古龍が去った後日談 (貝細工)
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鋼と風穴

古龍種。既存の分類に当てはめる事の出来ない強大なモンスター達の総称。

まさに世界の頂点に君臨する存在だ。

古龍の血液は龍属性と呼ばれるエネルギーの根源たる力を宿しているという。

一頭で自然災害に匹敵する程の影響力を持ち、その特異な能力には未だ未解明の部分が多い。

長い寿命を持つことで知られる竜人族でさえも、一生のうちにその姿を見ることは稀だという。

 

ある者は彼らを神として崇める一方で、集落や街を破壊されて憎き仇として恨む者も少なくない。

各地に君臨する生態系の頂点すら、彼らの足元にも及ばないという底知れない種族である。

 

傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰。

大きな力のうねりは互いの存在を許せず、場所を変えて衝突を繰り返した。

 

積み重なった暴力の束は次第に厚みを増し、やがて古龍達の領域を侵すようになった。

 

とある熱帯雨林をバゼルギウスの影が過った後、人々はそこで生じた森林火災の後に奇妙な痕跡を発見する。

 

 「それは、錆びた金属片だった。」

 

鬱蒼と茂る木が焼かれて、見晴らしが良くなった林の中に、ケロイド状に錆びた金属が散らばっていた。はじめは元あった金属が雨に曝されて錆びたものと思われたが、驚くべきことにそのうちの一つは完璧な竜の手の形をしていた。

顔を近づけて匂いを嗅ぐと、焼け焦げたような香りが喉を焼き延ばした。

欠損の一つも見られない金属片には、数体のフルフルベビーが沸いていた。

紙袋のように薄く、中は空洞で、信じられない程の硬度と靭性によって形を保っているばかりだった。ずっしりとした重みがあり、湿った土に深く食い込んでいる。

少し奥の方を見ると下り坂になっており、随分深くまで続いているようだった。

 

「ガノトトスと違って滅多に見られないから依頼が出ないが、実はこの辺りにはガララアジャラが住んでいるんだ」

 

川沿いの村に住む、地元の住民がそういった。

もう何年も昔の話だが、この辺りには大きなガノトトスが出没した事がある。

人の味を覚えたガノトトスはそれはもう恐ろしく、船を襲ったり、陸に上がって村を襲ったりしたらしい。

ちょうどその頃、イビルジョーもこの辺りに出現してギルドはその動向を追っていた。

この村を調査拠点として共同生活をしていたので、ギルドと村の長い縁はその時に端を発したものだといえる。

私はここに住んでからもう長くなるが、ガララアジャラがこの辺りに生息しているという話は初めて聞いた。

ガララアジャラというと、原生林を住処とする大型の蛇竜種だ。

前兆は大きいもので五十メートルにも達するといわれる蛇のような姿をした怪物。

大きな前脚と退化した後ろ脚で合わせて四つの脚がついているが、細長い体は蛇によく似ている。

寒気立つ嘴に隠された牙には大量の麻痺毒が仕込まれていて、これで獲物に噛み付いて動けなくなったところを狙う。

背中から突き出た板状の甲殻は鳴甲と呼ばれ、硬さは勿論のこと、これを飛ばして破裂させる事で爆音を発生させて攻撃することも出来る。

狡猾で、その土地の地形によく溶け込む姿をしているという恐ろしいモンスターだ。

そういえば、ここの村は木を削り出した蛇を神の御姿といって崇めていた。

 

「ガララアジャラ程大きいモンスターが生息しているんだったら、嫌でも目立つものじゃないか?」

 

そう聞くと、住民は首を横に振って答えた。

 

「それが、雨で流されてるのか痕跡もあまり残っていないんだ。

言い伝えだと、ここの村の人はガララアジャラの人隠しに遭っていて、それを鎮めるために村人たちは色んな手を試していたけど、いつからか恐怖の対象はジャングルガビアルになっていたみたいだよ」

 

真剣な顔つきでそういうものだから、とても嘘をついているようには思えなかった。

何より、彼は誠実な男だった。少なくとも、私の目にはそのように映っていた。なんでもガノトトスの事件の折にとあるギルドの職員に命を救われて、それ以来ハンターズギルド関係者に敬意を払うようにしているのだという。

隔絶された村の住民がギルドを慕うのは、その時の信頼関係あってのものだ。

彼らは街の方から人が来ると、感染症をおそれて受け入れないことが大抵だ。

 

「向こうの方は誰も行ったことがない。行くとしたら、準備を整えてからにしよう」

 

「―そうだ。村長の家に、ガララアジャラの鳴甲を削って作った衣がある。見に来るかい?きっと信じて貰えるよ」

 

そこまで話したところで、下り坂から数匹の小型肉食竜がこちらに向かってくるのが見えた。

珍しいモンスターだが、どうやらじっくり観察する暇は無いようだ。

住民の男が言った通り、重い手形の金属を拾い上げて、一旦は村に戻ることにした。

 

川沿いの村。村長の家。

修復された形跡のある木造建築で、中は湿った木の匂いがする。

下膨れの砂時計が置かれた棚に、ヒビの入ったライトクリスタルが飾ってある。

壁に掛けられたスラッシュアックスは手入れが行き届いていない。

狩猟には到底使えない古道具だ。

 

「ああ、ガララアジャラか。魔除けの衣だな」

 

「魔除け?」

 

「この村の長は代々ガララアジャラの鳴甲で作った衣装を子孫の代に引き継いでいるんだ。鳴甲を鳴らす音は凶暴なモンスター達を威嚇する。

ガノトトスの時は奴を刺激しないために使わなかったが、あの時出た犠牲のことを思うと試してみた方が良かった思うよ」

 

古びた箱の中に綺麗に収納されていた衣には、紛れもなくガララアジャラ固有の色彩が見られた。

色めく雨季のサバナの色をしたその衣装が、どうやら本物のガララアジャラの素材を使って作られたことは事実のようだ。

運ばれるたびに箱が揺すられると、鳴甲同士が擦れ合って独特の音を発している。

話を聞きながら、無意識に窓の外の河岸をぼうっと見つめていた。

考え事が頭の大半を埋めていたから、ただそこにある景色としか思えなかった。

漣が岸を打った。

マボロシチョウが飛んだ後の水紋だった。

 

しばらく微睡んでから、再び二人で坂の方へ歩いた。ギルド職員としての調査、村の安全確保

あの坂の向こうに何があるのか。

それが気になってしかなかったのだ。

 

坂についたのは日もくれかけの頃だ。

肉食竜除けの松明を振ると、ブナハブラやランゴスタといった甲虫種のモンスターが寄ってくる。

チーフククリで頭を叩き割って先へ進んだ。

天気は雲ひとつない晴天が幸いして、夜でも月明かりで明るかった。

表面の模様までよく見える満月の下、ツタの葉。

ゼンマイと苔の生えた土の上を歩く。

 

「こんな事を言うのもなんだが、ここに飛竜種や古龍種は訪れないんだな」

 

「もとより木の密度が高いから、飛行を得意とするモンスター達は動きづらいそうだ」

 

どこか喉につっかえるような説明だったが、うまく嚥下して歩を進めた。

木に不快な粘液が付着していることに、えもいわれぬ不信感を感じ取りつつも、足を止めるという考えには至らなかった。

唐突に居心地の悪い沈黙が訪れる。

虫の鳴き声と足音だけが響き、ひとつ、ふたつと足音の数が増えていく。

足音の数はみるみるうちに膨れ上がり、やがてそれが人ならざるものによって鳴らされていることに気づいたところで、二人は歩みを止めた。

 

「デカい奴がいるな。一匹」

 

夜の闇の中で、薄く青色に照らされた者が歯に唾液をまとわりつかせてあらわれた。

体長は8メートル弱といったところか、大きな黄色の飾り羽が首周りを覆っている。

前に見た肉食竜達のリーダー格だろう。

長大な尾は板のように広がっていて、その縁に鋭く長い棘がぐるりと生え揃っている。

目の上が剽軽に見えるほど盛り上がっている赤い顔が、黄色く大きな目でこちらに狙いを定めている。

 

「跳狗竜ドスマッカォか、珍しい。ということはちっこいやつはマッカォだな」

 

威嚇のつもりなのか、飾り羽を立てて低い姿勢で威嚇している。

 

「まずい、囲まれたぞ!」

 

村人にいわれて意識を周囲に向けると、いつのまにか跳狗竜と同じような見た目の二匹の小型の鳥竜種に背後を囲まれていた。

奇抜な見た目の跳狗竜が視線を集めて、獲物が気を取られているうちにマッカォが死角から襲い掛かるという寸法だろうか。

マッカォの方に視線をやると、今度は跳狗竜が驚くべき行動に出た。

長い尾だけ体を支えて立ち、足を浮かせてこちらに向けてきたのだ。

 

「避けろ!」

 

二人は上半身を傾け、盾をつけた腕で頭を守りながらスウェーで回避動作をおこなった。

尾をバネのように使って跳躍した跳狗竜は二人を通過して木を蹴り付け、大きく揺れた木から虫が落ちてくるその内側から、跳ね返る反動を使って跳び上がると、華麗に着地して見せた。

蹴られた木の幹にはくっきりと足跡がつけられており、もし避けられていなかったらと思うとゾッとするばかりだ。

 

私は跳狗竜に松明を向けながら村人の手を引いて、跳狗竜を中心に距離をキープしながら、円を描くような道筋で包囲網を脱出しようと企てた。

私が斜めに踏み出すと、跳狗竜は回り込むようにサイドステップを踏んで私を逃すまいと吠えた。

二匹のマッカォが躙り寄り、私が松明を振ったのに反応して飛び退いて、また躙り寄ってくる。

足元の方に注意をやると、ドスマッカォとマッカォのどちらも小刻みにステップを踏んでおり、私の動きに反応して細かく距離を合わせている。

 

こう着状態だ。松明の火による威圧は有効だが、強引に出ようとすれば隙を突かれるリスクがある。中型モンスターとはいえ、その牙にかかれば人間など簡単に殺すことが出来る。

僅かな油断も許されない睨み合いを穿ったのは、本来そこに居るはずのないものだった。

 

油断が無かったとは言わない。

ただ、あまりにも一瞬の出来事だった。

気がついた時には、ドスマッカォの全身は空中に浮かび上がり、肉の打ち付けられる音と共に地面に叩きつけられていたのだ。

恐る恐る視線をあげると、そこに居たのは蛮顎竜アンジャナフだった。

主に新大陸に生息しているとされる蛮顎竜が我が物顔であらわれて、ドスマッカォに襲いかかってきたのだ。

 

アンジャナフ。

大型獣脚類のような風貌をした強力な獣竜種。

ファーコートのような毛皮が月光で艶めいている。桃色の鱗に覆われた頭部とのコントラストが綺麗だ。アンジャナフは優れた自然界のハンターとして知られているが、腐肉も食べる。

死体に頭を突っ込んでも頭部を清潔に保つため、頭は毛皮ではなく鱗に覆われているのだ。

 

悪い予感の通り、先の粘液はアンジャナフが縄張りを主張するためにつけたマーキングだった。

ドスマッカォはその大胆な性格のあまりにアンジャナフの縄張りに侵入していることを気にかけず、結果として縄張りの主に勘付かれてしまったといったところだろう。

アンジャナフがクルルヤックを格好の餌食とみていることは知られていたが、クルルヤックと形態や食性が似ているドスマッカォも好物としているのかもしれない。

蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていくマッカォ達を尻目に、無我夢中で振り回して仕留めようとしている。

 

さてこのアンジャナフ。こちらに襲いかかってくるという予想とは裏腹に、むしろ私から少し離れた背後を見ていた。

 

視線の先にいたのは、件の絞蛇竜ガララアジャラだった。

獲物を横取りしようとしているのだろうか。

蛮顎竜はドスマッカォを目の前に投げ飛ばし、その拍子に頭を打ったドスマッカォはその場で昏倒した。

アンジャナフは横たわるドスマッカォの腹を足で踏みつけ、所有権をアピールするようにグルルと喉を鳴らした。

 

睨み合いは長い間続いた。

絞蛇竜の顔面から片時も目を離さずに木々の間を騒々しく歩きまわる蛮顎竜。

絞蛇竜は石像のように動いていないようにみえるが、よく見てみると嘴から舌先を出しながら少しづつ近寄っている。

動きの中で相手の隙を作ろうとする蛮顎竜に対して、止まっていると錯覚させるほど遅い動きで相手の間合いの計算を狂わせる絞蛇竜。

鳴甲を撒いて一気呵成に攻め込むか、狡猾な動きで体力を削る事に徹するか。

足元から絡みつくような視線がアンジャナフに向けられる。

 

蛮顎竜の足が止まる。

 

絞蛇竜の方はとぐろを巻いて、背中の鳴甲をガラガラと鳴らして威嚇し、反対に蛮顎竜の方は翼と鼻腔を広げつつ鳴き声で威嚇した。

両雄一歩も引かず、遂には鳴甲を鳴らし続ける絞蛇竜にジワジワと接近する蛮顎竜という構図に相なった。

大型捕食者が獲物の取り合いを威嚇で済ませないのは珍しい。アンジャナフの執念深い性格は噂通りだが、ガララアジャラが受けて立つことはなかなか興味深い。

元々この熱帯雨林には飛竜や古龍が訪れる事が少ないというのだから、絞蛇竜や蛮顎竜にとっては値千金の土地だ。

二頭の捕食者は縄張りを争う仲と見て良いだろう。

 

先制攻撃を仕掛けたのはアンジャナフだ。

素早い噛みつきが絞蛇竜の背中を捕らえて、発達した脚力で手前側に引き摺り込む。

絞蛇竜の背中は板のような甲殻、鳴甲が二列ばかり縦断しており、非常に硬い部位だ。

しかし流石の蛮顎竜、牙が食い込まなくても大した問題ではない。

暴れる絞蛇竜に対して、頭部を巧みに動かして牙を食い込ませ、地べたに押し付けた。

起きあがろうとする絞蛇竜の背中を逞しい脚で抑えて身動きが取れない状態に追い込み、そのまま顎を開閉してガリガリと鳴甲を削っている。

先手を許した事で一気にピンチに陥った絞蛇竜は、尾を蛮顎竜の背中から垂れ下がらせ、蛮顎竜の表皮を這わせて巻きつき始めた。

そのことに気づいた蛮顎竜は噛み付くのをやめて、前方に大きく跳躍して回避した。

 

だがそこは狡猾な絞蛇竜。相手をみすみす見逃すことはしない。蛮顎竜が回避した先目掛けて突っ込んで、着地した隙を狙って左脚に噛み付いた。

鼻腔と翼を広げて興奮状態に移ったアンジャナフだが、どうも様子がおかしい。

どうやら牙から麻痺毒を注入されたようで、左脚を引きずったかと思うと痙攣しながら転倒した。

絞蛇竜が赤らんだ喉に牙を向けると、蛮顎竜は喉に蓄えた発火を促す成分を鼻腔の粘液に混ぜて勢いよく噴射して反撃した。

特殊な成分が酸素と結合し、爆炎が咲き誇る。

巻き込まれたガララアジャラの背後の木までもが跡形もなく消し飛んでいるのが見える。

火竜の豪火にも勝るとも劣らない大火力の火炎放射が絞蛇竜の上半身を炙り、大火傷を負った絞蛇竜は体から火をあげながら大きくのけぞった。

麻痺毒に侵された蛮顎竜がうまく追撃出来ずにいる内に、さらに奥に進むためにその場を後にすることにした。

 

「見たか?アンジャナフの攻撃だ。火炎放射はアンジャナフにとっても負担が大きい大技だ。

本来なら攻撃をして怯ませた隙を狙う事が多い技だが、カウンターとは理に適ってやがる」

 

「初めてみたよ。あれが自分の身に降りかからないといいけど」

 

怒号と火の粉の中を進む。下り坂だ。土が掘り返された跡が幾つか目に止まった。

予想通り、絞蛇竜はこの未開の地を縄張りとしているらしい。絞蛇竜が移動のために地中を掘り進むことで、土壌が耕されているようにも見える。

この辺りは植物の再生が進んでいることがそのことを裏付けている。

そんな事を考えていたら鼻血が出てきたので、気持ちを落ち着かせて足早に降りることにした。

 

暫く歩いて、木の根の段差を踏みこえた辺りで風景がガラリと変わった。

足元は少しぬかるんでいて、苔むしている。

土と植物の香りに、微かに獣臭さが入り混じったような空気で満たされている。

目の前をモスが横切った時に、倒木の数に目が行った。マンドラゴラやアオキノコなど、色とりどりのキノコが生えている。

気づいた時にはもう随分と先まで歩いていたようで、蛮顎竜と絞蛇竜の争う音はもうまったく感じられなくなっていた。

ズワロポスの姿があったから、同じ場所に長居しないように歩き続けた。

靴底に泥がへばりついたから足取りは重い。

 

村人が何か言ったようだったが、うまく聞き取れなかったので聞き返した。

それから、色々なものをみた。

獣臭さを纏ったブルファンゴの群れ。

それを率いる一際大きなドスファンゴ。

樹皮には珍しいロイヤルカブトの姿もあった。

池をじっと見つめて魚を探すヨツミワドウの横を通る時は、刺激しないように息を殺した。

少し息を止めただけで、窒息してしまいそうなぐらい苦しくなったのでヨツミワドウから距離をとって進むことにした。

 

「ここの木、何かにへし折られたようだね。」

 

そういった彼が指差した方に目をやると、確かに噛みちぎられたような形跡が残っていた。

そしてその奥の方で小高く盛り上がった小山が動いたと思うと、やがてそれが生物であるということに気付いた。

水牛―というにはあまりにも巨大で神々しい。

側頭部から突き出る反り返った大角。その直径は人の身長程あるだろう。

背面を飾る二つのコブには苔とキノコが生えており、その内側を分厚い皮膚で覆われている。

何より目を引くのが、モーニングスターを何倍にも大きくしたような尾だ。

尾の先がハンマー状に発達しており、生物とは思えない程に超然とした物々しさを有している。

 

「尾槌竜ドボルベルク。生息していたのか」

 

「ドボ...何だ?」

 

村人が何か気になっている様子だったが、私は返事するのが億劫だったから、適当に頷いてドボルベルクの観察に身を乗り出した。

大自然の化身だった。それも大地そのものに命が芽生えたと錯覚するほどにまで雄大な。

 

あまりの大きさに圧倒されていると、向かい側から別の大きな影がノシノシと歩いてきた。

岩を纏った大型類人猿のようなその生き物は、ドボルベルクの事を恐れていないのか威嚇することもなく尾槌竜の方へと歩み寄っている。

ドボルベルク程では無いが、そのモンスターもかなりの巨体の持ち主だ。

体長は15メートル強と言ったところだが、岩石のように厚みがあって数字以上にボリュームがある。

 

一方で、尾槌竜の方も相手を気にかけず、呑気に倒木をムシャムシャ頬張っている。

 

「なんだ?見た事がないモンスターだな」

 

「あれは...エルガドの文献にあった...」

 

思い出した。剛纏獣ガランゴルムだ。

怪力の化身の異名を取る大型モンスターで、体肥液と呼ばれる特殊な液を腕から分泌する。

この体肥液は爆発性だが、苔などの植物を急成長させるという効能がある。

そして鍬の形をした尾で土を耕し、森を成長させるのだ。

そのため、ガランゴルムが生息する土地は豊かになるとして、剛纏獣を好む者も多い。

厳つい顔つきだが、性格は大人しく、普段はこちらから危害を加えなければ攻撃してくることはない優しいモンスターだ。

ガランゴルムもドボルベルクも縄張り意識が強いモンスターだが、なんとお互いに相手を嫌がらずに接近している。

極めつけには、剛纏獣が尾槌竜の甲殻に生えているドボルトリュフを採って食い始めた。

 

「まさか...共生しているというのか...?」

 

ドボルベルクが縄張りに他種の大型モンスターの侵入を許し、それどころか他の大型モンスターと共生したといった前例は、どの文献を探しても見つからない。これは歴史的発見といえるだろう。

 

「まさか、剛纏獣の植物を成長させる力を理解しているということか?」

 

ガランゴルムが土地を緑豊かにすることで、ドボルベルクは安定した食事を得られる。

ドボルベルクが安定した食事を得られると、ガランゴルムはドボルトリュフにありつける。

 

「あれを見ろ。岩壁にセキヘイヒザミがついてる」

 

村人に言われて、今度は斜め後方を向くと、そこは斜面に横向きに開いた洞窟のようになっていた。

そしてその入り口の近くで、数匹のセキヘイヒザミの群れが岩肌にはりついていた。

セキヘイヒザミは、綺麗な色の鉱石を背負ったヤドカリのような生物だ。

普段は群れで壁に張り付いていて、外敵が来ると殻から弾を発射して撃退する。

ただし絶望的に目が悪いので、大きい生き物に照準を向けて攻撃するのだ。

双眼鏡を使って観察してみると、鋏で岩についた苔をちぎって食べている。

大きな特徴ともいえる目の悪さは健在のようで、今はドボルベルクの方に照準を向けていた。

そして私達の後ろには、手負いのアンジャナフが迫ってきていた。

絞蛇竜を追っているのか、興奮していて、こちらには気づいていない様子で口元を曇らせている。

大角を振り翳して威嚇する尾槌竜と、腕を打ち鳴らして威嚇する剛纏獣。

対する蛮顎竜は絞蛇竜にしたように翼と鼻腔を展開して威嚇を返したが、流石に多勢に無勢と判断したのか、引き返していった。

 

「そうか、ガランゴルムにとってドボルベルクは数少ない自分よりも大型の生物。

セキヘイヒザミや捕食者から身を守るためにもドボルベルクとの共生は賢い選択なんだ」

 

苔を成長させる力を持つガランゴルムの活動は、当地の洞窟にまで影響しているらしい。

洞窟から距離をとって動かないといけない剛纏獣には少し可哀想だが、そのおかげで洞窟には独立した別の生態系が構成されていると考えられる。

浅い層には蛮顎竜などの凶暴な肉食竜。その爪牙を掻い潜った先には強大な草食竜の縄張り。

そしてセキヘイヒザミという射撃手もいる。

これだけ危険な要素が揃えば外来種は立ち入ることが出来ないだろう。

独自の生態系が生まれた訳だ。

ヒトの体が小さいことにこんなに感謝を覚えたのは初めてだ。

だから気になった。これだけ厚い防護壁の内側には、一体どんなものが隠されているのか。

俄然、あの金属片が意味するものを突き止めたくなった。

 

草木をかき分け、ぬかるみから足を引き抜いて進んでいく。足取りは重くなる一方で、もう土や植物の匂いも感じられなくなっていた。

ここまでくれば、もう長くないだろう。

泥が掘り返された跡が目に入った。

いくら粘性があるといっても、泥は泥だ。最近のものに違いない。

剛纏獣の尾の形とは異なることから、絞蛇竜が私達を追い越していったのだろう。

土の中を移動する絞蛇竜は、尾槌竜や剛纏獣の縄張りを逃走経路として利用できる。

だから執念深い性格の蛮顎竜を相手にして怪我を負っても、その相手を強大な大型草食竜に任せて安全に離れることが出来るのだ。

退路が確立されているということが分かれば、計算高い絞蛇竜が蛮顎竜に対して戦いを挑んだことにも納得がいく。

しかしこれは発見であると同時に、この先を行く私たちにとっては気が引ける事実だった。

 

「つまりこの先に居るのは手負いの獣か。君は松明を持って先に帰ってくれ。ここで見た事を村の人に話してやってほしい」

 

何か尋ねてきているようだが、よく聞こえない。

 

「いけ」と怒鳴って戻らせて、私は1人で奥に進むことにした。

確信していた。

未だに鼻腔内に漂う焦げた匂いは、かつてここで起きた凄惨な事件を起こすための手掛かりだ。

そしてそれを嗅いでしまったからには、もう引き返すことができないと解っていた。

泥から引き抜いたその足跡すら残らないと知ったなら、何か残そうとするのが人のサガだ。

だが、そうと知りながらも、むしろ知ってしまったからこそ腹底に落とすように理解したかった。

異端者の足取りの、その意味を。

 

足元が固まって、乾いた土にかわってから、明らかに植物の数が減っていることが分かった。

依然、花咲き芽吹く緑に囲まれた手広い土色の空間の中心。庭園のような豊かさの中に、乏しいと思える程に衝撃的な豊かさが在った。

体を丸めて寝息を立てるその生き物は、あの鋼の欠片を生み出した犯人だろう。

丁度その時、土から顔を出した手負いの絞蛇竜が驚いて鳴甲を飛ばした。

私が剣を振って鳴甲を打ち砕くと、その音は響音へと変わり、絞蛇竜の骸が目の前に転がった。

 

きっと絞蛇竜は、どの生物も起こすことを躊躇う禁忌の邪毒の寝床を借りることで追手の追撃を避けてきたのだろう。

しかしここまで来てしまった私は、命すら惜しいと思わない。

私は今、絞蛇竜の胸元からそれが深紅の一本角を抜き取る現場を目撃している。

眠りから覚ましてしまったら最後、誰も生きて帰れはしない。

 

私の立てる仮説はこうだ。

 

きっと、遥か昔のこと。

丘の上に散らばっていた金属片は、鋼龍の物だ。

安全に脱皮出来る場所を探していた鋼龍は捕食者の少ないこの場所を見つけた。

脱皮の時期を迎え、気性が荒くなっていた鋼龍は平時のように周囲の生物を打ち払おうとした。

 

そこで、最悪の敵を引いてしまったのだ。

 

棘竜エスピナス。

密林に溶け込む緑色の甲殻を身に纏う飛竜種。

殆どの時間を眠りに費やす怠け者だが、眠りから覚めれば一転して無敵の力を見せつける。

全身を流れる血液は一滴で周辺の草食種を全滅させてしまうほどの強毒。

全身の棘や長大な一本角にその毒を仕込む。

異常な硬度の甲殻に包まれたその防御力はあまりにも高く、肉食竜は無防備の棘竜を前にして自ずと攻撃を諦める。

轟竜を超える走力で繰り出す突進は、大型古龍すら投げ飛ばす剛力と組み合わさって一撃必殺の威力を生み出す。

何より驚異的なブレスは、麻痺毒と出血毒の混合物を燃焼させているもので、着弾と同時に爆発して異なる二種類の毒性で相手を蝕む。

 

神出鬼没の爆鱗竜が生息地すら判明させないまま猛威を振るう傍ら、棘竜は動かずして同等の殺戮者の地位に就いていた。

目撃情報が無かったのは、鋼龍との激戦の結果、この深い場所に籠っていたからだろう。

そして地上を這う甲虫種やガスガエルが中々見られないのは、棘竜に捕食されているからだろう。

 

超越者たる鋼龍を撃退した棘竜は外の世界に恐れを抱き、この地を離れることをしなかった。

鋼龍のように強い存在が数多く居ると錯覚してしまったからだ。

縄張りを勝ち取り、その一方で、世界を失ったということだ。

命辛辛、この地を捨てて飛び去った鋼龍は、毒に塗れた外殻を強引に脱ぎ去った。

それがあの金属片だ。

私の喉を焼き伸ばしたのは、微かに残っていた棘竜の猛毒だった。

捨てられた殻に含有されていた豊富な古龍の生体エネルギーはこの地に溶け出して、これまで見てきたような豊かな生態系を育んだ。

鋼龍は深い傷を負いながら、特級の危険生物であるエスピナスをこの地に封じる代わりに、身を削って恵みを齎したのだ。

それは神の慈悲か、只の偶然か。

 

しかし、棘竜は持つ毒が強いがあまり同棲者に恵まれることはなかった。

棘竜の持つ驚異的な強さを利用しようと近づく絞蛇竜すらも、その失われることのない覇気を恐れて距離を置いた。

とうとう棘竜だけは自らの毒と棘に阻まれ、救われることすら叶わなかったのだ。

 

もしや、強すぎるあまり失い続けた棘竜が眠り続けるのは、心身を蝕む孤独を紛らわせる為では無いだろうか。

なんと残酷な。これが勝者の姿なのか。

 

最後に私が聞いたのは、自分の体が倒れる音だった。

最後に私が目にしたのは棘竜の天鱗だ。

最後まで私が棘竜という存在を理解することは叶わなかったが、だからこそ、不可解を生きる彼の姿が美しいことに涙を流した。

分からないということは、不幸なことではないと思う。

硬い体に触れる手触りすら薄れていく。

分からないことは、切なくて情熱的だ。

私もわからないものになりたかった。

だから、この地に眠るのだ。

鋼龍が去った、この土地で。



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霜の巨人

それは、老父のように落ち着いた知性を感じさせる鋼玉の静けさだった。

蒼玉色の瞳を緩やかに瞬かせる。

風を切り、風を操って、空を舞う。

鋼のように硬い金属質の体から威風を吹き上がらせて何者も寄せ付けない。

大きく厚みのある鋼の翼は、自ら発生させた上昇風を揚力として重い体を浮かばせていた。

人間を歯牙にもかけないほど強大で優雅でありながら、彼は安息所を見つけられないでいた。

ある所では、深緑に伏す邪毒に悩まされる。

ある所では、溟きを泳ぐ旧い主が待ち構える。

広大な土地を縄張りとする古龍種にとって、他の古龍種やそれに匹敵するモンスターの存在は例え一頭であっても厄介極まりないものだ。

不意に冷たい風が顔に触れて、耳を震わせた。

以前訪れた時とは違う。

龍脈の流れを感じ取った。

 

ここには、神がいない。

 

 洞窟の中。吐息と血の匂いが立ち込める。

天井から首を伸ばした不気味な飛竜は、血に濡れた牙の香りに気づいて首を引っ込めた。

 

不気味な竜は、名をフルフルという。

目は完全に退化して無くなっている。

白いブヨブヨとした皮膚に覆われた洞窟棲の飛竜種だ。吸盤のように発達した壁や天井を這い回り、吸盤のような形状の尻尾でぶら下がって獲物が通った所を捕食する。

絶縁性の皮膚を持つフルフルは、電撃を扱うモンスターだ。強酸性の唾液や電気による麻痺で獲物を弱らせて丸呑みにする。

ブヨブヨした皮の中には特殊な脂質の層があるのみで、捕食者に好まれない。

単為生殖をする種なので数も多くなりがちで、人にとって脅威になる種でありながら一向に個体数が減らない困り者だ。

 

そんなフルフルは、縄張りに侵入した相手を不愉快な大声で威嚇するという生態で知られている。しかし今や、土足で縄張りに踏み入られているというのに萎縮しているかのように何も言わない。

その理由は、相手の正体にあった。

 

轟竜ティガレックス。

獲物を求めて広い範囲を徘徊する原始的な飛竜種だ。

飛竜とはいうものの、轟竜は地上での活動に特化している。

発達した前脚で地を駆け回り、卓越した咬合力で肉を噛みちぎる。その爪牙に真っ向から対抗できるモンスターは世界広しとはいえ数少ない。

中でも急加速、急突進、急旋回といわれる突進攻撃は驚異的だ。

その突進力たるや凄まじく、地形の起伏や障害物を粉砕して驚異的なスピードで突き進む。

なにより恐ろしいのがその咆哮である。

轟竜という名前の由来にもなっている咆哮は破壊力抜群と衝撃波を伴い、巨大な岩をも粉砕する一撃必殺の威力を誇る。

凶暴さと異常な攻撃力を兼ね備えた轟竜は、対峙する相手に強いプレッシャーを与え、その咆哮はいつの時代もハンターを恐怖させるという。

 

そんな絶対強者ティガレックスを前にすれば、さしものフルフルも強気には出られない。

傍若無人で暴れん坊の轟竜を下手に刺激すれば、次の瞬間には体が真っ二つに引き裂かれているかもしれないからだ。

地上での運動能力に長けた轟竜が縄張りに踏み行った時、じっと様子を伺ってやり過ごすモンスターは少なくない。

轟竜は縄張り意識が薄く、獲物を求めて様々な地域に出向くことの多いモンスターだ。

本来寒冷地での活動を苦手とするモンスターでもあるが、寒冷地に生息するポポの肉を好物としている。

そのため時折こうして寒冷地に出没しては、好き放題荒らして帰っていくのだ。

 

轟竜にとっても、フルフルは相手にしたくないモンスターだ。自分が苦手な雷属性の使い手で、ブヨブヨとした脂質だらけの肉は口に合わない。

二頭は独特の緊張感に包まれながら、気に入らない同居人の存在を許していた。

近年この辺りの地域では、轟竜の目撃情報が日に日に増えている。

何でもギルドによると、数年前から気温が上がってきているそうだ。

寒冷地の生態系を守る強力なバリアが冷気だ。

食糧の少ない寒冷地では、他所からの捕食者の来訪は死活問題になる。

そのため気温が上がってしまった寒冷地は、空気がピリピリと張り詰めるようになるのだ。

 

この地域は独特の形状をしている。

この洞窟は巨大な雪山を囲うように広がっていてそこから広い雪原を抜けた先に山が立っている。

地下に陥没したような洞窟が周囲を丸く囲んでいるせいで、雪山に登る者はおらず、内部の詳しい環境は分かっていなかった。

だが最近では雪山を覆っていた雪が溶けて、奇妙な地響きが観測されるようになった。

そんな未開の土地は、クシャルダオラにとっては絶好の安息地だった。

轟竜などの凶暴な捕食者も、古龍種であるクシャルダオラにとっては気にかけることではない。

そうして鋼龍が白銀の山嶺に降り立ったのは、とある登山家が単身山に踏み行った頃だった。

 

 星見草が点々と咲いていた。喉は乾いてない。

クリスタルハイボールが喉を通った感触がまだ少し残っている。ホットドリンクの瓶を空けて、これから登る山を見上げながらぐっと飲み干した。

俺は街行く人から世捨て人と言われるが、そうは思わない。むしろ、これだけ美しい世界が広がっているのに、感受性を人との繋がりに触れ合わせることの方がよっぽど世を捨てているようだ。

何でもここは、最近になって原因不明の雪雪崩や地震が発生しているらしい。遥か昔から付近に人の集落の痕跡が発見されておらず、そのことを不気味がって誰も寄りつこうとしない。

 

吐く息が白くなって、キラキラと消えていく。

その光を掴もうと手を伸ばしても、握り拳の中には何もなかった。

夏季、澄んだ空気、寒空の下に。

トレッキングポールを突き刺して、足場の悪い山道を登りはじめた。

遠くの方で轟竜の咆哮が耳に入ったときには生きた心地がしなかったが、運良く遭遇せずにここまで登ってこれたのは幸運だ。

フルフルやギィギ達も轟竜を恐れていたのか、全くに目にすることがなかった。

知り合いのハンターは、火竜をハンター業の栄光の象徴とまで言ってのけた上で、轟竜はハンター家業を営む者にとって恐怖の象徴だと言った。

昔に比べれば遥かに狩猟技術が発達した現代でも轟竜といえば今も変わらず全てのハンターにとっての畏怖の対象だそうだ。

森の空を支配するリオレウスから、水辺で暴れ回るテツカブラまで、轟竜を軽んじる者は居ない。

絶対強者の称号は脅し文句などではない。

いついかなる時、どんな場所でも轟竜ティガレックスは強者としての存在感を放っている。

 

そんなことを考えながら暫く歩いていると、遠くの方に白兎獣ウルクススの姿が見られた。

一旦足を止めて、その様子を注意深く観察した。

聴覚に優れた白兎獣は、こちらの存在に気づいているようだ。

誤解されがちだが、白兎獣はれっきとした雑食のモンスターだ。キノコや植物も好んで食すが、空腹になれば人を襲って食べることもある。

そんなウルクススと遭遇した時には、速やかに退避するのが鉄則だ。

両手をゆっくり振り上げて、体を大きく見せた。

そのままゆっくり後退りしてその場を去ろうとすると、今度は背後に別の存在の気配を感じる。

それが轟竜だったならば一貫の終わりだが、どうやら違うようだ。

 

背後に佇んでいたのは、河童蛙ヨツミワドウだ。

亀のような甲羅を背負った巨大な蛙とカモノハシの混合のような生き物で、普段は四足歩行で徘徊している魚食性のモンスターだ。

魚食性といったが、大好物は魚ではなくウリナマコと呼ばれる瓜のような姿の水棲生物だ。

石や水ごとこのウリナマコを飲み込んで膨れ上がり、飲み込んでしまった石や水は吐き出す。

かなり力の強いモンスターで、アオアシラやウルクススといった牙獣種のモンスターより一回りも二回りも体格が大きい。

この体格を利用して他のモンスターと相撲を行い、押し退けたり丸呑みにしてしまうのだ。

 

気温の上昇に伴い雪や氷が溶けて水場が出来たことで、餌を求めて訪れたのだろうか。

ヨツミワドウを見つけたウルクススは、こちらに接近して攻撃を加えるかと思われたが、河童蛙の図体に面食らった様子で滑走して逃げていった。

河童蛙は特に腹が減っていないようだったが、好奇心旺盛な性格のためか、山登りに着いてきた。

人を食べても吐き出すといわれる河童蛙といえど大型モンスターが着いてくる状態は危険だ。

しかし、悪い気はしなかったので追い払わずに山登りを続行することにした。

 

暫く山登りを続けていると、今度は恐ろしいものに出会してしまった。

山頂までの道を阻む氷壁を見て、この山を登れるという自信が完全に消え失せてしまったのだ。

溶け出した流水が膜のように薄く覆う巨大な氷壁は、幅も高さも数百メートルはあるだろう。

普段ならアイスピックを使ってでも登ってやるのが登山家だと意気込む所だが、今回ばかりはそうはいかない。

 

氷の奥に、何か途轍もなく恐ろしく強大なものが眠っているように見えて仕方ないのだ。

世界の終末さえ感じさせるその姿は、生物としてこれまで見たことがないほどに巨大だった。

もしや、あれが奇妙な地鳴りの正体ではないかと思う程の歪んだオーラ。

河童蛙にも同じものが見えていたようで、氷壁に映る巨神の姿を見て、一心不乱に逃げ出した。

あんなに悍ましい怪物が目覚めてしまえば、この雪山を覆う洞窟の堀も全く意味をなさないだろう。

 

これまで長い間続いた人類と竜達の闘争の歴史でさえも、あの存在の前では全くの無力だと感じさせられる。

 

あの怪物は決して山一つ、国一つといった規模に収まる存在だと考えられないのだ。

現大陸そのものの存続が危ぶまれる未曾有の危機が迫っている。俺はその事を少しでも多くの人に伝えねばならない。

さもなくば、近い未来人類文明は崩壊させられてしまう。

氷壁の中で眠っている、霜の巨人に。

 

すぐにでも国に帰る為に後ろを向くと、したり顔の轟竜が涎を垂らして待っていた。

しまった。

してやられた。

 

 

 すんでのところで暴風雨を纏った鋼龍が雪山に到着した。日光は遮られ、溶けかけていた氷壁はみるみる内に分厚い氷で塗り固められた。

登山家の彼が目撃してしまったそれは、再び超低温の幕によって覆い隠されたのだ。

それから、鋼龍が到着するまで氷壁に旧い時代の主を封じ込めていた謎の存在が判明するのはずっと先の話だった。

古龍が居なくなるということは連鎖の一端だ。

空席の神座はただの風穴ではなく、解れだ。

一つの解れは巨大な瓦解を産む。

恐れることはない。それは必然だ。

形あるものはいつか壊れる。

それは超越者たる古龍とて同じことだ。

互いに牽制し合う力の均衡。

 

見つけた事実は積み重なるけど、天井の真実には、まだ届かない

〜新大陸調査団三期団の期団長の発言より引用〜

 

〜瓦礫の中から見つかった文書

 

 ジョン・アーサーのことは残念だった。

 

彼が残した「文献【古龍生態】」の内容は公表されていない。

現在の知見では分類不能な生物群を古龍種と認定しているのに、今では世界中誰もが古龍種を知りたがっている。

今の人類の力では飛竜種を一頭狩猟する為に多大な犠牲と時間を払わなければいけないのに、民衆の関心は古龍に向けられている。

足元の草花の生い立ちに目もくれず、踏みつけ、誰もが古龍種の情報を心待ちにしている。

その神秘を解き明かそうとしている。

古龍の情報を公表するために動くマスメディア。

古龍の情報を隠蔽するために動くギルドナイト。

水面下では莫大な利権が動いている。

その裏側には不安感がある。

 

科学の発達はそれまで未知として割り切るほか無かったモンスターのベールを剥いだ。

王立古生物書士隊筆頭のジョン・アーサーが手掛けた生物樹形図はその象徴だった。

ガムートやガララアジャラなど、宗教的信仰の対象だったモンスターも、その食性や行動原理が理解されるようになっていった。

モンスター達は正しく恐れられ、この世界に解らないことは無いと誰もが考えるようになった。

お前達はただ不安なのだ。

古龍種という存在は、理解出来なかった。

分かるという状態に甘えてきたことへの罰だ。

世界が理解出来るものだと思い込んだお前達は、古龍という壁に直面した時、その不可解さを消化する胃袋を持っていなかった。

募った不安を科学者や研究機関にぶつけ、愚かにも分からない存在を分からないままにしておくことを良しとしなかった。

 

私の独り言を読むついでに、一つ頼まれてはくれないだろうか。

これを拾った者がいるなら、どうか勇気を出して世間に公表してほしい。

ギルドが隠蔽してい―

 

筆跡はここで途絶えている。

 

「君達のために非公表にしてるんだけど」

 

差し押さえられた文章を読み終えた女は、そういって壊れた住宅の木製のドアを開けた。

ギルドマネージャーの仕事で、鋼龍に壊された街からギルドにとって不都合な情報を始末しているのだ。

 

街だった場所に、かつて人だった物が沢山転がっている。

剥がれた屋根が胴体を寸断し、折れた柱は腹部を貫いていた。

建材が散らばる街の中に、鋼の龍鱗が何枚か落ちている。

店の並びや大きく抉られた集合住宅の跡地。

とても生物の仕業とは思えない。

散り散りになった金貨と宝石のネックレス。

家畜だったと思われるアプトノスは鋭利なもので腸を引き裂かれている。

大切な者を守ろうと抱える腕、食糧を抱えて走る脚。彼らは、最後まで生きようとした。

 

「鋼龍に当たっちゃったか。誰も生き残ってなさそうだな。資産家も、貧乏人も、鋼龍がふっと息を吐けば関係ない」

 

煙草を一服したのち黙祷を捧げた。

眉間にシワを寄せながら、下唇を噛んだ。

土の上を転がる子供の遺体を見つけて、必死に取り繕っていた冷静さが突き崩された。

 

「ごめんね。あたし達が弱いから助けてあげることが出来なかった。本当にごめんね」

 

冷たくなった手を握り、泣き崩れた。

これが火竜や水竜なら、上に報告すれば討伐作戦が企てられるかもしれない。

しかしギルドからしてみれば、ここは大陸中を探し回れば無数に見つかる街の一つだ。

それぐらいのことで古龍に対して報復するなどもってのほか。

人々にとって、古龍とは自然災害に等しい神格であり、よほどのことが起きない限り討伐や報復の対象にはならない。

残酷だが、そうでもしなければ兵の犠牲が増えるばかりでやがて滅んでしまうのだ。

 

〜とある地方のギルド集会所

 

  「なぁ聞いたか?バルバレの方の交通を麻痺させてたゲリョス、クシャルダオラにやられたそうだ」

 

「古龍はおっかないって言うけどよ、案外人と共存出来たりするんじゃねえか?アッハハハ!」

 

崩れた街で見たことがフラッシュバックして、名前も知らないハンターの胸ぐらを掴んだ。

 

「お前に何が分かる!?狩人なのに、遺族の気持ちを考えるだけの頭もないのか!」

 

いきなり見知らぬ女に絡まれた男は酷く酔っ払っていて、驚きつつも胸ぐらを掴み返した。

もう1人の男が間に入って2人を分けると、酔っ払いを抑えながら職員の女に向かっていった。

 

「悪い悪い、酔ってるこいつに話を振った俺の責任でもある。俺の方から言って聞かせておくからさ、今日の所は勘弁してくれないか?」

 

 

「...こちらこそ、すまないことをした。」

 

冷静になったギルドマネージャーはそういって頭を下げると、ばつが悪くなって逃げるようにその場を後にした。

 

集会所裏のバルコニーから、月明かりを反射して青白く輝く湖を眺めた。

ここ最近は良くないことが続いている。

イビルジョーが出没して討伐に出向いたギルド関係者は八割以上が死亡。

当時から暴れていたマガイマガドやバゼルギウスの脅威は未だに留まることをしらない。

さらに、やっとの想いで討伐したイビルジョーには複数の別個体があっさり確認されている。

イビルジョーとの交戦で死亡したと思われたラージャンにも別個体がいるようで、ラージャンの仕業と思われる死体が各地で見つかっている。

挙げ句の果てにはネルギガンテの死体が確認出来ず、あの後も生き延びているときた。

極め付けは雪山の気温上昇に、火山の気温低下。

大規模な生態系の変化が起こり、課題が山積みだ。

 

かつてはあれだけ危険だと騒がれたテスカトの夫婦も、いざ居なくなると困ることの方が多い。

酒は苦手なので、氷結晶イチゴのスムージーを飲みながら夜風を浴びて項垂れていた。

 

「そこのお前、様子がおかしいぞ。どうしたんだ」

 

一人の時間を邪魔されたので、機嫌を損ねてギロリと見ると、そこにいたのは酔っ払っていない方のハンターの男だった。

見たことのない銀色の装備を着込んでいるが、ところどころ形が欠けていて、特に顔は剥き出しだった。

 

「関係ないだろ。放っておけ」

 

「まぁそう言うな。ギルドマネージャーが気に病んでると、俺たちハンターのパフォーマンスも下がるってものだ」

 

「また、そういって思ってもない事を―」

 

そういって視線を逸らそうとしたが、彼が思いの外真面目な顔で直視してくるものだから、つい口を滑らせてしまった。

 

「古龍って、倒せると思う?」

 

「どういうことだ?」

 

期待していない返答が返ってきたので余計に気分が悪くなり「もういい」といって会話を遮ろうとすると、予想だにしない返事が返ってきた。

 

「倒せないモンスターが居るのか?」

 

てっきり、古龍種を倒すという常識から逸脱した発想を理解できずに聞き返してきたとばかり思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 

「自然死した古龍の死体ってさ、見つかってないんだよ」

 

「倒された古龍の死因は自然死ではない。それに、自然死した古龍の死体が見つかっていない伝承はギルドが調査中だろう?」

 

驚いたことに、この男は古龍という存在に対して一欠片の恐れすらも感じていないようだ。

歯切れの良い言葉で冷静に答えてくれる。

 

「大体、古龍達は他の生き物に敗れる事だってある。だから火山の気温が下がっているだろう。他の奴らだってやれているんだから、俺たちだけがやれない理由は無い。古龍だけを特別視する理由は、俺には分かりかねる」

 

信仰の対象にもなっている古龍は、その話題に触れることすら憚られる事も少なくない。

だから、古龍を狩猟対象としてみる彼の存在がただひたすらに嬉しかった。

だから、答えが分かっている質問を何度も何度も繰り返して、その度に彼の言葉を確認した。

 

「だから、古龍種だからって勝てないことはない...って同じ事を何度も聞いて、おかしなやつだな」

 

「おかしな奴とは何だ!言葉を慎め!」

 

笑い飛ばして思い切りハンターを叩いたが、びくともしなかった。

長い時間ではなかったが、その間だけ前向きな気持ちになったことは確かだった。

瓦礫に埋もれて、人知れず終わりを迎えた彼らが少し報われたような気がした。

 

「すまないギルドマネージャー。俺はここの土地柄に慣れてないんだ」

 

「そういえば、お前について聞いていなかった。名はなんという?どこから来たんだ?」

 

「俺の名前は―」

 

スムージーが喉に詰まって咳をしたから、名前を聞き取ることが出来なかった。

彼は続けていった。

 

「生まれは自分でも分からないが、きっと寒い所だった。ロックラックでハンターに就いたんだ。

宜しく」

 

それは、始まりを予期させる出会いではなかった。

それよりも、彼からどことなく発される儚い雰囲気は、既に終わった物語の中を生きる幽霊のようだった。

思えばその顔は、初めて会った時から、悲しそうだった。その理由について考え込んで黙っていると、彼は空を指差してポツリといった。

 

「きっと、俺は光が溢れるところから来たんだと思う。物心ついた時には、俺だけが生き残っていたんだ」

 

彼は、光り輝くあの星空が産土のように懐かしいのだという。

 

それを聞いた私には思い当たる節があった。

ギルドに就任する前、座学で世界の村について学んでいるときのことだった。

この世界のどこかには、水面に反射する星の数が空に見える星の数と合わない地域があるという。

それは幾つかが別々の場所にあって、その周りに幾つかの異なる村が発展していた。

しかし、中には既に滅んだ村もある。

それは冬になると水面が凍るほど寒い地域で、観光客に賑わう美しい所だったが、ある時にあらわれた謎の古龍種によって跡形もなく滅ぼされてしまったのだという。

一時期はクリプトヒドラの仕業だとか騒ぎになったが、今ではすっかり鳴りを潜め、話題にもならない。

 

もしそうだとしても、きっとそれは思い出したくもないことだろうから、私からそのことについて口に出すことはなかった。

襲撃当時の記憶がないとはいえ、これまで育ってきた中で耐えてきた孤独を思うと胸が痛い。

 

「言わなくても分かる。俺の村のこと、有名らしいな」

 

「ごめん。そんなこと言わなくていいよ」

 

「奴らの最大のミスは、俺を残したことだ」

 

眼差しには狂気、口元には不敵な笑み。

古龍の通った跡を見た者としては、そのどこまでが本音なのか分からない。嘘や世迷いごとの一つでも欲しくてたまらなかった私にとっては、これ以上ない福音に聞こえた。



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硝子の月

 

この世界は我々人類だけのものではなかった。

これまで払った犠牲は帰ってこないが、せめてこのことを後世に伝える責任がある。

 

我々は、長らくこの地に住んでいた原住民族の末裔だ。古代から高度な兵器を発達させて、街の外周を覆う塀に大砲やバリスタを兵備するだけの軍事力を保有していた。

周辺諸国との軍拡競争は留まることを知らず、ついに我々は最終兵器の製造に着手した。

 

人力に頼らず、兵器の力を発達させることで老人から子供まで自衛できる国作りが我々の目標だった。他意はなかった。

我々の作る兵器は精度や威力に優れており、この力が全ての国々の人たちの助けになればと考えて周辺諸国の者たちにも売っていた。

 

ある朝のこと、隣国に移住していた友人から1通の手紙が届いた。

なんでも、我々の保有している技術が他国の科学者に盗み出されたとの話だ。

これは我々の安全と経済を脅かす事件だ。

当時は我々の中でも様々な意見が飛び交った。

かくなる上は、二度と同じ事が起きないように隣国に圧力をかけておくべきだという意見。

牽制や武装の強化はかえって周辺諸国を刺激する結果になりかねないという意見。

他にも多種多様な意見が飛び交って、激論が交わされた。

事態が事態だったものだから、早期に結論づけることは難しく、何も決められないまま時間だけが過ぎていった。

 

そうしている間にも、技術の盗難は増えていった。どんなに信頼を置く国々にも、悪人が一人も居ない国は一つとしてなかった。

誰かが技術を盗み、その技術はあっという間に伝播していくようだった。

我々が積み上げてきた技術の研鑽は、いつしか商業的な価値を失ってしまったのだ。

日に日に増える貧困層に失業者、子供に飯を食わせる事すら精一杯の家庭が大半を占めた。

 

だが、明日を生きる為に悲しみに打ちひしがれている暇はない。

技術力に特化した我が国の経済を再興するためには、他国が真似出来ないような、より優れた兵器を製造するしかないという意見が世論になっていた。

 

丁度その頃だった。ある男が、大規模殲滅兵器「破龍砲」の製造を提案。

国中の資源と技術力をかき集めて、一つの巨大な対モンスター兵器を造ろうとしたのだ。

運べないほど巨大な兵器を造ろうものなら誰にも盗みようがない。

もし技術が盗まれても、同じものを製造する国力を持った国は限られている。

我々にはもはや他に残された道が無いように思えた。だから、国王はそれを承認した。

思えば、それは破滅への第一歩だった。

 

想定では、破龍砲の威力は撃龍槍を大幅に上回るものだといわれていた。

火竜のブレス機構を参考にデザインされた小型の試験機では、たった1発で大型モンスターが戦意喪失する程の破壊力を発揮した。

砲弾を限界まで装填した大砲でも、これほどの威力を実現できた試しはない。

我々はそれを見て確信した。

この兵器が完成すれば、必ずやモンスターに怯える暮らしの終わりが訪れると。

近隣諸国を圧倒するだけの武力と経済力を兼ね備えた、無欠の国家が完成すると。

 

日に日に出来上がっていく破龍砲は見事の一言に尽きる出来栄えだった。

ただ置いてあるだけで見るものを圧倒するような貫禄。製造の途中段階を見て、私は震えた。

破竜砲は対モンスター用の兵器ではなかった。

明らかに、都市一つを更地にできる様に設計されていたのだ。

私はそれを技術の暴走として強く非難したが、ここまで作り上げた科学者たちは聞く耳を持たない。

 

時間が経つにつれて膨れ上がる破壊力はあまりにも悪魔的で、方向性を間違えていた。

あんなものはただの我田引水。

何の役にも立たない殺戮兵器だ。

 

あれは破龍砲が完成した当日だろうか

我々の文化圏に向かって、災厄が向かってきているとの報せが入った。

何やら、焼かれた跡と巨大な足跡が残るのみで記録のひとつも残っていないのだという。

たちまち、強大なモンスターが現れたという噂が広まって、国民は不安に包まれた。

科学者たちはそれを聞いて歓喜した。

破龍砲の力を周辺に知らしめる機会になると。

そう、既に狂っていたのだ。

誰も軍事機関の暴走を止められない。

兵器による支配を説くプロパガンダを国が主導して執り行い、国民の向かう先はたった一つの破壊行為に向けられていった。

これまでの周辺諸国の不徳に募っていた怒り、憎悪、不満が爆発した。

 

1日、1日と経つ毎に大きな国が跡形も残らず消え失せていった。

同じような足跡と爆発痕が報告され、何度調査してもそこには何もいなかったという。

しかし、それでも決して我が国の士気が衰えることはなかった。

誰もが来たるべく巨大生物との決戦を心待ちにしていて、誰もがその先の勝利と栄光を信じていたのだ。

 

そして遂に今朝未明。街に警報が鳴らされた。

南方から煙が立ち上り、やがてそれは、巨大な怪物の背中から昇る煙だということがわかった。

体長50メートル強、体高は17メートルにも及ぶ巨大な怪物が、唸り声を上げながら塀に這い寄ってくるのだ。

 

我々は総力を上げて迎え撃った。

バリスタの矢と大砲の弾が大挙して怪物の元へと押し寄せては、巨大な怪物の姿が見えなくなるほどの爆発が巻き起こる。

その都度その都度国では歓声が上がり、無傷で直進する怪物を前にしても、誰一人として弱音を吐く事がなかった。

破龍砲が、怪物の耐久力を凌ぐ破壊力を有しているという自信があったからだ。

 

黙示録の喇叭のような咆哮が響き渡った。

天罰、天災、いくらでも言いようはあるが、それはまるで苦しみ悶える悪魔の叫びだった。

 

橙色の光が一本、薄緋色の空を縦断したかと思うと、巨大な爆発に地面が揺れて街はたちまち火災に見舞われた。

粘着質で粘性の高い液体が降り注いで、足を囚われた人々は火から逃げる事ができず、身を焦がされるのをただ待つしかなかった。

濁り切った色の液体が雨のように降り注いで逃げ惑う人々の足を止め、戦火が燃え移って肉を焼く香りが充満した。

訪れたのは地獄だ。地獄そのものが地の底から這い出て、国全体を体内に取り込んだのだ。

 

怪物は矢と砲弾の雨霰をものともせず、悠々と我が国の外周に辿り着いた。

そして石造りの塀に頭部を突き刺し、口から火と煙と硫黄の臭気を吐きかけた。

すると街の地面は高熱と毒気に覆われ、瞬時に数えきれないほどの国民が死滅した。

屋外の地表に人が一人も見られなくなると、巨大な翼脚を振り回して塀を破壊し、遂に国の内部にまで侵入した。

燻んだ深い青色の鱗に、高熱でオレンジ色に輝く喉元。あれこそが終末を告げる黙示録の獣だ。

 

怪物は口から橙色の光線を吐き出し、着弾地点の地面が熱で膨張して大爆発を起こした。

降り注ぐ瓦礫のほか、怪物の体から滴るどす黒いネバネバした液体も滴ると同時に赤熱化して大爆発を起こした。

爆発の衝撃波で人が空中に打ち上げられ、中身をぶち撒けながら死んでいく。

喉を焼かれながら死んでいく者、家族を失って咽び泣く者、私が一生のうちに見たくない全ての者たちを目にした。

怪物の口内からカッと橙色の光が放たれるたびに人々は恐怖で顔を歪ませながら目を覆い、凄惨な現実から意識を逸らそうとした。

たった1発の光線で無数の家屋が爆砕されて、中に居た人は一人も残らず全滅だ。

それを取り憑かれたように何度も何度も繰り返しているうちに、見ている私も人が死ぬことに何も感じられなくなっていく。

 

国中が絶望に包まれていく最中、国王は遂に決断をした。逃げ遅れた人を巻き込んで、破龍砲を使うとの意向を示したのだ。

僅か数時間で通り道の国民を一人残らず殺害し、国王に多くの民を見捨てる決断をさせた怪物は、天に向かって勝ち誇るように吠えていた。

その喉元は笑顔の模様のように火照り、まるで殺戮を楽しむ悪魔のようだった。

 

軽蔑した目で兵士達を見下ろした怪物を目掛けて、ついに破龍砲が放たれた。

現場の逃げ遅れた人々には何の告知もなく、避難する時間は与えられなかった。

怪物の体を覆い尽くすほどの巨大な火柱があがり、爆風は同じ街に居なかった私の方にまで到達した。

 

流石の怪物も破龍砲の一撃を受けて無傷では居られなかったようだ。火柱が上がった直後に、これまでとは長期の違う鳴き声が聞こえた。

ブチブチと繊維が千切れるような音、何か重い液体が滴るような音、連続する爆発音が立て続けに繰り返された。

 

 

―そして、最悪の事態が起きた。

 

 

巨大な影が空を覆ったと思うと、空から爆発する赤い雨が降り注いだ。

破龍砲は、二発目を装填したところで光線の直撃を受け、熱で溶解した上に爆散した。

飛んでいた。50メートルをゆうに超える怪物が物凄い速さで空を飛んでいたのだ。

護衛兵が国王を退避させようとしたが、逃げるいとまもなく光線が城に直撃した。

派手に飛び散る誰かの血液と骨片肉片のうち一つに国王のものがあっただろう。

こうして我々の国は、1日と持たずして壊滅してしまった。怪物は生き残りも残さない勢いで暴れ回り、私も時期に殺されてしまうだろう。

 

せめて、このことだけは後世に伝えたい。

誰かがこの記録を読んで、あの怪物の存在を知ってくれることを願う。

諸君は、くれぐれもあの怪物を目覚めさせてしまうような愚かな発展はしないことだ。

いいや、これは終末なのだから、私の本心を打ち明けても文句を言われることはあるまい。

世界に残った君たちには、どうかあの怪物を打ち倒してもらいたい。

我々は、人類は、ただ焼かれるためだけに生まれてきたのではない。仲間や生活を守るために兵器を発展させた我々の選択が間違っていたなどと思ったまま死にたくない。

だから私は怒りを込めて君たちに願いを託す。

健闘を祈る。

 

 焦げて読めなくなった紙切れだ。

未来永劫、誰にも読まれることはないだろう。

他には、何も残っていない。

瓦礫も、塀も、爆散した兵器も。

そこに人が住んでいたと疑わせるような痕跡はもう何一つ残っていない。

怪物がどこへ飛んでいったのか知る者はいない。

 

硫黄の香りと積もった灰は、火山地帯との関連性を感じさせるだけだ。

 

テスカト種不在の火山は今、群雄割拠の戦国時代を迎えようとしていた。

気温が低下した影響で、この地帯を支配していたティガレックス亜種の活動範囲が狭まった。

その結果、黒轟竜のプレッシャーにより圧縮されていた各地の実力者達が我先にと飛び出した。

 

黒轟竜ティガレックス亜種は、獰猛な肉食竜だ。

体温の維持にカロリーを使わないために、火山や砂漠などの暑い環境に好んで住み着く。

通常種を上回る咆哮、通称大咆哮の使い手で、周囲の物体を粉砕するほどの咆哮をブレスのように多用する恐るべき捕食者である。

その爆音は山頂から放てばその山の麓にまで届くと言われている。

運動能力でも轟竜を上回り、他の捕食者から獲物を横取りすることもよくある。

 

最強との呼び声高い黒轟竜の前に立ちはだかったのは、妃蜘蛛ヤツカダキだ。

特定の秘境にのみ生息するとされている鋏角種の一種で、蜘蛛に近い姿をした生物である。

卵を羽化させるために高い体温を維持する必要があり、そのために小型から大型まで目につく生き物を大量に捕食する。

特に触肢による攻撃は、飛竜の甲殻をも叩き割るという。

 

気温が低下したことにより獲物の数が減り、産卵のために黒轟竜に目をつけたのだろう。

対する黒轟竜は鋭い牙を見せてこれを威嚇。

大咆哮で先手を打つかと思いきや、右前脚を素早く突き出して攻撃した。

さらに右前脚を突き出したまま左方向に引っ掻き、妃蜘蛛の糸を引き裂き甲殻に傷をつける。

そして反撃しようと触肢を振り翳した隙を狙って後脚と左腕で前進して妃蜘蛛を押し倒した。

同時に突き出した右腕を妃蜘蛛の肩に回し、妃蜘蛛の左脚に乗せることで移動を制限。

触肢を抑え込むように覆いかぶさり、鋭い牙で噛みつきを繰り出すが、妃蜘蛛は頭部を前後左右に動かしてこれを回避。

 

口から可燃性のガスを噴射して爆炎によって怯ませると、腹部から幼体のツケヒバキを射出。

ツケヒバキの糸を右脚の鉤爪に引っ掛けて、牽引される力でスライド移動して拘束を逃れた。

攻撃の隙を与えない黒轟竜の猛攻は続く。

距離を取られたとみるや突進を繰り出し、正対する相手の左半身を打ち壊すように射線上に入れて回避されるたびに転換を繰り返した。

 

そして、黒轟竜に対して左側に向かって回避することを妃蜘蛛が覚えた二度目の反転のタイミングでは反転を行わずに、黒轟竜は右側から頭を振りかぶって大咆哮で薙ぎ払った。

再三の攻撃で左に向かって体を動かせば逃れられると学習した妃蜘蛛は、避けた先から放たれる大咆哮に自ら飛び込む形で被弾。

全身の糸を破壊され、甲殻に亀裂が入るほどのダメージを受けて転倒した。

 

これこそ黒轟竜の行う必勝パターン。誘い込みである。正面から左に向かっての薙ぎ払いや、突進の反転による位置の調整で相手を自分の右側に追い込み、必殺の大咆哮で勝負をつけるのだ。

 

通常種同様の飛び掛かりで距離を詰めて、妃蜘蛛の触肢に何度も齧り付いては形状を歪ませ、反撃のリスクが無くなったとみるや体の上に乗り上げ、とどめの大咆哮を繰り出した。

気絶した妃蜘蛛の頭部に齧りつき、抵抗する余力が残っていないことを確認すると、力任せに頭部を体から引き抜いた。

狡猾さと凶暴さを発揮しての完全勝利である。

妃蜘蛛は本来であれば火竜でさえも撃退してしまうほどの猛者だが、黒轟竜が一枚上手だった。

 

やはり攻撃力の高さが目を引く。

防御に徹しても受け切ることの出来ない大火力。

まともに被弾すれば一発で勝負が決まってしまう攻撃力があると、どうしても回避に徹するルーチンに陥りがちである。

しかし、範囲が広くスピードのある攻撃に常に気を配っていると疲弊しやすい。

さらにプレッシャーを利用したポジショニングをされてしまえば、不利な位置どりでの戦いを余儀なくされる。

 

群雄割拠の火山地帯で頂点に君臨しているだけあって、他の土地の王者と比べてもその差は歴然。

最強といわれるのも納得の強さだ。

そんな黒轟竜の立場を狭めているのが、最近になってここに降臨した冰龍イヴェルカーナだ。

 

イヴェルカーナは冷気を司る古龍種だ。

目撃例は数例しかない伝説の古龍であり、冷気を自在に操り何もない空間に巨大な氷塊を出現させることもできる。

白と青色をした花弁のような翼はマグマを貯めやすく、急速冷却したマグマを体に纏わせて外殻に利用する。火山ガラスを纏う古龍ということだ。

この特殊な鉱石で出来た外殻は、過冷却水の生成能力に由来している。

外殻の隙間から漏れ出た過冷却水は霧状に空気中を漂い、ブレスに反応して氷塊に変化する。

その生態から、冰龍は定期的に火山に訪れる必要があるのだ。

 

しかし、この火山には炎を司る古龍、テスカトの存在があった。

テオ・テスカトルとナナ・テスカトリだ。

高温を使いこなす彼らは冰龍にとってまさに天敵とも呼べる存在である。

ただでさえ気温が高い火山でテスカトを相手取れば、いくら冰龍が強大な古龍種といえど苦戦は避けられない。

さらに、一体でも恐ろしい敵のテスカトがつがいになって現れようものなら、勝ち目は無いとみていいだろう。

 

そんなテスカトが恐暴竜に敗れて捕食された今、冰龍にとっては目当てのマグマを見に纏うこの上無いチャンスだ。

命の危険を冒してまで各個撃破を企てる必要も無くなった。

好機到来とばかりに火山に来訪し、この地の気温を下げているのである。

雪山の温度が下がり、雪や氷が融解を始めたのは冰龍が火山地帯へと移動したためだ。

冷気を放つ性質上、黒轟竜とは巡り合わないが、そんなことは気にもとめない。

炎王龍と炎妃龍亡き今、冰龍の冷気を打ち消せる炎の使い手はこの火山にいないからだ。

見るものを凍てつかせる冰龍の危険性を一目見て理解しないものはいないだろう。テスカトはそれだけ強大な存在を抑え込んでいたのだ。

 

もはや冰龍に手出しできる者は誰も居ない。

冰龍はそんな火山を嘲るかのように羽を伸ばし、欠伸をして雪山の方へと帰っていった。

 

残された火山の地層には、光り輝くものが眠っていた。

それは、かつてこの地にその名を轟かせた砕竜の置き土産ともいえる逸品。

名だたる古龍達をも脅かしうる、危険な代物だった。




ここまで読んでくださってありがとうございます
次回は珍しいモンスターを登場させるつもりですので、お楽しみに。


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鏖魔vs灭星龍

かつて広大な森だったその地は、今や痩せこけてみる影もない。

赫い彗星がやったのだと、誰からともなく噂が広がった。

崩れ去った建造物の破片に蝶が止まる。

焦げた砂粒が震える夜の砂漠。

凶兆に蝶が舞い、地底湖が波立つ。

群雄割拠の火山地帯を差し置いて、ハンター家業発祥の地ともいわれるこの砂漠で、人類最大の敵が産声を上げようとしていた。

 

ディアブロスという種は、砂漠の生態系では別格の強さを持つといわれている。

繁殖期の雌はその体色を黒く染め、黒角竜ディアブロス亜種と呼ばれて区別される。

その中でも歴戦の個体となれば、古龍に匹敵する実力にまで到達する。

他の土地に君臨する主たちと比べても、角竜という種の持つ潜在能力は群を抜いているのだ。

古龍種を追随する者であるだけではない。

金獅子、恐暴竜、棘竜、爆鱗竜...常に向けられるのは、超弩級の強者との比較の目線。

一度古龍と比肩しようものなら、神の次元に足を踏み入れるのに相応しいか査定され続ける。

 

祝福。

 

そして此度、漸く神々に名を連ねられる究極の個体が誕生した。

砂塵の中、歪んだ形の型角から顔面にかけてが濃紺に染まった異質な風貌はどこか悲壮感さえ漂わせている。

苦痛を訴えかけるかのような絶叫は、世に生まれ落ちたことへの慟哭か。

 

『鏖魔』

 

二つ名筆頭。討伐例無し。

彼が登場するすべての逸話はバッドエンドを迎えている。これ以上ない絶望の、その権化。

返り血で濃紺に染まった顔に浮かび上がる真紅の血管は鬼の紋様か。

遂には鏖殺の暴君に肩を並べる覚悟はあるかと、神々に問う器へと成った。

殺戮の限りを尽くす暴君はその殺気を察知して集った風牙竜を標的と見做し、鬼気迫る咆哮で威嚇した。

 

その隙を狙って滑空突進を繰り出した風牙竜は、鏖魔を中心に発生した水蒸気爆発になすすべなく吹き飛ばされ、尾の一閃による追撃を間一髪で避け切った。

しかし、避けられた尾の先が地面を打つと、反動で巨大な岩塊が打ち上げられ、風牙竜の頭上から落下した。

 

これも素早い動きで回避した風牙竜は咄嗟に尾でカウンターを放ち、これは鏖魔の横面を捉えて強烈な打撃を浴びせた。

風牙竜は鏖魔が怯んだ隙に飛びかかり、肩の甲殻の隙間から牙を突き立てようとした。

しかし、鏖魔の甲殻の強度は通常の角竜のものとは比べ物にならず、なかなか牙が刺さらない。

風牙竜は自分が対峙しているモンスターの異質さに気づいて飛び去ろうとした。

 

しかし、その時には既に遅かった。

鏖魔は尾を振った勢いで体を回転させ、そのまま脚力を利用して角を振り下ろすと、風牙竜を引き摺り下ろして串刺しに処して返り血を被った。

砂漠の生態系において、最強の捕食者といわれるベリオロス亜種を打ち破ったその時のこと。

 

鏖魔はこの世界に招かれざる客が訪れていることに気づいた。

 

〜とある王立古生物書士隊の研究施設にて

 

  「蝶を操る古龍?」

広い研究室の中でいつものように研究者たちが意見を交わしていると、聞きなれない言葉が飛び出してきた。

 

「この血液サンプル、どうやら古龍のものに近いみたいなんです」

 

「新種の古龍か?詳しく聞かせてくれ」

 

「採取されたのは砂漠地帯です。なんでも、龍属性を纏う蝶が発見されたとか」

 

研究員が差し出したデータには、血液が属性エネルギーに対して龍属性に近い反応を示したという記録が残っている。

データが正しければ、古龍種かまたはそれに近いモンスターということになる。

 

「古龍の血にしては龍属性エネルギーの量が少ないな...ジンオウガ亜種の可能性は無いのか?」

 

「現場でスケッチされた絵です」

 

流星のように滑らかな体のライン。

前脚が後脚よりも短い。確かにジンオウガ亜種ではないようだ。

鈍色の甲殻の隙間から赤い光を放つ所は、バルファルクの伝承と似ている。

体長の半分近くを占める尾は長く、飛竜の甲殻のように重なった尾の甲殻はブレード状に研ぎ澄まされている。

翼のない四足歩行で牙竜種のように見える。

体長20メートル以上、社会性のある生物と書いている。

 

「社会性?」

 

「発見された時は、同じような姿をした赤茶色のモンスターを従えていたというんです。

赤茶色のモンスター達も蝶を操っていた。

そして、その場を後にする時に赤茶の個体達を駆逐したとも報告されています」

 

「こっちが赤茶の個体の血液サンプルです」

 

「それ貸して貰っていいですか?そっちの方もデータ取らせてください」

 

他の研究員が返事を待たずに血液サンプルを取って足速に歩いていってしまった。

 

「蝶を操り、蝶を操る別の竜を従えるモンスターということか」

 

戸を開ける音がして、巨大な甲虫の死骸を持った男が研究室に入ってきた。

 

「現場で採集された虫の死骸だ。我々の班はこれを星羽蝶と命名。我々も詳しいことはわかっていない。研究を頼む」

 

「こいつホムラチョウやオオシナトと形態が似てますよ。こいつの死因は?」

 

カマキリのようなカマを持ったその虫は、現大陸で生息が確認されている大型の虫と姿や大きさが似ていた。甲虫種でないことは確かだ。

 

「竜達が立ち去った直後に原因不明の大量死だ。死ぬ直前まで龍属性を帯びている個体も居たが死体はどれも同じ」

 

「蝕龍蟲なら龍殺しの実が主食だが、その様子だと食事は観察できていないだろう」

 

「解剖して食べた物を摘出出来ませんか?」

 

「他の研究チームが解剖を試したが消化器官を見つける事も出来ていない」

 

「これ、見てください!」

 

血液サンプルを取っていった研究員が声をあげたので注目が集まった。

 

「黒い個体の血液サンプルより龍属性エネルギー量が少ない。一体どういうことだ」

 

「成長途中の古龍の幼体?」

 

 

〜砂漠 白一角竜の縄張り

 

火山地帯ほどではないが、砂漠もかなり激戦区の言われている。

環境を利用するのが得意なモンスターが数多く生息している。

たまに砂漠を訪れる黒轟竜にとっても、砂漠の強豪達と砂漠で戦うのは骨の折れる仕事だ。

そんな無骨の象徴のようなモンスターこそが一角竜モノブロス、その亜種。

 

白一角竜モノブロス亜種。

通常種を大きく上回る運動能力と凶暴性を併せ持つ曲者だが、今回ばかりは運が悪かった。

たった二発で三半規管が麻痺させられ、力の入らない足での逃走を余儀なくされたのだ。

頭部の角を使った突進攻撃を得意とする白一角竜は頑丈な首と頭蓋を持っている。

そんな白一角竜が目眩を起こすほどの攻撃を正確に打ち込まれ、否応無しに撤退させられることは本来ならあり得ないことだった。

龍属性を纏った星羽蝶が舞う中、逃げる白一角竜を追わず、勝鬨をあげる。

身じろぎもせず、殺し屋のように冷静な瞳を開いたまま佇んでいた。

惹き合う標的を見据えているかのように。

 

〜とある地方のギルド本部

 

「マスター、緊急事態です。砂漠に鏖魔の出現が確認されました。砂漠を散策していた職員は全滅しています」

 

「これ以上被害を出しては駄目だ。誰も討伐に向かわせるな。閉鎖は済んだか?」

 

白く長い顎髭を撫で下ろしながら老人が尋ねると、男は神妙そうな顔をした。

 

「出現が確認されたエリア付近に簡易的なバリケードと見張り台を設置。その周りを囲うように防護壁の建設も手配しています。ですが...」

 

エリアとは、砂漠の区画の一つだ。このギルドでは土地をいくつかの区画に分けて管理している。

エリアAではかつて恐暴竜が出現した際に大規模な討伐作戦を決行した場所だ。

角竜、爆鱗竜、滅尽龍も出現して激闘を繰り広げたと記録されている。

そして、その後の調査で恐暴竜のブレスが持つ龍封力の影響か、滅尽龍の棘が大量に発見された。

発見された棘はサンプルとして回収されたが、地中に埋まった物や細かく砕けた物の多くは未だに砂漠に放置されているという。

含みを持たせているのが分かったので、ギルドマスターは男の顔を覗き込んだ。

すると男はスッと息を吸って顔を上げると、はっきりとした口調で答えた。

 

「遺跡付近で、鏖魔ではないモンスターに防護壁の建設が妨害されています」

 

「ああ、砂漠が生まれた時に天彗龍に破壊されたというあの...」

 

「建造物を構成する特殊な鉱石を齧る黒いモンスターです。詳細は不明。現在は採集したサンプルを王立古生物書士隊が研究しています」

 

話を遮るようにして、興奮した様子の職員が駆け込んできた。

 

「謎の竜と鏖魔がまもなく接触します」

 

 

「この連鎖も、必然か」

 

〜砂漠

 

蝶の羽は漣の原因にして、岸が欠けていくのは蝶が羽ばたいた結果だ。

 

鉱物と古龍は密接な関係で結ばれている。

炎王龍テオ・テスカトルは可燃性の物質を含む鉱物を主食としている。

またその一方でオオナズチはユニオン鉱石の金属成分と古龍の血を掛け合わせることで擬態に役立てているとされている。

未知の来訪者が砂漠に姿をあらわした理由は遺跡にあった。

この砂漠の遺跡は未知の鉱物で出来た建造物の残骸で、その鉱物を食すために出現したのだ。

 

白一角竜の縄張りを抜け、遂に遺跡に辿り着いた来訪者。一説では時空の歪みから出現したとも囁かれている。

竜の身でありながら最も古龍に近い存在に到達した新たな審判者。

 

滅星竜 エストレリアン希少種 分類不明

 

星羽蝶と共生関係を築く星竜エストレリアンの希少種。希少種とあるが、星竜の成長形態の一つであるといわれている。

通常種である星竜より星羽蝶の扱いに長け、精密に操作する事ができる。体から離れた星羽蝶をも自在に操作するが、空間に対してどのような影響を及ぼして意思の伝達を行なっているのか未だに判明していない。

後にエルガドで爵銀龍メルゼナと噛生虫キュリアの共生が発見されることになるが、彼らとの関係性を指摘する学者も現れるだろう。

時空の歪みと繋がっている異なる世界では、滅星竜と古龍種の関係性について激論が交わされている。

「出現が凶兆」と呼ばれる星竜の中でも別格の実力を持つ存在で、星を滅ぼす者の異名を持つ。

奇しくもこの特徴は「大地を絶望に染め上げる凶兆」と呼ばれる天彗龍バルファルクと共通する。

凶兆の名の通り超災害級古龍による被害に先立って目撃されることが多いが、複数の超災害級古龍の活動が滅星竜の目覚めに繋がっているという説が有力だ。

星竜という種は血液に龍属性エネルギーを持つ事で知られており、古龍種との共通点が多い分類不明のモンスターだ。

その中でも特に滅星竜の血液は龍属性エネルギーを多く含んでおり、古龍のエネルギー反応に近いとされている。

 

そんな滅星竜は、自らが降り立った砂漠に強大なエネルギーを感知していた。

普段であれば、超災害級古龍の活動によって目を覚ますところだが、今回は違った。

砂漠中に充満する殺意は、自分の知るどの古龍種とも重なることはない。

そればかりか、先程戦った白一角竜と酷似したエネルギーをひしひしと感じているのだ。

世界有数の強者が運命に誘われるように惹かれあうこの地にて、人類の介入などというのは無粋なことだ。

 

「目標を確認!こちらに気づいているようですが、目立った反応はありません」

 

滅星竜は、自分の周りを取り囲む小さな生き物たちの騒がしさに不満を持っていた。

警戒して距離を取る武装した人間たちは、すでに自分達に迫る危機に気づいていた。

しかし、気づいた時にはとっくに手遅れだった。

口元に赤黒いエネルギーを燻らせた。

 

「空間中の龍属性エネルギー量が急上昇中...

これは、イビルジョーの時と同じ...?

全員退避しろ、拡散龍ブレスが来るぞ!」

 

その時が来るのを待ち、溜息をつくように。

逃げ惑う人々を星羽蝶が襲い、一人たりとも逃しはしない。

曲がっても跳んでも的確に追尾するものだから、逃げるのを諦めて立ち向かう者もいた。

背を向けて逃げ去ろうとする者、剣を掲げて戦いに臨む者。

その全てを覆い込む赤黒い煙は、奇しくもかつて人類が恐暴竜との戦闘で経験したエネルギーの奔流と瓜二つであった。

 

「視界が赤くて何も見えない!くそ!俺は血に塗れているのか!」

 

奇しき彗星が天から地に落ち、底知れぬ所まで通じる穴を開け、底知れぬ所の使を王としている蟲が持たない人々を襲う。

奇奇怪怪。

まるで亡者が弾き奏でる狂想曲のように激しく、予測不能な惨劇の嵐。

鮮血と死が薄羽の合間を舞い、人々はミキサーにかけられたように形を失っていく。

滅星の怪異がクライマックスに到達し、最後の断末魔が混声合唱を始めたちょうどその時。

舌の奥からどっと湧き上がる歓喜のような爆発が全方位に死の音を吐かせた。

見上げるほどの高さの巨大な一枚岩、人が立てた防護壁、爆発に巻き込まれて砂漠の砂の一つにかるのは人間だけではなかった。

これでこそ無敵。

滅星竜は寡黙に語る。真の強者とは、戦う必要の無いものだと。

突如、浮かび上がる文字。

 

『死』

 

直感で飛び退く足元から、天を貫く剛の猛撃が発生する。

ダイナミックに突き上げる二本角は、岩盤だった土砂を撒き散らしながら飛び上がっていく。

飛散する土砂すら攻撃として成立するくらいの熾烈な攻撃力を伴って、残酷な死神が地獄より降り立った瞬間である。

 

すれ違う刹那、お互いに尾を使って人の目に見えぬ速度の攻撃を交わし、発生した風圧すら大地を削る衝撃波と成り果てる。

 

慟哭

 

―逢着。

 

大地を突き破って、天空を突き破って遥か高みへと向かう最強の存在。

対するは、合切を灭する力さえ有する無敵の存在。

時を超えて、世界を超えて訪れた最強無敵のクロスオーバー。

 

滅星竜は命の危険を感じた時にのみ、性格を豹変させて相手を徹底的に撃退するモンスターだ。

その絶対的な力もあってのことか、不思議と他のモンスターとかちあう姿は目撃されていない。

しかし、鏖魔ディアブロスは目に映る全てに殺意を滾らせる狂える殺戮者だ。

そうとわかれば話は早い。

つまり、どちらかが死ぬ。

 

自らが最強だと信じて疑わない二頭の最強が、猛りに猛る殺意と敵意を交差させ、頭部のみ相手の方を向けたまま同じ角度で回り込んでいる。

両者は寸分違わぬ距離を保ったまま、相手の出方や動きの癖、隙を極めて短い時間間隔で分析し続けているのだ。

 

攻撃力、防御力、筋力、速度。

戦いに必要な全てのパラメータを極めた者同士の戦いでは、何が起きるか分からない。

勝負は一撃で決する可能性もあれば、お互いの攻撃が全く効かない可能性もある。

そうなってくると、精神的に有利に立つことが出来るのは鏖魔だ。

頭部に携えた巨大な二本角の攻撃力ほど明快な物はない。いつでも戦いを終わらせることが出来るというプレッシャーを相手にかけられる。

もっとも、精神的な優位性などというものは鏖魔には無縁だ。

何しろ、この竜は正気を持っていない。

 

刹那のうちの激動。

爆音の残響が微かに聞こえる。

砂漠中の三半規管が四散するような絶叫を放ち、滅星竜の聴覚を一時的に麻痺させた。

思わず顔を背けて苦痛を顔に出す滅星竜。

鏖魔は僅かに両の翼脚を低く降ろした後、地表を掠めるほど首を低く落とした。

そして放った渾身の一撃。

それは突進だった。

 

あまりにも当然。あまりにも捻りがない。

教科書通りの一挙一動がガードの上から強制的に死を迎えさせる。

そんな理不尽を凝縮したような一撃が大地を駆けて絶望を捧ぐ恐怖の刺突。

 

 

 

パタン...そんな音が鳴ったように見えた。

実際はそんな音はないのだが。

滅星竜と鏖魔は戦いを極めたモンスターだ。

血が滲むような戦闘の経験、他の生物とはまるで住む世界が違うかのようなフィジカル。

頂点の中の頂点に王手をかけた者同士の戦いで、至極当然の結果だった。

 

愚直に突進を行った鏖魔の顎めがけて、滅星竜のブレード状の尾によるカウンターが綺麗に決まった。強引に突進を仕掛けた鏖魔は自らの前進力も相まって意識が遠のいた所に神速の追撃を打ち込まれて転倒。

たった二発の攻撃によるダウンだった。

咆哮で怯ませて隙を作り、油断をしていない相手にも突進を叩き込む鏖魔の戦略が通用しなかった。

 

それ以上の深追いはせず、復帰を待つ滅星竜。

決して油断している訳ではなく、不意を狙った一撃を警戒してのことだ。

滅星竜の読みは正しかった。尾の一撃を受けた鏖魔は会心のカウンターを受け、倒れた。

しかし、鏖魔にとって大したダメージは無いただのフラッシュダウンだ。

決着を急げば刺殺されていた。

起き上がりを狙って、またもや神速のテールウィップが鏖魔を殴りつける。

一撃貰ってよろめいた隙を逃さず、何発も何発も尾による打撃が叩き込まれて、鏖魔の頭殻に少しずつ傷やヒビ割れが刻み込まれていく。

同時に眼球に向かって正確に飛んでくる星羽蝶の対応をも迫られ、沸々とした情念が鏖魔の腑を煮やしている。暴走状態だ。

 

鏖魔の威厳を感じさせるゆったりとした動きも、瞬時に無数の打撃を叩き込める滅星竜にとっては弱点に過ぎなかった。

体を移動させながら打ち込む神速の回転攻撃は、あらゆる方向からのカウンターを兼ねた打撃を可能とする。

相手が居る方向がどこであろうと正確な上下の打ち分けができる滅星竜に、もはや死角など無い。

だが、そんなことで引き下がってしまっては鏖魔ではない。

攻撃の被弾を力任せに無視し、顔に攻撃をもらいながら角で滅星竜を放り投げた。

滅星竜は宙に投げ出されながら雌火竜のようにサマーソルトを二度繰り出すが、力強く跳躍して角を捻じ込みにかかった鏖魔には通用しなかった。

このままでは鏖魔の角は滅星竜の甲殻を貫き、筋組織や内蔵器官をザックリと貫いて地に突き立てる結果に終わるだろう。

一瞬で黒い甲殻の隙間から赤い風が吹き出して、空間中の龍属性エネルギー量を規則的に増減させることで星羽蝶に指示が送られた。

直後に弾丸のように飛行する星羽蝶の群れが速度を保ったまま滅星竜を巧みに避けて鏖魔に突進。

鏖魔の堅牢な翼脚の前には擦り傷一つ与えられず玉砕。

しかし、鏖魔が星羽蝶に気を取られた僅かな時間を利用して滅星竜は角の軌道から脱出。

着地と同時に身をひいて追撃に備えたが、回避するより大きく振るわれた鏖魔の尾に肩の甲殻を大きく抉られた。

命を賭けた戦いで怪我を気にかける余裕はなく、滅星竜は狼狽えずに星羽蝶と連携して攻撃を仕掛ける。迎え撃つ鏖魔は多くの被弾を貰いながら、一つずつ着実に重い一撃を重ね続けた。

無尽蔵のスタミナを持つ二頭の戦いが始まってから数時間が経過し、その間も絶えずお互いを分析し続ける両者は一秒前と比にならないほど狡猾な動きを実現し続けた。

 

相手の動きに反応して柔軟に戦い方を変えられる滅星竜と、理不尽な程に突出した殺傷力を突きつける鏖魔。

それは一見して柔と剛の激突に見えたが、実際は『柔軟さを凶器に変える靱性』と『強引さで駆け引きをコントロールする狡賢さ』による鏡合わせの対決であった。

 

チャンスとばかりに角をスイングして畳み掛けに入る鏖魔を相手に、滅星竜は頭部のフリルと首の間を割くようにブレード状の尾で斬りつけた。

通常の角竜とは比べ物にならない硬さの甲殻を持つ鏖魔も、甲殻の繋ぎ目を狙われてはそう安心していられない。

 

鱗や甲殻に覆われていることが多い飛竜種だが、鱗や甲殻に頼る生態のためか甲殻の関節部分の防御力はあまり高くない。

かつて、カノプスと呼ばれる絶滅した飛竜種が居た。カノプスは大きな一枚の甲殻で首を覆っていたが、そのことが祟って自由に体を曲げられずに絶滅してしまった。

以降、同じ轍を踏まないように飛竜種の首は複数の甲殻で覆われていることが多い。

首を狙って攻撃することは、特に重厚な甲殻による高い防御力が特徴の重殻竜下目のモンスターに対する模範的な戦い方だ。

例えそれが重殻竜下目最強の一角である鏖魔であっても、基本に忠実な戦いは有効である。

よく見ると、ディアブロスの腹側は甲殻と比べて攻撃の刺さりやすい鱗に覆われている。

そのことに気づいた滅星竜は下から斬りあげるように攻撃の軌道を切り替えた。

 

高い知能を持つ滅星竜は戦いの中で鏖魔の攻略法を模索し続けていたが、攻防を繰り返していくうちに確かな手応えを得られつつあった。

一方の鏖魔もまた、相手の手札と自分の相性を理解しつつあった。

 

通常、回転を伴う攻撃と直線の軌道で放たれる攻撃では、直線の軌道で放たれる攻撃の方が相手に先に届くものである。

従って、正面から向き合った時には尾による攻撃を主体とする滅星竜より角を使った突進を得意とする鏖魔が有利になる筈だった。

しかし、滅星竜は常軌を逸するスピードとテクニックでその差を埋め、突進に対してテールウィップを一方的に当てることが出来た。

鏖魔の突進に対して、滅星竜は上下左右に跳びながら、突進の軌道に尾の先を置くようにして回転することでカウンターを成功させてきた。

一撃必殺の突進に対してカウンターが抑止力となり、攻めあぐねた鏖魔に対して反応速度を上回る多彩な回転攻撃で翻弄。

同時に蝶で視界を塞いだり注意を逸らすなどして集中を阻害し、手数を出し続けることでカウンターに頼らない戦い方を実現した。

重い殻を纏った鏖魔がスピードで圧倒する滅星竜に対抗するには、最低でも滅星竜のスピードについていけるだけの身軽さが必要だった。

遠距離攻撃を持つから離れ過ぎはいけない。

相手の初動を窺いながら、後出しで突進を合わせることの出来る中距離の攻防に持ち込みたい。

普段なら戦いが終わり、相手の骸を踏みつけている頃合いなのにも関わらず、致命傷になるダメージを与えられていないという焦燥感。

 

高いプライドを持つ鏖魔は、その身と誇りを傷つけられる事を決して許さない。

嵩むダメージが火をつけたことで暴走状態のリミッターが破壊され、狂暴走状態に移行した。

それまでの血管が生々しい音と共に千切れては、金属を擦り合わせたような哭き声で悪声を叫び、体表に赤く光る血管を浮かび上がらせた。

この姿の鏖魔と対峙して、生きて帰った者は誰一人としていない。

突進の構えから跳び上がり、ドリルのようにきりもみ回転しながら降下。

上下に落下する力を助走の代わりにすることで、滅星竜が下から斬りあげる力に勝る程のパワーが生じる。更にジャンプがディレイになり、回転はによって甲殻に覆われていない腹側の位置が定まらなくなる。

カウンターのタイミングと軌道がズレた滅星竜はこれを避けきれず、星竜の横腹を掠めた凄惨な角に鮮血が付着した。

濃紺に染まった鏖魔の顔面を彩る返り血の一つに、遂に滅星竜のものが加わったのだ。

滅星竜は鏖魔を追うように尾で薙ぎ払って手応えが無かったと知り、展開した甲殻に星羽蝶を格納。真上にジャンプすると赫い恒星のような輝きを放ちながら空中に留まった。

滅星竜の背中側に赫色の光を放つ無数の翼が形成され、天使とも悪魔ともつかない神話的生命体として完成した。

神々しくも、絶望感に溢れる攻撃的な美しさ。

見る者に畏怖の感情を抱かせる気高さ。

神の存在に最も近づいた竜が、神を超えた存在として完成されるというなんとも歪で整ったこの現象はまるで蝶の羽化だ。

星羽蝶の持つ龍気にも近い力を甲殻の隙間から噴出させることで推進力を生み出し、爆発的な回転力を実現させる。

 

滅星竜の横腹を抉ることが出来た鏖魔はドリルのような回転を維持したまま地面に激突。

鋭い角を回転させる力で地面を掘削して地中に潜り、これを利用して滅星竜のテールウィップを回避していた。

サマーソルトの逆方向、上から振り下ろす尾。

星羽蝶の力で自らの行動を強化し、万全を期して迎え撃つ。

この牙城に挑むのは、回転の勢いそのままに地中から突き上げる鏖魔の殺意だ。

超重量のモンスター達に踏み固められていた地盤がポップコーンのように弾けた。

土が硬い分だけ強力な勢みになり、戦場は陥落。

かつて地下空洞だった場所に大量の砂が雪崩込んで巨大な窪みが形成された。

 

キノコ雲のような、空を覆う土煙。

核爆発のような、竜を殺せる突風。

天変地異に等しい土砂と強風は、砂漠の外からみても分かるほどの規模を覆い続けた。

これだけでもどれだけの人間、どれだけの動植物が死に絶えたかは数えきれない。

だが、そんなことさえどうでもいいと思うほどに馬鹿げたエネルギーの柱が聳え立っていた。

弩のような貫通力は凛と突き抜けて、自然災害を軽く凌駕した次元で接触している。

力のうねりは龍脈の磁場を歪ませ、大陸中の古龍たちがこの時は同じ方角を見たという。

神々からの畏敬の視線を浴びながらぶつかった二つの破壊力は空間を波立たせ、砂を分解し、大気と土壌に拡散していた古龍の生体エネルギーを再結晶化させた。

 

サラサラとした砂の足場が巨大な結晶体の塊へと変化し、音を立てて流砂の中を沈んでいく。

神格、穿通。

図らずしてそれは神に成れず生ける全ての者たちの生命を賛美する祝福となる。

慟哭に泣き叫び、あらゆる生命を否定する鏖魔が神の高みを超越することによって生命を肯定してしまうとはなんとも皮肉である。

元の姿が分からないほど澱んだ怨みすらも、あまりに強すぎるがためにその醜さが分からないのだ。

 

神の存在を追い抜いた滅星竜が全身全霊をかけた会心の一撃を、鏖魔は正攻法で凌いでしまった。

撃墜された滅星竜が結晶化した地面の上に落下し、砕けた結晶の礫がキラキラと赫い光を反射しながら舞い散る。

麗しい手傷を負って消耗した鏖魔は、底のない狂気へと真っ逆さまに落下していく。

満点の星空に両雄の血液の雫が乱れ咲き、二頭の怪物を誉れ高いサドンデスへと誘う。

甲殻に刻まれた傷は勲章と何も変わらず、生と死へのお互いの執念は神の創り出した環境を悉く打ち滅ぼすことで一蹴した。

かつてこの地で生涯を終えた古龍が自らの肉体を捧げて作り出した生態系を、殺戮にて破壊。

究極の衝突によって死した古龍の聖遺物を再びこの世に出現させた上で、見せしめと言わんばかりにそれを墓所ごと粉々に打ち砕いたのである。

かつてこれ以上無い冒涜の限りを尽くした彼らより、生を謳歌した者がいただろうか。

 

『超高濃度・拡散龍ブレス』

 

『水蒸気爆発』

 

粉砕された龍結晶に映る赫い光の正体。

それは滅星竜が生にしがみつくように解き放った龍属性エネルギーの激流だった。

しかし鏖魔は全身の甲殻の隙間吹き出す水蒸気によって水蒸気爆発を発生させ、そんな悍ましくも奇妙なエネルギー塊を霧散させた。

星羽蝶が死に絶えるまでエネルギーを搾り出し、水蒸気爆発が発生しているまさにその最中に自らの放った龍属性エネルギーを爆発させた。

水蒸気の中に霧散していた龍属性エネルギーが滅星竜の力で爆発すると、水蒸気自体の持つ水属性の成分と爆発する龍属性エネルギーが急速反応を起こし、またもや爆発を発生させるのだった。

これにより、埋没していた大部分を含めて、断末魔のように遺跡が共鳴した。

時空が歪む程の大爆発が起こる。

爆発に巻き込まれた二頭の姿は光に覆われて全く見ることが出来なくなってしまう。

 

互いを視認できないほどの輝きの中で、鏖魔と滅星竜は戦いを繰り広げていた。

天地の区別すらつかない異常な空間に居ながら、驚くほど正確に繰り出される突進とテールウィップの応酬。

両者の力は完全に拮抗しており、鏖魔の角と滅星竜の尾は度重なる攻撃でボロボロになっていた。

それでも二頭が攻撃の手を緩めることはない。

血脈の赤と龍属性エネルギーの赫が混じり合い、スピンして弾ける肉体から血を飛ばしながら生命という生命を削り合った。

斬り払う回転攻撃に鏖魔が蹌踉めき、ブレスを放つために滅星竜がバックステップで距離を取った時のことだった。

 

体勢を立て直した鏖魔の眼が赤く輝き、顎が裂けたかと思うほどの絶叫をあげた。

それまで咆哮を受けても即座に立て直して反撃に転じていた滅星竜だが、爆轟竜もかくやという大音量の咆哮に遂にダウンを取られてしまう。

白い水蒸気を纏いながら鬼神の如き形相で猛進と刺突を同時に繰り出し、滅星竜の腹部を貫いてなお勢いは留まることを知らない。

通常の生物であれば、この時点で即死である。

腹を突き破られても死ぬことがない驚異的な生命力は、既に滅星竜が竜より古龍に近い生物になっていることを表していた。

 

腹を突き破られた滅星竜は至近距離から龍属性拡散ブレスを照射し続けた。

このまま鏖魔の纏う水蒸気に龍属性エネルギーが接触し続ければ大爆発が起こる。

そうとわかっていても鏖魔は守りに入らず、滅星竜を貫いた角の先を地面に突き立てて滅星竜が逃げられないように釘を刺した。

鏖魔は刺し違えてでも滅星竜を突き殺すつもりだ。

 

滅星竜は龍ブレスを照射したまま両の前脚と後脚で鏖魔を掴み、長い体を巧みに折り曲げて鏖魔の腹部に齧り付いた。

装甲の薄い腹部に牙で穴を開け、致死量の龍属性エネルギーを注ぎ込むつもりだ。

鏖魔は内に秘めた膨大な水分量を爆破させ、体内に注がれた龍属性エネルギーとの反応を承知で、何もかもを体外に撃ち出すかのような水蒸気爆発を発生させた。

 

―そして、顛末。

 

砂漠を包み込んだ二度目の大爆発は、既に全滅した砂漠の外の生物たちによって見守られた。

世界中の視線が一点に注がれる。

孤高の存在ラージャンは、彼の知る限り一番高い山の天辺からその死闘を見物していた。

いずれ好敵手になってもおかしくない強者の存在に胸を躍らせた。

ブリザードの中で戦いの手を止めて、静かに戦いを見届けていたのは鋼龍クシャルダオラと冰龍イヴェルカーナ。

後に続くのは安眠を妨げられた禁忌の邪毒か、それとも食事を妨げられた健啖の悪魔か。

龍脈を流れる龍気にも澱みが生じた。

龍気を求めて龍脈の近くを飛び回る天彗龍バルファルクも動きを止めていた。

 

世界中の名だたる強者から注目が集まるなか、土煙が晴れた先には、一つの影しか立っていない。

かつて砂漠だった戦場の上に残っていたのは、気力だけで立ち尽くす鏖魔だった。

 

終着。

 

その後、どれだけ調査しても砂漠から滅星竜の亡骸が見つかることはなかった。

水蒸気爆発と龍属性エネルギーが衝突したことで発生した大きな時空の歪みとの関連性を指摘する学者もいる。

鏖魔は滅星竜との戦いに疲れ果てて、その場で倒れ込んだ。

砂漠に定住する生物の中で、この鏖魔ディアブロスは長い歴史の中でも最強格に位置することは誰の目から見ても明らかだった。

滅星竜との戦いを経て、勝利したという手応えも得られないまま生き残り、最強の力だけが手元に残ったのだった。

満たされない孤独と憎しみが和らぐことはなかった。

 

数々の英雄を葬り去り、未だに最強の一角として各地に名を馳せる鏖魔は独りで眠りについた。

犠牲者の血液でその顔を濃紺に染めながら、復讐を果たす機会をじっと待っている。

次の標的は今の砂漠を創り出し、鏖魔がこの世に生まれるきっかけを作った天彗龍か。

 

天彗龍の去った不毛の地で、座して待つ。

龍脈は破壊した。



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夜渡る月に星の紛れを

見つけた事実は積み重なるけど、天井の真実には、まだ届かない

 

〜新大陸調査団三期団の期団長の発言より引用〜

 

霧の張った樹海の奥深く。

薄紅色の鼻唄とマボロシチョウがふわりふわりと軽い空気の中を浮遊していた。

蝶は体の大きな竜の鼻先に止まり、揺蕩う。

暖かい息が薄い酸素に溶け出せば、そこは夢の外。青く冷たい月が震えて、そよ風が白いうぶ毛をそっと撫でた。

 

あれから、十年以上の月日が流れた。

雑踏、喧騒を掻き立てる事件は未だ尽きない。

隠遁者はもう少し月光に紛れていようと思った。

ここでは色んなものを見ることができた。

巨大な竜が竜大戦以前の時に鎖で繋がれ、苦しみに捻れ曲がって現れた事もあった。

華美な光に飾られた白銀の太陽と黄金の月が愛し合うのを見て、彼らは偽物だと思った。

ここでは皆、生身の心臓に過去から伸びた棘が刺さっている。

銀の王が気高き非道を退け、金の女王が鋼の龍を叩き出したから、ここは偽りの王の居城だ。

月の出ている間に輝きを増すから残酷だ。

生態系の破壊者も、生態系の超越者も、ここに訪れる事を謁見と呼ぶ。

渡りの真相が新大陸にあるというなら、私はここに残って世界の真相を解き明かすつもりでいる。

 

そのためには、真実を覆い隠す偽物達の平穏を壊さなければならない。

内なる輝きを放つ、黄金の太陽を指差して。

 

〜山岳地帯 渓谷

 

かつて、蛇の王と呼ばれた巨大龍がこの地で息絶えたのだという。

起伏の激しい山岳地帯は地を這うあらゆる外敵の侵入を阻む天然の箱庭だ。

千にも及ぶ剣で削られたような地形には轟竜すらも滅多に立ち寄らない。

放浪者たちに手をつけられない豊富なエネルギーを求めて飛竜種や牙竜種が集まり、日夜縄張りを争っている。

特にこの地帯は大きな山に囲われており、それぞれに別の支配者が君臨している。

渓谷は、そんな支配者達の前線ともいえる特別な環境だ。

 

各地の支配者の中でも、近年この辺りに姿を現した千刃竜セルレギオスは非常に強力な飛竜種だ。

北方の山々を支配する空の奇術師は天地問わず魅惑的な蹴技で相手を圧倒する。

相手を置き去りにする程のスピードで飛翔する猛禽のようなモンスターで、全身を覆う黄金の鱗は獲物の体内に突き刺さって破裂する。裂傷を引き起こして死へ至らしめる凶悪な武器だ。

闘争心と縄張り意識の強い性格で、各地で大型モンスターとの激突が絶えない凶暴な種だ。

 

黄金色の鱗が美しい千刃竜だが、山中にある小さな村の人間達には忌み嫌われていた。

忌み嫌われていたといっても、千刃竜程の大型竜に攻撃する気概のある者はいなかった。

それに、可食部が少ない人間をわざわざ狙って食べる程エサに困ってもいなかった。

 

ある日、千刃竜が腐肉を漁っている所に人間がきたので、追い払う為に鱗を逆立てた。

松笠のように見える嵩張った鱗は人の目には酷く醜く映ったらしく、人間は酷い顔をして村に逃げ帰っていくのだった。

逆立てた鱗はブツブツとした小さな物の集まりだから、どうしても苦手な者もいるそうだ。

しかし千刃竜は威嚇された人間が恐れをなしたとばかり思ったものだから、得意になって吠えた。

鳥類のような甲高い鳴き声は大きな図体に似つかわしくないから、格好悪いと嫌われた。

 

それからさらに日が経った。

山は豊かで、千刃竜はすっかりここを気に入って棲みついた。

瑞々しく擦れる草木の音を聞きながら、心地よい眠りにつこうとした時のこと。

翼の付け根の辺りで何か奇妙な感触があった。

大型飛竜といえど野生動物だ。

異変をそのままにして眠ることは出来ない。

鬱陶しく思いながら肩の方を見ると、二足で立つ小さな動物が居た。

 

「なあ、お前金火竜だよな?爺ちゃんから聞いたぞ。すっごいんだな!」

 

食べるには小さく、泥が付いていて不味そうだ。

何よりこの山は豊かで、腹が減って居なかった。

 

「俺の村だとさ、リオレイアってすっごい人気なんだぜ!村のみんなに合わせてやるから、着いてこいよ!」

 

人間の言葉が分からない千刃竜だったが、変な生き物が勝手にどこかへ歩いていくので、安心して眠ろうとした。

暫くうとうとしていると、またあの動物の鳴き声が眠りを妨げた。

 

「おーい!なんで着いてこないんだよ!」

 

驚いた千刃竜は飛び起きて、鱗を逆立てて威嚇した。しかし相手はあまりにも小さく、それに加えて丸腰の人間だ。

展開した鱗を元に戻しても、小さな動物はそのまま立ち尽くしていた。

 

「か...」

 

「か...か...」

 

「か...か...かっこいい!お前すっごいな!これやるよ!俺の宝物だから、大事にしてくれよ!」

 

そういうと人の子は、どこから採ってきたのかアイテムポーチの中から小さな紅蓮石を取り出すと千刃竜の前に置いて帰っていった。

火に強い千刃竜には紅蓮石の熱は効かない。

なんだか良くわからないが、キラキラ光っていて面白いので巣に持ち帰った。

 

次の日、また同じ場所で昼寝をしようとしていると、頭に響く高い声が耳に飛び込んできた。

 

「おーい!また寝てたのか!お前の鱗って金ピカですっごい綺麗だな!」

 

泥まみれの手でベタベタ翼の鱗に触れて、それでも光沢を失わない黄金の鱗に目を輝かせている。

泥が付くのが嫌だったので翼の手入れをして、その拍子にいくつか古い鱗が落ちた。

それを見た少年は落ちた鱗を拾い上げて、目を丸くして千刃竜の顔を見上げた。

 

「こ...これ...もしかして俺にくれるのか!?」

 

言葉が分からない千刃竜だったが、この生き物は危害を加えてこないと侮って、相手にせず眠りについた。

すると少年は一枚の鱗を、壊れないように大切に袋の中にしまって村に帰っていった。

その晩、少年は持って帰った鱗を父と母に見せると、危険な物を持ち帰ったといわれてこっぴどく叱られたのであった。

その頃千刃竜は、少年から貰った紅蓮石を使って爪を研いでいた。やはり少年の言葉は分からないものだが、それでも使える物を貰ったことはちゃんと分かっていた。

 

次の日、千刃竜は狩りを終えると、少年と会う為にいつもの場所に降り立った。

いつも能天気な顔をしている小さな動物は、不満げな表情をして先に待っていた。

 

「父ちゃんも母ちゃんも、ちっとも分かってくれない。お前は優しいモンスターなのに」

 

千刃竜の爪先に付着した獲物の血が少し垂れて、草花を濡らした。自分の事で頭がいっぱいになっている小さな生き物は、そんなことも知らないで金色に輝く硬い頬を撫でた。

 

「お前、金火竜じゃなくてセルレギオスって名前なんだろ?みんなお前を不気味がってる」

 

言葉は分からないが、優しく頬を撫でる目の前の人間が敵ではないということは理解していた。

優しい目つきが伝わったのかもしれない。

異形の怪物は小さな子供を食べることなく、頬を撫でられたまま心地よさそうに寝息を立てた。

 

〜西方の山

 

深緑に落ちたような深い森の中。

異彩を放つ者あり。異彩も異彩。

王族の末裔にして、王の一族と敵対する異端。

山を覆う木々からこの葉に止まる昆虫まで、生命という生命が同調して溶け合う自然の中。

彩りを加えるドレスを纏う異彩。

波乱の人生を送った乙女を見守り続けたという伝説を持つ陸の女王。

 

桜火竜 リオレイア亜種

 

殺伐とした自然界には相応しくない桜色の火竜。

息を呑むほど美しい、まさに紅一点の存在。

珍しい体色は警戒色でも保護色でも無く、元より目立つ桜色のまま淘汰されずに残った証である。

美麗な外見とは裏腹に性格は獰猛。

その強さは雌火竜を大きく上回り、猛毒の尾を巧みに使った地上戦で真価を発揮する。

華やぐ視界に見蕩れたが最後、大型竜であろうと尾の一閃により絶命を強いられる。

 

千刃竜が飛来する以前のこと。

桜火竜は蒼火竜リオレウス亜種と共に、山々を統一する最大勢力として君臨していた。

火竜と雌火竜に馴染みのない辺境の村では、リオレウス亜種を火竜リオレウスと呼び、リオレイア亜種を雌火竜リオレイアと呼んでいた。

当時からこの辺りに生息する雷竜ライゼクスとは犬猿であったが、蒼と桜が揃えば雷竜すら追い払うことが出来た。

 

しかし、やがて栄華を極めた飛竜の王国を真っ向から覆すものが現れた。

 

奇襲燎原、爆鱗竜バゼルギウス。

ギルドが特に警戒している超危険生物だ。

金獅子や恐暴竜にさえ伍するだけあって、次元の違う強さを見せつけた。

例えるなら数の暴力さえ上回る暴力性の塊だ。

王国に侵入した気高き非道は地上から放たれる攻撃の数々をものともしない。

楯突いたモンスターは巣ごと焼き焦がされ、上空を影が通り過ぎた後には死者しか残らなかった。

 

爆鱗竜の襲撃には節操がない。

近年では人里に姿を現すこともあるが、あまりの強大さに対策法が確立されていない。

爆鱗竜は上空を音も無く移動するため、事前に見つけることは難しい。

もし見つけられたとしても、体全体が円錐状になっている関係で矢弾を弾いてしまうため、地上からの射撃は有効ではないことが分かっている。

熱や衝撃に強い外殻には爆発がまるで効かず、火薬を使った攻撃も成果を挙げられていない。

ところ構わず出現しては、数発で金獅子が吹き飛ぶほどの破壊力の爆鱗を大量にばら撒いて瞬く間に周囲を焦土と化してしまう。

 

爆鱗竜の脅威は、自然を生きる竜達にとっても計り知れない程強大だった。

戦う度に爆鱗の影響は色濃く残り、それまでは植物で潤っていた山々のいくつかが禿山になった。

 

そして遂に、恐れていたことが起きてしまう。

爆鱗竜に戦いを仕掛けた蒼火竜が命を落としてしまったのだ。

飛行する爆鱗竜を追って毒爪で攻撃を試みたところ、大量に撒き散らされた爆鱗に被弾。

直後に起きた大爆発に飲み込まれ、火達磨の焼死体が金粉のような火の粉を放ちながら落下した。

桜火竜は怒りに我を忘れて飛び立った。

愛しき王との死別を美しいと称賛する人間共には目もくれず、無我夢中で飛び立った。

そして、地上を焼き尽くして悦に浸る爆鱗竜の頭部に渾身のサマーソルトを叩き込んだ。

 

突然の奇襲に意表を突かれた爆鱗竜は、即座に反撃に出ようとした。

しかし、そこで頭部に激痛が走る。

桜火竜の尾先には毒を含んだ棘がある。

雌火竜の毒より濃縮された必殺の隠し武器だ。

桜火竜はサマーソルトの強打で甲殻の隙間から棘を突き刺し、強力な猛毒を爆鱗竜に流し込んだのだ。

夜空で両者の悲痛な叫びが交わされた。

さしものバゼルギウスも強毒に耐えかねて、遥か遠くへと飛び去ったのだった。

熱波に靡く翼膜が火に照らされている。

人間達の喝采が夜通し鳴り響いた。

死んだ蒼火竜が帰ってくることは無かった。

 

北や東の山々と違って、西方の山はカラッと乾いた気候が特色だ。

火を扱う火竜の一族にとってこの気候はまさに相性抜群だ。

土の窪みには朽ちた植物などが堆積し、可燃性の油だまりがある。この油だまりに桜火竜の爆炎が点火すると炎は途端に燃え広がるので、火を恐れる小型の鳥竜種は寄り付かない。

光に集まる習性を持ち、鳥竜種を天敵としている甲虫種たちにとっては西方の山は楽園だ。

 

湿度が高い東方の山にも虫は多数生息しているが、個体数はこちらの方が遥かに多い。

西方の山には雷竜ライゼクスという大型の飛竜種が生息している。

雷竜は翼を震わせて電磁波を発生させることがあり、この電磁波を浴びた昆虫達はたちまち気絶してしまう。

動けなくなっている隙に、雷竜や鳥竜種が虫を捕食するので個体数が増えにくいのだ。

 

そんなこともあって、この山には珍しい甲虫種が営巣していた。

それは女王虫 クイーンランゴスタだ。

名前の通り、ランゴスタの女王である。

人里離れた山奥の巨木の中に篭り、日々産卵に勤しんでいる女王虫。

胸部の背中側にティアラのような形状の突起物があることからもその高貴な身分を感じられる。

通常のランゴスタと比べてはるかに巨大で、その体格に恥じない強さを持っている。

その全長は6メートルを上回り、腹部の毒針を突き刺して敵に麻痺毒を注入する。

毒針から酸性の液体を吹きかけて獲物を溶かすこともある。

さらには親衛隊と呼ばれる強力な個体のランゴスタを常に付き従えていて、配下のランゴスタに特異な飛行で命令を行うことも出来る。

 

そんな女王虫の悩みのタネは、やはりライゼクスだった。外敵によって群れの個体数が減少すると、女王虫は親衛隊と共に外敵の排除に赴く。

しかし雷の反逆者のライゼクスが相手ではそうはいかない。

迸る電気を纏った翼で殴りつけられてしまえば一巻の終わりだ。

雷竜が翼を震わせただけで親衛隊のランゴスタもたちまち気絶してしまう。

いくら女王虫といっても、強大な大型飛竜には全く歯が立たない。雷竜が相手なら尚更だ。

その点、ここを支配する桜火竜の主食は鳥竜種や草食種の肉だ。そんな桜火竜の縄張りに足を踏み入れる恐れ知らずの鳥竜種も中々いない。

桜の女王の威を借りて、安全な木の中で日々産卵に勤しんでいるのだ。

 

桜火竜はランゴスタの事を不快に思っているようだが、ライゼクスと違ってわざわざ一匹ずつ殺して回ることはなかった。

千刃竜が縄張りを張る北の山では人間達が毒煙玉を使って甲虫種を退治するのでランゴスタ達に残された家は西方の山だったのだ。

 

一方セルレギオスは、大きな翼で風を掴んでいつもの場所に足繁く通っていた。

 

「おーい!セルレギオス!元気か?」

 

「この前はお前に鱗を貰ったから、今日は俺がお前に良いものを持ってきたぞ!」

 

少年は千刃竜にこんがりと焼けた肉をやった。

甘い蜂蜜をたっぷり塗ってある特製品だ。

千刃竜はペロリと平らげて、喜びを表すように空に向かってさけんだ。

 

次の日には、千刃竜から仕留めてきた鳥竜種を渡された。

少年と千刃竜の奇妙な関係は、何日間も続いた。

大空を舞う黄金の飛竜は、それまでに見てきたどんな景色よりも美しかった。

不気味と言われた松笠状の鱗にさえも、その一つ一つの鋭さに目を奪われていた。

 

しかし、友情と好奇心に胸を躍らせる時間もそう長くは続かなかった。

千刃竜を不気味がる村の大人達は、まだ幼い子供に大切な友と接触しないように叱咤したのだ。

少ししてから、泣きながらいつもの場所に向かって言葉を知らない千刃竜に話しかけ続けた。

 

「村の人がお前と会うなって言うから、もうお別れだ。大人になってもお前だけは忘れないからお前も俺の事忘れるんじゃねーぞ!」

 

燃えながら揺れる黄色い太陽の前に、小さな影がポツリと立っていた。

少年は顔を拭って振り向くと、折角拭ったばかりの顔を涙の雨で濡らしながら村へ帰った。

千刃竜には行動の意味が分からなかったが、次の日から少年が待ち合わせ場所に立ち寄ることはなかった。

 

あれからまた、長い月日が流れた。

最初のうちの数年は千刃竜のことを想って過ごし続けられたものだった。

しかし、就職や生活のこと、人間関係のことを考えているうちにモンスターのことなどすっかり考えなくなっていた。

村を出て、荒く削った木製の机に紙とペンをおいて徹夜で勉強をするようになっていた。

薄い壁の向こう側でカタカタとアプトノスが荷車を運ぶ音がしても、集中は途切れない。

くたびれた目つきで紙面の文字を読み耽った。

それから溜息をついて、水浴びをするために家を出た。

 

夜遅いというのに、酒場に灯りが灯っている。

空いた窓から陽気な音楽が酒気と共に流れ出していた。中で揉み合う人達が見えた。

野次馬が丸鳥の肉を齧って大騒ぎしている。

 

少し下の方を見て、夜の水場までとぼとぼ歩いていった。

冷たい水をかぶって体の汚れを落とした後、またあの酒場のことが気になった。

揉み合っている人は無事に帰れただろうか。

心配だった訳ではないが、興味が湧いてきた。

 

そんな出来心で酒場に立ち寄ると、窓の灯りは消えて既に閉まっていた。

男が騒ぐ声も、音楽も聞こえない。

だから店の壁に張り付けてある紙の記事が余計に目に止まった。

幻といわれた飛竜、リオレイア亜種が出現。

大変気が立っており、近隣の地域に避難命令が出されたと書いている。

桜火竜が出現したのは...

 

故郷だ。

 

明るくなる前に荷物の整理をして、日の出と同時に家を出た。

村までは遠いが、行けない距離ではない。

警報が出ている地域に赴くなんて自殺行為だ。

そんなことは分かっていたが、何かが自分を惹きつけている気がした。

街をいくアプトノスの馬車を拾って、可能な限り近くまで運んでもらった。

馬車を降りてからは髪を振り乱して走った。

ゴワゴワクイナのように走った。

息を切らして村に着くと、もう日没だった。

一睡もしていないのに不思議と眠くなかった。

あれから少し背の曲がった両親や村の長が西方の山々を見て険しい表情をしていた。

村の人に頼んで見張り台にあげてもらうと、桜火竜ではありえないとされる青色の炎が山を包み込もうとしていた。

かつて、とある村を襲った渡りの青い古龍が青色に輝く炎を放ったというが―

犯人探しをやりたいとは思わなかった。

それよりもこの村を守りたい。来たからにはやれることはないか、頭1つでじっと考えていた。

何ひとつ思い浮かぶことはなかった。

青い炎は山を飲み込んで、まるで押し上げられる桜前線のように美麗な情景を映した。

焦って頭を抱える。遠方から飛来する桜色の影が青い炎を背後にこちらを覗き込んでいる。

その奥から、無数の群体が砂嵐のような物量で飛来してくる。一目で分かった。ランゴスタだ。

 

中でも一際大きな個体に護られながら、ゆったりと空中を漂って後方でじっとしているのはクイーンランゴスタだろう。

女王進軍。

大量のランゴスタ達を従えるかのように引き連れてこちらへ向かってくる。

 

「おおリオレイア...どうして貴女がそんなに恐ろしいことを...」

 

見張り係がそういった。

この村の文化では、リオレイア亜種は爆鱗竜の襲来時にこの一帯を救った英雄だった。

しかしランゴスタはそうではない。

常日頃から人を襲い、強力な麻痺毒の後遺症に悩まされる者や命を奪われてしまう者もいた。

一匹でも村に出現すれば、村人達は家から出てこない。

そんな悪魔のような醜い生き物を桜火竜が引き連れて向かってくるのだから、それはそれは信じられないことだろう。

空を埋め尽くす程のランゴスタの進軍を前にすれば、毒煙玉の効果も焼け石に水だ。

青白い炎があっという間に西方の山々を覆い、ランゴスタが村に到達し始める。

村人たちは屋内に入って戸を閉め、外に毒煙玉を設置してやり過ごそうとしている。

青年は咄嗟に石を拾って実家に入り、ランゴスタの襲撃に備えて待機した。

 

「どうしてこんな危険な時に帰ってきたんだ!」

 

父が怒鳴りつけた。

 

  どうしてだっただろうか。

知らなかったといえば嘘になる。

確かに自分は張り紙の記事を見て、ここに危険が訪れているとわかって里帰りをした。

家族に久しぶりに顔を見せたかったということもなく、自分なら助けられるとも思わなかった。

しかし胸の奥で何か強く鼓動する物を感じた。

心臓なんかではなく、自分にしかない物だ。

辺境の村に生まれて、特別な才能も変わったところもない自分がいつの間にか手にしていた物。

誰も持っていないものが欲しかった。

だから周りの反対を押し切って手を伸ばした。

 

月日が経つと、個性への執着が無くなった。

幼少期に親から与えられた玩具で遊べない。

ドスヘラクレスがどんなに強くても明日の生活はちっとも良くならないから興味が湧かない。

窓際に置いた思い出の品々に冷めた笑いを返して、俺は生活のことを考えるようになっていた。

悪いと言われる謂れはない。今は何をやってるか分からないけれど、幼馴染たちもきっとそうだ。

モンスターについて勉強する為に本を読んだ。

飛竜種の見出しと共に大きく描かれた雌火竜をみてノスタルジックな気持ちになった。

村のみんなはこいつが好きだったっけ。

村を囲う山々に生息しているピンク色の火竜は、雌火竜リオレイアではなく桜火竜リオレイア亜種と呼ばれているようだ。

特別な飛竜として知られているらしい。

桜火竜にまつわる記憶を思い出していると、どれも他人事のようだった。

好きなモンスターが桜火竜ではなかっただけだ。

そうだ、好きなモンスターが居たんだ。

 

  答えを出す前に、ランゴスタ達が次々と壁にぶつかって建物が揺れた。

既に何件か別の建物が倒れているようだ。

青白く燃える山の方から三発の火球が飛んできて家屋に火をつけている。

 

「もうすぐリオレイアが到達するぞ!」

 

村の誰かが叫んだ。

そう言ったって、外に出ればランゴスタの群れに襲われて死んでしまうことは火を見るより明らかだった。倒れた家屋から悲鳴が聞こえても、誰も助けに行くことはできなかった。

人の断末魔を聞きながら耳を塞いで、生涯思い出したくないような時間が過ぎていった。

死神が現れて戸を叩くのを待つかのような絶望を感じて祈るように過去の記憶の名を漁る。

恐怖に混乱して、今すぐに殺された方が楽なのではないかという考えまで降ってきた。

バチバチと燃え盛る火災の音が嫌でも耳に入る。

木の壁に燃えて空いた穴から一匹のランゴスタが入ってきたから、石を投げつけて撃ち落とした。

そして家族総出で椅子の脚を何度も何度もランゴスタにぶつけて動かなくなるまで攻撃した。

息を切らしながら家具を寄せて穴を塞いだが、今度は火球の直撃を受けた。

家の壁ごと家具が爆発四散して、青年達はランゴスタの群れの前に放り出された。

狂える桜火竜は人々の真上で吠えた。

山火事に照らされながら、精悍な顔つきで焼け落ちる家屋を睨みつけた。

 

青い火に追われたランゴスタの一匹が飛んできて青年に襲いかかった。

その刹那、聞き覚えのある甲高い鳴き声が耳を劈いた。

 

鳴き声に気づいて振り向いた時にはそこには何も居なかった。地面に着けられたのは深い爪痕。

鳴き声の主が着地と同時に抉ったのだろう。

驚きと喜びを持って正面を向き直すと見覚えのある黄金の鱗が、照りつける炎によってオレンジ色に輝いている。

ランゴスタを咥えた大きな竜が振り向いて、ノスタルジックな瞳で青年を見つめた。

いきなり口内に放り込まれたランゴスタは竜の口元を引っ掻いて逃げようとしたが抵抗虚しく飲み込まれた。

 

セルレギオスだ。

 

千刃竜は青年とその家族を餌として認識しなかった。何かを待つように青年をじっと見つめた。

 

「あの高い鳴き声は千刃竜だ!屍肉を漁りにきたのか?」

 

「村が弱っている所に来るなんて、卑怯者だ!」

 

村のあちこちから千刃竜を罵る声があがった。

しかし人の言葉が分からない千刃竜はそんな言葉の数々を気に留めなかった。

両の翼脚を地に着き、落ち着いた様子で桜火竜の様子をうかがう。

 

「おい!リオレイアがやる気だぞ!」

 

自分達に死が訪れようとしているのに、村人達は呑気に野次を飛ばした。

一緒に外に投げ出された父が寄ってきて、青年に謝った。どうやら千刃竜と青年のアイコンタクトに信頼関係を見出したらしい。

父は続けて言った。

 

「あの飛竜はお前の友達なんだろう。

だったら何か言葉をかけてやってくれないか。

あいつは一匹でずっと誰かを待っていたんだ」

 

千刃竜セルレギオスは元々群れを作って暮らしていたモンスターだ。

そんなセルレギオスが長い間一匹で暮らしていたというのだから、とても辛かったに違いない。

桜火竜と千刃竜は、奇しくも孤独を抱えている者同士だった。

もし違う時代に違う場所で出逢えていたなら孤独を埋めあうことが出来た二頭かもしれない。

だが鬼気迫る表情を浮かべる桜火竜にはもはや和解の選択肢は残されていないようだった。

 

「久しぶりだな。セルレギオス」

 

たった一言だった。

あの頃から変声期を経て、すっかり声の変わった青年の一言。

たったそれだけを待っていた千刃竜は、満足したのか返事を返さずに桜火竜の方を向いた。

それから、全身の鱗を松笠状に逆立てながら身震いした。鱗同士が擦れあってキシキシキシと軋む音が立つ。

鱗を逆立てたまま、甲高い咆哮で威嚇した。

後方のクイーンランゴスタが千刃竜と桜火竜の戦いを予測して、兵力の保存のためランゴスタ達に撤退命令を出した。

 

そして千刃竜は桜火竜が攻撃に移るまでに、風を掴んで飛び立った。

村の人々には知られていないが、千刃竜セルレギオスは火竜や雷竜と並び空中戦に於ける最強格のモンスターだといわれている。

 

桜火竜は初動の速度を一目見ただけで空中線の不利を悟り、爪で攻撃するフリをして相手を威嚇しながら地上へ降り立った。

見事な判断だったが、フェイントの圧力で戦いをコントロールされる程千刃竜は甘くなかった。

爪を翳して降下した桜火竜相手に千刃竜は弧を描く軌道で回り込んだ。

更にすれ違い様に爪で斬りつけて攻撃。一太刀で鱗と皮が断ち切られ、鮮血が舞う。

雌火竜と比べて甲殻は堅く、鱗は柔軟になっている桜火竜だが、千刃竜の攻撃力を前に体の強度に頼ることは出来ない。

 

「リオレイアが空中の立ち合いで遅れを取っただと!?」

 

優れた空中機動力を持つ千刃竜は回避と攻撃を同時に行うことが出来る。

例えそれが本命の攻撃に誘い込むためのフェイントであろうと、相手が次の攻撃の動作に移る前にカウンターを打ち終えてしまえば攻撃のチャンスに過ぎない。

一見して無謀に思える戦い方だが、そんな無茶をローリスクで実現するスピードこそ千刃竜の最大の武器なのである。

傷口に刺しこむように鱗を射出した千刃竜。

桜火竜は二発続け様に火球を撃ってこれを迎撃。

火のついた金の鱗が空中で燃え尽きて、星のまたたく夜空を煌びやかに彩る。

もし傷口に千刃竜の鱗が突き刺さろうものなら、それはすぐに内部で破裂して致命傷に繋がり、黄金の墓標となりかねない。

一撃で相手を葬り去る殺傷能力に目にも止まらぬスピードと手数が加わったことで相手には常に負荷がかかる。

飛竜屈指の攻撃能力を恐れて前に相手が守りに入った所で攻撃をまとめて仕留める。

千刃竜というモンスターは轟竜とは異なるタイプの圧力の使い手なのだ。

 

飛竜としては珍しいほど太く逞しい脚から繰り出される蹴撃技の数々は天を裂き地を破壊する威力で外敵に襲い掛かる主力の技だ。

その傍ら、致命傷に至らずとも甲殻や鱗を斬り裂いて刃鱗を突き刺すポイントを増やす役割を併せ持っている。

そのため千刃竜は硬い外角を持つ相手と対峙するとまずは蹴りから攻撃を組み立てる。

攻防を重ねていく内に駆け引きに刃鱗による攻撃を織り混ぜ、圧力を増していくのだ。

 

攻撃に特化した千刃竜に対して、桜火竜はオールラウンダーの飛竜だ。

強靭な脚力を駆使した地上戦を得意とする通常種と違って、桜火竜は地上戦と空中戦の両方を自在に切り替えて戦う。

脚力でも通常種を上回っているが、飛行能力において通常種を大幅に上回っているためだ。

これによって攻撃にバリエーションが生まれて、相手の予測しづらい軌道の攻撃が可能となる。

しかし、天上最大の実力者と目される千刃竜が相手では空中戦は分が悪い。

かといって、常に地に足をつけて戦闘していては強さを十分に発揮できない。

分が悪いなりに飛行能力を使い、地上と空中の切り分けで対応したいところだ。

一撃必殺のサマーソルトは勿論、飛行能力が向上したことで変則的な攻撃が可能となった。

真剣のような威力の毒棘が刺されば一発で勝負は覆る。

桜火竜は高いスタミナと生命力で千刃竜の猛攻を耐え凌ぎ、重い一撃で逆転する事に勝機を見出した。しかし、それは千刃竜の罠。

守りに入った所で切り傷を重ねて失血死を狙えるのが千刃竜の恐ろしいところだ。

 

錐揉み回転しながら尾で薙ぎ払うことで安全に飛び立とうとした桜火竜に対し、斜め上からの直線的な軌道の跳び蹴りが突き刺さる。

千刃竜は前後に二本ずつ生えた大きな爪で桜火竜の首を掴み、自分の体を軸にして縦方向に回転。その遠心力を利用して投げ飛ばした。

真っ逆さまに落下した桜火竜はそのまま地面に叩きつけられ、自ら転がって追撃を避けるとすぐさま火球を吐き出して牽制した。

 

異常な手数を誇る千刃竜と戦う時は、追撃を防ぐために攻撃を受ける度にその都度反撃しなければならない。

千刃竜は攻撃力とスピードに秀でているものの、全身が鱗に覆われているので甲殻と呼べる器官が無い。

そのため他の大型飛竜と比べて撃たれ弱く、守りを崩すのは上手いが、攻めに出られると手を出しづらくなるという弱点を持つ。

それでも捕捉能力とスピードで回避しながら一方的に攻撃するという脅威的な一面を見せることもあるが、それでも反撃を出されると対応のために攻めを制限されてしまうのだ。

桜火竜はそのまま距離を詰めて噛みつきたいところだったが、したたかに攻撃を堪えた。

 

千刃竜の高い飛行能力の真価は回避と反撃を交えた攻撃の撃ち合いでこそ発揮される。

空中という逃げ場を選べる千刃竜は、回避した後も高度を調整することですぐに反撃可能な距離をキープすることが出来る。

相手が追撃する為に間合いに入るためには千刃竜と同じように飛ぶことを強いられる。空中戦ならば千刃竜の独壇場。

危険な尾の攻撃に気をつけながら飛び回り、攻撃できる隙があれば飛び込んで攻撃する。

常に空中を移動する千刃竜が相手では、桜火竜の得意の炎ブレスも上手く当てることは難しい。

桜火竜は焦らず、ペースを乱されずに反撃の隙を窺う。

 

真剣同士の立ち合いのように緊迫した空気が流れる。この空気を持ち込んだのは千刃竜だ。

一目見てわかるほど危険な鱗に覆われた千刃竜が相手では、迂闊に攻撃すれば逆に身が刻まれてしまう。

覚悟を決めた桜火竜はなんと千刃竜を目の前にして、空中戦を選んだ。

それも千刃竜へ突撃するのではなく、その場から逃げ出すように飛び去ったのだ。

空中で様子を伺っていた千刃竜だったが、桜火竜から放たれた三つの火球を避けるわけにはいかなかった。

なんと、全ての火球は千刃竜ではなく青年を狙っていたからである。

この戦いが一つの縄張り争いなら千刃竜の爪が桜火竜の喉笛に届いていただろう。

しかし、千刃竜の取った行動は桜火竜の生み出す爆炎に自ら飛び込むことで青年を守ることだった。急降下、着地。そして着弾。

三発もの衝撃に逆立った鱗が砕け散り、千刃竜のペースが音を立てて一気に崩れ落ちる。

 

勝負を諦めていない千刃竜は凶弾に身を灼かれながらも振り返らず、声を振り絞って怒りを露わにした。

そして反撃のために飛び立とうと上を向いたところ、激痛と共に吹き飛ばされた。

全長十メートルを大きく上回る飛竜の巨体が瓦礫や柱を下敷きにしながら転げ回り、ぐったりと倒れ込んだ。食らったばかりの火球の火でまだ体の一部が燃えている。

千刃竜が女王に一杯食わされた。

真っ向勝負を避けた桜火竜は青年に向けたブレスで千刃竜の視界を奪いながら接近。

焦って攻撃しようとした所を狙って必殺のテールウィップを叩き込んだのだ。

その証拠に、千刃竜の首には猛毒の棘が突き刺さっている。

桜火竜はしめたとばかりに降下して、翼で土を引っ掻いてなんとか立ちあがろうとする千刃竜の首に噛みついたままとどめの爆炎を放った。

肉が焼け焦げる匂いが充満する。

ぼんやり空に見える月が顔を照らされ、息も絶え絶えの千刃竜が青年の方を見た。

 

「そんな...俺のせいで...」

 

悔しそうにしている青年の顔がぼやけて、千刃竜はそっと瞼を閉じた。

体を流れる毒の痛みと息苦しさで死期を悟った。

青白く燃える山が目に入った。

―瞬発力。千刃竜の持つ最大の武器の一つ。

千刃竜は最後の力を振り絞って体を入れ替えて、桜火竜の両翼を掴んだ。そして暴れる桜火竜を離さずに空高く飛び上がった。

吠えようとしても声が出ない。

千剣の王が去ったこの地で、千剣に刺し殺されるような痛みを堪えながらひたすら高く飛んだ。

残りの命と引き換えにでも何かを守りたいという願いが千剣の王まで届いたのかもしれない。

千刃竜は毒と炎で朽ちていく体を死に物狂いで動かして、青白く燃える山に落ちていった。

流れ星のように山に落ちていく二頭の飛竜は別々の孤独を抱きながら青い炎に吸い込まれていく。

 

立ち上る蒸気は少しずつ鱗を溶かした。

龍の力を帯びた青白い炎には火に強い耐性を持つ二頭の飛竜も耐えられない。

千刃竜は苦痛の中で口を開いた。声の出ない喉から勝利の雄叫びをあげたかったのだ。

そして遂に千刃竜は命を燃やし尽くした。

まるで笑っているかのような顔で。

続いて龍の力を弱点とする桜火竜も死んでいった。

死の間際、桜火竜は蒼い炎に覆われた自分の体を見て、安堵したように綺麗な鳴き声で鳴いた。

今際の際に蒼火竜を見たのかも知れない。

青く燃え滾る山火事が一晩中空を照らす不思議な夜だった。

 

  それから、千刃竜と会うことは無かった。

千刃竜が桜火竜と戦っている間にランゴスタの群れは雷竜に襲われて散り散りになったらしい。

山を覆って桜火竜を追い立てた青い炎の原因はまだ分かっていない。

張り紙に出される程大規模な事件なのに、ギルドが手を出さなかった事も奇妙だ。

しばらく黒い噂が出回った。蛇王龍の死んだ所では肉片から青い炎が立つという噂だ。しかしギルドが沈黙を貫いたので真相は分からないままだった。

 

あの頃の事を思い出すために千刃竜の巣に行った。巣の奥には見覚えのある赤い石があった。

思わず一人で泣いてしまった。

 

「大切に持っていてくれたんだな」

 

「ありがとう」




千刃竜の火炎玉

千刃竜の持っていた綺麗な宝石。
長い間大切にされていたようだ。


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天廊

渓谷には爆鱗竜が住み着き、焼け野原となった山々を見渡していた。

蛇王龍が遺した大量の古龍エネルギーに引き寄せられたのだという。

超災害級古龍が死没した土地には生き物が集まるといわれている。古龍エネルギーが強ければ強いほど生存競争は激化する。

新大陸の龍結晶の地にはリオレウス亜種やウラガンキンといった強大な大型モンスターの生息が確認されている。鋼龍や炎王龍、更には滅尽龍まで龍結晶の地を縄張りに選んだという。

 

鏖魔ディアブロスの縄張り争いによって巨大な地下空洞が生まれたかつての砂漠には、早くも新たな環境が生まれようとしていた。

鏖魔が主食とするサボテンまで死に絶えて鏖魔が移動したことで王位が空席となった。

そして洞窟に棲息するモンスターと砂漠に棲息するモンスターの環境がかち合い、独自の生態系が作られた。

砂漠地帯の日陰を好むネルスキュラ亜種は勿論、別個体のディアブロスやショウグンギザミの生息が確認されている。

 

鏖魔ディアブロスと交戦した滅星竜エストレリアン希少種の正体はギルドが研究中だ。

研究の結果、フォンロンの古塔が関与していると考えられているがどれも危険なモンスターの巣窟となっているため調査が進んでいない。

塔の周りに広がる樹海では、大轟竜や棘竜など危険なモンスターの目撃報告が絶えないのだ。

塔を建造した古代文明の人々は、子孫たちをこの施設に近づけたくなかったのだといわれている。

現代の人々以上に古龍の生態に近づき、現代の技術では作ることの出来ない兵器を製造していた彼らは我々に何を隠そうとしていたのか。

フォンロンの古塔は、古代文明が我々に遺した最大の謎である。

 

〜ギルド 極秘研究室

 

見上げる程の高さに積み上げた書籍と紙のメモ。

滅星竜、黒龍と書かれたサンプルのケース。

物騒な物ばかりが保管されている。

中には塔から回収された貴重な資料もあるようだ。石板の隣に置かれた紙のメモにはディオレックスと書かれている。

引力と斥力の研究が行われていたようだ。

 

「異世界だなんて突飛です。

どれだけ調査しても樹海では雷轟竜は見つかりませんでした。磁斬槌だって製法通りに組み立てても再現出来ません。

古代竜人達も磁斬槌のような武器は見た事が無いと言っています。

私達のこれまでの研究はそんなでたらめな物のためにあったというんですか?」

 

研究員の一人が声をあげた。

 

「私たちは理想のために研究しているのではありません。研究成果を発見するために研究しているのです。だから史実を違える並行世界が存在していると考えなければいけません」

 

「古龍観測隊の未発表の研究には滅尽龍の古龍に対する捕食行動がまとめられていました。

黒龍の鱗に含まれる精神作用物質はポッケ村の大剣から採取されたサンプルと同じです」

 

もう一人の研究員はメモに筆を走らせながら、切迫した口調で話した。

寒冷群島のゾラ・マグダラオスと題された本が床に置かれている。

 

「約一千年の間休眠していて死体も見つかっていない生物なんて考えられません。

最後に煌黒龍の存在が証拠です。

残る可能性は黒龍が―」

 

「私は認めません。

そんな世界を認めるくらいなら、煌黒龍の存在を認めない道を選びます」

 

その日、ギルドで不審火が上がった。

 

フォンロンの謎に迫った科学者は過去にも存在した。しかし、誰もが研究結果を公開しなかった。

寄せては返す波のようなモンスター達の動きの裏には常に古龍の存在がある。

フォンロンの謎を解き明かすために、ギルドが目をつけたのは棘竜だった。

鋼龍との戦いに勝利するほどの力を持つ棘竜が居る限り、満足に塔を調べることは出来ない。

そこでギルドは棘竜の対策を確立するために、棘竜とモンスターの戦いを記録することを発表。

古代文明の秘密を暴くために、最悪の決断を下した。

 

エストレリアン、バルファルク、そしてネルギガンテ。

導きの青い星と敵対する赤い凶星の存在。

全てのモンスターが超災害級古龍と何かしらの関係性を噂されている。

人は残酷の中に美しさを見るという。

しかし、本当の美しさとは残酷のことだろうか。

龍は竜人と同じ本数の指で人を掴んだ。

やがて人は、赤熱化した胸殻の中に溶け込んだ。

こんなことでは胸が満たされることはないとわかっていた。

運命の戦争は終わらない。

 

漣が鳴る。

漣が鳴る。

 

〜多層樹林 深層

 

棘竜は侵入者を歯牙にも掛けない。

自らの防御力に絶対の自信を持っているからだ。

肉食竜の爪牙を通さない頑丈な甲殻と、一帯の草食竜を全滅させてしまう猛毒の棘。

二つの守りが組み合わさった棘竜は難攻不落。

それを知っている蛮顎竜らは寝ている棘竜を前にしても決して戦いを仕掛けることは無かった。

 

文字通り圧倒的な戦闘力から、戦闘する必要が無いとまで言われている棘竜。

現地の人々には禁忌の邪毒と呼ばれ、祟り神のような存在として畏れられている。

絞蛇竜ガララアジャラを一撃で葬り去る殺傷能力はその力の氷山の一角にすぎない。

棘竜エスピナス程のモンスターが縄張りに選んだということは当然、この地にも古龍種の生態エネルギーが大量にあるということだ。

 

そんな棘竜に挑みかかるモンスターが居た。

黒狼鳥イャンガルルガである。

濃紫色の甲殻に覆われた鳥竜種のモンスター。

鳥竜種というと飛竜種や獣竜種と比べると非力な種が多い。しかしこのイャンガルルガはその限りでは無い。

体長は約14メートルと鳥竜種にしては大きいが、大型竜の中では小柄で体格も華奢。

しかし、威圧的な耳と鬣から感じられる強者の風格が指す通り大型飛竜にも引けを取らないほど強力なモンスターだ。

 

武器は鋭い嘴と棘のついた尾だ。

三つの長い棘が生えた三又の槍のような尾は見るからに危険。この棘から体内に蓄えた猛毒を流し込んで相手を殺害する。

昆虫食のモンスターだが非常に獰猛で、大型肉食竜を前にしても自ら挑みかかるほどの攻撃性の持ち主だ。近縁種といわれるイャンクックの群れに襲いかかり、その場にいたイャンクックを一匹残らず殺してしまったこともあるという。

視界に入る全ての生物を敵と見做して攻撃する闘争心の高さは千刃竜や轟竜を上回る。

 

何者も寄せ付けない絶対防御を誇る棘竜に自ら戦いを挑もうというのだから、その戦闘意欲は底知れない。

この個体は傷ついたイャンガルルガと呼ばれる個体で、名前の通り体に傷がついている。

傷のある個体は無傷の個体と比べて戦闘経験が豊富であることが多い。そのため傷ついたイャンガルルガは危険なモンスターとして扱われる。

 

多層樹林は木々の密度が高く、飛行を得意とするモンスターには不利な土地だ。

しかし大型モンスターの中では比較的小柄で脚力の強い黒狼鳥にとっては障害にならない。

むしろ地形が複雑化するほど活用の選択肢が増えるため、黒狼鳥にとっては好都合だ。

そんな多層樹林だが、深層には木々は多くない。

棘竜の持つ毒気にやられて、木々が枯れてしまっているからだ。

 

体格差は明らか。

逞しく、分厚い甲殻に守られて眠るエスピナス。

対するは守りを捨てた刺々しい風貌で今にも襲い掛かろうとする小柄なイャンガルルガ。

体長以上に体格差を感じさせるのは、エスピナスの態度から溢れる自信と余裕のせいか。

極限の闘争本能が生み出す洗練された強さか。

闘争を必要としない圧倒的な強さか。

両雄が衝突する。

 

黒狼鳥は遠くから一瞥しただけで距離を測り、手始めに反応の隙も与えないように即座に跳躍して嘴を突き立てた。

地面を大きく抉る嘴の突撃を唐突に繰り出すのだから、黒狼鳥と対峙した相手は何が起きているか分からない内に倒されてしまうことも多い。

黒狼鳥はそのことをよく理解していた。

反撃を受けずに息の根を止めることは、黒狼鳥が長い間生存するために必要な条件だ。

戦闘経験を重ねた強い個体ほど、相手に反撃させずに攻撃する技術に長けている。

よって黒狼鳥の攻撃は全てが決まり手であり、竜の鱗を貫く鋭利な嘴による刺突はその必殺技の一つと言える。

岩石を貫くほどの強烈な突きを食らえば、並大抵のモンスターは即死するだろう。

 

衝突の瞬間、決して戦闘が起きてはならない地域から生じた騒音に森の生物たちが動揺した。

主たる棘竜への挑戦。それは森全体の生命を脅かす危険な行為だからだ。

小型モンスターと共に、ガランゴルムやドボルベルクでさえ縄張りを捨てて逃げ出した。

今の一撃がこの一帯の環境にどれだけの影響を齎したのかもはや計り知れない。

古龍の襲来と遜色ない異例の事態だ。

 

しかし、棘竜は無反応だった。

 

硬い甲殻に嘴が弾かれ、黒狼鳥は大きく反り返って転倒した。

それでも棘竜は追撃すらせず眠っている。

とことん舐められていることに腹を立てた黒狼鳥は大音量の咆哮を放ち、怯ませようとした。

それでも棘竜は無反応だ。

ここで狡猾な黒狼鳥は攻撃の手段を刺突から打撃に切り替えた。

硬い甲殻を持つモンスターには、斬撃や刺突より打撃による攻撃が有効な場合もある。

戦闘経験が豊富な黒狼鳥はモンスターの性質を熟知していた。

多くのモンスターが弱点としている頭部に対してサマーソルトを叩き込んだのだ。

タブーといわれた竜が相手でも容赦は無い。

残酷な破壊力が側頭部を捉えた。

 

確かな手応えを感じた黒狼鳥は、反撃を予測して先回りするように飛翔。

棘竜の頭上でホバリングして、口腔から火球の雨を降り注がせた。

マシンガンブレス。一部のハンターからそう名付けられている火球の雨は黒狼鳥の持つ中でも最強の技といえる。

外敵を地形ごと消し飛ばす大技だが、反動が大きいため連射力と引き換えに攻撃中は機動力を失ってしまう。

 

そのため、こうして相手の攻撃を予測して回避を終えた同時に撃ち込むことがほとんどである。

緩慢な動きで起きあがろうとした棘竜に無数の火球が撃ち込まれて、棘竜は遂に怯んだ。

それもその筈。黒狼鳥のマシンガンブレスの威力は一発一発が大型飛竜のブレスに匹敵する。

難攻不落の棘竜と言えども、直撃を受けて無事で居られる筈がない。

突然の出来事に反応が追いつかない棘竜を前に黒狼鳥の猛攻は止まない。

首を振り乱して痛がる棘竜の頭を掴み、今度は顎にサマーソルトを直撃させた。

黒狼鳥の攻撃が棘竜に効き始めている。

スロースターターなど許しはしない無慈悲な猛攻に、流石の棘竜も狼狽えている。

ようやく黒狼鳥を外敵と認めた棘竜は、黒狼鳥を咆哮で威嚇しようとした。

しかし黒狼鳥は咆哮など気にも留めず、口内を狙って口移しするように火球を撃ち込んだ。

反撃の隙も与えないとはまさにこのこと。

不意を突いた黒狼鳥は急降下して棘竜の頭を掴んだと思いきや、勢いよく向きを変えて首をへし折ろうとした。

飛竜種の首の甲殻の可動性を利用した攻撃だ。

棘竜の頭は勢いよく横を向いた。有効だ。

あと少しで首を折られるかというところで棘竜は頭を振って黒狼鳥を引きずり落とそうとした。

すると黒狼鳥は咄嗟に掴んでいた頭を離してサマーソルトで棘竜を転倒させた。

甲殻に阻まれ、毒棘は刺さらない。

それでも棘竜のバランスを崩すことが出来たのは黒狼鳥の身体能力あってこそだ。

そして二度目のマシンガンブレスが棘竜に襲い掛かる。当然、全弾命中。観戦者が居ない中、壮絶な火球の嵐が禁忌の邪毒を覆い隠した。

 

鋼龍すら退けた棘竜にここまでやってのけた鳥竜種は後にも先にもいないことだろう。

しかし、命の危機を感じた棘竜はそれまでとは比にならない本性を顕す。

 

バフォメットのような何か。

 

―障気。黒狼鳥の狂気的な殺意を塗り潰す程邪悪に満ちたオーラが周囲を漂い始める。

数々の死線を潜り抜けた黒狼鳥は、今初めて邪毒の降臨を目の当たりにする。

赤い血流の走る翼を広げたその姿は、新緑に紛れる意思など毛のさきほども感じさせないほどに凄まじい。

遂に幕を打って出た禁忌の邪毒は、恐れ知らずにさえ恐怖を抱かせる。

顕現するのは、邪悪な笑みを浮かべる怠惰の罪。

貌から翼までの血脈が浮かび上がった、歌舞伎のような模様が目を引く。

桁違いの存在感と、それすら軽く上回る絶望感が同時に押し寄せて眼前にいる全てを圧倒した。

 

邪神の吐息が黒く曇る。

空気が険悪に濁る。

淫祠邪教を彷彿とさせる背徳の権化。

 

火竜が飛竜の王と呼ばれていたことが信じられないほどの覇気が森羅万象を突き刺す。

黒狼鳥の嘴に増して鋭く、漲る殺意は死神すら凌駕する。一歩近づくことにさえ嫌気がさす。

今この瞬間で最も目立っているのは体格の違いでは無い。

神格と生物の格の違いだ。

待ち焦がれていた最強の敵に歓喜した戦闘狂の姿を見ることができたのも束の間。

 

邪神の御前に立ったのだ。

戦うことなど、叶う筈が無かろう。

変貌に気を取られているうちに勝負は決した。

突如として真紅の大角が黒狼鳥の胸を刺し貫き、猛毒を注ぎ込んだ。

加速や助走を必要としない邪神の猛進には予備動作が存在しない。

繰り出すと同時に破壊力はピークを迎える。

生物の個体というには余りあるだけの実力。

これが棘竜エスピナスである。

 

棘竜が突き刺した角を力任せに引き抜こうとすると、黒狼鳥の恐るべき執念に気付いた。

絶命した黒狼鳥の足の爪が、棘竜の肩に深々と突き刺さっていたのだ。

怒れる棘竜は血管を拡張させて模様を浮かび上がらせる。これにはディスプレイの役割もあると考えられるが、この状態では血流の増加によって甲殻が軟化する。

こうなった棘竜は運動能力が向上して脅威的なスピードを体現するが、その反面ダメージを負いやすくなるのだ。

棘竜の突進速度は轟竜を上回り、飛竜種の中でもトップクラスのスピードを誇った。

しかし、黒狼鳥もスピードに長けているモンスターだ。いきなりの形態変化に戸惑っている内に前触れもなく突き出された棘竜の角にも反応していたのである。

あと少し反応が遅ければ、黒狼鳥の爪は首を突き刺していたかもしれない。

棘竜の毒をまともに注がれた黒狼鳥は間もなく死に絶える。

しかし爪を刺した感触で甲殻の軟化に気づいた黒狼鳥は突き刺した脚を軸にして勢いよく体を丸め込み、棘竜の背中に嘴を掠めた。

甲殻が欠けて、少量の血液が地面に降った。邪毒の血液が土に染み込んだが最後、この一帯は不毛の地となるだろう。

驚いた棘竜が角を振りあげて天高く掲げると、既に黒狼鳥は息絶えていた。

勝利の咆哮をあげた棘竜の顔に黒狼鳥の血液が流れてギラギラと光る。

 

戦いの中で作戦を組み立てる黒狼鳥にとって、棘竜エスピナスはあまりにも酷な相手だった。

黒狼鳥は策を講じようとした僅かな隙を突かれたのだ。一瞬で鬼のような風貌に変身を遂げる棘竜を見て、かの竜の特性の変化を探そうとした。

しかし怒り状態に移行した途端、ノーモーションで高速の突進を繰り出す棘竜が相手では分析して対策を講じる猶予がない。

邪毒の前では知能さえ弱点と化す。

並大抵の攻撃は通用しない鉄壁の守りを持っていながら、技巧でその守りを崩す者には猛攻を以て制するのだ。

 

眠れる邪神が本性を顕して、たった二頭の決闘は幕を閉じた。

死闘を制した棘竜は敵の骸を踏みつけて、紫色の舌先から激毒を燻らせた。

世界中に君臨する神々と罪深き獣達にその力を誇示するかのように。

 

こうして邪神に挑む愚か者は潰えた。

誰もがそう思っていたある日のこと。

森が恐怖に震えているかのような振動が響いた。

蛮顎竜の足取りに似ていた。

眠りについていた棘竜は、それが自分の元に近づいてきていることに気づいた。

 

黒狼鳥とは比べ物にならない殺気が充満した時、森の生き物達の呼気が止まっていると気づいた。

畏怖の対象は自分では無い。

空と大気の色が変わらないから古龍種では無い。

理解出来ない何者かが侵入している。

 

「エスピナス、目覚めました。こちらに気づいているようです」

 

 

近頃おとなしいと思っていれば。

 

あるところに、砂の街と呼ばれる街があった。

そしてあるとき、統治者は誤って無罪の男を追放してしまった。

追放された男は金獅子を街へ導いて、復讐を果たそうとした。砂の街の統治者はギルドに金獅子の狩猟依頼を提出。

ギルドは追跡隊を組織して大量の罠を仕掛け、金獅子を狩猟する大掛かりな作戦を決行した。

しかし、結果は失敗。街は人の死体で溢れかえった。

大量の犠牲者が出たこの痛ましい事件にギルドは着想を得た。

 

「これよりエスピナスの戦闘を記録します」

 

「生肉による誘導が成功しました。到着します」

 

王の帰還。

陸上最強の種族とされる獣竜の最強種である。

 

「好きにやれ。獣竜の王」

 

倒木を踏み砕き、爆音の雄叫びを轟かせて出現したのは最強の獣竜種イビルジョーだ。

頂点捕食者の中の頂点。

その飢餓の前には古の龍すら捕食対象に過ぎない。古龍種すら怯むほどの魔物の声が響いて、棘竜は自ら起き上がって咆哮を返した。

古龍に匹敵する生物同士の対決。

従来の生態系の中ではあまりにも強すぎることから相手がいなかったエスピナスに対して、生態系を中腹から食い破る破壊者をぶつけたのだ。

 

邪神対悪魔。

どちらが勝っても観測員の命が危うい特級の危険生物を鉢合わせさせて、さらにその様を記録するなど正気の沙汰ではない。

エスピナスの持つ邪悪な威圧感とイビルジョーの持つ最恐の迫力がぶつかりあい、まるで二頭の間の空間が歪んでいるかのようだ。

強酸性の唾液を口元から滴らせ、恐暴竜が先制して噛みつこうとすると、棘竜は後退しながら首を引いて回避した。

飛び散った唾液で土が融解し始める。

 

「避けた!?」

 

観測員が驚くのも無理はない。

棘竜は自らの甲殻に絶対の信頼を置いているため、回避動作を行わないモンスターだと考えられていた。

恐暴竜の放つプレッシャーにやられたのか、身をひいて回避したという事実は観測員たちにとって考えられないものだった。

攻撃を回避された恐暴竜は顎を大きく開けたままブルドーザーのように突進して棘竜に食らいついた。棘竜は地面におしつけて捩じ伏せようとしたが、逆に押し戻されて重い体が地を鳴らす。黒牙が硬い甲殻をガリガリと削る。

成体の桃毛獣すら一撃で噛み潰してしまう咬合。

当然棘竜にとっても未曾有の経験だ。

棘竜の甲殻に大量の唾液が付着して白い煙が立つ中、恐暴竜が棘竜を勢いよく放り投げると、棘竜は放物線を描いて宙に投げ出された。

木々を五、六本薙ぎ倒しながら転がった棘竜は脚でブレーキを掛けて立ち直るとブレスで反撃。

恐暴竜が追撃のために掘り返した岩石と棘竜のブレスが空中で激突して、毒気を撒き散らしながら爆発した。

 

倒れた木々が毒で変色している。

先頭の列で見ていた観測員達が即死したため、後続の観測員が慌てて大声を出した。

 

「棘竜のブレスからあがる煙を吸うな!少し吸っただけでアプトノスも即死するぞ!」

 

棘竜は羽ばたきながら跳躍して空中に飛び上がると恐暴竜を両脚で踏みつけて攻撃。

そのまま横から恐暴竜の側頭部に噛み付いてブレスを放とうとした。

しかし噛みつかれたことに激怒して暴れる恐暴竜に組み伏せられて転倒。

のしかかる恐暴竜の胴体を翼で押してから脚で蹴り飛ばしてなんとか拘束を逃れつつ、離れ側に頭部をスイングして角を突き刺そうとした。

しかし今度は恐暴竜が跳躍したため角は空振り。

両脚で踏みつけられた棘竜は胴体の半分を地中に埋められながら悲鳴をあげた。

同時に二頭分の体重で地面に巨大な亀裂が入り、岩盤が大きく隆起する。

超重量のプレスを受けて甲殻がギシギシと音を立てて軋んでなんとも苦しそうだ。

 

追い詰められた棘竜は火球を三発連射。

至近距離で直撃を受けた恐暴竜は転倒しながら麻痺毒で痙攣を起こした。

傷口から猛毒が侵入して恐暴竜の体を蝕む。

拘束を逃れた棘竜は力尽きたようにその場でへばったが、土に埋もれた半身を引き抜いた。

そして麻痺している恐暴竜の頸部を踏みつけた。

その時、視界の隅に見えた恐暴竜の頭部が大きく口を開いたことに気づいて飛び退いた。

予想は的中。悪魔の咬合が空を切り、棘竜が退いた拍子に巨体がむっくりと起き上がる。

上下の牙を嚙み合わせる音が耳に残った。

 

最強に近いモンスター同士の密度の高い攻防。

両者共に相手を強敵と認識した。

然れば、何が起こるかなど自明だ。

 

棘竜の甲殻に唐草模様のような赤い紋様が浮かび上がる。ここから先は未知の領域だ。

表明するのは怠惰なる拒絶。

鬼鬼しい面貌は阿修羅のように。

青紫色の舌先が風を舐めて、口腔から吹き漏れる激毒の狼煙が立ち昇る。

赤く輝く瞳と目元を覆う血管は身の程知らずを後悔へと誘う死と恐怖の象徴。

眠れる神を起こしたのだ。

どう償ってもらおうか。

命で贖わせる。

飢かした代償を。

全てを喰らう最恐の生物。

食物連鎖の頂点に君臨する獣竜の王。

全身の筋肉が赤らみ、膨れ上がる。

警戒色のような赤い輝きを放ちながら、悪魔的な筋膜が露わになる。

黒い外皮が張って、古傷が浮かび上がった。

顕現するのは強欲と暴食の権化。

龍属性エネルギーが迸り、小細工無用のデスマッチへと続く地獄の門が開かれる。

 

計測など、出来るものではない。

理屈を超えた常識外れのパワーが生じて、息を呑むほど残虐な衝撃波が地表を薙ぎ払った。

 

「し...正面衝突だ!!」

 

黒狼鳥を一撃で葬り去った邪神の進撃が健啖の悪魔に襲い掛かる。それから悪魔の牙が真紅の大角を挟み、荒ぶる殺傷能力を圧縮するかの如く極悪な顎が閉じられた。

 

激突の衝撃で地面が大きく揺れて、その場にいた誰もが体勢を崩した。

棘竜の突進は予備動作がなく、それでいて弾丸のように速い。憐れな獲物は変貌に気を取られているうちに刺し殺されてしまうのだ。

だがしかし、恐暴竜に同じ戦法は通用しない。

ただ目の前の生物を殺して喰らうことしか頭にない恐暴竜は回避や防御を行わないからだ。

純然たる捕食者である恐暴竜は棘竜の赤い模様に怯むことなく牙を剥く。

見た目のインパクトなど知ったことではない。

つまり、興奮状態の二頭が対峙しようものなら、正面衝突は避けられない結果だ。

 

突進に遅れて蹴りつけられた足元の土が抉れて、棘竜の背後で湿り粘った音と土埃が発生した。

二頭が衝突した後の出来事だった。

恐暴竜の肉体からブチブチと血管が千切れるかのような音がする。

フルパワーを解放した恐暴竜の膂力に至っては、最高速度に到達した棘竜の突進と力が拮抗して、両者共に氷像のように固まって動かない。

いきなり棘竜の眼が赤く輝いて猛毒を燃焼させたかと思えば、今度は恐暴竜の口内から赤黒い龍属性エネルギーが漏れ出た。

それと同時に棘竜が一歩ずつ前進を始めて、恐暴竜の体が土を掻き上げながら後退する。

 

「棘竜が競り勝っているのか...?」

 

「違う!足元を見ろ!」

 

言われるがままに二頭の足元を見ると、その差は一目瞭然だった。

地面に深く食い込んだ恐暴竜の足に対して、棘竜の足は段々と地面から離れている。

気づいた時には棘竜は吊り上げられ、突進の勢いは完全に殺されていた。

途轍もなく恐ろしい怪物が、異常発達した筋肉の塊に持ち上げられてもがいている。

大型竜の中でも重量級の棘竜を持ち上げているというのに決して離す気配を見せない恐暴竜の顎には、一体どれだけの筋肉が詰まっているというのか。

 

遂には棘竜を咥えたまま高々と持ち上げ、天高く掲げてしまった。

こうなっては何も出来ない死に体のエスピナス。

鋼龍すら投げ飛ばす怪力を持つ棘竜が力勝負で完封されて軽々と持ち上げられる。

暴挙と呼ぶに相応しいそんな芸当が出来るモンスターが他に居るだろうか。

筋肉膨張状態に突入した恐暴竜の暴挙は止まらない。棘竜の角を噛んで上下逆さまに持ち上げたまま後方に投げ倒し、地上に衝突させた。

脳天砕きの炸裂だ。

邪神を前にして暴力を振るうという蛮行。しかし禁忌の邪毒がそうみすみすやられる筈がない。

 

爆炎が咲いて、毒気が後を引いた。

そして湿った鈍い音が立った。

想像を絶する程の破壊力が邪神を襲った。

 

土煙があがって二頭の姿が隠れたが、どちらの鳴き声も聞こえない。

緊迫した数秒が過ぎてから土煙が引いて二頭の様子が分かるまで、呼吸の音すら聞こえなかった。

 

静寂の先。

棘竜は地面に叩きつけられたダメージで起き上がれず、じっと動かずにただ呼気を寄返していた。

噛みつかれていた角が折れて、その断面から毒液が流れ出している。

一方の恐暴竜は痺れて立ち止まっていた。

傍聴した筋肉が麻痺毒によって収縮して元の姿に戻っている。被毒。攻撃した際に棘竜が出血したことで、濃毒血によって毒に侵されたようだ。

体中に歯型をつけて倒れ伏す棘竜と、麻痺毒の効果が切れるのを待つ恐暴竜。

戦いは終わらない。

棘竜が立ち上がると同時に恐暴竜の痺れが取れて、二頭は争いを待ち望んでいたかのようにすぐに再開した。

 

果敢に吠えながら勇足で接近する恐暴竜の圧に対して棘竜は後退しながら頭部を下げると、そこから突進すると見せかけてアッパーブローのように頭部を振り回して角を振り抜いた。

しかし怒りに我を忘れた恐暴竜は真紅の角の殺傷能力に狼狽える事なく真正面から顔面に喰らいつき、再び正面衝突の有様を示す。

 

激突の衝撃で恐暴竜の巨大な身体が傾き、押し合いになりながらよろめく。体高の高い恐暴竜に対して、棘竜は下からグイグイと頭部を押し付けることで角を突きつけたが、恐怖を感じさせるための威嚇行動は全くの無意味だ。

イビルジョーは大地が揺れ動く程のパワーで踏ん張り、棘竜の頭殻に牙を食い込ませた後、腰を軸に胴体を振り回す勢いで投げ飛ばした。

森に現れたイビルジョーが、ケルビを天高く放り投げて食したという報告は以前からある。しかし今度の相手はエスピナス。重量級の飛竜種だ。

それをボウガンの弾のようなスピードで投げ飛ばし、何がなんでも胃袋に収めるために追い打ちをかけようとする姿は地獄の悪魔そのものだった。

 

エスピナスは吹き飛ばされた先で倒木が砕け、岩が割れて塵が上がる。その塵の中から、猛毒と高熱を纏ったエスピナスが一瞬の隙もなくイビルジョーに突進を繰り出す。

しかし、イビルジョーは油断するどころか更に怒りに火をつけて喰らい付き、血行で柔らかくなった甲殻に牙をサクリと深く食い込ませて再び振り回すように投げ飛ばす。

突進のパワーで恐暴竜の巨体が後方に動いたが、そんな事すら忘れさせる程の異常な筋力によって棘竜が玩具のように吹っ飛んでいく。

その度に木や岩、地面などのフィールドにぶつかり、周囲の形を大きく変えながら悲鳴をあげる。

甲殻は歪に変形し、歯型だらけの頭殻で唸り、毒素が凝縮した血を流す。そして目の前の食欲の化け物に激昂する。

 

棘竜の生命力に業を煮やした恐暴竜は上体を高くもたげ、中に人間が入った直立姿勢のような不気味な体勢をとった。尾を地面につけるかというほど背を垂直に持ち上げ、極太の咬筋で繋がれた上と下の顎を大きく開いて棘竜を見据える。

筋肉が一気に隆起して覆いきれなくなった皮が破れて傷口が開き、体内の龍属性エネルギーが発光して筋膜が赤く淡い輝きを溢す。

報告でも見た事がない異様な立ち姿に困惑する者こそ多かったが、次の瞬間発生する出来事を予測できない者は誰も居なかった。

 

棘竜はここに来て、新たに恐怖を覚えた。

 

それは、古龍種と縄張りを争った時以来、久しく見上げる怪物の頭部から。

全てを収めるように、罪人の首に被さるギロチンのように。

長い間祖先すら感じたことのなかった本能的な恐怖だ。

 

捕食。それが根源的な畏れを引き起こす。

 

恐怖から顔を背け、背で受けた事で命を拾う。

頭部、または頸部に触れることがあれば即死していただろう。そう感じさせるほどの絶大な損傷。

脆く薄氷の如く砕け散った甲殻が降り注ぐ。

何をされたのか、涎で甲殻を溶かしながら咀嚼する口元が直感に刻み込んだ。

血液の毒が悪魔の体を回る、その確信と共に気づけばダメージで体が横転していた。

棘竜は戦いすら忘れさせる程の衝撃的な攻撃力に意識を奪われ、立ち上がる気すら起きないのであった。

もっと喰らわせろと迫る恐暴竜に対し、今度は純粋な恐怖から火球を放つ。

虫が蜥蜴の捕食から逃れるために毒を使うように、命を繋ぐための麻痺毒。

 

そうだ。いくら人間が神だなんだと騒ごうが、所詮は生物。被食者の抵抗をものともしない圧倒的な捕食者が現れれば、戦意を失って当然だ。

 

「勝負あったか―」

 

観測員の一人が灼けて死んだ。

倒れたままの棘竜がブレスを放ち、火達磨にして焼き殺したのだ。

恐暴竜の力を恐れて標的を変えたか。

あるいは恐暴竜に先んじて現れていた人間達こそ真に倒すべき相手なのだと気付いたのかもしれない。

 

麻痺から立ち直った深緑色の悪魔が咆哮をあげて棘竜に襲い掛かる。しかし、棘竜は間一髪で寝返りを打って牙を避けた。

そして応戦することなく、恐暴竜に背を向けて逃げ出した。

森の方に火球を放って火をつけると、遠くの方へよろよろと飛び去ってしまった。

「怖気付いたか」と観測員の一人が勝ち誇った。

辺りには猛毒が充満して、火はどんどん燃え移って大きくなっている。

木や草が生えていない広い空間に逃げようとしたが、一歩踏み出した先は棘竜と恐暴竜が争いを繰り広げた戦場。棘竜に残された恐暴竜が腹を空かせて待っていた。

 

 

「君達は、どうしてこうも怖いもの知らずなんだ?

この世には、深入りしてはいけないものがあるのに」

 

〜関係者の発言より引用〜

 

〜ギルド

 

「それで生き残ったのが、君だけか」

 

「はい」

 

「それで持ち帰ったのが、この棘竜の角か」

 

「はい」

 

「研究班に調べさせておくよ」

 

「一つだけ教えてください」

 

「どうした?」

 

浅く息を吸った。

 

「私たちが暴こうとしている秘密は、誰の為の物なのでしょうか?」



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明けの凱旋

あるときに、白い世界のまんなかに五匹の竜と人々が暮らしていた。

竜たちが島に姿を変えてしまったわけをたずねようとした青年は空に浮かぶ青い星を頼りに冥い海を渡った。

白い風が吹いて、質素な外套が靡いた。

 

島には誰もいなかった。青年はいなくなった竜たちの遠い残響を探し求めた。

すると、どこからともなく竜の声が聞こえた。

 

「つまらないなんて思わないでおくれ。

これは僕たちが作った世界なんだよ」

 

青年は涙を流しながら竜たちのかけらを拾い上げた。竜たちのいる世界が大好きだったからだ。

そして何も言わずに自分の手で顔を拭って、青い星の輝きを頼りに人々のもとに帰った。

それから、人々に五匹の竜のかけらを分け与えた。

 

人々は塔を作って白い世界を抜け出した。

青年から受け取った五つのかけらを使って陸と山、湖と森を作った。

たったひとつ空に浮かぶ星の孤独が紛れるようにと、空に青く輝く月を作った。

 

「灯りさす 火を求れど 射干玉の――」

 

世界のはじまりの夜。

 

〜氷山

 

鋼龍と謎の龍の争いは壮絶だったことだろう。

巨大な雪山を氷漬けにして、氷山へと変えてしまったのだから。

 

二頭の神による戦争の影響を知るために、私は単身氷点下の中に赴いた。

私はモンスターと戦うハンターの端くれとして、鋼龍が戦った相手が何者だったのか知りたかったのだ。

 

少し歩くと、足元に大きな魚影のようなものが見えた。寒冷地のことを勉強していた私はすぐに気付いた。透明で分厚い氷の下をザボアザギルが泳いでいることに。

 

氷から飛び出して襲いかかってくるのではないかと身構えたが、どうやら腹は減っていないようだ。刺激しないように静かに座り込んでその動きを観察した。

氷の張った土地といえばザボアザギルだ。

化け鮫の異名で知られるこの両生種は異名の通り三種類の姿に返信して戦うことで知られる。

私の知る限り、もっと強力な両生種だ。

 

ザボアザギルの幼体はスクアギルと呼ばれる。

成体同様、碇のように尖った頭で土や氷の中を掘り進んで移動することができる。

体は小さいが性格は凶暴だ。

ジャンプして相手に齧り付いてからワニのデスロールのように体を捩り、外皮に穴を開けて生きたまま肉を喰らう。

食糧が少なく気温の低い寒冷地帯では、飢えや寒さを凌げるように甲殻ではなく脂肪や毛皮に覆われているモンスターが多い。

ポポやガウシカといった草食種からドドブランゴのような牙獣種、フルフルやギギネブラなどの飛竜種などが好例だ。

スクアギルは自分より大きなモンスターの柔らかい表皮を切り裂いて食べるのだ。

 

成長したザボアザギルは実に大きい。

スクアギルは人間より小さいが、ザボアザギルは大型飛竜にも引けを取らない体格の持ち主だ。

体内でガスを発生させて形態変化すると、シャープだった体型は巨大な水風船のように膨れ上がって更に巨大化する。

 

寒い地方では氷上のベリオロスと氷の下のザボアザギルに気をつけろという。

化け鮫はそれほど凶暴なモンスターなのだ。

音に敏感な化け鮫がいる時は歩いてはいけない。

化け鮫は縄張りを持つモンスターだが行動範囲は広く、いつまでも同じ場所に居座ることはない。

視覚ではなく聴覚に頼った狩りをするため、化け鮫が離れてから歩き出せば安全だ。

この個体は腹が減っていない様子だったが、もし万が一のことがあっては命が無いので化け鮫が遠くへ行くのを見届けてから再び歩き出した。

 

鯨のような体躯でイルカのように泳ぐ鮫のような両生類というと、不恰好なキメラのようだ。

しかし、実際に見てみると化け鮫は美しいフォルムのモンスターだ。氷の床の下を過ぎるザボアザギルは本当に美しい。

歩きながら何か目を引くものがないか見渡すと、遠くの方に巨獣が見えた。

二十メートルを超える体躯で、更に大型飛竜の全長ほどの体高を持つ巨獣ガムート。

ザボアザギルとは敵対するモンスターと考えられているが、実はそうではない。

体重が重く氷の上を歩くことに適さない巨獣は、水の上に氷が張った環境を好む化け鮫とは行動範囲が一致しないのだ。

おまけに巨獣ほどの体躯を持つモンスターを化け鮫が襲うことは滅多になく、巨獣の幼体も親と共に行動するため化け鮫の縄張りには侵入しない。

寒冷地のモンスターで巨獣に対抗出来るモンスターは数少ない。

そのため、巨獣の主な敵はポポを狙って出現する轟竜ティガレックスくらいのものだ。

 

とにかく、平坦な場所にいては肉食竜に見つかった時が思いやられるので傾斜のきつい中心部の方へと進むことにした。

 

そこで私は、恐ろしいモンスターを見た。

 

狼のような顔をした濃い青色の竜が、まるで人間のように座り込んでいたのだ。

月を眺める佇まいに知性すら感じさせるその竜は、まるで人形のように不気味だった。

口元に覗く犬歯は肉食動物特有の鋭さを持ち、私はそれが噂に聞く氷狼竜だと気づいた。

氷狼竜ルナガロン。

 

エルガドの辺りでは王域三公と呼ばれ恐れられている牙竜種だ。

氷属性の扱いに長けているモンスターで、口から白煙状の冷気を吐き出して攻撃するほか、氷の鎧を身に纏って戦うことも出来る。

最大の特徴は体術の巧さだ。

体内の冷却をやめることでバンプアップして重心を変え、二足歩行での活動を可能とする。

強力な前脚を腕のように使った戦闘スタイルは非常に強力。氷を纏い強化された爪を高速で振り回して相手を切り刻むその実力は超帯電状態の雷狼竜と肩を並べる。

 

黄色い目を光らせて唸った。

手持ちの武器はハンターボウ。勝ち目は無い。

 

「勘弁してくれよ」

 

四足歩行で地を駆けたかと思えば、一気に飛び込んで爪を伸ばしてきた。

サイドステップを踏んで回避して閃光玉を用意したが、今度は霧状の冷気を吹きかけてきたので中止して範囲外に逃れた。

飛びかかりを起点にした危険な連続攻撃だ。

 

足の速い牙竜種から逃げる時は背を向けて逃げても間に合わない。相手の方を向いて余裕を保ち、じっくりと距離を取ることが重要だ。

さもなくば胴体と頭が切り離される。

何より四肢動物特有の瞬発力が恐ろしい。

安定した姿勢から一瞬で繰り出される攻撃は出入りが速く、人間の反射神経では対応しきれない。

 

特にこの氷狼竜は運動能力が高いので、少しの距離の間違いがそのまま死へと直結する。

なるべく距離を取ることで攻撃が届くまでに時間差を作り、相手が攻撃を当てるために接近を始めた時点で側面に回り込んで回避する必要がある。

前脚の届かない距離は必ずキープしなければいけないということだ。

 

寒さが体力を奪う寒冷地において、相手の僅かな隙をザクザクと突いてくる氷狼竜の戦い方は確かに有効だ。

しかし爪による高速の攻撃で攻め立てつつ、攻撃範囲の広いブレスを挟むことの圧を利用しているのならば、ブレスにだけ気をつけて他を最低限の動きで回避するまでだ。

 

そう考えて立ち回りを変えると、勘づいたのかすぐに戦い方を変えて、距離を詰めながらの様子見を軸にした戦法を取ってきた。

こちらの反撃に気をつけながら足早に接近し、近距離から前脚を振って攻撃してくる。

体が小さく非力な我々人間にとって、最もやられたくない動きだ。

相手に合わせて戦い方を変えられるモンスターとは珍しい。

側面に回り込むことを見越して左右の爪を不規則に振って攻撃してくるが、強引に距離を取ろうとすればブレスを合わせられてしまう。

このまま避け続けることはできないので、氷狼竜に回避を意識させなければならない。

バックステップで爪のリーチを外しながら、頭部に向けて何発か弓を打ちこんだ。

弓矢は全て命中したが、硬い甲殻に阻まれて全く刺さらない。しかしダメージは感じているのか、嫌がるような動きを見せた。

 

氷狼竜は尾で薙ぎ払いながら飛び退いて、中距離から飛び込みで攻撃を仕掛けるスタイルに戻った。矢を当てた手応えで、正面からやりあっても敵わない相手だとはっきりした。

そして腰が引けていて攻撃のキレが無い。

氷狼竜は見たことのない生物に対して恐る恐る攻撃を加えているだけで、その気になれば私など簡単に殺されてしまうだろう。

氷狼竜をうまい具合に威嚇しつつ、命の危険を感じさせないことが重要だ。

 

再び弓を構えると、突如乱入した何かの突進によって氷狼竜が吹き飛ばされた。

氷狼竜は空中で氷ブレスを放ち、その反動を利用して着地。乱入してきたモンスターに飛び掛かって押し倒して噛み付いたかと思うと、今度はそれをこちらに向かって投げ飛ばしてきた。

投げ飛ばされたのは氷砕竜ボルボロス亜種だ。

なんとか氷砕竜の下敷きになることは避けられたが、氷狼竜を見失ってしまった。

不意打ちを受ける前に周囲を見渡すと、氷砕竜ボルボロス出現の衝撃を上回るものを目撃した。

氷砕竜の向こう側で氷狼竜が威嚇する相手は絶対強者こと轟竜ティガレックスだった。

氷狼竜の咆哮で音を立てたとはいえ、ここは大型モンスターが多すぎる。

 

それより、轟竜が現れたということは―

 

轟然。山々を超えて響く戦慄の音。

すぐに耳を塞いでしゃがみこんだ。

苛烈な音の衝撃波が大地を震わす。

氷の大地を砕く音の爆発が炸裂する。

距離を取って耳を塞いでいるというのに、頭が割れそうな音量だ。

氷狼竜が手足をジタバタさせながらダウンした。

岩石すら破砕する爆薬のような咆哮だ。熟練のハンターなら奴の声を聞いて恐怖が込み上げないものはいないだろう。

 

轟竜は氷砕竜に襲いかかると、屈強な前脚で横から頭と腰を抑え込んで押し倒した。

そして分厚い甲殻に覆われた胴体に齧り付くと、バリバリと音を立てて甲殻を噛み砕き捕食を始めた。

 

方向の衝撃から立ち直った氷狼竜が背後から轟竜を突き刺そうとすると、轟竜は突然振り向いて氷狼竜に噛みついて投げ飛ばした。

轟竜に噛みつかれたダメージで倒れたままの氷砕竜の影に隠れて決着を待つことにした。

雷狼竜と轟竜が戦ったという報告は耳にしたことがあるが、氷狼竜と轟竜の戦闘は聞いたことがない。

 

ダイナミックな氷飛沫をあげて飛びかかる轟竜と尾を振り上げながら飛び退く氷狼竜。

着地の瞬間、轟竜の前脚の爪が氷をバターのように切り裂いた。

飛竜種の中でもトップクラスのサイズを誇る轟竜の爪は発達した四肢の力と合わさって絶大な攻撃力を発揮する。

大きく発達した前脚は骨槌竜の突進を正面から受け止める程の怪力を持つ。

後脚が生み出す推進力や回転力も脅威だ。

分厚い毛皮を持つモンスターが多数生息している氷雪地帯でも、轟竜の爪牙による攻撃に耐えることができるモンスターは数少ない。

 

対する氷狼竜は牙竜種らしい鋭い爪を持つが、サイズは大きくない。

手数の多さを武器に無数の切り傷を与えたり、スピードを活かして弱点を一突きすることに特化している。

パワーとスピードを兼ね備えた二頭だが、そのファイトスタイルは全く異なっている。

 

氷狼竜は轟竜に氷ブレスを吐きつけて視界を塞ぎ、ブレスを目眩しに接近して轟竜の頭に噛み付いた。体格で勝る轟竜が前に出て組み伏せようとすると、組み合いには付き合わずに前に跳躍。

轟竜を仰向けにひっくり返した。

組み伏せるために前足を浮かせた轟竜は呆気なく倒れたが、氷狼竜は乗りかからずに轟竜の外側から首に噛み付いた。

両前脚で轟竜を抑えて起き上がるのを妨害している。弛んだ皮に牙が食い込んだが致命傷には至らず、轟竜は片腕で氷狼竜を殴り飛ばして起き上がった。

 

もし氷狼竜が轟竜に乗り上げていれば、体勢を入れ替えられた時に噛みつかれる危険性があった。

轟竜は長く食い込ませる牙は持たないが、その口には小さく鋭い牙がびっしりと生えている。

これで外敵の喉元に噛みつき、首と顎の力を使ってノコギリのように肉を千切るのだ。

 

凶暴性と攻撃力を活かして常にプレッシャーを掛け続けるティガレックスは、他の大型飛竜種からも恐れられるモンスターだ。

警戒を怠れば残虐な一撃を受けて命を落としてしまうが、警戒を続けていては先に疲弊して食い殺されてしまう。

そんな轟竜に対して氷狼竜は相手の武器を封じる戦法を取った。

 

腕力の強い轟竜が得意とする組み合いに持ち込ませない。平たい体の轟竜が苦手とする上下の動きを多用する。

攻撃の警戒が必要な様子見の時間を作らず、常に自分が有利な体勢を作って攻撃をさせない。

攻撃が空ぶった轟竜を冷たい爪が斬りつける。

 

近距離と中距離の時間を減らして、遠距離から一気に距離を詰めて攻撃する。

氷狼竜の戦略に轟竜は翻弄されて、一方的に攻撃され続けた。

知能の高さも氷狼竜の大きな武器だ。

相手の得手不得手を分析して戦う氷狼竜は、体格で勝る剛纏獣すら無傷で圧倒するという。

次第に轟竜の突進の頻度が減っていった。

今度は逆に氷狼竜が轟竜に圧力をかけている。

 

轟竜は爪で地面を削り、氷塊を飛ばした。

巨大な氷塊が三十メートル程も飛んで氷狼竜の元へ向かう。

氷狼竜はこれを容易く掻い潜って轟竜の懐に潜り、鋭い爪で一太刀浴びせてすぐに離れた。

だが、轟竜はその動きを学習して突進を繰り出して遂に攻撃を命中させる。

悪名高い轟竜の突進の威力は噂に違わぬ威力だ。

直撃を受けた氷狼竜がケルビのように跳ね飛ばされて、受け身も取れずに落下した。

やはり、一撃の重さでは轟竜に軍配が上がるようだ。さらに追い打ちをかけるように轟竜は前脚で抑え込んで繰り返し噛みつこうとしたが、氷狼竜は上体を前に屈めて回避。

この時に頭を逸らして口に冷気を溜めこみ、向き直ると同時に吐き出して轟竜を下がらせた。

 

そして、体を震わせながら立ち上がって体の筋肉を隆起させた。

更に大量の冷気を放ちながら氷を纏い、鎧を着た狼男のような姿で月に向かって吠えた。

 

危うく氷狼竜の不気味さに引き込まれそうになったが、轟竜の存在を思い出してハッと我に返って轟竜の側面に回りながら耳を塞いだ。

 

二度目の咆哮は死刑宣告。

氷狼竜のオーラを一発で掻き消すほどの圧縮波は氷砕竜の纏っていた雪を引き剥がし、直視すら出来ない程の原始的な恐怖を放っている。

怒りによって血流が増加し、その甲殻に赤い紋様を浮かび上がらせた。

 

轟竜の突進と氷狼竜のタックル。

真正面からの激突は勝負にならない。

氷狼竜は轟竜に轢かれた。

筋力を増加させた氷狼竜は足腰の力を活かして、組み合いで轟竜を制圧しようとしたが、それは間違っていた。

体温を上昇させた轟竜は筋力が増加してそれまでとは比べ物にならないほどの突進力を発揮した。

ただでさえ岩や氷柱を粉砕するほどの突進が威力を増して、氷狼竜は流血しながら撥ねられた。

体を覆っていた氷の衣は見る影もなく、当然のように倒れ伏す氷狼竜が氷上に血を滴らせる。

 

これが轟竜の陸戦能力。

本性を表した牙竜すら寄せ付けない圧倒的な力。

絶対強者の二つ名に相応しい強さだ。

氷狼竜は四足歩行の態勢に戻り、白煙状の冷気を吹き付けて轟竜を攻撃した。

しかし轟竜の迫撃はもう止まらない。

霧を掻き分けて突き進み、回避や反撃もお構い無しに怒涛の連続攻撃を繰り出す。

牙。爪。牙。爪。交互に襲い来る凶刃の嵐。

その場でスピンしたかと思えば、なし崩しにターンして突進。もはや生きた殺戮兵器だ。

反撃など考えられない程の間隔で絶え間なく攻撃し続けている。

氷狼竜は手のつけられなくなった轟竜に吠えて、なんとこちらへ向かってきた。

怒れる轟竜をぶつけられては一溜りもない。

すぐに来た道を引き返した。

 

殺気立つ轟竜の眼前に氷砕竜が起き上がり、お返しとばかりに頭突きした。

轟竜はよろめいたが、血管の浮かび上がった剛腕で氷砕竜を力任せに薙ぎ倒し、すぐに首を噛みちぎって殺した。

大型飛竜達は縄張りに轟竜が侵入すると嵐が過ぎ去るのを待つように我慢してやり過ごすというが、今の轟竜の有様を見れば納得だ。

 

氷狼竜の攻撃に気を配りながら轟竜から逃げる。

斜面も段差も破壊しながら突き進む轟竜から逃げるのは容易ではない。

時速五十キロを超えるとされる轟竜の突進からは真っ直ぐ走っても逃げきれないが、野生のケルビのようにジグザグとした軌道で走り続ければなんとか躱しながら逃げ続けることは出来る。

しかし闇雲に逃げていても氷狼竜か轟竜の攻撃に被弾してやられてしまう。

どうすれば無事ここから生きて帰ることが出来るのか考えた。

轟竜も氷狼竜も非常に強力なモンスターだから、覚悟を決めて戦うなんてもってのほかだ。

こうなるくらいなら、二頭が戦っているうちに閃光玉を使っておけばよかった。

今閃光玉を使ったとしても、二頭同時に眩ませることが出来なければ視力の残ったモンスターに追いつかれるだけだ。

そんなことを考えていると、私は閃光球の他に音爆弾を持っていたことを思い出した。

音爆弾は大きな音を発生させてモンスターを驚かせるアイテムだ。自ら大轟音を生み出す轟竜には効果がない。氷狼竜に使った試しはないが、もし効かなければ余計に刺激してしまうだけだ。

 

長い間走っているうちに、透き通った氷の地面を思い出した。

 

「分かったぞ!」

 

私は真下に向けて音爆弾を放り投げてから、真っ直ぐ走った。

高周波の快音が小気味良く鳴り響く。

興奮状態の轟竜と音に刺激された氷狼竜が同時に私に接近したその時。

轟竜と氷狼竜の足元の氷に亀裂が入った。

どうやらこの二頭は、寒い地方の鉄則を知らないようだ。

氷上の歩き方を間違えた者には、強烈な制裁が待っている。

寒冷地で注意しなければいけないのは、氷牙竜ベリオロスだけではない。

足元に忍び寄る巨大な影に追いつかれたら最後。

 

二頭の足元が水飛沫を立てて盛大に打ち砕かれて、水飛沫と氷の破片がキラキラと輝いた。

呆気に取られた二頭はパニックになりながら水中に放り出される。

化け鮫ザボアザギルのお出ましだ。

陸上では無類の強さを誇る轟竜と氷狼竜だが、水中ではどうだろう。

化け鮫の牙がギラリと輝く。

 

三頭が揉み合う光景を背後に、私は凍った雪山の探索を断念して帰還した。

雪山には異常な個体数の大型モンスターが生息していたが、その原因は分からず終いだ。

せめて鋼龍と戦ったモンスターの正体を突き止められれば良かったと嘆きながら帰路に着いた。

ふと空を見上げた。

大きな龍が、宝石のような氷の粒を降らせて飛んでいた。

 

〜ハンターズギルド 極秘研究室

 

焦げた後と灰が残る研究室。

メモも書類も焼かれて、何も残っていない。

黒い服を着た男とギルドナイトが一人ずつ入ってきた。

一人はしゃがみこんで、かつてディオレックスと書かれたメモが添えられた石板を眺めて独り言を呟いた。

 

「お前と同じ特徴を持つ荒鉤爪の出現は偶然か。それとも必然か」

 

石板を灯りで照らしながら黒服の男が言った。

 

「塔の付近で爆破属性を扱う大轟竜が目撃されたそうだ。塔には棘竜の亜種がいるという噂が立っている。

ギルドは棘竜と恐暴竜を戦闘させて棘竜の撃退に成功したようだが亜種が居たなら話は別だ。

そう。また新たな実験の必要がある」

 

ギルドナイトが険しい顔をした。

 

「棘竜と恐暴竜を戦わせたのか?」

 

黒服の男が部屋の奥を照らすと、そこには恐暴竜にへし折られた棘竜の角が置いてあった。

 

「あるものは全て使えとのお達しだ。まったくハンターズギルドらしい方針だ。

次は金獅子を使おうか?」

 

「多層樹林の深層から移動した棘竜によって、どれだけの人が命を落としたか知っているのか?」

 

「知っているさ。だがこれも塔の真実に近づくために必要なことだ」

 

黒服の男はそういうと、複数のモンスターのスケッチが書かれたノートを取り出して照らした。

 

「塔で文献が発見されている未確認のモンスター達だ」

 

舞雷竜ベルキュロス。

峡谷と呼ばれる地域に君臨する雷属性の飛竜種。

飛竜種でありながら古龍に匹敵する実力を持ち、『峡谷の絶対者』の異名を持つ。

 

暴鋸竜アノルパティス。

極海と呼ばれる地域に君臨する氷属性の飛竜種。

同地に出現する砕竜を差し置いて極海の生態系の頂点に君臨すると目される通称『極海の帝王』。

体温を維持するためにあらゆる生物を餌と認識して襲い掛かる獰猛なモンスター。

 

星竜エストレリアン。

『災いの前兆』と噂される分類不明の赤い竜。

ギルドに滅星竜と呼ばれる希少種が鏖魔と激闘を繰り広げたという記録が残っている。

一説では古龍に近い生物といわれている。

 

「そして樹海の頂点に君臨するモンスターが棘竜エスピナスだ。ギルドが取った記録では、君達もよく知るあのイビルジョーに対して正面切って激闘を繰り広げたとされている。

棘竜は戦いの途中で観測員に標的を変えてそのまま飛び去ってしまったが、もし死を覚悟して恐暴竜とぶつかり合っていたらどうだろう」

 

「通用したのか?あのイビルジョーに」

 

「特に毒が効いたようだ。戦いが終わった後も強毒に苦しむ姿が目撃されている。棘竜の毒は一滴で周辺の草食種を全滅させる程の猛毒だ」

 

そういうと黒服の男は、巨大な赤い角を見て少し黙ってから呟いた。

 

「その力を人間が手にしたら、素晴らしいとは思わないか?」

 

「自分の言っていることが分かっているのか?」

 

「舞雷竜。暴鋸竜。星竜。雷轟竜。そして棘竜。

各地に君臨する最強のモンスター達の力をハンターズギルドが管理すれば、民が守れる。

その為には塔を良く知る必要がある」

 

「お前は民の元に怪物を放とうとしている」

 

「見解の相違だな」

 

「次の目的はなんだ?」

 

「幻獣キリンの確保だ。金獅子の誘導に必要になる。既に氷山に武装した捕獲チームを配備している。大砲やバリスタの設置も完了した」

 

黒服の男はそう言い残すと、戸を強く閉めて部屋を出ていった。

灯りのない部屋にギルドナイトが一人残されて、座り込んで考えた。

しばらく考え込んでいると、突然部下が走ってきて戸を強く開けた。

 

「緊急事態です。氷山に炎王龍と幻獣が同時に出現しました。雪と氷が溶けています」

 

〜氷山

 

二頭の古龍種の出現により、雪山を覆っている氷が溶け出した。

冰龍が鋼龍との戦いで傷ついた時期を見計らい幻獣キリンが来訪。

冰龍がこの地を立ち去って気温が上昇した。

さらに幻獣出現の報を受けたギルドが捕獲チームを派遣してキリン捕獲のために兵器を設置。

更にキリンの誘導とモンスター除けのために古龍骨を設置。

すると大砲の弾に含まれる良質な火薬と古龍骨が放つ古龍の生態エネルギーに惹かれて炎王龍が降臨した。

 

その息吹は炎爆。

見る者を圧倒する業火の王は、金属の炎色反応で口腔を青く輝かせながら灼熱の火炎を吐き出す。

翼から振り落とされる粉塵は爆発を発生させ、その爆風は獄炎の龍鱗から放たれる熱気を高熱の熱波として拡散した。

荒れ狂う火属性のエネルギーは地面を覆う氷を溶かして、薄く張った水を青白い電流が伝播する。

地上から立ち昇る水蒸気が炎王龍の吐く火炎で紅に染まっている。

 

炸裂音と雷号が交錯する地獄絵図に巻き込まれた人間達は、ただただその神性に圧倒されている。

雷を司る神格キリンは古龍種の中では小柄だが、神経系統を流れる電気信号を自在に操ることで生物離れした身体能力を発揮する。

瞬間移動と遜色ない神速で炎王龍が放射する獄炎を回避しながら、光速で地を駆ける稲妻を発生させて邪魔なガブラス達を一掃した。

 

暗雲の群れを引き連れた幻獣は氷山に闇の帳を落としたが、その闇を獄炎の王が煌々と照らし尽くした。

全身から高熱を放つ炎王龍は外気との温暖差によって風圧を発生させ、ボウガンやバリスタの弾速を減衰させて無効化する。

電気信号による刺激で全身の筋肉を硬化させた幻獣にも矢弾の類は通用しない。

二頭の神が放つ熱気や稲妻は神格以外の接近を許さず、龍達は無敵の執行者として力を振るう。

 

神出鬼没の幻獣を何としても捕獲したいが、古龍種の中でも並外れた凶暴性を持つ炎王龍の存在がそれを許さない。

塔に近づいたことでつけあがり、身の程を弁えず神に手を出した人類への神罰か。

 

「大砲用意!」

 

「出来ません!炎王龍に火薬を食べられました!」

 

「武器庫の警備員はどうした!」

 

「生存者居ません!」

 

「撃龍槍の準備はまだか!」

 

「炎王龍のブレスで破壊されました!」

 

突然幻獣が嘶き、光速の電流によって見張り台が倒壊した。白い立髪が熱風に吹かれて激しく靡いている。炎王龍は氷と雪を溶かして地に降り立ち、水を蒸発させて地盤を燃焼させた。

肌寒かった氷山から火柱が立つ。

幻獣と炎王龍は縄張りを主張して争っている。

荒ぶる炎王龍は飛行して幻獣の突進を回避すると滞空したまま粉塵をばら撒き、牙を打ち合わせて生じさせた火花で粉塵爆発を起こした。

熱によって空気が膨張して衝撃波が駆け抜ける。

爆風は山を切り崩し、幻獣に岩石が降り注ぐ。

地中の鉱物が強い電気に反応して地面が青く光り、地上から突き上げるように発生した無数の稲妻が岩石を粉々に砕いた。

 

岩が砕けて塵埃が視界を塞ぐ。

塵が内側から青く光る様子をホバリングしながら眺めていた炎王龍が突如として滑空して炎を纏った爪で幻獣に襲いかかると、幻獣は四方向に伸びる電流を発生させて狙いを分散させた。

そして発生させた電流の内の一つに紛れて神速で移動して爪の直撃を免れたが、接近した時に受けた熱で表皮が炙られてしまう。

その直後に幻獣は蒼角に電気を纏わせ、幻獣自身を中心に塵埃を消し飛ばずほどの落雷を発生させて炎王龍をその巻き添えにした。

 

リング状に吹き抜けた塵埃の中心に佇む二頭。

 

雷鳴を背にした炎王龍は全身から熱風を放ちながら振り返り、灼熱の息を吐きながら両角の先端を赤く輝かせた。

角の輝きに呼応するように塵埃に忍ばせた粉塵が爆発して、幻獣は全方位を爆炎に囲まれる。

天高く垂直に跳躍して火炎を避けると、その動きを先読みしていた炎王龍が燃えたぎる牙で襲い掛かる。幻獣は全身に青白い雷を纏い、疾風迅雷の勢いで地上に降りてこれを回避。同時に炎王龍の口内が青く輝いて、地表を獄炎が包み込んだ。

万物を焼き焦がす炎が雪山を襲う。

反抗するかのように青い雷の槍がそこら中から打ち上がり、無数の光線となって天を貫いた。

 

神々の争いが熾烈を極める中、ギルドの捕獲チームは矢継ぎ早に物資を運ぶ。

 

「今が正念場だ。古龍達がお互いに気を取られている間に出来る限りの策を出し尽くせ。

後悔するなよ」

 

「ところで――」

 

「ああ、分かっている。早く終わらせよう」

 

それはまさに絶望の凶音。

冰龍の退去は幻獣と炎王龍を呼び寄せただけではない。

地の底から分断されるような地響きは神々すら氷結する絶対零度の産声。

古龍ならざる者にして、もう一つの神格。

 

〜ギルド

 

「まずい。このままだと予言が外れる。直ちに捕獲チームを連れ戻せ。一人も死なせるな」

 

「まずは他の地方のギルドと連絡を取るんだ。それから、近隣の国家に協力を要請しろ。

これから始まるのは戦争だ。古龍観測所に人員を送って全ての古龍の動向を予想しろ」

 

「火山で詳細不明のモンスターが出現しました。

現在雪山に向けて進行中です。近隣地域に避難勧告を出していますが、いくつかの集落は既に壊滅している模様。現在救助チームが生存者を捜索しています」

 

〜火山麓の村

 

若い男が二人、人混みの中を歩いている。

 

「この村にも避難勧告が出たらしい。なんでも恐ろしいモンスターが現れたという噂だ」

 

「俺たちが生まれ育ってきた村を見捨てろというのか!?」

 

「仕方ないだろ!早く避難するぞ!」

 

「お前達が先に避難しろ!俺は見張り台から状況を伝える!」

 

男の一人がそういって梯子を登ると、双眼鏡を構えて遠くを眺めた。

 

「火山の様子はどうだ!何が見える!?」

 

「黒い巨大なモンスターが隣村の方を...」

 

突然突風が発生して、誰もが目と耳を覆った。

見張り台に登っていた男が息を切らしながら慌てて降りてきて、ひどく動揺した様子で言った。

 

「と、とにかく隣村が破壊された。あいつは一体何者なんだ。ここも危ない。早く村を出るぞ」

 

「隣村がやられたのか?」

 

「何かを吐いたと思ったら、隣村が突然爆発したんだ」

 

雪山と火山。二つの離れた地域に同時に発生した巨大地震は史上最大級の脅威を伴った。

事態を重く見たギルドは二頭のモンスターの出現をスーパーボルケーノや氷河期の到来に匹敵する世界規模の危機と発表。

天彗龍。滅尽龍。冰龍。霞龍。鋼龍。金獅子。恐暴竜。爆鱗竜。そして鏖魔。

各地の超災害級生物達が異変を感じとった。

 

惑星規模の巨大災害の影響は神域となった海底火山にまで到達した。

世界の破局を前に、最大勢力の一角が目覚める。

ニアリーイコールドラゴンウェポン?まさか。

 

それは神をも恐れさせる最強の古龍である。



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トゥインクルフェムトジーヴァ

「白い光が綺羅星のように舞い散る、約束の場所でまた逢いましょう」

 

それが最後だった。

 

 

 

 

あれを、太古の昔より進化を重ねてきた一個の生物と捉えた場合、あそこまで破壊力を持たなければいけなかった理由が、今の所、思い浮かばないんです。

何が目的で...。

 

〜とある編纂者の発言より引用

 

大いなる意志は生態系に恒常性を与えた。

赤い月に雲が差しかかる。世界の均衡を望む。

あの日見た景色に手を伸ばし続けて、一心不乱に時空の狭間を渡る。

史実を違える世界を股にかけた。

白い光が綺羅星のように舞う約束の場所を求めて。

これは、ある者には悪夢と呼ばれ、ある者には悪魔と呼ばれた男の物語。

クロスオーバー。

 

〜雪山

 

山の超常を真下から突き破って出現したのは、巨神の白い頭部だった。

繭から羽化した蝶のように、久々の外気を目一杯吸い込んだ。

頑丈な甲殻に守られた眼がギロリと回って、獄炎を纏う炎王龍と青白い雷を纏う幻獣を捕捉した。

 

ショベル状に発達した巨大な顎は地面を掘削するために発達したものか。

異形の頭が「カパァッ」と音を立てて口を開いたかと思うと、無機質な青白い閃光が地上と天空の全てを明るく照らした。

そして次の瞬間、異形の怪物は天に霙のブレスを吐き出して暗雲を吹き飛ばした。

眩しい晴天が顔を覗かせたと思うと、今度は息が凍るような大規模のブリザードが発生。

炎王龍に灼かれていた地盤が急激に冷え固まり、遂には二頭の古龍種の影響が完全に打ち消されてしまった。

 

山頂から頭部だけを露わにした巨神は、首を傾げて舐め回すように地上を観察した。

咆哮をあげて威嚇する炎王龍。

嘶きと共に雷光を纏う幻獣。

蜘蛛の子を散らすように逃げていく人間たち。

 

目覚めたばかりの白き神の剥き出しの頭部に幻獣の稲妻が直撃するがダメージを受けるどころか刺激を受けた様子もなく、ノーリアクションのまま地上を見下ろしている。

続いて炎王龍が山を破壊する勢いで大規模の粉塵爆発を起こすと、巨神は漸く悲鳴をあげた。

その咆哮の音量は轟竜を軽く上回り、まるで咆哮そのものが粉塵爆発に匹敵する大規模の爆撃波であるかのように地形を粉砕した。

 

炎王龍の粉塵爆発によって壊れた山の中から、信じられないほど巨大な怪物が巨大な体を捩って這い出てくる。

 

崩竜ウカムルバス。

 

冰龍の活動によって、長い間氷に閉ざされていた最強最大の飛竜種。

要塞から山脈まであらゆる障害物を容易く破壊する絶大なパワーを誇る伝説の怪物。

常に異常な圧迫感を放ち、口から放つ「氷息」と呼ばれるブレスは万物を凍てつかせる絶対零度の巨大災害である。

 

山を打ち壊して出現した最強の飛竜種は幻獣と炎王龍を外敵と認識して威嚇のために大咆哮を放った。広範囲を壊し尽くす巨神の咆哮は遠く離れた人々が耳を塞ぐほどの圧巻の音量で鳴り響き、古の龍さえも震撼させた。

威嚇を終えて地面に尾を打ち付けると大気が震えて地震が発生し、悠久の時を生きる古龍でさえ体感したことのないような覇気を放った。

 

溶岩すら凍りつくような猛吹雪の中、炎王龍は燦々と輝く太陽のような獄炎を見に纏う。

あまりの温度に炎王龍の周りでは雪が溶けてすぐに蒸発し、炎王龍の姿は煙に包まれた。

全長三十メートル以上、体高十四メートル以上の巨躯を誇る崩竜と比べても見劣りしない規模の巨大な火の玉が吹雪の中を突き進む。

少し遅れて、雪を貫く無数の青白い稲妻が崩竜に襲い掛かる。

純白の甲殻が雷撃を弾き、炎を纏った炎王龍との正面衝突に至る。

爆炎が大量の火柱となって何度も何度も噴き上がり、崩竜の巨大な体が後退する。

猛吹雪すら焼き焦がす圧倒的な熱量に、さしもの崩竜すら苦しみ悶えながら押し戻されていく。

あと少しで崩竜出現によって開いた大穴に落下するかというところで後退が止まり、崩竜は力づくで炎王龍を弾き飛ばした。

神々の聖域すら打ち崩す白き神は、太陽の突進すら受け止める。

ウカムルバスはその場で地中に潜ると、地上に突き出した背鰭で炎王龍の放つ爆炎と幻獣の放つ万雷を掻き分けながら火山の方向へと進行を始めた。

 

〜火山

 

強大なエネルギーが漂う火山地帯。

逞しく生きていた人間の姿は消え、小型モンスターの姿もすっかり見られなくなっていた。

 

崩竜の復活に駆り立てられたか、火山の噴火と共に華々しく出現したのは覇竜アカムトルム。

 

灼熱のマグマを遊泳する伝説の飛竜だ。

伝承では其の口は血の海、二牙は三日月の如く、陽を喰らうといわれている。

時を超えて人々の前に降臨した黒き神は挨拶がわりに口腔から超音速のソニックブラストを放ち、眼前の全てを一撃で木っ端微塵にした。

 

大型モンスターすら姿を消した灼熱の土地をひたすら前に突き進む様はまさに横行覇道。

恐暴竜の唾液を上回る強酸性の唾液を受けたが最後、次に受ける一撃は死を意味する。

三日月のようにカーブした巨大な牙は鎧竜の甲殻を容易く貫くほどに鋭い。

 

しかし、崩竜と違って覇竜は運が悪かった。

最大の不運は火山に出現した規格外の厄災が自分だけではなかったことだ。

他を寄せ付けないからこそ、誰もいない激戦区で両者が目立った。

 

ボルケーノブロー、たった今臨界点。

 

 

〜ギルド

 

「アカムトルム...確かポッケ村の古い言葉で災厄を意味する言葉だと聞いたことがあります」

 

「以前の星竜の出現は、本当に災厄の予兆だったのか」

 

「圧倒的な射程の長さを誇る崩竜と覇竜に、大型兵器を使った戦闘は無意味だ。運搬中に破壊されてしまう」

 

「二頭の戦闘能力は規格外だ。金獅子や恐暴竜を誘導しても敵わないだろう」

 

「ソードマスターは新大陸。ヘルブラザーズは全盛を過ぎている。既に龍暦院と連携して各地のギルドに協力要請を出してある。

龍暦院からも命の危険を承知で凄腕のハンター達が加勢してくれるそうだ」

 

「ここまでの緊急事態だ。狩猟の人数制限も解除しよう」

 

「つい先程、覇竜の進行を止める大型モンスターが現れたと連絡が入った。事態が事態だ。

詳細なことは分からないが、崩竜の対策が先だ」

 

「覇竜の進行を止めるだと?」

 

〜火山

 

テスカトの支配を受けていない火山では、粉塵爆発による地形の変動が起きなかった。

かつて、炎妃龍が力尽きたこの地には大量の古龍の生体エネルギーが堆積している。

本来なら爆発によって胞子を撒き散らした後はその場で発芽する筈の砕竜の粘菌。

その中には発芽に至らず、地中でエネルギーを蓄えるものがごく稀に存在する。

冰龍の活動によるモンスターの活動の鈍化。

炎妃龍が遺した莫大な古龍エネルギー。

かつてこの地に訪れた古龍達の活動によって、地下に眠る粘菌は掘り起こされることなくエネルギーを蓄え続けていた。

 

雄として求めたのは、種の限界に達する強さ。

 

臨海極まる粘菌によって鍛え抜かれたかつての黒曜甲は、高温高圧の環境によってエメラルドのように変質を遂げる。

その身に纏う粘菌は量を増して体の大部分を覆っている。薄く赤の差した黄色の粘菌を纏う翠玉色の体躯はもはや華美とさえいえる。

 

強さだけを求めた結果、美しさを手に入れた。

 

他の砕竜を大きく上回る力強い巨体。

約九メートルにも及ぶ体高。

全長は二十二メートルを超える。

 

しかし相手は覇竜アカムトルム。

体高は十メートル、全長は三十メートルにも達するとてつもない巨躯のモンスターだ。

強大な覇竜に睨まれても逆に歩み寄るほどの余裕が、種としての頂点に限りなく近づいた者としてのプライドを際立てている。

両者の交わしあう視線は火山の溶岩より熱い。

 

猛爆砕竜 猛り爆ぜるブラキディオス

 

粉砕か爆砕か、いざ尋常に。

 

信じられない光景だ。

あの黒き神が、目の前に立つ存在を一個の生物として敵視している。

上体を起き上がらせて体を大きく見せ、堅殻の隙間から赤い光を溢しながら咆哮した。

崩竜と同様、あの轟竜を上回る音量を擁するその鳴き声は威嚇というよりもはや攻撃である。

巨大な竜も思わず竦む轟々たる肉声を全身に浴びながら、猛爆砕竜は歩みを止めない。

駆け寄るのではない。注意深く様子を窺いながら一歩、また一歩と距離を縮める。

雷狼竜に通ずる王の戦い方である。

 

不敬を詰るような覇竜の視線を受けながら、神話の英雄のように雄々しく接近する。

両雄、射程圏内。なんと覇竜が先に動いた。

まるでネコ科の大型肉食獣が獲物を仕留める時のように飛びかかり、伝承には陽を喰らうとある三日月型の大きな牙が猛爆砕竜を襲う。

まさに大迫力。そんな超重量級の勢いを止めたのはボルケーノブローの一閃。

振り下ろすようなオーバーハンドフックが覇竜の側頭部を捉えた。輝く粘菌の飛沫が火花のように飛散して、塗り付けられた粘菌が一斉に大爆発を起こす。超広範囲に渡る爆発は諸刃の剣。

接近戦では爆発を浴びることになる猛爆砕竜の体にも絶大な負荷がかかる。

 

圧倒的火力の近距離は猛爆砕竜にとっても危険な距離だ。それでも猛攻が止まらない。

粘菌が赤く活性化した頭殻を覇竜の背中に打ち付け、強打を受けて尚も掴みかかろうとする覇竜の下顎にアッパー。大爆発。仰け反った覇竜の頭部にストレートパンチ。大爆発。後退する覇竜に追い打ちのスーパーマンパンチ。大爆発。

猛烈な連続攻撃の全てが圧倒的な破壊力の爆発を伴う。まさに乱れ咲く連爆の華。

 

爆発の衝撃を抑えなければいけない上に体重が増加しているため砕竜と比べて動きは重い。

しかし一撃の重さは砕竜の比にならない。

骨の髄まで重く響く打撃音と鼓膜を突き破るような爆発音。弾道ミサイルのような拳を次々に打ち込む。

 

覇竜は常に体表からカルシウムを含む体液を分泌しており、そこに火山の希少鉱石を付着させて甲殻を強化するという生態を持つモンスターだ。

猛爆砕竜の打撃と爆発を受けて倒れないのは、長い年月をかけて強靭に錬成された甲殻の強度あってのことだろう。

異常な肉体強度を持つ覇竜が反撃に切り出せない原因は猛爆砕竜の圧力だ。

これまで轟竜とその亜種や千刃竜など、攻撃力に長けたモンスターが攻勢を崩さないために使われたのが圧力だ。

強烈な攻撃力は被弾に対する恐れを産む。

相手は強力な反撃を持っているという事実があるだけで相手は攻撃の際に生じる隙を恐れるようになり、手数が減る。

そして被弾に対する恐れから相手の攻撃に繋がる位置関係や予備動作に対して機敏な反応を強いられることでスタミナを消耗してしまう。

 

猛爆砕竜や砕竜の最大の武器は粘菌だ。

炎戈竜や爆槌竜をも絶命させる威力を持つ粘菌は標的に付着した後一定時間で爆発する。

砕竜種と対峙した相手はパンチや頭突きのタイミングと粘菌が爆発するタイミングの両方を意識して戦わなければならない。

轟竜は緩急の激しい動きをディレイとして使うことで圧力を強化している。

高い攻撃力で相手の注意を攻撃に引きつけ、緩急の激しい攻撃を繰り出すことで相手のテンポを見出して疲弊させる。

千刃竜は回避能力と攻撃速度を活かしたカウンターによって圧力を強化している。

高い攻撃力によるカウンターで相手が攻撃し難い状況を作り、相手を守りに入らせることで安全に攻め立てる。

砕竜種は粘菌と打撃の時間差で相手のテンポを乱しながら的確なカウンターで相手を守りに入らせることが出来る。

 

頭殻と双腕。上体の三つの点と槌状の尾による攻撃を主な武器とする砕竜種は戦いの流れを作るもう一つの武器に気付かれにくい。

砕竜種の隠しもった五つ目の武器、それは戦いの流れをコントロールする健脚だ。

飛竜種と違って飛行能力を持たない砕竜種の生命線ともいえるのが後脚を使った軽やかなステップワークだ。砕竜種は前脚を軸にして回り込んだり、遠距離から飛び込んで拳を叩きつけるなど位置関係や距離を上手く使った戦い方をする。

体格で勝るアカムトルムに対してはパンチを出しながらバックステップで体の位置を変えることで組み付かれない距離を維持。

後退りとサイドステップで位置を細かく調節することでカウンターの威力と精度を上げている。

拳の粘菌が途切れれば斜め前方に跳んで尾のスイングによる攻撃。大爆発。

側面への速い攻撃を持たない覇竜に対して、粘菌を活性化させる時間を作る効果的な動きだ。

近距離の格闘で圧倒された覇竜は被弾しながら地中に潜り込んだ。

猛爆砕竜は空かさず地中に粘菌を流し込んで爆発させたが、覇竜は驚異的な速度で地中を掘り進んで爆発の範囲外に逃れた。

 

―そして、原始的な飛竜種の宿命か。

怒りに呼応するように。

爆砕に襲われた火山の化身であるかのように。

噴き上がるマグマのような赤い輝きが全身に浮かび上がった。

巨神の瞳が白い光を放ち、「カパァッ」と音を立てて巨大な口が開くと、内側から強酸性の唾液が流れ出して地面をドロドロに溶かした。

脅威の打撃能力を見せた猛爆砕竜と対峙しても神話に登場する怪物の威光は霞むことなく、甲殻の隙間から周囲に微量の龍属性エネルギーが放散されていく。

まるでコンピューターの冷却ファンのように、体内から龍と熱の力が送り出されている。

仰々しい牙が聳える巨大な口が空気を吸い込み、それは明らかに何かの前兆であるように見えた。

覇竜の体を囲むように黒い風が吹き荒れ、覇竜の動きが石像のようにピタリと止まる。

嵐の前の静けさ。

 

解放。

 

その息吹は巨災。その力は宵闇。

見る者の魂を凍り付かせる波動。

超音速の速度で繰り出される不可避の破壊光線は龍の力を纏い、発射と同時に着弾する。

かつて峯山龍の突進に耐えたという大型の撃龍船がこの攻撃の直撃を受け、一撃で轟沈。

 

『ソニックブラスト』

 

原初の飛竜、アカムトルム最大の一撃である。

かの猛爆砕竜の体が地上から浮かび上がり、甲殻を激しく損傷しながら吹き飛ばされた。

近代兵器をも凌ぐ純粋な破壊力の塊が地形を破壊し尽くす。地盤や山肌は粉々に砕け、掻き混ぜられた火炎が風に乗って噴き上がる。

吹き飛ばされた猛爆砕竜もなす術なくこの破壊の嵐に巻き込まれ、ダウンしたまま瓦礫に埋もれて見えなくなってしまった。

覇竜は満足げに息を吐き、雪山へと進行を始めた。

 

〜渓谷

 

両側面を切り立った崖に覆われた巨大な渓谷。

地中を掘り進む崩竜と追う古龍。

暗雲と落雷、ブリザードに熱波。

押し寄せる災害の群れに対して、対等に怒りを募らせる者が居た。

 

乱入。

熱波、落雷、吹雪が競り合う中、新たに爆撃を足して神々の戦いを妨害する。

遥か上空から降り注ぐ破壊の雨は、辺り一帯を更地にするほどの勢いで爆発を繰り返した。

これには神速を誇る幻獣も逃げ場を見つけられず、空から降り注ぐ無数の爆発に吹っ飛ばされて岩壁に叩きつけられた。

凄まじいまでの火力の爆撃波には崩竜も怯んだ。

新たな脅威を迎え撃つことが出来たのは、高熱をものともしない炎の化身テオ・テスカトルだけ。

赤い立髪を爆風に靡かせながら火の粉と土煙を突っ切って空中に出ると、弾丸のように突っ込んできた銀鉛色の飛行物体と激突した。

 

爆鱗竜バゼルギウスだ。

広大な縄張りと強い独占欲を持つ爆鱗竜には、戦いの音を聞きつけて飛来しては大型モンスターを襲って蹂躙したという報告が絶えない。

これは強い独占欲に由来する行動で大型モンスターを駆逐することで同じ獲物を取り合う競争相手を自分の狩場から排除しようとしているのだ。

 

不意を突かれた炎王龍に大地を揺るがすほどの重量が圧しかかり、地盤に亀裂を入れながら二頭の爆弾魔が落下。

炎王龍が起きあがろうとすると爆鱗竜は飛びあがり、無数の爆鱗を降り注がせながら両脚で踏みつけてダウンさせた。

強力な爆撃波が炎王龍を襲う。

その身に宿した獄炎や口から放つ業火、地形を変える威力の粉塵爆発も、高熱と衝撃に強い耐性を持つ爆鱗竜が相手では通用しない。

外敵を切り裂くことに特化した前脚の爪で反撃を試みたが、強靭な脚の怪力で空中から苛烈な追撃を仕掛ける爆鱗竜に痛手を与えることは難しい。

空襲警報のような勝鬨が渓谷中に木霊して、炎王龍と幻獣はすごすごと引き下がっていった。

 

爆鱗竜が炎王龍を攻め立てている間にも崩竜は地中を掘り進んで火山の方へと向かっていく。

爆鱗のゲリラ豪雨を潜り抜け、山を切り崩しながら谷底を猛進する。

 

「大砲撃て!」

 

五発の砲弾が着弾して、人類反撃の狼煙が上がる。崖の上に設置されたバリスタから単発式拘束弾が打ち込まれ、頑丈なロープが物凄い勢いで巻き上げられて崩竜が釣り上げられていく。

地中から打ち上げられた神体の両腕に一発ずつ拘束弾が撃ち込まれ、十字の状態で吊り下がる。

 

「地中を掘り進む崩竜に対して地上の防護壁は意味を持たない。バリスタと大砲で頭を狙え!」

 

崩竜が暴れてもロープが千切れることは無かった。ロックラックの協力のもと、なんとあのジエン・モーランの狩猟に使われる対超大型古龍用の拘束弾を使用しているからだ。

空中に固定されたウカムルバスの腹部に、今度は爆鱗竜が突撃した。

小さな人間より巨大な崩竜を倒すことを優先しているのだろう。

地上から大量の徹甲榴弾や拡散弾が放たれ、その奥からは巨大な兵器が運ばれてくる。

大型竜ほどの砲身の巨大な砲台が崩竜の胸元に向けられ、レバーを引くと黒煙を登らせながら長大な黒鉄の杭が撃ち込まれた。

 

「あれは!?」

 

「撃龍杭砲。古龍種やそれに匹敵するモンスターに対抗するために新たに造られた対モンスター用のパイルバンカーだ」

 

黒金の刺突は回転によって甲殻を深く穿ち、絶えず火花をあげながら神体に穴をこじ開ける。

そして暴れる崩竜の胸に突き刺さったまま爆裂。

崩竜の抵抗と炸裂の衝撃で拘束弾についていたロープが断ち切られて、大質量の崩竜が地上に突き落とされる。その間もボウガンの拡散弾とバゼルギウスの爆鱗による爆撃が行われる。

炎王龍や爆鱗竜、幻獣には拡散弾の効き目が薄かったが、崩竜には爆発に対する特別な耐性が無いので幻獣捕獲作戦で使われなかった拡散弾がここぞとばかりに大量に投入された。

爆発で生じる黄色いフラッシュと黒い煙が崩竜の体を覆い隠した。

 

「我々が発明したどの兵器よりも爆鱗竜の方がダメージを与えているとは、自然は恐ろしいな」

 

「...あれが、もし人間の手に渡ったらと思うと」

 

紫陽花のような丸く点々とした爆発が連続した。

崩竜はその爆炎の中を確かな重量をもって進み続ける。

 

「凄腕のハンター達による一斉射撃も効果が無いようだ」

 

「地中に潜っているから閃光玉や罠も効かないようですね。音爆弾も効きません」

 

〜塔内部

 

覇竜と崩竜が猛威を振るう一方でギルドナイトは塔の様子がおかしいとの報告を受け、単身で塔の頂上へと向かった。

すると、そこには欠けた銀色の装備の男がたった一人立っていた。

 

「ここにハンターがいるとは。覇竜と崩竜の狩猟には呼ばれなかったのか?」

 

銀の男は、超然とした態度で返答した。

 

「その必要は無い。

覇竜と崩竜の出現にこの星の裁定者が動いた。まもなく最後の審判となるだろう」

 

「裁定者だと?」

 

「大いなる意志は世界の恒常性を司る裁定者の存在を望んだ。君達の見てきた滅尽龍ネルギガンテがその一例だ。

今回動き出したのは大いなる意志と同位の力を持つ神格にして最強の裁定者、アルバトリオン。

そして今回の騒動に紛れて、何者かが雷属性エネルギーを使用して塔を起動してしまった」

 

「まさか、あいつか」

 

「君達の知り合いか。炎王龍との戦闘で欠損した幻獣の体の一部を利用したようだ。

使われたのが蒼角以外で良かったが、まずい事態になった」

 

「これから何が起きる?」

 

「塔が起動したことでここに時空の歪みが発生する。裁定者に知られたら、私達人類も裁定者の殲滅対象になる」

 

「それで、どうすればいいんだ?」

 

「私達と一緒に戦ってくれないか?

時期に外なる支配者達がこの塔に出現する。

彼らが塔の外に出るのを止めなければ」

 

「私達?」

 

疑問に思ったギルドナイトが周囲を見渡すと、塔の周りを旋回する複数の飛竜種の姿があった。

銀色に輝く太陽のような飛竜。

黄金に輝く月のような飛竜。

王と女王の貫禄を持つ神々しい竜の番いが玲瓏と空を飛んでいる。

 

「古代文明が配置した塔の番人だ。

此度、私の狩猟対象となったモンスター達だが、今は緊急事態だ。

彼らと協力して世界の滅亡を食い止めるぞ」

 

紅い空に、日蝕のような球体が浮かぶ。

それは触れるもの全てを引きつけて圧縮する、脱出不可能の重力の塊のように見えた。

その内側から幻獣のものとは明らかに違う黄金の稲妻が走り、深淵の向こう側からこの世ならざる者達の叫びが聞こえる。

直視出来ない程殺気立っている。

 

悍ましい絶叫に思わず耳を塞いでいると、銀の装備を着たハンターが大声で叫んだ。

 

「大型古龍クラスの奴が来るぞ!施設を利用するんだ!塔の内部で相手の攻撃に備えろ!」

 

眩い雷光色のシルエットが歪んだ黒の中に浮かび上がる。

両翼に一つずつの長大な鶴状の器官。

太い昆虫の脚のような尾が三本。

空飛ぶ怪物のシルエットが痺れるような雷光と共に映し出された。壮絶なエネルギーと電流が渦を巻いて衝突を繰り返す。

 

怪物の鳴き声に粗く引き裂かれたかのように、黒い球体は内側から破裂した。

爆風と轟雷のベールを脱ぎ、精悍な顔つきの神の如き竜が姿を現す。

天空から槌を振り下ろしたかのように質量をもった雷が塔の頂上に激突して、金と銀の飛竜すらも撃墜するほどの大放電が発生。

大きな揺れによろめきながら恐る恐る雷の迸る塔の屋上に顔を出すと、そこには異形の竜が居た。

両翼から伸びる触腕の先端には鋭い鉤爪。

尾を挟むように生えた副尾。

鮮やかで刺激に満ち溢れたその御姿は、資料に載っていた通りだ。

獅子の如き立髪を振り乱して、此方を向いた。

 

絶対者、雷臨。



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君が静かに眠るなら

そうか。ウカムルバスと勝負する覚悟を決めたんだね。私も、キミならきっとそうするだろうと思っていたよ。

 

〜元ハンターの男の発言より引用

 

むかしむかし、白い世界のまんなかに

五匹の竜と人々が暮らしていました

 

〜五匹の竜の話より引用

 

陽が極まれば陰に変ずる。

陰が極まれば陽に変ずる。

太極。

陰陽思想と結合して宇宙の根源とされる概念。

プラスエネルギーを司る黒き神。

マイナスエネルギーを司る白き神。

厄災を齎す者と破局を齎す者。

双璧を成す二頭の神々が出会った時、世界は崩壊するといわれている。

 

龍の力は全てのエネルギーの根源。

陽の調和を実現出来るのは龍の力だけだ。

 

かつてココット村に英雄と呼ばれた男が訪れた。

黒龍の大剣を振り回し覇竜を退けた大男だ。

世界の崩壊を防ぐため、龍の力を用いて崩竜に挑んだが、運悪く雪崩に巻き込まれて非業の死を遂げたという。

しかし、英雄は決して不幸ではないだろう。

 

 

〜塔の頂上

 

雷臨。

 

「――ベルキュロス!?」

 

幾ら捜しても見つけられなかった幻の飛竜種。

舞雷竜とも呼ばれる飛竜屈指の実力者だ。

黒い甲殻に黄色の立髪。翼から生えた巨大な触手には鋭い赤茶の鉤爪が生えている。

後方に伸びる大きな角は先端が華やかなオレンジ色に染まっている。

「峡谷の絶対者」の異名をとる、圧倒的な強さの飛竜種。

飛竜種の中でも異端な戦い方をする棘竜や爆鱗竜と異なり、飛行能力と身体能力を活かしたスタンダードな戦い方をする王道の飛竜種だという。

相手によって柔軟に戦い方を変える狡猾さを持ち合わせており、その実力は古龍種と並ぶ。

 

「安心しろ。塔の番人達も古龍に匹敵するモンスターだ。私達の敵わない相手ではない」

 

電流から立ち直った金の飛竜と銀の飛竜がのっそりと立ち直って、喉元に蒼い炎を宿した。

滞空して上を取る舞雷竜は咆哮によって同時に四つの敵意を圧する。

固く引き締まった肉体と常に均等に送られる視線が舞雷竜の隙の無さを物語る。

二人の狩人と共にこの曲者と対峙するのは金火竜リオレイア希少種と銀火竜リオレウス希少種。

単独でも鋼龍や爆鱗竜を相手に武勲を立てている飛竜種の最高峰だ。

二頭とも雷属性を苦手とするとはいえ、舞雷竜に勝るとも劣らない強力なモンスターである。

流石の舞雷竜も多勢に無勢の窮地だが、類を見ないほど冷静に隙を窺っている。

 

透明の緊迫感が喉を抑える。

舞雷竜は体内の繊細な機構により膨大な量の雷属性を制御している。その電撃は雷を司る古龍種である幻獣を上回る威力を誇る。

眩い電光を伴う攻撃は相手の視力を奪い、空中戦では一層危険性を増す。

あの銀火竜でも迂闊に飛び立つ事が出来ない。

更に双剣を扱うギルドナイトと、大剣を扱うハンターは二人とも近距離の戦いに持ち込まなければ実力を発揮出来ない。

常に滞空状態を維持して、いつ攻撃が放たれてもおかしくないという緊張感を生み出した舞雷竜が塔の空間を支配しているのだ。

 

アウェーの地であるはずの塔に降りて尚、舞雷竜は絶対的な存在として君臨している。

 

勇猛果敢に先手を打ったのは月の女王。

空中の舞雷竜に猛毒の尾を振るう。

轟々と雷を轟かせる絶対者を前にしても、女王たる者として気品と威信に満ち溢れた攻撃を放つ。

 

舞雷竜の反撃に備えて太陽の王が離陸。

追って前に出たハンターが掲げたのは輝剣リオレウス。銀火竜の素材で作られた大剣だ。

残されたギルドナイトはあまりにも無骨な舞雷竜の動きに勘づいて目を覆った。

斬り伏せるように翼を振り、ハンターと銀火竜の攻撃には何も防御をしなかったのだ。

黄金の尾と赤茶けた触手が激突すると、その瞬間電流と閃光が発生して見る者の視覚を奪い、行動不能にした。

触手の先端についた鉤爪が金火竜の尾の甲殻をざっくりと削り取り、舞雷竜は口腔からビーム状の電流を放って銀火竜に照射。

塔の頂上を明るく照らすほどの雷の奔流が拡散して、金火竜をも巻き込む大放電となった。

一瞬の攻防で優位に立った舞雷竜は再度触手を振ってハンターと金火竜を同時に薙ぎ払い、触手は地に触れた瞬間強い閃光を放った。

 

峡谷という飛竜の多い環境に君臨する舞雷竜は言わば飛竜殺しの飛竜。

粒揃いの大型飛竜を蹂躙してその上に君臨するというだけあり、飛竜種との戦いに慣れている。

閃光による眩みから立ち直ったハンターは大剣をギロチンのように振り下ろして触手を断ち切ろうとしたが、キックが来ると分かって攻撃を切り上げに変更。

刀身と脚がぶつかって火花を散らし、両者ともに大きく後退した。

空中で怯まされたというのに舞雷竜は落下することなく空中に留まり、今度はギルドナイトに向けて電流のブレスを放った。

ギルドナイトはブレスを引き付けてから躱して舞雷竜に眠り投げナイフを投げつけたが、硬い甲殻に刃が通らず弾き返された。

回避された電流は塔の表面を駆け抜けて樹海に降り注ぎ、新たな災害を呼んだ。

 

「塔と舞雷竜の電撃が反応して...このままだと手に負えないことになるぞ!」

 

再び塔の上空に特異点のような黒い球体が発生。

今度は内側から凄まじい冷気が溢れ返り、全方位に向けて尖った氷の塊が射出された。

歪んだ空間をベルキュロスが睨み、その周囲を旋回しながら何度も吠えた。

すると今度は時空の歪みの向こう側から、イビルジョーのような飢餓と殺気を放つ強大なモンスターの気配がした。

すんでの所で銀火竜が青い火球を放ち、塔を流れる電流を遮断したことで歪みは消失した。

しかし新たな脅威を併せて相手取ることに分の悪さを感じた舞雷竜は両翼をはためかせて塔から飛び去り、それを銀火竜が追っていった。

 

「舞雷竜のことは銀火竜に任せて、こっちは塔の起動を食い止めよう」

 

ハンターはそういってギルドナイトと二人で塔を駆け降りていった。

 

「幻獣の素材を除去すれば、もうこれ以上起動しないはずだ。事態の収束までにまた機動させられては困る。ここを守ろう」

 

空中で激突した銀火竜と舞雷竜。

双方の硬い甲殻がぶつかり合う近距離で、ガチガチと音を立てて齧り合う。

舞雷竜の蹴りと銀火竜の鉤爪が激突し、爪を掴んだ舞雷竜は上をとって投げ飛ばした。

投げられながら体を回転させて尾で舞雷竜を打ちつけ、距離を取りながら火球を放つ。

舞雷竜は自分の体を中心に空気中に急速に電流を拡散させて全ての火球を撃ち落とした。

両者の攻防は滑らかに繰り返されて決して滞らず、まるで流水のようだった。

大気中を亀裂のように広がる電撃の網目を華麗な空中軌道で掻い潜り、火球を目眩しに隠していた毒爪を露わにして急襲する銀火竜。

しかし舞雷竜はレーザービームのような電流を吐いて全ての火球を撃墜した上に容赦なく触手を振るって迎え撃つ。

これに気づいた銀火竜は急襲を中止して真下に飛び降り、樹海の地上に降り立って喉に蒼い熱気を溜め込んだ。

興奮状態のベルキュロスは滾る怒りで立髪を赤く染めあげ、両脚を揃えて雷を纏い、雷を纏う一本の槍のように真っ直ぐ降下した。

 

『急降下放電キック』

 

着陸に先立って地上に突風が吹き荒れ、小惑星の衝突のような絶望感を纏う。

絶対者と畏れられた竜の持つ最強最大の大技だ。

地上から放たれた青白い火炎放射を肉体で掻き分けて落下する姿はまさに神話の怪物。

上鱗と立髪には炎熱に対する強い耐性があるとはいえ、あの銀火竜の火炎放射の直撃だ。

空に向けて放たれたのにも関わらず、溢れた熱で木々が自然発火を起こして樹海が焼き焦がされている。

 

青白い火炎と眩い電光を纏い今雷臨する。

放電が発生して大気中の塵が帯電し、頭上から突き飛ばされた銀火竜に触れると同時にスパークして追撃を与える。

立ちあがろうとした銀火竜の背後から、鉤爪に備え付けられた鉤爪が背甲を掻いて破壊した。

属性相性の齎した結末と言ったところか。

舞雷竜が銀火竜にトドメを刺そうと躙り寄ると、異常な怪力が触手を掴み、舞雷竜を振り回して地面に叩きつけた。

 

鏖魔と滅星竜が闘った。恐暴竜と棘竜が闘った。

ならば舞雷竜に対抗する現世の代表は銀火竜ではないだろう。

かつて、何者も伍する者の居ない孤高の獣と呼ばれた牙獣の王。

現時点の古龍を除いた生態系において限りなく頂点に近いといわれる怪物の登場だ。

憤怒と破壊の権化、金獅子ラージャン。

幻獣の気配に誘われてきてみれば、樹海はまさに酒池肉林。金獅子の食性は肉食だが、特に電気力を含む肉を好む。

つまり幻獣を凌ぐ威力の電撃を放つ舞雷竜は金獅子にとっては究極の獲物ということだ。

 

融け合う咆哮と咆哮。絶対的な強さを誇る二頭の怪物が遭遇してしまった。

 

周囲に強力な衝撃波を放ち、ドラミングと共に上半身がバンプアップ。

電気刺激により闘気硬化を起こした前腕部は血管が浮かび上がり、赤黒く染まる。

体から解き放たれた稲妻が筒状の体毛の内部を満たせば、逆立つ立髪は金色の翼の如し。

舞雷竜の強さを本能で察知したのか、対峙した瞬間から内に秘めたエネルギーを爆発させて全開の状態で昂っている。

 

電光を纏い光り輝く二頭の怪物の闘争心に、樹海全体が震えた。

舞雷竜の持つ最も恐ろしい攻撃が、銀火竜に見せた急降下放電キックである。

例え銀火竜のような強大な相手でも、直撃を受ければひとたまりもない必殺技だ。

舞雷竜と銀火竜の力関係は拮抗していた。

もし銀火竜が火炎放射を中止してキックを回避してから反撃に出ていれば勝負は分からなかったが、勝負を急いでしまったのが凶と出た。

得体の知れない不安を煽り、相手に冷静な対処をさせないのは異界のモンスターの特権である。

 

奇しくも恐暴竜と棘竜の決闘のように、赤い怒りを纏う者同士の戦いとなった。

活き活きと輝く赤い肉体は、闘争を極めし者達の勲章なのだろうか。

絶対や孤高の肩書きを持つ舞雷竜と金獅子には敗北は疎か痛み分けも許されない。

 

金獅子を目の前にした舞雷竜は、敵前で堂々と空高く飛び立った。

これは最強を決める戦いだ。

最強に相応しい幕開けが必要だ。

強敵との連戦につき、脅威の大盤振る舞い。

悪鬼羅刹をも標的とした絶技。

 

『急降下放電キック』

 

愚かしくも両腕から蒸気をあげてその場を一歩も動こうとしないラージャン。

全身を地面に叩きつけるかのような猛烈な突進は隕石の落下に比肩する程の破壊力で差し迫る。

古龍の放つ大技にも等しい威力を持つこの蹴技は、本来ベルキュロスが獲物を狩る時に行うものだという。

この戦いは絶対者同士の衝突であり、捕食者同士の食うか食われるかの戦いでもあるのだ。

 

合切を屠る勢いの必殺の一撃を、金獅子は闘気硬化した前腕部で受け止めた。

ラージャンの後脚が地面にめり込み、地盤が大きく隆起すると共に暴発した雷属性エネルギーが金獅子を大きく吹き飛ばす。

横転しながら即座に立ち上がって体勢を立て直した金獅子が舞雷竜を鋭く睨む。

激怒して立髪を赤く染めた舞雷竜は地上で戦うようになる。地上を主戦場とするラージャンが相手では激闘必至だ。

決闘の風が吹く。

 

拳と鉤爪が激突して開戦のゴングとなる。

神速で行われる打撃と電撃の交錯。

金獅子の殴打を躱した舞雷竜は回転しながら触腕で薙ぎ払い、金獅子は跳躍で鉤爪を回避。

両雄が同時にバックステップで距離を取り、無傷で睨み合う。

静寂の攻防。

まるで同じ力動的空間の中にいるかのように。

 

先に動いたのは舞雷竜。僅かに右の翼を引き、目にも止まらぬ速さで振り下ろした。

連動して触手の先端の爪が飛ぶ。

狙い澄ました一撃は角の間の頭頂部を正確に捉えて、未曾有の衝撃が金獅子を襲う。

スタンさせるかと思いきや金獅子は触手を掴み、舞雷竜を投げ飛ばそうとした。

だがしかし、これは狡猾な舞雷竜の撒き餌。

舞雷竜が触手を振り上げると同時に触手を掴んだ金獅子は空中に釣り上げられ、ビーム状の電撃を撃ち込まれた。

古龍に匹敵するモンスターの中では比較的小柄なラージャンはその分体重が軽い。舞雷竜は睨み合いの間にそのことを見抜いていたのである。

更に舞雷竜は帯電した鉤爪で薙ぎ払って金獅子の上腕に深い切り傷をつけ、傷口目掛けて牙を剥いた。細い電流の迸る口元からは雷液と呼ばれる腐食性の強い体液が漏れ出ている。

 

赤黒く腫れ上がった金獅子の闘気硬化を血流の増加によるパンプアップと判断したのだろう。

出血させることで闘気硬化を解除して、雷液で腐食させることで強度を落とそうとしたようだ。

実際に金獅子の闘気硬化は腕の部位破壊によって時間を縮められる。

 

紙一重で噛みつきを避けた金獅子は片腕で舞雷竜の頭を掴み、もう片方の剛腕で鉄槌を打った。

闘気硬化した金獅子のパンチは一撃で轟竜の首をへし折り絶命させる程の威力を誇る。

頭を掴まれて力の逃げ場がない状態で受ければ、当然ダメージは甚大なものになる。

天災級の一撃。

地響きのような音と共に角に亀裂が入る。

金獅子は眩暈を起こして転倒した舞雷竜の首を掴み取り、力任せに投げ飛ばした。

翼を激しく損傷しながら倒れた舞雷竜にノシノシと歩み寄る金獅子。噛みつきを避けた時に付着した雷液で焼けるような痛みを受けたが、すぐに闘争心が痛みを上回った。

 

よろめきながら立ち上がり、後退して距離を取ろうとした舞雷竜。その側頭部を金獅子のデンプシーが襲う。闘気硬化した金獅子のパンチの威力は全てのモンスターの中でもトップクラスだ。

前傾姿勢から繰り出されるパンチの数々には金獅子の体重が乗せられている。

更に殴り飛ばされた舞雷竜に気光ブレスが直撃。

気光を照射された部分が赤熱化してボロボロと崩れていく。

 

早くも満身創痍の舞雷竜は荒々しくも美しく舞い上がり、空気中の塵を帯電させて無数の雷球を作り出した。

地上での戦いに特化した金獅子に対して、対空しながら戦うことを選択したのだ。

手の届かない空中の相手に、金獅子は闘気硬化した腕で巨大な岩を掘り起こして投げつけた。

岩は雷球を破壊しながら舞雷竜の方へ飛んだが、鉤爪の一撃で真っ二つにされて落下した。

 

金獅子が落下中の岩石を踏み台に跳躍して拳を振りかぶると、舞雷竜は触手を振って叩き落とす。

古龍級生物の中でも屈指のスピードを誇る金獅子すら寄せ付けない精密な触手捌きだ。

勢いよく地面に叩きつけられた金獅子が体勢を崩したと見た途端、舞雷竜は全身に高電圧の雷を纏って滑空突進で追い打ちをかけた。

金獅子は突進を受ける直前に舞雷竜の背中に手を着き、体を捩りながら脅威的な腕力で舞雷竜の背後に跳び上がって突進を受け流した。

相手の方を向き直りながら地面に片腕をついて着地の衝撃を緩和する金獅子。

 

舞雷竜は低空でホバリングしたまま振り返らず、その場で地面に副尾を含めた三本の尾を叩きつけて斜め後方に二つの電撃を飛ばす。

金獅子は真っ直ぐ突っ込めば斜めの軌道で飛ぶ電撃は受けないと高を括って突進。

しかしこれは左右に回避する経路を断つ為の舞雷竜の罠だった。

舞雷竜は空中放電を行い、眩く輝く巨大な雷球のようになって金獅子に苛烈な電撃を浴びせた。

雷に耐性を持つラージャンでも吹っ飛ばされて体を強打するほどの大放電だ。

舞雷竜に向かって突進した分、より一層大きなダメージを受けることになる。

既に傷だらけの二頭。

気力だけで闘っているようだ。

 

黄白の電光が樹海を明るく照らす。

地上から塔の頂上にも届くほどの雷属性エネルギーが一斉に放出された。

触手を振り乱しながら振り向き、先端の鉤爪が金獅子に切り傷を重ねる。

怯んだ金獅子目掛けて空中から蹴りを放ち、回避されたと同時に蹴り足の触れた地上に帯電域が作られた。

 

帯電域とは、強い光を放ちながら稲妻が吹き出すサークル状のエリアだ。

雷球と比べて範囲が広く、威力も高い。

空気中の塵ではなく地面を直接帯電させることで相手の行動範囲を狭めることが出来るのだ。

長大な触手によるリーチと設置技の組み合わせは地上の敵を寄せ付けない。

体の回転を利用して触手を鞭のように振るい、華?美な電撃で獲物を仕留める戦いぶりはさながら舞のようだ。

 

金獅子は両腕を地につき、口を大きく開いて黄金の破壊光線を撃ち出した。

気光ブレスである。

黄金の突風ともいえる巨大なエネルギーは豪快に大地を抉り、帯電域もろとも舞雷竜の片方の副尾を破壊した。

舞雷竜は体を傾けて胴体への直撃を回避すると、気光ブレスの隙を突いて腕に噛み付いた。

金獅子のパンチを警戒して飛び退き、滞空した状態で睨む。

腕に付着した雷液で金獅子の表情が歪んだ。

離れ側に鉤爪が頬を掠めて小さく血飛沫があがる。

 

煌びやかな黄金の毛が風に揺れる。

腕の切り傷から血が滴る。

二頭の戦いに、再び静寂の時間が訪れた。

無双といわれた者同士の戦い。

圧倒する力でぶつかりあう恐暴竜と棘竜の戦いとは趣の違う展開となった。

限りなく頂点に近づいた者同士の戦いのもう一つの形。

 

それは激突と後退を繰り返す一進一退の攻防。

パンチとキックの交錯。電光と気光の交錯。

警戒心と闘争心が混じった黄金比の敵意が編み出す無縫の攻防。

 

金獅子はナックルウォークから直立の姿勢にになり、双腕に力を込めながら怒号を飛ばした。

エネルギー消費が激しい闘気硬化は、生命力を燃料に戦闘能力を強化しているような状態だ。

腕の傷は深い。金獅子には限界が近付いている。

赤黒く腫れ上がった腕から蒸気が噴き出す。

金獅子の怒髪は命を燃やしたかのように黄金に輝いた。赤い瞳が覚悟に燃える。

 

金獅子の覚悟に応えるように、舞雷竜は空高く舞い上がった。そして全身から眩い雷属性エネルギーを迸らせて、急降下の体勢に入る。

 

『急降下放電キック』

『闘気硬化プレス』

 

正面衝突ではない。上からの潰し合いだ。

飛行能力を駆使して上を取ったのは舞雷竜。

硬質化した腕で一撃必殺の蹴りをガードしたが、腕を貫き胴体まで重く響く衝撃が降る。

意識が薄れる中、金獅子の体の底から黄金の旋風のようなエネルギーが沸き上がった。

必殺の蹴撃を腕で受けながら、それを押し返す勢いで跳躍。

闘気硬化した両の腕を力任せに叩き付けて舞雷竜を撃墜したのだ。

衝撃波の及んだ地面全体が金色に煌めき、一帯は樹海とは思えないほどの煌びやかな光景へと変化した。

 

焼け焦げた木々。

黄金に光る大地の上、勝利を確信して馬乗りの体勢で雄叫びをあげるラージャン。

 

体内に秘めた気光エネルギーを放出する気光ブレスとは訳が違う。

大地を覆った黄金の光は、具現化した闘気のエネルギーそのものだった。

溢れんばかりの闘志を込めた拳の一撃によって、着弾地点に気光を発生させたのだ。

舞雷竜という至高の強敵の存在があったからこそ放つことが出来た金獅子の闘争心の結晶である。

 

既に蹴りを受けた片腕は折れている。

しかし金獅子は攻撃の手を緩めず、全身全霊を込めたパウンドを繰り出した。落雷。

マシンガンのような黄金の拳の暴風雨。

舞雷竜の体内から通電した体液が漏れ出して、全身が凄まじい稲妻を纏う。

舞雷竜は金獅子の傷口に咬みつき、全身から広範囲に放電しながら激しく抵抗する。

金獅子の片腕から徐々に力が抜けてパウンドの速度が落ちていく。

 

そして遂に金獅子の怒髪は萎びて黄金の輝きを失い、金獅子は漆黒の牙獣と成り果てて倒れた。

フラフラと足が泳ぎ、舞雷竜から離れていく金獅子を吠えながら追い立てる舞雷竜。

 

最後の力を振り絞って宙に舞い、帯電キックを繰り出そうとしたその時だった。

電流が流れる音と肉が焼ける音が混ざり合い、舞雷竜の体内で電撃が炸裂した。

舞雷竜は雷属性エネルギーを制御する器官を破壊されたことで電流の制御が出来ない状態に陥っていたのだ。

その状態で雷を酷使したことで遂にショート。

暴発した高圧電流は舞雷竜を内側から焼き粉がしたのだった。

 

ここでダウンしていた銀火竜が起き上がって舞雷竜の頭部を掴み、金獅子に向かって投げつけた。

咄嗟に金獅子が角を向けたことで首に剛角が突き刺さり、遂に舞雷竜は息絶えた。

 

〜火山外れ

 

爆鱗竜の縄張りを抜けた遥か先。

ギルドと周辺諸国は協力して要塞を作り、二頭との最終決戦に臨もうとしていた。

災厄が訪れて、破局を迎える。

逢着した覇竜と崩竜は烈震を起こしながら爆音の雄叫びをあげて歓喜したが、双方空を見た。

四色の光の放つ巨大な積乱雲が接近しているからだ。

高さは十キロメートルを上回り、横幅は数十キロにも達するであろう巨大な山のような雲が突然発生して地上のすぐそばまで降下していた。

 

雲そのものが虹色に変化している。

蒼電と龍光が迸り、火が噴いて氷が降る。

実体を持つカオスのような、名状し難い特濃の概念が空を覆う。

錆びた歯車の軋む音と精密機械の起動音が混ざったような嘶きが聞こえてきた。

 

「あれは...世界の...誤作動?」

 

しとしとと機械油のような匂いの霙が降る。

水溜りに油膜が張って発火したと思うと、霙は火の雨と化して地表を炙りつけた。

気づけば霙は極太の火炎放射の束となって二頭の飛竜に襲い掛かる。

 

『ソニックブラスト』

『氷息』

 

巨人達は雲に向けてビーム状のブレスを放つことで、その壮絶な推進力で火炎放射を押し返した。

すると雲の水蒸気の中で突然発生した高濃度の龍属性エネルギーが乱反射して拡散。

赤く輝く雲とブレスのエネルギーが激突して大爆発を起こした。

積乱雲の内側から機械が軋む音が鳴り響く。

雷鳴と共に火炎のような形の影が映り、直後に発生した熱波で要塞の防護壁が赤熱化。

続いて発生した寒波により熱膨張していた防護壁が急激に冷やされて破砕した。

続いて無数の雷が地上を薙ぎ払い、覇竜と崩竜と共に要塞を襲う。

雷の落ちた地点から龍光の稲妻が走り、崩竜と覇竜は大きく後退した。

 

「一体あれはどういうことだ!世界そのものが破局に抵抗しているというのか!」

 

「我々人類の力は、全く神々に及んでいない!

戦っているつもりになっているだけで、奴らの縄張り争いに巻き込まれているだけだったんだ!」

 

積乱雲が白く輝いた。

遥か彼方から横振りの氷柱の弾丸が砂嵐のように押し寄せて、避けられなかった人々をズタズタに切り裂いた。

 

二頭の巨神は爆音の咆哮で氷柱を砕いて身を守ったが、氷柱は衝撃波に触れた途端赤く発光して爆発。内側から放出された龍雷が二頭の巨神に突き刺さる。

 

「雲から何か出てきたぞ!」

 

「全身から赤黒いエネルギーを発してる」

 

「駄目だ駄目だ」

 

「駄目だ生きられない」

 

当然だ。神の裁きである。

 

地面が融けて冷え固まり、凍った岩盤の上を溶岩が流れている。

二頭の巨大な竜を前に、それ以上の殺気を放つ凄まじいモンスターが佇んでいた。

それは紫の光を放つ龍。

 

神をも恐れさせる最強の古龍。

煌黒龍アルバトリオン。

 

前方に伸びて天を貫くように反り上がった角。

触れる者全てを無慈悲に切り裂く漆黒の鱗はその全てが逆鱗。

見る角度によって青くも赤くも見える量の翼は広がると同時に時空を切り裂いた。

そのため周囲で発生する摩訶不思議な現象は際限なく時系列と位置関係が狂い続けている。

熱と冷気の切り替わりによって煌黒龍の周りだけ気の流れが異なり、禁忌の神体を防護する鎧のように見える。

不安定な属性エネルギーが絶えず天候を変えて、その姿を曖昧にしている。

 

この世の者とは思えないその姿は、眺めているだけで夢と現実が融和しているような感覚に陥る。

この世界を何者かが見ている夢とするならば、煌黒龍は現実との接合部のようだ。

妖艶な尾が地を撫でる。

 

ただただ圧倒される二頭の巨神を前にして、史上最強の存在が直々に来訪した。

 

〜ギルド

 

「生存者無し。全滅。死因不明。火山から山岳地帯まで燃え広がる爆炎が目撃されています。焼死ではないかと」

 

「金属が擦れるような音がした後に積乱雲が一気に消滅。その後に前線の要塞と連絡が取れなくなったとの報告だ。それに...」

 

「五回対称パターン?」

 

「そうだ。なんでも、積乱雲の化け物と海底から回収された不朽体の共通点が多いということで研究チームが不朽体の研究を再開したらしい。

すると不朽体には理論上はあり得ない高次元構造が見られたそうだ」

 

「不朽体って、確か全てを司る古龍種の翼膜だと以前から噂されていましたよね」

 

「煌黒龍アルバトリオン。全ての古龍の中でも最強の存在。焚書が行われて記録はほぼ全焼。

黒龍や煉黒龍と違って人類と戦争を起こしたという記録はない。敵か味方か」

 

「世界各国で自然災害が発生しているようです。人類存亡の危機は終わっていませんね」

 

「五という数字は忌み数だ。不朽体は不吉の前兆か」

 

〜塔

 

「雷鳴が止んだ。舞雷竜は倒されたようだ。

後は塔の起動を防げば最悪の事態は防げる」

 

ハンターはそういって塔に供物として捧げられた幻獣のたてがみを取ると、ポーチの中に入れた。弾ける電気を受けながら幻獣の雷尾を掴んだ時、何者かに手をつかまれた。

暗い部屋でギルドナイトと話していた黒服の男だ。

 

「そうして貰っては困るんだよ」

 

黒服の男はハンターを蹴り飛ばした。

ハンターは語りかけながら立ち上がる。

 

「煌黒龍は自分以外の存在が力を持つことを許さない。塔が時空の歪みを発生させたと知れば、私達は古代文明と同じ道を辿る事になるぞ」

 

「我々ギルドは煌黒龍に挑戦する」

 

黒服の男の背後には、ギルドマネージャーの姿があった。

 

「お前は――」

 

「すまない、ハンター殿。古龍の脅威は人類が乗り越えなければいけない問題なんだ」

 

ハンターは怯えた目でギルドナイトの方を見た。

ギルドナイトは黙って首を横に振ると、双剣を抜いて黒服の男に刃を向けた。

 

「ギルドナイトセーバーか。その剣を握ることが出来るのはギルドナイトの中でも一部だけ。

それを私に向ける意味が分かっているのかね?」

 

「貴様こそ自分のしていることが分かっているのか。人類が滅びるんだぞ」

 

「分かっているとも。我々は塔の技術を利用して煌黒龍を討ち倒し、古代文明を超えていく」

 

すぐにハンターの目に闘志が戻り、冷たい口調で相対するギルドマネージャーを突き放した。

 

「煌黒龍は鋼龍どころの脅威ではない。

君は鋼龍の通った街をみたはずだ。それを超える惨劇が全世界を襲うことになる」

 

「じゃあ人類は黙って古龍にやられ続けろっていうの!?勝てないから!敵わないからって!それなら死んでいった子の人生はどうなるっていうの!?それじゃあ、あの子が居た堪れないよ」

 

ギルドマネージャーが涙を流しながら訴えるたびに、ハンターの瞳孔が小刻みに震えた。

しかしハンターは気を強く持って、息を震わせながら冷たく言い放つ。

 

「最強の裁定者である煌黒龍を倒すことは我々には不可能だ。もし倒しても古龍災害は終わらない。世界の均衡が大きく乱れて、人類は大いなる意志を敵に回すことになる」

 

「大いなる意志だとか裁定者だとか、あたし達の技術よりそんな伝説を信じるって言うのかよ!古龍だって倒せるって言ったのは嘘だったのかよ!信じてたのに!救われたのに!」

 

不安に曇るハンターの表情を目に留めず、ギルドマネージャーは続けた。

 

「あたしヒーローだと思ってた!あんた達ハンターのこと!でも違うんだね!モンスターから助けてくれないんだね!そうだろ!」

 

 

 

 

「答えてみせろよ!あの時みたいに!」

 

 

「...そうだとも」

 

ハンターは俯きながら無理に笑顔を作って、ほろ苦く笑って答えた。

 

「...え?」

 

「ハンターはヒーローじゃない。ハンターだ。

特別な英雄なんかじゃない。ただの人間だ。」

 

分かっていた。

聞く前から分かっていた。

 

「そんな答え...求めてなかった...」

 

ハンターはギルドマネージャーの涙を手で拭って、震えた声でゆっくりと言った。

 

「だから、俺以外のハンターに古龍と戦う責任なんて負わせないでやってくれ」

 

「それって――」

 

「モンスターハンターは、俺一人で十分だから」

 

それは、人でありながら人の身を超えた業を一人で引き受けるという覚悟だった。

真のヒーローとは歓声の中に立ちつづける者達のことではない。

ヒーローとは、ただ愛だけのために残酷な運命に立つことも厭わない者達のことである。

 

ココット村の英雄は自分の為に戦ったのではない。自らの死と引き換えに、世界中の人々の未来を守るために戦ったのだ。

だから英雄は決して不幸ではないだろう。

悠久の時が経って覇竜と崩竜が復活するまで、人々の平和は守られたのだから。

 

しかし、その道は残酷だ。

自分の身を犠牲にするということは、自分を愛する人を悲しませることだ。

だから英雄は誰からも愛されない道を選んだ。

英雄と言っても人の子だ。名誉も栄光もない暗い道を進む心細さに震えて、時に苦しみ悶えながら進むのだ。その苦しさを独り占めするために。

 

黒服の男がフッと笑ってハンターに言った。

 

「モンスターハンターの君に聞こう」

 

「私を止められるか?」

 

黒服の男が黒い上着を脱ぐと、禍々しい見た目の装備が露わになった。

 

「これはリルスシリーズと言ってね。

塔の伝説を基に大量の飛竜の素材を余すことなく使って製造したものだ」

 

 

 

「生命創造の禁忌を侵すことなく造られた現代のイコールドラゴンウェポンだよ」



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パンドラ

 

昔。ロックラック。

 

記憶の中、栞のページ。

風通しの良い部屋でハンター日誌を一緒に読んだ日々が鮮明な色彩と共に蘇る。

 

「俺、両親居ないんだ。古龍に村を襲われた時、大人は誰も助けてくれなかったからさ。だから俺が古龍を倒せるハンターになって、古龍に襲われた村の人たちを助けるんだ」

 

自然の象徴たる古龍を狩るなんて、常識では考えられないと笑って本心を誤魔化した。

潮風で錆びた金具と砂上船。湿った石造りの道。

火竜の真似をして遊んだ数年間。

 

古龍種の狩猟許可はごく一部の優秀なハンターにしか降りない。手練れのハンターが手を組んでも、古龍種に勝つことは難しい。

人が古龍に挑むのは、死ににいくようなものだ。

最初のうちは無理だと笑っていたが、揺れない信念に魅せられて背中を追うようになっていた。

 

「俺もハンターになって、一緒に戦うよ」

 

村が滅ぼされてから、友達や仲間が出来た。

それでもあの日骸龍が心につけた傷痕が癒えることはなかった。

だけど、その言葉を聞いた時には生まれて初めて心の底から笑えた気がした。

 

数年後。

 

「そうか...ハンターにはなれなかったのか...」

 

「本当はお前と一緒にハンターをやりたかった」といった時のお前の辛そうな顔を忘れられない。

それは、足並みを揃えてハンターになれなかった自分への失望に見えた。

 

「それで、ギルドで働くことに決めたんだ。

ハンターズギルドの職員として、ハンターのサポートをしたい」

 

「勉強、忙しくなるんだろ」

 

目線を逸らして、微笑んで、頷いた。

 

「また会おう」

 

それが最後だった。

 

〜神域

 

次から次へと繰り出される無数の属性攻撃に消耗した様子の覇竜と崩竜。

その上に、瞬く幽冥の星が静止している。

体格で勝る覇竜と崩竜は地形を崩し天候を変える程の攻撃で煌黒龍に挑んだが、煌黒龍の機動力についていくことが出来ず、攻撃を当てられずに圧倒されていた。

 

神をも恐れさせる最強の古龍からの要望は一つ。

それはこれ以上この惑星を荒らさず、棲家に戻ること。

伝説の飛竜とはいえ、所詮は生物。

それが煌黒龍の勝因なら、煌黒龍とは一体何者なのか。火山の地下へ逃げ帰る覇竜と、雪山の地下へ逃げ帰る崩竜。

煌黒龍は慄いて退いていく巨神を睨み、そしてフォンロンの塔の方を見た。

 

そして、時空を切り裂く翼を広げて大空へと飛び立った。

 

〜塔の頂

 

 

「生命創造の禁忌を侵すことなく造られた現代のイコールドラゴンウェポンだよ」

 

凶々しく歪んだ殺気を放つその装備は火竜のものと酷似していた。

鎧が人を着ているかのような錯覚は、それが人の道から逸れた超常の力ということをありありと見せつけていた。

 

「ギルドマネージャーを頼んだ。これは我々ギルドの問題だ。こちらに任せてくれ」

 

ギルドナイトはそういうと身を屈めて大腿部に力を込めた。

 

「ほう。イビルジョーの力か。

かつてドラゴンウェポンを使って恐暴竜を討伐したギルドナイトが居たと聞いたが、君だったか」

 

恐暴竜の素材から作られた防具をバンギスシリーズという。

破壊衝動や飢えに襲われる代わりに、装着者の運動性能や耐衝撃性能を飛躍的に向上させる極上のパワードスーツだ。

軽く上体を傾けてギルドナイトセーバーの切っ先を躱すと、リルスの男は薄く笑った。

そして軽く盾で小突いただけでギルドナイトは吹っ飛ばされ、体を回転させて受身をとった。

 

「これは刻竜剣という剣の贋作だ。

リルスシリーズも無敵の防御力を持つが、真の脅威は武器だ」

 

その言葉は嘘ではなかった。

空気中を迸る凄まじい龍属性エネルギーに、バンギスヘルムの恐暴竜の鉤爪が反応している。

まだ攻撃すらしていないというのに、空気中に薄く赤が差し込むほどのエネルギー量だ。

緊張で口が乾く。バンギスの副作用で気を失いそうなほど喉が渇いた。

鬼人薬グレードを飲み干して喉を潤すと、心臓の鼓動で理性が飛びそうになった。

リルスシリーズの覇気に鼓舞されたように、破壊衝動がギルドナイトの頭を埋め尽くしていく。

 

「表に出ろ」

 

「そうだな。私も塔を破壊したくはない。頂でやろうか」

 

〜塔の頂

 

無言。ギルドナイトは納刀した。

そして刻竜剣の一閃より疾く相手の手首を掴み、関節部を潰す勢いで握りしめた。

リルスの強度に手骨が折れたが、バンギスの手甲で形を保ち一層握る力を強めた。

相手の手首が折れる寸前。シールドバッシュが来るのを見てから盾が顔に触れる前にリルスの男を蹴り飛ばした。

軸足を伝う衝撃が塔を這う。

ギルドナイトは無言のまま勇み足で近づき、脚の骨にとてつもない負荷をかけながら一歩ごとに石の床を踏み砕く。

 

「そんなことをして、君も無事では済まな――」

 

盾の上から拳の殴打。殴りつけた拳の骨が砕ける音がした。轟竜の如き原始的な恐怖が湧き上がり、一同は絶句した。

さらに折れた柱の上から金と銀の飛竜が飛来している。戦いを終えた銀の火竜は疲弊しているが、それでも火の球のようになって向かってくる。

 

ギルドナイトは片腕の骨が砕けているというのに頭を両腕で掴んで幾度となく膝蹴りを打ち込んだ。抵抗しようとすれば腕を持ってボロ雑巾のように投げ飛ばし、狂気的な速度で近寄って殴り続けた。

破壊衝動に魘されて人を捨てた極悪な暴力。

折れた手でギルドナイトセーバーの柄に指がめり込むほど強く握って突き立てようとすると、斬りかかる刻竜剣と激突して龍属性が飛散した。

 

「駄目だ。通用していない」

 

ハンターが呟いた。

そして片手剣と双剣による超神速の剣技がぶつかり合った。それはまさしく力と技の激突。

人の手に余る悪魔の力の闘争。

スピードの遅さを怪力でカバーしてギルドナイトセーバーを力強く振り回したが、刻竜剣の強さは絶大だ。鬼人化状態の双剣の絶技を盾で受け流し、その都度刀身に攻撃を加えた。

神の切れ味を持つといわれたギルドナイトセーバーがどんどん刃毀れした。砥石を使う余裕は無い。

そして、リルスに微かな傷をつけたその刹那、ついに刻竜剣の一撃で刀身が刎ねられてしまった。

 

更に刻竜剣は袈裟斬りの形でバンギスメイルを切り裂いたが、バンギスの力に痛覚を奪われたギルドナイトは武器など関係ないとばかりにカウンターのラリアットでリルスの男をダウンさせた。

倒れ込んだ頭部を何度も踏みつけて刃毀れしたギルドナイトセーバーを顔面に投げつける。

投げられたギルドナイトセーバーをギルドマネージャーが拾った。

驚くべきことに、ここまでの暴行を受けてもリルスシリーズは衝撃を吸収して装着者を完璧に守り抜き、鎧の内側は無傷だった。

剣先から古龍を慄くような龍属性エネルギーを溢れさせながら何事も無かったように起き上がった。

二頭の火竜が蒼い火球を放って攻撃したが、耐熱性に優れたリルス装備の守りを崩すことは出来ない。爆風で人形のように吹き飛ばされ、それでも平然と立ち上がるだけだ。

 

「気は済んだか?」

 

そういってリルスの男がバンギスメイルを斬りつけると、ギルドナイトは血を流しながら膝をついた。リルスの男は防具についた埃を叩き落としながら笑った。

銀火竜の突進に対して剣から放たれる竜属性エネルギーで迎え撃ち、斬撃で頭殻に傷が入る。

 

「恐暴竜の力が齎す筋力には驚かされたが、煌黒龍と戦う私の敵ではない。リオレウス希少種とリオレイア希少種も同じだ。二人と二頭で同時に攻めても私には傷ひとつ付けられない」

 

金火竜は即座にサマーソルトを繰り出したが、腰を入れて力を込めた斬撃に尾が弾き返され、バランスを崩して地に落ちたところを盾で殴られてスタンした。

ギルドナイトは傷を抑えて背中を丸めながらギルドマネージャーに頼んだ。

 

「剣を...俺の剣を研いでいてくれ...」

 

「分からないのか?

刻竜剣は神を断つ剣だ。神の領域といわれるギルドナイトセーバーも私の刻竜剣には及ばない」

 

静かに赤い輝きを放つバンギスメイル。

 

「さて、後は君だけだな。

ハンターはモンスターとの戦いの為に生涯をかける。仕事柄ハンターの始末まで手掛ける私をその酷く大きな剣で倒せるか?」

 

「彼が戦ってくれたお陰で希望が見えた。後は実行するだけだ」

 

ハンターはそういうとリルス装備の男にタックルして腕を抑え、塔の頂まで走って出ようとした。

 

「お前の防具の耐久性は無敵だ。そして、武器の攻撃力は最強だ。対人の剣技も私より優れているだろう。しかし私は負ける訳にはいかない」

 

「ここからどうする?バンギスの怪力でも私を倒せなかった」

 

「お前を止められるかと聞いたな」

 

「それがどうした?」

 

「お前を止める」

 

そういうとハンターは黙ってリルス装備の男を抑え込んだ。そう。これが彼の選んだ必勝法。

 

バンギスとリルスの戦いの時、力勝負ではリルスはバンギスに敵わなかった。

二人の明暗を分けたのは、攻撃力と防御力だ。

斬撃や打撃で破壊しようとしても技では敵わず、武具の性能も相手の方に分がある。

大剣は人を相手に振り回すためにはあまりにも重く分厚い。

しかし、日常的に大きな武器を振り回して大きなモンスターを狩っているハンター達はどんな職業にも勝る力仕事だ。

 

人を始末するギルドナイト達にも筋力では勝る。

バンギスを超えなくていい。

ただ目の前の相手を立ち上がらせない不屈の意志と力さえあれば、相手を抑えられる。

 

「塔の頂から突き落としただけで、私を殺せるかな?」

 

「その必要は無いようだ」

 

ギルドナイトがいった。

 

「塔には棘竜の亜種が居るという噂だ。貴様が教えてくれた」

 

「ほほう。しかしモンスターの誘導には気が乗らないのだろう?」

 

「あるものは全て使えとのお達しだ」

 

ギルドナイトはハンターに視線を送った。

 

「あのモンスター、いつからここにいたんだ」

 

神々しく座る金と銀の飛竜の奥で眠る竜がいる。舞雷竜に金火竜と銀火竜。数々の危険なモンスターが戦ったばかりだというのに、完全に気配を消して塔の隅でただ静かに眠っている。

 

「棘茶竜か。確かに未知のモンスターだな」

 

眠る棘茶竜を見て、ハンターが真剣な口調で言い放った。

 

「爆破するぞ!伏せろ!」

 

ハンターがアイテムポーチから取り出した大タル爆弾Gを投げると、その隙にリルスの男は身を捻って拘束を逃れて剣を突き刺そうとした。

ハンターはバックステップで回避して大剣で身を守る。剣ではなく、怪物の咆哮から身を守る。

リルスシリーズは完全な聴覚保護を実現しているため、棘茶竜の咆哮の影響を受けない。

 

冷や水をかけられたかのように銀火竜と金火竜が起き上がり、リルス装備の男に襲い掛かった。

蒼い光を放ちながら、三頭の秘境の怪物が吼える。

 

棘茶竜は橙色の紋様を浮かび上がらせながら、空を舞うのではなく、地を歩いて寄ってくる。

 

金火竜の火球がリルスの男を襲ったが、剣の一閃で掻き斬られた。

続いて銀火竜が鉤爪を立てて急降下したが爪が鎧に通らず、刻竜剣の一撃を受けてダウンした。

銀の竜鱗に竜属性エネルギーの稲光が反射する。

二頭に続いて棘茶竜が火球を放つと、金火竜と銀火竜は大きく距離を取って回避した。

 

「今なら勝機がある。畳み掛けるか」

 

ギルドナイトは秘薬を口にして胸の傷を瞬時に回復させ、三頭の飛竜種に加勢した。

 

「ぶっ飛ばされて頭が冷えた。ハンターは人と戦う仕事じゃないだろう。

塔の動力部に行って幻獣の聖遺物を取り払ってくれ。こいつは俺達でなんとかする」

 

三頭の飛竜は口元から火煙をあげながら男を包囲して代わる代わる攻撃を繰り出した。

棘茶竜と金銀の飛竜の共生は報告されたことがないが、強大な敵を前にして争っている暇は無いと判断したのだろうか。

 

「私が逃すと思うか?」

 

棘茶竜の地を抉る突進を躱した先に、銀火竜の空を裂く鉤爪が下る。

刻竜剣と爪がぶつかりあって火花を上げると、たちまち龍属性エネルギーが銀火竜を襲う。

しかし銀火竜は爪の攻撃が着弾したと同時に地上に風を吹き付けて空中で後退して避けながら火球を吐いて対抗した。

完全な火耐性を持つリルス装備は銀火竜の生み出す超高温の爆炎の中でも着用者を保護する。

全ての属性攻撃を打ち消す龍の力が働いて、火属性ダメージを内側に通さないのだ。

 

銀火竜の火炎を目眩しに金火竜が尾で薙ぎ払い、男はなす術もなく吹っ飛ばされた。

金火竜の尾には猛毒の棘が備わっており、尾を使った攻撃を受けた相手に強毒を叩き込む。

あの鋼龍すら体が弱る程の猛毒だ。

しかし、男は金火竜の毒を受けた筈が毒に苦しむ様子は無い。それどころか悠長に回復薬を飲みながら歩み寄ってくる。

男はリルスコイルの機能により毒への完全な耐性まで身につけているのだ。

 

神の切れ味すら通用せず、毒や炎も効かない。

この男を倒す糸口が掴めない。

 

「思いついたこと全てを試す時間はない...かといって焦って強引に攻撃に出れば即死の恐れがある。迂闊に手を出せないな」

 

ステップを刻み続けて攻撃を撹乱し、刻竜剣を振るわせないようにしつつ攻撃は飛竜に任せる。

防具の関節部分を狙おうとしたが、よく見ると関節部分の防具のつなぎ目の内側まで装甲が重なっていて隙がない。

それでいて関節の動きを制限するパーツが一つもないため、動きの邪魔をしない。

それどころか動き続けていくうちに体に馴染み、まるで体と鎧が一体化したかのように振る舞う。

 

ジャンプして両足で踏みつける棘茶竜と、回避した先を狙って火球を撃つ銀火竜。

男は無敵の鎧を持ちながら、しっかりと攻撃を回避して鋭い反撃を浴びせる。

脚を斬りつけられた棘茶竜が昂って火炎を吐き出すと、塔の火に触れた部分が煙をあげながら融解した。

 

「恐ろしい温度だ」

 

男は不敵な笑みを浮かべた。

盤石の鎧と盾は先の見えない絶望。

そして一番恐ろしいのは、翳しただけで大量の龍属性エネルギーを放つ刻竜剣だ。

攻撃を回避させ続けていればスタミナを削って勝てるという希望は、刻竜剣の攻撃力の前に潰えた。

 

「後は短期決戦しかない」

 

思わしくない雲行きの中、棘茶竜のブレスで溶解した塔からあがる煙には見覚えがあった。

忘れたくても忘れられない恐ろしい記憶。

バンギスの鎧を見る度にいやでも思い出す。

三頭の竜とリルス装備の男の戦いは熾烈だ。

いくら高性能のバンギス装備があるといっても、あの火焔の嵐を浴びれば長くは持たないだろう。

しかし、棘茶竜のブレスには確かにあの無敵の男を倒す希望があると確信していた。

塔の頂を火炎が包む。

辺り一帯は火の粉と熱気に包まれたが、刻竜剣の放つ龍雷はその熱をすぐに消し去った。

 

「悪いが私はハンターを追うよ。私の目的は塔の起動だ」

 

男は三頭の竜の猛攻を掻い潜り、塔の内部へと走った。戦いの途中に背を向けた男を逃すまいと金火竜が突進して尾を振るうと、男は向けられた尾に勢いよく刻竜剣を突き立てて大きく怯ませた。

その隙を狙ってギルドナイトは後ろから男を羽交締めにすると、棘茶竜の方に男を向けた。

上体を起こして大きく仰反った棘茶竜は、これまで見たことのないようなただならぬオーラを放っていた。不穏な空気が塔を包む。

何かを察したように金火竜と銀火龍が飛行して塔の頂を離れていく。

 

――凶星の降下。それはまるで、人知を超えて全てを焼き払う王の雫のようだった。

 

『チャージブレス』

 

棘茶竜の生息する塔は他のどの地域よりも強力な生物が集まる特別な環境である。

爆鱗竜すら退けた銀火竜リオレウス希少種や、鋼龍すら退けた金火竜リオレイア希少種。

それに並ぶ数々の希少種達。

古龍やそれに匹敵する生物達の襲来に対して、在来種が撃退する異例の環境。

当然、一度撃退された経験で鋼龍や爆鱗竜が怖気付くことはない。気性の荒い古龍種やそれに匹敵する生物も頻繁に出現する。

自慢の装甲で、大抵の捕食者の攻撃を凌ぐことができる棘竜すらも、塔では生存戦略を見直さなければならなかった。

炎王龍や炎妃龍、時に浮丘龍ヤマツカミまで出現する塔で生き延びるために棘竜が身につけた新たな習性。それは、外敵を一撃で仕留めること。

怒りに伴う血流増加で身体能力を強化して外敵を徹底的に攻撃する棘竜。

棘茶竜は世界で最も過酷な環境である塔に住むことで、最強の一撃によって相手を葬る圧倒的な攻撃力を手に入れた。

修羅のフォンロン。その最激戦区に位置する古塔で磨き上げられた、古龍級生物の必殺技こそがチャージブレスなのだ。

 

「青い太陽か...」

 

その太陽は、眼前に墜ちる。

棘茶竜は着弾と同時に地上を離れた。

千言万語を費やしても表現し得ない、神の一撃。

それまでの超災害級生物の必殺技と比べても規模と威力は共に桁違い。

衝撃波が雲を吹き飛ばして、地上を照りつける。

これぞまさに因果。審判の劫火。

 

焦げて溶けた塔の上。

 

最後まで立っていたのは、リルス装備を着た男の方だった。

 

古の龍すら火葬するチャージブレスの直撃を受けて耐え切ってしまったのだ。

焼け爛れたバンギス装備と色味の変わらないリルス装備。リルスの力は遂に神々の力を超えてしまっていたのだ。

男は回復薬を飲みながらいった。

 

「効いたぞ...だが、これで分かっただろう。私を倒すことは何者にもできない」

 

ギルドナイトは仰向けに倒れてアイテムポーチを探したが、中の秘薬ごとチャージブレスの高熱で焼き切られてしまったようだ。

 

「俺はこれまでだ...だが、今度こそ条件は揃った。後はハンターに任せる」

 

ギルドナイトはそういって、薄れていく意識の中で目を閉じた。

 

「後は彼を始末するだけだ」

 

塔の中から幻獣の素材の除去を終えたハンターが帰ってきて、男を見た途端斬りかかった。

 

「俺は逃げも隠れもしない」

 

正面から輝剣リオレウスの斬撃が襲う。

男が刻竜の盾で防御すると、剣は盾にめりこんで火属性エネルギーを放った。

盾が軟化している。

 

棘茶竜の火炎に呼び起こされたギルドナイトの記憶。それは恐暴竜イビルジョーとの死闘だった。

恐暴竜の唾液を受けて溶けた獲物の甲殻から上がる煙と、棘茶竜の炎を受けて溶けた塔から上がる煙が似通っていたのだ。

リルス装備の鉄壁の耐久を崩す希望。

それは強酸。

リルス装備は頑丈だ。属性エネルギーを龍の力で遮断する。完璧な耐毒性も備えている。

しかし、リルス装備の耐久力に真っ向から向き合うことこそが唯一の攻略法だったのだ。

 

「重酸の火炎...これが棘茶竜の能力か。あと少し力があれば私を倒すことが出来ただろう」

 

龍雷を纏った刻竜剣が今まさにハンターを切り裂こうとした。

 

「おっと」

 

突進してきた金火竜の頭部に刻竜剣が突き刺さり、リルス装備の男は血飛沫を浴びた。

目の前で金火竜に酷い傷を負わされた銀火竜が激昂して乱舞のように爪や尾を打ち付けたが、全て刻竜剣で捌かれて当たらない。

たった一歩下がらせることも出来ない。

 

――その時。

背後からの一突きだった。

研ぎ澄まされたマスターセーバーがリルスメイルごと胸を貫いた。

神の切れ味が、竜の酸の力を借りて神を超えし武具に打ち勝ったのだ。

 

「馬鹿な。立ち上がれないように斬った筈――」

 

驚いたリルス装備の男が後ろをみると、剣の主はギルドマネージャーだとわかった。

男は信じられないというような目つきでギルドマネージャーを見ながら、震える手で傷を抑えた。

 

「...何故だ。君の悲願は、古龍に怯えなくてもいい世界の創造は私にしか成し得ない筈だ」

 

鎧からポタポタと血が垂れる。

兜の隙間から涙のように煌めくものが見えた。

 

「貴方は私の夢を叶えようとしているんじゃない。古龍に勝てない自分を認められないだけです」

 

血が噴きでないようにとゆっくり剣を引き抜くと、刺激的な龍属性エネルギーが迸ってモンスター達を寄せ付けないように威嚇した。

まるで、道を違えた二人の最後の会話を護ろうとしているかのように。

後退する棘茶竜と金銀の火竜。その眼差しはどこか怯えているようにも見えた。

 

「私も同じでした。古龍に勝てないのがこの胸の苦しさの原因だと思っていました。でも違ったんです。私が本当に許せないのは誰も救えない己の弱さだったんです」

 

「そうだ。人の弱さに打ち克つために、私は人の力を捨てた。それに古龍を超えることは私の悲願でもあった。今の私を見たまえ。

金と銀の火竜を寄せ付けず、バンギスの力すら上回った。私はお前の夢見た姿だ」

 

「罪のない人々を犠牲にして夢を叶えるくらいなら、私は報われない人生を選びます。

...私は勝ちたかったのではなく、救いたかった」

 

ギルドマネージャーは少し俯いて、前髪の影で目元を隠した。

 

「貴方も同じだった...!」

 

隠しても隠しきれない雫が頬を流れた。

道を違えたとはいえ、元は自分と同じ夢を口にしていた上司だ。

その葛藤も苦悩も全て共有した存在だった。

 

「...私にもヒーローが居たら、何か変わる事が出来たのだろうか...」

 

「...君がそう在ろうとしてくれていたのに、私はなんて愚かな男だ...」

 

ふと目があったひと時に、男の目の奥に微かな灯りを見た気がした。だが、それが最後だった。

別れを惜しむ間も無く、三方向から敵意が向けられた。

ハンターは大剣を納刀して、倒れたギルドナイトを担ぎ、冷や汗を滴らせていった。

 

「逃げるぞ」

 

頂から駆け降りて塔を出ると、虹色に光る龍が遠く高い空を厳かに飛んでいた。

 

〜ギルド管轄地域のとある施設の一室

 

怪我でベッドに横たわるギルドナイト。

お見舞いに来たギルドマネージャーとハンターがベッドの横に立っている。

部屋には海を泳ぐ海竜の絵が飾ってある。

 

「覇竜と崩竜の出現や煌黒龍の降臨に触発されて各地で休眠していた超災害級古龍が活動を再開したようです」

 

ギルドマネージャーがいった。

ギルドナイトは呆れて笑った。

 

「...ギルドはパンドラの箱を開けてしまったんだな」

 

そういって深くため息をついてから、ベッドのそばに置かれていたコップの水を飲んだ。水面に映る表情は暗い。

哀しみが滲む目を見てハンターがいった。

 

「古龍を恐れなくてもいい世界になる目処は立たない。未だに人類は闇の中を探索している。

だが――」

 

「――だからこそ、楽しいじゃないか」

 

決して屈託のない笑顔とは呼べない。

それでも嘘偽りのない言葉だった。

煌黒龍の残した傷痕は深い。

どこかでまだ助けを待つ人がいるかもしれない。

もし力があればと天に願う日々に終わりを告げたのは、自分達の選択だった。

 

「さて、長居する訳にもいかない。私には仕事がある」

 

 

「狩猟、忙しくなるんだろ」

 

 

 

「また会おう」



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足を引き摺る

その日、龍は翼を畳んで上から岩に触れた。

硬質の爪先が、柔らかく沈んだ。

削れた表皮に風が染みる。眼は蒼玉、顔は鋼。

もう痛みも感じなくなっていたが、向かい傷を重ねながら旅を続けていた。

古龍種はあらゆる面で他の生物とは一線を画する存在だ。図体の大きな竜達も古龍の接近を知ると途端に縄張りを明け渡す。

人が生まれるずっと前から生きていて、人が死んだずっと後も生きている。

その一生を眺めて真価を問う。

目に宿す覚悟に問う。小さき者達に問う。

 

何の為に、生きるのか。

 

震える小さな手が、冷たい金属の背中に伸びる。

届かない程遠く冷たい。

怯える民を尻目に、鋼の翼が空を覆う。

天廻。悲しみを背負う命よ。

その叫びは苦しみを訴える悲鳴なのか。

翼から滴る黒色の雫が土を覆うが、風に阻まれて鋼の龍には届かない。

背にした者に借りはないが、この空を譲ることが出来なくなった。

 

純白の魔王が泣き叫ぶ。

血を這う無数の魔物達が村へと接近している。

無数の死骸の上に君臨する災厄の神。

合切と敵対する絶滅現象。

罪深い運命を背負わされた無垢の生物。

広大な空の中心で窮屈そうに泣き叫ぶ。

 

風の鎧の中では敵も味方も見定まらない。

掻き消す力が光も影も全て阻んでいる。

しかし、その時確かに聞いた。

人語を知らない龍が、言葉を聞いた。

 

「勝てるの?」

 

幼子が強風に凍えながら心配そうに尋ねる。

深緑に伏す邪毒。溟きを泳ぐ旧い主。

かつての宿敵達を彷彿とさせる純白の力が鋼龍を威圧する。しかし嵐纏う神は退かない。

鋼の牙を剥き出しにして、禍々しく翼を広げる強大な生物を睨みつけた。

腕の周りに龍属性エネルギーが迸る。

黒い風圧が鱗粉を巻き上げて、竜巻に妖艶な闇が足される。嵐の中で青い目が輝く。

漆黒の鎧を純白の弾丸が貫き、心臓部の鋼が真紅のエネルギーで迎え撃つ。

 

「もういいだろ!」

 

上体を起こしてから掌を見つめて十秒間。

夢の終わりを確かめた。

青空の幼生が東雲に黄ばんでいる。

カーテンの隙間からキラキラと強い光が見え隠れしたから、眉間に皺を寄せながら目を細めた。

ベッドに座って、右手で目を軽く抑える。

柔らかい眠気を押し殺して、コップに溜まった綺麗な水を飲んだ。

 

戦いは終わった筈だった。

塔の戦いを終えて一区切りつけられたなら、どれだけ良かっただろう。

覇竜と崩竜は休眠期に入り、後は各地で活発化していた大型古龍達が少し残るだけだ。

それなのに、どうしてだろうか。

帰る場所がないような、心休まらない閉塞感が毎朝のように首を絞める。

炎王龍が去った後に見つかった大量の焼死体。

霞龍の怒りを買った少数民族の変死体。

ショッキングな物はずっと見てきたが、終わりだけが見えないことへの不安なのか。

 

物語に始まりと終わりという尺度が見つけられなくなった時こそが一番恐ろしい。

長年ギルドナイトとしての仕事に就いて気づいたが、本当は始まりと終わりなど存在しない。

世界の始まりなど分からない。世界が終わることはきっとない。

古龍達が休眠期に入れば、死傷者の数は少しは減るかもしれない。

しかし、天敵を失った生物の大量発生や気候の変化による大型モンスターの移動など、対処しなければいけないことはなくならない。

何も無い所から世界が始まったとするなら、世界に何も無くなってもきっとまたいつか長い時が経てば誰かが生きる世界は生まれる。

存在があるから苦しみがあるとするなら、存在に終わりのみえないこの世界の苦しみはいつまで経っても消えることはない。

あるのはただ、底のない絶望だけだ。

 

危険についての知識があると危険に正確に対処出来るようになる。

だが、知らなければ良いこともある。

豊かな知識は世界をより鮮明に映し出すが、同時に知らない方が良いものまで嫌でも知らしめてくる。知ることが苦しさに繋がる世界なら、いっそのこと消えてしまえばいいと思うほどに、終わりと始まりがないという絶望は重くのしかしかる。

古龍は人間の脳では処理しきれない不可解なエネルギー塊だという見解がある。

その一方で、そんな生物が存在することを認めたくない人々がいる。

彼らは古龍という不可解がこの世界に含まれることで、世界そのものが不可解になっていくことに耐えられないのだ。

しかし私に言わせれば、古龍達のような理不尽な生き物が理解できるということこそが恐ろしいことだろうと思う。

世界を知ることで古龍の正体に辿り着くことが出来るのだとしたら、古龍達の理不尽は否定できないものになってしまう。

更には、否定できない理不尽を持った世界を知ることになってしまう。

一体どれだけの人が危険に満ちた世界を頭で理解して認めることができるのだろうか。

これは古龍災害に遭わなければ理解出来ない感覚なのだろうか。それとも、ただの現実逃避と言われてしまうだろうか。

 

もし古龍がこの世界に組み込まれた存在だとしたら、古龍を倒すことで理想郷が実現するほど甘い話ではないだろう。

あれだけ強大な影響力を持つ存在が自然の中で役割を持っているなら、古龍達を倒し続けることで古龍災害以上の大災害を呼ぶことになってしまうのではないか。

もしそうだとしたら、古龍災害はどのように防げば良いというのか。

それとも、古龍災害によって殺されていく無垢な命を生贄にしろというのか。

 

恐暴竜が砂漠で角竜を一蹴した時に味わった恐怖を未だに克服出来ないでいる。

だからこそ、時に恐暴竜すら抑え込む力となる古龍達を倒して平和が訪れるという希望を信じることが出来ない。

恐暴竜だけではない。

ベルキュロスを破り、雷獣として君臨する牙獣の王ラージャン。

ウカムルバスを相手に大爆撃を浴びせた気高き非道バゼルギウス。

そして鋼龍に勝利したという逸話を残して姿を消した禁忌の邪毒エスピナス。

古龍種が居なくなった後に一体誰が食い止められるのか。

私には分からない。

倒した筈のモンスター達が自分を蝕んでいる。

 

〜街

 

宿を出てすぐ話しかけてきたのは、見知らぬ若いハンターだった。

狗竜の装備を身につけた彼は、悔しそうに頭を下げて言った。

 

「俺たちハンターがもっと強かったら防げたのに...」

 

仕事に責任を持つ情熱的なハンターが嫌いだった。彼らが恨みに駆られてモンスターを狩り続けると、その始末はギルドナイトに任せられる。

ギルドナイトは時に仕事仲間のハンターを手にかける汚れ仕事を請け負う。

職業柄モンスターによる被害が伝わり、ハンターの憎しみが分かるからこそ、乗り越えられない葛藤を持って密猟者を暗殺することになる。

もう慣れたことだ。

 

「それ以上言うな」

 

静かな熱を目の奥に閉じ込めて、初々しく悔いるハンターを宥めた。

彼が手に持っていたのは、ピュアクリスタルがあしらわれた女物のアクセサリーだった。

 

「でも俺は...俺は...」

 

面識はないが、聞いたことがある。

ペアで活動しているうら若き恋仲のハンターが居るという噂を。

心底悔しそうな顔を見てから、それ以上を尋ねなかった。

 

 

 

  好きと伝える前に終わってしまった。

 

無色透明の、不確かな糸で結ばれた関係だった。

同じギルドに所属する同期のハンターだった彼女は優秀で、自分より常に一歩先をいく新進気鋭のハンターだった。

混じり気のない尊敬を込めて狩猟についていく度に、繊細な狩猟の技術に驚かされた。

僕らは狩猟に失敗しないことで有名なハンターだった。それは彼女が常に先陣を切ってモンスターと戦い、時にサポートに徹して万が一が起きないように全力を尽くしてくれていたからだ。

 

そんな彼女と話すようになったのは、とある古龍種がきっかけだった。

天廻龍シャガルマガラ。

幼い頃に僕の村を襲った純白の古龍種だ。

生涯をかけて渡りを行う古龍で、故郷に向かうまでのルートには僕の故郷があった。

そして、その後に彼女の故郷も。

 

天廻龍のウィルスで狂竜化したモンスターに村を襲われて、ギルドに助けを求める時間もないまますぐに村は壊滅した。

もう随分昔のことだからほとんど覚えていないが、その時に暴風雨が突然発生したことを覚えている。

 

モンスター達に家を壊されて寝床を探すうちに雨に濡れて風に体温が奪われた。

六本の脚を拡げた天廻龍が禍々しいウィルスを放って、村は黒い霧に包まれていた。

遠方から意志を持ったように突き進んでくる巨大な竜巻が霧を巻き上げて、天廻龍が竜巻に突進して、轟音が鳴り響いた。

竜巻の中に青く輝く何かが見えて、守ってくれるような気がした。

怯えながら目を閉じて、ふと気がつくと空は晴天に変わり、天廻龍は姿を消して、建造物も竜巻もなくなっていた。

全てを失った村の中心には、いくつかの綺麗な金属が落ちていた。

神の加護だと喜んで金属を売って、その金で生活を繋いだ。

生活は貧しかった。村に金属が残されていなければ生きていくことは出来なかった。

 

後で話を聞くと、彼女も同じ境遇だったらしい。

苦しみを分かち合うことが出来たから、冷徹と謗られた彼女も僕の前では笑顔を見せてくれた。

彼らは何もわかっていない。

誰かを思いやる心が無いから笑わないのだと、人を外見だけで判断する人間は多い。

古龍の襲来で財産を失って、他の子供と同じように生きていくことができなかった彼女の生い立ちを知って同じことが言えるものか。

家族や村の人の生活を豊かにするために危険を承知でハンターになって、恐怖に耐えながら危険なモンスターと日々戦っていたのだ。

彼らにそんな彼女の何が分かるというのか。

 

天廻龍には興味が無いと笑って誤魔化していた表情にはいつも臆病が憑いていた。

昨日の事のように思い出してみると、笑って誤魔化していたのは僕の方だったかもしれない。

僕が眉尻を下げて口先を動かすといつも君の方から席を立ったから、お互い様だったかもしれない。

 

どこにも行かないで欲しいだけだったけれど、引き止めることで輝きを奪ってしまうと思った。

 

だから止めなかった。

 

 

〜砂漠の大穴

 

鏖魔と滅星龍の戦いによって、砂漠は陥落した。

地下洞窟の生態系に砂漠地帯の生物が流入して入り混じり、厳しい生存競争が行われている。

天彗龍を待っていた筈の鏖魔の姿は何処にも見る事が出来ないが、代わりに姿を消していた角竜の数が少しずつ増えている。

日光を嫌い、砂漠に生息する骸蜘蛛ネルスキュラ亜種の個体が増えることを予測したギルドは厳重な警戒体制を敷いた。

しかし、ボルボロスやテツカブラなどの昆虫食のモンスターの活躍や普段は生息域が被らないモンスター達の地下進出によって、骸蜘蛛の大量発生は起こらなかった。

 

砂漠の古龍というと炎王龍テオ・テスカトルや天彗龍バルファルク、鋼龍クシャルダオラを思い浮かべることだろう。

だがどの古龍も砂漠に巣を作る事は珍しい。

砂漠に根を張って棲むのは古龍目峯龍亜目に分類される二種類の超大型モンスターのみで、ギルドから大砂漠と呼ばれる巨大な砂漠地帯以外に古龍種が住み着くことは少ない。

新大陸では地中の環境を好む古龍種も数例確認されているが、気に入った土地に定住する性格でこの近隣に出現の兆候は無い。

地形の特色によって古龍災害から身を守ることに適した砂漠の大穴は、現在ギルドによって居住地としての利用を検討されている。

 

「なんだ!?」

 

「外部から大型モンスターの飛来を確認。

飛竜種です!」

 

そこに墜ちるように潜り込む緑の影。

風変わりな侵入者が風を変える。

新たな安息の地を求め、森を捨てて飛来したのは棘竜エスピナスだ。

恐暴竜との戦闘で角が折れ、甲殻に無数の噛み跡が残っている。

普段はその堅固な甲殻で捕食者達を寄せ付けない棘竜だが、一度攻撃に転じればどんな相手も撃沈させてきた。

しかし筋肉膨張状態のイビルジョーが発揮するパワーはまさに悪魔そのものだった。

自慢の角をへし折られながら命からがら逃げ果せたが、あれほどの怪物が出没する森に帰ることは出来ない。

 

鋼龍から奪い取った縄張りを捨てたが、それでもかつて砂漠だった場所に古龍の気配を感じない大穴を見つけた。

切り立った岩壁に囲まれた部屋のような空間は、大型竜に見つかりにくい。

 

上官の男が小さな声で言った。

 

「棘竜エスピナス...絶対に...絶対にあれを刺激するな。死ぬぞ」

 

楽園は部外者に視線を突き刺す。

あらゆる方角から敵意が向けられているが、棘竜は全く気にしていない。

水面から水が跳ねて、濡れた鬼蛙が食らいつく。

しかし、硬い岩を掘削する大顎でも棘竜の甲殻を噛み砕くことができない。

鬼蛙に噛みつかれたまま伸し歩く棘竜。

鬼蛙の怪力をものともしない鉄壁の守りである。

 

「ヘビィボウガンの弾が弾かれるわけだ」

 

ただそこにあるのは果てしない程の差。

それは古龍種との過酷な生存競争の中を生き抜いてきた棘竜と、地底の洞窟で小型の鳥竜種を屠ってきた鬼蛙のスケールの差だった。

震撼した鬼蛙が走って逃げていくが追わず、棘竜は地べたを物色した。

運の良いことに、ここには甲虫種やガスガエルが多く生息している。

食糧には困らないだろう。

 

暗闇の死角から紅の眼球が強く輝いて、長槍のような捻れた角を左右に振りながら怪物が近寄る。

主は、黒い煙のような吐息を荒げた。

真昼でも仄暗い洞窟の環境は、砂漠の生態系において別格の強さを誇る砂漠の暴君を復権させていた。

 

邪毒への凶報。

 

砂上も砂中も、死神が領だ。

 

陽の射す夜を創る女王。婚姻色の死神。

 

大地の下の地下空間で、重装甲が激突する。

砂漠の頂点、黒角竜ディアブロス亜種の君臨である。甲高い掠れた鳴き声に大気が震える。

 

黒角竜ディアブロス亜種。

妊娠して腹部に卵を抱えているため、警戒心が強くなった雌の角竜。

漆黒の甲殻は婚姻色だが、警戒色でもある。

正確には亜種と異なるが、通常種とはあまりにもかけ離れた戦闘能力と凶暴性から亜種と呼ばれている。幾度となく強敵との戦闘を経験した黒角竜の実力は古龍種にも匹敵するとされ、凄腕の狩人も戦いを避けるほど。

角竜の突進はアンジャナフすら戦意を喪失するほどの破壊力を持つが、黒角竜の力はそれを上回り、その猛攻には圧倒的な戦闘力を誇るあの恐暴竜さえも怯み、逃げ去ることがある。

 

鏖魔と滅星竜の激闘によって、鏖魔が主食としていたサボテンが全滅してしまった影響で、鏖魔と食性が似た通常種の個体数は減少してしまった。しかし、通常種とはサボテンの好みが異なる亜種は勢いをつけて縄張りを拡大。

この大穴を支配する女王として君臨している。

 

棘竜エスピナス。得意技は突進。

激毒、麻痺、火炎。相手に恐怖を抱かせるブレスの裏に隠したもう一つのメインウェポン。加速を必要としない突進は棘竜の攻撃力を象徴する攻撃として恐れられている。

 

黒角竜の前方には死のレールが敷かれる。

溢れ返る殺気を浴びて、棘竜は目の前にいる大型竜が対決に値する存在だと察知した。

太く捻れた角には国境を仕切る防壁すら一撃で粉砕したという逸話がある。

 

鏖魔によって砂漠と洞窟が繋げられた時、洞窟の生態系を悉く捩じ伏せて頂点に君臨した種こそがこの角竜種である。

水属性を苦手とする種族だが、水竜ガノトトスとの縄張り争いでは常勝無敗。

フルフルやネルスキュラなどの大型モンスターを僅か数日で蹴散らしてこの地の頂点に立った。

角を低く擡げ、筋肉質な後脚で砂をかいて唸る。

身の危険を感じた棘竜が、僅かに速く動いた。

 

死神対邪神。地獄を賭けた戦い。

 

突進同士の衝突。

 

上官が強引に部下の口を塞いだ。

 

「奴らは音に反応して攻撃する。悲鳴を上げれば、死ぬぞ」

 

頭部から真っ直ぐ角を生やしている黒角竜は棘竜より低く角を潜り込ませ、力の差を見せるかの如く放り投げた。

角が折れていなければ、棘竜の角の先端が黒角竜の頭骨を貫いて毒を流し込んだかもしれない。

だがしかし、同じ特徴を持つ同種との縄張り争いに慣れた黒角竜が正面衝突を制した。

側頭部から首周りを覆うフリルは突進へのカウンターとして首を狙う不意打ちを許さない。

体格で勝る黒角竜は膂力も一級品だ。

強靭な体で衝突の衝撃に耐え切り、一息に棘竜を持ち上げて投げた。

 

地面に投げ落とされた棘竜は回転して衝撃を流しながら立ち上がり、首をスイングして折れた角を首に突き立てようとした。

すると、首を引くことで反動をつけて串刺しにしようとした黒角竜と頭突きが交錯。

二頭は牡鹿のように角を突き合わせ、土煙を上げながら左右に振って相手を揺らす。

ガチガチと二頭の甲殻が軋む音が鳴る。

二頭の足取りに合わせて地面が揺れている。

ここでも同種との縄張り争いに慣れた黒角竜が力づくで押し込み、棘竜を追い込む。

独特の形状に捻れた大きな二本の角は棘竜の頭を挟み込み、黒角竜が左右に体重を乗せる度に棘竜の首に強い負荷がかかる。

突進から角を入れて投げ飛ばす力に長けた二頭の戦いでは、より頭を低く入れた方が有利だ。

棘竜は鼻先から直角に伸びた角のフックを利用して黒角竜の顎の下に滑り込ませようとするが、捻れた角が邪魔で懐に入ることが出来ない。

黒角竜は左右に角を振って棘竜のバランスを崩し、前に出ながら掬い上げるように頭を動かす。

 

完全にペースを握った黒角竜は、よろけた棘竜に対して敢然と突っ込み、壁際に追い込んで串刺しに追い込もうした。

しかし棘竜は掬い上げられたと同時に翼を使って空中に飛びあがり、両脚で黒角竜の頭を踏みつけて逆に捩じ伏せた。

そして素早く黒角竜から降りて、側面に回り、首を守るフリルの後方から弱点の首に噛みついて押し倒した。

棘竜の噛みつきはあまり知られていないが、小技として相手のバランスを崩す為に繰り出す。

甲虫種を噛み砕いて食する棘竜の顎の力はかなりのもので、相手を掴むためには十分な力がある。

ノーモーションと恐れられる突進の加速力と組み合わさることで、出の早い組み付きとなる。

しかし黒角竜は倒れ込みながら巻き込むように角を潜り込ませて逆に投げ倒し、戦斧のように発達した尾のコブで棘竜を殴りつけた。

 

鋼鉄のハンマーを凌ぐとされる大質量の尾は、文字通り鋼鉄を叩き潰す威力を持つ。

振り下ろす力は大地を叩き割り、骨を粉砕する。

絶大なインパクトの突進に気を取られた相手に予想外のダメージを負わせることが出来る驚異の秘密兵器である。

棘竜の傷だらけの甲殻に、重く響く打撃が突き刺さる。牙や刃を通さない堅固な甲殻だが、硬いからこそ打撃の衝撃を分散させることが出来ない。

眩暈を起こして動きが止まれば、一撃必殺の刺撃へと繋がる。堅固な甲殻の上から砂を纏い、砂漠の風景に溶け込みながら熾烈な攻撃を繰り出す。

鋭利な角が心の臓を刺し貫いた時、砂漠の死神は仕事を終える。

首を傾げて頭部への衝撃を受け流しても、鋭い刃物のような形状の尾甲はシャープな傷を刻む。

 

棘竜の顔に血管の紋様が浮かび上がった。

しかしそれは、決して起こしてはいけない邪神の目覚めの合図。

 

その時、黒角竜は本能で感じ取った。

 

この地に危険が差し迫っている。

燻る毒気を纏いながら、たった今、目の前に顕現した禍々しい怪物がその危険なのだと。

殺気が殺気を押し返している。

その先に待つのは団円が待つような御伽噺ではない。鎧袖一触。その目に入ったものは全身が麻痺し、毒に蝕まれながら焼き殺される。

 

仕切り直しだ。

 

黒角竜の突進が十分に加速する前に棘竜の突進が炸裂。攻撃を見切れずダウンする黒角竜。

起き上がりの隙を狙ってブレスが放たれると、黒角竜は麻痺毒によって体の自由を奪われた。

桜火竜の火炎を受けても微動だにしない黒角竜だが、毒の影響からは逃れられない。

突進から、勢いよく角を振り上げるタックルで今度は黒角竜が撥ね上げられた。

追撃を加えようとした棘竜が違和感を感じてバックステップで距離を作ると、黒角竜は飛び込みながら角を振り下ろして地面を深く突き刺した。

血流の増加により甲殻が軟化した棘竜が今の攻撃を受ければ一溜まりもない。

 

紙一重で攻撃を避けた棘竜は突進しながら黒角竜のフリルに噛みつき、首を捻りながら転倒させ、その場でジャンプしてスタンプ攻撃を繰り出す。

超重量の黒角竜の上から棘竜が乗り掛かり、地べたに亀裂が入る。黒角竜はしめたとばかりに亀裂に角を刺すと、地面を掘削して地中に没した。

 

大地を穿つ大角が突き上がり、棘竜の甲殻に突き刺さった。

ほんの少しの時間で地中を移動して棘竜の足元に潜り込み、地中から飛び出る勢いを利用して腹部に角を突き立てたのだ。

地中から突き上げられた棘竜は真下の黒角竜に連続でブレスを吐き出して対抗。

麻痺した黒角竜を蹴って離れると、力任せに突進して突き飛ばした。

これまでに赤い紋様を浮かび上がらせた棘竜と戦いを成立させたモンスターは数少ない。

頭角が折れて突進の殺傷能力が下がっているとはいえ、大抵のモンスターは抵抗すら出来ずに沈められている。

棘竜は怒りによる血管の拡張によって甲殻を軟化させ、守りを捨てて運動能力を向上させている。

重装甲と状態異常で外敵の撃退に特化した通常状態に対して、外敵の殲滅に特化した形態変化だ。

 

怒れる棘竜との攻防を実現するタフネスの正体は、毒霧を阻む分厚い甲殻だ。

通常種より強固な甲殻には見た目以上の重量があり、鋼龍すら投げ飛ばす棘竜と組み合っても簡単には持ち上げられない。

 

攻防は時間の経過と共に苛烈さを増している。

一撃の被弾が致命傷となる惨劇の打ち合いだ。

二種の毒を撃ち出す火球。

残留した毒素で植物は死に絶え、たった一発の流れ弾が環境に深刻なダメージを与える。

二本の角を突き出す突進。

土を掻き分けて泳ぐように地中を掘り進み、地形を切り崩し、死神の刺撃が邪の竜を襲う。

邪神は凶々しい紋様の浮かぶ翼を広げ、二本の角を空中に回避しながら火球で頭部を狙う。

掠めた角に血がかかる。

 

首を引いて斜め後方を向きながら体を回転させ、血濡れの処刑者はギロチンの如き尾甲を振り下ろす。黒角竜が首を引いたことで頭部を狙った火球が外れて地表に毒煙を残し、重たい尾甲が地を叩き割って岩石と土煙が飛散する。

爆発音に近い音が鳴り響き、僅かな間を置いてから土煙の中から殺意に満ちた刺撃が飛び込む。

棘竜は突進を回避して後隙を狙ったが、黒角竜は地中から飛び出した勢いで角を岩壁に突き刺して壁を掘り進み、再び地中に沈んだ。

黒角竜の地中潜行能力が棘竜の飛行能力を上回っている。地中を掘り進んで高い位置を移動できる大穴の地形は角竜種の戦い方と相性抜群だ。

死神の鎌が棘竜のすぐそこまで迫っている。

神をも脅かす蛇蝎の殺し合いに、異様な緊迫感が漂う。

 

「いいか、呼吸を止めるんだ。ガスを吸ったら死ぬ。音に気づかれたら殺される」

 

棘竜は空中に止まったままそこかしこに火球を放ち、高音の火球で黒角竜を焼き殺そうとした。

降る火の球が落ちる度に致死量の猛毒が漂い、その濃度を増している。

地響きと静けさが交互に訪れ、緊迫感は次第に強くなっている。

 

侵攻か。返り討ちか。

 

「――行ったようだな」

 

毒気を感知した黒角竜が攻撃をやめて立ち去ったようだ。暗い紫の煙と火の粉が漂う。

死の灰に邪神の姿が紛れていく。

青舌が牙に付着した血を舐め取り、支配的な殺意が敵意を平らげる。

死神が領が、邪毒に塗り潰される。劇毒の瀑布が幕引きを知らしめる。

 

「逃げないと、奴は危険すぎる」

 

逃げようと踏み出した部下の足音が洞窟内に響き渡り、邪神が大きく裂けた口をニタリと開いた。

ゾッとした。怪物は声をあげて嘲笑っていた。

そんな呼気だった。

 

「馬鹿野郎!走るな!」

 

一呼吸で思い出した。

意識の糸がプツリと切れた。

 

「駄目だ、あいつは毒を吸った」

 

「だからって放っておけない」

 

耳を塞ぎたくなる仰々しい鳴き声。

赤い紋様が浮かび上がった怠惰の化け物が素早く駆け、目線があった時。

それが死の到来と知った。

 

「鋼龍が人里離れた土地に閉じ込めていた怪物を、馬鹿な人類が解き放ってしまったんだ!」

 

「撤退も許されないなんて、死神より恐ろしいじゃないか。血も涙もない化け物だ」

 

殺戮を楽しむかのように火を吐き、踏み潰す。

邪悪な者は、退屈しのぎに遊んでいた。

武器を圧し折る絶望的な力が、明確な悪意を持って近づいてくる。

 

「祈れ、追いつかれる。全滅だ」




一部、設定と登場モンスター紹介

・クシャルダオラ
最も人と関わりの多い古龍種。別名鋼龍。
鋼鉄のような金属質の外殻を持ち、骨と一体化している。超低温の頭角から微弱な電磁波を発生させることで意のままに風を操る能力を持つ暴風の化身。風をブレスとして放つだけではなく巨大な竜巻を発生させて相手を視界を奪うなど、その戦いからは知能の高さを感じさせる。
重量級のモンスターだが、高い運動能力と風を操る能力を持つため身のこなしは俊敏で高度な飛行能力を持っている。
矢弾を吹き飛ばす風の鎧と爪牙を弾く鋼の鎧によって、絶対的な防御を誇る。

・シャガルマガラ
かつてシナト村付近で発見された危険度の高い古龍種。別名天廻龍。
鱗粉である狂竜ウィルスを操る能力を持つ疫病の化身。狂竜ウィルスをエネルギー攻撃のように扱う能力に長けており、爆発からエネルギー球、ビームに至るまでその攻撃方法は多岐に渡る。千刃竜と氷牙竜を同時に圧倒する程の実力を持ち、空中機動力は飛竜すら凌駕する。
更に逞しい翼脚は想像を絶する程の腕力を持つ。
山の生物を全滅させたという衝撃的な報告を持つ特級の危険生物である。

・狂竜ウィルス
モンスターを凶暴化させる力を持つマガラ種の生殖細胞。感染すると人体にも悪影響が及ぶ。


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人が紡ぎし唄

この遺跡を作った民族は、

いつからか、強大な相手に伏すだけでなく

対抗する術を身に付けていったのだ。

 

〜密林の手記より引用

 

「密林の大きな遺跡。まだ技術の発達していない時代にあれだけ大きな建物が造られた理由は、長い間考古学者たちの頭を悩ませてきました」

 

「現在では古龍の怒りを鎮める為の施設だったとする説が有力です」

 

 

誰かが言った。龍とは虚妄、言葉が龍なのだと。

古龍が人の脳が作り出す自然神の化身だというのなら、古龍の正体は顕現した世界そのものだ。

白紙の世界の上で犇めき合う世界の一つを破壊することは、生きる世界の選択である。

空は言葉を好まない。朝霧の山河は何も語らない。

それなら龍とは一体、誰が紡ぐ言葉だというのか。

 

 

私一人の命じゃなかった。

だから、死後も人の事を想えるように。

 

 

 

〜外れの小屋

 

普段はギルドの内部に篭っている幹部が、この日は珍しく街の外れの小屋に出た。

伝説の怪物と思われていた天廻龍が復活して、立ち向かう狩人達を次々と倒しながら移動しているという。詳細な情報がギルドの外に漏れることを防ぐため、天廻龍の情報は人気のない所に建てられた小さな小屋で伝えられていた。

 

「シャガルマガラは北東から高地を移動して南下。マガイマガドの活発化で東の国々とは連絡が取れない」

 

シャガルマガラという名称は、かつて天空山の頂に降臨したという伝説の神の名に由来する。

下風の文明と呼ばれていた冷淡な時代。

東に伝わる神話によれば、かつて禍つ神と風神雷神が勢力を二分した中、死者の軍勢を率いて全ての神に牙を向けた第三勢力の王と伝えられている。

 

「...天廻龍との戦いで彼女を失ったのは大きな誤算だったな」

 

「彼女が作ってくれた時間のおかげで周辺国家に犠牲は出なかったのだから、以て冥すべしだ。

残された人々の平和を守るのは、残された我々の責務だな」

 

古龍を倒す事が出来るハンターは一握りだが存在している。

かつて天廻龍が出現した際にも、キャラバン所属のハンターが討伐したと伝えられている。

しかし、強大な獲物を狩るならば、狩猟は時として戦闘の側面を持つ。

例え火竜を倒せるハンターでも、小型モンスターの麻痺毒に動きを奪われてドスゲネポスに殺されてしまうこともそう珍しい話ではない。

古龍に凄腕のハンターが返り討ちにされた事例は確かに存在する。

大陸に数人しか存在しない、古龍に対抗できるハンターを失うということは人類の大きな傷痕だ。

噂の流れるカリスマが潰える度に、世間は仄暗い絶望に覆われることになる。

だからこそ、ギルドは古龍の狩猟に厳しい制限を設けているのだ。

 

「そこに居たのか、新人くん。気の毒だったな」

 

雷狼竜が吼えるような月の下。

屋根に座って星を見上げる青年がいた。

 

「...なんで、あいつに限って...」

 

「狩猟に事故は付きものだ。彼女はやれることをした。そして多くの命を救ってくれたんだよ」

 

誰よりも君を守ろうとしていたと打ち明ける勇気は無かった。彼女が依頼を受けなければ、同じ境遇を持つ彼が狩猟に出向いていただろう。

彼女が最も恐れていたのは、古龍では無かった。

では、幸福の味を知らぬまま死に至ることか。

違う。古龍の手で街が壊されてしまうことか。

それも違う。

最も恐れているのは、敬愛する彼が古龍に殺されてしまうことだった。

かつて愛する者を失った身として、二度同じ苦しみを味わうこと、心打たれた彼に絶望を味わわせることが何より恐ろしかったのである。

それが、民の為に死力を尽くした英雄の最期の望みだった。そしてギルド関係者も口にはしなかったが、そのことをよく分かっていた。

しかし、天廻龍を止めなければ国々は滅びる。

心苦しいが、背に腹はかえられない。

 

「...君も、行くのかね」

 

 

 

「それは愚問です」

 

ペアで狩猟に赴いている二人だからこそ分かるものがあるはずだった。

古龍の狩猟を期待された彼女の実力は絶大だ。

天上に届くような彼女に及ばないことは、彼が一番よく分かっているはずだ。

その彼女を下した天廻龍の脅威も、彼は既に体験したことがある。

 

「何の為に、行くのかね」

 

「何って、それは――」

 

天廻龍を倒す為と答えるところが、ふと言葉に詰まった。

 

「君は亡き英雄の代わりに戦うのかね。それとも、たった一人の愛しい女のために戦うのかね」

 

丸い輪郭の月を見上げると、青白く揺れる光に包まれて、あの日の彼女が笑っていた気がした。

遠く離れていく背中に、とうとう追いつくことは出来ないまま全てが終わりを迎えた。

これは全て終わった後の話、謂わば後日談だ。

心の中で燃え盛る何かが頭を焼き尽くした後、青黒い夜空に背を向けて立ち上がった。

 

「そうか、それでも君は狩るんだな」

 

古龍は強大な生き物だ。ただ生きているだけで世界に多大な影響を齎す。

もし人の手によって古龍が死ぬことがあれば、生態系のバランスは大きく崩れてしまう。

古龍は罪を持たず、古龍を狩ることで人は神殺しの大罪を背負う。そこで罪が発生する。

自然の化身を制することは、科学の力を借りて、神域に踏み入り、神々を殺すことに他ならない。

遠方の空に赤い彗星が輝いた。

 

「君は自分の為に戦えよ」

 

ムッとした顔になったが、嚥下した。

生前の彼女は、強きが弱きを制する世界にこそ、弓引いていた。全ての戦いは自分の為ではなく、戦う力の無い人に代わる戦いだった。

そして、それは自分も同じだった。

狩りに溺れ、肉や殻を削ぎ落とす為に剣を振るうハンターにはなりたくなかった。

自分の為に戦う狩人とは違うのだ。

 

〜とある鉱山 頂上

 

吸い込まれるような漆黒の霧が中空に流れる。

滅びと嘆きの拗れ、その純白の龍鱗。

頭蓋を粉砕する程の力で草食竜を捩じ伏せる。

仇や怨念すら捻じ曲げ、地に伏す。

逞しい翼脚と、巨大な翼膜に覆い隠されているのは獣の様にしなやかな四肢。

卑屈に歪んだ両角は凝固したかつての触覚。

感じ取る力を失っても朽ちる事を知らない保続の象徴。黒の中の白。クリアブラックの空。

 

天廻龍シャガルマガラ。古の時代より表裏一体とされてきた光と闇の化身である。

まるで地球外生命体のような奇抜な出立ちだが、どこか伝説に語られる魔王のような気高さと力強さを感じさせる。

古龍種とは物物しく君臨する生き物だ。

口腔から紫黒色の怪光線を放ち、悪趣味な鱗粉を空に混ぜて一帯を魔界へと変える。

黒い風を吸った生き物は正気を失い、呻きながら昏倒して魔物の苗床へと変わる。

狂気が染みこんだ翼をローブのように引き摺り、余生の全てを殺戮と繁栄に捧ぐ。

 

天廻龍は、侵略的在来生物だ。

 

滝のように降る鱗粉が草食竜の体内に流れ込む。

雄大で虚無的な恐怖、その最も恐ろしいところは龍の生涯が解明されていることだ。

ウィルスを用いて他の生き物に宿り、攻撃性を高めて徘徊させる。そうして繁殖した幼体ゴア・マガラは天を廻り、禁足地へと還る。

現地の民族に深く刻まれた恐怖は決して迷信などではない。生態の解明は絶望の始まりだった。

 

翼脚は原始の証。紫の巨大な爪は禍々しく靭い。

山に屍を築く大爪は凶器だが、それでも血に飢えるほど使われない。熾烈な戦いの中で真価を発揮する頃には既に外敵は平伏しているからである。

自らの鱗粉で凶暴化したモンスターに襲われても決してその力の全容を見せたことはなく、息つく間に現場には肉片が降る。

巨大な翼を広げて天から吼えれば、その姿は恒星の様に見える。大量の鱗粉が空を覆えば、まさに偽りの太陽と呼ぶべき威容。

神格に相応しい輝きを放つ。

 

神は自ら作り上げた凄惨な死の領域を闊歩する。

死骸を蹴り転がし、不気味に首をくねらせながら見る者を不安にさせる特有の動きで歩行する。

不安こそが、勇気ある人々を畏怖させる。

天廻龍は不穏の象徴。

その息はパンデミック、勇敢な狩人すら思わず身がすくむような不安を呼び起こす。

襲われた竜の子が親を守らんと吠えて注意を引くも、無惨に叩き潰された。

 

天廻は宿痾。その生態は完全故の無性生殖。

鱗粉に含まれる狂竜物質は黒蝕竜の脱皮不全を引き起こす。成体である天廻龍に至ることが出来るのは、禁足地に廻り着いたごく一部の個体のみ。

兄弟の大半は、血を分けた天廻龍の鱗粉を浴びて命を落とす。

故に天廻龍は天涯孤独の生物である。

伴侶はおろか、友や家族の味も知ることは無い。

少ない個体数は上位者たる古龍種の特徴だが、天廻龍の抱える孤独は常軌を逸する。

生態系の上位に君臨する種族ほど個体数は少ない。ごく僅かしか存在しない本種が絶滅せずに悠久の時を過ごしている事実は、生物としての完全性の証左ともいえる。神性である古龍種の中でも、限りなく神に近い存在だ。

天廻の歪んだ性質は、生き物としての完成形に近いからこそ際立って見えるものだ。

月の満ち欠けが、満月に近づくほど強く欠損を感じさせるように。

 

〜多層樹林 月夜

 

鳥の囀りと水面下の水竜。

大きな月が草木を青々と照らす。

盾蟹ダイミョウザザミが休む川のほとり。

背丈の高いリモセトスの群れが歩いていく。

首鳴の音、鋭い風が岩を刻んだ跡。

棘竜が去った後の森に、神が舞い戻る。

屍肉食の翼蛇竜ガブラスが先駆ける。

地中から飛び出した絞蛇竜が出迎えた。

 

翼蛇竜と絞蛇竜は近縁だが、不仲である。

体の小さなガブラス達は絞蛇竜に襲われることもあり、絞蛇竜はガブラスに獲物を横取りされることがあるのだ。

かつて棘竜がならず者に怒り昂った時、その邪毒を恐れてこの地を離れた尾槌竜と剛纏獣が帰還するまでに多くの肉食竜が中間の層に流れ込んだ。

草食生物の天国だった中間の層の生態系が変わり、尾槌竜と剛纏獣が戻っても肉食竜達を駆逐することは出来なかった。

 

中でも最も厄介なのが、東の水辺の支配者こと泥翁竜オロミドロである。

全長20メートルを超える長大な体躯の海竜種で、体格でも剛纏獣に引けを取らない難敵だ。

縄張り意識が強く、巧みな技術で泥を操る。

泥を隆起させればセキヘイヒザミの砲撃も防ぎ、硬い爪でドスファンゴをも軽く伸す。

毛穴から粘りのある溶解液を分泌して地面や相手を溶かすので、泥翁竜が住み着いた土地は地形が変えられてしまう。

溶けた地面を爪で掻いて泳ぐように潜行することも出来るため、潜行を邪魔された絞蛇竜と激突することも多い。

普段は仙境と呼ばれる人里離れた土地に生息しているとされる泥翁竜。

最深部は毒気で満ちているとはいえ、この地もまた不可侵の仙境である。

同じく泥を好むボルボロスやジュラトドスなどの幼体は泥翁竜の溶解液の混じった泥の中で生き残ることが出来ず、この森の泥の中は泥翁竜の独壇場と化している。

髭や毛ひれで振動を察知して、積極的に縄張りに侵入してきた生物を排除するのだ。

 

そんな泥翁竜と最も上手く共生出来たモンスターこそが盾蟹ダイミョウザザミだった。

約4メートルもの巨大な爪による鉄壁の守りを持つ盾蟹は、泥翁竜の爪で叩かれても身を守ることができる。

弱点の腹部は飛竜の頭骨を背負ってカバーしているため、致命傷を負うことは滅多に無い。

盾蟹は小動物から植物、果ては昆虫まで幅広い物を食べる雑食性のモンスターだ。

そのため食物の種類に無頓着で泥翁竜や剛纏獣、尾槌竜といった強大な大型モンスターと餌を巡って争うことがない。

性格も穏やかで剛纏獣とは仲が良く、水資源が豊富な中間の層の環境によく馴染んでいる。

新天地の環境は、盾蟹にとって天国だった。

大社跡で襲い来る怨虎竜のような血に飢えた獣もいない。

穏やかな面持ちで水の流れを眺めて、動きの遅い魚を見つけてはハサミで掴んで口に運ぶ。

食後にはハサミで触覚を丁寧に手入れする。

稀に浅い層から降りてきた蛮顎竜に襲われることがあるが、そんな時は鋏を盾のようにして防御体制を取ってやり過ごしている。

 

足音に気づいた盾蟹が防御体制を取った。

 

振動は水紋と化して、泥底からゆっくりと大蛇のような影が泳いでくる。

黄金色の泥を撒き散らして、黒い甲殻が僅かな間浮かび上がる。

傾斜の上から空かさず飛び込んだのは蛮顎竜。

その足が泥に嵌ると、黒い海竜種が鱗の擦れる音を立てながら姿を表す。

 

蛮顎竜の胴に大蛇のように絡みついて締め上げている。

しかし蛮顎竜は一瞬の隙をついて鼻腔から火炎放射を放って泥を乾かすと、熱に慄いて離れようとした泥翁竜に咬みついて投げ倒した。

巨体が倒れた衝撃で泥が盛大に飛び散り、下敷きになった倒木が重みに耐えられず潰れた。

 

長らく泥で磨かれ続けた甲殻は恐ろしく頑丈で、蛮顎竜の牙もそう簡単には通さない。

しかし蛮顎竜の口内に蓄えられた熱は鱗を乾かすので、独特の滑りを持つ泥翁竜もいとも簡単に捕まえることが出来る。

撥水性に優れた鱗のおかけで水中や泥の中でも優れた機動力を持つ泥翁竜だが、熱には弱い。

高熱への対抗手段として泥を纏う生態を獲得したと考えられている。

しかし、泥すら乾かし消し飛ばす蛮顎竜が相手ではその守りも万全ではない。

特に、大技の火炎放射を直に受ければひとたまりもないだろう。

 

泥沼から引きずり出そうと再度咬みついた蛮顎竜。しかしその首を泥翁竜は爪で殴打した。

それでも咬みついたまま離さない蛮顎竜に対して、背中を尾で掴み強引に引き剥がした。

泥翁竜の尾は太く特殊な形状をしており、手のように相手を掴むことが出来る。

縄張りに侵入したビシュテンゴなどがこの手で掴まれて泥に引きずり込まれるところが目撃されているが、流石に蛮顎竜が相手では泥の中に引きずり込むことは出来ないようだ。

とはいえ、泥翁竜の尾の馬力は凄まじい。

蛮顎竜は飛雷竜を一方的に捩じ伏せる程の咬合力を持つのだが、泥翁竜はそんな蛮顎竜の顎に捉えられても尾で強引に引き剥がして戦況を覆すことができるのだ。

 

両者距離をとって睨み合う。

泥翁竜といえば、なんといっても溶かした地面を掘り進む為に発達した前脚の爪が脅威だ。

刺突や斬撃に使うモンスターが多いなか、泥翁竜は雷竜のように爪を打撃に使う。

前脚のサイズが大きくないため、雷竜ほど破壊力はないが油断していると思いがけないタイミングでダウンさせられてしまう危険性がある。

 

水辺では泥を利用した老獪な攻撃に翻弄されることが多い蛮顎竜だが、この多層樹林では泥翁竜が唯一恐れている生き物でもある。

 

そのため中間の層では無類の強さを誇る泥翁竜も不用心に浅い層に這い出ることは出来ない。

執拗なる暴れん坊と攻撃的な一面が注目されがちな蛮顎竜だが、他の捕食者に圧力を与えることで生態系を守る守護者になることもある。

狡猾な絞蛇竜と老獪な泥翁竜は手の込んだ謀略で蛮顎竜を追い詰める。

蛮顎竜は持ち前のアグレッシブさで先手を取り、狐と狸の化かし合いに乗らない頑固な性格で対抗しているのだ。

 

蛮顎竜の火に炙られることを恐れた泥翁竜はそのまま泥に沈み、姿を消した。

執拗な性格で知られる蛮顎竜も、泥沼に潜った泥翁竜を深追いすることはない。

飲み水さえ確保出来れば、中間の層からは早々に立ち去る。

水資源に豊富な中間の層は蛮顎竜にとっても魅力的な狩場だが、蛮顎竜は尾槌竜や泥翁竜と縄張り争いをすることの危険性をよく理解していた。

 

〜大社跡

 

消えかけの月が空に灯る。

天廻龍の影響により棲家を移した千刃竜。

嵐龍の出現により霊峰を追い出された雷狼竜。

新大陸から流入した強大なモンスター達。

霹靂神に見放された大社跡には、多くの強力な外来種が集まった。

 

しかし、大社跡には逆風を跳ね返す不動の守護神が居た。

 

目撃者は口を揃えていった。

かの怪物は、さながら魂の欠けた亡霊のようだったと。

 

怨虎竜マガイマガド。現在確認されている牙竜種の頂点といわれている。

一帯を支配する頂点捕食者には被食者を間引く他に大切な仕事がある。

それは、強力な外来種の駆逐である。

 

時に来訪する強力な外来種は、生態系を壊滅させてしまうことがある。

生態系の破壊を担うのは単騎で生態系を破壊する力を持つ爆鱗竜や古龍種だけではない。

地形に大きな影響を与える泥翁竜や、複数個体で出現して土地に深刻な被害を与える毒怪鳥のようなタイプの侵略者も居る。

妃蜘蛛のように個体数を増やして地域を制圧するモンスターも脅威だ。

全ての脅威に同時に対抗出来る存在こそが、生態系を超越した存在である古龍種だ。

彼らは種ごとに異なる生態系を創り出して維持するバランサーだ。

テスカト種は生命を灼き焦がして砂漠地帯を創り、冰龍種は周辺に寒冷化を齎して氷雪地帯を創り出すことができる。

強大な古龍種の生体エネルギーは脱皮や排泄などの活動によって少しずつ土地に還元され、新たな生態系を形作る。

気に食わない環境を侵食する他の古龍種を牽制することも古龍種の役割だ。

古龍種はバイオームの化身だ。

環境を支配する古龍種が死ぬと、空席の領土に別の古龍種が現れて新しい生態系が生まれる。

古龍種が他の古龍種を威圧することで侵攻を阻み、縄張りを異にすることで世界の均衡を維持しているのだ。

 

大いなる意志の下、世界は均衡を保っている。

 

大社跡のマガイマガドは生態系を維持するバランサーである。牙竜種の身で古龍種のポジションに収まっている珍しいモンスターだ。

怨虎竜の雄は、複数の雌と子を匿うために生涯をかけて広大な縄張りを確保する生態を持つ。

鬼火の生成を促進するために食欲旺盛で肉食性が強い。

そしてより多くのエネルギーを求めて古龍種などの強大な相手を優先する傾向があるため、勢いに乗ると大量のエネルギーを溜め込んで手がつけられなくなってしまうモンスターである。

 

実は怨虎竜の縄張りには古龍種が生息する環境が最も適している。

大量の餌を必要とする怨虎竜にとっては、古龍種の出現によってモンスターが逃げ惑う状態は餌を確保する絶好のチャンスだからだ。

大型古龍の出現に冷静さを欠いた大型モンスター達は忍び寄る怨虎竜に気付かず、不意を突かれて貪り食われてしまう。

カムラの猛き炎がカムラ周辺の大型古龍種を駆逐したことで怨虎竜は食糧難に陥った。

そして討伐された古龍の死骸から生体エネルギーが大社跡に還元されたため、生態ピラミッドの頂点に君臨するマガイマガドには当然生物濃縮で古龍の生体エネルギーが蓄積していく。

いつしか怨虎竜は古龍が空けた穴すら窮屈な存在へと膨れ上がっていた。

 

古龍種の居ない環境において、怨虎竜の実力は他と一線を画する。

鋼龍や爆鱗竜すら撃墜する空戦能力は最早無敵。

地上の運動能力に長けた牙竜種の中でも最大級の体格を誇り、梔子色の腕刃の斬撃は大型竜を一撃で屠る。

飛雷竜や青熊獣を咥えたまま持ち運べる顎の力も脅威で、獲物を骨ごと齧り死骸を残さない。

怨虎竜はカムラの里を襲った讐敵だが、世界各地の頂点捕食者と渡り合っていける誇るべき守護神としての顔を持っている。

 

そこかしこに痕跡を残して、その存在を誇示する。

鬼火を激らせながら林を抜けてお気に入りの水飲み場に着くと、そこには盾蟹がいた。

大きな鋏を掲げて体を大きく見せたダイミョウザザミだが、体格差を顧みない餓竜の前では逆効果だ。

 

闇討ち、紫白一閃。

水面いっぱいに藤の花が咲き返るような幽玄の火。

 

十文字槍のような尾が殻の守りを貫通すると同時に標的の内側から熱が浸透して身を焼き焦がす。

苦痛を味わう時間も与えずに打ち捨てる。

徹底的に無駄を削ぎ落とした怨虎竜の狩りは、洗練された殺しの技術に侘び寂びを覗かせる。

獅子は兎を狩るにも全力を尽くすという。

怨虎竜は加減の美学。体力の消費を必要最小限に抑える全力の手加減をして狩りを行う。

 

古龍種やそれに匹敵するモンスターにも果敢に挑む怨虎竜は怪我のリスクが大きい生き物である。

格上の生物以外にも、雪鬼獣や泥翁竜などの一部地域に君臨する規格外の強者との戦いで怪我を負うことがある。

怨虎竜はいつ強敵と戦闘が起きても打ち勝てるように万全の状態を維持し続けている。

さらに火竜などの縄張り意識の強いモンスターは怨虎竜の持つ強大なエネルギーを警戒して遠くから撃退に赴くことがある。

時に強大な敵に挑む挑戦者であり、時に挑戦者を待つ強大な敵になる。

怨虎竜ほど多くの生物と戦い続ける生態を持つモンスターは非常に珍しい。

群雄が割拠する過酷な環境の中で根強く縄張りを固守し続ける怨虎竜はまさに戦国の覇者だ。

 

兜角を負傷した怨虎竜は気性が荒くなる。

特にこの個体は先日霞龍と遭遇したものの、毒霧に翻弄されて取り逃したばかりだ。

強大なエネルギーに飢えている。

虎は修羅道に堕ちている。

 

甲殻をバリバリと噛み砕き、白い肉を食らう。

発達した犬歯は獲物の急所に深々と突き刺さり、息の根を止めるための武器だ。

背中から鬼火を噴きながら身を震わせて林の奥の大きな影を威嚇する。

 

雷狼竜ジンオウガだ。

木々の間で姿勢を低くして狡賢く忍んでいるが、今の怨虎竜の狂気を見誤っていた。

怨虎竜は雷狼竜を追い払うつもりなど無い。

食指が動く。怨虎竜の前脚の爪が雷狼竜に向けられ、同時に鬼火が炸裂。

怨虎竜はジェット機のような推進力で突進して雷狼竜を抑え込んだ。

無双の狩人にも反撃を恐れず掴みかかる胆力。

牙竜種の中でも十分大型の部類に入る雷狼竜だが、いざ組み合うと二頭の体格差は歴然。

突進力と体重を生かして強引に張り倒して上を取ったのは怨虎竜。

実は近距離の組み合いを得意としているのは腕力に秀でた雷狼竜だが、中間距離からのぶつかりあいでは筋力と体格で勝る怨虎竜に分がある。

 

森の王者と大社跡の覇者の対決。

 

しかし雷狼竜には、怪我を負うリスクを冒してまで怨虎竜の妄執に付き合うつもりはない。

体格で勝る捕食者。それも爆鱗竜すら一蹴してしまう怨虎竜の放つ絶望感は相手の闘争心の火を吹き消してしまうほど強力なのだ。

面食らった雷狼竜は雷光虫で怨虎竜の視界を防ぐと、力づくで拘束を抜け出して山の奥へと走っていった。

敵が多く争いの絶えない怨虎竜だが、大型の捕食者同士の戦いでは、先に仕掛けた側が相手を撃退することが多い。

場所が縄張りでもなければそそくさと逃げ帰って次の獲物を探した方が利口だ。

背中を向けて走り去る雷狼竜に向かって吠えて、怨虎竜は縄張りをアピールした。

 

開けた空の下を我が物顔で歩く怨虎竜は、乱世の天下を掴んでいた。

済ました顔で誇らしげに風を浴びる。

盾蟹の身を齧る。

現大陸の東には起伏の激しい山岳地帯が多い。

飛竜種や牙竜種など起伏に対応したモンスターが増えていけば、空戦能力に秀でたモンスターが有利になるのは当然。

鬼火を利用した怨虎竜の飛行は移動に使える程燃費の良い代物ではないが、爆発力に優れた戦闘特化型の飛行能力だ。

空戦能力において怨虎竜の右に出る者はいない。怨虎竜は飛竜の王といわれる火竜リオレウスを空中戦で圧倒する。

山岳地帯に徹底的に適応した珠玉の肉体を持つ怨虎竜だが、力を揮う機会に恵まれていなかった。

 

空を薄く濁らせて、黒い風が吹くまでは。

 

〜ギルド

 

薄暗い研究室の中で、赤い装束の男と研究者が話をしていた。

紙にスケッチされているのは古風な絵柄の絵だ。

どうやら密林の遺跡で見つかった壁画を紙に書き写したものらしい。

壁画に描かれているのは蒼玉の眼を持つ鋼の龍と、それに平伏す人々だ。

 

「かつて密林で栄えた文明には過去に人身供養の習慣があったということか」

 

「密林の壁画には鋼色の翼をはためかせながら宙を舞う大きな龍が描かれていました。四本の脚と背中に生えた翼。これらの特徴は鋼龍のものと一致しています。

そして――」

 

赤い装束の男は、研究者の話を咳払いで遮った。

 

「――分かっている。壁画の続きに描かれていたのは槍を持った人々だった」

 

「これは歴史的な発見です。

ココットの英雄が誕生する前から、モンスターと戦う人が居たんですよ!」

 

研究者の大きな声が静かな研究室に響いた。

話の途中で熱がこもる研究者に対して、赤い装束の男は冷静だった。

男は、龍に平伏す人々を指差して言った。

 

「私が気になったのは人身供養だ。

この風習、火の国に伝わるものと同じだ。

膝を着き、頭を垂れてモンスターに食われる。

そんな風習が遠く離れた別々の地に存在しているということは、何か意味があるんじゃないか?」



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龍の爪痕

分厚く暗い雲。吹き荒れる強風。

嵐の中に青い目が二つ輝いている。

それは災厄の使いが告げた災厄の正体。

風を纏う鋼の神だ。何物も近寄れやしない。

天に届く巨大な竜巻が二つ。その間を優雅に舞う突風の龍。

 

砦は一斉砲火で鋼龍を沈めようとしたが、全ての球と爆発は風によって遮られた。

一時間と持たずに軍隊は壊滅。風に煽られて転覆した兵器の数々が残っている。

龍の力を纏った爪は石壁を易々と断ち切り、鋼の体で繰り出す滑空突進は防護壁をちり紙のように突き破った。

人の体が風で高く浮き上がり、落下と同時にぐしゃりと潰れた。

勇気ある兵士が剣を抜き、嵐の隙間から鋼龍に斬りかかって絶望した。

その体は本当に鋼だったのだ。

傷のつけられる弱点などどこにも存在しない。

鉄の剣しか持たない兵士達には、始めから勝ち目など用意されていなかった。

 

傷一つつけられずに陥落した砦の主は後にこう語る。

 

「あの日剣を向けて戦ったのは、大凡生物とは思えない自然災害だった。

国を襲う台風に剣を向ける者はいない。

あれはまさに、そんな戦いだった」

 

〜平原

 

アプトノスのために慣らされた土の道。

道の脇に広がる草原には野生のモンスターも数多く居る質素な一本道だ。

赤い装束の男が、若いハンターに声をかけた。

 

「話は聞いた。君、天廻龍に挑むのか」

 

年季の入った翠色の瞳と、傷の入った頬はそれまで過ごしてきた人生の過酷さを想像させる。

反対に、若いハンターは筋肉質だが傷は少ない。

彼女が優秀なあまり目立ってはいなかったが、彼も天才肌の狩人だった。

一部のマニアからは、その身に秘めた潜在能力は彼女すら上回るという噂もあった程だ。

だからこそ、男は危惧した。

天才は挫折を経験していないからこそ、想定外の出来事に足元を崩されやすい。

経験も浅く、心の強さを持たない若者に古龍の相手をさせるのは残酷だと思ったからだ。

 

「あいつの仇なんです。行かせてください」

 

その目が真剣なだけに、男は危惧を強めた。

これからこの美しい世界を生きようとする将来有望な若き芽が摘まれるくらいなら、いっそのこと自分がやられてしまった方がいいと思う程に。

それにハンターの仕事は主に街や村の生活を守ることが目的だ。

古来、神殺しは英雄の所業である。

古龍との戦いに参加する主戦力はハンターだが、それはハンター達の超人的な力に頼らなければ古龍達に対抗することは出来ないからである。

古龍に対抗出来ると囁かれるハンター達も、普通は古龍と戦おうとはしない。

本来の仕事とはかけ離れているからである。

そして、常に自然と調和しながら生きている一流のハンターほど、人間が古龍に挑むということがどれだけ無謀なことか良く理解している。

 

「それを彼女が望むと思うか?」

 

冷たい、誑かすような言葉だった。

それでもハンターは優しい望みに甘んじない。

死者の理想を叶えるより、命ある者を救わなければならないという使命感が彼にはあった。

それは他のどんな人間より大切に思った彼女のことであっても、同じことだった。

 

「...挑戦はいい。だが、全てを救えると思うな。

本来古龍は狩人の敵ではない。

それでも行くというのなら、これを持っていけ」

 

男はポーチから二振りの爪を取り出して、それをハンターに手渡した。

不思議な爪を握ると、ハンターは鬼人のような力が体の内側から込み上げてくるのを感じた。

外から大量のエネルギーが体に流れ込んでくる。

爪の効能に驚いたハンターに男は言った。

 

「力の爪と守りの爪だ。強力なモンスターの爪で護符の力を強化したものだ。古龍を倒せるのは龍の力を手にした者だけだ」

 

「護符って...巨万の富を使い果たしてやっと一つ買える高級品じゃないですか!」

 

「これは君が持っているべきだ」

 

それは、優秀な女狩人が天廻龍に挑む前に赤い装束の男に託した遺品だった。

 

〜ギルド 研究室

 

「何を見ているんだ?」

 

資料を読み漁っている男に、彼の上官らしき人物が声をかけた。

 

「過去に記録されたテスカトと恐暴竜の戦闘の記録です。陽炎で姿が歪んで観察は困難を極めたようですが...恐暴竜との戦いでは、テスカトの纏っている炎が弱まっていたという報告があります」

 

「それがどうかしたのか?」

 

男は少し困ったように、もう一つの本を広げて滅尽龍のページを指差した。

 

「同様の現象が滅尽龍との戦いでも報告されているんです」

 

指先が示す文章は書士隊員の考察だった。

滅尽龍が古龍種の力を抑制する力を持っているのではないかと書かれている。

 

「もしかすると、滅尽龍と恐暴竜は同じ力を使っているのではないでしょうか」

 

「同じ力だと?」

 

「古龍の力を抑制するような力です。まるで...目に見えない龍属性エネルギーのような...」

 

 

龍封力。竜を喰らう者に与えられる力。

龍属性の内に宿る力だが龍属性とは異なり、古の龍の力を抑え込む特殊な効果がある。

恐暴竜と滅尽龍は龍封の象徴。

二種とも強靭な肉体と底無しの食欲を特徴とする種であり、古龍を獲物と見做す捕食者だ。

エネルギーを求めて彷徨い絶えず戦いを繰り広げる生態こそが二種の古龍種に対する圧倒的な戦闘力を生み出した。

 

「書士隊の生物樹形図で調べてみたが、恐暴竜のルーツに纏わる記載は無い」

 

龍の力は世界中の全てのエネルギーの根源であり、龍を含む全ての属性に対する相剋である。

ありとあらゆる全ての生命に授けられているが、特に強大なエネルギーを持つ龍に近い存在ほど龍の力を弱点とする。

世界の化身である古龍種の力の源もまた、龍の力だ。古龍の生体エネルギーとは龍の力である。

古龍達は皆血液に龍の力を宿し、死して土に還る時に龍の力を返還する。古龍渡りだ。

古龍種に近い滅星竜の血液が属性に対して龍属性に近い反応を示したのは、その血液の中に龍の力が含まれていたからである。

土地が受け止めきれず、結晶化した龍の力を龍結晶という。龍の力は全ての生物に力を与える。

モンスターは力をつけ、植物は急成長を遂げる。

下位と上位、そしてマスターランクという区分は狩猟対象となる個体が体内に保有する龍の力の量によって決められている。

新大陸でギルドが発見した歴戦個体と呼ばれる特殊な個体達は長い時間の中で少しずつ龍の力を蓄積した強力な個体のことである。

新大陸に現大陸と比べて強力なモンスターが多い理由は、現大陸より多くの龍の力が返還されているからである。

 

古龍の生体エネルギーは無臭で目に見えないが、生き物達はそれを感じることができる。

龍結晶の地など、古龍の生体エネルギーが豊富な場所では力が湧いてくるのだ。

そのため古龍などの大型モンスター達はエネルギーを求めて龍の力が返還された場所に集まるようになる。特に古龍種は龍の力に対する執着が強く、仲間の亡骸を取り返そうとするという言い伝えが残されているほどだ。

三頭の大型古龍が集う龍結晶の地はその好例だ。

他にも熔山龍の亡骸が残っている寒冷群島では、熔山龍の持つ大量の生体エネルギーを求めて大型モンスターが集まってきたという記録がある。

現に大型モンスターを避ける為に古龍骨を使っているドンドルマに古龍の襲来が絶えないのは、龍の力を感知した古龍達がそのエネルギーを求めて襲来しているからだと推測する者もいる。

滅星竜の成長段階の姿と噂される星竜や天廻龍の幼体である黒蝕竜の血液に龍の力が少ないのは、エネルギーに目をつけた古龍に襲われないようにするためなのかもしれない。

 

龍の力とは、強さの源である。

古龍を捕食する金獅子と恐暴竜の下位個体が滅多に存在しないのは、体内に古龍の生体エネルギーを多く抱えているからだ。

古龍に牙を剥く怨虎竜もまた、牙竜種の頂点に君臨するほど強力なモンスターである。

神を食さない爆鱗竜は土地に返還された龍の力を糧とする。著書『新大陸生態論』では、爆鱗竜は元来竜結晶の地の奥地を生誕の地としているのではないかといわれている。

 

龍の力は龍属性のように生物濃縮によって被食者から捕食者に集積される。

殊更古龍を含む全ての生物を捕食対象と見做す恐暴竜と滅尽龍は体に取り込む龍の力が多い。

古龍との戦いで見せる龍封力も、数え切れない程の捕食によって蓄積された龍の力の賜物である。

奇妙だが、食欲に突き動かされて絶えず争いを繰り返す彼らの生態は食欲によって成り立っているのである。

 

恐暴竜と滅尽龍という二つの存在は破壊の役割を担う怪物だ。

恐暴竜は生態系の破壊者の異名で恐れられている。しかし同時に彼らは生態系の創造者だ。

恐暴竜が古龍などの生態系の頂点を担う種を捕食することで新たな生態系が芽吹き、繁栄する。

歪な形だが、彼らもまた世界規模の生態系の中には既に織り込まれた生物である。

古龍種を狙って出現しては破壊の限りを尽くしてその地を去る滅尽龍もまた、生態系の淀みを防ぐ為に不可欠の存在である。

滅尽龍が破壊と再生をくり返すように、世界もまた破壊と再生を繰り返している。

 

大いなる意志と大自然は一体であり、調和と均衡を望む。祖なる意志の孤独が紛れるように人々が空に青く輝く月を作った時、歪みが生じた。

それは、時空の歪みとは違う。

存在を許せぬ異常の力だ。

稀に霹靂神のように、大いなる意志に背く尊大な神々が現れる。黒龍達は神々を律する衛兵だ。

導きの青い月の一族は全ての黒龍に運命の戦争を仕掛けたのだ。

 

〜大社跡

 

白んだ空に、山の間から昇る明月を睨む虎。

青い満月に重ならない己の欠けた姿にやり場のない憤りを感じていた。

衝動のままに獲物を殺めては血肉から骨までを貪る度に、体の奥底に赤い怨嗟が溜め込まれていた。

 

ただ静かに色が混じり合う。

怒りの内側に潜む怨嗟が徐々に感情を支配するかのように、力強く広がっている。

漸く回ってきた大一番の舞台、逃す手は無い。

逞しく破壊的な殺意が徘徊する。

死の粉に覆われた大社跡、貴き魔王は神に見放されて荒れ果てた様子を嘲笑した。

今では神域の面影は残っていない。

毒蛾の翼が太陽を模り、偽りの夜が訪れた。

 

悪風が刀殻を逆撫でする。

再臨。とびきりの獲物に拵えた腕刃。

息を殺して茂みに潜むは、怨恨の鬼火。

百竜の覇者が涎を垂らす。

その尾は十字槍、体は剣。

その洗練された暗殺技術も通用しない。

 

優れた武人に闇討ちは不粋だ。

優秀な感覚器官だった触角が角へと変質したことを補う為に、天廻龍は視力を開花させた。

茂みに潜伏した刺客の形も、既に生体エネルギーと視覚を高度に組み合わせて見透かしている。

戦いは既に始まっている。

その尾は十字槍、しかし刃だった。カムラの鍛えられた鋼を断ち切るには、尾の持つ重みだけで十分だ。翼膜の間に滑り込ませ、土手っ腹を破り六腑を溢そうと斬り込む。

跳躍した体を中心にした回転により、あらゆる方向とあらゆる角度からの斬撃を可能とする。

大型草食竜をも狩る一族の遺伝子に刻み込まれた技術の結晶だ。

 

大きな力によって生じる風の流れの変化を翼膜で感じ取り、サイドステップで回避すると同時に折り畳んでいた翼膜を展開。

純白の龍鱗に覆われた巨大な翼膜は盾であり、翼である。瞬時に風を掴んで体が浮かび上がる。

回避された槍刃尾は怨虎竜が空中で二度目の回転を行うことでより勢いを増した。空気を斬りながら加速を続け、空中に離脱する神体に鋭利な斬撃を向ける。

禍威の美学は短期決戦。全身に蓄えた鬼火は消耗品だ。そのため、ガス欠の前に獲物を仕留めてリンを補給しなければならない。

 

しかし、飛び立ちながら刺客の姿を見据えていた天廻龍は驚異的な反応スピードで見切った。

左の翼脚を用いた廻し受けで刃の内側を取り、十字に分岐した槍刃尾を絡めとって引き込む。

そして反対側の翼脚を突き出し、まるであの破棘滅尽旋・天のような体勢で強烈な滑空突進を繰り出した。

 

我武者に見える死相。それでも冷静な怨虎竜は早くも刀殻を展開して高濃度のガスを噴射。

炸裂の衝撃で体の位置をずらして直撃を避けようとしたが翼脚で尾を掴まれて思うように避け切れず首の根に滑空突進の強打を貰ってしまう。

マウントの形でブレスを繰り出そうとする天廻龍と、窮地の怨虎竜。

鬼火の炸裂と落下の衝撃で地形がクレーター状に抉れて、漂っていた鱗粉が吹き飛んだ。

空かさず前腕部から鬼火を噴射。その勢いで腕刃を天廻龍の胸に押し当て、傷を刻んで退かせた。

通常の生物であれば反撃不能のダメージを受けていても、怨虎竜はガスの噴射で無意識の内に反撃を行うことが出来る。

それは、縄張りに匿う雌や子を守る為、数え切れないほどの死闘を制してきた経験の賜物である。

体を覆う梔子色の外殻は攻防一体の武具、接近戦を繰り広げた相手に無数の傷を刻む棘の鎧だ。

白兵戦に応じた天廻龍の体には覚えのない切り傷と刺し傷が刻まれていた。

 

禍威の本能が警鐘を鳴らしている。

この古龍はここで仕留めなければ危ない、と。

それもその筈。古龍と禍威は敵対と共生という相反する腐れ縁で結ばれているが、天廻龍と禍威の相性は最悪だ。

古龍災害から逃げ出すモンスターを狩猟する禍威は、狂竜ウィルスに感染したモンスターを摂食してウィルスに感染する恐れがある。

それは天廻龍にとって子孫繁栄の為の傀儡を破壊されてしまうことを意味する。

大社跡の領主は民衆が偽りの夜を行くことを許さない。風を正さずには居られないのだ。

 

天廻龍の来訪は霞隠しの神仙、霞龍オオナズチによって抑えられていた。

霞龍の散布する濃霧には微量の神経毒が含まれている。これは吸い込んだ生き物の感覚を鈍らせて擬態の効果を強めるためだ。そしてこの神経毒が狂竜ウィルスを無力化して天廻龍をこの地から遠ざけていた。

しかし、温厚な性格の霞龍は激しく争うことを好まない。凶暴な怨虎竜の出現によって大社跡を見放して他の地へと旅立ってしまったのである。

 

姿を見せずに絶大な影響を齎していた霞龍が去った先に待ち受けているのは、天廻龍による屍の治世か、それとも怨虎竜による修羅の治世か。

戦闘態勢に入り、大量の鬼火を纏った怨虎竜の噴出孔は紫白の妖しい光を放つ。

猛々しい虎の威光と深遠な武人の風格が融合して武神のような重圧を感じさせる。

 

止むことなく戦いは続く。

禍威が鬼火を飛ばして牽制すると、天廻龍は爆発のする狂竜のブレスを息を吐き出す。

横方向に連なり連鎖する紫黒の爆発は怨虎竜と天廻龍の間を仕切る壁のように立ち塞がる。

爆発の終わりに懐目がけて飛び込んでくることを予測した天廻龍はバックステップで離れた。

予想に反してその距離を埋めたのは、尾から放出された帯状の鬼火炸裂だった。

天廻龍は後退しながら大砲のようにブレスを撃ち続け、そのどれもが怨虎竜の後方に向けられた。

横と縦に連なる爆発は怨虎竜を接近戦に誘導するように打ち立てられ、挑発的な爆撃波を放つ。

追い立てられた怨虎竜は半ば爆発に巻き込まれて刀殻を酷く損傷しながらも、退却せず、唸り声をあげて詰め寄る。

 

細かい弾から大きな弾まで軌道も威力も変幻自在な遠距離攻撃を放つ天廻龍に対して、小さな鬼火を打ち返しながら詰め寄る怨虎竜。

両者の武器の違いによって生まれたペースを壊したのは、怨虎竜の鬼火炸裂による加速突進だ。

ディレイを含めるとそのタイミングは予測不能。

高い突進力でブレスを掻き消して強引に距離を詰め、遠距離戦を阻止する。

苦手な遠距離戦を避けて運動能力と刀殻を生かした近接戦闘に持ち込むかと思いきや、不意をついて中間距離から帯状の鬼火炸裂で爆撃。

小気味良く仰け反った天廻龍に至近距離から突進を叩き込み、転倒させた。

そして立ちあがろうと体勢を変えた隙に背部の噴出口から高濃度の鬼火を排出して再度突撃。

鎧兜の禍威が持つ鬼神のような爆発力さえあれば、突進は二段攻撃へと変じる。

 

勢いに乗った怨虎竜は転倒している天廻龍に乗り上げ、首を落とす勢いで腕刃を振り下ろした。

天廻龍は翼脚で腕を抑えたが受け止め切れず、腕刃は龍鱗の奥の皮まで届いた。

浄血を流しながら怯まず前脚で蹴り付けたが、甲冑のような甲殻に覆われた頑健な肉体はびくともしない。そうしているうちに翼脚の拘束を振り解いて二の太刀が襲い来る。

すると、微かに天廻龍の口角が上がり、そこから紫黒の光の筋が差し込んだ。

あまりの不気味さに思わず怨虎竜はマウントポジションを放棄して距離を取り、肉食獣のような低い姿勢で天廻龍の出方を窺った。

 

 

――それは、災厄たる龍の忌み嫌われた本領。

禍々しい彩光が天を貫いて、紫黒の光が雲を染め上げたと思うと、着弾地点に爆発の渦を巻き起こす極太の怪光線が解き放たれた。

強靭な二本の翼脚が体を大地に括り付け、ようやくその場に留まることが出来る大技である。

 

『狂竜圧縮砲』

 

天廻の末に完成した狂竜の力の奔流。

それは疫病を司る神の権能の一つ。

紫黒のビームが岩石に大地を撃ち抜いて岩盤に風穴を開け、一筋の膨大なエネルギーとして地形すら狂わせる。

天廻龍が首を曲げれば怪光線の方向も変わり、目に映る全てを消し炭に変えながら薙ぎ払う。

無敵と畏れられたあのマガイマガドが、大切な縄張りを跡形もなく破壊されていく光景を見ていることしかできない。

内に秘められていた古龍エネルギーの暴走だ。

着弾地点には夥しい量の狂竜ウィルスが撒き散らされ、天廻龍の周囲の空気は濃紫色まで変色して見たこともないような魔風が吹き荒れている。

さらに理性を奪うほど禍々しくも澄み切った狂竜結晶が彼方此方から突き出して、とうとう周囲の環境そのものが書き換えられてしまった。

明らかに一撃必殺の威力を持っていながら、光線は怨虎竜を狙っていなかった。

 

一通り退社跡を壊し終えた天廻龍は選択肢を与えるかのように巨大な翼膜を広げて浮かび上がり、ただ一点恒星のように宙に漂っていた。

立ち向かうのか、大社跡を諦めて新たな縄張りを探し求めるのか。

全身から鱗粉をばら撒きながら空中に留まり、黄金にさえみえる純白の龍鱗を艶めかした。

そこら中に撒かれた狂竜物質が白い光を放ちながら紫黒の爆発を繰り返して、辺りはまるで地面が沸騰しているかのような神々しい光景に包まれている。神が天から降りてきたかのようだ。

暗闇の中、鱗に光が反射して後光に見える。

 

それでも修羅の妄執は途切れない。迷うことなく偽りの天体目掛けて飛びかかった。

その体はロケット、炸裂する鬼火の加速は獣を天の神の元へと送り届けた。

二度目の回転攻撃は槍刃尾に頼りきらず、腕刃の斬撃を加えた三点による刺突と斬撃。

尾を絡め取ろうとした腕に二振りの刃が触れ、快刀の切れ味で肉を引き裂いた。

禍威が天廻龍の背後に着地して向き直らずに遠吠えをあげると、その背中に鮮やかな炎が揺らめいた。

ただ暗らかった戦場に似つかわしくない華やかな光が天廻龍の顔を照らす。

 

浄血を浴びて荒々しく息を吹く。

噴出孔から噴き出るガスが赤みを帯びて華々しいマゼンタの火花が舞い散る時、研ぎ澄まされた意識の中で禍威はその使命を悟る。

その顔付きは渇望に溢れ、しかしどこか全てが満ち足りていたようだった。

龍気が弾ける音が舌打ちの音のように鳴った。

禍威、これより鬼火臨界状態。

 

 

言い渡された罪の名は嫉妬。

 

 

天翔ける虎の神速はその全てが情け容赦無い殺傷の嵐。怨虎の餌食は古龍に虐げられ逃げ惑う百竜。その力が禍威の血となり肉となり、遂に古龍種すら脅かす刀と成り果てた。

 

修羅の如き力を手に入れた禍威は闇の中にマゼンタの火花を散らしながら動き回って撹乱。そして狙い澄ました突撃で天廻龍を突き飛ばした。

 

体を廻して受け身を取った天廻龍は向かってくる怨虎竜に翼脚で殴りかかりながら掴み上げ、片腕で引き摺り回した挙句宙に放り投げる。

刀殻に擦れた掌から浄血が滴り、それでも天廻龍は臆することなくブレスを炸裂させて怨虎竜を爆発に巻き込んだ。

しかし怨虎竜も引き下がらず、空中で鬼火を炸裂させて方向転換すると同時に天廻龍に突進。

爆風の中から飛び出して天廻龍に掴みかかり、頬の甲殻に収納されていた牙を剥き出しにして首筋に齧り付いた。

すると同時に禍威の腹部目掛けて、天廻龍の神々しい浄爪が撫でるように鱗を切り裂く。

禍威は鬼火を激しく散らしながら飛び退き、弧を描く自らの跳躍に合わせて槍刃尾を振り上げる。

天廻龍は四本の脚で力強く詰め寄りながら右の翼脚で槍刃尾を受け止め、両足を浮かせて飛び込みながら左の翼脚を振り下ろして殴りつけた。

刀殻と肉を打つ鈍い音が低く響き、岩盤が隆起する程の叩きつけを受けた禍威は目眩を起こしながら鬼火の炸裂によって強引に前進。

逆に前脚で天廻龍の頭部を叩きつけた。

地面にぶつかって跳ね返った頭を腕刃で斬りつけたが、不朽の剛角によって頭部を叩き斬ることは叶わなかった。

 

弱点の頭部に打撃を受けた天廻龍は即座に翼膜を展開して空中に浮かび上がり、一度体勢を立て直そうとした。しかし禍威の妄執がそれを阻んだ。

天廻龍の飛行に合わせて炸裂した鬼火の爆風を利用して追尾。翼脚を打ちつけられながらも執拗に滑空突進を繰り出して天廻龍に掴みかかった。

更に地上に向けた鬼火の炸裂で天廻龍諸共地面に激突。その間際、天廻龍はブレスで自らを巻き込む爆発を起こした。

爆発は禍威が全身の噴出孔から解き放った高濃度のガスと合わさって大爆発となり、紫黒とマゼンタの入り混じった爆風が発生した。

 

魂魄結晶と狂竜結晶が細かく砕けて舞い散り、散る花の花弁のように暗闇を漂った。

紫黒の狂竜物質が晴れた先に見えたのは、決着を狙う二頭の姿。

爆発によって宙に投げ出された禍威と、地に叩きつけられて脚を負傷した天廻龍の姿だった。

それは、鎧兜の禍威が神々と対等の立場まで上り詰めたことを示す光景そのものだ。

翼脚を地につけて、攻撃に備える天廻龍。

そして空中で向き直る怨虎竜。鬼火の炸裂を利用して垂直に落下し、突進を繰り出すがサイドステップで回避されてしまう。

だが流石の禍威、突進を回避された瞬間に体を翻しながら大量の鬼火を噴出。明るい赤紫色の爆風を利用して宙に跳び上がった。

 

見上げる天廻龍に見下ろす怨虎竜。

天廻龍の周りには何重もの漆黒の波動が突風のように吹き荒れ、口腔から飛瀑のように狂竜物質が飛び散り出した。

そして紫黒の光の筋が空中の禍威に向けられ、地響きを立てながら体の底から莫大なエネルギーが込み上げる。

 

錐揉み回転しながら螺旋状に鬼火を散らして舞い上がっていく怨虎竜。機は熟した。

今こそ力の全てを解放して傲慢なる超越者に餓竜の鬼気を知らしめる時である。

マゼンタの輝きが最高潮に達して、神話の怪物に風穴を開ける修羅の大技が繰り出された。

 

ブレス対突進。

 

『狂竜圧縮砲』

 

『大鬼火怨み返し』

 

天廻龍から放たれた極太の破壊光線と、怨虎竜の突進が激突した。

紫黒のエネルギーの奔流に捉えられた怨虎竜は刀殻がボロボロと崩れ出し、兜角すら酷く損傷しながら体躯で四散させて強引に突進を続ける。

鬼火は空気中を燃え広がり、妖美な光が禍威を照らす。

狂竜圧縮砲の反動で天廻龍の体を支えている両の翼脚が地中に沈み、その威力の壮絶さを物語る。

怨虎竜の鬼火の中を僅かに龍の力が走り、突進が狂竜圧縮砲を押し切って天廻龍に迫る。

だが天廻龍も負けじと出力を上げて、散らされた狂竜物質が震える空気の中で結晶化して岩石のように積み上げられていく。

本来交わることのない二つの大きな力は、禍威が天廻龍に到達する間際で大爆発を起こし、二頭の怪物は忽ち反対方向へと吹き飛ばされた。

 

残留したガスとウィルスが点々と爆発する。

細かく散らばった結晶とクレーター。

浄血を被りながら翼膜を翻す天廻龍。

鬼火のように揺らぎながら立ち上がる怨虎竜。

激しい戦いでガスを使い果たし、酷く消耗している。恨めしそうに天廻龍を睨み、口元から涎を垂らしている。

一歩届かず。それは、かつて獄炎の王を襲った時と同じ結末だった。

 

勝利した天廻龍は動けない怨虎竜に向かって勝鬨をあげて、大量の狂竜物質を撒き散らしながら大空へ飛び立った。

深い傷を負ったが、怨虎竜の命に別状はない。怨虎竜は喰らい続ける限り死なないと囁かれる程の生命力を持つ。

一度や二度敗れても獲物を狩って骨を喰らい、力を蓄えて次の戦いに備える。

兜をいからせ、獲物を求めて草木の中に消えていった。




一部、設定公開

時系列

本編の4の終わり頃からWorldのストーリー開始前の出来事。
4話と5話の間に4のストーリーが終わっている。
5話は4Gの間の出来事で、6話の開始時は4G終了後である。


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神助と供養

 

「クシャルダオラ、聴こえるか?」

 

「シャガルマガラは強い。このまま放置すれば、狂竜症が世に広まって世界が壊されてしまう」

 

「俺達人間はシャガルマガラに勝てない。だからお前に頼みたいことがある」

 

「そんな顔しないでくれ。俺だって怖いんだ。

だけど――」

 

「――これが俺の選んだ事なんだ」

 

古龍と竜人は、共通の祖先を持つとされている。

今ではすっかり関係は失われて竜人は人と共に暮らす道を選んだ。

人の言葉は古龍にはわからない。

しかし鋼龍には他の道は残されていなかった。

背に腹は変えられない。

微かな希望を掴む為に行われた悍ましい儀式。

それは信仰する龍に願いを捧げる純粋な想いだった。やがて後世で踏み躙られることになっても、彼は世界を愛していたのだ。

 

風の時代。切なく悲しい歴史があった。

時は流れ現代。

偉大な女傑は敗戦を選んだ。

狩人の誇りが傷つけられても、彼女には守りたい大切な人物がいたからだ。

その狩りは神に捧げる舞踊。

百戦錬磨の戦士となっても、あの日の幼い少女は心のどこかに祈りを持っていた。

来る筈のない神を待ち続けていた。

モンスターの狩猟は時に残酷だ。

 

ココットの村長はかつて、とある古龍との戦いで婚約者を亡くした。

輝かしい戦績を残すハンターがいる一方で、人知れず命を落とすハンターも少なくない。

竜機兵の先に待っていたのは竜大戦。

そして黒龍。全ての物語は一つになる。

 

伝説の復活に先んじて非常事態が発生した。

古龍渡りの活性化だ。

古龍渡りとは、古龍が現大陸から海を越えて新大陸に大移動する奇妙な習性のことだ。

自然災害の化身といわれる古龍達の大移動の被害規模は天災に等しいため、ギルドは原因究明に向けて調査を続けている。

遥か昔から知られていた古龍渡りは百年に一度行われるという珍しい習性だった。

しかし、年々その間隔は狭くなり、今では十年に一度の頻度で古龍渡りが発生している。

大勢の古龍が大移動を開始すれば、その被害は百竜夜行の比ではない。

 

世界全体が動いている。

大陸を支配する王者達が篩にかけられている。

隣接する異世界の存在に気付いたのだろうか。

東の天廻龍と怨虎竜の西征に端を発して、雷狼竜や泥翁竜といった東現大陸の強豪が動き始めた。

迎え撃つのは火竜を筆頭とする西の大型モンスター達だ。

 

モンスター東西戦争を察知したギルドは東西のモンスターを追い立てる元凶を調査した。

長期に渡る調査の結果、東西で2頭のモンスターの影が浮かび上がった。

東の軍勢を率いるのは天廻龍シャガルマガラだ。狂竜ウィルスが世界を恐怖に包み込んだシャガルマガラ事件も記憶に新しい。

かつてギルドの精鋭部隊「筆頭ハンター」とキャラバンの協力によって天廻龍は討伐された。

しかし、天廻龍亡き後も狂竜ウィルスの発生は報告された。

狂竜の力を克服した極限個体と呼ばれるモンスター達が新たな感染源となっていたのだ。

同時に鋼龍クシャルダオラが脱皮の時期を迎えて凶暴化。ドンドルマでは錆鋼龍の迎撃戦が展開される。

筆頭ハンターも動員された迎撃戦の裏ではキャラバン「我らの団」に所属するハンターが極限状態セルレギオスの対処に当たり、見事討伐に成功した。

 

極限個体と錆鋼龍。

並の古龍を凌駕する危険性を持つ二つの脅威の中で、天廻龍は人知れず力をつけていた。

しかし、その被害が世界に拡散しないことにはとある理由があった。

東現大陸の覇者である怨虎竜の存在だ。

縄張り意識の強い怨虎竜は狂竜ウィルスを保有するモンスターを殺し続けた。

その結果、狂竜ウィルスの影響は東の一部地域で抑えられたのである。

廻龍亜目の繁殖は怨虎竜の活躍により阻止されていたのだった。

 

しかし、天廻龍と怨虎竜の直接対決に天廻龍が勝利したことで怨虎竜の抑止が崩壊。

繁栄を求めて標高の高い地域を征西する天廻龍とそのエネルギーを追う大量のモンスターによって移動するホットゾーンが出来上がった。

そして天廻龍に敗れた怨虎竜も獲物を求めて西を目指している。

 

西の勢力の中心には、現地の人々に女王と呼ばれている謎の存在が居ることが分かっている。

かつて超大型古龍に匹敵する災害として伝説に残っている女王は近年になり活動を再開。

複数の集落を襲撃して力を集めている最中、鋼龍との戦いに敗れて森林地帯に逃げ込んだという。

しかし女王に住処を追われた大型モンスター達は西に帰らず、東のモンスター達を迎え撃つつもりだ。

 

ギルドは超大型古龍と同等の影響力を持つ女王を秘密裏に重要な討伐対象に指定。

鋼龍との戦闘によって力を失った女王の討伐は、古龍に挑む者にとって避けて通れないクエストとなった。

 

「自分の立場を知る良い機会だ」

 

そういって、ハンターはおもむろに森の中に足を踏み入れた。

その地には、縄張り争いに敗れた大罪の女王が潜んでいる。

ハンターズギルドは女王の危険性を恐れている。

そして鋼の神に女王が敗れた今こそ、女王に攻撃を仕掛ける時期と睨んだのだ。

彼が古龍である天廻龍に挑むためには、女王を狩って実力を示さなければいけない。

彼女とは大きな差をつけられていた彼だが、心優しい性格のせいでモンスターへの攻撃に全力を発揮できていなかった。

しかし彼の心に信念が宿った今、その実力には多くの期待が寄せられている。

 

しかしこれは彼にとってもギルドにとってもハイリスクな賭けだ。

もし女王を倒すことが出来ても、ハンター業を続行できない大怪我を負ってしまえば天廻龍の狩猟に繋げることが出来ない。

もし天廻龍の狩猟まで辿り着くことが出来ても、女王との戦いで負傷したことによってやられてしまうこともあるだろう。

それでも、これまで二人三脚で狩猟をおこなってきたハンターにいきなり古龍の単独狩猟は任せられないというのがギルド上層部の判断だった。

それは、生前の彼女が誰よりも愛した狩人を古龍の牙から遠ざけるためのせめてもの罪滅ぼしなのかもしれない。

だがそれでも、彼が天廻龍の狩猟を諦めることはなかった。

ギルドの書庫で女王にまつわる記録を徹底的に調べ上げ、トラブルが発生しても安全に狩猟を成功させられるように作戦を立てていた。

そして練習の為にアルセルタスやその亜種など、独特の攻撃を扱うモンスターと戦いを続けた。

時にはギルドナイトと剣術で渡り合い、女王に対抗する為の技術を磨いた。

 

月日が経つ。

怪我のない鍛錬による技術の習得。

相手に対応した作戦の調整。

天廻龍は少しずつ西へと近づいてくる。

そしてようやく、真剣を手に取る日が来た。

 

ハンターは、黒狼鳥の装備を身につけている。

イャンガルルガの素材を使って作られる防具は東洋の武将を思わせる独特な形状の鎧だ。

格調高い紫と鮮やかな緑が目を引く毒々しいカラーリングが特徴的だ。

黒狼鳥の甲殻は怒りによって圧縮されて強度を増す。強度の増した部分をふんだんに使った防具は頑健で、好戦的な黒狼鳥の鼓動を感じさせる。

かつて心優しい彼を奮い立たせる為に、優秀な女狩人が贈ったものだ。

 

溶岩の塊のような分厚い大剣は火砕剣という。

ヴォルガノスの素材から作られた大剣で、見た目に違わぬ重量を持つ火属性の大剣だ。

見かけによらず標準的な切れ味の剣だが、叩き斬るように振り下ろせば火山弾のような威力を誇る豪快な一振りである。

飛竜の攻撃にも余裕で耐えるといわれる溶岩竜の素材を使っているため、刀身を用いた防御の安定性も他の大剣とは桁違いだ。

火砕剣を振り回す狩人は戦士だ。

攻撃と防御を一振りの大剣に任せた戦い方は地の利を活かしにくい。

しかし相手に振り回されず力を発揮出来る安定性は他の武器には無い魅力だ。

火砕剣は、荒々しくも慎重で無骨なハンターに愛用される武器である。

 

森は静まり返っている。

ギルドはこの森に潜伏している女王は覇竜や崩竜に劣らない脅威だという。

種の頂点に君臨するモンスターは、どんな種であっても侮れないものだ。

大型モンスターの中では比較的狩猟し易いといわれている牙獣でさえ、その王座にはかの金獅子が君臨している。

特に近年では、各地で生態系の頂点に君臨する強力なモンスター達が名を上げている。

鎧兜の禍威を筆頭に、十年前は鳴りを潜めていた泥翁竜や雪鬼獣などの強大な大型モンスターの目撃例が増えているのだ。

しかしギルド関係者は、女王はその中でも押しも押されぬ最大の脅威だと語る。

 

姿を見つけるまで長い時間はかからなかった。

何故なら、この森全体がモンスターそのものと言っても過言ではないからだ。

枯れ葉の割れる音に気がついて、ハンターは火砕剣を構えた。熱波を放つ火砕剣は、獰猛な溶岩竜のように正面を威嚇する。

 

―汝、妾の姿を拝みたければ力を見せろ。

 

苔の蒸した岩石をつなぐ細い木の根。

竜のような形をした岩と植物の混合物がパキパキと音を立てながら動き出した。

森が意思を持っているかのように周囲の植物が岩に引っ張られて引き抜かれている。

異常にして、異形。地中から這い出る。

四足歩行のレックス系飛竜を思わせる形に纏まったかと思いきや、地中に埋まっていた脚を引き抜くと鋼龍に近い体型に変形した。

ドラゴンのような姿をしているが、翼はない。

全身が土を被っていて、岩と植物で出来ている。

生物とは思えない異形の怪物がハンターの方を睨んでいる。

睨んでいるといっても、その頭は竜の頭部に近い形状の岩で出来ている。

目や鼻、耳といった感覚器官はどこにも見当たらない。物を食べる為の口らしき部位も無い。

植物と岩が細かな糸によって竜のような形の塊になっているだけだ。

 

猛禽のような甲高い鳴き声が反響して耳に響き、ハンターは思わず耳を塞いで立ち竦んだ。

蛇とも竜ともつかない森の怪物はハンターに向かって蛇行しながら突進。

岩石の頭がハンターを押しつぶす勢いで向かってくる。しかしハンターはサイドステップでかわしながら横薙ぎの火砕剣を振り抜いて迎え撃つ。

 

冷え固まった溶岩の塊のような火砕剣が内から赤い光を漏らしたと思うと、刃に触れた岩石の頭は赤く融解して断ち切られた。

頭蓋どころか脳まで刃が通ったかのように見えたが、岩石の怪物は平気な様子だ。

明らかに切断された筈の頭部は細かな糸によってまとめられてすぐに元通りになった。

怪物が再生している隙にハンターは周囲に気を配って利用出来そうな物を探したが、全ての自然物が女王に支配されているようだ。

 

「環境を利用して戦うのはハンターだけではないとはよくいったものだな」

 

ハンターはそういって煙玉を使って姿を眩ませながら、足音を立てずに森の中を動き回った。

森の全てが女王の空間なら、女王の支配を受けない自分の空間を作ればいい。

静寂、緊張が走る。

―急襲、首を刎ねる。

刹那の沈黙ごと灼き斬る斬撃は溶岩に匹敵する熱を持ち、防御の態勢を取る隙も与えず怪物の体に接合された植物を発火させた。

頭部を叩き斬った時のように、刃に触れた岩石がバターのように融けて切り裂かれる。

 

人間は巨大な怪物の力に対抗するために技術を発達させたが、未だにモンスターと比べて肉体は弱いままだ。

怪物は首を斬られながら、防御を諦めて力任せに体当たりを繰り出した。

ハンターは火砕剣の刀身を横に傾けて衝撃を受け止めたが、荒れ狂う怪物の膂力は受け止めきれなかった。頭部を失った怪物の胴に弾き飛ばされ、燃え盛る怪物を目の前に体を強く打って倒れた。

 

焼けて崩れていく怪物を睨みながら、ハンターはすぐに起き上がってボトルの回復薬を飲み干す。

怪物は炎に包まれて暴れ回り、破壊した周囲の木々や土を取り込みながら大きくなっていく。

しかし、怪物の成長は突然止まった。

体表の木々や岩の隙間から紫の煙が立ち上る。

取り込んだ自然物同士を縛り付ける糸が緩み、外側からボロボロと崩れて紫色のガスを排出した。

 

煙玉で身を隠して歩き回っていたハンターは、そこら中に毒けむり玉を配置していたのだ。

木の枝や岩の隙間にそっと置かれていた毒けむり玉は自然物に混ざって怪物に取り込まれた。

そして怪物が暴れる事で毒を噴射して、内部に猛毒を充満させたのだ。

 

巨大な怪物が崩れ去ると、その内側から光り輝くカマキリのような昆虫が出現した。

全長15メートル。数値では平均的な個体の土砂竜を上回る大きさだが、その体躯は華奢。

尾から頭部まで反り返ったその姿は数値よりかなり小さく見える。紫の模様が入った黄金色の甲殻は煌びやかで美しい。

明るい紫色の複眼を輝かせ、鎌のように発達した両腕を振り上げて特徴的な鳴き声を響かせた。

それはギルドが特に危険視する特級の危険生物。

大罪の女王の正体だった。

 

閣蟷螂 アトラル・カ

 

甲虫種でありながら、超大型古龍に匹敵する危険性を持つ規格外のモンスター。

その正体は金色の絲によって、アトラル・ネセトと呼ばれる巨大な巣を操る驚異的な生態を持つモンスターである。

巨大龍のような形のネセトを絲を用いて駆動させることで、長距離を安全に移動する生態から、蠢く墟城の別名を持つ。

ネセトは普段は木や岩などの自然物を使って作られるが、閣蟷螂は人工物の強さを理解している。

砦に使われる撃龍槍や防護壁の耐久力は自然物の比ではないため、閣蟷螂にとってはネセトの最高の素材になる。

一度人工物を知ってしまった閣蟷螂は積極的に砦を襲ってネセトに取り込み、歩く要塞と化してしまう危険性を持っている。

 

美しい花には棘がある。その言葉の通り、閣蟷螂は目が眩むほどの華やかと危険性を併せ持つ。

豪華絢爛な黄金の甲殻と宝石のような棘。

地母神にも負けず劣らずの美しさを持つ虫だ。

体内には強い腐食性のあるフェロモンを持っており、被弾した相手の守りを溶かす。

絲による巨大な物体の投擲を交えた遠距離戦は見た目に似合わない苛烈な攻撃力が特徴だ。

 

閣蟷螂に近寄ることの出来る生物は稀だが、閣蟷螂は近距離でもその剛力を遺憾なく発揮する。

両腕の先にある鋭く尖った鎌状の部位は極上の切れ味を誇り、素早い斬撃で外敵を両断する。

腕の内側に付いた刃のような器官も一撃でハンターを防具ごと切り裂く殺傷能力を持つ。

 

ハンターは閣蟷螂の甲殻が高い断熱性を持つことを見抜いていた。ネセトが燃え盛っても暴れるのみでネセトから降りようとはしなかったからだ。

そして閣蟷螂はハンターの武器が熱を利用した大剣ということに気付いている。

不意をつかなければ、厳しい戦いになるだろう。

 

熱を通さない甲殻を持つ閣蟷螂でも、重く鋭い火砕剣の一撃を受ければ甲殻を損傷してしまう。

永きに渡り女王の身を守ってきた黄金の鎧は驚くほどの強度を誇るが、迂闊に攻撃を受けるわけにはいかない。

向こう傷を恐れない金獅子や恐暴竜とは異なり、その戦いは消極的だ。

常に相手と正面から向き合って距離をキープ。

絲を使って相手の行動を制限しつつ、攻撃の軌道を読んで回避しながらカウンターを狙う。

上体を直立させた姿勢は体を大きく見せる威嚇と頭部の防御を兼ねている。

 

閣蟷螂の方を見たまま、閣蟷螂を中心に円を描くように歩いて横を取ろうとするハンター。

四本の脚を絶え間なく動かしてハンターを正面に捉え続ける閣蟷螂。よく見るとハンターを正面に捉えるだけではなく、横に向かって歩いている。

両者の間で行われていたのは外側の取り合いだ。

 

ハンターは右脚を大きく前に突き出して、股下までグリップを下ろすことで、両腕で大剣を掴みながら剣を相手の方に向けている。

前足の方向は利き手によって異なるが、右足を出す構えは大剣のスタンダードな構えだ。

前脚の踏み込む力を利用して剣を振るうため、相手に前脚の外側に出られると力を発揮できない。

そのため、大剣使いは戦いながら相手の外側を取るようにして回り込むのだ。

図体の大きな大型モンスターと戦う時には外側を取るように意識しなくても、力を込めて剣を振り下ろせば巨大な体のどこかに攻撃が命中する。

しかし、閣蟷螂のような華奢で小柄なモンスターと戦う時は相手と自分の位置に気を配らなければならない。

徹甲虫やギルドナイトを相手に練習を重ねたのは全てこの瞬間のためだ。

 

常に正面に突き出されている火砕剣。一見して何の変哲もない抜刀状態の大剣の構えだ。

しかしハンターは鋒を閣蟷螂の頭部に向け続けているため、迂闊に頭部を下げて距離を詰めれば閣蟷螂の眉間を突き刺すことになる。

大型モンスターの中では小柄な閣蟷螂も人間と比べると3倍以上の身長差がある。

頭部を下げなければ鎌による斬撃に肩を入れることが出来ないため、閣蟷螂の攻撃力が減少する。

鋒を向けたまま飛び込めば、火砕剣が弱点の頭部に直撃する間合いだ。

しかし、閣蟷螂は鎌で剣を払いながら斜めに回り込んですぐに向き直った。

ハンターは剣を払われると同時に前方に受身を取って閣蟷螂の懐に潜り、刀身を水平に倒して回転斬りを繰り出す。

 

狙いは前脚だ。閣蟷螂の足が流れてバランスを崩したところに返す刀が基節を打ち抜いた。

慌てた閣蟷螂は鎌を振り回して反撃したが、ハンターは脚の内側に潜り込んで回避。

傾斜のついた縦の斬撃を中肢に打ち込む。

閣蟷螂の甲殻は想像以上の強度だった。

脚を二本切断するつもりで放った斬撃が、二発とも決定打には至らなかったのだ。

 

両者は再び距離を取って向き直り、外側の取り合いが始まった。

閣蟷螂の金殻が木漏れ日に照らされて、モンスターとは思えないほど神秘的な輝きを放つ。

ハンターは閣蟷螂の甲殻の強度を甘く見てはいないが、ネセトの使えない閣蟷螂が相手ならば単騎でも勝機はあると信じ込んでいる。

事実、二発の斬撃は脚の切断には至らなかったが駆け引きで出し抜かれた閣蟷螂は動きが消極的になっていた。

 

一方でハンターの方には呼吸の乱れも無く、ただ淡々とフェイントを織り交ぜて隙を狙っている。

相手に届かせる攻撃と全く届かないフェイントの間で微妙なモーションの違いをつけることで敢えて閣蟷螂にハンターの攻撃パターンを刷り込む。

 

そして、フェイントのモーションを学習してスタミナ節約のために防御行動を怠ったその瞬間。

フェイントのモーションから攻撃に繋げて鋭い一撃を差し込んだ。

閣蟷螂の高い学習能力を逆手に取り、わざと動きを予測させてその裏を狙う。

チクチクと攻撃を重ねるハンターに嫌気が差したのか、閣蟷螂は強引に前進して両鎌を振った。

当然前方に突き出した大剣が閣蟷螂の頭頂部を捉えて強烈なカウンターが突き刺さる。

しかし、仕留めることは出来なかった。ハンターはがむしゃらに振り回した鎌を防ぐため、剣を引いて盾にしなければならなかったのだ。

 

溶岩竜の甲殻をふんだんに使った頑強な火砕剣に鎌が突き刺さり、驚愕するハンター。

しかし驚いて竦んでいる暇はない。

鎌を引き抜いた閣蟷螂の頭部に穴あきの火砕剣を振り上げ、熱波と衝撃によって後退させた。

頭部を低くもたげて両腕を前に突き出した攻撃態勢で前進する閣蟷螂。

ハンターは叫び声をあげて自分を奮い立たせることで恐怖を打ち消し、掲げた剣を今度は振り下ろして閣蟷螂に手痛い反撃を加えた。

 

火砕剣の刃が欠ける。

 

仄暗い森を照らす火の粉。閣蟷螂の甲殻中でも、紫藍色に染まった部分は一際優れた強度を誇る。

閣蟷螂は僅かに胴体を逸らして頭を守るように発達した紫藍殻で斬撃を弾いたのだ。

仰反る力を利用してバックステップで距離を取ろうとするハンターに追い討ちをかけるように鎌の斬撃が入る。黒狼鳥の甲殻で作られた鎧に斜めの切り傷が入って、隙間から血が滲んだ。

 

ここから回復に転じるか、回避に転じるか。

どちらにしろ攻撃に出ることはないと読んだ閣蟷螂は腹部の先端から絲を射出して火砕剣を絡め取り、ハンターの手元から奪い取った。

 

「――しまった!」

 

閣蟷螂の鎌を回避すると、一気に攻勢に打って出た閣蟷螂は強酸性のフェロモンを飛ばして防具ごとハンターを溶かそうとしてきた。

しかし、突然森の中から突き出された獣の剛腕が閣蟷螂の後脚を掴み、投げ飛ばしたことによってその攻撃は中断された。

 

「お前は...ラージャン!」

 

強さを求めて閣蟷螂に引き寄せられたか。

牙獣の王、金獅子ラージャンの君臨である。

超大型古龍にも引けを取らない危険度を持つ閣蟷螂だが、小柄な体躯が災いして大型モンスターに戦いを仕掛けられることがある。

そのため、閣蟷螂の討伐が行われる時は乱入するモンスターを食い止める為のハンターが派遣されるのが定石である。

しかし今回は鋼龍の活躍により、閣蟷螂は人工物で造った巨大なネセトを失っている。

度重なる古龍災害の復旧作業に手を焼いているギルドは、モンスターの乱入を阻止する為に人員を回せなかったのだ。

 

閣蟷螂を一目見た途端、体内の電気エネルギーを活性化させて闘気化状態へ移行。

筒状の体毛の内部を電気エネルギーが満たすことによって、その鬣は金色の翼と名高い勇壮な形状へと変化する。

 

最強の牙獣種と最強の甲虫種の邂逅。

前代未聞の組み合わせだ。

重い火砕剣を奪った閣蟷螂を、火砕剣ごと振り回す腕力は流石金獅子である。

力が押し切れる人間が相手では雑な攻撃が目立った閣蟷螂だが、金獅子と対峙した途端に動きが洗練されている。

 

「悔しいが、まだ本気じゃなかったということか」

 

鎌を振り上げて鷹のような声で鳴く閣蟷螂に対して、金獅子は槌のような右の拳で殴打した。

まるで手品のような高速の体重移動。

飛び込みながら体重を乗せて叩き込むパンチは、もはやパンチというより体当たりだ。

気がついた時には殴られた閣蟷螂が土の上を転がっていた。

 

――速い!

 

金獅子は右腕の上腕部に切り傷がつけられていることに気付いた。

パンチを受けた閣蟷螂が釜で付けた傷だろう。

 

憤怒を宿した真紅の瞳が閣蟷螂を睨む。

鼻息を荒げながら両拳で地面を叩き、目の前の強敵に存在をアピールしている。

砕竜や雷竜など、殴る事に特化したモンスターは金獅子以外にも存在する。

特に金獅子の属する牙獣種にはババコンガやドドブランゴなど、金獅子と体型が似たモンスターも存在している。

数多くのライバルがいる中でも、特に金獅子は腕力に物を言わせた戦い方を好む。

 

金獅子の後脚の骨格は速く走ることに適した爪先立ちの形となっている。

強靭な筋肉によって二足歩行を行うことが可能だが、全力疾走の際は前脚を地面につけて走る。

捕食動物である金獅子の走り方は、体をバネのように使ったストライド走法だ。

この走り方では、前脚と後脚のどちらかで地面を打ち付けて体を浮かせる必要がある。

多くの捕食動物は獲物に追いついた後、相手を拘束する必要がある。

そのため捕食動物は後脚で地面を蹴って跳び、前脚から着地するのが主流だ。

前脚を使って獲物を抑えつけるためだ。

獲物を追う時の金獅子を観察すると、後脚で跳んで前脚から着地する走り方をしていることが分かる。そのため、金獅子の後脚は跳躍に適した形に進化したのだ。

 

金獅子の食性といえば、幻獣キリンの角を折って食べるという生態だ。

後脚を跳躍に特化させた金獅子は飛びかかりながら掴みかかることが出来る。動きの速い幻獣の角を折って食べる時にこの特性は大いに役に立ったことだろう。獲物を抑えつけるための前脚の機能を活用して、幻獣を抑えつけて角を折るという荒業を繰り返した。

 

こうして強靭な腕を獲得した金獅子は、相手を掴んで投げ飛ばす力が発達した。

現在でも飛竜の尾を掴み、勢いよく投げ飛ばす怪力をみることができる。

 

しかし、大型モンスターの中では比較的小柄な部類の金獅子は大きな課題に直面した。

それは筋肉量である。

全モンスター屈指のパワーとスピードを併せ持つ金獅子だが、その骨格に付けられる筋肉の量には限界があった。

怪力自慢のモンスターの中でも滅尽龍や恐暴竜といった体の大きなモンスターは金獅子よりも多くの筋肉をつけることができる。

体格と筋肉量で上回るモンスターが相手では組み付いて捩じ伏せることは難しく、逆に組み伏せられてしまう。

スピードで相手に勝っていても、組み付いた後にはパワーだけがものを言う。

掴みと投げに特化した戦い方では、体格に勝るライバルと対等に渡り合うことは難しい。

 

そこで金獅子の新たな武器となったのが、剛腕によるパンチだった。

跳躍力に優れた後脚は、抜群のフットワークによって相手との距離を支配する。

相手の攻撃を避けて自分の攻撃を叩き込み続ける金獅子の戦いは、体格差を速度で埋めるのだ。

見境なく突撃しているようにみえるが、金獅子は相手の動きに細かく反応しながら戦っている。

ライオンが獲物を狩るフォームが美しいように、金獅子の闘いもまた美しいのだ。

かつてとある地域の動植物を根刮ぎ破壊し尽くした暴風雨は、黄金だった。

 

突然殴られた閣蟷螂は、金獅子の技巧に気付いていなかった。

金獅子が巨大なモンスターと戦う為に身につけた体重移動の技術は一朝一夕で身につけられる簡単なものではない。唐突に受けた大きなダメージに動揺した様子で後退りした。

大きく頑健な肉体を持つ怪物との戦いで研ぎ澄まされた拳は重い。

閣蟷螂は絲を巻き付けた火砕剣を投げて反撃したが、金獅子は刃を直接鷲掴みにして防いだ。

驚異的な握力で火砕剣に亀裂が入り、内側から熱が溢れ出て火を噴いた。しかし金獅子は火炎の高熱をものともしない。

うすら笑みを浮かべたラージャンは絲を引きちぎりながら火砕剣を捨てて、中空を穿つ高出力の気光ブレスを放射した。

予想外の攻撃に閣蟷螂は回避が間に合わず、光沢のある美しい甲殻が照りつける闘気で強い輝きを放ちながら黄金の烈風に巻き込まれていく。

 

烈日の咆哮。凶猛な輝きが視界を覆う。

狩人は絶望した。

捨てられたばかりの武器を拾いながら立ち尽くす狩人の姿はあまりにもちっぽけだ。

超災害級生物の世界はあまりにも遠い。

いくら知恵を絞ったところで、人の手に負える生き物ではない。

 

消耗した閣蟷螂が鎌で光を裂いて反撃を繰り出した途端、金獅子は鎌の付け根を掴みとり、捻じ曲げようと力を加えた。

重い金属を擦るような低い音で軋む。

符節に向かって金獅子が口を開き、口内から黄金の閃光が漏れ出したその時だった。

感じたことのある冷たい風がそっと耳の裏を撫でて、生きた心地のしない戦場でどこか懐かしい空気が肺に広がった。

その瞳はコランダム、福音の不協和音。

超低音のマイナスエネルギーが草の間を抜ける。

神々しい金属光沢を霞ませる龍風圧の鎧は、最大の特徴である絶対的な防御力を対峙した全ての生物に突きつける。

 

鋼龍、再臨。

 

血湧き肉躍る。

握っていた鎌を放して、アトラル・カそっちのけでドラミングするラージャン。

新たな好敵手に存在をアピールするように勇ましく吠える。

撤退の態勢に入る閣蟷螂。

鋼龍に背を向けて離れていく。

狩人は腕で目を覆った。鋼龍から全身から風が強く直視が出来ない。

小規模の竜巻が大量に乱立して、木々と土を巻き上げながら移動している。

 

空中で車輪のように回転するラージャンと金属質の体を犇かせながら咆哮する鋼龍。

金獅子は空中から糸で引っ張られたように一直線に飛んで鋼龍に突撃した。

圧倒的な筋力と精密な体重移動が生み出すラージャンの得意技だ。

稲妻を走らせながら突き進み、被弾した鋼龍は空中から叩き落とされながら金獅子を蹴り飛ばす。

金獅子の攻撃を受けながら咄嗟に反撃を返して体制を立て直す鋼龍の胆力あっての荒業だ。

攻撃した金獅子が逆に吹き飛ばされ、鋼龍は四足で頭を低くして威嚇している。

 

蹴り飛ばされた金獅子は上半身の筋肉を電気刺激で強化して闘気硬化状態へと移行。

空中で衝撃波を放ちながら体勢を整えると黄金の鬣を振り乱しながら前脚で地面を掴み、着地と同時に気光ブレスを放って反撃した。

闘気に満ちた黄金の烈風は閃光の如き速度で鋼龍の元へと到達したが、鋼龍は機敏な動きでサイドステップを行って回避。

気光ブレスの照準を合わせる為に手間取っている金獅子の側面から風ブレスを放って攻撃した。

たかが風。しかし、大型古龍のブレスだ。

その威力は炎王龍の火炎放射にも引けを取らない。着弾と同時に大砲のような破壊力の爆風が巻き起こり、全長8メートルを超す金獅子の体が宙に浮かび上がった。

 

口から複数の雷球を放ち牽制しながら着地した金獅子を、鋼龍は得意の突進で追い立てる。

鋼龍は胴体の太さに比べて四肢が逞しい。

頑丈な金属の体は自然災害に巻き込まれても平然としていられるほど重い。

四本の脚で体を支えるだけでも一苦労だ。

優れた飛行能力で知られている鋼龍だが、地上においても驚異的な運動能力を誇る。

重い体を支える為に胴体と比べて逞しく発達した四肢は並外れた筋力を発揮する。

特に発達した後脚は地面に触れる面積が広く、鋭い爪がスパイクの役割を果たすため、力強い踏み込みができる。

長大な尾と強靭な前足で体重を支えることで、安定感と瞬発力に優れた突進を可能としている。

 

助走をほとんど必要としない加速力に優れた突進攻撃は、並の大型モンスターならば一撃で肉片にしてしまう程の破壊力を秘めている。

しかし相手はモンスター屈指の怪力自慢であるラージャンだ。気に障るものはたとえ古龍であっても容赦しない。

鋼龍以上に逞しい前脚から繰り出される全ての攻撃が古龍の命すら脅かす破壊力を秘めている。

特に電気刺激により硬質化した拳は鋼より硬く、打撃戦では金獅子の右に出るものはいない。

罠を避ける程の高い知能を持つ鋼龍は、重いパンチを恐れていた。

 

衝突の直前に金獅子が拳を構えた事が分かった鋼龍は、前身しつつ重心を上半身を持ち上げて後脚に重心を乗せた二足歩行の体勢へと移行した。

鋼龍が前脚を浮かせて、頭を高く擡げたことでラージャンのフックパンチが空を切る。

鋼龍はその隙に、前脚で金獅子の肩を掴みながら倒れ掛かる形で金獅子に乗りかかった。

体重差を生かしたのしかかりだ。

隕石のように降り注ぐ重量で大地が揺れる。

鋼龍は後脚で地面を掴み、前脚で金獅子を掴みながら絶大なパワーで前進を続ける。

 

金獅子は仰向けに倒されないようにバックステップの要領で後脚を引きながら鋼龍を受け止めた。

超低温の鋼龍の爪が、氷属性を苦手とする金獅子を悩ませる。氷属性を遮断する分厚い毛皮に鋭い爪が食い込み、体温を奪う。

そのまま鋼龍が押し潰すかと思いきや、今度は金獅子が異常な筋力で横にスイング。

体勢を崩した鋼龍を抑え込む形で覆い被さり、赤黒く硬化した腕で殴りつけた。

大銅鑼のような音が響く。

鋼龍は体から強力な風圧を発しながら金獅子を押し退けると、そのまま空高く飛び上がった。

そして、体を捻りながら空中に身を飛ばす勢いで巨大な竜巻を発生させて金獅子を周囲の自然物諸共吹き飛ばした。

 

まさに神話の怪物。自然災害同士のぶつかりあいである。圧巻のスケールに呆気に取られていると、今度は空気が煌めき出した。

縄張りを荒らされた女王が遂に怒ったのだ。

複眼から赤い光を放ちながら鎌を振り上げて威嚇している。

巨大な竜巻が絲を巻き込んで、華やかで壮絶な渦巻き模様が空に浮かぶ。

風に紛れて空を穿つ大竜巻の主。

鋼龍に肉と骨の区別はない。体の内側から体表を覆う甲殻に至るまで全てが鋼である。

そして風と一体化した鋼龍には肉体と世界の区別すら無い。空を舞う鋼龍は風の化身。

風の吹く空間全てに鋼龍は宿るのだ。

狩人の目には、金獅子と閣蟷螂が竜巻と戦っているように見えていた。

 

これまで細くて見えていなかった黄金の絲が漁網のように鋼龍の体を絡め取り、嵐の中を飛行している鋼龍が物凄い力で閣蟷螂の方へと引き込まれてた。90メートル強のネセトを動かす閣蟷螂の怪力にかかれば、古龍すら捕らえられるのだ。

鋼龍は引き込む力を逆手にとって閣蟷螂に突進、龍風圧を放つ鋼の弾丸と化して急降下した。

平伏す女王を見下す無傷のクシャルダオラ。

どこか物憂げな佇まいには、超越者の寂しさが見えた気がした。

金属室の甲殻が擦れる音、風が耳元を過ぎる音。

龍は、静かに悲鳴をあげている。

凍てつくマイナスエネルギーに包まれながら風を放つ鋼鉄の神は、冷え切った青い瞳の最奥に悲しみを抱えているように見えた。

 

鋼龍は女王から狩人に視線を移して見つめた。

 

「お前、あの時...俺を助けたのか?」

 

古龍は高い知能を持つという。

森の中に捨てられた孤児が、幻獣キリンに育てられたという報告もある。

古龍の目的は分からない。

鋼龍の眼を見た時、本来の目的を思い出した。

装備の紫が引き締まる。

剣を拾う為に走る。

 

風の鎧を突き破り、荒ぶる金獅子が乱入する。

拳の届く至近距離は牙獣の間合いだ。

迎え撃つ鋼龍はステップを踏みながら龍の力を纏った鉤爪を振り下ろす。

金獅子は体を反らして紙一重で躱し、大きく振りかぶった拳を鋼龍の顎に打ち込んだ。

大銅鑼が割れるような音がした。

眩暈を起こした鋼龍は後退りしたが、金獅子は容赦なく距離を詰めて殴り続ける。

光り輝く金獅子は絶望を感じさせるほど強い。

神速のサイドステップで常に正面に陣取り、無慈悲な暴力を揮い続ける姿はまさに修羅だ。

神の威圧に負けない覇気。鋼龍の鉄壁な防御力を正面から叩き壊す鬼神の猛攻。

次から次へと繰り出される多彩な攻撃の数々には継ぎ目が無い。

 

「そいつは殺させない!」

 

狩人は全身全霊をかけて金獅子に攻撃した。

全身の力を遺憾なく発揮して振り下ろす火砕剣の一撃。剣の中に眠っていた溶岩竜の魂が共鳴したのか、返り血を蒸発させる程の熱量を放った。

闘気硬化状態の金獅子は、上半身をバンプアップする代わりに下半身の耐久力を失う。

金獅子の弱点である尾は膨大な力を抑制する重要な器官だ。尾を傷つけることによって、闘気硬化状態は解除される。

全モンスター屈指のスピードを誇る金獅子の背後を取り、尾を傷つけるのは至難の業だ。

しかし鋼龍という強敵と対峙して夢中で攻撃している金獅子なら尾を狙える。

ハンターの身体能力があれば、神々の戦いに人の身で割って入ることが出来る。

 

斬撃の炸裂と同時に金獅子の黄金の体毛が黒色に色褪せる。金獅子は危うく倒れかけたが、爪を地面に突き立てて耐えた。

体毛から発散された電気エネルギーが眩い稲光として放出されて変化に気づいた金獅子は狩人に吠える。

 

狩人に飛びかかる金獅子を鋼龍が体当たりで突き飛ばして風のブレスで追撃した。

すると今度は起き上がった閣蟷螂が背後から鋼龍に斬りかかったので火砕剣でガードすると、鋼龍は尻尾で閣蟷螂を殴り飛ばした。

飛龍を一撃で絶命させるという強靭な尾だ。

草叢から金獅子が低い声で唸る。

 

束の間の緊迫の後、金獅子は荒れた森の中に消えていった。

 

「後は...お前だけだ...」

 

狩人は閣蟷螂の方を向いた。

閣蟷螂は強酸性の体液を鋼龍に向かって射出したが、風の鎧が体液を吹き飛ばした。

圧倒する防御力が気勢を削ぐ。

優雅に歩くだけで途轍もない威圧感を放ち、閣蟷螂アトラル・カを圧倒している。

 

二頭の叫び声に耳を塞ぎ、凄まじい風圧に思わず顔を伏せた。

 

顔を上げた時、そこに二頭の姿は無かった。

 

「俺は逃したのか?」

 

閣蟷螂を追い詰めていたはずの鋼龍が、狩人から閣蟷螂を守ったかのような消え方だった。

ただ無力感だけが胸元に残った。

 



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ギルドスタイル

〜ギルド 集会所

 

ギルドは東西から侵攻してくるモンスターの迎撃に士気を高め、狩人達は賑わっていた。

東の尾槌竜に西の重甲虫。外の国から危険な強敵が向かってくる。

古龍ではなくても一国の危機。

多額の報酬金が掛けられている。

ハンターが勝つことができれば奇跡だ。

周囲が熱気で包まれる中、ギルドマスターの前で黒狼鳥の装備を着ている狩人が頭を下げた。

 

「そうか。アトラル・カは倒せなかったのか」

 

「不甲斐ない。戦争は止められません」

 

「いいんだ。鋼龍と金獅子の出現は我々も予測出来なかった。これはギルドの失敗だ。

古龍に太刀打ちできるハンターは少ないが、うちのハンター達はよくやってくれている。

君の戦いに孤独はないんだよ」

 

「...ありがとうございます」

 

「君は怖くないのか?」

 

「既に誰かが成し遂げたことを、私は辿るだけですから」

 

そういって、狩人はその場を後にした。

彼自身も気づいていないが、彼は才能に恵まれていた。人間が古龍との力の差に悩み、苦しむことなど、既に常人の発想では無いのだ。

狗竜を倒せば功績、怪鳥を倒せば一人前。

火竜を倒したハンターは英雄として一生地域で語り継がれる。

狩人の人生とは本来そういった規格の中にある。

古龍と戦うのは狩人の役目では無い。国家とギルドが手を組み、死力を尽くして撃退する。

それが古龍という存在だ。単身古龍に挑んで武勲を立てるなど、神話の英雄の所業である。

天才とは脆く壊れやすいものだ。

古龍の威圧とは、対峙した相手の気勢を削ぐばかりのプレッシャーではない。

対峙する前から世間の目、死への恐怖として狩人を追い詰める呪いだ。

神殺しは狩人の仕事では無いのだ。

長い石造りの廊下を歩いて図書室に向かう。

 

「装備と戦略、全部見直した方が良さそうだ」

 

手に取った本の表紙にはシャガルマガラ事件と書かれている。

 

彼の目に入ったのは、黒蝕竜ゴア・マガラが天廻龍の幼体にあたるという記述だった。

天廻龍は狂竜化したモンスターを宿主にして繁殖する生物だ。時期さえ来れば黒蝕竜自体の個体数は多い。増えすぎた個体は天廻龍が散布する狂竜物質を浴びて脱皮不全となり死滅する。

そのため黒蝕竜は天廻龍より資料が多い。

天廻龍の対策にはうってつけの存在だ。

 

しかし幼体とはいえ油断はできない。

恐暴竜の討伐と炎妃龍の撃退という衝撃的な実績を持つギルドの精鋭部隊「筆頭ハンター」でさえ黒蝕竜との戦いに敗れている。

 

黒蝕竜ゴア・マガラ。

狂竜物質を利用した変則的なブレス攻撃と翼脚の腕力を武器とする分類不明の大型竜だ。

頭部には目が無いため、視力が発達していない代わりに鱗粉で相手の位置と姿形を認識する。

逞しく発達した翼脚は雪鬼獣や轟竜を抑え込むことができる程の力を発揮する。

しかし、黒蝕竜は古龍の幼体だ。超災害級モンスターである恐暴竜や炎妃龍より強い筈がない。

筆頭ハンターが黒蝕竜に敗れたということは、黒蝕竜が何かを隠し持っていたということだ。

 

資料のページを捲る。

狂竜物質を撒き散らしながら降り立つ黒蝕竜のスケッチが描かれていた。

紫黒の闇が霧のように広がっていくその様は天廻龍と瓜二つだが、その貌に眼球は無い。触覚と翼脚を折り畳み、翼膜を引き摺って歩いている。

黒い外套に身を包んだ老父のような、不気味で退廃的な佇まいだ。

 

瞬く間に広範囲に鱗粉を撒き散らすため、黒蝕竜を見つけることは難しくない。

作戦勝ちを狙う相手に情報の有利を取ったと錯覚させるこの鱗粉はかなりの脅威だ。

視力を持たない黒蝕竜は鱗粉によって周囲の状況を感知する。

鱗粉の範囲に入り込んだ生物の全ての動きを感知する性質上、不意打ちが通用しない。

否が応でも実力対決に持ち込む鱗粉の存在こそ、黒蝕竜が隠し持っていた秘密兵器だろう。

 

資料のページを捲る。

黒蝕竜の戦いの記録が記されていた。

轟竜、雪鬼獣との戦いでは上空からの急降下による不意打ちでマウントを取っている。

攻撃と防御を翼脚で行い、狂竜物質を浴びせながら絶命に至らせる。

精度の高い不意打ちを可能としているのはやはり鱗粉による高い感知能力だろう。

赤黒い鉤爪による打撃は地盤を抉る威力。反応速度と握力の高さも脅威だ。

鱗粉で不意打ちは潰されてしまうが、真正面から大剣の破壊力で激突する戦法も効果的ではない。

背後からバックマウントを取られた轟竜はそのまま首を圧し折られてしまったが、仰向けになってマウントを取られた雪鬼獣はパンチによる反撃に成功している。

 

千刃竜との戦いでは素早いサイドステップで攻撃を回避しながら翼脚で抑え込み、至近距離から狂竜物質のブレスを放って攻撃している。

狂竜物質が爆発する衝撃を緩和するためか、着弾と同時に後退。その隙に放たれた反撃の刃鱗が頭部に突き刺さったことで痛み分けとなったようだ。

飛竜種の中でも指折りの機動力を誇る千刃竜の動きすら見切る廻龍亜目にスピード勝負は無謀だ。

 

そんな凄まじい強さを誇る黒蝕竜に雪鬼獣と千刃竜が抵抗出来たのは素早い反撃の賜物だ。

轟竜と氷狼竜、千刃竜と桜火竜の戦いにおいても圧力に対する打開策はカウンターだった。

例え攻撃力と防御力を両立させたモンスターでも攻撃と防御を同時に行うことは出来ない。

そこが勝負の狙い目だ。

通常、大型モンスターの狩猟にはターン制と呼ばれるペースの掴み合いがある。

大振りの攻撃や疲労している時など、ペースを握れるタイミングはモンスターにより様々だ。

しかし古龍級にもなると、中々ペースを掴むことができないほど攻撃の間隔が狭いモンスターが台道を始める。

 

絶対的な防御力を誇る鋼龍に対して打撃の回転力で対抗した金獅子ラージャンはその代表と言えるだろう。しかしその金獅子ですら攻撃に意識が向いている時は守りが手薄になり、ハンターの溜め斬りを受けて撃退されてしまった。

 

攻撃に対して防御ではなく攻撃を合わせること。

それがギルドスタイルのハンターの真髄だ。

回避と攻撃の調和。それは由緒あるギルドスタイルの完成形そのものだ。

ページを捲ろうとする指が震えた。それはまさにギルドが誇ったあの女狩人の戦いだった。

これまでのハンター生活を彩ってきた美しい戦闘技術。これまでの狩りは無駄ではなかった。

勇気を出してページを捲ると、倒れ伏す天廻龍に大剣を突き立てる英雄の姿が描かれていた。

黒蝕竜と天廻龍を倒してシャガルマガラ事件に決着をつけたキャラバンの英雄。顔を覆う頭装備はどんな表情を隠しているのだろうか。 

 

「貴方は怖くなかったのか?」

 

伝説の英雄はハンター登録のためにバルバレに向かう途中、パンツ一丁で豪山龍と戦ったという。

見ず知らずの男を守るため、全長百メートルを超える巨大な古龍に挑んだのだ。

勇気を少しでも分けて貰えたら、どれだけ楽だったことか。祈るように目を瞑った先で見えたのは閃きだった。戦うからには万全を取りたい。

若きハンターは、発想を確かめるためにココット村を訪ねることにした。

 

〜ココット村

 

草の生えた泥道を進んだ先にある小さな村。

土の匂いが漂い、大きな木造建築が立ち並ぶ。

古びた茅葺き屋根が苔むしている。

この村ではハンター業の祖といわれる男が村長を務めている。

彼はすでに現役を退いているが、数知れぬ面接を持つ英雄の一人だ。誰もが彼を英雄と呼ぶが、彼は英雄ではなくただ一人の狩人であろうとした。

その想いは今も変わらず、狩猟を辞めた今でも引退した狩人として振る舞っている。

 

ハンター業が無かった頃。

質素な装備を纏い、七日間の激闘の末に一角竜モノブロスを倒した竜人の青年は英雄と呼ばれるようになった。この事件がきっかけでハンター業が誕生するなど彼の功績は歴史を大きく動かした。

そして英雄となった男は磨かれた白水晶の輝きのような美しさと聡明さを兼ね備えた女性と恋に落ちて、共に古龍討伐に向かった。

ココット山の飛竜討伐。脅威たる飛竜を倒した代償は他の誰でもない英雄の婚約者だった。

こうして、ハンターは5人以上で狩りをしてはならないというジンクスが生まれた。

深い悲しみを背負った英雄は剣を置いて、辺境に小さな村を開いたという。

極度の緊張の中、命を危険にさらしながら生活しているハンター達の心の拠りどころ。

それがこの村、ココット村だ。

彼が英雄と呼ばれることを嫌う理由は、愛する者を守れなかったからなのかもしれない。

 

白髪と白髭。子供のように小柄な老人。

彼こそがこの村の村長。

ココットの英雄その人だ。

家の前に立って若き狩人の話を聞いた。

ココット村には、目的を見失ったり、行き詰まったりしたハンターが数多く訪れる。

村長にとって、若き狩人はその中の一人に過ぎなかった。

 

「そうか。それでおぬしは天廻龍と戦うと決めたんじゃな。まだ若いのに、辛かったじゃろう」

 

目線を合わせないまま話す村長。その表情にはどこか懐かしさと寂しさが見えた。

 

「天廻龍を討伐したキャラバンの英雄は、このココット村に滞在していると聞きました。彼に助言を仰ぎたいのです」

 

キャラバンのハンターのことを聞くと、村長は眉を下げて悲しい顔つきで言った。

 

「すまんのう。彼は猛爆砕竜を封じるために火山に出向いて、もう何日も戻ってきておらん。

彼が帰ってくるのは当分先じゃが、おぬしがハンターとして厳しい道を行くのであらば、かつてココットの英雄と呼ばれた、このワシの全てを伝えよう」

 

ココットの英雄。ギルドスタイルの狩りを初めて確立させた男の技術があれば、きっと天廻龍と渡り合えるようになるだろう。

 

「お願いします。天廻龍に勝たないと、あいつに示しがつかないのです」

 

村長は空を仰ぎ、目つきを変えてポツリとつぶやいた。

 

「そんなことは」

 

 

 

「考えなくてよいわ。

すべてはおぬしの意志ひとつじゃ。ワシは、ハンターとしての人生に悔いは残しておらん。ゆえに、今は穏やかな日々を送っておる」

 

村長の背後にあるのは村長の家。

開かれた窓の向こう側。不意に家の棚に大切に飾られている白水晶の原石が目についた。

 

「まずは状況把握。常に周囲の状況が確認できるよう、周りを見回すクセをつけるのじゃ。」

 

若い狩人と語りながら、村長は命を燃やしていた頃のことを思い出した。

白く燃え尽きた胸の内に、透き通るような細い火種が灰を被りながら残っている。

風が吹いた。

 

〜とある平原

 

ココットの英雄の助言を聞いた狩人は、赤い岩石と紅葉が美しい平原に向かった。

黄金色の草の生えたこの広大な草原に、黒蝕竜が出現したからだ。

既に周辺地域に狂竜物質を撒き散らしているため、甚大な被害が出ている。

 

黒蝕竜には天敵がいないため、姿を隠す生態を持たない。そのため狩場に着けば一目で場所を確認することができる。痕跡をみて探す必要はない。

周囲を見渡して数秒。黒い影が目についた。

色形が違うとはいえ愛しき人の命を奪ったモンスターの同族と対峙したと思うと、感傷のやりどころが分からなくなった。

 

 

鱗粉に小さな敵が触れる。一触即発。

 

幼体とはいえ、体格は天廻龍とほぼ変わらない。

最大の武器である翼脚を折り畳み、黒い外套を引き摺るように歩いている。

前脚より後脚が発達していることから飛竜より古龍に近い骨格をしていることが分かる。

余裕のある足取りでこちらに近づいてくるが、寒気立つ陰々滅々たる殺気を放つ。

獲物を狩る獣のような静けさと鬼哭啾々たる激しさを持った悪霊のような存在感。

表情が読めない。

黄金色の草原を蠢く悪霊だ。

 

咄嗟の出来事だった。

鈍重な歩き方からは想像もできない程の瞬発力で巨大な竜がいきなり迫ってきた。

肉食獣のような綺麗なフォームの跳躍。

咄嗟に火砕剣を突き出して牽制すると、黒蝕竜はこちらの僅かな動きに反応して距離を保ったまま着地した。

 

黒蝕竜に死角なし。

 

常に周囲に撒き散らしている鱗粉によって、行動中に相手の動きを察知して動きを変える。

行動のリズムが他のモンスターより細かい。

これでは距離を維持した状態でカウンターを当てることは難しい。

 

視覚が使えない幼体のうちから相手を正面に置くように立ち回るのは、主にブレスと翼脚を武器に戦うからだろう。背後を取って戦えば有利に戦える可能性がある。

しかし、常に足を動かして距離と角度を直してくるので背後を取るのは至難の業だ。

しかし狩人の胸中は波風立たず、静かだった。

納刀した状態で前脚の間を潜り、振り向きながら抜刀と同時に溜め斬り。

漆黒の頭殻に触れた途端、火砕剣から火が噴いて黒蝕竜の顔面を炙った。熱に苦しみながらなんとか首を曲げて衝撃を逃す黒蝕竜。

狩人は納刀せず、前足と前手を同時に動かして頭部に刀身を押し付ける。

火砕剣のマグマのような熱がジリジリと照りつけて黒蝕竜の頭を焼き焦がす。

 

自ら作った展開を無駄にする訳にはいかない。

翼脚が動いたのを目視で確認した狩人はローリングで腹の下に潜り込み、下から上に向かって火砕剣を突き刺した。

 

黒蝕竜は強敵だが、ここで苦戦していては天廻龍に勝つことはできない。

強気に攻めて打ち勝つ。圧倒する。

それが天廻龍に挑むためのチケットだ。

既に女王討伐に失敗した狩人には後がない。

 

黒蝕竜の胴体が硬いことはよく知られているが、狩人の腹を下から狙う攻撃には理由がある。

黒蝕竜の資料を見た時、狩人は飛竜と比べて黒蝕竜の翼膜が大きいことに気づいた。

幅広の翼膜は飛行の時に風を利用するモンスター達の特徴だ。

風を掴んで飛翔する黒蝕竜は翼脚が閉じている状態からいきなり飛行することは出来ない。

真下から腹部を狙った刺突は回避より先に突き刺さり、飛行と同時に刃が抜ける。

火砕剣の熱は滴る血液を蒸発させる。

更にローリングで前に進む。

 

黒蝕竜のブレスは軌道が見えにくいが、全て黒蝕竜の前に向かって進む。

腹の下から黒蝕竜の背後に進めば飛行直後の攻撃は当たらない。ブレスを避けられた黒蝕竜は向き直りながら着地したが、同時に大剣の斬り上げで顎が跳ね上げられた。

返す刀をバックステップで避けたが、狩人は刃を向けたまま追いかける。

火砕剣の熱で黒蝕竜の体力を奪っているのだ。

 

狩人は高熱を嫌がって後退する黒蝕竜に対して、脇を開ける構えで剣を構える。

誘い出しに釣られた黒蝕竜が翼脚で薙ぎ払った瞬間、リーチの内側に飛び込んで刺突のカウンターを頭部に炸裂させた。

回避の体重移動と攻撃の体重移動が一体となった反撃の剣。

段差のない平原でエリアルスタイルのようなジャンプ攻撃を放ったのだ。

狩人は転倒した黒蝕竜の首に乗り、剥ぎ取り用のナイフを甲殻の隙間に何度も突き立てる。

ダメージが蓄積した黒蝕竜がダウンした瞬間、傷付けられた側頸部に溜め斬りを叩き込む。

クラッチクローの発想だ。ボロボロの側頸部に高熱の刃が突き刺さる。

 

大剣の刃渡りは竜殺しを想定して作られたものだ。

それが今、天廻の子息に裁きを降す。

今が土俵際。命の危機を感じた黒蝕竜は頭部に収納していた紫色の触覚を展開。口内に粉塵を蓄えて粉塵爆発による自爆に巻き込む準備を始めた。

紫黒の光が徐々に強まり、差し違えてでも外敵を駆逐するという強い意思が剥き出しになる。

殺意が首を刎ねる寸前、黒蝕竜から大量の狂竜物質が放たれて爆発。

狩人はあと一歩のところで吹き飛ばされた。

体力が回復しない。

狂竜物質が人体に及ぼす影響だ。

 

天使か悪魔か、大気を掴んで震わす慟哭のような咆哮が耳を劈く。

黒狼鳥の装備は狩人の魂に武神を宿すことで集中力を高めることで咆哮の影響を無効化した。

溶岩竜と黒狼鳥、二頭のモンスターが生きて食い下がるような存在感を示す。

 

体の端々から紫の光を放つ漆黒の竜が、御伽話の魔王のように狩人を迎え撃つ。

黒蝕竜の持つ形態変化、狂竜化状態だ。

妖しい光を放つその姿は怨虎竜とは違う気品を感じさせる。

異妖。両の翼脚で地面を掴んで吠える姿はドラゴンというよりワームに近い。

先端に向かうほど色鮮やかな紫の光を放つその角は悪魔のように心を惑わせる。

これだけ早く全力の姿を解放するのは、黒蝕竜としては異例の事態である。

一瞬にして空間が青黒い色に変色するや否や、翼膜の先が勢いよく狂竜物質を放出して空気と同化したように見えた。

世界と黒蝕竜の境界線が暈けて混ざり、黒蝕竜の色に世界が染まる。

美しくも悍ましい光景の中で、眠っていた古龍の闘争本能が呻きながら顕れる。

古龍種ではないが、正真正銘の古龍だ。

 

これまで戦っていた目のない竜は卑しい芋虫のようなものだったのだろうか。

戦いの中で完全に開花した黒蝕竜の潜在能力は限りなく龍に近い。全身からひしひしと感じる魔力だけで心が折れそうになる。

 

真紅の翼爪による斬撃を紙一重で回避すると、爪は剃刀のような切れ味で地面を切り裂き、翼脚の膂力で地盤が大きく隆起した。

それだけではない。追撃のために放たれたブレスは大砲などもはや比べ物にならない威力で正面を消し飛ばす。

掠っただけで皮膚が切れて血が垂れている。

直撃を受ければ鎧を身につけていても即死だ。

 

振り向きながら翼脚を振り下ろして狩人を踏み潰そうと暴れ回る。

さっきとは比べ物にならないほどのパワーだ。

攻撃を掻い潜ってカウンターを使おうにも、圧倒的な攻撃力が生み出す殺傷能力の前では一つのミスが命取りになる。

黒蝕竜の圧力はこれまで以上に強まり、手をつけられないほどに膨れ上がっていた。

 

目の奥に恐怖が滲んだその時、天廻龍に殺された女狩人のことを思い出した。

廻龍種に対する怒りに黒狼鳥の甲殻が反応。

恐怖に歪んだ士気を持ち直してなんとか大剣を振るう。

 

水平斬り。それは斜めに振り下ろす翼脚を弾いて着地を失敗させるための攻撃。

叩きつける力を利用して足が挫けることを期待した。だが相手は殺意を持った絶望そのもの。

大剣は易々と弾かれて逆に狩人の方が体勢を崩し、無慈悲な惨爪が真っ直ぐに襲い来る。

大剣で受けながらバックステップで衝撃を受け流すと、既に蝕の悪魔は突進を繰り出していた。

まるで1人で2頭のモンスターを同時に相手しているようだ。

翼脚と四肢が同時に別々の動きをしている。

 

幸運なことに黒蝕竜は火属性を苦手とする。

鋭い爪による刺突は一撃で防具を貫いて臓器を抉るほどの威力だが、高熱を持つ火砕剣を貫こうとはしない。そのため、火砕剣で防げば貫かれることはない。

 

しかし黒蝕竜もそのことに気づいているため、大剣のガードを捲るように爪を振り回してくる。

強烈な一撃が腑を切り裂くのも時間の問題だ。

他のモンスターと違って六本足で歩行するため、足を攻撃して機動力を奪う作戦も通用しない。

全ての攻撃が地形を破壊するほどの威力を持つため、投石や蹴りなどの小技は通用しそうにない。

 

ガードを捲るために角度をつけた大ぶりの攻撃が増えたことに気づいた狩人はローリングで前に出て刺突を繰り出した。

リーチで勝る相手に中距離戦は無謀だ。

至近距離で大剣を振り回して熱と共に仕留める。

正面に向かって真っ直ぐ突き出る攻撃は角度のついたフック系の攻撃より先に届く。

正面に対する攻撃はガードとバックステップで耐え凌ぎ、薙ぎ払いとブレスは刺突で潰す。

火砕剣の熱が黒蝕竜の甲殻を焦がしているが、黒蝕竜も呻きながら接近戦に応じた。

作戦通りの動きだけではなく、時に本能に身を委ねて追撃と反撃を混ぜる。

刺突は黒蝕竜が前進すると衝突となって威力を増すため、次第に黒蝕竜が後ろに下がっている。

ブレスと突進を封じられた黒蝕竜は頭突きや前脚のパンチで対抗しているが、腹を括った狩人は相打ちも辞さない。

激しい攻めの姿勢により狂竜症を克服した狩人は狂撃化状態へと移行。狂竜ウィルスが齎した闘争本能を直感でコントロールすることで精密な武器のコントロールを可能とする。

狂竜と狂撃の死闘。

攻撃と攻撃が交錯してノンストップの撃ち合いが繰り広げられている。

 

見切り。ガルルガ装備を装着したハンターに発動するスキル。攻撃の会心率をあげる効果を持つ。

立ち回りの中で会心の技を見舞うギルドスタイルの狩人にはうってつけのスキルである。

反撃が鍵となる黒蝕竜との戦闘を予期していたかのような防具のチョイスには、贈り主の思惑を感じずにはいられない。

 

戦闘技術を全て注ぎ込んだ命のやりとりだ。

これまでに感じたことがないほどの恐怖と、理解が追いつかないほどの危険の中で感覚が研ぎ澄まされている。

両者の攻撃が加速していく。

バックステップで強引に距離を作ってから行う翼脚の薙ぎ払いは一撃必殺の破壊力を持つ。

それでもとにかく前進を続ける狩人はブレイブスタイルのような去なしとカウンターを組み合わせて攻撃を捌き続けている。

フットワークは無駄が削ぎ落とされて最小限の動きとなり、そして膝関節と上半身を使ったダッキングとなる。

両足の距離が縮んでステップが細かくなり、前脚と後脚を入れ替えることで体の角度を変えて攻撃を受け流すようになっていた。

脚を入れ替える動きを歩行とすることで距離を縮めて近距離に持ち込み、回避は追撃と足掛かりの役割を持つ。

お互いの体力が削れているのがわかる。

黒蝕竜の紅い爪が防具の装甲を削り、その上から大剣の重い一撃が頭部に強打を当てる。

 

そして運命は、突然に訪れた。

飛び込み斬りのフェイントで相手の頭を下げた所に渾身の切り上げが直撃。

全力を解放した黒蝕竜が近距離戦で遅れを取って二度目のダウンを喫した。

パワーで勝る筈の黒蝕竜が地響きと共に倒れる。

至近距離で苦手な火属性の武器を振り回されたことで追い払うことに躍起になってしまったため、守りが手薄になっていたのだ。

黒蝕竜は慌てて翼脚を振り回し、なんとか生にしがみつこうとする。

廻龍は罪がないからこそ恐ろしい。

心を鬼にして振るったトドメの一撃は、確実に黒蝕竜の喉を穿った。

 

生態系の頂点すら屠る竜とは思えないほど呆気ない結末。正面から頭部を狙った高火力武器による激闘。全ての敵に通用するギルドスタイルの基本的な戦い方だ。

死闘を制した狩人が膝をつくと、それは音もなく立ち上がった。

 

ゾッとするような憎悪と執念だ。

怪物は首から大量の血を流し、頭部を抑えながら起き上がっている。

無傷の外敵を目の前に、生きることを諦めていないのだ。生き物とはこうも美しいものなのか。

 

「眠ってくれ...お前は何も悪くないんだから」

 

黒蝕竜は頭を左右に振って気を奮い立たせながら歩み寄ってくる。

せめて一矢報いるという古龍のプライドなのだろうか。ハンターは、人と共存できない生き物を殺す残酷な職業だ。

狩人の道を行く者は、命を奪う責任から逃げることはできない。

躓いて体勢を崩した黒蝕竜の頭に触れて、弱くなっていく息の音を聞いた。

 

 

〜砂漠の大穴

 

毒気の漂う大穴の内側。その最下層。

足を踏み入れたが最後、竜すら死相を浮かべる。

禁忌の邪毒が眠る死の巣窟である。

かつてギルドに居住地としての利用を検討された大穴は今では禁足地に指定されている。

深層では白一角竜が角を突き合わせ、夜間は骸蜘蛛が徘徊している。

 

砂漠と洞窟の生態系が衝突した結果、地下洞窟の主である影蜘蛛が骸蜘蛛との縄張り争いに敗れて洞窟を去ることとなった。

東西のモンスターが大陸の中央に向かって進行している中、砂漠の大穴のモンスター達は移動していない。

 

古龍渡りによって現大陸から古龍が減った結果、新たな砂漠が生まれず砂漠のモンスター達の向かうところが無くなってしまったのだ。

大穴の主となった棘竜は偶に起きてはガスガエルやカンタロスを食べるが生態系を壊すことはなかった。

 

しかしこの日、棘竜は穴から飛び立った。

 

〜古龍観測隊

 

「棘竜が消えた?」

 

「マークしていた個体が大穴から飛び立ったと報告がありました。地域管轄のギルドに掛け合って調査隊を派遣します」

 

「他の古龍の活動は?」

 

「活性化している古龍は天廻龍と鋼龍の二種。

渡りの炎妃龍は現在捜索中、炎王龍は休眠中です」

 

「天廻龍のルートはどうだ?」

 

「天廻龍の進行先では脈動が観測されています。

巨戟龍が姿を消した地域です」

 

「天廻龍と巨戟龍に関係はあるのか?」

 

「不明です。巨戟龍と天廻龍は見つかったばかりの新種です。資料はほとんど残っていません。

しかし――」

 

「――シナト村の古い文書にはこう綴られていました」

 

「天を廻りて戻り来よ」

 

 

〜高地

 

 

 

廻り集いて回帰せん。

 

常世に廻る光と影。渾沌の唄。

御魂の目。いざ眷属で以って天地を収めん。

悪しき風が竜を狂わせ、百竜夜行が始まる。

風を汚す者の産声が聞こえる。

天廻龍の復権はかつて炎王龍が喰い殺された時に決まった。更に冥灯龍ゼノ・ジーヴァの誕生が古龍達を新大陸に惹きつけた。

狂竜物質が拡散しても、煌黒龍の意思は赤龍の繁殖に向けられている。

現大陸の均衡を守ることができるのは、鋼龍しかいなかった。

 

敢闘も虚しく風と廻龍は表裏一体である。

風が吹く限り、廻龍が滅ぶことはない。

単純な事実が鋼龍を絶望させた。

狂竜物質は既に、世界中に広がっている。

天廻龍を絶滅させることは不可能だった。

天廻龍が放つ狂竜物質には黒蝕竜の成長を阻害する力がある。つまり天廻龍を倒せば、別の黒蝕竜が新たな天廻龍となるということだ。

 

旧き時代、生贄を求める風の神が居た。

一族の戦士は神に刃向い、敗れた。

勝利した神は戦士の誇り高さに敬意を払い、それ以上一族に生贄を求めることはなかった。

ある時、廻龍が風を汚すことを知った戦士は絆のために天廻龍に挑んだ。

しかし、人が神に勝つことはなかった。

天廻龍の放つ狂竜物質は竜を狂わせて苗床にする。戦士は自ら風の神の生贄となる代わりに、天廻龍を滅ぼすという願いを託した。

魂が穢されないように。

 

新たな時代の神が闇の中で翼を開く。

神々しく輝く純白の龍鱗は穢れの象徴となった。

その古龍天候の名は病災。

紫黒の鱗粉が漂い、黄金の瞳が冷静に西を睨む。

頬の外側に鰓のような甲殻が発達したその風貌は中国の竜のように荘厳だ。

 

そして純白の魔王が目撃したのは、赤い尾を引く彗星だった。



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手向けの花すら散るけれど

春。頬に当たる風が心地よい季節だ。

苔の生えた岩とふかふかした土。

小川のほとりを蝶が舞っている。

いつからここに居たのだろう。

 

「危ない!避けて!」

 

懐かしい声が耳に入ってきた。それはきっと長らく思い出さないようにしていた声だ。

掛け声に合わせて、黒狼鳥のサマーソルトをローリングで回避した。

尾から伸びた三又の棘が鎧を掠めて、先端から強力な毒液が滲み出る。

知能が高い黒狼鳥は、他のモンスターの攻撃を見様見真似で再現することができる。

攻撃を回避された黒狼鳥は怒りで甲殻を固めながら頭を冴え渡らせている。

 

「君が言ってくれなかったら当たっていた。

これは借りだな」

 

彼女はふふんと笑ってからすぐに表情を固めて飛竜刀を黒狼鳥の方に向けた。

 

「じゃあ、これは貸しね」

 

突き出た下顎と刺々しいフォルムは黒狼鳥の交戦的な性格の象徴だ。

鮮やかな紫色の耳を立てて翼を広げた黒狼鳥は、次の一手で何をしてくるか予想がつかない。

想像を超えたスピードから放たれる変則的な攻撃は黒狼鳥固有の武器で、どれも不用意に受けてしまうと1発で死んでしまうほどの殺傷能力を秘めている。

 

黒狼鳥が強靭な脚力で蹴りを繰り出す。

素早い脚取りをしっかり見ていた彼女は見惚れるような剣捌きで蹴りを弾いて軌道を逸らすと返す刀で黒狼鳥の片耳を切り落とした。

怒りで滾る黒狼鳥は巨大な翼で羽ばたいて風圧を起こし、追撃を防ぎながら連続で火炎ブレスを吐き出した。

彼女を守るように前に出て火砕剣で火炎を防ぎ、追い打ちをかけるように刺突で怯ませた。

 

「さっきの借りは無しってことでいいな」

 

口元を緩めた俺を見て、彼女は笑いながら大声で喋った。

 

「油断禁物!」

 

強烈な風を起こして飛び立った黒狼鳥は火炎ブレスの連射に意識を向けさせたが、本命の攻撃は急下降を伴うキックだった。

ゴア・マガラの対策で磨いた技術で負けじとカウンターの溜め斬りを解き放つ。

そういえば、昔彼女と二人で狩りに行ったときに油断して黒狼鳥の蹴りを受けたことがあった。

防具をつけていても衝撃が伝わる強烈な蹴りで、たった一度被弾しただけで体が動かなくなり、その日は彼女に助けて貰ったのだった。

 

そんなことを考えていると、彼女を中心に周りの風景が変わっていくのが見えた。

今でも日常の中に溶け込んだマイハウスの風景。

いつもなら安心する眺めだが、今だけは見たくないものだった。

その理由はすぐに分かった。

 

天廻龍に村を襲われたあの日からお守りとしてずっと飾っている鋼龍の鱗が星明かりで赤く輝いた。部屋の窓越しに見えたのは少し紅い月と、その手前を過ぎる赤い彗星。

夜空に光る星の中でも、これだけ不吉なものは無いのだと小さい頃から教わっていた。

呼吸のテンポが早くなっていた。

 

慌てた様子の職員が部屋の戸を叩く音を聞くのは今日が初めてじゃない。

街に鳴り響く警報の音は古龍出現の合図だ。

 

「東の禁足地にシャガルマガラが出現した。ギルドは君に討伐の依頼を出している」

 

彼女は静かに、強かな目付きで、クエストの概要が書かれた紙を受け取って部屋に戻ってきた。

 

今日は天廻龍再臨の日。

俺は今、過去の映像を追っている。

 

「君は待っててよ。私一人でやってくるから」

 

どこにも行かないで欲しいだけだったけれど、引き止めることで輝きを奪ってしまうと思った。

 

「分かった。俺は君を信じ――」

 

彼女がいつものように臆病の憑いた笑みを浮かべた時、俺はその後に起きたことを鮮明に思い出した。何を言っているんだ。

この言葉がきっかけで俺は大切な人を失ってしまったんだ。

誰かを信じても裏切られて、それが胸を裂く連日の痛みの正体だった。

 

「興味が...ないんだろ?」

 

違う。そうじゃない。

本当に言いたかったのはそんな事じゃない。

彼女はきょとんとした顔で少し固まった後、口に手を当てて笑い出した。

窓から紅い月明かりが差し込む。

あれから夜に月が昇る度に、人生で一番忌まわしい残酷な日を呪った。

悪趣味な夢だ。彼女は笑いながら目尻についた涙の雫を拭って可笑しそうに話した。

 

「アハハ...私が君に嘘をついたことがあった?

確かに天廻龍に復讐することには興味がないけど...でもこれは仕事だよ。

私がやらなきゃ、他の人がやることになる。

君も私も、天廻龍に故郷をやられてる。

2回も大切なものを奪われたりでもしたら、正気でなんて生きていけないよ」

 

きっとその涙は、いつもと違う調子で彼女のことを気にかけた俺に対して向けたものではない。

本当は怖いんだ。きっと怖いに決まっている。

天廻龍シャガルマガラは確かに一度討伐されたことのある古龍だ。

討伐例のない新種の古龍に比べたら少しは希望のある相手かもしれない。

しかし、俺たちはまだ覚悟も決められない幼い日にその恐怖に全てを奪われて絶望を経験している。俺は信頼という綺麗事に甘えて、彼女の不安と恐怖を見て見ぬふりをしていたんだ!

 

「もし天廻龍との戦いで君が死んだりでもしたら、俺は何のために生きていけばいい?

他の全てより大事な君を失って、正気でなんて生きていけるはずがない!」

 

俺は喉が枯れるほどの大声をだして、涙で視界がぼやけたまま、彼女の肩を両手で掴んで俯いた。

言い切った。ただそれだけのことで、俺はこれまで憎んでいたあの日の選択を少し許せたような気になっていた。夜の一室の、息を荒げたその音だけが何度も何度も繰り返される。

そして息の音は、少しずつ重なっていった。

 

白水晶のような綺麗な手が、震えながら俺の手を掴んだ。あまりに強く彼女の肩を握ったものだから、少し痛かったのかもしれない。

俺が恐る恐る顔をあげると、彼女は大粒の涙を流しながらニッコリと笑っていた。

 

「今日の君、なんだかおかしいよ」

 

「俺は...俺は縁起でもないことを――」

 

息の吐き方すら思い出せないまま、おかしな声の調子で不器用に謝ろうとした。

 

「謝らないで。私、嬉しいよ。君はそんな風に想ってくれてたんだね」

 

俺は泣き崩れて、少しでも長い間目に焼き付けていたい顔すら直視出来なかった。

俺がもっと早く強くなっていれば、天廻龍に挑むのは俺だったかもしれない。

彼女を愛する俺が世界から居なくなっても、彼女が生きてさえいれば良かった。

ただそれだけの後悔が昨日までの俺を突き動かしていたのだ。

 

「...ねぇ、私、これから死ぬんでしょ?」

 

 

 

「どうしてそれを...」

 

「今日の君、ずっとそんな目をしてる。ずっと一緒に居るから考えてることくらい分かるよ」

 

「それなら...それなら行かないで」

 

「残念だけど、それは出来ないよ。

私は天廻龍から皆を守らないといけないから。

本当はすごく怖いけど、後悔はないよ。最後にこうして君と話すことが出来るから。

皆は私のこと、可哀想だとか不幸者だって思ってるけど私は自分のことを不幸なんて思わない。

...それはね、君がいたからなんだよ!」

 

幻が唇にあたる感触を、俺はもう二度と味わうことは無いのだろう。

それは夢というにはあまりにもリアルで、存在したかもしれない過去の話。

そういえば、何処かの砂漠で異世界との繋がりを示唆する者がいたと、そんな突拍子のない噂を聞いたことがある。

にわかには信じ難い。きっと作り話だろう。

だが、もし時間を超えて過去に飛んで、故人に伝えることが出来るとしたら...そんな突拍子のないおとぎ話が現実にあってもいいんじゃないかと思うことがある。

 

「待って...待ってくれ。まだ話したいことがある。俺は君が...君のことが――」

 

夢の終わりに見えたのは、恐怖とは違う感情に照らし出された本当の笑顔だった。

漣が鳴り、蝶が羽ばたく。

 

「私も君が...君が好きだよ!」

 

ベッドから上体を起こして数分間。

俺は回想に耽っていた。

空にはあの日と同じ紅い月が浮かび、鋼龍の鱗を照らしている。

故人に言葉を伝えることは出来ない。

俺は現実に打ちひしがれながら、夢の赦免に少しでも気を緩めた自分を責めていた。

 

職員が戸を叩く音が聞こえる。

今度は落ち着いた様子で、ゆっくりと四回ノックする音が聞こえた。

戸を開けるとその先には背丈の低いアイルーが立っていた。

 

「ハンターさんハンターさん、先生がお呼びですニャ」

 

 

〜ギルド とある一室

 

「いきなり呼び出してすまない。

今日君を呼んだのは、他でもない私の教え子のことについて君に伝えるためだ」

 

「そう...ですか」

 

「君が天廻の災に立ち向かうというのなら、あの日の彼女にあったことを知っておかないといけない。辛いかもしれないが、聞いてほしい」

 

あれは、分厚い雲が早く流れる日のことだった。

忘れはしない。

シャガルマガラ事件の再来の日だ。

 

「やっと逢えた」

 

その日、悪しき風の王と邂逅したハンターは―

 

人々の期待を背負い―

 

――酷く打ちのめされて戦死した。

 

正面から接近、激突まで秒読み。

禁足地を紫黒に染める純白の魔王が、この日は危機を感じて縄張りを戦場に変えた。

足取りの中に緊張が映る黄金の決闘。

天廻龍という世界の拒絶。

悪風を切り裂く刃の名はダイトウ【狼】。

かつて親しい者に贈ったイャンガルルガの防具、その同一個体の素材から作られた猛毒の刃。

 

幾代も持ち主を代えて数え切れぬほどの脅威を断ち切ってきた正真正銘の名刀。

強さゆえに孤独となった剣士が用いたというが、真の孤独を知るは主を失って残された刀のみとも伝わる。

 

まさに彼女の孤独に対する並々ならぬ覚悟を知らしめるような武器だ。

しかし一頭のモンスターから作られた武具を武器と防具で別ち、その片割れを愛する者に贈ったのは不安と寂しさに対して人一倍臆病な彼女の心根は変わっていなかったのだろう。

 

刀身から毒が滲む。薙刀のような形状は刺突にも斬撃にも向いている。長いリーチはヒットアンドアウェイを基本とするギルドスタイルのハンターと相性が良い。

 

身に纏う鎧は絞蛇竜の甲殻で作られたものだ。

魔除けの効果を持つと呼ばれる鎧は、ある過酷な地方に伝わる伝統的な装束で、戦士の一族に代々受け継がれる。

歴代の戦士たちの魂が宿るこの防具は、装着者を孤独から守護する。

 

距離を支配する一騎当千の将。

剛と柔を兼ね備えた白い魔王。

果てしない標的を一望し、一匹の飢えた狼が吠える。狩りの始まりだ。

現大陸の命運を賭けた決闘は、磨き抜かれた狩人の技術によって決着がつけられる筈だった。

彼女は古龍を畏れていたが、古龍の討伐に自信があった。

だから誰も巻き込まないようにたった一人で決戦に臨んだのだ。

 

「嘘...こいつを殺したら!」

 

躊躇。

絶えず風の続く禁足地は山の連なる高地にある。

慈悲深き鋼の神は隣接する山の頂から、今に散る花の激しさを静かに見守っていた。

果たせなかった約束を思い出したかのように。

一人で古龍に挑むなど、無謀だ。

鋼龍が目にしたのは、遥か昔密林で闘った狩人の姿だった。

群青色の瞳が懐かしさを見つめている。

風が吹いた。

 

〜ギルド 酒場

 

そして、現代。

顛末を話し終えた赤い装束の男が若き狩人に使命を託す。

 

「天廻龍を止められるのは君しかいない。

これは弔いだ。彼女の無念を晴らせ」

 

「弔いですか」

 

天廻龍は現大陸で一生を過ごすモンスターだ。

他の古龍と違って渡りをしない。

古龍達が古龍渡りによって新大陸に移動した時、大いなる均衡が崩されて世界は病魔に悩まされる。その異変に気付いていたのは人間だけではない。

 

「マスター!鋼龍が出現しました!」

 

「なんじゃと!被害状況はどうなっておる?」

 

「過去最大です!これまで見た事もないような興奮状態で嵐を纏って移動しています!

各地で古龍やそれに匹敵する生物が活発化して、大陸の中心部に進んでいます!」

 

〜高地付近

 

分厚い雲が空を覆い、降り止まない豪雨が地上にぬかるみを作る。

ガブラスの発生は古龍出現の前触れとされる。

 

「何だよあの馬鹿げた竜巻は...」

 

両腕に龍雷、普段の鋼龍とは明らかに違う全身に漲るエネルギー。鋼龍は激怒している。

番を殺された炎王龍のように、一際大きな災厄を纏いながら地上の全てを吹き飛ばしている。

竜巻の塊を突き抜けて真紅の稲妻のように空中を突き進み、何かを探して暴れ狂っている。

 

「息を止めろ!死ぬぞ!」

 

鋼龍に続いて現れたのは邪神、エスピナス。

恐暴竜との戦いで負った怪我は既に治り、鼻先から真紅の角が伸びている。

赤い紋様は殺戮の合図。かつて樹海から追い出した鋼の神との邂逅に興奮している。

棘竜が猛毒を含んだ火球を放ち、鋼龍がそれを風ブレスで打ち消す。怒れる風の神は鋼の弾丸のように急降下して地上の棘竜を弾き飛ばし、棘竜は小刻みにバウンドしながら撥ね飛ばされた。

並の飛竜なら即死するほどの威力だが、棘竜は気勢すら削がれない。

 

棘竜の毒を吸い込んだガブラス達が悲鳴すらあげずに死んでいく。

 

「もし棘竜が天廻龍の力を借りて狂竜化したら誰も倒せなくなる」

 

「だから鋼龍は、棘竜を許さない」

 

「違う。死に場所を探してるんだ」

 

邪毒は翼を広げて跳躍し、滑空で飛距離を伸ばすことで鋼龍にスタンプ攻撃を繰り出す。

背に飛びかかられた鋼龍は驚いて風圧を弱めたが、四足の強靭な筋力で勢いよく立ち上がる。

背中に乗っていた棘竜が転げ落ち、鋼龍は前足で踏み付けて口腔に風の力を溜め込む。

しかし今度は棘竜が真紅の角で捲り上げて鋼龍を投げ飛ばし、転倒した鋼龍に火球を命中させた。

火球は炸裂と同時に爆発、毒を苦手とする鋼龍に猛毒を叩き込む。

それでも鋼龍は毒に侵されず、毒煙の中から飛び立った。鋼龍の体は鋼鉄を上回る強度の甲殻で覆われている。死に切れない生命力と防御力こそ、鋼龍を宿命に縛り付ける鎖だ。

 

まずは筋力に勝る棘竜が接近戦を有利に進めた。

鋼龍は断末魔のような壮絶な叫び声をあげて巨大な翼をはためかせ、圧倒的なスケールの黒い竜巻を展開して棘竜を吸い寄せた。

雲と地上を繋ぐような巨大な風の柱が巻き起こり、周囲のもの全てを吸い寄せる勢いで強烈な風が発生している。

鋼龍は震えながら鋼の顎を大きく開き、背を反り返らせて力を溜めている。

 

「仲間の死骸が天上の鋼龍の元に昇っている。

神々しい。本当に神じゃないか」

 

白く目視できる強風。

 

鋼龍の超低音の頭角によって空気が冷やされてガストフロントが発生。吸引によって圧縮された空気を通過することで、気圧の上昇と下降を引き起こす。それに伴い等圧と等密度面が交差する傾圧という状態になる。傾圧はガストフロントに対して平行な気流の渦管となり、その端が上昇気流によって持ち上げられることで鉛直方向に長い渦管となる。

これを中心に鋼龍が風を送り込むことで、極小規模の気圧性の循環構造が生み出される。

風を司る古龍クシャルダオラ。その正体は鋼の肉体を持つ生きた自然現象である。

 

 

鋼龍 クシャルダオラ

『スーパーセル』

 

主いい給う。復讐するは我にあり、我これを報いん

〜新約聖書より引用

 

 

亡き者に捧ぐ復讐など、辛いばかりなのだから。

 

 

観測史上最大級の古龍災害。

鋼の肉体から放たれた衝動が大気を歪める。

戦場から遠く離れたギルドでも、災害の様子を目撃することができた。

かつて煌黒龍が出現した時のように、雲の隙間から赤黒く輝く龍雷が轟いている。

 

邪神にはまだ見せていない鋼龍の切り札の一つ。

鋼龍の持つ攻撃の中でも最大の威力を誇る。

戦場に風が吹く限り、この絶大な破壊力から逃れられない。極寒の突風が軟化した棘竜の甲殻を切り付け、猛毒の血液が飛び散る。

飛竜種屈指の重量を持つ棘竜すら常に吹き飛ばされ続けるため、反撃のために体勢を立て直すことすら出来ない。

地上の生物を根刮ぎ殺戮する死の嵐だ。

 

極低音の嵐は鋼龍を火炎の熱から守り、冷気を苦手とする棘竜の体力を奪う。

棘竜がブレスを多用すると、竜巻が火と毒を巻き上げて危険だ。鋼龍はスーパーセルを発生させて有利な状況を作り出すまで棘竜のブレスを封じる必要がある。

鋼龍は自ら不利な近距離戦に誘い込むことで棘竜の意識を肉弾戦に誘導した。

鋼龍が仕掛けた肉弾戦は気温の支配権を奪うために仕掛けた巧妙な布石だったのだ。

 

鋼龍に油断は無い。スーパーセルの内側から、棘竜に風ブレスの照準を定めている。

風ブレスを得意とする鋼龍の口内に大きな牙は無い。小さな牙が二重に並び、風ブレスの射出に特化した構造になっている。

頭角から特殊な電磁波を発生させることで強風を身に纏い、纏う風が強くなるにつれて風ブレスの威力も増大する。まるで風の大砲だ。

 

既に死に物狂い。もう止められない。吹き荒れる強風に溶け込んで、鋼龍は世界と同化した。

棘竜は微量の猛毒を含んだ黒い吐息を風に流しながら、紫の舌で舌舐めずりしている。

鋼の神は風に乗って棘竜の周りを旋回しながら隙を窺い、棘竜のブレスに合わせて突進。

鋼龍の甲殻は火炎と猛毒のブレスで傷つき、棘竜は突き飛ばされながらローリングで起き上がって即座に突進を繰り出した。

口腔から殺意が黒煙となって溢れ出る。

上体を起こして角の刺突を避けた鋼龍だったが、棘竜は角を鋼龍の下に滑り込ませて一息に鋼龍を投げ飛ばした。

 

金属質の甲殻を持つ鋼龍は、体重を支えるために脚が太く発達するほど体が重い。

その鋼龍が宙を舞い、地面に打ち付けられた。

古龍屈指の防御力を誇るクシャルダオラが一頭の飛竜に投げ飛ばされたのだ。

 

邪神は堂々と佇み、呆気に取られている鋼龍を見下ろした。絶望の瞬間に火粉が踊る。

二頭は同時にブレスを放ち、二つのブレスは交錯することなく標的に命中した。

猛毒の火球が炸裂すると同時に天から柔らかな光が降りて、棘竜の横顔を照らす。

時間切れだ。

 

天使のような翼が開き、聖なる龍が吠える。

地上には紫黒に煌めく狂竜物質の柱が立ち、神の鉄槌は空から降った。

大いなる悪風。

 

天廻龍シャガルマガラ、降臨。

 

鋼龍は一瞬の隙を突いて棘竜の頭部を蹴り上げ空高く飛び上がった。

鋼鉄の体に風の鎧を纏い、天廻龍を威嚇する。

死を感じさせる顔付きで吼えた。

棘竜の猛毒は鋼龍の体を蝕み、肉体は既に限界を迎えている。

それでも生を諦めず戦いに挑むのは、古龍としての矜持なのだろうか。それとも――

群青色の瞳が、懐かしさを見つめている。

自然の超越者である古龍種として生を受けたが、何度も敗北を経験して生きてきた。

毒に蝕まれた状態では、龍風圧を発生させることが出来ない。

風の鎧を解除して前脚に龍属性エネルギーを集中させることで強大な龍封力を纏い、古龍の血に眠る龍属性の力を解き放つ。

 

天廻龍にとって鋼龍は天敵だ。

天廻龍が死んでも世界中に生息する黒蝕竜が脱皮すれば廻龍の悪夢は復活を遂げる。

そのため、ハンター達は天廻龍を倒しても問題を先送りすることしか出来ない。

しかし炎王龍や鋼龍などの広範囲に影響を与える古龍種は狂竜物質を破壊して繁殖を失敗させることが出来る。

廻龍種の中でも最強の戦闘力を持つ天廻龍にとって超災害級古龍の根絶は天命だ。

 

強風が吹き荒れる空中で紫黒の波動と赤黒い稲妻が走る。二頭の古龍は高度を上げながら衝突を繰り返して傷を負い、青い光を放ちながら熾烈な空中戦を繰り広げた。

二頭の感情が凄まじく荒ぶり、古龍の生体エネルギーが可視化している。

純白の剛腕が薙ぎ払い、風の矢が刺し貫く。

強力な翼脚を持つシャガルマガラは空中戦でも正確な動きで相手を鷲掴みにする。

紫の惨爪に掴まれたら最後、凄まじい力のプレス攻撃で叩き潰されてしまうのだ。

翼脚のリーチの外側から戦わなければ一撃でペシャンコだ。

 

鋼龍は無数のブレスを吐き出してシャガルマガラを寄せ付けず、天廻龍が突進で強行突破しようとすれば鋼の肉体で体当たりを繰り出して突き飛ばした。

比較的目撃例の多い鋼龍は人類にとって最も馴染み深い古龍だが、超災害級古龍に分類される特級の危険生物であることを忘れてはいけない。

天上最大の実力者といわれる千刃竜すら一蹴するというあの天廻龍を相手に、空中戦で互角以上の戦いを繰り広げている。

 

錆びつかない魂の鼓動を感じていた。

遠い日の記憶に漣が鳴る。再開した二頭の古龍は、風の波を立てながら空中を漂っている。

竜巻が狂竜物質を巻き上げて紫色に光る。

悲劇の記憶を浄血で洗い流すように白い浄爪が斬りつける。鋼龍は冷気と龍属性を帯びた鋼爪で天廻龍の左肩を突き刺し、胸元を切り裂かれながら天廻龍をブレスで突き放した。

 

僅か一瞬の攻防だったが、鋼龍は気付いた。

棘竜のブレスを貰った後から神経毒で風が弱まり、麻痺毒で動きが鈍っている。

毒が回る前に倒し切らなければ勝てない。

 

悲鳴と共に浄血が飛び散る。

天廻龍が墜落して土砂が巻き上がり、棘竜が頭突きを繰り出す。

天廻龍は棘竜の頭部を翼脚で抑えて防いだが、棘竜の突進力を受け止めきれず体勢を崩した。

鋼龍はブレスで二頭を一斉に吹き飛ばすと同時に着弾地点に竜巻を発生させて反撃を阻んだ。

大きな翼膜で風を掴んで飛行する天廻龍は、鋼龍の起こす突風に姿勢の維持を妨げられて思うように離陸することができない。

 

鋼龍は天廻龍の頭上を旋回して背中の上に乗り上げ、風の力を口腔に集中させた。

天廻龍の翼脚は背中の上を狙うことに不慣れだ。

棘竜の妨害すら掻き消す烈風と共に鋼龍を中心に黒く澱んだ巨大竜巻が巻き起こる。

龍の力を帯びた巨大な風の壁が棘竜を竜巻の外側に追いやり、風の内側ではブレスを受けた天廻龍がうつ伏せになって倒れている。

鋼龍は空中から天廻龍を睨みつけながら、砲身と化した口で風を圧縮していた。

体に風を纏った鋼龍のブレスはコンバットナイフのように鋭く速い。穢れた龍鱗が砕ける。

地上に降りた鋼龍は四肢を四方に伸ばして低い姿勢を取り、唸るように吠えた。

既に麻痺毒が回り、鋼龍は鈍化して銅像のように動かなかった。

頭部に傷を負った天廻龍は横転と同時に体を回転させて翼脚で立ち直り、鋼龍を両眼で睨む。

 

二頭の古龍が相手の側面を取るように回り込み、相手の出方を窺った。

鉄球のように太い後脚の大腿部が途轍もない力を生み出し、決死の突進が悪しき風を刺す。

翼脚で翼を抑えた時には既に懐の中。

突進の衝撃が竜巻を突き破り、突き飛ばされた天廻龍が棘竜の正面に投げ出された。

竜巻は不協和音を掻き鳴らしながら勢いを増す。

禍々しい彩光が厚い雲を照らして、地響きと共に地上を照らす。

天廻龍の翼膜が風を受けて激しく震える。

嵐の内側から風の弾丸が飛び出して天廻龍の体を激しく傷つけたが、致命傷にはならなかった。

 

紫黒の彩光は雲を照らし、天地が紫に変わる。

そして結末は残酷な時間に訪れた。

 

『狂竜圧縮砲』

 

狂竜物質の奔流が風の防護壁を容易く破り、竜巻に身を潜めていた鋼龍の肉体を撃ち抜いた。

鋼龍は風の鎧を纏おうとしたが、棘竜の神経毒のせいで頭角から発する電磁波をコントロールすることが出来なかった。

鋼を上回る強度の甲殻を狂竜圧縮砲が貫き、遂に風を司る鋼の神が倒れる。

 

鋼龍クシャルダオラは戦死した。

 

残る魔物は二頭。最悪の結末だ。

時と共に流れる風が止んで、腐敗が始まる。

人類にはもう祈りを捧げる神も残されていない。

 

「.....いにしへの竜が 死んだ

狩り人の誇りと 無限の勇気を信じて

ふーむ 君には資格があるよ」

 

「大丈夫だよ 君なら出来る」



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古龍が去った後日談

ストーリーは最終回です


〜道中

 

「やっと戦う時が来たんだな」

 

「待ち焦がれていました」

 

「あいつもそう言ってたよ」

 

「彼女は怖がってましたか?」

 

「.....そうだな」

 

「俺、あいつの夢を見たんです」

 

「会ってきたんだな」

 

「安心して眠れるようにしてやらなきゃ」

 

「あいつも――いや、なんでもない。帰ったら花でも手向けてやってくれ」

 

亡き者に捧ぐ復讐など、辛いばかりなのだから。

 

 

荒々しくも眩しい数世紀を振り返る。

 

禁忌の憧憬に毒されて、人は禁足地に足を踏み入れた。人が最も生きる力に満ち溢れていたあの時代に立ち、後世を大きく変える覚悟があるか。

 

自然の超越者、覇者の頂点。古龍種。

一頭で自然災害に匹敵する力を持つ未知の種族。

明日の糧を得る為か、己の力量を試す為か。

積み重なった冒険の記録は次第に厚みを増し、やがて古龍達の領域を侵すようになった。

人は純度の高い生態系へと導かれる。

竜大戦を乗り越えて、城下街だった灰の山から顔を出した。神が目の前に居る。

 

狩るか、狩られるか。

 

「謎の竜と鏖魔がまもなく接触します」

 

縄張り争い。それは生ける大地で繰り広げられるプライドと生存を賭けた戦い。

悲劇の伝説vs未知の凶星

龍脈が壊されたあの日、世界の均衡が崩れた。

それは外の世界との対決。

フォンロンの古塔の物語。

 

「好きにやれ。獣竜の王」

 

健啖の悪魔vs禁忌の邪毒。

樹林の決闘。喰うか喰われるか、スーパーヴィラン同士の力比べ。

 

「塔の番人達も古龍に匹敵するモンスターだ」

 

牙獣の王vs峡谷の絶対者。

天下分け目の大一番。種族を代表するエース同士の闘い。孤高と無双、捕食者同士の対決。

 

世界を賭けた縄張り争いの最終章。

生き残りを賭けた縄張り争いが、命ある者を新たな戦いへと誘う。

 

あれから、去った古龍を追いかけていた。

 

「私達の敵わない相手ではない」

 

モンスターハンターvsシャガルマガラ

 

遂に禁足地に到達した人類は天廻龍の裁きに抵抗することを決意する。

狩人は、古龍に追いつくことが出来たのか。

人の身では縋ることしか出来なかった。

古龍からバトンを受け継いだ狩人が、古龍との決戦に臨む。

 

〜ギルド

 

「天廻龍はシキ国を離れて大陸中央部に移動。鋼龍と交戦後、棘竜と膠着状態。この事態を君はどう見る?」

 

「新大陸の王がゼノ・ジーヴァなら、シャガルマガラは現大陸の王に成ろうとしている。

邪魔な鋼龍を潰したら、棘竜が狂竜化して誰も手がつけられなくなるだろう。

そうなる前に決着をつけたい」

 

狂竜化したモンスターは通常の個体より攻撃性を増し、予測が難しい変則的な動きをするため狩猟難易度も上がる。

中でも一部の強力なモンスターは狂竜化を克服して極限個体と呼ばれる存在になる。

極限個体のモンスターの危険性は狂竜化したモンスターの比ではない。かつて出現した極限個体のセルレギオスは狂竜化したイビルジョーを上回る脅威として恐れられた。所謂超古龍級生物だ。

モンスターが極限個体になる条件は分かっていないが、ただでさえ古龍種に匹敵する力を持つエスピナスが万が一極限個体になってしまったらその時は誰も対抗することが出来ないだろう。

 

「ドンドルマの防衛戦で使われた巨龍砲を使ってみてはどうだろうか。最悪の事態には棘竜ごと炭になってもらう」

 

巨龍砲。シャガルマガラ事件の後、ドンドルマ防衛戦で錆びたクシャルダオラとゴグマジオスの撃退に使われた対古龍用の大型兵器だ。

高密度滅龍炭というジンオウガ亜種の龍属性エネルギーを利用した特殊燃料を用いて発射される。

その威力は撃龍槍を上回り、かのゴグマジオスすら一撃でダウンさせて戦況を一変させたとされている。

直撃すればいくら天廻龍シャガルマガラと言えども一溜まりもない。

 

「それは出来ない。シャガルマガラが位置している大陸の中央部には巨戟龍が潜伏しているとの情報がある。古龍由来では無くても、強大な龍属性エネルギーは巨戟龍の出現を起こしかねない」

 

「巨戟龍捜索隊を結成して巨戟龍の動向を確認出来ないか?」

 

「天廻龍出現に伴い、天廻龍の周囲には狂竜化したモンスター達が出没している。付近の捜索は難しい」

 

〜ユクモ・カムラ文化圏

 

突如として起きた森林火災の元凶は、火山にしか生息していないことで知られる陸棲の海竜種アグナコトルだった。

 

「あのアグナコトル、様子がおかしいぞ!」

 

「今精鋭討伐隊が向かっている!」

 

炎戈竜アグナコトル。

かつて一国を壊滅に追い込んだことがあるという大型の海竜種。体内にマグマを溜め込んで口から吐き出す通称アグナレーザーは触れた物を一瞬で焼き焦がす威力だ。

現在出現している炎戈竜は顔に生気がなく、代わりに紫黒の殺気を纏って異常行動を繰り返している。落ち着きなく周囲を見回し、虚な目で一点を見つめながら嘴を打ち鳴らす様は異様だ。

 

由緒正しき精鋭討伐隊の面々に周囲を取り囲まれると即座に嘴で噛みついた。

ガンランサーが防御姿勢を取るとエンブレムの描かれた分厚い盾が嘴から身を守り、巧みな砲術が頭部のマグマを剥がした。

 

「異常な攻撃性...狂竜症か。

ガンナーは後衛でサポートに回れ。

これより目標の殲滅に入る。

攻撃の手を緩めるなよ」

 

体長二十メートルを超える巨大な竜が身を捩り、音を立てながら地中に潜り込もうとするところを剣斧と盾斧の斬撃が妨害する。

それでも冷え固まった溶岩を鎧のように身につけた竜の臓器には届かず、地中への潜行を許してしまう。

 

「平気かよ!?確かに斬った筈だぞ!」

 

「効いている。狂竜化したモンスターは多少の痛みでは怯まない。攻撃の姿勢を崩すな。勇気だけが狂竜物質をプラスに転換する」

 

ギリギリと歯を食いしばりながら地中を掘削する音に耳を傾けて、地中から繰り出されるグラウンドアッパーに警戒する。

地中からの奇襲こそ炎戈竜の得意とする戦法だ。

熱を帯びた嘴による急襲で、何度も火山の猛者達を沈めてきた。

 

「ガードを捲られるなよ。こいつは他のモンスターとはリズムが違う。いつでも攻撃を回避出来る間合いを保つんだ」

 

「間合いといっても...敵は土の中だぜ?

後手に回っても勝機は来ないから、先に手を出すに限るだろ」

 

男はそういいながらスラッシュアックスを地面に突き立て、音のする地中に向かって属性解放突きを放った。石が砕けて土が弾ける。

飛竜の甲殻すら打ち砕く強烈な一撃だ。

 

「まずい!敵の罠だ!」

 

地中を抉る音は属性解放突きに気付いて向きを変えると、男の後ろに回り込んで速度を上げた。

土の焦げる匂いが鼻に触れた時、男達は全てが遅かったことに気付いた。

 

〜大陸中央部 高地

 

風が止んだ静かな高地は、背の低い草木の中に焦げ跡を残すばかりとなった。

古代竜人が静かに見守る。

純白の魔王と禁忌の邪毒が向かい合って、会釈を交わすように頭を垂れる。

エスピナスにとって、頭部を低い位置に下げる動きは戦闘の合図だ。

猛毒の角で掬い上げる棘竜の突進は、容易く受け流すことを許さない威圧感で相手を縛りつける。

 

シャガルマガラは低い姿勢で相手の様子を窺う。

惨爪を提げる翼脚で地を掴み、敵の爪先の僅かな動きも見逃さない。

迂闊にも間合いに踏み込んだら最後。分厚い甲殻ごと血管を引き裂いて天廻龍が吠える。

 

死合。

 

必殺の武器を携える者同士。首に鎌を掛け合う二頭の死神が至近距離で見つめ合っている。

まさに刀光剣影。蝕んだ者勝ちの頂上決戦だ。

そんな二頭を遠くから視察する影が一つ。

天廻龍の討伐を志す一人の狩人だ。

お守り代わりにしていた鋼龍の鱗を握り締めて、勇敢な古龍の最期を見届けていた。

天廻龍の襲来に泣くことしか出来なかった少年は別れを経て大人となり強く成長した。

いまだに白水晶の唇の感触を淡く残したまま、駆け出しの頃に思いを馳せていた。

 

その先は修羅の道。天廻龍の悪夢に終わりを捧げても全てが解決することはないだろう。

殺された人間は戻って来ないし、いつの日か第二の天廻龍が降り立つ時が来る。

それでも今を生きるということに気の迷いはない。狩るだけだ。

その先に待ち受ける未来が巨戟龍の復活だったとしても、狩人としての使命を全うするだけだ。

優れた狩人だった彼女を追いかけるような半生だった。まずは彼女が果たせなかったクエストを終わらせることで半生を完成させる。

 

「結局俺は君の為にしか生きられないのさ」

 

天廻龍と棘竜を同時に相手にすることは不可能だ。まずは二頭を分断しなければいけない。

しかし、古龍級生物の中でも指折りの殺傷能力を持つ二頭を相手に攻撃をいなし続けて分断することは至難の業だ。

失敗すれば命の保証はない。

 

棘竜の体表に浮かぶ赤い紋様が一際恐ろしくみえた。強大な敵を目の前に足が竦む。

増援を呼べば犠牲が増えるだろう。

 

「怖いか?」

 

後方から聞いたことのない声が聞こえた。

 

「貴方は――」

 

有明の月を背後に佇んでいたのは猛爆砕竜を封じる為に火山に出向いて以来、何日も戻ってきていないというキャラバンの英雄だった。

かつて天廻龍を破り、錆鋼龍と極限個体の千刃竜にも勝利したという伝説のハンターだ。

 

「ココット村の村長から連絡があった。内容は一つ、君を救ってくれとのことだ。

ブラキディオスには悪いがクエストを離脱させて貰った」

 

「それじゃあ猛り爆ぜるブラキディオスは...」

 

キャラバンのハンターは首を横に振って答えた。

 

「俺の仲間達が戦っている。エスピナスが極限化すればそれどころではない。

エスピナスの相手は俺に任せろ。君はシャガルマガラと決着をつけるんだ」

 

怯えるような表情を見せた若い狩人を見て、キャラバンのハンターは微かに笑った。

 

「狩人達が夜明けの凱旋をする頃、明るくなった空の一角に有明の月が昇るだろう。

白水晶は砕けても美しい。その光こそが狩人を導くよすがだ」

 

「君の目はココットの英雄と良く似ている。君ならきっと彼の言葉の意味が分かるだろう」

 

ハンターはそう言い残すと、返事を待たずに二頭の睨み合う高地の中央部に走っていった。

赤い稲妻に胸を打たれたような気分だった。

胸を貫く寂しさを満たすように、体の底から勇気が湧き上がってきた。

 

危険な殺意を研ぎ澄ます天廻龍と棘竜。

先にキャラバンの英雄に気付いたのは棘竜だ。

黒蝕竜から天廻龍に羽化した時、廻龍は初めて視力を手に入れる。目が見えるようになったことで鱗粉に頼る必要が無くなるため、黒蝕竜の頃と比べると鱗粉で周囲を認識する力は下がるのだ。

 

棘竜は黒狼鳥を葬った時のように予備動作の無い突進を繰り出し、キャラバンの英雄を刺し殺そうとした。しかし英雄の動きは手堅い。

閃光玉で二頭の目を眩ませると、操虫棍を使った跳躍で棘竜の頭部に張り付いた。

振り下ろそうとした棘竜が何度も突進を繰り出したことで天廻龍と棘竜は呆気なく分断された。

突然の奇襲に混乱した天廻龍は上空に飛び上がり、翼膜を展開して全身から狂竜物質を放った。

しかし鋼龍のブレスで翼膜に穴を開けられていたので空中で姿勢を制御出来ずに墜落した。

 

英雄が魅せる人間の可能性に夢の終わりを感じていた。狩人には、古龍を討った後の世界のことを考える余裕があった。

 

土煙の中で立ちあがろうとする天廻龍の翼脚に熱気を帯びた火砕剣が振り下ろされる。

翼脚を引いて避けようとした天廻龍だが、咄嗟に狩人が引き斬ったことで翼脚の甲殻が切り裂かれて浄血を流しながら後退した。

 

「久しぶりだな。シャガルマガラ」

 

挨拶と同時に体をそり返らせて爪の刺突を回避。

地面を易々と引き裂いた惨爪が禍々しい艶めきをみせる。桁違いの怪力に冷や汗が出る。翼脚の腕力は金獅子を凌ぐかもしれない。

翼膜から射す光が狩人を照らす。眼が開いている限り、そこは繁栄と滅亡の岐路。

 

天廻龍は翼脚の前腕部で口元を隠してブレスで急襲したが、狩人はローリングで回避して火砕剣で刺突。身を捩って回避した天廻龍に斬り上げが炸裂する。強靭な甲殻が刃を通さなかったが、黒蝕竜対策の技術が通用したことが確かめられた。

 

突きからの斬り上げ。

それは太刀使いの基本の技の一つ。

天廻龍は体を回転させて後ろに下がり、低い姿勢で吠えて威嚇した。

距離を取ればリーチで勝る天廻龍が有利だ。

相手から離れる動きの中にブービートラップのようにカウンターの準備を忍ばせ、距離を詰めようと焦って追い討ちをかけた相手を打ち砕くという算段だった。

しかし狩人は冷静に流し、天廻龍には自由に距離を取らせつつガードを固めて距離を詰めた。

相手は自然界の頂点に立つ古龍だ。たった一つの選択で歴史が変わる。

世界に挑戦することへの高揚感と仇敵に対する負けん気は大剣の柄を握る力を強めた。

天廻龍の体から絶えず内側から外側に放たれる殺気を風で感じる。鋼龍との争いで至る所に傷をつけられた純白の古龍は見る者を圧倒する虹色の覇気を放っていた。

 

二度目の衝突は狩人から嗾けた。翼脚の怪力とブレスによる攻撃を得意とする天廻龍には得意な間合いがある。

そのため近接武器を扱うハンターは距離を詰めて攻撃の被弾を減らすのがセオリーだが、一度大きく距離を取られるとこの危険なエリアを通過しなければいけない。

狩人はそのことを逆手に取り、ガードを固めたまま危険な間合いに入ると、バックステップで逆に距離を取った。狩人が間合いに入ると同時に天廻龍は翼脚で広範囲を薙ぎ払った。距離さえ詰められなければ長いリーチで一方的に攻撃することが出来る。過去にハンターと対峙した時は隙の大きいブレスに合わせて接近された。

間合いに入ると同時に広範囲を薙ぎ払うルーチンがあると、相手は迂闊に接近出来なくなる。

天廻龍は狩人に近寄り難くなるような恐怖を植え付ける必要があった。

しかし、狩人は動揺することなく剣を振り回す。

狩人の狙いは翼脚だったのだ。

超常的なパワーを持つ天廻龍の惨爪が再び地面を抉り、翼脚に対して痛烈な一閃が横切る。

熱が生じて刀身から発火する。

天廻龍は冷静に狩人を見下しながら二度唸り、突き出した翼脚をゆっくりと戻した。

そして狂竜物質を小さな球状のブレスとして吐き出して反撃した。

 

直進する球状のブレスを避けるなら、ガードか回避をするのが定石だ。それとも少しでもペースを奪う為に突飛な攻撃を仕掛けるか、道具で目眩しをしても良い。

無限に広がる選択肢の中から選択を続ける。

天廻龍は狩人を試している。

 

圧力が途切れる。

 

天廻龍の狩猟を志すハンターにとって、変幻自在のブレスは大きな脅威だ。

小さなブレスの連射で少しずつペースを握り、爆発するブレスで広範囲を消し飛ばす。

防御に徹すれば攻撃のチャンスを逃すことになる。被弾を恐れずに防御を捨ててペースを掴むか、ダメージを警戒して守りに徹するか。

紫黒の連射砲を潜り抜けた先には翼脚の攻撃が待っている。

 

狩人は嬉しかった。

ただ恐ろしいばかりだった畏敬の対象が自らを敵として認めている。

時間をかけて研鑽した殺意と技術に恐怖を抱き、命のやりとりを繰り広げている。

彼女から受け取った防具と、受け継いだ魂がこうして古龍を相手に力を証明している。

 

紫黒の球体を飛び越えて、渾身の飛び込み斬りが天廻龍の頭部に炸裂する。

しかし不朽の頭角が斬撃を受け止め、天廻龍は荒々しく火砕剣に齧り付いた。

 

噛みつき。それは生物の原始的な攻撃であり、古龍の主要な攻撃手段の一つだ。

ハンター達は摩訶不思議な能力を警戒するため、古龍が噛みつきを武器とすることはあまり知られていない。

 

剣が軋み、ヒビが入る。

どうやら溶岩竜の素材で出来た大剣では、古龍の牙には耐えられないようだ。

 

「こんな所で...!」

 

狩人は剣の柄を握ったまま神にも縋るような思いでポーチを漁った。ポーチの中には一つだけ、強い熱を放つ物があった。

天廻龍に襲われた幼い日の記憶、その後のこと。

ハンターになるまでの空白の時間。

自分たちの村が壊された後、山中にある小さな村に越した。

鋼龍の鱗を鱗を売って、その金で暮らしたのだ。

恐怖がこびりついた生活の中で、一頭のかけがえのない友達を見つけた。

恐怖から逃れる為に就職や人間関係のことだけを考えて勉強に明け暮れる日々が続いたが、最後に友達が命を燃やして戦う姿を見た。

あいつが居なければ、狩人にはなっていない。

感傷とノスタルジアで目が潤んだが、手の中の熱が覚悟の炎となって背中を押してくれた。

 

千刃竜の火炎玉。

狩人の持っていた綺麗な宝石。

長い間大切にされていたようだ。

友が残した宝物を怪物の目玉に投げつけた。

火に弱い天廻龍には紅蓮石の熱が通る。

気合を入れて火砕剣の熱に耐えていたが、それでも火炎玉を投げつけられたことで火砕剣を離してしまった。狩人はその隙を逃さず、頭部を切りつけて天廻龍に傷を負わせた。

 

天廻龍は大きく怯んで後退した。苦手な熱に耐えながら死に物狂いで剣に噛み付いたので、口内にも火傷が残っている。

 

「ありがとう、セルレギオス」

 

手に残った微かな温もりを握り締めた。

狼狽えている天廻龍をみて、チャンスの到来を確信した。力一杯火砕剣を振り回し、頭を狙って強烈な斬撃を浴びせながら後退りさせる。

頭部に重厚な大剣をぶつけられた天廻龍にはダメージが残っている。

斬撃から逃れる為にステップで距離を取ろうとした時、足に力が入っていないことがわかった。

 

スタンしないために突進して強引に流れを変えようとしたところを狙い澄ます。

鋒を向けた刺突に見せかけて素早く剣を降ろし、視界の外側から斬り上げを炸裂させる。

あらゆる状況に対応出来る柔軟性と安定感。

ギルドスタイルの完成である。

灼熱の大剣が顎を撫でた直後、天廻龍の巨体は力の向く方向に潰れるように倒れていた。

 

一瞬だけ意識を失った天廻龍は慌てて起き上がり、視線を狩人に向けたまま遠ざかっていく。

トドメを刺すために距離を詰めた時、違和感の正体に気づいた。

 

「翼脚は?」

 

死角から一撃。大きく振り翳した翼脚は視界を外れ、決着のチャンスに引き付けられた狩人に強烈な一撃を見舞った。たった一発で防具の右半分がボロボロだ。

二重に歪んだ宿敵が吠える。

噂に違わぬ実力を見せつけた古の龍は、夢を目前に浮かれた狩人に現実を突きつけた。

注意深く見つめる両目を怪しく光らせ、荒く呼吸しながら闊歩する。

 

「何が起きた...?」

 

立ち上がろうと地面に手をついたが、うまく足に力が入らない。ポーチの回復薬のことも思い出せないまま転んでしまう。

ダメージの回復が遅い。どうやら狂竜ウィルスに感染してしまったようだ。

ずっと目を背けていた死が手の届く所にある。

怪物の体を覆う白い鱗が美しく輝く。

人の命など儚いものだ。

古龍は残酷で綺麗だ。この美しい龍を倒した先に本当に安堵が待っているのだろうか。

古龍災害から人を守ることが本当に正しいことなのだろうか。

 

天廻龍は決着を急がない。

肉食獣のようにしなやかな動きで狩人の周囲を歩き回り、口元から紫黒の息を燻らせている。

少しずつ息の音が重なっていた。

世界はどこに向かうのか、存在が目的のピースに変わる。生死の繰り返しである輪廻からの解放と終了。それは、人類の究極目的たり得るか。

人類より遥かに優れた古龍に抗い、倒してしまうことがギルドの目的というなら、その後は何をすればいいのだろうか。

ハンターの目的がわからない。彼女が居ない世界を生きる理由が分からない。そんな時、ココット村の村長の言葉が頭に浮かんだ。

 

「すべてはおぬしの意志ひとつじゃ」

 

純白の龍鱗よりもっと白く、もっと美しいものを見たことがある。

不意に村長の家の棚に大切に飾られていた白水晶の原石を思い出した。

 

「黙れ!お前に何が分かる!婚約者が死んでも悔いなんか無いだと?自分に嘘をついてまで生きたお前に何が!俺の何が分かるっていうんだよ!」

 

あれから夜に月が昇る度に、人生で一番忌まわしい残酷な日を呪った。

それは彼女が死んだ日のことじゃなかった。

彼女が戻ってこないのに、価値を他に求めて冷静を取り戻した日のことだ。

 

「俺は俺に嘘をつきたくない!あいつが居ない世界で正気で生きていられる自信がない!でも、俺がここで死んだら.....あいつの生きた跡が!あいつが悩んだことが!俺の見た夢が!まるで嘘みたいじゃないか!」

 

白水晶のような綺麗な手が、震えながら自分の肩に縋る夢を見た。その顔を少しでも長い間、目に焼き付けていたかった。

 

「古龍だとか目的だとか知ったことか!俺にとってはあいつが全てだったんだ!!それだけが俺の価値だった!そうだろ!」

 

霞んだ意識がようやく晴れた。

黒狼鳥の防具は感情の分だけ強くなる。

古龍の力がその限界を超えていたとしても、彼女から託された装備の力を信じたい。

狩人の瞳に怒りが宿った時、天廻龍は口腔に狂竜物質をチャージし始めた。

紫黒の光に黒狼の装備が照らされる。

一歩ずつ、それでも強い意思を持って壮絶な発光体へと向かっていく。一方の人生が終わる、その暖かな熱を感じながら、凶器を運ぶ。

天廻龍シャガルマガラ。その偉大なる権能に敬意を持って狩人は進む。

それは意志を持つことだった。戦いの中で人体に入り込んだ狂竜ウィルスは、決意によって会心の一撃を生み出す。

 

天廻龍と戦っていたのは一人の狩人じゃなかった。白水晶の狩人に始まり、怨虎竜や鋼龍との戦いを経て、そのダメージは確かに蓄積していた。

限界が迫っていることを知った天廻龍は、全てのエネルギーを込めた必殺の一撃に命運を託した。

 

放たれるのは、破壊の奔流。

 

『狂竜圧縮砲』

 

怨虎竜と鋼龍を破った最大最強の攻撃。

とても人間が耐えられる威力ではない。

人の身で古龍に抗った狩人の魂は惜しいが、神と同じように葬ることがせめてもの祝福だ。

愛憎を込めて、天廻より名誉ある死を贈る。

 

「駄目だ...間に合わない!このままじゃ殺される!」

 

月が紅く光る。

 

「危ない!避けて!」

 

非情にも放たれた紫黒の破壊光線は土を吹き飛ばして地上に風穴を開けた。

過去最大級の出力で地上に光の墓標が聳え立つ。

光線から枝分かれした強い光は、生ける者の目には十字架のように映ったという。

 

その時、交戦中だった棘竜と英雄も戦いを辞めて光の立つ方角を見た。

 

「どうやら俺達の勝負はお預けのようだ」

 

キャラバンの英雄の言葉に、棘竜は咆哮を返して飛び去った。

 

結晶化した狂竜物質が紫の雪のように降りそそいでいる。それは長い神話の終わりだった。

月が沈み、朝日が昇る頃、街では狩猟を終えたハンターたちが夜明けの凱旋を行う頃。

 

天廻龍の喉を火砕剣が貫き、遂に人間が古龍の命を断ち切ろうとしていた。

発射の寸前に懐に潜り込み、狂竜圧縮砲の直撃を免れたのだ。

 

「見てるか?俺、勝ったよ」

 

返事はない。当然だ。死者は言葉を話さない。

天廻龍の巨体が陸に沈み、初めて龍を倒した感触が手に残る。

忘れられないのは、それより唇だった。

 

「そっか。お前、生きてないんだな」

 

彼女が残した物語は古龍に挑んだ所で途絶えた。彼女は天廻龍に敗れて死んだのだから、古龍が去った後のことは何も記されていなかった。

今まではまだ生きているかのような、背中を追う感覚があった。

しかし彼女の道を辿り終えた時、その先の空白を知ることでようやく死んだことを実感した。

 

「お前、もう居ないんだもんな」

 

非情になって堪えていた涙が溢れる。

古龍災害に対する怒りで自分が悲しんでいることを忘れていたようだ。

キャラバンの英雄が狩人の元へ歩み寄った。

 

「よく成し遂げた。これでお前も一人前のモンスターハンターだ」

 

「俺は何を成し遂げられたんですか...こんなことしても殺されたあいつは戻ってこない」

 

「彼女は最期まで人間の可能性を信じていた。君は古龍に勝ったことで彼女の正しさを証明した。

あとは君の人生を生きろ。きっと彼女もそれを望んでいるだろう」

 

キャラバンの英雄はそういって空を見上げた。

まだ沈みきらない月が白かった。

 

「狩人達が夜明けの凱旋をする頃、明るくなった空の一角に有明の月が昇るだろう...村長の言葉通りだな。まるで白水晶だ」

 

キャラバンの英雄と一緒になって空をみると、昇ったままの月に彼女の記憶が重なるようだった。

彼女との月光のような優しい思い出には、もうこの先いくら探しても出逢えないだろう。

ならせめて、彼女が生き抜いた人生に、孤独を紛らわすこの先の余生を添えたい。

 

そしていつか、昔のように語れる日が来ると信じている。

古龍が去ったその先の人生を。

たったひとつ、空に浮かぶ月の孤独が紛れる為の、導きの星の物語を。

 

 

「灯りさす火を求れど射干玉の――」

 

「――夜渡る月に星の紛れを」



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マンシェット

何をやらされても上手く出来ず、、村の人たちには馬鹿にされて育った。

 

「村の外にドスギアノスが出たってよ。恐ろしいけど、この村には狩人が居て良かったよ。親が火竜なのに子はイャンクックにもなれやしない」

 

雲の隙間から不穏な光が擦り抜ける昼、魚売りのおばさんが私を嫌味ったらしく叱りつけてきた。

最初のうちはおばさんの言葉で傷ついていたけど、悪口を言われる日々から抜け出せないから何を言われても気にしなくなっていた。

 

両親は村一番のハンターだったけど、私は何をやってもからきしだったので周囲の目が痛かった。

怯えながら涙を流す私を、両親は何も否定しないで抱きしめてくれたけど、村の人から愛されている両親には私の気持ちなどわかりっこない。

 

 

異変に気づいたのは、向かいの家に住むお兄さんだった。私が幼い頃はよく遊び相手になってくれたが、村の人たちが私に冷たくなってから、お兄さんも私と距離を置くようになっていた。

そんな彼の命が最初に奪われた。

 

「おい、あのドスギアノス様子がおかしいぞ」

 

それが最後の言葉だった。新鮮な血を植物の根が吸うのを見て、私は夢を見ていると思った。

村の大人達が絶句して、それが響めきに変わる。私は自分の心音で現実に引き戻された。

お兄さんが殺された。

生きたまま内臓を齧られて、冷たくなるまで少し時間がかかったと聞いている。

もう随分と暈けた記憶で、ひょっとしたら私の勘違いかも知れないが、記憶の中のドスギアノスは本で見るよりずっと恐ろしい顔つきをしていた。

黒い外套の幽霊に取り憑かれたような目で、それは決して生きる為の殺戮なんかじゃなかった。

凶暴なドスギアノスに不用意に近づいたお兄さんの行動は間違っていたけど、あれからハンターになってもあんなに早く人を殺すドスギアノスは見たことがない。

きっと私があの日出逢ったあのモンスターは、ドスギアノスじゃない何かに操られていた。

 

「誰か早く回復薬を!」

 

「いかん!あれじゃ手当ても間に合わん」

 

一人殺してから次の犠牲者が出るまでドスギアノスは死体に手をつけず、野生動物とは思えない攻撃性を見せた。モンスターが栄えた人間の村を襲撃することは珍しくないが、ドスギアノスは警戒心が強く、そんなことをする種ではなかった。

 

沈黙が響めきに、そして響めきが悲鳴に変わっていくというのに、私の体は恐怖で石のように固まってしまった。死んでもいいと思っていたのに、その日だけは身体中が生きろと警報を鳴らした。

気がついたら私は父の腕の中に抱えられて、村の育児施設に運ばれていた。

そこには飛竜の襲撃から身を隠す為の地下室がある。目の前で人が殺されるところを幼いうちに目にしてしまった私に、まともな人生は待っていないだろうと思った。

口に人の肉をつけたドスギアノスは爪で大人達を刺し殺し、唸り声をあげて死体の上を跳ねた。

私は生まれて初めて、人体が潰れる音を知った。

 

瞬きもしなかった。

 

 

 

「扉を閉めろ!子供達を地下室に隠すんだ!大人はボウガンを持て、さあ早く!」

 

保安官が武器を構えて他の大人を怒鳴りつけ、そのまますぐにティガレックスに噛みつかれて脛だけが残された。様子がおかしいのはドスギアノスではなかった。施設がティガレックスの咆哮を浴びれば私達は地下室の中で生き埋めになる。

地下室は安全なシェルターなんかじゃなかった。

それでも、人の一部が大量に寝転がる外よりはずっと安全だ。

 

村の人たちが戦っている間、両親と村長は遠くの空を見て険しい顔で話し込んでいた。

騒音の中で聞き耳を立てると、シャガルマガラという言葉を聞くことができた。

村の人たちが自然に対する敬意を忘れたから、山の神様が怒ってしまったらしい。

両親は神様を鎮めるために狩りをするという。

話している間も人が殺されている。両親には覚悟を決める時間すら与えられなかった。

不安そうに見つめる私に父がいう。

 

「絶対にここから出るなよ。モンスターを倒したら必ず戻ってくるから」

 

「勝てるの?」

 

父は黙って頷いて、部屋を出た。それを見ていた母は少しの間黙って俯いた後に、暖かく微笑んで私に言った。

 

「私達は天廻龍から皆を守らないといけないから」

 

言葉の意味を嚥下する前に、母は逃げるように家から出ていった。

けたたましい叫び声が地下の部屋の中に響いた。

置いて行かれた私は一人、部屋の隅で丸くなり、モンスターの毛皮を被って耳を塞いでいた。

それが両親を見た最後の記憶だ。あの時の母の言葉を、今も飲み込めないでいる。

神様だから仕方ないと村の人はいう。

私にとっては神様も飛竜も変わらない。唯一の心の支えだった家族を失った。奪われた。

神様を否定することは許されていない。

あの日の泣いている少女と対峙する度に、かけてやる言葉すら失う。

シャガルマガラ。それは、その日起きたこと。

シャガルマガラ。それは、そこで起きたこと。

神は悪人を裁かない。

村の人たちは不安に怯えながら私に尋ねた。

 

「どうして優秀な両親が死んで、お前なんかが残されたんだ。お前なんかが残っていても誰も守れないじゃないか」

 

私は何も答えられなかった。両親は、私を残す理由を私に伝えてくれなかった。

私は目を逸らして、黙ることしかできなかった。

 

嵐の夜の後。

天廻龍のエネルギーに寄せられた鋼龍が鱗を落としてくれたので、村の再興にそう時間は掛からなかった。しかし、鋼龍の鱗だけでは村の財産は再び底をつくので、私が狩人をやって村の人達を養うと言った。そう、言ったと思う。人には。

 

両親が居なければ、私は天廻龍に殺されていた。

私は二度生まれたようなものだ。優秀なハンターの両親に護られて、お金にも食料にも困ったことはない。モンスターに怯えずに暮らしてきた生涯を振り返ると、私は他の村の人達より恵まれているはずなのに心は満たされないままだった。

 

どうして両親は私を生かそうと思ったのか、そんなことも私には分からなかった。

皆はモンスターに家畜を襲われると、飢え死にしないように必死に守る。

モンスターに殺されたくないから、森や水辺には近寄らない。

私が森に入った時は、その日のうちに涙が枯れるまで両親に厳しく叱られた。

でも、両親は死んだ。天廻龍の攻撃を避けられず、お互いに庇いあって死んだ。即死だった。

人の命が軽い世界で、皆必死に自分の命を守って生きているけど、私にはどうしてそんなに命を守ろうとするのかはっきりとしなかった。

私は両親が何を考えているのか知りたかった。

だからその後追いをするようにハンターを目指した。試験の勉強をするために村の人から支援が必要だったので、村を豊かにするという名目でハンターになるために勉強を始めた。

 

ハンターだった両親は、私に狩りのことを全く教えてくれなかった。

両親からはハンターにはなるなと教えられていたし、私もそのつもりだったから一度も疑問に思うことはなかった。

しかし、いざ狩りのことを知ると私は飲み込みが早い。体技は生まれる前から体に染み込んでいたように上達した。

 

砂上船に乗って街へ出た時、私と歳の近い男の子と知り合った。彼も私と同じで、天廻龍の襲撃で故郷を失っていたけれど、彼の言葉はひどく真っ直ぐで、擦れていなかった。

私はそんな彼を愚鈍だと思って軽蔑していたが、一緒に狩りに出ると想像していたより強かった。

彼の境遇が甘かったとは言わないけれど、私に比べれば大した苦しみはなかったと思う。

なんとなく生きて日没を浪費している彼と、何か大きな使命に向かっている私は正反対の人間だ。

それでも彼は根気強く私に話しかけてくるから、面白がって狩りに同行させていた。

そう。私の方が強かったから、取り分を分けてやることも仕方ないし、彼の上達を見るのも悪くなかった。途中、私は彼を突き放したけど、彼はその度に強くなって私に着いてきた。

 

狩りを続けてどのくらい経っただろうか。私は本当に強かった。飛竜とすら戦えるようになっていた私は、彼の力がもう随分私と近くなっていることに気づいた。

普通は見下していた存在が近づいてくると、焦りや嫉妬を抱く筈だけれど、毎日彼の言葉を聞いて、その心の形に触れていたからか、不思議と悪い気はしなかった。

そればかりか、成長する彼が途中で折れてしまわないように密かに彼に贈り物をする決心をつけていた。私みたいなつまらない人間にしつこく付き纏ってくる彼はどこか興味深い人間だから、すぐに死なれてもらっては困る。

とにかく、私は繊細で、彼は鈍かった。だから私は彼の道を照らしてあげようと思った。

 

天廻龍討伐の依頼が来た日には、あの日のようにポロポロと泣いた。

出発のタイミングは彼に知らせず、万が一のことがあっても少しでも彼の心が傷まないようにと彼のことばかりを考えていた。

彼はよく出来た青年だった。私とは違う。

私は私のことを認めてあげられなかったけど、彼のことは認めていた。だから、私は一人で戦うことを選んだ。もし私がこの世から居なくなったとしても、彼が残るならそれで十分だからだ。

彼には私が居なくなった後もこの世界で生きてほしい。この世界は人の苦しみに鈍感で、力のない少女を傷つけることすら躊躇しない。

それでも、彼は凄腕のハンターではなく、私のことを真っ直ぐに受け止めてくれた。彼は本当の私を知らないかもしれないが、それでもそれだけで愛するに事足りる。

 

「君の特別になれるんだったら、これも良いよね」

 

彼には何も言わずにマイハウスを出た私は、草の広がる星空の下で眠った。

土は少し暖かく、彼と狩りに行った初々しい春先のことを思い出す。

 

私は今も夢の中で溺れている。

覚えているかな。まだぎこちなかった私達は、ギクシャクしたままで戦った。

華奢な体に危険が詰め込まれたイャンガルルガを見て、貴方は私みたいだと言った。それを聞いた私が少し怒って、貴方に指示を出すのをやめたら狩りの最中に私を見ていた貴方が黒狼鳥の攻撃を受けそうになって――

――それを見た私が叫んで、貴方が避けた直後に黒狼鳥の尾の先から毒液が滲み出た。

 

大切なものを失わなくてよかった。あの日の事件が未だに私を追い続けている。一先ずは逃げ切ったと安堵した。

明晰夢というやつだろうか。寝ていると分かっているのに夢が覚めない。

 

「君は待っててよ。私一人でやってくるから」

 

夢の中の彼に告げるように自分に言い聞かせた。

これは私が見ている夢だから、夢の中の彼は私の知っている彼だ。今に彼の真っ直ぐで無垢な言葉が返ってくる。

 

「分かった」

 

その一言を聞いただけで、もう何が起きても悔いなんて残らないと思った。私の中の彼がそういうのだから、きっと彼は許してくれると思った。

それと同時に、もうすっかり私の世界に彼が入り込んでいることを感じた。

しかし、彼の言葉には続きがあった。

 

「俺は君を信じ――」

 

彼はそこで、何かがつっかえたように喋るのをやめて、浅く細い呼吸をしながら私の顔を見た。

ああ、これはきっと私の知らない彼だ。

涙の膜で瞳が歪んで、絞り出すように声を出している。こんな彼は見たことがない。

 

「興味が...ないんだろ?」

 

呆然とした。彼はらしくもない回りくどい言い回しで私に何かを伝えようとしている。

今になって気付く。彼が私に反抗するような物言いをしたのは初めてのことだった。

私は少し傷ついた。彼にも私の意思より優先したい何かがあるなんて、当たり前のことだけど。

微かな赤い光が差し込む窓辺で、彼は言いにくそうに空を見て、彗星を目で追っていた。

私から逃げるように目を合わせてくれない。

彼の呼吸が早まっている。

 

質問.....されたんだっけ。私の記憶も朧げだ。

何から逃げていたんだろう。狭い明日だろうか。

彼の顔を見て、質問を思い出すと私の頭の中に光速で考えが巡った。バルファルクよりも速く。

それから、彼を責め立てるように口が動いた。

私を一番に想ってくれていると信じていたのに、今更口答えするなんてひどいと思った。

 

「アハハ...私が君に嘘をついたことがあった?」

 

嘘の笑いをして、彼の顔色を窺う。今日の彼は私に流されないで、真剣な顔で私のことを見ていた。私の知らない彼を怖いとすら思った。

それでも私の口は止まらなかった。私のことを嫌う村の人を騙してハンターになったんだ。綺麗な嘘をついて納得してもらうことは得意だ。

 

「確かに天廻龍に復讐することには興味がないけど...でもこれは仕事だよ。

私がやらなきゃ、他の人がやることになる。

君も私も、天廻龍に故郷をやられてる。

2回も大切なものを奪われたりでもしたら、正気でなんて生きていけないよ」

 

喋りながら新しい嘘を考えているうちに、つい本当のことを言ってしまった。熱い感情が私の心の底を漂う。これは夢だ。

必死に取り繕わなくてもいいはずだ。

それなのに、まるで本当の彼みたいだ。

彼は私の言葉を聴いてから、いきなりヒートアップして大きな声を出した。人と話すときに大声を出さないのが彼の好きなところだ。そんな彼が、私が肩をすくめるくらいに、何かを私に伝えようとしている。私は彼に対する反感よりも、そこまでして何かを伝えようとする彼の気持ちに応えないといけないと思った。

だから真剣に耳を傾けた。散々罵倒で汚された耳を、彼の言葉で満たしたかった。

 

「もし天廻龍との戦いで君が死んだりでもしたら、俺は何のために生きていけばいい?」

 

 

言っていることの意味を理解する前に、私の目から涙が溢れた。

 

「他の全てより大事な君を失って、正気でなんて生きていけるはずがない!」

 

声にならない声とは、こういう声のことを言うんだろう。叫ぶことに慣れていない彼は、おかしな声で吠えて、乱れた呼吸を元に戻すことすら忘れて私の目を見た。その瞬間、私は彼がずっと逃げていたものと向き合ったんだと心で感じた。

そして、彼が何から逃げていたのか、彼の口から直接言われなくても分かった。

 

私も向き合わないといけないな。

 

「今日の君、なんだかおかしいよ」

 

笑顔を作る必要はなかった。私は空っぽだけど、空白がないくらい満たされていた。

虚ろな人生に終わりが近づいて、無意味になろうとしていた時に最後に神様が意味をプレゼントしてくれたと思った。

 

「俺は...俺は縁起でもないことを――」

 

彼は本当に私のことを愛してくれていた。

ああきっと、彼が私の意志を曲げてでも守りたかったもの、それは私自身だったんだ。

彼の愛に応えたいという欲望が膨れ上がる一方で、私の理性は彼を生かせと言っている。

明日自分が死んで添い遂げられないとしても、これからの幸せが保証されないとしても、それでも生きていてほしいと思う気持ちが今なら分かる。

まずは純粋を伝えるために、不器用に時間を這って逢いにきてくれた彼に気持ちを返したい。

 

「謝らないで。私、嬉しいよ。君はそんな風に想ってくれてたんだね」

 

彼は泣き崩れながら頷いて、私への想いに溺れるように縋りついてきた。当然だ。

私の世界の中に彼がいるように、彼の世界の中にも私がいる。それを失った者の深い悲しみは人の心では受け止められない。

私は答え合わせをするように彼に明日のことを訊ねる。

 

「...ねぇ、私、これから死ぬんでしょ?」

 

 

 

 

「どうしてそれを...」

 

そっか。死ぬんだ。

 

「今日の君、ずっとそんな目をしてる。ずっと一緒に居るから考えてることくらい分かるよ」

 

死ぬことなんて大したことじゃない。

明日が約束されていた頃より私は幸せだ。

 

「それなら...それなら行かないで」

 

彼が私に向かって手を伸ばす。彼の存在が透けて消えていく。死ぬことを受け入れたつもりなのに別れを意識すると感情が爆発した。

どうしても今の気持ちを伝え切りたい。

この気持ちを伝えられないなら、全部無駄だ。

 

「残念だけど、それは出来ないよ。

私は天廻龍から皆を守らないといけないから。

本当はすごく怖いけど、後悔はないよ。最後にこうして君と話すことが出来るから。

皆は私のこと、可哀想だとか不幸者だって思ってるけど私は自分のことを不幸なんて思わない。

...それはね、君がいたからなんだよ!」

 

去り際の彼に、詰め込むように話す。

この夢はもうじき冷める。彼も私に何かを伝えたくて必死だ。鼓動が重なる。もう想いを音に変えなくてもいい、それでも彼が伝えようとするなら、私は全てを聞かないといけない。

 

「待って...待ってくれ。まだ話したいことがある。俺は君が...君のことが――」

 

もう瞼が開く。その隙間から初陽が差し込む。

でも、その私は確かに聞いた。

彼が私に贈る、時間切れの意思表示を。

 

 

「好きだ!」

 

 

目を覚ますと、広大な草原が広がっていた。

草の輪郭が光で包まれて、強く伸び切った生命力が輝いていた。

紫の空と白い月。寝癖を朝が包み込む。

絞蛇竜の防具に感情を詰め込む。敵は古龍、この自然を司る神様で私から全てを奪った怪物だ。

そしてシャガルマガラに殺されて、今日、私は消えてなくなる。

こんなどうしようもない私も、人生を走り切ることができた。そう言い切るには、最後の仕上げが足りなかった。朝食のこんがり肉にマンシェットを乗せる。

 

「私も君が...君が好きだよ!」



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