしまう。

 店主が店番をしなくて大丈夫か…?とやや不安気味に周りの客と顔を合わせていると、よぼよぼな右手に色紙とマッキーを持って店主さんは戻ってきた。

 

「これに書いてけろ。孫娘がホッカイドウ所に行ったんじゃ、きっと喜ぶべ」

 

「そう…なんですか。ははぁ、わかりました……」

 

 競走ウマ娘ならともかく、まさか一般通過経営者の俺にサインの需要があるなんてこれマジ?本土でも名が知られてるってなかなかだクォレハ……

 

 と言うことはともかく、ある意味北海道経営界のアイドルと化してはいるが、皆が想像するような一般的なアイドルではないので、当然、サインを書いた事なんて無い。

 

「えぇっと、本名?それとも理事長に…」

 

「どっちでもいいんだべ」

 

「あっはい、少々お待ちを…」

 

 サインをどのように書くべきか……その事でかなり悩んだ。

 もう悩むだけではどうしようもないので、ここは無難に仕上げる事にした。一発本番である。

 

 キュキュッとペン先をいつものように扱い、パチンと蓋をして、マッキーと色紙を両手に持って店主さんに返す。

 

「粗末なものですが……」

 

 特に捻る事なく、"理事長"の文字と、その横に小さく自分の名前を書いた程度の、到底ホンモノ達には敵わないクオリティのサインである。

 本当に粗末な出来なので、申し訳ない気持ちで一杯だ。

 

「おーっ!こりゃ我が家の家宝になるんだべー!ありがとうだべ!」

 

 申し訳ねぇ、そしてありがてぇ…

 

 こんな程度のものでも、店主さんが心の底から喜んでくれているのが救いだ。

 

 

 

 

 

 さて、腹を空かして戦は出来ぬという格言があるように、空腹の状態で長時間の会議を乗り越える事は極めて困難だ。

 ちょっとした出来事があったが、一発ラーメンを決めて腹を満たした今の俺は万全の状態だ。

 

 という訳で、伸ばしに伸ばしたビッグプロジェクトの正体を明かそう。

 

 ビッグプロジェクトの正体……それは、"北日本地方レース協力体制構想"である。

 

 名前にもある通り、主にレースに関するより密接な協力体制を築こうというものである。

 具体的には、地方レース間の交流重賞や、指定招待レースを増やしたりして話題性を増やそうというもくろみである。

 

 つまり、地方同士の交流によって活性化を促そう!というものだ。

 

 内容自体はわりと単純なものであるが、いかんせん規模がデカイので、話の進み具合に時間が掛かっているのが現状だ。

 

 岩手県の盛岡や水沢のトレセン学園もそうだが、今はなき宇都宮や、地方の中で強い部類に入る大井や川崎などが予定されている。

 これらの中には、ほぼ民間経営の学園や自治体経営の学園など、様々な経営体制の学園があり、行政と民間が入り混じっている都合上、話の進歩が遅いのだ。

 

 遅い遅いとは言うものの、俺自身の積極的な地方遠征や粘り強い説得、そして積み上げてきた実績も相まってか、ここ最近は体感的に話が加速している気がする。

 

 地方の巨大な提携網はひとまず置いておいて、我らがホッカイドウシリーズはホッカイドウで、独自の改革を考えているところだ。

 

 大きなものから小さなものまで多種多様であり、箇条書きに表すとこうなる↓

・パドック解説を導入

・開催固定化

・協賛レース実施

・広告収入の拡大

・全レース勝負服化

 一つ一つを丁寧に説明していくとかなり長くなるので、できるだけ短くまとめる事にする。

 

 一つ目のパドック解説の導入は、文字通りの意味を持つ。

 今では当たり前の光景だが、実はパドック解説が導入されたのは2002年、しかも北海道が発祥であり、1990年の時点ではまだやっていない。

 

 数年前に土木のおっちゃんとレース観戦をしていた時に漏らした"改善希望"をきっかけに、「そういえばパドック解説ないな」と気付き、あれから数年経ってレースを弄れる立場に立てたことで、かねてより悲願だった改革案を実行する事が出来るようになったのである。

 

 二つ目の開催固定化は、ホッカイドウシリーズが抱える特殊な事情が原因だ。

 

 ホッカイドウシリーズは、五つの加盟校と学園に付属する五つのレース場を抱えている。

 それはつまり、開催地が五つもあることを指している。

 しかし、レースの開催地は固定されておらず、数年おきに移動するという移動開催方式を採用している。

 

 これのせいで、同じレースでも年によって開催地が違い、それによってコースの形状や距離が変わったりなど、かなりややこしいのである。

 また、これが原因で、単純な戦績の比較がしづらかったり、担当のウマ娘を適切なレースに出さなければならないトレーナーの負担に繋がったりと、単純な"ややこしさ"が足を引っ張っているのである。

 

 そこで俺は、大胆な改革を生み出す。

 それこそが、開催地固定化である。

 

 具体的に今のところ

4月~5月は函館

6月~8月は旭川

4~5月と8月~11月は札幌

岩見沢は9月

帯広は4月と10月を予定している。

 

 意外と開催枠に余裕があるので、二場同時開催の予定である。

 

 これはあくまでも現段階の協議途中の予定であり、今後変わる可能性があることを述べておく。

 

 とにかく、開催地を時期によって固定できればややこしい問題を解決出来るはずだ。

 

 三つ目の協賛レースの導入は、そもそも協賛レース自体がなにかを説明する必要があるだろう。

 

 協賛レースとは、簡単に言えば"金を払えば自分でレースの名前をつけられる"レースの事だ。

 既存のレースの副題に企業や組織名をつけられる企業協賛レースと、元からある協賛レース枠に名前をつけられる個人協賛レースの二種類がある。

 

 企業向けは2~3万、個人向けは1万で販売する予定だ。

 

 四つ目の広告収入の拡大は、文字通りの意味を持つ。

 

 レース場の場合、従来よりさらに多く載せる事はもちろんのこと、ホッカイドウシリーズが所有する土地や物件にも広告を載せる事で、いわば限界まで小遣いを稼ぐのである。

 

 五つ目、最後のこれは、今回のレース大改革で最も注力している事である。

 ずばり、全レース勝負服化である。

 

 そもそも勝負服を着れるのは、G1だけという決まりがある。

 ゆえに勝負服を着れるウマ娘というのは上澄み中の上澄みであり、勝負服に埃が掛かったまま選手活動を終えてしまうウマ娘が圧倒的に多いのである。

 

 親族が勝負服発注代をカンパして、いざ勝負服と夢を鞄に入れて中央へ行っても、結局G1どころか勝つことすらできなかった……なんて事は、ごくありふれた悲劇のテンプレートである。

 

 勝負服を着てレースに出るというのは、競走ウマ娘にとっての悲願なのである。

 

 そこで俺は、"全レース勝負服化"を推進したのである。

 

 費用がデカすぎなんじゃないの?と、疑問に思うかもしれない。

 だが、むしろその"大きな出費"こそが真の目的なのである。

 

 経営や政治のニュースを見ていると、「経済を回す」というフレーズが使われている。

 そのフレーズの例として、コンビニのおにぎりで例えてみよう。

 箇条書きになるが、ざっと表すとこんな感じになる↓

・おにぎりを買う(you)

・おにぎりに金を払ったことで、店の利益に繋がる(店)

・さらなる利益拡大のため、おにぎりで儲けた利益を使ってさらにおにぎりを作る(工場)

・おにぎりを作るために、従業員に給料を払う(労働者you)

・給料でおにぎりを買う(you)

というように、おにぎりに金を使ったらそこで終了…ではなく、そのまま金というのは色々な所を経由し、巡り巡って最終的に自分の所に帰ってくるという仕組みがある。

 このように、経済というものは、循環しているのである。

 

 この循環が活発であればあるほど、()←の中に示された個人や組織が利益を得る事になり、さらなる出費を行う事ができ、そして出費先に利益をもたらし…と、回るのである。これがいわば好景気だ。

 損は誰かの得であるように、出金は誰かの入金なのだ。

 

 では、この箇条書きの中のどれかが出費を出し渋った場合、一体どうなってしまうのか?

 

 そう、流れが止まるのである。

 

 このような事態が起こると経済は不活性な状態となり、回っている分が少なくなってしまう。

 それはつまり、世間に流出している金の量が少ない事を意味するのだ。

 そして、事態がさらに続けばやがてジリ貧となり、経済がうっ血…つまり不景気になる。

 

 日本が「失われた30年」と呼ばれる原因の一つに、バブル以前にあった大衆の大胆な購買意欲が無くなり、安物を求めるデフレ思考がトラウマのように根付いてしまい、結果として好景気にあった大量消費が無くなったことで、経済の循環が悪くなったというのが、原因の一つだ。

 

 極論になるが、好景気にするためにはとにかく大量の金を躊躇なくバラ撒いて誰かの利益に繋いで波を作れば、理論上何とかなるのである。

 なお、運が悪いと空振りするし、適切なタイミングで減速しなければ崩壊する。

 

 話がずれてしまったが、この改革が無事議会を通過できれば、ウマ娘の夢を叶える事ができる上、地元の中小、そして零細の勝負服仕立て屋を莫大な特需で救う事ができ、これによってバブル崩壊を乗りきれる可能性が高まる他、話題性から利益を確保する事もできると一石二鳥どころか一石三鳥である。

 

 しかし、先ほども述べたように勝負服代はけして安い訳ではなく、各家庭の負担であり、"一勝よりも一生を"のスローガンに則って費用支援策を実行すると、なかなか金がかかってしまう。

 また、膨大な需要に地元中小メーカーは耐えうるのか等、問題は山積みであり、幾らか妥協が必要になる。

 

 と、かくして必ずしも一枚岩ではなく、問題があるものの、俺は少しでもいい未来へ舵を取るため、改革を遂行しようと引き続き努力している。




方言って難しい……



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エセ理事長、悪魔に囁かれる

「全レース勝負服化に対して、私は反対します。そもそも勝負服は全てオーダーメイドであり、同じ規格の量産ができない都合上、作れば作るほど値段が高くなってしまいます。それが続けば、やがて各家庭の経済力をオーバーしてしまい――」

 

「私は賛成します。勝負服を着られるG1に出られるウマ娘は、全体の1%ほどしかおらず、殆どのウマ娘が勝負服を着れずに、志半ばで夢の舞台から去らねばなりません。99%の悲しい思いをする子を、少しでも減らすべきです。自分の娘はウマ娘で――」

 

「私は勝負服化に対して反対します。そもそも勝負服とは、夏祭りに着る浴衣だったり、結婚式に着るウェディングドレスのように、ハレの日に着る、とてもとても特別な服です。確かに、レースに出ることそのものが特別…ハレではあります。しかし、G1という最上級の栄光の舞台に立った時にこそ着る意味が――」

 

「私は全レース勝負服化に賛成します。中小の勝負服仕立て屋は、好景気にも関わらず全国規模で苦境に立たされています。仕立て屋最大の顧客は中央であり、その中央は大手メーカーや名門家お抱えの仕立て屋と結託して――」

 

「自分は反対します。確かに、全レース勝負服化によって生まれる莫大な勝負服需要によって、地方の中小仕立て屋メーカーは救われるでしょう。それどころか、経済を回す事だってできるかもしれません。経済効果に対しては、認めます。ですが、オーダーメイドという特性と、中小であるという事情で生産能力は低く、恐らく納期が間に合わない事態が多発する事が予想され――」

 

『勝負服論争激化!一進一退、両者の夢と想いが激突!?』

『レジェンド理事長の奇抜すぎる提案、全国で激しい論争!!』

『「勝負服をわかってない」批判多発!流石に進歩的過ぎたか理事長!?』

『"一勝よりも一生を"スローガンが抱える愚かな理想と厳しい現実。理事長どうする!』

 

 "すべてのレースで勝負服を着れるようにしたい"と言い出した事から始まった議論は、お互いの主張がぶつかり合って、これでもかと白熱している。

 

 そして、いつの間にか世間にも全レース勝負服化改革の話が漏れてしまい、今や各マスメディアが連日こぞって取り上げるほど世論に影響を及ぼしてしまっている。

 

 この論争は"勝負服論争"と呼ばれ、炎上に近い形で社会現象になってしまった。

 

 ニュースをつければ、どこのテレビ局も街頭インタビューをして、全レース勝負服化に賛成するか、反対するかを聞く光景がよく見られるようになった。

 

 新聞では、「寄ってらっしゃい見てらっしゃい」と言わんばかりに威勢の良い見出しで民衆を釣り、朝も昼も夜も、読者寄稿欄は不毛な論争を繰り広げる。

 

 スタジオでは、コメンテーターがなに食わぬ顔で自論を述べ、たまに勝負服の仕立て屋や自称専門家を招いて意見を全国に向けて発信する。

 

 今や日本は、夢か現実かで二分されてしまった。

 

 その様子を俺は、隙を見極める剣士のように鋭く、そして冷静に傍観していた。

 冷静に、そして適切な判断をしなければならないのだ。

 

 勝負服を巡って、様々な策が考案されている。

 例えば、汎用勝負服を作る事によって費用を削減したり、トレセン学園を多数抱えている特殊な事情を逆手に取り、各学園ごとに汎用制服勝負服を作る事によって費用削減の他、対抗意識や推しを作り出したりなど、会議室だけではなく、様々なところから多種多様な案が考え出されている。

 

 どれもこれも魅力的であり、メリットもあるがデメリットもある。

 すべての案に共通するものは、理想の為に理想の一部を切り捨てなければならない事だ。

 確実に、恩恵を受けられないところが出てくるのだ。

 究極の取捨選択である。

 

 とにかく、ただ反対するだけではなく、ちゃんと代案や妥協点を用意する"まともな議論"が出来ている現状が幸いだ。

 それだけ皆、勝負服に懸ける想いが本物なのである。

 

 少なくとも今言える事は、全レース勝負服化は無謀な試みだった…と言うことだろう。

 全レースを勝負服化しようものなら、あまりにも金がかかってしまう。

 なので、どうしても費用対効果に気を配らなければならず、皆を納得させるためには妥協し、コスパが良い策を重視しなければならなくなった。

 これにより、全レース勝負服化がもたらす莫大な需要によって地元の中小勝負服仕立て屋を救うという理想は、放棄せざるを得なくなってしまった。

 

 転生して以来、最も大きな挫折である。

 

 しかし、挫折して終わりではない。前へ歩むのだ。

 

 確かに、俺の改革は頓挫してしまった。

 だが、風穴を開ける事は出来たのである。

 

 その風穴には、光が差し込んでいる。

 光の名は、希望である。

 

 希望は残されている。

 

 希望はある――たったそれだけの事が、俺の心を繋ぎ止めていたのだ。

 

「ヴッ"、ゲホッゲホッ……ぬぁぁぁんもぉぉぉん疲れたもぉぉぉん……」

 

 深夜の自宅にて、新聞片手にソファーにもたれかかる。

 こんなときにこそ、人を駄目にするクッションがあればいいのになと切に思う。今は1990年なので例のアレはまだ無い。

 

 目を閉じて、深呼吸をする。

 最近は声を出しっぱなしなので、肺がヒリヒリする。

 

 このままずっと目を閉じていたら、夢の世界へ連れていかれそうだ。そのぐらい、俺はぐったりとしていた。

 しかし、この後着替えだったり、風呂に入ったり洗濯物を畳んだりと、やらねばならない事はたくさんある。だから、目を開けなければならない。

 

 ふとスーツを嗅ぐと、外食で食べたハンバーグの肉汁な香りがほんのり臭ってきた。

 食欲を誘う心地よい匂いの筈なのに、全くもってその気になれず、むしろ「クリーニングに出さなきゃ」という心配事が頭の中を一杯にする。

 

「はは、疲れてんな俺」

 

 わかっちゃうんだよなぁ、これだけは。

 

 希望だなんてポエム臭い言葉で今まで自分を誤魔化してきたけど、もうそろそろきついかもしれない。

 

 ふとした瞬間、悪魔が俺に囁く。奴等は弱味に漬け込んで、甘い言葉で誘惑してくる。

 

――もうやめちゃいなよ――

 

 そんな言葉が、頭の中に響く。

 衰弱している俺の意志を、手玉に取ろうとしているのである。

 

 ドクンドクンという心臓の鼓動が、扇風機の風切り音を上回る。それ以外、何も聞こえない。

 

 

 

 

 

「……やめてたまるかっつーの」

 

 頭の中にいる悪魔に、俺は反抗の意志を見せる。

 今まで崖っぷちを渡ってきたが故に染み付いてしまったのか、俺はこういう危機に貧すると、むしろ逆境に生を求めてアクセル全開で突っ込んでしまうようになっていた。なんせ、そうやって数々の改革を推し進めてきたのだから。

 

 ふとした瞬間、心が熱く燃え上がる。

 

 やってやるんだ、絶対に成功させて、皆を幸せに…ハッピーエンドを目指すんだ!と、心の中で叫び、誓う。

 

 そうだ、この闘志だ。この野心なのだ。

 この原動力がなければ、俺はたくさんの改革をなし得なかったに違いない。

 

「うしっ、頑張るぞ!」

 

 と、自分自身を鼓舞する。

 

 自分が思い描いた通りにはならなかったが、何も夢は潰えた訳ではない。良い形にするという希望が残されているのだから、まだまだやれる事はたくさんある筈だと痛感する。

 俺には、幾万と存在する選択肢の中から、ハッピーエンドにするために必要な最良のものを選択し、決定する義務と責任があるのである。




感想欄のように、この世界線でも勝負服改革に対して様々な議論がなされています
皆違って皆良い…されど選択は一つのみ
そのためには、たくさんの妥協をする必要がありますし、その分期待を裏切らざるを得ません
1億民が見守る決断とはいかに?!という事で次回に持ち越されます


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エセ理事長、重大な決断をする

「ええかおまいら、ワイらは今から歴史に残る瞬間を見るんやで」

 

 大阪訛りの教師は、テレビのリモコンを弄りつつ、席に座って待つ生徒たちに対して意気盛んに言う。

 

 授業を放置してテレビなんか見て大丈夫なの?と、疑問に思うかもしれない。

 だが、よく考えてみてほしい。

 今はまだ1990年、教育の現場というのは、良くも悪くも教員側にとって自由な時代だったのである。

 生徒がいる教室でタバコを吸ったり、灰皿設置は日常茶飯事、自分の匙加減で私的制裁を加えたりと、今の時代を生きる学生からするとゾッとするような"自由"が、かつてあったのである。

 なお、そのような"無秩序"はホッカイドウシリーズ加盟校限定ではあるが、元旭川トレセン学園理事長の働きによって根絶されてた事によって、生徒が安心できる環境になっている事を述べておく。

 

「そういえば…先生がここを卒業する前って、確かまだリジチョーがいたんですよね?

その時のリジチョーって、どんな様子だったんですか?アタシ、貧困家庭救済でここの学校に来れたから気になります」

 

「うーんそうだねぇ……わりと、どこにでもいる普通のおじさんって感じだったね。

私が体験入学の案内の時に裏方役に徹してたりとか、先生たち以外にも私たち生徒からも意見を募ったりとか、そんな事をしてたね」

 

「へぇ~そーなんですか……」

 

 担任の教師がテレビを弄っている間、教卓から見て最後列ドア寄りの席にて、ホッカイクリオネという教育実習生と生徒が暇潰しに会話を弾ませる。

 

「――ところで、先生は全レース勝負服化についてどう考えてるんですか?」

 

「全レース勝負服化かぁ……。うーん、私は現役時代あまり勝てなかったから、"一度でもいいから勝負服を着てレースに出たい"ってずっと思ってたね。だから、賛成寄り…かな?夢があってイイしね」

 

「先生はそう思ってるんですね…」

 

 ホッカイクリオネの話を聞いていた生徒は、途端に目線をやや反らし、耳を無意識のうちに下げる。

 心情を察したホッカイクリオネは、一旦明るいトーンを止める。

 

「…うん、でも、ホントにやるとしたら絶対に厳しいだろうなって思うよ。確かに夢は叶うし、私みたいに無念の想いを抱えて引退する事は無くなるだろうね。けど…」

 

「お金が無いんですよねぇ……ホント、同情するなら金をくれってアタシは思います」

 

 ホッカイクリオネと話をする生徒は、アンニュイな雰囲気を纏わせて内に秘めていた不安を吐き出す。

 しかしながら、その表情は言葉の深刻さのわりにどこか安心していそうだった。

 

 辛い現実があるからこそ、希望や夢が輝く。そして、シンデレラストーリーが華になるのだ。

 走りの才能だけではなく、金銭や家庭環境問題によって栄光ある進路を絶たれてしまう者は、決して少なくないのである。

 

『たった今、中継が繋がったようです――』

 

「うし来た!大丈夫か、みんな見えてるか?」

 

「「見えまーす!」」

 

 最後列にいた数名が答えると、ちゃんと見える事を把握した大阪訛りの教師は、教卓の上に設置したテレビから少し離れたところからテレビを見る。

 

 そして、教室にいる全員は、ノートを手に取る理事長に視線が向けられた。

 

 この光景は、教室だけではなかった。

 

 あるところでは職員室で、あるところでは茶の間で、またあるところではビル街の巨大スクリーンで、職員が、土方が、サラリーマンが、ウマ娘が、ありとあらゆる日本人の注目が向けられていた。

 

 報じるのはテレビだけではない。

 新聞記者も会見場に居合わせて、空中でペン先をスラスラと動かして、すべての発音を書き残す覚悟で今か今かと"時"を待ちわびているしている。

 

 ラジオ局のスタジオもまた、周波数や機械に異常が無いことを再三確認して、後は無事に終わる事を祈るばかりであった。

 

 空気がピリつく中、理事長はノートをパタンと置くと、すぐにマイクに向かって喋り始めた。

 

「皆様、こんにちは」

 

 わりとノートを置いてからすぐに話を始めてしまったため、記者らの反応が遅れてしまう。

 ―あぁ、焦ってしまった―と過ちに気付いた理事長は、一度深呼吸をして、あえて間を空ける事で記者らの反応スピードが追い付くようにテンポを調整する。

 

「今日は遥々遠方からお出でなさった人が多い事を重々存じております。

大変、お疲れ様です。

激務をこなす皆様にこれ以上大きな負担を掛けない為に、できるだけ要約して、短く終わらせます」

 

 理事長が言うように、会見場に集まった記者らの種類は多く、ある者は地元北海道から、またある者は東京から、さらには商売ライバルのURAと深い関わりがある記者など、様々な出自の者が勢揃いで、さながらメディアの大図鑑といった有り様であった。

 

 一方で、取材をする記者らは好印象を抱いた。

 なぜなら、他と比べて情のある労いの言葉をわざわざ最初に持ってきたからである。

 メディアという恨まれる立ち回りをする都合上、たとえどれ程熱意があっても冷たくあしらわれたり、形式的な言葉で済まされてしまう事が多い。

 ―噂に聞いていた理事長って、本当にこんな人物なんだ―と、記者らは心の中で確信したのである。

 

「結論から先に言いますと、"全レース勝負服化"はやむを得ず撤回することとなりました…」

 

 会場に、そして画面越しに見る民衆に「えぇ…!?」と、困惑の声が波及する。

 だが、―まぁ、そうなるだろう―と各々は納得して、困惑の声はすぐに収まる。

 誰から見ても、全レース勝負服化はあまりにも無謀な挑戦であったのである。

 

 しかしながら、観衆の反応は納得して終わりではなかった。

 その先の、代案を期待していたのだ。

 なんせ、あの理事長なら、こんなところで諦める訳がない筈だと確信していたからである。

 

 大方の予想通り、一呼吸置いてテンポを調整する理事長は、全レース勝負服化に替わって新たな案を発表する。

 

「全レース勝負服化という夢は潰えましたが、何も希望まで潰えた訳ではありません。

ハレ着を着せたい保護者のため、応援するファンのため、夢を作る仕立て屋業者のため……

そして何より、ウマ娘の為に、少しでも多くのウマ娘の希望を叶える為に、熟考の末に代わりの改革を行う事となりました」

 

 理事長も、記者も、民衆もゴクリと固唾を飲んで、決断を見守る。

 

「ずばり、"一部レースの勝負服化"であります」

 

 そう来たか!と、民衆は大いに盛り上がる。

 

「具体的には、一勝クラス以上から勝負服を着用する事とし、経済的負担を和らげる為にシリーズと学園側からレンタルできる勝負服を貸し出す決まりとなりました――」

 

 全レース勝負服化は流石に無理、ならせめて――と、デッカイ夢と厳しい現実の狭間で擦り切れんばかりに熟考した末、最終的に落ち着いた案は部分的勝負服化であった。

 

 それから理事長は、さらに具体的な内約を淡々と発表していく。

 

 まずは、汎用レンタル勝負服についてだ。

 ご存知の通り、G1で着るような勝負服は全てオーダーメイドであり、それが原因で生産能力が限られ、受注料が一般家庭からするとなかなか高い。

 また、オーダーメイドという特性上、まとめ買いによる一つ当たりのコスト低減が期待できないばかりか、かえって高くなる可能性が極めて高い。

 

 中央トレセン学園とは、言ってしまえばお嬢様学校のようなもので、親の経済力が高い生徒が多い。(メジロ家やシンボリ家などウマ娘名家の他、大物政治家や経営者の娘など、いわゆる上級国民に分類される親を持つ者が多い)

 なので、ぶっちゃけ親の財力にものを言わせてなんとかなるのである。マネーパワー恐るべし。

 

 対して、地方は一般家庭の場合が多く、中央と比べて財力がキツい。

 ましてや、ホッカイドウシリーズ加盟校は極貧家庭支援策があるため、よりいっそう勝負服というハレ着を買う余裕が無い家庭が多いのである。

 夢を見る為には、金を払わなければならないのだ。

 

 そこで、代わりにホッカイドウシリーズと学園側が格安でレンタルできる勝負服を出す事で、出費という重い足枷を外して家庭の負担を軽減しようというもくろみである。

 

 上半身、下半身、靴、装飾類の4つに分かれており、それぞれを組み合わせる事で、自分好みのデザインにできるという最低限の選択の自由が残されている。

 

 アプリモブウマ娘の勝負服のデザインはもちろんのこと、さらに発展させてアニメウマ娘のキンイロリョテイのようなデザインの勝負服や、その他全体的に凝っているアニメから汎用性が高いデザインを引用することで、色違い抜きでもかなりの種類になる(一期と二期で色違いの勝負服が出てきた事が参考)

 なので、組み合わせ次第では、意外と個人発注の勝負服に劣らない個性を出す事ができるのである。

 

 また、装飾の類いは話を聞いた地元企業や元在校生の寄贈などによって、数百種類にも膨れ上がった。

 

 なお、靴や装飾類など、部分的に自費で購入できるところは自分で買い足して身につける事が許されている。

 

 わざわざ"レンタル"と名が付く以上、レンタル部位は当然の如く返還義務がある。

 勝負服を着用するレースに出走する事を決めた場合、まずは出走登録と一緒にレンタル申請をし、いざ本番の開催週にレンタルした部位が配送され、それを着て本番のレースに出走する。

 そして、レースを終えた後に速攻で返却、回収をして、翌日の開催に間に合うように爆速で洗濯をする。そして、翌日の使用申請者へと回され、レースを終えたら…というループである。

 このレンタルと回転率こそが、勝負服着用範囲を一勝以上まで引き下げられた所以なのだ。

 

 しかし、"一つの服を数名で短期間でたらい回して使っている"ということになるので、使用者からすると、他人が着た服を使っている事に対して形容しがたい嫌悪感を抱く事になるだろう。

 他人の汗が染み込んだ服を躊躇せずに着ることができるか?という事である。

 

 また、数量が限られている都合上、同日にあまりにも多く使用申請者が被るとどちらかが譲らなければならないというジレンマが発生する。(なお、前述したようにサイズや色など小さな部分で様々な種類があるので、文字通りすべての部分で被る事はよっぽどな事がない限り可能性は低い)

 これに関しては早い者勝ちという事にし、あまりにも被る場合が多い場合は追加で発注して、数の力で事態を飽和する予定である。

 

 かくして、レンタル化は金銭的問題のハードルを大幅に引き下げる事になった代わりに、"着用の自由"という大きな代償を支払わなければならない事になったのだ。

 しかし、それでも希望は守られたのである。

 

 では、その恩恵を受けられるウマ娘はどれ程いるのであろうか?

 競走ウマ娘が一勝する確率はだいたい35%ほどであり、G1に出られる確率1%未満と比べると、明らかにチャンスを掴める確率が高くなっている事が一目瞭然であろう。単純計算になるが、ざっと35倍になるのである。

 

 これによって"勝負服を着れずに引退"という確率はグンと低くなり、悲しい思いをするウマ娘を従来と比べて大幅に減らせる事は勿論のこと、一時的ながらも莫大な需要によって地元はおろか、全国の中小勝負服仕立て屋を救う事ができるのである。

 

 しかし、そのような大規模な改革には多大な出費が当然の如く必要である。

 

 各家庭ではなく、実質ホッカイドウシリーズがシリーズ全体の勝負服購入を負担…いわば初期投資のため、ドクタースパートブームで得られた利益を無視できないほど持っていく。

 部位ごとにパターン化した事によって、まとめ買いによる費用削減効果を発揮することが可能になったが、それでも全体として見ると微々たるものであり、理想の為に多大な出費を強いられる結果になってしまった。

 

「――これにて会見を終わりにしようと思います。皆様、お疲れ様でした……」

 

 理事長とその横に座る役員らは立ち上がり、記者達に向かって頭を下げ、礼を言う。

 発表、質疑応答etc…一連の流れを終えた理事長の顔は、鳴り止まんばかりのフラッシュと太陽のような照明、そして緊張によって汗で一杯だった。

 

 胸ポケットから黄色いハンカチを取り出して、顔の汗を拭き取りつつ会見場を後にする。

 

「ふぅー、理事長先生……お疲れ様でした……」

 

 部下の一人が、理事長に対して労いの言葉を言う。

 その部下もまた、くたくたな顔をしていた。

 みんな疲れている。そして、頑張ったのである。こんな、到底叶えられないような理想についてきてくれた部下達に対して、理事長は頭が上がらない思いで一杯だった。

 

 外に出ると、秋の冷たい風が冷や汗で一杯の体を透き抜ける。

 寒いと思うほど、一気に涼しくなった。

 ……いや、緊張から解放されたと言った方が、近いだろうか。

 

「また一歩、前進できたんだ……」

 

 青い空を見て、理事長は言う。

 一歩、一歩づつ、少しづつ、確実に前進している事を、身に染みて実感していたのだ。

 

 希望は続く。



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エセ理事長、一息つく

『ホッカイドウシリーズ、再来年度より勝負服着用レース拡大へ』

 

 終わってみれば、案外なんとかなるもんだったな。と、新聞を読みながら、俺は感慨にふける。

 

 かつて世間を烈火の如く熱く賑わせた勝負服論争は、最終的な決定を下したことで鎮静化へ向かい、ゆっくりと元の平穏さを取り戻している。

 そして、今や民衆の話題は"新しくなったレースはどんな感じになるのだろうか?"というのが中心になっており、ひとまず山場を乗り越えた――と、言ったところだろうか。

 

「なんとかなった……」

 

 本当に、この一言に尽きる。

 

 オグリキャップブームに乗じて加熱した民衆の欲望は、遂に危険な領域へ突入する――

 という冗談はさておき、他の結論次第では、とんでもないバッシングが起きていたかもしれないし、逆にもっと歓迎されたかもしれない。

 

 とにかく、結果論ではあるが、無数にある選択肢の中から"部分的勝負服化"と"パターンレンタル勝負服"を選んだ事が、今のところ一番最適だったように思える。

 

 そう考えると、肩の荷が下りる。

 そうなるのは俺だけではなく、最終的な改革案を共に纏めた役員達もそうだ。

 

 役員や世間の意見、そして勝負服仕立て屋業界を取り巻く現実を鑑みて、この難事業を皆で円滑に団結し、上手いこと形にできたので、感謝しても感謝しきれない。

 なんせ、誰もが誰かのために精一杯、本当に精一杯働いた結果導きだされたハッピーエンドだからだ。

 俺だけじゃない、彼ら彼女らのような普段スポットライトが当たらない立場の者が頑張ってくれたお陰であるという事実を、俺は忘れない。

 

 ひとまず一件落着、嵐は過ぎ去った――とは言え、ここで呑気に休憩をしていたら、ウサギと亀の童話で言うところのウサギになってしまうのが競争の世界と言うもの。

 休むなんて悠長な事はせず、改革を成功させたからには矢継ぎ早に新たなる改革を打ち出して、改革案を推し通しやすくなっている成功の勢いを維持しなければならないのである。

 

 

 

 

 

 一勝以上勝負服化がもたらした膨大な勝負服需要は、レース界隈を大きく揺るがした。

 

 その中で最も影響を受けたところは、誰から見ても仕立て屋業界だろう。

 

 改革以前の勝負服業界は、大手や名家お抱えの工房が牛耳っており、全国に存在する中小規模の仕立て屋は、好景気の恩恵を受ける事なく苦境に立たされていた。

 

 そもそも勝負服を着るG1の数自体が少なく、需要が他の業種と比べてかなり限られていたという事が大きな要因だろう。

 

 そのため、中小の仕立て屋は本業の勝負服で稼ぐ事が難しく、やむを得ず普通の服を作ったりして副業をしなければならなかった。

 

 対して、大手は安定した需要を手に入れていた。

 これは所謂、URAと大手が裏で結託して、安定した需要と供給を維持しようと努めていた事が原因である。

 

 これには大きな理由があった。

 従来の勝負服はオーダーメイド方式であるがゆえ、納期やデザイン力にバラつきが見られていた。

 

 そうした問題を解決するため、両者は影で手を取り合い、ブロック経済圏を作り上げていたのである。

 

 地方の中小仕立て屋は副業で稼いでなんとか食い繋いでいる間、URAと結託して余裕がある大手は勝負服供給に集中でき、安定して高品質な勝負服を製造する……。

 

 質の差は、徐々に開いていくばかりであった。

 

 しかし、そのような関係は1990年の秋に終わりを迎えた。

 

 そう、ホッカイドウシリーズが実施した"勝負服着用レース拡大"である。

 

 G1に出られるウマ娘の数は1%程であるが、一勝以上する数は35%程であり、ざっと需要が35倍に上がる計算である。

 

 この発表に、レースに関連する界隈は震え上がった。

 あるものは起死回生の策と喜び、またあるものは既得利権の崩壊を嘆く……千差万別の有り様を呈していた。

 

 とにかく、需要増大による参入口の拡大は、間違いなく今までの関係を崩すものであった。

 

 しかし、あまりにも多すぎる需要の拡大は、利益の空白地帯を生み出す事となった。

 

 全国の中小、そして大手や名門お抱えの工房がこぞってフロンティアへ乗り出した事によって、勝負服戦国時代が幕を開けたのである。

 

 理事長が実施した勝負服改革は、現行のオーダーメイド方式ではなく、パターンオーダーやテンプレートオーダーと呼ばれる、勝負服においては今までにない特殊な方式であった。

 

 また、数週間に一度激しい使用をする従来から、一日も経たずに何度も激しく使用する超短期間超高頻度使用は前代未聞であり、今までにない使用方法は損耗が予想以上に激しかった。

 そのため、従来型を大きく上回る耐久性が要求される事となる。

 

 これにより、全国すべての仕立て屋は、優れた耐久性と、組み合わせても違和感のない汎用性の高いデザインという難関をクリアする必要が生まれたのである。

 

 このままだと、資金や体力のある大手がまた力を握ってしまう――そんな危機に、あの理事長が鶴の一声を上げた。

 いや、厳密には、頼まれて進言した――と、言った方が近いかもしれない。

 

 何度も重ねて述べているが、中小の体力は貧弱であり、並大抵の事で大手に勝つなどあり得ない。このままでは、各個撃破されてしまう……。

 

――ならば、弱いもの同士で団結して固まれば、大手に対抗できるのでは?――

 

 このようなアイディアのもと、"仕立て屋の企業連合体"を作る支援をしてほしいと、一部の地元中小仕立て屋の社長らが、ありとあらゆる仕立て屋にコネをもつ理事長に頼んだのである。

 

 将来訪れる不景気を乗り切る為には、かつての大英帝国やフランスがそうであったように、北海道独自のブロック経済圏を作る事が攻略の鍵なのではないか?という考えを当時理事長は持っており、理事長は社長らの"企業連合構想"という頼みを快く聞き入れた。

 

 そして、理事長の獅子奮迅の奮闘によって、北海道中の仕立て屋がまとめ上げられていった。

 これが所謂"北海道ウマ娘勝負服仕立て屋協会"の始まりである。

 

 かくして、北海道限定ながらも中小企業は団結し、お互いの知恵と工夫を取り入れあって、膨大な需要と大手に対抗するのであった。

 

 

 

 影響を受けた業界は、仕立て屋界隈だけではなかった。

 使用後に洗濯する代行クリーニング屋や、勝負服用装飾屋、さらには大量のレンタル勝負服を輸送する運送業など、隙間産業とも称される業界もまた、恩恵を受ける事となった。

 

 例えば、代行クリーニング屋はプロ野球のユニフォーム洗濯のノウハウを全面に推して契約を勝ち取り、縁の下で高頻度使用を支える。そして、規模拡大に伴い新たな雇用が生まれる事となった。

 

 業界自体がそもそも小さく、装飾品を作る技術を活かしてそれまでご当地お土産の生産も兼業することが多かった地方の勝負服用装飾屋は、これにより莫大な富を得ることができた。

 また、流れに乗ってブランド化に成功する装飾屋も現れたりなど、急激に規模を拡大する事となる。

 

 運送業も以前からあったが、今回の件によって需要が急激に高まる。

 レースに使われて汚れた勝負服を集め、代行クリーニング屋へ輸送し、洗濯終了後はできるだけ短時間でレース場まで輸送する事は勿論のこと、レース場間や学園間の勝負服輸送を支え、代行クリーニングに並んで無くてはならない存在にまで上り詰める。

 余談だが、その重要さから"勝負服輸送手当て"なる特別手当てが(ほんの僅かな額であるが)出る運送会社があったりもする。

 

 他にも、ウイニングライブ用の衣装や、パドックで着るジャージのスポンサーなど、小さなところで様々な金の動きが見られたのであった。

 

 

 

 では最後に、中央とルドルフはどうだったのか?

 

 ざっくり言うと、「ちょっとヤベーかも」――そんな具合である。

 言葉通り過ぎてかえって説明が難しい。

 

 つまり、精一杯噛み砕いて説明するとしたら、"危機感があまりない"という状態だろう。

 

 はっきり言って、中央の"一部は"慢心していた。

 「たかが一地方が動いたところで、我々の居城はびくともしない」と。

 

 中央は極めて保守的な体質であった。

 最近起きた代表的な例としては、シンボリルドルフが提案した制服改革が最たる例だろう。

 

 実のところ、当初の制服改革案は、旭川トレセン学園を模したブレザータイプだったのである。

 

 しかしながら、学園とURA上層部は既得利権が崩れる事を妬み嫌い、あれほどURAと学園に貢献してきたルドルフからの提案だったとしても、すべて断り続けた。

 文字通り、すべてである。大事な事なので二回述べた。

 

 結局ルドルフの制服改革案は、従来型の配色と色を明るい感じに変える――という、こじんまりとした案まで妥協して、やっと認可が降りたのである。

 

 学園の生徒は制服が可愛くなった事を喜び、改革の主導者であるルドルフを褒め称え、持ち上げた。

 

 だが、当のルドルフは全くもって満足していなかった。

 

 当初の思い通りにならず、結局自分自身は新しい制服を着る事なく卒業してしまい、ルドルフは無念の想いを抱えながら学園を去っていった。

 そしてルドルフは、失敗の中から学べる事が大きく分けて二つある事に気が付いていた。

 

 一つは、"すべてのウマ娘を幸せに"という理想は、他人の意思次第で簡単に崩れること。

 

 もう一つは、"URAはもうだめだ"という事だった。

 

 そんな有り様なので、卒業後にURAからお誘いが来た時、ルドルフは気品溢れる言葉で断った。その時は、少しばかり世間が話題になったものである。




長かった1990年は終わり、バブル崩壊が加速し始める91年に突入しました
勝負服改革の次は、いよいよ本格的に経済対策をしたいところです


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エセ理事長、爆弾解除を試みる

=ホッカイドウシリーズの現状=1991

・崩壊

駄目だった

結局株価は上がらなかった

高いビルの屋上で、紙屑を捨てた大人の行列ができている

株と人、どちらが早く落ちるのか?

経済力が大幅に低下する

やる気が大幅に低下する

 

・起爆時期不明のリミッター爆弾、北海道植民銀行

先送りするな!今ならまだ間に合う!急いで爆弾を解除しろ!

経済力が少しずつ低下する

 

・レジェンド理事長

今代の理事長は、改革に意欲的なようだ

もっとも、成功するかどうかは置いておいての話だが……

話題性が少しずつ増加する

経済力が少しずつ増加する

やる気が少しずつ増加する

 

・中央、地方、北海道

ここ最近、レースの世界を志すウマ娘と親に新たな選択肢が浮上してきている。

スポーツ医学の大々的な導入や、卒業後の進路サポートなどといった改革が功を奏し、新たに北海道という枠の概念が浸透しつつある。

話題性が増加する

経済力が増加する

エースウマ娘出現率がUP

 

・有能な人材の流入

中央の怠慢は地方のチャンスであり、現状維持は緩やかな後退でもある

先見の明ある人材が、希望を求めてホッカイドウへ流れてきている

話題性が少し増加する

経済力が少し増加する

エースウマ娘出現率がUP

 

・陰の実力者

官・民・軍、名家、そして世界まで友好関係を広めた元理事長の活躍によって、我々の事業は成功しやすくなっている。

背中には気をつけろ

やる気が大幅に増加する

 


 

 冷たい雪は溶け、桜が可憐に咲き誇り、新社会人や新入生は新しい環境に緊張しつつ、職場や学校へ歩みを進める。そんな春の季節が、例年通り北海道に訪れる。

 なかなか微笑ましい景色だった。

 

 しかし、世間へ目を向けると、お気楽に過ごしている場合ではない事は明らかである。

 

 例えば、中東の独裁者として悪名高いサダム・フセイン率いるイラクがクウェートへ侵略した事を機に、91年の1月17日に国連軍による空爆が始まり、その後は陸戦を経て4月6日に終戦を迎えた"湾岸戦争"が勃発した。

 

 最新の電子機器兵器や暗視スコープの戦闘映像が茶の間に映し出されたこの戦争は、"ハイテク戦争"と呼ばれる事になる。

 「まるでゲームをしているようだった」という従軍兵の回顧録のフレーズが有名だろう。

 また、背後に沢山の利権が渦巻いた事によって、人類史上"最低"の戦争とも呼ばれるのであった。

 石油利権闇深しである。

 …おや、こんな時間に訪問とは、一体誰だr(((

 

 というアメリカンジョークはさておき、この時、日本は数百億ドルにもなる莫大な支援金を戦後のイラクや多国籍軍に支援したものの、全くもって感謝されなかったどころか逆に批判される事件が発生してしまう。

(念のため述べておくが、ざっくり言うとイスラム教には"金だけ出しておしまい"という行為は卑しい事である的な概念があるらしい。要するに、"気持ちや検討よりも行動を"という訳である)

 

 この"日本政府のトラウマ"は、自衛隊の海外派遣――いわばPKO活動を推し出す事になり、後に自衛隊はペルシャ湾やカンボジア、ゴラン高原やアフリカなど、様々な危険地帯で水道整備や地雷除去等の活動をすることとなる。

 また、これら活動の中には、我らがホッカイドウシリーズ加盟校卒業生も多数参加していた事を、今のうちに述べておく。

 

 中東以外にも目を向けてみよう。

 

 例えば、ソ連ら東側諸国なんかが今年の目玉だろう。

 

 そう、言わずと知れたソ連崩壊である。

 

 ざっくりと言うと、調子に乗って見栄っ張りな事をし続けたせいで、友人に愛想を尽かされて周りから誰もいなくなり、ぼっち・ざ・ぶろっく!(オフ会0人(レーニン)連邦)化してしまうってな感じだ。

 

 また、統治能力チートなチトー亡き後のユーゴスラビアが大分裂を起こして、地獄なんぞ生ぬるい紛争が起きたり、東欧諸国の民主化が加速したりなど、共産主義の失敗が決定的になっていく。

 

 しかしながら、結局が雪解けしても、春のような平和な世の中は訪れなかった。

 

 そんなハイテクと絶望の新時代の幕開けが、1991年なのだ。

 

 さて、この頃になると、いよいよバブル崩壊の兆しが見え始めてくる。

 

 上がるだろうと楽観的に見られていた株価や土地価格は結局上がらず、下に向かってバクシン中だ。そうなるとさすがに「あ、ちょっとヤバいかも~(すっとぼけ)」となる者もちらほら出てくるが、それでも恐ろしい事に、大多数が夢から覚めていないのが現状である。

 

 小さな袋にたくさんの物を詰め込んだ時のように、金融業界はミチミチと音を立てて、今にでも決壊の時が訪れようとしている。

 

 それはズバリ、"不良債権"である。

 

 不良債権を簡単に言うと、土地や不動産の利息等の利益が、投資した元の額に達することができず損した額を指すものだ。

 競馬で言うのなら、単勝や枠連など合わせて1000円を賭けて、結果一部の馬券があたって辛うじて800円だけ返ってきた――この時200円の損が出るのだが、それが不良債権と言われるものだ。

 

 どんな言葉や言語で誤魔化そうにも不良債権は不良債権、損である事には変わらない。

 この損を公に公表――つまり赤字になろうものなら、その暁には信用を失い、無限預金引き出し編のスタートである。そうなれば、流出額は某おにめつの映画の興行収入を優に越えるだろう。

 

――みんなにお金を貸している銀行だからバレたらやばい、バレたら被害がデカすぎる……それだけは絶対に避けなければならない……せや!

 

 結果、隠蔽飛ばし粉飾決済のチキンレースが、大蔵省(現財務省)と銀行ぐるみで行われているのである。

 ブレーキが無い暴走車だって、はっきりわかんだね(絶望)。

 さらにはハンドルも効かなくなる始末と来たもんだ。もう終わりだよこの経済。

 

 はっきり言って、未来知識チートを持つ俺でさえも、これから訪れる未曾有の大不況を防ぎきる事はできない。なんせ、あまりにも桁が違いすぎるからだ。

 

 三欧証券、海一証券、北海道植民銀行……それ以外にも住専や長期信頼銀行、さらにはヘドソンなど、これから沢山の大企業が潰れてしまう。

 

 悔しい事に、それを回避する事はできない。

 将来無くなる企業の支店や本社を通りすぎるとき、毎回胸が締め付けられる。

 それに関わる社員やその家族など、沢山の人がリストラや失業に苦しむ事になる未来を知っていると、手を差し伸べて救いたくなる。でも、できないのだ。全員を救うことはできないのだ。

 なんせ、これからは自分が生き残るだけでも精一杯な時代になり、他人を気にする暇が無くなるのだ。

 

 しかしながら、想いが潰えたところで、なにも希望まで潰えた訳では無いのだ。

 

 そう、今のうちに根回しをすることで、将来起こるダメージを軽減する事が、未来知識チートを持つ俺にはできるのである。

 先延ばしして爆弾がデカくなるぐらいなら、今のうちに火薬をちょっとずつ抜いていけば、爆発したときの被害は少なくなるよねって訳だ。

 

 てなわけで、早速検討ではなく行動を加速していく。

 

 ……とは言え、大企業相手に今すぐにできる事と言ったら、コネと功績を説得力にした粘り強い説得ぐらいしか無いだろう。

 

――今のうちに不良債権を消化しておかないと、おたくのところ将来とんでもない事になるぞ、と……

 

 経営を決定できる立場で無い以上、とにかく説得して、採算の見込みの無い投資にブレーキをかけるよう圧を掛け続けるしか無いのだ。

 

 また、北海道の他の業界にも、これから訪れる不景気に対して警鐘を促し続ける。

 その中には、"希望の肉"や"スノーエンブレム"など、将来大爆発を起こす企業も含まれている。

 

 さらに、不景気に対抗するため、今のうちから銀行の合併に関する取り決めの仲裁も行っている。

 現実では実現しなかっただけあってなかなか難航しているが、まだ余裕があるうちから行動し始めている事に意味があるだろう。

 少なくとも、前世よりかはスムーズに行ける筈だ。

 

 かくして、俺はとにかく多くの悲劇を減らすために、巨大な爆弾群の処理に奮闘するのであった。




まだ間に合う!理事長急げぇぇぇ!!!



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エセ理事長、中央を相手にする

――もしも敵がいるのなら、倒すよりも味方にする事を心掛けるべし――

 

 敵を上手いこと味方に引き込むというやり方は、古来より受け継がれてきた処世術だ。

 こちらに牙を向けるほどの力があるのなら、敵に回して真っ向から戦うよりも、味方にして利用してしまった方が明らかに得だろう。

 

 そのようなワル知恵は、ある時には助けられ、またある時には仇となりつつ、個人間のやり取りから国家間の外交まで、やや卑怯ながらも今にまで受け継がれている立派な戦術である。

 

 このやり方無くして、生存はあり得ないだろう。

 どう頑張って立ち向かっても勝てない相手がいるのなら、大人しく下に付いて強者の利益を享受した方が、競争を仕掛けて一か八かの大博打を打つよりも、安定的に長生きできるはずだ。

 

 独立による貧困か、隷属による繁栄か、究極の選択である。

 

 と、ここまでなんちゃって哲学をひけらかしてきて、さも選択肢は二つしかないように見せたが、実はもう一つある。

 

 それはズバリ、真ん中……いわば、win-winの関係と呼ばれるものだ。

 

 win-winとはすなわち、両者が対等に、そして公正にメリットを享受できる関係の事だ。

 

 例えば、賃貸経営者と入居希望者がいるとする。

 経営者は入居希望者に対して家を貸す代わりに、賃貸料という対価を求める。そして、希望者は対価を払って家を手にする。

 こうして、賃貸料や家など形は違えど、目的にあったメリットを得ることができるのだ。

 

 この理想的なやり方で最も重視されるものは、どちらも対等な立ち位置であるという事だ。

 両者には両者なりの事情がある以上、100%のメリットを受ける事はまず無理なので、そこから折り合いをつけて妥協して、円満解決を目指す必要があるのだ。

 当然、相手を騙して自分だけメリットを得る事は、言語道断なのである。

 

 とまぁ、win-winな関係を説明してきたが、やっぱりどう頑張っても対等になるかどうかは、結局相手次第なところがある。

 

 その相手が天下の中央であるから、俺は絶望している。

 

「ぬぁぁぁん疲れたもぉぉぉん……」

 

 本土遠征から北海道に帰って来た俺は、疲れからか不幸にも黒塗りの高級車へ衝突……なんて事はなく、普通に自宅に帰って布団に寝転がる。中央との交渉キツすぎて頭お菓子なるで。

 

 スポーツ医学改革の時から、元中央の職員やトレーナー等から話を聞いて内部情報を収集し、「あっ(察し)、ふーん」ってな感じで覚悟していたが、一度面を向かって話し合ってみると、想像以上に保守的な体質(かなりオブラートな表現)であることが明らかになった。

 

 はっきり言って、ありゃ商人じゃない。

 とにかく利益さえ上げれればそれで良い…と言ったような面構えの者が多く、そのような考えは態度や喋り方に漏れているような有り様であり、そりゃルドルフの提案が通らないのも無理はないよな……と言うのが、率直な感想である。

 

 まぁつまり、今ある安定した利益を守る事がお仕事な人が多いのである。

 

 安定的な利益を守る事そのものは、皆は意外に思うかも知れないが、言うほど悪い訳では無いと俺は思う。

 常に綱渡りな経営状態な以上、どんなときでも安定して一定の利益が得られると言うのは、今後の経費や投資のバランスを考える事が容易くなり、それだけ金銭的にも精神的にも余裕が生まれるので、正直言うと羨ましい。

 

 と言うことはともかく、安定的な利益を守るあまり、他者(社)に対して盲目的に攻撃的になると言うのは、あまり頂けない。

 

 はっきり言って、今の中央は敵ながらこっちが不安になる程に浮かれてしまっている。

 オグリキャップブームで膨大な利益を得た事と、偽りの好景気によって、先人が築き上げてきた功績の効果をあたかも自分の成果のように錯覚すると共に、イケイケドンドン!な体勢になってしまっているのだ。ダメみたいですね……(達観)

 

 しかし、ここまで来るといっそ白々しくなると共に、攻略材料と言うものがよりハッキリと浮かび上がってくる。

 

 中央という敵を味方にするとっておきの攻略材料……それすなわち、"新しい既得権益"である。

 

 "新しい"と"既得"ってなんだよ一行矛盾するな、いい加減にしろ!と思うだろう。それは日本語の限界と言うものだ。多目に見てほしい。

 

 というジョークはともかく、中央は「とにかくお金がほしいんじゃ!」という人が多い事を、既に述べただろう。

 これはつまり、「うちと手を組めば、もっとお金稼げますよ」と金をチラつかせば、話を聞いてくれる可能性があるとも解釈できる。

 というか、この"手を組めばさらに稼げる"という事自体、win-winの基本中の基本である。

 

 シンプル・イズ・ザ・ベスト――難攻不落に思われた中央を攻略する術は、思いの外簡単なものであったと、俺は思い知らされる。

 それと同時に、攻略方法がより確実的なものとなった今、そこを重点的に攻める他あるまい。

 

 という訳で、早速攻めていく。攻撃戦だ!

 

 そもそもなぜ、敵である中央と協力する必要があるのか?

 ずばり、史実よりも早く"地方所属のまま中央のレースに出れるようにする"事によって、ホッカイドウシリーズの魅力増加と活性化を促すという目論見があるからだ。

 

 「地方所属のまま中央のレースに出したいんです!」と言ったところで、肝心の中央に対して、どれ程メリットがあるのか説明できていないため、簡単に受け入れられる訳がない。ましてや、地方に対して偏見を持っている以上「もしや、既得権益の崩壊を狙っているのでは?」と、誤解されかねない。

 だからこそ、俺は中央に対して、この協定による中央が享受できるメリットをとにかく説明しまくる。

 

 例えば、今まで前例のなかった"地方所属のまま中央のレースに出る"から来る話題性はなかなかのものであるとか、それによってオグリキャップのようなシンデレラストーリーが誕生する可能性が高まり、結果利益に繋がるなど、どんな小さな事でもとにかく説明して、どれ程時間が掛かろうとも気を少しずつ軟化の方向へ向けさせる。

 

 さらに、だめ押しと言わんばかりに、今までコネを築き上げてきたシンボリ家を始めとした名家に働きかけて、ホッカイドウシリーズと組む事を推させる。

 

 地方所属出走の他にも、さらに稼げる道とオプションを色々と提供することで、手を組む有効性をより高めるように努めるのであった。



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エセ理事長、大同盟を築き上げる

パシャッ! パシャッ!

 

 大小様々なカメラのフラッシュが、眩いぐらいに焚かれている。

 会見場に集まった記者達は、今か今かとその時を待っていた。

 

「――中央と地方の活性化のため、そして、ウマ娘のために、我々は手を組むこととなりました」

 

 俺の隣に座るURA会長は、たいそう立派な協力動機を語る。

 これを聞く一般の人にとっては、URA会長は英断をしたように見えるかも知れない。

 だが、0から10まで交渉のすべてを知っている俺は、はっきり言って聞くに堪えない。

 

――貴方と組んだところで、金になるとは思えないのだが――

 

 嫌な記憶が頭を過る。

 "仇を忘れるな"と、神が申しているような気さえした。

 

 ほんのちょっと前までは、俺らと組んだところで大した意味がないと大口を叩いていたが、これでもかと手を組むメリットと既得権益の確保を強調し続けると、さらに儲ける事ができる事に気がついたURA上層部は急に態度を軟化させ始め、終盤になると話し合いが意外なほど早く進んだのである。

 

 幾らでも言いたい事があるが、それらは心の中にてグッと堪え、「こっちの要求を飲ませた時点で俺の勝ち!」と、自分を鼓舞してポジティブになる。

 ポジティブこそ最強だって、はっきり分かんだね。

 

 それはともかく、URA会長の熱い想い()を語り終えた所で、いよいよ例のアレが始まる。

 

 俺とURA会長の間に用意された"地方中央間協定書"と題された紙に、それぞれの名前をサインする。

 

 座っている位置と利き手の都合上、先にURA会長が、そして後に俺が名前を書き入れる。

 

パシャ!パシャ!パシャ!パシャ!パシャ!パシャ!パシャ!

 

 すると、パチンコの激戦区かってぐらいとてつもない数のフラッシュが焚かれる。

 その瞬間、俺は悟った。

 

 あぁ、これ絶対新聞の見出し写真に載るやつだ――と……

 

 

 

 

 

「――――フッフッフ――――速報を聞きましたよ――――交渉が成功して、良かったですね――――色々と手を回した甲斐がありましたよ、フッフッフ――――」

 

「そうですわね……。大きな仕事を終えて、何よりですわ」

 

 記者会見を終えたその日の夜、急遽シンボリ家とメジロ家の会食に招かれたため、今俺は高級レストランにいる。

 

「自分の力だけでは、到底中央に太刀打ちできなかったはずです。私の無理なお願いを聞いてくださって、心よりお礼申し上げます。本当に、ありがとうございましたッ…!」

 

 中央という苔むす岩の如く動かない意思を動かすためには、地方というの名の外野である俺の説得だけでは、はっきり言って力不足だし、心に響かない。

 

 そこで俺は、「使えるものはなんだって使っちゃうぜ!」の精神で、今まで築き上げてきたコネを総動員することにした。

 

 中央と関わりが深いメジロ家やシンボリ家といったウマ娘名家はもちろんのこと、北海道在住のURA関係者にも協力を持ち掛けたり、意図的にメディアにリークさせ、地方中央協調支持の世論を形成したりして、内からも外からもじわじわと圧を掛けていった。

 

 そうした手厚い援護射撃もあって、やっとの思いで中央との協力体制を構築することに成功したのである。

 

 この協定によって、地方所属のまま中央のレースに出られるようになった他、これとは別に、ホッカイドウシリーズ限定ではあるが、中央との転校・転入をより密接な協力体制や業務効率化によってスムーズに行えるようにする協定を、さりげなく捻じ込む事に成功した。

 

 これにより、"ホッカイドウシリーズは中央へ転入しやすい"というメリットを得ることができ、これはホッカイドウシリーズの魅力……ひいては利益へとつながるだろう。

 

 オグリキャップのようなシンデレラストーリーを生むと共に、オグリ・クラシック問題の再発を防ぐ事に役立つはずだ。

 

 また、この中央との協定と並行して、実はもう一つ大きな協定を結ぶことに成功している。

 

 それはズバリ、去年から協議していた"北日本地方レース協定"である。

 

 おおむね中央で結んだ協定と同じであるが、強いて言うのならば、より広大で自由度の高い転入体制を築き上げたことによって、ウマ娘自身の適性に合った学園に入り直せる他、交流戦を増やしたり、以前までトレーナーが所属校を変える場合は一度辞職して再度就職しなければならなかったが、協定によってその手間を省けるようにした。

 

 さらに、これはまだ正式には定まっていないものの、アプリウマ娘のアオハル杯をモデルに、学園対抗の特別レースを実施する予定もある。

 

 それはともかく、見方によっては"地方中央間協定は北日本地方レース協定の廉価版"とも解釈できることに、お気づきだろうか。

 実は、中央との交渉の際、前身である地方レース協定の締結にて培われたノウハウもまた、大いに役立ったのである。

 

 かくして、外部的、内部的の様々な要因が緻密に連動したことによって、地方と中央の協力というビッグプロジェクトを成し遂げることに成功したのである。

 

「――ウフフ、協定を結ぶついでにURAを改革してくれたらよかったのにねぇ」

 

「いやぁアサマさん、あれほどデカいと身動きが取れないというか…北海道限定だから成功したみたいな一面がありますからねぇ…」

 

「――――まぁ――君なら――なんだかんだ言ってできそうだけどもね――――」

 

「そ、そんな無茶なぁ……」

 

 

 

 

 

『中央と地方 雪解けへ!冷戦終結か!?』

 

 誰もが予想だにしなかった報が、全国各地へ瞬く間に広がった。

 

「こうであってほしいと思ったが、まさか本当に」というのが、大半の民衆の感想だった。

 

 この先進的な取り組みは、すぐに効果を発揮することとなる。

 

 ホッカイドウの"末永く走れるトレーニング"によって鍛えられたウマ娘は、当時のURA関係者の低い予想を裏切り、対等に渡り合う大活躍を収めることとなった。

 

 その中には、北海道の田舎にて暮らす、日本一を目指したあるウマ娘がいた……

 

―2022年、理事長亡き後に放映されたドキュメンタリー番組のフレーズより引用―



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エセ理事長、海外に行く

――キィィィン――

 

「ストックホルム・アーランダ空港に到着致しました。ベルト着用サインが消えるまで、シートベルトをお締めになったままお待ちください。物入れを開けた時に―――」

 

「………」

 

 キャビンアテンダントの説明を他所に、丸い窓の向こうに広がるスウェーデンの景色に、俺は無意識のうちに心を奪われていた。

 遂に、ヨーロッパまでやって来た――と思うと、なかなか感慨深い。

 

 些細な改革から始まり、そこから雪だるま式に大きな改革を行うようになり、いつしか国境を越えるまでに至った。

 現場の職員、役員、取引先、そして主役たるウマ娘、沢山の人々の協力と支え合いがあってこそ、今の強いホッカイドウシリーズがあるのだと、俺は想いに耽る。

 

 ありがとう、これからも皆のために頑張るぞ!と、自分を鼓舞し、遂にスウェーデンの地に足を付ける。

 

「リジチョーさん!お久しぶりですね!」

 

 ガラララとスーツケースを引っ張って空港の中を歩いていると、聞き慣れた声が聞こえてくる。

 声がした方を振り返ると、そこにはスウェーデンウマ娘レース協会(SRA)代表であるゴトランドさんがいた。

 

「えぇ、こちらこそ、お久しぶりです。だいたい一年半ほど前ですかね、ゴトランドさんが日本に来られたのは」

 

「もうそんなに経ったんですか。私は、あの日を昨日の事のように覚えているんですけどもね」

 

「いやぁ、歳を重ねると時が早く過ぎるように感じる……と言うか、ゴトランドさん、結構日本語がお上手になってません?」

 

 たった数年の間に、気がついたらこんなに日本語が上達していた事にびっくりする。感覚としては、数年振りに甥っ子と会って、その成長っぷりに度肝抜かれた時に近い。

 

 それはともかく、視察の時は通訳を挟まなければ会話できなかったと言うのに、今は通訳いらずで直接通じてしまうほど日本語を話せるようになったワケを聞く。

 

 返ってきた答えは、「塾に行ったりしてとにかく勉強した」とのことだ。

 まさかのフィジカル突破である。

 世界的に見て難解な言語と呼ばれる日本語をマスターした努力と執念に敬意を示しつつ、俺とゴトランドさんは軽い世間話でもして駄弁りながら、SRA本部へ向かう。

 

 

 

 そもそもなぜスウェーデンに来たのか?

 そのワケを語らなければ、話は始まらないだろう。

 

 端的に言うと、"国際的な承認と投資を呼び込む為"である。

 

 まずは国際的な承認から話していこう。

 

 我が国のレース産業は、大きく分けて二つある。

 

 それは、"地方"と"中央"である。

 

 中央は知っての通り、日本ウマ娘トレーニングセンター学園と日本ウマ娘中央レース協会ことURAが運営する一連の組織とレースの集合体を指し、それ以外は地方というのが大雑把な括りがある。

 

 では、中央と呼ばれるものだけこれほど特別視されているワケは何だろうか?

 

 ずばり、世界から中央とURAが日本の代表であると認識されているからである。

 

 東京ダービーと東京優駿(日本ダービー)、同じダービーでも、世界から認識されている方が格と正統性が高いという事実は、もはや言うまでもないだろう。

 また、中央は実質的に農林水産省改め文部科学省傘下…いわば公的機関であると言うことも、国際的承認に拍車を掛けているのである。

 

 "世界から認められた舞台"が生み出す効果は凄まじいものだ。

 必然的に強いウマ娘が集まり、それにともなって報道機関やグッズ製造業者など様々な業界が参入して、国内外問わず巨大な経済圏を構築し、関わる者に莫大な富をもたらすのである。

 

 対して地方は、そのような"みんなの憧れ"が無いため、ウマ娘も金も寄って集らず、結果としてこじんまりとした経済圏しか構築できないのだ。

 

 いわば、地方には世界から認められた舞台という"集客装置"が無いのである。

 

 形はどうであれ、海外と繋がりがあるという物は、侮れない魅力を生み出す事に繋がる筈だ。

 

 ――どう足掻いても克服できない地方の弱点――と称される国際的承認を得る為に、俺は行動を起こすのである。そのためには、不意に目の前に現れたチャンスを有効活用する他あるまい。

 

 

 

「――スウェーデンウマ娘トレーニングセンター学園及びSRAと協定を結び、お互いにトレーナーとウマ娘を留学・駐在できる環境を整える事と、国際指定招待レースを整備して、日瑞交流と両国のレース産業をさらに活性化させる事が目的です」

 

「なるほど、海を越えた協力関係という事ですか……」

 

 海外でも自由にレースに出ることができる、いわゆる国際レースは、その国が格付けパートⅠ国でなければならない。

 我が国はまだパートⅡ国であり、したがって、我が国に国際レースと本来の意味のG(グレード)競争は無い。

 ちなみに、史実で日本がパートⅠ国に昇格したのは2007年である。

 また、より強力な国際的承認を受けていないため、現段階で日本国内で開催されるグレード競争と言うものは、すべて自称という扱いである。

 パートⅠ昇格に伴って、国際レースはGの頭を付けたグレード競争へ、それ以外は日本国内の限定を示すJpnが頭に付くことになる。

 

 じゃあ、ジャパンカップってなんなの?海外のウマ娘出てるじゃん!と、内心思う事だろう。

 

 実は、ジャパンカップは国際"招待"レースというカラクリがある。

 

 国際招待レースとは、主催側が「レースに出ませんか」と招待するという、文字通りの意味のレースなのだ。

 招待という都合上、出走側から申し込む事はできない。

 つまり、主催側の一方通行という訳だ。

 

 ともかく、招待レースというカラクリを使うことで、疑似的に国際レースの創設と国際的承認を得ようという算段である。

 今回の相手はパートⅡ国で、お世辞にもそれほど栄えているというわけではないが、それでも海外のトレセン学園と協力することになったという話題性と魅力は、決して侮れない効果があるはずであり、これは双方に利益をもたらすことになるだろう。

 

「いいですね、私は賛成します」

 

「えっ、ほんとですか?」

 

 二人だけの会談が始まって僅か数分で、協定は結ばれてしまう。

 あまりのスピーディーさに、俺は良い意味で拍子抜けをくらう。

 

 念のため述べておくが、今回の会談はあくまでも個人的なものという扱いである。

 そのため、正式に協定を決定するためには、双方共に会議なりなんなりの調整をしなければならないので、少し時間がかかる。

 

 そうした流れは"慎重"と書けば聞こえはいいものの、実際のところは"優柔不断"…つまり動きが鈍いという訳だ。

 

 日本企業は慎重で丁寧という利点がある反面、肝心な時にあーだこーだで意見がぶつかるため、決断が遅いという悪い点がある。

 こうした「ギャンブルよりも堅実を!」という慎重さからくる決断の遅さは、スピードと派手さ(超意訳)が求められる海外のビッグプロジェクトにめっぽう弱く、当たるか外れるかは置いておいて、思い切った判断を即決できる韓国や中国といった海外企業に横取りされてしまうという事が、決して少なくないのである。

 

 そうした事態を避けるため、前もって面会して、ある程度お互いに話を進めて時間的ロスを減らすという根回しが、今回の海外遠征の真の目的なのだ。

 

 という事はつまり、真の目的はすでに果たしてしまったという訳だ。

 それも、かなり簡単にだ。

 

「本当にいいんですか?」

 

 俺は思わず素に帰って、二度も聞き直してしまう。

 それほど衝撃的だったのだ。

 

「ええ、もちろんですとも。あとは私が頑張って議会を通過させますから、リジチョーさんはリジチョーさんで頑張ってくださいね」

 

 返事はOK(おっけ)、俺は呆気……というラップジョークは置いておいて、ガチのマジで決定したので、これでお話は終わりという訳である。

 

「はは、なんというか、こんなにも早く話が進むとは……」

 

「…私はレースでみんなを盛り上げたいんです、それはリジチョーさんも同じでしょう?お互いの信念が一致しているからこそ、こんなにも早く進んだという訳です」

 

「なるほど、いいことを言いますね……」

 

 レースでみんなを盛り上げたい――ウマ娘らしい信念に、俺は感服する。

 信念を忘れず本気で活動する様は、思わず「頑張って!」と応援したくなるものである。

 

 ゴトランドさんはかなりガッツがあるウマ娘だなと、俺は感じた。

 信念のために、本来予定になかった旭川トレセン学園視察を国王に直談判して捻じ込んだり、難解な日本語を短期間でいっちょ前に習得するしで、ものすごく精力的なウマ娘なのだと、俺は再度理解させられる。

 

 一瞬、ちゃんと議会を通過させられるか不安が頭の隅を過ったが、ゴトランドさんなら大丈夫だろうと俺は安堵する。

 

「では……これでおしまいですかね。お忙しい中お時間を作っていただき、ありがとうございました」

 

「こちらこそ、お時間いただきましてありがとうございました。……あ、ちょっと待ってください」

 

「どうしましたか…?」

 

 文字通り待ったを掛けると、何かを思い出したゴトランドさんは、おもむろに別の部屋に行ってしまう。

 それから数分経つと、ゴトランドさんは赤い小さなウマ娘の人形らしき物を持って、部屋に入ってくる。

 

「ゴトランドさん、それは?」

 

 ゴトランドさんが持つ物を指さして、俺は思わずそれが何なのか問う。

 

「これは、我が国の伝統工芸品の"ダーラヘスト”という物なんですよ」

 

「ダーラ…ヘスト…?」

 

 頭に疑問符を浮かべつつも、手渡されたそれを受け取る。

 ストラップが付いているそれは親指ほどの大きさで、ばんえいしたりするバ具を彷彿とさせる模様が、白や緑、黄色や青色などで彩色されており、明るい赤色が下地なのも相まって、一目見たときに「かわいいな」と思わせる品であった。

 

「ダーラヘストは、簡単に言うとスウェーデンの宝物です。これを鞄にでも付けて、肌身離さず持っていれば、きっと悪いことから守ってくれるでしょう。それに、幸福をもたらすかもしれません」

 

「お守りってわけですか、なるほど…ありがとうございます」

 

 回してみたり、上から見てみたり、逆さにしたりしていろんな方向から見惚れた後、いつも肌身離さず持ち歩いている鞄にカチャンと装着する。

 

 

 

 

 その後、北海道と本土、そして海外へ何度も往復するという、道民でもキツい地獄の無限長距離移動編が始まることとなる。

 さすがに体の損耗が激しいことになるが、そんなものは信念とダーラヘストとバブル崩壊のトリオがいるから気にならない。

 スウェーデンのほかに、チェコや南米など、主にパートⅡ国とパートⅢ国を対象に、海外の協力網を広げつつ、その傍らに、バブル崩壊を乗り切るため、海外資本による投資を呼び込んだりするのであった。



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エセ理事長、レースを魔改造する

 紅葉が舞い、見る者を圧巻させる北海道の雄大な自然が、紅葉の赤や銀杏の黄色などによって秋らしい色合いに染まる季節になった。

 

「おー!これは……すごいなぁ……!!」

 

 倉庫一面に広がる勝負服の数に、俺は思わず声を上げて歓喜する。

 

 部分的勝負服化が決定されたのは、ちょうど去年辺りだろうか。

 

 白熱した議論や生産者側との折り合いで、始めの一歩を躓いてしまったものの、その後はうまいこと体勢を立て直して、今は順調に納品が進んでいるところだ。

 

 背中で手を組んで、棚に畳まれて置いてある無数の勝負服を、ゆっくりと眺め回る。

 ―あぁ、遂にここまで来たのだな―と、感無量の光景であった。

 

「お、これは上河辺さんのものだな……これはタイキさんところの……」

 

 試作段階でお披露目させてもらった勝負服が、今は正式な形でここに並べられている。

 ゴスロリ風のパーカーや、六掛けボタンの軍服風だったり、和服を模したものや民族衣装のようなものまで、様々な勝負服がここに置かれている。

 これとこの部位を組み合わせたら、こんな感じになるんじゃないか?と、想像する楽しさに俺は気づいてしまう。

 

 それはともかく、待ちに待った"一部レース勝負服化改革"は、来年に実行される予定である。

 

 それと平行するように、別のレース方面の改革も、来年度に実行される事となる。

 

 例えば、多方面に混乱を及ぼす移動開催方式を止める"開催地固定化"改革や、レース名を好きなように付けられる"協賛レース"の実施などが挙げられるだろう。

 この二つは以前にも紹介したため、今回は割愛する。

 

 実は、これ以外にもレース関連の改革をしている。

 

 それはずばり、"三冠路線の整備"である。

 

 そもそも三冠とは何か?

 ある程度知識がある人なら、クラシック限定のG1レース――皐月賞、日本ダービー、菊花賞――を指す事だと直ぐに察せられるだろう。

 

 実は、クラシック以外にも様々な三冠レースがある。

 

 例えば、大阪杯、天皇賞(春)、宝塚記念という春に施行される一連のG1レースを指す春シニア三冠や、天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念を指す秋シニア三冠なんてのがある。

 

 また、これら芝レースの他に、ダートの三冠が再整備されていたらしいが、残念なことに生で見る前に俺は転生してしまったので、あまり詳しく知らない。

 ダート三冠見てみたかった……(叶わぬ願い)という事はさておき、三冠と付くレースはたくさんあるのだ。

 

 そして、たくさんの三冠レースがあって尚、今している改革は、恐らく日本国内に限れば我々が初の試みとなるものになるだろう。

 

 そんな三冠レース改革、実は一つだけではなく複数ある。

 結構数があるから箇条書きにすると

・HSクラシックダート三冠

・HSクラシック洋芝三冠

・HSシニアダート三冠

・HSシニア洋芝三冠

・HS短距離三冠

・HSマイル三冠

 こんな形になる。

 ちなみに、HSはホッカイドウ・シリーズの仮略称だ。

 

 そもそもホッカイドウシリーズには、洋芝とダート、それに加えてばんえい用の特殊コースという三つの種類のコースがある。

 なお、今回は一般的な平地レースのお話であるため、申し訳ないがばんえい周りの話は除外する。

 

 それはともかく、見て分かるように、今回の改革は三冠と区別されるレースを細分化するものとなっている。

 

 例えば、HSクラシックの洋芝・ダート三冠は、従来より行われてきたホッカイドウ三冠に焦点を当てたものとなっている。

 具体的には、従来のホッカイドウ三冠をHSクラシックダート三冠へ受け継ぎつつ、洋芝の方は一部レースを昇格するか、新しく新設するなどして整備しているところだ。

 

 また、古バの方も同じように、レースの昇格や新設、又は既存のレースを指定したりして整備している。

 

 では最後に、短距離とマイルの三冠についてお話しよう。

 これもまた、文字通りの意味を持つ。

 強いて言うとすれば、開催場所や三冠を作りすぎるのはさすがに如何なものか?という諸々の問題でダートと洋芝を分ける事ができず、結果ダートと洋芝が混合し、格式はG2級という絶妙に中途半端な事になってしまった。

 

 完全な予定通りには行かなかったものの、短距離三冠とマイル三冠という枠組みを作れた時点で十分な成果があるはずだ。

 

 いったいなぜそこまでして短距離とマイルの三冠に拘るのか?それは、レース距離ごとの人気という問題が関わってくる事となる。

 

 ぶっちゃけな話、競馬はレースの王道と称される中距離以外の人気があまり無いのである。

 

 中央のG1が基本的にだいたい2000m級の中距離が多い事や、サクラバクシンオーが大活躍したことによって短距離競争に注目が向くようになったという史実の逸話があるように、中距離以外あまり人気ではない。

 

 まぁ、そもそも"中"距離と付くからには"標準的"という意味があると読み取れる訳で、必然的に標準的なところに人気が集まるのは当然の摂理っちゃあ摂理なのかなと俺は考える。

 

 そのような不遇な扱いを受ける短距離、マイル、そして長距離やダートを適性に持つウマ娘は当然いるワケである。

 

 努力、努力、努力……努力に次ぐ努力の末、やっとの思いで栄光の座に至ったとしても、民衆の興味という環境的要因次第で、世間からあまり見向きされないという事態は、それこそ人気が無いが故に目立たなかっただけでたくさん起きていたかもしれない。

 

 なにも「中距離だけが優遇され過ぎてズルい!」と言いたい訳ではない。

 ただ単に、努力が公正に報われないのはちょっとおかしいんじゃないの?環境的要因ならなんとかできるんじゃないの?と、俺は疑問に思ったのだ。

 

 レースそのものに人気が無い……そんな個人だけじゃどうしようもならない理由で、悲しい想いをする者を減らすべきなのである。

 

 しかしながら、経営に感情を持ち込むと、ほぼ間違いなく碌な事にならない。

 

 なら、人気が無い=採算性に乏しい短距離やマイルのレースを見捨てて、従来通りに中距離に注目すべきという訳なのか?

 

 否、それを避ける方法があるのだ。

 

 そう、今までやって来たような"人道精神と利益を結びつける"というやり方である。

 

 という訳で、俺はかなり思いきった改革を推進する事にした。

 それこそが、短距離三冠とマイル三冠の開催である。

 

 中央が実施しているサマーシリーズのようなやり方も検討したが、もし本気で推したいのなら、もっと思いきった策でインパクトを与えるべしという入念な役員会議でのやり取りの結果、生ぬるいやり方では力不足と判断される。

 結果、立案者である俺が言うのも変な話だが、初手三冠化というぶっ飛んだ改革案にまとまる事となる。

 

 ある意味大博打を打つ事となるこの改革案であるが、やはり"三冠"という名称が持つブランド力はインパクトが決して侮れない規模である筈だ。

 それに、『エキセントリックな改革の推進者』とメディアで称される俺もといホッカイドウシリーズが創設したとなれば、さらに効果を上乗せできる可能性がある筈だ。

 

 また、短距離、マイル、ダートに付加価値を付ける事によって、各距離のレース界隈に活性化を促す事に繋がり、ひいては利益にも繋がる事だ。

 

 最後に、これら三冠レースが一気に増殖したワケとしては、選手の質が向上した事が結構大きな理由だったりする。

 

 制服、就職、トレーニング等様々な改革を堅実に成功させたためか、ちょっとずつ歴史が変わってきているのだ。

 ―歴史が変わる―これは比喩でも何でもなく、ガチな話だ。

 

 歴史が変わるだなんて捻った言い方をしたが、実態としては"正史だと中央へ行っていたスターウマ娘がホッカイドウに来ている"というワケである。

 その代表的な例として、ドクタースパートなんかが挙げられるだろう。

 史実だと北海道三歳優駿を勝利した後、中央に移籍して皐月賞を勝利するのだが、この世界では一連の改革によってホッカイドウに留まり、その後はホッカイドウ無敗三冠を達成するなどして大活躍をしている。

 

 ドクタースパートのように、将来中央で大活躍するスターウマ娘がホッカイドウに留まった結果、中央級の実力を持つ選手が留まる事によって選手の質が上がるというサイクルに繋がったのである。

 

 つまり、格式の高い三冠レースを実行できるに値する人材(地方水準)が整ってきたという事情もまた、三冠レース創設の後押しになったのである。

 

 また、単純にレース場入場者数がドクスパブーム抜きに見ても順調に増えてきており、つまりこれは、民衆の興味が集まっている事を指し、従って、インパクトの効果を上げやすい環境にあると説得して回った事も、創設の後押しになったのだ。




Qダート、短距離、マイルがあって何で長距離がないの?

Aレース場の規模的に長距離が厳しいから



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エセ理事長、腹を蓄える準備をする

ザーーー!!!

 

「ゲホッゲホッ!すごいスコールだぁ…」

 

 熱い気候の東南アジアは、短期間で突発的な豪雨が起きるスコールがよく発生する。

 せっかく旅行に来て晴れ気分だと言うのに、唐突に雨が降って台無しになってしまう……なんて経験、東南アジア旅行者なら、一度はあるのではないのだろうか?

 

 そんな先を思いやられる気分に、たった今直面している。

 

 着陸が不安になるほどの豪雨が、タイの国際空港であるドンムアン空港の屋根をこれでもかと叩く。そして、俺らホッカイドウシリーズ代表団は、日帰り向けの装備を持って空港の中を歩いていた。

 

「日本ノ皆サン!コンニチハ!」

 

 指定された場所まで練り歩くと、ほんのり日焼けしたいかにも東南アジア人といった顔つきの老練な男が壁に寄り掛かっており、俺らの姿を目視するなり、軽く手を振りながらこちらに近づいてくる。

 

「ああ!プリチャップさん、久しぶりですね!かれこれ……2ヶ月ぶり程ですかね」

 

 そんな男に対して、俺も軽く会釈しながらお互いに近づく。

 

 実は、国際根回し作戦の一環で、タイの首都バンコクにある二つのレース場併設トレセン学園のうち一つ、"ロイヤルバンコクスポーツクラブトレセン学園"の理事長と既に面識があるのだ。

 

 なお、もう一つの学園はロイヤルターフトレセン学園という名前で、スポーツクラブの方は民営だが、ターフの方はなんと軍が経営している。

 タイは特に軍が厳しいと言われている国なので、そのような軍の傘下にあるトレセン学園の生徒らは大丈夫なのだろうか?と、切に思う。

 ちなみに、レース開催はお互いのレース場で交互に行われているそうだ。

 

「皆サン、今カラ車デ行キマスカラ、付イテキテクダサイ」

 

 タイの理事長の言葉に対して、俺ら代表団は各々が「はい」と答える。

 いよいよ国際取引が始まる――そう思うと、俺は思わず固唾を飲んだ。

 

 

・・・

 

 

「――では、HS=TRA協定締結のために、代表者はサインを…」

 

 比較的質素な会議室に集う両国の重鎮らは、やや戸惑いの雰囲気を隠せないでいた。

 

 それもそうだ。

 何せ、ものの数十分で会議は終わってしまったからだ。

 

 ちなみに、協定の内容は、スウェーデンで結んだ時と全く同じ"生徒とトレーナーの交換留学""指定招待レース整備"である。

 

「ゲホッ!ゲホッ!ペンは…っと」

 

 持ってきた鞄の中から、学園理事長の頃から愛用している万年筆を取り出し、なんでもないただの白紙に一本線を書いてインクの具合を確かめるなり、協定宣言書に俺の名前とホッカイドウシリーズの名を書く。

 

「デハ、私ノ番…」

 

 タイの理事長がそう言いつつ紙を受けとるなり、万年筆で書き入れる。

 

「本当に、こんなにも早く……」

 

 タイの理事長が書いている間、俺の隣に座る部下の役員が口を漏らす。

 それに対して俺は、こう答える。

 

「たくさん根回ししてきたからね」

 

 と。これに尽きる。

 

 国際取引というものは、言語という障壁によって、本来であれば普通に進むものでも、意思疏通に時間が掛かってしまい、スローペースになってしまう事が少なくない。

 また、言葉によっては解釈に差が出てしまい、思わぬ誤解を生む可能性だってあり得る。

 

 そういった問題をできるだけ低減するべく、北海道をPRして投資を呼び込みつつ、国際的な根回しをしているのである。

 コネこそ正義、はっきりわかんだね。

 

 今回もまた、スウェーデンの時のように根回しが最大限の効力を発揮した結果となった。

 

「ふぅ、成功してよかった……」

 

 もしかしたら何度も往復するハメになるかも……

 そんな不安を他所に、見事に成功して、文字通り俺は胸を撫で下ろす。

 

 ともかく、これで目的は果たした。

 

 その後、タイの学園側が用意した案内人の案内のもと、俺ら代表団はロイヤルバンコクスポーツクラブトレセン学園を視察した後、スケジュールよりやや早く空港に到着して、予約していた便を待っていた。

 

 タイの本部に付く頃にはすっかりスコールは止み、いまや太陽は地平線すれすれにまで下がっていた。

 

 ――あぁ、これで旅は終わっちゃうんだな――と、一般旅行者は旅路に想い耽るだろう。

 

 しかし、シャトルかな?と言いたくなるほど日本と海外を行き来しているので、そういう感傷的な気持ちにはあまりならず、「終わったぜやった」と呑気な事を思いながら、ご当地料理を食べていたのであった。

 

 そんな行動が、後にとんでもない事に繋がるのであった。

 

「これ……"タイ米"だ!」

 

 唐突に導きだされる前世の記憶――ずばり、"平成の米騒動"である。

 

 記憶が間違っていなければ、1993年に冷害が起きて全国の米の収穫量が激減し、価格が高騰……結果、政府がタイ米など輸入して急場を凌ごうとする……というような流れが、確かあった筈だと思い出したのだ。

 

 今は1991年、冷害が起きるのはあと二年……

 

――あぶねぇ!早く思い出してよかった!――

 

 と、俺は心のなかで叫ぶ。

 

 ウマ娘という生き物は、一言に言えば"すごい大食い"な生き物なのである。

 全員が全員オグリキャップほどという訳ではないものの、それでも人間と比べたら数倍も消費するのだ。

 

「今ならまだ間に合うか……」

 

 じっと時計を睨む。

 俺らの業界は、価格高騰の影響をモロに受けるところだ。

 今のうちから対策しておかないと、とんでもない事になるだろう。

 

 

・・・

 

 

 という訳で、至急行動に移る。

 

 実は、対策方法自体は案外簡単なものである。

 

 ずばり、"玄米備蓄"である。

 

 将来めちゃ高くなるのなら、安い今のうちに買っておいた方がいいよね、というごく一般的なやり方である。

 

 対策方法自体は簡単だが、ここで問題になるのが予算と保管場所である。

 

 予算はわりとすんなり行った。

 「これは将来起きる冷害や災害が起きたときのためなんだ」と説得したことによって、将来の安全のために必要な経費だと思わせる事にしたためだ。

 

 もう一つ、これがなかなか厄介だった。

 

――倉庫がねぇ!――

 

 あまりの苦難の行軍っぷりに、思わず心のなかで叫ぶ。

 

 玄米の保管と言うものは、なにもそのままドン!で済む話ではないのだ。

 

 緊急玄米備蓄作戦にあたって、地元の農協のプロから助言を貰ったのだが、年単位で長期保存をするのなら、どうやら最大でも15℃ぐらいらしく、それ以上の気温だと、虫が発生してえらい事になってしまうとのことだ。

 

 ということはつまり、15℃以下の温度を保てる倉庫が必要になるワケであるのだが、ここに立ち塞がるのが膨大な備蓄量である。

 

 年単位で冷害を乗り切るため、おそろしいことに、ウマ娘を支えるためには今のところ最低でも数十トンは必要になるのだ。

 

 そんな大量の米を適温で保存できるレンタル倉庫を確保するのに、かなり苦労したのである。

 

 もちろん、レンタル倉庫だけではなく、学園にある食糧倉庫にもギリギリまで詰め込む。

 しかしながら、それでも足りないのである。

 

 もうヤバい!なら、使えるものは何だって使うべし!の精神を発動させ、学園のひんやりとした地下室や、農協に頭を下げて一部倉庫を貸してもらったり、本州の方にも出向いて、何とかしてスペースを捻出しようと艱難辛苦する。

 

 海外遠征、バブル崩壊対策呼び掛け、玄米備蓄スペース確保etc……ありとあらゆる事が唐突に押し寄せてきて、もうそろそろ限界になりそうになる。

 

 だが、ここで挫けたら、二度と立ち上がれなくなるほど深刻な打撃を受ける事になることを俺は知っている。

 

 休む暇もなく、24時間ほぼぶっ続けで全国を動き回り、必死に仕事をこなしていく……そんな日々を送るのであった。

 

 

 

 

 

 

理事長は積極的な行動派だった

 

何かしらの問題があればすぐに現場に飛び、時には他社の喧嘩の仲裁に入り、コネと人望を生かして丸く収める事もあった

 

「一勝よりも一生を」のスローガンを支えるために、とてつもない負荷が理事長に掛かっていたのであった

 

そうした積極的な姿勢は人々から信頼を集め、物事を円滑に進められるようになるとともに、徐々に理事長の老体を蝕むのでした……

 

―2022年、理事長亡き後に放映されたドキュメンタリー番組のフレーズより引用―




タイの競馬の資料集めが厳しかったです
もしかしたら軍営の下りが間違ってるかも……

大変嬉しい事に、当作品にインスパイアを受けた作品があるそうです
こちら、また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜のウマ娘編#7だそうです
経営改革の下りに、自分は思わず「おぉ!すご!」と思いました
よろしければ、こちらも読んでいただけると幸いです



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エセ理事長、手紙が届く

 12月25日と聞かれれば、何を思い浮かべるだろうか?

 

 世間一般的には、"クリスマス"が思い浮かぶだろう。

 

 競馬おじさんに聞けば、"有馬記念"と答える筈だ。

 

 とある政治界隈に聞けば、"ソ連崩壊"と答えるだろう。

 

「0時40分になりました。この時間は、午前1時までニュースをお伝えします。…ソビエトの11の共和国は、ソビエト連邦に変わる緩い国家の連合体、独立国家共同体に参加することで合意し――」

 

「あー、ついにきたか……」

 

 たった今、俺は歴史的な瞬間を目撃している。

 

 そう、言わずと知れたソ連崩壊の瞬間である。

 

 無茶な軍拡や支離滅裂な計画をゴリ押して経済を開発していった結果、どんどん国が落ちぶれてしまい、自由化の波に抗えず、バラバラに分裂してソ連は消滅したのである。

 

 ――大陸の半分近くを有していた超大国の崩壊――これは間違いなく、世界史に大きな影響を与えた出来事であった。

 

 「民主主義と自由を脅かす悪の国家であるソ連の消滅は最高のクリスマスプレゼントだ!」と、今頃お互いに凌ぎを削り合ったアメリカの国民は歓喜しているだろう。

 

 ともかく、邪悪な共産主義を掲げた総本山は消え、ソ連時代に抑圧されていたウクライナ・ベラルーシ等旧衛星国は民主化し、自由とアメリカンジャンクフードの味を堪能する――ようやく、世界に平和が訪れたかのように思えた。

 

 しかし、平和は訪れなかった。

 

 今度はソ連の失敗から学んだ中華人民共和国が、新たな冷戦相手として急速に頭角を現し始める。

 

 抜け目の無い監視社会、国際外交を生き抜く狡猾さ、安い命を売りにした海外資産誘致により、驚くべきスピードで技術と経済力を吸収し、気づいた時にはもう手遅れなほど超大国の地位を確固たるものにした。

 

 眠れる獅子を叩き起こしていた事に、世界はもう少し早く気づくべきだったのだ。

 

 さらに、テロリズムやインターネットによるサイバー戦争など、見えない敵と戦う時代になる新冷戦時代が幕を開けたのである。

 

 世界情勢異常無し、だ。

 

「シャコシャコシャコ……」

 

 鏡の前に立って、歯を磨く。

 なんてことの無い、ありふれた日常だ。

 

「ゲホッゲホッ……老けたなぁ」

 

 いや、逆に考えるんだ。ただ年相応の顔つきになっただけってね。

 よし、これでいこう。ポジティブこそ最強だって、はっきりわかんだね。

 

 ……とは言え、ここ最近のシャトル移動による疲労はなかなかのもので、こうして札幌の賃貸の自宅にいることがあまり多くなく、出張先のホテルに泊まって夜を越す事態が決して少なくない。

 

 やはり前世の感覚で行くとキツいっちゃあキツいが、ここで挫けたらホッカイドウシリーズを支える数万にも及ぶ生徒や職員、そして取引先や地元産業も躓いてしまう事になる。

 バブル崩壊を乗り越える為には皆の団結が必要であり、その団結を支える立場である俺の責任は重大である。

 止まるんじゃねぇぞ……と、自分を鼓舞し、布団に入る。

 

 皆が明るい未来を夢見て、俺は目を閉じて、深い眠りに入った。

 

 

 

 

 

 

 灰色の空から雪がシンシンと降りしきる。ありふれた冬の景色だった。

 男が防空壕から外へ出ると、ちょうどカラスが二羽ほど飛んでいくのが目に入った。

 

「はーっ……はーっ……ひどい有り様だ……」

 

 カラスが黒煙の中を突っ切っていくところを見たとき、思わず心の声を漏らす。

 そんな惨状が、目の前に広がっていたのだから。

 

 かつては生徒と教師の声が絶えなかった校舎は、セルビア軍の砲撃と空爆による度重なる攻撃によって、今や原型を止めつつも所々穴が開き、塗装は剥げ、煉瓦とガラスは粉々に砕け散って地面に散乱しており、まさに廃墟と言っても差し支えない有り様であった。

 

 青々とした芝が広がっていたコース練習場は、すべて耕されて畑になり、あの頃の面影はどこにもない。

 そして、畑には所々爆発によるクレーターが出来上がっていた。

 数多くあるクレーターの中には煙が上がっているものがあり、それらは今追加されたであろう事が分かる。

 また、畑の中央には、おおよそ500kgにも相当する一発の爆弾が突き刺さったまま放置されており、方向舵には雪が積もっている事から、どれ程前に投下されたかを伺わせられる。

 

 そもそもクロアチアとは何か?

 クロアチアは、旧ユーゴスラビアを構成していた国のうち一つで、単刀直入に言うと、クロアチアとセルビアはものすごく仲が悪かった。

 

 チトーによる神がかりな統治により、両国は渋々ながらも協調路線を歩んでいた。

 しかし、チトーの死と後継者の失策が、両国の憎悪感情に火を付けた。

 

 そして、チトーによって抑えられていたお互いの民族的憎悪が爆発し、旧ユーゴスラビア地域は地獄すら生ぬるい戦火に巻き込まれる事となる。

 

 これがいわゆる、"ユーゴスラビア内戦"である。

 

「ストーブはあといくら持つかだろうか……」

 

「三日、あと三日が精一杯でしょうね。瓦礫の中から燃えるものを探せば、もう少し延びるでしょうけども……」

 

 ストーブ……職員らはそう言うが、実態はそのような"高級品"ではなかった。

 それは、くり貫いたドラム缶に、薪やら木材やらなんやらを入れて燃やしている程度のものであり、到底ストーブと呼べる代物ではものではない。

 しかし侮るなかれ、暖を焚いて寒さを凌ぐという面であれば、インフラを破壊された地域にとっては十分な設備(?)である。

 

「毛布も足りません。このままだと、凍傷になる者も出てくるかと…」

 

 大人である職員、そして学園の理事長である男自身も毛布を残された生徒に回して、なんとかして冬を乗り越えさせようと奮闘している。

 しかし、それでもなお一人一枚とはならず、二人で共用することで物資の不足を乗りきっている有り様であった。

 

 足りないと言えば、食糧も足りない。

 今や食堂は完全に破壊され、畑と配給、そして世界から送られてきたわずかな支援物資を糧に、極限まで動かないことでカロリーを抑えて飢えを耐えていた。

 

 走る事が大好きなウマ娘は走る事ができず、大食いであるウマ娘は僅かな食糧で今日を食い繋いでいる。

 

 地獄だった。

 

 だが、地獄の中に居てなお、希望があるということを男は知っていた。

 

「あともう少しだ……あともう少しで、完成するッ……!」

 

 男は手紙を書いていた。

 写真を撮って話を聞いて帰るだけでまったく役に立たなかったジャーナリストが唯一役に立った事、それすなわち"日本にいるとある経営者なら、もしかしたら助けてくれるかも"という情報だ。

 

 もしかしたら断られるかもしれないし、ジャーナリストの話は嘘かもしれない。

 しかしながら、少しでも現状を改善できる希望があるのなら、全力を尽くした方が良いと男は判断したのである。

 

 祈るような気持ちで、男は辞書を片手に手紙を書き殴るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「――保存する場所の温度も大事ですが、これ以外にも、実は唐辛子がけっこう効きます。たくさんの唐辛子を入れた網袋を米袋の上に置き――」

 

 ふむふむ、なるほどなるほどと俺は相づちを打ちつつ、その道を極めしプロの話を聞く。

 まさか唐辛子が効くとは思わず、その意外性に驚くと共に、他の業界の詳しい話を知るのは、冒険心的なワクワクがあって楽しいなと思う今日この頃、将来起きる冷害や災害に備えて、玄米やその他避難食の確保に奔走している。

 

 米騒動までには間に合わないものの、後に起こる阪神淡路大震災や東日本大震災など、大災害に備えるために食糧備蓄量を増やすべく、各学園の敷地に倉庫を建築、又は増築することが決まった。

 

 また、そうした災害が起きた際にどのような行動を取るべきかを正しく理解するため、専門家に話を聞き、専門家監修の元、地震、津波、土砂崩れ、竜巻等多岐にわたる"災害対策授業"を行う事になった。

 

 かくして、将来起こる厄災に対して様々な策を講じている最中、身に覚えの無いところから手紙がホッカイドウシリーズ本部宛に届いた。

 

 差出人に身に覚えの無いと言うだけでも驚きものだが、さらに驚いたことに、なんと差し出し場所が"クロアチア"になっていたのである。

 

「えぇ、クロアチア?」

 

 と、俺は思わず声を上げる。

 

 国内外のニュースでたまーに名前が出るあの国から送られてくるのだから、これは絶対ただごとじゃないという事態は確定である。

 

 紛争地帯から送られて来たものの、こうして俺の手元に来ているのなら税関を通ってるという訳であり、税関が通したのであれば大丈夫だろうと腹を括り、緊急役員会議の場で封筒を開け、手紙の内容を確認する。

 

 クロアチア発だからクロアチア語かと思ったが、意外な事に英語で書かれていた。

 俺は海外視察の過程で英語を鍛えに鍛えまくったので、英語ならギリ行けなくもない。

 なので、翻訳しつつ手紙の内容を読み上げた。

 

 内容をざっくり表すとすれば、"みんな飢えて凍えて死にそうです。だから生徒だけでも助けてください"という内容であった。

 翻訳したらヤバい内容だったり、あと単純にかなり長文だったから、こんなにもざっくりとした表し方をしたんだすまない。

 

 それはともかく、俺らは頭を抱えて大いに悩む。

 

 助けるにしても、どうやって助ける?分からない。誰も明確な解決手段を持っていないのだ。

 

 ただ、現段階で分かることが一つだけある。

 それは、この手紙は後に、世論を混沌とさせるだろうという最悪な未来だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

当時戦火に見舞われていたユーゴスラビア・クロアチアトレセン学園(後にクロアチア・独立記念トレセン学園へ改名)は、とある人物に助けを求めた。

 

その相手は、ホッカイドウシリーズ運営代表である理事長であった。

 

述べ16枚にも及ぶ、配慮して英語に翻訳された手紙は後に、"命の手紙"と呼ばれる事となった。

 

助けを求めた手紙は、それまで対岸の火事だった難民受け入れ問題に火を付け、世論を分断させる事となり、日本政府も動かざるを得ない状況になるのでした……

 

―2022年放送、【停滞と混沌の90年代】ユーゴスラビアより愛を込めて、命の手紙論争編―



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エセ理事長、何とかして誤魔化そうとする

=ホッカイドウシリーズの現状=1992

・崩壊

駄目だった

結局株価は上がらなかった

高いビルの屋上で、紙屑を捨てた大人の行列ができている

株と人、どちらが早く落ちるのか?

経済力が信じられないほど低下する

やる気が信じられないほど低下する

 

・起爆時期不明のリミッター爆弾、北海道植民銀行

先送りするな!今ならまだ間に合う!急いで爆弾を解除しろ!

経済力が少しずつ低下する

 

・レジェンド理事長

今代の理事長は、改革に意欲的なようだ

もっとも、成功するかどうかは置いておいての話だが……

話題性が少しずつ増加する

経済力が少しずつ増加する

やる気が少しずつ増加する

 

・勝負服需要の拡大

莫大な勝負服の需要はホッカイドウシリーズに巨万の富を呼び込んでいると同時に、大きな負担をもたらしている。

話題性が大幅に増加する

やる気が大幅に増加する

経済力が低下する

エースウマ娘出現率がUP

 

・中央、地方、北海道

ここ最近、レースの世界を志すウマ娘と親に新たな選択肢が浮上してきている。

スポーツ医学の大々的な導入や、卒業後の進路サポートなどといった改革が功を奏し、新たに北海道という枠の概念が浸透しつつある。

話題性が増加する

経済力が増加する

エースウマ娘出現率がUP

 

・有能な人材の流入

中央の怠慢は地方のチャンスであり、現状維持は緩やかな後退でもある

先見の明ある人材が、希望を求めてホッカイドウへ流れてきている

話題性が少し増加する

経済力が少し増加する

エースウマ娘出現率がUP

 

・陰の実力者

官・民・軍、名家、そして世界まで友好関係を広めた今代の理事長の活躍によって、我々の事業は成功しやすくなっている。

背中には気をつけろ

やる気が大幅に増加する

 

・命の手紙

選択肢はいくらでもある。

人道精神に則って受け入れるのもありだし、政治的判断から受け入れないことだってできる。

最善の選択をしなければ、恐ろしい結果を招くだろう。

 


 

 

「と、言うような手紙が来まして……」

 

「うーむ、これは……う~ん、反応に困りますね……」

 

「ハハハ(苦笑)……自分もです……」

 

 縦道北海道知事が手紙を読み終わるなり、なんとも言えない困惑した表情で手紙を返してくる。

 俺もまた、道知事と同じ"反応に困る"と言った感想を、読んで理解したその瞬間から抱いていた。

 だから、良くも悪くも感想がシンクロした事に苦笑せざるを得ない。

 

 苦笑でもしてこの緊迫した場を乗り切らねばならぬほど、これは深刻な問題なのだ。

 

「まぁ確かに……これは理事長が言うように、一個人、一企業で解決してよい問題ではありませんな」

 

 ――紛争地帯から人を受け入れる――

 これは単純な問題に見えて、かなり深刻な問題だ。

 

 そもそも、手紙の文脈は、「戦火の中にいる生徒を受け入れてほしい」というようなニュアンスである。

 

 これが指す事とは何か?

 ズバリ、どう頑張って解釈しようにも、紛争地帯の学生を受け入れるということは、"難民"を受け入れるのと全くもって同じ意味だと言うことだ。

 

 普通に帰国ができる一般人と異なり、母国の戦闘に巻き込まれないようにするために外国に避難する難民とでは、受け入れるハードルが高いという事は、もはや言うまでもないだろう。

 

 まず、一度goサインを出してしまうとブレーキが効かなくなり、思想や宗教、常識や習慣など全く異なる人が大量に流入する事になる。

 さらに、帰国のタイムリミットが"母国の戦争が終わるまで"という、「それ実質いくらでも延長できるよね?」と言いたくなるような滞在期間の不確定さがあるのだ。

 

――何もかもが違う人と、いつまで一緒に過ごさなければならないのかわからない――

 

 最初の内は善意で我慢していても、いつかは不安が善意を上回り、先行きが曇り模様な現状に耐えられなくなるだろう。

 

 日本人は一般生活レベルに宗教が馴染みすぎて(クリスマスや正月など)逆に宗教に関心が無いと言われているのであまり実感が無いかも知れないが、文化―特に宗教の違いから来る摩擦というものは、極めて深刻な問題なのだ。

 

 また、戦争が長期間化して難民が避難先の国で過ごすうちに、その避難先の国の文化などに順応することで、避難先の国の国民と同化して子孫繁栄するという可能性がありうる。

 

 「なんだ、母国で不幸になっても、避難先で幸福を掴んでまともな生活を送れるようになったらいいじゃん」という風に思うかも知れない。

 確かに、避難したご本人的にはいいのかも知れない。

 しかし、これには恐ろしい落とし穴があるのだ。

 

 それは何か?ズバリ、"大義名分"である。

 

 例えば、A国で内戦が起きて、隣のB国に逃げ込んだとする。

 その内戦では、反政府派が勝利して、A国から逃げた人はそのままB国で亡命生活を送ることとなる。

 すると、新A国は「B国にいるA国民が弾圧を受けている!」という謎理論を展開し、"抑圧されし同胞を解放する"という大義名分のもと、B国に侵略する……というような事態が起こる可能性が、決して少なくないのだ。

 

 「そんな無茶苦茶な理論で戦争なんて起きるの?」と、思うだろう。

 

 起こっちゃうんだよなぁそれが!(ゾルタン並みの感想)

 

 冗談抜きで、マジでありうる。

 戦争なんて、それっぽい理由があればどうにかしてこじつけて起こすのだ。

 大変やるせない気持ちになるが、外交に倫理観を求める事は期待しない方が良い。

 

 とにかく、難民という存在が取り巻く政治的課題は非常に深刻で、それはもうマリアナ海溝よりも深しと言っても過言ではないほど、扱いに困る問題なのである。

 

 そんな触れたらヤバい爆弾が、向こうからやって来てしまったのである。

 

 海外で俺の名とホッカイドウシリーズが知られ渡っていて、頼れる存在として認識されている事が名誉ではあるものの、それ以上に、扱いにミスったら大爆発する問題がこっちに向かって自走してきている事に頭を悩ませる他あるまい。

 

 ―厄介事が向こうからやって来る―PR活動の弊害とも言うべきだろうか、着々と効果が出ている事に対して、素直に喜ぶ事ができなくてなんだかモヤモヤする。

 

「マジでどうすりゃいいんだ……」これが、この手紙を知るすべての者に共通する感想だろう。

 

 と言うか、ウマ娘世界ってやさしいせかいじゃなかったのかよ!ちきしょー!

 そんなところまで現実に寄せなくていいから(良心)

 

 ともかく、この問題は一人や企業で解決したら不味いタイプのものだ。

 だから、俺はとある組織を頼る事にした。

 

 すなわち、"外務省"である。

 

 しかし、あいにく俺には外務省に通ずるツテをまだ開拓していない。

 なので、現段階で俺が接触できる最大級の行政権力者である道知事に頼み、外務省にツテを作ってその道を行くプロの力を借り、問題をできるだけハッピーエンドに向けられるように努力するのである。

 

「――ところで、理事長はどう思ってるの?クロアチアの生徒を受け入れるかどうか」

 

「ゲホゲホッ!自分……としては」

 

 一瞬、言葉が詰まる。

 なんせ、文字数にして数十文字程度で、遥か彼方の戦地で苦しむウマ娘の生死を左右することになるからだ。

 安易に本音を述べてしまっていいのか?と、俺は不安になる。

 

 しかし、ここでうじうじしていたらみっともない。

 ここは漢として、自分の意志というものを見せるべきなのだと、自分を後押しして、率直な意見を言う。

 

「全員は厳しいでしょうけども、できるだけ多くの生徒を受け入れて、助けたいところです」

 

「ほぅ、なるほど。まぁ、理事長ならそう言うと思ってました……応援しますよ」

 

「――!…ありがとうございますっ…!」

 

 ささやかな応援に、俺は素直に嬉しい気持ちになる。

 もっと頑張れそうだと、俺は奮起するのであった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 あれから数日ほど経って、思いのほか早く外務省からの返事があった。

 返事の内容をざっくり表すと、こうなる。

 

「難民というスタンスではなければ、理論上ギリ行けなくもないです」

 

 とのこと(超意訳)

 

 これはつまり、かなり強引なやり方ではあるが、"難民じゃなければOK"という訳である。

 

 突破口が開かれれば、あとは重点的にそこを攻めるのみ。

 難民じゃなければよいと分かってからの解決策考案は、電光石火の如き速度で練られていく。

 そして、重鎮の間で練られ、専門家に押し通せるかどうか確認した末、捻り出された案はこうだ。

 

 それは、"特例で大幅に基準を下げた留学制度を作る"というものだった。

 

 そう、難民ではなく、留学生という形で日本に逃がす作戦である。

 

 ぶっちゃけた話、これが成功するかどうかはガチでマジの大博打である。

 当たれば命を救うことができるものの、外れれば命を救えないどころか、世間から信用を失う羽目になる。つまり、民衆の反応次第という訳だ。

 リターンに対して、リスクがかなりデカいし、難民受け入れという転生前でもシビアな問題を扱うがために、成功の見込みが分からないというありがたくないおまけ付きだ。

 

 そんなに利益がないというのなら、なぜやるのか?と、疑問に思うだろう。

 

 汚い話になるが、断った際の世間の反発が恐ろしいことになることが予想されているからだ。

 

 われらホッカイドウシリーズは、"一勝よりも一生を"というモットーを掲げている。

 これはつまり、ウマ娘の幸せを願っているという訳だ。

 

 では、そんなモットーを掲げる企業が、内戦で苦しんでいる学園から助けを求められて、それを拒否したらどうなるか?

 

 「お前ら教え(モットー)はどうした教え(モットー)は!?」「あれは嘘だったのか!?」となることが明白であり、そうなれば、企業としての信頼崩落間違いなしである。

 

 ホッカイドウシリーズは、お互いの信頼で成り立っている企業だ。

 生徒と教師、親と学園、そして、職員と俺……どれも崩れてはならない、大切な関係なのである。

 

 なので、有言実行のために行動せざるを得なかったという、「少しでも苦しい思いをするウマ娘を減らしたかった」というような輝かしい理想では誤魔化しきれない苦しい現実があったのだ。

 

 ともあれ、案が纏まれば、あとは相手と打ち合わせをして、正式に協定を結ぶのみ。

 

 どのような手段で打ち合わせをしようかと意見をまとめている最中、最後の最後で非常にまずい事態が起きてしまった。

 

『【真相に迫る】ホッカイドウシリーズ、紛争地帯から難民を受け入れか!?』

 

 と、全国規模の新聞に掲載されたのである。

 

 くそう、次から次へと問題がっ!!

 と、俺は思わず吐き捨てそうになった。

 

 ついに世論が動き出す。これは相当面倒な事態になるぞと、俺は肺が痛むような思いで悟るのであった。



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エセ理事長、大事件に遭う

「この度はこのような事態になってしまい、大変申し訳ございません―――」

 

 会見場を埋め尽くす報道陣を前にして、俺が深々と頭を下げるとフラッシュが一斉に焚かれた。

 

「―――我々の見解としては、国際交流活性化の一環でユーゴスラビア・クロアチアトレセン学園と留学協定を結んで留学生を呼ぶという形であり、難民を受け入れるという訳ではないと断言します。他国のトレセン学園で結んだような協力協定をクロアチアでも結ぶというだけであり―――」

 

 某大手新聞社からリーク記事が出されたその日のうちに、緊急記者会見を開いて、大急ぎでワケを説明する。

 新聞が世に出てからというものの、世間に及ぼした動揺というものは凄まじい速度で広がっていった。

 新鮮な空気でも吸って落ち着こうと外を軽く歩いていた際、二人組の主婦がリーク内容の世間話を不安げに話しているところを目撃し、俺はこれから起きるであろう最悪な事態を想像して胸が絞められるような思いでいっぱいだった。

 

「どうすりゃ良かったんだ……」

 

 記者会見前、ストレスで震えが止まらない事を隠すようにトイレに籠った俺はそう呟いた。

 

 銃剣のような痛烈な現実に、俺はただただ打ちひしがれていた。

 

 これが一番マシな選択肢だと思っていたが、もしかしたら違ったのかもしれない。

 いや、逆にこれが一番マシな選択肢で、他の選択だともっともっとひどい事になっていたのかも知れない。

 

 もう少し早く公開、又はメディアに働きかけて情報統制を促すべきだったかと後悔する。

 これから飛び立つぞという時に地面に叩きつけられたようなものだ。

 

 もっと考えられることはたくさんある。

 しかし、それが正しいものなのかはどうかは時の経過と共に分かることであり、今分かる事ではない。

 

 しかしながら、今分かることが一つだけある。

 それは、"後悔してももう遅い"ということだ。

 なんせ、失敗を悔やんだだけでは、事態は好転しないからだ……

 

 

 

 ……事態が好転しないのなら、好転するように行動を起こす他あるまい。

 このような当たり前の行動こそがこの騒動を制すのだと、俺は一度冷静になって分析する。

 

 そうだ、そうなのだ。

 何もそんなに難しい事じゃない、今までもそうやって来たじゃないか。

 頑張れ俺!まだ間に合う!行け行け行けーッ!と、自分を鼓舞する。

 

 とんでもない問題が起きても、面子を捨て、対応の迅速さや誠実さにすべての力を注いで逆に信用を獲得した例があったではないかと、前世で見たニュースの内容を思い出す。

 

 今回の件は、ホッカイドウシリーズの信頼を揺るがす大事件だ。

 しかし、このグレートゲームで勝利できれば、むしろ今まで以上の信頼を獲得することができるかも知れない。

 ピンチをチャンスに変えてこそ経営者なのだと、自分に言い聞かせる。

 

 俺の元にパンドラの箱(開封済)が強引に送られてきて、しまいにはとんでもない厄災を撒き散らした。

 しかし、最後の希望だけは残されていたのだ。

 

 

 

 

 

『HS理事長、難民ではなく留学生と強調』

 

『【苦しい言い訳】難民を留学生と主張!?』

 

『難民ではなく留学生と訂正、HSは黒か白か!?』

 

 翌日の朝、梅おにぎりを片手に様々なメディアの朝刊を読む。

 

 メディアの反応は様々だ。

 難民だという前提で話を進める新聞や、比較的中立寄りな意見の新聞、地元の北海道系を筆頭に擁護寄りな新聞だったりと、メディアによって幅広い反応を示している事を俺は確認する。

 

 少なくとも、今のところは世論が固まりきっていない状態であり、これが指していることとはズバリ、短期決戦で世論をこちら側有利に傾けれれば、なんとか事態を沈静化できるかもしれないという攻略の糸口である。

 

 とにかく、これからの会見で最も肝になるポイントは、"難民"を否定して"留学生"であると強調すること、"留学生しか受け入れない"事を強調すること、"絶対に意思を曲げない"という事である。

 

 途中で意見を変えて保身に走ったりする中途半端な態度を取ること、それすなわち隙を見せるのと同意義であり、穴があればこじ開けるメディアの攻撃に耐えるためには、穴を開けないようにする必要がある。

 要するに、最初から最後まで考えを貫いて、誠実さをアピールする必要があるということだ。

 

 ぶっちゃけな話、この誠実さアピール作戦は大きな賭けだ。

 なんせ、今まで積み上げてきた信頼とイメージ、そして民衆が抱く感情次第だからだ。

 本当はもっと安定した手段を取りたいものの、そもそもこれ以外にまともな手段がなく、いわばこれしか選択肢がなくてやむを得ないという詰み状態なのである。

 

 という訳で、たいていトイレを我慢する時ぐらいしか祈らないであろう神に奇跡を祈りつつ、事態を何とかして捌ききる確率を底上げするべく、堅実に策を講じていく。

 

 まず、こちらから先手を打ってクロアチアから送られてきた手紙を公開する。

 

 え?今さら公開するの?と、思うかもしれない。

 しかし、意外な事に、どういうわけか手紙の件はバレていないのである。

 逆に何でこれがバレてないのか分からなくて、俺はずっと頭を悩ませる。

 

 恐らくリーク犯は、"紛争国から留学生を受け入れようとしている"という一面しか知らずにリークしたのではないか?と、俺は推測する。

 あるいは、意図的に伏せた?という可能性もあるが、この手紙も合わせて公開した方がより打撃を与えられた筈なので、本当に知らなかった可能性が高いと俺は見ている。

 どういうカラクリがあったのかは推測の域に過ぎないし、今はものすごく忙しいから今回はあまり深追いしないでおく。迷宮入りしないことを祈るばかりである。

 

 ともかく、クロアチアから送られてきた手紙を先手を打って公開した理由としては、ここでまた隠し事をしてバレたら今度こそ信頼の回復が絶望的になるからである。

 

 次に、会見の際はできるだけハキハキとハッキリ喋る事を、よりいっそう心がける。

 そういった小さな面もまた、テレビ越しに騒動を見守る民衆のイメージに大きな影響を及ぼすのだ。

 

 最後に、外務省のお墨付きを貰いに行く。

 これは、外交のスペシャリストが「いや、彼女らは難民じゃなくて留学生やで。決まり的には問題ないやで」と発言(要約)することで、我々側擁護の世論を形成して乗り切るためである。

 国家の組織からの援護ともなれば、考えが変わる民衆が少なくないだろう。

 

 幸先がよい事に、思いの外早く道知事経由で外務省の協力を取り付ける事に成功する。

 

 そして、次の日には外務省の記者会見で「彼女らは難民ではなく留学生」という旨の声明発表が出され、過激的な社説を出していた新聞社の勢いが揺らぐ事になる。

 

 そうした行動や、「まぁ、あんたが言うのなら…」という論調もあってか、交渉の為にヨーロッパへ行く一週間前になる頃には、徐々に一定の理解を示すメディアや民衆の割合が増え、事態は沈静化の方向へ向かっていく。

 

 しかし、我々にとって都合の悪いことに、事態を騒ぎ立てるメディアや民衆がいる。

 徹底的に受け入れを拒否する派と、逆にこれを期に日本は移民を受け入れるべきだという急進受け入れ派や、ただただ叩きたいだけの者など、やはり一枚岩にはそう簡単にならないというのが現状だ。

 

 ともかく、一時期はどうなるものかと不安だったものの、なんとか事態を捌ききれた現状に安堵するのであった。

 

 

・・・

 

 

 1992年春の中頃、ハンガリーの首都ブダペストにあるブダペスト・キンチェムトレセン学園にて、世界から集まった記者と、うわさを聞き付けた観衆に囲まれる形で、二つの組織の者らは校舎に入っていった。

 

 そもそもなぜ、クロアチアや日本ではなく、クロアチアの隣国であるハンガリーが舞台なのか、その訳を話す必要があるだろう。

 

 知っての通り、クロアチアは現在進行形で戦争をしており、つまり戦時国という訳である。

 

 どこの国もそうだが、基本的に戦争をしている国に渡航する行為は、できるだけ避けるように呼びかけられている。

 

 理事長なら覚悟をガチ決めして、戦争中の国に入国することも厭わないが、さすがに部下を引き連れてとなると話が変わってくる。

 

 ならば日本で、と行きたいものの、日本政府は独立したばかりのクロアチアと正式な国交を結んでいないため、日本に渡航する難易度が極めて高く、ほぼ無理だ。

 さらに、予算という問題もあった。

 

 ここで理事長の人脈が力を発揮する。

 

 欧州遠征の一環で訪れたことのあるハンガリーのトレセン学園に場所の提供を国際電話で要請し、ハンガリー側は承諾、かのような経緯で、クロアチアでもなく日本でもない、ハンガリーで最終調整の会議が開かれることとなったのである。

 

「初めまして、クロアチアの皆様」

 

「こちらこそ初めまして、日本の皆様」

 

 二人の代表とその部下らは、年季のある木製ロングテーブル越しに英語で軽くあいさつを交わして、最終調整に入った。

 

 残された数百にも上るウマ娘の命が掛かった、緊迫の会議が始まった瞬間である。

 

 たくさんの命が掛かっている会議だが、取り扱う題材の割に、意外なことにサクサクとテンポよく話の内容が進んでいく。

 理事長側が何度も練習したり、あらかじめこのような協定を結ぶと打ち合わせをして、クロアチア側の意見の一致を促したというのも理由だったが、一番大きな理由は、命が掛かっているクロアチア側の"焦り"というのが大きかった。

 

 生きるか死ぬか、はたまた戦場に行かされるか、クロアチアのウマ娘は命の瀬戸際にいる。

 

 とにかく早く、一刻も早く協定を結んで、一人でも多く逃がしたいという至極当然な考えが、サクサク会議進行に作用していたのである。

 

「では、取引成立ですね。協定書にサインを…」

 

 理事長はそう言いつつ、ダーラヘストのお守り付きの鞄から、愛用している万年筆を取り出し、協定書にサインをする。

 

 そして、理事長から回された協定書を受け取ったクロアチアの理事長であるステパンもサインをする。

 この瞬間をもって、ホッカイドウ=クロアチアトレセン学園間の友好関係が正式に始まったのである。

 

 交渉を終えた代表団が外に出た瞬間、待ち構えていた記者らが持つカメラのフラッシュで眩い光に包まれる。

 

「交渉はどうなったのですか!?」

 

 と、英語で質問する声がどこからかした。

 それに対して理事長は

 

「成功しました!」

 

 と、声を張って答えた。

 

 その場にいる観衆全てが、その返事に歓喜し、はち切れんばかりの拍手をする。

 

 栄光の瞬間だった。

 

 このままいけば、日本とクロアチアの友好を象徴する出来事として記録されていただろう。

 

 だが、神は気紛れだ。

 

 

 

 

 

ドン!

ドン!

ドン!

 

 乾いた破裂音――銃声が歓声を覆い隠す。

 

 試練の時だ。



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エセ理事長、失意の荒波に吞み込まれる

「―――緊急速報です。クロアチアトレセン学園との協定のため交渉へ赴いたホッカイドウシリーズ理事長が銃撃に遭いました。情報が入り次第お送りします―――」

 

 

「―――ブダペストトレセン学園での銃撃事件の詳細な情報が送られてきました。死傷者は3人。ユーゴスラビア・クロアチアトレセン学園の理事長ステパン・トルスカビッチ氏と、取材に赴いていたイギリス公共放送協会のカメラマン、レスター・ドリンカース氏の二名が死亡、SPが負傷し緊急搬送と―――」

 

 

「―――ハンガリー警察から発表がありました。銃撃犯はセルビア系ハンガリー人の郵便局員、ギムレージ・ブゴポノビッチ。凶器はトカレフT-33で―――」

 

 

 

「―――ハンガリー政府は警護が不十分だったと謝罪を―――」

 

 

「―――クロアチア政府はセルビアを非難―――」

 

 

「―――セルビア政府は関与を否定―――」

 

 

 

 

 

 

 

「―――続いてのニュースです。ブダペスト銃撃事件から二日が経った今、ホッカイドウシリーズ理事長が精神面での不調を理由に、1ヶ月休職することが正式に発表されました―――」

 

 

 

 

 

 

 

 事件が起きてから1ヶ月、事態は目まぐるしく変化した。

 まず、今まで批判的だった世論やメディアはドリルかって言いたくなるほどの手のひら返しを決め、今や"ウマ娘の為に働いた功労者"として、俺を褒め称えると共に、セルビアに対する批判を強めていった。

 

 事件を防ぎきれなかったハンガリーは関係改善に向けて活動を始め、クロアチアはセルビアを批判。一方、セルビアは事件の関与を否定し、「ハンガリーに住むセルビアの血を引いたハンガリー人が起こした凶行」と断言して、態度を崩さない。

 

 流れ弾に巻き込まれたイギリスを始め、欧州はセルビアに対する批判を強めると共に、"被害者"であるクロアチアを擁護し、ウマ娘を戦火から助けようとしたステパン理事長を悲劇の殉職者として祭り上げていた。

 

 犯人は現行犯逮捕された三日後、動機を語らぬまま拘置所内で変死し、恐れていた迷宮入りを果たしてしまう。

 

 もう無茶苦茶だった。

 欧州情勢複雑怪奇ナリとは、まさにこの事なのかと俺は理解させられる。

 

 

 

「やることねぇな~……」

 

 阿寒湖の畔にて、俺はそう呟く。

 鞄に付けていたダーラヘストが風に揺られていた。

 

 今、こうして休暇を謳歌している俺は、相当運が良かったのだと改めて自覚させられる。

 

――弾が逸れてよかった――

 

 と、本来ならば喜んでも文句は言われないだろう。

 

 しかし、事情が事情で、素直に喜べない。

 ステパン理事長は心臓に命中し、搬送中に死亡。

 身を挺して守ろうとしたSPは、使命を全うして生き延びた。

 間一髪俺から逸れた弾は、そのまま流れてカメラマンの眉間に命中し、即死した。

 余談だが、そのカメラマンが持っていたカメラは銃撃の瞬間を映しており、放映される映像の倫理観がゆるゆるだったこの時代ゆえかそのまま公開され、これは"暗殺の瞬間"として大きな波紋を呼んだ。

 恐らく、あの映像は歴史が動いた瞬間として後世に受け継がれていくだろう。

 

 そういう訳があって、俺は素直に喜べないでいた。

 そして、まったくもってやる気がない無気力な状態になっていた。

 

 無気力。

 

 まさしく、今の状態を指すのなら、この言葉が最も当てはまるだろう。

 

 無気力。

 

 とにかくやる気が出ない。

 今まで積み上げてきたものがすべて崩れて、跡形も無くなってしまったようだ。

 

 あれほどの情熱は何処へ?

 俺を突き動かしていたあの情熱は、どこへ行ってしまったんだ?

 

 わからない。けど、言えることが少なからずある。

 

 目の前で人が死んだあの瞬間に、俺を繋ぎ止めていた何かがプツンと切れて、紐を切った操り人形のようにうんともすんとも言わなくなってしまった。

 そして、撃たれた訳では無いにも関わらず、心にポッカリと穴が空いてしまった。

 

 自分の決断によって人が死亡した事実に、俺は未だに動揺している。

 

 果たして、俺の判断は最善だったのか?

 と、時折自問自答する。

 

 でも、返ってくる答えは俺にとって都合の良いものばかり。

 そりゃそうだよ、自分に質問してるんだからね。

 

Q理事長、あなたは幸福ですか?

 

Aはい、幸福です!

 

 こんなQ&Aが延々と続く。幾ら時経てど進歩無しである。ディストピアかな?

 

 ……そんな事はさておき、もうそろそろで1ヶ月の期限が切れるので、職務に復帰する準備をしなければならない。

 

 そもそも、この休職は役員によって半ば強制的に決められたもので、役員からは「延長してもいいですよ」と言われているものの、同じくキツい思いをしている部下をそっちのけで休むのはどうかと思って、期限が切れ次第そのまま復帰する予定だ。

 

 ステパン理事長の追悼や、三冠レースのPR活動、さらには米備蓄計画の遂行など、やるべき事は沢山ある。

 

 ここで挫けたらすべて台無しになるから、後にも先には挫ける事は許されない。

 

 ウマ娘、職員、消費者etc…今生きているもの、これから生まれるもの、そして死にゆくもの。たくさんの人々の想いを背負って、人らの上に立つ経営者としての義務を果たさなければならないのである。

 

 そう、俺は義務を果たさなければならないのだ。

 逃れられぬ義務を果たすために、俺は重い腰を上げ、車に乗って札幌に帰るのであった。

 

 

 

やるべきことが、たくさん残されている。



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エセ理事長、助けられる

――旭川って今はどうなってんだろ。

 

 ふとした瞬間、そのような疑問…というよりかは心配と不安に近い言葉が脳裏に浮かび上がる。

 

 その言葉が浮かんでからというもの、ほとんど考える間も無く衝動的に車を出し、旭川へ加速する。

 

 高速道路…ではなく、国道12号線など一般道を使い、北海道特有の長すぎる移動距離を根性でもってして二時間近くかけて走破し、懐かしきあのレース場の駐車場に駐車する。

 ちなみに、国道12号線には日本で一番長い直線がある(細かすぎて使わない豆知識)

 

「ふう…ついた……」

 

 ドアを閉めた後、凝りに凝った体を解すために背伸びをする。

 

 移動距離――というと、本州の人にとっては2時間近く車で移動することは"長距離移動"に含まれるらしいが、道民曰く"まだまだ行ける"範囲とのこと。道民の忍耐力恐るべしだ。

 「はえーすっごい(小並感)」と他人事のように言う俺だが、転生してから時間が経っているが故に、俺はすっかり北海道の基準に染まりきっており、最初は苦痛だったクソナガ移動はいまやノープロブレムだ。慣れって怖いね。

 

 それはともかく、わりとふんわりとした理由で流されるように旭川へ来てしまった。

 札幌から旭川への移動時間である二時間は、だいたい一本の映画を見れる時間だ。

 せっかくの貴重な休日を、神のお告げ的な衝動的な行動で無駄にしない為に有効に楽しんでやろうと考えつつ、慣れ親しんだ入り口を潜る。

 

 おぉ、なんかいつもより人が多いな。

 

 門を潜ったその瞬間、このような感想がポンッと出る。

 

 パッと見、ここにいた頃と比べて、心なしか人が多い気がするのだ。

 それも、観客の大半がおじさんだった転生初期に比べて、今目の前で行き交う人々は、学生や子連れの夫婦、数は少ないが老人だったりと、客層の幅が広がっている事が見て分かる。

 そして何より、人々の表情は明るく、活気に溢れているのである。

 

「ママぁ、チョコバナナ買ってよぉ!」

 

「おぉ婆さんや、ケツとタッパはまだかのう…」

 

「こらっ爺さん!なんて覚え方してるのっ!」

 

「あ!よっちゃんじゃーん!久しぶりっ!」

 

 耳を澄ませば、そんな和気あいあいな会話が聞こえてくる。

 寂しかった以前と違い、今は和やかな雰囲気が流れており、自然と微笑ましい気持ちと顔つきになる。

 

――改革の効果が実り始めた

 

 今まで積み上げてきた努力が徐々に報われてきている事実に気づくなり、成功して良かったという安堵と同時に、たいへん嬉しい気持ちになる。

 

 そうだ。そうなのだ。

 この衝動的行動にはちゃんと理由が存在するんだ。

 きっと、導かれてここに来たんだ――と、俺は解釈する。

 

 欠けていたものが満たされたような気分だった。

 

「あ!リジチョーっ!!」

 

 懐かしい声が聞こえてくる。

 声がした方を振り返ると、小走りで一直線に向かってくるあの土木のおっちゃんが視界に入る。

 

「おっちゃん!?」

 

 驚きと嬉しさが絶妙に混じったイントネーションで、思わず俺は声を上げる。

 

「……久し振りですね、理事長。また会えて嬉しいです」

 

 相変わらずの笑顔を浮かべながら、おっちゃんは再会の言葉を口にする。

 

「えぇ!ええ!こちらこそ!本当に久しぶりですね!自分が居ない間、元気にしてましたか?」

 

 俺もまた、嬉しさでにやけつつ、再会の言葉を口にする。

 

「もちろんです!現場の三階から落ちて捻挫しましたが……まぁ、なんとかなりましたね」

 

「三階から?!捻挫!?」

 

 おっちゃんは笑い話のように話すが、唐突にクソデカカロリーな話をぶちかまされて、俺は軽く言語的胃もたれを起こしてしまう。

 とりあえず、おっちゃんがなまらタフという事だけはよくわかった(小並感)

 

 そんなこんなで、おっちゃんと俺はお互いに再会を喜びつつ、あの頃のようにテキトーに駄弁りながらパドックに向かう。

 

「――四番ドミニオンサガ。前回は最後の直線で力尽きた反省を踏まえたのでしょうか、主に太ももとふくらはぎを中心に筋肉が増えたように見えます――」

 

「いやぁ、まさかパドックに解説が付くとは……」

 

「ふふふ、パドックに解説が付いたのはあなたのお陰ですよ」

 

 実は、パドック解説は史実だともう少し後から始まるものだ。

 数年前、おっちゃんと駄弁っていた時にまだやっていない事に偶然気付き、これを今やれば話題性が上がるだろうと考えて実行したという経緯がある。

 だから、この世界におけるパドック解説の起源は、土木のおっちゃんの存在がデカかったりする。

 

 そんなこんなで、いよいよ出走の時がくる。

 

 幾ら時が経てども、出走前はワクワクとソワソワ感が絶妙なバランスで情緒を揺さぶる。

 そんな懐かしい感覚を実感しつつ、俺らはスタートの時を今か今かと待っていた。

 

 そして、ガシャンと音を立ててゲートが開かれる。

 ついにレースの時が来たのだ。

 

「「頑張れぇぇっ!!」」

 

 ウマ娘の雄叫びを掻き消すように、観客は応援する声を上げる。

 

 キタ!キタ!キタ!と、俺はあの感覚を思い出す。

 

 そうだ、このレースの感覚。

 本気を出して前へ進むウマ娘、熱狂する観客、そして盛り上がる舞台……これぞまさしくレースなのだ。

 

「行けーっ!!」

 

 レースを見るという喜びの感情に駆られた俺もまた、共に声を上げる。

 

 しかしながら、楽しい事ほど時間が早く過ぎてしまうというのが世の常…、あっという間にレースが終わってしまう。

 

「あー、終わったのか……」

 

 と、俺はどこか寂しげな声が漏れる。

 

 だがしかし、"熱"は冷めていない気がするのである。

 その熱ってのがどういうものかは言語化し難いものの、少なくとも、"やる気"に近いだろう。

 

「理事長さん。これが、理事長さんが今まで積み上げてきたものですよ」

 

「積み上げてきた……もの?」

 

 やや黄昏気味な俺に、おっちゃんが話しかける。

 その言葉にハッと我に返ると共に、朧気な熱の正体がなんなのかをようやく理解した。

 

 "情熱"である。

 

「そうですよ。学校に通うウマ娘や、レースを見に来る観客。たくさんの人々が、ホッカイドウのお陰で幸せになっています。そして、恐らく理事長さんが思っている以上にたくさんの人が、理事長さんに感謝しているはずです。……理事長さんが頑張って積み上げてきたものは、綺麗に、そして立派に花を咲かせているのです」

 

「…………」

 

 色々な感情がドッと押し寄せてきて、言葉が詰まる。

 

「ニュース、聞きましたよ。かなり大変な思いをされている事を、私は知っています。理事長さんが今、辛い思いをしている事も知っています。ですから、これ以上頑張れとは言いません。……応援してます」

 

 おっちゃんは優しく微笑む。

 

「ありがとうございますっ」

 

 俺は俯きながら、感謝の言葉を口にする。

 

 目頭が熱い。

 この涙の意味は、きっと、今までの苦労が報われた嬉しさによるものと、おっちゃんのささやかな優しさによるなのだろうと、俺は悟った。

 そして、激励の言葉を貰った俺は、心の中で決意を固める。

 

 俺はまだ諦めない!そして蘇る!みんなの為に、遺された想いの為に、そして俺自身の為に、俺は諦めない!!と……

 

 

 

 

 

 

 

キィィィィィン………

 

 千歳空港にて、クロアチアからの留学生を乗せたDC-10が着陸した時、「時が来た、気を引き締めよ」と自身を鼓舞する。

 

 少し話は逸れるが、どうやらクロアチア側は協定が正式に決まる前から留学生の選定をある程度決めていたらしい。

 だから、俺の復帰後すぐ…つまり1ヶ月ちょっとという異例の早さで、留学生を出すことができたのである。

 半年近く掛かるかもと個人的に思っていたので、あまりのスピードに度肝を抜かれた事は、心の中だけの秘密だ。

 

 そんなことはともかく、いよいよ今回の主役がターミナルビルに現れる。

 それも7人。

 彼女らは安いキャリーバッグに加えて数個の鞄を持っており、クロアチアトレセン学園の制服が荷物に覆われて全貌がよく分からないという状態で、一目見て「一つでも多く持ってあげなきゃ」という感想を抱かせる程の有り様であった。

 

 黒鹿毛で比較的長身なウマ娘を先頭に、親子アヒルのように列を成してターミナルビルに入ったその瞬間、待ち構えていたマスメディアからものすごい量のフラッシュを焚かれまくる。

 

カシャ カシャ カシャ カシャ カシャ カシャ

 

 政治家の定例記者会見かって言いたくなるほどのフラッシュに全くもって動じない(!)彼女らに対して、記者らは日本語で彼女らに質問を投げ掛ける。

 

「クロアチアトレセン学園の様子はどうでしたかー!?」

 

「日本に来た意気込みは!?不安はありませんか!?」

 

「何か一言を!!」

 

 日本語で話し掛けられても分からんだろうと思っていると、たいへん驚いたことに、先頭の黒鹿毛ウマ娘が流暢な日本語で記者の問に答える。

 

「そういうのは記者会見で!」

 

 と…

 

「え゜?」

 

 なんか変な声が漏れる。え、まじ?日本語いけるの?

 資料が乏しいクロアチアでどうやって日本語を習得したんだと呆気に取られていると、ほとんどの質問を受け流していた彼女は、記者のある質問にだけ、明確に答えた。

 

「あなたの名前は!?」

 

「スパシテルです!」

 

 と言うと、彼女はニカッと笑って軽く敬礼をする。

 彼女の目は、星空のようにキラキラしていた。

 

 

 

 

 その後、クロアチア発留学生第一段である7人と共に軽く記者会見をした後、彼女らはまとめて札幌トレセン学園へ送られた。

 

 各地に分散させるべきかと議論されたが、人員や彼女らの心理状態を考慮した結果、数人以上をまとめて一ヶ所にした方が良いという結論に達したからである。

 

 それはともかく、彼女らは戦火のない北海道の地で、第二のトレセン生活を送ることになる。

 

 言語や習慣、思想や宗教など、何もかもが全く持って違う新しい生活に戸惑うだろう。

 だがしかし、彼女らなら、もしかするとそこまで心配する必要は無いかもしれない。

 

 スパシテルという活発なウマ娘が、他の仲間らに対して日本語や日本の習慣を教えたりと、文化交流に熱心に取り組んでいるとのことだ。

 だから、彼女らが日本の生活に馴染むのは、そう遠い未来ではないだろう。

 

 希望はまだある。情熱もある。世の中捨てたもんじゃないな。と、俺は実感するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

"ステパン理事長暗殺事件"

 

それは、ハンガリー史上最悪の未解決事件である。

 

この事件はあまりにも不可解な点が多く、様々な陰謀が囁かれている。

 

ともかく、それらすべてに共通することは、"証拠が不十分"であるということだ。

 

一体誰が、なぜ、彼らに銃弾を放ったのか。

 

果たして、真相を知るものは"今生きている"のだろうか?

 

――2022年、イギリス公共放送協会から放送されたドキュメンタリーより――



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エセ理事長、言ったもん勝ちの環境を作る

――ニューヨーク

 そこは、アメリカンドリームの中心地。

 イタリアからアイルランド、そしてアフリカからユダヤに至るまで、たくさんの人らが一攫千金を夢見て辿り着いた自由と希望の地である。

 

 ウォール街の煌びやかな資本主義の牙城を水面に映すハドソン川の畔のベンチにて、俺はとあるカタログを手に持ち、眉間にシワを寄せるほど隅々まで読み込んでいた。

 

「う~ん……さすがにGoogleはまだ早いか……」

 

 と、俺は呟く。

 そう、俺が読んでいるカタログとはすなわち、"株取引"に関するものである。

 

 一体なぜ、証券のカタログなんてものを読んでいるのか?

 そのワケは、後に起きる好景気が関係している……

 

 1990年代初頭に起きたバブル崩壊から始まった日本経済の停滞期は、失われた○○年と呼ばれるぐらいなので、その間にいっさい好景気が起きていないと勘違いされがちだが、実際の所はそうでもない。

 

 例えば、90年代後半から2000年にかけて発生した"ITバブル"が代表的な例だろう。

 

 そもそもITバブルとは何か?

 ざっくり表すと、「なんかITとやらがすごいらしいぞ!!」と騒ぎ立てられて発生した好景気である。

 

 とりあえず"インターネット"や"IT"など、それっぽいワードを含むプロジェクトや社名にしただけで株価が爆アゲしたり、主にバブルで損した人や熱意溢れる若者らが、チャンスを掴むのは我先にとITベンチャー企業を立ち上げたり投資したりなど、まさに――乗るしかない、このビッグウェーブに――というような景気である。

 

 この時、正しく投資したり事業を拡大したりした者や企業――例えばGoogleやソフトバンクなどは、今や多大な影響力を持つ企業に成長している。

 そんな彼ら企業に反して、残りの大半――ノリで儲け話に釣られた者や、一か八かの一攫千金を夢見てよく分からないまま投資した者や企業らに待ち受けていた末路は、金だけ搾り取られるという今まで何度も見てきたパターンで終わった。人生的にもだ。

 歴史は繰り返すって、はっきりわかんだね(※チューリップバブルや南海泡沫事件など)

 

 このように、とんでもない損をした人の生々しい体験談や、その後の経済に及ぼす影響などから、イキすぎた好景気、又はバブルは恐ろしいというような偏見を持つ人が多いのではないだろうか?

 

 しかし、ちゃんと正しく扱えば、そんなに恐ろしいものではない。

 

 何度も繰り返すが、バブルが弾けて痛い目を見るのは、大抵は儲け話に群がった後発組であり、そういう者らは専門的な知識なしに投資したりするので、適切な"引き時"を知らないから大損するのである。

 

 では、バブルで儲けて勝ち逃げする者らはどうなのか?

 言わずもがな、そのバブルの分野に関する専門的な知識をもってして適切に投資と投機を判断し、利益が出たところで「さらなる利益を!」という欲望をグッと堪えて、冷静に、そして潔く手を引く判断したからこそ、巧いこと勝ち逃げすることができるのだ。

 

 このように、ちゃんと扱いこなせれば大きな利益を期待できるという訳である。

 

 かなり話が逸れてしまったが、要するに、未来知識チートを使って儲けてやるぜ!という算段だ。

 

 過去に逆行転生したら、未来知識チートをもとに未来の儲け話に有り金をブッチッパして大儲けという、某拓銀お嬢様だってやってた王道を征く手段である。

 

 できるだけ早いうちに株を購入して熟成してやろうと目論んでいたのだが、さすがに行動が早すぎた。そもそも上場していなかったのである。

 

「へいタクシー!」

 

 カタログを持って手を挙げると、黄色のタクシーが俺の真横に停車する。

 海外のタクシーのドアは手動式なので、カタログを持っていないもう片方の手で開け、座るなり自分の手で閉める。

 

「お客さん、どこまでだい?」

 

 シワの多い黒人の運転手がどこに下せばいいのか聞くなり、俺は「JFK空港」と答える。

 

 「OK」と短く運転手が返事をするなり、タクシーは出発する。

 目的を果たせなかったことに軽く悲しみを覚えつつも、流れゆくウォール街の景色に見とれる。

 これが、世界の経済を動かす中心地の街並みなのか…と感心していたのだが、その感心は渋滞に嵌まったことですぐに打ち消されてしまう。

 渋滞はニューヨークでは日常茶飯事である。

 

 晩飯何にしようかなと考えつつ外を見ていると、とある看板に目線を奪われる。

 

「YAMATO…ヤマト…銀行?」

 

 パッと見、英語で書いてあるはずなのに日本語で読めることに違和感を覚えたのだが、どうやらその勘は正解だったようだ。

 ヤマト銀行ニューヨーク支店と、看板に書かれていたのである。

 

――ヤマト銀行

 

 その名を思い出した時、ハッと我に返る。

 

 ヤマト銀行ニューヨーク支店――それは、たった一人の男の偽造により、10億ドル、日本円にして1000億円という巨額の損失を出した大事件の舞台となる店なのだ。

 日米間の国際問題に発展し、その銀行はアメリカ出禁というとんでもないパワーワードの処分を下されるなど、各方面に悪い意味で多大な影響を及ぼした事件である。

 

 この事件、色々な要素が複合的に絡まって起きてしまったものであるが、ざっくり表すとすれば、"報連相"ができていなかったという、事件の規模の割に初歩的なことが原因である。

 

 基本中の基本だからと侮るなかれ。

 報告・連絡・相談ができなかった"だけ"で、とんでもない事態に発展した事件は決して少なくない。

 

 基本中の基本であり、最も守らなければならない報連相が、いったいなぜ、守られなかった事例が出てくるのか?

 

 ずばり、"感情"である。

 

 人間は感情という要素が現れるなり、途端に合理的な判断がしづらくなる。

 例えば、ヤマト銀行の件は、「損失がバレたら解雇されるかも」という強迫観念によって、損失を取り戻そうとトレードをしてかえって損失を広げて…という無限ループに陥った結果、最初は5万ドルだった損がとんでもないことになったのである。

 

 そう、このように報連相を守らなかった理由の一つには、"処罰を恐れた"というものがあるのだ。

 

 もちろん、これだけではない。

 

 自分のミスじゃないのに報告したらなぜか自分の責任にされて怒られる、というような"言ったもん負け"な社風だったり、単純に上司の圧がヤバくて言いずらいという環境もある。

 

 とにかく、もはや語るまでもないだろうが、燃え広がる前に火元の段階から消火しちゃった方が早いし対処が楽だよね、という訳である。

 

 実際、問題を先送りにしてたらとんでもないことになっちゃったという経験を持つ人は、決して少なくないだろう。

 

 という訳で、日本に帰るなりさっそく俺は行動する。

 

 すでに諸々の改革により、時代の割にホワイトな企業体制は出来上がっているものの、より社員にとって働きやすい環境を作るための努力を惜しむことはない。改革はいつまでも続くのだ。

 

 そして、重鎮との会議でひねり出された「こうするべき」という改善の軸が、ざっくりまとめると以下三つになる。

・おひたしを推して言いやすい環境を作る

・責任の追及よりも問題解決を優先させる

・言ったもん負けにさせない

 

 まず、ここで出てきた"おひたし"とはなにか?

 これもまた、報連相と同じく頭文字をつなぎ合わせたものであり、怒らない・否定しない・助ける・指示するの四つの事から構成されている用語だ。

 

 これら四つの要素はどれも重要なことだが、特に重視したいのは怒らないと否定しないの二つである。

 

「こういう問題が発生しました」

「はぁ!ふざけんな!ガミガミガミガミetc…お前が何とかしろ!」

「ひぇ、すみません(やっぱ言わなきゃよかったかも)」

 

 というように、怒鳴りつけたり責任を押し付けたり否定したりすると恐縮してトラウマになってしまい、以後は上司の顔色を窺って都合のいい情報だけを持ち込んだり、都合の悪いことは握りつぶして自分だけでなんとかしようとしてしまうのである。

 

 この悪循環と恐怖による支配を根絶すれば、より強固な報連相が成り立つと俺は確信している。

 

 上司側の改革もそうだが、同時に部下側の改革も進める。

 

 ずばり、言ったもん勝ちの社風を作り上げることである。

 

 そのために、"報連相のすゝめ"なるポスターを仕事場に張ることにした。

 これには、大雑把に言うと「報連相をしよう!」だとか「責任の在処よりまず問題の解決を!」や、さらには「言ったもん勝ち」的なことが書いてあり、シンプルでわかりやすい形で明記することで社内を啓発しようという試みである。

 

 さらに、俺ら重鎮が正式に言ったもん勝ちを推進する声明を出すことで、本気で変わろうとしていることをアピールして、改善を求める者を後押ししつつ、改善を拒む者を追い詰める。

 

 また、とどめのダメ押しといわんばかりに、言ったもん勝ちの環境が及ぼすメリットをこれでもかと説得する。

 

 かくして、よりいっそう社員にとって働きやすい環境を作る努力を続けるのであった。



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中央、止まる

=中央の状況=

中央の意地…?

1860年に横浜居留地競が行われた事を皮切りに、我が国のウマ娘レース産業は、幾度もの苦難にめげず、走者と夢と共に前進してきた。

未だに欧州をはじめとしたレース先進国には遠く及ばないが、先祖がやってきたように、血なまぐさい努力を続ければ、いずれ追いつくことができるだろう。

亀と兎、どっちが早くゴールするのだろうか?

話題性が増加する

経済力が増加する

やる気が増加する

エースウマ娘出現率がUP

 

中央の格…?

「中央はエリート集団」「地方は落ちこぼれ」誰かが言い始めたその言葉こそ、まさに我々がどれほど崇高な集団であるかを表すのに、これ以上ない言葉であろう。

実際、日本のウマ娘は中央に入ることを強く望んでいるし、地方に入ったり都落ちすることは恥だと考えているのが現在の風潮だ。

当分、この考えが変わることはないだろう。もし変わるとしたら、中央が落ちぶれて、地方が躍進するときぐらいだろう。

気づいてももう遅い

話題性が増加する

経済力が増加する

やる気が増加する

エースウマ娘出現率がUP

 

どっちがホンモノ?

我らURAは、国際的に認められた組織である。

しかし、一部の国では"ホッカイドウシリーズが日本代表"とする勘違いが起きているらしい

間違いは自然の理によって淘汰されるだろう

話題性が増加する

経済力が増加する

やる気が増加する

エースウマ娘出現率がUP

 

みんなの憧れ…?

誰もがレースに出たいと思っているし、誰もが栄光を掴みたいと思っている。

トゥインクルシリーズは永年民衆の憧れであり、希望である。

どうやら現実的な考えをするウマ娘が増えてきたようだ

話題性が増加する

経済力が増加する

やる気が増加する

 

格好の天下り先

上層部の大半は、大手企業の元重鎮や元高級官僚だったりと、本来の専門職ではないものが大半である。土台ではなく、屋根から腐って崩壊するのが現実だ。

経済力が少し増加する

やる気が大幅に低下する

※手を打たない限り、デバフ効果が徐々に上乗せされていく

 

協調性の無い上層部

こんなはずではなかった

いつからこうなってしまったのだろうか?

ウマ娘のためという純粋な想いは、いつしか利益と権力と派閥に食い潰されてしまった

しまいには、お互いの足を引っ張る始末だ

やる気が大幅に低下する

※改革派は愛想を尽かしている

 


 

――たいていの人は災難を乗り越えられる。

本当に人を試したいのならば、権力を与えてみることだ――

 

 

byエイブラハム・リンカーン

 

 

 

 URAという組織は、今や一枚岩ではない。

 かつては"ウマ娘のため"という純粋な想いでただひたすらに行動していた組織は、いつしか、協力を忘れた利益集団と化してしまった。

 

 夢というメッキの下に隠された組織の中身は、様々な思惑が混沌と蠢いている。

 

 例えば、組織の改革を推進する秋川派や、利益の為ならばいかなる選択も厭わない利益派などがある。

 これら以外にも、中央のみが生き延びる環境を作ろうとしている中央派と呼ばれる過激なものや、労働組合に忠実な組合派など、経営上層部から現場に至るまで、大小様々な派閥が形成されている。

 

 これら派閥は、時として協力することもあるが、足を引っ張ったりすることもある。

 

 例えば、当初ホッカイドウシリーズとの協力に肯定的だったのは秋川派のみで、そのほかの派閥は懐疑的であり、何らかの策を講じなければ数的不利でプロジェクトは立ち消えになりかけていた。

 だが、元中央職員らの証言から内情を知っていた理事長は、ギリギリ交渉可能と判断した利益派に接触し、根強く説得してなんとか協力を取り付け、中央とホッカイドウの協力関係まで漕ぎ着けたのである。

 

 と、このくだりを鑑みれば、中央はホッカイドウに対して寛容になったと思われる。が、案の定そんなことはなかった。

 

 中央派は後に、ブダペストトレセン学園銃撃事件の遠因になるとある行動をしたのである。

 

 それは、外務省の現主流派閥に敵対する派閥から得た難民受け入れという情報をメディアに流す……つまり、気に入らない相手にとって都合の悪い情報を流して陥れようという恐ろしい行動をしたのである。

 

 嘘と真実が入り混じったこのタレコミが及ぼした効果は絶大なものであった。

 

 戦争経験者、そして満州や樺太からの引き揚げ者の感情を刺激し、今まで対岸の火事だった民衆の戦争に対する考えを憤りを伴って過熱させ、それらに便乗するように極端な界隈が悪目立ちしたりなど、たった数ページの新聞から社会問題へと発展したのである。

 

 想像をはるかに上回る効果に、中央派はニヤリと笑った。しかし、最後に笑ったのは理事長であった。

 

 理事長はすぐに折れるだろうと楽観的だった中央派の思惑に反し、理事長はまったくもって引かなかった。

 それどころか、態度と考えを貫き通して結果を残したことにより、むしろ世間からの信頼と好感がより高まるという、当初思い描いていた夢物語と正反対の結果に終わったのである。

 

 想定外の死人発生や、むしろ相手の力を増長させることに繋がった中央派は、まさに足を引っ張ったと言われても否定できないだろう。

 

 このように、今のURAは、到底団結しているとは言い難い有り様である。

 

 一体なぜそうなってしまったのか?

 

 端的に述べると、"成功慣れ"と、"世代交代"が挙げられる。

 

 戦争という巨大な暴力に潰され、焼け野原になった夢の跡地を"ウマ娘のために"という想いを糧に、見事に再建させた当時の現場や経営陣らの想いは、間違いなくホンモノであった。

 

 しかし、時が経つにつれ、引き抜きや引退などによって交代が行われていくと、徐々に想いがあやふやなものになっていく。

 

 戦前、戦時、戦後の涙ぐましい努力を知らず、終わり無き好景気を見てきた世代が現場や経営のトップに立ち始めると、誰も気づかないほど少しづつ、"想い"から"利益"を優先するスタイルへ変化していったのである。

 

 なんせ、トキノミノルやハイセイコー、最近だとオグリキャップなど、何もしなくてもスターは半永久的に現れ、それに乗っかるだけで莫大な利益を得ることに気づいたからだ。

 つまり、"怠惰を覚えた"という訳である。

 

――レースに絶対は無いが、中央には絶対がある――

 

 とある経営哲学者が冗談と皮肉混じりに言い放った言葉がある。

 これはずばり、URAは確実に利益を得る経営土台を築き上げた事を指している。

 

 マーケティングとウマ娘の質、到底地方が敵うわけなく、ほぼ市場を独占する体型を築くことに成功し、絶対的な安定経営期に入ったURAは、次第に"成功が当たり前"という錯覚を患った。

 

 何もしなくても生きていけるのならばと、攻めから守りに転じたURAは、既得権益の保護を重視し始める。

 なんせ、わざわざリスクをとる必要がなくなったという考えが蔓延ってしまったからだ。

 

 ここまでなると、いよいよ自浄作用が効かなくなっていく。

 現状のままではだめだと警告すると、降格や左遷などあからさまな処分を下すことが最近目立ち始め、そのような仕打ちをするものだから、次第に改革を望む者たちは希望と愛想を失い、上司の機嫌取り主義者やイエスマンを置いて出て行ってしまう由々しき事態が多発している。

 ちなみに、ホッカイドウシリーズはURAから追い出された者達を受け入れている。

 

 こうして、URAは進歩をやめた。

 

 これが今のURA。

 古典的な、ありふれた日本型の怠惰な企業である。




秋川派…本来のウマ娘のためという理念に基づいた経営改革を目指している。代表は秋川やよいの祖父。

利益派…利益の最大限効率化を理念とする派閥。利益のためならば敵にも味方にもなる。

中央派…既得権益保護集団。現状維持を強く訴えており、秋川派と敵対している。

組合派…バーサーカー。基本的に全方向敵対しているが、実は労働者にやさしい理事長にだけ期待を寄せていたりする。


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エセ理事長、大規模な訓練をする

「人間は力の面でウマ娘には敵いません。走りとなれば尚更です。ですが、慢心してはなりません。驚異的な身体能力を誇るウマ娘と言えども、銃弾や包丁の攻撃は普通に効きます。ですから、抵抗や返り討ちしようという考えはせず、逃げてください――」

 

 体育館に集まる数百に及ぶ生徒を前にして、とある行事の為に札幌トレセン学園に訪れた道警のトップは、訓示を行う。

 壇上の脇に立つ俺は、気を引き締めてその光景を見守る。

 

「――皆さんはアイドルであり、目立つ存在です。それ故に、恐ろしい悪意に狙われる可能性が一般人よりも大きいです――」

 

 道警トップの言葉に、俺はうんうんと小さく頷く。

 

 競走ウマ娘というのは世間から注目される存在であり、それ自体は輝かしいことだ。

 しかしながら、光あるところに影ありしというのが世の常、そうした注目を悪用しようとするワルモノがいるのだ。

 

 簡単に言うと、"テロ"である。

 

 社会的弱者が己を誇示する為に、世間に与える影響力が強い存在を何らかの形で危害を加えて世間の注目を集めるというのが、テロリズムのざっくりとした内容だ。

 テロと言えば、あさま山荘事件やミュンヘンオリンピック(黒い九月)事件、9.11などが有名どころだろう。

 

 かなり治安が良くて非銃社会の日本と言えど、影響力のあるレースや競争ウマ娘を狙ったテロ等凶悪犯罪が起きる可能性は無いわけではない。起きてからでは遅いのだ。

 

 また、"ステパン理事長の死を無駄にしてはいけない"という意志も、今回の行事の実行に影響している。

 

 という訳で、休職開けすぐから道警と協議してなんとか実行の段階まで持っていき、消防や自衛隊との協力や、メディアを招いたりとかなり大がかりな対凶悪犯罪授業を行う事にしたのである。

 我ながら、これほど大規模な対犯罪授業は一般の学校ではないだろうと自負する。

 それほど、この行事に掛ける想いと期待、規模が大きいのだ。

 

 最後に、もうひとつ重要なことがある。

 それは、この訓練によって防犯力が高いことを大々的にアピールするという狙いである。

 

 これによって、学園に生徒を預ける親や、遠征してくるウマ娘に海外のトレセン学園、さらに国内外から訪れる一般客を安心させる事で、回り回って数字には現れない利益に繋がるのである。

 "安心"もまた、経営のステータスなのだ。

 

「――以上を持ちまして、私からの訓示を終了させていただきます」

 

 パチパチパチパチ!!!!

 

 訓示が終わると、生徒たちによる拍手の嵐に見送られながら道警トップは壇上から去る。

 俺もその様子に満足げに微笑みつつ、壇上を去る。

 

 こうして、道警と消防と自衛隊とホッカイドウシリーズ合同の対凶悪犯罪授業が始まるのであった。

 

 

 

「危険物を発見した場合、まず我々警察に通報してください。我々が到着するまで、発見した危険物をそのままにしておく事と、その危険物から人を離すように誘導してください」

 

 授業を受けるのは、何も生徒だけではない。

 俺らのような彼女らを支える側の人間、教員やレース場職員なども、対策を伝授するのである。

 

 今説明されているのは、危険物によるテロ攻撃を受けた場合にどのような対策を取るべきかという内容である。

 例えば、爆弾を仕掛けられた場合。

 これは爆発する前に対処するのは難しいため、爆発物処理班と呼ばれる専門の部隊に任せることになる。

 そしてその対応をしている間、警備員と警察官、消防士や救急隊員が協力して避難誘導や現場の安全確保をするのだ。

 

 また、銃撃を受けた場合の訓練も行う。

 パドック周回中のウマ娘に対して、観衆に紛れて至近距離まで接近して撃つという、俺が経験したのと全く同じものを今回は想定している。

 

 他にも、毒ガス兵器が使用された場合を想定した訓練も行う。

 毒ガス?!そんなバカな!と、この訓練を実施するのに懐疑的な意見が見られたが、そこは「常に最悪の事態を想定して行動すべし」とゴリ押して実行するに至った経緯がある。

 

 この対毒ガス兵器訓練では、警察や職員らもそうだが、自衛隊の"化学科"と呼ばれる部隊が訓練に参加している。

 

 化学科とは、ざっくり言うと、化学兵器による攻撃をなんとかする部隊であり、化学兵器を作って攻撃する部隊ではない。

 

 後に起きる某教団が起こした地下鉄の事件が起きる前まで(良くも悪くも)実践経験が無く、それが原因で必要性が疑問視されているどころか、化学を用いて攻撃する部隊だと勘違いされて廃止を迫られているという不遇な立ち位置にいるのが、1992年時点の現状である。

 

 このような訓練を行って本来の正しい部隊の目的をメディアを通じて国民にアピールすることで、差別と偏見を是正すると共に自衛隊に対する恩を作ることで、よりいっそう就職ルートを確固たるものにするという真の狙いがある。

 

 観客席に向けて銃乱射、遠征バスをバスジャック、凶器を手に学校に乱入etc……様々な最悪の事態を想定した想定と訓練を行い、結果、露わとなった問題点を二人三脚で改善していく努力と行動をしていくうちに、あっという間に時間が過ぎていくのであった。

 

 

 

 

 

1992年度から始まった対凶悪犯罪授業は、学校法人による官民協力防犯訓練という前例のない規模のものであった。

 

後に起きる事件を鑑みるに、その内容は先進的なものだったと評される事が多い。

 

特に、化学科を主体とした対テロ攻撃訓練は、この際に培われたデータがとある大事件で活かされるのでした……

 

―2022年、理事長亡き後に放映されたドキュメンタリー番組のフレーズより引用―



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エセ理事長、氷上で開催する

 ホッカイドウシリーズには、致命的な弱点がある。

 

 それはなにか?

 

 ずばり、"冬"である。

 

 北海道は日本有数の豪雪地域であり、ヤバい時には数メートルも雪が降り積もる事がある。

 学園も、レース場も、コースも、少し気を抜いただけでえげつないぐらい降り積もるのだ。

 

 そう、雪が降り積もってレースもトレーニング(屋外)もできないという、あまりにも致命的過ぎる弱点があるのである。

 

 冬季に開催することができないが故に冬季分の売り上げがゴッソリ抜け落ちるのはもちろんのこと、走るという王道のトレーニングが(雪上でやれなくはないが)実質不可能と化す事で、トレーニングの幅が大幅に狭まってしまう事で、選手の弱体化に繋がってしまうのである。

 しかも、中央で言うクラシック期が始まる4月頃にようやく雪解け完了という有り様であり、これは、クラシックを狙うウマ娘達にとって数ヵ月に及ぶ致命的な時間ロスが発生してしまうのである。

 

 かくいう事情が原因で、冬季になったらホッカイドウシリーズのウマ娘は、冬季でも継続してトレーニングと出走できる本土のトレセン学園(地方、中央両方)に転校してしまうというのが、従来の問題であった。

 

 しかし、就職支援等様々な取り組みにより"残る理由"に説得力を増させる事に成功したことで、ここ数年の冬季転校率は大幅に下がっている。

 そのお陰で、冬季にゴッソリ抜け落ちるはずだった学費等の諸々の利益は継続して得られる事となり、各学園の経営状態が改善される事となった。

 

 本土流出を防ぐ事に十分成功したが、それでもガッチリ固められているとは言い難い。

 

 なんとかして冬季に北海道でレースを開催できないかと、様々な案が今まで考案されてきた。

 

 例えば、冬季に雪で覆われるコースをとにかく除雪しまくって強引に開催可能状態に持っていこうかと検討されたが、重い除雪機を何度もコースの上で往復させてると、コースにダメージを与えてしまう。

 除雪機が重いのなら人力で!と思うかもしれないが、ウマ娘の力を借りても人力だとかなり時間を掛けてしまう上、正規雇用なりバイトなりなんなりそれだけのために人員を雇う費用が勿体ない。

 

 いやはや、どうしたものかと色々と検証している最中、俺がヨーロッパでコネを作りまくってる時にとある情報を手に入れた。

 

 それは、"サンモリッツレース場"である。

 

 サンモリッツレース場とは、アルプスの少女でお馴染み武装永世中立国家スイスのサンモリッツと呼ばれる観光地の"湖にある"レース場である。

 

 え?湖にある?水上???ってことは、ウマ娘は烈○王みたいに走るってコト?????

 

 もちろん、そんなことはない。

 

 凍った湖の上で雪を圧縮し、擬似的に馬場の柔らかさを作る事で完成する氷上レース場である。

 その特性上、湖上とも水上とも氷上とも称されるが、紛らわしいのでこれからは氷上という表現でいこうと思う。

 

 このレース場を知ったとき、これぞまさしく俺らが求めていた解決案だと衝撃を受けた。

 なんせ、今までレース場でどうにかやりくりしようという前提で話を進めていたため、凍った湖の上で行うという案は全くもって思考の範囲外だったのである。

 世界は広いなぁ、と思わせる発見であった。

 

 ともかく、いよいよ弱点を埋められるかもしれない起死回生の解決策を見つけてきた。

 

 となれば、あとは本気で挑むのみ。

 

 てなわけで、早速行動していく。

 

 まず、俺も含めてサンモリッツレース場に人員を派遣して経営や湖上設営の技術を学ぶのと平行して、湖の選定を進める。

 近くにホテル等観光施設がある、インフラが整っている、ネームバリューがある、まぁまぁデカイという条件で、阿寒湖・支笏湖・洞爺湖の三つに絞られたものの、これら三つには意外な落とし穴があった。

 

 まず、某黄金旅程さんの勝ち鞍の影響で絶妙な影響力を持つ阿寒湖は、凍るとアイスバブル現象というものがよく起こるらしいことが、現地調査で発覚した。

 

 アイスバブル現象とは、簡単に言うと氷の中に気泡が閉じ込められる現象である。

 端から見ると神秘的で美しいものの、恐ろしい事に、このアイスバブルは破裂するらしい。

 つまり、外に出ようとする気泡が氷を割る事で、表面がボコボコになってしまうのである。

 

 上から雪を圧縮することでなんとかできないかと思ったが、雪圧縮機の重みでさらにアイスバブルが弾けるというループに陥るため、選手と観客の安全を考えて泣く泣く阿寒湖を選定から外すことにした。

 

 次に、支笏湖はどうなのか?

 近くに国際空港の新千歳空港と大都市札幌がある事から、集客力はかなり高いので、実行できればかなりの利益になりそうだ。

 だが、そもそも支笏湖は"凍らない"ため、早々に選定から外れる事となった。

 

 洞爺湖は近くリゾートホテルなどたくさんの娯楽施設があり、おそらくこの三つの中で最もネームバリューがあるのだが、こちらもまた"凍らない"ため、これまた選定から外れる事となった。

 

 選定した三つが早々に脱落した事はさすがに想定外であり、恐れていたやり直しとなってしまった。

 

 どうすりゃいいんだと皆で頭を悩ませていると、思いの外近くに突破口は存在した。

 

 それは、"さっぽろ湖"である。

 

 さっぽろ湖とは、定山渓ダムのダム湖であり、こちらはちゃんと凍るらしい。

 また、近く…というか隣には観光地としてかなり有名な定山渓があり、ネームバリューや宿泊施設は十分にあるので、さっぽろ湖が選定ラインに出てから決まるまで、あまり時間はかからなかった。

 

 そうと決まれば、あとは交渉するのみ。

 

 土地の所有者、行政、定山渓の観光会社やバス会社と交渉して、実行の為の最後の攻勢を仕掛ける。

 

 幸いにも、コネ作りの一環で殆どの者と交友があったため、利益の提供と友情補正もあって、案外すんなり話は進んだ。コネは正義、はっきりわかんだね。

 

 さすがに今年度には間に合わないが、進み具合からして、来年度には実行できる筈だ。

 

 かくして、ホッカイドウシリーズは弱点を少なからず克服したのであった。



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エセ理事長、湖畔に立つ

 太陽の光を遮る雲がない真っ青な空模様、白い野うさぎと見分けがつかないほど真っ白な雪は太陽の光を反射させて、せっかくの雪景色観賞を邪魔するが如く老眼に直接ダメージを与える。

 雪の反射はなまらエグい(道民並感)

 

「ゲホッゲホッ!…さっぽろ湖はちゃんと凍ってるな」

 

 目を細め、眉辺りに手を横に当てて直射日光を防ぎつつ、ガッチリ凍ったさっぽろ湖を見る。

 阿寒湖や支笏湖のような二の舞にならんくて良かったぁ…と安堵する。

 計画はなんとかなりそうだ。

 

 その後、車と徒歩両方の移動手段を使いつつ、湖周辺を自らの足を使って視察して、自分自身で問題点を洗い出そうとする。もちろん、ちゃんと土地の所有者に許可を貰ったうえでだ。

 

 全貌が氷のように朧気だった氷上レースプロジェクトは、時が経つにつれ、現場や重鎮、そして俺自身の頑張りによってより明確なものになっていく。

 

 例えば、旅行代理店や観光会社、そして現場等様々なところとの折り合いの結果、氷上レースは2月の第一、第二土曜日に14レース行う事となった。

 

 第一、第二共に一日に7レース行う予定である。

 

 なぜこのようなレース編成にしたのかと言うと、まず、従来のような仕事や学業終わりの地元客向けではなく、休暇を使って国内外から訪れる観光客向けを想定しているため、いつもの平日開催ではない土曜日という休日開催にあえてしたのだ。

 

 つまり、氷上レースという独自性の塊なら観光しに来る人の方が多いよねってことだ。

 

 また、開催時間はお昼から夕方までを目処にしている。

 

 本当は「星空に映えるホワイトターフ!」的な感じでライトアップと共に売り出すためにナイター開催にしたかったが、さっぽろ雪まつりや旅行会社、そして警備会社との兼ね合いで太陽が出ている時間に開催する事となった。

 

 そうなった理由は、主に二つある。

 

 一つ目の理由は、さっぽろ雪まつりとセットにした観光ルートを組む事になったからだ。

 

 さっぽろ雪まつりとは、主に札幌市の中心部にある大通り公園で行われる祭りで、時計台のような建築物や流行りのアニメキャラクターなど個性豊かな雪像が作られる事で、世界的に有名な雪まつりである。

 

 土地の実質的な所有者である行政に土地(湖)を使用する見返りかつこちらもより儲ける為に、すでにネームバリューがあるさっぽろ雪まつりとセットにした観光ルートを作る事にしたのである。

 

 ちなみに、飛行機などで北海道へ来た後、そこから移動してお昼に氷上レースを観戦し、夜にはライトアップされた雪まつりに訪れるというルートが想定されており、ツアー会社はそのような大枠を元にツアー内容を考えている。

 

 二つ目の理由は、森のど真ん中でなおかつ雪が積もってて夜間という立地上、警備がかなり厳しい事が予想されるからである。

 

 そもそも、ダム湖であるさっぽろ湖の周りはほぼ森という立地であり、夜で真っ暗な森の中にヤバい不審者や動物が潜んでいてもすぐに気づく事が難しいという視認性の観点から「これは厳しいかと…」と警備会社や警察から難色を示されたため、やむを得ず昼間にずらさなければならなかったのである。

 

 かくして、"さっぽろ雪まつりに合わせる"と"警備上の問題"という二つの理由が良くも悪くもにマッチしたことで、第一、第二土曜日のお昼頃に開催という流れになったのである。

 

 そして、今回のプロジェクトでは現在においてかなり先進的な試みを取り入れる予定である。

 

 それはずばり、"入場料無料化"である。

 

 ホッカイドウシリーズのレース場の入場料は、どこでも一律100円というのが普通である。

 

 ではなぜ、氷上レース場は入場料無料なのか?

 

 あえて無料化して客を大量に呼び込むことで、グッズ販売と屋台の利益をフル稼働させることで本来得られたはずの入場料を回収するというのが大きな理由だが、実は、森のど真ん中という立地上、やろうと思えばどこからでも侵入できるという問題も理由の一つなのである。

 警備キツすぎんよ(360度森)

 

 ケチる為に冬の山を越えるヤベーやつはそんなに多くはないだろうが、もうこの際だから吹っ切れた方がかえって利益に繋がるかもしれないという訳で無料化という極めて思いきった策に踏み込んだのである。

 

 レースに関して、もう少し詳しく踏み込める事がある。

 

 それは、レースの内容だ。

 前半は普通のよりも高い価格設定の個人協賛レース(条件級)を開催し、後半にリステッドやオープン級のレースを前座として挟んだあと、第一土曜日にはG3~2、第二土曜日にはG1レースを開催する予定だ。

 

 重賞の名前は現在民間で公募しており、まもなく募集を終わらせて集計作業に入る予定である。

 

「よし、もうひと頑張りだ!」

 

 ポツンと一人、夕暮れ時の湖畔に佇んで自分自身を鼓舞して、車に乗り込む。

 

 かくして、新たな挑戦と新しいレースの構築に向けて、プロジェクトは続くのであった。



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エセ理事長、不況を耐える

 "就職氷河期"という言葉を、ご存知だろうか?

 身の毛が反り立つような恐ろしい単語の羅列に聞き覚えがない日本人は、殆どいないだろう。

 

「ゲホッ!……ついに来ちまったかチキショー」

 

 深夜、自宅のアパートにて半袖短パンで怠けてソファーに座っている俺は、某求人募集雑誌に就職倍率低下に関する記載を読んで、就職難が凄まじい勢いで本格化し始めている事を嫌なほど把握する。

 思わず数字から目を背けたくなるような、醜い現実である。

 

 そもそも、いったいなぜ大規模な就職難が起きてしまったのか?

 

 ずばり、"バブル景気でウハウハな企業が設備と人員に対して過剰な投資をしていた"からである。

 脳死で投資ブッパしまくってたらバブルが弾けて儲けがすっからかん。維持費だけでも支えるのに精一杯だから新規採用なんてもってのほか…というのが、就職氷河期のざっくりとした概要である。

 

 不正解な投資を大量に続けた企業らは徹底的に採用を絞り、おまけにリストラを強行して維持費を削ぎ落として未曾有の不景気を乗り越えようとしたのだ。

 

 結果、当時の若年層を中心に大量の就職困難者が生まれてしまい、数十年周期で訪れていたベビーブームに歯止めをかけて少子化を加速させ、非正規雇用や派遣などの低賃金&不安定な雇用でどうにかして食い繋がなければならない苦境に陥れられる事となったのである。

 

 一定世代の総貧困化、少子化加速、ブラック労働etc……

 その後に及ぼした影響が経済史でも希に見るレベルでヤバいのが、バブル崩壊である。

 

 そんな、1億もの日本人の人生に間違いなく影響を及ぼした激動の時代の真っ只中を、俺は今生きている。

 

「そういや、とーちゃんが就活してるのって今頃だったっけ……」

 

 ふと、前世の記憶を思い出す。

 小学校の入学式で一緒に写真を撮ったとき、家族で沖縄に旅行しに行ったとき、成人して一緒に酒を飲んだとき、そんなささやかな思い出が走馬灯かってぐらいポンッと沸き出てくる。

 急に思い出してきて逆に怖っ!フラグか?!(笑)

 

 ジョークはさておき、俺は年齢的に就職氷河期を経験していないから、ニュースやインターネット媒体で当時の状況を"知っているつもり"だった。

 

 しかし、今は違う。なんせ、今起きているからだ。

 

 ―あの頃はマジでキツかったぞ―と、面白おかしく当時を教えてくれたとーちゃんの話はガチだったんだって……小学生並みの感想になるほど、絶望的な現実に絶句する。

 

 対策に追われる官庁街の老人から就活に翻弄される若者まで、誰もがこの不景気は夢であり、いずれ覚めて元通りになるであろうという儚い希望を持ちつつ、具体的な解決策を見出だせずズルズルと長引くクソッタレで最悪な現実を受け入れなければならないという地獄の有り様が繰り広げられている。

 

 もうやめてくれ……と、叫びたくなる気持ちだ。

 

 未来知識があるのに、本領発揮できない自分が時々嫌になる。

 

 転生チートで日本を救う!なんて事にはならず、ホッカイドウシリーズだけでは対処不可能という苦い現実と身の丈を思い知らされる毎日である。

 

 そんなネガティブな考えが、ここ最近ふつふつと沸き出てくる。

 

 だが、そんな悪い思考に陥るよりも、今までのようにポジティブに考えて前を見た方がずっとずっといい結果に繋がると言うことを、俺は理解している。

 

 これから本格化する就活難で、全員を救うことはさすがにできない。

 だがしかし、たとえ少なくても救うことができる事は確かである。

 

 俺がやらなきゃ誰がやる!少しでも多く、救うために行動するのだ!!と、自分を鼓舞する。

 

 ってなわけで、早速行動する。

 

 主な内容を箇条書きにすると、こうなる。

・採用絞りを軟化させる

・北海道内で金の循環を完結させる

・投資を呼び込む

 

 まず、"採用絞りを軟化させる"事から説明しよう。

 

 既に説明したように、これ以上維持費が増えることを拒んだ企業が新規採用を絞った事が原因で就職難が起きた事は周知の事実であろう。

 

 この危機を解決する方法は案外シンプル。ずばり、今まで通り採用すれば良いだけなのだ。

 

 だから、俺の影響力が強い北海道の企業に焦点を絞って、採用絞りを緩めるよう説得するのである。

 

 しかしながら、理想の為に肝心の企業を度外視して採用絞りの停止を強要するのはやってはいけないことだ。

 求めるのなら、まず自分から差し出すというのが商売の常識である。

 

 自分から差し出すものとはなにか?

 それは、"採用を絞るデメリットの説明"と"自らの行動"、あと箇条書きの二つ目と三つ目である。

 

 まず、"採用を絞るデメリットの説明"についてだ。

 

 これは、一定の世代がごっそり職場にいないことで、将来的に管理職適材者不足が起きてしまうという史実で起きた事例(人員不足によるブラック化はだいたいコレ)を元に、念のため経済や経営等の専門家の助言というお墨付きを貰った上で「今採用絞ったら将来マジでヤバい!」と説得するのである。

 

 今生きるだけでも精一杯なんだよ!と返される企業は決して少なくはないだろうが、それでも長期的に見て危機感を抱いてほんのちょっぴりだけでも採用枠を増やす企業が少しでもあれば良いのである。

 

 もう1つの"自らの行動"とは、採用絞りやめてと指示するのだから、自分の企業も採用絞りをやめるべきだよねという訳である。

 つまり、例年通り採用を続けるということである。

 

 バブル弾けて利益ヤバイんじゃないの?と、思うかもしれない。

 

 そこは安心してほしい。

 なぜなら、大半が赤字寸前だった各学園の経営状態は単体で自立可能なほどに建て直しに成功しており、レースやスターウマ娘アピール、グッズ販売協力体制等諸々の改革によって十分な利益を得る体制を作ることに成功しており、その勢いはバブル崩壊後という絶望的状況にも関わらず下火にはなっておらず、採用し続けられる余力が残っているのである。

 

 まさかここまで上手くいくとは自分自身でも思っておらず、今まで堅実に積み上げてきた結果が見事に華咲いたと自分でも安心するばかりである。

 

 それはともかく、自分で行動することで信頼を得て、採用絞りをやめさせる動きを加速させるというのが狙いだ。

 

 二つ目の"北海道内で金の循環を完結させる"とは、上で挙げた策を後押しするために必要な策である。

 

 これは、少し高く費用がついてでも徹底的に需要と供給を北海道内で完結させれれば、中小企業を中心に利益が回って経営と採用の余裕が生まれるはずという算段である。

 

 こうすることで経済の活性化を促し、人を雇うことができる利益をもたらす機会を訪れさせるという狙いがあるのだ。

 

 そもそも、いったいなぜ北海道限定なのか?

 

 ホッカイドウシリーズの地盤だからや卒業後の就職先を潰さないためなど、遠くの取引先が連鎖倒産に巻き込まれる事態を避ける為だとか色々あるが、一番大きな理由は"間接的に植銀を倒産から回避するため"である。

 

 そもそも、銀行の資金とはざっくり言えば預金であり、その預金が一気に引き出されたら維持費とか払えなくなって倒産するというのが、銀行倒産の流れである。他にも色々と理由はあるが、大抵コレが原因だ。

 

 北海道植民銀行は、数多くの北海道の中小企業に対して貸し出しを行っており、その影響力はけっこうすごい。

 そんな銀行が倒産したために、北海道の企業は軒並み厳しくなってしまう。これは、上二つの策を台無しにする最悪の結末を迎える事となる。

 

 それを回避するためには、植銀を救う、あるいは軟着陸させて最悪を回避しなければならない。

 

 そのためには、むしろ植銀に対する預金(資金)を増やして力を落とさせない――企業に力を付けさせる必要があるのである。

 

 ちなみに、俺と親しい植銀関係者曰く、ここ最近不良債権処理の動きを加速させ始めたとのことらしい。俺の必死の説得が効いて良かったと安心しかけるが、依然として慎重な目線で植銀の動向を見守る必要がある。

 

 最後に、"投資を呼び込む"について説明しよう。

 

 これは文字通りの意味を持つので、あまり引き伸ばすようなマネはやめておく。

 

 強いて言うのなら、本土本社の企業なり海外の企業なりが北海道に進出、投資することで雇用や利益の循環量を増やそうぜという狙いである。

 

 少し話は逸れるが、氷上レースやさっぽろ雪まつりの屋台誘致の話を海外に持っていったところ、カナダの名菓子で名高いビーバーテールズ社の誘致に成功し、開催時に屋台が出店することはもちろんのこと、それら屋台の商品補給の為に札幌市に常設店を構える……つまり日本進出されることが決定された。

 

 かくして、たとえどんな小さな変化や行動であろうとも、塵も積もれば山となるように、一つ一つ最善を心がけて、バブルが弾けた世を建て直そうと奮闘する。

 

 

 

 

 

 なんせ、崩壊はまだ始まったばかりだからだ。



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エセ理事長、"皇帝"がやって来る

「――やっぱり、ルドルフは卒業したらURAに行くんですかね」

 

「―――――いや―――――行かないらしい―――――」

 

「えっ」

 

 皇帝の襲来を知ったのは、去年の春頃だった。

 

 ウマの合う友人としてシンボリ家当主と俺の二人でオッサンズラブ……ではなくゴルフ場でゴルフをしていたとき、ルドルフの事で色々と駄弁っていたら、なんと"ルドルフがURAへ行こうとしていない"という驚愕の真実が明かされたのである。

 

 それマジ?開いた口がふさがらないほどの衝撃を受けるが、その衝撃から少し遅れて、「まぁ、そらそうなるわな」と妙な説得力を感じて納得する。

 

「あ~、はい。まぁ、ルドルフは正義感が強い聡明なウマ娘ですからね。"例のアレ"の中身を知ったら、さすがに……」

 

「――――あぁ―――――世の中には、光すら呑み込む闇がある―――――知らない方が、幸せな事があるのだ―――――」

 

「ごもっともです」

 

 お互いに「はぁ…」とため息をついて、明後日の方向に目線を流す。

 

 無敗の三冠ウマ娘という話題を提供し、メディアやグッズ展開、ファンサービスを快く受け入れ、学園生や民衆の"みんなの皇帝"として、ルドルフは理想の為に、これでもかとURAに貢献してきた。

 だが、URAは既得権益の保護のため、徹底的に制服更新を妨害するどころか、生徒会の自治権拡大や業務効率化のための委員会統廃合といった諸々の改革策を妨害して頓挫させるというかなりえげつない仕打ちをした。

 これはどう見てもルドルフの理想を嘲笑う行為である。

 

 事情を知っていれば、案の定そりゃそうなるだろうと納得する。

 

 "隷属による繁栄か、自由による貧困か"で、貧しくなってでもルドルフは自由を選択したのである。

 

 皇帝を彷彿とさせる貫禄があったとしてもまだまだ子供な一面を持つルドルフが、大人社会の悪意を間近で見て、理想か現実という究極の取捨選択を迫られて苦心したことは想像に容易いし、まだ若いのにそんな決断をしなければならないルドルフの心情を思うと胸が締め付けられる。

 

 とにかく、自分の選択を信じて自分の道を往くルドルフに幸あれと願うばかりである。

 

 

 

 と、その時点ではさも外野のように願っていたのだが、どうやら対岸の話では無かったようだ。

 

 なんと、"シンボリルドルフがホッカイドウシリーズに入社しようとしている"のである。

 

「理事長ーっ!シンボリルドルフともあろう国民的英雄がここに就活しに来てるんですよ!どうすりゃいいんですかーっ!」

 

 的な知らせ(要約)が、面接官から舞い込んできたのである。

 

 やべーよやべーよ…ちょっと扱いミスっただけで大爆発するやつだこれ…と、俺は思わず震え上がる。

 

 URAに関わらずに自分の理想を叶えようとするのかなと予想していたものの、まさかホッカイドウシリーズを頼るとは思わ…いや、0.01%ぐらいの確率で起きねーかな~(笑)と冗談混じりで考えていたものの、ガチのマジで起きるとは思わなかったのである。

 

 なんせホッカイドウシリーズは北海道に対して異常に強い地方の企業という立ち位置であり、そこらの大企業でも顔パスで行けるであろうほどの逸材であるあのシンボリルドルフが、わざわざ、繰り返すがわざわざホッカイドウシリーズを選ぶという事態は、はっきり言って異常だ。

 

 必要以上に自分を卑下するのはどうかと思うが、それでもそういう例えをするぐらい、本来ならあり得ない現象が起きているのである。

 

 本当に何が起きてるんだ????もしかして天と地がひっくり返るのか?!?!それとも植銀が爆発するのか!?!?

 

 嬉しさと疑問が入り交じって混乱するものの、「きっとルドルフにも認められる企業になったんだ、ヨシ!」とポジティブに考える事で落ち着かせる。

 

 とにかく、新年早々とんでもない問題が向こうからやって来た。

 これが有名税というものかと呑気な冗談を言っている暇など無い事は明らかだ。

 なんせ、対応次第では、俺と親しい仲のシンボリ家や世間に対する信頼を揺るがすことになるからである。

 

 かくして、刻一刻と迫る決断の時を、俺は固唾を飲んで待つのであった。



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カイチョー、ホッカイドウへ

 千歳空港のラウンジにて、駐機場にズラーッと並ぶ飛行機がよく見える席に、とある二人のウマ娘はテーブルを挟んで向かい合うように座っていた。

 

「――"理屈で国を治めることはできない"……シービーは、シャルル・ド・ゴールという人物を知っているかい?」

 

「……んーっと、たしか、フランスの偉人でしょ?本土が陥落した後、国外で抵抗して最後に解放凱旋って、宿題で出てた」

 

「そう、御名答だよシービー」

 

 シンボリルドルフに問われるなり、ミスターシービーはニンジンの燻製(パック入り)を頬張るのを一旦止めて、頭のなかで情報をアレだコレだと整理と取捨選択しつつ問いに答える。

 

 普段の行動から自由人なイメージが先行しがちなシービーだが、意外なことに、最低限ながらも押さえるべきポイントをしっかり押さえ、日本人にとってマイナーなドゴールという人物を的確に表す。さすが天才と言われるウマ娘である。

 

「話の流れから察するに、ルドルフがURAじゃなくてホッカイドウシリーズに行くほんとの理由は、ホッカイドウで力を付けてからURAに乗り込むってこと?そのドゴールさんみたいに」

 

「うん、まぁ、それもある……」

 

「なるほどねぇ」

 

 いつもなら濁すことなくはっきりと表すルドルフが、珍しく言葉を濁す。

 ルドルフの不規則的な行動に対してシービーは、ワケを理解していたからこそあえて追及しなかった。

 

 はっきり言って、ルドルフはURAに対して失望していた。

 

 理由を詳細に述べれば小一時間ほど掛かってしまうからできるだけ短く要約すると、過剰な既得権益保護と足並み揃わぬ派閥闘争に嫌気が差したからである。

 中央派の人間が「ライオンを飼い殺してやろう」と意気込んだ次の瞬間、改革派として名高い秋川氏から「この腐った中央に変革の風を吹かせよう!」という"二つの相反する中央の意思"が分かったときなど、苦笑いするしかなかった。

 同時に、船頭多くして船員無しという中央の内部の有り様を察し、これは長くは持たないだろうなと感じさせたのであった。

 

――夢を叶える権利を売り、それで得た金で贅を肥やし、叶えられなかったらそこでおしまいさようなら――

 

 そんな、健康と人生を対価にしてなお敗れた数多の歯車(敗者)のお陰で痛々しい唸りを上げて回るレース産業の真の姿…いや、甘い誘惑の為に、広告代理店や組織運営の人間が必死に伏せていた事実にようやく気づいたのだ。

 

――結局、私のモットーも利用されていたに過ぎないのか……――と。

 

 『すべてのウマ娘を幸せに』というモットーを掲げているルドルフにとって、この事実は耐え難いものだった。

 

 ルドルフは静かに決意した。

 かの邪知暴虐のURAを変えねばと。

 

 ルドルフの憎悪の砲口がURAへ向けられるのに、そう時間はかからなかった。

 皇帝が命じればすぐに砲撃できる状態である。

 日頃抑えていたありとあらゆる冷静さを欠く感情が火を吹けば、恐らくとんでもない事になるだろう。

 だからこそ慎重に扱わなければならない。

 戦いの指揮官が冷静さを欠いて狂った判断を下すと大変な事になるのは、もはや言うまでも無いだろう。

 

 ルドルフは最近、何ら突拍子もなく、まるでトラウマに魘されたかのようにURAの事を思い出すようになった。

 その度に、「あぁ、冷静さを取り乱している」と自覚し、今はまだダメだと自分自身に自重を促して冷静になる。

 

 途端に、自分は今、奴等のように闇の世界に足を突っ込もうとしているのではないか?と疑問に思うようにもなった。想いが拗れて害と化した奴等のように……。

 そういうのは間違いなく病み始めている兆候であり、本来あるべき正しい姿から遠ざけようとする悪魔の悪戯であると考えて、自分の正義、それだけをただひたすらに信じて、ルドルフは自身が貫くべき正しき行動に身を投じるのである。

 

「……まっ!ルドルフならきっと大丈夫だよ。アタシが保証する」

 

「シービー…!」

 

「だって、ルドルフには強い信念があるじゃん。それに、ルドルフならどんな困難があっても乗り越えるって、アタシはそう確信してるから」

 

「ありがとう、シービー。自信が持てたよ……。正直、本当にこの決断で良かったのか不安で仕方なかったんだ……」

 

「なぁに、気楽に行こーよ。失敗しない人生なんて無いからさ」

 

 シービーがそう言うと、パックの中に入っていたニンジンの燻製をひとつ摘まんで、ルドルフの前に持ってくる。

 

「……うん、そうするよ」

 

 悩みが立ち消え、いつものような穏和な表情に戻ったルドルフは、シービーが差し出したニンジンの燻製を手に取って口に運ぶ。

 そして、シービーもまた食べるのであった。

 

 

 

 かくして、ルドルフはあのドゴールのように、自分にとって大切なものを捨ててでも改革を成し遂げる決意を決めた。

 

 学舎でもあり、恩師でもあり、宿敵でもあるURAを腐敗から救うためには、さまざまな試練を乗り越えなければならない。

 たくさんの名声に、協力者、資金が必要だ。その道程は長い月日を掛ける事になるだろう。

 

 あのURAを相手に対等な地位まで持ち込んだ理事長の手腕を学ぶ事は必要不可欠だろう。

 そのためには、獅子奮迅の如く活躍して出世し、少しでも早く理事長に近づかなければならないだろう。

 

 果たして、自ら落第の道を選んだ皇帝の決断が正しかったのか?運命のサイコロの目が吉に出るか凶と出るかは、まだわからない。

 

 しかし、これだけは分かる。

 

 

 

 

 

 

 

 間違いは自然の理によって淘汰されるだろう



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エセ理事長、公平に扱う

=ホッカイドウシリーズの現状=1993

・持ちこたえている経営状態

バブル崩壊は二度と癒えぬトラウマを残した。

土地価格はJu87を彷彿とさせる急降下を起こし、企業は新卒採用を絞った結果、就職氷河期が発生している。

しかし、今までコツコツと堅実に積み上げてきた経営により、なんとか持ちこたえている。

[ 危険 ][ 安定 ]

 

・分離した景気

バブル崩壊によって北海道経済は深刻なダメージを負ったが、本土程ではない。

この不思議な現象に対して専門家は「まるで北海道が国のようだ」と称している

成果が出始めた

経済力が少し低下する

やる気が少し低下する

 

・起爆時期不明のリミッター爆弾、北海道植民銀行

先送りするな!今ならまだ間に合う!急いで爆弾を解除しろ!

経済力が少しずつ低下する

 

・レジェンド理事長

今代の理事長は、改革に意欲的なようだ

もっとも、成功するかどうかは置いておいての話だが……

話題性が少しずつ増加する

経済力が少しずつ増加する

やる気が少しずつ増加する

 

・中央、地方、北海道

ここ最近、レースの世界を志すウマ娘と親に新たな選択肢が浮上してきている。

スポーツ医学の大々的な導入や、卒業後の進路サポートなどといった改革が功を奏し、新たに北海道という枠の概念が浸透しつつある。

話題性が増加する

経済力が増加する

エースウマ娘出現率がUP

 

・希望の避難地

中央の怠慢は地方のチャンスであり、現状維持は緩やかな後退でもある

先見の明ある人材が、希望を求めてホッカイドウへ流れてきている

話題性が増加する

経済力が増加する

エースウマ娘出現率がUP

 

・陰の実力者

官・民・軍、名家、そして世界まで友好関係を広めた今代の理事長の活躍によって、我々の事業は成功しやすくなっている。

背中には気をつけろ

やる気が大幅に増加する

 


 

 

「え、もしかして応募すらしてないんですか?ルドルフ」

 

「はい、そうなんですよ…これはもう、うちらは完全に見切りを付けられたというか…」

 

 氷上レース実施に必要な機材購入を目的としてスイスへ行くため、空港に訪れた時、偶然にもラウンジで中央の一大派閥の長で一定の影響力を持つ人物である秋川好雄(よしお)氏とばったり出会う。

 

 この人は、名前や地位から察するに、おそらくアプリウマ娘の中央トレセン学園理事長である秋川やよい女史の祖父に当たる人物である。

 ちなみに、肝心のやよい理事長はまだ生まれていない。果たして、俺が生きているうちにやよい氏が理事長を務めているところを見れるか疑問である。

 

 好雄氏とは地方所属のまま中央のレースに出る交渉の際から関係を続けている顔なじみの仲であり、お互いに"ウマ娘のための改革"という理念が一致しているためか、二人でいるときはわりと親しい雰囲気の会話になりやすい。

 

 理念自体は同じであるが、決定的に異なるところがある。

 好雄氏の改革は、従業員のリストラや給料引き下げ、採用絞りに加えて徹底的な実力至上主義化によって非効率な従業員を振るい落とし、さらには諸々の手当の引き下げや廃止など、俺と比べるとスリム化による経営効率化……いわば緊縮財政寄りの改革を掲げているのだ。

 

 ただ、ヒトミミに厳しくする代わりに、俺がしたような母子家庭向けの奨学金制度制定や、レースの賞金額を上げてモチベーションを向上させたりなど、一概に金がかかるのが嫌いという訳ではないことを、名誉のため述べておく。

 

 従業員を手厚く支援することで、長期的に効率化を目指す俺とは全く違うがゆえに、この手の話題になるとやや険悪な雰囲気になってしまうので、お互いに自分の信念を尊重して、この話題は避けようという暗黙のルールがある。

 

 何が嫌いかよりも、何が好きかで語ろう!という訳である。

 

 それはともかく、適当にだべっていると、自然な流れでルドルフの話題になる。

 

 そこで判明したことが、ルドルフは中央に応募していないという事実だ。

 

「まぁ、自業自得なんでしょうね。こうなることは予測できたのに、ひどい仕打ちをし続けた……普通に考えて、味方になるわけがありませんよね。ハッハッハ……」

 

 今までのツケが回ってきたことに対して、好雄氏は苦し紛らわせの苦笑いをする。

 

「そういう身勝手な判断を訂正できる権力が、うちにあれば……」

 

「えぇ…あ、だからと言って闇落ちはやめてくださいね!そういうことすると、最後の最後に自分のところに返ってきますから!」

 

「ハッハッハ、なにをご冗談を!もちろん、うちは清く正しく、正攻法でやりますとも。"正しさあっての改革"ですから――」

 

 

 

 

 

 

 

 結論から述べると、ルドルフを特別扱いせず、他の新入社員同様のスタートラインに立たせるという事になった。これは、役員会議で慎重に決めた結果である。

 

 まず、世間から目を付けられている以上、いきなり部長だったり秘書だったりと縁故主義的な職位にしてしまうと、真っ先にシンボリ家とのコネを疑われてしまうだろう。

 

 一度疑われると、疑惑を晴らすことはかなり難しい。

 なので、相手に隙を与えないことが重要である。

 

 だから、ここはホッカイドウシリーズとシンボリ家両者の名誉と信頼、そして"公平"さをよりアピールするために、皇帝といえども特別扱いしないのである。

 

 また、ルドルフには生徒会とは違った環境を経験してもらうことで、組織運営と人材管理のノウハウを学んでもらうという目論見がある。

 

 中央トレセンの制服更新改革が捻じ曲げられてしまった原因はほぼURAによる妨害なのは、やるせない気持ちで重々承知だ。

 が、あえて言わせてもらうとしたら、もうちょっと"妥協する術"を身に着けていたら、ここまでひどい結果にならなかったのでは…?と、俺は推理する。

 

 いかんせん、ルドルフはライオンと言われるだけあるほど自分が抱く正義感と理想が強く、それゆえに真正面から挑んでしまった。

 それは、要塞に対して真正面から生身で突撃を仕掛けるような行為である。

 

 実際に要塞を攻略するときは迂回して攻撃するように、妥協という名の迂回攻撃をしなかった…いや、もしかしたら眼中に無かったのかもしれない。他人に頼らず、自分の力だけで完全な改革を成し遂げようとしたのだろう。その結果、妥協で得た不完全なものよりもさらにひどい結果に終わってしまった。

 

 まぁ、皇帝といえどまだ子供、失敗することだってあるのだろう。

 

 失敗しない人生なんてないし、ましてや、経験がないゆえに無策に突っ走ってしまいがちな若いうちだから、失敗なんてありふれたものだ。大事なのは、失敗から学んで次に生かすことである。

 

 ルドルフには、生徒会時代の苦い経験と、これからの社会人生活で培われるであろう経験を糧に、他人に頼るという考えや交渉術など、組織の長としての能力を伸ばしてもらいたいところである。

 

 

 

 

 

 

ルドルフが中央へ行かなかったことが世間に知れ渡ったのは、すでに入社した後のことであった。

 

『ルドルフ、ホッカイドウへ!?』

 

『皇帝はなぜその決断を!?ルドルフURAに行かず』

 

『シンボリ家との裏取引か?!理事長!』

 

当時のメディアは、あることないことを騒ぎ立てて、人工的にネタを大きくしようと試みた。

 

しかし、「ルドルフの未来はルドルフ自身が切り開くべきであり、私はルドルフの判断を尊重すると同時に阻害しないし、公平に扱う」という信念を貫き通し、今更そのような悪いことをする人間ではないという人物像で世間に認識されていたこともあって、あまり民衆の心には響かず、騒動は思いのほか呆気なく鎮火するのでした……

 

―2022年、理事長亡き後に放映されたドキュメンタリー番組のフレーズより引用―



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エセ理事長、心を癒す

『――建設の社員である○○さんの自殺が、今日〇〇地裁にて労災認定されました。会社はこの判決を不服として……』

 

「やっぱり、昔から変わってないな……」

 

 "労災"。それは、勤務中に何らかの不手際が原因で心身に傷を負うこと。

 

 日々労働に勤しむ社会人なら100%知っているはずだろうし、まだ社会というものを経験したことがない学生でも、テキトーにニュースを見ていたらなんとなく理解するだろう。

 

 それはさておき、労災という言葉を耳にして、足場を踏み外して転落死した同僚や、上から落ちてきた鉄板が直撃して重傷を負った先輩といった、前世の土木現場勤め時代のヤバい記憶を思い出す。

 

 工事現場での労災は悪い意味で多種多様だ。

 機械に巻き込まれて重大な傷を負ったりする身体的な傷はもちろん、苛烈な労働環境に心を潰される――いわば精神的な傷を負うこともある。

 

 今考えると、いつ死んでもおかしくないデンジャラスな現場に勤めていたな…と今の生活に安堵する反面、今も昔も大して変わっていないという事に対して怒りに近いやるせなさをヒシヒシと感じる。

 

 どんなに綺麗な模様の皿でも、割れたら二度と元の模様を再現できないように、体の傷が癒えても心の傷はそう簡単には癒えないという事を、俺は十分承知している。

 なんせ、現場勤め時代にそういう人をたくさん見てきたからだ。

 

 そういう経験があるからこそ、そのような辛い思いをする人をできるだけ少なくするため、改革を今までたくさんしてきた。

 

 世間からは「先進的」や「働き天国」と高く称されるホッカイドウシリーズの労働環境では、世間一般における労災とされる事案はほぼ根絶されつつある。

 

 人によっては「もう十分取り組んでいる」と言うかもしれないが、それでも、労災を"完全に"防ぐ為に、二重、三重、四重と安全策を張り巡らしておくに越した事は無いはずだ。

 

 いわば、"安全"を徹底的に推すのである。

 

 多少現金のコストが掛かるというデメリットがあるものの、"一勝よりも一生を"というスローガンに代表される福祉的施策を売りにしているホッカイドウシリーズなら、そのようなデメリットを差し引いても多大なメリットがあると、俺は確信している。

 

 と、ここまで長々と述べてきたが、ぶっちゃけ言うと、――これまでも、これからも、安全と安心と信頼のホッカイドウシリーズ――の企業理念を守る、ただそれだけの行為である。

 

 

・・・

 

 

 てなわけで、早速行動する。

 

 ホッカイドウシリーズの場合、パワハラやモラハラといった諸々のハラスメントは、改革によって根絶傾向にある。

 となれば、次の段階に進む必要があるのだ。

 

 今だからこそ、改めて社内を注意深く観察するとともに、他社の課題と問題解決に向けた取り組みを参考にしつつ、役員らと共に今のホッカイドウに必要な改革を導き出す。

 

 その結果、やるべきことは"メンタルヘルスケアを推進する"ことと、"マニュアルの見直し"の二つに定まった。

 

 まず、一つ目の改革から解説していこう。

 

 そもそも、メンタルヘルスケアとは何か?

 直訳すると、心の健康(メンタルヘルス)を癒す(ケア)となる。

 まぁ要するに、会社が責任もって従業員の心を癒しましょうね、という訳である。

 

 もう既に相談しやすい環境を整えてはいるものの、ここでさらに急進的な改革を実行することとなる。

 

 それはずばり、"プロと業務提携"をするというものである。

 

 具体的には、メンタルヘルスケアの専門家が集うメンタルヘルスケア相談所と業務提供することで、オフィスビルから職員室、レース場職員から生徒にいたるまで、幅広く相談の手を差し伸べるのである。

 

 もともと、こういうメンタルヘルスケアは、一勝よりも一生改革の一環で競争生活に身を投じる生徒向けにしており、実はすでにノウハウを十分に蓄積している。

 

 今回の改革は、今まで培ったノウハウをベースに、ホッカイドウシリーズの従業員全て向けに規模を拡大させる形になっているのである。

 

 ただ、ノウハウがあるとはいえ、急激な規模の拡大に人員の増強が追い付かないという古典的な問題が発生してしまった。

 

 急激な規模拡大はよくある栄枯盛衰倒産企業パターンにありがちな事案なので、俺ら上層部はなんとかして問題を解決しようと模索する。

 

 その結果が、外部との協力なのである。いわば、急ごしらえという訳だ。

 幸いにも、主にスポーツ医学推進のときに培った医療やスポーツ系の大学のコネを元に協力者を発見して、どうにかして提供まで漕ぎ着けたので、その場しのぎは何とかなった。

 

 次に、二つ目の"マニュアルの見直し"を説明しよう。

 

 これはずばり、マニュアルをわかりやすくして、勘違いや思い込みによるミスを極限まで減らそうという訳である。

 

 具体的には、図やイラストを多用し、視覚的効果を巧みに利用して理解しやすくするのである。

 現代と違って、教科書も説明書も文字びっしりだったこの時代において、これはまあまあ先進的な取り組みである。未来知識万歳!

 

 最後に、少し話が逸れるが、この改革の参考となった企業がある。

 実は、この案の元ネタ(?)は、カ〇ジに出てくるグループ企業のモデルでもあり、ダンサーを起用した特徴的なCMで有名なとある超ブラック銀行なのだ。ブラック企業の取り組みがホワイト化の取り組みの参考になるという、とんだ皮肉である。

 

 

 

 

 

「あー、ここですここ。懐かしいですねぇ…」

 

ルドルフ氏は、我々スタッフをこころ相談室なる部屋に案内する。

 

中で勤務していたヘルスケア士に軽く会釈しつつ、ルドルフ氏は丸椅子に座る。

 

「私が勤め始めてまだ半年ほどのとき、その当時はいろいろと悩み事を抱えていました。今考えると、他人に頼ることをせずに自分で背負いすぎたんです。それが重しになって、やる気がどんどんなくなっていて……」

 

ルドルフ氏は不意に目線を下に落とす。そしてすぐに視線を元に戻した。決意を決めたのだろう。

 

「そんなときに、ここができたんです。周りからの勧めがあって、思い切ってここにきて相談したら、なんというか…解放されましたね(笑)」

 

ルドルフ氏は笑みを浮かべる。

社会という大海原に放り出された当時の氏にとって、きっと、新たな学びを得ると共に心の支えとなったのだろう。

 

―2022年、理事長亡き後に放映されたドキュメンタリー番組のフレーズより引用―



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エセ理事長、追悼する

 あの銃撃事件から、ちょうど一年経った。

 それはつまり、ステパン理事長の一周忌でもあることを意味する。

 

 あんまりにも突然の出来事で、俺は動揺して自信を失い、辞職しようかと思うほど精神にダメージを受けた。

 だが、信頼している部下や、レース観戦仲間のおっちゃん、さらには同情的な世論など、たくさんの人の応援によって絶望の淵から立ち直り、今はこうして理事長の職務を全うしている。

 

 もしも俺が襲撃者の存在に気付かなかったら、自分が狙われていると知る間もなく死んでいただろう。

 もしかすると、あのまま精神的に立ち直る事ができず、義務感という糸によって動かされる操り人形と化していたかもしれないし、闇落ちして過激な思想に片寄っていたかもしれない。

 逆に、金が掛かってでもオーストリアやスイスといったセルビア系住民が殆どいない国で会談を開けていれば、このような事態は未然に防げたかもしれない。

 

 民族学のリサーチ不足や、ドクタースパート無断突撃取材事件の経験があるにも関わらず、警護に対して楽観的だったなど、はっきり言って"ツメが甘かった"と認めざるを得ない。

 

 成功に次ぐ成功によって気持ちが弛んでしまった結果が、死人発生という最悪の結末を迎えることとなった。

 

 しかし、地獄の底で苦しむウマ娘たちを助けようと悪戦苦闘する苦労人の命を対価に、教訓というデータを得ることができたのである。

 

 まさに、―マニュアルは血で書かれている―という格言通りのことが起きたのだ。

 

 過去に起こしてしまった失敗を真摯に受け止めて反省し、これからは二度と、血でマニュアルを書くような事態を起こさないように舵取りをするのだと、俺は誓った。

 

 そして、俺は今、ガッチガチに警備されたブダペストトレセン学園にいる。理由はもちろん、ステパン理事長を追悼するためである。

 

「ゲホッゲホッ!すぅーっ…はーっ…ふう、冷静に、落ち着くんだ自分…」

 

 これまで何度も大勢の前で語ることはあったが、やはり何度やっても緊張する。

 ともかく、深呼吸をして落ち着かせるとともに、来るその時に備えて心身ともに準備するのであった。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「もう始まってる!?」

 

 上はノースリーブシャツ、下はジャージというどこか腑抜けた服装のウマ娘が、チーム部室の扉を開けるなり切羽詰まった様子で声を上げる。

 

「ふふwwまだだよ、スパちゃん」

 

「あーっ!よかった間に合ったぁ…」

 

 間に合ったことに対して安堵した様子で、クロアチアからの留学生であるスパシテルは、手に持っていた入浴用の諸々の物品をテーブルに置くなり、テレビの前に置かれているパイプ椅子に腰を下ろす。

 

「わざわざこんな時間に生で見なくとも、録画で見た方がいいのでは?」

 

 と、中央から"実質亡命"してきた樫本トレーナーが、テレビの前に集うチームメイトらに対して言う。

 

「朝まで待ちきれないし、絶対に歴史的な瞬間になるだろうから、もうこれは生で見るしかないっしょ!ねぇカッシー?」

 

 もう待ちきれない!早く出してくれよ!とでも言わんばかりに笑みを溢すスパシテルを前に、普段ならお堅い性格、言動の樫本は思わず押される。

 

「うーん、そうですか…まぁ、多少ならいいでしょう。番組が終わったら、早く帰って明日に備えてしっかりと寝るように」

 

「はい!!わかりました!!」

 

 スパシテルらチームメイトの笑顔を見るなり、多少の妥協も良いものかと思っていると、スパシテルらがテレビに反応する。

 

『敬愛する皆さん、こんにちは』

 

 控えめな言葉使いで、生中継は始まる。

 

「あ、この人理事長じゃん!この人がいなかったら、今頃私らは戦場に行ってたかもしれないねぇ」

 

「おう、冗談きついぜスパ」

 

「ハハ、ごめんごめん!」

 

 もしかしたらあったかもしれない世界線を想像して、お互いに茶化し合って場を和せつつ、テレビを見る。

 

『私たちは今日、ステパン理事長の死を悼むためにここに集まっています。彼は、生徒たちを守るため、献身的に尽力してきました。ですが、悲しいことに暗殺されてしまいました。私は、彼の犠牲を決して忘れず、彼の愛情と献身を常に記憶していくことを誓います』

 

 もうこのころになると、皆は食い入るようにテレビをじっと見つめていた。

 その光景は、会場にいる聴衆とそっくりそのままであった。

 

『ステパン理事長の死は、私たち人類が直面している繁栄と平和の問題を強調しています。世界中で戦争や紛争が続いている今、私たちは真の平和を求めるために、一生懸命に努力しなければなりません』

 

『平和を築くには、私たちが互いを尊重し、相互理解を深めることが必要です。また、強力な外交関係を行うことによって、国際的な協力を促進することも重要です。私たちは、協力して世界をより良い場所にし、未来の世代に平和と繁栄を遺すことが、今を生きる私たちの責任であることを肝に銘じなければなりません』

 

『ステパン理事長は、生徒を守るために献身的に尽力し、愛情を持って接してくれました。私たちは、ステパン理事長の遺志を継ぎ、平和を求めるために共に努力し、彼の精神を生かし続ける必要があります』

 

『最後に、心からの追悼の意を表し、ステパン理事長の遺志を継ぐことを誓います。そして、平和を求めて努力し、愛と相互理解に満ちた世界を作っていくことを、改めて誓います。ありがとうございました』

 

 演説が終わるなり深々と頭を下げて、元に戻って壇上から立ち去る。

 

 それと同時に、会場の至る所から拍手が沸く。

 それは、テレビの向こう側の聴衆も同じであった。



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エセ理事長、冷害を耐え凌ぐ

 1993年…この年は、競馬、もといウマ娘レース史でかな~り濃い時代となる。

 

 そう、ビワハヤヒデ、ナリタタイシン、ウイニングチケットの三人が鎬をバッチバチに削りあった伝説の"BNW世代"の年なのである。

 

 三人それぞれのドラマ性と、手に汗握るレース展開、それを巧みに利用したURAによるマーケティング戦略により、人々にとって思い出に残る年になると共に、莫大な利益を叩き出すのであった。

 

 ちなみに、この商機を逃すまいと俺らホッカイドウシリーズはURAと協力し、ホッカイドウシリーズのレース場内に少数ながらBNWのグッズを展開したり、BNWの面々を招いたトークイベントの開催を計画したりと、URAとの友好をアピールしつつ自分らも儲ける為の行動をする。

 

 それはともかく、守るだけでは戦に勝てぬというのが世の常……向こうがBNWを推すのなら、こちらも負けじと戦略を打ち出すのだ。

 

 我々が推すものとは何か?ズバリ、氷上レースである!

 

 昨年より計画を進めていた氷上レースプロジェクトは、特にこれといった問題なく順調にプロジェクトを進められている。

 

 強いて上げるとすれば、機材の購入に掛った費用がなかなかだったというところだろうか……。

 まぁ、多少の出費なんてどうにかなるぐらいのリターンがあるはずだから大丈夫だろう。ヨシ!

 

 という事はさておき、日本初の氷上開催というアドバンテージと売り文句を最大限に生かすべく、よりいっそう広告に力を入れる。

 

 例えば、旅行代理店と組んで観光ルートに氷上レース観戦を組み込んでもらったり、地元のバス会社や鉄道会社と業務提供して臨時便を運航してもらったり、テレビ局を通して全国に向けて発信したりなど、認知、移動、サービスなど諸々の面で隙を詰めていく。

 

 氷上レース以外にも、バラエティー番組を通じてタイ米料理をアピールしたり、坂路建設の見積りを立てたりなど、仕事に次ぐ仕事の毎日を過ごしていたとき、ついにあの出来事が発生する。

 

 それは、"1993年米騒動"である。

 

 平成初期にコメ騒動が起きたという事は知ってはいるが、そもそも、なぜそうなったのかという事はよくわからない人は多いであろう。

 

 ざっくり言うと、梅雨が長引いたせいで、日照不足と過剰な降水によってイネが生育不良を起こしてしまい、収穫に大ダメージを負ってとんでもない量の米が不足してしまったという事件である。

 

「明日からコメが食べれなくなるってそれマ?」と不安に思った民衆によってコメの購入戦争が勃発したり、政府の対策が中途半端だったりマスコミがガンガン燃料投下したことによって、稀に見る大混乱が巻き起こったのである。

 

 そんな豆知識(?)はさておき、ウマ娘の一日平均カロリー摂取量はヒトミミと比べて何倍にも多い。

 

 もはやこれ以上述べなくてもわかるだろう。

 コメ価格上昇の影響をもろに受けるのである。

 

 むかし、石油危機によって石油価格が高騰して、運送業者や航空会社などが大打撃を受けたように、大飯食らいのウマ娘を養う業種は、食料価格の影響をもろに受けるのだ。

 

 中央は資金力とコネのごり押しによって平常通りに日本米を確保しているとのことだが、経営状態が厳しい地方はかなり大変なことになっているらしい。

 

 このような絶望的な現状で先行きに不満を思うのは、何も経営陣だけではない。

 学校に生徒を預ける親もまた、「食料をまともに確保できない学校に預けて本当に良かったのだろうか…」と、不安に思うのである。

 

 "もしも何もしていなかったら"、間違いなく大損害を被っていただろう。

 俺のコネを総動員しても、相当の被害が出たはずだ。

 

 だが、今は違う!

 

 そう、前々からこうなることを想定して、日本米を備蓄するなどしてちゃんと食糧危機に対する対策を施していたのである。

 

 というわけで、ついにコメ倉をドバーッ!と開放する。二年越しの置き土産が今、炸裂する!

 

『ホッカイドウシリーズ、冷害に備えて食糧を備蓄。満を持して開放す』

 

『ホッカイドウシリーズ理事長より発表。"コメはこれまで通りに食べれる"』

 

 倉庫一杯に備蓄してあったコメを使って"ホッカイドウシリーズにはこれだけのコメがある!"とメディアを通じてアピールすると、さすがに経営が厳しくなるんじゃね?と懐疑的だった世論は安心する。

 

「しゃあ!決まった!」

 

 うまい具合にハマったことに対して、俺は大喜びする。未来知識万歳だ。

 

 とはいえ、驕れるもの久しからずというのが世の常、喜ぶ気持ちを抑えて、購入に応じてくれた農家や倉庫を貸してくれた賃貸主に対して、備蓄していたコメを影響が出ない程度にちょっと分け与えて言葉と一緒に感謝の気持ちを伝える行脚をする。

 謙遜の気持ちこそ正義だって、はっきりわかんだね。

 

 

 

 

 

「――よし、着いた」

 

 感謝行脚の一環で、とある牧場の駐車場に車を止める。

 遠くの方にサイロが見えて、長大な柵の内にてホルスタイン牛がモーモーと鳴いている…そんな、北海道のありふれた牧場だった。

 

 ちょっと曇り始めたなと天気模様を心配しつつ、この牧場の主が住む家までの道のりを歩いていると、不意に目眩に襲われる。

 

「ゲホッゲホッ!う"やばい…」

 

 今度は視界が大きく揺れ、足元がおぼつかなくなる。

 景色は残像を何度も繰り返したような荒いものとなり、まともに立っているのが困難な状況に陥る。

 

 バタンと横に倒れたその瞬間、俺は悟った。

 

 最期の時が近い―と。



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エセ理事長、天国へのカウントダウンが始まる

「おかーちゃん!大変だよ!あそこの道のところで人が倒れてるよ!!」

 

 子の報せを聞いた牧場の女主は、ガタンと椅子を飛ばして立ち上がる。

 

「スペ!それは本当なのかい?!もしかして、その人っておじさん!?」

 

「うん!頭を抱えて横になってたよ!」

 

「そんな……」

 

 もしかしたら、"あのお方"が倒れたのではないか?と、連想される最悪の事態に、牧場主は血の気が引くような思いをする。

 そういうことがあってか、考えがまとまるよりも早く体が動いた。

 

 

 

・・・

 

 

 

「……あ、あれ?」

 

 目覚めると病室だった。

 

 一瞬また転生したのかと思ったが、体はいつも通りの老体なので、これが転生ではないことを確認する。こんな確認の仕方があってたまるかチキショー!

 

 まぁ、そんなツッコミはさておき、とりあえず目が覚めたことを知らせるため、これで対応が合っているのかどうかよく分からないものの、合っていることを信じてナースコールのボタンをギュッと押す。

 

 それから間もなくして、ベテランであることが伺える顔ぶれの看護婦と医者が病室に入ってくる。

 

「目覚めましたか」

 

「は、はい…」

 

「とりあえず、何か体に違和感とかありませんか?」

 

「……強いていうのならば、頭がまだボワーッとしているって感じですね」

 

「そうですか……ふむふむ、わかりました」

 

 そんな感じで、俺と医者は淡々と会話を進める。

 んで、その過程で俺が倒れた原因が判明する。

 

 俺が倒れた原因…それは、過労だった。

 

 …いや、厳密に言えば、過労由来の高血圧による意識障害なのでは?という憶測であり、まだ過労と決まった訳ではない。これから、より詳しく検査する必要があるとのことだ。

 

 ただ、普段の生活から思い当たるところがあまりにも多過ぎて、それがほぼ確信に近いところまで来ているのだ。

 

 思えば、今日も昨日もこれまでも、かなり不規則な睡眠を繰り返してきたし、旨い&手軽だからという理由でカップ麺や糖分たっぷりなジュースを飲んだり、挙げ句の果てには喫煙や飲酒を何十年に渡って繰り返したりなど、そらそうなるわなと諦めに近い形で納得する。

 

 とりあえず休むべき。じゃないと再発するかもしれないと医者から警告される。

 

 しかもたいへん恐ろしい事に、今後再発したら、助からないかもしれないと医者が断言する。なんと、脳卒中やくも膜下出血といった突然死のリスクがあるのだとか。

 

「えっ」

 

 と、呆気ない声を上げて俺は絶句する。

 そんなにもヤバい段階に来てしまったのかと絶望するが、既に遅し。例えどれ程今までの生活を悔やんでも、二度と健康体には戻らない。

 

 そして、来るその時に備えて"最後の義務"を完遂しなければならないことを、俺は悟った。



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さらば

「あー、やっぱりだめだ。どう頑張ってもむりだなこれ…」

 

 と、脳内で弱口を吐く。

 

 いつもなら、すぐにポジティブな思考へ切り替えて、前へ進むべしと発破をかけていたことだろう。

 

 しかし、今回ばかりはどうしようもならない事情があった。

 

 問題と言えば色々とあるのだが、その中で最も重要なものをピックアップすると、"このまま職務を遂行しちゃって本当にいいのか問題"というのが挙げられる。

 

 今現在、あの恐ろしい景気崩壊による前代未聞の不景気の真っただ中だ。

 

 そんな時代であるから、俺は細心の注意を払って、一寸狂わぬ正確さをもってして会社経営の舵取りをしなければならない。

 

 ほんのちょっとでも間違えれば、地獄へ真っ逆さまな状況なのだ。

 

 幸運なことに、皆の献身的な協力とうまく刺さった改革によって経営は持ち直しており、少なくとも、一度のミス程度で大きく傾くという事態には陥らない状態になった。

 

 一度っきりだがコンテニューできるようになった……はずなのだが、実はとある条件を満たすと、残機を貫通してそのままゲームオーバーになってしまうことがある。

 

 条件とは何か?ズバリ、跡継ぎの準備がない状態で指導者が居なくなってしまうという事である。

 

 未完全な後継移管作業……組織の頂点に立つものほど、これを恐れることはないだろう。

 

 たとえどれほど汗や血を垂らしてコツコツと積み上げても、移管作業がしっかりしていないと、それに群がるハイエナに荒らされてグチャグチャにされるという光景は想像に容易いだろう。

 

 実際、かのモンゴル帝国やチトー閣下が治めるユーゴスラビアも、後継者争いでバラバラに分裂して消滅してしまった。

 

 こうした準備不足は、それまで団結し合っていた兄弟の絆から世界最強の帝国まで、びっくりするほど簡単に消滅させてしまうのである。

 

――最悪の事態を避けなければならない――

 

 倒れたあの日を境に、そういった考えに行きつくのは、我ながら自然なように思う。

 

 ちなみに、俺自身はまだまだ働ける。

 皆のためならば、どんなデスマーチだってこなしてやるぜ!

 

 しかし、睡眠から永眠しちゃうリスクが出てきてしまった以上、そんな暢気なことは言ってられない。

 

 ましてや、今の俺は定年間近の高齢者だ。

 いずれにせよ、最後の時が訪れる。

 それがほんのちょっと早まった…たったそれだけのことだ。

 

 まだまだやるべきことはあるが、このまま権力の座にしがみ付いて来る時に大問題を呼び起こすぐらいなら、まだ動けて、正常な判断力が残っている今のうちに身を引いて後任に任せた方が、よっぽどみんなのためになるだろう。

 

 という訳で、俺は引退する。

 

 

 

 行動は退院した直後から始まる。

 重鎮が集う会議の場にて、当たり前っちゃ当たり前のことだが、作業を円滑に進めるため、今年度以内(3月31日)までに引退することを伝える。

 

 「まだ3年しかやってないのに辞めるのは早いのでは?」というような意見が出たものの、それに対してワケを説明すると、皆は辞める理由を静かに納得する。

 

 とにかく、スタートラインに立つ事に成功したので、次のステップに踏み出す事ができる。

 

 作業を開始した今、次に、記者会見を通じて大衆に向けた告知をする。

 

 リジチョーが倒れたヤベーイ!!となり、退院からの復活を遂げて世論が安心しつつある直後に引退を宣言した結果、案の定世論に震撼が走った。

 

 わりとざっくりどんな世論だったかを言い表すと、「リジチョーやめないで!」や「ここで止めたらホッカイドウシリーズはどうなっちゃうの!?」という先行きを不安視するものがかなり多かった。

 

 同時に、……その、自分で言うのもアレな話だが、思いの外みんなから慕われていて、嬉しいっちゃ嬉しいものの、なんだかむず痒い恥ずかしさを感じた。

 

 実際、国内外問わずに取引先や個人的な友好関係がある人、さらにはシリーズに携わっているウマ娘や職員、さらにさらに一般市民まで、たくさんの人から引退を惜しむ電報やら手紙やらが連日大量に届けられて、うおーっすっげ……となった(トプロ並みの感想)

 ここまで来ると、もはやアイドルと言っても差し支えないかもしれない。

 

 それはともかく、引退を惜しむ声を泣く泣く払いのけつつ、作業を進める。

 

 告知の次にやったことは、後継者の選定だ。

 

 こいつぁとんでもねぇ地雷だぜ…と、やりようによっては事態が悪化する最悪のパターンを危惧していたものの、いざ覚悟して挑んだ結果、皆の円滑なやり取りによって"新理事長は現副理事長が"という形で決まった。

 

 なぜそうなったのかざっくり言うと、俺がいない間に代理として職務を遂行したり、経営理念的にも問題なさそうだったからだ。

 

 そして最後、これは絶対に外してはならない作業だ。

 

 それはなにか?ズバリ、"これからやるべきことリスト"の作成である。

 

 題名通り、後にこのような事件が起こるだろうから、それに備えてこういう対策をすべしだとか、北海道の衰退を食い止めるためにはこのような経営と政策を打ち出すべしだったり、選手や労働者の育成・質向上のためにはこうするとよい、というような、俺無き(又は亡き)後にどのようなことをするべきなのかというのが書かれているリストである。

 

 もうこのような絶望的な状況とあれば、ここは思い切って未来知識を存分に使い、最大限のサポート力をもってして後輩をサポートするという考えのもと、リストを作成するに至ったのだ。

 

 先へ、先へ、その先へ、さらにその先の未来を見据えて作ったリストは、俺が生きていた2020年代まで作る予定だ。

 

 これら以外にも細々とした作業はあるものの、特筆するほどではないから割愛する。

 

 そんなこんなで、再発を防ぐために定期的に病院に行くのと同時にリストの作成に悪戦苦闘しつつ、温い夏は終わり、短い秋を経て、泣く子も凍るような寒い冬がやってくる。

 

 そして、延々と続く書類作業に明け暮れること数か月、いつの間にか正月になってしまっていた!(絶望)

 

 体感時間の速さに俺は驚きと絶望を同時に感じつつも、そういった負の感情を振り払って、例年通りに初詣に行く。

 

「長生きできますように!」

 

 と、俺は願った。

 

 さぁ、神に延命を頼んだところで、いよいよ俺の仕事はラストスパートに差し掛かる。

 

 それは、"氷上レース"である。

 

 大変うれしいことに、一年強越しの事業はいよいよ結果を実らせようとしているところだ。

 

 人員の育成や機材の配置、旅行会社や行政との提携など、とにかく自分ができる範囲のところは全て、完璧にやり遂げた。

 

 すでに氷上レースのコース生成は大詰めを迎えているところであり、このまま順当にいけば問題なく開催できる見通しだ。

 

「スピーチの内容、何にすっかなぁ……」

 

 そんな独り言をぼやきながら、布団に入る。

 

 開催数週間前まで迫っているというのに、原稿は文字通りまっさらな状態だ。

 

 まぁ、明日にでも考えちゃおうと、我ながら自堕落なことを考えつつ、俺は眠りに付いた。

 

 いい夢、見れるといいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理事長先生…なんだか遅くないですか?」

 

「うん、そうだ。やっぱりそうだ。だってもう10時だよ。いつも始業時間前からバリバリ仕事を始めてるあの方が遅刻だなんて……」

 

「……嫌な予感がしますね」

 

 オフィスの片隅にて、とある重役二人は、時計を見て心配の声を上げていた。

 

 時刻は9時55分。

 

 理事長のデスクに、彼が居ない。

 

 つまり、そういう事なのだ。

 

「……ちょっと電話してみましょう」

 

 重役の一人が電話をしようと提案し、直ぐに行動に移す。

 

 プルルル

 

 一回。

 

 プルルル

 

 二回。

 

 プルルル

 

 三回。

 

 プルルル… プルルル… プルルル…

 

 何度しても、理事長は電話に出なかった。

 真っ暗な部屋中に、受話器のコール音が不気味に響き渡るばかりであった。

 

 これは不味いぞと本格的に察するまで、時間はあまり掛からなかった。

 

 理事長は付近に地下鉄駅がある住宅街の賃貸アパートに住んでおり、そこへ数人の社員が理事長の自宅へ急行した。

 

「理事長!理事長!起きてますかー!リジチョー!!!」

 

 ドンドンドンと鉄の扉を叩くが、中からはうんともすんとも言わない。

 恐ろしい静けさが、そこにあった。

 

 そして、そこにいる社員は薄々真実に気づきはじめていたが、表にはあえて出さなかった。

 

 一人の社員が裏に回って、理事長が住んでいる部屋の窓を見る。

 その窓にはカーテンが掛かっており、つまり、理事長は起きていないと言うことが分かった。

 

 そして、大家と警察に事情を説明して、それから間もなくして突入の体制が整った。

 

「失礼しますッ……!」

 

 社員の一人が、そう言ってドアをこじ開ける。

 

 社員、警官、そして大家が真っ暗な部屋の中に突入する。

 一分もしないうちに、畳床の寝室に敷かれた布団で寝ている理事長が発見された。

 

 警官が理事長の肌に触ると、体温の低さに驚いて、一瞬だけ背筋が凍る。

 恐らく、生きてはいないであろうことが察せられた。

 

 理事長は死んでしまったのだ。




次回、最終回


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改革は続くよ、どこまでも

「――番組の途中ですが、臨時速報です」

 

 地方の放送局から大手放送局、北海道から沖縄、そして海外で、"ホッカイドウシリーズの理事長が永眠した"という旨の臨時速報が、ありとあらゆる番組をぶった切って放送される。

 

 テレビが、ラジオが、新聞が、とある偉大な男の孤独な死の情報を拡散する。

 

 ある者は街中の巨大スクリーンで、またある者は職場のラジオで、その男のあまりにも早すぎる死を知った。

 

 人らの心に、ぽっかりと穴が開いた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 理事長が死んだすぐあと、残された重鎮らは緊急会議を開いた。

 

 議題は、"理事長亡きあとに何をするべきか"というものだった。

 

「――では、"理事長の指示"通り、空いた職位は現副理事長が引き継ぐという事を正式に決定いたします」

 

 いつも進行役として円滑な会議進行を担っていた理事長が居なくて大丈夫なのだろうか、という各々の不安を良い意味で裏切るように、極めて円滑に可決される。

 

 そうなったのは当然のこと。なぜなら、生前に理事長がこうするようにと指示していたからである。

 

 かくして、空白だった理事長席は埋まることになった。

 

「…失礼します」

 

 副理事長、改め新理事長の新井は、からっぽの理事長席に座る際、一声掛けてから座る。

 

 そこには誰もいなかったが、「声を掛けないと失礼」という意思が湧いたのだ。

 

 死しても敬意を感じさせる理事長の人柄に感服しつつ、今まで経験したことのない理事長席からの景色を見て、もの言えぬ重圧やらプレッシャーに圧倒される。

 

 冷たい、又は熱い目線、重苦しい場の雰囲気、そして巨額の資金……そこにあるものないものが猛獣のような鋭い目線を放ち、新井はその気迫に圧巻される。

 

 このような圧のなかで、理事長は舵取りをしていたのか…と、またも理事長の凄さに感服する。

 

 新井は、目を瞑って一度深呼吸、という理事長がよくやっていた方法で心を落ち着かせる。

 

 そして、「俺はうまくやれるんだろうか」という不安を覆い隠すように「がんばろう」と覚悟を決める。

 

 かくして、権力の移管作業は完璧に上手くいったのであった。

 

 

 

 

 

 理事長の死は、経済面にも少なからぬ影響を及ぼした。

 

 理事長の死が発表された数分後、日経平均株価はいきなり1000円以上も下落し、取引所が閉場する頃には最終的に1500円近く下落した。

 

 これは、理事長不在の北海道経済の先行きを不安視したことによる、主に北海道を拠点とした企業の株の取り付け騒ぎが起きたことが原因とされている。

 

 後に、この株価の下落は"理事長ショック"と呼ばれる事となる。

 

 翌日になっても株価は回復する兆しを見せず、ゆるやかに下落するが、午後に行われた記者会見で"これからやるべきことリスト"(一部のみ)が公開されると、ゆるやかに株価は回復する。

 

 そして、翌日に新井理事長によって行われた記者会見で"シン・ホッカイドウメソッド"という経営計画が発表されると、株価はうなぎ登りとなった。

 

 一時は不景気が訪れると噂されていたが、その後の対応によってうまいこと建て直すことに成功した。

 

 それどころか、昨今の大不景気の中で、後に"理事長の置き土産"と呼ばれるプチ好景気を起こすことに成功したのであった。

 

 

 

 

 

 死が発表されたとき、様々な分野の業界人がメディアを通じて声明を出したりした。

 

 例えば、北海道を地盤とする大手食品メーカーの代表取締役はこう述べた。

 

「今回のことは大変残念であるとともに、非常に大きな損失だと感じております。私達にとって、北海道にとってもなくてはならない存在です。……本当に悲しいです」

 

 さらに、別の大手企業の社長はこう述べた。

 

「理事長の訃報を聞き、心よりお悔み申し上げます。理事長は我々北海道民に最も身近で寄り添ってくれていた方だと、私は個人的に思っています。神はいい人ばかり引き抜くものですね……」

 

 その他にも、かなり多くの企業が哀悼の意を示したり、今後についてコメントを発表した。

 

 経済界以外に、右派左派問わずに政界の者も追悼の意を示した。

 ちなみに、後にも先にも普段は対立し合っている両者がいっしょに追悼したのは理事長のみ…なんとも言われたりもする。

 それだけ多くの人に好かれたと言う訳だ。

 

 また、海外でも動きがあった。

 

 真っ先に動いたのは、スウェーデン版URAの代表であるゴトランド氏であった。

 

「数年前に彼に会って話したのが最後なので、いきなりの別れとなって悲しい。だから、私は葬儀に出席する。そして、感謝と労いの言葉を告げたい。例え届かなかったとしても」

 

 と、氏は述べた。

 

 スイスのとある新聞では「偉大な男の孤独な死」という題名で新聞の一面を飾り、「きっと、理事長は天国で経営改革をしているのだろう」という文で締めくくった。

 

 かくして、悲しみは瞬く間に世界中に普及した。

 そして、理事長の質素な私生活に世界中が驚くと共に、今までの働きを「お疲れさまでした」と労うのであった。

 

 

 

 

 

 それから数週間、いよいよ待ちに待った氷上レースが開催された。

 

 1600m右回り・氷上 G1(H1) "定山渓 理事長記念"の幕開けである。

 

 実は、この重賞の名前は本来このようなものではなかった。

 

 実際、ほんの数ヵ月前まで「日本初の氷上レース!"定山渓杯"を見に行こう!」とあるように、この"定山渓 理事長記念"が直前になって変更されたことが窺える。

 

 レース名変更というものは、各方面に多大な労力を要する。印刷業者やトレーナーなど、多かれ少なかれ変更の受け入れという苦労を強いられる。

 

 それが直前ともなればなおさらだ。

 いったいどれ程の人が頭を下げたのか、その数は考えたくないものだ。

 

 だがしかし、レース名は変更された。

 

 許されたのだ。

 

 今までたくさんの人を救ってきた理事長だからこそ、人らはしょうがないと……いや、それぐらいの報いは必要だろうと受け入れたのだ。

 

 もっと言えば、レース名は"理事長記念"単体にもできた。

 しかし、新理事長の新井は"あえて"そうしなかった。

 

 「全員が損することなく、円満解決を目指す理事長ならこうするはず」と、本来あった"定山渓"の名を残したのである。

 このリスペクトは後に賛否両論分かれるが、少なくとも、理事長の思惑通り、世界に定山渓の名を広める事に一役買ったのであった。

 

 そして、いよいよ氷上レースは始まる。

 

 一般市民から地元の産業界の重鎮、スウェーデンやクロアチアからの観光客や関係者など、実に30万人(!)というとてつもない数が定山渓に集い、レースの時を今か今かと思った。

 

 

 

 

 

 

「おっと、あぶない……!?」

 

 ホットコーヒーを一つ手に持つソールズベリーは、人混みにまみれてコーヒーを落としそうになる。

 

「あぶなかった~……ちょわっ!」

 

 なんとか耐えたと思った束の間、別の方向から来た人にぶつけられてコーヒーを落としてしまう。

 

「いやぁそんなぁ……」

 

 コーヒーのカップを拾い上げるが、案の定中には入っておらず、先程まで入っていたコーヒーは下にある茶色く染まった雪が全部吸収してしまったことを嫌々ながら理解した。

 

「はぁ~……我慢するかな……」

 

 レースの後に行われる理事長の葬儀まで目を覚まそうという考えでコーヒーを買ったものの、既にたくさんの人が並んでいる屋台を見てソールズベリーは諦める。

 

 ここは自衛隊で鍛えたパワーで起きるしかないと諦めたソールズベリーが、その場を立ち去ろうとしたその時

 

「ソールズベリーさん……?」

 

 と言う声が聞こえた。

 

 慌てて振り替えると、そこには自分と同じ身長の成人男性がいた。

 

「あっ…!」

 

 それが初恋の男性であると思い出すのに、時間は掛からなかった。

 

「よっちゃん!」

 

「ソールズベリーさん!」

 

 二人はほぼ同じタイミングで駆け、そして抱き合った。

 二人は大勢の人目を気にする事なく、ただただ再会を喜びあった。

 

 

 

 

 

 新井という男は、正直言ってカリスマがある人物とは言えなかった。

 

 理事長のように積極的に前に出る男ではなかったので、理事長と新井の認知度には大きな差があった。

 

 だからこそ、新井は今日それを覆してやろうと強気に意気込んでいた。

 

「これでいいものか……いや、やるしかない」

 

 新井は"追悼演説"と題されたメモに目を向ける。

 

 理事長はやるべきことリストを残したものの、自分の死後にどのような演説をすべきかというものは流石に無かった。

 

 間に合わなかったのか……?いや、自分の力で道を切り開くようにと、これは理事長の挑戦状なのだと、新井は好意的に解釈する。

 

「――一番、サクラバクシンオー。中央からはるばるやって来ました、短距離界の絶対王者です。二番――」

 

 選手の読み上げが始まったとき、新井は前を見た。

 

 たくさんの人が観戦する、活気と笑顔が溢れるレース場を。

 

 

 

~完~




ついに完結しました!
高評価やお気に入り、感想ください!(強欲)

本編はこれでおしまいになりますが、これからはおまけ編が投稿されることになります
つまり、完全に終わりと言うわけではありません


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おまけ
理事長とは(大百科風)


実はプロットミスって主人公の名前を開示するタイミングを逃してました


馬好 心太郎 単語

まよし みたろう

6.4千文字の記事

概要 >生い立ちから死亡まで >人物像 >伝説 >評価 >理事長亡き後の北海道 >陰謀論

 

 概要


 

元ホッカイドウシリーズのチート経営者、理事長。通称リジチョー。

愛称だけは知っていても本名は知らないランキングの常連である。

名前がちょっぴり難読漢字だからね、しょうがないね。

没後、勲一等旭日大綬章を贈られる

 

 生い立ちから死亡まで


1927年12月26日、大日本帝国統治領樺太庁豊原支庁豊原市(現ロシア連邦領サハリン州ユジノサハリンスク市)にて、兵庫県から転勤してきた国鉄職員の父正太郎と母吉田 心寿の間に末っ子として生まれる。(長男、長女、次女は全員兵庫生まれ)

 

末っ子という立場からか、両親と兄、二人のウマ娘の姉に可愛がられて育てられる。そうしてリジチョーは、明るく元気旺盛な少年として育っていくこととなった。

当時リジチョーが住んでいた住居は父の職場とほど近く、暇なときは職場の人と遊んでいたという。当時の様子を、駅員として働いていたコイワイ氏はこう語っている。

「かわいいお坊ちゃんでしたよ。休憩時間になるとどこからともなくひょっこり顔を出してきたものです。(中略)キャッチボールだとかして、みんなから"ショータロウの坊ちゃん"だとか言われてちやほやされてましたね」

また、当時の樺太は草レース含めてウマ娘のレースが盛んであり、周囲の人間関係と環境から必然的にリジチョーはウマ娘に興味を持つようになった。

この時、将来の夢はトレーナーか、国鉄職員かの二択で悩んでいたという。

 

かくして、リジチョーは平穏に幼少期を過ごしていたが、時世はそれを許さなかった。

 

1937年、盧溝橋事件から戦禍が発展して日中戦争が勃発する。

翌年、兵役を終えて間もない長男、正雄の元に赤紙(召集令状)が届く。

補充兵として陸軍に復帰し、中華戦線で戦った後、40年12月26日、奇しくもリジチョーの誕生日に長男は戦死する。これが原因で、生涯リジチョーは自分の誕生日を祝わなかったという。

 

1941年、ついに太平洋戦争が勃発する。

真珠湾攻撃、マレー作戦と破竹の勢いで戦禍が広がっていく最中、長女モミジと次女ミカサの元に青紙(召集令状)が届く。

損耗率の激しい輜重部隊の穴埋めのため、姉妹は南方戦線に送られることとなる。

43年の夏ごろ、次女のミカサがマラリアに罹ってしまう。本土へ送られて治療を受けた後、わずかな間ながら実家に帰ることが許され、ミカサは実家に帰る。

そのときの様子を、リジチョーはこう表していた。

「ガリガリにやせ細っていた。戦争が始まる前の、可愛がってくれたときの艶のある肌に安心感のある笑み、さらさらとした灰色の毛並みは全部なくなっていた。骨は肌一杯に浮かび、情緒が不安定になって、不器用な笑みにバサバサな毛並みとなって、本当に灰になってしまったようだった。あのとき私は、変わり果てた姉を見てただ嘆くしかできなかった」

モミジは44年6月のビルマ戦線にて行方不明となる。

そして、45年1月、ミカサはフィリピンにて戦死する。

 

時は戻って1942年、父の正太郎は日本軍によって攻略されたマレー半島に派遣される。43年、ミンダナオ島への派遣のために船で移動している最中、米軍潜水艦に雷撃されて輸送船は沈没し、死亡する。

 

そして、リジチョーの元にも刻一刻と蒼ざめた馬が近づきつつあった。

 

1943年、遂にリジチョーの元に赤紙(召集令状)が届く。

徴兵されたリジチョーは、樺太混成旅団(後の第88師団)にてソ連の攻撃に備えていた。

割と平和な(戦地比)日々を過ごしていたある日、ソ連軍が越境し始める。いわゆるソ連対日参戦である。砲撃や空襲など、ソ連軍によるありとあらゆる攻撃に対して辛うじて耐えきったリジチョーは、部隊の生き残りと共に捕虜となった。

その時リジチョーは、「家に残された母は大丈夫なのだろうか。俺一人で頑張っておっ母を支えないといけないんだ…」と考えていたという。

 

そんなリジチョーの淡い希望は裏切られることとなる。

1945年8月13日、避難列車に乗って大泊に向かっていた心寿は、突如飛来したソ連軍機(Il-2)の機銃掃射によって既に死亡していたのだ。

遺体の判別がつかないほどの損壊で身元の立証が困難だったため、書類上は行方不明扱いとなり、おそらくリジチョーは生涯母の死を知らなかったのではないかと言われている。

 

かくして自分以外の家族が全員亡くなったリジチョーは、戦友と共に日本へ……ではなく、なんとシベリア送りにされる。いわゆるシベリア抑留である。

シベリアに送られたリジチョーは、カムチャッカ半島で伐採事業に駆り出されていたという説が一番有力視されている。(磯野伍長証言)

 

1949年に日本に帰国したリジチョーは、小樽港の日雇い湾口労働者として働いている間、旧北海道地方トレーナー専門学校の夜間部に通い、1954年に地方トレーナー試験に合格して晴れて免許を取得している。

その後、リジチョーはなぜかトレーナーにはならず、ホッカイドウシリーズ(運営会社)に入社する。今すぐにでも安定した収益が欲しかったリジチョーにとって、歩合制のトレーナー職よりも年功序列で安定した給料の正社員の方が魅力的に映っていたのかもしれない。

この時リジチョーは27歳であった。

 

戦争によってスタートダッシュに失敗したリジチョーは、当時存在していたシベリア抑留帰還者に対する偏見と差別をものともせず、奪われた人生を取り戻すが如く破竹の勢いで出世を重ねていくことになる。

そして1985年、ホッカイドウシリーズ傘下の旭川トレセン学園の理事長に就任し、ここであのリジチョー伝説が始まるのであった。

 

1990年には改革の成果が認められて、ホッカイドウシリーズ理事長へ昇進…遂にトップに躍り出た。

ホッカイドウシリーズの理事長になったリジチョーは、勝負服改革やユーゴスラビア留学生問題、平成米騒動などで世論から激しく糾弾されつつも、最後の最後まで自身の信念と決断を貫き通すことで信頼と人気、そして結果を勝ち取っていた。

 

米を供給してくれた関係者に対する感謝の行脚をしていた1993年の夏ごろ、多忙ゆえの不健康な食と生活習慣により、リジチョーはスペシャルウィークの実家の牧場で突然気絶してしまう。

過労由来の高血圧による意識障害で気絶し、病院に運ばれたリジチョーは、この時すでに「もう先が長くない」と悟ったという。

それから爆速で退院したリジチョーは、自分がいきなり死んで会社の統制が混乱するリスクをなくすための行動をするようになった。

それらの行動の一環で、例のアレが作成されるに至ったのである。

そして、リジチョーの踏ん張りも虚しく遂に最後の時が訪れてしまった。

1994年2月7日、遅刻をしないリジチョーが珍しく遅刻(しかも無連絡)している状況を訝しんだ部下が家凸すると、布団の中で永眠しているリジチョーが発見された。

 

享年67歳。睡眠中に脳卒中を発症したことで、眠るように亡くなった。

 

 人物像


 

「物腰柔らかで、冷静で、記憶力がよくて、誰からも慕われる人物だった」

「善人だったね。彼は努力と協力ですべての困難を乗り越えた」

「右翼と左翼、絶対に相いれないもの同士が唯一共通して慕う人は、私の生涯でリジチョーしか見たことがない」

などと評されている。これらからわかるように、リジチョーの慕われっぷりは絶大だった。

また、取引を円滑に行うために人脈を広げに広げまくった結果、ウマ娘名家や大物政治家はもちろんのこと、なんと海外にまで及んでいたという。

結果、リジチョーの葬式では最終的に国内外から50万人が訪れ、中にはどこぞの国の国家元首まで訪れたという。

 

リジチョーの改革は、もはや未来を直視していると言われるほど先進的な改革が多かった。当然、そのような根底から覆すような改革をすると、多かれ少なかれ周りが反対してくるものだが、リジチョーの場合は徹底的な説明と、何よりも「騙されたと思ってやってみるのも悪くない」と思わしめる人望によって、改革を矢継ぎ早に成功させてきたという逸話がある。

また、人望でごり押せない場合はとにかく説明して乗り切るという手法を多用していた。

専門家の助言やデータの数値を引用し、徹底的に因果関係を紐解くことで最大限の説得力を持たせ、なおかつ逃げ道を無くすという戦法を取っていたという。

 

非常に質素な生活を送っており、死亡して世間にその暮らしぶりが知れ渡ると、冗談を疑う者まで出た。

 

現代日本の制度に大きな影響を与えているにもかかわらず、旭川トレセン学園理事長就任前はどのようなことをしてきたのかあまりわかっていないことでよく知られている。その原因の一つとして、リジチョー自身があまり過去を語らなかったこと、親族がいなかったこと、自伝を残さなかった事が挙げられる。偉人ならありがちな自伝出版が無いので、これは珍しいパターンだとよく評されている。

そのため、リジチョーにまつわる評判は旭川トレセン学園理事長就任から晩年までの期間が大半である。

 

2005年、リジチョーの過去を明らかにするために有志が集い、リジチョーの謎を解き明かす会が立ち上げられる。名前こそはっちゃけているが、活動内容はいたって真面目である。実際、リジチョーの出自や親戚の特定、そして母の遺骨発見など、案外活躍している。

 

 伝説


 

理事長とは……

 

・財政難気味だった旭川トレセン学園を健全化させるついでに全ホッカイドウシリーズ加盟校を健全化させる

・職員に対する福利厚生を拡充させ、やる気の向上と有能な人材を集めることに成功する

・新卒、中途問わず社員教育を惜しまず、景気回復時に誰よりも早く実力を発揮し、近年顕著になってきた中間管理職層不足を防ぐ

・旭川メソッドに則った教育カリキュラムによって(進学者を除いて)ほぼ100%に近い就職率を就職氷河期でも維持する

・質の高い卒業生もとい人材を輩出することに成功し、地方およびホッカイドウシリーズ卒業生に対する採用の際の評価を大幅に改善させる

・在校生に対する資格取得を推進し、諸々の支援策も相まってホッカイドウシリーズの生徒は卒業までに何らかの資格を取得している割合が他と比べてかなり高い

・人材メディア"ルクレール"のコーナーである「ここで働きたい企業!in北海道」で、トップ3の地位を1994年から現在まで保持する

・地元北海道の企業や行政と積極的に協力することで金の循環を作り出し、地域経済と雇用に多大な貢献をする

・リジチョーの企業滅私奉公精神は北海道の経営者に広く浸透し、郷土愛のある企業が北海道に多い原因を間接的に作る

・↑↑これらによって若年層の本土流出と就職難を緩和させ、北海道経済がいち早く立ち直る要因となる

・ホッカイドウシリーズ加盟校の坂路普及に尽力する。また、地方では最大規模となる1500m級の坂路(通称理事長坂)を旭川トレセンに作る。

・制服を改革し、生徒数を爆増させる

・母子家庭に対する支援を実施し、金銭的理由で才能が不発に終わることを防ごうとした(この制度を利用して学校に入った者の中には重賞を勝利した者もいる)

・自衛隊に対する偏見を払拭し、イメージアップに努める

・日本全国の地方トレセン学園との協力を強化し、惜しみなくマネジメント支援をしたりして財政健全化を支援した

・存命中、北海道では知事を知らなくてもリジチョーは知っているという人が多かった(要出典)

・海外との友好関係に尽力した結果、実は海外の知名度が高かったりする

・クロアチアでは【Pismo života(訳.命の手紙)】という題で伝説の人物として義務教育の教科書に載っている

・世界中の国の道徳の教科書にだいたい載ってる

・テンプレート勝負服を作り上げ、走者に選択の幅を増やすとともに勝負服の革命を起こす

・ばんえいレースの魅力を世間に広げたそれと同時に性癖を破壊された少年がたくさん出る

・米騒動を予見して米の備蓄を黙々と続け、世間が米の不足に苦しむ中ホッカイドウシリーズの食堂は平常運転で稼働していた

・タイ米に対する偏見を払拭しようと努力する。葬式の際にタイ首相から労われる

・企業の清潔さ、公正さを何よりも重視し、信頼こそが真の企業価値であると布教して周った

・北海道を基盤とした諸々の都市銀&地銀を統合した北海星銀行の創設に尽力する

・氷上レースを創設する

・死亡発表時に日経平均株価が下がる

・死後に残した改革案によってプチ好景気を起こす

・アンサイクロペディアに噓を書かせなかった

・ほとんどの政治や経営系の小説・ラノベでリジチョーをモチーフにしたキャラクターが出てくる

・インターネット社会の到来を予言した

これからやるべきことリストを制作

 

……することができる人物である。

 

 評価


 

リジチョーの事を一言で表すとすれば、「北海道にめちゃくちゃ貢献した謎多き偉人」である。

 

やろうと思えば自社内で解決できる事でも積極的に地元企業と協力したことで、人口の流出とバブル崩壊で崩れ逝く中小企業を救ったとする見解が定説である。

しかし、そうした体質は莫大な支出を生み出すこととなってしまい、たびたび議論されている。

 

また、行政と民間の協力体制を作り上げたことで、お互いの意見と行動を取り入れた政策、経営方針を打ち出しやすくなり、北海道の景気回復と就職難の対策に大きな成果を上げた。

 

社会に貢献しつつ利益を出すという姿勢は理想的な経営者像として極めて高く評価されており、多くの経営者の見本となっている。

利益よりも社会貢献を優先気味だったためか、一部では「経営社会主義者」とも言われている。

 

未来を直視してると巷で言われている。

 

 理事長亡き後の北海道


 

理事長が亡くなった後、当時はまだ一般非公開だったやるべきことリストの複製が道庁関係者に配布される。

それに則って北海道全体で平成史上最大の街改革と称された大規模な公共事業が始まった。

点(都市)と点(都市)を線(インフラ)で繋ぐことを主眼に置いた北海道全体のコンパクトシティ計画である。

(コンパクトシティとは、ざっくり表すと都市の無計画な拡大を抑えて、集約化することで公共インフラを効率化しようぜというコンセプトである)

この場合、点とはコンパクトシティを指し、線は鉄道や都市間バス等のインフラを指している。

都市を集約化することで公共インフラの規模を抑えることで財政支出を抑え、余った分をさらなる都市開発や都市内交通に当て、集約化に伴う中心部の交通量増加を抑制するという算段である。

 

この計画はなんやかんやいろいろあって完遂し、鉄道による都市間旅客輸送を増加させることに成功する。また、交通網と都市計画の効率化によって徒歩と公共交通機関を駆使したライフスタイルを送ることが可能となり、免許返納に拍車をかけると共に北海道の車社会に一石を投じることに成功している。

これら以外にも、財政支出の軽減にも成功しているなど、改革のために莫大な支出がかかっているという点を除けばリジチョーの理想とする北海道像はおおむね成功していると言えるだろう。

 

 陰謀論・オカルト


 

=理事長未来人説=

・1985年のある日、階段ですっ転んで頭を打った日を境に、人格に妙な変化が現れ、積極的に改革を推し進めるようになった。

・改革の内容があまりにも先進的すぎる

・外部に絶対漏れていないはずの情報をピンポイントで当てられ、今から改善しないと将来とんでもないことになるぞと警告する(希望肉、植銀)

・「多分この時期になるとあれが起こるかもしれんね」と予言し、それが的中する(部下談)

・これからやるべきことリストを残す

・↑2020年までに起こる出来事の内容が細部まで的中していた(3.11警告など)

 

などの理由から、リジチョーは未来人なのではとまことしやかにささやかれていたが、"単にリジチョーが優秀すぎただけ"だからと、ただのジョークに過ぎないと思われていた。

しかし、2020年にリスト機密が解除され、一般の人々も閲覧が可能になると、この説の信憑性が高まったのであった。

 

=天国で経営改革している説=

2021年、新型コロナに罹って死の淵を彷徨っていたリジチョーの後任である新井氏が、三途の川でアンケート調査をするリジチョーを見たと一躍話題になった。22年8月19日、新井氏は老衰によって生涯を終えた。

ちなみに、唯一覚えているアンケート内容は『三途の川に公共交通機関は必要か否か』であったという。

 



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