美徳の聖人 (萎える伸える)
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『無才なる勇気』
『最後』
◆◇◆
『———あなたに叶えたい夢はありますか?』
『———あなたに叶えたい愛はありまして?』
『———あなたに叶えたい願いはある?』
問い。三人のうら若き乙女からの問いかけに一般的な男であれば快く答えるだろう。
しかし問われている、否、囚われている男は答えを出せない。叶えたい夢も愛も願いもあったがしかし。———その口を塞がれていては答えられるはずもない。
何も答えていないのにそいつらは勝手に話を進める。
『強欲ですね』『不敬ですわ』『かわいそう』
『———いいでしょう。あなたに試練を与えます』
何が試練だ。何様のつもりなんだ。一体これから何をされるっていうんだ。
『———私たちは魔女教』
『———元徳枢機卿』
『———聖人に連なる者』
(ああ、こいつらが……)
くそったれ共のくそったれな口上。
『———あなたに有意義な安息を』
『———あなたの人生を意味あるものに』
『———あなたの命を糧に願いを叶えましょう』
その言葉と共に、意識が遠のいてゆく。
脳内でリフレインするその声を聴きながら男は———その命を失った。
◆◇◆
「
一冊の本を片手にそう名乗る女がいた。
その言葉に更なる絶望を感じる男がいた。
「お前が、魔女教……?」
男は信じられないと言った様相で、否、信じたくない一心でその疑問を口にした。
しかし、
「———元徳司祭、無才なる勇気」
女の名乗りは止まらない。
「———ベネトナシュ・スロスディッパー、ですわ」
ベネトナシュと名乗った女はどこか歯切れが悪い。対面の男を気遣っての事だろうか。
その対面の男も顔もまた優れない。男は追い詰められていた。
「なんでお前が、そんなはずない!なぁ、嘘だと言ってくれよ。嘘なんだろ、なぁ?———ベネットッッ!!」
悲痛な叫び。それが示すのは絶望。不信。失意。
ベネットと、そう愛称で呼ぶほどの仲だったのだろう。
「———大好きですわ。愛しています。だから、———死んでください。『ナツキスバル』」
愛を謳いながら、自身の死を懇願する少女に、男、ナツキスバルは絶望する。
しかし、
「———さようなら……ごめんなさい」
そう言って別れを告げる少女の顔は悲しみに満ちていた。泣きそうな顔をしていた。その表情がこれが本当に不本意なことなのだと示していた。
だから、
「———お前を信じる」
死の間際。命の雫が零れ落ち、命尽きるその今際の際に、最後の瞬間に、ナツキスバルはそう口にした。
その言葉を聞いて、———少女の涙は決壊した。
◆◇◆
続ク。
文才が欲しイ。魔女教の名乗りが好きすぎル。
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『魔女教』
◆◇◆
ロズワール邸の一室で真夜中に、二人の男女が会話していた。
「…魔女教?」
「ええ」
「んーなんだ、この世界で一番ポピュラーな宗教って感じか?」
「全然全くこれっぽっちもご存じないのですね」
「あ、違うのね。まあ、聞いたことも見たこともないからな」
「——そうですか。それはそれは。まぁしかし、——有名という意味ではその通りですわね」
魔女教。その悪名は留まるところを知らず。その信徒を見つけたのならすぐさま殺せと言われるほど危険視されている。
「オカルトチックな犯罪集団ってこと?」
「概ねその認識でお間違いございませんわ。魔女教と思しき輩と出くわしたなら即刻避難するのがよろしいかと。貧弱で、情弱で、脆弱で、軟弱で薄弱で惰弱で懦弱で柔弱で羸弱で虚弱で病弱で脆弱で…」
「——言いすぎだろ!?いくら俺がお前より圧倒的に弱いからってそんなにあげつらうこたぁねぇだろ!というか語彙力すげぇな!途中意味わからんのあったぞ」
「んっん、失礼しましたわ。とにかく、馬鹿で阿呆でドジで間抜けなあなた様には縁のない者たちということですわ」
「なにこれぐらいにしておきましょうかね、みたいにまとめてんの!さっきより意味がわかる分言ってること酷いからね!?もはやただの罵倒だよ!俺にそんなマゾ性癖ないからね!?そこんとこわかってます!?ベネットさん!??」
「ふふっ、本当に面白い人ですわね」
「しれっと流そうとしてるけど俺は騙されないからな!…そんなあざとく微笑まれたら許すしかねぇだろうが、くっ単純すぎるのは男の性か…」
「それはあなた様が初心な童貞というだけですわ」
「まだ続ける気!?女の子がそんな言葉使っちゃいけません!お嬢様口調で汚い言葉使うとか誰得だよ」
「あなた様と話していると家族を思い出して、つい」
ごめんなさいですわ、とやはりあざとく口元を隠し笑うレベッカ。
それは本当に楽しくて笑っているのだと見ていてわかるもので、会話している身からすればとても嬉しい反応だ。
——くっ、歯に衣着せぬあざとお嬢様とか超あざとい、悔しいけど可愛い。
心のいちばんがエミリアたんで埋まってなきゃ惚れちまうところだったぜ、男、ナツキスバルは心の中でそう一人ごちる。
今はおよそ夜中の零時。そんな時間にベッドのある寝室で談笑する二人の男女、何も起こらないはずはなく…いや何も起こるはずないだろう。なにせベネットと呼ばれた少女の方が強いのだから、それも圧倒的に。
戦うところを見る機会などあったのか、あったのだ。それも劇的な展開で。
二人が出会ったのは偶然だった。
———否、ある意味ではそれは必然、——運命だった。
二人は赤い糸で繋がっている。
———血に塗れた、呪われた絆で。
◆◇◆
まァ、ウン。
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『姉妹姉妹姉妹』
◆◇◆
『…おねえちゃん、わたし、しんじゃうの…?』
『——大丈夫ですわ。お姉ちゃんが必ず、——あなたたちを救ってみせます』
姉妹がいた。眠る妹、励ます姉。
『■■■■は怖くないの…?
青い三つ編みの妹がいた。妹の名前は…、私の名前は…。
『あなた、勇気があるのね』
黒い三つ編みの姉がいた。私が唯一姉ではなかった時、ただ一人の姉。
『私は■■の■様ですもの』
『————』
記憶がなくなろうと、例え永遠の眠りにつこうと、その絆は切れることがない。
———姉妹の絆は何よりも尊い。
◆◇◆
親竜王国ルグニカは四大大国の一つ。神龍ボルカニカを信仰する国。魔獣の多く生息する国。そして、——貧富の差が最も激しい国でもある。
そんなルグニカ王国の負の面、輝かしい王城の影に隠れる貧民街にて二人の少女がいた。
「——まったくこんなに散らかして、片付けるのが大変ですわ」
「——勝手に居座って勝手に保護者ずらしてんじゃねぇ!つか早く出てけ!」
背の高い方は貧民街には似合わない高尚な口調でそう言い、家とも言えぬおんぼろテントの片づけをしている。そして背の低い方がそれを粗雑な口調で止めている。
まったく正反対な二人であるが、一見してその様は姉妹のように見える。いや、どちらかと言えば母親と娘だろうか。勝手に部屋を掃除する母親と散らかっているようで独自の規則性で整っている部屋を崩されて止める娘…だろうか、違うかもしれない。
「はぁ全くこの子ったら誰に似たのかしら」
「アンタはアタシの母親か!ああもう、なんだってアタシはこんなやつを助けちまったんだ…」
黒髪ロングの美女がボケ、金髪ショートの美少女がツッコミを入れている。
———それをナレーションする、省かれている男、ナツキスバルが傍から見ていた。
「姉妹漫才、か。んだらば、ここは一つ俺が兄に…」
「あら、もちろんわたくしが姉ですわよね?」
「兄ちゃんまでふざけたこと言うな!」
「おお、ノリがいいな妹」
「だーッ!そういうことじゃねーって!」
「ははは」「ふふふ」
完全に金髪美少女、フェルトが遊ばれていた。
「…はぁ、なんで初対面でそんなに息ぴったりなんだよ…。やりにくいったらないぜ」
ノリノリでボケていた男女、スバルとベネットだったが二人は完全に初顔合わせだった。
この状況を簡潔に説明するのであれば…家出令嬢と貧乳孤児と無知蒙昧な無一文の貧しくも愉快な一日…、
「——だろうか」
「もうアタシはつっこまないぞ」
「そろそろ自己紹介しませんこと?」
ガンスルー、悲しい。が、それほど時間がないのも事実。
スバルは交渉を始めることにした。
◆◇◆
こっから普通の時間軸で進めるゾー、オー。
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