グラン・マッスルー・フィジカリー (こたえをもたぬ)
しおりを挟む

始原の竜は叫ばない

 

空の青さを見つめていると

見知らぬ彼方へ帰りたくなる。

空の青さに吸われた心は

遥か彼方に吹き散らされる。

果てだ。ここは空の果てだ。

遂にたどり着いた。

我が子よ。

星の島、イスタルシアで待つ。

 

 ああうっぜー。

 何度読んでもイライラする。

 幼少期から今日にかけて絶賛蒸発中の父から届いた手紙には、これまた一方的に『どこそこにいるから来い』的な内容が書かれていた。当の本人は感慨深げに詩的な文章を恥ずかしげもなく綴っているが、ぶっちゃけイタいです。こっちが恥ずかしいです。ほんとやめてください。

 とはいえ件の父親だが、まあ、消えてしまったのには何かしらの事情があるのだろう。が、万が一にも他所で作った子供の面倒を見るために俺を捨てたとかだったら、マジで殺す。

 しかし……。

 ……うーん。

 ……よし、決めた。

 俺、アイツをぶん殴りに行くことに決めた! 一度殴り飛ばさないとやってらんねぇってもんよ! 思い立ったが吉日。いまから行くぜい! YAH YAH YAH!

 うっし。そうと決まれば所信表明だ。

 落ちている石ころを拾い、読んでいた父からの手紙で包む。紙で覆われた石はおよそボール状になり、ここから更に湿った土でコーティング。手紙が石にくっつくよう、石が壊れない程度ににぎにぎして圧をかける。途中で土は剥がれ落ちるだろうけど、気にすることはない。

 俺は出来上がった土塊を、投げた。

 おもいっきり。

 躊躇いなく。

 ありったけの力で。

 全身全霊をもって、ぶん投げた。

 土をポロポロと落としながらも、ソレは飛ぶ。空の果てに届くようにと願いを込めて。いまから親父を殴りに行くぞと、俺の想いを乗せて──

 

 ズドンッ!!

 

 ──そう、祈りを込めて。

 

 ドカーンッ!!

 

 ……。

 ……。

 ……。

 ……すぅー……。

 ……え?

 なにゆえ戦艦が、こんな片田舎の辺境に?

 それも俺が放った土塊の射線上にいるの?

 あー……高度がどんどん低く……。というか、火の手上がってるし。ウケる。

 いやウケてる場合じゃない! 女の子が戦艦からッ!? 火事とはいえ高高度から外に飛び出るなんて、俺やビィなら大丈夫だけど華奢な女の子には無理だって!

 うおぉぉおおーーーッ!!

 間に合えぇぇええーーーッ!!

 

「おーい、グランー! なんか戦艦が燃えてるぜぇ! ……ってどこ行くんだよぉ!?」

 

 うっすらと聞こえてきた相棒──ビィの声は、ドドドッ、という足音にかき消された。

 俺はソニックブームを引き起こしながら、少女のもとへと駆けるのだった。

 

 

 

Now Loading...

 

 

 

 土埃を巻き上げながら少女が落ちたと思しき方角へと直進した俺は、なんら気にすることなく木々を薙ぎ倒し森へと突撃した。

 しかし、ふと思った。このまま激走していたら、ぶつかった衝撃で助けるべき相手をキルしてしまうかもしれない、と。

 俺は足を止めた。

 ぶっちゃけ途中から、「あ、これ間に合わねーや」って確信してたんだ。まあ最善は尽くしたつもりだ。運が悪かった。いやむしろ、高高度から落ちても無事でいられるように筋トレしていなかった方が悪い!

 いやでも、偶然とはいえこの手で撃墜してしまったかもしれない戦艦から死者が出るとなると、ちょっとなあ。あれが盗賊団の空艇とかだったらいいんだけど……。

 なんて、そんなことを考えていると、

 

「あ、あのー……」

 

 急に背後から声をかけられ、俺は裏拳を繰り出しつつ即座に振り返る。

 何奴ッ!? この俺が不覚を取るとはッ!?

 まったく気配を感じなかったわけではない。それは、言うなれば小動物のような気配だったのだ。リスのような、ウサギのような、ネコのような。だから、声を掛けられるとは思ってもみなかった。まさかニンゲンだったとは。

 己が肉体を極限まで鍛え切ってから久しく感じなかった緊張からか、容赦なく振り抜いた拳は、背後の『対象X』の顔面を捉える直前でビタリと止まった。否、止めた。

 そこにいたのは、少女だった。

 (すす)を被った蒼い髪の、所々が泥で汚れた白いワンピースを着た、戦艦から落ちたはずの少女だった。

 拳圧でぶわりと舞ったその髪が、ふわりと在るべき場所へと落ち着いた頃、少女は白目を剥いて気絶していた。そして体を支える筋肉の制御ができなくなったらしく、その場に倒れた。

 ……ふむ。気絶した程度で倒れてしまうとは、筋トレが足りてないぞ。肌も異様に白いし、体も細い。ウエストなんて、信じられないかもしれないが俺の手首より少し太いぐらいだぞ。こんなんで大丈夫なのか? 

 申し訳ないと思いながらも触診し、死んでいないことを確認していると、

 

「お、おいッ! 機密の少女がいたぞーッ!」

「化け物に襲われているッ! 至急増援をッ!」

 

 なにやら鎧を纏った兵士たちに囲まれていた。

 やれやれ、またしても小動物の気配と混同してしまうとは。俺の勘、少し鈍っているのかもしれないな。

 

「ば、化け物め! その少女から離れろッ!」

「くっ……こんな人型の化け物見たことないぞ。どこから攻める……ッ!?」

 

 兵士たちは俺を睨みつけ、言った。

 あれ、ひょっとして化け物って……俺?

 いやあ、たしかに身長も三メートル近いし肩幅もエグいし村の建物は壊れるとか言われて出禁になったし自分の家もサイズが小さくなっていまは野宿してるしまともに着られる服がないから半裸だし着れたとしてもすぐ破れちゃうから結局半裸だし、ドラフと間違えられる異端のヒューマンだけどさあ……。初対面で化け物呼ばわりって酷くない? こんなでも、一応ニンゲンだぞ?

 俺は努めて笑顔で告げた。

 

「ぶん殴るぞっ☆」

「う、うわぁぁああッ!? 喋ったぁぁああッ!?」

「知性を持った魔物だ、手強いぞッ!!」

 

 ちっ、最近の若者は礼節ってものを知らんのか。

 ゆっくりと立ち上がり、兵士たちを見下ろして、一歩一歩恐怖を味わわせるように距離を詰める。俺が進むと兵士たちは後退し、また進むと兵士たちも後退する。

 やれやれと、心内でため息がこぼれた。

 一丁前の装備を身に付けておきながら構えた武器はプルプルと震え、膝も笑っている。こんなでは、到底力なんて入らないだろう。命のやり取りをする心構えもなさそうだ。

 話にならん。雑魚を甚振(いたぶ)る趣味もなし。

 俺は踵を返して少女のもとに戻った。

 すると、

 

「おい、グラン。やっと追いついたぜ」

 

 戦艦を撃墜し焦っていたタイミングで俺に声を掛け、構う暇なく置き去りにしてしまった大切な相棒──ビィがやって来た。

 

「うわぁぁああーーーッ!! こっちにも化け物だぁぁああーーーッ!!」

「て、撤退ッ! 撤退だぁぁああーーーッ!!」

 

 兵士たちはビィの姿を見ると、一目散に逃げ去った。剣も槍も盾も捨てて。

 

「オイラは化け物じゃねぇ! ドラゴンだい!」

「ははっ。やっぱりビィ、ドラゴンには見えないって」

 

 ビィは、既にこの場にいない兵士たちに向けて怒鳴り散らした。彼にはドラゴンとして見られたい願望があるらしいが、多分この先、叶うことはないと思う。

 なんて、我が相棒の叶わぬ夢に心の中で合掌していると、ニンゲンとして判別できるそこそこ手練れの気配を感知した。……ふむ。まあ、村に住む多才な婆さんには劣るな。

 数秒後、長いブロンドヘアーを揺らし、息を切らせた騎士然とした女性が姿を現した。白銀の甲冑を着込み、青色が映えるマントが特徴的なひとだった。

 女騎士は俺とビィと、俺たち二人──正確には一人と一匹──の間に横たわる蒼髪の少女を瞠目すると、即座に腰に提げていた得物を抜剣した。そして気迫籠った眼力と声色で、叫ぶ。

 

「ルリアから離れろッ! 化け物めッ!!」

 

 やれやれ。そのノリ、さっきやりましたよ。

 しかしまあ、無理もない。

 ビィのやつ、俺と同じぐらいの身長だからなー……。加えてモリモリと隆起した筋肉を身に付ける八頭身のゴリマッチョのくせにやたらとくりくりキラキラしたガラス玉のように澄んだ目が異彩を放つ丸顔だし、この雑コラしたかのような筆舌しがたいアンバランスさも、化け物加減を助長している気がする。

 俺と同じく筋肉みっしりのぶっとい手足はさておいて、これまたぶっとい尻尾を装備している点においてのみ、彼をドラゴンと判別できなくもない……気はするけどね。まあ、どう見たって人型な上にわけもなく二足歩行している時点でこれっぽっちもドラゴンには見えないけど!

 俺は場を和ませるつもりで冗談めかして、ビィの肩を叩いた。

 

「ははっ! ビィ、お前やっぱり化け物に見えるんだよ。諦めろ」

「こ、この化け物……知性があるのかッ!」

「化け物って俺のことかよッ!?」

 

 くそぅ、オイラは化け物じゃねぇ!

 

「ぎゃはは! グラン、お前化け物だってさ!」

「こ、こっちの化け物も喋った!?」

「だからオイラは化け物じゃねぇ!」

 

 女騎士は俺たちの発言に一瞬だけ二の足を踏むも、先の雑魚兵士とは違い勇んでみせた。

 その目からは恐怖の色が抜け落ち、苛烈な激情が溢れだす。

 しかしその意志は、どこか狂気を感じさせた。少女を、その身に代えても守ろうという、歪んだ信念。

 まあ、悪くない。決死の覚悟で挑まねば、俺やビィには傷一つ付けることなどできまいて。

 余裕の態度を崩す気のない俺とビィを置き去りにし、女騎士の魔力が得物に収束していく。彼女を象徴する青の魔力は剣を覆い、剣の軌道に淡い尾を引いた。こちらを惑わすように細かく剣を動かし、手元の状態が魔力に紛れて判別できなくなる。そして彼女は間合いをコントロールするように自身の呼吸で、爆発的な速度をもって肉薄した。

 

「アイシクルネイルッ!!」

 

 女騎士の手元で漂っていた魔力が急速に棒状へと集約し、剣へと成った。淡く青白い光を発するいましがた形成された二本の魔力剣と手に持つ得物──計三本の剣は、迷うことなく切り伏せる対象目掛けて突き進む。

 どうやら狙いは俺らしく、全ての筋肉に力を入れた。

 踏ん張った拍子に地面がみしゃりともぐきゃりとも言えない音を立てながらひび割れる。魔力を細胞に注ぎ込み肉体を極限まで強化する魔法も使えないことはないが、おそらくは素受けで大丈夫。怪我したら、その時はその時だ。

 迫った二本の魔力剣は俺の腹筋へと突き刺さり、

 

 ぽふっ

 

 といった擬音よろしく消滅した。

 先の二撃とほぼ同じタイミングで、女騎士が握る得物も俺の腹筋へと刺さる。

 

 ちくっ

 

 といった感覚すら感じることなく、攻撃は終わったようだった。

 女騎士は目を白黒させ、視線を俺のかおと自分が握る剣との間で行ったり来たりさせている。そして所在なさげに剣を下ろし、

 

「……ん?」

 

 と声をもらしたのだった。

 どうやら俺は、攻撃ではなく肩透かしを食らったらしい。ビィ以外の攻撃を受けるなんて久しくなかったから、構えすぎてしまったようだ。

 力の限り踏み締めた足に押し潰され(しお)れてしまった小さな花が、ぼんやりとこちらを見つめている気がした。

 

 

 

Now Loading...

 

 

 

「グラン殿、ビィ殿……先程は大変失礼した。この度はルリアを守っていただき、なんとお礼を申せばいいのか」

 

 突如襲いかかってきた青マントの女騎士──カタリナ・アリゼさんは、恭しく俺とビィに頭を下げた。

 意識を取り戻した蒼い髪の少女──ルリアは、ビィの肩に乗っており「高い高いっ!」とはしゃいでいる。

 あの後──こんなことを言うのもなんだが──俺はニンゲンであることをどうにか説明し納得してもらい、誤解を解くことができた。ついでにお互いの自己紹介も済ませ、再度の謝罪を受け入れいまに至る。

 ルシアがはしゃいでいるので場が和んではいるが、俺は二人が置かれた状況が気になるので質問した。あの戦艦がどういった組織のモノでどうなったか──主に損壊具合──を知りたい、という狙いもあることは否定しない。

 

「……そうだな、まあ、簡潔に言うなら……私たちは追われている」

 

 追われている? さっきの兵士たちに?

 うーむ。どうにも話が見えない。

 蒼髪の少女を確保する、という意味では、カタリナさんとついさっきの兵士たちは同じ所属で同じ任務を遂行中だと推測できる。しかしカタリナさんはルリアを保護し、逃げようとしている……。

 

「あの、詳しく訊いても──」

「カタリナ中尉ィ!!」

 

 俺が二人の身の上を詳しく訊こうとしたその時、言葉のアクセントが独特な男の怒声が鼓膜を揺すった。

 すぐ隣にいたカタリナさんがその男を認識すると、「ポンメルン大尉……!」とつぶやいたので、その男はポンメルンという名前で、おそらくは彼女の上司だと判断できる。加えて説明するとアゴヒゲが長く、口許に向かってカールしているのが印象的だった。

 

「中尉ともあろう者が単独行動ですカ?」

「も、申し訳ありません。ただちに彼女の保護を」

 

 カタリナさんの頬に、汗が伝った。

 

「白々しいですネェ! 彼女を逃がしたのは貴女でしょうゥ? 先の爆発……弾薬庫を攻撃し戦艦を落とそうとしてまでその少女を攫おうとするとはァッ!!」

「ああいえ、ルリアをエルステ帝国の束縛から解放しようとはしましたが、先程の爆発には一切関与しておりません。偶然爆発が起きましたので、『おっいまがチャンスだ!』と思ってルリアを連れ出そうとしました、はい」

 

 至極真顔で、カタリナさんは口を動かしていた。

 えー……と。うん。

 つまり察するにあれだ、俺の投げた土塊が戦艦の弾薬庫に直撃し、爆発炎上。あの戦艦はエルステ帝国と呼ばれる組織のモノで、その帝国にて拘束されていたルリアを爆発のどさくさに紛れて脱出させたと。そんでもってそのまま逃走しようとしていた最中だったと。ついでに戦艦を落とそうとしてまで、という言葉のニュアンスから、戦艦が全損したわけではないと推測できる。

 なるほどなるほど。

 よし、聞かなかったことにしよう!

 弁償しろとか言われても無理だし、カタリナさんが冤罪をかけられるのはさっきルリアを助けたのでチャラってことでいいっすよね?

 さて、今日の晩御飯はどうするかな〜。

 

「偉大なるエルステ帝国に楯突こうだなんて、いい度胸ですネェ! 星晶獣を制御するために必要不可欠な機密の少女を逃がそうとした罪……どれだけ重いか貴女にはわかるはずですヨォ!?」

「くっ……!」

「さぁ機密の少女、こそこそ隠れてないで出てくるのが賢明な判断ですネェ! そこの木の後ろにいることはバレていますヨォ!」

 

 ポンメルンに言われ、俺の後ろに隠れていたルリアがかおを覗かせた。

 

「ルリア! グラン殿の後ろに隠れているんだ! ……すまないがグラン殿、いましばらくルリアを守ってくれはしないだろうか」

 

 厄介事に他者を巻き込むことを是としない、苦渋に満ちた表情だった。

 俺はカタリナさんに戦艦爆破の罪を被ってもらう立場なので、答えはひとつ。首肯して、ルリアを庇うようにポンメルンへと向き直った。

 

「そうか、かたじけない。……それと、図々しいことを承知の上で、もうひとつ聞いてほしい。もし私が動けなくなったなら、ルリアを別の島に逃してやってくれ。できれば、信頼できるひとのもとへ」

 

 まあ、支払い不可の弁償代金を立て替えてもらうようなものだ。……その願い、我が筋肉に誓って叶えて見せようぞ! 安心して逝くがよい!

 俺はフロントラットスプレッドのポーズで応えた。

 

「ふっ、頼もしい限りだ……ッ」

「カタリナ中尉ィ……先程からなに独り言を………………あえェ?」

 

 ポンメルンと、目が合った。

 ポンメルンは動かない。否、動けないに違いない。

 ふふ。さしずめ、鍛え抜かれた我が筋肉の美しさに魅了されていると言ったところか!

 

「ば、化け物ォォォ!? 者共、は、早くヒドラを出しなさいィィィ!!」

 

 俺は三度目の化け物呼ばわりを華麗に聞き流し、兵士たちが慌ただしく動き回る開けた場所に目をやった。

 そこに、紅蓮の鱗を身に纏い五つの首と一対の翼を携えた、いかにもドラゴン然とした魔物が飛び出してきた。もちろん四足歩行だ。口から漏れ出る炎もまた、ドラゴンっぽさを醸し出すいいスパイスになっていた。

 無言で首を回転させビィへとかおを向けると、感情の欠落した表情でビンタされ、かおが元の位置に戻り再びヒドラが視界に収まる。相変わらずですビィのビンタは効くぜ!

 

「ヒドラァ! カタリナ中尉もろとも、化け物を焼き払いなさイィ!」

 

 獣が放つ特有の咆哮が大気を振動させた。

 兵士たちはヒドラの後方に陣取り、こちらにけしかける気まんまん。しかし、その咆哮にビビってる様子。

 ポンメルンは流石と言うべきか、指揮官らしくほくそ笑んでいる。

 カタリナさんは目をつぶり、一瞬で呼吸を整え抜剣した。俺に挑んだ時と同じく、気迫の籠った瞳が妖しく輝いていた。

 ルリアは自分のために死地に飛び込もうとするカタリナさんを見て、ワンピースの裾をぎゅっと握っている。カタリナさんとは違い、心配そうな色をした瞳だ。

 ビィは「全世界のドラゴンを殲滅すれば、オイラが唯一無二のドラゴンだぜぇ」とヒドラに殺気を放つ。

 各々が動きを見せる中、かくいう俺は物思いに耽っていた。

 これからカタリナさんは、帝国に囚われていたルリアを逃がすためにヒドラや兵士たちと戦う。もし負けたら、俺はルリアをこの島──ザンクティンゼル──から逃がし、信頼できるひとに預ける。……と、そんな約束をした。

 しかし、だ。俺は生まれてこのかた島を出たことがなかったりする。つまり、他所に知り合いなどいない。先程は話の流れで安請け合いしたものの、ぶっちゃけ約束を守れそうにない。

 さて、仮に約束を守れないとすると、随分と後味の悪い結末が予想できる。

 カタリナさん死亡。

 罪を被ってもらったのにルリアの安全を保証できない。

 カタリナさんに申し訳が立たない。

 今後の人生カタリナさんとルリアのことを脳裏によぎらせながら生活しなくてはならない。

 

 ……そんなのゴメンだぜぇッ!!

 

 俺は後ろに控えるルリアを吹き飛ばさないように調整しつつ、可能な限り全力でヒドラの懐に潜り込んだ。

 ビィだけが反応し、「オイラに()らせろよぉ!」と声が聞こえた。

 が、今は無視。

 ヒドラを破壊しこの場にいる全ての兵士たちの士気をへし折り、カタリナさんとルリアを逃がし、なにより戦艦爆破の罪を快く被ってもらうため、俺は全身の筋肉に力を入れた。

 ミシミシと音を立て細胞が膨張する。

 履いていたズボンが弾け飛ぶ。

 装備が漆黒のブーメランパンツのみになるが、問題ない。むしろ、解放感に伴う気分の高揚により俺の攻撃力は格段に増す!

 膝を曲げ体を折り、右手に有らん限りの力を込める。

 俺はアッパーカットの要領で拳を打ち出すと共に、曲げていた膝を伸ばし跳躍した。

 拳は、いとも容易く鱗を砕く。

 臓器はスライムの如く柔らかく、一秒たりとも拳圧に耐えることなく爆散し、周囲一帯に紅い雨を降らせる。

 ヒドラは死に絶え兵士たちの士気も消え失せた。

 光速の打撃によるソニックブームの爆音だけが、いつまでも空を震撼させていたのだった。

 

 空の世界を胎動させたこの拳圧が、パンデモニウムを鳴動させやさぐれ天司を解き放ち、理外の龍たちを目覚めさせ、不運にも渾身の一撃のちょうど直上に白く輝いていた月を破壊しとある施設が大損害を(こうむ)ったことなどは……また別の御話。

 

 これは、筋肉を鍛えすぎただけのヒューマン(圧倒的特異点)が父親を殴り飛ばすために空の果てを目指す、(けん)と魔法──のような物理技──の本格ファンタジーである!

 




書きたい小説の筆がまったく進まなくなってしまったので息抜きで書きました。
良さげな反応いただけましたら続けようかなあ、といった次第です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。