なんか団長たちの万能な姉になってたんだけど、とりま全力で推し活を楽しむわ。 (時長凜祢@二次創作主力垢)
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始まりはザンクティンゼル
気がついたら私の周りでグラブルの主人公たちとビィが寝ていたんだけど?


 くったくたになるまで仕事をこなし、自宅に帰って家事をして、やる事全部やったあと、そのまま眠りに落ちるという一人暮らし。

 会社にはセクハラパワハラその他ハラスメントが周りであるし、私もその被害に遭うことがあるし、自由時間なんて全くないこれが、私のいつものルーチンワーク。

 マジで会社辞めようかな。何度もそんなことを考えた。でも、周りはお前だけ逃げるなや的な雰囲気あるし、辞めようにも辞めることができなくて、精神を摩耗して生きることしかできなかった。

 あーあ、スマホに入れてるゲーム、やりたいこといっぱいあんのに疲れてるせいでやる気が起きねぇ……。

 まあ、でも、こんだけ厄介な職場にいるせいか、ガチャ運だけはいいんだよな。

 特に、推しPUされてるガチャに関しては、今のところ100%で推しを引くことができている。

 嬉しいんだけど、その運、別のとこにも働いてくんね?と思ってしまうのは私だけだろうか。

 

「あ゛〜〜〜〜〜……今日もマジで疲れた……。なんでうっぜぇクソ親父上司を相手にしなきゃなんねーんだよクソが……。」

 

 女でありながらこの口調は如何なものか。親がいたら絶対言われるであろう指摘が脳裏を過る中、私は手元にあったスマホを開く。

 イベントとかストーリーを走るほどの気力はないけど、インストしてるゲームのログインボーナスだけは受け取らねば。

 だって、ログボってガチャ石とか貰えるし、通算とかでも10連回せるおまけログボ貰えるからね。推しのPUのためにも、なるべく石は貯蓄したい。

 誰に言ってるのかもわからないナレーションを脳裏にしながらタプタプとスマホの画面を触る。

 あ、10連石ゲット。ラッキー。そんでサ○ゲは相変わらず色々ばら撒いてんな。

 そんなことを思いながら、サ○ゲが運営しているゲームの一つ、グランブルーファンタジーにログインをする。石が大量に手に入るっぽいし、ご馳走様です。

 いつものログイン画面にて、ビィがどこからともなく降りてくる。今日はこれと宝晶石200個のプレゼントと笑顔で言葉を紡ぐのを眺めながら、ポチッと画面をタップする。

 その瞬間流れるのは日本語に訳したらヤベェゲームソングであるParade's Lustと赤い背景をバックに水着姿をした私の最推し、グラブルの主人公たちの絶対的な敵対者の癖に、なぜか主人公たちが使う召喚石となってやってきた狡知の堕天司ことベリアル。

 この水着召喚石は、つい最近出てきた召喚石で、めちゃくちゃ露出がやばい上、濡れてペシャってる髪をタオルで拭きながらプレイヤー側に視線を向けてきている中途半端脱衣ベリアルの姿が描かれている。

 専用BGMであるParade's Lustを垂れ流しにしながら、新規ボイスを話してくれるという非常に豪華なもの。

 安定のどうして推しは大量に引き寄せてしまうのかと言いたくなるような偏った運により完凸してしたので、とりあえずホーム画面にしていたのである。

 ちなみに、この水着ベリアルの前は通常召喚石ベリアルだったり。

 

「はぁ〜〜……かっこよ。相変わらずの顔面宝具だし声もめっちゃえろかっこいいし、本当ベリアル最高〜〜……。」

 

 私はこのベリアルが大好きだ。見た目はもちろん声もいい。口を開けば下ネタと悪意ばかりの変態堕天司となってしまうが、それはそれでかなりのギャップがあり、初めて見た時から私は沼にどっぷりと浸かってしまった。

 アナゲンネーシスというダメ付き魅了アビリティを使ってくるけど、なかなかその魅了が抜けてくれないのである。

 プレイヤー的な意味ではクッソ鬱陶しいがな。魅了による行動不能状態が高確率で発生するし、クリアとかクリアオールが必須レベルだったから。

 でも、それはそれとしてキャラクターとしては清々しいほどにヴィランだから、とにかく大好きな存在だ。

 だから勝手に私は、現実にもアナゲンネーシス撃ってくんな。なかなか魅了が抜け切らないんだが?と言った気持ちで、ベリアルのボイスを狂ったように聴き続けている。

 あ〜〜〜……摩耗していた精神が癒される〜〜……。

 

「ハァ……どうせ生きるならグラブルの世界で生きてぇ……。もうこんなちっとも楽しくないクソ生活捨ててぇ……。」

 

 何度も何度も思ったことだ。現実逃避なのはわかってるし、リアルで起きるはずもない夢物語だし、気分転換の一つとして(と言っても気分転換できる日って少ないんだが)読んでる小説のようなことを望んでトラ転狙ったところで、死という終わりだけを迎えることしかできないことも理解できているけどね。

 でもさ、こんだけ疲れてんだからそれくらい考えても別にいいっしょ?

 

「あ〜〜〜………グラブルの世界に生まれ変わりたい……。そんで推し活三昧に耽りたい……。」

 

 深く深く溜息を吐き、叶いもしない願いを口にする。目を覚ましたらまた現実かぁ……。

 会社辞めてぇ………と泣きたくなる中、疲れからやってくる眠気に抗うことなく目を閉じる。

 こんなブラックな世界、さっさと捨てたい………。

 

 

 ・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚

 

 

 不意に、眠っていた意識が覚醒する。もしやもう朝になってしまったのかと少しだけショックを受ける。

 それにしてはアラームとか鳴ってないような気がするんだけど、もしかしたらアラームが聴こえないくらい寝入ってしまっていたのかもしれない。

 え?だとしたらヤバくね?完全に遅刻になるが!?

 

「……って……あれ?」

 

 ヤバイと思いながら瞼を開ける。だけど体は動かなくて、何が起こっているのかわからない。

 え?金縛り?確か金縛りの条件って疲れとかストレスとかのせいでレム睡眠のリズムが崩れると発生するんじゃ……?

 やっぱ私、精神的に危なかったのでは?え?会社辞めていい?いや、それよりも、これ本当に金縛りか?明らかにおかしいんだけど?

 だって、なんか暖かいと言うか、左右と斜め上から寝息が聴こえてきていると言うか……いや待てや。

 何で一人暮らしの家に複数の寝息があるんだよおかしいだろ。つか斜め上ってなんじゃい。

 しかも、なんか見たことない……いや、見覚えがある……?ような造りの家の中にいる気がするんだけど?

 意味がわからず瞼を開け、自分の周りを確かめるように視線を巡らせる。

 その瞬間、私は目を丸くして固まってしまった。

 

「…………………は?」

 

(いや、待って?なんで?は?意味がわからな……え?)

 

 混乱により間抜けな声しか出てこない。いったいこれはどう言う状態だ?

 なんで……なんで、グランとジータが私の左右で、そしてビィが私の斜め上の位置で丸まって眠っているんだ……?

 

 

 

 




 主人公
 なんの変哲もないOLで、二次元大好きな20代前半な男勝りと言うか姐さん的性格というか、結構個性的な性格をしている口が悪い女性。
 いつものように自室で寝ていたら、意識が不意に覚醒してしまい、目を覚ましていたら、まさかのグランとジータに挟まれて眠っていた。
 斜め上にはビィが丸まって寝ていたため大パニックを起こす。
 二次元最推しキャラクターは狡知の堕天司・ベリアル。




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マジでトリップしたんだな……

 え〜〜〜〜……と……とりあえず状況を整理しよう。

 確か、私はいつものようにくったくたになるまで仕事をして、セクハラパワハラのストレスに苛つきながらも家事をこなし、いつものようにスマホに入っているゲームにログインをしながら寝落ちた。

 寝落ちる前に開いていたのはグラブルで、いつもの日課として良い声だな〜。顔がいいな〜。癒されんな〜……とか思いながら ベリアル(最推し)の声を聴きまくってて、現実世界(リアル)なんてクソ。仕事場マジでクソ。どうせ生きるんならグラブルの世界の方が何千倍もいいわクソがって悪態を吐きながら眠っていたはずだ。

 そんで、沈むように眠ったかと思えば、意識が覚醒するような感覚に襲われて、そんで目を開けたら知らない天井が視界に広がり、グランとジータとビィが私の周りで眠ってて……?

 いやいやいやいや、整理しても意味わかんねーよ。何でグランとジータの間で眠ってんだよ私は。

 ていうかこれは夢?夢だよな?夢じゃないとおかしいよな!?

 

「……………いたい……。」

 

 夢だと思い頬を思いっきりつねってみたら、ヒリヒリとした痛みが走る。どうやらこれは現実らしい。

 え〜〜〜〜〜〜………?そりゃ、望んでたことだけどさ。まさか本当にトリップするとは思わないじゃん?

 しかも、この世界、たまに二次創作とかで見かけるグランとジータの両方が存在している世界線みたいだし。

 つか、なんでこの二人と一匹、私を囲んで寝てんだよ。嬉しいけどさ。

 え?何?私、この二人の血縁かなんかな訳?

 

 困惑しながら、なんとか私は起き上がる。よく見るとこの二人、私がよく知ってる二人に比べたらなんか小さくね?もしかして原作前?

 ふむ……まあ、なんにせよ、私はグラブルの世界に転生だか転移だかしてるみたいだな。なら、やることは一つじゃね?

 

 “よし、グラブルの世界に来たんなら全力で推し活して過ごしたろ”

 

 そう、これに限る。せっかくの空の世界なんだから、全力で楽しむのが先決ってこった。

 となりゃ、まずは騎空艇の操縦方法と訓練が必要だな。なんせ、グラブルの世界は、魔物も盗賊もマフィアもうろちょろしてる世界だ。

 現実世界以上に危険な世界に、なんの対策もなしにうろつくなんざ愚の骨頂。星晶獣をぶっ飛ばせるくらい……とまでは言わないが、ガタイのいい連中をぶっ飛ばすくらいの実力はつけないとな。

 そんなことを考えながら、私はグランとジータを起こさないようにベッドから降りようとする。

 が、その瞬間着ていた服の裾を掴まれ、引っ張られる感覚に襲われる。思わず「うお!?」と叫びかけるが、なんとか堪える。

 そして背後の方に目を向けてみれば、寝ぼけ眼のグランとジータとビィの姿があり、私の服を二人と一匹の手でガッツリと掴んできていた。

 

「えっと……起こしちゃったみたいだな……?」

 

 どうするべきだと考えた結果、とりあえずグランたちに声をかける。できることならキミらが起きないうちに色々情報を整理しておきたかったんだが……。

 つか力強!?流石は主人公たちだな!?

 

「シアン姉ちゃん……まだ外暗いよ……?」

 

「もうちょっと寝てようよシアン姉さん……。」

 

「そうだぜシアン……。まだ起きる時間じゃねーじゃねーか……。」

 

 ……シアン?シアンって誰?いや、私しかいねーわ。てか、グランとジータなんつった?

 シアン姉ちゃん?シアン姉さん?私の名前の後に姉って言葉使ったよな?

 は?え?私、シアンって名前で、グランとジータの姉さんなの?マジで!?

 

(なんつー状況だよそれ!!)

 

 確かにグラブルの世界に行きたいとは思ってたけど、こんな特殊なポジションのおまけは要らなかったんだけど!?

 内心で叫び散らしながらも、それを悟られないように表情には出さず、グラン、ジータ、ビィの順番に頭を優しく撫でる。

 

「ちょっと目が冴えちまったから、少し外の空気を吸ってくるわ。二人はまだ眠ってな。ちゃんと戻ってくるからさ。」

 

 なるべく穏やかな声音で話しかけ、何度か頭を撫で撫でしていれば、グランもジータもビィも次第にうとうとし始め、そのまま寝息を立て始めた。

 よし、眠ったなと小さく息を吐き、ベッドからそろりそろりと抜け出す。

 ん?なんか軽く光ってる剣あんな?念のため持っていくべき……あ、これ私の武器だわ。手に持った瞬間、異常なまでに馴染んでら。

 しかも、なんか手紙っぽいのも二つあるし、とりま両方持ってくか。

 

 さっさと剣と手紙二つを手にした私は、静かに家の外に出る。視界に広がるのは、画面越しに何度も観てきたザンクティンゼルの景色。

 まあ、普段画面越しにみていたのは蒼が広がる日中のもので、月が浮かぶ夜のザンクティンゼルは、ちょいと珍しい気もするが。

 そんなことを思いながら、私は手にしていた手紙の一つに視線を落とす。一つ目の手紙の封筒に記されている宛先には、私とグラン、ジータの三人の名前が記されていた。

 つまり、これは私ら全体に向けられたものと言うことだ。

 

 開封されており、何度も読んでいるのだろうか。封筒は簡単に開けることができたし、手紙にも何度も読んでいる跡が残っている。

 となると、この手紙は間違いなく彼……この世界では、私の血縁でもある父親から送られてきた例の手紙か。

 冷静に分析しながら、私は手紙をそっと開く。

 

───────────────────────

 空の青さを見つめていると見知らぬ彼方へ帰りたくなる。

 空の青さに吸われた心は遥か彼方に吹き散らされる。

 果てだ。ここは空の果てだ。

 遂にたどり着いた。

 我が子たちよ。

 星の島、イスタルシアで待つ。

───────────────────────

 

 そこには丁寧な文字でこう記されていた。うん、予想通り主人公が旅立つ原因となった手紙だな☆

 いやあ、まさか私もこれを読むことになるとはねぇ。つか、ちょいと放任が過ぎないか?

 空に魅せられた結果なんだろうか。でもさ、たまには帰ってきて顔を見せてもよくね?

 それとも帰ることができない場所にいるのかこれ?いや、でも、手紙が届くってことは、戻ろうと思えば戻れるんじゃね?

 呆れと疑問が混ざる感想を抱きながら、私はもう一つの手紙へと目を落とす。

 その宛先に記されているのは、シアンと言う私の名前だけだった。つまり、父さんは個人的に私に用があるってことか。

 いったい何が書かれてんだか……そんなことを思いながら、手紙を静かに開いてみれば、再び綺麗な文字が記されていた。

 

───────────────────────

 グランとジータのことだが、二人にはきっと、

多くの試練が降りかかることになるだろう。

 もちろん、シアン。お前にもだ。

 だからこそ二人以上に力を持っているシアンに

頼みたい。

 あの子たちに降りかかる試練、それを共に退けてほしいと。

 そして、可能であれば二人の側を離れずに、その心を優しく支えてあげてほしい。

 きっと何かの力になると思い、お前にはこの武器

を託しておく。

 旅の途中で見つけたもので、クルージーンカサドヒャンと呼ばれる剣と、アラドヴァルと呼ばれる槍だ。

 お前には迷惑を何度もかけるが、二人のことを任せる。

───────────────────────

 

「………本当、勝手な親父さんだな。」

 

 ポツリと漏れたのは手紙を読んだ感想なのか、それともこの私の本音なのか。

 それは全くわからないけど、声音はひどく穏やかで、しかし、どことなく寂しげな声音だった。

 

(イスタルシアに向かうメンバーの中には、私も含まれている……この情報は必要な情報だ。それなら、これを元に行動を取りながら、自分のやりたいことをやろうか。)

 

 深く溜息を吐きながら、ゲーム内でも見ることがなかった父親のことを脳裏に描く。

 だが、ゲーム内に登場していないし、記憶としても残っている様子がない。

 わずかにぼやけた輪郭を思い出せた気もするが、肝心な姿は思い出せない。

 これは、父さんがなかなかザンクティンゼルに帰らないからか、それとも離れている時期があまりにも長過ぎて、思い出せるほどの記憶が存在していないのか、はたまた、転生・転移をした代償に、いくらか記憶が削られてしまったのか。

 どれが正解かはわからない。だが、自分のやることだけは理解できる。

 なるべくグランたちと過ごしながら、私は私で個人で動くこと。少しでも二人の負担を減らすために、情報収集や、いざと言う時の手助けを行うこと。

 推し活はそのついでの流れでやって、メインは二人のサポートだ。

 助言ができるなら助言を行い、力添えができるなら、二人の剣となり戦おう。

 

「………てか、アラドヴァルは太陽神ルーの槍で、クルージーンカサドヒャンは、クー・フラン……クー・フーリンとも呼ばれていたアルスターの英雄の武器なんですが?」

 

 何でそんなものを子供に贈ってんだよ親父さん……。

 

 

 




 シアン
 グラブルの世界に行きたいと考えていたが、まさかのグランとジータの姉として存在することになるとは思わなかった女性。
 主人公の父親であり、この世界では自分の父親でもある旅人に対して、呆れと疑問と少しの寂しさを抱きながらも、自分のやることを決める。
 推し活はするが、それは旅の流れに任せ、まずは空の世界で父親の情報収集をするつもりでいる。
 髪の色と輪郭はジータ。目元や口元、瞳の色はグランと同じのちょっとしたイケカワ少女となっており、長い髪をポニーテールで高く結っている。身長は高め。

 グラン
 シアンの弟で、ジータの双子の兄。ある意味シアンは親代わりのようなものなので、彼女に甘えたがる節があり、離れてるとちょっと落ち着かない。

 ジータ
 シアンの妹でグランの双子の妹。グランと同様に親代わりのような存在である姉のシアンに甘えたがる節があり、離れてるとちょっと落ち着かない。

 ビィ
 シアンたちのもう一人の家族である赤い竜。グランとジータとも長い付き合いだが、シアンはそれ以上に付き合いがある。
 三人のことを、オイラの大切な家族で相棒と考えているようで、三人の誰が相手でも相棒と呼び慕うことがあるが、シアンからはやめろと言われているらしい。


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グランたちより強いのか私は……(困惑)

 父さんの手紙を月明かりを頼りに読み終えて、自宅へと戻ってベッドに戻ると、遅いと言われてグランとジータに拗ねられるイベントを迎えるというおかしな展開になりながらも、朝日が昇るまで二度寝をし、外が明るくなってきたら、全員を起こして朝食を取る。

 これまでやれ会社だ家事だと忙しくしていた中で、ここまで穏やかな時間を過ごしたのは久しぶりのことだった。

 しかも、一緒にいるのはグランとジータとビィ。グラブルの主人公と重要メンバー。

 彼らの家族として存在できるこの状況は、なかなか嬉しいものである。

 そうそう。グランとジータのことなんだけど、どうやら二人は双子のようだ。

 二卵性の双子らしく、グランの方が兄で、ジータの方が妹らしい。

 なんでそれがわかったのかと言うと、あまりにも二人の息がぴったりだったので、相変わらず仲がいいなと笑いながら言ったところ、双子だからねと笑顔で返された。

 どちらが先に生まれたのかわかった理由は、グランとジータが一つだけ残ったパンを取り合っていた際、ジータが兄なら譲ってよと軽く喧嘩したことから発覚した。

 残ったパン?ビィが食べたよ。キリがないからジャンケンで勝った方が食べたらどうか提案したら、すぐに二人してジャンケンを始めたんだが、ちゃっかしビィも乱入しててね。

 双子のアイコの確率の高さが発生すると同時に、それを逆手に取ったビィの一人勝ちだったんだ。

 そんで、グランとジータの二人が、「「あ〜〜〜!?」」って叫んで、ビィが「へっへーん、オイラの勝ちだぜ!」って笑顔で言っておりました。

 まさかの伏兵に、私は思わず苦笑いをしたよね……。

 

 ……と、まあ、グランとジータと私とビィの関係がどう言ったものかを情報として獲得しながら、現在はザンクティンゼルの森の側に来ている。

 ザンクティンゼルの森って言ったらどこかわかるよね?そう、あの祠が奥にある森の中だ。

 何しにきたのかと言うと、まあ簡単に言うと修行のためだね。

 私たち宛に送られてきた父さんからの手紙。“星の島、イスタルシアで待つ”と言う一文。

 これを読んだ私たちがやることは一つ。“十分な力を身につけて、イスタルシアを目指して舵を切ること”。

 そのためには修行を重ねる必要がある。外の島には、ザンクティンゼル周辺にいる魔物以上に強いのがうろついているのだから。

 そう思って始めたんだけどね……。

 

「ほらほら、動きが鈍くなってんぞ〜。」

 

「ハァ……ハァ……ちょ、シアン姉ちゃん……!!いったいどんだけ強いの!?」

 

「ハァ……ハァ……全然シアン姉さんから一本も取れない……。」

 

「グラン。ジータ。大丈夫か?」

 

 ……何この差?え?めっちゃグランとジータ息切れ起こしてるのに、私はピンピンしてるんだが?

 ていうか、二人の攻撃全部躱せちゃったしいなしちゃったんだけど。え、怖……。

 ただ、何と言うか……二人の攻撃は、かなり遅く見えた気がする。

 隙だらけと言うか、上手く重心を移動させることができていないと言うか……。

 それに、木刀でグランたちの武器をいなしたり受け止めたりする時、かなり衝撃が軽い気がした。

 そのせいか二人から同時に攻撃を仕掛けられても全部受け止めることができたし、そのまま弾き飛ばすこともできた。

 武器なんて持ったことないはずなんだけどな。武器の振り方も全部頭にあるし、どうすれば攻撃を弾くことができるかすぐに答えを出せてしまう。

 これってもしかしなくても、私もスーパーザンクティンゼル人になっていたりする……?

 いや、それにしてはおかしいでしょうが。なんで主人公になりうる二人を圧倒してんだよおい。

 

「相変わらず二人とも踏み込みが甘いな。木刀で何度も受け止めたけど、ここまで攻撃が軽いとは思わなかったよ?」

 

「シアン姉ちゃんが強すぎるだけじゃないかな……?」

 

「それ思った。どうやったらシアン姉さんみたいに強くなれるの?私たち、全然シアン姉さんに追いつけないんだけど……。」

 

 ……いや、既に呼吸を整え終わってるじゃないかキミらも。

 にしても……最初手紙を見た時は、私がグランとジータの主人公組以上の力を持ち合わせてるわけねーだろ草、とか思っていたけど、どうやら手紙に記されていたことは本当だったらしい。

 これは、主人公たちの姉になってしまったがゆえの宿命なのか、それとも転生、または転移した際に得てしまった特典なのか。

 まあ、でも……これだけ身体能力や体力に恵まれているのはありがたいものだ。

 パンピーだった時のままとかだったら普通にこの世界じゃ死ねるしね。流石にそれだとこの世界を満喫できないし、グランたちの手助けもできやしない。

 だから、ある意味助かったな。こっちの世界の自分が、それなりに恵まれたものだったのは。

 これなら、空の世界を自由に旅することもできるし、父さんの情報を集める際の不便さもない。

 騎空士としての仕事もなんとか受けることができそうだし、安心したよ。

 

「強くなるコツかぁ……。つっても、ただひたすら特訓するしか思いつかないな。休息を挟みつつ特訓をこなし、その日の体調によっては特訓メニューの増減をして、そんで、自分に一番合った戦闘スタイルを判断する。それが基本だからな。もちろん、ちゃんと飯食って眠っての日常も行う。じゃなきゃ、体が持たねーよ。あとはまあ……日々の積み重ねかね。ほら、私とグランとジータじゃ、特訓を重ねた日数が全然違うだろ?」

 

「それはまぁ、確かに……。」

 

「私たち、シアン姉さんよりあとから特訓を始めたもんね……。」

 

「つまりはそう言うこと。何事もちりつも。少量だとしても、経験を重ねて重ねて重ねまくって、悪いところは改善し、いいところはどんどん伸ばしていく。私の強さは、結果的についてきたもので、グランたちはもう少し経験を重ねる必要があるってわけだ。まあ、安心しな。二人なら将来的に必ず、私と同レベルか、それ以上の力を身につけることができるからさ。」

 

「ホント!?」

 

「私たちもシアン姉さんみたいになれる!?」

 

「あったりまえだろう?だって、果てまで行った父さんの子供で、今は二人を上回っている、姉である私の最高の弟と妹なんだからさ。」

 

「「うん!!頑張る!!」」

 

 無邪気な笑顔で私の言葉に頷くグランとジータを見ながら、私は小さく笑みを浮かべる。

 “大丈夫。二人はこの世界の中心になる主人公たちなんだから、私なんかすぐに追い越すさ。”

 そんなことを思いながら。

 だが、私だって負けたくない。主人公たちのいい揮発材になるために……と言うのもあるが、なんか弟と妹に負ける姉ってちょっと嫌じゃん?なんつーの?年上としての意地?

 二人のことは応援してるけど、やっぱり負けんのはなんかなーって思うんだよね。意外と私って負けず嫌いだからさ。

 だから、二人には申し訳ないけど、もうちょい私の横も上もお預けだ。

 

「さて、んじゃ、とりあえず休憩挟むか。何かをやり遂げるために、ちゃんと体や精神を休ませて、オンオフはっきりさせることも大切な訓練だしな。」

 

「わかった!」

 

「シアン姉さん、お茶飲も?お菓子も持ってきたよ!」

 

「オーケイ。じゃあ、一旦腰を下ろしますかねっと。」

 

 その場に座り込めば、すぐにグランとジータが隣に座り、ビィが私の頭の上に乗っかる。

 いや、意外とビィ重いな!?グランもジータも平然と乗せてるが、こんな感じだったのか……。

 ああ、でも、この体は慣れてんのかね?すぐになんともなくなったわ。

 そんなことを思いながら、ジータが差し出してきたお茶を受け取り、水分補給としてそれを飲む。

 ……そうだ。ザンクティンゼルなら例のジョブⅣスーパーおばあちゃんいるし、時間がある時にでも訓練つけてもらえねーかな……?

 

 

 




 シアン
 グランとジータを上回る身体能力と体力を持っていたことにビビり散らしながらも、二人に訓練をつけている姉。
 武器は剣と槍が主力だと思い込んでいるが、実は知らないだけで、グランたちと同じく全部の武器が使えるタイプ。
 今は二人を上回っているが、いずれは二人に全て超えられるだろうと考えている。
 ……のだが、実はどこまで行っても二人を上回ったままになることもまだ知らない。
 攻守スピード体力全てが桁違いで、バランスもかなり取れたステータスをしている。

 グラン
 シアンに敵わない特異点その①。
 どうやら少々隙がありすぎるようで、毎回そこを突かれて木刀を弾き飛ばされる。
 パワーと防御と体力に自信あり!ポテンシャルもかなりのもの!な少年ではあるが、どうやらスピード差で姉には負けるらしい。

 ジータ
 シアンに敵わない特異点その②。
 どうやら重心移動が少しだけ下手なようで、毎回そこを突かれて木刀を弾き飛ばされる。
 スピードと体力に自信あり!ポテンシャルもかなりのもの!な少女ではあるが、それを上回るパワーと、スピード差で姉には負けるらしい。

 ビィ
 相変わらずシアンはつえーなー……と苦笑いをしながら、双子と彼女の訓練を眺めていた赤い竜。
 やっぱり親父さんの娘なんだなー……と考えながら、双子の訓練を応援中!


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何でもお見通しお婆ちゃん

 グランとジータの今日の訓練を終えた私は、僕らはもう少し特訓してみる!と口にして森に残った二人から離れて、フラフラとザンクティンゼルを歩き、例の何でもお見通しお婆ちゃんを軽く探す。

 すると、ある家から一人のおばあさんが出てきては、私の方に目を向けてきた。

 

「ふぇふぇふぇ……そろそろ来ると思ったよシアン。」

 

「ワォ……」

 

 思わずどこかの風紀委員長のような言葉を漏らしてしまう。

 もしやと思って近づいてみれば、すかさず来ると思ったよと言われて驚かない人はいないだろう。

 本当にこのオババ様は何でもお見通しなんだな。エスパーかよ。

 

「そう言えばアンタには話していたねぇ。婆やが英雄様たちと旅をしていたことがある話を。昔からアンタも婆やと同じで、まるで何でも知っているかのように話しかけて来た。懐かしいねぇ。幼い頃のアンタが、“おばあちゃん、実は強いんじゃない?”と無邪気に笑いながら聞いて来た日が。それからだったかねぇ。婆やがあらゆる技術を教えたのは。」

 

 ……まさかの私のお師匠様でした。マジか。

 つか、小さい時の私、このオババ様の実力を見抜いて技術を教えてもらってたんかい。

 道理で体力も身体能力も戦闘技術も高いわけだわ。

 

「それじゃあ、少し開けた場所に移動しようかねぇ。シアンには既に、教えることができるものは全て教えておいたが、まだまだ伸び代はあるからねぇ。いずれ旅に出るその時まで、技術の伸ばし方をたくさん教えておいてあげようねぇ。」

 

「うん。ありがとう、おばあちゃん。」

 

 その上、まだまだ伸ばすの手伝ってくれるんだ。助かるわ。

 

「あの子たちは……まだまだ芽吹いたばかりのようだ。いずれシアンと同じように大輪の花を咲かせ、成熟した果実になると思うし、まだまだ長生きしないといけないねぇ。」

 

「グランたちにも、英雄様たちの技術を教えてくれるんだね。」

 

「ふぇふぇふぇ……当たり前だろうに。あの子たちもアンタも、のちに大きなことを成し遂げる。だが、そのためには必要な力がたくさんある。だからこそ、成熟し、力を扱えると判断できた若者に技術を教え、後世にまで伝えるのさ。」

 

 穏やかに笑いながらグランとジータの二人にも技術を教える理由を口にする何でもお見通しオババ様。

 その言葉にそっか、と短く相槌を打ちながら、彼女のあとをついていく。

 開けた場所に着いたら、このオババ様、ゲーム同様にババアを舐めんじゃないよ!!とかキエー!!とか言うのだろうか。

 

 

 

 ・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚

 

 

 結論。思った以上にオババ様の攻撃は苛烈だった。

 何とか全部防ぐこともできたし、時には躱すこともできたけど、お年寄りとは思えないほどに力がある上隙がない。

 なんなんだこのばあちゃん……ゲームをやってた時も思ったけど強すぎでは……?

 引きつった笑みを浮かべそうになりながら、一つ息を吐く。

 うん、かなり強かったけど、普通に動きについていけたな。グランとジータに比べたら、かなりキツイ手合いだったけど。

 

「ちゃんと教えたことはマスターしているようだねぇ。アンタなら、これから先旅に出ても、問題なく試練を乗り越えそうだよ。もしかしたら、旅の途中でもっと力をつけることができるようになるかもしれないねぇ。」

 

「旅の途中でもっと力をつける……ね。それって、この広い空にゃ、おばあちゃんみたいな人間が他にもいるかもしれないってこと?」

 

「その通りさ。空は広い。一度旅をしたことがあるこの婆やが保証するよ。だから、もし、そんな相手に出会すようなことがあれば、遠慮なくその技術を学び、自身の力へと変えるといいさ。」

 

「そう。じゃあ、旅を始めた際は、おばあちゃんみたいな人がいないか探しながらうろついてみようかね。」

 

「それもまた一興だろうねぇ。」

 

 先程まで苛烈な攻撃を放ってきた老婆から一変し、孫を見守るかのような穏やかな表情を見せるオババ様を少しだけ見つめたのち、私はその場で頭を下げる。

 

「今日もありがとうございました。」

 

「いいんだよ。若者の力になれるなら本望さ。まだしばらくはザンクティンゼルに滞在するのだろう?ならば、いつでも来るといい。技術を高めたいと言うのであれば、この婆やが胸を貸してあげるからねぇ。」

 

「うん。でも、無理だけはしないでくれよ?いくらまだまだ現役だとしても、いつガタが来るかわかんないんだからさ、世の中って。」

 

「ふぇふぇふぇ……あたしゃまだまだやって行けるさね。だが、まあ、言いたいこともわからなくもないからねぇ。気をつけようかね。」

 

 私の頭を優しく撫でながら、精進するんだよと言ってくるオババ様の言葉に頷きながら、改めてお礼を言ってこの場を立ち去る。

 グランとジータはまだ帰ってこないみたいだし、今のうちにこの世界での自分のことをしっかりと知識として入れておかないと。

 なんかボロが出そうだしね。

 ……日記とかアルバムみたいな都合のいい情報源、自宅にありゃいいんだけど。

 

 

 




 シアン
 力をつけるため何でもお見通し婆ちゃんの元へ向かったところ、かのからいろいろ学んでいたことを知っちゃった特異点の姉。
 とりあえず自分のことを知るために、訓練終了後、グランたちが戻ってくるまで自宅を漁る。

 何でもお見通し婆ちゃん
 お馴染みのジョブⅣ伝授をしてくれていた元騎空士の老婆。
 グラン、ジータ、シアン三人にはかなりの才能を見出しており、自信が身につけていたかつての騎空士たちの技術を教えるため絶賛長生き中。
 老婆曰く、三人の中でもシアンはずば抜けて成長速度が速いため、教え甲斐があり、双子たちはこれから先、多くを経験してその才能を実らせるだろうとのこと。


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シアンと言う存在

 何でもお見通し婆ちゃんの訓練を終え、自宅へと戻った私は、グランとジータの生家であり、この世界での私の生家でもあるそこの本棚を漁っていた。

 日記やアルバムのようなものはないか、せめて、自分の年齢がわかるものはないかと思いながら。

 それにより見つけることができたのは、小さなアルバムだった。

 写っているのは一人の赤ん坊。よく見るとそれには、“シアンが生まれた日”という文字が記されている。

 自分が生まれた日か……と思いながら、パラパラとめくってみると、新しい写真が見つかる。

 そこには“双子に興味津々な6歳の可愛い女の子”という文字がある。つまり、私とグランたちは6歳違いってことか。

 確か、原作グランたちが15歳の男の子だったはずだから、原作開始時の私は21歳?へぇ……酒飲めるじゃん。居酒屋やバーって情報収集に最適だから入れるようになっておきたかったんだよね。

 年齢がわかったことに小さく笑みを浮かべながらも、私はアルバムを見る。だが、よく見るとアルバムはそこで終わっており、この後のこと……今に至るまでの内容はわからなかった。

 

「……アルバムはここまでか。」

 

 空白ばかりが続くアルバムを見ながらポツリと呟く。本来なら記録を残すためのものだけど、父親がなかなか戻らない分、残す機会がほとんどなかったのだろうか?

 よく見るとどの写真も両親の顔は写っていない。女性の手と思わしきものや、男性の指と思わしきものはちらほらと写り込んでいるのに。

 

 少しだけ残念に思いながらも、“双子に興味津々な6歳の女の子”という題名が記されている写真を引き抜き、撮った日付と年を今のカレンダーと合わせて見る。

 どうやら、これは9年前の写真だったようだ。

 

「……となると、私の今の年齢は、ゲーム内でのグランたちと同じくらいの歳なのか。そんで、グランとジータの二人は、現在9歳っと。」

 

 自分の年齢をそれにより判断した私は、アルバムに写真を収めたのち、アルバムを本棚へと戻す。

 日記……は、やっぱりないな。これまで何をしてきたか知りたかったんだけどな。

 一つ溜め息を吐きながら、私は本棚にある書物をなぞる。すると、騎空艇の操舵方法が記されているものを見つけることができた。

 すかさずそれを手に取れば、記されている内容に目を通す。よく見るとそれには、真新しい文字が記されていた。

 もしやと思い、近くにあった紙にシアンと言う名前を書き記す。それによりこれを記したのは私自身であることがわかった。

 なるほど……どうやら、元の世界の記憶を宿す前の私も、いずれはザンクティンゼルの外に出るつもりだったな?

 

「へぇ……勉強したノートも残ってんじゃん。」

 

 いいものを見つけたと笑みを浮かべ、ノートを手に取り中を見る。そこにはびっしりと騎空艇を操舵する際に必要なことや、気をつけるべきことが記されていた。

 どうやら、この私はかなり勉強熱心だったようだ。

 ペラペラと流し読みする要領で記されているものを記憶に叩き込む。一度勉強をしているからか知らないけど、すぐに吸収することができた。

 全て読み終わり、手にしていたノートを本棚に収める。他に知識として得て問題なさそうなものは……と。

 ん?

 

「これ……料理のレシピか。こっちは物作りに使えそうなレシピだ。へぇ……こんなものまで勉強していたのか。」

 

 趣味としてか、それともこれらを利用することによりお金を稼ぐためか……。

 どちらかわからないけど、こう言う知識はあればあるほど役に立つ。

 

(あ、お酒の作り方まで書いてる……。何を勉強してたんだ私は。)

 

 何と言うか……覚えることができそうなものは全部覚えてる感じだな。

 道理でスペックがおかしなことになっているわけだ。しかも、全部これまで私が学んできたものだからか、しっかりと記憶に刻むことができてるし、本当に何でもできそうだ。

 でも、お酒の作り方ってちょっと面白いな。可能だったら、これを利用して空飛ぶバーでも開店してみようかね。

 まあ、飲酒運転はいけないから、私は作るだけ作って飲むことはしないつもりだけど。

 

(これは……アクセサリーの作り方か。騎空士として行動を取っていれば、アクセサリーの材料になりそうなものとか見つけることができそうだし、そう言うの見つけ次第、アクセサリーを売りながら生計を立てるのもいいかも知れない。)

 

 あ、コーヒーや紅茶の淹れ方も学んでる。知識欲凄すぎないか空の世界の私。

 ファーさん程じゃないと思うけど、何かを学ぶことが好きだったんだろうな。向こうの私とは大違いだ。

 まあ、お陰でこれから不自由なく過ごせそうだし、これは大切に保管して、ザンクティンゼルから出た際、持って行くとしますかね。

 

「ザンクティンゼルを出たら、まずはどこか過ごし易そうな場所に拠点を置くか。一番いいのはアウギュステかな。」

 

 なんせ私は海が好きだ。キラキラと太陽の光を反射する昼の海も、オレンジ色に輝く夕暮れの海も、月光の柱を出現させる夜の海も。

 と言うか、水が兎に角好きだった。だって綺麗じゃん。キラキラゆらゆらしてさ。

 だから湖を眺めるのも好きだったし、いつか熱海や沖縄に永住したいと思うくらいには、海を好んでいた。

 色とりどりの珊瑚礁。そこを住処にして集まる熱帯魚。岩の隙間に潜り込むウツボに、悠々と泳ぐジンベエザメ。

 はしゃぐように泳ぐイルカや、存在感を一等放つクジラたち。美しく輝く蒼の世界は、とても癒されるものだった。

 いつか水族館巡りをしたいと考えていたけど今は叶わない夢。それなら、住むところは海がある場所がいい。

 

「うん。ザンクティンゼルから出てまず向かうのはアウギュステだな。そんで、住めそうな物件を見つけることができたらお金を貯めてそれを買って、そこを拠点にしながら情報収集+推し活だ。」

 

 これから先どうするかを考えながら、生家内にあるシアンと言う存在……この世界での私のカケラを集めて行く。

 だって、こっちの世界に何らかの拍子にやって来たって記憶を思い出してから、こっちの自分の記憶が軽く曖昧になってるからな。

 だから、カケラを集めて行って、そんで元の形に戻して行くってワケ。

 いざと言う時ボロが出たらめんどくさいしな。それに、実は前世の記憶があるんです!なんて言われて誰が素直に信じるよ?

 私だったらバカなんじゃねーの?頭打った?ってなるね。自身がこんな風に経験してなかったらな。

 

 誰に説明してんのかわかんないけど、そんなことを実況しながら曖昧な記憶を補完する。

 さて……旅に出るとしたら、いつ頃がいいかねぇ……。

 

 

 

 




 シアン
 ようやく自分の年齢がわかった特異点たちの姉。
 OLだった自分の記憶を持って空の世界にやって来たため、OLだった記憶を思い出す前の自分の記憶が軽く曖昧になっていた。
 しかし、生家内にある情報からその記憶を少しずつ保管して行くことにより、こっちの記憶も徐々に取り戻しつつある。
 一つ目の目標は、ザンクティンゼルを出てアウギュステに拠点を移すこと。
 理由海が好きだから海の近くで暮らしたいと言うOLだった自分の望みを叶えるため。
 なお、将来的にアウギュステで過ごせる代わりに、アウギュステでの自宅が厄介者たちの溜まり場と化すことはまだ知らない。


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旅立ちは数ヶ月後

 自身の情報を整理した日から早くも二ヶ月が経った。最初は戸惑いばかりの空の世界を、なんとか得た知識で乗り越えていた当初に比べたら、かなりこの世界に馴染んだと思う。

 そうそう。鏡を見た時思ったんだけど、まじまじと見てみると私って結構見た目がかっこいい寄りの女だったわ。

 出るところはちゃんと出て、引っ込むところは引っ込んでいると言うなかなかバランスの取れた完璧なスタイルで、ここまでイケメンな美女になってるとは思いもよらなかった。

 なんだろう……目元や目の色、口元はグランに似ていて、輪郭や髪の色はジータそっくりって感じかね?

 二人を足して割った感じ。そんな雰囲気に私はなっている。

 ちなみに、髪の毛はグランに似てて癖毛気味だったりする。こんな見た目になるとは思いもよらなかったわ。

 そんなことを思いながら、私は今日の日課を済ます。いわゆる双子の訓練と、何でもお見通し婆ちゃん師匠の個人的訓練をこなしたところだ。

 

「ふぇふぇふぇ……やっぱりシアンは父親の血が濃いねぇ。力も戦闘センスも全て継いで生まれている。おまけに変わった力を持ち合わせているようだ。まるで、相手の戦力を見極めて、それに合わせた身体能力の向上や、攻撃力や防御力を上昇させ、互角か上回るくらいに調節して立ち回っているかのようだ。」

 

「……………マジ?」

 

「おや、無意識だったんだねぇ。」

 

 そんなことを考えながら訓練を行っていると、何でもお見通し婆ちゃんから、とんでもない指摘を受けてしまった。

 どうやら私は、相手の戦闘力に合わせて自身の戦闘力を調節して互角、または上回った状態にして戦っていたらしい。

 そんなアビリティ保有して戦うキャラクターいたっけ……?いなかったよね……?

 てことは私が保有しているアビリティの一つ……?とんでもないな。

 あれかな。空の民相手には上回る能力を。星晶獣相手には互角の能力を発揮させるとか?

 でも、ある意味で助かるアビリティでもある。それを使えば、まず大敗することだけはないだろう。

 まあ、相手に合わせるってことは、長期戦向けの能力っぽさがあるけどな。ゲームで言う、消去不能の累積攻撃力UP、累積防御力UPみたいな能力なんだろうし。

 そんで、上限まで累積したら、ダメージ上限とか上がるみたいな感じ。

 ………長期戦になりがちな高難易度マルチに丁度良い能力だな……とか一瞬考えちゃったけど、この世界、ゲームじゃなくてリアルだからマルチなんてないんだった。

 

「その力は天賦の才とも呼べるものだからねぇ。大切にするんだよ。」

 

「うん。」

 

 何でもお見通し婆ちゃんの言葉に頷けば、彼女は小さく笑みを浮かべる。

 そして、私のことを真っ直ぐと見据えながら、静かに口を開いた。

 

「あんたに教えることはもうほとんどない。その才覚があれば、余程のことがない限り負けることもないだろうね。だから、あと数ヶ月で全てを仕上げるよ。そして、広い世界を見ておいで。あんたの父親と母親のように。」

 

「わかったよ、おばあちゃん。そうだ……グランとジータとビィのことなんだけど……」

 

「あの子たちのことは、島にいる人間に任せな。婆やもサポートは十全にするつもりだしね。だからシアンは心置きなく旅をするといい。騎空艇に乗る時に必要なお金は、もうすでに貯めているんだろう?」

 

「うん。ありがとう。」

 

 何でもお見通し婆ちゃんを含めた島の住人にグランたちのことを託せば、任せておけと頼もしい言葉が返ってくる。

 この島にいる人々なら、ちゃんとグランたちを育ててくれそうだ。

 まあ、時折戻ってくるつもりではあるけどね。家族が全く帰ってこないと言うのは、なかなか寂しいものだから。

 ……本当はグランたちも連れて行きたかったけど、今はまだ時期尚早。二人にはやっぱり、あの出会いから旅を始めてほしいから、姉ちゃんは先に島を出るよ。

 

「じゃあ、残りの数ヶ月。よろしくお願いします、師匠。」

 

「ふぇふぇふぇ……師匠とはなかなか言ってくれるじゃないか。いいだろう。旅立つその時まで、この婆やがしっかりとしごいてあげよう。かかってくるといい。その力を伸ばせるだけ伸ばすんだ。」

 

 何でもお見通し婆ちゃんの言葉に静かに頷いたあと、私は腰に携えていた剣であるクルージーンカサドヒャンを構える。

 何でもお見通し婆ちゃん曰く、実際に剣を使うこともまた一つの訓練だとのことらしく、木剣や木刀とはまた違った戦い方を身につけることができるようだ。

 これを完璧に扱ってこそ、真の騎空士と言えるだろうとは、おばあちゃん談である。

 

「……そう言えばおばあちゃん。」

 

「なんだい?」

 

「私が使ってるこの武器……クルージーンカサドヒャンって言うんだけどさ。これって、私だけしか持ってない武器になんのかな?」

 

「そうだねぇ……長く旅した中で、それと同じ武器は見たことがないし、それ程までに魔力を含む武器であるにも関わらず、名前も聞いたことがない。間違いなくシアンだけの武器と言えるだろうさ。それがどうかしたのかい?」

 

「うーん……まあ、ちょっとね。」

 

 あれ?よくよく考えたらこれ……シエテに会ったら剣拓関係で話しかけられる案件では……?天星剣王と勝負しろと……?

 え?無理じゃね?推しの最強剣士なんだが?

 あ、でも、負けるのはちょっと癪だな〜……推しとは言え最強の剣士と戦う機会なんてないしな〜……。

 うん──

 

「………とりあえず、剣はマスターしなくては。」

 

「あんたは全部の武器を扱えるだろう?それを伸ばせるだけ伸ばすことをおススメするよ。」

 

 ………全武器使えるとか聞いてないですおばあちゃん。早く言って?

 

 




 シアン
 自分の武器が珍しいものであることを確認したのち、来るかもしれないシエテ来襲に備えて剣を磨こうとした特異点たちの姉。
 しかし、何でもお見通し婆ちゃんの全武器が使える発言により、全部マスターした方がいいじゃん……と遠い目をした。
 無意識のうちにだが、戦闘する相手に合わせて自身の攻撃力や防御力を変化させ、必ず互角か上回るレベルに調節することができるアビリティを持ち合わせていた。
 まだマスターしてないので、基本的には互角かちょっと遅れを取るレベルになってしまう。

 何でもお見通し婆ちゃん
 完全にシアンの師匠となっているお見通し婆ちゃん。
 いつ頃旅経てばいいかアドバイスをして、その日が来るまでシアンに訓練をつけることを約束する。
 シアンがいなくなったら、今度はグランたちが実るまで待とうかねぇ……。



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いざ行かん、空の世界

 旅に出るその日までに伸ばせるだけ自身の実力を伸ばすため、訓練と日常生活を送ること数ヶ月。

 今日、私はザンクティンゼルに到着した騎空艇を使い、この島から外へと出て行く。

 何でもお見通し婆ちゃんから、実力に関してはお墨付き。あとは、旅の中でも実力を伸ばして、6年後旅立つことになるグランたちに力添えをしながら推し活を始めるのみだ。

 そう意気込んで騎空艇の停泊場……いわゆる港に足を運んでみたら、グランたちに待ち伏せされていたシアンです。

 

「シアン姉ちゃん!!今日旅に出るなんて聞いてないんだけど!?」

 

「いつか出るとは言っていたけど、今日出るとは思わなかったんだけど!?」

 

「オイラたちに黙って行こうとしたんだろうけどそうもいかねぇぜ!」

 

「………マジかよ。」

 

 目の前で仁王立ちしているグランとジータ、そして、腕を組んでドヤ顔をしながらふわふわ浮いているビィの姿に思わず困惑した表情をしてしまう。

 この数ヶ月でグランたちが私のことをかなり好いていることはわかったし、自分たちもついて行くと駄々こねられると思ったから黙って行こうと思ったんだけど、まさかバレているとは思わなかった。

 

「何でバレたんだ?」

 

「何でもお見通し婆ちゃんが教えてくれたんだぜ!」

 

「今日、シアン姉さんが島の外に出て行くと思うって聞いた時はびっくりしたんだから!!」

 

「何で僕たちに話してくれなかったの!?」

 

「私たちも一緒に行きたかったのに!!」

 

「あんたらまだ9歳だ。9歳を旅に同行させることなんざできるわけないだろ?」

 

「「訓練してるもん!!」」

 

「訓練してるからって連れて行ってもらえるとは思わないこったな。」

 

 こうなるのわかってたから言わなかったのにと溜息を吐きそうになる。

 ったく……主人公’sってば姉ちゃん大好きっ子過ぎるだろ。まあ、多分、父親と母親の二人がなかなか戻ってこないから、姉貴が親代わりをしていたんだろうし、9歳と言う甘えたがり盛りが離れるわけないか。

 でもな……この二人との旅立ちを待っていたらちょいと時間がかかるんたんなぁ……。

 

「大丈夫だよ。父さんみたいにずっと帰らないってことはしない。定期的に顔は出すって。まあ、定期的っつっても、その時その時による騎空艇の様子を見てから戻る形になっちまうだろうから、タイミングは測りにくいがな。」

 

「「………………。」」

 

「睨むな。」

 

「無理だと思うぜ……?」

 

 拗ねたような表情をしてこちらを見据えてくる双子に思わず苦笑いをこぼしてしまう。

 ビィ……睨むなと言う言葉をあっさり一蹴してくるのはやめてくれ。

 

「そうだなぁ……二人が旅に出る時が来たら、アウギュステって名前の島をまず目指すといいよ。一応、私の計画では、そこに拠点を構える形で生活する予定だからさ。」

 

「アウギュステ?」

 

「どんな島なんだろう?」

 

「話によると、海って呼ばれる水溜りがあるみたいだな。水の元素が強いんだろうよ。それに、海ってかなり綺麗らしいぞ?空の色みたいに綺麗な蒼で、時間によっては赤やオレンジ色になり、時には星空も映し出して、空と海、両方で星空を楽しめるんだってさ。そんな綺麗な景色、一度は見てみたいもんだろう?あと、海って時期によっちゃ泳げるんだってさ。だから行ってみたいって思ったんだ。」

 

「へぇ……そんな場所があんのかぁ……。」

 

「確かに行ってみたいかも。シアン姉ちゃんと一緒に海を見てみたいよ。」

 

「私も!」

 

「だろ?」

 

「「だから私/僕たちも連れてって!!」」

 

「やっぱりそっちに戻るんかい!!!!」

 

 何とか意識を背けることができたかと思えば戻ってきてしまった連れて行けの話。

 ツッコミを入れてしまったのは仕方ないと思いたい。反射的だったんだ。

 

「あんたらを連れて行くのは時期尚早なんだよ。それに、外の島には、ここいら付近にいるような魔物とは明らかに強さが異なる魔物が沢山いるって聞いてるしな。そんな手に余るような魔物と戦う時、二人を守りながら戦うのは無理だ。」

 

「僕らはそんなに弱くないよ!!」

 

「シアン姉さんにいっぱい訓練つけてもらってるんだよ!?私たちだって魔物と戦えるってば!!」

 

「へぇ?あんなに重心ガッタガタで隙だらけだってのに?」

 

「ゔっ……」

 

「それは………」

 

 こちらの指摘に言葉を詰まらせるグランとジータの姿に、やれやれと思わず肩をすくめる。

 確かに、グランとジータは強い。私がシアンとして転生だか転移だかをしたことに気づいた数日間の時に比べたら、二人は私の戦闘スタイルやアドバイスを基に、その実力を次々と伸ばしてきた。

 それは数ヶ月間ずっと見ていたからよくわかる。この二人はこうしている間も進化をし続けていると。

 だが、だからと言ってまだ島の外に出ていいような実力でもない。その実力にはまだまだ届いていないのである。

 

「二人が強くなってんのは私でもよくわかってる。ずっと見ていたからな。でも、だからと言ってその実力で旅に行けるかと言われたらまず無理だと誰だって答えるぞ。重心がガタついて隙がある……と言うのも理由の一つだが、それ以前にまず二人は筋力が少ない。一般の9歳に比べたらある方ではあるが、騎空士側からしたらそんなので強い魔物とやりあえるのかと問いたくなるレベルの力だ。木刀は持ってるみたいだし、ちょっと構えてみろ。」

 

「「?」」

 

 私の言葉に首を傾げながら、グランとジータは木刀を構える。それを確認した私は、自分の武器であるクルージーンと、アラドヴァルを鞘に入れたまま振り下ろす。

 本気の力ではなく、かなり加減した力のままに。

 こちらが振り下ろした武器を受け止めるグランとジータ。だが、二人はすかさず目を見開き、表情を歪めた。

 手元にある感覚から、二人はこちらの武器を押し返そうとしているようだが、全くと言っていいほど押し返せていない。

 

「全然押し返せてないな。こっちはかなり加減してるぞ?」

 

「「!!?」」

 

 私の言葉にグランたちが目を見開く。加減された力だけで、しかも片手だけで押さえつけられていることに驚いているようだ。

 

「だから時期尚早なんだよ。あんたら二人は、まだ島の外の魔物に対抗できるほどの力を持ち合わせていない。この程度の力を押し返せないようじゃ、魔物に押し倒されてそのままジ・エンドだ。旅に行きたいなら、もうちょい力をつけてからにしな。二人を守りながら戦えるほど、私も器用じゃないんでね。」

 

 連れていけない理由を口にしながら、私は手にしていた武器で二人の木刀を弾き飛ばす。

 そこまで強くない力で弾き飛ばしたにも関わらず、木刀を弾き飛ばされた二人は、そのまま地面に尻餅をついた。

 

「もう少し強くなったら連れて行ってあげるよ。それまでは良い子でお留守番してな。」

 

「「む〜〜〜〜…………」」

 

「グランとジータがあっさり押さえつけられちまった……」

 

 ビィがポカンとした表情をしながら、再び拗ねてしまったグランとジータの二人に目を向ける。

 その姿を確認した私は、クルージーンを腰に提げ、背中にアラドヴァルを背負う。

 同時に、この場に停泊している騎空艇の乗組員が、もうすぐ出るから乗る奴は早く乗るようにと指示を出す声が聞こえてきた。

 

「まあ、しっかりと修行を積みたまえ若人よ。二人がこっちの力を押し返せるくらいになったら、連れて行くことを考えてやるからさ。」

 

「「!!」」

 

 そんじゃあ、私も急がなくては。そう思った私は、グランとジータに修行を積み重ねることで強くなったら連れて行ってやると伝える。

 私の言葉を聞いた二人は、顔を上げて私に目を向けてくる。本当かと言う質問をするように。

 その姿に笑みを浮かべた私は、グランとジータとビィの頭を撫でたのち、地面を蹴り上げてもうすぐ出港する島の外に行くための騎空艇に乗り込む。

 

「またな、グラン、ジータ、ビィ!私が戻ってくるまで、ちゃんと修行しとけよ!!」

 

 騎空艇の甲板からグランとジータとビィに声をかければ、二人は目を丸くしたのち、騎空艇の方に近寄ってくる。

 近寄り過ぎると危ないため、停泊場にいる人々がこれ以上近づいたら危ないと声をかけられ、二人はすぐに足を止める。

 

「絶対いつか連れて行ってよね!!」

 

「シアン姉さんが戻って来るまでちゃんと修行してるから!!」

 

「グランとジータのことは任せろ!!オイラがちゃんと面倒を見とくからよ!!あ、でも、ちゃんと帰って来るんだぜシアン!!あと戻って来る時はりんご買って帰ってくれよな!!」

 

「わかってるよ!!」

 

 大きな声で私に言葉をかけて来るグランたちに、同じように声を張り上げて返事をする。

 同時に騎空艇が動き出し、これに乗って島の外に出る人の身内や、友人たちの見送りの声を聞きながら、グランたちに手を振る。

 グランたちも私に手を振りかえしてくれている。すごく無邪気な笑顔で。

 うん。旅立ちの日に見るのが涙じゃなくて笑顔でよかったよ。

 

「……さてと……何でもできちゃう万能な女の子になっちゃったし、戦闘技術もかなり身につけちゃったからな。これを全力で使用しながら、空の世界を満喫するか。」

 

 停泊場から離れて行く騎空艇。広がる世界はどこまでも続く蒼い空。

 下に目を向けてみるが、蒼い世界は途絶えることがなく、遥か下の方まで続いている。

 この下のさらに下にあるのが、赤い地平……いわゆる空の底と呼ばれている混沌とした世界……何だろうけど、ここからは見える様子がない。

 どんなもんか一回見てみたかったんだがな……とちょっとだけ残念に思いながら、私は甲板から世界を見る。

 穏やかで気持ちいい風を浴びながら、いざ行かん、空の世界の旅へ!!

 

 

 




 シアン
 ザンクティンゼルでグランたちと過ごしたことにより、グランたちがどれだけシアンと言う姉が好きなのかを把握、バレたら間違いなく自分たちも連れていけと言われることを理解したため黙って行こうとしたが当日にバレていた。
 原作通りの出会いと旅立ちを迎えてほしいのと、9歳の子供を連れて行くわけにはいかないと言う考えから自身が持ち合わせている力により、片手だけで押さえつけながらわからせることで説得し、何とかついてこようとしていたのを阻止した。
 ザンクティンゼルの外に出た以上、全力で楽しみながら推し活(推しキャラを眺めること)をする気満々である。

 グラン&ジータ
 シアンが黙って旅に出ようとしたことを知らされ、旅立ち当日に停泊場で待ち伏せをして、あわよくば彼女の旅について行こうとしていた特異点の卵たち。
 しかし、かなり加減した力だけで両方とも動きを封じられた上、手加減した振り下ろし攻撃すらも押し返せないことを教えられた結果、シアンの旅に同行することを一旦諦める。
 押し返せるようになったら連れて行ってやると言う言葉を信じて、彼女が旅立ったあと、全力で修行する。




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アウギュステの生活
特異点たちの姉は、アウギュステに降り立つ


「ん〜〜〜!!着いた〜〜〜〜〜!!」

 

 ザンクティンゼルから騎空艇に乗り、途中でポート・ブリーズやバルツと言ったお馴染みの島に停泊したりしたけど、とうとう私は、自身の目的地であったアウギュステへとたどり着いた。

 ゲーム内でも表現されていた通り、この島は多くの人で賑わっている。

 辺りにはアクセサリー屋だったりお土産屋だったりと様々な店が並んでおり、多くの観光客が辺り一面にひしめいている。

 

(お〜〜〜!!これがアウギュステ!!ゲームにもあったように、めちゃくちゃ人が集まってる〜〜〜!!)

 

 思わず目を輝かせてしまうのも仕方ないと思いたい。なんせ、憧れだった島に私は上陸しているのだから。

 

「店を見て回るのもいいけど、まずは人脈作りからだよな。まあ、私の目的の人物なんざ、ただ一人だけなんだけどさ。」

 

 私が目的としている人物。それはもちろん、我らがよろず屋シェロカルテ。

 彼女と繋がりを持てば、この世界で生活するための基盤を整えることができる。

 特に、彼女は仕事を斡旋してくれることがあるからね。彼女を通じて流れ込んできた依頼をこなし、報酬は生活費と貯金に割り当てて、目指すはアウギュステに滞在するための家!ってね。

 OL時代から海が見える家に住みたいって思ってたわけだし、ここで叶えられるなら叶えたい。

 

「さて……彼女は今日ここにいんのかね……っと。」

 

 そんなことを思いながら、私は人通りが多い道を歩いて行く。辺りに視線を巡らせながら、彼女を見逃さないように。

 だが、ハーヴィンってちまっこいんだよな……。こっち、OLのときに比べてかなり身長が高くなってるから見逃さないといいんだが……。

 え?私の身長?元は163cm。こっちだとまさかの167.5cm。4.5cmあったんだよね。なんとなく測ってみたらさ。

 しかも今の年齢は15歳。つまり、生活の仕方によっちゃ、成人した際普通に170cm超えの女になっちまうんですがそれは……って話よ。

 別に高いことを悪いとは思わないけどね。周りから見たらどんな感じになるのやらって思わなくもないわけで。

 まあ、今はそんなのどうでもいいか。

 

(グラブルのゲーム内では、シェロカルテはグランたちの行く先々で店を開いてよろず屋を経営していたが、さて……。主人公たちのような旅をしているわけじゃない私にも、そのどこにでもいて、どこにもいないよろず屋設定は適応されてんのかね。)

 

 適応されてなかったらどうすっかな……。一応、ザンクティンゼルで度々魔物退治や近隣の人の手伝いをすることで稼いでいたルピはあるけど、かなりの量があるわけじゃない。

 宿屋生活で二週間くらい過ごせるか過ごせないか金額を持ち歩いている程度だから、できればシェロにはいてほしいところなんだけど。

 そんなことを考え込みながらアウギュステの出店街を歩き回る。すると、中央広場かな?と思ってしまうほど広い場所に出た。

 辺りを見渡してみると、ヒューマン、ハーヴィン、ドラフにエルーンと様々な種族の空の民が歩き回っている。

 カップルと思わしき人や、夫婦と思わしき人、他にも、いろんな関係の人がそこら中にいる。

 ……改めて見ると、本当にグラブルの世界って不思議な種族構成してるよな。

 OLの時も、顔立ちや肌の色、他にも色々と違う人々が暮らしていたけど、ここまでいろんな耳とか身長をしてるような種族構成ではなかった。

 流石ハイファンタジー世界。テ○ルズシリーズみたいにいろんな姿形をしている生き物だらけの場所だ。

 本当に、夢みたいな世界に来たんだなと改めて認識する。

 

 あ〜〜〜……早く魔法とかアビリティを使ってファンタジーを楽しみて〜〜〜!!

 推しキャラを遠くから眺めて尊いって感動して〜〜〜!!

 グランたちが旅に出たら、それとなく合流して、イベントも経験して〜〜〜!!

 どう空三部作全部参加したいし、組織イベやトンチキイベにも参加したいなぁ〜〜〜!!

 コラボイベとかもやんのかな?鬼滅とかギアスとかのイベ。絶対楽しいだろうなぁ……。

 

 あ、そういや、グランとジータ二人ともいたけど、どっちがルリアと命のリンク繋げんだろ?

 いや、まあ、できることなら、その話の前にザンクティンゼルに戻って、二人を助けてやりたいんだけどさ。

 でもなぁ……そうしたら物語が進まないんだよな……。あれ?つか、あのイベが発生すんのって何月だ?グラブルが始まった月日とか?

 …………うん、わからん。もしかしたら間に合わねーかも。そうなったらごめん。

 どっちが特異点になるかわかんねーけど、もしかしたら姉ちゃん、助けることできないかも……。

 痛い思いするよな絶対……と少しだけ頭を抱えたくなりながらも、広場の中を歩き回る。

 

「いらっしゃいませ〜。ポーションやオールポーション、旅に役立つ品が揃ってますよ〜。」

 

 すると、ものすごく聞き覚えのある声が鼓膜を揺らした。すぐに声の方へと目を向けてみれば、そこには一人のハーヴィンがおり、笑顔で客引きを行なっている姿が見えた。

 間違いなくあれはシェロカルテ!!早い段階で出会いたかった存在来た─────!!

 テンション爆上げにしながら、会いたかった存在に目を向けていると、相手も私に気づいたようで、キョトンとした表情をこちらに向けてくる。

 しかし、すぐににっこりと愛らしい笑顔を見せながら、ぺこりと頭を下げてきた。

 ちょうどポーションとかも欲しかったし、ここは早速お話と行きますか!

 

 

 




 シアン
 アウギュステに降り立った特異点たちの姉。
 シェロカルテと面識を作りたくて探し回った結果、見事なまでにシェロカルテを見つけることができた。
 ついでにポーションも買いたかったので、お話ついでに購入しようと考える。

 シェロカルテ
 アウギュステにたどり着いたシアンが見つけた新たな重要人物。
 たまたまメイヴィスと同時期にアウギュステにて商売をしていた。
 自身に目を向けてきているシアンの視線に気づいたので、笑顔で彼女に頭を下げる。
 シアンはただ者じゃないと気づいていたりいなかったり?


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よろず屋で雇ってもらえることになりました。

「なるほど〜。シアンさんはご自身の両親を探してザンクティンゼルからやって来たんですね〜……」

 

「ああ。本当は、一緒に自分の弟たちも連れて行きたかったんだが、まだあの子たちは力がちょいと弱くてね。危ないから私一人でこっちに来たんだ。まあ、いずれあの子らも旅に出るだろうし、もし見かけたら何かしら協力をしてやってくれ。可能なら、私にも協力してもらいたいところなんだが……」

 

「もちろん構いませんよ〜。依頼の斡旋、物品の売買、何でもござれのよろず屋にお任せあれ〜。」

 

 シェロカルテと出会い、買い物ついでに自分の目的をシェロカルテに話せばにこにこと笑顔を見せてながら、シェロカルテは私に協力をすることを口にしてくれた。

 それによっしゃと内心でガッツポーズをする。まさか、ここまであっさりと人脈をゲットできるとは思わなかった。

 いや、まあ、シェロカルテはよろず屋なだけあって、協力をして欲しいと告げれば手を貸してくれるとは思っていたけど、ここまでサラッといくとは思わなかったのである。

 

「そう言えば、シアンさんは何やら珍しい武器をお持ちですね〜。そちらの武器はどうされたのですか〜?」

 

「この武器は、空の果てに辿り着いた父さんが送って来た武器なんだ。いずれ旅に出て、弟たちと共に、自分の元に来いって理由で送られて来た。まあ、その下準備として、私は今一人でいるんだが……。」

 

「そうだったんですね〜。どちらも、凄まじい力が秘められている武器で、扱うにはかなり鍛錬が必要になるものなのに、送ってくると言うことは、シアンさんなら扱えると信じられているんでしょうね〜。」

 

「だとしたら嬉しいけどね。」

 

 シェロカルテから告げられた、使えると信じられたから送られて来たんだろうと言う言葉に小さく笑う。

 扱うのはかなり難しい武器だが、私なら扱える……か。そう思ってもらえているなら、本当に嬉しいものだ。

 

「なぁ、シェロカルテ。」

 

「はい。何でしょうか〜?」

 

「私に斡旋できる依頼ってあるか?あるなら引き受けたいんだ。魔物退治でも護衛でも、やれることはやるつもりだからさ。家を買うにせよ、宿屋に泊まるにせよ、お金は必要になってくるから少しずつでも足しにしていきたいんだよな。」

 

「もちろんありますよ〜。それと、宿屋に関してはご心配なく〜。私、よろず屋の他にもいくつか事業をやっておりまして、こっちのアウギュステにも泊まれる場所を経営しているんですよ〜。そこを手伝ってくださるならば、シアンさんを従業員の一人として扱い、特別に宿屋にある一室を無償でお貸ししますよ〜。」

 

「マジ?だとしたら助かるよ。そうそう、こう見えて私、料理も菓子作りもカクテルを作るのも得意なんだ。身につけることができる技術や、興味が湧いた技術は一通りマスターしていてね。よろず屋の他にもやる仕事があるならいつでも言ってくれ。手伝うよ。」

 

「本当ですか〜!?とても助かります〜!実はですね〜……時期によってはかなり多忙な上、人手不足になることがありまして〜……お手伝いしてくださる方がいると心強いです〜!」

 

「そうか。なら交渉成立だな。手伝いとかはするから、さっきの条件で働かせてもらえると私も助かる。」

 

「お任せください〜。あ、そうそう。私でよければ、シアンさんのお家探しを手伝いますよ〜。海が見える家がいいのですよね〜?」

 

「ああ。海が見える家に住むのも夢の一つでね。弟たちも、海に興味を持ってるから、いつでも海が見えたり、海に行けたりする家があったらいいなって思ってるんだ。」

 

「なるほど〜。条件は把握いたしました。その夢のお手伝いもいたしますね〜。」

 

「ありがとう。もし、ある程度改装すれば、海が見えるバーとかも経営できそうな場所があったら、優先的に教えてもらえるか?」

 

「わかりました〜。そのような家がありましたら、しっかりとお教えしますね〜。」

 

 まさか、こんな依頼もあっさりと引き受けてくれるとは思わなかった。だが、まあ、ありがたいものである。

 その分、シェロカルテの仕事はしっかりと手伝わないとな。じゃないと、私の方ばかりメリットを得ることになる。

 

「では、シアンさんのことを、私の仕事を手伝ってくださる臨時従業員として登録しておきますね〜。そうすれば、シアンさんも働きやすいと思いますので〜。」

 

「ああ。そうだ……よろず屋の仕事を手伝う中、合間合間にちょっと抜けて、父さんたちのことを調べたいんだけど……」

 

「もちろん大丈夫ですよ〜。ただ、場合によっては抜けられると困る時がありますので……」

 

「もちろん、大丈夫な時だけ離れるよ。仕事をサボるわけにはいかないしね。」

 

「ありがとうございます〜。では、これからよろしくお願いしますね〜。」

 

「ああ。世話になるよ、シェロカルテ。」

 

「シェロで構いませんよ〜。シェロカルテって、ちょっと長いので。」

 

「そうか?じゃあ、シェロって呼ぶわ。私のことは、シアンとでも呼んでくれ。」

 

「はい。では、早速登録次第お仕事を手伝ってくれますか?」

 

「いいよ。何をすればいい?」

 

「実はですね〜……少しだけ品切れしているものがありまして〜……。全部、アウギュステで集めることができるものですので、一緒に集めて欲しいんですよ〜。」

 

「オーケイ。何が必要か教えてくれ。」

 

 なんと言うか、思ったより凄いことになってしまったような気がしてならないが、働かせてもらえる上、宿屋の部屋を一室無償で使わせてくれるようなのでよし。

 その分お金を貯めやすくなるし、十分貯まったら使わせてもらった分のお礼も返そう。

 そんなことを思いながら、私は目の前にいるこれからの上司と話を進める。

 ……まあ、アウギュステから離れる際、ついて来て欲しいと言われたらちゃんとついていくし、アウギュステ内で任せたいものがあるから任せていいかと言われたら、すぐにそれを引き受けようか。

 さて……どんな日常になるのやら。

 

 

 




 シアン
 アウギュステでシェロカルテと接触し、流れのままに彼女の仕事を手伝う臨時従業員として雇ってもらうことになった特異点たちの姉。
 仕事を手伝う代わりに部屋を無償で貸してもらえると言う話はかなりありがたいものだったので、すぐに引き受けた。
 これから先、シェロカルテと行動を取ることになるのだが、その行く先々で推しに出会しまくることをまだ知らない。

 シェロカルテ
 我らがよろず屋シェロカルテ。アウギュステで出会したシアンの夢の話を聞き、自分の仕事の手伝いをしてくれるなら、その夢を叶えるための手伝いをすることを提案し、臨時従業員としてよろず屋で雇うことにした。
 シアンを雇った理由の一つは、相当な実力を持ち合わせていなければ扱い難いと本能的に察知することができた武器、アラドヴァルとクルージーンを見て、問題なく扱えるほどの実力を持ち合わせていることを見抜けたため。




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初めてのお仕事は資材調達と魔物退治

『実はですねぇ……近隣、アウギュステの海に大量発生している魔物がおりまして〜……その魔物を倒せば、こちらが必要としているものも手に入りますので、そちらの大幅討伐を行なってほしいのですよ〜。』

 

『へぇ……そりゃ大変なことで。魚を獲る人らにとっちゃ、魔物の大量発生は、獲りたい魚の横取りによる不漁とか、怪我の発生に繋がるから迷惑なことこの上ないな。』

 

『そうなんですよ〜。お願いできますか〜?』

 

『もち。任せといてくれ。』

 

 ───と、シェロと話したのはつい数十分前。現在の私は、彼女に言われた場所である、アウギュステの漁港にやってきていた。

 そこにいたのは大量のカニ。名前は一ポチオーバーキルばっかしていたせいで何だったか忘れたけど、よく出てくるアレだった。

 いやぁ、かなりの量がわんさかいる!何度も何度もぶっ飛ばしてるけど、なかなか減ってくれないときた!

 

「……何で大量発生したんだよこいつら。」

 

 あまりにも予想外の量に軽くうんざりする。最初のうちはカニ鍋作れたりしてとか思っていたが、こうまで多いとなると、そんな風に言ってられなくなってしまった。

 アウギュステのトンチキイベントだけでいいって、海洋系魔物の大量発生なんてさ。

 

「はぁ……ったく、一掃するか……。」

 

 そんなことを思いながら、私は背に背負っていたアラドヴァルを鞘から外す。

 これ、炎を纏っているだけあり、火属性の武器になるから、水属性の魔物相手には少々効き難いんだが、放つ技の火力は、クルージーンカサドヒャンよりはるかに上で、流石、太陽神ルーが持ち合わせていた武器を基にしてるだけある。

 

「まぁ、だからと言って、その火力まで再現しなくてもいいけどなぁ!!」

 

 叫ぶように言葉を放ち、アラドヴァルに魔力を回して一振りすれば、そこから放たれるのは広範囲の炎。

 使う場所を間違えれば都市すらも焼き尽くしてしまうこの槍の力は、制御するのがなかなか難しいらしいが、父さんの手紙に書かれていたように、私は制御の仕方を知っている。

 なぜ知ってるのかはわからない。教えてもらったのか、それとも独学なのか……ただ、不思議とこの槍には何かしら意志のようなものが存在しているような感覚があり、それに従っていれば火力を最大限引き出しながらも、余計な犠牲は出さなくても済む気がする。

 まぁ、使えるならいいか……。

 

 そんなことを思いながら薙ぎ払いと切り上げ、突きを組み合わせてアラドヴァルを振り回す。

 同時に発生する炎の斬撃は、大量発生している魔物を悉く燃やし、切り裂いていく。

 槍って突くだけの武器じゃないんだな。

 

「大半は倒せたが、まだわんさかいやがるな……めんどくさ……」

 

 いくらやってもわんさかいる魔物に軽くうんざりしながら、私はアラドヴァルに込める魔力量を上げる。

 島に影響が及ぶことがなく、同時に、必要なアイテムを壊すことがない、ギリギリの範囲にまで上げたそれにより、アラドヴァルが纏う炎は、遥かに強大なものへと変化する。

 

「一気に燃やしてやるさ。焼きガニにでもなってな!!フレイムバイレエグゼキューション!!」

 

 それを確認したのち、私が放ったのは、アラドヴァルを持っている時に使用することができる奥義技であるフレイムバイレエグゼキューション。

 先程まで使っていた火属性の斬撃やら刺突やらを行なっている通常攻撃とは違い、高火力の乱舞技となっている。

 ゲームではシステム上、ブッパした奥義は全体ではなく単体になっていたが、ここは現実。

 そのため、剣舞のように舞いながら、槍を振り回して斬撃を放ち、全体的に魔物を一掃することもできるというわけだ。

 まぁ、私のこの乱舞攻撃は、乱舞中の火力はそこまで高くないと言うか、大ダメージになると言うわけでもなく、雑魚を一掃する程度の火力しか持ち合わせていない。

 だか、この攻撃の終わりに放つことが可能な攻撃は、みみっちいダメージとは程遠い最高出力のものになる。

 

「これでしまいだ!!燃え尽きろビーム!!」

 

 ───ちなみにこれはおふざけである。ほら、たまにあるだろ?特に某スマホの型月ゲームであるF●Oとかのレア演出時のおふざけ台詞。

 それみたいなノリでちょっと言ってみたり。〇〇ビーム!って言っちゃうぐだ鯖とか、ぐだ鯖じゃないけどモリ●ティー光線!!とか言っちゃう青年とかいたからね。

 普段はこんな言葉を使ったりはしない。ただ、あまりにもカニが多すぎてな。ヤケクソになった。

 ……私が放った最高火力の火炎放射ならぬ灼熱の何かは、触れた魔物を次々と燃やし尽くしながら、真っ直ぐとその場を駆ける。

 最終的に着弾したのは、このカニたちの中でも明らかにでかい体躯を持ち合わせているカニ。

 爆発音すら立てることなく、それを貫いた炎は着弾と同時に消え去り、後にはぷすぷすに焦げた焼きガニだけが残された。

 

「でっかいカニは黒焦げまっくろくろすけガニになっただけですんだが、それまでに触れたカニは溶けてないこれ?加減したんだけどな……。まぁ、地面とか周りの自然には被害出てないみたいだし、溶けちまったカニに関しては、シェロに謝るか……。必要素材、十分取れるといいんだが……」

 

 でかいカニの生死を確認したのち、周りにいた雑魚ガニの状況を見て、少しばかりやっちまった感を覚える。

 まぁ、でもやるべきことは終わらせることができたみたいだから良しとしようか。

 しっかし、アラドヴァルって本当におかしな能力値を持ち合わせているは……。

 加減してもこれとか、ちゃんと力を身につけてる人間じゃないと扱いきれないって言われているのにも納得だわ。

 そんなことを思いながら、私はアラドヴァルに込めていた魔力を止める。

 すると、炎は瞬く間に消え去り、後には熱を帯びた槍だけが残る。

 まぁ、この槍も程なくして熱がなくなるんだけどさ。

 

「うわ〜……すごいですね〜……。」

 

 熱がなくなったアラドヴァルを、鞘の中へと戻していると、背後から聞き慣れた声が聞こえてくる。

 すぐに視線を後方に向ければ、そこには案の定シェロがおり、びっくり仰天と言った表情を見せながら、目の前に広がる焼きガニ祭りの惨状を見つめていた。

 

「加減してブッパしたはずなんだが、思った以上に火力出てな……。悪い。結構派手にやらかした。」

 

「大丈夫ですよ〜。大量発生していたスニッパーとランページシェルを間引いて欲しいと言う話も上がっていましたので〜。にしても、本当にシアンさんが使うアラドヴァルは高火力の武器ですね〜……。ただならぬ気配を感じてはいましたが、これほどまでとは〜……。」

 

「私も驚いてるよ。ったく……こんな武器を15の娘に渡すとか、私の親は何やってんだか……」

 

「ですが、完璧に制御しているじゃないですか〜。まぁ、ちょっと魔力を込める量が強すぎたみたいですが、周りの自然や地面には被害を出しておらず、魔物だけを的確に貫いているのは、流石だと言えますよ〜?」

 

「そうか?まぁ、それならいいんだが……。」

 

 それはそれとして、やっぱり火力は高過ぎるだろ……と口から出そうになった文句は何とか飲み込み、蜘蛛の子を散らすように逃げ帰るかなり減ったカニ……スニッパーとランページシェル……?は、そそくさと海に帰って行く。

 なんか、逃げ惑う様子からこんなところで暮らしていられるか!!的な感情を感じてしまったんだが……よかった……のか……?

 

 

 




 シアン
 シェロカルテのよろず屋を手伝うことにしたのちの特異点たちの姉。
 基本はクルージーンカサドヒャンを振るうが、状況に応じ、クルージーン以上の火力を誇るアラドヴァルを使用する。
 太陽神ルーが使用していた槍と言われていただけあり、その槍に魔力を流し込めば、炎を利用した攻撃が可能になり、同時に火属性の攻撃が一気に上がる。
 魔力を込める量により、火力を変化させることができ、本気で魔力を込めた場合のアラドヴァルを使うと、島一つは間違いなく消し去るレベルの力になるため、調節して使っている。

 シェロカルテ
 シアンに仕事を斡旋したはいいが、あまりにも高い火力により、間引き対象だったスニッパーとランページシェルが軽く溶解してしまってる様子を見てびっくり仰天。
 しかし、それでも島や地形にダメージを与えない繊細な調節を施したことがわかったため、シアンを褒めた。
 必要な素材ですか〜?たくさん取れましたので、在庫いっぱいになりましたよ〜。


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シェロカルテの宿屋

 大量発生した魔物の間引きを済ませ、必要な素材等の回収も完了し、その後もシェロから頼まれたちょっとした雑用をこなしながら過ごすこと数時間。

 時間帯は夕方となり、少しずつ空の蒼も薄れていた。まぁ、だからと言って観光地であるアウギュステの人が減ることはあまり無いんだけど。

 いやぁ……観光客ってどの時間帯であっても多いモンなんだな。まぁ、多少は減ってるんだろうけど、1割程度じゃなかろうか。

 

「初日だと言うのに、たくさん仕事を手伝ってくださり、ありがとございます〜。疲れたでしょう?」

 

「……いんや?別に体力的な面からして、そこまで疲れたわけじゃ無いが……シェロって大変なんだな。こんなにたくさんの仕事を、今までワンマンでやってたのか。」

 

「頼もしいお言葉、ありがとうございます〜。そうですね……繁忙期などは、お手伝いをしてくださる方が結構いるのですが、基本的には一人でこなしていた感じですね〜。でも、それくらいでめげたりはしないシェロちゃんなのでした〜。」

 

「なるほどな。流石、騎空士たちを相手にもするよろず屋さんだな、」

 

「うふふ〜。ですが、やはり手伝ってもらえるのは非常に助かります〜。一人でできる作業量……と言うのもかなり限られていますからね〜。なので、シアンさんが手伝ってくれると聞いた時は、とても嬉しかったんですよ〜。」

 

 そんなことを思いながら、シェロと互いに労りの言葉をかける。この数時間の間で、彼女とはそれなりに仲を深めることができたと思う。

 いやぁ、非常にありがたい。騎空士となってグランたちの手助けもしながら推し活をするんだとしたらなおさらな。

 このまま、シェロと仲を深めていけば、これから先の行動に何かしらの影響も発生するだろう。良い意味で。

 

「では、そろそろよろず屋は店仕舞いにして、宿屋の方へと向かいましょうか〜。私が経営してる場所に案内しますね〜。」

 

「ああ。ありがとう。助かるよ。」

 

「いえいえ〜。あ、そうだ……。シアンさんさえよろしければなのですが、宿屋での業務に慣れた暁には、私が留守にしている間のオーナーを任せたいと思っているのですがどうでしょう?」

 

「は?宿屋のオーナー代理?」

 

「はい〜。シアンさんのお家が見つかるまで大丈夫ですので、お願いしたいのですよ〜。」

 

「それまた何で……」

 

「実はですね……私、立場上会議に呼ばれることがありまして〜……。その間、よろず屋業務や宿屋業務をどうしても止めなくてはいけないんですよ〜。よろず屋に関しては、まぁ、ある程度はしまっていても問題はないのですが、宿屋の業務を止めるのはどうしても周りからあまりいい表情はされなくてですね〜……。リゾートなどに関しては、シーズンかどうかで閉めても問題はありませんが、騎空士も商人も観光客も休むことがある宿屋となると……」

 

「ああ……。まぁ、一つでも泊まれる希望がある場所が増えれば、助かる人は多くいるよな……。」

 

「その通りです。なので、私も本当はあまり閉めたくないんですよ〜。」

 

「だが、私は経営学とか、そっちの方面はからっきしだぞ?」

 

「そこら辺はご安心ください。現在は近々行われる集まりもありませんし、私が身につけている知識をよろず屋の仕事の合間にお教えいたしますので〜。」

 

「……んー……まぁ、それなら挑戦してみるが…………。」

 

「ありがとうございます〜!!」

 

 な……なんかどんどんおかしな方向に話が進んでいるような気がしてならない。

 私が宿屋の経営?シェロの代理で?挑戦してみると告げたとは言え、私なんかにできるのか……?

 胸に渦巻く疑問と不安に困惑しながら、私は宿屋に行くと言って歩き出してしまったシェロについて行く。

 え〜っと………大丈夫か……これ?

 

 

 ・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚

 

 

 ごちゃごちゃと考えながらも、足を止めなかったことにより、私はシェロが経営していると言う宿屋にまでたどり着いた。

 そこにあったのは結構でかい宿屋で、一般的なものに比べたらかなり綺麗な場所だった。

 

「どうぞ〜。シェロちゃんの宿屋にお入りください〜。」

 

「ああ。邪魔するぞ。」

 

 彼女に続いて宿屋の扉をくぐり抜ければ、明らかに簡素な宿屋とは言えないような空間が広がっていた。

 エントランスはホテル並み。階段にはマットかしっかりと敷かれており、エントランス全体を見渡してみると、観葉植物や、待合用のソファなどもある。

 どう見ても宿屋ってレベルじゃないだろと思わず引き攣った笑みを浮かべた。

 なんなんだこれ……こんな宿屋、見たことないぞ……。

 

「リゾート気分を少しでも味わっていただけるように、エントランス等はホテル仕様に。宿泊していただける部屋は20室ほど設けました〜。部屋は通常のシングルとダブル、ファミリー用の四人部屋を中心にしながらも、スイートやセミスイートをそれぞれ一室ずつ完備済みです〜。」

 

「観光地だからって宿屋をリゾート仕様にしたんかい……」

 

 商魂逞しいな……と苦笑いをこぼしながらも、宿屋の中に足を運ぶ。ここまで人のために考えられた宿屋とは思わなかった。

 それならまぁ納得だ。こんな風に少しでもリゾート地であることや、観光地であることを感じさせる宿屋など見たことがない。

 まぁ、もしかしたらほとんどの宿屋がこんな感じなのかもしれないけど、前世の世界では見たことがなかったから新鮮だ。

 私が旅行をしてなかっただけかもしれないがら、それはそれ。これはこれである。

 

「ここには、食事を楽しんでいただける食堂があるのですが、夜などはやはりお酒を飲みたい人もかなりおりますので、バーを一角に広げたかったんですよ〜。だからカクテルを作るのも得意だと聞いた時は逸材を見つけたと思いました〜。資格などを持ち合わせていないと、お酒は売れませんし、シアンさんの活躍のためにも、資格関連の手配はしておきますね〜。」

 

「ああ。何もかもありがとな。」

 

「お気になさらず〜。シアンさんにはこれから先助けてもらわなくてはならないことがかなりあると思うので、そのための先行投資ですから〜。」

 

「なるほどな。期待してもらえてるなら、それほど嬉しいものはない。」

 

「宿屋のお部屋はお客さまのものですので、シアンさんにはこの宿屋のすぐ近くにある一軒の家をお貸ししますね〜。私が借りてる一室ですので、ご自由にお使いください。」

 

「助かるよ。長期間泊まれる場所があるなら、それに越したことはない。」

 

「ですね〜。泊まって休息する場所は、あるに越したことありません〜。私も、宿屋がない時とかは困りましたから〜。」

 

「だろうな。」

 

「私が借りている部屋ですので、家賃等はお気になさらず〜。そうそう。私が留守にする間、宿屋のオーナー代理をしていただく話に関してなのですが、そちらの方にも報酬は支払いますので、前向きに検討していただければと……」

 

「ん〜……まぁ、資格を取ってからなら問題ないとは思うけど……」

 

「本当ですか〜!?助かります〜!!」

 

「お、おう……」

 

「滅多にないとは思いますが、月に一、二回はこれまでの経験上ありますので、その時はお話ししますね〜。」

 

「ああ。」

 

 ……何はともあれ、収入はある程度安定しそうではある。まぁ、自分の家を持つまでは、シェロのお手伝い兼、宿屋のオーナー代理を引き受けるとしようか。

 さて……これからどんな生活になんのかね………。

 

 

 




 シアン
 シェロからの申し出により、いざと言う時のオーナー代理を引き受けた特異点たちの姉。
 のちにあらゆる資格を会得し、複数の仕事をこなせるようになるのだが、彼女はまだそれを知らない。
 忙しくなりそうだと思いながらも、これからの生活を楽しみにしている。
 この引き受けた仕事が、あらゆる出会いを迎えることになるとは気付かずに。

 シェロ
 シアンのポテンシャルの高さから、いざと言う時の自分の代理をまかせようと考えたよろず屋。
 基本的にオーナーを務めるのは彼女だが、会合に行かなくてはならない時は、資格を取ってもらったのち、シアンに仕事を任せるつもりでいる。
 このあとシアンが作ったカクテルを試しに試飲して、その美味しさにびっくりして彼女を正式にバーテンとして雇おうかめちゃくちゃ悩む。




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何やらイベントが起こりそうな予感……

 シェロに雇ってもらい、彼女から回されてくる魔物退治やアイテム納品の依頼をこなしながら、いずれは宿屋のオーナー代理をしてもらいたいと言う彼女のお願いを叶えるためにも行なっている経営学の勉強。

 カクテルを作ったり、お酒を売ったりするための資格は早い段階で得ることができたので、その分長めに勉強をすることができるこの環境に身を置くようになり、早くも半月が経った。

 いやぁ、この体ってば便利だね。前の世界じゃ絶対に覚えることができないであろう情報量を全部覚えることができるんだから。

 特異点たちの姉って立場、ヤバイな?ここまで学べる?学ぶのめっちゃ楽しいんだが?

 あまりにも斜め上過ぎる特性に、ただひたすらビックリしてしまう。

 これなら色々学びたくなりますわ。どれだけ役に立つ知識があるのか知らないけどさ。

 シェロから、シアンさんは物覚えが凄まじいですね〜……って褒められるのも納得できるものである。

 特異点たちの姉なんで当然です……なんてことは言えないがな。

 

 そういや、グランとジータの二人は、多くのジョブになることができるけど、私はどうなんだ?

 得意武器は剣と槍……って言いたいところだが、どうやら全武器種と相性がいいみたいだからなんとも言えないんだよな。

 まぁ、もし、私に決められたジョブはなくて、グランたち同様にあらゆるジョブになれるのだとしたら、グランたちが戦闘に集中できるようにサポートジョブになるんだけどな……。

 例えばスパルタとかパラディン、セージとかパナケイアとか……。パナケイアは少々格好がアレな気がしたが、まぁ、戦闘に支障がないんなら選択肢に入れるよな。

 回復もバフも攻撃も全部担えるし。

 

 パナケイアなぁ……と思いながら、勉強に使ってるノートの一番後ろのページに、半月で見慣れた自分の姿を描きながら、ジータが着ていたパナケイア衣装を着用させてみる。

 ……こっちの世界の私、絵も上手くね?何なんだこの完璧超人。パナケイア衣装の自分は、結構綺麗なんじゃなかろうか?

 衣装的にはちょいとハレンチな気もするが、パナケイアの元ネタって、多分ギリシャ神話に出てくる医神アスクレピオスの娘の一人である癒しの女神様だろうし、この露出もギリシャ的な意味では間違いないんだよな。

 ジータには着せたくないな……。めちゃくちゃ色っぽくて可愛くなるだろうし、変な虫に寄り付かれる可能性が高過ぎる。

 せめて火力の高いレリバスとかクリュサオルとかグローリーとかにしてくれ。

 あ、でも黒猫道士は見たいかも。他にも色々見たいのがあり過ぎる。露出が高いハレンチ衣装ジョブだけはちょっと姉ちゃんは勘弁してほしいな。

 グランには是非とも全ジョブ解放してもらいたい。全部かっこかわいいからな。

 つか、こうやって改めて見ると、女主人公版ジョブ衣装って色々振り切れてないか?

 なんでここまで露出高めにしたしサ○ゲ。

 

「シアンさ〜〜〜〜ん!」

 

 シアンと言う存在のスペックの高さに改めてドン引きしながら、記憶にある全ジョブの衣装に着せ替えた自分の絵を描いていると、この半月ですっかりお馴染みとなった可愛らしい声が響き渡る。

 ノートから顔を上げ、声の方へと目を向けてみれば、何やら慌てている様子の雇い主の姿があった。

 

「どうしたシェロ。なんか慌ててるみたいだが……」

 

「大変なんです〜〜〜!」

 

「大変?」

 

 なんとなくだがイベントの気配を察知。え?マジで?グランたちと別行動を取ってる私には個人的にイベントが発生することあんの?

 混乱しながらシェロの姿を見つめていると、彼女は呼吸を整えたのち、大変だと口走った理由を口にする。

 

「緊急の依頼です〜!!」

 

 ……いったい、私に何をさせる気なんだこの世界は?

 

 

 ・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚

 

 

「……多くの騎空士や商人が負傷?」

 

「はい。どうやら、街のはずれの森の方で、たくさんの方が負傷しているみたいなんですよ〜……。魔物に襲われたのかと聞いてみたら、魔物のようで魔物じゃない存在に襲われたとのことで……。星晶獣とは違うみたいなのですが、明らかに通常の魔物に比べたら能力が段違いなんだそうです。腕に覚えのある騎空士の皆さんも、次々と負傷して帰還してくるばかりで、私の方に、知り合いに腕が確かな騎空士はいないかと回されてきたんです〜……」

 

「……なるほどな。」

 

 まさかのソロイベントかよと思いながら、シェロの話を聞いたところ、どうやら、この街のはずれの方にある森付近で、かなりの負傷者が出てるとのことらしい。

 今のところ、死者報告はないようだが、その付近を通らなきゃいけない人や、怪我をした商人から依頼を受けた騎空士が悉く負傷し、かなりのダメージを負っているとか。

 そんで、星晶獣と言うには弱く、しかし、魔物や魔物の親玉と言うには回復力も攻撃力も耐久力も上だと言う報告かたくさん上がっているようだ。

 で、人脈の広いシェロに依頼が舞い込み、腕の立つ騎空士を斡旋しようとしたとのこと。

 だが、確かに人脈が広い彼女ではあるが、基本的に人脈の先にいる人間は忙しい立場にいる人ばかりで、なかなか連絡をつけることができず、結果、巡り巡って私の方に来たらしい。

 

「……人選ミスでは?」

 

「そんなことないですよ。シアンさんは私が知る騎空士の方々の中でも間違いなく上位に当たる実力者ですからね〜。だから、お願いしたいんです〜……。」

 

「…………私で大丈夫なのかそれ?」

 

 ソロイベントとか聞いてないぞ。マルチプリーズ……。でも、シェロには恩があるし、今もかなり協力してもらってんだよなぁ……。

 資格試験を受ける際も、彼女が推薦するから、受けるだけ受けさせてみようってなって、結果、知識も実力も確かであると認めてもらってるようなもんだし……。

 ただ、一人で解決できる内容なんだろうか?そうじゃないのであれば、私もかなり危ないのでは……?

 うーん……と頭を悩ませる。引き受けたいけど、一人で解決できるかどうかと言われたら、言い切りにくいぞぅ……?

 

「まぁ、一応行ってみるけどさぁ……。」

 

「ありがとうございます。一応、私ももう一度連絡を入れてみますので、無理だけはしないでくださいね。」

 

「ああ。」

 

 とは言え、やはり断るのは難しく、一応その依頼を引き受けることにする。

 ……アラドヴァルに込める力、結構高くする必要がありそうだな。

 

 

 

 




 シアン
 まさかのソロイベントにぶち当たってしまった特異点たちの姉。
 シェロからの話を聞き、自分だけで大丈夫なのかそれと言う疑問を抱きながらも、依頼を引き受けることにした。

 シェロカルテ
 めあに依頼を持って来たよろず屋。力が自慢の騎空士たちに依頼をしようとしたが、なかなか連絡が取れず、苦渋の決断からシアンに依頼を回すことになってしまった。
 シアンが依頼を受ける間も、知り合いに連絡を取りまくって彼女の援護はできないかと伝えるつもり。
 シアンの被害を軽微にするために大量のポーションとオールポーション、エリクシールを渡す。


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原作にはいない種族との邂逅
目的地で出会したのは、なんかおかしいキマイラだった


 シェロの依頼を引き受け、とりあえず足を運んだ目的地。

 それは、アウギュステの街からそれなりに離れた場所にあった森の中にあった。

 行きしなの道中で襲ってくるよくいる魔物たちはクルージーンの方で討伐していき、森の奥へと行ってみると、明らかに人工的に建てられたと思わしき場所にたどり着いた。

 みた感じの印象はひたすらに無機質。遺跡のような煌びやかさは全くなく、ただただ異質にしか見えなかった。

 

 なんなんだこれ?と疑問を抱きながら、建物へと近寄ってみる。

 だが、件の怪物とやらは全くおらず、静寂だけが辺りに広がっている。

 これ……もしかしなくてもこの建物の中に入れ的なやつ?明らかに何かある建物の中とか入りたくねーんだけど。

 でも、調査するって言ってしまった以上、入らないと言う手段を選ぶことはできないので、渋々建物の中に足を運ぶ。

 入ってみた感じは、洞窟よりは研究所のような物に近いような気がする。

 この世界で研究所と言えば、星の民の研究所とか、そう言った類のような気がするが、あれってバブさんを陥れるための一つ以外は全部ベリアルがぶっ壊してなかったっけ?

 どう空時空にならないと壊さないのか?え?だとしたらめちゃくちゃ嫌な予感がするんだが?

 勘弁してくれよと吐き出したくなりながら、とりあえず奥へと向かおうとする。

 だが、不意に、建物の奥の方から、何やら重々しい足音のようなものが聞こえて来たため、慌てて引き返し、近辺にある森の木の上へと飛び乗り息を殺した。

 同時に現れたのは、人工的に作られたであろう獣、キマイラが姿を現した。

 

(うっわ。マジでキマイラって獅子と蛇と牛……いや……ヤギ……?が混ざった怪物なのな……。)

 

 ゲームや漫画内でしか見たことない怪物が現れたことにより、改めて異世界にいることを思い知る。

 こんな怪物相手によくグランたちは立ち向かうな……。まぁ、そもそもが仲間がいるとは言え星晶獣に立ち向かうことができるの自体規格外だけどな。

 そんな二人の姉だから、私も立ち向かおうと思えば立ち向かえるんだろうが……さて……一人でどれくらい耐え切れるのか……。

 まぁ、だからと言って逃げるわけにもいかないんだが。見た感じ、このキマイラは食事のために彷徨こうとしてるみたいだし。

 もし、このまま見逃したりなんかしたら、間違いなく被害が拡大するわけで……。

 

「しゃあねーな。」

 

 溜息を吐きながら漏らした言葉は、気が乗らないと言わんばかりの情けないものだった。

 でも、多少なりとも被害を防げるんなら、これくらいやらないとな。

 そんなことを思いながら、私は背負っていたアラドヴァルに手をかけ、そこに魔力を流し込む。

 同時に槍には燃え盛る炎がまとわりつき、いつでも発射可能だと言うかのように熱を帯びた。

 

「まずは、小手調べだ。」

 

 ボソリと小さく呟いた私は、辺りを一回見渡した。辺りには木々がたくさんあるから、あまり強力な攻撃は放てない。

 だが、どうしてか私の目は、どれくらいの力をこめて放てば被害を抑えることができるのかを教えてくれる。

 それに合わせて弱攻撃の火属性ビーム的な何かをキマイラめがけて放てば、大きな爆音と爆炎をあげて、その場に煙が立ち込める。

 手応えはあった……けど、あまりダメージはいってないだろうな。

 そう考えると同時に、視界に広がっていた煙が晴れた。見えたのは顔をぶるぶると左右に振ったあと、私の方を真っ直ぐ見据えて威嚇してくるキマイラの姿だった。

 

「まぁ、やられちゃあくれないよな。」

 

 わかっていたことだが、と小さく笑いながら、地面へと降り立つ。近接戦闘を行うならと、魔力量を再び調節して。

 

(キマイラっつーと、攻撃は引っ掻きとか噛みつき、魔力弾の発射とかブレスとか、そんな感じの攻撃が主なはず……。まぁ、不測の事態ってのはいくらでもあるわけだから、その固定観念は捨てるべきか。)

 

 この世界はゲームであってゲームにあらず。この地に生を受けた以上、怪我はもちろんのこと、生命活動の停止だってあり得る。

 どうせこうだろうなんて考えを持って挑んでも、予測できない動きをされて動揺し、その隙をつかれてしまう可能性だって十分にある。

 この目の前のキマイラがどれだけの魔力と知能を持ち合わせているのかは知らないが、明らかに感じる力の量がおかしいからな……。

 強いだけの魔物であってほしいが、そうじゃない可能性も否めない。

 まぁ、それ以上にこの建物の中の方から、こいつの比じゃない力を感じるんだが、このキマイラも一筋縄にはならないだろう。

 

 冷静に分析しながら、キマイラの出方を伺う。相手もこちらがどのように出るのか測っているようで、臨戦態勢をとりながらも、ゆっくりとその場を歩き回っている。

 前の世の実家のテレビで観たことあるな。こんな風に様子を伺いながら動き回るライオンの映像。

 基本的には動画を観るか、ゲームをしてるかのどちらかだったから、テレビは流し見程度だったせいで、このあとどうやってライオンが狩りをするのかまでは観てなかったけど。

 なんてことを考えたら、辺りの空気が変化したことに気づく。感じ取れるのは確かな敵意と殺気。

 放たれている方角は、キマイラがいる方角と全く同じ!!

 

 咄嗟に防御態勢を取りながら、キマイラの方を見据えていると、ガキィンッという鈍い音と共に、かなりの荷重がこちらにかかる。

 

「うお!?」

 

 相手から放たれたのは勢いマシマシのお手。ただのお手のようにしか見えないのに、かかる重さはとんでもないものだった。

 モ○ハンとかのハンターたちって、これレベルのお手や、これ以上のお手を喰らうことがあるんだよな?よく無事だなほんと。

 軽く後方へと飛ばされながらも、そんなことを脳裏に浮かべる。余裕こいてないで真面目に戦え?これでも真面目さ。

 こう見えて、動きの一つ一つを見てるんだよ。そうしないと隙が見つかんないだろ?

 誰にいってるかもわからないナレーションをしながら、キマイラの攻撃の一動一動をしっかりと目に焼き付ける。

 叩きつけ、噛みつき、ブレス、引っ掻き、このヘビには毒があるのか?なんか執拗に咬みつこうとしてくるんだが?

 

(とりあえず、鬱陶しいヘビをぶった斬る!!)

 

 もし、毒を利用してこちらの動きを阻害しようとしているのだとしたら、めんどくさいことこの上ない。

 そう判断した私は、本体と言うか、獅子の攻撃をいなしながら、再び咬みつこうと様子を伺ってるヘビに目を向ける。

 そして、咬みつこうと動いた寸前で、アラドヴァルを片手に持ちながらも、腰に携えていたクルージーンを引き抜いて、抜刀の勢いのままヘビの首を斬り飛ばした。

 かなりのダメージになったのか、こちらの攻撃を食らったキマイラが断末魔のような叫び声を上げた。

 ……うん。モ○ハンだったら耳抑えて一時的に行動不能になりそうな声だ。

 なんて、くだらないことを考えながら、今度はキマイラの本体か、その横の獣に攻撃を喰らわせようと行動を起こす。

 だが、不意に横から伸びて来た黒い影に気づいたため、攻勢ではなく回避行動を行う。

 

「……マジかよ。なんで復活してんだそのヘビ………!!」

 

 そこにいたのは先ほど切り裂いたはずのヘビの姿だった。確かに刃はヘビに届き、その首を刎ねた。

 しかし、そのヘビは先程と全く同じ場所に、多少の姿の変化を起こして、シャーシャー威嚇して来ている。

 

(驚異的な回復速度でもあんのか?だったら、本体とまとめて潰すしか……。)

 

 更新された魔物の情報を整理しながら、どうやって本体へと殴り込むかを考える。

 だが、すぐにその思考回路は閉ざさなくてはならなくなった。

 ヘビが口を開いた瞬間、私めがけて何かが飛んできた。それは、明らかに毒であるとわかる液体で、真っ直ぐとこちらを狙って来ている。

 

「あぶね!?」

 

 咄嗟に回避行動をとることにより、毒を浴びることはなかった。しかし、先程私がいた場所で、ジュッと言う怪しい音が聴こえて来たため、視線をそちらに向けた。

 そこには、何やら溶解したような跡が存在している。

 

「……溶解と毒混ぜてやがるなこいつ。」

 

 それが意味することをすぐに理解した私は、思わず引き攣った笑みを浮かべてしまった。

 パワーと猛毒と溶解と……ってかなり厄介な魔物じゃねーか。

 

「はは……!マジで下手したら死ぬじゃんか。」

 

 乾いた笑い声を漏らす中、フツフツと内側から溢れてくるのは、死の恐怖でもなければ、諦めでもない。

 もっと熱い、煮えたぎる熱湯の如きこの感情は、おそらくだが、闘争心と呼ばれるものだろう。

 なるほど。なんでもお見通しばあちゃんが言ってた、相手の強さに適応して強化されると言うスタイルの原因の一つは、この闘争心ってわけか!!

 

「だったらノってやろうじゃねーの!!」

 

 口元に笑みを浮かべながら、高揚する気持ちのまま、私はアラドヴァルとクルージーンの両方を手に持つ。

 槍を片手持ちとかおかしな話だが、できるんだから仕方ない。

 それだけ私の身体能力や筋力はおかしな方向にぶっ飛んでいるみたいだからな。

 なら、それを存分に発揮してこいつをぶっ飛ばす!!

 

 強く地面を蹴り上げて、笑みを浮かべたままキマイラとの勝負にこの身を投じる。

 相手がどれだけ強かろうが、それを上回る能力で捻じ伏せる!!

 

 ああ……でも、欲を一つ言うとしたら……

 

(おかしな身体能力をしているとは言え、やっぱり槍の片手持ちって結構スタミナ持ってかれそうだから、パナケイアみたいな感じに武器浮かせて戦いたいな……。)

 

 

 

 




 シアン
 うちにはかなりの闘争心が宿っており、その影響と相手の力量や自身の力量を測れる目と併せて使うことにより、自身の身体能力や攻撃力を相手に合わせ、なおかつ上回るように計算できる才覚を持つ特異点たちの姉。
 調査に出向いた場所にいたキマイラと出会したことにより、その能力を無意識に使えるようになる。
 武器の片手持ちは、剣ならまだ納得できるが、槍は結構スタミナを食いそうだと判断し、パナケイアのように武器を浮かせて戦いたい。切実に。




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嫌な予感ほどよく当たる

 キマイラとの戦闘はそれなりに激化した。いくら斬っても、貫いても、半端な攻撃ではすぐに回復されてしまう。

 あまりにもおかしいキマイラの攻撃は、少しずつ変化していった。

 そんな中、私が放った攻撃が、キマイラの本体の腹部近くに当たった時、キマイラが咄嗟にバックステップをして、私から離れる様子を見せる。

 明らかな動きの変化。間違いなくこのキマイラの弱点は、腹部の方……と言うことになるのだろう。

 判断できたら、あとはそこを狙うのみ……だが、四足獣に腹部を曝け出させるのは、なかなか骨が折れそうだな。

 

「まぁ……やるしかないんだけどなァ!!」

 

 改めて武器をしっかりと握りしめ、強く地面を蹴り上げる。こいつの戦闘能力がどれだけ高いかなどは測ることができた。

 あとはそれに合わせて能力を調節し、最後まで戦い抜くのみ!!

 

 剣と槍を使って、舞う様にして斬撃を放てば、キマイラは回避行動に出る。

 そんな中、こちらの隙を見つけたのか、キマイラは的確にその隙に乗じて攻撃をしてきた。

 だがな。お前が見た隙、私がわざと作っといた場所なんだわ。

 こちらの攻撃を行おうとして、大ぶりな攻撃を放ってくる。その際に見えた腹部には、こちらの攻撃の跡が残っていた。

 

「うっらぁ!!」

 

 そこをめがけて私は、手にしていた槍を両手持ちに直し、炎を纏わせて刺突する。

 柔らかい肉質を貫き、同時に放たれた灼熱の炎は、キマイラの体を貫通するように天へと突き抜ける。

 こちらの読み通り、弱点だった腹部を貫かれたキマイラは、そのままぐらりと大きくバランスを崩し、そのままコト切れた。

 

「……ったく。なんだったんだこいつ。」

 

 動かなくなったキマイラを確認した私は、溜息を吐きながら槍を引き抜く。

 すると、その際に地面へと何かが転がり落ちた。不思議に思い、その何かに視線を向けてみると、なんらかの無機質なカケラだった。

 そのカケラから感じ取れるものは、純度の高い元素。もっと言えば、四大元素のうちの一つである火の元素だった。

 

「純度の高い元素が含まれたカケラ……?まさか……!!」

 

 そうじゃないことを祈りながら、慌てて地面を蹴り上げ、建物の中へと入る。だって、もし本当にそうだとしたら、ここは……

 しばらく走り抜けることによりたどり着いたのは広い空間。辺りにあるのは明らかに研究施設ですとわかるようなものばかり。

 そして、開けた場所にある机の上には、元素が含まれているが、かなり弱い小さなカケラたち。

 

「エレメント……いや、それには見えない……。じゃあ、これは……」

 

 “コア?”と口にしようとした瞬間、私の鼓膜に届いたのは二人分の足音。辺りを見渡して隠れることができそうな場所を探し、なんとか入り込めそうな場所へと体を滑り込ませる。

 ……ちょっと胸がつっかえてる気がしなくもないけど、今はそれどころじゃない。

 確実に近づいてくる足音の主に、入り込んだことをバレるわけにはいかない。

 

「ようやくかかっていた昏睡術式を解除できましたよ……。まぁ、力はどうも入らないようですが……。」

 

「ったく……あの星の連中、がんじがらめな術式をかけていきやがってさぁ……。おかげで能力値が駄々下がりだよ。」

 

「全くですね。いくら参考にするためとは言え、昏睡状態に陥らせてくるとは思いもよりませんでした。しかも、全員いつの間にかいなくなっていますし。僕らの術式も解かずじまいとは。」

 

「だが、まだお前の方はマシだろう。研究として使われたのは転移能力だけなんだから。オレなんてこっちの能力やらなんやらをベースにしたもどきを創られたんだぜ?あそこまでひどい性格なのもひどくないか?」

 

「え……?」

 

「うん、ちょっと待とうか?なんで『自覚なかったんですか?』みたいな反応してるんだお前は。」

 

「ええ……?だってあなたってまさにあんな性格してるじゃないですか……」

 

「おい!!確かに一部自覚する部分はあったがあそこまではひどくないだろ!?」

 

「ちょっと何言ってるのかわからないですね。」

 

「そこはわかれよ!!」

 

「かつて島だが国だかを二つも滅ぼしてるでしょう?お得意の変態性で。」

 

「アレは向こうの自滅じゃないか。そこに住んでる連中が、面白いことを教えてほしいって生娘生贄に呼んできたから教えてやっただけだぜ?その結果、あそこは廃れてそのままサヨナラ。ほら、オレは悪くないだろ?」

 

「間接的な原因になってるだろそれ。」

 

「お口が悪くなってるぜ?」

 

「うっわ、あなたがお口とか言ってるとキショいですね。やめた方がよろしいのでは?」

 

「……オレに対して辛辣すぎやしないか?一応立場的にはオレが上なんだけど?」

 

「確かに階級は僕より上ですね。ですがそんなのどうでもいいんですよ僕には。あなたの性根の悪さはよく知ってるので。」

 

「…………!?」

 

 息を殺して隠れる中、聞こえてきた声に絶句する。片方の声は全く知らない声だ。

 でも、もう片方はゲーム内で何度も聞いていた声と全く同じものだった。しかし、明らかに星晶獣でもなければ魔物でもなく、人間でもない知らない気配を感じ取ることができる。

 能力などを模倣したモドキ?眠らされていた?研究のために利用されていた?いったい、この二人組は何を言って……

 

「にしてもどうするんだ?この研究施設、めちゃくちゃな連中がわんさかいるぜ?能力値が下がってるオレらを潰せるような化け物ばっかだ。」

 

「おそらくですが、研究途中で僕らが目を覚ましたり、暴れたりした時のために敷き詰められたシステムでしょうね。可能性として挙げられるとしたら、星晶獣になり切れなかった魔物でもない怪物たちと言ったところでしょう。能力は星晶獣にまで至ることができなかった劣化版ではありますが、それでもかなりの能力を与えられている。失敗作を僕らの拘束、または始末用に置かれたんでしょうね。」

 

「めんどくさいな……。」

 

「まぁ、それは言えてますね。」

 

 二人組の会話は続いており、徐々にこちらに近づいてくる。しばらくはここに隠れておく必要がありそうだ。

 でも、なんだろう……。この二人の気配からして、あまり意味がないような気もしなくもない。

 バレたらどうなるだろうか。会話からして、この研究施設の被害者的なポジションにいるようだが、だからと言って、こちらに敵対しないとも言い切れない。

 

「……助っ人でも使っちゃう?」

 

「………それもそうですね。」

 

 早くこの場から立ち去ってくれないだろうか……そんなことを考えていると、ガタンッと言う音と共に、隠れていたロッカーが開け放たれる。

 

「ちょうど、味方になってくれそうな方が、ここに一名おりますし。」

 

 ……嫌な予感ほどよく当たる……とは、まさにこのことを言うんだろうな…………。

 

 

 




 シアン
 キマイラを討伐した際に見つけた謎のカケラを見て、明らかに異質なものだと判断して研究施設のような場所に足を運んだ結果、コアのカケラと思わしき物がキマイラに組み込まれていたことに気づいた特異点たちの姉。
 内部を調べようと足を運んだ研究施設と思わしき場所で、二人組の青年に出くわしてしまう。

 敬語の青年
 プラチナプロンドに赤い瞳を持つ美青年。謎の研究施設の最奥にて昏睡状態にあったらしい存在であり、人でもなければ魔物でもない、しかし星晶獣でもない気配を持ち合わせている。

 シアンが絶句した声の持ち主の青年
 黒い髪に赤い瞳を持つ美青年であり、彼女がよく知るゲームキャラクターと全く同じ声を持っている。
 敬語の青年とともに研究施設を歩いており、おそらくこの青年も長らく昏睡状態に陥っていたと予測される。
 敬語の青年と同じく、人でもなければ魔物でもない、しかし、星晶獣でもない気配を持ち合わせている。


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悪魔がいるとか聞いてない

 ここから私の独自設定がフェードインします。ご注意ください。
 まぁ、簡単に言えば、変態堕天司が生まれた経緯が特殊になります。


 アウギュステ近辺で起こっていた商人や騎空士たちの怪我の原因。

 それを調べに目的地に向かったが、なぞの研究施設に辿り着き、そこで出会したキマイラを討伐して、調査を続けていた。

 しかし、研究施設を調べようとしたところ、聞こえてきた二人分の足音により、隠れやすそうな場所に隠れてやり過ごそうとした結果、隠れていた場所を見破られ、二人の青年に見つかってしまった私、シアン。

 金髪赤眼の美青年と、黒髪赤眼の見覚えのある見た目をしているが、髪型が違うため辛うじて別人だとわかる美青年の姿に、思わず固まって動きを止める。

 

「……そんなでかい胸を持ちながらよくそんな狭いところに隠れることができたねぇ?」

 

「……正直言って、それなりにつっかえてます。」

 

「あ、つっかえてるんですね……。連れのセクハラ発言に対するお詫びを言おうとしたのですが、その前にお手をどうぞ。引っ張り出してあげます。」

 

「……どうも。」

 

 さりげないセクハラ発言を食らいながらも、手を差し伸ばしてくれた金髪の青年の手に自身の手を重ねれば、軽く引っ張られる。

 途中、少しだけ引っかかりながらも、隠れていた場所からスポンッと言うかのように抜ければ、勢いのままに金髪の青年の胸元に飛び込んでしまった。

 

「おっと。強く引っ張りすぎましたかね?」

 

「多分つっかえた反動かと……」

 

「役得だなお前。」

 

「?」

 

「気にしなくていいですよ。変態の戯言ですので。」

 

 役得とは……?と首を傾げながら、黒髪赤眼の青年……私の最推しと全く同じと言っていい顔立ちをしている青年に視線を向けてみれば、金髪の青年に気にしなくていいと返される。

 辛辣じゃないか?と最推しのそっくりさんが金髪さんにツッコミを入れるが、金髪さんは全く気にしていないのか、未だに胸元にダイブしてる状態の私の頭を優しく撫でて離れた。

 とりあえず、ありがとうございますと一言告げたのち、改めて目の前の二人に視線を向ける。

 うん……やっぱり金髪さんは全く知らない見た目をしているのに、黒髪さんの見た目と声にかなりの既視感を感じてしまう。

 星晶獣じゃないのに、最推しの顔とそっくりとはこれいかに。まぁ、別人であることがわかるからいいけどさ。同じ見た目と同じ声とか、脳がバグを起こして溶けてしまいそうだ。

 

「えっと……お二人は、この研究施設……?の関係者なんでしょうか?」

 

 混乱する頭の中、なんとか思考回路を動かして、話が止まらないようにと言葉を紡ぐ。

 冷静になるための時間が欲しいと言うのもあるけど、この施設に関して何か知っているのであれば、教えて欲しいと言う感情もある。

 

「関係者……と言えば関係者ですが、この施設を運用した側ではありませんよ。」

 

「言うならいわゆるモルモット?研究のためにいろいろ調べられていたってワケ。しかも昏睡状態に陥る術式をかけられた状態で。一種の性癖に睡姦とかあるし、オレとしてはその性癖もありだと思うから普段は気にしてないんだが、自分がされる側ってのはどうも……」

 

「stay、ド変態。誰もあなたの性癖なんて聞いちゃいねーですよ。全く……すみませんね、このアホキングが。ですが、これが通常運転でして……。申し訳ないのですが、我慢してくださると助かります。」

 

「おいコラ若造。アホキングってなんだアホキングって?オレのことを言ってるのか?」

 

「あなた以外に誰がいるんですかド変態キング。」

 

「グレードアップすんな。」

 

 テンポ良く目の前で交わされる言葉に頭がフリーズする。え?マジでなんなんだこの二人組。

 片方マジで最推しに近い性格してるし、金髪さんはめちゃくちゃ慣れてるし。

 は?意味がわからなくなってきた……。

 

「ああ、自己紹介が遅れましたね。僕の名前はセーレ。星の民が侵攻してくる前から空に存在している者です。あの頃は人間から悪魔と呼ばれていましたかね。力や能力から禁術とされ、闇に葬られた一つの術式により喚び出された人でもなければ星の獣でもない存在です。こちらは一応、僕の上司に当たり、僕より階級が上にある悪魔の王の一人であり、そのスペックに目をつけた星の連中の手によりもどきを創られてしまった哀れな変態です。」

 

「名前を言えよそこは!!なんでお前オレにだけ塩対応……」

 

「あなたが風紀を乱しまくる変態な上、その変態性でいろいろやらかした結果、滅んだ場所があるからですが?」

 

「だぁかぁらぁ!!アレはオレを喚んできた連中の自業自得の自滅だって何度も言ってるだろ!!」

 

「結局あなたも関わったじゃないですか。異常性交を広げた張本人なんですから。」

 

 ……異常性交を流行らせた元凶………?結果滅んだ場所がある……?

 ……待て待て待て待て!!それって聞いたことある話だぞ!?まさか、コイツ……!!

 

「君主は君主らしく王を敬えっての。まぁいいか。オレの名前はベリアル。セーレが生まれる前から空にいた悪魔の一柱であり、面白いことと楽しいことと気持ち良くなれることが大好きな遊びたい盛りの悪魔の王。まぁ、王って実を言うと複数いたりするんだが、オレはそれなりにメジャーな存在さ。過去にちらほらやらかしたことはなくもないが、それはそれ。オレはそんな性質だから仕方ない。ここにはセーレと一緒に呼ばれてね。星の民?とか言う連中の一人である銀髪の小僧……ルシファーだったかな?そいつがたまたま見つけた術式により呼び出され、なんかの研究のために調べられまくった。結果オレの能力を基にモドキを創られちまってさ。なんの報酬もないタダ働きをさせられたモンだよ。」

 

 ………やっぱり……七十二柱の悪魔の一人!!

 なんだってそんな……ていうか、悪魔がいるとか聞いてないんだけど!?

 

「様子からして、もしかしてあなた、僕らに関しての知識があったりします?」

 

「え?マジで?そんな子今もいたりするのか。なかなかレアな子じゃないか。しかも、魂の純度も最高品質ときた。」

 

「ええ。これは、なかなか良い巡り合わせをしたかもしれません。」

 

 こっちの顔色の様子から、何やら判断してきた二人の悪魔。悪魔が空の世界にいるなんて……と絶句する中、目の前の二人組は笑みを浮かべ、固まる私に話しかける。

 

「なぁ、ちょっとオレらの話を聞いてくれないか?」

 

「大丈夫。悪いようには致しません。あなたは、僕らにとって有益な人間ですからね。ちゃんと報酬も支払います。」

 

「「だから、僕ら/オレらとちょっとした取引をしませんか/してみないか?」」

 

 ………グラン……ジータ……ビィ………お姉ちゃん、なんかめちゃくちゃヤバい奴らに関わっちゃったかもしれないよ………。

 

 

 

 




 シアン
 研究施設のような場所で、星の民に創られた星晶獣ではない、悪魔と言う種族に出会してしまった特異点たちの姉。
 涙目になりながら弟妹たちに内心で助けを求めてしまった。
 15の割には胸がそれなりにあるため、隠れた場所に軽くつっかえた。

 セーレ
 空の世界に存在していた禁術により呼び出された者の一人。悪魔と言う種族であり、その能力は星晶獣すらも上回る可能性が高いのだが、現在はルシファーの術式により、能力が大幅に低下している。
 翼を生やしたら四枚羽になるのだが、能力の低下中である今、生やしても一対しか出すことができない。

 悪魔ベリアル
 空の世界に存在していた禁術を利用したルシファーにより喚び出された者の一人。セーレと同じく星晶獣すらも上回る力を持ち合わせる悪魔なのだが、現在は、ルシファーが仕掛けたと思わしき術式の影響で能力が大幅に低下している。
 かなりの枚数の翼を持ち合わせているのだが、能力低下の影響で出せても一対が限界である。
 彼の能力を基に、シアンの最推したる堕天司が創り出されたらしい。




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悪魔との取引

 名前がヒンメルからシアンに変わります。意味は青なので、グラブルの世界には合ってるんじゃないかな……?


 セーレたち曰く、悪魔と呼ばれているこの二人は、どうやら空の民に分類する存在で、かつてはトイフェルと呼ばれている種族だったようだ。

 トイフェルと呼ばれる種族は、現在活発に動けるのはこの二人だけであり、他の同族は今、どうしているのかわからないのだとか。

 で、ここに閉じ込められていた理由は、普段は意思疎通ができないトイフェルと交流することができる術式を見つけたルシファーに、研究に協力しろと言われたため、喚び出されたら喚び出した存在の望みを叶えることが義務である二人は、その望みを叶えるために協力をしたところ、トイフェルの力を抑え込み、動きを封じる術式も見つけていた彼の手により昏睡状態に陥ってしまったからとのことだ。

 

 なんともまぁ厄介な目に遭ったみたいで……と告げたら、げっそりしたような表情を二人はして、肯定するように頷いた。

 ベリアルに至っては、自身の能力をベースに、完全に同じ存在……いわゆる、クローンのような存在であるあの変態堕天司を創られたのだから、災難以外の何ものでもない。

 わかってくれる?と問われ、思わず頷いてしまうくらいには疲れている様子があった。

 そんな二人が言う取引……と言うのは、漫画や小説、ゲームなどにある悪魔との契約のことだろうか……。

 

「……取引……って?」

 

「お、話聞いてくれる?」

 

「それは助かります。ああ、安心してください。決してあなたに実害が発生するような取引ではありません。」

 

 セーレの言葉にとりあえず頷く。話を聞いてみて、こちらでも対処できるようなものであれば、協力をする形で問題はないだろう。

 

「簡単に言うと、ここから外に出るために協力してほしいんです。」

 

「出口がすぐそこなのはわかってるんだが、この研究施設、オレらを出さないようにするためか、いろいろ仕掛けがあるんだよ。その上、オレらの能力は、銀髪の小僧のせいで駄々下がり中。術式を完全に解除するには、もう少し時間がかかりそうでね。」

 

「そこで、僕らはあなたに協力してもらいたいんです。戦えないわけではないのですが、能力の低下によりかなり時間がかかってしまうので、少しでも時間を短縮させるためにも、明らかに強力な力を持ち合わせているあなたに手伝っていただきたい。」

 

「手伝ってくれたら、次はオレらがキミに協力する番。キミと一緒にいれば、オレらを閉じ込めた銀髪の小僧や、オレのモドキと相対する可能性も高そうだし、何よりオレは、キミのことを個人的にも気に入っちゃってね。キミの日々に協力するから、そっちにも協力してほしいってワケ。」

 

「悪くない話でしょう?」

 

「こう見えてオレらは何でもこなせる。戦闘に家事に夜の火遊び。他にもやれることはいくらでもあるが、一番のアピールポイントはやっぱり能力値かな。」

 

「あ、火遊びのくだりは気にしないでくださいね。この変態キングが欲求不満なだけですので。能力値がアピールできると言うのは、僕も同じです。家事全般なんのその。いろんな仕事の心得もあります。」

 

「どう?オレらと手を組まないか?」

 

「正確には契約ですけどね。僕らは、誰かと契約を結ぶからこそ、本来の能力を解放することができるので。」

 

 ……やっぱり悪魔となると契約なのか……と少しだけ考える。

 そう言えば、星晶獣も契約を結ぶことにより本来の能力を解放することができるようになったなと思い出す。

 悪魔との契約……それにより能力の制御、解放を行うと言う特性は、彼らを参考にしたからできたのだろうか?

 まぁ、そもそも悪魔なんて存在自体がイレギュラーな気もするが、それを言ったら、特異点になる主人公たちの姉として存在する私もイレギュラーなわけで……え?もしかして私がいるから発生した別の種族?

 だとしたら勘弁してくれと思ってしまう。同時に、そんなイレギュラー同士が顔を合わせる……と言うことは、この二人と私は行動するべきだからこそ発生した現象なのでは……とも考える。

 よくあるじゃん。二次創作とかでイレギュラーとしてトリップとか転生とかしちゃった主人公が、既存の物語に行っちゃった結果、イレギュラーの敵キャラが出てきて、それを主人公が倒さなくちゃいけなくなるとかさ。

 あれと同じ類だと言うのなら……いや、まぁ、こっちは味方になる感じだけど、それと似たような展開の類なんだとしたら、彼らと一緒に行動を取るのが最適解なのでは……。

 

 うーん……と軽く思案して、どうするべきかを考える。契約するべきかしないべきか……戦力としてはあっても問題なさそうだけど悪魔だろ?

 大丈夫?契約したら最後、魂持っていくよ的な話にならない?

 

「……魂がどうこうって言ったから警戒しちゃったか?」

 

「あり得そうですね……。」

 

「気にしなくてイイぜ?オレら悪魔は魂を見ることができるが、回収したりはしないからさ。」

 

「昔は魂を代償にとか普通にありましたが、それは、特価交換に使えるものがそれしかなかっただけですからね。まぁ、気に入った魂を手に入れたいと思うことは何度もありましたが、仮に魂をもらうとしても、食らうためではなく、死後、同族へと変わってもらうだけですから、警戒する必要はありませんよ。」

 

「………人間やめて悪魔になんの?」

 

「作り替えるのは得意だからねぇ。まぁ、だが、ちゃんと人間として終わるまでは手を出したりしないさ。だから安心していいぜ?」

 

 それ、遠回しに死後は手を出すかもしれないから覚えておけって言ってないか?なんてことを一瞬考えてしまう。

 だが、まぁ、ちゃんと終わりを迎えることができるなら、別にいいか……。死んで悪魔になるってのはちょいと気になるが……まぁ、何とかなるだろ。

 

「あー……死んだら私がアンタらの同族になるってのは確定してないんだよな?」

 

「ええ。(狙ってはいますが。)」

 

「確定してないな。(狙っちゃいるが。)」

 

 ……なんか見えないかっこの中に不都合な言葉が混ざっているような気がしてならない。

 けど、まぁ、この巡り合わせには何か意味があるんだろうし、話は受けた方がいいのかもしれない。

 

「……オーケイ、わかった。アンタらと手を組む。悪魔の同族になるならないは、今は考えても意味ないだろうし、ひとまずはアンタらに協力するよ。ただ、協力するのはいいんだが、一旦この研究施設の調査だけはさせてくんない?」

 

「フフッ……交渉成立。久しぶりの契約者を得られそうだよ。」

 

「調査に関しては問題ありませんよ。むしろ、僕らはそれなりにこの施設に詳しいので、是非とも協力させてください。」

 

「じゃあ、とりあえず契約を……あ、キミの名前聞いてなかった。」

 

「………今気づいたの?」

 

「久々に人を見つけたのですっかり忘れてました。僕らの名前は教えていたので、すっかり知ってる気になってましたね。」

 

「…………。」

 

 えーーー……と………大丈夫か?この悪魔たち……。

 と、とりあえず、私の名前も教えておかないとな……。

 

「私の名前はシアン。ザンクティンゼルと呼ばれる島出身のヒューマンで、今はよろず屋を営んでるハーヴィンの女性の元で臨時スタッフのようなことをしてる。」

 

「シアン様ですね。」

 

「じゃあ、シアンちゃん。早速だが、契約をしても?」

 

「ああ。」

 

「ありがとうございます。では、パパッと済ませちゃいますね。」

 

 こちらが同意する言葉を紡げば、二人はその場で魔力を一気に解放する。

 その足元には二つの紋様……これは……どう見ても悪魔学の本に載っていたセーレのシジルと、ベリアルのシジルだ。

 本物のシジルとか初めて見た……と驚いて固まっていると、目の前に二人の手が差し出される。

 

「七十二柱の一柱、序列68の王ベリアル。」

 

「七十二柱の一柱、序列70の君主セーレ。」

 

「「我らは今ここに、新たな契約を望む。」」

 

「同意するならば、我らの手を取り同意の言葉を。」

 

「拒絶するのならば、沈黙を以て応えよ。」

 

「「汝が選べる道筋は二つ。10の間に未来を決めよ。」」

 

 10の間に……とは、10を数え終わるまでに決めろと言うことだろう。

 手を取らず沈黙を選べば契約はなしとなり、手を取り同意することを告げれば、契約を結ぶことになる。

 悪魔との契約……ろくなことにならないような気がしなくもないけど、意味があるなら後悔はしたくない。

 選ばず後悔するか、選んで後悔するか……どちらを選ぼうとも後悔するなら、有益な方を選んだ方がいいだろう。

 まぁ、契約するとくちにした以上、それを違えるつもりもないんだけどね。

 そんなことを思いながら、私は差し出された二人の手に、自身の手を静かに重ねる。

 

「契約に同意する。ここに契りを。」

 

 その瞬間、私は無意識のうちに契約に同意する言葉を口にした。

 多分これ、悪魔の手を取ると言う行動自体が契約に応じるためのトリガーだったな?

 まるで、自分の意識が一時的に乗っ取られたような錯覚を覚えた。そのことに驚いていると、セーレとベリアルに重ねた手を握り締められる。

 

「同意の意思を確認した。これより契約をここに交わす。」

 

「我らトイフェルの王と君主。これよりシアンを契約者として認めよう。」

 

 頭に響くような声と、一気に高熱を出したかのような暑さを感じ、意識が急激に遠のいていく。

 体から力は抜け、視界に移る地面はゆっくりと距離が近くなっていく。

 しかし、私が地面にぶつかる前に、ふわりと別の体を抱き止められ、ダメージを受けることはなかった。

 

「おっと……。」

 

「あ〜……まぁ、契約って僕らの力を流し込むようなものですからね。急に流されたらぶっ倒れちゃいますか……。」

 

「それは仕方ないな。なんせ、異物が入り込むようなモンだし。」

 

「とりあえず、一番安全な場所に向かいましょうか。彼女が目を覚ますまで、僕らは無防備になってしまいますから。」

 

「だな。外に出なければ、余計な敵の接触はないし。」

 

 意識が薄れる中、聞こえてきた二人の悪魔の言葉。

 契約は異物が入り込むようなものって……それ、早く言ってくんね……?

 

 

 




 シアン
 二人の悪魔と出会し、契約を結んだ特異点たちの姉。
 契約とはいわゆる悪魔との繋がりを得る行為であるため、急な異物混入により意識を失う。

 セーレ
 シアンに契約を持ちかけた悪魔その①。
 契約者には忠実で、どんな願いも叶えることができ、世界中のいろんなところに一瞬にして転移する能力を持つ。
 シアンの魂は狙ってる。

 悪魔ベリアル
 シアンに契約を持ちかけた悪魔その②。
 契約者に対しても嘘をつく特性を持つが、シアンと契約した際に、キミにだけは嘘をつかないと言う内容を含ませたため、彼女にだけは忠実で誠実。
 シアンの魂は狙ってる。


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契約完了

 不意に意識が浮上し、それに従うようにして目を覚ます。

 

「お?やぁ。目を覚ましたみたいだな。」

 

「いきなり異物が入り込んでしまったが故に、体がびっくりしてしまったみたいですね。申し訳ありません。」

 

 同時に視界に映ったのは、先程接触した二人の悪魔。トイフェル族と名乗った、空の世界には本来存在していないはずの種族二人組の男性な顔立ちだった。

 どうやら私は、ベリアルに膝枕をされていたらしい。男性の膝枕って硬いだろうなって思っていたけど、そこまで硬くないんだな……。

 くだらないことを考えながらも、ゆっくりと体を起き上がらせる。

 なんだろう……。どことなく体の中に、血液とは違う何か温かいものが巡っているような気がする。

 

「……何か、体ん中、血液とは違う別のモンが流れてる?」

 

「よくわかったな。その通り、今のキミの中には、オレとセーレの魔力も流れてるんだ。」

 

「しばらくは違和感に見舞われると思われますが、最終的には完全に馴染むので、少しの間、我慢してくださいね。」

 

 どうやら、私の中に流れ込んでいるのは二人の魔力だったようだ。

 契約をするとは、すなわち繋がりを作り、互いに結びつけるもの……と言うことなんだろう。

 ある種のマーキングとも言えるかもしれない。悪魔と契約した人間が、どこにいようとも見つけ出せるようにするための。

 まぁ、常に悪魔の目に留まると言うのは、正直見張られているようであまりいい気はしないが、結んでしまった以上は仕方ない。

 

「あと、申し訳ないのですが……。」

 

「ん?……は!?」

 

 冷静に状況を分析していると、セーレが恐る恐ると言った感じに、鏡をこちらに向けてきた。

 不思議に思い鏡へと目を向けてみれば、右目が赤に変色してしまっている自分の姿。

 思わず大きな声を出してしまう。なんだって片目がこんなことに!?

 

「ってちょっと待て!!この赤い瞳の中、明らかに悪魔のシジルが刻まれてんだけど!?しかもこのマーク、どう見てもベリアルじゃん!!」

 

「はい……。本当に申し訳ないのですが、契約をした際、どうやらこの変態キングとの繋がりの方が強くなってしまったようで、シアン様の瞳に影響を及ぼしてしまったみたいなんですよ……。まぁ、変態とは言え、やはりキングの階級にいる存在である以上、力の影響力は計り知れないようでして……。」

 

「イイじゃないか。オレとお揃いなんだし?」

 

「ちっとも嬉しくねぇ……。」

 

「でしょうね。」

 

「なんでだよ!?」

 

 グランとジータの二人とお揃いの目、気に入っていたのに、異物混入の影響で片目だけ変わるって……。

 絶対、これ二人にバレたら何かしら問い質される案件じゃないか。

 どうやって説明したらいいんだよ……。悪魔と契約したんだ?ダメだ……怒られる未来しか見えない。

 ヤバイやつと契約したんだと騒がれるに決まってる……。

 実際悪魔とかヤバイ以外の何者でもないから言い返せねぇ……。

 

「どうすりゃいいんだよこれ……。身内にバレるの確定じゃんか……。」

 

「ええ……?そんなにオレの紋様、イヤ?」

 

「と言うよりは、ヤバイ連中と手を組んでることが丸わかりになってしまうことに絶望しているように見えますね。なんで目に発現してしまったのでしょうか……?」

 

「そりゃそうだろ。目ほどちょうどいい発現場所はないぜ?だって、目を抉り取るとかしないだろ?人間って。」

 

「心臓の上とかあったでしょうに。」

 

「心臓だったら外的要因でシジルが壊れる。腕も外的要因でもげることがある。対する目は、片目だけしか見えなくなるだけでも死亡率が上がり、代わりになるものを作ることもできない。だから、シジルを刻むにはちょうどイイのさ。」

 

「確かに目印を失うことはありませんが、やはり困る人には困るんだと思いますよ?説明とかめんどくさいでしょうし、何より、トイフェル族は過去にあまりにも能力が強力で、なおかつ人を狂わせる存在として危険視された結果、禁忌とされ葬られた種族なんですから。」

 

「むしろ、誰も知らないからこそ問題なさそうな気もするけどね。」

 

「それでもですよ。もし知ってる存在に出会したりしちゃったらどうするんですか?」

 

「いやいや、何千年も生きるとか、空の民には無理だから平気だろ?」

 

 ……千年かそれ以上生きてる錬金術師が空の世界に入るんだよなぁ……と言う言葉はなんとか飲み込む。

 でも、彼女……いや、彼……?なんにせよ、かりおっさんことカリオストロは知ってる可能性があるから、できれば出会したくはない。

 まぁ、グランたちと最終的に合流することを考えると、いずれは必ず出会すんだろうなぁ……。

 できれば悪魔のことは知っていて欲しくないな……と溜息を吐きたくなりながらも、この片目どうするかなぁ……と考える。

 オッドアイって結構目立つから、できれば隠して生活したいものである。

 

「……この赤いの。カラコンとかで隠せないかな。」

 

「そんなもの入れるよりは、術で誤魔化した方がよろしいかと。」

 

「そんな術知らないんだけど。」

 

「まぁ、空の民には変化って必要なさそうですからね。では、僕が誤魔化しの術を使用しますので、それで過ごしましょう。シアン様と僕らの目だけは誤魔化すことができませんが、それ以外は確実に誤魔化せます。」

 

「そうか。んじゃ頼むわ。」

 

「はい。お任せください。」

 

「ちぇ〜……せっかくオレのマーキングを見せびらかせると思ったのに……。」

 

「見せびらかすんじゃねぇ。」

 

「公開プレイがどうのこうのとか言うつもりでしたら、男の尊厳再起不能にしますからね?」

 

「こっわ……。セーレならマジでやりかねないからやめてくれ。洒落にならない。」

 

 とりあえず、オッドアイの件はなんとかなりそうで少しだけ安心する。

 ていうか、オレのマーキングを見せびらかすって……独占欲やらなんやらと言うよりは、視姦されていい顔をしない当人を見て楽しもうとしていたなこいつ?

 流石は変態堕天司のオリジナルってことだろうか。勘弁してくれ。

 

「こんなものでしょうかね。先程も言ったように、僕らの目は誤魔化すことができませんが、僕ら以外なら、シアン様のオッドアイに気づくことはありません。」

 

「そうか。サンキュー。」

 

「どういたしまして。」

 

「はぁ……本当に誤魔化しの術を赤くなった方の目にかけやがって……。ちょっとは楽しませてくれよ……。」

 

「お黙りなさい、変態キング。」

 

「マジねーわ変態キング。」

 

「ちょ……シアンまでオレを変態呼ばわりかよ。まぁ、罵られるのも別に嫌いじゃないが、どちらかと言うとオレは言葉責めをする方が好きなんだけど……。」

 

「うっわ……。」

 

「欲求不満キングに近寄ったらダメですよ、シアン様。さぁ、あちらに行きましょうね。調査をするのでしょう?」

 

「ああ。さっさと行こうか、セーレ。」

 

「おい、二人してオレを放置プレイで処そうとするんじゃない。」

 

 あまりにも頭が痛くなるような言動をするベリアルのことを放置して、今いる研究施設を調べるために動けば、置いていくなと彼がついてくる。

 ……最推しと全く同じ顔と髪色と声をしてるから、最推しの概念だけでも楽しめるかなと思っていたんだが、どうやら、画面越しだからこそ楽しめたタイプだったらしい。

 まぁ、そもそも(そっくりとは言え)最推しと契約する自分ってのが解釈違いなんだけど。

 

 …………やっぱり契約するんじゃなかったかな?

 




 シアン
 最推しのオリジナルだからとそれなりに好いてはいたが、硬めの変色やらなんやらのせいで、多少好感度を下げてしまった特異点たちの姉。
 のちに彼が1番のバディになることをまだ知らない。
 現在の容姿は、髪の色や輪郭はジータと同じでヘアスタイルはポニーテール。口元や目元はグランとそっくり……なのだが、瞳の色が変化し、左目はグランたちと同じで、右目が悪魔ベリアルと同じロードライトガーネットカラーと言うオッドアイに。変色した右目には、ベリアルのシジルが刻まれ、常に妖しい光を放っている。

 セーレ
 シアンの右目にごまかしの魔術をかけ、自分たち以外には、変色する前の姿に見えるようにフォローする。
 悪魔であるベリアルとシアンの相性が高いことに気づいており、のちにその繋がりを強くすることを予感している。
 まぁ、僕はシアン様に仕えることができればそれでいいので気にしませんが、変態が行き過ぎた行為に走るようであれば問答無用で処しますし、彼に向いてる契約のベクトルを僕に変えてやりますけどね。

 悪魔ベリアル
 シアンの瞳と自身の瞳がお揃いになったことに喜んでいたが、すぐにセーレが誤魔化しの魔術を施してしまったため、見せびらかすチャンスがなくなったことに軽く拗ねた。
 シアンのいろんな表情を見たかったのだが、セーレから男としての尊厳を潰すと言われ渋々誤魔化しの魔術の使用を認める。
 自身とシアンの能力面の相性が最高であることにはもちろん気づいているので、次は体の相性か?と考えていたりいなかったり。



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研究施設調査

 セーレの案内に従いながら、研究施設を歩き回る。

 オリジナルの二人がどうすることもできない敵とやらは、こっちの方にはいないようで、今の所安全に足を進めることができた。

 

「うっわ……なんだこの資料……」

 

「全部、星晶獣を作るためにルシファーや、彼の研究に参加していた星の民が使っていたものです。」

 

「まぁ、ほとんどはこの施設を放棄する際に消失したみたいなんだが、銀髪の坊やはどうやらいい加減な部分があったみたいでね。隅から隅まで探してみたら、意外と見つかったんだよ。」

 

「なるほどな……。」

 

 それにより辿り着いたのは、まさに研究所ですと言わんばかりの一室で、ボロボロになってはいるが、何かしらの機械だったことがかろうじてわかるガラクタと、ボロボロに風化した資料が見つかった。

 あまりにも古いため、文字はほとんど読めなくなっているが、記されている図形から、星晶獣を創るまでの過程と思わしきものが描かれている。

 

「……トイフェルの情報遺伝子……えっと……これは、力……かな?トイフェルの能力を基に、始まりの星晶獣を作る計画……か。トイフェル族の能力や特性を模倣するため、色々研究されていたんだな……。」

 

「ええ。ですが、僕にはほとんどその記憶がありません。ベリアルにはある程度あるみたいですがね。」

 

「そりゃモドキを創られた際、能力の耐久テストや不具合の修正のために何度も叩き起こされたからねぇ。まぁ、本調子じゃない能力を凌駕する程度の能力じゃ、本来のオレには勝てないだろうけど。」

 

 悪魔のベリアルと堕天司のベリアルが戦闘したわけ?顔そっくり同士のバトルとかめっちゃシュールでは?

 だけどちょっと見てみたいかもしれない。だって顔そっくり同士が戦うとかちょっと気になるじゃんか。

 ……一応、ルシファーVSルシオ(本来の姿)とかはゲームでもあったけど、実際に動いていたわけじゃなく、テキストとフルボイスだけで構成されていたから、実際の戦いを見てないからね。

 でも、ベリアルVSベリアルか……絵面だけでも笑いそうになるな。

 

「ルシファーも考えたもんだな。空の世界に元から存在している強大な能力持ちの種族を基にして、星晶獣を創るんだから。」

 

「まぁ、僕らは空の民と関わりを持つ種族でしたからね。多分、丁度よかったのでしょう。」

 

「オレらが空の民の進化に関わってるんじゃないかとも思ったんだろうな。実際、オレらは条件さえ満たせば、知恵やらなんやらを教えていたわけだし。」

 

「その条件っていわゆる生贄ですけどね。」

 

「お前は生贄なんて取ったことないだろ。」

 

「だって要りませんし。ていうか、なんで生贄なんて考えたんでしょうね、空の民の皆さん。そんなものなくてもちゃんと対応するトイフェルの方がほとんどだと言うのに。」

 

「あの頃は力の強さのこともあったからねぇ。上位者的存在だとでも思われて、自分たちよりも遥かに立場が上な存在に、なんの見返りもなくものを教えてもらうなんて言語道断とでも思ってたんだろ。まぁ、オレは呼び出されるたびにヴァージンの子を食えたから、その勘違いも悪くなかったんだけど。」

 

「その食うって物理的な意味?それとも性的な意味?」

 

「後者に決まってるじゃないか。オレはカニバの趣味はないんでね。なかなか良かったぜ?ヴァージンの子が気持ち良くなりすぎて狂う姿を見るのは。」

 

「………………。」

 

「うん、冷めた視線はやめてくれ。」

 

「当たり前の目を向けられてるだけですよ欲求不満キング。」

 

 呆れとも言える視線を向ければ、目の前の悪魔はすかさずストップをかけてくる。

 冷静に当たり前だと告げるセーレは、多分、彼のこのノリに慣れてしまったのだろう。

 当人も慣れたくはなかっただろうけど。

 

 そんなことを思いながら、かろうじて読むことができる資料に目を通す。

 ん?モンスターにコアのカケラを埋めることによる強化実験?

 ……なんだろう、嫌な予感がフツフツと沸くなこれ。

 

「星晶獣は一から創るとかなりコストがかかるからって一時期進められていた計画だな。」

 

「まぁ、結局のところ成功例はほとんどなかったからと破棄されたのでしょうけど。」

 

「一から創る方が調節はできるだろうに。異物が混入したら、暴走するのは当たり前じゃないか。」

 

 ベリアルの意見は尤もである。異物であるベリアルとセーレの魔力が入り込み、倒れた後だからこそわかる。

 別のものが入り込むということは、それなりに苦痛を感じるものだ。

 人間ならそれなりに理性などを導入することで我慢が効くけど、魔物のように、理性より本能が強い生き物だと、きっと暴れ回って研究どころじゃないだろう。

 

「そう言えば、ベリアルはもう一人いるんだよな?」

 

 そんなことを思いながら、ふと、私はこの世界にベリアルが二人もいることを指摘する。

 今のところ、オリジナルでもある悪魔のベリアルだけと接触してるが、もし、グラブルのベリアルと出会した時はどうしたらいいのだろう?

 ベリアルって呼んで、二人同時に振り向く図は面白いが、こっちのベリアルとか、悪魔の方のベリアルとか言わねーと……ってのは正直言ってめんどくさい。

 

「正確にはモドキだが、銀髪の坊やの頭がかなり良かったせいで、オリジナルのオレに極めて近いクローンとして原初獣、狡知の堕天司ベリアルは産まれたからな……。確かに二人いることになるのか。」

 

「……区別するために、別名でもつけた方が良くないか?普段はアンタがベリアルだが。」

 

「あー……まぁ、それは言えてるな。アレと出会した時とか、オレが眠ってる間に好き勝手してくれたであろうアレの風評被害を受けないためにも。そうだなぁ……シアンちゃんが考えてくれるかい?」

 

 どうやら、私が好きに名前をつけてもいいらしい。

 とは言え、私にネーミングセンスなんて………あ。

 

「んじゃリューゼで。」

 

「リューゼ?」

 

「そ。意味は狡猾。」

 

「おや。あなたにピッタリじゃないですか、ベリアル。」

 

「確かに合ってるねぇ。人を騙すのも、それに乗じて付け入るのも大好きだし。オーケイ。じゃあ、公の場でのオレはリュゼってことで。」

 

「いいのか……。」

 

「ピッタリなんでね。」

 

「ふぅん?じゃあ、リューゼ=ディライト=エルトロス。狡猾なる快楽の赤ってことで。」

 

「お?」

 

「ほう……素敵な名前をいただきましたね、ベリアル。」

 

「ああ。気に入ったよ。」

 

 どうやら、こちらが考えた名前はお気に召したらしい。まぁ、おかげでグラブルのベリアルと区別がつくからいいけど。

 

「そんじゃま、区別名は決まったわけだし、調査の続きと行こうか。つっても、あまり目ぼしい情報は無さそうだけど。」

 

「じゃあ、軽く流すように調査して、あとはのんびりと外にでも行くとしようか。」

 

「……無事に出ることができればいいのですが。」

 

「「フラグを立てるなセーレ。」」

 

 ……厄介ごとが、あと一回くらい起こりそうな気がしてきたじゃんか。

 

 

 




 シアン
 研究施設を調査したことにより、コアのカケラがキマイラから出てきた理由を理解することができた特異点たちの姉。
 セーレが口にした盛大なフラグに嫌な予感を抱きながら、もう少し研究施設を調査する。

 リューゼ=ディライト=エルトロス
 通称:リューゼ
 シアンに自分の区別名をつけてもらった悪魔の王。
 変態堕天司のオリジナルなだけあって、チラホラと言動がアレだが、シアンから冷めた目を向けられたり、セーレにどつかれたりするため、どちらかというと控えめ傾向にある。
 狡猾を意味するリューゼの名は気に入った。モドキは気に入らない。

 セーレ
 盛大なフラグを建築した悪魔の君主。
 自身の上司であるリューゼのアレな発言にはほとほと呆れている。
 基本的には変態キングだったり、欲求不満キングだったりと辛辣な呼び名で彼を呼ぶが、公の場では、ちゃんとリューゼ呼びをする。
 「さん」や「様」?つけるわけないでしょ、信頼と信用はしていますが、尊敬はしていないので。



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嫌なものを見た……

 セーレたちと共に、研究施設の調査を続けていると、やけに広い空間に出た。

 その空間は、この研究施設内の奥の方にあった場所だったので、視界が暗く、あまり良いとは言えない。

 

「なんだここ?なんかめっちゃ寒気すんだけど。」

 

「寒気って言うよりは嫌な予感か?」

 

「あまり長居はしない方が良さそうですね。」

 

「ああ……。」

 

 とは言え、調べたくてもこれだけ暗いと空間の概要がよくわからない。どこかに明かりをつける場所はないだろうかと思うけど、既に放棄されている研究施設に電気なんて通ってんのか?

 当然の疑問を抱きながらも、空間に一歩足を踏み入れる。その瞬間、バチンッと言う無機質な音と共に、視界が眩しい光に塗り潰された。

 

「うっわ……。」

 

「なんなんですか……これ……?」

 

「あ〜……どう見ても、製造工場のようなナニかだな……。」

 

 あまりにも眩しくて、一瞬だけ目を閉じてしまい、慌てて辺りを見渡せるように目を開ける。

 暗い場所から明るい場所に放り投げられた際に起きる特有現象のせいで、すぐには何も映り込まなかったが、何度も瞬きを繰り返していたら、その光に視界が慣れ、見えなかった世界が見えてくる。

 それにより見えたのは、大量の魔物がカプセルのような檻に閉じ込められたまま、眠りに着いている景色だった。

 ベリアル曰く、これはいわゆる製造工場のような何かとのことらしいが、これだけの量の魔物が、コア片を取り込ませる星晶獣化の実験に使われていたってことなのか……。

 

「……生命活動はほとんど感じ取れませんね。」

 

「まぁ、実験により二度と目を覚ますことがなくなってしまった魔物がほとんどだろうからねぇ……仕方ないと言やしかたないような気もするな。」

 

「コア片と言えど、その力の強さに耐えきれなくて事切れるってか。」

 

「そう。まぁ、そもそも通常の魔物にコアを取り込ませることが間違いなんだよ。明らかな異物に体が耐え切れるワケがない。キマイラは、うまいこと適応したらしいが、暴走状態だったんだろう?」

 

「……ああ。攻撃の一つ一つがわかりやすくて、食らったらヤバイが躱せば大したことがないって感じだった。本来のキマイラなら、あそこまで大振りな攻撃は連発しないだろうさ。」

 

「つまり、適応しても意味はないってワケだ。コストを考えて既存の魔物にコアを埋め込み戦力にする研究を行うのは、別におかしなことじゃないが、結局は失敗だな。」

 

 やれやれと溜息を吐きながら肩をすくめるベリアル。あの探究心の塊は、とんでもないことまで考えつくよな……と軽く呆れ気味な声音で言葉を紡ぐ。

 それに内心同意をしながら、辺りにある魔物入りカプセルを近くで見つめた。

 ……あそこに割れたカプセルが一つあるな。あれにキマイラが入ってたのか?

 

「ふむ……調べた感じ、ここにいる魔物は全てコアに適応することができないままに終わりを迎えてしまった存在だけが残ってるみたいですね。」

 

「そりゃそうだろう?一つのコアに含まれてる力を考えれば、当然の結果と言える。それはカケラでも変わらない。完全なコアに比べたらマシかもしれないが、それでも莫大なのは同じなんだから、魔物程度が耐え切れるワケがない。まぁ、それでもここまで原型をくっきりと留めてるのを見ると、終わりを迎えたのは最近のような気もするけどね。」

 

 そう言ってカプセルのような檻に目を向けるベリアルの赤紫の瞳には、同情と憐れみの光が宿っていた。

 まともな生を謳歌することができず、長い年月閉じ込められたまま、命の終わりを迎えてしまったこの子たちの現状は、彼にもそんな感情を抱かせてしまうほどだったようだ。

 まぁ、でも、確かに何もできず、実験のためだけに囚われて、結局は失敗作だと捨てられたようなものだし、悪魔でも同情するってことか。

 冷静に分析をしながらも、未だに生存している魔物はいないか確かめる。

 だって、もし生存していたら、また被害者が出てしまう可能性だってあるんだから、始末をつけとかないといけないっしょ?

 被害はなるべく最小に。それが一番である。それに、あのキマイラもそんじょそこらの騎空士じゃ手に負えない存在だった。

 私は何とか生き残れたが、それなりにキツかった印象がある。もし、あれ以上に厄介な星晶獣モドキが現れたりしたら、間違いなく私も無事では済まないだろう。

 最悪、命を落とす可能性だってある。その場合、私はグランやジータのように、魂を共有できるような存在なんていないのだから、そのまま終わりを迎えるだろう。

 まぁ、この悪魔たちとの縁が生き残らせてくる可能性はなきにしもあらずだが、誰だって死にたくないワケだから、考えないようにするか。

 とにかく、厄介な星晶獣モドキがいた場合、その被害がどれだけひどくなるかわからない。

 なら、少しでも片付ける方が何倍もマシと言うものだろう。無事で済むかはわからないけど。

 

 そんなことを思いながら、いくつかカプセルのような檻を見て回っていると、一際でかいそれを見つけてしまった。

 こんなでかいもんに何入れてんだよ星の民……と思いながら視線を上に向けてみると、そこには赤い体と複数の首を持つ蛇のような存在がいた。

 

「Oh……」

 

「シアン様?」

 

「なんか見つけたのか?」

 

 思わず言葉が狂ってしまう中、セーレとベリアルが不思議そうな声音で話しかけてくる。

 すぐに目の前にある檻を指差してやれば、2人もうっわ……と小さな声を漏らした。

 うん、そりゃ漏らすよな。だって目の前にいんの、明らかにヒドラだし。

 

「星の連中、こんな奴まで……」

 

「キマイラですらヤバイとしか言えないと言うのに……。」

 

「シアンちゃん。なんかあったらまずい。こっちにおいで。」

 

「ああ……。」

 

 調べているうちに、それなりに高い位置にまで上がっていた私に向かって、ベリアルが両手を広げておいでと言ってくる。

 その声に応えるようにして、現在立っている足場を蹴り上げて、軽く跳躍をする。

 目指すのは両手を広げてるベリアルの腕の中。まさか、私が素直に飛び降りてくるとは思わなかったのか、彼は一瞬目を丸くしたのち、慌てて私の着地点となる場所に移動してきた。

 同時に私の体は彼の腕の中へと綺麗に収まり、ベリアルは私の体をしっかりと抱きとめたのち、その場でドテンッと尻餅をつく。

 

「……まさか、素直に飛び降りてくるとは思わなかったな。」

 

「あんな馬鹿でかい存在を見たあとで階段をトントン順番に降りてられるかっての。」

 

「まぁ、気持ちはわからなくもないですね……。」

 

 セーレたちと言葉を交わしながら、ヒドラがいた方へと目を向ける。

 ヒドラの動く様子はない。……が、あまり見て良い気分がするものでもない。

 なんせ、ヒドラは特異点たちにとって因縁が強い魔物だ。そんな存在を見て、のんびりとできるほど私は図太くない。

 

「……とりあえず、この空間一帯には何かしら仕掛けといて、まとめて破棄する方がいいかもな。」

 

「何かって言うと?」

 

「……爆弾とか火薬か?」

 

「なるほど。まぁ、確かにずっとここを残すのも気が引けますし、命を終えているこの魔物たちも、浮かばれませんからね。まとめて焼却する方がいいかもしれません。」

 

「ちょっと過激な気もするが、一理あるな。確か、この研究施設には爆弾を作るのにちょうどいい素材もあったはずだ。大規模な爆発を起こすための道具をそれで作るとしよう。」

 

「破壊する際は、爆破音とか聴こえないようにした方が良いですね。外に出たら僕らの本来の能力も使えるようになると思うので、隠蔽はお任せください。」

 

「…………隠蔽はお任せくださいって、側から聞いたらヤバイセリフだな。」

 

「…………言えてるな。」

 

 なんにせよ、やるべきことは決まったから、さっさと必要なものを集めて、ここを壊すための準備を進めるとしよう。

 そう考えながら、ベリアルたちに爆破を大規模にするための道具が作れそうな場所に案内してほしいと告げる。

 二人はすぐに頷いて、私をその部屋へ案内するために歩き始めた。

 それについて行くように、私も歩みを進める。背後の空間に、少しだけ視線を向けて、嫌な予感に表情を歪めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……シアンたちが立ち去った空間。誰もいないそこは、ただひたすらに静寂のみが漂う。

 しかし、そんな静寂漂う空間を破るように、魔物の唸り声が響き渡った。

 その唸り声の主は、ギラギラとした鋭い眼光が宿る瞳で、シアンたちが立ち去っていた方向を睨みつけていた。

 彼女が抱いた嫌な予感……それは、明確に姿を現し始め、徐々に彼女たちに歩み寄る。

 あらゆる命を破壊し尽くす……ただ、その一心で。

 

 

 

 

 




 シアン
 調査をしてみた結果、嫌なものを見てしまった特異点たちの姉。
 嫌な予感を抱きながらも、コアを埋め込まれた魔物たちを弔う意味でも、研究施設を何とか壊すために動く。

 リューゼ=ディライト=エルトロス
 ヒドラを見て表情を歪めたシアンが、自分のおいでと言う言葉に素直に従って自身がいる方向目掛けて飛び降りてきたことに驚きながらもちゃんとキャッチしたトイフェル族の王。
 研究施設を爆破すると言う考えに至ったセーレとシアンに軽く苦笑いをしながらも、ずっとここに閉じ込められるより、ちゃんと自然に還る方がいいと考え協力する。

 セーレ
 シアンと共に研究施設の破壊を提案したトイフェル族の君主。両手を広げ、おいでと言ってきたベリアルめがけて飛び降りたシアンにはかなりびっくりした上、なぜ僕の方じゃないんです!?と軽く妬いていた。




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研究施設からの脱出

 セーレたちと共に、研究施設内にある素材などが片されていた部屋へと足を運び、彼らに知恵を借りながら、大量の爆発物を生成し、次々と積み重ねていく。

 特異点たちの姉と言う立場があるおかげで、手先が器用なタイプの人間だったから、結構早く完成するもんだ。

 本当、ハイスペックな存在として、第二の人生を送ることになったよ。

 

「こんなもんか?」

 

「シアンちゃん、めちゃくちゃ大量生成するじゃないか……。」

 

「フフ……ですが、これくらいあれば十分あの檻全てを破壊する上、中で息絶えてしまった魔物たちも大地に返してあげることができそうです。」

 

「セーレ。セーレちゃん?お前ね。本来の優しい悪魔。優しいトイフェル族って言う特性をどこに置いてきたんだ?」

 

「ちゃん付けで呼ばないでくれません?気持ち悪い。それと、僕のこれは十分ある種の優しさですよ?あんな檻の中で息絶えて、大地に還ることができなくなった魔物たちを還してあげようとしてるんですから。あのまま放置する方が可哀想でしょう?」

 

「……シアンちゃん。コイツ、なんか怖いこと言ってんだけど。」

 

「そう言われてもな……。言ってることはわからなくもねぇっつーか……。あと、私は仮に生きていても多分爆破してっけど?」

 

「え」

 

「だって、生きていたら人を襲う可能性があって危ねぇじゃん。近くを通る商人だっているし、何より、この森付近には道具を作る材料なんかも採れるから、近寄る人間はいくらでもいる。入口付近で接敵したキマイラもそうだが、コアを突っ込まれた魔物は、命を落とすか暴走するかの二択しかない。となると、なんらかの拍子に材料を採りに来た人間が、星晶獣モドキなんかと接触したら?どう考えても怪我だけじゃ済まない。なら、そんな被害が出る前に、片付けておくのが必要になる。まぁ、多少罪悪感がないこともないが、死人が出る前になんとかしておくってのも、騎空士には必要なんじゃね?って思うんだよなぁ……」

 

「……なるほどね。」

 

 爆破する理由をベリアルに教えれば、彼は苦笑いをしながら、一理あるっちゃあるのか……と呟く。

 セーレはと言うと、私の言葉に同意するように何度も頷く。

 まぁ、過激と言われたら過激かもしれないが、安全の確保のためだし……何より、この施設を帝国とかが見つける前になんとかしておきたい。

 だって見つかったらめんどくさそうじゃん。ただでさえ魔晶とか言うトンデモ兵器作ったりすんだから。

 もし、私が介入したことにより、それ以上の兵器を作ろうとされたら、物語がハードモードどころじゃなくなる。

 なら、先に懸念材料は始末しておいて、物語の軌道が変に逸れないようにしないとな。

 

(ま、こんなこと口に出して言えるわけないんだが……)

 

 そんなことを思いながら、完成した爆破用の道具を荷物の中へと入れていく。

 雑に入れたらその衝撃でドカンッてパターンもあり得るだろうから、あくまで丁寧に慎重に。

 

「うっし、これでいいな。」

 

「作業、お疲れ様です、シアン様。」

 

「念のため、オレとセーレの魔力を使って、時が来るまで爆発しないようにしとくか。」

 

「珍しく意見が合いましたね。僕もそう思っていたところです。両方が魔力を使っておけば、いざと言う時の余力にはなるでしょう。変なタイミングで戦闘になったりとか、厄介で敵いませんからね。」

 

「「だからフラグを建築すんな。」」

 

 準備ができたと思ったら、セーレにフラグになりそうなことを口にしたので、ベリアルと一緒になってツッコミを入れる。

 こう言うイベントの時って、ぽろっと口にした起こってほしくないことを、嫌なタイミングで回収していくのがお決まりなんだから、軽率な発言はやめてくれ……。

 そんなことを思いながら、爆弾が大量に入った荷物を持ち上げる。

 さて、さっきの檻がある場所へと戻りますかね。

 

 

 ・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚

 

 

 しばらく研究施設を歩き、たどり着いた檻の部屋。離れてからしばらく経っていたのか、また暗くなっていたので、その部屋に足を運ぶと同時に目を閉じて眩しさをやり過ごす。

 一度あれを経験したおかげで、さっきよりスムーズに目を慣れさせることができた。

 

「んじゃ、順番にこれつけて行こうか。」

 

「では僕はこちら側からやっていきますね。」

 

「なら、オレはこっちかな。」

 

 視界が正常に機能するのを確認した私は、すぐに運んできたものをこの部屋全体につけるために行動を移す。

 セーレとベリアルは、私が行動を移したことを確認するなり、全体につけるため左右に分かれて爆弾を取り付け始めた。

 私は真ん中か……。真ん中ってヒドラ入りの檻があったから、あんまり近寄りたくねぇんだけど、まぁ、仕方無いか。

 そんなことを考えながら、目の前に広がる檻に複数でセットになっているそれを取り付けていく。

 あのでかい檻があったのは上の方だったが、順番に取り付けていけば当然だが近づいてくるわけで、嫌な予感も次第に増してくる。

 うん、絶対にひと騒動あるなこれ。しかも、特異点たちの因縁と全く同じ因縁のような気がする。

 めんどくせぇ……と思いながら、どうするべきかを考える。

 嫌な予感が顔を出すのは、間違いなくもうすぐだ。それだけ胸騒ぎがひどいのだから。

 こう言う予感ほど、当たると言うのはどんな物語でもお決まりである。

 

 溜息を吐きたくなりながらも、こなしていく手を止めることはない。もちろん、必然的に檻も近づいてくる。

 とりあえず、爆弾をつけるだけつけよう。そう思いながら取り付け作業を続けていく。

 しかし、不意に聞こえてきた唸り声により、自然と手は止まってしまう。

 ああ、やっぱり……こうなるのかよ。

 

「今、唸り声しなかったか?」

 

「しましたね。」

 

「………セーレ。ベリアル。どれくらい取り付けた?」

 

「こっちは全部です。」

 

「オレも全部。」

 

「早いな……って言いたいところだが、二人ならそんなもんか。上の方も翼を生やせば辿り着けるもんな。」

 

「……オーケイ、じゃあこうしよう。オレとセーレで残りをパパッと取り付ける。だからシアンちゃんはそっから飛び降りて撤退準備。」

 

「多少能力を行使しますが、だいぶルシファーの術式は解除できています。移動中も、ずっと術式の結びつきを解除していましたから。」

 

「瞬間移動までは無理だが、走る分には問題ない。あとは、この外に出ればいいワケだし?」

 

「ただ、シアン様が討伐したキマイラ以外にも、巡回している星晶獣モドキや、近辺に暮らしていたと思わしき魔物が彷徨いていることが確認できています。多分、出入口に近づくたびに魔物が増えてくると思うので、それはシアン様に任せます。」

 

「移動はオレが運ぶから問題はないよ。女の子を抱えて逃げることくらい、造作もないからさ。」

 

「じゃ、その方向で。」

 

「了解。」

 

「かしこまりました。あ、魔物の弱点に関してはご安心を。僕、こう見えて目はいいので、なんの制限もかかってないシアン様であれば、一撃で仕留めれるようにサポートいたします。」

 

「オレと違って、セーレは魔術などに特化してるから可能な方法だな。」

 

「ベリアルは物理と搦手ですからね。」

 

「まぁ、トイフェル族の中でも珍しい変異を起こしてるタイプだからこそ可能な戦術なんだけどね。本気なら、オレのモドキすら跪かせることができる。まぁ、ここにいる間は無理だったけどね。だからイラついていたっけな。あの銀髪坊や。オレ、魅了耐性は無限だから。」

 

「そんなの今はどうでもいい情報ですが、とりあえずやることは決まったので、サクッと終わらせましょうか。」

 

 どこから唸り声が聞こえていたのかすぐに特定した私たちは、すぐに今から自分たちがやるべきことを決め、その通りの行動に移す。

 私はベリアルに言われた通り、持ち運んでいた荷物をその場に置き、軽い段差がある中を飛び降りて離脱し、入れ替わるようにセーレとベリアルが爆弾を次々と取り付けていく。

 能力の行使、というのは、魔力により爆弾を檻の方へと移動させ、取り付けるというものだったようだ。

 最初から任せときゃよかったかなと一瞬思ったが、さっきの会話からして、まだ本調子は取り戻していないみたいだから、節約していたのかもしれない。

 それなら、ああやって手作業でやるのは正解だったんだろう。

 私が任された真ん中方面。その半分はすでに手作業で終わらせていた分、そこまで力を必要としなかったのもあるかもしれない。

 冷静に分析しながら、この部屋の出入口付近で待機する。次第に強くなってくる敵意の篭った視線を感じながら。

 

「よし、これでさい……」

 

「!!ベリアル!!」

 

「あ?ゲッ……」

 

 ベリアルが最後の爆弾を取り付けようとした瞬間、敵意の視線は一層と強くなる。

 同時に聞こえてきたのは、ガラスが割れるような複数の音と、爆発音だった。

 すぐに視線を音の方向へと向けてみれば、複数の檻の破片が二人がいる場所に散っている様子が見えた。

 

「……やっぱりか………!!イベント事ってのは、いつの時代も平和に終わってくれないもんだなぁ……!!」

 

 割れた場所には、複数の魔物。どうやら、まだ生存していた魔物は結構な数いたらしい。

 いや、もしかしたらあえて休眠状態で閉じ込めておいた魔物が複数いて、セーレたちが行動を移した時に目覚めるようなギミックが仕掛けられていたのかもしれない。

 二人の会話から、ルシファーがこの研究施設を出入りしていたことは割れていたからな。

 頭が良い彼なら、いずれ二人の昏睡状態が解除されることも気づけていた可能性がある。

 同時に、術式で抑えていなかった際の能力値も予測できただろう。それにより発生する未来の可能性……この二人が自分の邪魔になる確率も頭にあったかもしれない。

 なら、弱体化しているうちに消すことも考えるだろう。この二人だけでは、出ることができないこの施設の中で。

 そこまで分析していると、足が地面からふわりと離れる。ベリアルが私の体を抱え上げて走り出していた。

 

「さっさと撤退するぜ、シアンちゃん!!」

 

「ベリアルはそのまま前進を!!シアン様、魔物退治をお願いします!!」

 

「オーケイ……!セーレ!!対象の弱点を次々と教えてくれ!!外に出るまでに雑魚は全部殲滅する!!」

 

 二人の言葉に返事を返しながら、私は魔物たちに狙いを定める。魔法は全部使えるんでね。狭い中で戦うには厄介なヒドラ以外の雑魚だけでも、脱出のうちにぶっ飛ばす!!

 

 

 




 シアン
 爆弾を完成させ、檻に取り付けて行く中、星晶獣モドキの襲撃を受けることを予測していた特異点たちの姉。
 研究施設を脱出するまで、大量の魔物を討伐するために魔法をひたすら行使することになる。

 リューゼ=ディライト=エルトロス
 爆弾を檻に取り付けていく中、星晶獣モドキの襲撃を受けた悪魔の王。力を使わなくても体力や筋力はかなり高いので、シアンを抱えて研究施設の外に出るため全力で走り抜けることに徹する。
 術式による抑制がなければ、普通に星晶獣を凌駕するステータスを持ち合わせている上、あらゆる耐性すらも貫通する状態異常による搦手を多用し、物理で一方的に潰すこともできるのだが、今はできない。

 セーレ
 爆弾を檻に取り付けて行く中、星晶獣モドキの襲撃を受けた悪魔の君主。術式の抑制をある程度解除することができたので、シアンが魔法で星晶獣モドキや魔物を突破するためのスコープ役となるため、弱点となるコアや生命活動の動力源となる心臓などを見抜けるように能力を使用しながら移動する。
 術式による抑制がなければ、高火力の魔法やアビリティを使用して広範囲を一掃する特殊特化の怪物となれるのだが、今はできない。



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何で姉弟揃ってヒドラに因縁があるのやら……

 研究施設内の調査を終え、施設ごと破棄して終わらせようとしたところ、目覚めた星晶獣モドキと化したヒドラや、複数の魔物と相見え、ひとまず狭い施設内ではなく、広い外での戦闘に持ち越すため、施設内を走り抜ける。

 正確には、走り抜けているのはセーレとベリアルの二人で、私はベリアルに抱えられたまま、この世界で覚えた魔法をぶっ放しているのだけど、とりあえず走り抜けていると称しておこう。

 

「シアンちゃん!!前!!」

 

「わかった。シャイン!!」

 

 魔力を利用しながら魔法陣を描き、属性を撃ちたいアビリティ属性へと変更して射出。

 どれだけ早く魔法陣を描き、スムーズに属性を変えて、魔物に当てるかが重要になってくるこれは、かなりの技量が問われる。

 しかも、現在は常に揺れている状況だから、なかなか神経を使う。

 まぁ、セーレのサポートのおかげで、外すことはまずないのだけど、やはり疲労は重なってくるものだ。

 でも、疲れたと言っていい状況ではない。後方や前方、時には道の脇から魔物が飛び出してくるから尚更だ。

 

「命中〜。なかなか狙いがイイじゃないか。」

 

「セーレのサポートがあるからだよ。」

 

「そう言ってもらえるのはありがたいですね。と、シアン様!!伏兵部隊が出て来たようで!!」

 

「めんどくs……ってなんか翼生えてる謎の生き物いんだけど!?」

 

「ゲッ……あれってエンジェル系統じゃないか。」

 

「うっわ……なんつーもんを仕込んでくれたんですかね、あのルシファー。」

 

「何が効くんだあれ!?」

 

「闇!!」

 

「闇属性って言ったらエーテルブラストとかだけど、私が持ってる武器、炎か光しかないんだけど!!」

 

「厄介なことになりましたね……」

 

「……あ、そうだ!!」

 

 そんな中姿を現したのは、まさかのエンジェル系統の存在だった。闇属性が有利になるのは知っていたが、この世界のことを知ってることは話していないので、カモフラージュとして何が効くのか問うたところ、知識通り闇属性が有利になることをベリアルが口にする。

 しかし、闇属性を乗せることができるのは闇属性の武器を持った際のエーテルブラストや、自属性ダメージを入れることができるもののみであることを思い出し、その属性に使える武器がないため無理だと返す。

 すると、ベリアルが何かを思いついたように声を上げた。同時に彼は私を片腕だけで抱え直し、もう片方の手に何かを出現させる。

 よく見るとそれは一本の槍だった。

 

「トイフェル族は、闇属性の力……いわば、希少元素のエーテルしか宿さない。なら、その力を結晶化させて武器を作ればイイ!!つっても、今使える能力を温存できる範囲の力しか回せないから、しばらく使ったらぶっ壊れる使い捨てにしかならないが、今は我慢してくれ!!外に出たら改めて作ってあげるから!!」

 

「何で槍を選択したのかわからないけど助かるわ。使わせてもらうよ!!」

 

「なら、後で僕からも何かしらの武器を渡しますね。」

 

「そりゃどうも!!エーテルブラスト!!」

 

 その場凌ぎとは言え、手渡された武器は闇属性の槍。これなら闇属性の攻撃を放つことができると考え、すかさずアビリティを発動させる。

 こちらが放ったエーテルブラストは、しっかりとエンジェル系統の魔物に直撃し、原動力となっていたコアを粉々に砕いた。

 

「よし!」

 

「お見事!」

 

「つっても、まだ雑魚はウヨウヨいるけどねぇ……。」

 

「マジで厄介だな。どんだけ悪魔潰したいんだよ星晶獣の創造主……!!」

 

「それだけ警戒されていたと言うことでしょうね。」

 

「まぁ、抑え込む術式を使われてなけりゃ、星晶獣を簡単に捻り潰す程度の力はあるから仕方ないな。」

 

「原初獣相手だと、こちらも本気を出さざるを得ませんが、それだけで作り物相手に辛勝はしませんからね。空の民として生まれた種であり、長命なだけで終わりはある上、コアなどは宿していないので、心臓を吹っ飛ばされたり、頭を吹っ飛ばされたりしたら死にますが。」

 

 トイフェル族の特徴を話しながら、移動を続ける二人の会話に、相槌を打ちながらも私は魔法の発射準備を行う。

 確かに、魔物はまだうじゃうじゃいるみたいだが、脱出開始時に比べたらかなり減っているな。

 そう思いながら、魔法を連続で放つ。自身が宿している属性を変更しながらやると、それなりに疲労は溜まりやすいが、相手の不得意属性で攻撃すれば、一瞬でコアを壊せるから便利なんだよな。

 

「と、出口が見えて来た!!」

 

「このまま突っ走りますよ!!」

 

「うわ!?」

 

 不意に、移動速度がぐんと上がり、その際に発生した衝撃に少しだけ驚く。

 だが、背後を一瞥してみれば、私がこの施設に入り込んだ際に通り抜けた出入口があった。

 なら、あとはこれでいいか。まぁ、でかいのは始末できないと思うけど。

 そんなことを考えながら、私が荷物から取り出したのは、一つの爆弾。

 念のために作っておいた、火力を強化しておいた爆弾だ。

 

「ちょっとシアンちゃん?何だソレ?」

 

「火力マシマシの爆弾。」

 

「いつの間にそんなものを……」

 

「いや、キューバ●ボムとか、スプ●ッシュボムとか、クイッ●ボムとか?あと、ハ●コ投擲とかで、複数のイカタコ巻き込んだこと思い出して……。」

 

「はい?」

 

「何て?」

 

「ナ●ス玉とか使いたかったけど、なかなかあれがついてる武器が使いこなせなかったんだよね……。じゃなくて、複数の魔物を巻き込んで一掃する方法考えた結果できた産物がこれ。爆発の威力は、向こうに仕掛けたものに比べて二から三倍くらい。デカブツは多分無理だけど、雑魚は問題なく倒せると思う。」

 

「なるほど。」

 

「何つーもんを作ってんだよシアンちゃん……。まぁ、でも、一掃できるに越したことはないか。一発ドカンと派手にヤっちゃってくれ。」

 

「言われなくても。」

 

 ベリアルの言葉に返事を返した私は、手にしていた爆弾を魔物たちの手前の方へと放り投げる。

 それにより、一瞬だけ警戒するように魔物が硬直したのを確認できたため、魔力を利用して、火属性のアビリティであるファイアを爆弾めがけて放つ。

 ファイアが着弾した爆弾は、派手な爆発音と、大人の姿であるセーレたちすらも吹っ飛ばす爆風を辺りに発生させながら、派手に破裂した。

 

「うお!?」

 

「のわ!?」

 

「爆風で走らなくても外に吐き出されるな。予想以上だったわ。二倍や三倍じゃ収まらないかこれ?二度と作らない方がいいな。」

 

 その爆風に乗って、私たちは研究施設の外へと吐き出される。走る必要がないくらいの爆風が起こるとは思わなかった。

 ちょっと素材混ぜすぎたかも。まぁ、でも、外に出れたなら問題はないか。

 

「イッテテ……何で冷静に分析してるんだよシアンちゃん……。」

 

「あれですかね?予想外の結果が出たから逆に冷静になってしまった的な。僕もなることがあります。」

 

「あ〜……まぁ、確かにたまにあるよな、そんなこと。オレもいくらか覚えがあるよ。」

 

「ソドムとゴモラを滅ぼした時の話です?」

 

「いや、確かに予想外の広まり方したけど、あれはオレみたいなヤツに楽しいことや面白いことを教えてくれって頼んできたあいつらの自業自得だって言ってるだろ。」

 

「でも、楽しんでましたよね?めちゃくちゃ笑顔で本当バカだよなあいつら。オレなんかに頼んじゃってさぁ……とか話していたじゃないですか。」

 

「あちこちで人間が同性や獣に腰振って喘いでるんだから楽しくないほうがおかしいだろう?」

 

「………………。」

 

「やっぱり変態ですねコイツ。メイン契約を僕に変更しませんか、シアン様?」

 

「おい。」

 

 ここまで物語通りのやらかしをやっているとは思わなかった。セーレの提案に思わず頷きそうになるほどに引いてしまう。

 まぁ、でも、少し……ほんの少しだけだが、その場にいたら、私も楽しんでいたかもしれない。

 腐ってるつもりはないけど、前の世界で兄貴がアレな漫画を見ていたり、妹が薄い本R18ver.を見ていたりしていたため、ほんのちょーっと興味はあったので。

 あとは、まぁ、あれだ。本能剥き出しで理性を吹っ飛ばした人ってどれだけ暴走してんのかちょっと見てみたいと思ったり……言わないけど。

 

「とりあえず、能力値的な面からベリアルとのメイン契約は続行しとくよ。」

 

「だってよ。」

 

「正気ですがシアン様?ソイツ、間違いなくシアン様も食い物にする気満々ですよ?僕の方にしときませんか?シアン様の身の回りのお世話を全身全霊で致しますし、シアン様の望みも全て叶えますよ?」

 

「やめとけよ、シアンちゃん。ソイツ、尽くすの大好き野郎だから最終的にソイツなしじゃ何もできなくなるくらいダメにしてくるぜ?いわゆるダメ人間製造機っヤツだ。気に入られたら最後、堕落と依存にひたすら誘う系トイフェルになるから色々気力が削がれるからな?」

 

 どっちもどっちである。

 確かに、悪魔のセーレは望みを無償で叶える上、召喚者に対して忠実であり、質問には真摯に答える特徴を持ち合わせている悪魔界屈指の優しい悪魔だ。

 悪魔の本質は、人を堕落させることだから、正攻法でそれを行っているとも言えるだろう。

 だから、セーレを呼んだら最後、ダメになるまで尽くされる。

 

 対するベリアルはセーレと全く真逆の考えを持っている。彼に望みを叶えてもらうには生贄を必要とするし、ちゃんと条件を満たさなくては、欺瞞にひたすら騙される。

 おまけに性格は下劣で淫乱。見た目は良くても虚飾まみれであり、正しい中身など一つもない。

 能力は確かなんだろうけど、生贄を捧げなくては力を貸してくれないし、真実を話そうともしないと言う非常に扱い難い存在だ。

 それに、彼が好むのは悪徳で、その弁舌を以て、あえて悪徳を正しいものと教え、人々に罪を犯させる。

 

 うん。整理してみてやはりと言うか、どっちもどっちである。

 方法は違えど、最終的に堕落へと誘うところを見れば、結局メイン契約をどちらにしても変わらない。

 ならば、私はあえて攻撃力や能力値が高い方を選択する。アレな部分はあれど、戦闘で役に立つのは、火力だったりするのだから。

 もちろんしっかりとした戦術も必要だが、ベリアルならそこも補えるだろう。

 アレな部分はあれど、頭はいいのだから。

 

 そんなことを思いながら、研究施設の方へと目を向ける。先程の爆発で、ヒドラにもそれなりにダメージが入っていて欲しいところだが、きっと、それは叶わない望みだろう。

 現に、研究施設内から、一際大きな気配がこちらに近寄って来ているのだから。

 

「ま、やっぱりあの程度じゃ終わってくれないよな。」

 

 ポツリと呟くと同時に、研究施設内から流れて来ていた爆煙を裂きながら、赤い巨体が姿を現す。

 予想通りの状況に、思わずため息を吐いてしまうが、すぐにクルージーンへと手を伸ばす。

 なんせ相手は火属性のヒドラだ。同じ属性で対抗しても、戦闘に時間がかかるだけ。

 一番は水属性の武器を使用しながら戦うことだが、残念ながら私はその属性武器を持ち合わせていない。

 ならば、たまに水属性のアイスを交えながら、通りにくい火属性よりはしっかりと通る光属性の武器を使用するほうが何倍もいいと言うものだ。

 

「セーレ。ベリアル。星晶獣の創造主に吹っ掛けられた術式は、あとどれくらいで解除できる?」

 

「あと数分かな?」

 

「ええ。術式を紐解くのは簡単ですので、少しだけ踏ん張っていただければと。」

 

「了解。」

 

 セーレとベリアルに、ルシファーにより仕掛けられた術式がどれくらいで解けるか問いかければ、なかなか頼もしい言葉が返ってきた。

 そのことに小さく笑みを浮かべながら、私はクルージーンを鞘から引き抜く。

 眩い光を放ちながら抜剣したそれは、時間稼ぎもトドメも任せろと言っているようだった。

 

「そんじゃあ、毒竜退治に興じるとしようか!」

 

 全く、何で姉弟揃ってヒドラに因縁があるのやら。溜息を吐きたくなる現状に苦笑いをこぼし、やっぱり私も特異点の身内なんだなと考える。

 さぁ、命を奪われる前に、そっちの命を奪ってあげるよ。

 

 

 




 シアン
 ベリアルの機転のおかげで、闇属性も獲得した特異点たちの姉。某縄張り争いを繰り返すインクのイカタコゲームをやっていたことがあったため、爆弾で一気に敵を一掃できないかと考えた結果、トンデモ爆風を発生させる高火力ボムを作り上げてしまった。
 ヒドラとの因縁が、特異点たちの姉である自分にも存在していることに苦笑いしながらも、悪魔たちの力の回復までの時間を稼ぐために行動を始める。

 ベリアル
 シアンが作った高火力ボムの爆発により発生した爆風により、無事に研究施設の外に脱出できたトイフェル族の王。あまりにもおかしな火力ボムを使用したシアンに苦笑いをこぼしたが、すぐに頭を切り替えて術式の解除に意識を向ける。
 楽しいことや面白いことを好む性格のせいか、あちこちで異常性交が行われていた町も、一つのエンターテイメントとして楽しむための道具にしていた過去を持つ。

 セーレ
 シアンの高火力ボムにより、研究施設の外に脱出できたトイフェルの君主。あまりにも火力が高いボムに苦笑いをこぼしたが、すぐに頭を切り替えて、自身にかかった術式を解除することに意識を回す。
 ベリアルからもダメ人間製造機と告げられるくらいの世話焼き尽くしタイプの存在で、あらゆる世話をこなし、召喚者に忠誠的に接し、あらゆる望みを叶えることにより、自分なしでは生活もままならない程堕落させることを好んでいる。



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ヒドラとの決着

 ヒドラの攻撃はどれも凄まじいとしか言えないものばかりだった。

 基本的な攻撃は、ブレスや噛みつき、尻尾ぶん回しだったりとよくある動きなのだが、コアの影響か、それともヒドラ自体の知性が高いのか、それらの攻撃を併用して使用してくるため、かなり厄介なことになっている。

 時には火属性ブレスと猛毒ブレスを合わせて使い、挟み込むようにして吐き出してくる。

 時には尻尾攻撃を回避した先でブレス攻撃を放ってきては当てようとしてくる。

 噛みつきに見せかけて至近距離で猛毒ブレスを吐き出してくることもあれば、そのまま噛み付いてくることもある。

 一番厄介だったのは、火属性ブレスと猛毒ブレスに爆発を混ぜてきた時だろうか?

 猛毒ブレスには可燃性ガスが含まれているのか、火属性ブレスをぶつけることにより猛毒の爆発となって襲ってくることがあった。

 咄嗟にダメージカットを入れることができるファランクスを利用したことにより、何とか難は免れたが、爆風により流れてくる毒ガスだけは防ぎようがなく、何度も毒状態に陥ってしまった。

 

「ヒドラってこんな攻撃してこないよな普通!?」

 

「どうやら、他の魔物とは違いかなりコアに適応してしまったようですね。」

 

「ったく、あの銀髪坊やもやらかしてくれるもんだねぇ……。」

 

 毒になってはクリアを使い、また毒になってはクリアを使う。この繰り返しは、かなり体力を消耗してしまう。

 ゲーム内では、クールタイムを挟むことにより再びアビリティを使うことができる流れであり、一部のアビリティを除けば、待てば永続的に使えるので、魔力が足りなくて使えないと言う流れはなかったが、実際はよくあるRPG……テイ○ズシリーズのように、ちゃんとNPやMPが存在しており、使い続ければ使い続けるほど、疲労が蓄積されるようだ。

 

(理解はしていたつもりだけど、やっぱり現実とゲームは違うんだな……)

 

 思わず苦笑いをこぼしたくなる。だが、そんなことをしている暇なんて一つもない。

 前にいるのは厄介なヒドラ。しかも、定期的に毒ガスをばら撒く搦手のようなことを使用してくると来た。

 そんな存在と対面してるのだから、笑っている場合じゃない。

 なんせ、一歩間違えれば容赦なくあの世行きにされてしまう状況だ。笑えるような余裕なんて、どこにも存在していない。

 

「どうせすぐに再生するんだろうが、一旦動きを止めてもらおうか!!」

 

 長い尻尾が頭上から振り下ろされる。すかさずクルージーンで切り裂けば、私に当たることはなく、大地へと落下していった。

 そこから畳み掛けるように、未だ残る尻尾を連続で輪切りにしていき、軽い動揺により硬直したヒドラの首をまとめて二本ほど刎ね飛ばした。

 

 生きている頭付きが断末魔のような叫び声を上げる中、グネグネと動く首に足を置き、強く蹴り上げることで跳躍し、術式の解除に意識を回していたセーレたちの側に着地する。

 同時に、セーレとベリアルが手元に闇属性の刃を出現させたため、それに合わせるようにクルージーンへと魔力を流し込めば、通常時でも光を放つクルージーンの輝きが一際強くなる。

 

「ようやく本領発揮が出来そうですね。」

 

「オレも完全復活。じゃあ、トドメと行こうか。」

 

「火属性より光属性ぶっぱするつもりだけど、二人の属性打ち消さないよな……?」

 

「あ、問題ないですよ。」

 

「所詮、ヒューマンの能力じゃ、オレらトイフェルの能力を上回ることなんてできないよ。」

 

「なら問題ないか。」

 

 少しだけ言葉を交わしたのち、三人同時に地面を蹴り上げ、首と尻尾の回復に力を回すヒドラとの距離を一気に詰める。

 手にしていたそれぞれの武器をコアがあると思わしき力の塊を感じる場所に突き刺し、魔力量を変化させることにより刃の長身を肥大化させて、そのままヒドラの体を貫く。

 

「うっっっらぁ!!」

 

「何でシアンちゃんに真ん中ヤらせてんだよオレら。身長的にオレがやった方が良かったんじゃないか?」

 

「シアン様が真ん中に来たのでこうなっちゃいましたね。」

 

 そして、私は長身が伸びたクルージーンを思い切り振り上げることによりヒドラを真っ二つに裂き、セーレとベリアルは攻撃が搗ち合わないように横へと薙ぎ払った。

 三つの斬撃により、切り裂かれたヒドラは叫び声を上げながら倒れ込む。

 ヒドラの血が炸裂しているが、すかさずセーレによりその血液は空中にとどまり、辺りに広がる自然にそれが散ることはなかった。

 

 

 

 



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これにて閉幕!

 次からは天星剣王接触編だったり、禍殃のサイコp……ゲフンッ…魔術師との接触編だったりになる予定です。
 ちなみに魔術師は主人公に懐く予定になっていたり……やめてやれ?イヤです。
 そう言えば彼の今年のハロウィンボイス……なかなか笑えましたね……笑




「ふぅ……疲れたぁ………。」

 

 ヒドラが動かなくなったのを確認した私は、その場で大の字になって寝転ぶ。

 二種類のブレスを利用して爆発を起こしてくるとか誰が考えるんだよ。マジで死ぬかと思ったじゃんか……。

 息の詰まる状況からようやく解放されて安堵の息を吐く。でも、まだ終わりじゃないんだよなぁ……。

 

「お疲れ様でした、シアン様。」

 

「いやぁ……まさかあんなヒドラ出てくるとは思いも寄らなかったな。キマイラ同様に、ちょっと能力が高い暴走状態の魔物がくると思っていたんだが……。」

 

「あんたら閉じ込めてた星の民。このヒドラを一から育てたりしてないよな?」

 

「それはないと思うぜ?基本的にそこら辺にいたのを拾って実験に使ってたし。」

 

「それ、下手したら生態系崩壊になっていたのでは……?全く……あちらの世界のルシファーは、本当に探究心の塊ですね……。我らが王の方が何倍もマシじゃないですか。」

 

「まぁ、うちのルーシィとはまた違ったタイプのルシファーだったよな。こっちのは仕事をこなす真面目くんで、空の民絶許マンって感じだったし。」

 

「いや、トイフェルにもルシファーいんのかよ……。」

 

「ええ。なんで愚かな人間どもを作ったんですか主よ。マジありえねぇ……って感じになってるルシファーがいましたよ。」

 

「罪を犯して罰せられようとも学ぼうとせず、同じことを繰り返しては世界を汚すだけの連中は滅べって感じになってるルシファーだったぜ?まぁ、気持ちはわからなくもないけどね。」

 

「彼は世界と主を純粋に大切にしたがっていましたからね。だからこそ、あまりにも人間同士が我欲のためだけにいろいろ奪っては好き勝手して、世界を蝕んでいるのが許せなかったのでしょう。」

 

 ……私が知ってる星の民のルシファーことファーさんの元ネタになっていたルシファーそのもこの世界にはいたようである。

 確か、元ネタの彼も、あまりにも傲慢で我慢で強欲な人間が、争ってまで欲しいものを奪い合い、世界に滅びの道を歩ませていると言うのに、神々はそれでも人間を愛すと言うから、プッツンして反乱を引き起こし上、追放された後も人間たちな許せないのでひたすら苦しめ続けたって一説持ちだったな。

 二人の会話が過去形になってるけど、今のルシファーは違うのだろうか?それとも既にいなくなってしまったのか……。

 まぁ、そんなのは今はどうでもいいか。

 とりあえず、今はやるべきことをやらなくてはならない。

 

「よいしょっと……」

 

 そんなことを考えながら勢いよく立ち上がり、武器をクルージーンから、アラドヴァルに持ち変える。

 同時にアラドヴァルに魔力を流し込めば、アラドヴァルはゴウッと燃え盛る炎に包まれた。

 それを確認した私は、静かに槍を構えながら、セーレに声をかける。

 

「セーレ。音が外に漏れないようにできるか?かなりでかい爆発音がすると思うんだが……」

 

「もちろん可能ですよ。術式は全て解除できましたので、いくらでもお使いください。」

 

「外に見えなくするのも重要だから、隠すのはオレに任せてもらおうか。上から見たら丸わかりだが、こんな森の中を上から眺めるヤツなんて、一人くらいしかいないだろうし?」

 

「おっと、フラグかな?」

 

「さぁ、どうだろうねぇ?」

 

 ……うん、多分これフラグだな。というか、確信してる状況で言ってるな?

 上から眺めるヤツなんて、一人しかいない……と言うことは、こっちの世界の変態堕天司辺りが観にきていたりするのかもしれないな。

 最推しに認知されるとか嫌なんだけど。でも、やると決めたからにはやらねばならない。

 

「そんじゃ、この研究施設は全部破棄させてもらうか。おやすみ、死ぬまで閉じ込められた魔物たち。フレイムバイレエグゼキューション!!」

 

 でかいカニ相手にも放ったことがあるアラドヴァル使用時の奥義。放たれたそれは、真っ直ぐと研究施設の細い通路へと消えていき、程なくして大きな爆発音と共に、施設自体が崩壊していく。

 多少爆風に煽られそうになったが、ベリアルが咄嗟に防御アビリティを使ってくれたおかげで大した影響は受けなかった。

 ガラガラと崩れゆく研究施設を少しの間見つめた私は、シェロに見せるために持ってきていた資料に目を向ける。

 これで、帝国のイレギュラーによる戦力増強は防ぐことができたかな。

 

「派手な弔いだことで。」

 

「でも、これで閉じ込められたまま終わりを迎えた魔物たちも世界に還れると思いますよ。もし、生まれ変わりなどと言うものがあれば、是非ともまともな生を謳歌して欲しいものです。」

 

 セーレとベリアルの会話を聞きながら、持っていた資料を荷物の中へと入れる。

 そして、ベリアルが言っていたここを見ることができる上空の方へと視線を向けてみれば、確かにそこには人影があった。

 

「……本当にいるよ。」

 

「だから言ったじゃないか。上からここを眺めるヤツなんて、一人しかいないってね……。」

 

「まぁ、今はどうこうするつもりはないようですし、さっさとこの場を立ち去りましょう。」

 

「あ、オレ、ちょっと姿を変えるよ。アレと間違われたくないしね。」

 

 そう言ってベリアルは、一回指を鳴らす。その瞬間彼の周りには黒い風が吹き始め、同時に黒い羽を巻き上げた。

 程なくして風が止み、はらはらと黒い羽が舞い降りる中、現れた姿は長めの赤い髪とロードライトガーネットの瞳を持つ色気のある青年の姿だった。

 

「どう?オレのお忍び用の容姿。」

 

「お忍びの割にはチャラい!!」

 

「目立ちますよねぇ……どこがお忍びなんでしょう……。」

 

「この方が女の子が寄ってくるんだよ。上手くすればそのまま朝までお楽しみってワケさ。」

 

「性欲強〜……」

 

「そりゃ、インキュバスの特性持ちでもあるんでね。」

 

「……まさかの淫魔だった件。」

 

「気をつけてくださいね?こいつ、絶対シアン様もターゲットにしてますから。」

 

「ゲッ……」

 

「イイじゃないか別に。まぁ、安心しなよ。毎回手を出すワケじゃないから。」

 

「……それってたまに手を出すって話では?」

 

「そこはオレの特性上仕方ないから相手してもらえるとイイんだけどねぇ。」

 

「勝手に外で女性を引っ掛けて、見えないところでヤってもらえます?」

 

 呆れ顔のセーレと、どこ吹く風なベリアル。そんな二人に挟まれたまま、私は溜息を一つ吐き、静かに上空へと視線を向ける。

 すると、そこにいた人影……六枚の羽を持つ堕天司であるこっちの世界のベリアルが、私の視線に気づいたように視線を返してきたのち、笑顔で手を振ってその場から飛び去っていった。

 今の間は手を出さないでやるってことかな。まぁ、目をつけられたことには間違い無いだろう。

 今はまだ関わってこないだけマシだが、いずれ避けては通れない邂逅が訪れそうだ。

 

 

 

 

 




 シアン
 研究施設を爆発させた特異点たちの姉。今回のイベントは終わったのだろうと安堵をする中、空の世界のベリアルと、遠目ながらに邂逅を果たしてしまったことから、避けては通れない縁がここにもできたかと軽く諦めムードになった。
 

 リューゼ=ディライト=エルトロス
 シアンと共に研究施設外に脱出し、崩壊まで見届けたトイフェルの王。
 自分のモドキが上空にいたことには気づいていたが、術式を解いたとは言え、ぶっ飛ばしに行くほどの気力はなかったので、一旦は無視した。
 彼と間違われて修羅場になるのは嫌なので、赤い髪と赤い瞳を持つ青年に姿を変える。声も変化するようで、この時は細●さんボイスではなく、遊●さんボイスに変わっている。


 セーレ
 シアンと共に研究施設の外に出たのち、研究施設崩壊まで見届けたトイフェルの君主。
 上空に、リューゼを基に作られたもう一人のベリアルがいたことに気づいていたが、一旦は見逃すことにした。
 しかし、のちにちゃんと報復はするので、と飛び去るベリアルを睨みつけていたのは言うまでもない。


 狡知の堕天司ベリアル
 実は上空にいたお馴染みの堕天司。自分のオリジナルと、同時に呼び出されていたセーレがそろそろ目を覚ますと思い、研究施設の破棄ついでに始末しようとしていたが、ちょうど上空に着いた時、空の民の少女による研究施設爆破の現場に居合わせた。
 オリジナルに言われて自分の姿を見上げてきた少女・シアンの右目にオリジナルの力が宿ってることには気づいていたので、面白い子を見つけたと思いながら、今回は特に関わらず退散する。




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十天統べる剣聖
よろず屋に覚えのある人が出没しました


 この話から、新たなグラブルキャラの出現。
 誰が出てきたのかは、章の部分でわかります。


 セーレたちとなんとか研究施設を脱出し、そこで出会した改造ヒドラも片付けることができたため、ひと段落したソロイベント。

 おかげで味方についてくれた存在が二人もできたため、少しは戦力も仕事の幅も広がった頃、私は、新たな出会いを経験することになった。

 

「よろず屋のお手伝いとか、よくやるねぇ、シアンちゃん。」

 

「海が見える場所で暮らすのが夢だったから、このアウギュステで生活するためにも、お金を貯める必要があるんだよ。」

 

「なるほど。マイホームを買うための臨時スタッフ業ですか。」

 

「だが、あまりにも働きすぎじゃないかい?よろず屋から斡旋される依頼の遂行。空いてる時間は、彼女が経営している宿泊施設の臨時スタッフ。休憩時間は勉強をして、経営に必要な知識を身につける。そんで、それが終わったらすぐに休んで、また翌日になったらこの作業の繰り返し。遊ぶ時がほとんどないじゃないか。」

 

「確かにそうかもしれないけど、夢を叶えるためなら普通にこなすよ。弟たちにも、いつか自宅に招いてあげるからって約束してるしな。」

 

「夢なんてセーレに叶えて貰えばイイじゃないか。金が欲しいなら金が欲しいと望めばイイし、家が欲しいなら家が欲しいと望めばイイ。こんな手札があるってのに、なんでわざわざ苦労してまで……。そもそも君って15歳だろう?15歳がやるような作業じゃないとオレは思うんだけどねぇ……。」

 

「私は、自分でできる範囲なら、どれだけ時間がかかろうともやり遂げたいんだよ。そんな簡単に望みを叶えたりなんかしたら、絶対自分がダメになるだろ……。」

 

「……僕としては、むしろそうなってしまうほど依存させることこそが生き甲斐なのですが。」

 

「余計に却下だ。堕落を狙うんじゃない。」

 

 その日は、いつものように、よろず屋であるシェロから魔物退治の依頼をいくつか回してもらい、それをこなしていた。

 もちろん、仕事は完璧にこなした。セーレとベリアルが一緒にいてくれたおかげで、これまで以下の労力で終わらせることができたし、内心ホクホク状態である。

 この二人がついてくるようになった時はどうしようかと思ったが、素直に説明したら、ちゃんとシェロは納得してくれたし、なんなら、この二人を私の騎空団のメンバーとして登録してくれた上、ちゃんと仕事をこなすならと、一緒に雇ってくれたんだから、感謝しかないな。

 ついでに、人手が増えたからと、回してくれる仕事も増やしてくれたし、本当にシェロカルテ様々である。

 

「私に回してくれた仕事はこれで全部だな。追加で仕事があれば少し回してもらって、仕事がないのであれば、シェロの宿屋の手伝いに戻るとするか。」

 

「ええ……?まだ仕事するのか?」

 

「シアン様は真面目な方ですね。その真面目さは一つの美点となるでしょう。貴方も少しくらい学んだらどうなんです?」

 

「真面目に生きるなんて堅っ苦しいだけだろうに。何事も気楽に自由気ままにヤるのが健康的だぜ?その方が仕事も捗るし、何より息苦しくないだろう?」

 

「はぁ………。本当に貴方は不真面目の塊ですね。僕には理解しかねます。」

 

 呆れるセーレと、ウゲェ……と言いたげなベリアルの姿に、私は少しだけ苦笑いをする。

 この二人はいったいどこまで正反対なんだろうか……?仕事に関しての考えは、セーレは真面目でベリアルは不真面目。

 誠実さだと、セーレが誠実でベリアルが不誠実……と言った感じだろうか?

 セーレの方が言葉は丁寧で上品だし、ベリアルは全くの真逆をいくかのように、丁寧さに欠ける上、下品さも含んでいる。

 ここまで真逆の性格や言動をしていると言うのに、よく一緒に過ごせたなぁ……。

 

「聞いてよシェロちゃん。つい最近、うちの連中に声をかけたのに、集まったのは三人だけだったんだよ?美味しいご飯も用意してあるから、みんなで仲良く食べながら近況報告をし合おうよって誘ったのに。」

 

「おやおや〜……また全員集まらなかったんですね〜……。」

 

「そうなんだよー……。まぁ、三人も来てくれたのは嬉しいんだけどね?どうせならみんなで集まりたかったのにさぁ……。なんでみんな集まってくれないんだろう……。そんなに俺ってば人望ない?」

 

「そんなことはないと思いますが〜……。」

 

「たまには全員集合して記念撮影とかしたいよ……。」

 

「「「ん?」」」

 

 二人のトイフェルのやり取りを眺めながら、今日の仕事の報告と、新たな仕事の確認を兼ねて、シェロが待っている場所へと足を運んでいたら、彼女が誰かと会話している声が聴こえてきた。

 いや、誰かじゃない。誰かじゃないなこれ。めちゃくちゃ聞き覚えのある諏○部さんボイスだよこれ。

 あまりにも唐突な出来事に、私は少しだけ混乱する。え?もしかしなくても、推し活始めることができちゃうのか?

 はやる気持ちを抑えながら、少しだけ歩く速度を上げる。うん、なんかこんな歌あったな。

 

「あ、シアンさ〜ん!お帰りなさいませ〜。」

 

「ん?」

 

 そんなことを考えながら、シェロがいる場所に足を運んでいると、私の方へと目を向けるなり、笑顔でこちらに手を振って来た。

 対して、彼女と親しげに言葉を交わしていた男性は、初見である私の姿にキョトンとした目を向けながら、何度か瞬きを繰り返していた。

 男性の髪型はかなり独特で、着ている服の色は白と赤、その下には黒の鎧を着込んでおり、独特な形の剣を提げている。

 はい、間違いなく私の推しのシエテですね、ありがとうございます!!

 

「ああ、ただいま、シェロ。……客が来てたのか?」

 

「はい〜。ご贔屓にしてくださってる騎空団の一つをまとめている団長さんですよ〜。近くに来ていたようで、こちらに足を運んでくださったんです〜。」

 

「へぇ……。ああ、これ、今日の仕事の報告と、足りなくなっていた素材の山な。新しい仕事とかあったりする?」

 

「シアンさんに回せる本日の仕事は終わりですよ〜。いつもありがとうございます〜。」

 

 内心かなり興奮しながらも、平常心を保ちながら、なんとかいつものように言葉を口にする。

 こちらの興奮は、なんどか誤魔化すことができているようで、シェロも笑顔でお疲れ様ですと返してくれた。

 その言葉に小さく笑みを返したのち、視線をシエテの方に向ける。

 

「あー!!」

 

「ヒェッ!?」

 

 それとほぼ同時に、シエテが大きな声を上げて、私の腰にある剣を指差し始めた。

 急な声に驚いて固まっていると、シエテが私の元に寄ってくる。

 

「君、その剣どうしたの!?」

 

「あわわわわ……!!」

 

「シエテさ〜ん?シアンさんが困っているので、離れてくださいますか〜?」

 

「あれ、シェロちゃん?ちょっと普段より声音が低いんじゃな〜い……?」

 

「当然です〜。彼女は、現在私が雇っているよろず屋の従業員さんなので〜……。私の従業員を困らせるのはやめてくださいね〜?」

 

 シェロが少しだけ怒り気味な声音で言葉を紡ぎ、いつもの笑顔がどことなく怖く感じる中、私に寄ってきたシエテは引きつった笑みを浮かべながら、「シェロちゃんのところの従業員ちゃんなんだね……」と小さく呟く。

 しかし、すぐに頭を切り替えるように目を瞑った後、再び私に視線を戻して口を開いた。

 

「いきなり驚かせてごめんねー。俺は、シエテ。十天衆と呼ばれるあらゆる武器の精鋭を集めた騎空団の頭目を務めている、全空一の剣士だよ。天星剣王とも呼ばれてるんだ。よろしくね!」

 

 

 

 

 

 




 シアン
 推しの一人であるシエテとまさかの出会いを果たしてしまった特異点たちの姉。
 自身が持ち合わせている剣であるクルージーンカサドヒャンに反応したシエテに近寄られ、普段の彼女とは思えない反応をしてしまった。

 シエテ
 シェロが滞在していた場所の近くに来ていたので、ついでに世間話も兼ねて、必要物資を買いに来ていた天星剣王。
 合流したシアンが腰に携えていた武器であるクルージーンカサドヒャンに気づき、武器コレクターの血が騒いだので話しかけたらシェロに怒られた。

 リュゼ=ベリアル
 仕事をしまくるシアンの姿にかなり不満げな様子を見せていたが、それ以上にシエテに対しての彼女の反応に不満を抱く。
 言葉は紡いでいなかったが、その時の彼の表情は真顔だった。

 セーレ
 仕事をこなすシアンの様子に感心しながら、肯定的な意見を見せる……が、可能ならば自分を使うことで堕落して欲しい。
 シエテと接触した彼女の様子よは、かなり驚いて固まっていた。

 シェロカルテ
 よろず屋の仕事をこなしていたら、シエテに突撃されたハーヴィンの女性。
 シエテに近寄られた際に見せたシアンの姿には、珍しいものを見たと目を丸くした。


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全空一の剣聖

 最近、RE!のツナ成り代わり主の話ばかり書いていますが、たまにはこっちも。
 現在、向こうはオリジナルストーリーだらけなので、多分こっちもいける……はず……!
 久々なのでグダること確定ですが、お付き合いしていただければと……


「へぇ……シアンちゃんのお父さんがその剣を送ってきたんだねぇ……。

 ……うん。シアンちゃんのお父さんって何者?」

 

「遥か遠くのイスタルシアに行った騎空士です……。」

 

「そうなんだね!長く旅をしてるなら、確かに滅多にお目にかかることができない剣を手に入れていてもおかしくないな。」

 

 あれから、シェロからも仕事はないからと言われ、彼女が経営を任せてきた宿屋にあるバーカウンターにて、アルカクテルを作る。

 目の前にいるのは天星剣王である十天衆のリーダー、シエテ。ゆっくり話したいからと、大金を出され、バーを貸し切られてしまったがために、2人きりと言うとんでも状況に涙目になりそうになる。

 

 推しが……推しが目の前にいる……!!

 めっちゃ話しかけてくる……!!

 嬉しいと言えば嬉しいけど!!私は推しに認知されないで生きていたかったんだ……!!

 

「……ところでシアンちゃん?何でめちゃくちゃ距離取ってんの?お兄さん、泣いちゃうよ?」

 

 そんなことを思っていると、シエテから距離を取っていたことを本人から指摘されてしまった。

 その言葉にビクッとしてしまった私は、彼の前にカクテルを置いたあと、店内掃除をしていた悪魔のベリアルこと、リューゼの背後へと猛ダッシュで逃げた。

 

「ちょっとぉお!?何で余計に逃げちゃうの!?俺なんかしちゃったっけ!?」

 

「うわ!?何なにナニ!?ちょ、シアンちゃん!?」

 

「シアン様……大丈夫ですか?」

 

無理無理無理無理無理無理無理無理……!!オタクが推しとまともに話せるわけないだろ……!?こちとら生粋のコミュ障ぞ!?生粋のコミュ障ぞ!?何で話せると思ってんだよこの陽キャ剣豪……!!くっそ……!!顔がいい!!声もいい!!なんでよりによっていきなり推しと邂逅しなきゃなんないんだよ、ムリ、泣く、嬉し過ぎてムリぃ……っ

 

「シアンちゃん!?何か言ってるみたいだけど籠ってて聞こえないんだけど!?」

 

「聞かんでいいです!!こっちの話なんでぇ!!」

 

「なんかちょっと涙声じゃない!?何で!?」

 

 ショックを受けてる様子のシエテ。何でそんな姿もかっこいいんだよこの人……!!

 ある種の主人公属性イケメン剣士ヤバい、ムリ、マジでムリ……!!

 

「あー……どうやら、オレ達のマスターはオレ達やシェロちゃん、あと、家族以外にはちょーっと人見知りするみたいだぜ?」

 

「とりあえず、今はそっとしておいてあげてください。僕達のマスターの心臓が持たないと思いますので。」

 

「心臓が持たないって何!?大丈夫だよ〜!シアンちゃん!俺は怖い人じゃないから〜!!」

 

「怖い人じゃないのは知ってんだよバカ!!頼むから今は話しかけんな!!」

 

「何で!?」

 

 ますますショックを受けている様子のシエテだが、そんな彼のことなど無視して、私はリューゼの背後に隠れ続ける。

 いや、まぁ、リューゼはリューゼで遊●さんボイスとか言うトロ甘お色気声帯持ってるし、本来の姿だと完全に変態堕天司の髪型違いで細●さんボイス低いver.だけど!!

 推しが!!三次元に!!目の前にいるのがガチでヤバい!!

 

「これっていわゆる推しに出会ったオタって奴?」

 

「でしょうね……。彼女にとって、彼は相当な人物なのでしょう。」

 

「ふぅん?オレが目の前にいるのに、オレには狂わされることなく他人には狂わされるなんて……ちょっと納得いかないなぁ……特性上。」

 

「納得いかなくても今は我慢ですよ、リューゼ。確かにあなたの本来の特性上、気に入った女性が目の前であなた以外の異性に混乱させられているのは気に食わない理由はわかります。

 ですが、今は文句を言わないで、彼女が落ち着くまで待ってあげましょう。」

 

「はいはい。」

 

 背後に隠れて悶えている私の頭を撫でながら、リューゼが渋々返事を口にする。

 とりあえず、落ち着くまではそっとしてくれるらしい……。

 

 

 ────────……数分後……───────

 

 

「……落ち着いたかい?シアンちゃん。」

 

「……うん……なんとか…………。」

 

「落ち着いたならそこの彼の後ろから出てきてよ……。オレ、ちょっと寂しいよ?」

 

「無理です!!これが私とあなたの最適距離!!」

 

「え〜……?」

 

「ふふ……僕らのマスターと仲良くなるには、もう少し時間がかかるかもしれませんね、シエテ様。」

 

「まぁ、オレとしては、シアンちゃんと仲良くなって欲しくないからこのままでもいいんだけどさ。」

 

「……たまにそこの店員さん、俺に辛辣じゃなーい……?」

 

「リューゼはマスターが大好きなので、そこは諦めていただければと。」

 

「そんなぁ……。」

 

 リューゼに隠れながら、シエテに近づき、もう少し近くで話そうと言ってくるシエテに断りを入れながら、リューゼをそのまま盾にし続ける。

 時折辛辣に切り捨てるリューゼに、シエテは苦笑いをこぼしているが、目の前に広がる現状から、本当に私が人見知りであることを理解したのか、近くに来てとは言わなくなった。

 

「こうやって巡り会ったのも何かの縁だし、剣拓を取らせてもらいたかったんだけど、これは長丁場になりそうかなぁ……」

 

「「……剣拓?」」

 

「……剣拓…………。」

 

「お?興味ある感じかな?」

 

 不意に、シエテが口にした剣拓と言う言葉に、リューゼとセーレが反応を見せる。

 ゲーム内でもちらほらと出てきたシエテの趣味……その単語を聞いた私も、思わず剣拓と言うゲームをやってなかったら絶対に意味がわからないランキング上位の単語を復唱してしまい、シエテに反応されてしまった。

 

「俺の趣味の一つでね。ちょっと待ってね。すぐに見せてあげるよ。」

 

 そう言ってシエテが宙に手を翳し、スッとその手を横に動かせば、その軌道をなぞるようにして複数の光の剣が現れる。

 ゲーム内のエフェクトでしか見たことないそれは、イラストではない現実世界だと、また違った美しさを持ち合わせていた。

 光の剣……それは共通しているのに、一つ一つがカタチも込められている力の性質も違っている。

 だが、その全てから触れたら間違いなく無傷では済まないと言うことは本能的にわかる程、大きな力が込められている。

 それであっても、綺麗で、少しだけ触れたいと思ってしまうのだから、シエテにしか使えないのであろうこの収集能力は不思議である。

 

「へぇ……。これはまた……随分と変わったことをする人がいたもんだ。」

 

「ええ。一つ一つに強力な力が込められている……。オリジナルにかなり近いもののようですね。

 オリジナルの武器に込められている魔力や力をそのままコピーしている感じでしょうか?

 多少力はオリジナルに劣るようですが、それでもかなりの火力を持ち合わせているみたいですね。」

 

「……綺麗。」

 

 初めて見たリアル剣拓に視線を向けていると、私達の反応を見たシエテが小さく笑う。

 

「もう少し近くで見てもいいよ。あ、でも危ないから触らないでね。そこの彼らが言ってるように、剣拓って剣のエネルギーを真似て塊にして作るものだから、複製品とは言え、かなりの力があるんだよ。」

 

「あ、近くはいいです。こっから見るだけでも十分なんで……」

 

「何でよ!?そこは普通近寄ってくるところじゃない!?」

 

「いや、マジで無理です……」

 

「ええ……?せっかく仲良くなれると思ったのに〜……」

 

 剣拓に興味を示したため、これを話の種にして近づけると思っていたらしいシエテが、キッパリと近寄るのはお断りしますと言った私の反応を見て肩を落とす。

 申し訳ないけど、本当に近寄るのは無理なんだ。最推しって程ではないけど、やっぱり推しキャラは推しキャラなわけで、話してるだけでも奇跡なオタクからしたら、近寄るなんて絶対できない。

 

「仲良くなりたいのになぁ……。残念だなぁ……。いっぱい話したいんだけどなぁ……。」

 

 めちゃくちゃチラチラ見てくるシエテを見て、ススス……とリューゼの後ろに姿を消す。

 更に見えなくなってしまった私を見て、シエテはその場でずっこけた。それはもう、お笑い芸人がオチでずっこけるレベルの勢いでステーンッと。

 

「なんでもっと隠れちゃうのシアンちゃん!?そろそろシエテお兄さん泣いちゃうよ!?

 いいの!?20代の剣聖が目の前で泣いちゃうけどいいの!?」

 

「いや、本当、近寄るの無理なんで勘弁して……」

 

「何でそんなこと言っちゃうのシアンちゃん!?俺なんかした!?」

 

「何もしてねーよ!!ただただ大ファンだから近寄れねーつってんだよ!!わかれよアホ!!ファン舐めんじゃねぇ!!!」

 

 あまりにもしつこいため思い切りこっちの感情をぶつけるように怒鳴りつける。

 その瞬間、あたりにシン……と静寂が降りた。

 

「……え?今、大ファンって言った?」

 

「っ〜〜〜〜!!言ったよ!!悪いかよ!!こちとらいろいろな事情のせいであんたのこと知ってんだよ!!

 その事情話せとか言われたら無理寄りの無理のウルトラオブ無理だけどマジでただのファン兼業の陰キャオタクなんだよこっちは!!

 ファンとオタクを兼ね揃えてるただの陰キャが陽キャオブ陽キャな全空一の剣聖に近寄れるわけねーだろバカ──────────ッ!!!!」

 

 もはやメチャクチャなことを言ってるとしか思えないが、そんなもん気にしてられていられない程に感情の大津波を起こした私は、とにかく寄るな!!話しかけるな!!近寄らせようとすんな!!と言う感情を込めて怒鳴りつける。

 

 最終的にグラン達と合流することになるため、どうすることもできないが、あの子らと離れている時くらいはただ静かに推しを眺めたかったし、そのためのアウギュステ移住計画だったのに!!

 なんで連続して推しに認知されなきゃならないんだ!!

 

 私は!!!

 ただ!!!

 推し達を眺めてやっぱり推しはパネー!!推しサイコー!!ってニヨニヨしたかっただけなんだよ!!!

 

「大ファンなのはすごく嬉しいし、その言葉だけでどれだけ好意的に思ってくれてるのかよくわかるけど、俺としてはファンとか、そんな分け隔てなんてなくして仲良くしてほしいんだけどなぁ……」

 

「推しに認知されるオレ氏は解釈違いです!!!マジでやめて勘弁して─────!!」

 

「いや、シアンちゃん女の子でしょ!?女の子がオレと言っちゃダメでしょ!?」

 

「オカンかアンタは!!中の人ガチ目にオカン認識されがちな赤い人の役やってたわ!!」

 

「中の人と赤い人って誰!?て言うか俺はお母さんより友人がいいんだけど!?」

 

「推しと友人になるとか解釈違い─────!!」

 

「何でよ!?」

 

 ギャースッと怒鳴りながらリューゼを盾にし続ける。

 その肝心な盾と世話焼き執事はめちゃくちゃ肩を震わせている。

 

「ハァ……そこまで言われちゃったら仕方ないなぁ………。」

 

 こいつら絶対笑ってるだろ……と自身の羞恥醜態に涙目赤面をかましながら考えていると、シエテがポツリと言葉を紡ぐ。

 ため息を吐かれたが、諦めた感じ?諦めてくれたならカクテル飲んでそのまま帰ってくれ。

 そしたら本調子に戻るから。いつもの私に戻って推しキャラと話せちゃったってもう一回悶え死んどくから。

 墓は海がよく見える場所に建ててくれ……。

 

「こうなったら、シアンちゃんと仲良くなれるように、俺、しばらくここに通っちゃおうかな〜?うん、そうしよう!幸いなことに、ここって宿屋でもあるみたいだし、今日は別の宿泊施設に泊まることになってるから失礼するけど、次はここに泊まりに来るよ。」

 

 ……………は?

 

「え、ちょ、待て待て待て待て!!正気!?正気なわけ!?推しが!?ここに泊まる!?」

 

「カクテルごちそうさま。じゃあ、またね〜!」

 

「え、あ、ちょ、こっちの質問に答えてから帰れ─────っ!!」

 

 怒鳴りつけるように質問に答えて帰れと告げるが、シエテはそのまま宿屋のバーを出て行ってしまった。

 止めることができず、そのままシエテの背中を見送ることしかできなかった私は、しばらくの間放心する。

 あ、やば、腰から力抜けた……。

 

「あ゛〜〜〜………っ!!何で……っ……こんなことに……っ」

 

「っ〜〜〜〜アッハハハハハハハ!!もうダメだ!!笑い堪えられね〜〜〜〜〜っ!!」

 

「フッ……フフ……ッ……ま、まさか、シアン様がこのような反応を見せるとは………っ……フッ……フフフフ……ッ」

 

「笑うんじゃね〜〜〜〜っ!!」

 

 私の様子を見て、ゲラる悪魔達に笑うなと怒鳴りながら頭を抱える。

 推しを眺めるだけの推し活がしたかったのに、何がどうして推しが君と友人になるために通うね⭐︎してくんだよ!?

 こんなの私が望んでたのんびり推し活ライフじゃねーよ!!

 推しに認知されたくなかったのに!!何なんだよこの展開は!!

 

「ヤバい……マジでヤバい……!!推しにコロコロされる……!!推しに接触されまくったら絶対に尊みで息止まる………!!推しの過剰摂取はファンの毒なんだよ……!!致死量超えるんだよ……!!推し活の用法は守らせろよ………!!」

 

 頭を抱えながら文句を言う私に、完全に我慢の限界が来て絶賛大爆笑中の悪魔達。

 この場にいるのがこいつらだけでよかったと片隅のどこかで少しだけ安堵しながらも、これからどうすればと考える。

 

 シェロ〜〜〜!!しばらくの間休ませてぇ〜〜〜!!

 

 

 

 




 シアン
 ひっそり推し活でニヨニヨ計画が早々に台無しにされてしまった特異点達の姉。
 推しに認知される上、友人にさせられる自分とか解釈違いです!!と怒鳴り散らすが、運命は非常な上、これは序章に過ぎないことを彼女はまだ知らない……。

 シエテ
 最初はクルージンカサドヒャンと呼ばれている光の剣を持ち合わせていたシアンを見て、武器マニアの血が騒ぎ、是非ともそれの剣拓を……!!と言う理由から話をしようとしていたのだが、全力回避+全力逃亡をかまされてショックを受けた天星剣王。
 何か悪いことした!?謝らなきゃ!?と思っていたところ、大ファンなんだよ話しかけるな近寄るな!!と言われ、剣拓を取らせて欲しいという感情を仲良くしたい!と言う感情が上回り、ここの常連になるよ発言を残して退散した。

 リューゼ&セーレ
 契約者のまさかの反応に大爆笑中。
 面白いことになりそうだと、シエテと接触させ続けることを決める。




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バーテン仕事と乱入者

 衝撃的な出会いの翌日。

 昨日の出来事をシェロに話したら、めちゃくちゃ微笑ましいものを見るような表情で頑張ってくださいと言われ、頭を抱える第二ラウンドに突入する状態に陥った私は、気を紛らわせるために、シェロから斡旋された依頼をこなし、なんとか冷静さを取り戻しながらも、今日の仕事をこなしていく。

 休憩中は、アクセサリーを作るのが得意な私に目をつけたシェロが、人が秘めている属性を解放したり、強化することができるようなアクセサリーを作ってみてはどうかと言ってきたため、彼女が持ってきた材料を使い、何となく例の耳飾りシリーズを作ってみたけど、うん、思った以上に好評だった……。

 

 “これは商売になりますよ〜!”と、にっこにこで売買契約を結んできたシェロには、正直苦笑いしかこぼせなかったが、必要な材料はシェロが用意してくれるらしいので、とりあえず引き受けることにしたけど……うん。

 グラブルのゲームに強化アイテムの耳飾りシリーズが追加されたの、私のせいだったのか……。

 

 いや、私のせいって何だよ。ただゲームの知識を元に作っただけだろ。

 あれ?確かにゲームの知識を持ち込んだのは私だったが、作れんじゃね?って思って作ってみたら成功しちゃって、それで商品として売られることになって………?ん?タイムパラドックス……?

 

「まぁ、売れるもんなら普通に売りますが……。あー……強化アイテムとしてじゃない、ちょっとしたおしゃれアイテムとしてのアクセサリーも作ってみっかなぁ……」

 

「シアンちゃん?何か流れ的に副業がめちゃくちゃ増えていく予感しかしないんだが?」

 

「シアン様……。仕事熱心なのは素晴らしいことですが、お気を確かに。」

 

「2人からツッコまれるとは思わなかったんだが?」

 

「シアン様。たまにド変態キングと同じような口調になるのは従者としてはいかがなものかと思います。」

 

「おい、コラ、セーレ。ド変態キングって何だよ。」

 

「そのままの意味ですが?」

 

「あ゛?」

 

「そこ。喧嘩すんじゃないよ。」

 

 今にも衝突しそうな悪魔2人を制しながら、すでにオープン準備が整っているバーラウンジにて、荷物の中に入ってた一枚の紙を取り出し、羽ペンを使ってイラストを描いていく。

 やっぱアクセサリーといやぁ、無難にブレスレットか?だが、ブレスレットみたいなでかいアクセはいらないって言う人もいるだろうから、指輪やブローチ、ネックレスやピアス、イヤリングやパワーストーン的なお守り系なんかもあった方がいいか。

 売る際はシェロに売ってもらう一般販売枠と、個人個人の注文を受注して作成する注文販売枠の二つを設けて、様々な需要に応えられるようにして……。

 んー……販売するなら、これで問題はないが、材料をどうするか……。

 

「……なぁ、セーレ。オレの気のせいじゃなかったら、シアンちゃん、商売モードに入ってないか?」

 

「奇遇ですね、ベリアル。僕も同じことを考えておりました。」

 

「仕事ヤり過ぎじゃないか、この子?」

 

「やり過ぎですね。そこまで必死に働かなくとも、僕らがいると言うのに……」

 

「マジでそれ。何とか止められないもんかねぇ……」

 

 ……コソコソするつもりがあるのかないのか、2人の会話はもろ聞こえである。

 別にいいじゃないか仕事増やしたって。自分の家や騎空艇を会得するためには、かなりのルピがいるんだぞ。

 だったら稼げるだけ稼いで行かなきゃ話しにならないだろう。

 

「……あー……シアンちゃん。頑張ってるところ悪いが、そろそろオープンする時間が来るぜ?」

 

「とりあえず、一旦は手を止めて、今日のバーの仕事をこなしませんか?」

 

「ん?ああ……言われてみればそうだな。アクセサリーは、またあとで考えるか。」

 

「ヤらなくてよくないか?」

 

「やらなくてもよろしいのでは……?」

 

「2人して止めんなし。」

 

 ちっとも働き過ぎじゃないし。好きなことやってるだけだし。

 セクハラパワハラクソ上司クソ残業企業のOLに比べたら、好きな時に好きなことをして、好きなだけ休んで、好きなだけ楽しめるこっちは何倍もマシだし。ホワイトだし。

 

「今日は貸切じゃないから、客が大量に流れてきそうだな……。リューゼとセーレも女性人気が高いから、2人を目当てにやって来る人も間違いなく現れる。

 そうなるとクソみたいな下心垂れ下げて客を狙うアホ親父も現れるから、気をつけないとな。」

 

「ああ……たまにいますよね……。酔っ払いに絡まれてる可哀想な女性……」

 

「まぁ、ここじゃそんなヤツらは手を出せないけどね。基本的に女はみーんな、オレとセーレに夢中で、他の野郎なんか眼中にないし。

 ただ、その分カウンターにいるシアンちゃんが狙われやすくなるのが難点だな。」

 

「頭にチ※コ詰まってて、下半身に全部支配されてるような変態共なんて別にどうでもいいっての。

 まぁ、あまりにも度が過ぎたり、しつこくセクハラして来るわ、客の迷惑をかけるわなクソ野郎は客じゃないから店外に蹴り飛ばすけどな。

 シェロからも許可をもらってるし、そんな連中は、とことん追い払うさ。」

 

 カクテルに使う材料の在庫は十分。つまみを作るための材料も問題なし。

 あとは、どれだけ客が来るかどうかだな。

 

「んじゃ、開店しますかね。今日はどれだけルピ稼げるかなぁ……」

 

 どうせならクソ客連中からはたっぷりと搾り取って、二度とこんな店来るかって言われるレベルに嫌がらせはするか。

 酔っ払えば、そんなクソ客が表に顔を出すだろうしな。

 

 

 …………………

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 ……なんて意気込みながらの開店だったんだが、今のところ考えたようなクソ客は現れていない。

 開店した瞬間入ってきた客達はみんなマナーがいいし、イケメンな店員がウェイターをしてるっつーちょっとした賑やかしに関しても何らかのトラブルは発生していない。

 時折りここは執事喫茶かホストか?ってツッコミたくなるレベルの接客をリューゼとセーレがこなすから、ちと女性客が多いくらいか。

 

「お姉さん、すごいねー!こんなに可愛いカクテルを見たの初めてかも!」

 

「だよね!?しかもめちゃくちゃ飲みやすい!」

 

「そう言ってもらえてよかったよ。最初、お二人さんが選んで飲んでいたカクテルの反応から、甘くないカクテルや、ウィスキーなんかの酒の風味が強いもんは少々苦手そうに見えたんでね。

 もしや……と思って甘めで酒の風味が弱めのもんを用意してみたが、どうやら正解だったらしい。」

 

「そんなのわかっちゃうの!?」

 

「すっご!?あの一杯だけで!?」

 

「まーね。バーテンダーってのは、お客さんを見る仕事でもあるんでね。少しでもいい気分で、尚且つ気持ち良くカクテルを楽しんでもらうためなら、人間観察だってするもんだよ。」

 

「へぇ〜!バーテンダーさんってすごい!」

 

「あ、じゃあ、バーテンダーさんのおすすめのカクテルください!」

 

「んー……じゃあ、あそこで女性客をメロメロにさせてるイケメン2人をイメージしたカクテルなんてどう?

 ブレンドによっては酸いも甘いも自由自在でね。まぁ、ベースは甘めのカクテルなんだけど。」

 

「「え!?飲みたい!!」」

 

「オーケイ。じゃあ、すぐに用意させてもらうよ。」

 

 そんなことを考えながら、私は目の前にいる女性客二人組の相手をこなす。

 この2人は、元はリューゼとセーレ目的で来店していたらしいんだが、バーにはあまり入ったことがないのか、とりあえず目についた安めのカクテルを注文してきた2人組だ。

 だが、2人が頼んできたそれは、ちょっと口に合わなかったらしく、少しだけ表情を顰めていた。

 その様子から、もしやと思い甘めのカクテルを初来店のサービスだと偽って、提供してみたら大当たり。

 女性客だとこう言う系が好きだろうって基準があるからな。その基準通りだったわけだ。

 んで、それが功をなしたのか、2人の意識がリューゼとセーレから私の方へと向けられたもんで、何気ない雑談を口にして、ちょいとばかりお金を拝借ってな。

 

「どうぞ。ルヴィニット・ノアルナーに、ノーブルモンド・グラナードです。

 2人が持つ、雰囲気違いの赤い瞳……そして、2人が持ち合わせている特性をイメージしたカクテルで、ルヴィニットは甘めのベリーとチョコレートリキュールが合わさったデザートのような重めの甘さが特徴だな。

 次に、ノーブルモンドはカシスベースのサッパリとした甘さと、少しのミントによる清涼感が特徴だ。」

 

 少しの違いがある赤のカクテル。

 グラスに注ぎ、それぞれに合わせたフルーツなどの飾り付けをおこなって2人組の前へと静かに置く。

 光を反射して、透き通った赤のカクテルを見つめては、目をキラキラと輝かせていた。

 

「どちらも飲みやすく、甘めのカクテルが好みである2人でも十分飲むことができると思うよ。

 でも、飲み過ぎは要注意。いくら魅力的で飲みやすく、いくらでもイケちゃうカクテルだとしても、アルコールの度数は少し高めでね。

 あの2人はいわば、少しずつ自分の望む方へと堕落させることを生き甲斐としている一つの毒。

 少しの摂取ならば薬となるが、過剰に摂取したら狂わされる。それはカクテルも同じだ。

 少しだけ飲むのであれば気持ち良く楽しめるけど、飲み過ぎた瞬間堕落する。」

 

 気をつけてね?と穏やかに笑いかければ、女性客は少しだけ赤くする。

 あれ?と思いながら首を傾げると、背後からクスッと小さく笑う声が聞こえてきた。

 すぐに視線を背後へと向けてみれば、いつのまにか近寄ってきていたリューゼが小さく笑い声を漏らしている。

 

「シアンちゃん、ヤるね〜?サラッと女の子達にそんなことを言っちゃうなんてさ。

 これなら、いつかオレ達の同胞になったとしても、普通にヤってイケそうだ。どう?こっち側に来てみないか?」

 

「いきなり現れんなリューゼ。」

 

「いきなりってひどいな。」

 

 話しかけてきたリューゼにツッコミを入れていると、セーレも私の元へとやって来る。

 彼は先程私が女性達に作ったカクテルの方へと視線を向けては、何度か瞬きをしていた。

 

「……いつの間に僕達をイメージしたカクテルを作ったんですか?」

 

「それそれ。オレもその話を聞きにきたんだよ。」

 

「だって推し活は万国共通だろ。推しイメージのカクテルとかあったらオタクやファンってのは次々食いつくもんだよ。」

 

「推し活もろもろは置いとくとして、リューゼのはベリーとチョコレートリキュールで作ったカクテルで、僕はカシスベースでミント入り……なかなか特徴を捉えてますね。」

 

「確かに。オレとセーレのイメージにぴったりだ。今度試飲させてよ、シアンちゃん。」

 

「はぁ?……まぁ、構わないけど……。」

 

 なぜか悪魔2人からイメージカクテルに関して褒められたため、少しだけ困惑する。

 勝手に作っただけなんだが、ここまで褒められるとは思わなかったな……。

 

「美味しい!」

 

「ルヴィニット、本当にデザートみたい……!甘くて飲みやす〜い!」

 

「ノーブルモンドは本当に爽やか!こんなカクテル初めて飲んだ!」

 

「お気に召していただけたようで何よりだよ。」

 

 まぁ、何にせよ、作ってみたオリジナルカクテルは大成功だったようだ。目の前の女性達がものすごく喜んでいる。

 念の為に仕込みに仕込んでおいて良かったな。

 

「リューゼさんやセーレさんイメージのカクテル!?」

 

「え!?飲んでみたい!!」

 

「おっふ……」

 

 なんてことを考えていると、女性客達が一斉にイメージカクテルを飲みたいと言い出した。

 状況からして、リューゼとセーレの2人がこっちに向かう際、目で追っていたところ、私が2人のイメージカクテルを作っていた話を聞き、同時に飲んだ女性客達の反応を見て、食いついてきた感じだろう。

 

 私も私もと次々にルヴィニットノアルナーとノーブルモンド・グラナードを注文され、てんやわんやになりながらもそれらを作成していく。

 うーん……どの世界でも割と推しイメージのカクテルは飲みたいオタクとファンは共通でいるんだな。

 

「わー……なんかすっごく忙しそうに仕事してるね、シアンちゃん。ゆっくりお話しもしたかったんだけど、時間を改めた方が良かったかな……?」

 

「ん?ヒェッ!!?」

 

「やっほー。」

 

 くぁwせdrftgyふじこlp!?!?

 

 声にならない呪文のような羅列文字が脳裏を過る。

 忙しくお酒を作っていたら、不意打ちで現れたグラブル界の推しであるシエテに、思わず手を止めてしまった。

 客の前であると言うのに、流石にこれは表情を崩さないように我慢することができなかった………。

 

 

 

 




 シアン
 オタクやファンが推し活する気持ちがよくわかるので、需要あんだろとリューゼとセーレの2人をイメージしたカクテルを作って功を成した特異点達の姉。
 ……だが、不意打ちで現れたグラブル界の推しのシエテに大混乱した。

 リューゼ(ベリアル・オリジン)&セーレ
 いつのまにか自分達イメージのカクテルが作られていたことにびっくりした悪魔達。
 不意打ちで現れたシエテのせいで、間抜けな声を出したシアンには笑ってしまった。

 シエテ
 シアンと話すためにバーに足を運んだら、思った以上に多忙そうだったので、時間を改めた方がいいかな……?と思った天星剣王。
 自分の姿を見た瞬間悲鳴を上げたシアンに困惑した。




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ベリアル・オリジンの憂鬱

 視線はリューゼ(ベリアル・オリジン)で進みます。

 アンケートの双子&ビィガード……言わずもがなシスコン特異点&シアン大好きビィくんガードですww


「なぁ……あのマスターちゃん、どうしたんだ?」

 

「明らかに様子がおかしいよな……。いや、まぁ、酒は作ってくれるんだけど……」

 

「て言うか、あのカウンター席、存在感あり過ぎるだろ……」

 

「なんだっけ……あれ。なんか聞いたことある気はするんだけど……」

 

「えーっと……確か、十……何とか……。」

 

「何とかって何だよ……」

 

 女性客が少なくなり、仕事終わりの男性客とかが増え始めた頃。

 オレ達のマスターであり、いずれはこっち側に来てもらおうとセーレと一緒に唾をつけといたシアンは変わらずカウンター席にてカクテルを作っていた。

 だが、その様子は女性客達にノリノリでカクテルの説明やら何やらをしていた時の彼女からは一変し、ほぼ無言でものを作り続けている状態だった。

 もちろん、その原因はわかってる。

 

「シアンちゃん。シアンちゃ〜ん……?さっきまでの君はどこいっちゃったの………」

 

「……………。」

 

「無言にならないで、お願いだから……。」

 

 十中八九、カウンター席に陣取った、この変わり者の剣士のせいだ。

 十天衆リーダーであり、天星剣王と呼ばれていると言っていた青年、シエテ……。

 明らかに偽名だろうなと言う名前を口にしているその剣聖は、カクテルを作っているシアンに苦笑いをしながら話しかけている。

 だが、シアンは無言だけを返し、ひたすら無心で仕事中だ。

 シアン目的の男性客達は、そんな彼女を心配している。彼女が嫌っているのか……それとも過去に何かあった相手なんじゃ……そんな憶測を飛ばしながら、大丈夫かと彼女を見つめている。

 

 その憶測は違うんだよなぁ……。だってアレ、ただ推してる人間が目の前にいて、それに彼女が混乱してるってだけだから。

 暗がりのバーだから見え難いけど、今のシアン、結構顔を真っ赤にして涙目だし。

 ただ、正直言って非常に……マジで非常に気に食わない。オレの前じゃ顔を赤らめたりすることなく平然としているのに、他の男じゃ顔を赤らめるって……。

 

「オレの方があんなへらへらニヤニヤしてるヤツより何倍もかっこよくて魅力的だろうに。色気だって間違いなくオレの方が上じゃないか。」

 

「アホなこと言ってないでさっさと手を動かしてくださいアホキング。」

 

 拗ねながらオレの前では顔を赤ないシアンに文句を言っていると、通りすがり様にセーレからチクチクとした小言を浴びる。

 そのことにかなり拗ねながら、渋々オレはホールとさっきまで客が使っていた席の掃除を行う。

 だが、やっぱり意識はシアンの方に向けちゃいたくなるわけで……。

 

「……ちまちま掃除すんのも面倒だ。」

 

 自身の魔力を利用して、手にしていた掃除道具を魔術で収めたのち、オレは一回指を鳴らす。

 その瞬間広がった強大なオレの魔力は一瞬にしてその場を覆い、汚れを一つ残らず消し去る。

 

「はい、掃除終わり。」

 

「ちょっとリューゼ!何魔術で掃除を済ませてるんですか!?」

 

「別にイイじゃないか。見ての通り埃も汚れも綺麗さっぱり無くなったんだからさ。

 そもそも道具なんてオレ達に必要ないだろう?魔術でいくらでも終わらせることができるんだからさぁ。」

 

「確かにそうですが!!僕らの魔力はかなり強力なんですよ!?それをこんな公の場で……!!」

 

「問題はないだろ。確かに強大ではあるが、しっかりと調節したものだ。周りにも影響は出てないし、お前は真面目過ぎるんだよ。」

 

「あなたは不真面目過ぎですよ!!」

 

「魔術を使った掃除ぐらいでうるせーな……。発情期の猫は黙ってろよ。」

 

「こんの……!!」

 

「ちょっと!!何喧嘩してんだリューゼ!!セーレ!!」

 

 セーレと言い争いをしていると、カウンターで作業をしていたシアンがこっちに駆け寄ってくる。

 その姿を見てオレは、両手を挙げてナニもしてないアピールを見せる。

 

「あ、シアン様!!聞いてくださいよ!!リューゼが掃除を魔術で済ませてしまったんです!!

 なるべく目立つような行動はするなとシアン様からお申し付けを受けているにもかかわらずですよ!?」

 

 対するセーレは、オレがさっきやったことをシアンに怒鳴るように告げる。

 それを聞いたシアンは、驚いたような表情を見せた後、オレの方へと視線を向けてきた。

 

「一瞬、リューゼの魔力が広がったと思ったら……そんなことしてたのか?」

 

「だっていちいちちまちまと掃除するなんてめんどくさいじゃないか。折角、オレ達には魔力と魔術があるんだぜ?だったらそれを活用して、作業時間を短縮した方がイイとは思わないか?

 まぁ、料理だったり、カクテル作りだったりは、流石に自身の手でヤらなきゃ美味いものもできやしないんだが……。」

 

 シアンの意識をシエテとか言うヤツから自身の方に向けることができたことを嬉しく思いながらも、魔術を使った掃除を行なった適当な理由を口にする。

 セーレから今作った理由だろ的な視線を向けられたが、そんな視線なんざ無視してシアンのみに意識を向ける。

 オレの話を聞いたシアンは、一瞬だけオレをじっと見つめたあと、肩をすくめる。

 様子からして、今口にした理由は、適当に作り上げたオレの嘘偽りの理由であることを把握したが、本当の理由には言及するつもりはない……と言ったところか。

 

「魔術を使うのは構わないが、リューゼとセーレの魔力はただでさえ強力で特異性があるんだ。

 ちゃんと周りに害が出ない範囲に収めるように調節してから使ってくれよ。

 その特異性な魔力は、どんな影響を周りに出すかわからないんだから。」

 

「クク……オーケイ、ちゃんと調節して使うよ。ほら見ろセーレ。シアンちゃんは別に怒ってないぜ?」

 

「チッ……いけしゃあしゃあと……!!」

 

「おーおー口が悪いねぇ……。心優しき君主様にあるまじき醜態だ。まぁ、オレはそっちの方がまだ好きだけどね。

 誰に対しても誠実で穏やかで忠実なだけの優男とか、見ているだけで腹が立つ。

 生き物は欲に忠実になってこその生き物だろ?本能を理性で制し続けて、忠犬のように返事をしてはそれをこなすだけなんてつまらない。

 そもそもオレ達は本来理性なんてものを持たないケダモノだ。欲に生きて欲を引き出し欲に塗れて生きていく存在だろ?

 なのにいつもイイ子ぶってはいはい言ってる調教されたお前が隣にいるのは飽きるし気分が悪かったんだ。

 ケダモノはケダモノらしく、尻尾振って涎垂らして欲に齧り付けよ。」

 

「僕からしたら、下品で下劣で欲をばら撒き、誰にでも尻尾と腰を振るあなたが大嫌いですがね。

 見ていてイライラしますし、吐き気を覚えるレベルですよ。少しは待てを覚えたらどうなんです?」

 

「……あんたらな。制止した側から喧嘩し始めるなよ。」

 

 シアンが呆れながら言葉を紡ぐ中、オレは小さく笑い声を漏らす。

 こっちがわざとセーレに喧嘩をふっかけてることに気づいてないんだろうな。

 それも全部、シアンの意識をオレに向けるためだってこともね。

 

「ああ、そうだ、シアンちゃん。今、客は割と少ないし、料理とカクテルはオレとセーレでも作ることができるから、軽く休憩を挟んできたらどうだ?」

 

「え?いいの?」

 

「もちろんだ。適度に休憩することも必要だからね。オレとセーレは隙を見て休憩していたから、まだまだイケるし、そろそろ客の第2波が来るだろうからね。

 今の間に休憩をしとかないと、7時間くらい休憩なしになっちまうぜ?」

 

「流石にそれは困るな……。お腹も空くし……。」

 

「だったら休んできなよ。これくらいならオレ達だけでもさばけるからさ。」

 

「……ああ。そうさせてもらう。頼んだよ。リューゼ。セーレ。」

 

「オーケイ、任せておけ。」

 

「ゆっくりと休憩なさってください。」

 

 そんなことを思いながら、オレはシアンに休憩してくることを提案する。

 ……7時間も休憩なしで働かないといけなくなる……と言うのは紛れもない事実だからね。

 ある程度作業が落ち着いている今のうちに、シアンをしっかり休ませれば、シエテってヤツからシアンを引き離せるってわけだ。

 

「……悪いねぇ、剣聖。オレ達のオーナーは休憩時間だ。お話ならまた今度にしてもらえるかい?」

 

「……いやぁ、今のはどう見ても君のわざとでしょ。シアンちゃんのこと、俺から離すためにそこのセーレ君に喧嘩ふっかけて意識を自分の方に向けさせたよね?」

 

「はて、何のことやら?オレは事実しか言ってないつもりだけど?だって本当にここら辺で休ませないと7時間くらい休憩もメシもなしになっただろうし?」

 

「それにしてはあからさまな意識誘導だったような気がするんだけどなぁ……。」

 

 少しだけイラッとしている様子の剣聖を、フンッと一つ鼻で笑い飛ばしたオレは、シアンが休んでいる間にやるべき作業をこなしていく。

 シアンに話しかけていた剣聖とはあまり話したくないし、カウンターはセーレに押しつけるとしよう。

 

「……全く……リューゼは本性の割には独占欲が強いんですから……。まぁ、シアン様がそれだけ魅力的と言うことなのでしょうけどね。

 実際、僕もシアン様のことは非常に魅力的に思っておりますし、独占したい気持ちはわからなくもないのですが……。

 さて、それはそれとして、色々と失礼しました、シエテ様。我らがマスターたるシアン様は、どうも自信が推しているシエテ様の前に出るとかなり緊張してしまわれるようでして……いずれは慣れると思うのですが、シアン様とのお話は、なるべくお控えくださいますようお願いします。」

 

「うーん……まぁ、それは何となくわかるにはわかるんだけどねぇ……。俺としては早くシアンちゃんと仲良くなってみたいと言うか……」

 

「シアン様と仲良くなりたいと思われる気持ちはよくわかります。シアン様はそれだけ魅力的な女性ですからね。

 ですが、シアン様も同じく、シエテ様に何かしらの魅力を感じていらっしゃる様子ですので、まずは適切な距離感からお話しすることを推奨しますよ。

 逸る気持ちはなるべく抑え、まずはカウンター席ではなく、少し離れたテーブル席にてお過ごしになり、過剰なまでのお話は慎み、少しずつ距離を詰められた方が、シアン様も話してくださるようになるかと。」

 

「そっかぁ……。じゃあ、程々にしてみるよ。」

 

「ええ。そうしてください。シアン様のためにもね。」

 

 セーレが剣聖に笑顔を見せながらも、まずは適切な距離取りからとアドバイスを行い、あまり距離を詰め過ぎるなと遠回しに注意している。

 言葉はかなり物腰柔らかで、穏やかな様子を見せているが、その様子の端々には剣聖に対する苛立ちが混ざっている様子だった。

 何だよ。お前だってイラついてるじゃないか……と一瞬からかいたくなったが、シアンは今休憩に入っているし、それを邪魔するようにセーレを喧嘩腰にするわけにはいかないし、一旦は我慢するとしよう。

 

 これで、少しはあの剣聖がおとなしくなればイイが……。

 ……オレはインキュバスの性質持ち合わせて生まれ落ちた変異個体のトイフェルだ。

 純粋なインキュバスであれば、そこら中を歩いている人間に声をかけ、自身の動力源である精気を回収できる供給源を見繕っては、体の交わりを得て自身の生命力を維持するが、その特性を持ち合わせて生まれ落ちた変異個体であるオレは、本命となる存在を得ることにより効率よく精気を会得する。

 まぁ、だからと言って無理矢理シて本命に拒絶されたらかなりの枯渇問題になるから、本命相手には確かな手順を踏んで相手をしてもらえるように根回しをして、本命がその気じゃなけりゃ、効率の悪いそこら辺のターゲットを梯子するしかないんだが……。

 

 ……そんなオレの今の本命はもちろんシアンだ。

 トイフェルとの交流に使用する技術の消失が起こるまで、何度も召喚された時のオレには、その都度の本命が存在していたが、今のオレにはシアンがそれだ。

 なんせ彼女の魂と彼女が保有している魔力、精気といったものは、これまで見たことがない程に純度が高く、オレみたいに他人の精気を得ることにより動力維持、もしくは強化を行うタイプの生き物からすると垂涎ものとすら言えるレベルだ。

 だからこそ独占したい。意識をオレにだけ向けて欲しい。誰よりもオレを優先して相手して欲しいと思ってしまう。

 

 ─────……だからこそ、邪魔なんだよね。特にお前はさ。

 

 少しの苛立ちの矛先を剣聖に向ける。

 シアンの意識を持っていくレベルでシアンに好かれている剣聖、シエテ。

 彼は本当に邪魔でしかない。オレは、本命に定めた存在は、とにかく独占してしまいたい性質(タチ)なんでね。

 セーレに関しては、まぁ、特例として気にしていない。なんせシアンの契約魔のうちの一つだ。

 それに、つまらないと吐き捨てたくレベルの生真面目さではあるが、それはそれとして、契約者に対して劣情を抱くと言うことは絶対にない存在でもある。

 オレとは違い、「夢を叶える」、「望みを叶える」、「誠実に仕える」という特性を保有し、なおかつその特性に偏って特化しているため、そのような行動を取ることが全くない使用人タイプのトイフェルだ。

 そのため、劣情や苛烈な熱情を宿すことが起こらない分、放置しても問題はないのである。

 

 オレにとって邪魔なのは、契約者であるシアンに劣情を抱く上で、シアンと言う存在を好きになり、その意識をオレから離していくような存在だ。

 そのため、シアンにすでに好かれており、意識されやすくなっているシエテは排除してしまいたい存在となる。

 だが、この男が保有している能力や特性を考えると、間違いなく排除すると世界の均衡が破壊され、トイフェルにとっての安住の地でもあるこの空の世界がおかしくなることがわかっている。

 

 だからこそ手は出さない。でも、シアンからは引き離したい。

 何とかできないもんかねぇ……。

 

 ─────……ああ……邪魔と言えば、オレのモドキも非常に邪魔だ。今もなおこっちを見に来ているあいつくらいは、何とか排除しないとね。

 

 そんなことを思いながら、オレはこのバーに併設されているオーシャンビューバーテラスの方へと足を運ぶ。

 そこから上を見上げてみれば、夜の帷もおり、星々が煌めき、月が煌々と輝きを見せる夜空の中に浮かぶ、一つの人影を見つける。

 その人影は6枚の翼で風を受けながら、こちらを観察するように見下ろしていた。

 その姿に思わず舌打ちをこぼす。対する相手はオレの姿に気づいたようで、視線を店からオレの方へと向けては、目を細めて笑う。

 まるで、こっちを潰しにかからないのかと問うように、不敵だった。

 

 ─────……別にイイさ。どうせオレの力はモドキを上回る。オレが持つ4対の翼も、所詮はリミッターをかけているだけの仮のものだしな。

 

 殺気を込めて中指を立て、死ねと一言口パクで伝える。

 それを見たモドキは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに興味をなくしたように表情を変えてどこかへと行った。

 どうやら、オレが攻撃してこなかったことがつまらなかったようだ。こっちからしたら、まだ延命できることに感謝して欲しいところだな。

 

「表に出るなら8枚羽に力を抑えろとルーシィには言われたが、今は力が流れて分散する受け皿があるし、本来の翼で能力を使えないか打診してもらうか。

 しばらくは資金集めのためにシアンはアウギュステから離れるつもりはないようだが……ある程度集め終わったら一回こっちの故郷に行ってみないか提案してようかな。」

 

 ポツリと呟くように言葉を紡いだオレは、テラスから店内へと足を運ぶ。

 さて……まずはこのシアンと仲良くしたい剣聖をどうにかしないとね。

 

 

 

 




 シアン
 相変わらずシエテに固まる特異点達の姉。
 早く慣れたいが慣れるのかこれ?と疑問に思いながらも、休憩に入る。

 ベリアル・オリジン
 本当はシアンを独占したいトイフェル族の王。
 どうやら彼の8翼はリミッターがかかっているがゆえの数らしく、本来はこれ以上の枚数を持ち合わせている様子。

 セーレ
 ベリアル・オリジンに突っかかる忠誠の塊なトイフェル族の君主。
 シアンと仲良くしたいシエテの気持ちはよくわかるが、それはそれとしてやっぱり邪魔だなとは思っている様子。

 シエテ
 トイフェル族2人から嫌われている天星剣王。
 シアンと仲良くしたいのに、どうもうまくいかない上、2人のトイフェル族に邪魔されている不憫さ。

 堕天司ベリアル
 実はちょくちょくシアンの観察に上空へ現れている6翼の堕天司。
 オリジナルのベリアルを挑発するが、殺気を向けながら中指を立てはすれど、弱いやつを相手にするつもりはないという気配につまらなさを感じて今夜は退散した。




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高難易度緊急任務:推しと依頼を遂行せよ……泣

 主人公 side.


 シエテと出会って数日経った頃。

 セーレとリューゼに何か言われたのか、最近のシエテは遠くの席に座るようになった。

 遠くと言ってもそこまで離れていない2人用のテーブル席に座ってるのだが、ある程度距離を取ってくれるようになったお陰で、業務にまでは支障が出なくなった。

 

 しかし、その適切な距離を、今回は許してもらえないらしい……。

 

「やっほー、シアンちゃん。」

 

「……何でいるんですかシエテさん。」

 

「いやぁ……今回はちょっとシェロちゃんに呼ばれちゃってね。なんか、大変なことになってるみたいだよ?」

 

「……大変なこと?」

 

 今日も依頼を頑張るか……と思いながらやってきたシェロのよろず屋。

 だが、なぜかそこにはシエテが立っており、後から合流したわたしに手を振りながら話しかけてきた。

 何でよりによってこの場にいるんだよと涙目になる中、告げられた妙な話。

 大変なことになっていると言う話の意味がわからず、思わず首を傾げる。

 

「あ!シアンさん!シエテさん!お待ちしておりましたぁ〜!」

 

 そんな中やってきたシェロが、私とシエテに声をかける。

 すぐに彼女の声に反応を返し、視線を向けてみると、彼女はこっちですこっち〜!と店内に入るように促してきた。

 

「どうしたのシェロちゃん?俺にも頼みたいことがあるって言ってたけど、何かあったの?」

 

 推しと隣り合って入らないといけないのか……と泣きそうになりながらも、シェロに雇われている身である以上、一緒に行くしかない……と少しだけ思いながらもシエテと一緒に彼女の元へと向かう。

 

「実はですねぇ……最近、少々風属性の元素があまりにも高くなっていて、風属性の魔物が活発に暴れている廃墟があるんですよ〜……。

 しかも、その活発な魔物達はどれも風元素の影響か、通常の魔物に比べて凶暴性が増し、尚且つ狂化状態にあるようでして……。

 このままでは間違いなく多数の死傷者が出る可能性がありますから、お二人に異変の解決に出向いていただきたいんです。」

 

 シエテがシェロに何があったのかと問いかけると、彼女は今回、私とシエテの両方を呼びつけた理由を教えてくれた。

 凶暴性が増し、尚且つ狂化されている魔物の討伐依頼だったようだ。

 それを聞いたシエテは、納得したような様子を見せる。何を納得しているんだこの推しは……と無言でシエテに目を向けていたら、彼は私の方に一度目を向けたあと小さく笑い、シェロに向き直った。

 

「なるほどね。能力の高い俺と、風属性に強い火属性の元素を保有した強力な武器を持ち合わせているシアンちゃんをセットにすることで早期解決に……ってところかな?」

 

「そうなりますね〜……。シアンさんの能力は、私が十分保証いたしますので、お二人で依頼を遂行してもらえないでしょうか〜?」

 

「………マジで……?」

 

「ちょっと、シアンちゃ〜ん……?何であからさまに嫌そうな顔をするのさ〜?シエテお兄さん、かなりショックなんだけど……。」

 

「何回も言ってるだろ!?こちとらただの陰キャオタなファンなんだよ!!何でよりによって自分が推してる人と一緒に行動取らなきゃならないんだ!!!」

 

「おやおや〜……?シアンさんはシエテさんのファンだったんですか〜?」

 

「そうだよ!!シエテさんの剣技の凄さの噂は聞いてるし、噂を聞いただけとは言え、同じ剣士としては憧れの1人なんだよ!!」

 

「なるほど〜……。確かに、シエテさんの剣技は凄まじく、騎空士の剣士さん達も割と話に出すことがありますね〜。

 それに、シアンさんはバーを経営されていますから、その分騎空士さん達のお話を聞く機会もありますし、剣を扱うシアンさんも憧れてしまうかもしれませんね〜。」

 

 にこにこと微笑ましげに言ってくるシェロに、色々と言いたい気持ちに駆られる。

 しかし、彼女はグラブル界の中ではかなりの重要人物な上、その立場に恥じない余裕をある程度持ち合わせている。

 そのため、いくらこちらが突っかかりたくなろうとも、サラッと返されて終わりだろう。

 うう……何でよりによって風属性の推しキャラとセットにさせられるんだ……。

 

「でしたらシアンさんにとっても良い経験になるかと思いますよ〜。確かにシエテさんは、少々変わった方ではありますが、噂に恥じない力を持った剣士さんですので〜。

 せっかくの機会ですし、お勉強もさせていただいてみてはいかがでしょうか〜?」

 

「ちょっとシェロ!?推しに剣技教えてもらえとか正気か!?そんなの無理オブ無理の無理尽くしだが!?」

 

「シアンちゃ〜ん……お願いだからそこまで避けないでよー……。俺、そろそろ泣いちゃいそうだから……。」

 

 心なしかアホ毛までしおらせながら、避けないでと言ってくるシエテに私は拗ねた表情を作る。

 避けるなって方がマジで無理なんだけど!?推しと!!行動!!させるんじゃない!!

 

「そうは言われましてもね〜……。今回の依頼は、本当にお二人にしか任せられないんですよ〜。

 一応、お二人に頼む前に、数日前から高レート依頼として登録はしていたのですが、受けた方々がかなりのダメージを受けては次々と降りてしまいまして〜……。

 ですので、他の騎空士さんでは手に負えないと判断した結果、私が知る中でもっと高い実力をお持ちのシアンさんとシエテさんを抜擢したんです〜……。

 私のように情報を与えたり、依頼を発行したりするよろず屋の会合の中でも、今回の依頼はお二人に任せた方がいいと判断されましたからね〜。

 それに、シアンさんが動くとなると、必然的にリューゼさんとセーレさんも動きますから、一番戦力を持ち合わせているチームにするには、やはりシアンさん達に動いていただかなくてはと思いまして〜……」

 

「うぐぐ……確かに戦力としては高いけど〜〜〜〜!!」

 

 頭を抱えながらうだうだ言っていると、隣から溢れるような苦笑いが聞こえてくる。

 視線を声の方に向けてみれば、普段はヘラヘラして感情の読みようがないシエテが苦笑いをこぼしていた。

 

「うーん……シアンちゃんに避けられちゃってるし、別に俺だけで行っても構わないんだけど、可能なら君にもついてきてほしいな。

 確かに俺は誰よりも強いよ?全空一の剣の実力を持っている自覚はあるし、堂々と自負することができるからね。

 でも、今回は相手も風属性の元素を持ち合わせているし、その元素を活発にして暴走させる何かがあるって話だから、俺1人だとその属性を抑えながら戦わなきゃならないと思うから、弱体化する可能性も頭に入れとかないといけないって言うか……」

 

「実際、風属性を得意としていた騎空士さん達はかなりダメージを受けてるんですよ〜……。

 何とか話せるレベルの騎空士さんから聞いた内容だと、風元素がかなり乱れるから上手く立ち回れないとのことでして〜……。

 おそらくですが、風の元素を乱す障害が発生しているのではないかと思います〜……」

 

「……だってさ。」

 

「うげぇ……マジかよ……」

 

 聞きたくもなかった依頼先の概要を聞き、思わず顰めっ面をしてしまう。

 よりによって風元素の乱高下ありのフィールドかよ……。何で普通のRPGにありそうなギミックフィールドが発生してんだこの空の世界。

 リリンクか何かか?いや、リリンク発売前に転移されたから実際にこんなフィールドがあるのか知らないけど。

 

「はぁ〜〜〜〜〜………わかったわかった。行きゃいいんだろ……」

 

「お!一緒に来てくれるんだ?ありがとね!」

 

「ありがとうございますシアンさ〜ん。それでは、目的地へと向かうための準備に取り掛かりますね〜。

 シアンさんは、リューゼさんとセーレさんを呼んできてもらえますか〜?」

 

「ああ。呼んでくるよ。まぁ、あの2人ならすぐに合流するとは思うけどね。」

 

 渋々引き受けることにした高難易度の依頼。

 私の反応を見て、シェロとシエテが苦笑いをこぼしたが、今回の依頼をこなすための準備にすぐ取り掛かり始めた。

 その姿を見て深くため息を吐いた私は、すぐにリューゼ達の気配がある方へと足を運ぶ。

 こんなイベント……こなしたくなかったなぁ………。

 

 

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 …………………

 

 

 ……あれからしばらくして、リューゼとセーレの2人とも合流した私は、シエテとシェロが待っている場所へと足を運ぶ。

 場所は、アウギュステの騎空艇停泊場……いわゆるこの世界の港だ。

 

「シアンちゃ〜ん!こっちこっち〜!」

 

「…………はぁ……。」

 

「うわぁ……深い溜め息……。シアンちゃん、相当参ってるな。」

 

「まぁ、推しと一緒に行動を取れと言われましたからね。仕方ないかと思いますよ。」

 

「依頼が終わったら、しっかりリラックスしような?何なら、オレがマッサージもシてあげるからさ。」

 

「あなたの場合、マッサージだけで済まないでしょう。あれこれ誘導してそのまま性的にいただく気でいるのが見え見えですよ。」

 

「オレはただの親切心で言っただけだぜ?なのにそのいい草はひどくないか?」

 

「お黙りなさい、淫魔王。」

 

「オイ。淫魔王って何だよ。」

 

 自分のことを呼ぶシエテの姿に勘弁してくれと言うように溜め息を吐いていると、リューゼとセーレが会話する。

 ……淫魔王と言う言葉に、人力ボカロ界隈で課題曲扱いをされていた、某BLゲームのあばばばなアレを思い出してしまったが、おかげで少しだけ落ち着いた。

 

「シアンちゃんと一緒にいるその2人……魔力が強いとは思っていたけど、やっぱり戦闘も得意なんだね。」

 

「……ええ。間違いなく能力としてはかなり高い二人組です。場合によっては、星晶獣に匹敵する能力を発動させることができるので、戦力としてはかなりのものですよ。」

 

「……星晶獣に匹敵する……って本当に?」

 

「嘘はついてませんよ。彼らが持ち合わせている能力は、それだけ高いですから。」

 

 ─────……正確には、星晶獣を作るためのきっかけになった存在で、星晶獣は彼らの劣化版に近いんだがな。

 

 ……なんて言葉は抑えながら、リューゼとセーレの能力の高さを説明する。

 嘘はついてないと言う言葉を聞いたシエテは、何度か瞬きをしたあとリューゼとセーレに目を向ける。

 その表情からは、何でそんな能力を持っている存在がこんなところにいるんだと言う疑問を感じ取ることができたが、それに応えることなくシェロに視線を向ける。

 

「シェロ。合流したよ。」

 

「お待ちしておりましたー!では、目的地に向かうための騎空艇は手配しておりますので、そちらに向かいましょ〜。」

 

 目的地に向かうために手配した騎空艇へと案内をしてくれるシェロについていけば、それなりに大きな騎空艇がそこにはあった。

 乗っているのはよく見かけるモブとは違い、随分と顔立ちが整っている20〜30代の人間で構成されている人達だった。

 

「あなた達は?」

 

 重要人物並みに見た目がはっきりしてる……と思いながら、目の前にいる青年に声をかければ、彼は口元に笑みを浮かべる。

 

「俺の名前はモルガン。モルガン・レオニーガーランド。騎空団、コーラル・エリスピリットの団長だ。」

 

「わたしはリップル・レオニーガーランド!コーラル・エリスピリットの副団長だよ!モル兄ともども、よろしくねー!」

 

「……コーラル・エスピリット…………?」

 

 え?そんな騎空団あんの?て言うかめちゃくちゃモブじゃない人ばっかなんですけど……と混乱しながら首を傾げていると、シェロが口を開く。

 

「元素関係の問題が発生した時に、必ず活動依頼を出している騎空団のみなさんです〜。

 魔術を扱える人が多く、元素の見極めが得意な方々なんですよ〜。」

 

「まぁ、そのせいで前衛は誰1人として得意じゃなくてな……。今回みたいな依頼が入ってきたら、前衛を得意とする人間と手を組んで依頼にあたるようにしてるんだ。」

 

「わたし達、みんな精霊とか妖精とかと話したり、契約して使役することができるから、後方支援は任せてよー。」

 

「……なるほど…………?」

 

 一瞬だけ脳内にマナダイバーの集まりか?と言う疑問が過ったが、何とか言葉にしないように飲み込んで、シェロの方に目を向ける。

 こんな騎空団も一緒に行くなら、私はいらないのでは?と言う言葉を載せて。

 

「火属性の元素を乗せることができるのはシアンさんだけですので〜……やっぱりシアンさんの同行は必須ですね〜。」

 

「ちくせう……!!!」

 

「はは……シェロから話は聞いていたが、本当に天星剣王が一緒にいるのが苦手なんだな……。」

 

「わかる。わかるよー!好きな人とか推してる人が側にいる上、名前を呼んでくるとなると緊張しちゃうよね!

 わたしもパーシヴァルさん達と依頼をこなした時、すーっごく緊張して倒れそうになっちゃったもん!」

 

「あ、妹の話は気にしないでくれ。こいつ、かなりの面食いで惚れっぽくてな。見た目良い奴と依頼に出た時、しょっちゅうこうなって帰ってくるんだ。」

 

「お、おう……」

 

 少しだけリップルと言う女性の言葉に呆気に取られていると、モルガンさんが気にするなと口にしてきた。

 ……周りから見たら、私もこんな風に見えてしまうのかと少しだけ引き攣った笑みを浮かべながらも、乗れよと言ってくるモルガンさんの言葉に頷いて、騎空艇にお邪魔する。

 

「ようこそ。俺達コーラル・エリスピリットの騎空艇へ。歓迎するよ。」

 

「精霊や妖精がそこら中にいるけど、物語のようなイタズラをする子達はいないから安心してね!」

 

 笑顔で自分達が契約している精霊や妖精達はイタズラはしない子ばかりであることを告げてくるリップル。

 本当だろうかと思いながら、視線を少し動かしてみると、かなりのドアップで黒から青緑へと変化するようなグラデーションがかかった髪色をした青年と思わしき存在が目の前で逆さまになって浮いていた。

 

「こんにちは、お嬢さん。」

 

「うわ!?」

 

 その青年は私と目を合わせた瞬間笑顔で挨拶をしてくる。

 急なことに驚いていると、モルガンとリップルが目を丸くした。

 

「あれ!?いつのまにウィンディアいたの!?」

 

「ふふ……何だか変わった子がいると思ったからちょっと気になっちゃって。驚かせてごめんね、お嬢さん。オレはウィンディア。一応、風の精霊……いや、妖精……?

 何だろう……。オレは一応そう言う存在ではあると思うんだけど、精霊や妖精に比べたらそこそこ上位の存在になるからわからないな。」

 

 ふわりとその場で宙返りをして、逆さまから当たり前の向きに体勢を直した青年……ウィンディアと呼ばれた謎の存在に目を向ける。

 何だろう……このウィンディアって存在……ちょっとだけ星晶獣に近いような……だけど違う気配を持ち合わせている気がする。

 そこまで考えて、私は視線を騎空艇全体へと巡らせる。度々見え隠れしている妖精や精霊達に比べたら、ウィンディアはかなり力がハッキリとしており、明らかに強大な力を持ち合わせている何かであることがわかった。

 

「……高純度の風属性の元素の塊か、風のエレメンタルが何らかのアイテムに触れ、尚且つ適応してしまったがために、ハッキリとした人型を得て、星晶獣に匹敵するレベルの力を保有してしまった……ってところか……?

 つい最近見つけた研究所……まぁ、もうぶっ壊しちまったが、そこにいたコアを埋め込まれた魔物と同じ気配がする。」

 

「「「!!?」」」

 

 少しだけ考えた末、そう言えばこんな気配、つい最近感じ取ることがあったなと記憶を思い返す。

 それにより出てきた答えは、あの星晶獣の製造工場とも言える研究所内にいた、コアを埋め込まれた魔物達と同じ気配であることだった。

 

「せ、星晶獣に匹敵する力を保有したエレメント!?」

 

「嘘でしょ!?いや、でも、それなら納得行くかも!?」

 

「え、て言うかシアンちゃん!?なんかかなり厄介な施設見つけた上に壊してない!?」

 

 モルガンさんとリップルがウィンディアの正体に驚き、シエテが研究所をぶっ壊したと言う言葉に反応を見せる中、ウィンディアと呼ばれた青年は何度か瞬きを繰り返す。

 しかし、すぐに考え込むような様子を見せて無言になる。

 

「……ああ……そう言えばこうなる前に変な石のような物を見つけた記憶があるよ。確かこれだね。」

 

 そう言ってウィンディアは自身が身に纏っている服の胸元を思い切りはだけさせる。

 その瞬間、モルガンさんが絶叫しながらリップルの両眼を塞ぎ、ウィンディアから一気に彼女を引き離した。

 

「え!?ちょっとモル兄!?前が見えないんだけど!?」

 

「見んでいい!!お前は見なくていいから!!」

 

「なぜに!?イケメンのおはだけなんて滅多に見れないんですが!?」

 

「見たら鼻血出してぶっ倒れるだろうがお前は!!絶対に見せないからな!?」

 

 ……なんか、めちゃくちゃあっちがわちゃわちゃし始めたが、私は気にせずウィンディアの胸元に視線を向ける。

 そこには、グリーンフローライトを思わせるような結晶が枝分かれしながら胸元全体に広がっており、輝きを放っていた。

 

「……少しだけ触ってみてもいいかな?」

 

「うん?もちろん構わないよ。オレ自身も色々わからないことだらけだから、それが把握できるならいくらでも。」

 

 ウィンディアから許可をもらい、胸元に存在している結晶に触れて少しだけなぞる。

 完全に結晶化しているようで、翼のように広がるそこは、ガタガタとした凹凸があった。

 

「……やっぱり、これ、風属性のコアだ。私が研究所で見つけた物はかなり小さくて、あまりにも弱い物だったが、これは高純度の風属性が蓄えられている。

 しかも、これ……広がっていく際、ウィンディアの風元素を利用して育ってる感じか?

 こっから先の方はまだ弱っちくて、細々とした風元素しか感じ取ることができないから、まだ変化している途中みたいだな。

 となると……可能性としてあげるとしたら、最初は出来損ないのコアだったが、純度の高い風元素を得ることにより完成されたコアになっちまった……ってところか……?

 だが、これでウィンディアがどんな存在になりかけているのかはわかったな。」

 

 ウィンディアの胸元から手を離せば、ウィンディアはきょとんとした表情をして首を傾げる。

 

「君は、新たに誕生しようとしている現代の風の星晶獣だ。役割とかは持たない、イレギュラーで発生した星晶獣……。

 正確には星晶獣モドキ……と言うのが正しいのかもしれないが、このままコアに適応したら、間違いなく星晶獣と同じ力に行き着く。

 まぁ、私も星晶獣に出会したことがあるわけじゃないし、推測の域を抜け出すには確証するための要素は出揃ってないが、可能性としては十分あり得るぞ。」

 

 そんな彼に対して、私は静かに結論を口にする。

 同時に頭を抱えたくなった。なぜ、私の周りでは、こうもイレギュラーが発生するのかと。

 …………私がイレギュラーだからだな、うん。

 

 

 

 




 シアン
 リューゼと契約を結んでいることにより、さまざまな生き物の気配や能力を感じ取り、分析する力に拍車がかかって強化されている特異点達の姉。
 その能力により、現れたウィンディアの行き着く先を把握することができた。

 ウィンディア
 シアン達の前に現れた精霊でもなければ妖精でもない存在。
 シアンの能力により、自身が行き着く先を把握することができた。
 コーラル・エリスピリットにはただ居座ってるだけだったため、誰かと契約をしたわけじゃない。
 むしろ契約するにはあまりにも元素純度が高すぎる上、強力だったため、誰とも契約していなかった。

 リューゼ
 シアンと契約しているベリアルのオリジン。
 契約により発生した繋がりを通した魔力流入によりシアンの能力の強化に拍車をかける。

 セーレ
 相変わらずアホなことを口にするリューゼにツッコミを入れるシアンのもう1人の契約魔。
 シアンの能力の強化にリューゼが関わっていることを知っている。

 シエテ
 シェロに呼ばれてシアン達と依頼を遂行するために動く天星剣王。
 シアンが自分と会う前にいろいろやらかしてるのを聞き思わずツッコんだ。

 シェロ
 シアンとシエテに依頼を出したよろず屋のハーヴィン。
 コーラル・エリスピリットを手配したのも彼女。

 モルガン・レオニーガーランド
 蒼銀の長い髪にサファイアのような青い瞳が特徴的な青年。
 一般的に美丈夫と称されるレベルの見た目をしている20歳。
 魔術や元素操作に長けているコーラル・エリスピリットの団長を務めており、火属性の元素に長けている。

 リップル・レオニーガーランド
 蒼銀のふわふわウェーブロングにサファイアのような青い瞳が特徴的な少女。
 一般的に美少女と称されるレベルの見た目をしている16歳。
 魔術や元素操作に長けているコーラル・エリスピリットの副団長を務めており、風属性の元素に長けている。




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暴走の原因を求めて

 この小説の現在の能力値の高さイメージですが

 リューゼ&セーレ>>>原初獣>>>星晶獣>>ウィンディア>>>シエテ=主人公>レオニーガーランド兄妹と言うイメージで現在はいます。
 なお、最終的に主人公とウィンディアは星晶獣や原初獣に並ぶレベルの能力に、レオニーガーランド兄妹は十天衆、および十賢者に並ぶ能力にする予定だったりします。


「最終的には星晶獣へと成長する人工的なコア持ちのエレメンタルか……」

 

「どうりでウィンディアとは契約できなかったわけだね〜……。風属性のエキスパートだから契約できるでしょ!なんて楽観できるような存在じゃなかったよ……」

 

 あれから私は、ウィンディアの正体をモルガンさん達に説明したあと、彼らが使う騎空艇に乗り込み、目的地へと向かっていた。

 そんな中、紡がれたモルガンさんとリップルの言葉に、私は静かに頷く。

 

「オレの正体は星晶獣に成ろうとしていた風のエレメンタルか……。このコアって石を手に入れてから、その時の記憶がかなり曖昧になって、自分自身がよくわからなくなっていたから教えてくれて助かったよ。」

 

 同時に、自分の正体をようやく理解して納得した様子を見せるウィンディアに呆れの眼差しを向けてしまった。

 コアを入手してから記憶が曖昧になってしまったってどんな状況だ。あれか?コアを取り込んだ衝撃で記憶が一部吹き飛んだとかそんな感じか?

 

「よし、じゃあ、オレの正体を突き止めてくれたお礼に、オレはお嬢さんに協力するよ。

 確か、今回は風属性の影響が強いと言っていたよね?抑えることはできないかもしれないけど、風元素を強く感じ取ることができるオレなら、その原因となっているもののところへと案内することもできると思うから。」

 

 そんなことを思っていると、ウィンディアがわたしについてくることを口にする。

 その言葉に一瞬だけ驚いてしまったが、風の元素を強く感じ取ることができるから探索するのに役に立てるはずだと言われ、小さく頷いた。

 するとウィンディアは明るい笑顔を見せたのち、私の側にふわりと寄ってくる。

 

「おい、ウィンディア。彼女はオレ達のご主人サマだ。あまり手を出してくれるなよ。」

 

「そうですよ、ウィンディア。シアン様は僕らのマスターであって、あなたのマスターではありません。」

 

 その瞬間、リューゼとセーレの2人が私の側に寄ったウィンディアに物申す。

 ウィンディアは一瞬キョトンとした表情を見せたが、すぐに小さく笑ったのち、私の前にふわりと躍り出る。

 

「お嬢さんと繋がりを持っているお兄さん達はこんな風に言ってくるんだけど、お嬢さん自身はどうかな?

 オレの能力はまだまだ伸びている途中のようだし、最終的には星晶獣にも負けない力になるとの話だろう?

 だったら、オレがお嬢さんの風になると言うのもありだとは思わないかな?」

 

 そして、穏やかな笑みを浮かべながら、私について行きたいと口にしてきた。

 少しの間、私は思案する。現在私が使える属性は、闇属性と光属性、それと火属性の3つ。

 闇属性と光属性があるだけでも戦闘にも問題はないが、やはり、四大属性は揃えておいた方がいいかもしれない。

 

「私は別に構わないよ。持ち合わせていない属性が一つでも増えてくれたら臨機応変に戦うこともできるだろうからな。」

 

 それならと私はウィンディアを味方に引き入れることを承諾する。

 契約まではできないかもしれないが、自身の属性をある程度補えるのであれば、味方に引き入れても問題はないはずだ。

 

「良い返事をありがとう、お嬢さん。それじゃあ失礼してっと。」

 

「ん?」

 

 そんなことを思っていると、ウィンディアは私の手をそっと握りしめる。

 いきなり手を握られたことに疑問符を浮かべて首を傾げていると、足元から勢いよく風が吹き上がった。

 

「うお!?」

 

 よく見るとそこには風属性の紋様が魔法陣のように浮かんでおり、眩い光を放っている。

 あまりのことに驚いていると、ウィンディアは私の手を恋人同士がやるように、指を絡める形で繋ぎ止め、そのまま自身の口元へと手を引き寄せた。

 

「モルガン君やリップルちゃん、他にも、コーラル・エリスピリットに所属している団員達が精霊や妖精と契約をする姿を何度か見てるから、これでお嬢さんと契約を結べるはず……。

 少しだけ辛いかもしれないけど我慢してね。オレとお嬢さんの間に繋がりを作るから。」

 

 そう言ってウィンディアは口元に引き寄せた私の手の甲へと唇を落とし、同時に繋いでいる手に力を加える。

 その瞬間、ウィンディアの唇に触れた手を通じて、私の方に何かが流れ込んでくる感覚を覚えた。

 

 体中を駆け巡るかのように、一気に広がる確かな熱……それは、リューゼやセーレと契約を結んだ時に感じたものによく似ていた。

 

「!?」

 

「落ち着いて、お嬢さん。ゆっくり深呼吸をして、オレの熱を感じて。大丈夫。お嬢さんに決して危害を加えるような力じゃないから、ゆっくりと受け入れて。

 焦ったらダメだ。オーバーヒートを起こす。少しずつ呼吸を整えて。そして風を感じ取るんだ。」

 

 急なことに息を詰まらせていると、ウィンディアが穏やかな声音で今私がやるべきことを伝えてくる。

 それに従い、言われたことをこなしていくと、少しずつ息がしやすくなってきた。

 同時に、私の中へと入り込んでいた力の正体を把握する。これは、ウィンディアから流し込まれている風の元素を含んだ魔力だ。

 道理でリューゼ達と契約を結んだ時と同じ感覚に陥るわけだと納得する。

 

「うん。そのまま呼吸を維持して。もうすぐで君とオレを結ぶことができる。」

 

 目を閉じて、流れ込んでくる元素と魔力を感じ取っていると、次第に体の熱が緩やかに冷めていく。

 穏やかな呼吸を繰り返し、一つ、また一つとこちらに伸ばされているウィンディアの魔力の糸を、自身の力に結びつけていけば、完全にウィンディアとの繋がりが出来上がった。

 

「……お疲れ様。もう大丈夫だよ。」

 

 囁くように紡がれた言葉に静かに目を開けると、目の前にいるウィンディアはとても穏やかな笑みを浮かべていた。

 何度か瞬きを繰り返し、ウィンディアを見つめていると、彼はくるりと私の手の甲を見えるように動かす。

 そこにはウィンディアの胸元に広がる翼のような形をしたコアと同じ紋様が浮かび上がっていた。

 

「これでオレとお嬢さん……シアンちゃんの間に繋がりができた。」

 

 私とウィンディアの間にできた繋がり……新たに増えた契約の証を見つめていると、ふわりとその紋様が手の甲から消える。

 しかし、紋様は消えても繋がりは継続されており、リューゼにつけられた契約の証とは特性が違うことがわかった。

 

「シアンちゃんの中にオレの属性元素が吸収されて、いつでも風属性を使用することができるようになった。

 あとは、君が使いたい時に自身の体内にある元素のスイッチを入れ替えて、技を発動させるだけ。

 火属性と土属性の2つとは相性が悪いから、合わせて使うことはできないけど、この2つの属性以外であれば、組み合わせて使うこともできるから、必要に応じて使ってみてよ。」

 

 紋様があった位置をじっと見つめていると、ウィンディアが笑顔で風属性の使い道を教えてくれた。

 ……ゲーム内でもいくらかあったけど、まさか私も複数の属性を合わせて使えるようになるとは思わなかった。

 でも、場合によっては応用することができそうだし、頭の片隅には入れておこう。

 

「……オレ達のご主人サマが余計なもん連れて来ちまった。」

 

「まぁ、複数の属性を持ち合わせることができるのは、利便性が上がるのでいいとは思いますが、まさか契約にまで発展させる存在が現れるとは思いませんでしたね。

 なんでしょう……?人外とか特殊な存在を僕らのマスターは持ち合わせているのかもしれませんね……。」

 

 リューゼとセーレから少しだけ不満そうな気配を感じ取る。

 どうやら、私がウィンディアと契約したことが気に入らないようだ。でも、仕方ないと言うかなんと言うか……正直、属性が増えることはありがたいのでなんとも……。

 

「……すご。わたしでも契約は無理だと思ってたウィンディアとちゃっかり契約しちゃったよ、シィちゃん。」

 

「契約を結び、繋がりを得た存在の能力を制御したり、強化したりできるみたいだから、シアンはもしかしたら俺達と同じ力を持ち合わせているのかもしれないな。」

 

 不満そうにされてもな……と苦笑いをこぼしていると、モルガンさんとリップルが私の能力について話し始める。

 ……彼らと同じ力を持ち合わせている……と言うことは、私にはマナダイバーのような力が宿っていると言うことなんだろうか?

 それはそれで便利ではあるけどな。マナダイバーって使い方によってはめちゃくちゃ強かったし。

 

「さて、契約も済ませることができたわけだし、これから仲良くしてよ、シアンちゃん。君のサポートは、オレに任せて。」

 

 そんなことを思っていると、ウィンディアがサポートは任せてくれと口にして、そのままパチンとウィンクをして見せる。

 人の姿を持てるようになって、だいぶ時間が経っているのだろう。かなり人がやる仕草を身につけている。

 

「オイ。新参者が何言ってるんだ?」

 

「あくまでシアン様のサポートは我々の仕事です。新参者は大人しくしていてもらえませんか?」

 

 持てる男の仕草だなと感心していたら、リューゼとセーレがウィンディアに突っかかる。

 その表情には気に食わないと言う感情がハッキリと浮かんでおり、わずかながら殺気のようなものも感じ取れた。

 

「……シアンちゃん……モテモテだね………?」

 

「……あまり嬉しくないのですが…………?」

 

「わー……ものすっごく険悪ムードダヨー……」

 

「複数の契約ができてしまう……と言うのも考えものだな……。」

 

 シエテにモルガンさん、そしてリップルが遠い目をする中、私は深く溜め息を吐いた。

 ……て言うか、ウィンディアの声がめちゃくちゃ刀●乱舞の笹●の声に聞こえるんだけど……空の世界に高●広樹さんが増えてない、これ?

 

 現実逃避としか言えないことを考えながら、今にも先頭をおっ始めようとしている3人を宥める方法を思案する。

 コーラル・エリスピリットの騎空艇は、そんな中でもゆっくりと目的地へと向かっているのだった。

 

 

 …………………

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 リューゼ、セーレ、ウィンディアの3人を宥めながらの長期移動を終え、たどり着いたのは荒廃した無人の島。

 外から見てもハッキリと映り込む廃墟と化した街のようなものが見えており、かつては栄えていたのだとわかる。

 

「……風元素が高濃度化してる?」

 

「お?すごいな、わかるのか。」

 

「ええ。ウィンディアとリューゼ、セーレと繋がりを得ているからか、元素の知覚能力がかなり上がってしまったみたいです。

 ……荒廃した島の最奥……その奥に何かあるようですね。多分、それが影響して風元素が高濃度化し、風属性を持つ魔物を暴走させ、凶暴化させているのではないかと予測できます。」

 

「お〜!すごいすごい!ドンピシャ大正解!!わたし達と同じくらい元素感知ができてるよー!」

 

 視界に入り込んだ島の現状を口にすると、モルガンさんからは感心の眼差しを……リップルからは称賛の言葉と拍手をもらう。

 どうやら、この認識力は2人と同レベルのものだったようだ。

 

「元素感知……か。」

 

「うん!その能力を伸ばすことができれば、元素の流れが目に視えるようになって、相手の攻撃をひょいひょい躱せるようになるよ!」

 

「ついでに言うと、相手の脆い部分……いわゆる弱点と言える場所が目に見えるようになるから、100%クリティカルなんかも狙えるようになるぜ。

 シアンの能力からすると、まぁ、ざっと見積もって半年くらいで身につけることができるようになるだろうな。」

 

「……それもどうかと思うのですが?」

 

 ざっと見積もって半年って、どれだけ私の能力は高いんだ。

 いや、まぁ、イスタルシアに行くような親と、特異点と呼ばれ、最終的には様々な事件に巻き込まれながらも星晶獣の力をどんどん回収していくタイフーンな双子が自身の弟妹である時点で仕方ないような気もするけど。

 

「シアンちゃんのポテンシャルってすごいんだね?いつか手合わせしてもらいたいな。」

 

「勘弁しろください。なんで天星剣王とか呼ばれてる最強剣士と手合わせなんかしなきゃいけないんですか……」

 

 シエテからとんでもないことを言われ、表情を思い切り歪める。

 長期戦になればシエテと普通にやり合えるだろうけど、風属性の推しと真っ向勝負の手合わせとか精神的にできるわけないだろ。

 残念だなぁ……とか言ってるシエテに対して知らん知らんと内心で吐き捨てながら島を眺めていると、コーラル・エリスピリットの騎空艇が島に停泊する。

 

「荒廃した島に到着っと。じゃあ、俺とリップルはシアン達に着いていくから、お前達はディワクエイダム号の防衛、および状況に応じた行動を頼むぞ。」

 

「「「「「「了解。」」」」」」

 

 停泊した船から下に降りて、何をすべきかを団員に告げるモルガン。

 彼の指示を聞いたコーラル・エリスピリットの団員達は、すぐに承諾の返事をして、行動に移し始める。

 

「じゃあ、俺達は元素暴走を止めに行くか。リップル。お前は風元素が主力のスピリットテイマーだから、気をつけろよ。

 どこで暴走の影響を受けることになるかわからないからな。」

 

「わかってるよ、モル兄。」

 

 2人の会話を聞きながら、目的地となる島の中へと足を踏み入れる。

 島に入った瞬間、ブワリと洪水のように暴走した風元素が押し寄せてきたが、現在は風属性ではなく火属性の状態だからか対して影響は出ていない。

 

「……確かにこれは、風属性を主に使ってる俺達からすると、結構厄介な状態だなぁ。」

 

「自身の体の中にある風属性元素がかなり乱される気配がする〜……。属性は強ければ強い程いいってわけじゃないことは知ってたけど、ここまでひどいのかぁ……。

 うぇ……ちょっと属性酔いしそう。モル兄、ごめん。多分これ、わたしは本領発揮できない……」

 

「……マジか。俺はなんともないが……いや、なんともないのは当然か。俺が得意としてる属性は火属性だしな。」

 

「私もなんともないですね。モルガンさんと同じく、火属性か光属性、もしくは闇属性をメインに使っているからでしょうか……。」

 

「オレもなんともないね。」

 

「僕もです。」

 

 高濃度の風元素に気分を悪くするリップルに、なんともない私とモルガンさんとリューゼ&セーレ。

 シエテは体調を崩している様子はないようだが、やはりどことなく元気はない。

 風属性はかなり参るレベルのようだ。可能性としてあげるとしたら、この高濃度の風元素暴走を引き起こす原因となっている何かが強制的に風属性を引き上げ強化するせいで、メモリオーバーを引き起こしている……と言ったところだろうか?

 

「ウィンディアは大丈夫なのか?」

 

 そこまで考えて、私はウィンディアに状態を問う。あの天星剣王ですらどことなく元気がなくなるレベルの元素暴走がこの場で起こっているのに、ウィンディアからは不調の気配を感じ取ることができないため、不思議に思ったのである。

 

「うん?ああ……オレは問題ないよ。辺りにひろがる広がってる風の元素を制御してるからね。

 多分、オレの胸元にあるコアも影響しているんだと思う。だけど、シアンちゃんが口にしたように、オレはまだ星晶獣のモドキとして半端な覚醒しかしてないから、オレの周りと、シアンちゃんの周りにある風属性の元素を制御するくらいしかできないみたいでね。

 完全に覚醒することができたら、全員の影響を制御することができるのだろうけど、しばらくは難しいかな。」

 

 ……どうやらウィンディアは問題なかったらしい。

 まさか、すでに自分の周りと私の周りにある元素を制御することができるようになってるとは……。

 さてはこの星晶獣モドキ、成長が早いな?

 

「なるほどな。まぁ、問題がないならいい。だが、無理はするなよ。もし、何かしらの不調を感じ取るようなことがあったら、すぐに知らせてくれ。」

 

「ん。わかったよ、シアンちゃん。」

 

 予想より遥かに早く完全な覚醒を迎えそうだな……と思いながらも、とりあえず注意だけはしておく。

 私の注意を聞いたウィンディアは、すぐに頷いて承諾してくれた。

 

「話は終わったか?じゃあ、とりあえずまずは武器を構えろ。早速お出迎えだ。」

 

 一部始終を見つめていたモルガンさんが、不意に武器を構えるように言ってきた。

 彼の視線を辿るように目を動かしてみると、たくさんの風属性の魔物が血走った目でこちらを見据えているのが確認できた。

 確かに、最悪なお出迎えだと思いながら、私は背中にあるアラドヴァルを鞘から引き抜く。

 

「起きろ、アラドヴァル。仕事の時間だ。」

 

 手にしていたアラドヴァルに声をかければ、一瞬にして猛り狂うような業火をその身に宿した。

 

「うお!?なんかとんでもない武器持ってるなシアン!?」

 

「アラドヴァルってあの炎神魔槍だよね!?すご!!初めて見た!!」

 

 ……なんか知らない単語が出てきたな?

 炎神魔槍ってなんだよ。まさかアラドヴァルの別名か?だとすると、父さん、なんてものを寄越してくれたんだ。

 騎空士が知ってるレベルの知名度って相当な代物だぞ。

 

「シィちゃん!!どしたのその槍!?」

 

「……父さんが贈ってきた。」

 

「炎神魔槍を贈ってくる父親とは………?」

 

「私が聞きたいです。」

 

 一瞬シィちゃん……?と混乱してしまったが、とりあえず、手元にあるアラドヴァルの入手経緯を話す。

 すると、モルガンさんから呆れたような声音で、そんなもんを贈ってくる父親ってなんだとツッコまれてしまった。

 ……私が一番聞きたい話だから触れないでいただきたい。

 

「まぁいい。炎神魔槍があるなら火力は十分だ。片付けて元素暴走の原因を突き止めるぞ!!」

 

「了解!!」

 

「まかせてよ。ちょっと熱いけどね!?」

 

「私の槍がすみませんね。」

 

 シエテの熱い発言に真顔で謝罪の言葉を紡いだのち、静かにアラドヴァルをその場で構える。

 ……さっさと終わらせたいところだが、流石にこれだけの人数がいたら、アラドヴァルの完全な力は解放できないな。

 ハァ……めんどくせー…………。

 

 

 




 シアン
 風の星晶獣モドキであるウィンディアと契約したことにより風属性を得た特異点達の姉。
 自身が使用する武器であるアラドヴァルの別名を聞き、なんつーもんを贈ってきやがったんだ……と父親に呆れてしまった。
 アラドヴァルの力を解放する際は、「起きろ、アラドヴァル」と声をかける。

 ウィンディア
 知らぬ間に元素制御を行い、元素の影響を軽減させる能力を成長させていた風属性の星晶獣モドキ。
 シアンと契約を結んだことが成長の原因となっているのだが、シアン本人には気づかれていない。
 シアンのことはかなり気に入っており、契約を結ばなくても着いていく気満々であった。

 ベリアル・オリジン
 シアンと契約を結んだ存在が増えたので若干拗ねていたトイフェル族の王の1人。
 ウィンディアはもちろん気に入らないので、度々突っかかる。

 セーレ
 シアンと契約を結ぶ存在が増えたので、少しだけイラッとしたトイフェル族の君主の1人。
 ウィンディアは気に入らないので、度々突っかかる。

 シエテ
 とんでもない力を持ち合わせている人ならざる者を3体も従えることになったシアンの力に興味津々な天星剣王。
 ただし、この興味は剣士としての興味の他、本来ならば抑えることも困難のはずである力を持ち合わせている存在3体を従える彼女の危険性を判断するためでもある。

 レオニーガーランド兄妹
 スピリットテイマーと呼ばれる能力を持ち合わせている2人組。
 自分達ですら契約を結べなかったウィンディアと契約を結び、平然としているシアンを見て素直に驚いている。
 噂でしか聞いたことがない炎神魔槍の畏怖名を持ち合わせているアラドヴァルを使用するシアンの姿には腰を抜かしそうになった。




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原因発見

 襲ってきた魔物達は明らかに強化された魔物達だった。

 攻撃力もタフさも上がっており、倒すまでに時間がかかってしまったものだ。

 だが、私が使うアラドヴァルの火力や、モルガンさんの火属性の援護のおかげで、現れた魔物達は悉く地に伏せ、その意識を散らしていけた。

 

「討伐じゃなくて気絶で収まっちゃってるね。」

 

「普通、あれだけ燃やされたり斬られたりしたら命がなくならないことはないよね?」

 

「ああ。どうなってんだ、この島の中。」

 

 しかし、一部始終を戦いながら把握していたモルガンさん達は、困惑した様子で辺りを見渡している。

 それに倣うようにして、私もあたりに視線を巡らせた。

 

 確かにみんなの言う通りだ。これだけのダメージを受けたにも関わらず、魔物達は1体も命を落としていない。

 気絶だけに収まっていると言うのもなかなかおかしな状況だ。いったい何が起こって……ん?

 

「シアンちゃん?どうかしたの?」

 

 不意に視界に入り込んだ気絶した魔物のウィンドラビット。そこから感じ取れた風の元素に、私は目を細める。

 私の様子に気づいたシエテが、疑問の声を上げたが、すぐに私はそれをスルーして、倒れ込んでいるウィンドラビットに近寄った。

 

「……何?私はこのコアもどきと縁が強いわけ?とんだ保有スキルだな。」

 

 ダウンしているウィンドラビットに触れ、そのままゴロンとヘソを上に向けるように転がしてみれば、そこにはうっすらと輝きを放つ宝石のようなものが生えていた。

 ウィンディアと契約したことにより、コアの気配も感じ取れるようになってしまったため、それがコアのなり損ないであることはすぐにわかった。

 

「……風の元素の暴走を引き起こしている何かがこの島にあり、それを浴びた魔物達は、自身だけじゃ処理できないレベルの元素を取り込んでしまってオーバーフロー……暴れて発散しようとしても、入り込んでくる元素は全て使い切ることはできず、体内で結晶化……エレメントや宝珠、ジーンに落ち着くはずのそれが、コアのカケラへと変質して体内に残り、結果的に過剰な属性元素供給が発生して凶暴化……ってところか。」

 

「「「!?」」」

 

 最悪だと思いながらも、自身が把握できる範囲で推測を交えながらも、今回の原因を口にする。

 私の言葉を聞いたシエテ達は、驚いたような表情を見せて私の方へと視線を向けてきた。

 

「ウィンディア。この結晶は分解できそうか?」

 

「ちょっと待ってね……。うん。これならなんとかできそうだ。」

 

「じゃあ、分解してくれ。そうすれば魔物達は大人しくなるはずだ。まぁ、私の推測が正しければ……だがな。」

 

 私の指示を聞いて、ウィンディアはウィンドラビットの体に根を張る結晶へと手を翳す。

 そして、風元素の操作を行い、その結晶を分解して取り込んだ。

 

 その瞬間目を覚ましたウィンドラビットは驚いた様な様子を見せた後、私達に目を向けて、慌ててその場から逃げ出した。

 どうやら、読みは当たったらしい。

 

「……落ち着いたみたいだね。あの子。」

 

「だな。ったく……ウィンドラビットすら星晶獣化しそうになるとかとんでもない島だなここ。」

 

「この様子だと、島全体に星晶獣もどきが集まってるってことになるんじゃないか?」

 

「でしょうね。なかなか骨が折れそうな依頼になりそうです。」

 

 リューゼとセーレの言葉に、モルガンさん達がマジか……と言わんばかりの表情を見せる。

 まぁ、島全体に星晶獣もどきが沢山いるとなると、そんな表情もしたくなるな。

 

「ウィンディア。他の魔物の体にも結晶化した風の元素があるはずだ。分解してくれ。

 吸収に関しては、ウィンディアの匙加減で……と言いたいところだが、自身の元素保有範囲を超えるようだったら無理に吸収しなくていい。」

 

「了解。じゃあ、ちょっと回収してくるよ。」

 

 とんでもない依頼を引き受けたもんだと思いながら指示を飛ばせば、ウィンディアはすかさずコアもどきを全て回収し始める。

 ……オーバーしそうだったら私が止めるか。ウィンディアの様子は把握できるしね。

 

「ん。これくらいかな。」

 

「終わった?」

 

「うん。さぁ、先に進もうか。」

 

 程なくしてウィンディアはコアもどきを全て回収してきた。コアもどきを回収された魔物達は、私達に視線を向けては一目散に逃げていく。

 様子からして、こっちにボコられた記憶はハッキリと残っているようだ。

 あの逃げ出し方は、完全に怯えた生き物の逃げ出し方だった。

 

「……めちゃくちゃスムーズに魔物の異変の答えが出るってどうなんだ?」

 

「シィちゃんすごい……。」

 

「あはは……シアンちゃんは強力な助っ人だったみたいだねぇ……。」

 

「「それな。」」

 

 背後で若干引いているような声が聞こえてきたが無視しよう。

 今はただ、やるべきことを。

 

 

 …………………

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 …………………

 

 

 ……あれからしばらくの間、島の中を歩き回ってみた。

 そうするとどんどん出てくる星晶獣もどき化した凶暴化魔物達。

 襲ってきた魔物達をひたすら倒すと言うゲームのクエスト道中のような状態が、まさかここまで再現されるとは思いもよらなかった。

 しかも、全てが中ボスやレアボスレベルの魔物ばかりと言うクソゲー感は、なんとも言えない気分だった。

 しかも、ゲームとは違い、魔物が登場する量に限界がなく、もはや無双ゲーム状態だった。

 まぁ、風属性ばかりが出てくると言う救済があったおかげで、私は特に負担を被ることはなく、ひたすら燃やしまくれたわけだけど。

 

「……大丈夫か?お前ら。」

 

「あ……ははは……俺は、ちょっとマズいかも……。」

 

「わたしはすでに限界間際DEATH……。」

 

「……気のせいでしょうか?リップル様の『です』が別の意味の『です』に聞こえたような気がするのですが。」

 

「気のせいじゃないとおもうぜ?オレやセーレ、シアンちゃんやモルガン、それとお邪魔虫ことウィンディアは特に影響はないが、ヒューマンであるそこの2人は、風をメインの属性として使っているせいで属性の制御がガタガタになってるみたいだからねぇ……。

 なんでお邪魔虫は平気なんだよ。制御できずにさっさと消滅したらいいのにさ。」

 

「うわぁ……辛辣だなぁ、リューゼ君は。まぁ、それはそれとして、おれはすでにシアンちゃんと契約してるし、彼女を支えると決めてるから、途中下船はするつもりないよ。

 シアンちゃんも契約を承諾してくれたし、彼女が必要としなくなるまではずっとついて行くさ。

 例えどこかに強制的に下ろされても、風だからすぐに追いつけるしね。」

 

「……………。」

 

「……そんな目をしても、ウィンディアと契約を切るつもりはないからな?」

 

 さっさと捨てろと言わんばかりの視線を向けてきたリューゼに契約は切らないからな?と告げれば、彼は拗ねたような表情を見せる。

 不満そうにされても、自身の属性不足を補うのに必要なんだから仕方ないだろ。

 そんなに嫌なら風属性を引っ提げてこい……と一瞬告げそうになったがなんとか堪えた。

 だって、そんなこと言ったら本当に引っ提げてきそうだし……。

 

「!シアンちゃん。」

 

「……ああ。この先に何かあるな。」

 

 そんなことを思っていると、ウィンディアから静かに名前を呼ばれる。

 同時に感じ取ることができた、これまでとは比べ物にならない程の高濃度風元素の渦の塊に、私達が向かっている方角に何かあることがわかった。

 急いでそこに向かうために足を運ぼうとしたら、背後から腕を掴まれた。

 驚いて振り返ってみると、そこにはシエテがおり、私の手首をガッツリと掴んでいた。

 隣にいるリップルは、モルガンさんの手を掴んでいる。

 

「ちょ、ちょっとまずいよ!?わたし絶対に制御できなくなる!!下手したら元素の過剰吸収でオーバーフローを引き起こして死ぬ!!」

 

「……ストップだよ、シアンちゃん。向こうに何かあるのはわかるけど、まずは俺達の意見を聞いてもらえるかな。」

 

 なんでシエテに腕掴まれてんだよ!?推しに触られるとか死ぬが!?と内心で荒ぶってしまったが、シエテがあまりにも真剣な表情をしているため、なんとかその衝動を抑え込む。

 シエテがこんな表情をする……と言うことは、間違いなくこの先に行くには覚悟を決めた方がいいと言うことだ。

 話だけは聞いた方がいい。聞いた方がいい……のだが……!!

 

 やっぱり推しに触られ続けんのは無理!!離せ!!離してくれ─────っ!!

 

「……それはそれとして、シエテさん。手首離してもらえます?ちょっと痛いので。」

 

「え!?あ、ごめん!!俺は加減したつもりだったんだけど痛かった!?」

 

 内心がドカンと爆発してしまい、思わず痛くもない手首を痛いからと偽り、シエテに手を離してもらう。

 力加減はしたんだけどと慌てて謝罪してくるシエテに少しだけ良心が痛んでしまったが、マジで推しに触られ続ける状況は許容できなかった。

 こっちこそすみません!!実際はマジで痛くなかったんです!!でも心臓がもたなかったんです!!

 

「……で、話とはなんですか?できれば早く原因を回収したいんですけど。」

 

 なんとか冷静さを取り繕いながら、ストップをかけてきたシエテに話とは何かを問いかける。

 早く原因を回収したいのは事実だ。原因さえなければ、ここはこうまで荒々しい島にはならなかったはずだから。

 

「気持ちはわかるけど、本当に行く気なのかい?こっから先は間違いなく、俺とリップルちゃんは足を運ぶことができない領域になってくるけど。」

 

「……なんだって?」

 

 早く解決したいのにと思いながらシエテの言葉を待っていると、彼はこの先は自分とリップルが向かうことができない場所になると告げてきた。

 その言葉にモルガンさんがすぐに反応する。シエテとリップルが足を運ぶことができない領域と言う言葉の意味が、少しだけわからないようだ。

 

「理由はリップルちゃんが言った通りだよ。俺も弱いわけじゃないからね。元素の把握はそれなりにできるんだ。

 で、本能的にここから先に俺とリップルちゃんは足を運んだらまずいって感じてるってこと。

 風属性の元素濃度が高過ぎて、リップルちゃんは間違いなくオーバーフローを起こすし、俺もまともに動くことができなくなる。

 それなりに抵抗力はあると思うけど、俺でもオーバーフローを起こす可能性があるから、ついて行くことができないんだよ。」

 

「……つまり、戦力のダウンになるため、足を運ぶのは考えた方がいい……と言うことですか?」

 

「そう言うこと。これだけ元素濃度が高いとなると、ここに来るまでに出会した魔物以上に強力な魔物もいる可能性があるし、しっかりと準備を整えて、戦力を補うことを考えた方がいいと思うなぁ……」

 

 シエテの忠告に、私とモルガンさんは黙り込む。

 戦力のダウンを取り、このまま向かうべきか、それとも一旦引き返して火属性を整えるか……どちらかを選ばなくてはならないようだ。

 どうしたものかと考えていると、向かおうとした方角から咆哮のようなものが聞こえてきた。

 私達は慌てて行こうとしていた方角に目を向ける。向かおうとした先は深い森。

 薄暗くて先の景色は見えず、鬱蒼と木々が生い茂る荒れた道しか確認ができない。

 

「……どうやら、かなりの大物も奥にいるみたいだし、やっぱり人数が減った状態で向かうのは考えた方がいいんじゃない?」

 

 咆哮に反応して視線を森の奥の方へと向けていると、シエテは再び忠告するように、向かうのは考えた方がいいと告げてきた。

 それを聞き、私は少しだけ思案する。そして、すぐ側にいたモルガンさんへと視線を向けた。

 彼の意見を聞くように。

 

「……少し待っててくれ。使役獣(スピリディア)を使う。」

 

 すると彼はどこからかガラスペンと、瓶に入ったインクを取り出した。

 ガラスペンとインクにはそれぞれ独特な魔力が込められており、普通のものではないことがすぐに理解できた。

 

使役獣(スピリディア)……?」

 

「ああ。俺達コーラル・エリスピリット全員が使える使い魔でな。魔力は指紋と同じで、個人個人が全く違うものを持ち合わせているから、それを利用した何かを作ることはできないかと模索した結果、生み出すことができたものだ。

 まず、このガラスペンとインクは魔術道具の一つで、うちにいる魔術道具の作成に長けている団員が作り上げた魔力を流し込める器でな。

 持ち主となる魔術師がこれに自身の魔力を流し込むことにより完成する代物だ。」

 

 そう言ってモルガンさんは、その場でガラスペンの先にインクをつけ、空中に魔法陣を描き始める。

 素早く描かれたそれは、すかさず光を放ち、魔力塊が生じると同時に、その姿を1匹のグリフォンへと変えた。

 

「うわ!?」

 

「はは。まぁ、最初は驚くよな。なんせ、グリフォンは割と出没することがる魔物の内の一種。

 いきなりそんなものが現れたら誰だってそうなる。だが、怖がらなくていいぞ。これが、俺の使役獣(スピリディア)だからな。」

 

「……これが。」

 

「ああ。触ってみるか?」

 

 堂々と佇み、私の方を見てくるグリフォンの姿を何度か瞬きして見つめた私は、静かにグリフォンに歩み寄り、そっと片手を伸ばす。

 するとグリフォンは私の片手に鼻を近づけ、何度か確認するように匂いを嗅いだあと、その頭を手のひらに押し付けてきた。

 

「な……撫でることができた……。」

 

「むしろ懐かれてるな。初対面で俺の使役獣(スピリディア)に懐かれた人は初めて見た。」

 

「いつもは撫でることはできても、渋々撫でられてやってんだぞな雰囲気なのにね。シィちゃんすごい。」

 

 ……どうやら、私はかなり珍しい状況だったようだ。

 めちゃくちゃ撫でさせてくれるんだけど……と思いながら、優しく触り続けていると、モルガンさんの使役獣(スピリディア)は私の肩にその頭を乗せてくる。

 ……ちょっと重い。

 

「……これは予想外だったな。」

 

「めちゃくちゃ懐いてる。」

 

 モルガンさんとリップルが目を丸くしながら驚く中、グリフォンを少しだけモフらせてもらってからそっと離れると、グリフォンがめちゃくちゃ私を見てくる。

 しかし、もう撫でるつもりはないとわかるなり、名残惜しげに鳴いたのち、モルガンさんの方へと歩み寄った。

 

「……いろいろ予想外なことがあったが、この使役獣(スピリディア)って奴は戦闘も連絡もこなせる使い魔でな。

 自身の魔力の形が使役獣(スピリディア)の形状を決め、様々な用途で使役することができる。

 今回は連絡用に出した感じだな。ウチの団員には、火属性のエキスパートはかなりいるから、シエテとリップルの穴を埋めるために2人程召集する。

 お前ら2人はその2人と入れ替わる形でディワクエイダム号へと戻ってくれ。」

 

 使役獣(スピリディア)のグリフォンに行けと一言指示を出したモルガンさんに、グリフォンは鳴き声を返したのち、そのまま空へと移動した。

 しばらくして、騎空艇がある方角から2人の青年が現れる。それは、コーラル・エリスピリットに乗っていた2人組だ。

 

「モルガン!!グリフォンが飛んできたけど何かあったのか!?」

 

「いや、これは何かあった……と言う状況ではなさそうですね。どうやら、私達は召集されたようです。」

 

 やってきた2人は、すぐにモルガンさんへと歩み寄り、現状の整理を行う。

 2人の発言を聞いたモルガンさんは、静かに頷くだけで肯定し、シエテとリップルに視線を向けた。

 

「今回の魔物達の暴走は、ここから先にある森の最奥にあることが確認できたんだが、あまりにも風属性の元素濃度が高過ぎて、シエテとリップルが足を運ぶことができなくてな。しかも、奥の方には何か大物の魔物がいる可能性が出てきた。

 そのため、弱体化している2人を連れて行くわけにも行かないと判断し、お前達を召集させてもらった。

 ちゃんとグリフォンを飛ばした際につけた魔刻印に気づいてくれたようで何よりだ。」

 

 そして、2人を呼び寄せた理由を話しては、口元に笑みを浮かべる。

 モルガンさんの様子を見た2人組は、一瞬だけキョトンとした表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。

 

「俺達がモルガンの魔刻印に気づかないわけねーだろ。」

 

「意味だってすぐにわかりますよ。何年の付き合いがあると思っているのですか?」

 

「騎空団発足する前からだから……まぁ、15年だな。」

 

「その通り。だからわかるっつの。」

 

「幼馴染みですからね。」

 

 ……どうやら、この3人は幼馴染み同士だったようだ。道理でモルガンさんはどこかリラックスしたような状態で会話をこなしているのかと、少しだけ納得する。

 昔馴染みと言葉を交わすと、ここまで肩の力が抜けるものなのか……。リアルの方……って言ったら今がリアルだが、とりあえずゲームの世界にいなかった時のリアルの方では、違いが出るような友人と一緒にいた記憶はないため、少しだけ驚いてしまった。

 

「では、シエテとリップルは騎空艇の方へと戻ってくれ。こっから先は、俺達だけで行く。」

 

「わかったよ、モル兄。」

 

「……まぁ、俺達が抜けても、補充できるならなんとかなるかな。じゃあ、先に戻ってモルガン君の騎空艇の護衛に回らせてもらうよ。

 シアンちゃんも、モルガン君も、俺達と入れ替わりでメンバーになった君達も気をつけて行くんだよ。

 間違いなく大物が森の奥にいるからね。厳しいようだったら命を優先して逃げてね。」

 

 モルガンさんの言葉を聞き、シエテとリップルの2人が騎空艇の方へと走って行く。

 それを見送った私達は、しばらくの間無言になったあと、静かにその場で顔を合わせた。

 

「じゃあ、向かう前に連携のため、自己紹介だけはしといてくれ。」

 

「それもそうだな。んじゃあ、まずは俺から。俺はモルガンの幼馴染みの1人で、火属性を得意としてるルーク・サーベンティだ。

 使役する使役獣(スピリディア)はバジリスク型。なかなかビビられるけど、人を襲ったりはしねーから安心してくれ。」

 

「私はモルガンの幼馴染みの1人であるベリル・ペトリファイドです。

 使役する使役獣(スピリディア)はワイバーン型で、ルークと同じく、かなり怖がられてしまいますが、私の使役する使い魔ですので大人しく聡明です。

 なんらかの拍子にお見せすることになるかもしれませんが、怖がらないでくださいね。」

 

 モルガンさんの言葉を聞き、すかさず自己紹介をしてくる2人組。

 ルークさんとベリルさんと言うらしい。……一瞬、テ○ルズ オ○シリーズに出てくるキャラと同名だな……と思ってしまったが、すぐに頭を切り替えて、私は静かに頷いた。

 

「私はシアンです。ザンクティンゼルで育ち、2人の下の子がいる者です。

 使役獣(スピリディア)と呼ばれるものは持ち合わせていませんが、見ての通り、特殊な種族3体と契約を結んでます。

 プラチナブロンドの青年がセーレ。隣にいる赤い髪の青年がリューゼ。それと、騎空艇内で契約を結ぶことになったウィンディアがある意味使役獣(スピリディア)に近いかもしれませんね。

 能力値や姿形は全くもって使役獣(スピリディア)と言うには違い過ぎますが。」

 

 私の言葉を聞き、3人は確かに……と呟く。まぁ、そんな風に使用することはできるけど、どちらかと言うと戦闘に特化してるし、明らかに下位の存在ではないのだから、そんな反応にもなるだろう。

 

「シアンさんは使役獣(スピリディア)に興味はありますか?」

 

「そうですね……どちらかと言うとあります。」

 

「では、此度の依頼が終わった時にでも、ウチの道具作成技術持ちであるリアニスに話を通してみると言うのはいかがでしょう?

 十分な魔力量と技術さえあれば、誰でも使用できる能力なので、これから先の道行も便利になると思うのですが……」

 

「お。それいんじゃね?見た感じ、シアンはその技術の基礎はあるっぽいしよ。」

 

「それもそうだな。帰ったら話を通してみるか。」

 

 そんなことを思っていると、なぜか私も使役獣(スピリディア)を持つ流れが出てきてしまった。

 あれ?と一瞬首を傾げるが、連絡係としても、ちょっとした支援としても使える能力ではあるため、まぁ、いいか……と頷き返した。

 

「よし。では、話も終えたことだし、目的地へと向かうか。」

 

「おっしゃあ!燃えてきたぜ!!話によると、大物がいるってんだろ?久々に体を本格的に動かしたかったんだよなぁ……!!」

 

「燃えるのは構いませんが、突っ込んでいくのだけは勘弁してくださいよ。回復が追いつかなくなりますから。」

 

「それは言えてるな。確かにルークはコーラル・エリスピリットの数少ない前衛だが、ちゃんと防御や回避もしてくれ。

 魔物のヘイトを稼いでくれるのは助かるし、防御に特化した魔術も使用することができるのはわかるが、飛ばし過ぎるとこちらの支援が間に合わない。」

 

「そんくらいわーってるっつの。シアン。俺は攻撃と防御を両立できるから、いざと言う時は盾になってやるから、安心してくれ。」

 

「ありがとうございます。ですが、無理だけはしないでくださいね。」

 

「はは!シアンにまで言われちまうか!まぁ、盾役が戦闘不能とか洒落になんねーしな。なるべく無茶だけはしねーようにするよ。」

 

 カラカラと朗らかに笑うルークさんを見て、あ、この人間違いなく兄貴タイプの人だ……と考える。

 オラオラアニキ系とか、どこぞの西海の鬼かな?いや、あっちは元姫若子だし、元からオラオラは………してなかったのか?

 

「それじゃあ、向かうとしよう。油断はしないようにな。」

 

「おうよ!」

 

「「わかりました。」」

 

 くだらないことを考えた思考をすぐに切り替え、モルガンさんの言葉を合図に、私達は目の前に続いている薄暗い森の中へと走り抜けて行く。

 この先にはいったい何が待ち受けているのか……そんなことを考えながら。

 

 

 




 シアン
 魔物達が暴走していた原因を発見し、自身にも余計な縁と遭遇率があることを把握して舌打ちをしそうになった特異点達の姉。
 シエテに腕を掴まれ、プチパニックを起こしたが、なんとか表には出さないようにして、風属性の暴走の大元がある森の奥へと向かう。

 モルガン
 魔物達の暴走の原因をあっさりと見破ったシアンに驚きつつも、すぐに頭を切り替えたコーラル・エリスピリットの団長。
 シエテの忠告を聞き、風属性に有利に出ることができる火属性のエキスパートを2人呼び寄せ、シアンと共に森の奥へと向かう。

 ルーク・サーベンティ
 緋色の長い髪に、赤い瞳を持つガタイのいい青年。モルガンの幼馴染みで20歳。
 モルガンと同じく火属性を得意としており、今回の大元へ向かうための戦闘に参加することとなった。
 性格は熱血なアニキタイプで、異世界から転移してきたシアンから、どことなく戦国とは……?な異能バトルじみた某ゲームの銀髪眼帯な西海の鬼たる青年を想起させた。

 ベリル・ペトリファイド
 焦茶色の髪に、琥珀色の瞳を持ち合わせている敬語の青年。モルガンの幼馴染みで20歳。
 モルガンと同じく火属性を得意としており、同時に回復スキルも持ち合わせているため、今回の戦闘に参加することとなった。
 性格は冷静で落ち着きのあるインテリタイプで、年下のシアンにも敬語で接する。
 なんとなくシアンは、某マフィア漫画に出てくるパイナ……霧の守護者達っぽいな……と思っていたりする。

 シエテ&リップル
 森の最奥に行ったとしても、自分達では足手纏いになると本能的に感じた風属性組。
 それを聞いたモルガンにより、ルークとベリルの2人と入れ替わる形で撤退を余儀なくされてしまった。




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属性暴走の元凶

 結局シエテの出番なくね?と言う疑問はありますが、とりあえず元凶の元に到着します。


 モルガンさん、ルークさん、ベリルさんの3人と、私が契約したトイフェルと星晶獣幼体の3体を引き連れて、森の奥へと走り抜けると、その先には遺跡の跡地と思わしき廃墟が存在していた。

 さらに言うと、その場所はこれまで以上に風属性の元素濃度が濃く、明らかに耐性を持ち合わせていなくてはぶっ倒れてしまいそうな程であることを把握する。

 

「うわ……なんだこれ。マジで風属性の元素だらけじゃねーか……」

 

「ああ。シエテとリップルをルークとベリルに入れ替えて正解だった。流石にここまで元素濃度が高いと、天星剣王と呼ばれているシエテでも無事では済まない。」

 

「……そのようですね。全く……なぜこうまで元素の濃度が高くなってしまったのか………。」

 

 辺りに広がる現状を見て、モルガンさん達が表情を歪める。確かに、彼らの言っている通り、この現状はかなり異常だ。

 この世界には当たり前のように存在している元素……魔術を使う時や、攻撃に属性を乗せたりすることで力に変えることができるものではあるけど、やはり濃度が高いと有害になる。

 風の弱点属性となる火属性ならば、風属性を打ち消すことができるが、それ以外となると、まず耐え切ることはできない。

 便利な力も、度が過ぎれば毒となる……これは、それの典型的な例と言えるだろう。

 

「ウィンディア。大丈夫か?」

 

「ん?うん。問題ないよ。おそらくだけど、ここに来るまでも沢山の風属性のコア……結晶を吸収してきたからだろうね。

 気分が悪くなったり、属性を発散したいと言った不調は発生していないよ。」

 

「……ならいい。」

 

 “いや、本当に成長が早いなこの星晶獣幼体……”と内心で思いながらも、この元素の暴走を引き起こしているものはないかと辺りを見渡す。

 すると、辺りに広がっている風元素の濃度以上に、元素が濃くなり渦巻いている場所があることがわかった。

 もしやと思い、その方向へと歩いてみると行き止まりにぶち当たる。だが、明らかにこの行き止まりの奥に何か空洞のようなものがある。

 

「起きろ、アラドヴァル。」

 

 鞘から取り出し、手にした炎神魔槍にいつものように声をかけると、猛り狂う業火が灯る。

 

「炎神魔槍……!?」

 

「随分とまぁかなりの業物を持ってきてるようで……。つか、実在してんたんだな、炎神魔槍……」

 

「……ルークさんとベリルさんまでそんな反応するんですか。」

 

「それだけアラドヴァルは強大な力を秘めた幻の槍と言うわけさ。本当に、お前の父親が何者なのか知りたいな。」

 

 ……星晶獣殺しとか言われていた騎空士ですと言うべきなのか……いや、言わないでおこう。

 言ったら間違いなくややこしくなるし、話が長くなる。

 

 そう思いながら、手にしたアラドヴァルを目の前にある行き止まりに思い切り突き出す。

 業火を纏った一撃は、その場に渦巻いていた風属性を紙屑のように穿ち抜き、そのまま行き止まりとなっていた壁を破壊する。

 

「おー!これが魔槍の力か!」

 

「いや、そんなことより、何やら道が出てきましたが?」

 

「ああ。この道の先に何かがあるな。」

 

 それにより出てきたものは、風元素を吐き出している仄暗い洞窟。

 私達はそれに目を向けたあと、躊躇うことなく洞窟の中へと入っていく。

 道のりは一本道。人工的に掘られたようで、普通の洞窟とはどこか雰囲気が違う。

 

「なんだこりゃあ?」

 

「わかりません。ですが、人工物ではありますね。」

 

「遺跡の跡地は廃墟だったが、入口のようでもあった。もしかしたら、長年放置されすぎたせいで、入口が埋もれていたのかもしれないな。」

 

「風属性の元素が随分と濃いね。まぁ、おれは正直言って息がしやすいと言うか、調子が良いんだけど。」

 

「……ウィンディア。星晶獣としての適応過程がスムーズ過ぎない?」

 

「まぁ、そもそもが元はエレメンタルだったわけだし、ほぼただの属性だったんだ。それが幸いしてなんとかなってるのかもしれないな。」

 

「エレメンタルの中でもかなり力を持ち合わせていたようですし、それも影響しているのかもしれませんね。

 まさに、条件がうまく噛み合ったからこそ、生まれ出でようとしている星晶獣と言えるでしょう。」

 

「……なんで私の周りって特殊な存在が集まりやすいんだ…………。」

 

 一本道とも言える道のりを歩きながら、私達は言葉を交わす。

 時にはこの洞窟の考察を。時にはウィンディアの能力向上の速さを。時には雑談を……。

 思いつく限りの会話を適当にこなし、洞窟の奥へと足を進める。

 

 しばらくすると、かなり開けた場所に私達は出た。

 明らかに遺跡の内部と言える景色に、何度か瞬きをする。

 

「これは……」

 

「すっげー……完全に遺跡じゃねーか。じゃあ、なんだ?やっぱ遺跡が埋まってたってことか?」

 

「……そうなりますね。」

 

 状況を見て、遺跡が埋まっていたのだろうと話しながら、開けた場所を見渡す。

 ……遺跡はかなり立派だ。外観はかなり荒廃としていたと言うのに、中は全く荒れていない。

 やはり遺跡は、頑丈に作られていると言うことか。

 

「シアンちゃん。ちょっといい?」

 

 なんの目的で、この遺跡は作られたのだろうかと思いながら、元素の流れを読んでいると、ウィンディアが私の服の袖を摘み、軽く引っ張りながら声をかけてきた。

 急に幼い子供のような行動を取るウィンディアに、一瞬だけ驚いたが、すぐに表情を引き締めて、何があったのかを聞くために耳を傾ける。

 

「あっちの方角から、元素の渦が感じ取れる。今回の島の異変の元凶はこっちにあるかもしれないよ。」

 

 ウィンディアに言われ、すぐに元素の流れに集中すると、確かに彼が言った通り、やけに風の元素が収束し、放出されている場所があることが感じ取れた。

 間違いない。この先に問題の何かが存在している。

 

「ウィンディアの言ってる通り、確かにこっちになんかあるな。」

 

「でしょ?」

 

「気配的に魔物……ではなさそうですね。」

 

「いや、魔物も何かいるみたいだぜ?だが、元素を吐き出してるのは、確かに何か無機物だな。」

 

 把握することができた情報を、ウィンディアとセーレ、それとリューゼの3体と整理する中、モルガンさん達が私の方へと歩み寄って来る。

 

「こっちの方に何かあるのか?」

 

 近づいて来る気配に反応して静かに振り返ると、歩いてきたモルガンさんから質問が飛んできた。

 すぐに私達は彼の問いかけに頷き返し、再び視線を元素が濃い方向へと戻す。

 

「ウィンディアが見つけてくれました。こっちの方角に、元素の暴走の元凶と、それに巻き込まれたのであろう魔物がいます。」

 

「そうか。では、行くとしよう。何が起こるかわからないから、油断だけはしないように。」

 

「了解。」

 

「わかりました。」

 

 モルガンさん達の言葉を合図に、元素が濃い方角へと歩みを進める。

 道のりはかなり入り組んでおり、ところどころ迷いそうになったが、なんとか流れて来る元素を道標にすることで正解の道を当て続ける。

 すると、荘厳な扉が仰々しく佇む広間へとたどり着いた。魔物の気配と元素の気配……その両方がこの扉の先から感じ取れる。

 

「これは……随分と強力な力を持ち合わせている何かがいるみたいだな。」

 

「そのようですね……。どうしますか?ポーション等は一応持ち合わせていますが、どれだけ持つか……」

 

「まぁ、勝てねーことはねーと思うが、ポーション使いまくることは確定だよな……」

 

 奥の気配から分析し、戦闘能力を測っているモルガンさん達。

 ポーション……キュアポーションに関しては、まぁ、アルケミストとしての技術があるからなんとかできるんだけど、材料にも限度があるしな……。

 ヒーラー役として行動を取るとしたら、なんでもお見通しおばあちゃんから伝授されたセージの技術を使えばなんとかなる……か?

 でもな……回復をメインに立ち回ろうにも属性武器……いや、アラドヴァルは槍だし、セージも槍を使えるからワンチャン……?

 

「……シアン様。何かお困りごとの様子ですね。」

 

「セーレ……。いや、困ってる……ってわけじゃないんだが……この中でヒーラーとして動ける人間が少ないから、どうしたもんかと思ってな。」

 

「なるほど。でしたら、その問題、僕に解決させていただけないでしょうか?」

 

「は?」

 

 うーん……と頭を悩ませていると、セーレが穏やかに笑いながらヒーラー問題は自分がなんとかすると言ってきた。

 もしや、セーレが回復役を?そんな期待を込めて彼に目を向けると、セーレが私の胸元に手を翳す。

 

「……あれ?ちょっと待て、なんか嫌な予感……!!」

 

「嫌な予感だなんて酷いですね。僕は本当にシアン様の手助けをするだけですよ。

 まぁ、少々風貌は変わってしまうでしょうがご安心ください。決してシアン様の害になることではございませんので……ね………!!」

 

 嫌な予感がすると言って回避体勢を取るが、すでに行動を起こしていたセーレの方が先にやろうとしていた行動を起こしてしまった。

 辺りに一気に広がるセーレの魔力。それは程なくして彼の手元に収束し、一枚の黒い羽となる。

 それを手にしたセーレは、その羽に多重の魔力を一気に纏わせ、禍々しい光を放つものへと変えた瞬間、それを私の胸元……性格には、左右の鎖骨のちょうど真ん中に当たる場所にそれを押し付けてきた。

 同時に私の体にはセーレの魔力が一気に流れ込み、燃え盛るような熱さに襲われる。

 

「あぐ!?あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」

 

「「「シアン!?」」」

 

「シアンちゃん!?」

 

「んな!?おいセーレ!!おま、ナニ王を差し置いて抜け駆けしてるんだよ!?」

 

 あまりの熱に、私はその場で絶叫する。しかし、それでは誤魔化しきれないほどの力が身体中を駆け巡り、内側の何かを変えていかれていくような感覚を覚える。

 自分であるはずなのに自分ではない……理解不能の感覚に、ただただ耐えることしかできなかった。

 視界に映り込む私の体に、紋様のようなものが浮かび上がり、その範囲を広げていく。

 身に纏っていた衣服も、何かに侵食されていくように変化していき、異質なものへと塗り替えられていく。

 広がる模様に伴うように、駆け巡る熱源は徐々に自身の背中の方へと移動していき、背中が言いようができない程に熱い。

 

「契約はすなわち異貌の花を植え付けるための種のようなもの。一気に発芽させ、開花させたのでかなり身体的に厳しいかもしれませんが、辛いのはこのひと時のみです。

 さぁ、目覚めなさい。御霊に刻まれし美しき花。あなたが持ち合わせている才の覚醒の時です。」

 

 高らかに謳うように告げられた言葉と同時に、私の体かブワリと熱が放出される。

 それに引きずられていくように、背に集まった熱が放出され、バサリと風を切るような音が鼓膜を揺らした。

 それを最後に体を襲った何かは治り、私はその場で膝をつく。

 

「ぐ……っ……ゲホッ……何が……起こって……?」

 

「フフ……すみません、シアン様。契約を施した際、あなたの中に流し込んだ僕の魔力を燃料に、一時的な種族変化を起こさせていただきました。」

 

「……は…………?」

 

「……背中見てみな。ナニをこいつにされたかわかるから。」

 

 リューゼに言われ、背中の方に視線を向ける。

 そこには夜空の色をした片翼が揺れていた。

 

「な、なんじゃこりゃ───────!?」

 

 どう見ても本物の羽毛に覆われた翼だったため、思わず叫び声を上げてしまう。

 

 ─────……なんでこんなものが私の背中に生えたんだ!?さっきまでなんもなかっただろ!?てか動かせ……動かせるんだが!?

 

 まさかの事態にパニックを起こしていると、クスクスと小さな笑い声が聞こえて来る。

 すぐに声の方へと視線を向けてみると、笑っているセーレの姿が視界に映り込んだ。

 

「綺麗に発芽してくださいましたね。」

 

「は、発芽……?」

 

「ええ。契約によって植え付けた僕らの同族へと変質させるための力です。

 先程も言ったように、契約した際にシアン様の魂に刻んでおいた術式を、外部から力を与えることにより発芽させたんですよ。

 そのため、現在のシアン様はヒューマンではなく僕らと同じトイフェルへと堕ちている状態となります。

 ですが、これはいわゆるジョブ変更のようなもので、戻ろうと思えばいつでも戻ることができます。

 あ、シアン様がお望みであれば、種族をそのまま固定することもできますよ?」

 

「しないよ?」

 

「……ですよね。ええ。もちろんわかっておりましたとも。ですので、これはジョブの変更に伴った変質と思ってください。

 ただ、トイフェルとしての適性は、変質することができた時点で立証されましたね。

 それは、ある種のあなたのもう一つの側面。一時的な変質ゆえに、翼は一対ではなく片翼一枚となりましたが、その芽は僕と同等の四枚羽としての側面を持ち合わせているので、完全に覚醒した際は僕と同じものとなるでしょう。

 ……ジョブには確か、名前があるのでしたね。では、僕から与えたそちらの能力は、別側面という観点から、オルターエゴ・ノーブルと名付けましょうか。

 回復と攻撃の両方を得意とする能力構成となりますので、此度のシアン様の回復と攻撃を両立するという望みを叶えさせていただきました。

 トイフェルは闇属性を中心としますが、ジョブとしてのオルターエゴ・ノーブルはシアン様が使用する武器に基づき属性が変化します。」

 

「……勝手に人をオルターエゴ化しないでもらえる?」

 

 爽やかな笑顔で説明して来るセーレに呆れながらツッコミを入れた私は、その場で一つため息を吐く。

 しかし、すぐに頭を切り替えては、視線をモルガンさん達へと向けた。

 

「ご心配をおかけしました。問題はありません。」

 

「「いやいやいやいや………」」

 

「あれで問題がない……と言うのはどうかと思うのですが……?」

 

 だいぶ落ち着いたし、やることを済ませようと考えて問題はないことを伝えた瞬間、モルガンさん達から即行でツッコミをいただいてしまった。

 いや、まぁ、わかるけどね?あんだけ絶叫するレベルで体に異変を起こしたにも関わらず、落ち着いたらスンとして問題ないなんて言われたら、そりゃツッコミたくもなる。

 でも、本当に問題はないのだ。まだ若干身体がふわふわしているような感覚があるけど、それ以上に明らかに強大な力が身体を巡っているのがわかるのである。

 ついでに言うと、セーレ命名、オルターエゴ・ノーブルの状態で使えるスキルも把握できている。

 どんな効果をもたらして、どんな力を発揮するのか……その全てがわかっているのだ。

 

「と言うか、トイフェルとはなんだ?あまり聞いたことのない単語だが……」

 

「確か、種族って言ってたよな?だが、トイフェルなんて種族は聞いたことねーぞ?」

 

 ジョブⅣ解放時のグラン達もこんな感じだったのだろうか……なんて、ゲームのテキストにあった、力が湧いてきたの表現の意味をようやく理解したところで、モルガンさん達が、トイフェルの言葉に反応を示す。

 彼らの反応を見たセーレは、何度か瞬きをしたあとで口元に笑みを浮かべた。

 

「気になるようでしたら、空の歴史……特に、種族の歴史と交流について記された資料などを探してみてください。特に、修正などが施されていない原本や資料をね。

 そこに記されているはずですよ。僕とリューゼがどのような存在であるのかが……ね。」

 

 穏やかに笑いながら、トイフェルとは何かを説明するセーレに、モルガンさん達から同情するような視線を向けられる。

 お前、相当厄介な縁があるな?と言いたげだが、それに関しては特異点達の姉として生まれ落ちた時点でアウトな気がするから触れないでほしい。

 

「とりあえず、早く行きましょう。このままでは騎空艇に残してきた風属性をメインに扱う団員さん達や、シエテさん、リップルに負担がかかるばかりですから。」

 

「……それもそうだな。シアンの風貌が変わったことに関しては今は探らないようにしよう。」

 

「じゃあ……行くぜ。」

 

 ルークさんが目の前の扉に触れた瞬間、扉に刻まれている紋様が光り、重々しい音を立てながら閉していた道を開く。

 扉の先は、今いる場所以上に開けた場所で、いかにもボス戦ですと言わんばかりの気配がある広間だった。

 

「うっわ……なんか出てきそうな雰囲気じゃねーか……」

 

「きそうな……ではなく、来る……が正しいでしょうね。」

 

「ああ。気をつけろ。間違いなく何かいるぞ。」

 

 扉の先を見て、モルガンさん達が警戒し始める。私も同じく警戒しながら部屋の中へと足を運ぶ。

 その瞬間、部屋の奥の方に、何かがあることに気がついた。

 

「あれって……弓?」

 

 それは綺麗な作りの白銀の弓だった。しかし、その弓に肝心の弦はなく、かなり異質な雰囲気を持ち合わせている。

 

「あれって……フェイルノートではありませんか?」

 

「フェイルノート?」

 

「ええ。弦を持たぬ必中の弓、フェイルノート。その弓による射撃は必ず敵を貫き、刻みつけ、必ず命を奪うとされる弓です。

 その効果から、創世記に存在する英雄……もしくは神格が使用していたのではとされており、多くの弓使いが探し回った……と言われておりますが、まさか、このような場所にあるとは。」

 

 不思議な弓を見つめていると、ベリルさんが、フェイルノートではないかと口にした。

 ……フェイルノート……あっちの世界では、アーサー王伝説に登場する円卓の騎士の1人であるトリスタン卿が使用していたとされている必中の弓と言われていたが、まさか、空の世界にまでフェイルノートが存在しているとは思いもよらなかった。

 

「……風の元素が強く感じ取れる。どうやら、あの弓が今回の元素暴走の原因のようだね。

 あれを回収することができれば、今回の騒動はおさまるよ。」

 

 そんなことを考えていると、ウィンディアがあれを回収することが今回の任務の遂行条件になることを教えてくれた。

 それを聞き、この後の展開を思考する。

 ……まぁ、十中八九、フェイルノートを回収しようとして、この部屋にある気配の原因が姿を現して、そのまま戦闘に入ることになるだろう。

 

「あれを回収すんのか。でも、回収しようにも、弓なんか俺は使えねーぞ?」

 

「使用するか否かは今考える話ではありませんよ。早いところ回収しましょう。これ以上、被害を出さないためにも。」

 

「そうだな。とりあえず、まずは回収しよう。」

 

 モルガンさんが奥の台座にあるフェイルノートに手を伸ばす。

 しかし、その瞬間辺りに大きな咆哮が轟き、高火力の風属性の何かが飛んでくる気配を感じ取り、その場にいる全員が後方へと飛び退く。

 同時に私達がいた場所には、明らかに通常の魔物では出すことができないであろう威力のブレスが着弾した。

 

「げ!?なんつー威力だよ!?」

 

「……まぁ、簡単には回収させてもらえないよな。」

 

 大地が抉るように炸裂した強力なブレスが放たれた方角へと目を向けてみると、そこには上限素材クエストでお馴染みの風竜イールシアス……の明らかに風暴走中の姿があった。

 

「……マジか。」

 

「……研究所内での戦闘よりかはマシですがね。」

 

「……大丈夫これ?おれ役に立てるかわからなくなってきたんだけど。」

 

 リューゼ達がめんどくさいと言わんばかりの表情を見せる。

 能力としては問題はないが、やはり竜種を相手にするのは彼らでも苦手なようだ。

 対するウィンディアは、明らかに今の自分より能力が高くなっているイールシアスに、若干の自信喪失を起こしている。

 

「文句を言っても仕方ない。武器を構えろ!!戦闘に入るぞ!!」

 

 そんな中、モルガンさんが怯むことなく号令をかける。

 私達はそれに倣うようにして手にしていた武器に力を込めた。

 今回の突発イベントは、こいつが厄介なボスになりそうだ。

 

 

 

 




 シアン
 セーレにより一時的にヒューマンからトイフェルへと堕ちた状態へと変貌してしまった特異点達の姉。
 オルターエゴ・ノーブルと言う名を持ち合わせているだけあり、衣装は漆黒のドレスへと変化し、背中には漆黒の一枚羽が現れている。
 グラン達のように髪の色までは変化していないが、瞳は茶色から真紅へと変貌している。

 セーレ
 シアンと契約した際に植え付けていた別側面を開花させる種を外部から力を注入することにより発芽させ、彼女をトイフェルへと変貌させた悪魔の君主。
 彼女の望みを叶えるため、回復と攻撃に特化したスキル構成にしている。

 ベリアル・オリジン
 セーレがシアンのトイフェル開花を勝手に行ったことに真っ先にキレた悪魔の王。
 本当は自分が真っ先に開花させたかったのに出し抜かれてしまいイラッとしたらしい。
 彼がトイフェル開花を行った場合、攻撃と状態異常による搦手を得意とするスキル構成になっていた。

 ウィンディア
 原因を見つけたはいいが、それを解決する前に現れたイールシアスに冷や汗。
 あれ?おれ役に立てるのかなこれ?

 モルガン、ルーク、ベリル
 シアンが変貌したことにかなりびっくりした騎空士達。
 現れたイールシアスとの戦闘を行うため、武器を構える。




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