もう一つのSAO ─ただの生まれ変わりだと思ったら、実はSAOの世界でした─ (雷訓)
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一話

「僕の名前は、桐ヶ谷和人です!」

 

「……え?」

 

 その名前を聞いた瞬間、私は脳の中で反芻しながら自身の目と耳を疑った。私はその名前を知っている。まじまじと顔を見れば、確かに面影はある。記憶の中の彼の顔は幼顔だけど、今の姿はそれよりも更に幼い。

 そんな事も知る由もない男の子は、先生に「よくできました!」と褒められたのが嬉しかったのか、ちょっと照れ臭そうにして椅子に座り直した。

 

 そんな男の子を横目でチラチラ見ている私の名前は、金森(かなもり)紗奈(さな)

 今年から小学校に入学する、ピカピカの一年生だ。それで何故そんなに驚いているのかと言うと、となりの男の子の名前が私のよく知っている小説に出てくる主人公と同じ名前だったからだ。

 「だったから」と表現する理由は、私自身が一度生まれ変わっているからだ。その生まれ変わりの際に前世の知識を全て引き継いでいるが、今世の情勢や環境が色々と違うために良い思い出としてしまっていたためだ。

 それなのに、ただの生まれ変わりだと思っていたはずが、実は『ソードアートオンライン』の世界だったとは。

 前世では、少しアニメを知っている人なら誰でも耳にしたことがあるだろう、小説が原作の作品だ。ナーヴギアと言うフルダイブ型のゲーム機を使い、本格的なファンタジー世界を体験できるはずだったのだが、アインクラッドと言う仮想の牢獄に閉じ込められ、その中で主人公である桐ヶ谷和人ことキリトは数々の仲間や敵と出会って最上階を目指すと言う内容だ。

 

 そしてその件のキリトが私の隣に座っている。

 いや待て、本当にこれはあのキリトかしら? 私の知っているキリトはちょっとだけ影のある印象なんだけど、目の前の彼の瞳は妙にキラキラ輝いていて後光が差しているかのように見えるわね。もしやただの同姓同名という事もあり得るわ。なら、ここは一つ確かめなければ。

 

「初めまして、私は金森紗奈。家族は両親と私だけ。気軽に紗奈って呼んで。よろしくね!」

 

「あ、初めまして、僕は桐ヶ谷和人。和人でいいよ。僕は両親の他に妹がいてね、直葉って言うんだ。僕の事も和人って呼んで。よろしくね」

 

 あー、こりゃ本物だわ。疑うところが一つもないわ。いやぁ、ただの転生だと思ったら、『SAO』の世界にいたとはね。それも本編より七年も前に出会うとは思わなかったよ。

 と言うわけで、ここから私が何ができるのか考えてみる。

 一、キリトと一緒のクラスになれたと浮かれる。……うん、それ誰に自慢するのよ? 親に言ったところで、お友達が出来た程度にしか思われないわね。

 二、キリトにこれからの事を明かす。これは一番やっちゃいけない事よね。確か十歳頃に住基ネットか何かで自分の身の上のことを知るんだっけ。それだけでも結構重いのに、「あなたはゲームの世界に閉じ込められるよ」なんて言えるわけないわね。

 三、アスナより先に恋人関係になる。これはかなり魅力的な提案かも知れないわね。正直、私自身にネトラレ属性なんてものは無いし、興味もない。けれど、今から仲良くなれば幼馴染属性が付くわけだし、それならネトラレじゃないわね。それなら、アスナとのアドバンテージが七年もあるんだからこれを生かさない手はないわね。

 

「どうしたの、紗奈ちゃん」

 

「なな、何でもないわ、キリト君!」

 

 私の表情がころころ変わっているのが気になったのか、怪訝そうな顔で覗き込んだもんだから咄嗟に何でもないと返事したついでに大きなミスをしてしまった。

 

「キリト? 僕の名前は和人だよ?」

 

「そ、そうよね。和人君、これからよろしくね」

 

 やっば、いきなりやらかしちゃったわ。で、でもまだ運命を大きく変えるような事でもないから大丈夫かな。大丈夫だと信じておくことにするわ。

 さて、ただの転生だと思っていたら実は『ソードアートオンライン』の世界にいたとは驚きね。と言う事は、この世界には他のキャラ達もいる事になるのよね。その中にはもちろん茅場晶彦もだ。ぶっちゃけ、彼の目論みを知っていても私には止める力なんてものはない。

 ならば、今の自分を楽しみながらキリトの力になれる様に頑張るしかないわね。そんで、あわよくばキリトの彼女のポジションを頂ければ万歳よ!

 待っていなさい、茅場晶彦!



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二話

 小学一年生。

 それは見るもの全てが新鮮であり、触れる何もかもが衝撃の連続であり、リア充への登竜門であったりする。「友達百人できるかな?」なんて歌があったりしたけど、そんなのはリア充とパリピを極めた一握りの中のさらに上澄みでしかない事をよく知っている。闇の深い歌よね。

 だから、そんなのは目指す必要もなければ、初めから眼中にない。一応前世からの性格を継いでいる私はコミュ障ってわけじゃない。必要なことあれば周りに聞くし、聞かれれば答えもする。何なら遊びに誘われれば、それだって乗っかりもするわ。

 で、何が言いたいのかと言うと、桜の木もピンクの花びらから新緑に代わるころには私の友達はキリトだけになってしまったわけ。

 入学からしばらく、ずっとキリトに構っていたら、どうも私とキリトでワンセットみたいに見られてしまったのよ。私を誘えばキリトも一緒、それ自体は別に構わないらしい。じゃあ逆にキリトを誘えばどうなったかと言えば……。

 そもそもインドア派なキリトは、外へ遊びに行く事がないのであった。だから自室に篭って趣味に没頭しているうちに、次第にキリトを遊びに誘う子が減ってきて遂には私が保護者のようになってしまったのであった。

 まぁ私としては、当初の目的であるキリトの友達と言うミッションをクリアできたと判断するからよしとする。

 てな訳で、次なるミッションだ。

 

「じゃあ今度和人君の家に遊びに行ってもいいかな?」

 

「いいけど、僕の家は何もないよ? それでもいいならお母さんに聞いてみるよ」

 

「うん、お願いね!」

 

 それは、家族の人と顔見知りになる事ね。ついでに生直葉をを拝むのも忘れない。

 

 

 

「改めまして、金森紗奈です。今日は突然の訪問にも関わらず、ご了承頂いてありがとうございます」

 

「あらまぁご丁寧にありがとうね。和人の母で桐ヶ谷翠と言います。隣の席の子よね、すごく丁寧な子ね。和人こんな良い子は滅多にいないから逃すんじゃないわよ」

 

「小学一年生に何言ってるんだよ……」

 

 キリトにアポを取った数日後、無事に桐ヶ谷邸にご招待された私は深々と頭を下げて挨拶をした。どうやらキリトのお母さんは私が来ると分かった瞬間、会社に午後休の申請を出したようだ。そうか、確か雑誌の編集の仕事をしてたんだっけ。

 私も本当なら手土産の一つもと思ったんだけど、学校帰りだし流石にそれはやりすぎじゃないかと思ってやめておいた。

 けど、キリトのお母さんはそんな事は気にもせず、和かに迎えてくれた。第一印象は上々ね。

 

「和人のともだちになってくれてありがとうね、学校での様子はどう? 紗奈ちゃんに迷惑をかけてない?」

 

「和人君は学校での発言こそ少ないですが、勉強の成績はいいですし運動もまずまずだと思います。友人関係はと言われれば、正直多くはありません。むしろ私を含めて片手で余るくらいの人としか……いえ、ほとんど私としか会話しない日もあります……」

 

「和人ったら、私が留守にしてばかりだからそんなコミュ障に……ごめんなさいね紗奈ちゃん。これからも和人の事をお願いね」

 

「いえ、私は大丈夫ですので、お気になさらないで下さい」

 

「何のコントを見せられてるんだ僕は……」

 

 

 

「し、失礼します」

 

 桐ヶ谷邸の玄関でほとんど家庭訪問のようなやり取りを済ませた後、早速キリトの部屋へ入らせて貰った。

 部屋はアニメで見たそのまんまの部屋を入学に合わせて充てられたらしく、唯一違うのはベッドの枕元にまだナーヴギアがない事と、机の上のパソコンが古い事くらいしかわからなかった。

 それにしても小学生とはいえ、異性のそれも主人公の部屋に入るとなるとすごくドキドキするわね。

 

「おーパソコンだ」

 

「あぁ僕がお母さんのパソコンの余った部品で組み立てたんだ」

 

「へぇー、和人君凄い! パソコン作れるんだ!」

 

「ま、まぁね。作ると言っても組み立てるだけだし、きっと紗奈ちゃんにもできるよ」

 

 これが、キリトが初めて組み立てたパソコンね。一応物語の設定の上では、このパソコンで色々調べていくうちに生い立ちを知ることになるのね。これ、壊したらやっぱ怒られるわよね……。

 本当は知らない方がいいこともあるとは思うんだけど、それは私がどうこうしてもいい事じゃないわね。それに、恐らく私が横槍入れようとしても遅かれ早かれ知ることには変わりなさそうだし、そうなった時に心の支えになればいいかなと思うわ。

 

「さぁ和人君遊ぶわよ! 直葉ちゃんも呼んでね!」

 

「わ、わかったよ。ちょっと待っててね」

 

 そう言うと、キリトは部屋を出て直葉ちゃんを呼びに行ってくれた。廊下の向こうで「スグ〜」と呼ぶ声と「はーい!」と言う可愛らしい返事が聞こえる。この頃はまだ普通の義妹だとわかってないから素直なのよね。お互いにただの兄妹らしい素直なやり取りね。

 

「お待たせ、これが僕の妹の直葉だよ」

 

「初めまして、直葉だよ!」

 

「こら、僕と同じ歳だから、敬語を使わなきゃ」

 

 部屋に入ってきた黒髪ボブカットの小さい女の子が元気よく自己紹介をしてくれた。これが桐ヶ谷直葉かぁ、めっちゃ可愛いじゃん! んでここから十年も経たないうちにあの凶悪な胸になるのよね。

 

「ど、どうしたの紗奈ちゃん?」

 

 私が直葉をまじまじと見ていると、キリトが恐る恐ると言った感じで聞いてくる。いけないいけない、ガン見しちゃったわ。

 

「めっちゃ可愛いわね、私は金森紗奈。敬語なんていらないわ、気軽に紗奈お姉ちゃんって呼んでね!」

 

「わぁぁ、うん! お姉ちゃん遊ぼ!」

 

 その向日葵のような笑顔に、私も思わず両手を広げて直葉を胸元に招き入れる。早速懐いてくれるようで私も素直に嬉しい。確か一つ年下だから、来年には同じ小学校に入学するはずだ。そうなれば、もっと接触する機会も増えるから、この二人の関係を盤石なものにしておくわ。

 あと、明日からはバストアップの為の食事も取ろう、大豆イソフラボンとタンパク質よ!



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三話

 二年生

 学校生活にも慣れ始めた頃に訪れる初めてのクラス替え。やっと纏まってきたグループが全てシャッフルされ、心機一転などと思う余裕もなく新しいクラスに入るなりソワソワと落ち着きなく気になる。入学して初めての学校公認の試練だ。

 新しい教室に入れば、一年生の時に一緒だっただけで固まる子、新しい友達を増やそうとする無邪気な子、そして既に自分だけの世界を作っている個性的な子などが見受けられる。

 

「紗奈ちゃんよろしくね!」

 

「うん、よろしくね!」

 

「桐ヶ谷君も一緒?」

 

「もちろん、そこに」

 

 私もその例に漏れず、一年生の時に一緒だったクラスの子が話しかけてくれた。私にとってはそれだけで感無量よ。

 そして件のキリトも無事に同じクラスになれた。流石に隣の席ってわけじゃなく、出席番号の関係でキリトが一つ下がり、左後ろになってしまった。でもこの位は些事よ。

 そして何より変化が大きいのは、今年は直葉が入学してきたことね。去年の初対面から定期的に交流を重ね、今ではすっかり「紗奈お姉ちゃん」として定着しているから喜びもひとしおよ。

 

「和人君、今年度もよろしくね!」

 

「うん、直葉共々よろしく」

 

 

 

 

 

 こうして直葉も入学して一緒に学校生活を送る以外何もなかったかなと考えを巡らせなく鳴った頃、事件は唐突に起きた。

 

「え、剣道教室?」

 

「うん、今週末から通うことになったんだ」

 

「私も行くんだよ!」

 

 そうだった、キリトは八歳から二年ほど剣道教室に通うんだった。って直葉も一緒に通うのは初耳だわ、同じ時期なのね。

 

「へ、へぇ……痛そうだけど、大丈夫なの?」

 

「僕も乗り気じゃないけど、お爺ちゃんが行けって言うから」

 

 あぁ、そう言えばキリトのお爺さんってお巡りさんなんだっけ。私は普通の家庭で、周りに言いそうな人はいなさげだけど、習い事かぁ。

 

「紗奈お姉ちゃんも一緒にやる?」

 

「どうしよう、一度帰ってから考えてみるわね」

 

 

 

 

「習い事かぁ」

 

 家に帰ってベッドに転がって呟く。習い事について考えた。剣道に限らず、運動だったら空手だってそうだし、水泳だってある。書道や珠算だってそうだ。楽器や音楽も習い事に入るだろう。

 キリトは確か自分に合っていないと感じて、いつか辞めちゃうんだっけ。なら私も一緒に入って通えば続けてくれるのかな? なんて思ったけど、それが正しい事なのか心に引っかかる。今までは物語の中の展開として読むだけだったのが、私は二人と共に生を受けている。恐らくだけど、私と言う要素が入り込んだもしもの世界として成り立っているんだろうと考えていた。これは予想としては正しい部類だとも思えるわ。

 だからこそ私は一抹の不安を抱えていた。これらの展開に深入りしすぎてキリトたちの未来を変えてしまい、色々なことがなかったことになってしまうんじゃないかと。

 そうやってもしものことを考えているうちに一つの仮定が頭によぎった。

 

(キリトと茅場との戦いって、結構綱渡り的なものよね。それで勝てたのって、これまでの出来事があったからって解釈よね? だとしたらこの先の展開を崩すのは悪影響? キリトに剣道を続けさたらSAOをやらなくて閉じ込められることはない。けど、アスナが死ぬ可能性が。アスナだけじゃない、キリトと直葉の関係が微妙になったからこそシリカだって助かってる。なら私は大筋を変えるべきじゃないこと? わからない……何が正解なのかな……?)

 

「紗奈ーごはんよー」

 

「はーい……」

 

 そこから寝るまでの間、どうするべきかわからずにお母さんの返事も晩ごはんもずっと上の空だった。

 それから数日、の授業も放課後もキリトやクラスメイトが声をかけてくれているにも関わらず、私の頭の中は色んな考えが堂々巡りしていた。

 

「紗奈ちゃんどうしちゃったの? 桐ヶ谷君何か知ってる?」

 

「や、僕にも何が何だか……」

 

「紗奈ちゃん、日直が……」

 

 そんな中、私の背中を押してくれる出来事があった。それは、未だ悩みの中にいる私を見かねたお父さんやお母さんが放った一言だった。

 

「紗奈、何に悩んでいるのかわかんないけど、決めたら教えてね。紗奈は今までずっと聞き分けが良くて聡い子だったから、悩んでいることもきっと私やお父さんと同じような大人っぽいことなのかもしれない。けど、それでも貴女は私たちの子よ、曲がったことじゃなければ貴女の決めたことに反対はしないわ」

 

「あぁ、お母さんの言うとおりだ、気付いてやれなくてすまない。紗奈はわがままをほとんど言わなかったから、手がかからなくて楽だとずっと感じていた。でもそれはきっと違う。紗奈の将来のためになるのならお父さん達は協力を惜しまない、だから悔いのない様に頑張るんだぞ」

 

 やっぱり生まれ変わっても親は親だって事をつくづく再認識させられたわ。前世の分を合わせてもまだ私の方が年上なのに、両親というのはかくも偉大だってことを思い知らされるわね。

 

「お父さんお母さん……ありがとうございます!」

 

 そしてこの日、私は一つの決意をした。



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四話

 三年生

 いわゆる中学年と言われる学年であり、この頃になると個人の学校生活の傾向や勉強の進み具合などが如実に表れ、クラスの先頭に立つ者、黙って従う者、ふざけて遊び出す者など、おかしなグループが出来上がるのもこの頃からだ。

 とは言え、大半の生徒が何かおかしな行動をとるはずもなく、大体が普通に授業を受け先生の話を聞いているわ。一部寝ている生徒がいれば先生に怒られる前に隣の席の子が突いているくらいね。

 

「やほー紗奈ちゃん、遂に桐ヶ谷君と離れ離れになっちゃったわね」

 

「そうね、和人君ちゃんとクラスに馴染むことが出来るのかしら? 頭はいいんだけど、若干コミュ障なのよね」

 

「でたでた、紗奈の心配性。ほんと、お母さんかっての!」

 

「誰がお母さんよ!」

 

「えーなになに? 何の話し?」

 

「あ、初めまして、金森紗奈って言うの。 ちょっと聞いて、ひどい言われようなのよ!」

 

 私は新しいクラスでも概ねスタートは順調で、運にも恵まれ前年度の時にそこそこ仲のいい子がそのまま同じクラスになることができて話し相手に困る事はなかった。

 

「和人君、帰るわよ。直葉ちゃんも迎えに行かないとね」

 

「うん、僕も今準備ができたところ」

 

「桐ヶ谷君、またね!」

 

「うん、また明日」

 

「私がいなくてもコミュニケーションは取れているようね」

 

「挨拶くらいはできるよ。紗奈ちゃんは僕を何だと思っているのさ」

 

「いや、てっきりコミュ障かと」

 

「…………」

 

 一方のキリトと言えば、概ね予想通りだった。と言うのも、本人は挨拶は出来ると言っているものの、逆に言えばそれしか出来ないと言っているのは今のやりとりでわかったからだ。

 けれど、コミュニケーションの第一歩は挨拶からとも言うし、それが出来るならキリトに多くは望まないわ。

 

「紗奈お姉ちゃーん!」

 

 昇降口から直葉の大きな声が私たちに届く。

 クラスに迎えに行く前に昇降口の前を通ったら、既に直葉が靴に履き替えて待っていてくれたからだ。

 

「直葉ちゃん、剣道は楽しい?」

 

「うん、大変だけど、体を動かすのは楽しいよ!」

 

「それは良かったわ」

 

 帰り道、直葉に剣道の事を尋ねると元気な答えが返ってきた。その様子からはもちろん、心から楽しそうである事は明白ね。

 けど、それを聞いていたもう一方の方はと言えば、苦々しい顔をしていた。どうやら直葉ほど夢中になれるって訳ではなさそうね。まぁ自分に合ってないとでも思っているんでしょうね。こればかりは本人の性分だから何とも言い難いわ。

 

「けど、紗奈お姉ちゃんと一緒にやりたかったなー」

 

「あはは、ごめんね直葉ちゃん。私は剣道に興味がないから、また今度一緒に遊ぼうね」

 

「うん、約束ね!」

 

 そう、結局私はキリトや直葉と一緒に剣道をする選択を捨てた。理由は二年生の時にも言った事もあったけど、キリトに関わりすぎて大幅な未来を変えすぎないためだ。

 なら私は何をやっているのかと言えば……。

 

「お母さん、宿題終わったから行ってきます!」

 

「早いわね、お母さんが車で送って行こうか?」

 

「うぅん、走って行くから大丈夫よ!」

 

「車には気をつけるのよ?」

 

「はーい!」

 

 私は部屋で着替えてから元気に返事をして再び家を出る。それから歩いて十分位の所の門をくぐり、道場に入って一礼をする。

 

「よろしくお願いします!」

 

「元気がいいね。よし、今日も基本からやろうか」

 

「はい!」

 

 私は習い事として空手を選択した。だからって、凄くやりたかったから選んだって訳じゃないのよね。本命は別にあるんだけど、それはまだ叶えられないと思ったのよ。けど、それを叶える為に今は基礎体力の向上で空手を選んだのよ。本当は水泳とかでも良かったんだけど。ま、近所って言うのが一番の理由ね。

 ここまではキリトや直葉との関係は良好だし、私自身の計画も少しずつ動き始めていて悪くない感じだわ。

 けど、問題はここからよね。




 少し報告です。
 今後のネタバレも含んでいるのですが、主人公である紗奈はSAOの中に取り込まれます。
 その際に紗奈の選んだ武器がダガーになるのですが、これがSAOのアプリSAOVSに出てくるとあるキャラと被ってしまう事が判明してしまいました。
 これは完全に自分の見落としです。ですので、もしこのまま執筆したとしてもパクリではないと弁明します。
 ですが、誤解を生まないように、武器を変更しようかとも考えています。
 まだまだ呼んでくださる方は少ないですが、今後の指針として武器を変更か、このままで良いのかアンケートを取りたいと思います。


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五話

今回は文章が長めです。
更に、嫌な表現や文章が続きます。そう言うのが嫌な方は、この話しは読み飛ばしたほうが良いと思われます。
この話し抜きでも物語は成立しますが、フィクションだと言うことを踏まえて割り切って読んでもらえれば嬉しく思います。


 四年生

 小学校生活も折り返しに入ると、生徒たちも子供ながらに自分がクラスのどの辺りのポジションなのかと言うことを理解し始める時期だ。

 それは頭の中でと言うより、何方かと言えば潜在的にと言う感じだろう。だからなのか、この年頃の子供には悪意を悪意としてぶつける事に躊躇と言うものが無いのである。

 

「直葉ちゃんの元気がない?」

 

「うん……最近学校から帰ってもあまり元気がないし、聞いても答えてくれなくて」

 

 そう話し始めたのはキリトだった。

 新しく進級したものの、今年もキリトとクラスが違っていた。けれど、お互いにクラブは入らないので、下校のタイミングは同じね。唯一今年から違うのは、四年生からは授業が一時間増えた事ね。その為に三年生の直葉とは下校のタイミングが合わなくなってきた事だ。だから私が直葉と一緒に帰れるのは、週に一、二回あるかどうかと言う事くらいだ。

 

「でも、朝一緒に登校するときは元気よね?」

 

「そうなんだよ。けど、帰ってきたら元気がないから学校で何かあるんだと思うけど、答えてくれなくて。だから紗奈ちゃんから何かあるのか聞いてくれないかな」

 

 そう言う事ならお安い御用だわ。直葉は私にとってもかわいい妹だし、困っているなら力になるわ。

 そう言うわけで、放課後に桐谷家にお邪魔することになった。最近は私もキリトたちも習い事のせいで遊ぶ回数が減ってしまったけど、それでもお邪魔する度に気軽に挨拶ができる間柄には変わりはなかった。

 キリトのお母さんに軽く挨拶をして上がらせてもらうと、今回はキリトに遠慮してもらい、私一人で直葉の部屋の前まで通させてもらった。

 

「ヤッホー。直葉ちゃん、遊びにきたよ! 部屋に入らせてもらっていいかな?」

 

「あ、紗奈お姉ちゃん? 待って、直ぐ開けるから!」

 

 ノックをして努めて明るく呼びかけると、扉の向こうからは意外にも明るい返事が返ってきた。

 そして部屋に入れてもらってから直ぐ気づいたのが、体のあちこちに擦り傷が見てわかった。けど今はまだその事に触れないように努めて雑談に興じる事にした。剣道のこと勉強のこと、そして最近はどんなことに興味を持っているかなど、女の子同士いろんな事に花を咲かせた。

 けど学校生活のことになった瞬間、その笑顔が一気に曇ってしまった。

 

「学校で何かあったの? お姉ちゃんに聞かせてくれる? 安心して、お姉ちゃんは紗奈ちゃんの味方だから」

 

「本当?」

 

「本当よ、ゆっくりでいいから聞かせてくれる?」

 

 それから直葉はゆっくりとだけど一つ一つ丁寧に話してくれたわ。

 その内容は、クラスの男子三人から嫌がらせを受けていると言うこと。その理由は単純で、直葉が剣道をやっているって言うだけのものだった。初めは剣道をやっている奴は乱暴者など、口だけの悪口で直葉も無視をしていたんだけど。それが気に食わないのか、エスカレートして掃除中に箒を持ち出して避けて見せろとばかりに直葉に振り回してきたそうだ。どうやら直葉の擦り傷はその時に付いたものだったらしいわね。

 

「何それ許せない! その事は先生に言ったの?」

 

「うん、先生はわかったって言ったんだけど」

 

「全然止まないってことね?」

 

「グスッ……お姉ちゃん、私もう剣道やだよ……虐められるなら辞めたいよ……」

 

 遂には私の胸で泣き出してしまった。なんて事、あの元気で明るい直葉がここまで追い詰められていたなんて。その男子たちもだけれど、先生は何しているの? これは調べる必要があるわね。

 

「直葉ちゃん、私が助けてあげる。私は笑っている直葉ちゃんも、剣道をやっている直葉ちゃんも好きよ。だからもう少しだけ我慢して。そしたらまた剣道を楽しくやることが出来るから」

 

「本当?」

 

「えぇ、本当よ。だからもう少しがんばろうか」

 

「……うん!」

 

 そう言った直葉の目には涙がなかった。本当に強い子なんだ。なら私はお姉ちゃんとしてやれる事は全力でやるわ。

 それからは準備に時間を追われたわ。まずはキリトと直葉のお母さんに現状を伝え、協力の要請と用意して貰いたいものを頼む。この時、キリトのお母さんには心底驚かれ、親なのに知らなかった事を恥じていたけど、そんなのは後でいいのよ。今は素早く動くことが先決よ。

 

「おはよう直葉ちゃん。これはお守りよ、今週は学校にいる時は、これをポケットに入れておいてね。そしたら来週にはきっと解決するから」

 

 その翌週、直葉と一緒に登校する時に私はある物を渡し、肌身離さず持ち歩くようにお願いした。これは今すぐ直葉を守るものではないけど、後々になって効いてくるものだから、今は我慢してほしいわね。

 

「うん、紗奈お姉ちゃんの事、信じてる」

 

 そう言って私の方をみる紗奈ちゃんは、昨日のような悲しい顔は微塵も見せなかった。逆に信じきっているような真っ直ぐな瞳に、若干重たさを感じなくもないけど、気のせいよね?

 

「「失礼します。桐ヶ谷直葉ちゃんの担任の先生いますか?」」

 

 さて、次は学校ね。昼休憩、私とキリトは職員室に乗り込み直葉の担任に直訴に行った。直訴の内容? もちろん直葉へのいじめに対する現状の打開よ。

 

「直葉ちゃんの担任ですね? 先生は直葉ちゃんからいじめの報告を聞いているのにも関わらず、虐めている生徒へ注意もしないどころか、直葉ちゃんを保護しようともしないのは何故ですか?」

 

「あなた達誰? 直葉ちゃんから聞いているわ。でも大人には大人の事情ってものがあるのよ。一々口を挟まないでちょうだい」

 

「大人の事情? それは虐められている自分のクラスの生徒を後回しにしてでも優先される事ですか? それともそれが先生の教育方針ですか?」

 

「う、うるさいわね! 誰もやらないとは言ってないでしょ? 大人の事情に首を突っ込まないでちょうだい! 話は終わりよ、出て行きなさい!」

 

 私の質問に眉を寄せると、大きな声で私たちを怒り出した。幸か不幸か、職員室には誰もいない。それをいい事に、直葉の担任は私たち二人の腕を引っ張り職員室から追い出してしまった。

 

「ふぅ、こんなもんね」

 

「紗奈ちゃん、これでいいのか?」

 

「えぇ、いいのよ。これで前提条件と言質はとったわ」

 

「何をするんだ?」

 

「いい、和人君。問題の根が深い時はね、事を大きくしちゃえばいいのよ!」

 

 

 

 そう言って週末の金曜日、決戦の日がやってきた。

 放課後、学校の応接室にて直葉の学年主任を呼び出してもらう事にした。それをするのは、もちろんキリトたちの母親の翠さん。そして翠さんの横に直葉、キリト、私の他にもう一人男性がいる。実は全く知らない人なのよね、どうやら翠さんが呼んだらしいのだけれど、まぁ私たちの不利になる様な人じゃなければいいわ。

 

「こんにちは。本日はお時間を作っていただきありとうございます。私たちがここに来たのは他でもありません。うちの娘をいじめた上に怪我を負わせた子と担任の対応についての事です」

 

 翠さんは挨拶もそこそこにいきなり本題をぶつけてきた。まぁお茶会ってわけでもないからね、語気が強いところを見ると相当溜まっているのがよくわかるわ。私だってその現場を見れば止めに入るところだけど、既に担任が放置している時点でそのレベルじゃないのよね。

 

「いじめ、ですか。私は学年主任をしていますが、そのような報告は上がってきていません。ですが、放置するわけにもいきませんので、詳しく教えていただけませんでしょうか?」

 

 学年主任は目を細めて前のめりになり詳しく話を聞こうとする。どうやらこの人は真面目で信用できそうね。

 

「なるほど、そう言う事ですか。直葉ちゃん気付いてあげれなくてごめんね。今から担任と生徒を呼び出すけど、どうする? 隣の部屋で待っててもいいのよ?」

 

 一通り事情を話すと、件の担任と生徒を呼び出してもらえる事になった。そうなると、いじめを受けた直葉は直接対面する事になるからと学年主任は気を利かせて別室での待機を提案してくれたわ。こう言うのを教師の鏡っていうのかしらね。

 

「ううん、私はお母さんたちと一緒にいます」

 

「わかったわ、もし辛くなったらいつでも言ってね」

 

 学年主任はそう言って席を立った。どうやら担任を呼びに行ったようね。私はキリトと直葉に視線を向けるが、二人とも緊張してそれどころじゃないようね。無理もないわね、こんな事初めてだし、本来はない方がいいことなんだから。

 

「直葉、本当に大丈夫? 本当に無理しなくていいのよ?」

 

 学年主任を見送った翠さんが同じように気を遣う。一時の強がりで心の傷を更に深めるわけにはいかないけど、直葉は私の視線に気付きそしてキリトの方にも向き直って笑ってくれた。

 

「大丈夫、お兄ちゃんと紗奈お姉ちゃんもいるから」

 

「そう……和人に紗奈ちゃん、ありがとう。これからもよろしくね」

 

 そう言って翠さんも私たちに向き直って言ってくれる。直葉がそう言うなら尊重しよう。何かあれば私たちが守ればいいんだから。

 そんな風に話しながら出されたお茶で喉を潤していると、応接室の扉が開いた。「お待たせしました」と言って戻ってきた学年主任に続いて入ってきたのは、直葉の担任だった。

 

「さて芦屋先生、この件の実確認をしたいのでお話を聞かせてくれる?」

 

「え、私そんな相談された覚えありませんよ? 私のクラスは皆仲良しですし、校外で起きた事の責任までは私じゃ取れませんよ」

 

 直葉の担任、芦屋という名前の先生は学年主任からことの経緯を問われると、とんでもない事を言い出した。

 何と、自分は知らぬ存ぜぬと言い出した。この人顔は整っているのに、腹の中はどす黒く自分の事しか考えていない人のようね。

 

「直葉ちゃんのお母さん、子供達の言い分だけ聞いて一方的にこちらに詰め寄ってくるなんて酷くありません? それにこんなに雁首揃えて来るようなことじゃないでしょう? 高々子供同士の喧嘩なんて放っておけばそのうち収まりますよ。それに私もそんなに暇じゃ無いんですよ。こんなくだらない事で呼ばないでくれますかぁ?」

 

「芦屋先生!」

 

「このっ……!」

 

 とんでも無い物言いに全員が呆気に取られていると、水を得た魚のように更に言葉を続けてきた。これで教員免許持っているなんて、どんだけ猫を被って取ったのよ。

 隣で座っている直葉が涙目になってきたので、流石にこれは無いと思い私たちのカードを切ろうと立ちあがろうとした時、私の肩に手が乗った。

 それは今の今まで黙っていた男の人の手だった。

 

「芦屋先生と言いましたか。貴女は先ほどから聞いていれば自分の事ばかりですね。『自分が大事』という部分は否定しませんが、そんなに自分が大事であれば、もっと教員の責務を全うされてはいかがでしょうか?」

 

「な、何よアンタ……関係ない人はすっこんでなさいよ……」

 

 男の人は努めて冷静かつ冷ややかに視線を向けて言葉を放つ。向けられてもいない私自身が背筋に冷や汗をかくのだから、向けられた本人はきっとそれどころじゃないでしょうね。

 それが証拠に、さっきまでの饒舌な言葉がすっかり形を潜めていた。

 

「申し遅れました。私は桐ケ谷直葉の叔父になります、増田敬一郎と言うものです」

 

 そしてそれを見計らったように、自己紹介をしてそのまま何かを両手で手渡した。あれは……名刺ね。

 

「はぁ、それで叔父さんがここに何のよ……う。って……あんた、いえ、貴方は……あ、いえ、こ、これは違うと言いますか……生徒達への連絡が不十分になったと言いますか、ですから私は悪くないんですよ。そ、そう言うことなんですよ……」

 

 え、なに、この反応。直葉の叔父である増田さんの名刺を見た瞬間、芦屋先生の態度が一変した。しどろもどろになりながらも何とか言い繕おうとしている芦屋先生。余りの身振り手振りのせいで名刺が手から離れ私の目の前に来たものだから、思わずも拾って見た見た瞬間、体が硬直した。

 名刺には当然増田さんの名前が書いてあるが、その上には彼の肩書きであろう役職がこう書いてあった、『〇〇県教育委員会事務局長』と。

 

「話の一部始終は、保護者及び被害者やその親族達から全て聞いています。生徒からの訴えを蔑ろにし、直面した問題に真摯に向き合わないのは担任としてではなく教職員としてどうなのかと思うのですが。いえ、これはもはや人としてどうなのかと言う問題にもなりかねませんね」

 

 わぉ、滅茶苦茶真正面からぶった斬るわねこの人。相手が怯んだ隙にここぞとばかりに反撃に出るなんて恐ろしく容赦がないわ。まぁここで畳み掛けて相手が折れてくれれば何て思っていたんだけど、相手は相手で何かに必死なんだろうね、折れそうになるところを踏ん張って言い返してきた。

 

「な、何よ、教育委員会の偉い人だからってそんなに言う必要あるの⁉︎ 黙って聞いていれば訴えとか蔑ろとかさ、さっきも言ったけど私のところに相談なんて来た覚えなんて一つもないって言ってるじゃない? それだってそっちの証言だけでしょ⁉︎ 残念ね、そんなの証拠にもなりはしないわ。わかったら土下座でもして、とっとと帰りなさい!」

 

 いやこの先生凄いわ、ぶっちゃけ自分の方が不利なのになお噛み付くなんて私には到底できないわね。

 

「芦屋先生、でしたか。ここにいる全ての人が貴女に濡れ衣を着せようと画策をしているとでもお思いですか? 残念ですが、私も保護者もそして生徒達も貴女のような腐った根性は持っていないのですよ」

 

「あんた、いくら偉い人でもいい方ってものがあるんじゃないの? いい加減名誉毀損で訴えるわよ?」

 

 もはや煽り合戦ね。あっちが煽れば、こっちも煽り返す。けれど、叫んでいるのは芦屋先生だけで、こっち側の増田さんは煽り返しつつも至って冷静にな様子。初めからほぼ空気なキリトや直葉も、このやり取りでどちらが優勢なのか感じ取ったんだろう、二人とも私の方を見てちょっとだけ口角が上がっていた。

 それを見た私も少しだけ安心したけど、隣にいる増田さんの一言で気を引き締めなおした。

 

「そうですか、貴女は教員の責務を全うしないだけでは飽き足らず、真面目に学校生活を送ろうとしている生徒やその保護者を侮辱するその物言いは教鞭を振るうに値しません」

 

「だったら何なのよ、証拠もなしに私を罰しようなんてしたら、それこそ職権濫用で訴えてやるから」

 

「はぁ証拠、ですか。そんなに欲しければお見せしましょう。桐ヶ谷さん、あれを出してください」

 

「はい」

 

 いい加減疲れたと言わんばかりに増田さんはため息をつくと、打ち合わせたかの様に翠さんに指示を出す。翠さんが出したのは三つのICレコーダーだ。初めは訝しげに見ていた芦屋先生だけど、これが何なのか分かった瞬間みるみるうちに顔が青ざめていった。

 

「その顔色が変わっていく様子だけで、これが何なのかお察しいただけた様で何よりです。で、改めてここで再生してもいいですが、再び子供達に聞かせるのは酷でしょうから、改めて別室でお話を聞かせてもらうとしましょう。さて次からは校長先生も交えてとなりますが、よろしいですね?」

 

「…………はい……」

 

 机の上に並べられた三つのICレコーダーは、それぞれ直葉とキリト、そして私が持っていたものだ。一つは直葉が常に持ち歩いており、直接被害を受けた時や自分で先生に言いに行ったりした時の音声が入っている。残りの二つは、私たちが先生に相談しに行った時のやり取りや、別々に行動した時に直葉の虐めに遭遇した時に庇った時のやり取りも記録されている。

 そして私たち子供は応接室から追い出され、一部始終を聞いていた別の先生に促され帰宅の途に着くことになった。部屋から出る時に見た芦屋先生の最後の顔は、やばいと思ったのか観念したのかはわからないけど、冷や汗をかいて真っ青な顔で俯いていた。まぁ自業自得ね、じっくり反省するといいわ。

 

「お兄ちゃん、紗奈お姉ちゃん、今日はありがとう!」

 

「いいわ、これで直葉ちゃんが元気に剣道できるならね。って私はあまり役になってないかな。お礼ならお母さんと叔父さんに言うといいわ」

 

「そんなことないよ。私、紗奈お姉ちゃんに相談してなかったら、今でも虐められていたかもしれないんだもん! だから、ありがとうだよ!」

 

「そうだな……紗奈ちゃん、俺からもお礼を言わせてくれ。ありがとう」

 

 そう言って、直葉とキリトは満面の笑顔で私にお礼を言ってきた。

 直葉に相談された時、私は自身の愚かさを呪ったわ。それは、今だに私が『SAO』の小説やアニメでの追体験しながら自分も混ざっているという夢物語の様な感じだったからだ。けれど、直葉の涙を見た瞬間それは違うと思い知らされたわ。彼ら彼女らは今この瞬間を生きている。前世から数えれば翠さんより年上なはずなのに、こんな事にも思い至れないとか自分が情けなさすぎるわね。

 

「よし! じゃあ来週からまたよろしくね!」

 

 私は自分の両頬を叩くと、振り返って二人に手を振って別れた。

 そして翌週、案の定と言うのか直葉の担任の芦屋先生は来ず、学年主任が代行を務めているわ。

 後から聞いた話によると、私たちが応接室から出た後、ICレコーダーの音声を再生しながら事実確認を行って現在は自宅待機だそうだ。恐らくクビにはならないだろうけど、教育委員会の方で預かって再教育を受けさせられるそうだ。学校教育の組織図がどうなっているのかわからないけど、直葉の前に姿を現さなければ何でもいいわ。

 直葉を虐めていた男子たちも学校を挟んだ保護者間のやり取りで謝罪が行われ、この一件は静かに収束していった。

 

 

 

 

 それから数週間後…………キリトが剣道をやめていた。

 

 嘘でしょ……?



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六話

 五年生、上級生の仲間入りを果たし、僅かながらでも責任と言うものが発生し始める学年だ。

 委員会では副委員長、部活では副部長など補佐を任せられる立場につく人もちらほら出始める学年でもある。

 そんな中、私はこの学年で初めて一つの責任者という立場につくことになってしまった。

 

「学級委員長は、金森さんがいいと思います!」

 

 新学期の初日、毎年恒例の学級委員選抜にて私を推薦したのは、三・四年と唯一一緒に進級してきたクラスメイトの子だった。彼女の言い分は私の面倒見がいいことと、周りをまとめるのが上手だからと言う事だ。

 私自身そう言った意識でやって来た自覚はないんだけど、転生前と合わせての年齢的に周りの子達の行動が危なっかしく見えて色々動いているから、結果的にそう見られていたのね。

 で、この学級委員と言う役職は立候補がいないのがお約束で、先生に「なら金森さんにお願いしていいかしら」などと断れもしないお願いをされて任されることとなったわ。

 そこからはこれからのお約束の委員長に丸投げ状態で進行が開始され、副委員長や書記、それから各委員会を決めることとなった。

 

「はい、次は各委員会を決めます。書記はこの委員会全て黒板に書いてください。……では、まずは順に立候補を一通り挙げます」

 

 こうして私の新学期初日は慌ただしく過ぎていった。

 

「それは災難と言うか何と言うか」

 

「災難って言うか、これは人災じゃないかな?」

 

「でも紗奈ちゃんなら大丈夫でしょ」

 

「他人事だと思って……」

 

 帰り道、今年度もキリトとはクラスが離れてしまったけど仲良く一緒に下校している。今日はキリトたちのお母さんにケーキをご馳走すると呼ばれているため寄り道をする事になっていた。

 実は去年の一件依頼、翠さんから全面的に信頼され、家にお邪魔するとほぼ顔パスのように上がらせてもらえる様になっていた。

 

「おじゃまします!」

 

「紗奈ちゃんいらっしゃい。二人とも、手を洗ってらっしゃい」

 

「あ、私お手伝いします」

 

「じゃあ僕は二階に行ってるから、呼んでくれる?」

 

「ん、わかった。呼ぶからちゃんと来てね」

 

 家に着いて翠さんの手伝いをする為、一階に残る私とは対照的にキリトはそのまま二階へ上がってしまった。

 キリトと別のクラスになって丸っと二年以上経ったけど、もはや立派な陰キャね。そんなキリトに対して一つ大きな悩みが桐ヶ谷家にはあった。

 それは、キリトが剣道を辞める前後くらいから、家族によそよそしくなってしまったからであった。それは両親だけでなく、直葉に対してもだ。

 翠さんはその原因をキリト本人から聞いているが私には言わなかった。まぁ家族の問題なんだから私には言わないんだろうけど、それでもケーキを切り分けている翠さんの姿は私に何か言いたそうな顔をしているのがわかった。

 なら私から言える様に仕向けてみようかしら。

 

「おばさん、ひょっとして何か悩み事があるんですか?」

 

「⁉︎」

 

 私の一言にハッとした表情を浮かべると、必死に取り繕っていた表情を崩して私に向き直ってくれた。

 

「紗奈ちゃんには本当に驚かされてばかりね。初めて会った時といい、去年の直葉の時といい。何だか同年代の人と話している感覚になるわ。あ、ごめんね、こんなおばさんと一緒なんて言われたら困るわよね」

 

「いえ、おばさんは素敵な人だから光栄です。でも最近元気がない様ですので、何かあったのかと……もし私の様な小学生でも打ち明けてくださるのなら何かの助けになるかと……」

 

「本当にこの子は……そうね、紗奈ちゃんになら話してもいいかしら……」

 

 そう言うと、翠さんはぽつりぽつりとキリトのことを話し始めた。キリトが自身でネットで本当の家族でないことを知ってしまったこと、それでキリトに自分の生い立ちを話したこと。そしてそれ以来キリトがどこかよそよそしくなってしまった事などを話してくれた。

 

「ここ暫くの和人君のよそよそしさはそれが原因なんですね。……ですが、少し安心しました」

 

「安心……? って何かな? おばさんに教えてくれる?」

 

「和人君は確かにショックを受けたと思います。恐らくですが、それで今まで産みの親だと思っていた人や本当の兄妹だと思っていた人との距離感や家族の在り方などに混乱しているんだと思います」

 

「そ、そうなのかしら……」

 

 私の言葉はあくまで小説やアニメで見た限りの考察だ。それでも目の前で悩む翠さんの力になりたいと思い言葉を続けた。

 

「こればかりは、そう言う立ち位置に置かれた人でないと本当の心理は計りかねます。でも、私はある意味それでも和人君らしいなと思いました」

 

「和人らしい?」

 

「だってそうじゃないですか、その真実を知っても荒れる事もなくよそよそしくなっても家族であろうと頑張ってくれるんですもん。グレないで、頑張って学校行ってくれるだけ凄いと私は思いますよ?」

 

 そう、キリトは凄いわ。確かに知ったのは偶然だったのかもしれないけど、その現実を直視してもなお自分と家族をなるべく傷をつけない方法を選んだんだから。

 

「そう……よね。でもいつまでもそのままって言うのも……」

 

「それは恐らく、時間が何とかしてくれます。変化を急がず、おばさん達はいつも通り和人君に厳しく優しく接してあげてください。そして信じてあげてください。そうすれば、おのずと距離は縮まって来るはずです」

 

 気づけば私は翠さんの手を優しく包んでいた。この一年この不安をずっと抱えていたんだと思う、事がデリケートなだけに夫婦で色々相談しても結論が出なかったんだと思うわ。それを初めて他人に打ち明けて、私の考えを聞いて何かが吹っ切れたんだろう。

 何でって、それは私の目の前の翠さんが膝立ちで、顔を涙で濡らしているのに嬉しそうなんだもん。

 

「うぅ、……ぐすっ……そ、そうよね、母親が信じなきゃいけないわね……」

 

「そうです、和人君は優しい子です。だからきっと大丈夫です」

 

「ありがとう、ありがとうね紗奈ちゃん……」

 

「いえいえ、私なんかで良ければいつでもお聞きしますので」

 

 翠さんが感謝しながら大粒の涙を流す。これが母親の悩みなのね。私なんかじゃまだまだ上辺だけの言葉しか並べれないけど、それでも誰かの助けになるのなら、頑張るのも悪くないかもしれないわね。

 

 

 その後、気持ちを新たにケーキを切り分け、キリトと直葉を呼んで席に着かせる。

 改めて見るキリトは一年生の入学当時のようなキラキラとした輝きはなく、微妙に顔に影を落としており、物理的にも翠さんや直葉と微妙に席が離れていた。

 まぁこればかりはしょうがないわね。なら私が一肌脱ぐ事にしますか。

 

「和人君の席はそっちね」

 

「え、わ、わかった」

 

 私は長テーブルに着いたキリトと直葉の間に入る様にして、三人仲良く並ぶ事にした。こうする事で微妙な距離感を私と言う緩衝材を通してキリトには家族との違和感を和らげてもらえたらいいと思うな。

 そんな風に考えながらケーキを食べていると、私の正面に座る翠さんが柔らかい笑顔で笑ってくれた。

 

「うふふ、紗奈ちゃん。ありがとう」

 

「「?」」

 

 その言葉に無言だけど、笑顔で返す私。その意味がわからず、首を傾げてクエスチョンマークを浮かべるキリトと直葉。同じ仕草をする姿は紛れもなく兄妹ね。

 その後、食べ終わったキリトは一人で二階に戻ってしまったけど、残った三人でプチ女子会を楽しんで家を後にする事にした。

 

「紗奈お姉ちゃんまたね!」

 

「また来週な」

 

「うん、またね!」

 

 でも流石に私が帰る時には見送りに降りてきてくれた。ってかキリトと遊びに来た認識だったはずなのに、すっかり翠さんとも友達感覚になってしまったけどこれって? と思ったら、とんでも無いところから爆弾が降ってきた。

 

「今日はありがとう。紗奈ちゃんがいてくれてとても助かるわ。だからこのまま和人のお嫁さんになってくれないかしら?」

 

「……え?」

 

 あああああああああ⁉︎ 私まだ五年生なんですけど⁉︎ 前世では藻女ってなわけでもないけど、結婚とは程遠い生活を送っていたのに、いつの間にか母親公認みたいな事になってしまった。

 

「あ、あの、いえ、嫌ってわけじゃないですけど。その、心の準備とかその、色々と言いますか、何と言いますか……」

 

「うふふふ、そんな風に慌てる姿を見るのは初めてかしら」

 

「あ、むぅ……」

 

 あ、あれひょっとして、揶揄われた? それにすぐ気づいて頬を膨らませて私は拗ねるけど、それを見て楽しそうな翠さんを見ると安心した。けど、このお返しはいつかしたいわね。

 



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七話

 六年生。

 最上級学年であり、小学生最後の一年である。この一年は誰もが漠然と捉えているが、イベントは目白押しである。

 いつものテストや行事に加え、修学旅行に卒業制作に卒業作文とやる事が勝手に増えてゆく。そして私たち生徒は、それらを重ねて自分たちが卒業生である事を実感してゆくのである。

 そんな中、結局最後の年もキリトと一緒のクラスになれなかったと、かなりがっかりしている私に変化が起きていた。

 

「男子たち目つきが嫌らしいんだけど! 先生に言い付けるわよ⁉︎」

 

「わ、悪かったけど、そう言われてもよ?」

 

 クラスの男子が私の胸をチラチラ見てくるのを仲のいい女子が庇ってくれる。

 そう、その変化っていうのが、私の身体が成長期にかけて、今までの苦労が目に見え始めてきたのよ!

 身長に関しては若干低めだけど、まだこれから伸びるから乞うご期待って感じね。だけど、それに反して胸の方は結構主張してきているわ。ぶっちゃけ現段階で前世の私を越えているのは確かね。薄いことをステータスにして、自分に言い聞かせていた頃とはおさらばよ!

 実際、去年からスポーツブラはしていたんだけど、六年生に上がってからまた更に成長したもんだから、いよいよ普通のブラが必要になってくる感じね。

 

「さ、紗奈ちゃん、ちょっといいかな?」

 

「何、どうしたの?」

 

「えっと、ここじゃ恥ずかしいから……」

 

「そっか、じゃあ移動しようか」

 

 一部始終を見ていた女の子が、恥ずかしそうに相談があると話しかけてくる。ははぁーん、なるほどね。最近は隠れて私に接触してくる女の子がちらほら出始めている。

 いやはや、私もリア充になったものね。まぁそれもこれも、朝と帰り以外はキリトに絡んでないからって言うのも大きいわね。低学年の頃は同じクラスだっから、何をするにしてもキリトとワンセットだったから。

 逆に今の方がキリトとの距離感もメリハリがついていい感じなのかしら? 直葉とも関係は良好だし。ならこのまま現状維持で様子見ね。

 

 

 

 何て言ってた私がおバカだったわ。

 大きな、凄く大きな見落としてしていたわ。それは何かって、キリトを追いかけてSAOを始めるのにナーヴギアが無い事には始まらないって事を失念していたわ。

 確かあれってSAOが出る一年位前よね? って事はあと一年ちょっと? で、価格がおよそ十万弱……で、ソフトがおよそ四万だったかしら?

 とてもじゃないけど、クリスマスや誕生日でお願いできる様な値段じゃないわね。普段からゲームを家でやらないから、こんなの急におねだりも出来ないわ。真面目すぎたのが裏目に出るなんてことがあるだなんて。

 確かに両親はお願いとかあれば遠慮なく言えと言ったけど、あんな高いゲーム機が欲しいだなんて言えないわね。普段が良い子ちゃんで通っているだけにこんなのお願いしたら卒倒しそうだわ。

 かと言って小学六年生があと一年で十数万円を稼ぐ方法なんて…………。

 項垂れながら前世から随分と小さくなってしまった手と、逆にまだ成長途中の胸が私の瞳に映り込んだ瞬間に閃いた。

 

「ある……これならイケるかも」

 

 

 

 

 

 一ヶ月後、いつものように学校へ行き、習い事の空手に行って宿題をする。いつもならここから寝るまでの時間は、読書やらストレッチやらで自由に過ごしていたんだけど、最近はそうもいかなくなっている。

 

「これを貼り付けて……送信っと。あ、昨日のやつ返信来てたのね。……ん、気に入ってもらって良かったわ」

 

 宿題を終えてから、ノートパソコンを開けて作業を開始する。それを送信して相手に気に入ってもらえてたら報酬をもらう。これを週に何度か繰り返している。

 時々いやらしい指定があったり大幅な修正があったりしているけど、相手からはおおむね好評を貰っていて早い段階で懇意にさせて貰っているわ。そのせいか、画面越しに増えていく数字を見ると思わず顔が綻んじゃうわね。

 

 

 

 

 

 

「で、紗奈、これは何? お母さんに教えてくれるかしら?」

 

「は、はい……」

 

 で、そんな順調な滑り出しと思えた私だけど、油断したわね。

 何の変哲もない無い平日、今日も頑張ろうと張り切って帰ると、私の部屋にあるはずのノートパソコンがリビングに下ろされてその前にお母さんが座っていた。

 あの顔は笑顔が張り付いているけど、明らかに怒っているわね。過去に数回その姿を見ているけど、あれは有無を言わせないって感じね。

 ちなみにその数回は私じゃなくて、スーツのポケットからお店のお姉さんの名刺が出てきたお父さんの事よ。愛されてるわねお父さん。じゃなくて、今は私の事よ。

 

「私は紗奈にパソコンを買ってあげた覚えはないわね」

 

「はい、お年玉と貯めたお小遣いでネット通販で買いました」

 

 ここまでは良い、確かに大きな買い物を勝手にしたのは申し訳ないけど、今時の家庭なら子供がパソコンを持っているくらいはそんなに不思議な事じゃないはず。

 

「で、買ったパソコンで何をしているの?」

 

「普通にネットを繋いで遊んだり、調べ物をしたりとか……」

 

 けれど、問題はここから。流石にこの先を知られるわけには……そんな事になったら……。

 

「本当に? なら今ここで見せてもらって良いかしら?」

 

「え、いやあのぉ……」

 

 やっぱ厳しいわねぇ……そう来るわよねぇ。

 

「まさかいやらしい事に使ってるんじゃないわよね?」

 

「…………」

 

「電源を入れて中身を見せてくれる?」

 

 もうダメね。私に向けられたノートパソコンを開き電源を入れてお母さんに見せる。

 受け取ったお母さんは、フォルダーやメールの受信箱を開いて一つ一つ確認してゆくが、眉間を寄せて難しい顔になったり、目を丸くして驚いたりと忙しそうだった。

 多分自分の思っていた内容と違っていたんだろと思う。それでも、メールの内容に思う所があったのか、気を取り直して私の方へ向き直った。

 

「紗奈これはどういう事か説明してもらえる?」

 

「えっと、欲しいものがあって。それでお金が必要で、私が出来そうなのがこれかなと思ってパソコンを買って始めました」

 

「欲しいものって?」

 

「まだ出てないけど、来年発売されるナーヴギアって言うゲーム機。結構高くって、本体が多分だけど十万位するかも……」

 

「それだけなら、紗奈のお年玉で買えたんじゃないの?」

 

 うん、お母さんの言いたい事はわかるわ。けどそれじゃダメなのよね。今までの分、貯めに貯めた額だと恐らく再来年に出る『SAO』のソフトに手が届かなくなるかも知れない。それに、一応そこが人生の終着点ってな訳でもないから、今後のことも思ってって言うわけなんだけど……まぁそれでバレてちゃ意味ないんだけどね。

 

「いえ、そこで使い切るより、先行投資の意味も含めてパソコンを買って手に職を就けてもう一度貯める予定です」

 

「あのね…………だからって、どこの世界の小学生が在宅プログラマーで仕事しているって言うのよ⁉︎⁉︎⁉︎ ……しかも先行投資って何? どこでそう言うの覚えてきたのよ……」

 

 お母さんが頭を抱えてしまった。そりゃぁ、前世からの経験を活かして何て言えるはずもないしね。適当に誤魔化しておくとして、問題はここからよね。

 

「それは、以前から興味があって色々勉強しました。今では幾つか案件を貰っています。ですので、お母さんたちの手を煩わせる事もないので、このまま許して頂けると嬉しいのですが……何でしたら、いくらばか生活費も入れますので……」

 

「そう言う事じゃないのよ‼︎‼︎‼︎」

 

 なんて言ったら泣かれてしまって、その夜に緊急家族会議になってしまいました。

 

 

 

「紗奈、私はね別に貴女のやる事に反対はしないわ。でもね、もっともっと子供らしい事や、女の子らしい趣味を持って欲しかったわ。お料理を手伝ってくれるから、そう言う教室だって良かった」

 

 その夜、お父さんとも交えて真っ赤に目を腫らしたお母さんが今日の事を淡々と語った。帰ってきた時、お父さんが泣いているお母さんを見てそれはもう取り乱していたわ。ただそれでも、パソコンの内容を見て驚きはしたけど、即座に否定まではしなかったのがお父さんの凄いところね。

 

「そうだな。ただ、数年前に母さんも言ってたと思うけど、お父さんたちは曲がった事じゃなければ、特には反対派しない。確かに紗奈が高額なゲーム機を欲しがるのは驚いたけど、それでも子供がゲーム機を欲しがるのは珍しい事じゃない。紗奈はそれに関してお父さんやお母さんに申し訳ないと思ってこう言う方法を思いついたんだね」

 

 お父さんは私の目を見て優しく語ってくれた。私の行動を聞いた時も、ただお年玉を消費してゲーム機を買おうと考えた事じゃなく、自分の技能を活かしてその目標に最短で辿り着くかを筋道を立てた事を評価してくれた。

 

「でもね、その計画の穴を突っつくなら、まずお父さんやお母さんに相談して欲しかったな。『多分ダメだろう』なんて考えずに、怖がらずに話してごらん。そうすれば、お父さんたちは可愛い紗奈の為なら一緒に考えるし協力をするよ」

 

 そう言われた時、目から熱いものが込み上げた。

 翠さんに同年代の様だと言われ、調子に乗っていたのかも知れない。結局は自分で勝手に考えて突っ走っていただけのただの子供だ。さっきだってお母さんに聞かれた時も、自分のやり方に間違いはないと思いお母さんの気持ちも考えず、自分からお金まで出すなんて言ってしまった。

 

「ごめんなさい、お母さん……お母さんの気持ちも考えず、酷い事を言ってしまいました」

 

 二年生の時あれほど相談して欲しいの言われたのに、私は何も学んでいなかった。勉強やスポーツができたって誰かの相談に乗ってあげれたって、親を泣かせてしまえば何も意味がないじゃないの。

 

「ごめんなさい、お父さん。お父さんがせっかく相談して欲しいと言われたのに、その思いを無碍にしてしまいました……」

 

 涙が止まらない。心は大人なのに、今のお母さんの涙を流させたのが自分である事の情けなさ、申し訳なさで胸が締め付けられて押し潰されそうだった。

 もう諦めようか、キリトたちの事も成り行きに任せて普通に暮らそうかと頭の中で過ぎった時、私の頭を優しく撫で抱き寄せてくれる人がいた。

 

「お母さん……?」

 

 それがお母さんだと言うことがわかるのに数秒も要らなかった。何故って、それがお母さんってものだからとしか言いようがないと思う。

 

「紗奈、貴女は好きなようにして良いのよ。前にも言った通り、悪いことじゃなければ私は特に否定はしないわ。ただ、ちゃんとやろうとしてくれる事を教えてちょうだい。それさえわかれば、何も言わないわ」

 

「お父さんも、お母さんの意見の通りだ。聞いた限りだと、凄い事をしている様だね。どんなことかわからないけど、応援しているよ」

 

「お父さん……お母さん……ありがとうございます……」

 

 そう言ってお母さんを抱きしめると、もう一度頭を優しく撫でてくれた。その掌の心地よさを感じながら、私はもう一度決意を新たにした。



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八話

 卒業式。それは多くの別れ悲しむと同時に、新たの門出を祝い喜ぶものである。

 しかし、それは卒業という学舎からの離別という性質上、悲しみが先行するのも世の常なのは無理のないことである。

 担任教師は一年間自分が担当した生徒達が無事に巣立つのを安堵して涙し、生徒はクラスメイトがまるで今生の別れの様に抱き合って泣くのである。

 

「紗奈ちゃぁぁぁぁぁん!」

 

「うんうん、泣かないで。またメールするからさ」

 

「絶対だよおぉぉぉ⁉︎」

 

 正直、泣きたいのは私の方よ。

 何が起きたかといえば、親の転勤の為に家族でお引っ越しをすると言うのだ。まさかこのタイミングで⁉︎ という驚きと共に、それは単身赴任でどうにかならないのかという疑問が浮かんだけど、新たな家族会議で私にもついて来てほしいと言われたために従う事にしたわ。

 私だけ一人暮らしと言う案も頭に浮かんだけど、中学生で一人暮らしは安全性もだけど、両親に不安にさせないために言わない事にしたわ。そう言う時に限って、金銭面だけは私の在宅ワークで潤っているってのが皮肉よね。こう言うのが、お金だけでは解決できない問題って言うのかしらね。

 泣きながら再会を約束した友達に見送られ、次に向かったのは当然ながら桐ヶ谷家だ。

 

「紗奈お姉ちゃぁぁぁぁん!」

 

「またすぐに遊びに行くから。それに電話もできるからね」

 

「絶対だよ!」

 

 当然ながらこっちでも泣かれてしまった。この頃の直葉は剣道の実力がメキメキと伸びて来ているけど、なぜか私の前ではやたらと甘えたがりなのよね。剣道に影響が出ないか少し心配だったけど、見たところ問題なさそうだし暫く会えそうにないから、最後に猫可愛がりしておくわ。

 

「紗奈ちゃん、今までありがとう。こっちに来る時があればいつでも連絡してね」

 

「ありがとうございます。その時はお邪魔します」

 

 翠さんはしゃがんで私の目線に合わせたかと思うと、抱き寄せて私の頭を撫でてくれた。何だろう、お母さんに包まれる感じとは少し違うけど、また別の安心感がある。こう言うのを第二の母とでも言うのかしら?

 大人ぶった私にも優しく接してくれるんだから、キリトのことも大丈夫よね。

 

「俺にもメールくれよ」

 

「もちろんよ」

 

 最後にキリト。

 まさか、こんな形で離れ離れになるとは思わなかったけど、あとはキリト自身を信じるしかないわね。今の所ぎこちなさはあるけど、キリト自身もそこまで忌避感を出しているわけじゃなさそうだし。

 それにあの向けてくれたあの笑顔を信じるしかないわね。

 

「紗奈、そろそろ行くわよ」

 

 横にいるお母さんから促される。

 親同士で挨拶を交わして、私も車に乗り込もうとした時、後ろ髪を引かれた感覚がしたから無意識のうちにキリトに走り寄って行って……。

 

「和人、大好きよ。またね……」

 

「え……?」

 

 耳元で囁くと、そのままキリトの頬にキスをして私は車に乗り込んだ。

 このキスは再開の誓い。そしてキリトに私がいたことを焼き付けてもらうための儀式。

 そうは言っても、前世でも異性と付き合った経験は片手で余る。きっと、耳まで真っ赤だったろう事は本人でもわかるくらい熱いわ。

 それでも、まだ見ぬが確実に表れるライバルへの先制攻撃は必要だったから。

 ゆっくりと走り出す車を三人が見送り、私も小さくなっていく姿を見届けた。

 

「紗奈、はいこれ」

 

 助手席に座っているお母さんが、不意に手紙を渡してきた。

 差出人は……桐ケ谷家一同から。その内容は、それぞれが個別に今までのお礼や、再会を誓う内容とかが書いてある。

 

「まだ何か入ってる……鍵?」

 

 手紙の中には一緒に鍵も入っていた。新しく作ったんだろう真新しい鍵に、猫のマスコットのキーホルダーがついている。

 手紙の追記には、「紗奈ちゃんは、私たちの家族よ。いつでも遊びに来てね」と記されていた。

 

「これ、和人君の家の鍵だ……」

 

「おぉ、じゃあ第二の実家って感じね。キスもしちゃったし、ついでに花嫁修業もしちゃう?」

 

「もぉ、お母さんってば! ご飯くらい作れますぅー!」

 

 おちゃらけたお母さんの冗談に、私もふざけて返す。せっかく顔のほてりが収まったのに、また熱くなりそだわ。

 照れ隠しのついでに顔を外に向けると、そこには雲一つない突き抜けるような青空が広がっていた。

 この空の下のどこかにアスナやリズ達がいるのかと考えると、それはそれで心が躍るわね。

 数週間後には新学期が始まる。ならこの青空は新しい門出への祝いとでも思っておくことにするわ。



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九話

 新学期、新年度、そして新天地。

 お父さんの転勤に家族で引っ越し、新たな学校とクラスと仲間に囲まれてスタートする。

 

「初めまして、金森紗奈と言います。埼玉県から引っ越してきました。何もかも初めての土地なので色々教えてくれたらうれしいです」

 

 私の無難な自己紹介に何人かの男子や女子が好意的に受け止めてくれた。この容姿に産んでくれた両親に感謝したわ。けれど、その何割かは自努力も含んでいることも自負するわ。

 

 

 

 

「金森さん、部活のこと考えてくれた?」

 

「えっと、申し訳ありませんがどこにも入る予定がないので……」

 

 その無難な挨拶から一カ月、体力測定も終わりクラスのみんなが思い思いの部活に入って新鮮味を感じている中、私は昇降口にて上級生に呼び止められていた。

 どうも、クラスの担任が運動部の顧問だと言うことで、体力測定や体育の授業の様子を見て勧めてきた。そしてそれを知った部員の上級生も今まさに私の目の前で勧誘しているってわけ。

 けれど、私にもやる事があるのよ。

 

「そんなこと言わずに、お願い!」

 

「ごめんなさい、家に帰ってやる事があるので」

 

 そう言って頭を下げると、足早に帰り部屋着に着替えて私は自分の机の前に座った。そして右下に置かれている大きな箱に手を伸ばし、丸いスイッチを押すと目の前に置かれている画面に光が灯る。

 眼前に広がる三画面の一部に目を移しメールチェックをしてから、作業に入る。

 この仕事を始めてはや一年、私の在宅ワークは順調ね。前世からのスキルもノウハウもあるから、慣れるのにそんなに時間はかからなかったのは幸いだわ。

 そして今は目標額も既に達成しているから、仕事の為の環境づくりとしてデスクトップパソコンに変更し、モニターも三つ並べて効率の良い仕様となっている。

 この環境の改善が功をそうしたのか、クライアントからは半年前から重要な案件も任されるようになったわ。二つを同時進行するのは大変だけど、そのぷちの一つが無事に大詰めを迎えそうね。

 

「これを送信っと……」

 

 これがオッケーを貰えれば、一つは片付くことになるわ。もう一つの方も大変だけど、順調だから今の所は問題ないわね。

 だからと言って、部活に入るなんてことはできないんだけど。

 

「お母さーん、ちょっと出かけてくるわね」

 

 一仕事を終えてジャージに着替えると、お母さんに伝言を伝えて外に出る。何の為って、運動不足解消のと言うか、体が鈍らないようにする為ね。引っ越し直前まで空手道場に通っていたけど、残念ながら新しい家の近辺にはそれが見当たらなかった。

 その代わり……いえ、代わりと言うのも変なんだけど、これからの私にきっと役に立つだろう格闘技に出会ったわ。

 

「たのもーーー!」

 

 

 

 

 

 

「新しい学校はどうだい?」

 

「んー、クラスの皆は優しいよ。部活の勧誘はしつこいけど、今度の休みは街を案内してくれるって誘われてるの。お父さんは転勤先はどうなの? 失敗したら一家が路頭に迷うんだから頑張ってね」

 

「こ、怖いこと言うなぁ。まぁ皆ワイルドだしタフな現場だけど、凄く楽しいね。お父さんには合っているかも。お母さんはどうなんだい? やっていけそう?」

 

「そうね、車があるから買い物に不自由はしないけど、街の独特な雰囲気に慣れるのは時間がかかりそうね」

 

 夕飯時、家族三人で食卓を囲みながら新しい土地での感触を報告している。私とお父さんは好調な出足だけど、お母さんはもう少しかかりそうな感じね。まぁこればかりはしょうがないかも。私も一目見た時はやっていけるか心配で、正直この街を安全に歩けるのかと心配したくらいよ。

 けれど実際学校に通い新しい友達と寄り道して商店街を歩けば、そこには今までにない雰囲気があり私に新しい風を呼び込んでくれる何かがあった。

 福生市、そこは私をワクワクさせるのに十分な街だった。



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十話 ベータテスト

 多少の残暑と天高く中秋が深まり、世間ではそろそろ行楽地が賑わうだろう時期に、私は自室のエアコンで適温にして外界との環境を完全にシャットアウトしていた。

 そして今は、目の前のヘルメットでもこんなに物々しい雰囲気を纏わないだろうという無機質極まりないものの前に正座している。

 

「ついにこの時が来たわね」

 

 心臓が早鐘のように鳴り響く。私の目の前に置かれているヘッドギア型VRゲーム機、『ナーヴギア』。私が在宅ワークで頑張る一つの目標が去年末に手に入り、そして先日『SAO』のベータテストの応募に見事に当選したのだ。

 嬉しさのあまり、思わずキリトに電話をしてしまったのはちょっと恥ずかしかったけど、コミュニケーションとしては普通のことよね。

 桐ヶ谷家とはあれからも良い関係を築けていて、長期連休の度に直葉と遊びに行ったりしている。驚いたのは、今年の春休み中に遊びに行った時にはまだそこまで実ってはいなかったけど、。身長は同じくらいになっていたわ。

 って事は、胸は『SAO』で囚われている最中に大きくなったのかしら?

 閑話休題。

 

「これでよしっと……」

 

 トイレも済ませて、冷えないようにタオルケットも体にかけておく。

 初期設定も全て終わらせておいたから、準備万端ね。

 

「よし、リンクスタート!」

 

 期待に胸を膨らませてナーヴギアを起動させると、首筋から脳に信号が送られまるで寝落ちするように意識が飛ぶ感覚に襲われる。けれどそれも一瞬のことで、目の前にはベータテストの初期設定画面が現れる。まぁこの辺りは予めパソコンで済ませてあるので、外部スロットに差したメモリーカードからロードして適用させた。こんな所で時間を食うわけにはいかないしね。

 

 

「これでオッケーね」

 

『全ての設定を終了します。ではベータテストではございますが、新たなVRMMORPGをお楽しみください』

 

 無機質な音声が空間に響くと、真っ白な光が私を包み周囲を溶かした。

 そして次に目を開けると……。

 

「…………」

 

 絶景すぎてただただ見渡すだけだった。

 

 今私の目の前には、テレビやマンガ、そしてゲームを通したモニター越しにしか見えれなかった光景が眼前に広がっている。

 緑の大地に、肌に感じる爽やかな風、そして広大な円形の広場……それは前世から見る『SAO』の映像そのままだったからだ。

 

「これがSAO……」

 

 呟いた声に違和感を覚える。

 そうだった、正式サービスまでは設定された声でしか喋れないのよね。こればかりは我慢するしかないわね。私がベータテストに来た本来の目的を忘れちゃいけないわ。

 

「久しぶり、元気にしてた?」

 

「あ、あぁ、久しぶり。まさか紗奈がこのゲームに興味持っていたなんてな」

 

「私だってゲームくらいするわよ。ただ、やっぱり本格的なフルダイブ型って気になるでしょ?」

 

「確かにな!」

 

 一つ目はキリトに会うこと。

 これは単純に、まだキリトが『SAO』や茅場晶彦に興味を持ってくれているのかと言う確認のためなだけ。一応夏や冬に定期的に会いに行ったり、連絡は取り合ってるから様子は伺えるけどね。

 引っ越しの別れ際の一件以来、ちょっとよそよそしい感じにはなっちゃったけどね。あれは、思い出すだけで今もかなり恥ずかしいけど……。

 

 

 

 

「よっと、だいぶ慣れたわね……」

 

 目の前には私に倒された猪型のモンスターが、青い粒子を纏って消滅していく。なんて事はない、第一層のフィールドにいる雑魚モンスターだ。キリト曰く、スライム相当のモンスターだとか。

 いや、ぶっちゃけ国民的ゲームのスライムの方がまだ見た目が愛らしいわよ。こんな突進してくるようなモンスターと一括りは酷いと思うわ。

 そんなことを考えながら、私はフィールドにて一人でモンスターを相手にしている。ちなみにキリトとは挨拶と少しの雑談で別れてしまった。って言うか、たまに見る当選した人たちもほとんどの人が一人でどこかへ消えて行く。パーティーとか組む気ないのかしら?

 

「じゃあこのまま私も奥へ……」

 

 で、二つ目の目的は、敵に慣れておくことね。

 そう言う意味では、初めに猪型のモンスターはまだ現実にいる姿だから慣れやすいわね。茅場晶彦はそういう所にも配慮していたのかしら?

 猪型や狼型のモンスターが複数現れ、何とか一対一に持ち込み勝利する。体は思った以上に動く。設定上、リアルとほぼ同じ背格好で設定してあるから正式サービスの時でも問題はなさそう。

 

 そして三つ目のの目的は、武器やスキルに慣れること。

 ぶっちゃけ私はゲームのセンスは皆無だと思っているわ。それこそ、小学生時代にキリト達とやったゲームでは、殆ど勝てた試しがないくらいよ。

 けれど、逆に体を動かすことに関しては勝っている。だからこのベータテスト中に本当の自分体の様に動かせて、更に武器やスキルの扱いを徹底的に慣れる必要がある。それでやっと隣に立てるくらいだと思っているわ。

 さぁ、狩まくるわよ!




 やっとベータテストまで辿り着きました。
 いつの間にか、たくさんのお気にりやしおりなどを挟んでいただきまして嬉しく思います。また、初めての感想もいただきまして大変励みになります。
 今後も不定期での投稿となりますが、感想や評価など頂けましたら今後の励みとなりますので、よろしくお願いします。


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十一話 十一月六日、午後十二時五十分

お待たせしている人がいるのかわかりませんが、次話投稿します。


 十一月六日、午後十二時五十分。

 私はベータテストの時と同じように部屋の環境を整えてベッドに横たわる。今日は言わずもがな、『SAO』の正式サービスの日ね。

 この日の為に私はお金を貯めたり、キリトや直葉と仲良くなったりと色々と頑張ってきたわ。もちろん当初は打算もあったけど、今では本心で仲良くなってよかったと思える七年間でもあるわ。

 ナーヴギアを被ってその時を今かと待つ私の頬に、一筋の涙がこぼれてきた。おかしいわね、泣くつもりなんてなかったのに。

 さっきも言った様に死ぬつもりなんてこれっぽっちも無いわ。その為にベータテストの仮想空間の中で、感覚を磨いてきたんだから。

 ならこの涙は……あぁそうか……。

 

「お父さん、お母さん、ごめんなさい……必ず帰ってきます」

 

 これは私の本能ね。せっかく産んでもらえたのに、自分からお金を貯めてまで死地へ向かう中学生がどこにいるのかしら? こんな酷い親不孝なんてきっと私くらいのものね。

 無事に帰ったらちゃんと話そう、今までの事とこれからの事も。

 そう誓って涙を拭かずに私は呟いた。

 

「リンクスタート」

 

 

 

 

 

 目を開けると、ベータテストの時と同じく見慣れた広場に立っていた。私の他にも続々とログインしてきた人たちがその光景に感動を口にしている。

 もちろん私もその一人。けれど、ベータテストの時なんかより高揚感が半端ないわね。

 でも、いつまでも感動している場合じゃないわ。

 

「一応確認…………やっぱりないわね」

 

 私は右手を縦に振ってメニューからログアウトを探したけど、案の定見つからなかった。これには落胆はないわ。だって予定されてた事なんだから。

 さて、それよりやる事があるわ。私は広場から出て、露店を見ていたクラインがキリトを追うのを見届けてからフィールドに出た。

 フィールドに出ると、ログインした人たちが思い思いに体を動かしたり、ソードスキルを試したりしていた。

 呑気なものね……なんて思っても、こればかりはしょうがないわね。逆に『デスゲームが始まります』なんて言おうものなら、私が変人扱いされかねないわ。

 私はフィールドに出る前に買っておいたダガーとフードマントを装備すると、そのまま街道を走り出す。目の前にポップされた猪型のモンスター、フレンジーボアは私を見ても知らんぷりだ。

 まぁ第一層の始まりの街の周辺のモンスターだし、パッシブなのは当たり前か。ならばと、走ったままの勢いでダガーを抜いて丸腰の背中を振り抜いて切り裂く。

 

「よし、いい感じ」

 

 青い粒子となって消えたモンスターを見送って、自分の手応えに満足する。

 目指すのは最初の村……ではなく、その奥の森だ。そこに私の欲しい武器があるのよね。そのクエスト自体はそこまで難しかったわけじゃないのはベータテストの時にわかってるんだけど、怖いのは正式サービスとなった今はどう変わったのかなのよね。

 ボスの挙動が変わっているのはディアベルの犠牲をもって知らされるわけなんだけど、フィールドの細部まではわからない。なら、まだ混乱やリソースの奪い合いが始まる前に、武器や防具などは良いものを揃えておきたいってわけ。

 幸い、今はまだこの森の中までは他のプレイヤーは来ていない。ベータテスターの人たちが来ても良さそうだと思ったけど、運良く被らなかったみたいね。

 いえ、訂正。来てたみたいね……。

 最初の村に入ってクエストを受けようと思ったら、村の一番奥にある建物からプレイヤーらしき人が出て来た。私は思わず近くの民家の陰に隠れて観察する。右手には片手用直剣、左手にはバックラー。完全に初期装備ね。私がダガーを買う一手間を取ってたのに対して、あの人はそのまま街を出たってことね。って事はベータテスターかしら?

 なんて事を考えていると、そのプレイヤーはそのまま村を出て森へ入って行ってしまった。まぁあの人もスタートダッシュに成功したい人なのかしらね。

 それを見送って、私はさっきの人とは別の建物へ入る。この建物は表は武器屋なんだけど、表から入ると女の人が対応して、裏の勝手口から入ると鍛冶屋の主人が直接話しかけてくれる。

 

「おう、こんな辺鄙な村に何のようだ? そうだ、あんたさえ良ければちょっとお使いを頼まれちゃくんねぇか?」

 

「えぇ良いですよ」

 

「おぉ頼まれてくれるか。実はな──」

 

 これでクエストを開始。内容は、村の奥の中に住んでいる。依頼主の父親の様子を見てきて欲しいって言う内容。まぁなんて事はない典型的なお使い系ね。

 で、結局入って十分くらいもしない所で家の脇の沢で釣りに夢中になっているんだけど……。

 

 

 

 

「そうか、相変わらずだな親父は。ありがとうよ、お礼に店のカウンターに並んでいる武器をひとつ譲ってやるよ」

 

「そう? ありがとうございます」

 

 そう言って私はお店の面に回って奥さんから武器を譲ってもらう。

 で、このクエストを繰り返すこと二十数回目……。

 

「ん、これが欲しかったのよね。かなり早いうちに」

 

 このクエスト、お礼に貰える武器が何種類かあるんだけど、その殆どが初期装備の武器ばかりなのよね。その代わり、繰り返し受けれるクエストだから、恐らくデスゲームが始まればこれだけで日銭が稼げるんじゃないかしら?

 けれど私がやりたいのは日銭の方じゃなくて、とある武器の方。

 

「これで、結構なアドバンテージが取れるかな。よろしくね、アニールダガー」

 

 私が狙っていたのはこの武器。第一層の後半あたりで手に入る筈のアニール系の武器で、性能はそこそこいいんだけど、手に入るクエストがちょっとだけ面倒なのよね。

 そんな中、実は安全に手に入る唯一のクエストがこれだったりする。このクエスト、繰り返し受けれて報酬も完全ランダムなんだけど、十回目以降の報酬にアニール系の武器も報酬のラインナップに入ってくる。けれど、その確率が何とコンマ数パーセント。しかもアニールダガーがその報酬テーブルに出てくるのはアニール系から更にランダムで一つだけだから中々に辛い作業よね。

 けれど、この状況で早々と入手できたのは何とも嬉しいわ。

 

「うん、良い感じ」

 

 さっそく装備してから手に持って何度か振り回す。

 仮想空間なのに手に持った感触と重みは、改めて私を『SAO』へ戻らせたと実感させるに足りる感触だった。

 村の食堂へ入って少し小休止がてらに時計を確認すると、時刻は既に十五時を回っていた。この頃になると、この村にもちらほらプレイヤーが入って来ている。色々村人に話しかけたりうろうろしている所を見ると、後発組のようね。

 そう言えば、この時間のキリトはまだクラインにコツを教えている最中ね。なら私はもう一踏ん張りしてレベリングしようかしらね。

 良い武器も手に入ったし、安全圏内で残り二時間強もあればそこそこのレベルくらいにはなるかしら? それでベータテストとの差異がわかれば十分よね。

 じゃあ一丁張り切ってやってみますか!



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十二話 スタートダッシュ

「では、諸君らの健闘を祈る……」

 

 そう言ってGM……茅場明彦は自分を天上人であるかの様に広場から見下ろしながら消えていった。

 

「これが茅場明彦……」

 

 圧倒的な存在とはこう言う事を言うのかしら……。

 画面越では伝わらない生の緊張感が、仮想現実という事を忘れさせるくらいに肌にピリピリと伝わってくる。事前にわかっていた情報だと言うのに、直接本人から突き付けられるとクるものがあるわね。

 

「よし!」

 

 けれど、それもこれもわかっていたことよ。

 私は余韻を振り払うためにパンッと両頬を叩いて気合いを入れると、フィールドに出てメニューを開いた。良かった、苦労して獲得した装備や経験値、そして駆けずり回って得たマッピングデータはそのまま残されているわね。これで全てリセットされていたら、『SAO』中を駆け巡ってでも茅場明彦をぶん殴っていたわ。

 

「スタートダッシュは上々ね……じゃあ行くわよ」

 

 本当ならここでキリトと合流して一緒になりたいところだけど、その欲望をグッと堪える。

 そう、これは遊びじゃないのよ。今までのように観て読んで楽しむだけの娯楽じゃないんだから。なら、私のできる事は何かと聞かれたら、迷わずこう答えよう。『人助け』だと。

 とは言え、捉えられた一万人をどうこう出来るはずもないから、間接的に助ける事になるでしょうね。その為にはまずは情報収集よ。

 

 そうして始まりの街から伸びる街道を、キリトの向かう方向とは『真反対』の方向へ走り出す。

 キリトがクラインと別れて走っていった方向は間違っていない、正しい選択ね。始まりの街で最初にクエストを受けて、次に向かう村へ行くのに通じる道だからよ。例えキリト自身が低レベルでも、クライン位の初心者を引っ張っていくのは問題ないわ。

 それに対して私の走っている街道は、初心者を終えた人が通る街道だ。要するにチュートリアルのクエストを終わらせ、ある程度慣れてきた頃合いになってから進む道なのよね。

 私の推察だけれど、開始から一ヶ月で二千人もの死者が出たのって、RPGと言うものが何たるかを知らない人が慣れないうちに出歩いたのと、極端に慣れた人が舐めて好き勝手した人が、結果的にレベルと実力に見合わないところに迷い込んで死んでしまったのではないかと。

 

 

 

 

 

「やっぱり出たわね……」

 

 私は街道を進み、始まりの街が見えなくなるのと入れ替わる様に木々が増え丘の見える風景に変わる。

 その丘を迂回する様に曲がりくねった道を進むと、木の影から二体のモンスターが現れた……リトルネペントだ。人とさほど大きさが変わらないのに、自立して地面をウネウネと移動する姿は、見る人によっては生理的嫌悪が強いわね。そして、少なくとも私もこれを可愛いとは思えないわ。

 などと、くだらない感想を考えている間に、ペネントが自信が生やす蔦を鞭の様にしならせて攻撃してくる。

 

「はっ!」

 

 蔦の攻撃を難なく躱して懐に飛び込むと、そのままアニールダガーを真上に斬り上げてまず一体。その直後にもう一体が蔦を頭上から振り下ろすのを真横に転がりながら回避し、もう一体のペネントに突き刺して終了した。

 

「さすがはアニールダガーね、頼りにしてるわよ」

 

 これから暫くお世話になる相棒に挨拶をして鞘に戻す。使い勝手は上々ね。

 キリトも言ってたけど、剣一本でどこまででも行ける気にさせてくれるゲームはそうはお目にかかれないわ。発売前に行列ができるのも無理ないわね。

 こう言うのって、社会的、人間的に抑圧された人ほど夢中になれるって辺りは、昔からのネットゲームと本質は変わらなそうよね。

 

「さて……」

 

 独り言ちながら次の村へ向かう。日はだいぶ西へ傾いており、地平線の向こう(この場合、階層の縁かしら?)へ隠れる前に木々に遮られ街道へ影を伸ばしていた。

 

「やっぱ時間かかるわね……」

 

 本来、次の村へ向かうには始まりの街を午前中に出発すると、数時間を要するくらいの距離なのだ。それを茅場明彦の演説を聞いてからなんて無謀な事をすればこうなるのは必然よね。

 けれど、こっち側に来るにはアニールダガーを先に取る必要あったし、その他防具も揃えてからじゃないと流石の私も死にたくはないわ。

 初期装備でこっち側の敵はどう考えても自殺行為だけど……これを街で言ったところで素直に聞いてくれるかどうか。

 

「やっと着いた……」

 

 そうして夜も吹け切った頃、ようやく次の村に到着した。とは言え、これでもかなり急いだ方ね。何しろ途中で街道をショートカットする為に、大きく迂回している街道を外れ、森の中を突っ切ったのよ。

 その夜の森といえば、夜行性の魔物があちらこちらからポップしてくるから大変。それをスピードに多めに振ったステータスで、ある程度振り切ってここまで来たってわけ……正直疲れたわ。

 とりあえず、宿に入って今日はもう休むわ。

 

 翌朝、陽が完全に昇りきっていない早朝に目が覚める。

 見慣れない天井と安っぽい木のベッド。その割に寝心地はそこそこ、無駄にそう思わせるような感触があるのは、無駄なリソースと言えるのか。昨日食べた晩御飯も味があり食感もあった。

 茅場明彦のこだわりが細部まで行き渡っていると言う事を見せつけられる二日目の朝、私は身支度をして早々に村のクエストや周辺のモンスターの変化などを調べると、苦労してここまで来た村を離れて再び始まりの街まで戻って行った。

 

「歴史が変わっていなければ、このデスゲームに参加しているはず……」

 

 この悪夢の一ヶ月を阻止させるには、あの人の協力が必要なのよ。



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十三話 思わぬ出会い

ここで初めて主人公のプレイヤーネームが出てきます。


「あ、そっちの街道は行かない方がいいですよ」

 

 調査から戻ってきた私は、街の入り口でたむろしている五人組のパーティに話しかけた。

 どうも一人の少女が外に出る勇気がなくて、残りの四人が説得しているようね。まぁ無理もないわね、これが普通のゲームだったなら幾らでも死に戻りしてやり直せるのに、そうもいかないものね。

 

「あの、それはどう言う意味ですか?」

 

「こっちの街道は少し奥に行くと、リトルネペントって言う少し強めの敵が出るんです。そいつを相手にするには、その初期装備では危ないですよ」

 

 棍を持った男の人が歩み寄って聞いてきたので、私は自分の来た道の危険性を教えてあげた。

 

「あ、あぶなぁ! このまま調子に乗って進んで行ったら死ぬところだったじゃん! ヒュー、始まったばかりで死にたくないしね!」

 

「本当だぜ、リーダーもう少し街で情報集めた方がいいんじゃないか?」

 

「そ、そうよ、もっと情報を集めてから外に出ようよ!」

 

 どうやら取り敢えずフィールドに出てみようって感じのノリだけで、行こうとしていたようね。

 デスゲームになった実感がないのか、他のメンバーはまだ多少軽いノリだけど、私の忠告を素直に聞いてくれそうね。

 

「その方がいいわ、ちなみに最初の広場の隅っこにいる男のNPCに話しかけると、この街や周辺の事を教えてくれますよ」

 

「なるほど、何から何までありがとうございます。よし皆、まずは広場へ戻って情報を集めるぞ!」

 

 リーダーと呼ばれた人が私にお礼を言うと、メンバーを引き連れて広場の方へ戻るように歩いて行った。

 こうやって、目に留まる人だけでも助けれたのはちょっと嬉しいわね。

 

「あ、あの……」

 

 さて、私も自分の用を済まさないと、と思って歩き始めたら背中からさっきの少女の声がかかった。何か忘れ物かしら?

 

「どうしました、何か聞き忘れですか?」

 

「いえ、本当にありがとうございました。皆が勢いだけで出てみようなんて言うから、私不安だったんです。そんな時に貴女からのアドバイスのおかげで皆も思いとどまる事ができました」

 

 まぁ会話を聞いてると、ノリと勢いって感じは丸わかりだったしね。

 それも相まって、この少女はメンバーの中でも引っ込み思案な上に、皆の意見に押されてしまったのね。

 

「そう、でも貴女もちゃんと意見を言えれば、メンバーも聞いてくれるんじゃないかしら?」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

「えぇ、だって他人の私の意見でもリーダーは耳を傾けてくれたんだから、大丈夫ですよ」

 

「そ、そうですよね」

 

「えぇ、リーダーもしっかりしてそうだし、メンバーもちゃんと着いて来てくれるんだから、いい仲間じゃないですか」

 

「は、はい。そうですよね、次からもう少しちゃんと言ってみるようにします」

 

 私を見てはっきりと返事をする少女の目は、さっきより幾分か力を増したように見えた。私も人に意見を言えるような立場ではないけど、それで元気になれるなら言った甲斐があるってものよね。

 

「あ、私行きますね。申し遅れました、私の名前はサチって言います。次に会えた時はお礼をさせてくださいね、では!」

 

 仲間に呼ばれた少女は、自分の言いたい事だけど言って走って行ってしまった。

 そうか、どこかで見た事があると思えば、あれがサチなのね。と言う事は、このまま外に出たとしても無事に戻って来れたのかしら? いや、私と言う存在のせいでどこかに違いを生んだとすれば、無視しないで良かったのかもしれないわ。

 

「ベータテストで散々ソロで駆けずり回っていたとは思えない様な殊勝な行動ジャナイカ?」

 

「⁉︎」

 

 サチたちの背中を見送った私に傍から聞き覚えのある声が私にかかる。この声の主こそ私の捜していた人の声だ。

 ちょっとびっくりしたけど、向こうから来てくれるなんて探す手間は省けたわね。

 

「イヨッ! 俺っちを捜していたカ?」

 

「えぇベストタイミングですけど、驚かせないでください。アルゴさん」

 

「スマン、スマン。驚かすつもりはなかったんだけどナ。何やら俺っちを捜している気配がしたもんでナ。元気にしてたカ、リサッチ」

 

 情報屋のアルゴ。本編では、必要なら自分の情報ですら売る人。第一層の時点ではまだ鼠の髭もないし、情報屋としての知名度はないから通り名はないわ。

 でも、ベータテスト経験者であり、その知識を活かして情報屋として発信していく事になるわ。

 

「えぇもちろんです、ベータテスト以来ですね」

 

「あぁ、そうだナ。で、俺っちに会いたがっていたって事でオッケー?」

 

 そう言いながら、アルゴは屈託のない笑顔で返してきた。で、その指で作った丸は、お金の意味じゃないわよね?

 



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十四話 アルゴさんと私

「よく私がアルゴさんを捜しているのがわかりましたね?」

 

「そうだナ、何となく誰かが俺っちを必要としているのがピンと来てナ、そんな時に街を歩いていたらリサッチがいたっけわけダ」

 

 ……『SAO』にはそう言う電気信号を送る仕組みでもあるのかしら? って、そんなわけ無いわね。

 

「?」

 

 私が一人ボケツッコミをして頭を振っているのを不思議そうに見ているアルゴさんに、私は改めて向き直った。

 

「とりあえず、初日を無事に越えれて何よりですアルゴさん」

 

「アァ、茅場の言うことを真に受けずにそのまま出て行った奴らがナ……オレっちもまさかとは思うけど、流石に試す事はできないからナァ」

 

 恐らく黒鉄宮にある『あれ』を見たんだろう。ベータテスト時代に出会った時は陽気な感じだったけど、久しぶりに見たアルゴさんは少しだけ思い詰めたような顔をしている。

 だからなのね、恐らくこれがきっかけなのかもしれないと思った私は、自身の思惑はどうあれ聞いてみる事にした。

 

「アルゴさん、ひょっとして何とかしようとか思ってません?」

 

「……よくわかったナ。けどヨ、何も浮かばないんだワ。黒鉄宮の奥にあるデカい板見たカ? そこに全員分の名前が書いてあって、死ぬと名前が線で消されるんだヨ……リサッチは向こうから来たって事は既にそれなりに進んでるんだロ? 凄いじゃないカ、オレっちは躊躇なく前線に飛び込めるかと言われるとナ……」

 

 やっぱり見たんだ。アルゴさんの気持ちはよくわかるわ。ベータテスターである私たちは正式組より一歩抜きん出てる。この閉じ込められた仮想空間の中では生存競争としては、リスクを回避できる術を知っている事を。

 けれど、アルゴさんはそれに何の意味もないことを知っているのね。

 

「いえ、私もアルゴさんと同じ思いです。私も何ができるのか、この一日考えました。そしたらふと浮かんだ事がありまして」

 

「それを聞いてもいいカ?」

 

「えぇ、と言うよりアルゴさんに協力して欲しいと思いまして」

 

 私がそう言うと、さっきまでの影を落とした表情から私に食い入るように前のめりになり、早く続きを話せと言わんばかりの目つきになっていた。

 顔が間近に接近する。お互いにフードを被っているけど、フードの隠蔽機能が低いのか、アルゴさんの素顔がはっきり見えてしまった。って事は私の顔も見られてるってことよね。

 

「アルゴさん、近いです……」

 

「ほほぅ、リサッチはこんな顔しているのカ。凄い可愛いじゃないカ。この顔つきだとオレっちより年下カナ?」

 

「じゅ、十四歳ですが……」

 

「なるほどオレっちと同い年か……?」

 

「ん、何か言いました?」

 

「いんや。で、オレっちに協力して欲しい事って何ダ?」

 

 そうだった、思わず話が逸れちゃったわね。思いの外あっさりと会えたから雑談に花を咲かせたけど、本来の目的を忘れちゃいけないわね。

 

「そうでした。えっと、先にお聞きしたいのですが、第一層の情報ってどれだけ持っていますか?」

 

「第一層の情報って、フロアマップとかの事カ?」

 

「フロアマップもですが、クエストやモンスターの情報もって事です」

 

「そこまでのカ……となると、大体七割くらいだナ。と言ってもこれは、ベータテストの情報ダ。閉じ込められた正式サービスになって少しずつ変わったところもあるけどナ」

 

 やっぱりあるんだ。私が昨日今日と出歩いたフィールドモンスターにはそう言った体感できる様な変化はなかったんだけど、アルゴさんの目線では何かしら見つける事が出来たってことよね?

 

「私は昨日今日出歩いた限りでは、モンスターにそこまでの挙動の変化は見当たりませんでした。恐らくまだ第一層だからだと思いますが、これが階層を重ねれば……」

 

 私の言わんとしている事がわかったのか、アルゴさんの目つきが鋭くなった。

 デスゲームとなった今では例え初見殺しであろうと、一つのミスが永久退場に直結するから無茶が出来ないのよね。

 けど、後発組の場合、無茶しないでも私たちが踏破できているところから追いつければいいだけのことなのよね。

 

「そうだナ、攻略本でもあればもっと安心して攻略出来るんだけどナ……ってもしかして」

 

 どうやらアルゴさんは私が何を言おうとしているのかわかって来た様ね。

 

「えぇ、アルゴさんはベータテストの時、他の人と色々情報のやり取りをしていましたよね。今度はそれを困っている人に解放すればいいと思います」

 

「そう言うことカ。けれど、各種の情報をとなるとナ……」

 

 確かにアインクラッドの各階層はとんでもない広さだし、それを纏めるとなると結構時間がかかるわ。まだ私もそれほど奥へ行ってないし……あぁそっか。

 

「アルゴさん、取り敢えずですがこの始まりの街とその周辺、そして次の村とその周辺だけの情報だけ出してみてはいかがでしょう?」

 

「なるほどナ、それだけあれば生き残ろうとする人には最低限の情報は公開できってわけカ! ならエリア事に分けるのもありって事ナ」

 

「えぇ、幸い私は昨日と今日でその辺のマップ情報と敵の種類にクエストなどは調べてあります。それをアルゴさんに渡すので活用してくれますか?」

 

「ん? リサっちがやらないのか?」

 

 んー、私がやってもいいんだろうととは思うけど、『本編の大筋から脱線させたく無いので、アルゴさんがやってね』なんて口が裂けても言えないわね。

 

「いえ、私はフィールド……いえ前線から情報を持って帰るので、アルゴさんは編集と私の情報の抜けを補填してくれると嬉しいです」

 

「わかっタ、なら『アルゴとリサの攻略本』で本屋に出すカ!」

 

「いえ、そこはアルゴさんの名前だけでお願いします!」

 

 こうして私はアルゴさんの攻略本作りに協力する事になったのはいいけど、常に前線に出る事になった。本当は一歩引いたところから支援って形がベストだと思ったんだけど、頑張ってみますか。



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十五話 攻略会議

 急げ急げ急げ急げ急げ……。

 アルゴさんと再会してからおよそ一ヶ月後、私はフィールドを全力疾走していた。

 街道脇から出てくるモンスターを無視し、目の前でポップし立ち塞がる奴に対してはソードスキルで一刀両断で斬り伏せた。

 

(見えた!)

 

 目的地である街に到着するも私は速度を緩めず、その一番奥にある広場に向かって突き進むと、ようやく足を止める事ができた。どうやら間に合った様ね。

 そう、今日は待ちに待った第一層のボス攻略会議の日。とあるプレイヤーが迷宮区の奥でボス部屋を見つけたと言うから街で会議をして、ついでに参加者を募ると言う流れね。

 で、そんな大事な日に私は遅刻をしてしまった。別に好き好んで遅刻をしたわけじゃないわ。と言うのも、ちょうどこの日にアルゴさんとの定期的なデータのやり取りをする日が重なっちゃったのよ。

 そこで無駄話に興じながらデータ交換をしている最中に、『そう言えば、今日遂にボス攻略会議だナ! リサっちは参加しないのカ?』の一言で全力疾走する羽目になったのよ。

 要するに自業自得ね。

 

 っと、モノローグが過ぎたわね。

 見ると会議場の真ん中でディアベルが喋っている、会話の内容からするとそろそろ終わりそうな感じね。

 最前列に付近にはエギルもいるし、その近くにはドリアの頭のような、何て名前だけ……そうキバオウもいるわ。

 その様子を見る限り、無事に難所は抜けたようね。それを確認した私は胸をなでおろしながら、こっそり一番上の方の席に座って待つ事にする。

 その数段下にはキリトの背中があり、そこから少し離れた所にフードを被った少女が座っていた。もう一人の方は、顔は見えないけどアスナよね。よしよし、二人とも無事で何よりだわ。

 しかし、ベータテスト以来私と絡んでいないせいか、全くもってキリトは私に気づかない。まぁベータテストの時はアバターの顔を少し変えていたし、しょうがないのかな?

 一応アルゴさんにはキリトに、『幼馴染は探さなくていいのカ?』とわざと話題を振ってもらうようにお願いしていたんだけど、今のところはそんな素振りは全く見られないわね。

 私と会わないうちに愛想が悪くなったのかしら? いえ、あれは元からね。なら自分から接触するしか無いようね。

 おあつらえ向きにディアベルの話も終わって班作りに入る様だし、ちょっと驚かせてあげようじゃないの。

 そう思ってキリトの背後にそっと近づく。当のキリトは、ディアベルの指示を聞いて他のパーティー入れないかとあたふたしている。

 よし、ここだ! と思った瞬間……

 

「わっ!」

 

「ひぃっ⁉︎⁉︎」

 

 完璧だと思っていた作戦がばれていたと思わず、私の方が情けない悲鳴をあげてしまった。

 

「……え、え? バレてた?」

 

「まぁな、これだけの大事な会議に遅れてくるなんて奴は早々いるもんじゃないよ。そんなのがハイディングスキルも使わずに背後に回るんだからそりゃ怪しいだろ」

 

 そ、そんなところからバレてたんだ。それはキリトもバッチリよね。むしろ私が踊らされてたってことね。

 

「むぅ、それならそれって声かけてくれてもよかったじゃない。で、パーティーは組んでくれるのかしら?」

 

「まぁ、それはお互い様ってことで。パーティーはもちろんオッケーだ」

 

 確かに先に仕掛けようとした私も私だから、お互い様ってところで落とし所を持っていくとするわ。さて、ベータテスト以来の再開にお互い握手をする私はもう一つやる事があるわ。

 

「そこの貴女、私たちのパーティーに入りませんか? ボス攻略は基本的にレイド戦だからソロは無理ですよ?」

 

「…………そう言う事なら」

 

 フードを被った少女、アスナに声をかける。確かゲーム初心者だからレイド戦やパーティー戦も初めてって話だから、一から教えなきゃいけないのよね。

 まぁその辺りは、キリトに丸投げしておきましょう。

 

「ま、あぶれ組は気楽にやりましょ」

 

「……あぶれてない。周りが皆んな、お仲間同士だったから遠慮しただけ……」

 

「そうなのですか?」

 

「そうよ」

 

 硬意地張らず気楽にと言った感じに握手を求めたらスルーされてしまったわ。ま、まぁ本人がそう言うなら、突っ込むのはやめておくわ。

 それでもボス戦でソロってベータテストの時は好き勝手してた気がするけど、デスゲームの今となっては自殺行為ね。

 

「キリト」

 

「どうした紗奈……ってごめん、プレイヤーネームわかんねぇや」

 

「そう言えば名乗ってなかったわね、『リサ』よ。後でフレンド送っておくわ」

 

「わかった」

 

 そう言いながらコンソールを出して、フレンドリストを確認する。ベータテストの時フレンドは全てリセットされたから、また一からやり直しなのよね。

 と言っても、ベータのフレンドは片手で余ってたから今回はどうなることやら。ちなみに今のところは、アルゴさんだけよ。

 

「で、結局パーティーは三人だけ?」

 

「あぁ、パーティーとしては最小に近い数字だな」

 

「そうね、この分じゃ取り巻きしか相手にさせて貰えなさそうね」

 

「だな……もう一人いれば、スイッチやPOTローテがやりやすくなるんだけどな。無いものねだりは出来ないから、三人でできる事を……」

 

「ちょっと待って」

 

 私とキリトがあれこれと話している最中、アスナが会話に入ってきた。っと言うより中断させてきた。

 何か思う事があったのかと考えを巡らせた瞬間、予想通りの言葉が返ってきた。

 

「スイッチとかPOTローテって何? 二人だけで話してないで、私にも教えて」

 

 やっぱりだわ、アスナはこの一ヶ月一人で黙々と狩り続けてレベルを上げてきたのね。その集中力には賞賛するものがあるけど、ちょっと知識が偏りすぎじゃ無いかしら?

 

「もちろん教えます。って言うか、この一か月間そういった情報を仕入れないでここに来たのが凄いです。まぁ、それらがわからないとボス戦に影響が出ますので、明日は迷宮区に入るまでに経験を積んでおきます」

 

 そう言って私はアスナの方に向き直る。キリトもマジかって顔をしている。いや、私やキリトだってそんなに経験ないでしょ。ベータテストの時だって、ボス戦以外はほとんどソロだったじゃない。

 

「経験ないとダメなの?」

 

「ダメって事はないですが、相手の武器を跳ね上げた瞬間に待機組とスイッチ、要するに交代して追撃するのです。こればかりは体験してもらわないと、いざ実戦の時に役に立たないじゃ済まされませんので」

 

「…………」

 

 アスナが何も知らずにここまでやって来たのは知ってるけど、多少なりとも仕入れようとは思わなかったのかしら?

 この頃はちょっとやさぐれているとは言え、向こう見ずが過ぎるわね。

 

「ま、まぁまぁ明日ボスのいるところまでに雑魚が出るから、その時に練習しようか。今日のところは親睦を深めて何か美味しいものを……」

 

 私の厳しい視線にキリトが耐えかねたのか、アスナと私の間に入ってきて仲裁してきた。とは言え私が一方的に話しているだけなんだけど。

 当のアスナ自身もそのあたりは自覚があるのか、言い返さずに私を見ているだけだった。

 

「そうね、私も別に厳しいことを言いたいわけじゃないわ。だからキリトの誘いに乗ってあげる。もちろん女の子二人を誘ったんだから奢りよね?」

 

「え……?」

 

「私は別に……」

 

「良いのよ、明日のボス戦の前に親睦を深めておくのは悪くないでしょ?」

 

「キリトもそのくらいの甲斐性は見せておかないとねぇ」

 

「マジか……」

 

 私のいたずらっぽい笑みに、キリトは苦笑いをする。それでも嫌とは言わないその性格は、昔からよね。

 

「この街の食堂って、結構おいしいシチューがあるのよ。そこにしましょう」

 

「いや、それって結構高いやつだよな?」

 

 私は二人を連れて先頭を歩く。

 アルゴさんが出している攻略本も一定の成果を出しているようで、第一層での死者数も緩やかながらも減少傾向にある。

 これでコツなんかを掴んでくれたら、この先の有望株なんかが育ったら嬉しいわね。

 そんな感じに先のことに胸を膨らまし、タダ飯に舌鼓を打ってこの日の夜は更けていった。




感想や評価などいただけたら、うれしく思います。


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十六話 第一層ボス戦

随分間が開いてしまいました。
これからも不定期が続くと思いますが、よろしくお願いします!


「リサいくぞ、スイッチ!」

 

「オッケー、任せて!」

 

 翌日の迷宮区。

 ディアベルが率いる攻略班は、前日の打ち合わせ通りにパーティーを組んでボス部屋へ向かっていた。

 私たちの班はと言えば、当然キリトとアスナと私である。ボス相手に三人でのパーティーは少々きついこともあって、取り巻きを任されることとなった。

 それで、今はその道中のモンスター相手に私とキリトでスイッチのお手本を見せていたのである。まぁ初めてのパーティーやレイド戦でボスを相手にするのは荷が重いから、取り巻きで十分な気がするわ。

 

 

 

 

 

 遂に第一層のボス部屋までやってきた。

 アスナのスイッチやパーティーとしての動きも全く問題なかったわ。むしろ、初めてなのかと思うくらいよ。ぶっちゃけ剣技の方も、早すぎて剣先が霞んで見えるくらいね。生(?)で見るのは迫力が違うわね。

 キリトや私がすんなり会得してしまったアスナに驚いてみせると、ドヤ顔をして見えてくれた。そんなアスナもいざボス部屋の前に立つと、緊張の面持ちを見せる。

 

 

「皆、生きて帰るぞ!」

 

 ディアベルの号令と共に部屋に突入する。

 薄暗い部屋が私たちを出迎えるように明るくなり、そしてその部屋の主人は咆哮した。

 

「これがボス……」

 

「えぇ、そうよ、イルファング・ザ・コボルト・ロード。けど、私たちはあれの相手する必要はないわ。私たちの相手はその取り巻きよ! キリト!」

 

「おう、行くぞ!」

 

 キリトがボスの取り巻きであるルイン・コボルト・センチネル に向かって行く。

 ベータテストの時には私も参加したけど、こいつらも侮ってはいけない。ボスほどゲージはなくても、なかなかに厄介なモンスターよ。

 

「リサ!」

 

「オッケー! スイッチ!」

 

 キリトがソードスキルで剣を跳ね上げて隙を作ると、私がスイッチで一気に懐まで入り込み短剣のスキルで畳み掛ける。

 短剣の良いところは、スピードと小回りが効くところだけど、その反面として決定力に欠けるところね。だから、かなり良い攻撃が入ったとしても、手数が足りないと、倒し損ねる事もあるわ。

 けれど、その分は仲間に頼ることで補うわ。

 

「アスナお願い!」

 

「任せて、スイッチ!」

 

 私が翻弄して懐に入り込んで切り崩してから敵の体制を崩すと、アスナに合図を送る。

 その合図を待っていたとばかりに最高のタイミングで私と入れ替わると、細身の剣を一瞬にして複数回敵に叩き込んで止めを刺した。

 

「グッジョブ!」

 

「リサのアシストのお陰よ」

 

 とは言うものの、私やキリトは曲がりなりにもベータテスターだし、それなりに経験を積んでいるから動けているわけで。

 何もかも初見のアスナがここまで動けるのは正直凄すぎるわね。何だかんだ言っても、適正があったと言う事なのかしらね。

 

「二人とも、次が来るぞ!」

 

 アスナとお互いに称え合っていると、キリトから声がかかり私とアスナは構えなおす。

 確かに、今までとは違って一瞬の隙が命取りになるから目が離せないわね。

 けど、この三人なら全くもって全然余裕ね。これなら予定より早くボス戦に参加できるかも。

 

 

 

 

 

 そうして私たちが二体目を楽勝で倒した直後、少し離れた場所から腹の底から響くような雄叫びが聞こえる。

 

「え、これって……」

 

「あぁボスのバーを二本飛ばした後の雄叫びだ」

 

 私の呟きにキリトが答える。

 そうだ、これはボスの体力ゲージを削った直後の雄叫びで、この直後って確か……ってあれ、何か展開が早くない?

 当初の予定って、取り巻きを全部倒した後にボスを取り囲んで倒すはずだったのに、何でこの段階で雄叫びが聞こえるのよ?

 

「攻略本によると、この後モーションが変わるんじゃないの?」

 

「えぇ、本隊だけじゃ心もとないから、早く合流ね」

 

「なぁリサ、ボスの腰にあるのって何に見える?」

 

 アスナと頷き合った後、キリトが私に聞いてくる。

 私が何のことか見ると、本隊とボスが向き合っているところにディアベルが一人だけ前に出て構えている。

 何って、そりゃあ……タルワール……ってしまった、完全に忘れてた!

 

「タルワールじゃない!」

 

「え、何⁉」

 

 自分がベータテストを体験したせいですっかり失念していた。

 けど、そんな事を気にしている場合じゃない。

 

「だめだ、武器が違う。下がるんだ!」

 

 アスナが何のことかわからず聞き返そうとするけど、私は構わずボスに向かって走り出しキリトもそれに続いてくれた。

 けれど、ボスを一騎打ちで仕留めようとするディアベルとはまだ距離がある。

 ひとしきり叫んだボスを見届けたディアベルが剣を構えて突っ込むが、それを見たボスが不敵な笑みを浮かべるように顔を歪ませて腰から獲物を引き抜く。

 それは、柄から切っ先まで直線的にも拘らず、元のタルワールにも劣らない威圧感を放っている。見紛うことのない野太刀だ。

 ボスにはディアベルが雑魚にでも見えるのか、向かってくる様子を見据えた後にも拘らず猛然と突っ込んでいった。

 だめだ、初撃は間に合わない。なら!

 

「キリト!」

 

「⁉……おう!」

 

 私はそれだけ叫び少しだけ進路をずらすと、意図をくみ取ったようにキリトも動く。

 猛然とディアベルに突っ込んで行ったボスはその長大なリーチを生かして相手の剣が届くはるか前に切り上げて吹き飛ばした。

 

「ぐあぁ⁉」

 

 ディアベルが、ボスの全く違うパターンに何も対処ができずに斬られるがままに宙に浮く。

 それ以上はやらせない!

 相棒のアニールダガーを構えながら変えた進路先へ迷うことなく、私は突っ込んでゆく。追撃を防げばまだ取り返しはつくはず!

 止めを刺そうとするボスとディアベルの間に強引に割り込んで、振り下ろされる野太刀に対抗するように切り上げた。

 

「間に合ってぇぇぇぇぇ!」

 

 叫びながら切り上げた私のアニールダガーが火花を散らしながら野太刀と激突する。間に合った!

 けれど、元々の武器と体格の違いから私はもろに吹き飛ばされてしまう。

 けど、追撃は阻止した。なら、あとはキリトの出番だよ!

 

「スイッチ!」

 

「任せろ!」

 

 そのキリトの頼もしい声を聴いた後、私は床に激しく打ち付けられて意識を手放してしまった。



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十七話 結局私は不甲斐なかっただけ

「あ、起きたわね? 良かったぁ……」

 

「おう、今回のベストアシストが目覚めたようだな!」

 

 私が意識を取り戻すと、目の前にはアスナの安堵する顔が見えた。

 どうやらそれなりの時間意識を失っていたようね。

 何故って、アスナだけじゃなくエギルやキバオウまで私を気遣っている様子が伺えたんだもの。

 いまだボス戦をやっている状況で、このシチュエーションは流石に考えにくいってだけなんだけどね。

 

「あ、ごめん。私、気を失っていた?それで、ディアベルさんは? ボスは?」

 

「呆れた、自分の事より真っ先に他人の事だなんて。もうちょっと後先考えなさいよ……」

 

「あはは……」

 

 当り前よ、その為に飛び出して行ったんだから。

 これがただのゲームだったらボスのパターンの再考察だって面白がるだけなんだけど、既に事情が違いすぎるものね。

 アスナの呆れ顔に苦笑で返していると、その後ろから青髪のイケメンがやってきた。

 

「我が命の恩人リサ、改めてお礼を言わせて下さい」

 

 ディアベルが私の側に来て気障っぽくお礼を言う。ちょっと気恥ずかしい言い方だけど、生きていてくれて私も嬉しいわ。それに私だけじゃなくて、スイッチで跳ね除けたキリトや、その後アスナやエギルたちが反撃して倒したって事は想像に難くないと思っているわ。

 

「いえ、私はその後気絶してたでしょ? ならこれは皆の勝利よ。でもお礼は受け取っておきます」

 

 そう言ってディアベルのお礼を受け取り、自分のHPを確認すると……四分の一減っているわね。直接武器ダメージを負ったわけじゃないのに、こんなに削られるなんて結構怖いわね。

 そう考えながら、回復ポーションでHPを全開させたところで私は違和感に気づき、それを口にした。

 

「あれ、そう言えばキリトはどこに?」

 

 そう言って改めて周囲を見渡しても、キリトはどこにもいない。まさかさっきのボス戦で?

 

「あんなベータテスターなんぞ、どこへでも野垂れ死んでまでばええんや!」

 

 そんな私の考えとは真逆の結果を、怪しい関西弁が否定した。

 確かこの人はキバオウだっけ? 私は遅刻していなかったけど、ボス戦の会議の時に色々吠えていたって聞いたけど、私が気を失っていた間に何かやらかした言い方よね。

 

「アスナ、何があったのか聞いてもいい?」

 

「えぇ、それが……」

 

 

 

 アスナが言うには、私がボスの一撃を体を張ってパリィした後、想定通りキリトがスイッチで押し戻してくれた。ここまでは私は覚えているわ。

 その後はキリトやアスナ、そしてタンク役を買って出てくれたエギルに一命を取り留めたディアベルが本隊を再編成してくれたおかげで、無事にボスは討伐された。

 けれど、問題はこの後。キバオウがキリトに発した一言から騒動が勃発したと言う。

 

 

「おまん、ディアベルはんが攻撃される直前に何叫んどん?」

 

 無事にボスを倒してキリトが私の様子を見に行こうとした時、背後からキリトを呼び止めたのはキバオウだった。

 

「え? いや、武器がタルワールじゃないから……」

 

「あ“ん? 貴様それだけの注意力と情報を持っているにも関わらず、直前まで何も言わないっちゅーのはどう言うことや⁉︎ そのせいでディアベルはんは死にそうになったんやぞ? そうなれば、討伐隊は壊滅したかも知れへんのやぞ⁉︎」

 

 どうやらキバオウはそれだけの注意力がありながらディアベルを危険に晒しただけでなく、他の仲間にも被害が及んだかもしれないと言いたい様だった。

 

「お、おい何言ってるんだ。彼らのおかげで皆が助かっているんだぞ!」

 

「あんたは黙っといてんか!」

 

 エギルが制止するのも聞かずに、キリトを罵り続ける。

 けど、キリトもキバオウの言動に理不尽を感じたのか、ため息を漏らしたあと低く声を漏らした。

 

「言いたいことはそれだけか?」

 

「な、何やと?」

 

「自分の実力のなさを棚に上げて言うことが、それとは情けない。そんなに言うなら、自身でディアベルの様に指揮をとってみるといい。今の自分がどれだけ馬鹿な事を言っているのかわかるはずだ」

 

「貴様、言うに事欠いて!」

 

「確かに俺はベータテスターだ。ボスの武器が違っていたのも、第十層で野太刀を使う敵がいたから気づいただけだ」

 

「なら、何でそれを早よ言わんのや!」

 

「……これ以上は不毛だな」

 

 キリトはそれだけ言うと、もう一度ため息を吐いてそのまま第二層へアクティベートしに行ってしまったらしい。

 

 

 

 これが気を失っている間の流れらしいけど……。

 私の心情からすれば、「こいつ何言ってるんだ?」って言うのが一番ね。

 キリトも同じような心情なんだろうけれど、彼はそれを甘んじて受けたんだろうか? けれど、あのキバオウの様子からすると、私の知っている展開とほぼ同じことになったと思って間違いないわね。

 

「それでキリトがいなかったのね」

 

「えぇ、止められなくてごめんね」

 

「何でアスナが謝るのよ。何も悪くないじゃない?」

 

 やってしまった。

 これ程悔しいことはないわね。せっかくディアベルを救っても結局同じ展開じゃまるっきり意味ないじゃない。

 って言うか、その間にディアベルはいったい何していたというのよ?

 

「ディアベルさん、今回のボス攻略で指揮をとっていた貴方はいったいこの状況をどう見ていたのですか?」

 

 私は、思わず考えていたことを整理もせずに口に出してしまう。それほど私自身もムカついていたってことよ。

 

「あぁ、この事態を招いたのは俺自身の不甲斐なさが原因だ。あれだけ豪語しておきながら、皆の足を引っ張ってしまった。もちろんキリト君の失態じゃないとは思っているが、もう少しやりようがあったのではないかと考えてもいる……」

 

 下らない。全くの詭弁ね。前言撤回、こいつは良い人なんかじゃない。自分の事しか考えない、利己欲の塊だ。

 その証拠に今の言葉も、我が身可愛さにキリトに罪を擦り付けようとしているだけよ。

 そっちがその気なら私にも考えがあるわ。

 

「ここにいる人全員攻略本を読んだのですよね?」

 

「あぁ、その最後に注意書きも書いてあったよ」

 

 私が反論してやりたいとキバオウだけじゃなくここの全員にの問いただすと、それを察したディアベルが代弁する様に答えた。

 ちなみに攻略本の最後の一文にはこう書いてあるわ。

 『この攻略本はベータ版を元に書き起こされており、あくまで参考程度に留めておくようにしておくこと。』

 ちなみにこれは、アルゴさんと私で考えた一文よ。さすがに被害を最小限に食い止めようと攻略本を最速で出すには、ベータテストの情報に頼らざるを得なかったって言うのが大きかったわ。

 それでも、現状との差異を埋めるのに私が色々と駆けずり回って得た情報だけでも、少しずつ違っていたわ。

 けれどボスとなると、一人でどうにか出来るものじゃないわ。これはその為の一文なのよ。

 

「貴方たち、最低ですね。そんなくだらない理由でキリトを責めたのですか?」

 

 思わず私は、キバオウに口汚い言葉を放ってしまった。

 だって、言っている事は完全にいちゃもんだから。取り巻きの排除を任せている私らに、死にかけたのはお前らのせいだなんて言われてそうですかだなんて納得できるわけがないじゃない。

 

「く、くだらないだと? お前だってあいつにすり寄っていたんだろ? おいしい狩り場を自分たちだけで持っていきやがって、俺たちの苦労をわかってねぇからそんな事言えるんだ!」

 

 キバオウの取り巻きっぽいのが鼻息荒く私に迫ってくる。

 って言うか、論点が微妙にずれているのが気になるけど、要は単純に私らが気に入らないだけって事かしら? どうせ私に言ったこともキリトに浴びせたんだろうって事は容易に想像がつくわね。

 そして、恐らくキリトはそれらの罵声を甘んじ受けたでしょう。自分一人が罪を被れば、他の人たちが纏まると思って何も言わずに進むでしょう。

 でも私は許さない。ディアベルの命は助かった。なら本来はこんな事を言われる筋合いなんてない。

 それを治めるべきディアベルを見るとバツが悪そうにキバオウを宥めようとする。自分の犯した過ちを隠しつつおいしいポジションだけを維持しようとするなんて。

 それだけの理由でこっちに標的を持っていくなら、私にも考えがあるわ。

 

「ほんっとくだらないですね。自分たち本隊組が気づかなかったと言うだけの理由で、取り巻きを排除していた私たちを責めるのはおかしな話じゃないですか? さっきも言ったように攻略本の一文があり、なおかつ一番近くで見ていたあなた方が気づくべき事案です。それに、攻略本にはボスの攻略法も書いてありましたよね?」

 

「あ、あぁそうだけど、それが何だ?」

 

 私とアルゴの攻略本には各イベントの内容の他に、そこに出てくる敵の攻略法まで記載されているわ。

 当然それには、ベータ版での各階層のボスの攻略法までも載っているわ。

 

「攻略本には最後のHPバーが一本になった時、ボスのモーションが変化すると書いてあり、最後は全員で囲んで倒せと書いてありました。なのになぜディアベルさんは一人で前に出たんでしょうね……?」

 

「……どう言うことや?」

 

「……何が言いたい?」

 

 一瞬の静けさの後に別々の意図での意見が返ってくる。

 どうやらキバオウや取り巻きたちは、純粋に何も知らないようね。

 それに反してディアベルは私の言いたいことを何となく察しているけど、聞くまで確信が持てないようね。ならこれでどうかしら。

 

「あら、ディアベルさん。まだしらを切るのなら、もう一言言いましょうか。私もベータテスターだって事ですよ」

 

「「⁉︎」」

 

 うーん、面白いほどわかりやすいリアクションありがとうございます、ってところかな。

 冷や汗ダラダラなディアベルは放っておいて、新たな敵を見つけたって顔をしているキバオウたちの方が先よね。

 

「おう、そのベータテスターがディアベルはんを何で目の敵にするんや? 我々の旗印になってくれる人やで?」

 

 うーん、まだディアベルが良い人だって信じているのね。まぁ外面は良い人だし騙されるのもしょうがないけど、良い加減目を覚まして欲しいから言っちゃおうかしら。

 

「まだわからないのなら言いましょう。ボス戦には最後の一撃を与えた人にだけ貰える『ラストアタックボーナス』ってのがあります。ね、ディアベルさん? ボスがタルワールを持っていたなら貴方の思い通りに事が運んだのでしょうけど、結局その確認を怠って今回の事故が起こった」

 

「そ、それってつまり……」

 

「そう、ディアベルさんはそれを狙っていたベータテスターで、今回のその情報だけを信じた自業自得って事です。『ラストアタックボーナス』と言う餌に釣られすぎですね」

 

「「……」」

 

 主のいないボス部屋が静寂に包まれる。

 それはそうだろう、彼を旗印として信じた彼がさっきまで罵っていたベータテスターのうちの一人だったんだから。

 

「そ、そんなん嘘や! 自分がベータテスターやからって、ディアベルはんを巻き込むなや!」

 

「信じたくないって言うなら私は無理にとは言いません。けど、自分たちの自業自得にキリトを貶めた事は許しませんから」

 

 キリトは自分にヘイトを向かせる事で、他のプレイヤーの分裂を防ごうって腹づもりだろうけど、結局のところディアベルが暴走しなきゃ済んだ話よね。

 

「そもそもそれ自体、ベータテスターどうのこうのは関係ない話です。それらは私らが抽選で当選した運だけの話ですので。むしろディアベルさんが暴走したせいで、私らにまで矛先が向いたのですから余計なとばっちりもいい所ですよ。だからこの先の話し合いは、彼と着けてください」

 

 それだけを言うと私は、アスナとエギルの下に向かう。

 黙って聞いていてくれた二人は、何故だかすごく申し訳ない顔をしているわ。むしろ二人はキリトを庇ってくれた方なのにね。

 

「アスナごめんね、こんな事になって。エギルさんも止めてくれたのに……」

 

「うぅん、わざわざリサががんばったのに、あんな言い方する方がおかしいのよ!」

 

「そうだな、穏便に済ませられた筈なんだが。力およばずに申し訳ない」

 

「でも私もやり返しちゃったし、あまり性格が良くないかもね」

 

「何言ってるの、その位でちょうど良かったのよ」

 

「まぁ思うところが無いわけじゃないが、擁護は難しいな。だからあまり気にするな」

 

 私が頭を下げると、二人は私をフォローするように慰めてくれた。二人は本当に良い人ね。

 対照的にその背後では、私がどうにでもなれと言わんばかりに放置してきた為にすごく不穏な空気になっているわ。

 性格が悪いと思うけど、正直ざまぁとしか思わないわね。少しは溜飲が下がったってものよ。

 

「それで、お嬢さん方二人はこれからどうするんだい?」

 

「そうね、私は一旦戻るわ。リサはどうするの?」

 

 少しスッキリした私に対してアスナはいまだに怒っているけど、エギルの声で気持ちを切り替えるように私に聞いてきた。

 そうね、一旦このまま戻っても良いかなと思ったけど、キリトの方も気になるわね。

 

「ごめんね。私はこのまま第二層に行くわ」

 

「そっか、残念だけどここで解散ね。大変だったけど、リサと一緒のパーティーになれて良かったわ」

 

「私もよ、けど永遠のお別れじゃないから。近いうちにまた会うわよ」

 

「あ、確かにそうね」

 

 そうやって笑い合いながら別れて、私は第二層への階段を駆け上がった。

 ぶっちゃけキリトには悪いとは思うけど、私の苦労を無にするあいつらには苦労してもらう事にしたわ。

 私もキリトも頑張ったんだから、悪になんてさせない。キリトには笑顔でいてほしいから!




お気にりや感想などいただけたら嬉しく思います。


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十八話 隠しスポット

 目の前には牧歌的な風景が広がっている。道は未舗装ながらもしっかりと区分けされていて、獣道の様な雑さはない。

 場所は第二層、私はとある場所へ向かっている。

 あのボス戦の直後すぐにキリトを追いかけたものの、主街区であるウルバスには見当たらなかったわ。当然と言えば当然ね、あの人がこんな所でうだうだしているわけがないと思うもの。

 だからキリトが次に向かう場所を予想する。

 

「んー……あぁ多分あそこね」

 

 そして当たりをつけて、主街区のウルバスを後にして道を急ぐ。

 

「ンモォォォォ!」

 

「はっ!」

 

 私の一撃で青色の粒子となって消滅するのは、牛のモンスター。

 牛と言っても形は様々で、四足の馴染み深いものから体は人型で頭は牛と言ったのまでいる。それらは総じて力は強めだけど、移動速度と攻撃速度はそんなに高くない。けれど、私の戦闘スタイルからして、攻撃を喰らったら一気に瀕死に追い込まれかねないから油断はできないわ。

 一応、第一層のボス攻略で安全マージンを多めに取っておいたから第二層攻略の適正範囲だし、アニールダガーも目一杯強化しておいたから、直接防御なら何とか大丈夫だと思う。

 そうして何度か戦った感じだと、アスナたちも第二層に来てもそんなに苦戦することはないと思う。目的地までの道すがらに転々と遭遇するモンスターを蹴散らしながら突き進み、高台に登って洞窟を潜ったその先にある隠しスポット。

 

「あった!」

 

 良かった。ベータテストの時にもあったけど、さすがにもう一度目にするまで安心は出来なかったからちょっと心配だったわね。

 

「ほっほっほ……こんな所に何ようかね?」

 

「えっと口コミで、ここで体術スキルを会得出来ると聞いてきたのですが」

 

 声のする方に視線を向けると、岩の上に老人がいる。うん、ベータテストの時と同じシチュエーションね。

 そう、ここへ来たのはキリトが来たのを確認するため。実はベータテスト時代の口コミだけの情報だけど、こお爺さんの会話イベントが初回だけ違うのよね。

 二人目からは同じ様に街からの聞き込みでも来れるけど、いきなり尋ねて「口コミ」ってワードを入れて話すと、追い返されずにそのまま修行を受けれるのよね。

 

「ほうほう、なるほどのう。よかろう、ならワシの試練をクリアして見事体術を会得するがよい!」

 

 この階層で一番乗りはキリトで二番が私。それでこの会話だと、キリトが来てるわね。

 ちなみにこれが初回だといきなりここには来れなくて、第二層の主街区ウルバスで聞き込みから始めないと辿りつかないのよね。

 

「ではよろしくお願いします!」

 

「うむ、では修行を始めるにあたってまずはこれじゃの」

 

 そう言って私の目の前にくると、筆と墨を持ってあっという間に私の顔に落書きを始めた。またこれか。

 そう、あれよ。アルゴの顔にもペイントされている可愛いひげ。『鼠のアルゴ』の由来とも言われているわね。

 

「無事に会得したら消えるから安心せい」

 

 そう言われながら私は、奥の修行場まで案内されて大岩を割れと言われる。

 まぁ体術って色々便利だし、短剣スキルと相性いいから習得しておいて損はないわね。なら、ちゃっちゃとやっちゃおうかな。

 そう思って私はふと気がつく。私ってばここにキリトがいると思ってやって来たのにどこにもいない。

 

「お爺さん、ここに私と同じ歳くらいの男の子が来ませんでしたか?」

 

「男の子? おぉいたぞい、お主が来る三十分くらい前に会得して降りて行ったぞい」

 

「え、マジですか? ……って、あ!」

 

 あれ、私がキリトを追って第二層に来たのって精々2時間くらいしか空きがないと思っていたけど、一時間半で会得したってこと? どんだけ早いの?

 そこで私はちょっとしたミスに気づいた。お爺さんが口コミで来たことで修行が出来る判定って、一人目が修行を終わってここを出た時だわ。

 だから、それを聞いた段階でキリトがいるはずがないじゃない。

 

「ミスったぁ……」

 

 なんと言うイージーミス。

 フレンド登録もしていない私にとって追いかける最短の手がかりが尽きてしまい、ガックリと項垂れる。第一層で再開した時は、嬉しさでついど忘れしちゃってたのよ。

 どうしよう、このまま修行を放棄してキリトを追いかけても良いけど、それだとペイントが残ったままになって、私が「鼠のリサ」と呼ばれてしまうわ。

 それはそれでアルゴのお株を奪うことになっちゃうから、キリトの事は後回しにしてひとまずは習得に専念するしかないわね。

 ならまずこの大岩を……っと思ったら、お尻に這うやな感触が!

 

「ほれほれ、座ってても修行は進まんぞ」

 

「きゃぁぁぁ!」

 

 じゃあと思考を切り替えて立ち上がろうとした矢先に、私のお尻を撫で回す正体はこの修行場の主のお爺さん。

 忘れてたわ、このお爺さん何かにつけてお尻とか触ってくるエロジジイだった……。

 茅場ってばこう言うのが趣味なのかしら? それとも隠れた性癖?

 

「えぇえぇ、やりますとも! さっさと終わらせます!」

 

 そう言って気合いを入れて修行を開始し、私は丸一日がかりで終わらせたわ。

 許すまじ茅場明彦!



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十九話 密談

「ようリサっち、元気にしてたカ?」

 

「アルゴさんも元気で何よりです」

 

「そう畏るなヨ、俺っちとリサっちの仲じゃないカ」

 

 場所は、とある主街区の食堂の片隅。その入り口から一番遠く、かつ見えにくい場所となっていて隠れて落ち合うにはもってこいの場所。

 そんな場所にも関わらず陽気な声音で入ってきたのは、ベータテストの時からお世話になっているアルゴだ。

 店内に入ってきた彼女は見渡すことなく真っ直ぐこの場所まで来ると、フードを被っている私の顔を確認することなく名前を呼んだ。

 

「じゃあこれからは呼び捨てでもいいのですか?」

 

「全然構わないゾ? って言うカ、喋り方も普通でいいゾ」

 

 そうは言われても、アルゴの大人びた雰囲気でついつい敬語で話しちゃうのよね。アルゴのそう言うムーブに私が流されているのか。それとも、私の中に妹属性でも眠っていて、それが刺激されているのか。

 とりあえず、本人がそれでいいって言うなら思い切って話しかけてみようかな。

 

「じゃ、じゃあアル……ゴ? これ、第五層のフィールドマップと周辺の村のクエストを纏めたデータ。毎度で申し訳ないけど、ベータテストの時との差異の部分は、もう一度精査してみてくれ……る?」

 

「ニシシ、オッケーオッケー! いつもなガラ仕事が早いナ! んじゃ、何か頼みながラ少し待っててくれよナ!」

 

 私の言い慣れない言葉遣いに、はにかみながらアルゴはデータを受け取ってくれた。私の気恥ずかしさを知りつつも、アルゴはデータを確認していつもの流れで精査を始める。

 これはアルゴならではの気の使い方よね。無駄に揶揄うことなく自然に受け止めてくれて、あたかも以前からそれが当たり前のように振る舞ってくれる。

 だからこれからも気兼ねなく付き合っていける自信が湧くわ。

 

「いやいや十分だヨ、現時点で俺っちたちガ持ち寄れる最善の情報だと思うゾ」

 

「なら良かった」

 

 アルゴの太鼓判に、私は一安心と胸を撫で下ろす。

 ここ数日、フィールドを駆け巡ってマップを埋めながらクエストもこなしてたんだけど、やりきれない部分はベータテストの時の記憶を引っ張り出してるのもあったから、少し心配してたのよね。

 そう言う意味では、ダブルチェックの意味も込めてアルゴに見てもらえて良かったわ。

 満足げなアルゴの顔を見ながら肩の力を抜き、目の前に用意されたサンドイッチと紅茶を楽しんでいると、アルゴの目が細く光った。

 

「さて、本題に入ろうカ……」

 

 そう言ったアルゴの声音は低く、そして私にしか聞こえない位の声量だ。

 私はその雰囲気に呑まれかけながらも、何とか頷くいた。

 

「リサっちの勘は当たりダ……ここ二、三週間、リサっちの周囲を嗅ぎ回っているやつがいるナ。その嗅ぎ回っている奴自体ハ、リサっちと面識はない」

 

「って事は……」

 

「依頼者がいるってことダ」

 

「……」

 

 実は第二層以降、私は最前線で狩りをしつつ情報を集めてはアルゴと一緒に攻略本を作っていたけど、ボス攻略には参加していないのよね。

 本当はそれに参加すればキリトと会えるのはわかっていたんだけど、第一層での事が頭から離れずにモヤモヤしていたのもあって、顔を出しにくいのよ。

 まぁキリトの事は気になるけど、恐らく死なないだろうから保留とするわ。それに第三層でたまたま出会ったエギルにキリトの事を聞いたら、「黒ずくめ(ブラッキー)は相変わらずだ」と言ってたから大丈夫よね。

 けど、問題はここから。

 基本私はソロで活動していて、周りからは変わり者だと奇異の目で見られることも多い中、そう言う視線とは明らかに違うものが混じっている時があるのよね。

 初めは変質者か? とも思ったけど、それとは違う。なんだろう、値踏みでもない、殺意でもない、すごく不気味な感覚がしたわ。

 それもあってか、私の違和感を感じ取ったアルゴが気にかけてくれて、調査に踏み切ってくれたわ。

 

「ま、最前線で動くビジネスパートナーが、いなくなるのは困るからナ!」

 

「そうよね……って、もう少しマシな言い方ないの?」

 

「そう言うなヨ。ビジネスパートナーって言うのも本音だけド、気安い仲が死んでほくないってのもあるんだゼ?」

 

 ベータテスト以来の仲間をそんな風に見てたのかと少し憤慨して見せると、アルゴは少しおちゃらけた感じに返してくる。

 何だか凄く微妙な言い回しだけど、アルゴなりに私に気を遣って少しふざけてくれてくれるのかしら?

 

「まぁそう言うことにしておくわ。それで、その依頼主はわかる?」

 

「スマナイがそれはまだだナ。けれど、ある程度の情報を精査した上での結論なラ出せるゾ?」

 

「なら、それを聞かせてもらっていい?」

 

 私がそう言うと、アルゴが机越しに顔を寄せてくる。他のプレイヤーに聞かせたくないのだろう、まだ始まったばかりの浅い階層で聞き耳スキルがそう高い人いないと思うけど、まぁ用心に越した事はないわね。

 アルゴの愛嬌のある顔が眼前に迫るのをドギマギしながら次に出てくるのを待つと、ある程度予想出来る答えが返ってきた。

 

「恐らく依頼主はディアベル。アイツはあれ以来ボス攻略には出てないんだヨ。情報によるト、第二層でのボス攻略の時は、部屋にこもっていたガ。心配して時々様子を見にきていたプレイヤーがいてナ、ある時忽然といなくなったそうダ。それから暫く見なかったらしいんだけどナ、つい三日前ニ目撃情報があったそうダ」

 

 そんな事になっていたのね、まぁラストアタックボーナスをキリトに取られた腹いせなのか、追いやる事をした人の当然の報いってやつよ。

 それでもし本当に依頼主がディアベルだとしたら、とんだ逆恨みよね。

 

「前線に復帰、って訳じゃなさそうね」

 

「そうだったラどれだけ良かったって話になるんだけどナ!」

 

 ですよねー。だって今、アルゴと話しているここは第五層の主街区カルルインで、この階層が解放されたのってつい三日前なのよね。

 その三日前に目撃情報があったとして、真面目に前線復帰するとしたら前線組に何かしら変化があってもおかしくないけ。

 でも、後を追いかけるように登ってきた私の耳には何も入ってこなかったわ。

 

「んー……実害が出てからじゃ遅いけど、今のところ何もないから気をつける位しか出来ないのがもどかしいわね」

 

「そうだナ、俺っちも色々探ってみるかラ、フィールドでは気をつけロ?」

 

 私は、残った紅茶を片付けるとアルゴと別れて店を出た。

 アルゴのことは信用はしているけど、必要なら自身の情報すらも売る人だからね。まさかとは思うけど……そう思って顔を動かさずに視線だけで周囲を観察するけど、今はそれらしき人は見当たらないわね。

 それにあの人だって、犯罪を犯そうとするかもしれない人に情報は売らないでしょ。

 

「信用してるわよ、アルゴ……」

 

 そう独りごちながら私は、もう一度情報集めの為に主街区を後にした。



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二十話 ごめんね

 まずったわね……

 独りごちながら、私は必死に敵の攻撃を捌いて退路を探す。

 場所は五階層の迷宮区。ここは四階層まで順当に強さが上がって行くのとは違い、もうワンランク上なのは判っていたわ。だから私自身も十分にレベルも装備も整えて挑んだんだけど、現状はこの有様よ。

 

「くっ!」

 

 目の前のゴーレムが質量のある腕を振り上げると、私目がけて振り下ろす。たったそれだけの行動なのに、まるで壁が迫って来るような圧迫感を受ける。

 喰らえばひとたまりも無いけれど、まだまだ速度は私の方が上だ。

 そして、ゴーレムの腕を避けたのを見たアストラル系のモンスターが、集団で襲いかかってくる。

 

「はぁぁぁ!」

 

 これは予想できたことだから、何も驚く事はないわ。

 私もモンスターに向かいながらソードスキルを使って、一体一体確実に仕留める。

 

「!?」

 

 が、不意に背後で嫌な予感がして急いで身を低くすると、頭上を何かが通過した。

 

「さっきから誰!?」

 

 私がさっきから追い込まれている原因はこれ。

 マッピング目的で迷宮区を探索している最中に、誰かがモンスターを引き連れてきて、私になすりつけていったわけ。いわゆるトレインPKってやつね。

 しかも、擦り付けた張本人は姿を現さずに物陰から物を投擲してミスを誘おうとしている。

 モンスターの攻撃を避けつつ正体不明のプレイヤーを気にかけるのは至難の業。

 さらに都合の悪いことに、時間帯は真夜中。仮想世界なのに、ご丁寧にプレイヤーの皆さんは宿で就寝中。

 つまりは、助けは絶望的ってわけ。

 今は積み上げたレベルのお陰で何とか捌けているけど、それでも度々邪魔されたり追加のモンスターを再び擦り付けられたりするから、HPは少しずつ削られて追い込まれつつあるわ。

 モンスターの合間を縫い、何とか隙を見つけてストレージからポーションを取り出す。私の場合、スピードをメインにして、残りをストレングスとデックスに振っちゃってるから、HPが絶望的に低くて、更に防御が防具頼みになるくらい紙なのよね。

 即ち、掠めてもそれなりに削られるわけ。

 だから、半分削られた今の場合、すぐさま回復させないとまともに喰らったら全消失するかもしれないわ。

 何とか躱しながらポーションの蓋を開けて回復しようとした矢先に、視界の隅から何かが飛んでくるのを確認して反応する!

 

(甘い!)

 

 確認できないプレイヤーが私を追い込もうとしているから、このタイミングで邪魔してこようとしているのはわかっていたわ。

 けれど、精神的にも余裕をもって反応したつもりだったけど、相手は私より一枚上手だったわ。

 

「しまった!」

 

 気づいたときにはもう遅かった。

 躱したことで回復できると言う気の緩みで、もう一方からの妨害に全く気が付かず、プレイヤーからの投石によってポーションを破壊されてしまった。

 

「きゃあぁぁ!」

 

 更に妨害によってポーションを失った動揺からか、モンスターの攻撃を喰らってしまって壁際まで追い込まれてしまった。

 幸い喰らったのは攻撃力がそんなに高くないアストラル系のモンスターのため、紙一重でHPの全損は免れたわ。

 しかし、最短の出口までは遠く、多勢に無勢。正体不明のプレイヤーは少なくとも二人以上と判明。更に今の攻撃で私のHPはレッドゾーン。

 これは、いよいよ覚悟を決めなきゃいけない時かしら……。

 けど、ちょっと悔しいなぁ。せっかくSAOの世界に来てキリトと幼馴染で一緒に冒険できると思ってたのに、こんなよくわからない奴らに嵌められて終わるなんて。終わるなんて、終わるなんて、終わるなんて終わるなんて。

 

「終わってたまるかぁぁぁぁ!!!」

 

 気が付けば叫びながら敵に突っ込んでいた。このまま嬲られて死ぬくらいなら、モンスターや私に邪魔をしてくる奴らに、一太刀でもでも浴びるくらいしてやるとなりふり構わずに覚悟を決めた時、何かが起きた。

 いくら私自身のスピードが早くても、モンスターの速さが変わる訳じゃない。

 なのに目に映る周囲の景色は歪み、モンスターの動きが遅く感じるのだ。比較的避けるのが容易なゴーレムでも、数が多ければ脅威になりかねない。けれど、それら一体一体の動きがまるでスローモーションの様に緩慢に映った私は、攻撃の間を縫うように避けることが出来てしまった。

 

(今のは!? いや、まずは目の前のことを!)

 

 突然の出来事に頭が混乱しそうになるけど、避けた先で別のモンスターが攻撃体制に入るのを見て考え直す。

 考えるのは後にし、次々と攻撃を躱して目の前のモンスターを再び排除してしがら何とか危機を脱しようとするが、不意に視界がいきなり真横になった。

 

「あれ……?」

 

 自分が倒れたのは、わかったわ。

 けれど、攻撃をされた形跡はない。証拠に、HPのバーに残りわずかながらも赤いゲージが残っているのも見えるわ。

 視線は動かせるのに、体は思うように動かせないのは何で? 動くとしたら、指先が微かに反応するだけ。

 

「う、動いて……動け動け動け……」

 

 何で動かないの? 急に動けるようになった理由もわからないけど、倒れた理由もさっぱりわからないわ。

 倒れて動けない私の視界には、モンスターの群れはゆっくりと歩み寄ってくる姿が死へのカウントダウンのように映っていた。

 ギリギリながらも何とか掴んだチャンスだったけど、無駄になっちゃったか。

 そう思った瞬間、私の心の中の希望という文字に亀裂が入るのがはっきりとわかった。モンスターに追い込まれても謎のユーザーに邪魔されても、決して諦めなかったのは自分の体が動いていて、まだどこかに一縷の望みがあると思ったから。

 けれど現実は、いやこの仮想の中の私も現実と同じように体が動かなくなってしまった。それは、このダンジョンの中では確実に死を意味しているわ。

 

「早かったなぁ……」

 

 何かを悟ってしまった私が思わず呟いた言葉だ。指先が動くなら、最後のメッセージだけでも送れるかな?

 そう思って指を懸命に動かそうとするけど、望んでいたメニュー画面は出てこない。

 

「ダメかぁ……」

 

 お父さんとお母さんには申し訳ないことをしたわ。アルゴにこの最後のデータを渡してあげたかったな。アスナともう一度冒険をしてみたかったわね。

 そして……

 

「かずとぉぉぉぉ……」

 

 意中の人の名前を呟いた私の目には、いつの間にか大粒の涙が溢れていた。

 中学になって和人やクラスメイトと別々になっちゃったけど、豆に返事を返してくれるのは彼だけだった。それだけ彼の交友関係が狭いって言うのもあるけど、別れ際のキスが効いてると思っているわ。

 そしてこの仮想現実で久しぶりに会った和人は、小説に出てきた彼そのままだった。仮想ライバルのアスナにアドバンテージを取ってここからと言うのに、下手打っちゃった。

 これから一緒に冒険して、ボス攻略して、お買い物して、デートして、いつかいつか告白もして、一緒に家を買って、それも現実で叶えて……。

 

「ごめんねぇぇぇ……」

 

 そうして薄れ行く視界に青色の粒子見えた瞬間、私は意識を手放した。




評価や感想などいただけたら、嬉しく思います。


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二十一話 合流

 結論から言うと、私は生きている。ぶっちゃけ、死んだかと思ったわ。

 瀕死のレッドゾーンかつ深夜帯に不審なプレイヤーにモンスターPKされて体も動かないってなると、死を覚悟するに決まってるじゃない。

 でも気がつけば、私はどこかの宿屋のベッドで目を覚ましたわ。

 SAOの世界に死に戻りって言う概念がない以上、この状況はまずあり得ないんだけど、私は今ベッドにいるのよね。

 頭の中で整理しようとも、肝心なタイミングで気を失っていたんだから、無理らしからぬ話しよね。そんな、ますますもってパニクっている所で部屋の扉が開いて誰かが入ってきた。

 

「お、気が付いたんだナ!」

 

「え、アルゴ? 私どうなったの? ここはどこ?」

 

「ここハ、カルルインの宿屋ダ。軽い食事を持ってきたケド、食うカ?」

 

 入ってきた人物を見て私は驚く。それはそうね、名前を呼び捨てにする位仲がいいけど、会うのは仕事で情報交換をする時くらいなんだもの。

 そんな人物が宿の一室で顔を合わせる事になるんだから、寝起きの着付けにはちょうど良いくらいよ。

 

「ありがとう、頂くわ。それで、アルゴが助けてくれたの?」

 

 アルゴから貰ったサンドイッチを食べながら、私は一番最初に聞きたかった事を口にする。

 

「いんヤ、オイラじゃないネ!」

 

「そうなの? じゃあ……」

 

 とは言いつつも、これは予想できた事。

 何故って、ちょっと失礼な言い方かもしれないけど、アルゴのレベルでは最前線をソロで駆け抜けるなんてことは到底無理なことよ。

 いや、ソロ自体が無茶なんだけど、そんな所を私を抱えて脱出出来るとしたら……そう考えた瞬間、部屋をノックする音が聞こえた。

 そして現れたのは、やはりって言うかこの二人だった。

 

「リサ、大丈夫だった!?」

 

「アスナ、えぇ大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」

 

「よ、何とか無事だったみたいだな」

 

「キリトも!」

 

 心配そうな顔で駆け寄ってくるアスナの後ろから着いて入ってきたのは、一緒に行動しているだろうと予想していた通りのキリトだった。

 

「二人が助けてくれたの?」

 

「えぇ、そうよ。発見した時は、心臓が止まるかと思ったんだから!」

 

「本当だな、久しぶりの再会の後にこれはきつい」

 

 二人が抗議するように私に迫ると、私を助けるまでの経緯を話し始めた。

 どうやら、二人が私を発見したのは偶然ではなかったわ。ではどう言うことかというと、食堂でアルゴと別れた後に私はそのままダンジョンのマップ埋めを再開したんだけど、その際に例のモンスターPKに遭遇したわ。

 私自身は無我夢中でモンスターの相手をしていたんだけど、いくら何でも帰りが遅いと思ったアルゴがメッセージを送るも返信が来なく、フレンド機能で居場所を確認すると今だにダンジョンの中だから、何かあると踏んでキリトとアスナに様子を見に行ってほしいと頼んだわけ。

 そして二人がダンジョンの最奥付近の袋小路に差し掛かったところで、倒れている私と今にもとどめを刺そうとしているモンスターたちに出会したと言うわけね。

 

「まさに急死に一生を得たわ。二人とも、本当にありがとう」

 

「気にしないで、私たち友達でしょ!」

 

 本当に感謝したいわ。あの絶望的な状況で生還できるとは夢にも思わなかったもの。タイミングなんて関係ない、今ここで再会できていることが何より大事よ。

 それともう一人にも感謝を。

 

「アルゴ、二人を寄越してくれてありがとう」

 

「まぁナ。けド、この借りは大きいゾ?」

 

「えぇ、この借りはいつか精神的にね」

 

「何だそレ?」

 

 キリトの言葉を借りた私のセリフにアルゴはよくわからないって顔をしていたけど、私はキリトとアスナに向き直ってある事を確認する。

 

「それよりも二人に聞きたいんだけど、二人が私を助けにきた時ってその近くに他のプレイヤーはいなかった?」

 

 私の言葉に二人は顔を見合わせる。ありがとう、その反応だけですぐわかったわ。

 そして、キリトも私が何を言いたいのか察したのか、特に隠すことなく話し始めたわ。

 

「あぁ、いたな。俺とアスナはまずは君の安全を確保するためにモンスターの殲滅を優先させたが、次に見た時には既にその場にはいなかったな」

 

「ちなみに顔は?」

 

「フードで見えなかった」

 

 やっぱりそうか、ある程度の看破能力があれば遠目でもわかるけどまだ五階層だし、それ以上にそんなのを上げるくらいなら他のスキルに回したいわ。

 アスナかキリトのどちらかがプレイヤーの顔を見たらと思ったけど、無理だったみたいね。これがただのネットゲームだったらタチの悪い迷惑行為で済む話だけど、実際は死と隣り合わせのデスゲーム。迷惑とかの範疇を遥かに超えた行為だ。

 ってキリトと考え込んでいると、眉を吊り上げたアスナが語気を強めながら鼻先を突き合わせて来る。顔の整っている女性が眼前に迫られると、同性でもちょっと照れるわね。

 

「そ れ よ り!」

 

「?」

 

「今アルゴさんから聞いたけど、元々付け狙われてるのに何で一人で行動するのよ!?」

 

「あ、いや、そう言う可能性だけで、今まで実害がなかったから大丈夫かなと……」

 

「そんなわけ無いでしょ!? 実害が出てからじゃ遅いのよ! 嗅ぎ回られてる事だって私たちに一言相談してくれれば一緒に行動したりして予防も出来たはずよ!?」

 

 私のちょっとの言い訳に倍で返ってきてしまった。息継ぎもせずに捲し立てるものだから、アスナの息が荒々しくなってしまっている。VR技術って極めると凄いものね。

 鼻息の荒いアスナを見ていると、余程心配させたのが見てとれるわ。別に心配されるのが嫌とか煩わしいとかじゃ無いけど、ここまで言わしてしまった事には申し訳なさを感じているわ。

 けどね、今回の事はただの通り魔的に収めようと思ったのに、アルゴってば余計な事を……って抗議の視線を送ろうとしたら、そっぽを向かれてしまったわ。今度色んな意味でお返しをするしか無いわね。

 

「ちょっとリサ、聞いてるの!?」

 

「あ、うん、心配かけてごめんね」

 

「まったく、貴女の為に怒っているのよ? その貴女が上の空でどうするのよ?」

 

 どこ吹く風のアルゴにどんな仕返しをしてやろうなんて考えていると、アスナの叱責で現実に戻されて咄嗟に反応する。

 が、その対応が気に入らなかったのか、またもやお小言が始まってしまった。

 そう言えば、さきからこうやってまともに怒ってくれるのって、私の両親以外にアスナが初めてかもしれない。そう考えると、この小言も全然うるさいと思えなくなるから不思議よね。

 

「…………決めたわ。リサ、貴女もう一度私たちとパーティーを組みなさい!」

 

「え?」

 

 いや、今の流れからどうして? 

 いや、別に組むのが嫌と言うわけじゃ無いけど、あなた達と一緒と言う事はボス攻略戦も出るってことよね?

 第一層でやらかしている身としてはちょっと遠慮したいんだけど。

 

「私としては、攻略本を作る約束があるから」

 

「その辺ハ心配しなくてもいいゾ、前線から戻ってきタ時のデータがあれば、十分ダ。だから、遠慮なく連れ回されロ」

 

 ちょっと、そこは私を協力者と言って確保する所でしょ? 容赦なく見捨てるなんて、酷くない?

 

「貴女だって死にたくないでしょ? だったら返事は一つよね?」

 

「わ、わかったわよ……」

 

 確かにそれを言われては、選択肢はないわね。

 最悪引きこもるなんてことも出来るけど、さすがにこのまま腐った生活を送ろうとは考えていないから、アスナの手を取る事にするわ。

 

「迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくね」

 

「何言ってるんだ、幼馴染だろ。それに俺の方が世話になりっぱなしだったんだから、少しくらい返さないとな」

 

 アスナが提案をしたけど、キリトにも迷惑をかけるかもと挨拶をすると、快く返事をくれた。

 普段はぶっきらぼうだけど、困ってる人を放って置けないところは昔からね。

 

 でも今回で私が命を狙われているのははっきりしたし、単独行動を控えた方がいいのは確かね。

 それで諦めるようなら安心だけど、キリトたちを巻き込むようなら更に何か考えなきゃいけないわね。後手になっちゃうのは癪だけど、少しだけ様子見ね。

 




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二十二話 噂の出所

 

 大型モンスターの懐に入り込んで翻弄しつつ下からダガーを腹を斬り上げて、背後から来る味方に入れ替わるるための合図を送る。

 

「キリト、スイッチ!」

 

「おう!」

 

 頼もしい返事をくれたのは、先日からパーティーを組むことになったキリトだ。

 

「こっちは片付いたわ。リサ、大丈夫?」

 

「ありがとう、大丈夫。じゃあ、あとはこいつだけね?」

 

 そう言って見上げるほど背の高いモンスターだけど、ぶっちゃけ言ってそこまで強くはないわ。

 と言うのも私たちは今、第三層のフィールドボスをたった三人だけで相手をしている。

 相手は木でできた巨人で、鞭のようにしなる腕を持つけど動きは結構緩慢ね。それに、取り巻きもトレントと言う木のモンスターが数体だけだから、三人だけで相手するには十分ね。

 

「キリト君!」

 

「任せた!」

 

「……」

 

 アスナがキリトと入れ替わる。それを見た私は、思わず嫉妬する。

 何でって、一々合図を出さなくても名前を呼んだだけで、スムーズに入れ替わっちゃうんだもん。やっぱ第一層からずっとパーティーを組んでるだけあるわね。

 そうなってしまったのも、第二層以降参加しなかった私自身に責任があるのはわかってるわ。

 

「リサ、最後一緒に叩くわよ!」

 

「わかった!」

 

 木の巨人のゲージも残り僅かなところでアスナから声がかかる。最後の一押しを、みんなで畳み掛けようって事ね。

 アスナの高速の突きか決まり、そこへキリトのソードスキルが綺麗にはまる。そして最後に、木々を伝って高くジャンプした私が頭上から切り下ろした所で木の巨人は青い粒子となって霧散していった。

 

 

 

 

 

「お疲れ、全然動けるじゃないか」

 

「本当よ、謙遜する事なかったじゃない」

 

 無事にフィールドボスを倒し終え、第三層の食堂でキリトとアスナが口々に私を褒める。

 確かにレベル的にはキリトと同等と思っているけど、パーティー戦による連携はベータテストの時の数回と、第一層ボス戦の時に組んで以来なのよね。

 だから、今はアスナの方が私よりよほど連携が取れているのよね。

 

「そうかしら? わたし的には、二人の連携について行けなくて苦労するわ」

 

「そこはこれから練習あるのみよ」

 

「だからこそ階層を落としてまで来てるんだから、がんばって慣れてもらわないとな」

 

 ここでフィールドボスと戦っていたのは、私との連携の確認のため。さすがに、いきなり最前線で戦いながら二人に合わせようとするのは厳しいから、階層を落として確認しながら戦っていたけど……。

 

「これから精進しまーす」

 

 そうは言ってもまだまだ先は長いんだから、実戦を繰り返しながら練習あるのみよ。

 まぁそれはそれとして、私は二人に気になっていることを聞いてみた。

 

「そう言えば、キリトたちと一緒になってからここまで気になる視線とかがなくなったと思うんだけど、二人はどうかな?」

 

 と言っても、一緒になってからまだ数日しか経ってないから油断はできないと思うけど、フィールドに出ても特に怪しい人影は見当たらないのよね。

 

「私は特に気になる事はないわね。キリト君は?」

 

「俺もだな。俺たちが一緒に行動をし始めたから、PKが難しくなったって言うのもあるかもな。それで一旦手を引いたと考えるのが妥当かも」

 

 二人とも見てないか。諦めてくれたら嬉しいけど、やっぱりキリトの言う通り一時的にって考えて、油断しすぎないようにするのが良いかも。

 と言っても、気を張りすぎて過敏になるのも負担が大きいから、その辺りの加減が難しいところね。

 

「わかったわ。とにかく、しばらくは二人と一緒に行動するからよろしくね」

 

 ってか私ってそんなにディアベルに恨まれるようなことしたかしら?

 と言うかよくよく考えたら、第一層以降のディアベルとキバオウの話ってどうなった知らないのよね?

 

「そう言えば、二人とも第二層以降もボス攻略に参加していたのよね?」

 

「あぁそうだな。それがどうかしたのか?」

 

「いや、結局ディアベルが現れなくなったって事は、キバオウとの話し合いはダメだったって事なんだろうけど、どう言う話し合いだったんだろうと思って……」

 

「そう言うことか、俺もその時はすぐに第二層に行ったしな」

 

「同じく、私もすぐに上がっちゃったしね」

 

「……」

 

 と言うことは、この三人の中であの場に残っていたのはアスナって事になり、私とキリトの視線はアスナに集中する。

 アスナも私とキリトの視線の意味を悟ると、飲んでいたコップを置き人差し指をほっぺに当てながら自分の記憶を探り始めた。

 

「んー……あの時かぁ」

 

 そう呟きながら当時の事を少しづつ話し始めるが、どうやら多くを語れるような内容じゃないらしい。

 

『ディアベルはん、素直に話してくれへんか。ディアベルはんは初めからラストアタックボーナスちゅもんが目当てで、ワイらの先頭に立ってたんか?』

 

『…………』

 

『何で何も言ってくれへんのや? 言ってくれへん言うのは、そうやっちゅう事か?』

 

『…………』

 

『っちゅう事は、ディアベルはんもベータテスターちゅうことやろ? 色んな狩場押さえながら、ラストアタックボーナスも頂こうっちゅう腹づもりやったんか!?』

 

『……』

 

『一言くらいなんか言ったらどうなんや!? 同じベータテスターなら堂々と言いよったチビの嬢ちゃんの方がなんぼもマシやったわ!』

 

『くっ!』

 

『ワイらも舐められたもんや、そんな奴を担ぎ上げて最前線に立とうと思ってたんやからとんだ道化もや。もうえぇわ、みんな一度第一層に戻るで!』

 

 要するにキバオウが一方的に喋っただけで、終わってしまったというわけね。まぁキバオウの気持ちもわからなくはないわ。何せ自分が信じて着いて行った人が、実は利用されていただけなんてね。

 欲に目が眩んでベータテストとの差異を見誤って死にかけたんだから自業自得なんだけど…………ひょっとして私がディアベルに狙われてるせいって、キバオウが余計なことを言ったせいじゃないの? もしそうだとしたら、随分と余計な一言よね。

 さっきの気持ちを撤回して、次の攻略会議に出た時は一言言ってやらないといけないかしら。

 

「あ、それでね、その、ちょっと謝らないといけないと言うか何と言うか……」

 

 説明が終わってキバオウに物申す的な考えに耽っていた時、いつもハキハキ喋る印象の強いアスナが何やらモジモジしているわ。

 しかも、申し訳なさそうな顔で何かを言おうとしている。

 

「ん? どうしたの?」

 

「えっとね、リサは悪くないの。むしろ皆を代表してよく言ってくれたとは思っているわ。それでね、私やキリト君も庇ったんだけどね……」

 

 要領が得ないって言うか、何か煮え切らないわね。

 主語述語がないから、正直アスナが何を言いたいのかよくわからないわ。

 でも話の中にキリトが出てきたから、キリトも何か知っているのよね?

 

「キリト、アスナが何を言おうとしているのかわかる?」

 

「あぁ、実は第二層の攻略会議の時にキバオウたちがお前の事を探していたんだけど、その時にな……ビーターって言うチーターとベータテスターを掛け合わせた造語みたいな名前がリサについたらしくて……」

 

「はぁ!? 何よそれ!? 絶対にそれ、不名誉な呼び名じゃないの!?」

 

 思わず叫んじゃいました。

 そりゃそうでしょ、本来その呼び名はキリトに付けられるはずだったものを何故か私に向けられてるんだから。

 で、何で私をビーター呼ばわりするかって理由は、どうやら攻略本を作っているのが私だってバレたらしく、ベータテスターだった時の知識を活かしながらチート級の動きや活躍を見せたからだって言う事らしいわね。

 何よそのチート級の活躍って? それを言ったらアルゴだって攻略本製作者の一人じゃない。

 

「えっと、どうもそれを流したのアルゴさんらしいのよ…………」

 

「嘘でしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 あの人何してんのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!? 私を売ったわねぇぇぇぇぇぇぇぇ!?




遅くなって申し訳ありません。
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二十三話 絡まれ体質

お久しぶりです。だいぶ空いてしまいましたが、のんびりと投稿する予定なのでよろしくお願いします。


「あいつがビーターの……」

 

「ソロでモンスターの集団に突っ込んで行くほど強いらしいぞ?」

 

「いやそれってもう狂人じゃね?」

 

「ぐぎぎぎ……」

 

「まぁまぁ、皆遠巻きに見てるだけだから気にしないようにね? ね?」

 

 食堂の隅で小さくなりなって耳障りな話し声に歯軋りをしながらシチューを啜るのは……もちろん私ね。

 アルゴの絶妙なヘイト管理に発狂した私は、その後もう一度フィールドボスに挑みHPバーを一人で五割を削る奮闘を見せて五階層へ戻ってきた。で、その矢先にこの仕打ちよ。

 今まで殆ど人のいない時間帯に食堂や街に出入りしてたから、あまり人目につかなかったのよね。それが久しぶりにキリト達と合流して明るい時間帯に来た途端にこれよ。

 

「まぁ気にするなよ、人の噂も何とやらって言うしさ」

 

「キリトあなたね……」

 

「それとも狂人だから『バーサーカー』って二つ名はどうよ?」

 

「何でよ!?」

 

「ちょっとキリト君! リサも気にしちゃダメよ? 貴女が優しい人だって私も知っているからね」

 

 凄い他人事じゃない。本来ならビーターの肩書はキリトに付くはずだったのに、何で私が……。

 この名付けが微妙におかしな方向から来たわりに、やっぱりビーターって名前は何かしらの力が働いているのかどうなのか。

 煽ってくるキリト、ムキになる私、宥めるアスナと食堂の一角が混沌としてきた時に私たちのテーブルに数人の男が現れた。

 

「おうビーター……」

 

「誰がビーターよ! 私が望んで貰った肩書じゃないわよ!」

 

 その真ん中にいる男が私に話しかけてきた。って言うか、煽りに来た? 開口一番でそれって何?

 陰でこそこそ言われるのも腹立つけど、正面切って言われるのもそれはそれでムカつくわね。

 

「そら、あんさんがあないな事すれば誰だってそう言う発想になるわな。ましてやデスゲームになってしまたんや、いくら攻略本があったからって抜きん出た事されたら皆怪しむもんやろう?」

 

「キ、キバオウさん……」

 

「で、貴方は何しに来たんですか?」

 

 あぁどこかで見たと思ったら、第一層で見た怪しい関西弁の。

 それで、こいつ一体何しに私の前に現れたのかしら? ただ喧嘩を売りに来ただけ? 今ちょっと虫の居所が悪いから買うわよ?

 私が睨みながら返すものだから不味いと思った取り巻きがキバオウを抑えてると、意外なセリフが出てきた。

 

「せやかて、第一層でおまんに皆が助けられたのは事実や。せやから一言言わせてもらいに来た。あの時はえらいすまんかった。せやから、これに懲りずにまた一緒に力を合わせて欲しいんや。随分ムシのいいこと言っているのは理解しとる。だから取り敢えず、考えるだけでもしといてんか?」

 

 喧嘩を売りに来ただけかと思って身構えていたら、まさかの謝罪だった。

 別に私自身恨まれる事をしたわけじゃないんだけど、私やキリトに理不尽なことを言っておいてなぁなぁで済ますのもどうかと思って、ボス攻略からは足が遠のいていたのも事実ね。

 で、キバオウが真摯に謝罪してくれるのはいいけど、それより気になった事があった。

 

「ねぇキリト、貴方は謝罪はしてもらったの?」

 

「まぁ一応第二層のボス攻略前にな。正直あの時は話にならないと思って先に行っちゃったし、俺もあまり気にはしてなかったからな」

 

 あの時私は気を失っていて代わりにキリトが矢面に立ってたわけなんだけど、それでも私より結構前に謝罪は貰ってたんだ。

 キバオウも私がキリトたちと合流を果たしたって情報が入ったから目の前にいると思うんだけど……まぁ気になってた事を聞けたし、あまり目くじらを立ててもね。

 

「そうね、その謝罪を受け取る代わりに今後そう言う批判を向けるのは無しにして。あっても貴方が抑えなさい」

 

「ぐっ……わかった。何かあったらワイに言え。初めは後手に回るかもしれへんが、どうにかしたるわ!」

 

 うん、落とし所としてはこんな所ね。正直なところ、この間襲われたのはキバオウが追い詰めたと言うより、そのきっかけを私が作った方が大きいかも知れないしね。

 それでもディアベルの一件はデスゲームになった性質上、一人のわがままで全滅の可能性だってあったんだから、私やキバオウがそこまで批難される謂れはないと思う。

 

「そう言ってくれて嬉しいわ。これからは同じ上を目指す仲間として頑張っていきましょ」

 

「お、おう。まぁ仲良くしといたるわ……」

 

 和解の証として握手を求めた私の手を、キバオウは赤くなってそっぽを向きながら握り返してくれた。意外と可愛いところあるのね。

 

「うん、よろしくね!」

 

 

 

 

「「……」」

 

 とまぁキバオウと和解してそれからは怪しい人に襲われる事もなく、今は第五層のボス部屋を見つけるべくダンジョンに潜っているわけだけど、どうもキリトの調子が良くない。

 剣の振りはどことなくぎこちないし、速度も出ていない。ソードスキルも出すタイミングが微妙にずれていて、ダメージがあまり乗ってないのよね。

 その事に気づいたアスナと私は顔を見合わせると、ちょうどよく見つけた途中のセーフティーエリアに入って休憩を提案した。

 

「ねぇキリト君、さっきから様子がおかしいけど、何か心配事があるの?」

 

「!?」

 

 三人とも腰を下ろしてアイテム整理をしている最中、アスナがタイミングを見計らってキリトに切り出した。私もいつ切り出そうか迷っていたけど、こう言う時のアスナの決断の早さは見習いたいわね。

 そしてキリトもどうやら思うところがあったのか、体をびくりと震わせて整理している手が止まり、アスナと私の方に向き直ると思い詰めた顔をして突然叫び出した。

 

「二人ともどうもすみませんでした!」

 

「え……?」

 

「ど、どうしたのキリト!?」

 

 両手と両膝を地面に着き、更に額まで地面に打ちつけるのではないかと思うほどの謝罪。すなわち土下座。見事と言うしか無いほどの綺麗な土下座だわ。

 ダンジョンに入ってから、いやその前の食堂から出てから何やら思い詰めていた様子だったのは、全てはこの土下座に集約されていたのかと思うほどね。

 アスナも私も呆気に取られて次の言葉が出ずに困っていたけど、キリトはそのまま自分から話し始めた。

 

「本当はもっと早く謝るつもりだったんだけど、タイミングを見計らっているうちに……そしたらあのキバオウに先を越されて……」

 

「先を越されたって、何を?」

 

「いや、謝罪をね」

 

「えっと、何の謝罪?」

 

「第一層で勝手に先に行った事のだよ。アスナにはあの場を投げっぱなしで先に行っちゃったし、あの時もっと俺がキバオウに言っていれば、リサに余計なヘイトが向かずにすんだんじゃないかって……その後でアスナと再び合流したんだけど何も言ってこないし。けど、リサには全く会えないからやっぱり嫌われたのかと。そうしているうちに、リサが狙われているってアルゴから聞いて、いてもたってもいられなくて駆けつけたら間一髪だったんだ……」

 

 なるほど、でもキリトは自分にヘイトが向くように色々言ってくれたった聞いてたんだけどね。それを私がディアベルに色々突っかかったから、拗れただけよね。

 でもキリトがそれをずっと抱えたまま悩んでいたって言うなら、やる事は一つね。

 

「アスナ……」

 

「リサ……」

 

 アスナと私はお互いの顔を見合ってお互いの意思を確認するように笑うと、一緒に前に出た。

 

「キリト君、私たちはあぶれ組で組んだだけの臨時パーティーよ? それにあんな面倒臭い奴らに絡まれたら逃げ出したくなるのもしょうがないわ。けど、女の子を放って行くのはちょっといただけないわね」

 

「す、すみません」

 

「罰として第五層のミルクチーズケーキで許します」

 

「わ、わかった」

 

「で、聞かなくてもわかるけど、リサは?」

 

 したり顔でアスナが聞いてくるけど、そんなのはわかりきっている。キリトが語り始めた時から、私の答えは変わっていないわ。

 

「意地悪な事を聞かないで。どちらかと言えば、私がキリトに謝らなきゃいけないんだから」

 

「え?」

 

「キリトはキバオウにわざと自分に悪意を向けるように言ったのよね? それなのに知らなかったとは言え、私が全部ダメにしちゃったんだから、全部おあいこよ。だから自分を責めないで?」

 

「リサ……」

 

 俯きながら「ありがとう……」と小さく呟いていた。それは涙が混じるような声だったけど、そこは察する。代わりに、目の前で膝をついて優しく頭を抱えて撫でる事にした。キリトもされるがままだから、これでいいのよね?

 だけどアスナの方を見ると、何か釈然としないような表情だけどどうしたんだろう? 嫉妬とは違うしようだし、よくわからない表情ね。

 けれど、これでキリトが存分に力を発揮してくれるなら、私としては問題ないわ。

 あとは第五層のボス部屋を見つけるだけね。



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