その後のクオリディア・コード (逢庭一八)
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序章――①朱雀壱弥と宇多良カナリア

 

 青空。

 

 どこまでも澄みわたり、うっすらとした雲を形成するのみに留まった蒼穹はいつの時代も変わり映えなどしない。

 

 時の流れがひどく緩やかなのは雲のおとした影の動きでみてとれる。

 

 遠方でくぁくぁと喉を鳴らす海鳥の群れ。

 

 最近、よくみるようになった。

 

 これこそがこの世界の本当の姿なのかと細めた目を見開けば、全身に浴びる陽光と共になんだかよくわからない感情が流れて込んでくるような気がした。

 

 

 朱雀壱弥は腕を組んだままかぶりを振って益体のない思考を振り払った。

 

 そうして深呼吸をするように深く瞳を閉じると、今度はぱたぱたとした足音が耳朶を打つ。

 

 このとき朱雀は、霞のいうとおりだなと思った。

 

 目に見えているものがすべてではない。思い出すのも癪な出来事ではあったが、目を閉じた事ではっきりとこちらへ迫る足音の主が誰かがわかった。

 

 

「い、いっちゃあん。ゴメンね、遅くなっちゃって」

 

 

 宇多良カナリアである。

 

 カナリアはその金糸のごときブロンドを振り乱して走ってくる。

 

 額に張り付いた前髪がいかに急いだかをみてとれる。

 

 両手に持った大荷物がその証左なのだろう。

 

 

 朱雀はなにも言わずに手を差し出した。もってやるの意である。

 

 それは朱雀の不器用なやさしさだった。

 

 カナリアはいかにも嬉しそうに破顔して、手を差し伸ばす。

 

 それからはっとしたような顔をして、慌てて伸ばした手を引っ込めては制服のスカートへ数度こすりつけてから再びその手を伸ばす。

 

 ハンドシェイク。

 

 見事な握手である。

 

 

 カナリアはえへへ、と笑った。

 

 朱雀は躊躇なく振り払った。

 

 

「ええっ!?」

 

「お前の頭はどうなっているんだ。なぜこの状況で手をつなぐ」

 

 

 カナリアはわざわざ両手の荷物をもう片方の腕で無理やり抱きかかえて朱雀と手を重ねたというのにこのいいよう。

 

 なお、そのうちの一つであるフラワーアレンジメントは形をぎりぎり保っている。

 

 

「だってだって」

 

「花とバッグをよこせ。まったく。凛堂の見舞いの品なら途中で買えばよかっただろう」

 

 

 朱雀は言うも面倒とばかりに花束と衣類が入っているらしきトートバッグを奪うと足早に歩を進めた。

 

 その顔は真っ赤である。

 

 実のところ、朱雀はかなり不機嫌だったのだが一転していまは上機嫌だ。

 

 男女が気安く手など繋ぐものではないんだ、などと考えている。

 

 自身を気難しいと思っているわりに単純なのが朱雀のいいところだった。

 

 

 カナリアは両手に果物の入った袋を持ち替えて小走りに朱雀へと並んだ。

 

 

「えへへ」

 

「気持ちの悪い笑い方をするな。なんだ」

 

「お姉ちゃんはね、いっちゃんが優しいからうれしいのです」

 

「そのお姉ちゃんというのはいい加減やめろ。言い飽きたが同い年だ」

 

「むぅ・・・・・・あとちょっといっちゃんがお寝坊さんだったらきっとかわいいいっちゃんのままだったのに」

 

「知らない話だ。だいたい子どもの頃から変わらないほうがどうかしているだろうが」

 

「そうかな? ひぃちゃんは昔から変わってないって前にほたるさんいってたよ?」

 

「天河?」

 

「うん。ひぃちゃん」

 

「天河のことなどどうでもいいが。その妙な呼称だけは同情する」

 

 

 横断歩道へ差し掛かったところで間が悪く信号が青から赤へと変わり、朱雀は足を止めた。

 

 車どころか人通りさえまるでない。

 

 戦闘の影響か、ひん曲がった信号機は最後の力を振り絞るように明滅しつつ、かろうじて赤を主張している。

 

 

「そーお? かわいいよひぃちゃん。かわいいよね? ひぃちゃんだってやだっていわなかったよ?」

 

「それは天河がなにも考えていないだけだ」

 

 

 朱雀は断言した。

 

 そもそも自分のあだ名とさえ認識してない可能性すらある。アホだからなと。

 

 信号の色はまだ変わらない。

 

 

「ほ、ほたるさんだってダメだって言わなかったもん」

 

「凛堂か。あいつならば子どもの頃から変わっていないと聞いても納得するのだがな」

 

「えっ。いっちゃん、ほたるさんと子どもの頃に逢った事あるの?」

 

「そういう意味じゃない。今を知った分、そうでない凛堂というのが想像できないだけだ」

 

「失礼だよいっちゃん。もしかしたらひぃちゃんそっくりな無邪気な子だったかもしれないよっ」

 

 

 天河舞姫とそっくりな言動をするほたるを想像して、朱雀はうっと唸った。

 

 これから見舞いにいくというのに余計なイメージを吹き込むなとカナリアを睨んだ。

 

 

「・・・・・・そんなわけはないだろう。そんな凛堂はみたくもない。そもそもカナリア」

 

「? なあに、いっちゃん」

 

 

 信号機が主張を青へと変える。

 

 

 

「どうしてお前、凛堂だけ『さん付け』なんだ」

 

「えっ」

 

 

 カナリアが機能停止した。

 

 同時に信号機も機能停止した。力尽きたようである。

 

 

 朱雀はそれをみて嘆息すると左右を二度確認してからところどころにひび割れのあるアスファルトを横断した。 

 

 カナリアは慌ててそれに倣うが、困ったとばかりに口をひん曲げている。

 

 

 本人は甚だ不本意だったが、カナリアからの朱雀への呼び方は『いっちゃん』。

 

 舞姫は『ひぃちゃん』。

 

 千葉都市の千種明日葉を『あすちゃん』と呼んでいる。

 

 それから最後に同都市の千種霞の事を思い浮かべて、朱雀は大きな舌打ちをした。

 

 

「え、え~とぉ・・・・・・あははは・・・・・・」

 

 

 顔全部で困っている様子を表現するカナリア。見事な弧を描いた困り眉である。

 

 朱雀はそれを一瞥して直球を放った。

 

 

「凛堂が苦手なのか」

 

「ち、ちちちがうよう。苦手とかそういうんじゃなくて・・・・・・」

 

「嫌いなのか」

 

「ち―が―い―ま―すう――! もう、意地悪いわないのいっちゃん。お姉ちゃん怒りますよ。プンプン」

 

「なにがプンプンだ、あざといんだよバカ」

 

「あっ! バカっていったあ! 悪いんだ~いっちゃん!」

 

 

 ほどなく目的の病院へとたどり着き、フロアロビーを通り過ぎて階上へのエレベーターのボタンを押下したあたりでカナリアがおずおずと口を開いた。

 

 

「いっちゃんは感じたことない? なんだかほたるさん――ほたるちゃんってお姉さんな気がするの」

 

「なぜ言い直した」

 

「いいの! これからほたるちゃんって呼ぶから。仲間はずれはしないもん」

 

 

 嫌な仲間だなといわなかったのは朱雀のやさしさである。

 

 エレベーターへはカナリアが先に乗り込み、ついで朱雀。

 

 カナリアが乗り込むまで扉のストッパーを無言で抑えているあたり、実に紳士だった。

 

 

「ほたるちゃんってさ」

 

「今の言い方、少し天河に似ているな」

 

 

 目的の階上へ。

 

 出るときもまた朱雀は同じ動作を繰り返す。紳士である。

 

 

「えっ、ホント。ってそうじゃなくて! ほたるちゃんって同い年に思えないっていうか・・・・・・すごく落ち着いてるし、おねえちゃんぽさがあるっていうか。だから自然とさん付けしてたのかな。ほたるちゃん、いくつなんだろうね?」

 

「いや、興味がないからわからん」

 

「ちょっと――! もう、いっちゃん!」

 

 

 朱雀は残念な紳士だった。

 

 カナリアがあーだこーだというのを静かに鼻先へ指を当てて黙らせた。

 

 病院では静かに。

 

 朱雀は無意識にカナリアの鼻へ触れたのだが、されたカナリアは真っ赤である。

 

 

 凛堂ほたると表札のかかった病室のドアを控えめにノックした。

 

 

 



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序章――②凛堂ほたると天河舞姫

――世界を救った経験があるか?

 

 

そんな問いかけを受ければ、ほとんどの人間は答えに窮することだろう。

 

あるわけがないと。

 

或いは何を言っているのかと奇異な目でみられるかもしれない。

 

 

それは彼女、凛堂ほたるとて変わらない。

 

 

「ヒメ」

 

 

ほたるが世界を救った少女の愛称を呼ぶと、はたして少女はくりくりとした愛らしいルベライトの瞳をほたるへ向けた。

 

 

「う? なあに、ほたるちゃん」

 

 

応えるのはきょとん、という感情が大半。そして気のせいでなければ呼ばれてはしゃぐような嬉々とした感情が少しだろうか。

 

 

「少し、くすぐったい」

 

 

「あはっ、そっかあ! ごめんねえ」

 

 

ほたるがそう告げると、少女――天河舞姫は破顔してしきりに撫でていたほたるの左腕から名残惜しそうに指を離した。

 

 

「ううーん。むむーん。ねえ、ほたるちゃん?」

 

 

こてり、とうつ伏せにほたるのベッドへと半身を伸ばす舞姫。指先が所在なさげにぴろぴろと動いている。

 

 

「なに、ヒメ」

 

 

「なにかしてほしいこと、ない?」

 

 

今度はほたるがきょとんとする番だった。

 

ただしそれは舞姫が意外な言葉を発したからなどではなく、これまで――いや、本日にして都合八度目にもなる問いかけだったからだ。

 

 

カチリカチリと秒針があるような時計ももはや旧時代の代物で、ここはただひたすらに静謐な空間だ。

 

白く塗られた僅かに凹凸のある壁面は小さくパーテションされて個室を形成している。

 

およそほとんどの人間が想像する範疇から出ることのないだろう病室そのままの造り。

 

ほたるが病衣で横たわるベッドは半身を起こした状態で固定してある。

 

傍に置かれた丸椅子は四つで、そのうちの一つに舞姫が腰掛けていた。

 

 

舞姫が撫でていたほたるの左腕、そして右腕はいまや何重にも巻かれた厚みのある包帯で覆われていて、実際にはほたるにくすぐったいと言えるほどの感覚がない。ただひたすらにじんわりと熱をもっている事だけがわかる程度だった。

 

つまり感想としては正しく『熱い』なのだが、それも舞姫の様子をみていると『くすぐったい』に変化してしまうのだから人心とは奇妙なものだとほたるは思った。

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

ほたるも八度目になる返答をする。

 

口の端で微笑んだのをみてか、鏡合わせのようにえへーと笑う舞姫。

 

 

何度もしているはずなのに飽くることのないやりとりをして、穏やかな時間が流れてゆく。

 

開け放たれた窓に備え付けのカーテンが緩やかに波打てば、射し込む陽光に照らされた舞姫の白絹のような頭髪がベッドの上でキラキラと反射する。

 

その様はまるで宝石箱のようだった。

 

ところどころ跳ねているのが少しもったいないとほたるは思った。

 

できれば梳ってあげたい。

 

両腕は感覚がほとんどないだけで、実際動かすに支障はないのだが、一度それをしようとして舞姫が泣きそうな顔で飛びついてきたのでそれ以降は安静に横たえたままにしている。

 

 

舞姫がそろりそろりと手を伸ばして、いつの間にか再びほたるの左腕をとって撫でていた。

 

 

「傷、残らないといいなあ」

 

 

そんな事を言う。

 

ほたるはされるがまま、瞼を閉じた。

 

視界を遮れば或いは、と期待したものの熱を帯びただけの両腕からは残念ながら舞姫のぬくもりを感じることはできなかった。

 

瞬きをすれば優しい手つきで撫でる舞姫が心配そうに眉を顰めていた。

 

 

「そうだね」

 

 

もしも傷跡が残れば、この先ずっと舞姫は心を痛めることになるのだろうなとほたるは思った。

 

舞姫はこの見舞いに来る度に何度となく謝った。

 

私のせいで、とぼろぼろに泣いた事もあった。

 

 

――あのとき。

 

最後の戦い。

 

番人と呼ばれる大型の〈アンノウン〉との戦いは熾烈を極めた。

 

ほたるは舞姫とともにこれと相対したが、その強さに追い込まれて劣勢に陥った。

 

不意をつかれて宙空に跳ね飛ばされた舞姫を、ほたるが庇ったのだ。

 

ほたるのもつ〈世界〉はその視界にみえる全てのものを空間距離問わずに触れることができる。

 

それを利用した。

 

あの瞬間、隙だらけとなってしまった舞姫に向かった攻撃を全て視界にいれて、自分に向けた。

 

ほたるはそれを刀で全て捌くつもりだったが、結果として適わず両腕に痛烈なダメージを負う事になってしまったのである。

 

 

手当を試みた衛生科の医療班に状況を説明したときにはあまりにも大きな代償を支払ってしまったかもしれません、などと言われた。

 

千葉都市の千種霞からは名誉の負傷ですかね、と彼にしては心配そうな苦々しい面差しを向けられた。

 

ほたるはどちらも違うと思った。

 

 

「病室ってさ? なんでみんなおんなじようなお部屋ばっかりなのかなあ? ほたるちゃんが退屈しないようなつくりだったらよかったのに」

 

 

そわそわと落ち着きなく室内をみまわすヒメ。

 

ほたるははっとしたようにいつしか先日へ馳せていた思考の糸を切って言の葉を紡ぐ。

 

 

「病院というのはあえてそうしているんだっていう話だよ」

 

 

「ほえ? どして?」

 

 

「病院は怪我や病気のある人がくるところだからね。落ち着いて過ごせることが第一。そこに奇を衒えば安静からは程遠くなってしまう。だから人が一般的に想像する病院、想定する病室から決してかけ離れた造りにはしないんだ」

 

 

「あんせーにするために」

 

 

「そう、安静にするために。意識がない人が運ばれてきたとして目が覚めた時、ここは病院なのだとすぐわかった方が安心するでしょ?」

 

 

「あっ、そっかあ! 私も時々自分のお部屋でも朝起きたときにあれっ、ここどこってなるからわかるかも!」

 

 

「そうならない為の配慮だろうね」

 

 

「さっすがほたるちゃん。ものしりさん」

 

 

「物事はすべて観察から始まるからね」

 

 

ほたるが信条を口にすると、舞姫は瞳をきらきらと輝かせた。

 

 

「あっ。ねえねえほたるちゃん」

 

 

「なあに、ヒメ」

 

 

「じゃあさじゃあさ?」

 

 

「うん」

 

 

「私がいま何を考えてるかかわるかなあ?」

 

 

「え」

 

 

ほたるは実に珍しく答えに窮した。

 

視線の先の舞姫は上半身をベッドに預けたままほたるの腕をしきりに撫でている。

 

その様子はいかにも嬉しそうだ。

 

 

「そう、だね。これはクイズ?」

 

 

「くいず。うんっ、そだねそうかもそ――だった!」

 

 

わ―いとばかりに笑う舞姫に、ほたるはなぜだか顔を赤くした。

 

とてつもなく可愛かったからである。

 

 

舞姫はわくわくとした表情で口元をむにむにしている。自身を観察してどうみるのかを期待しているのだろう。

 

こうなってくると期待には応えてやりたい。

 

ほたるは舞姫の一番のわかり手と自負している。もっともそれは神奈川四天王と呼ばれる舞姫の親衛隊であれば恐らく全員がそうなのだが、とにかくほたるにとっては絶対にはずせないクイズになってしまった。

 

 

「…………」

 

 

物事はすべて観察から始まる。

 

ほたるはあらゆる事象を観察して最適解を導き出す。これまでもこれからもそこは変わらない。その沈着冷静な判断力を買われて神奈川次席まで登りつめたのだ。

 

ただし、哀しいかな。

 

ほたるの観察眼をもってしても――いや、ほたるの観察眼は人心にだけは適用されない。

 

ありていにいって、空気を読めないタイプだった。

 

舞姫をみつめる。

 

みつめられてえへーと柳眉を下げる舞姫。

 

よし。

 

かわいい。

 

さっぱりわからない。

 

だからといってここで舞姫をガッカリさせるという選択肢はほたるにはない。

 

 

「ヒメ」

 

 

だから。

 

 

「気にしないで、いいから」

 

 

ほたるは、ただ気持ちを伝える事にした。

 

感情の機微に疎くとも、舞姫がこの病室にいる間ずっと気にしているであろう事を。

 

舞姫の撫でていた左腕をわずかに持ち上げてその頬にちょん、と触れた。

 

 

「もしもね。私がこの傷を負わなければ、ヒメが負っていたかもしれない。私にとってそれはきっと死ぬよりも耐えがたいことかもしれない」

 

 

ひとつひとつ、言葉を選ぶように話したつもりだったが、ほたるは直後に言葉を間違えたと思った。

 

 

「死っ……!?」

 

 

舞姫がガタリと立ち上がる。

 

丸椅子が倒れて乾いた音が病院に響いた。

 

 

「ゴメンね、ヒメ。間違えた。しなない。ヒメを置いていったりはしない」

 

 

「ほんとう?」

 

 

「本当だよ」

 

 

勢いでベッドに乗り上げた泣きそうな舞姫の顔がほたるの眼前にまで迫っていた。

 

支えのパイプとスプリングがぎしりとたわんだ音を立てた。

 

 

ああ、なんて顔をするんだろう。

 

過ぎし日の記憶がよみがえる。

 

はるか遠い昔にした約束のときのように、舞姫は不安そうな眼差しを向けている。

 

だから、ほたるは。

 

 

「私がヒメにウソをついたことがある?」

 

 

あのときと同じ言葉をいう。

 

 

「…………ううん」

 

 

舞姫もまた、はっとしたように首を横に振って、眦に浮かべた涙の雫を散らせて笑った。

 

 

それは太陽のような笑顔だ。

 

みるもの全ての心を暖かなものに変えてしまうとびきりの笑顔だ。

 

だから、ほたるは思う。

 

大きな代償なんかじゃない。

 

名誉の負傷などでもない。

 

 

この傷に名前をつけるなら、それは――。

 

 

「……勲章だよ」

 

 

「ほたる、ちゃん……?」

 

 

つぶやいたほたるを不思議そうにみる舞姫。

 

 

「ヒメ……」

 

 

穏やかな時間。

 

そっと、前髪と前髪が触れ合う。

 

そして。

 

 

コンコンコン。

 

 

控えめなノックの音が室内に響いた。

 

瞬間、おでことおでこをごっつんこと盛大にぶつけたほたると舞姫は跳ねるように距離をとった。

 

 



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序章――③千種霞と千種明日葉

 こと身支度の速さという点において、兄に勝る妹などいない。

 

 少なくとも千種霞はそう思っていた。

 

 経験則で。

 

 いざお出かけという際の妹の準備の遅さはマジ異常とさえ思っている。一度などまだかと催促で部屋にいったらうつ伏せに寝そべってマンガを読んでいた事さえある。

 

 千種明日葉は実に素晴らしい妹だった。

 

 

「お兄ぃ、まだなん?」

 

 

 その妹が。

 

 明日葉が霞をせかしている。

 

 なんということだろう。

 

 あの明日葉が。

 

 早く出かけようと兄を急かすのだ。

 

 なんということでしょう。

 

 明日は雨かしらん、などと考えてしまう。

 

 無論、その間もとうとうと流し台の蛇口からはとめどなく水流がうねりを造っているし、霞は実に手際よく食器をスポンジでさばいてゆく。

 

 一つ二つとスポンジを握っては泡だったそれを皿の円周に時計回りに磨き、残った中央を線で寄せて汚れを落とす。

 

 油汚れの多そうな食器は予め厚紙のキッチンペーパーで油分を充分に吸わせてから水に浸している為に繰り返し擦る必要もない。それでも霞は念の為に皿へ軽く小指を這わせて油分の残りがないか時々確認していた。

 

 

「ま――だ――な――ん? もういいっしょ、皿洗いとか帰ってからやれば」

 

「帰ってからもやるの俺なんだよなぁ……」

 

 

 

 シンク内で角度のズレたお玉から跳ねた水滴が盛大に霞のエプロンを濡らした。

 

 せめて帰ったらあたしがやるから、くらい言って欲しかった霞である。

 

 実際、霞とて物事を後回しにしない立派な性格などというわけではない。できる限り先延ばしにしたいし、なんならやりたくないまである。

 

 だが結論自分がやるはめになるならいま片付けたかっただけの話だ。

 

 いやお兄ちゃんえらくないですかね、と蛇口を引き絞って止めると、手を拭った布巾を台所ハンガーへかけてエプロンを丸めた。

 

 椅子に前向きで腰掛けて頬杖をついていた明日葉がたん、と踵を打って立ち上がった。

 

 

「ほらもういいっしょ、いこ。はやく。は――や――く」

 

「いやいやダメでしょまだ。みて明日葉ちゃん、ほら。いま洗濯機まわしてる最中。出かけるのはそれが終わって干してから……」

 

「はぁ――? 意味わかんないんだけど。なに洗濯機とかまわしてんの。バカじゃん。はいはいストップ終了とりまも―ちょっぱやで出かけるから準備よろマジほら、最&速で!」

 

 

 明日葉、怒りの人差し指が洗濯機の息の根を止めた。

 

 緊急停止ボタンを押された洗濯機のかん高い静止音が霞にはなぜか無念の断末魔に聞こえた。

 

「つかね? 明日葉ちゃん。お兄ちゃん実は今日体調よくないんだよね」

 

「はいウソ――。今いいからそういうの。つかなんなん、さっきから。わざと先延ばししてない? お兄ぃ、おかあさんに会いたくないワケ?」

 

「そうね。普通に会いたくないね」

 

「したら普通に会わなきゃいいだけじゃん。サプライズで会いにいくんだから普通じゃないっしょ。はい、おけまる」

 

「普通の意味が違うんだよなぁ……」

 

 

 日本語ってムズカシイネ。

 

 霞がぼやきながら家を出たのはこの十分後。

 

 道すがらあれこれと引き伸ばし作戦を試みたもののそれらが実を結ぶことはなく無情にも病院についてしまったのはさらに四〇分後の事である。

 

「――~♪」

 

 明日葉は母の病室がある階下にたどり着くと小走りに廊下を駆けてゆく。

 

 霞は閉じゆくエレベーターのボタンのうち五の数字だけやたらにくすんでいた事や、廊下に備え付けのソファの革張りの硬さだとかが無意味に気になった。

 

「……おかあさんっ」

 

「あらあら? いらっしゃい可愛い私の明日葉ちゃん。今日はとうこないのではないかと思っていましたよ」

 

 ……などどいうやり取りが取っ手を握った霞の扉一枚向こうで繰り広げられている。

 

 あ――入りたくね、とぼさぼさの後頭部を撫でつけてからわざとぶっきらぼうな表情を作った。

 

「お兄ちゃん、遅いし」

 

 はたして扉をスライドさせれば母が半身を起こしたベッドに突っ伏す勢いで体を預ける妹とその背中を撫でる母親の姿が映り、霞はついと視線を逸らした。

 

 予想はしていたが、俺いないほうがよくね? である。

 

「霞くん」

 

 ちょいちょい。

 

 そんな仕草で明日葉の背を撫でる手は止めずにもう片方で手まねきする母――千種夜羽。

 

 反対側が空いていますよという合図。

 

 ホントやだ。

 

 霞は目元に手をあてて首を横に振った。

 

「いや、普通にいかないしね?」

 

「まあまあ? 普通じゃ嫌だなんて。天使な私の霞くんはまるでお父さんのような事をいいますね。思えば晴磨さんもいつもそうでした。私が少しでも他の男性と接しようものなら自分だけをみてくれとばかりに強引に私の手を引いて……」

 

「普通の意味が違うんだよなぁ……つかなんなのさっきから。示し合わせてんの? 母娘だからなの? そんなコンビネーション今いらんし両親のそんな話そもそも聞きたくねんだわ」

 

「え、あたし聞きたい。お父さんの話っしょ?」

 

 兄の心は妹に届かなかった。

 

「そうですねえ。明日葉ちゃんもお年頃ですからそういう事に興味をもつのも無理からぬこと。そしてそれを寛容に受け入れて教育する事こそがお母さんの義務。無論お母さんとしては明日葉ちゃんにはいつまでもいつまでも傍にいて欲しいのですが、いつかくるその時の為には正しい知識を身につけておかなければいけません。そう、あれはまだ梅雨の湿気が多分に残る初夏の日。野獣の如き欲望の赴くまま無垢な私を家に招いた晴磨さんはそっと部屋のカーテンを……」

 

 おしゃべりなその口を霞の手が封印した。

 

「ゴメンなさい本当にやめてください」

 

「素直じゃない霞くんも大好きですよ」

 

 顔を近づけた霞の首の後ろに手を伸ばした夜羽がぐいと引き寄せると、霞は観念したようにうなだれた。明日葉ともどもベッドに抱き寄せられた形である。

 

「こんな日がくるのを私はずっとずっと夢みてきましたよ。もちろんゼロベースよりコミットする為の努力は日々惜しみませんでしたが。それでもこうして愛しい霞くんと明日葉ちゃんが私の腕の中に戻ってきてくれた。お母さんは今とても幸せです」

 

 ちらりと顔をあげた明日葉は、霞と視線を合わせると頬を綻ばせたまま少し困ったように口をぱくぱくとさせた。

 

 ――え、こんな時なんていったらいいわけ?

 

 ――や、知らんけど。

 

 そんなアイコンタクトを交わす。

 

 ――は? なにお兄ぃつっかえな!

 

 ――お兄ちゃんはつかうものじゃないんだよなぁ……。

 

「んんんん――? この子たちったら目と目で会話しちゃってます? お母さんにはバレバレですよ」

 

「あ――、や、その、違くて。えと、」

 

「……明日葉。お見舞いの品は?」

 

「あ、そだ、おかあさん……果物、そう、リンゴ」

 

 持つといっても譲らなかったビニール袋を顎で促すと、明日葉はわたわたとリンゴを取り出した。

 

「ああ、お腹すいちゃいましたか。どれお母さんが剥いてあげますよ」

 

「えっ、いや、ちがっ」

 

「こんなこともあろうかと懐には常にドス……果物ナイフを持ち歩いていますから」

 

「どんな事があっても果物ナイフは懐に忍ばせないんだよなぁ……」

 

 つか今、ドスっていった?

 

 霞が二度見した大ぶりのそれはどうみてもサバイバルナイフよりごつかった。絶対果物ナイフじゃない。

 

「明日葉ちゃん。はい、あ――ん」

 

 こなれた手つきでつるりと桂剥きしたリンゴを小皿に分けて切れ目をつけると楊枝で一刺し。差し出された明日葉はわたわたと手を振った。

 

「あ、え、えぇ、とぉ」

 

 なぜか霞の方をみる明日葉。霞が嘆息しながら短く頷くと、明日葉は顔にかかった横髪を耳の後ろに回しながらおずおずと口を開く。

 

「あ、あ――ん」

 

 小さい。いつも遠慮なく吹き出てくる罵詈雑言を放つ口と同じとは思えなかった。

 

「おいしいですか?」

 

「ん、んう……」

 

 頬いっぱいのリンゴとともに首肯する明日葉。

 

「霞くんも――」

 

「あ――ちょっと俺、飲み物買ってくるから」

 

 言葉の先を期して霞が退室した。

 

 夜羽は目を瞬かせてからゆっくり爪楊枝を果肉に刺して口へ運ぶと、

 

「逃げられちゃいましたか。ふむ……甘酸っぱいですね」

 

 口をほころばせた。

 

「ね、ねえ。おかあさん」

 

「なんですか、明日葉ちゃん。またあ――んですか?」

 

「ち、ちがくて」

 

「はい?」

 

「え、と。その、手」

 

「手?」

 

「手が、その」

 

 明日葉がおそるおそるといった風に自身の手を持ち上げると、付随して夜羽の手もついてきた。なかよし。お手手繋ぎである。

 

「ん――?」

 

「つ、つなぎっぱ、なの?」

 

「ダメですか?」

 

「や、ダメじゃないけど……」

 

 さも繋いでいるのが常識とばかりの夜羽に、指をにぎにぎと動かす明日葉は耳まで真っ赤だった。

 

「……大きくなりましたね、明日葉ちゃん」

 

「はえ? なに急に……」

 

「覚えていないかもしれませんが、実はお母さんが明日葉ちゃんとお手手を繋ぐことはほとんどなかったんですよ」

 

「え……」

 

「明日葉ちゃんはまだこんなでしたから」

 

 懐に抱えるような仕草で夜羽は言葉を続ける。その表情はどこか暖かく懐かしむようだった。

 

「お母さんがお手手をつなぐにはもう少し大きくなっていただく必要がありました。だからお出かけする時はいつも抱っこか、明日葉ちゃんと手をつないでいる霞くんと手を繋ぐかくらいしかできなかったんです」

 

「…………」

 

「やっと、つなぐことができました」

 

「おかあさん……」

 

 そっと、つないだままの手にさらに手を重ねる明日葉。

 

「明日葉ちゃん?」

 

 夜羽がきょとんとみつめてくる。

 

「あの、さ」

 

 重ねた手に、少しだけ力がこもる。

 

 ――覚えていない。

 

 明日葉にはチャイルドコールドスリープ以前の記憶がほとんどない。

 

 目を覚ました時に断片的に湧き出てきたいくつかの感情と、必死にこちらへ手を伸ばしてきた兄の姿だけがかろうじて思い起こせる程度だった。

 

 チャイルドコールドスリープによる記憶障害は特別なものではなく、神奈川都市の凛堂ほたるも患っていたという。ほたるはあるきっかけですべてを思い出したというが……。

 

 自分はどうなんだろう。

 

 霞は気にする必要はないといった。そもそも子供の頃の記憶なんて俺だってろくに覚えてね―わとあっけらかんにいってのけた。まるで大したことじゃないように。実際、忘れてはならないようなかけがえのない記憶など幼少時代の自分にあったとは思えない。

 

 それでも。

 

 明日葉はなんだか悔しかった。

 

 こんなにも愛おしげにみつめてくる母の眼差しをまるで覚えていないことが。

 

 だから。

 

「べつに、さ。手とか。そんなん、いつでも。できるじゃん。これから。ずっと」

 

 そういった。

 

 素直でないと自覚する自分のせいいっぱいでそういった。

 

 すると。

 

「……これからずっと、ですか?」

 

 夜羽がじい、とみつめてくる。

 

「う、うん」

 

 明日葉が照れくさそうに頷いた。

 

「――そう、ですか。ならお母さんは安心しましたよ。……不安にもなりましたが」

 

 悪い人に引っかからないといいのですが、という呟きを明日葉の耳は捉えることができなかった。

 

 ――他方で、病室の外で壁に後頭部を預けてその会話を耳にしていた霞は。

 

「……言質とりましたよ、とか言い出さないで俺も安心したわマジで」

 

 そんなことを独り、口にした。

 

 手にはMAXコーヒーの缶が三つ。

 

 その一つを開けて口にすると「……甘っ」と、言葉と裏腹に嬉しそうに口の端を綻ばせた。

 

「他の階もう一周、してきますかね」

 

 霞はゆっくりゆっくりと病室を離れた。

 

 凛堂の見舞いにもいくって話、明日葉忘れてないよなぁと。満面の笑顔であろう妹の姿を思い浮かべながら。

 

 



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序章――④南関東防衛都市の六人

「――で? どうなん、ほたるん。ぶっちゃけ」

 

「怪我の具合か。順調だそうだ。おかげさまでな」

 

「や、あたしなんもしてないし。お礼言うならおヒメちんにっしょ」

 

「ほへ?」

 

「はい、ひぃちゃん。お手拭き」

 

「あひがとカナひゃん。むぐむぐ。ひんごおいひいへ」

 

「……食べながらしゃべるな天河」

 

「ほい、リンゴ。もいっこ剥けたよ―。食べるひと? お兄ぃは?」

 

「や、大丈夫。お兄ちゃんね、いま胸いっぱいだから。明日葉ちゃんが友達の為に積極的にリンゴを剥いてる姿。マジ感動」

 

「や、友達の為とかそういうのいちいち言わないでいいから。だからお兄ぃ友達いないんじゃん?」

 

「と、とととと友達くらいおるわ!」

 

「マジ? キモいのに」

 

「ふっ……」

 

「あれ? 凛堂……凛堂さん? いまアナタ笑いました? 鼻で笑いました?どういう意味の笑いなんですかねそれは」

 

「ははははは」

 

「い、いっちゃん失礼だよ」

 

「あれれ? おっかしいぞ―。明らかに友達いなさそうな東京の首席さんまで笑ってるぞ―。おいなにがおかしんだよこの野郎」

 

「なんだ。今のは笑うところじゃなかったのか?」

 

「笑いどころだろうな」

 

「笑えないんですけど!?」

 

「んぐんぐ。ごっくん。大丈夫だよ、かすみん! だいじょーぶ!」

 

「そ、そうだよ霞くん。大丈夫だよ」

 

「いやだからなにが大丈夫なんだよ……全然大丈夫じゃねえよ……主にメンタルが……」

 

「えっ。えっとお……と、友達がいないときは笑顔。笑顔だよっ」

 

「ウケる。友達いないのに笑顔とか誰にむけてんのそれ」

 

「ねえやめない? そうやってここぞとばかりにキャリーオーバーしたいじりっぷりを俺にぶつけてくんのやめてくんない」

 

「あ、ほたるん。これタッパー借りんね―。切り分けといたからテキトー食って」

 

「……見事なものだな」

 

「え、へ?」

 

「千種妹がまさか包丁さばきに定評があるとは思わなかった。こうも皮をひとつなぎで剥けるものなのか」

 

「や、あ、え……あ、ありがとう、ございます……?」

 

「あは。あすちゃん照れてる」

 

「は、はぁ!?  照れてとかないし。なにカナちゃんやめてよマジ」

 

「いや感心している。午前中は母親の見舞いといっていたが。これも教育の賜物という事か」

 

「や、ち、違うし。料理はちょいちょいお兄ぃから教わってたから。おか……母親かんけ―ないし。朱雀、さんも……そういうのいいんで」

 

「ジャガイモだってつるっと剥けちゃうんだな―これが。どうウチの妹。すごくね?」

 

「あのね、ほたるちゃんもすごいんだよ、こうお野菜を投げてね? しゃばばばば――って切っちゃうの! とってもカッコイイんだよ」

 

「「「あ――。やってそう」」」

 

「どういう意味だ」

 

「こわっ。なにこの病人、俺だけ睨んでくるんですけど?」

 

「あはは。やだな――かすみん。ほたるちゃんは病人じゃないよう。怪我人だよっ」

 

「怪我させるひとの略称かな? そうなったら俺が怪我人……お見舞いの品は毛ガニ……蟹工船」

 

「お兄ぃがなんか一人でごちゃごちゃ言っててウケる」

 

「なによ明日葉ちゃんしらない? かにこうせん」

 

「知ってる。キャンサービームっしょ」

 

「それはカニ光線なんだよなぁ……誰からきいたの」

 

「一ついただこう」

 

「は?」

 

「おい。霞、なぜリンゴを遠ざける」

 

「いやいや、なに朱雀サン? あれ? おたくそういうキャラでしたっけ? 明日葉ちゃんのリンゴ食べたいとか本気?」

 

「べつにあたしのじゃないけど」

 

「ほたるちゃんのりんご!」

 

「僭越ながら私が提供させていただいたんだよ、いっちゃん」

 

「誰のかは聞いてない。いいからよこせ霞」

 

「ちょ、ちょ、なになにやめてくれません? きいたでしょ、これ凛堂のだから。凛堂のりんごだから」

 

「そうだな。おまえのではない。よこせ」

 

「お客様お客様お客様! 困ります! あ――ッ! お客様」

 

「誰がお客様だ!」

 

「ウケる。めっちゃイチャつくじゃん」

 

「あは、ははは……ゴメンね、ウチのいっちゃんが」

 

「べつにいんじゃん。お兄ぃも嬉しそうだし。てか、いまウチのってゆった?」

 

「えっ! いい言ったよ――な、言ってないよ――な?」

 

「? ヒメ。どうしたの」

 

「ん。ん――ん。なんでもないよほたるちゃん」

 

「そう?」

 

「うん。ただ、ずっとこんな日が続いたらいいのになって」

 

「……こんな日がくるとは思わなかった?」

 

「ううん。ちがうよ。ずっとこういう平和な日がくるのを待ってたんだもん。でもね。嬉しいなって。ほたるちゃんがいてくれて――」

 

「うん?」

 

「明日葉ちゃんがいてくれて、カナちゃんに、すざくんにかすみんもいてくれて。嬉しいな――って。最初はさ? 私、ひとりだったから」

 

「ヒメ……」

 

「あ、ちがうようほたるちゃん。違うの。責めてるんじゃないよ。こうしてね、三都市みんなでちからを合わせることができたのが嬉しいんだよ。ずっと、バラバラだったからさ」

 

「……東京のこと?」

 

「あれれ? ほたるちゃん話したことあったっけ?」

 

「調べたことがあるよ。物事はすべて観察から始まる」

 

「あはっ。そっかあ。……うん、東京の……すざくんの前の、前の、前の」

 

「主席?」

 

「うん。ちからを合わせる必要はない。すべて我ら東京がやるって、そういう男の子だったからさ。私は、ちから合わせたほうが絶対いいって思うんだけどな」

 

「なんでだろうね」

 

「でも実際とっても強かったんだ。だから会議とかね、東京の人たちだけこなくてもあいりさんもぐとくさんもなにも言わなかった」

 

「当時の記録をみるとヒメが一番で、あとのランキング上位は東京がすべて独占していたね」

 

「あ、そうなんだ? ランキングとか全然みてなかったけど……主席の男の子はもちろん、一緒にいる子たちもめちゃくちゃ強かったからね」

 

「東京都市の『両腕両脚』だろう。椅子を借りるぞ」

 

「すざくん」

 

「なんだ、霞と遊んでいたのではないのか」

 

「タッパーをもって逃げていった。まったくなんなんだあいつは……。それよりなぜウチの話をしている。それも両腕両脚とはな」

 

「すざくんしってるの?」

 

「当たり前だ。先輩にあたる。東京都市主席とその両腕両脚の四人と言えば未だに尊敬する連中も多い。俺が接する機会はほとんどなかったがな」

 

「公式の記録でも模擬戦でヒメと引き分けているよね」

 

「強かったよ。なかでも『右腕』と『左腕』って言われてるふたりは文句なしに強かった」

 

「俺はまるで対抗するように神奈川四天王ができたと聞いたがな」

 

「語弊があるな。今でこそ自覚もあるが神奈川四天王の歴史は周囲から自然とそう呼ばれるようになったという経緯が先にくる」

 

「ほへ――。そうだったんだ!」

 

「なんでお前がしらないんだ天河……」

 

「いっちゃんいっちゃん」

 

「つつくな。なんだカナリア」

 

「そろそろね、時間みたいだから。その面会、えと、ほたる、ちゃんの……」

 

「? なぜ照れている、カナリア」

 

「ななななんでもないようなんでもないんですからホント本当ほんとにホント」

 

「あれ、お兄ぃは?」

 

「ここにいますよ。面会時間そろそろね、終わりですって」

 

「そうか。ならば天河も……」

 

「ダメだよいっちゃん、ほら先にいこ?」

 

「そ――いうとこホントいっちゃんさんってばダメなんだな――これが」

 

「でも自分はわかってます感だすお兄ぃホントウケる」

 

「カナちゃん、明日葉ちゃん、すざくん、かすみん。えっと、ありがとね!」

 

「見舞い、感謝する」

 

「今度ね、お墓作ろうかなって思うの。……ぐとくさんと、あいりさんの。だからね、その時はまた、一緒にいこ?」

 

「時間があればな」

 

「時間は作るものですよ?」

 

「絶対いくからね、ひぃちゃん」

 

「ん。とりま連絡して」

 

「うん! またねえ!」

 

「また」

 

「じゃあな」

 

「じゃあね」

 

「またな」

 

「また~」

 

 

 

〈序章:了。その後のクオリディア・コード Re:code/01へつづく〉



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