リコリス ✕ スパイディ 正義の彼岸花 (渚 龍騎)
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I can dodge bullets too

スパイダーマンがやってることと千束がやってることって殆ど同じだよぁなあ、と思って書いたものです。
リコリコは最近見たばかりなので、間違った解釈や設定もらあるかもしれません。できる限りの配慮はしていきますが、不備があってもそこら辺は気にしないって方は気軽に楽しんでいただければと思います。
この作品は息抜きで書いているものなので、クオリティの高いものは体力的に厳しく、できる限りの努力はしますがかなり出来の悪いものになってしまうので、その辺りはご了承下さい。

誰スパイダーマンなのか気になる方は四話の後書きをご覧下さい。


 

 

 

 

 

 それは、本来あり得ない邂逅だった。

 

 

 

 時が止まる、とはこのことを言うのだろう。だが、実際に時が止まっている訳ではない。雑踏の喧騒は未だに流れて、自動車の走行音が遠退いて行った。

 なぜ時が止まったのか──それは三人の間だけである。厳密には二人の少女と一人の男。少女たちは、その華奢な体躯と、幼さがまだ残る顔には似つかわしくない拳銃をその手に握り、対して男はトランクス一枚のほぼ全裸。

 

「あ」

「あ」

 

 一言、いや一文字だけその声が路地裏に響く。

 拳銃を持った少女たちと、ほぼ全裸の男。彼はズボンを履いている途中であり、その下には赤色のコスチュームが脱ぎ捨てられていた。

 まるでそれは、今朝見た()()()()()()()のスーツと全く同じものだった。

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

『ここ一ヶ月の間、世間は()()()()()()()の話題で持ちきりです』

 

 

 

 カウンターの直ぐ上に設置された小型のテレビ。その映像には、一般の市民が撮ったであろう動画が流されていた。

 画質は悪いが、そこに映し出されていたのは、真っ赤な全身タイツのコスチュームで駆け抜ける人間の姿。一見ただのコスプレに見えるが、異常なのは走っている場所──そこは、高層ビルの壁だった。

 綺麗に磨かれた窓は光を反射して、向かいの景色すら映している。壁を走り抜けるタイツ男には、命綱がある訳でも、なにかを掴んでいる訳でもない。()()()()()()()()()()()()

 

「凄いねえ、今時こんな人もいるんだ……」

 

 美しく白い髪をボブカットにした少女。カウンターに肘をついて頬杖をする彼女は、飴を口の中で転がしながらそんなことを口にしていた。

 特徴的な髪色に赤いリボンを付けた彼女──錦木(にしきぎ) 千束(ちさと)は目を輝かせていた。

 

「私も会ってみたいなー! 本物のヒーローみたいな人って本当にいるんだねー!」

 

 興奮気味に話す千束に対して、隣でそれを眺めていた少女は呆れながらに呟いた。

 

「そんな訳ありません。掴む場所なんてないビルの(かべ)を走るなんて、普通は有り得ません」

「でもでもっ、この人は実際に走ってるよ?」

 

 千束に言われ、少女は口ごもる。顔を背けて、彼女の長い黒髪が僅かに揺れた。

 いつもは合理的に事を判断している彼女──井ノ上(いのうえ) たきながなにも答えられないのは珍しかった。

 実際、人間が壁や天井を走るなど有り得ない。それだけでなく、テレビや他の情報を見る限り、朗らかに人間の成し得る業とは思えなかった。

 

 一つ、暴走した車を素手で止めた。

 二つ、クモ糸のようなものを出した。

 三つ、銃弾を避けていた。

 四つ、リコリスではない。

 五つ、軽口が多い。

 

 暴走した車は時速100kmにも及ぶ速度で走行していたが、スパイダーマンは颯爽とクモ糸のようなものを出しながら車の天井へと降り立ち、軽い身のこなしで前に立っては素手で受け止めた。

 普通の人間では絶対に有り得ない力。更に、防犯カメラの映像に映っていたのは、四方八方から撃たれる銃弾を軽い身のこなしで避けていた。

 

「千束のその洞察力もおかしいですが、あのスパイダーマンと呼ばれる人も普通ではないのは確かです」

 

 一体どんな人間であるのか、そもそも人間なのかすらも危うい。至近距離から放たれる銃弾を容易に回避する千束も、大分超人的であるのに変わりはないが、このスパイダーマンは千束の能力とプラスして超人過ぎるのだ。

 民間人を救い、悪人をも殺していないことから、ヒーローと称されてはいるが、DAはその存在を危険視している。だが、その存在は未だに謎とされていた。

 

「千束、たきな、そろそろ時間だぞ」

 

 カウンターの奥から和装をした黒人──喫茶リコリコの店長であるミカが姿を見せた。

 杖を突き、黒い眼鏡の奥から柔らかな瞳に二人を映す。すると、たきなは機敏な動きで立ち上がり、淡々とした口調で「はい」と答えたが、横にいる千束は「もうかー」と声を漏らしていた。

 

 『リコリス』──和名ヒガンバナ。

 たきなと千束のみならず、孤児となった少女に教育を施して、犯罪者及び犯罪を行おうとする人物の抹殺を請け負う少女(エージェント)たちの名。

 たきなと千束もリコリスではあるが、抹殺を目的とするリコリスとは明確にその目的が変わっていた。

 

 今回の依頼も、抹殺ではない。

 特定人物の護衛。対象はIT企業の社長とそのご令嬢。ご令嬢の年齢は七歳。東京の街を自由に観光させたいが、過去に妻を殺害されたこと故に、警戒して今回の護衛を依頼したらしい。

 

「たきな〜、私もスパイダーマンみたくババッて壁を走ってみたい」

「無理ですよ。人間はクモのように壁や天井を掴める能力なんてありません。あれも何かのカラクリがあるはずです」

 

 でもでも、と顔を近付けて、千束はたきなを真っ直ぐに見つめながら目を輝かせていた。

 世間に溶け込んだ女子高生の姿。街中で目的の場所に向かいながら、千束はまさに興奮気味だった。

 

「かっこいいよね! 名前も正体も明かさずに悪をバッタバッタと倒しちゃうんだから!」

「姿を大々的に明かしている以外は、私たちとやっていることは変わらないのでは……」

 

 リコリスは秘密裏に活動する。その名前も姿も、世間でニュースに取り上げられることもない。だがスパイダーマンは、その姿を世間一般に見せ続けて、東京の街を飛び回る姿も目撃されている。

 一ヶ月前から突如として現れた謎の存在。なにが目的で、誰がスパイダーマンなのか、全くわからない。

 

「ですが、用心しなければなりません。まだ味方と分かったわけではありませんから」

「いやいやいや、あの人は絶対に味方だよー」

「なにか根拠があるのですか?」

 

 うーん、と顎に手を置いた千束は何度か頷いて「それはズバリ」と切り出してから──、

 

「──私の直感が言ってるから!」

「あ、この花かなり綺麗ですね」

 

 ドヤ顔で決めた千束の発言。聞いた直後に、その発言を予測していたたきなは、期待もしていなかった様子で道端に咲く花を見つめていた。

 

「おいコラ! 人に聞いておいてなんだそれは!」

 

 少しの憤りを見せた千束に対して、たきなはそれほど興味を示さずに溜め息を漏らした。

 千束の実力については尊敬するものがあるが、彼女の言動や性格については考えるものがある。冷静な判断こそできているものの、あまりに楽観的。

 

「スパイダーマン。今の所、体型や名前から男性の可能性が高いです」

「リコリスかリリベルか……でも、もしそうだったならDAが問題視しないはずがないよねー」

 

 もし、と千束は空を見上げながら続けて、

 

「女の人だったらスパイダーウーマン? それともスパイダーガールかな!?」

「千束……どれにせよ、あの常人を逸脱した能力は現実では考えられません。もしもスパイダーマンが敵だった可能性を考えて、日頃常に警戒を怠るべきではないと考えます」

 

 クルミがハッキングした防犯カメラの映像に映っていた武器取引の現場。そこには複数人の男たちが武器を持っていたが、スパイダーマンは特に苦戦する訳でもなく全員を沈黙させた──殺すのではなく、気絶させる形で。

 

「現場には指紋も何も残っていません。商人たちを捕えていたクモ糸のようなものも、スパイダーマンが現れてから二時間程度で消えていました」

 

 よく考えて見れば、スパイダーマンは朝からずっと活動を続けている。街中では高層ビルの間を、高速でスィングしている姿も目撃されていた。

 スィングの際には手からクモ糸を射出し、振り子のようにぶら下がり、それを素早く繰り返しながら移動をしている。クモ糸が消えないなら、今頃街はクモ糸だらけになっているはずだ。

 そんなことが起こっていないということは、クモ糸は何らかの形で自然に消えるようになっているとしか考えられない。

 

「本当に謎だらけなんだねー。映像見せてもらったけど、あの動きかっこよかったなぁー!」

 

 防犯カメラで見たスパイダーマンの動きに口で効果音をつけながら、真似をする千束。たきなは彼女の行動に半ば呆れながらに溜め息を漏らして、その映像を思い出していた。

 千束は相手の照準と射線を瞬時に読み取り、卓越した反射神経と洞察力で弾を全て回避する。だがスパイダーマンは、視覚外から至近距離で放たれた銃弾ですらも躱して見せた。それも千束のように必要最低限の動きでなく、大胆な動きで。

 

「千束はそればっかりですね」

「たきなこそ、スパイダーマンを危険視し過ぎなんじゃない?」

 

 ふとそう言いながらたきなに視線を向けると、彼女は空を見上げて目を見開いていた。

 

「たきな?」

「千束、あれ……」

 

 あれ、と言われて指を指される訳でもなく、千束はたきなが向けていた視線の先を辿った。

 見つめる先──もう少し厳密にいうならば、二人が歩く方向とは反対。六時の方向に、疑問を蝟集させていた張本人が、そこを飛んでいた。

 振り子のように揺れ、飛び、そしてまた勢い良く揺られて飛ぶ。その速度は目視しただけでもかなり速い。自由自在に飛び回るその正体は、赤と金を基調としたコスチュームの人間だった。

 

「あ、スパイダーマンッ!!」

 

 指を指して千束がその名を叫んだ直後──スパイダーマンは空中で態勢を変えて、二人に視線を向けると軽く手を振り、まだ若い男性の声が響いた。

 

「ごめん! いま僕急いでるからっ! サインならまた今度ね!!」

 

 何かを聞くことすら叶わず、スパイダーマンはそう言って颯爽と抜けて行った。

 声からして男。それもかなり若い。スパイダーマンは言葉通りに急いでいる様子で、車の速度をも超える速さでスィングをしていて、ビルの間を抜けて行くと直ぐ様その姿をくらました。

 

「たきな、あの方向って……」

「ええ、私たちの護衛対象がいるビルです」

 

 たきなは目を眇めて先を訝しんだ。

 そのビルに向かっているのか分からないが、漠然とした不安が二人の脳裏に過った。

 スパイダーマンの目的こそ不明だが、彼が慌てて向かう場所といえば、そこは危険な所ばかり。その情報をどうやって得ているのかも分からない。もしもスパイダーマンが何かを危険視して、そのビルへと向かったのならマズイ。

 

『千束、たきな』

 

 二人は聞こえた声に耳を傾け、手を当てる。ミカの声が耳に響き、彼は二人の応答を待たずに『マズイ状況になった』と切り出して、声が切り替わるとクルミが答えた。

 

『護衛対象のいるビルが狙われている。どうやら社長たちを誘拐した後に爆破するつもりだぞ』

「爆破ぁ!?」

 

 千束とたきなは互いに見合わせて、直ぐに駆け出す。呼吸が荒くなる中で一歩を踏み締める度に、背中のカバンが金属同士のぶつかる音と共に揺れた

 

『いまミズキを向かわせた』

「クルミ! そっちにスパイダーマンが行ってないか見てくれない!?」

『分かった。ドローンも向かわせる。経路を割り出して、辺りの防犯カメラで見れないか調べてみる』

 

 瞬間、ビルの一部が轟音を撒き散らして爆発した。窓ガラスとコンクリートの壁が一瞬で吹き飛び、炎が吹き出る。一瞬の爆発の後に辺りで悲鳴と怒号が連鎖。爆発したビルからは黒煙が昇った。

 

「うそっ! あれかなりヤバイよ!」

 

 走ってもまだ二分は掛かる。見上げた先で、爆炎の中から黒煙を身に纏って一人が飛び出た。

 およそビルの十三階。数十メートルの高さから落下する一人は、あまりに無防備の態勢で落下していく。千束とたきなは目を見開き、おおよその落下地点へと向かって駆け抜けたが、その瞬間に()は態勢を立て直すなり、クモ糸を伸ばして緩やかに地面へと着地した──それもなんの因果か、千束とたきなの前に。

 

「スパイダーマン……」

 

 目の前に降り立った彼は黒煙で真っ黒になり、僅かに咳込みながら「あーしんどい」等と口にしていた。

 汚れたスーツに視線を落とし、僅かに愚痴を溢しながら汚れを軽く払った直後──銃声が響き渡った。

 

「──あぶなっ!」

「ちょっとたきな!」

 

 慌ててたきなの銃を無理やり下げ、振り返ったスパイダーマンと視線が交じる。銃を持って普通に発砲する女子高生と、全身タイツで爆発に巻き込まれて平然としている男。その空間は、静謐でありながらなによりも精悍な眼差しで相手を見つめていた。

 たきなはスパイダーマンを見つめながら、決して銃口を彼から外さずに口を開く。

 

「あなたは何者ですか?」

 

 背後からの完全な視覚外から撃った──だがスパイダーマンは、こちらを一瞥する訳でもなく、必要最低限の動きで回避して、更には一瞬で腕を向けて攻撃の態勢に入っていた。

 朗らかに人間の成し得る業ではない。

 

「僕はスパイダーマ──っうわぁ!」

「そういうことではありません!」

 

 引き金が引き絞られて拳銃──S&W M&Pによる容赦のない発砲。だがスパイダーマンは容易く回避して、腕を向けるなりパシュッと何かが吹き出て、たきなの足と拳銃に命中。拳銃は一瞬にして取り上げられ、視線を下ろすと、足はクモの巣状に展開されたクモ糸がたきなの足を地面から離れなくしていた。

 

「なんで女の子が銃持ってるのか色々気になるけど、僕はあの人たちを助けないとっ!」

 

 そう言うと、スパイダーマンは建物にクモ糸を伸ばして、華麗に跳躍を繰り返すと、重力を無視して壁を駆け抜けて行った。

 

「なにこれ! たきな外れないよこのクモ糸!」

 

 たきなの足に張り付いたクモ糸を、千束がナイフで切り取ろうとするが、クモ糸は完全に地面に張り付いて(くっついて)いて、引き剥がすことも切り取ることも簡単にできない。

 

「千束、私のことよりもスパイダーマンを追ってください! 私も後で追いかけます」

「分かった!」

 

 千束は拳銃を取り出して駆け出す。その背中を見つめて、たきなは眼前にそびえ立つビルに視線を向けた。

 スパイダーマン──彼は敵なのか味方なのか。考えれば考えるほどに謎が深まる。目的も、力の根源も、なにもかもが分からない。それでいて、銃弾を完璧に避ける反射神経。

 完全に視覚外から発砲。それを見る訳でもなく、いったいどうやって避けたというのか分からない。

 

「スパイダーマン……」

 

 たきなは、ぼんやりと彼の名を呟いた。




感想評価があればお願いいたします。

今後の更新などは、変な呟きと共に私のツイッターアカウント@hokattya258でお知らせしていますので、ぜひ興味があればよろしくお願いします。


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I can do this all day

感想や評価本当にありがとうございます。
思いつきで書いたものでしたが、嬉しい感想を頂けて思わず書き連ねてしまいました。
基本不定期で、短編のつもりですが、宜しくお願い致します。
あと、基本タイトルはグーグル先生なのでご了承下さいませ。今回のは違いますけど。


 

 

 

 

 ビルの非常階段を駆け上り、爆発を起こした十三階に近付くほど、耳を聾する銃声が大きくなる。合わせて爆発音も響き、より一層マズイ状況であることに拍車をかけていた。

 いつもは物事を楽観的に見ていた千束も、今回ばかりは焦りに焦っていた。

 

「クルミ! 中はどうなってる!?」

『見えるだけでも敵は十人以上。全員が武装している。人質も確認したが、今の所は無事みたいだぞ』

 

 階段扉の前で銃を構える。扉と壁一枚を挟んで激しい銃撃戦が響き渡る中、男と思わしき人物たちの怒号が聞こえる。そんな激戦の中で、あまりにも似つかわしくない異常な声に千束は耳を疑った。

 スパイダーマンの声。怒号や悲鳴とはまた違った声色で何かを言っている。扉を僅かに開けて中を確認すれば、その光景に怪訝な表情を浮かべてしまった。

 なにがおかしいのか、それは────、

 

「ちょっと! みんなとは初めまして? この世界にスパイダーマンはいないの?」

 

「なんでみんな僕のこと虫呼ばわりするのさ! クモは虫じゃなくて動物だよっ!」

 

「その靴かっこ良いね! この世界のトレンドになってるの?」

 

 スパイダーマンは銃弾の雨を紙一重で回避しながら、そんな軽口を何度も口にしていた。

 

「ニック・フューリーとかいない? あ、やっぱり今のなし! 彼には会いたくないからできればいない方がいいんだけど」

 

 更におかしいのは、軽口を叩く余裕っぷりを見せながら一発も当たることなく、次々と武装した相手を沈黙させていること。だが相手の数は多い。このままではスパイダーマンでも押される──故に、千束は一息ついたと同時に扉を蹴破り、まずは近くにいた一人を非殺傷弾にて沈黙させた。

 

「あ!」

 

 千束の姿に気が付いたスパイダーマンは、驚きながらも銃弾を回避する。

 

「君っ!」

 

 そして回避、銃にクモ糸を伸ばして即座に取り上げると、その銃を持ち主の頭に叩き付ける。

 

「さっきの!」

 

 素早く相手に接近したスパイダーマンは、一蹴りで相手を吹き飛ばして、また銃弾を回避した。

 

「ウソ! 僕のこと手伝ってくれるの!?」

 

 そんな軽口を叩きながらも、スパイダーマンは一発も当たることなく相手を次々と倒し続ける。その戦闘技術に目を疑いながらも、千束も負けじと眼前の敵を睨んだ。

 眼前で銃口を向ける相手の視線、射線、引き金を引くタイミング、全てを一瞬で見抜き、発砲と同時に銃口を向けながら全てを避けた。

 引き金を引く直前、スパイダーマンが声を荒げた。

 

「あ! 殺すのは無しだよっ!!」

 

 だが叫んだ所でもう遅い。

 近付きつつ二発発砲──二人の肩に命中。更に歩み寄って三発、至近距離からの発砲のおかげで全て命中。数人の相手を沈黙させた瞬間、背後にいた敵をスパイダーマンが蹴り飛ばした。

 

「背後にも気を配らないとね」

「ありがとう!」

「お礼はいらない、よっ!」

 

 最後に声を力ませて、スパイダーマンはクモ糸の塊を敵に向けて発射。受けた敵は壁に叩き付けられて気絶。千束の銃に視線を落として──、

 

「いいね。その銃、僕も欲しいよ」

「私もそのスーツ欲しい!」

「あ、それじゃあ交換する?」

 

 目を輝かせた千束に対して「僕はいいよ」と呟き、スパイダーマンは跳躍。壁や天井にクモ糸を伸ばして、巧みにスィングしながら銃弾を回避。振り子の勢いを乗せて敵を蹴り飛ばし、空中から何度もクモ糸の塊を放った。

 

「その前に、この悪者たちを倒してからねっ! ここは僕がなんとかするから、君は人質をお願いっ!」

 

 言われて、千束は頷く。敵の銃弾を回避して、マガジンをリリース、そして直ぐ様マガジンをリロード。スライドさせながら一瞬で近付いた敵に照準を定め、非殺傷弾を浴びせる。クルミの名前を呼んだ。

 

「人質はいまどこ!?」

『真っ直ぐ進んで三つ目の扉だ。気を付けろ、中に三人いるぞ』

「正確な位置を教えて!」

 

 ドローンを見ていたクルミから部屋内の情報を詳しく聞き、駆け抜けながら思考を巡らせた。

 扉の正面に二人、入って右側に一人。人質は正面の二人が捕えている。正面から入れば、自分は無事であっても、人質がどうなるか分からない。

 強行突破は朗らかに無謀の策とも言える。

 

「奴らの背後は全面窓なんだよね!?」

『ああ、そうだ。あいつらは扉しか見ていないから、ドローンに全く気付いていない。滑稽だぞ』

「十四階に敵は?」

『いない。今は千束たちの階だけだ』

 

 よし、と呟いて千束は思考の隅で作戦を決めた。

 あとは一つだけ問題がある。しかしそれは後にして、まずは階段を駆け上った。

 十四階に上がって、人質のいる部屋の真上まで来ると、千束は廊下の消火栓を開いてホースを手に握り締めた。

 

「クルミ、ドローンを窓から離しておいて!」

『分かったが、何をする気だ?』

「私もスパイダーマンみたいなことするから」

 

 クルミの『は?』という困惑する声を聞き、千束は一息ついてから、勢い良く駆け出して、非殺傷弾を窓に放つ。そしてヒビの入った窓ガラスに身体をぶつけてぶち破った。

 ガラスが粉々に破壊され、破砕音と同時に身体を外へ投げ出す。スパイダーマンがスィングしていたように、走りと跳躍の勢いを乗せて、振り子の要領でホースを頼りに、十四階から十三階の窓をぶち破って人質の部屋に突入。転がりながらも姿勢を立て直して照準を合わせた。

 

「──っ!」

 

 突然の強襲に一斉に千束の方向へと視線を向けるが、先に照準を定めていた千束の方が断然速い。人質の近くにいた二人へと、容赦なく引き金を引き絞り、非殺傷弾が炸裂──ゴムが弾けて赤い粉塵が撒き散り、敵が叫びながら吹っ飛んだ。

 直ぐに態勢を立て直して照準を合わせる──発砲の後に非殺傷弾が放たれるが、真っ直ぐに飛ばない性質がここで現れ、背後にあった壁を撃ち抜いた。

 

「──てめぇっ!」

 

 敵は憤慨を叫びながら、両手で握っていたアサルトライフルの引き金を引き絞った。

 千束の舌打ちが漏れる──瞬間、銃口から耳を聾するほどの発砲音と共に嵐の如き銃弾が放たれた。

 だが既に遅い。放たれる直前で、相手の筋肉の動き、視線、射線、銃口、あらゆる動きを視界で捉え、脳内で一瞬にして全ての弾道を予測──照準を合わせながら、千束はアサルトライフルの掃射を全て回避。

 至近距離からの一発。非殺傷弾は肩に命中して、あまりの激痛に相手は呻きながら銃を手から離す。そして更にもう一発を放ち、命中直後に相手は気絶した。

 

「ふう……ひやひやした」

『ひやひやしたのはこっちだ』

「えへへ、ごめん」

 

 クルミの言葉に、ぺろっと舌を出しながら謝罪を呟く。こいつまたやるな、と呆れながらに思ったのはクルミだけではない。

 千束は辺りを見渡して危険がないことを確認すると、人質の方へと視線を向ける。部屋の隅で男性が、娘を庇うようにして覆い被さっている。男性は戦闘音が消えたことを疑問に思って振り返った。

 

「あなたは……」

「もう大丈夫ですよ。あとは、私たちに任せてください。必ず二人を守ります」

「ありがとう」

 

 感謝を述べられて、二人の不安を煽がぬ為に千束は笑顔を浮かべる。そして十三階から、二人を安全に家に帰す為の思考を巡らせた。

 まずは十三階から一階に降りる必要がある。安全な経路はクルミに任せるとして、後は安全に辿り着けるかどうか。たきなはまだ来ていないが、スパイダーマンが今は味方にいる。彼に状況さえ伝えれば、あとはなんとかなるかもしれない。

 

「取り敢えず階段まで行きましょう」

 

 そう言って踵を返した直後──轟音が鳴り響き、壁を突き破ってスパイダーマンが飛んで来た。

 壁の破片を撒き散らして、スパイダーマンは背中から向かいの壁に叩き付けられる。そのまま床に転がり、彼は呻きながら仰向けになった。

 

「スパイダーマン! 大丈夫っ!?」

 

 慌ててスパイダーマンの側に駆け寄れば、彼は苦しげに咳をしながら軽く手を振った。

 

「これ以上にないくらい元気だよ。舌を飲み込んだかもしれないけど……」

「それだけ軽口を叩けるなら大丈夫だね。でも舌を飲み込んだら喋れないから。いったいなにがあったの?」

 

 いったい何が起こったのか理解できない千束が、スパイダーマンに問い掛けると、彼は脇腹を抑えながら起き上がり、破壊された壁の奥へと視線を向けた。

 スパイダーマンの視線の先、千束は辿って同じ場所を見つめ、驚きのあまりに目を見開いた。

 

「なにあれ……」

 

 そこにいたのは、規格外の巨躯をした男だった。

 上腕二頭筋は千束の横幅よりも大きく、体格はまるで岩石のように巨大で、身長だけでも二メートル以上はある。そんな恰幅の人間がゆっくりと歩み寄って来ていた。

 

「なんだろうね。ハルクでも目指してるのかな」

「は、はるく……?」

「ごめん、気にしないで。野獣(ブルート)って名前にしよう」

 

 相変わらず彼が何を言っているのか分からないが、陽気で愉快な人間である事には間違いない。

 千束はリリースしたマガジンを捨ててリロード。残り少ない弾数を確認しながら、ブルートを一瞥した。

 敵はスパイダーマンも圧倒する。それに対して、こちらは守るべき対象が二人もいる。守りながらでは到底勝てない──どうするべきか、思考を巡らせた。

 

『おい千束、いまミズキが到着した。どうにかして護衛対象を連れてこい』

「どうにかしてって無理やり過ぎでしょ」

 

 ブルートを相手しながら護衛を守り抜くのは無理がある。それも十三階から一階までなんて無理難題が過ぎる。完全に八方塞がりになっていた。

 ふと飛び込んで来た窓を見つめ、千束は一つ思い付く。かなり危険な賭けにはなるが、ここから護衛を守る為には、それしか方法は思い付かなかった。

 

「スパイダーマン、一つ頼んでもいい?」

「なに?」

「その二人を連れて先に下に降りてほしいの。私の仲間が下で待ってるから」

 

 そう言われて、どういう原理なのかスパイダーマンはその白い瞳を見開いた。

 

「その場合、君はどうするの?」

「私があいつの相手をする」

「無茶だよ」

 

 ────当然だ。

 一人でブルートの相手をするのは無理がある。だが千束はスパイダーマンに向けて笑みを浮かべた。

 

「だから、なるべく早く帰ってきて」

 

 スパイダーマンは千束を見つめて沈黙する。やがて、何度か頷いてから「分かったよ」と答えた。

 

「けど、無茶はしないで」

「あいつと戦うこと自体が無茶だよ」

「そうかも。じゃあここは任せたよ」

 

 スパイダーマンは怯える二人のもとに駆け寄り、明るい声色で何やら説明してから窓の側に立った。

 まずは君から、と女の子を抱えてクモ糸を床に伸ばす。しっかりと握り締めてから飛び降りて行った。

 

「あなたは隠れてて」

 

 ブルートを睨みながら男に向けてそう言い、拳銃を握り締める。相手は武器を持っていない故に、千束の超人的な洞察力はあまり役に立たない。

 相手の筋肉の動きからおおよその予測はできるが、あれほどまでの巨躯を持った人間を相手に、どれだけその予測能力が役に立つか分からない。だがしかし倒すことは考えなくていい。今はただ時間稼ぎだけで。

 

「さて……」

 

 一息だけ吐き捨てた。

 珍しく緊張しているのかもしれないが、心臓の鼓動は落ち着いている。否、元より鼓動なんてものはない。だが、そう考えるほどに手に汗握っていた。

 今あるのは、ずっと使っているM1911を小型改良化したデトニック・コンバットマスターだけ。残りの弾数はマガジン内にある七発と一つのマガジンのみ。

 

 瞬間、ブルートが千束を睨んで駆け出した。

 合わせて、千束は構えながら駆け出す。照準を合わせながら二発発砲。一発はブルートに命中したが、奴は両腕で防御(ガード)していた。

 眼前まで迫り、ブルートはその豪腕を振り上げる。それに合わせて、千束は態勢を低く滑り(スライディング)しながら三発。全て命中したが、赤色のゴムが弾けるだけで、然程ダメージにはなっていないようだった。

 

 ブルートの足の間をスライディングで抜け、豪腕が床に振り下ろされる。直後に、人間が起こしたとは思えないような轟音が響き、そこにはクレーターが生まれていた。

 もし当たっていたと思うとゾッとする。背筋に悪寒が走り、千束は息を呑んで固唾を飲んだ。

 

「もうなんなのよ……」

 

 文句を垂れて、再び拳銃を構えた。

 かなり絶望的な状況であることに変わりはないが、ここはなんとしてでもこの状況を切り抜けるしかない。幸いなことに相手は素手による攻撃のみ。銃のような遠距離に対応できる武器は持っていない。

 それならば、相手の動きを見極めて素手の到達範囲(リーチ)内に入らないようにすればいい。相手は然程動きが速いわけでもない。逃げ続ければなんとかなる──そう思考の隅で考えた直後に、千束は驚愕した。

 

「──うわちょちょちょっ!!」

 

 慌てて横に飛んで回避──さっきまで立っていた場所に、瓦礫が投げ飛ばされていた。

 視線を戻して、更に目を見開く。考えるよりも速く横に飛ぶと、破砕音が次々と響き、投げられた瓦礫が床で粉々になる。息をする間もなく、次々へと瓦礫が投げられ、中にはデスクや扉をあった。

 当たればただでは済まないが、千束は一歩後退りして唇を噛み締めた。

 

「……これはマズイかも」

 

 考える暇もなく投げられ続け、千束はいつの間にかに部屋の隅へと追い込まれていた。

 ブルートがゆっくりと歩み寄りながら、爆発によって崩壊した壁の一部を持ち上げた。

 銃を撃つにしても、マガジンを装填(リロード)しなければならない。砂礫を踏み締めて、覚悟を決めるとブルートが壁を力強く投げ飛ばした。

 痛みを覚悟した直後──三発の銃声が鳴り響き、誰かに抱き締められると宙に飛び上がった。

 

 自分を抱き締める相手に視線を向けると、その視界に赤を基調としたスーツが映り込む。黒縁の白い瞳が千束を見つめて、()()()()()()()は首を傾げた。

 

「大丈夫? 怪我はない?」

 

 千束をゆっくりと降ろして、怪我がないことを確認すると「良かった」と声を漏らした。

 

「──千束っ!」

 

 聞き慣れた声に銃声が連鎖して、千束は彼女の姿に思わず笑みを浮かべた。

 

「──たきなっ!」

 

 ブルートから投げられた瓦礫を躱して、たきなは転がり込むように千束の横に駆け並んだ。

 

「下に行った時にその娘がいたから連れて来たんだけど……そんなに僕を睨まないでよ……」

「早くここまで来れた事には感謝しますが、あんな事はもう金輪際お断りです」

 

 肩を落とすスパイダーマンに対して、たきなは苛立ちをその表情に滲ませていた。

 今にもスパイダーマンへ向けて発砲するような勢いで睨み、彼は肩を落としながら謝罪をしていたが一発の発砲音。スパイダーマンと千束が驚愕してたきなの銃へと目線を向けた。

 銃口から硝煙が立ち昇り、彼女の銃から発砲があったのは確かだった。撃たれた場所と言えば、スパイダーマンの足下。銃弾が床へとめり込んでいた。

 

「なにがあったの……?」

「いやただ僕は、その娘を抱えてこの階まで飛んで来ただけだよ」

「えーっ! 超楽しそうじゃん!」

 

 スパイダーマンはただ良かれと思って行ったことだが、たきなからより一層敵意を向けられる羽目になってしまい、昔もこんなことあったなと思い馳せた。

 目を輝かせて羨ましがる千束だったが、たきなは首を振って否定した。

 

「いえ、楽しくありません。あれの所為で酔うかと思いました。というより、酔いました」

「ちょっとちょっと前前!!」

 

 千束とたきなのやり取りに無理やり入り込み、スパイダーマンが突然叫ぶ。視線を戻せば、ブルートが瓦礫を投げ飛ばして来ていた。

 それぞれ別の方向に慌てて回避して三人が構える。ブルートを三方向から囲むようにして、相手の出方を伺い、強く床を踏み締めた。

 

「取り敢えず、こいつを倒してから話さない? 僕も君たちに聞きたいことがいっぱいあるしさ」

「私もあなたに聞きたいことだらけですが、今はここを切り抜ける事が最優先です」

「よし、じゃあいっちょやったろう!」

 

 千束の声と共に、瞬間──三人は駆け出した。




そういえば、このスパイダーマンはいったいどこのユニバースのスパイダーマンなんですかね。

感想評価があればお願いいたします。


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Today was tough all day.

高評価や感想などよろしくお願いします。
モチベに繋がります。


 

 

 

 

 ブルートの怪力は通常の人間を遥かに凌駕している。それはスパイダーマンも同じだが、スパイダーマンですらをも超えている。拳は壁に穴を空け、床をも砕く──最早、化け物と呼ぶ他なかった。

 非殺傷弾は疎か、服の下に防弾を仕込ませているのか銃弾ですら通用しない。だがしかし、筋肉が人間の領域を超えている所為か、速度はそれほど速い訳ではなかった。

 

「ちょっと、いくら撃っても効かないんだけど!!」

 

 発砲して、その疑問を千束が叫んだ。

 非殺傷弾は効かず、それでいて通常の弾薬ですらもブルートに傷を付けることができない。本当に人間なのか疑うが、スパイダーマンがブルートの足にクモ糸を張り付け、動きを封じたと同時に転倒させた。

 

「服の下が防弾になってるんだ。僕が動きを止めるから、君たちで足を狙える?」

 

 服の下には防弾が仕込まれているなら、露出している肌を狙う他ない。取り敢えずは足を撃ち、自然と動きを鈍らせるしかない。スパイダーマンの意図を汲み取った千束とたきなは頷き、彼は即座に跳躍した。

 

「あんまり使いたくないんだけど……」

 

 スパイダーマンがポツリと呟いた直後、彼のインテグレーテッド・スーツに内蔵されたナノテクノロジーが意思を汲み取ってその形を形成。クモの如き四本のピンサーが背中から伸び、スパイダーマンは姿勢を低く構えた。

 

「なにあれっ! たきなたきな見た!? スパイダーマンの背中からクモの足が生えたよ!」

「分かってます。騒がないでください。本能では驚いていますが、理性で事実だと受け止めます」

 

 冷静に判断して、たきなと千束はスパイダーマンが齎す隙を待つ。だがそれまで何もしない訳ではない。

 スパイダーマンがブルートをの動きを封じ込める為に、できる限りの援護を行う。二人は互いに見つめてから、左右に別れて駆け出した。

 たきなと千束は同時に発砲。ブルートの気を引き、背後から飛んで来たスパイダーマンが両手から伸ばしたクモ糸を巧みに使って、空中を自由自在に動き回る。曲芸地味た芸当ではあったが、攻撃の悉くを回避していった。

 空中でスィングした勢いに乗りながら床を滑り込み、ブルートの背後に回り込むとクモ糸を伸ばした。

 

「ほら捕まえたよっ!」

 

 クモ糸はブルートの両腕を捕まえ、常人を超越した怪力によって自由を奪われる。だがしかし、スパイダーマンの怪力を以てしても、完全にはブルートを抑え込めない。クモ糸を強く握り締めて必死に引くが、ブルートの怪力によってスパイダーマンが徐々に引き摺られていった。

 

「もう暴れないでよ!!」

 

 スパイダーマンの背中から生えたピンサーが、彼の意思に呼応して地面に突き刺さり、更に強く踏ん張る。それでもじりじりと引き摺られ、脳裏にかつての戦いが過ぎった──最強のチームが敗北したあの最凶(サノス)との戦闘。サノスの方がブルートよりも遥かに強いが、あの時もこんなことがあったのを思い出した。

 思い出したくない戦いの光景に頭を振り払い、目の前のことに集中する。だが実際、ピンチであることに変わりはなかった。

 

 ────しかし、それをぼんやりと遠くから眺めている程、彼女たちもマヌケではない。

 

 正面から駆け抜けて来た千束が、残りの非殺傷弾全てを撃ち尽くす。もちろん、ブルートを倒す為に撃ったのではない。ただ()()から気を引く為に全てを撃ったのだ。

 

「──たきな!」

 

 片膝立ちになったたきながしっかりと照準を定め、ブルートの足首を狙い発砲。硝煙が吹き出て、一瞬の閃光の後に反動で銃が跳ね上がる。だがしかしその反動は抑えられ、続けて引き金を引き絞った。

 二発──銃声を撒き散らした弾丸は、空気を割いて空間を突き抜けて猛進。たきなの驚異的な集中力と射撃制度によって、狙い過たず足首を撃ち抜いた。

 

 足首の損傷で立てなくなったブルートが膝を付く。その瞬間を逃さず、スパイダーマンは即座に跳躍して、クモが獲物をクモ糸で包み込むのと同じように、ブルートの身動きをクモ糸で完全に封じ込んだ。

 完全に身動きの取れなくなったブルートは床に倒れ、最後の一推しにスパイダーマンはクモ糸を張ってブルートを床から動けなくした。

 床に転がる巨漢を見下ろし、三人は大きく息を吸い込むと一息ついた。

 

「ふう、二人とも無事?」

 

 砂礫や砂煙によって汚れたスーツを叩きながら、スパイダーマンは二人に問い掛ける。対して千束は笑顔で「もちろん」と答えるが、その表情には僅かに疲労が見える。それはたきなも同じようで、肩を上下させて息を整えようとしていた。

 

「それなら良かった。君たちいったい何者なの? 銃を撃ったり、僕が知ってる女子高生はもっと──」

「可愛げがある?」

 

 スパイダーマンの言葉を遮り、千束が冗談交じりに呟く。彼は言われて「いや、その」と口ごもった。

 慌てて言動の訂正を施そうとするが、スパイダーマンは困惑の後に肩をすくめて「ごめん」の一言。

 

「あははっ! 別に謝らなくてもいいよスパイダーマン! 助けてくれてありがとう!」

「僕の方こそ。手伝ってくれる人がいるのは、やっぱりいいね」

 

 最近は常にそうだったが、基本的に一人で戦っているスパイダーマンにとって、援護や協力してくれる仲間がいるというのはやはり新鮮なものに感じていた。

 あの日からずっと一人だった。

 だからこそ、誰かと共に戦うのは感慨深く、久しぶりな感覚でもあった。

 

「あなたは、いったい何者なんですか?」

「たきな〜、スパイダーマンは味方だってば、さっきも見てたでしょ?」

「ええ、それは分かっています。千束のように誰も殺していませんし、さっきから見ていました」

 

 「それなら」──言いかけた千束の言葉を「私が聞きたいのは」と無理やり遮って、たきなは鋭く視線をスパイダーマンに向ける。そこに欺瞞の色はなく、訝しみの色が強く滲み出ていた。

 彼女は息を吸い込んでから、強く言った。

 

「──あなたの正体です」

「僕の?」

「はい。あなたの身体能力や、その視覚外からの攻撃も回避する力、明らかに人間を超えています」

 

 ブルートの怪力にも同じことが言えるが、スパイダーマンは小柄な体格にしてブルートと同等の怪力を持っている。それでいて異常な身体能力と反射神経、カラクリは不明だが、全方位からの攻撃を避けられる予測能力。

 正体に疑問を持つのも仕方がない。なにより形は人間であっても、全てが人間の域を超えていた。

 

「だから答えてください。あなたの正体はいったい誰で、どこから来たのですか?」

 

 たきなの強い問い掛けに、スパイダーマンは口ごもる。何も答えず、視線を下げて、頭を悩ませた。

 彼には自分の正体を言えない理由がある。なによりもそれを言ってはならないと、経験が言っていた。

 

「誰かっていうのは言えないけど、どこから来たかっていうのは言えるよ」

「どこですか?」

「ニューヨーク、出身はクイーンズだよ──って言ってもこの世界とはまた〝別の世界〟だけど」

「それはいったいどういう……」

 

 そこまで言いかけ、たきなはスパイダーマンの異変に気が付いて言葉を止める。彼は辺りを見渡し、千束やたきなに視線を巡らせると、僅かに俯いて大きく深呼吸を繰り返した。

 

「どうしたのスパイダーマン?」

 

 千束が歩み寄ろうと一歩を踏み出した途端──スパイダーマンが顔を上げ、たきなに向けてクモ糸を伸ばし天井と繋げる。更には千束の手を取って跳躍した。

 一瞬の出来事に千束とたきなも状況を理解できず、困惑をする暇もなく目を見開く瞬間──ガラスを突き破り、一つのロケット弾が火炎を吹きながら猛進。床に衝突すると同時に一瞬の閃光。後に轟音を巻き上げて大爆発を起こす。床を構築していた全てを吹き飛ばし、崩壊しかけていた十三階が一気に崩れ始めた。

 耳を聾する爆発音──爆発によって辺りの大気が一気に吹き飛ばされ、竜巻の如き爆風を巻き起こし、全員が顔を覆って風が吹き止むのを待った。

 

「なになになにが起こってんのー!?」

 

 声を荒らげる千束を抱き締め、スパイダーマンは暴風によって勢い良く揺られていたたきなのクモ糸を一気に引き寄せる。その間、彼の背中から生えたピンサーが天井を掴み、自分の足の如く意のままに動いた。

 爆風が鳴りを潜め、ようやく静かになった空間に、プロペラが高速で風を切る音が、辺りの大気を吹き飛ばしながら荒れ狂う。それは徐々に近づいて行き、窓の外から姿を見せた。

 

「──今度はヘリコプター!?」

「千束あの人っ!」

 

 たきなが指差す先──ヘリコプターのスライドドアからRPGを担いだ男が、深緑の髪を風に靡かせながら不敵な笑みを浮かべて、こちらを見つめていた。

 

「あいつまた来たの!?」

「え!! あの物騒な人知り合いなの?」

 

 無雑作に伸び切った深緑の髪。その不敵かつ不気味な表情と、射抜くような鋭い瞳────真島は鷹揚と腕を広げ、耽溺の喜びに千束を差して叫び散らした。

 

「──見つけたぞ、アランリコリスッ!!」

 

 薄汚れた黒いコートが、プロペラの巻き起こす風によって強く靡き、真島はその中でロケットランチャーを構えた──もちろん、狙いはただ一人。

 

「ロケットランチャー持ってくるなんて、随分と熱烈な人なんだね! 愛が重すぎるんじゃない?」

「そんなこと言ってる場合じゃありませんよ!」

 

 そんな大変な状況であるにも関わらず、スパイダーマンは軽口を叩き、たきなが叱咤の声を荒げた。

 ピンサーの補助で三人とも十三階から落ちずにいられているが、状況は芳しくない。スパイダーマンは片腕で千束を抱き締め、空いた手でたきなのぶら下がったクモ糸を掴んでいた。

 両腕の塞がった状態で、二人をロケットランチャーから守るのは難しい。ピンサーがあれど──、

 

《 アーム損傷 》

 

 スパイダーマンは機械らしさの混ざった声が聞こえ、彼は「マズイ」と目を細めて呟いた。

 更にマズイ状況なのは──視線を下ろした先でスパイダーマンが目を見開いた。

 クモ糸によって拘束されていたブルートが、床の崩壊によって落下しそうになっていた。

 

「ねえ! 二人の中で銃が上手いのはどっち!?」

「え、急になにを──」

「──たきなの方が上手い!」

 

 考えるよりもはやく千束が答え、たきなは意味も分からずにスパイダーマンを見上げる。そしてスパイダーマン「よし」と呟きながら、たきなに視線を下ろして、聞こえるように声を上げた。

 

「本当に申し訳ないんだけど! 君を向こう側の床に投げるよ!」

「──は? え、ちょっと!」

「大丈夫! あっちはもう一発撃ち込まれない限り壊れないから!」

「そういうことじゃ──っ!」

 

 言い終えるよりも前に、スパイダーマンは「それじゃあ行くよ」と掛け声を上げる。瞬間、たきなのぶら下がるクモ糸を勢い良く振り上げ、彼女は弧を描いて床の方へと飛んで行った。

 その彼女の姿を見つめていた千束は、思わず声を漏らして眺めていたが、スパイダーマンの「次は君だよ」の言葉に耳を疑った。

 

「ごめん! 君もあっちに送りたいけど、流石に二人の衝撃は耐えられないから──」

「え、から?」

「少しの間、落ちてもらうよ!」

「ちょちょちょちょっ!!」

 

 千束が否定するより前に、スパイダーマンは彼女と天井をクモ糸で繋げ、手を離した──直後、千束が驚愕した顔を浮かべて叫びながら落下。その瞬間に真島が狙いを定めた。

 だが、引き金を引くと同時に、真島の肩を一発の銃弾が撃ち抜いた。そして放たれたロケット弾が狙いを外す──不満を募らせるたきなが、驚くべき命中精度で真島の肩を狙った。

 大気を焦がして、火を吹き上げながら直進するロケット弾。スパイダーマンは天井を蹴ることで、落下に勢いを付けて跳躍した。

 転瞬、ロケット弾が天井を撃ち抜く。大気の声なき絶叫。轟という音が強烈な爆風と共に辺りを吹き飛ばして、それの衝撃波すらも利用したスパイダーマンは高速で落下していった。

 

「みんな! いまなんとかするから!」

 

 完全に落下するまで数秒──まずは、身動きの取れないブルートと天井に向けてクモ糸を伸ばす。天井に伸びたクモ糸が限界まで引かれ、ブルートの重さも相まって、身体が引き千切れるような痛みが巡った。

 

「おお、重過ぎだって……っ! もう少し、ダイエットしたら?」

 

 ブルートのクモ糸を天井と繋げ、休む隙もなしに落下して来る千束を見上げた。

 

「いまいくよ!」

 

 天井に向けて腕を伸ばし、その手首に装着されたウェブ・シューターのスイッチを押し込む。瞬間、クモ糸(ウェブ)が勢い良く射出──されなかった。

 困惑して何度もスイッチを押し込むが、いつものようにウェブが射出されることはなかった。

 

《 クモ糸(ウェブ)液残量無し 》

「ウソだろ……なんで作っておかないんだよ僕!」

 

 自分にはいつも呆れる。だが今回は仕方がなかったとも思い込みたい。

 思い返して見れば作る時間も、ウェブを作れる施設もなかった。いつも持っている予備も、この世界に来た時、元の世界に置いてきてしまった。

 ナノテクノロジーで形成されるピンサーも、()()()()でスーツを損傷してそれっきり。スーツを直せる機械も今はない故に、インテグレーテッド・スーツで代用していたが、それも限界が近い。

 

「ああったくっ!」

 

 自分に苛立ちながら、千束の落下地点を視界で予測。タイミングを見計らって勢い良く壁を蹴った。

 視界から千束を外さず、視覚外から降り落ちる瓦礫を回避して、必死に手を伸ばす。絶対に助ける──その意志だけを席巻させ、唇を噛み締めた。

 

 ────絶対に絶対に絶対にッ!!

 

 あの時、あの場所、あの決戦の夜──僕は落ちる彼女に手が届かなかった。

 もしもあの時に()()がいなかったら、彼女は助けられなかった。僕一人では誰も救えず、誰も守れない。もう決して誰かを死なせたりなんかしない。

 

 手を伸ばした──落下する千束と視線が交じり、彼女の紅に染まる宝石の瞳に、自分自身の姿が映り込む。伸ばされた手が、掴み取ろうとした指が、あと数センチ届かない。目の前で一人の少女が落ちて行く。

 視界の端から瓦礫が落下して、上空から降り注ぐ辺りの砂塵がスローモーションで視界に映じる。降り注ぐ砂塵のシャワーの中、千束と眼があった。

 

 ────まだ、届くッ!!

 

 ヒュオッという風の音が耳から吹き抜け、時間の流れが戻った。

 スパイダーマンは勢い良く身体を捻り、落ちて行く千束の腕をがっしりと掴む。一気に抱き寄せてから、空中で態勢を立て直すと四本のピンサーを壁に突き刺した。コンクリートの壁が削れ、抉れ、落下の勢いを殺して、最後に壁際の縁に指を掛けた。

 

「と、届いた……はぁ、良かった。大丈夫?」

「……だ、大丈夫、大丈夫。結構やばかったけど、大丈夫。内臓がひっくり返った気がする……」

「僕も。僕がやったことだけど、それでも大分ヤバかった。もう金輪際やらない……」

 

 互いに肩を大きく上下させながら息をする。ゆっくりと壁を降りていき、スパイダーマンは頑丈な床を探して降り立つ。千束を下ろして上空を見上げれば、たきなが下を覗いて千束の名前を呼んでいた。

 

「たきなー! そっちはだいじょーぶ!?」

「はい! ですが真島が!」

 

 たきなが叫びながら指を指した方向──辿って視線を向けると、真島の乗ったヘリコプターが傾いていき、ビルから離れて行こうとしていた。

 真島は千束たちとは別の方向へと顔を向けて、誰かに怒鳴り散らしている。なにを言っているのかまでは聞こえないが、真島の意志とは関係なくヘリコプターは徐々にビルから遠ざかって行った。

 

「ちょっとちょっと逃げるつもり!? スパイダーマンあのヘリコプター追って!」

 

 ロケットランチャーを撃たれた恨みを怒りに任せ、千束はそう言ってスパイダーマンを見つめたが、彼は肩をすくめて「ごめん」と申し訳なさそうに謝罪した。

 

「もうウェブが切れちゃったから追えないんだ」

 

 それを聞いた千束は悔しげに声を漏らして、遠退いて行くヘリをただ見つめることしかできなかった。

 辺りを見渡し、空を見上げると十三階から全て吹き抜けとなった天井がある。幾多の爆破によって壁も床も、殆どが破壊されており、最早このビルを直せるのかすらも怪しいものだった。

 

「これは楠木さんも苦労しそうだね」

 

 事件を事故に隠蔽するDAであっても、この事件だけはそう簡単に隠すことはできない。だが逃げた真島やその仲間も、ヘリコプターで逃げている以上すぐに捕まるだろう。辺りにパトカーや救急車、他のリコリスも来ているのが見えた。

 

「私たちもはやくここから逃げないと」

 

 訥々と呟き、千束はたきなを見上げた。

 

「たきなー! 頑張って降りてきてー!」

「階段も何もない場所から、どうやって降りればいいんですか!?」

 

 たきなの叫びが、崩壊寸前のビルに響き渡った。

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

「いやー、それにしても大変な事件だったね」

「もう散々な目に会いました」

 

 疲れ切った様子で肩を落とすたきな。千束は笑いながら彼女に視線を向けた。

 制服だけでなく身体中も傷だらけ。生きているのが不思議なくらいだったが、それもスパイダーマンのおかげと言える。護衛対象はミズキが確保して、真島を捕まえることはできなかったが、ヘリコプターを逃がすほどDAも無能ではない。

 

「せっかくスパイダーマンに会えたのに、結局あの人の正体も分からなかったし……」

 

 マスクの下にある素顔が気になって仕方がない。隙あらばマスクを取ってやろうとも考えていたが、それどころではない事態が起こり、結局正体を暴くことはできなかった。

 正体を知ることができず、千束は「あーあ!」と不満の声を漏らすと、無線機からクルミの声が響いた。

 

『いや、そうとも言えないぞ』

「え、どういうこと?」

『千束たちが目を離した瞬間に消えたスパイダーマンを、今は僕のドローンが追いかけてる』

 

 当然の如く言ったクルミに、千束とたきなは驚きのあまりに思わず「え!?」と声を上げた。

 

「ナイスっ! 今スパイダーマンはどこにいるの?」

『位置情報を送った。急げ、今スパイダーマンはその場所から動いてないぞ』

「よっしゃ! ほらはやく行くよたきな!」

 

 駆け出した千束に遅れてたきなも「はい!」と、返事をしてから疲労困憊の身体で無理やり駆け出した。




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Home coming

言うのが遅れましたが、この作品は息抜きで書いているものなので、クオリティの高いものは体力的に厳しく、できる限りの努力はしますがかなり出来の悪いものになってしまうので、その辺りはご了承下さい。
5000字程度書けたら投稿していくつもりです。


 

 

 

 今日は本当に大変な一日だった。

 

 

 

 この世界に来てから前の世界と同じように、犯罪者たちを退治していたが、今日は本当に大変だった。

 最近は散々な目に会うことも多かったが、収穫もある。この世界でかなり有力な情報──それは銃を持った少女たちの存在。

 この世界の情報を集める為にも、スパイダーマンとして活動を繰り返している内に、今日出会った二人と似た制服を纏った少女たちに狙われることもあった。

 あの少女たちの正体がまるで分からなかったが、今日ロケットランチャーを撃ってきた男が彼女たちに向けて〝アランリコリス〟と言っていた。

 

「流石にあれが名前ってことはないでしょ」

 

 人目のつかない路地裏で傷だらけとなったインテグレーテッド・スーツを脱ぎ、隠しておいたバックパックを探す。そして中から服を取り出した。

 

「あー……結構ヤバイなぁ……」

 

 この世界に来た時、一番新しかったクラシック・スーツがダメになり、アイアン・スーツはナノテクノロジーと電力不足で使い物にならない。念の為に直しておいたインテグレーテッド・スーツで代用していたが、今回でそれもダメになった。

 最悪スーツはなんとでもなる。インテグレーテッド・スーツもアイアン・アームがダメなだけ、クラシック・スーツも直せば何とかなる。だがウェブ液だけは、作る為の材料が無ければどうにもならない。

 スパイダーマン業のお礼でやりくりしてきていたが、これではまともに犯罪者と戦うことができない。

 

「どっかにラボとかあればいいんだけど」

 

 だが、そんなものとっくに探して見つからず、結局はウェブ切れにスーツも破損。どうしようもない。

 ファブリケーターさえあれば、スーツの修理もウェブを作ることも容易いのだが、そんな希望的観測を抱いても意味はない。より一層虚しくなるだけだった。

 

「はぁ……」

 

 溜め息しか漏れない。肩をがっくりと落として、スパイダーマンはスーツの胸辺りを押し込む。すると空気の抜けた風船のように、スーツは一瞬で脱げた。

 マスクを引っ張れば、スパイダーマンのその素顔が露わになる。幼い顔立ちを残してはいるものの、大人びても見える青年の顔。一つ言えるのは、彼の顔立ちは日本人ではなく外国人そのものだった。

 親愛なる隣人(スパイダーマン)のスーツを脱ぎ捨て、ピーター・パーカーは取り出したズボンを履こうとし──、

 

「あ」

 

 ────声が聞こえた。

 ズボンに手を掛けたまま、ゆっくりと声の聞こえた方へ顔を向ける。路地裏の先──陽の光が差し込んで、二人の形が逆光で影になって姿がよく見えない。二人がその手に銃を握り締めながら歩み寄り、その姿がはっきりと見えた。

 

「あ」

 

 その姿を視認して、ピーターは一言──否、一文字だけ唇から漏らした。

 さっき共に戦った二人の女子高生。なぜここが分かったのか疑問を思うよりも前に、沈黙が勝った。

 時が止まったように、固まった空間が辺りに席巻する。沈黙が流れていき、外からの喧騒によって時が止まっていないことを脳に教えていた。

 やがて、数秒か数分の時が流れていき、赤色の制服を纏った白髪の少女が、彼の発露している事実に問い掛けるように口を開いた。

 

「……スパイダー、マン……?」

「あー、いや、僕は、違うよ? スパイダーマンなら、さっきあっちに飛んで行ったけど……」

 

 苦し紛れの言い訳──ピーターは足下に脱ぎ捨てられたスーツを足で隠そうとするが、二人の視線が下に向き、逃れられないことを悟った。

 更に沈黙が揺らめいて、彼は慌てて足下のスーツに手を伸ばす。

 

「──たきなっ!」

 

 瞬間、名前を呼ばれたたきなが、すかさずピーターの手を抑えてスーツを取り上げた。

 ピーターが困惑を見せているが、たきなはスーツを手に持って千束の前で広げる。紅を基調とした金のラインが特徴的な傷だらけのスーツ。それは朗らかにさっき見たスパイダーマンの格好(スーツ)そのものだった。

 

「えっと……それは、コスプレだよ。友達の仮想パーティーに行くんだけど……」

「へえ、コスプレ……」

「もう逃げられないの分かってますよね」

 

 二人は拳銃を仕舞って、腕を組んだ。

 ピーターを見つめる瞳は細められ、二人の視線が鋭く射抜く。訝しむ様子の二人に対して、ピーターはただただ口ごもるのみで、いつもは言える軽口も喉の奥に踏み止まっていた。

 

「取り敢えず、服を着てもらって」

「あ、うん……」

 

 二人はピーターから視線を外し、彼は慌てて服を着る。ズボンを履き、Ꭲシャツを着てから「はい、着たよ」と両手を広げた。

 

「色々と聞きたいことはあるけど、まずあなたの名前は?」

「ピーター・パーカー……」

 

 千束に問い掛けられて、ピーターは渋々自分の名前を答えた。

 ピーターの名前と容姿にたきなが疑問を浮かべ、訝しみの色を変えず率直に問い掛けた。

 

「日本語がかなり上手なんですね?」

「あー、それは多分、この世界に来た影響なんだと思うよ……?」

 

 あまり確信を得ず、要領の得ない発言に、千束とたきなは顔を見合わせて首を傾げた。

 

「さっきから言っている〝この世界〟とはどういう意味なのですか?」

「あー、それは少し説明が難しいんだけど……」

 

 困ったように頭を掻き、どうやら落ち着かない様子のピーターは、二人に聞こえない声で「なんていえば……」と漏らして、自身に起きている事を話すべきか否かを悩んでいた。

 

「千束、たきな、取り敢えず来て貰ったらどうだ?」

 

 突然と声が聞こえ、振り返った先に大柄な体躯を持った和服姿の男──ミカが立っていた。

 驚きと困惑のあまりにその名前を呼んだ千束に対し、ミカはピーターの姿を一瞥。冷静な声色で三人に向けて言った。

 

「ここじゃいつDAに見つかるか分からない。だから取り敢えずは店に来てもらってから話した方が、彼の身の為にもなるだろう」

 

 そう言って、ミカは自身の背後を指差す。そこには真紅の自動車なら顔を出したミズキが乗っていた。

 千束とたきなは互いに目線を合わせ、やがてはピーターへと移した。

 

 

 

「え、なに?」

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 じゃあ、もう一度だけ説明するよ。

 僕の名前はピーター・パーカー。

 放射性のクモに噛まれてから、あの世界で数年間、たった一人のスパイダーマン。

 

 あとは知ってるよね?

 

 街を救って、アイアンマンに呼ばれてキャプテン・アメリカ達と戦った──まあ、負けたけど。

 恋に落ちて、またまた街を救って、アベンジャーズの仲間入り。そして宇宙最凶の宇宙人と戦って、五年の間も消されて、戻って来れたと思ったら最も尊敬していた親のような存在を失った。

 そしてイリュージョン技術を使う悪者(ヴィラン)と戦い、世界中に正体をバラされて、魔法に頼ったら色んな世界から悪者(ヴィラン)達が襲って来て、メイおばさんを亡くした。

 最高の仲間たちと一緒に悪者(ヴィラン)たちを救ったけど、最後には次元が崩壊しかけ、世界中からピーター・パーカーの記憶を消さなきゃいけなくなった。

 

 愛している彼女や、最高の親友の記憶からも。

 

 そして一人になって、不思議なことが起こった。

 本当に奇妙な出来事──突然として、空間そのものに穴が空き、僕はその中に吸い込まれてしまった。

 それで一ヶ月前、この東京に来た。

 正確には、この東京の地下に。

 

 スパイダーマン──それは親愛なる隣人。

 超人的な身体能力に加えて、クモ由来の能力を得た人間の一人。

 

「つまり、君はクモに噛まれた事で、その超人的な能力を得たということか?」

「うん、まあ、簡単にいえばそう」

 

 客のいない喫茶リコリコで、自己紹介とピーターは自身の能力について語り、ミカは顎に手を当てて唸る。他の面々もまるで理解できていない様子だった。

 

「それじゃあ、なぜこの東京に?」

 

 たきなが当然の疑問を投げた。

 スパイダーマンは基本的にニューヨークを主な活動拠点として、親愛なる隣人の名で知られている。だがしかし、それはスパイダーマンの世界での話であって、この世界にスパイダーマンは存在していない。

 そしてニューヨークで活動していたにも関わらず、なぜピーターが東京に来たのかは不明だった。

 ピーターは「さっき話した通りだよ」と、小さく呟いて両腕を組んだ。

 

「ずっと言っていましたが、あなたの言っていた別の世界とは、それと関係があるのですか?」

「そう……多次元宇宙(マルチバース)って知ってる?」

「ま、まるちばーす? なにそれスイーツ?」

 

 突如としてピーターの口から出てきた単語に誰もが眉を寄せ、千束はたきなやミカに視線を送った。

 殆どが理解していない中、畳に寝転がっていた矮躯で華奢な少女──クルミが、その言葉を聞いてタブレットからピーターに視線を移した。

 

「多元宇宙論のことか?」

「そう、それのこと」

 

 クルミ以外はまるで理解していない様子で、溜め息をついた彼女が、渋々口を開いて説明を施す。

 

「多元宇宙論は、簡単に言うなら複数の宇宙を仮定とした理論のことだ。僕たちの宇宙だけでなく、それに似た宇宙が無限に存在する。それが多元宇宙論──ピーターの言っていたマルチバースだ」

「ちょっと待って、話が飛躍し過ぎじゃない? 宇宙が一つじゃなくて何個もあるってことでしょ? それがどうピーターの来た所に繋がるわけ?」

 

 あまりに飛躍した説明に、ミズキが訳わからんとクルミに問い掛ける。そこでクルミも気付いた様子で、驚きの表情を浮かべながら「まさか」と声を漏らして、ピーターに視線を向けた。

 

「僕は、この宇宙とは別の宇宙から来たんだ」

 

 誰もが口を開けて固まった。

 それもそのはず、多元宇宙論はあくまで理論の一つ。実際に存在するとは考えられない可能性の話であって、それを事実だと断言することはできない。

 多元宇宙、マルチユニバース、パラレルワールド、どれも人が勝手に生み出した想像の産物。普通の人からすれば、他の宇宙から来たなど聞いても笑って済まされるものだ。

 

「それを証明するのは難しいけど、ホントの事を言うと僕は日本語なんて勉強したことないんだ。この世界、この東京に来たら自然と話せていたんだよ」

「あー、もう訳が分からん」

 

 とうとうミカが情報過多によって頭を抑えた。

 実際、ピーターは日本語を知らない。他言語を学校で習っている程度ならば話せるが、日本語は習っていない。だがこの世界に来てから、自分はいつも通りに言葉を話しているつもり──それでいて何故か日本語を理解でき、自分も話せていた。

 考え難い話ではあるが、恐らく別の世界に来た影響が現れているのかもしれない。ただ多次元宇宙(マルチバース)なんてものが存在している以上、有り得ない話ではない。

 思考を巡らせて、なんとか話についていけていた千束が顎に手を置いた。

 

「で、でもでも別の世界から来たっていうのが本当なら、どうやってこの世界に来たの?」

「それは、色々理由は考えられるけど、多分一番関係してるのは()()()()()の粒子加速器かな……」

 

 次から次へと──最早癇癪すら起こしそうになっていたたきなは頭を抑えた。

 多次元宇宙(マルチバース)親愛なる隣人(スパイダーマン)、キングピンに粒子加速器。次から次へと止まることなく語られる用語の数々。最早常人の思考回路では、全てを一瞬で理解することは難しい。

 

「じゃあ元凶はそのキングピンですか?」

「そうかも」

 

 たきなの解釈に頷くと、カウンターの奥で頭を抑えていたミカが深く溜め息を吐いた。

 

「もう私には理解できん。また後で聞かせてくれ」

「そうね。私ももうムリ」

 

 ミカに続き、ミズキもギブアップ──手を上げた。

 客のいない喫茶リコリコで沈黙が流れる。ピーターとクルミ以外は、溢れる情報の多さに脳内がパンク寸前。千束とたきなもピーターの話を真面目に聞いていたが、やがては脳が猛烈に糖分を欲していた。

 ミカに向けて「団子貰ってもいい?」と一言。既に彼は団子を作り始めていた。

 

「ねえ、ピーターはどこに泊まってるの?」

「あー、えっと、泊まってる所はないよ。この世界に家はないし、スパイダーマンとしての活動をしながら転々としてるかな……」

「え!! そうなの!?」

 

 驚きのあまりに声を大にした千束は、慌ててミカの方へと視線を向けた。

 ピーターがこの世界に来て約一ヶ月。当然ながら別の世界に自分の家がある訳ではない。元の世界では存在が消されて、引っ越したばかりだったのに、また帰る家を失ってしまった。

 運が悪いとしかいいようがない。この約一ヶ月、人助けの礼として様々なことをしてもらったが、流石にずっとそれを続けていく訳にもいかない。それどころか、今はスーツも破損してウェブ切れ。詰み。

 

「ねー先生! ピーターが帰れるまでリコリコに泊めてあげれば?」

 

 流石に可哀想だと感じた千束が、身を乗り出してミカに言う。それを聞いたピーターは「マジ?」と呟きながら、目を輝かせるように羨望の眼差しでミカを見つめていた。

 それに対して、彼は「うーん」と唸り、団子を千束に出しながら口を開いた。

 

「千束とたきなの命も助けてもらったからな。そんな恩人に野宿をしろとは言えないさ」

「ウソ!? 本当にいいの!?」

「ああ、今はクルミもいるからな。一人増えた所で変わりはない。ただし、色々手伝ってはもらう」

「もちろん!!」

 

 ようやく帰れる場所を見つけたピーターは、ガッツポーズをする勢いで喜び、千束もまたピーターの手を取って喜んだ。

 喫茶リコリコに、仲間がまた一人増えた──それも別の世界から来たヒーローの如き人物。そしてそのヒーローも、ようやく幾つかの問題を解決できる兆しが見えた。




もう誰スパイダーマンなのかはっきりとしたと思います。
MCUスパイダーマンのトムホスパイディが、この作品に登場しています。

感想評価があればお願いいたします。


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Can you please give some more power to me

千束とたきなのやり取り凄い好きなので、次回から頑張っていれます。
千束の胸が光ってたけど、あれはアークリアクター……?


 

 

 

 

「ピーター、お前なにしてんだ?」

 

 

 

 畳の上に胡座をかいていたピーターを見下ろして、クルミがぼんやりと問い掛けた。

 彼の前には彼が着ていたスパイダーマンのスーツが広げられている。ピーターは口にライトを加え、手元を照らしながらなにやら細かい作業をしていた。

 

「んー、スーツのアイアン・アームを形成するナノデバイスが損傷して上手く動かせなくなってるから、データにアクセスして一からプログラムを書き換えないといけないんだ」

「ほー、ナノテクノロジーか……」

 

 クルミは興味ありげにピーターのスーツを眺め、部屋の隅で充電されているカプセルに視線を移す。その中にはバッテリー切れで動かないアイアン・スパイダーが保存されていた。

 

「僕たちの世界にはないテクノロジー……中々面白そうだな……」

「うーん、僕の世界には神様とかなんでも願いが叶う石とかあったから」

「そんなファンタジーな世界だったのか?」

 

 ファンタジーな世界かと言われたらそうかもしれない。神はいるし、魔法使いもいるし、宇宙人やら、なにやら色々といた世界──いま考えれば、普通じゃありえないことが多過ぎた。

 ピーターも例外ではないが──壁を走る人間がいる時点でなにもかもがおかしい。

 

「まあ、そうかも」

 

 そう言って、ピーターは「よし」と呟く。

 ナノテクノロジーは作らなければならないが、システムの書き換えと最低限のスーツの補修は完了。アイアン・アームはもう使えない。だがそれは良いとして、ウェブだけはなんとかしなければならない。

 インテグレーテッド・スーツとアイアン・スパイダーは、スーツとしての機能は直せたが、これ以上の無理をさせると直すことすら難しいほどに壊れるかもしれない。

 

「取り敢えずスーツはこれでいいか……」

 

 赤と青を基調としたクラシック・スーツ。自分の手で作った一番新しいスーツ──と言っても、この一ヶ月間でボロボロになっているが、これはまたミシンで縫い合わせればなんとかなる。

 

「ねえ、クルミ。この前頼んでたものって、もう届いてる?」

「ああ、今朝届いたぞ」

 

 クルミは店の奥からダンボールの箱を抱えて来る。矮躯なクルミにそのダンボールは少し大きく、ピーターは慌てて駆け寄り、彼女の手からダンボールを受け取った。

 直ぐにダンボールを開けていき、中から複数の瓶を取り出す。クルミにはそれが何なのかよく分からなかったが、なにやら材料のように見えた。

 

「それはなんだ?」

「クモ糸液の材料だよ。これを分析してウェブ・シューターのカートリッジに入れるんだ」

「……ピーター、さてはお前──」

 

 改まって、クルミはピーターを見つめる。彼は目を開き、困惑した様子で彼女の口から出る言葉を待った。やがてクルミが、ピーターの肩を叩いて──、

 

 

 

「──IQ高いな?」

「…………え?」

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 ピーターが現れた場所は、廃墟となったビルの地下。そこには、キングピンと呼ばれるギャングの小さな施設が存在していた。

 なにを企んでいるのかは不明だったが、そこには別の次元同士を短時間の間だけ繋げることのできる粒子加速器が設置されていた。

 ピーターはそれの影響で来た可能性が高いと推測していたが、ピーターが現れた際の粒子加速器は小型のもので、捕まえた敵から得た情報では、粒子加速器は幾つもあり、それらのオリジナルとなる大型の粒子加速器が何処かに存在するとのことだった。

 

「じゃあピーターが元の世界に帰る為には、その粒子加速器が無いとダメってこと?」

「多分そう」

 

 説明を聞いていた千束の解釈に、ピーターは何度か短く頷いた。

 粒子加速器は分子や原子を光速レベルで衝突させ、その衝撃による爆発を利用して別の次元への扉を開くことができる──言葉で説明するなら簡単だが、それを現実にするのはほぼ不可能。

 

「でもさ、わざわざ探さなくても、クルミとピーターでその加速器を作ればなんとかならないの?」

 

 千束が出した提案に、ミズキが立ち上がって「そうじゃん!」と肯定。だがクルミは、呆れたような溜め息を漏らしてミズキに「バカか?」と一言罵った。

 

「そんな簡単な話じゃない。それに粒子加速器はどんな影響を及ぼすか分からない。もしピーターの言っている事が本当なら、大型の粒子加速器なんて使えば、東京の地下にブラックホールすら生まれかねない」

「ブラックホールっ!?」

 

 クルミが施した説明に、千束だけでなくそこにいた全員が驚愕してあんぐりと口を開けていた。

 小型の加速器でさえも別の次元を繋げられるのなら、大型の粒子加速器は規模も大きくなり、なにが起きるか想像もつかない。

 

「そのデカイ加速器を使わせる前に止めないと!」

「そうなんだけど、どこにあるのか分からないんだ……この一ヶ月で色々と探して見たけど見つからなかった。小型の加速器を使って帰ろうともしたけど、どれも失敗して壊れた」

 

 大型の粒子加速器もどこにあるのか分からず、そのキングピンと呼ばれる人間の正体も不明。分かっているのは、表向きは品行方正な実業家ということだけ。

 名前もなにもかもが分かっていない。

 

「だけど、そんだけ大きな加速器があるのをDAが見過ごすはずないっしょ」

「だとしたら、完成していないのか、それともどこかDAですらも見つけられない場所かもしれませんね」

 

 全員が唸った。

 腕を組み、最早考えが行き詰まっているのが丸わかりの状況。キングピンがなぜ粒子加速器を用いて次元を繋げようとしているのかも不明。キングピンの正体も不明、更にはオリジナルとなる大型の粒子加速器の行方も分からない。

 東京全体の治安を維持するDAでさえもその行方が分かっていないなら、喫茶リコリコの面子も知る由もない。クルミがDAのデータサーバーをハッキングすることで色々と探っているが、まだ一歩先にも進めていなかった。

 

「まずは情報を集めなければどうにもならない。キングピンの手下は、これからも小型の加速器を使うだろう。その現場をDAよりも先に抑えるしかない」

 

 ミカの発言にも、周りはそれしかないと頷く。

 DAが手下を捕えた場合、対象は抹殺される可能性が高い。流石に粒子加速器のことを知らないはずはないが、それでもミカに情報が行ってないのなら、まだ見つけられていないのが現状だろう。

 

「そうだねー……」

 

 ポツリと呟いて、千束は視線をテレビから天井に向ける。そして「ところでさ」と改まっては両目を細め、普段は絶対に見ることのできない違和感に気が付いた。

 

「ピーターはさっきから何してるの?」

「え?」

 

 あまりの違和感に全員が見て見ぬフリをしていたが、遂に千束がその流れを断ち切った。

 天井にある違和感──それは呼び掛けた相手のピーターが齎している。いったいどうやって登ったのか分からないが、喫茶リコリコの二階よりも上にある天井で、ピーターは上下逆さまになりながら()()()()()

 人が床に立つように、ピーターは天井で平然と立っている。それが明らかに普通ではありえない。地球の中心──下方へと流れる重力に逆らって、ピーターは天井に平然と立っている。なにをしているのか誰も分からなかった。

 千束に指摘されて、ピーターは平然と天井から降り立ち、首を傾げた。

 

「いや、特になにもしてないよ」

「特になにもしてない人は天井に立ちません」

 

 まさにその通り。普通、人はなにもしていないのに天井に立ったりなどしない。

 ピーターはたきなの正論に肩を竦めて、天井の四隅を指差した。

 

「クモの巣を払ってたんだよ。ミズキに『天井にくっつけるなら、私たちじゃ届かないクモの巣を払え』って」

 

 そして、千束とたきなの視線がミズキに向けられ、彼女は頬杖をついたまま視線を逸した。

 

「ちょっとミズキー……スーパーヒーローにそんな雑用させないでよ」

 

 呆れたような言い草で、千束はミズキを見つめる。だが彼女はだってと言って──、

 

「私たちじゃ届かないとこに、折角届くんだよ!? そりゃあ頼むでしょ!」

 

 ────開き直った。

 スパイダーマンには複数の能力がある。

 主な能力としては、あらゆる物体にくっつくこと。重力に逆らって壁や天井に張り付くのは朝飯前。ミズキはその能力を利用して、自分たちの手の届かない喫茶リコリコの掃除をピーターにやらせていた。

 経費節約とはいうものの──単にせこいだけ。

 

「いいよいいよ。僕は料理とかそんなにできる訳じゃないし、掃除は得意だから」

 

 いつも悪者を掃除してるし──と軽口を呟く。

 平気な態度を見せるピーターに対して、千束は軽蔑の眼差しをミズキに向け、ミズキはミズキで言い訳を繰り返していた。

 そんな中、カウンターに現れたミカが「君たち」と声を大にして、二人のやり取りを遮り、全員の視線がミカへと向けられた。

 

「仕事だ」

 

 ミカの言葉により、全員の目の色が変わる。千束とたきなは自身の持っている拳銃を手に取り、弾数などを確認。時が流れて行く中で、ミカはタブレットを眺めながら今回の仕事内容を説明し始めた。

 今回の仕事内容は、対象のテロリスト集団の沈黙。

 廃墟となったビルにて、科学兵器の取引が行われるとのこと。どうやらスパイダーマンや真島の事もある所為で、DAもかなり手が回らない状況らしく、喫茶リコリコにDAから直々に申し出があった。

 この一ヶ月の間、スパイダーマンの登場と同時にテロリスト等の活動が活発になっているらしい。

 

「僕も行くよ」

「ああ、だがピーターには違う場所から行って貰った方がいいだろう」

 

 ミカが告げた言葉に首を傾げたが、やがては彼の思考を理解して「あー」と納得した。

 もしも千束やたきなと共に行動していたなら、DAはスパイダーマンと喫茶リコリコの関係を訝しみ、探りに来る可能性が高い。そうなれば、ピーターがどうなるか分からない。

 今はリコリスだけでなく、DAの存在をも知っている故に、抹殺される可能性だってある。これからのピーターの身を考えるなら、『スパイダーマンは事件性を聞いて駆け付けた(てい)』でいる方が、DAに勘付かれる時間稼ぎにもなるだろう。

 

「そういえば、あのクモ糸はもう大丈夫なの?」

 

 千束の問い掛けに、ピーターは腕に装着されたウェブ・シューターの掌のスイッチを押し込む。瞬間、手首から白いクモ糸が発射され、畳に置かれていたスーツに伸びて行き、そのままピーターの手元へと引き寄せた。

 

「準備は万端」

「やっぱり凄いっ! 超かっこいいじゃん! 今度は私にもそのシュッてやつ教えて!」

「いいよ。この仕事が終わったら教えるよ」

 

 ガッツポーズを決めて「よっしゃあ!」と喜びを見せた千束は、たきなの手を無理やり引いて駆け出す。たきなの困惑を他所に「はやく仕事終わらせるよ!」と喫茶リコリコを出て行った。

 

「ほんと千束ってテンション高いわね」

「ミズキも酒癖が悪いから変わんな──」

「──リスは黙っとれ!」

 

 ミズキに黙らされるクルミ。ミカは二人の様子を一瞥してから、もう既にバックパックを背負っていたピーターへと視線を向けた。

 

「どこでDAの目があるか分からない。君も充分気を付けるんだ」

「そうだね……って言っても、はやく元の世界に変える方法を見つけないと……」

 

 声色が低くなり、ピーターは自身の腕へと視線を落とす。掌から手の甲へ回し、手を握ったり開いたりしていくと、腕から身体に流れて激痛が駆け巡った。

 ピーターは苦痛の声を漏らしながら蹲り、慌ててミカが彼に心配の声を掛けた。

 

「──大丈夫か!?」

「うぅ……大丈夫大丈夫。身体中の原子が暴れる経験なんて、いままで初めてだよ……」

「無茶だけはしないようにするんだ。君の身体はどうなるか分からない。危なくなったら逃げるんだ」

 

 ありがとう、と一言言って、ピーターは喫茶リコリコから出て行く。その様子を見つめていたミカの瞳は、心配の色が強く、僅かに溜め息を漏らしていた。

 

 

 

 

 

 ────スパイダーマン。

 ピーター・パーカーの身体は、他の次元に来たことで崩壊し始めていた。

 完全なる崩壊まで残り──日。




感想評価があればお願いいたします。

▽ピーター・パーカー(スパイダーマン)

▽放射性のクモに噛まれたことで、クモ由来の能力を多数持っている。その能力と天才的な知能を使い、ニューヨークの親愛なる隣人として平和を守っている。
アイアンマン──トニー・スタークを師、父のように尊敬しており、唯一の家族である叔母のメイと暮らしていたが、戦いの末にその二人を失ってしまった。
更には、全人類からピーター・パーカーの記憶を消さなければならず、愛していた彼女のᎷᒍや親友のネッドからも忘れられてしまう。
二人からピーター・パーカー関係の記憶を呼び起こそうとしたが、もしそうすればまた危険な目に会うかもしれないと、一人で生きて行くことを決意した。


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Is it an enemy or an ally

遅れてすいません。
他のものを書いていて一段落したため投稿を再開致しました。
展開は速く、出来も悪いのでそれでもいい方はこれからもよろしくお願いいたします。


 

 

 

 

 今回の依頼は単純明快。

 廃墟ビルにて武器の取引が行われる。それを阻止して、敵を殲滅。武器を回収するだけ。

 最強のリコリスと謳われる千束と、卓越した射撃能力を持つたきなにとっては簡単な依頼ともいえる。それに加えて、今はスパイダーマンもいるのだから、依頼が失敗する未来など誰も考えていなかった。

 声色の変わらないクルミの声が聞こえる。

 

『今回の敵は五人だ。二人には簡単な依頼かもな。ピーターはいらないんじゃないか?』

『ちょっとそれ酷くない!?』

 

 少しの機械らしさと、雑音が混じった二人のやり取りが耳に響く。その二人が施したやり取りに、千束は笑いを溢し、彼女に比べてたきなは呆れた表情を浮かべていた。

 

「二人共集中してください。その油断が命取りになるかもしれませんよ」

 

 クルミのやる気のない「分かった」と、ピーターの反省の色を滲ませた声色が重なる。生死がかかる仕事ではあるが、いつまでも気を張っていては心身共に保たない。ピーターの軽口やクルミの戯言は、今までの気を紛らわせるには良いのかもしれない。だがしかし、仕事は真剣にこなす必要はある。

 

「ねえねえピーター」

 

 空を見上げながら、千束がピーターを呼ぶと、彼の応答がインカムから聞こえ、ふと思った疑問を呟いた。

 

多次元宇宙(マルチバース)って似たような宇宙が何個もあるんでしょ?」

『そうだよ。僕の宇宙が他の宇宙と繋がった時は、他にスパイダーマンが二人いたよ』

 

 名前こそ似ていたが、姿や生い立ち、これまでの戦いなどはそれぞれ異なったスパイダーマン──ピーター・パーカー。

 一人は大人びているピーター。

 一人はアメイジングなピーター。

 色々な部分が違ってはいたが、根本的な大部分はまったく同じのピーター・パーカーだった。

 あくまでもあの時に重なってしまったのは三つの宇宙で、皆の記憶を消さなければ、無数の宇宙から敵が襲来する可能性があった。もしかすれば、その無数の宇宙にも他のスパイダーマンいる可能性は高い。

 

「それじゃあさ! 私やたきなも他の宇宙にいるかもしれないってことだよね!?」

 

 可能性としてはあり得る。多次元宇宙(マルチバース)とは、文字通り無限に存在している。人間が考えられる範疇を凌駕しているものが多次元宇宙であり、考え得る可能性の全てが存在していると考えてもいいのかもしれない。

 

「ピーターの世界には錦木千束っていなかった?」

『うーん……僕は日本に行ったことがなかったから、ちょっと分からないかな』

 

 その言葉に、千束は答えを分かっていながらもがっくりと肩を落とす。そんな彼女の姿が想像できたピーターは『でも』と言葉を繋いで、一人の女性の姿を思い浮かべた。

 

『僕の世界……というか、アベンジャーズにロシアの女スパイはいたよ』

「──女スパイ!!」

 

 ピーターが発した単語に反応して、千束は大声を響かせる。突然発せられた大声にたきなが驚き、誰にも聞こえないような小さい声で訥々と「うるさい……」と呟いた。

 

『直接話したことはないけど、凄く強い人だったよ』

 

 初めて出会ったのは、アイアンマンに誘われて空港にいった時。あの日はトニー・スタークに誘われた嬉しさで胸が一杯になり、周りのことについていくので必死だった。

 今考えてみると、あそこにいた面子は豪華なんて言葉では足りないほどに豪華だった。

 

「千束、ピーター、もう現場はすぐそこですから、雑談はそこまでにしてください」

 

 たきなに指摘されて、二人はやる気のないような「はーい」と返事が重なる。そしてクルミのドローンからの情報を得ては、廃墟のビルへと三人は足を運んだ。

 敵の数は五人、武装はライフルだが問題はない。スパイダーマンがビルの上階に降り立ち、敵にバレることなく天井や壁を這って目視で確認していた。

 

『誰かの誕生日パーティーでもやるのかな?』

 

 ピーターの軽口がインカムから聞こえ、武装した敵の部屋の前まで来ていた千束とたきなが弾倉を確認。そして「それじゃあ派手にお祝いしてあげないとね」と言った千束の言葉が、戦闘開始の合図となり、扉を蹴破ると同時にスパイダーマンが飛んだ。

 

 千束とたきなの同時発砲。一瞬の閃光と共に耳を聾する発砲音が、空白に描かれた廃墟ビルの空間に響き渡る。音が聞こえたと同時に、複数の弾が相手に撃つ暇も与えず二人を撃ち抜いた。

 千束の非殺傷弾は相手の腹部に命中。たきなは正確無比な命中精度で肩を撃ち抜いた。

 

 残った三人が千束たちに気が付いて慌てて銃口を向ける。舌打ちが鳴り響いて、引き金が引かれる瞬間──天井から飛び掛かったスパイダーマンが一人に拳を振るい、更にはウェブの塊がもう一人へと放たれた。

 射出されたウェブは通常のウェブよりも強力な衝撃を与え、敵を紙のように吹き飛ばし、更には壁に激突した瞬間──動きを封じられ、壁に貼り付けられた。

 

 そして、残り一人。

 瞬間的に四人を倒したピーターたちにとっては、目を瞑っても倒せる相手。銃弾を避けられる最強のリコリスと謳われる千束、正確無比な射撃を誇るたきな、更には超人的な身体能力を持ったスパイダーマン。

 そんな三人を相手にして、並の人間が戦えるはずがない。男も一瞬にして仲間が倒されたことに恐怖を覚え、慌てて背中を向けて駆け出した。

 

「ねえ、鬼ごっこするつもり? それなら僕たちよりも君の方が向いてるんじゃない?」

 

 スパイダーマンが軽口を叩いた直後──男は積み重なったダンボールの中から一つの武器を取り出した。それは今まで見てきた小銃(アサルトライフル)や拳銃といった武器ではない。小銃のように両手では持っているが、形状は銃のそれではない。

 

「なにあれ! なんかハイテク武器でてきたけど!!」

 

 千束が驚愕で声を荒げ、スパイダーマンとたきなも並んでその目を見開く。向けられた大口径の内側からプラズマに似た青い光が瞬き、慌ててスパイダーマンが跳躍した。

 

「──まずいっ!!」

 

 男が引き金を引く──瞬間、スパイダーマンのスパイダーセンス(ピータームズムズ)が反応した。それはスパイダーマンが持つ未来予知に近い第六感の能力。本来は危険を回避するための能力だが、ピーターは敢えて危険に飛び込みに行った。

 銃口から雷鳴の如き大音響が響く。撃ち出されたプラズマのような輝きが超高速で迫り、その先には千束とたきなが立ち尽くしていた──だが、命中する直前でスパイダーマンが二人の手を引いて転がり込んだ。

 

「二人とも大丈夫!?」

 

 地面に投げ出されるように転がった千束とたきなを、スパイダーマンが心配する。二人は痛みを堪えながら即座に銃を構えて頷いた。

 

「なにあの武器! プラズマ弾みたいなの出てきたけど、たきな見た!?」

「騒ぎ過ぎです。信じ難いですが、この目でしっかりと見ました」

 

 プラズマ弾が撃ち抜いた場所に目を向けると、そこはコンパスで切り取ったようにぽっかりと穴が空いている。もしも命中していたと思うと、背筋が凍った。

 

「キングピンの手下が持ってた小型の加速器だ」

「あれがそうなんですか? 明らかに武器のように見えますが……」

「あれの他に転化装置が設置されているんだ。あのプラズマ弾をその装置に撃って粒子へと転化させる。そうすることで別次元の扉を一瞬だけ開くんだ」

 

 男がもう一度プラズマ弾のエネルギーを充填。銃口を千束たちに向けたが、撃たれるよりも先にたきなが男の腕を撃ち抜き、スパイダーマンがウェブを伸ばして銃を取り上げ、男の脳天に叩き付けた。

 その一撃で男は気絶して倒れる。そして全員を沈黙させた千束たちは、実弾で撃ち抜いた相手の手当てを施しながら、スパイダーマンがウェブで動きを封じ込んで、最後の男が持っていた特殊な武器を千束が手に取った。

 

「こんな危ない武器が幾つもあるんだねー」

「そうですね。DAに報告しますか?」

「うーん……」

 

 報告をするのが正解なのかもしれないが、その場合どうなるか想像もつかない。これだけ危険な武器が幾つもあり、更には大規模な加速器まで存在しているのが分かれば、DAは本気で探そうとする。そうなれば、ピーターの活動が難しくなる可能性があった。

 構造は眺めてもよく分からなかったが、なんとなく叩いていたりすると辺りを散策してきたピーターが帰って来た。

 

「取り敢えず周りを探して見たけど、加速器はどこにもなかったね。あとから持ってくるのかもしれない」

「ピーターが加速器を見つけたのって、ここの他に何ヶ所あったの?」

「四ヶ所かな……あれ、ちょっと待って……」

 

 突然ピーターが顎に手を置いて顔を顰めた。

 千束がピーターの名を呼んでも、彼は何かを訥々と呟く。時折としてスーツの中に存在しているAIに向けて問い掛けていた。

 

「この場所と、今までで加速器を見つけた場所を線で結んで。そしたらその中心の場所を出して」

「ちょっとピーター、どうしたんですか?」

 

 そういうことか、となにか納得したようなピーターが千束とたきなに向けて問い掛けた。

 

「ねえ、北押上駅の近くになにかシンボルみたいな建物ってある?」

「でしたら『延空木』があります」

「多分だけど、加速器のある場所が分かったかもしれない」

 

 え、と二人が同時に困惑の声を漏らした。

 今までピーターが見つけた小型加速器の場所と、今回の廃墟ビル。その全てを一つずつ結んでいくと五角形が生まれる。そしてその中心には、東京で最も高く新しい建造物──延空木がある。それはまさに東京のシンボルといっても過言ではない。ピーターはその仮設を二人や、ミカたちにも伝えた。

 

『だがあまりにも突拍子もない発言じゃないか?』

「あくまでも僕の仮説でしかないけど、大型の加速器を中心に小型の加速器で別次元の扉を開き、最後に大型の加速器で巨大な扉を出現させようとしてるんじゃないかな……」

 

 ミカの問い掛けにピーターが自分の仮設を告げる。確かにピーターの仮設も有り得る可能性はあったが、それ以前に最もな疑問があった。

 

『しかしなんのために?』

「それは、まだ分かんないけど……」

 

 一気に自信を無くして肩を落としたピーター。そんな彼を励ますように千束が「まあでも有り得なくはないから!」と彼の肩を叩く。だが、情報がほとんどない今では、仮設を立てて一つずつ潰して行くほかない。

 頭を悩ませていた者たちの会話を聞いていたクルミが、淡々とした声色で『ハズレでもなさそうだぞ』と切り出した。

 

『ここ一ヶ月で延空木の近くに建ってる高層ビルに、同じようなトラックが何十台と入ってる。しかもトラックに書かれてる会社を調べて見れば、そんな会社実在していない』

「じゃあ絶対そこじゃんっ!!」

 

 クルミの言葉に千束が声を上げた。

 あとはその場所を調べて、本当に加速器があるか確認する必要がある。偵察や侵入はスパイダーマンの十八番といってもいい。誰にもバレずに侵入するのはお手の物だ。

 ようやくピーターの帰れる希望が見出すことができ、千束が手を握り締めた。

 

「良かったじゃんピーター! ようやく帰れるかもしれないよ!」

「そうかも」

「帰れるまでは、私もたきなも手伝うからさ!」

 

 たきながポツリと「私もですか」と呟いていたが、それでも溜め息を吐いてから僅かに笑みを見せる。そんな二人の姿を見つめて、ピーターは千束の手を握り返してから笑った。

 

「本当にありがとう、二人とも」

 

 ピーターが感謝を伝えた瞬間──廃墟の扉がぶち破られて、ピーターは慌ててマスクを被り、全員が一瞬にして戦闘態勢を取った。銃口を向け、スパイダーマンは正面を見据えて、腰を低くして構えた。

 だが、そこから入って来たのは武装した敵ではなく、千束やたきなと同じ制服に身を包んだ少女だった。

 

「──え、()()!?」

「はあ? 千束、なんでお前がここにいるんだよ」

 

 フキと千束に呼ばれた少女は茶色のショートヘアを揺らしながら、その表情に呆れや軽蔑に似た色を滲ませて、鋭く千束を睨んだ。そして隣にいるスパイダーマンへ視線を移してから、隣にいたもう一人の少女が銃を向けた。

 

「先輩! あれスパイダーマンっすよ!」

「待てサクラ」

 

 ツーブロックが特徴的な少女──サクラがスパイダーマンの名を叫んで引き金に指を掛ける。だが、フキが一歩前に踏み出て、千束へ問い掛けた。

 

「なんでお前らとスパイダーマンが一緒にいる?」

「そっちこそ、なんでスパイダーマンに銃を向けてんのさ」

 

 質問には答えず、千束も鋭い視線で返す。明らかにサクラとフキからは殺意を感じられる。それは千束やたきなではなく、スパイダーマンへと向けられていた。

 フキは舌打ちを漏らして、呆れたように溜め息を漏らしてから頭を掻いた。

 

「お前ら聞いてねえのか? スパイダーマンは危険人物と判断され、DAから射殺命令が出てる」

「はあ!? 頭おかしいんじゃないの!?」

 

 声を荒げて、ずっと思っていた言葉で罵るが、フキは銃を取り出してサクラと同様にスパイダーマンへ向ける。その瞳に嘘や偽りは感じられない。フキと相棒として活動していた千束もたきなも、彼女が本気であることは直ぐに感じられた。

 

「スパイダーマンは人を助けてたんだよ!? なんでそれで射殺命令がでんのよ!」

 

 千束の疑問はごもっともだった。

 スパイダーマンは市民を守り、悪人だけを捕らえている。それでDAに射殺命令が下る意味が分からなかった。だが銃口をスパイダーマンに向けたまま二人は答えた。

 

「だからっすよ。スパイダーマンはあまりにも目立ち過ぎてるっす。それにソイツが現れてから東京の犯罪率は増えてるんすよ」

「ああ、それでしかも超人的な身体能力で、千束(おまえ)と同じように銃弾を避ける──そんな奴が敵になる可能性を考え、上からは排除するように命令が来た」

 

 DAにとって危険を排除するよのは自然のこと。スパイダーマンがいま味方でも、敵になる可能性もある。あらゆる可能性を考え、犯罪を未然に防ぐのがDAとリコリスの役目だ。もしもスパイダーマンが敵になれば、甚大な被害が齎される可能性があった。

 

「まさか、まともにリコリスの仕事をしない奴と、命令違反をした奴が関わってるとはな」

「なんだとコラ。ここでやる気か、あぁん?」

 

 不良(ヤンキー)口調になってフキを煽る千束。二人が鋭い視線でメンチを切っていると、フキが先に拳銃を下ろして深く溜め息を吐き捨てた。

 舌打ちを漏らしてから「ああ!」と声を荒げながら頭を掻いた。

 

「今日は見逃してやる。お前らも関わってると上に報告して、新たな命令を仰ぐ」

 

 流石に分が悪いと感じたのか、フキはそれだけを言い残して踵を返した。最強のリコリスと謳われる千束と、高い実力を持つたきな、更には超人的な身体能力を持ったスパイダーマンが相手となれば、フキとサクラでは勝てる見込みが薄い。

 帰って行く二人の背中を見つめて、千束たちはかなりマズイ状況にあるのだとしみじみと感じた。




無理矢理感が否めないですが、もう終盤です。

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