ロマンシング・サガ-ミンストレルソング- 真実への選択 (ナタタク)
しおりを挟む

プロローグ

マルディアス…かつて、サルヴァの夫である創造神マルダーによって作られし世界。

だが、サルヴァは何らかの理由で夫であるサルヴァに刃を向けた。

神々の闘争は膠着状態となり、やがてサルヴァはそれを打破すべく、新たな神々を生み出す。

生み出した神はいずれも母たるサルヴァに従順であった…ただ、1人を除いて。

最後に生み出した神、エロールはサルヴァに残された良心をもとに生まれ、それ故に善なる神となった。

彼はやがて、マルダーに味方し、母たるサルヴァを討ち取った。

だが、長く続いた戦いの中でマルディアスは崩壊し、その世界を捨てたサルヴァはともに戦った古き神々とともに姿を消した。

マルディアスに残ったエロールは大地の神であるニーサを妻とし、残った神々とともにマルディアスを再生させていった。

だが、その中で重大な出来事が起こった。

討ち取られ、マルディアス中に散らばったサルヴァの遺体。

それらがサルヴァの怨念によって突き動かされたのか、邪神へと変貌を遂げ、復興したマルディアスを闇へ落した。

白骨から生まれ、死者を操る死神デス。

心臓から生まれ、モンスターを生み出す力を持つ破壊神サルーイン。

黒髪から生まれ、たぐいまれなる魔力を操る闇の女王シェラハ。

この3体の邪神とエロール達による2度目の神々の戦い。

長きにわたる戦いの中で、デスは死者の世界である冥府へと追いやられ、シェラハは行方をくらました。

そして、一人残ったサルーインは神々が生み出した宿命石、ディステニィストーンの力によって力を弱められ、人間の英雄であるミルザに敗れ、封印された。

しかし、勝利したミルザもまた命を落とし、エロールによって神に叙された。

この年を紀元前0年とし、そこから暦を数えて今に至るという…。

 

おっと…いきなり長い話をしてしまい申し訳ありません。

私はしがない詩人、こうしてかつての歴史を歌として各地で伝え、生活の糧としています。

ただ…最近は不穏な空気が漂っていまして、こうして旅をするのも最近では苦労するようになりました。

モンスターも最近になって狂暴化しつつあり、私もこの場所に来るまでは苦労しました。

ここは来たバファル大陸の北部に位置するドライランド、その南半分を占める草原地帯であるガレサステップ。

ここには、古くから存在する建物がいくつもあり、そこから数多くの着想を得ることができました。

この草原には数多くの民族が暮らしていますが、その話はいずれまた。

私が向かっているのはこの草原の片隅にある小さな洞窟。

最近この場所で地震が起こったようで、その場所で偶然見つけることができました。

幸いにも、この洞窟にはまだ魔物は住みついておらず、こうして平穏に進むことができます。

おや…どうやらこの洞窟には先客がいるようです。

ただの先客というわけではないようですが…。

 

光の入らない、闇一色の空間の中、岩壁を背もたれにして目を閉じている一人の青年。

鮮やかな赤が混じったかのような黒髪をし、暗闇に不釣り合いな白い肌をさらす。

片足を曲げ、それに手を置く彼は何も身に着けておらず、ただ昏々と眠り続けている。

そんな彼の体に茶色い布がかけられた。

それに反応するかのように、うっすらと彼の青い瞳が映し出したのは茶色い羽根つき帽子で目元が隠れた若々しい男の姿。

「目覚めなさい…捨てられし者よ。目覚めてください、何者でもない者よ。君はマルディアスで見つけなければならない。己の真実を、この世界のために…」

完全に目を開けず、言葉の意味を求めるかのように立ち上がる青年。

だが、思うように体は動かず、やがて前のめりに倒れ、顔を上げた時に見えたのは男の後姿だ。

「真実を求める旅の果てで…お待ちしていますよ」

その言葉を最後に男は立ち去り、男の姿が見えなくなると同時に青年の顔は地に伏し、再び目を閉じた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話 覚醒

「う、うう、ああ…」

熱病に侵されたようなだるさを覚えながら、傷だらけの男が洞窟の中をさまよう。

脳裏に響くのは3人の男の声。

どこからともなく聞こえるその声は氷のような冷たいもの、己のみを満たす快楽に包まれたもの、ドスの聞いた声。

いずれの声からも共通して感じるのは、己への殺意。

「いや…だ…!死にたく、ない…!!」

どんなに殺意を向けられても、生きたいと願う心。

生き物それぞれが持つ当たり前の感情。

だが、3つの声の持ち主はそれを許さない。

自分という存在を許さない。

やがて、地割れのような激しい揺れが襲う。

周囲の岩が崩れ、己を覆いつくすような巨大な岩が襲いかかる。

「うわああああああああ!!!!!」

 

「…!!はあ、はあ、はあ…」

岩が当たるか当たらないかというタイミングで急激に視界が変化し、そこはテントの中に代わっていた。

そばにあるろうそくの炎と暗がりの中にかすかに見える模様。

それは先ほどまで見た無機質な岩とは全く違う、人の手の入った暖かいもの。

どうにか首を動かして、周りの状況を確認する。

(なんだろう…足のあたりがちょっと変だ…)

体からはだるさを感じ、両腕を使ってどうにか上半身を起こしていく。

鉛のように重たい体をどうにか動かした彼の目に映るのは、掛布団に包まれている自分の下半身と自分の左足あたりに頭を置いて眠っている少女の姿だ。

明るい夕日のような髪をしていて、左右が紺色と朱色に分かれた服を身に着けているようだが、側面部分がないようで、体から離れることがないように両側面にそれぞれ2本のベルトのようなものがついている。

上半身を改めてみると、彼女の着ているものと似た織物でできた服で包まれていて、彼女の物とは違い、側面まですべて包まれている状態だ。

体を動かしたことで気づかれたのか、少女はうっすらと目を開ける。

「あ…起きたぁ??ダメだよ、おじいちゃんも言ってたけど、体がかなり弱ってるみたいだから」

少女に抑えられた青年はそのまま再び布団に横たわらせられる。

先ほど起き上がった時も無理をしていたのは確かで、今は起き上がれるとは思えない。

「君…は…?」

「私?私はアイシャ」

「アイ、シャ…??」

「そう、それで…あなたは誰なの?洞窟の中で倒れてたけど…」

「洞窟…洞窟…」

洞窟、その言葉と同時に先ほどまで見た光景を思い出す。

もしかして、あの落石で大けがをして、それから彼女に助けられたと思うのが自然だとすべきなのだろうか。

だが、おかしいのは自分の体の状態だ。

かなり疲れているのはわかるが、それでできるであろう傷が何一つない。

あの落石に飲まれてからどれだけ時間がたったのかはわからないが、起きたときにはもう治っていたというのはかなりまれに思える。

もし仮に治るまで眠っていたとなると、どれだけの時間眠っていたのかわからない。

「ねえ、ねえ…誰なの!ねえ、答えてよ!」

アイシャの声でようやく思考が戻った青年だが、その自己紹介する中で最も基本的なものが答えられないことを自覚する。

「分からない…わからないんだ」

「わからないって…もしかして、名前…が?」

頭を抱えた青年への少女の素朴な疑問に肯定するように首をかすかに動かす。

考えてみると、他にも自分にはわからないことがある。

どこからきて、どうして彼女の言う洞窟にいたのか。

出身地や家族のこと、何もかもを答えることができない。

「僕は…僕は、誰…なんだ…!?」

 

「記憶喪失…ふむぅ」

翌朝になり、目を覚ました青年の様子を見に来た老人が彼の話を聞き、考え始める。

水色のスカーフを首に巻き、ゴーグルをつけた老人は昨晩まで看病をしてくれたアイシャの祖父で、このガレサステップの部族の一つ、タラール族の長老のニザムだ。

彼から助けられた時の話を聞き、青年が驚いたのはアイシャに助けられたのは昨日の昼であったことだ。

そして、衰弱していたのは確かだが、けがは一つもなく、裸にマントを一枚だけまかれた状態で倒れていたという。

そのマントに身元の分かる手掛かりがあればよかったものの、そのようなものはなく、青年も確認したが、名前も何も刻まれていない、ただのマントでしかない。

「あの…もし、なんですか…」

「うん、何かね?」

「お邪魔でしたら…その、出ていきます。ご迷惑をおかけするは…」

「いや、誰も迷惑などと言ってはおらんぞ。それに、そのまま出ていかれて、それからどうするのかね?」

「まぁ…僕が倒れてたってところにまず行って、それから…ええっと…」

「まったく、これでは何もつかめぬまま行き倒れるのは目に見えておるな。何か思い出すまででええ。ここにおれ」

「そんな…急に言われても。それに…僕にできることも分からないし…」

「ガレサステップは広く、魔物も多い。タラール族は互いに助け合って生きてきた。その掟に従うまでのことじゃ。それに、覚えていないようじゃが、ワシの孫娘を助けてくれたしのぉ」

「え…??助けたって?」

「そうそう!あなたを見つけたとき、私…魔物に追いかけられてたの!それで、倒れているあなたを見つけて、急に起きたあなたが手から炎を出して、魔物をやっつけてくれたの!まあ…それから急にまた倒れちゃったけど…」

全く身に覚えのない、自分が起こした行動に青年は首をかしげる。

やった覚えはないが、それもまた、失ってしまった記憶の一部なのだろうか。

「思い出せぬかもしれんが、おぬしは孫の命の恩人なんじゃ。その恩人を助けぬ理由がどこにあろうか」

ニザムもアイシャも嘘を言っているようには見えない。

それに、純粋に感謝されているように思えて、むず痒い感覚を覚えてしまう。

「ええっと…じゃあ…その、お世話に、なります…」

「やったぁ!これからよろしく!ええっと…」

「ああ、そうじゃな。記憶が戻るまでの名前がなければのぉ…」

いつまでも名無しというわけにもいかないが、どんな名前で呼べばいいのか。

ニザムとアイシャも悩み始める。

「うーん、どうせつけてくれるなら、たとえ仮でもまぁ、かっこよく…なんて」

 




青年の初期ステータス

名前 ???
性別 男
クラス ???
HP 115
LP 12
BP 5/15 +3
腕力 9
体力 8
器用さ 8
素早さ 10
知性 9
精神 8
愛 7
魅力 9

スキル 火術法L1、???、???(強い力で封印されている)、???(強い力で封印されている)

えー、ということで、この記憶喪失の主人公の名前をアイシャとニザムに代わって考えてくれる人を募集します!
感想を書いて、一緒にそこで名前も書いてもらうという形で。
感想については自由に書いてもらって構いません。
一応…彼の本当の名前については既に決まっていますが、記憶が戻るまでは秘密ということで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 ウソ

「ほら、こっちだよー!早くはやくー!」

「そんなに急がなくてもいいと思うけどなー!!」

楽しそうに馬を走らせるアイシャの後ろを、青年を乗せた馬がついていく。

アイシャに助けられて1週間が経過し、体力も回復した彼はこうしてアイシャと一緒に行動するようになった。

この1週間で分かったことは、彼女たちの言う通り、炎の術が使えることで、少なくとも基本中の基本といえる炎を放つ術であるヘルファイアと生命力を高めることで徐々に肉体を回復させる生命の炎、そして自分自身に炎のバリアを展開するセルフバーニングは使えて、実際にタラール族の狩人とともに狩りに出た際には、こうした術が使える人間がいないことから頼りにされた。

そして、馬乗りが好きでよく草原に飛び出すアイシャの護衛を頼まれることになった。

こうして一緒に行動することで、もしかしたら記憶を取り戻すきっかけをつかむことができるかもしれないという期待もある。

「ライト、おいて行っちゃうよー!!」

「置いていかれると、帰れなくなっちゃうって。それに、なんで呼び捨て?一応…年は君より上っぽいけど」

「だって、ライトさんって感じ全然しないしー!」

ライトという仮の名前をつけられた青年を1週間見てきたアイシャには、ライトが大人の男性という感じには見えなかった。

確かに炎の術が使えて、助けられた時は頼もしさを感じたが、こうして過ごしているとそれだけじゃないところを何度も見ることになった。

マイペースなところがあり、おまけに記憶喪失の影響のせいなのか、マルディアスのことやガレサステップをはじめとした、この世界における常識や歴史について何一つ知らないという状態だった。

そのくせ、術や武器の扱い方はある程度わかっている様子で、初めて会話したときもそうだが、標準語も話せるというアンバランスさ。

そのことを不思議に思われるのは当然だが、当の本人はラッキーだなんて思っている。

(だって、話せないともしかしたらアイシャ達に助けてもらえなかったかもしれないし、ちゃんと話せてラッキーだったよ!)

そんなことを笑顔で言われたのを思い出し、妙に子供っぽい感じがしたので思わず笑ってしまう。

ガレサステップの北東に進んだ、ドライランド中央に位置する都市ウソ。

ドライランド北部にある港町のノースポイントとドライランドの南隣にある国ローザリアの中継地点であり、同時にガレサステップの部族にとっては外の世界と身近に交流することのできる数少ない場所でもある。

狩猟で手に入れた肉や毛皮、そして部族内で作った工芸品をこの中継地点に集まった商人に売り、手に入れた金で塩や魚介類、野菜などを手に入れて持ち帰っている。

アイシャがライトをここへ連れてきたのは、もしかしたらここでライトの身元を知っている人がいるかもしれないというニザムからの助言があったからだ。

「どう?ライト。ここだと、何か思い出せそう?」

「わからない…。見たことがなくて、いろんな服装の人がいるなっていう感じしか…」

「うーん、だめかぁ。もしかしたら、行商人さんかな、なんて思ったけど…」

唯一ライトが持っていたマントは少なくとも旅人用に作られたもので、行商人やキャラバンガードもよく装備しているものだ。

ここに来れば、何か記憶の手掛かりがつかめるかもしれないと思ったが、やはりマント1枚では選択肢が多すぎるため、難しいだろう。

「でも、なんだか楽しいな。こうしてみると、いろんな人がいるんだね。この…ええっと、なんだっけ…その、マルディアス、だっけ?いいなって思うな」

「いいな…って言うのは?」

「なんていうのかな…。いろんなものがあって、面白いっていうか、楽しいっていうか…あ…すみません」

アイシャにどう話せばいいのか考えるのに夢中になってしまい、ついついぶつかってしまった相手のことをよく水に謝罪し、そのまま通り過ぎていく。

そんなライトとライトの話を聞くアイシャの後姿をぶつかられた大男は見つめる。

長いあごひげをみつあみにし、胸元のはだけた緑色の服に海賊帽をつけた男が腕を組んで彼の後姿を見つめる。

「ったく、失礼な若い奴だな」

「キャプテン、遅くなりました」

ライトたちの姿が人ごみの中に消えていくのと前後して、見慣れたトカゲのような姿の亜人が男のそばまで近づいてくる。

グレーの鱗でオレンジ色の厚手の服を身に着けた亜人、ゲッコ族。

ドライランドの港町であるノースポイントから定期船が出ている北東の島、ワロン島にのみ生息が確認される亜人であり、その多くは人間からの干渉を避けるべく、ジャングルの中で生息している。

それ故に、この個体のように人間と関わる存在は少ない。

「ゲラ=ハか。どうだ?『こいつ』については何かわかったか?」

「いえ…残念ですが、ここでも何の情報もつかめませんでした。キャプテンは?」

「同じだ。ま…そんなもんだとは思っちゃあいたがな…」

キャプテンと呼ばれた男は懐に入れている古びた書物を手に取った。

 

「ああー--、疲れたー!」

ライトが荷物を置く中、アイシャが敷かれている布団に入り込む。

ウソの宿屋はテント群となっており、それぞれにあてがわれたテントの中で旅人や行商人が休む形となっている。

出されるのはテントと寝具のみで、食事などは出ない代わりに安く泊まれる。

明日の朝にウソを出て、ニザム達の待つキャンプへ戻る予定だ。

「でも、ごめんね。ライト。手がかりが見つからなくて…」

「いいよ、アイシャ。それより、今日は楽しかったから、ありがとう」

「それならよかったけど…」

「そういえば、商人の人から聞いたんだけど、最近魔物が活発化してるんだって?」

「そうなの。どこでもそうみたいって、おじいちゃんも言ってたし…」

あくまでもこれは、ウソへ定期的に行き来している男手からの伝聞でしかないが、アイシャも馬で草原を走っていると、魔物の数が増えていて、見たことのないような個体も見るようになった覚えがある。

ライトと出会う前の話ではあるが、草原を馬で走っていたアイシャは普段ならばおとなしく、人を見るとすぐに隠れるような魔物に突然襲われたこともある。

その時はライトとは別のとある人物に助けられたおかげで一命をとりとめることができたが、そうした悪い方向への変化を身をもって感じることになった。

また、まだこれは真偽不明の情報ではあるが、ローザリア西部に位置する辺境であるイスマスが魔物の大規模な攻撃にあったという話もある。

「なんでこんなことになったんだろう。変なの…」

「…ごめん。嫌な話しちゃって。さ…早く寝よう。寝坊しないようにしないと」

「ん…。そうだね、お休み!」

寝床に入ってすぐにアイシャの小さな寝息が耳元に聞こえてくる。

そんなあっという間に眠ったアイシャの様子に笑みを見せ、ライトも目を閉じた。

 

ワーーー、ワーーー!!

外から悲鳴にも似た大声が響き渡り、その声で眠っていたライトの目がわずかに開く。

「なんだろう…??」

まだ眠気から覚めていないが、幻聴のような響きから次第に確かに人の声に聞こえてくる。

外で何かが起こっているのを感じたライトは隣で眠るアイシャの肩に触れる。

「アイシャ、アイシャ!!起きて、アイシャ!!」

「んん、どうしたの…ライ…キャア!!」

地面が大きく揺れ、起き上がろうとしたアイシャを思わず抱き寄せる。

急に抱かれたアイシャは驚きながらも、その顔はライトの胸に隠れていた。

「一体、外で何が…??」

上着だけを羽織ったライトが真っ先にテントの外に出る。

一番暗い夜明け前のようだが、燃えているテントや屋台のせいか、昼間のような明るさに感じてしまう。

その炎のおかげで、今起こっている異変を確かに知ることができた。

赤と青、黒の3つの異なる色の頭と胴体を持つ大蛇。

本来この地域では決して姿を見せないと思われていた魔物、パイロヒドラの姿がそこにはあった。




第1話で募集した主人公の仮の名前募集でしたが、結果としてライトに決定しました。
名前を考えてくれた小碓さん、ありがとうございます!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 目覚める炎

「くっそぉ!なんでこんなところにパイロヒドラなんかいるんだよ!?」

「非戦闘員を下がらせろ!!倒せずとも、時間だけは稼げ!!」

ウソに配備されている衛兵たちがそれぞれの得物を手にパイロヒドラに迎撃を仕掛ける。

正面から戦っても、その魔物が放つ炎に焼かれ、その口で丸のみにされる。

現にここまでの間に、兵士や商人など何人もパイロヒドラに食われており、その血が口にこびりついている。

ここにいる衛兵たちはローザリアから派遣されており、隣国であるクジャラートやバファル帝国との領土争いを繰り返した経緯から、兵士の練度は高い。

だが、パイロヒドラのような大型の魔物に挑むには兵士の数が足りず、近辺の騎士団に援軍を求めている早馬を飛ばしている。

(だが、なぜこんなところに現れたんだ?それに…街中に入るまで気づかぬとは…)

百歩譲ってこの地域にパイロヒドラが存在するとしても、町に入る前までに見張りの段階で隆起した土や巨大な魔物の影など、何らかの兆候があるはずだ。

この夜中であっても、そうしたものを見逃さない兵士を集めたはずだ。

だが、気づいたときにはすでに町中にいて、暴れて周囲を火の海にした。

まるで瞬間移動でもして現れたかのように。

「ありえない…こんな、馬鹿なことが…」

「おい、何を呆けて…やがる!!」

状況を伴わない考えに耽りかけた兵士の耳と男の声が撃ちぬき、鍛えられた太い腕がその体を引っ張る。

兵士がいた場所にパイロヒドラの頭が襲い掛かり、もしこの腕に引っ張られなかったら、今頃食い殺されていただろう。

「あんたは…さっさと逃げろ!この魔物は…」

「ああ、わかってんだよ!でもなぁ…死にたかねえし、背を向けて逃げりゃあ、このキャプテン・ホークの名が泣くんだよぉ!!」

引っ込めようとするパイロヒドラの頭部に向けてホークがブロードアックスを振り下ろす。

持ち前の剛腕によって振り下ろされた両手斧の分厚い刃が脳天に直撃し、パイロヒドラが悲鳴を上げて暴れだす。

「くっそ!!暴れんな!うおおおお!!」

大きく首を動かしてきたことで持っている斧ごとホークの体も振り回され、地面に落とされた。

受け身は取っていたことで大事には至っていないものの、傷ついたホークを槍を手にしているゲラ=ハがかばう。

「どうでえ、これで真ん中の頭は…」

「馬鹿な…ありえません。こんな…」

「どうしたんだよ、ゲラ=ハ。何!?」

ホークとゲラ=ハの目に映ったのは深々と刺さったはずのブロードアックスが地面に落ち、刺さっていた箇所の傷が徐々に回復していくパイロヒドラの姿だ。

よく見ると、兵士たちが負わせた剣により切り傷や矢傷も回復していた。

海賊として各地で魔物と戦ったことのあるホークとゲラ=ハだが、2人もこのような高い再生能力を持つ魔物を見たのは初めてだ。

「こいつは…しんどいことになるぜ…」

「ええ。援軍が到着したとしても、このような魔物に勝てるかどうか…」

ゲラ=ハから受け取った傷薬を飲むホークにはその答えは出ない。

こんな魔物が現れるようになったのも、海賊の中のうわさに出るようになった邪神のせいなのかとさえ思ってしまった。

 

「怖い、怖いよぉ…」

「どうしてこうなったんだ…エロール様、ミルザ様…ニーサ様、ウコム様…どうか、どうかぁ…」

「泣き言をいうなよ、こっちもきつくなるだろう…!」

ウソの町から離れた洞窟に商人や住民、旅人たちが避難しており、その中にはライトとアイシャの姿もある。

誰もが今まで見たことのない魔物のあの恐ろしい姿と炎と破壊に包まれたウソの町に恐怖を覚えていた。

ライトのそばにいるアイシャも例外ではなく、あの魔物からはガレサステップで襲われた魔物以上の脅威を感じていた。

明るく活発とはいえ、それでもまだ15歳の少女、恐ろしくて震えてしまうのは仕方のないことだ。

「大丈夫。大丈夫だよ、みんな助かるから」

「無責任なことを言うなよ!あんな魔物、どうやったら助かるっていうんだ…」

励まそうとするライトの笑顔は完全に絶望した人にとっては目障りそのものなのだろう。

耳にした人からの八つ当たりが来るが、今のライトが気にしているのはアイシャだ。

小さな声でうん、とうなずいていることからかろうじて受け答えはできているが、それでも怖い思いをしていることには変わらない。

次の瞬間、グラグラと揺れが起こるとともに天井から土埃が落ちてくる。

同時にパイロヒドラの鳴き声がかすかに聞こえてきて、避難した人々を震え上がらせる。

「もう、もうダメだー----!!」

「やめろ!大声を出すなって…見つかるだろう」

「ライト…おじいちゃん、みんな…」

(何をやってるんだ、僕は…。アイシャを守らないといけないのに…)

(戦え)

「!?」

急に脳裏に誰かの声が響き、同時にライトに頭痛が襲う。

(戦え、捨てられし者。戦え、すべてを失いし者)

(何もない貴様が希望となりえることを証明せよ)

(そのために目覚めたのだから…)

「うわ、ああ、あああ…」

止まらず頭痛に苦しんだライトだが、声が聞こえなくなると同時にその頭痛も消える。

「ライト…?」

涙で目元を赤くしたアイシャの頭にライトの上着がかかる。

優しくアイシャの頭を撫でたライトは一人、洞窟から出て行ってしまう。

暗がりでライトの顔がよく見えなかったが、危ないことをしているのは目に見えてわかる。

「ライト、ライト!!」

止めようと名前を呼ぶアイシャだが、見向きすることはなかった。

 

「おい…ゲラ=ハさんよぉ、生きてるか…」

「ええ、キャプテン…どうにか、ですが…」

力尽きた兵士や疲れ果て、剣が折れた兵士たちがいる中、傷ついたホークは無傷な姿を見せるパイロヒドラをにらむ。

回収したブロードアックスだが、パイロヒドラの血でこびりついた状態で、ゲラ=ハの槍、ハーブーンも折れかかっている。

これだけ戦って、衛兵たちも決死の覚悟で戦っていたというのに、一人だけ元気なパイロヒドラには不公平だと文句を言ってやりたくなる。

「キャプテン…かのような再生能力を持つ魔物からはなかなかに滋養強壮効果のある食べ物をとることができると…」

「ケッ!笑えねえな。まさか、お前がそんなことをいうのを聞くことになるたあなぁ」

暑さのせいで頭が茹ったのかと言いたくなるが、それでもちょっとだけ折れそうになった心を持ちこたえさせた。

「ま…悪くはねえ。アイツとの決着をつけなきゃならねえんだから…ここで倒れるのは論外だよなぁ」

「全くその通りです。うん…?」

何か兵士ではない、別の気配を覚え、本来ならば敵から目を離してはいけないにもかかわらず、ホークとゲラ=ハの視線がその方向へ向かう。

隙だらけになった2人を見たパイロヒドラだが、彼もまた別の気配から感じる異様さからにらみつけてくる。

炎が広がるウソの町に入ってきたそれは上着を外し、上半身が下着1枚の状態になっているライト。

「あいつは…昼間にぶつかった若いの!?」

ライトを見てホークが感じたのは昼間見たのとは全く別の気配だ。

能天気そうな笑顔を見せていた昼間とは別人の、能面をかぶったような無表情な顔つき。

マルディアスを回れば、同じ顔の人間と3人会うことがあるという話を思い出してしまう。

近づいてくるライトに何かを感じたパイロヒドラが口から炎を放つ。

「おい、若いの!避けろ!!」

ホークの叫びを無視し、前進するライトが炎に包まれる。

鎧も身にまとっていないこんな状態では、もう黒焦げになっていることだろう。

そう思ったホークだが、見えたのは炎の中から無傷で全身を続けるライトの姿。

よく見ると、彼の周囲にはかすかに炎でできた壁が見えた。

「セルフバーニング…炎の術法が使えるようですね。それで、パイロヒドラの炎を防いだと…」

気になるのは炎が放たれてから着弾するまでに、術を唱える動きが見えなかったこと。

炎が当たる寸前にセルフバーニングをどうして発動できたのか、皆目見当がつかない。

そんなホークとゲラ=ハを素通りし、目の前のパイロヒドラが襲い掛かる首を紙一重で横に動いてかわすと、その頭に向けて拳を振るう。

殴られたパイロヒドラはそこから感じる痛みに動揺する様子を見せる。

武芸家のような、訓練を積んだ人間でなければ、拳程度で魔物にダメージを与えることはできない。

パイロヒドラのような強大な魔物の前では自殺行為ともいえるそれが、わずかながら通用していた。

炎による攻撃ができないよう至近距離で動き、なおかつ噛みついたり巨体でつぶしにかかろうとしてもそれを予測するかのように、当たるギリギリのところでかわし、そして拳や蹴りで徐々にダメージを与えていくその姿。

「彼は何者でしょうか…?まるで、魔物との戦いに慣れているかのようですが…」

「だが、こんなチャチな攻撃じゃあすぐに回復される。何か手段を…」

「ライト…嘘…」

恐怖よりも出ていったライトの身を案じる思いが強くなり、洞窟から飛び出してきたアイシャがパイロヒドラと戦いライトの姿を見つける。

かけてもらった上着を握るとともに、あの時洞窟で助けられた時のことを思い出す。

「(そうだ…あの時も、ライトはあんな様子だったかも…)そうだ!それより!!」

素手で戦っているライトのためにも、何か武器をと思ったアイシャだが、普段使っている手斧はテントの中。

近くに落ちてある剣は折れており、使えるものがないか周囲を見渡す。

その中で見えたのは商品として売られる予定だったのだろう、鞘に収まった刀だ。

「ライト!!これを使って!!」

パイロヒドラの噛みつきをかわしたライトの視線がアイシャの声が聞こえた方向に向けられる。

見つけた刀を投げる姿が見え、ライトは刀が落ちた場所に駆けていく。

距離が離れ、背中を向けている彼に向けて炎で攻撃しようとしたパイロヒドラだが、側面から飛んできたハーブーンが右の頭の右目に命中する。

そして、とびかかったゲラ=ハがハーブーンをさらに深く差し込もうと仕掛ける。

「こうして刺さったままにしておけば…再生も難しかろう!!」

突然の攻撃を受けたパイロヒドラの注意がゲラ=ハに向けられる中で、刀を抜いたライトが走り出す。

ゲラ=ハに抑えられたとはいえ、まだ自由な頭は2つあり。左の頭が炎を吐きだし、ライトは今度はセルフバーニングで受け止めることはせず、横に動いてそれをかわす。

だが、その動きを読んでいたパイロヒドラの真ん中の頭がそこに首を伸ばし、口を開く。

「ライト!!」

ライトが捕食されてしまうと思ったアイシャだが、そこからのライトの動きは水のように流れていた。

口に飛び込む動きを見せ、閉まる前に逆手に握った刀で舌と下あごを貫くように刀を突き立てる。

再生するとはいえ痛覚のあるパイロヒドラが舌からの激痛に悲鳴を上げて首を上下にばたつかせる。

その反動を利用して刀を抜き、真上へ飛んだライトが落下すると同時に今度は刀をパイロヒドラの左の頭上に突き立てた。

暴れても刺した刀と両足で体を維持し、引き抜くとさらにダメ押しで一突きする。

「よくやった若いの!!そいつから離れな!!」

ホークの声が聞こえ、彼の言葉に従うかのように刀を抜いて左の頭から離脱する。

ホークが両手で抱えていたのは赤い帯がついた樽。

海賊をしているホークやゲラ=ハには見覚えのある火薬の詰まった樽。

それを思い切り開きっぱなしになったパイロヒドラの左の頭を向けて投げ、それが口の中に入る。

突然口に入ったものだが、ウソの町で人間を食う中で布や木材なども食べているパイロヒドラは痛みが再生で収まりつつあることもいいことにそれを飲み込んでいく。

何をすべきかわかったライトは今度こそ捕食してやろうと口を開いたパイロヒドラの口に向けてヘルファイアを放った。

本来なら自身も炎を生み出せることから、ヘルファイアなど大したことのないパイロヒドラだが、樽の中に詰まっている火薬の存在がそれを一変させる。

炎を受けたことで左首が内部から爆発し、体から切り離された頭が地面に転がる。

それが大きなダメージとなり、パイロヒドラにとってもそれがあまりにも大きすぎたのか、落とされた首をそのままに北の砂漠方面へと逃亡していく。

逃げているパイロヒドラから放置された首にライトの視線が向かう。

日が上り、周囲が明るくなりつつある中で首の頭頂部に見えたのは見たことのない文字だったが、それはすぐに消えてしまった。

街の高台にはその姿を見る人影があったものの、もう見るべきものはないといわんばかりに背を向け、同時に煙のようにその姿を消してしまった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 旅立ち

ドライランドの南に位置する王国、ローザリア。

かつてはバファル帝国の領地の一つであったが、100年前に独立した。

サルーイン討伐とほぼ同時に誕生したというバファル帝国だが、たとえ1000年以上、永遠に思えるほどの時を存続し続けた国や秩序もほころびが生まれることからは避けられない。

圧倒的な軍事力を後ろ盾とし、それによって各地で生まれる独立の機運を抑えてきたが、ローザリア東部に存在する巨大な湖であるクリスタルレイクからもたらされる豊かな水資源によって発展したローザリアが真っ先に独立を主張し始めた。

それに対してバファル帝国は長きにわたる繁栄の中で、特権階級と化した貴族たちや皇族、そして皇帝や皇族に娘が正室や側室に迎えられたことで出世した外戚による内部対立が起こり、衰退を始めていた。

衰退するバファル帝国と発展していくローザリア。

独立戦争最大の戦闘といわれるイスマス城塞の戦いで帝国軍は独立軍との戦いに敗れ、その後で結ばれた講和条約により、ローザリアは独立を手にした。

独立戦争の中で大きな活躍を見せたのがクリスタルレイク近郊に領地を持っていた諸侯であるナイトハルト家で、その家の軍隊は黒い鎧を身にまとっていた。

これがローザリア王国、そして王族ナイトハルト家の始まりだ。

かつてナイトハルト領であった場所は現在は首都クリスタルシティとなり、今なお発展を続けている。

そのクリスタルシティに北からやってきた騎士たちが入ってきて、彼らと彼らが輸送しているものに人々は注目する。

中央を進む荷馬車によって運ばれているのは、ライトが斬り落としたパイロヒドラの首だ。

 

城内にある広場に運び込まれるパイロヒドラの首。

既にこと切れたその首の周りで騎士は待機し、正面の扉からやってくる主を待つ。

やがて扉が開き、そこから漆黒の鎧姿とは不釣り合いな、金色の透き通った長髪と純白の肌の男が護衛の黒い鎧の騎士と共にやってくる。

主の登場に騎士たちはひざまずき、男は彼らを見渡す。

「大儀である。それで、この首の持ち主がウソを襲った魔物だというのだな?」

「ハッ、生き残った衛兵の証言によれば、真夜中になり、突然街中で姿を現したとのこと。どのようにして侵入したかについては現在調査中ですが、何も…」

「そうか…。何者かが意図的に入れたとしか言いようがないが、それでは犯人を見つけようもないということか。首を切り落とした後のパイロヒドラの追跡はどうなった?」

「逃走した魔物の追跡を行いましたところ、ウソ南西のカクラム砂漠で死体を発見しております。しかし…」

「しかし?」

「切り落とされた首の部分は再生しておらず、死体についてはほぼミイラの状態となっておりました。専門家の確認を取ったところ…死後3週間以上経過したような死体であると…」

ウソでの騒動の後、増援の騎士の一部がパイロヒドラが逃げていったカクラム砂漠を捜索した。

カクラム砂漠はドライランドの北半分を占める巨大な砂漠であり、そこはいくつもの流砂があり、砂嵐も激しいことから熟練の冒険者ですらその地域を旅することを躊躇する。

わざわざそのような道を通らずとも、既にウソとノースポイントの間には道が存在することからこの砂漠に入るのは魔物かかなりのもの好きくらいだ。

その砂漠に騎士は入り、パイロヒドラを探した。

街中で突然現れたこともあり、奇襲を警戒し続けていたが、その調査は思いのほかあっさりと終わってしまった。

砂漠に入って数時間も経たずにパイロヒドラの死体を見つけたからだ。

そんな死体が、砂漠にあったとはいえ3週間以上死後経過したかのようなものになるとは到底思えない。

(既にパイロヒドラは死んでいて、限定的に何者かが目覚めさせた、か…。だが、今の術法にはそのような外道なものは…)

「そして…もう1つ、このパイロヒドラの首をはねたのは騎士ではなく、一介の冒険者でした」

「冒険者…?素性はわかるか?」

「はい、その者から話を聞いたところ、名前はライトという男。タラール族の元で世話になっていると。それ以外は、何も…」

「そうか…タラール族か…」

ふと、ナイトハルトの脳裏にこっそりとクリスタルシティを抜け出し、カデサステップで馬を走らせている時に助けた少女の姿が浮かぶ。

族長ニザムの孫娘であることは彼女を保護してクリスタルシティに戻った後で知り、女中の話では初めて入った風呂では熱い感じに違和感があり、泳ぐそぶりを見せていたという。

保護した彼女を返すことを名目にタラール族のキャンプを訪れ、そこで面会したニザムにはタラール族をローザリアの保護下に入れることを約束させている。

「(パイロヒドラの首をはねた冒険者か…素性のわからぬ男がわが保護下の部族の中にいるとなると、一度確かめねばならんな…)その冒険者の話、まだ分かる範囲でいい、詳しく説明してくれないか?」

 

「…!!クシュン!!ああ…」

「もう、ライトー。風邪ひいたのー?」

「んー…っていうより、なんだか僕のこと、誰かが噂してたような…」

ムズムズとかゆみを感じる鼻を人差し指でさすった後で、目の前に倒れているストレイウルフに剥ぎ取り用のナイフを差し込む。

その様子を見るアイシャはそのライトが言う噂でウソでの出来事を思い出す。

海賊であるホークと彼の副官であるゲラ=ハの助けがあったとはいえ、それでもパイロヒドラの首を落としたことはウソですっかり評判になった。

生き残った人々から次々と感謝の言葉をかけられ、その時のライトは照れ臭そうに笑っていたのを覚えている。

そんな彼といつもの能天気な彼を知っているからこそ、アイシャには戦っている時の彼の姿とのギャップを覚えた。

何もしゃべらず、最小限の動きで効果的な一撃を浴びせる彼からは恐れのようなものを感じた。

なお、パイロヒドラとの一件についてはキャンプにも伝わっていて、これを機にライトには男たちと一緒に狩りに行くなど、戦いの方面でタラール族に貢献していくことになった。

炎の術法だけでなく、手に入れた刀(本来の持ち主である商人からパイロヒドラ戦後に正式に購入)や術法屋で新しく習得した魔術も使い、すっかり頼られる存在になった。

今こうしてアイシャと2人で外出するのは久しぶりのことで、今日は魔物を退治しつつ、ドライランドの探検をしていた。

「うー-ん…どうしてライトってこんなに術法って使えるんだろー…」

ライトが戦っている様子を見たこと、ドライランドで魔物に襲われた際に何もできなかったことから自分も戦えるようになりたいと思ったアイシャはその第一歩として、ウソを出る前に術法屋で魔術を少しだけ教えてもらった。

電撃を放ち、それによって時には相手の術の発動を妨害できるエナジーボルトと武器に魔力を送り込んで力を高めるウェポンブレスと逆に防具に魔力を送り込むアーマーブレス。

ライトも覚えたその術法を先ほどの魔物との戦いで使おうとしたが、一度もエナジーボルトを当てることができなかった。

「ライトって、何か特訓とかしてるの?魔術を覚えた後とか」

「特訓?うーん…そんなことしてないよ。それに、特訓とかって苦手だし」

「特訓苦手って…」

「ちょっとずつ慣れていけばいいんじゃないかな?だって、魔術を覚えたって言っても、そもそも術法そのものを使うのって初めてなんでしょ?だったら心配ないって」

解体した魔物の肉などを袋に納め、出発準備を終えたライトが再び馬に乗る。

「さあ、肉は手に入ったから戻ろう。もう日も暮れるし」

手綱を握ったライトは馬をキャンプのある方角に向けて走らせる。

その後ろ姿を見たアイシャはどこか納得がいかないような顔を見せつつ、追いかけ始めた。

確かに最初からある程度術法が使えることはこれまでの行動の中で証明していて、複数の属性の術法が使える術士が存在することもアイシャは知っている。

だが、一つの術法を完全に使いこなした術士が新しい属性の術をすぐに使いこなせるかというと、そんなに簡単な話ではない。

炎の術のスペシャリストが新しく土の術を覚えたとしても、それを完全にものにするには長い時間がかかるという。

だが、目の前のライトは術についてはかなりのセンスがあるというのか、覚えたばかりのエナジーボルトを馬に乗ったまま魔物に向けて放ち、命中させる芸当を見せた。

おまけにパイロヒドラ戦でも見せたように、刀も使いこなしている。

うらやましいと思う反面、どこか違和感も感じてしまうのも確かだ。

日が完全に沈みかける中で、ライトとアイシャの視界にキャンプの影が見えてくる。

「かなり遅くなっちゃったなぁ。ニザムさんが心配してなきゃいいけど」

「大丈夫!ライトが一緒なら安心だって、おじいちゃん言ってたし!」

「だからって…あれ??」

キャンプに近づくにつれて、何かいつもとは違う感覚を覚えたライトはキャンプの入り口を注視する。

夜が近づくと、キャンプの守りのためにたいまつを持った男2人組が出てきて、夜明けになるまで交代で見張ることになっている。

ライトも何度か見張りを任されたことがあり、日の傾きから判断すると既に最初の組が見張りについてもおかしくないはずだ。

だが、本来ならいるはずの、もしくは配置につくためにやってくるはずの見張りの姿が見えない。

「おかしい…まだ来ていないのかな??」

魔物が狂暴化しつつある昨今、この見張りについてはニザムから口を酸っぱくして言われているはずなのにと思いながらキャンプに入る。

入った瞬間、ライトは感じていた嫌な予感の正体を目撃することになった。

「なんで…」

「あれ…みんな、みんな…どうしたの…??」

馬から降りたアイシャはキャンプの中央で煌々と燃える篝火が照らす中、周囲を見渡す。

聞こえてくるのは風と火の音、そして馬の鳴き声だけで、ライト以外の人の声が聞こえない。

聞こえないというよりも、この真夜中のキャンプに人の姿が見えず、気配すら感じない。

「おじいちゃん、みんな!!どこ!?どこにいるの!?」

誰もいない今の光景がアイシャにとっては悪い冗談に思えた。

朝は誰もがあきれながらも笑顔で見送ってくれたのに。

当たり前に会えたニザムやタラール族の仲間。

みんな顔見知りで、その覚えている顔を一つも見ることができない。

いくら呼んでも現れる様子がなく、たまらずアイシャはそこら中のテントの中を探し回る。

「どうなっているんだ…?」

さすがのライトもこの異様な光景にじっとすることができず、まずは篝火付近の見やすい場所から探りを入れる。

椅子替わりの丸太には食べかけのパンとスープが残っていて、スープはすっかり冷めているが、こぼれた形跡がない。

(パンとスープ…冷え具合を見て、昼ごはんかな?争ったような形跡も見えない。あとは…)

次の目に入ったのは地面で、腰につけてあるランタンに火をつけると、それで足元から探り始める。

あれだけの人数が一斉に消えた、仮に移動をしたとなると、多くの足跡が残っていてもおかしくない。

目を閉じて深呼吸をした後で再び目を開き、地面をしらみつぶしに確認する。

(足跡はどれも普通だ。大人と子供混じっているけれど、浅いものばかり。逃げるときのものじゃない。まるで、いつも通りに過ごしている中で突然いなくなった…神隠しみたいな感じだ)

少なくともわかったことは、ここを調べても手掛かりがつかめないことだ。

アイシャが入ったニザムのテントに入ったライトが見たのは肩を落としたアイシャの姿だった。

ニザムのテントの中も、外と変わらず日常の風景そのもので、ただ本来いるべきニザムの姿がないことだけが違っていた。

「みんな…いない…どこに行ったの…?」

「アイシャ…」

「どうしよう…どうしたらいいの??」

震えるアイシャの手をライトが優しく握る。

どうしてこのような状況になったのかはライトも理解できない。

だが、やるべきことはわかっている。

「探しに行こう。一緒に」

「ライト…」

「アイシャもみんなも、記憶のない僕を助けてくれたんだからさ。だから…恩返しになるかわからないけど、一緒に探せば、探そうとすれば、いつか必ず見つけられるよ」

あまりにも無責任で、能天気な言葉だなとライトでさえ思えてくる。

だが、それでもアイシャを笑顔にし、前へ進めるようにしたいという思いは本当だ。

「うん、ありがとう、ライト。そうだよね…探せば、もしかしたら…」

「となるともう少し手掛かりを…うん???」

カチャリ、カチャリと足音が聞こえ、ライトは腰にさしてある刀に目を向ける。

驚くアイシャに顔を向け、人差し指を自分の唇に当て、うなずく彼女の姿を見た後でゆっくりとテントから出る。

音が聞こえた方向、キャンプの出入口に目を向け、刀に手を置いた状態でゆっくりと歩を進める。

「誰なんだ!?そこに…いるのか!?」

声を上げ、そばにあるたいまつを左手でとって目の前を照らす。

そこには黒い鎧を身にまとった何者かの姿があった。

鎧の人物は背中にさしてある黒い槍を抜くと、ライトに向けて走り出す。

「…!!」

たいまつを投げ捨て、刀を抜いたと同時に互いの刃がぶつかり合う。

一度距離をとった鎧の男に穂先をライトに向け、ライトも刀を上段に構えた状態で様子をうかがうとともに、お互いに円を描くように歩く。

「ほぉ…君が例の男か。噂は聞いている」

「…」

「何か、返事をしてくれないか?そして、無表情で戦うとはな。いや…戦っている時の君の場合はこれが普通か…ならば!!」

手にしている槍を後ろに下げ、構えた鎧の男が集中するとともに、槍の穂先がかすかに光る。

色の異なる5色の光があふれ出始める。

「受けるがいい…私の技…」

「待って!2人とも待って!!」

技に警戒し、構えていたライトがランタンを手に走ってきたアイシャの姿を見ると同時に、先ほどまでの無表情が消え、鳩が豆鉄砲を食ったような顔を見せる。

「アイシャ!?待ってって、どういうこと??」

「ライト、この方はナイトハルト殿下なの!!ローザリアの王太子様の!!」

「え…ええ!?この鎧の人が、君が言ってた…」

「驚かしてすまなかったな、パイロヒドラの首を落とした男がどんなものかを見ておきたかった」

槍から光が消え、背中に納めたナイトハルトは兜を脱ぐ。

「君に対しては初めまして、だな。私はカール・アウグスト・ナイトハルト。タラール族に保護されているという君の様子を見るために来た。だが…この様子では、事情が変わりそうだな…」

ここに来たナイトハルトも、このもぬけの殻になったキャンプの状況は想定していなかった。

本来ならライト本人、そして族長であるニザムに事情を聴き、彼という人間を見極めれればそれで終わるはずだった。

「ナイトハルト殿下、実は…タラール族のみんながいなくなってしまったんです。馬乗りからついさっき帰ってきて、その時には、もう…」

「そして、残ったのは君たちだけか…。妙な話だな…」

「キャンプの中を調べたんですが、行き先がわかる情報は何も…」

「そうか…君たちに共通点があるとしたら、彼らが消息を絶つ際にその場にいなかったこと。ここに置いていくわけにもいくまい。共にローザリアへ来てもらう。保護しよう」

「ローザリアに…」

「こんな形で、また行くことになるなんて…」

いつか、旅でそこまで行きたいと思っていたアイシャだが、まさかこのような形で行くことになるとは思わなかった。

ここで待っていたら、もしかしたらみんなが帰ってくるかもしれないという淡い期待があるが、魔物が狂暴化する中、2人っきりで何の保護もなしでここにいるのは危険なのは確かだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 ローザリア

「は、でい、はああ!!」

ローザリア首都クリスタルシティにあるクリスタルパレス。

そこの広場で早朝にも関わらず、ライトは上半身裸の状態で刀を振るう。

タラール族が姿を消し、ナイトハルトに保護されてから1週間。

ライトとアイシャは客人として迎え入れられ、ナイトハルトは捜索隊を結成してタラール族の行方を追っている。

遊牧民の生活から一転しての家屋の中での、全く違う文化の中での生活。

いきなりの差への戸惑いは確かにあるが、それでもここにはここなりの楽しさはライトにはある。

だが、気になるのは一緒にいるアイシャの様子だ。

ライトの前では明るく振る舞いはするが、やはり家族である彼らが姿を消したことから、不安で表情を暗くすることがある。

彼女にはそんな表情は似合わない。

「せめて、みんなが帰ってくるまで、僕が彼女を守れるくらい強くならないと…」

特訓とかそういうのは苦手だと言っていたライトだが、こういうことになったならそんなことも言っていられなかった。

 

「手がかりが…見つからない…ですか」

「ああ…腕利きの者たちを選んだが、何もだ」

昼間の王の間で聞いたナイトハルトからの返事にアイシャは顔を下に向ける。

何か一つでも手がかりさえ見つかれば、何か進展が少しでもあればと期待していたが、それすらないことが彼女の心に影を与えていた。

「すまない、引き続き捜索は続ける。だが、問題は君たちだ。捜索中は客人としてここに置くことはできる。だが、君は君で目的があるのだろう?」

「それはいいですよ、今はアイシャと助けてくれたタラール族の人たちの方が大事ですから」

「ライト…」

「なるほど…ならば、その彼女や彼らのために仕事をしてもらうこととしよう」

「仕事??」

「そうだ。ニザムの孫娘であるアイシャはともかく、君の場合は素性がわからない。パイロヒドラの首をとるだけの力を持つ人間が素性がわからない。そんな人間がここに滞在することに不信を抱く者もいる」

ナイトハルト自身はそんな感情を持っていないが、王太子であるナイトハルト一人で国がまわるわけではない。

諸侯や貴族なども存在し、彼らの中にはライトに不信感を持つ者も少なくない。

国のこと、ナイトハルトをはじめとした王族の安全を考えると当然なことだろう。

素性のわからない人間が本性を見せ、王族に刃を向ける。

そんな最悪なケースはわずかながら存在するのだから。

万が一ナイトハルトが凶刃に倒した場合、後継者不在となり、ローザリアで後継者争いとなる。

おまけにバファル帝国との国境にあるイスマス城塞が陥落している以上、その混乱を利用してバファル帝国が介入してくる恐れもある。

「故に、君には彼らからの信頼を勝ち取ってもらう必要がある。ローザリアに貢献することによって。そうすれば、彼らも納得するだろう」

「それは確かにそうかもしれませんけど、僕にできることってそんなにないですよ。政治なんてからっきしですし」

「ハハハ、何も政治家になれとは言わんさ。王太子の諸侯、貴族…身分というのはしがらみになる。何かしらの力を持つ代償というべきか、自由に動けなくなる。だが、君は違う。自由に動くことができる。その自由で、私たちに力を貸してもらいたい。どうだろうか?」

「…わかりました、僕に何ができるかはわかりませんが…」

「よろしい。ならば、まずは初仕事として、ある姉弟の捜索を依頼したい」

「姉弟…?」

「そうだ、イスマスの領主、ルドルフの子だ。彼女たちが行方不明になっていてな…」

バファル帝国国境に位置するイスマス砦からは定期的に連絡が来ており、魔物や帝国の動きの報告があった。

だが、2か月ほど前から連絡が途絶え、兵を派遣したときに見たのは廃墟と化したイスマス砦だった。

砦の内外は魔物と人の遺体であふれており、中には人の遺体だと特定できるまでに時間がかかるほどに無残な状態になっているものもあり、死体を見慣れている兵士の中ですら、その惨状に耐えきれずに嘔吐する者もいる始末。

そうして人々の遺体を回収する中で見つかったのはルドルフとその妻マリアの遺体だった。

ルドルフは彼女をかばうように倒れていたという。

「多くの遺体があったが、身元はすべてわかった。だが、ルドルフの子であるディアナとアルベルト、2人の遺体は見つからなかった。脱出したのか、魔物に連れ去られたのか、それとももう遺体すら存在しないのかはわからない。仮に生きているなら、彼らをクリスタルシティまで連れ帰ったほしい。イスマスで何が起こったのか…それを突き止めるのは彼らが必要だ」

イスマス陥落の知らせが届き、その行いが魔物によるものだとわかってからも、国内では今後の対処について議論が分かれることになった。

ただ、一つ言えるのはイスマス陥落で得をする存在があるということ。

その第一候補がイスマスと同じく国境付近に存在するバファル帝国の町、ローバーンだ。

バファル帝国版のイスマス砦というべき存在で、そこはイスマスのような魔物による攻撃がなかった。

そして、ローバーンを治めるコルネリオは内外からは野心家として評判であり、皇帝に対して国土回復のため、イスマス砦を落とすべきだと何度も主張している。

おまけに彼の妻であるマチルダは皇帝の妹であり、帝国内での発言力はかなりのもの。

マチルダは皇帝継承権第一位で、仮に彼女が皇帝となった場合、皇帝に匹敵する力を得てもおかしくない。

それ故に魔物たちを操ってイスマス砦を陥落させたのではないかという噂まで流れている。

「真実がわからぬまま戦端が開き、そこから大きな戦乱につながった例も多い。そのようなことを私は望まない」

「探すのはいいですが、どこから探せばいいのか…。僕は記憶がありませんから、ガレサステップはともなく、それ以外の地域については何もわかりませんよ」

「そうだな…ローザリア領内の港町であるヨービルもあるが、距離で考えると君に調べてほしいのはローバーンだ。イスマスが壊滅してから、ローバーンの情報が不十分だ。まずはそこで帝国の動きを探りたい。仮に海で脱出した場合、そこに流れ着く可能性もないとは言えぬからな」

ナイトハルト自身はそう言っているものの、アルベルトやディアナがそこに流れ着いた場合、それをコルネリオが利用してくる可能性があることを危惧もしている。

ディアナはナイトハルトの婚約者であり、アルベルトはルドルフの後継者であり、ルドルフが死んだことでイスマス領主の地位を継承しているといえる。

アルベルトは誠実な少年ではあるが、世間に疎いところがあり、それを付け込まれて利用されることもあり得る。

それでアルベルト保護を名目にイスマスを奪う、アルベルトを傀儡にする、もしくは2人が入ってきたことを領土侵犯の意思ありとして、それを大義名分として戦端を開く。

野心家で手段を択ばないコルネリオが何を仕掛けてくるかはいくら想像してもしきれるものではない。

「ちょうど、ここに滞在している旅芸人の集団がいる。彼らについてローバーンへ向かうといい。名目としては、彼らの用心棒だ、いいな?」

 

「へえ…あなたがここの王太子様が言っていた用心棒のライトね。よほど私たちのことを気に入ってくれたのかしら?」

銀色の短い髪に派手な赤の衣装姿の女性がライトから渡された書状を見て、ライトとその隣にいるアイシャを見る。

ちょうど次の町であるローバーンへ向かう支度を宿屋でしており、旅芸人の仲間やアシスタントがその対応に追われている。

今のライトの服装は一部にパイロヒドラの鱗でできたプロテクターがついている黒いフード付きのコートであり、これは報酬の前払いということでナイトハルトから贈られたものだ。

「初めまして、私は旅芸人のバーバラ。ローバーンまでよろしく、かわいい用心棒さん」

「あ、ええっと…よろしく、頼みます」

かわいいといわれたことに面食らいながらも柔らかな表情を手を差し出したバーバラと握手を交わす。

旅芸人として名の売れた彼女は並の男よりも身長が高く、体つきは女性としてはかなりのもの。

バーバラのファンの話によると剣術に精通しているようで、伊達にマルディアスを旅してまわっていたわけではなく、ローザリアよりもはるか西に存在するフロンティアの開拓民に起こった問題を解決し、信頼を勝ち得たという。

「それで…あなたたち、ガレサステップを出たのが初めてで、旅に慣れていないらしいわね。いいわよ、旅の中で私が滞在した場所のこと、いろいろ教えてあげるわ。王太子様からお願いされているから。まずは…これね」

バーバラから手渡されたのは布製の地図で、それにはローザリアだけでなく、マルディアス全体が描かれている。

そして、各地にある城や街などの大まかな位置も記録されている。

「予備のものをあげるわ。これで、大まかな町や国はわかるはずよ」

 

旅の支度が終わり、バーバラらを乗せた馬車がクリスタルシティを出る。

馬車の中ではバーバラが衣装の手入れをし、彼女の仲間であり、会計を務めている小柄な男性、エルマンが帳簿とにらめっこをしている。

「ローバーンかぁ…ガレサステップからどんどん離れていくのね、私たち」

「アイシャ、ついてこなくてよかったでしょう?クリスタルシティに残ってても…」

「だって、ライト一人だけ行くの、嫌だもん!独りぼっちになりたくないし…」

ニザム達がいなくなったアイシャにとって、今最も身近な存在なのはライトだ。

彼までいなくなったら、帰る場所がないアイシャにとってはこれほど心細いものはないだろう。

「…わかった、僕が守るから…君がニザムさんたちに会えるまで、必ず…」

 

「…その話、本当だな?」

「はい、間違いありません。ミルザ神殿の神官の方々からも確認済みです」

使用人からの報告で自室で聞いたナイトハルトは窓からクリスタルシティの出入口の方角を見て、その外の景色を見つめる。

「ライト…記憶喪失の男、彼に使えない術がある、か…」

旅立つ前、ナイトハルトから支度金を受け取ったライトとアイシャは旅立ちの準備をした際に術の習得も行っている。

ニーサ神殿とミルザ神殿のあるクリスタルシティであれば、金さえあれば気術と土術をすべて習得できる。

特に気術はかつてサルーインを討った英雄ミルザを冠した神殿で習得でき、誰でも使用できるものであることから習得を求める人々が多い。

実際、アイシャも習得できたが、問題はライトだ。

ライトに関してはなぜか気術を使うことができなかった。

(誰でも使うことができるはずの気術が使えない…?単なる封印の類でもないというのか…)

相反する術を習得した際、片方の術を封印することでもう片方の術を使うことができる。

これは相反する術をその身に宿すことで術者の肉体に大きな負担がかかり、無理にそれを使用することで死亡する可能性があるためだ。

例外として、術具を媒介することで炎の術を使う術士でも水の術が使えるなど、相反する術の使い分けができる。

そして、熟練の術士から手ほどきを受けることで、今使っている術を封印する代わりに相反する術を使えるようにできる。

だが、ライトの場合は一切気術を覚えることができず、封印を解くということさえできなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 ローバーン

ローザリア帝国とバファル帝国の国境沿いに存在する町、ローバーン。

バファル帝国にとっては対ローザリア帝国の要といえる町であり、ナイトハルトを警戒して近年では守りを強めている。

そんな町だからか、ローザリア側からやってくる旅人に対しても警戒しており、バーバラ達の馬車は関所で足止めを受けていた。

「バーバラさん、いつになったら通してくれるの?」

「うーん、前は1時間くらいで通してくれたけれど…やっぱり、イスマスの件が大きいかしら。もう少しかかりそうね」

今は旅芸人一座の帳簿係兼交渉人であるエルマンが衛兵と話をしており、衛兵の様子からするともう少しで通してもらえそうだという雰囲気が感じられた。

話が終わり、衛兵から軽く肩を叩かれたエルマンが馬車に戻ってくる。

「いやぁー姉さん。あの衛兵さん、いろいろと教えてくれましたよー。イスマスが陥落して、魔物がほんのちょっぴり、ですけどね。ここまで来たみたいなんですよー。まぁ、来たのは魔物ばっかりで、人は一人もローザリア側からは来てないみたいで…」

「あーー、じゃあ、ローバーンにはアル…」

「ライト、言っちゃだめ!」

今ここでアルベルトやディアナの名前を出すと、また質問攻めにあう上に下手をすると突き出されてしまう。

ライトの口を無理やりふさいだアイシャの様子にバーバラはクスリと笑ってしまう。

「そうね…でも、関所以外から入れたりする可能性があるわ。漂流するとか…まぁ、漂流で無事に済めばいいのだけれど…」

「ああ、そうですねぇ…。海賊の話もありますし…」

エルマンが思い出したのはクリスタルシティ滞在中に観客から聞いた情報だ。

海賊はこのマルディアスにはいくつも存在し、その中でも最も大きな規模を誇っているのはバファル帝国東部にあるサンゴ海にあるパイレーツコーストだ。

そこに集まる無法者たちによって、いくつもの商船や軍艦が襲われている。

中でも恐ろしいのは現在、パイレーツコーストの頂点に立っているといわれているブッチャーという男だ。

海賊はなめられたらおしまい、という考えを持つ彼は襲った船の乗組員は皆殺しにし、女は慰み者にすることで有名で、最近ではバファル帝国近海だけでは飽き足らず、各地の海にも進出しているという噂がある。

大陸を隔てて西側の海まで来る可能性はゼロとは言えず、仮に漂流しているアルベルトやディアナを見つけたりなどしたなら、身代金を要求するなんてことは考えられるうえ、ディアナに関しては何をされるかわかったものではない。

そんな最悪な予感が当たらないことを願うエルマンが衛兵たちに一礼し、馬車がバファル帝国側へと入っていく。

「ほぉ、馬車か…。珍しいものだな」

関所を出るバーバラ達の馬車の後姿を禿げあがった頭で重量のある黒鉄の鎧姿をした大男が見送る。

もっと金があれば、これほどのものは求めないとはいえ、馬車を買って、一緒に宝探しをした仲間たちと共にもう1度冒険をするのもありだと思ったが、今手元にある金には大切な使い道がある。

「デカい旅人だな…ここを通過する目的はなんだ?」

旅人を調べる衛兵もまさか自分よりもはるかに大きい大男を取り調べることになるとは思わず、気圧されているところがあるが、衛兵としてのプライド故にそれを極力見せないように質問する。

「ローザリア帝国にある、アルツールに用がある」

「アルツール?ああ、かなりにぎやかな場所だな、名前は?」

「ガラハド。元聖騎士の旅人だ」

 

バーバラ達を乗せた馬車が町の入り口付近で止まり、それを兵士たちに見張られる中でライトたちが降りる。

突き刺すような視線に耐えながら町に入るが、街中にも武器を装備した兵士たちが何人も巡回している。

「なんだか、怖いなぁ…」

「イスマスの件で緊張が強くなっているという話は確かね。以前にこの町に来た時よりも多いわ…。2人とも、私はここの酒場で仕事をしているから、何かあったらそこに来て」

「わかりました、バーバラさん。ありがとうございます」

仕事のあるバーバラ達が仕事道具を手に酒場へ向かい、2人になったライトとアイシャは兵士たちに接触しないように気を付けつつ、街中を見て回る。

「すごいなぁ…こんなに人がいるなんて」

「人の集まりって、ウソみたいだよね」

バファル帝国帝都とブルエーレに港があるものの、ローザリア国境を陸路で入ろうとする場合はどうしてもローバーンが玄関口となることから、旅人の多くがこのローバーンに集まることになる。

小規模な町ではあるが、経済的に発展している理由がそれで、多くの兵士を抱えているだけあって、武具の品ぞろえもいい。

イスマスでの異変があり、兵士の数は増えてはいるものの、ローバーンにおいて変わったこととすればそれくらいで、旅人たちの動きはあまり変わりがないように見えた。

「!?」

「どうしたの?ライト??」

「今…誰かに見られた、そんな気がして…」

「いっぱい兵士がいるし、気にしなくてもいいと思うけど…ライト?」

アイシャが気になったのはライトの顔色だ。

いつもの能天気な感じのあるライトとは違う、おびえた様子で何かを恐れているようにも見えた。

同時に吐き気を催したライトはその場にうずくまり、右手で口を覆う。

「ライト!?どうしたの、ライト?!」

「そこの旅人!何をしている!?」

アイシャの声に答えず、うずくまるライトに警備兵たちが集まる。

怒気に満ちた声、そして不信感をあらわとした目。

下手なことを言うと、どうなるかわからない。

バーバラ達に助けを求めようにも、ここから酒場は遠い。

「ご、ごめんなさい…。急に体調を崩しちゃって、それで…」

「怪しいな…少し来てもらおうか?ローザリアの間者という可能性もある」

「そんなこと…」

「お待たせ、ごめんなさい。放っておいてしまって」

「え…?」

聞き覚えのない、若い女性の声が聞こえ、アイシャと警備兵の間に声の主が入ってくる。

袖が青と胴体が赤い服を身にまとい、金色のおかっぱ頭をした女性の手には紙袋があり、その中にあるものをアイシャに渡す。

「ごめんなさい、二人は私の仲間なの。薬を持ってきたから、あとは宿に戻って休みましょう。大丈夫?本当に無茶するんだから」

ライトに心配しながら近寄ろうとする中、女性がアイシャの隣でわずかに止まる。

そして、彼女の耳元に小さな声で囁いた。

「今は言うことを聞いて、助けてあげるから」

「え…」

「これで、少しは収まるはずよ」

紙袋から出したもう1つの瓶を口に含まされたライトは女性に肩を借りる形で立たされる。

そして、警備兵たちに詫びを入れた後で女性は歩き出し、アイシャもその後ろをついていった。

 

「やはりか…感づきましたか。パイロヒドラに手傷を負わせたという報告がありましたが、やはり持っている力は健在…というべきでしょうか」

去っているライトたちの後姿を見つめる赤いローブの男。

炎とも血ともとれる不気味な色合いであるにもかかわらず、誰も彼の姿を見ることなく通り過ぎていく。

警備兵たちも彼に一切警戒するそぶりを見せない。

「まぁ、いいでしょう…。この様子では、我々にとっては何の障害にもならない。それよりも、我々にはやるべきことがある。わが主の復活のためにも…」

そのためにも、利用価値のあるこの地域の領主に会う必要がある。

お互いにとってメリットのある話であれば、彼は警戒しつつも応じるだろう。

最も、最終的に笑うことができるかどうかまでは保証することはないが。

 

「嫌な汗ね…。でも、少し休んで、水を飲めば回復するはずよ」

古びた民家の中で、ベッドに横たわるライトに額に冷たいタオルを置いた女性は近くのテーブルにいるアイシャのために茶をふるまう。

出されたのは紅茶で、ローザリアに滞在している時にも何度か飲んだが、いまだにガレサステップで飲んでいたお茶との違いがあって口が慣れていない。

黒茶を煮出したものを牛乳やラクダ乳などの乳と塩を加え、沸騰させないように加熱し、ひしゃくですくい上げるように撹拌する。

クリーミーな風味のそれを祖父がよく作ってくれて、幼いころは飲んでいる時に優しい笑顔を見せつつ、頭を撫でてくれたのを思い出す。

「あの…あなたは…?」

「モニカ、ただのここの住民よ。といっても、最近暮らし始めたけれど」

「その…助けてくれて、ありがとうございます。でも、なんで…?」

ただの住民というのであれば、旅人である自分とライトを助ける必要がないはず。

モニカは茶を飲むアイシャを見つめ、ライトが眠るベッドを撫でる。

「あなたたちの目的…行方不明のイスマスの姉弟を探すこと、ね?」

「え…それは…」

「諜報はどこの国でもやっていることよ。無論、バファル帝国も。安心して、とって食べるつもりなんてないから」

フフと笑うモニカはアイシャの正面にある椅子に座り、優雅にお茶を飲む。

諜報、という言葉の意味が分からないアイシャだが、少なくとも目の前の彼女はその諜報という言葉が似合わないように思えた。

柔らかなほほえみも、お茶を飲んでいる時の優雅なしぐさは諜報をする人というよりも、ナイトハルト等のような騎士のように見えた。

「ローバーン侯はともかく、帝国としてはローザリアとはことを構えるつもりはないわ。だから、先に言っておくわ。あなたたちが探している姉弟の弟、アルベルトはここに流れ着いて、私が助けたわ」

「え…!?モニカさんが!?じゃあ、アルベルトさんは…??」

「ローザリアへいけるように、お金を渡して、行き方を教えたわ。ブルエーレから船に乗ったはずよ」

ローバーンから南へ向かうと到着する港町、ブルエーレからは定期船が出ており、西にある騎士団領にあるミルザプールやローザリアとは東西で隣り合い、敵対関係にあるクジャラートの首都である北エスタミルやクジャラートとの国境沿いに位置するローザリアの港町のヨービルへ行くことができる。

仮にアルベルトがここからローザリアを目指すのであれば、ヨービルへ向かう可能性が高い。

そこからならば、クリスタルシティへ向かい、ナイトハルトに謁見するのは容易だが、そうならなかったから、今ライトとアイシャはここまで来て、彼を探すことになっている。

「ヨービル行の船が…嵐に巻き込まれたという情報があって。船はどうなったかわからないわ」

「そんな…」

イナーシーの嵐、バファル帝国内ではそう呼ばれている嵐によって多くの死傷者と行方不明者を出した。

乗客名簿を見ることができればいいが、生憎モニカの権限ではそれを見ることができない。

「少なくとも、バファル帝国にはいないわ。仮に生死のどちらかを抜きにして、見つかったとしたら何かしらの動きがある。私の耳にも届くくらいのことにはなるけれど、少なくともそれはない。となると、海の底か…もしくは帝国やローザリア以外に流れ着いているか…」

仮に生きているとしたら、アルベルトがいると思われる場所はクジャラートか騎士団領、もしくはさらに南にあるバルハランドのいずれかだろう。

騎士団領であれば、ローザリアとの友好関係から協力してもらえるだろうが、敵国といえるクジャラートではそうはいかない。

そして、南のバルハランドに関しては現地住民であるバルハル族に話をすることができればいいが、他国と交流を行っていないため、難しいといえる。

「どうしよう…一気に探す範囲が広がっちゃった…」

「どこへ行くかは考えるべきね、幸い定期船は代替船で再開しているわ」

ライトが目覚めたら、彼と共に酒場でバーバラ達と落ち合い、そこでどうするか話をしよう。

だが、故郷と家族を失い、おまけに嵐に巻き込まれることになったアルベルトがかわいそうに思えて仕方がなかった。




アルベルト捜索のため、次にライトたちが向かうべきはどこか?
・北エスタミル(定期船と陸路の両方が使えるものの、クジャラートの領地であり、万が一でもローザリアの関係者であることがばれた場合、ローザリアとクジャラートの全面戦争に発展する可能性がある)
・ミルザプール(定期船であれば、クジャラートを経由することなく直通で向かうことができる。クジャラートと比較すると外交上の問題は少なく、そこから陸路でバルハランドへ向かうこともできるが、再び嵐が発生する可能性は否定できない)
・アルベルトの捜索をあきらめる(彼が嵐に巻き込まれて死亡したものとし、ディアナの捜索に切り替える。その場合、一度報告のためにクリスタルシティへ戻る必要がある)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 騎士の王国

巨大な嵐が定期船を襲ってから数日。

再び静寂を取り戻した海を予備で手配された定期船が進む。

この静寂は嵐の後のものなのか、それとも新たな嵐の前なのかは誰にもわからない。

ブルエーレを出たこの定期船は今、バファル帝国の西に存在する騎士団領の港町、ミルザブールへと進んでいる。

普段であれば、海を見るために甲板に乗客が何人か出てくるはずだが、やはりイナーシーの嵐のことがあるのか、今はそんなことをする人間はわずかだ。

嵐が襲ったとされる場所には今も船の残骸や今も回収されていない積み荷が浮かんでいる。

(あの時、確かに…)

一人、甲板から海の景色を眺めているライトの脳裏に浮かんでいるのは、気を失う前に見た赤いローブの男。

あの男を見た瞬間、決して彼に近づいてはならない、かかわってはいけないと体中から鳥肌が立つほどに何かが訴えかけてきていた。

それほどの何かがあるとなると、もしかしたら自分の記憶に関する手がかりがあるのかもしれないとは思う。

だが、あの恐怖を一度味わってしまった以上、再び遭遇したときに動ける自信はライトにはない。

「うわーーー、海ってこんなに広いんだー!!」

嬉しそうにはしゃぐ声が階段を駆ける音とともに聞こえ、甲板に出てきたアイシャが飛んでいるカモメや周囲に広がる海を見る。

嵐の後ということで、海を見るのには気が引けるものがあるが、それでもアイシャにとっては生まれて初めての船旅であり、初めて海の中心にいる。

ガレサステップの中では決して見ることのできない光景がアイシャの好奇心を満たしていた。

曇りのない笑顔を見せるアイシャの姿を見たライトも、つられるように笑顔を見せる。

「あ、ライトー!ほら、カモメだよ!!カモメが飛んでるよー!」

アイシャに引っ張られ、西へと飛ぶカモメを追うように甲板を歩いていく。

こういう機会をくれたバーバラには感謝しないといけないとライトは思えた。

ローバーンの酒場でバーバラと合流し、今後の動きを話し合う中で決まったのは、ライトとアイシャは騎士団領へ向かい、バーバラはエスタミルへ向かうことだ。

ローザリアへ行く前まではフロンティアとエスタミルに滞在したことがあり、バーバラ自身旅芸人として名前が売れていることから、さほど警戒されることはないだろうという判断だ。

飛んでいるカモメが船から離れていき、見えなくなるまで見送ったアイシャはライトに顔を向ける。

「ライト、体は平気なの?」

「ああ、モニカさんとアイシャのおかげでね」

「ならよかった。でも…なんだろうね、ライトの言っている赤いローブの人って」

「本当に気味が悪かったよ。あの男が何者なのか、どんな力を持っているのか、まったくわからない。ただ、彼には近づいてはならない…そう感じた。それに、怖くて触れることができないんだ」

「そっか…もしかしてなんだけど、思い出したくない思い出っていうのも、あるんじゃないかなって思うの」

「え…?」

とても明るく前向きなアイシャのものとは思えない言葉にライトは彼女の顔を見る。

急に顔を見られ、びっくりするアイシャは少し後ろに下がり、その様子にライトは顔をわずかにそらした。

「ええっと…うまく言えないんだけど…。でも、ライトがどんな人でも、あたしは分かってるから。ライトがとってもいい人だっていうことを」

「アイシャ…」

「だから、あたしも一緒に頑張るから。ライトが記憶を取り戻せるように」

 

千年前、サルーインを葬りし英雄ミルザの名を冠した騎士団の港町、ミルザブール。

街の中央にはミルザの像が建てられており、ここを訪れる騎士たちは彼の恩恵にあずかるべく、祈りを捧げるという。

船を降り、町の中央にやってきたライトとアイシャも彼の像を見ていた。

「うわあーーー、これがミルザ様の像なんだー。旅の人からお話は聞いてたけど、やっぱりちゃんと見るのと聞くのとだと違うんだー!」

「これが、ミルザの像か…」

興奮しながら像を見つめるアイシャに対して、ライトとしてはあくまでもこれは確かにかっこよさは感じられるがただの騎士の像という印象から離れない。

記憶喪失の影響で、この世界の歴史をよく知らないライトはローザリアで呼んだ本の中で何度もミルザと彼が千年前に挙げた功績に関する記述は見たが、それでもミルザを神に正義の神となった英雄として見ることができない自分が感じられた。

像の正面にある石碑にはこのように刻まれている。

『1000年前、英雄ミルザは仲間たちと共にサルーインと戦った。戦いの果てに彼と仲間たちは命を落としたが、サルーインは封じられ、マルディアスに平和が戻った。我々は忘れてはならない。正義の神となった彼の功績を、そして、彼が遺した平和を守るために、我々はミルザの遺志を継ぐのだと』

この石碑はミルザが仲間たちと共にサルーインの元へ向かうのを見届けたオイゲン公が銀の騎士団を結成し、ミルザプールを作った時に自らの手で作った石碑が大元であり、朽ちては新たに作り直されたが、石碑に刻まれた文章はそのままの形を維持している。

だが、今回は観光のためにここに来たわけではないのが残念だ。

 

ミルザプール城。

ここの城主の間の椅子は騎士団領の首都であるミルザブールの主、つまりは騎士団領のトップとなる人間が座る椅子がある。

現在は騎士団の剣とうたわれる老将、テオドールが座るべき椅子であるが、今この椅子に座るべき人間はいない。

そして、広間では騎士たちが話し合いを続けている。

「申し訳ございません、本来であれば父がお会いすべき時ですのに…」

騎士たちの不毛な話し合いから逃げるように食堂でライトとアイシャの相手をする薄紫色のドレス姿の女性はテオドールの娘であるコンスタンツ。

彼女の隣に座っている灰色の礼服と黒い縦長の帽子を身に着けた老人が騎士団領オイゲンシュタット領主であるハインリヒであり、騎士団の盾と称されている騎士だ。

しかし、高齢となった彼は病により戦場に出ることが困難となり、現在は多くの役職から退いて、騎士団会議の議長となっている。

議長とはいうものの、多くの騎士団の連合体である騎士団領において権限は大きいものではなく、ミルザブールも単独で突出した軍事力や権力を有しているわけではないため、よく言えば自由、悪く言えば無秩序に近いのが騎士団領といえるかもしれない。

それを制御しているのが彼らの共通する騎士道といえる。

メイドから出されたハーブティーを口にし、今もなお議論を続ける騎士たちの姿をハインリヒは脳裏に浮かべる。

今回の議題は砦跡に突然出現した魔物への対処だ。

既に放棄されて久しい砦で、新しい街道ができてからは既に存在価値を失っている。

現状は放っておいても、住民や旅人に対して害はないといえる。

騎士の中には放棄されたとはいえ、かつては人々を守ってきた砦が魔物の住処となるのはしのびないと討伐を主張する者もいるが、それでも少数だ。

本音を言えば、魔物の討伐に騎士を派遣するとなるとどの騎士団がどれほどの騎士を派遣するのか、そして武器や食料などの負担をどうするかなどの話になる。

言ってしまえば、利益もない討伐に誰もかかわりたくないということだろう。

「変なの。魔物が出てきたなら、やっつければいいだけなのに」

「物事はそれほど単純な話ではないということだよ、お嬢さん。それよりも、君たちの話だったな。単刀直入に言えば、アルベルト殿はこの騎士団領にいる。残念ながら、姉君であるディアナ殿についてはお会いできていないが…」

「生きているんですね、ああ…よかったぁ。もしかしたら、もっと探し回らなきゃいけないかなって思ってしまいましたよー」

「本人の話では、バルハラントまで流されたという。そこでバルハル族の人々の助けを借りて、ここまで来たと」

バルハル族はあくまでもバルハラントに生活している諸民族を総称したものであり、各地で形成されている村落一つ一つで部族は異なるという。

アルベルトを救助した村落を治めているのはガト族で、体調が回復するまでの間をその村で生活していた。

バルハル族に関する情報が入ってくるのはまれで、それ故に外界に対して排他的ととらえられることが多いが、アルベルトと彼の同行者の話では別にそうではないらしい。

確かに村それぞれの独立意識が高いのは確かだが、それはそれぞれが自らの力で過酷な雪原を生き抜いてきたという自負があるからこそ。

そして、たとえよそ者であっても危機に陥っているものがいれば助ける上に、しかるべき治療を施す。

これは彼らのためではなく、そうした掟を守り続けることで、万が一の時に自分や自分が暮らす村落の人々の助けになるからだ。

そんなバルハル族の一つであるガト族に助けられ、回復したアルベルトは同行者の案内を受ける形で騎士団領まで踏破したという。

「イスマスでのことは我々も話は聞いている。急ぎ、船を用意してアルベルト殿をローザリアへ送ろうとしたが、今回の件だ。騎士団が動かないことにしびれを切らせたテオドールが自らの賛同する見習い騎士であるラファエルと共に砦跡へと向かってしまった。それをアルベルト殿も追いかけていった…」

「そんなことが…」

「ねえ、砦跡ってどこにあるの!急いで行かないと!!」

「場所はここにある。…情けない話だ。私も、この体でなければな…」

コンスタンツが持ってきた地図を広げ、砦跡の位置を教えるハインリヒの脳裏に、騎士団会議でのラファエルの言葉が浮かぶ。

『金!金!金!騎士として恥ずかしくないのか!』

元々はオイゲンシュタットの見習い騎士である彼、ラファエルは騎士としてはまだ認められていないということから、騎士団会議に参加が認められない男だった。

だが、人々を守る盾としての騎士を目指し、日ごろから鍛錬と勉学に励む彼の姿を見たテオドールから特別に今回の騎士団会議への参加を認められ、ミルザプールに同行することになった。

そんな彼だから、ハインリヒに付き従って砦跡へ同行するのは当然のことだろう。

だが、彼はまだまだ若く、実力がまだ追いついていない。

騎士団の未来の礎となりえる彼も、友であるテオドールも失いたくない。

「私は騎士たちを説得し、救援部隊を派遣できるよう粘ろう。君たちは砦跡へ向かい、彼らを助けてくれ」

 

廃棄され、かつての面影をかすれたレリーフのみが物語る砦跡。

その中には数多くの魔物の死体が転がり、そのどれもが剣や盾、杖などを手にした白い蟻型の魔物だ。

「はあはあ、テオドール、様…」

「しゃべるな、ラファエル…。今は、傷を治すことに…!」

襲い掛かる蟻型の魔物の1匹を手持ちのバスタードソードで斬るオレンジ色の鎧姿をした白髪白髭の老将テオドールと金髪の少年の光の魔術による治療を受ける、黒い見習い騎士用の制服姿をした青年ラファエル。

治療を行う少年は青いマントと黄色をベースとした絹の整った服で身を包んでおり、それは貴族の子息であることを物語っていた。

「ありがとう、アルベルト…」

「いえ、よし…これで、大丈夫です」

ふさがった傷を確認し、アルベルトから言質を得たラファエルが立ち上がり、そばに立てかけてある長剣を手に取る。

「なおのこと…ここで仕留めねばならぬな…。奴の女王を叩かねば、いずれ増殖した奴が街道に進出するぞ…!!」

テオドールの脳裏に浮かぶのは数十年前に騎士団領で起こった災厄。

当時はラファエルと同じく見習い騎士として師である騎士と同行して戦った魔物の大群。

見習い騎士や引退した騎士までも動員して、それをも上回る数で襲い掛かったその魔物によって騎士団領は傷つき、大将を討ち取った時には多くの騎士や住民が犠牲となっていた。

その犠牲者の中には師も含まれており、犠牲者たちは彼らの故郷に葬られた。

「なんとしてでも、女王を叩く!なんとしても…!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 悪夢の蟻

「キャーーー!何、あれ、蟻!?」

砦跡に到着し、さっそくアイシャが見ることになった白い蟻型の魔物の数々。

腐敗臭をまき散らしながら、手持ちの武器や強靭な手足で襲い掛かる彼らに対して鳥肌が立つのを抑えきれない。

刀を抜いたライトが接近してくる蟻の何匹かを切り捨てるが、それでもわずかに数が減っただけに過ぎず、壁の裂け目や地中から湧いて出てくる。

そんな状況の中、ライトは以前のパイロヒドラと戦ったときのように無口な状態となり、臭いに対しても表情一つ変えることなく戦い続ける。

「こんなにいっぱい、いたら…本当に騎士団領の街を襲っちゃうかも…もう、こっちに来ないでよ!!」

杖に念じたアイシャが放つウォーターガンが魔物の動きをわずかに止め、その間にライトが魔物を刀で一刀両断する。

切り捨てたライトは一度刀身を見つめる。

刀身からはシュウッと音を響かせ、ところどころが溶けていた。

魔物の死体には血液がなく、断面から出ている透明な体液が壁や床を溶かしていた。

ふと、アイシャの脳裏に浮かぶのはタラール族の老人が教えてくれた蟻の持つ酸のことだ。

ガレサステップに生息する蟻の中には体内で生成した酸を放出する個体も存在する。

血液を持たない蟻の体内には毒や酸を体内にためていることが多く、反撃のためにその体液を敵に対して放出して撃退することもある。

集団で放出されるそれは強烈な臭いがするうえ、人間が触れた場合は皮膚がただれるという。

あの魔物の様子を見ると、老人が言っていた蟻に近い体を持っていて、そのせいでライトの刀本体にも大きな負担がかかっていることがわかる。

やみくもに魔物を倒しても、やがて刀が折れて、戦い手段を失って餌食になるのがオチだ。

「そこのあんた達、どきな!!!」

「ええ!?」

「はあああ!!!」

女性の声が聞こえ、左右に散った二人の間を割って入るように大柄な女性が飛び込んでくる。

男性とも見まごう体つきで、二本角のような兜と毛皮でできた鎧姿をした女性の握る剣が一度の3体の魔物を粉砕した。

そんな倒し方をしては放出される体液が襲うが、彼女は武器を振るって強引に襲ってくる体液をはねのける。

体が体液でダメージを受けることは避けられたものの、握っている剣は酸でボロボロになっていて、それを捨てた彼女は死んだ魔物が持っていた剣を拾った。

あっさりと仲間を数匹殺され、しかも無傷な彼女を見た魔物たちに対して、ライトが炎を放つ。

危険だと判断して下がっていく魔物たち。

それを見送る女性が手にした剣を肩で担ぐ。

「あんた達、こんな時に迷い込んで…ついてないね」

「あなたは…?」

戦いの状況でなくなったことで、元の状態に戻ったライトが驚いた様子で大柄な女性を見る。

「あたしはシフ。バルハランドのシフだ。あたしはこのままあいつらの親玉を倒す。今のうちにここを離れな」

「あ、待って!私たちも用があってここに来たの!アルベルトっていう人を助けに!あなたがアルベルトを助けてくれた人なの?」

「アルベルト…アルを?じゃあ、騎士団が動いてくれたのか!?」

「そういうわけじゃないです。今もハインリヒさんが交渉を続けていて、立ち寄った僕たちだけが…」

「そうかい…」

援軍が来てくれたことはシフにとって喜ばしく、ハインリヒが尽力してくれていることは分かったものの、これでは今の状況から考えると焼け石に水と言える。

砦跡というあまり価値のない場所だから放置したことへのツケが信じられない形で清算されることになるという状況を伝えなければならないが、だからといって今ここを離れることもできない。

「あの…シフさん」

「シフでいい」

「シフ、この魔物って、何なの?」

「タームって魔物さ。大昔に騎士団領を滅亡寸前に追い込んだ、化け物だ。ついてきな。アル達のところへ案内する」

シフに案内され、砦跡を進む中、ライトたちはシフからタームについて教えられた。

巨大なシロアリといえる魔物であるタームは女王蟻を中心に数多くの集団で地下に生息しているという。

女王蟻の下についている雄蟻は斥候を務める小型なマンターム、武器を手にして獲物や人間を襲うタームソルジャー、武器を使わず、爪や足を使った体術を得意とするタームバトラーが存在し、少なくともタームソルジャーやタームバトラーについては並の戦士では歯が立たないとのことだ。

おまけに女王蟻が現在進行形でタームの卵を死ぬまで産み続け、一日に数百産むこともあるといわれている。

数十年前に若きテオドールらによって絶滅したと思われたが、埋葬された騎士たちの中に女王蟻によって体内に寄生させられていた卵が存在したらしい。

その卵が孵化していき、そのうちの1匹があろうことか雌のタームで、クイーンとなった彼女を中心に再び恐怖のコロニーが形成されることになったという。

あくまでも、これはシフがテオドールから聞いた話に過ぎない。

だが、見てしまった体内を食い破れた状態の騎士の遺体とそこから湧き出るタームの姿から、その話は真実だと信じるしかなくなった。

「武器は極力、奴らタームが持っている武器を使いな。体液がついたらすぐにふき取って、時間がかかってしまったら焼いて消毒するんだ。でないと、死ぬよ。倒すなら、極力術か弓で遠距離からだ」

先導するシフが倒したタームの武器を使って彼らを撃破し、ライトとアイシャはそれぞれヘルファイアやウォーターガンで攻撃する。

まだまだ術を覚えてそれほど間もないアイシャではウォーターガンでタームを倒すことはできないが、それでも足止めにはなる。

少しずつ進んでいき、ようやく3人の男性の姿が見えてくる。

「テオドール殿、アル、ラファエル!!」

「シフ、ご無事でしたか!」

「心配かけて悪かったね、二人だけど、助けてくれる人を連れてきた」

「そうですか…ありがとうございます、こんな危険なところに。私はアルベルト。よろしく頼みます」

「アル、彼らはライトとアイシャだ。ローザリアからきて、あんたを探してくれていたんだとさ。これは、さっさと終わらせないとね」

「ローザリア…まさか、ナイトハルト殿下が!では、イスマス砦は…!」

「…わかっているだろう、アル。もう、その話は…」

イスマスを脱出し、ここまでくるのに長い時間がかかっている。

状況は既に騎士団領にも伝わり、陥落したことも、両親の死も、既にテオドールとハインリヒから聞いている。

信じたくないという気持ちはシフも理解できる。

シフもまた、バルハランドの過酷な環境の中で幼少期に両親を失い、戦友を失った経験もあるのだから。

イスマスの外のことを多く知らず、戦いの現実についてほとんど経験のないアルベルトには受け止めきれない現実なのはわかるが、受け止めなければ、前へ進むことはできない。

「話は後だ。もはや、騎士団に応援を呼んでいる時間はない。地下にいるクイーンを殺し、これ以上の増殖を止めるほかない。幸いにも、奴らが道を作ってくれている」

タームの集団が砦に入り込むため、地中からいくつもの穴を作っている。

そこを通れば、クイーンの場所まで到達できる可能性がある。

その道中で砦へ向かうタームと交戦する機会も多いだろうが、一から探すよりもいい。

「参るぞ!騎士の誇りにかけて、今再び奴らを止める!」

 

タームの穴を進む6人はライトが先頭に立ち、シフが殿となる。

やはりというべきか、やや広めな一本道というべきその穴は無理をすれば二人左右に並んで進むことができる程度の広さで、武器も無茶な動かし方をしなければ、壁や天井にあたるようなこともない。

ただ、狭いことには変わりないため、厄介になるのは爪や足で攻撃してくるタームだ。

足は槍のように鋭く、爪は剣のような切れ味を誇り、かつての戦いでは武器を持たないことで油断した一部の騎士がそれによって何もできないまま蹂躙されたという。

頼りになったのはライトの炎で、セルフバーニングで身を固めつつ、ヘルファイアで攻撃を仕掛けることでタームたちを撃破していった。

弓矢や術といったセルフバーニングを破る術を持たないタームが焼かれていくのを見たラファエルは信じられない様子でライトを見ていた。

「すごい…これが、術の力…。フラーマ様のようだ…」

騎士団領の一つであるバイゼルハイムの領主であるフラーマはここでは特異な存在で、騎士団長としての地位を持っているわけではない。

また、領主は別に存在し、彼女自身はバイゼルハイムの塔で時折弟子や他の騎士たちの訓練に付き合いながらも、一人で精神素養をしており、統治をおこなっているわけではない。

だが、術士としての非凡な実力を見込まれ、術士顧問として騎士団の会議に出席し、ある程度の発言が許されている。

ラファエルもテオドールの勧めでバイゼルハイムでその訓練を見学し、彼女の術を見たことがある。

特に印象に残ったのは灼熱の炎でできた大鷲を生み出した姿で、触れれた一瞬に灰になるのはわかっているものの、それでも触れたいと無意識に思えるほどの美しさを感じた。

ライトの炎の術はフラーマの術にような美しさはないが、自分と同じくらいの年齢であるにもかかわらず、なぜこれほどまでの魔力を持っているのかと思えるほどの強さを誇っていた。

「怖いものだな、才能というのは…。だが、何者かわからぬというのは、気になるが…」

「心配ないよ!おじいちゃん!」

「お、おじい…」

「ライトはいい人だよ!私やみんなを助けてくれたし、それに…全然悪い人に見えないもん!」

「そ、そうか…」

まだ子供で敬語を使わないことは許すとして、おじいちゃんと呼ばれたことははじめてだ。

年齢を自覚してしまうショックがあるものの、彼女の素直な言葉でおそらくはそうかもしれないなという気持ちも芽生える。

もし、彼女のような素直な子供がおらず、彼一人だった場合、信じきれなかったかもしれない。

「匂いがきつくなってきた…そろそろかもしれません」

「覚悟をしておいたほうが良いぞ。おそらく…待つのはクイーンと、奴らの大群だ」

テオドールの言葉が真実だということを証明するかのように、大量の卵であふれるトンネルのような空間にライトたちは足を踏み入れる。

そのトンネルを貫くようにムカデのような長い胴体が彼らの目に映る。

そして、その果てには生々しい人間の女性の上半身を模したクイーンの本体の姿が見えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。