魔術師上がりの錬金術ーMagician's Alchemistー (エヴォルヴ)
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1.サクサク参らん

性懲りもなく書いた。好評だったら続くと思われ。


 よう。初めまして、だな。

 

 俺が誰か、だって? 俺はお前達が『世界』と呼ぶ存在。あるいは『宇宙』、あるいは『神』、あるいは『真理』。あるいは『全』、あるいは『一』……んで、俺はお前だ。

 

 お前がやらかしたわけじゃねぇってのは知ってるよ。それにしちゃあ何も知らないからな。たまたま魔術師の夫婦の間に生まれて、たまたま魔術回路がゴミ以下だったから材料にされて。

 

 その材料を使っての……死霊魔術《ネクロマンス》。それがたまたま人体錬成の陣で、たまたま円の中心がお前だっただけだ。運が悪かったな。

 

 まぁでも……見ちまったもんは仕方ねぇ。この世の全ては等価交換。十を造るのに一を使うことも、一を造るのに十を使うことだってある。

 

 だがまぁ、そうだなぁ……お前はある種の事故でここに来た感じだしなぁ……割引を利かせてやってもいい。そっちが選べ。何を支払うのか。真理を見た通行料ってやつだよ、身の程知らずの錬金術師──いや、運命に振り回された魔術師サン。

 

 ────────────────なるほどな。少し意外だが、当然といえば当然か。

 

 いいぜ。それがお前の通行料だ。お前の魔術師としての人生……その全てを奪おう。魔術師として、根源を目指す者が当たり前に持っているもの……魔術回路を奪おう。そして、未来へと歩き出すための脚を奪う。

 

 あばよ、駆け出しの錬金術師。二度とここに来ないことを祈ってるぜ。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 長考の中、遠い記憶を夢として見たような気がする。気がするだけで、気のせいだったかもしれない。というか、寝ていたのか俺。

 

「……」

 

 時刻は16時半……ぐらい。最近まで、俺以外に誰も使っていない教室の一つである茶道部の部室で、俺はノートに書かれた円環を手袋に刻んでいく。

 

「……サラマンダー、か」

 

 刻む象徴は炎のトカゲ、サラマンダー。特殊な布を使って火を起こし、空気中の酸素濃度を調整して絶大な火力を叩き出す錬金術だ。

 

 全くお笑い草だ。魔術師の家系に生まれておきながら、魔術師としては失格。だというのに錬金術というものに凄まじい適性を持っていたのだから。

 そんなくだらない昔のことを思い出しながら、錬成陣を刻み込んでいく。

 

「……よし。できた」

 

 白い手袋に刻まれた錬成陣を見て、満足げに頷く。焔の錬成陣の作成は、錬金術師としての目標でもあったものの一つだ。完成させていない錬金術はまだまだあるが、これは達成感が凄まじい。

 

 だからこそ、気付かなかった。自分を覗き見している人がいたことを、俺は気付かなかった。

 

月食(つきばみ)君。何をしてるんですか?」

 

「うわっとぉうっ!?」

 

 変な声を上げて、錬成陣が描かれたノートと手袋を咄嗟に隠してしまう。そんな俺を酷く可笑しそうに笑う青みがかった黒髪眼鏡の少女を俺はジト目で見る。

 

「いたんなら声かけてくれよ、シエル」

 

「ふふ、ごめんなさい。月食君が真剣に何かをしているのが珍しくて」

 

 それは俺がいつも不真面目だと言いたいのだろうか? 

 そんなことを視線に乗せてやると、何を言いたいのか理解したらしいシエルは眼鏡の奥で輝く目を細めて俺を咎める。

 

「だって月食君、お茶とお茶請け作りと家庭科以外で、真面目に学校生活してないじゃないですか」

 

「なぜそれを知っている……?」

 

「隣の席ですから。忘れましたか?」

 

「そういやそうだ──」

 

 本当に? この少女は隣の席にいたか? そんな疑問が頭を過る。なぜかは分からなかったが、それでも生まれた疑問をそのままにするのは錬金術師の名折れ。

 

 思い出せ、先週の記憶を、三日前の記憶を──いや、今月全ての記憶を呼び起こせ。俺の隣は本当にシエルだったか? …………いや、違う。この少女は隣の席に座っていなかった。座っていたのは男子生徒のはずだ。

 

「……シエル、いつの話してるんだ? 隣の席だったのは先月までだろ?」

 

「────あっ、確かに! そうでしたそうでした。あはは、忘れてました」

 

「……なんか変なものでも食べたか? 悪くなったカレーとか」

 

 失礼極まりないことを言った自覚はある。それよりも、さっき見せたシエルの驚いたような、警戒レベルを引き上げたような目はなんだったんだ? 

 

「こほん。そ、それで、何をやってたんですか?」

 

「単なる趣味だよ。シエルには縁のない変な趣味」

 

「へぇ……それは俄然興味が湧いてきました」

 

 ……もう少し言い方を変えた方がよかったかもしれない。錬金術は秘匿されるものではないが、バレた時、そいつが魔術師だったら殺される可能性がある。そして研究の成果は全てそいつのものになるのだ。

 

 もしシエルが魔術師で俺を殺すつもりなら死ぬ気で抵抗はするが、今この時、シエルに勝てるビジョンが浮かばない。

 

「そのノートが、その趣味の根幹だったりするんですか?」

 

「そうだけど、なんかあんのかよ」

 

「いえ、その……差し支えなければ見せてほしいなぁ、と」

 

「……」

 

 不味い、シエルが何を言っても警戒してしまう。その原因は分からないが、とにかく嫌な予感がする。だから断ろうとした時──

 

「見せて、くれませんか?」

 

 靄がかかったように思考が回らなくなる。これは、昔感じたことがある、強い暗示。使用者の命令を聞かせるための、魔術師の常套手段だ。これが使えるということは、シエルは……

 

「魔術、師……!」

 

「あれ……? 結構強めにかけたのに、どうして意識が?」

 

 不思議そうに見ているシエルの顔には警戒よりも困惑が強く浮き出ていた。なるほど……こういうことに余程の自信があるらしいな。

 なら、もっと驚かせてやろう。ここまで来たらもう自棄にも違いが、仕方ない。

 

「構築式は基本的なもの……凄まじい洗練さだな……親父のものよりずっと」

 

 パァンッ、と神に祈るように手を合わせる。イメージするのは、頭を覆い尽くしている魔術的な暗示、それを構築するものだ。これを反転させる。魔術回路がなくても、真理を見た錬金術ならアンチ暗示魔術を構築できる。

 式を構築したら、あとはそれを頭に叩き込むだけ。青い稲妻が迸り、俺の思考がクリアになっていく。

 

「錬金術……! 月食君、あなたはやはり……」

 

 シエルが驚く中、俺は染み渡った思考で彼女を見据える。一握りの警戒と、敵意を込めて、シエルの動き一つ一つを見逃さないように。

 

「質問に答えてもらおうか。あんた、何者だ」

 

 魔術師にろくなやつはいない。魔術師の家に生まれた俺を含めて、魔術師というのはどうしようもない屑か、救いようのない愚者ばかりだ。

 だからこそ、だろうか。シエルもろくでなしに見えてしまう。ああ、なんて醜い思考だろうか。楽しそうに笑う記憶の中の彼女も、美味しそうにカレーを頬張る彼女も全て嘘だったのかと思ってしまった。

 

「言っておくが、逃げようとは思うなよ。その瞬間お前を焼く」

 

「……」

 

「……黙り、か」

 

 当然と言えば当然だ。さっきの口振りからして、所属している派閥から俺のこと──というよりも家のことを聞いている感じだから。とはいえ、

 

「俺は洗脳魔術を使えねぇぞ」

 

 家の魔術を継承していないのだが。

 

「──へ?」

 

「そもそも、魔術回路がないからな」

 

「ええええ!?」

 

 シエルの声が教室に響き渡る。

 

「聞いてねぇのか? 時計塔のロードとかの連中から」

 

「い、いえ、そもそも私は時計塔の者では──はっ!?」

 

「時計塔じゃねぇのか。てことは──っと!?」

 

 思考を回し始めたところで、シエルの拳が顎先一歩手前を掠めた。直撃していたら確実に脳震盪を起こしていただろう。

 

「魔術使えるじゃないですか!?」

 

「いや、俺魔術回路も魔術刻印もないって。ほら」

 

 月食の魔術継承者であれば存在する喉の魔術刻印は、俺の喉には刻まれていない。才能も魔術回路もゴミ以下だったから継承するどころか、魔術素材にされかけたくらいだ。

 

「あ、本当ですね──って、そうじゃなくて!」

 

「んだよ」

 

「月食の魔術を継承していないとは、どういうことですか?」

 

「おっと。それを聞きたいなら俺の質問に答えてくれ」

 

 等価交換だと笑ってみせると、シエルは凄く胡散臭いものを見る目を向けてくる。

 

「魔術師との等価交換は割に合わないことが多いです」

 

「俺は錬金術師だ。魔術師じゃねぇ」

 

 睨み合いが続く中、先に折れたのはシエルの方だった。溜め息を吐いたシエルは、しょうがないと言わんばかりの表情と雰囲気を出して口を開く。

 

「隠しても無駄そうですし、二つだけなら答えます」

 

「なら俺も二つだけだな」

 

「等価交換……ですか。確約してくださいよ?」

 

「ああ。なんでも聞けよ。人体錬成の陣についてでもいいぜ?」

 

 俺の挑発的な態度にイラッと来たのか、シエルの雰囲気がぶれる。

 

「……聞きたいことの一つは、あなたのノートの中身についてです。それはなんですか?」

 

「錬金術の構築式が描かれたもんだよ」

 

 ノートを開いて見せてやると、シエルは凄く驚いた表情を見せた。当然だろう。秘密主義なところがある魔術師が自分の研究成果を見せるというのは、それほど大事な意味があるのだから。

 

「聞いておいてあれですけど、見ていいものなんですか?」

 

「別に。秘匿されるものではないし」

 

 普通の魔術師と違って、俺は弟子もいないし、魔術的な錬金術師ではない。どちらかと言えば解明し、神秘を暴いて科学的に証明するようなものだ。解釈が合ってるかは知らん。

 

「そも、シエルは時計塔の連中じゃねぇんだろ? なら問題ねぇ」

 

「問題ないって……そんな適当な」

 

「適当でいいんだよ。魔術師はクソだが、時計塔はもっとクソだからな。だったらまだ聖堂教会の方がマシだ。それに──」

 

「それに?」

 

「聖堂教会……というか埋葬機関か。あそこの司祭には何度か世話になってたからな」

 

 あそこの連中は化け物ばかりが揃っているが、ノイ司祭とかは本当に化け物染みている。なんなんだあの人……俺の実力不足もあったが、鉄血の錬金術が全く通じなかったんだよな……化け物過ぎるぜ埋葬機関……! 

 

「で、だ。次は俺の一個目──二個目も纏めての質問だ。あんた、前々から思ってたけど、なんだその体」

 

「……セクハラですよ」

 

「んなことするか馬鹿。聞いてるのは、あんたの馬鹿みたいな代謝についてだ」

 

 人間とは思えないレベルの代謝。シエルの体は異常なのだ。生きているのにまるで死んでいるかのようで、死んでいるようで生きているという矛盾を孕んでいる。

 

「少なくとも、表も裏も真っ当な存在じゃねぇだろ。所属はどこだ?」

 

「……代謝については、ごめんなさい。言えません。ですが……所属は言えます。────埋葬機関第七位です」

 

「まッ……!? あー、なら仕方ねぇか……聞かねぇことにする」

 

 あれに所属しているなら聞いても仕方ない。埋葬機関ってのはそういう場所だし……勧誘されてるけど、断り続けてるあそこについて根掘り葉掘り聞く勇気はない。

 

「んで、シエルの番だぞ。何が聞きたい?」

 

「あなたの錬金術についてです。魔術師──アインツベルンなどの錬金術とは全く違うみたいですが」

 

 やはりそこは聞きたいよな。ノイ司祭とかにも聞かれた記憶がある。

 

「んー……まぁ、平たく言ったら学べば誰でも使えるのが俺の錬金術。学んでも魔術の素養がなければ使えないのがアインツベルン達の錬金術だな。アトラス院の連中もその類か」

 

「?」

 

「全は一。一は全。全の中に一があり、一が集まり全となる。万物流転、その流れを知り、再構築するのが錬金術だ」

 

 その中にしてみれば、魔術だって一になる。人だって一だ。それが集まって社会という全を作る。

 そういう流れを理解して、そこから何かを分解、再構築していくのが錬金術なのだ。

 

「それを理解せずにやると、やってくるのはとんでもないリバウンドだ」

 

「リバウンド?」

 

「魔術師にもあるだろ? 呪詛返し。あれみたいな感じで代償そっくりそのまま自分にくる」

 

 呪詛返しとはちょっと違うだろうけど、と肩をすくめる俺に対して、シエルはじっと俺の腰より下……両足を見つめている。

 

「その脚は、そのリバウンドで?」

 

「ああ、これは別。──さて、これくらいにしとくか。……あ、そういえばシエル、埋葬機関に所属してんならさ、勧誘止めてくれねぇ?」

 

 そろそろ鬱陶しくなってきたからなぁ……いや、実力を認めてくれているってのは分かるし、そこは嬉しいんだけどさ。俺は埋葬機関みたいな化け物にはなれない。

 そもそも魔力がないからやれることも限られてくる。魔術回路は持っていかれてるのだ。

 

「難しいと言わざるを得ませんね。あなたへの勧誘は恐らく死ぬまで続きますよ。入るなら話は別ですけど」

 

「そこをなんとか!」

 

「無理ですよ。等価交換できるものがないです」

 

 ぐぐぐ……それを言われてしまうと弱いな……唸る俺は滑稽だったのか、シエルは笑う。なんだろう……魔術師──というか代行者だと知った瞬間からこいつが凄くイラッとくる。

 

「……まぁ、それはそれとして。最近は物騒ですから、そろそろ帰った方がいいですよ」

 

「おー、埋葬機関が言うと重みが違うな」

 

「冗談抜きで言っていますからね?」

 

 まぁ、実際物騒なことは起きている。人が死んだり、行方不明になっていたりと、結構ヤバいことが。埋葬機関の奴がいるってことは、化け物を狩りに来たのだろう。

 

「ま、気をつけて帰るよ。シエル、あんた引き際はちゃんと考えとけよ」

 

 なんとなく、クラスメイトが心配だったから言った言葉。それが届いたのかは分からないし、心配が伝わったかも分からない。……けど、

 

「ありがとうございます。月食君」

 

 届いたと、信じたいと思うのは間違っちゃいないはずだ。

 黄昏時の空が、シエルの笑顔を赤く染めていた。

 

 

 

 




月食神波(かんな)

洗脳魔術という魔術を使う魔術師の家に生まれた少年。魔術回路も魔術の才能もゴミ以下だったため、魔術の素材にされかけたが、陣の中心が彼だったため生存。
真理を見て、魔術回路と両足を持っていかれた。

作り出した錬金術は『鉄血』、『豪腕』、『焔』、『紅蓮』、『雷霆』、『氷結』。手合わせ錬成も可能である。

埋葬機関に目をつけられており、毎月勧誘のお手紙が届く。


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2.神様の領域に踏み込んだ大馬鹿野郎

シエルルート全て踏破できたので初投稿です。


月食(つきばみ)君、お昼一緒にいかがです?」

 

 昼休み、至福の昼寝タイムへと至ろうとしていた俺に、クラスメイトであるシエルが話しかけてきた。

 

「眠いんだ。昼寝させてくれ」

 

「ダメですよ。お昼はちゃんと食べなきゃ」

 

 んなもん知るか、俺は眠いんだ。

 さっさと眠ってしまおうとしたところで、シエルが耳元で悪魔的なことを囁く。

 

「お昼一緒に食べてくれなきゃ、埋葬機関に拉致りますよ?」

 

「──!?」

 

 眠気が全て消し飛ぶ。なんて恐ろしいことを言い出すんだこの女! 埋葬機関に拉致するとか、何の変哲もない錬金術師を殺すって言ってるようなもんだぞ!? 

 そもそも、なんでこんな錬金術師を勧誘しようとしてるんだよ。俺の錬金術は全部神様の掟に背くようなものばかりだと思うんだけどなぁ……

 ともかく、今はこいつに従うしかない。埋葬機関なんてヤバいものに連れていかれるよりマシだ。

 

「分かった、分かりましたよ。どこで食べるんだ?」

 

「部室に行きましょう。色々聞きたいことがありますし」

 

 聞きたいこと、ね。大方、この街で起こっているあれこれについて、とかだろう。それか錬金術について。

 そんなことを思いながら茶道部の部室に向かうと、シエルが鞄を部室に持ち込んでいたことに気付く。ガチャガチャと音を鳴らすそれはボランティア活動のための道具、とかではない。聖なる法典……魔術的なものを感じるそれは恐らく……

 

「……死徒狩りの武器、か」

 

「おや、よく分かりましたね?」

 

「簡単だろ。代行者の武器……とんでもない武装っぽいな」

 

「ええ、もちろんです。私の自慢の武器の一つですよ」

 

 取り出されたのは背筋が凍るような馬鹿げた武装だった。見事なまでの大砲……というか、パイルバンカーというか……とにかく物騒極まりない武装である。

 じっと見つめていると、俺のおかしな目にとんでもないものが飛び込んでくる。

 

「シエル、その武器まさか……人体錬成で造られたものじゃねぇだろうな?」

 

「人体、錬成……? 何を言っているのかは分かりませんが、これは神鉄を使って造られた──って、ああ、そういうことでしたか。これは確かに少女ごと竈にくべて錬鉄したものですけど……」

 

 つまり……人体錬成なんてとんでもないものの副産物として生まれた残骸の武装ではない、ということか。

 

「……………………早とちりだった、か」

 

「顔が青いですけど、大丈夫ですか?」

 

「いや、問題ない。やらかしてくれたやつがまたいたのかと思っただけだ」

 

 普通にビビっただけ。事故でもなんでもなく、真理を見ようとした奴らがいたのかと思っただけだ。

 ホムンクルスという肉人形を鋳造するようなものではない。あんなもの、やるのは狂った人間だけなのだから。代行者も、魔術師もやらかしそうな感じがする。そう思って先走ってしまっただけ。

 

「……月食君、質問いいですか」

 

「あ? あー……ああ。いいぞ。なんだ?」

 

「その脚についてです」

 

 質問は錬金術についてで正しかったようだ。俺の脚──つまり両足の義足について聞いてきたシエルの目は真剣そのものである。

 

「それを話すにはまず、錬金術の基本と俺の信条について話す必要があるな……」

 

 肌身離さず持ち歩いている錬金術について記されているノート、その一頁目を開く。そこには錬金術の基本が書かれており、シエルはその研究量に目を見開いていた。

 

「錬金術は原子配列の組み換えを行うもの、みたいなものだ。既存のものの形を変えたり、化学反応を起こしたり、とかな」

 

「えと……つまり、石炭からダイヤモンドが作れる、と?」

 

「だな。ただ、そのためには原子配列全部を理解してねぇとダメだ」

 

「凄く無理難題じゃないですか?」

 

「少なくとも俺はやれるってだけ。普通なら、基礎と自分なりの錬金術を学ぶ」

 

 俺の場合は色々特殊だし、多分俺以外でこんな錬金術をやってる連中はいない。

 

「例えば……これか」

 

「それは……昨日の手袋?」

 

「ああ。焔の錬金術は説明しやすい」

 

 そう言って俺が手袋をはめて、紙をぐしゃぐしゃにしてから空中に放る。

 その紙目掛けて指を鳴らしてやると、発火布製の手袋から火花が散り、紙の球が凄まじい火力によって塵一つ残さずに消え去った。

 

「焔の錬金術は燃焼の三要素によって使われる」

 

「燃焼物、酸素、発火物……ですね?」

 

「正解。この発火布が発火物に当たり、錬金術を使って酸素を調整。そして燃焼物が、紙だったわけだな」

 

 魔術師が考える錬金術と、俺の扱う錬金術は違う。向こうは人体と生命の探求の手段だが、この錬金術は科学。つまりは神秘すらこちらの領域に引きずり込むことができる可能性の塊である。

 

「ちなみにだが、俺は理導/開通(シュトラセ/ゲーエン)を使えない」

 

「え? じゃあどうやって破壊と再構築を?」

 

「知ってるから、だな」

 

 大きく息を吸って、吐き出す。シエルの目をしっかり見据え、制服の裾を引っ張った。

 

「知っているってのは、この脚がこうなった理由に起因する」

 

「……魔術実験による事故と処理されていましたが、違ったのですか?」

 

「全ッ然違う──とも言えない……が、違う」

 

 あの日見たものは地獄だった。俺の目の前でぐちゃぐちゃになった父親だったものと、母親だったもの。醜く腐り落ちた何かが、両足を失った幼い俺の目の前にいたのだ。

 

「人体錬成。神様が定めた禁忌に踏み込もうとした愚か者……その末路だ」

 

「ホムンクルスの鋳造とは違うと?」

 

「あれはクローンだ。人体錬成とは違うものだ。……シエル、人が死んだらどうなる? 魔術的な考えでもいいし、一般論でもいい」

 

「それは……肉体が活動を停止して、魂が還る、とかですよね?」

 

 うん、それが一般的な考え方だろう。魔術的な考えだと凄く面倒くさいものだが……とりあえず魂の定義はこのくらいでいいだろう。

 

「魂ってのは還ってどこかに消えるor洗浄されて転生する……ここまではいいよな?」

 

「ええ、もちろん」

 

「錬金術でもそこは変わらねぇ。魂ってのは戻らない。残らない。死者蘇生なんて叶わないものだ」

 

 そう、当たり前だ。『死霊魔術(ネクロマンス)』も魔力の傀儡ゾンビみたいなものを生み出すもので、ホムンクルスは魔術を用いて鋳造するクローン。死んだ人間を蘇らせるなんてことはやっていないのである。

 

「で、だ。錬金術のルールは世界のルールだ。そんなルールに反したことをしたら、どうなると思う?」

 

「……リバウンドする?」

 

「いや。世界のルール──真理の扉、その奥を見ることになる」

 

「真理……って、まさか、根源への到達!?」

 

「ははっ、真理の扉は根源に近いのかもな。何せ世界の全てを見せられるんだし」

 

 俺が見たのは、俺自身の真理の扉。世界中の誰にでも存在するという扉の先で、世界の情報を全て叩き込まれた。正直なんで発狂してなかったのか不思議で仕方ない。

 

「あらゆる情報を許容、理解した代償として、通行料を支払うことになる」

 

 その一つがこの脚だ、とカツカツ叩く。とある人が真理の扉の先で知ったことを教えることを条件に造ってくれた、最高品質の義足。

 それを叩きながらシエルを見れば、驚きの中に化け物を見たような、珍獣を見たような、不思議な顔をしていた。

 

「どうした?」

 

「い、いえ……納得しました。なぜ月食君が魔術協会に所属していないのかと、埋葬機関があなたを勧誘する理由を」

 

 真剣な表情に切り替わったシエルは小さな口を開く。

 

「根源接続者に似たような存在を、魔術協会が逃すはずがない。封印指定確定です」

 

「だろうな。とある爺さんにもそう言われた」

 

「そして、埋葬機関としてはあなたのような人材を逃したくない。真理を知る者……つまりは神の領域を知る者を」

 

「ああ、そういやメレムさんにも言われたなぁ」

 

 聖堂教会としては、俺を御神体みたいに祭り上げるか、神の啓示を与えられた神父として使いたいのだとか。

 んで、治外法権の埋葬機関としては神の領域に踏み込んだ存在──つまりは肉体自体が聖典武装のようになっている可能性がある俺に、しっかり首輪を着けたい。あわよくば使いたいのだろう。

 

「あのコレクターに会ってるんですか?」

 

「まーな。ただ、あの人苦手なんだよな……こう……いつかコレクションに加えてやろう、みたいな視線があるというか……」

 

「うわぁ……厄介な人に目を付けられましたねぇ」

 

 シエルにとってもそうなのか……あの人……人? 人かどうか分からねぇけど、ちょっと厄介な存在なんだろうな……

 

「話は戻りますが、人体錬成……でしたっけ。それをやって、どうしてそんなことになるんですか?」

 

「そりゃあ、『失われた魂の情報』なんて、等価交換の原則の中には存在しないし、真理の扉の先にも存在しないからな」

 

「──!! そういう、ことですか……!」

 

「物分かりが良くて助かるぜ」

 

 そう、扉の向こうであっても失われた魂の情報はどこにも存在しない。存在しないから真理を見せられて、何かを持っていかれて終わるだけである。

 

「まぁ色々省くが……真理に持っていかれるものは人それぞれだ。例えば……家族の温もりを求めたら──っと、大丈夫か?」

 

 何か思い詰めたシエルが心配になり、声をかけると、シエルは何ともなさげに笑みを浮かべた。

 

「はい、大丈夫です。続けてください」

 

「ああ。家族の温もりを求めて人体錬成を行えば、肉体全てを持っていかれて、温もりを感じなくなってしまう」

 

 子供や恋人を蘇らせようとすれば、一生子供を作れない体となってしまう。国の未来を見据えようとしている者なら、見るための視力を持っていかれる。

 人が思い上がらないようにするため、ではなく、重すぎるほどの痛みを伴う教訓を与えてくるのが真理……なのだろう。

 

「じゃあ、月食君は……」

 

「ん? 俺は……まぁ、事故で来たみたいなもんだから、割引された」

 

「わ、割引!? 割引で、両足を……!?」

 

 驚愕するシエルの反応が、とても面白くて笑ってしまいそうになったが、俺はそれを堪えて首を横に振った。

 

「俺に選ばせたんだよ。通行料を、何を失うのかって」

 

「それで、月食君は、両足を選んだと……?」

 

「ああ。それと魔術回路を差し出した。俺を散々振り回してくれたものをな」

 

 魔術師であるために必要な魔術回路と、明日へ向かうための両足。それが俺の差し出した対価である。

 手製のカレーが入ったスープジャーに、ターメリックライスをぶち込んでは口に運ぶ俺は、何ともなさげに笑った。

 

「こうなってから思うんだ。不自由と不幸はイコールの関係じゃねぇんだって」

 

「そう、でしょうか」

 

「少なくとも、俺はそう思う。ほら、シエルも分かるだろ? 持ってきたお金で買えるのはカレー一品+サイドメニュー一品orケーキ一品。だけどどっちも捨てがたいってやつ」

 

 曇っていた顔が少し晴れて、カレー馬鹿のシエルに変化する。

 

「そうそう、その選んでいる瞬間がまた楽しくて……って何で知ってるんですか!?」

 

「そりゃあ、常連の顔は覚えるって。カレーハウス『メシアン』、いつもご利用ありがとうございまーす」

 

 両親がいなくなってから、俺は祖父母の家に預けられた。その祖父母が経営するのがカレーハウス『メシアン』なのである。

 いつも美味しそうにカレーを食べているシエルは、祖父母の目に入っているし、厨房だろうが配膳だろうが出没して手伝いをしている俺も知っているのだ。

 

「な、ななな……!」

 

「あんだけ幸せそうに食べてくれる客はいないからな。爺ちゃんも婆ちゃんも気に入ってるんだよ、シエルのこと」

 

「それは凄く嬉しいですけど……ハッ、あの新メニュー、100時間煮込みカレーはもしや──」

 

「俺の考案メニュー。ちょいと値は張るけどな」

 

 楽しそうに話すシエルは、どの角度から見ても普通の女の子だった。こんな女の子が物騒な武器を持って吸血種達と戦っているんだよな……同情はしないが、尊敬はする。

 

「あの真っ黒なカレーを一口食べただけで、頭を殴り付けてくるスパイスや野菜、肉などの旨味……はぁ、忘れられません……」

 

「あれ作るのに二年はかけてるんだ。忘れられない味、なんて嬉しいことを言ってくれるな」

 

「あれを、二年で……!? あのカレー魔人ですら辿り着いていないかもしれないカレーを……!?」

 

 カレー魔人とやらが誰なのかはさておきーー知っているような気がしなくもないけど。

 爺ちゃん達に頼まれてたことあるんだよな。シエルへの伝言……で、いいのかな、あれ。

 

「シエル、爺ちゃん達からの伝言があるんだけど……」

 

「へ? 何でしょう?」

 

「重くて潰れそうになった時、怖くて自分が嫌になる時、馬鹿孫か私達に相談しなさい……だ、そうだ」

 

 爺ちゃんと婆ちゃんは勘が鋭い。俺が昔、義足のせいで虐められていた時、隠していたのにバレて「子供が儂ら老いぼれに遠慮してどうする」と、爺ちゃんからは【マジカル八極拳】なるものを叩き込まれ、婆ちゃんからは拳骨を叩き込まれたことがあった。

 そんな二人から頼まれた伝言は、シエルを心配するようなもので。伝えられたシエルは少しだけ、暗い顔を見せてから笑う。

 

「ありがとうございます、月食君。でも、大丈夫ですよ」

 

 そんな彼女を、放っておけなかったから……だろうか。俺はこの先の人生において、最高の歴史でもあり、最悪の黒歴史である言葉を言ってしまうことになる。

 

「シエル」

 

「はい、何ですか?」

 

「錬金術、学んでみるつもりはないか?」

 

「……はい?」

 

 この言葉が、聖堂教会と魔術協会の方から【魔術上がりの錬金術師】、知り合いには【香辛料の錬金術師(スパイシーアルケミスト)】なんて呼ばれている俺──月食神波(つきばみ かんな)と、埋葬機関第七位【弓】のシエルの長い長ーい縁になるとは……あの時は思ってもいなかった。

 

 

 

 




シエル

皆大好き、カレー大好きな可愛い先輩。実は月食を埋葬機関に引きずり込むことも、密かに期待されていたりする。


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3.馬鹿弟子

皆シエル先輩をスコれ。最高だろ、シエル先輩。


 カレーハウス『メシアン』、二階居住エリアのリビングで、俺は待ち人を待っていた。

 

「あと十分弱……多分時間通りに来るだろ」

 

 先日、シエルに錬金術を学んでみないかと聞いた時、困惑してはいたけど了承されたのだ。どういう風の吹き回しなのかと聞かれたら、少々回答に困るが……シエルが放っておけなかったから、というのが一番の理由だろう。

 シエルは何かを抱えている。埋葬機関にいる理由もそれに起因するものだとは思うが、彼女はきっと、心から笑ったことがない。

 

「あ、爺ちゃん、婆ちゃん。昨日も言ったけど、今日は友達と遊ぶから手伝いできない」

 

「分かっとるわい。神波(かんな)が友達と遊ぶなんて、思ってもみなかったが」

 

「しかも女の子ですものねぇ……」

 

 な、何だか生暖かい視線を注がれたぞ? 俺とシエルはそんな関係ではないんだけど……

 何を言っても無駄だろうから言わないでシエルを待っていると、玄関の呼び鈴の音が耳に届いた。

 

「まだちょっと時間あるはずなんだが……」

 

 きっとシエルだと思い、階段を降りてメシアンの裏玄関を開ける。するとそこには、シスター服のシエルが立っていた。うーん、凄く似合ってはいるんだけど……

 

「あのミスター麻婆豆腐を思い出すんだよなぁ……」

 

「? 麻婆豆腐がどうかしましたか?」

 

「ああ、いや……まさかシスター・シエルが来るとは思ってなくてな……」

 

 聖堂教会の戦闘服の一つである修道服……ああ見えてスカートの中には大量の黒鍵が入っているのだろう。

 対異端聖典武装【黒鍵】。魔力を流し込むことによって自動洗礼状態へと移行し、吸血種達へ有効的な打撃を与えることができる武装である。火葬式典、土葬式典、風葬式典、コンクラーベ、影縫い、時飛びなどたくさんの投擲スタイルが確立されてきた由緒正しい武器だ。

 そんなものが仕込まれているであろうスカートに恐れ戦いている俺は、ハッとしてシエルを歓迎する。

 

「ようこそ、シエル。今日から錬金術師見習いとなる、馬鹿弟子を、俺は歓迎するぜ」

 

「ば、馬鹿弟子……?」

 

「おう、馬鹿弟子だ。神様とやらの領域に踏み込んだ馬鹿野郎に、錬金術を教えられちまうんだからな」

 

 カラカラと笑って、部屋に案内すると、シエルがキョロキョロと俺の部屋を物珍しそうに見渡す。

 

「なんだ?」

 

「いえ、その……案外普通、というか……」

 

「ああ……工房はここにはないんだよ。工房はこっち」

 

 黒いクローゼットの戸を開けると、ガシャガシャと音を立てて形を変えていく俺の部屋──と言っても、変わるのはクローゼットの向こう側だけなんだが。

 そして改造が終わり、クローゼットの向こう側には一人部屋より少し大きな部屋が出来上がった。

 

「こ、これは……! 城の……!?」

 

「城……? あ、もしかしてあの王国野郎? あいつ死んだの? マジで?」

 

 あの野郎、やっとくたばったのか。爺ちゃんと婆ちゃんと一緒にリハビリ兼旅行に行った際、襲ってきたから完成したばっかりの『紅蓮の錬金術』でふっ飛ばして逃げたんだけど……死んだのかあいつ。

 

「あの死徒、狩る前から損傷してましたけど、もしや……」

 

「多分俺の錬金術のせいだな。『紅蓮の錬金術』で爆弾にしてやったよ」

 

 あの時の攻撃はあいつが油断していたからやれたことだが、次襲われたら確実に殺されてしまうだろう。

 

「可哀想になってくるほど手負いでしたよ、あの死徒」

 

「両手を吹き飛ばしたからなぁ……」

 

 というかあいつ、どうやって爆発を腕だけに留めたんだろうか。死人に口無しだから調べようもないけど、ちょっと気になってしまうのは魔術師上がりの性分だ。

 

「まぁいいや。授業を始めようか。『始めよう錬金術~初級編~』ってな」

 

「あ、はい。よろしくお願いします!」

 

「んじゃ、まずは錬金術を学ぶ当たっての注意事項からな」

 

 俺の錬金術は魔術師の錬金術とは違う。だからやってはいけないこともある。人道に背いちゃ錬金術師どころか人として終わってしまう。

 

「原則三つ。一つ、金を作ってはならない。二つ人を作ってはならない。そして三つ……自分の魂に恥じない選択をすること」

 

「一つ目と二つ目は分かるんですが、三つ目は?」

 

「シエル、あの時こうすれば良かったとか、こうしなければ良かった、なんて経験あるか?」

 

 そう言った途端に、シエルの表情が曇る。そりゃそうだろう。シエルは埋葬機関の所属で、何度も死徒と戦ってきているのだから。その中で仲間を失ったり、助けられなかった命もあるはずだ。

 そんな経験をしていれば、何を信じていいのか分からなくなってくるだろう。だから、俺は決めたのだ。

 

「何を信じていいのか分からない時。迷ってしまった時。自分自身を信じるんだ」

 

「自分、自身……」

 

「お前の魂に誇れる選択をすればいい」

 

「そんなこと、できるんでしょうか。間違いばかりだとしても」

 

「……これは、爺ちゃん達からの受け売りなんだけどさ。心は、魂は自分を自分で決められる唯一の部品なんだと」

 

 だから心や魂に誇れる選択をするのだ。どれだけ間違い続けていたとしても、魂に、心に嘘を吐いて進んだら、自分も他人も許せなくなるし、愛してやれなくなってしまうのだと、爺ちゃん達は言っていたのを覚えている。

 

「それをなくしちゃいけない。なくしたら道具に成り下がる。もし、もしも、だ。それすら機能しなくなった、その時は──」

 

「その時は?」

 

「俺が錆だろうが何だろうが落として修理してやる。嫌と言っても、拒んでもやるからな」

 

 シエルはただの女の子だ。どれだけ強いとしても、俺や爺ちゃん、婆ちゃんにとってはカレーが大好きな女の子である。化け物退治の専門家であったとしても、それは変わらない。

 

「で、カレーでも食いながら話をする。腹減ってると嫌なことしか考えられなくなるし。シエル、カレー好きだろ?」

 

「──ふっ、ふふ……何ですかそれ。さっきまでの真剣さが台無しですよ」

 

「いいだろ、別に。真剣な話してると肩が凝るんだよ」

 

 シエルが吹き出したところで、手を叩く。

 

「とにかく、だ。嫌になったら逃げろ! で、師匠である俺に会いに来い! いいな!」

 

「ふふ、はい、先生」

 

 口約束ではあるが、シエルは約束を破ったことがない。いざとなればカレーでも使って捕まえてやると息巻いて、俺は何冊かのノートをシエルの前に置いた。

 

「さて、授業を始めるぞ。最初に学ぶのは錬金術の基礎中の基礎。『全と一』についてだ」

 

「あ、はい。改めて、よろしくお願いしますね」

 

 俺は工房からホワイトボードを引っ張り出して、その中心に大きな円と小さな円を描く。

 

「全と一……これは自分なりの答えを見つけるべきだが……参考程度に俺の解釈を話す。全は世界、一は俺。それが俺の解釈だ」

 

「壮大過ぎでは?」

 

 そう言って首をかしげるシエル。うん、まぁ、最初にこれを聞いたら困惑する。俺だって錬金術を学ぶ前に聞いたら確実に困惑するし。

 

「俺達は大きな円、流れの中で生きてる。人が一とすれば、全は社会。社会が一とすれば全は国。国を一とすれば──」

 

「世界が全、ですか?」

 

「そう。そんな感じでどんどん大きな円が形成されていく。そういう流れの中で、俺達は生きてるんだ」

 

 それを理解することから、錬金術は始まると言っても過言ではない。

 

「それを理解すれば、わりと簡単に錬金術は使えるようになる。俺は例外になるが──こんなこともできる」

 

 工房から更に炭素棒と砂糖を持ってきて、錬成陣を描いた紙の上に置く。そして手を合わせ、錬成陣に向けて両手を突き出せば、青い稲妻が迸った。白い光が止むとあったはずの炭素棒はなくなっており、一つのコッペパンが出来上がっていた。

 

「え!? あったのって炭素棒でしたよね!?」

 

「パンは炭水化物だからな。空気中の酸素、水素、二酸化炭素と砂糖、炭素棒を分解、それらを再構築して合成。これで魔法のパンの完成だ。あとは焼いてやれば、美味しいコッペパンよ」

 

 実は砂糖がなくてもパンとか作れるんだが、今回は面倒なので砂糖も追加した。色々説明を省いたが、習うより慣れろとも言うし、シエルもその方が分かりやすいだろう。

 

「錬金術はこんな可能性も秘めているんだ。その副産物でスパイスの調合が上手くなったりとかした」

 

「つまり錬金術を極めたら、カレーも美味しくなる……?」

 

「カレーは副産物だぞ馬鹿弟子」

 

 この馬鹿弟子、カレーのことになるとスイッチが入るな。仕事中はそうでもないんだろうけど……もしや、辛い職場だからこその反動だったりする? 

 もしそうなら、錬金術を教えながらも色々遊びも教えた方が、シエルのためになるかもしれないな。吸血鬼を倒して、カレーを食べて、また吸血鬼を殺しに行くとか、ブラック企業だとしてもしないルーティーンだ。

 

「まぁ、とりあえずシエルには、錬金術の一つを修めてもらう。好きなの選べ」

 

「あ、じゃあこの『紅蓮の錬金術』ですかね」

 

 俺が出したノートの一つに書かれていた錬金術の項目を開いて、目を輝かせるシエル。凄く物騒なものに手を出したなこの子……

 

「凄い物騒な錬金術に手を出したな」

 

「だって、手袋のデザインだって言えば入国審査も簡単じゃないですか。しかも手軽に聖典武装を爆弾として使えるなんて」

 

「まぁそうだけどさ。……まぁ、『雷霆』とか『氷結』よりはマシか……? いやでもなぁ……」

 

「雷霆? 氷結?」

 

 あ、やっべ。『雷霆の錬金術』と『氷結の錬金術』はまだノートに情報を追加してない。そして、この二つは俺の修めた錬金術の中でも最大級にヤバい錬金術であり、シエルが求めてそうなものだ。最近は『銀の錬金術』も完成間近だが、それよりもシエルは前者二つを求めるだろう。

 

「月食君」

 

 シエルの目から光が無くなる。あ、これはあれか? マジモードというやつか? 

 

「……何でしょう」

 

「『雷霆の錬金術』と『氷結の錬金術』について教えてください。なるべく詳しく。私は冷静さを欠こうとしています」

 

「落ち着け、近い。離れろ」

 

 戦闘モードに引けを取らないであろうオーラを纏って迫ってくるシエルは、学校で見ているような頼りになる生徒ではなく、代行者としての顔が出ていた。

 

「さぁ、早く。教えてください」

 

「だから、落ち着けと言っている!」

 

 ま、これくらい意欲的な方が教えがいがあるってもんだけど。

 ただ、それはそれとして近い。いい匂いがする。

 

「あ……す、すみません。つい早とちりを」

 

「全く……で、だ。『雷霆の錬金術』と『氷結の錬金術』について、だったな」

 

 シエルが落ち着いたところで、『氷結の錬金術』について説明を開始した。ホワイトボードには『氷結の錬金術の強み』、と書き込んで授業を始める。

 

「まず『氷結の錬金術』だが、これは水属性の錬金術だ。他の錬金術とも相性が良い」

 

 ホワイトボードに『水属性』と書き込み、三つの丸を作った俺は、シエルに問いかけた。

 

「シエル、水の相転移は?」

 

「えーと……凝固、蒸発、とかですよね?」

 

「正解。水さえあれば使えるというのが、この錬金術の利点だ」

 

 水属性の錬金術『氷結の錬金術』は、液体なら何でも使える便利な代物である。普通の水、雨水なども利用でき、水蒸気爆発なんてものを引き起こすことだって可能なのだ。『焔の錬金術』と組み合わせても強い。

 

「相手を凍らせる、液体の檻で閉じ込めるとか諸々あるが、シエルが注目すべきはどこでも使えるってところだな」

 

 この錬金術は液体なら何でもいい。血液だろうと扱えるため、どうあっても被弾すれば出血を強いられるシエルとの相性はいいだろう。

 それに、相手の体の水分をいじって爆発させることもできる。そのレベルに辿り着くには、何年か訓練しなければならないだろうが、それでも水の弾丸とかを射出するくらいならやれるようになるはずだ。

 

「電気を使う『雷霆の錬金術』と違って、使いどころを選ばない。汎用性の塊であり、基本的にどの戦術にも組み合わせられる。俺としては『氷結の錬金術』を推したいね」

 

「ふむふむ……確かにそう言われると……」

 

「今決めなくてもいいから、決めたら話してくれ。今日は基礎をがっつり叩き込むから」

 

 必殺技になり得る錬金術もいいが、基本技である錬金術の基礎。それを下地にすることで、錬金術は更に深く、強力なものへと変貌する。

 さぁて……今日でどこまで伸びるかねぇ、シエルは。何分、人に教えるなんて経験は義足を造ってもらった時以来だし……俺次第でもあるな。

 

「まぁ、仕事もあるし、キツかったら言ってくれよ?」

 

「はい。お気遣いありがとうございます」

 

「ん。じゃ、基礎やっていくぞ。まず、等価交換の法則だが──」

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 ──────物覚えが早いのか、シエルはどんどん錬金術について理解していった。一時間経つ頃には錬金術の基礎の応用で木と石の合成人形を造れるレベルにまで到達している。

 

「凄いな、シエル」

 

「そうでしょうか? 月食君の教え方が上手いお陰ですね」

 

「いや、九割はシエルの適性によるものだ。だから、素直に喜べ」

 

 実際、本当に凄い。錬成陣はまだ俺が作ったものを使っているが、そのうち自分で描いて使えるようになるだろう。

 

「さて、シエル。優秀な弟子のお前に、いいお知らせだ」

 

「え、何ですか?」

 

 首をかしげたシエルに、得意気な笑みを浮かべて答える。

 

「今は十一時半。もう少しで昼だ。そして、ここはカレーハウスだ」

 

 その言葉を聞いて、シエルの目が輝きを放ち始めた。俺が何を言いたいのか分かったようだな。

 

「も、もしかして……」

 

「昼飯はカレーだ。賄い、出してやるよ」

 

 カレーハウス『メシアン』では、八百円の日替わりカレーが賄い飯である。今日の日替わりカレーは豚カツが乗ったカレー……つまりカツカレーである。

 うちのカツカレーは他の店のカレーと違って、具材もしっかり入っているタイプのカツカレーだ。揚げたての豚カツと、ホロホロになるまで煮込んだ具材。そしてご飯を同時に掻き込むと凄まじい多幸感がやってくるという魅惑の一品である。

 

「カツカレー……! お高くてちょっと手が出せなかったんですよね……」

 

「日替わりカレー頼めば一律八百円だぞ?」

 

「でもあれ、サイドメニュー固定じゃないですか」

 

 ああ、そういう……グリーンサラダ固定なのがあまり気に入らないと。気持ちは分からないでもない。

 

「選ぶ瞬間が楽しいんですよ!? 分かりますよね!?」

 

「まぁな。──っし、とりあえず持ってくる。ご飯とルーの量は?」

 

「どっちも二倍でお願いします」

 

「はいよ。んじゃ、机の上片付けといてくれ」

 

 それだけ頼んで、俺は厨房へ向かう。多分婆ちゃんがシエルの分の豚カツを揚げている。俺はカツ少なめだ。胃がもたれるんだよなぁ……

 

「爺ちゃん、婆ちゃん、賄い取りに来たよ」

 

「おう、そこにある皿使ってくれや」

 

「シエルちゃんの分はどのくらい?」

 

「どっちも二倍」

 

 てきぱきと仕事をこなし、あっという間に盛り付けられたカレー皿をトレーに乗せる。カレーの上に乗った揚げたての豚カツと、うちの特製ブレンドスパイスの香りが食欲を掻き立てた。いつ見ても婆ちゃんの揚げ具合は最高だ。これはカレー愛好家シエルの舌も唸らせることだろう。そんな確信を持ちながら、俺はカツカレーを自分の部屋に運ぶため、厨房から出ていこうとするが、爺ちゃんが呼び止めた。

 

「神波」

 

「ん?」

 

 寸胴鍋に入ったカレーを盛り付けながら、爺ちゃんは真剣な表情で口を開く。

 

「あの子の手、離すなよ」

 

「? うん」

 

「あの子は何か隠してる。それを知った後も、な」

 

「言われなくても」

 

 爺ちゃんの勘は鋭い。シエルが何かを隠しているのは、紛れもない事実だと思う。

 だが、それがどうした。師匠は弟子を見捨てない。それを除いてもシエルは友達だし……あんな泣きそうな女の子を放ってはいられない。

 そんな決意を固めながら、俺はカツカレーを両手に、部屋へと戻った。

 

「言葉を違えたら、お前に【マジカル八極拳】の奥義を受けてもらうからな」

 

 ……寒気がしたのは、仕方のない話である。

 

 

 




月食蛍(つきばみ ほたる)

神波のお祖父ちゃんに当たる人。【マジカル八極拳】なる拳法を修めており、七十代後半のくせに化け物みたいな実力持ち。「この時代に老いぼれを見たら生き残りだと思え」を体現しているような化け物。本人曰く「本気の拳は空間が歪む」、らしい。化け物過ぎやしないか?
とある魔法使いが「このお爺ちゃん頭おかしい!」と言うくらいには化け物なお爺ちゃん。


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4.三日月の下でのエンカウント

月食神波のイメージ(文面のみ)

・金胡麻色の髪。短くも長くもないが、髪を後ろで纏めるくらいの長さがある。
・背丈は170cmくらい。本人は180cmほど欲しいと思っているが、悲しいかな。成長期は終わってしまったのだ。
・目の色も金胡麻色。やや楕円で少々のたれ目。
・細いが筋肉質。使うための筋肉というやつ。志貴君の着替えを覗いていたシエルなら「いい体をしている」と言う。
・両足どちらも膝上まで義足。とある人物が条件付きで作った魔術礼装にも近い最高級品。
・健康的な白い肌をしている。
・最後に、笑顔が素敵だとよく言われている。


 今日は冷えるなぁ、と思いながら夜道を歩く。

 この土地のセカンドオーナーである遠野家が一応色々やっているだろうが、最近死徒の気配が濃くなってきた。さすがに死徒二十七祖はいないだろうが、シエルのような人が来ているのだし……

 

「わざわざ送ってもらって、すみません」

 

 そんなことを考えていると、薄暗い道でシエルがそう言ってきた。修道服ということは今夜は死徒の探索をするのだろう。だが、家に安全に送るまでが俺の仕事である。

 

「いいんだよ、この後見回りやるし。行き帰りで一石二鳥だ」

 

「月食家ってここのセカンドオーナーじゃないですよね?」

 

 シエルの言う通り、俺はこの総耶のセカンドオーナーではない。

 

「ああ。だけど、遠野家だけじゃ手が回らねぇ。この辺りは魔が集うって言われてるし」

 

「ここってそんなに物騒なんですか?」

 

「だって混血の家が多いし。遠野もそうなんじゃなかったっけ」

 

「えっ」

 

 別に七夜、両儀、浅神、巫浄の退魔四家に与しているわけでも、遠野、有間、久我峰、刀崎、軋間といった混血の家に与しているわけでもないからな。そもそもあの家々と月食(つきばみ)家は互いに不干渉ってのが暗黙の了解だ。

 ちなみに、遠野家の後輩とはよく飯を奢る仲である。あいつ、大変そうだしなぁ。有間家にいた時も妹さんとコミュニケーションが上手くいかないとかよく相談されてたし。

 

「その件については後で詳しく聞くとして──月食君。そういえば気になっていたんですけど……月食君のお婆様は、聖堂教会に所属してましたか?」

 

「ん? 婆ちゃんのこと? ……どうだろう、爺ちゃんと殺し合った仲とか言ってたけど……」

 

 馴れ初めが殺し合いとか、凄く刺激的。スプラッタ映画もニッコリの状況を説明された時は、苦笑と吐き気を催したものである。

 

「何でそんなこと聞くんだ?」

 

「いえ、その……局長に『総耶へ行ったら、エイリスによろしく言っておいてくれ』、と言われたので」

 

 エイリス……婆ちゃんの名前だ。爺ちゃんも婆ちゃんもそこまで昔話をしないから分からないが、多分婆ちゃんは聖堂教会に所属してはいない。

 それどころか嫌っている気がする。前に聖堂教会について聞こうとしたら笑顔で拳骨叩き込んできた。

 

「多分違う。聞いた時、俺の頭蓋が変形しかけた」

 

「頭蓋が!? えっ、月食君って結構頑丈ですよね!?」

 

「おう、とある神父の【マジカル八極拳】喰らっても骨に罅が入るくらいで終わるぞ」

 

 あの麻婆豆腐神父め……麻婆豆腐の作り方を教えてくれって言っただけなのに、【マジカル八極拳】を教え込まれたのは今でも忘れてねぇからな、あの野郎! 

 

「月食君本当に人間ですか?」

 

「どっからどう見ても人間だろ。何なら洗礼詠唱でも喰らわせてみる──あ?」

 

 その瞬間──町の空気が淀んだ。

 知っている。この淀みを、俺は知っている。冒涜的な腐った臭い。龍脈が乱れ、流れが循環しなくなる不快な感覚を俺は知っている。

 

「シエル」

 

「ええ、分かっています。この気配は──死徒。不死、でしょうか」

 

「第Ⅲ階梯……やっぱりいるか」

 

 俺から見てすぐ右の路地裏、少し広い空間から漂ってくる気配に顔をしかめながら、俺は鞄から『氷結の錬成陣』が刻まれた腕当てを取り出す。

 吸血鬼狩りは初めてではないが、嫌な気分になる。特に望まずに化け物へと変貌した人達を殺す時が堪えるのだ。

 

「さて……シエル。ここは俺に預けてくれ」

 

「はい? 死徒を殺すのは代行者たる私の務めなのですが」

 

 それはそうだ。

 

「一応、俺はシエルの師匠だからな。師匠の実力ってもんを見定めてもらおうと思ったわけだ」

 

 隔世遺伝した胡麻色の髪を紫紺の髪留めで纏め、息を吐く。スイッチが入ったように、撃鉄が降りたように、世界の色が変わる。

 

「……分かりました。ですが、危ないと判断したらすぐに介入しますからね」

 

「安心しろ。そんなことにはならねぇよ」

 

 笑みを浮かべて路地裏に踏み込んでいく。靴に仕込んだ錬成陣も問題なし。油断することなく、あの世に送ってやる。

 

「不死に魅入られた者、獣へと堕ちた者よ」

 

 人を襲い、血肉を喰らっていた数匹の化け物がこちらを見た。奴らにとって、俺は迷い込んだ餌。それが命取りとなる。

 

「望まずに堕とされた者。俺には助ける術はない。故に──」

 

 青い稲妻が、迸る。それと同時に、周囲に飛び散っていた血液が蒸発し、気化していく。赤い霧となった血液が化け物の体を覆ったところで、化け物達は何かを感じ取ったように俺に襲いかかった。

 迫り来る爪と牙。人に擬態することすらできる化け物の、人を簡単に殺せる凶器が迫ってくる。だが、その凶器が俺に届くことはない。何故なら、もう終わっているのだから。

 

「せめて、痛みなく逝かせてやる」

 

 血の霧は急激に冷えて固まり、凝固する。『氷結の錬金術』は水を操る錬金術であり、その液体の温度を操る錬金術でもあるのだ。

 液体を沸騰させて蒸発。気化した液体を霧に変化させた後、化け物達の表面及び体内へと侵入させて内部の液体を掌握。そして最後に液体の温度を急激に低下、圧力をかけることで、凝固点まで持っていく。液体の原子回転を停止させたことで原子配列が集合、配列化した影響によって、死徒を完全凍結。

 何が起きたのか、彼らは分からなかっただろう。一瞬で冷凍されたお陰で即死しただろうから。

 

「終わりだ」

 

 踵を鳴らし、凍り漬けになった彼らの水分を内側から解放し、爆発四散させる。崩れ落ちていった氷の山に向けて、俺は手を合わせた。

 助けられなくて、ごめんなさい。来世では、真っ当に死ねますように。せめてそれを祈らせてください。

 

「──っし、終わりだな」

 

 冷気を霧散させて髪留めを外す。この辺りの空気の淀みは消えたが、まだまだ問題は解決していないはずだ。見回りの時間を増やした方がいいかもしれないな……

 寝不足が確定したところで、腕当てを外してシエルの方を見る。

 

「終わったぞ。どうだったよ?」

 

「──凄かったです。あの殲滅速度は、並みの代行者では難しいでしょう」

 

「ああ、そりゃどうも」

 

 シエル達、埋葬機関ならもっと早く済ませるのだろうなと思いながら、シエルの賞賛を素直に受け取る。

 

「『氷結の錬金術』、それをおすすめしていた理由が分かりました」

 

「だろ?」

 

 この錬金術の利点はどこでも使えることに加えて、事後処理が容易であることが挙げられる。炎でも物騒な武器でも、岩でもなく、使うのは水だから当然だ。

 

「展開速度、錬成に使うコスト、事後処理の楽さ。魅力的ですね」

 

「極論、自分の血でもいいからな。まぁ、『雷霆の錬金術』も面白いから今度教えてやるよ」

 

 俺の教育方針はとりあえず色々見たり聞いたりして、自分の琴線に触れたものを習得してもらう、だ。学びたいことをたくさん学んでくれた方が伸びるからな。

 俺の場合は色々やってみたいと思ってやってきたけど、真理を見なければここまでの早熟はなかったと思う。

 

「あれ……? 月食君って魔力を持ってないんですよね?」

 

「おう」

 

「じゃあ、どうしてⅢ階梯の死体が消えてるんですか?」

 

 シエルが気になったのは、爆発四散した第Ⅲ階梯の肉体全てが灰となって消え去っていることについてだった。……今日説明したばっかりなんだけどなぁ。

 

「馬鹿弟子。今日説明したばっかだぞ」

 

「はい?」

 

 やだこの子、もしかしてアホの子なのかしら。

 

「全は?」

 

「一」

 

「一は?」

 

「全」

 

 うん、ここまではしっかり覚えているようだ。

 

「人と?」

 

「社会」

 

「社会と?」

 

「国」

 

「国と?」

 

「世界……って、何の話ですか?」

 

 うーん、天才だけど天才じゃないんだな、シエルは。これはもっと分かりやすく説明した方がいいのだろうか……? 

 

「錬金術は世界のルールに則って使うもの。なら、世界のルール、法則に反した連中に使えば?」

 

「ルールに、引っ張られる?」

 

「おーし、正解だが赤点だ。次回の授業は更にガッツリやるからな」

 

 気付くまでが遅すぎる。

 

「聖典武装とは違って、肉体を人間に戻すんじゃねぇ。真理を押し付ける、と言うべきか」

 

「すみません、そのホワイトボードはどこから?」

 

 ホワイトボードの素材なんて、どこにでも転がってるだろうが。大体の道具は錬成すればいいだけだし。

 

「死徒だろうが何であろうが、世界の流れに逆らえばただでは済まない。んで、錬金術は世界のルールそのもの」

 

 シエルが宇宙の真理を知った猫のような顔をしているが、俺の授業は終わらない。

 

「色々省くが、意味が理解しようが理解できまいが関係ねぇ。液体は凍る、物質は燃える、武器で攻撃されたら致命傷を負う。そういう当たり前のルールを相手に押し付けるんだ」

 

「えーと、つまり……世界のルールそのものを敵に叩き込む、と?」

 

「正解。まぁ、それは俺の場合の話。普通なら魔力を注がねぇと死徒に大きなダメージを与えるのは難しいだろうよ」

 

 真理を見た俺だからこそ、世界のルールを押し付けることが簡単にできるが、シエル達の場合は魔力も併用しないと難しい。錬金術への理解が深まっていけば、問題なくダメージを与えられるようになるだろうが。

 

「まぁ、長くなるから一旦授業は終わり。次回までに課題を与えるので、しっかりやってくるように」

 

 にこやかにプリントを渡せば、シエルの表情が大いに曇った。人間、誰もが課題というものを与えられたら嫌な顔になる。

 

「うっ……凄い量……」

 

「これでも削減した方だぞ」

 

 シエルの錬金術戦闘に必要最低限のことを詰め込んだプリントは、合計十五枚。基礎編を完全網羅したそれは、シエルの役に立つだろう。

 だからそんなに睨まないでくれ、これでも減らした方なんだぞ。

 

「まぁ、できたら伝えてくれ。採点もするからな」

 

「は、はい……」

 

 ……さて。死徒も殺したし、空気は正常に戻った。あとはシエルを家まで送るだけだ。……ちゃんと送らねぇと、俺の気が済まねぇし、爺ちゃん達に何をされるか分かったもんじゃねぇ。あ、ヤバい。震えてきた。

 

「ほら、行くぞ。どっちだ?」

 

「あ、えーと、この先です」

 

 路地裏から出て、龍脈の流れが安定している道を歩く。この辺りは龍脈の流れが結構穏やかで、龍脈を利用する錬丹術とも相性が良い。

 風水的にもいい立地の建物ばかりなので、カレーハウス・メシアンを継げなかった時はこっちで喫茶店でも開こうと考えている。毎日コーヒーや紅茶に囲まれて、錬金術の研究をしながらもゆったりと過ごす。たまに知り合いが来店して、他愛もない話をしながら料理を提供する……うん、穏やかで楽しい生活だ。

 

「シエル、もし埋葬機関から引退させられたとしたら、どうする?」

 

「え? それは……無いと思います。いつも人手不足ですし」

 

「例えばの話だよ。何がしたい? 何をやって過ごしたいとか、考えたことあるか?」

 

 隣にいるシエルの顔は見えなかったが、何か地雷を踏み抜いたような気がした。でも、それでも聞いておきたいと思った。だって、迷子みたいになってる奴を放っておけるほど俺は人間性ができていないから。

 

「……ごめんなさい。考えたこともありませんでした」

 

「あ、そう? 残念」

 

「参考までに、月食君はどんな?」

 

「俺? 俺はメシアンを継ぎたいな。ダメだったら喫茶店を開くんだ。この辺に」

 

 こういう夢って、大事だと思う。いつだって俺達は今を生きて未来に向かって進むのだから。

 

「メシアンほどじゃなくていいからさ、たまにシエルも来てくれよ? 知り合いとゆったり話をするってのも俺の夢だからさ」

 

「ええ、それはもちろん。月食君がカレーを作るなら、というのが条件ですが」

 

 この後、毒にも薬にもならない会話をして、シエルが住んでいるというマンションの前まで辿り着く。多分、これからシエルは死徒を探しに行くのだろうが、とりあえずミッションは完了したと言っても過言ではないだろう。

 

「じゃ、俺帰るわ。また明日、学校でな」

 

「はい、また明日。おやすみなさい、月食君」

 

「ん。おやすみー」

 

 シエルに背を向けて、来た道を戻る。

 俺が歩く薄暗い道を、三日月だけが照らしていた。秋だからか、日が沈むのも早い。

 

「……拠点とかを探すなら、昼間がいいか」

 

 日が昇っている間、死徒は表立って活動をしない。もちろん近付きすぎると面倒なことになるので、ある程度の目星を付ける程度に留めるが。

 

「ふーん、面白そうな気配があったから来てみたけど……本当に面白いことになってるわね、あなた」

 

 不意に、右上から声が聞こえた。それと同時に迫り来る純粋過ぎるほどの殺意。

 

「──っぶね!?」

 

 危険信号に従って体を逸らせると、俺の鼻先を声の主であろう者の爪が掠める。な、何だ今の……あんなの喰らったら確実にミンチになるぞ……!? 

 

「あれ、避けるんだ。不意打ちだったんだけどなぁ。さすが志貴が尊敬してる人間って感じかしら?」

 

「……何者だよ、あんた。少なくとも人間超えてるよな?」

 

 聞き捨てならない名前が女性の口から出た気がするが、とりあえずスルー。爺ちゃん達との暮らしの中で研ぎ澄まされた本能が、目の前にいる女性に向けて凄まじい危険信号を発していた。

 え、何これ。あの王国野郎とかメレムさんよりも凄まじいプレッシャー。そんなものを感じている最中、月のような黄金の女性は笑みを浮かべる。

 

「シエルの匂いもするし……あなたもしかして、この辺りを縄張りにしてる魔術師? あ、でも魔力は感じないわね。気配は……私に近い?」

 

「一人でぶつぶつ言わないでくれます? 凄い怖ぇから」

 

 逃げたいが、今逃げることはできないだろうという確信がある。だが、どうしよう、凄く逃げたい。

 

「──ふーん、そういう感じか…………気が向いたわ」

 

 女性の整った顔が喜悦に歪むと同時に、俺の体と心が逃走を選択した。

 

「遊びましょう、不思議な気配の人間さん!」

 

「丁重にお断りします!!」

 

 その後、俺はどうやって家に帰ったのか覚えていない。

 覚えているのは、あのヤバい女性の爪を掻い潜りながら『雷霆の錬金術』で飛んでみたり、『氷結の錬金術』で拘束したり、【マジカル八極拳】で負傷しているらしい場所を殴り、蹴りをしながら走ったという記憶だけ。

 帰ってきた時の爺ちゃんと婆ちゃんの驚いた表情が珍しくて笑ってしまったが、今日生き残ったのが奇跡だと思い出し、温かい風呂に浸かっている時に涙を流した。

 もしかして、シエルはあんな感じのヤバい奴と日夜戦っているのだろうか? 

 

「……差し入れで、何か持っていくかぁ」

 

 一人暮らしをしながら代行者の仕事もやっているクラスメイトを労る計画を立てながら、俺は温かい風呂で緊張しきった体をリラックスさせた。

 

 

 

 




月食エイリス(つきばみ えいりす)

神波のお祖母ちゃんに当たる人物。洗脳魔術を扱うことから人間の精神についての知識において右に出る者はいないとされる。魔術回路が三桁にある化け物。八十代後半のはずだが、二十代後半から三十代前半の見た目をしている。
神秘の秘匿のために聖堂教会から刺客が放たれたが、全て返り討ちにしてみせた。極刑犯罪者や死徒などを使って研究を続ける最中、聖堂教会から派遣された男性と互いに一目惚れ。
何やらナルバレックと仲が悪いらしい。


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5.学校でご飯を食べる

月食神波の人間関係

ミスター麻婆豆腐:【マジカル八極拳】の師匠であり麻婆豆腐作りの師匠。貴様だけは絶対に許さん!! でも戦い方教えてくれて、ありがとうございます。
シエル:クラスメイトで弟子。多分俺よりも重い過去背負ってる。初手で暗示してきたけど……俺の精神は無事だし、俺もムキになって隠そうとしたのも原因だろうし、いいや。許そう。
志貴:病院時代からの友達。もはやソウルブラザー。
有彦:悪友。
祖父母:不思議な友達がたくさんいる大事な家族。
アルクェイド:何だこの人!?
メレム:助けてー! ストーカーに襲われてまーす!
とある人形師:義足造ってもらってどうも。
久遠寺:関わりたくないですねぇ。
三咲町の名家:ちょっかい出してくんなよ。
魔術協会:一部を除いてクソ。
聖堂教会:魔術協会よりはマシ。
キッショウイン:こっち見んなこっち来んな。


 ……全身筋肉痛……昨日の今日だから仕方ないとはいえ、何だったんだあの金髪の吸血鬼。

 吸血鬼にしちゃあ力を使っていなかったような……あ、手加減されてたのか。それであれって考えると、Ⅸ階梯レベルなんじゃ……

 

「あー、やだやだ。物騒な世の中だよ、本当に」

 

 あんなのが総耶に来ていると考えるだけで億劫になってくる。平和でいいところだったんだがなぁ、この辺りは……魔が集うと言っても、知覚する前に消える程度に収まってたのに。

 

「おや? 早いですね、月食(つきばみ)君」

 

「あ゛? ああ……シエルか。おはようさん」

 

 バキバキと音が鳴る体を起こして、声をかけてきた少女に目を向ける。

 気付いたら、暗示をかけて俺と隣の席にしていた彼女は、昨晩まで死徒狩りをしてきた後であろうに、元気だな……あ、いや、何か顔色が悪い。低血糖だ。

 

「はい、おはようございます。凄い音が鳴りましたけど……大丈夫ですか?」

 

「全ッ然、大丈夫じゃねぇよ。あの金髪吸血鬼め……」

 

「金髪?」

 

「ああ。昨日の帰り道で絡まれたんだよ。大砲みたいな攻撃ばっかしやがって……」

 

 義足で受けてなかったら確実にミンチになっていた。

 ……今思えば、あの攻撃受けても壊れないこの義足も凄いな。もしかして神秘の塊だったりする? 爺ちゃんの紹介で来てくれたあの人、マジで凄いもの造ってくれたんだなぁ……

 感慨深く思っていると、シエルが問いかける。

 

「その吸血鬼、目の色は何色でしたか?」

 

「目? 赤だよ。……あ、いや、途中から金色だった」

 

 躱して錬成して吹っ飛ばすを繰り返す中で、ノッてきたとか何とか言って、凄まじい猛攻を仕掛けてきた。その時の吸血鬼の目は金色に輝いていたと思う。

 

「逃げ切ったんですか? その吸血鬼から?」

 

「逃げ切ったというか、逃がされたというか……だな」

 

 多分、飽きたから逃がされたんだと思う。だってそうじゃなければ、あれが俺を生きて帰すわけがないだろう。

 

「とにかくヤバかった。……あれ、お前の知り合い?」

 

「知り合いではありません」

 

 あら、即答かよ。まぁ、埋葬機関と吸血鬼が知り合いなわけない──いや、メレムさんとか人間卒業してない? 藪をつついて蛇を出す、なんて洒落にならないから聞かないけど。

 

「そうかい。で、あれは誰?」

 

「…………アルクェイド・ブリュンスタッド。真祖と呼ばれる吸血鬼達の頂点です」

 

「大物過ぎない?」

 

「そんな化け物から逃げ仰せたあなたも大概ですけどね」

 

「そりゃな。だってあいつ、錬金術効くし──ん?」

 

 錬金術は世界のルールに則って使うものだから、真祖への有効打になるのは何でだ? 

 

 仮説一。真祖であろうが世界のルールに従わなければならないから。

 

 仮説二。錬金術(科学)という神秘殺しによって、真祖の力を一時的に弱めたから。

 

 仮説三。真祖であろうが吸血鬼のため、死徒判定された。または人間という形に引っ張られた。

 

 俺が思い付くのはこの三つの仮説だが……ルールを押し付ける錬金術の理論でいくと……仮説一と仮説二が有力か? 真祖は生まれた時から吸血鬼だから、死徒とは違う。だから『死体は動かない』、『人間は完全な不老不死にはなれない』って当たり前のルールに反していない。

 

「んー……分からん」

 

「根源接続者でも分からないことがあるんですね」

 

「いや、俺は真理を見て全部許容理解してるだけだぞ」

 

「それをだけ、とは言いません!」

 

 せやな。……せやろか? 

 まぁ、俺のことはどうでもいいんだ。俺は目の前の少女に届け物がある。

 

「シエル、今日の飯はどうするんだ?」

 

「はい? 購買のカレーパンを食べようかと思ってます」

 

 栄養素の傾き具合が心配になってきた。そりゃ爺ちゃん達が俺に指令出すわけだよ。まぁ、言われるまでもなくそのうち作ってたとは思うけど。

 

「そんなお前にお届け物だ」

 

「へ?」

 

 鞄から取り出したのは一つの包み。実家から持ち出した様々な道具で作った藍染の布で包まれたそれは、漆塗りの立派な曲げわっぱである。

 日本の芸術とも言える品は、フランス出身のシエルの目を輝かせると共に困惑させた。

 

「こ、これは……」

 

「どうせカレーばっかで栄養素傾いてんだろ。それを食え」

 

「なっ、し、失礼ですね! ちゃんとカレー以外も食べて……食べ、て……」

 

 どんどん言葉が小さくなっていくシエル。やっぱりカレー以外食べてないんじゃないか……このカレーマニアめ。

 カレーハウス・メシアンは、本格カレー店である。それは間違いではないが、数年前からお弁当制度もやっているのだ。何故って? 来店する人達いっつも同じだし、同じメニューしか頼まないし、サラダも頼もうとしないからだよ!それで倒れたら、メシアンのお客さんが減るだろうが!!

 

「ほれ見たことか。……その様子じゃ朝ご飯も食べてきてないんだろ? これもやるよ」

 

「あの、その革製鞄……内容量とかツッコんではいけませんか?」

 

「ああ、これ? 知り合いのダンディなお爺さんからもらったんだよ。誕生日プレゼントにって」

 

 爺ちゃんの知り合いらしいんだけど、誰だったんだろうなぁ……メシアンでカレーを食べている時に、俺に干渉しても事象が確定されないとか何とか言ってたから、アトラス院の人だったんだろうけど。

 

「まぁ、俺のことはいいんだよ。朝ご飯食べとけ」

 

 俺が鞄から取り出したのは、香ばしい香りを放つパンと、真っ赤なジャムの入ったビン。フランス人のシエルの血が反応したのか、ごくり、と息を飲む音が聞こえた。

 

「あ、あの、一応聞きますけど、それは?」

 

「クロワッサンと自家製イチゴジャム。チーズはないけど、サラミとホットチョコレートは用意できるぞ」

 

 フランスの日曜日に食べるという一般的な朝食を机に置かれ、シエルの視線が俺に行ったり、クロワッサンとジャムに行ったりと忙しくなる。何だろう……ちょっと失礼だが、待てと言われた犬みたいな印象を持ってしまう。

 遠慮しているのか、クロワッサンに手を付けようとしないので、もう一押しさせてもらおうか。

 

「かく言う俺も、朝ご飯食べてねぇんだ。良ければ一緒に食べようぜ。あとあれだ。この量はさすがに食べきれねぇ」

 

「──そ、それなら仕方ありませんね。食べ物に罪はありませんから」

 

 よし、食べる気になったようだ。

 

「ホットチョコレートの濃さは?」

 

「牛乳多めでお願いします」

 

「了解。──ほい、シエルの分のサラミな」

 

 サラミを切り分け、温め直したホットチョコレートをカップに注げば、甘い香りが教室に広がる。

 

「ほい」

 

「ありがとうございます」

 

 朝食が出揃ったところで、俺はホットチョコレートに口を付ける。血糖値が低い体に染み渡る甘さだ。『焔の錬金術』の無駄に洗練された無駄のない錬成で焼き直したサクサクのクロワッサンと合わせて食べれば多幸感で口角が上がる。

 さすがはパン焼き名人の婆ちゃん直伝……サクサクふわふわとは、まさにこのことだ。

 

「あ……」

 

「ん? どうした──ってぇ!?」

 

 今度はジャムと一緒に、とビンに手を伸ばした俺が見たのは、シエルの目から涙が零れる瞬間だった。この朝食にアレルギーでもあったか、地雷だったか!? 

 

「ど、どどどどうした!? 嫌いなものとかアレルギーとかあったか!?」

 

「いえ、違……ちょっと、懐かしくて、ですね……」

 

「────」

 

 そう、か。埋葬機関──代行者達の中には、吸血鬼達に故郷を奪われた人、家族を殺された人がなることが多いと聞く。魔術師にもそういう人はいるが、聖堂教会の方がそういう事情を抱えている人は多いだろう。

 きっと、シエルもそういう過去があったから、代行者になったんだな。家族を奪われて、普通の女の子として生きる権利を奪われた。だから、代行者となった……のかもしれない。

 

「あ、美味しくないわけじゃないですからね? 凄く美味しいです」

 

 涙を拭いて笑うシエルに、俺はちゃんと笑い返せていただろうか。

 

「……そか」

 

「はい。このクロワッサン、売ってるんですか?」

 

「自家製」

 

 驚くシエルを他所に、ジャムとクロワッサンを頬張る。……うん、爺ちゃんの言葉は正しい。シエルの手を離したら、シエルは更に迷子になってしまう。錬金術という限りなく細い糸で繋がっている糸だが、リール並みに回して手繰り寄せ続けねばならないと理解する。

 

「ところでシエル、あの課題で何か分からないところとかあったりするか?」

 

「ああ、それなら、似たものに変える錬成ってところが……」

 

「あー……それか。それならこうするんだよ」

 

 芸術品などの細やかなものを造るのに特化した『豪腕の錬金術』を刻んだガントレットを装備し、チョークを軽く小突く。

 青い稲妻が小さく光を放ち、チョークが鋭いホタテ貝の刃に姿を変える。最近のチョークにはホタテ貝の殻に含まれる炭酸カルシウムが使われていることが多いのだ。

 

「慣れるまでは意識的に切り替える感じだな。シエルの場合、理導/開通(シュトラセ/ゲーエン)を使えるだろうから、比較的簡単にやれるようになるはずだ」

 

「はぁ……そんな速度で錬成できるようになるまで、どれくらいかかるんでしょう?」

 

「俺の場合だけど、リハビリと平行して大体三年」

 

 五歳の時から魔術的な錬金術もやっていたが、それとは全く毛色が違ったのでノウハウを掴むのに時間がかかった。

 ノウハウを掴むのに二年、たくさんの錬金術を運用できるようになるのに一年。戦闘や日常生活で使えるレベルになるまでに五年……いやぁ、思い出すと地獄みたいな経験をしてきている。

 その後も【マジカル八極拳】、【パンクラチオン】、【ルチャ】を習得させられたり、久遠寺さんに「いい研究材料」とホルマリン漬けにされかけたり、メレムさんに「面白いことになってるね、君」と言われて付け回されたりと踏んだり蹴ったりな人生を送ってきた。

 

「本ッ当に……人生って素敵だなぁ!」

 

「皮肉にしか聞こえませんねぇ……」

 

 ああ、皮肉だよ。皮肉以外に何があるってんだ。

 飯が不味くなるような記憶を彼方に捨て去って、俺達はまだ誰もいない教室で朝食に舌鼓を打った。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 時は過ぎて、放課後。今日は部活の活動日ではないのでさっさと帰ろうと廊下を出る。

 

「あ、神波!」

 

「ん? おお、志貴じゃねぇか」

 

 帰ろうとした俺を呼び止めたのは、一つ下の後輩であり友人、俺の素性を知っている一人である遠野志貴だった。相変わらずおかしな体……というか眼をしている後輩の顔には大分焦りが生じている。

 

「どうした? また妹さんにどつかれた?」

 

「いや、そういうのじゃなくて……この後時間あるか?」

 

 うーん? ……まぁ、時間は腐るほどあるから話すぐらいなら構わねぇが……

 

「ここじゃ話せない感じか?」

 

「ああ、まぁ。その……知り合いが神波に粗相をしたって聞いたんで……」

 

「あー……なるほどな。いいぜ、部室に行こう」

 

 志貴が厄介なことに巻き込まれているのは理解した。女難の相だけで腹一杯だというのに、厄介なことにも巻き込まれるとか、一先輩として心配になってしまう。

 

「志貴、お前好き嫌いあったっけ?」

 

「いや、無いよ」

 

「了解。シエルが買った茶請けが余っててな……消費に付き合ってくれや」

 

「そのお茶請け、カレーパンとか言わないよな?」

 

「ははは! 言わん言わん!」

 

 シエルのカレー好きは学校中に広まっているらしい。さすがはシエル。この三年間──おや? シエルは本当にこの学校にいたか? 三年間も? ……いや、いない。

 そもそもあいつは編入生としてやってきたのだ。それも二年の前半に。なのに俺達は三年間ずっと一緒にいたと思い込んでいる。シエルめ……中々の暗示だな。

 

「まぁ、シエルのカレー好きは置いといて、だ。ほら、入りな」

 

 茶道室に招き入れ、戸を閉めた俺は、台所となっている部屋で茶を沸かす。その後、沸いた茶と冷蔵庫の和菓子を取り出して志貴の方へと配膳し、座布団の上で胡座をかいた。

 

「で? 知り合いってのは……金髪の美人さんだったりするのかね?」

 

「ああ、うん。アルクェイドっていう奴なんだけど……先輩に逃げられたとか言われたんで、気になったんだ」

 

「なるほどなぁ。事実ではあるな」

 

 確実に手加減されてたけど、と呟いてから渋い緑茶を一口飲む。ある意味保護者のような立ち位置にいる志貴には、苦笑している俺が苦言を呈しているように見えたのか、流れるように頭を下げた。

 

「アルクェイドがご迷惑をかけて、すみませんでした」

 

「別に気にしてねぇよ。怪我もしてねぇしな」

 

 そもそも何もしていないし、頭を下げた志貴を非難するのは筋違いだし。顔を上げてくれ、と笑ってやればゆっくりと頭を上げて、口を開く。

 

「あと、聞きたいんだけど、アルクェイドから逃げられたって、本当に?」

 

「いや、あれは飽きられたから見逃されただけだろ」

 

 もう一回あれをやれと言われたら即死する未来しか見えない。

 

「だ、だよな。いくら神波だからと言っても、あいつを本気にさせたら逃げられないか」

 

「……というか、俺が聞きたいんだがよ。志貴、お前あんなのといつから付き合ってんだ?」

 

「はい?」

 

 俺の質問に、志貴が理解できないと言わんばかりに首をかしげる。

 付き合いは小学校、中学校──いや、今は昔の病院時代からの仲である俺達。そんな悪友、兄弟と言っても過言ではない俺の質問の意味ぐらい、分かるだろうに……

 

「あの吸血鬼との馴れ初めはって聞いてんだよ」

 

「はぁ!? 神波、俺とあいつはそんな関係じゃないぞ!?」

 

「ん、そうなのか?」

 

 何だ、てっきりそうなのかと。だってあの吸血鬼──

 

「責任取ってもらうんだから、とか言ってたから、ヤったのかと」

 

「するわけないだろ!?」

 

 あら、つまらねぇな。ヤってたら色々からかうための材料になったのになぁ。

 

「まぁ冗談はさておき……志貴、お前この町で何が起こってるのか理解してるか?」

 

「……何となくは」

 

 アルクェイドみたいな奴とつるんでる時点で、大体のことは知っているんだとは思っていたが、ビンゴだった。

 

「死徒って奴らが暴れてるのも、代行者って人達が来てるのも知ってる。……というか、会った」

 

「……もしかしなくても、シエルに?」

 

「ああ。昨日の夜、偶然にもな」

 

 ふむ、つまり……門限破って活動してるわけだな? 

 

「門限破ってよく無事だったな?」

 

「ああ、本当に……琥珀さんが隠してくれなかったらどうなってたことか……」

 

 ブラコンの遠野秋葉にしこたま叱られると共に、自宅待機を命じられてそのまま誰とは言わないが、誰かに既成事実を作られて鳥籠にinコース。そんな確信がある。

 

「大変だな、本当に」

 

「プライベートに干渉してくる妹のせいでな……」

 

 悲しいかな。ブラコン過ぎる妹を持つと、大っぴらに趣味が持てないのだ。涙拭けよ。

 

「今度の土日、遊びに行くか? 有彦も一緒に」

 

「ああ……」

 

 さすがの遠野秋葉であっても、土日くらい自由にしてくれるだろう。してくれないなら、最早DVとかのそれなんよ。

 男の間に芽生える友情を感じながら、俺達は茶菓子と渋い緑茶を楽しんだ。

 

 

 

 




周りから見た月食神波

ミスター麻婆豆腐:喜べ少年。壊れかけた人間であっても、生きる価値はある。私が保証しよう。
シエル:クラスメイトで師匠。初手で暗示をかけようとした自分に心を開くなんて、何て愚か。馬鹿なんじゃないでしょうか? おまけに錬金術を学ばせて。本当に、何なんでしょうあの人。でも何か嫌いじゃないし、一緒にいると落ち着く。しかし、暗示をかけようとした後、素性を明かしただけで全部を水に流したのは謎で、何を考えているのか分からなくて凄く怖い。でもご飯ありがとうございます。
志貴:病院時代からの友達。もはやソウルブラザー。
有彦:悪友。
祖父母:可愛い孫。放任主義が祟って辛い思いをさせてしまった。
アルクェイド:志貴には及ばないけど、おもしれー人間。壊れかけてるのに、正常なふりしてるみたいで面白ーい。
メレム:おもしれー人間。壊れてるのに、正常なふりしてる人間。いつかコレクションに入れてもいいかなー?
とある人形師:興味深い話をどうも。ところで君、本当に正常な人間かい?
久遠寺:ちょっと研究材料になってくれない?
三咲町の名家:お互い不干渉。暗黙の了解。
魔術協会:魔術使えねぇなら魔術師じゃねぇや。あ、でも根源みたいなのに到達してるかもなら確保してぇなぁ!
聖堂教会:確保してぇなぁ!
キッショウイン:あら、こんなところに壊れた人が。大丈夫ですか?


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6.賢者の石

忘れてた人間関係

マーリオゥ:ガチでまともな人なんだよなぁ……いつもお疲れ様です。あ、皆さんもお茶どうぞ。
最新の魔法使い:志貴がお世話になったようで。お姉さんには俺がお世話になったので、魂の兄弟どっちも助けられてますね。ところで……お姉さんと仲悪いんです?


 何だ、肉体を取り戻しに来たわけじゃないのか。

 ま、そりゃそうだ。お前、死んじまったわけだしな。だがまぁ……一応解説行っとくぞ。

 くくっ、『教えて! シエル先生』ならぬ、『教えて! 真理先生』ってな。

 

「ふっふっふっ、どこにであろうと私は存在する。こんにちは。バッドエンドのソムリエクイーン、ネコアルクです。デッドエンドを体験したバッドボーイ&バッドガールを導いてやろうじゃあないか」

 

 ああ、そこにいるナマモノの話は無視して良いぞ。気にしたら負けの存在だしな。

 

 さぁて……早速、今回の死因検証だ。今回の死因は至ってシンプルなもので、あの真祖サマを楽しませ過ぎたことにある。

 

「ダンスはお好き? みたいなお誘いだったしなぁ。この少年結構ジゴロだったりする?」

 

 ……逃走のために使った『氷結の錬金術』、『雷霆の錬金術』、『手合わせ錬成』、【マジカル八極拳】までは許容範囲だったが……『焔の錬金術』も使うのは悪手だった。真祖サマがノリノリになってお前を十八分割しちまったってわけだ。

 

 シンプルだっただろ? 分かったらとっとと出ていきな。また会う時があるかもしれねぇが……ま、その時はその時だ。

 

 あばよ、身の程知らずの大馬鹿野郎。次は上手くやるんだな。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 ────目が覚める。

 

 名状しがたい酷い夢を見ていたような気がするが、思い出せない。真っ白な場所で、脚だけが実体化している不思議な奴に何かを言われたような気がする。

 ……思い出せないなら、記憶にないのと同じだし、忘れてしまおう。

 

「やっと起きたか、錬金術師」

 

「…………マーリオゥさん!?」

 

 薄ら笑いをする知り合い目視して、一気に目が醒める。

 マーリオゥ・ジャッロ・ベスティーノ──司祭代行のお偉いさんであり、聖堂教会で一二を争うレベルでの常識人。常識人だからか、部下の尻拭いもやったりするそうで、胃痛や頭痛に悩まされてそうな人だ。

 そんな人がなぜ俺の部屋に、と思ったがここは俺の部屋ではなくリビングで、俺が寝ていたのはリビングに設置したフェイクレザーのソファ。周囲は汚れていないが、マーリオゥさん及びその部下の方々が少々──いや、滅茶苦茶ボロボロなんだけど、一体何をしたんだろう? 

 

「──お前の爺さん、化け物過ぎるぞ」

 

「はい?」

 

 俺の爺ちゃん? 

 

「あの爺、俺らを見つけた直後に『興が乗った。あの老獪の頼みもあるしな』とか言って、瞬間移動してきやがった」

 

「ああ……」

 

 もう話が見えた。見えてしまった。

 

「その後、お前が起きるまでとか言って俺ら纏めて扱きやがったんだよ! どうなってんだあの爺!? 本当に七十代後半か!? 化け物か!? てか何で見た目が三十代なんだよ!?」

 

「ああ、それは……」

 

 御愁傷様としか言えないというか、お労しやマーリオゥさんとしか言えないと言いますか……

 爺ちゃんは、その……あれだから。婆ちゃんもだけど、フィジカルゴリラなのだ。魔力無しで魔力有りの婆ちゃんと殴り合いができるレベルの化け物で、槍と拳を使わせるともう止まらない。爺ちゃんの十字槍は二度と味わいたくない代物である。

 ちなみに婆ちゃんは、爺ちゃんに正面から立ち向かって勝ち筋を持っている人だ。……足技で。

 もう一度言おう、足技で。足技で爺ちゃんと渡り合えるんだよ! 何でだ! 何で槍が足に負けるんだよ!? 何なんだ、何なんだよ俺の祖父母! カッコいいよりも怖いが先に来るわ!! 

 

「言っておきますがね、爺ちゃん加減してくれますから! それでもヤバいですけど!」

 

「加減!? あれでか!?」

 

「爺ちゃんが本気出したらこの家吹っ飛んでますからね!?」

 

 大方地下の訓練所使ったのだろうが、爺ちゃんが本気なら消し飛んでる。

 

「……お前、よくここで生活できるな。俺ならさっさと一人暮らしの算段立てるぜ」

 

「あはは、あの二人を説得できるとでも?」

 

「目が死んでんぞ」

 

 一応、一人暮らしを提案してこの家を出ようとしたことはあった。だが、爺ちゃんには「ここを出たくば儂を倒してからだ」と言われ、婆ちゃんには「蛍さんを倒したら、次は私ですからね」と言われ、戦いはしたものの一本も取れずに一人暮らしを諦めたのは記憶に新しい。

 放任主義が過ぎて俺の体が滅茶苦茶になったのが相当堪えたのか、過保護過ぎるのだ。

 

「もう諦めてます。あ、お茶淹れますけど何飲みます?」

 

「いらねぇよ。そんな気楽な話をしに来たんじゃねぇからな」

 

 まあまあ、そんな遠慮しないでくださいよ。そう言いながら、台所の飲み物コーナーを漁る。確か、前に買っておいた紅茶のセットがあるはずなんだけど……あれ、どこ行った? この棚に入れてた記憶があるんだけどなぁ……

 

「いいから座れ。お前には聞きたいことがある」

 

「ぐえっ」

 

 絞まってる、極ってますマーリオゥさん。ソプラノさんとメゾソプラノさんを止めて! 首が! 肩が! 悲鳴を上げてるので! 

 

「じゃあ早く座れ」

 

「人の心を読まないでくださいま──あ゛あ゛あ゛あ゛!?」

 

 畜生、この人絶対楽しんでるよ! 

 仕方がないから大人しく座ると、笑っていたマーリオゥさんが真面目な表情となる。

 

「時間が惜しい。本題に入るぞ。──『賢者の石』について、何か知ってるか?」

 

「────!」

 

 ドクン、と心臓が跳ねた。

 

「あ?」

 

「どこで……知ったんですか……!!」

 

 賢者の石。その名前を聞いた瞬間、俺の理性が消し飛んだ。処分した、処分したはずだ。あの研究内容は全て消し去ったはずなのに、なぜこの人が知っている! 

 視界が赤く染まりかけている中、マーリオゥさんが当たりを引いた、と言わんばかりの表情を浮かべて口を開く。

 

「……その反応からして、知ってるみたいだな」

 

「答えろ! どこで知った!? どこから聞いた!?」

 

「落ち着けよ。話が進まねぇ」

 

 洗脳魔術を使ってすぐにこの人から聞き出してしまいたいと思ったが、俺は魔術を使えない。驚愕、戦慄、恐怖──様々な感情で震える体を押さえ付けながら、浮き上がった腰をソファに沈める。

 

「……マーリオゥさん。それを聞いて、どうするつもりですか」

 

「どうもしねぇ。仕事の関係で聞いておきたいだけだ」

 

 嘘は、吐いていない。

 

「…………マーリオゥさん。誰にも口外しないと約束してください」

 

「あ?」

 

「約束してくれるなら、話します。あの、悪魔の研究について」

 

 まだ十二歳だという司祭代行を、真剣な目で見据える。誰にも口外せず、心の中に留めておくことを約束してもらえるように。

 ──時間にして一分弱、といったところだろうか。根負けしたように溜め息を吐いたマーリオゥさんは、部下に指示を出した。

 

「ソプラノ、アルト。周囲の警戒をしろ。盗み聞き、盗み見してる奴がいないかどうかをな」

 

 何も言わずに修道服の女性二人が消える。マーリオゥさんの命令通り見回りに行ったのだろう。心配じゃないと言えば嘘になるが、とりあえずこれで話すことができる。

 

「じゃあ、話してもらうぜ。賢者の石とやらについてな」

 

 彼の言葉に頷き、痛いぐらいに動く心臓を落ち着かせるように息を吸って、大きく吐く。グッ、と震える体を押さえ付けて、あの研究について語り始めた。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 今から大体八年前のある日。車椅子生活をしていた俺は、馬鹿みたいな研究をやらかした。賢者の石と呼ばれるものを作り出す研究だ。

 俺の理論上、錬金術の最高峰……凄まじいエネルギーの凝縮体。石、と呼んではいるけれど固形物、半固形物、液体──どれであろうと良かった。便宜上石と呼んでいるだけだったし。

 

「うーん……? 理論上はできるはずなんだけどなぁ……」

 

 永久に壊れることのない完全物質、そんな代物を造ろうとしたが、何をやっても上手くいかない。

 等価交換の原則に背くようなものを造れるはずがないと、すぐに思い至るべきだった。なのに、当時の俺は全くそれには気付かず、完全物質を造れると思ってずっと研究を続けていた。

 

「エネルギーを濃縮、固定すればいいんだから……えーと、うーんと……あれぇ?」

 

 研究していく度に、不可能であるという現実にぶつかった。なのに諦めようとしなかった俺は、ふと思い至る。

 

「そもそも何のエネルギーを使えばいいんだ?」

 

 そう、それが分からない状態で賢者の石を造ろうとしていたのだ。愚かな話だと今思えば笑ってしまうが、それと同時に気付かなければ良かったと思ってる。だって、それさえなければ悪魔の研究は完成するはずがなかったんだから。

 

「エネルギー……膨大なエネルギーかぁ……核のエネルギー? いやぁ、さすがに難しいだろうしなぁ。じゃあ火力? それも難しいだろうし」

 

 あれでもない、これでもないと膨大なエネルギーを有するものを考えに考え続けて、至ってしまったのだ。

 

「あ、人の魂……?」

 

 そう、その結論に至った瞬間に全てが繋がったように研究は完成へと進む。全能感にも似た感覚に突き動かされて、気でも狂ったかのように研究の成果をノートに綴った。

 

「そうか、そうか……! 人の魂はそこにあるだけで凄まじいエネルギーを持つ! なら、それを大量に集めて凝縮加工すれば──すれ、ば……?」

 

 すればどうなるというのか。真理を見た俺の知識が答える。

 魂を抜かれた人間の肉体と精神は崩れ落ち、魂は石の中で肉体を失った苦しみにずっと苛まれ続け、怨嗟の声を叫び続けて魂の暴風雨となる。

 そして、賢者の石は人の魂の数が多ければ多いほど高純度のものとなると理解した。一より十、十より百、百より千、千より万。多ければ多いほど、賢者の石の力は凄まじいものとなる。それを知ってしまった幼い俺は、理性を取り戻して胃の中のもの全てを吐き出した。

 

「お゛ぇ゛……! ぁえ゛っ……!」

 

 何もかも吐き出しても吐き気は止まらず、悪い夢から醒めたばかりのように体が震えた。

 これは、ダメだ。完成させてはいけない。俺以外誰も知らないまま、処分しなければならないと、研究資料全てを燃やした。万が一もないようにガソリンを錬成して、焼き捨てた。

 

「………………これで、大丈夫。大丈夫……だよね……?」

 

 それで、終わり。賢者の石も、それを生み出す研究も全て。俺の狂気の研究は、誰にも知られることなく終わったのだ。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 黙って話を聞いていたマーリオゥさんは、嫌悪感を滲ませて口を開いた。

 

「つまり、だ。お前の研究は……」

 

「ええ、人間の魂を抽出、圧縮、固定して加工。永久機関とも言えるものの作成、でした」

 

 思い出すだけで吐き気と寒気がする。なぜあんなことをしたのか、あんな研究を完成へと進めてしまったのか。全く分からない。あんなもの、存在してはいけないのに。

 

「擬似的な第三魔法……いや、それに似て非なるもの、か」

 

「一応言っておきますが、ホムンクルスでの生成は無理です」

 

 ホムンクルスはクローン。オリジナルがいて、それをコピーしているため、魂の形……というよりも強度が脆弱なのだ。造る前に崩壊してしまうだろう。

 そんな最悪な研究について話した俺は、マーリオゥさんに問いかけた。

 

「マーリオゥさん。何で賢者の石について、聞いたんですか」

 

「仕事関係……って、そうか。お前が理論を組み上げたなら、お前も一応当事者ってことになるのか。だから……なるほどな……」

 

 何か勝手に納得してる。当事者ってなんだよ。確かにシエルには錬金術を教えてるし、総耶に出た吸血鬼共をぶっ殺してるけど。

 

「【鋼脚(こうきゃく)の錬金術師】月食神波」

 

 その声に凄まじいプレッシャーと真剣さを感じ取り、背筋が伸びた。

 

「聖堂教会からの依頼だ。埋葬機関の代行者と共に、【アカシャの蛇】ミハイル・ロア・バルダムヨォンを討伐しろ」

 

「……はい?」

 

 アカシャ? ミハイル・ロア・バルダムヨォン? 誰だよそいつ。話から察するに、死徒なんだろうけど……え、誰。

 

「言っておくが拒否権はないからな。憐れな当事者さんよ」

 

「あのー、話が見えないんですが……?」

 

「察しろよ! お前の研究内容を知ってる奴が日本に来てるんだよ!」

 

 研究、内容……賢者の石? えっ、研究内容全て処分したのに? 知ってる奴がいるの? マジで? ……マジっぽいなぁ……マーリオゥさんってつまらない嘘は吐かないし……マジ、なんだな。

 

「お前の研究がどこで漏れたのかは知らねぇ。だが、ロアが賢者の石について何かを知ってるのは事実だ」

 

「……」

 

「自分の尻拭いぐらい、自分でしろ。お前の話が確かなら、下手すりゃこの町の全員が──」

 

「させねぇ。そんなこと、絶対に」

 

 させてはいけない。それを知った奴を、やろうとしている奴を逃すわけにはいかない。もし、やるとすれば、この町が消え去ることになる。それは絶対に阻止しなくてはならないものだ。

 俺にはその責任と義務がある。賢者の石の存在を実証してしまった俺が止めなければならないのだ。

 

「やるんだな?」

 

「やります。それが俺のやることなら、やらなきゃならない」

 

 その言葉に、マーリオゥさんは何を思ったのだろうか。少なくとも、良い感情を抱いたとは思えない表情を一瞬見せた。その意味を、俺は全く分からなかった。

 

「──ああ、そうかよ。……なら、報酬の話をしておくぜ。報酬は……そうだな、聖堂教会が保有してる領地の一部……とかどうだ?」

 

「いやぁ、それはさすがにキツいのでは?」

 

「まぁな。お前が聖堂教会に所属すれば、話は変わってくるかもだがな」

 

「あっはっはっはっ、面白い冗談ですね」

 

 あなた、俺のこと使いたくもないでしょうに。

 

「冗談はこの辺にして、本格的な報酬だが、これくらいでどうだ?」

 

 突き立てた指の数は四本。

 

「高い。二」

 

「何で下がるんだよ。聖堂教会の面子もある。このくらいは当然だ」

 

「それが高いから言ってるんです! せめて一.五!」

 

「だから何で下がるんだ!!」

 

 だって庶民には高過ぎる金額ですし……大金貰っても、古くなった鍋の買い替えとか、喫茶店の資金に少し使うとか、爺ちゃんと婆ちゃんの夫婦二人旅の資金にしてもらうとか、募金とか寄付になりそうだし……俺が貰っても……

 そんな思いを抱きながら、俺とマーリオゥさんの報酬の話は続き、結局報酬は最初に提示した金額の八割ということになった。……それでも高過ぎるんだけどなぁ……

 

 

 




マーリオゥ:大丈夫か、こいつ。本気でこっち側から足洗った方がいいんじゃねぇの?
最新の魔法使い:志貴の友達? というかその義足……なるほど、姉貴の機嫌が良かったのって君のせいかぁ。ところで君、自分の歪みに気付いてる? 直した方がいいよ、それ。いつかきっと、誰かを泣かせるか、君自身が後悔することになる。君が心から大切だと思える人を見つけたら、変わるのかもね。
???:あれは想定外だったが……まぁいい。


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7.移動手段はレールガン

何だか人形表現はもっと違うものが良さそうなので色々加筆及び修正です。


自分を鑑みる月食神波

変なやつ? そんなに変かな、俺。そりゃあ、嫌なことはあんまりないし、警戒解くのも早いけど……血が通った人間だぞ?
好きなものもあるし。その好きなものって何か? うーん……錬金術、笑うこと、頼ってくれる人……とかか? 良いことも悪いことも、全部倍以上で返ってくるって言うだろ? 笑ってればいいことあるだろ。父さんと母さんにも笑ってろって言われたし。


 家族に幸せであってほしい。

 そう思ったのは、いつからだったか。多分、生まれた時から、だったと思う。

 家族が喜ぶなら何でもやった。笑っていてほしいと言われたから、ずっと笑うようになった。

 

「■■様、そこはこうです」

 

「■■様、ここの問題もう一回復習しましょう」

 

「正解です、■■様」

 

 才能がないから別の方向で根源を目指せと言われたから、錬金術に手を伸ばした。僕のお世話をしてくれているホムンクルスのアルファ、シグマ、デルタに教えてもらいながら、たくさん。

 きっと、これで家族は笑ってくれる。お父さんとお母さんは喜んでくれる。だって、お父さんとお母さんは僕にそうあってほしいって望んだんだから。望んだことを、望まれたようにやるのは、間違いじゃないんだ。

 

「魔術回路が少なすぎる」

 

「これでは根源への到達も、錬金術師としての頭角を現すこともない」

 

 なら、僕はどうすればいいの? どうすれば、お父さんもお母さんも喜んでくれるのかな? 

 何度も、何度も考えた。考え続けて、僕の価値は何なのかを考えた。ずっと考えてたけど、見つからなかった。

 ……だから、お父さんとお母さんに聞いたんだ。どうすれば二人が喜んでくれるの? って。そしたらね、お父さんとお母さんがこう言ったんだ。

 

「その場に座っていなさい」

 

「私達は準備をするから」

 

 それだけでいいの、と首をかしげたけど、お父さんとお母さんはそれだけでいいと言ってた。だからそこで大人しく座って、準備が終わるまで待っていた。

 

「これで準備は終わった」

 

「あなたは、最期まで私達の誇りよ」

 

 その言葉が何よりも嬉しかった。僕を必要としてくれている人が、僕を必要としてくれている家族がいることが、とても嬉しかった。

 

「な、何だこれは!? 貴様、何を──ゴアッ!?」

 

「当主様からの、ラストオーダー完了」

 

「人形、風情が……! なぜ……! ──そうかッ! どこまでも、邪魔をするかッ! 月喰らいィイイイ!!」

 

「■■様、お暇をいただきます」

 

「■■様、お元気で」

 

 お父さんの怒鳴り声が聞こえる。アルファ、シグマ、デルタの声も聞こえた。

 

「■■! 生きなさい! あなたは、あなただけは──」

 

 ねぇ、お父さん、お母さん。僕は役に立ったんだよね? 役に立ったのなら、褒めてよ。褒めて欲しいな。よくやったって、僕は役に立ったよって、褒めてよ。

 あ、でも、それもいいけど、この痛いの止めて……止めてほしい。痛くて、痛くて堪らないんだ。

 

「■■……!」

 

「ああ……■■! ■■! ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 痛くて目が覚めた時、お父さんとお母さんはいなくて。その代わりに、お爺ちゃんとお婆ちゃんが白いお部屋で僕の手を握っていたよ。

 ねぇ、お爺ちゃん、お婆ちゃん……お父さんとお母さんはどこ? 僕、役に立ったよ。役に立ったから。お父さんとお母さんに褒めてもらうんだ。

 いっぱい頑張ったんだよ。お父さんとお母さんの言うこと聞いて、全部頑張ったよ。

 

「■■、もういい。もういいんですよ。自分のことを心配しなさい」

 

 何で? 何も心配することなんてないよ? お父さんとお母さんの言うことを聞いてればいいんだから。

 

「──ごめんなさい。■■……」

 

 どうして謝るの? ねぇ、お婆ちゃん、その目と喉のそれ、怖いよ。どうしてそんなものを向けるの? 

 ──────────────────あ、れ? 何で、こんなところに……俺は、いるんだ? 

 

「…………」

 

 あれ? 爺ちゃんと婆ちゃんだ。どうしたんだよ、こんなところで。……というか、俺の足、凄い軽いんだけど! 

 

「──おはよう、■■。久しぶりに月食家に行ってみたら、血塗れで倒れてたのだから驚いたぞ」

 

「ええ、本当に。何をしたんですか?」

 

 え? 何を、って……あ、そうだ。父さんと母さんがぐちゃぐちゃになったんだよ。アルファと、シグマと、デルタ崩れ落ちたし。

 いきなり、俺の真下に大きな目が出てきたと思ったら、引きずり込まれて。何か通行料? ってのが欲しいって言われた。

 

「……それで、■■は何て言ったんですか?」

 

 えーと……ああ、脚と魔術回路! 俺、父さん達に魔術師としての才能は無いって言われたからさ。いっそ捨ててしまおうって考えたんだ。どう? 我ながら冴えてると思ったんだけど! 

 

「全く冴えとらん!」

 

 痛ぁ!? 怪我人なんですけど俺!!

 

「もっと自分のことを考えて行動しなさい!」

 

 ん? いやいや、考えたよ? 考えた結果がそれだったんだって。ほら、脚が無くても生きていけるじゃん? それに、魔術の代わりにもらった力もあるんだ! そっちを勉強したいって思ってる。

 

「……はぁああああ……仕方ない……いくつか、条件を出す」

 

 条件? 

 

「お前自身の心に従え。誰にも負けないように強くなれ。──いいな?」

 

 心? 心かぁ…………うん、分かった。そうする。そうすれば爺ちゃんと婆ちゃんも納得するし、嬉しいんだよな? 

 

「……ええ、とっても」

 

「……ああ、もちろんだ」

 

 うん、じゃあそうする。自分の心に従って、強くなれるように、俺は頑張るよ。約束する。

 爺ちゃんと婆ちゃんがそう望んでくれるなら、俺は頑張るよ。父さんと母さんの分まで、俺の世話をしてくれていたアルファ、シグマ、デルタの分まで。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 死徒、ロア。俺の研究内容を知っているかもしれない存在。

 誰も望まないものを、望む害悪のような存在が、この町に来ているのだという。

 

「……」

 

 そもそも、賢者の石を造ろうとした理由は何だったっけ……あの時の俺は確か……錬金術師が到達したことのない領域を見たくて……じゃないな。俺は元々真理を見たんだし。……なら、どうして造ろうとしたんだろう? 

 

「……あれぇ? どうして造ろうとしたんだ?」

 

 分からない、思い出せない。うーん……まぁ、いいや。それよりもマーリオゥさんにも言われてしまった、変な奴ってどういうことなんだろ? 

 人形っぽい、って話?別に西洋人形みたいな見た目をしてるわけでもないし、ホラー映画みたく人形が喋ってるわけでもじゃないんだけどなぁ。俺の在り方? みたいなのが人形っぽくて気持ち悪いとか言われたけど、別に人形っぽくはなくない?

 頑張れって応援されたら嬉しいし、困ってる人に頼りにされたりしても嬉しい。人として当たり前だと思うんだけどな。変な奴ではないでしょ、きっと。

 

「どう思う、シエル」

 

「はい? 何の話ですか?」

 

 ビルの屋上から人の営みを眺めていたシエルに声をかけると、首をかしげた。

 

「俺が変な奴って話」

 

「はい……?」

 

「ああ。マーリオゥさんとかに言われたんだよ」

 

「変な奴、ですか。……まぁ、確かに……私はそこまで気になりませんが」

 

 えっ、あるんだ。

 

「あなた、人のお願い断ったことありませんよね? 自分の陰口言ってる人でも」

 

「ん? そりゃあな。だって、やれないことじゃねぇし、あいつらも用事あったみたいだし」

 

 度々小さなことから大きなことまでお願い、相談されるため、手伝ってたりはするけど……それが変な奴ってことなの? だったらお人好しは全員変な奴判定かよぉ!? 

 

「あと、何もかも拒もうとしないところとか、でしょうか」

 

「? 普通じゃないの?」

 

「……そこです」

 

 普通だろ。暗示をかけようとしてきたのも、必要だと感じたからだろう。その後、俺は暗示を無理矢理外したし警戒もしたけど、シエルはちゃんと素性を明かしてくれた。今までの関わりも鑑みて、問題はないと判断した結果なんだが……

 

「……気持ち悪いか?」

 

「まぁ、普通に考えれば。あと、あなたの考えの中に、自分がいないことも起因しているのかと」

 

「え、いるぞ? ちゃんと心に恥じない選択をするために」

 

 そうあってほしいと爺ちゃんと婆ちゃんが言っていたから、そうあれと生きてるんだけど。

 

「んまぁ、いいや。んで? ロアって奴はどこにいるのか目星は付いてるか?」

 

「とりあえず三択です。一つ目はあのホテル付近ですね。気配が強いものがある」

 

 そう言って指し示したのは、総耶にある建物の中で一番大きな建物。人が多く集まるし、あれだけ大きなホテルとなれば、相当な魔術工房にもなるだろう。攻め落とすとなればそれ相応の準備が必要となるはずだ。

 

「その次は?」

 

「総耶高校の地下です」

 

「地下? ……ああ、あの下水道から行ける?」

 

 大昔、戦争があった頃に建造されたという大きな防空壕みたいな地下。学校の下にあるというのが大分不吉だが、子供を守るという観点からすれば正解だったのだろう。だが、あの防空壕っぽいのはそこまでのサイズを有していなかったはず……ロアとやらは穴掘り名人なのか? マインクラフターなの? 

 

「地下は死徒が潜むには最適な場所ですから」

 

「なるほどな。で、最後は?」

 

「最後は廃病院です。町の外れにありますが、あそこは可能性が一番低いですね」

 

 廃病院……霊的なものを扱う上では優良物件だが、総耶からは遠すぎる。シエルの言う通り、可能性は限りなく低いだろう。ならホテルか、学校の地下……なんだけど。

 

「シエル、他の死徒が出張ってきてる可能性はあるか?」

 

「はい? ……まぁ、あり得ますよ。ロアは結構な規模の派閥を持っていましたから」

 

「ふーん……」

 

 なら、それをよく思わない連中がいたりする可能性だってあるわけだ。その辺りはよく知らねぇからいいや。

 さてさて、どうするかなぁ……ツーマンセルが一番いいんだろうが……シエルと共闘なんてしたことがない。下手に合わせようとして失敗するのは愚の骨頂だ。

 

「シエル、質問なんだが……あんたパートナーとかいないのか?」

 

「ああ、いますよ。いますが……その……私の動きに付いて来れないので、ほぼ事後処理担当……ですね」

 

「ええ……」

 

「あ、多分月食(つきばみ)君は大丈夫です。アルクェイドから逃げ仰せたのなら」

 

 ああ、なるほど。シエルは強すぎて、組むとしても上位の代行者じゃないと話にならないと。多分、ミスター麻婆豆腐とか、メレムさんとかが当てはまると思われる。

 

「もうすぐ夜明け。今夜、または明日の夜で終わらせます」

 

「了解。ならさっさと行くか」

 

「──あの……なぜ私は抱えられているのでしょう?」

 

 ん? 妙な話をするじゃねぇか。何でシエルを抱えているのかって、そんなの分かりきっているだろうに。

 

「一気にホテルまで一飛び──いや、二飛び? どっちでもいいか」

 

 青い稲妻が両方の靴から輝き、持ってきていた大量の金属が電流を帯びていく。

 

「さぁ、馬鹿弟子。ここで授業だ。一様磁場を仮定した場合、金属片に働く駆動力Fはどうやって求める? 磁束密度はB、電流強度をI、レール間隔をαとする」

 

「え? はい?」

 

「正解はF=αI×Bな」

 

 これを、今やろうとしていることに当てはめる。駆動力、というか砲弾が俺とシエル。磁束密度、電流強度は今回省略する。ちなみにこれはレールガンの真似事で、アルクェイドから逃げた時の切り札となったものだ。

 

「目標捕捉、方位角固定……風圧及び摩擦熱への対策完了!」

 

「月食君!? まさかとは思いますけど──!?」

 

「落とすつもりはないけど、掴まってろよ」

 

 バチバチと電流が迸り、俺とシエルという名前の砲弾が今──

 

「レールガンで飛ぶ準備はいいか?」

 

「できてませんけど!?」

 

I am.(俺はOKだ)

 

 放たれた。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

「真祖の姫。その心臓を、おれに──?」

 

 突然、ヴローヴと名乗った吸血鬼の言葉が止まる。

 ……何が、起こっている? そう思った時だった。

 

「こんばんはー! 配管工事レールガンでーす──オルァアアアア!!」

 

「──!?」

 

 何かが壁を貫きながら、ヴローヴの土手っ腹を蹴り飛ばしたのだ。雷光を纏った見事なまでのライダーキックだったが、ヴローヴは直感に従うままに飛び退いていたようで、そこまでのダメージにはなっていない。

 

「何だか嫌な気配を感じて貫通し続けてきましたが、いかがお過ごしかな、マイソウルブラザー」

 

 雷霆の如く突っ込んできた存在は、俺の魂の兄弟とも言えるほど仲がいい先輩、月食神波(つきばみ かんな)であった。そして神波が抱えていたのは、目を回している少女である。

 

「か、神波!? それに──」

 

「あれ、この子気絶してない? 頑丈なんよね? 頑丈なんだよな? ヘイヘイヘーイ、甦れ甦れ」

 

「シエル先輩まで……!」

 

 目を回しているシエル先輩を抱えてるとか何て羨まし──いや、何でこんなところにいるんだこの二人!? 

 

「で? あんたがロア──じゃあねぇよな?」

 

「“──恐れを知らぬ少年よ”」

 

「“あ? 北方の言葉分かんねぇよ。せめて古ノルド語で話せや”」

 

 いや、神波の言ってる言葉も普通は分からないからな? 言語を理解できる俺も大概だけどさ。

 

「“それは失礼した。……月を食む一族がいると聞き、この(まち)へと来たが、少年がそうか? ”」

 

「“月を食むだぁ? 確かに俺は月食って名字だけど……”」

 

 何だ。何かがおかしい。

 ヴローヴの気配……幽鬼のような雰囲気が消え去り、理性を取り戻しているような気がする。神波が来てからのあいつは、真面なような……? 

 

「“知らぬ、か。……じきに夜明けだ。此度はここまでとしよう”」

 

「“へぇ、俺があんたを逃がすとでも? ”」

 

「“ああ。少年は、守りながらの戦いに慣れていないようだ”」

 

 そう言って、ヴローヴは炎を生み出し、神波の後ろにいる俺達を狙おうとした。だが、それを許す神波ではない。

 手を合わせ、炎を防ぐ大理石の壁と水の壁をほぼ同時に作り上げた。

 

「あ、これじゃあ追えねぇや。実は筋肉痛だし!」

 

「最後の最後で締まらないな……」

 

 壁がなくなった先にヴローヴはおらず、外は白み出している。死を覚悟した夜が、やっと明けたようだった。

 

 

 

 



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8.朝帰り

 あの吸血鬼め……どこへ行きやがった。人を襲ったんならぶっ殺すしかないんだが……逃げられてしまった。

 

「……ま、それはいいか。志貴」

 

「な、何だよ」

 

 金髪の吸血鬼を支える志貴に目を向ける。

 

「そこの吸血鬼の殺気止めてくんない?」

 

「は? ──おいアルクェイド! 何で神波に殺気向けてるんだよ!」

 

 いやいや、違うのよ。多分俺に向けてるものではないんよ。

 

「気持ち良さそうに寝てる代行者もそうだけど、あなたもよ。錬金術師」

 

「はい?」

 

 俺、あんたに何かやりましたっけ? ……やりましたね、攻撃。だけどあれは仕方ないじゃんか。あれ、あなたが攻撃してきたのが発端ですし。

 

「あなた、本当に何者?」

 

「通りすがりの配管工」

 

「冗談はいらないわ。答えなさい」

 

 いや、そうは言われましてもねぇ……

 

「あんた前に言ってたじゃん。そういう感じか、って。それで合ってるんじゃないの?」

 

「あの時は頂一歩手前まで辿り着いた錬金術師だと思っただけよ」

 

 頂一歩手前って……そんな大袈裟な。俺なんかより偉大な人はたくさんいるだろうに。

 

「でも違う。さっき確信した。あなたは人間が到達してはいけない領域にいる」

 

「え? 限界って千回は超越するもんだろ?」

 

「限界の意味とは!?」

 

 爺ちゃんと婆ちゃんに扱かれたら、嫌でも限界突破するのだ。最初の方は──暗い空間でアルファには「まだまだですね」と言われて肩を叩かれ、シグマには「まだやれるでしょう」と言われて額を小突かれ、ガンマには「頑張りましょう」って頭を撫でられながら言われて意識を復活させてたっけ……

 

「まぁ、真面目な話……俺は真理を見ただけの錬金術師だけど」

 

「神波、前にも言ってたけど真理って何なんだ?」

 

「うーんとだな……」

 

 どう説明すればいいのやら……シエルに説明した通りに伝えたとしても、魔術師じゃない志貴には理解が難しいだろう。かと言って簡単に説明すれば疑問が残る。

 どうしたものかと思い唸っていると、アルクェイドが口を開いた。

 

「真理──世界全ての情報を内包する空間。それは平行世界の情報も含むの。そんなものを見れば、例え死徒であってもただじゃ済まないわ」

 

「ん? 死徒は再生し続けるんじゃないのか?」

 

「それは肉体の話よ。あんな膨大な情報を一気に叩き込まれたら、まずⅥ階梯以下は音もなく消滅。Ⅶ階梯であっても魂が耐えきれずに発狂するか物言わぬガラクタになるわよ」

 

 はぇー、そんなにヤバい情報量だったのか、あれ。なら、何で俺は耐えたんだろう? 何度か発狂しかけたし、廃人になりかけたが、こうして生きているんだけど。

 

「神波は生きてるよな? 感情もあるし」

 

「おう」

 

「死徒でも耐えられないのに?」

 

「おう」

 

「「…………ンンンンンンン……!」」

 

 首をかしげる俺や志貴を他所に、アルクェイドは続ける。

 

「Ⅷ階梯以上なら、ギリギリで耐えるかもでしょうけど、まず無事じゃ済まないでしょうね。通行料も含めて」

 

「ん? 吸血鬼なら再生するだろ? 時間逆行みたいに」

 

「しないわ」

 

「「え゛っ」」

 

 志貴と一緒に、変な声が出てしまった。再生しない? あの吸血鬼が? 

 

「奪われたものは情報への対価。学んでから支払ったものが返ってくるなんて、あり得ないでしょ?」

 

「つまり?」

 

「ご飯を食べたら料理は無くなるでしょう。それと同じよ」

 

 分かりやすい! 

 

「私でもあそこに行けば問答無用で何かを奪われるでしょうね」

 

「へー……」

 

 真祖でもルールは守らないといけないらしい。無銭飲食ならぬ無銭視聴は許さねぇ、というのが真理の扉の先の情報なのか。……まぁ、色んなことを知れるわけだし、授業料として徴収されている、という解釈でいいのか。

 

「そんなところに至っておいて、どうして人として存在できているのかしら」

 

「知らん知らん。そんなことよりも、あんた大丈夫か? 酷い怪我じゃねぇかよ」

 

 素人目から見ても無事とは言えない大怪我。真祖は夜、無敵になるんじゃないの? 俺の知識が古い……? 

 

「大丈夫か、と聞かれたら大丈夫じゃないけど……」

 

「神波、アルクェイドは俺が何とかする。だからそっちは先輩頼んだ」

 

「ん? ……それはいいけど、大丈夫か?」

 

「ああ、大丈夫だ。こいつぐらいなら背負える……!」

 

 そんなに鍛えてたっけか、志貴って。……あ、鍛えてるな。俺のジョギングに付き合わされてるし、たまに有彦と俺に連れられて釣りやジムに行ってるわ、こいつ。

 

 腹から血が滲んでいるアルクェイドを背負った志貴は、俺に背を向けて歩き出す。部屋知ってんのかなぁ、てかこんなところにアルクェイドは住んでるのか、と思いながらも、床に寝かせていたシエルに目を向ける。

 

「で、夜明けですが感想をどうぞシエルさん」

 

「……最悪です」

 

「ははっ、そりゃ悪かった」

 

 不機嫌そうに顔を歪めて目を開けたシエルは、ジットリとした視線を俺に向けた。

 

「電磁波と速度で気絶なんて初めてしましたよ」

 

「代行者なんだし、このくらいは余裕かと思ってた。反省はしないし後悔もしていない」

 

「嘘でも反省ぐらいはしてくださいよ」

 

「嘘を吐くなってアルファから言われた」

 

「アルファって誰です!?」

 

 うちで働いてくれてたホムンクルスだよ、そんなの常識だろうが。ちなみにアルファからは常識を、シグマからは非常識を、デルタからは遊びを教えてもらった。今では遠い記憶でそこまで覚えていないけど、あの三人には色んなものを教えてもらったと思う。

 

「真っ赤な目が綺麗なホムンクルスだったよ」

 

「あの、それよりも気になったのですが……この穴、どうするんですか?」

 

「んなもん錬金術で塞ぐに決まってるだろ?」

 

 手を合わせ、ぶち抜いてきた壁を再構築する。錬成の跡が少々残るものの、パッと見て気付く人はいないだろう。……さて、あとはエレベーターのとんでもインテリアだ。

 

「……どうか安らかに」

 

 ぐちゃぐちゃになった死体の山に祈りを捧げる。きっと苦しかっただろうし、痛かったと思う。俺には想像もできないレベルの苦しみを受けたであろう人々へ、せめてもの弔いとして婆ちゃんから教えられた氷の花を添えて、『焔の錬金術』を発動する。

 超高火力で焼いたため、これ以上死体を辱しめられることも無いはずだ。それにしても……これだけの人が、あの吸血鬼に殺されたと思うと、逆に笑えてくる。

 

「……錬金術師というのは、嫌な生き物だな。シエル」

 

「……」

 

「この死体の中に家族がいたら、と考えて、頭の中で人体錬成の理論を組み立てようとしている」

 

 もしも、爺ちゃんや婆ちゃんの死体がこの中にあったのなら、戻らないと分かっていても、人体錬成をしていたと思う。自分が死ぬのはいい。だけど、家族がいなくなるのは、ダメだ。

 

「……そろそろ雨が降る。引き上げよう」

 

「雨? 天気予報では雨なんて……」

 

「降るよ。──ああ、降る。絶対に」

 

 俺達には見えない、天気雨だ。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 ホテルから出て十分と少し……俺とシエルの会話は無かった。嫌な沈黙が場を支配する中で、俺は話題を振らなかったし、シエルも俺に気を遣っているのか一言も話そうとしない。

 さすがに何か会話をしないと、学校や部活でもこの空気を引きずりそうだと思い、思いきって口を開く。

 

「なぁ、シエル──」

 

「あら、神波(かんな)。お友達と遊んでいたんですか?」

 

 出鼻を挫かれる形で、聞き覚えしかないハスキーボイスが耳に入った。

 俺もシエルもバッ、と後ろを振り返ると、艶やかな胡麻色の髪を短めに整えた女性が半袖ハーフパンツというラフな格好に身を包んで佇んでいた。朝日に輝く女性の年齢は二十代後半くらいだろう。

 

 エメラルドのような瞳を輝かせ、俺だけを威圧してくるこの美人は間違いなく婆ちゃんである。美人が怒ると怖いというのは事実らしい。

 

「昨日、夜中に出歩いただけでなく、朝帰りですか?」

 

 この状態になった婆ちゃんは簡潔な答えを好む。なので、

 

「いや、吸血鬼狩り。狩れなかったけど」

 

 正直に答えるのが吉だ。婆ちゃんは嘘も長ったらしい言い訳も好まないのである。

 

「あら。なら蛍さんに頼めば良かったのに」

 

「ん? 何で爺ちゃん?」

 

「蛍さん、元々は代行者ですもの」

 

 あ、そうなんだ……いやまぁ、ミスター麻婆豆腐とか紹介してくれたのは爺ちゃんだったし、何となく予想はしていたけど。

 代行者かぁ……爺ちゃんがねぇ……絶対凄腕の代行者だったんだろうなって。あのミスター麻婆豆腐が「冗談抜きで尊敬できるかもしれない人物ではある」とか言ってたし。あの人、尊敬とかそんな感情持つ人なのか? 

 

月食(つきばみ)君、ちょっと」

 

 隣で停止していたシエルが俺の耳を引っ張って近付ける。

 

「何だよ」

 

「あの方、月食君のお婆様なんですよね?」

 

 困惑が滲んだ声が、俺の耳を叩く。

 

「そうだぞ?」

 

「若々し過ぎませんか!?」

 

「婆ちゃんは凄いからな」

 

 少し前に聞いたが、自分の脳を魔術によって洗脳して精神年齢などをずっと若い頃にしているんだとか。それに加えて、月食家の魔術倉庫にあったという薬を飲んだ結果、ああなっているそうだ。

 

 ──今思うと、うちの倉庫色々あったんだな。爺ちゃんと婆ちゃんが回収してどこかに隠してしまったけど、月に関係する魔術礼装とか霊薬とかたくさんあったような気がする。綺麗なものから異様な気配を放つものまでたくさん。

 

「あらあら、仲がいいんですね。神波、その子とはどこまでいったんですか?」

 

「どこまでって……シエルとは普通の友達で師匠と弟子の関係だよ。そういうんじゃないって」

 

 婆ちゃんって精神年齢が若いからか、こういうからかいをたまにやってくるんだよなぁ。

 

「あら……シエルちゃん、そうなんですか?」

 

「は、はい。違いますよ」

 

「そう……残念。そろそろ曾孫の顔が見れるように安心したかったんですけどねぇ………………チラ」

 

 この人真面目に言ってやがる!? そんな視線を向けても、シエルとの関係は変わらねぇぞ。シエルと俺は師匠と弟子、仕事仲間、部活仲間、ぐらいなのだ。シエルは……ほら、あれだ、志貴とかと付き合う方がいいと思う。

 志貴はいいぞ、シエル。甲斐性もあるし、その人の理想になるために頑張れる奴だからな。アルクェイド? あれ真祖なんだし、一夫多妻でも許してくれそうだろ。

 

「ふふ、まぁいいです。神波、ちょっとこちらに」

 

「ん、何?」

 

 手招きをしてくる婆ちゃんの方にホイホイ歩いていくと、婆ちゃんの暖かい手が俺の顔に添えられた。

 

今日一日、夕食の時間まで眠りなさい

 

 エメラルドの瞳が妖しく輝き、婆ちゃんの優しくて冷たい声が脳内に響き渡る。……何……だ……? 急に、眠くなって……? 

 

「おやすみなさい、神波」

 

 婆ちゃんの声を最後に、俺の意識は完全に停止した。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

「あら、こんな簡単に眠ってしまいました。疲れてたんですね」

 

 寝息を立て始めた月食君の頭を撫でながら優しく微笑む彼女を見て、私の背筋に冷たいものが駆け抜ける。

 恐ろしく洗練された洗脳魔術。私がよく使っている暗示と比べることすら烏滸がましいそれは、暗示を解いてみせた月食君ですら眠らせてしまった。

 

「ごめんなさいね、シエルちゃん。神波の相手は疲れるでしょう?」

 

「えっ、あっ、いえ! そんなことは、無いですよ!」

 

 そんな魔術を見せた魔女の言葉に、私は咄嗟に首を横に振る。私の反応が面白かったのか、魔女──月食君のお婆様である月食エイリスさんがクスッ、と可愛らしく笑った。

 

「ふふ。お腹空いてるでしょう? 今日一日、ご馳走してあげるから、いらっしゃい」

 

「いや、そんなことをしてもらえるようなことは──」

 

「私がそうしたいんです。神波の相手をしてくれてることにもお礼したいですしね」

 

 有無を言わせない……というか、お言葉に甘えたくなるような穏やかで、心が安らぐような声に絆されそうになって、頭を振る。

 

「多分ですけど、学校の出席率問題ないんでしょう?」

 

「え、ええ、まぁ……」

 

「じゃあ決まりですね。ふふ、蛍さんに連絡しなくちゃ」

 

 私の意思は……? その、カレーをご馳走してくれるということに関して、魅力は感じているんですけどね? 

 それにしても──にこにこ笑うエイリスさんはとてもじゃないが、冷酷な魔術師という感じではなく、幸せを享受している一人の女性というイメージを持ってしまう。

 アンドレイさんやナルバレック局長が言っていたような、『強く、気高い、冷徹な孤高の魔女』というイメージとは程遠い人だ。いや、あの洗脳魔術は背筋が凍るほどの衝撃でしたけど。

 

「あ、蛍さん? 神波見付けたので帰ります。はい、シエルちゃんと一緒にいましたよ。吸血鬼狩りだったそうです」

 

 こんなに穏やかに月食君のお爺様の蛍さんに電話をしている人が……? 人は変わるものですし、変わった……のでしょうね、きっと。

 

「ええ……多分、あの肉体のない放浪ホームレスを追ってるのかと。ふふ……本当に、よくもまぁ、ノコノコとここに来やがってくださったものです」

 

 笑顔のまま、地の底より下から響くような声を出したエイリスさんに冷や汗をかきながらも、成り行きを見守っていると連絡が終わったのか、優しい笑顔を浮かべて私を見る。

 

「蛍さんからの許可も降りました。行きましょう」

 

「あ、はい。……って、本当にいいんですか?」

 

「ええ、もちろん。──あ、そうだ。歩きながら少しお話しましょうか。神波、いつもシエルちゃんのことを話すんですよ」

 

 また有無を言わさずに話が始まった。

 

「シエルちゃんは優秀だとか、シエルちゃんが今日もカレーパン食べてた、とか。最近はシエルちゃんが話題に出ることが多いですね」

 

「あの……どうして嬉しそう、なんですか?」

 

「え? この子、志貴君と有彦君以外でお友達いませんから。シエルちゃんみたいな女の子と友達だなんて、私は嬉しいんです」

 

 何とも悲しい事実が飛び出てきましたね……でも、確かに彼は頼みごとは聞くのに、人の中心にいたことがない。まるで、無意識にそうなるのを避けているような気がする。

 

「神波のこと、どこまで聞いていますか?」

 

「えと……真理の扉に、色々持っていかれたところまで、ですね」

 

 どうしてそんなことを、と聞くと、エイリスさんは悲しげに微笑んだ。

 

「……神波の両親は、とても仲のいい夫婦でした」

 

 ポツポツと、懺悔するように言葉が紡がれていく。

 

「神波が生まれた時も、大喜びで。魔術回路が多くなくても、魔術師として生きなくてもいい、元気でいてくれたらそれだけでいいと言っていて」

 

 月食君の両親は、良識はあるものの典型的な魔術師だと聞いていましたが、どうやら違うみたいですね。

 

「でも、ある時父親が──夢による占いを得意とする彼が、自分の最悪な結末を予見した」

 

 その占いでは自分か妻が狂い、家族や周囲の人間を殺してしまうものだったという。……どこかで、聞いたことのあるような話に、私は聞き入ってしまった。

 

「その最悪は避けられない。確信した二人は、神波に自分達を恨ませ、世話係のホムンクルス達からだけに愛情を注がれるようにした」

 

 恨まれ、憎まれ、死んで清々したと言ってもらえるように。ホムンクルス達からもらった楽しい思い出だけを胸に生きてもらえるようにと、計画した月食君の両親。

 本当ならたくさんの愛情を注いであげたかったはず。なのに、それをしなかった。そうしたら、月食君が辛い思いも抱え続けると考えたから。

 

「でも、神波は……両親を嫌おうとはしなかった。だから……でしょうね。あんな馬鹿げた真似をして、神波だけを生かしたの」

 

 狂うであろうその日、禁忌の錬成を行って月食君を生かした。月食君に、生きてほしかったから、そうしたのだ。

 話を終えたのか、エイリスさんはまた悲しげに微笑む。私は、一つ疑問が浮かぶ。

 

「何で、私にその話を?」

 

「さぁ、どうしてでしょう? ……この子と持ちつ持たれつになってくれるかもしれない、なんて思ったからかもしれませんね」

 

 抱えた月食君を愛おしげに見つめるエイリスさんの言葉に、私は何も言えない。だって、そんな資格、私にはないのだから。

 

 

 




月食明(つきばみ あきら)

神波の父親。未来予知にも似た魔術を使えた古い魔術師の家系。神波が生まれたその翌日、自分か妻が狂って家族や周囲の人間を鏖殺する未来を予知。何度も魔術を行使し、その未来は変えられないと確信し、自分と妻で心中することを話し合って決める。
生まれたばかりの神波を、乳母兼母親代わりの三体のホムンクルスに預け、自分達は全くの不干渉、育児放棄にも似た虐待をしたというのに神波は両親を嫌わなかった。
頭を悩ませている中、死霊魔術(ネクロマンス)と錬金術を複合することを妻から提案され、採用。それが人体錬成もとい、賢者の石の錬成陣だとは思いもしなかった。
結果的には息子を遺して死んでしまったが、どこかの片田舎での惨劇を繰り返すことはなかった。


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9.モーニング(夜)

両親について

父さんと母さん? んー……何というか……苦労してたんだろうなぁって思ってたよ。アルファとシグマとガンマに俺を預けないといけないくらい、二人は忙しくしてたんだと思う。


三人のホムンクルスについて

俺の乳母で母親代わりで、姉さん。色んなことを教えてくれた。……あの後、両親の死体らしきもの以外見つからないのは多分、三人がホムンクルスだったから、なんだろうなぁ……


「あり? 真理先生や、これどういうこと? デッドエンドでもバッドエンドでもないよね?」

 

 ああ、そりゃあそうだろうさ。

 今回のエンドはデッドエンドやバッドエンド、ましてやメリーバッドエンドでもないって代物だからな。ハッピーエンドでもトゥルーエンドでもないが。

 

「ほーん、まぁいいや。解説していきましょうや」

 

 お前が仕切るのかよ……まぁいい。

 今回のエンドの原因はズバリ、お前自身の言い訳だな。夜中に家を抜け出して、友達と夜の町へと出かけた。それが女の子と一緒ってんだから、朝帰りだと勘違いされてもおかしくはねぇ。

 

「チェリーボーイが女の子と一緒に夜の町へ……ああ、これはもうロマンスが始まる予感! ってのがダメだったわけ? 厳しくないか、このとんでも若作り」

 

 いや、長ったらしい言い訳が問題だったんだよ。家族を心配させた挙げ句、長い言い訳をされたんだからな。心配して探していたエイリスの堪忍袋の緒が切れたって無理はねぇのさ。

 

「その結果が……拳骨&洗脳によるシエルの素性や吸血鬼事件についての忘却? 仕置きにしちゃあ、厳しくない?」

 

 それだけ危険な目に遭って欲しくはないのさ。こいつが傷付く姿を見たくないんだろうよ。まぁ確実に無理だろうが。こいつはどんだけ遠ざけても、変な軌道を描いて事件に巻き込まれに突撃してくるような奴だからな。

 

「無駄な努力って奴なんすね、お労しやエイリスお婆様……ま、ネコには関係ないけどな!」

 

 が、今回のエンドではエイリスがガチで洗脳したから、メシアンでカレーを作る高校生エンドに行ったわけだ。シエルだけが記憶を持っているって状態。部活仲間でクラスメイトの関係に戻るって寸法さ。

 

 解説は以上だ。分かったか、大馬鹿野郎。どうせ無駄だろうが、もうここに来ないことを祈ってるぜ。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 ────目が覚める。また名状しがたい悪夢を見た気がする。

 思い出せずに目を開けると、部屋は暗闇に支配されていた。えーと……何が起こったんだっけ……確か……

 

「婆ちゃんに寝ろって言われて……ああ、うん。そっか」

 

 それで寝てたのか、俺。ということは今日は学校休んだことになるのか……皆勤賞、欲しかったんだがなぁ。

 まぁ、婆ちゃんのお願いだったみたいだし、割り切ろう。三年間の皆勤賞を失ってしまったものの、休めたのはいいことだ。

 

「あら、神波。おはよう、よく眠れましたか?」

 

「あ、婆ちゃん。おはよう、よく眠れたよ」

 

 明かりを付けた俺の部屋に入ってきた婆ちゃんは、いつものエプロンを着てニコニコ笑っている。その手の中には見覚えのある大きな本──本? 

 

「あの、婆ちゃん?」

 

「何でしょう?」

 

「その大きな本は、何でしょうか?」

 

「ああ、これですか? ふふ……神波の小さい頃の写真集ですよ」

 

 ああ、そうですか、やっぱりアルバムですよね。どうしてそんなものを見ているんだ、と質問しようとした直前にリビングから二つの気配を感じ取った。

 

「……まさかとは思うが……」

 

「ええ、シエルちゃんにアルバムを見せていたのです!」

 

「何でだ!?」

 

 シエルに見せる理由ないだろうが!? 何で見せてるんだこの婆ちゃん!? 

 

「だって、お師匠様なんですよね? お弟子さんが師匠のことを知らないのはおかしいですよ」

 

「それは……そう、だけど──」

 

 シエルに過去を伝えるとしても、錬金術に関係することだけで十分だと思う。余計なことを伝えても、シエルにとって迷惑なだけだろう。

 うん、きっと迷惑しているだろうからさっさと撤収作業をしなければ。そう考えてドアを開けてリビングに出る。

 

「へぇ、月食(つきばみ)君、この頃はまだ義足じゃないんですね」

 

「ああ、そうだ。神波が義足で歩くようになったのは中学の頃だったか……」

 

「へぇ……!」

 

 いや、滅茶苦茶楽しんでいらっしゃる。

 

「あ、月食君。おはようございます」

 

「ああ、うん。おはよう……じゃなくて」

 

 何で俺の写真なんか見て楽しんでるんだとか、爺ちゃんも何で躊躇いなく見せてるんだとか、文句が頭の中に浮かんでは消えていく。

 

「月食君って、小さい頃はこんなに可愛らしい感じだったんですねぇ」

 

「あ?」

 

「いえ、今も可愛らしい顔つきですけど」

 

 何だろう、馬鹿にされている気がする。

 

「ほら、このシュークリーム食べて笑ってるところとか」

 

「ん? ああ、それか。懐かし」

 

 あそこの店、もう潰れちゃったんだよな。店主が高齢だったし仕方ないが、あの多すぎるほどのカスタードクリームにサクサクフワフワの生地……忘れられないでこの十年を過ごしてる。継いでくれる人がいないと、簡単にお店は消えてしまうのだ。

 俺のお気に入りのケーキ屋の品は、思い出補正もあるのかもしれないが、どれも美味しかった。ガンマとこっそり家を抜け出して、一緒に食べたケーキが一番だったと思う。

 

「さて、神波も起きてきたところで、本題に移ろうか」

 

「ハッ、そうでした……!」

 

「本題?」

 

 何の話かは知らないが、恐らく吸血鬼絡みの話題だろう。

 

「神波とシエルちゃんが追っている吸血鬼……ロアの他に、吸血鬼が潜んでいる。それは分かっているな?」

 

「え、うん、まぁ。それは知ってるよ。会ったし」

 

 ここまで真剣な目の爺ちゃんは久しぶりに見た。多分俺を鍛えると言ってきた時以来だ。

 

「その吸血鬼、Ⅸ階梯に至っていることは理解しているか?」

 

「Ⅸ……!? あの炎の吸血鬼が!?」

 

 俺の伝えた吸血鬼の特徴などから、高く見積もってもⅧ階梯くらいだと思っていたシエルが叫ぶ。Ⅸ階梯って確か……死徒の一番上の階級だったか。あの北方吸血鬼、そんなに位の高い吸血鬼だったんだな……よく生きてたな俺。

 

「青い炎に、炎の手。間違いなく絶海の騎士ヴローヴだろう」

 

「知り合い?」

 

「いや、奴の親基とは知り合いだがな。奴め、いつの間にくたばったんだ?」

 

 やっぱり知り合いじゃないか……爺ちゃんの交友関係、よく分からない。

 

「まぁ、墓参りはそのうち行くとして、ヴローヴは確実に至っている」

 

 そうなるとあの攻撃、もしかして小手調べみたいなものだったのかな。四枚程度で防げるほど、Ⅸ階梯って弱くないだろ。王国野郎だってそうだったんだし。

 ……そういえば、ヴローヴは変なことを口にしていた。

 

「あ、爺ちゃん、話の腰を折るようで悪いんだけど……」

 

「ん?」

 

「月を食む一族って、何?」

 

 そう言った瞬間、爺ちゃんも俺の後ろに立っていた婆ちゃんも雰囲気がガラッと変わる。どうやら、このことについては禁句も禁句だったらしい。

 

「どこで聞いた?」

 

「いや、そのヴローヴが言ってたんだよ、月を食む一族がいるって聞いて来たって。聞いちゃダメなことだった?」

 

 爺ちゃんの険しい表情がそう言っているように見える。婆ちゃんの顔は見えないが、爺ちゃんと同じように険しい表情を浮かべているに違いない。

 

「それは聞いちゃダメなことですよ」

 

「あ、やっぱり?」

 

「はい。聞かないでくださいな」

 

 それなら仕方がない。婆ちゃんがダメだと言うなら、聞かないし聞かなかったことにする。爺ちゃんの隣に座った婆ちゃんの顔が一瞬だけ悲しそうに歪んだのは、きっと、聞かれたくなかったことを聞かれたからだ。ヴローヴに言われたことは忘れてしまおう。

 

「話を戻そう。爺ちゃん、ヴローヴの至ったⅨ階梯って、王国野郎と同じ……でいいの?」

 

「王国……ああ、クロムクレイか。あれよりは弱いだろうよ。間違いなく、お前でも倒せるレベルだ。油断しなければ、だが」

 

 いやぁ、あんな化け物相手に油断するほど、俺は慢心を持ち合わせてはいないんだけどなぁ。爺ちゃんにもミスター麻婆豆腐にもそう指導されてきたんだから。

 あの地獄をしみじみと思い出していると、シエルが恐る恐る手を挙げた。

 

「……あの……実際のところ月食君って、どの程度の実力なんですか? 錬金術抜きで」

 

「うん? 何だ神波、組み手をしたことないのか?」

 

「錬金術で組み手なんかしないっての。まだシエルは実戦で使えるレベルじゃないし」

 

 やろうにも、俺とシエルじゃレベルが違いすぎる。片や代行者として日々鍛練を重ねるシエルと、片や錬金術の研究を中心に行っている錬金術師の俺。どちらが勝つかなど、戦わなくても分かることだろう。

 

「魔力無しの単純な戦いなら、間違いなく神波はシエルちゃんよりも強いぞ」

 

「はい?」

 

「ふぉ?」

 

「見たところ、シエルちゃんも鍛えているし、頑丈だが……内臓を潰されたら、そこまで動けまい?」

 

 俺、多分シエルに触れることすらできずにギブアップになると思うんだけど……本気で言ってるよこの爺ちゃん。

 

「神波、対人戦でまずどこを狙う?」

 

「両足の骨と脚の付け根の骨」

 

「その次は?」

 

「腕を破壊してからの肝臓──って、シエルどうした?」

 

「どうした、じゃないですよ。何でこっちを見て言うんですか?」

 

 えっ、だってシエルと戦うと想定した時の話なんだから当然だろう。何を言っているんだこのカレー大好きガールは。少し考えたら分かるだろうに。

 

「今普通にイメージで殴ったり蹴ったりしてる月食君がいたんですけど!?」

 

「あなた疲れてるのよ」

 

 気のせい気のせい。

 

「──とにかく、だ。神波は強いぞ」

 

 相手が格下なら、というのが枕詞に付くと思います爺ちゃん。錬金術抜きにしたら、俺はそこまで強くはない。錬金術抜きにしたらミスター麻婆豆腐に一発当てられるかどうかも分からないし、爺ちゃんと婆ちゃんはもっての他だ。錬金術師に殴り合いを強要しないでくれ。

 

「よく鍛えられてるようですし、さっきので理解しました」

 

「よし、実力については終わり。吸血鬼について話を戻すぞ」

 

 脱線しすぎてるし、さっさと本題を終わらせたいよな。

 

「ヴローヴを狩るなら、今が好機だろうよ」

 

「何で?」

 

「話を聞くに、器が完成しきっていない。原理血戒を受け入れきる前に殺るべきだ」

 

 相手の準備が整う前に叩き潰すわけね。脳筋思考だけど、一番効果的で効率的だ。準備が整うのを待っていたら、確実に勝てないのは分かりきっている。

 

「シエルちゃん、都市殲滅戦の許可は?」

 

「一応、出てはいますが……装備を持ってヴローヴを探すのは難しいですよ?」

 

「神波」

 

「ん? ああ、あれね。龍脈の流れが滞ってる場所があるよ」

 

 錬金術を研究してはいるが、他の可能性に手を伸ばしていないわけがない。錬金術は基本的に地球のエネルギーを利用して発動するが、今俺の足元を伝ってくるのは比較的表層のエネルギー、龍脈のエネルギーだ。錬金術が戦いに特化したものだとすれば、この術はサポートに特化した術。名を、『錬丹術』。錬金術と合わせることができないか研究中の代物である。

 

 そんな錬丹術、龍脈のエネルギーを利用するため、この土地の流れや淀みなどが情報として雪崩れ込んでくる。全て知覚するのではなく、淀みがある部分をピンポイントで捉えるという技を見つけるまでは、頭痛に悩まされたものだ。

 

「場所は?」

 

「ショッピングモールの下。あそこ、漏れているけど、龍脈の流れが塞き止められてる」

 

 まるで、そこに大きなダムがあるかのように、流れが滞ってるのだ。間違いなく何かがいる。この大きな淀みに隠れて小さい淀みもあるけど……これは多分ヴローヴの使役している使い魔だろう。

 

「あそこは確か、遠野家が買った土地でもあるな。……ふむ」

 

「とりあえず突撃していい? 炎と氷だろ?」

 

 こう考えると俺との相性最悪過ぎないか、ヴローヴ。物量で来たとしても俺の錬金術は物量特化が多いし、近付く前に倒せる可能性が高い。

 

「ヴローヴは騎士。そしてあの剣僧を師としていたこともあるが」

 

「んー……まぁ、油断しなければ勝てるんでしょ? なら倒せるよ。爺ちゃんが勝てるって確信してるなら」

 

「む……まぁ、それはそうだが……」

 

 なら大丈夫だ。爺ちゃんが勝てるって言ってるなら、大丈夫。いつだってそうだったし。

 

「じゃ、準備してくる。シエル、いつでも出れるようにしといて」

 

「あっ、ちょっと月食君!?」

 

 シエルの困惑した声が聞こえたが、聞こえなかったことにして部屋の工房を開ける。工房の端っこにところ狭しと並んでいる刀剣の一つを掴み、手甲を装備してそのまま抜刀。バチバチと音を立てながら引き抜かれた銀の刀身は妖しく輝いていた。

 

「……うし。頼むぞ、満月(みつげつ)

 

 妖しく輝く刀身の腹に額を押し付ける。こうすると、この刀が応えてくれるような気がして、使う時はいつもこうしている。

 鞘に満月の刀身を納め、婆ちゃん謹製のマフラーを首に巻こうとして──気付いた。

 

「まだ六時だ」

 

 それに、まだ夕御飯を食べていない。今日は婆ちゃんのカレーの日だ。爺ちゃんの作ったカレーも美味しいのだが、婆ちゃんの作ったカレーはまた違う美味さがあるのだ。

 爺ちゃんの作ったカレーはこう……一口で満足させる味、というんだろうか。辛さの奥から旨味が暴力的なまでに殴り付けてくるカレー。

 対して婆ちゃんのカレーは一口食べて、もう一口食べたくなるような味をしている。いわゆる家庭的な味わいというやつで、どちらかと言えば俺は婆ちゃんのカレーで育ってきた。だから、婆ちゃんの作ったカレーが一番美味しく感じる。

 

「腹が減っては何とやら、だよな」

 

 うん、さっきシエルに準備しといて、とか言ったが撤回だ。まずはご飯を食べよう。凄く腹減ってきたし。

 

「シエルー、前言撤回。ご飯食べてから準備しようぜー」

 

「え? ああ、はい。時間的にも蛍さんとエイリスさんからも言われたので、そのつもりでしたけど……」

 

 ………………つまり、俺が空回っていただけかぁ。何だかとても恥ずかしいというか、やらかした感があるなぁ……

 まぁでも、婆ちゃんの作ったカレーが食べられるなら、嫌なこと全部が塵芥に等しいからいいや。

 

 

 

 




月食珠沙(つきばみ すず)

神波の母親。魔術刻印を受け継いでいないが、それでも優秀な魔術師の一人。夫が見た未来を聞き、何度もシミュレーションしたが、結果は変わらないと理解し、心中を決意。
生まれたばかりの神波を三人のホムンクルスに預ける時、美しい顔立ちがぐちゃぐちゃになるレベルで号泣していたほどで、本当だったら自分が、蛍とエイリスにそうされたように、神波へと愛情を注いであげたかった。
育児放棄にも近い虐待をしたというのに、全く嫌ってこない神波を泣いて謝りながら抱き締めてやりたかったが、その思いを押し潰し、冷酷な魔術師として振る舞い続け、最後にはホムンクルスに「念には念を。儀式が始まった時、私達を殺しなさい」と命令を下し、神波だけでなく街全体を守り抜くことを成し遂げた英雄。


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