ナリタブライアン、ヤンデレ説 (それも私だ)
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中等部1学年~
誰もが恐れる怪物


第1話の大筋は基本的に、あるヤンシミュ動画(公式)の内容を辿っていきます。
いろんな意味で原型を感じさせないくらい、それっぽくアレンジしたから……ゆるして


(──脆い夢を見た)

 

 現在(いま)よりも幼い頃を思い返すと……その頃にはすでにこの身の内で渦巻いていたんだろう。

 私の中には常に、不満と渇望と空虚感が居座っている。

 

 端的に言って……私は飢えていた。姉貴はそんな私の面倒を見てくれていた。

 姉貴と一緒になって走っていた頃はよかった。

 

 あの人の背を追うだけで、大地を踏みしめる度に、心が満たされていた。

 

 全てが変わったのは、あの日からだろう。

 姉貴が怪我をしたあの日から、全てが変わった。

 

 走れなくなった姉貴は、私と走ってくれる代わりの子を探してくれた。

 私が普通のウマ娘よりも速いことで、みんなの興味を引こうとしてくれていた。

 

 だが、私には他の子のことが分からなかった。

 

 同じ年頃の子に『一緒に走っても面白くない』と言われた。

 レース教室の子にも『あなたには絶対に勝てない』と言われた。

 近所の子には『普通じゃない』とまで言われた。

 

 示し合わせたように、私がいると普通のレース(かけっこ)にならない、と(くち)にした。

 

 他の子が言うには、どうやら私はおかしいウマ娘らしい。

 だが、いくら月日を重ねても自分のどこがおかしいのか理解できなかった。

 

 他の子達はレースで負けそうになると、すぐに泣きそうな顔になる。

 根性を見せない。負けて諦める。私に勝つことをすぐに諦める。

 

 私には他の子達が理解できなかった。

 

 どうしてそこで諦める?

 どうして前に出ようとしない?

 どうしてそんなに後ろにいる?

 どうして上がってこない?

 

 どうしてどうしてどうして──

 

 ──どうして、心を空っぽのままにしておく……?

 

 何も満たされない。誰も満たされない。だから走るんだろ、私達は。

 同じウマ娘なら分かるはずなのに、なぜ。

 

 だからか姉貴だけは、私を走らせようと必死だった。

 まるで『走れない私の代わりに走ってこい!』と言うように。

 一緒になってレース教室の扉を叩いてくれた。

 

 姉貴は必死だったが、心配はしていなかったと思う。

 

 姉貴はよくこう言っていた。

 

『12で神童、15で才子、18過ぎればただのウマ。……この肉を見ろ。どこから見てもただの肉だろう? どんなにおいしい肉でも腹に入ってしまえば同じだ』

『それでも特別なままだったら、きっと特別な奴がやってくる。この特別に大きい肉みたいにな。……おい、私の皿に戻すなっ?! 私はお姉ちゃんだぞ! 妹ならお姉ちゃんの言う事を聞けっ!!』

『お前に充実感を与えてくれる何かと出逢えるはずだ。この肉のように。……もう無理だ、代わりに食べてくれ……うぷっ……』

 

 姉貴は私に安心して欲しかったのだろう。

 いつだって気楽に語りかけてくれた。

 

 姉貴は世界で誰よりも信頼できる家族だ。

 自分(わたし)以上に私のことを案じてくれていた。

 

 社交的で顔の広い姉貴は、私を走らせる為ならどんな所にも顔を(のぞ)かせた。

 何年経っても変わらず……。

 

 どれだけの季節が廻ろうと……何の()も結ぶことはなかった。

 どれだけの時間が経っても……レースの中に歓喜を得ることはなかった。

 

 ()()()、哀れに感じた。

 

 ()()じゃない。私は、この悲しい姉を哀れに感じた。

 頭でっかちなくせに、たったひとりの妹も満足させられない、走れない姉を。

 

 ……だが、ある時、あるひとつの考えに至った。

 

 私が普通じゃないから、他の子は走ってくれないんだと。

 いままでは周りが普通じゃないと思っていた。でも逆らしい。

 

 周りが普通なんだ。ならば、私が普通にすればいい。

 

 姉貴は私に走ることを止めて欲しくなかったから、私は走ることを止めたくなかったから、周りの子達のように普通の走りを演じることにした。

 

 私は普通を演じた。楽しそうに走る私達の姿を見た姉貴の顔は幸せそうだった。

 やっと普通のウマ娘になれたな、とでも言いたげに満足そうに笑っていた。

 

 本当は姉貴も……私が心の奥底では楽しんでいないと気が付いていたと思う。

 姉貴が怪我をして走れなくなるまで、私と一番多く走っていたのは姉貴だからだ。

 

 私のことを一番()く見てきた姉貴だから。

 姉貴のことを一番(なが)く見てきた私だから。

 

 だから……姉貴のことが、いまは少し苦手だ。

 

 

 

 姉貴は脚のリハビリを兼ねて、ウマ娘のことに詳しい小学校に入学した。

 私は1年遅れて姉貴とは別の、普通の小学校に入学した。

 

 自分は妹の世話は焼くくせに、妹に自分の世話を焼かれたくなかったのかもしれない。

 私と一緒にいると無理をしてでも走り出すと、両親が思ったのかもしれない。

 

 ……まあ、それはどうでもいい。

 

 理由はどうあれ、私はまた独りになった。

 

 独りになった私は、姉貴を安心させるための演技は、姉貴が近くにいないことで自然と止めていた。

 

 小学校では学年を問わず、私は恐れられていた。

 私が怖いからと、上級生からも距離を取られた。

 

 最初は普通に接してきていた子も、一度走ると手のひらを返したように怯えだした。

 そうして私は、クラスメイト全員から恐れられていった。

 

 普通のウマ娘なら、その力関係は『不便』だと思うのだろう。

 

 一緒(とも)に遊び、一緒(とも)に笑い合い、一緒(とも)に競い合う。

 誰が誰に聞いても『それが普通だ』と答えるだろう。私もそう答える。

 どこぞの生徒会長サマも『友と共に明日も(トゥモロー)』と言いそうだ。

 

 しかし、そうする気は起きなかった。一度でも演技を止めたせいだろう。

 ……胸の奥に抑え込んでいた不満が、渇望が、空虚感が、一気に膨れ上がった。

 

 ()()に接して欲しければ、他の子達()同じように行動しなければならない。

 ()に接して欲しければ、他の子達()同じように行動しなければならない。

 

 私は正常だ。姉貴もそうしていた。異常なのは周りなんだ。

 

 私の中の常識が、普通の演技を止めさせていた。

 

 声をかけただけで逃げられることもあったが、逆に都合がよかった。

 その背中を追う、1対1のレースを存分に(たの)しめた。

 必死で逃げるあの顔がたまらなかった。

 

 だがそれも、私が追い越した時点でピタリと止まる(おわる)。それでも少しでも長く走ろうと()()を覚えた。

 

 どうせ走れないなら()()()()()()()()()。姉貴もそうしたんだ。

 普通のフリをするよりかは、まだ気分がよかった。

 

 普通にするよりも相手を怯えさせれば、簡単にレースを作れることを学んだ。

 それからは簡単なことだった。私は小学生時代のほとんどをクラスの子の背中を追いかけることに費やした。

 

 不機嫌なフリをしたり、不意に興味が向いたフリをしては、気の向くまま気まぐれにクラスの子たちを追い回していた。

 

 追い抜いた時点で終わりを迎える突発レースの始まりだ。

 勝利の喜びなんて欠片も感じもしない。空っぽの(こころ)が満ちることはない。

 それでも何もしないよりかは、ずっとマシだった。

 

 

 

 学年が上がるにつれ、私と私を取り巻く環境にイラつきを覚えるようになった。

 

 最後(ゴール)まで全力で走りたいのに、授業時間外ではコースも走れない。

 私の開催する突発レースには、ゴールテープもゴール板もない。

 昼休みに校庭を走るウマ娘の姿は、いつの間にか無くなっていた。

 

 共に競い合い、差すか交わすかのレースを味わいたかったのに。

 私と高みを目指し合う存在はどこに居る。いつ現れる。

 

 状況はいつまで経っても変わりはしない。あの日からずっと何も変わっていない。

 

 私はいつになったら満たされる?

 

 普通にするだけでは満たされない。

 恐怖ではまだ足りない。

 

 だが他の子を走らせるには恐怖させるのが一番だ。怖がらせれば勝手に逃げを打つ。

 とにかくなんでもいいから恐れさせればいい。

 

 ……まてよ、足りない要素(もの)同士、普通ではない恐怖を与えてみるのはどうだ?

 足し算で終わるか、それとも掛け算となるか……面白い。

 

『最近、学校の近くに変な人が出るから絶対に付いて行っちゃ駄目だよ』

 

 思い立ったが吉日とでも云うのだろうか。

 そんなことを考えていた日に都合よくも、不審者に注意するように、帰りの会で先生が言った。

 

 雨の日だった。走ることが好きな私は、髪の色と同じ黒い雨合羽を親から渡されていた。

 誰かと一緒に走りたかった私は、黒い雨合羽を使ったことはない。

 

 過保護な両親は傘も一緒に買い与えていた。クラスには傘だけを持ってきている子がほとんどだった。

 ここだけは私も周りも普通(おなじ)らしい。

 

『あっ……傘持ってきてない……』

 

 でも。初めて私に怯えたあの子だけが、傘を持ってくることを忘れた。

 

 その子は雨が止むか弱くなるまで学校で待つことにした。

 私も()()()待つことにした。他の子達はひとり、またひとりと帰路についた。

 

 日も落ちてきて暗くなってきた頃に、雨はやっと小降りに変わった。

 

 あの子が教室を、学校を出た。少しでも雨に濡れないように逃げるように駆け出した。

 私も黒い雨合羽を羽織り、傘を差してそのあとに続いた。

 

 あの子は逃げ。私は差し。

 

『……? 誰……?』

『…………』

『や、やだ……こわい……。な、なんか喋ってよっ! ねえ……っ!』

 

 逃げるあの子を。

 

『…………』

『イヤッ……、あ……、こないで──』

 

 私は差した。

 

 

 

 ……あと(いま)になって思えば、随分とバカなことをしたのだと思う。

 

 しかし、度の超えた行いだろうと何をしても。

 飢えは、渇きは、少しも満たされることはなかった。

 

 

 

 姉貴の言う事はいくつになっても同じだ。

 

『そのうち、特別なお前は特別な誰かと出逢う。だから、そのためにもこの野菜をだな』

『いつの間にか、お前の走りは充実したものに変わっているはずだ。皿に盛り付けられたこの野菜のようにな。……おい、こらっ! 私の皿に野菜を寄こすな! 私のおかずを充実させるな! おい! (おお)いっ!!?』

『好き嫌いはするな。野菜も食え。苦い野菜でも、いつかは知らない世界が見えてくるかもしれないぞ?』

 

 姉貴は私より頭がいい。姉貴が言ったことで間違いだった事はあまりない。

 小学校で失敗した私は、賢い姉貴の言う事を考えてみることにした。

 

 この飢餓感を無くすには、もうそれしかないと思った。

 

 私を充実させてくれる何かと。

 空っぽの心を満たしてくれる誰かに。

 特別と出逢う、すぐにでも出逢ってみせる。

 

『はぁ……まったくお前は……。今年からは中学生なんだぞ。私と同じな。()()でお前が求めるものがきっと見つかる。──では、またな。トレセン学園で待っている』

 

 ……はずだった。

 

『はぇ~……すっごい、本当に挑んでる……。メイクデビューを勝ったウマ娘に野良レースを挑んでるってウワサは本当だったんだ……!』

 

『……あれが、ナリタブライアン。中等部に入ったばかりなのに、なんて風格なんだ……高校生の間違いだろ……いやあれで中学生って無理があるだろ……』

『ウマ娘は時期が来ると急成長するって習っただろ……。基本を忘れるな。ナンパもやめとけよ。貴重なトレーナーの数を減らすな』

『す、すみません……って、しませんよ! そんなこと! 言葉のアヤですって! 言葉のアヤ!』

 

 結局、トレセン学園は小学校のときと()()だった。

 流石に小学校とは違い、走る場所は芝の上だが。

 

 考えてみれば、すぐに分かることだった。

 

 私は小学校を卒業した。そしてトレセン学園へ入学した。

 新入生はなにも私ひとりだけではない。

 

 小学校から上がったばかりの大勢のウマ娘が学園に入った。

 それはコップの中身を別の容器に移し変えただけに過ぎない。

 

 だから、荒らしてまわすことにした。

 入学早々、私を落胆させたツケを学園のウマ娘に払わせてやっていた。

 

 ()()レース()何戦目だったかも覚えていない。覚えておく価値もない。

 

『距離はキミに合わせるわ。2000mでいい?』

『それはアンタも走れる距離なのか? アンタは本気を出せるのか?』

『まあね。背中も先頭の景色も貸さないわ。その代わり、イキってる新入生にお灸を据えてあげる』

『……本気を出すなら、それでいい』

 

 レースの展開も詳しくは覚えてもいないが、全力で差しにいったことは覚えている。

 躊躇(ためら)う必要もなく勝ちを取りにいった。

 

 あとに聞くと、姉貴も観に来ていたらしい。

 元より脚の力を抜く気はなかったが、姉貴の前で無様な姿は見せられない。

 

 灯ったばかりの火を、この脚で消してやった。

 

『ぜぇ……ひぃ……、かひゅっ……』

『……またこの程度、なのか?』

『かい、ぶつ……ッ!』

 

 メイクデビューがなんだ。私と走ったあとは、どいつもこいつも同じ(メイク)になる。

 揃いも揃って、怯えた顔で怖がる声を出す。小学生の時と何も変わらない。

 

 ウマ娘に生き方を変えることはできない。

 

『ウワサどおり、いい走りしてんな。俺は好きだぜ、そういうの』

『なん、だ……──?』

 

 ウマ娘を変えることができるのは──人間(ヒト)だ。

 

『やるからには全力でやらねえとな』

『……』

『お前さんのデビューが今から楽しみだ。あぁ、ファンになっちまいそうだよ』

『……ああ』

『じゃ、またな。言いたいことはそれだけだ』

『ああ……』

 

 ああ、ああ……ああ──ッ!!

 

 私は、ついに出逢った。

 

 私は、やっと出逢えた。

 

 私の特別(トレーナー)と。

 

『先輩っ! あの問題児と何話したんですかっ!?』

『ナンパ』

『はぁっ!?』

『冗談だよ。ちょっと育ててみたいなって思っただけだ』

『どこまでが冗談なんですか、それ……』

 

 ひと目見ただけで心が満たされていくのを感じた。

 

 あの感覚は言葉にできそうにない。するつもりもない。してはいけない類いのものだ。

 ……言葉にしてしまったら、自分を抑えきれる自信がない。

 

()()()()、か』

 

 それからの行動は自分ながら早かったと思う。私は先行も得意だ。

 

『ナリタブライアンだ。私が来た』

『お、おう……知ってる。何か話せる話題(こと)は、あったか……?』

 

 あの人を……トレーナーを奪われる訳にはいかない。

 彼の(カイ)バに私という存在(アイバ)を先行して刻み込んだ。

 

『センパイ』

『またかい。お前さんもしつこい奴だな。俺なんかと話して何が楽しいのやら……あと俺はお前の先輩じゃない』

『……では、人生のセンパイと』

『誰がうまいこと言えと』

 

 彼を私のものにしたい、いや私は彼のものになりたい。

 

『……』

『zzz……──はっ!? いまNの波動が……? いや、気のせいか……ふー』

『……』

 

『うわ……またあの子来てるよ。すごい根性だな……先輩、気付いてないし。いやぁ今までで1番掛かってるウマ娘なんじゃないか? 初めて見たときはイイナって思ったけど、なんか違う意味で怖くなってきたな……。先輩に相談したいことがあったけど、やっぱり帰ろう。僕は何も見なかった、いいね? なぁんて──』

『ああ、ナリタブライアンだ。早く行け』

『僕の背後をっ!?』

 

 後輩のトレーナーにも渡しはしない。誰が相手だろうと大丈夫なんて楽観はしない。

 センパイには私と同じ人生(レース)に出走登録してもらわねばならない。

 

 ……昔のことを振り返るのもここまでだ。耳を傾けずとも、彼の声が聞こえてくる。

 

「そろそろ担当持てってよ。やるかねぇ、選抜レース」

「ついに次の()を育てるんですね! 今度は何人取るんです?」

「1人だな。一応10人の中から見るつもりだよ」

()ますよ、ナリタブライアン」

()るんだろうなと思って先週には申請してきた。あれを育てるにはまだ早い」

「いつの間に」

「出走取消でもあれば別だが、ウマ娘からしたら専属で付くトレーナーはかなり貴重だ。割り込めもしねえだろうよ」

「あっ、フラグ」

 

 私には彼が必要だ。彼も私のこれからが楽しみだと言ってくれた。彼にも私が必要だ。

 そのための選抜レースも彼が用意してくれる。

 

 の、だが……、そこに私の名前がないのはなぜだ?

 

「どうしてそこまで必死になるのか疑問だが……まあいい。まずは出走権を賭けて野良レース……これもまた、ひとつの、いや、ふたつの戦いか。すぐに決着をつけてやる。呆気ないほどにな」

 

 先行も得意だが、私の本領は差しだ。私独りでは、やることは何も変わらない。

 これまでどおり、力尽くでねじ伏せてセンパイの隣を勝ち取る。それだけだ。

 

 私の闘志(こころ)に灯を点したのは、センパイ……アンタだ。

 元はといえば、アンタが踏み込んできたんだ。──いまさら逃がすかよ。

 

 出逢ってしまったからには、最()まで責任は取ってもらう。

 

「ブッ(ちぎ)る……!」

 




これを書いてから、なぜかホーム周辺でのナリブ出現率が爆上がりました(全ランダム設定)。
書くと出るって本当ですね……。


小学生エピソード:
 元ネタのヤンデレ動画では猫を壊してるけどウマ娘ガイドライン的に再現したらアウトだし、ナリブがそんなことをするようなキャラとは思えないし、姉貴なら止めるし、ウマ娘なら走れし……と様々な思惑が入り乱れた結果、こうなりました。逃げを打つ云々は94'菊花賞を少しだけ参考にしました。競馬のことはあまり詳しくはありませんがダービー最後の超加速に加えて先行策で勝てないなら、逃げに賭けたくなるのも頷けます。

ベテラントレーナーの専属契約:
 万年トレーナー不足 → 新人トレーナーにはチームを運営させるほどの余力も余裕もないので仕方なく専属という形となる(もしくはサブトレーナーを勤めてやり方を学ぶ) → ベテランになったらチームを結成させてなんとか不足を補う……と想像。
 アプリ版でも初めたてはあれでもサポカが整ってきたり、効率的なやり方を覚えると育成ランクも上がってきますし。ゲームという枠組みを外したとき、聡いウマ娘からしたら専属ベテランとか喉から手が出るほど欲しい人材なのでは? チームで分散されるはずだった熱量が1人へ集中しますし。普通から逸脱≒何かやらかした、とも受け取れますが、一応その辺りのフォローはあります。

トレーナーのセンパイ呼びについて:
 Yandere Simulator(ヤンシミュ)とのクロスオーバー要素です。ヤンシミュの女主人公は意中の人のことを「センパイ」と呼び慕っています。また、彼女が生きる(走る)ために必要なピースでもあります。



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目標:選抜レースに出走

運試しでコインチャーム(全12種)を1つ買ったらナリブが出ました。
きみ、ほんとなんなの……?


 ──狩りの時が来た。

 

「1枠()1番ナリタブライアン、中等部1学年。出走枠を勝ち取っての参戦です。()()()にして既に、メイクデビュー初勝利のウマ娘達を超越する実力を持ち合わせて……おや? トレーナーさんのことを見ていますね? どうですか、今日の彼女は」

「背筋が寒くなりましたね、はい」

「なるほど。確かに貫禄すら感じてしまう佇まいです」

 

 デビュー戦さながらの雰囲気漂うパドックから、実況解説席に座るセンパイ(トレーナー)と視線が交差する。

 センパイは信じられないものを見たような目付きで、こちらを見つめ返している。

 ……この距離感が、今はもどかしい。

 

「え、ええ、実力は完全に上位でしょう。……とはいえ、選抜(この)レースは非公式のマッチレースと違って出走人数に大きく差があります。普段とは違うレース構成に戸惑わず、全力を出し切れるか」

「注目の1番枠ですね。続いて2枠2番──」

 

 紹介が終わったら次の子へ場所を譲らないといけないのは業腹ものだが、印象付けは出来たと言っても過言ではないだろう。

 次の紹介に移っても、センパイの目はまだ私に向いている。──そうだ、それでいい。

 

 少しの満足と安心感……そして優越感が心に(とも)る。

 

 これは選抜レースだ。()()()()()()()()()()()()

 

 着順しか見ない()()()()トレーナーもなかにはいるらしいが……このレースの本質はどれだけの印象を残せるかだ。

 

 1着を勝ち取ってもトレーナーの興味を奪えなければ、その勝利に意味はない。

 強いから放っておいても勝てると思われては、手を抜かれては(たま)ったものではない。

 ……まあ、後者の点については特に心配はしていないが。

 

 後ろに下がり、他の出走者達のことを遠巻きにして眺める。

 センパイはお情けのリップサービスを飛ばしているが、私に比類する猛者(もさ)は誰ひとりとしていない。

 相手(かず)は多いが実力は低いと見える。

 

「──以上10名からなるウマ娘で選抜レースを行います。各ウマ娘は出走準備(ゲート)に移ってください。……さて、本日の注目株を振り返っていきましょう! この評価は少し不満か? 3番フミダイン。気力充分、10番ヌイセマカ。──そして、今日の主役はこのウマ娘をおいてほかにいない! ナリタブライアン!」

 

 それは人間(ヒト)の目からも見ても明らかだ。正しい評価を下している。

 あとは実際に走って確定させるだけだ。勝利の方程式を正しく解いて──下してやる。

 

 まあ既に勝ったようなものだが、勝ちは勝ちだ。拾いにいけるものは拾いにいく。

 不安材料は無くしたほうがセンパイも選びやすくなるだろう。

 

「各ウマ娘、体勢完了──……スタート! まず飛び出したのはナリタブライアン! ナリタブライアンが飛び出したぞ! 落ち着かない様子」

「彼女らしくないですね。掛かっているのかもしれません。息をつけるといいのですが」

 

 私が納まるべき場所は、あんな狭いゲートの中ではない。──あの人の隣だ。

 

「しかし先頭は譲らせたくないヌイセマカ! ナリタブライアンとヌイセマカ! このふたりが競り合っているぞ!」

 

 オマエでもない。オマエでは足りない。だから……手伝ってもらうぞ、()()

 

「先頭から順に見ていきましょう。先頭は大きく()()てナリタブライアン。早くも1人旅です」

 

 出走人数に大きな差? 普段とは違うレース構成?

 そんなもの、いつもと同じ(タイマン)にしてしまえばいいだけのことだ。

 

 私の脚質(せいかく)は私が1番よく理解(わか)っている。

 逃げるのは好きじゃないが、追うのは嫌いじゃない。

 

 このターフの上で、見えない()()()を追えば──()()の後ろに付けば、それはもう()()ではなくなる。

 

「先頭から大きく離されて2番手にモブジャナーイ。それを見るようにイッパソシーカー。さらに1バ身離れてナナシノヒロイン。内をまわるようにしてヌイセマカ、ここにいた。……さらに後続は団子状態です! これは判別がつかないッ!」

「このレースは今日限りですが、別のトレーナーも後日開催しますし、どうか焦らずに怪我なく走りきってほしいですね」

 

 本気で走る姉貴の姿を、あの日から見ていない。

 もしかすると現実(ほんもの)の姉貴は、ずっと遅いのかもしれない。

 

 だけど……私の知る姉貴は誰よりも速く、誰よりも強い。

 現在(いま)はまだ、追いつけそうにない。

 

 いつかあの背を追い越すためにも、センパイの力が要る。

 

「──後続を置き去りにして、最終コーナーを真っ先に駆け抜けて来たのはナリタブライアン! もう直線に入ったぞ、後ろの娘たちは間に合うか?」

 

 ……それはそれとして、勝負だ姉貴。やるからには全力、だろう?

 

 たとえ勝てなくても諦める理由はひとつも無い。

 

 さあ、始めるぞ……!

 

「残り400──おおっ!? なんだこの加速は!? ()()()を打って脚を残していたッ!! これはすごい、これはすごいぞ! ナリタブライアン! まだ伸びる! 驚異的な末脚(すえあし)だーッ!」

「これは……っ!?」

 

 現在(いま)よりも小さな背中はずっと遠い。

 全身全霊の持てる全力(ちから)を出しても、差はちっとも縮まらない。

 

 それでも、それでも私は──。

 

「後続に大きな差をつけて今ゴール! 最後まで影を踏ませない圧巻の走りでした! 1着はナリタブライアン! 2着争いは──」

 

 1番にゴール板を駆け抜け、姉貴の影がスッと消える。

 最後まで影にも届かなかったのは私のほうだ。

 

 やはり姉貴は強い。まだ勝てない。

 

「な……なんだよあの直線の伸びっ!! 噂以上じゃないか!?」

「凄まじいな……。あれはルドルフを超えるかもしれないな」

「そうだな。でも主催者に優先権が与えられるシステムだし、スカウトできないのが悔しいよ」

 

 迫り来る後続を無視してそのままの足で、即席で立てられた実況解説席──白いテントとパイプの長机──へ足を向けていると、この機会(レース)に便乗して来たトレーナー達の話し声が耳に届いた。

 

 ルドルフというのは誰のことだろうか。

 それが私に比類する猛者(やつ)の名前なのか。

 

 姉貴の名前が出されなかったのは少し不服だが、まあ姉貴は未デビューだ。

 走ってもいないウマ娘が引き合いに出されるのは筋違いか。

 姉貴の影と競った私が言うのもなんだがな。

 

 そんな事を考えていると、いつの間にかセンパイのすぐ(そば)まで足は進んでいた。

 

「……」

 

 パドックでは視線を独り占めにした。

 レースでもターフを()()占めにした。

 ──ならば、次は視界を独り占めにする。

 

 マイクが置かれた長机に両手を突き、ズイと身を乗り出すようにセンパイに顔を近づける。

 

 くたびれているようでどこか鋭さのある、いつ見ても妙に惹かれる顔が……なぜか心配しているように見えた。

 

 ……? なぜそんな顔をしている? 私は──

 

「勝ってきた」

「……おう。お疲れさん。まあ、なんだ、ちょっとここに座れ。脚を見るぞ、いいな?」

 

 センパイは私の両肩を叩いて労ってくれたあと、すぐに押し退けるようにして立ち上がり、入れ替わるようにして私はパイプ椅子に座らされた。

 

「とりあえず冷却だな」

 

 返答も了承も待たずに、センパイは私の脚に触れた。

 体温の差か、冷たい手に身体がゾクッと震えた。

 

 すぐにコールドスプレーを吹き掛けられたが、震えたのはその1度だけだった。

 

「普通のトレーナーは喜ぶかもしれんが、俺は怖くなったよ。あれだけの勝ち方をすると、脚への負担も測り知れん。その場では何ともなくても、疲労ってのは蓄積されるもんだ。いつか爆発する導火線みたいなもんなんだよ。……あんなに大差をつけて勝たなくていい。ちょっとの着差でいいんだ」

 

 センパイは俯いたまま、私の脚に視線を落としたまま、ご丁寧なことに『自分(おれ)も普通じゃない』と自白した。

 

 センパイ……そうだ、アンタは確かに普通のトレーナーじゃないな。私だけの、私の特別だ。

 他のトレーナー達が口々(くちぐち)に褒める中、アンタだけは心配をした。

 

 それは普通じゃない。ひとりだけ違う。私達だけが特別(おなじ)だ。

 

 ──姉貴の言うとおりだった。普通じゃない者同士、特別と特別は出逢うためにいるんだ……!

 

 特別な者同士、一緒になるためには特別の言葉と態度も必要なはずだ。

 しかし、私の頭ではそのために必要な言葉がどうにも出てこない。

 

「普通の勝ち方をして、アンタ……ア()タは私を見てくれる……くれますか?」

 

 とっさに出せたのはマンガで学んだ、うろ覚えの敬語もどき。

 

 相手を見て態度を変えたほうが楽にいきやすいのは知識として知っている。

 だけど、今は楽をするために変えたいんじゃない。

 

 この人と専属契約を結びたいのに、結ぶための方法が走ること以外に思いつかない。

 今この時ばかりは姉貴の頭のでかさが羨ましく思う。

 

 姉貴の周りにはいつだって、大勢の人間(ヒト)とウマ娘がいた。

 私の周りには誰もいない。姉貴さえもいなくなっていた。

 

 センパイの隣にも誰もいない。だから私はその隣に座りたい。

 誰もいない者同士、2人合わさればちょうど良くなる。

 

「ブッ……なんだよ、その無理な敬語は。無茶はしても無理はするな。お前さんはまだ子供なんだ。レースも言葉遣いも出来る幅はこれから広げていけばいい」

 

 さてどうしたものかと悩んでいると、なぜか諭された。

 センパイは肩を揺らして笑っているようだ。何がおかしいのか。

 

 ……そういえば、姉貴はよく『私はお姉ちゃんだぞ』と言っていたな。

 姉貴と接するようにすればいいのだろうか?

 

「べつに、無理をしたつもりはないが……そこまで言うからには、大人として私を見てほしい。年下の面倒(こと)を見るのは年上の役目なんだろ?」

「子供の面倒を見るのは大人の役目ってね……はいよ、お前さんの専属になってやるよ。他の子を取っても付きまとわれちゃ、それこそ面倒事にしかならねえだろうしな。……あぁ、やっぱこうなるかー……」

 




選抜レース:
 元ネタはアプリ版のガチャ(選抜レース自体は元から公式設定として存在します)。実態としては模擬レースに近い。作中の出走枠の勝ち取り云々は、ガチャで順番にゲートが開いていく中、枠色が変化する演出が割り込みに思えてしまったことより。ウマ番号が10を超えているのはただの演出で、割り込みを強調した演出となります。

コールドスプレー:
 実在するスポーツ用品。効能・用途については捻挫などの応急処置はもちろんのこと、酷使した筋肉を冷やすことで疲労回復に繋がるとかなんとか。人型なんだしトレーナーやウマ娘ならきっと1本は携帯しているはず……。


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目標:メイクデビューに出走(残り74ターン)

なんで本格化の設定が曖昧なんだよ
設定はどうなってんだ設定は
お前ら禁じられた捏造を平気で使ってんじゃねえか
分かってんのか!?
「ムジュン」が生まれるのは人間が妥協に甘えるせいだろうが
それでいいのかよ!?
ごらんあれ!


 無事に専属契約を結ぶことができた私達はあのあと、学園中央ホールにある特別教室でこれからの事について話し合った。

 私の目標、脚質や適正、シューズと蹄鉄、センパイのやり方──育成方針……私に係わることすべてだ。

 

 私の目標は決まっている。

 

『ビワハヤヒデの翌年にデビューしたい、か』

『ああ。姉貴の背中を、私は追っていたい』

 

 同年デビューでもよかったが、ここは少し欲を出しておいた。

 

 姉貴がこれまで走らなかった分、いまは私のほうが先を行っている……と思っている。

 所詮、想像は想像だ。姉貴とはその差を埋めさせてから競り合いたい。

 

 私だけ先を行ったままではなにか、つまらない。

 

 トレセン学園は()()逐次(ちくじ)追放する厳しい側面を持つがその反面、実力のあるウマ娘に対してはとても寛容だ。

 

 担当を持ったトレーナーは、ウマ娘の要望(もくひょう)に最大限添うように定められている。

 指導はしても強くは出られない。ウマ娘が横柄な態度を取っても(とが)めさえできない。

 よほど気に入らなければ、ウマ娘側から一方的に契約を打ち切ることも可能なんだとか。

 

 契約は3年間隔での更新だ。大抵のトレーナーは初回で打ち切られてしまうそうだ。

 

 トレーナー側は指導者ではあるが、その立場は低く、また弱い。

 ウマ娘の私が希望し続ける限り、センパイの担当のままでいられるのは僥倖(ぎょうこう)だった。

 

 選ばれたウマ娘だけが進める、ドリーム・トロフィー・シリーズ。

 その下の、トゥインクル・スター・シリーズ本戦とシニア級の()()()

 さらにその下の、()()()()()()()()()()()()()。……いまの私はここだな。

 

 どこまで進もうとも、どんな結果に辿り着こうとも、いつまでも共に在りたいものだ。

 

『ということは、デビュー時期は未定になるか』

『何か問題が?』

 

 デビュー時期はウマ娘側の完全任意だ。

 これは≪本格化≫の()()だ。

 

 本格化とは要は最も成長しやすく、かつ能力を維持しやすい期間のことだ。

 人間(ヒト)で言えば、最も活力がある年齢が中高生くらいなんだとか。

 人間(ヒト)なら同時期に来るそれが、ウマ娘では異なる。個人差がある。

 

 本格化は中等1学年で来る者がいれば、高等3年目になってから来る者もいる。

 実力も本領も発揮できないレースなど面白くもない。これは頷ける話だった。

 

『いや、これは俺の持論なんだが──』

 

 センパイ(いわ)く、本格化は発育(カラダ)が整った時点で緩やかに始まっているそうだ。

 明確な判別方法こそ確立されていないが、何らかしらの予兆は表れる。

 

 急に身長が伸びたり、なんとなく身体が軽く感じたり、食べ物の好みが変わったり、食欲が強くなったり──。

 

 急激に変化した身体へ慣れることに時間と気を取られてしまい、本格化はまだ来ていないと勘違いをする。

 そうして落ち着いた頃になって、やっと来たことを自覚する。

 

 なら、中等部でもデビューするウマ娘がいるのは早々に慣れたか変化が少なかったからとなる。

 つまりは新しい自分に適応する時間を短縮して作り出した分をトレーニングに充てる。

 そうすれば、早い段階からクラシック級に匹敵する能力(ちから)を獲得できる。

 

 しかしながら、本格化は永続するものではない。普通は自覚したら、すぐにでもメイクデビューに向けた()()()()()を組む。

 だからか、その()()に気付くことはない。

 

 半年という期間も、本格化の()()()()を有効に使いたいが為だ。

 焦った結果が常習化──……様式化したようなものか。

 

 センパイは前担当ウマ娘でこの理論を実践してみたらしい。

 当初は誰にも見向きもされなかったウマ娘でも結果いくつかの重賞を勝ち取れたらしい。

 それは学園では大変な快挙だったらしい。

 

 私に自覚はない。どうせデビューは遥か先だからと、私にもその理論を施すことになった。

 私も身体が急成長したウマ娘だ。同期が()()()()()間に差を付けるべきだと熱弁された。

 すでに頭角を現している私に時間を与えるとどうなるか、トレーナーとしては気になるようだった。

 

 本能でこの人だと思った相手がそう言うんだ。ここは素直に従うことにした。

 

 私と姉貴の本格化(ピーク)がいつ来るかは運次第だが、こればかりはなるようにしかならない。

 姉貴が仕上がるまで待ちはするが、何もしないのは(しょう)に合わない。

 早くに実力を得られる程度なら、そこまで劇的に変わることもないはずだ。

 

 前の担当のことは少し気になったが聞かないでおいた。

 もう居ない。その事実だけで充分だったから。

 

 デビューについて決めたあと、その日は蹄鉄とシューズの状態を見てもらって終わった。

 

 

 

 翌日からは、コースを何度か走ったりしての能力測定が続いた。

 

『蹄鉄に癖は無し。(アイ)字バランスも完璧だな。選抜レースの疲れも特には見られない。……こりゃ、崩れた(もしもの)時が怖いな』

 

 どこまでも私は普通じゃないらしい。

 

 通常、蹄鉄のすり減り方は一定ではなく、どちらかに(かたよ)るなどの癖が付く。

 私にはこの癖がなく、左右均等に磨耗(まもう)していた。

 

 自分の身体を完璧に使いこなせているから、あれだけの走りができるそうだ。

 だが、崩れる時は一瞬だとも言われてしまった。完璧すぎても逆に良くないらしい。

 

『そうだな……たとえば、2脚の椅子と4脚の椅子があったとして、2脚の椅子は脚がすり減っても角度がほんの少し変わるだけで済むが、4脚の椅子だとガタついてまともに座れなくなるって言えば分かるか?』

 

 センパイのたとえは、とても分かりやすかった。

 

 普通のウマ娘は崩れた状態に慣れているから悪い変化に強い。

 致命的な故障でも起きない限りは、大した影響を受けない。

 

 しかし、崩れた状態に慣れていない私では悪い変化にとても弱い。

 1度でも故障したら、あとに引きずる可能性が非常に高い。慣れていないから。

 

 重バ場を走る時は気をつけるようにと、まだ走ってもいないのに注意までされてしまった。

 ……体調の事だけかと思っていたが、たしかに環境にも言えることだ。

 

『不安にさせることは言ったが、()()()()()()()()()()()。ケガなんてさせて(たま)るかってんだよ。……少しでも違和感があったら、その時はちゃんと言えよ』

 

 ウマ娘にとってトレーナーという存在は大きいものなのだと、わからされた日だった。

 第3者の視点がこれほどまでに大きな意味を持つものだったのだと教えられた。

 

 自分でも思わなかった事や、考えもしなかった事、気が回らなかった事まで。

 思いもよらなかった自分の弱点まで、この人はどこまでも歩み寄ってくれる。

 

 選抜レース前の距離感は『先に私のほうから歩み寄れ』というメッセージだったのだろう。

 

 実際に走るのはウマ娘だけだし、自主練のメニューを組むこともあれば、蹄鉄は自分で打つ。

 トレーナー業は監督か相談役が主だと思っていたが、とんでもない。個人の限界が知れた。

 

 センパイのことは、ひと目見て気に入っていたが、もちろん尊敬もしている。

 センパイのことを尊敬してやまない。

 

『前から気になってたんだが、髪は自分で切ってるのか?』

『そうだ。面倒だからいつもスパッとブッた切っている』

『おいバカやめろ。……そのな、なんていうか競バ界のジンクスでな。現役中に髪や尻尾の毛を断ち切るのは良くないんだわ。思いを断ち切るとかそんな感じで、とにかく縁起が悪い。だからやめてくれ』

 

 センパイは出来る事は出来るだけ行う主義だ。

 

 刷毛(はけ)のように揃っていたいくつかの毛先は、(ふで)のように整えられた。

 ……気が付けば、髪まで切られてしまっていた。

 

『尻尾の毛が痛み気味だな。ちゃんとケアしておけよ。猫でいうヒゲみたいなもんだぞ、それ』

『言われてみれば、手入れをしたことはないな』

『ってことは、まさかそのヘアスタイルもセットじゃなくて寝癖なのかッ!? ……私生活の指導まで必要なんかい。学年最強格のウマ娘の姿がこれとか……』

『面倒だ。べつに困ってない』

『俺が恥ずかしくなるわ……って違う。特に尻尾の毛は短くすると、それだけ後ろを詰められやすくなる。脚を踏まれて事故る可能性だって有り得る。レースにも関わってくる話だぞ。面倒くさがるな』

『む……』

 

 なにやらセンパイに()()()()()()()()()()()ような気もしたが、トレセン学園に入るまでは姉貴や実家のおふくろがしてくれていたことだったと思うと、そこまで悪い気はしなかった。

 

 もしかすると、私は誰かに構ってほしかったのだろうか? ……いいや、違う。

 姉貴が居ない間も、おふくろは変わらず私の世話をしてくれた。

 仲は悪くないが、あの渇きをおふくろで癒せるものなら苦労はしていない。

 

 センパイの近くに居ると、なぜだか胸が熱くなる。体温が少し上がる。

 胸が苦しくなるのに、ずっと側に居たいと想ってしまう。

 家族と居てもこんな気持ちになったことは1度もないのに。

 

 センパイと家族になった時、この気持ちは消えてしまうのだろうか?

 

 ……いや、それも違うか。

 

 姉貴の背中を追って、私はここまできた。同じ家族でも姉貴だけは違う何かを感じる。

 

 センパイもまた、そうだ。彼から違う何かを感じたからこそ、姉貴のこと以上に惹かれる私がいる。

 

 この感覚は消えてほしくない。誰にも消させてなるものか。

 

 その為ならば、私は──

 

 

「──坂路(はんろ)終わり! 止まれ、止まれ!」

「ん、もう終わりか」

 

 ここ数日のことを考えながら坂路を行き来していると、終了の声が飛んできていた。

 

 思考の海から戻ってきた私を、タオルを片手にしたセンパイが出迎える。

 

「キツめの初期トレーニングでもまったく呼吸が乱れないとか、末恐ろしい奴だよ。おまえは。……バネはすごいわ、身体は柔らかいわ、動きは素早いわ……20年に1人の天才だな」

「そうか」

 

 呆れを含んだ視線を向けられるが、『そうか』としか言い様がない。

 私にとって、これは普通のことだから。特別何かをしていたつもりはない。

 

 汗も言うほどかいてもいないが、向けられた厚意(タオル)は素直に受け入れる。

 力強く()つ丁寧に。立ったままセンパイに汗を拭ってもらう。

 

「ん……」

 

 自分で拭う時とは違う力加減が、言葉を必要としないこの時間がどこか心地よい。

 このまま永遠に続けばいいと思うほどに。

 

 だが時間が止まることはない。私達の時間は続いていく。

 

「まだまだ物足りないって感じか。今日のトレーニングはこれで切り上げるが、過剰にならなければ自主練をしててもいいぞ」

「わかった。センパイは?」

「俺はお前さんのことを考えるので忙しいんでな。中央ホールにいるから何かあれば聞きに来い」

「ああ。私もさっきまでセンパイのことを考えながら走っていた」

 

 このあとの予定について返事をすると、センパイは急に黙ってしまった。

 何かおかしなことを言ったつもりはないのだが。

 

 センパイと話していると、こういう事がたまにある。

 

「……よく堂々とそんなこっ恥ずかしいことを言えるな」

「……? 互いに互いを思い合うのは良好な関係だと思うが」

「まあ……うん、そうだな。お疲れさん」

 

 先ほどよりも呆れを深めた様子で私の頭をぽんぽんとなでると、センパイはグラウンドを後にした。

 

 私のことを考えるなら場所は考えなくてもいいと思ったが、場所を選ぶほど私のことを考えるのに集中したいのだろう。

 私としては、1番集中できるのはセンパイと一緒に居る時なんだが。

 

 ──その時、ふと閃いた!

 ──センパイの写真を見ながらだと、トレーニングにもっと集中できるかもしれない!

 

 そうか、そうと決まれば実践あるのみ。

 先日、ポラロイドカメラで撮った1枚を手帳に挟んでおいたな。

 

 いそいそとスポーツバッグの中身を改めていると、誰か近づいてくる気配がした。

 忘れ物をしたセンパイが戻ってきたという事はない。あの人とは歩き方が違う。

 

 この歩き方、この気配……これはまぎれもなく奴だ。

 

「やあ、ブライアン。こんなところで何してるの?」

「……阿振野(アプリの)か。何の用だ?」

「ちゃんとトレーナーをつけてよ。阿振野(アプリの)トレーナーって」

 

 振り向いた先にはやはり、後輩のトレーナーがいた。

 歳は私よりもずっと上だが、なぜだかこいつには敬意を払う気は起きなかった。

 

 男なだけあって身長はいくらかあるが、センパイと比べるとどうにも頼りない。

 芯となるものが見えないというか、なんとなく気持ちの悪い感じがする。

 

 おまけにセンパイの後輩だからか、アイツを見ると自然とセンパイの顔を思い浮かべてしまって余計に気分が悪くなる。こいつで思い出したくなくて、ムシャクシャする。

 

 なにかにたとえるなら、耳元で舞う()の羽音や、部屋のなかで嫌な影を見たときの気持ちに近い。

 そんなものが人間大のサイズになれば相当不快にもなる。

 

 適切な語句を当てはめるとすれば……『潰すべき敵』だ。

 

「オマエは私のトレーナーじゃない。私は忙しいんだ、さっさと失せろ」

「僕の職業はトレーナーだから! 君のセンパイの後輩の! 阿振野(アプリの)トレーナー! ちゃんと呼んでくれるまで帰らないよっ!? というか辛辣(しんらつ)過ぎない?」

「知らん。うるさい。しつこい」

 

 一応人間なのだから物理的(ほんとう)に潰すわけにもいかないが、1度≪敵≫と認識してしまえば、掛ける言葉は強くなる。

 

 まあ、センパイが私のものだと理解(わか)っているところは褒めてやるが。

 どうでもいい事にこだわり過ぎるところも好かん。

 

「あのー、これから居残っているみんなで併走……じゃなくて! トレーニングをやるんですけど!」

「えっと、その……よかったら、一緒にやりませんか? 柔軟運動もありますし」

 

 阿振野(アプリの)と言い合っていると、今度はウマ娘達がやってきた。

 何を思ったのか、センパイが離れた途端にわらわらと寄ってくる。

 次から次へと……なんなんだ、いったい。

 

「結構だ。試したいことがあるから独りにしてくれ」

「試したいことって?」

 

 私の言葉に阿振野(アプリの)が食いつく。

 

 少し前までは怯えていたくせに、センパイの担当になったことが分かると、こいつは物怖(ものお)じしなくなった。

 

 ころころと態度を変える奴は信用ならん。

 信用ならんが……さっさと言ってしまって追い払った方が賢明か。

 

「センパイの──トレーナーの写真を眺めていたいんだ。分かったら、さっさと散れ」

「……きゃーっ!」

「うおっ!?」

 

 私の言葉に今度はウマ娘達が食いついた……というよりは、奇声を上げた。

 

「どいつもこいつも本当になんなんだ……」

 

 こいつ等はいちいち他人に食いつかないと死んでしまうほど飢えているのだろうか?

 

 一瞬、私も似たようなものだと思ったが、一緒にされたいとは思わなかった。

 

「年上趣味なんですか?」

 

 相手にせず無視を決め込めばよかったかもしれないが、時は巻き戻せない。

 無情にも見知らぬウマ娘は話を広げ、先を(うなが)してくる。

 

「わかるわかる。その年頃だと恋に憧れるよね」

 

 そんなウマ娘達に同調した阿振野(アプリの)は何度も頷く。

 こんな事で私を知った気になるな。なんとなく小バカにされた感じがしてイラつく。

 

「知らん。ひと目見てこの人だと思っただけだ」

 

 今から無視してもこいつ等は詮索を続けてくるに違いない。

 だから、次の質問にも素直に答えた。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 数瞬の静寂の後──

 

「きゃーっ!」

 

 ──再び奇声が爆ぜた。

 




主役よりも先に名前が決まった脇役がいるらしい。


本格化:
 捏造設定。アプリ版に実在する設定ですが、すごくすごいあやふやだったので、今回の話を作るにあたり、ドトウの育成シナリオとニシノフラワーの設定を参考にしました。本格化していないのにデビューしてあれだけの走りが出来るドトウとは……。

阿振野トレーナー:
 モブ。初めてキャラストーリーを見たのがナリブで、新人トレーナー=プレイヤーと勘違いしたことにより爆誕。こいつを主役に抜擢しなかったのは育成シナリオのせいですね。女性視点から見たら信用はされても絶対の信頼までは置かれていないだろうなと感じてしまいました。また、単純にあの人を「センパイ」と呼ぶための導入役が必要でもありました。
 ちなみに原作アプリ版でも「失せろ」発言は度々あります(孤狼イベントほか)。育成ウマ娘から外れると途端辛辣になるナリブ。

伝わりにくいそのほかの小ネタについて:
 ナリブのあれこれについては本話に限らず、wikiなどネットで調べれば分かる範囲で設定・史実等を拾いつつ捏造を織り交ぜながら本作に実装しています。


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かしこさUG(うるとらGきゅう)のなりたぶらいあん。
──いや、そのりくつはおかしい。


 ()≪禁断の恋≫だの≪トレセン学園婚活会場説≫などと(わめ)くウマ娘達からやっと解放された頃には、日はすっかりと落ちていた。

 

 辺りはすでに暗く、外灯の光がターフを照らしている。

 空気は冷え込んで、やや肌寒い。

 

 いまやグラウンドに残っている生徒は私独りだけだ。

 

「チッ……阿振野(アプリの)め」

 

 事の元凶である阿振野(アプリの)は話に火を点け、油を注ぐだけ注ぐと、いつの間にか姿をくらませていた。

 結果は先のとおりだ。有り余っているとはいえ、時間を無為にしてしまった。

 

 居なくなったから、この程度で済んだと考えるべきか。

 居たら、まだ収拾をつけやすかったと考えるべきか。

 

「……まあいい。今からでも走るとするか」

 

 遅くなったが当初の目的を果たそう。考えるなんて、それこそ時間の浪費だ。

 

 手帳から、挟んでおいたセンパイの写真を抜き取る。

 写真を撮るだけならスマホでもよかったが、それでは見たい時に見られない。

 

 スマホは携帯端末だ。小さな見た目とは裏腹にあらゆる機能が盛り込まれている。

 電話にチャットアプリ、カメラにブラウザなど様々な機能が搭載されている。

 

 これは確かに便利な物だろう。それは確かに生活を豊かにしてくれるだろう。

 そんな画期的な機械でも、機能を同時に使うことはできない。

 

 電話中なら相手の顔か、通話状態であることを示す表示が出る。

 チャットアプリなら相手を表すアイコンと、文字列が並ぶ。

 カメラなら被写体が。ブラウザなら情報が。

 

 どの機能も使うときは、それしか使えない。文明の利器の限界が垣間(かいま)見えた。

 ……それでは好きなときに好きなだけ好きなものを眺めることはできない。

 

 撮ったその場で現像されるポラロイドカメラの存在は僥倖(ぎょうこう)と言えた。

 カメラこそセンパイの物だが、この写真は私の物となった。

 

 これなら離れていても()()ができる。

 私に学業があるように、センパイにも仕事があるからな。

 常に同じ場所で同じ時間を過ごすことが不可能なことくらい、バカでも分かることだ。

 

「……待て。どうやって走る? フォームが崩れるどころの話じゃないぞ……」

 

 センパイの写真を眺める。自主練の一環として走る。

 両立させないといけないのがウマ娘のつらいところだな。

 

「まあ、何事も試してみないことには分からないか」

 

 まずは1周して、暗くなったコースの走り方を覚える。

 続く2周目は写真とコースを交互に見ながら走る。

 

 抜き取った写真を右手に、視線を下に向け、左腕は振らずにコーナーを回る。

 フォームも何も無い、とても褒められたものではない走り方だが、それを(とが)められる者はこの場に居ない。

 

 周回数を重ねる度に、コースへ向ける視線の回数が減っていく。

 次第に視界は青く色付いていき、足元から響く自分の走る音は遠ざかっていく。

 

 集中は……思考する余裕がある程度には出来ていないのだろう。

 やはり、第3者の視点は必要だな。独りでは分かるものも分からない。

 

 検証は済んだ。そろそろ引き上げよう。この周回でおしまいだ。

 

 ──止まった先で待ち構えていたのは、阿振野(アプリの)だった。

 

「あれ? 誰か居残ってると思ったら、ブライアンじゃないか」

「……誰のせいで居残ったと思っている」

「あははっ、ごめんごめん。僕はもう帰るけど、ブライアンも早く帰りなよ」

 

 ギロリと睨んで抗議してみたが、阿振野(アプリの)は悪びれた様子もなく平然と受け流すと、そのまま流れるように帰路に就いていた。

 トレーナー寮まで追い回してやろうかとも考えたが、あの様子では(こた)えることはなさそうだったからやめておくことにした。

 

 アイツの言うとおり、もう遅い時間なのもある。

 それに、好かん相手(ヒト)の背中を追うことに意味などない。

 

「私も寮に戻るか」

 

 そうは言ってもすぐには帰れないのもウマ娘のつらいところだ。

 

 走る前に準備体操をするように、走り終わりにも整理体操がある。

 その後は更衣室へ行き、シャワーを浴びたあと、ドライヤーで髪を乾かす。

 最後に制服へ着替えて、やっと帰宅できる。

 

 移動中の時間も含めると、早くても40分は掛かる。

 正確な時刻はまだ確認していないが、寮に戻れる頃には食堂は閉まっているだろう……。

 

「チッ……阿振野(アプリの)め」

 

 私は激怒した。必ずや、かの邪知隠匿の男を除かなければならぬと決意した。

 ……いつかの授業で習ったメロスの気持ちが、いま理解できたかもしれない。

 

 

─────── ⏰ ───────

 

 

「門限を過ぎたら寮には入れないよ! 規則だからね!」

 

 栗東寮に戻ると、私は締め出された。時刻は消灯に差し掛かる頃合だった。

 

 寮長は両手を腰にあて、立ち塞がることで入口を塞いでいる。

 今日は食事にありつけないどころか、寝場所にもありつけないようだ。

 

「そうか」

 

 野良レースで私が負かした相手はよく、寮長に泣きつく。

 敗者に感化された寮長は、私を(つか)まえると『お説教』と称した睨み合いを強要してくる。

 寮長は毎回、根負けして去るが、睨み合い過ぎて食事はいつも冷え切っている。

 

 ……気に入らない。実力で勝てないから権威で負かそうとする、その姿勢が気に入らない。

 

 それもレースを荒らしに荒らした理由のひとつだ。

 レースで負けて悔しいなら、レースで勝ってみせればいい。

 そんな事も分からないコイツ等が、私には分からない。

 

 きっと、理解できないものを理解しようとするだけ無駄なんだろうな。

 これまで駆け抜けてきた人生がその証拠だ。何年経とうがウマ娘は変わらない。変われない。

 

 いままでは規則に触れていなかったが、今は触れている私が不利だ。

 正論ほど便利で面倒なものもない。相手にするだけ面倒だ。

 

 寮長が立場の優位性に浸っている内に、回れ右をして来た道を引き返す。

 仕方ない、他をあたるとしよう。

 

「これを機に、アンタが散々イジメてきた娘達に謝るなら特別に許してやっても……あれ? 居ない? ……え? えっ?」

 

 遠くで寮長が何か言っているような気がしたが、興味のない(もの)など耳には届かない。

 寝場所に宛てはないが目処は付く。寝場所がないなら居場所を頼るまでだ。

 

 

─────── ⏰ ───────

 

 

 道中、コンビニへ寄って買ってきた袋を片手に、トレーナー寮の一室へと窓からの進入を果たす。

 センパイの部屋の場所と、窓を開けて換気する癖があることは調査済みだ。

 

 私とセンパイは2人1組の専属契約だ。一緒に居てもいいと誰もが認める関係だ。

 けれども、消灯時間に訪ねては迷惑をかけてしまうだろう。私も睡眠の邪魔はされたくはない。

 

「これがセンパイの部屋」

 

 調べはしたが入るのは初めての部屋は、広めの間取りだが仕切りはない。

 ソファーにテーブル、コンロにベッドが、ひとつの部屋に集約されている。

 

 まずは腹ごしらえから。ベッドで眠るセンパイを眺めつつ、おにぎりとパンをむさぼる。

 ……なにやら味がしないが、これでコンビニは儲かっているのだろうか。唾液は出るが……。

 

 味のしない食事を早々に終わらせて、ビニールの包装(ゴミ)を袋にまとめる。

 袋を潰すように中の空気を抜いて縛れば、楽に捨てられるな。

 思ったとおり、弁当は買わなくてよかった。かさばるのは目に見えていた。

 

「……暇だ」

 

 せっかく訪れたセンパイの部屋。何かしたいが、私の目はセンパイの姿を捉えて放さない。

 普段の読む本や食べる物、私服なども気にはなるのだが、私の目はセンパイの姿を捉えて放さない。

 

 センパイを起こす選択肢は当然ない。されたくない邪魔はしない。

 

「そうだな、寝るか」

 

 何もすることがないなら寝るしかない。

 眠れなくても横になれば体は休まる。

 

 シワがつかないように制服は脱ぎ、下着だけになってセンパイの眠るベッドへと潜り込む。

 

 枕は1つしかないから、代わりにセンパイの腕を枕とする。

 いつも抱いて眠るヌイグルミの代わりに、センパイに抱きつく。

 

 ……落ち着かない。

 

「眠れないときは疲れるのが1番、か」

 

 疲れるほど落ち着きのなさが続けば、いつの間にか眠ってるだろ……。

 

「おやすみ、センパイ」




アプリ版と寮長は違います。


「両立させないといけないのが~」:
 伝わらない孫産駒名ネタ。

味がしない云々:
 もっとうまそうなのが目の前に居るへんねんな……。

寝る判断が早い:
 されて嫌なことはしない良い子なので即就寝。


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シンボリルドルフ登場

今回は繋ぎ回です。ナチュラルクールにデッレデレなナリタブライアンだけを書こうとも思いましたが、過程を映さずして何がヤンデレかという天啓を受けて、あんまり重要そうではない部分も書き出していくことと相成りました。

想い人とそれ以外への対比……イイですよね。

作中のナリブは中1らしからぬ思考をしていますが、5歳児の頃からそんな思考をしていた人を知っているので、どうかゆるして(賢さUG)


 どうやら今日は厄日らしい。

 

 昼のカフェテリア。相席した3色頭の上級生がやたらと話しかけてくる……。

 

「野菜も食べた方がいいのではないか? 肉ばかりでは栄養がかたよってしまうよ」

「……黙って食えないのか? アンタは」

 

 私にも許せないものがある。

 

 ──骨のないウマ娘。

 ──レモン汁をブッかけられたカラ揚げ。

 ──(くち)を開けての咀嚼(そしゃく)

 

「同じ釜の飯でも語り合いながらだと、よりおいしくなるとは思わないかい?」

「私とアンタは初対面だろ……。勝手に親しい仲にするな。飯が不味くなる」

 

 ──そして、食えない奴だ。

 

「ふふ、確かにこれからする話は食事がおいしくなるものではないな」

 

 対面席に座る3色頭の──高等部の上級生の雰囲気が変わる。

 手にしていた箸を置き、居住まいを正した。

 

 まるで自分こそが正しいかのように。

 

 この、()()()()()()()をしようとする姿勢には見覚えがある。

 最初に反感を買うところから入るのも同じだ。とてもわかりやすい。

 大方、寮長にでも頼まれて無駄な説教をしに来たのだろう。

 

 他者を説得するには納得させるだけの立場──権威も必要だ。

 コイツも誰かの上に立つウマ娘なのだとあたりをつける。

 

 ──食事の時ほど邪魔をしやすい瞬間(とき)はないな。

 ──気が立っている時に話しかける奴があるか。

 ──怒らせてから始める対話は楽しいか?

 

 1度そう聞いてみたいものだが、言ったら言ったで面倒な事になるのは想像が付く。

 したいのは思いどおりの要求を通すことであり、こちらの意見(おもい)など聞きやしない。

 この手の(やから)をいちいち相手にしていては、こちらの身がもたん。

 

 それに、昨日はまともに夕食にありつけなかったんだ。かたよる前に、その栄養がない。

 午後の授業も残っている。今回は睨み合いになろうが食うぞ。

 

 奴が手を止めても、私は手を止めない。

 相手の事情(こと)など知ったことではないのはお互い様だ。

 

 筋違いの世迷言に負けたりはしない。

 

「まずは自己紹介からしようか。私はシンボリルドルフ。この年度(とし)から新たに生徒会長を務めさせてもらっている。私のことはルドルフと呼んでくれてかまわない」

 

 だが興味には勝てなかった。

 

 肉にかぶりつこうとしたところで動きが止まる。

 その名前には聞き覚えがあった。選抜レースの時に聞いた名前だ。

 

「……ルドルフ? アンタがルドルフか」

 

 名前をオウム返しするとルドルフは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になり──

 

「覚えてくれていたとは光栄だ。いやなに、入学式の挨拶を覚えている生徒は意外にも少なくてね。私に話しかけてくる新入生はいなくて、自分の知名度の低さに実は少しへこんでいたんだ。……改めて歓迎の言葉を送らせてもらおう。入学おめでとう、ブライアン」

 

 目を閉じて誇らしげに手を胸の前に置いていた。……なんだ、コイツ?

 

「いや、話しかける気がないだけだろ」

「そうなのか? ……ふむ。では親しみやすいように何か工夫が必要か」

 

 コイツは無駄話をしにきたのか、世間話をしにきたのか。どちらだ?

 意表を突かれたからか、(くち)から率直な感想がもれ出てしまう。

 

 それ以上出ないように止まった手を再び動かして(くち)に肉を入れて考える。

 とてもではないが、睨み合いをしに来たとは思えない。

 勝負を挑みに来たというわけでもないだろう。

 

「……で、本題は何だ? 何の話をしにきた?」

 

 わけがわからなすぎて、聞く気もないのに先を(うなが)してしまう。

 そんなこちらの気を知ってか知らずか、ルドルフの顔はゆるいままだ。

 

「ああ、そうだったね。失礼した。……話とは、栗東寮寮長の処遇についてだ。彼女は許されないことをした」

 

 許されないと聞いて、今朝のことを思い返す。

 

 

 

 栗東寮に着くと、そこには昨日と同じく寮長の姿があった。

 

 昨日との違いは、出入り口の隣に椅子が置かれていること。

 うつむいた寮長が座っていたことか。()()()()()だったな。

 

『ブ……ブライアン? アンタ、戻ってきたのか? よ、よかった……』

 

 寮長は私の気配を感じ取ると、椅子から跳ね上がるように駆け寄ってきた。

 

 恐らく深夜帯に私が戻ってこないように見張っていたのだろう。

 眠たそうな、疲れた顔をしていた。

 

 ご苦労なことだが、朝になってしまえばこちらのものだ。

 寮長だろうと止められる()われはない。

 

『おい。規則ではもう出入りしていい時間だから入るぞ』

『ま……待って!!』

 

 しかし。横を通り過ぎようとしたら腕を掴まれた。

 

『なんだ、この手は?』

 

 時間は有限だ。さっさと朝の支度に入りたいのに寮長は()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のに、だ。

 

 門限を過ぎても罰則は特に無いが、時間外の出入禁止が実質的な罰と云える。

 なにしろ、自然界で最も危険な時間帯を、暗闇の中を彷徨(さまよ)えと言うのだからな。

 

 夜は危険だ。不審者に自動車──……事故に事件、()()を数え始めればキリがない。

 芝しか走れない奴に『ダートに帰れ』と言っているようなものだ。

 

 それなのに……まだ罰を与え足りなかったのだろうか。

 好かれているとは思わないが、ずいぶんと嫌われたものだな。

 

『放せよ』

『あ……』

 

 腕を回して拘束を振り払った。

 

 思えば、あそこまで敵意(キバ)をむき出しにされたのは初めてだ。

 いままでの奴と違って多少は骨がありそうだが……、あんな奴とは付き合いきれん。

 

 規則とはいえ罰を与えたいなら掃除なり反省文なりあったはずなのに。

 寮長は締め出すという最低最悪の選択肢を選んできた。

 

 ()()()()()()()するような(やから)は、次に何を仕出かすか分かったものではない。

 

『無事に戻ってきて残念だったな』

『ぇぅ……ッ! ……あっ、あっ……ちがっ……そんなんじゃ……ッ!』

 

 歩を進めても、今度は引き止められることはなかった。

 

 

 

「昨夜はどこで明かしたんだ?」

「学園の中で過ごした」

 

 思い返し終える頃には、ルドルフは真面目な顔つきに戻っていた。

 

 センパイの部屋に寝泊りしたことは伏せておく。

 本当のことは言っていないが、ウソも言っていない。

 

 写真1枚(ひとつ)であれだけのバカ騒ぎができる学園だ。同じ(てつ)はもう踏まん。

 念を入れて話題を寮長の事に戻す。

 

「処遇と言うからには何かしたのか?」

「ああ。規則に従ったとはいえ、本当に寮から締め出すなどあってはならない事だ。彼女は寮長に相応しくないとして、その座を追われることになった」

 

 ──まあ、そうなるな。

 

 そんな言葉が脳裏をよぎる。それ以上でもそれ以下でもない。

 小学生の時に急に担任が代わった時と同じ心境だ。

 

 軽蔑こそしたが、そこまでの思い入れもない。

 

「ブライアン、君も無断外泊をしたということになるな」

「同じ学園の管理敷地内だからセーフだろ。そもそも締め出さなければ起きなかった事だ」

「それはそうなんだがね。一応、君は被害者ということで処理されたよ。……ん? 安全な学園と寮の外……セーフなのにアウトだけどセーフ……これは使えるかもしれないな」

「おい、何をブツクサ言っている」

 

 勿論(もちろん)保身(リード)を取ることは忘れない。正論ほど便利なものはない。

 だが、それ以上にルドルフの思考は1バ身2バ身も先にいっているようだった。

 

 それはひょっとしてギャグを言っているのか……?

 生徒会長の品格の下にあるのはギャグなのか。お硬そうな肩書きとは真逆だな。

 

 今は真面目な話をしているのか、そうでないのか判別に困る。

 もう終わってしまった事だ。結局セーフならそれでいいだろ。

 

「話は終わりか? それならもう行かせてもらうぞ」

「すまない。まだある」

 

 呆れてつい席を立とうとしたが、その言葉を聞いて座りなおす。

 

 無駄はあるが(みの)りのない話をするつもりはないことは充分に伝わってきている。

 ルドルフが私に語る内容は連絡事項だ。ならば少しは聞こうという気にもなる。

 ……くだらんギャグセンスは聞くに()えんが。

 

「今回の件を重く見た樫本理事代理は両寮長の再選出を即座に提案された。新しい寮長が決まるまでは栗東寮寮長代理にミスターシービー先輩が、美浦寮寮長代理にはマルゼンスキー先輩が就くことになった。とても大らかな方達だ。今度は判断を間違えることもないだろう」

 

 ──だが、それは不注意な姿勢だったのかもしれない。

 

「代理ばかりだな、この学園は」

 

 ──これは不用意な発言だったのかもしれない。

 

「ならば増えても問題ないな。──ブライアン、生徒会に入る気はないか?」

 

 これまでの話はすべて前置きだったのだろう。

 

 ルドルフは今度こそ本題を切り出した。食えない奴め。

 




ルドルフの学年:
 捏造設定。諸般の事情を考えたところ、少し無理があると思ったので学年差を設けました。三冠バが集結した高等部とか絶対ヤバイ。


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素敵だな

勢いだけでお送りしますネタ回。パロディと捏造だけは得意です。


()の夢は、全てのウマ娘が幸せに暮らせる()を創ることだ」

「どうした急に」

 

 生徒会に私を勧誘する言葉は、ルドルフの夢物語から始まった。

 

 話の筋としては通っている。門限の一件で私に不幸が訪れかけた。

 被害を(こうむ)った当人だからこそ力を貸せというのも道理だ。

 

「君は、ウマ娘の幸福とは何だと思う?」

 

 ルドルフは≪幸せ≫から≪幸福≫へと言い換える。発言の意味が、より正確に伝わるようにと。

 

 ただ生きるだけなら戦争とも飢餓とも無縁の日本で生きるウマ娘は幸せだろう。

 物騒な他国からすれば『生きているなら幸せだ(ハッピーさ)』と云えてしまう。

 

 幸福とは、心が満ち足りているという意味(こと)を指す。

 ()≪生きている幸せ≫と、≪幸福な人生≫は似ているようで違う。

 

 ウマ娘は走ることを定められた存在だ。その身に宿った魂が1度はターフを走らせる。

 ……そして突きつけられた現実に膝を折る。

 

「走り競いゴール目指し、1着に届かせること」

 

 その光景を何度も何度も何度も──繰り返し作り上げてきた私だからこそ言える。

 起きている間に見る目標(ゆめ)と、寝ている間に見る理想(ゆめ)は似ているようで違う。

 

「寝言は寝てから言え。与えた夢をへし折るために、この学園は在るんだろう?」

 

 2位ではダメだ。2番手ではウマ娘は満足できない。

 私が居ると1番になれないから、みんな諦めていった。

 

 トレセン学園も同じだ。メイクデビューで勝てず、その後も未勝利に沈んだウマ娘に地方行きか退学の2択を迫る。

 

 1位を取れたとしても、対等の相手を得られなければそこに意味はない。

 運良く共に走る相棒(トレーナー)と、センパイと出逢(であ)えた私は幸福なのだろうな。

 

「そうだな。──だが私の考える幸福とは、悔いなくターフを去れることだ」

「……なに? どういうことだ?」

 

 しかし、ルドルフは違った。

 

 ターフを去ることが幸福だと?

 私は早々に去るべきだったと、コイツは言いたいのか?

 無様に足掻(あが)かず、他者の幸福のために去っていればよかったのだと。

 

 私の心に小さな苛立ちが点る。

 

「そう怖い顔をしないでくれ。……そうだな、少し昔話をしようか」

「言ってみろ。聞くだけ聞いてやる」

 

 土足で踏み込んできた奴は初めてだ。

 この際、乗せられていようがかまわない。

 

 話すならまずは聞いてやる。そのうえで真正面から叩き潰してやる……!

 

 

 

「学園に入学した頃の私は、これといった夢も特になく、周囲の期待だけを背負って走っていた」

 

「すべては順調に。史上4人目のクラシック三冠の王者にして誰もが憧れる、無敗(ゆめ)七冠(そんざい)へと至った」

 

「シンボリルドルフが出るレースはつまらない。退屈なレース展開で観ていて面白くない勝ち方だ。結果が分かりきったレースだ……などと言われてきた」

 

「それでもこのルドルフ──皇帝の名を持つ者として相応しい強さを示してきた。頂点に立つべき存在として生まれてきた責任(きたい)に応えるために。それが私の役目だと信じて」

 

「そう、私に与えられた役目は海外への挑戦だった。国の代表とも云えるウマ娘になるために。アメリカ遠征の後、ヨーロッパに遠征をするようチームを通してURAから通達を受けた。これに反対したのは当時チームのサブトレーナーを務めていた、君のトレーナーだった」

 

「正確には遠征計画そのものには反対はしていない。アメリカ遠征の期間を休養にあて、ヨーロッパ遠征に主眼を置くべきだと彼は主張した。……しかし、たかが1チームのサブトレーナーに大きな発言力は無い。チームはURAの指示どおり、休養を挟まずにアメリカ遠征に向けた調整に入った」

 

「この大儀に余念を持ち込まないために、トレーナー君は計画から外されたよ。──それが間違いだった」

 

「2兎を追うもの1兎も得ず。……アメリカでの遠征途中に私は故障した。それまでケガなんてありえなかった。レースでもトレーニングでも。それこそ故障なんて夢にも思わなかったほどに全て順調だったのに」

 

「その当たり前は、彼が居なくなった途端に崩れた。だが、この時の私はまだ、自らの(おご)りを悟ることはなかった。縁が失くなったことを、縁が無かったと勘違いをした」

 

「それからはリハビリに励みながらも、チームメンバーを眺めて過ごしていた。同じトレーニングをしているのに、なぜ誰も故障もケガも負わない。なぜ私だけだったのだろうと胸に思いながら。……そんな時だ。樫本理事代理……いや、樫本トレーナーがチームを訪ねてきたのは」

 

「彼女のチームもまた、自主的なオーバートレーニングによる故障に悩まされていた。それも()退()に関わるほどのな。私のこともあり、チームの垣根(かきね)を越えて互いに協力をした」

 

「その時に生まれたのが≪徹底管理主義≫なのだが……まあそれは今は置いておこう」

 

「その体制を作り上げたあと、君のトレーナーはチームから独立をして、ある1人のウマ娘と専属契約を結んだ。ブライアンの前の話だ」

 

「その娘は特別何かに秀でているわけではなかった。特別な何かを背負っていることもなかった。ただただ普通のウマ娘。──それが周囲からの評価だった」

 

「しかし、人々に期待を()()られなかったウマ娘()()には勝利が重ねられた」

 

「もちろん、評価は裏返ったさ。手のひらを返したようにね。まだクラシックを迎える前だというのに、URAの決定に背いたトレーナーには勿体無いほどの評価を与えられた」

 

「……あとは察しのとおりだ。URAは私の所属するチームにそのウマ娘を特別移籍させるよう命じた。元々強いウマ娘が集っていたチームなのだからと。強いウマ娘を集めているチームなのだからとな。……URAはひとまとめにすることでスター・チームを作り上げたかったのだろうな」

 

「あの人が育てたウマ娘なんだ、やはりというべきかあの娘もその通達には反発をした。だがURAも諦めない。連日押しかけるURA職員に嫌気が差した彼女は引退を表明した」

 

「その時、ふっと心に湧き上がってきた。私達のようなウマ娘はこれ以上出してはならないと、3度目にしてようやく悟ることができた。彼らトレーナー達はずっと前からそのことを胸にしていたというのにな」

 

「ターフに悔いを残さず走り切る……それが私の願いだ」

 

 

 

「──ナリタブライアン。突出した君の走り方(すがた)は、かつての私に似ている。そんな君だからこそ、唯一無二の未来を創る力を持っていると確信した。似てはいるが同じではない。私とは違う結果をもたらすことが出来るはずだ。故に副会長に任命したい」

 

 長々と続いていたルドルフの独白(はなし)が終わる。

 

 確かに共感できるところはあった。(しめ)の言葉も、私がセンパイという光を見つけたように、ルドルフも私に光を見出したのだろう。

 

 利害も一致している。悔いを残さず走り切るということは、諦めずに競り合うということだ。いい提案だ。感動的だな。だが──

 

「断る」

 

 私を引き込めば、私の時間を差し出せば、多くのウマ娘が救われる?

 そんなはずはない。言って聞くようなら誰も苦労はしない。

 

 第一、信頼の≪し≫の字もない、初対面の相手に頼むことではない。

 ()≪し≫は≪し≫でも初対面の≪し≫だ。

 

「それはアンタが始めた物語だろ。──やってみせろよ、ルドルフ」

「いいや、この物語は私独りでは成し遂げられない。有史以前から人は群れを作り、支え合ってきた。力を合わせれば何とでもなるはずだ」

 

 ルドルフはなおも食い下がる。

 

 厄介な≪鋼の意思≫とも違う、へこもうが折れることのない、錆びることのない≪黄金の精神≫を()ってして(のぞ)んでいる。

 

 オマエの事情など知るか。すがるものなんて、はじめからないだろうに。

 

「群れに答えなどない。それが正解であるとも限らない」

「そうだ、私でも間違えることはある。間違えがあれば正せる者が必要なんだ。競争は数だよ、ブライアン。1人ではレースは成り立たない。現に君もこうして言葉を尽くしてくれている。君には生徒会副会長の資質がある」

「チッ……ああ言えばこう言うッ! しつこい奴め! そんなに私が欲しいのかっ?!」

 

 どれだけ頑なに拒んでも、ルドルフは私が首を縦に振るまで誘うのをやめない。

 

 こんな面倒な奴に目を付けられるなど、やはり今日は厄日だ。

 睨み合いの方が(はる)かに楽だ。

 

「欲しい」

 

 コイツは先に折れることを期待している。

 コイツは根競べに挑んでいる。

 コイツは何も諦めていない。

 

 何なんだ、コイツは。どうすればいいんだ、センパイ。

 

「この夢を叶えるためならば、いつまでも私は待とう。──君のいない、この生徒会で」

 

 ゴールの見えない競争を終わらせたのは、昼休みの終わりを告げるチャイムだった。



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 姉

一方その頃(ハヤヒデ視点)。


 ──夢……夢を見ている。

 

『ハヤヒデはお姉ちゃんなんだから、しっかりしなさい』

『……うん』

 

 夢の始まりはいつもここからだ。

 

 左手を腰にあて屈んだ母が、右手のひと指し指を立てて、私に言い付けを渡す。

 

 私には1歳下の妹がいる。葦毛(あしげ)の私とは真逆の黒い鹿毛(かげ)の妹。

 

 ──ナリタブライアン。

 

『わーい!』

『母さん、私の分は?』

『ごめんね。1つしかないの。ハヤヒデの分は後で買ってあげるから』

『……うん』

 

 妹はずるい。1歳違うだけなのに、両親はいつも妹を優先した。

 

『かけっこしよっ!』

『いいよ。──おいで、ブライアン』

 

 妹はつよい。1歳も違うのに、いつも苦戦を強いられた。

 

 妹は少しずつ、毎日ちょっとずつ速くなっていった。

 ──負けたくない。

 

 両親の愛情を1番に受けるのは妹だ。

 かけっこでも1番は譲りたくない。

 

 たった1歳の差は限りなく遠く、限りなく近い。

 後ろを振り返れば、妹の姿がすぐ近くにある。

 

 勝たないと、私に1番は残らない。

 

 そして、あの日が来た。

 

『ねーちゃんっ! 前! 前──危ないっ!!』

『え? あ──』

 

 暗い感情に囚われていた私は前方注意を怠ってしまった。

 ──私は、前方から来ていた自転車と衝突した。

 

 直前、とっさに頭に浮かんできたのは父の言葉だった。

 

 ──危ないときは頭を守るんだぞ!

 

 衝突の直前に両腕で頭をかばったおかげで意識を失うことはなかった。

 

 この防御行動が正解だったかは、いまもわからない。

 

 感じたことのない鈍痛が私の全身に走る。

 動かしてもないのに、身体は小刻みに震えていた。

 

 気を失っていれば、感じなかった痛みだったのだろう。

 

『……ねーちゃん? ねーちゃん! なんか言ってよ、ねーちゃんッ!!』

 

 ……不自然に曲がる自分(わたし)の足を見ることもなかったのに。

 

 声も出なかった。

 

 これじゃあ、もう……私は1番になれない。

 妹に劣った姉でしかない、何ひとつ勝てない姉に成り下がってしまった。

 

『ふ……ふふ、ははっ……』

『ねーちゃん……なんで笑ってるの?』

 

 その一方で『これでよかったんだ』と思う自分もいた。

 

 終わってしまったなら、もう苦しみ足掻(あが)かずに済むんだなって。

 

 

 

『痛くないか、ハヤヒデ』

『ブライアンも手伝って』

『うん……』

『ありがとうな、ブライアン』

 

 予想と違って、それからの生活は明るいものだった。

 

 暗い顔をした父が、私の身体を労わってくれた。

 暗い顔をした母が、私を1番に優先してくれた。

 明るかった妹が、私の世話を手伝った。

 

 走れなくなっただけで、私と妹の立場は逆転した。

 

 初めの頃は楽しかった。

 ……でもしばらくすると、つまらなくなっていった。

 

 父も母も妹も誰も笑わなくなった。

 

 特に妹は、ずっと下を向いていた。

 

『ねーちゃん、……一緒に走りたいよ』

『……ブライアン。お医者さんがしばらくは無理だって』

『……うん。ごめん。でも早く良くなってね』

 

 このやり取りは何度も繰り返された。

 事故が起きてから1週間、2週間が経っても──。

 

 妹は面白くない姉にずっとかまってくれた。気にかけてくれた。

 

 好きだったオモチャも。

 お気に入りのヌイグルミも。

 

 私のもとに持ってきては隣で眠ったりもしていた。

 強い妹は弱い姉から、つまらない姉から離れることはなかった。

 

 ──ハヤヒデはお姉ちゃんなんだから、しっかりしなさい。

 

 なんとなく。なんとなく、母が言いたかったことが理解できた気がした。

 

 私がしっかりすることをやめてしまったから。

 代わりに妹が──ブライアンがしっかりしないといけなくなった。

 

 私が本当に欲しかったのは、私が向けられたかったのはみんなの笑顔だったと気づいた。

 

 欲しかったものは最初から手にしていた。それを私は、手放してしまった。

 ……こんな愚かな姉では1番になれなくて当然だ。

 

 1番とは先頭に立つこと。姉が導かなくて、誰が妹を導くというのだ。

 

『お前の相手は私以外にもたくさんいる。私も一緒に探すから、だから何も気にせず楽しんでおいで』

『…………うん。ありがと、ねーちゃん。いってくるね』

 

 ケガは大きかった。しかし、がんばれば歩けなくはなかった。

 

 松葉杖を突きながら、ブライアンと共に近所の子達に声をかけて回った。

 

 ──私の妹はすごいんだぞ!

 ──だから、みんなで遊ぼう!

 ──みんないっしょなら、きっと楽しくなる!

 

 妹は私の自慢になった。あんなにも速いウマ娘はあの娘をおいてほかにいないと。

 

 ブライアンの強さにみんな1度は顔を暗くする。

 今はそれでいい。後になればみんな気付く。だって私がそうだったのだから。

 

 ……しかし、予想に反して誰1人として気付くことはなかった。

 

 私とみんなでは何が違うのだろうか。歳が違えば家も違う。

 私はブライアンの姉だ。いわば特別な存在だった。妹に必要なのは特別な存在なんだ。

 

 でも今だけは走れない私の代わりに、少しの間だけでいいから妹を導いてやってほしい。

 

 近所の子達に見切りをつけると、次はレース教室に連れて行った。

 ……そこでも結局は同じことだった。

 

 ブライアンは強い。相手が強くなれば強くなるほど、ブライアンも強くなる。

 誰ひとりとして這い上がることなく沈んでいった。

 

『それでも特別なままだったら、きっと特別な奴がやってくる』

『お姉ちゃんを信じろ』

 

 妹を安心させるために言葉も尽くした。

 私達は特別な関係だが、それ以上に特別な人がきっと現れると信じて。

 

 妹も私を安心させたかったのだろう。私とは違い、行動で尽くした。

 貼り付けた笑顔で。力を抜いた脚で。≪普通≫を演じた。

 

 だから私も、いまだけは満足そうに笑顔を演じてみせた。

 

 

 

『今年からハヤヒデは小学生だな』

『きっとまた元気に走れるようになるわ』

 

 両親が導き出したのは、ウマ娘のための小学校だった。

 今より強くなるために。今より安全に走るための学校を探してくれた。

 

 脚の故障は長引いた。いや本当はずっと前に治っていた。

 ……妹に隠し、妹を騙し、妹と過ごしてきた。

 

 それでもケガをしたふりを続けていたのは、両親が心配したからだった。

 

 私は姉なんだから、妹の先を行かなければならない。

 次はタダでは済まないかもしれない。次は自動車かもしれない。

 

 不完全な脚では不確定要素は取り除けない。

 だったら完璧に仕上げきってから走らせよう……といった具合だ。

 

 私のいないブライアンが走ることを許されたのは、私が見守っていたからだ。

 今は遠くから見守ることしかできない。しかし、いつかまた近くで見守る。

 

 いずれは本当の笑顔を届けてみせる──そのための入学だった。

 

 

 

 1年後には、ブライアンも小学校にあがった。私とは違う小学校へ。

 わざわざ違う小学校へ通わせたのは、サプライズをするためだ。

 

 ──最高の姉として彼女のもとへ舞い戻る。

 

 両親と相談し、これ以上にない最高のプレゼントに仕上げてみせると誓ってみせた。

 

 6年間みっちりと鍛えた後に行う夢の続き──理想(ゆめ)の姉妹対決。

 超えてくる妹に、越えるべき姉の背中を見せるために。

 

 私の世界は前よりも明るく、光に満ちていた。

 

 ……暗く染まった妹の世界から目を背けていたとは夢にも思わずに。

 

 

 

 光あれば影がある。

 

『あなた。この遠足の写真なんだけど……』

『ブライアン独りじゃないか……! これも、これも……これもだ!!』

 

 ブライアンは学校に馴染めずにいるようだった。

 

 渋る両親を説得して見せてもらった写真には、無表情だがどこか寂しそうに佇む妹の姿が写っていた。

 

『運動会の時は普通だったのに……』

『父さん。実は──』

 

 ブライアンは演技が得意なことを両親に打ち明けた。

 

 真実を知った両親の表情(かお)からは、怒りが失われた。──憤怒から失意へと。

 

 私はまた、この笑顔を奪ってしまった。

 

『転校させるか……? いや、それでは根本的な解決にならない。原因を解消しなければ、また繰り返すことになるだけだ』

 

 父さんは苦悩した。母さんも悲しみに暮れている。

 お日様のあたる昼のように明るい世界は、夜の暗い世界へと再び移り変わる。

 ……妹はずっとそこにいた。それも独りで。私が置き去りにした。

 

 今からでもブライアンを私と同じ学校へ通わせるべきかと、両親と共に思い悩んだ。

 しかしそれはできない。原因は私だ。まだサプライズの準備も終わっていない。

 

 妹の実力が私の隣に並ぶだけならいい。……だが、だが。

 もしも、もしもの話だが、簡単に追い抜かれてしまったら?

 

 もう2度と妹は、私は導けなくなる。なってしまう。

 

 結局、何もできないまま小学生の時を過ごした。

 

『──()()? 何か用か?』

 

 ブライアンは私達の前でも演技をやめた。……いや、荒れた? いや、演技なのか?

 

 サプライズだと言って当人を見ることをやめた私達には、荒々しい言葉遣いが演技かどうかもわからなくなっていた。

 

 ただ分かるのは、かわいい妹には似合わないということだけだった。

 

 

 

 ──そして、ついにその時がきた。

 

『そのうち、特別なお前は特別な誰かと出逢う』

『いつの間にか、お前の走りは充実したものに変わっているはずだ』

『トレセン学園で待っている』

 

 私は中学生になった。今年からはブライアンも中学生だ。

 特別な妹に相応しい特別に、私は成れたのだろうか。

 

 いや、私以外にも特別はいる。トレセン学園は強者が集いし魔境だ。

 その魔境に身を置く私もまた、すでに特別な存在のはずだ。

 

 そう思っていた。

 

『なん……だと……?』

 

 入学したばかりのはずのブライアンは、デビューしたウマ娘をあっさりと下した。

 それもメイクデビューに勝つような相手に楽々と勝利を手にした。

 

 1度や2度だったら偶然だと誰もが思った。

 2度あることは3度ある。4度も続けば疑いようはなくなった。

 

『はっやー……! ハヤヒデの妹って、すっごく速いんだね!』

 

 友人の驚く声は耳には届いていたが、私の心には何も響かなかった。

 

 私は何と相対するつもりで居た?

 ──こんな怪物染みた走りをする妹だとは知らなかった。

 

 私は何を思い高ぶっていた?

 ──今の私では影を演じる(シャドーロールの)怪物は昂ることはない。

 

『は……ハハ……』

 

 ぶつかればすり潰される。見せるべき背中の意味は、気付かぬうちに変わっていた。

 ぶつかれば食いちぎられる。背中を見せて逃げないと、せめて負けないようにしないと。

 

 

 

「ハーヤーヒーデー! 急がないと授業始まっちゃうよー!」

「はっ……?! ──ああ、そうだな、すまない」

 

 昼休みを終えるチャイムの音で目が覚める。

 ……いつの間にか、呆けていたようだ。

 

 机に広げていた弁当箱を手早く片付けて、代わりに取り出したバナナを5秒で食べ切る。

 計算していた栄養素はすべて吸収できなかったが、これで午後の授業もまだ戦える。

 

 日々前進する妹に、月進日歩の姉が勝つための方程式は未だ導き出せていない。

 ……だが、どんなに時間が掛かったとしても、いつの日かきっと。

 

 妹に『大丈夫だ』と言ってみせる。



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理想の現実

急展開……急展開すぎない? 最近のこの拙作。 >勢い任せ Ω<


「全てのウマ娘の幸福だと? なんだよ、それ……くだらない! バカげた理想を掲げやがって……ッ!」

 

 昼休みの終わりを告げた廊下を歩くのは、私独りだけだ。

 私の歩む道は誰も着いて来ていない。

 

 本来ならば、どんなに遅れても授業には出席するべきなんだろう。

 しかし、やる気が起きなければ出ようが出まいが同じ事だ。

 彼女達が歩むべき道には、私は着いて行けない。

 

 ルドルフの目は節穴だ。

 

 私はこれまで幾度(いくど)となく灯を消してきた。

 そんな私が唯一無二の未来を創れるだと? バカを言え。

 

 簡単に創れるものなら、初めから()()はなっていない。

 創る者が私である必要もない。

 

 なぜ募金は毎年行われる? ──理想があったとしても独力では実現できないからだ。

 他力本願──……()()()()の慈悲を待つだけでは、いずれ滅びゆく。

 

 中には与えられた慈悲をわざと捨て、貧困を維持することで次の慈悲を待つ集落もあるそうだ。

 親鳥からエサを与えられることに味を占めた雛鳥は自ら飛び立とうともせず、(くち)を上に開けて次のエサが来るのを待ち焦がれる。

 

 ……私達ウマ娘よりも、圧倒的に母数の多い人間でそれだ。

 理想と現実はかみ合わない。ルドルフの思想とは相容れない。

 

 私は私の置かれた境遇から自力で脱しようとしたが、周りがそれを許さなかった。

 姉貴の助力を得ても、私が周りを許さなければいけなかった。

 

 私だけは努力を怠らなかった。私には頼れる姉貴もいた。

 ルドルフの言う事が正しいなら、とうの昔に救われていたはずだ。ルドルフは間違っている。

 

 ムダだと分かっているはずだ。なぜ手を伸ばす?

 ムダだと分かりきっているのに、なぜ変えようとする?

 結局はすべて徒労に終わってしまうというのに。

 

 自分が許したところで周りは変化を許さない。受け入れようとはしない。

 世界は戻れも進めもしない現状(いま)だけを受け入れる。世界は正せない。

 

 私ではこの暗い世界は照らせない。この手で掴んだ光だけが頼りだ。

 

 先頭に立って導くのは年上の役目だろ? ──私は年下だ。

 似ていたとしても同じではない。──歩む道は異なる。

 だが何もかも違えば。──あるいは。

 

 私が歩む先は──そうだろ、センパイ。

 

 学園から私達に与えられた個室の戸を開けると、期待していたとおりにセンパイの姿がそこにあった。

 

「おっ……授業はどうした? もう始まってるぞ。俺は急用で外に出るから、お前さんも早く教室に──」

 

 ロング丈の黒いコートに、暗めの青いジーンズ。中に着たシャツだけは白い。

 首にはストップウォッチの代わりにネックレスが掛かっている。

 初めて見た。センパイは普段とは違う、外行きの格好だった。

 

 急用……外出……センパイ……私が来たのに、どこへ行く?

 ──こんな暗い世界ではアンタしか見えないのに。

 

 服装……そうだ、そんなものを着ているから私を置いて行くんだな?

 ──ダメだろ、アンタは私だけを見ていなければ。

 

「──ッ! ぅ、ああぁぁぁ……ッ!!」

「どうし──、えぇ……?」

 

 足元から崩れていく気がして、必死になってセンパイの着るコートを掴んで引き止めようとした。

 しかし、コートの裾はウマ娘の力には耐え切れず、ボロボロにちぎれ取れる。

 

 ()めるのと()めるのは、似ているようで違う。

 ──待って。行かないで。独りにしないでくれ……ッ!

 ──こんなものは……この私が破り捨ててやる……ッ!

 

 思い描いた理想と現実は違っていたとしても結果としては同じなんだろう。

 

 だというのに。なぜか悔しくて。なんでか悲しくて。

 何度も何度も手を伸ばしては掴んだ。裾は何度もちぎれとれた。

 

「なにがあったかは知らんが……一緒に来るか?」

 

 届かなかった顔が、目の前に現れる。

 

 私では何も掴めないから。センパイから私を掴みに来てくれた。

 立てなくなってもセンパイは私を立たせてくれる。

 私と一緒に、私の隣に立ってくれる。

 

「……うん」

 

 下を向いていた私の頭は、身長差により上に向かせられる。

 

「本当はサプライズにする予定だったんだがなぁ」

「……うん?」

 

 センパイは服に付いた埃を払いながら、困ったような顔をしてそんな事を言う。

 そんな予定、私は知らない。

 

「資料で見たぞ。お前さんの誕生日は5月の初めなんだろ。もう大分過ぎてるが、選抜レースをぶっちぎったお祝いも兼ねたプレゼントを買いに行くところだったんだよ」

「えっ──! ほ、本当……か?」

「本当だ。ウソを言ってどうする。シリーズでは信頼関係が物を言うんだぞ」

 

 センパイの言ったとおり、私はまだまだ子供なんだろう。

 心は現金なもので、さっきまで満ちていた感情とは別の感情で満ちている。

 

 期待という名の感情が私を支配する。

 

「それから、お前さんのことは≪ブラン≫って呼ばせてもらうぞ。≪ブライアン≫だと≪ライアン≫って子が出てきた時に紛らわしいしな。≪エリカ≫って候補もあったんだが、もはや原型ないし源氏名みたいになるしで……」

「それもゲン(かつ)ぎか?」

「おう。≪ブラン・ド・ノワール≫のブランだ。ブランはフランス語で≪白≫って意味で、ノワールは≪黒≫だ。……お前さんの外見(かみ)は黒いが、内面は白いキャンバスだ。何だって描いていける。若いってのは、可能性の獣なんだよ。酒みたいに熟成されていけ。幻のブドウで造る酒は、きっといい酒が呑める」

 

 サプライズは失敗などしていない。こんなに素適(ステキ)な言葉を送られるとは思ってもみなかった。

 

 絵だったり(ニク)だったり酒だったりと、節操はないが悪い気はしない。

 

 とても……温かい。

 

「センパイ──アンタって人は……ロマンチストなんだな」

「当たり前だろ。ウマ娘に夢を見ないでどうするんだよ」

「……むぅ」

 

 ああ言えばこう言う。……どうせ現実味のない理想なら、こっちの方が私は()い。

 

「コートは脱いでくか。ブランも髪は下ろせ。……寝癖も整えて──ヨシ! これで誰もブランとは気付かないぞ!」

「髪を下ろしただけで、そんなワケが……」

「いやこれがまた面白い話でな──」

 

 理想(センパイ)は悪い顔でこう語った。

 

 ──いわく、人の印象と認識はガバガバ。

 ──髪型を変えただけで、認識が変わる。

 ──外国の万引きの常習犯と同じ手口。

 

 嬉々として犯罪の手法を教え込むのは少しどうかと思うが、今回は目的が違う。

 

 センパイは抜かりがない。語り終えるとスマホをいじって病欠を伝えていた。

 外で買い物をしているところが噂にでもなれば、また面倒な奴が集まってくるだろう。

 これは学園で私が不利にならないための立ち回りだ。

 

 この人はどこまでも私のことを考えてくれている。その事実に心がまた温かくなる。

 

 

─────── ⏰ ───────

 

 

 到着したのは、近くのショッピングモール。

 

「ミサンガの耳飾り」

「これもゲン(かつ)ぎってな。好きな色を選んでいいぞ」

 

 私はこれまで耳飾りを付けてこなかった。走るのに邪魔だったから。

 

「なら……これ()いい」

「セット品か。願い事が2つとは、この欲張りさんめ」

 

 選んだのは青縞(あおじま)赤縞(あかじま)のセット。

 

 私のセンパイはロマンチストなんだ。

 センパイの私も少しくらいロマンを持ってもいいだろ?

 

「悪いか? 願い(ゆめ)勝利(さけ)も分かち合うものだろ? こっちはアンタの分だ。青い方は私が貰う」

「……おおう」

 

 願いが叶えばミサンガは切れるという。

 

 私の理想(ゆめ)、アンタの願い(ゆめ)が途切れないことを私は願おう。

 

 すでに叶っている願いならミサンガは決して切れはしない……そうだろ?




静かにしかし熱く燃える姉と、やさしく温められている妹。この温度差よ。


ブラン:
 伝わらない産駒名ネタその2。女の子をブーちゃん呼びは……と思ってしまった結果、衣装やら髪の色やらを鑑みてこうなりました(ハヤヒデのカラーリング含めて)。お酒はそれっぽい理由付け(こじつけ)。ブーと聞くと、どうしても雷様とか放屁が脳裏を過ぎってしまいます。多感な年頃の女の子やぞ。


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母やくたすケにきで

今回はちょっと短めの幕間話。ギャグ回とも。


「鳴り止まないなぁ……取りたくないなぁ……でも取らないとなぁ……」

「こうまでしつこいと、逆に取りたくなくなるな」

 

 スマホの着信は途切れることはなく、無機質な機械音は神経を苛立たせる。

 テーブルの上に置かれた私のスマホを前に、センパイは頭を抱えている。

 ……何がいけなかったのだろうか。私も頭を悩ませる。

 

 事の発端は、姉貴からのメールだった。

 

 

 From:姉貴

 件名  :連絡を入れろ

 

 メールや電話の折り返しが無いと、母さんが心配していたぞ。

 元気なのか、気にかけた様子だった。学園でどんな生活をしているか、とかな。() 

 

 私から伝えておいてもいいが、母さんはお前の声が聞きたいんだ。

 お前も色々と大変な時期だと思うが、母さん達の事も分かってやってほしい。

 

 誕生日の返事も『ああ』の2文字だけでは伝わらないだろう。

 そういえば、プレゼントした鉢植えは枯らしてないだろうな?

 

 

 ──便りが無いのは良い便り。

 

 便りを出す時は頼りにする時だと、辞典にもそう書かれていた。

 決して面倒だとか手間だとかではない。

 

 そもそもの話、私は電話や手紙の類いがあまり好きではない。

 話が得意とは云えないが、(じか)に会った方がまだ話しやすい。

 道具を使うのは緊急時や仕事の印象が強い。……非日常的なんだ。

 

 まあ本当にトレセン学園まで来られても対応に困るし、休日も実家に戻る気は無い。

 おふくろはどうだか知らないが、私にとっては単なる一方向の用事に過ぎない。

 

 どうしても連絡を取りたくないという訳ではないが、単純に話すことがない。

 電話を掛けても『ああ』と適当に返事をするか、無言のどちらかになるだろう。

 それでまた余計な小言を増やされては……時間の無駄だろう。気も滅入る。

 

 だが、そのまま放置しては姉貴もうるさくなってくる。

 勝手に近況を報告されて変に情報が伝わり勘繰(かんぐ)られてしまうのも面倒だ。

 ここは適当にメールの1通でも送って終わらせてしまうのが得策だろうと考えた。

 

 おふくろは私の声を聞きたいと云うが、調子を知りたいだけなら写真でも充分だ。

 そこに簡単な文面も付け加えれば完璧だろう。要は順風満帆(じゅんぷうまんぱん)だと伝わればいい。

 

『──で、俺ん所に来たワケか』

『ああ。担当トレーナーが見つかったとメールすれば、おふくろも安心するだろ』

 

 担当(トレーナー)所属(チーム)も得られなくて()()()()するウマ娘は毎年一定数は存在するそうだ。

 改めて考えてみると、信じて送り出した娘が無残な結果になっているなど確かに親にとっては気が気ではない事態かもしれない。

 

 だったら担当とのツーショット写真は何よりの証拠と成り得るだろう。

 論より証拠、百()は一見にしかずとも云う。

 

 短めのタイマーと共にスマホを卓上にセットして、センパイの隣に駆け寄った。

 ──とりあえず隣に並んで1枚。

 

『……腕を胸の前で組むのは止した方がいいな。体も正面に向けろ』

 

 ──2枚目。腕を下ろした。

 

『ちょっと愛想が足りないな』

 

 ──3枚目。ピース。

 

『ピースしたのはいいが、表情がまだ硬いな。(くち)がへの字に曲がってるし』

 

 ──4枚目。センパイの腕を取ってみた。

 

『別の意味で親御さんが心配するから別の構図にしよう。な?』

 

 ──5枚目。センパイを背にダブルピース。

 

『なんでお前、限界そうなギリギリの顔してんのコレ?』

『センパイの思いを背に走ることを思ったら、気が昂った』

『レースもないのに入れ込むのか……』

 

 その後も何枚も写真を撮ったが、崩れた表情(かお)は元に戻ることはなく……──より悪化した。

 

『はぁ……はぁ……』

『写真撮るだけで消耗した奴は、お前さんが初めてだよ』

 

 センパイに近づくと起きていた動悸は、サプライズを経て悪化していた。

 具体的には、身近に感じた時に激しく作用するようになった。

 気が落ち着かなかったのが、体に表れるようになっていた。

 

『これはこれで問題かもしれんな。クセに残らないといいが。落ち着くまで(やす)──』

『元はと言えばアナタから踏み込んできたんだ……逃げるなよ』

()()()で両腕を掴まれながら迫られると、流石に身の危険を感じるんだが?』

 

 なんやかんやあって、結局採用したのは5枚目の写真となった。

 

 

 To  :おふくろ

 件名  :何も問題ない

 添付画像:共に.png

 

 母へ

 

 やっとの思いで私のトレーナーをみつけました

 くるしいこともくろうしたこともあったけど

 たくさんの思い出を作っていけたらいいな

 すぐにはデビューできないけどがんばります

 ケガをしないように気をつけます

 にんじんとジャガイモとタマネギだけ送ってください

 きゅうりとナスとピーマンを大量に送りつけるのはやめて ()

 

 ではまた

 

 

『ん……文面はこれでいいか』

『普段とのギャップを感じる』

『……? 用件を伝えるだけならこれで充分だろ』

『まあ確かにな。文にこだわるほどでもないか。いやー、疲れた』

 

 写真を撮らせてもらった手前、送信前に文面を見せて内容の確認を取った。

 特に校正も受けることはなく、すぐにハンドサインで許可が下りた。

 

 これで面倒な案件からやっと解放されると、その時はそう思っていた。

 センパイとの撮影会は中々に楽しめたが、長く続けては色々と持ちそうにない。

 支障が出ない程度に()()を付けるべきだと。

 

『しかし、こうも平仮名(ひらがな)ばかりだと縦読みしたくなるな。──はは……やくたすけにき……、──ああっ!?』

 

 ──送信。




毎日ホーム画面(全ランダム)のどこか表れたり、一般通過してったり、中央に来た時になぜかハヤヒデがその後ろをよく通ったり、ロード画面でヒミツを主張してくるナリブさんはいまだ健在です。


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 汚いおっさん

一人称だから語りにくい世界観説明回(センパイ視点)。


 ナリタブライアン。5月3日生まれの中等部1学年。黒鹿毛のポニーテール。

 

 身長160cm、体重──kg。

 スリーサイズは大人顔負けのB91・W58・H85。

 

 早期デビューしたウマ娘に対してマッチレースを持ち掛けることが入学当初から問題視されるが、規則には反しておらず処罰などは下っていない。

 

 意外にも授業態度は悪くなく、成績も上位に位置する。

 ただし、コミュニケーション能力にやや難あり。

 

「……いつも思うが、スリーサイズまで書くものかねぇ?」

 

 コーヒーの入った紙コップを片手に、もう片方の手にある担当ウマ娘の資料に目を向ける。

 本来ならば個室なり自室なりでするべき行為だとは思うが、あいにくと俺は善良なトレーナーではない。

 

 今は授業時間中で周りに生徒の姿は無いし、中央ホールのベンチでおっさんがくつろぐくらい見逃してほしい。

 

 慣れてきたトレーナーなら誰しもこうなる。

 力を入れるべきところと、抜くべきところが分かってくるからだ。

 常に肩筋張ってたら疲れるってもんだ。

 

「そりゃ書くでしょ。勝負服の打ち合わせやら黄金比率とかあるし。──よっ、暇そうだな」

 

 その証拠に、見慣れた顔のトレーナー……佐藤が隣に腰かけた。

 流石に同業者の前で出したままにはいかないので資料はしまわせてもらう。

 

「そう言うお前こそ暇そうだな?」

「はははっ、休憩中。──誰かさんが()()になってくれたおかげで楽させてもらってんよ」

 

 佐藤が大きく笑う。暇だ休憩だと言っても俺達は仕事人間だ。

 何の目的があってやって来たのかもだいたい分かる。

 

 大方、ブランの近況(ようす)でも聞きに来たのだろう。

 

「ブラン……ブライアンなら大分おとなしいぞ」

「それな。ハモさんのおかげで助かってるよ。……敬意を表してオレも()()って呼ぼうか?」

「やめとけ。阿振野(アプリの)みたいに睨まれても助けてやらんぞ」

「おお、そりゃ怖い」

 

 ブランは規則を破らない程度に何かをやらかす、問題を起こさない問題児だ。

 変なところで頭が回るようで、下手な事を考えていると近づけない怖さがある。

 

 入学早々、デビューしたばかりのウマ娘の心をへし折って転校させたり。

 第3者の悪意なき悪意にさらされても逆手に取って粛清させたり。

 そんでもって、俺こと葉守(はもり)祐惟(ゆうい)という中年男に付きまとったりする。

 

 一風変わったウマ娘だとは思う。

 

「いやー、しかし笑っちまうね。わざわざ大井レース場に殴り込みをかけてまで早期デビューしたのに分校落ちって」

 

 そんな目に見えた()()を、うかつに踏み抜いたウマ娘の末路はどれもひどいものだ。

 例外なく分校なり地方校なりへと転校していった。

 

 メイクデビューは一般的には6月だが、大井など一部の地域または地方では4月から開催する。

 調子が乗っている内にと、駆け足でデビューしてしまうウマ娘は少ないが居る。

 

 そして、ひどい勘違いを起こす。

 

 ──自分は強いから6月まで待たなかった。

 ──自分は同期よりも1歩先を進んでいる。

 

「わざわざ手前(テメェ)から(ふるい)に掛けられにいくなんてよ」

 

 そう思っているところを、デビューどころか入学したばかりの中1にシメられ締め出される。

 佐藤がバカ笑いするのも無理もない話だ。笑いは笑いでも失笑ものの話だがな。

 

「……ブライアンが狩った中に担当でも居たか?」

「居たね。あまり言う事を聞かない奴だったから別に気にしちゃいない」

 

 佐藤は言ったとおり、気にした様子ではない。至って平常心なんだろう。

 

 早々に苦い思いをすることになった娘たちはかわいそうだが……。

 俺達中堅クラスのトレーナーは、コーヒーと同じで甘くはない。

 むしろ、苦い思いをさせられてきた。

 

「ハモさん。選抜レース見てたよ。あんな強いウマ娘を取るとか、()()()()()じゃない」

 

 世間から賞賛を与えられるのは、いつもウマ娘だ。

 強いウマ娘は持ち前の身体能力と勝負勘だけで勝ててしまう。

 

 担当となったトレーナーが取り上げられることは()()な事だ。

 ウマ娘を強くしても、元から強いウマ娘だから勝てたと思われてしまう。

 

 実際に走るのはウマ娘で、観客が求めるのも走って踊れるウマ娘だ。

 本来ならば出張ってはいけない領域なんだろう。

 

 ──だったら、代わりに出るとこ出てもらおうじゃねえか。

 

 強いウマ娘にばかり目を引かれるのは、新人(わかい)トレーナーがほとんどだ。

 居るだけの存在に成り下がろうが、勝てる勝負しかしたがらない。

 ルドルフから()()()()()を学んだ新人は数知れない。

 

 トレーナーはベテランになればなるほど、()()ウマ娘を好む。

 突出した能力がひとつもない()()に自分の経験と技術を積ませたがる。

 ……ベテランに近づくほど、自分の存在意義を示したがる。

 

 どこのホネとも知れない寒門無名の無能が、でかい面した名門名家出の天才を叩きのめす。

 そりゃ、これほど面白い事はない。ベテランだから成せる業だ。

 

 俺もこの()()()()に前回参加させてもらったから、強いウマ娘を今回取った事を不思議に思われているんだろう。

 

「それともナニかい? 第2のルドルフでも作る気かい? ……あんた、URAにはずいぶんと煮え湯を飲まされてるし」

 

 もっとも、前回は途中退場させられたが。

 

 あの日、ブランに声を掛けたのはちょっとした出来心からだ。

 

 URAは俺に関わる事で2度失敗をしている。3度目を恐れていると思った。

 元から強いウマ娘をさらに強くして、それが誰も手を出せない存在になったとしたら。

 ……そんな、ちょっとした出来心だった。

 

「出来心だったんよ……。ちょっと夢見たら現実になって襲い掛かってくるとか誰が予想できるよ?」

「えっ、何その反応」

 

 本気でスカウトする気はなかった。商売敵に回ってもそれはそれでよかった。

 ──翌日以降、なぜかブランから声を掛けてくるようになった。

 

 選抜レースの話を伝えなかったのは真意を測る意味もあった。逆スカウトしないのはなぜだ?

 ──当日、当然のようにそこに居た。歳相応にシャイだった。

 

 どんな鈍感男でも分かるくらい大きな好意を寄せてくるのは、恋に恋でもしているんだろう。

 ──連日どこまで本気かわからんが、悪い気はしない。困りはする。

 

「正直言うと、そんな大層な事は考えちゃいない。ぜんぶ成り行きだよ」

 

 そんな目に見えた()()を、うかつに踏み抜いた俺の末路はどうなることやら。

 

 まあ、こうなってしまった以上は本気でやるさ。耳飾りも呼び名も贈った。

 夢の続きを見させてくれるなら、それはありがたいことだ。

 

「成り行きねぇ……。なんにしろ、来年はハモさんのひとり勝ちかー」

「デビュー時期は未定だ」

「あ、そうなの」

 

 だが、デビュー年は()()のひとり勝ちだろう。それは否定しない。宣言もしないが。

 

 ブランはビワハヤヒデの背中を追いたがっているが、俺は追い越させるつもりでいる。

 もちろん、ルドルフをもだ。クラシックだけでなくシニアの栄冠も望むだけ被せてやる。

 

「……ところでハモさん。そのミサンガみたいなの、腕に巻いたのっていつからだっけ?」

「あー……つい最近からだな」

「ナリタブライアンが耳飾りを付けたのは?」

「……つい最近からだな」

「もうひとつ質問いいかな? ──ペアルックって知ってる?」

「あんたのような勘のいいおっさんは嫌いだよ」

 

 いや、本命は俺の方だったのかもしれん。

 

「なあ、ハモさん……ウマ娘は腕っ節が強けりゃ脚も速い。そんでもって超絶美人だ。実際に戦うのも栄誉を授かるのもみーんなウマ娘で、オレ達トレーナーのことは誰も見やしない。……そんなウマ娘達に美的感覚を破壊され尽した挙句、こんな出会いの限られた職場に押し込められて……、……将棋で遊ぶのはそんなに悪い事なんかね?」

 

 佐藤はそれだけ言うと、返答も待たずに去っていった。

 




目指せ将棋王→棋士(きし)→騎士(騎馬)→騎手→リーディングジョッキー

あっ、ふーん……。


センパイ(葉守祐惟):
 モチーフはナリブの葉っぱ。葉っぱの擬人化。苗字の葉守は「双葉(ふたば)」を変形させていった結果、葉守の神へと行き着きました。葉守の神は柏の木に宿る神様とされ、柏の木は新芽が出るまでは古い葉を落とさないことから、古葉と古馬をかけました。6話目でルドルフが故障した話をしたのも……。柏の葉といえば柏餅。柏餅といえばこどもの日。5月繋がりという意味でも、まだ子供である彼女(ナリブ)の為の彼です。決して神待ちの暗喩ではありません(目逸らし)。
 名前のほうも「祐」は天の助け≒プレイヤー=観測者の助力の意で、「惟」も契約の承諾と、担当ウマ娘の事をよく考えるという意味を持たせています。さらに「い」をちょっと伸ばせば「り」になり、漢字変換すると「狸(たぬき)」になります。そこに中年要素が加わると狸親父の出来上がり。優位、有利とも。
 初めは関係者様各位の苗字・名前を1文字ずつ割り当てた感じにしようと思っていましたが、少々無理があったのでこちらを採用しました。

佐藤トレーナー:
 モブ。同期のトレーナー。


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ウマの国☆遅筋レース。


 先の日、私の宝物が増えた。

 

 ひとつは、センパイとお揃いの耳飾り──ヒトである彼は手首に巻いた。

 

 共に競い合える強敵(とも)は未だ見つけられていないが……。

 いまなら走ることも少しは楽しめそうな気がする。

 

 人間(ヒト)はウマ娘に願いを夢みる。……だが、願いも夢も人間(ヒト)だけの特権ではない。

 

 ウマ娘にも、私にも理想(ゆめ)がある。

 

 互いに思いを乗せ合えば。思いを背にターフを駆けたら。

 そこに不満は残っても苛立ちは無くなるだろう。

 

 たとえそこで孤独であろうとも、私は彼と共に在る。──あの日、それを確信した。

 

 この思いも体も最早(もはや)私ひとりだけのものではない。

 センパイが私に尽くしてくれたように、私もセンパイに尽くしたい。

 

 ああ、私は……私を信じてくれている人へ勝利を届けたい。

 そして、レースの余熱を共に分かち合えれば、これ以上の喜びはきっとない。

 

 なるほど、初対面の時にセンパイが言っていたのはこういう事か。

 いずれ来るメイクデビューの時が、私も待ち遠しく思う。

 

「──フッ」

「え……ぶ、ブライアンさんが笑ってる……!?」

「≪高揚≫に類似した不明なステータスを視認──データ収集のため観察モードへ移行」

「あっ、メカ娘が呼応した」

 

 

 ふたつ目は、センパイのコート──もう着ないと言うのでこれも貰った。

 

 男性用なので袖に手が隠れてしまっているが、そこは追々調節……機会があれば仕立て直したい。

 コートと言っても夏用だ。生地は薄い。故に年中着ていられる。

 

 ──もちろん、今も着ている。

 

 トレセン学園の制服は紫を基調とした実にシンプルなものだ。名門故か改造は許されていない。

 遠目に見たら誰が誰だか、すぐには判別は付かないだろう。だから着た。

 

 校則では帽子やアクセサリーの類いの着用は禁止されていない。

 ルールに則ってさえいれば何を着ても許されるということだ。

 これでセンパイも、私だと識別しやすくなる。見間違えは許されない。

 

 この黒いコートはセンパイがくれた色だ。そして私の髪もまた黒い色をしている。

 朱に交われば赤くなると云うが、黒は何者にも染められない私達だけの色だ。

 センパイの色が、私の存在を色濃くする。

 

 しかし、その心は白いとセンパイは云った。どんな未来(もの)も描いていけるとも。

 だったら私はセンパイの色で──アナタ色に塗りつぶされたい。

 

 あの人の居ない日々はもう考えられない。考えたくもない。

 当初から抱いていたこの思いは日増しに強くなっていく。

 

 彼の匂いが染み込んだこの黒いコートが、私の白い肌を覆い隠す。

 ずり落ちないように()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で繋ぎ留めた。

 私は私の意志で、この色()囚われる(とらえる)と決めた。

 

 ──センパイの匂いを取り込もうと、自然と(くち)が開く。

 

 どこか倒錯的にも感じるこの行為に、無性に心が、胸の奥底からゾクゾクと震える。

 ()()()()教室(なか)で、なにかイケナイコトをしている気さえしてくる。

 

「──はぁ」

「……?」

「というか、なんで袖ダボ裾ボロの服を着てるの……?」

「さあ? なんか妙な匂いは漂ってきてるけど……って、ブルボンさんのあの顔反則……ッ!」

 

 

 みっつ目は──見所(ホネ)のあるウマ娘が見つかったことだろうか。

 

 ちらりと視線だけを向けると、焦点の合っていない目で(くち)を半開きにしている。

 何を考えているのか、自分はサイボーグだという態度で居るウマ娘。

 

 ──ミホノブルボン。

 

 少し前から坂路トレーニングで見かけるようになった。

 

 ……入学後のウマ娘の動きは、大まかに3つに別けられる。

 

 1.≪教官≫と呼ばれる学園職員の下で、簡単な指導を受ける者。

 2.チームに体験入部するか、トレーナーと契約を結ぶ者。

 3.チームかトレーナーを得て早期デビューする者。

 

 ミホノブルボンはこの1~3のどれにも当てはまらない。

 誰かが坂路トレーニングを行っていると姿を見せては許可を得て併走を始める。

 

 教官の下では重いトレーニングは出来ないから避けるのは分かる。

 チームともトレーナーとも関係を持たないのは無用な(くち)出しをされたくないからだろう。

 しかし設備は利用したい。なので一時的な監督を誰かに頼む。……なるほど、合理的ではある。

 

 そこまでして何が奴を坂路に縛り付けるのか。

 

「オマエは、どうして坂路にこだわる?」

「最終目標の達成に必要な工程だからです」

 

 ()けば、はるか遠くに気を飛ばしていたミホノブルボンは我に返った。

 ……が、返事の方はまともに返ってこない。

 

「最終目標とは、なんだ?」

「クラシック三冠の達成です」

 

 ()き方が悪かったのかと思い変えてみると、そのとおりだと返してくる。

 

 この調子で繰り返し問いていけば()()まで応えてくれそうなものだが……。

 逆を言えばそうまでしないと(はな)しはしないということだろう。

 そこまでして聞きたいとは思わない。興味もない。

 

 期待とは、すればするほど失望も大きくなる。……ウマ娘は不確定要素の塊だ。

 期待したところでデビュー時期が重ならなければ無意味だ。狩りは成立しない。

 

 現にミホノブルボンは、私との共同トレーニングにもついて来れていない。

 元々のスタミナが少ないのだろう。根性は見せるが、すぐにへばり落ちる。

 

 クラシック三冠の最終戦、菊花賞では3000mを走り切るスタミナも要求される。

 どんなウマ娘でも最後まで走れはするものの、切れる札を残せるかは……。

 だが、諦めないで取り組む努力(しせい)は私も認めるところだ。

 

 ……ウマ娘とは、つくづく因果なものだ。認めはしても期待はできない。

 

 人間はウマ娘に期待を乗せられるが、ウマ娘同士では何も乗せられない。

 分かってはいたが、ウマ娘とはなんて孤独なものなのだろうか。

 

「質問があります」

 

 そんな事を思っていると、ミホノブルボンに問いを返された。

 

「ブライアンさんは、どのようにして()()()を成功させたのでしょうか」

「は? パパ活? ……なんだ、それは?」

 

 聞き耳を立てていたのか、この発言に騒がしかった教室中がシンと静まり返る。

 周囲を見回せば、クラスメイトの顔は不安、興味、驚きなどで彩られている。

 

 顔を見れば分かることもある。()()()の意味こそ理解(わか)らないが、理解(りかい)に苦しむことを言い放ったのは分かった。

 

「トレーナーとの専属契約です」

「ああ……それでどこから()()という単語が出てくる?」

 

 教室中の視線がミホノブルボンに集中する。

 

「呼称名を≪パパ≫と変更したのは実父との区別のためです。トレーナー職に就いていた父は入学直前まで鍛えてくれました。──よって、トレーナーとは父である存在と云えます」

「女性トレーナー相手ならママ活か?」

「…………そうなります」

 

 父のような立派なトレーナーを探す活動……略して、パパ活。

 

 この釈明にある者は安堵し、またある者はつまらなそうに視線をそらした。

 ──ミホノブルボン()()()そらすことなく。

 

 誰もがこの世の終わりかと思った話は、まだ続く。

 

「どうやって契約を取り結んだかだったな。直感と執念──……それだけだ」

「インプット失敗。情報の不足を指摘。具体的な詳細を要請します」

「ハァ……ねだるな、勝ち取れ。与えられて当然の権利だと思うな」

 

 難しいことを言うつもりはない。1着もトレーナーも早い者勝ち。出遅れは致命的だ。

 やると思ったならやれ。何事も為さねば成らない。ただそれだけの事。

 

 考えるまでもない事に、ミホノブルボンは思案顔のままだ。

 

「まだ分からないか? ……そうだな、三冠の事なら生徒会長殿にでも相談してみるといい。私に助言を求めるよりは、すでにある成功例を参考にした方が合理的だ」

 

 コイツがライバル成り得るかは不明だが、この程度の助言は塩にもならん。

 むしろ……、面倒事(しお)会長殿(けむ)(まか)せてもらった。

 

 私の心を散々乱してくれた礼だ。ありがたく受け取れ。

 話しかけられる理由を作ってやったぞ。喜べよ、ルドルフ。

 

 マイナスとマイナスを掛けるとプラスになるように、面倒な者同士、()い方向に進め。

 せいぜい、トレーニングに使える程度に仕立て上げてくれ。果報は寝て待つ。

 

「ミッションを更新。次目標、生徒会長との接触。──ありがとうございました」

 

 さて、もう放課後だ。休息の時間は(しま)いとし、鍛錬に励むとしよう。

 このあとは待ちに待ったセンパイとの甘美な時間だ。胸が熱くなるな。

 

 

─────── ⏰ ───────

 

 

「失礼します。──私、ミホノブルボンはクラシック三冠の達成は可能でしょうか?」

「おお……、いきなりだな」

 

 入室して早々に、コイツはセンパイへと同じ質問を投げかけていた。

 

 ──本当に礼を失する奴があるかっ!

 

 そう、声を大にして言いたいところだが……センパイの手前、(こら)える。

 入れ込みが過ぎると判断されては、トレーニングの予定を中止されかねない。

 

『ついてく……ついてく……ブライアンさんについてく──』

『──()()。失せろ』

『やあ、ブライアッ……、──ッ?! ……!?』

 

 道中、ルドルフと出くわしたが、なぜかショボくれた顔をして遠ざかっていった。

 その結果、ミホノブルボンは私達(ふたり)だけの空間にまで着いてきた。

 

 どうしてこうなった? 私はどこで失敗をした?

 

 ……いや、コイツの考えは理解(わか)る。ルドルフの事は分からないが。

 

 なにも相談相手は三冠ウマ娘だけに留まらない。トレーナーもその中に含まれる。

 三冠の機会を与えられるのは、どのウマ娘も一生に一度だけだが……トレーナーはその例外だ。

 トレーナーは≪ウマ娘≫という()()()()()を通して何度でも出走(はし)れる立場にある。

 

 立場が違えば視点も違う。彼らは学生(わたし)よりも多く生きた時間(ぶん)だけ、それだけ多くのレースを目で追ってきたはずだ。

 繰り返し鍛えられた鑑定眼に間違えはないだろう。

 

 そして、父親が元トレーナーならば、その役割の重要性を把握していると見て間違いない。

 

 愚者は経験(じぶん)()学び、賢者は歴史(ヒト)に学ぶ。

 自分で調べるより他人に聞いた(まかせた)方が早く済む。そのための教師(ヒト)だ。

 

 なるほど合理的だな、──ふざけろ。

 

「断言はしないが、とても難しいだろうな」

「それはなぜでしょうか?」

「……今日は座学だな。ふたりとも席につけ。適正距離について教える」

 

 センパイに(うな)がされるまま仕方なく、部屋の中央にあるパイプ椅子と長机に並んで着席する。

 机の上には筆記用具が据えられていて、向こう正面には説明用のホワイトボードが置いてある。

 

 まさに至れり尽くせりだ。センパイの抜け目の無さが裏目に出たな……。

 ここまでお膳立てされていては『カエレ!』とは言えなくなる。

 

 ──ボードの前にセンパイが立って講義が始まった。

 

 今日は彼とふたりで過ごしたかったのに、な。



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