コロルサイド 鋼鉄翼の屠龍機 (桜エビ)
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プロローグ  ~開戦~

 この世界には魔法なるものがある。

 以前生きていた世界とは違う。ここは知識さえあれば炎を吐くような真似ができるし、湖を凍らせることすらできた。

 資源にも余裕があり、知性を持つ者すら様々な姿をしている。かつて生きていた灰色の世界なんかよりも遥かに色鮮やかだった。

 

 最初のうちは。

 

 

 私はオーエン。オーエン・シュタライカ、37歳。フリーランスのカメラマン兼ライターをしている。

 ついでに言えばいわゆる転生者であり、前世の世界――すなわちグレイサイドで生きていた記憶を持っている。その知識の半分は楽に半生を過ごすために使われ、もう半分はこの仕事のために使われていた。40半ばで事故死した私は、趣味でカメラを使い込んでいた。その技能と知識は今に活きている。

 ただ、今日はその知識と自分の好奇心を恨むことになった。

 

 こんなファンタジーな世界なのにもかかわらず、時代が進み技術レベルは1900年代末といったところか。

 W.G0987年。この世界の冷戦から、実に17年が経っていた。

 都市にはビル街が立ち並び、世界は私が生きていた時代に近づきつつあった。エルフすらも村の暮らしに飽きた若者は街に出て車に乗り、いくらかのドワーフは天職でないと感じたのかサービス業に就くものも見かける。平和で平坦な世界になり始め、私から見てみればファンタジー世界である意義を少しずつ失い始めていた。

 

 そんな世界に勝手に失望し始めていたころ、気になるニュースを耳に入れた私は、今シュールという国に足を運んでいる。

 この国は【龍の国】と言われた龍の生まれ故郷であり、いまだに多くの(ドラゴン)(レクス)が住んでいる。(この世界には知性を持つ龍と、知性を持たない竜という分別があることをここに書かせてもらう。)

 耳に入れたニュースというのは、このシュールでクーデターを行おうとしている一派が存在してるらしいというもの。

 刺激に飢え危機管理能力を失いかけていた私は、とある会社から送られてきたこのクーデターの取材依頼を受けてしまった。

 噂であろうと何であろうと、ネタになると平和ボケしていた頭で入国したのが運のツキだった。

 

 入国初日にして、事前に連絡していた国連軍の広報担当から電話が来た。

 クーデターの本格宣言と、それに伴って可視化された反乱軍の動きを捉えたのだという。

 反乱軍は保守的な立場ゆえに、最新兵器に頼らず龍のその強力な体をもって反乱を起こす。それが国連軍上層部の考えであり楽観であった。

 その楽観からか、私が戦闘機の後方座席から戦闘の様子を撮影することを、快諾どころかむしろ誘ってきたのである。

 危機管理能力がマヒして国連軍の楽観的な空気に呑まれた私は、戦闘機の後方座席に向かう。

 指示された機体のそばには寡黙でどこか冷めた視線の機長が佇んでいる。これから飛び立つであろう空と全く同じ色をした青い瞳。空港を薙ぐさわやかな風に靡く金髪と美男子という言葉が似合う端正な顔立ちをしたパイロット。

 戦闘機の機首には槍を持つ西洋騎士を模した、いわゆるノーズアートが描かれていた。

 

 

 □

 

「ブリーフィングを行う」

 

 わずかに時はさかのぼる。

 大勢のパイロットたちに囲まれながら、体格のいい男が画面の前に立つ。

 ガルムアル准将。今回のシュール内戦の政府軍、およびそれを支援する国連軍の指揮をする男。

 

「先ほど、シュール軍のライディア少将がクーデター宣言を行い、それと同時にシュール軍の各地の基地に動きがあった。我々はシュール政府の要請に従い、反乱に加担した敵兵の掃討を行う」

 

 画面にシュール北西側の地図が映る。麓こそある程度平坦ではあるが、海岸からしばらく内陸に進むと激しい山岳地帯がその姿を見せる。

 厳しくも厳か。龍が故郷と謳われた自然の大地がそこにはあった。

 

「敵はまともに機甲兵器を扱えない地形にしか基地がない。クーデター派の大半が山岳部に陣取り、侵攻部隊が山を下って都市や首都に攻撃を仕掛けるつもりだろう。奴らは龍の誇りを取り戻すと宣っている。その彼らの高慢な思想は200年前のものであると教えてやれ」

 

 地図が簡易化され、この基地から矢印が伸びる。それが今回の大雑把な侵攻ルート。

 

「具体的な作戦説明に移る。我々は航空戦力を3分割。それぞれ山岳部に存在する小規模基地を攻撃し、クーデター陸軍の退路を奪え。その後、麓に降りてきた軍に関してはこちらの陸上機甲部隊が撃破する。」

「敵はおそらく龍人態を解除し、飛竜として迎撃してくると思われる。そのため今回、ドラゴンスレイヤーの使用を許可する。空爆機の防衛にあたる機は、遠方から容赦なく叩き落せ。以上だ、質問が無ければ解散とする」

 

 沈黙が支配したのち、「……ないな、では解散」の声ともに僅かな声とともに周囲の人々は持ち場に戻っていく。

 その様子を、最後席から少し不機嫌そうな顔でクリスは眺めていた。

 

「何か気に入らないの?」

「想定が相変わらず雑なので気に入らないのでしょう。杞憂だといいんですが。」

 

 その顔を見て覗き込むように問いかけてきたイオンと、それに横から答えるリヒテル。

 リヒテルの回答に、クリスは正解ということかため息が漏れる。

 これがランサー隊の3人。

 

「そうだ、アルファス大尉。貴官はMF-18の複座型(D型)も乗れたな。」

 

 不貞腐れてるような隊長につられて残るランサー隊は、そのせいで貧乏くじを引かされることになった。

 

「今回、記者を最後尾に連れていくことにした。諸君らは隊の後方に位置し攻撃機の防衛にあたれ。ランサー隊なら何かの間違いがあっても墜ちることはなかろう。」

「……了解いたしました」

 

 立ち上がり敬礼するクリス。

 彼はとっさに感情を抑え、ただ寡黙な軍人が最低限の反応をしただけに思える口調で答えた。

 

 ブリーフィングルームを出て自分たちの機体があるハンガーにむけて足を運ぶランサー隊。

 

「っ……はぁ……クソ」

「とんだ不運だね隊長……」

 

 副座席にズブの素人である記者を乗せる。

 クリスは格闘戦時、他のパイロット以上に激しくGを掛ける機動に耐えて勝機を見出すタイプのパイロットであるため、気を遣う戦闘はほかのパイロットよりもはるかに重い枷になる。それに加えて、始まったばかりの内戦に記者を連れて行くという戦争を舐め切った態度がクリスを苛立たせた。

 

「決まったことは仕方ないですよ、隊長。切り替えましょう」

「わかってる……」

 

 自分たちの愛機の前に立つ。

 

 MF-18――ホルニッセ。

 部下の二人が乗るのは近代化改修後の単座式であるC型で、クリスは先ほどの通り複座のD型に乗ることとなる。最新鋭の戦闘攻撃機であり、空母にも対応することができる。

 ランサー隊は便利屋として、いままで各地の紛争介入やら冷戦後の不安定な地域の航空監視やらをやらされてきたため、この機体と襲撃機のP-16の二機種を乗り回してる。

 今回は対飛竜戦闘のため、整備員が指向性散弾ミサイルであるドラゴンスレイヤーをパイロンに搭載し始めていた。

 

 敵が攻勢のタイミングをこちらに合わせる道理はない。予測されるタイムリミットまでにこちらも離陸できるようにしなければ。

 

「リヒテルの言う通りだ。仕事をこなすぞ、ランサー隊。出撃準備にかかれ」

「了解!」

「了解!」

 

 □

 

『……IFF応答なし、どうなってる……おい、ロックオンしてきたぞ!!敵なのか!?』

『どうなってる!!敵は航空機を持ってないんじゃなかったのか!!』

『クーデター宣言の内容を丸呑みしたのがバカだったんだ!!ブレイク!!ブレイク!!』

 

『注意。レーダー照射を受けている。レーダーに敵機がホップアップ(出現)。ランサー隊より方位080、距離80km。高度4000m』

 

 鳴り響く警報。それがどういう意味なのか、ただの記者であるオーエンは当然知らなかった。

 ただ彼は見方の分からないレーダーに先ほどまでなかった表示が浮かび上がり、刻一刻と接近してくる様子。無線の怒号。そこから彼は場違いなところに来てしまったことだけは理解した。

 機長であるクリスは警報の意味を正しく理解している。ロックオン用のレーダー波が照射されてるというもの。

 本来レーダーとは、常に電波を性能が許す範囲にくまなく放射することで広範囲を索敵する。ロックオンとは、先述の状態で捉えた対象のうち1つ(近年では複数にもできる)に対して火器管制用のレーダー波を長時間照射し、常に居場所が分かるようにすることでミサイルの発射と誘導に備えることだ。

 当然、継続的に電波が放射されるので、レーダーロックは基本感知される。これは、敵のそれを検知した警報だ。

 

『で、隊長の不安が的中したと』

『まあ、こういうときって大抵嫌な形で想定外が起きるよね……』

 

 たとえ後方であろうと奇襲で中距離ミサイルの間合いに踏み込まれているのであれば、隊のどこにいようと危険度はあまり変わらない。軽口をたたきながら、ランサー隊は手早くチャフ(レーダー攪乱幕)をばら撒きつつ旋回での回避を始める。

 ランサー隊に向かっていた中距離対空ミサイルのすべてがチャフに攪乱され、見当違いなところで炸裂した。

 オーエンはその回避機動の負荷で視界が暗闇に閉ざされる。彼は人生を2回経験したが、そのどちらにもこのような負荷を経験することはなかったのだ。

 かろうじて気絶までは行かなかったが、それでも彼の体力を削るには十分だった。すこしして、視界が回復する。

 

「……マスターアーム、オン(安全装置 解除)。ランサー隊はミサイル第一波回避の後、方位080に進路を向けろ。」

『こちらランサー3。ドラゴンスレイヤーはどうしますか?』

『使えないなら捨てろ。スフィア(対空魔道弾)の方が扱いやすい』

 

 突然のエンゲージ(接敵)に狼狽えることなく、ランサー隊は空戦態勢に移行する。しかし、周囲の友軍は混乱に包まれている。中距離ミサイルによる狙撃ですでに撃墜されている機がいる。状況としては最悪だった。

 その状況を把握したクリスは、次に後方座席にいるオーエンが今の回避機動で伸びかけていたことに気づいた。

 

「取材しているところ悪いが、状況を打破しなければならない。気は使うが戦闘機動をすることになる。つぶれて死ぬなよ。」

「は、はい……」

 

 全力を出すことは叶わないが、それでも目の前の火の粉を振り払わなければ死ぬのはクリス達自信だ。

 記者にも、悪いがその覚悟は持ってもらわなければならない。そうクリスは胸の内で呟きながら敵機にヘッドオンする(正面を向き合う)

 

 ――試すなら、今か。

 クリスはそう考えると、搭載したにもかかわらず使いどころを失ったドラゴンスレイヤーの設定を切り替えていく。

 機体のレーダー画面から敵機を選択。HUDに表示された円形表示の中に、対象にした敵機を捉えた。

 

『ランサー2、エンゲージ(交戦)

『ランサー3、エンゲージ』

 

「ランサー1、エンゲージ。FOX1。」

 

 クリスはロックオンを確認してトリガーを引く。それに呼応してドラゴンスレイヤーが機体から切り離され、ロックオンした敵機に飛翔する。

 こちらにもロックオンアラートがなるが、ばら撒くのにためらいがいらない魔術フレア(熱デコイ)をありったけ散布しながら敵機を捉え続けた。

 敵機の意表を突くかのように発射された遠距離ドラゴンスレイヤーに、ロックオンされていた敵機は安直な旋回をした。

 チャフをばら撒いていない。間に合わなかったのか、回避できると踏んだのか。それとも頭から抜け落ちたか。

 

「ぬるい」

 

 そんなことはどうでもいい。

 そうと言わんばかりのランサー1の冷たいささやきとともに、ドラゴンスレイヤーは炸裂した。前方に強烈な散弾が発射され、甘い回避をして腹を見せた敵機の腹を引き裂く。

 それだけが事実だった。

 

「ランサー1、一機撃墜」

 

 記者のオーエン(もろい荷物)を抱えているクリスには格闘戦を行う余裕はない。 遠方からのミサイル狙撃戦で数を減らすに越したことはないのだ。

 

『こちらランサー3。隊長……今何やったの?……ランサー3、スフィア』

「ドラゴンスレイヤーを機体レーダーで誘導した。初期誘導用に機体からのデータを受け取る仕様は外れていないからな。少し弄ればできる。」

 

 対空魔道弾をうかつに近づいた敵機に叩き込みながら、イオンは今起こったことをクリスに問いかける。

 それに対して自明の理と言わんばかりにそれに答えると同時に、今までフレアで誤魔化していた敵弾への対処のため旋回する。

 いまのクリスの先制攻撃に焦ったのか、敵機の攻撃はあまり的確でない。故に、オーエンを気遣った甘い旋回でも問題なかった。

 

『敵機は……Gf-30と少数のGf-45か。襲撃機の方はAs-34だ』

『こちらイビルアイ。ランサー2、敵の国籍表示は見えたか?』

『シュールの国籍表示だけです。ちゃんとは読み解けませんでしたが、シュール空軍のものでも数字の桁が違いました。事前予測ではクーデター軍によって地上で潰されているなんて予測がありましたが冗談じゃない』

「通告数の何倍も航空機を所持しているわけか」

 

 Gf-54。最近こちらで実戦配備前のYMF-22ほどではないがステルス性を持つ戦闘機。

 グレイサイドから流れ込んできた第五世代戦闘機の資料をほぼそのまま使った機体であるが、我々から見れば最新鋭のモノだろうその機体性能は目を見張る。

 Gf-30とAs-34はベストセラー機で、この型の輸出モデルが多く世界に流通している。

 これらにも推力偏向ノズルが搭載されていて機動力が高く、格闘戦に関してはこちらの最新鋭機に未だ引けを取らないポテンシャルがある。

 

 ――どちらも、機体はボレベインの物だ。

 ベストセラーの二機種はどこにでも輸出しているモデルな上、すでにシュール国防軍の空軍が所持していることは確認済みだ。

 だが、Gf-54などという最新鋭機が渡されるとなると話は別だ。それに加え、国連に通知しているそれの、何倍もの戦闘機と襲撃機をシュール空軍は装備しているのだ。

 クリスは嫌悪感を持つ。ドロドロとした、薄汚い政治の匂いだ。

 

 そこまでクリスは思考を現実に引き戻す。政治は一人のパイロットがどうにかできるものではないのだから。

 先ほどまでの動きは決して熟練したパイロットのモノではない。それに加え、どのような状況であろうと機体アラートの『チャフ、フレア!!(ミサイルを攪乱せよ)』を聞き逃すパイロットはベテランとは言えない。

 おそらく敵はこのクーデターを成功させるため、技術的奇襲を目的として航空機を持ち出したのだろう。増やした分のパイロットは、訓練時間はあくまでパイロットとして1人前に飛べるかどうか、といったところだ。そんなパイロットならば、どんな機体を用いようともひどく恐れる必要はない。クリスはそう思案する。

 

『ランサー1。チェック6(六時方向を注意せよ)

「わかってる。さすがにルーキーでも、こっちが派手に動けないことには気づいたか」

 

 かといって、侮ることが許されるわけでもない。

 今までの動き方で、敵が決して強者ぞろいではないと踏んでいたクリスだが、さすがに今のクリスの動きの鈍さには気づかれたようだ。

 二機の襲撃機が後方に張り付いて攻撃準備に入っていた。レーダー照射の警告音が途切れることなく鳴り響く中、できる範囲で回避行動をとる。

 しかし、全長17mのMF-18に対し、敵である襲撃機は基本的に10mクラス。そしてMF-18はこちらが所有する戦闘機の中では、格闘戦が苦手な部類である。運動性は襲撃機が有利な上、今の彼は全力の機動ができない。

 クリスは余剰の魔力出力を防壁に割り当てるよう切り替える。

 

「うわぁぁっ⁉」

 

 記者の気の抜けた声が響く。

 防壁を展開した直後、敵襲撃機の一機が対空ミサイルを発射。防壁に命中し事なきを得るが、機体には激しい衝撃が走ったのだ。機体を覆うように発生した防壁は、衝突した破片を貫通させないだけであって、運動エネルギーを打ち消すようには出来ていない。

 今の一撃で、せっかく展開した防壁が被弾時の魔力損失で消滅する。展開、起動についてはともかく被弾時に防壁出力を上げる、端的に言えば瞬時に防御力を上げるための魔力はバッテリーに蓄えていた分を使うため、バッテリーが底を尽きれば再充電まで実弾ミサイルの被弾に耐えうる防壁を張る魔力がなくなるのだ。このままでは撃たれ続けいずれは墜ちる。

 

「ランサー3」

『わかってますよ。ランサー3、スフィア、スフィア』

 

 だが、クリスは一人で戦ってるわけではない。

 リヒテルの発射した2発のスフィアが的確に敵機だけに喰らいつき、炸裂して細かくなった魔力塊の雨がその機体を穴だらけにしていく。

 

 実弾がドラゴンスレイヤーのみの防空隊は、クリスの見せた荒業以外にはスフィアと機銃でしか敵機を撃ち落とせない。ランサー隊は戦闘機のMF-18(大型機)のため魔力に余裕があるが、味方の襲撃機であるP-16(小型機)は小型のMECエンジン単発式のため魔術弾を連続で発射できない。

 それに加え、敵機のいくらかはステルス性があるGf-54のため、ある程度近づかないとレーダーに映らず、遠距離戦は少し難しい。

 

『イービルアイから各機へ。周辺友軍の被害が大きい。このまま目標への空爆は難しいだろう。本部も撤退の判断を下した』

 

「チッ……遅いんだよ。何機墜ちた」

「ランサー隊以外の残存機は11機。13機墜ちたな」

「……これ以上味方を墜とせない。ランサー隊、最後に牽制の対空攻撃をしたのちに撤退するぞ。逃げる時もありったけのチャフとフレアをばら撒いていけ。」

 

 □

 

 

 理解を超える光景だった。

 空と地面が容易に移り変わり、飛行機だった金属片が何度もそこら中にまき散らされた。

 さらに、驚くべきことに彼は捨てろといったドラゴンスレイヤーを直撃させていた。

 圧倒的な光景に、私は無心でシャッターを切った。

 後で聞いた話だが、ドラゴンスレイヤーは通常の対空ミサイルと違い、移動速度が遅く魔術防壁を張る龍を相手にするため、前方70度ほどにボールベアリング弾を含む強力な破片をばら撒いて吹き飛ばす設計となっている。ミサイルそのものを直撃させる心意気でないと相手に目立った被害を与えられない。それに加えデフォルトはドラゴン用の生体魔力探知式になっている。戦闘機を相手にするためは、発射後も敵を捕らえ続けることでミサイルを機体から誘導し続ける、所謂セミアクティブ方式でないと誘導できなかった(あくまで狙い方であって、正確な表現ではない)。それを彼は戦闘機相手に直撃させた。

 ただ、ここまで悪化した状況を彼ら数人で覆すことは難しかったようだ。

 

 命を無駄に危険に晒すことはない。そういわんばかりに牽制射を打ち込むと、同時に機首を来た道に向けた。

 私は、自らの命を危険に晒したのにも関わらず、彼に強く興味を持つこととなった。

 彼は何者なのか。なぜここまで強いのか。

 

 「すいません……もう一度お名前を伺ってもよろしいでしょうか。」

 「……クリス。クリスファー・アルファス」

 

 □

 

 

 開戦早々の技術的および戦術的奇襲に、この日で国連軍は3割の航空戦力を失った。

 シュール派遣軍としてみれば6割以上の機体が失われた。

 

 また、陸上戦においては降りてきた部隊に、姿を変えた龍がヘリの代わりに航空支援として付随しており、機甲兵力も所持しているという想定外の事態に潰走した。

 国連軍は、開戦直後にも関わらず首都であるガリオン手前まで一気に押し戻されてしまったのだ。



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ささやかな反撃

 滑り出しとしては、最悪の部類だった。

 私が今まで聞いた中では、最も出鼻をくじかれた戦争だといってもいい。

 航空戦力は軍事学上としては全滅といっていい有様で、山の南側に回り込んだ航空隊は全機未帰還になったらしい。

 山の麓で進軍を妨害しようとした陸軍に関しては、龍に加えてヘリやら装甲車やらVMT(人型兵器)まで出てきたらしく、徹底的に叩かれて帰ってきたらしい。

 

 散々。

 この言葉が似あう有様。

 そんな中で、彼らだけは平然として自らの機体の調整をしていた。

 

 ジヌブル海軍第102特務大隊所属ランサー航空遊撃隊

 友軍内からは空の便利屋と呼ばれ、戦闘機と襲撃機の2機種を乗りこなして様々な任務をこなしてきた実戦経験豊富な部隊だ。

 きっと今までも想定以外の状態に追いやられ、そのたびに突破してきたのだろう。あの怒号まみれの無線の中で、彼らと連れてきたAWCS(早期警戒管制機)は冷静沈着だった。

 何があってもパニックにならず、できることを探し、実行して生還する。基礎的でありながら難しいこの任務に忠実だった彼らだったからこそ、今回の見通しの甘い作戦からも生還したのだ。

 

「……もう乗せて取材はさせないぞ」

「わかっています。今は純粋にあなた達の今を取材しているようなものです」

 

 ランサー隊、隊長。クリスファー・アルファス。

 階級は中尉で、寡黙で冷静沈着。

 コミュニケーションは最低限取れるが、逆に言えばそれ以上は言葉を発しない。

 今も、私がまた考えなしに何かやらかすのではないかと、必要に駆られて釘を刺した。それ以上でも以下でもない。

 私が自分自身の無鉄砲を反省したのを見て、問題はないと判断したか愛機の整備に戻っていく。

 

「どういう記事にするつもりなんです?」

「おおっと!?」

 

 後ろからの声に驚いてカメラを取り落としかけた。

 

「ごめん、ごめん……驚かせて……」

「いえいえ……カメラ、ありがとうございます。」

 

 地面に落ちる寸前で彼女が拾い上げる。

 イオン・レグナンス准尉。ランサー隊の紅一点で、普段は天真爛漫な猫のようなパイロットだ。

 ただ、戦績で言えば猛獣の類で、撃墜数は他二人と大差なく鋭く命を刈り取るような戦闘機動が特徴的だ。

 

「……隊長にまた迷惑かけない、よね?」

「もちろんですよ、あの一件でわきまえました。」

 

 また、隊長に対して何らかの大きい感情を抱いているようであり、彼の命をより危険に晒した私の印象は、決していいものではないようだ……。

 おそらく敵機をロックオンするときのまなざしであろう鋭すぎる目線を向けられ、嘘をついてるわけでもないのにたじろいでしまった。

 次、何かしらで隊長の命を危険に晒せば、私は操縦できない戦闘機で彼女と空戦させられるかもしれないと恐れを感じている。

 私が悪いのは分かっているが、あそこまで警戒されるとさすがに凹んでしまう。

 

 あっそ、と言わんばかりに背を向けて歩きだした彼女を見送る。

 それとすれ違いに来た男が3人目のランサー隊だ。

 

「……イオンが迷惑かけませんでした?」

「いえ……私が迷惑をかけた件に関してですから……」

 

 戦闘機乗りとしては大柄で、ラグビー選手と言われても納得できる男。

 リヒテル・オリダン少尉。ランサー2で、知的だが話し上手。ランサー隊の中で最も話しやすい相手でもある。

 彼もクリスに大きい信頼を寄せているようだが、イオンほどではない。

 

「やれやれ……でも留まっていていいのですか?正直、勝ち目が薄い戦争ですが。」

 

 さすがの彼も私がここに残っているのが心配なようだ。

 戦線が押し込まれるところまで押し込まれてしまった現状、ここから逆転できるかと言えば期待薄だろう。

 何より陸軍空軍そろって大打撃を受けている。国連軍であろうと損害はそう簡単に補填できるものではないのだ。

 

 「いいんです……いま私は、あなた方を見ていたい」

 

 そういって彼にカメラを向ける。

 少し驚いた後、笑顔でカメラに目線を向けてくれた。

 

 □

「初戦で大打撃を被った我々は、首都付近までクーデター軍の侵攻を許してしまった。これ以上の逃げ場は母国しかない。」

「そして、ここでシュール政府を見捨てるわけにはいかない。どの国が見ても、このクーデターは理不尽で軍部の許されざる過激派によるものにしか見えないからだ」

 

 国連軍が留まり続ける理由を述べて士気を維持しようとする准将。

 だが、逆効果かそんなことを気にしていないパイロットしかいない今無駄な時間であるのだが、彼はそれに気づかない。

 

「そこで我々はまず、彼らの首都進攻軍の出鼻を挫くことを直近の目標とする。」

 

 モニターが本格起動し、シュール北西部の地図が以前のように拡大される。

 

「作戦の説明に移る。今回諸君ら航空隊は陸軍の集結地の1つになっているブンザルバード近郊を空爆する」

「接近に際しては海上から河口に低空で侵入して発見を直前まで遅らせるように。また、民間区域に被害が極力出ないよう細心の注意を払うこと。」

 

 ブンザルバードは港町として第二の首都と言われるほど発展しており、万が一があれば民間人に多数の被害が出るのは想像にたやすい。

 

「しかし、たとえ河口から侵入したとして都市部進入時に露見することは明確である。都市から集結地点までまともに飛んで3分かかる」

「よって2隊に分かれ、奇襲と露払いの第一次攻撃隊、本命攻撃として第二次攻撃隊とする」

 

 それぞれ隊の名前が分けられた画面が表示される。ランサー隊は第一次攻撃隊の護衛機だった。

 それぞれの目的からか、第一次攻撃隊の方が対空戦力を多く分配されている。

 

「第一次攻撃隊は基地攻撃と同時に上がろうとしている、もしくは上がってきた航空戦力と対空火器を可能な限り叩き、第二次攻撃隊の進路を確保。第二次攻撃隊はその第一次隊の戦果を頼りに集結地を徹底的に空爆する」

 

「以上だ。諸君らの健闘を期待する」

 

 □

 

「少しはマシな作戦になりましたかね……」

「無理を通すために変なことにはなってるけどね」

 

 ブリーフィングを終えて、愛機の最終調整を行うためにハンガーへ向かうランサー隊。

 今回の作戦では、より一層敵航空戦力をそぎ落とすことが期待されている。そのため、彼らはP-16で上がることに決めた。

 物理搭載量と魔力出力こそ低いが、今回の肉薄戦も考えられる状況下においては襲撃機の方がいい。

 

「……俺たちは期待された通りに働いて生き残る。それだけだ、いいな。」

 

「ウィルコ」

「ウィルコ」

 

 いつも通りブリーフィング後の不機嫌モードなクリスは静かに命じ、二人はそれに従う。

 命を懸けるのは、上から期待されていることを成すまで。それ以上のことをして死ぬならやるな。期待されている成果を出すまでの間とて命を安くは扱わない。

 それがランサー隊にある無言の掟。

 いつも便利屋として使われ、時には危険な状況にも放り込まれるランサー隊にとって、破ってはならない掟だった。

 迫る作戦時間に、ランサー隊は素早く自らの機体の離陸準備にかかった。

 

『管制塔よりランサー1へ。離陸を許可する。ランウェイ090に進入せよ』

 

 タキシングの時間が終わり、滑走路に進む。

 進入する前に動翼のチェックと計器のテストを終わらせたランサー1は、早々に離陸体制に入った。

 

 ブレーキを踏んで一時停止。最終チェックを行ったクリスは、ブレーキを解除するとスロットルを上げて機体を加速させる。

 離陸速度を超えたところで操縦桿を少し引く。

 機体はふわりと浮き上がり、地面という束縛から解放されたかのように大空へと舞い上がっていった。

 

『ランサー1、高度制限を解除する。幸運を(Good luck)!』

 

 空港から少し離れたところで旋回し、僚機を待つ。

 僚機とともに飛ばなければ成功する作戦も成功しない。一人でひたすら目的地に飛ぶなど無意味なことだ。

 

『ランサー2、お待たせしました』

 

『ランサー3、上がったよ』

 

 しばらくして他の2機が上がる。

 まだ作戦は始まってもいない。ランサー隊のほかにも第一次攻撃隊が上がっていないのだから。

 一機で飛んでも無駄なように、複数部隊の作戦では一部隊で飛んでも意味がないのだ。

 

 □

 

 編隊を組み、海を低空で飛ぶ。

 元が火山であるシュールの山々。火山性の大地は海底にも影響を与えているのか、美しい海がすぐ近くに広がる。

 ちょっとした観光をしていれば十分な暇つぶしになったようで、龍人の港町が目視できるようになってきた。

 幸い、クーデター軍は海軍をまだ掌握していない。陸地からのレーダー網を回避できれば、海路は今ところある程度安全なのだ。

 

『イービルアイから各機へ。町を通る以上そこまで気にしなくていいが、川を可能な限り低く飛ぶように。橋に機体をぶつけるなよ』

 

 低く飛べば飛ぶほど、集結地の即席レーダー網からの捕捉は遅くなる。

 街にいる兵によって目視で発見されはするだろうが、レーダーに映らない以上敵はこちらの正確な位置まで把握できないし、遠距離ミサイルで攻撃するのも遅くなる。

 

 河口が近づき、橋が見えてきたところで少し高度を上げる。

 クリス達は橋の下をくぐれないことはないが、ランサー隊は編隊の先頭であり、後方の機の先導も兼ねている。

 アクロバットな飛行をして後方の味方を困惑させるわけにはいかない。

 

 港から貨物を輸送するためであろう鉄橋が高速で足元を過ぎ去っていく。

 目の前にも民間用途の橋がいくつも架かっている。

 

『ぶつけたら現地民からどれだけ非難されることか……』

 

 リヒテルが思わずつぶやいた。その直後、通信が入る。

 

『こちらイービルアイ。傍受している敵の無線が騒がしくなり始めた。少なくとも駐留してる部隊には察知されただろう。気を引き締めろ』

 

 傍受しているといっても内容が分かるわけではない。あくまで、通信の量と頻度をキャッチしているだけだ。それでもこれくらいのことを察知することはできる。

 こうなれば、おそらく航空戦力を有しているであろう集結地のクーデター軍から反撃があるだろう。

 奇襲なのだ。ここからは時間との勝負。

 

「聞こえてたなランサー隊。味方護衛のため先行する。少しペースを上げるぞ」

 

 敵の練度が低いと見積もっていたが、それが全体的なのかどうかは別の話だ。元から空軍に所属してる部隊の飛行時間は十分だろうし、その部隊が侵攻していきている軍にいるかもしれない。そうなれば離陸も決して遅くはならないだろう。スクランブル(緊急発進)で2,3機は上がっていることは覚悟しなければならない。

 スロットルを少し押し込み、エンジン出力を上げる。小型でMECエンジン単発のP-16はスロットルからの情報を受け取りエンジン回転数を上げ、即座に機体は速度を増していった。

 

 都会化しつつある港町を抜け、開けた地形に出る。ここまでくれば即席レーダーであってもこちらを捉え始めている頃だろう。

 高度を上げて空戦に備える。

 

『こちらイービルアイ。敵は幸い離陸した直後のようだ。未だ呑気に地べたにいるノロマは味方に任せて、空の敵はお前らが早いところ喰らいつくせ』

 

「ウィルコ。ランサー1、エンゲージ」

『ランサー2、エンゲージ』

『ランサー3、エンゲージ』

 

 離陸した敵機は3機。素人としては速い方だろう。先行して露払いしているため、第一次攻撃隊の本隊が来るまでにもう2機は上がるかもしれない。

 どれも遠すぎて目視がかなわないが、しっかりとレーダーに機影は映っている。それだけで攻撃するには十分だ。

 高度が優位なうちに、搭載できる4発のうち2発持ってきた中距離ミサイルを打ち下ろすかのように発射した。

 

「ランサー1、FOX3、FOX3」

 

 コールする。

 伸びていく白煙は、敵機の行く先を遮るかのようまっすぐ進んでいく。

 ――レーダー反応が乱れた。

 チャフが散布されたのだろう。以前奇襲返しをしてチャフを撒いてなかった敵よりかはマシなのかもしれない。

 

 だが、それだけでは回避できるとは限らない。

 

『……命中。レーダーから消えた』

 

 攪乱は、必ずしも成功するわけではないのだ。

 イービルアイからの報告で、運がなかった1機を撃墜したことを確認する。

 

「先制攻撃はここまでだ。目視圏内になるぞ」

『わかってます。先行して追い込みますよ、ランサー3』

『ウィルコ……っと、味方が攻撃を始めた』

 

 対地ミサイルと爆弾を積んだ味方のMF-15が空爆を開始した。

 集結地の上空なのだ。もたもたしていたら迎撃機に離陸されるかもしれないし、下の簡易対空陣地から地対空ミサイルが飛んでくるかもしれない。

 だから第一次攻撃隊はそれを早急に潰す。

 

 それに対してランサー隊は、目の前で飛んでいるリスク(航空機)を叩き落とすのが今の仕事だ。

 

『敵はAs-34ですね』

「滑走路が見当たらない……外部動力で垂直離陸してるのかな。この状況でよくやる」

 

 この世界には魔術があるが、今の戦争では兵器の汎用性を高めるために用いている。

 今乗っているP-16だって、もともとの設計図では空母離着陸ができない。空母からP-16を使わなければならないという無茶振りをされた場合は、空母の動力を借りた魔術によって、翼にその場で空気を当てて垂直離着陸させることで運用している。

 便利屋にとって、魔術は相棒といっていい。

 

『敵機の後ろを取りました。スフィア……外しました』

 

 そんな魔術だが、P-16はMECエンジン単発。

 サイズに対する出力こそ十二分にあるのだが、その多くが推力に取られて戦闘に使える分は決して多くない。

 故に弾数が実質無限なスフィアも、気を使って撃たねば魔力不足でエンジン推力が低下する。防壁など以ての外だ。

 襲撃機全体の宿命。

 ジェットエンジンに組みみハイブリットにすることで、出力に余裕こそあるがサイズダウンできない戦闘機を見ると、魔術の汎用性という部分を小型化に割り振ってるともいえる。

 

 リヒテルが撃ち漏らした一機はしばらく誘導兵器が来ないだろうと踏んで、蛇行をしつつ攻撃隊に迫る。

 しかし5回目の切り返しの時、横合いから鉛の雨が降り注いで粉砕されていった。

 

『ランサー3、一機撃墜』

 

 イオンは追いかけていたもう一機に振り払われ、再捕捉が容易なポジションのクリスにバトンタッチした後こちらの援護に回っていたのだ。

 切り返しの時の動きが鈍る瞬間を見定めて、軸を合わせての機銃射撃。イオンの存在を認識できていなかった敵機は、切り返しのスキをイオンに対してあからさまに晒していたのだ。

 

『こちらフリューゲル1。見える限りの地対空戦力は焼いておいた。ここから先、対空攻撃される心配はかなり減ったぞ』

『了解した……いやまて、ボギー、ハイスピード。方位010、高度3000。おそらく哨戒にでてた航空機だろう。脅威となるから墜とせ』

 

 異変に気付いたか、地上が呼び戻したのか。あらかじめ任務に出ていた航空機が引き返してきたようだ。

 いや、たまたま別の基地の機体が通りがかったのかもしれない。

 速い。しっかりのこっちの飛行ルートの軸に合わせて飛んでいる。行動に躊躇いが無い――。

 

「……ッ!!」

 

 思考より早くクリスは操縦桿を左に倒していた。

 機体が左に逸れ、その直後クリスのP-16がいた空間を光が貫いた。

 その光は少しクリスを追いかけたのち、消失した。

 魔術を利用した攻性戦術レーザー、それによるロングレンジ攻撃だ。

 

『隊長!無事でよかった……FOX3』

「なんとかな。油断するな、敵は戦い慣れたパイロットだ。いままでの即席パイロットと同じにするなよ」

 

 クリスの機体はすでに2発積んできた来た中距離ミサイルを撃ち切っていた。

 今の敵機に攻撃する手段はなく、ミサイルの発射警告を頼りに接近するつもりだった。

 そこを突かれ、照準レーダーの警告しかないレーザーを撃ったのだ。そも、誘導しないレーザーを使いたがるパイロット自体が少ない。

 完全な不意打ちだった。回避できたのは勘と偶然によるものだろう。

 

 少し弛んでいたとクリスは思った。

 シュール空軍は平均のパイロットはいても、そこから極端に上のパイロットはいないとなぜか思っていた。

 あれは違う。殺意が。

 偶然ではない、作為的にあのレーザーは回避方向に僅かながら薙ぎ払うようにしてきた。

 

 イオンが放った中距離ミサイルは真っすぐ敵に突き進み――。

 

「馬鹿なっ!!」

 

 ――光に飲み込まれた。

 レーザー砲による迎撃。反撃のための時間をこちらに少しでも与えない魂胆だ。

 確かに、敵は真っすぐこちらに突っ込んでくる。そこにミサイルを撃ちこんだところで迎撃は容易だったかもしれない。

 だが、そんなことまともなパイロットは考えない。

 

「敵は戦い慣れている。気を抜けば、食われる」

 

 通信に乗せながらも、自分に言い聞かせるようにそういうと、クリスはエンジンの出力を上げて上昇した。



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龍の吐息

 ――外れた。

 男にとって、それは驚嘆に値した。

 グレア・フィリップス。それが彼の名だ。階級は大尉。

 かつてボレベイン空軍へ教練を受けに行き、実戦も経験した龍人だ。

 

 僚機と哨戒任務に出た直後、基地から『ブンザルバード近郊に集結した陸軍が空爆を受けている』という旨の連絡が入り急行した。

 そして、中距離ミサイルを撃ったと地上から報告を受けていた襲撃機を標的として、Gf-54のセンターパイロンに搭載された魔道多目的砲のレーザーモードを発射した。中距離ミサイルを撃ち切っているならば、一方的に攻撃できるはずだからだ。

 だが、奇襲にも関わらず敵機は回避した。僚機のリカバリーも早い。

 中距離ミサイルを即座にこちらへ向けて発射し、狙われた味方機の体勢を立て直す時間を稼ごうとしている。

 

 「……させるか」

 

 回避機動を取れば時間を取られる。それは敵の思惑通りだ。

 敵の思惑に乗ってやるのは気に食わないし、当たり前だが乗るということはこちらが不利になる。

 撃とうとしてミサイルに切り替えていた武装を、多目的魔道砲のレーザーモードに戻して、レーダーとそれを反映させたHUDを睨みつける。

 こちらに真っすぐ向かってくるミサイル相手なのだ。照準は、簡単についた。

 

「レーザー発射」

 

 機体記録に残すように兵装の宣言をしながら、静かにトリガーを引く。

 機械の計算と照準補助が入れられている正確な砲撃は、グレアを狙ったミサイルを正確に消し去った。

 

 Gf-54、正確にはそれのA型は決して魔力出力に優れてはいない。

 ――実は、最新鋭と宣っておきながら、エンジン回りはかなり旧来通りの設計なのだ。

 なぜならばA型は形を整えただけの先行試作型であり、実戦データを得てからエンジンを最新のステルス前提設計型に差し替えることで、ボレベインの国防軍向けモデルにするつもりだからだろう。

 ゆえに、今の出力はグレアの魔力も投入して強引に増大させた一時的なもの。現代戦闘機で言うならば、アフターバーナーといったところか。

 

 さて、どう出るか。

 高度な曲芸というべきか、それとも奇行というべきかその判断のつかない二発のレーザー(なお、この行為は友軍すら度肝を抜かれた)。これを見た敵航空隊の動きを観察する。

 

 □

 

 「直進だけはするな、あのレーザーの精度は高い。散開して接近しろ」

 

 戦場では、悩むのは手を動かしながらでなければいけない。突っ立っている暇はない。それが隙となって撃たれて死ぬ。空にはまともな遮蔽物がないうえに、常に進み続けなければならない為、尚更それが際立つ。

 クリスはこの戦闘機――Gf-54の戦闘能力を考えつつ、手は戦闘機動を取っていた。まともに直進していればレーザーの的だとミサイルの狙撃を見て理解したクリスは、常に機動を不規則に変化させながら接近を試みる。

 敵は中距離ミサイル持っていないのか。持っているとするならばなぜ発射しないのか。奇襲効果が得られなくてもマルチロックで全弾を発射していれば数を減らせたかもしれないのに。

 そうクリスは思案しながら接近を続ける。

 

 その直後アラームが鳴り響く。レーダーロックだ。

 ミサイルを抱えていないわけじゃない、下手に近づけばそれはそれで命はない。

 そういうつもりか。とクリスはわずかな声でつぶやく。

 積んでるのはこちらと同程度の射程を持つ赤外線補足式の短距離ミサイルだろう。任務の特性を考えれば、中距離ミサイルは積んでいるだろうが、あえて使わなかったのか?

 なら、後悔させてやる。彼の結論は出た。

 

 武装を選択する。

 こういう時のためにおあつらえ向きの魔術砲がある。何より、今は攻撃に魔力を使う場面じゃない。近距離に踏み込んで一方的に攻撃できるならミサイルでいいのだから。

 クリスはそこまで思考して、短距離ミサイルの間合いを探る。

 突然、ミサイルらしき物体の射出をレーダーが捉えた。

 来た、彼は呟きながらトリガーをかなり短い間隔で2回引き、それと同時に実体フレアも射出する。

 直後右に機体を傾けてスライド。

 

 発射された――というより、砲身から切り離されたように見える魔道弾は、攻撃よりも攪乱用。エンジンから放出される赤外線(熱反応)をそっくりそのまま模した波長の赤外線を放出して、敵機の熱感知式センサーを欺瞞するフレア弾。調整されているといえただの赤外線、つまりは熱を放出するだけの魔術のため、2連射しても魔力面ではそこまで負担にはならない。もちろん、逆に銃身に対して熱の負担はかかるが。

 

 完全とは言えないだろうが、大量に襲撃機と思われる熱反応が増殖し、しかも2つはコースを維持して接近してくるように見えるのだ。

 ミサイルは、コースを維持するフレア弾に引っかかった。熱の塊であるフレア弾を、炸裂した弾頭の破片が粉砕する。

 こっちはフレアに対して別のコースを取ったため、はっきりと敵の熱反応が見える。

 短距離ミサイルの間合いにはとっくに入っている。

 レーダーによるロックが完了し、初期誘導のための機体レーダーによる誘導が可能の状態になる。

 敵の僚機も横にいて、そちらにもロックオンが終わっていた。

 

「ランサー1、FOX2、FOX2」

 

 発射した後に、今度は右に上昇しつつ旋回する。

 もし墜とし損ねれば、次は格闘戦だ。位置エネルギーを蓄えつつ、適切な位置と間合いを今のうちに見極めねばならない。

 アフターバーナーまで使って、一気に上昇する。

 撃墜は部下かイービルアイが確認してくれるだろう。

 

『……隊長のミサイル、2発とも命中せず』

「了解した。こちらがおとりになるから確実に墜とせよ」

 

 ランサー3、リヒテルの報告。

 こちらのもフレアに引っかかったか。

 

『敵機が散開、レーザー撃ってきた方が隊長の方に行くよ!!』

「もう一機は?」

『ランサー2と旋回戦をする気みたい。隊長は私が援護……』

「あっちから援護要請があればあちらに行け。ミサイルを撃ち切って墜とせなかった時もだ。」

『しかし隊長……』

「命令だ」

 

 これほどの相手だ。僚機の実力もまだ見えていない。

 このレーザーを撃ってきた敵のドッグファイト能力次第では、クリスが単騎でさっきの敵と同じレベルの奇襲をした方が、まだ確率が高いかもしれない。

 そうクリスは思考し、この命令を出した。

 

『……ウィルコ』

 

 しぶしぶ承諾した。クリスに大きい感情を抱いているイオンにとって、徹底的に支援することを禁じられたと同じ状態だ。

 納得しないのは当然だろう。

 それをクリスは押し切った。

 

 ミラーで後ろを見ると、二機が背中についているのが見える。敵機とイオン機。

 クリスはイオンと呼吸を合わせたのち、続けていた右旋回をやめて直進し始めた。

 

 『ランサー3、FOX2』

 

 その機動の変化反応が間に合わず、敵機は旋回するのが遅れてクリスの後ろから引き剥がされる。イオンはその敵機の背中に容赦なく短距離ミサイルを撃ち込んだ。

 射線がかぶっていたら、味方のエンジン熱を誤ってロックオンしてしまうかもしれない。故に、こういう機動が必要なのだ。

 

『こ、コブラ!?複数戦で!?』

 

 ミサイルの発射にタイミングを合わせ、敵機は機首を急激に引き上げることで高度を維持したまま減速する。場合によってはその場でホバリングまでできる、コブラという戦闘機動。

 急激に減速した敵機は、ミサイルとイオン機に急速に接近する。ミサイルは起爆せず敵機のすぐ近くを通過し、イオン機は敵機を追い越してしまった。

 

 ミニマムキル。母機との距離に反応する安全装置だ。

 対空ミサイルは爆発することで、自らの破片を銃弾と見まがう速度でまき散らし、敵を攻撃する兵器。

 その関係上、被害範囲はミサイルの進行方向だけではない。近すぎれば、発射した母機にも被害が及ぶ可能性かある。

 そのため、発射してからあまり時間経っていない――母機との距離が近い時には安全装置が働き起爆しない仕組みになっているのだ。

 それを利用した。そもそもがかなりの近距離でミサイルを撃ったために起きた現象だった。

 

『なら、そのスキをもらいます。ランサー2、FOX3』

 

 だが、この行為は合理的とは言えない。

 本来ドッグファイト、それも複数機いる環境であからさまに速度を落とすのは自殺行為だ。速度を失えば、そのあと激しい戦闘機動をしたときに失速して墜ちかねない。急旋回やその他激しい動きは速度、言い換えれば運動エネルギーというリソースを消費して行うものだ。それの不用意な減少は選択肢の切り捨てとも言い換えられ、いざという時に自分の首を絞める。当然、敵としてはそれを見逃すはずがない。

 

 中距離ミサイルをまだ抱えていたランサー3は、敵僚機を引き剥がしてミサイルで狙撃する。レーダーロック式のミサイルである中距離ミサイルは、正確に敵機を捉えていた。

 当たる。リヒテルはそう確信していた。

 

 その直後、リヒテルのレーダーから敵機が消失した。

 

『……敵機レーダーロスト!?これは一体!?』

 

 命中したにしてはレーダーから消えるのが早い。あまりにも不自然だった。

 発射したミサイルのレーダーからもリヒテルの機は消失していることだろう。目標を見失ったミサイルは、間違って味方を再ロックオンしないよう自爆した。

 

 無茶の連続をする、とクリスはその様子を聞いていて思った。

 魔術で電波を拡散か吸収することによって、電磁波の反射を極端まで減らしたのだ。元からGf-54はステルスをある程度考えられて設計されている。塗料も電波を攪乱吸収するものを使っているだろう。そこに魔術で追加の電波対策を行えば、近距離なのにもかかわらず、ロックオンを維持できないレベルでレーダー反応を抑えることができるのかもしれない。

 減速の隙を狙ってくるこちらのミサイルが短距離ミサイルではなく、レーダー式中距離ミサイルであることを読んだ対策。これが短距離ミサイルならば効かなかっただろうに。

 そして、そこまでして今のポジションを維持するとなると、敵の狙いは。

 

「ランサー3、ブレイク!」

 

 直後、強烈な音が響く。

 機銃だ。

 

「ランサー3、状況報告。無事か?」

『左翼に被弾。だけど飛行に支障はないよ』

 

 幸い致命傷ではないようだが、状況を変えなければ墜とされるかもしれない。

 何しろ襲撃機の翼には燃料タンクの代わりに魔力バッテリーがある。スフィアやその他の一時的に高い魔出力が欲しい時に使うものだ。イオンは無茶を通すために使う魔力を半分失ったに等しい。

 なにより、イオンは後ろを取られている。あの敵は急減速した後なのにも関わらず、イオンは引き剥すことがいまだに出来ていない。

 おそらく急減速を燃料式のアフターバーナーによる加速で無理やりリカバリーしたのだろう。それならステルス魔術に回す魔力を確保しつつ速度を取り戻せる。この世界の戦闘機はMECエンジンとのハイブリッドだから、一瞬だけなら燃料はそこまで心配しなくてい。

 

 乱暴な飛び方だが、それゆえに読みを外すと手痛い。

 

 クリスは回り込むようにあの乱暴な機体の後ろを取ろうとするが、そこでロックオン警告が鳴る。リヒテルに引き剥がされた敵の僚機が今度はこちらの後ろについていた。

 やってくれる。そう脳裏で呟きながら左に旋回して回避機動を取る。

 

「警告!敵が機首を隊長に向けて――!」

 

 その瞬間、一瞬後ろに向けていた視線を前に戻す。そこで敵の機影がこちらを向いてるのを目視した。

 敵の機動力を甘く見ていた。左旋回を続けていたイオンを追いかけて同様に左旋回していた敵は、こちらの回避機動に合わせて一気に機首を上げてこちらを射線に入れたのだ。

 襲撃機の運動性能すら凌駕する、尋常ではないハイG機動。人間ならば潰れて死んでもおかしくない程の異常な急旋回だ。そこまで来て、相手にしているのが龍だったことを今さらながらに自覚した。

 ロックオン警告はない。ノーロックでのレーザー攻撃狙い。

 

 「上、等ぉっ!!!」

 

 クリスは珍しく声を荒らげる。それだけ無茶苦茶してくるなら、こちらもやってやる。という、苛立ちからだった。

 魔術弾頭、設定。トリガー。

 

 半透明の汚い色をした弾頭が発射され、しばらく進んだ後に破裂して霧のような何かが散布された。

 その直後レーザーが発射され、霧に命中する。

 戦闘機の薄い装甲ならば蒸散させうる出力のレーザーが、狭い面積の中で乱反射して目を焼くほどに輝いた。それに目を向けず(目を向けていたら下手をすれば失明する。)襲撃機の運動性を全力で発揮した宙返りをする。今の魔術行使で、バッテリー内の魔力は今のでスッカラカン。魔術の慣性制御によるGの緩和など、今のクリスとこの機体には出来ない。

 猛烈なGがクリスを襲う。目の前で見た龍のハイG機動には劣るが、龍ならざる身にはこれが限界だ。

 それを歯を砕きそうになるほど食いしばって耐える。

 

 宙返りが終わったところで、光が消える。今の光で幻惑された敵機が、無防備に姿勢を維持したまま飛んでいた。

 

「ランサー1、GUNS(機銃)!!」

 

 間合いは維持している。

 素早く敵機を照準に収めたクリスは、即座に武装を機銃に切り替えてトリガーを引いた。

 毎分約6000発、1秒に100発の弾丸が敵戦闘機に殺到する。このような連射速度のため、クリスがトリガーを引いていたのはほんの一瞬。それで十分だった。

 その一瞬のうちに放たれた莫大な数の銃弾が、敵機のいたるところに突き刺さり、特に銃弾が集中していた右翼が千切れた。揚力の不均衡が発生した敵機は、きりもみ回転しながら落下していく。

 

「ランサー1、一機、撃墜した……」

 

 息が切れる。全力の戦闘機動による疲弊。

 それでも休むことは許されない。敵機はこの隙を狙ってくるはずだ。

 

『イービルアイより各機へ。第2攻撃隊が到着、集結していた戦力は撃滅され、残った敵は大急ぎで引いていく。作戦成功だ』

 

 ……あの、レーザーを撃ってきた奇行だらけの戦闘機は撤退している。

 こちらは、逃げに徹されたら追撃できる兵装を持っていない。中距離ミサイルだって撃ち尽くしているのだ。巡行速度の差という問題もある。

 何より作戦目標は達している。

 首都を直接攻撃できる部隊を退け、すぐには致命的な攻撃は来ないことが予測できるからだ。

 攻撃機隊は、持ってきた爆装のすべてを撃ち切ってしまい、それでなお余裕があったので対地魔術弾のカットラスを使って敵地上軍を焼き払っていたとのことだ。

 それだけの攻撃をしたというのなら、かなりの規模の戦力を削ったと思っていい。

 それこそシュール陸軍の何割かだろう、といった塩梅でだ。

 

 一歩前進、とりあえず。

 勝てる戦いではないだろうが、クーデター軍への抵抗はもう少し続けられる。

 

「作戦成功。基地に帰還する(RTB)。ランサー3、大丈夫だな?」

『基地に帰還するだけなら大丈夫そう。バッテリーがダメになっただけみたいで、駆動系にはダメージが入ってないのを確認したから』

 

 無理をした体と機体を労わりながら、基地のある方角に機体を向けた。

 敵の対空陣地が無いと予測されている今、無理に海から帰る必要はないのだ。

 

 □

 

「くそっ……」

 

 墜とせなかった。それが屈辱的だった。

 レーザーを無力化するために、チャフ代わりに対レーダージャマーとして使われる、金属片の混じった霧を発生させる魔術を使うとは。

 完全に盲点であり、それが原因で僚機が致命傷を負った。

 なにより龍よりも体がひ弱な癖に、その目の前で体を張った機動をして撃墜していったのが、逆鱗に触れられたがごとき怒りを掻き立てた。

 我々に劣る身体能力の人間が、6Gに耐えたと喜んで攻撃に移るのが腹立たしい。

 龍であるならば、10Gまで普通に耐えられる。我々の方が戦闘機に適しているはずなのだ。

 

 基地から引き返すよう命じられた時はふざけるなといきり立ったが、無視して深追いしていたら墜とされていたかもしれない。

 その思考が浮かんでくることがまた腹立たしい。

 あの一機だけでなく、部下と思われる2機もかなり練度が高かった。他の部隊よりも戦場慣れしたパイロット達。

 

 次は墜とす。そう怒りを込めて呟きながら、グレアは帰路を急いだ。



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天空の要塞

 ――蜂起の数か月前。

 

 「兵器に頼るだと?ふざけるな!!あんなものに頼らずとも!!」

 

 赤い体躯の巨龍が怒声を上げる。屈辱的な内容だったかのように。

 

「貴様は、海の向こうでの戦いに染められたか!!」

 

 巨大な、龍のための会議場と思える場所、その中央に人の姿をしたグレアはいた。

 

「無論、我々の体も知能も人間を遥かに凌いでおります……が、それゆえに兵器たちが泣いているのが見えるのです」

 

 そのグレアの言葉に多くの龍がどよめいた。いや、困惑や呆れという部分が強いか。

 これは、海外に赴いたグレアの意見を、クーデター軍首脳部が聴取するために開かれた会議。

 そこでグレアは、上層部の保守的な考えに真っ向から反対する兵器推進派の立場を取ったのだ。

 

「どういうことだ?」

「現代の兵器、特に航空機などはもうすでに、貧弱な人間の手に余る存在となっているのです。我々強靭なる肉体を持つ龍が使ってこそあれらはその全力を発揮できるのです」

 

 そこで回りの様子を見るために一呼吸を入れる。グレイは怪訝な顔をしている会場中の龍の視線を浴びることになった。

 だが怯むわけにはいかない。いや、まず怯むはずがない。

 今の戦場で必死に戦う人間たちの殺意を肌で受けて戦ってきた。その時の殺気と比べてしまえば大したことはなかった。

 

「もちろん、そのような兵器に身を預けること自体屈辱的、という価値観があることは理解しています。ですが、彼らの土俵でもって彼らをねじ伏せることができるのならば」

「貧弱な人間どもに最大級の否定を叩きつけられるというわけか」

 

 

 持ち帰る、という塩梅で会議は終わった。

 

 今のは方便だ。

 会議室から部下とともに出たグレイは、苛立ちを隠しながら廊下を歩く。

 

 今の龍は音速を超えて飛ぶことはできないし、優れた視力をもってしてもレーダーの索敵範囲には敵わない。

 かつての名だたる強者の龍ならできただろう。だが、今は違う。そんな強大な力を持つ龍は今の時代の軍にいない上、それをカバー出来るほど圧倒的な数がいるわけでもない。その程度の者達が龍の体に戻ろうとも、兵器で対応できてしまう。射程も、防御力も、速度も、上回るものが兵器として存在しているのだから。

 そんな戦いをすれば、ただ敗戦するだけではない。龍の懐古主義者たちは現実を見ていない愚か者であり、山に籠って威張っているだけのトカゲとして、今後長きにわたって後ろ指を指され続けるに違いない。それだけは何としても避けなければ。

 

 だが、人間は兵器に呑まれつつある。先ほどの人間の手に余る存在となっている、というのは事実だ。MF-15の時点で、人間の貧弱な体では耐えられない戦闘機動が行えるようになってきているのだ。これを飲まれているといわずしてどうする。それ以外にも、人間という脆弱なパーツを乗せなければいけないという制約が、多くの兵器に足かせを嵌めている。

 

 ならば、その枷を龍という強靭な肉体を以って外せばいいのだ。

 遠距離ミサイル戦に移行しつつあるのは認めよう。だが、そこからの回避、そして格闘戦において龍がパイロットを務めていた方が圧倒的に有利なのだ。人間は8Gで機動をすれば精密検査行きだが、龍人ならば10G以上で機動しようともそのような必要性が発生しない。

 何より持って帰って来たGf-54に、龍の圧倒的量を誇る魔力を使ってステルス魔術を行えば、レーダーからほとんど探知ができなくなる程なのだ。MECエンジンを介すならば楽に。介さずとも問題なく発動できる。それで近距離に潜り込み、龍の肉体を以って貧弱な人間を乗せたノロい敵機を格闘戦で叩き潰す。戦闘機の性能を十二分に引き出した素晴らしい戦法だと思うのだが。

 

 自分が空軍だったために空戦でのたとえになったが、他の部分でも同じことが言えるはずだ。それをわざわざ龍至上主義としてのプライドのため、無意味にするのは無駄が過ぎる。

 

 このグレアの考えが上層部に理解されるまで、もう少し時間を要した。だが、それが国連を序盤にて叩き潰すことになる。

 

 □

 

「集まったな。ブリーフィングを始める」

 

 集められ、いつも通りの切り出し方で准将がブリーフィングを始めた。

 

「こちらの対空レーダー網が回復してきたことにより、敵の大規模空輸団の動きを察知できた。先の作戦での陸軍戦力を補充するものと思われる。これに対して我々は、レーダー探知の面から襲撃機3飛行隊を用いて奇襲を仕掛け、その後戦闘機隊を用いて混乱した残存兵力を確実に撃墜する」

 

 敵の予想される飛行ルートが表示される、山腹からガリオンの北東に向けて飛行をしているらしい。

 それをインターセプトする形で空輸団を攻撃することになる。

 

「敵はすでに行動中だ。スクランブルのつもりで迅速に事に移れ。質問がなければ解散とする……ないな、解散!」

 

 襲撃機での先制攻撃に選ばれたのは、スワロー隊、クリオネ隊、キラービー隊。

 襲撃機を主として運用している隊だ。

 襲撃機はそもそものサイズが小さいためレーダーに映りづらく、特に工夫をしなくても奇襲しやすい。

 しかし搭載量も低いため、大部隊を襲うとなると火力が足りなくなる。そこで後詰に戦闘機がたんまりミサイルを持ってきて弱った敵を叩くのだ。

 これが空の敵に対する奇襲作戦においてメジャーになる戦法の1つになっている。今回ランサー隊は後詰をする役回りだ。

 

 □

 

 作戦空域に向かうランサー隊。すでに襲撃機たち先行攻撃隊は作戦空域に足を踏み入れている頃合いだろう。

 空域は大きな雲が立ち込め、まるで迷路なのではないかと思ってしまうほどだった。

 襲撃機たちがしっかり暴れられてるなら、敵はこちらの接近に気づいてるか問わずこちらに牽制もまともにできないだろう。

 中距離ミサイルでこちらを狙撃しようにも、その体勢を取ればその背後から襲撃機に襲われることとなるのだから。

 

 『イビルアイよりランサー隊。よく聞け、襲撃機隊との連絡が取れない。撃墜されたのではなく、ノイズが酷くて話にならないという方面だ。レーダーでは生きている。おそらく強力なジャミングが掛かっている。データリンクもノイズで使えたものではないから、先行部隊とのデータリンクをあてにせず狙撃しろ』

 

 冷ややかでめんどくさそうにしている声が無線から響く。

 データリンクを構築するのはAWCSであるイビルアイの仕事だ。できないからと言ってサボることは許されず、相手が健在であるならば連絡を定期的に行い可能になった時点で構築にかかる。

 戦闘中に回線が復帰したなら、戦闘管制を行いながらその業務を行うことになる。

 イビルアイの管制業務を行っているのはアクローエ・スカルト中尉という女性で、他人の4割増しの視野とそれを処理しきれる情報処理能力を持つという魔眼所持者なのだが、そんな彼女とて戦闘中のデータリンク構築は面倒くさいことに違いないのだ。そもそも面倒くさがりなのもあるが。

 

 ちなみにイビルアイはランサー隊とともに行動している。AWCSはいくら高高度を飛んだところで発見される確率は低くなく、奇襲効果が減る可能性を否定できないのだ。

 ゆえに通信中継が可能なギリギリの距離で待機して、ランサー隊の到着を待って空域に接近することとなった。

 だからだろう、ジャミングで簡単に交信不能になってしまった。減衰した遠距離通信電波がジャミング電波に勝てる道理がなかったのだ。

 

「了解、イビルアイからのレーダー情報をもとに先制攻撃を行う。聞いてたな。中距離ミサイルの準備をしろ。射程には入ってるがあと少しだけ近づく」

『コピー』

『コピー』

 

 射程圏内まであと僅か。ジャミングが掛かっていることも考慮して射程距離より少し踏み込んで撃とうとクリスは考えた。

 搭載量が多いといっても、短距離ミサイル2発を含めて合計12発。無駄撃ちすればいくらかの輸送機を逃すことになるかもしれない。

 スフィアは決して高火力とは言えない。戦闘機相手ならともかく、巨大である程度防御性能を持つ輸送機相手になると若干心もとない。中距離ミサイルは外すわけにはいかないのだ。

 雲で視界が通っていないが問題ない。見えてなかろうと雲の向こうだろうと、イビルアイのレーダー情報を頼りに初期誘導は行えるはず。

 

『……とうしろ!!イビ……イ!!!こちらキラービー1!!!』

『今聞こえた、キラービー1。どうした』

 

 タイミングが悪かった。

 ランサー隊は各機2つづつ、計6機の敵の反応に対してロックオンし、トリガーを引いた直後だった。

 6発のミサイルが作戦空域を引き裂いていく。

 

『緊急事態だ!敵はガンシップを出してきた!』

「ガンシップだ?」

 

 ガンシップ。大型の対地攻撃機。

 普通の攻撃機や爆撃機と違うのは、ミサイルや爆弾ではなく文字通りガン、つまり弾丸としての砲弾を発射して地面の軽装甲目標に対して攻撃することを主眼に開発された機体だ。

 基本的にベースは輸送機であり、大型で機動力はなく攻撃力も中途半端だ。

 問題は、それでなんでキラービー1が慌てているかだ。戦闘機や襲撃機に対して、そこまでの攻撃力はないはずなのだから。

 

『すまない……とっさにガンシップと言ったが、あれが正確にガンシップなのかは自信がない。まるでハリネズミだ』

 

 そこでクリスも異変に気付いた。

 ミサイルは2発命中し、輸送機らしき反応が2つ消えた。残り4発はというと、手前の航空機の前で消されてしまった。

 迎撃されたのか?

 

『ミサイルもかなりが叩き落されるし、油断すればミサイルが飛んでくる。手に余ってるんだ、助けてくれ!』

『だ、そうだ。ランサー隊、警戒して接近せよ。回避できる状態を維持してな』

 

 雲に突入し、突き抜ける。

 一層迷宮の中に迷い込んだと思える、そんな空間の中に奴はいた。

 

 異形。

 

 その言葉が似合う機体であった。

 輸送機より一回り大きい全翼機。大きなエンジンと翼を持ち、そこら中に円盤状のパーツがついている。

 後方に伸びるように対空ミサイル(SAM)ポッドらしきユニットが伸びている。

 その手前の方のパーツが展開した。

 

「――全機ブレイク!!!」

 

 とっさにクリスは言い放ち、操縦桿を右に倒す。ランサー隊の二人もそれに倣って散開した。

 直後、展開した部分から複数の光球がランサー隊の方に向かって発射され、ランサー隊に殺到する。

 

 スフィアだ。ランサー隊たちの迎撃を開始したのだろう。

 

 回避機動を始めていたランサー隊は被弾を免れた。

 左に回避したイオンはガンシップ――正確には違うだろうが、そう呼ぶことにした――に機首を向けるべく右に旋回して、狙いを定める。

 

「ランサー3、スフィア」

 

 射程圏内ぎりぎり。小手調べとして実体ミサイルを消耗するのを控えるため、火力が出ずとも消耗なく敵の見方を伺えるスフィアをイオンは発射した。

 スフィアが的確に敵ガンシップのエンジン部に突き進む。

 ほかの機体も狙われないようにしながらその様子を観察していた。

 

 そして、スフィアは撃墜された。円盤状のパーツから単純な物理衝撃を与えるタイプと思われる魔道弾を対空機関砲として連射し、スフィアを粉砕した。

 もう言葉も出ない。

 先の作戦で遭遇した変態戦闘機といい、シュールは奇人変人の寄り合い所帯なのか?とクリスは邪推するほどであった。まあ、あの大型機が少数の龍で運用されているのならば、少しは合理的な運用方法かもしれない、とクリス思考に付け加える。

 

 MECドライブはその性質上、複数人で運用すると効率が低下するという特性がある。

 違う魔力波長がその機械の系内の中にあると、何十、何百回と繰り返すMECドライブの増幅サイクルすべてに干渉して無視できないエネルギーロスが発生するらしい。詳しいことは魔術力学者に聞かねばならないが。

 そのため、一般的にMECドライブ、およびMECエンジンを実用的に運用できる最大人数は4~10人と言われている。それを超えると出力は目に見えて低下するとかなんとか。

 ちなみに人をエンジン扱いすることになる、という屁理屈で、条約でも10人以上の乗り物にMECドライブやそれに準じた魔道永久機関の利用、応用をすることを禁止している。

 

 相手は龍だ。魔力量は人間のそれを遥かに凌ぐ。脳構造も違うだろう。

 だが、あれだけ派手に魔術行使をしているとなるとMECエンジンでないと説明できない。永久機関でない魔力増幅機関であのような性能は龍でも無理だ。ゆえに少人数。

 魔力投入によるエンジンブーストと、魔術的リンクに起因した思考制御による火器管制が、あの異常な戦闘能力を実現させているのかもしれない。

 

『この状態を知った上層部から通達だ。こいつは脅威になる。撃墜、ないし打撃を与えるようオーダーが来ている』

「やり方はひらめいた、イビルアイに働いてもらう。」

『ほう、聞かせてもらおうか』

「単純だ、15機による同時飽和攻撃。先ほどまでの12機での散発的な飽和攻撃はあっただろうが、今の数で完全に同時ならきついだろう」

『その管制をやれということか』

「複数発撃つ機体に関して、軌道を散らすこともやってもらう」

『やれやれ、人使いが荒い』

 

 そういって彼女はその準備にかかる。

 その間まで、こちらは墜とされるわけにはいかなくなった。

 そんなクリス達の思惑に気づかれたかのように、敵ガンシップから対空ミサイルが発射される。

 一機につき2発だろうか。確実に墜としに来ている。

 

「チャフ、フレア」

 

 敵の対空ミサイルがどっちの誘導方式か確認していないため、どちらも放出しながら回避機動を取る。

 イビルアイのことだ、時間を取らずに用意を終わらせるはずだ。そうクリスは思いながら操縦桿をひねった。

 

『クリオネ4被弾!尾翼を掠めただけだ!まだ飛べる!』

『墜ちるなよ!誰か墜ちたら勝てなくなるかもしれん!』

 

 ランサー隊ならこの弾幕程度で墜ちるようなダメージを食らうと思いたくないが、味方は別だ。

 練度は分からない。国連軍の一般水準程度は期待したいもの。だが、このような派兵に乗り気ではない国が、腕の良くないパイロットを送ることもありえないことではないのだ。

 幸い致命的な損傷を受けた機体いないが、このまま攻撃を受け続ければリスクは上がる。腕の悪さにも比例して。

 俺たちだけ生き残っても仕方がない。それに本来の任務は輸送機の撃墜、手間をかけすぎるわけにはいかない。

 再び敵は攻撃してくる。

 

「敵、スフィアを発射。SAMでの時差攻撃に注意」

 

 今度はスフィアによる同時攻撃。SAMは撃ち尽くしたのかもしれないとクリスは推理する。なにせさっきは15発も撃ったのだ。それまでの使用数を考えると先ほどのようなこちらに対しての制圧攻撃はできないだろう。

 だが、思い込んで墜とされないようSAMの存在を脳内から削除することはしないし、味方にも伝えない。伝えればそれを意識して油断させてしまう可能性があるため、伝えるのはSAMを忘れるなという遠回しの警告だけ。

 

 スフィアはそれ自身に敵の認識能力はなく、戦闘機から魔術的に遠隔誘導をして敵を追尾させている。

 となると、この距離であればレーダー誘導だろう。襲撃機はともかく(クリス)の居る位置は中距離の間合い。センサーがミサイルとともに接近するミサイルは、途中で赤外線探知などでの再ロックオンが効く。しかし母機のセンサーに頼っているスフィアは母機と敵機の距離に合ったセンサーしか使えない。

 つまり、この中距離という間合いではまともに機載赤外線センサーに頼れない。敵はレーダーで誘導している。

 

 旋回し続け、一周してSAMの回避を始めたところの少し下あたりに戻ってくる。

 すでにそこには先ほどチャフが散布されている。時間があまり経ってない今なら有効な状態のチャフの雲が残っているはずだ。

 当たりだったのか、スフィアは見失ったかのようにチャフの雲に突っ込み、あらぬ方向へ飛んで行った。魔力が拡散しきって消滅する。

 ほかの機体も回避したか致命傷を避けたようだ。

 フレアを撒けば確かに万全だっただろうが、時間稼ぎがしたい今、目立つ行動はあまりしたくない。

 

『イビルアイ、準備で来たぞ。カウントダウンを始める。こちらから送られてきたデータをインストールしつつ各機指定したポイントに向かえ』

 

 仕事が早すぎるな、これではガンシップの方がかわいそうに思えてきた。

 クリスはそう頭の中で呟きながら進路を指定されたポイントに向ける。移動中に受信したデータの処理も怠らない。

 

『敵ガンシップ、スフィアを発射!』

「チッ」

 

 タイミングがずれるのを嫌って、回避は最低限にしてチャフを再度散布した。

 しかし、衝撃。

 

「ランサー1被弾」

『隊長!?』

「安心しろランサー3、右尾翼にダメージ、飛行に支障はない」

 

 チャフの効果が出切る前にスフィアが至近で炸裂した。

 防壁を張らなかったのが仇になったが、致命傷ではないしガンシップ相手にドッグファイトする予定もない。これからの作戦に問題はない。

 敵の護衛戦闘機や襲撃機が襲ってくる様子もないので、そこはしっかり先行部隊が仕事をしたのだろうとクリスは静かに感謝の念を抱く。

 

『同時攻撃カウントダウン、20、19、18』

 

 友軍総がかりで、少し高度差が出るようにガンシップの360度を囲む。

 大量の対空ミサイルを未だに積んでいるランサー隊は、ばらして配置された。

 ガンシップを墜とせと言われているのだ、輸送機を多少見逃すことになっても実体ミサイルは撃ち切るつもりでイビルアイは計画を立てているのだろう。

 

『……10、9、8、7、6』

『敵反撃を確認、各自注意』

 

 散発的にスフィアを撃ち始めた。敵が混乱するのも当然だ。

 ほぼ一斉に全方位から、攻撃態勢を維持したまま中距離より間合いを踏み込んで接近し続けているのだ。優先順位が分からない。

 全機を同時に攻撃するあれも、それなりに優先順位をつけて発射しているのだろう。それこそ、今全機に対して攻撃を行って撃ち漏らしが出れば即座に反撃の弾が飛んでくる。迎撃にも魔術機銃を用いているので、魔力を使い過ぎてじり貧になりたくないという思いとの板挟みになっているのかもしれない。

 そしてその悩みは、ガンシップ優位の状態だから許されるものであって、戦闘機や襲撃機が主導権を持っている流動的な状態では許されない。空戦は、その一瞬が生死を分ける。

 

『3、2、1、攻撃』

「ランサー1、FOX3」

 

 インストールされたプログラムは驚くべきもので、トリガーを引くことで作動するらしく、一瞬で複数発が発射された。

 ロック対象は1機なので、普段はあり得ない現象だ。

 襲撃機からも、連射限界ぎりぎりでスフィアを何発も発射して回避、離脱機動を取る。

 本来ならスフィアの誘導のためにロックオンを維持しなければいけないのだが、データリンクとイビルアイの誘導によってコントロールされているため、今はそのことを考えなくてもいい。

 俺もそれに倣い、左に旋回して距離を取るコースを取る。

 対空ミサイルはまだ抱えている。万が一を考え、念のためだ。

 

 どの誘導弾も、イビルアイのプログラムとリアルタイム操作で複雑な回避機動を取りながら接近する。

 あの円盤型対空機銃(本来の用途は違うかもしれない)が迎撃を開始するが、向かう弾に対して基数が足りていない上、かなリが回避されている。

 必死にチャフとフレアも放出しているが、あの数だ、確率論的に全弾を無効化できるはずがない。

 数発が手前で迎撃されたのち、ガンシップがいくつもの爆発に包まれた。命中だ。

 

『よっしゃぁあ!』

『やったぞ!!』

『助かったぞ!!ランサー隊!イビルアイ!!!』

 

 無線内は歓声に呑まれる。死地に追いやられ、苦しい時間を必死に凌いだ結果得られた勝利だ。理解できなくはない。

 一方、同時に全く理解できない現象も起きていた。

 

 リヒテルが回避機動を取らずガンシップに向かい続けている。

 データリンクによる終末誘導管制のためかと思ったが、今も向かい続ける必要はないはずだ。

 

『全機!!瀕死だがガンシップはまだ飛んでいる!!生きてるぞ!!!』

『やれやれ、念のためが活きるとは』

 

 呑気な味方に腹をたてたイビルアイの罵声。

 レーダー上では反応こそ僅かに小さくなっているが、ガンシップの存在が未だにそこにあった。

 そうか、リヒテルは保険を掛けたのか。そこからならさらに短距離ミサイルとスフィアで追撃できる。隊長とイビルアイに無断とはいい度胸だが。

 

『ランサー2、FOX2、FOX2……まだっ!』

「……おい、無理をするな!」

 

 謎の焦りを見せるリヒテルに、クリスは声を荒らげる。

 リヒテルは追撃のミサイルを発射しつつなおもガンシップに接近を続ける。万が一何か機能が生きていたとすれば危険だ。迎撃される可能性がある。

 俺は急いで引き返す。リヒテルが攻撃された際のカバーと、墜とし損ねた時の追撃として。

 あのガンシップは思っているより頑丈のようだ。あれだけ実弾、魔術弾問わず直撃したにもかかわらず高度を何とか維持している。

 

「一旦引き返してアプローチしなおせ!無茶だぞ!」

『隊長!!これは死んだふりです!私は見ました、やつが防壁を張るのを!』

「なんだと!!」

『ダメージこそありますが、見た目よりこいつは喰らってません!魔力が充填されれば息を吹き返します!!』

 

 なんてことだ、今こいつが黙っているのはバッテリーを使い果たしたからで、機能が破壊されたわけではない可能性があるということになる。

 迎撃兵装のどれだけを破壊できたか確認していないが、もしそれなりに生きてたら今まで以上に苦戦する。こちらも兵装を大分使ったのだから。

 

『ランサー2、ロックされているぞ!』

 

 イビルアイの警告。

 もし対空赤外線センサーがついているのなら、赤外線センサーでスフィアを誘導するだろう。

 近距離ではレーダーより信頼性があるうえ、あの巨体ならば近年研究中の画像解析技術を搭載していて、高精度ロックオンができるかもしれない。

 ミサイルや戦闘機に積める状態には出来ていないらしいが、あのサイズの母機ならどうだ?そうだとしたら、フレアでの回避は絶望的になる。

 エンジンだけでなく、それに影響された機体の熱もサーモグラフィ画像として認識しロックオンするシステム。これが、エンジン熱を模しただけの火の玉に引っかかるはずがないのだ。

 

「ランサー2、ブレイク!!」

 

 叫んだ瞬間にランサー2の発射した対空ミサイルがガンシップに命中し、同時に反撃のスフィアも発射された。

 とっさに右旋回するリヒテル。

 

 『グッ……!!』

 

 被弾、かなりの近距離。

 衝撃に苦しむリヒテルの声が通信機越しに聞こえた。

 

「この……ッ!!FOX2!!」

 

 俺からも近距離ミサイルを発射する。

 敵は先ほどのチャフに加えてフレアも未だに放出している。だから、誘導装置は切った。それに頼ると逆に弾が逸れる。

 近接信管のみ生きているミサイルは誘導せず、しかしクリスの狙い通り真っすぐガンシップに向かった。コックピットの付近で近接信管が作動する。

 航空機の頭脳であるパイロットを失い、被弾のかさんだガンシップは爆炎を上げながら墜ちていった。

 

「ランサー2、無事か?」

『左エンジンをやられましたが消火できました。戦闘には参加できませんけど、帰るくらいなら何とか』

「今すぐ基地に引き返せ。いいな」

『ウィルコ』

 

 ランサー2が抱えたままの対空ミサイルは少し惜しいが、そんなもリヒテル自身の命に比べたらなんてことはない。

 何より敵は迎撃手段を失っている。消化試合だ。

 

 実際その後、何一つ問題なく、作戦は完了した。



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鎧住まう峻険

 ガンシップとしか形容できない、謎の敵大型対空迎撃機との遭遇。

 それは我々からすれば当然いきなりの接敵であり、それを撃墜できたのは幸運なことだったとリヒテル中尉が語る。

 実際彼は、撃墜しきれていないことに気づいて追撃を行い、その反撃で乗機を中破させられていた。その反省も含めて、彼は今回のことを機密に気をつけながら話してくれた。

 

「あれは、シュールでしか運用できない。魔道兵装を多く搭載した、エンジンブースト前提の設計から見るにパイロットが龍人であることを前提としたものです。しかし同時に、反現代兵器的な風潮も持っているシュール軍では、あれほどの兵器を建造するのは難しい」

「確かに、その2つの要素は矛盾しているといっていい内容ですね。何より、あそこまで行くとグレイワールドの技術から乖離していると思える兵器です」

 

 グレイワールドにあんな兵器はない。

 かつて第二次世界大戦の爆撃機などは複数の機銃銃座を搭載して、接近する戦闘機に抵抗したことはあるというのは記憶している。しかし西暦2000年代にはこのレベルの対空兵器まみれの機体は覚えがない。

 存在はしたものの記憶にないだけ、と言われてしまったら何も言い返せない。

 ただ、すぐにそのままを記事に使うことは許されないが、文面での表現は許可されたとのことで例のガンシップとされる画像を見せてもらえた。その姿に私は異形という言葉しか持ちえなかった。

 現在この世界にある輸送機を改造したものではない。胴体が無く、その飛行機を翼そのものと言える全翼機。どちらかというとステルス爆撃機のシルエットに近い。エンジンとミサイルポッドが後方に張り出している。翼には複数のレンズが張り付けられたかのような円盤型の魔術砲があり、片面で6基で、表裏合計12基。これがガトリングのように回転して砲撃するとのことだ。また、その巨体故にイージスシステムに近いものをそのまま搭載しているという推測まで出ている。

 グレイワールドでは到底作りえない兵器。この兵器は軍艦などに搭載されるミサイル迎撃システムを空に上げるための兵器と思えるものだった。

 魔術がなければ無謀。魔術があっても戦闘機で味方機が墜とされる前に敵機を撃墜すればいいので、合理性としては微妙と言わざるを得ない。これを作るぐらいならこの予算と材料で戦闘機を1部隊用意した方がいい、と何処の国も考えるに違いない。

 

「なんでそんなものがシュールに……不可解だ。クーデター側が勝つことによって得られる利益に、果たして見合うほどなのでしょうか?」

「現場の兵士の視点ですが、正直言って見合わないと言わざるを得ません。高度な政治的、思想的メリットがあるのかもしれませんけれども、常識的に考えてしまうと……」

 

 だが、実際に作られた。それも生産能力と技術力から考えて、シュール以外の国が秘密裏に。

 この内戦は少しだけ不自然だ。

 少し、というのは別に『実はバックにどこかの国がついてて~』などというありがちなことは当然考慮しているし、言ってしまえば当たり前のことだということ。

 思想的クーデターがどこかの国の力を借りていることなど、もはやどの世界であってもザラだろうしそんなことは気にしない。彼ら前線の兵士たちが解決しなければならないことでもない。それは政治家の仕事だ。

 現場としての問題、そしておかしいと思える部分は、提供されている質と量だ。

 戦闘機や襲撃機の数がまずおかしい。すでに国連軍はシュール空軍に配備されていたであろう航空機と半数を撃墜している。もとより現代戦否定派の存在のせいで、シュールはその国土に似合わないほど少ない数しか現代兵装を装備していなかった。それと同数を、すでに撃破しているはずなのだ。

 そのうえで、敵は未だに空軍戦力に余裕がある。多少増やした程度であれば、すでに戦力としては使えないほど疲弊し、指揮系統は混乱していなければおかしい。だが、現実としては組織的抵抗を未だに維持している。そして今回の妙なガンシップ。

 これを支援として無償ないし安価で渡しているとなると、提供元と睨まれているボレベインの国防に穴が開きかねない。そもそもこの数を秘密裏に渡すことすら難しいはずだ。

 果たして、これはただのクーデターで終わることなのだろうか。

 

 

 

「ブリーフィングを始める」

 

 以前より多少なりとも血色の良くなった准将が正面に立つ。ある程度戦局が押し戻せ始めていることに、少し安心したのだろう。目の隈もなくなっている。

 とはいえ、まだ勝てるところまでは戻せてない。それに加え、撤退も許されていないだろう。彼も彼で辛い立場だ。

 

「敵は少しずつ戦線を後退させつつある。増援の話もついたらしい。君たちの奮戦のおかげだ、反撃の機会はきっとくる」

「それの先駆けとして、諸君ら空軍には再び敵陸上戦力を叩いてほしい。場所は山から北西西にある敵基地だ」

 

「敵基地の規模は大きくないので小細工はあまりしない。する余裕も我々にはあるとは言えないからな。襲撃機と戦闘攻撃機で打撃隊を編成、北から山肌に沿って侵入し空爆せよ。主な対象は機甲戦力でありながら、山岳での運用で力を発揮するVMT(人型兵器)だ。今回の作戦は敵の山岳戦における主戦力の排除であることを忘れるな。以上だ」

 

 作戦内容は小細工をしないを通り越して、極めてシンプルという域であった。

 

 VMT、唯一この世界でグレイワールドの影響をあまり受けていない兵器だ。

 全高5m前後。イメージとしては一人乗りの軽装甲車以上、戦車未満の高機動兵器というイメージだ。装甲は魔術に頼らねば戦車には及ばないものの、ミサイルなどの搭載をすれば火力は戦車に迫る。驚くべきことに、この兵器は戦車に負けないレベルの歴史を持っている。汎用性は時代を追うごとに高くなり、現代兵器が搭載する兵装の多くを共有できる存在となっているのだ。

 幼いころの(オーエン)はこの兵器の存在に心躍らせたものだが、現実というものは冷たいもので、これを用いて無双できるというものではない。グレイワールドの合理性が保証されている兵器たちと異なり、言ってしまえばこの兵器系は未開の分野であり手探りなのだ。幸い、この世界の戦車と黎明期から競い続けため実用性に対する疑問視はあまりないが、器用貧乏という声はよく聞く。

 

 しかし、厳しい山岳地帯が国土の多くを占めるシュールにおいては、その汎用性と人型ということに多くの利点がある。多くの戦闘車両の進入を拒むこの地形において、VMTが高い汎用性を以ってこれらの代わりをすることができたのだ。つまり、シュールの陸上戦は内陸に行けば行くほどVMT同士の戦闘が多くなり、空軍によるそれらの掃討は陸上戦を有利に進めるのに必要なことなのだ。

 

 作戦内容をメモに書く。正直、記者である私に作戦が終わる前に内容を伝えていいものなのか、と思う。私はスパイと思われていないのか。

 たしかに、私はこの戦争が終わって生きていれば、その時に彼らを中心として記事を書くだろう。私の今の興味は彼らであり、戦争そのものを記事にするつもりはとっくに失せていた。そもそも、そんなもの別の記者が書いてるに違いない。

 だが、それが軍からの信用にはならない。後で罪に問われたりしないだろうかと不安になっている。

 

 そんな私を横目に、彼らは滑走路に進んでいる。悠然と、迷いなく。

 彼らは任務を拒否しない。ただしパイロットとして求められている以上のことをやることもない。あくまでも軍人としての【義務】に忠実なのであって、軍に忠誠を誓っているわけではない。先日無茶をしたリヒテル中尉はその日の晩、クリス大尉に厳重な注意をされたそうだ。

 あの無口で無感情なのではと疑ってしまう、あの大尉に。

 

 「必要以上のリスクを負ったからだ。気づいた俺が追撃を掛ける体勢を整えていたにも関わらず、あいつは死に急いだ。軍人は命を張るべき瞬間があるが、それ以外に命を張るのは無駄な損耗だ。俺はそれを絶対に許さない。」

 

 私が彼に理由を聞いた時の、彼の言葉だ。口数の変化は感じないにもかかわらず、その時の彼はとても饒舌に思えた。

 私は彼を誤解していたのかもしれない。彼は口数が少ないだけで部下への思いは人一倍に大きいのだろう。彼の言ったことはただの正論だということはわかっているが。

 

 そのクリス大尉の機体が離陸する。

 真っすぐ空へと延びていく姿はとても毅然としたものであり、彼の思いと信念の固さを表したかのようだと、私は思えた。

 

 □

 

 先日のリヒテル機の中破、そして出撃する他の部隊の特性と敵想定戦力から、今ランサー隊は変則的な編成になっている。クリスはMF-18に乗り、他二人は護衛としてP-16に乗っていた。

 翼の先にある短距離対空ミサイル以外は、すべて対地ミサイルである。その数は10発。爆弾ほどの威力はないがVMTを狙うのであれば十分な火力を持っており、確実に当てて仕留めるつもりで搭載している。

 

「ランサー隊、および攻撃隊はウェイポイント6に到達」

『イビルアイ了解、もうしばらくしたら作戦空域だ。そろそろ覚悟を決めておくんだな』

 

 ウェイポイント。仮想上に設置された地点であり、これを経由することで飛行経路を確立する。

 山を、その山肌に沿うように迂回する関係上、ウェイポイントは作戦内容と距離の割には細かく設定されていた。

 

『……レーダー照射!?こんなところで!?』

 

 どうやら、味方機が敵レーダーに見つかったようだ。想像より敵の対空陣地が広い。まだ基地まで距離があるうえに、先ほどまで見えていた風景に間違いがなければ、とても対空兵器がおけるような環境には思えなかった。基地付近ならばある程度なだらかになるが、それまでは激しい山岳地帯が未だに続いてる。

 しかし事実としてはレーダーは設置されていて、味方機はロックオンされている。想像以上に厳重な警備体制の中にあるようだ。

 

『接近警報!ミサイルだ、躱せ!』

 

 IFFの応答がないとみるや容赦なく砲撃してくる。淀みない、が機械というほど反応が早くない。有人式の対空陣地だ。こんな過酷な地形に設置されているとなると、ますます以って龍のバイタリティには畏敬の念を抱かざるを得ないとクリスは思った。

 全機がチャフを散布しながら回避機動を取る。編隊は解除せざるを得なかった。ここまでレーダーの設置しづらいだろう場所をねらってウウェイポイントを設置してきたため、それが最後の最後で崩れる無念さを噛みしめなが彼は操縦桿を引く。高頻度で作戦に出撃しているのにも関わらず整備が行き届いているこの機体は、彼の意思に寸分もたがわない飛行をして見せた。

 

『爆弾を抱えてる機体はランサー1を除いて退避。ランサー隊はSAM陣地の把握と撃破を試みろ』

『なんで隊長がそんな危険な任務やらないといけないのさ!』

『他に誰も出来んからな。分かったら働け』

 

 不貞腐れながらイオンは高度を下げて目視も含めて探索を開始する。クリスはイオンがイオン自身のことを心配していないことに不安感を覚えながら、いつでも対地攻撃態勢に移れるよう飛行をづけていた。イオンは対地探索用のサーモグラフィシステムを起動し索敵を開始しており、座標情報がクリスの機内にも共有されている。

 敵は、彼らの想像より早く見つかった。熱対策はしていないらしい。

 

『……敵発見、敵対空兵器はVMT。繰り返す、敵対空兵器はVMT』

 

「そうきたか……いや、考えれば当然だったか」

 

 この地形にまともな性能を発揮できる状態で持ち込めるのはVMTしかいない。もとよりこの山はVMTによる汎用兵器の巣窟なのだ。おそらく即席レーダーサイトもVMTの背中に乗せて運搬。設置するか搭載したまま待機するなどして、複雑なこのエリアでも敵機を発見できるようにしたのだろう。

 やっかいなのが、設置状態ならばともかくVMT搭載状態だ。レーダー本体から自衛としてミサイルや30㎜弾を発射してくるようなものなのだから。接近しすぎたらヘリのチェーンガンと同じ性能の対空砲火を浴びることになる。こちらが発射するミサイルだって万が一墜とされれば後が苦しいし、防壁だって張ってくるかもしれない。

 敵の練度次第で撃破難易度が天と地ほどの差が出るのもVMTだ。そして、魔力の塊のような龍がそれに搭乗している。一筋縄ではいかない。

 

 クリスは小手調べに対地ミサイルを、見つけたVMTの一機に向けて発射する。

 その間クリスの機体ではロックオンアラートが鳴り響き、いつSAMが飛んできてもおかしくない状態であった。並みのパイロットなら怯えもしただろうが、いつも無茶振りばかりされているクリスは聞きなれたものであった。

 回避機動をとりつつ、リアルタイムで送られてくる地上の画像を見てミサイルがどうなるか観察する。

 突き進むミサイルは、かなり接近してから敵の直接射撃の対象になるも、その速度と角度から迎撃は難しかったようで命中の爆発が見えた。

 

『敵対空VMT撃破。次にかかれ……おい、ヒース3。何をやっている。退避しておけ』

『適材適所だ。接近しすぎるつもりはない。こちらのMF-18には観測ポッドがついてる。照準はこっちでやってやるから襲撃機は無茶するな。こちらもしないからな。』

「感謝する。敵の指定は頼んだぞ」

 

 友軍が索敵の支援を始めてくれた。あれはありがたい。機体の横方向にも索敵できる索敵システムが間同法の代わりとしてセンターパイロンに搭載されており、危険域外から旋回しながら対象を捉え続けることができる。こちらの襲撃機はそんなものを搭載できるわけもなく、半ば遠距離から直接照準するかのように敵を捉えていなければならなかった。

 一応ヒース3も爆弾を搭載しているうえ、ここで損耗すれば爆撃効率の低下は避けられない。だからイービルアイはヒース3を退避させたのだろう。だが、ここで足止めを食らえば後のことはどうでもよくなってしまうことを考えたのか、そこから引き留めることはなかった。

 

『対象をマークした。ぶちかませ』

「了解。ランサー1、投下」

 

 対地ミサイルが発射され、再び人型を砕く。

 敵は自分たちに向けられる対地兵装への対処が効率的に行えない装備だったのか、それとも練度の問題か、次々と撃破されていく。こちらの対地ミサイルは残り2発となってしまったが、それで付近の対空火器は片付いたようだ。

 

『発見されるとかはもう気にしなくていい、とっとと突っ込め。接敵の報は敵航空隊も受けてるだろう。もたもたしていると近くの基地から迎撃の機が襲ってくる』

 

 あとは短時間で可能な限り敵を排除するだけ。今回の作戦目標は敵陸上戦力を削ることであって、ここを掃除しに来たわけではない。

 そういう面において即席対空システムになっていたVMTを破壊したことは、それなりの戦果になるだろうが、それでは足りないだろう。なにしろ他の機は爆装をまだ抱えている。落とし来なければサボりと言われてしまうかもしれない。

 そのまま全機可能な限りの高速度で基地上空に侵入する。爆弾を抱えている機体はすれ違うかのように上空を一度通過する。一拍置いて、彼らが空中で置いていった爆弾が基地に突き刺さって爆発した。

 その破壊工作が終わった後にミサイルが主兵装の機体は混乱に陥ったVMTや、格納庫が破壊されて出撃前の無防備な姿をさらしているVMTに向けて、的確に対地ミサイルを撃ち込んでいく。

 程ほどの距離を維持しているヒース3は、それらのミサイルが着弾すべき場所をマークする仕事を続けていた。

 彼らがいて本当に助かっている。こちらは指定された場所に当たるようミサイルを発射するだけで済むのだから。危険度で言えば確かにこちらが負荷は大きいが、その負担を遥かに軽減させ生還率を上げてくれているのも彼らなのだ。感謝こそすれど恨み言など出るわけがない。

 

『……こちらヒース3、ロックされた』

『クソ、ランサー2、ランサー3。地面からは大した反撃がないからヒース3の援護に向かえ。迎撃の機が到着したようだ……すまない、ステルスで今の今まで接近に気づかなかった。仕事がないならランサー1もだ』

 

 さっきので対地ミサイルをほとんど撃ち尽くしてしまったクリスも、その出がらしである2発を基地施設にぶち込んだ後、対空迎撃をインターセプトするために機首を上げる。

 

「聞いてたな。恩返しだ、ヒース3を墜とさせるな。全機上昇、ヘッドオン」

『コピー』

『コピー』

 

 クリスは撃ち切った対地ミサイル用のシステムを落として、武装を対空近距離ミサイルに切り替える。

 彼は思案する。ステルスとなると、予測される敵機は3機のGf-54。機体性能として格闘戦に関してもこちらより上だろうし、この前の変態が相手となると攻撃隊を守り切れる自信がクリスにはない。

 敵と同じ高度にまで昇る。姿勢を直し、ヘッドオンする。イオンの声が無線から聞こえた。

 

『先制……できないや。今、全機レーダーから消えた』

 

 ステルス魔術を起動したらしく。3つあった敵影は全友軍のレーダーから姿を消した。敵は機動性が高いのだから遠距離で仕留めたかったが、やはりやらせてはくれない。

 ドッグファイト体勢に移りながら、短距離ミサイルの用意にかかる。ステルスに魔力を持っていかれて、他の魔術に割く魔力の余裕はないはず。この前のレーザーによる奇襲やらはないはずだ。

 

 ――この前のあいつは、こんな中途半端なことをするだろうか。

 クリスは思案する。感知が遅れたのは、機体特性によるもので魔術的な物ではない。感知されてからロックオンの妨害にステルスを使う、というやり方は何か違う。たった一度だけ交戦した経験からなので当てにならないが、それでもあの異常なパイロットではない気がした。

 

 ヘッドオン状態で距離を詰めあう。

 先行して迎撃に当たっているランサー隊以外は対地攻撃とそれの援護の真っ最中だ。助けは来ないと思った方がいい。

 電波が効かないのであれば、こちらは熱源探知式の短距離ミサイルと同じ誘導式の魔道弾、機銃での攻撃となる。どれも射程は短く、今の距離からは攻撃は叶わない。

 そこまで来てクリスは思いつく。お互いこうするしかないが、別に遠距離でこの状況に持ち込んでも別に変らないはずだ。むしろ、中距離ミサイルの弾数に劣るこちらが不利になるので、近距離に詰める利点はあまりない。龍である以上、ドッグファイトの限界性能もあちらが上だが、リスクははるかに遠距離より大きい気がしてならない。

 

「嫌な予感がする。上昇しつつ散開しろ」

 

 ヘッドオンによるほぼ同時の撃ちあいを捨てる。高度という名の位置エネルギーを得ながら敵の様子を窺うべく散開。イオンとリヒテルはそれぞれ左右の斜め上に、クリスはそのまま機首を上げて上昇する。クリスは敵との高度差を500mつけたところで機体をひねり背面飛行、下にいるであろう敵機をキャノピー越しに目視で探す。お互い、短距離ミサイルの射程まであと僅かのはずだ。

 

「敵機確認……進路そのまま、いや、今それぞれに狙いを定めて散開した。ドッグファイトに備えろ」

 

 すれ違う形になるタイミングで敵はランサー隊各機を追うように散開した。露骨にランサー隊各機の背後を取ろうという意思が見えている動きだ。

 当然素直にやられるはずもなく、ランサー隊は旋回戦に入るためそれぞれが旋回する。リヒテルとイオンはさらに散開するように外側に向けて旋回。逆向きに旋回戦を始めたらお互いに衝突しかねない。

 

 背面飛行状態のクリスはそこからさらに操縦桿を引き、機首は地面に向かっていき高度が下がる。縦に半円を描くような機動に敵は追随してくる。

 だが、縦旋回戦にはしない。MF-18もグレイサイドの戦闘機を模倣した機体であり、模倣元の上昇性能は悪くないがいいとも言えない。その模倣元よりもエンジン推力が上がっているとはいえ、元設計にはある程度縛られている。苦手な分野で争う必要はない。というかまず、一対一のドッグファイトにこだわる必要もない。

 機体が水平に戻ったあたりで引いていた操縦桿を右に倒す。イオンのいる方角に向けて旋回。イオンは左旋回を続けている最中であり、このままお互いが現在の機動を続ければすれ違うようになりそうだった。

 お互いについている敵機は、同じ軌道をたどってこそいるがかなり距離がある。誤射の可能性は、低い。

 

「ランサー3、合わせろ。そちらの敵機を撃つ」

『ウィルコ。そちらの敵をロックできた』

 

 こちらでもイオンを追っている敵機を視認した。短距離ミサイル。レーダーではなく敵の発する赤外線をシーカーによって、補足することで敵を認識できる。

 低く鳴り響いていたロック待機状態の音が、瞬く前に高い音へ変化する。ロックオン。

 すでにお互い、向かい合うような姿勢に近くなっていた。ただし、機種方向は完全にお互いを追いかけている敵機を狙っている。

 

「FOX2」

『FOX2』

 

 それぞれが同時にミサイルを撃つ。敵は今、回避しなければならない。何もしないというのならば、命中する。

 しかし彼らは何もできなかった。パイロットが龍であろうともいかんともしがたい状態であったのだろう。本来なら、こうなる前にこちらの動きを読み、仕切り直しをしなければならなかったのだ。やはり、ヤツではないだろう。

 お互いの後方で爆発が起こる。ミサイルの近接信管が作動し、敵の間近で炸裂した。

 ミサイルの破片が敵機体のいたるところに突き刺さり、翼やエンジンを粉砕する。撃墜だ。

 

『こちらランサー3、こちらにいた敵機が引き上げていきました』

 

 3対1では勝ち目がないと思ったからだろうか。そのクリスの考えは間違っていなかっただろうが、実際の正解は無線からもたらされた。

 

『こちらイビルアイ。地上の掃討を完了したとの報告を受けた。ミッションは成功、全機RTB』

 

 帰還命令。作戦は無事成功し、地上に合ったVMTの多くに損害を与えることができた。あの残ったGf-54は防衛対象の壊滅を受けて、戦闘継続の意味を失い撤退したのだろう。

 そのようにクリスは結論付けて、旋回して帰り道の始点であるウェイポイント6に機首を向ける。部下二人もそれに追随した。

 その周りに、味方機も集まってくる。被弾している機体はあるが、数は減っていない。比較的リスクが少ない任務だったとはいえ、想定外が起きたのにも関わらず損害は少なかった。

 このままいけばいいが、そうはいかないだろう。敵は黙ってはいまい。

 

 □

 

 デブリーフィングで、ヒース3が撮影した画像を確認する。ヒース3は照準補助と同時に偵察機材も積んでおり、照準した相手を撮影するという仕事もこなしていたのだ。

 

「VMTもボレベイン製のが主だな。それも元々配備されてた輸出用メインのシチェークMk.2(TT-82Mk.2)だけじゃない。一昨年実戦配備が開始されたスエントヴィート(TT-89)がちらほらいる 」

「もしかしてボレベインの軍だったんじゃ」

「よく見ろ、肩の国籍マークとかが全部シュール陸軍だ」

 

 MECドライブというものは、冷戦期に実用化されたものだ。シチェークに関しては既存機のMEC対応改装を施した旧式機体であるのに対して、スエントヴィートはMECドライブを前提とした設計をしているため性能は雲泥の差と言っていい。電子系もかなり進歩した機体らしく、基地の前で対空攻撃を行ってきたのも主にスエントヴィートだ。コストも当然国防用らしいものであり、輸出のためには製造されていない。

 ボレベインが支援しているのはどう見ても明らか。だが支援の質と量ともに不自然なほどに充実している。

 少なくとも、ここまではっきりとした証拠を腐らせている必要はない。シュール制圧に赴いている国連軍は、この情報を国連のしかるべき場所に通達する。ボレベインに圧力が掛かれば敵の兵器の追加支援を抑えたり、運が良ければボレベインから謝罪に近い形で増援が送られてくるかもしれない。現状を打破するためにも、今はこれが最善だ。そう国連軍は判断した。

 

 戦局は、また動く。



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尚早と焦燥

「帰国?私たちを知りたいといったのに?」

 

 イオンの驚き交じりの声。

 記者の帰国。それはある日突然当人から切り出された。

 ランサー隊を間近に見て記事にしたいと言っていたからこそ、彼らは受け入れていた。てっきり戦争が終わるまでついているのかと思っていた。

 興味を失ったか、失望されたか。それとも命が惜しくなったか。

 

「すいません。本当はあなた方に取材がしたいのですが、ボレベインの方に伝手があることを知られて、そちらを取材にかこつけて調査に協力しろと……」

「それって……大丈夫なんですか?」

 

 記者として、そのようなスパイまがいのことを許すかどうか。世間体として許されることなのか。ランサー隊の中でざわめきが起きる。

 当然ダメだろう。メディアがどちらかの肩を持つのはあくまで個人的な範囲までであり、飽くまで体裁としては公平でなければならない。もちろん、必ずそれが守られているとは言えないが、こんな大っぴらに肩を持つのは彼の記者人生を破壊することだろう。

 

「アウト、ですね。ですが私は興味がある」

「……何がだ?」

「あなた方が戦う相手。そしてそれを知った後、あなた方がどう戦っていくかを」

「結局俺たちに紐づいている、と」

 

 きっと彼が終戦後に記事を書くとするならば、本当にランサー隊を中心としたものになるだろう。

 自分たちが世間にどうみられるかという部分に関してはそこまで興味があるわけではない。だが、彼が書いた記事、という点では少し興味があった。

 馴染み始めていた彼に、クリスは握手をするために手を差し出していた。

 

「軍に巻き込まれたことにするとしても、自分のやりたいことをするにしても、下らん事で死ぬなよ」

「了解です。記事を書くため以上のリスクを負うつもりはありませんよ。クリス大尉の教えですからね」

 

 彼はしっかりと握り返してきた。不思議とそこまで不安を感じなかった。彼なら大丈夫だろう。

 そうクリスは思った。

 

「そういえばオーエンさん。魔術に心得は?」

「え?あ、ハイ。これでも学校での魔術系授業の成績はトップだったので」

「なるほど、それならばこれが役に立つでしょう。まあ、お守りみたいなものです。」

 

 リヒテルがポーチを手渡してきた。彼の実家は古典魔術の研究に関わっていたので、おそらくそれに関する品物だろう。魔術に心得があるというなら、それはオーエンを守ってくれるはずだ。オーエンはポーチをのぞき込み、まず驚き、そして納得した。

 

「……なるほど。しかしいいのですか?」

「いいんですよ。正直に言うと、私の魔術能力は及第点ギリギリですから、あなたが持っている方がきっとそれも喜びます」

「わかりました、ありがとうございます!しかし、これはますます死ねなくなりましたね。必ず生きて返しに来ます。ですからリヒテルさん、そして皆さん、どうかご無事で」

 

 そういって彼は、民間旅客機に乗り込んでいった。

 

 

 さきほどオーエンに感じた安心感とは対照的に、ブリーフィングは不安を感じることとなる。

 

「諸君らのおかげで、戦線は大分押し返してきている。立て直しも終わり、増援の受け入れも目途が立った。まもなく大規模反攻作戦が開始されるだろう」

 

 しかし、おそらく准将はおそらくそれではまずいのだろう。これまでの功罪の主は現場最高指揮官の准将になる。開戦時の大規模な損害を±0にするには、今の戦果では足りないのかもしれない。ゆえに、最後の加点を狙って無茶な作戦を考えているかもしれないとクリスは思った。

 

「それに先立ち、今後の橋頭保としてブリミホリヤ基地に攻撃を仕掛け、これを奪取する。この基地はイグニサンク山の北に位置しており、今後の山岳攻略に重要な基地となるだろう」

 

 現在かなり押し返していて、山より北の平地部分は割と取り戻せているが、この基地の守りは要所ゆえにとても固い。

 一度の軽度の威力偵察以降、攻撃にすら移れていない難攻不落の基地だ。地形が優れているというわけではないが、基地施設が充実していて警備に出回る兵器も量が違う。

 下手に手出しすれば被害は大きくなる。焦りが見える作戦。

 

「もしこの作戦が成功すれば、増援の到着と同時に山岳への進撃をスムーズに行える。この紛争を早く終わらせることだ出来るだろう。諸君らの奮闘を期待する」

 

 なれたこととはいえ、やはり無茶ぶりは精神にくる。クリスはそう独り言ちながらブリーフィングルームを去る。戦争が早く終わることは結構だ。だが、そのために無駄な犠牲が出るのは腹が立つ。

 犠牲が出るのはまあ仕方ない。戦争なのだから、仲間が誰も死なないというのは本当にただのおとぎ話だ。しかし、下らんことで出る犠牲というのも無くせるものではないらしい。

 こうやってあからさまに危険の割に自軍のメリットが少ない任務というのは何度も経験している。仕方ないが決まったことだ。

 

 □

 

 「……どういうことだ」

 

 そうやって覚悟して空域に到達したクリスと国連軍航空部隊だったが、作戦空域に到達したところで異変に気付く。いや、予兆はあった。同時に作戦進行をしている陸上部隊から『いやなほど静かだ』といった報告などは上がっていた。

 レーダーシステムも動いている気配がない。基地の迎撃システムが動いている様子が全く見られない。すでに射程圏内なのにも関わらず。

 

「撤退したの……?この防衛の要所から?」

 

 とても考えづらいが、現在の状態を見るとそう思える。山岳地帯戦を前提として消耗を抑えるための撤退か、それとも何かの罠か。

 怪しすぎて、逆に手が出せない。ボレベインから秘密裏に戦略級兵器が渡されていて、中に踏み入れた途端基地ごと吹っ飛ばして殲滅しにくる可能性だって否定できない状態だ。

 

『H.Q、指示を求む。こちらイビルアイ。敵基地に異常を認める。敵が確認できない……』

 

 司令部でも困惑が広がっているのか、返答も歯切れが悪く臨戦態勢で現状維持が続く。

 不気味だ。いないはずの敵に翻弄されているような気分にクリスはなる。こちらの補給線を伸ばし切った状態でこの基地を最前線にする、などといった戦略だとしても、空路で来る増援をここで着陸させてしまえば問題ない。補給路だってここまでの進軍で確認しているので息切れの心配も少ない。

 敵の狙いが全く見えない。

 

『……?こちらイビルアイ。通信に異常、ジャミングか?いや、回線に割り込んでいとでも……?各機電子戦に備……』

 

 クリスは嫌な雑音に顔をしかめる。そこからはノイズにかき消されて聞こえなくなったからだ。

 全軍が身構える。敵がただいなくなった訳ではないだろうと、この場にいた皆が想像した。

 

『――今この場にいる国連軍へ告げる。こちらはシュール空軍所属、第03航空隊ヴォルケーノの隊長。グレア・フィリップス大尉である』

 

 オープンチャンネル、いや、国連軍共有用の無線周波帯を使って全軍に声を聞かせているようだ。

 こちらのAWCSが彼の乗機の機影を捉えたらしく、レーダー画面上に反応が表示される。基地を挟んで向こう側をこちらに向かって飛んでいるようだ。

 

『通告する。その基地にいた要員は派遣された別基地の部隊と共に、貴君らのさらに外周に陣取って臨戦態勢をとっている。貴君らは包囲されている。退路も今、遮断させてもらった』

 

 辛うじて無線が通じる者たちの無線の声がざわめきとして聞こえてくる。

 この基地そのものを囮にした罠だ。攻撃を考えること自体がトラップだった。今後の戦略を考えた時有利になるであろうと、安易に考えた結果がこれだった。

 包囲状態にされてしまえば、たとえ敵が戦力に劣っていようとこちらが不利だ。よしんば生き残れたとして、甚大な被害を被ることは容易に想像できる。おそらく進軍してるときには、すでに基地と周辺防衛施設を放棄し、周囲に潜んでいたのだろう。衛星からの偵察でそのような行動を確認できなかったことを考えるに、地下から基地を離れて地上に出た後は森林地帯をVMTで踏破して配置についたのかもしれない。戦車などはバレる恐れがあるため、基地に置いて。

 こちらの到着から今の通信までの間は、包囲が完璧に終わるのを待っていたのだ。そして万全な状態を以てしてこちらに通告を行った。

 

『我々はここでの積極的戦闘を望まない。この状況は交渉のためである。こちらの要望に応えればこちらはほぼ無血でこの基地を引き渡す。当然そちらも撤退を妨害しないことも条件だが』

『こちら国連軍現場指揮のガルムアル・グライアルド准将である。用件を聞こう』

 

 憎たらしい声がノイズに紛れて聞こえる。

 

 事前予測からして、防衛システムのいくらかを放棄したことを加味すると、この交渉のためという文言は間違いではないだろう。

 こちらが抵抗すれば、あちらもただでは済まない。あちらの増援がどれほどかはわからないが、この地形で外部から増援を送るとなるとVMTが主になる。火力こそあるが、防御面に関しては戦車より大幅に劣る。数もあまり用意できていないだろうから、大損害を被るのはお互い様ということだ。

 クリスはそこまで思い至ったところで、通信に耳を傾ける。シュール軍の要望とは何か。

 

『まずは先ほど言った通り撤退を黙認することだ。そちらもだろうが、こちらも今損害を一番受けたくないタイミングなのだ。この基地を明け渡してもいいくらいにな』

『……わかったそれはいいだろう、その言い方だともう1つあるようだが、なんだ?』

 

 一呼吸を置いて、グレアは2つ目の要望を口にする。

 

『2つ目は……必須条件ではない。とあるパイロットとの空戦による一騎打ちを要望する。ブンザルバード近郊の集結地にて、私が撃ったレーザーを回避したパイロットだ』

「なんだと……?」

 

 その条件に合致するのはランサー隊しかいない。おおよそ、クリスのことだ。

 そして一騎打ちなど時代錯誤も甚だしい。基地を賭けての勝負とでも言いたいのだろうか、とクリスは憤る。何しろそれなら普通に戦闘をすればいい。なぜ撤退要求のおまけとして殺し合いをしなければならないのだ。

 

『自分で言うのも難だが……私は現代兵器の使用と確保に一枚嚙んでいる。墜とせれば今後が楽になるかもしれんぞ』

『なんだと』

『私はボレベインの外人航空部隊の経験がある。調べてみれば簡単に裏が取れるはずだ』

 

 自分で付加価値をつけてくるグレアに、多くの者が困惑する。

 クリスはブンザルバードでの異常な戦い方から、変わったやつくらいには感じていた。しかし、ここまでイかれていたかと、もはや関心の域に達しつつある。しかも兵器関係の要人らしいにも関わらず、何食わぬ顔で派手な空戦をしていたことになるので、もう言葉がでない。

 最終的には上の指示次第――

 

『隊長、こんなくだらないことに付き合う必要はないよ!!』

 

 イオンはクリスよりも激しく怒りを露わにする。確かに、敵は戦場に繰り出してきている以上、一騎討ちなどという形でやらなくともいつかは墜とせるかもしれない。ここで焦る必要はない、のだが。

 

『……用が済んだのかノイズは収まったな。上層部は、ヤれと言っている。奴らの焦りは相当だな』

『そんな!』

『残念だが、上からの命令だ。墜としてこい、ランサー1。ランサー2は邪魔をするなよ、下手をすれば味方が攻撃されかねない』

「ウィルコ」

『幸運を祈る』

 

 操縦桿を引き、高度を上げながら基地上空へと向かう。

 罠の可能性だって当然ある。敵が拙くなった途端に基地の対空システムが息を吹き返してくるかもしれない。

 だがあの変人、いいやあのバカ龍がそんな姑息なことをしてくるというのは、あまり考えられない。そう、クリスは思った。

 

『……こちらヴォルケーノ1、グレアだ。要望を飲んでくれたこと、感謝する』

「ランサー1だ。ランサー隊1番機。それ以上は名乗らん。感謝するなら上に言うんだな、グレア大尉【殿】」

 

 敵に皮肉を言う。これほどのバカ龍パイロットとの殺し合いに付き合わされることとなったクリスは、口調で感じ取れる感情の数倍怒りを抱いている。それゆえ口数も増えていた。

 クリスとしては、正直にいうならば軍人としてなってない。わがまま過ぎる男なのだという評価だった。

 

『フッ……言ってくれる。個人的な欲もあるのは認めよう。こいつで飛ぶ最後の空だからな』

「引退でもするのか?」

『上の都合だ。言ってしまうと……この一騎討ちも我が軍にとって【戦略的な】意味がある』

「なんだと?」

『まあ、お前がこちらでは敵の英雄として考えられているのが理由の1つ、と言っておこう』

「そうか?こちらとしてはそんな意識はないが」

 

 敵との会話、口が軽そうなこいつから少しでも情報を引き出そうとして、予想外の内容を聞くことになった。

 エースというほど活躍しているつもりはなかった。というのがクリスの認識であった。それが覆された。

 正直言って今の今まで大したことはしていないつもりだったが、成功している作戦の多くにランサー隊が当たっているのは確かかもしれない。だが、ほかの隊だって同じはずだ。

 ヘッドオンする。相対距離5000、高度は互いに3000。まもなくお互いにすれ違う。交錯した瞬間が殺し合いの始まる合図になる。一般的なドッグファイト訓練と似たようなものだが、実弾によって命のやり取りをする実戦だ。たった1つ、だがとても大きすぎる違いだ。

 

 『人間としては強者であると認めているだけだ。互いに悔いが残らんようにしよう』

 

 傲慢さと闘争心に濡れた声だ。クリスは少しの悪寒とともにそう思考した。

 悔いの残らないようにという紳士的な文面を含んでいるにもかかわらず、そう話す口から血に滴る牙が見える。そのような絵が脳裏に浮かぶ声。

 

 衝撃が機体を襲う。

 すぐそこを亜音速のGf-54が通過した、その空気の振動がクリスの駆けるMF-18を揺さぶったのだ。

 

 すぐさま右旋回を始める、首を限界まで上げてキャノピー越しに敵を探す。旋回のために機体を90度右にロールさせているのだ。常識外れの動きをしようとこのタイミングならば視野に入る。

 グレアの機体はすぐに見つかった。クリスの視点としてはほぼ頭上。同じように高度を維持したまま右旋回をしている。

 普通ならここで我慢比べだ。互いに旋回でエネルギーを削りあいながら高度の変化などで揺さぶりを掛け合い、先に無駄な動きを重ねすぎたほうが追い付かれて負ける。

 だがそれはマニュアルであり、互いの性能が近いときに取るべき戦法だ。この空戦は、アンフェアなのだ。

 

 グレアが急激に機首を上げてこちらを捉える。超ハイG機動。龍の体とそれを前提とした機体剛性の強化がされているGf-54相手では、慣性制御のない状態での最大旋回性能が違いすぎる。敵は慣性制御なしで10Gを超えて機動する。

 それに対してこちらは、対応するには魔力を消費せざるを得ない。左手で握っているスロットル、その親指の近くに配置されているスイッチの1つを押し込む。このスイッチが高機動用の慣性制御システムのスイッチだ。これを押している間は機体もパイロット双方の慣性負荷、Gが軽減される。バッテリーの魔力を犠牲に先ほどのグレアに対抗できる機動ができる。

 だが、これに頼って安易な戦いをするわけにはいかない。グレアはその肉体を活かして、クリスの何倍もハイG機動をしてきている。ただ対抗して旋回戦をし続けるだけなら、読まれて墜ちる。

 

「っう……!」

 

 慣性制御はあくまでアシスト、再起不能や意識途絶を抑えるだけであり、負荷を完全に消すほどの出力を持たない。

 ヒトが耐えられるギリギリの強烈なGに抗いながら、バレルロール気味に複雑な機動でグレア機の方向に機首を向ける。本来のGを表示する計器が、12Gを記録した。

 クリスの激しい機動中、そのすぐそばを光が貫いた。慣性制御に甘んじてグレアの真似をした、ただの急旋回をしていたのならば、おそらく今のレーザーで撃墜ないし致命傷だった。

 ヘッドオン状態で互いが短距離ミサイルに武装を切り替えるが、ロックオンが間に合わず再びすれ違う。

 クリスは右旋回して、先ほどの焼き増しのようにキャノピー越しに再補足する。グレアはアフターバーナーで距離を取り直しているようだ。旋回していない。

 

『やっぱり、ただでは墜ちないか。そう来なくては』

 

 いまだに通信がつながっていたことにクリスは今気づいた。

 答える余裕はない。身体能力に差がありすぎる敵相手なのだ。話していればその油断で墜とされかねない。そも、答える義理もない。

 距離が離れた上に、正面の火器管制レーダーでも捕捉できた。武装を短距離ミサイルから中距離レーダーミサイルに切り替える。短距離ミサイルの耳を揺さぶる音から、それより幾分か聞き心地のいいレーダーロックオンの音に切り替わって――反応ロスト。

 魔術ステルスだ。電波は無効、赤外線と目だけが頼りになる。HUD越しに目でとらえ続けていたため見失ってはいないが、ミサイルのシーカーにとっては少し遠いのかロックオンが鈍い。

 クリスはアフターバーナーを焚いて加速、クリスの体はシートに押さえつけられる。敵が旋回して再びヘッドオン状態になる前に、追いついて後ろを取る形にしたい。オーバーシュートもお構いなしだ。

 グレア機が左旋回を始める。レーダーシーカーがしっかりとそのグレア機のエンジン排熱をとらえた。だが、機体COMの確殺判定(SHOOT表示)は出ない。

 速度をつけすぎて近づきすぎた。

 相対距離が近いため、戦闘機を超えるミサイルの旋回性能を以てしても確実な命中を期待できないのだろう。グレア機は今クリスに上面をきれいに見せている。クリスがグレアの軌道を追跡しているため、クリス機とグレア機の機首は直角の状態を維持し続けたまま接近を続けているのだ。ミサイルは当たらない。

 

 「……仕返しだ」

 

 クリスはバッテリーの魔力量を確認したのち、接近しすぎる前に武装を切り替え狙いを定める。切り替えた武装はセンターパイロンの代わりにある汎用魔道砲、その攻性レーザーモード。グレアが使っていたもののMF-18版、ほぼ同じ性能だ。

 こういう場面には機銃が有効。だが、距離が若干離れていること、旋回に追いつけてないため、弾速がある実体弾はこのままだと若干グレア機の後ろを撃つ形になること。これらから使用を断念。レーザーは光の速度、つまり事実上弾着が瞬時のため、機首の軸上にあるなら命中する。この状況に最適。

 

「レーザー、発射」

 

 主翼内バッテリーの最大魔力量の約50%を消費しながら、青い光が空を貫き伸びていく。

 グレアはどうやら読んでいたらしい。光がグレアの機体を貫く直前、グレアは右のペダルを深く踏み込んだのか、左旋回をしていた機体はその挙動のまま機首を上に向け上昇。レーザーは左翼の端をほんの一瞬温めただけだった。塗料がわずかに蒸散し、霧が散る。

 

『危ないな、やってくれる』

「チッ」

『さて、俺の手番だな』

 

 当たらなかったことに加えて、傲慢な声を聴いたクリスは思わず舌打ちを漏らす。

 グレアはそのままハイヨーヨーの上端でわずかに減速しながらバレルロール、目まぐるしい機動で瞬く間にクリスの背後を取る。

 この機動もまた非常にハイGであり、龍の肉体だからこその機動。あまりにも素早い軌道に、クリスが回避機動をとる前に後ろを取れたのだ。

 

「ッ!速い……!」

『人間の身で粘ったな。ドッグファイトのいいデータが取れた』

『隊長!!!』

 

 イオンの叫び声が無線から響く。

 グレアは勝ちを確信したようだ。実際かなりの近距離でクリスの後背についているグレアは非常に有利だ。ミサイルはミニマムキルの心配があるが、狙いさえつけば機銃で撃墜できるポジション。グレアの視線の先にあるHUD表示。そこの敵機の機動を計算に入れた機銃用の照準が徐々にクリスの機体に近づき、重なった。

 クリスは無意識に操縦桿にあるスイッチの1つに指をかけていた。かけていたが、押すのを躊躇った。彼の脳裏には破壊音が響き、絶望が充満する。

 しかし、敵が完全にこちらを捉えたと感じたとき、躊躇いは不思議と消えた。

 

『ヴォルケーノ1、GUNS――』

「……ブーストッ!」

 

 クリスの瞳孔が獣のように、縦に開かれる。

 

 □

 

 グレアには何が起きたか分からなかった。だが鳴り響く警告音と振動する機体が、敗北したとグレアに訴えかけてくる。

 辛うじて飛び続けているが、右垂直尾翼と左水平尾翼が捩じ切れている。右エンジンは出火してないもののノズルが上向きに曲がり、内部はひどく破壊されているようだ。ストレーキと主翼はそこら中に亀裂が入り、今にも何処か欠けたり折れたりしそうだ。

 

 グレアの意識は停止していた。しかし身体が敗北を認めていたのか、記録媒体をコンソールから引き抜いた。

 その手を見て、グレアは思考を取り戻す。

 

『……大尉……グレア大尉!ベイルアウトしてください!その機体はもう……!』

 

 どうやら通信も耳に入っていなかったようだ。彼はベイルアウト手順を実行。キャノピーを吹き飛ばし、座席が上に射出される。数秒して、彼の愛機は爆散した。

 

 ――長い間、世話になった。最後に勝てなくて済まない。

 

 座席が射出されパラシュートが開いたあと、グレアは愛機の散り際を見送り、そのまま周りを見回す。目当ての物はすぐに見つかった。

 右翼が欠け、右エンジンが黒煙を上げているMF-18。消火が終わったのかすぐに煙は白く変わる。

 完全な撃墜にこそ至らなかったが、機銃は命中していて、致命傷を与えていたようだ。

 

 ――トリガーを引いた直後に激しい衝撃に襲われ、気づけば機体が破壊されていた。

 

 最後に見えたのは、急激にこちらに迫るMF-18の機影だ。ただのハイG機動ではない、ということだけは分かるが……

 

 大破して脱出したからと言って、素直に捕虜になるとは言っていない。このまま捕縛される理由もないため、龍の姿に戻り空域を後にする。飛竜種は自力で飛べるため、こういったこともできる。

 自力で帰りながら、彼は今起こったことを思案し続けた。



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幕間~オーエン・シュタライカの自習的手記~

 これは私、オーエン・シュタライカが軽い気持ちで紛争地帯に足を踏み入れたことを自ら反省するべく、保護してもらっている国連軍の会話に置いていかれないよう自習したノートのようなページである。
 のちの記事にてまとめる際、もしかしたらここで勉強している内容、単語をそのまま書いてしまっているかもしれない。


 これは私、オーエン・シュタライカが軽い気持ちで紛争地帯に足を踏み入れたことを自ら反省するべく、保護してもらっている国連軍の会話に置いていかれないよう自習したノートのようなページである。

 のちの記事にてまとめる際、もしかしたらここで勉強している内容、単語をそのまま書いてしまっているかもしれない。

 

 ・コロルサイド/グレイワールド

 それぞれの世界の名である。コロルサイドが現在私が生きている、魔法が存在している世界。グレイワールドは私の前世が暮らしていた、魔法が存在しない世界である。

 コロルサイドは神による世界の創世からしてグレイワールドを模倣していると言われている。そのためグレイワールドとは物理法則部分で共通点が多い。現在ヒト型生命体ないしヒトと同等の知的生命体としてはエルフ、龍、ドワーフ、獣人、ノームなどが挙げられる。神から開放されて以降、紆余曲折を得て多くの国では法律上、皆平等の人権が与えられている。これら亜人種は白亜紀末に神が遺伝子に手を加えた結果生まれたと考えられている。(この世界の大量絶滅はこのとき神が一斉に遺伝子操作を行うという暴挙のため、多くの生物が遺伝子変異に耐えられなかったのが理由と言われている。実際、現在生息してるコロルサイド特有の生物の遺伝子には、その痕跡が見つかっている。)

 

 

下記はコロルサイドの世界地図(W.G 987年発行のもの)

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ・魔術/魔力

 生命エネルギーが別次元への干渉とトンネル効果によって異常増幅したエネルギー形態と、それを使う技術。あくまでそうであろうとされているだけで、なぜ生命エネルギー(俗っぽい言い方をすればカロリー)が物理学で説明できないレベルの異常な高エネルギーになるのか、具体的な未だ原理は分かっていない。

 魔法/魔術とはそれを使う方法や技術のことを指す。

 基本的に意思や命あるものには魔力による何らかの現象を発現できる可能性を持ち、発動や制御には何らかの形で「意識」や「生命」が関与していなければならない。現象が起きている最中にこれら要素が失われた場合、発生している現象及びそれを起こしている魔力は空間と各次元間に拡散してしまう。

 魔力保持量という概念があるが、これは正確にはその人の生命エネルギー量と出力効率である。素質としては出力効率の方が重要視され、魔力量の指標の実態はこちらである。

 属性という概念があるわけではなく、純粋な力場として出力ができるそれを現実に干渉させる技術である。

 しかしその際の法則を鑑みると、物質に変換する係数は物理学で提示されているものよりはるかに小さく、エネルギー保存則やエントロピーの法則などが破綻している。これを応用し、電気エネルギーと魔力を連続で変換し続ける際に発生する、エネルギー保存則の正方向への破綻を利用したMECドライブなどが存在する。

 

 ・MECドライブ

 魔力と電力の相互変換による半永久機関。

 魔力を電力に変換する際はエネルギー総量が増大するのに対し、魔力に戻した際にはその総量のまま魔力に変換されるというバグじみたエネルギー増幅法を用いて稼働している。発明は冷戦期中盤である。当時似た原理で魔力増幅器が存在したが、増幅後の魔力の波長はSIN波に近づくという特性があり、サイクル数が増えるのに応じて魔力の増幅量が減り最終的に0になるという問題があった。

 しかし、オリハルコン98化真鍮の「増幅時の変換シリンダーに用いると、オリジナルの波長に接触した状態であれば、魔力変換後も波長をほぼそのまま増幅できる」という特殊性の発見により性能が向上、MECドライブの発明につながった。

 

 ・戦闘機と襲撃機、および攻撃機

 戦闘機と襲撃機との違いは、主に大きさと言える。明確な基準はないが、分け方の1つに全幅10m以上か以下かで区別するものがある。MF-16は11m越え、P-16は9mとちょっとである。役割やそう設計されたからそれ、というものもある。一番大きい要素はエンジンであり基本的に襲撃機が純正MECエンジンのみであり、戦闘機はジェットエンジン-MECドライブ併用の物理、魔力ともに高出力のモノを使う。

 戦闘機はその搭載量と出力による中距離戦や一撃離脱。襲撃機は小型軽量でありレーダーにも映りづらいことを利用した、奇襲や運動性を生かした格闘戦を得意とする。

 また、近年は戦闘機に統合されつつあるものの、対地攻撃を主とした戦闘機サイズの航空機(襲撃機では対地攻撃をするのに求められる搭載量を持たない)である攻撃機というものも存在する。戦闘機を爆装させて攻撃機と呼称する場合もある。

 

 

 ・FOX~

 フォネティックコードでFを示すFOXTROTを略したモノ。後ろにつく数字はミサイルの追尾方式≒どのミサイルを撃ったかである。

 セミアクティブレーダー誘導空対空ミサイルを、FOX1。

 赤外線誘導空対空ミサイルを、FOX2。

 アクティブレーダー誘導空対空ミサイルを、FOX3。

 とコールして発射する。

 1と3との違いについては、レーダー電波の発信元をどこに置くかであり、1は母機のレーダー波をミサイルが受け取り、3は発振も受信もミサイル単独で行う。

 

 ・スフィア/カットラス

 実弾兵器を撃ち尽くしたときや温存したいときに使用する汎用魔術弾。スフィアが対空用でカットラスが対地用である。

 あくまで対象に特化した性能を発揮するため、爆発の指向性の有無が設定されているだけなので消費魔力などは大きく差がない。また、カットラスを地上の固定物に発射する場合などの長時間誘導する必要がない場合を除いて、魔術誘導弾は常にロックオンを維持していなければならない。

 スフィアは対象の至近距離に近づくことで爆発、構成していた魔力をエネルギー散弾としてまき散らして範囲内を加害する。それに対してカットラスは直撃した後に、本体を構成していた魔力を対象に向けて一点突破的に射出して貫徹する。

 スフィアは速度を欲しているのに加え爆裂して周囲一帯に加害する設計のため、距離が離れるほど威力が減る。カットラスでは弾の構造と速度をそこまで求めていない上に遠距離攻撃もしたいため、減衰はスフィアほどではない。

 特に設定してなければ、対象を認識した火器管制システム(FCS)が勝手に使い分けてくれる。

 

 ・神

 千年近く前に存在した、この世界を作ったとされる存在。神話によれば、太古の昔は一柱であったが、知恵あるもの(人や亜人の類と思われる)を作ったのちに、二柱に分かれ争い始めたとある。しかし、神という同等の存在は相手しかいなかったため、争いながら打ち解けてしまった。そのため争いは神々の娯楽となり、下界は神々の遊技場となり果てた。

 打ち解けてから2万年の間、神は自らの都合のいい遊戯を続けるため文明の進歩を抑えて世界を運営し続けていた。だが、刺激を求めて外界から新しい駒として転生者を呼び寄せた際、この世界に不満を持ったため裏切られて神は斬られることとなる。

 

 ・VMT

 この世界に存在する人型兵器。装備する火器類こそグレイワールドの模倣であるものを流用しているが、根幹をなす本体のその多くはコロルサイド特有の技術で構成されている。

 元をたどれば、神を斬る際用いられたとされるオーパーツ『神斬りの大鎧』、通称ヤタオパルトの再現を目的としたものであり、考古学者による再現の過程で生まれた試作機であった。それが作業用や軍事用に広がった。(当時はVMTではなく、再現元のヤタオパルトと呼ばれていた。現在でも呼ばれる場合がある)

 VMTとして本格的に兵器化したのは200年近く前の種族間世界大戦から南北世界大戦である。それまでヤタオパルトとして運用されていたのは、内燃機関と連結した魔力増幅器を搭載したモノであり、ランナーも素質あるものに限られていた。南北戦争後期から増幅器の性能の向上で敷居が下がり、冷戦下で発明されたMECドライブによりほぼすべての知的生命体が運用できる兵器に発展した。また、半導体などによる小型COMの搭載がそれを後押しした。

 現在の代表的VMTをメモとして残す。

 

 ホブ首長国及び同盟国

 HT-10 アルゴ

 HTS-14 ラルスロルド

 HTS-18 アルサー

 

 ボレベイン共和国及び同盟国

 TT-81Mk.2 クラグMk.2

 TT-82W シチェークMk.2

 TT-89 スエントヴィート




今後、この話は単語集として追記を重ねていくかもしれません。

本編を読んでいただいている方で、「この単語どういう意味?」などがあれば、感想などで送っていただけると助かります。それをもとに、ここに追記、解説をしていこうと思います。


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W.G 0982

 過去というものは、空戦で背中についた敵機よりも引き剥がすのは難しい。

 パイロットが乗っている敵機は何かの間違えで、あちらの方から離れてくれるかもしれない。しかし過去は自力で振り切るか、第三者の援護を求めるほかない。

 難易度は違えど、命あるものはそういう宿命にある。凄腕のパイロットであるクリス――クリスファー・アルファスにとっても、例外ではなかった。

 彼の背後に着いた過去というのは、自他共に対処が難しいモノであった。

 

 これは、ランサー隊が3機1部隊という、標準より一機少ない編成になった理由である。

 

 □

 

 ~5年前 W.G 0982。大内海洋上。空母ZRSケルニス~

 

 

 新月、月が空に上がっていない、星空がきれいな夜だった。空母からの明かりしかない海上は星の瞬きを邪魔するものがない。ほぼそのままの光がキャノピーを仄かに照らす。

 エレベーターの上昇にともない格納庫の光源が遠ざかり、暗闇の支配する領域が増える。クリスは暗視システムを兼ねているバイザーを上げて外を見上げている。

 振動、乗機が空母のエレベーターが甲板まで上がり切った証拠だった。

 

『ランサー2は1番カタパルト前まで移動して待機』

 

 雨風がない快晴。MF-18Dが発艦準備を整える。

 そう、これは訓練飛行。当時実戦投入して間もないMF-18の訓練を先に終えた、当時ランサー2のクリスとその時の隊長であるハンナ・レグナンス。その二人がそれぞれ部下であるイオンとリヒテルを前部座席に乗せて、夜間飛行の訓練するというものであった。この時は4人で2機を飛ばす関係上、クリスとイオンがランサー2、ハンナ隊長とリヒテルがランサー1というコードになっている。

 ランサー隊はさまざまな任務に当たるため、当然このような夜間でも空母に離着陸できるようにならなければならない。イオンとリヒテルも訓練を終えた二人に負けず劣らずの優秀なパイロット。もう少し飛行経験を積めばMF-18で実戦に出撃できると期待されていた。

 

「動翼……問題なし。兵装システムチェック。計器テストデータ入力……異常なし。オールグリーン」

 

 出撃前の確認を終わらせたイオンは、誘導員の指示に従い機体をカタパルトに進める。

 シャトル(カタパルトの射出機)の直前で停止指示、飛行甲板員が前輪をシューターに接続する。機体の後ろではジェット・ブラスト・ディフレクターが展開。イオンは射出に備えてエンジン出力を最大にまで上げる。発艦準備はほとんど終わった。

 誘導員含めた甲板員が機体正面から側方に退避し終わった。主誘導員が対ブラスト姿勢を取り、周囲の安全など射出前最終確認を行う。彼が合図をすれば、カタパルトが解放される。

 彼の降ろしていた手が、上げられた。

 

 強烈なG。2秒足らずで発艦速度にまで加速し、甲板から打ち出される。

 イオンは淀みなく機体を制御し安定させ、問題なく発艦を終える。そのまま機体を旋回させて、隊長たちを乗せたランサー1の発艦を待つ。

 

『待たせた。これより予定した訓練空域へと向かう。方位270に機体をを向けろ』

「ウィルコ!」

 

 通信越しの隊長の声に、勇ましいイオンの返事。

 ハンナ隊長は、イオンの自慢の姉だ。イオンは姉に憧れてファイターパイロットになった。

 

 □

 

 訓練中の二人だが、ほぼ必要な事項はクリアしている。この日の訓練は、習得が少し甘いところを見直しつつ飛行時間を稼ぐ、消化試合じみたものであった。

 そのため、本来はあまりよくないが哨戒任務も少し兼ねている。余裕があればでいいので、念のため接近する敵機がないかを見て回るのだ。一応本来の哨戒機も出ているが、それが哨戒済みの空域を、そのあと侵入する機体がないか見張る形になる。

 

 海と星、あとは僚機。それだけしかない空はとても広く、少し幻想的だった。

 計器類を監視しつつ視界端に映るきれいな星を堪能する。油断はしていないが、訓練飛行のため穏やかな時間が流れていた。

 エンジン音と、時折入るウェイポイント通過などの必要な連絡。それに伴う機器の音。それらはもはや心地よく、この平穏を演出していると思えた。

 

 それを打ち破ったのは、1つの警告音だった。広域索敵レーダーに、あからさまに航空機と思われる反応をキャッチした。

 この空域を飛ぶ民間機はないはずだ。

 

「……こちらランサー2。Unknown(アンノン)、レーダーコンタクト。方位180、距離20000。なおも接近中。」

『こちらランサー1。こちらでも確認できた。IFFに応答なし……要撃行動を取る。方位180に進路を取れ。ランサー2はコントロールを教官に譲渡せよ』

 

操縦を渡す(You have control)

了解、操縦する(I have control)

 

 訓練中の二人は実戦飛行の許可が下りてない。そのため、名目上教官のクリスが操縦し戦闘行動を取る。後席は本来支援用のため、万一戦闘になれば視界の面で非常にやりづらいが、ことが事なので仕方ない。

 レーダー反応はお構いなしに接近してくる。しかも、この進路上には空母ケルニスがある。攻撃の意図があるなら足止めのために要撃する必要がある。ほかの機体は間に合わない。

 ハンナ隊長は初期警告のためオープンチャンネルで回線を開く。異常事態に見舞われた民間旅客機の可能性も捨てきれない。

 

『こちらジヌブル共和国海軍所属、ZRSケルニスの艦載航空隊。ランサー隊だ。貴機は現在、ZRSに接近する不明機とみなされている。速やかに所属を明らかにせよ……繰り返す――』

 

「レーダー照射。ロックオンされた!!」

『ブレイク!!ブレイク!!』

 

 鳴り響く警報と同時に、イオンの悲鳴にも近い報告。ハンナ隊長の声にも反応し、クリスは咄嗟に左旋回しながらチャフを散布する。

 レーダーロックオンは妨害により解除されたようだが、その代わりに不明機はこちらへの接近速度を一気に増した。こちらに特攻するのかという勢いだ。

 

 いや、ぶつかる――

 

 クリスが暗闇の中でかろうじて機影を視認する。

 ニアミス。ランサー2のわずか上空。旋回のため90度パンクしている機体の右翼スレスレを高速で通過した。ほんの一瞬、明確に敵機を視認する。一瞥した限り煙や火は出ていないし、損傷は見られなかった。これまでのことはすべて故意だろう。

 通過の際に発生した気流がランサー2を襲い、パイロットの2人は激しい衝撃に眩む。

 

『ランサー1からZRSケルニスへ!不明機は戦闘機と思われる!こちらをロックオンした後にこちらを強引に通過、そちらに高速で接近している!』

『ZRSケルニス、了解した。本艦は対象を脅威と判定、兵装使用自由(Weapons free)、交戦を許可する』

「Weapons free.了解。ドッグファイトスイッチON、マスターアームON。ランサー2、エンゲージ』

 

 敵機を追いかける軌道に入る。その後ろをランサー1が続いた。

 アフターバーナーを焚いて加速する。帰り途中だったのが幸いし、ケルニスとの距離は遠くない。帰還の燃料は心配ないだろう。

 問題は敵の速度だ。マッハ1に加速し、こちらを振り切ろうとしている。必死に追いつこうとしているがMF-18Dの加速性は何とも言えないのだ。

 こちらは今ようやく音速を突破したところになる。ここから追いつくにはさらに加速しなければならない。

 なんとか少しずつ距離が縮まり不明機……いや、敵機の機影がはっきりと見えてくる。見たことない機体だ。主翼は前進翼。水平尾翼はなく代わりにカナード翼を装備している。珍妙な機体だ。

 その機体は、突然クリスの視界の右端に移動した。

 

「……!?敵が急減に右へ移動!!」

「イオン准尉。機器の故障ではない……敵機は今、右に弾かれるように移動した。慣性制御の応用か……いや、今のMF-18なら」

 

 MECエンジン搭載機だからだろう。高度な魔術を利用した戦闘機動だ。アビオニクスも優秀に違いない。

 MF-18は艦載機として初めてMECエンジンを搭載する前提で設計された機体だ。MF-13も搭載していたが、あれは改修で搭載したモノであり、加えてその型はランサー隊に配備されることはなく、1つ飛ばしでMF-18が配備されることになった。

 

「こちらもエンジンテストになるか……MECエンジンをブーストさせる。急激な機動に備えてくれ」

「ッ……!ウィルコ」

『ラ、ランサー2!単機先行は……!』

「間に合わさなければ帰る場所がなくなるかもしれません!足止めします!」

 

 半永久機関であるMECエンジンに自らの魔力を逐次投入、出力を強引に跳ね上げる。エンジン温度が許容範囲内とはいえ急激に上昇し、出力は推力魔力ともに莫大なものとなった。

 イオンは身構える。MF-13の時のクリスの本領は慣性制御と抗力吸収による激しい機動だ。慣性制御の緩和はGを規定内に収めるだけでしかなく。常に許される限度いっぱいの機動が連続するのだ。それに耐えなければならない。

 ドン、と体が座席に押し付けられる。最低限の慣性制御だけして、残りの魔力をもアフターバーナーに回した結果だ。

 イオンが必死にレーダー画面に目を向けると、ランサー1の位置表示がたった今、急加速した。単騎先行を了承してしまったことを、姉に内心謝りながら敵機に目を戻す。

 敵はこちらが追いつける性能を持ったと気づいたのか、回避機動を織り交ぜながらケルニスへ突き進む。時折、SF映画のUFOのように真横に弾かれるように動いている。射程圏内に入ったランサー2は、敵と相対速度を合わせる形で減速する。アフターバーナーも燃料式から魔術式に切り替えた。追いついたのだ、これ以上はエンジンがどうなるかわからない。もっとも突き放されないようにするため、今も結構ガンガン回しているのだが。

 

「ランサー2……ロックオン」

 

 ついに敵をロックオンすることに成功する。しかし攻撃はまだしない。いや、できない。

 敵が何度も上下左右に吹き飛び、まともに照準が合わない。これではミサイルが当たるかわからない。

 

「クッ……ぅ……ぅ!」

 

 イオンはひたすらGに耐えるべく呻くばかりになった。

 ついにクリスは敵の飛び方を模倣し、何度も激しく機体を機動させる。それにイオンは必死に耐えるしかなかった。

 外から見れば、もはや従来戦闘機の戦闘とは一線を画すものであった。

 

『……これが次世代の戦闘機の……戦い方ですか……?』

『いえ、これはとても通常戦闘では……』

 

 リヒテルの恐怖とハンナ隊長のつぶやきが通信に乗る。

 相対距離を維持したまま何度も平行移動して駆け引きをする二機。攻撃できぬまま時間が過ぎる。

 この状況を動かしたのは敵機であった。敵は直角に見間違うような旋回を2回繰り返し180度反転した。

 

「待てッ!!!」

『ッ⁉』

 

 クリスは、この瞬間を一生悔やむことになる。

 クリスは激しいG機動を繰り返し、加えて魔力不足気味だったため、思考能力が若干低下していた。だが、それはあまり関係ないだろう。健常な状態でも、彼は同じ機動をした。

 これは前例のないことだった。実戦にてMECエンジンの本領を発揮した海軍機は初であったし、彼ほどの激しい戦闘機動を行えるパイロットが少なかった。彼は魔力を力場そのものとして使うことに長けていたパイロットであり、その数は世界的に少なかったのだ。

 ランサー1はこの当時としては問題ない位置にいた。万が一があっても追突が回避できるよう、十分に飛行の軸をずらしてランサー2と敵機に追随していた。

 誰も悪くなかった。ただ、誰も知らなかっただけだった。

 

 クリスがこの時行ったのはチャージングコブラと呼ばれるコロルサイド特有の戦闘機動、その応用だった。

 基本的にはコブラと同じ。当時のジヌブル軍機は推力偏向ノズルを搭載していないためその制御はCOMに支援された魔術によって行うが、それは些細な差だ。

 最も異なる点は、この際発生する機体負荷全てを慣性制御魔術を応用し、空間に歪みとして蓄積させる。コブラ機動が終了した後、それを任意の方向に開放する。これを重力カタパルトとして使用し、減速した分を瞬時にある程度補填する形で加速する。

 本来なら機体が分解するはずの負荷をエネルギーとして蓄積し、次の動きに活かせる。故にあらゆる速度帯域で使える。その代わりブーストが必須であり、加えて残存バッテリー全てを使い切る大技。使えるものは適性のあるものだけだった。

 

 そして、MECエンジン搭載機にて音速下でこれを応用した反転機動は、これが初の事例であり。

 

『ァアアッ!!!』

『ぐぁあっ!!』

 

 MF-18の全性能を以ってこれを使用したときに発生する空間湾曲と衝撃波の恐ろしさなど、知られていなかったのだ。

 

「た、隊長……ッ!!!」

「ハンナ姉さん!!!」

 

 ランサー1の機体はランサー2の音速再突入と空間湾曲の復元によって発生した衝撃波、その最も強力な部分に突撃してしまい、機体を激しく損傷させてしまったのだ。ランサー1から脱落した機体パーツが空を舞う。

 それに気づいた二人は、思わず呼びかける。イオンに至っては軍人であることを忘れ、妹として声を上げてるほどだった。

 

『……ッ!敵を追いなさい!!こんなことをしといて逃がしたんじゃタダの損でしかない!』

「ッ!!ウィルコ!!」

 

 クリスは、意識を再び研ぎ澄ます。

 敵はただの慣性制御による強引な旋回であり、速度を失っている。一方こちらは再び音速まで加速できた。今の動揺でのロスを取り戻して有り余るほどだ。

 ミサイルは使えない。ロックオンしている間にオーバーシュートしてしまう。クリスは機銃に武装を切り替える。

 

「ランサー2!機銃を発射する!(GUNS!GUNS!GUNS!)

 

 一瞬の交錯。敵機の下を潜り抜けるように通り過ぎながら機銃を発射する。

 その一瞬で機体は穴だらけになった。エンジンが火を噴き、連鎖的に何度も爆発して砕け散って行った。パイロットの脱出は確認できなかった。

 

 

 

 

 

『……隊長!無事ですか隊長!!』

「まったくやんちゃ過ぎる部下だよ、レグナンス中尉」

 

 ハンナはクリスに呆れと称賛の両方を込めた声を掛ける。

 機体は警報まみれで、キャノピーに至ってはヒビが何か所も入っている。エンジンは2つとも内部構造からひしゃげて火災が発生しているし、動翼も何か所か捥げていた。グライダー飛行が継続できているのは奇跡でしかない。

 ――残念だが、ケルニスに帰るまでは持たない。

 とある警告を見て静かにため息をつき、機体の各部を操作しながら部下に声を掛ける。

 

「リヒテル少尉、ベイルアウトしろ。もうこの機体は持たない」

「はい、ベイルアウト実行します」

 

 訓練通り、なんの間違いもなくベイルアウト手順を手早く実行するリヒテルを眺める。

 

「まだ教えたいところはあるが、まぁ、充分だろう」

「……え?」

 

 その言葉が耳に入る瞬間、リヒテルは最後のレバーを引いていた。

 大破したランサー1の機体から座席ごと射出されるリヒテル。パラシュートが展開したのを確認すると、ハンナ隊長の最後の言葉の不穏さに、思わず後ろを振り向いた。

 そこに、ハンナ隊長のパラシュートは見えなかった。

 

 

「隊長!!脱出してください!!!何してるんですか!!!」

『そんな動揺するな……カハッ!最期に不安の種を増やすんじゃない』

 

 ランサー2はボロボロのランサー1の隣につく。

 無線から響くのは、瀕死のハンナ隊長の声だった。彼女のシートは射出されず、今だ炎上するランサー1の機内に残されている。

 

『故障だよ。ひしゃげたパーツが座席を咥えこんでる。全く、あんたはすごいよクリス。余波でここまでぶっ壊せるだなんてね』

「帰ったら何度でも謝ります!!何度も殴ってください!!だからあきらめないで下さいよ!!!生きて……」

『いや、リヒテルと引き換えさ。まあ、やはりというか。前部座席だけ射出させたら、機材の破片やら炸薬回りのパーツが刺さるったら、ッ!……今後のマニュアルには絶対書くべきだね』

 

 言われる前から分かっていた。リヒテルを半ば騙すかのように脱出させた影響で、全身が傷だらけだ。もう碌に動けないのだろう。

 クリスの目に涙が滲む。彼女は恩師だった。彼女の部下だったからこそ、ここまでのパイロットになれたのだ。そんな自分が力の制御を誤って彼女を殺すなど、思いもしなかった。

 後悔だけが胸中を占める。

 イオンはひたすら泣きじゃくる。大好きだった、尊敬していた姉が目の前で炎に包まれ、消えていく。耐えられるわけがない。

 

『ふ、いいさ。誰もこうなるなんて知らなかったんだ。事故だよ』

 

 死を目前にして、彼女の声はわずかに苦痛が混じっていたものの、同時にどこか安らかな声だった。

 事故とはいえ、丹精込めて教え育ててきた愛弟子。その成長した力によって殺される。それが彼女にとって、案外心地のいいものだったのかもしれない。

 

『次やらなきゃいいさ……強くなれ。そして生きろよ、お前達』

 

 2度、3度と爆発し、飛行能力を喪失した機体が急激に高度を落としていく。ひと際激しい爆発の直後、海面に衝突して、反応が完全に消滅した。

 

「ハンナ隊長ぉぉぉッ!!!!」

「いやぁああああああああああああっ!!!」

 

 

 

 

 

 □

 

「……起きた?クリス隊長。うなされたよ」

 

 あの時のことをまた夢に見るとはまだまだだな。心の中でそう呟きながら、体を起こす。どうやらイオンはクリス()を起こしに来たようだ。

 あの戦闘の後、俺たちは軽度の休暇が許可された。増援の到着もあり、余裕ができたおかげだ。

 

 グレアとの一騎討ち。その最後は、MF-18において禁忌技となったチャージングコブラだった。急減速の後、急加速して敵機の背後を捉える機動。

 あの時発生する衝撃波の加害範囲は広く、回避と攻撃を兼ね備えた行動として優れていた。たとえ撃墜しきれなくとも敵機の後ろにしっかりと回れるので、自分の機体がある程度損傷しても追撃しきれる計算だった。

 いや、加害範囲は広すぎるのだ。そう俺は思い直す。

 

 集団戦を行う場合、この手の激しすぎる機動は衝撃波が発生し友軍に被害を及ぼしかねないのだ。追跡の途中で行った弾かれるような機動ですら衝撃波が発生しており、間違って接近すれば友軍すら破壊する。

 あの事故の後、当然俺は軍事法廷にかけられたが、大きなお咎めはなかった。誰も知らないし考えてもいなかった、初期不良にも例えられる不幸な事故だったと結論付けられたのだ。MF-18の性能限界域における周辺被害など、当時誰も考えていなかった。

 

 再発防止策は単純。一定範囲内に友軍がいる状況で、フルスペックの慣性制御機動を禁止した。ちょっとやそっとの改良で、こんな不自然な衝撃波が消せるわけない。初めから味方を殺す飛び方をするなということだ。

 正論だ。あの状況で、俺は自力で無理やり解決しようとしたからあんな飛び方をしてしまった。今どき、あんな飛び方に頼らなければいけない状況など、それこそあんなふざけた決闘ぐらいだ。味方に頼り、焦らず冷静に対処すればいい。それが逆に友軍を守ることにつながるのだ。

 

 もちろん、今回のフルスペックマニューバに関しては少し叱られた。規定距離内に味方機はいなかったため法的には問題なかったが、もはや禁術のような扱いを受けている技を使ったことに苦言を呈された形だ。

 龍は魔術に頼らず化け物機動ができるのだから一騎討ちだと勝ち目がないのだと、内心腐った。しかし仕方がないこととクリスは割り切る。使うのはこれで2度目、再発防止のため築いた信頼に、傷をつけたことは確かなのだから。

 

「……隊長」

「なんだ?」

「約束、覚えているよね」

 

 ――私たちはハンナ姉さんの命を喰らったの。勝手に死ぬのは、許さない。

 

 あの事故の後、罪悪感に沈んだ俺の胸倉をつかみながら、イオンは静かに怒鳴りつけた。

 俺は彼女を狂わせたのだと、イオンの表現しがたい感情をただ受け入れた。

 俺はハンナ隊長を殺したのだ。事故でも何でもない。俺が撃墜した。少なくとも俺とイオンは、そう思っている。誰が何と言おうと、それこそ当のハンナ隊長がそう思ってなくても。

 

 俺たちランサー隊はハンナ隊長の最後の命令を、空を飛び続ける限り守り続ける。

 強くなり、生き残る。ハンナ隊長の分まで。



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ヒトならざる人

 「ようこそ。オーエンさん、よくいらっしゃいました」

 

 オーエンはボレベインの沿岸部にあるガリオン・フリス工廠の工場の1つに来ていた。

 本社に聞いたところ、ここは独立性が高くここ最近モノや金の動きに不審なものが見られ、近いうちに査察を入れる予定と教えてもらえた。

 おおよそ、ここがシュールに航空機を提供しているだろう。他の工場やライセンス生産している会社では、不思議な動きは確認できなかったのも大きい。

 

「こちらこそ取材に応じていただきありがとうございます」

 

 そう、あくまで体裁としては取材である。

 ボレベイン政府も絡んだ査察より前に会社を調べ、国ぐるみのもみ消しに抗うつもりだ。

 もちろん、私が先日までシュールで取材を行っていたことを向こうは知っているだろうし、もうとっくにもみ消し作業は終わった後かもしれない。

 だが、依頼された以上は私のできる範囲で仕事をするだけだ。

 

「オーエンさんは先日までシュールにいらしたんですよね。本日の取材した要件は……」

「シュールで戦果を挙げている貴社製品、Gf-54の能力です」

「我が社が提供したと思われているのです?」

「そう思っていない、と言えば嘘になります。ですが、今回私が取材したいのはそこではありません。私にそこまでの権限などはないですし」

 

 半分は嘘だ。国連からはここから供与ないし販売されたものではないかという疑いを精査することである。

 だが私個人の興味は、スペックがかなり秘匿されているGf-54という機体だ。

 私は彼の後ろについていきながら、話を続ける。本来なら見ることはないだろう、戦闘機の生産ラインが時々窓から見える。

 

「私の手元にはGf-54のデータはあまりありません。今回の戦争で飛んでいる姿を見て興味が湧いたのです」

「実物を見て初めて、興味を持たれる。確かにあり得る話ですね」

 

 応接間は思いのほか入口より遠いのだろうか。

 どんどん奥に進んでいく。こういうのは、そこそこ入り口から近いところに設けると思うのだが、彼は事務所すら過ぎて奥へと歩みを続ける。

 ……思いのほか、歩くのが速い。

 

「何より……あなたは実戦で我が社の製品が交戦するのを見たのではないですか?」

「え?」

 

 なぜ知っているのだろう。私がクリスファー大尉の後ろに乗って取材をしていたことを、彼はどのルートで知った?

 国連軍の企画したこととはいえ、たかが一企業の社員が知る機会のない情報のはずだ。なぜだ。

 オーエンは僅かに身構える。情報戦だ。どうやらここも戦場で、私はこの内戦の始まりの時のように、奇襲を受けてしまった。油断していれば、そのままいいようにされて命はないかもしれない。

 撤退は選択肢に入る。相手は私がそういう狙いであることをもう知っていてもおかしくはない。この取材で私を捕らえて歴史の闇に葬ろうとしているのかもしれない。

 

「……なぜ知っているのです?」

 

 平静を装いながら素直に問いかける。とぼけたり誤魔化すのは直感的によくない気がした。

 それにここであからさまに狼狽えれば完全に相手に乗せられ、あっという間に詰んでしまう。逃げもまだ駄目だ。会話の流れ的に帰るのはまだ不自然すぎるし、敵の隙を伺わずに全力逃走でも背中から撃たれるかもしれない。2度目の死が、あまりにも無様な逃げ方をして殺された、なのでは、たまったものではない。

 

「意外と動揺なさらないのですね。思いのほか肝が据わってらっしゃる」

「先日の件で、鍛えられましたから」

「なるほど」

 

 あくまでも自然を装い、彼についていく。

 思えば、こんな奥まで案内しているのがまず罠だった。この工場は、今の私にとっては罠が張り巡らされた迷宮だ。奥に行けば行くほど、私の生存確率は低くなる。

 引き返すなら早い方がいいが、タイミングを窺わなければ彼直々に殺される。殺す気がなくとも、私は彼らに都合のいい事を言わされる人形になるかもしれない。

 

「そうですね……なぜ知ったかと言いますと……」

「……うっ!」

 

 彼が立ち止まり横にある何かを見つめたので、私もそれを、おぞましいものを見ることになる。

 龍人だ。一目でわかる。人への変化が控えめな状態で、シルエットこそ人型だが、鱗が全身を覆い顔は龍らしい風格を残している。

 その龍人の頭部には大型の機器が取り付けられている。龍人の表情は完全に理性も力もなく、完全に破壊された廃人のような状態であった。そこまで露骨にグロテスクな状況でもないのに、吐き気が少しせりあがってきた。

 

「……彼はシュール内戦の初戦にて撃墜され、ベイルアウトしたパイロットです。無様だと思いませんか?人間より上位だと信じてやまないはずだった龍の末路が、これですよ?」

「彼に何をしたのです?」

「記憶を隅から隅まで覗かせていただきました。さすがは龍。目がいいのであなたの姿が記憶の中にしっかりと入っていましたよ」

 

 彼は平然と壊れてしまった龍人のことを語りながらこちらを振り返る。

 そこまでして彼の記憶を確認したかったのか。最新の生理魔術と科学医療の結集であった記憶抽出は、今のところ脳に非常に高い負荷がかかるため、人道的な見地から違法となっている。名目上では兵器工場であるここに、そんな非人道的な脳干渉装置があるのはおかしい。元から覚悟していたこととはいえ、この工場が異常であることを本格的に確認できた。このままではまずい。

 

「……神を斬ったのは過ちだった。我々はあるべき姿を失い、堕落の道を進みつつある」

「何?」

「この世界の知恵あるものは、その知恵を過信して自らのあるべき姿から逸脱した。そして逸脱しないかった者たちが苦しむ。おかしいと思わないか」

 

 彼の見た目が少しずつ変化する。少しづつ爪が鋭く伸びる。表皮が硬化して分化していき、鈍い光沢を放つ鱗として変質していった。

 龍人だ。彼は龍だった。窓の向こう側にいる、悲惨な目に会っている龍に対しての態度から彼は龍ではないと思っていたが、違う。彼は同族を見下しているのか、失望しているのか。同族に対しても容赦がない。

 それはつまり、人間である私に対しても同等の残虐性を発揮できること言い換えられる。つまり、彼はここで私を殺すか捕まえるつもりだ。確率的に考えて、おそらく後者。

 私は咄嗟にポーチの中に手を入れて、卵よりひとまわり小さいユニットのボタンを押す。軍から渡されていた、非常事態を知らせる通信機だ。一方的に録音した情報をリアルタイムで送信する上、位置情報やわたしのバイタルデータを発信し続ける。死ねば、分かる。多くの電波帯域や魔術通信帯域に発信するため、妨害も難しい。私がここで何らかのアクシデントに襲われたことは何とか分かるということだ。

 

 そのことに気づいた彼が飛び掛かってくる。龍としての身体能力を十全に生かした素早い動きだ。

 何かあることは探った。ここからは生存を目指す。私はそのままポーチから、【お守り】を引き抜いた。

 

 □

 

「来たね。定刻より早いけど、今回の作戦は君達だけだから早速……おっと、君たちとは初対面だったね」

 

 ブリーフィングルームに来ると、いつもと違う男がスクリーンの前に立っていた。

 少々砕けた感じに接してくるが、醸し出す雰囲気は実戦でのたたき上げという風格を失っていない。

 

「ホブ首長国所属、第3多目的特技騎士団団長、ロイド・ガルスだ。階級で言うならば大佐だ」

「失礼ながら……ガルス大佐がなぜ今回のブリーフィングを?」

 

 リヒテルが問いかける。こういった質問は礼儀を保ったままで社交的な会話ができるリヒテルから切り出すことが多い。

 その質問にガルス大佐は眉1つ動かさず答えてくれる。

 

「理由は2つ。まずは准将が更迭されたこと。第2に今回の作戦が陸軍からの要望を強く含んでいること。これで大丈夫か?」

「問題ありません。了解いたしました」

 

 ああ、更迭は避けられなかったか。クリスは静かに心の中で遺憾の意を抱いた。確かにいい指揮官とは言えなかったが、彼なりに頑張ったのだと思うと少し残念だった。だが、結果は結果だったのでそこらへんをどうこう言うつもりはない。

 そして次に、クリスは目の前の男のことに意識を向ける。通称ガルス多目的特技騎士団。

 ホブ首長国連合において騎士団とは基本、貴族の生まれでかつ頭首になれなかった次男坊などが、今後に備えて軍歴を残すため、とい古き因習により存在する国防主体の部隊のことを指す。

 しかし、このロイド・ガルスと言う男は前線志望であった。よって騎士団という名前を持ちながらこのような熾烈な前線に投入され、自分たちと同じ便利屋として活動している部隊になっている。違いと言えばその規模で、実戦の成果をもって規模を拡大し続けた結果、陸上戦力と航空戦力の双方を装備している。内陸国の小規模な紛争であれば、この騎士団だけで戦争を遂行できると言わしめるほどだ。

 おそらく陸軍から【航空戦力を所持しているから、空軍を説得できる指揮官】として使い走りにされたのだろう。少し同情する。

 

「さて、作戦の説明に移るぞ。」

 

 画面が起動する。

 人が変わろうとも、画面の表示が変わることはない。厳しい山岳を持つシュールの大地が表示され、これから攻め入る場所が示されている。

 拡大表示されるのは、山の東側にある洞窟だった。

 

「んんッ!正直に言うと型破りなミッションだ。君たちにはイグニサンク山の東にあるトンネル型基地を攻撃してもらう。」

 

 ふむ、本当に頭のネジが外れているミッションだ。航路図をどう見てもトンネルの中に入ってから攻撃のマークが入っている。

 つまり、どこかで見たようなトンネルくぐりをやれと言われている。

 

「この基地は天然のトンネル型の巨大な洞窟を拡張して作られており、襲撃機なら問題なく飛べる規模を誇っている。ここを通り過ぎながら攻撃してもらいたい」

「また、爆装の増加に関しては先日作戦能力を得たP-16のXLブースターユニットを貸与する。もちろん無理はしなくていい、通りながらカットラスを適当に垂れ流して帰ってきてくれれば十分だ。何か質問はあるか?」

 

 リヒテルが挙手をする。

 

「そのXLブースター装備での運動性は、洞窟の通過には問題ないですか?」

「うむ、洞窟は見ての通りあまり曲がっていない。実は以前ドローンと侵入させたんだが、内部も複雑な構造をしていないことが分かっている。内部にあるクレーンだけ気をつけてくれば問題ないだろう」

 

 了解です、とリヒテルが言って質問が終わる。ブリーフィングも締めだ。

 

「国連司令部が君たちを指名して立案された、正直言って無茶振りだ。このような作戦を伝えることが心苦しいが、無事の帰還を祈る」

 

 

「まあ、人柄は悪くなかったね」

「それはそれ、これはこれですよ。まーた変な任務が来てしまいましたね。陸軍の仕事でしょう、これ」

「まあ、今の状況でイグニサンク山の裏側に機甲戦力を回すのは無理だからね」

 

 XLブースターを装備している様子を見ながら雑談に興じる。

 先ほどシミュレーターで軽い習熟訓練をしていたのだが、このブースターは小型補助エンジンを翼中央に搭載し、ストレーキを外付け拡張して疑似デルタ翼にするP-16のカスタムパッケージのようだ。噂では、グレイワールドで試作機終わりだった機体を、外部装備で再現するものなんだとか。

 補助エンジンの追加出力で慣性制御補助が入っているので、不思議と乗り心地はあまり変わらないまま搭載量と魔術出力の増加の恩恵を得られている。重くなる分若干運動性は不安だが。

 

「まあ、作戦の細部を確認すると、俺たちならできるだろうという計算がされてるから、まあ何とかしよう」

「それがランサー隊、ね」

「いつも通り任務をやれるだけやる、というだけですね」

 

 取付作業は間もなく終わる。

 

 □

 

『作戦空域に到達。これより無線封鎖を解除する。と言っても、トンネルに入れば圏外になって私とは交信できなくなるがな。引きこもりどものケツをひっぱたいてこい』

 

 トンネルが目視できる距離まで接近し、イビルアイからの無線が機内に響く。

 今のところXLブースターの様子は良好。推力と魔力を適度に供給してくれる上に、機体の安定性を上げてくれている。トンネル内部の構造に問題がなければこの機体で十分通れるだろう。搭載装備は小型の無誘導爆弾4発と短距離対空ミサイル2発。爆弾はもっと強力なものを搭載できるが、トンネルを崩壊させて自滅するため使えなかった。

 

 幸い先日SAM、レーダー陣地を別の航空隊が空爆してくれていたため、高度を落とすだけで敵から捕捉されずに済んだ。全体的な作戦立案、遂行能力を見るとやはり以前より幾分かマシになっているようだ。

 

「コールサイン順で内部に突入する。いいな」

『ウィルコ』

『ウィルコ』

 

 侵入体制を整え、マスターアームをオンにする。武装のセーフティーが外され、あらゆる攻撃手段が目を覚ました。

 洞窟の入り口は大分整備されている。というか、あれは滑走路だ。かなり余裕のある設計であり、よく見るとカタパルトまでついている。艦載機や短距離離陸が可能な機ならあそこから出撃できるという寸法か。

 

『こう見ると相当広そうですね』

『こんな作戦も立案されるわけだ。事前にレーダーを潰してもらってなければ迎撃されてたかも』

 

 リヒテルとイオンが関心しながら、各機と前後の間隔を大きく保って、一切のブレなく侵入コースを取っている。クリスもまた、内部で変な隔壁でも建てられていなければ通れるだろう、と思いながら精神をトンネルに集中させた。速度を絞りながらトンネル内に突入。一気に暗くなり、機体のコースは制限される。

 

「早速投下する。撃てるだけ撃て。逆に言うなら無茶はするな」

 

 そういいながら、さらっと爆弾2発を滑走路に落としていく。ここなら爆炎が発生してもそう妨げにならないだろうとクリスは思ったからだ。激しい爆音とともにカタパルト構造が破壊される。対爆仕様の滑走路自体へのダメージはさしてないだろうが、艦載用の機体が出せなくなるだけ後が楽だろう。

 滑走路を過ぎると戦闘機や襲撃機ずらりと並んでおり、ここの戦力が思いのほか高いということを実感させられる。どおりでこんな無茶な作戦が立案されるわけだ。ここの戦力が後々の決戦で投入されたら、こちらもたまったものではないだろう。

 

 クリスはデータリンクシステムをチェックすると同時に、後方から爆音が聞こえる。どうやら確認するまでもなく正常に稼働しているようだ。

 今回の作戦において、クリス機は先頭を飛んでデータを収集する役割も担っている。そのデータを用いてリヒテルとイオンが重要そうな対象を優先的に破壊する戦法だ。

 一方クリスは、ロックオンで来た相手を無作為に攻撃する。対象を認識しようと意識を割いてたら壁やクレーンに衝突しかねない。幸いXLブースターで魔道弾の使用制限がある程度緩和されているため、手あたり次第の攻撃でも悲しい結果にはならないはずだ。

 

 クリスはロックオンに対して反射的にトリガーを引きながら、トンネル内の飛行に専念した。クリスの飛行データが後続2人の飛行をアシストする形になっているので、墜落でもすれば二人の生存率は下がってしまう。

 しかしトンネルの外壁に施設を作り、中央は大通りとしてそのまま広めに残してあるため飛行は言うほど苦ではない。

 

「これほどVMTを保有していたのか」

 

 勝手に機体COMがロックオン対象を一瞬見る。VMTだ。スエントヴィート(TT-89)が素体状態で壁にずらりと並んでいる。それが反射的に発射したカットラスで破壊された。

 苦労して手に入れた最新鋭VMTだろうが、こちらとしては著しい障害なので取り除くしかない。飛行ルートの邪魔ではなく、今後の紛争を有利に進めるにあたって、である。

 

「今動き出したか」

 

 トンネルも残り3分の1程度になってきたころ、武装状態であったスエントヴィートが起動して、こちらに手持ちの主兵装である30㎜チェーンガンを向けてきた。事態を把握したVMTのランナーたちが、スクランブル的にVMTを起動し対処に当たろうとしているのだろう。

 

「練度としては悪くないが……今回は作戦負けだ。諦めろ」

 

 カットラスがロックオン。トリガーを引く。

 真っすぐ鋭い光弾が飛んでいき、回避が間に合わないスエントヴィートは胸部にそれをモロに喰らってしまう。装甲を食い破られ内部機構を破壊されたスエントヴィートは、吹き飛ばされて仰向けになり、動かなくなった。ちょくちょく動き出しているVMTを、対処可能な範囲で迎撃しながら進んでいく。

 出口が見えた。逆光がまぶしいが、飛ぶのには問題ないし、隔壁が閉じていく様子もない。

 

「ランサー1、トンネルを突破する」

『了解、隊長の航路を辿れば問題なさそうですね』

 

 光の中に飛び込み、クリスはトンネルからの脱出に成功する。

 少し間を開けて、リヒテル、イオンも突破に成功。無茶した割にはかなり戦力を削れたのではないだろうか。

 

『こちらイビルアイ。全機の健在を確認した。RTB、長居は不要だ』

 

 今回も無事に、そして戦果を挙げて帰ることができる。無茶振りなのは腹立たしいが、こう、いつもうまくいってほしいものだ、と思わざるを得ないクリスだった。



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山腹の大戦

大変遅くなりました……


 私はガラスが割れる音ともに吹き飛ばされる。吹き飛ばされたのはこれで何度目かわからない。

 砕けたのはガラスだけではない。魔力で作った壁が砕け散って、空気に霧散する。アスファルトでできた地面を1メートル近く転がり、停止する。力がすぐに入らない。体はひどく痛めつけられたし、ずいぶんと消耗させられたから仕方ない。

 案内人だった刺客がこちらへとゆっくり歩み寄り、そして止まる。

 

「……なるほどな」

 

 私の後ろから手が差し出され、続いて人影が私の前に躍り出る。

 手を差し出してくれたのも、後ろから躍り出た人影たちも、国連の査察団を護衛するために近くへ来ていた国連軍特殊部隊の面々だった。私の信号をキャッチした現地の国連組織が、この部隊を急いでよこしてくれたのだろう。

 たった今粉砕されたガラスは玄関の扉のものであり、私はなんとか逃げ切ったのだ。完全武装した特殊部隊が半龍化している男にライフルを突き付ける。

 

「いやはや、私の負けだ。しかし、いいものを持っている。転生した特権と古代魔術用の短杖か。捕まえるどころか攻撃をほとんど防がれるとは」

 

 刺客は両手を上げ、人間態に変身し直しながら私の姿を嘗め回すように見る。

 古代魔術を研究するにあたって使われたと思わしき杖。世界樹の枝と三種の宝石、昔ながらの製法で打たれたオリハルコン化金属の装飾をもつ、非常に高価で高い性能を持つものだ。この構造と金属量であれば大抵の検査機に引っかからないため持ち込みが容易であり、加えて空港も魔道具免許を持っていたため必要な手続きと処理を経て国内に持ち込めた。

 私は転生者ゆえ、幼いころは通常学問に充てるべき時間が空いていた。その時間を魔術を遊びのように学びながら過ごしたのだ。一時期は魔術をがっつり扱う職業を考えたこともあったが、資格を取るだけ取って結局この職に就いた。案外、職業魔術師というのは楽でないことをいやというほど知ることになったからだ。

 

 しかし、今回はそれが活きた。加えて杖は私の魔術能力を非常に高めてくれた。そのおかげで龍の攻撃でも1発は防げる防壁魔術などでひたすら防御し、何とかここまでたどり着いた。そこまでしても正直ギリギリだった。

 

「やはり外から来た転生者というものは理の中にいてはいけないな。ふふ……」

 

 拘束されながらそうぼやく彼は、不敵に笑っていた。

 ……転生者だと割れていることは昨今珍しくないい。今どきは出生後や大きい健康診断で幼児のうちにバレてしまう。

 だが、それを公にするかは自由だ。私は彼に転生者だと伝えただろうか?伝えてないとして、いつ彼は私が転生者だと知ったのか?

 かなり厳重な個人情報のはずなのに。

 

 

 

 

「本当にいいのだろうか……」

 

 リスキーな仕事を引き受けてくれた礼として、私は予定が繰り上がった査察――もはや書類送検や捜査のような状態だが――の独占潜入取材を許可されたような形になってしまった。

 正直、リテラシーが少し緩いように思えるがお言葉に甘えている。きっと今回のことを記事にするときはさすがに検閲などが入ると思うが、貴重な体験ができると思ってこの場にいる。

 そこら中から資料などが運ばれて行き、従業員や研究者たちは逮捕されたり事情聴取されたりと、廊下は工場とは思えないほど混雑していた。

 私はそこらじゅうで記事になりそうな写真を撮りメモを書いて回っていた。何割使えるかわからないが、こういう時のラインがどこにあるのかを学ぶため、無駄になる覚悟で資料を集める。

 

 そうやって歩いていると、ふと違和感のあるものを見つけて足を止める。

 製品である戦闘機を置いておく格納庫。おそらくシュールに輸出するつもりであっただろうGf-54などが並ぶ中で、見覚えがない戦闘機を見つけた。足は思考するより早くそちらのほうへ向く。

 

 遠目で見たときは、素人目であったらGf-54などと区別がつかないかもしれないと思える機体だった。しかし、近づくとそれが異形の戦闘機であるとわかる。

 戦闘機だが3発機、要するに3つエンジンがついている。ステルスを考慮した双発機のシルエット、その2つのエンジンの間に小さい3つ目のエンジンが取り付けられたような形状だ。ただの補助動力ではなく、どう見ても推力を発生させる機関。

 

「すいません、よければこの機体のことを教えてもらっても……」

 

 近くで見張りをしている兵士に問いかけてみる。彼は戦闘機には詳しくないかもしれないのでダメ元だ。

 

「何を言って……ああ、オーエンさんでしたか。私は詳しくないですが、これはどうやら試作機のようです」

「試作機?納品する機体の場所に?」

「実戦投入して性能を試すつもりだったらしい。詳しいことはあそこにいるユウジ特務大尉に聞いてみてください。あなた相手なら答えてくれるはずですから」

 

 どうやら手柄を立てたことが幸いしたらしく、意外と好意的に接してくれる人が多い。しかし、実戦テストに投入予定だった試作機とは。

 早速、言われた通りユウジ特務大尉に声をかける。彼は軍属でありながら航空機開発に携わっており、今回の査察にて、ここで開発されている技術を調べる立場であった。

 

「この機体は龍専用の機体として開発されたようです……その証拠にGリミッターや魔力ブーストリミッターが低めに設定されています。リミッターを再設定せず飛ばせば、ただの人間は死ぬ」

 

 彼は私の願いに二つ返事で答えると、つらつらとガラス越しに見える機体について解説を始めてくれた。

 

「目玉は三発機であること。二基のハイブリットエンジンと、小型の純正MECエンジン一基を搭載し、出力は通常時とブースト時、ともに現行戦闘機を遥かに凌駕する。乗る人次第では戦略級の戦力になりえる恐ろしい性能だ。そして――」

 

 そこでユウジ大尉は苦い顔をして言葉を切る。たかだか戦闘機一機が戦略級の戦力という、その恐ろしい言葉は十分に私を驚かせた。だが、その次に発せられた言葉は、驚きを絶望に変えた。

 

「一機が、すでにシュールに納品されている。ここにあるのは、追加で納品予定だった二機目だ」

「なんですって!?じゃあ、つまり」

「シュールは既に書類に書かれていない戦略級兵器を所有していることになる。私は今、急いで機体を解析しているが……」

 

 シュールが、戦略兵器を保持。まだ決まったわけではないし使うとわかっているわけでもない。戦略級の兵器として扱うにしても、あくまで戦闘機という魔術行使のプラットフォームでしかない。

 なので、どのような形で使われるかわからない。性能だって推測している部分が多い。

 だが予感がする。この機体が使われたら、迎え撃つのはランサー隊だろう。こんな化け物を相手にできるのはランサー隊しか思いつかない。

 

「どのくらいで解析が終わりそうですか?」

「遅くなれば一週間後になるかもしれない。どうした?知りたいのか?」

「え、ええ。興味がわいてしまいました。無理強いなのはわかっていますが……」

「……ふ、いいだろう。ただし、今後しばらくはお前の記事に検閲が入るかもしれない。変なところに漏らそうとすれば、わかっているな?」

「はい、そのつもりで聞いています」

 

 万が一。

 来るかわからないそんな事態のために、私はしばし自由を捨てた。

 

 □

 

『こちらZRSケルニス。ランサー1、着艦を許可する』

「ランサー1、了解した。着陸態勢に入る」

 

 古巣に帰って来た、というべきだろうか。

 援軍がやってきたため、ガリオン空港は手狭になってしまった。そのため一応海軍所属であるランサー隊は、援軍の中にいた空母ケルニスへととんぼ返りさせられたのだ。こちらの方が肌に合っているのでかまわないが、やはり便利屋扱いだなと思わされる。

 

『進入コース適正、その調子で着艦してくれ』

 

 スロットルは上げっぱなしだ。空母への着艦は『制御された墜落』と称される荒っぽいものである。

 短い距離で機を停止させなければならないので、甲板に3~4本のワイヤーを展開して、それを着艦する機のフックに引っ掛けて停止させるというものだ。自力ブレーキでは足りないのだから仕方がない。

 当然ワイヤーが引っ掛からないことはままあるし、最悪ワイヤーが切れるという事態も稀にある。その時に飛行が続けられない速度だったとしたら、甲板上で止まり切れず端から落ちて海水浴をする羽目になる。だから、機体を止めるのはワイヤーに任せて、エンジン推力はむしろ上げておく。万一があればゴーアラウンド、つまり即再離陸で着陸をやり直すのだ。

 

「……ッ!」

 

 衝撃。車輪が甲板に接触した瞬間、万が一に備えてスロットルを押し上げて最大出力にする。その直後着艦フックがワイヤーを引っ掛け機体を急減速、万が一は起きないまましっかりと停止させた。着艦が完了、チェック後にスロットルを下げる。

 ここまで帰って来たが、未だにシュール内戦に参加することは変わらない。行き帰りに時間がかかるようになっただけのため、少し憂鬱になりながら着艦後の作業を進めていった。

 

 

『さて、みんなよく集まってくれた。ブリーフィングを始める』

 

 空母のブリーフィングで、画面越しに全体ブリーフィングを見る。ブリーフィング用の映像データとともに、カメラにはブリーフィングを担当する。ガルス大佐の姿が映っている。どうやらVMTランナーにも関わらず、暇なときは全体的な指揮にも関係する羽目になったようだ。非常に忙しいことになるだろう……。

 

『現在、クーデター軍の本拠地であるイグニサンク山の7合目基地攻略を見据え、北部の中腹に戦線を形成している。だが、今に至ってなお、ここは膠着状態のままだ』

 

 複雑な地形であり、戦車の侵入は少し厳しい。やはり航空戦力とVMTを主とした戦場となっており、天然の塹壕ともいえる起伏の多いエリアで小競り合いが続いているようだ。

 

『今回の作戦は、電撃的な連続攻撃によってこの戦線を突破することである。概略としてはまず航空隊と現地陸軍をもって、敵砲撃陣地及び対空陣地を飽和的に攻撃、攪乱及び沈黙させる。』

 

 説明映像に映る山の山頂方向、つまり敵陣の後方に陣取っている赤いマーカー。対空陣地や砲撃陣地と思われるそれが、前と上から伸びた矢印によって×に変化する。

 

『その後速やかに制空権を確保。その時点で輸送機を接近させVMTを空挺降下させる。これは前線への増援という形であり、合流して一気に前進する』

 

  映像の目立った動きは止まり、一度ガレス大佐は言葉を切った。

 

『古典的な電撃戦だ。可能な限り虚をつく用意はしている。だが、相手も対策している可能性を十分に考慮して作戦に当たってくれ。私も空挺VMT隊として出撃する。作戦開始は事前工作部隊に関しては明朝0400、攻勢の本格化は0900の予定だ。現状の天候予測では早朝霧が発生し、0900になっても残留するらしい。工作に当たる部隊はそれに乗じるよう。以上だ、質問が無ければ解散する』

 

 参加している部隊が多いので、さすがに質問がいくらか出る。ガルス大佐はそれに答えられる範囲で淀みなく回答していった。

 

「大規模攻勢か、忙しくなるね」

「私たちはどのようにこの作戦に参加を?」

 

 全体ブリーフィングが終わり、リヒテルの言葉を皮切りにランサー隊としてのブリーフィングが始まる。

 大雑把なブリーフィングだけでは隊が困ってしまう。当然、各隊向けの詳細ブリーフィングデータが届いていた。それにはすでに目を通している。

 

「俺たちはあえて若干遅れて到着した後、対空陣地への攻撃だ。その後こちらに損害がなければ制空戦闘を行う。機体はMF-18で上がるぞ」

「先行した味方に気が行ってるうちに横合いからですか。嫌われそうですね」

「まあ、そういうのも私たちの仕事、か」

 

 フライトプランは向こうから提示されているので、あとは準備して出撃するだけの状態だ。

 

「明日の0830には発艦する。今のうちに体を休めておけ」

 

 □

 

「ランサー1からイビルアイへ。作戦空域に接近中だ。状況を知らせよ」

『こちらイビルアイ。正直言って、作戦進行は若干遅れてる』

「何があった」

『観測隊との連絡が取れなくなった。予兆もなしにな。おかげで砲と空爆の精度が落ちて、突撃は一時見合わせだ。直前に観測隊がいた一帯の霧が光ったとの報告もある』

「了解した。やれることはやる」

 

 おそらく対空陣地へのダメージも想定を下回っているだろう。覚悟はしていたが、やはり実際に遭遇するとしんどいものがある。

 

『しっかし……霧に細工でもしたのかしら?』

『チャフとして金属粉を霧に混ぜ込んだんでしょうか……』

『条約で禁止されてないけど、ひどい土壌汚染になるよ。しかも自国領土のど真ん中で』

「理屈は後で考えればいい。行くぞ」

 

 現地の攻略状態を鑑みて、ランサー隊は対空陣地攻略に向かう。VMT部隊の前進が鈍れば損害がかさみ、攻勢そのものの中断もあり得る。それは阻止したい。

 対空陣地への攻撃は非常に危険を伴う。前回はVMTに担がせてる中途半端な性能だったからこそ大した被害は受けなかったが、今回は本職の装備がいくらか確認された。レーダー警告も時折響くため、作戦としてだけではなく自分たちのためにも迅速に行わなければならない。

 

『今のところ確認できている地対空装備の位置データを送る。当然まだ発見できていないものもあるだろうから注意しろ――』

『……!別のレーダー照射、方位170から敵機が来てる!!』

 

 攻撃態勢から咄嗟にブレイクする。敵もしっかり迎撃の機を出している。作戦開始時から飛んでいる機も頑張っているようだが、進攻の遅れが対空戦闘にも響いているようだ。

 そして航空機に対する回避機動を行った途端、こんどは地上からミサイルが飛んでくる。幸いチャフを展開したらロックオンが外れたが、このままでは攻撃するスキがない。

 

『こちらヒース隊。ランサー隊、そちらを援護する』

「助かるが……持ち場は大丈夫なのか?」

『持ち場は隣だ、大丈夫。この前の借りもある。身も蓋もないことを言えば、ヒース2が手酷く被弾して撤退したから、1機足りないんだ』

「なるほど」

 

 ランサー隊は特殊な任務が多いのと連携練度の高さもあって、奇数編隊で臨機応変に飛んでいる。しかし本来航空機は2機一組のエレメントが単位の1つになる。そのため本来であれば奇数になると援護を得られないというリスキーな状態の1機が残ってしまうのだ。

 ヒース隊は奇数で対応する自信がなく、その不安を解消するため臨時編成を行うということだ。元から奇数のランサー隊では割とあることである。

 

『こちらイビルアイ。事情はだいたい分かった。ランサー1とヒース3はエレメントを組みしばらく偵察と対地攻撃を行え。のこりは自隊でエレメントを組んで対空戦闘に当たって、これを援護せよ』

 

「ウィルコ」

『ウィルコ。この前と同じだな』

「索敵中は俺がそちらのウイングマンになる(指示に従う)。対地攻撃のときは入れ替わるぞ」

『コピー。忙しそうだがやってみるさ』

 

 敵航空隊を残りの4機に任せ、俺らは対地索敵できる高度に下がった。未だ霧が地面を覆っているが、徐々に晴れつつあるようだ。観測隊と連絡が取れなくなった原因も霧のようだが、この様子だともしかしたら通信が回復するかもしれない。

 

『……早速発見した。仮設レーダーサイトだ。まわりは汎用VMTが2機で固めてる。他には……ん?魔力反応?指向性だ』

「どうした?」

『これは……通信だ。非常用の魔力波通信が届いてる。今から解読する』

 

 魔力は電波などに比べて距離当たりの減衰率が非常に高く、通信には向かない。そのため、この通信手段は非常用であり滅多に使われない。逆説的に、対象は真っ当な通信手段を失っているとも考えられる。もはや救難信号の類だ。

 高度を下げた結果、電子戦担当として強化されたヒース3の通信アンテナに辛うじて届いたのだろう。

 

『……こち……リーサス1-1。お……願う。繰り返す、上空の友軍機へ。こちらリーサス1-1』

「イビルアイに中継しろ。イビルアイ。観測隊からの通信をキャッチした」

『了解した。ヒース3は通信の発信源を探知し、発見し次第その付近で旋回待機。ランサー1はそれを護衛せよ』

 

 魔力波通信の相手は観測隊のリーサス分隊であった。電波通信が全面的にダメになったため、一か八か魔術へ切り替えたのだろう。見つけられて幸いだった。

 

『イビルアイからリーサス1-1へ。いま、戦闘機による捜索を行っている。待機しつつ状況を知らせよ。』

『待機了解。我々の現状だが……端的に行ってわが部隊の作戦続行は不可能だ』

『なんだと?』

『電子機器が全滅した。原因はEMP。魔術に詳しい部下曰く、敵陣近くの霧は正確には氷霧で、それに静電気を帯電させた上に魔術で制御しながら解放。電子機器をダメにしたとのことだ。ついでに言うと、感電による負傷者もいる』

「……やってくれる」

 

 敵がやったのは、要するに霧を魔術によって雷雲と同じ状態にするというもの。おそらく空気に対して放電しただろうから、電圧は1億Vを超えることになる。

 航空機はそれなりの被雷リスクを持つため多重の対策をしている。しかし避雷針などを前提にした陸軍用通信システムは、至近距離での被雷となるとシーリングしていても限界があったのだろう。

 それに観測隊として忍び込んだ相手の、その通信機を破壊するという狙いをしているのだ。こちらが使用している電波帯域に反応すべく術式を組んでいたに違いない。

 

『ヒース3、リーサス隊を偵察カメラにて視認。座標を送る』

『……確認した。リーサス隊、撤退できそうか?』

『帰るだけならなんとかな。だが、どちらにしろ砲兵隊への援護はできない。代替手段があるのか?』

「危険だが俺たちが引き受けるしかないだろう。ヒース3、できるか?」

 

 当然ながら、制空権を握れてない状態で砲兵隊のために近接偵察など非常に危険だ。だが、全面攻勢が始まっている今、長々と用意していたら敵の反撃準備が整ってしまう。精密砲撃をできるようにして後方陣地をマヒさせなければ、前線が進めず被害拡大は避けられない。

 

『やって見せるさ。どのみちそれしかない』

『イビルアイからランサー、ヒース隊へ。総司令部から命令が来た。このエリアの対空陣地を叩け、だと。幸い先程、敵迎撃機の第一波を退けたから、第二波が来る前に空挺降下を行いたいそうだ』

「野砲とかは騎士団長が直々に叩くという寸法か」

 

 無茶をする、と思うが仕方ない。砲撃隊の遅延の影響で現状での正面突破は難しい。というか、作戦中止になってないのが奇跡だ。

 異常を確認した前線突撃部隊が寸でのところで引き返したため、損害軽微に抑えリトライができる状態を維持できたのが大きい。

 本来は敵前線突入と同時に空挺降下する予定だったが、野砲の先行して排除して突撃を助ける作戦に変更したということだ。

 

『こちらヒース3。一通り索敵を終えた。』

『了解した……こちらイビルアイ。時間が無い。これより再びヒース隊とランサー隊は別行動。ヒース隊は3の索敵と電子戦、周囲がそれを護衛せよ』

『ヒース1了解』

『ランサー隊。対空兵器のうち、空挺降下の邪魔になりそうなものを高脅威目標としてマークした。破壊しろ』

「ウィルコ。さあ、行くぞ」

 

 クリス達は高度を下げ、危険な空爆へと向かう。



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砲火交える山

実は前回と今回で1話にする予定のモノを分割した形になるため、ちょっとボリューム小さく感じるかもしれません


 

「敵対空兵器はどれだけ減った?」

「現在、最重要標的にしたものの7割は壊せているようです。特にミサイルなどは壊せてますが、機銃類に手が回っていないとのこと。」

 

 大型輸送機、その中にいるガレスとオペレーターの声だ。空挺降下の最終チェックを行い、あとはアプローチと降下をするだけとなっていた。

 そのアプローチのため、対空兵器が輸送機の迎撃を行えるか。降下中のVMTを迎撃するかなど確認しなければならない。

 輸送機は高高度を飛んでいるため、SAMが潰せていれば空域に侵入することができる。一方空挺降下する、という点では射程の短い対空砲も脅威になってくる。着地のため低高度で減速したところをハチの巣にされる可能性があるからだ。

 

「ふむ……ならいい。アプローチに入れ」

「で、ですが!」

「かまわん、時間を掛けると前線の被害が広がる……使い所を無くしたと思ったが、回り回って持ってきて良かった、となるとはな」

 

 加えて自分がいる機体と、『もう1機』を先頭にしろ、と伝え格納庫に移動する。

 そこにあるのは自分の愛機。

 

 ――HT-18 アルサー

 最新鋭の特務用機体。量産こそされているものの、下で戦っている前線向きのラルスロルドよりひと周り上のスペックと運用コストを持つVMTだ。

 電気半導体を用いた高性能COMとセンサーを持ち、高い性能と汎用性を持つ。整備性が若干犠牲にはなっているが。

 

 彼は騎士団長であると同時に、高い技量をもつVMTランナーであり魔術師だった。彼は電子生成、つまるところ電気を魔術的に発生させることに特化した魔術師であり、故に数少ないこの『特殊砲』を単騎で扱えるランナーだった。

 

 降下準備のアラートが鳴り、彼はVMTに乗り込む。スタンバイモードにしていた機体はランナー(搭乗者)が少し離れた程度では停止せず、少しの操作で臨戦態勢へと移行する。EMCドライブは高鳴りと共に一気に戦闘出力まで稼働し、そのサイズに見合わぬ量の魔力と電力を鉄の体躯に供給する。

 ヘルメットのガラスに映像が投影され、外界を認識できるようになった。ちょうど降下するために輸送機の後方扉が開放されるところだった。

 一拍して、ブザーが鳴り響く。

 

 『ミラージュ1-1!投下!投下!』

 

 衝撃の後、訪れる浮遊感。

 

 輸送機から放り出され、落下しているのだ。

 慣れたこと、とガルスは機体を操作し、人がスカイダイビングするのと大差ない姿勢をとって一度機体を安定させる。そして肩と腰部のパーツを合体させ、巨大な砲をその場で組み立てた。

 直後、電子音がなる。国連軍共通データリンク要請と音声通信のコール。許可すると、凛々しい女の声がヘッドホンから聞こえてくる。

 

『こちらは準備したぞ。伊達男』

「こちらも用意はできたさ。仕上げにかかろう」

 

 相手はハルカニア連盟のエースであり、戦略級魔術師の候補と名高いリーファ・エンデンシィ准佐であった。彼女も特殊砲を単独運用が可能だ。故に自分とともに真っ先に降下するよう命令した。

 通信を終えた2つの巨躯は、それぞれが持つ大型砲を地面に向ける。姿勢制御は機械に任せ、彼らは狙撃にすべてを集中した。

 

 狙撃に使われている物は、元来空挺降下などの用途は考えられてない超遠距離用狙撃砲。

 75mm電磁砲。いわゆるレールガンだ。

 

「――ファイア」

 

 轟音とともに、薬室に装填されたタングステンの杭が超音速で射出される。砲身から飛び出す際にはソニックブームが発生し、反動は慣性制御によって強引に制御された。

 距離、環境ともに精度を保証できない状況である。しかし、この兵器は異常なまでの運動エネルギーを投射するため、あまり気にしなくていい。

 実際、今2機から放たれた弾頭はそれぞれの標的から1,2メートル横に着弾。直撃ではない。しかし発生する衝撃波が砲台を捻じ曲げ、そして地盤ごとひっくり返した。

 

「初弾はこんなもんだろ」

『口を開く前に次を撃て。次を』

「こっちはクールタイムがあるんだ、そっちのようにはいかねーんだよ」

 

 そう言いつつ、発砲。

 エンディシィ准佐は電力ではなく熱操作において高い適性を持つ魔術師だ。回路からひたすらに熱運動を奪い去り、超伝導状態にすることも可能なほどだ。

 回路や砲の冷却時間は無に等しく、回路を超伝導状態にするため余分な電力消費も無い。小型のバッテリーパックを背負うだけで搭載した20発を撃ち切れる。その気になればフルオートじみた連射もできるため、遠方への制圧力は絶句モノ。

 この能力の高さゆえ、広域殲滅の手法を確立されることがあれば、彼女は戦略級魔術師として抑止力の一つに数えられるだろう。

 

 ガルスは電力面だけで冷却が強いわけではない。だが極寒の高高度かつ常に強風が襲いかかるこのシチュエーションにおいて、冷却は時間を要さなかった。

 飛行隊から回されてくるデータをもとに、高脅威の目標を再び照準に捉え、超音速の矢を撃ち放つ。

 

 □

 

『無茶するなぁー』

『想定外の遅れだったので仕方ないでしょう。しかし、本当に腕がいいですね……』

 

 あんな無茶な戦い方をしたガルス騎士団の空挺VMT隊だが、化け物2機のおかげか大きな損害もなく降下を成功させる。

 戦況は動くだろう。確認されていた対空砲はすでに沈黙し、次の標的とばかりに遠距離砲はデータリンク画面で次々と消されていく。空挺降下は成功したといっても過言ではなかった。

 

『イビルアイからランサー隊へ』

「こちらランサー1、どうした」

『先程前線部隊の突撃命令が出た。と、ほぼ同時に敵航空隊第2波もレーダーに映った。方位130、高度6000。迎撃に当たれ。対地兵装を持ってきていたら、今までの苦労が水の泡だ』

「ウィルコ」

 

 機体を旋回させてその方位へ機首を向ける。武装は中距離ミサイルを選択。他の友軍機もおそらく同じことをして、前哨戦となるミサイル狙撃戦に備えた。

 

『射程に入った、発射した機は事故に留意しつつ回避――』

「待て、大半の敵機がレーダーロスト」

『チッ!魔術式ステルスだ。ミサイルは撃たれてる。グラウ隊が補足できてる機体に攻撃。その他は回避せよ』

 

 20機以上あった反応が4機に減り、その変わりにそれ以上の数のミサイル反応がレーダーに映る。いままでの傾向から、ステルス状態では敵もレーダーが使えないだろう。おそらくステルス状態ではない4機が、データリンクで他の機体のミサイルも誘導しているのだろう。

 そうと決まれば、可能な限りレーダーに映っている機体を墜とす。そう判断したイビルアイはグラウ隊のみに攻撃をさせて、そのほかの機体には回避を命じた。敵の4機にここ一帯の友軍がミサイルを撃つのは非効率的だからだ。

 ランサー隊はチャフを展開しながら右方向に旋回。グラウ隊以外の他の部隊も散開する形でチャフを展開しつつ回避し、中距離対空ミサイル発射し終えたグラウ隊もそれに倣った。

 

『まもなく着弾。備えろ』

 

『――ヒグレード2被弾!!』

『グラウ4!!!制御できない!!墜落する!!墜ちる!!!』

 

 すべて回避とはならなかった。何機かが被弾し、被害甚大だったグラウ4に至っては撃墜された。

 脱出は確認できなかった。制御を失い、きりもみ回転しながら墜ちていく機体では難しかっただろう。

 

『レーダーに映っていた機体のうち3機が墜ちた。ここからは目視で対応せよ。レーダー系は接近警報すらアテにならないと思え』

「了解した。犠牲を無駄にしないためにも、敵を落とすぞ」

『ウィルコ』

『ウィルコ』

 

 空に散らばった黒い機影を目視にて確認する。見ていると、それはステルスを維持したまま襲いかかってきた。

 部隊単位で散開する。ランサー隊は左に急旋回し、敵の様子次第で対応する考えだ。

 

『グラウ2からランサーへ。一飛行隊が右旋回してそちらに追従している』

「了解した」

 

 ランサー隊は全機旋回のため敵に腹を見せている。つまり敵の方は見えない。本来ならレーダーがあるためもう少し楽に敵の様子を見られるのだが、今はレーダーが使い物にならない。敵視認を優先し上昇しつつ敵を見続けていた機からの情報をもとに対応する。

 敵の1飛行隊、要するに4機がは右旋回。こちらに食いつくような機動をしているらしい。旋回戦に持ち込むのも手だが、生憎3対4なので悠長な真似をすれば負ける。

 

「俺は敵方向に転進して先制攻撃する。二人は遅れて切り返して、敵のブレイクに合わせてしっかり攻撃位置につけ」

『了解、もし隊長が後ろに喰らいつかれたら任せて』

 

 即座に操縦桿を右に倒す。右に機体をバンクさせた後に機首を上げて、わずかに上昇しながら右へ急速旋回。二手に分かれる形となった。

 切り返したときに視認した敵機は、こちらの後ろを捉えようと左旋回のためのロールをしてる最中だった。互いにレーダーが使えない今、水平に戻ったコックピットでようやくこちらが向かっているのを視認しただろう。

 短距離ミサイルを武装に選択。敵はクリスに対し、ほぼ直角で横切る形となっている。ミサイルが当たる可能性は決して高くないが、撃って敵の体勢を崩すのが狙いだ。もちろん当たるに越したことはないし、絶対当たらないとも思っていない。

 ロックオン。編隊の先頭を飛んでいた敵をミサイルのヒートシーカーが捉えた。

 

「FOX2」

 

 静かに呟きながらトリガーを引く。ロケットモーターが点火した短距離ミサイルは、機体翼端から射出され敵に向かって喰らいつく。

 ロックオン対象になった敵機は、フレアを撒きながらこちらの追尾をやめて全力の左旋回。周りの機体はカバーすべくクリスの機体にヘッドオンする。しかしすでに距離が近いため、ミサイルを放つ間もなくすれ違った。

 その直後、クリスはキャノピーの右側が何かに照らされたことを認識する。自分の撃ったミサイルが炸裂した光だ。直接目視すると、どうやら撃墜はできなかったが被弾はしたようだ。飛んでいるが変なところから白煙(ベイパー)が出ている。

 クリスは右旋回し損傷機を追う姿勢を見せる。当然残された敵もそれについてこうと旋回しようとして

 

『FOX2』

『GUNS,GUNS,GUNS』

 

 放置していたイオンとリヒテルの攻撃を受けた。

 ヘッドオン状態にもかかわらず、被弾した友軍機に気を取られ接近に気づかなかったようだ。リヒテルが先頭で踏み込み機銃を、イオンがウイングマンとしてそれに追随する形で短距離ミサイルを撃ちこみそれぞれ1機撃墜。3対2に逆転した。

 

「よくやった……こちらも決めるFOX2」

 

 敵の損傷機については、こちらのロックオンの前後にギアダウン(降参表明)したり撤退する進路を見せれば見逃すか考えた。しかしロックオンする前にイオンとリヒテルを狙う動きを見せたため、先ほど攻撃した機体にもう一発ミサイルを撃ちこむ。近づきほぼ真後ろを取ったため、敵は回避機動を取る間もなく至近弾を破片を大量に浴び粉砕。

 残った一機はイオンとリヒテルで撃墜したようだ。

 

「まだいるな、友軍の援護をする」

『だけど短距離ミサイルはほとんどないよ。敵がレーダーに映らないから、中距離レーダーミサイルはお荷物だし』

「横合いから接近して圧力を掛けるだけでいい。撃墜は味方に任せるのも手だ」

『ランサー2、了解です。』

『3、了解』

 

 そういって高度を上げながら転進する。

 地上の進軍を助けるため、爆弾を抱えている可能性のある機体は墜とすに限るからだ。

 

 □

 

『ミラージュ2-2被弾!クソッ、左腕部機能停止……ッ!』

『こちらキーリス1-1。持ちこたえてくれ!!あと少しで突破できる!!』

 

 地上、空挺部隊に関しては少しだけ劣勢だった。

 この作戦区域の国連軍全体としてはかなり優勢だ。前後から攻撃されている敵軍は組織的な抵抗を失いつつある。正面方向の陣地はとっくに進入、破壊されている状態だ。

 しかし後方側は空挺降下部隊として、あくまで増援分の戦力しか用意していない。しかも砲兵隊の多くが正面ではなく背後のこちらを直接射撃し始め、弾幕と火力において押され気味になっているのだ。ガレスのレールガンは対空砲に対してほとんど撃ち切り、彼らは今、汎用装備である30㎜チェーンガンなどを手に戦っている。

 野砲を抱え込んだ敵VMTが、やけくそ気味にこちらのVMTを照準し砲撃する。VMTと共用される野砲用の76㎜砲弾は榴弾でも直撃はさすがに受けきれない。ガレスの方にも砲撃され、舌打ちしながら機体をサイドステップさせて敵の射線から退避する。その直後砲弾が先ほどまでガレスのいた場所を通り抜け、後ろの山肌に着弾、爆発した。

 体勢を立て直したガレスはお返しと言わんばかりに30㎜チェーンガンを発砲する。野砲を小脇に抱えた砲撃隊のVMTは回避も防御もままならず、上半身を中心に直撃を受けて沈黙する。ガレスはその様子を確認したのちに、敵討ちの反撃を受けないよう即座に複雑な構造をしている山肌へ身を隠した。

 が、警報。迫撃砲の曲射が頭上に迫っていた。

 

「総員!迫撃砲弾接近ッ!!!」

 

 ガレスは機体の左手を天に掲げ防壁を展開。空中で炸裂した砲弾が降らす破片の雨に、防壁の傘を以って応じた。着発信管式の直撃こそ無理だが、空中炸裂した榴弾の破片程度なら防壁でどうにか防げる。

 しかし反応や警告が遅かったか、被弾した機体も増えてきている。

 

(あとどれくらい持たせればいい。いつまでだ)

 

 部下たちの被害が広がる中、そのあと少しを持ちこたえる苦しみにもがく。砲兵隊は想像以上にVMTを利用しており、自衛能力に関して誤算をしていたのだ。

 なにしろ割り切って野砲を全部こちらに向けてきている。その分前線突破はかなり楽だろうが、こちらは寝耳に水だ。セオリーから外れすぎて逆に刺さってしまった。

 ただ勝利する分にはこのままでいいかもしれない。敵としては後ろの少ない部隊を撃破できれば勝機はあるという考えだろうが、すでに前線方面の部隊だけで攻略できる状態になっているので勝ちは揺るがない。ガレスは、自分が指揮官としてこの状況になったのなら、早いうちに撤退して被害を抑える動きをする、と思っていた。

 だが、敵が前線の敗北も自軍損害にも見向きもせずこちらを撃ってくる。ガレス側はガレス側で仕事を果たしたので退く、ということも今の地形と位置関係だと難しかった。なので、敵の撤退の判断が早く来るか、完全に敵を食い破って前線部隊が救援に来るか。この2つでしかこの苦しみは終わらない。

 

『伏せてろ。爆撃する』

 

 無線からの声が聞こえた。

 その直後敵のVMTに魔道弾が殺到し、不意打ちのため回避できずに多くが直撃を受けていた。

 遅れて轟音とともに頭上を影が通り過ぎていく。航空機たちだ。爆撃で窮地を救ってくれたようだ。

 

「ガレス1-1から爆撃してくれた機へ。助かった。空の方は大丈夫か?」

『こちらランサー1。問題ない、叩き落した。そっちこそ大丈夫か?』

「君たちか。被害は出たが、目を覆いたくなる程じゃない……それに今しがた報告が来た。どうやら敵は潰走して始めたらしい。我々の勝ちだ」

 

 生き残った敵たちが、一斉に左右へ散っていく。後ろからはガレスたちが押さえているため、左右にしか逃げ場がないからだ。

 想定外が多かったとはいえ、間違いない勝利だった。無線内では歓声が沸き上がり、苦闘を終えた喜びで満ちていた。

 

「今のがトドメだったかもな……ランサー隊。そして航空隊各位もご苦労だった。ここから対空監視する機は別に出す。帰還してくれてかまわない」

『了解した。ランサー隊、RTB』

 

 先ほど頭上を追い越していった彼らを目で追う。

 彼らは高度を上げながら旋回し西へ、彼らの母艦がある方へと飛んでいく。

 

「エースというのは、彼らのことをいうのかもしれないな」

『団長?』

「独り言だ。さて、後片付けに移るぞ」

 

 命の恩人たる彼らに思いを寄せながら、ガレスは振り返り作戦の後処理に入る。

 前線を突破し基地の奪取に成功した(正確には、前線を突破されたため基地が放棄されるのであって、基地を奪うのは実際にはこれから)というのは、裏を返せばその基地を使える状態にしなければならないということ。去り際のトラップだったり持ち帰られた物資の補充だったり。元がある分、1から野戦基地を作るよりは楽だが、かといってすぐに次に移れるわけではない。

 

 今回の戦闘結果を見て敵首脳部が降伏してくれることが一番楽なのだが、ガレス個人としては期待していない。

 あの石頭の上層部龍人たちが、これで負けを認めるかは怪しいものだ。兵器も誰かが必死に上申し続けたから利用しているのだろう。と、言うのがガレスの考えだった。

 となれば、首脳部である9合目基地の攻略まで見据えなければならない。それこそ戦車や装輪装甲車の進入は不可能、VMTだけが装甲兵器として進入できる場所になる。装甲の薄いもの同士の殴り合い、つまり消耗戦になるのは目に見えていた。だからこそ、基地機能の完全奪取と戦力補充はなおさら急務だと思いながら、ガレスはVMTを基地に走らせた。



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光龍咆哮

『だいぶ待たせた、全体ブリーフィングを始める』

 

 ケルニスのブリーフィングモニターにようやく声が入った。開始時刻から15分ほど遅れている。

 

『ようやく9合目基地への攻勢に目処がついた。これは紛争終結後に向けた最終攻勢のつもりだ』

 

 待機状態だった画面が起動し、ブリーフィング画面が即座に映し出された。

 

『9合目基地は文字通り山頂近くに設けられた基地。戦車や装甲車での接近は困難のため、機甲兵力はすべてVMTで賄う』

 

 作戦に用いられるリストは、彼の言う通り歩兵やVMTと航空機のみが記載されていた。切り立った山頂付近の環境に戦車を持ち込むのは難しく、苦渋の決断であっただろうことが想像できる。

 

『第一段階は陸戦兵力による対空兵器無力化。第二段階は近接航空支援を受けつつ基地に侵入制圧し、首脳部を抑える。うまく行けばこれでこの戦争は終わりだ。早いところ終わらせて故郷へ帰ろう』

 

 □

 

「もうそろそろ甲板に向かおうか」

「ですね。行きましょう」

 

 空母ケルニスのパイロット控室にランサー隊はいた。この紛争最後の発艦になることを祈りながら、彼らは席を立つ。

 こういう場面にいくらか立ち会ってきた身として、慣れたことではあるが少し感慨深くなる。当然失敗もあり得るので気は抜かないが。

 イオンを先頭にして部屋を出る。

 

『総員第一種戦闘配置!繰り返す、総員第一種戦闘配置!』

「なに……? 」

『所属不明艦をレーダーに捉えたが、その後すぐさま敵は砲撃してきた。直ちに迎撃せよ!』

 

 その直後、艦内は警報と放送で騒がしくなった。

 海上での敵襲は、シュール海軍が政府側であるため全く考えられてなかった。不意打ちに首脳部もさぞ混乱していることだろう。

 俺たちは急いで格納庫に向かう。待機室から格納庫まではそこまで時間はかからない。

 

『総員、衝撃に備えよ!』

 

 到着した途端に艦内放送が響き、俺たちは手近な壁に捕まった。近くで爆音が聞こえ、足元は激しく揺れる。

 

「海軍はこっち側じゃなかったの!?」

「きっとこうなるまで息を潜めてたんでしょう!急がないと!!」

 

 このままでは飛ぶ前に沈められる。護衛の艦が付いてるのに空母にまで攻撃が来るとなると、相当な猛攻だろう。

 今回の作戦機であるP-16のある方へ急いだ。

 

「おい!クリス!」

 

 整備兵の一人が呼び止めてくる。後ろにはこの空母の航空隊指揮官と横たわるパイロットがいた。横たわっているパイロットは震えて泡を吹いており、すぐに担架で運ばれて行く。

 

「済まない、こっちに乗ってくれ!対艦戦のため用意してた機のパイロットが、今の衝撃で頭を打って脳震盪を起こしたんだ!」

 

 そう言って後ろにある対艦ミサイル搭載のMF-18を指さした。確かに今は対艦戦力が惜しい。

 

「任務の方は任せていいか」

「もちろんですよ。というか命令系統的に拒否権ありませんし……」

「私も大丈夫。隊長、私達の帰る場所をお願い!」

 

 二人の肯定を得て、クリスはすぐにMF-18に乗る。補助動力装置を入れ、スクランブル手順に則って迅速に出撃に備えた。

 

『ランサー1、貴機はこれ以降その機本来のパイロットの臨時として扱い、コールサインを一時的にクラテクス3とする。クラテクス1の指揮に入れ』

 

 エレベーターに運び込まれながら、空母の管制官の指示をMF-18の通信機越しに聞くこととなった。

 迎撃機として優先的に出撃をすることになり、エレベーターで甲板に上がる。周囲の駆逐艦たちが断続的に砲とミサイルを発射し、弾幕を張っている。

 

 誘導に従ってカタパルトのシャトル前まで移動。その間も艦対艦戦闘が続き、予断を許さない状況だった。

 

 シャトルが接続され、周囲確認が終わった。動翼その他機体に異常なし。

 耐ブラスト姿勢を取った誘導員が手を振り上げ、それを見たカタパルト操作員がカタパルト射出のスイッチを押した。

 

「ッ……! 」

 

 Gが体を圧迫し、機体は空母から飛び立つ。異常の有無を確認し速度が充分出たとこを確認すると、機体を上空で旋回させ僚機を待つ。

 

「この機体……俺のやつより機動性がいい?いや、反応性か?」

 

 旋回の際、思った以上の機動をした乗機に違和感を覚える。機体を試しに何度かバンクさせると、いつも以上に機体が早く傾く。

 待機行動をしつつ機体をチェックすると、今乗っている機体はクリス本来の乗機より後のロットで生産されたらしい。アビオニクス系(操縦系)が若干弄られて性能が上がっているようだ。

 

『クラテクス1の発艦を確認したら、エレメントを組んで即座に対艦戦闘へ入れ。2と4は後で合流する』

「ウィルコ」

 

 切羽詰まっているため、まずは2機だけでもいいから対艦ミサイルによる牽制が欲しいのだろう。クリスとしては欲を言うとこの機体に慣れる時間が欲しかったのだが、それで母艦が沈んだら目も当てられない。

 

『クラテクス1、発艦した。よろしく頼むぞ、エース』

「エースに関してはあまり自覚はないが、全力を尽くす。こちらこそ頼りにさせてもらう」

 

 即席飛行隊のため階級や指揮に関してあべこべな部分が若干あるが、今はクラテクス隊の指揮に入っている。部隊の指揮官に従い、敵艦隊がいる方角に機体を飛ばした。

 

『ランサー2,3。離艦します。隊長、あとは頼みます』

「こっちのセリフだ、ランサー隊。終わらせて来い」

 

 どうやら無事に部下二人も離艦できたようで、二機のP-16は東の空へ向かって飛んで行った。

 こちらも急にとはいえ自分に割り振られた仕事を果たすべく気合を入れる。対艦戦闘は久しぶりだが、ここで生きて作戦を完遂できなければランサー隊の名が廃る、とクリスは意気込んだ。

 

 □

 

『ランサー隊、こちらガレス。ケルニスは攻撃を受けたとのことだが、大丈夫なのか?』

「こちらランサー2、隊長やその他待機戦力が迎撃に当たっています。通信を聞く限り、今のところ問題ないそうです」

『お前たちがそういうのなら、一旦その話は置いておくか。作戦は今のところ滞りなく進んでいる。ただ、あれだけ墜とされておいてまだ航空機が出張ってくる。制空権を奪われないよう頼む』

「了解しました。――エンゲージ」

『ランサー3、エンゲージ』

 

 返答を終えるか否かというところで敵反応がレーダーに映り、リヒテルとイオンは交戦宣言をした。

 前回と違い対空火器は事前砲撃でそれなりに潰せているようで、あまり基地に近づきすぎなければ地対空兵装の餌食にならないことを二人は確認する。

 

「味方中距離ミサイルの弾幕を抜けた敵を対処しましょう」

『こっちは襲撃機だからね。それにステルスされるかもしれないし』

 

 二人は敵機の来る方角に進路を向けつつ、高度を上げて格闘戦にも対応できるように備える。

 目標とした空域まで飛ぶ間に、データリンク情報を表示する多目的モニターを見て戦局を把握する。そのレーダー表示を見る限り互いに射程に入り、中距離ミサイルによる撃ちあいを始めていた。ミサイルと認識された飛翔体の反応が互いに迫り、重なったものがいくつか消滅していく。こちらは回避ないし損害軽微で済んだらしく、一方被弾した敵はレーダーから消え……

 

『あ、まってこれって』

 

 イオンの嫌な予感はそう遠くないうちに実現する。

 

『イビルアイより各機へ。視認報告によると敵機がレーダー反応より多い。被撃墜を欺瞞した機体がいるようだから警戒しろ』

「ランサー3の予想的中ですね。援護に入りましょう」

『こういうのほんと当たるから嫌~まあ襲撃機の本分だから暴れさせてもらうけど』

 

 敵はステルスの使い方をどんどんと進歩させているらしい。現に敵はステルス状態のBf-54と通常状態のBf-54及び非ステルス機を混成して使い、データリンクを利用して【自己もレーダー使用不能】というステルス魔術の欠点をある程度補っているようだ。格闘戦中も敵はこちらの機体の殆どをデータリンク越しにレーダー画面で認識できるのに対して、こちらは目視以外で認識できないステルス機が常にいることになる。この差は大きい。

 

『ランサー3、FOX2! 』

「ランサー2、スフィア!!スフィア!!」

 

 ただ、上空から襲い掛かってくる襲撃機に反応できなかった機体も存在する。

 元から機体自体が小さいためレーダー反応も比較的小さいP-16は、レーダーや意識の死角に入りやすい。そのため、「今回はレーダーに頼れる」と慢心したBf-54の甘えた動きに容赦なく攻撃して撃墜する。

 それを見たAs-34が格闘戦を仕掛けてくる。リヒテルたちから見て右側、二人が攻撃のため少し高度が下がったタイミングで敵は上昇しこちらに接近してきた。エレメントをしっかりと組んでおり、敵機後方数百メートル下に僚機と思われるもう一機のAs-34が飛んでいる。

 

「……さすがにここまでくるとしっかりしたのが来ますね。」

『前回もちょくちょくいたけど、さすがにもう先鋭部隊ぐるみで来るよね……』

 

 ランサー隊2機もリヒテルを前、イオンを後ろ、と敵と似た体勢を取りつつ右旋回しヘッドオン。軸が合わせられなかったため機銃は難しい。

 リヒテルはすぐにすれ違うことを考慮し、弾数無限だがロックオン維持が必要のスフィアではなく、撃ちっぱなしができる短距離ミサイルを使う。イオンは後方の距離のある敵に中距離ミサイルでロックオンした。

 

「ランサー2、FOX2」

『ランサー3、FOX3』

 

 発射すると、敵もワンテンポ遅れてミサイルを発射した。先頭の機体がリヒテル機をロックオンしたものだ。数は1。

 

「ランサー2、ブレイクする」

 

 敵僚機と思われる後衛は攻撃せずチャフを撒きながら機首上げし、回避しながら高度を上げている。

 先頭でミサイルの撃ち合いをしたリヒテルと敵は、互いにフレアを放出しつつ左に逸れる。ミサイルは敵味方揃って全部外れた。

 先頭の2機はすれ違い、直後左旋回。両者とも回避直後であったため、機銃の照準が間に合わなかった。そのまま旋回戦の様相を見せる。

 

『――!ランサー2! レーダースパイク(レーダー照射)!ブレイクブレイク!』

「ッ!乱戦ですね!これは……ッ!」

 

 遠方から別の機体、おそらくBf-54による横槍の中距離ミサイルだ。少し引きつけた後、旋回戦を放棄し右に切り替えしながらチャフを散布する。

 中距離ミサイルは回避、しかし旋回戦で相手をしていた敵がリヒテル後方の攻撃位置に付く。

 

『FOX2』

 

 敵僚機から相手にされずフリーとなっていたイオンは、リヒテルを攻撃しようとする敵に残り一発の短距離ミサイルを撃つ。

 フレアの欺瞞は間に合わなかった。敵の進路上を狙う形で発射された短距離ミサイルは、敵の回避機動に食らいつく形で誘導され着弾、撃墜した。

 

『ランサー3、チェックシックス!』

『――!これだからステルスは!』

 

 たまたま目視警戒していた別部隊のパイロットに指摘され、イオンは死角となる後方にステルス状態のBf-54が入り込んだことを認識する。

 咄嗟に右旋回をして振り切ろうとするが、完璧な位置についた敵機はその程度では引き剥がせなかった。

 

『……しまった!』

 

 旋回した先に、さっき撃墜した敵機の僚機であるAs-34がこちらを照準していた。角度的に旋回をやめないと、回避困難な攻撃が来る。かと言って切り替えしたりすれば後ろのBf-54から撃たれる。

 万事休すか。

 

「GUNS, GUNS, GUNS!!」

 

 リヒテルがAs-34を撃墜し、旋回を継続しても問題なくなった。ただ、このまま旋回し続けたところで状況は良くならない。

 

『ヒース2からランサー3へ。援護する、3カウントで切り返せ!』

『ッ!ウィルコ!』

『セット!3、2、1、ナウ!』

 

 掛け声に合わせて鋭く左旋回に切り替える。外部からタイミングを指示されたせいか、その鋭さはいつも以上のようにも思えた。

 Bf-54もそれを追いかけるようにして切り返し、攻撃位置に付きなおそうとするが。

 

『ヒース2!スフィア!スフィア!』

 

 援護に入ったヒース2がそれよりも早く対空魔道弾を発射し撃墜する。索敵役の非ステルス状態の機体が減ってきているせいか、Bf-54は被弾の瞬間まで後方のヒース2に気づく様子はなかった。

 

『ヒース2、助かった』

『この前俺が欠けた分を穴埋めしてもらったと聞いて、借りを返したくてな。まだ足りんだろうが』

「いえいえ、困ったときはお互い様というやつです。今回こちらの隊長が不在ですし」

 

 レーダー画面とキャノピーの外を頻繁に警戒しながら通信をする。レーダーだけを信用するわけにはいかないが、かといって死角や目の限界も存在する。Bf-54とかいう厄介な戦い方をする敵はパイロットの神経をすり減らしていた。

 

『こちらキーリス1-1。全軍に通達!こちらは敵基地目前まで進軍できている。これから基地に直接設置されている対空火器に攻撃を加えるところだ!もうひと踏ん張り頼む!』

『イビルアイ、了解した。聞こえていたな。敵も基地救援のために進路を変更しつつある。手の空いたものは空爆を阻止しろ』

「ランサー2了解、付近に敵が寄ってこないので基地に向かう」

『ヒース1、ランサー2と状況同じ。基地攻略中の陸軍を援護する』

 

 幸いランサー隊、ヒース隊ともに周囲には脅威となる敵機がいないことを確認できたところだった。先ほどの空戦でその周囲の敵機は排除ないし撤退させられたようだ。進路を基地に向けつつ編隊を組んで飛行する。

 基地に近づいたとき、通信機がノイズを拾い始めた。

 

『――残念です。隊長、我々も』

『ならん。それに個人的な事もある』

「なんだこれは、通信が混線したか?」

 

 片方は聞き覚えの無い声。少し訛りのある発声だが、リヒテルはそれがどこの国の訛りかは判別できなかった。しかし二人目の声は聞き覚えがある。無線越しであるため確信は持てないが、以前クリスと一騎打ちを所望した変な龍人のパイロットの声に思えた。

 

『お前たちは事が終わったら投降しろ。軍事クーデターの捕虜となると確証はないが、それでもたかが1パイロットが死刑をされることはそうそうあるまい』

『しかし!』

『私は違う。確実に戦犯だろう。だが、私の飛び方を知る者を一人でも多く残したい。玉砕は許さん。さあ、早く撃て』

 

 その無線の直後、リヒテルが何かしらの警告をする前に事は起こる。

 敵基地に配備されていたSAMや周囲を飛行していた航空機から、一斉にミサイルが発射された。それもこの戦場に散らばるよう広範囲に、かなりの弾数を空に向けてを発射している。

 

「ブレイク!ブレイク!!どうやってこんな数を!!」

『分からない!!一体なにが……!!』

 

 ロックオン警告もなければ、こちらをロックオンできる位置にいる航空機や照準システムも見当たらない。だがこれだけの数を見ると、この戦場にいる多くの兵器を一斉に攻撃しているように見えた。

 しかし冷静にレーダーを見ると、そのミサイルの多くはこちらを追尾している様子が無い。多くの機体が回避機動を取る中、それに反応するミサイルはなくひたすらに直進していた。

 

「……これは一体?」

 

 疑問に思う中、リヒテルたちが目視できる位置に飛んでいたミサイルが空中で炸裂した。核のような広範囲を攻撃する弾頭の可能性も考え、咄嗟に高度を下げ離れる挙動をする。が、激しい衝撃も機体めがけてに飛来する物体もなく、大量の白煙を周囲一帯にまき散らすだけであった。他の弾頭も同様のようで、無線機は困惑の声で埋まっていた。

 そんなどよめきに、聞き覚えのある凛とした声が聞こえてくる。

 

『国連軍各位に告げる。こちらシュール空軍所属、第03航空隊ヴォルケーノの隊長。グレア・フィリップス大尉だ。悪いことは言わない、死にたくなければ直ちに空域を離脱、ないし対電磁防壁を貼れ』

「……いや、まさか」

 

 ミサイルから発生した白煙はどんどんと大きさを増して拡散していき、視界は少しずつ悪化。やがて雲の中を飛んでいるのと大差ない状態となった。

 この状況とフィリップス大尉の発言から、リヒテルは最悪でなおかつ確度の高い予想に到達する。

 

『これから20秒後、貴官らに対し広域攻撃を行う。いうことを聞けば、まあ命が助かる確率は高い。だが、無傷で済ませてやるつもりもない。20、19、18……』

『なにこれ?一体……』

「ランサー3!対電磁防壁の張り方知ってるか!!!」

『対電磁防壁……!?機体にそのプログラム入ってない!!ちょっと待ってて!!』

 

 リヒテルは悪寒を全身に感じる。自分と僚機の生存に、ひいてはこの空域の生存率に関わる事態。焦りを感じずにはいられなかった。

 P-16に対電磁システムなど被雷したとき用の最低限しか搭載されていない。自分で詠唱するかプログラムする以外方法はなかった。イオンは完成した機械用の魔術行使プログラムをデータリンクで送信する。

 

『これ使って!!多分死にはしないはず!!』

「助かる!!!」

『9,8,7……』

「防壁スタンバイ!!」

 

 P-16のバッテリーとエンジン性能的に、生き残るためには攻撃のタイミングぎりぎりで防壁を出力するしかない。一応先ほど全軍に向けてプログラムをアップロードしたが、これでどれだけの機体を助けられるかは未知数だ。

 

『……3』

「展開!ナウ!!」

『了解!!展開!!』

『2,1,ナウ』

 

 

 

 イオンとリヒテルは想像を絶する光景に目を見開いた。いや、二人だけではない。おそらくその場にいた多くの目が見開かれたことだろう。

 

 光。巨大な光が目の前に立ちふさがっていた。圧倒的な巨大さを持つは、龍の姿をしているように思える。

 その光の龍を視認した直後。強烈な咆哮が戦場を呑み込んだ。



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Pride for who

「今のは一体……」

 

 クリスは艦隊を守りきった後、補給と装備換装を終えてイグニサンク山麓まで飛行していた。自分の接近を知らせようと通信回線を開く瞬間、山頂方面が強烈な光に包まれるのを目にする。

 あれはまるで龍だった、と思考した途端クリスはハッとして通信回線に呼びかける。

 

 「こちらランサー1。誰か応答されたし……こちらランサー1!!応答せよ!!」

 

 山頂方面の軍と連絡がついてもおかしくない距離なのだが、誰からも応答がないのだ。通信回線は静寂そのものだ。

 

「クソ……今のが原因なんだろうが……」

 

 撤退するべきか援護するべきか。その判断を仰ぐべき指揮官とも連絡が取れないので、通信回復の希望を胸にしながら戦闘空域に接近する。

 

 間もなく作戦空域に入るといったところで。

 

『ラ……こち……ランサー……』

 

 なにか通信を拾った。

 

「ッ!こちら微かに聞き取れた!こちらランサー1!応答されたし!」

 

『……、ッこち……ンサー3。聞こえる!?隊長!こちらランサー3! 』

「良かった……イオン無事だったか!」

 

 ノイズが少しずつ減り、ようやく聞き取れるようになった。焦りからの安堵に、珍しく作戦中にもかかわらずコールサインではなく名前で読んでしまう。

 

『うん……無事とは言えないけど』

「一体何があった。通信回線が静かすぎる……」

 

 気まずそうにするイオンに問いかける。周りを見ると空域から離れるように飛ぶ機体がチラホラ見え始めた。いい状況には見えない。

 

『端的に言うと、全滅した。墜ちたわけじゃないけど、みんな電磁攻撃で作戦続行不能になったの』

「何だと」

『私も火器管制システムがダメになった。ランサー2は操縦系が壊されてベイルアウトしてる。多分命に別状はないと思うけど……』

 

 絶句だった。

 おそらく前の作戦で観測隊にやったEMPに近い手法だろう。ふと目をやると、戦闘空域には積乱雲が見える。作戦前の天気予報ではあのような雲は出そうになかったので、おそらく人為的に作り放電したとクリスは考察する。

 航空機の電装系を致命的に痛めつけるのは、ただの雷では無理だ。たしかに電磁波を受けるための装置であるレーダーと通信機は、ある程度ダメージを受けることはある。だが電流自体は外装を流れるため、それ以外の電装系が致命傷を受ける可能性が低い。

 だがあまりの出力に、通電した外装からも電磁パルスが発生したのだろう。その誘導電流で内装がショートした。

 

「戦略級魔術だぞ……」

 

 その魔術出力に驚愕を隠せない。

 たとえそれだけのエネルギーを持つ雷雲を外的に生成したとしても、それらの制御をし致命傷を与えるのに必要な魔力は計り知れないほど莫大なはずだ。

 

『ようやく回復した……ランサー1。イビルアイだ。聞こえるか』

「ランサー1、聞こえている」

 

 ただただ狼狽している場合でない、と通信から聞こえる声で意識を戻す。いくら戦闘空域の端とはいえ、動揺が続けば墜される。

 

『状況はだいたいランサー3から聞いただろう。こちらの損傷としてはレーダーが破壊され戦術データリンクアンテナもダメになった。音声通信は生きてるがこれでは仕事ができん』

「孤立無援、というわけか」

『戦えるやつがいるかもしれないが、通信を聞く限りお前しかいない。頼むぞ』

「やれるだけは。と言いたいが、一人で何ができる?」

 

 単騎ないし戦闘不能状態の機体だけで軍を相手にするのは無理だ。ならば一度立て直すしかあるまい。

 

『実は敵の航空戦力も見当たらないんだ。レーダーを壊されているが、通信に追撃を受けた旨の報告が無い。あの空域には、おそらく一機しか飛んでいない』

「なんだ、それは」

『推測だが、グレア大尉。奴だ』

「……あいつ、か」

 

 何度も目の前で奇行を繰り返した、龍人のパイロット。声と戦闘機の機動が脳裏をよぎる。

 あいつの能力値ならば確かにこの現象を起こせなくはないかもしれない。

 

『……罠だよ。きっと』

「かといって、相手が単騎だというのに無傷の俺が退けるか」

『……わかった、申し訳ないけど先に帰ってる。だから生きて帰ってきてよ』

「そのつもりだ」

 

 イオンの機体とすれ違う。

 外装が何か所も焼け焦げており、その痛ましい姿は敵の攻撃の出力を物語っていた。

 

『来たか』

 

 その空域の中央より奥側に、その機体は飛んでいた。

 黒機体に赤いマーキングを施した、ステルス機の造形を持つ機体。大きな特徴は、どう見てもエンジンの光が3つあること。

 

「また、お前の誘いに乗ってやりにな。なんだ、今度は終戦でも賭ける気か?」

『いずれにしろ、負けだ。これは悪あがきだよ』

「くだらん、被害を被ったこちらとしてはたまったものではない」

 

 話す間にも距離が縮まる。そしてすれ違い、互いに距離を保つよう旋回しはじめた。

 

『最後に派手に抵抗すれば、龍自体が蔑まれるのを少しは軽減できると思った』

「なんだと」

 

 ロックオン警告は来ない。まだ話していたいのか、相手は仕掛けてくる様子が無い。

 

『貴様ら、いや、この星の知的生命の全てが、未だに差別をやめられない。』

「当然だ。少なくともこの時代には無理だ。永遠に無理かもしれないが」

『そうだろう。だがそれは受け入れられれば一種のアイデンティティだ。しかし……』

 

 今さらで当然のことだ。たとえかつての戦いやそれによって生まれた法で、文章の上での存在の平等性を保証はされている。

 それでも実際に生きているヒトとして定義される存在(知的生命体)は、その精神や人格の構造からしてすぐに差別などを辞められるものではなかった。

 それを当人たちがどう思うか次第ではあるし、それによって周囲のとらえ方が変わりえるのも事実ではある。

 

『龍は、かつての力を失いつつある中で、山にひたすら居残る田舎者。これをポジティブに捉えるのは難しい。人間で言う仙人だと思って誇りに思っているやつもいるが、それはかつての龍の伝説に心引かれた者達の幻想だ。人間は強い。短い寿命を輝かせて、世代を重ねることで世界をひたすら前に進ませてきた。』

「嫉妬か?」

『……そうかもな。龍その肉体と叡智とやらに胡座をかいて進歩を怠った。長すぎる寿命は、傲慢を呼び起こす。今の時代、肉体は機械を纏うことで対抗し、叡智は集合知により凌駕された。優れているとはもはや言えまい』

 

 この戦争が始まるまで、誰もがそう思っていた。龍はあらゆる面で優れた強者であるという自己認識と、それを時代遅れだとあざ笑う周囲。

 彼はそれに気づいてはいた。

 会話は続き、二機は大きい円を描いて牽制しあうように旋回し続けていた。

 

「しかし、お前は龍至上主義なのだろう。お前もまた、己の肉体に驕りを……」

『違う!!驕りではない!!龍であることに誇りを持ちたかった……我々は、同じ土俵に立ち我々のアイデンティティを確立しようと考えた』

「龍を戦争屋の民族にでも仕立て上げるのか?」

『もちろん将来的に驕りや差別も消え去る日が来るべきだとは思っている。しかし、それをいま達せられるわけではない。今は肉体を柱にして己を確立せねば、いつまでも外の世界を見ない、井の中の蜥蜴だ。世界に我々の価値を証明せねば。そう、思っていた』

 

 最初の方こそ感情の昂りを感じられた。

 しかし、後半になるにつれ自信を無くすような口ぶりになっていった。戸惑いや迷いにも近い感情が無線越しからでも伝わってくる。

 

「焦りすぎだ。結果を見ろ。時代に遅れたというのなら、もう少し慣らす時間が必要だった」

『そうだと思う……だが私は、クーデターを止めるほどの権力まではなかった。そのまま開戦して、射的の的を提供した時代遅れの愚か者ども、などと呼ばれてみろ。龍の長寿命をもってしても、世代を跨いでも消えぬ致命的な蔑称だ。せめて少しでも戦えねばならなかった』

「必要悪を気取るつもりか。軍人の仕事ではない。」

 

 少なくとも1パイロットが企むには大げさすぎる陰謀だった。ガリオン・フリス工廠との縁がかろうじて可能にしていたのだろうが、おそらく、限界があった。それが今の状態だ。こいつのせいでひっくり返る寸前ではあるが。

 

『そうかもな。そうだったかもしれない。この前の敗北から、そして今の状況から悟った。肉体の優劣は今の戦争において要素の1つであれど決定的ではない。間違いに気付かされた。このやり方でも、我々は変われない』

「……念のため、言っておく。これを言って誇りが傷つくか慰めになるかはわからんが、俺は純粋なホモサピエンスではない」

『な、んだと』

「と言っても、クオーターというやつだ。祖母がエルフでな。薄まっているから、ただ慣性魔術が得意なだけでしかない。パイロットにとってそんなのは飾りだ。俺の周りに誰一人としてそんなこと気にするやつはいない。空にそんな垣根はない。パイロットはパイロット。ただそれだけだ」

 

 金髪で端麗な容姿に、魔術行使が激化すると変質する瞳。これは単にエルフ譲りのモノだ。しかし体の構造や能力、生体魔術導線の多くがホモサピエンス(ただの人間)のそれであり、かろうじて化学反応的な突然変異で慣性魔術が得意なだけ。

 パイロットにとって最も大切なのは、純粋な技術だ。どれだけ使える魔術が素晴らしくても、知識と技量に裏付けされた空の舞には敵わない。兵器が進歩していくたびに、その重要性は増していった。今どき、魔力や詠唱は機械に任せればいいのだから。

 今のパイロットに必要なのはパイロットとしての強さだ。肉体の強度は確かにその強さとしてのアドバンテージではあるが、それだけでは意味がない。

 グレア大尉が強いのは、単に龍だからではない。肉体や時折行う奇行を含めて、パイロットとして強いからに他ならないからだ。

 

『そうか。俺たちはただただパイロット、か ……そのパイロットが、種族とその誇りなどに執着するべきではなかったのかもしれない』

 

 奴は旋回をやめ、エンジン推力を上げて距離を取る。

 仕切り直しだ。奴は本気でやる気を出した。

 

『どうしてこうやってお前と対峙しようとしていたのか、実はさっきまで自分でもよく分からなかった。ただこうするべきだと思うだけだった。ようやくわかった、パイロットとしての俺が、貴様より強く在りたいと言っているんだ。くだらない政治やらに揉まれて忘れていた……俺は……俺はパイロットだ!!』

「……いいだろう。そう言うなら相手になろう。俺たちはパイロットだ。任務を達成するため、そして空にいる敵よりも強くあるために飛ぶ」

『ああ。機体性能に差があるが、遠慮するつもりもハンデをしてやるつもりもない。たとえ大人げない不完全燃焼な勝利になろうとも、俺は勝ちに行く。お前がエースパイロットだというのなら打ち破って見せろ。今さっきまであんな単純なことにも気づけなかった、この愚かな俺を!』

「いいだろう。やってやる。あまり気乗りはしないが……! 」

 

 パイロットとして、任務上の敵として立ちふさがる者同士。そして今は空で雌雄を決するという新たで単純で幼稚、それでもって純粋な動機で相対する。

 

 ヘッドオンからの再スタート。相手は照準レーダーで俺をロックオンしながら接近してくる。

 俺もお返しにロックオンしようとするが、できない。機体形状的なものと思ったが、距離が縮まっても反応が出ない。

 おそらく敵は今までのような、大雑把な機械代理詠唱による強引な電磁波吸収ではなく、しっかりハードウェアとしてステルスシステムを搭載しているのだろう。

 その証拠に、ステルス状態だろうにも関わらず、以前と違ってレーダーロックされたままだ。

 

 ミサイルアラート。早々にグレアがヘッドオン状態で仕留めにきた。

 チャフとフレアを散布しつつ右に旋回。レーダー式の中距離ミサイルを敢えて撃ったのか、チャフの時点でロックオンが外れて回避に成功する。

 右旋回をやめ、左にゆったりと旋回し始める。レーダーが効かないので、ヘッドオン状態でブレイクすると敵を見失ってしまう。位置関係的にすれ違っても自分の左側にグレアの機体はいるはずだとクリスは踏んだ。

 クリスは時間を掛けることなくグレアの機体を視認する。一度右旋回をしたのか、こちらに後ろを見せた状態であり、左旋回をしようと左に機体をロールさせているところだった。クリスは操縦桿をさらに引き、左回転で旋回戦をしようとする動きを見せる。

 

『こちらイビルアイ。お前に連絡が来た』

「……ッ、いきなりなんだ」

『お前の目の前にいるだろう機体の情報らしい。繋ぐぞ』

 

 そういっている間、グレアは一瞬クリスの旋回戦の誘いに乗ったような動きをした。しかしイビルアイが繋ぐと言った直後、グレアは機体をロールさせ、高度を一気に上げている。中央エンジンが激しく光っていた。アフターバーナーだろうか。

 

『ランサー1!こちらはオーエンです!!』

「お、お前がか!?」

『細かいことの前に火急の要件を!敵が高度を一気に取ったら、回避できる状態にしてください!大技の可能性があります!!』

「ありがとう、ドンピシャだ。ブースト。ヴォーロックマニューバ、イグニッション」

 

 話している間にグレア機はクリス機の上空で水平飛行に移行した。そして高度を速度に、そしてそのエネルギーの備蓄を消費しながら旋回して、遠距離からクリスを照準する。

 それに対してクリスはグレアから見て、左から右に横切るよう飛行。敵ミサイルの命中率と回避の難易度を下げる動きを取った。

 レーダーアラートに対し、クリスは躊躇を捨ててエンジンに魔力を投入する。周囲に友軍機はいないし、敵は禁忌を気にして戦える相手ではなかった。

 警告音に、クリスはレーダー反応に目をやる。が、その直後スロットルを全力で前に押し上げた。魔力も投入し、アフターバーナーも使った全力の加速。

 敵が放ったのは、何の変哲もないスフィアだ。ただし

 

「数うちゃ当たる、か!」

 

 一度に12発を2回。計24発の航空誘導弾が殺到する飽和攻撃という点を除いて。

 これを航空機の同時飽和攻撃に換算した場合、1機あたり2発発射として12機分。つまり3飛行隊による同時発射と遜色ない火力を1機が投射したことになる。

 速度を上げてひきつけた後に、左旋回でブレイクしながらチャフを散布する。

 この距離で航空機から誘導するとなれば、レーダー認識だ。赤外線ロックの間合いではない。読み通りロックオンは外れ、それに伴いスフィアが行き先を見失った。

 

「助かった。回避できたぞ」

『よかったです……軍事回線に電話する日が来るとは思いませんでした』

「その様子だと、敵の機体について知ってるな?」

『はい。そちら付近の軍情報網が死んでるので、逆に電話回線の方が早く情報を回せるというのはなんと因果な……ってそれどころじゃないですね』

 

 その会話の間にも、ドッグファイトは続いている。

 再びヘッドオン状態の仕切り直しとなったが、ロックオンがすれ違う直前となったため、互いにすれ違う。クリスは左旋回し、再び後ろに行ったグレアの再捕捉を試みていた。

 

『可能な限り要点に絞ります。敵機は完全新規設計の最新ステルス戦闘機、TTGF-02ファーグニル』

「完全新規か」

『ええ、すでにお気づきかもしれませんが、3発機です。左右がハイブリットで中央はMEC純正。当然魔力出力は化け物と言っていいでしょう』

 

 今まで見てきたシュールのトンチキ兵器の中でも、一番厄介なものが最後に残ってしまった。そうクリスは心中で吐き捨てながらグレアの攻撃に備える。

 クリスが目で捕捉したとき、グレア機はとっくに機首をこちらに向けていた。超ハイG機動、急激なピッチアップでこちらより早く攻撃態勢に入ったのだろう。

 ロックオン警告はない。

 

「ッ!」

 

 今までの奴の飛び方を思い出し、操縦桿を引いたまま機体を水平に戻すことで上昇する。

 旋回し続けてたら自分がいたであろう場所を、2本の光が貫く。グレアはロックオン無しで攻撃態勢に入ったときは、レーザーや機銃を狙う癖がある。今ので癖を直してくるかもしれないが。

 

『大丈夫ですか?』

「気にするな。続けろ」

 

 クリスが回避するときに息を呑んだ音が聞こえたのか、心配するオーエン。クリスはそれよりも、と先を促す。

 

『は、はい。奴にも一応弱点があります。あの機体は3発機にするためバッテリーと燃料搭載量を犠牲にしています』

「つまりさっき高度を上げた時の警告は」

『エンジン出力をほぼ全部魔術リソースに割くための予備動作です。位置エネルギーを確保し、魔術行使中はその備蓄でグライダー飛行すると思われます。燃料のこともありますから、解析班では短時間で決着をつけに来ることも予想されていました』

「ありがとう、これで戦い方を考えられる」

 

 あれだけの尖った性能、どこかに皺寄せが来るのは自明の理だった。予備動作のことを考えると、戦術攻勢レーザーは通常出力かブーストで事足りるのだろう。驚くべき出力だ。

 だが、大技で仕掛けてくるのならばわかりやすいスキが出てくる。そこでの立ち回りが明暗を分けるだろう。

 なにより、この戦闘は長期戦になりえない。決着は、遠からずつく。

 クリスはほぼ垂直に数秒上昇を続け、グレアはそれを追いかけるように真後ろについていた。クリスはミラーでその様子を確認すると、レーダーロックオン警告に合わせそのまま宙返りのようにピッチアップ。180度回転して下を向いた。

 

「お返しだ」

 

 クリスは武装を汎用魔道砲に切り替えトリガーを引く。光の柱が地面に向かって伸びた。

 さすがに読まれたらしく、グレアは直前にバレルロールのような機動をして回避した。あっという間に距離が詰まり、誘導兵器の間合いよりもさらに内側に入り込む。

 ヘッドオンでの機銃戦。まともに応じれば仲良くハチの巣になる。そしてチキンレースとしてあまり成立していない。高度と速度両方が高い状態であるクリス側は、右にねじりながら機首を水平に戻す。

 

「……少し甘く見たか」

 

 見失ったファーグニルを探すためキャノピーを見回していると、垂直に天高く登っていくファーグニルを目撃することになった。エンジンパワーに物を言わせた強引な上昇。

 高度差を詰めるべきかどうか判断がまだつかない。何が来るかわからないため、どういう行動が正解か掴めない。

 ファーグニルはイグニサンク山頂と同高度でグライダー飛行し始め、こちらに向かってくる。その時、クリスは気づく。

 レーダーに反応があった。位置的にファーグニルのものだろう。ステルスシステムに回す魔力も大技に注ぎ込んでいるようだ。

 

「……なるほど。なら、FOX3。FOX3。FOX3!」

 

 そのチャンスをわざわざ見過ごす訳にはいかない。クリスは3発の中距離ミサイルを少し間隔を開けて発射した。

 回避しようとするなら、グライダー飛行では限界がある。エンジンを推力に回して適切に回避しなければ、チャフを用いても被弾は免れない。

 しかし、グレアは真っ直ぐ突っ込んでくる。

 

『ヌルい』

「……いや、そう来るか」

 

 ミサイルは着弾した。しかしグレア機は健在。

 攻撃してくると思われたが、それはフェイントだった。全魔力を用いて頑丈な防壁を展開し、3発全弾を受けてなお突撃してくる。

 事前にこう来ることがわかっていれば、着弾の爆炎と衝撃に紛れてもう一手打てた。しかしそうなるとは思なかったクリスは、様子見に回るためヘッドオンせず、高度確保のため僅かに機首を水平から上げて飛行していた。

 クリス機の左上方からファーグニルが襲いかかってくる。まだエンジン出力を魔術攻撃に向けているらしく、グライダー飛行していた。もう一度デカイのをやるつもりらしい。ファーグニルの機首正面が光り輝いている。コースとしてはクリスの真上に回ろうとしているように思えた。

 クリスは自分の肌が粟立つのを感じ、すぐさま慣性制御を用いた急角度の右旋回を行い、同時にその負荷を吸収、利用して急激に加速する。

 轟音が鳴り響き、閃光は垂直に空間を貫いた。

 

『簡単には当たってくれないか』

 

 人工的な落雷だ。ファーグニルが地面に向かって放電し、直下にいる敵を巻き込む形で攻撃するものだろう。もしクリスの回避が遅れていたらあれに貫かれていた。ダメージのほどはわからないが、操縦不能に陥る可能性は十分にあった。

 先ほどの戦略級EMPは事前の仕込みもあっただろうが、一発程度ならば自前の出力で落雷を再現できるということになる。わかっていたとはいえ驚異的な出力だ。

 ファーグニルはエンジンの出力を再び推力に回して離脱するコースを取る。レーダーには映っていなかったが、クリスは旋回した時の右バンクの状態のままでファーグニルをキャノピーの中央にとらえていた。ファーグニルは離脱のため完全に後ろを向いている。まだ機体の赤外線センサーがとらえられる間合いからは離れられていない。

 

「これはどうだ」

 

 ここは攻め時、と魔力を惜しみなくエンジンに注ぎ込む。チャージングコブラと同じ要領で短時間に90度旋回し、空間復元力とアフターバーナーで失った速度を一瞬で取り戻す。

 ロックオン。グレアの乗るファーグニルのエンジン熱を機体内蔵ヒートシーカーは完全に捕捉した。

 

「ランサー1、スフィア、スフィア!」

 

 光球がはなたれ、異形の機へ殺到する。

 3発機の加速力を以ても当たるだろうという確信が、クリスにはあった。

 だが相手はクリスに負けず劣らずのベテラン。同時に派手な機動を好む男でもある。

 ファーグニルはクルピットで180度ピッチアップし、2門の多目的魔術砲から照射時間の短いレーザーを数発発射した。

 

「くぉっ!?」

 

 スフィアは2発全て撃墜された。クリスの乗る機体の右主翼も被弾する。

 迎撃を主とする低出力パルスレーザー機銃なのだろう。咄嗟に回避もしたため、主翼前部の縁が少し焦げただけで済んだ。

 

 だが、グレアの猛攻は止まらない。

 右メインエンジンを停止――いや、推力ではなく魔力のみの出力にし、生まれた推力差での変則的なバレルロール。またたく間に距離は縮まり、クリスは反応する間もなくオーバーシュートさせられた。

 近距離の間合い。レーダー照射の警報が鳴り響く。

 

『もらった』

「……ッ!だが」

 

 ――速度を落としすぎだ。

 クリスはそう続けようとして、激しいGと魔力投入に言葉を切った。

 慣性制御と負荷吸収を行いながら、単純だが急速な宙返りをした。その頂点でクルピットのように機首方向をグレアに向けながら。

 クリス機は先程のスフィア発射の時から加速を続けていた。それに対してググレアは減速直後。エンジンパワーが高かろうと、直ぐには激しい機動をできる速度にはならない。

 だから、この宙返りに追いつけない。

 

「GUNS!」

 

 急速な機動で機銃レクテルは乱れ、アテにならない。だがクリスは今までの経験を元に、自らの感覚で引き金を引いた。

 

『まだッ!』

 

 グレアもタダでやられるつもりはなかった。

 ファーグニルの魔導砲は上面についている。しかも発射仰角がかなり自由な縦スリッドタイプだ。

 グレアも自らの感覚を信じ、垂直にスフィアを発射する。

 

「……ッ!」

『ぐぁっ!』

 

様々な激しい音が鳴り響き、その後にクリス機が斜め上からグレア機を追い抜く形で交錯する。

 

 

「ここまでか……」

 

 結果は双方被弾。

 だがグレアのほうが致命的であった。

 

 スフィアはクリス機の機体上面で炸裂した。しかし少し狙いがズレて距離が離れており、主翼の数か所に程々の穴を開けるに留まった。

 一方でクリスが放った機銃の狙いは、大きく外れていなかった。20mm機銃弾はファーグニルの右エアインテークから中央エンジンノズルにかけて着弾。右、中央エンジンが破壊された。消火を試みるが、焼け石に水のようだ。

 

 機体性能の過信か。そうグレアは思案する。

 短期決戦に終止し、エンジンパワーの有利を活かして減速機動をしてでも狙いに行った。だが、そこを的確に突かれてしまった。

 純粋な敗北。だが悔いはない。

 グレア自身が心のどこかでこうなると予感していた。

 

『脱出しろ』

 

 無線から自らを撃墜した者の声がする。

 確かに間もなくこの機体は爆発するだろう。

 だが……

 

「脱出してどうする。どちらにしろ、変わらんさ」

 

 どうせ死ぬなら、処刑よりも戦った結果がいい。そして、グレアはすでに満足していた。

 だが目の前の男はそうではないらしい。

 

『どうせなら空で死にたい。その気持ちは分かる』

「なら、なぜ」

『だがな。生き残れるなら恥をかいてでも生き残るのもまた、パイロットなんだよ。グレア』

 

 甘いのか。彼は損傷した機体で隣を飛行している。

 

「変わらんさ。俺の処断は免れまい……」

『なら、今回その機体が負けたフィードバックは誰がする?傑作機に泥を塗って終わりか?脱出できるならせめて死ぬ前にそれくらいやれ』

「んな……!」 

『パイロットを名乗るなら、負けたあとは生存に全力を尽くせ。それすらせずに謎の誇りに殉ずるヤツを、俺はパイロットとして認めん』

 

 彼は吐き捨てるように言い放つと、機体を帰路へ向けた。

 

「……く、はは!全く、偉そうに!今思えば、あいつはパイロットのなんなんだか……」

 

 口ではそう言いながら、手は脱出用意を進めていた。言いくるめられてしまった。

 確かにいい機体だった。確かにそれを旧来の機体に負けただけにするのは惜しい。敗因は機体ではなく俺にある。

 

「まったく、面白い男だよ、君は」

 

 最後のレバーが引かれ、座席が宙に打ち出された。



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エピローグ 〜終戦〜

 私はオーエン。ただの記者だ。

 シュール内戦は終わった。終盤には純粋に押し返されていたが、幕引きはクーデターに対するクーデターという意外なモノだった。

 グレア・フィリップス大尉が率いるヴォルケーノ航空隊及び彼の影響下にあった兵士たちが、クーデターを行った幕僚達を拘束していたのだ。

 その数は相当であり、指揮系統や士気がズタボロになっていたその他部隊に止めることはできなかった。幕僚達の人望は思いの外なかったようだ。

 

 当のグレア大尉は、シュールに兵器を供給する窓口となったため裁判にかけられるはずだ。開戦当初は一応クーデターを支持する立場だったとはいえ、上層部の無理解や思想の変化もあっての結末であった。

 

 私にとって本題と言えるランサー隊だが――

 

「……貸せ」

「えーそんな下手?」

「私のほうがマシとは……」

 

 全員生存。リヒテル中尉が脱出時に左腕を骨折したものの、大した事はないそうだ。

 目の前では私が見舞いの差し入れに持ってきたリンゴを剥こうとして、ランサー隊3人がすったもんだしている。

 リヒテル中尉の負傷や紛争での成果もあり、ランサー隊は長期休暇の最中だ。

 

「そういえばオーエンはどう?うまく行ってる?……って、ごめん。今回のことしばらく記事にできないんだっけ」

「そ、それが……なぜか寧ろうちで働かないかと言われまして」

「ほう?それまたどうしてです?」

「ランサー隊のドキュメンタリー形式に書いてたので、それが今後ウケると編集長が踏んだんですよ。」

 

 現在私は機密などを色々と知ってしまっているため、記事などの発刊は当面の間できなくなっている。

 もちろんランサー隊のこともそうなのだが、後からインタビューしたのではなくリアルタイムで聞いた内容であるため編集長が気に入ったようだ。

 解禁されたら直ぐに掲載するつもりだろう。

 

「発刊してよしとなったら出す、と前払いでボーナス頂きました。しばらくゆっくり出来そうです」

「オーエンも休暇か。しかし、ファーグニル戦のときは本当に助かった」

「いえ、私もリヒテル中尉に命を救われましたし、その恩を返しただけですよ」

 

 クリス大尉がリンゴを剥き終える。ベーシックなうさぎ剥き以外にも幾何学模様など多彩だ。

 ――祖母が、な。彼はそう言うと少しだけ微笑んだ。

 きっと難しいことだが、私は少しでも長くこの平穏が続くことを願わずには居られなかった。

 

 

 □

 

「どういうことだ……! 」

 

 その男、グレア・フィリップスは自らの処遇に怒りと困惑を抱いていた。

 彼は法廷に立つことすらなく放免されたのだ。

 人というものは罪を犯しそれをしっかりと認識しているのであれば、贖罪をしないと引きずることになる生き物だ。

 彼は龍だが、その心理構造にあまり違いない。

 

 彼はクーデター幕僚に現代戦を上申し、クーデターを長引かせた。戦犯として重刑に処されてもおかしくない事をした。

 そんなグレアの処分は、クーデターに参加した一般兵士と同じ階級降格と謹慎のみ。そもそもクーデター参加者に対する処罰も常識的に考えて軽い。

 大勢が参加したため、全員に重い処分をすると国防が立ち行かなくなるから仕方ないが。

 

「貴方の処遇の件ですか?」

 

 グレアは車に揺られていた。留置所から直接自宅に送られている。

 今の声は隣に座っている、おそらくは護送の任務についている龍の女だ。銀髪で黒いスーツを着ている。

 俯いたまま、グレアは黙って頷く。あまり誰かと話す気分ではなかった。

 

「証拠、なかったんですよ。それに貴方の件は立件不能になりました」

 

 この声を聞くまでは。

 グレアは鈍っていた眼光を蘇らせながら問いただす。

 

「……どういう事だ?軍部にも工廠にも取引の記録くらい」

「ありませんでした。少なくとも工廠側は」

「なに……!?」

 

 ありえない。証拠隠滅するなと部下には言ったはずだ。グレアは苦虫を潰したような顔になる。

 

「工廠側でとある人物に関しての書類が全て抹消されたんです。巻き込まれる形で貴方の関与に関する書類も抹消されました」

「なるほど。だがこちらの書類があれば充分では?」

 

 確かに軍部側だけとなれば、誰かを庇うために偽の書類を掴ませた可能性が出てくる。なにせ、グレアはただの1パイロットにすぎない男だ。第三者からみれば身代わりというのは充分あり得る話ではある。

 だがそんなことはしてなければ、それで処分を決定してもいいはずだと、グレアは問うた。

 

「それに加え、兵器管理者及び工廠関係者に思考汚染された者も確認しました。件の抹消された人物も該当しています。貴方は洗脳された者の間にいたんです」

「……まったく。それではまるで私は」

「ピエロ、ですか。この事も相まって、実は結構難航したんですよ。貴方の処分について」

 

 思考汚染、端的に言えば認識に異常をもたらす魔術的洗脳だ。

 グレアは汚染者二人の間に居ながら洗脳されていなかったという、処分について面倒くさい立場にいる。彼女もやれやれ、といった具合にそのことを語った。

 

「なので、不服かもしれませんが貴方も洗脳され虚言を言わされた1パイロットという事で処理させて頂きました」

「何故か、と聞いてもいいか?」

「今までの言動を思い出してください。あれを法廷で言われると事後処理がこんがらがるので。それに、貴方にはもっといい罪の償い方がある」

 

 幕僚ともなると対策せねばならず、流石に責任問題になってくる。

 しかし、たかだか1兵士が洗脳されるのは重罪とはならない。過失に近いものだ。先程の通り、グエルは一応ただのパイロットだ。

 本当の事を言えば事態が悪化する。世の中面倒くさいモノだとグエルは溜息をついた。

 

「で、なんだ?もっといい罪の償い方とは」

「シュールの国防力を健全な形で再建してください。できる範囲で」

「俺はただのパイロットだ。そう振舞えと言ってるのはそちらだろう」

「言い方を変えましょうか。もっとマトモに飛べるパイロットの育成、でどうでしょう。もちろん出世するのも手だと思いますが」

 

 彼女はそう言うと鞄に手を伸ばす。

 小気味よい電子音とともに何かが起動したようだ。

 

「今回の件、思考汚染や資金源等を調べてみた結果、激発の速さこそ不本意であったものの仕組まれた紛争だというのが、今の我々の見解です」

 

 起動していたのはノートPCだ。それも最新式で、魔術によるホログラム出力が可能なタイプ。

 青白い光のディスプレイとキーボードが彼女の前に現れる。

 

「……純粋な好奇心だが、差し支えなければ下手人を知りたい」

「原初協会ですよ」

「……思いの外あっさり言うのだな。しかし、あの時代遅れのカルトか?」

「ええ。意外ですか?」

 

 かつてあまねく命を弄び、そして1000年近く前に斬られ消えて行った神を、未だに信奉する教会。

 祖先を抑えつけていた、最早死んだ神を崇めるその姿はカルトと見る者も多い。

 

「奴らにそんな力があるとは思えん」

「確かに末端はただのカルトでしょう。しかしどうやら全く尻尾も見せてなかった中枢があるようです」

「今回それが尻尾を見せたと」

「ええ、データ抹消で直ぐに尻尾を引っ込めたようですが」

 

 彼女は会話しつつPCを操作し、音声ファイルを開いた。

 

『……神を斬ったのは過ちだった。我々はあるべき姿を失い、堕落の道を進みつつある』

『何?』

『この世界の知恵あるものは、その知恵を過信して自らのあるべき姿から逸脱した。そして逸脱しないかった者たちが苦しむ。おかしいと思わないか』

 

「ひっこめそこなった尻尾をつかむことができました」

「この声は……シルハか。まさかあいつが」

「ああ、そんな名前でしたね。この音声データはとある記者が体当たりで工廠を訪れた際の録音です」

「そうか……」

 

 ボレベインで知り合ったガリオン・フリス工廠の支社長。窓口にしていた相手が原初協会に関わっていた。

 

「彼は身柄拘束の際に行われた検査で、思考汚染が確認されました。しかし純粋に信者でもあったようです。今回シュールクーデターに供給された兵器は、彼経由で得た出所不明の金で作られています」

 

 ホログラムPCの画面をグレアに向ける。表示されてるのはシルハに関する各種資料だった。

 

「そしてここにあるのは、取調べで出たモノのみ。それ以外はどこを調べても情報が出てこない、抹消された人物になってしまっています」

「本当にまさか、だよ。こんなことになるとは」

 

 つまり、今回の紛争は原初協会がスポンサーとなっていたという事になる。もちろん、証拠は殆ど残っていないが。

 

「早期激発もあり、紛争開始時点から原初協会は見切りをつけていたようです」

「戦力が整う前に幕僚共がクーデターを始めたからな」

「その通りです。全く、そんな尻尾切りの状態で、私の名前を使った機体が出るとは思いませんでしたよ」

 

 ――私の名前?

 その言葉に引っかかったグエル。それに、もう1つ違和感があったことを思い出す。

 

「……まて、そういえばさっき我々の見解といったが、一体お前はどこの組織に所属してるんだ?」

 

 ただの護送人員が知っている情報ではない。機密が多分に含まれ、暗闇に隠れた資金の流れまで把握している。

 

「少し遅かったですね――まあ、魔王軍残党とでも名乗っておきましょう」

「魔お……まさかあなたは」

「ふふ、さらに乗り捨てたうえにデータ端末も忘れるなんてね」

 

 ファーグニル。神殺しの神話にて神を斃した魔王と勇者の仲間の一人で、伝説の龍。

 グレアが搭乗していたTTGF-02ファーグニルという名はその神話の龍にあやかった名前であった。

 つまり隣にいる彼女はその本人であり、グレアが誇りとするべき強力な龍であるということになる。そして非常に格上で敬うべき存在だということ。

 虚言、と一瞬考えたが、ここまでの機密を知り原初協会を追いかけているという点。そしてたった今抑えていたであろう強烈な魔力を少し放出して見せた彼女に、グレアは本能的に本物と確信した。

 

「いや、まさか……し、知らぬこととはいえ、失礼を……」

「あら、脅しっぽくしたのは冗談ですよ。ただ、私の名前を使った機体なのですからしっかり仕上げてくださいね」

 

 取り出したのは携帯端末。戦闘機ファーグニルに搭載されていた試作機用のデータ回収端末だ。

 グレアは半ば前後不覚のような状態に陥りながらそれを受け取る。

 彼女――ファーグニルは一瞬見せたフランクな態度から、誰かの秘書のような礼儀正しい振る舞いに戻っていた。

 

「……てっきり爆砕していたものと思っていました」

「貴方の機体、脱出するころには燃料がなくなっていたようです。原型をある程度残した状態でイグニサンク山に落着していたと報告にありました」

「そうでしたか……」

 

 どうやらあのドッグファイトに夢中で、最後は燃料残量を完全に忘れていたようだ。

 確かにそれなら空中で爆発せず、ゆっくりと降下して胴体着陸じみた墜ち方になるだろう。

 

「話を戻させてもらいます」

「は、はい」

「今回の件を糧に、原初協会は手を変えて再び現行世界に対し挑戦してくるでしょう。そのためシュール軍は他の国家と同等の戦力を保持していただきたいのです」

「そのために私を生かし、接触したわけですね」

「理解していただけたようですね。まもなくあなたの自宅に到着します。連絡先はその端末に入れておいたので、今後も連絡を取らせていただきます。明確な返事は今度でも構いません。いい返事を待っています」

 

 その言葉からあまり時間を置かずに、車は停止した。

 グレアは車を降り敬礼をする。ファーグニルもまた敬礼で応じた後、車は去って行った。

 自分に対する軽すぎる処断や今後起きるかもしれない混乱、再びパイプ役として行動する心労を想像し、苦笑いをしながら車に背を向けた。



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