ソードアート・オンライン~The Devil May Cry (リメイク) (i-pod男)
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A Devil in the Floating Castle
Tony Redgrave


DMC以外にもベヨネッタのキャラも登場させます。


少し空けられた窓の隙間から小鳥の囀り声が聞こえ、隙間風が舞い込んで来る。午前六時を告げる耳障りでけたたましいアラームがシンプルな正方形の置き時計から発せられ、2LDKの一室に響き渡った。時計が置かれたテーブル脇のこんもりと膨らんだベッドの掛け布団の中からゆっくりと腕が伸び、乱暴にアラーム停止のスイッチを叩いた。

 

その腕の主は癖っ毛の強いショートな若白髪が混じった黒髪を持った痩躯な垂れ目の青年だ。掛け布団を蹴脱いで起き上がり、目を擦りながら若干大袈裟な欠伸をする。そして、そのすぐ後にテーブルの充電器に繋いだ二つある携帯の内の一つが大音量で着信音を流し始めた。電話をしてきた相手により別々に着信音を設定している為、直ぐに電話の主が分かるのだ。液晶に映し出された発信者の名前が幻でない事を再三確認し、青い鳥が翼を広げた背景と暫く睨めっこをした。

 

やばい。

 

夢であると思いたかったが、無情にもコールは三回、四回、五回としつこく続く。もしかしたら間違ってこの着信音を別の誰かに設定したのかもしれない。必死にそう祈りながら目を閉じて携帯を手に取り、耳に当てた。

 

「・・・・・もしもし?」

 

『取るの遅いわよ、こ・う・い・ち・く〜〜ん?』

 

ぞわりと肌が粟立った。やはりこれは夢ではない。悪夢と言う名の現実だ。メゾソプラノボイスの女性の声を聞いて、紅一の僅かに残っていた眠気も吹き飛んだ。

 

「・・・・セレッサさん?・・・・?おはようございます。」

 

『今はヴィグリッド支部長と呼びなさい。昨日の研究レポートと報告書、後は前回の出張の明細書がまだ届いてないんだけど。あれ、どうなってるのかしら?』

 

電話の向こう側から脚を組んで革張りの椅子に背を預け、ニコニコとした表情を浮かべる妖艶な美女の姿が鮮明に紅一の脳裏に浮かんだ。声から全く怒気は感じられないが不思議と冷たい手で心臓をゆっくりと握り潰されているかの様な不思議な感覚に陥る。

 

「そりゃ無いぜ代表。俺、仮にも日本支部の開発研究部部長ですよ?拾って貰った以上、仕事はしっかりやりますしやってます。この年齢で首斬られるとか笑えないですから。徹夜して書き上げてメールで送った筈ですよ?」

 

セレッサの言葉に紅一は再確認の為にベッド脇に鎮座したパソコンを立ち上げた。二つのキーボードとタワーに四つのスクリーンを持つこの巨大なハードウェアの塊は彼自身が一年程駆けてパーツを買い集めて作り上げた自前の物であり、性能も折り紙付きだ。メールボックスを開き、送信済みメールが入っているボックスを開いた。

 

「あー、ほら。やっぱりこっちには間違い無く昨日の夜日付が変わる前に送ったって記録、しっかりとありますよ?」

 

『あら、そお?分かった。私もこっちでもう一度確認してみるわ。メールアドレスって携帯も含めると四つもあるものだから忘れてしまうのよ。年取るって嫌よね。ああ、そうそう。今から三十分後に各部門のトップ全員で私の部屋で会議があるから。』

 

「え?」

 

『遅れたらどうなるかは承知してるわよね。待ってるからね、トニー?Arrivederci♪』

 

イタリア語の別れの挨拶と共にブツッと電話が切れた。時計を見ると現在六時五分と少し過ぎ。多少の準備と朝食も兼ねるとギリギリ間に合うか間に合わないかだ。

 

「おい、ユウ。起きろ。」

 

青年は未だに自分のベッドで丸まっている女性の頭を指先で少し強くつついた。布団から覗く明るい茶髪が小さく扇状にマットレスの上に広がっている。掛け布団の下からスラリとした脚が太腿辺りまで見える。何やらムニャムニャと聞き取れない事を口にする彼女に痺れを切らし、包まっている布団を引っ剝がした。

 

「おい、遊里。遊里ってば。早朝で悪いが、早速呼び出しが掛かったから先に出るぞ。冷蔵庫にあるもん、好きに食って良いから。昼休み、暇ならメールくれ。」

 

下着姿であられもない格好を晒している遊里に再び掛け布団をかぶせてやると、額に軽く唇を押し付けて直ぐに離れた。堆く積まれた菓子パンの山から適当な物を取り出してオーブントースターに中に放り込み、脱衣所に向かって部屋中に脱ぎ散らかされた服を洗濯機に投げ落としてシャワーを浴びた。相変わらず水は冷たいままである。

 

菓子パンが焼けた事を告げるチンッと小気味のいい音がし、紅一はそれを口に銜えた。黒いチノパンに長袖の白いインナー、そしてクリーニングから戻って来たばかりの赤いワイシャツの袖に腕を通す。

 

「よし、行くぜ。」

 

テーブル下のデスクトップPCの筐体が収められた棚から乱雑にファイルや書類を纏めたバインダー、更には記録媒体を幾つか引っ張り出し、それらを大小様々なサイズのポケットを多数持った大型のショルダーバッグに次々とその書類や媒体を中に収めた。最後にアタッシュケース型のノートパソコンを持って部屋を出た。

 

仕事が終わるのが待ち遠しい。紅一はそう思った。会議なんて堅苦しい物は必要だと分かっていても面倒臭いのだ。元々一つの場所でじっとしているのがあまり得意ではない性格だが、今束ねている部署では書類やデータの提出やプレゼンなどが極めて多い為、様々な所に移動しなければならない。それがせめてもの救いだった。定期的に体を動かしていないと息が詰まってしまう。

 

「後十五分か・・・・行けるか?」

 

ヘルメットをかぶり、マンションの地上階にある駐車場に置いてある愛車、ZX-14Rと言う大型二輪車のイグニッションにキーを差し込んだ。ヘルメットを被ってバイザーを下し、エンジンを何度か吹かして車道に出ると、ハンドルにマウントしてあるGPSを使って効率の良い道を探し、他の走行車両の間を縫って進んだ。

 

早朝とは言え警察車両に出くわす事無く目的地の会社に辿り着いた。見た目はリゾートホテルに見えるのだが、ここは歴としたサイバーセキュリティー企業、イーグル9の日本支部なのだ。エレベーターで一気に代表取締役の執務室に向かった。時計を見ると秒針が一周回るのを終えた所で、ドアノブを開けて丁度六時半となる。

 

だが部屋は二人の人間を除いてがらんどうだった。

 

「・・・・・代表、事ある毎にこう言う理不尽な呼び出しやめてくれません?俺にも私生活のリズムと言う物があるんだから。」

 

「あら、理不尽だなんてとんでもない。後、貴方が言った通りちゃんとあったわ。ごめんなさいね?」

 

紅一の抗議をどこ吹く風と受け流したのは、タイトフィットな黒いパンツスーツに身を包んだスタイル抜群の女性だった。丁度グラスにワインらしき物を注いで一気に飲み干した所だったらしく、ワインが入っていると思しきボトルとワイングラスをしまっていた。

 

「紛らわしい物飲まないで下さい。見た目まんま朝っぱらから酒搔っ食らってる様にしか見えませんよ?まあ俺は赤シソのエキスだって知ってるから良いですけど。」

 

「あら、綺麗でいたいって思うのがそんなにいけないかしら?」

 

澄まし顔のセレッサは蝶の形をしたブローチを指先で撫で、眼鏡を押し上げた。

 

「いや、悪いとは言わないですけどその飲み物に関してはTPOって奴をですね・・・・」

 

樫材で出来た一目で高級品と分かるデスクの上にはパソコンと置き時計、複数のファイル、そして役職とセレッサのフルネーム、セレッサ・ロダン・ヴィグリッドの名が書かれたプレートがあるだけだった。

 

「はいはい、分かったから黙らっしゃい。今回の呼び出しは私も予定外の物だったんだけど、どうしても茅場主任が直接御礼が言いたいからって。」

 

茅場の名を聞いて、紅一は動きを一瞬止めた。一拍置いて息を吸うと、改めてセレッサの隣にいる白衣姿の男の顔を見た。三十代後半から四十代前半の彼はまるでお茶会で一服している様な涼しい表情をしている。

 

茅場秋彦、それは今や世界で名を知らぬ物はいない男だった。世界が悪戦苦闘していたバーチャルリアリティーを実現させるマシンの設計と開発でいち早く成功にこぎ着けたソードアートオンラインの生みの親にしてゲームデザイナー、更には量子物理学者と、『天才』と言う称号に恥じない能力を持つ人物だ。

 

「いや、申し訳無い。こちらの一方的なアポを無理に通してもらって。最上紅一君だったね。ソードアートオンラインに必要不可欠だったカーディナルシステムの作成を手伝って貰った事に関して改めて直接礼を言いたくてね。ありがとう。君のお陰で色々とスケジュールを繰り上げる事が出来た。」

 

「あら、あの出張ってその為?ていうか、貴方そんな事してたの?ずるいじゃな〜い、会社の宣伝にもなったのに。」

 

子供の様に膨れっ面を見せたセレッサは引き出しの中から緑色の棒付きキャンディーを取り出して口に銜えた。

 

「手伝わせてくれるのと、ソードアートオンラインやナーヴギアに関する情報開示をする代わりに企業秘密漏洩を防ぐ為に守秘義務を守ると言う契約書にサインしなきゃならなかったんで。社会人として契約違反とか論外ですよ。」

 

「そう言う訳だ、ヴィグリッド代表。その事に関してはあまり彼を責めないでくれ。それと、もう一つ。君に渡す物がある。」

 

茅場は所属企業ARGUSの社印が押された大きめの茶封筒を取り出した。それを見て紅一は息を飲んだ。

 

「初回のソードアートオンライン。一万本のうちの一本・・・・」

 

「これも君へのお礼の一環だ。ベータテストの時に君のデータを見せて貰ったが、いやはや数値と言い適応能力の高さと言い、驚かされたよ。凄まじいの一言に尽きる。トッププレイヤーの中でも三本の指に入る。もし本当に御伽話の世界で生きていたら君は差し詰め魔王の右腕か最強の勇者と呼んでも差し支えないだろうね。それに、君がプレイ中に感じた違和感や、その他の気付いた事を指摘してくれたお陰で更に細かい修正を施す事が出来た。私の夢も、これで実現出来る。」

 

「俺も楽しかったっすよ。いやー、流石に現実世界であんなにハジける事は出来ないんで良いストレス解消になりました。」

 

内心飛び上がらんばかりに喜んでいる紅一は拳を振り上げて歓声を上げるのを必死で堪えていた。ベータテストのプレイ期間では正直物足りなかったが、再びソードアートオンラインのソフトが開発者から直々に渡された。

 

これでまたあの『ゲームであっても遊びではない世界』————アインクラッドで、存分に暴れられる。踊る心を胸に隠して自分の部署に戻った紅一は、部下達を集めた。

 

「Ladies and Gentlemen、お前らも知っての通り、今日から八日後にソードアートオンラインの正式サービスが開始する。この中に運良く手に入れられた奴がいたかどうかは分からないが、いると仮定して、定時に帰って思う存分攻略に励みたいと考えている奴は多いだろう。お前らには悪いが、その日の為に今から数日は死ぬ気で働いてもらう。残っているプロジェクトを最小限の力で完了させ、尚且つ最大限の結果を残す。当然俺も付き合う。以上だ、解散!Let’s rock people!」

 

パンパンと手を打ち鳴らし、皆はそれぞれデスクへと戻って仕事を初めた。紅一もまたオフィスにあるデスクに積まれた書類の山と、これから部下が運んで来る報告書やその他のレポートを整理する為に奔走を始めた。

 

「よし、良いぞ。吉岡、江藤と一緒にこのレポートの束を営業まで持って行け。」

 

「はい!」

 

「吉富、ここ数字の桁が違う。こっから下全部やり直せ。時間無いから大至急で。」

 

「はい、すいません!」

 

「佐伯、来年度の予算はもう少し余裕があるからって調子乗り過ぎ。後々になって使える金が多少なりと残ってた方がいざという時の為に役に立つから。そうだな〜・・・・え〜〜、うん、この二つはもうちょい削れ、さじ加減はお前に任せる。終わったら経理部のレディーから判子貰って来い。」

 

「レディー・・・・さん・・・?あのぉ・・・」

 

佐伯の面食らった反応を見てしまった、と紅一は己の額をピシャリと打った。

 

「悪い、今のはあいつの渾名だ。リディアだ。経理部のリディア・アーカムに渡せ。トニー・レッドグレイブからだと言えば彼女も分かる。」

 

三人が走り去ると内線で営業部に電話をかけた。

 

『ハァ〜イ、営業部のエバンズよ。』

 

ハスキーな女性の声が耳に飛び込んで来た。

 

「トニーだ。吉岡と江藤が今からレポートの束持ってそっちに行くから。誰にどれをやらせるかはトリッシュに任せる。あー、後、経理部のレディーに佐伯が予算の明細書を持って行くって伝えといてくれないか?今こっち一杯一杯なんだ。」

 

紅一は受話器を耳と肩に挟み込みながらも左手でキーボードを操作し、右手でペンを書類の上を走らせている。

 

『悪いけど無理。今こっちもてんてこ舞いなんだから。』

 

「おいおい、電話の一本もかけられない位忙しいってどんだけだよお前?」

 

『仕方無いのよ、今監査役が来て目を光らせてるから。こっちも下手に沢山仕事を部下にやらせたら不当な職務執行行為だって見なされちゃうかもしれないでしょ?だから殆ど私がやらなきゃならないの!』

 

「まあ、部下を動かす事に関してはお前、俺以上だからな。正に最小限の努力で最大限の結果を出してる。分かった、俺が電話する。後でな、トリッシュ。」

 

一度受話器を置いて経理部に繋げようとする下が、その手間が省けた。既に経理部からの連絡が来たのだ。

 

「はい、開発研究部。」

 

『トニー、予算にまだ余裕があるんならもっと色々と買いなさいよ。へそくりでもするつもり?』

 

今度の声は多少幼さが抜けない拗ねた様な女性の声だ。

 

「正確には部署の奴ら全員の分だがな。いずれ全員でパーッと飲み会でもどうかと思ってる。その明細書の事をどうにかして貰えればお前も一枚噛ませてやれるんだがなあ。」

 

『仕方無いわね。良いわ、何とかしとく。それより、アンタ昼休みは暇?』

 

「あー、まだ分からんな。」

 

ポケットから携帯を引っ張り出したが、不在着信もメール受信も無い。

 

「どうせ俺に奢らせるつもりだろうが。ま、良いけど。暇だったら電話する。」

 

『何よ、まるであたしがたかりみたいじゃない。』

 

違うのか、と言いたいのをグッと我慢して受話器を置いて紅一は仕事を続けた。



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Trouble with Women

少しだけオリ主の過去を明かします。


西暦2022年11月5日、もうすぐ待ち望まれた日がやって来る。VRテクノロジーを使用して極限まで現実味を追求したMMORPGゲーム、ソードアートオンラインの正式サービスが開始するまで、残す所は後一日。

 

少し早めの昼休みにオフィスを抜け出した紅一はダイシーカフェと言う行きつけの店へと足を運んだ。見つけたのは開発研究部長への昇進が決まって間も無い頃で、入店した瞬間に雰囲気を気に入り、紅一は少なくとも二日に一度はここを訪れる事を誓った。

 

「おお、やっぱ来たな。席は空いてる。何時もの奴は直ぐに持って行くからちょっと待ってろ。」

 

入店したのが紅一だと気付くと、カウンターの向こう側でグラスを磨いていた大柄なスキンヘッドの黒人が嬉しそうに英語で迎え入れてくれた。何時も使っている窓際の円卓に腰を下ろすと、しばらくしてから目の前に好物のストロベリーサンデーが運ばれる。

 

「相変わらず美味そうだな、ニュートン博士。」

 

紅一は英語で会話を続けてストロベリーサンデーを口に運んだ。

 

「おいトニー、そう呼ぶのはやめてくれって言ってるだろうが?俺は物理みたいに余計に頭を使う勉強は嫌いなんだ。ビジネススクール一本でやって来たからな。」

 

ニュートンと呼ばれた黒人の男は不機嫌そうに顰めっ面を作ったが、目元は笑っていた。これが二人の何時ものやり取りなのだ。

 

「良いだろ、別に?覚え易いし、アンドリューにはみえねえんだよ。」

 

「トニー・レッドグレイブ、彼をからかうのも大概にしなさいよ?後、そんな甘い物を毎日良く食べて飽きないのが不思議だわ。」

 

戸口で女性の声が英語で紅一を窘めた。二人が振り返ると、そこには黒いレザーの上下に身を包み、ティアドロップ型のサングラスを頭に押し上げた金髪碧眼の美女が立っていた。客の視線は彼女に吸い寄せられ、誰かの口からほうと溜息が漏れた。歩く度に胸元まで届くブロンドの髪が揺れて、差し込む日光に煌めく。

 

「トリッシュ・・・・・お前にこの店の事を教えた覚えは無いんだがな?」

 

「あのねえ、あんまし私の事舐めないでくれる?一年半だけとは言え貴方の彼女やってたのよ?それ位の時間を過ごせばアンタの好みなんてすぐ分かるの。」

 

トリッシュ両手を腰に当てて若干前屈みになり、唇を尖らせた。彼女が椅子を引き寄せて腰を下ろすと、洗い物を中断したアンドリューはメモ帳を持って注文を取った。

 

「アンドリュー、アールグレイのレモンティーとサーモンサンドのセットをお願い。勿論彼の支払いで。」

 

「はいよ。」

 

思いがけない意趣返しが出来たのが嬉しかったらしく、アンドリューはほくそ笑みながらカウンターの奥にある中坊へいそいそと消えて行った。

 

「おい・・・・」

 

「良いでしょ、それ位。この前の酒代、私持ちだったんだから。」

 

抗議の声を上げようとした紅一だったが、事実である為何も言わずにパフェをつまみ続けた。

 

「で?どうした?俺に飯を奢らせる為にワザワザここに来た訳じゃねえだろ?」

 

トリッシュは仕事一筋の女で、彼女自身がこなす仕事の量と部下にこなさせる仕事の量は凄まじい。本人は涼しい顔をして処理するが、他の者達は字面の如く忙殺され、疲労困憊で倒れる者が後を絶たなかった。その為、仕事の事に限っては『天使の皮を被った悪魔』とすら呼ばれる。食事中も十中八九資料かその他の書類に目を通しており、休憩している姿など見た事が無い為に彼女はもしや生身の人間ではないのだろうかと言う随分とふざけた噂も幾つか立っている。

 

「いい加減にして頂戴、トニー。私そう言う噂、大嫌いなの。尾鰭どころか足も付いちゃうから。」

 

「分かった、謝る。すまん。それで?仕事の話だろ?」

 

「ちょっと、トリッシュ、レッドグレイブ!私を除け者にするってどう言う了見なの?」

 

ダイシーカフェの扉が乱暴に開けられ、今度は純白のビジネススーツ姿の女性がショートな黒髪を振り乱してツカツカと二人が座っている円卓へ大股で近寄って来た。

 

「おお、レディ。すまんすまん、待ち合わせの先約があったんだが、伝えるのを忘れてた。トリッシュに関しては持ち前の鼻の・・・・もとい、勘の鋭さで俺の心休まるオアシスの在処を暴かれた。」

 

「あら、リディア。久し振りね。まあ、座りなさいよ。トニーが奢ってくれるそうだから。」

 

紅一は若干大袈裟に呻きながら天井を仰いだ。二人とは浅からぬ間柄である故にあからさまに断る訳にも行かない。

 

「なら良いわ。アンドリュー、アイスコーヒーとオムライス頂戴。トニーのツケで。で?何の話してたの?」

 

「仕事だ。トリッシュが話そうとしてた所でお前が入って来てな。続けろ。」

 

「ソードアートオンラインの事よ。」

 

内心仕事の話題を何か振って来るのではなかろうかと高を括っていた紅一は僅かに眉を吊り上げた。プライベートの時もあまり娯楽を持ち出す事は無いトリッシュが人気急騰しているゲームの話を持ち出すとは思わなかったのだ。

 

「テレビで彼のインタビューが報道されてたでしょ?VRの事は素人に毛が生えた程度の基本的な知識しか無いけど、彼が言ってた事が何か引っ掛かるのよ。SAOは、ゲームであっても遊びではないってフレーズ。」

 

「まあ、確かにソードアートオンラインはゲームだが遊びではないわな。マジモンの武器を使って自分をぶっ殺そうとするモンスターやデュエルの相手をぶった切り続けなきゃならない。加えて、その武器をメンテ無しに使い過ぎると破壊されると言う設定付きだ。命を仮想的にやりとりしてるから、遊びとは言えないな。命懸けの趣味って奴だ。」

 

丁度トリッシュとレディーの注文した物が来たので会話はしばし中断となったが、三人が食べ終えると再開した。

 

「それ位私も分かってる。上手く言えないけど、何か違和感があるのよ。」

 

紅一はスプーンを口に銜えたまま思案に耽った。ソードアートオンラインの制作スタッフの末席に組み込まれた時の事を思い返し、確かに茅場秋彦の言葉の端々は今改めて考えてみた。確かに、どこか狂気めいた所があったのかもしれない。かく言う紅一自身もネットでの名『トニー・レッドグレイブ』の知名度は高く、どこか頭のネジが間違い無く一、二本外れている事を自覚している。だが天才にはいずれも多少の狂気は付き物だ。

 

「人間誰でもどこかしらちょびっとは狂ってるもんなんだよ。俺もお前らも、な。」

 

「その狂ってる原因が怒りでも?」

 

「あ?」

 

レディーが窓の外を指差すと、そこには恐ろしい形相で紅一を睨み付ける三人目の女性の、遊里の姿があった。その女性を見て紅一は額に手をやり、小さく悪態をついた。マズい所を見られた。今現在あらぬ疑いがかけられているのを察した

 

「知り合い?」

 

「俺の女だよ。ちと待ってろ。」

 

席を立ち、紅一はその女性の所まで小走りで移動した。

 

「あレ、誰ダ?昼休みに誘われて来てみれバ・・・・もう女二人を侍らせてるのカ・・・・?」

 

ノートや参考書を幾つか詰め込んだトートバッグを今にも紅一の頭に振り下ろしかねない女性は頭一つ分背が高い彼を下から睨み付けた。怒りで巻き毛の茶髪が今にも角の様に立ち上がりそうだ。やはり女は怒らせると碌な事が無いのを改めて痛感した紅一は、平常心を保つ努力をしながら答えた。

 

「人聞きの悪い表現をするな。一人は俺の先輩、もう一人は後輩で高校の同級生だ。働いてる先が同じで、待ってる間にこの店にいる事を嗅ぎ付けられて今に至るってだけさ。」

 

「ホントにそれだけカ?」

 

ここで本当の事を言わなければ後がまた大変になる。腹を括って話す事に決めた。

 

「黒髪の女はリディア・アーカム、高校一年と二年の間に付き合ってたが自然消滅した元カノその一だ。金髪の方はベアトリス・エバンズ、高校三年から一年半付き合ってこれまた関係が自然消滅した元カノその二。」

 

紅一はポケットから二人の直筆名刺と自分の名刺を取り出してみせた。三つとも同じイーグル9のロゴが印刷されている。

 

「そんな二人が何で働いてる先が同じなんだヨ。偶然にしちゃ出来過ぎだゾ?」

 

「嘘だと思うならあの二人に名刺を見せる様に言っても構わない。前にも何度か言ったが、俺は女相手に嘘はつかない。だから機嫌直してくれよ。何を考えてるか知らないが、あの二人とはもうお前が思ってる様な疾しい関係じゃない。あくまで仕事仲間だ。トリッシュは営業と事業部の部長で、レディーは経理部所属。待ってる間に仕事の話をしていた、ただそれだけだ。」

 

だがやはりイマイチ信用していないのか遊里の疑いの眼差しが槍の様に突き刺さる。

 

「渾名呼びしてタ・・・・・」

 

ガラス越しに聞こえていたらしく、紅一はどきりとした。トリッシュとレディーは自分が覚え易い様に考えついた末に愛称となってしまった為、余計に始末が悪い。こめかみを抑えた。

 

「どうすれば信用してくれる?」

 

暫く思案してから遊里は紅一の耳元で信用し直す為の条件を提示した。

 

「それだけで良いのか?」

 

「ん。」

 

紅一は頷いた。彼女が提示した条件一つで自分が清廉潔白である事を証明出来るのならば安い物だ。

 

「分かった。来いよ。他の二人同様奢るから。」

 

紅一は心の中で父親似になってしまった事を心底恨んだ。彼も女性に関するトラブルがかなり多かった上、幼少期に巻き添えを食らったのは一度や二度だけではない。再び席に戻ると、遊里は紅一の隣に腰を下ろした。

 

「トリッシュ、レディー、俺の彼女の後藤遊里だ。お前らから言って俺に掛かってる濡れ衣を晴らしてくれ。」

 

傷ついた自分を癒すべくストロベリーサンデーの残りを食べ始める紅一は日本語に切り替え、向かいに座る二人に頼んだ。

 

「遊里ちゃん、彼はご覧の通り見た目はホストクラブで働いている様にしか見えないチャラチャラした女好きだけど、元カノとして言わせてもらうわ。彼は一途よ。高校時代に付き合ってた時、他の女には一切見向きしなかったから。でも、もうそう言う関係はお互い合意の上で何年か前に終わらせた。今は仕事の同僚で、たまにご飯食べたり飲んだりするだけ。それ以上でも以下でもないの。」

 

すればお前が殴るからだろうが、と紅一は心の中でレディーの言葉に嘆息した。

 

「レディーの言う通りよ。それに嘘つかないし、頭も良い。いざと言う時は十中八九問題を解決してくれる。疑っちゃうのは分かるけど、もっと彼を信用してあげて?貴方に私達の事を教えなかったのは別に疾しい理由があった訳じゃないんだから。まあ、もし泣かされたら電話してね?良い弁護士知ってるから。」

 

「私も蹴り入れに行くわ。」

 

二人はポケットから名刺を取り出して遊里に渡した。紅一が持っていた物に欠かれた情報とも寸分も違わない。支払いを任せると店を出た。

 

「納得してくれたか?」

 

「・・・・ごめン・・・・・」

 

先程までの激情はどこへやら、遊里は申し訳無さそうに目を伏せてしまった。

 

「いや、俺の方こそ悪かった、いらん心配させて。昔付き合ってた奴の話は基本的にペケだから、敢えて伏せたままにしてたんだ。まあ、あの二人がイーグル9にいるってのを知った時はかなり驚いたがな。てっきりアメリカに帰ったかとばかり思ってたし。」

 

「それもまア、そうカ・・・・・」

 

ストロベリーサンデーを食べ終わって会計を済ませると、公園のベンチに腰掛けた。未だに意気消沈している遊里の頭を紅一は優しく撫でて彼女を慰めた。

 

「元気出せよ、別に浮気してるなんて思われても不思議じゃねえだろ?このナリと性分を考えればさ。」

 

紅一は細身だが体が鈍らない様に毎日一時間半はキックボクシングのジムで汗を流している為、引き締まっている。背丈は185センチと平均的な日本人より遥かに高く、顔立ちも整っている。女性に人気があったのは今に始まった事でもない。

 

「さてと。じゃ軽く昼飯食いに行くか。」

 

「さっき食べたんじゃなかったのカ?」

 

「ありゃ言うなればおやつ、別腹だよ。俺は定期的に甘いモン食ってないと頭も体もまともに動いてくれねえんだ。まだ時間はたっぷりある。早引きしたら約束通りデートしようぜ。講義終わったら大学まで迎えに行くから。」

 

「うン。」

 

遊里は紅一の肩に寄りかかり、指先を絡ませながら自分より一回り程大きい彼の手を握った。



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The World of Blades

アインクラッドへのダイブ開始です。


翌日、針が午前十二時五十五分を指し示した。正式サービス開始まで、残り五分。全ての準備が整った。紅一は灰色の合成樹脂で出来たフレームに覆われたヘルメット、ナーヴギアの後頭部を開き、ソードアートオンラインのROMカードをセットした。

 

「やっと、戻れる。」

 

誰ともなしにそう呟く紅一の顔はまるで誕生日に新しい玩具をプレゼントされた無邪気な子供の様に明るかった。口笛でベートーベンの交響曲第五番、『運命』を吹きながらLANケーブルを差し込んだ。最後にベッドでナーヴギアを被り、稼働型の目元を覆うバイザーを下ろして横になる。後は正式サービスが立ち上がるのを待つだけだ。

 

バイザーには時刻がデジタルで表示されている。午前十一時まで残す所後三分。ベータテストの一ヶ月だけでは全くと言って良い程物足りなかった。紅一自身ゲームは嫌いではなく、やり込む隙間があるならとことんやり込む性格もあってどんなゲームもある程度理解出来れば大体二週間、長くて三週間前後でクリアしている。だがソードアートオンラインはどのゲームとも違う。VR技術を使ったゲームは従来のMMORPGと同じく戦略や武器はプレイヤーが考えなければならない。だが、それに加えてプレイヤー自身がそれをスクリーン内のキャラ———『アバター』となって実行に移さなければならない。

 

加えて、広大な空に浮かべられたソードアートオンラインの舞台、アインクラッドは電脳空間内だけに存在する石と鉄の城であるとは言え、正しく一つの巨大な世界だ。階層は始まりの街がある一層から百層まであり、どんなやり手のゲーマーであろうと一ヶ月で全ての階層を踏破して第百層まで登り切ると言うのは、どれだけ時間を費やそうと不可能だ。簡単にクリア出来る穴と言う穴を全て網羅して作り上げた茅場の徹底振りを紅一は畏怖の対象として見ていた。

 

——————59, 58, 57, 56, 55, 54・・・・・

 

残り一分を切り、心の中で秒読みを始める。だが、何故かふと昨日トリッシュとの会話を思い出した。茅場がインタビューの際に行っていた、妙に心に残るフレーズを。

 

これは、ゲームであっても遊びではない。

 

そしてイーグル9で本人からゲームを渡された時、最後に茅場の口から漏れた言葉。

 

ようやく夢が実現する。

 

何故今になってそれが脳の奥で引っ掛かっているのか分からなかったが、すぐにその考えを振り払い、バイザーの左端にあるデジタルクロックの数字が変わるのを待った。そして、ようやくその時が来た。

 

「リンク、スタート!」

 

午前十一時になると即座に仮想空間にダイブする為の音声コマンドを力強く腹の底から入力した。目を閉じると、まるで後ろ向きには知るジェットコースターの様に頭から後ろに思い切り倒れて落ちて行く感覚を感じた。目の前が真っ白になり、様々な色が直線状に迫って来た。次に感覚エンジンが正常に作動しているかのチェックが行われる。OKの表示がされて行き、それが五つになるとウィンドウが表示された。

 

『ベータテストのデータが登録されています。使用しますか?』

 

ゲームを始める前はパソコンのマウスを操作する様に視線がカーソルの代わりとなり、瞬きがクリックとなっている。迷わずYESを選択し、登録されたアカウントコードとパスワードが自動的に入力されて行く。

 

WELCOME TO SWORD ART ONLINE!!

 

灰色の背景と立体的な黒い文字が一瞬見えた瞬間、巨大な彗星が飛んで来ているかの如き青白い光の奔流に飲み込まれた。

 

再び目を開くと懐かしい景色が広がっていた。石畳の地面に壁、そして円状の広場の中心に据えられた二十メートル近くはあるモニュメント。全てが同じだ。一足早く来たのか、まだログインしたのは自分だけだ。下を見ると、黒い指ぬきグローブを嵌めた両手、黒い長ズボンと赤いシャツ、そして簡素で軽い革製の鎧に身を包んだ自分の体が目に入った。試しに指先を動かし、握り拳を作ってみると確かな感触がある。どれも本物だ。仮想空間である筈なのに、怖い位に現実味がある。

 

「感謝するぜ、茅場。この世界なら、俺は、心置き無く暴れられる。」

 

今の自分は、もうイーグル9の開発研究部長の最上紅一ではない。今の自分はアインクラッドを訪れた一人のアバター、『Dante』だ。ダンテの周りも次々と青白い光が迸り、残りの九千九百九十九人のプレイヤー達が一斉にログインして来た。

 

「Let’s get this party started!」

 

全プレイヤーがログインしたエリアの名は『始まりの街』。このエリアは馬鹿みたいに広い。一日や二日で網羅出来る様な生半可な面積ではなかった。だが、じっくりと街を探索したお陰で様々な情報を手に入れる事が出来た。例えば、どの店に行けば格安で目当ての物品を買い取る事が出来るか、など。ダンテは一心に石畳を踏みしめ、まだ人込みが出来ていない街道から裏路地に抜けた。煉瓦作りの建物を通り過ぎ、こぢんまりとした出店を見つけた。

 

アインクラッドでの通貨、『コル』は全プレイヤーはまず三百からスタートする。街道に出ている店の商品はクォリティーは良いが、値段が馬鹿高く、下手をすれば武器を買っただけで全財産の三分の二も削る事になる。それでは他のアイテムを買う事も出来ない

 

「これで、よしと。」

 

右手を小さく振り下ろすと、空中にメニューが現れた。なれた手付きで先程買った武器を人差し指でチョンと押した。即座に左腰が馴染みある重さを感じた。手をそこへやると、現実世界で普段持つ事が許されない物、『武器』がそこにあった。重さは大体二キログラムあり、やはり初期装備である為に装飾なども簡素極まり無い。一度それを引き抜いて何度か素振りをしていると、

 

「お前・・・・」

 

後ろから声を掛けられた。それもダンテに取っては聞き覚えのある声だ。振り向くと、青い長袖のシャツの上に簡素な革製の鎧と黒いズボン、そしてうなじまである男の割には長めの髪を持つ男が立っていた。見ると、彼が背中に背負っている剣も今しがたダンテが買い求めた物だった。

 

「キリト、久し振りだな。大体二ヶ月ちょっとって所か?」

 

「ダンテ・・・・・やっぱりそうか、喋り方と言い、見た目と言い。アンタならここにいるだろうと思ったけど、当たりだな。相変わらず行動が早い。」

 

「お前もな。レイド組んでた頃が懐かしいぜ。」

 

「レイドも何もあったもんじゃないだろ、勝手に一人で動く癖に。」

 

「オーイ!そこの兄ちゃん、ちょっと待ってくれー!!」

 

二人が過去の出来事を振り返って歓談している最中、大声を張り上げる男の声が遠方から聞こえた。しばらくすると、赤いざんばら髪にバンダナを巻いた男がやって来た。そこの兄ちゃん、と言われても男は二人居る。

 

「知り合いか?」

 

「いや、あの様子からすると恐らくビギナーだ。息切れはしない筈なのにマラソンランナー見たいにゼイゼイ息を切らしてる。ここが仮想空間だって事を忘れてる。」

 

キリトの指摘通り、仮想空間での出来事は全て脳が行っている事なので、入浴や着替えは必要無いし、食欲や睡眠欲も感じない。だが多少抜けている所があるらしいその男性プレイヤーはかなりの長時間キリトを追っていたらしく、ダンテとキリトの前で止まると多少大袈裟に肩を上下させた。

 

「あんた、その迷いの無い動き・・・・元ベータテスターだろ?俺、クライン。今日が初めてなんだ。だから、そのコツをレクチャーしてくれねえか?な?」

 

キリトは答えに詰まり、目を泳がせた。元々人付き合いが苦手な性分なのだが、ダンテが代わりに快諾して右手を差し出した。

 

「良いぜ。暫くやってなかったから肩ならしにも丁度良い。俺はダンテ。キリトと同じ、元ベータテスターだ。」

 

フィールドに到着するまでの間、キリトが歩きながら簡単な説明をして行き、ダンテは人込みを流し目で見ながら二人の後を付いて行った。

 

その時、後ろからタックルを食らった。だがギリギリ踏みとどまり、背中にぶつかって来た人物の方を振り返る。焦げ茶色の外套を身に着けた小柄なプレイヤーで、顔はフードの所為で見えないが金髪の巻き毛がフードの中からのぞいていた。

 

「ったク、ログインした途端走り出しやがっテ・・・・・寂しかったんだからナ?」

 

その特徴的な喋り方とヘアスタイルで直ぐにその者の正体を見破ったダンテは、その人物を横抱きにして持ち上げてフィールドへ運んだ。彼女は懸命に暴れたが無駄と判断したのか五分程してから大人しくなった。当然ながら二人は奇異の目で見られた事は言うまでもない。

 

「ダンテ、覚えてろヨ!後で絶対泣かすからナ!?」

 

目的地である西フィールドに辿り着いてようやく下ろされたそのプレイヤーはフードと頭半分程は身長が勝っている所為で見えないが、明らかに憤慨していた。

 

「アルゴ、一人にしたのは謝る。だが、お前も俺がこの世界じゃ思いっきり暴れまくりたいフリ—ダム人間に豹変する事位知ってるだろう?それに、前にやった時にやられて悪い気はしないって言ってたのお前だぞ?」

 

どうどうとアルゴを宥めるダンテは悪戯が成功した子供の様な無邪気な笑みを浮かべ、フードの上から彼女の頭を撫でてやる。

 

「ダンテ、アルゴ、夫婦漫才もそれ位にしてクラインのレクチャーを手伝ってくれ。俺じゃ上手く出来ないみたいだ。初動のモーションが大事だって言ってるのに。」

 

クラインはやはり初心者と言う事もあって未だにフルダイブでのレベリングに悪戦苦闘していた。広大な草原で腰元までの高さしかないフレンジーボアと言う剛毛を持つ蒼いイノシシの突進をがら空きになった股間にまともに食らい、ひっくり返った。

 

無様にのたうち回るクラインを見てダンテは腹を抱えて笑っていたが、直ぐにやめて剣を抜いて肩に担いだ。

 

「やれやれ、見てられんな。こんなんに苦戦してる様じゃ、お前まだまだ先は長いぞ。マニュアルにちゃんと目を通したのか?」

 

「・・・・マニュアルとか読むの苦手なんだよ・・・・・それにあいつ動き回るしよ。」

 

バツが悪そうな表情で顔を背けるクラインを助け起こしながらやれやれと頭を振るダンテ。

 

「動き回らなきゃ面白くないだろ。ま、ここは先輩が説明しながら見せてやる。ゲームで『溜め攻撃』ってあるだろ?ボタンを押して完全にチャージしたら同じタイプでも数倍は強い攻撃が出来るって奴。」

 

「あ、ああ。」

 

「ソードスキルの発動に必要なのもそれだ。初動の動きをしっかりやって、照準を合わせれば、後は離すだけ。残りはシステムが勝手に細かい修正をやってくれる。こんな風にな。」

 

右手を大きく後ろに引構えを取ると、ダンテの剣が青く光り始めた。そして光が最も明るくなった瞬間に踏み込んで適当にいるフレンジーボアを斜め上段からの一撃を浴びせる。急所を的確に捉えたらしく、頭上に表示されたHPバーが緑から一気に削られ、空になると同時にガラスが割れるパリン、と言う音と共に蒼いポリゴンになって消えた。その直後、戦績の画面で手に入れたコル、経験値、そしてアイテムが表示される。

 

「今のが片手剣の基本ソードスキル『スラント』だ。名前の通り斜めに相手をぶった切る単発技。」

 

「チャージして、照準を合わせて・・・・・」

 

ブツブツとダンテの言葉を復唱し、クラインは持っていた反りが付いた片刃のシミターを肩に担いだ。すると、刀身が同じ様に赤く光り、ソードスキルが立ち上がり始めた。そしてキリトがフレンジーボアを一匹けしかけ、タイミングを見計らったクラインがそれに向かって突進した。一が入れ替わる瞬間に得物を振り下ろし、フレンジーボアがポリゴンとなって弾け飛ぶ。

 

「よっしゃああああああああああ!!」

 

天に向かって拳を振り上げ、歓声の声を上げるクラインは初めてソードアートオンラインに触れたダンテを見ているかの様だった。それがおかしかったのか、アルゴは小さく噴き出した。

 

「何がおかしい、アルゴ?」

 

「いヤ、昔のダンテに似てるなーと思っただけサ。ニャハハハハ。さて、俺っち達も本腰入れてレベリング始めるカ。キー坊、そいつの事任せたからナ。」

 

メッセージなどを送ったりする事が出来る様にフレンド登録を済ませ、アルゴはキリトに向かって小さく手を振った。

 

「ああ。まあ、このフロアで死ぬ事は無いと思うけど一応気をつけろよ。」

 

西フィールドの更に奥へと分け入った二人は、息ぴったりのコンビネーションで襲って来るモンスター達を次々と葬ってはポリゴンの欠片にして行った。

 

「駄目だなあ・・・・全然駄目だ。ベータテスト中の方が遥かにスムーズに動けた。体術スキル位デフォルトで使える様にしろってんだよ全く。耐久値もヤバそうだし、一旦戻るか。」

 

やはりベータ版で組み上げた時の方が使っている武器やスキルはどれも充実しており強力だった為、始めからそれを全てやり直す事になっているのがやはり気に食わない。不服そうにダンテはぼやいた。

 

「うン。」

 

フィールドのかなり奥の方まで進んで行ったので、戻るのもかなり時間が掛かる。加えて現実世界とは違って車などの移動手段が存在しない為この移動が面倒な事この上無い。

 

「ダンテ、聞きたい事があるんだガ、良いカ?」

 

「何だ?」

 

「正規版のSAO、ベータとどう違って来るかを考えていてナ。ベータテストの時は俺っちと一緒に十二層位まで行ったっけカ?ニュービーでもフェアーにする為に色々と変わっているんじゃないカ?」

 

「確かに。あり得なくはない。いや、十中八九は変わっている筈だ。俺が運営者なら間違い無くそうする。特に、俺はやり込むタイプのゲーマーだからそこら辺はちゃんと見てる。それなりの難易度設定にしてもらわなきゃ面白くない。」

 

ベータテストの時と正規版が同じでは元ベータテスター達が不公平なアドバンテージを手にしてしまい、ゲームバランスが崩れてしまう。運営している側とて当然それを避けたい筈だ。

 

「アルゴ、ベータテストの時の情報は当然まだあるよな?」

 

「勿論ダ。SAOじゃ情報は俺っちの食い扶持を稼ぐ為の売り物だからナ。当てになるかは分からないからまた一から集め直しになっちまうガ。」

 

「大丈夫だったのはダンテが俺っちを守ってくれたのとそのお陰で心置き無くレベル上げで敏捷値を上げられたからだヨ。ベータ版じゃなんて呼ばれてたか知ってるカ?『魔剣士 (ダークナイト)』だゾ?デュエルで負け無しとか聞いた事ねえヨ。」

 

図らずも拝命してしまった異名を聞いても、ダンテは別になんでも無いと言いた気に肩を竦めた。MMORPGでは互いの本名も素顔も見えない為、多少は演出に色をつけて立ち回ってもどうと言う事は無い。

 

「キー坊も若干ビビってたゾ?」

 

「キー坊?・・・・ああ。あいつの、キリトの事か。後、俺が怖がられてる理由を知りたいか?それは、俺が大人気無い大人からだ。幼稚で負けず嫌いでムキになって掛かって来る奴や、やり手のゲーマーだと粋がってるガキ共をいたぶるのが大好きな、ね。」

 

典型的な悪魔っぽいサディステックな笑みに顔を歪めるダンテは容姿も相俟って尚更恐ろしく見える。

 

「まあ、ダンテは結構根に持つタイプだからなア。彼女で良かったよ全ク、ニャハハハ。」

 

「さてと、とりあえずレベルも3に上がったし一度ログアウトするか。」

 

「そだナ。」

 

右手を軽く振り下ろしてメニューを開いたが、ある異変に気付いた。

 

「こ、紅一?ログアウトボタン、ねえゾ?」

 

ログアウトと書かれている筈の項目は真っ新になって何も書かれていない。それを指先で幾ら押しても現実世界に脳が引き戻される気配も無い。再三再四メニューを開いてもやはり変わらなかった。

 

「ゲームマスターへのコールも繋がらない・・・・・もしこれがバグならログアウト出来次第、運営側にクレームと共にワーム型の特性ウィルス三点セットを送りつけてやる。これARGUS全体の沽券にも関わる問題だぞ、初日からこんな調子じゃ客足も遠退く。」

 

「やばいゾ、緊急脱出なんてマニュアルに乗ってなかったシ。」

 

「自発的ログアウトはメニューを介してしか出来ない以上、リアルで誰かがナーヴギアを外してくれない限りはどうにもならんな。」

 

若干パニック状態になりかけているアルゴに反してダンテは能天気だ。

 

「まあ異変に気付いてくれる奴なら二人位は心当たりがあるんだが。」

 

「・・・・・あの元カノ二人カ・・・・?」

 

別に隠す必要も無いのでダンテは頷いた。

 

「俺は売りに出すプログラムとかソフトウェアの開発と研究を担当してるからな。プライベートでもトリッシュやレディーと話す事はある。使ったリソースやその他の必要経費をカバー出来るだけの予算の交渉とか、それに見合った商品の値段とかな。しかもあの馬鹿共、俺のマンションの鍵が特殊な奴で替えようにも値段が半端無い事を見越して鍵を返してくれねえんだ。人が折角書き上げた資料に勝手に赤ペンで修正を付けてきやがるしよお。まあ、それでも嫌いになれねえのは親父の筋金入りのフェミニストだからかねえ。」

 

そう言い終わった直後、始まりの街にある時計塔の巨大な鐘が鳴り響いた。そして瞬きした瞬間いつの間にか始まりの街にテレポートしてしまっている。まだまだ道程が長かったのでありがたいが、今はそれ所ではない。

 

「鐘と言イ、ログアウトボタンの消失と言イ・・・・何が始まるんダ?」

 

「まあ、それはおいおい話してくれるだろ。この世界の神様になった茅場秋彦がな。」




久々に平均目標を多いに上回った・・・・・


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The Cyber Prison Aincrad

大抵の物は以前投稿していた SAO x DMCの文章をコピペして行きます。今回は大部分がそうです。


始まりの街には既に大勢のプレイヤーがダンテやアルゴと同じ様に強制テレポートで連れ戻されていた。誰もが状況を理解出来ていない為、ざわついていた。

 

「アルゴ、この強制テレポート・・・・何が起こってる?」

 

「おいおイ、ベータテスターにも分からねえんじゃ俺っちも分からねえヨ。こんな事は初めてだからナ。」

 

偶然近くにテレポートしたキリトが二人の元に駆け寄って訪ねたが、アルゴは訳側から無いとと頭を左右に振った。

 

「おお?ありゃ何だぁ?」

 

突如広場の天井がWarning と System Announcementと表示された大量の横長の六角形に覆われ、空が紅色に染まった。更にホラー映画で使われるCGの血の様な赤黒いヘドロが隙間から垂れて来た。それはやがて巨大な外套を纏い、白い手袋を両手にはめた人の形を成す。

 

「ゲームマスターだナ。」

 

『プレイヤー諸君。私の世界へようこそ。』

 

「『私の世界』?つまりあいつは・・・・」

 

「ああ、茅場晶彦だ。」

 

ダンテはキリトの仮説を真っ向から肯定した二人は険しい表情でゲームマスターを睨む。

 

「キリト、何が起こってるか分かる・・・・・訳無いよな?」

 

「当たり前だろ?」

 

プレイヤーの注目が茅場を名乗ったゲームマスターのアバターに集まったのを皮切りに、ゲームマスターが喋り始めた。とても落ち着いた声だったが、ゲームマスターの顔が見えないと言うより、顔が全く『無い』所為で不気味さがより一層引き立てられている。

 

『私の名は茅場晶彦。今やこの世界をコントロール出来る唯一の人間だ。大多数のプレイヤー達は既にメインメニューからログアウトボタンが消滅している事に気付いているだろう。だがこれは不具合ではなく、ソードアート・オンライン本来の仕様である。繰り返す。不具合ではなく、ソードアート・オンライン本来の仕様である。諸君らは今後一切自発的にログアウトする事は出来ない。』

 

それを聞いたダンテやアルゴ、キリトやクライン以外のプレイヤー達は慌ててメインメニューを呼び出した。そして茅場の言った通り、確かに無い。ログアウトと表示される筈の項目が無くなっているのだ。

 

自発的なログアウトはプレイヤー自身が行うか、運営側が強制ログアウトさせるか、外部の人間がナーヴギアを取り外すかの三択しか無い。ダンテは密かにイーグル9の同僚達がこの異変に気付いてどうにかしてくれる事を祈った。

 

だが、その儚い風前の灯とも言える思いは無惨にも茅場の次の言葉に打ち砕かれた。

 

『外部の人間の手に寄るナーヴギアの停止、あるいは解除もあり得ない。もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号阻止が発する高出力マイクロウェーブが君達の脳を破壊し、生命活動を停止させる。』

 

「あいつ、頭おかしいんじゃねーか?」

 

他のプレイヤー達は口々に野次を飛ばし、キリトの隣に居合わせたクラインも馬鹿馬鹿しいと鼻で笑い飛ばしながらそう訪ねた。だがベータテスターであり、他のプレイヤーよりも何十倍もの間フルダイブ体験をしたダンテとキリトは表情を強張らせて首を横に振った。

 

「いや、不可能じゃない。」

 

「ああ。高出力の極超短波は電子レンジが発する物と同じだ。分子を振動させる事によって温度を上げる。ナーヴギアが発する電気信号もリミッターの解除にさえ成功すればチキンみたいに脳を蒸し焼きにする位は造作も無い。内蔵バッテリーもあるから、接続解除しても電源を切っても意味が無い。」

 

茅場の演説は更に続く。

 

『残念ながら現時点でプレイヤーの家族、友人が私の警告を無視してナーヴギアの強制解除を試みたケースがある。その結果二百十三人のプレイヤーがアインクラッド及び現実世界から永久退場している。』

 

「に、二百十三人だト?!」

 

普段は落ち着いているアルゴもこれには驚いた。

 

「糞・・・・これでログアウト方法の三つ全てを潰されたって事か。流石は天才、と言うべきだな。凡人の物差しじゃ測れないってのは本当だ。」

 

ダンテは頭をガシガシ掻きながら舌打ちをする。

 

『ご覧の通り、多数の死者が出た事を含め、多数のメディアがこの事を繰り返し報道している。よってナーヴギアの強制解除が行われる確率は大きく減った。』

 

ゲームマスターの周りに多数のスクリーンが現れ、プレイヤーの死亡、一万人が仮想世界に幽閉された旨を伝えるニュースで溢れていた。

 

『諸君らは安心してゲーム攻略に励んでくれたまえ。しかし、十分に留意してもらいたい事項が一つある。今後ゲーム内にてあらゆる蘇生手段は機能しない。」

 

茅場の言わんとする事をいち早く理解したダンテは口の中がカラカラになるのを感じた。先程まで狩り続けていたフレンジーボアを思い出す。HPが底を突いた瞬間、ガラスの様にポリゴンの欠片となって跡形も無く消えて行くその瞬間を。

 

それが、今や現実となってしまった仮想世界の『死』なのだ。亡骸も、骨も、墓標すら残す事すら叶わず消滅する。死と呼ぶにはあまりに呆気無く、余りに空しい。キリトも目を見開き、同じ事を連想してしまったのだろうか、小刻みに震えている。

 

『HPがゼロになったその瞬間、アバターは消滅し、それと同時に諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される。脱出方法は只一つ。この浮遊城アインクラッドの迷宮を攻略し、第百層を目指す。最後に第百層のフロアボスを打倒し、ゲームをクリアする事だ。それがこの仮想空間から解放される唯一の方法である。』

 

未だに状況を飲み込めていない大多数のビギナープレイヤー達は只々戸惑うばかりだ。中にはコレが正式サービス開始のセレモニーの一端だと思っている者もいる。

 

「全百層をクリアだと?!何無茶苦茶な事言ってるんだ!!ベータテストじゃ碌に上がれなかったんだぞ!?」

 

だがクラインの言葉などお構い無しに茅場は続け、左手でメインメニューを開いた。

 

『諸君らのアイテムストレージにプレゼントを用意しておいた。是非確認してみてくれたまえ。』

 

全員が再びメインメニューを開き、アイテムストレージを確認すると、只一つ『手鏡』と表示されている。選択してオブジェクト化した。字面の如く手で持てる大きさの、何の変哲も無い、どこにでもありそうな長方形の鏡だ。アバターの姿が映っている。が、次の瞬間全てのプレイヤーが数秒の間光に包まれた。そのあまりの眩しさにダンテやキリト達は全員目を覆う。そして開いた瞬間、とんでもない事に気付いた。

 

「リアルの俺と同じ顔・・・・!?」

 

キリトは驚いていた。まさか自分の顔が仮想空間でここまで忠実に再現されるとは思わなかったのだろう。

 

「って・・・・クライン、だよな・・・・?」

 

クラインは髪の毛とバンダナは変わらなかったが、先程までの爽やかさはどこへやら、無精髭を生やした野武士面に変わっていた。キリトも青年ではなくまだ中学生位の青年だ。

 

「あ、ああ。おめえ・・・・・キリト・・・・・か?」

 

「いやいや、こいつぁ驚きだな。まさかキリトがガキだったとは。」

 

「ダンテはまあ、予想通りの見た目だな。ホストでもやってんのか?」

 

ダンテは首を横に振ったが、それ以上は何も言わなかった。MMORPGなどのネットゲームをやっている最中は現実での事を詮索しないのは暗黙の了解である。

 

「あれ?・・・・最上部長!?」

 

クラインがダンテの顔を見てキリトがまだ中学生だと言う事が分かった時よりも更に驚いた。

 

「ああ・・・・・お前、営業部の壷井、だったか?」

 

何度かトリッシュが自分の部へと引っ張って行った事があった。そして事ある毎に彼女にいびられている男がクラインこと壷井遼太郎なのだ。

 

「ま、それは兎も角・・・・身長や体格まで再現されてるのはどう言う訳だ?」

 

「顔と言うか、頭はナーヴギアに覆われるから当然再現されるし、初めてナーヴギア使った時にキャリブレーション、だったかな?それで体中あちこちを触ったから背丈とかも再現出来てるんじゃないかと。」

 

クラインの言葉に、ダンテははたと考えた。そして茅場の真意に気付いた。

 

「チッ。成る程、そう言う事か。変な奴だとは思ってたが、訂正しよう。茅場は随分と質の悪い趣味を持ったゲス野郎だな。」

 

ダンテはそう毒突いて鏡を無造作に投げ捨てた。砕け散った鏡の破片はやがてポリゴンへと分解された。茅場が何故『手鏡』なるふざけたアイテムを全プレイヤーに提供したか、その意図を読み取ったのだ。

 

「ダンテ、どうした?」

 

「アインクラッドで本来の俺達の姿形に戻したのは、ここが今の俺達の『現実』であると改めて認識させると言う立派な理由がある。」

 

トリッシュが言っていた茅場の言った言葉に対する引っ掛かりとはこれだったのだ。ゲームであっても遊びではない、本当にモンスターと殺し合いをする事になる。

 

「要するに俺達はアインクラッドと言う巨大なコロシアムに捉われたグラディエーターて事さ。」

 

「にしても、茅場の野郎・・・・一体何がしたいんだ?何だってこんな手の込んだ真似を?」

 

訳が分からない。クラインはそう良いながら無精髭を頻りに掻き毟った。

 

「黙って聞いてりゃ答えてくれるサ。」

 

アルゴは震えていた。ダンテは彼女の隣に立って安心させる為に肩を抱いた。

 

「大丈夫だ。落ち着け。」

 

『諸君らは「何故?」と思っているだろう。何故茅場晶彦が、ソードアート・オンラインのクリエイターにしてナーヴギアの生みの親が、こんな事をしたのか?私の目的は既に達せられている。ソードアート・オンラインを作った理由は只一つ。この作られた世界に干渉する事のみだ。そして今、全ては達成せしめられた。これにてソードアートオンラインの正式サービスチュートリアルを終了する。それでは、プレイヤー諸君、健闘を祈る。』

 

赤くなった空が元に戻り、ゲームマスターの姿は霧散して消えた。広場には静寂が訪れ、その直後、プレイヤー達は一斉にパニックを起こして逃げ惑い始めた。

 

「やるしか無いな。キリト、行くぞ。アルゴもついて来い。」

 

キリトはクラインを連れてダンテ達と共にいち早く広場から抜け出した。

 

「ダンテ、これからどうするんダ?」

 

「前に言ったろ?MMORPGでは使えるリソースは限られている。始まりの街の狩り場の価値が大暴落するのは最早時間の問題だ。俺達やキリトは少なくともある程度のアドバンテージがある。それを利用しない手は無い。それで自分を強化して行く。情報をある程度集めたら、プレイヤー達にガイドブックを無料で配布してくれ。」

 

「無料デ?!」

 

流石にそれは出来ない、アルゴそう言いそうになったが、まだ続きがあるとダンテが手で制した。

 

「ユウ。勿論全部を一挙公開しろとは言わない。ワザワザ貴重なアドバンテージを自ら潰すなんて阿呆な真似はしたくないからな。基本的な情報からで良い。例えばモンスターの名前、分布、攻撃パターン、弱点とかだ。第百層攻略が仮想空間から解放される唯一の条件、茅場はそう言っていた。ソレに対し、俺達は一万人と言うプレイヤーの絶対数に縛られている。今はもう9787人だが。」

 

「確かニ、残存兵力のステータスを底上げしなければ攻略なんて出来やしないよナ。分かったヨ。」

 

「勿論俺も手伝う。手数料も払うぞ。」

 

「ダンテから金は取れねえヨ。」

 

「小遣いだと思えば良い。お。」

 

少し遅れてキリトが沈んだ表情を浮かべてやって来た。だがクラインの姿は無い。

 

「・・・・・ん?クラインはどうした?」

 

「・・・・・残るってさ。」

 

「そうか。」

 

営業・事業部の飲み会に誘われた時に何度か壷井———クラインと顔を合わせた事はある。所々で抜けている所があるが、努力家で仲間意識が強い。平社員の同僚の中でも慕われている方だ。

 

「まあ、あいつなら大丈夫だろう。それに本人が決めた事だから一々気に病むなよ。さてと、じゃベータテスター同士で仲良くやろうぜ。日暮れまでにホルンカに到着するのを目標にしよう。」

 

三人は得物片手に次の拠点『ホルンカの村』を目指して迫り来るモンスター達を蹴散らしながら一心不乱に走りだした。



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Give me more POWER

ここら辺はリメイク前とあんまり変わらないです。


三人は無事ホルンカの村へと辿り着いた。当然ながら未だパニックと言う爆弾の零地点(グランド・ゼロ)である始まりの街からは誰一人まだ来ていない。

 

「ダンテ、キー坊。パーティー組んでいきなりで悪いガ、俺っちはちょっと別行動を取らせてもらうゾ。モンスターや地形に関する情報とかを裏付けしに行かなきゃならないんでナ。忙しくなるヨ、全ク。」

 

「お前なら何時もそうしているだろうが、マジで気をつけろよ?何かあったら絶対にメッセージ飛ばせ。」

 

「分かってるサ。」

 

アルゴはダンテの前を通り過ぎる直前に彼の手を小さく握り、走り去った。

 

「さてと、キリトも当然アレが目当てだろ?『アニールブレード』。」

 

「・・・・ああ。」

 

「んじゃ、やるか?」

 

「そうだな。行こう。」

 

クエストを受ける為の場所は村の奥の方にある民家だ。二人はベータテスト時代の事もあってそれを知っている為、受注はすぐに済んだ。

 

「受注場所が変わっている、と言う事は無いか。後はモンスターの攻撃パターンの違いを見極めなきゃな。」

 

「ああ。そう言えば、このクエストを受けた時にリトルネペントはどれだけ倒した?」

 

「百を軽く超えたな。胚珠は手に入れる事に成功したんだが、血路を開く最中、一度『実付き』の攻撃でしくじってな。危うく死ぬ所だったぜ。」

 

二人はリトルネペントが出現する狩り場へと足を運びながらそれぞれ武器を手に動き出した。更に奥へと分け入ると、繁殖期なのかと思ってしまう程そのエリアがウツボカズラに酷似したモンスター、リトルネペントで一杯だった。どれも花や実はついていない。

 

「さて。『花付き』は見つけて倒した者勝ちで恨みっこ無しって事で。片っ端からぶった切ってくぞ。」

 

「・・・・・死ぬなよ?」

 

意気込むダンテに、未だに沈んだ表情を浮かべたままのキリトはそうつぶやき、リトルネペントの群れへと踊りかかった。キリトは片手剣のみを駆使した回避とスピード重視の攻撃を放つ。

 

それに対してダンテは一体一体を倒す様な真似は回りくどくて性に合わないらしく、テクニックとゴリ押しを併用して一掃する戦法を取っていた。近付いて来るネペントはシステムアシスト無しで切り刻み、離れた所から腐食液を吐きかけようとしたネペントの胴体と根の接合部分を的確に狙い澄ましたピックや小石の投擲で動きを止めた。ある程度HPがイエローないしレッドに突入した所で再び弱点である接合部分の全てをソードスキルで纏めて刈り取り、一度に五、六匹近くのネペントを倒していた。

 

「相変わらずメチャクチャな戦法だ、なっ!」

 

腐食液を回避して『ホリゾンタル』でまた一匹リトルネペントを葬ったキリトはダンテを見てそう言った。

 

「お前はゲームで型にはまった戦法を使って楽しいと思うのか?キリト、伏せろ。」

 

キリトは言われるままに腰を落とした。ダンテは『シングルショット』でピックを今にも腐食液を吐き出そうとしていたリトルネペントの口の中に叩き込み、意外にもたった一本で二割近くのHPを削る事に成功した。突き刺さったままと言う事もあるので、その間も更にHPがジワジワと削れる。

 

「な?正攻法じゃない攻略法を見出だすのも、ゲームの醍醐味だぜ、っと!!」

 

飛び上がりながら落下の力を利用して『バーチカル』を放って真っ二つに叩き斬り、次はどいつだとばかりにフィールドを見回した。だが、クエスト受注から約三時間が経過しても一向に『花付き』のリトルネペントは現れない。

 

「おい、今で何体殺った?」

 

「二人合わせて、今丁度二百五十だよ!」

 

「あーあ、あのドロップ武器がありゃこんなクエスト楽勝なんだがなあ。ピックも残り少ないし。」

 

だが無い物強請りをした所でどうにかなる訳でもない。更に一時間狩りを続け、キリトが『花付き』一体を撃破、レアアイテムの『リトルネペントの胚珠』を手に入れた。

 

「キリト、行きたきゃ先に行っても良いぞ?コレ位の数なら俺もどうにか出来る。回復アイテムもたらふく持って来たからな。」

 

「流石にそれは出来ないな。経験値も溜めなきゃならないから、気長に付き合うよ。」

 

「悪いな。お、いた!」

 

助走を付けて飛び上がり、頭に花が付いたリトルネペントを滅多切りにした。そして目当てのドロップアイテムがようやく表示される。

 

「っしゃあ!長居は無用だ、行くぞ!!」

 

モンスターを一々殺して退路を開くよりも蹴り飛ばして他のネペント共々将棋倒しにしてその上を踏み越えながら森から脱出した。

 

「ふう・・・・四時間ちょっとでノーダメージ、胚珠二つか。まあ、いい結果だな。コルも経験値も上がったし。」

 

「安全マージンまでの道程はまだ遠いさ。せめてレベル13、いや15以上は必要だ。用心するに越した事は無い。」

 

視界の端にあるクロックを確認すると、既に午後九時を回り、そろそろ十時になりかけている所だ。夜の方が視界は悪く、モンスターの出現率も高い。手練のソロでも死亡する確率は大幅に跳ね上がる。

 

「んじゃ、コイツを持って必要な物を受け取ったら寝床を探そう。流石に野宿してる最中にPKされたら笑えない。特に俺の場合アルゴがいるからな。」

 

意味深長な笑みを浮かべるダンテ。

 

「え?ダンテ、まさかアルゴと・・・・」

 

「ああ、リアルでも一応な。フフッ、何だその顔?羨ましいか?」

 

「だ、誰が!」

 

そんな雑談(主にキリトが弄られているだけだが)を続けながらNPCに合計四つの胚珠を譲渡し、『アニールブレード』を二本ずつ手に入れた。

 

「んじゃ、宿探しに行くからパーティー解消するよ?」

 

「好きにしろ。ああ、キリト。行く前に一つ良いか?」

 

「何?」

 

「もっと人と関わりを持て。人間一人じゃ生きて行く事なんか出来ねえぞ。社会だろうと、ギルドだろうと、何らかの組織の中でだけ生きられる。俺達は元々そう言う作りだからな。一々人を拒絶してたら、後々になって受け入れるのが難しくなんぞ。」

 

「そんな事、分かってる・・・・・」

 

キリトは顔を顰めるそっぽを向き、並ぶ民家の先に見える宿に向かって行った。やがて角を曲がって彼が視界から消えて行く。ダンテも同じ道を辿ったが曲がった方向はキリトとは逆方向でどんどん人も民家も無くなっていく。宿探しには行かず、ダンテはメニューのマップを開いて位置を確認した。

 

「さて、殺戮系クエストの狼狩りをやるか。」

 

ピックを補充した後、ホルンカの村から少し離れた一軒家に向かった。納屋が家と繋がっており、数メートル離れた所には牧場があった。ある所に羊、またある所には牛が放し飼いにされている。ロッキングチェアに座ったNPCの老人に近寄ると、イベント発生を知らせるびっくりマークが彼の頭上に現れた。

 

「何かあったのか?」

 

クエスト発動のキーワードを口にした。

 

「実は、夜な夜な羊や牛を食い殺す狼の群れが現れました。息子は退治すると先祖の家宝である剣を持って狼達の巣に行ったきりで、戻りません。どうか狼を全て退治して、息子も連れ帰って下さい。お礼は十二分にいたしますので。」

 

「ああ、良いぜ。」

 

受注したクエストの内容を確認した。

 

『満月の襲撃者:ダイアー・ウルフを50匹討伐

サイドミッション:農夫の息子を連れ帰れ』

 

「楽勝、楽勝。久々にコイツの性能テストと行こうか。」

 

左腰のアニールブレードの柄に手をかけ、クエストの討伐対象であるダイアー・ウルフの群れを探しにフィールドへと足を運んだ。左手の指の間に四つのピックを挟んでいつでも投げられる様にして、右手には剣を握る。デザインが多少無骨なのが玉に瑕だが、叩き出す数値は第一層で販売される武器とは比べ物にならない位に高い。それこそ第三層あたりまでは他の武器は全くと言って良いぐらい必要無い程に。

 

ある程度歩くと背中の一部がヤマアラシの様に背中の毛が逆立ち、目が赤く光る狼の群れが牙を剥き出してダンテを取り囲んだ。

 

「ようやくお出ましか。Come and get me, puppies. Let’s play」

 

ピックとアニールブレードを何度か軽く叩き合わせて注意を引きつけた。そして遂にダイアー・ウルフが一匹襲いかかって来た。それを皮切りに他のダイアー・ウルフも地を蹴って牙を突き立てんと大口を開けて噛み付こうとする。間を置いて一本ずつピックを投げつけ、口の中、目、眉間、喉など、一般的なほ乳類に取っては致命傷となる所に命中した。

 

それを確認すると力強く踏み込みながら怯んで動かない所を『ホリゾンタル』で纏めて薙ぎ払った。既にHPを減らしているとは言え、残りのHPは立った一撃で完全に削り切る事に成功した。

 

「良いね良いね!!オラオラオラ、どうしたワンコロ共!散歩程度でへばるなよ!?」

 

飛びかかって来るウルフは空中では当然回避が出来ない上自分に届くまで僅かだが時間はある。それを考慮し、尚且つ利用したカウンター戦法を駆使して倒せる物は確実に倒し、防御が間に合わないと判断した攻撃は回避した。出現した群れの最後の一匹は『レイジスパイク』で喉笛を穿つ。そして第二波が来る前のインターバルを利用してポーションを服用した。

 

「まじぃ・・・・」

 

瓶を投げ捨ててHPバーを確認すると、空になった部分がまた緑色で満たされて行った。確認してみると討伐数は50匹中20匹。実に四割近くだ。リザルト画面ではかなりの経験値とコル、そしてアイテムを獲得した事が表示される。

 

「さてと。」

 

再びpopするまでまだ暫く時間はある。再びピックをすぐ出せる様に準備をしてから臨戦態勢に入った。しばらく待っていると、茂みの中からダイアー・ウルフが奇襲を仕掛けて来た。ソードスキルを発動している暇は無い。倒れ込みながらも剣を上に突き出し、ウルフの腹を抉る。だが倒すには至らなかったらしく、最後の意地とばかりに遠吠えを始めた。

 

(増援か。こりゃあ必要以上に呼ぶだろうな)

 

程無くして、かなりの量のダイアー・ウルフが現れた。場所が悪いので完全に包囲される前にダンテは移動を始め、更にフィールドの奥深くへと移動した。

 

「Come on, Doggies!!」

 

そして数時間後、狼の群れとの乱闘で一気にレベルを5まで上げたダンテは五十匹以上のダイアー・ウルフを葬る事に成功した。だがまだクエストは終わっていない。ウルフ達の巣窟を見つけてNPCの老人の息子を探さなければならないのだから。

 

森の外れにある洞穴がスポットライトを浴びるかの様に月明かりに照らされていた。だが、そのまま踏み込もうとはせずにダンテは半歩程足を引いて構える。

 

そして洞穴の中から現れたのは純白の美しい毛並みを持つ狼だった。だが、ダイアーウルフとは桁違いの、それこそヒグマと同等の巨大な体躯を持つ。唾を飛ばしながら唸るその狼の牙はサーベルタイガーの物を取って付けたかの様で、凶暴さがより一層引き立った。複数のHPバーが名前と共に表示される。

 

「フィールドボスかよ・・・・何々?『ブランカ・ザ・ブラッドグリズリー』・・・・ほう、茅場も中々洒落たネーミングセンスをお持ちだ。シートンもびっくりするだろうな。よう、ボス犬ビッチ。生前は随分と阿呆だったが、ちゃんと学習したか?」

 

ブランカとは博物学者シートンの著書『狼王ロボ』に登場する白い毛並みを持った老練の猛者ロボの連れ合いである。物語ではブランカが先に掴まった事でロボの捕獲に至ったとあるが、SAOのこのブランカは生け捕りにするなどまずあり得ない。餌になるのが落ちだ。

 

「ほらよっ!」

 

小手調べとばかりにピックを投げつけたが、巨体に見合わぬ敏捷な動きでそれを回避し、突進して来た。ステータス全てに分け隔て無く経験値を振っていたのが災いして僅かに突進のダメージを受けてしまったが、只でやられた訳ではない。避けた時に至近距離からシステムアシスト無しでピックで目を狙い、向こうに自分が受けたよりも遥かに多いダメージを与えたのだ。当然目を潰された事でかなりの痛みを感じているのか、身を捩って暴れ回る。まともな追撃も出来ない。

 

「痛み分けだが、まだまだだ。」

 

怯んだ所でスキル発動後の硬直時間が短い単発ソードスキルの『スラント』で尻尾を切り落とした。痛みに遠吠えを上げるブラッドグリズリーは目への攻撃から回復し、再び飛びかかった。横に払われる右の前足の外側に回避した。可動領域の範囲外である以上、その攻撃は当たらない。

 

「Gotcha!」

 

アニールブレードを瞬時に右から左へ持ち替え、横腹を横一閃の『ホリゾンタル』で、硬直が回復してから最後に『レイジスパイク』を発動してブランカを後ろから貫いた。強化前とは言え流石にクエスト入手の武器と言うべきか、凄まじい勢いでブランカ・ザ・ブラッドグリズリーのHPが削れて行く。最後一本のHPバーがイエローへと突入し始めた。

 

一度後ろに下がって再びピックを持つと、ブランカは耳を劈く凄まじい咆哮を上げた。体中の毛が逆立ち始め、まるで食い殺した得物の返り血を浴びたかの様に赤く変色した。そして気の所為か体のサイズが僅かにまた大きくなった様に見える。後ろ足で跳躍して空中で回転しながらダンテに向かって行く。

 

「おいおいおいおいおい!!!うぉっと!?」

 

前転で受け身を取って木陰に身を潜めた。一度呼吸を落ち着けると、ピックを二本連続で投げつけるソードスキル『フリック・ショット』を発動して何時もの用に顔を狙って投げつけた。幸か不幸か、それはブランカの鼻に当たってしまい、大きく吠えた。 イヌ科の生物は総じて鼻がデリケートな生き物だ。いきなりそんな所に刃物を叩き付けられれば当然痛いだろう。

 

「全くしぶといボス犬だ。このクエストやるんじゃなかったぜ。」

 

だが、先程のその咆哮は衝撃波となって無防備なダンテを十数メートル後方に吹き飛ばし、木に激突した。そして更にモンスターを呼び寄せる要因となる。早急に片をつけなければ如何に手練のベータテスターであろうと自分は一人だけなのだ。囲まれでもしたら只では済まない。ソードスキルを乱発した所為で集中力も途切れかけていた。頬をビンタして喝を入れ、アニールブレードを握り直した。

 

「後もうちょいだ。Go down!」

 

最後の一撃を擦れ違い様に叩き込み、目の前にリザルト画面ともう一つの画面が現れた。

 

『Congratulations!! You got the Last Attack Bonus!!』

 

ラストアタック・ボーナス、通称LAB。フロアボスやフィールドボスを倒す決定打を与えたプレイヤーにのみ与えられるボーナスアイテムで、それは武器であったり装備品であったり、様々だ。だがどれもが間違い無く高レベル且つ高価なユニークアイテムである事は間違い無い。ストレージを確認し、装備してみる。

 

「Damn!」

 

それは白い鞘に収まった見事な一振りの剣だった。銀色の鍔を持ち、柄には革製の紐が巻かれて球状の柄頭は細かい彫刻が施されている。一度抜いてみると、血の様な緋色の刃は鞘と同じ様な北欧の紋様が刻まれているのが視認出来る。ステータスも当然ながらアニールブレードを凌駕していた。

 

「『ブラッディー・ファング』。血塗れの牙か。コイツは儲けたな。」

 

主要の目的は果たしたが、NPCの息子を捜さなければならない。ダンテはポーションでHPを回復し、ブランカが出現した洞穴の中にゆっくりと足を踏み入れた。そこには服や物が散乱しているだけで息子の姿は無い。だが、ふと地面に赤いコートが落ちているのに気付いた。それに手を触れると、アイテムストレージに収納されて行き、サイドミッション達成をメインメニューで確認した。早速NPCの家に戻って事を伝えると、老人は泣き崩れ、形見となったその赤いコートを差し上げると言ってクエストが完了した。

 

「装備、装備っと♪」

 

一瞬にして臑の中間辺りまである長丈の革製コートに体が包まれた。袖も動きを阻害しない七分サイズにカットされており、襟元などには白いファーがあしらわれている。

 

「『コート・オブ・ブラッディームーン』、か。良いね。」

 

流石にこれ以上の先頭を継続すれば集中力が切れて間違い無く死んでしまうため疲労が重なって来た為、今日の強化はひとまず打ち止めだ。突然押し寄せた疲労や脱力感と懸命に戦いながら宿に入り、装備も解かずに眠ってしまった。



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Angels & Demons of the Heart

さてと・・・・リベリオンの入手をどうやって自然に確立させるかが問題だな・・・・


「ダンテ、朝だゾ。」

 

「ん・・・・・」

 

揺すられるのを感じて、ダンテは目を開けた。

 

起き上がった。ストレッチを行って伸びをすると、ボキボキと音がする。

 

「随分と爆睡してたナ。もう十一時だゾ。ホレ、キー坊から買ったクリームと黒パン。一個先に食ったガ、意外と美味いゾ?後、回復アイテムも少し余分に買っといたからやるヨ。」

 

声の主はアルゴだった。外套などの装備を外している為に、服装や顔立ちが良く見える。髪は巻き毛で褐色の金髪で、肌は白く、顔は頬に三本ずつ鼠の髭らしきペイントが塗られており、体もかなりメリハリのある肉付きをしている。普段は外套の所為で見えなかった簡素な軽量の革製防具、そして太腿や腰回りに大量の投擲ピックが収納されているのも露わになっている。

 

「おお、悪い。腹減ってたんだわ。」

 

差し出された素焼きの小瓶を指で触り、黒パンをなぞった。途端に、カスタードクリ—ムがごってりと塗られ、特有の甘い香りが鼻腔をついた。大口を開けてそれを頬張ると、シンプル且つ繊細な甘味が口の中に広がって行く。

 

「んん〜、まいう〜。ごちそうさん。随分と急がしそうにしてたみたいだが、裏付けは終わったのか?」

 

「始まりの街とホルンカ、メダイ、カーザは終わっタ。後はトールバーナをちょびっとって感じだナ。言われた通り道具屋で無料配布しといたヨ。」

 

ダンテは頭を掻きながら起き上がり、シーツから抜け出た。首筋や肩をしきりに揉み解し始める。

 

「仕事が早いな。 俺も手伝うべきなのに押し付けて悪いな。お疲れ。」

 

「悪いけド、ダンテじゃ俺っちのスピードにゃ付いて来れないヨ。相変わらずのパワー寄りのバランス重視だロ?それに、お疲れはこっちの台詞ダ。その装備、殺戮系クエストとフィールドボス殺っただロ?HPバーが一々チカチカ変わるもんだから・・・・」

 

アルゴはダンテが現在身に纏っているコート・オブ・ブラッディームーンとブラッディー・ウルフブレードを指差した。視界の左上の隅を見ると、自分のHPバー以外にArgoと書かれたHPバーがその下にある。パーティーを組んだ者同士は互いのHPの増減を確認出来る以外に、メニューで開いたマップで互いの現在地を確認出来るのだ。つまり、昨夜ダンテが行っていた無茶なレベリングは彼女に筒抜けだったと言う事である。

 

心の中で自分の詰めの甘さを叱責し、何時ものおちゃらけた表情で返答した。

 

「ああ、中々カッコいいだろ?けどやったは良いが、アニールブレードのクエストやったほぼ直後だったし、それでだるくなってた所為でちょい死ぬかと思ったがな。」

 

「アホッ!」

 

そう言った瞬間、額にアルゴの拳をモロに食らった。ゴツンと鈍い音と共に命中して、おぅ、と変な声を上げてしまったダンテは頭を仰け反らせ、再びベッドに倒れ込んだ。普段ならば避けるなり防御なりの対処が出来たのだが、起き抜けである所為で対応出来ない。

 

だが倒れた先はアルゴの膝の上だった。ダンテの頭を胸にかき抱く彼女は声も体も小刻みに震えていた。

 

「・・・・いなくならないって、約束だロ?いきなり破る気カ?」

 

付き合い始めてから何度もそう言われた。現実世界でのアルゴの両親は学者で、歴史や神話に付いては並々ならぬ知識を持っている。だが彼女の両親は常に講義やレクチャー、その他の仕事に追われて殆ど側にはいない。それが影響して人見知りと寂しがりと言う性格が輪をかけて交友関係の拡大を阻んでいた。

 

そんな彼女を気にかけてくれたのが紅一である。

 

「すまん。」

 

ダンテをベッドに寝かせると、アルゴがその上に馬乗りになって覆い被さる様に抱きつき、顔を覗き込んだ。

 

「・・・・・お前に死なれたラ、俺っちはどうなるのサ?俺っちみたいな変わり者を貰ってくれる様な変人、ダンテ位しかいないんだからナ。早々簡単に死なれたら、また元に戻っちまウ。」

 

胸に顔を埋めたアルゴの頭をダンテは優しく撫でた。少しだけだが泣いていると言う事が分かる。

 

「心配するな、俺もそう易々と茅場にくれてやる程安い命は持ち合わせてない。それより、このままでいるとハラスメントコードやらが発動するぞ。開始早々黒鉄宮送りは御免被りたいんだが。」

 

覆い被さったままメニューを開き、アルゴはメニューを操作してハラスメント警告の発令を止める倫理コードを解除した。

 

「これデ、良いだロ?」

 

「なあ、初めて俺達がデートに行った時の事を覚えてるか?」

 

「忘れる筈無いだロ、あれハ。」

 

現実世界で二人が出会ったのは、数年前にトリッシュと別れた紅一が大学を卒業して間も無くイーグル9の研修生になって遊里も大学生としての生活が安定した軌道に入った頃だった。十月三十一日のハロウィーン当日、セレッサが研修生達の緊張を解す目的で仮装大会を開いた。審査員はセレッサ以外にイーグル9日本支部の比較的年齢層が低い幹部のトリッシュ、そしてセレッサのライバルにして日本支部の元研究開発部部長ジャンヌ・ルーメン・パラディーソが勤めた。自由参加制だが、優勝者は金一封が贈与されると言う、大学を出たばかりであまり自由に使える金銭が無い研修生達に取っては何とも魅力的な話だ。

 

何事に関してもやり込む性分の紅一は何としてでも優勝したいと思い、早速壮大な計画を立て始めた。何になるかは割と直ぐに決まり、遊里を伴って古着屋を片っ端から回り、使えそうな服を買った。更にそれを二人で試行錯誤を繰り返しながらも改造し、縫い針や待ち針、そして仕付け糸と悪戦苦闘しながらどうにか形にする事に成功した。

 

だが紅一は遊里の仮装した姿も見てみたいと言って聞かない。最初は尻込みしていたが押しに負けてしまった。しかし思いのほか彼女の衣装も意外と直ぐに構造は纏まり、既に紅一の衣装で練習したお陰か以前より制作がスムーズに進む。

 

コンセプトは『恋をした殺し屋』と言う映画や小説では使い古されている物だが、色々と捻りを加えた物にしたのだ。まず殺し屋役の紅一は黒い長ズボン、更に上はタンクトップに膝まである袖が七分丈の赤いコートだけと言う、目立たずに人の命を奪う殺し屋とはかけ離れた出で立ち。次に遊里の衣装は所々よれたり血糊がついたり、更には銃弾が幾つか開通したかの様な継ぎ接ぎの服の上に白衣を羽織って審査員の前に現れた。遊里の衣装は闇医者を意識しているのか、一対の翼を生やした杖に蛇が巻き付いた黒い刺繍が施されている。

 

結果は文句無しで紅一ペアの大勝利だった。そしてその祝いには遊里への礼を兼ねて当たり障りの無い至って普通のデートをした。と、言っても、衣装を身に着けたままでかなり目立ってしまったが。

 

「ああ、そう言えばお前の装備を新調する為の素材を手に入れたぞ。聞いて驚け、ダイアー・ウルフとブラッドグリズリーの毛皮だ。お前敏捷値にステータス振り過ぎだから、防御力と腕力もある程度は上げといた方が良いぞ。防御が紙のまま攻撃食らったら絶対死ぬからな。幾ら基本的に戦闘はしない商売人とは言え、お前は情報屋と言う商売人の中でも特殊な立ち場にある奴だ。それ故にあの手この手で情報を絞り出そうとするクズな連中なんてその内探しゃあ腐る程出て来るからな。」

 

「心配すんナ、そんな奴らに掴まる程俺っちの足は遅くねえサ。」

 

それを聞いたダンテは馬乗りになったアルゴの太腿を掴んで上半身を右に捻った。

 

「だ・か・ら、」

 

「ニ”ャッ!?」

 

ベータテストの時は鼠のアルゴと呼ばれていた彼女は強引に姿勢を入れ替えられ猫の様な声を上げた。

 

「だからこそ心配なんだよ。まあ、昨日の今日でお前に心配かけまくってる俺が言えた義理じゃねーがな。兎に角自分の事は大事にしろよ、遊里。俺もお前に死なれたら何をするか分からん。」

 

アバターの名前でもリアルで何時も呼ばれる愛称でもなく、本名で呼ばれるのは、プライベートの事を真面目に話している時のサインだ。アルゴ、否遊里は顔を背けて再びメニューを操作し、纏っていた残りの装備も全て外した。つまり丸裸一歩手前のあられもない格好なのである。

 

「そんな事言われたラ・・・・こうなっちまうんだゾ紅一?責任取ってもらうからナ?」

 

顔を赤く染めて睨むアルゴに全ての装備を解除して顔を近づけたダンテは、舌先を僅かに出してアルゴの唇をチロッと舐めた。

 

「コレで済むなら幾らでも相手してやるよ、エロ鼠。」

 

「う、うるさいこのエロ魔人んぁあ?!」

 

 

 

 

 

結局二人が外に出る頃既に時刻は正午をとっくに過ぎていた。手に入れた素材の一部を売却してその金で回復アイテムを買い足した。

 

「うゥ・・・・・アホ。腰がいてーゾ・・・・・・」

 

「お互い様だ、誘ったのはそっちだろーに。お互いムラムラが解消されただろ?」

 

悪びれた様子を見せずにクハハハと屈託無く笑うダンテ。

 

「腰を痛めたらプラマイゼロだ、この色情魔メ。ふン・・・・!」

 

フードを更に深く被ってそっぽを向くアルゴを見ていると、見覚えのある黒髪の少年にぶつかった。背中にダンテが左腰に差しているのと同じアニールブレードを背負っている。

 

「っとと、悪い。・・・・ってキリトじゃねーか。」

 

「おお、キー坊!ヨッ、久し振りだナ。パーティー解消したからどうしたのかと思ったゾ?」

 

ベータテスト時代から顔見知りである三人が再びホルンカの村で相見えた。

 

「ああ、ちょっとね。でも、久し振り。アルゴ、ダンテ。」

 

「パンとクリーム、ゴチになったぜ。」

 

自分の前で恭しく両手を合わせるダンテを見たキリトは小さく頷いた。

 

「気に入ってもらえたのは何よりだ。」

 

「レベリングは順調か?」

 

「まあ、なんとか。今でレベル6だ、もうすぐ7になると思う。そっちは?」

 

ダンテは周りを素早く見渡してからキリトと肩を組んでアルゴに目配せすると一緒に歩き出し、声のトーンを落とした。

 

「8だ。しかし、まだ閉じ込められて一日しか経過してないとはなあ。このペースをずっと保っていれば・・・えー、今が七日だから、後二十三日間、大体一週間に平均でレベルを3上げれば安全マージンを余裕で超えられる。いやいや、中々ハラハラした夜だったぜ昨日は。実はお前と組んでやったクエストの直後、偶然フィールドボス討伐を立て続けにやっちまってな。結構素材もコルも経験値も右肩上がりなんだ。クールダウンまでまだ時間は掛かるが、やってみる価値は有るぞ。」

 

現実世界にある自分の体は指一本動かせず、何時戻れるかも分からない明日は我が身と言う危機的状況に瀕している。こうしている間に現実世界の肉体も時間と共に栄養失調に蝕まれている絶体絶命の状態なのに、昨夜の武勇伝を搔い摘んで語るダンテは実に能天気だ。まるで危険に晒される事を臨んでいたかの様に、口元には笑みすら浮かんでいる。

 

「ああ。確かに、あれは人生最悪の日曜日だったよ。」

 

キリトの表情は暗い。

 

「キー坊、昨夜何があった?お姉さんとお兄さんに話してみナ。」

 

「アルゴ、お前は兎も角俺はお兄さんて年齢じゃねえよ。アラサーだ、アラサー。もうおっさんになる四歩手前の二十六だ。」

 

アルゴは余計な茶々を不謹慎に入れるダンテをキッと睨んだ。いい加減に黙れと言うサインだ。彼もまた両手を上げて小さく降参のポーズを見せ、それ以上は何も言わずに口を閉ざした。

 

「まずは場所を変えよウ。」

 

三人は人気の無い袋小路に辿り着くと、低いトーンで会話を再開した。

 

「実は昨日の夜、森の秘薬クエストを終わらせた後にもう少しレベリングをしようと思って暫く森の中を彷徨いていたんだ。それで新規らしいソロプレイヤーがリトルネペントと戦っているのを見て、助けに入った。でもあいつは・・・・」

 

「知ってか知らずか、『実付き』の奴を攻撃してフェロモンをぶちまけた。」

 

「前者だよ。彼は俺をモンスターの餌にしてPKしようとしたのは間違い無い。『実付き』のリトルネペントを攻撃してから直ぐに姿が見えなくなった。恐らくハイディングのスキルを習得していたんだろうが、多分視覚を持たない相手に通じない事を分かってなかったんだ。結局は大量に集まったネペント達の総攻撃を受けて、死んだ。」

 

そのプレイヤーの死に方を聞いたダンテは小さく身震いをした。馬鹿でかいウツボカズラと口がキマイラ化したあの気色悪いリトルネペントに囲まれ、看取られて死ぬなんて随分と嫌な末路だ。

 

「・・・・大変だったんだナ、キー坊。」

 

哀愁漂うキリトを元気付けようとアルゴが彼の頭を優しく撫でてやるが、彼の心に重くのしかかる自責の念は、見えない力で彼を押し潰そうとしていた。

 

「キリト、気に病むなとは言わないがどんな理由があれ、お前の命を狙った事に変わりは無い。未遂に終わったから不相応な死に方かもしれないが、ありゃ自業自得ってもんだろ。」

 

だがキリトは何も言わずに俯いた。実年齢より大人びた雰囲気を漂わせている彼だが、心はまだ幼気な少年の物なのだ。あの時、あの静寂と闇に包まれた森の中でキリトを贄にアイテム入手を目論んだプレイヤー、コペルは、死に物狂いで叫びながら押し寄せるリトルネペントを相手に戦い、やがて飲み込まれて見えなくなった。

 

「頭の中じゃ分かってる。神や仏でもない俺達がアインクラッドにいるプレイヤー全員を生きて現実世界に返すなんて事が不可能だって事も、死に対する恐怖で他人を蹴落としてでも生き残ろうとする奴が出て来る事も。でも、納得出来ないんだ。ここが変に締め付けられて、吐きそうになる。」

 

キリトは自分の胸に拳をぐりぐりと押し当てた。だが嫌でも納得する事になる時が必ず来る。

 

「遠慮しとくよ。俺は別の村に用があるからさ。」

 

ヒラヒラと手を振るキリトに止めはしないとばかりにダンテは肩を竦めた。

 

「ま、無理強いはしない。移動の事だが、俺達も付いて行こうかと思ってる。」

 

「別に構わないけど、理由を聞いても?」

 

キリトは目を細めた。ソロ攻略の利点は経験値、金、そして素材を自分一人で自由に使える事と、ギルドの様な大所帯に比べると確実に自由に動けると言う事。だが、当然危険が付き纏う。モンスターや状態異常もそうだが、下手をするとそれよりももっと恐ろしい物があるのだ。オンラインの世界では『ゲームだから』と言う理由で十中八九人格が変わる人間がいる。SAOとて例外ではない。寧ろこの仮想空間では攻撃パターンを持つモンスターより、置かれた状況下で何を仕出かすか間際にならなければ分からない人間の方をよっぽど危険視するべきかもしれない。

 

「他の村でやってないクエストがいくつかある。短剣を新調したいんでね。お前もどうせクエストと道中のpopモンスターのドロップ目当てだろうから、互いのおこぼれに預かろうって訳さ。ギルドやパーティーは組まなくても極少数のソロプレイヤーがそれぞれ遊撃しながら移動するって事さ。」

 

「実にダンテらしいナ。欲望に忠実な理由と計画ダ。」

 

「お前の為でもあるんだよ、アルゴ。使える素材は集められるだけ集めておいて損は無い。装備の新調は村より断然規模が上の都市でやった方がクォリティーも成功率も高いから。まあ、一番の理由はお前が相変わらず人との交流を避ける社会病質を患ってるかどうかの確認だな。」

 

「余計なお世話だ。」

 

冗談と知りつつキリトはダンテの脇腹を小突いた。横ではアルゴが爆笑している。

 

「ニャハッ、ニャハハハハハッ・・・・社会病質者て・・・・・・コホンッ。ここから一番近い村でも道程は長いシ、モンスターもコボルドタイプが出るから多少時間は掛かるゾ?まあ、良質の素材も手に入るし、迷宮区の次に高い効率でレベリングも出来るから一石二鳥なんだがナ。移動しながら情報提供も頼むヨ。」

 

「鼠印の情報屋は相変わらずご盛況な様で。」

 

「ああ、確かに盛んだったな。性欲が。」

 

キリトが皮肉混じりのジョークを飛ばし、それに便乗してダンテが不必要な下ネタを至極ナチュラルにブチ込んだ。当然それでアルゴが黙っている筈が無い。

 

「う、うるせェーーーー!!!」

 

再びトリオ復活となった三人は騒ぎながらもホルンカの村を出て、トールバーナを目指して走った。

 



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Soul of the Proud

お待たせしました。現在自動車教習所で免許取得の最中です。マニュアルトランスミッションて難しいですね。効果測定も早速一回目落ちました。orz


2022年11月18日、第一層の主街区、トールバーナ。茅場秋彦がデスゲーム開始を宣告してから二週間程の時が経過した。第二層に続く迷宮区の入り口は見つかったが、ボスの部屋は未だ発見されておらず、迷宮区自体もまだ半分程しか攻略されていない。

 

その二週間、ダンテ、アルゴ、そしてキリトの三人は只管レベル上げに専念した。トールバーナに到着したその翌日から迷宮区の入り口探索を始め、見つけてから直ぐに潜った。連日連夜の五日間攻略を続け、モンスターの種類、その攻撃パターンの変化、新しいバフやデバフの有無など様々な情報を集めた。七日目と八日目は休息を取り、再び五日間のレベリング地獄へと足を踏み入れる。

 

現在三人は迷宮区限定で登場するルインコボルドシリーズのモンスター、ルインコボルド・メイサーを相手に戦っていた。尻尾を生やして兎の様な大きな耳を持ち、二足歩行するこのモンスターは身の丈は三人の中で最も長身のダンテの倍近くあり、急所のみを覆った簡素な革製の防具と木製の丸い楯以外の攻撃を妨げる装備は無い。

 

だが手には鉄製の槌矛、メイスを握っている。ルインコボルドは総じて動きは俊敏だが、持っている武器はプレイヤーに取っても重い部類の物に入る。それでも移動スピードは殆ど変わらないが、やはり他のルインコボルドに比べると動きが遅く、更にメイスの攻撃間隔が他の武器よりも遥かに遅い為、付け入る隙も探せば幾らでもあるのだ。

 

「ダンテ、スイッチだ。足元を崩してくれ。」

 

空振りに終わったルインコボルドのメイスを踏み台に飛び上がったキリトはアニールブレードで三連撃のソードスキル『シャープネイル』で楯を持った左腕を肩口から切り裂いた。スキルの名前が由来する鋭い三本の爪で引き裂かれたかの様な傷が現れ、ダメージエフェクトの赤いポリゴンが血の様に噴き出した。

 

「任せな。」

 

次に同じアニールブレードを装備したダンテが低い耐性で飛び出し、ルインコボルド・メイサーの数歩手前で低空タックルをかますかの様に地を蹴り、刀身が光り始める。そしてそのままメイサーの両膝を狙って左右に切り払う『サイドバイト』を発動した。左足への斬撃は浅かったが、反対の足は膝から下が完全に切断されていた。バランスが取れずにメイサーは地響きを立てて倒れた。

 

「アルゴ、スイッチ。頭狙え。」

 

「うイ!」

 

音楽に合わせて体を揺するダンテは軽快なバックステップで後退し、入れ違いにアルゴがナイフを片手に突貫した。右足を軸に回転しながら続け様に二度斬りつけるソードスキル、『ラウンドアクセル』が淡い光と共に放たれる。メイサーのHPバーが空になると、パリン、とガラスが割れる様な小さな破裂音と共にポリゴンの欠片に四散した。

 

「にしても相変わらず広いな、ここはよお。」

 

「ベータテスターである俺達すらボスの部屋を見つけられないなんて。ダンテの読み通り、難易度が上方へ修正されてるな。」

 

「俺っち達は少なくともこの層にいる間は平気だロ?俺っちのレベルは15、キー坊が17、ダンテが19ダ。ボスの部屋が見つかる頃にはもう充分強くなってる筈サ。」

 

アルゴは短剣の耐久値を確認し、満足そうに右腰の鞘に納めた。

 

「強化素材も売る程あるかラ、金にも困らねえナ。」

 

「まあ、今はベータもニュービーも大体俺達と同じ様に自分強化で必死だからな。競売屋で儲けさせてもらってるよ。数が揃えば意外と金額が跳ね上がるな。レディーから為替のレクチャー受けといて良かったぜ。」

 

「ダンテ、お前、熟こう言う事に関しては性格エグいな。」

 

キリトはアイテムストレージから取り出したパンを千切り、それを口にしながら呟いた。

 

「俺は自分を善人だと思った事なんて一度も無いぞ。これでも一応学生時代はやんちゃして何度かサツのお世話になりかけた身だ。」

 

「おま・・・・・何したんだよ・・・・?」

 

呆れながらも訪ねるキリトに対して待ってましたとばかりにダンテは胸を張る。

 

「傷害罪数件、電波法違反二件、ハッキング三件、無免許運転一件、未成年飲酒、後は未成年喫煙だ。昔は一日一本だったが、レディーやトリッシュが煙草の味がするキスは嫌だって言ってな。今じゃ半月に一回吸うか吸わないかの頻度だ。」

 

「そうなのカ・・・・たまぁにちょっぴり苦みがすると思ったラ・・・・」

 

極稀にキスの時不思議な味がする理由の謎が解けたのか、ポンとアルゴは手を打つ。

 

「ちなみに、先程の罪状だが、俺は捕まっていない上、補導もされていない。まあバレた時は親父にぶっ殺されそうになったがな。」

 

キリトは唖然とした。義務教育中にここまでの前科を持っている札付きが一度たりとも補導された事が無い物など普通はあり得ない話だが、現にこうしてダンテがいる。何故か頭痛を覚えたキリトは目を閉じて顔を顰めた。

 

「キリト、参考の為に良く覚えとけ。大人ってのはな、綺麗な顔してる程内面が腐ってる。まあそれだけならまだ良いが、その上頭も切れる様な奴だったら殊更に始末が悪くなる。俺なんかが良い例だ。で、自分に取って脅威となりうる奴を潰す為のエグい計画を考えてそのエグい事を実行に移してなんぼのもんなんだよ。さてと、くっちゃべるのもここまでだ。マッピング続けるぞ。」

 

三人はしばしの休息を終えて身支度を整えると、未だ未踏の迷宮区エリアへと歩を進めた。攻略のペースはごく少数のパーティーである為身動きは自由に取れるとは言え、お世辞にも速いとは言えない。だが逸る気持ちを一心に抑え、手堅く進まなければ一気に死期を早めるだけとなる。

 

進んで行くうちにあっと言う間に時は過ぎて行き、いよいよ日付も変わろうとしていた。迷宮区で幾つ目か分からない十字路に辿り着くと、その中心には仰々しい石柱が一本立っていた。そしてそこには羊皮紙が杭で打ち付けてある。赤いインクで書かれたその文字は不可解な物で、歴史や語学が得意なアルゴやダンテさえ意味が分からない。

 

「警告か、トラップか・・・・・」

 

ダンテはその柱に近付き、いつでも走れる様に身構えながらその羊皮紙を指先で押した。ポップアップしたスクリーンには『試練の書』とだけ書かれており、詳細は不明だ。

 

「はたまた何かの役に立つアイテムか・・・・兎も角一度持って帰るか。」

 

キリト達が止める間も無く石柱に固定されていたそれを引っ張って取り外すと、ブォン、と赤い光がダンテを包み込み、光が消えると同時に彼の姿もまたなくなっていた。

 

「何だここは?」

 

ダンテが辺りを見回すと、空に浮かぶ半径二十メートルはある円状のフィールドに自分一人がポツンと立っていた。念の為にと武器を手にし、周りの様子をうかがう。ガコン、とフィールドの床が落とし戸の様に開き、そこから六体のモンスターが列を成して現れた。兜から露出した兎の様な長い耳からルインコボルドシリーズのモンスターである事は間違いない。

 

「ルインコボルド・・・・・さしずめナイトって所か・・・・?」

 

アニールブレードを構え、爪先で何度か体を浮かせ、ワン、ツー、と口ずさみながら左右に体を小さく揺すった。そしてルインコボルド達の頭上にゆらゆらと揺れながら文字が現れた。

 

Annihilate your enemies unharmed

 

無傷で敵を全滅させろ、と言う事だ。

 

「上等だコラ。遊んでやるぜ。」

 

鎧を付けている分攻撃力は勿論、防御力も今まで戦って来たルインコボルドより遥かに高い。アニールブレードの耐久値はまだ大して減ってはいないが、まともに攻撃を受けたりすればたちまち折れてしまう。

 

まず最前列の鎧に身を包んで槍を持ったルインコボルド・スピアナイト三体が三方向からダンテに向かって来た。しかし、ダンテは相変わらず体を揺するだけで動かない。スピアナイトがそれぞれ槍のソードスキル『フェイタル・スラスト』と『ツイン・スラスト』、更に『ソニック・チャージ』を僅差で次々に放って来た。

 

「まあ、常套手段だな。」

 

鞘を地面に突き立ててそれを足場にジャンプすると、顔を狙って突き出された『フェイタル・スラスト』を回避し、体を捻りながらルインコボルド・スピアナイトの頭を力任せに蹴り飛ばした。レベル上げではやや筋力値寄りのバランス型で、その衝撃は突撃して来たルインコボルドを後ろに弾いた。その為、すぐ後ろから付いて来ていたスピアナイト二体もそれにぶつかり、結果的に三体ともソードスキルの発動をキャンセルされてしまった。そしてソードスキル命中の成否に関係無く動きが硬直する。

 

「バーカ。」

 

無様にこけたそのルインコボルド達が立ち上がる前にアニールブレードを左右に持ち替えながら鎧の隙間———正確には喉を———狙って幾度も斬りつけ、最後に暫く動けない様に足を切り落とした。だがソードスキルはまだ発動出来ない。

 

スピアナイトが倒れた時に偶然穂先が地面に突き刺さった槍の上を駆け上がると、今度は片手剣と楯を持ったルインコボルド・ナイトが二体飛び出し、突進技の『レイジスパイク』を同時に放って来た。倒れているスピアナイトを蹴って空中に飛び上がり、ナイト二体の攻撃を避けた。それだけで無く、『レイジスパイク』はダンテの後ろで立ち上がろうとしているスピアナイト二体に突き刺さったのだ。槍の穂先は容易く鎧を貫き、HPがゼロになる。硬直が終了する前にダンテもまたナイト二体の足を切り崩して執拗に急所を狙う。

 

だが背後から差す影を見て思い切り左へ飛んだ。その直後、ずしんとフィールドが一度大きく揺れた。先程立っていた所に目を向けると、巨大な斧が地面に突き刺さっていた。ヴァイキングや中世の騎士が使った様な戦斧、バトルアックスである。それを握っているのは通常のルインコボルドより少し大柄なルインコボルド・バスターだ。両肩にある棘付きの肩当てが更に威圧感を上げている。

 

「あっぶねぇ〜・・・・」

 

無傷で敵を全滅させなければならない。もしダメージを少しでも受けてしまったらどうなるか分かった物ではない為、もう悠長に遊んではしていられない。ブランカ・ザ・ブラッドグリズリーを倒した際に手に入れた剣、『ブラッディー・ファング』を装備し、鞘から抜き放った。地の様な深い赤色が放つ光沢は美しさと同時に恐ろしさを醸し出す。

 

「第二ラウンド、開始だ。」

 

狂気を宿した笑みを顔に浮かべ、時間差をつけて手持ちのアニールブレード二本を空高く投げ上げた。その直後にブラッディー・ファングでまずようやく足が再構築されたルインコボルド・ナイト二体と残り一体のルインコボルド・スピアナイトに躍りかかる。

 

一歩間違えれば自分の命が消えてしまうと言うのに、ダンテは笑っていた。血飛沫の様に飛び散るダメージエフェクトの赤いポリゴンを存分に浴びる様は、まるで水遊びに夢中になる子供だ。落ちて来たアニールブレードを指先だけで掴み取り、今度はブラッディー・ファングを投げ上げる。鎧の隙間を狙い、まず一番HPが喉笛を後頭部から深々と突き刺し、抉った。貫通ダメージを継続させる為にアニールブレードは刺さったままにしておき、次に落ちて来た二本目のアニールブレードを構える。一本目を突き刺した場所とほぼ同じ所をまた突き刺し、両手で左右に切り開いた。

 

「まず一匹。残り、三匹。」

 

耐久値もそろそろ覚束なくなって来たアニールブレードの一本をストレージにしまい、回転しながら放物線を描くブラッディー・ファングを掴んだ。

 

右後方からルインコボルド・ナイト二体が前方から楯を持って突っ込んで来る。恐らくそれによって壁を作り、ルインコボルド・バスターの攻撃から逃れるのを防ぐつもりなのだろう。更に逆方向からバスターの大斧が上から振り下ろされて来る。

 

「『ランバー・ジャック』かよ・・・!」

 

両手斧の三連撃ソードスキルは連続で三度斧を楯に振り下ろす斧の攻撃の割にはスピードがある技だ。間に合え、とダンテは心の中で今しがた立てた無謀極まり無い計画の成功を祈り、楯を前に突進して来るルインコボルド・ナイトに向かって行った。

 

失敗すれば、確実に死ぬ。迫って来る楯の壁と振り下ろされる斧、二つの動きを交互に中止しながらタイミングを測り、飛び上がった。そして楯を足場に飛び上がり、ルインコボルド・バスターの頭上を超える。直後、迫って来たルインコボルド・ナイト二体は『ランバー・ジャック』の攻撃をまともに受けてしまい、楯が粉々に吹き飛んだ。その勢いはフィールドの端まで二体を押しやる。

 

「Gotcha now, bitch!これで、残るは、」

 

スキル発動後で動けないルインコボルド・バスターを捨て置き、フィールドの端まで吹き飛ばされた二体を追い打ち、飛び蹴りで突き落とした。

 

「てめえだ、デカブツ。」

 

スキル発動後の硬直が解けたルインコボルド・バスターはダンテが突っ込んで来るのを待ったが、間合いに入った瞬間ソードスキルを発動した。今度は全方位への攻撃が可能な回転系の技、『ワールウィンド』が飛んで来る。だが、ダンテは数歩前に出て耐久値が低くなったアニールブレードでも受け止められる様にした。その圧力にダンテが立つフィールド一帯にピシピシと亀裂が入り始める。

 

「これで、ラスト。」

 

アニールブレードから手を離すと、直ぐにブラッディー・ファングを装備し、このフィールドに来て初めてソードスキルを発動した。まずは硬直が少なく次のスキルに移る事が容易な『シャープネイル』。硬直が終わった瞬間、すぐ次のスキルに移る。次はV字型に切り裂く『バーチカル・アーク』だ。

 

「あと少し・・・・」

 

だがルインコボルド・バスターもただでやられる訳ではない。体勢を立て直した直後にフィールドに走った亀裂に『グランド・ディストラクト』と言う単発の範囲技をぶつけた。ビシビシと嫌な音が走る。

 

まさか、こいつは自分ごと俺を道連れにするつもりなのか?

 

硬直後、再び『グランド・ディストラクト』。亀裂は更に大きく、深く走り、ダンテが立っている部分が傾き、沈み始める。

 

「とどけ、とどけ、とどけぇ〜〜〜〜!!」

 

プレイヤーステータスは敏捷値が若干劣るので全力で走らなければ落ちて死ぬ。落ちる瓦礫の上を踏みながら未だ浮遊する半円となったフィールドに降り立つ。

 

「・・・・やりゃあ出来るじゃねえか、AIでもよお?」

 

ダンテは再び剣を空中に投げ上げ、両手にありったけのピックを装備した。足の間や振るわれる斧をかいくぐりながら鎧の隙間に確実且つ丁寧に突き刺して行き、落ちて来たアニールブレードとブラッディー・ファングを掴んだ。じわじわとHPが減って行き、アニールブレードを突き刺した直後に渾身の『バーチカル』で縦一文字にルインコボルド・バスターを切り裂いた。リザルト画面が一瞬だけ表示されたが、詳細を確認する前に視界がまた真っ赤な光で塞がれ、再び迷宮区に戻っていた。

 

直後にアルゴが彼に抱きついたまま地面に組み伏せた。

 

「ダンテ!!今までどこにいたんだヨ!?」

 

「急に消えたからびっくりしたぞ。てっきり死んだのかと思った。」

 

「・・・・・どうやら隠しステージを偶然見つけたみたいだ。それを今さっき終わらせて戻る事が出来たらしい。」

 

隠しステージの内容をざっくりと話すと、キリトは只々驚くばかりだった。

 

「無傷で鎧を付けたルインコボルドをたった一人で六体も・・・・・?!そんな無茶苦茶な隠しステージ、聞いた事無いぞ。あ、リザルト画面はどうなってる?」

 

「ん、ああ・・・・」

 

リザルトが面を確認すると、普通にモンスターを倒した時とは比べ物にならない程の経験値とコルが手に入っていた。一気にレベルが二、三は上がっている。更に、与えられたアイテムをオブジェクト化すると銀色の輪に赤い水晶が通され、その輪が鎖で繋がれたペンダントが現れた。

 

「コイツァ儲けたな。」

 

数値もかなり高い。アクセサリ—系の装備はレベルが上がれば上がる程その効果が大きくなる。使わない手は無い。

 

「プラウド・ソウル・・・・誇り高き魂、か。」

 

「ダンテ、今日は一旦帰ろう。耐久値もそろそろヤバいだろ?」

 

「ああ。そうする。」

 

「ダンテ、帰ったらお仕置きだからナ?」

 

「へいへい、分かった分かった。好きにしやがれ。」



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The Devil’s Advocate

初めての一万超えです。MT車ってクラッチが難しい・・・・


2022年12月2日。ソードアート・オンラインと言うゲームが遊びの世界からデスゲームへと変貌した日からおよそ一ヶ月が経過し、その一ヶ月の間で既に二千人近くのプレイヤーが命を落とした。それはモンスターからの攻撃だったり、自殺だったり、理由は様々だ。元リスポーン地点にある生命の碑石と呼ばれる一万人のプレイヤーネームを表記した物があり、死者が出たその都度名前に横線が入れられ、死んだ場所、日時、死因が細かく記載される。

 

そしてこの日の昼下がり、キリト、ダンテ、そしてアルゴの三人は一昔前のヨーロッパの街並に見える第一層の主街区、トールバーナの中を移動していた。

 

「トールバーナ到着からおよそ一ヶ月で、一万あった残存兵力は残り八千か。俺達はこの箱庭から出られるのかねえ。」

 

「大事な事なんだからもう少し緊張した面構えをしてくれないか?コレは大問題だぞ。全戦力の二割を一ヶ月で削られたのにも拘らず、未だに第一層が突破されない・・・・・まあ、あの茅場晶彦が簡単に俺達を次の層へ行かせてくれるとは思っちゃいないけど。」

 

欠伸をしながら緩み切った面構えを崩さないダンテをキリトが窘めた。 アルゴが発行している情報新聞『Weekly Argo』のページを睨んでいる。

 

「まア、どちらにせよかなりの情報を流せたんダ。生存率は幾らか上がってる筈だゾ?」

 

「そうとは限らない。」

 

アルゴの言葉に壁に凭れ掛かって腕を組んでいたダンテが首を横に振った。

 

「ダンテ、何が言いたいんだ?」

 

「情報を持っているからと言って事を有利に進められるとは限らないって事さ。」

 

どれだけ情報を手に入れても一番の問題はその情報を手に入れた後にどうするか、そして何が出来るか、だ。そればかりはプレイヤー自身の腕前に掛かっている。あらゆる状況に立ち向かえるだけの知能、度胸、精神的な強靭さ、状況に合わせて戦法を変える柔軟な思考能力など、色んな面で試されるのだ。手に入れた物を上手く使いこなして立ち回る事が出来なければ意味が無い。死んで行くのが落ちだ。

 

「例えるなら、メカ音痴が最高級のパソコンを持ってるのと同じだ。幾ら使ってる物が良くても扱ってる奴が阿呆じゃ宝の持ち腐れだ。まあ、確かに下らんトラップに引っ掛かって死ぬなんて間抜けな末路を辿る奴はめっきり減ったがな。」

 

「それも、そうだな・・・・・・・」

 

「おいおい、お前が暗い顔してどうする?」

 

アルゴが毎週制作している情報新聞『Weekly Argo』で顔を隠しているが、まるで遮断物を透視しているかの様にダンテはキリトの表情を読み取った。手のかかる弟を見る目付きで、オブジェクト化した酒瓶を傾けた。

 

「俺は、今まで自分の事しか考えて来なかった。ダンテやアルゴは同じベータテスター同士だから、いざピンチになったら自分でどうにか出来るだろうって思ってて。でも、死んで行ったビギナー達は違う。クラインも・・・・」

 

「あのなあ・・・・・お前は、ガキの、癖に、深く、考え、過ぎだ。」

 

キリトの手から新聞を奪い取ったダンテはそれを丸めた棒にして言葉を区切る都度、彼の頭を叩いた。普通ならそれを払い除けて反撃なり何らかの反応を示すのに何もして来ない。まるで無気力症患者だ。

 

「けど俺は・・・・」

 

「あー、もう!分かった、こうなりゃ荒療治だ。」

 

ダンテはメニューを開いてある操作をした。すると、キリトの目の前に小さなウィンドウがポップアップした。

 

『Danteさんから初撃決着モードのデュエルを申請されています。受諾しますか?』

 

その文章の下にイエスとノーの二択のボタンが備わっている。

 

「息抜きにやろうぜ、な?前にやった時は、結局引き分けちまったし、こちとらいい加減白黒付けたいんだよ。」

 

「悪いが今はそんな気分じゃ」

 

ない、と言い切る前にアルゴがノーのボタンを押そうとするキリトの手を掴んで無理矢理イエスを選択させた。

 

「おい、アルゴ・・・・」

 

「キー坊、悪いが俺っちもいい加減にして貰いたいんだヨ。そんな辛気くさい雰囲気漂わせてたらこっちまで辛気くさい気分になっちまウ。一度で良いから自分の事を考えてみロ。考えたところで罰が当たる訳じゃないんだしサ。」

 

「・・・・・今回だけだ。これ以降はもうしないぞ。俺は伊達や酔狂でデュエルする性分じゃないんだ。」

 

「大いに結構だ。とりあえず、アニールブレードで良いな。」

 

数字が空中に現れ、六十秒のカウントダウンが始まった。

 

キリトは左足を後ろに下げ、右半身を前に出してアニールブレードを構えた。対するダンテも右肩を前に出したが構えらしい構えは取らず、左手に持ったアニールブレードを鞘ごと肩に担いでいるだけだ。

 

「続けてりゃあお前もその内に味を占めるさ。」

 

カウントがゼロになった瞬間、ダンテは剣の鞘を握り締めて槍の様にキリトの顔面目掛けて投げつけた。キリトは右足を引いてスウェーで交わし、『レイジスパイク』を発動した。繰り出される突きは光の尾を引き、ダンテの胸へと吸い込まれて行く。

 

「おっとぉ。」

 

だがダンテは少しばかり後ろに下がり、キリトの剣先は胸の数センチ手前、即ち『レイジスパイク』の射程範囲外ギリギリで回避したのだ。そして屈伸すると上半身と下半身の両断を横一閃の『ホリゾンタル』で狙う。

 

間一髪で硬直が解け、キリトは飛び退いた。

 

「良いねえ、初めてデュエルをした時を思い出すよ。なあ?」

 

「鞘を使った不意打ちはあんたの得意技だったな。」

 

「まさか卑怯だなんて空気読めない発言はしねえよなあ?」

 

にやにやするダンテを見て、何かが込み上げて来たキリトの顔も自然と綻んだ。

 

「それに、お前すげえ良い顔してるぜ。お前も俺同様、好きな事に関してはとことん嵌るタイプだ。楽しもうぜ、なあ!」

 

今度はアニールブレードを回転させながら投げつけ、キリトの顎を目掛けてフックを放つ。剣を弾くと空いた左手でフックをブロックしたが、ステータスが敏捷寄りなので若干馬力で勝っているダンテの攻撃でよろめいた。剣を持ったままダンテの腹に拳を叩き込もうとしたが、包み込む様にその手をがっちりと掴まれた。

 

「げっ・・・・」

 

「Bingo!」

 

キリトの腕を左に捻ると同時に足を払い、地面に倒した。空中に打ち上げられたアニールブレードをキャッチし、立ち上がるのを待つ。

 

「何で・・・・」

 

引き倒されたあの時なら何の問題も無くデュエルに勝てたと言うのに、あっさり身を引くダンテ。その意図が読めず、キリトはそう呟いた。

 

「普通ならあの場で追い打ちして終わりだが、俺はお前が敬意を払うべき相手と見なした。初めてデュエルをした時からな。そう言う奴とはじっくりとやりたい主義だ。たとえそれがガキでも。さあ、Shall we dance?」

 

「あの一撃で勝ちを取らなかった事、後悔させてやる。」

 

そうでなくてはと、ダンテの笑みはこれ以上無い程に大きくなった。二人は再び向かい合い、ぶつかった。だが、ソードスキルも鞘を投げつける様な小細工も無い、純粋な勝負だ。片や落ち着いて避けながらカウンターのタイミングを伺う黒衣の少年、片や剣を必要に応じて左右に持ち替えながら変幻自在の攻撃を繰り出す赤衣の青年。踊るかの様な二人の動き、刃がぶつかる音色、そしてぶつかる際に飛び散る火花に、トールバーナにいたプレイヤー達は自然と魅入っていた。

 

「どうだ?お前も段々ノッて来たろ?!」

 

「さあね!」

 

キリトは大きく踏み込みながら斜めに斬り下ろしたがダンテがその上から剣を力任せに叩き付け、つんのめらせた。そして最後は左肩を貫かれてダンテの勝利に終わり、頭上に勝者(ウィナー)の表示とデュエル終了までの所要時間が表示された。

 

「良いか、キリト。俺は元不良だが一人の社会人として言わせてもらう。自分の事を考えるのは悪い事じゃない。自分の命が危険に晒されてる時とかにフィールドの片隅で赤の他人が死んだ時、その都度涙を流している暇は無い。一々立ち止まって悲しんでちゃキリがねえぞ。ここはリアルのルールは当て嵌まらない、俺達プレイヤーだけの現実だ。それに、始まりの街を出た時にお前を本当に知っている様な奴の数なんざ片手でしか数えられねえだろ、この人見知りの末期コミュ障持ち。クラインの事もそうだ。本人が許すって言って水に流したんだから、もう忘れろ。お前が勝手に責任感じて無駄な物を背負い込んでるだけだ。」

 

ダンテの言葉にアルゴも頷いた。

 

「そうだゾ。ダンテの言う通りもっと気楽に行ケ、皆は自分がどう生き延びるかで一杯一杯なんダ。全プレイヤーの命に気を回す様な高燃費の思考をそのまま続けてみろキー坊。二十代に突入する前に禿げ始めるゾ。」

 

「言うのは簡単だな。それに禿げるなんて、仮想空間でそんな訳あるか・・・・」

 

キリトは叩かれた頭を抑えて目を細め、真面目な顔付きで禿げると公言したアルゴを恨めしそうに見つめ返す。

 

「本当だ、賭けても良い。人間は極度のストレスに長時間晒され続けると禿げるんだ。第一人間は死ぬ時ゃキッチリ死ぬ、俺もお前も、クラインもな。死んじまったら、所詮そこまでしか生きられないその程度の人間でしかなかったって事さ。」

 

「酷い言い様だが・・・・・返す言葉も無いな。リアルじゃ弁護士かなんかだろ?」

 

「残念、外れだ。ディベートの講習は受けた事はあるがそれだけだぞ。それに司法試験なんて受けた事も無い。顧問弁護士ならそれなりに儲かるだろうが、あんなストレス塗れの仕事を続ける奴の思考は俺には理解出来ん。」

 

丁度その時、噴水がある小さな広場から人がどんどん離れて行き、石を作って削られた古代ローマのコロシアムにも円形劇場にも見える様な場所に約四十人のプレイヤーが集結していた。

 

「お?どうやら何らかのミーティングがあるらしいな。キリト、行ってみるか?」

 

「ああ。」

 

「俺っちも付いて行くゾ。」

 

三人はプレイヤー達の流れを追ってそこに向かった。ダンテは下に降りて座りたかったのだが、キリトはやはり未だに大勢の人の周りにいるのが馴れないらしく、居心地が悪いと言って会場の一番上の段に座ったままだった。アルゴも職業柄あまり目立つ訳にも行かないと言って聞かず、キリトの近くで待機している。仕方無いので二人の側に立って他のプレイヤー達に見られない様に柱の後ろに立ちながら、ミーティングの始まりを待った。

 

「はーーーい!それじゃあ、そろそろ始めさせてもらいます!」

 

劇場の中心に立った銅色の防具と青の上下を身に付けた男が手を叩いて声を張り上げ、注目を集めた。

 

「今日は俺の呼び掛けに応じてくれてありがとう!俺はディアベル。職業は気持ち的に『ナイト』やってます!」

 

「SAOにJOBシステムなんてねえよー!」

 

「ホントは『勇者』って言いたいんだろ?言え言え、言っちまえ!」

 

張り詰めた空気が一瞬緩み、客席に座っていたプレイヤー達は一斉に笑ったり冗談混じりの野次を飛ばしたりした。だが、それもやがて収まり、ディアベルと名乗ったプレイヤーが真面目な顔付きで再び喋り始める。

 

「今日、俺達のパーティーは迷宮区の塔の最上階でようやくボスの部屋を発見した!」

 

コレを聞いた全員がおおっとどよめいた。

 

「俺達はボスを倒し、第二層に到達していつかこのデスゲームがクリア出来ると言う事を始まりの街にいる皆に伝えなければならない。それが俺達の義務なんだ!」

 

力強い言葉に、拍手の渦が巻き起こった。中には口笛を吹き鳴らす者まで現れた。

 

「じゃあ、まずは六人のパーティーを組んでみてくれ。フロアボスは只のパーティーでは倒せない。パーティーを束ねたレイドを作るんだ。」

 

最後部でコレを聞いていたキリトはすぐにアルゴとダンテにパーティーの申請を出し、二人は何も言わずに承諾した。会場の方に目を向けると、外套を身に着けてレイピアを持ったプレイヤーがひとりぼっちで座っているのに気付いた。恐る恐ると言った様子で近付く。

 

「アンタもあぶれたのか?」

 

「あぶれてない。」

 

声の高さからして女性プレイヤーだろう。キリトの質問には必要最低限の答えを返した。

 

「他の人達が皆お仲間同士みたいだったから遠慮しただけ。」

 

それをあぶれると言うんだろ、と言いたくなったキリトだが、これからパーティーに誘う相手と無駄に軋轢を生じさせてはいけないと思い直して黙った。

 

「そっか。じゃ、暫定で俺達と組まないか?上で組んでる人が二人いるんだ。ボスは一人だけじゃ攻略出来ないし、今回だけ。」

 

そのプレイヤーは無言で頷き、キリトが出したパーティー申請を受け入れた。キリトの視界の左上に自分とダンテ、そしてアルゴのHPバー以外にもう一本その下に追加された。左側にAsunaと書かれている。

 

「じゃ、よろしく。」

 

アスナは無言で頷いた。

 

「皆組み終わったかな?じゃあ」

 

「ちょお待ってんか!!」

 

関西弁の濁声がディアベルの言葉を遮り、座っていた男性プレイヤーの一人が階段を数段飛ばして飛び降りると、ディアベルの隣に着地した。小柄だがガタイの良い体をしており、背中に刀身が長い片手直剣を背負っている。髪の毛は彼のスタイルなのか、デフォルメされた毬栗の様に所々で突き出ていた。

 

「ナイトはん。コレだけは言わせてもらわな、仲良しこよしは出来ひんな。」

 

「言いたい事があるなら、どうぞ?まず自己紹介から。」

 

フンと鼻を鳴らして不快極まり無いと言う感情を隠そうともせず、男は口を開いて喋り始めた。元々普通に会話する時の声が大きいので殆ど叫びながら喋る彼の声は耳障りで、ダンテやキリトは思わず顔を顰めた。

 

「ワイはキバオウってもんや。ボスと戦う前に言わせてもらいたい事がある。こん中に、今まで死んで行った二千人に詫び入れなアカン奴らがおる筈や!!」

 

「キバオウさん、君が言う『奴ら』とは元ベータテスター達の事かな?」

 

「決まってるやないか!ベータ上がり共は、こんクソゲームが始まったその日に、ビギナーを見捨てて消えよった!あいつらは上手い狩り場やらボロいクエストを独り占めして自分らだけポンポン強うなって、その後もずっと知らんぷりや。」

 

そこで一度息を吸い込み、ギロリと会場にいる全員を見渡した。

 

「こん中にもおる筈やで!?ベータ上がりの奴らが!!そいつらに土下座さして、溜め込んだ金やアイテムを吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けられんし、預かれん!!」

 

コンプレックスが根深い程尊大な態度を取るとどこかの本で読んだ覚えがあるダンテは、今正にそれを体現する男が目の前にいると感じ、その完璧な当て嵌まり様に思わず笑い出しそうになった。

 

キバオウがきっぱりとそう言った直後、彼の顔面目掛けてピックを一本投げつけた。額へと吸い込まれて行き、見えない拳からのストレートパンチを食らったかの様に足は地を離れ、仰け反って後ろに吹き飛ばされた。

 

「ちょ、ダンテ何してんだ?!」

 

ダンテの突然の暴挙にキリトは慌てた。彼の手には既に投擲用のピックが三本握られている。一本目を投げた直後に柱の後ろに背を預けて身を隠したのだ。口元にいやらしい笑みを浮かべる彼の目は据わっており、こめかみが小さくひくついている。キリトの手を振り払った。

 

「ああ言う自惚れた人間を見ると、ボロクソに叩きのめしたくなるんだよ。勿論、言葉だけじゃなく肉体的にもな。」

 

「だ、誰や!?ワイに物をぶつけくさったんは?!出てこんかい!!」

 

これ以上叫ばせても迷惑にしかならないと思い、ダンテは柱の裏から現れた。最後部の段でピックをペン回しの要領でクルクルと回し、耳穴をほじっている。

 

「よっ、と!」

 

その場から助走を付けて一気に飛び降りると、華麗な一回転をしながら会場の中心に片膝立ちで着地した。

 

「紹介が遅れたな。俺の名はダンテ。ちなみに、あいつが憎いと言って憚らないベータテスターだ。毬栗ヘッドの発言に対して幾つか反論を述べさせてもらう。構わねえだろ、ディアベル?」

 

「あ、ああ・・・・」

 

ディアベルはダンテを見るや否や動揺の色が走り、僅かにだが目を逸らした。心無しか、怯えている様にも見える。

 

「何や、ワレ!まず謝らんかい!」

 

青年期は危ない連中とつるんだり殴り合いをした事もそれなりあり、今でも何人かの危険人物との交流もあるダンテは、一目でこのキバオウと言う男は大して危険ではないと見抜いた。だが善くも悪くも威丈高な話し上手だ。先程彼が喋っていた時の様に余計な火種を持ち込んだ所為でビギナーの大半が恐らく彼に賛同する。特に周りの空気に支配されて右から左へ、左から右へ流れに乗らなければ異端視されるこの社会では尚更だ。

 

だが、逆に言えばそれだけだ。立場が危うくなると怒号を飛ばして威圧するしか能が無いただの独りよがりになってしまう。それに気付いたダンテはまずは足場にしている根拠とプライドを崩す事に決めた。

 

「黙れ色違いのモヤっとボール。良くそんな生き恥晒した髪型でいられるな。それと声を抑えろ。頭に響くし、俺の偏頭痛が酷くなる。」

 

キバオウは背中の剣に手を掛けようとしたが、それより速くダンテのピックに再びソードスキル発動の前兆である光が宿り始めた。ソードスキルをいつでも発動出来る状態にあるダンテと、まだ背中の剣を抜きかけているキバオウ。どちらの攻撃が先に当たるか、結果は明白である。

 

「スピードなら既に武器を抜いている俺の方が上だぞ。それにここは圏内だ。ノックバックはあっても、完全決着デュエルでない限り俺は死なん。」

 

キバオウは今にも掴み掛からんばかりの憤怒の表情を浮かべて体を震わせていたが、またピックを顔にぶつけられてひっくり返る醜態を晒したくないのか、その場を動かなかった

 

「では、始めさせてもらう。ここにいるテスターの奴らも良く聞け!確かに俺を含めたテスターの何人かはすぐに始まりの街を離れた。だが、だからと言って死んだ二千人に詫びを入れる必要があると言う理由にはならない。」

 

「何やと!?お前は人が死んでも何とも思わんのか!!」

 

「ああ。」

 

詰め寄るキバオウを見つめ返すダンテは落ち着き払ってそう斬り捨てた。

 

「生憎、俺は目の前で人が死ぬのを間近で見た事が二度あるから、ベトナム戦争レベルの物を見ないと大したリアクションは取れないぞ。ましてやここはゲームの中だ。血を流す事は疎か、痛みを感じる事も無い。死んでいると言う実感自体があまりしない世界にいるからな。」

 

「キバオウさん、皆は貴方の言い分を聞いた。彼の良い分も聞くだけ聞いても良いんじゃないかい?」

 

肩を竦めるダンテに今にも殴り掛かろうとするキバオウの肩にディアベルが手を置いて取りなした。

 

「ありがとう、ディアベル。では話を戻そう。お前の言い分ではこの一ヶ月で二千人が死んだ原因がベータテスターにあると言っていたが、今この場でそれが誤りだと言わせてもらう。全ての元凶はこの世界を作り出した茅場秋彦だ。GMであるあいつは言うなれば、この世界の全てを見聞きし、支配している絶対神。だが、責任を取らせたくてもこの場にはいない。要するにお前は都合良く責任転嫁出来るスケープゴートが欲しかっただけだろう?違うならば言ってくれ。」

 

だが何も言えない所を見ると、図星も図星、大図星を見事突いた様だ。

 

「攻略会議にワザワザ火種を持ち込んでプレイヤーの対立を煽って・・・・・アンタ一体何がしたいんだ?それに、石碑を確認したが死んだプレイヤーの中にもフィニアス、ルシア、グロリア、そしてクレドなど、俺が知っているベータテスターがいた。」

 

今のダンテの凛とした佇まいは言うなればベータテスターと言う被告人を有罪にせんと弾劾する原告の意見陳述を封殺しようとする弁護士の様に見える。

 

「それに考えてみろ、デスゲームだぞ?茅場の言った事を忘れた訳じゃないだろう?HPがゼロになった瞬間、現実世界の肉体も活動を停止する。明日は我が身と言う状況で手取り足取り教える様な余裕があると思うか?まず自分が生き残らなきゃ他人の心配なんてしている余裕はない。」

 

「何やと・・・・おのれはそれでも人間か!?」

 

「違うと言いたいのか?じゃあ、例え話をしよう。今お前の顔面に銃が突き付けられている。最早殺される一歩手前だ。その状況で『死にたくない』と何があっても思わない、と言える奴だけ挙手しろ。」

 

再び勢いを吹き返したキバオウだが、直ぐにまた叩き潰された。

 

これなら行ける、とダンテは心の中で確信した。先程の例え話で手を挙げる者は誰もいなかった。キバオウの話に耳を傾けたプレイヤーの大多数は、元ベータテスター達を魔女狩りよろしく吊るし上げるべきだと言う考えに心が傾きつつある。その様な反論し難い空気になってしまうと、まともな議論が成り立たず、健全な思考も停止する。その斉一性の原理が発生して集まったプレイヤー達を完全に支配してしまう前に、敢えて反論をする悪魔の代弁者の役を演じたのだ。

 

「だろうと思ったよ。それが当然の答えだ。俺だってまだ三十にもなってねえんだから死にたくはない。じゃあもう一つ。例えば、崖から落ちそうになっている人間が二人いる。一人は自分で、もう一人は全く知らない赤の他人。」

 

人差し指と中指を立て、指を一本ずつ折った。

 

「二人が掴まっている命綱は一人分の重さにしか耐えられない。さあどうする?助かるか?助けるか?それとも共倒れになるか?」

 

会場の全員を見渡して会議に参加した全員に答えを求めるかの様に一人一人の顔を真っ直ぐと見据えた。ダンテの発言は一理あると思う者も、論破されて言葉に詰まる者も、相変わらずダンテをキバオウ同様睨み付ける者もいた。

 

「更に、デスゲーム開始を宣告されてから僅か数日でこのガイドブックは無料で道具屋を通して販売されていた。それも常に更新されている。持ってる奴は全員に見える様にしてくれ。」

 

ダンテが取り出したガイドブックにプレイヤー達は見覚えが無い筈は無かった。無料で販売している物品など本来ならSAOには無かったのだから、当然皆の印象に残っている。案の定その場にいる全員がガイドブックを掲げた。

 

「どうやってそれが現れ、お前達の手に渡ったか教えよう。俺達ベータテスターが情報を集めて提供しているからだ。勿論情報はベータ版の物だから、正規版と多少の違いは何かしらある。総じて全てが同じと言う訳ではない。そこだけは注意してくれ。」

 

擬音が付きそうな凄まじい勢いで、ダンテはキバオウを指差した。

 

「俺達テスターは直接的にはビギナーの面倒は見なかった。それは正しい。反論のしようがない。けど、見捨てたなんてとんでもない。この情報配布で間接的にとは言え右も左も分からないそいつらの言わば、補助輪役をしていたんだ。今ここにいる奴らだって少なからずその情報のお陰でまだ生きている。感謝こそすれ恨まれる筋合いは無い。お門違いも甚だしいぜ。」

 

考えの浅はかさに心底失望したとばかりにダンテは鼻で笑った。

 

「本来なら情報提供をする義務はこれっぽっちも無いが、事情が変わったから踏み切った。元ベータテスターだけでは当然荷が重いから攻略の確率を底上げする為に全プレイヤーに情報を開示した。先立った二千人も当然お前らが持ってる情報を手にしていた。だが恨みの矛先を向ける方向を間違えるな。向けるなら茅場に向けろ、この状況を作り出したのはあいつであり、あいつ一人だ。俺達テスターも所詮は最終的な調整箇所を確認する為の駒として利用されていただけに過ぎない。お前らが死ぬ確率を大なり小なり下げてるんだから、ありがとうございますと頭の一つも下げて手厚い礼を言って欲しいもんだ。良いか、クリアには現在の残存兵力八千人でアインクラッドの第百層をクリアしなければならない。プレイヤー同士で争うなんて無駄以外の何物でも無い。」

 

「何や?!さっきから聞いとったらおのれは偉そうにべらべらべらべら開き直って屁理屈ばっか捏ねよって!!人間の命を何や思とるねん、こん腐れ外道が!!」

 

今度こそ完全に剣を抜いたキバオウが怒り心頭でダンテに向かって行くが、今度は遠方から飛んで来たピックが顔面に命中した。吹き飛ばされこそしなかったが大きく後ろに仰け反り、すかさずダンテはがら空きになった腹にヤクザキックを叩き込んだ。物わかりの悪さにいよいよ怒りのボルテージが上がって来たのか、ダンテの声が戦慄き始めた。

 

「お前にその台詞、そっくりそのまま返してやるぜ。賠償しろだと?死んだ二千人が墓の中で寝返り打ってるぜ。 命に値段をつけようとするなんて、失礼にも程がある。それもデータとポリゴンの塊で出来たSAOでしか役に立たないアイテムやコルで、賠償しろだと?リアルでは糞程の役にも立たない様な物で、命を賠償しろだと?!」

 

ダンテは腰のアニールブレードを引き抜いてキバオウに向けた。

 

「阿呆も休み休み言え!ゲームでなければ、今この場でてめえを半殺しにしてやる所だ!」

 

「その辺にしてやってくれないか?」

 

ダンテの肩に彼の背中に当たる陽光を遮る程の斧を携えた巨漢の大きな黒い手が置かれ、落ち着き払った低いバリトンボイスが彼を制した。カルマは振り向き、その人物を見て一瞬にして表情が和らいだ。

 

「おお、誰かと思えば。まさかあんたも箱庭の哀れな囚人の一人とはね。」

 

その手の主は、ダイシー・カフェのマスター、アンドリュー・ギルバート・ミルズだった。長身のダンテすら凌駕する巨体に見合った両刃の巨大な斧を背負っている。

 

「ああ。それとここではエギルと呼んでくれ。多少やり過ぎてはいるが、確かに君の主張は尤もだ。キバオウさん、人間の命の価値は金や、増してやアイテム等では測れない。大の大人ならそれ位の常識は弁えていると思っていたんだがな。いや、弁えて然るべきだ。君こそ、その発言を取り消して死んだ二千人に詫びるべきだ。」

 

流石に二メートル近い筋肉質なスキンヘッドの巨漢の体格が放つ圧倒的なエギルの威圧感にキバオウの怒りは一瞬にして霧散した。何も言わず、何も言えず、会場の隅の方に座り込んだ。

 

「皆も聞いてくれ。俺は何度かフィールドで死にそうな目にあったが、ベータテスターがワザワザ作ってくれたガイドブックのお陰でこうしてここでまだ生き延びている。ベータ版の情報とは言え、情報は情報だ。使わない手は無い。コレを手に入れる事が出来た事に、そしてこの情報のお陰でここまで生き残れた事にまず感謝すべきだ。コレがあったにも拘らず今まで死んで行った二千人の失敗を踏まえて、俺達はどうボスに挑むべきなのか?それがこの場で論議されると俺は思ってたんだがな。」

 

会場は水を打った様に静寂に包まれた。誰も口を開かない。片やベータテスターを弾劾するキバオウ、片やベータテスターを擁護するダンテとエギル、どちらの言う事が自分の信じる事に一番沿うのか。それぞれのプレイヤーの胸中では様々な感情が入り乱れ、綯い交ぜになっているのだろう。

 

「あー・・・・えっと、じゃあ、再開して良いかな?」

 

多少ぎくしゃくしながらもディアベルが沈黙を破り、ポーチからパンフレットを取り出した。表紙には『#1 Floor Boss Information』と書かれている。

 

「ボスの情報だが、この会議を始める少し前に配布された。これによるとボスの名は『イルファング・ザ・コボルドロード』。それと『ルインコボルド・センチネル』と言う取り巻きが三匹いる。得物は斧とバックラー。四本あるHPバーの最後の一本がレッドゾーンに入ると、曲刀カテゴリーのタルワールに武器を持ち替え、攻撃パターンも変わると言う事だ。最後に、アイテム分配についてだが、金は全員で自動均等割。経験値はモンスターを倒したパーティーの物、アイテムはゲットした人の物とする。では、決行は明後日の朝十時から。良く休んで戦闘に備えてくれ。」

 

ディアベルが最後にそう締め括り、会議はそれでお開きとなった。終始睨み付けるキバオウを捨て置き、ダンテはその場を後にしてエギルに礼を言いに行った。SAOプレイヤーの中では恐らく一番の巨漢であるエギルはスキンヘッドでもある為、人込みの中ではすぐに見つける事が出来た。

 

「エギル。バックアップをありがとう。」

 

英語で礼を言いながら手を差し出し、エギルもそれを握って小さく笑った。

 

「気にするな。アンタが弁護士だったら是非雇いたいね、負ける気がしないぜ。しかし、あんたがベータテスターだったとは驚いた。人は見かけに寄らないな。」

 

「それは言えてる。コレを言ったら失礼かもしれないが、お宅がゲームをする様な人間には見えないんで、正直驚いたよ。まあ、ボス攻略は色々とよろしく。後、飲食店開くならその内幾らか投資させてくれ。」

 

「ああ、是非頼むよ。ボス攻略も、素人なりに頑張ってみせるさ。」

 

握手をしてフレンド登録を済ませると、アルゴ達が待っている場所へと戻った。

 

「相変わらずお見事な弁舌だナ。法律関係の仕事をしたら絶対負けねー気がしてきたゾ。言い方がシビア過ぎるのが玉に瑕だガ。」

 

パチパチと乾いた拍手を贈るアルゴは口に銜えていたピックをしまった。二度目にキバオウを襲ったピックはアルゴが投げた物だったのだ。

 

「エギルにも同じ事を言われたよ。俺は今のリアルでの仕事で十分金は入るから別にやる気は無いがな。」

 

「まあ、あの脳筋ヤローにはあれ位で丁度良いだロ、ニャハハハハハハ。」

 

「 歯に衣を着せた所で意味は変わらん。それに認めるべくを認めなければ、先へは進めない。」

 

高笑いをするアルゴを睨み、ダンテの言葉にキリトは反目した。

 

「おい、ダンテ。あれはやり過ぎだろ?あいつの言った事は間違ってはいない。俺も、ビギナーを見捨てたうちの一人だ・・・・」

 

「また始まったよ。」

 

それを聞いてダンテはやれやれと天を仰いで大袈裟に溜め息を大きくついた。

 

「まだクラインが気にしていると思ってんのか?あいつは自分の意志であの時始まりの街に残った。それに、お前はクライン以外のビギナーとの面識は無かったろ?第一、お前は悪人に仕立て上げられて悔しいとは思わないのか?悪いが、あのままじゃ俺達ベータテスターは数に物を言わせたビギナー共にモンスターの如く狩り尽くされる。それを防ぐ為にも仕方無い事だ。」

 

その場の誰もが、アルゴですらも口を閉ざした。

 

「んじゃまあ、各自ボス攻略当日まで好きにしててくれ。そこのレイピア持ったマントの人も。」

 

「言われなくても、好きにする。どうせ暫定のパーティーだから。」

 

至極無感動な声音で返したアスナは外套の裾から埃を払い、去った。



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Heroes & Rebels

今回はボス戦の前日ストーリーです。キリト君をもうちょい成長させます。原作みたいな事にはならない・・・・と思います。

それではどうぞ。


ボス打倒の会議が終わり、徐々に広場にいたプレイヤー達の数も減って行った。その最中、ダンテは密かにディアベルの後を追い、先回りして待ち構えた。

 

「おい。」

 

突如目の前に飛び出して来た赤衣の男に、相反する青い頭髪のディアベルは驚きのあまり尻餅をつきそうになった。

 

「ダンテか・・・・お、脅かさないでくれよ。」

 

やはり声はうわずり、目も左右に泳いでいる。

 

「いや、お前が勝手にビビッてるだけだろうが。そんなに俺がおっかねえか?ま、いい。ちょいとツラ貸せ。」

 

ダンテの目には腹に一物どころか二物、三物はあるぞと言うのが在り在りと出ており、ディアベルは嫌とは言えずに半ば強引にトールバーナの中でも大きめの店に入り、角の席に入った。

 

「それで、用事って何かな?」

 

「まあ、別に大した事じゃねえ。そう堅くなるな、一応同期なんだからさ。少なくともここでは。」

 

ディアベルは隠してはいたが、彼もまた元ベータテスターなのだ。顔を見られた直後の反応で、直ぐにピンと来たダンテは記憶の糸を辿り、ディアベルの顔を思い出したのだ。僅かにディアベルの口角がピクリと引き攣ったのをダンテは見逃さなかった。

 

「心配しなくても良い。同期のよしみって事で誓ってあいつらにお前の素性はバラさない。ビギナーにも比較的温厚な態度で接してもらってる見たいだし、お前の事をバラしたら信頼なんて大恐慌並に暴落する。お互いに損だし、こっちも色々とやり難くなる。お互い危ない橋渡りはしたくないだろ。」

 

笑みを浮かべて入るが目は全く笑っておらず、先程から瞬きも殆どせずにディアベルを凝視している。居心地が悪そうに身を揺するディアベルの事など一向に気にせずにダンテは続けた。

 

「後は、警告、と言ったらちょっと物騒な臭いがするから言いたくはないが、まあアドバイスだ。別にお前がレイドのリ—ダーをやるのが気に食わないとかそう言うんじゃない。寧ろ、ああ言う言い回しが出来るお前だからこそ適任だと思ってる。」

 

ただ、とダンテは続け、口元に浮かべていた薄ら笑いが消えた。目の色も剣呑な物にあっという間に変わった。

 

「あんまし欲の皮突っ張らせたら、手痛いしっぺ返しを食らう事になるぞ。前にも言ったよなあ?ベータ時代に。アイテム欲しさにまだ大してレベルを上げてないのにも拘らず中ボスクラスに二、三発でぶっ飛ばされたろ。」

 

ディアベルは悔しそうに奥歯を噛み締め、今にも自分の体に巨大な穴を開けてしまうかの様なダンテの視線から顔をそらした。

 

「あの時はゲームだったから良かったが、今回はそうはいかねえ。断っておくが、またあんな事をするつもりなら次は助けねえからな。お前の神風特攻の側杖を食らうのはゴメンだ。」

 

「僕は、皆をここから出してあげたいんだ。第一層で挫けてたら永久に出られないし、迷っている間に今でも誰かが死ぬ。正直人数は少し心許ないが、あれでも命を賭けてくれている人達ばかりだ。彼らの期待に応えないと。だからボス攻略をその希望の一歩にしたい。」

 

弱気だったディアベルが少しばかり語気を荒らげるのを聞き、意外に骨があると内心驚いたダンテは、少し眉を吊り上げた。

 

「そりゃまた結構な事だ。こう言うゲームでレベルを聞くのは失礼だが、敢えて聞こう。今どの辺りだ?」

 

「13ぐらい。もう少しで14になる。」

 

足りない。もしボス攻略の時に下手を打てばほぼ間違い無く数度攻撃を受けただけで殺される。

 

このゲームでの安全マージンとは現在いる階層、例えば第一層にいれば十を足して11。これはその層にいる時に最低限到達していなければならないレベルとなる。ディアベルは確かにそれを超えてはいたが、ダンテやキリトなど殆ど連日連夜レベリングに励んでいたプレイヤーなどには足元にも及ばない。彼らは既に20前半に到達しているのだから。

 

「随分中途半端な安全マージンの超え方だな。所で、一つ聞いて良いか?」

 

「何だい?」

 

「お前は、ベータテストの時も含めて、人生で英雄になりたいと思った事はあるか?お前の言葉を聞いているとどうもそんな気がしてならない。」

 

「英雄、か・・・・・君は、無いのかい?」

 

「質問で答えるな。聞いているのは俺だぞ。」

 

ダンテの声が若干棘のある物に変わり、笑みも消える。

 

「無いと言えば嘘になる。現にこうして僕は皆を率いて、明後日ボスを倒そうとしているんだから。」

 

「リ—ダーとしての才能ならやり方次第で大化けするかもしれないが、ヒーローは無理だな。そもそも、お前はヒーローと言う物が何なのかを知ってるか?それは大志を抱き、どんな時にでも備えられる計を持ち、行っては怯まず時代に遅れず、天地の理を知り、万人の指揮に臨む者でなければならない。」

 

「そんな人間どこにも」

 

「ああ、存在しない。存在するとしても、もう死んでる。それに、ここにはいない。ヒーローは、ヒーローになろうとした瞬間失格だ。つまり、なりたいと思った事があるお前はもうハナっから脱落者(アウト)って訳。だからコボルドロードのLABを取ってヒーローになろうとするなんて思わない事だ。」

 

ディアベルは絶句した。

 

「何だその顔?まさかお前、LABを最初から手に入れるつもりであの時アイテムはゲットした人の物ってルールを設置したのか?」

 

「ち、違う!他の人に貸し出しも出来るし・・・・」

 

だがディアベルのその弁解は至極無感動に叩き潰された。

 

「根拠薄弱な言い分だ。」

 

ダンテの言う通り、貸し与えたプレイヤーがそのアイテムを持って雲隠れしない保証はどこにも無い。そうなればベータであろうと無かろうと、間違い無く確執は埋まる事の無い物になってしまう。

 

「近付いて来る奴皆が慈善活動よろしく手伝ってくれると思うな。誰しも多かれ少なかれ下心はあるし、己の利益も計算に入れてる。特にあの詐欺師、キバオウには注意しろ。意外と悪知恵が利く。俺がここで言った事、忘れるなよ?あ、当然他言無用な。」

 

話はそれだけだとばかりにアディオスと手を振り、ディアベルに背を向けて店を後にする。歩きながらメッセージ作成画面を開き、片手でホログラフィックキーボードを叩きながらアルゴへ宛てに書き始めた。

 

『決行は明後日だし、安全マージンも充分取ってあるから今日と明日一日は遊びに行くぞ。行き先は任せる。と言っても、第一層に範囲が限定されるがな。』

 

そこまでタイプを終え、少し考えると更に書き足した。

 

『追伸:キリトにあのアスナってプレイヤーに付いて行く様に言っといてくれ。体格と声からして女なんだろうが、ボス攻略前日に無茶して死なれちゃ困るし。本人にもコミュ障を直すきっかけにもなるかもしれん。ヨロシク。』

 

「送信、と。」

 

メッセージの返事が来るまで少しばかり街でブラブラしていようと歩き出した直後、返事が来た。キーボードを打つのが早過ぎるだろうと舌打ちをしながら受信したメッセージを開く。

 

『了解。さっきの広場で待っててくレ。すぐに行く。』

 

文章の終わりに愛嬌としてデフォルメされた鼠の絵文字があり、ダンテは思わず笑った。

 

「まったく・・・・・ほんと、俺には勿体無い女だよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、アスナ。」

 

「・・・・・何で付いて来てるの?」

 

フードの下から睨みを効かせてキリトに訪ねるアスナは腰に差した鉄拵えの『アイアン・レイピア』を引き抜いて切っ先をキリトに向けた。だがキリトは背中のアニールブレードに手をかける事も避けようと構える様子も無い。

 

「大方今日は一日中迷宮区に潜ってレベリングをやるんじゃないかと思ってさ。折角組んだパーティーメンバーに死なれたら寝覚めが悪いんだよ。」

 

「どうせ、皆ここで死ぬのよ。」

 

アスナは低い声でそう返し、踵を返して数ある迷宮区の入り口の一つに踏み込もうとしたが、背後でキリトが近付くのを察知し、レイピアをキリトの喉元から僅か数センチ前まで突き出した。

 

「だから、付いて来ないで。私は、最後まで戦って死ぬ。一人で。私が私である為に。」

 

SAOの中での死亡は現実世界での死亡と同じ。だが、SAOでは血が流れる事も痛みを感じる事も無い。HPがゼロになった瞬間、体が幾千、幾万のポリゴンとなって飛散する。死体は残らないし、墓標も無い。それだけゲーム内での『死』は呆気無いのだ。そんな物に負けたくはない。

 

「死んで誰が喜ぶ?君も家族はいるだろう?確かに俺達が必死でこのアインクラッドで生きている様は見られない。だが生きていればたとえ望み薄でも生還は十分にあり得る。死んだら、家族には二度と会えない。全てが終わりだ。生きて帰って来てくれると信じる人を傷つける事にもなる。俺はネトゲ廃人だけど、親不孝者にはなりたくないし、君を親不孝者にしたくない。」

 

今度こそ二人は迷宮区に足を踏み入れた。しばらくは無言で歩いていた二人だが、アスナが口火を切る。

 

「・・・・・勝手にして。後、一つ聞いていいかしら?私の名前、どうやって知ったの?自己紹介をした覚えは無いんだけど。」

 

「はぁ・・・・?」

 

アスナは恐らくビギナーなのだろうが、まさかここまで抜けているとは思わず、キリトは思わずそんな間抜けな声を上げてしまう。このSAOの基本中の基本である事なのに。

 

「何よ?」

 

「いや、ちょっと意外でさ・・・・・割とレベルが高いから知ってるかと思って。視線を左上に向けてみて。そうしたら自分のHP以外にバーが三つ見える筈だから。」

 

言われた通り目だけを動かして左上を注視すると、キリトの言う通りローマ字で書かれたアバターネームが縦一列に四つ並んでいた。一番最初の物はアスナ自身の体力値で、それ以降の物はDante, Argo, そしてKiritoの名がある。

 

「あ。貴方は・・・・」

 

「キリト、だ。」

 

「なあんだ・・・こんな所にあったんだ。」

 

当初の冷たい声音とは真逆の明るく、照れくさそうな声がフードの下から漏れた。

 

「暫定だけど、よろしく。アスナ。」

 

「よろしく。」

 

そしてモンスターがポップし始め、二人はそれぞれ武器を抜いて狩りを始めた。キリトと同じ様にアスナもスピードファイターらしく、レイピアで次々と現れるモンスターをソードスキルで葬って行く。発動エフェクトの光がライトショーの様に美しい残像を残すその情景に、キリトは思わず魅入ってしまう。

 

「凄い・・・・急所だけをあそこまで正確に捉えるなんて・・・・」

 

「ぼさっとしないで、次が来るわよ!」

 

「あ、ああ・・・」

 

いつの間にかアスナがリーダーになっている事を内心大丈夫かと思いつつキリトもモンスターの攻撃を回避してソードスキルを発動し、応戦した。

 

 

 

 

 

 

 

「ん〜、実に心地良い。」

 

「・・・・・馬鹿。」

 

一方ダンテとアルゴはフィールドにある安全地帯で休息を取っていた。アルゴの膝を枕に大の字に手足を伸ばして芝生に寝転がり、うつらうつらしながら彼女と空を見上げる。

 

「リアルじゃお前は良く俺の腕を枕にして寝てるんだから、おあいこだ。コレ位良いだろ?それにユウの太腿、柔らかくて寝心地が良いんだ。」

 

最後の部分を聞いてアルゴは思わずダンテの脇腹を抓った。

 

「痛いって。」

 

本人は痛がる素振りは見せないが、やはり不快感はあるのだろう。その証拠に顔が少し引き攣っている。

 

「いきなり何言い出すんだ、お前ハ!?」

 

「良いだろ別に?減るモンじゃなし。」

 

「言わなくて良いって言ってるだろうニ。」

 

「事実だから仕方無い。」

 

蠱惑的な笑みを浮かべるダンテに何も言えず、アルゴはむすっとしてそっぽを向いた。

 

「・・・・・何でこんな奴好きになったんだろうカ・・・・・?」

 

「恋は盲目って奴だろ?いや、ちょっと違うか?」

 

「アホ・・・・」

 

暫く二人は黙ったまま吹き抜けるそよ風の心地良さに目を細めた。

 

「・・・・出られる、よナ?」

 

「ああ。今年中には、ってのは無理だが、絶対に出られる。つーか、出してみせる。お前だけでも。お前に死なれたら、俺恐らく自殺するかもしれん。」

 

笑顔で言えない様な事をサラリと良いながら、アルゴの頬に手を添えた。

 

「危なくなったら、迷わず逃げろ。俺を残してでも。」

 

「そんな事しねーヨ。紅一が生きてなきゃ、俺っちはまた独りぼっちなんだゾ?一人でいるのは、もう嫌なんダ。だからそんな事言わないでくレ。」

 

ダンテはすまん、と小さく謝り、寝返りを打った。



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King of the Therianthropes

ご参考までにTherianthropeとは獣人の意味です。


トールバーナで行われた最初の攻略会議から一日が経過した。時刻は午前九時四十五分。迷宮区への出立時間まで残り十五分。ダンテはアイテムストレージとそれに表示される装備の数値やアイテムの数を確認し、アニールブレードを装備した。

 

「・・・・・いよいよだナ。」

 

「ああ。」

 

「大丈夫だよナ?」

 

「ああ。」

 

アルゴは十五分前からこの調子でダンテにこの様な質問を幾つもしていた。まるでダンテの口から出る答えをその耳で聞かなければ安心出来ないかの様に。

 

「絶対」

 

「遊里。」

 

痺れを切らしたダンテがアルゴの口を指先で押さえ付け、黙らせた。日本人では珍しい薄い青みがかった瞳の端が吊り上がり、突き刺す様に鋭くなった。

 

「心配なのは分かるが、あんまりしつこいと俺も怒るぞ。俺はベータ版SAOでは誰よりも上の層に到達出来た。お前と一緒にな。腕前は知ってる筈だぞ?」

 

アルゴとてダンテの異常とすら言わしめる実力を知らない訳ではない。ベータ版で常に共に行動していたから分かる。ダンテは一度たりとも倒された事が無いのだ。モンスターにもプレイヤーにも。モンスターを相手にしている時は初見こそダメージは負ったが、攻撃パターンを瞬時に見抜いて短期決着への道を常に開いて来た。同じモンスターが別のフィールドに現れても同じ攻撃は殆ど通用しなかった。対人戦のデュエルすらも、黒星一つ上げる事は無かった。唯一彼が負けそうになった———と言ってもベータ版では引き分け、正規版では勝ったのだが———相手はキリトだけだ。

 

「・・・・それはそうだガ、正規版とベータテストとの差異の度合いが分からないからナ。心配するのは当たり前だロ?」

 

プクッと頬を膨らませたアルゴは鼠と言うよりも餌を頬に溜め込んだリスに見える。

 

「ああ。心配してくれるのはありがたい。俺、一人暮らしだし。けど、相手がどんな武器を使おうが関係無い。全武装のソードスキルの初動モーションと軌道は大体頭の中に入っている。気をつけるべきはシステムアシスト無しの攻撃や状態異常を引き起こす攻撃だが、これはしっかり動きを見てればダメージは食らわない。アインクラッドでのこれは遊びではないが、ゲームだ。つまり逆手に取ればゲームと同じ論理がここでは通用する。」

 

宿屋の窓を覗くと四十人前後のプレイヤーが全員口をキッと引き結び、無言で移動を始めていた。晴れやかで穏やかな天候に似つかわしくなく、とても重々しい空気が辺りを包む。

 

「それに俺もお前もあのキリトも安全マージンを遥かに凌駕するレベルに到達している。俺達がレベル23、あいつも21だ。アスナは・・・・おお、20か。こんだけのレベル上げしてるんだ、よほどちゃらんぽらんな戦い方をしなければ死ぬ事はまず無い。それに、俺のパーティーはあぶれ者だけだから、センチネルの駆除を任されてる。ボスには触れる事も出来ねえよ。」

 

「ダンテ。最後に、もう一回だけ・・・・・良いカ?」

 

「ん?」

 

アルゴは爪先立ちになってふわりと最後にもう一度だけキスをしてやり、名残惜しそうにダンテの手を掴んでいたが、すぐに離した。

 

「じゃあな、アルゴ。ボス戦が終わったらすぐメッセージ飛ばすから。」

 

「待ってるゾ。」

 

それがフロアボス、イルファング・ザ・コボルドロード討伐に向かう前にカルマと情報屋『鼠のアルゴ』が交わした最後の言葉だった。集合場所は事前にディアベルが皆に送った迷宮区の出入り口で、既に攻略プレイヤーの大部分が集合していた。

 

「おーい、ダンテ!こっちだ!」

 

相変わらずフード付きのマントで顔をすっぽりと覆ったアスナの隣に手を振るキリトの姿があった。心無しか、少し表情が明るそうだ。

 

「よお。わりいな、ちと遅くなった。少しは喋れる様になったか?それとも、アスナが会話を弾ませてたか?」

 

だがキリトが答える前に、ディアベルが手を叩いて皆の注目を集めた。

 

「さて、一昨日も言った様にパーティーを束ねたレイドでボスに挑む。皆ありがとう。四十七人全員が一人も欠ける事無く再び集まってくれた!行くぞ。」

 

パーティーを組んだプレイヤー達はそれぞれ固まったまま先行するディアベルの後に続いた。

 

「あーあ。取り巻き潰しか。こりゃ退屈するな。せめてクレド達がいれば数合わせは出来たんだがなあ」

 

余裕たっぷりのダンテはアニールブレードを腰に差さず、鞘ごと肩に担ぎながらキリトとアスナの間で歩いていた。もう何度目かの欠伸を噛み殺している。その言動と言い佇まいと言い、緊張感と言う物が全く感じられない。それこそ、今からピクニックにでも向かうかの様に振る舞っている。

 

「だ・か・ら、もう少し厳しい顔してくれないか?これから戦いに行くって言う感じが全くしない。」

 

「ほお、じゃあ真面目な顔付きをすれば勝率が上がるのか?」

 

「それはまあ・・・・上がらないけど。」

 

「なら別に言いだろ?変に緊張し過ぎたら、余計に疲れるだけだ。腹式呼吸でもしながらストレスを解消しろ。プラシーボ効果で死ぬ死ぬって考えてたら本当に死ぬから。」

 

「いい加減黙って。全く・・・・こんな人ならパーティーなんて組むんじゃなかった・・・・・・」

 

憤慨してそう呟くアスナの言葉にダンテはにやにやしながらフンと鼻を鳴らすと、それからは静かにしていた。

 

当然と言えば当然だが、迷宮区のマップデータはボス攻略の参加者全員に行き渡っていた為、部屋に辿り着く事自体は難しくなかった。何より大人数で移動している為に現れるモンスター達は簡単に倒されてしまう。ボスの部屋と思しき高さ二メートル以上はある分厚い鉄製の二枚の扉の前で止まった。そこでディアベルが振り向く。

 

「皆、俺が言う事は一つだ。勝とうぜ!」

 

そう言いながら、ディアベルは扉を押し開く。何年も油を注さずに放置されたかの様な凄まじく耳障りな鉄が擦り合わさる音が響き、ダンテやキリトは思わず顔を顰めた。

 

「ククッ・・・・さて、何がどう違って来るかな?」

 

肩に担いでいたアニールブレードを鞘から抜き取り、左手の鞘を逆手に持ち、右手のアニールブレードを手首を返す動きでひゅんひゅんと風切り音を上げながら回した。

 

「行くぞ。」

 

ディアベルを筆頭にダンテを除く全プレイヤーが慎重に歩を進め、ボスの部屋に入って行った。プレイヤー達の装備が動いたりぶつかり合ったりする度にがちゃがちゃと言う音や足音がやけに響き、ダンテ以外は思わず生唾を飲み込んだ。

 

ボスの部屋は部屋と言うよりも謁見の間と形容する方が相応しかった。高さは五メートル、幅は三十メートル、奥行きは百メートル近くはある。奥に足を運ぶにつれ、獣の唸り声が聞こえ始めた。十メートル以上進んだ所で並木の様に両端に立つ幾つもの柱にかけてある松明に火が灯り、床や壁の紋様がハッキリと見える様になった。

 

そして目を凝らしておくの方を見ると、玉座に腰を下ろして傍らに楯と巨大な斧を置いた巨大な二足歩行の怪物が見えた。一度だけ吠えると得物を引っ掴み、玉座の上からプレイヤー達の前に飛び降りて来た。防具の類いは下半身を覆う物以外は一切付けておらず巨大な赤い体と奇怪な紋様が描かれた太鼓腹が露わになっている。ボスの名称が英文字で表記され、四本のHPバーが表示された。同時に頭と上半身を鎧で固め、手には岩を鉄棒の先端に差し込んだかの様な無骨な長物の武器を持ったルインコボルド・センチネルが三体現れた。

 

「攻撃、開始!!!」

 

「キリト、アスナ、各自一匹ずつ撃破しろ。取り巻きだろうが何だろうが、頂けるモンは頂いとこうぜ。」

 

全員が飛び出す直前にコート・オブ・ブラッディームーンを装備して行動を開始した。無茶なレベリングが功を奏して、今この場の誰よりも高いレベルへ到達したダンテが飛び出てルインコボルド・センチネルに向かって行った。少し遅れてキリトと外套を身に着けたままのアスナがレイピア片手に二、三匹目のセンチネルと斬り結ぶ。

 

「鎧なんて隙間が余計に目立つぜぇ、おい!?Gimme some(掛かって来い)!」

 

センチネルのソードスキルで放たれる攻撃をスウェーで躱し、前に踏み込みながら『レイジスパイク』を鎧の隙間であり人体の急所の一つでもある喉を貫いた。 威力が低いソードスキルではあるが急所を穿たれたのは流石に効果覿面だったらしく、一気に三分の一近くのHPを削る事に成功した。

 

「Yeah!!キリト、スイッチだ!」

 

硬直が解けると即座にピックで兜のスリットを狙って投剣ソードスキル『ツインシュート』を発動した。再び怯んだ所でキリトの擦れ違い様のホリゾンタルがノーガードの腹を穿つ。

 

「ダンテ、スイッチ!」

 

「へいよ!」

 

システムアシスト無しで太腿を切り落とす逆袈裟の斬撃を繰り出し、

 

「Begone(失せな)!!」

 

最後に鎧で隠れていない腹の部分に『スネークバイト』の左右一往復する切り払いの二連撃で早くも一匹目を倒した。

 

「アスナ、調子は良さそうだな。しかも動きが速ぇ!良いねえ、良いねえ!ゲームの中とは言え戦える女ってのは何かこう・・・・良いんだよなあ!」

 

ダンテは当初アスナを初心者と見縊っていた。戦闘に関する基本の専門用語でもある『スイッチ』すら知らなかったのだから無理も無い。だがアスナもダンテと同じ様にレイピアのスピードを利用して弱点だけを狙う正確な刺突、『リニアー』でセンチネルを葬った。

 

「剣先が見えなかった・・・・」

 

キリトもダンテと同じく初心者だと思っていたらしくアスナの正確無比にして高速で繰り出される刺突を見て驚いていた。

 

「クハハハハッ、良いね良いねえ!!取り巻き潰しとは言え、最っ高だぜ!」

 

「三匹目、撃破っ!」

 

だが三匹目が倒された瞬間、再び三匹のルインコボルド・センチネルが現れた。

 

「まだくるぞ。キリト、前に試したアレやるぞ。レインボウ。アスナ、キリトと一緒にセンチネル二体を一カ所に固めてHPをぎりぎりレッドゾーンまで削ったら俺の方に向かわせろ。一網打尽にしてやる。」

 

「成功するの?」

 

淡々と訪ねながら戦闘を器用に続けるアスナ。

 

「いや、一か八かの賭けだ。そもそも成功するかどうかも分からない。ていうか、実戦使用初。まあ、仮に失敗したとしても最初みたいにやってりゃあ大丈夫さ。」

 

底抜けのマイペースさに、アスナは思わず大きく溜息を漏らした。

 

「・・・・・ほんと、適当でいい加減な人ね。」

 

「アスナ、俺からも頼む。ダンテは一度言い出したら聞かないし、こう言う事に関しちゃ彼は俺より上だ。それに、ボスを倒すまでの辛抱だろ?」

 

「分かった。」

 

先程とやる事はあまり変わらない。ただセンチネル一体を残りの二体と分断し、HPを削って行くだけ。そしてキリトからの合図で、二体のセンチネルが一直線にダンテの元に走って来る。

 

「Hey hey hey, come on. Come on babies!! (ヘイヘイヘイ、来いよ。来いよベイビー!)」

 

自分が戦っていたセンチネルをその二体に向かって力一杯飛び蹴りを浴びせた。吹き飛ばされたセンチネルは衝突し、ポリゴンとなって消え失せる。

 

「凄い・・・・・本当に一網打尽になった。」

 

「Yes! Fantastic!この調子だ!」

 

 

 

 

 

 

 

「A隊、C隊、スイッチ!来るぞ、B隊ブロック!」

 

その間ディアベルはレイド部隊に的確な指示を飛ばし、今の所誰も大ダメージを受けたり死んだりはしていない。寧ろ、三人の活躍を見て士気は右肩上がりだった。

 

「アスナ、俺はレイピアは専門外なんだが、お前実にスタイリッシュな動きだ。アマチュアだと見縊ってて悪かった。

 

だがアスナはダンテの謝罪と賛辞の言葉には目もくれず、次の敵を迎え撃つ準備をしていた。あれからどれだけ時間が経過したか誰も分からない。全員が極限に神経を研ぎ澄ましている。その為、時間感覚の延長が引き起こされ、ほんの三十分が二時間にも感じられた。

 

「Get lost (消えろ)!」

 

もう何体倒したかすらもう数えていない。最後のルインコボルド・センチネルが光の破片となって虚空へと消え去り、イルファング・ザ・コボルドロードのHPも三本を完全に削り切り、とうとうレッドゾーンへ突入させた。

 

イルファングの咆哮がまるで衝撃波の様に胸を打った。そして背中に差した剣に手をかける。

 

「ここからが正念場やでえ!!!」

 

「下がれ、俺が出る!!」

 

他のプレイヤー達の間を縫う様に駆け抜けたディアベルは止めの一撃を食らわせようと肉薄した。だが、勝利が目前にあると言う事実に酔いしれていた所為で、ディアベルは気付かなかった。イルファングが新たに取り出した武器が『タルワール』ではなく、艶のある独特の波紋と僅かな反りがある巨大な段平の様な『野太刀』である事に・・・・・

 

キリトもそれに気付き、警告の声を上げようとしたがダンテに口を塞がれた。

 

「お前がベータテスターだってバレたら、事がやり難くなるぞ。あいつの事は俺に任せろ。ッたく見てられねえぜ、人の忠告聞きやがらねえから・・・・エギル!キバオウ!合図したらその阿呆をカバーして、」

 

イルファングがコンボの繋ぎに使うカタナのソードスキル『辻風』を発動しようとした瞬間だ。素早くメニューを開いて新たな武器をオブジェクト化した。店売りの鉄で出来た簡素な槍、『メタル・スピア』だ。

 

「下がらせろっ!!」

 

それを見様見真似の槍投げの構えを取り、振り被ると全力で投げつけた。勢いはそれなりにある。それに加え高レベルのステータスで筋力値もキリトを除く他のプレイヤーよりも群を抜いて高いので、クリーンヒットすればそれなりのダメージは通る筈だ。そして穂先が脇腹を見事に抉り、『辻風』が僅かにズレた。そのお陰でディアベルは楯を持った左腕を失うと言うあの状況に於いて最小限のダメージを負っただけで済んだ。

 

「Bullseye(大当たり)!」

 

額をトントンと二度叩いてイルファングをしたり顔で指差した。

 

「ディアベルゥ、だから言っただろ?お前は英雄にはなれないって。その理由も。なのに・・・・はあ。まあ良いや。馬鹿は死んだ所で治りゃしないんだからな。そこで見てろ。キリト、アスナ、ぶちかますぞ!手順はセンチネルと同じだ!」

 

「分かった。」

 

装備をアニールブレードをブラッディー・ウルフブレードに変更した。血よりも赤いその刃は松明の光を反射し、より一層凶悪さを引き出した。そしてダンテの好戦的な笑みを見て、ディアベルは思わずこう零した。

 

「・・・・・・ 魔剣士(ダークナイト)・・・・!!」

 

「せーのぉー、Blast off (吹っ飛べ)!!」

 

飛んで来る野太刀の一撃を片足を軸にした僅かな回転で回避し、その勢いを殺さず『レイジスパイク』を叩き込んだ。

 

「キリト、スイッチ。」

 

「了解!」

 

振り下ろされる野太刀を受け止めようとしたが、突如キリトが吹っ飛ばされ、援護の為に後ろに付いていたアスナに激突した。振り下ろしだった筈の攻撃が、いつの間にか切り上げに変わっていたのだ。地面を転げ回った所為でアスナの外套の耐久値が無くなる。外套の中から現れたのは、見目麗しい美女だった。腰まで届く茶髪は後ろで一部が三つ編みにされており、白いシャツの上に赤いベスト、その下は同じく赤いスカートと臑を覆う赤いブーツを身に付けていた。

 

「へえ、意外とキュートな女なんだな。にしても、フェイント系のソードスキルとはふざけた真似してくれるな。キリト、さっさと回復しろ、カバーしてやっから。」

 

ピックで顔を狙い、一瞬動きを止めた所でエギル率いるパワーファイターのC隊が飛び出した。エギルの手に握られた両刃の斧、『ビッグアックス』が緑色の光に包まれ、遠心力を利用したソードスキル『ワールウィンド』が発動された。

 

「ウォオオラアアアアアアア!!!!!」

 

イルファングには劣るが十分に響く鬨の声を上げてイルファングの腹に斧を叩き付けた。

 

「俺達も回復するまでお前らを支えてやるぜ!」

 

「子供にばっか良いカッコさせてられねえからな!!」

 

「オイオイ、俺も子供扱いかよ。」

 

ダンテはそう零したがそれ以上追求する事はしなかった。エギル達の猛攻も長くは続かない。イルファングが三百六十度全方位に水平に野太刀を振るい、囲んだ全員が後ろに吹き飛ばされた。

 

「よぅし、キリト、アスナ、フィナーレは全員お気に入りのテクで行くぞ!」

 

キリトが回復してアスナと並んで走りだした。まず最初にアスナが敏捷寄りのステータスに物を言わせ、二連撃の『パラレル・スティング』。

 

「スイッチ!」

 

次にキリトが『ソニックリープ』で追い討ちをかけ、上向きに胸を突き刺した。

 

「そのまま押し上げろ!もういっちょ蹴り飛ばしてやるぜ!」

 

キリトの片を踏み台に飛び上がり、サッカーボールをの様にブーツの爪先でイルファングの顎を蹴り上げた。その一撃はなんと最後の蹴りでイルファングの巨体を吹き飛ばし、浮かせたのだ。

 

「な・・・・!?あのどデカいボスの体を、」

 

「う、浮かせよった!?」

 

イルファングの残存HPは僅か。

 

「Oh Yeah!!」

 

そしてダンテはソードスキルのクールダウンが終わった所で『スネークバイト』で首筋を深く抉る。

 

「キリト、ラストだ。しっかり決めろ。」

 

「うぉおおぉおぉおおおおおおおおおお!!!届けぇええええええええーーーーー!!」

 

空中の敵にも対応出来る『バーチカルアーク』でV字型に切り裂いた。イルファング・ザ・コボルドロードは最後に一度だけ吠えると、弾けて消えた。

 

「や、やった・・・・・やったぞおおおおおおおおおーーーーーーー!!!!」

 

「ボスを倒したああああああアアーーーーーー!!」

 

一瞬の静寂の後に、プレイヤー全員が目の前に現れた大文字で描かれたボス討伐成功の通知を見て歓声を上げた。

 

「お疲れ様。」

 

「ああ、三人共見事な剣技だ。Congratulations。この勝利はアンタ達の物だ。」




さあてと、次話でディアベルをどうするか・・・・


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Choosing Paths

今回はちょっと短めになっちゃいました。四千文字以下です。すいません・・・・・


ボスの討伐に成功し最終的に止めを刺した立役者達であるキリト、アスナ、そしてダンテは他のプレイヤー達から歓声と拍手の雨を浴びせられた。それに加え、死者は只の一人も出していない。

 

「今回の一番のファインプレイヤーはキリトだな。」

 

「いや、お膳立てはダンテやアスナがやってくれたから・・・・」

 

「キリト、謙遜する必要は無い。誉められてんだからありがたく受け取れ。」

 

エギルも斧をしまい、座り込んだキリトを立たせて労いの言葉をかけてやる。

 

「さてと。LABは何だ?」

 

「コート・オブ・ミッドナイト。」

 

キリトは早速それを装備し、一瞬にして上半身が襟や肩の一部に鋲を打った丈が長い黒のロングコートに包まれた。

 

「ほう・・・・中々良いじゃないか。似合ってるぜ。アスナもお疲れ。さて、次だ。」

 

ダンテはキバオウからポーションを与えられてHPが満タンになったディアベルに向き直り、射竦めた。

 

「ディアベル、俺が言いたい事は分かってるな?」

 

ディアベルは申し訳無さそうに目を伏せた。

 

「言った筈だぜ?お前はリ—ダーには向いているが、ヒーローにはなれないと。なのに突っ込んで行った。もしあの場でお前が死んだら、全部隊がバラバラになってどれだけ犠牲が出たか分からねえぞ?守りたいと聞いて呆れるぜ。生けとし生ける物全ては命あっての物種だ。死んじまったら守れる物も守れねえんだよ。分かったか、馬鹿?お前が死ねば、俺や他のベータテスターも迷惑千万なんだよ。」

 

特にSAOでは現在唯一の情報屋であるアルゴにとってベータテスターとビギナーの溝が出来るのは痛過ぎる。ビギナーがベータテスター排斥思考に感化されてしまえばガイドブックの情報がガセだなんだといちゃもんをつけるだろう。そうなれば情報は行き渡らず、死者も増える。そうなれば本当にアインクラッドから脱出する事は永劫叶わない。

 

「何を言う取るんや?!ディアベルはんは・・・・・まて、何やと?」

 

ディアベルを背なに庇うキバオウはダンテの言葉にはたと止まった。彼は今何と言った?彼が死ねば他のベータテスターも迷惑千万?

 

「じゃあ、まさかディアベルはん・・・・」

 

「ああ、そうだ。お察しの通り、僕はダンテと同じ元ベータテスターだよ。ボスが倒される直前、僕が言った言葉を覚えているかい?魔剣士(ダークナイト)。それは、ベータ時代に皆が付けたダンテの異名だ。どんなモンスターがどんな武器を使おうと一人で確実に薙ぎ払う。これを知るのはベータテスターのみ。今まで隠していて本当にすまなかった。でも、これだけは信じてくれ。俺は皆を誰一人死なせずに次の層へと進みたかったって事を!」

 

ディアベルは皆の前で跪き、悔しさと申し訳無さで顔をくしゃくしゃにして涙を流しながら平伏した。

 

「と言う訳だ、キバオウ。さあ、どうする?目の前で土下座しているソイツは俺と同じベータテスターだ。お前曰くビギナーを見捨て、自分だけボロいクエストや狩り場でポンポン強くなったベータテスターだ。トールバーナで言ってたみたいに、溜め込んだ金やアイテムを吐き出させろ。」

 

キバオウは開いた口が塞がらず、思考が追い付かなかった。彼が?ディアベルが?ベータテスター?そんな馬鹿な事が本当である筈が無い。口八丁なダンテの嘘だ、はったりだ、ペテンだ。そうに違いないと思った。だがディアベル自身がそれが真実であると自白した今、それを拒む事は出来ない。キバオウはディアベルとダンテを交互に見た。

 

「ほら、どうした?今ここで有言実行しなきゃ、お前は独りよがり所か、見栄っ張りの腰抜けになっちまうぞ?それでも良いのか?」

 

そうか、とキリトは内心膝を打った。強引で非情な方法ではあるが、効果的だ。ベータテスターを吊るし上げるべきだと主張する派閥のトップであるキバオウに二者択一で迫り、己の非を皆がいる前で認めさせる。もしディアベルに制裁を加えようとすれば攻略に参加したプレイヤーとの軋轢は甚大な物になり、いずれは排斥されて誰にも相手にされなくなる。逆に、何もしなければトールバーナでの彼の言葉は只の虚言となってしまい、彼のプライドはズタボロにされるだろう。どちらにせよ、ベータテスターとビギナーの溝は埋まって行く。

 

トールバーナでわざとあんな大袈裟な口論を繰り広げたのはこの為だったのか。キリトはダンテの権謀術数にうっすらと恐怖を感じた。彼の頭の中は一体どうなっているのだ?

 

「何もしないか。そうか。ではこんな時こそ民意に問うてみよう。この場で、ベータテスターのディアベルを許さず、身ぐるみを剥がすべきだと思ってる奴は手を挙げろ。」

 

誰一人として手を挙げる物はいない。それだけディアベルが信頼されているのだ。

 

「よろしい。では今後はベータテスターとも友好的な関係を築く事をお勧めする。得はあっても損は無い筈だ。俺はこれで失礼する。キリト、先に行ってろ。門のアクティベートも任せる。俺は一人迎えに行く奴がいるんでな。アスナは、まあ俺達のパーティーから抜けたいなら好きにすれば良いが、もし近い将来ギルドに誘われたら断るな。お前なら幹部なんて簡単になれる。それだけ優秀なファイターだ。アディオス。」

 

こうしてSAOの攻略と言う途方も無い試練を乗り越える為の希望の火が灯された。

 

手を振りながら元来た道を辿り、最短ルートで第一層の迷宮区を出た。その出入り口では木陰に踞ったままのアルゴが眠りこけていた。外套が木々や茂みと絶妙な具合で溶け込み、上手い具合にカモフラージュしている。ボスが攻略されるのをそこで待っている間に眠ってしまったのだろう。

 

「・・・・・・こいつは・・・・・心配してくれるのはありがたいが、待ち方が不用心過ぎるぞ。」

 

指先で頬を小突いても全く起きる様子が無い。ぐっすりと寝ている。起こさない様にゆっくりと彼女を持ち上げ、米俵の様に肩に担いで始まりの街に戻った。そして転移門で次の層の主街区の名を口にした。

 

「転移、ウルバス。」

 

青白い光の奔流に飲み込まれ、一瞬にして第二層の主街区『ウルバス』に到着した。

 

「・・・・ここはベータとあまり変わってねえな、見てくれは。」

 

既にそこにはキリトが立っており、アスナもそこにいた。

 

「待たせたな。コイツ俺の事待ってるうちに眠っちまいやがってよ。で、アスナは結局俺達と一緒に来る事にしたのか?」

 

「そうらしいよ。」

 

「理由を聞いても良いか、アスナ?」

 

「私がソロプレイをしていたのは、モンスターに負けたりして死ぬ最後の瞬間までゆっくり腐って行くよりも私が私自身でいたいと願っていたから。でも、ダンテさんの言葉で目が覚めました。生けとし生ける物は命あっての物種。死んだら、私のアイデンティティーが無くなっちゃうって気付いたんです。」

 

アスナの答えを聞き、ダンテは満足げに何度も頷いた。

 

「そうそう、その通り。ゆとりも大事だ。やっぱお前、大物だな。ウチのパーティーにいてくれれば頼もしいよ。あ、じゃあ、たまにで良いからキリトの相手もしてくれないか?人付き合いになれる為にもさ。」

 

「分かりました。」

 

ダンテの差し出した手を握り、アスナははにかんだ。キリトは子供扱いされているのが気に食わないのか小さく顔を顰めていたが、目は新しく仲間が出来た事を素直に喜んで笑っている。

 

「さてと、初のフロアボス勝利だ。祝おうじゃないか。支払いは俺が持つ。」

 

「それは別に構いませんけど、その人はどうするんですか?」

 

「起こしとくよ、心配しなくても。あ、ちなみにコイツはアルゴな?俺やキリトと同じベータで、リアルでもこっちでも俺のイイ人。ほれ、起きろコラ。」

 

アルゴを肩に担いだままその場でジャンプし、彼女を揺すった。寝ぼけた声を上げながら目を擦り、今の自分の体勢に気付いた彼女はダンテにしっかりと抱きついたまま離れなかった。

 

「一途に待ってくれるのは男冥利に尽きるが、場所を考えろ、場所を。上手い具合に隠れてたから良かった物の、あんな所で下心丸出しのプレイヤーに見つかってみろ。何されるか分かったもんじゃねーぞ?」

 

「ごめン・・・・」

 

「まあまあ、ダンテ。アルゴもお前の事が心配だったんだから。ああ、それとアルゴ、暫定だったパーティーが暫定じゃなくなった。俺とお前、キリト、そして新たに加わったのがこのビューティフルな女の子、アスナだ。」

 

「アスナです。よろしくお願いします、アルゴさん。」

 

「ん、よろしくナ。アスナだかラ・・・・・アーちゃんだナ。」

 

「ア、アーちゃん・・・・・?」

 

突然付けられたあだ名を聞いて困惑するアスナ。予想通りの反応にダンテとキリトは笑いを堪える。

 

「あー、あんまり気にするな。こいつの癖でな。まあまあ、兎に角祝いだ、祝い。男女二人ずつで丁度良いし。その後はまあ、宿でゆっくり風呂に入って休息を取って、武器のメンテをやったらクエスト」

 

「ちょっと待って下さい。今何て言いました?」

 

ダンテの言葉を遮ったのはアスナだった。凄まじいスピードで詰め寄って来る。

 

「ん?だからクエストを・・・・」

 

「その前です!」

 

「えーっと、武器のメンテ?」

 

「その前です!」

 

「宿でゆっくり」

 

「行き過ぎです!!」

 

とぼけるダンテに痺れを切らして更に大声を張り上げるアスナ。とうとう笑い出してしまったダンテは腹を抱えて謝った。

 

「あーいやいや、すまんすまん。余りに必死なもんだからつい癖でな。風呂なら行く所行きゃあ入れるぞ。俺もよく使ってる。まさかあるって事知らなかったのか?」

 

アスナは決まりが悪そうに目を逸らした。

 

「まあまあ、良いじゃないカ。俺っち達も最初はこんなもんだったからナ。気にする事無いゾ、アーちゃん。それが普通だからサ。」

 

「よしとぉ、ついて来い。いい店がある。」



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Vacation + Investigation = Revelation

丁度一週間振りの投稿となります。お待たせいたしました。今回はパーティーメンバー(主にアスナ)と衝突します。性格的に水と油って感じがするので。それに加え、ダンテの過去にも触れて行きます。


2023年1月1日、元旦。第二層は十二月の終わりに早くも突破され、第三層へと足を踏み入れた。この層の主街区『トローワ』では攻略されて間も無いからかまだNPCとごく少数のプレイヤーしかいない。これを好機と見て、ダンテは朝方に皆を集めた。

 

「とりあえず、明けましておめでとうございます。今年もこのパーティーのメンバーが誰一人欠けずに生き残れるよう祈っていてくれ。」

 

祈っていてくれ、つまり自分は祈らないと言う事だ。

 

「ダンテは祈らないのかよ・・・・?」

 

「俺は基本的に他力本願や神頼みってのが嫌いなんだ。いもしない奴に頼んだ所でどうにかなる訳じゃない。それは兎も角、今日集まってもらった理由は一つ。作戦会議だ。そこで、昨日の夜立てた計画がある。」

 

神妙な顔付きで語るダンテの言葉にキリトとアスナは一体どんな事を話すのだろうかと思いながら身を乗り出した。その神妙な顔付きが見事に期待を裏切る言葉を口にするなど知らずに。

 

「観光と買い物だ。」

 

「・・・・・・・は?」

 

珍しくキリトとアスナが声を合わせた。ダンテは今何と言った?観光?それに買い物?ようやく波に乗り始めて来たと言うのに?先程口走った言葉は空耳だろう。そうに違いない。

 

「えっと、観光?買い物?何言ってるんですか?」

 

困惑して詰め寄るアスナをどうどうとアルゴが落ち着かせた。

 

「まあまあ、焦るな。前にもトールバーナで言ったが、このSAOはベータの時とは違う。細かい所から大きな所までだ。コボルドロードの武器がタルワールではなく野太刀だったし、モンスターのAIの精度もそうだ。もしかしたら街の形状自体も多少は変わっているかもしれない。」

 

「それを確かめる為に街を回って必要な物を観光がてら買いに行くって事だヨ。」

 

現時点で一番ダンテの思考を理解しているアルゴが更に続けた。

 

「まだプレイヤーの数が少ないかラ、本格的にごった返す前にNPCがやってる各種の店の当たり外れを確認しておけるしナ。何より今日は新年だシ、ゆっくりしようヨ。」

 

「何悠長な事言ってるんですか!?ゲームをクリアしないと、リアルでの私達の時間がどんどん無くなっちゃうんですよ!?」

 

アスナは声を荒らげ、テーブルを乗り越えながらダンテに迫って行ったが、喉元にアニールブレードを突き付けられて動きを止めた。眉一つ動かさずにメニューから呼び出し、既に抜き身になっている刃はぴったりと彼女の顎の下で止まっている。まるでしつこい野良猫に居候されているかの様な面倒臭そうな顔付きで溜め息をついた。

 

「落ち着けクソガキ、最後まで人の話を聞け。焦った所でゲームクリアには帰結しないぞ。パーティーメンバーに死なれちゃ困るのは事実だが、ここは無法地帯だって事を忘れるな。それに、アルゴを無事にここから出す為の足を引っ張るってんならそれなりの覚悟はして貰う。」

 

今まで感じた事が無い気分にアスナは生唾を飲み込んだ。ダンテの瞳は虚ろで、何も映していない。只々明確な殺意を向けていた。喉がカラカラになって行き、呼吸も浅くなり始めた。

 

怖い。この男が、怖い。まるで静かに怒りに燃える本物の悪魔を前にしている様な気分だった。舌が麻痺してしまったかの様に思う様に言葉を発する事が出来ない。既に人を殺しかけたか、最悪の場合殺した事があるのではないか。

 

そう思い始めた矢先、次の瞬間にはまるで何も無かったかの様にダンテが剣をしまっていつもの人を食った様な笑みを浮かべていた。

 

「つまり、だ。この世界は遊びの世界ではなくなってしまったかもしれないが、ゲームの世界である事に変わりは無い。ゲームとは娯楽。つまり現実世界に於ける数少ないゆとり。何事にも、ゆとりは大事だ。意味分かるよな?」

 

アスナは無言で頷いた。

 

「つまりはそう言う事だ。お前がリアルじゃどんな環境で生きているのかは知らないしマナーとして聞くつもりも無いが、今後からそう言うやり方は変えた方が良いぞ。自分から窮屈な生き方するなんて、お前よっぽどの堅物だな。アルゴ、付き合ってやれ。女同士なら気兼ねなく色々やれるだろう。ついでにクエストの変更、増量も探ってもらえると助かる。何かあったらメッセージ飛ばせ。」

 

「そうさせてもらうヨ。アーちゃん、こっちダ。」

 

アスナは終始ダンテを睨みながらも半ば強引にアルゴに手を引かれて宿を出て、人込みの中へと紛れ込んだ。

 

「さてキリト、お前は俺と来い。フィールドでモンスターの調査だ。」

 

「その前に一つ良いか?」

 

「ん?」

 

「アンタが強い事は分かった。でも、アスナにあそこまでやる必要は無かった筈だ。相手は女の子だし、それは歴とした凶器なんだぞ!?」

 

キリトはダンテの腰にあるアニールブレードを指差し、激しく講義した。

 

「もう忘れたか?圏内でPKが出来るのはデュエルの時のみ。ノックバックはあるが、死にはしない。」

 

「それでも!」

 

尚も食い下がるキリトの胸ぐらを掴み、筋力値に振った高レベルのステータスに物を言わせて片手で持ち上げた。暴れて必死に暴れてダンテの顔に手を伸ばしたが、元々身体的には圧倒的に分が悪いキリトに出来る事は何も無い。

 

「良いか?一度しか言わないから良く聞け。俺は三度も人を殺しているんだ。今更目の前で他人が死にそうな目にあっても俺から感情移入なんてリアクションを取れると思うな。パーティーから抜けたきゃ勝手にしろ、俺は止めない。だが、断言する。今のお前にはソロプレイを続ける事は不可能だ。人間は特定の獣と違って集団の中でしか生きられない不便な生き物だからな。」

 

キリトの胸ぐらから手を離し、ジャガイモが詰まった袋の様にどさりと床に落とした。

 

「人を、殺しているだと・・・・?」

 

ダンテはしまったと小さく舌打ちをした。ついつい余計な事を話してしまった。

 

「俺が手を直接下した訳じゃないが、結果的にな。まあそれはどうでもいい。お前一人では」

 

「勝手に決めつけるな。俺はベータテストの時でも一人でやって来たんだ!」

 

ダンテの言葉を遮ったキリトも段々と語気を荒らげ、目尻が怒りで吊り上がり始めた。だがキリトの威圧などものともせずにダンテは鼻で笑った。

 

「強がりを言うな。中学生の心の強さなんて程度が知れる。さっきも言ったが、抜けるなら俺は止めない。だがリスクを良く考えて行動しろ。生存率以外のリスクをな。どうする方が得か、よぉ〜〜く考えるんだ。」

 

キリトの息遣いが荒くなり始めた。何なんだこの男は?まるで文庫本の様に容易く自分が考えている事を口にしている。読心術でも使っているのかと思ってしまう程的確に図星を突かれ、何も言えなくなってしまう。

 

その刹那、ダンテのアバターが悪魔に見えた。人の心の奥底に眠る邪な欲望だけでなく、呼び出した者の全てを見透かした、いやらしい笑みが口元を歪める悪魔に。

 

生存率以外のリスク。ソロプレイをすれば経験値やコル、そしてアイテムなどは全て独占出来る反面、多数のモンスターに囲まれた時は絶望的だ。援護、トラップからの救出、状態異常やHPの回復、その他の支援をしてくれるプレイヤーもいない為、ほぼ間違い無く死んでしまう。

 

それに続くもう一つのリスクは精神的な物。キリトもまだ中学生なのだから当然許容量を超える様な苦痛を味わえば小枝の様に心は容易く折れてしまうだろう。だが孤独感による精神的苦痛より酷いのは集団の『温もり』を知った後にそれを全て失う事だ。

 

例えば、もしキリトがソロプレイを決行して別のパーティーないしギルドに誘われ、首を縦に振ったとする。そして何らかのアクシデントでそのパーティーが瓦解してしまったら真っ先に責任を感じるのはベータテストでSAO攻略の先陣を切って来たキリトだ。今の今までクラインの事を引き摺っていたのだからまず間違い無い。更に生き残った者達からの攻めと自責の念に押し潰されてしまえば、十中八九発狂し、最悪の場合自ら命を絶ってしまうかもしれない。

 

「このパーティーは小数だし、四人中三人がベータテスターだ。加えて、俺はアルゴとテスト期間で第十二層まで登りつめた。生存率だけなら、このアインクラッドで俺の右に出る奴は早々いない。それに他人のミスを自分のミスの様に言い繕う様な厚かましい奴もいない。立てよ、ほら。」

 

尻餅をついたままのキリトを引っ張り起こし、彼らも宿を出た。

 

「・・・・・本当なのか?人を、三人殺したって。」

 

人込みの中でキリトは低い声でダンテに恐る恐る訪ねてみた。

 

「ああ。俺がまず最初に殺しちまったのはお袋だ。俺が生まれてから数年後に衰弱死してな。元々虚弱体質だったのに出産の無理が祟ったのさ。まだ六歳のガキだったよ。思い出と呼べる物も殆ど無い。あるのは写真位だ。」

 

キリトは思わず足を止めてしまった。

 

「次に殺したのが、親父さ。高校の時にちょっかい出したのがド三流のチンピラだと思ってたら、実は元ヤクザでよ。どっから手に入れたかは知らねえが、マジモンの拳銃(チャカ)引っ張り出しやがったんだ。で、すんでの所で親父は俺を庇って殉職さ。背中に七発食らってたから助かる筈も無いし、病院に到着する間も無く死んだよ。お袋が死んでから丁度十年後さ。最後に俺自身の意志で初めて手にかけた相手が、その元ヤクザだ。親父を殺された直後、死に物狂いでぶん殴り続けた結果、死んじまった。正直、俺何かに呪われてるんじゃないかと思ったぜ。俺の周りの人間がバタバタ、バタバタと、死んでくもんだからさ。」

 

凄惨過ぎる。そんな風に周りの人間が自分を残して死んで行ったら、自分は間違い無く発狂する。精神病院に入れられる。それなのに目の前にいる彼はそれに屈する事無く自分の足で立ち、前に進み続けているのだ。

 

「さてと、もうすぐフィールドに到着する。下らん昔話はこれで終わりだ。漏らしたらお前も殺すからな?」

 

 

 

 

 

 

 

NPCの店で売られている装飾品や日用の服装を見て回っている時に不意にアスナはアルゴに訪ねた。

 

「アルゴさん。」

 

「ん〜?どしタ、アーちゃん?」

 

「ダンテさんて、どんな人ですか?」

 

「ん〜〜、ぶっきらぼうで気怠そうな顔して大抵の事は面倒臭いの一言で片付けるガ、結局はやってくれるんだ。いざと言う時は頼りになる男だゾ?」

 

「それは、そうかもしれないですけど・・・・でもやっぱり言葉の選び方って物が・・・・」

 

シニカルと言うか辛辣と言うか、現実主義だと自称しているダンテの口から吐き出される言葉は兎にも角にも不快感や苛立ちしか募らせない。

 

「いつもああする訳じゃないゾ?ただ、ハッピーエンドや正義なんて物はあんまり信じないんダ。善くも悪くも影響されて今に至るって事サ。普段はツンツンしてるガ、あれでも可愛いトコはあんだゾ?」

 

やはりパーティーメンバーの陰口を叩くのは気が引けるため暫く言うのを躊躇っていたが、アスナは意を決して口を開いた。

 

「正直に言います、私あの人の良さが分からないし、好きになれないです。トールバーナのボス攻略会議の時もそうだし、さっきの会議でもそう。何であんな捻くれた物の見方しか出来ないんですか?それにあんなに実力があるのにヘラヘラしてて、不真面目で・・・・これじゃ本気で攻略に取り組んでいる人達が馬鹿みたいですよ!!」

 

良家に生まれた事もあり、根が真面目なアスナにとってどこからどう見てもちゃらんぽらんな不良としか取れないダンテの一挙手一投足がどうも神経を逆撫でするらしく、宿でもあの様に食って掛かってしまったのだ。

 

アルゴは盛大に愚痴を零すアスナをまるで手のかかる妹を見る様な眼差しを向けた。

 

「まあ、どう思うがアーちゃんの勝手サ。でモ、人は見掛けによらないからナ。にしても、アーちゃんは真面目だナ。でモ、ちょっと真面目過ぎダ。リアルじゃ学級委員とかだロ?」

 

「・・・・生徒会長です。」

 

口内に限定されるとは言え学級委員より更に輪をかけて責任重大なポストである。アルゴは思わずお〜っ、とわざとらしく驚いた。

 

「でもナ、俺っちも言っとくゾ、アーちゃん。四角く考え過ぎダ。ヘラヘラしてる様に見えて、実際色々考えてるんだヨ。リアルじゃあいツ、26でイーグル9日本支部の開発研究部部長だからナ。」

 

それを聞いたアスナは思わず耳を疑った。イーグル9と言えば、キャリアの元警察官僚が立ち上げたサイバーセキュリティー会社で、国外にも幾つか支部がある。時には警視庁や警察庁も手を借りる事も少なくない、正にエリ—トが集う企業だ。そんな所にあんな男が26の若さで幹部など、エリ—トの中でも指折りと言う事になる。俄には信じられない。あの若さでそれだけのポストに就任出来るのも重役達もそれだけ彼の腕と知識を買っていると言う事だ。

 

「嘘・・・・・・」

 

だが彼女が疑うのは無理もなかった。自分が知っているダンテに関する情報があまりにも少な過ぎたのだから。気怠そうで緊張感の欠片も無い態度や挑発的な物言いもそうだが、つかみ所の無い人を食った様な態度、死を前にしても全く動じない強靭な精神力。英語で言うEnigma、謎の存在と言う表現がよく似合う男だ。蓋を開けてみればまさか企業の中核を担う重役の一人とは。人は見掛けに依らないとは良く言った物であると、アスナは改めて自分の浅薄な見立てと見かけの固定観念に囚われた考え方を恥じた。

 

「ホントだヨ。兎も角、ダンテもリアルじゃ色々あったシ・・・・ま、この先は本人の許可が無いと喋る訳には行かねえがナ。アーちゃんも彼氏が出来たら男の良さが分かるサ。因みに今のダンテの情報、二千コルだヨ?」

 

流石(ダンテ以外には)商売するのを忘れない情報屋、鼠のアルゴ。抜け目が無い。

 

「さてト、視察を兼ねた観光に行くんだかラ、ウルバスに戻ってトレンブル・ショートケーキを食べに行くヨ。」

 

トレンブル・ショートケーキは第二層にある食べ物で、トレンブリング・オックスの絞ったミルクを材料にしている。値段は張るがその味は勿論折り紙付きで、それに加え一定時間アイテムのドロップ率が格段に上がると言うバフもあるのだ。

 

ちなみにアスナもそのトレンブル・ショートケーキを一口食べた瞬間から気に入り、更に上の層に行っても時折それを食べる為だけにワザワザ下の層に足を運ぶ事も多々あった。




感想、誤字脱字の報告、評価、その他色々と首を長くしてお待ちしております。


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Espada de la Rebelión

お待たせいたしました。今日は・・・・それなりに捻りを加えました。


誰よりも早くに目が覚めたダンテの体はじっとりと冷や汗で濡れていた。十年前から今までまともに睡眠と呼べる物を取った数は少ない。精々が軽い微睡み程度の物だ。

 

「汗まで再現する必要があるのかよ・・・・」

 

VRゲームはリアリティーが第一だが、何もここまで突き詰める必要は無いだろうにと思いながら毛布の下から抜け出してバスルームに向かった。水の温度を限界まで下げて蛇口を捻り、頭をその下に突っ込んだ。冷水が背中の毛をゾワリと逆立たせたが今となってはもう馴れている。

 

冷水を浴びると体温が一定に保たれ、脳から血液を体表面に送れと言う命令が出される。それにより血液の循環が良くなり、血管の毒素が洗い流される。それに加えて体臭を防いだり免疫力を上げる事が出来るのだから衛生的だ。更に冷水シャワーを浴びると人体は体温を戻そうとするので基礎代謝が良くなるダイエット効果もある。まさに良い事づくしだ。

 

と言っても仮想空間で五感を騙しているだけに過ぎないが長年の習慣で染み付いてしまっている。いや、一度思い切りギスギスに痩せてしまえばリハビリで筋肉が付いて細菌の運動不足の解消にも繋がって改めて何時も以上の筋トレが出来る様になるのではと考え始めた。が、SAOから脱出しない限りこれは叶わない。

 

「どうしてるかな、あいつは・・・・?」

 

体を洗っている最中に髪を後ろに撫で付けた自分を見て、ふとそんな言葉が口をついて出て来たのを、ダンテは慌てて口を覆って地面に額を打ち付けた。何を考えた?彼とはもうとっくに縁を切った。お互い赤の他人でしかない。心配されるいわれも、する必要も無い。一生水と油の関係なのだ。

 

「何で今になってあの糞馬鹿野郎の事を思い出すんだよ畜生!」

 

壁に拳を叩き付け、紫色の破壊不能オブジェクトの告知がポップした。もう忘れよう。蛇口を捻って水を止め、ガシガシと乱暴に髪の毛と体を拭く。部屋ではシャワーの水音で目が覚めたのか、寝ぼけ眼を擦りながら盛大な欠伸をするアルゴが入れ違いでやって来る。

 

「悪い、起こしたか?」

 

「大丈夫だヨ。紅一こソ、悪い夢でも見たのカ?何かうなされてたゾ?」

 

「・・・・・いや、アルゴみたいな最高級の抱き枕があるのにマットレスが堅くて寝心地が悪かっただけさ。シャワーの温度一番下まで下げてあるから水出す時は気を付けろよ。」

そう言いながらアルゴに背を向け、メニューを開いて装備を身に付けた。知らぬ間に出来てしまったこの蟠りをどうにかしない限りは何時もの自分になれない。人を食った嫌味で傲岸不遜な態度を取る赤衣のプレイヤー、魔剣士ダンテに。

 

「暫く出て来る。朝飯までには戻るから。」

 

宿を出て迷宮区の中に踏み入った。闇雲に現れるモンスターを片っ端から叩き伏せて行く。だが無駄だった。どんなモンスターをどれだけ倒しても胸につっかえた良い知れぬ何かは皮膚の奥へと潜り込んだ棘の如く相変わらず自己主張を続ける。思わずダンテは八つ当たりで迷宮区の壁のそこかしこを殴ったり蹴ったりし始めた。そんな時、偶然左のフックで壁の一角に罅が入る。もしやと思って何度かその壁を足裏の前蹴りで脆くなった壁を弱めて行く。

 

そして、暗がりの中で赤く光る張り紙を見つけた。レアアイテムである触れた。プラウド・ソウルを獲得するきっかけとなったあの羊皮紙だ。隠しステージの出入り口であるそれを乱暴に引き千切った。前回同様、赤い光が視界を塞ぐ。

 

今度は最初の時とは全くステージが違っていた。円状のフィールドでは無く、今回は中世ヨーロッパにある内装がシックなマナーハウスの広間だった。さぞ住み心地は良さそうだったのだろうが、もう数十年は誰も住んでいないかの様に老朽化しており、壁には幾筋もの日々が走り、家具は砕け、空気もカビの悪臭で満ち満ちていた。

 

「趣味のわりい・・・・」

 

Induce Friendly Fire

 

そして再び天に浮かび上がる隠しクエストのクリア条件。

 

「同士討ちを誘発させろ?AIでそんな事が出来んのかよ?」

 

ポップアップしたモンスターは遠近両方からの攻撃が出来て、尚且つ飛行出来るタイプは巨大な雀蜂の形をしたウィンドワスプとファイター・ビーが二匹ずつ、飛べずに近距離限定で攻撃が出来るタイプがラーカー・コボルド六匹の計十匹だ。

 

「これはまた・・・・・随分と動きが速い奴らばっかり集めやがったな。さてさてどうした物か?」

 

ダンテは早速鞘に納まったままのブラッディー・ファングを抜いて構えようとしたが、はたと考えた。この隠しクエストの内容は『同士討ちを誘発させる』事であって、『敵を全滅させる』事ではない。少なくとも、その筈だ。加えてもし自分自身が弾みでモンスターに何らかの攻撃をしてしまったらこのクエストは失敗となり、クエストを失敗した場合は通常何らかのペナルティーが課せられる。そのペナルティーの内容が何であるか分からない以上、無駄に危ない橋を渡る必要は無い。

 

「まあ、素手ってのも久し振りだからな。」

 

剣をストレージに戻し、掌を擦り合わせた。

 

「Show me a move!」

 

ダンテが一歩踏み出した途端に、二匹のウィンドワスプが尻から伸びる針を彼目掛けて飛ばして来た。更に様子を伺っていたコボルドの中でも一、二を争うスピードを持つラーカー・コボルドも猛スピードで飛びかかって来た。

 

二足歩行と違って四足歩行はエネルギー消費の効率が良く、移動の際に地面を蹴るパワーも段違いだ。加えて急所が多い胴部前面は常に地面に向いている為、真正面から向かって致命傷を与える事も難しい。下方から狙うしか無いのだ。

 

「先にどうにかするとしたら地面を這うコイツらか。」

 

まずは飛んで来る毒針を回避し、次に群がって来る一匹目のコボルドの牙から逃れた。更に折り重なって強靭な顎を開閉する様は淡水に棲息するワニの群れそっくりだ。頭を踏みつけて飛び越えた所でファイター・ビーが針を前に出して急降下して来た。

 

「やば・・・・・い筈無いでしょ〜。十二層まで登り詰めたこの俺を、ナメんじゃねえよ!」

 

空中では完全な回避行動は疎か、まともな身動きは殆ど取れない状況でダンテは狂った高笑いを上げた。ベータテストでは十二層まで登り詰めたダンテは、十二層まで登場する全モンスターの種類、攻撃方法、そして攻撃が齎す状態異常、デバフも全て熟知しているだから動揺するまでもないのだ。

 

ジャンプした先は壁がある。そこを強く蹴って突き出される針の軌道をズラし、着地した。すると再び針が生え戻ったウィンドワスプがそれを撃ち出して来る。ラーカー・コボルドも二匹大口を開いて迫って来た。ギリギリまで針を避けず、ラーカー・コボルドが飛びかかって来た所でその下をスライディングで潜り抜けた。

 

「See ya(あばよ)!」

 

針が当たる瞬間は見えなかったが、ラーカー・コボルドがギャウンと、まるで尻尾を踏みつけられた大型犬の様な鳴き声を上げたのは十中八九針が命中したと言う事だろう。これにより一時的にだがそのラーカー・コボルドの注意はダンテから逸れ、ウィンドワスプを叩き落とそうとダンテがやった様に壁を蹴って噛み砕こうとする。

 

「こりゃ驚いた。AI同士で戦わせる事も出来んのかよ。良いネタ見〜〜っけ。」

 

この情報もまた数種類のモンスターに遭遇した時に使えるかもしれない。上手く行けばボス攻略の成功率も間違い無く上がる。手を打ち鳴らし、華麗に回避を続けて同士討ちを誘発させようと動く。

 

「Too slow(遅ぇんだよ)!」

 

この間も笑い、悪態をついて挑発する事も忘れない。そしてこれを続ける事一時間弱、ようやくクリアと見なされたのか元いた場所へと戻って来た。早速獲得した物を確認する。そしてダンテは歓喜のあまり奇声を発した。

 

「こいつぁたまげたぜ!儲けモンだ!」

 

獲得したアイテムは武器であり、その名は『リベリオン』。刃の付け根には大きな頭蓋骨、手を保護するハンドガードも骨の形をした物で、全長も130cmとかなりある。だが、元々長身な体躯の持ち主であるダンテにはそれ程問題ではない。だが、未だ要求される最低限のステータスにすら達していない故使える日が来るのはまだまだ先だ。

 

仕方なしにリベリオンをストレージにしまい、ブラッディー・ファングを担いで元来た道を上機嫌で口笛を吹きながら戻る。その最中に戦闘の喧騒が聞こえた。普通なら我関せずと無視して通り過ぎるのだが、上機嫌なので特別に冷やかしついでに見に行こうと戦闘音がする方向へと進んだ。

 

「Finished already(もう終わりか)?」

 

聞き慣れた流暢な英語。まさかと思い、ブラッディー・ファングを抜いて歩くスピードを速めた。

 

「Oh, you gotta be fucking kidding me(おいおい、冗談も大概にしろよ畜生)!」

 

ダンテは自分に良く似た男が十体近くのモンスターを相手に一人で戦っているのを見た。能面の様に張り付いた表情は全く変わらず、左手に持った中近東の刀剣である細身のシャムシールで戦っている。流れる様な動きは一切の無駄を省いて洗練されている事が伺える。受け太刀は全くしていないが、避ける際、必要最低限の動きしかせず後は只管急所を狙って攻撃に徹している。

 

やはりそうだ。ダンテの疑惑は僅かな時間で確信へと変わる。

 

目鼻の顔立ち、声、体格、身長、そして染められた髪の色まで全てが同じ。違う所があるとすれば、深紅のコートを好んで着るダンテとは対照的なスカイブルーのコートに袖を通している事とオールバックに銀髪を撫で付けている事と胸元で青いペンダントが光っている事位である。

 

彼もそうだった。派手好きで赤いシャツを着る自分とは対照的に落ち着いたターコイズなどの青系の服を何時も選んでいた。

 

「蒼介・・・・」

 

気付いた時にはダンテもブラッディー・ファングを手近なモンスターに突き立てていた。

 

「久し振りだなあ、おい!」

 

「紅一か。予想通りと言わざるを得ないな。」

 

平坦で抑揚の無い声が返事をした。顔を合わせずとも声だけで誰なのか分かったのだろう。二人はお互い見向きもせず、喋りもせずに黙々とモンスターを倒して行く。最後のモンスターがポリゴンに還元されるとようやくダンテが口を開いた。

 

「九年振りだな、蒼介。」

 

「お前ならこのSAOに来ると思っていた。昔からこう言う物が好きだったからな。」

 

「そいつぁお互い様だろ?まさかとは思ったがマジでお前だったとはな。高校に入ってからあんな堅物になっちまったお前が流行のゲームとは俺も久し振りに驚いた。」

 

「お前に会って・・・・・お前を殺す為だ。」

 

大した事では無い様に言って退けた彼の言葉にダンテは顔を顰めたが、直ぐに鼻を鳴らして笑った。

 

「穏やかじゃないな、再会早々によ。ほら、大好きな弟からのキスはいらないか?」

 

おどけた笑みを浮かべていたダンテも表情を曇らせ、ブラッディー・ファングの切っ先を蒼介に向けた。

 

「いや、それよりもこいつのキスを食らわせてやるぜ。目一杯な。」

 

蒼介と呼ばれた男はメニューを開いて操作した。すると、小さなポップアップがダンテの前に現れる。

 

『Vergilさんから決闘を申し込まれています。受けますか?』

 

デュエルのモードは半撃決着、つまり先にHPを半減させた方がデュエルの勝者となる。蒼介———バージルはダンテが動くのをじっと観察した。

 

「これが所謂『心温まる兄弟の再会』って奴かねぇ?」

 

デュエルを受けたダンテは皮肉を口にしながらブラッディー・ファングを肩に担ぎ、構えを取った。

 

「だろうな。」

 

デュエル開始のカウントがゼロになると、まるで縮地を会得したかの様に僅か数秒でバージルが既にダンテの目の前に迫っていた。

 

「うぉっ!?」

 

居合いの様に横一閃に振り抜かれるシャムシールの凶刃を仰け反りながら回避したが次の瞬間腹に強い衝撃を感じた。バージルの蹴りが腹に減り込んでいる。パワーも中々だが、ダンテを吹き飛ばすには至らなかった。

 

「スピード主体のバランス型か。やっぱ変わらねえ所はホント変わらねえな、お互い。」

 

「言いたい事はそれだけか?」

 

「まだまだあるぜ!」

 

思いもよらぬ変幻自在のテクニックと力押しを大胆且つ繊細に織り交ぜて相手を翻弄するダンテ。

 

一切の飾り気を捨て、堅実に只々相手を打ち倒す為だけに霹靂閃電の一撃を何度も振るうバージル。

 

決して相容れない水と油の様に、または対極の存在である炎と水の様に二人はぶつかり、反発した。




今回は少し早めに鬼いちゃんを出しました。会話の一部はDMC3で兄弟がぶつかる戦闘を自分なりに翻訳した物です。


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Clash of Red & Blue

バージルはしばしば出たり消えたりを繰り返します。


デュエルは拮抗していた。兄弟であるからかお互いの次の動きが分かっている様で、開始から三十分経過しても全く勝負がつく様子は無い。振り下ろされるブラッディー・ファングに負担を減らす為に交差された鞘とシャムシールの鍔迫り合いをするまま二人は睨み合う。

 

「過去をして過去を足らしめよって言葉もあるんだぜ?俺を許す気にはなれねえか?」

 

張り付いていた表情が崩れ去り、バージルは歯を剥いて唸った。

 

「両親を死に追いやったお前を許すだと?やはり八年前のあの時殺すべきだった!」

 

「確かにあの二人が死んだのは俺の所為だ。言い訳するつもりはねえ。だがな!あの日からずっと、俺は一日たりともお袋と親父を死なせた自分を許したつもりは無い。俺を殺した所で何も変わりゃしねえだろうが!今時ガキでも知ってる常識だぞ!?」

 

斜めに弧を描くシャムシールのソードスキル『フェル・クレッセント』とブラッディー・ファングの横一閃『ホリゾンタル』がぶつかり、発動によって引き起こされるライトエフェクトの火花を散らした。そしてパワーでは勝っている為バージルが後ろに飛ばされたが、軽やかに着地して構え直した。

 

「少なくとも、俺の気が晴れる。今は理由などそれだけで十分だ!」

 

再び振るわれるシャムシールを片手で受け流し、空いた方の手に隠し持ったピックで顔を狙った。狙い通り三本のピックはバージルの右頬を捉え、深々と突き刺さって三本の深い傷跡を残す。赤いポリゴンが溢れ出たが、数秒程してから直ぐに消えた。

 

「流石は俺の元兄貴らしい発言だ。どんな些細な理由であろうと、喧嘩売って来たり因縁がある以上は容赦無くぶっ潰して全てを清算する。弟相手でも、相変わらずの即断即決振りだ。それより、良いのか?そう何度も何度も受け太刀しちまって?」

 

現実でも曲刀は構造上斬撃の威力は高い。だが逆にその鋭さを追求した為に刀身は薄く、脆く、耐久性に欠ける。この弱点はゲームにも反映されており、ダンテもまた既に検証した。同じバランス型でもパワー重視のダンテと何度も打ち合えば耐久値が底を突いて折れるのは時間の問題だろう。

 

「問題は無い。」

 

バージルはダンテの足を払ってピックを持っていた左腕を深く斬りつけた。耐久値が残り僅かとなったシャムシールをしまい、ストレージから全く同じ物を取り出した。

 

「そう来たか。」

 

ブラッディー・ファングはレアな装備でステータスも充分あるが、既に耐久値は半分近くまで減っていた。先程の様な接戦をもう一度やって剣が折れない保証は無い。ダンテもバージルに倣い、二本のアニールブレードを構えた。どちらも昨日手入れを済ませたばかりでまだ使っていない

 

「ここに来てからそろそろ売り時だったんだがなあ。」

 

まだ始まりの街にいるプレイヤーは五万といる。アニールブレードは第一層から第三層、もう少し無茶をすれば第四層の序盤辺りまでは使える武器で、店売りの物よりも性能は遥かに良い。大枚をはたいても欲しがる様な武器だ。それも二本となると尚更である。

 

「二刀流・・・・昔もその様な馬鹿な真似をしていたな。」

 

投剣を除いて複数の武器を手に持っている状態ではシステムにエラーと認知されてソードスキルは発動出来ない。加えて右手が空いていなければメニューを操作する事も出来ない。その為、精々良くなるのは見栄え程度で優位性は殆ど皆無だ。

 

「おいおい、忘れてねえか?俺は何度かお前に二刀流で勝ってるって事をよお。」

 

右手を後ろに回し、左半身を前にして切り込んだ。

 

「相変わらず左利きで通してるんだったよなあ、お前。」

 

テニスの試合と同じでサウスポー同士の試合ならば置かれる条件下は同じだ。二人は昔は近所の剣道場で良く竹刀を振っており、バージルは何度も左構えを直せと何時も師範に小言を言われていた。

 

「結局あの時に両利きをマスター出来たのは俺だけだったがな。」

 

矢継ぎ早に繰り出される斬撃を回避し、受け流しながらバージルは空いた手でダンテの喉を手刀で捉えようとした。だが手刀が当たる直前に手を引き、後ろに下がって顔に刺さったままのピックを抜き取って投げ捨てた。

 

何故なら今まで後ろに回して使わずにいた右手のアニールブレードの刃を正眼に構え、刃を楯にしたのだ。今でこそ手首の四分の一までの切れ込みで済んだが、あのまま手刀を当てようと腕を伸ばし切ればバージルの右手は手首から下を確実に切断されていただろう。

 

「ああ。だが、もう違う。」

 

左手に持っていたシャムシールを右手で逆手に持ち替え、素早く踏み込んだ。刃が再び光に包まれる。下段から始まる範囲技のソードスキル、『デスクリープ』だ。

 

「おもしれえ!掛かって来い!」

 

ダンテはクスクス笑いながらバージルが近付くのを待ち、ソードスキル『シャープネイル』発動の準備に入った。それを見てフッとバージルハほくそ笑みを零したが、直ぐに消えた。理由はただ一つ。

 

構えに入ってはいてもスキルの立ち上がる事を示すライトエフェクトが見えないからだ。だがソードスキルでシステムに身を委ねてしまった以上、もう己の動きを律する事は出来ない。『デスクリープ』の射程距離を測って僅かに足を引いたダンテの鼻先を刃が掠めた。

「でもその前に、さっきの左腕のお礼もしときたいしなあ!」

 

技後硬直によって動きを封じられたバージルは右手を強かに蹴られて握った剣をどこかへ飛ばされてしまった。ダンテは更に追い打ち、『バーチカル』の一撃で右手を切り落とそうと振り下ろしたが既の所で硬直が切れ、バージルは薬指と小指、そして手の一部を失うだけに留まった。

 

ダンテはそれを見て悔しそうに舌打ちをした。

 

「おら、取りにいけよ。別に逃げたりも後ろから不意打ちもしない。」

 

その証拠にと、ダンテは二つのアニールブレードをストレージに戻し、座り込んで待った。

「その必要は無い。」

 

再びシャムシールがバージルの手に現れた。

 

「何本持ってやがるんだ、てめえはよお!」

 

苛立ち紛れに叫びながら再び刃を交える。

 

「データのバックアップと同じだ。イーグル9程の企業にどうやって入り込んだかは知らないが、それを扱う仕事をしている者としては常識だろう?」

 

「何でてめえがそれを知ってる?」

 

初めてダンテの表情に動揺が走った。今まで音信不通だった相手だ、当然ながら今自分がどんな仕事をしているかも知らない筈なのに彼はぴたりと言い当てた。

 

「警察庁生活安全部サイバー犯罪対策課情報係長、及び高度情報技術犯罪捜査第三班班長。最上蒼助、階級は警部だ。こう言うポストに就いていればデータベースにある情報など容易く手に入る。記録に記されてはいないがお前もケチな前科持ちの小悪党だからな。」

 

「ハッ!真面目だとは思ったが、お前も案外間抜けなんだなあ!」

 

内心は驚きながらもダンテは挑発を続けた。

 

「何でワザワザ死に急ぐ様な仕事してやがるんだ?親父が死んだのは組織犯罪対策なんて部署にいたからだぜ?事ある毎にヤクザと寝首の搔きあう毎日を過ごしてたからだ!俺らには警察官には絶対なるなっつってたのになあ。この親不孝者が!」

 

「その親を二人も死に追いやっておいて・・・・どの口がほざく!?」

 

後ろを向いた状態で振り下ろされるシャムシールを弓なりに背中を反らして受け止め、捻りながら再び『レイジスパイク』でバージルの腹を狙う。思わずそれをシャムシールの腹で受け止めた。だが直ぐにそれが悪手だと悟る。

 

「折れるぜ、ソイツは?」

 

先程ソードスキルを発動したアニールブレードから手を離し、もう一方のアニールブレードで同じ様に『レイジスパイク』で切っ先を同じ箇所に叩き込んだ。狙い通り、シャムシールの腹に亀裂が走り、刀身は半分程を残して砕け散った。

 

「ほらぁ、だから言ったろ?」

 

両手から武器が離れ、バージルの顔に捻りを利かせた鋭いコークスクリューパンチを丁度顎の番いに叩き込んだ。アインクラッドに閉じ込められるまではキックボクシングのジムに通っており、威力も折り紙付きだ。現実世界ならば間違い無く意識を刈り取れる。

 

「お前には・・・・お前にだけは特に負けたくねえからなあ・・・・キッチリ勝たせてもらったぜ。」

 

恐らく今までで一番激しく、長いデュエルだった。所要時間は四十五分、勝者は僅差でダンテだった。アニールブレードと最初に蹴り飛ばしたシャムシールを拾ってストレージにしまい込む。

 

「ヒヤヒヤしたが久々にスカッと楽しめたぜ。コイツは餞別と言うか、戦利品として貰ってくぜ。俺を殺したきゃ殺せ。むしろお前に殺されるなら文句は無い。逃げも隠れもしねえよ。だが、生憎と俺もタダでやれる命は持ち合わせていねえからな。欲しけりゃ、それ相応の代償は覚悟しておけよ。じゃあな、またどっかで会おうぜ糞兄貴。」

 

ポーションの瓶を二本空け、ダンテは大の字に倒れたままのバージルを残して迷宮区から去った。

 

畜生。まただ。また負けてしまった。昔からもそうだった。自分が勝てる時があれば、負ける時もあるが、二人は性格や好み以外に決定的な差があった。

 

ダンテは元よりメカニックや戦士として天性の才能を持っていた。一を聞いて十を知り、その十を独自に研究して百へと昇華させられる。

 

それに対して自分は一つずつ、堅実に成功を幾重にも積み重ねて初めて追い付ける、言うなれば努力の天才だ。自分が出来るのは精々階段を一段一段素早く駆け上がる事。稀に二段飛ばしたりも出来るが、精々その程度だ。

 

だが、ダンテはそのペースをほぼ自在に切り替えられる。

 

何故だ?何故、俺は勝てない?

 

怒り、屈辱、そして当惑が心の中で入り乱れ、バージルは立ち上がって獣と聞き違う様な喉が張り裂ける程の凄まじい咆哮を上げた。

 

「お前が大人しく首を差し出す様な弱者でない事など、とうに知っている。良いだろう。ならば幾らでもその代償を払ってやろうじゃないか。たとえ刺し違えてでも、二人の死を命で償ってもらう。」

 

折れたシャムシールを投げ捨て、バージルは迷宮区の奥へと足を踏み入れた。

 

「殺す・・・・必ず・・・・殺す・・・・絶対に!」

 

その為なら、どんな準備も惜しまない。待つ必要があるなら幾らでも待とう。この手で彼の首を胴体から切り離す事が出来るのならば。

 

 

 

 

 

ダンテは耐久値を大幅に削られた武器のメンテナンスをNPCの店で終わらせ、宿に戻った。既にかなりの時間が経過している。他の三人も既に起きているだろう。

 

これは怒られるだろうなと思いながらもダンテは宿のドアを開けて使っていた部屋に戻った。そして案の定、キリト、アスナ、アルゴの三人がそこで待っており、アスナはダンテを呪い殺してやるとばかりに睨んでいた。彼女の隣には目を泣き腫らしたアルゴがおり、キリトは二人を横目でチラチラ見て冷や汗をかきながら居心地悪そうにしきりに身を揺する。

 

「よう。起きたかお前ら。」

 

「どこ行ってたんですか?!マップでも追跡出来ないしメッセージの返事も返さないし!アルゴさんがどれだけ心配したか!」

 

悪びれた様子が全く無いダンテを見て、アスナは遂に堪忍袋の緒が切れて彼に殴り掛かろうとした。

 

「アスナ、やめろって!確かにその通りだけど、殴った所で何も解決しない!」

 

すかさずキリトが彼女を羽交い締めにしてそれを阻止する。

 

「その事については謝る。散歩に行っていたら、予期せぬ事が起こってな。その対処に時間が掛かったんだ。プライベートな事だから、悪いが詳しい事は何も言えないし言わない。」

 

「信じられない・・・・!それだけで片付けるつもりですか!?」

 

「違う。話す意味が無いし、話した所でお前らには到底理解出来ないからこう言っている。それに、ここじゃリアルの話はしないってのが暗黙の了解だぞ。パーティーメンバーだからと言って何でもかんでも話す必要は無いだろう?」

 

誰だって触れられたくない話題の一つや二つはある。アインクラッドの中では友好な関係を築き上げていたとしても、それはその場で限定される友好関係だ。一度現実世界に戻れば赤の他人に逆戻りなのだから。

 

そしてアルゴに向き直ると、ダンテ深々と頭を下げた。

 

「アルゴ、独りぼっちにした事は謝る。メッセージの一つも送れば済んだのにな。本当にすまない。」

 

話せる筈が無い。名実共に親の敵の様に命を狙われているなどと。それも血を分けた実の兄に。

 

「ったく・・・・・散々馬鹿やって来た報いが今更になって回って来るとか・・・・お前の仕業かよ、親父?いや、お袋か?」



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An Unlucky Day

何を今更と思うかもしれませんが、リメイク版と原作ブレイクのタグを新たに追加しておきました。

今回は黒猫ギルドのメンバーと会う前の前振りストーリーみたいな物です。

鬼いちゃんの登場もまだ先になりますので、悪しからず。

ではどうぞ。


2023年4月8日

 

第十一層の主街区『タフト』は建物や道の大部分が煉瓦や石で出来ており、若干フランスの郊外を意識してデザインされている様だ。

 

「なあキリト。リアルに戻ったら、俺はヨーロッパ巡りをしようと思う。」

 

「何だよ突然?」

 

「ヨーロッパは美味い飯が一杯あるからなあ。一回上司がロシアから取り寄せたハイプルーフのウォッカを土産に貰ったんだが、すげえ美味かったぜ。後はフランスのラム肉だろ、ドイツのザワークラウトとバームクーヘンだろ?後、バイクの性能がヤバいんだ。イタリアのドゥカティー1098の最高速度は時速二百七十キロで、アウトバーンを思いっきりぶっちぎりたい。気分爽快だぜ。」

 

恍惚な表情を浮かべるダンテは何らかの薬物中毒に陥ったかの様に目が空ろになり始めるが、アスナに脇を強めに肘で小突かれて我に帰った。

 

「それは兎も角、これからどうするキリト君?今更観光ってのもね。アルゴさんは風魔忍軍の皆と下の層にいるプレイヤー達に情報を配布するのに忙しいからお買い物も一緒に行けないし。」

 

それを聞いて、ダンテは良い考えが浮かんだ。悪戯っぽい笑みを手で隠しながら考えを巡らせる。どうせならこの二人をくっつけてしまえば後々弄くり甲斐が増す。

 

それに加え、バージルとの死闘の一部始終を話さなかったあの一件以来、アスナは以前よりもダンテを更に信用しなくなり敬遠し始めた。嫌われるのは慣れっこな為本人は別に気にしなかったが、全員の居心地が悪くなるとキリトが取り成してくれたお陰で多少はマシになった。

 

「だったら一緒に行ってやれよ、キリト。」

 

「え?俺が?何で?」

 

色恋沙汰は数多くして来たダンテからすればキリトの受け答えはあまりにも鈍過ぎる。まさか自分の意図にすら気付いていないのか?もどかしさを覚えながらもダンテは言い募った。

 

「何でってそりゃ決まってるだろうが。護衛も無しで美女に荷物を一人で持たせるつもりかよ?それに一人で回ったって面白くねえぞ。もしかしたら新しくフレンド登録してくれる奴もいるだろうしな。」

 

「フレンド登録なら風魔忍軍のカゲマル達がいるだろう。」

 

「あいつらは言うなればビジネスパートナーだ。関係は確かに友好だが、パーティーメンバーじゃない。あくまで出来るだけ多くのプレイヤーをアインクラッド攻略の為に生き残らせると言う一致した利害の元で協力関係を築いている。後は、そうだなあ。二人位は壁に出来るパワーファイターが欲しい所だ。一人は目星がついているが。」

 

浅黒い肌を持ち、ダンテすら超える斧を持った巨漢の男を思い出した。そう言えば、ボス攻略以来はしばらく会っていない。どうしているのだろうか。

 

「つー事だ。俺がいない方がアスナもすっきりすると思うし。」

 

根が真面目と言うのも考え物だ。本人は否定しているが、ダンテはアスナがあの一件の事をまだ根に持っている事を見抜いていた。元々性格的にダンテとアスナの相性は悪い。基本的にダンテも根は真面目だが真面目にしている所を見せた所はほぼ皆無であり、逆にアスナは根は真面目で性格も頑固だ。ダンテみたいに緊張感の欠片も見せずにヘラヘラしている人間を見ると、それだけで神経を逆撫でされてストレスが溜まるらしく、アルゴとキリトも今まで対処に手を焼いていた。一緒にいるだけでストレスが溜まるなんて一体どう言う体質なんだと言いたくなるが、たまにこうやって自分が暫くの間消えていれば丸く収まる為には仕方の無い事だった。

 

だが、その割に戦闘となると意外とコンビネーションは良い。何とも不思議な物である。

 

「あの事を話せば彼女もきっと納得してくれる。」

 

あの事。つまりダンテの生い立ちである。キリトは今の今まで伏せていたが、何度も打ち明けようと思った。だが本人のプライベートな事を許可無く話す訳にも行かず、板挟みの状況に苦しんだ。

 

だが、ダンテはキリトの言葉に頭を縦に振る事はせず、ヒラヒラと手を振って二人を残して人込みの中に消えて行った。ああ言う頭が堅いタイプの人間にこんな話をした所で信じては貰えないだろうし、たとえ話して信じたからと言って態度が百八十度変わるとも思えない。あのアルゴにさえも話した事の無い、それだけ暗く、重い過去なのだから。

 

「それより気になるのは、アレだな。」

 

それは兎も角、ダンテはもう一つ気掛かりな事があった。まだ第二層にいた頃、強化詐欺と言う事件があった。ダンテのパーティーでこの強化詐欺の被害に遭ったのは、なんとアスナだった。この手の事には一番引っ掛かり難そうな人物が見事に引っ掛かった事はかなり意外で思わず笑ってしまいそうになった。だが、ダンテの興味を引くには充分だった。

 

武器と言う物は総じて強化する事が出来る。それに必要な素材と強化手数料を払えば、NPCではなくプレイヤーに依頼する事が可能なのだ。だが当然ながらリスクはある。強化の成功の確率は素材の量もそうだが、最終的には強化を行うプレイヤーのレベルの高さが成功と失敗を分ける。加えて、強化出来る回数にも当然ながら限界がある為、その上限を超える強化をしてしまった場合は武器その物が破壊されてしまう。それを利用したトリックで強化上限を超えた武器を強化依頼で提出された武器とすり替えて奪っていたのだ。暫くの間その鍛冶屋、『ネズハ』を張り込み、暫く彼が強化を依頼された武器の種類、時間、素材の持ち込み、強化の成否等を事細かに記した。

 

その間にも自分も制作に加わったゲームのルールとカーディナルシステムのルールを思い返して行き、遂に思い出した。プレイヤーのストレージにあった物をオブジェクト化して放置した場合、一時間以内ならばアイテムの所有権は失われない。ギリギリの所でアスナのレイピア『ウィンド・フルーレ』は奪われずに済んだ事に一同は安堵した。

 

だがダンテは違った。自分が設計に加わったルールブックに不備があったと言う事は、システムのアンチクリミナルコードによって止められない不正行為が横行していると言う事だ。情報を扱う仕事をしている者としてそれをそのままにしておく事はプライドが許さず、何よりあんな輩に出し抜かれた事自体が腹立たしかった。

 

プライドを傷つけられた私怨を大義名分にネズハと彼が加入していたギルド『レジェンドブレイブズ』のメンバーを徹底的に追い詰め、絞り上げた。彼らの証言では、黒いフード付きのマントを身に付けた三人組の男のリーダーらしき男にそそのかされてやったらしい。他に特徴らしい特徴は、自分達をそそのかした男は流暢な英語以外に聞き慣れない別の言語を喋ったと言う事。

 

「黒いフードの男三人組・・・・幾らなんでも情報が少な過ぎる。顔も名前も無しなんて、探すのも一苦労だな。リーダーの奴は英語以外の言語も堪能・・・」

 

他の二人は兎も角、リーダーはまず間違い無く自分と同等の切れ者だ。三ヶ国語を操れる学力もそうだが、的確にシステムの穴をすり抜けて犯罪を成功させたと言う思考の柔軟性も目を見張る物がある。現実世界ではネット関係の仕事か、はたまた昔の自分の様にハッキングやクラッキングで小遣い稼ぎをしていたのか。どちらにせよその類いの事に関してはベテランである事も確定だ。

 

退屈しのぎに呼んだアーサー・コナン・ドイルの小説に登場する男とその異名を思い出した。ジェームズ・モリアーティー、『犯罪界のナポレオン』。

 

「ハッカーとの勝負か・・・・・良いねえ・・・・・!よろしいんじゃないでしょうか?俄然やる気が出て来たぜ。」

 

さしずめ自分は彼のライバルであるシャーロック・ホームズなのだろう。もっとも、間違い無く彼よりも性格がエキセントリックである事は間違い無いが。

 

「一体どんな奴なんだろうなあ?俺みたいに頭のネジが幾つか外れてりゃあ良いんだけど。」

 

相手が自分と同じかそれ以上にエキセントリックな相手であります様にと期待で胸を膨らませ、フィールドへ向かった。

 

 

 

 

 

キリトは結局アスナとアイテムやNPCの店に出されている武器などを見ながら街を回っていた。だがキリトは心中穏やかではなかった。やはりダンテとの会話で知った彼の過去が深々と胸に突き刺さっている。あれだけの事を経験しながら今まで生き伸びた彼の心はどれ程荒んでいただろうか?発狂してもおかしくない。もしかしなくても、自ら命を絶とうと思った事も少なくはない筈だ。なのに今でもこうしてSAOでも屈託ない笑みを浮かべてデスゲームを踏破して行く。

 

彼の事を話せば、あるいは・・・・・

 

「キリト君。キリト君てば!」

 

「へ?」

 

アスナの呼び掛けが彼の思考を中断した。

 

「どうしたの?ボーッとするなんて珍しい。」

 

「大した事じゃないよ。ほら、強化詐欺の事を思い出しててさ。敵はモンスターだけじゃないって改めて考えると気が重くてね。こんな状況だからある意味仕方無いけど。で、何だっけ?」

 

「だーかーら、服の話よ。キリト君だけじゃなくてダンテさんも、宿でもずっと装備付けたままでしょ?何か落ち着かないのよ。だからゆったりした普段着とかでも買いたいなって。」

 

「普段着って・・・・まだギルドホームも無いのにストレージのスペースを無駄に消費したくないんだけど・・・」

 

「じゃあ良いわよ、自分の分は選ぶから奢って。」

 

昔に比べて随分と丸くなったのは良い事だ。年頃の喜怒哀楽が激しい反応もする様になったが、これは逆に満喫し過ぎなんじゃないか?キリトはアスナの変わり様と奔放さに頭痛を覚えながらも渋々頷いた。

 

「キリト君はこれと、」

 

トップは赤いリボンがあしらわれた白のチュニック、ボトムスは膝上まであるデニムらしき短パンにニーソックスを身に付けたアスナが試着室から現れた。

 

「これと、どっちが良いと思う?」

 

再び試着室の奥へと消えると、今度は履き物はそのままに短いタートルネックの薄い黄色のセーターと焦げ茶のスカート姿を晒す。

 

キリトは即座にどれとは即答出来なかった。勿論この様に女性の買い物に付き合うのも全くなれていないと言う事もある。だが、今までモンスターと戦う為の装備を身に付けた姿しか見た事が無い為その新鮮さに改めてキリトの開いた口が塞がらなかったのが一番の理由だ。

 

どの服でも全く違和感無く着こなせている為、どれが一番似合うかなど即断出来る様な物でもない。

 

「ん〜〜〜・・・・どれも似合うんだけど、どっちかって言われると迷うな。」

 

「もう、優柔不断ねえ。」

 

「買い物に付き合って人の服選ぶなんて事リアルでも殆ど無かったし、元々ファッションとかはあんまり興味無いんだ。それに優柔不断て言うけど、アスナってスタイルが良いから着こなすのが上手いんだよ。どれかなんてそう簡単に決めちゃったら、逆に失礼だと思って・・・・」

 

半ば言い訳じみた口調だったが、彼の言葉にアスナはほんのり頬が熱くなるのを感じた。名家で生まれ育ち、名家の一員として幼い頃から英才教育を叩き込まれて育ったアスナは今まで男など歯牙にもかけずに生きて来た。勿論、人並みに恋をしたいと思った事はある。だが終ぞ惹かれる様な男に会う事は無かった。

 

その所為で男からその様な事を言われるのは当然初めてでどうすれば良いか分からなかった。

 

「え、あ、うん・・・・・それは、まあ・・・・と、当然でしょ!」

 

照れ隠しにワザと尊大な態度で言い繕い、結局キリトはかなりの量を買わされた。

 

「はあ・・・・また狩りで稼がなきゃな。ダンテももうレベル二つ上がってるし。」

 

「え、嘘!?」

 

視界の左上にあるパーティーメンバーのHPバーと表示されているレベルを見ると、確かに40だった筈のダンテのレベルがいつの間にか42になっていた。

 

「〜〜〜〜ッあの人はもう!!いっつもいっつも勝手な事ばっかりして!」

 

マップを開いてダンテの現在地を確認すると、先程までのお淑やかさはどこへやら、大股でその方向に向かって歩き出した。

 

「行くわよ!」

 

何故こうも上手い具合に二人は馬が合わないのだろうかとキリトは頭を抱え、ダンテの追跡に乗り出したアスナの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

「あー・・・・憂鬱だぜ。」

 

現れるモンスターを片っ端から狩り尽くしているうちにポップが途切れてしまい、仕方なしに安全地帯で一息ついていた。

 

「使えるのはまだまだ先になる見たいなんだよなあ、コレ。」

 

木の幹を背もたれにして目の前に突き刺した剣、『リベリオン』を眺めた。スペックはやはり高く、RPG風に言うなれば『魔剣』と呼ぶに相応しい数値と見た目をしていた。長く、肉厚な刀身と刃の幅は一目見れば両手剣と見間違えてしまう代物だった。装備可能になるまでの要求値達成の道程は徐々に短くなってはいるが、それでもかなり時間が掛かっている。ネズハと彼の仲間をそそのかした連中の事を考え倦ねていても仕方無いと思って狩りを続けていたが、ちっとも気は晴れなかった。

 

むしろ苛立ちが募るばかりだ。心のオアシスであるアルゴも不在な為、更に心中は荒んで行く。バージルの事と言い強化詐欺の教唆を行った黒幕と言い、片付けなければならない事案の数は少ないが重大さは途轍も無い。

 

「飛んだ厄日だ。これじゃまるで開発研究部部長に着任した直後みたいじゃねえか・・・・」

 

イーグル9で部長のポストに登り詰めたそのほぼ直後、代表のセレッサが海外に売りに出すファイアーウォールのプログラム開発を言い渡された。出された条件もかなり厳しく、期限も半年と言う無茶振りだ。ダンテ自身が厳選した腕利きの社員達を集め、一日僅か四時間の平均睡眠時間を取りながら開発に成功した。

 

「さてと・・・・よっ。」

 

まだ使えないリベリオンが何時使える様になるか、そして一体どれだけの力を持つのか。いつかそれを目の当たりに出来る時を夢見ながら今気に入っている色に因んだ名前を付けられるクロム・シリーズの片手剣、『ソリッド・ヴァーミリオン』を装備し直した。

 

「おい、アスナ待てってば!」

 

「このぉ〜〜・・・・・馬鹿ベータテスター!」

 

経験値は殆ど敏捷値に振ってあるアスナは上空から得意のソードスキル『リニアー』をダンテに向かって繰り出した。

 

「ちょ、それはマズいって!?」

 

だがキリトの制止も空しく、アスナのレイピアの切っ先はダンテの胸に吸い込まれて行く。

「穏やかじゃないねえ。」

 

しかしダンテはそれをすっと右に寄って回避し、一回転すると左の後ろ回し蹴りを放った。足が青く光り、マゼンタ色に輝くレイピアを弾いてスキル発動を強制的にキャンセルさせる。

 

「おいおい、俺が近くにいたらイライラするだろうと思って気ぃ利かせて離れてたのに俺を嫌ってるご本人様が来たら意味ねえだろうがよ。」

 

「貴方が勝手にソロでレベリングをしてるからでしょう!?それじゃパーティーを組んでる意味無いじゃない!パーティーを率いるなら率いる者としてそれ相応に振る舞って,

責任を持って行動しなさい!」

 

未だにレイピアの切っ先をダンテに突き付けたままアスナは叫んだ。まるで婿養子をいびる小姑ですら負ける様な鋭い口調でダンテに迫って行く。本当に今日は良く外れクジを引く日だ。

 

ここが安全地帯だから良い物の、もしフィールドだったら彼女の声に反応してかなりのモンスターが挙って集まって来るだろう。

 

「率いる者として?すまんが、何か勘違いをしていないか?俺は別にリーダーって柄にも無い事をしていたつもりは無いぞ?まあ確かに俺はこの中じゃ年長者だし、唯一の世渡り上手な社会人だけど。仮にリーダーっぽく見えていたとしてもあくまで形だけさ。むしろリーダーなんてポジションは邪魔だとすら思うね。」

 

「え?」

 

「理由は集団思考を防ぐ為だ。先行する条件は、一、団結力のある集団。二、その集団が構造的な組織上の欠陥を抱えている事。三、刺激の多い状況に置かれる事。この場合俺はその構造的な組織上の欠陥となり得る要因はリ—ダーの出現だと思っている。」

 

パーティーリーダーと言う立場は当然ながら責任は重大だ。戦争の真っ只中にいる部隊長と同じで、このデスゲームで自分が率いるプレイヤー達の命を預かると言う事なのだから。そしてリーダーとなった者は時としてその権力を不適切に行使する事がある。それにより物事の決定は何らかの欠陥を孕んでしまう。それは不十分な目標の精査であったり、情報の取捨選択の偏見であったり、更には非常事態での不適当な対応であったりする。どちらにせよ、何らかの理由でパーティーに欠員が出る事は間違い無い。

 

ダンテの説明を聞きながら徐々に納得が生き始めたのか、少しずつレイピアの切っ先が地面に向かって行く。

 

「まあ当然ながら誰がなるかによってこれは変わる。俺は基本的に一方的な命令をしたりされたりするのが嫌いだからって若干エゴは混じってるけど真っ当な理由がある。あ、これは皆同じか。だろう?」

 

「・・・・・・分かりました。でもこれからはスタンドプレイは控えて下さい。一人でカッコ付けて戦う必要なんて無いんですから。」

 

背を向けてフィールドを出ようと歩を進めるアスナの言葉にダンテは絶句した。特に目立ちたがり屋の節がある上、男はカッコ付けてなんぼの生き物だと言うのが持論だ。その為、彼からそれを奪うのは人間から食物を奪うに等しい。反論しようと口を開いたが、折角溜飲が下がった彼女をこれ以上怒らせればそれこそ収拾がつかなくなると考え直し、黙り込んで主街区に戻る事にした。

 

一方、キリトとダンテの先を行くアスナはひねくれた発言をしてしまった自分に対して深い自己嫌悪に陥っていた。そしてトローワでアルゴが言っていた言葉を思い出す。

 

人は見かけによらない。悲しい事だが、当然なのに誰もが忘れがちな常識だ。人間は初対面の相手のイメージは表面の見極めから始まる。当然ながら他人の心を見透かす事は出来ない。それ故にバイアスが生じて否が応でも見かけや普段の行動、発言でどんな人間かを決めつけてしまう。今の自分が見事にそうしていた。

 

ヘラヘラしていて、不真面目で、本気で攻略に取り組んでいる人達が馬鹿みたいに見えてしまう。そんな性格の持ち主が実は一番このパーティーの事を気にかけ、空中分解を防ぎながらも生存率を確実に上げようと影から努力している。それを知り、自分が八つ当たりをする子供の様に思えてしまい、猛烈に恥ずかしくなった。

 

結局は自分の視野が狭かっただけに過ぎない。ダンテから見れば自分はまだまだ見聞を広めなければならない小娘なのだ。実際その通りだが。

 

「良かった・・・・・パーティーメンバー同士で戦闘なんて洒落にならないぞ。オレンジプレイヤーになったら街にも入れない。一歩でも踏み入ればNPCの衛兵に黒鉄宮送りにされるぞ。」

 

「え、そうなの!?」

 

後ろを歩くキリトの言葉にアスナは振り向きながら驚いた。

 

「知らずに攻撃したのかよ・・・・・」

 

真面目さが災いして暴走しがちなアスナに、ダンテは苦笑するしか無かった。だが帰る途中、アスナは遠方から悲鳴を聞いた。小さかったので上手く聞き蕩れはしなかったが、恐らく女性の声だ。

 

「今の、聞こえた?」

 

「ん?何が?」

 

ダンテも実は聞こえてはいるがワザととぼけた。

 

「声よ、叫び声。モンスターと戦ってるのかしら?」

 

「だとしたら放って置くべきだ。中層圏に攻略組が来るなんて事は攻略組を抜ける時以外は無いし、あまりいい印象は持ってもらえない。俺達の真意はどうあれ、向こうからすれば獲物を横取りしようとしているのと同じだ。」

 

だがアスナはダンテの言葉を最後まで聞かず、声がした方向へ走って行った。




よく考えると、何でギルド名が月夜の黒猫団なんだろうか・・・?黒猫ってジンクス気にする人に取っては疫病神も同然なのに・・・・

まあそれは兎も角、感想、報告、こう言うのが見たい、と言うリクエスト、評価など、色々とお待ちしています。


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Jinx of the Black Cat

あー・・・・夏休みがどんどん短くなって行く・・・・んで暑い・・・・・


叫び声を上げたのは、一人の少女だった。布で出来た水色のインナーの上に胴体を覆うシンプルなプレートアーマーを身に付けている。恐怖のあまり腰を抜かし、更に持っていた武器はいつの間にか手元から離れてしまっていた。持っているのは鉄枠に嵌った木製の楯のみ。彼女以外の男性プレイヤー四人も命の危機に瀕していた。彼らの装備も二人は耐久値が底を突きかけており、後の二人は麻痺毒で動けず、回復アイテムも二人分しか無い。

 

胸にお揃いの三日月型バッジを付けた彼らはギルド『月夜の黒猫団』のメンバーだ。軽く出かけて少しばかり稼ぎに行こうと近くの狩り場でまだ行っていない場所へと踏み入ったが、運の悪い事に彼らが入った場所はそのフィールドの中でもかなり癖のある場所だった。

 

彼らを襲っているモンスターは『サンセット・スネーク』。サイズは1.5メートル弱と少しばかり大きいがアナコンダの様な長蛇ではない。山吹色の外皮と四つある目が特徴だ。一匹だけなら大した脅威にはならないが、中には雌のサンセット・スネークもいる。この雌はフェロモンを撒き散らし、近辺にいる同族を高確率で呼び寄せるのだ。更に麻痺毒もこの層にいるモンスターの割にはかなり効き目も強い。

 

群れになると時間差で波状攻撃を行うのでパーティーを組んでいても対応は間に合わない。一度噛まれてしまえばそのまま群れに飲み込まれ、HPが枯渇するまで噛み続けられる。死ぬのはほぼ確定だ。

 

誰か、助けて。

 

だが祈った所で誰かがやって来る筈が無い。ジタバタ足掻いた所で助かる訳でもない。そう思いながら少女は楯から手を離して最後位は潔く死のうと目を瞑った。

 

「いた!キリト君、ダンテさん、広範囲の攻撃!急いで!」

 

「了解!」

 

「お〜〜、蛇だ蛇だ!」

 

ダンテとキリトは点ではなく面を制圧する為、横薙ぎに剣を大きく振るった。更に交替でホリゾンタルやスネークバイト等の左右に切り払うソードスキルを発動し、まるで雑草でも刈り取るかの様にサンセット・スネークの数を減らして行く。

 

アスナはその間に動けなくなっているプレイヤー達に麻痺毒の解毒ポーションを飲ませ、その場から退避させた。あれだけいたサンセット・スネークも二人の奮闘で全滅にまで追い込んだ。

 

「終わった終わった。ああ言う数合わせしなきゃ何も出来ないモンスターってかったりいな全く。こちとら麻痺対策万全だっつーの。」

 

ゴキゴキと首を鳴らし、ダンテはソリッド・ヴァーミリオンを鞘に納めたまま肩に担いだ。

 

「おいアスナ。そちらさんの被害は?」

 

「とりあえず生きてるから大丈夫。回復ポーションも飲ませたから、フィールドから出るまでは私達が一緒にいれば安全よ。立てる?」

 

アスナは呆然としたままの少女の手を掴んで助け起こした。そして少女は我に返ると再びストンとその場に座り込んでしまう。極限まで張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったのだ。

 

「おい、サチ・・・・」

 

「ごめん、ケイタ。大丈夫だから。」

 

ケイタと呼ばれたダークブラウンのインナーに所々プレートアーマーを付けた茶髪の青年が近付いて彼女を助け起こした。他の二人も彼女を気遣う。

 

「ほら、ダンテさん。だから言ったでしょ!このまま無視してたらこの人達死んでたのよ!」

 

「遠方から声が聞こえたからってピンチかどうかなんて直ぐには分からないだろうが。行くのを遠慮したのはVRMMORPGプレイヤーとしてのマナーだ、マナー。お前だって獲物をいきなり横槍入れた奴に捕られちゃむかっ腹立つだろ?そうならない様にしてたんだよ。」

 

再び口論を始める二人にケイタやサチは何と言えば良いか分からずぽかんとしていた。

 

「ああ、あの二人は気にしないでくれ。何時もの事だから。」

 

二人の方を見ながら苦笑し、キリトはケイタ達に立つ様促す。

 

「本当に、本当にありがとうございます。助けてくれて。」

 

「お礼ならあそこにいる彼女に言ってくれ。彼女が先に叫び声を聞きつけてここまで来たんだ。さあ、また蛇共がウジャウジャ湧き出る前にここを離れよう。全員麻痺が抜けたんなら直ぐに移動するよ。」

 

五人のプレイヤーを連れてフィールドの離脱に成功したキリト達は転移門がある噴水近くのベンチで一息ついた。

 

「た、助かったぁ〜〜!!」

 

オレンジの外套ですっぽりと覆われた青年が大袈裟に溜め息をついた。

 

「ホント、ダッカーと同じであれはマジで殺されるかと思ったよ。一瞬走馬灯が見えた。」

未だに手が震えている細目の青年『テツオ』は持っていたハンマーをしまい、両手で頭を覆って何度か深呼吸を繰り返していた。

 

「気にしないで。私達が運良く見つけただけだから。私はアスナ。よろしくね。」

 

「ちょ、ちょっと待って。アスナって・・・・『閃光』のアスナさん?」

 

アスナの満開した花の様な明るい笑みに四人の男性プレイヤーは暫くボーッと見惚れていたが、サチの疑問ではっと我に帰った。

 

「そうだ・・・・そう言えば・・・・レイピア持ってる・・・・!じゃあ、隣の二人は・・・」

 

「あーあーあー、やっぱりバレちまったじゃねえか。時間の問題ってのは仕方無いとしても、さっきみたいに後先考えずに突っ走った所為で・・・・だから警告しようとしたのに。」

 

お忍びで来たつもりだったのにアスナのお陰で見事に正体がバレてしまった。もしこのまま他のプレイヤー達にここにいる事を知られてしまえば、芸能人を追跡するパパラッチよろしく追いかけ回されて調査どころではなくなる。だがここで下手に隠しても逆に怪しまれてしまうためキリトと自分の正体も明かした。

 

「そうだ、彼女が噂に名高い『閃光』のアスナだ。で、黒尽くめのあいつが『黒の剣士』キリト。俺は、『魔剣士(ダークナイト)』ダンテだ。」

 

アスナは数少ない女性プレイヤーの中でも一際目立っている。まず女性自体がVRMMOをプレイする事が珍しいと言う事もあるが、その容姿と剣先すらまともに見えなくなる必殺の突きはアインクラッドでは有名だった。キリトとダンテもアインクラッド攻略が本格的に開始されるきっかけを作った功績とスタイリッシュで華麗な戦闘で知名度は上がっている。勿論どれもアルゴの仕業だ。

 

「三人とも・・・・攻略組プレイヤーだ!」

 

「すげえ・・・・・本人見るなんて初めてだ・・・・」

 

まるで神を目の当たりにしているかの様に呆然とする彼らを地面に金属が当たる耳障りな音が現実へと引き戻した。ダンテがソリッド・ヴァーミリオンを地面に突き立てた音だ。

 

「俺達がここにいた事は一切他言無用だ。こっちとしても動き難くなる。命を救ってやったお返しとしちゃ安い代金だろ?アスナ、アルゴから合流してくれってメールが来てるから俺は先に行くけど良いよな?」

 

口ではそう言っているが、目はこう語っていた。俺はお守りなんてごめん被る、と。

 

「分かりました。私達はもう少し遅くなるって言っておいて下さい。」

 

アスナは彼に別れを告げ、ダンテはアルゴの現在地をマップで確認してから主街区の名を唱えて消えた。

 

「あー、彼の事はあんまり気にしないでやってくれ。ダンテは気難しい気分屋なんだ。でも、あんまり無茶なレベリングしてると本当に死ぬぞ。それだけは覚えててくれ。やる事に少しでも不安を覚えるなら直ぐに再検討だ。」

 

「はい・・・・あの、キリトさん。こう言うのを聞くのって失礼だとは思うんですけど、レベルってどれ位あるんですか?」

 

答えようとした所で、メッセージが届いた事を知らせるアイコンがちかちかと点滅した。ダンテからだ。

 

『アスナとお前の事だからそいつらのアフターケアはしなきゃ駄目だと言うだろうから、好きにすると良い。ただし、呑んで貰う条件が四つある。

 

一、単純明快に死なない事。

二、常に警戒する事。何をとは言わなくても分かる筈だ。敵はモンスターだけじゃない。

三、定期連絡を怠らない事。キリトは俺に、アスナはアルゴに。朝、昼、晩と、一日三回。

四、俺かアルゴのどちらかが呼び戻しのメッセージを飛ばしたらすぐに戻る事。

 

この四つを守れるなら、今日から一ヶ月の間だけソイツらの面倒を見るなり他の中層圏を視察するなりお前らの自由だ。無理ならお前らの両足切り落としてから無理矢理にでも連れ戻す。』

 

キリトはそれを見て迷った。結局の所はビギナーを第一層で見捨てた負い目への埋め合わせをしようとしているだけかもしれない。それに文面から滲み出すダンテの本音が嫌と言う程伝わって来る。

 

そんな事しても何も意味はない。神や仏でもない奴に中層プレイヤー全員を救う力なんてありはしない。降りた所で、何を宣おうと死ぬ奴は結局死んでしまう。落ち度が無いのに自分を責める理由なんてどこにも無い。

 

だがそれでも良い。それで自分の気が済むのだ。ダンテには悪いが、彼が言った様にリーダーはいない。だから、好きにやらせてもらう。条件を呑むと言う返事を出すと、ケイタの質問に答えようとしたが一瞬迷った。攻略組である事はバレてしまった以上、隠す必要は無い。だがまだ相手の事を良く知りもしない状態でこちらの情報を迂闊に渡すとなると、多少なりとも警戒してしまう。強化詐欺の事もそうだがダンテの忠告が頭の奥で引っ掛かり、声が出せない。

 

「キリト君は42よ。私は40ぐらい。二人共元々はソロだったんだけど成り行きでパーティー組んじゃってね。今でもたまに別行動とって狩りやってるけど。」

 

キリトが元々口数が少ないと言うのを共に時間を過ごしている内に早くも察したアスナが助け舟を出して代わりに答えた。

 

「あ、ああ。パーティーメンバーに無理言って暫く別行動を取らせてくれって頼んだんだ。それでOKが出たからここにいる。一人でも多くのプレイヤーに生き残ってもらわないと。」

 

彼女の機敏さに感謝し、そっと胸を撫で下ろしながら助け舟に便乗して更に続けた。

 

「もう暫くここら辺のプレイヤーの調子を見ようとは思ってるんだ。」

 

「あ、じゃあじゃあ!ここ俺達の拠点なんスけどお礼させて下さい。美味いモン一杯ありますから!」

 

「こらダッカー。二人は別に中層圏に遊びに来てる訳じゃないんだから。」

 

飛び跳ねるダッカーをテツオが窘めた。

 

「何言ってんだよテツオ、俺達の命の恩人に何のお礼もしないって方が失礼だろ。なあ、ケイタ?」

 

テツオの肩に腕を回して下手糞なヘッドロックをかけたのは緑色の上下に身を包んだササマルだった。

 

「それもそうだな。あの、ご迷惑じゃなければご一緒して頂けませんか?」

 

彼らからすればアスナとキリトは戦士なのだ。最前線で文字通り命を賭して攻略に挑んでいるプレイヤーには嫌でも畏敬の念が生まれるので、普通に話しかける事すら恐れ多いのだろう。

 

「良いけど、その代わり敬語はやめにしてくれ。馴れてないから何か変な感じなんだ。」

 

「そうよ、同年代なんだし。」

 

 

 

 

 

 

 

「ダンテ、良いのか行かせちまっテ?」

 

二十四層にある貸し部屋では丁度シャワーを浴び終わった所なのか、上気した顔でバスルームからアルゴが出て来た。うっすら赤くなった肌と濡れた髪が実に扇情的な姿である。

「あの二人は確かにコンビネーションも良いシ、ソロでもこの階層じゃ充分通用するレベルだけド、俺っち達の戦力の半分だゾ?」

 

「構わないさ。中層にいる風魔の連中に二人をバレない様に見張る様に頼んでおいた。あいつらも馬鹿じゃない。中層圏のプレイヤーも早く攻略組に追い付いてもらわなきゃいつまで経っても出られないしな。」

 

起き上がり、返事の最中に欠伸が出た。目尻からこぼれた涙を拭って立ち上がり、装備を整えた。

 

「出来るだけプレイヤーを死なせない、そんな理想を持つ事自体は悪くない。だがそれを実現出来るだけの力を持っていなければどうなるか、身を以て知る為の良い機会だ。」

 

「けど中層圏にもオレンジやレッドは絶対いる筈ダ。もしアーちゃんやキー坊と鉢会わせたラ・・・」

 

その時はその時だ、とばかりにダンテは肩を竦めた。

 

「今の所は俺達がレーダー役になってオレンジプレイヤーがいそうな所をあえて避けてたから大丈夫だったが、自分の身を守る為にいざと言う時は腹を括らなきゃならない。俺が言った所で分かりゃあしないし、可愛い子には旅をさせろって言うだろ?」

 

「そりゃ親の言う事だヨ。」

 

言いたい事は分かるだろうと言いた気な視線を受けてアルゴは悪戯っぽく笑った。

 

「お前があの二人を気に入ってるのは分かるが、こればっかりは身を以て知らなきゃ染み込む様なモンじゃないからな。後、願わくばあの二人がさっさとくっ付いてくれます様に。」

 

アルゴは思わず噴き出した。そして腹を抱えたままゲラゲラと大声で笑い始めた。

 

「最後のソレ、何だヨ?」

 

「いや、だってお前もそう思うだろ?あんな美人と四六時中一緒にいて何も感じない方がおかしいぞ。どっちかからさっさとアプローチをかけてくっ付いて貰わなきゃ二人を弄くると言う楽しみが無くなっちまう。」

 

不純な動機にアルゴは更に笑った。笑い過ぎてそのままさっきまでダンテが寝そべっていたベッドに倒れ込んでしまう。その上にダンテが覆い被さって来た。

 

「ちょ、おイ・・・・シャワー浴びたばっカ・・・」

 

「いつまでもそんな格好してるお前が悪い。」

 

彼女の顔に息がかかる程顔を寄せ、耳元でそう囁いた。

 

「遊里が言ってた様に、俺はサディスト色情魔ですから。」

 

耳から首筋へと唇や舌を這わせると、アルゴが自らの口を塞いでもぞもぞし、時折小さな喘ぎ声が口端から漏れる。タオルで体を隠しながら弱々しく抵抗する。

 

「ちょっ、ほんとニ・・・・まダ、報告が・・・」

口ではそう言う物の、抵抗は殆どしていない。

 

「良いから良いから♪」

 

彼女の透き通る柔肌の温もりと滑らかさを味わいながらも兄バージルの事が痼りとなって残っている。あの場で勝利はしたがかなりギリギリだ。次もああやって勝てる保証も無い。向こうは恐らく寝る間も惜しんで迷宮区を彷徨い、今もレベルを上げているのだろう。




次回はアインクラッド解放隊がボロクソにやられたクォーターポイントにおける番外編で、ダンテとアルゴを物語の主軸に据えようと思います。


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Extra File #1: Devils Never Cry

暫く空いてしまいましたが、まだエタッてはいません(笑)

前回の予告とは少し内容が若干、と言うかかなり違ってしまいましたが・・・・・

まあどうぞ(汗)


デスゲーム開始宣告の2022年11月6日から数ヶ月の時が過ぎ、2023年3月12日に『攻略組』と呼ばれるトッププレイヤー達は遂にクォーターポイントの第二十五層『ビエーテル』へと到達した。今も着々と迷宮区の攻略とマッピング作業が行われている。アルゴと風魔忍軍の共同作業でアルゴが単独で動くのに比べると遥か上を行く情報の拡散スピードでビギナーとテスター、どちらの死亡もかなり減った。

 

ギルド結成を可能とするクエストの受注を境に、アルゴ、キリト、アスナ、そしてダンテはギルド設立に踏み切った。ギルド設立までこぎ着けたまでは良かったが、三人は彼をギルドマスターにと何度も進めると彼は良い顔はしなかった。

 

「ダンテ、頼むよ。あんたはこのSAO中で一番レベルが高いプレイヤーだ。アルゴと同じで情報ネットワークの立役者でもある。そんな奴が前線に出ないでどうするんだ?」

 

「私もそう思います。ダンテさんこそがギルドマスターになるべきです。 何でそこまで嫌がるんですか?」

 

「Noと言うのに理由が必要か?」

 

彼らは断る当人を今まで再三再四なんとか説き伏せようとしたが、何度聞いてもダンテは首を横に振り続けた。

 

「普通なら無いと言いたい所ですけど、これは別です。納得がいく理由が無いと、はいそうですかとは言えません。」

 

「ガラじゃ無いんだよ。リアルでも俺は八割方ワンマンだ。まあ、言っても俺達は小数ギルドだからそこまで動き難いって事は無いから、気は幾らか楽だが。前にも言ったが、リ—ダーなんて存在はこんな小数じゃ邪魔になるだけだ。それに俺は人を率いるなんて器用な真似は出来ない。救える人間を全て救おうとする様な行動力もそうだが、慈愛の心なんて生憎持ち合わせていない。」

 

だが依然としてアスナは得心が行った様子は見せなかった。こうなれば仕方無い。ここで話さなければしつこくギルドマスターの座を進めて来るだろう。話せばきっぱりと諦めてくれるかもしれない。

 

「これでも納得出来なければ、確たる理由を教えてやろう。」

 

「ダンテ・・・・・」

 

「良いんだ。」

 

キリトは彼が打ち明けようとしている事に気付いたが、ダンテが彼を手で制し、意を決した。

 

「その内話す事になるとは思ってたし、今言わなきゃ何時言うんだよ?ギルド設立はビジネスと同じ、相手との信頼が第一だ。お互いの事をある程度知っておかなきゃギルドなんて作れてもすぐ消滅しちまう。」

 

ダンテは一度深呼吸をすると、再び口を開いた。

 

「随分前のおさらいになると思うが、リアルでの俺の名は最上紅一。元警察官僚が立ち上げたサイバーセキュリティー会社『イーグル9』の日本支部開発研究部部長だ。そして、元札付きの犯罪者。傷害罪数件、無免許運転一件、未成年飲酒、未成年喫煙、電波法違反二件、ハッキング三件。特にハッキングは良くやっていた。今はもうやってないがな。昔の俺は結構な不良でよお。俺が生まれてから六年後にお袋が死んだから、どっかおかしくなっちまったんだろうな。親父は組織犯罪対策にいる優秀な刑事だったってのに。笑っちまうよな?」

 

神妙にダンテの言葉に耳を傾ける三人は何も言わなかった。

 

「そっからだ、俺が色々と問題を起こし始めたのは。当然バレない様にはしていたよ。でも、十年後にとうとうやらかしちまった。高校の時に只のチンピラだと思ってちょっかい出した奴が元はマジモンのヤクザでさ。銃を引っ張り出した所を親父が俺を庇って撃ち殺された。背中に七発、ほぼ即死だったよ。で、放心してたソイツを俺は殺した。鼻も歯もあばらも折って、頭をカチ割って、最後は喉を思いっきり踏み潰した。気管を潰されて陸に上がった魚みたいに死んだよ。」

 

話している内にその光景が脳裏に蘇って来た。自分以外の血に染まった手は、生温い生乾きの血でべたべたとして気持ち悪かった。握り込み過ぎた掌は爪が食い込んで血だらけで、拳の頭は皮が剥けてそこからも血が出ている。加えて、何かが手の甲に刺さっていた。殴った相手の歯の欠片だ。

 

「一時的な精神的疾患でお咎め無しだったが、暫くは施設に缶詰されて、自由にされてからは殆ど一人で生きて行った。で、イーグル9がインターンと言うか、そう言うプログラムをやっていて俺はそれに参加した。武力に頼るのも良いが、こんなフレーズあるだろ?ペンは剣よりも強しって。今は情報は兵器より強しと改めるべきだが。まあ、俺の生い立ちはこんな所。」

 

「そんな・・・・」

 

「本当の事だ。」

 

そんな馬鹿な、とアスナが口を開きかけたが、キリトがそれを遮った。

 

「ダンテの親父さんは、警視庁の組織犯罪対策にいた優秀な刑事だったそうだ。」

 

「何でキリト君がそんな事知ってるの?」

 

「この事を最初に話した相手が俺だからだ。ダンテのプライバシーに深く拘る事だから今まで俺も話さなかった。」

 

ダンテは天を仰いで溜め息をついた。こんな時こそ煙草を一服吸いたいと思う。この事を話すのはこれで四度目だ。最初はトリッシュ、次はレディー、三度目はキリト、四度目は皆に。もしかしたら自分は亡くなった母が与えられなかった二十年分の欠落した愛情を埋めようとしていたのかもしれない。そう思いながら立ち上がって乱暴に頭を掻いた。

 

「そんな訳で、本来俺は大手を振りながら表立って歩ける様な人間じゃないって事だ。アルゴに話さなかったのも、まあ分かるだろ?間接的に、そして当時は少年法に守られていたとは言え、俺の存在その物が三人の人間の命を奪った事に変わりは無い。犯罪者と好き好んで関わりたがる奴なんかいねえだろ?」

 

唯一自分の過去を知る者・・・・実の兄、バージルが自分を孤立させ、その手で殺す為にこの事実を散撒く可能性がある。そうなればキリト達も只では済まない。アルゴも、所詮は犯罪者を庇う自己中心的なベータテスターと蔑まれる。攻略も長引けば死ぬまでこの仮想空間を脱出する事無く死に絶えてしまう。それだけは何があろうと絶対に避けなければならない。二人は表の大物、自分は裏の大物として徹すれば被害の拡大は抑えられる。

 

「故にキリトをギルマスに、アスナをその補佐に推薦する。コンビネーションもばっちりだしな。話はこれで終わりだ。もしそれでも俺をギルマスにしたいなら・・・・・・もう分かるよな。」

 

ダンテの瞳は恐ろしく冷たかった。思わず一歩下がりそうになったが、アスナとキリトも肩を並べ、負けじと睨み返した。

 

「俺にデュエルで勝たなきゃならない。二人共だ。もし二人が半撃決着デュエルで俺に勝てば、ギルマスをやる。文句は言わない。だが、二人の内一人でも負ければ諦めろ。このオファーは今回限り。交渉の余地も無い。」

 

「半撃決着なんて・・・・・加減を間違えたら死んじゃうじゃないですか!」

 

「それがどうした?今まで散々命を賭けてモンスターと戦って攻略を続けて来たんだろ?今更何をビビッてやがる。デュエルも飽きる程やった。俺をモンスターと・・・・悪魔だと思って戦えば良い。」

 

実際、自分はそうだと認識していた。自分は、人の皮を被った化け物だ。疫病神だ。悪魔だ。今でも三人の人間の命を奪ったと言う事実に苛まれ続けている。三人の死を境に、人に対する共感能力や良心の呵責と言った物を少しずつ削られて行く感じだ。今の自分には、最早魂と呼べる物は存在しないのかもしれない。

 

「デュエルをする気になったら言ってくれ。俺は部屋にいるから。」

 

使っている部屋に戻り、壁を背にすると、ずるずると崩れ落ちた。両手で顔を覆い、目尻から熱い涙が幾筋も零れる。

 

まただ。またやってしまった。過去の事を掘り返したり掘り返されたりすると何時も自分の古傷を舐める為に人を避ける。母がこの世を去った時は泣き、その日を境に弱さを嫌った。泣かないで済む位に強くなると決めた。その強さの証明の為に非行に走った。それが過ちだったと気付かされたのは、再び命が贄となってからだ。学ぶまでに同じ過ちを二度も犯してしまい、その授業料は両親の命。

 

「結局俺は、あの頃から何一つ変わっていない変わってねえじゃんかよ・・・・」

 

そんな自分に対する情け無さが我ながら滑稽で、ダンテは笑い始めた。笑いながら涙が零れ始めた。母に先立たれ、父を死なせ、父を殺した男を手にかけ、兄に二人の死を恨まれる。もしこれがシェイクスピアの悲劇ならばさぞ好評だった事だろう。

 

「結局俺もこの様か。」

 

蝶番が軋む音と共にドアが開いた。アルゴだ。彼女が知っている何時ものダンテからは想像もつかないその姿に、一瞬言葉に詰まってしまう。だが、言った所で意味は無いと思い直し、ダンテの頭を胸に強くかき抱いてゆっくりと撫でた。

 

「おい・・・・?」

 

「紅一は、悪魔なんかじゃないヨ。ホントの悪魔ハ、涙なんか流さないだロ?顔も見ないし誰にも言わないから今位は泣いて頼ってくレ。ずっと辛かったのに全然気付かなくて、ごめんナ。」

 

アルゴも泣く一歩手前だ。声で分かる。泣いている所を見られたのが恥ずかしいやら情け無いやらで更に涙が溢れて来た。

 

「良いんだよ。俺は隠すのが上手いだけだし。遊里、こんなんじゃ駄目だな俺。何時もの自分じゃねえわ。全然かっこ良くねえ・・・・最悪だ。」

 

そしてダンテは泣いた。声を押し殺しはしたが、これまでに無い位に涙を流した。アルゴも共に泣いた。ダンテが流した涙が悲しみによる物か、はたまた枯れたと思っていた涙をまだ流せると気付いた歓喜による物かは、二人だけの秘密となった。

 

ひとしきり泣いてスッキリしたのか、ダンテは何時もの自分に戻った。そしてアルゴを更に抱き寄せて膝の上に座らせると、チョンチョンと幾度も彼女の唇を啄む。まるで甘い砂糖菓子を口の中で転がす様な舌使いにアルゴも逆らうと言う選択肢を早々に放棄した。寧ろ少しでも長く甘美なキスを味わえる様にと更に体を密着させて来る。

 

「ありがと、遊里。元気出た。」

 

立ち上がりながらも器用に壁を使ってバランスを取り、アルゴを抱き上げながらキスを続ける。酸欠にしてしまおうと言う位長く唇を合わせ続けた。

 

「ダンテさん、キリト君と決めました!やっぱりギルドのトップはダンテさんがなるべきです。こうなったらデュエルに勝って嫌でもギルドマスターをやって貰い、ま・・・す・・・・・え?」

 

意気込み十分でダンテに挑戦状を叩き付けようと思い切りドアを開けたアスナの語気はあっと言う間に尻窄みになって行った。と言うのも、アルゴが小さく色っぽい声を上げながらダンテに抱きつき、ダンテもまた若干服がはだけているのだ。そして二人の唇に掛かるのは極細の糸。

 

「な、なななになない・・・・え、ええええ!?」

 

一瞬脳味噌がフリーズしたのか言葉にすらならない頓狂な声を上げた。

 

「おお、よう、アスナか。デュエルの事だが、十分・・・・いや、五分待ってくれ。アルゴを一旦トばしてから相手してやるからさ。」

 

そしてダンテの言葉通り、五分後に彼はアスナとキリトの二人と向かい合って立った。

 

「さて、どっちが先に行く?二人同時にってのもアリだが、生憎とシステムじゃそれが出来ない様になっているんでな。」

 

「わたしがやります。」

 

「アスナ、気をつけろ。あいつの強さはホントにヤバいぞ。」

 

「知ってる。」

 

いや、彼女は知らない。見ただけでは何も分からない。モンスターは所詮プログラムされた攻撃パターンに沿って動いているだけだ。それを分析し、最小限の負担で最大限の効率を叩き出すならキリトにも出来る。

 

問題は対人戦、デュエルの時にそれを応用すると言う事だ。人間の脳はコンピューターの様だと良く言われているが、ダンテの脳味噌は間違い無くスーパーコンピューターと呼んでも遜色無い。初撃決着だろうと半撃決着だろうとダンテは常に先の先まで計算して予想の斜め上を行く戦法で勝利を掴み取る。キリトが最初に戦った時に一番恐ろしかったのは、その表情だ。まるで心の奥底を除かれる様な錯覚に陥る目と、戦いを楽しんでいる事をアピールする為に喜怒哀楽を絶やさない。

 

「お、トップバッターはアスナか。準備は良いな?」

 

「だ、大丈夫です!」

 

先程図らずも目撃したラブシーンがまだ鮮明に焼き付いているのか、まだ顔が赤い。クスクスと笑いながらデュエルの申請を彼女に出した。それを彼女が承諾した所で六十秒のカウントダウンが始まる。

 

まず間違い無く勝てると、ダンテは既に確信した。レイピア型の武器は短剣の次に攻撃間隔が短い上リーチがある。だが耐久値は曲刀よりも低い上、ソードスキルも刺突系の技が主体なので直線的な攻撃となる。読み易い。

 

「ここは、コイツで行くか。」

 

取り出したのは『クロム・シリーズ』の曲刀カテゴリーに属する『紅蓮』と言う名を持ち、中国の雁翅刀 (がんしとう)の形を取った刀剣だ。スリムな刀身が雁の羽に見立てて作られた故に付けられた名だ。全長は百十センチとサイズは標準だ。更に刀身には不思議な紋様があり、柄の先端に深い赤色の布が付いている。

 

「さてと・・・・もうそろそろだな。」

 

カウントが十秒を切り、先手必勝とばかりにアスナが飛び込んで来るかと思ったが、ダンテと自分の武器のリ—チの差を見て思い止まった。

 

「賢明な判断だ。だが、いつまでもその距離にいたんじゃ勝てないぞ?」

 

だが答えの代わりにアスナの手からピックが三本投げ放たれた。目標は、ダンテがいつも狙う顔だった。

 

「アルゴから学んだか。感心、感心。」

 

紅蓮の腹で飛んで来るピックを弾いた。そして視界が覆われた所で二段突きのソードスキル『パラレル・スティング』で機動力を削ぐ為に右足を狙う。だが切っ先がダンテの膝頭に近付いた瞬間、アスナのレイピアは目標を失い、空を切った。左足を軸に時計回りに回転し、回避したのだ。

 

「残念。ピックを顔の前で受け止めさせて視界を防ぐってのはいい判断だが、ライトエフェクトを纏ったレイピアが曲刀の腹に映ってるんだよね〜。表面がピッカピカだもん。」

 

そしてその回転の勢いを利用し、通り過ぎようとしているアスナに後ろ回し蹴りを後頭部目掛けて繰り出した。当たりはしたが体勢を崩すには至らなかったらしく、HPも数ドットしか減少していない。

 

「惜しい・・・・当たりそうだったのになあ。ほら、まだ始まったばっかだよ?」

 

余裕たっぷりの笑みを浮かべながら、ダンテはクイクイと指先を手前に曲げて手招きした。アスナの顔付きが僅かだが険しくなり、得意の『リニアー』の連続突きを繰り出した。

 

「おおっととと、うぉお〜あぶねっ!ほっ、はっ、っと、ぬぅおぉう?!」

 

わざとらしく危機一髪避けた様な声を上げるが、実際はどの突きも掠りさえしなかった。最後に突きを放った瞬間、ダンテはアスナの右腕に自分の右腕を絡ませ、蛇の様に巻き付けて腕を固定した。

 

「ランダムにリニアーを使っているつもりでも、実際はパターンがある。アシスト無しでもそうだ。これでも確率計算は得意でね。」

 

固めを緩めるとそのままアスナの背中を押してつんのめらせると、再び構えを取った。

 

「・・・・やっぱり強い・・・・」

 

パーティーを組んでから、四人はレベル上げに取り組んでいた。難易度が上方修正されたデスゲームと化した以上はアインクラッドに於ける安全マージンを過信するのは危険だ。現在ダンテのレベルは42、アルゴ、キリト、そしてアスナは39と、大体同じだ。だがこのたった一つの差でも途轍も無く大きい。

 

あのやり取りで、アスナはそれを実感した。ダンテの過去から現実世界で潜り抜けた修羅場の数は両手では足りないだろう。それだけ戦闘と言う行動に馴れているのだ。レベリングに必要な『経験値』もそうだが、彼は本物の『経験』がある。

 

気を取り直して再びアスナはレイピアを突き出して来た。今度はソードスキルやシステムによる補助を使わず純粋な剣技で挑もうと考える。動きを頭の中で考え、刺突の中にも斬る動きを織り交ぜた。だが、まるでダンスでも踊るかの如く体をくねらせて全て回避した。最後に放った苦し紛れの下段突き『オブリーク』さえも不発に終わる。

 

「はい、貰った。」

 

紅蓮を振り上げ、ソードスキルの軌道をズラしながら柄を握った右手を順手から逆手に持ち替えてアスナの腕を体と右腕の間に挟み込んで手前に引いた。これでもうレイピアでの攻撃は出来ない。そしてノーガードとなった頭を鋭い頭突きで仰け反らせ、その拍子に突き出た腹を柄の後端で強かに殴り付けた。そして追い打ちに突進技のソードスキル『リーパー』で左肩から右脇にかけて切り裂く。

 

「はい、俺の勝ち。いや〜、速い速い。またレベリングしなきゃそろそろ俺が負けちまうな。」

 

倒れて行くアスナの背中に手を持って行き、上体を起こさせた。

 

「もう〜〜〜〜〜何なのよこれ!全然当たらないじゃない!」

 

「だからあいつの強さはホントにヤバいって言ったのに・・・・・」

 

キリトはやれやれと手を頭にやる。

 

「当たらない様に避けてんだから当たり前だろうが。それとも、戦っている最中に何らかの邪念があったのか、んん?」

 

ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらアスナの顔を覗き込むが、腕を振り解かれて乱暴に押し返された。何か言いたくても言えず、こめかみをピクピクさせながらダンテを睨み付ける。

 

「さて、One down、one to go。次はお前だ、キリト。掛かって来い。」

 

「臨む所だ。負けっぱなしってのは性に合わないんでね。」

 

黒い片手剣『サイレント・シュラウド』を背中から抜き、デュエルの申請を受けた。薄笑いを浮かべながら武器を『ソリッド・ヴァーミリオン』に変更し、左手に持ち替える。キリトはそれを見て顔を顰めた。昔は剣道をやっていた経験があるが、道場にいた門下生でも左利きの者はいなかった。それ故にそう言った相手の動きを想定した練習をした事は無い。唯一左利きで剣を交えた相手はダンテだけだ。そしてそれにより今まで一度も勝てた試しが無い。だが、左利きの者にはその分リスクもある。構える時に左半身、つまり心臓がある側が前に出る。実戦では自殺行為に等しい。

 

「キリト、お前剣道やってたろ?」

 

ダンテがそう訪ねたのは、デュエルが始まる三秒前だ。

 

「え?」

 

キリトがそう聞き返すのと、ダンテが足元を狙ってチャクラムを投げつけたのはほぼ同時だった。足首を僅かに掠ったが飛び上がってチャクラムをギリギリ交わした。しかし、次の瞬間、目前にソリッド・ヴァーミリオンを大上段に振り上げたダンテが迫って来た。基本の縦に振り下ろすソードスキル、『バーチカル』である。

 

「このっ・・・・汚いぞ!」

 

チャクラムを回避する為に飛び上がってしまったお陰で回避などままならない。キリトも横一閃の『ホリゾンタル』で応戦した。

 

SAO(ここ)には交戦規定なんてねえぞ!」

 

ライトエフェクトが火花の様に散り、力負けしたキリトは空中でバク転をしながら着地して体勢を立て直した。身構えたがダンテは追撃して来る様子は無い。何時もの様に余裕の笑みを浮かべている。

 

「キリト君、後ろ!」

 

アスナの叫び声で大きく横に飛ぶと先程自分の背中があった所をチャクラムが通過した。そうだった。何故忘れていたんだ、とキリトは自分の迂闊さを呪った。チャクラムやブーメランなどの投擲武器はピックとは違い自動的に回収出来る武器だ。自分は殆ど使わない武器なのでその特性を利用した不意打ちに先程まで頭が回らなかった。あのまま迎え撃とうとすれば背中から攻撃されて怯んだ所を前からの攻撃で負けていた。

 

「おいアスナ。何やってんだよお前は?勝負に水差しやがって。」

 

飛んで来るチャクラムをキャッチし、興を削がれたと言わんばかりの表情をアスナに向ける。

 

「あ、あああああんなの見せた仕返しですっ!」

 

肩を怒らせるアスナは顔を真っ赤にして叫びながらそう返した。

 

「残念だったな。アスナが何も言わなければあのまま勝てたかもしれないのに。けど、何で分かったんだ?」

 

「剣を抜いて一度正眼に持って行きながら右半身を前に出す時、左足を後ろに引いただろ?その数秒前に両足が並行だった。中段構えの基本だ。俺も一応小学校から中一までやっててな。良く左構えを直せって親父に叱られたよ。さて、じゃあ張り切って・・・行ってみようか!」

 

突進技の『レイジスパイク』で切っ先同士が激突したが、キリトはダンテの突きを受け流し、力の流れをズラした。ダンテがやった様に一度剣を両手で持ち、逆手に持ち替えて接近した。懐に飛び込まれて碌に応戦出来ないダンテの腹目掛けて一撃を見舞おうとするが。チャクラムがそれを阻む。

 

「俺を真似たか。良い考えだが、俺が俺の動きを学習してないと思ったか?」

 

そしてキリトは背中に衝撃を感じた。下を見ると、背中からソリッド・ヴァーミリオンに貫かれている。そしてその刀身はダンテ自身をも穿っていた。だが先にダメージを受けたのはダンテではない為、システムはダンテを勝者と表示した。

 

「自分まで攻撃するなんて・・・・・」

 

「捨て身の攻撃なんざ幾らでもやって来た。さて、俺にお前ら二人が俺に勝てばギルマスをやると言った話だが、結果はご覧の通りだ。ギルマスはやらない・・・・と言いたい所だが気が変わった。俺で良ければ喜んで引き受けよう。ただし!あくまでギルド設立の為、形式上の話だ。俺達のギルド名は、これだ。」

 

オブジェクト化した紙切れに大文字で三つの言葉を大文字で書きなぐった。

 

DEVIL MAY CRY

 

「悪魔も泣き出す最強の小数プレイヤーの集まりだ。ギルドになる以上、名は売らなきゃな。手始めに二十五層の迷宮区を攻略して、ボスを見つけ次第血祭りに上げるぞ。」



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The Laughing Undertakers

どうも、一週間弱振りの投稿です。どうぞ。


2023年 5月9日

 

今日でダンテが提示した中層圏の視察の期限が終わる。現在キリトとアスナは第二十層にある日だまりの森と言う草木が生い茂ったフィールドで月夜の黒猫団のメンバーを伴って狩りをしていた。

 

最初の数日に議論したのは、サチのポジションだった。リーダーのケイタは彼女を中衛の槍使いから楯と片手剣の前衛ポジションに転向させようと言う物だった。しかしアスナは女の子を危険な目に遭わせるつもりかとケイタを叱責し、猛反対した。幾ら同級生で気心の知れた仲間でも、サチも本来引っ込み思案で気が弱い。それを誰よりも良く分かっているのにワザワザ危険な目に遭わせるのは同じ女として頂けない。

 

キリトもこれには賛成した。勿論率先して女性を前に出すのは気が引けると言うのもあるが、戦術的な人選ミスと言う理由もある。何度か彼女が前衛に出るのを見たが、剣を振る時も防御する時も楯で自分の視線をほぼ完全に遮って更に目を閉じている。そしてその都度自分かアスナが彼女を下がらせて援護し、モンスター討伐に成功するのだ。とてもではないがアタッカーのポジションを彼女に任せる事などとてもではないが出来ない。

 

結局、サチのポジションは槍使い兼ポーションや料理などのスキルを上げる後方支援に収まり、片手剣に転向したのは短剣使いのダッカーだった。元々レベリングの際はキリトと同じ敏捷性に重きを置いているし、何よりサチよりも前に出る度胸も持ち合わせているため適材適所と言える。その証拠に、フィールドで遭遇したカマキリ型のモンスター『キラーマンティス』を黒猫団は二人の力を借りずに自力で倒す事に成功し、最後に止めを刺したテツオもレベルがに上がった。

 

「よっしゃあー!」

 

歓声を上げるテツオにメンバーが労いの言葉をかけた。少し離れた所でアスナはそれを微笑ましく眺める。キリトも彼らの成長振りを見て素直に感心していた。自分達が唯一口を挟んだのは誰が新しく前衛に出るかの議論と効率の良い狩り場だけで、後は彼らが自主的に事を進めて来た。

 

「アスナ、嬉しそうだね。」

 

「うん。だって考えてみてよ。血盟騎士団も頭が固い人達ばっかりみたいだし、聖竜連合もやり方が汚過ぎるし。このまま彼らが成長して攻略組に入ったら、閉鎖的なあの重っ苦しい空気が変わるかもしれないじゃない。伸び代はありだと思わない?」

 

「思うさ。ダンテもクォーターポイントを含めて一気に二十八層まで行ったんだ。ああ言うのを無言の檄、とでも言えば良いのかな。まあ本人にそんなつもりは毛頭無いだろうけど。」

 

ダンテは自分の利益になる様な事しかせず、デスゲームですらまるで遊びの一環の様に笑い飛ばす快楽主義者に見えるが、その実権謀術数に長けている。一件無作為に事を進めていると思ったら実は意外な意味で優位性を増したり、また逆に綿密に立てた計画かと思ったらその場しのぎの考えで切り抜けたりする。頭のネジが幾つか外れてしまっている為か、全く読めない。

 

命を捨てる事にまるで躊躇いが無いと思わせる程にあっさりと誰もやらない事や考えつきもしない事を臆せず実行に移し、尚且つ成功させてしまう。相手が何であろうと誰であろうと、薙ぎ倒して来た。加えて人を食った態度と小馬鹿にする余裕の笑みを武器に交渉で常に優勢になる。

 

今は味方だからこそ頼もしいが、敵に回せば命が幾つあっても足りなくなる。正に悪魔との戦いになってしまうだろう。

 

黒猫団のメンバーのレベルが揃った所でフレンド登録を済ませて袂を分かった。

 

「あーあ、でも今日で視察も終わりか。もうちょっと一緒にいたかったなあ。」

 

名残惜しそうに何度も後ろを振り返りながらアスナがぼやく。

 

「それは残念だったな。わりいがそうも行かないぜ。言ったろ?条件を呑まなければお前らの両足ぶった切ってでも連れて帰るってな。もう一日遅れてるんだぜ、お前らはよぉ?」

突如ダンテの声が聞こえたが、声はすれども姿は見えない。二人は頻りに辺りをキョロキョロと見回したがイメージカラーの赤いコートを身に纏った銀髪の男はどこにもなかった。

 

「どこ見てやがんだ馬鹿野郎共。上だ、上。」

 

十重二十重に枝分かれする樹木の梢からダンテが飛び降り、二人の前に着地した。背中には青緑のシミターの柄が左脇辺りに来る様に吊ってあり、左腰にも同型の赤いシミターを差している。

 

「ダンテさん!」

 

「よう。一ヶ月振り。どうだ、カッコいいだろ?これ、実は二十五層(ビエーテル)のフロアボス『ザ・ゲートガーディアンズ』のLABでな。二人一組ってのが厄介だったぜ。ちなみに赤いのがアグニ、青いのがルドラってんだ。この二つを使っている時に限って限定的にだが二刀流が使える様になってるらしくてな、すげえ爽快だぜ!」

 

まるで新しい玩具を貰った無邪気な子供の様にはしゃぎながらそれを二人に見せびらかす。

「アルゴはどうした?」

 

「エギルと一緒に店番だよ。」

 

「え、会ったのか?どうしてる?」

 

アスナは顔と名前しか知らない上、まともに話した事も無いので大して反応しなかったが、キリトは目を見開いて驚いた。最後に会ったのは去年のトールバーナでのボス攻略会議以来なのだから。

 

「元気にやってたぜ。エギルも危なっかしそうなお前の事心配してたぞ。出会い頭にお前がまだ生きてるかってさ。それとお前ら二人、結局一ヶ月ず〜っとコイツらとつるんでたらしいが、それじゃ調査にならないって事理解してるよな?それとも俺がお前らを自由にさせた理由を忘れたのか?」

 

呆れと非難のが濃厚に入り交じったダンテの視線が痛い。二人はそろーりと気まずそうに目を逸らした。そう、指摘されるまですっかり忘れてしまっていた。溜め息をついて項垂れると、それぞれデコピンを二回連続でお見舞いした。

 

「あだっ!?」

 

「いったぁい!!何するんですかダンテさん!?」

 

「本来調査はお前らの役目だったんだから自業自得だ。この程度で済んだ事をありがたく思え。お前らを許すのはエギルの顔を立てての事だ。あいつは中層プレイヤーの育成に店の売り上げをかなり注ぎ込んでるんだ。リアルではそう知らない間柄じゃ無いし、理由はどうあれ俺と利害は一致してる。アルゴと風魔忍軍が纏め上げた中層プレイヤーの平均的なレベル、死亡率、武器と防具のステータスなどの統計されたデータを買ったんだからな。」

 

中層プレイヤーの統計データ。一体どれ程の金額なのか想像に難くない。加えて中層プレイヤー育成の為のコルの振り分け。恐らく自分の店を赤字ギリギリに傾けて結果的に潰してしまう事なっても手に入れたかった情報なのだろう。エギルの迷いの無い義侠心に溢れるその行動に、キリトは胸が熱くなった。

 

「ちなみに、あいつには非公式だがウチのギルドに入団してもらった。俺らと大して変わらない位までレベリングをして貰わなきゃ困るってのはあるが、今はとりあえず中層プレイヤー育成を優先してもらう。いざと言う時は協力してくれるらしいし。それに一人位は純粋なパワーファイターが欲しいと思っててな。」

 

現在ダンテ達のギルド構成はオールマイティーなバランス型パワーファイター、そしてスピードファイターが三人。今まで全く問題は無かったと言えども確かに偏り過ぎている事は否めない。

 

「土産として二十七層のLABだった斧、アービターと軍資金に十五万コルを持ってったら目の色変えて条件飲んでくれたぜ。」

 

物は言い様とはこの事だ。お前の場合土産じゃなくて只の交渉材料(エサ)に使っただけだろうとキリトは心の中で苦言を吐いた。

 

「ちょっと待って下さい。ダンテさん、一体何回LABを取ったんですか?」

 

「ん?二十五層、二十七層、二十八層の三回だけだが?」

 

「三回・・・・って殆ど全部じゃないですか!?」

 

ラストアタック・ボーナス、通称LABを三回。つまりフロアボスの息の根を三度止めたと言うこと。それは大抵その者が強力なプレイヤーであるのを意味するが、逆に横槍を入れて漁父の利を得た卑怯者と罵られる事にもなる。

 

「まあ、そこら辺微妙なんだよな。一人で勝手に突っ込んで死んだら単細胞だと陰口叩かれる。逆にLABを取ったら卑怯者だなんだと野次られるし、とどめ刺しに行かなかったら臆病者だと罵られる。どうしろってんだよ?俺は卑怯者と呼ばれる事を選ぶね。別に嘘じゃないし。人間生きて行くのに小細工弄してナンボの生き物だからな。」

 

だがダンテは気にも止めずに肩を竦めた。元々十六の頃から世間に爪弾きにされて来たのだ。今更嫌われようと、別にどうとも思わない。

 

「二十五層はしゃーねー状況だったんだよ。アインクラッド解放隊がボロクソにやられてな。編成された部隊の七割以上が殺されちまった。残りの奴らはビビッて攻撃する気も起きずにほうけてたか、逃げたかのどっちかさ。あの場で引き下がったら一からやり直す必要がある。俺は兎に角、二度手間と言う無駄な行動が大っ嫌いなんでな。だから俺一人でぶっ倒した。二十六層は聖竜連合に譲ってやった。代わりに二十七層のフロアボス『キリングフェイス・ザ・バスタード』のLABを譲り受けた。」

 

「じゃあ二十八層のLABは・・・・?」

 

「こいつだ。」

 

メニューを開いてダンテがオブジェクト化したのは、長尺の刀だった。刀と言っても、その形状は現実では全くあり得ない形をしていた。柄は刀が持たないサーベル特有のシンプルなナックルガードが付いている。刀身を貫いて走る鎬と言う稜線は独特の青と緑のグラデーションで彩られている。

 

「名はエンジェルスレイヤー。サーベルみたいな装飾をしてるが、これでも刀のカテゴリーに入るらしい。それに長めだから俺にも丁度良く扱える。ちなみに、これは血盟騎士団のリーダーでヒースクリフって奴が取ったんだが、別に自分は使えないから好きにしろってポンとくれたんだよ。いやー、中々面白ぇ奴でな。そうそう、面白いと言えば。」

 

能天気に語ろうとした所で言葉を切り、ピックを近くの木に向かって合計十本飛ばした。小気味の良い音を立てながらリズミカルに突き刺さって行く。

 

「さっきから俺達の会話を立ち聞きしてる行儀の悪ぃストーカーがいるんだよなあ。三人ばかし。」

 

アグニとルドラをストレージに戻し、エンジェルスレイヤーをいつでも抜ける様に左手で鯉口を切ってダンテは身構えた。アスナとキリトもそれぞれの得物に手を伸ばして構えを取り、後ろを取られない様に三人は背中合わせに立つ。

 

「I know that you’re there, scumbags. Show yourselves(そこにいるのは分かってるんだ、屑共。出てきやがれ)。」

 

英語に切り替えてダンテはそう凄んだ。

 

「あ〜らら、ばれちゃってるよヘッド。俺らのハイディング見破るってコイツすげえな。」

ハイテンションで剽軽に喋る男は、両腕の甲を覆う艶消しを施された防具以外は全て真っ黒い布製の服で、頭からずた袋を被った様なマスクをしていた。右手には両刃の鋭利なダガーナイフを手慣れた様子で弄んでいる。まるで忍者とホラー映画のサイコキラーが融合したかの様だ。

 

「見縊るな、ジョニー。こいつは、攻略組の、トップだ。」

 

ずた袋マスクの男をジョニーと呼んだ男は外套で体と頭をすっぽりと覆っており、フードから赤毛が覗いていた。途切れ途切れで喋る低い声と装着している赤目の髑髏型マスクの所為で不気味さが殊更引き立つ。

 

「まあ、良いさ。」

 

二人の間に立つ男はフード付きの黒いポンチョを身に付けており、人を引き付ける落ち着いたトーンの持ち主だった。そして三人とも、頭上に浮かぶカーソルの色はオレンジ。つまり犯罪者プレイヤーと言う事だ。

 

「この人達、何なの・・・・?」

 

「犯罪者プレイヤー、つまり他のプレイヤーを攻撃した事があるって奴さ。もっとも、こいつらは攻撃だけじゃなく自主的なPKを行って来たと思うがな。それも一度や二度じゃ無い。元犯罪者としての勘だ。」

 

レイピアを握るアスナの手がジンワリと嫌な汗で滑り、自然と柄を握る手に力が籠った。それでも彼女は小刻みに手が震えていた。自分は今殺人犯と戦おうとしている。本来ならあり得ないその状況に寒気を覚えた。

 

対するダンテは、心の中で狂喜乱舞していた。棚から牡丹餅とは正にこの事だ。『レジェンドブレイブス』の連中から聞き出した自分達をそそのかしたプレイヤーの特徴と完全に一致している。三人組、黒尽くめ、ネイティブ並みに流暢な英語と別の聞き慣れない言語。

リーダーと思しきポンチョの男も緊張した様子など無く、薄笑いを浮かべながら散歩の様にゆったりとした足取りでダンテに近付く。

 

「Showtimeはまだまだ後だ。それに、元々今回は只のご挨拶に来ただけだからな。Hola. Me alegro de verte, Caballero Oscuro(こんにちわ。会えて嬉しいよ、魔剣士(ダークナイト))。」

 

日本人があまり聞き慣れない言語。その正体はスペイン語だった。男のまるでビジネスパートナーと挨拶を交わすかの様な喋り方に、アスナとキリトは更に警戒心を高めた。手には武器を持っていない事をアピールするかの様に左右に広げている。そしてダンテと握手をしようと右手を差し出した。

 

「Nice to meet you too, Jack the Ripper. Kill any puppies lately?(俺も会えて嬉しいよ、切り裂きジャック。最近子犬でもぶっ殺したか?)」

 

ダンテも彼の手を握ろうと己の手を伸ばしたが、その掌には投擲用の投げナイフが隠されていた。笑みを浮かべたままその右手を突き刺そうと力を込めると、低い風切り音が聞こえた。ダンテは瞬時にナイフを捨ててエンジェルスレイヤーを少しばかり鞘から抜いた状態で受け止めた。男の手に握られているのはスプラッター映画でもかなりポピュラーな凶器、肉切り包丁だ。見た目だけでもかなりのインパクトがある。

 

更に左側からジョニーが二本のナイフをダンテ目掛けて投げつけて来たが、キリトがそれを叩き落とした。

 

「油断も隙も無いわね・・・・」

 

「ダンテ、大丈夫か?」

 

「御陰様で。」

 

一度受け止めた所で後ろに下がり、武器をアグニとルドラに戻して構えた。

 

「やると思ったぜ。ゲームマスターでない限りメニューが開けるのは()()()()。右手さえ切り落としてしまえば、転移結晶を持っていない限り逃げる事は不可能。たとえ逃げようとしても、そこの忍者ワナビーのナイフで動けなくなるだろうし。どっちみち中層プレイヤー如きじゃ死ぬ事は確実だ。」

 

「Excellent(お見事)!」

 

PoHは肉切り包丁を握ったままわざとらしく拍手を贈った。

 

「流石元犯罪者と名乗るだけの事はある。紹介が遅れたが、俺はPoH。ここにいるジョニー・ブラックとザザ、二人の葬儀屋(アンダーテイカー)達の長だ。」

 

PoHと名乗った男はずた袋を被ったジョニーと赤目の髑髏マスクを被った男、ザザを手で指し示す。

 

「お前、中々考えるな。実にエグい。」

 

けど、と言いながらダンテの顔から笑みが消えた。

 

「システムをそうやって潜り抜けられると俺も困るんだよねえ。さっさとここからおさらばしてストロベリーサンデーをたんまり食いたい。だ・か・ら・さ、ここで死のうよ。三人とも仲良く殺すからさあ!」

 

素早くPoHの懐に踏み込み、左右から挟み込む様にアグニとルドラを振るった。




誤字脱字の報告、感想、評価、質問など、お待ちしております。


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My Ace In the Hole

そろそろDMCに出るダンテに使われるあのシステムをだそうかな〜と思います。まだ先になりますが。

それと、長らく登場させなかった鬼いちゃんをチョイ役で出しました。


PoHは体勢を低くして両側から迫る凶刃をかわし、大振りな肉切り包丁で斬り掛かった。構造上全く刺突は出来ないと言うデメリットが存在するが、短剣の攻撃スピードはそのままに耐久値やソードスキルの威力は片手剣並みに重い。

 

「キリトは髑髏仮面をやれ!アスナはそのカカシだ!強ぇし毒と麻痺も仕込んでる筈だから油断すんなよ!仮想空間とは言え俺と同じで人ぶっ殺してなんぼの奴らだからな!」

 

耐久値の減少を出来るだけ均等に分散させる為にアグニとルドラを交差させて肉切り包丁を受け止めた。

 

「こいつは魔剣クラスの化け物みたいな武器だな。」

 

鍔迫り合いで火花が散り、二人は顔を見合わせた。もっとも、PoHの顔はフードで隠れている所為で口元しか見えないが。だが馬力で拮抗していると言う事はそれだけレベルとステータスの高さも伺える。

 

友切り包丁(メイトチョッパー)と言う物だ。イかしてるだろ?」

 

アグニとルドラの刀身が光に包まれ、ダンテは回転した。発動したソードスキルは『トレブル・サイズ』と言う独楽の様に回転して斬撃を繰り出す範囲技だ。だがアグニとルドラの二刀流で手数は倍になった。そしてダンテの長い腕でリ—チもある。PoHは最初の三撃を防ぎ切り、残り半分は下がって回避した。

 

「ああ、イカしてるな。ここにいるって事はまだ警察にも捕まってないって事だから、総統腕が立つんだろうな。恐れ入るよ。所でお前、現実世界でも色々やってるっぽいから聞くんだが、どっちなんだ?ハッカー?それともクラッカー?」

 

ダンテは若干だがPoHに親近感を抱いた。自分の様な異端の存在がこの世界に存在した事が分かって少なからず歓喜を覚えずにはいられなかった。カーディナルシステムの抜け道を瞬時に見つけ出し、それを利用したPKをソードアートオンラインで考案し、更に秘密裏に実行する。高い知能は勿論の事、ウィザード級の知識と専門的な技術、そして何より人を傷つけ、殺す事に対する躊躇いの無さと強靭な精神力を持ち合わせていなければまず不可能だ。そんな化け物じみた男がもう一人。

 

「No need for you to know (お前が知る必要は無い)」

 

だがPoHはダンテの質問に対して意地悪そうににやにやしながら解答を断った。

 

「Come on, be a good sport(何だよ、ケチケチすんなって)!」

 

ダンテは巨大な高枝切り鋏の様に交差させたアグニとルドラでメイトチョッパーを押し上げ、ノーガードとなったPoHに体術スキルの基本である回し蹴り『旋天』を繰り出した。メイトチョッパーは先程押し上げた右手に持っている上、左手は底まで届かない。オレンジ色に光る左足が彼の腹を的確に捉え、Pohは宙を舞った。その隙にメニューを開いて武器を変更し、飛んで来たピックを弾く。

 

「二十七層のボス攻略でようやく使える様になったぜ。」

 

光と共に現れた剣は両手剣と見紛う程長く、刃の幅が広く、刀身も肉厚だった。刃の付け根には大きな頭蓋骨、ハンドガードも骨の形をしている。魔剣『リベリオン』だ。

 

「Ready for round two(第二ラウンドの準備は良いか)?」

 

昔持ち上げる事にすら苦戦していたのが嘘の様に身の丈程もあるその巨大な剣を振り回した。

 

「Whenever you are(いつでも良いぜ)!」

 

だがPoHは恐れるどころか狂った笑みを浮かべてメイトチョッパーを振り翳して来た。

 

「良いね、良いね。今まで戦って来た弱者(ゴミ)とは桁違いだ。おまけに俺らと同じとは笑えて来るぜ。お前程の奴が何でそっち側にいる?」

 

「Now that is something which you have no need to know. Answer me first and maybe I’ll answer(それこそお前が知る必要の無い事だ。先に俺の質問に答えろ、そしたら答えてやらんでもない)」

 

リベリオンの縦一閃、バーチカルとメイトチョッパーの横二連撃の『サイドバイト』がぶつかった。

 

「つれないねえ。まあ、良いさ。気が変わるのを気長に待つさ。言った様に今回は挨拶代わりに来たんだしな。ジョニー、ザザ、引き上げるぞ。」

 

ダンテの筋力値を利用して後ろに飛んだPoHはアイテムポーチから銀の台座に嵌った青い直方体の結晶を取り出した。迷宮区やフィールドのどこででも使え、瞬時にどこへでも移動出来るアイテム、転移結晶である。

 

「You are’t going anywhere until I’ve shown you Hell(地獄を味わわせるまで逃がさねえぞ)!」

 

ピックに続いてナイフをシステムアシスト無しで投げつけ、更にその後に続いて走りながら『レイジスパイク』の構えを取った。

 

「You know nothing of hell(地獄を知った気でいるな)。まあ、 来たくなったらいつでも言えよ?俺達笑う棺桶(ラフィン・コフィン)はお前みたいな奴は大歓迎だ。」

 

ジョニーとザザも撤退してPoHと共に口元を隠して行き先を唱えると、転移結晶で青白い光に包まれて姿を消した。投げつけた武器とレイジスパイクも虚空を貫くだけで終わってしまう。

 

「PoHね・・・・・おもしれえ。全身全霊で相手してやんぜ。」

 

今更になってからシステムの穴はもう埋められないが、どうにかするしか無い。いざとなれば切り札を使う事になるだろう。カーディナルシステムを設計している時に偶然目にした、ユニークスキルとタイトルされたデータを見て作る事を思い付いた切り札だ。茅場秋彦が直々に正式サービス開始前にデータをチェックし直して切り札を削除した可能性は充分あるが、既にシステムに穴がある為、見落とされている可能性はゼロではない。

 

茅場は誰もが、勿論ダンテも天才と認める男である。だが茅場に劣るとしても、ダンテも二十代で海外に支社を持つ有名企業の幹部に登り詰め、その前は犯罪で生計の一部を立てて逃げ果せている切れ者だ。自分の能力だってそうそう捨てた物では無い。コンピューターネットワークや仮想空間の方が本領を発揮出来るホームグラウンドだし、そう簡単にプログラムを見つかる様に仕込む程間抜けではない。なにせ自分が考えられる最高、最上級のプロテクトと偽装を十重二十重に張り巡らせ、更にそのプロテクトの穴を塞げる限り塞いであるのだから。

 

「キリト、アスナ、まだ生きてるよな?」

 

「なんとか大丈夫だ。」

 

「私も、です・・・・」

 

二人は息も絶え絶えにそう返した。やはり感情を持たないモンスターと違い、人間が相手になると精神的な苦痛や負担は甚大になるのだろう。そして当然迷いも生じた筈だ。調子に乗って攻撃を当て続ければ死んでしまうし、アインクラッドの死は現実世界での死に繋がる。増してやアスナとキリトはまだ年端も行かない子供だ。もし誤って彼らを殺してしまったらどうなるか分かった物ではない。

 

「そうか。で、どうだった?本物の人殺しを相手に刃を交えて殺し合う気分は?中々精神的にクる物があるだろ。」

 

くるくると手首の回転を利用してリベリオンを回し、背中に当てた。するとどう言う訳か、収める為のホルダーも金具も何も無いのにリベリオンはまるで自分はダンテの物だと主張する様に背中に張り付いた。

 

「まあ、何にせよ、これで強化詐欺、PK、そしてPK教唆を行って来た奴の首謀者が判明した。ジョニー・ブラック、ザザ、そしてPoH・・・・前途多難だな。それで、どうだった、戦ってみて?」

 

「ダンテさんの忠告通り、あのずた袋・・・・ジョニー・ブラックの麻痺毒、凄い効き目でした。掠っただけでももう麻痺が回って来るなんて。結晶アイテムが無かったら間違い無く・・・・こ、殺されてました。」

 

声が震え始め、アスナの目から涙が零れた。今になって緊張の糸が切れ、レイピアを取り落として顔を覆った。やはりずっと恐怖を押さえ込んで死に物狂いで戦っていたのだろう。手近にいたキリトに抱きついて泣き始めた。どうすれば良いか分からず、キリトはオロオロしながら不器用に彼女の頭を撫でたり背中を摩り始める。

 

「ザザもダンテ程じゃないが腕は立つ。それに中層プレイヤーじゃあんなのが相手だったら歯が立たない。人が相手になる事を想定していないし。」

 

「攻略組の下級プレイヤーもな。隙を突かれたらもう終わりだ。麻痺毒で動けなくなったら後はやりたい放題だぜ。ルーフィーズと同じだ。」

 

聞き慣れない単語にキリトは首を傾げた。

 

「若い奴ら相手に使われる手さ。酒や飲み物に違法ドラッグを仕込んで意識を失わせる。効き目も結構早く出るし、持続時間も長い。昏倒している間は何をされるか分かったもんじゃ無い。俺も危うくやられそうになったよ。アスナの事、頼めるか?」

 

「・・・・努力するよ。」

 

相変わらずアスナにスピード重視のプレイヤーとは思えない程の腕力で抱きつかれているキリトは苦笑しながらそう答えた。

 

「そこはちゃんとイエスで答えろよ。男だろ?レディーはちゃんとエスコートしてやれ。」

ダンテはメッセージ作成画面を開いてエギルとアルゴに搔い摘んだ現状と援軍を寄越す様に一報した。二人掛かりとは言え誰かを庇って移動しながら戦うのは存外難しい。加えてモンスターはプレイヤーと違い時間と共に無限に湧いて来る。精神的に消耗するのは時間の問題だ。

 

「問題は山積みだな。」

 

「まあ、何とかなるさ。」

 

しばらくしてからエギルとアルゴが援軍を引き連れて現れた。その援軍は長らく姿を見せなかったクラインと彼が率いるギルド『風林火山』のメンバーだった。武田信玄の軍旗に記された言葉をそのままギルドの名前に使っているのに倣い、彼らは全員戦国時代の鎧甲冑で身を固めている。武具も大多数が朱塗りの赤備えとなっており、武勇に秀でた武士の集まりに見えて来た。

 

「お、おおっ!?キリトじゃねえか!久し振りだなあ、おい!いやー良かったぜ、お前、てっきりソロで行くつもりかと思ってたから心配してたんだが気の所為だったか。良かった良かった。」

 

クラインがばしばしとキリトの背中を叩いて豪快に笑った。

 

「久し振り。ギルドは順調か?」

 

「おうよ!俺らのモットーは『死傷者ゼロ』だからな。」

 

「クライン、俺がこんな優秀な人材をソロプレイさせると思ってるのか?隙あらば懐柔するってのが俺のやり口だって知ってるだろ。遊ばせておくなんて勿体無さ過ぎる。しかし、ギルドの頭やってるとはお前も結構出世したな。その調子で女の一人でも探せば、一国の主も同然だぞ。」

 

「そう簡単に言わないで下さいよ、ダンテさん。」

 

クラインと風林火山のメンバーはアスナと腰が抜けた彼女に肩を貸すキリトを囲んで今までの経緯やどうやってアスナと知り合ったかなどの会話を弾ませた。エギルもその中に加わり、忽ち賑やかな道中となった。アルゴはダンテと殿を志願してその後ろを歩く。

 

「ん〜〜〜、久々ダ〜〜〜♪」

 

腕を組んで頬擦りをするアルゴは長らく家出をしたペットがやっと戻って来たかの様だった。ダンテもフードの下に手を入れて彼女の頭を撫でている。

 

「うん、やっぱアルゴがいると落ち着くな。エギルの方はどうだった?」

 

「順調だヨ。中層プレイヤーにもある程度は物資が行き届いているけド、やっぱりエギル一人だけじゃかなり無理があル。一応風魔忍軍にも他の職人系プレイヤーに強力を呼び掛けるビラとPKプレイヤーご注意のビラを撒いたが、これでどうなるかナ・・・・?」

 

「さあ、どうなるだろうな?お前が生きててくれれば、俺はそれで良い。」

 

ダンテはアルゴの肩を抱いて抱き寄せた。心の支えとなっている彼女を利用されたり、失う訳にはいかない。特に、ラフィン・コフィンの様な物騒で得体の知れないプレイヤーの集まりの存在を本当の意味で知った今では。

 

 

 

 

 

 

撤退したラフィン・コフィンの三人はとある階層の迷宮区にある安全地帯に転移していた。既にHPや武装の耐久値も回復してある。

 

「ヘッド、どうすんの?あいつのステータス、マジでヤバいよ?ヘッドが押される所なんて俺初めて見たぜ。」

 

膝を曲げて抱え込む様に座り込み、ジョニーはそう零した。

 

「対策を、練る、必要が、ある。」

 

「No problemだ。そうだろ?バージル。」

 

「俺があいつの行動パターンを教える代わりにお前達は俺に奴を差し出すと言う取り決めだ。その間に貴様らだろうと下の層にいる雑魚だろうと、何人がどう死のうが俺の知った事では無い。」

 

黒のインナーにスカイブルーのロングコート、そして後ろに撫で付けられた銀髪を持つ男、バージルがその安全地帯に足を踏み入れた。左手にはいつでも居合いを放つ事が出来る様に長尺の刀が握られている。

 

「だがどんな形であろうと俺の妨げになる様な事があれば、必ずお前達の頭を五寸刻みにする。それだけは忘れるな。」

 

眉一つ動かさず淡々とそう言い放った。血液が凍り付いてそのまま心臓を冷気が纏った手に握り潰される様な他者を圧倒する存在感に、ジョニーは思わず一歩後ずさり、ザザは喉の奥がカラカラになるのを感じて生唾を飲んだ。



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Snowy, Unholy Eve

えー、長らくお待たせいたしました。やはり大学にいると自由に出来る時間は作らない限りは全くと言って良い程無いですね。今回はアニメの『赤鼻のトナカイ』あたりです。


2023年 12月24日、第49層ミュージェンでは、暗い夜をクリスマスの飾りと色取り取りの光が明るく照らし粉雪がその光を反射して煌めきながら静かに降り積もって行く。デスゲームの渦中にいると言う事実から一時でも解放されようと、広場の中心にある巨大なクリスマスツリーを中心に広がっている出店もプレイヤーで賑わい、ごった返していた。

 

「良いねえ。やっぱ俺は冬の夜が一番好きだ。空気は澄んでいて涼しいし、雪は綺麗だし、風が吹くとより一層気持ち良く感じられる。何か、一年の内にその気管で全てがリセットされて行く様な、そんな感じがするぜ。そう思わねえかキリト?」

 

トレードマークの赤いコート、そしてリベリオンを外して黒地に赤いラインが入ったフード付きの丈が長いパーカーを身に付けたダンテは中途半端に欠けたクッキーの様な月が浮かんだ夜空をを見上げてそう訪ねた。

 

「・・・・寒いのはあんまり好きじゃないな。」

 

襟に沿ってファーが付いたコートの襟を立てて顔を覆った。バーチャルの世界とは言え寒気は感じられる様になっている。グローブも指貫タイプの物なので指先もかじかんでいた

 

「おいおイ、隣に美女がいるのにそんな味気無い事言うなよキー坊。失礼だゾ?」

 

アルゴはキリトの無粋な物言いに顔を顰めた。彼女は久し振りにフードを外して現実世界で身につける様な普通の冬服を着ており、自身の腕をダンテの物に絡ませて歩いている。もっとも、投擲武器一揃えと短剣はすぐ手が届く所に忍ばせてあるが。

 

「ダンテさん、これからどこへ行くんですか?」

 

アスナもレイピアで武装してはいるが、普通の冬服とニット帽を被っていた。髪の毛も纏めて帽子の中に収まっているので一目見ただけでアスナと分かる者はそうはいないだろう。ダンテとアルゴが前、アスナとキリトが二列に並んで人込みの中をダブルデート中の様に多少わざとらしくショーケースを覗きながら進んだ。

 

あまり口を動かさずにダンテはこう答えた。

 

「時間差はつけるが、行き先は同じ森の中さ。生き残るためとは言え今まで結構無茶なレベル上げやって来たからな。これが終わったら今までより確実にゆっくり出来ると思う。ハーフポイントはもうすぐだし。」

 

ダンテは時偶エギルと風魔忍軍の情報収集や小耳に挟んだ噂話などの信憑性を吟味しては調べていた。今回の噂はベータテストにも無かった情報であり、ガセの可能性はかなり高いかもしれないが、調べてみる価値は間違い無くある物だ。その理由は、噂の内容が死者の蘇生を可能とするアイテムが存在するかもしれないからである。当然ながら攻略組に属するギルドやその他の有力者達は血眼になって探すのは自明の理だ。

 

キリトは九割方ガセネタである可能性があると思って無視し、一度だけとは言え彼が作ったルールを覆す事が出来る様なアイテムが存在するとは鵜呑みにするには早計と考え、唯一調査を渋った。茅場の言葉があるからである。

 

茅場秋彦はデスゲーム開始を告知する時、ゲーム内であらゆる蘇生手段は機能しないと言った。HPがゼロになったその瞬間、アバターは消滅し、それと同時にそのプレイヤーの脳はナーヴギアによって破壊されると言った。ソードアートオンラインがデスゲームとなって以来、ギルドのメンバーと特定のプレイヤー以外は殆ど信用せず、冷たくも現実的な考えの持ち主になってしまった。

 

ダンテからすれば調べる価値は蘇生出来る可能性があると言う事実があれば十分過ぎると判断し、情報収集に手を貸したアルゴやアスナもこれに賛成した。キリトも最終的にはアスナの説得と威圧的な笑顔に根負けしてしまって同行している。

 

「それからな、キリト。いい加減その仏頂面を何とかしろ。カモフラージュの為とは言えアスナに失礼だぞ。嘘でも楽しんでる様な顔じゃなきゃ、分かる奴には一発で分かっちまう。そうだな、ん〜〜〜〜・・・アスナ、何かきっかけを作ってやれ。」

 

「わ、私がですか!?」

 

「いや、お前以外に誰がいるよ?年齢的にお前とキリトが近いしさ。俺なんか三十路間近のオッサンなんだぜ?俺とお前だったら無理が有り過ぎるし、アルゴとキリトだったら姉弟みたいになっちまう。カップルを装った方が自然なんだ。それと、知ってるか?もし怪しいと思う視線を感じたら、キスしてる所を見せればそれで注意を逸らせる。無意識の内に相手の居心地が悪くなるんだ。周りをさり気なく見てろ。」

 

軽くだが、ダンテはアルゴと唇を一分近くは重ね続けた。すると、確かにプレイヤーが二人から目を逸らしていく。そして二人も彼らから目を逸らしてしまった事に気付いた。

 

「な?演じ切るにはある程度の過剰脚色はしなきゃならないんだよ。少なくとも、ここら辺をぐるっと一周してから転移門で三十五層に移動、『とある椵の木の下』まで行く。奴が出現するのは真夜中だ。遅れるなよ。」

 

ダンテはそう言い残して二人の肩をポンと叩いてからアルゴと共に人込みの中に消えて行った。

 

「・・・・ほ、ほら、行きましょう!」

 

アスナは破れかぶれにキリトの手を掴んで二人が向かった先とは逆に進んだ。キリトは黙って手を引かれるままついて行く。二人は顔を真っ赤になっているのをお互いに悟られない様に下を向いて歩き回り始めた。

 

十五分程経過してからようやく馴れて来て、出店の方へと視線を巡らせた。

 

冬も案外良いかもしれないな、とキリトは不意に呟いた。今までずっと攻略の為に身を粉にして夜空の星や舞い落ちる雪など、現実世界にも当然ある自然の美しさと言う物に長らく関心を持たなかった。大抵はそれ所ではなかった様な場所にいたのだが、改めて見直すと綺麗だと思わざるを得なくなった。自然とアスナの手を握る力が若干だが強くなった。こうなったらとことんやろう。

 

「アスナ、こっち。」

 

立ち並ぶ出店の列から脇へ逸れてこぢんまりした店に向かった。

 

「え、ちょ、ちょっと?」

 

「良いから。これを少し見ていよう。何か好きそうな奴、ある?」

 

この店に出されているアクセサリ—はプレイヤーが手ずから制作した物であり、その内の幾つかは身につければ何かしらのバフがステータスに付加される様になっている。ありきたりかもしれないがカップルを装うにはうってつけの場所だ。

 

「え?」

 

キリトは視線をそらし、無言で頷いてどうぞと手招きした。ラフィン・コフィンとの衝突以来、どうも彼女の事を気にかけてしまう。恐らく彼女に惹かれているのだろうと言う大凡の見当位は付く。だが彼女が自分をどう思っているかなど知る由も無い。

 

「ほら。」

 

キリトは早くしろと責付いた。

 

「じゃ、じゃあ・・・・キリト君が選んでよ。カップルだったらこう言うのってお、男の人が選ぶ物でしょ?」

 

キリトに勝るとも劣らないぐらい初心なアスナは昔読んだ恋愛小説に出て来る様な場面を思い返して考えつく精一杯の台詞を吐いた。キリトは暫く面食らっていたが、並べられた品物のステータスとアスナに合いそうな物があるか品定めを始めた。そこで青いティアドロップ型のイヤリングに目が止まる。

「これとかどうかな?」

 

耳に付ける部分と雫の形をした石が極細の金の鎖で繋がっていた。基本アスナは赤をアクセントカラーにした白地の装備の他、赤と白の服しか今の所見た事が無いのでどうかと思ってアスナの目の前に掲げた。

 

「綺麗・・・・」

 

吸い込まれそうな青色に光が反射し、アスナは息を飲んだ。ずっと見つめていればその中に潜ってしまえる様な神秘的なそれを食い入る様に見つめ続けたが、やがて莟が開いた花の様な満面の笑みを浮かべてイヤリングを掲げるキリトの手を取って頷いた。

 

「うん、これが良い。」

 

スキル補正も付いて来る物だった為かなり値段は張ったが、キリトは無言でそれを買い、アスナに渡した。

 

「ありがとう、キリト君。」

 

「喜んでくれたならそれで良い。そろそろ真夜中だ。行こう。」

 

マップでダンテ達の現在地を確認すると、アスナの手をしっかりと握って足早に人込みの渦中に飛び込み、転移門を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

「情報だとここら辺なんだがな・・・・」

 

「まア、とある樅の木の下って言ってもそう簡単に見つからないだろうサ。一年に一回しか出現しないイベントボスなんだシ。」

 

不意にアルゴは気配を感じて口を噤み、ピックを構えた。それを見てダンテもリベリオンを引き抜いて構えを取る。光と共に、赤備えの甲冑に身を包んだ六人のプレイヤーが現れた。クラインのギルド、『風林火山』だ。

 

「よお、クライン。」

 

「蘇生アイテム狙いですか。」

 

「聞いてどうする?」

 

「そんなガセネタの可能性大なアイテムの為に命賭ける事無いっすよ!このゲームでHPが底を突いたら・・・・」

 

「そんな事は分かっている。だが、ガセであろうと無かろうと調べる価値は有ると俺は判断した。もしもの事があれば・・・・・まあ、その時は俺の読みが間違っていたってだけだ。所詮そこまでしか生きる力を持ってなかったって事になる。」

 

「実質ソロプレイで攻略するなんて無茶っすよ!俺達と来て下さい!蘇生アイテムはドロップした奴の物で恨みっこ無し。それで文句無いでしょう!?」

 

だがダンテはクラインの言葉に耳を傾けず、静かに首を横に振った。

 

「悪いがそれでは意味が無い。今の俺の使命はアルゴを現実世界に返すまで生き残る事だ。アルゴが死なない為にも、彼女を守る俺が死なない為にも、蘇生アイテムは手に入れる。邪魔するってんならたとえお前でも容赦はしねえぞ?殺しはしないが、死なない程度に痛めつける事位は出来る。反撃する気も起こらない位にな。」

 

中腰になってリベリオンを構えたダンテの殺気にあてられたのか、クラインが率いる五名のプレイヤーも構えを取って戦闘態勢に入ろうとするが、クラインがそれを手で制した。

 

「こんな所で死なせる訳にはいかないンスよ!」

 

「馬鹿野郎。俺はてめえなんかよりずっと強ぇんだぞ?俺の今のレベルは72だ。お前らが束になってどれだけ攻撃しようが意味は無い。安全マージンの事なんかそうそう心配する必要は無いし、何より俺はこのゲームに不可欠なカーディナルシステムの制作に携わったベータテスターだからな。まあ、茅場の次位にはこのゲームを熟知していると考えて良い。」

 

だが次の瞬間、再びダンテ達の周りが光に包まれ、二十人以上のプレイヤーが各々の得物を携えて現れた。

 

「クライン、てめえの所為で俺の計画が水の泡だ。聖竜連合とは面倒な・・・・」

 

聖竜連合(Divine Dragon Alliance)、通称DDAは攻略組の柱の一つで、腕は立つ。そして攻略にも頻繁に参加するが、レアアイテムを獲得する為には強引な手段も厭わない連中の集まりである。

 

「半分違う。貴様の計画が水の泡になったのは、俺の仕業でもある。」

 

左手には既に鯉口を切って抜刀出来る状態にある刀を握ったバージルが進み出た。

 

「・・・・・成る程、以心伝心で何よりだぜ。」

 

ダンテは内心で舌打ちした。ここまで来てこれ程障害になる奴が現れるとは。もう真夜中まで二分も無い。キリト達が追い付くのも時間の問題だろうが、それまでの間この数に加えてバージルと戦うとなると無理がある。

 

「貴様ら、一切手出しは無用だ。コイツらは俺が斬る。」

 

何名か文句を言おうとした者がいたが、言葉を発する前にバージルの手に握られた刀『妖刀・修羅刃』が牙を向き、鎧諸共彼らは腕や足、果ては首を切り落とされ、あっと言う間に二人がHPを四割、三人は死亡した。

 

「弱いな。肩ならしにすらならんゴミの集まりが俺や奴に勝てる筈が無いだろう。我が身が可愛ければこの場から失せろ。先程葬った奴らの様に巻き添えを食らいたいならば、楽には死なせんぞ?」

 

当然ながらグリーンのカーソルを持つ聖竜連合のプレイヤーを攻撃した為にバージルのカーソルもオレンジに変わったが、本人は全く気にした様子はなかった。先程斬り捨てた聖竜連合に背を向けてそう警告し、刀を鞘に納めてダンテの方へと近付いて行った。並々ならぬ殺気に気圧されて背後から攻撃する者は誰もおらず、口々に捨て台詞を吐き捨てながら彼らは引き下がった。

 

「ひとまずは礼を言っといた方が良いみたいだな。余計な邪魔が入らずに済んだ。さあ、やろうぜ。第二ラウンドだ。」

 

「語るに及ばず。ん・・・・?」

 

三度目の光と共に、キリトとアスナが一触即発の状況にあるダンテとバージルの前に現れた。バージルがオレンジと見るや否や、二人は剣を抜いて構えた。

 

「待て。これは俺とコイツの戦いだ。お前らはイベントボスの方を倒せ。クライン、組むんならあいつらと勝手にやりな。俺は少し忙しい。おら、もう真夜中だ、さっさと行け。説明なら後で幾らでも気が済むまでしてやる。」

 

修羅刃で霞の構えを取るバージルと向き合い、リベリオンを上段から振り下ろした。

 

「やっぱ楽しいなあ、お前とやり合うのはよお!昔に戻った気分だぜ、なあ!?まあ、Holy Nightとは呼べなくなっちまったが。」

 

「その減らず口・・・・直ぐに利けなくしてやる!」

 

リベリオンの強力な突きを真っ向から刃で受け止め、踏みとどまった。

 

「へえ〜、流石は元兄貴だ。学習の早さも一級品だねえ。」

 

「まだ序の口だ。」

 

刀を収めて再び鯉口を切ると、ダンテに向かって駆け出した。居合いの構えである。ダンテはリベリオンの大きさに物を言わせてそれを受け止めようとしたが、いつの間にか左肩から右脇にかけて大きな傷が出来ていた。

 

「アスナの突きよりも更に速い攻撃速度とはな。抜刀術のユニークスキルか。居合いの免許皆伝らしい。それで来るなら、俺も奥の手使わせて貰うぜ。Swordmaster!」

 

ブォンッ、と一瞬ダンテが赤い光に覆われ、光が消えた瞬間、赤く光ったリベリオンが目の前に迫り、バージルの左頬を深く抉った。

 

「俺のユニークスキル、『スタイルチェンジ』だ。多芸な俺にぴったりと思わねえか?」

 

「知った事か!」

 

再び居合いで斬り掛かるバージル。今度は抜き様に神速の三太刀を浴びせようとしたが、ダンテはそれらを全て紙一重で回避し、黄色に光る右手の手刀『エンブレイザー』でバージルの右肩を貫いた。

 

「Tricksterのスピードじゃあちと物足りないかもしれんが、そこは俺の腕でカバーしてるんでな。所で、まだそれ程に俺の死に様が見たいか?」

 

「それ以上に見たい物などありはしない!」

 

「キャリアの警察官の言葉とは思えないな。Is sanity the price to pay for power? Though I encourage for an opportunity to battle a being of such grand delusion as you. It is a sweet fortune(正気を代償に力を得るか?まあ、お前みたいに妄執にとらわれた奴と戦う機械は奨励する。誠に幸運な事だ)!」

 

チェシャ猫の様な三日月型の笑みを浮かべるダンテを睨み付け、バージルは彼の顔にヘッドバットを食らわせ、納刀したままの刀の柄で腹を思い切り突いた。後ろに飛ばされはした物のダンテは体勢を崩さない様にリベリオンを支え棒の様に雪原に突き刺してバク転をし、軽やかに着地した。

 

「荒べ。」

 

バージルの首から下がった青いクリスタルのネックレスが一瞬強い光を発した。そして居合いと共に青い剣閃が丁度ダンテがいる空間に幾つも現れた。時間差で繰り出される『飛ぶ斬撃』は粉雪を飛沫に変えて巻き上げて行く。

 

「抜刀術のユニークスキルはスピードだけじゃなく飛び道具付きかよ・・・・・ずりぃぜ。」

 

「貴様に言われる筋合いは無い。」

 

「そうかよ。Swordmaster」

 

リベリオンではバランスが取れた戦いが出来るが、バージルの程のスピードに特化してそれでいて重い攻撃には向かない。リベリオンからすぐさまアグニとルドラに武器を変えた。

「武器を変えた所で貴様の死は目前だ。」

 

実際バージルの言う事は正しい。ダンテは最初に食らった思い一撃で既に三割近くのHPを削られており、更にバージルの飛ぶ斬撃をまだ完璧には避け切れず、じわじわともう一割程HPが下がった。対するバージルは顔を掠ったリベリオンとエンブレイザーの攻撃で一割と少しだけしかHPが減少していない。このまま長引けばダンテの敗北もありえる。反応速度も半端無い。迂闊に回復結晶などのアイテムに手を伸ばせばその隙に首をはねられる。

 

「分かんねえぞ?」

 

幾度と無く二人はぶつかり合った。もう何合打ち合ったか、どれだけの時間が過ぎたかすらも分からない。それだけ二人は互いの胸を貫き、喉笛を裂き、首を切り落とす事に熱中していた。

 

丸鋸の様な凄まじい回転速度で執拗にバージルの刀を折ろうと躍起になるダンテは内心焦っていた。ここまで不利な状況に追い込まれるのは久し振りだからだ。だがそれが更に気分を高揚させて行く。この時、本当の意味で生きている事を実感出来る。だが高揚感もバージルが篭手と足全体を覆うすね当てを装備した所で一気に冷めた。

 

「やっべ・・・・」

 

ダンテは背筋が寒くなるのを感じた。現実世界ではバージル————最上蒼介は剣道と合気道以外に亡父から極真流空手を教わっており、表彰台を何度か飾った事もある実力者だ。今でこそ空手や剣道はスポーツだが、バージルはそれらを一撃必殺の武器になり得る程に練り上げている。本気で戦えば大抵の人間は半身不随の目に遭わされるか、最悪命を落とす。

 

人間離れした彼の総合的な強さは、現代にタイムスリップした屈強な戦国の武将その物だ。時代が違っていれば名を上げる事は間違い無いだろう。

 

「素手か・・・・上等だ。」

 

聖夜に似つかわしくない不浄な戦いは、まだ終わらない。




ダンテ vs バージル ラウンド2はまだ続きます。次回はニコラスとの戦闘描写も入れたいと思います。原作の方はどうか知りませんが、アニメでは姿しか出なかったので。

では、また次回でお会いしましょう。

感想、評価、報告、質問、色々とお待ちしております。


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The Need for Power

えーー、長らくお待たせいたしました。ようやく投稿出来る位の長さに仕上がったのでアップします。
ダンテ vs バージル ラウンド2、決着です。


『背教者ニコラス』、英名 Nicholas the Renegadeは、深夜を告げる鐘の音とそれに重なる鈴の音と共に空から降って来た。凄まじい雪の飛沫を四方八方に撒き散らし、その場にいた皆は思わず顔を覆った。やせ細った青白い不気味な聖ニコラスのカリカチュアだった。身長は樅の木と殆ど変わらず、顎髭は下腹まで届く程長い。お馴染みの赤と白の服は肩と腕の一部が露出している。

 

「これが・・・・・背教者ニコラスなのか?嫌なクリスマスになりそうだぜ。」

 

乾いた笑い声を小さく上げながらニコラスの見てくれを皮肉り、クラインは腰の刀に手をかけた。

 

「ああ。」

 

「何か・・・・ヤダ・・・・」

 

錆び付いた蝶番が動く様な耳障りな叫び声と共に四段のHPバーが現れ、左右別々の箇所を見据えていた目がぎょろりと二人の方を向く。背負っていた袋の中から取っ手に布を巻き付けた樵が使う物の数十倍はある馬鹿でかい斧を振り上げた。

 

「散開しろ!」

 

キリトの号令と共にアスナとクライン一行は右に、キリトは左に跳んだ。風切り音は重く、低い物で、斧が雪原に叩き付けられると同時に巨大な雪の波が襲いかかる。一番最初に動いたのはキリト以上のスピードを誇るアスナだった。振り下ろされた斧が再び振り上げられる前に斧の上に飛び乗り、ニコラスの腕を足場にして顔に接近した。間合いに入ると直ぐに目を狙って突進技の『ストリーク』を放った。だがその攻撃は斧の面で弾かれ、ニコラスが大きく腕を振るってアスナの足場を奪う。レイピアはしっかり握って離さなかった物の、空中では反撃も回避も出来ない。重力に従って落ちて行くアスナに狙いを定めたニコラスは独楽の様に回転し、アスナを木の梢へと吹き飛ばした。

 

「アスナ!」

 

「キリト、おめえはあのデカブツに攻撃当てる事に集中しろ!アスナさんのカバーと回復は俺の仲間が何とかする!」

 

クラインの合図で再び振り下ろされるニコラスの斧を風林火山の中で楯を持った片手剣使いの二人が受け止め、一際目立つ大柄なプレイヤーがそれを薙刀で力一杯上に切り上げた。ニコラスが仰け反った隙にキリトが前に飛び出し、ニコラスの左足首を狙って『シャープネイル』を発動した。垂直に振り下ろす三連撃の隙の無い動作は縦三本の赤いダメージエフェクトを残す。

 

「クライン、スイッチ!」

 

「おう!」

 

クラインも左腰に差した朱塗りの刀を抜刀し、構えを取るとソードスキル『緋扇』が立ち上がった。素早い上下の斬り分けから一呼吸、最後に全力の刺突を繰り出す技も同じ様にキリトが攻撃した左足首に命中する。ジワジワと時間は掛かっているが確実にニコラスのHPは下がっている。

 

「二人共下がって!」

 

回復を終えてうかがっていた機会が巡って来たのを期に、アスナの指示が上から飛んで来た。再び木の上に登ってそこから全力で飛んだのだろう。その証拠に敏捷寄りのレベリングをどれだけ行っても到底辿り着けない様な高さから落ちて来るのだから。

 

「よしッ!アスナ、目だ!ニコラスの目を狙え!視界を潰せば壁プレイヤーの負担を一時的にとは言え減らせる!」

 

「了解!」

 

重力に従って落下しながらもレイピアを正眼に構え、自分に向けられるニコラスの斜視を真っ直ぐに見つめ返した。そして右手を引ける限り後ろへ引き、両目と額を狙う三角形の頂点を突く様に繰り出す『デルタ・アタック』の構えを取った。だがニコラスも当然そのまま黙って当たる筈も無く、斧を天高く掲げた。緑色の光が斧頭に収束して行き、今までとは比べ物にならない程の力強さで雪原に迫って行く。衝撃波を繰り出す単発の範囲技『スマッシュ』だ。キリトは直ぐに行動を起こし、走りながら『レイジスパイク』の突きを繰り出す。威力は低くても良い。少しでも斧の軌道がアスナからずれれば。

 

だが、仕掛けたのはキリトだけではなかった。クラインを筆頭に風林火山の面々も鬨の声を上げながら突撃して彼に続いた。

 

「良いか!アスナさんへの攻撃はもう二度と当てさせんじゃねえぞ!」

 

今アスナが当てようとしている攻撃は恐らくキリトが普通に繰り出す攻撃よりも遥かに重く、高威力の物となるだろう。重力を味方につけた攻撃はどれも得てして高い効果を発揮する。特にダンテの戦い方を見てキリトはそう思った。ダンテも良く手近な高台や、果てはキリトの肩を足場に飛び上がって中ボスクラスのモンスターに斬り掛かり、普通の『バーチカル』が与えるダメージよりも更に上を行くダメージを叩き出していたのだから。だが、今回は面での攻撃では無く点での攻撃だ。あの速度ならばダメージは絶大な物だ、目を抉り取る事も容易いだろう。全員での集中的な波状攻撃を左足に受けたニコラスのソードスキルはアスナから逸れた。肩から下の左腕をすっぱりと叩き斬られたが、それでもレイピアは離さない。

 

そして紫色のライトエフェクトが軌跡を描き、ニコラスの両目が潰れ、額が穿たれた。大きく体を震わせてニコラスは雪の上に倒れ伏す。これでニコラスのHPバーは一本目が完全に、そして二本目の半分以上が削られた。

 

「アスナ、下がれ!」

 

「大丈夫!レイピアなら片手でも使えるから!」

 

「駄目だ!片腕の状態だったら体のバランスが左右非対称な所為で上手く動けないし、何時もみたいな命中率は出ない!腕が生えるまでで良いから下がってくれ!」

 

ニコラスは下から上に斧を切り上げ、再び樅の木の梢まで届く様な雪の飛沫を飛ばした。幾らモーションが違うとは言え同じ攻撃はそうそう何度も食らう事は無い。そう思った矢先、ニコラスの発する声とは別の、獣の唸り声が聞こえた。

 

「え?」

 

「全員後ろに下がれ!」

 

一瞬思考がフリーズしたキリトを我に返らせた声はクラインの物だった。フィールドの縁へと下がって目を凝らすと、雪原にはニコラスが肩に担いでいた大きな白い布袋が置いてあった。唸り声はそこから聞こえて来ている。

 

「この唸り声・・・・ラパン・イェティーじゃ?!」

 

「ラパン・イェティー・・・って何だ?」

 

「雪原タイプのフィールドで出没する比較的珍しいモンスターだ。白ウサギと雪男の組み合わせって言ったら分かるか?三十五層にある『迷いの森』に出るドランクエイプよりも動きが複雑だから厄介なんだよ。連携力は全くと言って良い程無いけど、余計に対策の立て様が無い・・・・」

 

まさかこんな土壇場でこんな厄介なプレゼントを寄越されるとは思わなかった。ギリッとキリトは苛立ち紛れに奥歯を噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

顎を狙った上段蹴りを受け止め、そのまま後ろに倒そうと深く前方に踏み込みながら捻りを利かせた突きでバージルはダンテを木の幹に叩き付けた。

 

「つつつ・・・・っかぁ〜、やっぱジムに行かねえ所為で鈍ってるな。改善の余地大有りだ。」

 

能天気に頭にへばりついた雪を振り払ってダンテは立ち上がる。だが内心は何時もとは比べ物にならない程焦っていた。徒手格闘でここまで苦戦するのは久し振りだから無理も無い。バージルのHPは半減しているが、まだギリギリ安全圏のイエローゾーンに留まっている。対するダンテはレッドゾーンに突入していた。後もう四、五回程攻撃を受ければポリゴンとなってアバターは永久に消滅し、ナーヴギアが脳味噌を蒸し焼きになってしまう。

 

「余裕ぶっていられるのも今の内だぞ。見なくても分かる。お前のHPはもう風前の灯だろう?」

 

ダンテはキックボクシングの突きや蹴りを会得している。それに恥じない動体視力も育んで来たが、どれもバリエーションや派生する技が多い。型と呼べる様な動きは殆どと言って良い程無い。その自由さがダンテの興味をそそったのだろう。だがどれもこれも喧嘩で使う様なダーティーな手法で、実用的であるとは言え洗練されているとは言いがたい。

 

それに対してバージルは現実世界では剣道以外に亡父から空手と合気道を習っていた。十年以上にも渡る厳しい鍛錬により磨き上げられた技には、一切の無駄や隙が無い。それも今のバージルの攻撃は一撃一撃にあらん限りの殺意が籠っている。もしこれがSAOの中でなければダンテは間違い無く殺されていただろう。事実今までの攻撃も全て受け流され、隙が出来た所で何度も素早く、的確に体術スキルを急所に叩き込まれて来た。

 

「お前をいたぶってから殺すと言う考えも一興と思ったが、生憎と俺はお前の様にそっちの趣味は無い。お前が殴り殺したヤクザの様に殺す事にしよう。」

 

ダンテは激突した木を背に正座し、目を閉じた。

 

「ほら、来いよ。」

 

後ろに引いたバージルの右手は輝き始めた。単発型の体術ソードスキル『閃打』だ。ダンテの頭が胴体から離れて吹き飛ぶ様を想像して冷たい笑みを浮かべながらバージルは一気に踏み込んだ。風を切る音と共に拳がダンテに迫る。

 

10センチ。

 

5センチ。

 

2.5センチ。

 

1センチ。

 

5ミリ。

 

そしてバージルの拳とそれが狙う顔面との隙間が残り一寸も無い僅かな隙間に、ダンテの目が開いた。

 

「Royal Guard」

 

両手を交差させすぐさまそれを大きく左右に開くと赤黒い光が閃く。

 

バージルはよろめき、困惑を悟られない様に俯き、砕けてしまうのではないかと言う位歯を食い縛った。何が起こった?さっき奴が発した言葉は何だ?さっきの光は何だ?またか?また自分は、負けてしまうのか?駄目だ。それだけは絶対駄目だ。ここまで追い詰めたのにそれをひっくり返されてたまるか。乗せられるな。奴のペースに飲まれたら、それで全てが頓挫する。

 

「ヒール。」

 

その言葉と共にダンテの体力はあっという間に安全圏のグリーンゾーンまで回復して行った。バージルがよろめいたその隙を見逃さず、ダンテはポーチからHPを概ね全快させる回復結晶を取り出したのだ。

 

「さてと。」

 

バージルは再び修羅場を腰撓めに構えて抜刀術のユニークスキルを発動した。鞘から抜き放たれると同時に幾重もの飛ぶ斬撃が折り重なってダンテに襲いかかる目で追う事は出来ても全てを完璧に避け切る事は出来ない様に計算したパターン。だがダンテは再び両腕を交差させ、赤黒い光を何度も瞬かせて斬撃の約半分を打ち消した。与えられると予想したダメージも遥かに下回っている。

 

「ロイヤルガードと言ったな・・・・・ふざけた真似を。」

 

バージルは静かに毒突いたが、ダンテは意に介さず小さく肩を竦めた。

 

「今の今まで効果的な使い所が無かったんでな、俺自身忘れかけてたのさ。ロイヤルガードはてめえがお得意なカウンター戦法で真価を発揮する。さっきみたいに体勢を崩してから小技、大技と繋げて行って最小限の努力で相手を叩き潰す。でもタイマン限定なんだよな、これが。一人の攻撃を防御してる時に後ろから来られたら絶対に防御し切れない。でもこの戦いではもう使わねえ。小細工も無し。真剣勝負だ。」

 

それをアピールするかの様にメニューを開いてユニークスキルを外して見せた。そしてストレージからエンジェルスレイヤーを取り出して脇腹に突き立てると、HPがバージルと大体同じレベルに下がるまで待った。

 

「小癪な・・・・・以前の様には行かんぞ。推して参る。」

 

「お相手仕るぜ。」

 

バージルは半身になって切っ先を相手に向ける霞の構えを、ダンテは切っ先を下に向ける下段の構えを取り、数秒の静寂の後、両者は再び互いの命を刈り取らんと相対した。雪原で火花を散らす刀の剣戟は森の中で妙に良く響いた。

 

「真剣で勝負なんて、何年振りだろうなあ?相変わらず北辰一刀の正当流か?」

 

「お前も、木刀や竹刀を握ったのは遥か昔だと言うのに柳生新陰流の名残が見える。」

 

二人は木々の間を縫って走り、刀を振るう。何もかもが正反対の二人とは言えどちらも完璧に互いの呼吸を、一挙手一投足を読んでは対処し、反撃した。

 

「で?その後葬儀屋(ラフィンコフィン)の奴らとはよろしくしてるのか?」

 

「奴らは只の駒だ。お前を殺す為に利用しているだけに過ぎない。奴らが何をしようと構わん。必要無いと判断すれば、いずれ俺がこの手で処分する。」

 

バージルはダンテの繰り出した突きを納刀したままの修羅刃で跳ね上げ、(こじり)で彼の腹を突いた。寸プン違わず鳩尾を捉えた感触が伝わると、右足を軸にして反時計回りに回転しながら左手で側頭部に渾身の裏拳を叩き込んだ。ダンテは体勢を崩し、大きく背中を晒してしまう。すかさず得意の居合いで斬り払おうとしたが、苦し紛れに繰り出されたダンテの後ろ回し蹴りが刀を抜こうとしていた右手に当たり、抜刀がワンテンポ遅れてしまう。その一瞬を利用してダンテは後ろに下がってエンジェルスレイヤーを構え直す。

「中々良い顔になってんじゃねえか、ええ?」

 

オールバックになった髪を振り乱したバージルは身に付けている装備と武器を覗けば顔立ちはダンテと瓜二つだった。そして磨き上げられた己の刀に写る表情を見て驚いた。笑っているのだ。ダンテと、実の弟と命を賭して刃を交える事に愉悦を感じている、狂気と呼べる物を孕んだ笑みを浮かべているのだ。

 

「お前と血を分けたと言う事実を思い出すだけでも腸が煮えくり返る。いっそ顔に傷を幾筋も刻んだ方がマシだ。」

 

バージルは笑みを消し、首を捻ると髪を再びかき上げ、オールバックに撫で付け直した。

 

「友人は選べても家族は選べないってのは本当だよなあ。参っちまうぜ。」

 

刀の峰でトントンと何度も肩を叩きながらダンテは笑った。

 

「他人から見りゃあSAOでも現実でも、俺達は切れ者だし馬鹿馬鹿しい位に強い。だが、この二度目の斬り合いで俺は改めて理解した。俺からすればお前は切れ者と言う訳でもなく、恐ろしく強い訳でもない。ただ、負けないんだ。無理に勝ちに行かないし、押し込まれても動かない。だが、勝つ時は何時も僅差だが、キッチリと勝つ。お前から見た俺も同じの筈だ。」

 

「お前も俺も、それ程の領域に立っていると言う事か・・・・・認めたくはないが、こうも的を得た事を幾つも並べ立てられるとそうも行かなくなるな。お互い受けられる攻撃は精々二太刀程度だ。ここらで勝負をつけるぞ。」

 

「オッケー。仮に死んでも化けて出たりはしねえから安心しろ。盆にも戻らねえよ。お前が迎え火を焚くつもりが無いのは分かり切ってる。」

 

「分かっているならば結構だ。死んだらそのまま地獄で待っていろ。いずれそこでまた殺してやる。」

 

冗談が嫌いなバージルの口からその言葉を聞き、ダンテは思わず笑ってしまった。だが脇構に刀を構え直すとその笑みは直ぐに消えた。バージルも腰を低く落とし、指先を柄にかけて居合いの構えを取る。

 

どちらが先と言う訳でもなく、二人は駆け出した。そして二人の位置が入れ替わると同時に二本の刀は振り抜かれる。

 

「っきしょお〜・・・・・・やっぱ居合いだけは、勝てねえよなあ・・・」

 

そう呟いたのはダンテだった。刀を持っていた右腕は肩から下までをすっぱりと切り飛ばされ、少し離れた所に落ちていた。バージルはと言うと脇腹から腹にかけて傷があったが、ダンテ程大きな物ではなかった。腕もまだ繋がっている。

 

「抜刀する直前、俺は刀の握り方を順手から逆手に変えた。間合いは縮まるが、その方が接近してからより速く抜ける。斬る時も腰の回転以外に力をかける必要も無い。逆手一文字と言うのは俺にとって邪道だが、致し方無かった。」

 

「構わねえさ。勝ったのはお前だ。今更負け惜しみなんて男が下がらぁ。おら、殺れよ。」

バージルは何も言わずに刀を収めると、降り積もって行く雪に埋もれかけているエンジェルスレイヤーをダンテの横に突き刺して、そのフィールドを後にした。

 

「おい!!俺の事を殺せればそれで良いんじゃなかったのかよ?!今更どう言う風の吹き回しだ!」

 

だがバージルは何も答えず、生い茂る木々の中へと姿を消して行った。

 

「意趣返しのつもりかよ?」

 

だとすれば効果は覿面だ。あの場でひと思いに殺してくれればお互いの気も晴れた筈だろうに。何故絶好のチャンスを見す見すドブに捨てて何もしなかった?腕が完全に生え変わるとエンジェルスレイヤーをストレージに戻して起き上がり、リベリオンを再び背中に背負った。そして腹の底から沸き上がる屈辱感を発散する為に手近な木を何度も殴った。木はどれも破壊不能オブジェクトである為に壊れる事は無いし、また痛みを感じる事も無い。何も出来ずに目の前で父の命が消えて行くあの感覚が再びダンテを襲う。

 

それは負けた時、弱い時に心を真っ黒に塗り込める絶望だ。もしバージルがあのまま自分の命を奪っていたらその次に恐らくキリトやアスナ、風林火山のメンバー、そしてアルゴを標的に見定めて葬っていただろう。想像しただけで気が狂ってしまいそうだった。

 

「Power(力だ)・・・・・Give me more power(もっと俺に力を)!!」

 

強くなりたい。アルゴを、自分に生きたいと思わせてくれた数少ない人間の一人を守り切るだけの力が欲しい。リベリオンを引き抜き、磨き上げられた刀身に写る自分の姿を見た。自分に対する怒りと不甲斐無さで歪み切ったその顔は、映画で悪魔に憑依された人間がする表情と殆ど変わらなかった。そしてそのまま取り憑かれたかの如くリベリオンで己の胸を貫いた。




ラスト以外はDMC3でダンテとバージルが雨の中で戦うシーンを意識しました。次回の更新までまたかなり空くと思います。


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The Awakening & The Conflict

何か知らん間にすらすらと書けてしまいました。そしてUAが二万に段々と近付いて来て嬉しい自分がいる。評価もこの調子で上がらないかなー(チラッ)。

ではどうぞ。


リベリオンに胸を貫かれたまま、ダンテは未だに雪が降り続ける夜空を見上げた。視界の端にあるデジタルクロックによると、もう既に午前一時近くになっているらしい。その間にもどんどんとHPのゲージが空になって行くが、残り数ドットと言う所で何故かHPの減少が止まった。

 

この状況でシステムエラーが起こったのか?

 

ダンテはそう訝り、リベリオンを抜こうと手を伸ばした。だがその瞬間、リベリオンの柄の装飾である角を生やした髑髏の両目が禍々しい赤い光を発した。その直後に髑髏の口がまるで咆哮を上げているかの様に大きく開く。両側面にある骨のパーツも左右に展開し、より剣の鍔らしき形状へと変化した。

 

「おいおい、何がどうなってやがるんだこれは?」

 

更にリベリオンは独りでにダンテの胸から抜け落ち、回転しながら空中に舞い上がった。立ち上がりながらもダンテは落ちて来るそれを再び掴むと、目の前にスクリーンがポップした。

 

『ユニークスキル「スタイルチェンジ」に新たなスタイル『Dark Slayer』が追加されました。』

 

自分が開発してシステムに紛れ込ませたユニークスキルにこんなスタイルを追加した覚えは無い。それによって導き出される結論は只一つ、今もどこかでアインクラッドで四苦八苦するプレイヤー達を傍観している茅場秋彦が自分のデータに手を加えたのだ。

 

「ダークスレイヤー・・・・?ソードマスター、トリックスター、ロイヤルガードと来て、これも加えたらスタイルの合計は四つか。いよいよ俺もベータテスターから只のチーターに成り下がり始めてるな。」

 

ポーションの大瓶を空けるとそれをラッパ飲みし、僅か3しか無いHPバーの残量が回復するまで待った。だが、只待っているだけと言うのもつまらないので、さっそくダークスレイヤーと言うスタイルがどんな物なのか試してみようと思い立った。

 

「Game set!」

 

スタイルの発動条件である口頭による変換でダークスレイヤースタイルに変わった。試しにリベリオンを振り抜いたが何も起こらない。剣を振るった時に生じた風圧が雪を高々と巻き上げるだけだった。

 

もしや使う武器が違うのか?そう思いながらダンテは手持ちの武器でダークスレイヤーの能力がどう言う物なのか検証を続けた。そして遂にエンジェルスレイヤーで発動が成功した。

 

「おいおい、こりゃあいつの、只の猿真似じゃねえかよ。」

 

刀を装備している時だけ限定的に発動出来るダークスレイヤーの能力は、神速の抜刀。つまりバージルが所有しているユニークスキルと同じなのだ。それに気付いたダンテは落胆と共に憤りを感じずにはいられなかった。自分はバージルとは違う。顔を合わせる度に熟血は争えないと思い知らされる。それだけで十分だと言うのに、ダークスレイヤースタイルはそれに輪を掛けて意識させてしまう。

 

「永久封印じゃ、こんなモン。」

 

直ぐにソードマスターにスタイルを替え、リベリオンを装備し直した。

 

「レディーやトリッシュ達、どうしてっかなぁ〜・・・・・帰ったら怒られちまうんだろうなあ、仕事恐らく肩代わりさせちまってるからそれを口実に色々奢らされて・・・・」

 

ふと現実世界に残して来た仲間の事を思い返した。再びあの世界に戻っても彼女達は何事も無かったかの様に接して来る所を想像して、ダンテは思わず笑ってしまった。

 

「あ、でもヴィグリッド支部長にはまず間違い無く殺されるだろうな。勝手に退職させられてなきゃ良いけど・・・・まあそんときゃヨーロッパのパラディーソ支部長にでも口利きしてもらうか。」

 

そう独り言を言っていると、空間が波立ち始め、そこからキリト、アスナ、クライン、そして彼のギルドメンバーが現れた。全員かなり精神的に消耗しているのか、足取りは重いが表情は明るかった。見ると、アスナの手には瞳を形取ったフレームに嵌った宝玉がしっかりと握られている。

 

「よお、アルゴ。無事で良かった。お前らも、随分遅かったな。」

 

「ダンテさん・・・・!!やりました!死傷者ゼロで!」

 

「かなり危なかったけどナ。」

 

ぶんぶんと子供の様に大手を振ってアスナが嬉しそうに叫ぶのを見て、ダンテは再び笑わずにはいられなかった。

 

「勝ったのか?」

 

「いや。負けたよ、僅差でな。」

 

キリトの質問にダンテは首を横に振った。

 

「なら、何で・・・・?」

 

「何で死んでいないか、か?さあな。俺に対するあいつなりの意趣返しだろう。以前俺も同じ事をやった。これで一勝一敗・・・・三度目は恐らくどちらかが死ぬ事になる。クライン、ちょっと来い。」

 

「ん、な、なんスか?」

 

ダンテはメニューを開いてストレージからエンジェルスレイヤーを取り出すとそれをクラインに投げて寄越した。

 

「あれだけヤバい目に遭わせておきながら何の見返りも無いってのも何かアレだしな。その刀の名はエンジェルスレイヤー。随分前に倒したフロアボスがドロップした武器だ。インゴットに戻すなり何なりお前の好きにしろ。」

 

クラインはそれを何とか取り落とさずに受け止めてパラメータを確認すると目を丸くした。ドロップ武器と言うだけあって数値はかなり高く、強化も限界までしてあるので尚更だ。

 

「え、良いんスか?」

 

「良いんだよ。俺からの礼金だと思ってくれりゃあ良い。蘇生アイテムに比べたら見劣りするかもしれないが。じゃあな。また縁があったらどこかで会おうぜ。死ぬなよ?」

 

ダンテはそれだけ言い残すと足早にそのフィールドから出て行った。

 

「あ、ちょっとダンテさん!?」

 

「どうしたんだ、アレ?あいつらしくもない。」

 

「アーちゃん、キー坊、今は一人にしてあげてくれないカ?」

 

彼を追おうとするアスナとキリトをアルゴは両手で制した。

 

「アルゴさん・・・・・」

 

「紅一ハ、思い詰めると一人で頭冷やしに行くんだヨ。元々人に相談するのとか苦手なタイプだからナ。」

 

「アルゴさんにも相談事を持って行かないんですか?!その、心配じゃ・・・?」

 

アスナからすれば信じられない話だ。もし自分に彼氏がいるなら相談して欲しいし、自分がもし思い詰めていたら誰かに打ち明けている。それをしないダンテは正に人に心配をかける天才と言えるだろう。それとも余程思い悩むのが好きなのでは無いだろうかと思い始めている

 

「心配だヨ。別に相談する事は無くは無いけド、本当に深刻に悩んでる時は何も言わないんダ。特に家族の事となったら尚更・・・・・元々自分のカッコ悪い所見せるの嫌い出しナ。ま、そんな所も可愛いんだけド。」

 

ニャハハハと笑うアルゴだったが、その表情はちょっぴり寂しそうだった。

 

 

 

 

 

 

「クソックソックソックソックソックソックソックソックソックソッ!!!!」

 

何度も何度もダンテは頭を聳え立つ大木にぶつけた。その度に紫色の表示とImmortal Object、つまり破壊不能であると言う事を示す黒い文字が浮かび上がる。だが心の蟠りが火に油を注いだかの様に一気に大きくなったのだ、そうせずにはいられなかった。

 

自分は両親の死の原因を作った。そんな自分をバージルは恨んでおり、殺そうとすらした。だが自分は————バージルを殺したくはない。彼との戦闘は正に命懸けでそれ故にまたと無いスリルを味わう事が出来るが、それと彼の命を奪いたい体と言うのは別の問題だ。

 

だが、もし彼もそう思っているとしたら?それが理由であの場で自分に止めを刺さなかったとしたら?ほぼあり得ない話だが、もし自分に対するバージルの憎しみが・・・・・消え始めているとしたら?

 

「ありえねえ・・・・あいつが俺を殺したくない筈が無い。この俺を殺したくない筈が無いんだ。水に流すなんてあり得ねえ。そうだろ?蒼介。殺したい程憎いんだろうが?」

 

喧嘩やデュエルなどの肉体言語での語り合いは手に取る様にお互いの動きが分かると言うのに、行動の真意を読み取る事が出来ないと言うのもおかしな話だった。

 

「親父、俺はどうすりゃ良いんだ?教えてくれよ、お袋もよぉ。」

 

だが当然答える筈も無い。

 

 

 

 

 

 

 

「おいおいおいおい、どう言うつもりだ、バージルさんよぉ?あの場であいつぶっ殺す大チャンスだったのにみすみす見逃すってのはよぉ?」

 

レッドギルド、ラフィンコフィンのアジトにて、ジョニー・ブラックはバージルの行動に対する不満を隠そうともせずにそう吐き捨てた。

 

「答える義理は無いな。奴と戦い、打ち倒すのは俺だ。戦って、打ち倒して良いのは俺だけだ。誰にも邪魔は差せん。後、俺はあくまで貴様らに協力しているのであって、傘下に入った訳では無い。そこを履き違えるなクソガキ。」

 

「んだと、てめえ・・・・」

 

腰のナイフに手を掛ける素振りを見せたその直後にバージルの左手に握られた刀の鯉口は既に切られておりいつでも居合いにかけられる事を示している。

 

「だからガキだと言うんだ。今度は片手片足だけでは済まさんぞ?」

 

片手片足、と言う言葉でジョニーはずた袋のマスクの奥で血の気がさあっと顔から引いて行くのを感じた。バージルと初めて会ったのはとあるフィールドで彼が一人でいる時だった。アイテムや装備を分捕るついでに、嬲り殺しにしようと襲わせたラフィン・コフィンのギルドメンバー全員を三枚下ろしにされて失い、自分自身も応戦しようとした直後に右腕の肘から下と右足をバッサリと一刀の下に切り落とされた。PoHがあの場に駆けつけなければ間違い無く自分は殺されていただろう。

 

「頭に血が上り易く、それ故浅はかで短絡的。これが青年期に入ったガキで無くて何だ?まあ、不意打ちしか能が無いのも頷けるが。それもそうか、己の命をドブに晒して事を為そうとする勇気も無いお前に、真っ向から人を殺す度胸などある筈も無い。」

 

怒りに容赦無く油を注ぐバージルにジョニーも遂に堪忍袋の緒が切れた。だがバージルに掴み掛かる前にPoHに肩を掴まれた。

 

「やめろジョニー。お前らが束になっても、ソイツには勝てない。」

 

認めたくはないがPoHの言う通りだった。レッドプレイヤーとして相手の力量を見誤ると事はこの世界に於いて敗北、最悪の場合は死を意味する。既にジョニーはそれを嫌と言う程思い知らされた。ここで同じ間違いを繰り返せば今度こそ本当に殺される。

 

「賢明な判断だ。お前は既に俺の間合いの中にいる。」

 

そして全身を突き刺す様な鋭く、冷たい殺気にも未だ馴れず、怒りに任せて噛み付こうとしたジョニーはナイフの柄に近づけた手を下ろし、閉口せざるを得なかった。だが実際バージルの言っている事は間違いではないのだ。麻痺毒を使った不意打ち攻撃を得意とするだけあって殺気や気配に関しては敏感だが、直接的な戦闘はザザやPoHより劣る。

 

「ジョニーの言う事には一理ある。俺も少しばかりお前が本当に協力する気があるのかどうか疑いを持たざるを得なくなっている。改めて協力すると言う証拠を見せて貰いたい。」

「ほう?どの様にだ?」

 

PoHの言葉にバージルは眉一つ動かさずに訪ねた。

 

「ザザ。」

 

PoHの合図を待っていたとばかりに髑髏の仮面を被ったザザが現れ、鎖で縛り上げた三人のプレイヤーをバージルの足元に向かって蹴り飛ばした。

 

「そこにいるソイツらを殺せ。捕まえたばかりの活きが良い奴らでな。方法は任せる。」

 

「お前らの事だ、どうせ苦痛と恐怖を長引かせろとでも言うのだろう。確かにそれは造作も無いし方法は知っている。だが俺はダンテやその他の強い相手と相見え、斬る事を望んでいる。こんな雑魚共に俺の刀をワザワザ手向けに使う価値など無い。弱者のみを付け狙う辻斬りと一緒にされるのは極めて心外だ。俺に誰かを殺して欲しければ、俺と同等かそれ以上の強さを持つ奴を連れて来るんだな。それが出来ないなら・・・・今直ぐ貴様らの首を貰ってからこの場を去る。」

 

バージルの射竦める眼光を真っ向から受け止めるPoHの顔はフードで上半分が隠れて見えないが、口元の笑みはニヤァーッといやらしく広がった。

 

「確かに、只いたぶって殺すってのも時が経てば退屈になる。この三人は後で互いに殺し合わせるとしよう。ジョニー、ザザ、連れて来てもらったばかりで悪いが、元の所に返して来い。」

 

人払いを済ませると、PoHは改めてこう切り出した。

 

「こちらとしても有力な協力者がいるに越した事はない。だから取引をしよう。お前が欲しいのは強い相手、俺が欲しいのは新しい殺人の方法。」

 

バージルは何も言わずにメッセージ作成画面を開き、PoHにメッセージを送った。

 

「ほぉ・・・・これは・・・・おもしれえなあ。」

 

PoHの邪悪な笑顔は見る見る内に大きくなって行き、小刻みに体を揺すりながら笑い始めた。

 

「成立か?」

 

「ああ。文句は無い。」

 

「では、強い相手が見つかったら連絡しろ。俺は暫く別行動を取る。」

 

バージルはアジトを後にし、右手で首から下げた青い水晶に触れた。そして己の胸に問うた。

 

何故俺は、あの時止めを刺さなかった?兄弟の情など、もうとっくに捨てた。なのに何故?

 

だが、答えは出ない。




如何でしょうか。質問や感想など、色々とお待ちしております。


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Might Controls Everything

どうもお待たせいたしました。学期末が近付くとやはり忙しくなって来ました(汗)

今回はバージルの方に目を当てて行こうかなと思います。アニメ版『黒の剣士』のエピソードです。

ではどうぞ。


西暦2024年 2月23日 35層『迷いの森』フィールドで、バージルの口から何度目か分からない溜め息がまた口から漏れた。もうどれだけ歩いただろうか?

 

「母さん・・・・・」

 

彼女は正に天使と呼ぶに相応しい女性だった。慈愛に満ち、気立ても良く、いつも笑顔を絶やさない。彼女の側にいると、いつの間にか自分も笑顔にして心を温めてくれる、そんな人だった。だがその笑顔を、温もりを、全てを奪ったのがダンテ———紅一だ。生まれ付き体が弱かったのに自分と弟の出産がその虚弱体質に更に拍車をかけてしまい、やがてこの世を去った。世界を照らす眩い希望の光を永遠に奪われてしまった。

 

人は死ぬ物だ。理不尽とは言え自然の摂理には逆らえない。だが、自分はまだ子供だった。そう言われた所で納得出来る筈が無い。だから弟の所為にした。

 

また時が過ぎ、今度は父が死んだ。弟を庇って凶弾に倒れたのだ。

 

———お前が殺した。お前が、母さんだけじゃなく、父さんも殺したんだ。俺は許さない。何時かきっと俺が殺してやる。そしたらまた地獄で何度でも何度でも殺してやる———

 

それが父の葬儀を終えてから間も無く、消息を絶つ前に弟と交わした最後の言葉だった。今思い返すと、あの時自分は泣いていなかった。母を看取った時も、父を看取った時も、自分は泣かなかった。

 

しかしあの時、あの場で弟を葬らんとした刹那、二人を思い出したのは何故だろうか?

 

「何をやっているんだ、俺は?」

 

脳裏に蘇る忌まわしい記憶を払拭しようと身震いしながら大きく息を吐き出して精神の統一を図った。だが、それも開始から一分と経たず耳障りな甲高い悲鳴に中断される。

 

イライラに更に拍車をかけられたバージルは凄まじいスピードで生い茂る木々の間を駆け抜け、悲鳴がした方向へと急行した。

 

もしMPK———モンスターにプレイヤーを襲わせるPK技———を使おうと言うつもりならば五寸刻みにする事を心に決め、森の少しばかり開けた場所にたどり着いた。そこには大木の幹を背に預けた少女がいた。モンスターの攻撃で吹き飛ばされて叩き付けられたのか、ぐったりしている。その傍らには少女を庇う様に周りのモンスターを威嚇し、二の腕程の長さしかない翼を力一杯羽搏かせている水色の小さなドラゴンの姿も見えた。だがそのドラゴンの抵抗も空しく棍棒の一撃を食らってHPが完全に削られ、倒れてしまう。

 

「MPKの可能性は無いか。」

 

木々の中から飛び出し、バージルは丸太を削って作った粗末な棍棒を携えたゴリラ並みの巨体を持つニホンザル型のモンスター『ドランクエイプ』の群れに肉薄すると、擦れ違い様に切り裂いた。

 

「斬滅せり。」

 

その言葉と共に『大蛇丸を鞘に納めたバージルは取って返し、何事も無かったかの様にその少女の方へと歩を進めた。そうする間にドランクエイプ達は皆ほぼ同時にポリゴンとなって四散する。

 

「身の丈に合わないレベリングをここでするとは、お前は馬鹿か?それとも自殺志願者なのか?」

 

だがバージルの言葉など耳に入っていない。少女は倒れたそのドラゴンを抱き上げ、泣きながら何度も名を呼んだ。

 

「ピナ、ピナ!しっかりして、ピナ!」

 

だがそのドラゴンもポリゴンに砕け散り、一枚のぼんやりと輝く羽を残して消え去った。

 

「やだ・・・やだよ・・・!私を一人にしないで!!」

 

震える手でその羽を拾いあげ、抱きしめた。まるでそうしていればまたそのドラゴン———ピナがいつもみたいに鼻先で自分を小突いて励ましてくれるかの様に。

 

「お前を庇ったのと、あれを名前で呼んでいると言う事は・・・まさかとは思ったが、やはりビーストテイマーか。随分と珍しいプレイヤーだな。」

 

「あ、あの・・・・助けてくれて、ありがとう、ございました。私、シリカって言います・・・」

 

しゃくり上げて言葉が途切れながらも少女は名乗り、礼を述べた。

 

「別にお前を助けた訳では無い。考え事をしている時に悲鳴を上げて俺の集中力を削いだ馬鹿をどうしてやろうかとここに来ただけだ。まあ、ガキだと分かって興が醒めるだけに終わったがな。お前を斬った所で寝覚めが悪くなる。」

 

バージルはポーチから転移結晶を取り出してシリカの足元に投げ捨てた。

 

「あ、あの、これは・・・・?」

 

「転移結晶だ。それを使ってさっさと俺の視界から消えろ。迷いの森のマップは四方2.5kmの区画が全て一時間ごとにランダムに入れ替わる。短剣を使うお前のステータスは敏捷寄りなのだろうが、今のレベルとスピードでは間に合わない。ここを踏破する前に死ぬぞ。飼いならしていたあれの様にな。」

 

「ピナですっ!!」

 

バージルはフンと鼻を鳴らしてシリカの言葉を一蹴した。

 

「名など知るか。」

 

バージルは首を捻るとそのまま走り去った。シリカはそれを見て手探りで短剣を探して鞘に納めると、羽をしっかり手に持って彼の後を追い始めた。走りながら涙が溢れて来る。

 

心の中で死なせてしまった相棒を悼み、詫びながらも必死で足を動かした。自分の所為だ。ソロで迷いの森を突破出来ると思い上がったばかりにこの様だ。自分の思い上がりが、ピナを殺した。胸が張り裂ける様に痛い。

 

「あれ・・・?」

 

バージルの姿が見えない。確かに少し出遅れはしたがそれ程遠くには行っていない筈だと言うのに。辺りをキョロキョロと見渡した所で視界が悪い夜間では意味が無い。そして不意にひやりとした物が頬に当てられ、シリカは再び悲鳴を上げた。

 

「MPKを仕掛けるつもりが無いと分かったから見逃したが、やはりお前も殺した方が良いのかもしれんな。」

 

シリカの鼻先にバージルの刀の切っ先が現れた。

 

「付いて来るな。」

 

シリカは全身の毛と言う毛が逆立ち、肌が今まで感じた事が無い位恐怖で泡立った。バージルの瞳は何も映していない。やろうと思えば埃を払うかの様に躊躇い無く自分の首を斬り飛ばすだろう。腰を抜かしてその場に座り込んだが、震える己の体をかき抱きながらも口を開いた。

 

「ピナを・・・・ピナを生き返らせる方法を教えて欲しいんです!どこかで、クエストを・・・後は何かアイテムとか・・・・?」

 

パートナーを死なせた罪は自分で償わなければならない。その為にも何とかしなければ。その一心で勇気を振り絞ってバージルに訪ねた。

 

「世界とは無慈悲だろう?何も出来ずに目の前で誰かが朽ちて行くと言うのは理不尽だろう?それに抗い、それを覆すのに必要なのは力だ。力こそが全てを支配する。力なくして、他人は疎か己を守る事すら出来ない。それを忘れるな。あの羽を三日以内に47層のフローリアに持って行けば蘇生アイテムが手に入る。後はお前自身で何とかしろ。」

 

そう言い終わった直後にバージルにメッセージが届いた。

 

「『鳩』か。」

 

メッセージを開き、内容を確認すると顔をしかめる。そしてメッセージを素早く撃ち終えて送信するとシリカに向き直った。

 

「おい。47層の蘇生アイテム入手だが、気が変わった。手を貸してやる。」

 

「え!?」

 

「俺もそこでやる事があるから、あくまでついでだ。時間が惜しい、今から行くぞ。転移、フローリア。」

 

転移結晶でバージルは飛んだ。シリカは何故自分を助けたこの男が急に考え直して手助けをしてくれるか全く分からなかったが、藁にも縋る思いで手を伸ばした甲斐があったと安堵し、自分も転移先を唱えてフィールドから姿を消した。

 

 

 

 

 

 

47層の主街区『フローリア』は名前の通り一面が色鮮やかな花に覆われており、その光景にシリカはその美しさに心を奪われて思わず息を飲んだ。

 

だがバージルはそんな事は気にも止めずに足早に歩き出す。

 

「急げ。他人に先を越されて困るのはお前だぞ。」

 

バージルの大きな歩幅にシリカはつまづきながらも小走りで後に続いた。

 

「あ、あの・・・・さっき聞きそびれたので・・・・お名前、何て言うんですか・・・!?」

 

必死で遅れない様に付いて行くシリカの言葉など気にも止めずに更に歩調を早めた。

 

「お前が知る必要は無い。『思い出の丘』にある蘇生アイテム、『プネウマの花』を手に入れる事だけ考えていろ。」

 

移動スピードを全く落とす事なく襲いかかって来る動植物型モンスターの群れを無造作に斬り伏せて行き、どんどんフィールドの奥へと進んで行った。顰めっ面を全く崩さないバージルだったが、フローリアに到着してからますます眉間に刻まれた皺が深くなった。

 

また母の事を思い出してしまったのだ。彼女も庭に自分の小さな花畑を作って世話をしていた。真っ赤な薔薇、青色の蝦夷菊、紫色の桔梗、そして白い桃の花。

 

色取り取りの花を自分達に例えながら笑う、最早思い出の中だけにしか存在しない母の姿をがハッキリと見えた。

 

「あれだ。行け。」

 

赤煉瓦を敷いた道の最果てには、シリカの腹辺りまでの高さがある石盤が鎮座していた。シリカがそれに近付くと、眩い光を発した。その光の中から一輪の白い花が芽を出し、あっと言う間に開花した。

 

白い花———自分が母に贈り、墓前にも供える白い花。不快さに顔を歪ませ、バージルはあからさまな舌打ちをして背を向けた。

 

「行くぞ。こんな所で蘇生してもまた殺されるのがオチだ。後、モンスターはお前が倒せ。」

 

花を取りに行く時よりかなり時間が掛かってしまったが、ようやく安全地帯付近に近い石橋に辿り着いた。

 

「隠れても無駄だぞ。俺は索敵スキルを最大まで上げている。さっさと出て来い。」

 

「あらぁ、凄いわね。私のハイディングを見破るなんて。」

 

端の向こう側へと延びる道の両脇にある木の後ろから一人の女性プレイヤーが現れた。赤髪で黒と赤の軽装に身を包み、十字形に枝分かれした槍を携えている。

 

「ロザリアさん!?」

 

「その様子だと、プネウマの花は首尾良くゲット出来たみたいね。おめでとう。」

 

ニコニコしていたロザリアと呼ばれた彼女の笑みは、一瞬にして邪悪な物に歪んだ。

 

「じゃ、早速その花を渡して頂戴。」

 

「俺を殺す事が出来れば好きにするが良い。それに、俺の当初の目的はこれで達成された。オレンジギルド『タイタンズハンド』のギルドマスターが御自ら出向いてくれるとは手間が省けた。」

 

「え?」

 

シリカは当惑した顔でバージルを見た。ロザリアが目の前に姿を現す事が当初の目的。つまり自分は囮———餌に使われたと言う事。

 

「何を言ってんだい?」

 

ロザリアも訳が分からない様だ。

 

「情報屋も兼ねている飛脚ギルド『エイビス』に中層ギルドが立て続けに二つ壊滅したと言うのを聞いてな。今現在残っているオレンジギルドはお前達しかいないから、動向を探ってもらっていた。偶然そこのガキがレアな蘇生アイテムを探していると分かってその情報を餌として散撒いたら、案の定食いついた。まあ、プネウマの花と言えば競売にかければ数十万単位の金が転がり込む事を考えれば当然か。お前の様な浅薄な考えしか出来ん雌犬が率いていると考えると哀れみすら覚える。」

 

小さな微笑を浮かべ、ロザリアを嘲笑うバージル。ロザリアは体を怒りに震わせながらも勝ち誇った顔で指を鳴らした。

 

「随分と言ってくれるわねえ・・・・?身ぐるみ全部剥がされても同じ事が言えるかしら!?」

 

ロザリアが隠れていた木々の中から更に七人のプレイヤーが現れた。頭上にあるカーソルはオレンジ、つまり犯罪を犯したプレイヤーであると言う事を示している。

 

「相手の実力も碌に測らずに挑むか。笑止!」

 

既に大蛇丸の鯉口を切っていたバージルはフンと鼻を鳴らした。

 

「に、人数が多過ぎますよ!!」

 

シリカにコートの袖を掴まれたが、それを振り払い大股でオレンジプレイヤー達の方へと進んで行く。

 

「俺を倒したければ血盟騎士団のヒースクリフかデビルメイクライのダンテを連れて来い。それ以外は有象無象だ。貴様らが何人いようと、目に見える違いなど無い。埃と同じだ。」

 

手招きしてオレンジプレイヤー達に掛かって来いと挑発をかけた。だが誰一人として動かない。

 

「ロザリアさん、こいつ・・・・『オレンジキラー』です!数ヶ月前から中層のオレンジギルドばかりを壊滅させてメンバーも刀一本で全員血祭りに上げたって言う・・・・!」

 

「刀一本って、じゃあ、コイツが『剣鬼』やら『斬滅』って言われてるあのバージルだってのか!?」

 

「おいおい冗談じゃねえぞ・・・だったらこいつ攻略組レベルのプレイヤーって事だぜ!?」

 

「談笑とは随分余裕だな。来ないなら、こちらから行くぞ。」

 

シリカは瞬きしたその刹那にバージルの姿を見失い、また目を開けた瞬間彼が端の向こう側にいる事に気が付いた。行く手を阻んでいたオレンジプレイヤー達は一太刀だけ深い傷を負わされており、一気にHPの半分を失っている。

 

「さて、女を斬るのはあまり好きではないが、元々お前達を葬る事が目的だ。」

 

何が起こったか分からずに放心していたロザリアは槍で応戦しようとしたが、その前に槍を真っ二つに切断された。

 

「ちょ、ちょっと分かってんのかい!?私を攻撃したらあんたもオレンジに・・・!!」

 

「だったらどうした。一日、二日の間町に帰らないなど、どうと言う事は無い。お前は自分の身を案じた方が良い。これからお前は死ぬのだからな。」

 

そう言い返されたロザリアは膝から下の両足を切り落とされた。彼女の機動力を削ぐと、その間に負傷した配下からアイテムと装備を全て巻き上げ、首を刎ねたり喉笛を穿って止めを刺した。

 

向こうに気を取られている隙にロザリアは無様に地を這いながらも逃げようとしたが、バージルはメニューを開いて一本の投擲武器をストレージから取り出した。投げ槍である。槍は放物線を描き、寸分違わず彼女の背中を貫いて標本にされた虫の様に地面に縫い止めた。

 

「お前からも恐喝の慰謝料を貰うとするか。」

 

ロザリアの右手を動かしてメニューを開かせ、装備を含めるアイテムを全て自分に譲渡させた。

 

「最後に言い残す事は?」

 

だがロザリアは恐怖に顔を引き攣らせ、無様にバタバタと跳ね回るだけだった。

 

「無いならそれでも構わん。」

 

彼女の首を刎ね、ポリゴンの欠片がバージルの周りを飛び交い、やがて消えた。シリカはこの一部始終を見て腰が抜けてしまい、座り込んでいた。彼は殺した。八人の人間を顔色一つ変えず、何の躊躇いも無く、まるで芝刈り機で雑草を刈るかの様に。

 

「一分か・・・・やはりまだ扱い馴れんか。」

 

「何で・・・・・?何で殺したんですか!?」

 

「理由は三つある。一、黒鉄宮に繋がる回廊結晶を持ち合わせていなかった。二、コイツらがプレイヤーを殺し続ければ、このアインクラッドから脱出出来る可能性が下がるから。三、これが一番重要だ。俺の邪魔をする奴はたとえ誰であろうと斬り捨てる。」

 

バージルはアイテムストレージからシリカが使えそうな短剣二本と高ステータスの防具各種、そして売ればそれなりの高値で売れるアイテムを譲渡した。

 

「普段は追い剥ぎ紛いの事は俺の義に反するが、死に行く者が持っていた所で何の助けにもならん。競売にでもかけて足しにするもよし、お前自身で使うも良しだ。兎も角これでお互いの目的は果たせた。もう二度と会う事は無いだろう。」

 

オレンジ色にカーソルが変色したバージルはそれを鬱陶しそうに一瞥し、シリカを残して転移結晶でそこから去った。

 

「バージルさん・・・・」

 

 



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Extra File #2: Sleepy Hollow Part 1

えーまた二週間近く間をあけてしまいまして申し訳ありません。以前(と言うか随分前になりますが)アスナをホラー系フロアに放り込んで欲しいと言うリクエストがありましたので試しにやってみました。久し振りにDMCのボスキャラを登場させます。

ではどうぞ。


西暦2023年 10月31日

 

第44層のフィールド『魂の居城』にて、アスナはキリトの腕にしっかりと抱きついたまま、まるで通り魔でもどこからか飛び出して来るのではないかと思っている様な怯えた目付きで辺りを見回した。

 

そのフィールドは数メートル先で完全に視界を経たれてしまう程の濃い霧に覆われており、不規則にモンスターが現れて不意打ちに来る事がある。視界に入った時点で相手のソードスキルが発動されている状態が殆どで、プレイヤーの致死率は高い。その為かなり危険視されており、攻略組の猛者達もおいそれと立ち入ろうとする様な場所ではなかった。たった一つのギルド、『Devil May Cry』を除いて。

 

「な、何もいないわよね?ね?」

 

腕に抱きついている状態でアスナの体の柔らかさと心地良い体温が伝わって来るが、恐怖での震えも直に伝わって来る。相反する感触を現在進行形で同時に味わっているキリトは反応に困った。

 

「大丈夫だよ、アスナ。スケルトン・ソルジャーやジャックランタン、後はデュラハンとかのアストラル系モンスターは平気なのに、幽霊とかが苦手って矛盾してないか?」

 

キリトの言葉に斧を担いだエギルも頷いた。

 

「オレンジジュースは好きでもみかんは嫌いだって言ってる様なモンだぜ?しっかりしてくれよ、『閃光』様?」

 

元々図太い性格の持ち主だからか、この状況下でもエギルは笑っている。と言っても気の所為か、口角がひくついていた。口では何とでも言える物の、彼も少しばかりは怖いのだろう。

 

「い、良いからこのままで行きましょう!」

 

「いや、腕を掴まれたままじゃ移動スピードが落ちるんだけど・・・・いざ攻撃されたら対応も出来ないぞ・・・・」

 

普段は堂々とした性格で落ち着いた佇まいの持ち主であるアスナが異常と言える様な挙動に走っているのは理由がある。四十四層は既に攻略された9層や13層、そして42層と同じホラー系フロア、つまり世界各地の伝承に存在する怪物や幽霊、魑魅魍魎の類いが高確率で現れる層の一つなのだ。そしてキリトが指摘した様にアスナは甲冑に身を包んだ『スケルトン・ソルジャー』、鎧の中が空洞な首なし騎士『リトル・デュラハン』、そして顔を刳り貫いたカボチャを頭にしたカカシ、『ジャックランタン』などのモンスターは難なく倒せる。されど怪談話や幽霊などの類いの物にはめっぽう弱い。

 

キリトの言葉も空しく、アスナは器用にキリトの腕に抱きついたまま腰に差したレイピアの柄を何時でも抜ける様に握り締めた。

 

「見えて来た。あれが『魂の居城』だ。」

 

ようやくぼんやりと巨大な石造りの城が見えて来た。もう何百年も前に廃墟となってしまったかの様に朽ち果てたその城は、丁度エドガー・アラン・ポーが書いたゴシック風の恐怖小説『アッシャー家の崩壊』にでも登場しそうに見える。もし屋敷ではなく城だったらきっとこの様な風体をしているんだろうな、とキリトは考えながら城内に続く桟橋を渡った。腐った木は歩を進めるその都度、嫌な軋む音を響かせる。渡り切った瞬間、その橋は役目を終えたかの様に腐り落ち、堀の中へと落ちて行った。

 

「キ、キリトく〜〜ん・・・・戻ろうよぉ〜〜・・・・」

 

転移結晶を使わない限りこの場からは脱出出来ない。アスナは最早半泣き状態である。

 

「キリト、クエスト内容をもう一度教えてくれるか?」

 

「ああ。えーっと、これだ。」

 

気を引き締め直しながらキリトはメニューを開いてクエストをクリアする為の条件を確認した。

 

『クエスト名:雷纏いし黒翼

 

クリア条件:『魂の居城』のフィールドボス討伐

      城を支える『雷剣・アラストル』を回収せよ』

 

キリトは苦い表情でメニューを閉じた。攻略目的でフィールドに出るのは良いが、流石にボスを三人でと言うのは無理がある。いや、もしボスのモンスターが幽霊の様な物だったらアスナの状態も考えると実質二人で戦う事になってしまうだろう。

 

「今回ばかりは金に目が眩んだのが裏目に出たな。」

 

エギルは頭を掻いたが、なる様になるさと肩をすくめるしか無かった。

 

「無茶苦茶な奴だって事は会った時から分かってたけど、これは無茶が過ぎる。ダンテの奴、覚えてろ・・・・」

 

キリトは初めて心の底からダンテを呪った。

 

事の起こりは、今から一日前に遡る。

 

「依頼が来た。」

 

「「はい??」」

 

前日の朝、朝食を済ませた後にダンテはそう口火を切った。

 

「依頼?」

 

「何の事ですか?」

 

「あー、実はなぁ、モンスター倒すだけじゃ資金が碌に増えなくなったんだよ。ほら、俺らレベルが他の攻略組に比べると抜きん出て高いだろ?んで、副業としてちょこっとだけ便利屋をやろうと考えたんだ。勿論中層プレイヤー限定だがな。エギルのプレイヤー育成にも役立つし、俺達も下の奴らも物資が行き届く。で、今朝早くから依頼が来たんだ。そんな大した事じゃねえが、ちとばかし時間が掛かる。そこで問題になるのがこの次の日、ハロウィンだ。風魔忍軍の情報によると、このフィールド『魂の居城』でイベントボスが現れる。」

 

喋りながらメニューを操作して『魂の居城』のマップデータを渡した。

 

「俺はソイツをどうにかしたいんだが、依頼者の払う額が中層プレイヤーの割に妙に高額でな、断ろうにも断れんのだよ。そこでだキリト、お前とアスナ、そして肩ならしの為にエギルを連れて三人でそのボスを倒してもらいたい。ちなみに既にエギルの了承は得ている。行けるか?」

 

「嫌ですっ!!」

 

アスナは血の気が引いた青い顔で叫んだ。これにはダンテも驚いてしまい、ビクッとしてしまった。

 

「何ですかそれ魂の居城って明らかにお化けとかお化けとかお化けとか出そうな名前の所じゃないですかそんな所私絶対行きたくありませんお化けと遭遇する位なら今すぐ世界が滅ぶかこの場で消えて無くなった方が良いです〜〜〜〜〜!!!」

 

早口で一息にそう言いながら膝を抱えて俯いたままゴロゴロと転がり始めたアスナを見てダンテは目を丸くした。

 

「おお、おお、どうしたどうしたどうした?え?あれ?何?アスナって、まさかお苦手な物はおば」

 

「お化け嫌ぁーーーー!」

 

一目散にアスナは唖然とするキリトと腹を抱えてソファーの上で笑い転げるダンテを残してその場から逃げ出した。

 

「ダンテ、幾らなんでもこれは無茶が過ぎるんじゃないか?ボスの部屋までマッピングは済ませてあるが、マップのデータ自体が完全じゃない。万全を期して行くならまだしも、この橋は渡るには危な過ぎる。」

 

「心配無い、ボスの攻略法なら後で渡す。それに、克服してもらわなきゃ困るのは俺達だけじゃなくてあいつ自身だ。未だに俺達は第二のクォーターポイントにだってまだ届いてない。次に何時またホラー系の階層に行き着くか分からない状態で彼女をあのまま放って置くのは流石にマズい。攻略組の一角を成すプレイヤーとしてアインクラッドで先陣を切る責任が俺達と同じ様にある。だが、これもアインクラッドから出る為だ。」

 

「・・・・・明らかに俺とアスナでまた遊ぶ腹積もりだろ?」

 

キリトの疑いの眼差しを受け止めながらダンテは溜め息をついた。

 

「お前、俺に対してはまるで猜疑心の塊だな。言いがかりも大概にしろよ。たとえそうだとしても有益である事に変わりは無いだろう?」

 

「せめて否定しろよ。」

 

だがキリトのツッコミを無視してダンテは続けた。

 

「ボスを倒せばお前もアスナも経験値が上がる。コルも貯まる。LABも手に入る。アスナも苦手な物を克服出来る。一石二鳥どころか四鳥だ。俺も依頼を済ませたら直ぐに後を追って援護する。心配は無い。すぐ行ける様に回廊結晶の出口をフィールドのど真ん中に設置してある。アスナに漢見せろよ?」

 

「どう言う意味だよ・・・・?」

 

だがダンテは何も答えずにリベリオンを担いでその場を後にした。

 

そして冒頭に戻る。アスナを一人にする訳にも行かないので三人は固まって城内の未踏エリアのマッピング作業とボスの探索を始めた。アスナは二人を両脇で歩かせると言って聞かないが、互いの攻撃やその他のアクションの邪魔になっては元も子もない。そこでキリトの提案によって彼がアスナの左前方を、エギルが右後方を歩くと言う妥協案で落ち着き、斜め一列に並びながら歩くと言う奇妙な図が出来上がった。

 

「エギル、中層プレイヤー育成の調子はどうだ?」

 

アスナの恐怖心を少しでも取り払おうとそんな会話を始めた。

 

「大丈夫だ、と言いたい所だが、段々と犯罪者プレイヤー達が中層で勢い付いて来た。殺される時間も場所も所属ギルドも全部バラバラだ。まったく、どれだけ頭が良いんだかお目にかかってみたいぜ。」

 

「そうか・・・・やっぱりまずそいつらをどうにかしないと最上階を目指すまでにプレイヤーの数が大幅に減って行くな。」

 

「だが、それと一緒に奇妙な噂を聞いた。何でも、オレンジやレッドプレイヤーを倒してる奴がいるらしい。それも黒鉄宮に送るんじゃなくPKだ。既に『ハーケンクロイツ』や『クルセイダーズ』、『ベヘモット』のメンバーが全員殺されてるらしいぞ。」

 

これにはキリトだけでなく怖々と頻りに辺りを見回していたアスナも驚きを隠せなかった。犯罪者プレイヤーや殺人を犯すレッドプレイヤーの尻尾をアインクラッドで掴める確率は攻略組でもかなり低い。それを三つのギルドをどう言う訳か見つけ出す事に成功し、単身で壊滅させたとなると攻略組でも名うてのプレイヤーでなければあり得ない。そこまでの事を平気でやってのけられる人物を、三人はダンテしか知らなかった。

 

「ちょっと待って・・・・大人数相手にして互角以上に渡り合うんだったらダンテさんと同じかそれ以上のレベルって事になるわよ。攻略組レベルのプレイヤーキラーなんて・・・・エギルさん、他に何かその人の特徴って無いんですか?」

 

「刀を使うのと、アスナ以上のスピードファイターって事と一刀両断する事もありバラバラにする事もありで、ついた通り名が『斬滅』って事ぐらいだな。お、おいでなすったぞ。」

 

 

 

エギルは背負っていた斧を何時でも振り下ろせる様に構えた。目の前に仰々しい棺がゆらゆらと地上から二メートル程浮かびながら三人に向かって来るのだ。アスナはキリトの後ろに隠れて袖を握ったままぎゅっと目を閉じる。

 

「エギル、悪いけどソレの始末頼めるか?アスナがこの状態じゃ・・・・」

 

「やれやれ。おら、よっと!」

 

何度か斧を振るい、棺は焚き火に焼べる巻程の大きさに断ち割られ、ポリゴンになって消えた。だが直ぐにまた異変が起きた。三人が通る廊下の両脇にある壁から半透明の手が無数に現れ、三人に向かって行く。

 

「いぃぃぃぃやあああああああああああああああーーーーーーーーーー!!!!!」

 

悲鳴と言うよりは背筋が凍る様な女性らしからぬ絶叫を上げ、アスナは一目散に廊下を駆け抜けた。それでも尚不気味な青白い輪郭を際立たせながらも伸びる手の追求は続く。

 

「あ、おいアスナ待て!一人で行くな!」

 

キリトは手の海をかいくぐって彼女の後を追おうとするが、上半身に掴み掛かるてばかりに気を取られ、足首を掴まれたのに気付かず地面に引き倒されてしまう。だがその手も気合いの籠った低い唸り声と共に叩き斬られた。

 

「エギル・・・・!」

 

「ダンテが俺を同伴させた理由、分かった気がするぜ。アストラル系のモンスターは斬撃や刺と付けいの攻撃には強い反面、打撃系の攻撃には弱いからな。」

 

キリトの首根っこを掴んで肩に担ぎ、アスナを見失った廊下の突き当たりまでエギルは全力で走った。

 

「キリト!アスナの居所をマップで追跡して俺に教えろ!俺の足元と後ろから来る手は任せた!」

 

何時に無く厳しい表情と巨体が醸し出す頼もしいオーラに圧されてキリトは頷くしか無かった。背中の剣を何とか引き抜きながらエギルを後ろから掴もうとする手を必死に切り払う。

左折、右折、右折、左折、また左折とアスナは常に十数メートル先を行く。

 

「クソッ、どんだけ速いんだアスナは!」

 

そう毒突きながらもエギルは足を動かし続けた。

 

「止まった!」

 

そして左上に表示されるギルドメンバーのHPバーの内の一つが若干だが減少した。

 

「アスナのHPがへってる!急げエギル!」

 

一抹の不安があっと言う間に巨大化し、キリトの心を飲み込んでいた。信心深くない性分だったがこの時は神でも仏でも悪魔でも良い、間に合わせてくれと一心に祈った。



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Extra File #2: Sleepy Hollow Part 2

まずは長らく更新をせず、活動報告でも現状報告も怠ってほったらかしにしてしまって誠に申し訳ありませんでした。ようやく大学一年の一学期の幕が下りて待ちに待った休みがやって参りましたので更新スピードもそれなりには上げますので今後ともよろしくお願いいたします。

ではどうぞ。今回のボスキャラはDMC3でも登場した方です(名前だけですが)。


二人が辿り着いた先は左右から緩やかなカーブを描く階段があるホールだった。何十年もの間使われていないしようなのか、薄暗くそこら中が埃まみれで蜘蛛の巣が至る所に張り巡らされていた。そして尻餅をついたアスナの前に鞘に納まった刀を左手に持った裏地が赤の蒼いコートを着た男が冷ややかな視線を向けていた。

 

「アスナ!」

 

「こいつは・・・?」

 

「エギルさん、キリト君、気を付けて。多分・・・・多分彼がそうよ。彼がプレイヤーキラーを殺し回ってる奴よ。『斬滅』って呼ばれてる・・・・」

 

「お前は・・・・あの時の!?」

 

キリトはバージルを見てはっと思い出した。背教者ニコラスを倒しに行った時、聖竜連合に混じっていた唯一人のオレンジプレイヤー。装備の形状に若干の際はあれど、常に抜刀出来る様に左手に保持された得物と研ぎ澄まされた刃の様な鋭い目、そして何より聖竜連合のプレイヤーを何の躊躇いも無く斬り伏せた容赦の無さ。忘れられる訳が無い。

 

「ほう、ダンテのギルドに所属している奴らか。」

 

「アスナのHPが減ったのはお前の仕業か?」

 

「だったら何だ?後ろから叫びながらこちらに向かって走って来た奴を攻撃しなければどうなっていたか分からん。命拾いした事をありがたく思え。寧ろまたカーソルをグリーンに戻す手間が増えたこちらは迷惑千万だ。俺は奥のボスに用があるから失礼する。」

 

だがキリトはその前に立ちはだかり、背中の剣を引き抜いて構えた。

 

「お、おいおい、キリト!?」

 

「キリト君、駄目!!その人の速さ・・・・私でも追い切れなかったんだよ!?」

 

だがキリトはその場を動かず、僅かに膝を曲げて何時でも動ける様に準備をした。

 

「奴の以上に命知らずな奴はいないと思っていたが、認識を改める必要がある様だ。何故俺に剣を向ける?お前の女を傷つけたからか?」

 

「ご想像にお任せするよ。」

 

余裕そうな台詞とは裏腹に、キリトの手は汗で滲んで滑りそうになっている。

 

「だとするならお前も愚かだ。仮にソイツがレッドギルドの様な輩によって人質にでも取られたらお前は無抵抗のまま蹂躙されるだろう。ソイツはお前の足枷でしかない。その逆もまた然り。どけ、お前の様なガキを斬るのは寝覚めが悪い。」

 

「お断りだ。」

 

ダンテの好戦的な態度や挑発的な物言いが行動を共にする内に移ってしまった様だ。だが瞬きをしたその直後に、バージルの声が左側から聞こえた。

 

「そうか。」

 

次の瞬間、キリトは側頭部に衝撃を感じて吹き飛ばされた。

 

「今使ったのは体術スキルの初歩である『閃打』だ。それすらも読み切れないお前が俺に勝つ事など出来はしない。」

 

バージルの拳がクリーンヒットし、キリトのHPが削がれた。

 

「言っておくが、俺は『枷』を全て外して生きている。仲間も、家族も、全て。そんな物に縋ってしか生きて行けないお前達の様な弱者では、俺を倒す事など出来はしない。」

 

「このデスゲームが始まってから、俺はベータテスターとして他のプレイヤー達と関わる資格なんて無いと思ってソロで攻略を続けようと決めていた。だけど、一人で何もかもやってたら、意味が無くなって行くしいずれは目的をも見失う。俺はそれを改めて学んで身に染みて分かったよ。人間は、枷がなくちゃ生きて行けない生き物だ。考えようによってはアンタの言う通りかもしれない。でも、もしアスナが枷なら喜んで付けるさ。俺は最後の最後までここにいる。確かにダンテは滅茶苦茶な奴で何を考えているのか分からなくなる。けど、絶対に悪い奴じゃない。」

 

バージルの眦は今まで以上に吊り上がり、その顔を見た三人は冬でもないのにゾクリと悪寒が背筋を駆け抜けた。薄暗さも相俟ってまるで彼の目が異様な光を発しているかの様に見えなくもない。

 

「その名を・・・二度と、その名を俺の前で口にするな!」

 

鯉口を切りながら立ち上がって剣を拾い上げたばかりのキリトに向かって走り出し、剣を持っている右手と左足を擦れ違い様に切り落とした。HPが遂にレッドゾーン一歩手前にまで削られる。

 

「キリト!」

 

「キリト君!」

 

アスナとエギルはそれぞれ得物を構え加勢に向かおうとしたが、バージルの刀の切っ先がキリトの眼孔の一寸手前まで行くのを見て動きを止めた。

 

「賢明な判断だ。」

 

能面の様に変わらない顔をアスナから刀を向けているキリトに向けた。

 

「キリトと言ったか?お前が奴に何を吹き込まれたかは知らん。だが、手を切る事を進める。奴は疫病神だ、関わり続ければ遅かれ早かれ痛い目に遭うぞ。」

 

「貴方が・・・・貴方がダンテさんの何を知ってるって言うんですか?!」

 

「全てだ。」

 

レイピアの柄に手をかけたアスナの言葉を一蹴した。

 

「続柄だけ見ればこの世界でダンテと名乗っているあの疫病神の最上紅一はプレイヤーネーム『バージル』、最上蒼介の・・・この俺の双子の弟だからな。」

 

口にするのも忌々しいとばかりに嫌悪感を隠そうともせずにそう吐き捨てた。

 

「時間が無駄になった。先にボスの方へ行かせてもらう。追って来るのは自由だが、先程のアレは戯れだ。『一本取った』だけに過ぎない。本来ならば、首を取る為の『一撃』を入れる。」

 

大股ですたすたと階段を上がって行き、そこから見える光沢を持つ大理石の様な巨大な扉に向かって足を進めたが、後ろに何者かが立っている気配を感じ取って止まった。振り向かずとも感じ取れる気配だけで相手は分かる。

 

「行く先々で何度も何度も・・・・・本当にお前は疫病神の代名詞だな。」

 

「そう言うそっちこそ、いい加減『人斬り』って改めた方が良いと思えて来たぜ。十歳以上も歳が離れてるガキ相手になぁ〜にムキになってんだ?」

 

バージルと同じ銀髪、青いコートとは対照的な真っ赤なコート、鈍色に光る角を生やして口を開いた髑髏のデザインが付いた身の丈近くある巨大な剣、そして余裕綽々で陽気な声

 

「ダンテ・・・・!」

 

「Yes, it’s me! Yours truly.」

 

「来るのが遅過ぎですよ!!」

 

「ヘヘッ、わりぃわりぃ。アルゴとメッセージの遣り取りとコイツを手に入れるのに手間取っちまってな。後キリト、命が惜しけりゃ二度とそいつに挑むな。たとえ相手がガキでも、コイツは敵意を見せれば即ぶっ殺すタイプの人間だ。それと、お見舞いにお前が使えそうな武器を見つけて来たぜ。」

 

ストレージから新たに取り出したのは柄から刃の付け根までが口を開いた西洋のドラゴンを象り、開いた翼が手元を守る鍔になっている一振りの剣だった。

 

「雷剣『復讐者(アラストル)』。防御力を代償に装備した奴の敏捷性と麻痺・スタン耐性を大幅アップさせる。更にHPが低けりゃその分攻撃力も上がる。手に入れるのに苦労したぜ。何せ握った瞬間いきなり手を離れるだろ?んでもって俺の胸にぶっ刺さって地面に打ち付けるもんだからよお。標本にされた昆虫の気持ちが分かった気がするぜ。引き抜くのに苦労したしその間に回復アイテムも手持ちの半分近く使っちまったぃ。今度こそマジで死ぬかと思ったよ、全く。」

 

「己の命を軽々に扱う上に傍若無人な振る舞い・・・・その息の根を止めるのが楽しみだ。」

 

「俺もお前とキリト以外にやり合って張り合いがあると思える奴がいなくなって来た。こんな登場しておいて驚くかもしれないだろうが、俺はお前と争いに来た訳じゃない。折角のハロウィンだし、ボス討伐の合間に一つゲームをしようと思ってな。ルールは簡単だ。一つ、お互いボスに対する攻撃を妨害しないこと。二つ、プレイヤー同士の直接的な攻撃をしない事。止めの一撃を与えてラストアタック・ボーナスを手に入れた者が勝者となる。」

 

「下らん。」

 

ダンテの提案をバージルは鼻で一蹴した。

 

「まあ、そう言うな。お前が勝てば俺の首以外に更なるボーナスを与えられるかもしれない。そうだな、たとえばアインクラッドの創造主(かみさま)、茅場秋彦がどこの誰なのか、とか。元々攻略組の注目を集める為に中小のオレンジギルド潰し回ってんだろ?そうすれば攻略に参加出来る人数も成功確率も維持出来る上、向こうからコンタクトを取ろうとする。そうすれば茅場が扮している可能性ありのプレイヤーの人数も絞り込める。正に一石三鳥と言う訳だ。」

 

二人の会話を三人は唖然として聞いていた。特にキリトが一番の衝撃を受けている。今まで地道な攻略によってアインクラッドを脱出する事以外は眼中に無かったのに、彼らは攻略の合間に既に別の突破口を模索していたのだ。

 

この世界を作ったのは茅場秋彦である。つまり彼がゲームバランスを管理しているカーディナルシステム以外にこの世界を支えているもう一本の柱なのだ。システムの管理下にあるプレイヤーである以上は、カーディナルに手出しは出来ない。だが、アインクラッドの創造主がいなくなればこの世界は無事で済む筈が無い。

 

灯台下暗しとは良く言った物で、茅場がSAOの中に他のプレイヤー達に混じっていると言う可能性は十分過ぎる位にあり得る話だ。そして茅場もただ座ってプレイヤー達が動くのを眺めるだけに留まるのも考え難い。何故なら、他人がゲームをするのをただ見ている程つまらない事はないからだ。これはキリト自身の経験からも言える。何をどうすれば自分は今の今までこんな単純な事を忘れられたのだろうとキリトは苛立ち紛れに頭を掻き毟った。

 

「その必要は無い。攻略組のギルドの内の一つに属している事までは分かっている。」

 

バージルは頑として首を縦に振らず、ダンテの提言を聞き入れようとしなかった。

 

「ほぉ〜、流石は現役のキャリア警察官だ。知能系犯罪者やクラッカーを検挙してはブタ箱にぶち込んで来ただけの事はあるな。」

 

「え?」

 

それを聞いてキリトだけでなくアスナやエギルも思わずそんな間の抜けた声を上げた。

 

「そう言えば知らなかったよな。リアルじゃこいつは警視庁所属だ。生活安全部サイバー犯罪対策課情報係長、及び高度情報技術犯罪捜査第三班班長。階級は警部。年齢は俺と同じ二十六歳。ちなみにコイツ仕事始めてから半月も立たないうちに六人検挙して殆どが今や臭い飯食ってる塀の向こう側の住人だからな」

 

「えええええええええ!?て事はキリト君、もうちょっとで刑事さんに攻撃しそうになってたって事!?」

 

ここが仮想空間だから良かったものの、もし現実世界ならば大変な事になっていただろう。

「・・・・・貴様、警視庁の個人情報ファイルをハックしたか。」

 

「驚いたか?情報のアクセスだけなら俺にだって出来るんだよバーカ。現実世界に戻ったら日本最大規模の府中刑務所に無期禁錮でもするか?あ、駄目か。元々俺を殺すつもりだったもんなお前。まあ、それはともかく改めて問おう。この話に乗るか?ボス戦でお前が先にラストアタックを決めれば今現在茅場である可能性が限り無く高い奴を教える。俺が勝ったら、そうだな・・・・・お前が知ってる犯罪者ギルドの情報を幾つか寄越せ。言わずもがなだが、お前の名もリアルでの正体も伏せる。どうだ?」

 

「良いだろう。だがお前の為にゲームとルール内容を少々変更してもっと面白くしてやろう。ボスの部屋に入るのは俺とお前、そしてギルドメンバー全員だ。俺はボスと戦うお前のギルドメンバーを本気で殺しに掛かる。お前はそれを妨害しろ。先に奴らがボスを倒せればそちらの勝ち、俺が防衛を突破してギルドメンバーに一撃でも食らわせる事が出来ればお前達の負け。嫌ならば俺はこの場でお前達全員を斬滅する。」

 

まるで突然激しい寒風に見舞われたかの様にキリト、アスナ、エギルの背筋が急激に寒くなり、恐怖でゾワリと体が泡立った。能面の様な表情は静かなる怒りと言う者を体現しており、それが放つ威圧感が有言実行を明確に物語っていた。

 

「アンタ・・・・アンタそれでも警察官なのかよ!?人を守って公共の安全を維持するのが仕事だろうが!?」

 

居丈高にエギルはそう叫びながらダンテに止められるまでバージルの方へと掴み掛からんばかりに近付いた。彼の言葉にバージルは首を振り、髪をオールバックに撫で付け直した

 

「お前が知っている大多数の警察官はそうかもしれんが、俺が警察官になったのはソイツを含めたルールの守り方を知らん犯罪者(ゴミ)を掃除する為だ。良く覚えておけ、法律は人を守る事など出来はしない。何事も実行するのに必要なのは力のみ、当てに出来るのは己自身。警察の中にも裏で犯罪に手を染めている者もいる。だがそれでもそこに身を置いているのは、実用性を重んじての事だ。世間話は終わりだ、さあ答えろ。この勝負に乗るか否か。」

 

ダンテはアラストルを肩に担ぎ、後ろに立つ三人に問うた。

 

「お前らはどうしたい?」

彼らはバージルの強さの片鱗しか目の当たりにしていない。故にその強いと言う一言では済まない怖さも知らないのだ。まともに相対した事すら無い彼らは、バージルの実力と容赦の無さを知らなければならない。剥き出しの殺意は間違い無く自分を上回る。彼は遊び半分で命を奪うオレンジプレイヤーと違って、ただ斬る為に相手を斬る『剣客』の様な思考の持ち主だ。そんな相手に背中を見せてボスと戦うのは自殺に等しい。本当の意味で命がかかっている故に、皆の合意を得なければ次には進めないとダンテは感じた。

 

バージルのリアルでの戦闘技術はゲームの中でも大きく反映されている。幼少から弛まぬ努力で練り上げられた剣の腕は並の達人が敵う様な物ではなくなった殺人剣術だ。取り分け危険視すべきは正に一撃必殺の速さを誇る居合いだ。デビルメイクライきってのスピードファイターのアスナは勿論、未だにダンテ自身ですら完全に見切る事が出来ないのだから。一度それを食らえば誰が相手だろうと最早勝負はついたも同然である。そこから一気に全てを突き崩されてしまうのだ。

 

「言っておくが、こいつは俺と違って遊び心が無いし、ユーモアと言う単語すら辞書に存在する事すら疑わしい。自衛の意味を問えば脅威対象の完全制圧と解釈する。もしこのゲームが嫌で戦う事にするならば、殺すつもりで、プライドなんてかなぐり捨てて攻撃しろ。俺程寛大じゃないからガキでも容赦はしない。余程怒らせない限り殺しはしないだろうが、トラウマ植え付けられる事請け合いだ。お前らがどちらを選ぼうと、ここから離脱しようと、俺は文句は言わない。死なれちゃ色々と俺の沽券に関わるんでな。」

 

「良いぜ、やろうじゃねえか。俺も昔はやんちゃしてたが、警察官に喧嘩売った事は無いんでな。久し振りに血が騒ぐぜ。」

 

最初に口を開いたのはエギルだった。ダンテの隣に立ち、背負った斧を引き抜いて構える彼の顔は好戦的な笑みが見える。

 

「もう・・・・そんな風に言われたらやるしか無くなっちゃうじゃないですか。自分勝手で色情魔でシニカルなのに、何時も変な所で律儀なんですから。分かりました、やりましょう。私達の中で一番強いんですから、私達の後ろ守るの、お願いしますよ?」

 

口ではそう言っている物の、アスナの表情は穏やかで微笑みさえ浮かべていた。エギルの隣でレイピアを鞘から引き抜いて切っ先をバージルに向ける。

 

「あんたのお陰で、俺も俺なりに色々と新しい事を学んだ。感謝してるよ、ダンテ。」

 

切断された手足が再び生え変わり、HPの回復を終えたキリトも立ち上がってダンテからアラストルを受け取った。

 

「つー訳で話は纏まったぜ、兄貴。仲間がボスを倒している間、俺は彼らの殺害を妨げる。俺が勝った時の報酬は犯罪者ギルドの情報。俺が負けた時は俺の(タマ)以外に、茅場が身を窶しているプレイヤー候補の名前を教える。間違い無いな?」

 

バージルは無言で頷き、皆はボスの部屋の中へと足を踏み入れた。

 

おどろおどろしいデザインの扉とは裏腹に、巨大なベッドルームらしき部屋の内装は目が痛くなる位沢山の極彩色が使われていた。部屋の奥にある巨大な天蓋付きの四柱式ベッドの閉め切られたカーテンの奥で周りに据えられた数十本の蝋燭の灯りに髪の長い女の人影が揺らめく。

 

「人型は良いとして、プレイヤーと等身大のボスモンスターって・・・・?」

 

今までに無い姿形のモンスターにアスナはレイピアを握る力を強めた。

 

「それもよりによって女とはな。やり難いったらありゃしねえ。」

 

妻帯者であるエギルは顔を顰めながらスキンヘッドを指でかいた。

 

「・・・・・なあ、バージル。俺の妨害役とキリト達の討伐役、今更交替してくれって言っても遅いよな?」

 

女と分かるやダンテはバージルにそう耳打ちしたが、近づけた顔を鬱陶しそうに払い除けられた。

 

「無論だ。約束事を違えるならば先程の議論を全て白紙に戻して貴様らを皆殺しにする。」

「だよなあ。ま、俺も男だし?あんだけ大見得を切ったんだ、二言はねえよ。」

 

それを聞き、バージルの口角はほんの僅かの間だけだがつりあがった。何時でも居合いをかけられる様に刀の鯉口を切ると、妙に小気味良いチンと金属音が響いた。

 

「そうだろうとも。そうでなくては。では、ボスのHPゲージが一杯になってから始める。」

 

蝋燭の灯りが消えるとベッドのカーテンが開き、無数の蝙蝠が飛び出して来た。その蝙蝠の巨大な群れは何度か高い天井を旋回し、やたら露出度が高い黒いのドレスを身に付けた赤毛の女に姿を変えた。青白い肌とのコントラストで美貌の奥に潜む不気味さで、キリト達は身構えた。五段重ねのHPバーが一杯になって行き、ボスの名前も露わになる。

 

表記された名は、

 

『Nevan The Temptress』

 




番外編は次回で終わります。そろそろ本編に戻らなければ・・・・・!ALOとGGOもかかなきゃならんのに!


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Extra File #2: Sleepy Hollow Part 3

新年あけましておめでとうございます。また新しい年がやって参りました。

昨年は沢山の応援をありがとうございました。今年も拙作をよろしくお願いいたします。描写がかなり長ったらしいかもしれませんが、今回は初の一万文字越えをどうぞ。


「妖婦ネヴァンってところか。西洋版の妲己、みたいな。」

 

「俺が嫌いなタイプだな。才色兼備とは程遠い。どこからどう見ても裏町の娼婦だろう。」

 

まるで安物の香水の匂いでも漂って来たのか、バージルは小さく顔の前を手で扇いだ。

 

「おいおい、食わず嫌いはいけねえぞ。魔性の女ってのはイイもんだぜ?・・・・まあ、やり方を間違えれば後が恐いがな。」

 

苦笑いするダンテの頭に真っ先に浮かんだ女は、イーグル9の代表取締役と人事部長を兼任しているセレッサ・ロダン・ヴィグリッドだ。一度飲み会で調子に乗って飲み過ぎてしまい、酔った勢いで一夜限りの情事に発展してしまったのだ。二日酔いで頭痛に悩まされたがあの時の彼女は『魔性の女』だった。恐らく自分から唯一主導権を奪い取った女だろう。あれ以来、本当の意味で頭が上がらなくなってしまったのは正に痛恨の極みだ。

 

「新調した『魔刀・五道転輪』を試すのには丁度良い。」

 

「相変わらず刀で通すか。ブレねえなぁ、おめえもよお。」

 

ダンテはリベリオンをクルクル回して切っ先を地面に突き立てると、そのまま身構えた。

 

「こちらが最も使い慣れているだけの事だ。Ready to die?」

 

「I was born ready, motherfucker. Let’s get this show on the road.」

 

 そう言い終わると同時に、ユニークスキル『スタイルチェンジ』の『ソードマスター』を発動し、居合のソードスキル『辻風』を発動して肉薄したバージルに対して反時計回りにリベリオンを高速回転させるソードスキル『プロップ』を発動した。逆袈裟に振り抜かれようとしたバージルの刃が上方に弾き上げられる。

 

「やっぱパワーだけならまだ俺が上みてぇだぜ。それと、顔面にご注意下さぁ〜い!Trickster!」

 

リベリオンを再び地面に突き立てると、スタイルを速度重視の『トリックスター』に変更し、技後硬直がそれを支えに飛び上がってノーガードとなったバージルとの距離を『ダッシュ』で瞬く間に縮めた。直後に単発の刺突『スティンガー』で更にバージルを大きく後退させるが、モンスターやアバター特有の手応えより堅い物を感じた。

 

「その分、俺の速さはお前より上だぞ?」

 

リベリオンの刃はいつの間にか腰から抜き取られた鞘の腹で受け止められていた。ダンテの硬直が解けない内にダンテは脇腹と顔面の順に納刀された状態の五道転輪で殴り付けられる。深く腰を落とすのを見てダンテは顔を顰めた。使える時間は僅かしか無い。防御重視のスタイル『ロイヤルガード』で出方を窺った。来るとするならほぼ回避不可能の居合いだ。

 

だが予想とは違い、バージルの標的はダンテではなくその後ろでネヴァンと戦っている彼のギルドメンバーだった。ユニークスキル『抜刀術』によって付加された飛ぶ斬撃が背を向けている彼らを襲う。

 

「てめぇっ!」

 

「その反応を見ると、お前と戦う口実を作る為にルール内容を変更したと思っていた様だな。だから貴様はぬるいと言うのだ。」

 

『クイックスター』で斬撃の進行方向へとギリギリで回り込み、『ロイヤルガード』でHPを削られる事無くそれらを全て受け切った。その直後に再び『ソードマスター』に切り替え、連続で突きを放つ『トリリオン・スタッブ』を繰り出す。

 

「そこまで落ちるたぁ思わなかったぜ。お前は俺を殺せさえすればそれで良い筈だろう?何で奴らまで巻き込む必要がある?」

 

「何度も同じ事を繰り返させるな。俺はゲームのルールに従っているだけだ。」

 

バージルはそれを鞘と篭手で受け流しながら冷ややかに受け答えした。その返答にダンテの表情は険しさが増し、口調も更に粗暴な物に変わる。

 

「てめえが内容とルールを変更したのは()()()()()()だろうが。最初の内はてめえとタイマンを張り合ってた。それだけならまだ良かったが、もう許さねえぞ。親父ですら越えなかった一線を越えてその更に先に行っちまった以上はな。」

 

「そうさせたのはお前自身だ。それにお前から許しなどいらん。許しを乞わなければならないのはお前だろう。母さんを殺し、父さんを死なせた。平穏な世界を破壊したのはお前だ。この・・・・悪魔。」

 

ダメージを多少受けはした物の、嵐の様な刺突攻撃の全てを紙一重で搔い潜り、バージルは大きく踏み込んで体術スキルの『エンブレイザー』を発動して黄色に輝く右の手刀をダンテの腹目掛けて叩き込んだ。

 

「Royal Guard!」

 

ギリギリ防御が間に合って本来受ける筈の物とは比べ物にならない位少ないダメージに留まった物の、装備している篭手の効果によって齎される効果なのか、かなり後ろまで飛ばされた。逆上がりをする様に両足を上に向けて振り上げ、バク転をして着地した。ちらりと横目でボスと相対しているギルドメンバーの方を見ると、状況はあまり芳しくない様だ。今までの攻防の間、まだネヴァンのHPは一段目のバーが半分と少ししか減っていない。

 

「のわっとぉ!?」

 

ネヴァンのドレスの袖から雷を纏った小さな蝙蝠の群れ弾幕の様に辺りを飛び回り始め、部屋にいる全員に襲いかかった。丁度それを避けた瞬間、バージルの刀の切っ先が今しがたいた場所を通り、飛んで来た蝙蝠を斬り飛ばす。

 

「ダンテ、あいつの攻撃は絶対食らうな!高確率で麻痺かスタン状態になる!」

 

「ご忠告ありがとさん!回復と解毒の結晶アイテム残量は?」

 

「今の所はまだ全然使ってないから大丈夫です。キリト君の動体視力とスピードでどうにか攻撃パターンを少しは割り出せましたけど、あのボスのガード、凄く堅いです。このまま攻撃続けたら武器の耐久値の方が先に底を突いちゃいます。特に私のレイピアが・・・・」

 

「確かに、耐久値だけを見ればレイピアは弱ぇな。いやはや、ほんとめんどくさそうな奴だなあ。」

 

他人事の様に素知らぬ顔で返すダンテだったが、実際その程度で済む様な状況ではない。それに残念ながら今は彼らの状況に思考を裂いている余裕はほぼ全く無い。今出来る事はバージルの攻撃を食い止め、あわよくばどうにか動けなくする事である。

 

数秒程考えると素早くメニューを操作してリベリオンをしまい、武器を変更した。リベリオンが消える代わりに、幅が広い刀身を持つ色違いのシミターが二振り現れる。スピードだけなら『トリックスター』を使ってもバージルが上だ。ならばそのスピードでも避け切れないぐらい密度が高い手数で制圧すれば良い。

 

「確か第一クォーターポイントのボスドロップ、アグニとルドラか・・・・・俺を相手にそんな低級な武器を使うとは、俺も舐められた物だな。」

 

「ご心配無くぅ。手持ちの武器は全部ちゃーんと上げるべき数値(モノ)はほぼ限界まで上げて来てるんで。それに俺は格闘、刀と一本調子なお前と違ってオールラウンダー派なんだよ。オメーがミスるのを大人しく待つっきゃねえってのはかーなーり癪に障るが、腕を斬り飛ばす時の間抜け面を拝む為にはしゃーねえんだよなあ!」

 

『トリックスター』で再び接近し、左右のシミターで斬り掛かる。二つ共曲刀カテゴリの武器で字面の如く反りが入っている為、片手剣に比べると全長は短くその分取り回しがより容易だ。武器を変えた事によって上がった攻撃速度に物を言わせて凄まじい連撃を雨霰とバージルに浴びせて行く。

 

「オールラウンダーだと?笑わせるな。器用貧乏の間違いだろう?お前は昔から何時もそうだ、退屈を忘れる為ならば大抵の物には何であろうと手を出す。それに熱しやすく冷めやすい、何もかもが中途半端だ。」

 

攻防の末に互いに一撃ずつ決まり、両者とも再び距離を取って得物を構え直した。

 

「ケッ、生き物なんざ中途半端がデフォルトなんだよ。」

 

聞き飽きたとばかりにダンテは口元から目尻にかけて出来た傷を舐め、そのままそれを地面に吐き捨てた

 

「お前は以前言ったな。父さんと母さんの死の責任は自分にあると。」

 

高枝切り鋏の様に交差させたアグニとルドラを五道転輪で受け止め、二人はそのまま鍔迫り合いを始める。

 

「ああ、言ったさ。それが何だ?」

 

「あんな事をしておきながら何故のうのうと生きていられる?本当にそう思っているなら、この場で俺に介錯されるか、いっそ一思いに自害しろ。そうしていれば俺達は刃を交える事も無いと言うのに。」

 

「死への覚悟なんて、あの日親父を殺した野郎をぶっ殺した時からずっとして来た。だがなあ、存在するかも分からねえ神でも地獄の閻魔大王でも、そうやって誰かに頼まれてくれてやれる程俺の命は安くねえ。その相手が続柄だけの身内だとしてもだ。」

 

「おい、ダンテ!!そこを離れろ!」

 

エギルの警告が背後から聞こえたが、今はそんな事を言ってる場合じゃない。だが、バージルは何かを察し、刀を収めて飛び退った。その目は今しがた立っていた地面に向けられている。ふとそこに目をやると、いつの間にか足元が黒く変色している。『トリックスター』のダッシュでその場から離れた直後、変色した部分がドーム状に膨れ上がってバチバチと紫電が走った。

 

「成る程、確かに麻痺・スタンってのは間違い無さそうだな。後、自殺なんざ論外だ論外。お袋は命と引き換えに俺にも生きるチャンスをくれた。それを見す見す捨てるなんざそれこそ罰当たりだぜ。」

 

だがこの時もバージルからは片時も目を離さず、警戒も怠らない。

 

「俺を殺そうとする今のお前見たら、お袋が泣いちまうぞ。親父も韋駄天並みの速さであの世から戻って来て俺らを追っかけて来る。俺がお前を殺さないのは二人を思っての事だ。手心でも何でもねえ。ミュージェンで俺に止めを刺さなかったのも、それに気付いていたからなんじゃないのか?でもお前とやりあってる時が一番楽しい。本当に、何よりも。それこそ下手すりゃパソコン弄ってる時よりもな。」

 

当初の言葉とは裏腹に、バージルの目の前でダンテの顔は満面の笑みに変わっていった。退屈を忘れる為ならば何でもする、狂気に満ちたあの見慣れたサイコな笑顔ではない。ようやく探し求めていた遊び相手を見つける事が出来た事実に喜ぶ子供の様に純粋な物だ。

 

「You psychopath(サイコ野郎め)・・・・」

 

ミュージェンでの一件で止めを刺さなかった図星を突かれ、ダンテのあの笑顔を見ているとバージルは何故か無償に腹が立った。自然と刀を握る手に力が籠って行く。

 

「I’Hey, you can choose friends but not family. If I’m a psychopath, what does that make you? Besides, we’re more alike than you care to admit(おい、友達は選べても家族は選べないぜ。もし俺がサイコ野郎なら、お前は一体何だよ?それにお前が思う以上に俺達は似た者同士だ)。」

 

「Enough(黙れ)!」

 

刀のソードスキル『緋扇』を発動し、ダンテに斬り掛かって行く。

 

「Swordmaster!」

 

アグニとルドラの柄を押し当てると、その場で高速回転を始め、飛び上がった。バージルの斬撃は二本のシミターの刃に沿って受け流され、逆袈裟に振り抜かれる刃で吹き飛ばされた。その先にはドレスの袖を巨大な黒い刃に変えたネヴァンの攻撃が迫っていた。

 

「おっとと。Trickster!」

 

射線状にトリックスターで回り込み、体術スキルの『掌撃』でバージルを部屋の隅へと吹き飛ばした。

 

「痛めつける事はしても殺しゃしねえよ。けど、しばらくは大人しくしてもらうぜ。」

 

投剣スキル『シングルシュート』でピックを十本程丁寧にバージルの脚や背中目掛けて投げつけた。それら全てにはエギルが風魔忍軍きっての職人プレイヤーから仕入れた特性の麻痺毒である。麻痺耐性があっても数分は動けないだろう。

 

「貴様ぁっ・・・・・・」

 

恨みの籠った視線をダンテに向けながらバージルは体を動かそうとする。だが麻痺毒の所為で体の自由が全くと言って良い程利かなかった。

 

「俺が嫌いなら嫌いで良いさ。恨みたきゃ好きなだけ恨め。死に際でも恨め。恨んで、生きろ。俺への恨みがお前を生かす糧なら、それで良いさ。」

 

更に回復アイテムに暫く手を出すのを防ぐ為両腕を切り落とすと、ポーチから回復結晶を取り出して互いのHPを全快させた。

 

「ちなみに、俺もてめえなんか視界に入れたくない位に大っ嫌いだからな。こいつは暫く借りるぜ。」

 

バージルの切断された手から零れ落ちた五道転輪と鞘を拾い上げ、背を向けた。

 

「おいお前ら!とりあえず暫くの間コイツは動けなくした。加勢するぜ!」

 

「やっとかよ、待ちくたびれたぜ。」

 

エギルが大きく息をつきながら後ろに下がった。見ると、既にHPがレッドゾーンに差し掛かった状態だ。麻痺のデバフアイコンもHPバーの右隣に現れている。恐らく今までネヴァンの直接攻撃が来る度にそれを受け止めるかソードスキルで強引に弾き、更にスピードファイターであるアスナとキリトの攻撃を通り易くする為に特攻の役目まで買って出たのだろう。

 

「疲れてんな。歳か?」

 

「馬鹿言え、俺ぁ大学じゃアメフトのラインバッカー張ってたんだぜ?ここに閉じ込められる前はずっと筋トレは続けてたんだ。この程度で息が上がってちゃ立つ瀬がねえ。」

 

ダンテは何も言わずに労いの意を込めてエギルの肩を叩き、解毒結晶と回復結晶を押し付けて前に出た。

 

「まあ、大丈夫な内に休んでおく。ゲームでもリアルでも、駄目になってからじゃ遅ぇからな。危険手当含めた手間賃、請求するから覚悟しろよ。」

 

「金額でちとばかし歩み寄ってくれたら、幾らでもくれてやる。うっし、背中叩いて喝を入れてくれ、喝を。ようやく色っぽい女の相手が出来るんだ。しっかりとした状態で挑まなきゃあ失礼だ。」

 

よーし、とエギルはバスケットボール選手顔負けの巨大な手を振り上げ、力一杯ダンテの背中に叩き付けた。痛覚などの神経は現実世界にも影響を及ぼす為にカットされているが、その衝撃を感じて満足そうな顔つきで刀の鯉口を斬った。

 

「ありがとさん。キリト、アスナ!ちぃと休んでろ!それからアスナ、武器を替えたきゃ早くやれよ!まだまだこいつの相手は終わってねえからな。ガード崩しは俺に任せろ。永久封印する釣ってた側から使う事になるとは思わなかったけど。Trickster!」

 

全力疾走しながらダッシュを初め、ぐんぐんネヴァンとの距離を詰めて行く。ようやく二本目のHPがイエローに差し掛かった所だ。

 

ダンテはミュージェンで二度と使うまいと決めた刀専用のスタイル『ダークスレイヤー』を発動した。

 

「やれやれ、剣術はマジで久し振りだから出来るかどうかは分からんが・・・・やるしかねえよな。」

 

ぼやきながらも擦れ違い様に三度ネヴァンを斬りつけ、再び納刀して居合いの単発ソードスキル『絶呼断空』を発動した。群青色の光と共に鞘から抜き放たれる一閃は大きくネヴァンの防御を崩した。その証拠に身に着けているドレスの袖やスカートの一部がボロボロになって行く。そしてHPバーの隣にスタン状態にある事を示すアイコンが現れる。ネヴァンもまるで酩酊状態に陥ったかのふらふらしており、攻撃もして来ない。

 

「おい、エギル!ガード崩してダメージが普通に通る様になるまでソードスキルとシステムアシスト無しの攻撃、何発いった?」

 

「悪いがそこまでは正確に覚えてねえ!けど、間違い無く二桁辺りだ!」

 

バージルの隣で麻痺毒の瓶にピックを浸しては突き刺しを数分置きに繰り返しているエギルがそう叫び返した。

 

「だと思ったよ、クソッタレ!なら完全に引っ剝がれるまでぶち込むだけだ!」

 

やはり一撃の強さに重きを置く刀では効率が悪い。加えて何度も打ち合った所為で耐久値も低い。無茶をすれば間違い無く折れてしまうだろう。鞘に納めたまま刀を後方へ投げ捨て、再びアグニとルドラの連続攻撃で強引に防御を崩しに掛かった。

 

「あー、もう周りを飛び回ってる蝙蝠がクソウゼェ〜〜〜〜!オラオラオラオラァ!!」

 

崩れた所でスイッチしてキリト、アスナの両名が素早い得意のコンビネーションで追い討った。だが攻撃を終えたその刹那ネヴァンの体から雷が天井に向かって迸り、更に床全体が白熱して思わず目を覆ってしまう。そして次の瞬間、静電気が走ったかの様なバチバチと言う音が聞こえ、体の自由が奪われた。

 

「な、に・・・・!?」

 

「い、今の攻撃は・・・・!?」

 

「床全域って冗談キツいぞ・・・・・」

 

アラストールを装備していたキリトは麻痺のデバフには大した抵抗を感じずに解毒結晶を使ってアスナとダンテの麻痺を回復し、自身は解毒のポーションを使った。

 

「ああ?何でだよ。」

 

「体術スキル習得してるの俺とダンテとアルゴだけだ。」

 

「・・・・・成る程・・・・・今この場で壁走り(ウォールラン)が出来るのは俺達だけって事か。まあエギルやあいつは良いとして、キリト、お前は走る時にアスナ抱えろ。」

 

「抱え、やですよそんなの!?」

 

露骨な嫌がりようにキリトは心の中で少しへこんだ。

 

「しかたねえだろ?俺切り込み役だぜ?今は俺、両手塞がってるしさ。それにお前、俺らん中じゃ一番体重軽いだろ?敏捷寄りのレベル上げで来たキリトでも絶対余裕で持ち上げられるって。腕力はあるだろうが?アラストルの要求値って結構高いのに普通に使いこなしてるみたいだしさ。それに、美人をお姫様だっこしたいってのは男のロマンの一つなんだぜ、知らなかったか?頑張りたまえ少年よ。」

 

何時もの事だが屈託無く笑いながら全く関係無い事を汗一つかかずに宣えるこの胆力の源は一体何なのだろうか?

 

全くもって異性に興味が無い、と言ってしまえば嘘になる。確かにアスナは十人に尋ねれば十人とも出来る事ならば恋人にしたいと答える位に魅力的だ。だが今まで戦った事も無い様なボスと戦っているこの生きるか死ぬかの状況で言う様な事ではない。

 

だが言っている事には何時も彼なりの理屈が通っている上、否定出来ないのが悔しい。

 

「ほぅら、また来るぜ!」

 

グズグズしてはいられない。

 

「アスナ、先に謝っとく。でも絶対に暴れないでくれ。」

 

「へ?」

 

アラストルを背中に差し、軽くアスナの脚を払って膝裏に右手を突っ込んで左手で背中を支えた。

 

「ちょ、ちょっとキリト君!?」

 

アスナの困惑した抗議の声など意に介さず、壁に向かって一気に走り出し、助走の勢いを利用して飛び上がって壁に脚をかけた。一歩、また一歩と垂直に壁を走る。落下と着地の事はその時に考えれば良い。今は兎に角走る。

 

「先に謝っとくって言ったろ?今は、これしか思い付く方法が無いんだ、よっ!」

 

限界まで走った所で壁を蹴り、下を見ると床全域の範囲攻撃が終わり、ダンテが相変わらずネヴァンの防御を切り崩そうと奮闘しているのが目に入る。着地して直ぐにアスナを下ろすとアラストルを抜いた。

 

「スイッチ!そろそろこいつらも限界だからまた武器帰るまで時間稼いでくれ!数秒で良い!」

 

単発の突進攻撃『ジェットストリーム』を最後にダンテの両脇をアスナとキリトが抜けた。

「「了解!」」

 

まずアスナが先陣を切り、細剣の突進ソードスキル『シューティングスター』でダンテがやる様に顔を狙って正確に目を潰した。次にキリトが怯んだ所を間髪入れず輝く水色の軌跡を残しながら『ホリゾンタル・スクエア』で腹、両脇腹、そして背中を深く斬りつけた。

「アスナ、何かダンテと同じ様に戦いがえげつなくなったな。」

 

「な、何よ!キリト君だって私抱えて壁走るなんて提案に乗せられた癖に!」

 

「いや、だって。モンスターとは言え女の顔狙うのってちょっと・・・・」

 

「良いの、モンスターだから!」

 

「お前ら、言い争ってる間にさっさと攻撃しろよ!」

 

遂に堪え兼ねたエギルが溜まらず叫んだ。

 

「えーっと、武器、武器。何か良いのは・・・・あ、これで行けるか。」

 

「「ダンテ(さん)、スイッチ(です)!!」」

 

「Alright, let’s do this!! Ha ha ha……ha-ha!!」

 

現れたのは全長が二メートル以上はある一本の白と金の槍『至高の純白(アルト・ビアンコ)だった。槍の穂先は先端に行くにつれ幅が広くなって行き、付け根の両脇に羽の形をした刃も付いている。

 

「槍・・・だと?!」

 

何故か一番驚いていたのはバージルだった。

 

「映画の見過ぎだよなあ、ぶっつけでコレ使いこなそうとするなんてさ。銃剣術なんて碌にやった事ねえし。」

 

ぶっつけと言いながらもまるで己の手足を操るかの様に槍を振り回した。助走を付けると、いきなりその槍を振り被ってネヴァンにむけて投げつけた。その直後に彼女は己の影の中に潜り込み、部屋の端へ姿を現すと開いた両手を大きく広げ、前に突き出した。

 

バチバチと紫電が走り、乱立した雷撃の柱が高熱レーザーのトラップよろしく縦、横、斜めと、ランダムにかなりのスピードで迫って来た。

 

「全員下がれ!キリト、アスナ、エギルとウチの馬鹿兄貴の方をカバーしろ!恐らくこの攻撃も部屋の端から端まで行く広範囲の攻撃だ!」

 

助走を付けると大きく振り被ってネヴァンに向かって槍を投げつけ、雷撃を回避しながら前進を始めた。踊るかの様に身を揺すって右へ左へと受け身を取り、時には軽業師の様に空中で回転しながらかいくぐって行く。槍は目標から逸れてネヴァンの左肩を抉った。

 

終始笑っているダンテを見兼ねたバージルは壁を背にした状態で麻痺した体に鞭打って立ち上がり、ポーチに手を伸ばしたが、やはり未だに麻痺で体が思う様に動かない。

 

「遊びおって、あの馬鹿め。」

 

そして自分のそばに寄って来たキリト達に目を向けた。

 

「おい、解毒結晶を寄越せ。奴のやり方では効率が悪過ぎる。あの網を搔い潜った所でまた影の中に潜り込まれて逃げられるのが落ちだぞ。」

 

キリトは無言で首を横に振った。

 

「奴と俺の因縁は貴様ら部外者には関わりのない事だ。知った所で理解も出来まい。」

 

「確かにそうかもしれないが、関係なら大有りだ!ダンテは俺達のギルドマスターだ、仲間なんだ!殺させはしない!」

 

「お前達は奴が負ける姿など想像もつかんのだろうが、奴とて俺と同じ人の子だ。まだ半分近くHPが残っているソードスキルを全く使わないボス相手に単身突っ込んで行く前人未到の命知らずさはいずれ奴の死因になる。大方玉砕覚悟でまだ見ていない攻撃手段を出させてパターンを記憶し、後衛に下がって俺の麻痺を持続させつつお前らに指示を出す。最終的にラストアタックボーナスを取らせてこの勝負に勝つつもりだ。だが、そうはさせん。奴を潰すのは俺だ。潰して良いのは俺だけだ。あの売女にそれを分からせてやる。奴との勝負はその後だ。」

 

「そんな言葉を信じられると思ってるのか?あんたは———」

 

「ああ、あいつと会う度に何時も殺すつもりで攻撃していたさ。」

 

しかしダンテの命が風前の灯になればなる程剣の動きが俄に鈍って行った。己の刃がダンテを切り裂く度に両親の顔が浮かぶ。それを頭の中から払拭しようと躍起になればなる程、追い詰めて行く程より一層鮮明になって行く。

 

まさか止まれと言うのか?自分から全てを奪った男を追うなと?今まで復讐心だけを糧に生きて来た自分に今更止まると言う選択肢など無い。

 

悪魔(おに)は・・・・・涙など流さない。」

 

泣きたくないから、今の自分()がいる。

 

全てを失ったあの日、これ以上無いぐらいに泣いた。だがその涙もやがて枯れ果て、誰よりも、何よりも、悪魔ですら自分を見れば裸足で逃げ出す位に強くなろうと誓い、修行に明け暮れた。やがて泣く事を忘れ、化け物に成り果て、成って果てる。自分の人生などそれで良い。

 

「デトックス。」

 

「アスナ!?」

 

アスナが解毒結晶を使った事によって麻痺が解けた。その行動の真意が分からず、バージルは眉を顰めた。

 

「嫌いでも、家族なんですから・・・・・・助けてあげて下さい。それに、貴方は悪魔なんかじゃありません。もしそうだったら四十九層でダンテさんを殺してた筈です。」

 

「・・・・手元が狂っただけだ。何度も言わせるな・・・・Devils never cry」

 

アイテムストレージから三尺八寸(約114cm)の太刀『浄刀・金剛夜叉』を取り出して腰に差し、ダンテが投げ捨てた五道転輪を拾い上げると助走を付けずに壁に向かってジャンプした。更に壁を足場に今度は体術スキルで蹴り、上空を舞う。

 

「嘘・・・・!」

 

「たった一回のジャンプで・・・・?!」

 

「あの高さじゃ間違い無く届くな。兄弟揃ってメチャクチャだぜ、全く・・・・・」

 

ネヴァンが影の中に潜り切る前に空中から『兜割』で真っ直ぐ斬り下ろし、着地と同時にダンテが投げ放った槍を回収して下がった。

 

「慣れん武器を使うからそうなるんだ、馬鹿め。」

 

「久々に使うから慣れてねえのは当たり前だバーカ。それにありゃ貫通継続でじわじわやってたんだよ。おめーだってさっきで刀の耐久値ゼロだろうが。達人が聞いて呆れるぜ。」

 

軽口を叩き合いながらも二人は迫る雷撃の柱とそれと同時に放たれる雷を纏った大量の蝙蝠を躱して行き、ネヴァンを追い詰めて行く。

 

「上に飛ばせ。」

 

「お前が仕切るな!」

 

槍の長い柄を足場にバージルは再び飛び上がると懐から五本の投擲用クナイを引き抜き、ネヴァンの顔目掛けて投げつけた。当然ネヴァンの周りに群がる蝙蝠の妨害によってそれらは全て弾かれてしまう。だが、その直後にダンテが槍を棒高跳びの棒に見立てて宙に躍り上がり、回転させながら渾身の突き『フェイタル・スラスト』をその上から繰り出した。

 

「まだだ!」

 

硬直が切れた直後に打ち上げ技の『浮舟』でネヴァンに逆袈裟の斬撃を食らわせ、距離を置いた。ダンテも着地と同時に下がろうとしたがソードスキル発動後の硬直でまだ一秒程動きが取れない。ネヴァンはその場で高速回転して黒い影の刃が迫る。

 

「Royal Guard!」

 

が、待っていたとばかりにそれをジャストブロックで受けるダメージをゼロにした。

 

「行けるぜ、ぶちかませ!」

 

「俺に命令するな。」

 

ソードスキルが立ち上がった所で抜刀術の移動技『刹那』の踏み込みで再び接近し、現在使える刀のソードスキルの中で手数と威力が最も高い『鷲羽』を放った。左逆袈裟、右逆袈裟、左への切り払いそして逆方向への切り払い。止めに大上段から刀を振り下ろす。防御していた蝙蝠はかなり減った。

 

「外すなよ?」

 

「誰に言ってんだ、てめえは?外すかっての。さて、美人のお姉さん。」

 

槍の穂先に光が集まり、ソードスキル『ダンシングスピア』を発動した。

 

「Let’s dance!」

 

素早く槍を突き出し、刃を地面に突き立てて両足での飛び蹴り、着地してもその勢いを殺さず回転しながら二度右に切り払い、最後にもう一度力強い突きを放った。

 

その一撃は蝙蝠の鎧を完全に剥がされたネヴァンの腹を貫き、HPもバーが残り二本だけとなった。

 

「槍を使うなら勝ち気で、狙いを定めて貫いて、長い物に巻かれるなってね。」

 

「俄仕込みの技がマグレとは言えよく通じた物だ。」

 

「ハッハッハッハ、シバくぞコラ。ソードスキルの名称、初動モーション各種を完全に記憶してる俺の実力だ、実力。さてと、当初の内容に戻ってコイツ倒した方が勝ちって事にしねえか?どこかの誰かさんが自分でセットしたルール破ったんだし?」

 

憎たらしい笑みを浮かべるダンテに再び殺意が芽生えたが実際その通りなので言い返せない。

 

「口の減らん奴だ。良いだろう。だが勝者の報酬は変えんぞ?」

 

「ご自由に。Freeze!」

 

ネヴァンに突き刺した槍をそのまま残し、飛んで来る蝙蝠をソードマスタースタイルの固有ソードスキル『ラウンドトリップ』を発動し、リベリオンを投げた。回転する巨大な剣は蝙蝠をほぼ全て撃ち落とし、再構築されたネヴァンの蝙蝠の鎧も一部削ぎ取った。

 

「うざったい鎧だな。」

 

ネヴァンはその場で回転し、地面から縦に伸びる鋭利な影の刃を放ち、二人を追跡し始めた。

 

「だからあの槍刺したままにしてんだよ、鎧の上からでも貫通ダメージを少しでも通せれば手間はちょっとだけど省けるし。しゃーねえな。」

 

ナイフ、ダーツ、ジャベリン、チャクラム等々、大小様々な投擲武器を取り出してそこら中に突き刺した。

 

「貫通ダメージを限界まで食らわせる。あ、止めは譲らねーからそのつもりで。後、背中にブッ刺さっても俺は責任取らねー。」

 

「元よりお前がそんなれだけで満足する程欲が無いとも、責任感があるともハナから思ってはおらん。」

 

リベリオンが戻って来た所でそれを近場に突き刺しておき、まず投げナイフを四本ずつ投げた。次にシングルシュートでジャベリンを投げる。三本は命中し、ジャベリンは当たる直前でネヴァンが影の中に潜りこんでしまい、ダンテの後ろに回り込んだ。

 

「上に飛べ。」

 

「ほいさっ!」

 

リベリオンを引っ掴みながらトリックスターの移動技『マスタング』でネヴァンを踏み台にして飛び上がり、その下をバージルが駆け抜けた。いつの間にか手にしたナイフ三本を突き立て、体術スキル『弦月』のサマーソルトキックを顎に叩き込みながら後ろに下がった。

 

「This is why I just l just love fighting(これだから戦うのが好きなんだよ、俺は)!」

相手の頭上に現れるトリックスターのスキル『エアトリック』で頭上に現れ、シングルシュートでようやく槍がネヴァンの胸を貫いた。技後硬直を落下中に消化しヘルムブレイカーで再び大きく鎧と共にHPを削る。

 

「Die!」

 

削った箇所を間髪入れずバージルが『鷲羽』で攻撃した。とうとうネヴァンのHPバーも最後の一本が半分だけに減った。ネヴァンは影の中に潜り込み、先程の剣戟と怒号、喧騒の嵐が嘘の様に辺りはしんと静まり返った。

 

「どこに行きやがった・・・?」

 

「全員背中合わせになれ!」

 

今までは自分達に全身全霊でもって注意を向けさせていたが、AIも学習する。キリト達も攻撃対象に含めている筈だ。どこから来る?

 

「小僧、どけ。」

 

「え?のわぁっ!?」

 

キリトはバージルの声で僅かに反応が遅れ、脚をすくわれた。影の中からネヴァンが姿を現し、キリトの臑に噛み付いた。彼のHPが減少するにつれ、ネヴァンの減っていたHPバーが回復している。

 

「こ、の・・・・野郎!」

 

応戦しようとした所で体が動かない事に気付いた。麻痺耐性はパーティーの中でアラストルを装備している自分が一番高い筈の自分が麻痺のデバフを受けているのだ。

 

「キリト君!」

 

「アスナ、エギル、どけ!」

 

だがアスナとエギルは既にソードスキルを立ち上げており、本人達ももう止められない。当然ネヴァンは影に潜って回避されてどちらの攻撃も空振りに終わってしまう。無防備になった所を二人共噛まれてしまい、同じ様に麻痺してしまった。

 

「ったく、あの馬鹿野郎共が!」

 

苦労して削ったHPはバーが下から二本目の半分まで回復していた。

 

「同感だな。」

 

ダンテはトリックスターのダッシュ、バージルは『刹那』で接近し、三人に解毒結晶を投げて寄越した。

 

「解毒は自力更生で頼む。」

 

「これ以上奴に回復されたら元の木阿弥だぞ。残りの投擲武器を全て命中させて貫通継続ダメージを与える事が出来ても、武器の耐久値の方が先に落ちる。」

 

「うっせーな。わーってるよンなこたぁ。神風特攻、やろうぜ?学生時代の十八番だろ?」

「品性の欠片も合理性の欠片も無い。まあ、今更四の五の言ってはいられんが。何を使うつもりだ?」

 

「ん?投擲武器とステゴロ。」

 

走りながらジャベリン三本を拾い上げ『スカイスター』で上空に飛び上がりながら石突を蹴ってそれを飛ばし、更にバージルが投げ上げたジャベリンをツインシュートで同時に投げつけた。

 

「確率計算は俺の得意分野だ。貴様が現れる場所など、」

 

再び影の中に逃げるネヴァンが出現する場所を予測し、目視もなしにその方向に抜刀術の飛ぶ斬撃を放った。直後にダンテは空中で回転しながら白く光る右足で全力の踵落とし『グラビドン』をネヴァンの脳天に叩き込んだ。

 

「うぉおおおおおおおおお!!!」

 

ネヴァンの背後からキリトが重い斬撃とタックルを交互に当てる『メテオブレイク』で突貫した。

 

「おおおりゃああああああ!!」

 

エギルも今までやられた狩りを何十倍にして返してやると言わんばかりの猛攻で攻め立て、最後はハンマー投げの様に斧を振り回して三度叩き付ける『クリムゾン・ブラッド』で締め括った。

 

「お前ら・・・・!」

 

「やられっぱなしは性に合わないんでな!」

 

「それに、さっき噛まれたお礼もキッチリしないと。」

 

「はああああああ!!」

 

アスナも二人の間をすり抜けて得意の『リニアー』の連続発動、そして最後に下段突きの『オブリーク』を放った。

 

「これでシメだ。」

 

青白いラインが三つネヴァンの体をなぞり、バージルが刀を鞘に納めた瞬間に飛散した。

 

「よ、ようやく終わった・・・・・・」

 

「し、しんどかったー・・・・」

 

「そんな事言ってる場合じゃねえぞ!?あいつがラストアタックボーナス取っちまったって事は・・・・!」

 

「そう、勝負は俺の勝ちだ。キッチリ報酬は取り立てさせてもらうぞ。」

 

ダンテは肩を竦め、ストレージから紙とペンを取り出してそこに何かを走り書きするとそれを畳んで地面に置いてその場に座り込み、頭を垂れた。

 

だが予想とは裏腹にバージルはその畳まれた紙を拾い上げ、転移結晶を取り出した。

 

「ここを出てからだ。」

 

「ああ?」

 

いつまで経っても攻撃が来ない事を不審に思って頭を上げ、ダンテは訳が分からず首を傾げた。

 

ここ(アインクラッド)では邪魔が入り過ぎる。お前の命を取り立てるのはここを出てからだと言っているんだ。それまで絶対に死ぬな。」

 

ラストアタックボーナスのアイテムをキリトに渡すと、小さく転移場所を呟いてその場から消えた。

 

「助かったん、ですよね・・・・・?」

 

「ああ。すまねえな、俺の勝手な賭けにお前らを巻き込んで負けちまってさ。挙句、見せ場も殆ど無しだった。ごめん。」

 

ダンテはその場で額を地面に叩き付けて三人に土下座した。

 

「お、おいおい待てよ。何もそこまで・・・・」

 

自分を起こそうとするエギルの手を振り払い、また頭を下げた。

「これはケジメだ。俺はあいつとの勝負の結果は運が良くて勝利、悪くて相討ちとまでしか考えていなかった。敗北が視野の狭さの証拠だ。負ける事すら想像してないなんて、頭が高過ぎるよな。」

 

「そうですよ、ダンテさん。その傍若無人で滅茶苦茶で傲岸不遜さがダンテさんの良い持ち味なんですから。」

 

「アスナ、誉めてるのか貶してるのか分からないぞ。」

 

ラストアタックボーナスを確認しようとオブジェクト化すると、キリトの手に巨大な鎌が現れた。元々この手の武器を使った事が無い所為で熟練度も極端に低く、あまりの重量にバランスを崩してしまう。

 

「んぐぎぎぎ・・・・!?」

 

「キ、キリト君!?」

 

「ちょ、アスナ、ヘルプ・・・・・」

 

必死に鎌を押しのけようと格闘するキリトをアスナが手を貸してようやくどける事に成功した。

 

「オブジェクトIDは・・・・・あれ、『ネヴァン』ってこれボスの名前だぞ?」

 

「まるでボスがそのまま武器に成って屈服したみてえだな。お?」

 

エギルはネヴァンに張り付いている紙切れを見つけ、それを開いた。

 

「ギルドの名前っぽい物と、後は日付とそれとは別の数字・・・・ってこれあいつが勝ったら渡すって言ってた物だぞ!?何で・・・・」

 

「乗せられちまった。」

 

「「「え?」」」

 

三人は訳が分からなかった。乗せられたとはどう言う意味だ?

 

「奴の目的は最初から情報交換だったんだ。あいつ一人じゃ犯罪者ギルドの一掃は不可能だ。追跡も一々面倒だし、疑われる可能性だってある。だから俺達攻略組に一網打尽にしてもらえれば手間が省けるって訳だ。そうすればあいつも俺達と同じ様に攻略と茅場の正体を暴くのに専念出来る。」

 

「誰なんだ?茅場がなりすましてるプレイヤーって?」

 

「聞いて驚くな?第一候補者は————」




や、やっとこの番外編が終わったぜ畜生め。

次回からようやく本編に戻れます。それでは、良いお年を!


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Searching For Answers

う〜む、早くラフコフ討伐とクラディールならぬクズディールの始末をしたいのに・・・・中々思う様に進まない・・・・

だがエタらせないのは作者の意地です。ではどうぞ。


2024年 2月24日

 

アインクラッドに囚われた者達は血盟騎士団とデビルメイクライ、そして聖竜連合の精鋭達が血路を開き続けてようやく第二のクォーターポイントを突破、攻略組の勢力は第五十五層まで伸びた。攻略階層が上がるにつれ、モンスターがプログラムされたAIも確実に知能が増して行った。時間をかけて練り上げた複雑な連携の攻守パターンすらも片手で数えられる回数だけ動きを見て動きを読み越すまでに至っているのだ。

 

だがモンスターよりも恐ろしいのはやはり他の、それも犯罪者のプレイヤー達だ。AIはプログラムされた動きしか出来ない。つまり突き詰めて行けばモンスターが出来る事は考えれば十分に想定範囲の内に入る。

 

しかし犯罪を行うオレンジプレイヤーや率先してプレイヤーキルを行うレッドプレイヤー達は、アインクラッドと言う閉鎖空間で網を張り巡らせた獰猛でいて悪賢い正に捕食者(プレデター)である。彼らは、ゲームマスターの茅場秋彦が作った様々なシステム上のルールに抵触しない抜け道を幾つも発見してはそれを利用して中層のプレイヤーは勿論、最前線の攻略組プレイヤーさえも彼らが手に掛けて命を奪う事も珍しくはなかった。

 

幸いバージルとの取引によってダンテが得た情報が時間をかけて広げて行った情報で被害は多少なりとも抑える事が出来たが、それでも完璧にとは行かなかったが。

 

アインクラッド三十五層の緑が少し豊かな街に石と木を併用して建築した三階建ての建物があった。マヤ文明のピラミッドの様に下の段より一回り小さい直方体を三つ重ねた特異な形状である。正面玄関周りは石畳となっており、両開きの大きなドアの真上に筆記体の赤いネオンライトがデビルメイクライの文字を描いていた。裏庭は開けた更地となっている。ラフィンコフィンや、その他の邪な考えを持つオレンジプレイヤーと遭遇した時の状況を想定して模擬戦をする為だ。

 

内装は白い壁と天井にベージュに薄い茶色が混ざったカバノキ製の床板、そして所々に赤いカーペットが敷かれている非常にシンプルな物だ。

 

一階のスペースの七割は全ギルドメンバー共通のスペースとなっており、そのスペースを活かしてソファーや革張りの椅子は勿論、コーヒーテーブルが置かれた。寛ぐ事も、重要な会議の場も兼用している。その広々としたリビングはダイニングキッチンに繋がっており、オーブンやコンロなど高レベルの設備を備えたシステムキッチン顔負けの物だ。

 

残りの三割は予てより店が欲しいとせがんでいたエギルに宛てがわれ、軽い飲食は勿論、アイテムの売買や武器の買い取りなども可能となっている。これにより収入は勿論、中層圏のプレイヤーに物資を回して生存率の向上を図る事も可能となった。二階はギルドメンバー達の個室となっており、どの部屋にも浴室をつけてある上ベランダが全て別個にある。

各部屋の内装は部屋の住人達に任せてある為、全て異なる。三階は余分なアイテムとその出入りの記録が保管されている屋根裏部屋で、鍵は一番出入りが多いエギルとギルドマスターのダンテだけが所持している。

 

「Shit また出やがった。」

 

そのギルドホームでアインクラッド解放軍となった大型ギルドが発行している週刊雑誌『MMO Today』をテーブルに叩き付けながらダンテは悪態をついた。

 

「いい加減何とかしねえと、これじゃ残存兵力が右肩下がりだぞ、ダンテ。」

 

アイテムの在庫の帳簿をつけ終わったエギルがアイスコーヒー味の飲み物を彼の側に置き、隣に座ると週刊誌を拾って流し読み始めた。

 

「先々週はヴァルハラ・ナイツ、今度はシルバーフラッグスか。向こうも馬鹿じゃないって事だな。今日は攻略組のギルドマスターに会いに行くんだろ?」

 

「ああ。流石に攻略組から犠牲者が出続けちゃ生存者全員のモチベーションに関わるからな。エギル、少し早いがアルゴ達をここに集めろ。会議タイムだ。」

 

ホームのリビングに全員が集まった所でダンテが口を開いた。

 

「さてと、以前よりは遥かに減ったが未だにレッドやオレンジ達の襲撃、アイテム強奪、PK、MPKなどの行為が横行している。被害はまだ上位幹部クラスの攻略組プレイヤーには及んでいないとは言え、攻略組のプレイヤーである事に変わりは無い。だから、今まで以上に注意して行動してくれ。俺の留守中に外出するなとは言わない。ただ近場でも極力一人で出歩くな。どこに行くかもちゃんと言ってくれ。特に女性諸君。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()メニューは開けるんだからな。」

 

ダンテの言葉に全員の表情が強張った。実際、過去に何度か痴漢や強姦、またはその未遂行為が相次いだ時期があったのだ。通常、異性のプレイヤーに触れるのは倫理コードが発動して接触がシステムによって防がれ、場合によっては圏内の衛兵NPCが現れて黒鉄宮に放り込まれてしまう。だが圏外では麻痺などのデバフを受けたプレイヤーの命運は最早決まったも同然だ。

 

「根拠は無いけど単純に攻略組のプレイヤーがラフコフやオレンジギルドと内通していると考えれば色々と辻褄が合う。情報の行き来で情報を手に入れるのは仕方無いとしても、PKには人一倍神経質な程に警戒している攻略組のプレイヤーが不意打ちでも易々と倒されるなんて変だ。」

 

「私もあんまり人は疑いたくないけど、私もキリト君に同意するわ。特にダンテさんがお兄さんから貰った情報とはまた別の方法が使われているんだもの。」

 

キリトの発言にアスナも賛同した。二人の表情は一度助けようとした黒猫団を守る為に一触即発の状況に陥った事もある所為か、厳しかった。

 

「御尤もだ、お二人さん。そう言うだろうと思って、実は風魔の頭のカゲマルに頼んで何人かの忍達に攻略組ギルドを偵察する様に言っておいた。」

 

「俺っちがハンゾウやカスガと定期的に連絡を取って入るんだガ、まだ情報が大して集まらないんだ。」

 

「まあ、良いさ。」

 

ダンテは不貞腐れるアルゴの頭を撫でながら彼女を慰めた。

 

「根拠も無しに下手な言いがかりをつける訳にはいかない。決定的な証言と証拠を手にして告発しないと事後処理が面倒だし、何よりギルドの信用が落ちる。俺からは以上だ。他に何か懸念するべき事項があるって奴は遠慮無く言ってくれ。」

 

「あ、じゃあ、私が。」

 

アスナが立ち上がって咳払いをすると、口を開いた。

 

「私が贔屓にしてる知り合いで武具店を営んでるリズってプレイヤーがいるんだけど、彼女をギルドに入れたいと思ってるの。それにほら、キリト君と私がアタッカー、エギルさんが中衛兼壁役のパワーアタッカー、ダンテさんはオールラウンダーの遊撃アタッカー、アルゴさんが後衛でしょ?」

 

アスナは全員が見える壁の一角にかけてある黒板にチョークを走らせ、皆の戦闘ポジションを書き足した。

 

「エギルさん一人に私達全員の防御をずっと任せてちゃ可哀想よ。お店の事もあるし、もし手が離せない状況でも対応が利くでしょ?背中を預けられる中衛のパワーアタッカーがもう一人いた方がエギルさんも心強い筈だし。」

 

「アスナ様・・・・」

 

エギルは彼女の言葉に心打たれ、両手を合わせた。彼の目にはアスナが後光の中で輝く御神体の様に見えているのだろう。他の皆もおおーっとどよめきながら得意気な笑みを浮かべるアスナに拍手した。

 

確かに、最初はバランスが良いと思っていたギルドメンバーのポジションや構成が少しばかり何かが物足りないとギルドの皆が感じ始めていた。エギルはモンスターに大きな隙を与える事が出来る強力な攻撃を繰り出せる。運が良ければスタン状態にもでき、それに乗じて前衛のアタッカーであるキリトやアスナ達が更に追撃する事も可能だ。それが出来るプレイヤーがもう一人増えるとなれば確かに心強い。それもギルドメンバーが信頼している知り合いとなれば親しみ易いし打ち解けるのも比較的容易になる。

 

「どんな武器を使うんだ?」

 

アイスコーヒーを飲みながら身を乗り出したダンテは詳細を伺う。

 

鍛冶(スミス)をやってるんで、それに合わせてメイスを使ってます。あれなら確か楯を装備する事も出来るし。」

 

「俺は賛成だな。」

 

「そりゃお前は賛成だろうよ、エギル。今までの負担が半分に分割されるんだから。」

 

キリトは笑いながら大柄なエギルの肩を小突いた。

 

「けど、まずは本人の意向があるだろ?そうすんなりと彼女が加盟して来るとは考え難いんだけどな。俺は一回しか会ってないから何とも言えないけどあいつ、エギル以上にがめつい上かなりの意地っ張りなんじゃないか?」

 

「あー、うん。まあ、それは、ね・・・・」

 

流石に友人の陰口を言うのは気が引けるのか、アスナはお茶を濁してキリトの言葉に曖昧な相槌を打った。

 

「戦う武器職人か。聞けば聞く程欲しくなって来たな。付き合いからしてアスナが古株か・・・・・エギル、一緒に行ってやってくれ。商売上手な守銭奴同士なら気が合うし、お前ならネゴシエーションはお茶の子さいさいだろ?」

 

「あんたは一言も二言も多いぜ。まあ、違いないんだがな。任せとけ。どんな奴か、ワクワクして来た。」

 

胸を張るエギルは手放しで喜び、直後にメッセージが届いた。

 

「お、来たな。」

 

「誰からですか?」

 

「あいつ、えーっと名前何だったっけか?あー、楯と片手剣を使うあいつ。そう、あれだ、ヒースクリフ。あいつと面会のアポが取れた。向こうも犯罪者プレイヤーが調子こいてるのを見過ごせないらしい。具体的な策はまだ練ってないが、近い内に何とかするつもりだ。」

 

「気を付けろヨ?追い込み方を間違えれば獲物を逃がすどころかこっちが怪我するゾ。」

 

「ああ。よしと。アスナ、エギル、リズの勧誘頼むぞ。キリトはアルゴと留守番しててくれ。」

 

「エ〜・・・・俺っちも行かせてくれヨ。ギルドホームの中にずっと閉じ篭ってるんじゃつまらねえゾ。」

 

駄々をこねるアルゴは人差し指で何度もダンテの脇腹を突いた。

 

「じゃあ、そうだな。アスナ達と一緒に行くか?話し上手な女子がもう一人いれば勧誘の成功率も上がる筈だし、そろそろ短剣も新調するべきだ。俺達の部屋にあるトランクにインゴットがあったから、アレ持って行け。本日の予定が全て終わったら、デート連れてってやるから。」

 

「む〜・・・・分かったヨ・・・・約束だからナ?」

 

「じゃあ、俺は一人でお留守番か。」

 

キリトは退屈そうに椅子の背もたれに深く体重を預けて天井を見上げた。だがそうは問屋が卸さない。

 

「いや、お前は俺とヒースクリフの会談に出席してくれ。買い被り過ぎだと思って聞き流してもらって構わないが、敢えて言おう。この中で一番人を見る目があるのはお前だ。騎士団の仮設本部がある五十五層のグランザムに行く時、連中を見てろ。どこかクサいと思う奴がいたら言ってくれ。俺も俺でそれとなく調査した方が良さそうなプレイヤーに検討付けてリストを作る。あんなデカいギルドだ、調査対象を少しずつでも絞り込むに越した事は無い。風魔の連中にせびられる手数料も減るしな。」

 

「これじゃどっちが守銭奴だか分かりゃしねえヨ。」

 

「失礼な、プラグマチックだと言え。」

 

そして十分後、デビルメイクライのメンバー達は三十五層の転移門でエギル、アスナ、アルゴの三人は四十層のオドランドへ、ダンテとキリトは五十五層のグランザムへとそれぞれの目的地へテレポートした。

 

「相変わらずごみごみしてるなあ、ここは。酔っちまうぜ。」

 

「自分が死にかけてても動じないダンテが弱音吐くなんて珍しいな。」

 

「デカい人込みや満員電車より嫌いな物はアルゴに手を出そうとする奴か、俺の楽しみを邪魔する奴ぐらいさ。」

 

「やあ。」

 

人込みの垣根を分けて赤を基調とした鎧と白いマントを身に着けた細身の男性が声をかけて来た。背中には剣を収納した大きな赤い十字をあしらった白い楯を背負っている。その少し後ろを同じデザインの白いマントと白を基調とした鎧を身に付け、腰に両手剣を差した顰めっ面の男がついて来る。そしてどう言う訳か出会い頭にダンテとキリトに敵意の籠った視線を向けて来た。

 

「待たせてしまった様だね、すまない。私は血盟騎士団の団長、ヒースクリフだ。隣にいるのは副官のクラディール。攻略では色々と世話になったね。君の提供した情報で私のギルドメンバーも概ね余計な犠牲を出さずに済んでいる。ありがとう。」

 

ヒースクリフと名乗った男が差し出した手をダンテはしっかりと握りながら片時もヒースクリフから視線を外さずに名乗った。

 

「デビルメイクライのギルドマスター、ダンテだ。隣の黒尽くめは俺の右腕であるキリト、通称『黒の剣士』だ。それはそうと、薔薇の名前をアバターネームにするなんて相当な変わり者だな。」

 

「おい、貴様。団長になんて口の聞き方を・・・!」

 

「クラディール、やめなさい。変わった名前である事は重々承知している。自分で決めた名前だ、今更指摘された所で痛くも痒くもないよ。しかし由来を知っているとは驚きだ。私は元々、観葉植物が趣味な物でね。では早速我々のギルドホームへ案内しよう。」

 

四人はギルドホームに着くまで全く口を開かなかった。

 

「時にヒースクリフ、『MMO Today』を読んだか?」

 

「読んだとも。早急に対処しなければ、次に誰が狙われるか分かった物ではない。」

 

ヒースクリフの表情は僅かに曇った。

 

「風の噂で聞いたんだが、蒼い服とペンダントを身に付けた、刀と投げナイフを駆使するプレイヤーがいるとか。それもオレンジプレイヤーからアイテムを強奪した上でPKを行うらしい。何か聞いていないかね?」

 

「知らないな。だが是非会ってみたいし、その執念を見習いたいよ。それはそうと、オレンジプレイヤーとレッドプレイヤーに対する具体的な策を練らなきゃならないと思ってる。サシで話をさせてくれ。」

 

「良いだろう。ではその間、キリト君にはうちのギルドを見学でもさせてはどうかね?我々が話している間只待たせると言うのもつまらないだろう。」

 

「そうだな・・・・なんなら、アンタの副官と俺の副官で賭けデュエルでもするか?」

 

だがダンテの提案にヒースクリフは首を横に振って笑った。

 

「やめておくよ。私は戦術を練る事は出来ても、博才はとんと無くてね。ギルドの資金を巻き上げられたら大変だ。」

 

「ソイツは残念だ、有り金巻き上げようと思ってたのに。」

 

二人のギルドマスターはそれぞれ副官達と別れた。

 

「さて、これで落ち着いて話せるね。」

 

「単刀直入に言うぜ。まだ確定した訳じゃないが、攻略組での犠牲が未だに相次ぐって事は、恐らくここを含める有力ギルドの中に内通者(モグラ)がいる可能性が高い。デカければデカい程組織の末端への伝達は疎かになる物だ。」

 

参ったとでも言いたい様に両手で降参のポーズを取ったヒースクリフは些か滑稽に見えた

 

「申し開きのしようも無いな。来る者は拒まずのスタンスを続けた結果どんどん膨れ上がってしまってね。」

 

「だからお前の懐刀(ぶか)が腹を割かない様にする為にサシで話す事にしたんだ。Keep your friends close, and your enemies closerって言うだろ?」

 

「確かに。」

 

「ああ、そうそう。アポを取った理由は攻略の裏技を見つけたってのを教えたくてな。」

 

「ほう、裏技?」

 

眉を吊り上げるヒースクリフを見て、ダンテは笑いを必死で堪えた。

 

「ああ。単純だが超難関コースだ。この世界(アインクラッド)のどこかにいる茅場秋彦を倒す。管理者がいない世界なんて滅ぶのは時間の問題だしな。で、俺の中じゃソイツの正体はほぼ確定している。あんただよ、ヒースクリフ。」

 

「私が?」

 

温和な表情を崩さずにそう訪ね、ダンテの顔は見る見る内に凶悪な笑みを浮かべた野獣の顔へと歪んで行く。

 

「ああ。」

 

「理由を聞いても?」

 

「ただの勘だが、博才が無い俺でも勘だけは生まれつき良くてね。外れた事が殆ど無い。だが俺なりの推理は出来上がってるんだ。聞きたいか?」

 

「時間はたっぷりあることだし、ご講説をお聞かせ願おうか?」

 

「流石団長。器のデカさが違う。」

 

わざとらしい拍手をして一度深呼吸をした。もし彼が正真正銘、茅場秋彦なら・・・・そう考えるとワクワクして肌が泡立つ。

 

「精密機械の更なる進歩のお陰で、ゲームは遂に画面、立体映像、そしてVRと言う形で進化を遂げた。だがゲーム制作の難易度がそれに比例して糞みたいに高くなって行く。極端な話、聖書に出て来る創世記(ジェネシス)の通りに世界を作ってるみたいなもんだ。」

 

ヒースクリフは何も言わず、只椅子に座ったまま腕を組んで静かにダンテの推理を聞き続けた。

 

「ソードアートオンラインを売り捌いておいて、運営の立場からただ傍観するだけとは考え難いんだよ。俺はほんの数回しか茅場に会った事が無いが、そう言う純粋な遊び心、と言えば良いかな?それを感じた。目の前で新しいゲームがプレイされているのに、それをただ見ているだけで子供は満足するか?」

 

「確かに、あり得ないな。」

 

ヒースクリフの表情はまるで難攻不落の要塞だった。未だに崩れない。だがダンテ自身それも分かっている。理論上では辻褄は合うが、世の中は論より証拠と言う諺の通り、後者を見せなければ誰も納得はしない。

 

「だから間違い無くナーヴギアでダイブしていると俺は考えている。」

 

「しかし、それで何故茅場の正体が私に行き着くかまだ分からないんだが?」

 

ダンテはまあまあと両手をぱたぱたさせて話を続けた。

 

「もうちょい待て。で、だ。自分が創世したこの世界をフルに味わう為には当然高位のステータスとそれに見合ったギルドが必要だ。俺と同じか、下手をすればそれ以上のパラメータとステータスを持っていそうなプレイヤーと言えば・・・・」

 

「血盟騎士団のリ—ダー、ヒースクリフに行き着く、と言う訳か。中々面白い考えだ。推理としては実に面白い。」

 

「だろ?そのツラに叩き付けられる証拠が無いってのが一番残念な所なんだがな。」

 

「仮に私の正体が君の推理通り茅場秋彦だったとしたら・・・・・君は何をする?」

 

「一応制作に携わった者としてもやり込み派のゲーマーとしても、アインクラッドを完全攻略したい。アインクラッドでの生活は現実世界では到底味わえないスリルに満ちていて、何より飽きが来ない。」

 

だけど、と続けるダンテの表情はあらん限りの殺意を宿し、その全てをヒースクリフにぶつけた。

 

「もしあんたが本当に茅場なら、たとえ刺し違える事になっても絶対にぶっ倒す。現実世界でいつ肉体が限界を迎えるか分からないから、可及的速やかに。俺の生きる理由となっている(ひと)をこの箱庭から少しでも早く解き放てるなら、喜んでこの世界を破壊し、必要とあらば贄となろう。創世に手を貸した共犯者としてのけじめだ。」

 

そう言い終わった直後にダンテの表情はケロリと何時もの人を食った笑みに戻った。

 

「貴重なお時間をありがとう、団長殿。」

 

「いやいや、こちらこそ。中々面白い話が聞けて久し振りに色々と熟慮出来そうだ。」

 

互いに笑みを浮かべながら再び互いの手を握り合ったが、空気は先程とは違いひどく息苦しくて重い物に変化していた。

 

「では、またいずれ。Adios」

 

ダンテはそれだけ言うとヒースクリフ一人を残して会議室を後にした。

 

「やれやれ、彼を制作スタッフに抜擢したのは失敗だったかな?」

 

自嘲しながらも無人となったその部屋でヒースクリフは()()でメニューを開き、アイコンを素早くタッチして何らかの操作を始めた。




感想、批評、評価などなど、お待ちしております。

かなり寒い新年ですが、風邪にお気を付けて。


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Recruit Negotiation

同日 第四十層『オドランド』

 

「四十層のオドランドって・・・・ここ、ほぼ何も無いじゃないか。」

 

ドイツ語で荒れ地を意味する四十層『オドランド』は、キリトの言う通り砂地に囲まれた僻地だった。

 

「アスナ、友達を悪く言うつもりは無いがこんな所にいるとは少しどころかかなり考え難い。」

 

エギルも心配そうに殆ど廃墟に見える圏内を見回した。商売人と同じく、鍛冶屋は腕前と信用がもっとも重要だ。腕が立てば注文が入り、その分収入も大きい。客が彼女の腕前を他のプレイヤー達に触れ回ればまた注文と収入が転がり込む。だが店の立地場所もグランザムの様に昼夜問わず人が動き回る様な場所でなければ望み薄だ。

 

「真の名店は看板さえ出していない、知る人のみぞ知る場所ですよ?それに、ほぼ無人地帯だから良いんですよ。集中するのにはうってつけなんです。知り合ってからずっと彼女に頼んで武器を作って貰ったけど、全部クォリティーが高いわ。」

 

「何より対人スキルが未だに低いキリト君の友達の輪も広がるしナ。ニャハハハハ。」

 

「アルゴ、一言多い。人を社会病質者扱いするなよ。」

 

元々部屋にこもってパソコンを弄るのが日課となったキリトのコミュニケーション能力が低いのは元々の事である。だがそれを指摘されて些か気分を害したのか、キリトはムッとして言い返した。

 

「あ、ここよ、ここ。」

 

辿り着いたのはポツンとある煉瓦作りの一軒家だった。ドアを開けると、丁度刀のメンテナンスを終えたらしい意外な先客が戸口に立っていた。

 

「バージル・・・・・?!」

 

「誰かと思えば貴様らか。」

 

まるで心臓が凍り付いたかの如く四人の動きが固まった。凍てつく様な視線に込められた殺気に反応し、キリトの手は自然と背中の剣へと伸びて行く。

 

「待て。」

 

一瞬にして剣呑な空気になって来た所でバージルは右手を上げてキリトを制した。

 

「お前達と刃を交える必要は無い。少なくとも、今この場ではな。今の俺は注文の品を受け取って帰路につこうとしている客だぞ。」

 

「そんな事信じられるか。背教者ニコラスを倒しに行った時お前は聖竜連合のプレイヤーを三人殺している!」

 

バージルの言い分に対してキリトは声を荒らげる。

 

「減った所で何も変わってはいない。あれは攻略組の中でも最下層に位置する雑魚だった。死のうが死ぬまいがどうでも良い。あの中途半端な馬鹿に伝えておけ。情報は馬鹿なりに役に立ったとな。お陰で屠らなければならん人物が確定した。」

 

バージルが転移門で別の階層に飛んで姿を消した所でようやく四人はほっと胸を撫で下ろした。

 

「あー・・・・・やっぱり俺ぁ、ああ言うタイプの人間が苦手だぜ。怖ぇのなんのって。」

 

エギルもキリトと同じく殺気にあてられた所為で自然と得物に手が伸びていたのか、斧の柄を握ろうと仕立てを下ろし、額の冷や汗を拭った。

 

「キー坊・・・・・あれ誰なんダ?服装とか髪型以外はダンテにそっくりだったゾ?」

 

キリトは迷った。そうだ、アルゴは元々戦闘が本職のプレイヤーではない為、前線に出る事は殆ど無い。ギルドメンバーでカバーし合ってレベルを上げているだけだ。バージルとの最後の一件の事は疎か、彼の存在すら今になるまで知る事は無かった。

 

「・・・・ダンテに直接聞いてくれ。これは俺の一存で言える事じゃないから。ただ、もし次に圏外で彼を見たら全力で逃げた方が良い。あいつはアスナや俺なんかじゃ到底勝てる相手じゃない。」

 

キリトがそう言い終わった所で、明るい大きな声が重苦しくなった空気を破壊した。

 

「あれ、アスナじゃん!久し振り!まあ入って入って。」

 

アスナの名を呼んだ声の主は、肩まであるベビーピンクの髪、リボンとフリル付きのエプロンドレスを身に付けたアスナと同い年ぐらいの女子だった。どうやら、彼女がこのリズベット武具店の店長らしい。

 

「リ、リズ、さっきの人って・・・・?」

 

「ああ、バージルさん?依頼されるのって刀オンリーなんだけど、提示した代金にチップだって言って元金の15パーセント上乗せで、しかも一括で払うのよ?無口だし、目付きがちょっと怖いけど私に取ってはお得意様よ?彼がどうかしたの?」

 

あの視線を受け止めただけでちょっと怖いで済ませてしまえるリズベットの神経の図太さに皆が面食らった。

 

「あ、ううん別に!何でも無いの。」

 

我に帰ったアスナは慌てて首を横に振った。

 

「ふーん。で、アスナ、今日はどうしたの?随分と同伴者が多いみたいだけど。」

 

「私とここにいる皆のオーダーメイドの武器を頼みたいの。今持ってる武器じゃステータスの数値に見合わなくて。」

 

「アスナは細剣で、そっちの・・・・名前何だったっけ?」

 

「キリトだよ。デビルメイクライのサブリーダーをやってるんだ。よろしく。」

 

「アスナはいつも通りスピード系よね?そっちはどうする?」

 

リズはキリトを上から下へとまさしく商売人が値踏みするかの様な視線を向け続けながらも訪ねた。

 

「今持っている一番性能が高い片手剣と同等か少し上の数値を持つ片手剣が欲しいな。一応もう要らない武器をインゴットに戻したら次のステップに行けるんだけど。」

 

「分かった、じゃあ一人ずつやって行くからここで待ってて。あ、武器は好きに見てて良いわよ?売り物だから壊さないでよ!まずアスナね、付いて来て。」

 

店内のカウンターの裏側にあるドアを開き、リズはアスナだけを伴って下にある仕事場へ通した。

 

「最後にもう一回だけ確認するけど、本当にそれをインゴットに戻すのね?一度戻してから気変わりしても遅いから。」

 

「大丈夫、お願い。」

 

アスナの言葉に押されて、リズベットは武器を炉に焼べて武器に錬成される前のインゴットに変えた。

 

「とりあえず、インゴットに戻った武器とこのインゴット、後は今あるこの手持ちの素材で作って貰いたいの。」

 

「どれどれ?」

 

思わず魅入ってしまう程に透き通った藍色の『ナイトフォール・インゴット』とストレージからオブジェクト化した『スカイ・インゴット』、そしてその他の素材を見て、リズは思わずおお、と漏らした。

 

「う〜ん、凄いわね。流石周りから攻略組トップギルドと言われるだけの事はあるわ。うん、こんなレアな金属を見るのなんて久し振りだわ。俄然やる気出て来た!任せて、最っ高の武器を用意するから。」

 

二つのインゴットを炉に焼べ、十分に熱された所で一つ目を取り出して金敷き台の上に置いた。それを叩いて平たく伸ばし、二つのインゴットを重ねた状態で半分に折り、両手に持ったハンマーでリズミカルに万遍無く叩き始めた。その手慣れた動きが丁度千を突破した所で手を止めると、赤いライトエフェクトと共に一振りの白いレイピアが現れた。握り手は大理石の様な光沢と握り心地の良い手触り、ひんやりとした心地良さがあり、鈍色の護拳の両側には一対の翼を模した装飾が施されている。

 

「凄く綺麗・・・」

 

アスナの口からほう、と息が漏れた。

 

「名前は眩き雲(ブライト・クラウド)。スピード系の割には耐久値が高いわね。後、装備した時デバフに対する耐性が全体的に上がるみたい。」

 

「流石リズ、いつもながら良い仕事するわ。」

 

新調されたレイピアの手触りを確かめ、満足そうな笑みを浮かべると、アスナはそれを鞘に納めてリズの手を握った。

 

「ありがと。でも訂正しなさい、私は良い仕事しかしないのよ。所で、失礼なのは百も承知で聞くけど・・・・あのキリトってプレイヤー、強そうに見えないけどウチの武器扱えるの?」

 

声のトーンを低くしてそう訪ねるリズにアスナは極めて心外だとばかりに顔を顰めた。

 

「見かけでキリト君を判断しないでよ。悔しいけどあれでも私よりレベルは上だし。デュエルでも私が負け越してる。まあ、ダントツでギルドマスターのダンテさんが強いんだけど。」

 

「ダンテって、あの『魔剣士(ダークナイト)』って物騒な渾名で呼ばれてる人?会った事無いけど、どんな感じ?」

 

「えーっと、色白で、銀髪で、やる事なす事滅茶苦茶で破天荒な人だけど、性格は陽気で大らかで、どんな局面でも冷静さを失わずに自信たっぷりで挑んで行く人、かな。」

 

「物っ凄いキャラが濃いって事は分かったわ。でも、まさかアスナがキリトみたいな年下に手を出すとは、ちょっと意外。」

 

「何よそれまるで私が肉食系女子みたいじゃない・・・・」

 

だがそこで声が途切れさせた。と言うのも、その華奢な体型と童顔も相俟って年上と肉食系女子に人気がある。かく言う自分も年上であり、現在気になる異性はキリトである。

 

(ちょっぴりだけど私に当て嵌まってるじゃないのぉ〜〜〜〜〜!!!)

 

図らずも墓穴を掘ってしまったアスナは不明瞭なうめき声を上げながら両手で頭を掻き毟った。そんな彼女を見てリズは笑った。

 

「さてと、じゃあ次はキリトの番ね。やっぱり作るプロセスも本人に見てもらいたいし。所で、『閃光』と名高きアスナはあいつのどこに惚れた訳?」

 

「べ、別に惚れてなんか!」

 

「ふ〜ん。ホントかなぁ〜?前回会った時はそんなピアスしてなかったのに。」

 

リズが指摘したのはクリスマスイブにミュージェンでキリトが彼女に贈ったイヤリングだった。

 

「以前はそんな物付けてる所なんか全く見た事無かったのに、最近になって付けてるから。大方彼に買って貰ったんでしょ?見た所かなり値段も張るみたいだし。」

 

図星を見事に突かれ、アスナは顔を真っ赤にしたまま俯いて黙り込んでしまったが、ここに来た本来の目的を思い出し、我に帰ると強引に話題を反らした。

 

「それはそうと、実はオーダーメイドの武器を頼む以外にもう一つ話があるの!実はウチのギルドに入ってくれないか誘おうと思って。」

 

「う〜ん・・・・」

 

やはりこうなったか。職人プレイヤーとしての技術が高いリズの武具はどれも例外無くハイクオリティで攻略組御用達の物だ。それを自分達が独占すれば他のギルドとの軋轢は免れないが、エギルへの負担を減らさなければこの先が大変になるのは間違い無い。友人と仲間、どちらを優先すべきかアスナは頭の中で必死に考えていた。

 

「おーい、アスナの武器はどうなった?まさか失敗したのか?」

 

中々出て来ない二人を不信に思ったのか、キリトはドアを開けて頭だけを覗かせた。

 

「あのねえ、私がそんな凡ミスをする筈が無いでしょ!どれだけこの仕事やってると思ってんの?」

 

「そうだよキリト君。それより、見て見て!凄く良いのが出来たよ!」

 

子供の様にはしゃぐアスナを見て、キリトははにかんだ。それを見てリズはいずれ二人は両思いになる事を感じ取る。

 

「じゃあ次は俺のだな。」

 

「見てなさい、あんたが持ってた武器なんかポキポキ折れる位凄い武器を作ってやるんだから!」

 

不要品となったキリトの剣とダンテが渡したインゴット、そしてその他の素材となるアイテムを幾つか出すと、アスナのレイピアを作った時と同じ手順を踏んだ。アスナもそれを真剣に見守る中、光と共にまた一振り新たな片手剣が形となって金敷の上に現れた。

 

『キングダム・ブレード』と銘打たれたこの剣は見た目こそ眼を引く様な装飾は無く、キリトと同じく柄から刀身まで真っ黒だった。だが、樋と鍔の一部、そして柄頭にはどこか高貴さを感じさせる濃い群青色があしらわれており、シンプルさ故の美しさを引き立てている。キリトはゆっくりとそれを拾い上げた。程良い重さを感じ、何度か試しにソードスキルを発動した。どれも問題無く発動に成功し、キリトは満足そうな表情を浮かべて頷く。

 

「重い。良い剣だ。所でリズ———」

 

「あー、良い、良い。皆まで言わなくて良い。どうせあんたも私をギルドに勧誘したいんでしょ?でも私がそっちのギルドの専属スミスになったらお店の方も出来なくなるし、攻略組のプレイヤー皆が困っちゃうし。」

 

それもそうだよな、とキリトは半ば諦めかけたがその話を聞いていたらしいエギルが顔に笑みを浮かべながら作業場の戸口に現れた。

 

「なら俺達が必要な素材を提供すると言ったらどうだ?」

 

「え?」

 

突然の提案にぽかんとしたリズに構わずエギルは続けた。

 

「店の規模を見ると、武器の制作も素材の収集も全て一人でやってる。インゴットはまだしも、一人で地道に集めるなんて疲れるだろ?集められる量だって限られているし、効率は悪い上に危険過ぎる。」

 

「アスナ、この人は・・・・・?」

 

「エギルさんは戦闘以外にも商人をやってるうちのギルドの大黒様なの。店の品揃えも豊富だし、値段の交渉余地もあるわ。ね、エギルさん?」

 

「おう。」

 

デビルメイクライの資金源は迷宮区攻略の際に手に入る物だけではなく、エギルがやっている店からもそれなりの収入が入る。武器や防具の強化に使える素材も多数扱っているのだ。

 

「それに何も店を畳んで四六時中ギルドメンバーに付いて回らなきゃ行けないって訳じゃ無い。俺みたいに互いに利益を齎す持ちつ持たれつの対等な関係を築くだけだ。そっちは素材やインゴットが欲しい。こっちはパーティーのバランスを良くする為に腕利きのパワーファイターがもう一人欲しい。両者のニーズは全て満たされる。悪い話じゃ無いと思うんだが、どうだ?」

 

「・・・・・・考える時間、貰える?」

 

「分かった。で、剣の代金は幾ら?」

 

「アスナのは特性もあるから、二十万コルって所かしら。キリトは、今回は依頼が初めてだし、手間もかなり掛かったから三十万コルって事で。」

 

「ま、良い武器が高いのは当然か。分かった。一括で払うよ。」

 

「私も。」

 

「毎度あり〜。」

 

トレード画面を閉じると残り二人、エギルとアルゴの武器もそれぞれ作ってデビルメイクライとの身の振り方の話を進めて行ったが、結局リズは最後まで頭を縦に振る事は無く、彼女の返事待ちとなった。

 

「ありがとね、リズ!またお願い!」

 

「閉店している時以外はいつでも来てよ。」

 

二人が店から出ると、リズベットは盛大に息を吐いて椅子に腰掛けた。

 

「ギルドかぁ・・・・どうしよ・・・・」

 

 

 

 

 

 

足をテーブルに上げた状態で椅子に深く腰掛けたダンテはリズの元へ交渉に行った経緯に耳を傾け、手を叩きながら笑った。

 

「そうか、やっぱ懐柔には至らなかったか。残念、残念。ナハハハハッ!」

 

「はい。返事待ちですけど、私は多分断ると思ってます。リズのスキルは攻略組プレイヤーの共有財産ですし、彼女も職人としてのプライドがありますから。」

 

「まあ良い、こっちは既に待つって言っちまったんだ。辛抱強く返事を待つさ。」

 

戦闘を行うプレイヤーの未来に大小様々な影響を及ぼすのが職人プレイヤーや商人プレイヤーだ。そう簡単に靡く輩ではない。

 

「皆ご苦労様。さて、待ちに待った自由時間だ。好きに過ごせ。ただし報告(ホウ)連絡(レン)相談(ソウ)と単独行動厳禁を忘れずに。ほい、解散!」

 

パンパンと手を叩き合わせ、皆は思い思いの場所へと向かった。唯一人、アルゴを除いて。

「どうしたアルゴ?キリトやアスナをからかいに行かなくて良いのか?」

 

「紅一、それより大事な話があル。バージルってプレイヤーネーム、聞き覚えないカ?」

 

その名を聞いてダンテのこめかみがピクピクと引き攣った。

 

何故彼女がその名を知っている?

 

「・・・・・何でそんな事を聞く?」

 

「髪型と服装以外、あいつは紅一と瓜二つだっタ。他人の空似なんてレベルじゃなイ。声も同じだ。兄弟なんだロ?それも攻略組のプレイヤー三人を殺したって・・・・・あいつ誰なんダ?」

 

ひた隠しにして来た彼の存在を今になって話す事になるとは思わなかったダンテの明るかった表情はあっと言う間に曇った。ここまで来てしまった以上隠し通す事はもう出来ない。下手に嘘をつけば余計に疑心が募るだけだ。

 

「以前、俺がギルドマスターになる前に身の上話をしたよな?お前には黙っていた部分がある。」

 

そしてダンテは全てを明かした。バージルとの関係も、何故彼が自分を憎み、SAOの中で自分と幾度も刃を交えた事も。

 

「あいつからすれば、俺は親父とお袋の仇だ。次男は存在その者で両親を死に追いやり、人を殺し、更にその兄が仇を取ろうと次男の命を付け狙う。シェイクスピアのハムレットよりもエグくて笑える話だろ?けど俺の命はあいつにそう簡単にくれてやれる程安い物じゃない。お前をここから解放するまでは死なないと決めたからな。」

 

自虐的な笑みを浮かべて立ち上がってギルドホームの格子窓から外を眺めた。気持ち悪い位に澄み切った青空を見ているとまた彼を思い出してしまい、乱暴にカーテンを閉めた。

 

振り向いた瞬間、腰の入ったアルゴの右ストレートがダンテの顎を捉えた。突然の事に対処出来ず、吹き飛んだ。倒れた所を更に追い打ち、マウントポジションを取って何度も何度も殴り付ける。大粒の涙が見下ろす顔から溢れてダンテの顔に落ちて行く。

 

「そんなの・・・・・そんなの悲し過ぎるよ!こんな所で兄弟で殺し合って、それで何になるって言うんだ!戦った所で二人がどうにかなる訳でもないのにっ!それなのに何で!?何で戦ってんだよ!?」

 

何時もの口調はどこへやら、アルゴはダンテの胸ぐらを掴んで引き起こした。悲しそうな眼で静かに答える。

 

「何で、か。俺も良く分からん。親父はヤクザを相手に日々現場をかけずり回っていた。現場(戦場)こそが生きる場所だった。あいつだってリアルじゃ警察官だし、俺もサイバー攻撃を仕掛けて来るクラッカー相手に戦ってる。一家揃って戦いの中で本当の意味で生きられるからだと思う。見ろ、この目を。以前は思い出すだけで涙が出て来たってのに、涙も遂に枯れ果てちまった。悪魔は涙を流さない(Devils never cry)ってのは俺やバージルの為にある様なフレーズだ。」

 

「悪魔でもなんでも良いよ、もうっ!でも頼ってくれても良いじゃないか!」

 

泣きじゃくるアルゴの胸ぐらを掴む手の力、揺すり加減、そして声の勢いもどんどん弱まって行く。

 

「充分頼っているさ。お前の存在で、救われたと思った事は数え切れない程あった。隠して来て本当にすまないと思っている。でも()()()()の心の傷は、癒せる程浅くはないし、人様に見せられる様なモンでもねえ。傷は欠落。大切な物が欠け落ちた心の穴だ。その穴を抱えたまま泣くか、恨むか、怒るか、絶望するか、あるいは別の何かを渇望するか。俺はその選択肢を巡り巡って最終的には別の何かを選んだ。後悔はしていねえ。でも道を変えた所で俺の自己(アイデンティティー)が変わる訳じゃない。」

 

アルゴは立ち上がってメニューを開き、何かの操作をするとダンテの前にウィンドウが開いた。

 

『Argoさんがギルド脱退を申請しています。受諾しますか?』

 

「そうか。本当にお前がそうしたいなら、俺は止めない。」

 

脱退申請を受諾すると、視界の左上でにあるギルドメンバーのHPバーが一つ消え、アルゴは外套を被ってギルドホームを飛び出した。

 

「ごめんな、遊里。」

 

閉じて行く扉に向けてダンテはそう呟いた。

 



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