Gate/beyond the moon(旧題:異世界と日本は繋がったようです) (五十川タカシ)
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第一話「銀座にゲートが現れたようです。または最低系主人公的テンプレ導入」

「熱い……」

「大丈夫、ノリ?」

「あぁ……なんとか」

 

 

 その日は蒸し暑い日だった。季節は夏、曜日は土曜。

 未だ時刻は午前十一時を回ろうかという頃合いだが、既に気温は三十度を超えている。

 真夏の日差しが照りつける中……女性と見紛うばかり線の細い男とこれまた性別不明のピンク髪の人物が、大勢の人で賑わう銀座周辺を連れ添って歩いていた。

 男の現在の名を紫竹(したけ)海苔緒(のりお)という。しけた海苔ではない、あしからず。

 彼は転生者である。俗に云う神様転生というテンプレに遭遇した彼は、全く思慮のない要求を自称神様に突きつける。

 というか全く転生を信じていなかった故に、適当で無茶苦茶な要求だった。

 曰く、銀髪で蒼と金のオッドアイ、女性と見紛うばかりの麗しい容姿。

 曰く、某野菜人並に頑強な肉体に、某聖剣の鞘と同等の無限回復能力。

 曰く、あらゆる魔法と魔術を使える知識と才能、及び尽きることのない莫大な魔力。

 曰く、ありとあらゆる武器を虚空より取り出し、使うことが出来る能力。

 曰く、危険な状況に陥れば陥るほど冷静沈着となる鋼の精神。

 曰く、某金ぴか並の黄金律スキル。

 曰く、某運命のサーヴァントの使役(ランダム)。

 等々――最低系の要求を自称神は全て受け入れ、海苔緒(前世)は剣と魔法のファンタジーが存在するアニメや漫画、もしくは小説の世界に最低系転生をした……筈だった。

 海苔緒が転生した先はどう考えても前世と同じ現代日本だった。

 加えて手に入れた能力にはどこかしら欠点があった。

 例を挙げるなら『あらゆる魔法と魔術を使える知識と才能』は、転生した瞬間から知識の方が徐々に劣化していき、『ありとあらゆる武器を虚空より取り出し、扱うことが出来る能力』は『扱い方』は分かっても『使いこなすこと』は出来ないし、なにか制限に引っ掛かって出せない武器も無数に存在する(海苔緒本人曰く劣化ゲート・オブ・バビロン且つ劣化ガンダールヴ)。

 肉体は常人より遥かに頑丈であり、回復の能力も化け物並に優れているが、身体の運動能力は常人と何ら変わらない。

 

 さらにさらに、第二の人生は最初から波乱に満ちていた。

 

 海苔緒という名前を与えた両親は、どちらも黒髪黒目の日本人であり……銀髪で蒼と金のオッドアイである海苔緒が元で父親の方が母親の不義を疑い、離婚に発展。

 母親はそれが原因でノイローゼとなり、海苔緒を過剰に虐待……何度も殺しかけた。

 『某野菜人並に頑強な肉体に、某聖剣の鞘と同等の無限回復能力』が無ければ、とっくに死んでいただろう。この時点で前世の記憶が戻っていなかった海苔緒はただされるがままだった。

 海苔緒の五歳の時にマンションの四階から母親に突き落とされ、虐待が発覚。海苔緒は児童保護施設に預けられる。(保護された時の転落の怪我は軽傷と判断されたが、能力で回復していただけで実は重傷だった)。

 児童保育施設では、見慣れない容姿や海苔緒という名前が原因で軽い虐めの対象になることもあったが、母親との生活に比べれば遥かにマシだった。

 記憶が戻ったのは六歳の時。

 海苔緒は失意に沈んだ。

 碌な人生を歩んでいないことに対する憤りもあったが、それ以上に転生先が自称神の云っていた『剣と魔法のファンタジー』が存在する世界ではなかったことや、自分の能力が穴だらけなことに気付き、失望していた。

 それでも実は現代ファンタジーの可能性にかけて数年に渡り調査したが、それらしい組織や地名など何も出てこない。

 欠陥だらけの海苔緒の能力だが使えない程ではないが、それでも現代日本では無用の長物でしかなく、海苔緒は第二の人生を平凡且つ気楽に生きることに方針を変えた。

 幸いにも黄金律スキルは正常に機能しており、児童保育施設を出た海苔緒は紆余曲折(金運チート)の果てに高級マンションを購入、管理は他人に丸投げして自分は最上級のスイートに入居。以後気楽なニート生活を送る。

 転機が訪れたのは二十歳の誕生日。

 成人式の誘いを無視した海苔緒がスイートの一室、シアタールームで二四時間耐久映画鑑賞をしている最中……、

 

 

『問おう、君がボクのマスターかい? ……って何これ? もしかして映画ってやつ。ねぇねぇ、ボクも見ていい?』

 

 という具合に、本当に忘れた頃になって転生の特典であるサーヴァント、クラス・ライダー、アストルフォが召喚されたのであった。

 それからマスターとなった海苔緒は明るく楽観的な(理性の蒸発した)性格のアストルフォのおかげで外出の回数が激増し、引きこもり生活を半ば強引に脱却した。

 現在海苔緒はアストルフォの強い要望で関東周辺を二人で旅行中……、こうして二人は今、銀座を歩いている。

 

 ――以上説明終わり。

 

「本当に大丈夫、ノリ? どっかで休む?」

 

 海苔緒はアストルフォに『ノリ』という愛称で呼ばれている。

 サーヴァントであるアストルフォには、気温の上下など然したる問題ではないが、マスターである海苔緒は違う。

 心配そうに覗きこむアストルフォに、海苔緒は顔を真っ赤にして背けた。

 

(誰のせいだと思ってるんだよッ!)

 

 海苔緒はそう心の中で叫んだ。

 何故なら海苔緒とアストルフォはさっきからずっと腕を組んで歩いているのだ。

 少女のような外見のアストルフォだが、実際の性別は♂である。

 昨日は昨日で、千葉の夢の国(ランド)に行った時もこんな調子だった。

 野郎同士が仲良く腕を組んで夢の国。しかし相手がアストルフォともなれば、話は別である。

 夏休みということもあって夢の国は大勢の人でごった返していたが、灼熱の熱気に負けない勢いでアストルフォは、はしゃいでいた。

 アストルフォと並んで乗り物に乗り、チュロス(アストルフォの食べ方がやたらとエロかった)やポップコーンを食べ、また乗り物に並び、合間に食事をして……最後にはエレクリカル・パレードを二人で見学。泊まりのホテルも当然相部屋(意味深)。

 

(どう考えてもカップルです、本当にありがとうございました)

 

 ……もう相手がアストルフォなら♂でもいいんじゃないか?

 地獄のような夏の熱気に中てられ、アストルフォだけではなく海苔緒の理性も蒸発寸前である。

 

(いかん、いかん)

 

 海苔緒は首をブンブンと振った後、己の伊達眼鏡の位置を指で修正した。

 海苔緒は銀の長い髪を黒く染めて後ろにポニーで縛り、両目にはわざわざ黒のカラーコンタクトを填めている。

 髪を切らないのは『某聖剣の鞘と同等の無限回復能力』のせいか、髪は切っても切っても一定の長さまで伸びるのだ。逆に云えば何もしなければそれ以上は伸びない。

 外見も一四歳くらいから成長が止まっている。これもおそらくは『某聖剣の鞘と同等の無限回復能力』の弊害だろう。

 カラコンや髪染めはいちいち外出した際に外人と間違われて警察に声を掛けられるのを防ぐため。身分証を呈示した際、大抵の警官は『紫竹海苔緒』という名前を見て笑いを噛み殺す。『え、君、男なの? 本当に成人なの?』ともよく聞かれる。

 海苔緒はそれが堪らなく嫌だった。

 

(とにかく頭を冷やそう)

 

「アストルフォ、やっぱり休憩することにするわ」

「分かったー、じゃ、あそこのスタバに入ろー!」

 

 勝手知ったる様子でアストルフォは近くのスタバを指さした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 注文をアストルフォに任せ、海苔緒は何とか席を確保する。アストルフォは魔術のように長いオーダーを通し、店員から飲み物を受け取った。スタバの注文の仕方を見る限り、もしかしたら海苔緒よりもよっぽど現代に適応しているのかもしれない。

 

「はい、どうぞ」

「ありがと、アストルフォ」

 

しばらくクーラーの風で涼みながら、(アストルフォの突然の提案で互いの飲み物を交換して飲み合いっこしたり、ハプニングもあったが)二人は概ねリラックスして過ごした。

百合カップル……とか周囲からヒソヒソと聞こえたが、気にしないったら気にしない。

 

「しかし東京も物騒になったもんだ」

 

 

 話題を切り出したのは海苔緒の方だった。折りたたんでポケットに入れていたチラシを海苔緒はテーブルに広げる。

 

 

 『娘を探していますッ!』

 

 捜索願いのチラシである。娘の名前は望月(もちづき)紀子(のりこ)というらしい。先程、銀座の中心でこのチラシを配っていたのはおそらく家族だろう。

 紀子という名前に海苔緒は親近感を覚えた。

 詳細な記載の欄には、恋人の祐樹という人物と一緒に突然失踪したと記されていた。

 

「ボクも知ってるよ。『銀座連続失踪事件』でしょ。昨日もテレビのニュースでやってたし」

「あぁ……そう云えば」

 

 昨晩の風呂上り(意味深)、ホテルの売店で買ったゼリーを一緒に食べつつテレビを見ていた時、そんなニュースがやっていた。

 『銀座連続失踪事件』とは……、

 ここ最近発生した事件で、数人の人物が銀座周辺で不可解な神隠しに遭っている。同時に銀座では黒い外套を被った人物の目撃情報も複数上がっていた。

 噂によれば、黒い外套の奥には中世の騎士のような鎧が見えたとか……、

 

「まさか他のサーヴァントじゃないよな?」

 

 

 海苔緒はアストルフォだけに聞こえるよう小さく囁いた。

 思い浮かべたのは海苔緒を転生させた意地の悪い自称神。

 三咲町や冬木市が日本に存在しないことは既に確認済みだが、それでも万が一ということがある。

 ……銀座で聖杯戦争とか本当に洒落にならない。隠蔽出来ずルーラー召喚必至だろう。

 けれど、チュウチュウとストローで飲み物を吸っていたアストルフォがかぶりを振って否定した。

 

 

「それはないよ。だってサーヴァントの気配なんて微塵もしないし。そもそも聖杯が存在しないんだから、起こる筈がない。ボクも最初驚いたなぁー、聖杯戦争に呼ばれたと思ってきたら聖杯自体がないんだから」

「だよなー」

 

 にゃはははは――と笑うアストルフォに海苔緒は同意した。

 聖杯戦争に呼ばれて現界したアストルフォだが、呼ばれた先は魔術の魔の字も存在しないような世界。

 しかし聖杯にかける願いは特になく、二度目の生を楽しむために受肉出来ればいいぐらいの理由しかなかったアストルフォにはむしろ好都合だった。

 現界に必要な膨大な魔力は海苔緒が問題なく肩代わりしてくれるし、海苔緒が死なない限りずっとこの世界に留まることが出来る。

 つまりアストルフォの現界には聖杯戦争のような期限がなく、アストルフォは半分受肉したも同然なのだ。

 

 

「けど、何だかここ一帯は魔力が濃いというか……アレ?」

「どうした、アストルフォ?」

「凄い魔力を持った人が近づいてくる。連れのもう一人からも魔力を感じる……サーヴァントじゃないけど、これは――」

 

 アストルフォとパス結んでいる海苔緒も少し遅れてその存在を魔術的に知覚した。

 スタバのウィンドウ越しに見えたのは、アストルフォの様なピンク髪をした女性と、大量の買い物の袋を両手に持った黒髪短髪の青年だ。

 どうやら痴話喧嘩をしているらしく、周囲の歩行者は二人から距離を取りつつ物珍しいものを見る目を向けていた。

 

「ルイズ、いい加減機嫌直してくれよ」

「そっちこそ反省しなさいよね、この馬鹿犬ッ! また知らない女に色目使ってッ!!」

「だから誤解だって!」

 

 二人の声が大声であったため、ウィンドウ越しにも聞こえた。見事な……くぎゅボイスだった。

 

「ねぇノリ、あの二人だよ、あの二人! あれ、どうしてそんなに冷や汗かいてるの?」

「……大丈夫だ」

 

 目を丸くした海苔は伊達眼鏡を外し、カラコンを傷つけないよう己の目を片腕で拭った。

 再度ウィンドウを見ると、外にはイラついた様子の駆け足でスタバから遠ざかるピンク髪の女性の後ろ姿と追いかける青年の姿があった。

 

「サイトの馬鹿ッ、馬鹿ッ!」

「待ってくれ、ルイズッ! 俺の話を聞いてくれッ!」

 

二人の姿は人混みに溶けていき、やがて見えなくなる。

 

「………………」

「どうしたの? 本当に顔色悪いよ」

 

 海苔緒は言葉が出なかった。

 その脳裏では数年前、平賀何某(なにがし)が秋葉原周辺で神隠しにあったというニュースを聞いたことと、今年の初春にF-2戦闘機が某基地から一機消失したという噂がネットでまことしやかに流れたことを唐突に思い出していた。

 

(そう云えば、この世界……型月作品はあるんだが、ゼロ魔っぽい作品は存在しなかったんだよなぁ)

 

 

 ……何だぁ、そういうことかぁ。

 海苔緒はやや現実逃避気味な様子で内心に呟く。その顔には乾いた笑みが張り付いていた。

 

「あ、また一人近づいてくる。これで三人目だね。見て、こっちに入ってくるよ」

 

 

 アストルフォの言葉によって海苔緒は急速に現実へと引き戻される。

 スタバの扉をくぐったのは、三人の人物。

 それぞれ、冴えない風体の二十歳前後の男性、季節感を無視したニット帽で耳元をすっぽりと隠した異国風の女性、眼鏡を掛けたスタイルのいい女性だった。魔力を感じるのはニット帽の美人女性からだ。

 

「シンイチサマ、ココハ?」

「スターバックスと云って、珈琲の専門店なんだ。注文は僕がするからミュセルは安心して。取り敢えずここで休憩しよ、もうクタクタだよ。すっかり忘れてたけど『こっち』じゃ今日、コミケの日だったんだね」

「迂闊だったわね、慎一君。私は既にツテを頼って手を回しているわ!」

「さすがです、美埜里さん。目的はBL同人誌ですね、分かります」

 

 互いの遣り取りから、三人はシンイチ、ミュセル、ミノリというのが分かった。

 三人の来店と同時に、アストルフォに集中していた好奇の目線の何割かがミュセルと呼ばれる女性に移る。

 そういえば、ライトノベル作家――榊一郎先生と類似した作品が、こちらの世界では菅野省吾と呼ばれる人物の著作になっている。

 加えて今の所、その菅野省吾先生の作品群の中に『アウトブレイク・カンパニー』に該当する作品は存在していない。

 今更になって海苔緒は自称神様の言葉を思い出す。

 

『約束通り、剣と魔法のファンタジーが存在するアニメ、漫画、もしくはライトノベルのような世界へ転生させてあげよう』

 

 海苔緒の記憶が正しければ酷くうすら寒い、芝居がかった口調だったと思う。

 ここにてきてやっと、海苔緒は自分と自称神様の『世界』という言葉の定義が違ったことを悟った。

 自称神様は繋がった異世界同士を一つの世界で括り、定義していたのだ。つまり剣と魔法のファンタジーが存在したのは日本と繋がった異世界という訳で。

 ――銀座、夏、土曜、望月紀子、連続失踪事件、コミケ。

 海苔緒の脳内でパズルのピースが急速に組み上がり、転生から二十年と数ヶ月、頭の隅で沈殿していた筈の記憶が急速に浮かんだ。

 

(まさか――)

 

 海苔緒は、ハッとなって己のスマホで時刻を確認する。

 ……時刻はちょうど午前十一時五十分を指し、

 瞬間、世界が捲れ上り、捩じれた。

 魔力の流れを知覚していた海苔緒は、感覚的にそう表現するしかなかった。

 

「何、これ? もしかして固有結界?」

 

 アストルフォは驚いた様子で云った。

 海苔緒とアストルフォが察知したのは世界の一部が塗りつぶされていくような巨大で圧倒的な違和感。銀座の中心に巨大な穴が穿たれたかのような感覚。

 まるで透明な水を墨で塗りつぶすかの急速に世界が変貌を遂げていく。

 世界と世界が絡み合った刹那、銀座の地が大きく揺れた。

 形成されたのは巨大な門。

 

 

「クソ、マジかよ!」

 

 

 海苔緒は吐き捨てるように云い放つ。

 その頃、銀座の中心地では異界の門から蝗の群れのように続々と異界の兵が溢れ出し、銀座の地に足を付けていた。

 それは蹂躙の始まりであり、同時に地獄の幕開けでもある。

 世界を震撼させ、異世界の存在を白日の下に晒す発端となる銀座事件。最低系転生者――紫竹海苔緒はその中心地近くにて、こうして事件へと巻き込まれることとなった。

 




ノリオという主人公の名前は、多重クロスの接着剤的な意味合いで付けましたので特に他意はありません(棒)。

ちなみに主人公の現在の容姿はネギまの千雨が黒髪になったような感じをイメージしています。

追記

時系列的にはゼロ魔はアニメ原作終了後(一部小説版設定混在)、アウトブレイク・カンパニーは原作途中、ゲートはプロローグ部に当たります。


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第二話「ホシの名は平賀才人。または駒門の憂鬱」

書いていて予想以上に楽しかったので筆が乗りました。
という訳で次話投稿。

ちなみに駒門さんはゲートの原作一巻や漫画版三巻に出てくるあの駒門さんです。
アウブレとゼロ魔も絡みます。

我らが最低系主人公、ノリオ君の活躍は次話までお待ちください。


 時間を少し遡ろう。

 銀座を歩くルイズと才人を尾行する複数の人物が居た。その中でも部下に指示を送るのは公安所属の駒門という男だ。

 駒門は爬虫類じみた目付きと日本人にしては高い鉤鼻が特徴的な人物だが、今は能面のような表情を浮かべており、スーツ姿もあって一見すればどこにでもいるようなサラリーマンにしか見えない。

 駒門はルイズと才人との距離を一定に保ちつつ尾行を続け、各所に配置された部下から報告を高性能小型イヤホンで逐次耳に入れていた。

 

『こちらハウンド1、ターゲットは銀座三丁目を東に移動中。今日の同行者はプリンセスのみ。繰り返す、今日の同行者はプリンセスのみ』

『こちらハウンド2、こちらも確認した。所定の位置で監視を続行します』

 

 駒門の耳に次々報告が届く。

 

「了解した。監視を続行しろ」

 

 駒門は襟の裏に隠された集音マイクに小声で指示を飛ばすと、尾行を続行する。

 何故才人がこのような監視を受けているかと云われれば、才人が公安に特例機密(ゼロ号)案件に関わる重要参考としてマークされたからだ。

 特例機密(ゼロ号)案件とは、公には存在しないことになっていない日本政府の極秘案件を示している。その機密の正体は異世界の関連する事柄だった。

 平賀才人……数年前に秋葉原で突然失踪、当時一七歳。必死の捜索も関わらず手掛かりが一つも見つからず一旦は停滞したが、一年と数ヶ月が経った頃、母親が才人に送ったメールの返信が平賀才人本人らしき人物から届き、捜査が正式に再開。

 メールの送信先を探知しようと四方八方手を尽くしたが、結局特定出来なかった。

 このまま迷宮入りになると担当者の誰もが思った。

 けれど数年経った今年の春、平賀才人は自らの足でひょっこり自宅に帰宅したのだ。

警察の事情聴取を受けた平賀才人本人曰く『失踪中のことは何も覚えていない』とのこと。家族もその言い分を信じている様子らしい態度を取っていたのと併せて非常に不審に思えた。

 家族の云い分としては『才人は辛い思いをして記憶を自ら封じ込めていると思うので、そっとしておいて欲しい』とのことだが、失踪事件を担当していた退職直前のベテラン捜査官は『失踪した平賀才人当人やその家族の態度はどこか演技めいていた』と調書に残している。

 もっと不審なのは失踪から帰ってきた平賀才人が、国籍及び所在地不明の外国人不特定多数と交際を始めたのだ。

 さらに平賀才人には現在、公にはされていない重大事件、『F-2戦闘機ハイジャック事件』の実行犯としての嫌疑も掛けられている。

 ここまで揃えば、白は白でも限りない灰色。どこかの国に拉致洗脳されて帰ってきた工作員と云われてもすんなり信じられるレベルだ。

 

「普通はハニトラにでも引かかったと思うだろうねぇ」

 

 薄く笑みを浮かべた駒門は周囲に聞き取れぬ声でボソリと呟いた。

 公安がいくら捜査しても何も情報が浮かび上がらない、平賀才人と交際のある不気味な外国人たち。その多くは女性たちだ。

 まず筆頭はプリンセス。平賀才人と最も頻繁に会っている外国人で、フルネームはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールというらしい。少なくとも複数の洋服店にてその名前でサインを残していることが公安の調査で判明している。

 非常に長ったらしい上、まるで、『ダルタニャン物語』に登場するルイーズ・ド・ラ・ヴァリエールのような名前をしている。偽名だとしたら非常に大したセンスだ。

 次にアテンダント。黒髪黒目でソバカスが特徴的な女性。シエスタというらしい。日本人的な外見をしているが、いくらか異国の血が入っているようにも思える。

 才人に対して従者のように傅き接するため、アテンダントと公安からは呼ばれるようになった。

 何故か平賀才人と一緒に『佐々木武雄』なる人物の調査をしていることも確認済みで、公安も全力で調査にあたっている。

 備考として才人をプリンセスと取り合っている節があり、プリンセスとの仲は険悪なようにも思える。

 次にグレネード。名前はティファニア。金髪碧眼で、常に帽子や何かで耳を隠しているのと、非常に豊満な……バストが特徴的な女性だ。その圧倒的な胸部のボリュームに公安から『グレネード』という名が付けられた(※ふざけていません、多分)。女性下着専門店にて特注サイズのブラを注文しており、その時の計測サイズはなんとB100オーバー(※公安としての純粋な調査です。下心はありません、きっと)。

 駒門の部下たちからは『俺もこんな子が相手だったら、喜んでハニートラップに引っ掛かる』との意見が続出した。

 まさにその胸は一種の兵器と認定され、公安からは厚いマークを受けている(セクハラじゃありません……おそらく)。

 他にもアンリエッタ(クイーン)タバサ(ドール)を含め主に計五名の女性が平賀才人を取り合っている。

 まさにその様相は酒池肉林。

 公安からは『色んな意味で裏切り者!』『女に抱かれて溺死しろッ!』『リア充爆発しないかなぁ……、でも自爆テロだけは勘弁な』などと云った多数の意見が寄せられている。

 まぁ……それは置いておくとして、

 一番の問題は(くだん)の外国人たちが突如として現れ、突如として消えることにある。

 まるで魔法のようだ……と、目撃者からは証言が上がっていた。

 普通なら『何を馬鹿なことを……』と云うのだが、駒門たちには一蹴出来ない事情があった。

 何故なら、現在の日本政府は非公式ながら『魔法』の存在を認めているのだから。

 ――神聖エルダント帝国。

 日本が非公式ながら国交を結んだ『異世界』の国である。

 青木ヶ原樹海に発見された一種のワームホールのような穴は異界に通じており、そこには御伽話の存在だったドラゴンが生息し、人間だけではなくドワーフやエルフ、リザードマン、ウェアウルフといった人間とは違う知的生命体が暮らしている。

 そこは日本にとって無限の可能性を秘めたフロンティアであった。

 日本はエルダント帝国にて極秘計画(プロジェクト)『アウトブレイク・カンパニー』等、複数の作戦を展開していたのだが、アメリカの執拗な圧力と押し入り強盗めいた独自調査により、昨月その存在と計画がついに漏れてしまった。

 かの自由の国の言葉を意訳すると、

 

『HEY、ジャップ! 今までこんな素晴らしい場所を隠していたとは、親友に対して少しばかり水臭いのではないかい、HAHAHAHAHAHAッ! 安心したまえ、当然この事は親友同士の秘密にするつもりだよ。当たり前じゃないか、心の友よ(ブラザー)! 秘密を守るための協力も惜しまないよ! だからこの素晴らしい場所に協力して立派な秘密基地を作ろうじゃないか、HAHAHAHAHAHAッ!』

 

 何ともまぁ……厚かましいことこの上ない、ヤンキーらしい台詞と云えよう。

 しかしながら『協力させて貰えないなら他の国にこの情報を漏らしちゃうZO!』と脅迫された日には日本も首を縦に振らざるを得ない。

 まさに蛇に睨まれた蛙! ジャイアソにたかられるノビタ!

 だがここにきて新たな希望が浮上した。

 公安から尾行や盗聴で入手した情報を整理し、精査に検討した結果……非常に高い確率で例の国籍不明外国人たちが異世界人であるという結論が出たのだ。

 彼等はエルダント帝国と同じ世界の異世界人かもしれないし、もしかすれば新たな異世界の住人という可能性もある(今の所はコードネーム『グレネード』がエルフなのかもしれないと云う見解の影響で、青木ヶ原樹海と繋がる世界と同一視する者の方が関係者の中には多い。また、あんな巨乳がエルフなわけないという意見を申す関係者も中にはry)。

 ……閑話休題。

 特筆すべきは、コードネーム『プリンセス』が虚無(ゼロ)という特殊な魔法(より正確には世界扉(ワールド・ドア)だが)で日本と自分の世界を自由に行き来できるらしいという点にある。

 彼女をおさえることは異世界との通行手段を得ることとほぼ同義であり、何とか日本は彼女を穏便に説得し、新たな異世界の国との国交を結ぶことを目的に公安に指令を下していた。

 それによって異世界交流及び貿易のイニシアチブを日本が握り、アメリカの横柄な態度を牽制するのが狙いだ。

 一番困るのは日本が脅迫まがい行為をすることで『プリンセス』が自分の世界に逃げ帰ってしまい、二度と日本に来なくなること。

 幸いにもルイズと呼ばれるプリンセスや他の異世界人たちは日本に興味を持っているらしく、何度も日本を訪れている。

 平賀才人とその家族とも表面上だけではなく本心で親しくしているらしいことも好都合だ。

 引き続き情報収集しつつ、何とか最高のタイミングで接触を図りたい。

 その為に、夏の炎天下の中……駒門たち公安は今日も才人とルイズに張り付いていた。

 

『しかし上の連中は、いつになったらプリンセスにコンタクトを図るつもりなのやら』

 

 駒門の部下の一人が愚痴るように呟いた。

 何せ真夏の炎天下の中、ずっと監視を続けているのだ。愚痴の一つや二つ云いたくなるだろう。

 駒門は皮肉めいた口調で肩を竦め、部下の通信に応じた。

 

「何せ相手は金の卵を産む雌鶏だ。しかも驚かせれば、一体どこへ飛んでいくか分からないときてる。上としては、何とか餌をチラつかせてケージの中に押しこめたいのだろうよ」

『ははっ! まったく、違いありません。差し詰め我々は雌鶏の好みを把握するために派遣された飼育員と云ったところでしょうか?』

「フン! 言葉に気を付けた方がいい。何せあの雌鶏は非常に凶暴だ。それに……」

『足癖が悪い――ですか?』

 

 駒門の台詞を先読みして部下の一人が口にする。

 駒門はニヤッ――と、粘っこい笑みを浮かべて。

 

「……違いない」

 

『この馬鹿犬ッ! 馬鹿犬ッ! 馬鹿犬ッ!』

『――ボヘラッ! 勘弁してくれ、ルイズぅぅぅ!』

 

 現在ターゲットは天下の往来でプリンセスによってゲシッ、ゲシッとヒールの踵で足蹴にされていた。

 周囲からは『ママ、あれ何?』『シッ! 見ちゃいけません』といった声が聞こえてくる。

 

「ありゃ痛いぞ。あそこまでいくとある種の拷問だな」

 

 ……そういや馬上鞭みたいなのでプリンセスに叩かれていたこともあったなぁ。凝りないと云うか、もしかして好きで叩かれているのか?

 駒門が報告書に、ターゲットはややM的性趣向ありと記載するか、しないか、考え込んでいると。

 

『いいえ、我々の業界ではご褒美です』

 

 調子に乗って部下の誰かが呟いた。

 

「え?」

『え?』

『え?』

『え、あれ?』

 

 訪れたのは気まずい沈黙。

 駒門は珍しく視線を泳がせて……、

 

「誰も何も云わなかったし、聞かなかった。いいな」

『『了解』』

 

 部下たちの応答が駒門の耳に何重にも重なって響いた。

 駒門はノイズに目を細めつつ、小さく溜息を吐く。

 

「毒されてるねぇ。ミイラ取りがミイラ……か」

 

 駒門の部下たちは何度も神聖エルダント帝国に派遣されている。

 極秘計画(プロジェクト)『アウトブレイク・カンパニー』とそれに付随するアミュテックの躍進により、神聖エルダント帝国との交流においてオタク文化が重要な立ち位置を占め始めた影響から、諜報員たちも必然的にオタク文化に詳しくなる必要があり、その過程において駒門の部下の中にも本当にオタクになる者たちが増えていた。

 極秘計画(プロジェクト)『アウトブレイク・カンパニー』に反対するスタンスを取り、別の計画を推していた駒門としては耳の痛い話だ。

 けれど極秘計画(プロジェクト)『アウトブレイク・カンパニー』自体、政府のお偉方が『(オタク文化には)向こうの食いつきもいいし、こっちの世界でも流行ってるんでしょ? クールジャパンとか云って? とにかくそんな感じで頼むよ』と適当に始めたものだった。

 当時の駒門は『そんなものが簡単に成功するならこっちは苦労しないよ』と思っていたわけだが……結果、見事成功してしまった。

 一方駒門たちが推していた計画は地道にコツコツと進んでいたが、アミュテックのような華々しい成果はなかった。

 お上の人間というのは、成果が出たものには喜んで資金や人員を投入するが、逆に成果が見えないものには資金も人員も出し渋る。

 駒門や同じ計画を推進していた者たちにとって、アミュテックは目の上のたんこぶだったのだが、しばらくして突然、操り人形兼スケープゴートとして送られた筈の加納慎一が、何をトチ狂ったか独断専行を行い計画に支障をきたす(原作二巻)。

 駒門たちは『それ見たことか! ですが安心してください。我々が計画を修正して御覧に入れましょう』と、S……いわゆる特殊作戦群を使って加納慎一を排除(物理)しようとしたのだが、結局失敗した。

 駒門たちは完全に加納慎一を見誤っていた。

 ただのオタク、引き篭り、ダメ人間、ロクデナシ。

 今思えば、完全な色眼鏡であった。公安に連なる人間としてあるまじき失態である。

 加納慎一は神聖エルダント帝国ひいてはペトラルカ皇帝や周囲の信頼を勝ち取り、強固な関係を結んでいたのだ。

 駒門は結果として『オタクを舐めると痛い目を見る』と手痛い教訓を刻むこととなった。

 これ以上の介入は神聖エルダント帝国と日本の軋轢を生むと判断した駒門はアミュテック反対派から肯定派に鞍替えしたが、一部の人間は未だ分かっていなかったようで綾崎光流という人物をアミュテックに送り込む。

 彼等は綾崎光流を使って計画を自分達の意のままに操ろうとしたのだが……、

 

「クク、毒と薬の分量も分からん奴を送ってるんだがら、世話ねぇぜ」

 

 それが出来るのが加納慎一。駒門はそう認識していた。物事は何事もバランスが重要だ。時には天秤を傾けることも必要だが、安定した関係をエルダントと維持するならばやはりバランスを取るのが望ましい。

 それが分からないから失敗する。

 故に駒門は部下たちに毒と薬の分量を理解させるため、積極的にオタク文化を学ばせていた。

 まぁ、そのせいで先程の『いいえ、我々の業界ではご褒美です』といった弊害も生じている。

 

「俺も丸くなっちまったもんだ。これじゃ的場の奴を笑えねぇな」

 

 駒門は神聖エルダント帝国に常駐している知り合いの的場甚三郎の顔を思い出し、自虐的な笑みを浮かべる。

 

(これからエルダントに踏み込んでくるアメさんもその辺りのバランス感覚がおおざっぱだ。的場の奴もそこを突いて、アメさんの出鼻を挫くだろうな。精々踊らされるといいさ、以前の俺たちのように)

 

 アメリカの生え抜き情報工作員たちがエルダントで四苦八苦した挙句、最後には秋葉原で実地のOTAKU研修訓練をする光景を思い浮かべ、駒門は本当に楽しそうに嗤った。

 

「おっといけねぇ、仕事と仕事っと。こちらリーダー、各ハウンド、状況を報告しろ」

『こちらハウンド1、問題なし』

『こちらハウンド2、問題なし』

『こちらハウンド3、問題は……え?』

 

 通信の途中でハウンド3が間の抜けた声を上げる。

 

「どうしたハウンド3、状況を報告しろ」

 

 駒門は部下に報告を促す。

 

『……こちらハウンド3、通りのスターバックスの客と目が合った。こちらにウインクしてきた。プリンセスみたいなピンク髪の少女だ』

 

 非常に戸惑った口調でハウンド3は状況を説明した。

 

「ウインクした? 気のせいだろう。何百メートル離れていると思ってる。いや、分かった。こちらでも確認する」

 

 ターゲットとプリンセスが移動したのを確認してから、駒門は通りのスターバックスの横をゆっくりと通り過ぎる。

 ……居た。

 確かにピンク髪の少女がウィンドウ越し席に座っていた、相席しているのは黒髪ポニーテイルの眼鏡少女だ。

 ……しかし何だ、コイツは?

 公安に所属し、幾つもの修羅場を潜り抜けてきた駒門はピンク髪の少女から正体不明のプレッシャーを感じた。人の形をしているが人ではない、何か異質な存在のような気配を駒門は感じ取っていた。

 ……こっちを向いた!

 駒門の視線に気付いたのか、ピンク髪の少女が駒門に視線を合わせて無邪気に笑みを作り……、

 あろうことか監視をしているハウンド3の居る方向を指さした。

 まるで駒門に『向こうの人はお友達ですか?』と気安く問いかけているような仕草。

 駒門は背中から冷や汗がどっと噴き出す。

 

(一体何者……)

 

 ――が思考している最中、足の止まった駒門に後ろの歩行者はぶつかった。

 

「きゃッ!?」

「あっ……大丈夫ですか? すいません」

 

 現実に戻った駒門は後ろの女性にすぐさま謝罪した。

 

「もう、気を付けてよね!」

 

 女性は少し怒った様子で駒門に言葉を返し、すぐに前を抜けていく。

 ……しまった、あの少女は!?

 駒門が再びウィンドウ越しに少女を見た。

 すると少女は相席している友人らしき人物と話をしており、こちらを見ていた形跡は全くなくなっていた。

 

「こちらリーダー、ハウンド3、ピンク髪の少女がそれらを指さししてなかったか?」

『……いえ、こちらでは確認しておりません。すいません、どうやら自分の勘違いだったようです』

 

(どういうことだ? あまりの暑さに蜃気楼でも見ちまった……ってか)

 

 駒門は考えを纏めようとするが、

 

『こちらハウンド1、そちらへ向かって『プリーチャー』たちが接近しています』

 

 プリーチャーという単語は日本語に直訳すると『伝道師』を意味する。

 つまりそれは神聖エルダント帝国のオタク伝道師たる加納慎一を示す符丁であった。

 

「そうか、了解した」

 

 ……かち合うのは少々不味いからな。

 結局駒門は自分の見た物を幻覚と判断し、足早にスターバックスの前を去り、ターゲットの尾行を続行する。

 そしてそれから約十数分後、駒門はさらに己の目を疑う羽目になるのであった。

 

 

 

 

「なぁ、アストルフォ。さっき窓の方を指さししてたのは一体何だったんだ?」

「いや、別に。何でもないよ、ノリ」

 




正直云って、ゼロ魔Fの最終回を見てからずっと『才人君、公安マーク待ったなし』だなぁと考えてました。きっと私だけではない筈。なので今回のシーンが書けて非常に満足です。
今回駒門さんを出したのは、漫画版ゲート三巻を読んで駒門さんのことが非常に印象に残っていたからです。

皆さんの感想やツッコミ待ってます。

では次回また。

PS

ジャイアンではなくジャイアソなのはわざとです。


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第三話「進撃の帝国。もしくは揺らぎの街の交錯者たち」

沢山の感想ありがとうございます。
予想以上の感想に作者もテンションが上がったのですが、何分平日は労働に勤しんでいますので執筆時間が取れませんでした。

電波の受信と仕事の兼ね合いもありますが、何とか速度を保って更新したいと思います。


 遠方では無数のクラクションや衝突音が響き。数えきれない悲鳴がその音と重なる。

ようやく尋常ではないと悟ったスターバックス店内の客が次々外へ出ていく。

 だが、まだパニックには至っていない。

 彼等は知らないのだ、銀座に何者が現れたのか。海苔緒だけがその正体を知っている。

 

(ともかく早く逃げねぇと!)

 

「アストルフォ……って、もう外に出てやがる!」

 

 アストルフォは客に紛れて、既に外に出ていた。流石理性が蒸発しているだけのことはある。マスターの指示を待つまでもない。

 

 海苔緒は店内から外へ出ようとしたがそこで加納慎一、ミュセル、美埜里の三人が店内に残っていることに気付く。

 慎一はスマホで何が起こったのか情報を確認している様子だった。

 ……おいおい、何で呑気に携帯なんて弄ってんだよ!

 

「アンタ等ッ! ボケッと突っ立てないで早く外に出た方がいいぞッ! 外は何だがヤベェことになってるみてぇだ!」

 

 異世界の軍隊が目前に迫っているとは云えず、海苔緒は白々しい台詞を口にした。

 

「え、もしかしてボクたちのこと?」

 

 慎一は目を丸めて、己を指さした。

 

「他に誰が居るんだ。ほら、一緒に外に出るぞ!」

「ちょ、ちょっと」

 

 海苔緒は慎一の腕を掴み、外へと引っ張っていく。

 一瞬、ミュセルが凄い顔をしてこちらを睨んだため海苔緒はビビったが、何とか堪えて三人を外に出すことに成功する。

 

 外に出た海苔緒や慎一たちがまず目撃したのは、大空を羽ばたく巨大な異形……ワイバーンとそれに跨る竜騎兵だった。

 まるで品定めをするかのように竜騎兵とワイバーンは銀座周辺の空を周回している。

 

「ノリ、あれ、あれ!」

 

 合流したアストルフォは驚いた様子で空のワイバーンを指さしている。

 海苔緒は焦った様子で返答する。

 

「分かってる!」

 

(ドラッグ・オン・ドラグーンかってんだ)

 

 飛行しているのがゲート向こう側に居る炎龍とかでない分、いくらかマシなのだろうが……、

 海苔緒が内心でツッコンでいるその横で、慎一たちは心底驚いた顔をしていた。

 その表情は、周囲の他の人間が浮かべている『未知に対する驚愕』の表情ではなく『何故、あれがここにッ!』といった具合の困惑の混じった顔だ。

 

 

「***************――」

 

 そしてミュセルが口火を切ったのを皮切りに、慎一たちは未知の言語で話し始めた。

 エルダントの言葉らしい。加えて海苔緒は断片的にその内容を理解していた。

 おそらくは転生時、海苔緒に与えられた『あらゆる魔法と魔術を使える知識と才能』は魔法や魔術を詠唱するための言語的内容を内包していたのだろう。

 確かに知識は劣化したが、それは知識が脳味噌のどこにしまってあるか分からなくなって引き出せなくなっていただけで、知識自体が海苔緒の脳から消失したわけではない。

 故に慎一たちの会話に刺激され、海苔緒の知識の一部は甦っていく。

 海苔緒も完全理解出来たわけではないが、どうやら慎一たちは神聖エルダント帝国のある世界と日本の間に新しい穴が繋がり、そこからワイバーンたちが出て来たのではないか? と結論付けたらしい。

 それが正しいのか、間違いなのか、現状の海苔緒には判断出来なかった。

 

(とにかく、周りを逃がさねぇと……)

 

 避難を始めている人も中には居るが、状況が分からない大多数の人間は、携帯のカメラを上空のワイバーンへ向けたり、『あれ本物かなぁ?』といった会話を家族や友人たちとしている。

 敵の侵攻が遅いのは、まだ侵攻部隊全てがゲートを潜り抜けていないからだろう。

 何しろ相手は推定数万の軍隊だ。ゲートから完全に出てくるにはそれなりの時間がかかる。それまでにここら一帯の人間だけでも避難させたいが……、

 

(どうする、暗示を使うか?)

 

 海苔緒の使えるのは型月系統の暗示魔術だ。アストルフォをサーヴァントとし、経路を繋いでから型月系統魔術に関する知識を一部取り戻していた。

 ――が、そこでまたも海苔緒の能力の欠点が露呈している。

 『あらゆる魔法と魔術を使える知識と才能』の『使える才能』とはどうやら最低限のものらしく、ぶっちゃけ『適正はあるが、才能があるかと問われれば微妙』なレベルなのだ。

 例えば海苔緒が、(みんな)大好きケイネス先生の水銀魔術礼装『月霊髄液』を使ったとする。

 するとそれなりには動かせるが、銃弾を自動防御するような高度な芸当は出来ない。

 つまり『あらゆる魔法と魔術を使える知識と才能』の才能とは『天才』的な才能ではなくあくまで『それなり』な才能。

 海苔緒の暗示は一声、二声ではあまり効力を持たない。

 原作の伊丹と同様に『皇居に向かって避難しろ!』と云っても逃げる気のない者は反応せず、逃げる気のあるものに対し、『皇居に避難だ』と云った場合に初めて多少の効果を発揮する。

 一個人に対して長い時間を掛ければ、海苔緒の暗示でも洗脳に似た効果を発揮するが、明らかにそんな時間はない。

 海苔緒が本当にどうするべきか迷っていると……、最悪なことに竜騎兵の一人が海苔緒たちの居る場所へ向かってきた。

 

(あ、やば……)

 

 まるで海へと潜るように、ワイバーンがビルの谷間に突っ込んでくる。

 竜騎兵は獰猛な笑みを浮かべ、巨大な銛のような槍を一般人へと向けている。

 ターゲットされた人間は認識が追い付いていないらしく、目をパチクリとさせるばかり。

 槍の到達まで約十数秒。

 海苔緒は自然と叫んだ。

 

「止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉアストルフォ!!」

「分かってるよ。来てッ! ヒポグリフ!」

 

 その言葉を待っていたと云わんばかりにアストルフォは笑みを浮かべ、この世ならざる幻馬を呼び出す。

 

「############ッーー!!」

 

 突如として銀座に現れた幻馬(ヒポグリフ)はそのままワイバーンに激突し、ワイバーンはトラックに跳ね飛ばされた軽自動車よろしく猛烈な勢いでビルに衝突。竜騎兵ごと地へと叩き付けられる。

 周囲にはガラス片が散らばり、落下地点にあった人の乗っていない乗用車がペーパークラフトのように押し潰れる。

 幸いにも怪我人は居ない。例え理性が蒸発していようとその辺りは心得ていると海苔緒も信じていた。

 あまりに現実離れした光景に周囲の人間たちは言葉を失う。

 破損した車両から盗難防止のアラートが、けたたましく鳴り響く。

 

 

「「キャアアアアアアアアアッ!!」」

 

 

 数秒の沈黙の後、静寂は引き裂かれた。

 周囲の人間はパニックとなり、我先にと逃げだし始める。

 チャンスだと云わんばかりに海苔緒は声を張り上げた。

 

「皇居の方へ逃げろ! 他にもやばい連中が道路を伝ってこっち向かってきてる! 急いで皇居の方へ逃げろ! 皇居の方だ! 皇居の方だぞ!」

 

 暗示を併用しつつ、海苔緒は何度も声を張り上げた。

 いくらか効果はあったようで、幾人かの口から『皇居だ、皇居の方向に逃げろ!』という声が聞こえてくる。これなら集団心理もあって、皇居へ避難してくれるだろう。

 蜘蛛の子を散らすかのように周囲からは人が居なくなる。

 後は原作同様、伊丹耀司などが避難誘導をしていることを祈るばかり……、

 

 

「ちょっと貴女、聞いてるのッ!?」

「うわっと! ……て、アンタ等まだ避難してなかったのか!?」

 

 そこに居たのは慎一たち三人。海苔緒に声を掛けたのは古賀沼美埜里だ。

 

「『避難したか』じゃ、ないわよ! 貴女やあっちのモンスターと女の子は何者? あそこで転がってる飛竜(ワイバーン)がどこから来たのか、知ってるの?」

 

 美埜里は海苔緒、ヒポグリフ、それを撫でるアストルフォ、瀕死のワイバーンや竜騎兵を順番に指し、もの凄い剣幕で云い募る。

 

「あ……、いきなりそんなに云われてもな……」

「落ち着いてください、美埜里さん」

 

 美埜里の勢いに海苔緒はタジタジだ。

 それを見かねた慎一が間に入った。

 

「えっと……僕の名前は加納慎一、こっちの人は古賀沼美埜里さんで、……こっちの子はミュセル。それで君の名前は?」

 

 慎一はどうやら名乗り(かたち)から入ることにしたらしい。

 呑気に自己紹介をしている暇はないが、話さねば埒が明かないと思い、海苔緒はしぶしぶ名乗りに応じる。

 

「海苔緒、紫竹海苔緒だ」

 

 出来るだけ簡潔に、海苔緒は己の名を慎一に告げる。

 

「え、ノリオ? もしかして君、男の子?」

 

 慎一は目を白黒させた。どうやら慎一も海苔緒を女性と勘違いしていたようだ。

 だが海苔緒もこの手の反応には慣れっこである。

 

「そうだよ、男だ。悪いかよ。ちなみ歳は二十歳と数ヶ月だ。多分アンタと大して変わらないと思うぞ」

 

 拗ねた調子で海苔緒が答えると、慎一は本当に驚いた様子で固まってしまう。

 そして硬直した慎一と入れ替わるように、幾らか様子が落ち着いた美埜里が再び前に出る。

 

「ふーん、貴方の名前と性別は分かったけど。それで本当に何者?」

 

(あ、やばい?)

 

 美埜里からはつい先刻、スタバに居た時のようなおちゃらけた雰囲気が一切消えていた。所謂仕事モードという奴だろう。銃とか持っていたら、間違いなく突きつけてきそう。

 慎一の側に控えるミュセルに至っては小声で詠唱し、いつでも〈疾風の拳(ティフ・ムロッツ)〉を放てるよう準備をしている。

 対象は勿論海苔緒である……酷い。

 

「あ……、その……」

 

 

 目を泳がせる。コミュ症入っている海苔緒は、真剣に睨み付けられたりすると他人に目が合わせられなくなるのだ。

 助け舟を求め、海苔緒はアストルフォを見た。

 よしよーし、とヒポグリフを撫でていたアストルフォが海苔緒の視線に気付き、トコトコと小走りで近付いてくる。

 埒が明かないと、頭を抱えた美埜里は質問する相手を海苔緒からアストルフォに切り替える。

 

「こっちの子が答えてくれないから聞くけど、貴方たち一体何者?」

 

 するとアストルフォは満面の笑みで、

 

「ボクはアストルフォ。イングランド王の息子にして、シャルルマーニュ十二勇士のひとり、アストルフォさ!」

 

 ブイッ、と片手でピースサインを作り、至極あっさり己の真名(しょうたい)を明らかにした。

 その名乗りに美埜里やミュセルは首を傾げるが、慎一だけは驚いたように反応した。

 

「シャルルマーニュ十二勇士のアストルフォって! 『ローランの歌』や『狂えるオルランド』に出てくるあのアストルフォ!?」

 

 さすが作家の息子。その辺りの知識は豊富らしい。家に資料があるのか、それとも父親に聞いたか、それ以外にも自分で調べたかも知れないが、とにかく慎一はアストルフォの正体に気付いたようだ。

 

「そう、そのアストルフォだよ。この国じゃボクのことを知ってる人が少ないから、嬉しいな」

「でも、アストルフォは確かにモデルとなった人物は実在したかもしれないと云われているけど、その活躍の大半は後世の領事詩の後付で……」

「そんなこと云われても、ボクはボクだよ。オルランドの為に月にも行ったし」

 

 混乱する慎一を余所に、あっけらかんと告げるアストルフォ。

 当然、海苔緒も頭を抱えていた。

 

「ちょ、おま!?」

「いいでしょ、ノリ。どうせヒポグリフは見られちゃったんだから……それよりボクはこれからヒポグリフに乗って他の人を助けていく。ノリはこの人たちと避難を……」

「何云ってやがる、俺も付いてくぞ! 誰かを救援するなら普通の恰好の人間が後ろに乗ってた方が都合がいいだろ。鎧姿のお前だけだったら。絶対警戒される」

「え、でも……」

「お前一人だと危なっかしいんだよ。大丈夫だ、いざという時の『切り札』もある。それに俺はお前のマスターだぞ」

 

 片手に浮かんだ赤い痣をかざしながら、海苔緒はアストルフォを真っ直ぐ見据える。

 召還したのが日本だからか、それとも何か別の要因かは分からないが、アストルフォは原作のアポクリファ時に比べ、大幅に能力が弱体化している。

 宝具は【触れれば転倒(トラップ・オブ・アルガリア)】が欠落し、他は軒並みランクダウン。

 保有スキルはほぼそのままだが、元々低い基礎ステータスがさらにダウンしている。

 だとしても腐ってもサーヴァント。常人が相手なら十人だろうと百人だろうと問題ではないが、なにしろ相手は万の軍隊だ。

 アストルフォを一人にすれば、無茶するのは目に見えている。

 ウィンドウ越しにすれ違った才人たちのことも気になる海苔緒は、腹を決めてアストルフォに付いていくことにした。

 それに一応であるが、海苔緒には文字通りの『切り札』がある。

 

「時間がない。悪いが俺たちは逃げ遅れた人の救援に行かせてもらうぞ」

 

 

 海苔緒がそう告げると、アストルフォが光りに包まれ……次の瞬間鎧の姿にシフトする。その光景を見て、慎一やミュセルは目を丸めた。

 ただ美埜里だけは……、

 

「イングランド王の息子……息子ッ! あなた男? つまり両方♂? それでマスターって、どういうこと!?」

 

 

 眼前の光景など目に入っていなかった様子で、再起動した美埜里が海苔緒たちに迫る。先程の冷徹な雰囲気とは違う、禍々しくおどろおどろしい妖気のような重圧を美埜里は背中に背負っていた。

 

「それは……」

 

 プレッシャーに圧されて返答に窮する海苔緒に代わり、アストルフォがあっさり答える。

 

「それはボクがサーヴァントで、ノリがマスターってことだよ」

 

 自慢するようにアストルフォは海苔緒と腕を絡める。

 その瞬間、美埜里の中で何が弾けた。

 

「こんなかわいい男の子同士で奴隷(サーヴァント)に、御主人様(マスター)、つまりそれは……ふふ、腐腐腐腐腐。じゅるり……はっ、いけない、いけない!」

 

 ゴクリッと生唾を飲み込む音が後に続く。

 どうやら危険なスイッチが入った様子だ。美埜里は数秒間、完全に自分の世界に入っていた。

 ドン引きした海苔緒はこれ以上生理的に関わりたくなかった。

 

「ともかく説明している暇はない! 俺とアストルフォに分かるのは……銀座のど真ん中に穴が空いて、そこから化け物やら鎧を着た中世の軍隊みたいなのが際限なく溢れ出してるってことだけだ。しかも連中、誰彼構わず殺しにかかってやがる」

「そんな……」

 

 絶句する慎一。

 海苔緒はアストルフォと知覚を共有することで門から溢れ出す兵士たちの存在を感知していた。

 加えて海苔緒はその正体にも見当が付いていたが、今の時点では海苔緒の推測でしかなく、正しいとは限りないし、口に出しても混乱を招くだけだ。

 ともかく今はこの場を乗り切らねば、何も始まらない。

 海苔緒はアストルフォの後ろにしがみ付き……ヒポグリフに跨った。

 

 

「ヒポグリフ!」

 

 アストルフォの掛け声に応じるように幻馬は翼を羽ばたかせ、徐々に宙に浮いていく。

 

「待って、まだ話が……」

「何度も云うが詳しい説明をしている時間はないッ! アンタたちは走って皇居の中に避難しろ。あそこなら時間が稼げるし、いざとなれば半蔵門から西に脱出できる。お互いに生き残れたら、何でも話を聞かせてやるよ。―-じゃあな、急いで逃げろよ!」

「あっ、ちょっと待ちなさい!」

 

 幸運なことに現在地はかなり皇居寄りだ。今ならまだ余裕を持って皇居に避難出来るだろう。

 海苔緒とアストルフォは慎一や美埜里の制止を振り切り、ヒポグリフで空へと飛び立った。

 

 




という訳でアストルフォは弱体化、元のスペックと対軍宝具と併せて単独で帝国を撤退させるおそれがあるので……こういった形に落ち着きました。

ノリオ君の『切り札』は予想出来る人も居るかもしれません。


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第四話「どんな未来が二人を試したって。もしくは虚無の使い魔」

という訳で今回はゼロ魔回。

全然話は進んでません、ごめんなさい。


 門を最初に抜けたのは帝国の露払いとして放たれたオーク、ゴブリン、トロルといった異形の怪異たち。

 怪異たちは本能と仕込まれた命令に従い、銀座の人々を蹂躙しながら周囲に広がっていく。

 混乱する人々に出来たのは、ただ叫びを上げながら逃げ惑うだけ。

 たがそんな中、人々の波をかき分け、怪異に抗う男女が居た。

 

 

「……だ、誰か助けてくれ!」

 

 逃走中に転倒してしまった中年サラリーマンは、足が震えて立ち上がれなかった。

 気付いた怪異の一匹が、その存在を目に入れた。

 何を考えているかも分からぬ笑みを浮かべ、怪異がゆっくりと身動きの取れないサラリーマンに近づき……、

 

「やめろ、やめてくれッ!」

 

 片手に持った鉈を大きく振りかぶった次の瞬間……、

 ザシュッ、と怪異は横合いから斬りつけられ、蹴飛ばされた。何が起きた理解出来ず怪異は勢いよく転がり、日に焼けたアスファルトの上に沈む。

 

「おい、アンタ。大丈夫か?」

「……え?」

 

 サラリーマンを救ったのは青色のパーカーを着た青年だった。黒い髪、黒い双眸……一見にどこにでも居るような青年に見えるが、その瞳には強い意志を秘めた輝きを湛えている。

 サラリーマンの中年は青年の手を借り、立ち上がる。

 

「助けてくれてありがとう…………手が光ってる。君は……?」

 

 よく青年を観察すると、ボロボロの剣を持った手の甲に光る文字が刻まれていた。

 剣は怪異たちから奪ったもののようにも見えるが、降り注ぐ陽光の光にも負けない手の甲の輝きは一体?

 

「サイト、向こうから押し寄せてくるわッ!」

 

 横から女性の声が耳に入り、サラリーマンは己の思考を中断する。

 声の主は桃色の髪の少女だった。大人の女性というにはまだ顔立ちも幼く、背も低く、起伏も乏しいが、青年と同じくその双眸から強い意志を感じる。

 桃色の髪の少女の指さす先には、有象無象の怪異たちが居た。

 狂奔に駆られた怪異たちは皆一様に血に塗れた武器を持ち、理解出来ぬ唸り声を上げながら手当たり次第に武器を振ふっている。

 その怪異の群れが青年たちの存在に気付き、団体で押し寄せてきていたのだ。

 

「あっ、うわぁぁぁぁ!」

 

 サラリーマンは会話を打ち切り、一目散に逃げていく。

 残された青年――平賀才人は悪態をつきながら剣を構え直す。

 

「ちくしょうッ、何が一体どうなってんだ!」

 

 今年の春、ハルケギニアから日本へと帰還した平賀才人はそれまでの間、色々ありつつも(例えばタバサの双子の妹が見つかって、タバサが『女王の地位』を譲るとか云い始めたり、その妹が新しい虚無の担い手に目覚めてロマリアの神官のジュリオが召喚されたり、才人暗殺を企てていたトリステインの貴族たちが元素の兄弟の協力で一網打尽になったり、ティファニアが胸を自ら才人に曝け出し『わたしの全部あげる』と爆弾発言かましたり(原作とは違い、才人の領地というか屋敷での出来事。留守から帰ってきたルイズに目撃され、世にも恐ろしい修羅場に発展。その日を境にティファニアの才人の呼び方が『サイトさん』から原作同様の『サイト』に変わった)……等々)なんとか平穏に過ごしていた。

 しかし現在、ルイズと共に銀座を訪れた才人は怪異の大群と遭遇していた。

 加えてその怪異たちの姿は身長などに差異があるものの、間違いなくハルケギニアに生息するオーク鬼やトロール鬼などの亜人に類似している。

 

「本当に、何でコイツ等がここに?」

「さっき、一瞬だけ変な魔法の気配を感じたわ。今思うとその魔法の気配、もしかしたら虚無……いいえ、世界扉(ワールド・ドア)に似ていたかも」

 

 世界扉(ワールド・ドア)……つまり、才人やルイズたちが日本とハルケギニアを行き来する際に使っている虚無系統の魔法である。

 

世界扉(ワールド・ドア)だって? じゃ、コイツ等は虚無の魔法でハルケギニアからやってきたっていうのかッ!?

 

 驚いた様子で才人はルイズの方へと振り向いた。

 

「それが分からないの!! 大きい力を感じたのはほんの一瞬だったから。けど多分まだ開いてる。来たわ――、どいてサイト!」

 

 ルイズは一単語ほどで詠唱を破棄し、虚無の魔法【エクスプロージョン】を発動。亜人の集団の中心に叩き込む。

 最大威力から考えれば毛ほどの爆発だったが、怪異たちを吹き飛ばし混乱に陥れるには充分な威力だ。

 

「はぁぁぁぁぁッ!!」

 

 ついでガンダールヴのルーンの力によって強化されたサイトが神速の如き動きで疾駆し、混乱した亜人の群れへ突っ込むと目にも留まらぬ速さで亜人たちを斬り裂き、打ち据え、蹴り倒し、亜人を次々無力化する。

 全て亜人を倒しきる頃には、元からボロボロだった剣が完全に使い物にならなくなったが、構わないと云わんばかりにサイトは剣を捨て、また別の剣を拾った。

 

(こんな時にデルフの奴がいてくれれば……)

 

 デルフリンガー……才人の相棒である知性ある剣、インテリジェンスソードである。

 六千年の時を生きた彼ならば、今回の事態にも心当たりがあるかも知れないと、才人は思ったのだ。

 けれどデルフリンガーはエンシェント・ドラゴンと本体が砕け、今は才人のルーンの中で未だに眠っている。エンシェント・ドラゴンとの最終決戦で一時的に目覚め、才人に力を貸してくれたが、それ以来全く起きる気配を見せない。

 

「くそ、また来やがった!」

 

 大挙して押し寄せる亜人の群れ。その後ろでさらに、巨大な盾と槍を携える多勢の軍団が控えていた。鎧を身に付けたその姿は、どう見ても亜人ではなく人間である。

 ハルケギニアで幾度の修羅場を潜った才人の勘が囁いていた。

 ……さらに後方にはまだまだ数えきれないほどの敵の大群が居る、と。

 才人の脳裏では七万の軍勢と対峙した時の記憶が自然と思い出される。

 あの時はデルフが居たことに加え、奇襲じみた速攻で指揮官を何人も潰していくことで戦場をかき乱し、決死の覚悟と引き換えに七万の軍勢の進軍を停止させた。

 けれど現状、その戦術を採ることは出来ない。

 ……何故なら才人の後ろにはルイズが居るから。

 才人が突っ込めば、ルイズを一人取り残してしまう。

 その思いが才人の心を縛り、ガンダールヴの力は十二分に発揮されていない様子である。

 それに、このままいけば才人よりルイズの方が早く倒れるのは確実だろう。

 虚無は担い手の精神力を糧として発動する魔法。その威力は凄まじいが、その威力に比例して担い手の精神を消耗させていく。つまり短期決戦にはすこぶる有効であるが、長期戦には驚くほど向かないのだ。

 いくら小出しエクスプロージョンを撃とうとも、虚無の魔法の消耗が他の魔法より激しい事実は変わらず――才人と会うために世界扉を頻繁に使っているルイズには精神力のストックが殆どない。

 加えて夏の炎天下という状況がさらに肉体と精神の消耗を加速させる。湿気の多く蒸し暑い日本の夏は、ルイズにとって全くの未体験であった。

 この状況が続けば、遠からずルイズは精神力を使い果たして倒れる。

 ……今なら未だ間に合う。

 そう思った才人は神妙な口調でルイズに告げる。

 

「ルイズ、世界扉(ワールド・ドア)を使ってハルケギニアに逃げてくれ」

 

 一瞬何を云われたか理解出来なかったルイズは、数秒経って大きく目を見開いた。

 

「……何云ってるのよ? サイトはどうするの?」

「俺はこの場に残る」

「残るって! 一体どうしてッ!?」

 

 信じられない――と云いたげなルイズに才人は真剣な面持ちを向けた。

 

「ここが俺の故郷で、俺の国だからだ! 俺が逃げたら、逃げ遅れている人が大勢死ぬ。だから俺はここから絶対に逃げない」

 

 

 七万の軍勢に立ち向かう前、デルフに打ち明けたことを思い出す。

 幼い頃の才人は駅で見知らぬお婆さんが不良に絡まれているのを見ているだけで、何も出来なかった。

 幼い才人は思った。もし自分が強かったらと……、

 そして同時に幼い才人は自分が強くなかったことにほっとしていた。例え自分が強くなったとしても不良に敵うかどうかは分からなかったからだ。

 デルフに打ち明けた時と同じように才人は内心を吐露する。

 

 

「もし俺がルイズに召還される前だったら、多分確実に逃げてた。自分は弱いって……云い訳が効くからな。でも今は違う。俺はお前の使い魔でガンダールヴだ。……だから逃げない。だって今の俺は強いから」

 

 故に歯を食いしばってでも、助けたい者を守らなければならない。

 才人はその意地を貫くためにたった一人でデルフと共に七万のアルビオン軍に突撃した。そして今回は、

 ……デルフが居なくたってやってみせる!

 その言葉はまるで魔法のように才人自身を鼓舞し、心を震わせた。ルーンの力の輝きが徐々に増していくのが、それを証明している。

 

 

「……サイト」

 

 一方でルイズの才人の気持ちを理解していた。こんなことを口にする才人だからこそ、世界扉で無理矢理日本に帰還させられても無茶をしてハルケギニアに舞い戻り、エンシェント・ドラゴンからルイズたちの世界を救ったのだ。

 ……けれど、

 

「分かった。私も残るわ。だってサイトの故郷は私にとっても故郷になるし、サイトの国は私の国でもあるわ!!」

「はぁ!? 何だ、その無茶苦茶な理屈は? ルイズ、我儘云わないで……」

 

 サイトはルイズを諭すためもう一度振り向くが、その時のルイズは今にももう泣きそうな顔をしていた。

 

「我儘はどっちよッ! この馬鹿犬ッ! ずっと一緒だって、もう一人にはしないってッ! 皆の前で誓ったじゃないッ!! だから……だから私を一人にしないで! お願いよ、サイト」

 

「……ルイズッ」

 

 皆の前で誓ったというのは、ハルケギニアでの結婚式のことだろう。

 エンシェント・ドラゴン討伐後、アンリエッタ女王陛下から男爵の地位を賜った才人は正式にルイズと結婚した。

 遠い世界に生まれた二人だけど……否、『だからこそ』巡り会えた奇跡をずっと続けていこうと、互いに誓ったのだ。

 とは云っても、日本には届けを出していない。異世界結婚なんて云われても受諾させるわけがない。

 けれど事情を知った才人の両親は祝福してくれている。

 自宅に帰ってきた時、両親は大変驚き、喜び。才人本人やルイズから異世界での出来事を聞いた後は悲しんだり、怒ったりもしたが最終的には理解を示してくれた。

 自分には勿体ない親だと才人自身も思う。いくら親孝行しても、し足りないぐらいだ。

 だから……、

 

「……分かった。危なくなったら一緒に逃げる。一人にはしないよ、約束する。――だからまだいけるか、ルイズ」

 

 

 ルイズは才人の言葉を聞いて本当に嬉しそうな表情をし、

 

「誰に聞いてるの? 私は貴方の御主人様よ。勿論大丈夫に決まってるじゃない!」

「分かった。じゃ、行こう。ルイズ」

「分かってるわ、サイト」

 

 迫りくる亜人の群れに才人は剣の切っ先を向け、後ろでルイズも杖の標準を合わせる。

 サイトの脳裏では、七万のアルビオン軍に突撃する直前のデルフの言葉が蘇っていた。

 

『まぁなんだ、どうせならかっこつけな』

 

(デルフ……どうやら男って生き物は、結婚するとかっこつけるのも一苦労らしい)

 

 才人は嘆息すると、そのまま息を吸い込み深呼吸をし、気持ちを切り替える。

 

 

「――いくらでも来るなら来いってんだ! 俺は七万の軍を止めたサイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ・ド・オルニエール。神の左手【ガンダールブ】で、虚無(ゼロ)の使い魔だッ!!」

 

 見渡す限り途切れることのない軍勢に向かって才人は勢いよく啖呵を切ると、ガンダールヴのルーンはさらに輝きを増した。

 

 『これぐらいのピンチなら才人/ルイズと一緒に、何度でも乗り越えてきた。……そして今回も』

 

 その想いが二人の心を強く震わせる。

 そして亜人の群れの先頭が剣を構えた才人に飛び掛かり……、

 

我が魔力と真実なる言葉(イア・レドロ・イム・シガム・)を以て汝等、風の精霊に(レウオブ・ドナ・エウルト・ウェイ・)命ず、拳を成して、(ディーフリス・エカム・)あれなる敵を打ち据えよッ(トシフ・ドナ・エキルツ・タート・イメネ)!」

 

「「え?」」

 

 空から響いたのは、虚無でも系統魔法でもない、ルイズと才人の全く知らない呪文の詠唱。

 

疾風の拳(ティフ・ムロッツ)ッ!」

 

 空から殺到する猛烈な突風が飛び上がった亜人を地面に叩き付ける。

 才人たちが視線を空に向けると、そこは人を二人乗せた幻獣が居た。

 幻獣が降下し、その勢いによって瞬く間に周囲の亜人たちを蹴散らしていく。

 その様子を見て、行軍していた後ろの人間たちの部隊が驚き、動きが停止した。

 

「グリフォン?」

「いいえ、あれはヒポグリフよ!?」

 

 

 サイトの言葉をルイズが訂正する。

 二人が奇しくもジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドのことを思い出し、苦い思いが記憶から漏れだすが、ヒポグリフらしき幻獣に乗った二人は全くの別人だった。

 幻獣の手綱を握るのはルイズに似たピンク髪の少女、その後方で黒髪をポニーで纏めた眼鏡の少女が乗っていた。

 幻獣に乗った二人は亜人達をあらかた片付け終えると、手を振りながら才人たちにゆっくりと近づいてくる。敵意がないことを示すためだろう。

 

「おーい、アンタ等。大丈夫か!?」

 

 声を掛けられた才人とルイズは驚き、目を丸める。

 

「あれ? あの子たち、さっきスタバに居たかわいい女の子たちじゃ?」

「はッ?」

 

 ポロっと漏れた才人の言葉に、横に居たルイズはギロッと目を光らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(それにしても、疾風の拳(ティフ・ムロッツ)は使い易いな)

 

 手を振りながら才人やルイズに近づく海苔緒は心の中でそう思った。

 疾風の拳(ティフ・ムロッツ)とは、つい数刻前、ミュセルが海苔緒に向けて放つ準備をしていた魔法だ。

 ミュセルは小声で唱えていたが、その詠唱は確かに海苔緒の耳に聞こえており、そのおかげで海苔緒は魔法の知識をほんの一部取り戻していた。

 そんな訳で海苔緒は疾風の拳(ティフ・ムロッツ)を発動出来るようになったのである。

 今までは遠距離でほどほど使えるものといえばガンドの魔術だったが、海苔緒のガンドはフィンの一撃に至っていないため、物理的攻撃力を有しておらず決定打足りえなかった。

 それに比べて相手を風で吹き飛ばし無力化する疾風の拳(ティフ・ムロッツ)は、海苔緒の求めていた決定打足りえる魔法だったのだ。

 

(ミュセルに魔法を向けられて、一時はどうなることかと思ったがおかげで使える魔法を知識の中から思い出せたな。しかしそれにしても……)

 

 ヒポグリフの後ろに乗った海苔緒は、才人とルイズに目を向ける。

 地上では何故かルイズがこっちそっちのけで、才人の襟をつかんで体を強く揺すっている。

 

「ねぇ、ノリ。あの二人、何してるだろう?」

「さぁな、喧嘩するほど仲がいいってやつじゃねぇか?」

 

 ヒポグリフを降下させながら、アストルフォは『なるほどー』と声を上げ。その後ろで海苔緒は内心に、

 

(あの二人結婚した後じゃなかったのか? いや、そういや原作でも何かが起こって二人でそれ乗り越えようと、ずっとあんな調子だったから。そうそう関係は変わらないってことか)

 

 仲が深まりいい雰囲気になっても、なにかしらの出来事が起こって、また距離が開いてしまう才人とルイズ。

 そんな二人に対し、海苔緒は尊敬するようにも、呆れるようにもとれる視線を投げ掛けた。

 




以上、ノリオ、疾風の拳(ティフ・ムロッツ)を覚えるの巻でした。

ゼロ魔はアニメ版をベースにしつつ小説版の設定がところどころ混じっています。
大隆起に関しては触れるつもりですが、それほど危機はまだ迫っていないといった感じになる予定。
ちなみにロマリアは何も企んでません。
才人は結婚したけど、まだまだ周りが諦めていない感じです。

PS

疾風の拳(ティフ・ムロッツ)の詠唱は原作四巻で慎一が唱えていたやつです。



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第五話「反撃の狼煙。または集う異邦人たち」

今回は難産でした。

次の次くらいでノリオが切り札を使う話になると思います。


「アンタたち、一体……?」

 

 才人の海苔緒たちに対する第一声はそれだった。ルイズの眼差しを見る限り、抱いている思いは才人の同じらしい。

 まぁ当然だろう。二人ともさっきの漫才が嘘のように真剣な表情をしていた。

 何と返そうかと海苔緒が考えていると、先にアストルフォが口を開く。

 

「ボクはアストルフォで、こっちはノリ。そしてこの子はヒポグリフだよ。で、君たちの名前は?」

 

 お気楽な調子のアストルフォの名乗りに、才人たちは戸惑いつつも答える。

 

「俺はサイト、こっちは……」

「ルイズよ。それより私たちは、名前じゃなくて、貴方たちが何者かってことが聞きたいの!」

「そうなんだ。じゃ答えるけど、ボクはノリのサーヴァントで、ノリはボクのマスターだよ」

 

 ニッコリと笑ったアストルフォの返答に、才人とルイズはギョっと驚いた表情をする。

 

「サーヴァントって、使い魔ってことかッ!」

「まさか貴女、ヴィンダールヴ? それにそっちの子は……」

 

 どうやら才人たちは、アストルフォがサーヴァントと聞いて虚無の担い手とその使い魔を連想したようだ。

 海苔緒はこの時点で知らなかったが、ロマリア教皇のヴィットーリオが死亡したことにより、ジュリオからはヴィンダールヴのルーンが消失していた。

 騎乗という面において、ライダーのクラスとヴィンダールヴは類似している。アストルフォがヒポグリフに乗っていたことが、誤解を加速させた面もあるだろう。

 サイトは叫ぶように云う。

 

 

「アンタたち、やっぱりハルケギニアの人間かッ!?」

 

 

(ああ、そういう勘違いをするのか……)

 

 

 本当は『ハルケギニア出身ではないですが、知ってますよ』と答えて色々話を聞いたりしたかったが、そんなことをすれば後々ややこしいことになるのは確実だ。故に海苔緒はあえて知らないフリをすることを決めた。

 海苔緒は内心を隠し、素知らぬ顔で才人たちに尋ね返す。

 

「悪いがこっちは、アンタ等が何を云ってるのかさっぱりだ。ヴィンダールヴとか、ハルケギニアとか、もしかしてこの騒動と関係あんのか?」

 

「何云ってんだ。さっきの魔法は……あれ?」

 

 そこまで云って才人は首を傾げた。

 思い出してみれば、さっき海苔緒が使った魔法は虚無ではなく風の系統魔法らしきものだった筈。才人もルイズも虚無と四系統の魔法が併用出来るなどいう話は聞いたことがない。

 才人たちの中で新たな疑問が浮かび上がる中――、

 

「ノリ、空からこっちに向かって来てる」

 

 アストルフォはこちらへ迫る竜騎兵の団体を知覚し、パスを経由して海苔緒も少し遅れてそれを感じ取る。

 同時に、数百メートル先で進軍を停止していた帝国の部隊が再び動き始めようとしていた。

 

「ちッ、時間切れだな。アストルフォ、手を重ねてくれ」

「分かった。アレを出すんだね」

 

 海苔緒の伸ばした右手に、アストルフォは絡めるようにして左手を重ねた。

 アストルフォが思い描くのは金の穂先を持った馬上槍。カタイの王子、騎士アルガリアから手に入れた魔法の武器。

 その想いに応えるように、海苔緒はアストルフォと重ねた手を伸ばし、虚空から美麗な装飾がされた巨大なランスを引き抜く。

 

「――来い、触れれば転倒(トラップ・オブ・アルガリア)!」

 

 現れたのは欠落した筈のアストルフォの宝具【触れれば転倒(トラップ・オブ・アルガリア)!】だった。

 不意のことであった為か、才人たちも驚いた様子である。

 海苔緒の『ありとあらゆる武器を虚空より取り出し、使うことが出来る能力』は欠陥が多い……というか欠陥だらけである。もしかしたら海苔緒の得た能力の中で最も使い勝手が悪いかもしれない。

 まず海苔緒単体で能力を使用した場合、出せない武器が多数存在し、仮に出せたとして見た目だけ、その大半が模造劣化品であった。

 数年の経験則から、武器の再現度は武器を出した当人の知識に比例すると海苔緒は理解した。

 本物を識らなければ、本物は出せない。まったく役立たずの能力である。

 けれど数ヶ月前、アストルフォを召喚してちょうど一ヵ月が過ぎた時。

 

『ノリの能力を使って、ボクが武器を取り出したり出来ないのかな?』

 

 海苔緒の能力の大半は既にアストルフォに説明済みだった。

 おそらくは気まぐれというか、パッと思いついてあまり深く考えずアストルフォも提案したのだろう。

 海苔緒も勢いにつられ、色々試行錯誤した結果……、

 出せたのだ、アストルフォの欠落した宝具【触れれば転倒(トラップ・オブ・アルガリア)!】が。

 つまり本物を知る者の協力があれば、海苔緒の能力は本物の武器を引き出せるのだ。

 けれどまだ欠点は多々残っている。

 武器を離すと数秒と経たず消える。うっかり戦闘中に離せば武器が無くなるし、弓、銃火器、手榴弾等、遠距離の射撃武器や投擲武器は手から離れて直ぐに消失してしまうので至近距離でなければ絶対に命中しない。

 但し他人には譲渡出来る。けれど受け取った人間が手から武器を離せば、同様に武器は消失する。

 加えて海苔緒は虚空から出した武器を使いこなせない。

 虚空から出した武器を海苔緒が手にすれば、その武器の用途、扱い方、使用方法などは分かるが……それは飽くまで脳が理解しただけであって、肉体に経験は蓄積しない。

 つまり精々取扱い説明書を事細かく読んで記憶した程度のことでしかない。

 頭だけで理解しても、剣は正しく振るえない。当たり前の理屈である。

 だから現状、一部の例外を除き海苔緒のこの能力は自分で使うより、他人のサポートに回った方が、効率がいいと云える。

 

「アストルフォは空の連中を頼む」

「ノリはどうするの?」

「【アレ】を使って才人たちを地上から援護する」

 

 槍を握ったままヒポグリフに騎乗するアストルフォに対し、海苔緒は長大な銃を構えるようなジェスチャーを見せる。

 

「あ、【アレ】かぁ。なら、空からの方がいいんじゃ……」

「いや、生憎と扱い馴れてねぇんだ。それに撃つ時は止まってねぇと駄目だからな」

「でもそれだと、ノリが……」

 

 心配そうに見つめるアストルフォに、海苔緒は精いっぱいの虚勢を張った。

 

「大丈夫だ。危なくなったら令呪でも何でも使ってお前を呼び戻す。それに切り札もあるって云ってるだろ」

 

(まぁ、出来れば使いたくないんだよなぁ……ぶっちゃけ、本当に使えるのか怪しいし)

 

 心の内を悟られぬよう海苔緒が気を使っていると、やや俯いて何か考えている様子だったアストルフォが顔を上げる。

 

「……分かったよ、ノリ。出来るだけ早く空の方を片付けて戻ってくるから、それまで待ってて」

「ああ、任せた」

 

 それだけ言葉を交わすと、アストルフォは【触れれば転倒(トラップ・オブ・アルガリア)!】を携え、ヒポグリフと共に飛び上がり、そしてそのままワイバーンとそれに跨る竜騎兵の集団へと一直線に向かっている。

 多勢に無勢だが、【触れれば転倒(トラップ・オブ・アルガリア)!】を手にしたアストルフォにとって敵ではないだろう。

 

(さて、こっちもやりますか……)

 

 槍と盾を構え集団で進軍する遠方の部隊に視線を向けた後、海苔緒は才人の方へ向き直り、言葉を掛ける。

 

「おい、アンタ。確か才人とか云ったな。武器は必要か?」

 

 (アストルフォが海苔緒をノリという名前で紹介したため)未だに海苔緒やアストルフォを女性と誤解している才人は、何かこの子、口調が荒っぽいなと思いつつも、己の握ったボロボロの剣に視線を送る。

 

「ああ、出してくれるならありがたいけど……」

「だったら手貸せ!」

 

 戸惑う才人を余所に、海苔緒は才人の剣を持っていない方の手を強引に掴むと、無理矢理重ねた。

 ルイズは『ちょっとッ! サイトに何するのよ……』と云い掛けて、先程の海苔緒とアストルフォが武器を取り出した光景を思い出す。

 

(もしかして……)

 

「才人、アンタが今まで使った剣の中で一番強いものをイメージしてくれ」

「一番強い……剣?」

「そうだ、一番強い剣だ。頭の中でソレを強く思い浮かべてくれ」

 

 そう云いって海苔緒は才人を誘導した。

 ここまで云えば、出てくる武器はおそらく一つしかない。

 

(一番強い剣……武器)

 

 才人は己の頭の中でソレを強くイメージした。

 それはかつてのガンダールヴが使った伝説の剣。六千年の時を生きた意思を持つ魔剣『インテリジェンスソード』。そして多くの冒険を才人と共にした心強い相棒でもある。

 エンシェント・ドラゴンとの戦いで失われたその本体を、才人は強く強く思い浮かべる。

 

(……来た!)

 

 海苔緒は虚空から伸びた剣の柄を重ねた手で掴みとる。

 

「今だ、才人! 一気に引き抜けッ!!」

 

 才人は頷くとソレを虚空から一気に引き抜いた。

 

「嘘……だろ?」

 

 引き抜いた武器の姿を見たルイズが大きく目を見開く。

 何より引き抜いた才人本人が驚いた。

 

「「デルフ!!」」

 

 引き抜かれた剣の正体……それは紛れもなく失われた筈の魔剣【デルフリンガー】だった。

 才人には分かる。砕け散ったあの日より重さも感触も、何一つ変わってはいない。

 何より左手に刻まれたガンダールヴのルーンが教えてくれる。これが本物のデルフリンガーだと。

 才人のルーンが蒼く輝くと、その光がデルフリンガー本体に伝播し、収束する。

 するとデルフリンガーの鍔の部分が独りでに可動する。

 

「う、う~ん……ああ? 相棒に、娘っ子じゃねぇか。ここは――」

 

 剣の鍔から声が男の声が響く。まるで寝起きのような調子の声だった。

 

 

「デルフ! ずっと起きないから心配してたんだぞ?」

 

 ボロボロの剣を捨て、デルフを両手で握った才人は嬉しそうに声を掛ける。

 そこでやっとデルフは己の状態を自覚したようだ。

 

「…………おでれーた! 何で俺っちの本体(からだ)が元に戻ってんだ? 一体どういうことだ、相棒?」

「それが俺にもよく分からないんだ。こっちの子が砕けて無くなった筈のお前の本体を出したつーか、召喚したつーか?」

 

 上手く状況を説明出来ない才人は、『説明してくれ』と乞うように視線を海苔緒へ向ける。

 

「何だ、しばらく見ねぇ内にまた新しい娘っ子が増えてやがる。おい、娘っ子。アンタ名前は……?」

 

 娘っ子と声を掛けられて、海苔緒は『またか』と嘆息した。

 うんざりといった表情を浮かべ、海苔緒はデルフに応じる。

 

「悪いが俺は娘っ子じゃねぇ。名前は紫竹海苔緒、年は二十歳。性別はお・と・こ・だ!」

「え、男ぉぉッ!!」

「これまたおでれーた! おめぇさん、そんなナリして男か!」

 

 サイトとデルフの驚く声が重なる。

 海苔緒の容姿も原因の一部だが、海苔緒が来ている服が女っぽいということが主な誤解の原因だろう。現在着ている服はアストルフォがチョイスしたコーディネートだ。

 ちなみにアストルフォが来る前は、ユニ○ロやシマ○ラで衣服を済ませていた。

 海苔緒は苦々しい話題を早々に切り替えることにする。

 

「そんなことより注意しろ。その剣、手から放したらすぐ消えるからな」

「は、消える? 一体どうして?」

「どうしてもこうしてもそういう仕様なんだ。デルフとかいう奴が剣に宿ってるみたいだが、才人が手から剣を放したらすぐに左手の紋章に戻った方がいいぞ。消えたくなかったらな」

 

 海苔緒は万が一、デルフが消滅しないよう才人に忠告した。

 

「つまり俺っちの復活は一時的なもんって訳か。で、この状況は一体どういうこった?」

「それもよく分からない。ノリオ……だったか、アンタはこの状況に心当たりがないのか?」

 

 才人の問われた海苔緒は内心ですまないと思いつつ、無知を装った。

 

「俺もこの騒動の原因は分かんねぇ。だが銀座の中心で魔法みたいなのが発動して、巨大な門が開いたのを感覚的に捉えた。どうやらその門からこいつ等や向こうの十字軍みてぇな連中が凄い勢いで雪崩れ込んでるらしい」

「魔法、門、やっぱり虚無の魔法……?」

 

 海苔緒の説明を聞いて、ルイズはブツブツと独り言を呟く。

 対して才人は海苔緒に再度質問するのであった。

 

「アンタ、魔法を知ってるのに、ハルケギニアを知らないって云うけど。だったら何者なんだ?」

「俺からすれば、アンタたちこそ何者って感じなんだがな、つうか、ハルケギニアってどこだよ? (……本当は知ってるけど)。けどな、お互いゆっくり自己紹介する余裕はねぇだろ」

 

 海苔緒は顎をしゃくる。

 示した方向である前方からゆっくりと、しかし確実に迫る軍隊の姿があった。

 

「今はあっちに対処するのが先決だろ?」

「確かに」

 

 才人は海苔緒に同意し、剣を構えた。

 

「うわ、すげー数だな、相棒」

「けど、七万を相手にしたあの時よりは大分マシだろ」

「ちげぇねぇ」

 

 デルフの軽口に才人が応じる。

 そのまま敵に突っ込みかねない雰囲気だったので、海苔緒は才人とデルフを引きとめた。

 

「待ってくれ、俺が魔法で纏めて吹き飛ばす」

「吹き飛ばす? どうやって」

「こいつを使うんだよ」

 

 

 海苔緒は虚空から武器を取り出す。その武器はまるで巨大な鉄の槍のようにも見えるが実際は違った。

 

「なんだ、ソレ。対戦車ライフルか何かか?」

「――違う、機械で出来た魔法の杖、【機杖(ガンド)】だ」

「え、それが杖なの?」

 

 海苔緒が出したのは、棺姫のチャイカにて、チャイカ・トラバント等の魔法師が使っていた武器、機杖(ガンド)だった。その形状はチャイカ・トラバントが使用していた物とよく似ている。

 海苔緒自身もよく分からないのだが、この世界において棺姫のチャイカに相当する作品、――担姫のアンジェリカ(著・菅野省吾)を読破している途中、唐突にアルトゥール王国系統の魔法の知識が海苔緒の頭に思い浮かんだ(知識を思い出す基準は本当に曖昧で、ドラ○エをプレイしたり、ダ○の大冒険を読んだりしても、海苔緒はその系統の呪文を使えなかった)。

 そして同時に、その知識を元にして機杖(ガンド)も取り出せるようになっていた。

 機杖(ガンド)を構えると、海苔緒の首元の後ろにジリジリと肌が焼けるような感覚が広がる。

 おそらく機杖を使うために必要な首の紋章が浮かび上がったのだろう。

 あらゆる魔法(ソフト)に対応するために、海苔緒の(ハード)は順次変化を遂げるらしかった。

 

 

「才人、この接続索を俺の首の紋章に繋いでくれねぇか」

「……ああ! 分かった」

 

 初めて見る機杖に目を奪われていた才人は、驚き戸惑いつつも海苔緒の指示に従い、機杖の機関部とケーブルで繋がった首輪のような接続索を受け取った。

 刹那、才人のガンダールヴの能力が発動し、機杖を反射的に解析する。

 

(何だ、これ!?)

 

 蓄念筒(カートリッジ)増幅術式筒(スペルドラム)装填桿(ボルト)照準器(スコープ)。銃に似た機構を持つコレの正体は機械の力によって魔法を増幅する武器(つえ)。ハルケギニアには存在しなかった未知の装置。

 正常な魔法の効果を発揮するためには周囲の環境に合わせて、詠唱を細かく調整する必要があるが、時間と手間さえ掛ければ個人で城すら吹き飛ばす威力を発揮することもある。

 才人はガンダールヴの力により、機杖のポテンシャルの凄さを正確に把握した。

 

「これでいいか?」

 

 接続索が首に巻かれたことにより、海苔緒と機杖は繋がり、機杖は海苔緒の体の延長と化す。

 

「すまん、助かった。じゃ、見てろよ」

 

 海苔緒は装填桿(ボルト)を引き、蓄念筒(カートリッジ)を銃身に装填する。

 それに合わせ機関部と連動する増幅術式筒(スペルドラム)がゆっくりと回転を始めた。

 周囲に温度、湿度、魔力の流れ、濃さ、等々――周囲の環境に合わせて海苔緒は呪文を選び、長い詠唱を紡いでいく。

 機杖の銃身を中心に魔法陣が幾重にも展開し、統合されていく。歯車が噛み合うように、バラバラであった細かい術式が複合されることにより、一つの強い術式が完成する。

 丁寧に、ゆっくりと確実に術式を組み上げ……やがて都合十数節の詠唱により魔法は完成する。

 

「――顕れよ〈穿ち砕くもの(ザ・クラッシャー)〉!」

 

 巨大な波のような指向性衝撃波が、隊列を組んだ前方の軍隊を呑みこみ……瞬間、まるでボーリングのピンのように、完全武装の兵士百数十名がいとも容易く弾き飛ばされた。

 隊列は完全に崩壊し、その殆どが吹き飛ばされた衝撃で行動不能となる。

 そうしてこの一撃が、侵攻を続ける帝国軍に対する反撃の狼煙となるのであった。

 




実はこの作品を書きつつ、なろうに掲載するための小説も書いてます。


連載開始したら報告しますので、その時は応援して貰えると嬉しいです。

では


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第六話「交錯者たちの反攻。もしくは災厄の訪れ」

今回はサプライズゲストが登場します(震え声)。


「何だ、……アレは?」

 

 手近なビルに避難していた駒門は、窓越しの光景を見て圧倒されていた。

 銀座の大通りを駆け抜ける重装騎兵と追随する重装歩兵の群れ、まるで映画の中から抜け出した古代ローマ帝国の軍団のようだった。

 ビルの窓越しに広がる非日常の光景。薄く固いガラスが現実(こちら)幻想(あちら)を隔てている。

 しかし異邦の軍隊の雄叫びは大気を裂かんばかりに周囲に轟き、ガラスを通り抜け、音の波が駒門の全身を震わせていた。

 もはや現実と幻想の境界は曖昧である。

 そう、曖昧なのだ。窓越しに広がる光景が本当に現実か、それとも酷く性質の悪い白昼夢なのか。

 現在、数百人の軍勢がたった三人を目標に、本気で進軍していた。

 騎兵たちは奥歯を噛みしめ、槍を強く握り、馬の轡を必死に引く。馬は馴れないアスファルトの感触に戸惑いながらも、全速力で道路を疾駆する。

 ……が、

 

「顕れよ、〈弾け乱すもの(ザ・ディスラプター)〉」

 

 放たれた光が殺到する騎兵たちの群れの中心に着弾する。瞬間、強烈な閃光と爆音が辺りに轟く。まるで閃光手榴弾(フラッシュ・グレネード)を数個一気に投げ入れたかのような威力。

 経験したことのない事態に、馬も騎手のパニックに陥った。

 何十頭もの馬が騎手を巻き込み転倒、転倒せずそのまま突き進んだ騎兵の殆ども乗り捨てられた自動車に激突し、行動不能となる。……が、それでも突き進んだ騎兵が三人居た。

 彼等三人の目標は先程から帝国の軍隊に壊滅的被害をもたらしている魔導師。

 重装歩兵の長槍が如き長大さを持つ鉄の杖から放たれる魔法は、百戦錬磨と謳われる帝国熟練の兵士を嘲笑するかのように一撃の元に吹き飛ばし、一部の兵士たちを恐慌状態に陥れていた。

 何としてでもここで止めなければ、いずれ士気が維持出来なくなる。

 ぼやけた視界、ほぼ聞こえなくなった聴覚を無視して三人の騎兵は黒髪の少女を何とか視界に捉え、槍を構えるが。

 

「ガハッ――!?」

 

 横合いからの強い衝撃、何が起こったかも理解出来ず騎兵の一人が馬上から叩き落とされ、地面を強い勢いで転がる。

 全身を覆う鎧にして制限された視界の死角を突いたのは、蒼い服を纏い、一振りの剣を握る青年。その左手は確かに輝いていた。

 青年はすぐさま跳躍し、二騎目の騎兵に飛び掛かる。

 

(馬鹿めッ!)

 

 宙に浮けば、回避など出来なくなる。陸に上がった魚に銛を向けるような気分で騎兵は馬上槍を青年に向ける。

 けれど、青年は馬上槍の先端に向かって軽く剣を振るった。

 ただそれだけのことであった筈、なのに接触した槍の重心がずれ、騎兵の槍先は外側に向かい大きく傾く。

 騎兵は何か起こったか理解出来ない。

 

(……はッ?)

 

 青年はそのまま滑るように騎兵の懐に入り、ガラ空きとなった腹部に強烈な飛び蹴りをお見舞いする。そのまま地面に激突し、二騎目の騎兵も脱落した。

 その光景を見た三騎目の騎兵に躊躇の心が生まれた。人の機微に聡い馬はその躊躇を感じとり、速度を緩める。

 青年はその隙を見逃さない。

 青年は剣を構え、地を蹴ると電光の如き速度で騎兵の視界から消え失せる。

 見失ったと思った時点でもう遅い。次の瞬間には腹部を逆刃で叩かれ、三騎目も落馬した。

 ……一騎目から三騎目の落馬まで、実に十数秒間の出来事である。

 その圧倒的な光景に、後方の兵士たちに動揺が広がる。

 

『何だ、あれ?』

『……悪魔』

『いや、化け物だッ!』

 

 帝国の兵士は知らない。彼の正体が神の左手であり、同時に神の盾たる【ガンダールヴ】であるということを。

 虚無の担い手の長い詠唱の間、無防備となる主を守ることに特化した才人の能力は、機杖を使う海苔緒との相性抜群と云える。

 開けた平野なら帝国にも勝機があったかもしれないが、ここは銀座のど真ん中だ。入り組んだ地形の中では一度に大規模な攻勢は仕掛けられないのだ。

 銀座の大通りは完全に才人たちの支配するキリング・ゾーンと化していた(※キリング・ゾーンと表現したが、海苔緒も才人も、勿論ルイズも、相手を極力無力化することに努め、無益な殺生はしてはいない)。

 

 

『何をしているッ! 相手はたった三人だぞ。さっさと……』

 

「顕れよ〈叩き潰すもの(ザ・スラッガー)〉」

 

 帝国指揮官が味方を叱咤している途中で、〈疾風の拳(ティフ・ムロッツ)〉にも似た不可視の一撃が狙い澄ましたかのように指揮官を跳ね飛ばす。

 吹き飛ばされた指揮官は仰向けで宙を舞い、脳内には走馬灯がよぎった。

 

(何故、こんなことになったのだ……?)

 

 ことの始まりは、侵攻先であるこの異郷の地より数人ばかり適当に攫ったことにある。

 たったそれだけの人間を検分しただけで、この地に住む者たちが惰弱で戦う気概のない蛮族であると判断したのは明らかな失策だった。

 現状、帝国侵攻軍はたった三人の相手に圧倒されている。

 指揮官の目に映るのは、天に届かんとする巨大な摩天楼と、どこまでも続く透明な鏡の壁。

 こんなものを作る技術は帝国には存在しない。それも驚くほど大量に、だ。今しがた己を吹き飛ばした長大な鉄の杖。あれに似た代物も、きっと数えきれないほどあるのだろう。

 最初は奇襲だから成功した。だがきっと時が経てば、あの杖に匹敵する武器を携えた連中が大挙として此方に押し寄せ、帝国軍に反撃を加える筈。

 

(なに……が……、宝の、山……だ。元老院、の、連……中、め! ここはグリフォ……ン、の……巣の中だ)

 

 撤退を叫ぼうとしたが、それも叶わず……指揮官は地面に体を強く打ち、失神した。

 指揮を引き継ごうとする者は次々、海苔緒の狙撃に遭い吹き飛ばされる。

 機杖は射点を変えなければ、詠唱した魔法を機杖が読み込み保存するため、別の魔法に変えない限り連射が可能だ。つまり固定砲台に徹すれば、再詠唱(リ・キャスト)は必要ない。

 隊列を組んで接近しようとすれば海苔緒に纏めて吹き飛ばされ、少数が突破出来ても、才人に封殺される。

 天秤がどちらに傾いているかは、もはや明白。

 いずれ遠からず才人たちの方面に押し寄せてきた帝国軍の部隊の一部は完全に瓦解するだろう。

 

 そんな光景を駒門は放心したように見つめていた。

 駒門の部下たちもお互いを符丁で呼ぶのも忘れ、互いの見える光景を伝え合っている。

 異世界から侵略という衝撃的な事実も、それを上回る光景によって打ち消されていた。

 

『なんだ、こりゃ? アメリカのハリウッド映画かよッ!?』

『そりゃ、もしかしてマー○ル原作か?』

『空の上じゃ、ワイバーンが次々撃墜されてる。槍持ってグリフォンみたいなのに乗ってんのはまさか、さっきのピンク髪のスターバックスの客か?』

『こっちで対戦車ライフルみたいな武器使って魔法ぶっ放してるのは、ピンク髪と相席してたガキだ。くそっ、どうなってる!? どこの担姫のアンジェリカだよ!』

『上層部に報告したんだろ! 政府のコード【6666】発動はまだなのか?』

『大方内閣の連中がブルってんだろ。なにせ、今の政権は自衛隊を【暴力装置】とか呼んでた連中の集まりだからな』

 

 怒声とも悪態とも付かない声が通信の中を飛び交う中、コード【6666】という単語が漏れた。

 現実のアメリカに概念計画(CONOP)8888というものが実際にあった。これはアメリカ国防総省の戦略軍が極秘に制作した防衛プランであり、もし現実にゾンビによるパンデミックやバイオハザードが発動した場合、どういった対策をとるのか具体的に書かれている。

 この計画は後に暴露されて笑い話の種となり、国防総省は『訓練のために作った計画であり、人々が訓練用の架空のシナリオを実際の計画と勘違いしないよう、あえて全くありえないシナリオを採用した』と声明を出しているが、もしかしたら本気だった……かもしれない。

 この世界の日本では、これと似たような防衛計画が極秘文書として存在していた。

 コード【6666】……エルダント帝国との接触に影響され制作された、異世界からの侵略に対する防衛計画。

 けれど誰も本気で計画書を作った訳ではない。非公式ながら異世界と接触した日本政府が、様々な体裁を整えるため作ったお役所仕事丸出しの文章の一つに過ぎなかった。

 それが今まさに発動しようとしていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空を翔る帝国の竜騎兵たちは今まさに混迷の渦に呑まれていた。

 炎龍などの一部の例外を除き、空において彼等はずっと敵なしであった。いくつも城塞を落とし、いくつも城を陥落させ、今回も竜騎兵隊は帝国の栄えある先槍を務めることとなったのだ。

 本来の世界ならば彼等はヘリや戦闘機といった既知の範疇を超える未知の兵器によって駆逐され、力の差など理解することなく墜ちていっただろう。

 けれどこの世界線においては違う。彼等は理解の及ぶ範疇のものよって圧倒的な力の差を見せらせ、力の差をまざまざと痛感しながら墜ちていく。

 彼等……竜騎兵とワイバーンの敵は、幻獣に跨り金の穂先を持つ馬上槍を携える……たった一人の騎士だった。

 

『なんだ……アイツは?』

 

 震える声で竜騎兵の一人が呟く。落とされた仲間は、既に十数騎はくだらない。

 ――触れれば、墜ちる。

 魔的な表現だが、そう評するしかない。あの槍の金の穂先に触れた途端、竜騎兵はワイバーン諸共、転がるように宙を滑り地上へ落下するのだ。

 

『こ、こっち、向かってくる!』

『散れ、散れ!!』

 

 幻馬に乗った騎士は全速力で竜騎兵の団体へと突撃した。まるで理性(きょうふ)を母親の股座に置いてきたかのような無謀かつ無茶苦茶な勢いである。

 運悪く逃げ遅れた竜騎兵の一人は、正面から幻馬の騎士と接敵した。

 

(女……、いや子供?)

 

 男の視界に映ったのは白銀の鎧を纏った桃色の髪の少女だった。

 一瞬、竜騎兵の脳裏にモルト皇帝の第五子、ピニャ・コ・ラーダ率いる薔薇騎士団が連想される。

 少女はまるで恐れ知らぬ幼子のように悠然と微笑んでいた。

 その姿はまるで、死と狂気と戦争と断罪の神『エムロイ』の化身。

 

(……死、神!!)

 

 竜騎兵が必死に振るった長槍は保身なき紙一重の動きでかわされ、代わりに少女の振るう金の穂先がワイバーンを突く。

 瞬間、竜騎兵は何事も理解出来ぬままワイバーンと共に地面に落下するのであった。

 

「さぁ、次は誰だ!」

 

 勇ましく名乗りを上げながらアストルフォは槍を空へと掲げた。

 こうして目立つことで竜騎兵たちを釘づけにし、ワイバーンによる被害を防ぐためだ。

 けれど内心、アストルフォは胸を高鳴らせていた。こんな機会はもう二度とないと思っていたからだ。

 シャルルマーニュ十二勇士として活躍していた己を思い出す。

 同時にこの後、厄介なことになるだろうとも頭の隅で理解していたが、理性の蒸発しているアストルフォはその辺り極力考えないようにしている。

 

(まぁ、ノリと一緒なら後は何とかなるでしょ)

 

 ……その為にも早く合流しないとね。

 

 アストルフォはその想いを強く胸に仕舞い込むと、次の敵へと視線を定める。

 

 

「ヒポグリフだぁぁぁッ! 当たると痛いぞ~~ッ!」

 

 海苔緒のやっていた某ゲームの台詞を改変して借用しつつ、アストルフォはいつもの如く無鉄砲に竜騎兵の群れへと再び突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一体何がどうなっている!?』

 

 声を張り上げたのは帝国軍の中でも上位に位置する指揮官の一人。

 門を潜り、蛮族共も屠り、その屍の山に旗を立ててモルト皇帝の名の下でこの地の占領を宣言した所までは良かった。

 だが現状はどうだ? 空では竜騎兵たちがたった一騎の幻馬と騎士に圧倒され、地上では一部の部隊がたった三人の敵に侵攻を阻まれている。

 増援を送ろうにも巨大な塔のような建物に挟まれ道幅が限定され、他の道から侵攻しようにも帝国はまだこの異郷の地形を全く理解していない。

 指揮官たちの中で焦りが生じ始めていた。

 

(……このままでは責任問題が生じる)

 

 たった数名の反撃で栄えある帝国の軍が苦戦している。仮令この地を首尾よく占領したとしても、このことが報告されれば最悪何人かの首が飛ぶ(物理)かもしれない。

 何とかせねば……と、頭を捻っていると門の向こう側から大勢の悲鳴のようなものが響いた。

 門の向こう側には後詰めの予備兵力が控えている筈。

 何が起こったと、その場に居た殆どの兵士が門へと向き直る。

 門を潜り抜けたのは巨大な赤い首だった。

 肌を鋼のような鱗で覆い、双眸には獰猛な光を湛えている。

 それを見た瞬間、その場に居た全員の心臓が停止しかけた。中には堪えきれず失神した者も多数居る。

 震える声で指揮官の一人がその名を紡いだ。

 

『……炎、龍?』

 

 炎龍……門の向こう側、ファルマート大陸にて災厄と表現される絶対的生物(フリークス)である。

 人の身でソレに抗うことは出来ず、ただ洪水や台風が過ぎ去るのを待つように息を潜めることしか出来ない。

 炎龍は帝国軍には目もくれず、門を超えて空へと飛び上がった。目指す先は帝国が数名の敵に反撃に遭っている地点。

 その様子を門の近くに詰めていた兵士たちは放心したように眺めるしかなかった。

 故に誰もが気付かない。炎龍が全身に淡い砂のような光を纏っていたことを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、海苔緒たちは何とかこちらに近づこうとする帝国軍を撃退し続けていた。

 途中から一方からではなく三方に分散して近付こうとするようになったが、機杖の連射には歯が立たず、ルイズと才人のサポートもあって既に四千から五千程度の兵士を行動不能に陥れていた。

 ここからはゆっくり後退しつつ、敵を引き付け時間を稼ぎ……最後には合流したアストルフォと共にヒポグリフで空から脱出するか、それとも才人とルイズに付いていきハルケギニアに一端退避するかだろう。

 そして後は到着した警察や自衛隊などに任せるつもりだ。

 

(仮に何とかこの場を切り抜けたとして……その後どうなるやら)

 

 海苔緒の活躍は既に町中の監視カメラに捉えられているだろう。もしかしたらもう既にビルに取り残された人の一部が、海苔緒の姿を録画し動画サイトとツイッ○―などに上げているかもしれない。

 良くて任意同行、悪くて問答無用で取り押さえ。競馬や宝くじなどで荒稼ぎした前科もあるので捕まったら……追及必至だろう。

 海苔緒がそんなことを思っていた矢先……、

 

「おい、ノリオ、あれ?」

 

 サイトが大声を出し、空を指す。前方の道路には何故か巨大な影が出来ていた。

 

「え……どうし、た?」

 

 海苔緒は示された方向を仰ぎ見る。

 ――そこには巨大なドラゴンが滞空していた。本来ならばここに存在しない筈のソレの名を海苔緒は呟く。

 

「……炎龍、だと?」

「お~い、ノリ、こっちは終わったよ……って。なんだ、アレ!? もしかして竜種(ドラゴン)?」

 

 ちょうどワイバーンを掃討し終え、ヒポグリフに跨ったアストルフォが海苔緒たちに近づくと、炎龍はアストルフォの方を向く。

 獰猛な光を放つ炎龍の双眸に、一瞬だけ不可思議な淡い光が灯り……刹那、炎龍はアストルフォ目掛けて急速な勢いで突撃する。

 

「え、なに!?」

 

 アストルフォとヒポグリフは何とか炎龍の突撃を回避し、距離を置こうとするが炎龍はアストルフォの後ろに喰らい付き、離れようとはしない。

 

(一体、何が起こってやがる! マジでドラッグ・オン・ドラグーンかよ)

 

 だが考える暇もなく、帝国軍が好機とばかり部隊を鼓舞し、海苔緒たちに接近しつつあった。

 状況は一気に最悪の方向に傾いていく。

 そんな中……海苔緒は首から下げた『お守り』に自然と手を当てる。

 その長方形の薄いお守り(ケース)の中には剣を両手で空へと構え、赤い飾り毛を伸ばした騎士の描かれた札……即ちセイバーのクラスカードが封入されていた。

 




次回――ノリオ、魔法少女(カレイドライナー)始めるってよ。

……という訳でこれが切り札です。
どのセイバーなのかも多分、皆さんお分かりだと思います。

では

追記
コード【6666】に関してはオリジナル設定です。
何となく思いついたネタですが、本編に挟んでみました。

炎龍の行動の目的は、原作でジゼルに命令して炎龍を操っていたあの方と、
あの方の趣味を思い浮かべれば、なんとなく理解出来ると思います。


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第七話「切り札は自分だけ。故のエヴォリューション・セイバー」

今回は色んなフェイトネタを複合してみました。

タイトルは仮面ライダー剣からイメージしてます。


 数分の間に状況はさらに最悪の事態に転んだ。

 まず第一に、反撃に転じたアストルフォの【触れれば転倒!】が炎龍に弾かれた。

 もしかしたら正規の宝具でないから弾かれたのかもしれないが、炎龍の鱗に弾かれたというより、炎龍の纏う淡い光に弾かれたような様子である。

 そのため、アストルフォは馬上槍を失い、逃げの一手に回っている。

 第二に才人に限界が訪れた。原作でも分かる通りガンダールヴは無敵ではない。戦い続ければ限界が来る。かなり無茶をしたのだろう。

 炎龍の行動を見て、『炎龍は我らの味方だ。天意は我らに在り、いけ! いけ!』とでも囃し立てられて鼓舞された帝国軍の第一波を凌いだ才人だが、その後すぐ倒れてしまった。

 正確には……倒れる前、一瞬だけデルフが才人の体を乗っ取り『相棒はもう限界だ。後は頼む』と告げて失神した。

 加えてルイズも限界だろう。

 海苔緒は機杖を連射して時間を稼ぎながら、思考する。慮る。考える。『危険な状況に陥れば陥るほど冷静沈着となる鋼の精神』により、危険になればなるほど海苔緒の思考は研ぎ澄まされ、クリアなものへと切り替わる。

 どうにかすべきは炎龍だ。アレさえ倒してしまえば相手の士気がガタ落ち、それ所か敵は完全に恐慌に陥り門の内側へと逃げ帰るだろう。

 

 

(何故、炎龍はアストルフォを集中的に狙う?)

 

 原作を思い返してみれば、とても分別がつく生き物とは思えない。襲うなら手近な帝国軍の連中でいい筈だし、そもそも門を潜って此方に来る必要もない。

 

 

(それにあの淡い砂みたいな光はなんだ? いや、そんな表現が原作にあった筈……)

 

 ――冥府の神、ハーディ。

 門の向こう側に居る神で、帝国に門を開く技術を貸与した存在。

 彼の神が原作で最初に姿を現した時、『光の砂が女性の姿を形作った』という様な表現があった。

 確かハーディの趣味は自分の御眼鏡に適う、強い魂魄を収集すること……。

 

(魂魄、魂……霊。まさか……)

 

 いや、現状そう考えた方が、辻褄が合う。

 アストルフォとパスで感覚を共有している海苔緒は、炎龍から加護というか……何かの巨大な霊魂の一部のようなものを知覚している。

 あの炎龍はハーディから何らかの力を分け与えられているのだと、海苔緒は推測した。

 そして目的は多分、英霊であるアストルフォの魂だ。

 門の開閉にはハーディの力が関係している。

 門が開いた時、ハーディはアストルフォの強い魂魄を何らかの手段で感じ取り、興味を持った。そして自分の駒である炎龍に何かしらの力を与えて、門を越えさせた。

 杜撰な推理かも知れないし、穴だらけかも知れない。

 けれど今の海苔緒にはそれが一番しっくり来る。

 ならばアストルフォを霊体化させれば、問題は解決する?

 ……いや、否だ。大人しく炎龍が門の向こう側に引き返すとは思えない。

 なによりハーディは人間の都合など到底考えてはくれない。

 アストルフォが消えたことで炎龍が通常の状態に戻れば、手当たり次第に人を襲うだろう。皇居などが襲撃されれば目も当てられない。

 海苔緒一人なら逃げただろうが、今の海苔緒にはパートナーであるアストルフォが居た。

 つまり元より炎龍が銀座に出現した理由がどうあれ、海苔緒はここで炎龍を倒さねばならなかった。

 

 

(クソッたれ! もう成るように成れだッ!)

 

 海苔緒は機杖の連射で停滞した帝国軍の動きの隙を突き、才人に付き添っているルイズの方を向く。

 

「おい、確かルイズさんとかいったか。アンタさっき逃げる手段はあるって云ってたな!」

 

 海苔緒は帝国軍を機杖で迎撃している最中、才人やルイズといくらか言葉を交わしており、撤退の手段があることをしっかりと確認していた。

 

「ええ、あるわ。でもあのアストルフォって子が……」

 

 ルイズは不安そうに空を仰ぐ。空ではアストルフォと炎龍の追い駆けっこが続いていた。

 

「いや、アンタと才人で逃げてくれ」

「え、何云ってるの! そんなことしたら貴方たちが……」

「……俺はここに残る。何せ、あの炎龍を倒さなきゃいけないからな」

「炎龍ってあのドラゴンのことッ!? 無理よ、あんなのどうやって倒すって云うの?」

「大丈夫だ。手段はある。だからアンタは才人を連れて早く逃げろッ!!」

 

 言い返そうとしたルイズは海苔緒の今の表情を見て、とある人物を思い出した。

 アルビオン王国の王子、ウェールズ・テューダー。ルイズと才人が救えなかった人物である。

 全然違う顔なのに、ルイズには海苔緒とウェールズ王子の顔が重なって見えた。

 

「でも……」

「いいから行け、はっきり云って足手まといだ」

 

 海苔緒はそう云って強く突き放した。

 勿論嘘である。ルイズにも才人にも先程の戦いで散々フォローしてもらった。海苔緒だけならあっという間に帝国軍の攻勢に呑まれただろう。いくら感謝したって感謝し切れない。

 本当ならクラスカードを限定展開(インクルード)させ、出てきた武器を才人に譲渡することで、才人に炎龍を倒す協力をしてほしかった、と海苔緒は内心で思っている。

 動こうとしないルイズに海苔緒は嘆息し、

 

「安心しろ、こっちは死ぬつもりなんてさらさらねぇ。だから才人と一緒に逃げてくれ。お願いだ」

「…………分かったわ。貴方も、アストルフォって子も、絶対死なないで」

 

 

 しぶしぶ納得したルイズは虚無魔法【世界扉(ワールド・ドア)】を発動して撤退した。

 それを見届けた海苔緒は正面へ向き直り、機杖を再度連射する。

 

 

(こんな状況でこの場に残るとか……俺も大分理性が蒸発しているらしい。間違いなくアイツの夢のせいだな)

 

 

 こんな状況だというのに、思い出しただけで海苔緒の顔から笑みが零れる。

 ここ数ヶ月で海苔緒が見るようになった夢――それはとある無鉄砲騎士の驚きに満ちた冒険の記憶である。

 帝国軍の足止めを済ますと、海苔緒は機杖を投棄し、代わり虚空から一本のステッキを取り出した。

 魔術礼装カレイドステッキ、個体名『マジカルサファイア』の劣化贋作である。

 人工天然精霊が憑依していなければ、第二魔法を応用した無限の魔力供給能力もない。海苔緒のしょっぱいパチモンだ。

 尤も海苔緒自体が『尽きることのない莫大な魔力』を有しているし、何よりカレイドライナー本編では『魔力(みず)を無限に供給できてもそれを汲み出す変身者(バケツ)の容量が小さければ、それに見合うだけの活用しかできない』と明言されている。

 海苔緒の『尽きることのない莫大な魔力』が一定量ずつしかアストルフォに魔力を供給出来ないのは、前述の理屈かもしれないし、ステータス劣化の原因に繋がっている可能性もある。

 ともかく『劣化マジカルサファイア(仮)』ステッキに出来ることは、クラスカード発動の鍵となることのみ。

 

 ――クラスカード。

 Fate/kaleid linerに登場する英霊の力を宿した特殊な魔術礼装。

 海苔緒は転生特典の一つとして望み、アストルフォ召喚と同時に入手した。

 海苔緒自身、転生の特典として多数のことを望んだのだが、実は全ての要望を覚えている訳ではない。

 いくつかは二十歳になった頃にはすっかり頭から抜け落ちており、未だに思い出せない特典もある。

 

 

(俺の限定展開(インクルード)じゃ、あの大剣(・・・・)の真名解放は出来ない。残る手段は夢幻召喚(インストール)だが、こっちも上手く同調も出来ず、十秒で耐え切れなくなって途中で中断してる)

 

 補足するなら、その後海苔緒は泡を吹いて倒れ、三日の間眠っていた。

 

(……まぁ、やるしかねぇ)

 

 海苔緒はステッキに魔力を込め、変身を開始する。

 旋風が巻き起こり、眩しい光が海苔緒を覆う。

 衣服は消え、眼鏡やカラーコンタクトも取り払われ、蒼と金の双眸があらわとなり、結った髪が解放されると染められた髪が銀色へと戻った。

 代わりに身に纏うのは純白のドレス。サファイアの使い手であるルヴィアゼリッタや美遊とも異なる姿。

 フリル過多のその衣装は、煌びやかなウエディングドレスのようであり、門の向こう側から来た帝国の人間の目にはハーディ教団の正装のようにも見えた。

 ただ纏った海苔緒当人には、まるで死に装束のように感じる。

 

 

「ハラキリってか……いいぜ、やってやる」

 

 変身を終えた海苔緒は自嘲するように笑い、経路の繋がったアストルフォに念話を送る。

 

(すまん、アストルフォ。しばらく魔力供給出来ない。その間耐えてくれ!)

 

 

 とは云っても単独行動のスキルの持つアストルフォなら大丈夫だと確信はあった。

 

(ノリ、まさか……)

 

 海苔緒は念話を一方的に打ち切るとアスファルトに膝を付き、クラスカードを地面に置く。瞬く間に展開されるのは強力な魔法陣。

 海苔緒はさらにステッキの柄を、魔法陣の中心――即ちクラスカードの上に置いた。

 行使するのは己が肉体を触媒とした英霊召喚の魔術儀式。

 

「――告げる。汝の身は我に、汝が命運は我が手に。 聖杯のよるべに従い、この意、この(ことわり)に従うならば応えよ!」

 

 全身に火が入るように、海苔緒の体の一部の神経が魔術回路へと変貌を遂げていく。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 魔法陣より光が溢れ出し、

 

夢幻召喚(インストール)、クラス・セイバー、真名(ネーム)――ジークフリート」

 

 

 刹那、海苔緒の世界(からだ)は捩じれ、歪み……理を逸した。

 

 

 

 海苔緒は己の体が爆発したかのように錯覚した。

 何せ、魂の純度が違う、密度が違う、硬度が違う、強度が違う。

 英霊というあまりに膨大な情報(たましい)が、海苔緒の精神を削る、塗りつぶす。肉体を蹂躙し、犯し尽くす。

 現実にそうならないのは海苔緒の『某野菜人並に頑強な肉体に、某聖剣の鞘と同等の無限回復能力』と『危険な状況に陥れば陥るほど冷静沈着となる鋼の精神』が肉体の崩壊を防ぎ、精神の圧潰を無理矢理せき止めているからに過ぎない。それも遠からず限界が来る。

 そして現状、カードとの同調は全く出来ていない。

 何故なら海苔緒の体は、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンや美遊・エ●●●●ースのような●●の機能を有していないから。赤き弓兵の腕を移植した青年や、竜殺しの心臓を受け継いだホムンクルスのように肉の繋がりを持たないから。

 夢幻召喚(インストール)の行使により、海苔緒の体は小●●に似た機構に可変したが、それは飽くまで形が似ているだけで、英霊を許容出来るだけの器を得た訳ではない。

 故に海苔緒は英霊の魂を体に納められない。

 海苔緒は夢幻召喚(インストール)を続ける。

 

「ギギギッ……ガガッ!」

 

 

 海苔緒の口から声にならない悲鳴が漏れる。海苔緒の全身には凄まじい激痛が奔っていた。海苔緒自身の魂の蓄積が、白血球のように憑依に抵抗している。

 感じているのは肌の裏側にくまなく焼き鏝を押し付けられ、且つ高圧の電流を流されているような途方もない痛み。

 精神を直接ズタズタに斬り裂かれているかのような錯覚すら感じる。

 けれど狂えない。『危険な状況に陥れば陥るほど冷静沈着となる鋼の精神』が海苔緒の正気を保つ。海苔緒は痛みを無視し、それでも夢幻召喚(インストール)を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海苔緒の精神(こころ)は極光の中にあった。

 

 ――焼く、灼かれる、燬き尽くされる。

 

 存在自体(シタケノリオ)を消滅せしめんとする英霊の白き威光(たましい)。その灼熱の奔流(うみ)を海苔緒はただ前へと進む。

 しかし同時に歩みを進める度に、海苔緒の精神(からだ)は砕け、壊れていく。

 

 ……こんなことに意味はない。

 ……全部無駄だ。

 ……どうせ死ぬだけ。

 ……まだ間に合う。

 ……早くやめろ。

 

 自身から湧き上がる無数の雑音(ノイズ)

 

 ……自分でも何故こんな自殺紛いな行為を続けているのか分からない。どうして自分はこんな――、

 

 ……いや違う、否だ。一つの意地がこの行為を続けさせている。

 

(おまえ)相棒(サーヴァント)だったら、こんなとこで諦めんのか?』

 

 そんなちっぽけな意地(おもい)だけが、海苔緒の背中を支える。

 故に伸ばす、己の手を前へ、前へ――、

 途中左目が焼き切れるが、海苔緒は一顧だにしない。

 

(……捉えた)

 

 不意に海苔緒の残った視界(みぎめ)に映るのは、光の先に佇む竜殺しの英雄の後ろ姿。

 大剣を背負い、背を晒した鎧を纏い。

 当然のように彼は白い極光(じごく)の中に立っていた。

 その姿はまるで赤き弓兵が如く、ただ黙したまま、その背中は雄弁に語りかけてくる。

 即ち、それは……、

 

 

 

“――――ついて来れるか”

 

 

 ならば答えは決まっている。

 海苔緒は精一杯の虚勢を張り、残る全て(おのれ)を振り絞って叫んだ。

 

 

「クソッタレが…………正義の味方気取りか、この野郎!! スカしてねぇで、さっさと力を貸しやがれッ!!」

 

 海苔緒の声に応じるように少しだけ竜殺しの英霊が振り向く。

 ()の英雄の横顔は……僅かに微笑んで見えた。

 

 ――かくして奇跡は成就する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海苔緒の魂の一部が完全に上書きされ、肉体の一部がジークフリートに置き換わる。

 左目、心臓等々……元の紫竹海苔緒の体には、もはや再生し(もどら)ない。魂そのものが完全に上書きされたため、不可逆の状態に陥ったからだ。

 けれど同時に、竜殺しの心臓を手に入れたことにより歯車が噛み合い、海苔緒の体は完成し、完全な小●●としての機構を獲得する。

 竜殺しの心臓はそのまま、英霊の魂魄(ジークフリート)を収める器として機能を始動させた。

 開始されるのは完全なる英霊との同調。

 竜殺しの大剣を背負い、悪竜の血を帯びた(ドレス)を纏い、

 少女のような容姿であるが、その外装と中身は彼の英霊と似通っていた。

 

 

 “彼”より放たれる圧倒的な重圧に、近づこうとしていた帝国軍の兵士たちは全員停止した。

 彼は大剣を背中から引き抜き、正眼に構えた。その双眸の内、蒼かった筈の左目は深い空色に変わっている。

 すると炎龍が急にアストルフォから離れ、彼の方に向かって直進する。

 まるで、より極上の餌を見つけたかのように、炎龍は大きく口を開けて彼へと迫る。

 だが彼は、炎龍を迎え撃つかのように剣を構えたままで、

 

「――来いよ、炎龍。悪竜(ファブニール)みてぇにぶった斬ってやらぁ!」

 

 掲げた大剣に魔力が凄まじい勢いで収束し、橙色の光が満ち溢れる。

 

 

 ――()は悪竜を殺戮せしめた伝説の聖剣。

 

 

 上空から降下する炎龍は完全に彼との距離を詰め、

 

 

幻想大剣(バル)――――」

 

 その咢や爪で、彼を引き裂かんとするその瞬間、

 

「――――天魔失墜(ムンク)ッ!!」

 

 その名の如く、彼の振りかざした大剣より、天魔(げんそうしゅ)すらも無窮の天から引きずり下ろし、威光なき大地へと叩き落とす一撃が放たれた。

 黄昏の光が周囲を包み込み、辺り全ての音は掻き消える。

 銀座中心で巻き起こる極大魔力の爆発と、その余波による凄まじい暴風。

 炎龍を覆っていた淡い光は引き剥がされ、黄昏の光が炎龍の鱗をいとも容易く断ち切った。

 そして全てが収まった時、帝国の兵士たちは信じられないものを目撃する。

 ――そこにあったのは正面から綺麗に二分された炎龍の遺骸と、真っ赤な竜の鮮血で鎧を染め上げた一人の騎士。

 

 帝国の兵士の誰もが絶句し、唖然としたその後、誰もが血塗れの騎士の視界から逃げるように門へ向かって全力で走っていった。

 これにより戦線は一気に瓦解する。

 

『龍殺し! 炎龍殺しだ!! あんな化け物に敵う訳がない。皆殺しにされるッ!!』

 

 大勢が似たようなことを叫びながら、我先にと帝国軍は門の向こう側へと逃げ帰る。

 後に元老院や皇帝にはこんな報せが届くことになる。

 

『門の向こう側には、炎龍すら一撃で屠る世にも恐ろしい戦士が居た……、と』




こんな感じで銀座事件編は終了です。
次回からその後のゴタゴタと、その処理の話になります。

銀髪オッドアイのノリオ解放バージョンは、オトボク2の彼に似ている容姿をイメージ(ただし少し擦れているというか、目つきが悪く若干不良っぽい感じです)。

追記
 
ノリオの魔法少女姿の記述をエムロイ教団からハーディ教団に訂正しました。


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第八話「終わってみれば。または彼の憂鬱、彼等の憂鬱」

元々、オリジナル作品を執筆する合間に書き始めた作品なのですが、
これほど反響があるとは思わず正直驚いています。
正直プレッシャーを感じますが、何とか書き続けたいと思います。
キャラが多いので、何かと展開が遅くなると思いますがご容赦して頂けるとありがたいです。

そして、なろう投稿用の作品はまだまだ書けてません。
ただいま絶賛迷走中、
これという作品が出来たら投稿すると思うので、その時は報告したいと思います。


それと注意。

この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。

あしからず。


 で――――、

 銀座事件の後、何がどうなったかと云えば……、

 

 三人の青年が同じ部屋の中で携帯ゲーム機、3TS(この世界における3DS)のソフト、モンスターバスター3Gをプレイしている。

 彼等は名をそれぞれ、加納慎一、紫竹海苔緒、平賀才人といった。

 

「紫竹さん! 火竜がそっちいきましたよ」

「マジかよ。充填(リロード)中にこっち来んな! ……才人、フォロー頼む」

「おう、任せとけ。見てろ! 俺の太刀の錆にしてやるぜ」

 

 彼等は協力して画面上のモンスターと戦い、激戦の末にやがて討伐に成功した。

 

「手こずらせやがって。おっと、手に入った素材は……ちっ、しけてやがる」

 

 画面に表示される入手素材を見て、顔を顰めるのは海苔緒。

 髪染めもカラーコンタクトもしてはいないが……相変わらず長い髪は後ろで一本に纏められ、伊達眼鏡をかけている。

 目の色については蒼と金のオッドアイだったのが、空色と金の双眸に変化していた。

 この中で一応海苔緒が一番の年長者なのだが、中学生程度の外見のため、はっきりいって三人の中では一番幼く見える。

 その横顔を眺める慎一は心の内で密かに『この人やっぱり、男の人に見えない』と思っている。

 慎一のアミュテックの同僚である綾崎光流も同様な感じなのだが、海苔緒の場合は輪にかけて女装に違和感がない。

 見た目はどう見ても外人の美少女であるし、黙っていれば、西洋人形のようなヒラヒラな服を苦もなく着こなすだろう。

 実際慎一は海苔緒が銀座のど真ん中で白ゴス魔法少女に変身した動画を既に視聴していた。

 慎一からみれば、海苔緒は(エルダントの人々以上に)色々と現実離れした存在なのだが、話してみると意外と気さくで、オタク話の普通に通じる人種(というか話している分には普通のオタク)だった。

 その辺りに慎一は未だにギャップを感じざるを得ないが……今はそれよりも、

 

「ねぇ、紫竹さん。平賀さん」

「あん?」

「どうした、慎一?」

 

 若干目付きの悪い顔を慎一に向ける海苔緒と、気さくな様子で応じる才人。

 慎一は才人にシンパシーを感じる面もあるのだが、ゼロ戦に乗って竜騎士の軍団を蹴散らしたとか、一人で七万の軍の進軍を止めたとか、出鱈目な経歴に対しては『どこのラノベ主人公ですか、それ?』とツッコミたくなる。

 けれど自覚がないだけ慎一も五十歩百歩、同じ穴のムジナ、つまりはラノベ主人公である。

 ただ、海苔緒と才人の戦闘能力を知って、自分は一般人と勝手に線引きしているが、慎一も傍から見れば一般人ではなく、立派なIPPANJINなのだ。

 そんな慎一が何を質問したかと云えば、

 

「どうして、僕たち。ここで3TSしてるんでしょう?」

 

 根本的な問題だった。

 海苔緒と才人は己の握った3TSから視線を外すと、顔を見合わせる。

 海苔緒は眉間に皺をよせ、才人は苦笑を浮かべる。

 

「そりゃ……、軟禁されて、やることが他にないからだろ?」

 

 海苔緒は頭に手を当てて、溜息を付く。

 

「だな、この状況、一体いつまで続くんだ?」

「さぁな? 少なくとも政府の解散総選挙が終わって一段落するまでは続くんじゃねぇか。俺たちはその間ずっとここでじっとしてるか、尋問されてるかのどっちかだろ」

 

 3TSを机に置き、椅子に座ったまま天井に向かって背筋を伸ばす才人に、海苔緒は気怠そうな口調で答えた。

 海苔緒は内心で、自分の尋問を担当する某二重橋の功労者を思い浮かべ、表情を複雑に変化させる。

 現在――慎一、海苔緒、才人など他にも関係者多数が政府の某施設に集められ、監視を受けている。

 海苔緒は炎龍を倒してからしばらくして倒れ、アストルフォに運ばれ病院へ、そして病院からそのまま政府施設に移送された。

 才人とルイズはハルケギニアから日本へ再び戻り、平賀宅へ戻る所で任意同行を求められ、政府施設へ、

 慎一たちはエルダントにおける日本の顔役たる的場甚三郎の要請で、この政府施設に待機している。

 つまり三者三様の理由でここに居るわけだ。

 門から侵攻してきた『謎の武装勢力』に関しては、本隊が早々に門の内側に撤退したものの、各方向に展開した武装勢力の部隊が猛威を振るい、原作に比べ多少小規模ながら二重橋での攻防は発生していた。

 その後、遅れに遅れた政府のコード【6666】の発動により、自衛隊や警察などが大量投入され、武装勢力は劇的な勢いで鎮圧および拿捕される。

 残った武装勢力の本体が、何とか編成を立て直し、再度門を潜って銀座に侵攻しようとした時には門の周りは完全に自衛隊に包囲されており、武装勢力を押し返して日本はそのまま門の向こう側(つまりアルヌスの丘)周辺を占拠した。

 原作と比べ死傷者の数は大分減ってはいるが、それでも少ないなどとは決して云えない規模の被害が出ており、その批難は初動の遅れた政府に集中した。

 野党から念願の与党に上り詰めていた某政党は最初、ダラダラと云い訳を並べ立てて責任をのらりくらりと回避し、最悪でも内閣総辞職でことを済まそうとしていたが、非公式なアメリカからの強い圧力(というか脅迫)により、解散総選挙へと追い込まれる。

 手口は原作のディレル大統領と同じく不正や汚職、裏献金などの証拠資料を突きつけられて小突かれただけだが、某政党にはすこぶる有効で、完全に首根っこを押さえられた形となる。

 こちらの世界では某トラスト総理から始まり、アメリカは既に某政党から散々煮え湯を飲まされ続けてきた。

 もはや付き合いきれないと、某政党は梯子を下ろされたという訳だ。

 遠からず自由な民主主義を掲げる某政党が政権に返り咲くだろう。

 ただ問題として自由民主主義的某政党は、エルダントについて何も聞かされていなかったし、才人やルイズのことも知らなかった。

 極め付けに、当然ながら銀座に現れた門や、竜を真っ二つした某人物なども全く事情を把握出来ていない。

 そのため、可及的速やかに事態を把握しようと各関係者や信頼できる人間を各署から招集し、情報収集に当たっている。

 そんな中、政府関係者が頭を悩ませることとなったのは紫竹海苔緒とアストルフォの存在である。

 銀座事件後、複数の動画が投稿サイトにアップされ、既にネット界隈では祭りが繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

【銀座に舞い降りた】リアル魔法少女について語るスレ1xx【天使】

 

 

 

  117 :名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    どう見ても担ぎのアンジェリカです

    本当にありがとうございました

    

 

  118 : 名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    いや、カードキ●プターだろ

    ドラゴンと戦う時に使ったステッキ、どう見ても星の杖の色違いだったし

    カードも使ってる

 

  119 : 名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    いや……Fateのホロウに出てきたカレイドステッキの色違い

    という可能性も微レ存

 

  120 : 名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    >>119

    うわ、また月厨が出て来たよ

    オマエラ別のスレでもピンク髪のグリフォンに乗ってる女の子はサーヴァント

    とか勝手に断定してるし

    気持ち悪い

 

  121: 名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    いや、現実に魔法少女の時点で……

 

 

  122 : 名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    奇跡も魔法もあったんだよ!

 

  123 : 名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    >>122

    レンタル☆まどか乙

 

    

  124 : 名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    >>120

    下半身が馬だからグリフォンではなくヒッポグリフ

    にわか乙

 

  125 : 名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    ツイ●ターの複数の書き込みであのピンク髪のおんにゃの子の名前がアストルフォなのは

    確定してる

    それにあの金の穂先が付いたランスに腰に下げた笛、ヒッポグリフ

    つまりあの子の正体はシャルルマーニュ十二勇士の一人

    アストルフォだったんだよ!!

 

  126 : 名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    な、なんだってー!

 

  127 : 名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    >>126

    MMR乙です

 

  128 : 名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    ま た 女 体 化 か ! !

 

  129 : 名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    つーか

    アストルフォって誰だよ? お菓子のアルファートの親戚?

    スレ違なんでそろそろ他でやっくれませんかね

 

  130: 名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    それより天使ちゃんの特定はよ!

    まだ『ノリ』って名前しか分かってないぞ!

    特定班、仕事はよ!!

 

  131 : 名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    二人とも前日にデ●ズニーランドで目撃されてる

    腕組んでイチャイチャしていたそうな

    百合デートだった可能性が微レ存

 

  132 : 名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    夢の国にキマシタワー建造か

    胸が熱くなるな……ハハッ

 

  133: 名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    >>132

    おい、お前ん家に白黒ネズミが向かってったぞ

 

  134 : 名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    >>130

    ノリってのは多分あだ名だろ

    本名はミノリか、イノリか

    それとも……

 

    

  135: 名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    ノリコかも

 

  136 : 名無しに代わりまして淫Q●がお送り致します

    >>135

    ガンバ●ター乙

 

 

 

 

 

 

 

 等々……似た内容のスレッドが数え切れぬほど製作され、頭の悪い書き込みも多数。

 唯一の救いは未だ身バレしていないことだが、もはや後のカーニバル状態に海苔緒は頭を抱えるしかない。

 加えて才人やルイズに関するスレッドも多数存在する。

 特に才人は失踪していた関係でメディアに露出しており、不特定多数の人間に顔が知れ渡っていた。

 それ故、平賀宅にはメディアが殺到しており、政府の人間が平賀夫妻の安全を確保するため常駐している。

 サイトの活躍についてネット上では『実は失踪していた間、勇者として異世界召還されていたんじゃね?』『じゃ、ピンク髪の子たち(ルイズとアストルフォ)や天使ちゃん(海苔緒のネット上でのニックネーム)がヒロインかな?』といったコメントが多数見られる。

 事実は小説より奇なりというが、あながち間違っていないのがおそろしい。

 その他にも数ヶ月前に流出したリアルイナ●マイレブン動画(エルダントでの魔法ありのサッカー御前試合のこと、原作3巻相当)がやはり映画のプロモーションではなく、ガチの流出映像だったのではないか? といった意見も盛んに討論されている。

 そして事態はもはや日本一国の問題ではない。

 事件当時、銀座には海外からの観光客が多数混在しており、その場に居た外国人もまた門を潜り抜けてきた異邦の軍隊だけではなく、海苔緒やアストルフォ、才人とルイズの活躍も目撃している。

 海苔緒などは複数の海外メディアで『Real Mahou shoujo』として取り上げられていた。

 これで男だとバレた日には、『Real Mahou shoujo』が『Real Trap』……つまり男の娘となり、全世界規模での晒し者になる訳だ。

 海苔緒は本格的に頭が痛くなってくる。

 しかし頭が痛いのは、海苔緒だけはなく政府も同じ。

 何度も云うが、政府関係者は紫竹海苔緒とアストルフォの存在に頭を悩ませていた。

 海苔緒が眠っている間、政府関係者がアストルフォに事情聴取した所、

 

『え、ボクたちが何者かって? こっちのノリがマスターで、ボクはサーヴァントだよ』

『マスターのノリは……魔術師というか魔法使いかな?』

『え、ボク自身? ボクはアストルフォ。シャルルマーニュ十二勇士のひとりさ』

 

 といった具合に饒舌に語ってくれたのだが、もはやそれはファンタジーの域を超え、どこかの某ゲームの設定にそっくりだった。

 本来ならば『何を出鱈目を……』と云うのだろうが、アストルフォは霊体化したり、甲冑を実体化してみせたりしたため、信じる他に道はなく、

 加えて海苔緒も肉体の一部が英霊化したことにより、身体機能が人間を逸脱し、検査結果を見た医者たちは『本当に人間なのか?』と揃って驚愕を露わにしていた。

 本当に聞けば聞くほど某ゲームや他のアニメ類にそっくりだったが、取り調べをしていた人間にはそっち関連の知識に疎く、中々理解が追い付かない。

 そこである人物に白羽の矢が立つ。

 

『伊丹のやつなら理解出来るんじゃねぇか?』

 

 嘉納太郎閣下の鶴の一声だった。

 奇しくも伊丹耀司もまた、紫竹海苔緒たちと同じ施設に居た。二重橋の攻防で活躍し、『正体不明の武装勢力』と接敵した彼から当時の様子や状況を聞き取るためである。

 こうして伊丹自身の取り調べが一通り終わった後、紫竹海苔緒から事情を聞くように命令が届く運びとなる。

 

『え、俺がですか?』

 

 己を指さし困惑する伊丹、ついでに上司も困惑した。

 けれど提案した人物が人物だ。結局意見は尊重されることとなる。

 伊丹は海苔緒とアストルフォから意見を聞く前に、銀座で海苔緒たちと接触し、アストルフォの尋問を一部担当した古賀沼美埜里から話を聞いた。

 何でも彼女は前政権により死亡扱いにされ、存在しない自衛官としてエルダントという異世界に常駐していたらしい。

 伊丹もエルダントに関しては、二重橋での出来事を伝える前に基本的なことを聞かされていた。

 さらに驚くべきことに伊丹と同じ特戦(特殊作戦群)所属の数名がエルダントで活動していたという(※加納慎一暗殺未遂については知らされていません)。

 しかし思い返せば、いくら伊丹が布教しようと興味を示さなかった特戦の同僚数名が唐突にファンタジー系小説や漫画、解説資料などを貸してほしいと云ってきたことがあった。

 そういうことだったのかと……、今さらながら伊丹は理解した。

 伊丹の抱いた美埜里の印象としては……『あっ、この人、自分の妻に似てる』である。

 腐ん囲気……もとい、雰囲気で分かるのだ。

 学校の後輩であり、妻でもある梨紗を体育会系にしたらこんな感じかなぁ……とも伊丹は思った。

 ちなみに近い内、伊丹が門の向こう側――つまり特地での任務を受けたタイミングで、梨紗から三行半を突きつけられることとなる。

 その理由を伊丹は全く理解出来ないのだが、それはまた別の話。

 

(しかし何だったんだろうね……二重橋で出会ったあの人は?)

 

 美埜里と言葉を交わしながらも、ある事が伊丹の頭の隅から離れない。

 伊丹は正直、そのせいで上の空である。

 確かに今話題沸騰中のリアル魔法少女であり、その実、成人男性であるという紫竹海苔緒や、どう考えてもF●teのサーヴァントのようなアストルフォにも伊丹は大変興味がある。

 だがそれ以上に二重橋にて途中から半ば伊丹に代わって、警察や消防隊を指揮していた人物のことが頭を過る。

 おそらく彼の指揮のおかげで、二重橋での被害は大分減ったように伊丹には思えた。

 多分、年齢は伊丹とほぼ同い年くらい。サラリーマン風の恰好をして、娘にしては少し年齢が高い、肌が浅黒い少女を連れ添っていた。

 彼は二重橋の攻防が終えるといつの間にか居なくなっていた。

 上司や関係者に伊丹は報告したが、返ってきた回答は『その人物に関しては内密にし、決して語るな』という露骨な箝口令。

 自分だけが二重橋の英雄と称賛される状況はひどく据わりが悪い。

 故に伊丹は頭を悩ませる。

 

(名前は『アラタ』とか云ってたっけ?)

 

 少女が男をそう呼んでいた。対して少女は天使のような名前だったと思うが……伊丹もあの時は非常に危険な状況に居たため、よく憶えていない。

 何かエ●ゲのタイトルみたい名前だったかも……と伊丹は少女に対し、ひどく失礼なことを考えた。

 

(いや待てよ。中国が確かそんな名前の日本人を批難してなかったか?)

 

 中国は、ある日本人がミャンマーで民間軍事会社を経営し、中国を攻撃していると主張していた。

 だが後にその存在は否定され、架空の人物であることが判明した筈だ。

 その時ネット上は祭りとなり、釣られた中国をからかうため、その架空の人物は女体化され、萌えキャラクターにされていた。

 

 

(偶然の一致か、それとも……)

 

 現状、深く思い悩む伊丹だが、これから起こる様々な出来事に圧迫され、次第にこの件を頭の隅の隅へと追いやっていくこととなる。

 そして伊丹はついぞ、彼の正体を知ることはなかった。

 




という訳で『ある作品』もクロス。
でも大筋には絡まないと思います、でもちょこちょここの作品のキャラクターは出てくる予定
但し、ノリオはこの作品について知らない……という設定です。
でないと、この作品のある人物に遭遇するとメタメタな状況に陥るから。
(ヒントは天使大好き)

アラタ……一体どこのマチズモニッポニーズなんだ?


では、


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第九話「賢者は悟る。されど愚者と扱われる」

私事ですが。

マージナル・オペレーション漫画二巻買った!
漫画一巻は近くの本屋4件回って見つからず……『これだから田舎は』と愚痴りながらアマゾン購入を決意しました。
そして二巻読んで、
アラタとオマルも印象違い過ぎやろ!
と声で出して突っ込んでしまいました。
アラタがドンキに向ける笑顔がヤバ過ぎる……。

結論として本二次小説はマジオペ原作小説準拠でいこうと思います。
これが報告したかった。ただそれだけです。
お目汚し申し訳ございません。




今回は伊丹とノリオ回です。
ノリオは生き残ることが出来るか?(By某機動戦士風)


 さて、伊丹による海苔緒の尋問だが……、

 伊丹は己の持てるオタク知識を総動員して、対魔術師、対サーヴァントの対策を考えてみたのだが、結局何ら対策なしで尋問することにした。

 海苔緒もアストルフォと名乗るサーヴァントも政府の調査に協力的であり、暴れる様子も兆候もない。ここで下手に小細工を弄しては、要らぬ警戒をされることになりかねない。

 故に対策すること自体が下策であり、無策こそが最大の上策なのだ。

 ならば何故、そんな対策を何時間も考えていたかと云えば、ぶっちゃけ、魔術師やサーヴァントを尋問するというシチュエーション自体を妄想するのが楽しかったから。

 後は『対象の研究資料です』と云って、公費で買ってきた設定資料本やら某ゲームやらを仕事の時間に読んだり、プレイしたりも。

 やりたい放題ここに極まれり、である。

 伊丹の使用済研究資料はやがて新たな布教の道具となるだろう(意味深)。

 さすが『喰う寝る遊ぶ、その合間にほんのちょっとの人生』をモットーとする男だけのことはある(ちなみに伊丹耀司は、これでも一応自衛隊幹部兼特殊作戦群の一員です)。

 上司の『ぐぬぬ』とでも擬音を付け足せそうな顔をさらっと受け流し、伊丹は海苔緒の取り調べに望んだ。

 机を挟み、椅子に座って向かい合う二人。

 

「名前を聞かせてもらっていいかな? あ、一応本人確認ってことで」

「……紫竹、紫竹海苔緒っす、……いえ、です」

 

 伊丹の気楽な声掛けに海苔緒は戸惑った様子を見せる。

 こうして伊丹耀司と紫竹海苔緒の奇妙な会遇が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「調べたけど競馬、競艇に宝くじ。その他諸々で大勝(おおか)ちしてるね。もしかして未来視の魔眼とか持ってるの?」

 

 半分冗談半ば本気で伊丹は尋ねた。

 海苔緒は肩をすくめ、溜息混じりに答える。

 

「そんな便利な能力があったら、多分あの日、銀座に居なかったと思います。何ていったらいいのか。俺……じゃなくて自分は昔から金運は良くて、えっと、その……」

「金ぴかの黄金律スキルみたいな?」

「はい……そんな感じです」

 

 時々オタク同士しか分からないような会話を挟みながら、伊丹と海苔緒の会話は続く。

 尋問を受ける海苔緒は自分からペラペラしゃべる訳ではなく、聞かれれば少しずつ答えるスタンスを取っていたし、引きこもりであったために正直コミュ症気味である。

 伊丹のような理解力のあり、(興味のお蔭で)物怖じしないタイプは海苔緒の尋問にまさに最適。

 加納太郎閣下の采配は的確であった訳だ。

 

 

 ………………………、

 

 

「で、どうやってあのサーヴァント、召喚したの? やっぱり儀式とか、したの?」

「いえ……自宅のマンションで普通に映画見てたら、勝手に出てきました。令呪もその時……」

 

 目を逸らしつつ、海苔緒は普段薄い手袋(紫外線除けの婦人用)で隠している片手を見せた。その手の甲には幾何学的な紋様の痣が浮かんでいる。

 

「おおぉ! まるでゲームそのままみたいだ! 実は昔住んでいた住人が魔術師で、英霊を召喚するために魔法陣を部屋に刻んで……」

「すいません、住んでるマンション、完成して二年しか経ってません。それに最初の入居者、自分です」

「……………あ~、そうなの」

 

 蛇足かもしれないが、海苔緒が丸ごと購入して入居した高級マンションは立地が悪いせいか、未だほとんど入居者がいない。けれど海苔緒の現在の収入内訳は、マンションの賃貸料金よりもファンドに預けた金の配当の方が遥か多かった。

 当初は小さなファンドだったが、海苔緒が金を預けた途端、急激に成長したのだ。これもおそらく海苔緒の黄金律スキルもどきの影響だろう。

 マンションの管理人はかなり年輩の方で、何度見ても海苔緒の顔を覚えてくれず、今でも時々、唐突に顔を忘れられる。

 ネットも使わないし、テレビも殆ど見ないと云っていたから、海苔緒が今話題の人になっていることすら多分気付いてはいないと思われる。

 

 

 

 ………………………、

 

 

「ふーん、知っている武器を何もない所から取り出せて、その武器は一定時間触れてないと消える……か。何かゲート・オブ・バビ●ンと投影の合いの子みたいな能力だねぇ」

「あ……はい」

 

 最初は驚くようなリアクションを取っていた伊丹も、途中から大した動じなくなった。

 以前の伊丹ならそうではなかったと思うが、銀座事件にて、飛龍やらオーク、ゴブリン、トロル、中世の騎士のような連中を間近で見たせいか、伊丹の常識は『ファンタジー世界は実在した』という柔軟剤(じじつ)にどっぷり浸かっていた。

 追い打ちをかけるように神聖エルダント帝国やハルケギニアなどの複数の異世界の存在を聞かされ、平時であれば鋼のような硬度を持っていた筈の伊丹の常識(ソレ)は、今では冷奴(ひややっこ)の如く柔らかい。

 故に伊丹はこう思っていた。

 

『これだけファンタジー世界が存在してるんだから、魔法少女が居ても、魔術師が居ても、サーヴァントが居ても、おかしくないんじゃないかな?』

 

 待て! その理屈はおかしい……と普通なら周りが突っ込んでくれただろうが、生憎と周囲の常識もクラッシュ済みで揃って新しい常識(ちつじょ)を入荷待ちの状況。

 加えて伊丹にとってファンタジー世界とは絶対的な二次元の存在であった。

 それが現実に現れたことにより、一時的に認識上の二次元と三次元の壁が取り払われ、その境界が 曖昧になったのだ。悪く云えばゲームと現実の区別が付かないとか、そんな感じである。

 伊丹はそれによって良くも悪くも海苔緒とアストルフォをすんなりと受け入れられた。

 

「じゃ、ここであの対戦車ライフルみたいな武器出せる? あっ、担姫のアンジェリカの

機杖(ガンド)って云った方が分かるかな?」

 

 伊丹も全巻読破済みであった。アニメ公開に合わせて制作された公式設定資料集も今なら、公費で買って仕事の時間に布教出来るという素晴らしい状況にある。

 伊丹も海苔緒の動画を見て以来、本物の機杖に一度でいいから触れてみたかった。

 

「はい、分かりますど……一応武器ですし、ここで出して大丈夫ですかね?」

「あ……」

 

 遠慮がちに口に出した海苔緒の言葉に、伊丹は固まる。

 確かに拙いかもしれないと思ったのだ。後から伊丹は報告書を出さなければいけない身だ。内緒で出して貰おうにも、この部屋には監視カメラが備えられている。

 口八丁でどうにかなる気もしたが、今回は諦めることにした。

 

「じゃ、代わりに変身に使ったステッキ、出せない?」

「えッ! はい、…………分かりました」

 

 海苔緒は盛大に顔を顰めるが、葛藤の後、ステッキ『カレイドサファイア(仮)』を虚空から取り出した。

 伊丹はそれを見て『おお、マジでゲート・オブ・バビロンみたいだ』と呑気な感想を抱く。

 

 

「どうぞ」

 

 海苔緒はステッキを伊丹に手渡した。

 

「う~ん。動画で見た時は画素が悪くてよく分からなかったけど、やっぱり星の杖じゃなくてホロウのカレイドステッキに良く似てるな。羽根飾りの部分がリボンに変わってるんだ。後は柄の部分が十字架から筆毛みたいな意匠に変化してる。でも動いたり、喋ったりはしないんだなぁ。このステッキって何て名前なの?」

 

 

 もし喋るのであれば、伊丹は『キャァァァァシャベッタァァァァ!!』とオーバーリアクションしてみたかった。

 伊丹の質問に海苔緒の体はドキリと硬直する。

 

「……すいません。分からないんですよ、自分でも。元ネタは多分、仰る通りカレイドステッキなんでしょうけど」

 

 全身からドッと冷や汗が噴き出る感覚。海苔緒は若干震えながら目を逸らした。

 そんな海苔緒を伊丹はしばらくじっと見つめ、

 

「……ふ~ん。あっちは赤いし、使ってるのが凛だからルビーって感じだったけど。こっちは青だからサファイアって感じかな。あっ! 今気付いたけど、まるでポケ●ンのバージョン違いだ。赤い方に声を当てるならメル●ラやドラマCD的にCV高野●子だけど、こっちならCV松来●祐かな。それに原作に出てくるとしたらルヴィアゼリッタとセットだよね、多分」

 

 夢中になってステッキを弄り倒す伊丹。それ故、幸いにも空調が効いている筈の部屋で汗を垂らしながら震える海苔緒の姿を確認することはなかった。

 その後変身をして貰おうかとも思ったが、伊丹は海苔緒が男であることを思い出し、要求を取り下げた。

 だって伊丹には、男の娘の趣味はないのだ。

 

 

 ………………………、

 

 

(しかし話してみると案外普通なんだな。もっと普通じゃないのを想像してたんだけど……)

 

 

 例えば自分で狂気のマッドサイエンティストとか云っちゃう人とか、闇の炎が云々といった感じで片目に眼帯付けちゃう人とか、そういうネタ的な人を想像していた訳ではないのだが、それでも常人とは違う雰囲気を纏った人間を伊丹は想像していた。

 何せ(ノリオ)は生い立ちから壮絶だ。実の父親から母親共々捨てられ、ノイローゼとなったその母親からは虐待を受け……、

 

『●●●は、あんたが殺しただろう!』

 

 不意にあの時の台詞(・・・・・)が伊丹の中で甦る。海苔緒の母が現在も特殊な精神病院に入院していると知った時も伊丹はこうなった。

 胃液が口内へと逆流しかけ、思わず伊丹は口を押さえる。

 伊丹に脳裏に再生されるのは悪夢のようなあの日々だ。

 

「あの、大丈夫っすか?」

 

 海苔緒の声を掛けられ、伊丹は急速に現実へと引き戻された。

 こみ上げてきたもの伊丹は無理矢理抑え、押し戻すと何とか表情に笑みを張り付ける。

 

「本当に大丈夫ですか? 顔、滅茶苦茶蒼いっす……ですよ」

「大丈夫、大丈夫。ちょっと昼飯食べ過ぎたみたい。いや~、三十過ぎるといかんねぇ、ちょっと食べすぎると、これだよ」

 

 自分でも己の顔が引き攣っているだろうとは自覚しているが、それでも伊丹は苦しい言い訳並べ立てるしか出来なかった。

 内心では必死に自分に云い聞かせている。

 ……忘れろ、頭の隅に追いやれ、目を背けろ。イタミヨウジ……お前はいつもそうやって生きてきた筈だろ。そしてこれからも――。

 伊丹が二次元(オタク)に走ったのは、ある意味必然のことだったのかもしれない。

 何せ伊丹にとって現実とはある時期を境に、目を背ける対象になったのだから。

 目を背けた先に、夢と妄想の世界があった。ただそれだけの事だったのかもしれない。

 そして伊丹は今も目を逸らし続けている。一人では到底立ち向かう勇気が無いから。

 いや、今は妻の梨紗がいるが、それでも勇気は湧いてこない。

 ……そう今は、まだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気を取り直した伊丹はあの後も質問を続け、やがて質問は門から攻めてきた『武装勢力』についてに行きついた。

 海苔緒は知らないとあっさり首を振るが(大嘘)、初めて逆に伊丹に問いを投げ掛ける。

 

「伊丹さん、捕虜にした連中から事情聴取してないんですか?」

「え、ああ……勿論してるらしいけど、生憎言葉は通じないし、文字も分からないから……」

「え!? 確か慎一から聞いた話じゃ、エルダントには互いの指にはめるだけで言葉が通じるようになる魔法の指輪があるそうですし、ルイズさんやティファニアさんは未知の言語を解読出来る『リードランゲージ』ってコモンマジックが使えるそうですけど」

「え、なにそれ、そんなのあるの?」

「……えッ!」

「……えッ?」

 

 戸惑う伊丹と海苔緒。全く両者の認識は噛み合っていなかった。

 海苔緒としてもうとっく両方を駆使して、帝国の連中から情報収集しているものだと思っていた。

 ちなみにティファニアが呼ばれた理由は、ハーフエルフのミュセルとティファニアを医学的に比較することで両者が同種の人種――というか生物であるか調査するためである。

 引いてはエルダントのある異世界と、才人が召喚されたハルケギニアが同一の世界か、否か、判断するためでもある。

 才人と慎一はハーフエルフの女性が知り合いであるという点で盛り上がったりもした。どうやら才人も慎一もティファニアやミュセルの耳を隠すのに苦労したらしい。

 なのでその時、海苔緒はこう云った。

 

『別に耳が見えても、何とかなったんじゃね?』

『え?』

『何云ってんだよ、耳が見えたらエルフってバレるだろ!?』

 

 驚く慎一、反論する才人。しかし海苔緒は話を続ける。

 

『いや……何かアメリカとかだと、整形の延長で耳を弄ったりする奴も居るらしいぞ。今は軟禁されて出来ねぇけど、『アキバブログ、喪服エルフ』でググれば、耳をエルフみてぇにしたカナダ人だか、アメリカ人の女の写真が出てくる筈だ。まぁ、そうなると耳がバレた時、ミュセルさんやテファニアさんは耳を整形で弄った痛い子って事になるけどな』

 

 海苔緒の台詞を聞き、慎一は『あっ!』と思い出したように拳に手を置き、才人は目を丸めて『マジかよ、そんなのいるのか!?』と大変驚いた様子だった。

 それはさておき、海苔緒は事情聴取が進んでいると踏んでいたが、現実では捕虜を収容することすら手一杯で、無人島に突貫で収容所を建設している。

 ゲート原作より捕虜が増えている為、工事の規模が大きくなり完成自体も遅れていた。

 エルダントについても、前政権の嫌がらせじみた最後の悪あがきにより、上手く資料が引き渡されておらず、官僚たちも資料を纏めるだけで精いっぱいで、魔法の指輪などの情報が下の人間に伝わっていない状況にある。

 ハルケギニアに関しても聞くべきことが多すぎて、完全に把握出来ていない状況だ。

 海苔緒の発言はこの時期に置いて値千金と云えよう。

 

「分かった、ありがとう。この事は上に伝えておくよ」

 

 伊丹の報告により、『謎の武装勢力』からの事情聴取は一気に段階が飛躍した。

 これより『困ったことがあったら紫竹君に相談してみればいいじゃないかな?』という風潮が政府上層部の一部で生まれ、海苔緒は伊丹に何度も事情聴取を受ける羽目となる。

 ……色々テンプレ過ぎて下手したら転生者だって、伊丹には分かるんじゃないか。

 そういった危惧により、尋問を受ける度、伊丹に警戒心を抱いていた海苔緒は何度も胃を磨り減らすことに。

 しかしながら海苔緒の危惧は全く的外れであり、心配ご無用であった。

 何故なら……、

 

 

 

「おい、伊丹……紫竹海苔緒だが、何か分かったか?」

 

 尋問を終え、報告書を纏める伊丹に上司が近づき、声を掛ける。

 

「はい、俺、彼の正体が分かったかも知れません」

「何、本当か!? 一体何者なんだ?」

「おそらく彼は……転生者ですね」

「は?」

「前世でトラックか何かに跳ねられたんでしょう。――で、そして神かそれに類する存在に遭遇し、彼は力を手に入れ、転生した」

「…………」

「アニメやゲームに出てくるような魔法や魔術が使えるのもその影響ですし、サーヴァントとかクラスカードといった某ゲームそっくりのアレは十中八九、転生特典というやつです。何せ、二次小説でよく見かけますから」

「……おい、伊丹」

「やっぱり銀髪オッドアイとかテンプレですよね。二十歳にしては達観してる感じでしたし、これで名前が厨二っぽかったら完璧なんですが……」

「……分かった。分かったから、伊丹」

「分かってくれましたか、この完璧な推理(ロジック)を。導き出される結論は、全てが彼を転生者だと――」

「伊丹……今回は見逃してやるが、次にふざけたら減俸にすっぞ! 分かったな!! 全くッ! こっちが真剣に聞いてるっつうのに!」

 

 呆れた表情を浮かべて後ろ髪を掻きながら、上司は伊丹から遠ざかる。

 

「いえ、自分は至って真面目でありまして……」

「分かった。じゃ、報告書の方は真面目にきっちり仕上げろ! 報告書をお前が大好きなオタク本の設定資料集にしてみろ! 減俸だけじゃなく、年末と夏の休暇も取り上げるからな! 肝に銘じとけッ!! クソ、期待させやがって! これだから伊丹の相手をするのは……」

「あっ、ちょっと……」

 

 この様に……普段の振る舞いがアレな伊丹の発言を誰も信じてくれなかった、とさ。

 

 ――ちゃん、ちゃん。

 




悲しいですよね、本当のことを云っても信じてもらえないのは(棒)。
いつの時代も天才は理解されないものです(例えば、ガリレオ・ガリレイとか)。
伊丹は狼少年扱いです。


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第十話「海苔緒の現状。または彼等の疑惑」

最近は仕事多いし、気温は暑いしで大変です。
おかけで平日全く執筆時間が取れない……ORZ
まぁ、それでも更新は続けていく予定なので、ご安心ください。


「紫竹さん、終わりましたよ」

 

 看護師の女性はそう云いながら、ベッドに半裸で横たわる海苔緒から計測用の装置を外していく。心電図検査などで用いられるような吸盤式のアレだ。

 海苔緒は上体をベッドから起こすと、看護師の女性に尋ねる。

 

「検査の結果はどうでしたか?」

 

 すると看護師の女性は苦笑を返すばかりで、何も答えてはくれなかった。

 海苔緒は女性の笑みに反して、顔を顰めていく。

 

「…………(ああ、やっぱり)」

 

 どうやら海苔緒は軽く人間をやめたらしい。

 時を少し遡る。

 政府施設で海苔緒が目を覚ました時には既に一週間が過ぎていた。どうやら夢幻召喚の反動で昏睡していたようだ。

 起きた時、側に寄り添っていたのは当然ながらサーヴァントであるアストルフォで……、

 

『おはよう、ノリ。ボクに何か云いたいこと、あるよね?』

 

 目に涙を溜めながら睨むアストルフォに、海苔緒はどう答えていいものやら少し迷った挙句、後ろ髪を掻きながら『お前を見習って無茶してみた。反省はしてるが、後悔はしていない』といった旨の言葉を返した。

 その後、アストルフォは怒ったり、泣いたり、笑ったり、忙しかった。

 

 

『ああ、君ってヤツは……、君ってヤツは本当に……』

 

 最終的に、海苔緒はアストルフォにガシガシと頭を撫でられることになったが、それで無茶したことは許して貰えたようだ。

 しかし代わりと云っては何だが、海苔緒には政府の尋問が待ち構えていた訳だ。

 結論かつ大事なことなので二度云うが、どうやら海苔緒は多少人間をやめたらしい。

 原因は間違いなく夢幻召喚によるジークフリート化だろう。

 心臓や左眼など、海苔緒の肉体の一部は変化後定着し、元に戻らなくなった。

 海苔緒の再生能力が働かないのは、魂自体が書き換わったせいだろう。いやむしろ魂の一部が書き換わったからこそ、再生能力により心臓や左眼はジークフリートのものへと変貌を遂げたのだ。

 デキムス・ユニウス・ユウェナリス曰く、『健全な精神は健全な身体に宿る』とのこと。

 故に魂に何か異常があれば、肉体もその影響を少なからず受けるわけで……どこぞの紛いものの悪魔憑きではないが、海苔緒はこうして人間を逸脱したのである。

 海苔緒の身体検査や体力測定の一次報告に目を通した嘉納太郎閣下は……、

 

「こりゃ……石で出来た仮面を被ったとか、特殊な呼吸法が使えるとかそういう類のあれか?」

 

 ……と云ったとか、云わないとか。そう云われる程度には海苔緒の身体機能は向上していた。

 けれど、身体機能が健全に向上したのは元々転生特典により肉体が桁外れに頑強であったからで、そうでなければ変異した心臓が原因で本当にDDDの変態したアゴニスト異常症の患者(ユキオとか、ユキオとか)の如くなっていたかもしれない。

 例えるなら、今までの海苔緒はスーパーカーのボディに原動機付き自転車の原動機が乗せられていたが、現在はカリカリまでチューンナップされたエンジンが代わりに搭載された。

 ジークフリートの心臓(エンジン)を搭載することで、やっとボディと釣り合いが取れた訳だ。

 無論、向上したのは身体能力だけではない、魔力の供給能力も向上している。

 アストルフォのステータスもほぼアポクリファと遜色ない状態にはなったのだが、供給量の変化はそれほど劇的という訳でもなく、宝具は一発、二発放てば……一定時間、海苔緒の魔力供給が滞ってしまう。それでも前よりは大分マシな状態だが。

 しかし魔術の技量は上がった訳ではないので、魔術の威力が上がったかと云われれば、これも微妙である。

 

 加えてジークフリート化のデメリットも存在する。当然だろう、奇跡には相応の対価がついて回るのが常である。

 記憶の一部欠落……海苔緒は前世を含め、一部の記憶が欠落していた。

 具体的に云えば、前世において自分の住んでいた家や部屋の内装が思い出せなくなったり、交友関係の人物の顔や声が分からなくなったり、欠落は多岐に渡る。

 幸いにもゲート、ゼロの使い魔、アウトブレイク・カンパニーといった原作知識に相当する部分は無事である……多分(一部抜けがあるかもしれない)。

 今生の記憶に関しても養護施設時代にかなり抜けがあるが、大して愛着があった訳でもないので特に気にはならない。人間今が一番である。

 後は趣味趣向の変化。おそらく心臓がごっそり入れ替わったためだ。

 心臓移植した患者が、移植後に食事の好みや、音楽の趣味が大きく変わったという話は海苔緒もテレビで見たことはある。……多分、そんな感じなのだろうと海苔緒は戸惑いながらも受け入れていた。

 肉体の変化を含め、慣れるまではまだまだ時間が必要である。 

 一部の政府関係者を交えた秘密裏の検証実験に付き合いつつ、海苔緒は現状の己の能力や状態を確かめていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで海苔緒たちの軟禁状態は続く。

 話を聞く限り、政府の公式見解の発表はもう少し先になりそうだ。

 海苔緒は伊丹から取り調べを受けたり、身体検査されたり、取り調べ前の待合室で一緒の慎一や才人と駄弁ったり、そんな毎日を送っていた。

 そして――、 施設の食堂で海苔緒が優雅に味噌汁を啜っている最中、

 

「海苔緒君! アストルフォ君と同衾しているって本当なの?」

 

 古賀沼美埜里による、特に理由(みゃくらく)のない不意打ち(ぼうりょく)が海苔緒を襲った。

 不意打ちとは云っても、言葉による不意打ち。されど海苔緒には腹を打ち据えるボディブローほどの効果があった。

 海苔緒は噴き出すのを何とか堪え、口の中の味噌汁を喉へと押し込む。

 気管に幾らか入って咽る海苔緒は、自分の胸元を叩いた。

 すると手に返ってく感触は鋼が如く、海苔緒の胸部や腹部の前面一部は驚くべきほど固くなっており、鋼鉄の肉体とも呼ぶべき状態になっていた。これもジークフリート化の影響に一つである。

 アストルフォからは『まるでオルランドみたい』と、笑みを浮かべながら何度も胸元に手でノックをされている(冗談かどうかは知らないが、アストルフォ曰く、オルランドはほぼ全身が金剛石(ダイヤモンド)並みの固さで、素手で人間を引き裂くほどの怪力の持ち主だったらしい)。

 海苔緒は何かと咽た状態から復帰した。

 正面の美埜里から視線を外し、海苔緒は真横に視線を送る。

 すると慎一、ミュセル、ティファニア、ルイズの二人ずつ対面になって座り、食事をとっていた。

 ちなみに慎一が海苔緒の隣であり、ティファニアが海苔緒から一番遠い席である。

 才人は政府の人間を伴ってハルケギニアに一時的に戻っている。ゼロ戦や佐々木武雄など、色々と先行して調査することがあるようだ。

 ルイズが残っているのは、云い方を悪くすれば人質といった形だろう。

 まぁ、ルイズはルイズで協力する代わりに自分の姉であるカトレアを一度日本の病院で診察して欲しい等、色々と交渉しているようだが。

 ともかく定刻になれば、ルイズが世界扉を使い才人たちをこちらへ呼び戻す手筈となっている。

 ルイズによれば、『才人のことを想えば、才人の居る場所に世界扉を開ける』とのこと。

 そのことで『ヒュー、ヒュー』といった冷やかしをアストルフォから受けると、ルイズは真っ赤になって必死に否定していた。

 ……これがツンデレか、リア充爆発しろ!!

 海苔緒は心の中で深くそう思った。

 ――話を戻そう。

 問題は慎一たちである。慎一とルイズは信じられないような、ドン引きするような視線を海苔緒に向けており、対してミュセルとティファニアは慎一とルイズの反応に首を傾げていた。

 どうやらミュセルたちは『同衾』の意味が分からなかったようである。

 海苔緒は必死な様相で否定した。

 

「馬鹿、違ッ!! 誤解だっての!」

「でも同じベッドで寝てるんでしょ?」

 

 美埜里さんはいい笑顔だった。眼鏡の奥の瞳がキラキラと輝いている。いや、むしろ肉食獣の如くギラついていると表現すべきか。

 

「いや、そ、それは……」

 

 海苔緒は言葉が詰まる。

 何故なら、ベッドで一緒に寝ることがあるのは事実だから。

 でも最初からそうだった訳ではない。アストルフォが現界した当初はソファや敷き布団で寝るときは寝ていたし、直ぐにアストルフォに与えた部屋にシングルサイズのベッドを追加した。

 海苔緒の方は寝室のキングサイズ(シングルサイズの二倍の幅)のベッドで就寝していた。

 何故キングサイズかと云えば、海苔緒の入居している最上階スイートは一室、一室が非常というか無駄に広く、入居する前から寝室のスペースに見合うキングサイズベッドが既に搬入されていたのだ。

 転機が訪れたのはアストルフォが現界して数週間後、すっかり現代の女性ものの服を着こなし、マンションの空き部屋がアストルフォの衝動買いした品物の山で一杯になりそうになった頃。

 その日も海苔緒はアストルフォに手を引かれ、映画館やデパート、その他洋服店などをハシゴしており、『何でこいつ、こんなに元気なんだろう……ああ、サーヴァントだからか』と引き篭もり気味だった海苔緒は現実逃避しかけていた。

 そんな時だった。海苔緒とアストルフォの横を仲睦まじい様子で父、母、子供の家族が横切ったのは。

 

『ねぇ、ノリの家族ってどんな人なんだい?』

 

 不意に思いついたかのようにアストルフォの口から漏れたのは、全く欠片の悪意さえ見当たらない無邪気な質問。それ故、海苔緒はドキリと身を固くした。

 海苔緒自身、特に気にしてはいないつもりなのだが、それでもおいそれと話す内容ではない。

 

『……適当に話せる場所に行くぞ』

 

 首を傾げるアストルフォに、海苔緒はぶっきらぼうに告げた。

 向かった先は寂れたデパートの屋上、年季の入ったプラスチック製の白いテーブルとイスを見つけて二人は腰かける。

 そして今では半ば絶滅危惧種と化したパンダやライオンの乗り物で遊ぶ子供と母の親子を眺めながら、海苔緒は静かに語り出した。

 海苔緒としては出来るだけ重苦しい雰囲気にならないよう努力したつもりだが、コミュ症でアストルフォに対しても口数が少なく、言葉がぎこちなかったその頃の海苔緒が無理して必死に明るく話そうと振る舞う姿は、アストルフォの目にひどく痛々しく映ったらしい。

 その日のアストルフォはしばらく気落ちした様子で、殆ど黙ったまま家路に付いた。

 ……それからだった。海苔緒にとっての悪夢の幕開けは。

 その日の夜、海苔緒はいつもの様に寝室のベッドに寝そべり半ば日課と化していた就寝直前の読書を楽しんでいた。

 光源はベッドの備えられた電気スタンドの灯りのみで、後は窓から入る月明かりがほんのりと寝室全体を淡く照らしている。

 不意にコンコンと聞こえるノックの音。住んでいるのは二人しかいない訳だから必然的にノックの主が誰であるかは明白である。

 しかしながら数週間前に珍妙な奇縁でルームシェアを始めた相方は、扉を開ける前にノックをするような慎ましい性分ではなかった筈だ。

 首を傾げながら海苔緒は扉を開け……、

 

『……はっ?』

 

 全くの奇襲――ある種の夜討ちめいていた。

 そこに居たのは当然ながらアストルフォだが、態度はいつもと全く違っていた。いつものような非常に高いテンションではなく、やけにしおらしい雰囲気。

 お気に入りの寝間着を纏い、枕を抱え、風呂上りのせいかアストルフォの髪はしっとりと濡れ、心なしか頬には幾分か朱が差しているように見える。

 月光に薄く照らされるアストルフォは信じられない程いじらしい上目遣いで……、

 

『ねぇ、ノリ……今日は一緒に寝ようか?』

『――へっ?』

 

 ――ピキッ、と海苔緒の脳内で何かに亀裂が入る音が響く。ひび割れかけたのは常識だろうか? それとも倫理観だろうか? 思考停止しかけた海苔緒には分からない。

 ……あれ、おかしいな? アストルフォが何か云ったはずなのに、何を云ったか全く理解出来ないぞ~。

 と肉体から飛び出し乖離しかけた海苔緒の認識がぼんやりと他人事のようにそう思う。

 今にして思えば――、この時のアストルフォの行動は、両親の居ない海苔緒を気遣っての行為だったかもしれないが、その時の海苔緒にはそれを察する余裕など皆無だった。

 その後の出来事は海苔緒の中でトラウマと化しているのでばっさり割愛させてもらう。

 勘違いしてほしくないが、本当に一緒のベッドで就寝しただけであり、それ以上でもそれ以下でもない。

 誓って何もなかった。……そう何もなかったのだ。……そう、何も。

 ………………、

 …………、

 ……、

 こうして海苔緒とアストルフォは偶に同衾する関係に至ったのである(※一緒のベッドで寝ているだけです、あしからず)。

 

 

 

 

 以上、回想終了。

 

 

 

 

 

 潤滑油の切れた機械のように、一向に滑らない海苔緒の口。

 すると横では、慎一がそ~っと食器の載ったトレイを海苔緒から微妙に遠ざけていた。

 

「おい、そこッ!」

 

 ビシっと海苔緒が指さすと、慎一の体がビクッと震えた。自然と慎一の背筋が伸びる。

 

「は、はい!」

「か、勘違いするな! 断・じ・て・! 俺とアストルフォは美埜里さんが想像しているような関係じゃないからなッ!! そこのルイズさんも! 分かったな!!」

 

 海苔緒に声を掛けられ、ルイズもビクリッと身を震わす。――曰く、ルイズは眼鏡をかけた女性(っぽい)人物にキツイ感じで声を掛けられると、自然と体が震えてしまうそうだ。

 十中八九、某ヴァリエール家長女の影響だろう。

 

「そ、そ、そんなこと分かってる、わ、わよ! 貴方とアストルフォがそ、そんないかがわしい関係だ、だなんて全くこれっぽっちも、お、お思ってないわよッ!! 私は貴方たちの関係を十分に理解し、してるわ! そ、そうよ、十分に!」

 

 口ではそんなことを云っているが、誤解しているのは態度から見ても一目両全である。海苔緒から微妙に目線を逸らしつつ、顔を真っ赤にしていては説得力がまるでないのだ。

 理解するにしてもきっとそれは全く別の方向(ベクトル)の理解だ。

 

 

「大丈夫よ、安心して海苔緒君。私もちゃんと理解してるわ。貴方とアストルフォ君の美しい友情を」

 

 いや、全く理解出来てねぇだろう、と海苔緒が美埜里に突っ込みかけた矢先、

 

「あ、噂をすれば……アストルフォ君じゃない! お~い、こっち、こっち~」

 

 美埜里の外れた視線の先には、少し遅れてやってきたアストルフォの姿があった。

 アストルフォはランチのメニューをトレイに全て載せ終えると、当然のように天真爛漫な笑顔を浮かべ、海苔緒の隣に座った。

 

「それで、(みんな)で何の話をしてたの~~」

「それがね……」

 

 美埜里はこれまでの経緯(いきさつ)を大雑把に説明した。

 

「なんだ、そんなことか……」

 

 慎一やルイズたちの視線が海苔緒とアストルフォに集中する。

 海苔緒は『余計なことは云うなよ』と何度も視線を送るが……、

 

「ボクとノリはマスターとサーヴァント、一心同体に決まってるじゃないか! それに……一緒にお風呂も入ったりするしね」

「えっ! 一緒に……」

「……お風呂?」

 

 横から海苔緒に抱きつくアストルフォ。

 瞬間、場の空気が凍った。

 ……ちょ、おま、それはお前が鍵かけても霊体化して勝手に入ってくるだけだろ!

 海苔緒はそう弁解を口にしようとしたが、時既に遅し――、

 慎一は信じられないといった表情をしながら、海苔緒から一層距離を置き、

 ルイズはさらに顔を赤くする。加えて今度はミュセルとティファニアもルイズと同様の反応をし始めている。

 

「アストルフォ君、その辺り詳しくッ!! もしかして、二人で魔力補給(意味深)とかもしちゃうのッ!?」

 

 ちなみに美埜里は伊丹の勧めを切っ掛けにして、既に某運命を全て攻略し、ファンディスクにも手を出したそうだ。お気に入りは全身青タイツの槍の兄貴とか、何とか。

 

「だ・か・ら……」

 

 海苔緒の弁解が空しく食堂に響く。

 そんな阿鼻叫喚の様相に反して伊丹は大分離れた席で、のほほんとカレーを食していた。海苔緒と同じ時間に食堂を訪れていた伊丹だが、持ち前の危機察知能力(ちょっかんスキル)により、さりげなく離れた席に座っていたのである。

 それからしばらく間、海苔緒の受難(ごかい)は続くのであった。

 




ルイズ「か、勘違いしないでよね! サイトのことなんて、全然好きじゃないんだからッ!!」
ノリオ「か、勘違いしないでよね! アストルフォとは、全然そんな関係じゃないんだからッ!!」

どうしてこんなにも差がついたのか……慢心、環境の違い


そしてDDDの三巻はいつ発売するんだろうか(遥か彼方を見据える遠い目)


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第十一話「新たなる運命。あるいは必然の戸口」

遅くなって申し訳ありません。

平日は仕事が忙しく、土曜は疲れてずっと寝てました。

後、祝Fate/Grand Order!
スマホのゲームだそうですが、楽しみです。
灰課金しそうで怖いですが……(震え声)。


 ……どうやら今日は話の毛色が違うらしい。

 海苔緒は雰囲気から悟った。

 某政府施設内の会議室らしき場所に通されたのは海苔緒、アストルフォ、慎一、ミュセル、美埜里さんの五名。

 待ち受けていたのは、七三分けの髪型が特徴的な中年男性と長い黒髪が特徴的な女性だった。

 

「やぁ、慎一君たち。数日ぶりだね。そして初めまして、紫竹海苔緒君、アストルフォ君。私は的場甚三郎、そして此方が――」

「イトウと申します」

 

 

 的場さんの隣で黒髪の女性――イトウさんが一礼する。

 

「あれ、確か前はコジマじゃなかったかい?」

「いいえ、今はイトウですよ」

「おや、そうなのかい」

 

 とぼけた様な会話をする的場さんとイトウさん。

 一見和やかな会話に見えるが、何だか互いを牽制しやっているようにも感じる。

 的場さんは白髪混じりの髪を綺麗に七三分けにした一見どこにでもいるようなサラリーマン風の中肉中背中年男性であるが、糸目のような細い目付きと顔に張り付いたかのような微笑みが、どこか胡散臭い雰囲気を漂わせている。

 イトウさんはイトウさんで、穏やかなで柔和そうな印象とは裏腹に何か妖しい影を秘めているように思えた。

 どちらも海苔緒の主観且つ直感でしかないが、的場さんに関しては慎一から聞いた限り原作通りの人物なので、あの見た目で実は相当な食わせ者なのだろう。

 慎一曰く『多少は信用出来ても、信頼は出来ない』らしい。

 的場甚三郎……表向き『極東文化交流推進局』局長の肩書を持っているが、実質は異世界に存在する神聖エルダント帝国において外交官のような立場に就いている。

 秋葉原でアミュテックの面接に来た慎一を事後承諾で無理矢理異世界へ引っ張り込んだのも的場さんである。

 加えて理由も酷い。慎一が『引き篭りであり、フラッとこの世から消えても不自然ではなさそう』という理由でアミュテックの代表責任者に据えている。おそらく代表に据えたのも何か問題が発生した場合、責任を全て慎一に押し付けてパージするためだったのだろう(そうなった場合、慎一はエルダントの手で処刑される可能性も少なからずあったと思うが、当時の前政権はそうなったらそうなったで別に困りはしないと、思っていたように思える)。

 まぁ、それもこれも的場さんの意思ではなく、政府の意向を反映した結果であるようだが……。良くも悪くも的場さんは御役所仕事を体現した人物というわけで。

 それに今や、慎一を政府が排除することは不可能である。

 何故ならば、慎一はエルダント皇帝であるペトラルカのお気に入りなのだ。

 ペトラルカ・アン・エルダント三世……神聖エルダント帝国皇帝であり、16歳ながら幼女のような見た目をした少女である(但し本人は容姿にコンプレックスを抱いているので、そこに触れないのが吉。……初対面で『幼女キタァァァァァァ――ッ!』と大声を上げた業の……否、剛の者も居たが)。

 慎一を害するという行為はイコールとしてエルダントに喧嘩を吹っ掛けるようなものなので、今の状況でそんなことすれば、日本政府にはデメリットしかない。

 日本の誘導疑惑があるバハイラム王国の慎一拉致事件(原作五巻)もあったが、そんな真似はペトラルカが二度と許さない筈だ。

 なので、慎一のことはあまり心配しなくとも大丈夫であろう。

 

(それよりも……)

 

 海苔緒は視線を的場さんの隣の女性に向けた。

 イトウさんという女性に関しては海苔緒も完全に初見である。

 見る限り慎一やミュセルも初対面のようだが、美埜里さんだけは警戒したような視線をイトウさんに向けていた。よく分からないが、知り合いなのだろうか?

 

「それで、今日私たちが呼ばれた理由は……?」

 

 仕事モードの美埜里さんの声だった。公私のケジメはしっかりしているので、この場面において、美埜里さんはとても頼りになる。

 少なくとも、慎一やミュセル、そして海苔緒もそう思っている。

 美埜里さんの言葉に、イトウさんは促すような目線を的場さんに向けた。

 

「ああ、そうだった。慎一君、急ですまないが、君たちにはエルダントに戻ってもらうことになった」

「えっ、……いいんですが?」

 

 驚いたような、戸惑ったような、慎一の声。隣でミュセルも目を丸くしている。

 無理もない。しばらく参考人として拘束され、事情聴取を受けて貰うという説明を受けていたのだ。

 ただ美埜里さんだけは『ああ……』と納得した表情を浮かべた。

 数秒遅れて、慎一も理由を察する。

 

「ペトラルカ……ですか?」

「実はそうなんだ。皇帝陛下が大変ご立腹でね。――『早く慎一たちに会わせろ』だそうだよ。銀座の一件もあって、エルダントと日本は正式な国交を結ぶことになった訳だけれど、肝心のエルダントがヘソを曲げってしまっては政府としても困るわけだ」

 

 的場さんは苦笑しながら、慎一の言葉を肯定する。

 事情を聞いて海苔緒も納得出来た。ペトラルカは日本に拘束されている慎一たちのことが心配なのだ。

 日本の慎一暗殺未遂の一件で、おそらくペトラルカは日本政府のことを完全に信用していないし、多分重臣であるガリウス・エン・コルドバル卿やザハール宰相も意見は同じと思われる。

 銀座の一件でもはや異世界のことを隠し立て出来なくなった日本は、エルダントの存在を公表し、正式に国交を結ぶ方針らしいが……日本には悠長に交渉している時間がない。

 なので、少しでもエルダントの機嫌を損ねる真似はしたくない筈だ。

 故に慎一たちのエルダントへの帰還をエルダントに要求され、日本政府が応じた。おそらくそんな所だろう。

 ……しかし、

 

「一ついいですか」

 

 沈黙を保ち続けた海苔緒が声を上げ、控えめに手を挙げる。

 

「何だい、紫竹君」

 

 的場さんは顔をこちらに向けた。

 

「慎一たちのことは分かりましたが……、何故俺……いえ、自分とアストルフォはこの場に呼ばれたんでしょう?」

「そういえば説明していなかった。紫竹君、それもアストルフォ君も、君たちにも慎一君たちに同行してエルダントに行って貰うことになったんだよ」

「へっ……?」

 

 何を云われたが分からず海苔緒の思考は一瞬停止した。

 

「へー、やったね、ノリ。確かシンイチと話してる時、一度はエルダントに行ってみたいって云ってたよね。それにボクもノリと一緒に行ってみたかったし」

「そうだったのかい。喜んでくれるなら、手配したこちらとしても嬉しい限りだよ」

 

 混乱した海苔緒を余所に、隣のアストルフォはポンポンと海苔緒の肩を叩く。

 停止していた海苔緒の頭脳がゆっくりと機能を回復させていった。

 

「ちょっと待ってください! 理由が分からないんですがッ!! なんで俺とアストルフォがエルダントに行くことになったんですか!?」

 

 突然のことに海苔緒は焦ったような早口で、的場さんに理由を聞いた所……。

 

「それがだね、紫竹君。……実は他ならぬ皇帝陛下自身が君たちに会いたいと直々に指名したんだ」

「はぁっ! なんでそんな……」

 

 そもそも何で俺たちのことを知っている――と口に出し掛けて、海苔緒はある可能性に気付いた。

 

「もしかして銀座の映像を……」

「うん、エルダントにも見てもらったよ。平賀君を通じて『ハルケギニア』の人にもね。何しろ我々も分からないことでも、彼等なら分かるかもしれないから」

 

 当然のように的場さんは銀座の映像、おそらく海苔緒やアストルフォ、才人にルイズが映っているものを含め、エルダントやハルケギニアに人間に見せたことを認めた。

 

「見せた結果としてエルダントもハルケギニアの人々も、てんで心当たりがないそうだ。鎧や武具、旗なんかの現物も見せたんだけどね。けど、紫竹君の報告のおかげで一気に進展したよ」

 

 報告というのは翻訳指輪やリードランゲージのことだろう。

 

「こちらも報告書は上に提出したつもりだったんだが、変な所で書類が滞っていてね。未知の言語を解読出来るリードランゲージはこちらも把握していなかったし。いやぁ、本当にお蔭で助かった」

「それで銀座で事件を起こした連中のことは何か分かったんですか?」

 

 海苔緒と的場さんの会話に慎一が言葉を挟む。

 

「ああ、それは勿論。銀座の襲撃した勢力のことに関してはある程度情報が集まってきてる。情報を検討した結果、エルダントがある世界でも、平賀君が居たハルケギニアと呼ばれる世界でもない、第三の異世界からの流入者である可能性が非常に高いそうだ」

「第三の……、異世界?」

「そう、彼らの正体は……」

「的場『局長』、それ以上の公言は控えてください。少なくとも政府の公式発表までは……」

 

 的場さんの発言を、イトウさんが差し止める。

 的場さんは少し眉を顰めたが、直ぐに元の微笑みに表情を戻した。

 

「すまないね。私としては君たちに話しても問題ないと思うのだが……各国の表立った情報公開請求が激しくなっていると同時に、裏でも工作員の活動が活発らしくてね。襲撃者たちの正体は公式発表の時に分かると思うよ」

 

 要はどこから情報が漏れるか分からないから、出来るだけ少数のみで情報を共有し、公開まで秘匿しようという話だ。

 

「……分かりました」

 

 

 慎一は不満そうな顔をしたが、それ以上は何も云わず口を閉じた。

 

「それでえっと、皇帝陛下が何故紫竹君たちをエルダントに呼んだ……という話だったね」

 

 的場さんに再び話題を振られ、海苔緒はこくりと頷く。

 

「紫竹君の映る例の映像を見た皇帝陛下が……」

 

『なんと! ニホンには魔法少女が本当におったのだな。(わらわ)も是非一度この者と会ってみたい』

 

 

「――というようなことを仰ってね。おや、大丈夫かい紫竹君」

「わっ! 大丈夫、ノリ」

 

 海苔緒は頭を抱えて机に突っ伏した。

 心配そうに背中をさするアストルフォに『……大丈夫だ』と震え声を返し、

 

「それで先方には云ったんですか……俺が男だって」

「それは勿論。アストルフォ君を含めて君たちのことは伝えてある。そうしたら……」

 

『妾も知っておるぞ。ニホンで云うところの『男の娘』というやつじゃな。ますます興味が湧いたわ。ガリウス、お主もそう思うじゃろう?』

 

「――と仰ったんだ。おや、紫竹君? そんなに慎一君の方を睨んでどうしたんだい」

 

 海苔緒は的場さんの云う通り、涙目になりながら慎一を睨んでいる。その視線を言葉に直すなら『皇帝陛下理解力ありすぎだろ! 元凶はお前か、伝道師(しんいち)ッ!!』と云った所か。

 慎一はブンブン首を横に振っているが、まるで説得力がない。

 

「ともかく、皇帝陛下がそう仰ると……今まで反対に回っていたコルドバル卿も、『そのシタケノリオとアストルフォという者はシンイチやミノリ、ミュセルが飛竜(ワイバーン)の襲撃を受けた際、周囲の人間を含めて助けたと聞く。改めて考えてみると、エルダントとしてはその功績には報いる必要がある』と意見を覆してね……おや、今度は慎一君もかい」

 

 涙目になっていた海苔緒は顔を蒼くしていた。慎一をげんなりとした表情を浮かべている。

 

「なぁ、慎一。そのコルドバル卿って……」

「あ……うん。ガリウスさんは……凄い美形の男性騎士なんだけど……その、……ちょっと女性に興味が無くて」

 

 海苔緒に対して、慎一は躊躇いながらもガリウスについて端的に語った。

 そして海苔緒も既にガリウスのことは慎一や美埜里から聞き及んでいるし、何より原作の知識もある。

 ガリウス・エン・コルドバル卿……一言で申し上げるなら彼はチーガーなモーホーである(業界用語)。

 ザハール宰相が老人であるのに対し、ガリウスは美形の男性騎士。そんな人物が年頃である少女皇帝ペトラルカの側に控えていることは色々とスキャンダラスな香りがするが、むしろ実態はその逆で、女性に全く興味がないガリウスだからこそ、信頼され皇帝陛下の側に控えているのだ。

 美埜里さんとはBL漫画やBL小説などのヤオイ本を借り受ける仲であり、ある意味でガリウスもオタク文化に耽溺している。

 本編にて慎一に『私はノンケでも食っちまう男ではない』という言をガリウスは述べているが、どこまで信用出来るかは不明であり、慎一に好意(意味深)を抱いているのは確かだ。

 そんなガリウスが海苔緒やアストルフォが男だと知って意見を曲げたことは……その、つまり……、

 海苔緒の背筋に冷たいものが奔った。

 

「大丈夫だよ、ノリ。ノリにはボクが居るからね」

 

 ムギュ――ッと震える海苔緒の背中をアストルフォが後ろから抱き留める。

 すると今まで同情するような顔をしていた慎一が数秒、何とも云えない表情を浮かべた後……納得したように一人でにうんうんと頷く。

 

(おい、コラ! そこ! 絶対納得の方向性が違うだろっ!! それに……)

 

 慎一の隣では美埜里さんが目をキラキラされていた。まるでサンタを信じる子供のような目付き――だというのに美埜里さんの周囲は何故かひどく淀んだ空気が漂っているように感じる。

 

(こっちはこっちで腐ってやがる。(この場で聞かせるのは)早すぎたんだ)

 

 的場さんやイトウさんが居なければ、今にも凄い勢いでまくし立てかねない雰囲気だ。例えば『新たな恋のライバル出現だね、慎一君』とか、『慎一君、コルドバル卿、海苔緒君、アストルフォ君の四角関係キタァァァァァァーー』とか、そんな言葉が美埜里さんの口から漏れていただろう。

 

「それで紫竹君、アストルフォ君。君たちには協力してほしい訳だが……」

 

 的場さんの言葉が終わるのを待たず、海苔緒は返答する。

 

「分かりました。俺も慎一たちと同行します。アストルフォもそれでいいな?」

「うん、ノリがいいならボクもバッチOKさ」

 

 海苔緒の問い掛けに、アストルフォはニャハハハといつものようなお気楽な笑みで答える。そして答えを聞いた的場は……、

 

「おお、それは良かった。――それで紫竹君、アストルフォ君。君たちにはこれからも協力を頼みたい」

 

 糸目のような的場の眼が少しだけ見開かれ、鋭い眼光が海苔緒を捉えた。

 古狸……という単語が海苔緒の脳裏をよぎる。

 海苔緒は慎重に口火を切った。

 

「これから……というのはエルダントに行って戻ってきた後のことですよね?」

「そうだよ。――紫竹海苔緒君、君の力を日本政府は必要としている」

 

 的場さんだけではなく、静かに的場さんの横に控えていたイトウさんの視線も海苔緒に集まった。

 

「たった数時間でエルダントやハルケギニアの言葉を把握し、拙いながらも会話を可能とした卓越した言語スキル。そして架空、実在を問わず……目にした魔法という非常識を理解し、模倣する能力。そして君が名づけた炎龍……政府の呼び名は甲種害獣、通称『ドラゴン』を君自身が撃退して見せた。アストルフォ君の存在を含め、日本政府は君の能力……いや、君の偉才異能を非常に高く買っている」

 

 それは紫竹海苔緒に下した日本政府の認識であり、評価であった。

 海苔緒は黙ってそのまま的場さんの話を聞き続ける。

 

「………………」

「炎龍の遺骸を解剖した結果、鱗の強度はモース硬度で表すと『9』。ダイヤモンドには少し劣るが、重量は驚くほど軽量だった。しかも口から高温の炎を吹き出すらしい。まるで『空飛ぶ戦車』だね。アレがもし、避難民の集まっていた皇居に向かっていたら甚大な被害が出ていただろう」

 

 的場さんはこの場で話さなかったが、炎龍の胃から溶け残った人骨が発見されており、銀座で捕縛した捕虜たちの証言により、炎龍が人間を好んで襲い、人の集まっている集落を襲撃する習性があることを政府は確認していた。

 

「エルダントのある世界においても傀儡竜という存在が確認されているし、ハルケギニアでは複数の竜種に加えて、大災厄と呼ばれたエンシェント・ドラゴンというとんでもない化け物が居たらしい」

 

 前者は自衛隊の活躍により一体、バハイラムにおける慎一救出作戦に置いて、美埜里さんがLAM――110ミリ個人携帯対戦車弾で【そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!!】をしてもう一体撃破している。

 後者のエンシェント・ドラゴンはハルケギニア各地から集結した戦力に、蛮族共生派エルフの艦隊の助力、才人が借りパク……拝借(ハイジャック)したF-2戦闘機と虚無の魔法の力により、どうにかこうにか倒すことが出来た。

 ――だからこそ、

 

「銀座の(ゲート)の向こう側――政府が定めた特別地域には自衛隊だけでは太刀打ち出来ない危険が待ち構えているかもしれない。だからこそ、政府は君の助力を願っているんだ。その代わりと云っては何だが、政府は君たちに最大限の便宜を図る用意がある」

 

 的場さんがそう告げると、イトウさんも海苔緒とアストルフォに頷いて見せた。

 便宜と云うのは、これから起こるであろう他国からの介入、脅威に対し、物理的にも、情報面においても海苔緒とアストルフォを保護する、ということであった。

 

「選んでくれ、紫竹君。我々日本政府に協力してくれるか否かを――」

 




という訳で多分、次回からエルダント編です。

やぁ……さすが、オリ主であるノリオ君はモテモテだなぁ(白目)。

では、


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第十二話「おいでませ神聖エルダント帝国。もしくは紫竹海苔緒の偶像」

大変、長らくお待たせ致しました。
今回はすごい難産でした。
一度は書き終えたものを全消しして、書き直しました。
正直迷走してました。
しかもエルダント回というより、海苔緒回です。

というか本来の予定では皇帝陛下謁見回だったのですが、政府の対応と海苔緒の処遇に関する
感想が思いのほか多かったので、今回は自然とそれをフォローする回になってしまいました。
申し訳ございません。
次回はすぐに執筆したいと思います。

後、前回一番驚いたのは誰もイトウさんの存在に突っ込まなかったことでしたw


「ふぅ、やっとエルダントに帰ってこれた……」

 

 加納慎一は、ほっと一息付く。

 視界に映るのは巨大な城。山のような威容を誇るその建築物はそれ自体が風景の一部と化している。実の所、この城は巨大な山脈を直接削って造り出されたのだ。城の上空を飛竜(ワイバーン)に乗った騎士数騎が巡視している光景はまさにファンタジーと云えよう。

神聖エルダント城――エルダント帝国と同じ名を冠する皇帝ペトラルカの御座所である。

目に映る風景は一般的な日本人から見れば非日常的なのだが、既に慎一の中では日常の範疇に収まっている。まるで故郷に戻ってきたような気分にすらなる。

 むしろエルダントに長期滞在している慎一にとっては、日本の都会の風景こそが非日常のものになりかけていたほどだ。

 超空間通路(一種のワームホール)を潜り、エルダントに来たのは慎一を含めミュセル、美埜里さん、海苔緒、アストルフォの計五人。

 海苔緒の護衛(というか監視役)として伊丹が同行する予定もあったのだが、その直前伊丹に特地派遣の命令が下り……準備の為、エルダント同行が白紙となった。

 伊丹はショックでORZとしたとか、しないとか……だが、気持ちの入れ替えの早い伊丹は特地での出会いに期待することにしたらしい。

 ミュセルも慎一と同じくエルダントに戻って来たことで先程までは一安心していたようだが、今ではソワソワし始めている。留守にしていた屋敷のことが気になるのだろう。

 慎一の住む屋敷は中世の貴族が住んでいるような洋館であり、入居者は今の所――慎一、ミュセル、美埜里さんに加えてリザードマンの使用人、ブルーク・ダーウェンとウェアウルフ(半獣人の犬耳っ娘)の少女、エルビア・ハーナイマン、ブルークの妻であり屋敷のメイドのシェリス・ダーウェン(当然ながら種族はリザードマン、しかもガチでメイド服着用)、そして慎一と同じくアミュテックに所属する綾崎光流の計七名。

 ミュセルは賊の襲撃からペトラルカを庇い、負傷により一ヵ月ほど屋敷を留守にしたこともある(原作一巻相当)。

けれど、それを切っ掛けにしてミュセルはペトラルカと親しい仲となったのだが……。 

それはそれとして――前回療養を終えてミュセルが戻って来た時よりも屋敷を空けていた期間は短いものの、屋敷に住む人々の人数は倍増していた。

つまりそれだけ仕事も溜まるという訳だ。

メイドのシェリスも居るのだが、彼女はリザードマンの部族長の娘であり、リザードマンの中ではいいとこのお嬢様の出自で、天然というか……ドジッ()メイド属性持ちのような節(これはミュセルもだが)があり、ミュセルもその辺りが心配のようである。

 

「まぁ、それはそれとして……」

 

 慎一は小さく呟くと、そっと首を回して後ろを横目でチラ見した。

 すると視線の先には巨大な城を見て目を丸くする海苔緒と、その横で忙しなく辺りを見回し興味津々に目を輝かせるアストルフォの姿があった。

 慎一は二人のそんな様子を確認して、本日二度目の安堵の溜息を吐く。

 エルダントに来る前の海苔緒は……ずっと腕を組んで不機嫌そうな顔をしていたのだ。

 それもこれも原因は的場さんのあの発言の所為だろう。

 

 

『選んでくれ、紫竹君。我々日本政府に協力してくれるか否かを――』

 

 しかし、その後的場さんはすぐに表情を緩めて……、

 

『――とは云ったものの、強制的に君たちを協力させようという気は今の政府にはないんだ。ぶっちゃけると協力してくれなくとも、君たちへの便宜は日本政府が最大限に取り持つことになるだろうし』

 

 何故なら日本政府にとっての最大の損失は、紫竹海苔緒が協力してくれないことではなく――紫竹海苔緒が国外の勢力の手に落ちることなのだから。

 続けて的場さんは微苦笑を浮かべながら肩を竦めた。

 

『でも少し窮屈な思いはさせると思うよ。まぁ、これは協力してもしなくとそうなってしまうだろうね。君たちだけじゃなくて平賀君もヴァリエール君も何だが、各国に大人気でね。表も裏も大忙しだよ』

 

 脅すような口調ではなく、本当に辟易した調子の台詞。的場さんが視線を投げると、イトウさんも釣られるようにして嘆息する。

 特にルイズと海苔緒が各国の諜報機関の注目に的だった。理由は【世界扉(ワールド・ドア)】だ。

幸いにして世界扉発動の前後は認識阻害が働くようで肉眼だけではなく、銀座の映像においても才人とルイズが突然消えたように映っていた。

 そして銀座事件より以前に極東文化交流推進局というキナ臭い機関の存在に気付き、エルダントの末端を嗅ぎつけていた他国の諜報機関にとって、銀座事件は欠けた最期のピースを補うに足り得るものだった。

 そう、『異世界』である。加えて少しばかり(さか)しらな連中は、そのルイズと才人が突然消えたように映る映像を見え、海苔緒かルイズかのどちらかが――超能力的な何かを使ってどこか『別の場所』に転移したように考えていた。

 さらにさらに、多少の想像力を働かせれば転移したその『別の場所』というのが異世界だったという可能性に気付く訳で……、

 おそらく表でも裏でも露骨な動きを見せているのは、一昔前まで人民服(マオ・スーツ)で有名だった大陸の某国であろう。

 某国共●党幹部たちはお(かんむり)の、激おこカムチャッカファイヤー寸前だった。

 何せ日本国内のチャイナスクール外交官も、ハニトラや賄賂などで抱き込んだ政治家も大して役に立たず、親中というか媚中であった筈の前民●党政権は、異世界にある神聖エルダント帝国のことを見事に隠し通していた。

 つまる所……前政権もパンダの国から既に見切り付けていた訳である。

 故に前々から痺れを切らして工作員を派遣し、エルダントから帰郷していた加納慎一を拉致しようとしたが、これも失敗している(加えて露●とお米の国も同様に拉致工作を慎一たちに仕掛けてきた。原作九巻、十巻)。

 それが銀座事件勃発により、ようやくパンダの国のお偉いさん方も日本が何を隠していたのか悟ったのだ。

 それはもう大激怒である。()の国は日本以上に面子を大事にしている。

 自分達に密かに顔に泥を塗っていた訳だから……彼等は非常に冷静さを欠いていた。

 裏では大量というか明らかに必要以上の工作員を日本へ送り出し、枕営業要員のアジアンアイドル(未成年)を日本の某TV局社長等を籠絡の為に既に投入していた。

 表では傀儡の国連某世界大領を通じて、日本の映像に映っていた人物の情報を公開するように執拗な圧力を何度も掛けている。

 今の所日本は『政府は事態を把握するため尽力している。正確な情報を纏め次第、情報は公開するから内政干渉はやめろ!』と要求を突っぱねていた。

 パンダの国を筆頭にした工作員たちは現在、海苔緒とルイズの情報を血眼になって収集していた……が、ルイズはハルケギニア出身であり、海苔緒を少女と勘違いして情報を集めている各国諜報員は目ぼしい成果を得てはいない。

 ここまで説明すれば分かると思うが、既に海苔緒がただの民間人に戻ることは絶望的だった。一昔前のアイドルの如く『私、普通の人に戻ります!』と宣言しようとも、日本どころか各国が許してくれないのだ。

 

 的場さんは最後に海苔緒にこう告げた。

 

『返事はエルダントへ行って戻ってからで構わない。ゆっくり結論を考えるといい』

 

 そうして的場さんやイトウさんとは別れ、慎一たちはエルダントに戻ってきた訳だけれど……慎一は海苔緒のことが心配だった。

 海苔緒の時とは状況も大分違うが、慎一も的場さんというか前政権に脅されたことがある。

 だから海苔緒のどんな気持ちなのか多少は察することが出来るのだが、それとは逆に海苔緒の場合……日常に戻ることが難しいことは慎一も気付いていた。

 慎一も銀座の映像を見ているし、某型月のゲームもとっくの昔にプレイ済みだ。

 インタビューで原作者である某氏がこう云っていたのも知っている。

 

『平均的なサーヴァントはだいたい戦闘機一機分の攻撃能力を有する』

 

 

 サーヴァント、アストルフォ……クラス・ライダー。どう見ても美少女にしか見えないのだが、その正体は男(♂)である。

 加えてアストルフォ自身、鎧を纏った格好も女性的であるし、日常の服も女性ものを好んで着用している。

 慎一が海苔緒を通じて理由を尋ねた所、海苔緒曰く『アストルフォは発狂したオルランドを慰めるために女装を始め、それがいつの間にか常態化したらしい』とのこと。

 それを聞いた慎一は思わず『オルランド爆発しろ!』という言葉が条件反射的に頭の中に浮かんできた。

 まぁ、それはおいておくとして……。

 海苔緒はアストルフォをサーヴァントとしてではなく友人と思って付き合っている。まして兵器だとは露ほど思っていない。

 けれど日本政府が安全保障の側面からアストルフォを見れば、危険な存在だ。何せ戦闘力だけ見れば野放しになった戦闘機も同然だから。そして海苔緒自身も限定的ながらサーヴァントと同等の能力を発揮出来る。

 例えるならば――海苔緒とアストルフォは政府の管理下に置かれていない二機の戦闘爆撃機だ。控えめに見積もっても到底民間人には区分出来ない。

 勿論、海苔緒もアストルフォも一般人に理由もなく暴力を振るうような性格はしていないが、それだけの危険な力を持った者たちを『はい、そうですか』と無視することは政府には不可能である。

 さらに海外の勢力だって海苔緒を放っては置かない。

 慎一は外国の工作員とか要人の拉致とか、そういったスパイ工作のことを漫画やアニメ、映画の中の話だと思っていた。

 けれどそんな慎一も日本のエルダントでの活動の末端を嗅ぎつけた海外工作員によって拉致されかけた。

 だからこそ海苔緒が海外工作員の拉致の対象にされているだろうことは容易に想像が付く。

 もはや海苔緒はただ一民間人などではなく特別な存在なのだ。

 けれど慎一は知っている。同じ場所に軟禁され、数え切れないかもしれない程に言葉を交わしたから理解出来るのだ。

 ……紫竹海苔緒という人間はどこにでもいる極々普通のオタクであると。

 矛盾すると云われると思うので、云い直そう。

 つまり、紫竹海苔緒は特別な人間である以前に普通のオタクなのだ。

 漫画やライトノベルが好きで、アニメを毎週チェックし、人並みにゲームを嗜み……それ等の関連商品にも手を出す――そんなどこにでもいる消費者型のオタク。

 それが紫竹海苔緒である。

 だが、そんな側面は無視され……海苔緒はこれから大勢の人間に『特別な人物』や『危険な人間』として扱われるだろう。

 それは慎一の嫌悪するレッテル貼りの行為だ。

 

『オタクだから気持ち悪い』『オタクだから犯罪者予備軍』『オタクだから引き篭る』

 

 慎一そんなレッテル貼りされた経験があるから、よく分かる。

 人の持つ側面の一部を(あげつら)って、悪いと勝手に判断して迫害の対象とするのは最低最悪行為と慎一は断言出来る。

 海苔緒の人格を一切無視して、『危険な存在だ』『特別な存在だ』と決めつける行為はそれ等と一体何が違うというのだろう。

 慎一はもう一度海苔緒の方を見た。

 神聖エルダント城の威容に驚き、目を丸くする海苔緒の姿はどこにでも居る一般人そのもので……慎一にはとりたてて特別な存在に見えない。

 

(紫竹さんたちのこと、何とかしてあげたいんだけど……)

 

 故に、慎一はエルダントに帰ってきた今も海苔緒を何とかしてやりたいと心を痛め、頭を悩ますのであった。

 

 

 

 慎一に同情且つ心配されている海苔緒だったが、慎一の思うほど自身の身の上に悲観はしていなかった。

 エルダントに到着するまで不機嫌そうにしていたのは、的場さんの高圧的な物云いを思い出して……少々腹を立てていただけに過ぎない。しかし今にして冷静に考えてみれば、的場さんのあの云い方は態とだったように思える。

 あの時、的場さんの隣に居たイトウさんが海苔緒やアストルフォの反応を窺っていた気がするのだ。

 政府の協力者になれば、自制を求められる場面が多々出てくるだろう。もしかしたら反応を通じて、そういった度量をはかりたかったのかもしれない。

 

(やべ、俺……めっちゃ顔を顰めてたよ)

 

 的場さんの言葉に露骨に反応していた自分を思い出し、自身の煽り耐性のなさを海苔緒は痛感するのであった。

 まぁ、それはそれとして……、

 海苔緒は銀座でのことを後悔はしていない。

 もし仮にアストルフォを召喚していなければ、あの日銀座には行っていなかっただろうし……もう万が一にも巻き込まれたとしても誰も助けず一人で逃げただろう。

 でもそうならなくて良かったと海苔緒は思っているのだ。

 何故なら他人を助けなくて後悔するより、他人を助けて後悔するほどが海苔緒はマシだと思っているから。

 そう風に考えられるようになったのは、まず間違いなくアストルフォの影響だろう。

 たった数ヶ月の付き合いだが、海苔緒にとってアストルフォはかけがえのない友人となっている。

 引き篭りであった海苔緒を外に連れ出し、新しい世界を広げてくれた。世の中は幸せや喜びで溢れていると、ずっと海苔緒が忘れていたことを思い出させてくれた。

 そんなアストルフォとの出会いをなかった方がいい……等と、そんなものには絶対にしたくない。

 そう思っている自分を海苔緒は自覚しているからこそ、的場さんへの返答をどうするかは決まっているも同然だ。

 

 

(まぁ、こいつ(アストルフォ)と一緒なら何となるか……)

 

 エルダントの風景に興奮したようにはしゃぐアストルフォを一瞥し、海苔緒は目を瞑って安堵の息を吐いた。目を閉じたまま感じるポカポカとした陽気と体を揺らすエルダントの風が心地いい。

 海苔緒がしばらくそのまま突っ立っていると……、

 

「どうしたの、ノリ?」

 

 耳元の掛かる微かな吐息。

 

「わっ!」

 

 思わず声を上げて、海苔緒は目を見開く。

 するとアストルフォが海苔緒の顔を正面にから覗き込んでいた。

 というか近い、マジで近い。後数センチで顔と顔が接触しかねない距離だ。

 海苔緒はよろけるような動きでやや後方に後ずさった。

 

「ノリ、大丈夫? 顔赤いし、足元もふらついてるけど」

「だ、大丈夫だッ!! ……それより、どうした?」

「うん、城から迎えが来たみたいだから。ほら、アレアレ」

 

 アストルフォの指さした先――そこには舗装された石畳を、馬車が速度徐々に落としつつこちらに向かっていた。

 否、馬車というには語弊がある。人の乗る御車台を引っ張っているのは巨大な二足歩行の鳥なのだから。

 人を軽々と乗せられる威容は地球において絶滅したという巨大な鳥ジャイアント・モアを彷彿と……訂正する。ぶっちゃけると白いチョ●ボ、FFのマスコットキャラクターの色違い的なサムシングである。

 そんな●ョコボみたいな鳥が引いているから、馬車ではなく鳥車とか、羽車と呼称するようだ。

 海苔緒はこれから皇帝であるペトラルカと謁見すること改めて意識し、胃をキリキリと痛める。

 何故ならば、もしかしたら皇帝とその臣下、近衛兵士たちがびっしりと控える謁見の間にて、ペトラルカの要望次第で魔法少女の姿を晒すことになるかもしれないのだ。

 海苔緒はそうならないことを強く祈るしかなかった

 




次回こそ本当にエルダント編!


では、


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第十三話「おいでませ神聖エルダント帝国。もしくは紫竹海苔緒の偶像 其の二」

どうも遅くなって申し訳ありません。

手早く投稿しようと思った矢先、風邪で寝込み、その後は熱中症で寝込み、休みが終わり、土日はいつの間にか予定に入れられていた旅行に出かけていました。
仕事も忙しく全然書く暇がない……ORZ。

それとオリジナル作品は夢幻旅館奇縁奇譚【むげんりょかん・きえん・きたん】を書き進めることに決めました。ご意見本当にありがとうございます。
投稿する際はまた報告させて頂きます。


 カタッ、カタッ、カタッ――と小気味よく回る羽車の車輪の音と、タッ、タッ、タッと御車台を引く大型鳥の足音が重なり、一定のリズムを刻んでいる。

 海苔緒はその音に耳を傾けながら、目を瞑りながら静かに羽車に乗っていた。

 けれど相方であるアストルフォが大人しくしている訳もなく……。

 

 

「見て、見て、ノリ。――ほら、こっち、こっち!」

 

 細腕に似合わぬ怪力でアストルフォは海苔緒の腕を引っ張り、自分の方へぐいぐい引き寄せると今度は腰に手を回してさらに海苔緒を引っ張った。

 アストルフォは、はしゃいだ様子で窓の外を指さすが……、

 

 

「馬鹿、引っ張んな! 風景ならこっち側からも見えるってのッ!!」

 

 海苔緒は赤面してアストルフォから引き剥がそうとする。アストルフォと体が密着して風景どころではなかったのだ。

 アストルフォは華奢ではあるが性別は男であるので、体は女性のように丸みを帯びてはいない。

 けれど密着されるとアストルフォの体の熱が直接伝わり、髪の毛からいい香りは漂ってくる。鼻腔をくすぐるのは、仄かに甘い花のような芳香だ。

 加えてアストルフォの吐息が頬や髪をくすぐったく撫でる。

 狭い馬車の中だから暴れることも出来ず、そもそも通常時の海苔緒は腕力でアストルフォに敵わないため、されるがままアストルフォ側の窓から羽車の外を覗き込んだ。

 そして海苔緒は目を丸くする。

 見えたのは中世の欧州を思わせる煉瓦造りの建物が並ぶ街並み。道路は石畳で舗装され、各建物に必ず一つ以上煙突があり、一部の建物の煙突は煙を吐いている。(かまど)や暖炉などを使用している証拠だ。

 けれど不思議と古臭いと海苔緒は感じなかった。

 ……よくよく考えれば当然だ。エルダントにとっては最新の街並みであるし、欧州に残る中世の街並みに比べれば建物は全然新しいものばかりだ。

 それにエルダントの建物の窓枠にはどれも木製の窓ではなく、ガラス窓がはまっている。

 地球の中世と違い、エルダントの世界には魔法があり、ドワーフと呼ばれる治金、鍛冶、工芸に秀でる種族が居る。産業革命レベルには程遠いが、中世に比べれば大分手工業が発展しているらしいので窓ガラスも希少品ではないのだろう。中には色ガラスを組み合わせたステンドグラスのような窓も見受けられる。

 それより海苔緒が一番違和感を覚えたのは、建物の看板だ。殆どは文字ではなく絵で描かれている。まるで子供向けの遊園地に来たように気分にさせられる。

 これもよくよく考えれば理解出来ることだった。

 

(識字率が低いんだったな……)

 

 海苔緒は慎一や才人の話を思い出す。羽車が現在通行しているのは神聖エルダント城近くの城下町だが、この辺りに住む住民でも識字率は20パーセント程度らしい。つまり残りの八割の住人は文字を読むことが出来ない。

 店の看板が文字ではなく絵で描かれているのは、その店が何の店なのか直感的分かるようにするためだ。

 さらに都市部から離れた農村などではさらに識字率が下がる。

 才人曰くハルケギニアでも同様のことが云えるようだ。才人の領地であるド・オルニエールでも文字が読めるのは才人たちを除くと礼拝のため領地を訪れるブリミル教の司祭などのみという話である。

 識字率99パーセントの国の生まれの海苔緒としては中々、ピンとこない事柄だが……元の世界でも 全体的に考えれば文字の読めない人間はたくさん居る。おかしいことではないのだろう。

 まぁ、それはそれとして……、

 海苔緒はアストルフォに密着されながらも目線を窓から羽車内部の向かいの席へと傾ける。

 海苔緒の視線の先、――そこにはホクホク顔の美埜里さんが座っていた。

 初めに云っておくべきだったかもしれないが、迎えの羽車は二台きており……慎一の護衛としてミュセルが一台に同乗、残りもう一台に海苔緒とアストルフォ、加えて護衛兼監視役として美埜里さんが乗り込んでいた。

 

「よっと!」

「あっ、ノリ……」

 

 海苔緒は緩くなったアストルフォの拘束からするりと逃れると、真っ直ぐ座って美埜里さんを見据え……改めて口を開く。

 

「美埜里さん……何でスマホのカメラ、こっちに向けてるんですかね?」

「――あっ! ごめんなさいね、海苔緒君。体が勝手に……」

 

 海苔緒のジト目の睨みに対して、スマホを引っ込め、テヘヘ――ッと舌を少し見せて謝罪する美埜里さん。かわいい仕草に思えたから、海苔緒は余計にイラッとしてしまう。

 ちなみに美埜里さんのスマホはカシオのGシリーズモデルだ。一言で表現するならGショックのスマホ版といった品である。偶然にも慎一も同じスマホを使用している。

 

(体は勝手に……って、どこの華撃団のモギリだよ。もしくはOPでサーフィンしてる某戦隊、百万倍の好奇心のやつ)

 

 そう思いつつ、海苔緒は突っ込みを口には出さなかった。慎一が居たならネタに乗ってくれたかもしれないが、生憎と同乗者は美埜里さんなのだ。

 もしくは伊丹さんが良かったと、海苔緒は心底思う。

 どうやら美埜里さんに与えられたエルダント滞在中の海苔緒とアストルフォの護衛兼監視の任務は、相当な天職だったらしい。

 さっきから何度も頬が緩んでいる。素晴らしい笑顔を海苔緒たちに向けることもある。

 その度、海苔緒は『綺麗な顔してるだろ。この人……発酵してるんだぜ』とか云いたくなった。

 しかし今の美埜里さんは自重している方である。慎一から耳にした世にも恐ろしい『腐の七日間』(原作七巻)に比べれば、まだまだ序の口だ。

 海苔緒は嘆息してから自分の側の窓の外に視線を向ける。

 美埜里さんに皇帝謁見の作法などを確認したいとも思ったが、今はもう少しこう風景を眺めていたいと思った。

 

(やっぱり、似ているな……夢の光景に)

 

 よくこんな街並みを夢の中で海苔緒は目にする。より正確に云えば、海苔緒ではなくアストルフォの夢だ。経路(パス)を結んだサーヴァントとマスターは夢の中で互いの記憶を共有する。

 最近見た夢の中で特に刺激的だったのは――アストルフォが巨人を捕まえ、捕虜にして街中を引き回す時の夢であった。その中の光景とエルダントの風景が海苔緒には重なって見える。

 海苔緒はふと、首を反対方向に回した。見えたのはアストルフォの横顔、頬に手を置き……窓の外を静かに見つめている。

 いつもとは違い、アストルフォの表情は何だか少し切なそうだった。もしかしたら、己の過去や故郷を懐かしんでいるのかもしれない。

 

(アストルフォのやつも、俺の夢を見たりするのか……?)

 

 ずっと聞く機会がなかった……いや、故意に聞かないようにしてきたというべきだ。漫画読んだり、ゲームしたり、映画見たりで連日徹夜することもあるが、サーヴァントであるにも関わらずアストルフォは、基本的に夜は睡眠をとっている。

 アストルフォ曰く、食事と同じく必要ではないが、意義のある行為らしい。

 そりゃそうだ……生身の人間だって必要以上に食べることもあるし、必要以上に眠ることもある。

 必要のあるなしではなく、したいからするのだ。

 だからアストルフォは海苔緒と同じ位寝ているし、海苔緒の夢を見ていても何らおかしくはないが……アストルフォはそういった話題を口にすることは今の所はなかった。

 

(やっぱり、そろそろ聞くべきか……いや、ここじゃ無理だな)

 

 今は美埜里さんも居る。この場で聞くべきではないだろう。

 それに静かに外を眺めているアストルフォの邪魔をしたくはなかった。

 海苔緒は自分の側の窓をカーテンで遮ると、目を閉じ、謁見の作法を頭の中で繰り返し反復するのであった。

 

 

 

「でけぇ……」

 

 

 しばらくして……羽車は城の外壁の門前に到着し、海苔緒は思わず息を呑んだ。

 あまりの大きさに遠距離からではスケール感が掴めなかったが、接近してみればよく分かる。とんでもない大きさの城である。

 城を囲う外壁はグルリと一周するだけでおそらく十数km以上の距離があり、外壁の城門の高さだけでも東大寺の仏像の全長に匹敵すると思われる。当然だが城壁はさらに高い。

 視界に一杯に広がる光景はまさに圧巻で、見ているだけで重圧というか重量感と圧迫感がひしひしと伝わってくるようだった。

 羽車が少し距離を置いて門の前に一旦停止すると、分厚い城門がゆっくりと物々しく開かれる。

 すると開かられた門の奥から見えてきたのは城へと延々と続く石畳。外壁から城まではさらに距離があった。

 そして城まで続く石畳の道の左右を埋め尽くすように武装したエルダントの兵士は毅然とした様子で整列している。

 海苔緒の予想を遥かに超える歓迎っぷりだ。中には日本とエルダントの国旗を左右に掲げる兵士たちも配置されている。

 さすがの国賓待遇。

 

(まぁ……正確にいえば、慎一だからこその待遇なんだろうけど)

 

 海苔緒にもエルダント皇帝であるペトラルカの意図がはっきり伝わってきた。

 要するに『エルダントは(オタクの)伝道師である加納慎一をこれ程までに重用している』と日本政府に示す明確な示威行為なのだろう。

 多分、賭けてもいいが……交渉に来ている国賓待遇を受けている日本の役人も、これほどの歓待を受けていない筈である。

 そうすることでエルダントでの慎一の立場を示し、日本政府に軽視させないためのペトラルカなりの配慮なのだ。

 その歓待の列の中には羽車を引いているのと同種の騎鳥や、人や騎鳥に比べて二回り以上は大きい騎竜――つまりはワイバーンも交じっていた。

 海苔緒はワイバーンと視線が合い、思わず身を硬直させる。

 エルダントのワイバーンは銀座で出現したものとよく似ており、海苔緒は必然的に銀座での出来事を思い出させたのだ。

 あの時は理解の範疇を超える出来事の連続で、生物として真っ当な防衛本能というか脅威を感じ取る感覚が上手く働いていなかったが……銀座事件にて海苔緒は何度も身の危険を感じていた。本来の海苔緒は臆病者なのである。

 あたかもトラウマが蘇るかのように、海苔緒の心の中で恐怖が溶けるように海苔緒の体に染み渡る。

 

 

(……やば!)

 

 手がぷるぷると震え、視界がチカチカする。震えが全身に伝播し、寒さに堪えるように歯の根すら噛み合わなくなったその時……、

 

「――大丈夫だよ、ノリ」

 

 暖かい感触が海苔緒の手を包み込み、発作のような震えが徐々に収まっていく。

 やがてモノクロに沈んだ視界がクリアに復帰すると、アストルフォが海苔緒と手を重ねていた。

 まるでアストルフォの手の暖かさが凍った海苔緒の体が溶かしてくれたかのようだったが……同時に手を握られている状況が気恥ずかしくなって海苔緒の頬が赤く染まっていく。

 

(しまったッ! 美埜里さんに見られてる)

 

 何を云われるか分かったものじゃない……と海苔緒が恐る恐る美埜里さんの方を向くと。

 

「良かった……海苔緒君、いきなり震えだすからびっくりしちゃった。気づいてなかった私も悪いけれど、体調が悪いようだったら直ぐに私に相談して頂戴」

 

 美埜里さんは本当に心配した様子で海苔緒を見つめ、声を掛けてくれた。

 

(……え!?)

 

「うん? どうしたの、海苔緒君」

「い、いえッ! 何でもありません!」

 

 海苔緒は慌てて返答する。

 一部腐的なことが絡むと怪しい所もあるが、基本的に美埜里さんは公私のけじめがきっちりしている。よくよく考えてみれば城の外壁に辿り着く直前、美埜里さんはネクタイの緩みを正し、深呼吸して息を整えていた。そこで気持ちを切り替えたのだろう。

 自分も見習わねば……と、海苔緒は緩んだ気を引き締めた。

 城の前に到着すると羽車が停止し、御者が恭しく羽車の扉を開いた。

 

「到着致しました。どうぞ」

 

 

 到着したのは城の内玄関らしかった。そこで海苔緒たちと慎一たちは合流する。

 内玄関には兵士二人が待機していた。

 

「お待ちしておりました、カノウ・シンイチ様と皆様方。どうぞ此方へ」

 

 兵士たちは慎一に向かって恭しく一礼すると、ついてくるように促す。

 ……とその前に、美埜里さんが海苔緒とアストルフォに一つ確認を取る。

 

「海苔緒君、アストルフォ君、魔章指輪はつけた?」

「はいッ! 付けてます」

「ボクも大丈夫! この通りオッケーだよ」

 

 

 海苔緒とアストルフォは指に填めた魔法の翻訳指輪を美埜里さんに見せた。

 指輪は翻訳機能だけではなく……エルダントにおける身分証明を兼ねている。故においそれと無くすことの出来ない重要な代物なのだ。

 

 

「……良し。行きましょう、私の後ろに付いてきて」

 

 海苔緒とアストルフォは頷き、騎士二人、慎一、美埜里さんと続く列の後ろに付いた。そして最後方にミュセルがつく。ミュセルは慎一のすぐ後ろかと思ったが、立場というか身分の関係で一番後方に回ったらしい。

 騎士たちの案内に従い、海苔緒たちは慎一たちの後ろに付いていく。

 城のスケール大きさは屋内に入って変わらず圧倒的で、天井の高さはドーム球場ほどもあるだろうか……廊下の幅もテニスコートやバスケットコートの横幅以上あり、その廊下が縦に延々と続いている。一定の間隔で左右に配置された白亜の石柱は一つ一つが巨木のような太さだった。

 しかも巨大な山脈で削って造った城であるが故に、城の内部も岩を削り、中を綺麗にくり抜き造られている。

 麗美な装飾が丁寧に施されたこの太い石柱の群れは後から据えられたのではなく、中をくり抜く際に残されたものを加工したのだろう。

 まさに驚嘆すべき技術と労力である。

 装飾が施された内装や調度品の一つ一つが素晴らしく、海苔緒は美術館の見学コースを歩いているような気分すら覚えた。

 しかし生憎と神聖エルダント城と見学に来た訳ではないので、惜しいとは思いつつも海苔緒は足早に廊下を歩き、美埜里さんの後ろについていくしかなかった。

 城が広いために移動の距離は必然的に長くなる。城に常駐する騎士たちは自然と早歩きを覚えるのだろう。

 案内の騎士たちは、慎一たちや海苔緒たちのことを考慮して少し速度を落としている様子だったが、それでも歩くペースとしては早かった。

 目指すは『謁見の間』であるが、エルダント城には複数の謁見の間が存在する。要は謁見の規模によって使い分けられるのだ。

 限られた人間との謁見の場合は小さい(とは云ってもテニスコート以上の大きさ) 『謁見の間』を使用し、逆に重臣や各国大使などの重要人物を全員招くような公式の謁見では巨大な『謁見の間』を利用する。

 今回の場は後者である。

 

(マジで……その場で皇帝に変身しろって云われたらどうする? 考えただけで胃がキリキリしてきやがる)

 

 二十歳にもなる男が公衆の面前で魔法少女に変身……字面(じづら)にしてみると本当に酷い。ある意味でハラキリめいた行いだろう。

 だが海苔緒の変身にはカレイドステッキ(劣化サファイア)が必要だ。そしてこの世界に置いて、魔法の杖は立派な武器に相当する。

 皇帝の前で魔法の杖を取り出すと云う行為はすなわち剣を引き抜いたり、銃を構えたりするのと同等の行為に当たる筈……故にきっとペトラルカ皇帝の重臣や左右に控えるザハール宰相やコルドバル卿が止めてくる。

 海苔緒はそう信じることにした。

 やがて延々と続く廊下の行き止まりに到着し、そこには屋内用とは思えない巨大な両開きの扉があった。この扉の先は目的の謁見の間なのだろう。扉の隙間からボソボソとした数十人もの話声が漏れてくる。集会前の学校の体育館を海苔緒は何故だか思い出した。

 

「これから謁見だけど、海苔緒君は大丈夫? アストルフォ君は……大丈夫そうね。慣れてるんだっけ、こういうのは?」

「うん、これでも生前は騎士だったからね。それよりノリの方は本当に大丈夫かい?」

 

 アストルフォは美埜里さんに向かってエッヘン! と胸を張って答える。ちなみに生前は王子でもあった。アストルフォに全く緊張は見られず、いつも通りのリラックスした様子である。

 それより問題は海苔緒である。アストルフォとは対照的に海苔緒は顔を蒼くしてお腹を何度もさすっていた。

 

「……大丈夫」

 

 海苔緒は首をブンブン横に振った後、自分の頬を思いっきり叩いて気を引き締めた。

 

(こうなったらなるようにしかならねぇ)

 

「……くれぐれも無理はしないように。私と同じように黙って俯いて控えてればいいから、後は皇帝陛下に何か云われたら練習した通りに答えて頂戴」

「はい、分かりました」

 

 面接の練習のように幾つかの受け答えを頭の中に叩き込んでいた。後は度胸である。

 

「ニッポン国の使者――カノウシンイチ様、コガヌマミノリ様、他三名ご入来!」

 

 案内の騎士たちが声を張り上げると、物々しい巨大な扉が何かの仕掛けによって独りでに開いていく。

 同時に中で聞こえていた話し声が止んだ。

 ――いよいよである。

 慎一は堂に入った動作で内部の赤い絨毯に足を付ける。その様子を見た海苔緒は改めて慎一に感心した。

 こうして慎一たちと海苔緒たちは皇帝の待つ『謁見の間』へと足を踏み入れるのであった。

 




申し訳ありません、エルダントの説明を入れたらまたしても話が進まなかった……ORZ。
次回こそ本当にペトラルカ皇帝と謁見です。
海苔緒の運命は如何に……。

では、


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第十四話「おいでませ神聖エルダント帝国。もしくは紫竹海苔緒の偶像 其の三」

すいません、何回も書き直しをしていて投稿が遅れました。
最後までシックリきていないのですが、これ以上間隔を空けるのもまずいと思い投稿します。
どうかご容赦のほどを。


 足を踏み入れた『謁見の間』は屋内とは思えない広さで……体育館または屋内競技場ほどの大きさは余裕であるだろう。

 テニスコートを四面とってもまだ余剰スペースが残る床の面積に加え、その広い空間を支える為に巨木のような大理石の柱が高い天井に向かっていくつも伸びている。

 そして延々と続く赤い絨毯の道の両脇には、ペトラルカ皇帝を守護する近衛騎士たちがずらりと並んでいた。

 近衛騎士の纏う鎧は羽車を歓待した騎士に比べて装飾が増えており、腰に佩いた剣の鞘も拵えが立派になっているように見える。

 近衛騎士の他には神聖エルダント帝国の重臣らしき人物たちが一か所に固まって控えている。その重臣の大半はヒト種の者であるが、チラホラとエルフやドワーフも混じっていた。

 神聖エルダント帝国は種族や身分差別上等の封建的階級社会であるが、信賞必罰に関して公明正大らしく、故にエルフやドワーフ等の亜人種であろうとも功績に見合えば貴族の位が与えられるのだ。

ミュセルも最初(ミュセルに対する慎一の態度に嫉妬した)ペトラルカに手酷く扱われていたが、そんな扱いにも関わらず自分の身を犠牲にしてペトラルカを謀反者の凶刃から守ったことにより(原作一巻)、今ではすっかり打ち解け、ミュセルはペトラルカに大変信頼され、特別な扱いを受けている。

 その辺り――どこぞの帝国とは違っていると云っていい。まぁ、その(くだん)の帝国もそう遠くない未来、どうなっていくは分からないが……。

 海苔緒は謁見の間を見渡すと、最後に視線を奥にやった。赤い絨毯の終着点の手前で一段段差がついており、段差による床が高くなっている最深部には一際立派な玉座が据えられていた。

 玉座の左右に控えるのは、皇帝に次ぐエルダントに権力者であるザハール宰相とコルドバル卿だ。

 ザハール宰相は温和そうな雰囲気の老人であり、コルドバル卿は艶やかな銀髪を長く伸ばした美丈夫――簡単に云えばテンプレ的なイケメン騎士だった。

 そして玉座に座る幼女……ではなく少女こそがこの神聖エルダント帝国の最高権力者であるペトラルカ・アン・エルダント三世陛下その人である。

 遠見の魔術を使わずともジークフリート化した海苔緒の片目はその姿をはっきりと捉えている。

 

(マジで小さい――つーか幼いな……)

 

 海苔緒は思わずそんな不敬な感想を心の中で呟いた。

 熊のような大男が座ってもまだ余裕があるような玉座であるから、皇帝陛下の小ささが際立っているとも考えられるが……それを考慮したとしても幼い外見である。

 玉座に座っていると足が床に届かないためか、足を置く小型の檀上の様な物がペトラルカ皇帝の足元には置かれており、それが余計に幼さというか可愛らしさを強調している。

 銀砂を思わせる艶やかな髪に、翡翠の如き輝きを放つ碧い瞳。

 まるで等身大の西洋人形(アンティーク・ドール)。それほどまでにペトラルカ皇帝の容姿は可憐で浮世離れしていた。

 頭にちょこんと載せられた小ぶりの王冠(ティアラ)もペトラルカ皇帝に合わせた特注だろう――その他の首飾り、腕輪、服飾、靴などのコーディネートは幼い皇帝を何とか大人っぽく且つ妖艶に見せようとする努力を感じさせるのだが、現代日本人である海苔緒からすると『ちょっとあざと過ぎやしませんかねぇ……』といった感想を抱いてしまう。

 絵本に出てくる御姫様というよりは、大きいお友達が視聴する深夜のアニメに出てくる姫様のような姿であった。

 ペトラルカは慎一が到着したのを確認すると、偉そうに(※ジッサイエライ)腕と足を組んでいたのを解いて背筋を伸ばし両手を肘掛けに乗せる。その仕草の一つ一つが可愛らしくも愛らしい。

 海苔緒はそこまで確認すると学んだ作法通りに顔を俯かせ、慎一たちに続いて赤い絨毯の道を進んでいった。

 

 

「――申し上げますッ!」

 

 突然の声に海苔緒は体がビクリと震える。ある程度の慎一や海苔緒たちと皇帝との距離が詰まると玉座に近い近衛騎士が声を張り上げたのだ。

 すると慎一や美埜里さんは絨毯の上に膝を付き、海苔緒とアストルフォもそれに倣うように片膝をついた。顔はまだ俯いたままだ。

 皇帝陛下の許可を得るまでに顔を上げるのは非常に不敬な行為であると、海苔緒たちは十分に聞かされていた。

 

「ニッポン国の使者――カノウシンイチ様、コガヌマミノリ様、他三名ご到着!」

「「ご到着ッ!」」

 

 近衛騎士たちの唱和が謁見の間を震わせる。

 それが収まるを待ってから慎一は一つ咳払いをし、大きく声を上げた。

 

「〈アミュテック〉総支配人、加納慎一、その従者古賀沼美埜里、およびミュセル・フォアラン、紫竹海苔緒、アストルフォ、以上五名。皇帝陛下に帰還のご挨拶と、もろもろのご報告に参りました。謁見の許可をお願い致します」

 

 大勢の視線が慎一に突き刺さるが、その重圧を跳ね除けるように慎一は淀みなく舌を滑らした。海苔緒はその姿を見てまたも感心する。

 城に入ってから海苔緒の中の慎一の株は上がりっぱなしである。

 

「よろしい、面を上げよ」

 

 予想した通りの幼い少女の声。横柄な口調にも関わらず、生意気だとかそういった感情は一切湧いてこずむしろそれが当たり前のように感じられる……とにかく不思議な響きだった。

 慎一や美埜里さんが顔を上げると横目で確認すると、海苔緒もおそるおそる面を上げる。

 そこに居たのはまぎれもなく、先ほど姿を確認した幼……少女であり、ペトラルカ皇帝陛下であった。

 

「シンイチ、ミノリ、ミュセル。よくぞ無事戻ってきた。ギンザが襲撃されたと聞いた時は妾も肝を冷やしたぞ。それにもし……『賊共』がアキバを襲撃し占拠するような事態になっておったら、妾も聖地奪還のために挙兵せざるを得なかったじゃろうな」

 

 ハッハッハッ――! と笑うペトラルカ皇帝。その挨拶がてらの語りに海苔緒はのっけから度肝を抜かれる。

 アキバが占拠されていたら挙兵していたという台詞に、冗談だよな……と海苔緒は一瞬思ったが、挙兵を口にした時にペトラルカ皇帝の表情は真剣そのものだった。

 

(そういえば、ペトラルカ皇帝は秋葉原に行ったことがあるんだっけか)

 

 

 御忍び……というかザハール宰相やコルドバル卿にも無断で日本へ密航し、ペトラルカ皇帝はミュセルやエルビア、美埜里さんと共に慎一の家に滞在したことがある(原作九巻、十巻)。

 その時、観光に訪れたのが秋葉原であり、ペトラルカ皇帝は秋葉原をいたく気に入ったと慎一からも聞かされている。

 なので、もしかしたら先程のペトラルカ皇帝の台詞は本気だったかもしれない。

 その証拠に慎一もペトラルカ皇帝の言葉を聞いて、苦笑に似た曖昧な笑みを浮かべていた。

 

「陛下、あまり軽はずみにそのようなことを申されては……」

 

 ザハール宰相も不味いと思ったのか、自重してください――とペトラルカ皇帝に進言する。

 

「うむ、少しばかり戯れが過ぎたな。許せ、爺。じゃが妾も今回の事態には非常に心を痛めておる。――それでそなた等がシンイチ達を救ってくれた者たちか。もう一度妾に名を教えてはくれぬか?」

 

 つまり自分で直接自己紹介しろということで。

 皇帝に向いていた視線が一気に海苔緒とアストルフォに集中する。

 何しろ海苔緒もアストルフォも容姿は目立つ方だ。海苔緒は慎一と同じく黒いスーツを纏い、長い銀の髪を後ろで一本に纏めてはいるが少女のような相貌が他者の視線を惹き付ける。

 対してアストルフォはスーツではなく白銀の鎧を纏っていた。無論許可も取ってある。

 海苔緒と同じ黒のスーツ姿より、この場においてはこちらの方がよほど場に馴染んでいる。

 腰に佩いだ剣だけは実体化させておらず丸腰だが、それでも堂に入った様子だ。

 さすが元騎士兼元王子。可憐な容姿も相まって控えていようと姿に華があり、こちらも同じく視線を惹いた。

 

(やべ……何て挨拶するだったか)

 

 散々練習した筈の言葉が思い浮かばない。名乗りを上げるのは海苔緒からとアストルフォと取り決めをしていたのだが……緊張から海苔緒の頭は真っ白になる。

 けれど海苔緒の沈黙を見越していたかのように、アストルフォがすかさず機転を利かせ、フォローのために口火を切った。

 

「本日は皇帝陛下を御拝謁する栄誉を賜り、誠に光栄に極み。私はアストルフォ、シャルルマーニュ十二勇士に名を連ねる騎士(パラディン)が一人にございます。隣の彼は紫竹海苔緒――私と主従の契りを結んだ(マスター)なのですが、どうやら陛下の御尊顔を拝することが出来た喜びに感極まっているようで、言葉も出ない様子。故に私が彼の分まで代弁したいと存じ上げますが、よろしいでしょうか?」

 

 ――お前誰だよッ!! と海苔緒は思わず声を上げてしまいそうなったが、それほどまでに普段の砕けたアストルフォの口調とは全く喋り方が異なっていた。一緒に謁見の際の受け答えの練習をした時とは台詞も一部異なり、アドリブが効かされていた。

 しかしよくよく考えれば、お調子者の騎士ゆえにこういった美麗な文句を飾ることにも慣れていたと考えると何らおかしくはない。

 TPOを弁えたというよりは……理性が蒸発しているからこそ物怖じせず生前と同じく騎士として振舞ったという所だろう。

 

 

「……ほう。そうかよかろう、妾が許す。汝等のことはニホン政府からも聞いている。単騎にて竜騎兵の集団を駆逐した騎士アストルフォと、ギンザに現れた賊の群れを次々蹴散らし、最後にはドラゴンを一刀にて両断したその主、シタケノリオ。よくぞシンイチたちを守ってくれた。神聖エルダント帝国を代表して感謝する」

 

 そのペトラルカ皇帝の言葉に謁見の間は色めき立った。重臣たちはざわめき、『彼等が例の……』とボソボソと会話を交わし、向けられた視線の質も変わる。

 近衛兵たちは畏怖や畏敬の念を込めて、海苔緒やアストルフォを見つめている。

 いくら緊張で周りが見えなくなっている海苔緒とて、その変化はまざまざと感じられた。

 

(な、何だ? こっちを見る目が変わった。一体なんで……)

 

 そこまで考えて、海苔緒は理由に思い至る。

 

(そうだ、的場さんが銀座の映像を見せた、って云ってたな)

 

 海苔緒やアストルフォに、才人やルイズが映る(くだん)の映像のことだ。

 

 何人が映像を見たかは知らないが……周りの反応から鑑みるに、話自体はほぼ全員に伝わっているらしい。そして海苔緒の推測は正しかった。

 日本政府は的場さん等を通してエルダントに、例の銀座の映像を見せたのだが……当初のエルダント側は困惑し、何人かが真顔で『これは貴方がたの世界のエイガやトクサツか何かですか?』と聞き返したぐらいだ。

 対して的場さんたちは神妙な面持ちで首を振り、『いいえ、我が国で実際に起きた出来事です』と言葉を返したそうだ。しばらくの間、気まずい沈黙がその場を支配したとか、しないとか。

 それぐらいにエルダント側からしても非現実でショッキングな映像だったのだ。

 痛ましいことではあるが百歩譲って、何者かが魔法のようなものを使って日本へと侵攻したことはエルダント側にも理解出来た。(その正体にはてんで心辺りがなかったが、賊の装備の充実を見る限りかなりの国力を持つ勢力の正規兵の軍団であることはエルダントにも理解出来たので……その辺りの詳細は後に日本へと伝えられることとなる)。

 しかしその後の展開が信じられない。

 グリフォンにも似た――それでいて馬の半身を持った似て非なる幻獣に跨る騎士が、飛竜を駆る騎兵を騎上槍にて次々撃ち落としていく姿。

 同様の戦力を持つエルダントだからこそ分かる……幻獣に跨る騎士がどれだけ出鱈目な強さなのか。

 現代的な感覚に例えるならば、一機の戦闘機が一回の戦闘で数十機の敵戦闘機を撃墜するようなものである。

 本来ならば天地が逆さまになろうと、起こり得る筈のない出来事で、これに比類する騎士はエルダントにも存在しないと、素直に認めざるを得なかった。

 けれどもっと出鱈目なのは映像の終盤、巨大なドラゴンを奇妙な姿をした剣士が真っ二つにする。直前にあった都合二度の変身といい、もはやその内容は日本からエルダントに輸入されたジャパニース・アニメーションそのもので、全くもって現実離れも甚だしい。

 エルダントにおいても(ドラゴン)は、天災として扱われる。生物ではあるが、精霊のような性質を持ち、飛翔し、直接的な魔法投射も無力化する怪物。

 エルダントの正規兵でも真面に戦えば、大勢の犠牲を出す。

 投石機などの攻城兵器なら打撃を与えることが出来るが、ドラゴンの機動力の前には無力であり、 結局は槍や剣、弓を持って多勢により正面からぶつかる以外他に撃退の方法が確立されていない。

 日本においても、エルダントにて自衛隊が交戦及び撃破したドラゴンの遺骸のサンプルと、銀座で両断された炎龍のサンプルを比較検証した結果、エルダントのドラゴンと炎龍は多少異なる点はあるが類似した生物であると判明し、脅威度で鑑みるならば――積極的に人を餌とする炎龍の方が危険であると政府は見解を示していた。

 それを単騎で討伐する竜殺し(ドラゴン・スレイヤー)など、それこそ御伽話の騎士の如くである。

 いささか蛇足であるが――さぞや名のある騎士(軍人)なのだろうと、エルダント側が海苔緒のことを尋ねた所、日本政府から派遣された役人たちは震え声でこう答えた。

 

『いいえ、彼は軍人ではなく一般人です。従軍経験も全くない――そちら(エルダント)の感覚で云えば、ただの平民です』

 

 

 日本側の返答に、エルダント役人や軍関係者は目を丸くしながら顔を見合わせたと云う。

 そんなことを聞かされた日には『アニメに出てくる日本と現実の日本は違いますよ~』という日本の説明は嘘だったのか、と疑いたくなるのも無理からぬ話で。

 つまり何が云いたいかと云えば……『NIPPONのHEIMIN怖い』とエルダントの関係者に間違った印象を植え付けるのであった。

 しかしながら日本政府は日本政府で、一部の関係者は自称オタクで引き篭りの海苔緒に対し、『HIKIKOMORIのOTAKU怖い』という印象を抱いていた。

 まぁ、海苔緒に対する『HIKIKOMORIのOTAKU怖い』という一部政府関係者の印象にはとある人物の下地(バックボーン)も存在する。

 その彼は引き篭もりではなく元ニートの元オタクであったが、ある出来事を契機に傭兵稼業へ足を踏み入れ頭角を現し、今や『子供使い』の忌み名で恐れられる業界きっての危険人物だ。中国からは『人民の敵』だと名指しで非難されたことも。

 故に日本政府から『居なかった』ことにされ、今では架空の人物、都市伝説と化したかが現在では……、

 ――とりあえず閑話休題。

 

「アストルフォよ。汝の主が変身したのは魔法の力によるものか?」

「御明察の通りです、皇帝陛下」

 

 ペトラルカ皇帝の問い掛けに、アストルフォはつつがなく応じる。

 するとペトラルカ皇帝は少し考えて込んだ後、掌にポンと片手を載せて、

 

「ならば今ここで、その変身を披露することは可能かのう?」

 

 案の定、海苔緒はもっとも危惧する台詞を云ってのける。

 場内はさらにざわついた。

 海苔緒の表情が盛大に引き攣った……が俯いているため表情の変化に気付いたのは隣で控えているアストルフォのみである。

 

『だってさ。どうする、ノリ?』

 

 パスを通じてアストルフォの念話が海苔緒に届く。先程のペトラルカ皇帝への生真面目な語調とは打って変わって、いつも通りのお気楽な調子の声。どうやら現在進行形の騎士としての振る舞いも場のノリというか雰囲気に合わせて装っているに過ぎないらしい。

 

『馬鹿……こんな所で変身出来る筈ねぇだろ! ほら、見ろよ、アレ』

 

 海苔緒はチラリと顔上げ、ペトラルカ皇帝の方を見た。

 するとザハール宰相とコルドバル卿が非難めいた視線がペトラルカ皇帝に向けられている。自重してくれと云いたいのは一目瞭然だった。

 ペトラルカは数秒してコホンと可愛らしく且つわざとらしく咳をし、それに合わせてコルドバル卿は『静粛に!』と声を張り上げる。

 

「妾も時と場所は弁えておる。今のは場を和ますためのちょっとしたジョークというやつじゃ。それよりもシンイチ、報告を頼む!」

「……ああ、うん。いえ! 分かりました、陛下ッ!!」

 

 話を逸らすために話題を振られた慎一は一瞬素で答えてしまうが、すぐに敬語に言葉を引き戻す。いくら親しい仲とはいえ、こうした公式の場では慎一もペトラルカを呼び捨てではなく、陛下と呼んでいた。何事も大事なのは節度である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからの謁見において、海苔緒とアストルフォはほどほどに話しかけられたが、アストルフォのフォローのおかげで何とか最後までボロを出さずに済んだ。

 そして謁見が終わり、海苔緒がやっと一息つけると安堵しかけた矢先――ガリウス・エン・コルドバル卿が慎一たちや海苔緒たちに、(おもむろ)に近づく。

 

「すまないが皇帝陛下がお呼びだ。離宮まで案内するのでついて来てくれ」

 

 ……どうやら海苔緒の受難はまだまだ終わらないらしい。

 

(てか、何でコルドバル卿、頬が赤くなってんだよ! 目元も若干潤んでるし! (アストルフォも込みで)こっちに向ける視線がおかしいだろ!!)

 

 頑張れ、海苔緒!! 負けるな、海苔緒!! 海苔緒の明日はどっちだ!?

 

(ちょ、コルドバル卿! 顔近い! 顔近いって!!)

 




今回皇帝陛下の発言が些か過激というか軽率なのは、慎一たちが無事に戻ってきたのが嬉しくてテンションが上がってるからです。普段ならばもっと自重していた筈。

それと次回で皇帝とのお話は終わりの予定。
ちょこちょこハルケギニアのことも話題に上がります。
乞うご期待。

では、


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第十五話「おいでませ神聖エルダント帝国。もしくは紫竹海苔緒の偶像 其の四」

申し訳ございません。
ここ約一か月仕事が忙しく執筆の暇がありませんでした。
しばらく小説を全然書いていなかったので、リハビリがてらボチボチ更新していく予定です。


「改めて自己紹介するね。ボクはアストルフォ。よろしく、ペトラルカ皇帝陛下」

「聞いていた人物像と違って妾も内心戸惑っていたが、時と場所を弁えたということか……うむ、成程。謁見の間でのっけから『幼女キタッーー!』と叫んだどこぞの不作法者よりはよほど礼儀を弁えておるな。こちらこそよろしく頼むぞ、騎士アストルフォよ」

「ペトラルカ……そのネタ、まだ引っ張るんだね」

 

 謁見を終えた後、要請を受け海苔緒とアストルフォが慎一たちと共にペトラルカ皇帝の待つ離宮の一つに向かった訳だが、あっという間にアストルフォはペトラルカ皇帝と打ち解けていた。

 いくらペトラルカ皇帝が『ここでは無礼講じゃ』と最初に断ったとはいえ、堂々と親しく接することは常人には出来ないし、まして和気藹々とした雰囲気を作り出すことなど海苔緒には不可能に限りなく近い芸当だ。

 そんな圧倒的なコミュ力の高さを見せつけられた海苔緒は、ただ茫然とその様子を遠巻きから眺めていた(ちなみに隣にはミュセルも居る)。

 ペトラルカ皇帝の周りを固めているは麗しい侍女のドワーフやエルフであるが、その正体は近衛の女性兵士たちであり、厳しい兵練を重ねたかなり手練れ。不意打ちとはいえ、慎一を襲撃した自衛隊の特殊作戦群を無力化したのも彼女たちである。

 ドワーフの侍女たちは赤いランドセルを背負っていても違和感がないのだが、彼女たちは全員とっくに成人済みで中には夫帯者も混じっており、子供が一人、二人居るのも珍しくないそうだ。

 しかし同じ種族のドワーフ男子は十歳ぐらいで既に髭の濃い強面で、どう見ても背の低いおっさんにしか見えない。この差は一体どこから来るのだろう……、

 加えて離宮の周りを囲うようにして、近衛騎士たちが配置されていた。普段は無粋ということで離宮に侍るのは侍女を兼ねる女性近衛だけだそうだが、未知の存在である海苔緒とアストルフォを警戒して一応配備したらしい。

 それは全くもって正しいことなのだが……それより問題は、近衛騎士の取り仕切る立場として離宮に来ているガリウス・エン・コルドバル卿が海苔緒に熱視線(意味深)を向けていることにある。

 正確に云えばガリウスの熱視線は謁見の時からであり、海苔緒だけではなく時折アストルフォや慎一にも向けている。

 

 ……きっと警備に目を光らせているのだろう、そうに違いにない!

 

 海苔緒は自分にそう云い聞かせることにより、己の精神衛生を保つことにした。

 そうこうしている内にドワーフの侍女が大きめの籠をペトラルカ皇帝の座るテーブルに置いた。ペトラルカ皇帝は慎一やアストルフォとの歓談を一時中断し、ゴソゴソとは籠の中から服を取り出す。

 その特徴的な服は遠巻きから眺めていた海苔緒にも判別が効いた。さらに云えば、その服は隣に居るミュセルが着ている物と同一で……。

 

(何故にメイド服……しかも胸の部分がでかくねぇか?)

 

「それはそうとシンイチ。お主、妾に内緒でいくつかこの様な服を発注していたようじゃが……また女を増やすつもりか。しかもこの服、やけに乳の部分が膨らんでいるのは、一体どういうことかのう?」

 

 ペトラルカ皇帝はジト目で慎一を睨みつつ、メイド服の胸の布地を伸ばした。

 すると伸びる伸びる。ペトラルカ皇帝が伸ばした胸の布地の部分に大玉のメロンが二玉収まってしまいそうだ。

 底冷えしたペトラルカの声に怯えながらも慎一は弁解の言葉を口にした。

 

「違うんだ、ペトラルカッ! その服は平賀さんに頼まれて……」

 

 そこまで耳にして海苔緒は事情を察した。

 

「ああ、もしかしてそのメイド服。才人に頼まれてたティファニアさん専用の特注品か!」

 

 海苔緒の口から思わず声が漏れた。その脳内では慎一や才人と共に軟禁されていた時のことが蘇る。

 女性が三人集まると姦しいと云われるが、男も三人集まれば喧しいわけで……、

 

『ミュセルが着ているメイド服をティファニアにも着せたら、きっと似合うだろうな』

 

 そんな才人の発言に、『名案です、平賀さん!』と慎一が見事に共鳴したのが発端だった。

 才人の目的は云うまでもなくミュセルと同じメイド服を着たティファニアを観賞することだろう。 才人には水兵(セーラー)服を女子用学生服に見立て、シエスタに着せていた前科もある(ゼロ魔四巻参照)。

 まぁ、ルイズにバレたらまず間違いなく折檻コース確定である。

 なので男同士の熱い友情のため、慎一もエルダントで培ったツテ(アミュテックが運営する学校の生徒等)を頼って秘密裏にティファニア用のメイド服を調達しようしたのだが、その行動が逆にペトラルカ皇帝の目を惹き、誤解されたようだ。

 

「ティファニア……誰じゃ、その女は?」

 

 ペトラルカ皇帝は相変わらず不機嫌そうな様子で問いを投げた。

 慎一は慌てて弁解を続ける。

 

「ほ、ほら! 手紙に書いたよね。ハルケギニアって異世界に飛ばされていたボクと同い年くらいの日本人のッ! それが平賀さんで、その平賀さんの友達のハーフエルフの女の子がティファニアさんで……あっ」

 

 そこまで云って慎一は言葉を止めた。気付けば周囲の近衛の女官たちが少々眉を顰めている。おそらくはハーフエルフという単語が原因だろう。何せハーフエルフの存在はエルダントでもハルケギニアでも、あまり良いニュアンスで捉えられない。

 慎一も云った後で気付いたから、言葉が止まったのだ。

 慎一もエルダントでの生活は長く、その辺りにも普段なら気を配っていたのだが……日本に戻っている期間が長かったのが仇となったようだ。

 だがペトラルカ皇帝は特に気にした様子はなく、今度はミュセルに声を掛けた。

 

「慎一の言葉は誠か、ミュセル?」

「……はい、陛下。ティファニアさんはハルケギニアの方で私と同じハーフエルフです。でもとっても優しい人で私、その方とお友達になったんです」

 

 対してミュセルははっきりと返答した。なんら恥ずべきことはないと態度が示している。

 海苔緒はハラハラしながら事の成り行きを見守っていると……、

 

「ノリ、スマホ借りるね!」

「あっ、え!」

 

 いつの間に後ろに回っていたアストルフォが海苔緒のスーツの胸ポケットからスマートフォンを抜き取った。

 そのままアストルフォは慣れた手付きでスマートフォンの電源を入れ、内蔵されたカメラで撮った写真を収めるフォルダを開く。

 

「あった! これがティファニアさんだよ、ペトラルカ陛下」

 

 その写真はスマートフォンを政府から返却された時、記念にみんなで撮ったものだ。中にはミュセルとティファニアのツーショット写真も存在し、アストルフォはそれをスマホの画面に映して、ペトラルカ皇帝に見せた。

 

「うむ、これは……確かに大きいのぅ」

 

 そのままアストルフォからスマホを受け取ったペトラルカ皇帝は画面を食い入るように見た後、目を丸める。

 そして交互に画面に映る写真とミュセルの胸を目視で確認し始めた。

 おそらくはミュセルの胸を基準にティファニアの胸の大きさを測っているのだろう。

 例えるならば、動物園のゾウを見て恐竜の大きさを夢想するような類の行為である。

 しばらくの間、ペトラルカ皇帝によるゾウと恐竜の大きさ比べは続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティファニアの話題を皮切りに、ペトラルカ皇帝との会話の話題はハルケギニアで持ちきりとなっていた。

 主に慎一が才人から聞いたハルケギニアの話を、要点を纏めつつも面白おかしくペトラルカ皇帝に伝えている。

 ――さすがライトノベル作家の息子、語りには思わず聞き入ってしまいたくなるような不思議な魅力があり、ペトラルカ皇帝だけではなく近衛の女官たちやコルドバル卿すら慎一の話に熱心に耳を傾けている。

 そんな慎一の話の所々をアストルフォやミュセル、美埜里さんに海苔緒が補足していった。

 

「ハルケギニアか、妾たちの世界とは似て非なる場所……実に興味深い。一度は訪れてみたいのう。時にアンリエッタ女王とは一度ゆっくりと言葉を交えてみたい」

 

 慎一から話を聞いて、ペトラルカ皇帝はそんな感想を漏らした。

 アンリエッタ女王とペトラルカ皇帝。女性であり、共に若くして国の最高権力者となった者同士である。ペトラルカ皇帝も何か思う所があるのだろう。

 コルドバル卿も同様に、

 

「ヒラガ・サイト。愛する者のために命を賭し、単騎で七万の軍前に挑み、国を救った。無謀とも思える行為だが、まさしくそれは『キシドウ』。一度顔を見てみたいものだ」

 

 コルドバル卿がわざわざ騎士道を日本語で発言したのは、日本での『騎士道』とエルダントでの『騎士道』の価値観の違いを意識してのことだろう。

 そして相変わらずの美埜里さんはコルドバル卿が熱っぽく才人のことを語るのを聞いてうっとりした後、意味深な目線を慎一や海苔緒、アストルフォに向けている。

 その軸のブレなさは、ある意味で尊敬出来る?かもしれない。

 

「しかし慎一だけではなく、日本の男は皆、大きい乳の女子(おなご)が好きなのかのぅ?」

「違うよ、ペトラルカッ!! 前にも云ったけど、小さい胸も大きい胸もボクは区別なんかしないよッ! どれも等しく平等に魅力的なんだ!!」

 

 慎一は真剣に弁解にしているつもりなのだろうが、云ってることはかなり酷かった。

 ペトラルカは一層目をジト目にして、

 

「つまり『レモンちゃんが好きです。でもメロンちゃんの方がもっと好きです』……という訳じゃな」

 

 まるでどこぞの引っ越しセンターのCMじみたペトラルカ皇帝の言葉に、慎一はたじろぐ。

 

「あ……いや、それはね……」

「やはり旦那様は、(ワタクシ)などよりもティファニアさんのような胸の大きい女性が好みなのでしょうか?」

「ちょっとミュセルまでッ!」

 

 ペトラルカ皇帝とミュセルに挟まれる慎一。

 ティファニアやシエスタなど、他の女性を交えた才人とルイズの痴話喧嘩のことまで話したことが仇となった。

 生贄となっている慎一を尻目に、海苔緒は距離を保ったまま路傍の石の如く無関係を装い、じっとしている。ハリウッド映画に例えるならば――流れ弾を警戒しつつ頭を低くして、嵐が過ぎ去るのを待っている状態。

 けれども……、

 

「確かにノリが大事に隠してるエッチなゲームや漫画の女の子も、おっぱい大きいもんね」

 

 

 ニャハハハ――と人懐っこい笑みを浮かべながら、さらりとアストルフォはとんでもない爆弾を投下する。

 

「え……え、ちょっと、ちょっとぉぉぉッ!!」

 

 想定外の位置からの流れ弾に襲われた海苔緒。まさか、己のサーヴァントに背中から撃たれるとは夢にも思うまい。

 

「何云っちゃってくれてるの! アストルフォさんッ!!」

 

 海苔緒は思わず、『さん』付けでアストルフォを呼びながら、詰め寄った。

 

「あ……ごめん、ノリ。つい云っちゃった」

 

 チロっと舌を出して、アストルフォは『テヘペロ』といった具合で海苔緒に謝った。

 可愛らしい仕草に海苔緒も頬が赤くなるが、今はそれ所ではない。

 周囲に居る近衛の女官たちの海苔緒に向ける目が、心なしか冷たくなっている。

 

「いつ、気付いてた?」

 

 出来るだけ周囲に聞こえないような小声で海苔緒はアストルフォに問う。抜けている主語は、差し詰め『海苔緒のお宝コレクション』といった所か。

 アストルフォが同居するようになってからは纏めて厳重封印していた筈なのだが……。

 

「見つけたのは、ノリの家に居候するようなって三か月くらい経ってからかな。それからノリが『部屋で留守番しててくれ』って云った時に暇だったから、ちょくちょく借りちゃった。中々興味深くて面白かったよ」

 

 満面の笑みを浮かべるアストルフォ。

 サァ――と海苔緒の顔から血の気が引いた。

 同居人のやんちゃ坊主の如き――何にでも興味を持つ節操ない好奇心について、多少は理解していたつもりであったが、どうやら見積もりが甘かったらしい。

 ……買い与えたノートパソコンを駆使して、現代社会に驚くべきスピードで適応してのだからおかしいことではないのかもしれ……うん? ノートパソコン?

 

「もしかして、お前?」

「うん、ゲームもやった、やった! 楽しかったよ、途中で飽きちゃったヤツも結構あるけど。ノリの持ってるヤツ、『女装した男の子が、主人公』ってパターンのゲーム多いよね」

「風評被害ッ! 風評被害だからな、それッ!」

 

 周りに居る近衛の女官の目がさらに冷たくなったような気がする。

 さらに慎一の近くに居た筈の美埜里さんまで近づいてきて、

 

「海苔緒君、私『女装した男の子が、イケメンと【にゃんにゃん】する』小説とかなら持ってるから」

「いや、借りませんから!! 全く興味ないですからそういうのッ!!」

 

 そんなこんなで離宮は(一部の犠牲者を出しながらも)盛り上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして当然ながら、お約束も忘れられてはいなかった。

 

「すいません、ペトラルカ皇帝陛下。もう一度お願いします」

「じゃから、シタケノリオ。妾はお主が『魔法少女』に変身しているところを見たいと云っておるのじゃ」

 

 何とか混乱した状況を抜け出し、そろそろ離宮でのペトラルカ皇帝との謁見(という名目のただのお喋り)がお開きと云うタイミングで、案の定これだ。

 笑みを引き攣らせながら海苔緒が尋ねると、ペトラルカ皇帝は誕生日を間近に控えた子供のような無邪気な笑みで応じてくれた。

 ――ペトラルカ皇帝の気分は勿論、ワクワクドキドキ!! 無論、海苔緒の心臓もワクワクドキドキ!!

 救いを求め、海苔緒は縋るような目をしてコルドバル卿に視線を向けた。

 涙目寸前の海苔緒に見つめられたコルドバル卿は、さながら恋する乙女が如くポッと頬を赤く染め顔を背ける。

 都合数秒そんな誰得ポーズを取った後、コルドバル卿はワザとらしく咳払いして、

 

「謁見の間では儀礼の問題上許可出来なかったが、ここでは皇帝陛下も無礼講と仰られている」

「え、つまり……」

「大丈夫だ、問題ない」

 

 海苔緒に向かってコルドバル卿は親指をグッと立てた。声が元ネタそっくりなのは、きっと気のせいだろう。

 次に海苔緒は美埜里さんに目を向けるが、美埜里さんは日本人特有の曖昧な笑みを返し。た。暗に『皇帝陛下のお願いを聞いて上げて』と海苔緒に告げているも同然である。

 慎一に至っては、未だミュセルにフォローを入れ続けていた。

 残るは……謁見の間で海苔緒をフォローしてくれたアストルフォだが、現在は完全におちゃらけモードなので役には立たない。

 まぁ、要するにはどこぞの漫画よろしく三択するまでもなく……現実は非情である。

 海苔緒は大きく溜息を付き、覚悟を決めた。

 

「……分かりました、皇帝陛下」

 

 半ばやっぱちに海苔緒は、虚空からマジカルサファイアのステッキを取り出す。

 近衛の女官や騎士は身構えるが、コルドバル卿が『待て!』とその動きを制した。

 瞬時に海苔緒の神経回路の一部が魔術回路へと変質し、海苔緒は魔術回路を起動させてステッキへと魔力を込めた。

 十分な魔力の充填を終えると、海苔緒は己が心の内で己の姿を転換するための暗示を唱えた。すなわち――、

 

(変、身ッ!!)

 

 ……どうせなら●リキュアじゃなくて三〇分前にやってる特撮ヒーローに変身したかった。そんな後悔を身に噛みしめながらも海苔緒の姿は変わっていく。

 銀の髪をポニーに纏めていたバンドは取り払われて長い髪が靡き、伊達眼鏡が消えてことで空色と金のオッドアイが強調された。

 加えて黒のビジネススーツと茶色の皮靴等の一切が海苔緒の体から消失する。その瞬間の全身がスーッとする感覚に海苔緒は酷い羞恥を覚えた。服が消えた部分は不思議な光(きせい)に覆われているため、傍目からは見えないのだが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。

 こうして約三秒ほどの間隔を経て、海苔緒の体をフリル過多の純白ドレスが包み込んだ。

 ご丁寧なことに、両手には花の刺繍が入ったウェディンググローブが装着され、両足は灰被りの姫が如きガラスの靴が穿かされる。

 全ての着用と同時に海苔緒を包む光が解放され、その姿が離宮の皆に露わになる。

 離宮に居た皆の視線が海苔緒に集中し、姿を見た者は皆、一様に目を丸くした。

 フリフリのドレスに魔法のステッキを持つ海苔緒の姿は……どこからどう見ても魔法少女だったのだ。

 

「凄いぞ! 見たか、ガリウス! 本当に魔法少女じゃ!!」

「……可憐だ」

 

 興奮した様子のペトラルカ皇帝と目を奪われるコルドバル卿。

 しかし当の海苔緒はどうかというと……、

 

(マジでスカートの中がスース―しやがる。マジで勘弁してくれ)

 

 当然ながら辟易としていた。

 だがもう少しの辛抱。そう思っていたのだが……、

 ペトラルカ皇帝が目引きで合図を送ると、近衛の女官の一人が近づき何故かペトラルカにデジタルカメラを渡す。

 カメラを見てギョッとした海苔緒は震え声で尋ねた。

 

「ペトラルカ皇帝陛下、それは……」

「うむ、デジタルカメラじゃ。爺が自衛隊員から譲ってもらった品でな、妾が借りたのじゃよ」

 

 ペトラルカ皇帝の説明の通り、そのデジタルカメラはザハール宰相がエルダント駐留している自衛隊員から譲ってもらった物で、目的は孫娘のような存在であるペトラルカ皇帝の成長を写真に残しておこうと思い至ったからだ。

 そんなデジタルカメラであるが、今この時はペトラルカ皇帝の玩具に等しく……、

 

 ……あ、つまりその、なんだ。かいつまんで述べるなら、

 

 

 

 

 

 ――この後、(海苔緒は)滅茶苦茶撮影された。

 




次回はエルダントの慎一の屋敷での話を予定しています。

では、


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第十六話「エルダント御屋敷物語。またはそれなりのキャラ被り」

 しばらくはこちらの二次創作を優先して執筆したいと思っていますので、オリジナルの作品はまだお待ちください。


 風雲エルダント城……もとい、神聖エルダント城よりの帰路の最中、海苔緒は羽車の中ですっかり疲弊していた。

 離宮での激写により、海苔緒の心内(こころうち)にあった男としての自負がゴリゴリと削られてしまった結果である。

もはや海苔緒はアへ堕ちダブルピース寸前……だったかどうかは定かではないが、ともかくとして美埜里さんがペトラルカ皇帝を説得したおかげで撮影会は終了したのだ。

 まぁ正直、説得というよりペトラルカ皇帝が主役(魔法少女役)のエルダント自主製作映画の話(第四巻参照)を例え話に出して、ペトラルカ皇帝の黒歴史を刺激し、撮影を中断させたと述べた方が正確だろう。

 何故その映画が黒歴史かと云えば、参加した人間が皆素人だったため……映画の役者が皆大根役者であったからだ。

 主役のペトラルカ皇帝も、学芸会で劇を披露する小学生が如き演技力で、撮影時はテンションの高さなどから上手い下手などよく分からなかったのだが、完成して試写会を開いた時の冷静な状態で見てみると自主製作映画はずばり『痛タタタァッ!!』な出来であった訳である。

 自分の黒歴史を直視するのは人間耐えがたいもので、他人に見られるなどは尚の事嫌であろう。

 ペトラルカ皇帝も類に漏れず、試写会で死ぬほど恥ずかしくなって映画を中止にしようとしたほどだ。

 しかしながら自主製作映画は城下でも複数の場所で流され、映画や劇などに一切触れたことのないエルダントの庶民にとっては、上手い下手などあまり関係はなく、概ね大好評であり、主演のペトラルカ皇帝の人気は神聖エルダント帝国内でさらに高まり、続編を望む声を多々寄せられた。

 但しペトラルカ皇帝は(くだん)の自主制作映画を黒歴史認定し、フィルムを厳重封印してしまったそうだ。

 海苔緒が魔法少女姿を撮影されるのは、それ位恥ずかしいことだと美埜里さんはペトラルカ皇帝に教えたのは正解だろう。

 神聖エルダント帝国にはデジタルカメラのような安価に写真を撮ることの出来る器具が存在せず、それに付随するマナーも確立されていない。

 アミュテックが運営する学校でも、ゲーム機に付いたカメラでやたらと写真を撮っている生徒もおり、分別がついていない節がある。

 美埜里さんは今回の一件で、写真撮影のマナーをアミュテックの学校のカリキュラムとして教える必要があると、感じ始めていた。

 ――話題が大分それたが、話を戻そう。

 写真撮影終了後、海苔緒は離宮の芝生の上にてORZの姿勢で項垂れしばらく動かなかった。十中八九ジェンダーアイデンティティに深刻な問題が発生したためである。

 アストルフォに抱えられ、お姫様抱っこされかけた所で再起動した海苔緒は……満身創痍の状態で何とか自らの足で羽車に乗り、現在に至っている。

 そうして海苔緒は羽車に揺られている間に持ち直し、慎一の屋敷に辿り着いたのだが……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……その二人が紫竹海苔緒さんとアストルフォさんですか」

 

 屋敷の前に待機していたのはゴシックドレスの少女?だった。

長い睫に縁取られた愛くるしい大きな瞳。さらりとした質感の長い黒髪は麗しく、前髪の隙間からは形の良い眉をのぞかせている。顔の中心に位置する鼻筋や唇の造形にも一部の隙がない。

 ――どこからどう見ても、見た目は完璧な美少女である。

 彼女?は、海苔緒とアストルフォが羽車から降りるなりそう云って二人に歩み寄ると端正な顔立ちを少しだけ歪め、値踏みするように海苔緒とアストルフォを見つめた。

 対して海苔緒は『なんだ! なんだ?』と怪訝な視線を向け、アストルフォの方は目を丸くして興味深そうに相手を見つめ返す。

 海苔緒のこの時点で相手が誰なのか、ある程度予想は付いた。

 数秒ほど沈黙が続いただろうか、大体それぐらいの間を置いて慎一が三人の間に分け入った。

 

「何してるんです、光流さん!?」

 

 慎一が呼んだ名前を聞いて、海苔緒は「やっぱりか……」とぼそりで呟く。

 目の前に居る美少女らしき人物は正確には少女ではなく、少年または青年と呼称すべき存在であった。

 海苔緒は慎一から話を聞いていたし、それ以前に本来知り得る筈のない知識として目の前の人物の名前を知っていた。

 ――綾崎光流(あやさきひかる)。日本から派遣され、アミュテックに勤める民間人第二号であり、彼は慎一の補佐役をしている。

 そう、彼だ。見た目可憐な美少女であり、学校で講師している時も、屋敷であろうとも女性ものの服を纏っているが立派な【♂】なのだ。

 光流は元々慎一がバハイラム王国に誘拐された時、新たなアミュテック支配人に選定されたのだが、しばらくして慎一がバハイラムから戻ったため補佐役に収まった。

 光流の手腕は素晴らしかったが、押し付けがましく商業主義的過ぎたためエルダントから反感を買ってしまう。

 けれど慎一の取り成しにより事態は何とか解決し、今現在は慎一の方針に従って補佐役に徹している(詳しくは原作六巻を参照)。

 そんな光流は海苔緒とアストルフォをじっと観察した後、いきなり一歩後ずさり……、

 

「……クッ! ま、負けました!」

 

 本当に悔しそうな顔をして絞り出すように呟いた。

 アストルフォは『何云ってるんだろ?』と首を傾げ、海苔緒は『何云ってるんだろうなぁーー、この人は?(棒)』と心の中でうそぶく。

 慎一も慎一で何も分からず小首を傾げるミュセルの隣で『あーーああ、うん』と納得したように何度も首を頷かせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーー、紫竹海苔緒だ。この屋敷に少し間厄介になると思うが……どうか、よろしく頼む」

「ボクはアストルフォ。よろしくね!」

 

 当然と云えば当然の流れだが屋敷に入れば……玄関先で慎一たちの帰りを待っていた屋敷の住人たちが待機しており、慎一に促され海苔緒とアストルフォは自己紹介をすることとなった。

 海苔緒が緊張して固くなっているのは、さっきからジッとこちらを見つめている光流の無言の圧力だけが原因ではなく、目の前に全く未知の人種……というか種族の人々が存在するからであろう。

 合計は三人。海苔緒から見て一番右に居るのは肌の露出が多い薄着をした犬耳と犬尻尾が生えたウェアウルフの女性。名前はエルビア・ハーナイマン。

 

「おかえりなさいっす、慎一様ッ!! あれ? その方たちは……」

 

 元々は他国に侵入してはただ命じられた物をスケッチし、本国に報告する使い捨てに等しいバハイラム王国の密偵だったのだが……あまりにスパイに向かぬ気質故、慎一の屋敷の敷地に侵入した際、美埜里さんによってすぐさま捕縛されてしまう。

 本来ならばエルダントの法に則り処刑される筈だったのだが、慎一によりその豊満なオッパイを見いだされ……もとい、類まれなる絵の才能を買われ、アミュテック専属の絵師として慎一雇われ、処分を免れた。

 性格は良くいえば素直、悪くいえば単純である。前述の通りスパイにはあまり向いていない。

 現在ではバハイラム王国の密偵だった過去は既に遠い昔の話で、お抱えの絵師としてだけではなく、以前の役割とは真逆にバハイラムに、現地の言葉に翻訳した日本の漫画や小説などをバハイラムに密輸入する運び屋の仕事もこなしている。

 エルビアは尻尾などがピンと張っているおり、初見の来客である海苔緒やアストルフォを少々警戒しているが、同時に『女性に見えるのに、なんで匂いは男の人なんすかね?』と疑問にも思っていた。

 だが視界に映った綾崎光流という前例を思い出し、エルビアは日本では女性にしか見えないと男性はそう珍しいものでもないのかもしれない……と、大変な誤解を抱いて納得してしまう。

 次に右手から二番目に佇んでいるのは蒼い鱗のような肌の蜥蜴人間(リザードマン)。肌のゴツゴツした質感は蜥蜴というよりワニを思い出させるし、顔もサイズ的にワニに近しく体は筋骨隆々で人間の造りに似ている。

 彼はブルーク・ダーウィン。この屋敷の庭師をしている男性の蜥蜴人間(リザードマン)だ。そして彼、ブルークの隣に控えている三番目の人物は、メイド服に纏った違和感バリバリの女性蜥蜴人間(リザードマン)

 肌というか鱗の色はブルークと違い青白く、体格は普通の人間と比べて大柄ではあるがブルークのように筋骨隆々といった訳でもない。

 蜥蜴人間(リザードマン)の物差しで測るのならば、おそらく線の細い体をしていると表現されるのだろう。

 彼女はブルークの妻で、名前はシェリス・ダーウィンという。

 

「「おかえりなさいやし(ませ)、旦那様」」

 

 とある事があって、ブルークはシェリスの元を去り……一時期二人は絶縁状態にあったのだがエルダントで行われたサッカートーナメント(超次元サッカー、色んな意味で。詳しくは原作三巻を参照のこと)や慎一の働きかけを切っ掛けに復縁を果たした。

 そして今は夫婦揃って慎一の屋敷に住み込み、働いている。

 余談であるが、ブルークはエルダントの兵役の任に就いていた時代、多大な功績を上げ、エルダントにおける蜥蜴人間(リザードマン)の地位向上に貢献したことから蜥蜴人間(リザードマン)の部族の中で英雄ブルークと呼ばれており、部族の中でかなりの影響力を持ち合わせている。

 シェリスは部族長の娘にあたるので、ブルークが次世代の部族長候補であるのは想像するに難くはない。

 そんなリザードマンのおしどり夫婦は、自己紹介をした海苔緒やアストルフォをじっと見つめていた。

 爬虫類特有の有鱗目(ゆうりんもく)(所謂トカゲ目)の瞳は無機質で感情を読むことは難しく、 蛇のような長い舌をチロチロと忙しなく出し入れしながら何を考えているのか海苔緒には全く見当もつかない。

 ただ付き合いの長い慎一には、多少理解出来ているようであった。

 

「どうしたの、シェリス? その包みは」

 

 

 シェリスやブルークが普段よりソワソワしていることに気付いた慎一は、シェリスの持つ風呂敷について指摘する。

 するとシェリスは三秒ほど硬直した後、ブルークに視線を傾ける。ブルークはシェリスに頷き、慎一へと向き直った。

 

「申し訳ありやせん、旦那様。実は……」

 

 ブルークは頭を下げた後、シェリスの持つ風呂敷を玄関先で広げる。

 風呂敷の中身……割れた皿の破片だった。

 シェリスもブルークに続いて「申し訳ございません」と云って何度も頭を下げている。

 パズルピースと化した皿に書かれた絵を見て、慎一は皿の正体に気付く。

 

「あっ、それ、懸賞で当てたレンタル☆まどかのキャラプレート」

 

 慎一が気まぐれで応募し、見事当選して手に入れた懸賞品である。キャラもの皿にしてはしっかりとした造りであり、懸賞限定品であったためコレクションアイテムとして価値も高い。

 しかしながら愛着があったかと云えばそれほどでもなく、何となく屋敷の暖炉の上に飾っておいただけである。

 

「嫁のシェリスが掃除中に割ってしまいやして。嫁の責任はあっしの責任でもありやす。どうしても嫁のことが許せないのでありやしたら、あっしがこの場で腹を切りやしょう」

「いやいやッ! そんなことしなくていいからッ!!」

 

 ブルークの過激な発言に、慎一は慌てて止めに入った。

 

「ブルーク、たかだが皿一枚のためにそんなことする必要ないから」

「ですが……」

「でもシンイチ様。その皿って、とっても貴重な物なんすよね、もう二度と手に入れる機会がないって云ってましたし」

「う、それは……」

 

 ブルークが言葉を濁した所で代わりにエルビアが答える。

 エルビアは別にブルークやシェリスに意地悪がしたくて云った訳ではなく、素直すぎる性分故、思ったことをそのまま口にすることが多々あるのだ。

 慎一もエルビアに指摘され、レンタル☆まどかの限定キャラプレートを入手した時、テンションが上がって屋敷の皆に自慢していたことを思い出す。

 それを聞いたエルダントの住人であるエルビア、ブルーク、シェリス等は旦那様(しんいち)が大切にしている貴重な皿だと認識してしまったようだ。

 どうやって齟齬を埋めようかと思い悩む慎一だが、意外なことに静観していた海苔緒が前に躍り出た。

 

「あ、紫竹さん……」

 

 海苔緒は風呂敷に散らばった破片をしばし眺め、

 

「慎一、こいつを直せばいいのか?」

 

 尋ねられた慎一は一瞬何を云われたか分からずポカンとするが、すぐに持ち直して反応した。

 

「え、紫竹さん直せるんですか? なら、接着剤持ってきましょうか」

「いや、必要ねぇよ。――見ててくれ」 

 

 そう告げると海苔緒は己の親指を噛んで肌を軽く裂き、指から滴る血を割れた皿に数滴垂らしながら何やらブツブツと呪文を唱えた。

 すると――数滴に血は霧散するように周辺の大気に溶け込み、割れた皿の破片たちが淡い光を放つ。そして――、

 

「「え!?」」

 

 感嘆の声は海苔緒とアストルフォを除くその場に居た全ての人物から漏れていた。

 ――何故なら割れた皿の破片がひとりでに集結し、破損する前の形に復元したからだ。

 海苔緒は修復された皿を手に取ると、トントンと指で表面を叩いた。

 

「うし、成功した。ほら慎一、直ったぞ」

 

 手渡された皿を慎一が見てみると、接着された部分の継ぎ目などは全くなく新品同様の状態にあることが確認出来た。

 慎一は目を好奇心に目を輝かせながら海苔緒に尋ねる。

 

「凄いです、紫竹さん! 今のって魔法ですか?」

「ああ……、魔法……というか魔術だな」

 

 詳しく解説するならFateにて遠坂凛が衛宮士郎の家のガラスを修繕した魔術のちょっとした応用技である。かなり難易度の低い魔術であるため、海苔緒もお手軽に行使出来るのだ。

 エルダントとおいても魔法は存在するのだが、瞬く間に皿を修繕するような魔法は見たことがなかったのか、エルダントの人々を驚きの余り硬直している。

 だが一番リアクションが大きかったのは以外にも美少女にしか見えない男性――光流であった。

 目を見開き、心底信じられないといった表情をしている。まるでモーゼが海を割った奇跡でも間近で見たかのようだ。

 

「魔術……本当に政府が云っていた話は本当だったんですね。ということは――」

 

 驚きに体を震わせたまま、光流はビシッ! と海苔緒を指さし、

 

「問おう、貴方がサーヴァントのマスターですか?」

 

(うお! その台詞……どこのセイバーだよ)

 

 某アルトリアさんのもろパクリである。というか声が上擦っており、どうやら光流はテンションが若干上がって興奮しているようだ。

 表情こそ冷静に見えるが、頬がほんのり赤くなっており可愛らしい。海苔緒も云えば義理ではないが、その顔はどう見ても男には見えない。

 興奮気味のテンションにどう応じたものか……と海苔緒が思案していると横に居たアストルフォが先に口を開く。

 

「そうだよ! ボクがサーヴァントで……」

 

 言葉を区切るとアストルフォはクルリと体を回す――刹那、アストルフォは霊体化し、全員の視界から消失した。

 一秒と経たず再び実体化すると服装は白銀の鎧を脱いだ軽装状態へと変化を遂げている。

 サーヴァントについて予備知識のないエルビア、ブルーク、シェリス等は大層驚き、体をビクリと震わせた。

 

「海苔緒がボクのマスターさ!」

 

 海苔緒の真後ろに実体したアストルフォは、海苔緒に体を絡みつかせたまま海苔緒の片手を掴んで手の甲に刻まれた令呪を光流に見せつける。

 

「ちょ、アストルフォ! ふざけてないで離せってッ!!」

「いいじゃん、ちょっとぐらい。ほらほら二人羽織、二人羽織ッ!!」

「こらッ! ヒトの体を好き放題弄ぶんじゃねぇ!!」

 

 海苔緒も抵抗するがサーヴァントに腕力で敵う筈もなく、赤子のように好き放題にされたままだ。

 しかし光流にはそんなことが関係なく、拘束されたままの海苔緒に詰め寄って手に刻まれた令呪をすりすりと触りながら観察した。

 

「この色合いに肌の感触……刺青でもタトゥーシールでもない、やっぱり本物……」

「ちょっと! 綾崎さんまでッ!!」

 

 海苔緒は光流にも離れるよう促すが、海苔緒の声は本物の令呪を見て興奮している光流の耳には届いていないらしい。

 こうして海苔緒は美少女(にしか見えない♂)に前後を挟まれた形となる。

 そんな光景を目の当たりにして美埜里さんは眼鏡を光らせていた。

 

「アストルフォ君&光流君×海苔緒君……うん、イケるわッ!!」

「イケるわ……じゃなくて! 助けてくださいよ、美埜里さんッ!! 慎一もッ! 苦笑いしてないで、この馬鹿を引き剥がすのを手伝ってくれっての!!」

 

 

 こうして、海苔緒たちと慎一の屋敷に住む人々とのファースト・コンタクトはつつがなく終えたのであった。

 




後一話か二話、屋敷での話が続きます。

では、


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第十七話「夜半の交錯者たち。または君の隣で変わっていく」

今回は海苔緒×ミュセル回です。


「はぁ……、やっと一息つけた」

 

 海苔緒は屋敷に宛がわれた部屋のベッドに横たわり、大きく息を吐いた。疲れを知らぬ彼の相方アストルフォは光流とすっかり意気投合して、今頃は彼が制作したドレスやコスプレ衣装を見学している最中だろう。

 海苔緒はつい先程まで光流からの質問攻めに遭っていた。

 サーヴァントであるアストルフォのこととか、魔術とか魔法についてとか、魔法少女の扮装についてとか、化粧品は何を使っているかとか、質問は多岐にわたる。

 慎一の話や海苔緒自身の事前情報(げんさくちしき)からも分かることなのだが、どうやら綾崎氏は少しばかり中二病の気があるらしい。

 世間に対して斜に構えたような発言をよくするらしいとのことから高二病のようにも思えるが、自分手製の絢爛ドレスを纏って時々呪文めいた詩的な発言をしたりすることから鑑みれば本質的には中二である。

 さらに云えば……光流氏が自分手製のドレスを身に纏っているのは女性への変身願望というよりオタクである両親の影響が濃く、自分を美しく着飾っていたいだとか、その姿で他者を驚かせ自慢したいとか、そういった欲求の表れなのだろう。

 彼もまた慎一と同じくオタクのサラブレッドなのだ。

 アミュテックに着任した当初の行き過ぎた商業主義的やり方は、生き残りがシビアなアマチュア同人作家をずっと続けてきた両親を間近で見てきたことが起因するとも考えられる。

 そんな光流であるからこそ、リアル中二病の権化のような海苔緒に出会ってテンションが上がるのは無理からぬ話だ。

 対して海苔緒は酷く滅入った。別に光流が悪いわけではない。色々と質問されるのは才人に慎一、加えて伊丹とのやりとり等で慣れてしまった。

 気が滅入る原因は、光流を見ていると自分の今の姿(ほんしつ)を鏡に映されたかのように感じるから。

 つまるところ――女装、中二、常人離れした容姿等といった現在進行形で黒歴史を築き上げている最低系要素満載の己を否が応にも再確認させられ、海苔緒は身悶えしてしまうわけだ。

 もしも過去(転生前)に戻れるなら、己の頭を業務用冷蔵庫の角で殴打したいと何度思ったか分からない。

 確かに海苔緒は過去にそういった所謂最低系主人公が活躍する小説を多少の自己投影を交えつつ嗜んでいた時期があった。

 だが、それは誰しもが一定の期間に発病する麻疹のようなものである。

 ――例えるならアメリカの青少年が、歌詞の中で『金、暴力、セ●クス、後ついでにドラ●グ』について連呼するヒップホップスターに憧れるようなものだろう(偏見)。

 けれど、実際にそんなるモノになってしまうと余計な気苦労を背負い込む羽目になる、と……海苔緒は文字通りに身をもって知ったのである。

 幸いにも光流の質問が『なんの化粧品を使っているか?』を辺りになった所で話の矛先がアストルフォに逸れてくれた。

 ちなみに海苔緒は生まれてこの方化粧などしたことがないし、興味もない。その旨を光流に告げたところ……『まさか天然、ノーメイク!』と大変驚いていた。そこでアストルフォが『ハイ、ハーイ! ボク、興味ありまーす!!』と声を上げたのだ。

 アストルフォは海苔緒との同居生活の一時期、化粧品に類するものを買っていたが……すぐに飽きてしまった様子で今は使っていない。

 ――いや、そもそもサーヴァントに化粧が必要なのだろうか……と考えてしまうが、食事と同じく嗜好品のようなものであり、必要なサーヴァントには必要なのだろう(葛木さん家の奥様とか)。

 それからはアストルフォに乗せられ、調子を良くした光流がアストルフォに自己流の化粧の仕方などを自慢げに語っていた。

 綾崎氏が他人に期待されると応えたくなる性質なのは海苔緒も聞き及んでいたが見ていた限り、どうやらおだてられるのも弱いらしい。

 最終的にはアストルフォと光流は服に関する話を始め、光流が自作した服飾を見たいという話となり、アストルフォは光流の自室へと見学に行った。

 こうして手持無沙汰になった海苔緒は部屋に荷物を置いて休憩を始めたのである。

 

「しかしまさか弟子にしてくれ……って云われるとは思わなかったぞ」

 

 

 ベッドに横たわる海苔緒は誰に聞かる訳でもなく、ぼやくように呟いた。

 海苔緒は質問の途中で光流に、自分に魔術を教えてほしいと頼まれたが丁重にお断りした。まぁしかし……仮に教えたとしても、魔術回路を持たない光流では海苔緒の使う魔術は扱えないのだ。

 海苔緒は今の所、魔術回路を持った人間に会ったことがない。そもそも前提として魔術基盤等がなければ、魔術回路も無用の長物のはずなのだが、どうやら海苔緒の体はそれすらも代替しているようなのだ。

 けれど代替出来ないものもある。例えば担姫のアンジェリカ……ではなくチャイカの機杖(ガンド)がなければ、アルトゥール王国系統の魔法は使用できないし、ルイズやティファニアの扱う虚無も模倣出来なかった。

 虚無に関しては海苔緒が無理に発動しようとすると、ポンと小さな破裂音が発生するだけである。

 これは海苔緒自身の推測だが、おそらくはルイズの失敗魔法に似た現象なのだろう。

 虚無を行使する上で欠けているピース、それが何であるかを、原作知識を持つ海苔緒は大体の見当がついていた。

 ただもしも……ソレを万一手にした海苔緒が虚無の魔法を行使出来たとしたら、また一つ厄介事を背負うことを意味する。

 

(……いや、今更一つ二つ増えても大差ないか)

 

 ――まぁ、なるようになるだろうとベッドに横たわった海苔緒は浅い眠りにつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく休息は取った後は、屋敷での夕食となった。

 階級社会であるエルダントでは本来使用人と雇用主が共に食事をとるといった習慣はないのだが、屋敷の主である慎一の方針により、全員で食事をする決まりとなっている。

 すなわち慎一、光流、美埜里さん、ミュセル、エルビア、ブルーク、シェリス、加えて海苔緒とアストルフォの、大所帯での食事である。

 ただ食べるものは皆同じではない。獣人であるエルビアやリザードマンでブルークやシェリスは味覚や消化器官の構造が異なるため、人間の食べるものが体に良くなかったり、単純に口に合わなかったりする。

 エルビアの食事は慎一たちが食べている物と見た目は大差ないが味付けは大分薄く、ブルークやシェリスなどは火の殆ど通っていない生肉や新鮮な果物などを食していた。

 無論、海苔緒とアストルフォは慎一と同じものを食べている。

 ファンタジー世界ということで海苔緒は無意識の内にヨーロッパ風の食事を想像していたのだが、出された食事はそれとも毛色が違った。

 ゆで卵の蜂蜜漬けなど……海苔緒は初めて食べたが意外なことに思いのほかおいしい。蜂蜜がいい具合に中まで染みこんでいて、黄身は栗のような味がした。

 ……侮りがたし、エルダント料理。

 海苔緒だけではなく現代日本のグルメを堪能して舌が肥えたアストルフォも、ミュセルが作った料理にご満悦の様子だ。

 海苔緒はミュセルの料理に舌鼓を打ちつつ、ミュセルを嫁に貰う人間はさぞ幸せであろう……と、慎一の方に目を向けた。

 

「うん、久し振りにミュセルの料理を食べたけど、やっぱり美味しいよ。何かホッとする味というか……毎日食べたくなる味だね」

「はい……ありがとうございます、旦那様」

 

 慎一の言葉にミュセルは幸せそうに顔を赤らめる。これで慎一本人は全く自覚がないというのだから性質が悪い。まさに天然タラシだ。

 美埜里さんは衣装の話で盛り上がるアストルフォと光流に釘づけであった。さきほどから御飯ばかりを口にしているが、おかずは後に食するタイプなのか?

 ともかく食事の時間はゆったりと過ぎていった。

 その食事の後は、アストルフォに着替えのパジャマと歯磨きの用具を渡し、海苔緒は慎一に多少遅れて屋敷の広い浴場で汗を流した。

 そしてベッドに入って就寝。アストルフォは隣の部屋であるし、気配がないのでまた綾崎氏の所だろう。

 慎一にやたらと気を使った言い回しで『紫竹さんはやっぱりとアストルフォと一緒の部屋がいいかな?』と意味深に聞かれたが、別々で良いときっぱり断っておいた。

 本当なら就寝前に日課の読書をとも思ったが、色々あって精神的に疲れていたので蝋燭の灯りを消してそのまま布団を被り……窓に映る半月をぼんやりと眺めながら、海苔緒はゆっくり眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ふと、目が覚めた。

 エルダントの時間に合わせて大まかに調整した腕時計を確認すると時刻は十二時を少し過ぎたばかり。

 海苔緒は瞼を擦りながら喉の渇きを覚える。しばらくして思考の鈍りは抜け、厨房に水差しが置いてあること思い出した。

 海苔緒は体をベッドから起こし、食堂へ向かう。

 ……がその途中、二階の窓越しに……屋敷から外へ出ていくアストルフォの姿を見かけた。

 海苔緒は少し考えて……念話を通じて声を掛けておくことしてした。

 

(どうしたアストルフォ、夜の散歩か?)

 

 突然経路(パス)を開いて話し掛けたので、外のアストルフォも思わず体をビクつかせる。

 

(うわ! ノリ、起きてたんだ)

(屋敷の二階からそっちを見てる。一体どこに行くんだ?)

 

 海苔緒が大まかな位置を伝えると、すぐにアストルフォは屋敷の二階から手を挙げている海苔緒を見つけ、手を振り返す。

 

(いい感じの泉があるって聞いたから――ちょっと水浴びに、ね)

 

 海苔緒は強化の魔術によって己の視覚を強化すると……夜闇の中でぼやけていたアストルフォの姿が鮮明となった。片腕に何か抱えていると思ったら、どうやらタオルと着替えだったようだ。

 そういえば、生前は風呂よりもこういった行水で体を清めることが多かったとアストルフォは云っていたから、懐かしくなったのだろう。

 アストルフォは海苔緒がはっきりと自分を視覚に捉えていることに気付いたのか、茶目っ気たっぷりにウィンクをして、

 

(ノリも一緒に……水浴びする?)

 

 思わず海苔緒は噴き出した。

 

(ば、馬鹿ッ! 何云ってやがるッ!!)

(冗談だよ、冗ぉーー談! じゃあ、行ってくるね)

 

 海苔緒は反応を楽しんだ後、元気に手を振ってからアストルフォは屋敷の郊外の泉へと向かっていった。

 

「くそっ! 人のことからかいやがってッ!!」

 

 少しばかり頬を赤く膨らませながら、海苔緒は足早に厨房へ向かった。

 

 

 

 

 

「……あれ、厨房に灯り?」

 

 一階の奥にある煉瓦造りの厨房の扉の近くまで辿り着くと、扉の隙間から灯りが漏れていた。灯りの色合いからいって電灯ではなく燭台の灯りだ。

 消し忘れ……ということはないだろう、蝋燭の火をそのままにしておけば火事のおそれもある。

 さらに厨房の前まで近づくと、隙間から鉛筆かシャーペン等で紙に何かを書き綴る音が聞こえてくる。

 海苔緒はおそるおそる扉をノックして声を掛けることにした。 

 ……トン、トン、トン。

 

「誰か厨房に居るのか?」

 

 するとたちまちに椅子から立ち上がる音が厨房から響いた。

 

「シタケ様ですか」

 

 扉を中から開いたのは……屋敷の使用人であるミュセルであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうぞ、水でよろしかったでしょうか」

「ああ、うん。ありがとう……ミュセルさん」

 

 厨房内の適当な椅子に座った海苔緒はミュセルが水差しから注いでくれたコップの水に口をつける。

 ミュセルは屋敷に帰って来たばかりだというのに、こんな真夜中まで日本語の書き取りの学習をしていたそうだ。

 ミュセル曰く自室より厨房で勉強する方が集中出来るのとことで、仕事を終えた後にここで時々自習をしているらしい。

 厨房の調理器具は隅に退かされ、机替わりにさえた調理台には小学生の頃を海苔緒もお世話になった漢字ドリルと、びっしり細かい字で隙間なく漢字が書かれたノートが置かれている。

 使い込まれたノートの書き込み具合からも分かることだが、ミュセルの日本語学習への熱意は並々ならぬものがある。

 元々ミュセルは読み書きが出来なかった。エルフの商家の生まれである彼女だが、ハーフエルフであったことから幼い頃に母親から引き離され、市民権を得るためにずっと軍籍に入っていた。

 エルダントの軍の調練の中には読み書きの学習というものが存在しなかったため、ミュセルは教養を学ぶ機会がなく、最近まで文盲であったのだ。

 そんなミュセルを変えたのは、アミュテックの代表に任命されこの屋敷の主となった慎一だ。

 慎一が日本の言葉でミュセルの名前を書いて渡したことを切っ掛けとして、ミュセルは日本語の勉強を始めたのだ。

 彼女は使用人であり、一日中仕事があるため自分の貴重な睡眠時間を削って日本語の勉学に励んでいる。

 慎一もそれを分かっているからミュセルに最大限のサポートをしているのだが、それを加味しても彼女の日本語の習得のスピードは目を見張るものがあるだろう。

 

「やっぱり好きなんだな」

「はい?」

 

 小首を傾げるミュセルに対し、海苔緒をコップの中身を干して、

 

「……慎一のこと」

「――ッ!!」

 

 ポツリと呟くように海苔緒が告げるとミュセルはみるみる顔を真っ赤にした。

 

「シ、シタケ様ッ! 私は旦那様に! あの、そのッ!」

「いや、すまん! からかったりするつもりはないんだ。ただ純粋にミュセルさんにこんな想って貰える慎一は幸せだなと思って、つい口に出た。――忘れてくれ」

 

 慌てて海苔緒はフォローを入れた。するとミュセルは顔を少し俯かせ、

 

「ですが、本当に私はシンイチ様を想っていても、いいのでしょうか?」

 

 弱音にも似たミュセルの独白がポロリと口から漏れた。

 無意識の発言だったのか、ミュセルはすぐさま顔を上げて焦ったように己の言葉を否定する。

 

「いえ、すいません! 私の方こそ忘れてくださいッ!!」

 

 寝起きで頭がすっきりしているせいが、海苔緒はすぐにミュセルの発言の意図を吟味出来た。

 

(多分だが……自分と母親のこととか、ティファニアさんの母親の話を聞いて気にしてるだろうな)

 

 エルフであるミュセルの母親と人間である父親の愛は悲恋に近しい結末を迎えている。

 そしてティファニアの母親もエルフであり、父親であるモード大公は兄であるアルビオン国王ジェームズ一世に愛妾であるティファニアの母親のことが露見し、再三追放するように命令されたが、モード大公はこれを拒否。

 モード大公はジェームズ一世の命により投獄された後に処刑され、ティファニアの母親も隠れ家に潜伏していた所を発見されて殺されている。

 ミュセルはティファニアと大分親密になっていたから、互いの身の上について大方語り合ったのだろう。

 それを聞いた上、ミュセルは『自分が慎一に側に居ていいだろうか? 自分が原因で慎一を不幸にしてしまわないか?』と不安になっているのだ。

 余計なお世話だろうが、海苔緒は口を挟んでおくことにした。

 

「ミュセルさんは、もっと慎一のことを信じてやってもいいんじゃないか?」

「え、旦那様を信じる……ですか?」

 

 耳朶に触れた海苔緒の言葉に、ミュセルは目を丸くする。

 

「あいつは――慎一は、自分のことを『ただのオタク』だとか『一般人』とか、『モブキャラ』とかよく卑下にしてるけど、あいつほど凄いヤツはそうそう居ないと俺は思っている」

 

 確かに加納慎一はバトル物のラノベの主人公のような特別な能力はない。けれど慎一は己が意思とその在り方だけで、エルダントを変えてきた。

 かつてのペトラルカ皇帝は我儘で横柄で偏見に満ちた子供のような性格していた。彼女の偏見を取り払い、皇帝としての責務の意義と意味を自覚させ、良き皇帝、良き大人として道を開いたのは慎一であるし、ハーフエルフであるミュセルに『自分を卑下する必要はない。ミュセルはミュセルでいいんだ』と自信を与えてくれたのも彼だ。

 エルビアもまた慎一から多大な影響を受け、絶対に逆らえない存在であった姉――アマテナに逆らい、ずっと無理だと思った和解を果たせた。

 ブルークの心の奥で燻っていたもの火を付け、熱い心の内を発露させることでリザードマンが冷血で何を考えているかも分からない種族という偏見を見事打ち破り、エルダントにおけるリザードマンの種族全体の地位向上と妻であるシェリスとの絆を取り戻される切っ掛けを作ったのも慎一だ。

 慎一は『こんな道もあるんだよ』とエルダントの多くの人々に新しい可能性を示してきた。それ等は決して押し付けなどではなく、いつだって純粋な善意によるものだった。

 アミュテック支配人の肩書は飾りで自分なんて存在はいくらでも替えがきくと慎一は自虐を述べているが、今現在の慎一はもはやそんな存在ではない。

 今の慎一はエルダントにとっても、日本にとっても、掛け替えのない存在なのだ。

 だから――いくら特別な力を持っていても、ずっと何も変えられずに生きてきた自分とは大違いだ……と、海苔緒は心の底からそう思っている。

 

「ミュセルさんと慎一が一緒になって不幸になる未来が万が一待っているとしても、慎一はそこからきっと別の未来を見つけてくれる――って俺は思ってる。無責任な発言かも知れないが……だからミュセルさんはもう少し慎一のことを信じてやってくれないか」

 

(……って、何云ってるんだ、俺! 水の代わりに酒でも飲んじまったか。差し出がましいにも程があるだろッ! 俺なんかドム的な踏み台のモブがいいとこだってのに)

 

 オイオイ……と他人が突っ込みたくなるようなことを海苔緒は内心で思っていた。

 前世の記憶を取り戻してから実に十年以上もずっと自虐的に生きてきた海苔緒は、『所詮自分など物語の登場人物に例えるなら噛ませの踏み台転生者が関の山だろう』と考えが凝り固まって定着してしまっているのである。

 恥ずかしいことを云った反動で思わず煉瓦の壁に頭を打ち付けたくなる海苔緒だが、ミュセルは暗かった表情を明るくして海苔緒に笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます、シタケ様。少し気持ちが軽くなりました」

「ああ、そうか、それなら良かった」

「――シタケ様もシンイチ様と同じですね」

「え?」

 

 ミュセルの発言に、今度は海苔緒の方が目を丸くした。

 

「シタケ様も変わっておいでです。凄く変わっていて……凄く優しい方です」

 

 それは飛び切りのミュセルの笑顔だった。あまりに眩しく可憐な笑顔に海苔緒は己の顔が真っ赤になるのを自覚する。

 真面に顔を合わせられなくなった海苔緒は堪えきれず立ち上がり、厨房を出ることにした。

 

「ミュセルさん。お水、ありがとう。じゃ、俺はこれで」

 

(しかし慎一の影響は本当にスゲエな。周りに人間を巻き込んで色んなしがらみを過去のものに変えていってる)

 

 そこまで考えて、海苔緒の脳裏に懐かしい歌詞が浮かんだ。思わず冒頭のフレーズを海苔緒は自然と口ずさんでしまう。

 

「『当り前だった過去の――』」

 

 それを耳にしたミュセルは不思議そうな顔をして、

 

「シタケ様、今のは日本の歌なのでしょうか?」

「あ、その、あの……今のは俺が好きだったアニメの主題歌なんだ」

 

 海苔緒は少し考えて、そこまでは正直に答えることにした。

 

「そうなのですか? どんな内容なのでしょう、そのアニメは?」

「いや、見たのが大分昔のことだからな。内容はすっかり忘れちまった(・・・・・・・・・・)。じゃあな、ミュセルさん。――おやすみ」

 

 海苔緒は誤魔化すように会話を打ち切った。

 

「え、おやすみなさいませ?」

 

 そしてミュセルに背を向けたまま海苔緒は扉を開いて、厨房を辞す。

 少しばかり厨房から距離の離れた海苔緒は、か細く自分に云い聞かせるよう呟く。

 

「……そう、忘れちまったよ。昔の事なんて」

 

 海苔緒は背中に一抹の寂しさを滲ませながら、そのまま宛がわれた部屋に戻って就寝した。

 朝起きた時、枕が少々濡れていたとしても、きっとそれは……気のせいなのだ。

 




次回は慎一×アストルフォの予定。

では、


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第十八話「いつか聞かせて欲しいんだ。そう眠りに落ちるまで」


今回は慎一×アストルフォといいましたが、半分くらいはアストルフォ×ノリオのようなものです。




 ――ふと目が覚めた。

 

「……知ってる天井だ」

 

 起き抜けに――そんな二次創作において擦り切れるまで使い古された台詞を吐いたのは、この屋敷の主であるアミュテック支配人――加納慎一である。

 海苔緒と同じく慎一も風呂に入ってから部屋に戻り、明日の身支度をさっさと済ませた後……ベッドに潜って就寝したのだ。

 枕元のスマホで時刻を確認すると……ちょうど午前零時を回っていた。慎一はベッドから少し離れた位置に置かれたテーブル上の、ステンレス製の水差しとコップを手に取る。水差しの中身はお茶と氷であり、保温性に優れているため、まだ氷は溶け残っていた。

 慎一は水差しから注いだコップのお茶を飲み干すと、椅子に座って一息つく。冷たいお茶が乾いた喉に絡みつき全身に染み渡る。

 

 

(……すっかり目が覚めちゃったな、どうしよう?)

 

 このままベッドに潜って二度寝すべきか? それとも明日から再開するアミュテックの学校での講師の仕事で使う授業資料を再度確認しておくべきか?

 月光が部屋へと注ぐ窓に視線を傾けながら、慎一は思案した。

 大気汚染が進んでいないエルダントの夜空は澄み切っていて、白色の光が淡く地表を照らしていおり、日本の実家の自室に篭りきりであった頃……慎一が窓から見えていた風景と全く真逆の静寂に満たされている。

 感慨に耽りながらそのまま外を慎一が眺めていると……、

 

「あれ? 外に誰か……」

 

 人影が屋敷の裏口から出てくるのを慎一は目撃した。

 ……が、暗さにより誰であるかまでは特定出来ない。

 しかし向かった方角は切り立った崖が壁となって行き止まりの筈。そこにあるのは小さな滝と泉のような滝壺のみだ。

 慎一は顎に手を当てて、しばし考え込んだ後……、

 

「――うん」

 

 気になった慎一は、確かめに行こうと決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗殺未遂、誘拐などのデンジャーな経験している慎一がこんな夜更けに屋敷を出歩くのは軽率と思うかも知れないが、経験しているからこそ現状の警備体制がどれだけ厳重であるかも理解していた。

 屋敷の半径数百メートルの敷地内には自衛隊が多数のセンサーを設置しているし、エルダント側も独自に魔法によって作ったガーゴイル(単眼のフクロウにも似た使い魔)が複数設置して監視にあたっている。

 とりわけ夜の監視は厳重となっており、登録外の人物が敷地に入れば屋敷の警報が鳴り、すぐさま自衛隊やエルダントの兵がこちらに向かってくる運びとなっている。

 しかしだからと云って警戒心は捨て去らず、防犯グッズと懐中電灯を携帯した慎一は屋敷を出た。

 周囲に注意を払いながら、慎一は人影の向かっていた方向に進んでいく。

 

「確か、こっちに向かっていったけど……あれ、この音は?」

 

 慎一が数分ほど歩いた所で、夜風が草木を揺らす響きの中に、小さな滝から泉へと水が零れていく音が混じってきたのだが、その水の跳ねる音が明らかに増えたのだ。

 先程まで一定間隔で聞こえていた水流の響きに、バシャバシャ――と水が跳ねる音が混じっていた。

 ……おそらくそれは誰かが泉の中に入っていること示している。

 慎一は懐中電灯の電源をオフにし、息を殺して泉に近づいた……そして、

 

「……え?」

 

 ――そこには天使が居た。小さな滝から緩やかに水が流れ込む泉の中で、水と戯れている、一糸纏わぬ女神の背中を慎一は確かに捉えた。

 

 染み一つないシルクの如き滑らかな白い肌、水に塗れて艶やかに輝く長い髪。線の細いしなやかな肢体はある種の芸術品の如く、月の淡い光によって照らし出される生まれたままの後ろ姿には清純な可憐さと奔放な淫靡さが矛盾することなく同居している。

 湖面で戯れる天使の姿を目に入れた慎一の顔は赤くなり、己の鼓動の乱れを自覚する。

 両手で泉の水を弾き、熱を帯びた自らの肢体を融かすように濡らしていく天使の後ろ姿はそんな不可思議な魅力に満ち溢れており、囚われるようにして慎一はその背中から目が離せなくなってしまう。

 だが雲に半ば隠れていた半月が姿を見せ、月の光が濃くなることによってその正体が明らかになり……、

 慎一の顔が盛大に引き攣った。 

 

「あれ、もしかしてシンイチ?」

 

 天使が振り向くのと同時に湖面が月の光を反射すると、その姿はより一層際立った。

 桃色の髪に、一部を三つ編みに縛って纏めたあの髪型。そして何より、下半身に付いている……アレ。

 そう、泉で水浴びに興じていたのは他ならぬ紫竹海苔緒のサーヴァント――アストルフォである。

 前方を振り向いた丸裸のアストルフォを見た慎一は、走馬灯のように幼き日――両親に連れられて行った動物園のことを思い出す。

 脳裏で繰り返されるのは、実物の象を眺めて喜び興奮する幼き日の無垢なる己だ。

 

(そうだった。象さんは『パオーン』って鳴くんだよね。そう『パオーン』、『パオーン』って……)

 

 象の鳴き声を脳内で何度も響かせながら、慎一は呆然としていた様子でしばらく立ち尽くすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつまで立ち尽くしていたかは分からない。ただ気付いたら、慎一は泉の近くの大樹の根元に腰を下ろしていた。

 その隣では黒いレースの下着にニーソ、加えてガーターベルト(無論全てが女物である)を装着し、白いワイシャツだけを上に羽織ったアストルフォが、同じく腰を据えながら自分の頭をタオルで拭いている。萌えるというか、素直にエロい恰好である……これがもし本当に女性であるならばの話だが。

 

(何故、こんなことになってしまったんだ!?)

 

 慎一は頭を抱える。

 穏やかではないその内心を表すならば、

 

『あ...ありのまま今、起こったことを話すぜ! 夜、外へ出歩いていたら水浴びしている美少女に遭遇した……と思ったら実際は男の娘だった。――以下中略、ソレナンテ・エロ・ゲとか、美埜里さんが持ってる小説にありそうなシチュとか、断じてそんなレベルじゃない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……』

 

 ……といった所だろう。

 

(そういえば、前にも同じようなことがあったっけ……)

 

 それは綾崎氏着任当初。まだ綾崎氏を女性と認識していた慎一がお風呂場でばったり綾崎氏に遭遇し、一糸纏わぬ姿(♂)を目撃したことがあった。今回の件も合わせ、これで都合二度目だ。

 世の中には何度も落雷にあったという人間もいるそうだが、これはさらに珍しい事例なのではないだろうか。

 慎一当人がそんな逃避じみた思考の海に沈んでいる最中、頭を拭いていたアストルフォが声を掛けてきた。

 

「シンイチは、どうしてここに来たの?」

 

 アストルフォの言葉は不思議としっかり慎一の耳に届き、慌てて思考切り上げ、慎一は返答した。

 

「あ、うん! 偶然屋敷から出てくる人影を見て、誰だろう? ……って思って」

 

 顔はアストルフォの方に向けなかった。否、向けれなかった。泉から上がったばかり肢体が濡れたままのアストルフォは格好も相まって、男と分かっても抗えぬ色香があるというか……ともかく慎一としては新しい扉をオープンする気は断じてない。そんなことをして喜ぶのは美埜里さんぐらいのものである。

 

「へぇ、そうなんだ。ノリ以外にも見られてたんだ」

 

 泉に向けていた視線を慎一へと傾け、アストルフォはコロコロとした笑みを浮かべる。

 

「紫竹さんには許可を貰ったんだ」

 

 それなら自分にも話を通して欲しかったなぁ……と慎一が思っていると、

 

「ううん、屋敷を出るとこを偶々見つられちゃって……事後承諾ってやつかな」

 

 首を振ってからチロッと舌を出して見せるアストルフォ。可愛らしい仕草ではあるが、当然ながら反省の色は皆無だ。

 慎一は海苔緒から聞かされていた言葉を連想的に思い出した。

 

アストルフォ(こいつ)を本当の意味で従わせるのは、アメリカ大統領にだって無理な話さ』

 

 皮肉めいた口調だったが、色々と諦めた表情を浮かべて溜息を付きながら海苔緒は語っていた。

 慎一はアストルフォとは短い付き合いだが、その性格は大まかにだが理解は出来る。

 生粋の自由人なのだ、彼は。

 ――天衣無縫、気ままな風が服を着て歩いているような存在(これも海苔緒談)。だが彼の立ち居振る舞いは決して不快なものではない。むしろ逆で。本人さえ意図せずに人も魅せ、人を惹きさえもする。ともすれば、ある種のカリスマともいうべきものだろうか? 

 そんなアストルフォは普段何も考えているのか、慎一には分からない。

 

(……紫竹さんなら分かるのかな?)

 

 海苔緒もアストルフォとの付き合いは数ヶ月というが、大分アストルフォのことを理解しているように思える。

 数ヶ月という期間が短いようで長い。慎一もペトラルカやミュセルを筆頭にして数ヶ月の間に、エルダントでの交友関係をすっかり深めていた。

 加えてだが、あの某ゲームの設定通りならば、海苔緒(マスター)アストルフォ(サーヴァント)経路(パス)を通じて互いの記憶を夢として見ることがある筈。

 慎一が一度尋ねてみた所、海苔緒は曖昧な笑みを浮かべるだけで詳しいことは何も話さなかった。

 つまりそれはきっと……、

 

「――ありがとね、シンイチ」

「えっ?」

 

 突然の感謝の言葉に慎一の思考は中断した。

 慎一が感謝の意味を問うまでもなく、アストルフォは続きを口にする。

 

「ノリと友達になってくれて。サイトやシンイチが友達になってから、ノリが自然と笑うことが多くなったんだ。前は無理して笑う方が多かったから……だからありがとう、シンイチ」

「無理して笑う……あの紫竹さんが?」

 

 慎一は目を丸めた。確かにいくつかの質問に対しては曖昧な笑みを浮かべていたが……無理して笑っているという程ではなかったと慎一は記憶している。むしろ才人を交えて男同士、馬鹿話に花を咲かせて笑い合っていた印象の方が強い。

 

「ノリは他人に弱い所を見せたがらないから。ノリはね……本当は臆病で泣き虫で、人付き合いが苦手で、その癖すごい寂しがり屋で、今風に形容するならツンデレ――っていうのかな?」

 

(寂しがり屋のツンデレ……滅茶苦茶云われてますよ、紫竹さん)

 

 アストルフォはまるで寂しがり屋のウサギでも語るかのようである。まぁ、実際のウサギは独りぼっちの方が気楽に生活できるらしいのだが……今はその話は置いておこう。

 どこぞのギャルゲーキャラよろしく説明される海苔緒と、慎一の頭の中の紫竹さん(ノリオ)が上手く結びつかず、慎一は首を傾げてしまう。

 すると、アストルフォはさらに言葉を続けた。

 

「一緒に寝てると偶にね……泣いてるんだ、ノリ。寝たままうわ言で『すいませんすいませんすいませんすいません』とか『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』とか、泣きながらずっと謝ったりもしてる時があって……最初は何で謝ってるかもボクには分からなかった。」

「……え?」

 

 アストルフォの笑みが曇る。夜の帳に浮かぶ半月に雲が被さり、アストルフォの表情を照らす淡い月光は暗く陰った。

 

「けど、後から気付いた。ノリが泣いている夜は、決まってノリがお母さんの様子を病院へ確認をとったり、直接足を運んだりした日の夜だって。ノリはね、泣きながらお母さんに謝っているんだと思う」

 

 海苔緒は定期的に母親の入院する病院へ足を運んでいた。だが直接は会うことはない。自分が顔を見せれば、母親がどんな状態に陥るか身に染みて理解しているからであろう。

 贖罪にも似たその行為は……海苔緒が海苔緒となった日から背負い続けているモノの一端であった。

 

「それは……」

 

 『紫竹さんの所為じゃない』と慎一は思った。海苔緒の身の上を慎一は海苔緒自身から聞いていた。人は誰しも生まれを選ぶことは出来ない――少なくともそう信じている(・・・・・・・)慎一は、海苔緒に非はないと云いきることが出来る。

 けれど、アストルフォは慎一が言葉にするよりも先に(かぶり)を振った。

 

「ううん、ノリは自分の(せい)だと思ってる。それも理由もあるんだ。ボクにもまだ話してくれないけど……きっといつかは話してくれると信じているから、ボクはその時まで待つことにしてる」

 

 当然のことながら、海苔緒が夢を見るならば――アストルフォもまた夢に見るのだ。

 故に知っている……かつて紫竹海苔緒でなかった者の記憶も、紫竹海苔緒となった者の思い出も。

 そしてそれが銀座事件を境に、色あせてくすんでしまったのも。

 けれど理性が蒸発しているとはいえ、超えてはならぬ一線は弁えているし、海苔緒の抱えるものの重さを理解出来るが故に、アストルフォは誰に対しても秘密を告げたことはない。

 だが、それは慎一にはあずかり知らぬことである。

 

「えっ、あ……そうなんだ」

 

 色々と疑問に思うことは多々あったが、慎一はあえて口には出さず、ただアストルフォに頷いて見せた。これ以上の詮索は海苔緒とアストルフォの間に土足で踏み入るような気がして、遠慮したのである。

 ただこれだけは聞いておきたいと思って、慎一は意を決して尋ねてみた。

 

「アストルフォは紫竹さんのサーヴァントだから、紫竹さんを心配してるの?」

 

 自由に振舞うアストルフォは何故これほどまでに、海苔緒を気にかけるのか? その理由を慎一は知りたかった。

 考えるまでもないと、アストルフォは殆ど間を置かず答える。雲に沈んだ半月が再び姿を現し、月光がアストルフォの顔を照らした。それは満面の微笑みで……、

 

「違うよ。ノリと約束したから……『友達』だって」

「友達?」

 

 あまりに当たり前の言葉に、慎一はオウム返しのように単語を返す。

 

「そう、友達。――友達だからノリを心配する。それって当然のことだよね」

 

 召喚されて数日後のこと、顔を真っ赤にした海苔緒はアストルフォに云ったのだ。『俺と友達になってくれ』……と、精一杯の勇気で震えながら差し出された海苔緒の手を掴んだ日の事をアストルフォは忘れない。

 それは魔術師と使い魔の間に結ばれる契約でもなく、聖杯を掴むための同盟の誓いでもない。マスターとサーヴァントである前に友人でいようと云う、単なる口約束に過ぎない。

 ――故に何より尊い(ちぎ)りであると、アストルフォはあの日より、約束を深く胸に刻み込んだ。

 このいつ終わるとも分からぬユメから醒め、再び眠りに落ちる時まではずっと彼の友でいよう……、と。

 アストルフォは、はにかみながら頭を掻いて、

 

「それにノリはオルランドに似て、放っておけない所があるしね」

「オルランド……それってシャルルマーニュの筆頭聖騎士(パラディン)だったっていう、あの?」

「うん、そうだよ。オルランドが失恋とか諸々でおかしくなっちゃった時は大変だったなぁ……。全裸で放浪し始めるわ、全裸のまま素手で熊やら猪やらと格闘するわ、農民たちに迷惑かけるわ、しっちゃかめっちゃかでさ。最終的にはボクが月から持ち帰った理性を鼻から注入して元に戻ったんだけど……いやぁ、あの時は大変だったけどすごく面白かったよ!」

 

 身振り手振りを交えて、アストルフォは熱っぽく語ってみせる。

 

「それ、ホントの話?」

「うん、マジマジ、ホントホント」

 

 慎一は目をパチクリさせるが、アストルフォはあっけらかんと己の話は真実だと肯定した。

 

(エルダントも凄いファンタジー世界だけど、アストルフォの居た世界はもっと出鱈目(ファンタジー)だなぁ)

 

 この世界においての最初の月面到達者はニール・アームストロングとエドウィン・オルドリンだが、アストルフォの世界では何番目なのだろう? 下手すると世界観的に月の姫とかも居そうである。

 それからしばらく……慎一はアストルフォの冒険の日々の思い出に耳を傾け、大いに驚くのであった。

 




次回はアミュテックの学校での話を予定、

では、


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第十九話「学校へ行こう。もしくはガ●ダムビルドファイターズ的なアレ」

今回は学校回。

小説の内容を吟味しつつ、アミュテックの学校はこんな感じだろうなぁ……と想像して書きました。

長々と続きましたが、エルダント編は次回終了の予定です。


 エルダント滞在二日目。海苔緒とアストルフォは慎一たちに付き添ってアミュテックが運営する学校――という名目のオタク養成(ぶんかこうりゅう)施設を見学することと相成った。

 アミュテックの運営する学校は慎一の要請を受け、自衛隊とエルダント帝国軍の工兵が共同で建設した建物であり、元々は穀物倉庫であったそうだが、煉瓦と石材で組み上げられた立派な外観からは倉庫の名残を見ることは難しい。

 屋敷と学校の距離はそれほど離れておらず、現学校、元穀物倉庫の近くにあった風車(内部には風車の羽根車を動力とし、穀物を製粉する装置があった)は自衛隊により風力発電施設に改装され、風車の隣にはソーラーパネルも設置されている。

 これらの発電装置から生み出される電力は敷設されたケーブルと通して屋敷や学校へ供給されているのだ。

 電気が通っていることも然ることながら、内装も完璧な日本の学校で、教室には電力消費や整備性を考慮したLED灯が配置され、廊下には屋内消火栓、消火器に防火扉、果ては誘導灯(緑と白色の、人が扉の外へ逃げていく姿が描かれているアレ)まで備えられているそうだ。

 詳しく聞いた所によれば……この学校、きちんと日本の消防法に準じた造りになっているらしい。さずがジャパニースお役所仕事である。

 そんな学校の登校風景であるが、海苔緒の知る日本のもは全く違っていた。

 

「馬車がどんどん来るな……考えりゃ当たり前か、車も自転車もねぇからな」

「生徒の大半はこんな感じに馬車で登校してくるから、日本の通学風景とは大分が違ったりするんだ」

 

 見慣れぬ光景に思わず海苔緒は呟き、応じるように慎一が補足した。

 

 学校の横に敷設された石畳の道路から一羽立てや二羽立ての羽車が続々と向かって来ており、羽車の中からは生徒が下りてきている。

アミュテックの通う学生の半数は人間、残り半数は亜人のエルフ、ドワーフで占められており、いずれも殆どが貴族や豪商のご令息またはご令嬢である。

 羽車だけではなく、歩いて登校してくる生徒や白い大型鳥(チョ●ボ)に直接乗って登校してくる生徒も存在し、学校のグラウンドの隅には自転車置き場ではなく鳥小屋(鶏飼育施設に非ず、馬小屋のようなもの)が設置されていた。

 慎一や海苔緒たちが学校の入口横で登校風景を眺めていると、ドワーフの少女が元気よく慎一に駆け寄って来る。

 

「おはようございます、先生! ニホンから戻って来たんですね!!」

「おはよう、ロミルダ」

 

 天真爛漫な笑顔を浮かべ、慎一に挨拶した褐色ツインテールの少女はロミルダ・ガルド。エルダント帝国屈指の大工房――ガルド工房を取り仕切る親方を父に持ち、ドワーフとして珍しく貴族の位を有している。

 ――が、鼻持ちならないとか、そういったことは一切なく。素直で真っ直ぐな性格した少女だ。ただ、小学生のような見た目に反して年齢は十代後半である。

 つまりは合法ロ……もとい、可愛らしい生徒なのだ。周りに見渡してもドワーフの少女たちは大抵が似たような背格好である。

 対してドワーフ男子生徒は同じく背は低いのだが、十代前半の生徒であっても三十代、四十代の面構えをしている。慎一と並ぶとどっちが教師か分からなくなるほどだ。

 ……何度も思うが本当に、どうしてここまで違うのだろう?

 海苔緒が脳裏で失礼な自問自答をしていると、ロミルダは海苔緒とアストルフォの存在に気付いた。

 

「先生、こちらは新しい講師の方たちですか?」

「ううん。違うよ、ロミルダ。こちらは日本から見学に来た……」

「お久しぶりです、先生! 今日からミノリ先生も来てくださるんですよね!!」

 

 ロミルダの横に割り込み、挨拶をしてきたエルフの青年はロイク・スレイソン。父はエルフでありながら帝国の執政官を務める実力者で、本人も大変優秀なのだが年相応に子供っぽい性格なのが玉に(きず)な生徒である。

 彼はペトラルカ皇帝映画(くろれきし)製造編(四巻のこと)にてドラゴンの襲撃の際、美埜里さんに救われており、それ以降淡い恋心を抱いている様子なのだが、今の所はその想いが成就する気配はなかったりする。

 

「ちょっと、ロイク。私が先生と話しているのに割り込んでこないでよ!」

「なんだよ、ちょっと先生に挨拶しただけだろ!!」

 

 いきなり口喧嘩は始めたロイクとロミルダ。ファンタジーに在りがちな設定であるが、エルダントでもエルフとドワーフは仲が悪い。彼等は学校に通うエルフとドワーフの代表格であるので自然と張り合うことが多い。

 しかしながら慎一の話を聞く限り、学校においての種族間の対立は徐々に収まってきているらしい。代わりにキャラのカップリングやら、作品の批評に関しての論争は増加しているらしいが……。

 それにこのロイクとロミルダ。しょっちゅう些細な喧嘩しているそうだが、一緒に居ることが多いそうだ。つまるところ『仲良く喧嘩しな』とか、そういった関係なのである。

 慎一は二人の口喧嘩を見慣れている様子で、やんわりと仲裁に入った。

 

「ロイク、ロミルダ。ここに立ったままだと他の生徒の皆が学校に入れないよ。それに今日は日本から見学者が来てるんだ」

「え、ニホンからの……」

「見学者?」

 

 慎一が指さすと、ロイクとロミルダの視線が海苔緒とアストルフォに向く。様子を伺っていた入り口周辺の生徒も同様に海苔緒たちへ視線を傾けた。

 注目されたアストルフォは笑顔で手を振って見せ、コミュ症を長く拗らせていた海苔緒は視線から逃れるように目線を地面へと移し、伊達眼鏡を弄っているフリをして誤魔化す。

 日本からの見学者に醜態を晒したと思ったロイクとロミルダはみるみる顔を真っ赤して『すいませんでした!!』と慎一や海苔緒たちに謝罪すると、すぐさま遠ざかっていく。

 

「もう! ロイクのせいで怒られた!!」

「違う、ボクのせいじゃ――」

 

 そんな遣り取りが下駄箱から響いてくるのを耳に入れながら、苦笑めいた表情を浮かべる慎一たちも学校の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校の内装は、普通だった。どこにでもある普通の小中学校を想像してくれればいい。但し、普通の小中学校の廊下の掲示物にはアニメやゲームの宣伝ポスターや、本屋などに貼られている新刊の発売予定表はないだろうが……。

 海苔緒とは慎一と共に、教室で生徒との朝礼を手早く済ますと――慎一が担当する一、二限目の事業を見学することとなった。

 アストルフォは綾崎氏の担当する教室に行ったので別行動である。

 今日の一、二限目は選択科目で慎一が担当する教科は『工作』の授業。

 慎一は工作室に生徒を移動させ、早速授業を開始した。

 

「工作……って、そういうことか」

 

 オタクの学校で何を工作するもんか? と海苔緒は思っていたわけだが、目の前の光景を見て納得した。

 工作室は複数人用の木工テーブルに、木の椅子、手洗い用水道設備といったスタンダードな内装だが、生徒たちは画用紙に絵を描いて絵具で塗っているわけでも、木版を彫刻刀で削っているわけでもない。

 海苔緒はテーブルに座って黙々と作業をするエルフのグループを見る。彼らが制作していたのはゾ●ドであった。コトブ●ヤ製ではない。古き懐かしきタカ●トミー製である。

 エルフの隣では、人間の生徒のグループが各々個人個人で説明書と格闘しながらガン●ムのHGキット(大半がSE●D)を素組みしていた。

 そう、工作は工作でも、この授業……プラモ制作の授業なのだ。そんな訳だから受講者の大半は種族に関係なく、ほぼ男子生徒である。

 女子生徒たちは綾崎氏や美埜里さんを中心とした『服飾』の授業を受けている。そちらは日本から取り寄せた服を実際に生徒たちが着てみるとか、日本の化粧品を使った化粧の作法などの講座だそうだ。アストルフォの興味がそちらに向くのも道理であろう。

 他にも家が商人であり、日本の服や化粧品に将来的な仕入れ商品として興味がある男子生徒なども綾崎氏の選択授業に参加していた。

 けれど海苔緒は男の子なので、迷いなくプラモ制作授業の見学を希望した訳だ。

 そして工作の授業を選択したドワーフの生徒のグループはというと……、

 海苔緒は人間のグループの間に挟み、エルフの反対側のテーブルに集まったドワーフの生徒たちに見た。

 彼等はガンプラのBB戦士を制作しているのだが……、彼等は他の二グループとは工作の(レベル)が明らかに違った。

 彼等のテーブルに積まれているSDガ●ダムのプラモの紙箱は最新フォーマットのキット複数に旧キットが一つ。

 ドワーフの生徒達は作業を分担し、最新フォーマットのSDガ●ダムをベースに旧キットを改修及びミキシングしているのだ!

 あるドワーフの生徒は旧キットを切断してバラし、ベースのキットにマッチングするようパテで整形していき、

 またあるドワーフの生徒はベースのSDキットの腰や手足をプラ板で延長することで頭身を調整しつつ、新たな関節機構や磁石や自作の金属(メタル)パーツを仕込んでおり、

 さらに別のドワーフの生徒はキットの手首を、針金を土台にして一から造り直している。

 そしてまた別のドワーフの生徒は前回の授業までに作ったと思われる改修済み塗装前SDガンプラを、工作室の隅にて粉塵マスクを装着しながらエアブラシで塗装していた。

 

「なぁ、慎一。ドワーフの生徒たちだけ……工作の次元がおかしくねぇか?」

「ドワーフの子たちは凄い手先が器用だしね。家の手伝いで工芸品を作ったりもするし。それに何より凝り性だから」

「凝り性、ねぇ」

 

 人間の生徒やエルフの生徒も真剣な様子だが、ドワーフたちは雰囲気(オーラ)の質が異なっている。顔の濃さも相まって、鍛冶屋で鋼の(つるぎ)を鍛える姿を海苔緒は幻視する。もの凄い気迫だ。実際に作っているのは、ただのガ●プラなのだが……。

 

「しかしプラモの代金や、工作用具を準備するのも金が馬鹿にならねぇだろ。あのエアブラシの電動コンプレッサーも大分良いやつだし」

 

 海苔緒の見立てでは四万前後といった所か、それに逐一補充が必要な塗料の代金も積み重なれば大きな負担の筈である。

 

「プラモは、問屋が抱えてる古い在庫なんかを直接買い付けてエルダント(こっち)に送って貰っているのが大半だから、それほどお金は掛かってないよ。それにコッチが用意した道具はニッパーとかヤスリとか、墨入れペンぐらいだし」

 

 確かに古い在庫なら定価より大分安く仕入れることは可能だろう。道理でタカ●トミー版のゾ●ドやらガンダムS●EDのキットを作っているわけだ。

 けれども、ドワーフの生徒たちだけは最新のSDキットを使っているし、道具も明らかに多い。

 

「――いや、確かにエルフや人間の生徒はそうだが、ドワーフの生徒たちは明らかに別の道具を大量に使ってるぞ?」

 

 エアブラシだけはない、ガ●ダムマーカーにピンバイス、パテにプラ板、デザインナイフにプラ用の小型ノコギリ。その他諸々、多数の道具が置かれていた。

 

「それはドワーフの子たちが自分達でお金を出して買った道具だよ。そのお金はネットオークションで、ちょっとね」

「……もしかしてプラモの完成品を売ったのか」

 

 海苔緒の問いに慎一は頷いた。

 

「うん、ここに飾っておくにも限界があるしね。ドワーフの子たちに頼まれてネットオークションに出したら、結構な値段が付いたんだ」

 

 慎一は工作室のガラスケースに飾られたプラモの一角を指した。他の素組みのプラモとは比べ物にならない完成度の品が並んでいる。ドワーフの生徒たちが作ったものだと一目両全だ。

 

「HGサイズのリジェネレイトガ●ダムやらバスターダガーにデュエルダガーまで飾ってやがる」

 

 ガ●ダムSEEDのプラモラインナップは海苔緒の知る前世とは多少異なるのだが、それでもドマイナーなこれらの機体はキット化されていない。ドワーフたちがセミスクラッチで制作したものだ。

その洗練された仕上がりから鑑みるに、ネットオークションに出せば、単体で数万以上の値段が付くのはまず間違いない。

 

「確かに日本でも高評価だろうな。今にも動き出しそうな出来だし」

「いや紫竹さん、ドワーフやエルフたちは実際に動かせるから」

「はぁ? そんな訳…………あるのか」

 

 慎一の台詞に、海苔緒は脊髄反射で言葉を返すが自分で発言している途中で慎一の言葉に偽りがないことに気付いた。

 現にエルフの生徒の一人が完成したゾ●ドを魔法で宙に浮かせて操っているし、ドワーフの生徒の一人もサフ吹きされたSDキットを動作確認のために魔法で操作していた。

 彼等は鉱物などを自在に操る魔法を習得しており、キットの内部に金属を仕込むことでプラモを自在に動かしているのだ。

 この仕組みを応用してロミルダの父が統括するガルド工房は、影武者となる等身大のペトラルカ皇帝の人形を制作し、本物の人間のように動かすことに成功している(八巻参照)。

 各部に追加の関節を仕込み、金属(メタル)パーツを多用しているドワーフたちのSDガ●プラはまるで本当の生き物のようにヌルヌル動いている。

 加えて針金を芯にして作られた手は自在に五指を動かせるらしく、武器を握ったり、離したりも出来るようだ。

 手すきのドワーフ二人が、多重関節を仕込んだガ●プラ同士を魔法で操作してブンドド(フィギュアやプラモを戦わせて遊ぶこと)する様子は、ガ●プラファンなら誰しも一度は思い描いた夢の光景である。

 もはやこれはまるで……、

 

「……リアルビルドファイターズだな」

「え、紫竹さん。今なんて云いました?」

「いや、なんでもねぇ。それよりも慎一……あのドワーフの子たちに直接制作代行を頼んでも大丈夫か?」

「……へっ?」

 

 今にも『ガ●プラ、買うよ!』とか云い出しかねないガチ顔の海苔緒に、慎一は呆気に取られたというか……正直少し引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一、二限目を終えた後は教室に戻り、三限目はコスプレイヤーの撮影時のマナー講習といことで見学者の海苔緒とアストルフォは何故だか綾崎氏の指示でレイヤー役をやらされた。

 アストルフォはレンタル☆まどかの『まどか』のコスプレをノリノリで着こなし、海苔緒は渋々ながら某機動戦艦のオペレーター(『馬鹿ばっか』の台詞で有名)の劇場版コスを引き受けた。

 幸いにも露出度が高いアストルフォの方に注目が向いてくれたが、携帯ゲーム機付随のカメラやらデジカメやらを一斉に向けられた海苔緒は正直生きた心地がしなかった。

 たかだが十数名の生徒相手にこれなのだから……銀座事件の関連で記者会見でも開くことになった日には社会的のみならず、精神的にも【死亡確認!】になる破目に陥るだろう。

 今の内に覚悟しておくべきか、と海苔緒は内心で深く嘆息した。

 続いて4限目はゲーム機の歴史を関する授業は、プロジェクターによる動画を交えて行われた。

 内容は任●堂のスーパーフ●ミコン無双からソ●ーのプレイステ●ション1誕生秘話まであたりで、流星の如く現れては散って逝ったゲームハードにも触れていた。

 今思うと早すぎたのだ……任●堂のサテラビューやセ●、メ●ドライブのダイヤル回線を利用したゲームダウンロードは。

 ハード戦争の空しさや時の流れの物哀しさに海苔緒が浸っている内に、四限目は終了し、今日の学校のカリキュラムは全て終了した。

 午前で講義が全て終わるのは早すぎると思うかもしれないが、ここに通う生徒たちは貴族や商人の子弟であり、オタク文化を学ぶ以外にも将来を見据えた勉強を必要なのである。

 それに学校は午後からも解放されているので、学校に残り休憩室に置かれた据え置きゲーム機で遊んだり、図書館でライトノベルや漫画を読んだりすることも出来る。言い換えれば自習が可能ということである(本当にこれを自習と呼んでいいか否かは、意見が分かれるだろうが)。

 その間、慎一たちは明日授業の準備を教員室で行っておく。

 これから慎一の方針としてはアニメや漫画を通してエルダントの生徒が興味を持った日本の歴史や、文化、風習なども教えていく予定だそうだ。

 無論、エルダントに対する文化侵略や押し付けにしないため、ペトラルカ皇帝たちとも十分に話し合いと行った上で検討を重ねていくらしい。

 そういった相手側の目線に立って真摯に考える慎一の姿勢こそが、アミュテックがエルダント国内で成功している最大の秘訣なのだろう、と海苔緒はしみじみ思うのであった。

 




本当は万遍なく従業内容を書こうと思ったのですが、何故だかプラモの話に比重が偏ってしまいました……ORZ
バ●ダイさん、レッドフレーム・マーズジャケットのプラモ発売はよnry

そして次回20話でエルダント編は一旦終了です。さらに次回の21話からハルケギニア編に突入すると思いますが、おそらくエルダント編より長くなる予定です。なのでゲート編は今しばらくお待ちください。
ゲート編においてはネット小説版の番外で登場していたスパイスでウルフな方々も出してく予定でプロットを練っていますので、楽しみして頂ければ幸いです。

では、




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第二十話「交わる世界。ゆえに移ろいゆく運命」

今回にてエルダント編は終わりです。今回は少し長くなりましたが、何とか収まりました。
本当はエルビアメインの話もやりたかったんですが……それはいつかやろうと思います(遠い目)。

VITAのフェイト/ホロウ アタラクシアの発売が待ち遠しい。


 二日目をアミュテックの運営する学校の見学に費やし、いよいよエルダント滞在最終日となる三日目を迎えた海苔緒とアストルフォ。

 本日は神聖エルダント城の城下町を見て廻った後、練兵所の見学をさせて貰うことになったのだが……、アストルフォが思いつきの飛び入りで訓練に参加を始めたのだ。

 何も知らないエルダントの正規兵たちは甲冑姿のアストルフォのことを、どこぞの爵位持ちの騎士の娘か何かと勘違いしていた様子で、兵士たちは当初、アストルフォを暖かい目で見守っていたのだが……その眼に驚愕が宿るのに、さして時間は掛からなかった。

 初乗りのチョ●ボを三分と経たず完全に乗りこなし、訓練用木製馬上槍(ランス)を用いた模擬騎乗戦(ジョストをより実戦的にしたようなもの)にて、国境の小競り合いで実戦馴れしたエルダント兵を相手に、アストルフォはあっさり十数人抜きの連勝を果たして見せた。

 さすが騎乗スキル持ちのサーヴァントなだけはある。……けれど調子に乗ってドジを踏みかけた場面がいくらかあったので圧勝という訳でもなかった。むしろ海苔緒から見れば、ハラハラして心臓に悪かった場面が多かったといえる。

 そして今現在は銀髪の美丈夫――コルドバル卿が引き連れてきた近衛の騎士も訓練に混じり、木剣などを用いた騎乗なしの一騎打ち戦が開始されたのだが、予想通り……またもアストルフォが無双している。

 海苔緒は黙ったまま、アストルフォとドワーフの男性騎士の試合をじっと見つめていた。

 

 

「ウオォォォォォォ――ッ!!」

 

 近衛ドワーフ隊の精鋭が雄叫びを上げて振り下ろすのは、身の丈の倍以上はあるかという模擬の槍斧(ハルバート)。屈強ではあるが総じて矮躯でもあるドワーフが、欠点のリーチを補うにはこうした武器が適しているのだろう。

 膂力に物を云わせた一撃ではあるが、術理にも適っている。

 このドワーフの騎士は隙の大きい振り下ろし一撃を放つ直前、目にも留まらぬ鋭い突きと払いのコンビネーションでアストルフォの体勢を崩していた。

 足がよろけた状態では避けることも、防御することも難しい。故に足元を正すために僅かなタイムラグが生じるのだ。

 その隙をついて、ドワーフの男性騎士は全身全霊を込めた槍斧(ハルバート)をアストルフォに叩き込もうとしたのである。

 相手が少女のような見た目をした……ただの優男であったなら、男性騎士はここまで本気にならなかっただろう。

 けれど目の前の存在は男の同胞たちを既に何人もたやすく打ち破っている。故に騎士として全力で臨み、打倒するのが礼儀。

 ドワーフの騎士は歯の根をガチガチに噛み合わせ――一切の躊躇なく槍斧(ハルバート)を最高速、最大威力で打ち下ろす。

 対してアストルフォは、今まさに己の頭蓋を叩き割らんばかりに迫る槍斧(ハルバート)を見つめ、悠然と微笑んでみせた。

 模擬戦とは思えぬドワーフの鬼気迫る勢い、肌をジリジリと焦がすその熱気は――アストルフォに、かつて慣れ親しんだ戦場の空気を想起させる。

 肌を撫でるこの(くうき)に恋い焦がれ――幾度となく戦場を駆け、幾度とも云えぬ冒険の旅に出た。

 なればこそ、アストルフォの胸の内には恐怖はなく――まるで、つかの間の逢瀬を楽しむ乙女の如く、一瞬、一瞬を噛みしめるかのような純然たる歓喜で心を満たしていた。

 槍斧(ハルバート)が直撃せんとする刹那――、アストルフォは逃げる素振りなど微塵も見せず、剣を正面に構えたまま足元を正す。

 その行動に周囲は驚き、目を見開く。エルダントの騎士や兵士たちは知らぬのだ――理性が蒸発しているとまで謳われた()の騎士の逸話を。

 防御も回避も元より念頭になかった。アストルフォが望んでいたのは、最初から真っ向勝負の打ち合いである。

 怒涛の如きドワーフの騎士の槍斧(ハルバート)の振り下ろし一撃を、アストルフォは両手に持った剣による振り上げの一閃で即座に迎撃する。

 

 ――刹那、大気が弾けた。

 

 両者の刃が激突した瞬間、周囲の大気が破裂し、鳴動する。剣戟同士の衝突により発生した烈風が相対する両者に吹き荒む。

 衝突の音はもはや乾いた木同士が噛み合う音に(あた)わず、その威力は剣撃の範疇に収まらず、轟音を伴うソレは地を抉り飛ばすかの如き爆撃と表現した方が妥当といえる。

 マスターである海苔緒は迎撃の瞬間、アストルフォが【怪力】のスキルを発動させたのを知覚していた。これによりアストルフォは一時的に筋力をワンランクアップさせることが出来る。

 通常ならばおそらく……武具がかち合った瞬間に、模擬の槍斧(ハルバート)の方の柄がへし折れていただろう。

 しかしながらドワーフが使うことを想定してか、模擬の武具とはいえ一等頑丈に作られているらしく――槍斧(ハルバート)の柄は凄まじいしなりを見せたが、それでも亀裂一つ入らなかった。

 アストルフォの方も槍斧(ハルバート)の猛撃に押し込まれ、固い地面に両足をめり込ませていたが、だがそれでも体勢自体は崩してはいない。

 槍斧(ハルバート)の振り下ろしの勢いが完全に削がれたタイミングで、アストルフォは再度【怪力】のスキルを行使し、一気に槍斧(ハルバート)を押し返す。

 これにより槍斧(ハルバート)は勢いよく宙へと押し上げられ、後ろへと引っ張られる。

 

「えいっ!」

「――な、なっ、なっ!!」

 

 相対していたドワーフの騎士が気付いた時には既に遅く、まるで己の一部のように槍斧(ハルバート)を固く握り込んでいた男は、槍斧(ハルバート)ごと背中から後ろにひっくり返った。

 何が起こったか理解が追い付かず、『……な、何で俺は空を見てるんだ?』と云いたげなドワーフの騎士の首元にアストルフォはちょこんと木剣を突きつけ(模擬戦における儀礼的な止め)、それにて勝敗を決した。

 

「そ、そこまで! しょ、勝者――アストルフォッ!!」

 

 審判役の騎士の宣言と共に周囲からは歓声が湧き上がる。外様の騎士も同然なのだから、普通なら罵倒やブーイングを飛び交う筈なのだが、あまりも清々しい勝ちっぷりが続き、いつの間にやら大勢のファンを獲得したようだ。

 アストルフォは歓声に応じるように、周囲に満面のドヤ顔ダブルピースを振りまいている。

 海苔緒としてはアストルフォの自重のなさはいつもながら頭痛の種なのだが、今はそれよりも……、

 海苔緒は隣に座る美丈夫へこっそり目を向ける。

 

「――うむ」

 

 頬をほんのり赤く染める美丈夫の正体はガリウス・エン・コルドバル卿。ペトラルカ皇帝の側に侍り、大臣として外交、軍事を司る神聖エルダント帝国、事実上のナンバー2。

 ともすれば内外問わず美女たちの視線も厚く、女性からは引く手あまたと思うのだが全く靡く様子がない。

 それは何故かって? 正解は……女性に全然興味がないから。

 途中から近衛を引き連れ練兵所に現れたコルドバル卿は、見学席の隅に座っていた海苔緒の隣に態々腰を下ろしていたのである。

 おかげで海苔緒は色々な意味で緊張を強いられながら、半ば冷や汗を掻きつつアストルフォの活躍を見学し続けていた訳である。

 通常なら、自国の一般兵士のみならず近衛の騎士まで負け続けているのだから軍事を司るコルドバル卿としては気分の良いものではない、と思ったのだが……全然そんなことはなく、むしろ上機嫌な様子で食い入るようにアストルフォを眺めている。

 コルドバル卿は時より恍惚とした表情を浮かべながら、やけに艶々した声で『美しい』とか、『可憐だ』だとか独り言を呟いていて、耳元で囁かれたならどんな女性も昇天するような美声であったが、隣に居た海苔緒としては別の意味で魂が抜けそうだった。

 アストルフォが傍に戻ってくる頃には、海苔緒は精根疲れ果て引き攣った笑みが顔に張り付いていた。

 けれども練兵所の見学を終え、いくらか言葉を交わした後にコルドバル卿から渡された品を見て、海苔緒は疲れも吹き飛ぶほどに驚くこととなる。

 

「皇帝陛下からの褒章だ。受け取るといい」

「……これは!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慎一が所有するエルダントの屋敷に帰る頃にはすっかり夕暮れ時で、厨房から伸びる煙突からは夕焼け空に白い煙が上がっていた。

 加えて十数分と変わらぬ間に、戸締りを終えて学校から慎一たちも帰宅し、揃って夕食となったのだが……、

 

「ミュセル、この料理は!?」

「はい、旦那様!! 今日はシエスタさんに教えて頂いたヨシェナヴェを作ってみたんです」

「ヨシェナヴェ……って、寄せ鍋のこと。ああ! 平賀さんが云ってた、あの!?」

「はい、初めて御作り致しましたので、上手く出来ているかは自信がないのですけれど」

 

 驚く慎一を見て、嬉しそうな笑みを浮かべならミュセルは謙遜しつつ、慎一の言葉に頷いてみせる。

 美埜里さんもミュセル同様、才人のメイドであるシエスタとは銀座事件の後の軟禁時に親しくなっており、ヨシェナヴェの存在も聞いていたようで『ああ、これがタルブって村の郷土料理の……』と興味深そうに料理を眺めていた。

 海苔緒も聞いていたし、存在自体は才人から聞く以前より知っていたが、まさかここで見る事になると思わず、目を見開いて驚くこととなる。

 同じく日本出身でありながら蚊帳の外に置かれた綾崎氏は頭に?マークを浮かべ、すぐさま事情を尋ねる。

 

「あの、慎一さん。この寄せ鍋っぽい料理は一体何なのですか……?」

「それはね――」

 

 慎一は才人のメイドであるハルケギニアの住人シエスタと、その曾祖父――佐々木武雄の存在を交え、ヨシェナヴェという料理について語った。

 

 

 

 …………………………

 ……………………

 ………………

 

 

「つまり平賀才人さんが漂着するよりもずっと以前にハルケギニアに来ていた人物が他にも居た、と」

「うん、今も生きていれば、日本に戻ってこられたんだろうけど……」

「案外、戻ってこれなかった方が幸せだったのかも知れませんよ。小野田少尉の例を考えますと……」

「それは……」

 

 皮肉めいた綾崎氏の言葉に、慎一は表情を渋くした。

 小野田少尉とは日本敗戦後もその事実を知らず、実に三十年間もフィリピンに残留し、戦い続けていた大日本帝国の軍人だ。

 死ぬのが怖くて降伏しなかった訳ではない。飽くまで軍務を全うするため一人孤軍奮闘していたのである(彼は孤軍奮闘の状況が六十歳まで続けば、レーダー基地に決死の突入攻撃をして果てる覚悟だったという)。

 とある日本人が小野田少尉をフィリピンで発見したことを切っ掛けに、日本で存命していた当時の上官から任務解除・帰国命令を受けることなり、小野田氏はついに日本へ帰国した。

 しかし当時の日本世間の風当たりは冷たく、三十年の間に現地の軍人や住人との戦闘で死傷者を出していたことや、日本政府からの見舞い金の百万も靖国神社へ寄付したことから、マスコミに『軍人精神の権化』、『軍国主義の亡霊』といった心無い批判や無数の虚偽報道を浴びせられることとなる。

 結局、小野田氏は故郷であった筈の日本に馴染めず、半年でブラジルへ移住してしまった。

 綾崎氏の台詞は一連の出来事を揶揄してのことだろう。

 竜の羽衣――つまりは兵器であるゼロ戦を大切に保管し、『天皇陛下に返上してくれ』と遺言を残していた佐々木武雄氏だ。

 この事実が公になれば、一部のマスコミが『軍国主義の亡霊、なんと異世界にも!』とかいった見出しで喜び勇んで記事にするのは目に見えている。

 佐々木氏が存命であれば、どれだけ失望したことだろうか。

 

「ちょっと光流君!」

 

 美埜里さんが綾崎氏を注意する。自衛官として色々思うことはあるようだが、それはあまり表情には漏らさなかった。

 綾崎氏も云い過ぎた自覚があったようで、『すいません、自分でも少し口が悪かったと自覚しています』と素直に謝る。

 小野田氏の話題によって周囲の空気が暗くなるが、海苔緒の相方であるアストルフォは空気を読まず、むしろ場の空気を変える勢いで陽気に声を張り上げた。

 

「それより皆揃ってるんだから早く食べよう! ボク、今日は滅茶苦茶動いたから、もうお腹ペコペコ」

 

 この時ばかりは海苔緒も空気を読まない己の相方に感謝を覚えながら、出来るだけ明るい口調で返答した。

 

「お前はサーヴァントだから魔力が補給出来てりゃ、そんな腹は減らねぇだろ」

「気分だよ、気分。ノリもお腹減ったでしょ。それにシンイチたちも」

 

 アストルフォの柔らかい表情を見て、慎一だけではなく美埜里さんや綾崎氏の表情もほぐれていく。

 

「それもそうね、光流君も早く席に付きましょ」

「はい、分かりました美埜里さん」

 

 美埜里さんに促され、綾崎氏も己の席につく。

 

「じゃ、食事にしようか! ミュセル、配膳をお願い」

「はい、旦那様!」

 

 アストルフォの勢いに引っ張られて周囲に明るい空気が戻り、食事の間は終始和やかな時間が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終え、風呂で一日の汚れを払った海苔緒は寝間着に着替えてから、缶ビール数本を持って屋敷の資料室……つまりはアニメのDVD、BDや漫画、ライトノベルが満載の、ある意味で慎一の仕事場でもある大部屋へ向かった。

 部屋の前に立ち、海苔緒はコンコンと軽く手の甲で数度扉を叩く、

 

「あれ、ミュセル? 今日の夜食だったら紫竹さんの分も……」

「いや、その紫竹だ」

 

 いつもの習慣でミュセルと間違えたらしい。海苔緒の声を聞いて、慎一は慌てた様子で声を返した。

 

「え、紫竹さん! いいよ、入って、入って!!」

「邪魔するぞ」

 

 紙箱に収納された六個入り缶ビールを片手に、海苔緒は大部屋へと足を踏み入れた。

 

「あれ、紫竹さん、片手に持ってるのは……缶ビール?」

「おう、本当はアストルフォ用に持ってきたんだが、いつの間にやらこっちの地酒を仕入れて飲んでやがったんでな」

 

 ちなみにアストルフォにあんな外見に反して酒を良く呑む。元々出自が中世の騎士であり、飲料水代わりに麦酒等を常飲していたらしいので酒に強いのは当たり前かもしれないが。

 けれど飲み過ぎるとサーヴァントの癖に酔って絡み酒に発展するので性質が悪い。しかも最終的には脱ぎだす。

 なので海苔緒は酒を飲んでいるアストルフォには、なるべく近寄らないようにしている。

 

「それでお前が話したいことがあるっていうから、長丁場になるかもと思って持って来たんだが……もしかして要らなかったか?」

「そんなことないよ。僕も話したいことが一杯あったし。けど、紫竹さんがビールを飲むなんてイメージになかったから」

「いや間違ってねぇよ。最近まで下戸だったからな」

 

 さらに子細を述べるなら、海苔緒は酒を好んで嗜むようになったのは……銀座事件時のジークフリート化の後からである。

 

「慎一も呑むか?」

「ごめん、僕は……遠慮してくよ」

「そうか」

 

 慎一の座っている数人掛けのソファに少し距離を取って腰を下ろすと、海苔緒はプルタブを開けてビールに口をつけた。

 

「――で、話っていうのは?」

「あー……、単刀直入に聞くけど、紫竹さん大丈夫? 無理してない?」

 

(やっぱりか……)

 

 海苔緒は慎一が此方も心配していることに薄々気が付いていた。慎一も隠し事が出来るタイプではないし、特に今日の夕食時は顕著で慎一は心配そうな表情で海苔緒を伺っていた。

 気を遣わせてしまったことに海苔緒は少し罪悪感を覚えつつ、慎一には素直な気持ちを吐き出すことにした。元々そのためのアルコールである。

 置換魔術の応用で冷やされたビールを喉に絡ませてから、海苔緒は潤った舌を滑らせる。

 

「ぶっちゃけると無理はしてる。銀座にゲートは現れる。異世界の軍隊に襲われ、挙句龍に食われそうになる。加えて全世界に女装を晒して公開羞恥プレイだ。しかもそんな女装野郎に日本政府は『君が必要だ』なんてのたまってやがる」

「………………」

 

 慎一は黙って、海苔緒の愚痴に耳を傾けている。

 海苔緒はそこまで口にすると、ポケットからある物を取り出した。

 

「それって、例の翻訳指輪?」

「ああ、改良型のな。今日コルドバル卿に渡された。ペトラルカ皇帝からの褒章ってことらしい」

 

 銀座事件で慎一たちを救った報酬として渡されたのは、改良型の翻訳指輪。最大の相違点は日本政府を通じてもたらされたハルケギニア特有の魔力結晶鉱石である風石が指輪に填まっていることだろう。

 原作では、エルダントのドワーフやエルフはエルダントの世界の大気に混じった魔力に依存しており、魔力が欠乏すると魔法が使用できず、最悪――死に至る。

 そして原作では地球には魔力が存在しておらず、地球側に魔力が流失して魔力の真空地帯が発生する大事件が起きた(幸いにも慎一の機転で次第は何とか収束する。詳しくは八巻参照)。

 けれどこの世界ではこの事件は発生しておらず、発生する兆候も全く見られない。

 かといって地球に魔力が潤沢に存在している訳ではなく、エルダントのドワーフやエルフが地球に行っても魔力欠乏症は起きないのだが、通常の条件では魔法は使えないといった状況らしい。

 なので原作同様、地球で魔法を使う場合は魔力を封入したガラス瓶を持ちこみ、それを使用することで一時的に魔法が使用可能となる……というのが今までの常識だったのだが、ハルケギニアより持ち込まれた精霊石(火石、水石、風石、土石)が状況を変えた。

 高濃度に圧縮された魔力結晶である精霊石を上手く応用すれば、魔力の存在が希薄な地球においてもエルダントやハルケギニアの魔法を簡易的に使用することが出来る。

 エルダントでのその応用試作品が、海苔緒に渡された翻訳指輪という訳だ。ハルケギニアの世界では従来型の指輪が問題なく使えるのだが、地球やゲートの向こう側の世界ではそうではないので、量産されれば大活躍するだろう。

 それにこの改良型翻訳指輪は地球への輸出品として大変なポテンシャルを秘めており、地球との正式な国交が開かれれば、外貨の獲得の目玉になると容易に想像出来る。

 そんな貴重品を海苔緒はペトラルカ皇帝から褒章として与えられたのだ。

 

「こちとら数ヶ月前までただのオタクのニートで引き篭りだったってのに、気付けば馬鹿みたいに重い責任や期待が背中に伸し掛かってきやがる。だから正直云うと無理してる」

 

 それが海苔緒の偽らざる本音であった。

 

「だったら僕が……」

「けどよ。慎一が心配しなくても大丈夫だ。日本政府に協力するのは俺自身の意思だ。別に強制されてのことじゃない」

 

 海苔緒は明日、的場に『日本政府への協力を受託する』という返事をするつもりだ。

 地球と三つの異世界は急速に交わりつつある。改良型の翻訳指輪やミュセルの寄せ鍋などエルダントにおいても既に影響が現れ始めている。おそらくハルケギニアにもだろう。

 それは勿論、良い面もあるのだろうが同時に悪い面も存在している。

 ――この屋敷に住むエルビアがバハイラムから仕入れた情報によると銀座事件から溯ること数ヶ月前、バハイラムの傀儡竜二体が突如として消失したらしい。目撃した兵士の証言によると『突然現れた巨大な門の中へと傀儡竜二体が飛び込み、門は溶けるように消えた』とのこと。

 海苔緒はその報せを聞いた時、ひどく嫌な想像が脳裏によぎった。『押すなよ、絶対に押すなよ!』的な最悪のネタ振りのような予感だ。

 既に海苔緒の知る展開からゲートの物語は乖離している。下手にゲートを壊すと危険な世界と繋がりかねないので穏便にゲートを閉じて、再度開門する手段を得るのが最善であろう。

 だが現状、原作通り上手くいくとも限らない。だから海苔緒は上手くことが運ぶよう、誘導する立ち回りをする必要があるのだ。

 日本政府は調査協力のため、現地であるアルヌスの丘へ行って貰いたいとの意向を示しているので海苔緒にとっては渡りに船。

 危険ではあるが、海苔緒の側には常に相棒であり友人でもあるアストルフォが居る。

 だから大丈夫であると……海苔緒は自身に云い聞かせた。

 

「それより俺は、お前の方が心配だぞ。危なかっしいし」

「え、僕……」

 

 慎一は自分より他人を優先しすぎて、危険な目に遭う傾向がある。アミュテックに就職して以降、慎一は何度も命を危険に晒していた。

 

「どこぞのエヴ●じゃねぇんだから。お前が死んでも代わりは居ねぇんだ。アミュテックの代表取締役が務まるのも、ミュセルの御主人様になれるのも、ペトラルカ皇帝と友達付き合いが出来るのも、世界でただ一人、加納慎一お前だけだ。死んだら誰も代わりにはなれねぇ。だから出来るだけ無茶はするな、慎一」

 

 ビールのせいか頬をほんのり赤く染め、海苔緒は慎一から視線を逸らしながら恥ずかしそうに告げた。日の浅い友人が口にするのは厚かましいとも思ったが、一言慎一に忠告したかったのである。

 ミュセルの慎一への依存度を見る限り、ネタではなくガチで後追いしそうである。ペトラルカ皇帝が荒れるもの確実だ。

 他にもたくさん影響が出る。それだけ慎一はエルダントの住人たちに愛されている。 故に、もし死ぬようなことがあれば誰もが悲しむ。海苔緒はそれが心配なのだ。

 しかし慎一はキョトンと目を丸めて、

 

「それは紫竹さんもでしょ。紫竹さんの方こそ危なっかしいし」

「はぁ? ……いや、お前みたいに誘拐も暗殺未遂もまだ経験してねぇよ。それに俺が死んでも悲しむ奴は居ねぇしな」

 

 チクリ――と、海苔緒の胸に己の母のことが刺さったが、すぐに頭の隅に追いやる。

 

(そう、誰も悲しむ奴なんて……) 

 

 そう海苔緒が思い掛けていると、慎一が珍しく強い語調で口を開く。

 

「そんなことない! 紫竹さんが死んだらアストルフォは絶対悲しむよッ!! ミュセルや美埜里さんだって、割れたお皿を直して貰ったシェリスやブルークも、アストルフォと仲良くなった光流君やエルビアだって。それに紫竹さんが死んだら僕が凄く悲しい。せっかく同じ趣味で語り合える友達になったんだ。だから『自分が死んでも誰も悲しまない』とかそんな悲しいことは云わないでほしい」

 

 いつになく真っ直ぐな瞳で、慎一は己の偽りない本心を告げた。作為のない所作だからこそ、やさぐれた人間ほど、その強い想いが響くもので……、

 海苔緒はそれを聞いて顔を真っ赤にし、慎一から顔をプイっと逸らした。

 

「は、恥ずかしい台詞……い、云ってんじゃねーよ!! そういう台詞は禁止だ! 禁止!!」

 

(うん……どこからどう見てもツンデレです。本当にありがとうございました)

 

 本当にアストルフォの云った通りだなぁ……と思う慎一。

 こうして海苔緒と慎一は友人として、時折くだらない話を交えながらも幾度となく言葉を交わし、エルダント最終日の夜は更けていくのであった。

 




いよいよ次回よりハルケギニア編。

徐々にですが、4つの世界は確実に交わっていきます。
その過程をじっくり書いていきたいと思いますので、楽しみにして頂ければ幸いです。

では、



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第二十一話「寂れた田舎とは何だったのか? または先生と呼ばせてください!!」

色々意見があるのは理解していますが、しばらくはハルケギニア編が続きます。
ご了承ください。


 海苔緒は神聖エルダント帝国から帰国してすぐに的場さん及びイトウさんと面会し、日本政府に協力する旨を伝えた。

 ただその引き換えとして己の母の庇護を条件に加えた。

 海苔緒自身のプライバシーの保護に関しても日本政府は便宜を図ってくれるそうだが、ツイ●ターやフェイスブ●クが普及した昨今の情報社会において情報の保護は絶対と云えない。

 まして海苔緒はアストルフォを連れて全国各地を旅行していた。

 アストルフォの容姿が原因で旅行中にいきなりカメラを向けられ、許可なく写真を取られたこともあるし、宿泊施設にて海苔緒は書類に個人情報を記入している。

 どこぞの常識のない人間が、そういった情報をネットにアップする可能性が全くないとは限らない。

 加えて既にネットでは海苔緒やアストルフォ、才人やルイズを考察するスレッドやまとめw●kiがいくつも作られている。……いつ正体が暴露されてもおかしくないのだ。

 海苔緒の母親が患っている心の病は重度のものであったが、最近ようやく落ち着いてきている。そんな母にマスコミがハイエナの如く群がれば一体どうなるのか……海苔緒は考えたくもなかった。

 

「母をよろしくお願いします」

 

 感情を押し殺した声と共に、海苔緒は的場さんとイトウさんに深く頭を下げる。

 すると的場さんはしっかり頷き、『任せてくれたまえ!』と胸を叩いてみせた。

 その素振りはどことなく頼りないように感じられたのだが、こちらが協力する限り海苔緒の母が誘拐されたり、マスコミの前に引き摺り出されたりはしないだろう。

 何故ならそれは海苔緒だけはなく、政府の不利益にも繋がるから。慎一の言葉を借りるなら――『信用はしても信頼は出来ない』といった所か。

 そんな海苔緒の的場さんへ向ける胡乱な目付きに気付いてか、イトウさんはどこか意味ありげに笑みを浮かべて、

 

「大丈夫よ。子供思い(・・・・)さんに護衛を頼んでいますから、安心してください」

「……は? 子供思いさん?」

 

 目を丸める海苔緒に対し、『大丈夫、とても優秀な人よ。子供思い過ぎるのと、女性に優しくし過ぎるのが玉に(きず)だけれど』とイトウさんは云い足した。ますます訳が分からない。

 ともかく心強い護衛が母に付いていることだけは理解出来た。マスコミや誘拐対策として、イトウさんは政府の息の掛かった病院へ母が移る手筈を整えてくれるそうだ。

 海苔緒は母に関する一切合財を任せる事をイトウさんに了承すると、再び的場さんが口を開いた。

 

「それで帰ってそうそうすまないのだけれど、紫竹君、アストルフォ君。今度はすぐにハルケギニアへ向かって欲しい」

「え、ハルケギニアに……ですか?」

 

 既に日本で事情聴取を受けていたハルケギニア組はド・オルニエールに戻ったと聞いていたが、何か問題でもおこったのか?

 また、もしくは……、

 

「まさか……今度はアンリエッタ女王陛下が俺とアストルフォを引見(地位の高い人が、人を呼び入れて対面すること)したいとか、云い出したんですか?」

 

 表情を露骨に引き攣らせる海苔緒に対し、的場さんは少し困ったように笑みを作った。

 

「いや、今度はそういう訳じゃないんだ。ただ色々と状況が動いてきたのと……ウエストウッドさんが、ね」

 

 的場さんの口調が躊躇いがちなる。海苔緒にも的場さんが困惑していることがすぐに伝わってくる。

 

「ウエストウッド? ティファニアさんがどうかしたんですか?」

「それがだね――」

「「はぁ!?」」

 

 的場さんが投下した爆弾に、海苔緒だけではなく隣で話を聞いていたアストルフォでさえ、仰天する。

 的場さんは構わず話を続けた。

 

「……そういう訳で先方も君たちに会いたがっている。行ってくれるかね?」

 

 海苔緒は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔を晒しながら、的場さんに向かってただただ頷くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 的場さんたちとの話を終えると、海苔緒とアストルフォは政府機関に護送され、自衛隊の某駐屯地に連れて行かれた。

 この基地にルイズが居て、世界扉でハルケギニアに連れて行ってくれるのか……と海苔緒は当初そう考えていたのだが、その予想は大いに裏切られた。

 

「な、なんだ……これ、鏡! いや門?」

 

 厳重に警備された格納庫へと連れて行かれたかと思えば……そこに置かれていたのは巨大な鏡。高さは二階建ての建築物に相当し、幅は道路二車線分といった所か。その鏡の側面には無線と誘導灯を装備した自衛官が立っており、鏡の周りを固めるようにして小銃で武装した自衛官が守りに就いている。

 おそらくは万が一にも銀座事件のような出来事が起こらないようするための対策であろう。

 

「……了解した。誘導する」 

 

 無線通信の後、側面に居た自衛官が鏡の正面に移動し、鏡から少し距離を置いて誘導灯を振る。すると巨大な鏡が光り輝き……向こう側から鏡を突き抜け、何と! 自衛隊の73式大型トラックが現れたのだ。

 

(――ッ!? まさかこいつ、虚無のマジックアイテムか?)

 

 原作においてもド・オルニエールの屋敷とトリステインの王城を繋ぐ虚無のマジックアイテム――鏡のゲートが登場していたが、どうやら格納庫に納められたこの巨大な鏡の門は似た仕組みで動作しているようだ。

 

「どうぞ、こちらです」

 

 自衛官に先導され、海苔緒とアストルフォは鏡の門を潜り抜けた。

 すると……その先は鉄骨で組まれた仮設の建物の中。先程の入り口の格納庫を縮小したかのような内装だ。自衛隊がこしらえたのだろう。

 内部は同じように武装した自衛官が警護に当たっており、開かれたシャッターの先にはド・オルニエールの領主である才人と、その妻――ルイズの姿があった。

 

「よっ! 久しぶりだな、海苔緒」

「おう、才人! 久し振りって……二週間と少ししか経ってねェだろうが」

 

 お互いに笑みを浮かべながら握手を交わす、才人と海苔緒。

 それを微笑ましく見守るルイズとアストルフォ。海苔緒は握手の後、ルイズにも会釈をした。

 

「ルイズさんも元気そうで何よりだ。それで才人……この鏡一体?」

「これか? 屋敷の地下に虚無のマジックアイテムがあるのは前に話しただろ。それで……」

 

 才人は事のあらましを掻い摘んで説明する。あの巨大な鏡の門は、才人の屋敷の地下にあった虚無の鏡をビダーシャル率いる蛮人共存派のエルフが解析し、生み出したものようだ。

 

「つまり、この馬鹿でかい鏡はルイズさんの虚無の力とエルフの技術を応用して作ったわけか。しかし良くエルフが協力してくれたな」

「いや、最初はビダーシャルも渋ったんだよ。『私に悪魔(シャイターン)の門を作れと云うのか』って。けど、銀座事件のことを詳しく説明したのと、本国の情勢が変化したとかなんとかで最終的には協力してくれてな」

悪魔(シャイターン)の門?」

 

 海苔緒はその単語を聞き逃さなかった。

 それは竜の巣近海に存在するというゲートのことで、エルフ達はソレを封印し、数千年に渡り守り続けてきた。ハルケギニアの人々が信じるブリミル教の聖地奪還とは――つまるところ悪魔(シャイターン)の門の奪取が最終目的の筈なのだが……。

 

「ああ、何でもその門が消滅したらしい。銀座事件とほぼ同じタイミングで」

「はぁぁぁ? 門が消滅した!?」

 

 思わず、素っ頓狂な声を上げる海苔緒。

 才人は海苔緒のリアクションに驚きつつも、説明を続ける。

 

「すまん、俺も詳しくは聞いてなくてな。……とにかくビダーシャルたち共存派は色々考えた末に俺たちの世界――つまりは地球と国交を結ぶのを決意して、虚無の鏡のゲートの複製に協力してくれたらしい」

「そ、……そうか?」

 

(一体何がどうなってやがる!?)

 

 可能ならばネフテス国の評議会の議員を務めるエルフ、ビダーシャルに接触して話を聞いた方がいいかもしれない。それに元々、竜の巣近海にアレ(・・)が存在するかどうか確かめる必要もあったし。

 そこまで考えると海苔緒は頭を切り替え、今回のハルケギニア訪問の一番の目的である事項について訪ねた。

 

「ティファニアさんと例の人物(・・・・)はどこに?」

 

 海苔緒の問いにルイズが答える。

 

「あっ、それならティファニアと一緒に屋敷で待ってるわ」

 

 それを聞いて、海苔緒の緊張が強くなった。動悸が激しくなる。海苔緒の中で未だ例の人物に会う心の準備は完全に出来ていなかった。

 

「……という訳で俺の屋敷に案内するから、ついて来てくれ!」

「ああ、頼む。しばらく厄介になるぜ」

 

 こうして海苔緒とアストルフォはド・オルニエールの地に足を踏み入れた……のだが。

 

「おい、才人。これは一体全体どういうことだ?」

 

 いい加減、驚くのにも飽きてきたぞ……と、海苔緒は内心にて思う。

 才人から聞かされていたド・オルニエールという土地は30アルバン(約十キロ四方)の面積があり、ワインの生産が盛んで全盛期には年に1万2000エキュー(金貨1万2000枚)の収入を誇った。

 けれど、才人の前任の領主が亡くなってからは活気を失い、若者は他の街へと移り、今は老人ばかりが数十名残るだけで年収も六分の一の2000エキューまで落ち込んしまった。

 しかしそれでも領民は気持ちのいい人たちばかりで、長閑な雰囲気に包まれたこの土地は休息(バカンス)を取るには絶好の場所であり、何と天然温泉も楽しめる――そんな自慢話を才人から聞いていたのだ。

 

 聞いていたのだが……、

 

 話の中に出ていた雑草が生えた荒涼とした更地は殆ど存在せず、ゴーレムやら自衛隊の重機やらで整地された土地に次々と新しい建物が急ピッチで建造されている。それに大まかな道は石畳とコンクリートで既に整えられていた。

 架設された幾つかの建物には、どこからやって来たのか分からない大量の商人たちが列をなし、領民らしき売り子数名がひっきりなしに商品を取引している。その中にはエルフすら混じっていた。

 そんな中、建設の手伝いや、取引所の警護に当たっているのは無数の年若いメイジたち。あのマントと胸の紋章はおそらく才人が副隊長を務める水精霊(オンディーヌ)騎士隊だ。

 本当に何が一体全体どうしてこうなっているのか?

 

「実はだな……」

 

 屋敷までの道案内を最中、才人とルイズが嬉しいような、困ったような……そんな表情を浮かべて事態の原因を語ってくれた。

 この春、晴れて地球に帰還した才人だが、当然ながら自分の故郷をハルケギニアの皆に紹介したいと思った。

 ルイズだけではなく、約束していた恩師であるコルベール先生や、日本人を曾祖父に持つシエスタも当然だが、それだけではなく親しい友人たちを(加えて強い要望を受けルクシャナやビダーシャルなどの一部のエルフも)交代で地球に招いたのである。

 日本政府としては堪ったものではなかっただろう(特に検疫とか、検疫とか。後日の調査で問題なしと判明したが、銀座事件を含め関係各省庁は気が気でなかった)。

 軍資金に関しては才人の父の友人に貿易商を営む人物が居て、そのツテを頼ったそうだ(また、それらの人物に関しても日本政府は、才人と同じく不問に処すことを決めている)。

 となれば、日本から土産を持って帰ってきたハルケギニアの人々(主に才人の友人や水精霊(オンディーヌ)騎士隊の隊員)は友人や家族に自慢をするのは当然のことで……。

 トリステイン魔法学院を中心に噂は爆発的に広まった。

 

『エンシェントドラゴンを倒したトリステイン救国の英雄の故郷が、始祖の巫女(ルイズのこと)の魔法でトリステインと繋がった』

『その国はハルケギニアにはない素晴らしい工芸品やお菓子や果物、その他見たことも来たこともない素敵な物で溢れているらしい』

『その場所は東の世界(ロバ・アル・カリイエ)にあるとか、ないとか」

 

 全てが正確に伝わったわけではないが、ともかくとして噂は広がり膨れ、他の魔法学園の生徒や噂を聞いた貴族の御用商人たちが才人とルイズの元を訪れ、日本に連れて行ってほしいと大挙して頼み込んできた。(そんな才人の人気を快く思わず、灰色卿と呼ばれるとある貴族を中心としたグループが才人暗殺を計画したが、アンリエッタが日本から仕入れた盗聴……マジカル☆アイテムを駆使した諜報戦略と、タバサの紹介で雇った元素の兄弟の活躍により灰色卿等は適切な処置(・・・・・)を受ける事となる)。

 

 ――閑話休題(それはさておき)

 

 才人たちは御忍びで日本を案内して訳だから、そんな大量の人間を連れていけるわけもなく……今までは日本の品が欲しくても手に入らない。買いたくても買えない。そんな人物が沢山存在したのだ。

 彼等は来る日も来る日も、才人やルイズもしくはその友人から仕入れた精巧な日本のカタログを片手に、指を加える日々を過ごすこととなる。

 だが銀座事件の影響により急遽日本はハルケギニア(まず先んじてトリステイン)と国交を結ぶこととなり、その報せはアンリエッタの演説を通じて国民にも布告された。

 これはチャンス――と、彼等は日本政府関係者が訪れていたド・オルニエールに再びやってきた……交渉し、日本の品物を誰よりも早く手に入れるために。

 この申し入れに対し、日本政府は色々な下心込みで了承した。好印象も持って貰えれば、交渉もより円滑に進められるだろうと考えたからだ。

 

 ……だが日本政府は甘く見ていた。貴族の見栄というものを。

 

 油に火を点けるかの如く、気が付けば――日本の品の購買を希望する人はトリステイン王国の人だけではなく、国境を越えてクルデンホルフ大公国、帝政ゲルマニア、ガリア王国、果てはロマリア連合皇国にまで広がった。

 最初は日本政府の意向で日本から仕入れた品をド・オルニエールの領民である老人たちが交代で売っていたそうだが、ついに処理しきれなくなり……街へ移住したかつて若者たちが家族を引き連れて戻り、売り子を引き受けてくれたそうだ。嬉しい悲鳴というやつだろう。

 そうなると犯罪を働こうとする輩も現れてくるわけで、水精霊(オンディーヌ)騎士隊が治安維持のために交代で警護をしに来ているそうだ。

 ちなみに領民に混じって商売をしているエルフたちはルクシャナというビダーシャルの姪を中心としたグループで、騒動の前からド・オルニエール滞在していた彼女たちは独自に己の国から商品を仕入れ、便乗して商売を始めたらしい。

 こんな具合でド・オルニエールは僅か数日足らずで、こんなカオスな状況に陥ったそうだ。

 

 

(まるでアルヌスの丘状態だな)

 

 海苔緒の認識ではそうだが、アルヌスの丘がそんな状態になるのはまだ数ヶ月後のことであり、日本の関係者たちは(のち)にアルヌスの丘を見て『まるでド・オルニエールのようだ』と呟くこととなる。……しかしそれは本当にまだまだ先の出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――着いたぞ、ここは俺たちの屋敷だ」

 

 屋敷は想像していた通りの巨大な屋敷だった。まぁ貴族の感覚では少しこじんまりしているかもしれないが、海苔緒の感覚からすれば文句なしに豪邸である。

 二階建ての立派な石造りで、庭には馬小屋も備え付けられている。そして仮設の電線が屋敷の屋根を伝っていた(自衛隊が持ち込んだ発電装置に繋がっているとのこと)。

 扇状に広がる玄関前の階段を上りると、才人が重い(かし)の扉を開き、広々とし玄関ホールがあらわになる。

 そこから海苔緒とアストルフォは一階左手の応接間兼書斎へと通された(ちなみに右手は厨房と食堂で、最大で二十人程度は同時に食事が可能)。

 

「この部屋だ」

 

 才人はコンコンと応接間兼書斎の扉を叩いた。

 

「海苔緒とアストルフォを連れて来た」

 

 すると応じるように「「どうぞ」」という二人の人間の声が中から聞こえてきた。

 一人はティフアニア、それてもう一人は穏やかな年若い青年の声。

 

「し、失礼します」

 

 ガチガチに緊張した海苔緒はアストルフォを伴い、扉を開いて中に入る。

 応接間の対面式のソファの片側に並んで座っていたのは、当然ながらティファニアと穏やかな雰囲気を纏いながらも強い存在感を放つ長髪の青年。

 優しく涼しげな表情をしているが青年は優男などでは断じてなく、全身を覆う筋肉は無駄が極限まで絞られており、人間の限界を遥かに超越した域まで鍛え上げられている。

 その全て包み込むような気配は例えるならば……清く広大な森。

 雰囲気に圧倒されながらも海苔緒は対面したソファに座り、青年に自己紹介した。

 

「は、始めまして。マスターの……し、し、紫竹海苔緒れすッ!」

 

 雰囲気に完全に呑まれ、海苔緒は舌を噛んだ。そんな海苔緒を見て、アストルフォはクスリと笑ってみせ、

 

「ボクはノリのサーヴァントで、クラスはライダー、名前はアストルフォ。よろしくね! えっと君は確か……」

 

 何だったけ……、というか誰だっけ……、とアストルフォが小首を傾げていると、青年も少しおかしそうに笑ってみせてから自己紹介をした。

 

「私はティファニアさんの使い魔(サーヴァント)で、クラスはアーチャー。――我が真名はケイローン(・・・・・)と申します。お二人とも、どうぞよろしく」

 

(本当に、どうしてこうなった?)

 

 もう本当に何がどうなっているのか? 知識を持つ筈の海苔緒にも分からなくなってきていた。

 




ハルケギニア編に書くにあたり、何度もアニメを見直し、原作を読み直し、原作外伝を読み直しました。
分かったのは……ただただヤマグチノボル先生が偉大であった事実ばかりで、本当に胸が痛くなるばかりです。

本当に……ノボル先生が書いたゼロ魔の原作ラストが読みたかった。

では、


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第二十二話「混沌たる交錯者たち。またはそれなりの考察」

取りあえず、日曜投稿出来なかった分を投稿。


 才人とルイズの立会の元……海苔緒&アストルフォ組とティファニア&ケイローン組の会談は始まった。

 部屋に入る直前まで少々の警戒をしていたアストルフォも、ケイローンを直接目の当たりにして腰の剣に回していた手を収めている。敵意の有無は、理性が蒸発しているが故に直感的に判断したらしい。

 海苔緒も事前知識があったため、ケイローンの雰囲気を間近で確かめてからは多少緊張が和らいだ。

 加えてだが、ケイローンと本気で相対することになれば、海苔緒とアストルフォでは敵わないだろう。……海苔緒の目に映るケイローンのステータスは、出鱈目なことにアポクリファ本編とほぼ遜色はないのだ。

 才人のメイドであるシエスタが気を利かせ、途中全員分のお茶を入れてくれた。緊張でカラカラになった喉を潤してから海苔緒はティファニアたちに言葉を投げ掛ける。

 

「つまりサモン・サーヴァントの呪文を唱えたわけではない、と」

 

 サモン・サーヴァントとはハルケギニアに伝わるコモン・マジックで、メイジのパートナーとなる者(大概は動物か幻獣)を召喚する呪文である。

 例えばティファニアがサモン・サーヴァントを唱えたとしたら『我が名は【ティファニア】。五つの力を司るペンタゴン。我の運命(さだめ)に従いし、"使い魔"を召還せよ』という詠唱になる。

 『我が運命』とだけ聞くと何だか某ゲームのような感じもするが……、唱えていないなら今回の件には関係ないのだろう。

 サモン・サーヴァントでの召喚ではないので成功するかは分からないが、コントラクト・サーヴァントも済ませていないそうだ。リーヴスラシルになること自体が危険であるので、現状維持が一番好ましいのだろう。

 海苔緒の言葉にティファニアは頷いて見せた。

 

「はい、急に手の甲が熱くなるのを感じて……気付いたら、目の前にケイローンさんが居たんです」

 

 手に浮かんだ令呪を見せながらティファニアが不安そうに視線を泳がせると、視線の先に居たケイローンが穏やかな笑みを浮かべて応じる。

 

「私からも、よろしいでしょうか」

 

 説明の許可を求めたケイローンに、海苔緒はすぐさま『お、お願いします!』と返答した。

 

「では、私もそこに居るライダー……いえ、彼――アストルフォと同じく、当初は聖杯戦争に応じて召喚されたつもりでした」

 

 ケイローンの言葉に海苔緒は固唾を呑んだ。

 アストルフォは飄々とした様子で『あっ! ボクと同じだ!!』と嬉しそうに声を上げる。

 

「座より切り離され、七騎の英霊(サーヴァント)という枠に当てはめられる段階にて、私たちは召喚される時代や場所に関する知識を聖杯から取得するのですが、入手出来た断片的な情報から察するに、当初の召喚予定地は現代ヨーロッパの……おそらくルーマニアだったと思います。ですが現世への降臨の間際、横から引っ張られるのを感じたかと思うと……気付けばこの世界、ハルケギニア――つまりはティファニアさんの目の前に召喚されていました」

「現代の……ルーマニアですか」

 

 海苔緒は『それってもしかしてトゥリファスですかね?』という言葉が喉から出かかったが、何とか飲み込んだ。

 そして相棒であるアストルフォに『お前も(当初の召喚場所は)そうだったのか?』と尋ねたが、当人のアストルフォは『う~んと、ねぇ…………ごめん! 覚えてないや!』と茶目っ気のある笑みで返された。

 海苔緒も八割方期待していなかったので『そうか』とだけ口に出す。

 しかしながら……、

 

(現代のルーマニア――いや、多分俺たちの住んでる世界のルーマニアじゃねぇな。並行世界って奴か。マジでアポクリファだったら……本来のマスターだったフィオレの召喚はどうなったんだ?)

 

 アポクリファにおいてフィオレは、ヘラクレスがケイローンを射たヒュドラの毒矢を触媒にしていた。ならば呼べる対象はヘラクレスとケイローンに絞られる。ケイローンを召喚出来なかったということは、フィオレは代わりにヘラクレスをアーチャーで召喚したのか?

 そこまで考え――仮令どれだけ考えを重ねようと結局は仮定に過ぎないと気付き、海苔緒は思考を区切った。

 するとアストルフォが『はい、はい、はーい! 質問、質問!』とケイローンに対して元気よく手を挙げた。まるで小学生のような勢い。

 ケイローンは対照的に、教師のように至極落ち着いた仕草で『どうぞ』とアストルフォに発言を促す。

 

「君がケイローンだって云うなら、どうして人間の姿をしているんだい? 伝説の通りなら君はケンタウロスで、その下半身は馬の筈だろ。でも、どうにも今の君は普通の人間の姿に見える」

「その通りです。本来であれば私は人ならざる姿で召喚されていなければならない。しかしあの姿で弓を使うとなれば、我が真名は直ぐに看破されてしまうでしょう。ですから人の姿を借りて現界したのです。……尤も肝心な聖杯戦争はなかった訳ですが」

 

 ケイローンは苦笑めいた表情を浮かべている。どうやら人の姿をしているのは原作同様の理由のようだ。

 海苔緒もアストルフォに続き、ケイローンへと質問をした。

 

「自分からも一ついいですか」

「何でしょう?」

「あの……魔力供給は大丈夫なんですか?」

 

 サーヴァントの現界維持で一番のネックになるのが、サーヴァントへの魔力の供給だ。聖杯の補助がなければ、マスターに掛かる負担は相当である。

 海苔緒は転生特典(チート)という出鱈目でこの問題を解決しているが、ティファニアはそういう訳にはいかない筈。

 しかし返ってきた答えは意外なものだった。

 

「魔力の供給に問題はありません。この世界は私の生きた時代と比べても大気中のマナが驚くほどに濃い。マスターであるティファニアさんは、極めて効率的に大気のマナを収束し、取り込むことが出来るため、私への魔力供給は潤沢です。加えてマスタ―が体内に貯蔵している魔力量も規格外と思えるほどに膨大であるが故、数日であるならば、マスターの保持魔力だけで我が身の現界も可能でしょう」

「そ、そうですか。……ありがとうございます」

 

 海苔緒は絶句しかけた。しかしよくよく考えてみれば、ティファニアは虚無の使い手であり、同時にハーフエルフでもある。

 同時にハルケギニアの大気中のマナ(四元素のこと)は、自然に結晶化して鉱石となるほど豊富である。ハルケギニアのエルフはマナを人為的に収束し、精霊石を製造出来る事を鑑みれば……大気中に無尽蔵に存在する大源(マナ)を取り込み、サーヴァントに供給出来ても不思議ではない。

 態々大枚をはたいて宝石を買い、自分の魔力をコツコツ注入している某赤い悪魔さんが聞いたら色んな意味で激怒不可避間違いなし!!

 それに虚無の担い手であるティファニアはルイズのように強力な虚無魔法を過去に使用していないため、小源(オド)として体に貯蔵されている魔力量も相当な筈だ。

 故にティファニアはケイローンを実体化の状態で維持出来ている――そう考えるのが妥当だろう。

 アポクリファにて正規マスターだったフィオレは、弟のカウレスに石油コンビナートと例えられていたが(ちなみにカウレス自身は自分の魔力保持量を石油のポリタンクに例えて自虐している)、ティファニアはさしずめ原子力発電所といった所か。

 だが同じく大気中のマナが濃いエルダントの世界は問題ないにしても、地球やゲートのある世界は大気中のマナが薄いため、それらの世界にケイローンが長期滞在する際は何か対策が必要と思われる。

 海苔緒はここで再度、ケイローンに意思確認を取った。

 

「現状、アストルフォと敵対するつもりはない――ってことで、いいですよね?」

 

 海苔緒の額を冷や汗が伝った。的場さんから交戦の意思がないことはよく聞かされていたし、ティファニアやケイローン自身の気質から考えても在り得ない。

 しかし何事も例外はある……特に型月世界においては尚の事。

 もしも戦うことになれば、遠距離は弓で封殺され近距離ならば世界最古の総合格闘技【パンクラチオン(全ての力)】で封殺される。

 正直海苔緒には勝つヴィジョンが浮かんでこない。

 けれどはっきり云って、海苔緒の懸念は全く杞憂に過ぎなかった。

 

「はい、それは勿論。聖杯がないのであれば、争う意味はありません。現在日本にて起きている事態についても既に聞き及んでいます。此度(こたび)の不可解な召喚も何か意味があっての事でしょう。どれだけ力になれるかは分かりませんが、我が身を尽くして協力させていただきます」

「ボクの方こそ、よろしくね!」

 

 差し出されたケイローンの手を、アストルフォは握り返す。これにて協力関係は成立した。

 海苔緒も完全に緊張を解いて胸をほっと撫で下した後、アストルフォに続いて、ケイローンと握手する。樫のように固い手であったが、同時に不思議とその手に宿る暖かさは全てを優しく覆う包容力を兼ね備えているように、海苔緒は感じた。

 

「取り敢えずは、情報交換を続けましょう」

「ええ、此方も色々と伺いたいことがいくつかあります」

 

 海苔緒の意見に、勿論ケイローンも賛同した。

 何度目かのお茶のおかわりで喉を潤しつつ、会談は続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……情報交換が続き、ついに話題は某ゲーム(・・・・)のことに移った。ケイローンも某ゲームに関しては日本政府から資料を貰っていたらしく、既に大方把握している様子である。

 

「あれだけでは正直何とも云えないのですが……けれどおそらく、あの物語(・・・・)に出てくるバーサーカーは私の良く知る彼なのでしょう。そしてキャスターもまた……」

 

 沈痛な面持ちでケイローンは呟いた。某ゲーム――否、あの物語に出てくるバーサーカーとは、ケイローンの弟子であるギリシャの大英雄ヘラクレスのことである。

 加えてあの物語のキャスターの真名はコルキスの王女メディアである。ケイローン自身は彼女と面識がないものの、ケイローンの弟子であるイアソンはアルゴー号の冒険にてメディアを籠絡し、自らの企みに加担させている。

 その後、メディアはイアソンに捨てられ……イアソン自身も放浪の末に悲惨な終わりを迎えたと伝承では語られている。

 ケイローンの誰かを悼むような面持ちは、自らと同じくヒュドラの毒に苦しみ死んだ弟子ヘラクレスに対するものか? それとも同じく自分の弟子であったイアソンの零落の最期を想ってのことか? または巻き込まれたメディアに同情を抱いてのことか? ……あるいはその全てかもしれない。

 けれどその心中を知っているのは、ケイローン自身のみである。少なくとも海苔緒には推測は出来ても、本当は何を思っているのかまでは分からない。

 

 

「……でもそれって、おかしくないかしら?」

 

 立ち合い人として今まで黙っていたルイズが口を挟んだ。

 

「そこのアストルフォもだけど、貴方たちは才人の世界の物語に出てくる登場人物なんでしょ? こっちの基準に例えるなら『イーヴァルディの勇者』が召喚させるようなものだわ」

「イーヴァルディの勇者?」

 

 アストルフォのその言葉に首を傾げた。海苔緒はおぼろげであるがその名に聞き覚えがある。

 

「才人、『イーヴァルディの勇者』ってのは、ハルケギニアの御伽話だよな?」

「ああ、タバサの愛読書だ。歴代のガンダールヴの活躍が元になってるみたいなんだが、色々脚色され過ぎてて……元になった人物が本当に居たかどうかは曖昧らしい」

 

 海苔緒の疑問に才人はすぐさま答えた。

 

 『イーヴァルディの勇者』とは、ハルケギニアに伝わる英雄譚の中で最もポピュラーとされる物語である。

 タバサが幼い頃、母が聞かせてくれた物語の多くが、『イーヴァルディの勇者』の関するもので、この影響でタバサはガンダールヴである才人とイーヴァルディの勇者を重ね、恋心を抱く切っ掛けを作った。

 そしてハルケギニアを救った才人はタバサのみならず、最近ではトリステイン国内でもイーヴァルディの勇者と同一視されることがよくあるらしく、『イーヴァルディの勇者の再来』と呼ばれ、未だ人気は右肩上がりだそうだ。

 ルイズは続けて疑問を投げる。

 

「それに才人の世界には魔法はないし、亜人たちやエルフやドラゴンみたいな動物も居ないんでしょ? でも、アストルフォやケイローンの居た世界にはハルケギニアと同じくそれ等が存在している。同じ地球筈なのに、矛盾しているのは一体どういうことかしら?」

 

 

 ややこしい話だ、と海苔緒は思った。まるで絡まった糸のように情報が錯綜している。メタメタな状況だ。

 簡潔に整理するならば――、

 アストルフォやケイローンの元々居た世界は、某ゲームの舞台となっている架空の筈の世界であり、加えてアストルフォやケイローンは、その架空の世界においても人の信仰が生み出した非実在の英霊の可能性がある(しかしどちらも召喚の触媒は本人に直接所縁がある品なので、一概にそうとは云いきれない)。

 そして現在、三つの異世界と繋がった地球も……海苔緒の主観から見れば、ゲート、エルダント、ハルケギニアを筆頭として、架空であった筈のモノで溢れている。

 真偽を完全に確かめる術は、神ならぬ身の海苔緒は当然持ち合わせていない。

 

(駄目だ……考えれば、考えるほど頭が痛くなってきやがる)

 

 頭も抱える海苔緒だが、才人は特に悩む様子もなく己の認識を語った。

 

「ルイズも、海苔緒も、そう難しく考える必要はないんじゃないか。俺もルイズに召喚される前は魔法とか、エルフとか、亜人とか、全部そういうのは空想の産物だと思ったし。地球とハルケギニアみたいに、実は案外見えない所で色んな世界同士が繋がっているのかもな」

「才人殿の云う通りですね。虚無の使い魔であるガンダールヴ、ヴィンダールヴ、ミョズニトニルン、リーヴスラシルの名は北欧神話の『巫女の予言』にも記されています。私たちの気付かない所で、既に影響を及ぼしあっていたのでしょう」

 

 才人の台詞を、ケイローンが補足した。さすが大賢者だけあって既に現世の知識を収集し、活用しているようだ。

 海苔緒たちが会談している応接間は書斎を兼ねているのだが、ハルケギニアの本だけではなく日本の書籍も大量に並んでいる。

 才人が持ち込んだ本も無論あるのだが、大半はタバサが日本で信じられない量の古本を買いあさり、ガリアに持ち帰れない分をこの屋敷にストックしているらしい。

 大半は地球の歴史に関するものや、様々な専門の知識書が多く、中には娯楽小説なども存在している。

 聞く所によると、才人の恩師であるコルベール先生やビダーシャルの姪であり、学者でもあるルクシャナも、それ等の本をかなりの頻度で借りていくそうだ。

 ケイローンもそこから知識で仕入れているだろうことは、海苔緒にも簡単に想像出来た。

 

「そうね、確かにそうかもしれないわ」

 

 ルイズは才人のケイローンの言葉を聞いて、一応は納得したようだ。

 海苔緒も、『あまり深く考えてもしょうがねぇな』と一度思考をリセットする。

 

「しかし、よくよく考えてみると海苔緒も大概にファンタジーだな。その見た目で二十歳つーのはさ……」

 

 才人の一言で皆の視線が海苔緒に集まる。海苔緒の服装は極めて男性的でラフな格好なのだが、中学生の少女と見紛う麗しい容姿に、ポニーテールで縛られた長い銀髪。伊達眼鏡が辛うじて地味さを演出しているのだが、それでも周りの注目を集めるような見た目である。

 そして初見に人間はおよそ九割が海苔緒の性別を誤解するのはまず間違いない。

 海苔緒は反論出来ず、『――うっ!』と唸った。

 ルイズもぼそりと『なんか女として色々負けている気がするわ』と呟き。

 ケイローンとティファニアの主従は揃って何やら曖昧な笑みを浮かべている。加えてケイローンはその脳裏にて、弟子の一人であったとある少年のことを思い出していたのだが、海苔緒は知る由もない。

 アストルフォに至っては……、

 

「大丈夫、大丈夫! ノリは可愛いんだから、ボクみたいに自分にもっと自信を持てばいいのさッ!!」

 

 そう云って、バンバン! と海苔緒の背中を叩くアストルフォ。全くフォローにはなっていない。

 このまま何も云い返さないのは癪だと思えてきて、海苔緒は才人に一つ云い返すことにした。

 

「それを云ったら才人も大概だろ。異世界に飛ばされ、英雄譚の主人公みたいな活躍をしたかと思ったら。アンリエッタ女王陛下から爵位と領地まで貰って。仕舞いにはこんな美人の嫁さんと結婚までしてやがる。おめぇの方こそファンタジーだろ」

「おっ! 確かに云われてみれば。それでルイズと結婚出来たんだから、ファンタジー万々歳だ!!」

 

 海苔緒の指摘に、才人は開き直った様子で幸せそうな笑みを浮かべる。

 隣の座るルイズが顔を真っ赤にして、『び、美人のお嫁さん。わ、わ、私が!? ……と、当然よ!! 何、あ、あ、当り前のこと云ってるのッ!!』と大声を出した。照れ隠しなのは明白であった。

 こうして適度に話の腰を折りながらも、海苔緒たちは数時間に渡り会談を続けていった。

 




気付けば後一か月で年末、道理で仕事が忙しくなっていく訳だと、今更ながら気づきました。
本当に年を経るごとに月日の感覚が鈍くなっていく……ORZ
ですが本小説の更新は何とかペースを保って続けたいと思います。

では、


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第二十三話「カレーなる食卓。もしくはシナリオは一つじゃない」

今回は少し短いです。申し訳ありません。

後、PSVITA版のホロウ買いました! アニメ化を期待してもいいですよねufoさん!!

それと八命陣の続編、ウレシイヤッター!!


 一先(ひとま)ず、会談を終え――海苔緒たちは小休止を挟んで夕食を頂くこととなった。勿論才人の屋敷で、だ。

 オンディーヌ騎士隊とその後援会である女子援護団(こちらはトリステイン魔法学院の女子学生の集まり)のメンバーは、『魅惑の妖精』亭、ド・オルニエール支店で連日飲み会をしているそうだ。経営者は才人の恩師の一人であるスカロン。

 急激な領地発展に伴い宿屋や飲食店が不足するのは目に見えていたので、才人とルイズは知人であり年長者でもあるスカロンに、出店店舗の仲介を依頼していたらしい。

 スカロン氏は、見た目マッチョのオカマ口調の男性で少々(?)変わった人物ではあるが、長年の経営で培った観察眼は超一流であり、平民を装いっていたルイズを初見で貴族と見抜いている。

 スカロンは才人とルイズの要請を快く引き受け、信をおける知人たちに声を掛けてくれただけでなく……自らもド・オルニエールに支店を構えてくれたそうだ。

 オンディーヌ騎士隊や今をときめく『現代に甦ったイーヴァルディの勇者』才人の懇意にしている店とあって、ド・オルニエール支店は大盛況。

 けれど、才人から云わせれば、『俺の名前のお蔭じゃなくて、スカロン店長の手腕が良いから』とのこと。

 ……まぁ、それはそれとしておこう。『魅惑の妖精』亭にてマリコルヌが正式な恋人となったブリジッタ(悪酔い)に、『なんで生きているのかしら、このブタ』『女装が趣味とか本気で気持ち悪いのですけれど』等と現在進行形で言葉攻めを受けており、恍惚のあまりマリコルヌは過呼吸に陥りながら『生まれてごめん』『ブタごめん』『女装すいません』と地面這いつくばって謝り続けていたが、現在の海苔緒たちには全く関係ない話なので割愛させてもらう。

 なので、夕食のメンバーは昼の会談時から変わっていない。そして今日の屋敷の夕食はカレーであった。

 

「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今宵もささやかな糧を与えたもうたことを感謝いたします」

 

 ルイズの食前の祈り声が、広い食堂に響いた。日本人で云う所の『いただきます』である。建前上は始祖ブリミルと女王陛下に感謝を捧げているが、現在のルイズは昔ほど両者を崇拝していない。

 始祖ブリミルのせいで何度も厄介ごとに巻き込まれるわ、親友でもあるアンリエッタ女王陛下には才人を寝取られそうになるわ、でルイズの価値観は劇的に変化したのだ。

 それに加えて、才人という新たな心の拠り所を得たことも大きい。

 海苔緒も才人と共に手を合わせた。

 

「「頂きます」」

 

 カレーはライスが添えられたタイプで、カレーソース自体はとろみのないスープ状。どうやら本格的なチキンカレーらしい。

 海苔緒は銀のスプーンでカレーを掬い、口に入れた。

 

「――うまいな」

 

 

 カレーを飲み込むと、海苔緒の口から素直な感想が零れた。

 海苔緒はテレビのカレー特集に影響されたアストルフォに引っ張られ、三週間ほどかけて県内のカレー有名店巡りをしたことがある。その甲斐あってか、カレーには少々五月蝿くなったのだが、このチキンカレーはそれ等の有名店に引けを取らない味をしているように思えた。

 アストルフォも同様に感心した様子で、幸せそうに舌鼓を打っている。

 

 

「おいしいね! こんなおいしいカレーを食べたのは久し振りだなぁ。ケイローンはどう?」

 

 貴族のルイズと同じくらい優雅な動作で、カレーを食していたケイローン。アストルフォに意見を求められたのに合わせ、製作者であるシエスタの期待の視線に気付き、一旦匙を休めて、

 

「ええ、とても美味しいです。様々な香辛料をふんだんに使用することで、刺激のある味が何層にも重なり合い、重厚なハーモニーを奏でいる。斯様(かよう)に贅沢な料理を口にすることが出来て、我が身は本当に幸せです」

 

 アストルフォやケイローンの言葉に、シエスタは胸を張って得意げな笑みを浮かべる。ルイズもケイローンに同意するように頷いた。

 

「ハルケギニアの材料で同じ物を作ろうとするなら、ちょっと高くつくものね。そう考えると、確かに贅沢な料理だわ」

 

 ちなみに公爵令嬢であるルイズの『ちょっと高くつく』という表現は、一般的な感覚からすれば途方もない額である。各地から香辛料を輸送するのに莫大なコストが掛かるためだ。

 ハルケギニアでは飛行する船舶が存在するが、その維持に大量の風石を必要とするのと、その推進の原理が帆船と変わらないため速度が遅い。

 よって、未だハルケギニアでは劇的な流通の革命が起きていないのだった。

 海苔緒はカレーの味を二度三度確かめると、ある事実に気が付く。

 

(こりゃ、もしかしてベースは地球(こっち)の市販品か!? しかしこの味の深みは……)

 

 海苔緒は気になってシエスタに尋ねた。

 

「シエスタさん、このカレースープ……市販の物を利用して作ったのか?」

「あら、よく分かりましたね。実はこのレシピ、オオサワさんとミカドさまに教わったものなのです」

「え? オオサワ? ミカド?」

 

 聞き慣れない名前に海苔緒は驚いたように目を丸めた。するとすぐさま才人が説明に入った。

 

「ああ、そういえば海苔緒たちには話してなかったな。実は…………」

 

 才人の説明をさらに簡潔するなら、大沢(おおさわ)(こう)なる人物は、日本から派遣されたフランス料理を専門とするシェフ。そして御門(みかど)千早(ちはや)は大沢シェフのサポートをしている日本の外交官。

 海苔緒はその名前に、どこか引っ掛かりを覚えた。

 大沢シェフが派遣されたのは、日本主催の晩餐会を催すためとのこと。

トリステインが伝統と格式を重んじているのを聞いた日本政府は、馴染みのない日本食を出すよりもトリステインの料理に近いフランス料理を出した方が良いと判断。

 日本のNKホテル出身であり、ベトナムにて大使館の公邸料理人を四年ほど勤め、何とフランスのエリゼ宮で行われた国際会議でもメインシェフとして腕を振るった著名なシェフらしい。

 大沢シェフをベトナム大使館に雇い、『料理外交』を繰り広げた倉木大使は現代の『タレーラン』に例えられたことから、大沢シェフはさながら『カレーム』のようだと称賛されることすらあるそうだ。

 

「現代のタレーランとカレームかぁ……、そりゃ相当なシェフだな」

「やっぱりそうなの? ハルケギニアの上流階級の味の好みを知りたいって頼まれて、幾つか料理を食べたけど、どれも凄くおいしかったわ。もしかしたらウチの実家のシェフより料理が上手いかも。それにタレーランと、カレーム? 一体誰なのよ、それ?」

 

 トリステイン公爵家専属料理人に勝るとも劣らぬ腕だったと、ルイズは大沢シャフに賛辞を送った。加えてタレーランとカレームの名に疑問を持ったようである。

 海苔緒は特に考えることもなく素直に答えることにした。

 

「俺も本で聞きかじった程度知識だが、タレーランとカレームってのは……」

 

 名門貴族の出であり、近代のフランスにおいて敏腕政治家兼外交官として活躍し、長らくフランス政治に君臨したタレーランと、『有名シェフ』のさきがけ的人物であり、貧民から『国王のシェフかつシェフの帝王』と呼ばれるまでに立身出世を遂げたカレームについて海苔緒は、掻い摘んで語った。

 蛇足ではあるが……現代に多く使われるメートル単位法を提案したのもタレーランである。

 

 

 海苔緒の話を聞いて、皆感心したようにしきりに頷く。積極的に話に混じらず大人しく食事をしていたティファニアもカレームの話には共感を覚えたようで、海苔緒に感想を述べるほどだった。

 

 

「凄いです。辛い目に遭ったでしょうに……とても努力なされたのですね。私とっても感動しました」

 

 同様に才人やシエスタも感銘を覚えているように見える。

 海苔緒はアストルフォの方を向き、思い出したと云わんばかりに再度口を開いた。

 

「そういえば……自称だがタレーランの生家であるペリゴール伯爵家はシャルルマーニュの末裔らしいぞ」

 

 そこんとこ、どうなんだよ……と、元シャルルマーニュ十二勇士の一人に尋ねるが、当人はキョトンとした様子で、

 

「へぇ、そうなんだ。――で、それがどうしたの?」

 

 特にこれといった感慨を抱いている様子もない。予想を裏切る薄いリアクションである。

 海苔緒は軽い眩暈を覚えて、頭を押さえた。

 

「いや、お前が仕えてたカール大帝(シャルルマーニュ)の子孫だぞ! もっとこう……驚くとか、喜ぶとか、そういう反応はないんかいッ!?」

「だってシャルルマーニュはシャルルマーニュだし、そのタレーランって人はタレーランじゃん。それにさ、ボクの時代に居た貴族や騎士でも箔をつけるために出自を盛るのは良くあることだったし、あんまり鵜呑みにするのは良くないと思うよ」

「あ……うん」

 

 紛うことなき正論であった。海苔緒はそれ以上云い返せなくなって頭を垂れる。しかしケイローンは気を利かせて海苔緒に声を掛けた。

 

「私としては大変興味深い話でした。海苔緒殿は大変含蓄がお在りなのですね」

 

 ケイローンからすればフォローのつもりなのだろうが、海苔緒にとって泣きっ面に蜂。何しろ海苔緒は泣く子も黙る大賢者ケイローンに講釈を垂れた、ということになる。

 つまりは馬の耳に念仏……否、釈迦に説法もいい所だ。

 海苔緒は自覚した途端に恥ずかしくなり、顔を真っ赤する。

 

「いえ……偉そうに話をしてしまって、本当に申し訳ない」

「そんなことはありません。本当に興味深い話でした。機会があれば、またお聞かせ願いたい、と思ったほどです」

 

 何か凄いハードルを上げられた気がするが、海苔緒は『ありがとうございます』と頷くことしか出来ない。

 海苔緒は話題を変えようと、御門という外交官の名前を出した。

 

「それで御門外交官っていうのは一体何者なんだ?」

 

 海苔緒の問い掛けに対し、才人たちはおのおの答えていく。

 

「若手の男性外交官で、年は俺たちより少し上ぐらいだったかな。凄い柔らかい感じの物腰の人だった。それと何だが……容姿は海苔緒に似てる気がしたぞ」

「サイトの云う通りね。私も何だか顔立ちが海苔緒に似ているように思えたわ。確か家柄は代々続く旧華族……日本でいう貴族の家系と云っていたかしら」

「私もサイトさんに同意見です! それと母方の御家は妃宮だそうで……代々外交官を務めていた家柄だそうです」

「私もサイトと同じで、最初見たとき海苔緒さんの親戚かと思ったわ。容姿がとても似てるの。母方の祖母がホクオウという所の出身と云っていました」

 

 ついで才人、ルイズ、シエスタ、ティフアニアの意見である。ケイローンはまだ会っていないらしく『申し訳ありません』と頭を振った。

 それを聞いた海苔緒は……、

 

(俺と似た容姿……母方の祖母が北欧出身ということはクォーターってことだよな。それに御門千早、妃宮、外交官。――何だ、この引っ掛かる感覚は?)

 

 何か重大なことを忘れているような気がするのだが、今はそれが一体何のかが全く思い出せない。割ととんでもないことのような気もするのだが……、

 ――その時の海苔緒はその正体を思い出すことが出来ず。ファースト・コンタクトを果たす瞬間までついぞ思い起こすことはなかった。

 その夕食の後はタルブで造られたワインを飲みながら、他愛のない話を皆でした。

 才人のトリステイン貴族としての作法の習得が、御門外交官やケイローンの協力の甲斐あって捗っているとか。

 才人の恩師であるコルベール先生は、日本の研究機関と共同研究を始めることが決まったとか。

 評議会議長ゴンドランの失脚に伴い、屋台骨の揺らいだトリステイン王立魔法研究所(アカデミー)もコルベールに負けじと、日本との共同研究を模索し始めたとか。

 オンディーヌ騎士隊の中で地球の腕時計や、スポーツシューズを身に付けることがファッションとして流行っているとか。

 ヴァリエール公爵家の了承を得られたので、日本との国交樹立と同時にルイズの姉であるカトレアを日本に移送し、手術の準備をすることが何とか正式に決まったとか。

 タバサが双子の妹のジョゼットを影武者にしたり、ガリア女王の位を譲ろうとした件でジュリオがガチギレして大変だったとか。

 そんな話をしながら夜は静かに穏やかにふけていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 ちなみに夕食の話題に上がった大沢シェフだが、才人の話によればガリア出身のリュリュという少女を弟子にしたらしい。

 リュリュなる人物は元貴族の少女は元々何不自由なく育ったらしいのだが、美食の趣味が高じて家を飛び出した……という話だ。

 以来、『身分の別なく多くの人においしい食事を提供できること』を夢見て探求の旅に出ていたそうだが、ド・オルニエールの噂を聞いてサイトの領地を訪れた。

 そこで偶然、日本から現地入りを果たしていた大沢シェフと出会い、その人柄とシェフとしての腕にほれ込んで半ば無理矢理弟子入りを頼み込む。

 当初日本政府は困惑したが、ガリアの女王であるタバサの鶴の一声を受け、この度正式な採用が決定した。何でもタバサとリュリュという少女はちょっとした知り合いらしい。

 大沢シェフとしても料理を提供する人間として、ハルケギニアの食を知り尽くした人物が傍に居るのは心強いとのこと。

 後に……大沢シェフとリュリュと少女のコンビがハルケギニアの料理文化に大きな変革をもたらすことを、今はまだ誰も知らなかった。

 

 




御門千早が何者なのかは皆さんお察しの通りだと思います。

そして大沢公の方は『大使閣下の料理人』という漫画の主人公です。料理と外交を同時に扱った興味深い漫画なので一度目を通してみるのもいいかもしれません。ちなみ2015年の春にはスペシャルドラマを放送予定です(ステマ)。
リュリュの方はゼロ魔外伝小説『タバサの冒険』の登場人物で、今回名前だけ登場させてみました。

では、


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第二十四話「夜は未だ遠く。または胎動せし運命」

アポクリファ五巻の発売日決定きたーーー!!
天草四朗の願いといい、いよいよ魔界●生じみてきましたね。
そしてロード・エルメロイⅡ世の事件簿とな、こちらも楽しみです。


 ――煌めくような夢を、視た。

 それは理性が蒸発したとまで謳われる()のシャルルマーニュ十二勇士が一人――アストルフォが紡いだ冒険の日々の一欠片。古と永劫の彼方へと追いやられた儚き残滓。

 ……そこは清涼で静謐な空気に満ち満ちた(その)であった。

 辺りには豊かな果実の実った樹木が立ち並び、園の中心には生命と知恵を司る樹がそれぞれ植えられている。

 そして園に暮らす動物たちは争うことなどなく、豊かな果実の実りを分かち合って生きていた。

 その風景を眺めているだけで、ひどく懐かしいという想いが胸から際限なく溢れてくる。

 当然だろう。ここはヒトという種にとって、ある意味での始まりの地なのだから。

 

 ――ここはエデンの園。

 

 旧約聖書の『創世記』に登場する理想郷であり、かつてアダムとイブが暮らしていた地上の楽園。

 アストルフォの夢を何度も見てきた海苔緒はすぐさま理解する。……この夢はシャルルマーニュの聖騎士(パラディン)アストルフォが、聖ヨハネによってエデンの園に招かれた時のものである、と。

 この時のアストルフォはエデンの園で採れた果実で持て成しを受けながら、聖ヨハネ、聖エリヤ、聖エノクら聖人たちから正しき信仰を広める尊さを説かれていた。

 ……が、アストルフォは聖人たちのありがたい説法を、なんと話半分にしか聞いていなかった。当人は楽園の果実を味わうのに夢中だったのだ。夢で追体験した海苔緒だから断言出来る。

 正直な話、アストルフォが真剣に耳を傾け始めたのは、オルランドが発狂したとの知らせを聞かされた辺りからである。

 さて、これは大変一大事!!と慌てふためくアストルフォに対し、聖ヨハネは『正しき信仰を広める使命を背負ったシャルルマーニュとその聖騎士(パラディン)たちのため、助力致しましょう』とその様に述べ、聖エリヤの昇天にも(もち)いられた【火の馬が曳く火の戦車】を用意した。

 アストルフォは聖ヨハネ自らが御車を務める火の馬が曳く火の戦車に乗り込み、オルランドの失われた理性を求めて一路“月”を目指す。

 しかし海苔緒は思った……目指した先は本当の月であったのか? と。

 

 

 ――不意に意識が遠のく。海苔緒の意識に介在したのは、砂を噛むような悪寒(ノイズ)

 

 

 “但し、目指す“月”は“月”であって月ではない。そこは地上より失われたあらゆる物が存在する果てなき別世界にして、月の裏側に存在する異次元の向こう側(ビヨンド)

 

 “火の馬が曳く火の戦車は空の境界を越え、空の(ことわり)の支配する領域から星の(ことわり)の支配する領域へと次元すらも超越し、アストルフォたちは“月”へと辿り着りつく”

 

 “故に、そこに存在する地上より失われた筈の物全ては――星自身の意思に沿い、星の息吹によって生み落とされた貴き幻想の産物(マーブル・ファンタズム)に他ならない”

 

 

 ザザ――ッと頭に響いていたノイズが収まり、海苔緒は我を取り戻す。

 

(あれ? 今俺は何を……いや、気のせいか)

 

 特に何も思い出せないまま、海苔緒は再度アストルフォの夢に波長を合わせた。

 ともかくとして月へと到着したアストルフォは、そこでオルランドと己の分の瓶詰された理性を持ち帰る。

 その後アストルフォは狂えるオルランドを己の女装によって鎮め、持ち帰った理性を注入することでオルランドは正気に戻すのだ。

 同じく瓶詰された自身の理性を取り戻したアストルフォは、少しの期間だけ理性的で聡明な騎士となる。

 けれど補填されたアストルフォの理性は、ごく短い間に揮発してしまい……すぐに元のお調子者に戻るのであった。

 ――今海苔緒が視ている夢は、そんな物語の一端である。しかし夢とはいっても、五感を伴うサーヴァントの記憶の再生はひどく現実的で生々しい。

 何故なら、夢を視ている海苔緒はアストルフォの味わったエデンの園の果実の食感や味すらも、自らの刺激として感じ取ることが出来るのだから。

 けれどどうやら今回の夢は少々毛色が異なるようだ。

 いつもなら聖ヨハネにエデンの園へ招待される場面から、聖人たちからの歓待を受ける場面の間の記憶が飛ばされるのだが、今回はその過程の記憶が鮮明に再生されている。

 知恵の樹の果実に手を伸ばそうとしたアストルフォに対し、聖ヨハネが慌てて注意する場面を視て、海苔緒は目を覆いたくなった。

 エデンの園に興味津々のアストルフォは自重を知らず、聖ヨハネは心労が絶えない御様子である。追体験している海苔緒としては、注意を受けているのがまるで自分のように感じられ、もの凄く恥ずかしい。

 ついには聖ヨハネの制止を振り切り、アストルフォは蒸発した理性の赴くまま(その)の東へと駆け出した。

 

 ――だからこそ、それは全くの偶然であったのだろう。

 

 エデンの東でアストルフォが目にしたのは……台座に祀られた一本の剣。剣は刀身が空へと向けられた状態で鎮座している。

 

(なんだコイツは……剣、なのか?)

 

 否、剣と表現したが、正しくは剣の……様な物体である。

 柄の部分だけ見れば確かに剣の様にも見えるが、その刀身は長細い円錐状であり、円錐は何段かに分割されている。

 分割された円錐状の刀身は左右の方向に各々回転しており、その刀身の先からは次々と絶えることなく炎が吹き出し、立ち昇っていく。

 剣炎は神聖な氣を孕み、まるで園を囲うようにして空へ広がっていった。

 とある魔女との親交があったアストルフォは、その経験から直感的にこの剣が(その)を守護する結界の役割を担っていることを察する。

 まぁ、察したからといって止まるアストルフォでもなく、

 躊躇も迷いもまるでなく、ごく自然な動作でアストルフォは炎の剣の柄へと手を伸ばし……、

 瞬間、全身に熱湯を浴びせられたかのような感覚が、海苔緒を襲う。

 海苔緒は本能的にアストルフォの夢を中断(カット)し、飛び起きる。

 

「痛ってぇぇぇぇぇ!! 何だ、今の!?」

 

 肌を刺すような激痛は張り付くように後を引いた。

 寝起きの海苔緒は急いで全身を確認するが、幸いなことに火傷の痕はどこにもない。 どうやら夢の中の痛みが最大限にフィードバックされただけのようだ。

 全身に冷や汗を掻きながら、安堵の溜息を付く。

 しかしそれにしても……、

 

「本当に何だったんだ……アレ?」

 

 汗に濡れた手には、夢で握った柄の感触が未だ残っている。

 ……何やらとんでもない代物だったような。

 あの後、夢のアストルフォがどうなったかも気になるが……聖ヨハネたちから歓待を受けていたのが、あの後の出来事と考えると大したことではなかったのだろう。

 

「……って、アストルフォの奴が居ねぇ。また夜に抜け出したな」

 

 海苔緒とアストルフォは才人の屋敷の二階の一室を借り、相部屋で滞在することとなった。

 未だ建設途中の建物が多く、野外に仮のテントを張って寝起きしている人々が居ることを鑑みれば充分に優遇されている。

 才人たちも一つの部屋に集まって就寝をしているのだ……って、これはいつもことであるから関係はなかった。

 とにかく部屋に居ないということは、外に出たということであろう。

 海苔緒は意識を窓の外に向ける。

 ふと鳥と虫が夜鳴きする音に混じって、美しい旋律が海苔緒の耳に入り込んだ。

 

「こりゃ、ハープの音色だな」

 

 確か……ティファニアが嗜んでいた、と海苔緒は記憶している。

 だが当のティファニアは、才人と同じ部屋で就寝中の筈。

 ネフテス国――つまりはエルフの本拠地に才人と共に誘拐されたティファニアは、その存在が既に露見している。

 特にエルフの強硬派である鉄血団結党の首魁、エスマーイルは、『悪魔(きょむ)と裏切り者には死を』という過激な思想の持ち主だ。

 エスマーイルは、ティファニアのことを唾棄すべき裏切り者シャジャルの娘と認識しているらしく、『エスマーイルは、シャジャルの娘へと刺客を送る機会を虎視眈々と狙っている』等と才人たちはビダーシャルから忠告を受けたそうだ。

 たださえ、現状のド・オルニエールは混沌とした状況にある。加えてエルフの一派であるルクシャナたちが本格的なトリステインでの通商を開始しようとしている。

 エスマーイル等、鉄血団結党にとっては許せないどころでない。

 故に鉄血団結党の派閥によるド・オルニエール襲撃は十分に考えられる。

 現にビダーシャルの命を受けたルクシャナたちは、一度ド・オルニエールにて才人とティファニアの誘拐に成功している。

 二度目がないとは云いきれないのだ。

 以上のことから、ティファニアが夜間に外出するとは考えられない。

 

 ……だとしたら、このハープを奏でているのは誰だ?

 

 屋敷の外から聞こえる少し悲しげな旋律に耳を傾けながら、海苔緒は首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 端的に述べれば、外でハープを奏でていたのはケイローンだった。母の形見であるハープの調子が悪いとのことで、ケイローンはティファニアから調整を頼まれたのだ。

 ケイローンは勿論快く引き受けた。母親との絆の証と聞けば、尚更である。

 大切に使い込まれたハープを丹念に修繕しながら、ケイローンは終始顔を綻ばせていた。

 そしてティファニアから許可を貰い、最終調整として今宵ケイローンはハープを奏でている。

 夜空の星を詠みながらも、ケイローンの指は滑らかに弦を弾いていく。

 

 ――夜を想い、過去を思う。

 

(思えば、随分と遠くへ来てしまったものですね)

 

 何しろ悠久の時だけなく、世界すらも超越してケイローンは再び大地に足を付けたのだ。運命とは本当に気まぐれなものだと、ケイローンにはそう思えてならない。

 日本政府から見聞きし、自ら無数の書籍を読み解いてみたところ……人類は長い間、繁栄を続けてきたようだ。

 けれどその繁栄の裏側には、それなりの犠牲が付いて回っている。ケイローンの生きた時代から何ら変わっていない。戦争や貧困といった問題を、ヒトは未だに抱えたままだ。

 それに……、

 

(そもそも、このハルケギニアを隔てた向こう世界では、私の存在は御伽話でしかない。……そして私の育てた弟子たちも)

 

 しかし、そういう世界もあるだろう、とケイローンは割り切っていた。

 だが本当に割り切れないのは、ケイローンが聖杯から得た世界の知識と、向こう側の世界の情勢が大差ないことだ(無論、複線の異世界が繋がった件を除いてのことである)。

 つまり英雄が実在しようと、しまいと……世界は大差ないということになる。

 

(ならば、私たちが生きた意味は本当にあったのでしょうか?)

 

 こみ上げた否定の思い。ケイローンの指が一際悲しい旋律を紡いだ。

 けれど才人の言葉を思い出し、ケイローンは自らの考えを即座に否定した。

 

『実は案外見えない所で色んな世界同士が繋がっているのかもな』

 

 その通りだと、ケイローンは思った。初めに才人を見て、その目に湛えた強い意志を()の当たりにして、ケイローンが思い出したのは自らの育てた弟子たちだ。

 二千年前の大地にあった息吹たちの面影を、ケイローンは才人から感じ取ったのだ。

 どれだけ時が経ようと、世界が違っても、受け継がれていくものは確かにある。

 ならば生きた意味はある。仮令世界が変わらずとも、人の(さが)が変わらなくとも、ケイローンの時代に流れた血も、汗も、涙も、確かな意義のあるものだった。

 ケイローン自身も生まれこそ祝福されなかったが、死の間際には大勢の人々が自分の死を悼んでくれたと記憶している。

 あの時ほど、ケイローンは己の生きた意味を実感したことはない。

 考えてみれば……ケイローンが多くの者を育てたのも、医術を嗜んで多く者を救ったのも。少しでも多く、自らの生きた意味を残したかったからかもしれない。

 

 

「なればこそ――この度稀人とはいえ、再び大地に足を付けた意味を見つけなくてはなりませんね」

 

 ……そのためにも、生前のようにまた誰かの背中をほん少しだけ押していこう。

 そこまで考えてみると、ケイローンの脳裏から不安は消え去っていた。

 演ずるハープの音色からは重苦しい旋律が消え、代わりに軽やかで楽しげな調べが聞こえてくる。まるで大地に生きる命全てを祝福するようである。

 

「――起きていたのですか、アストルフォ」

 

 ケイローンは振り向くことなく、後ろから近付いてきた人物を云い当てた。

 

「うん、少しばかり不思議な夢を視てね。それに一度ハルケギニアの双月を見たかったんだ。……随分と楽しそうな演奏だったよ」

 

 声と共に心地よい拍手の音がケイローンの耳を撫でた。

 夢という単語に引っ掛かりを覚えたものの、ケイローンはあえて言い募ることはせず、黙って空を見上げた。

 そこには、紅と蒼の二つの月が淡い光で輝いている。

 

「確かに、とても美しい双月ですね」

 

 そこからケイローンとアストルフォはハルケギニアの夜空を眺めつつ、他愛のない話で言葉を交えた。

 これから共に行動する仲間に胸襟を開くことは悪いことではない、と考えたからである。

 

「それでは貴方が聖杯に望む願いは何ら存在しない、と云うことですか」

 

 ケイローンの問いにアストルフォは頷く。

 

「受肉して色々今の世界を見て回りたいと思っていたけど、それはノリのお蔭で叶ったからね。君の方こそ、どうなんだい?」

 

 

 逆にアストルフォから質問を受け、ケイローンは珍しく恥ずかしそうな表情を浮かべて答える。

 

「どうか笑わないで頂きたいのですが……私は聖杯によって、死の間際にプロメテウスに預けた『不死』の特性を取り戻したいと考えていました。我ながら、自分勝手な願いと云われても仕方ありませんね」

 

 それはケイローンがヒュドラの毒矢を受け、苦しみ悶えた末にした譲渡したものである。

 今更都合よく返してほしいと願うなど……何と我欲に塗れた願いだろう、とケイローン自身も自覚している。

 

「そんなことないと思うけど。だって君は家族との繋がりを取り戻したいんだろ?」

 

 ケイローンは目を見開いて驚いた。

 

「私が、家族との絆の証として『不死』を取り戻したいと思っているのを、よく分かりましたね」

「う~~ん。ちょっと、ね」

 

 意味ありげな目配せをアストルフォはしてみせる。

 ……飄々としているが色々と底知れぬ御仁だ、とケイローンは少しだけアストルフォへの評価を改めた。

 ケイローンは言葉を続ける。

 

「私が日本政府に協力するのは、実は下心を含んでのことなのです。銀座に現れたといゲートの向こう側の世界――ファルマート大陸には昇神という機構(システム)が残っているようだと聞き及んでいます。私はそれを利用して、何とか『不死』を取り戻せないかと考えている」

 

 ケイローンの生きた神代にもあった制度だ。功績を讃えられ、神にあらざるものが祝福を受けて新たな神となる。

 その先にあるのはケイローンの求める『不死』ではないのかもしれない。

 だがそれでも、悩んだ末にケイローンはそれに縋りたいと考えた。

 

「しかし現状において、マナの少ない場所での活動はマスターであるティファニアさんに負担が掛かってしまう。何とか改善する手立てを模索していくつもりですので、貴方のマスターである海苔緒殿にも協力して頂くことも多々あると思います。よろしくお伝えください」

 

 マスターである海苔緒も、ケイローンにとってアストルフォと同じく不思議な存在である。何となくではあるが、外見と中身が釣り合っていないような、そんなチグハグな印象を受けた。

 けれど同時に悪い御仁ではないと、今日一日言葉を交わしてケイローンも理解している。

 加えてだが、海苔緒の生い立ちが自分に重なって見えて、少しばかり同情していた。

 

「分かった。ノリの方にはボクから伝えておくよ。じゃ、そろそろ行くね」

 

 アストルフォは立ち上がり、座り込んでいた部分の土を払ってから踵を返す。

 

「あ、そうそう。ティファニアの手の甲にキスとかしちゃ駄目だよ! 奥手だから気絶するぐらいに驚いちゃうと思うしね!!」

「えっ! すいません、それは何のことを云っているのですか?」

 

 ケイローンは目を丸める。当然ながらケイローンはティファニアに対し、そんな振る舞いをしたことはない。

 呼び捨てにして構わない、とティファニア本人から云われたのにも関わらず、ケイローンがティファニアを『さん』付けで呼ぶのも想い人である才人に考慮してのことである。

 大賢者の名に相応しい明晰な頭脳を巡らせるが、思い当たる節はやはり全くない。

 困惑するケイローンをよそに、アストルフォは『おやすみ、ケイローン。いい夜を』とだけ呟いて、振り返らずに手を振る。そうしてそのまま屋敷の中へ戻っていった。

 ハープを抱えたまま、ケイローンはしばし呆然と立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方のその頃、二つの門を隔てた極めて遠く、そして限りなく近い世界にて……、

 

「しかし封印の場所は分かったんだが……本当にあんなおっかないモノを復活させようってのかねぇ、主上さんはよ。世界を滅ぼしかけたんだろ、アレ」

 

 深縹色の肌をした白ゴスの女性は、誰に聴かせる訳でもなく愚痴るように呟く。主上の命を果たし、夜を日に継いで帰路に付いている最中であった。

 

「まぁ、そんなことオレが考えても仕方ねぇか」

 

 主上の使徒である彼女は、主上の御意に従うだけの存在だ。主上が黒を白と云えば、彼女にとってそれは白だし、女×女がジャスティスと云えば……それもまた彼女にとって正義となる。

 それに元々、ごちゃごちゃと考えを巡らせるのは彼女の性分ではない。

 すると不意を討つように、彼女の手の甲に刺激が奔った。

 

「痛ェ! あん? ……オレ、こんな所に刺青入れたか?」

 

 全身にトライバルのタトゥーを刻んでいる彼女だが、手の甲に赤い刺青(・・・・・・・・)を入れた覚えはてんでなかったのである。

 

「まぁいいか。早く帰って主上さんに報告しないと、どやされちまう」

 

 特に気にすることなく白ゴスを纏った彼女は、主上の待つ神殿へと再び足を動かすのであった。

 

 

 

 ――かくて兆しは現れ始めた。後はただ……溺れる試練(よる)の訪れを(しず)かに待つばかりである。

 




書いてて思ったこと、

もし衛宮士郎君が今回出てきた『剣』を投影出来るなら、アストルフォを召喚しても第五次聖杯戦争でワンチャンあるんじゃないかな(おめめぐるぐる

そして我らが主上さんは全力全壊です。――主上さんの威光が世界を救うと信じて(さらにおめめぐるぐる

では、


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第二十五話「変わりゆく世界。されど色あせぬ人々」

今回は説明回です。


「あ、ん……?」

 

 くぐもった声が海苔緒の喉から抜ける。

 目が覚めると妙に体が重かった。肌のヒリついた痛みは引いたのだが、その代わり体調が芳しくないのかも――と起抜けの鈍った思考がぼんやりと脳裏に浮かぶ。

 ともかく体を起こそうと、海苔緒は被っていた毛布をずらした所……、

 

「はっぁ?」

 

 間抜けた声を上げる。海苔緒の視線の方向――己の片足に、何故だかアストルフォが掴まって丸まっていた。まるで木にしがみ付くコアラの如き様相を呈している。

 横を向けば、隣には毛布が蹴飛ばされて空っぽになった布団が一つ。

 

「……どういう寝相だ、これ?」

 

 しかも就寝前に確認しなかったのだが、寝間着のチョイスも正直酷い。透かしの入ったピンクカラーのネグリジュに、下は青と白の縞パン一丁である。

 こいつのファッションセンスは一体全体どうなっているんだ? と色々な意味で目を疑いたくなる。

 けれど何故だか、その装いが似合っているのだから余計に性質が悪い。

 

「しかし、まぁ……」

 

 ……本当に気持ちよさそうな寝顔だ。

 

「おっと、まずは起こさねぇと……アストルフォ、朝だぞ、起きてくれ!」

 

 声を掛けるが反応はなし。海苔緒は仕方なく――アストルフォの顔を揺らそうと、あどけない寝顔の頬へと手を置いて……、

 ――刹那、唐突にドアは開かれた。

 

「おはようございます、海苔緒様、アストルフォ様。朝食のご用意が……」

 

 ノブを回したのはアンリエッタ女王直々に才人専属メイドを任されたシエスタ。

 彼女が目にしたのは、肢体を絡ませ合う海苔緒とアストルフォ。加えてシエスタには、海苔緒が無防備な寝顔を晒したアストルフォの頬に手を当て、顔を近付けているように見えた。

 脳内で補正が行われ、シエスタの瞳は海苔緒とアストルフォの周りに満開のバラ園を幻視する。

 

「あっ(察し)……」

 

 頬が引き攣りかけるシエスタ。けれど学院にて貴族を相手に鍛えた持ち前の鉄面皮で何とか持ち堪えた。

 そのままシエスタは流れるような動きで後退すると、ゆっくり扉を閉め直した。

 

「し、失礼致しました。どうぞごゆっくり……才人さんやミス・ヴァリエールたちには私から、お伝えてしておきますので」

「おいっ! ちょっと待って!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――朝食。

 メニューはパンにサラダとハム……そして何故だかミソスープ(味噌汁)と、中々にアンバランスだった。

 海苔緒は一口大にカットされたパンを一切れ摘まみ、バターとジャムを塗りたくる。その目線の先には、並んで座るルイズとシエスタの姿が。

 二人はジトォーーといった擬音が聞こえそうな疑惑の目を、海苔緒に向けている。

 

 

「何度目になるか分からねぇが、一応云っておく」

 

 海苔緒はバターとジャムを塗り終わったパンを、一旦皿の上に置き、

 

「俺とアストルフォは、ルイズさんやシエスタさんが想像するような関係じゃねぇからな」

 

 牽制するように云い放つ。そして皿に置いたパンを手に取って口に放り込んだ。

 海苔緒の隣に座るアストルフォは、特に海苔緒に同調して反論する様子もなく……一切れのパンに複数のジャムを塗りたくっていた。

 どうやら新たな味覚を開拓している最中で忙しいようだ。よって援護は期待出来ない。

 才人は苦笑いを浮かべつつ、味噌汁を啜っており、ティファニアとケイローンの主従コンビは揃って傍観の構えをとっている。

 そして相変わらずルイズとシエスタの胡乱な視線は海苔緒に傾いている。

 状況の不利を悟った海苔緒は溜息を付いて、話題を切り替える作戦に出た。

 

「はぁぁ……、それで才人、明日は俺たちもロマリア行きに同行すればいいんだよな」

「ああ、ジュリオの呼び出しでな。何でも先方は海苔緒にも同席してほしいらしいぞ」

「俺も、か……」

 

 ジュリオ・チェザーレ。故ヴィットーリオ教皇の側近であり、使い魔【神の右手・ヴィンダールヴ】であった人物。現在はヴィットーリオ教皇の意思を継いで教皇に選ばれた人物の補佐しつつ、無能王ジョゼフ亡き後に体制を一新したガリア王国との繋ぎの役目を果たしているそうだ。

 容姿の特徴としては左目は鳶色、右目は碧色で海苔緒と同じく月目(オッドアイ)。けれどその甘いマスクは女性を魅了してやまず、女性からの絶大な人気だが、その分男性受けは良くない。

 虚無に目覚めたジョゼットと契約したことにより、神の頭脳ミョズニトニルンに目覚めた彼は、今まで紐解けなかった歴代虚無の残した資料の解析を行っていた。

 そこで知り得た新たな情報を各国で共有するため、ロマリア連合皇国で会議が行われることになった、という訳だ。

 ついで日本の政府関係者を交え、地球との国交を開始の取り決めに関して話し合いが行われることにもなっている

 各国の代表者に加え、虚無とその使い魔が一堂に集う会議。それに何故か海苔緒にもお呼びが掛かったのは何故だろう?

 

「……何だか胃がキリキリしてきやがった」

 

 海苔緒は部屋に戻ったら……最近常備薬と化してきた胃薬を飲もう、と頭の隅にメモを取る。

 才人も海苔緒と同じく似たり寄ったりに顔を顰めていた。

 

「俺もジュリオと会うのは……何だかんだで、結構気まずいな」

「あ~~確か、シャルロットさんの一件で一悶着あったんだっけか?」

 

 海苔緒の言葉に才人は頷く。

 

 シャルロット……つまりはタバサのことである。

 何があったかと云えば……タバサが双子の妹ジョゼットに王位を譲渡しようした件で、ジュリオが激怒。そして仲裁に入った才人とジュリオが取っ組み合いの喧嘩したのだ。

 

 ――この件に関して詳しい経緯を説明しよう。

 

 元々ジョゼットの存在を明かし、陸の孤島にあり世俗から隔離されていた孤児院からジョゼットを連れ出し、タバサたちの元へ返したのはジュリオである。

 彼もまたジョゼットと同じで孤児院の出身であり、ずっと以前からジョゼットの存在を知っていた。むしろ親しい間柄と云っても差し支えない。

 但し、ジョゼットがガリア王家の血を引くのを知ったのはヴィットーリオの側近となってからのことである。

 もしもジョゼフを打倒する前に、反ジョゼフの神輿となっていたタバサが死亡してしまった場合、ジョゼットを新たな神輿として担ぎ出されることも考えられていた。

 

 ……その後、新たな虚無の担い手に仕立て上げることも含めて、である。

 

 ジュリオとしては大変に不本意なことであったが、ヴィットーリオの命令ということもあって渋々従っていた。

 けれど無能王ジョゼフは倒れ、エンシェントドラゴンという大災厄も何とか乗り切り、ハルケギニアには真の平穏が訪れた(勿論エルフとの和解の道が見えたことも含めてのことだ)。

 ヴィットーリオ教皇が亡くなり、ジョゼットのことを一任することとなったジュリオは、タバサとその母親の元にジョゼットを返すのが一番適当と判断したのである。

 ジュリオとしては家族水入らずで、ジョゼットには穏やかな生活を送って貰いたかったのだが、双子の姉であるタバサは考えが違った。

 ジョゼットの存在を全く知らなかったタバサは当初戸惑ったが、それから色々考えタバサは女王の地位をジョゼットに譲る決意をした。

 タバサ自身、王位には全くと云っていいほど執着はなかった。

 タバサはただジョゼフへの復讐だけを望み、人生を費やしてきた。復讐の後のことなど、微塵も考えてはいなかったのだ。

 むしろタバサにとって王位など疎ましい存在でしかない。何せ、たった一つの王冠を巡って親族同士が殺し合い、憎しみ合い。ガリア王国の民はその争いに巻き込まれ、多くの犠牲が出たのだから。

 加えてタバサは復讐のためとはいえ、イザベラを中継してジョゼフの命に従って散々汚れ仕事をしてきた。それはジョゼフの悪事に加担していたも同義。

 故にタバサはガリア王国が安定した頃合いを見計らって、誰かしらに王位を譲ろうと 最初から考えていたのだ。同時に貴族による議会制政治への移行も視野に入れている。

 異世界である地球には王政から議会制への移行の前例などいくらでもあった。

 無数の地球の書物から政治の歴史を学んだタバサは、それ等を参考にして新たな制度を提案構築すればいい。

 

 ……王などは国の象徴で十分。

 

 それがタバサの結論だった。『君臨すれども統治せず』の言葉の通りである。

 そして頃合い良く妹のジョゼットがタバサたちの前に現れたものだから、タバサはジョゼットを新たなガリア王国の象徴とし、旧オルレアン公派貴族たちを中心とした議会制政治の雛型を確立しようした訳で……、

 そんな動きが、ジュリオには妹分であったジョゼットが(まつりごと)の道具にされそうになっているよう見えたのだろう。

 信頼してジョゼットを託したジュリオは、普段のクールさが嘘のように激しく怒ってタバサへと抗議に向かった。

 そして偶々(たまたま)その場に居合わせた才人がジュリオを諌めようとしたのだが、ジュリオの怒りは収まらず、才人とジュリオは取っ組み合いの喧嘩へと発展した次第である。

 才人にしてみれば、ジュリオの意外な一面を知れたのは良かったとしても、もう二度はやりたくないと思った。それほどに激しい喧嘩だった。

 何せ終わるころに両者の顔面はボコボコで、水の秘薬を使っても数日は腫れが引かなかったのだ。

 才人と殴り合って血の気の引いたジュリオは、タバサと話し合い……不本意ながらも最終的にはタバサの考えに賛同することとなった。

 その代わり、ジュリオは虚無に目覚めたジョゼットの使い魔となり、彼女の護衛として侍ることを条件とした。

 

 ……こうして【ジュリオ激おこ事件】は幕を閉じたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食を終えた海苔緒とアストルフォは、才人たちとは別行動となった。

 才人は何かと忙しい。日本とトリステインの橋渡しの役割を担っているのに加え、貴族としてマナーの訓練や、高校資格を獲得するため勉強にも従事している。ルイズも当然ながら付き添っている。現在はそれにケイローンも加わっていた。

 ケイローンは信じられないスピードで現代教育を学習し、既に才人の講師に収まっているというから恐ろしい。

 忘れているかも知れないが、高校生の途中でハルケギニアに召喚された為、才人の最終学歴は高校中退で止まっていた。

 そしてそれは、元引き篭りの慎一も同様だ。

 これから大いに注目される立場にある二人である。さすがに高校中退は体裁が悪いので、政府は通信制を活用した卒業資格の取得を慎一と才人に推奨し、二人はそれを受け入れた。

 今頃慎一もエルダントの屋敷でヒイヒイ云っているかもしれない。

 海苔緒は大学にこそ行かなかったが、高校は卒業しているので一応の問題はない。

 海苔緒とアストルフォが屋敷の玄関に出ると、既に案内役の二人が外で待ち受けていた。

 胸元がややはだけ、何となくギザったらしい雰囲気を醸し出す青年と、金髪ロールのいかにもお嬢様風といった少女である。両者ともトリステイン魔法学院の制服を纏っていた。

 

「やぁ、おはよう。君たちがミスタ・シタケとアストルフォかい?」

 

 金髪のキザったらしい青年は顔だけ見れば文句なしの二枚目だが、仕草を含めると三枚目といった風情である。

 案内人が誰かは昨夜に聞かされていたから海苔緒も理解していたし……仮令初見であろうとも、海苔緒ならばその正体は察することが出来たかもしれない。

 それほどの個性を既に青年は放っていた。

 海苔緒は青年に少し気後れしそうになるが、何とか応じた。

 

「あっ……ああ。俺が紫竹海苔緒で、こっちがアストルフォだ。そういうアンタは水精霊(オンディーヌ)騎士隊隊長をしている【青銅】のギーシュだろ。才人から話は聞いてる……親友だってな」

 

 そう、目の前のキザな青年はギーシュ・ド・グラモン。陸軍元帥を父に持つ名門グラモン伯爵家の四男にして、土系統のドットメイジである。加えて同時に才人の悪友でもある。

 

「し、親友。そ、そうかい! サイトのやつ、そんな風に紹介してくれたのか」

 

 親友という言葉がギーシュの琴線に触れたらしく、感極まった様子で声が上擦っていた。

 そのままギーシュは得意げに自己紹介を続けた。

 

「そう! このぼくが才人の大親友にしてッ!! シュヴァリエのギーシュ・ド・グラモンさッ!!」

「……お、おう。それで隣の彼女は【香水】のモンモランシーでいいだよな?」

 

 彼女――モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは海苔緒の問いに頷いて口を開こうとするが、テンションの高いギーシュの声がそれを遮ってしまう。

 

「そうだともッ! こちらはぼくの愛しき恋人――モンモランシー!!」

 

 ギーシュは両手を仰ぐようにして、モンモランシーへと向ける。

 そんな様子のギーシュに、モンモランシーは呆れた様子で一息つくと突き放すように告げた。

 

「誰があなたの恋人よ! 最近また調子に乗って、他の女の子たちにデレデレしてる癖に! 本当いい加減にしてほしいんですけど」

「いや、それはだね、モンモランシー……」

 

 どうやらギーシュが調子に乗りすぎたせいで、モンモランシーの機嫌を損ねてしまったらしい。

 ……最初から前途多難だな、と海苔緒は笑みを引き攣らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ド・オルニエールの案内は意外とすんなり進んだ。ギーシュが途中で暴走しかけても、モンモランシーが諌めてくれたお蔭だろう。

 案内を聞いて、色々と新しく理解出来たことも多い。

 例えば――このド・オルニエール発展のためには当然資金が必要となるが、ハルケギニア側の大口のスポンサーを務めているのは、クルデンホルフ大公国だそうだ。

 ティファニアへの狼藉(異端審問未遂)の一件の謝罪ということで、ド・オルニエールにはクルデンホルフ大公国に寄付によって教会兼孤児院が建設されている。

 完成すれば、元々開拓村でティファニアが親代わりをしていた孤児たちをトリステインの修道院から此方に移す段取りも決まっていた。

 ティファニアとしては嬉しい限りだろう。

 無論、クルデンホルフ大公にも下心はある。

 優れた領地経営により富裕な財力を有するクルデンホルフは、言い換えれば経済感覚に優れているとも云える。

 娘であるベアトリスがティファニアと親しい間柄にある関係で、クルデンホルフ大公は才人の故郷である地球に関して、娘からある程度情報を仕入れることが出来た。

 クルデンホルフ大公から見れば、新しい商いのチャンスであることは一目瞭然だったわけで……。

 普段頭の上がらないラ・ヴァリエール公爵家の娘であるルイズと、貴族として新参者の才人に対して同時に恩を売り、ド・オルニエールで始まる新しい通商に食い込む。

 それを目的にクルデンホルフ大公国はド・オルニエールへ投資した、とつまりそういうことなのだ。

 

 

 

 

 

 一息休憩を入れることとなり、ギーシュとモンモランシーの紹介でオープンテラスのカフェで腰を落ち着ける。

 オープンテラスといえば聞こえはいいかもしれないが、要するに……祭りの出店を少し大きくしたような店であった。

 目玉はエルフ達が仕入れてきた珈琲と日本のケーキ。ケーキを作るパティシエは銀座事件で店を失い、営業停止に追い込まれて途方に暮れていた人物を政府が秘密裏に雇い入れた、と聞いている。

 ハルケギニアに珈琲を飲む習慣がなかったのと相まって、物珍しさから店は盛況の様子であった。

 海苔緒はいい機会だと思って、ハルケギニア貴族であるギーシュとモンモラシーに聞いて見ることにした。

 飲み掛けの珈琲をカップに置いて、海苔緒は二人に尋ねる。

 

「なぁ、アンタたちは日本との国交をどう思ってるんだ?」

 

 そんなことを聞かれると思わなかったのかギーシュは目を丸めるが、海苔緒の真剣な顔に応じるように、直ぐに表情を引き締めて海苔緒に答えてくれた。

 

「確かに問題は山積みだろうね。何せ、国の体制や社会の仕組みもまるで違うだから。でも悪いことではない、とぼくは思っている。……思えば、サイトとの出会いもそうだった」

 

 ギーシュは懐かしむように視線を空へと向け、言葉を続けた。

 

「最初は生意気な平民だと、正直思った。いや、今のサイトは男爵だけどね! 勢い任せに決闘してからは、サイトとよく話をするようになって……変な考え方をするけど思いヤツだと、ぼくは思うようになった。けど……もっと話すようになって、大分親しくなってからはサイトの考えが理解出来るようになってきてね。そうなってくると『こんな考え方もあるんだな』と感心するようになったんだ」

 

 才人との交流の経験から身分に時代や、そして世界が違っても、それ等は友となる障害足りえないとギーシュは学んだ。

 それだけではない。『命を惜しむな、名を惜しめ』という父の言葉を律儀に守り、貴族との体面も重んじるあまり無鉄砲であったギーシュが『みっともなくても生き残るのが本当の名誉だ』と考えを改めるようになったのも、才人の影響があってのことである。

 

「ニホンとの交流も、サイトと同じくぼくはそういうものだと思ってる。だから今回も水精霊(オンディーヌ)騎士隊隊長として親友であるサイトを出来る限りサポートするつもりさ」

 

 凛々しい表情しているギーシュを見て、モンモランシーは嬉しそうに目を細めていた。

 ギーシュの言葉が途切れると、今度は彼女が口を開いた。

 

「私もギーシュと同意見よ。ニホンとの交流は悪いことではないと思っているわ。例えばルイズのお姉さんの件がいい例ね」

 

 モンモランシーは自分の言葉を確かめるようにして、想いを口に出していく。

 

「ハルケギニアで今まで直らなかった病気が治療出来る様になるのは、素晴らしいことの筈よ。人を救う選択肢が増えるのだから。だから私もニホンと交流は良いだと思っているわ」

 

 水系統のメイジであり、人の治療に携わるモンモランシーだからこその意見である。

 

 

 ――出会う筈のない人々が出会うことで、在り得なかった新たな運命が紡がれていく。

 

 

 そんなヒトの可能性の広がりを垣間見て、海苔緒に寄り添うアストルフォは自然と顔をほころばせてゆくであった。

 




次回はロマリアでの話の予定。
大隆起やエンシェントドラゴンの話を交え、ハルケギニアの現状を明らかにするつもりです。

では、


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第二十六話「オストラント号は空を往く。もしくは誉れ高き輝きは確かに」

祝ゲートアニメ化決定!!

友人から聞いて、最初自分はからかわれているのではないか? と疑ってしまいました。それほど衝撃的でした。
多分規制やカットシーンが沢山あるんでしょうね……(白目
けれども今からとても楽しみです。

そして申し訳ないのですが、ロマリアの会議は次回に持ち越されました。
ケイローンと海苔緒の話を入れたら膨らんでいしまい、今回でロマリアまで辿り着かなかったという……ORZ

多重クロスということで色んなキャラを絡ませたいが故に進みが極端に遅くなる。
けれど、それ等がないと薄っぺらい内容になってしまう。
何と云うか……ジレンマです。




 ギージュとモンモラシー等の案内でド・オニエールを一通り見回した翌日、海苔緒たちは竜籠に乗り込んだ。才人にルイズ、それにティファニア、ケイローンも、だ。

 シエスタに関しては、今回は屋敷で留守を任されている。シエスタ本人は不満そうだったが、日本の関係者が屋敷を会談に使用する関係で屋敷を閉めきる訳にもいかなかった。

 一行が目指す先は、風石により空を翔るハルケギニア特有の乗り物――“フネ”の停留場。

 ルイズの友人であるキュルケ……その実家であるツェルプストーが所有する【オストラント号】に乗船するためである。

 ロマリア連合皇国の首都であるアウソーニャ半島の宗教都市ロマリアまでの距離は遠い。

 通常の“フネ”ではガリア上空を通過する最短ルートでもトリステインからロマリアまで快速船で三日は掛かる。

 しかし帆船である“フネ”に比べ、オストラント号は就航当時から三倍程度の速度を出すことが出来た。

 何せオストラント号には、コルベール先生がゼロ戦のエンジンを独学で解析した末、発明した水蒸気式プロペラ推進機関を搭載されているのだから。

 現在では日本から持ち込んだ部品を組み込むことで(銀座事件より前のこと)、オストラント号は推進機関の軽量化と推力向上を同時に実現し、ロマリアまで約十五時間程度で到着出来るらしい。

 そんな訳でコルベール先生は、日本の関係者からも一目を置かれている。日本風に云うならば……いい意味で変態科学者ということだろう。

 停留場に海苔緒たちや才人たちが着くと、既に先客が待っていた。

 

「――遅かったじゃない、ルイズ」

 

 どこか間延びした艶のあるマイペースな女性の声。燃える様な赤い髪に、褐色の肌が特徴的な美しい女性だった。後……ティファニアほどではないにしろ、胸が大きい。

 

「アンタ、本当にゲルマニアの代表としてロマリアの会議に出るのね……キュルケ」

 

 どこか呆れた口調でルイズは、友人であるキュルケに告げる。

 そう、待っていたのはキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。ルイズの実家――ヴァリエール公爵家にとっての不倶戴天の敵であるツェルプストーの娘である。

 以前は魔法学院の宿舎の部屋が隣同士で喧嘩が絶えなかったルイズとキュルケだが、苦楽を共に困難を乗り越えてきたこともあって……二人は今、良好な関係を保っている。

 ルイズは才人の、キュルケのコルベールの、互いに想い人の愚痴や惚気話を云い合ったりする程度には、二人の仲は落ち着いたのだった。

 

「仕方ないじゃない。アルブレヒト三世閣下が出席なさらない……って云うのだから。他にも色々な所をたらい回しになった挙句、ツェルプストーにお鉢が回ってきたのよ」

 

 ヴァリエール家と因縁を結んでいるだけあって、ツェルプストーは新興のゲルマニアの中では大分古くから続いており、代理の大使に選ばれる家の格としては問題なのだが……、

 

「ジョゼフが倒れた影響で、ゲルマニアで権力争いが激化しているっていうのは本当なのね。キュルケ、アンタの家は大丈夫なの?」

 

 ……これだから成り上がりの野蛮な国は、とルイズは少しばかり思ったが、さっと胸の中に引っ込めてあえて発言には出さなかった。

 以前であれば特に意識せず口に出し、キュルケを無為に刺激したかもしれないが、才人と結婚した今のルイズは大人なのだ。……そう、色々な意味で。

 皇帝であるアルブレヒト三世がロマリアの会議に参加しない理由は、帝政ゲルマニアの権力基盤が不安定になり、国から離れられないから。

 元々アルブレヒト三世は身内を蹴落として、皇帝の座を付いた。

 政敵であった親族たちは立派な鎖の付いた頑丈な扉を閉ざされた塔に幽閉されている。

 アルブレヒト三世は、幽閉された親族の健康(・・)に特に気を使っているらしく……食事は一日パン一枚と水一杯、体を温める薪は週に二本だけという有様。

 かつて無能王ジョゼフは、アルブレヒト三世に面と向かってその件を『健康のためだね! 贅沢は体に悪いからな。優しい皇帝だな、あなたは!』と盛大に皮肉っていた。

 そんなジョゼフが倒れ、ガリアが圧制から解放せれると……今度はゲルマニアでアルブレヒト三世打倒の動きが密かに広がったのだ。

 打倒運動を焚きつけているのは、政敵であった親族に付き従っていた貴族たちである。

 そうした貴族の多くはアルブレヒト三世によって処断されるか、さもなくば左遷されたのだが……『ジョゼフが倒された』との一報を機に、一挙に団結したとのこと。

 彼等はアルブレヒト三世が幽閉している親族の解放と、アルブレヒト三世の退位を目的に活動を開始した。

 これによりアルブレヒト三世はすっかり疑心暗鬼に陥り、ゲルマニアでは不穏な空気が流れている。

 

「大丈夫よ、ウチはほら……中央の権力闘争にも慣れっこだもの。それよりも……その月目、貴方がミスタ・シタケかしら?」

 

 

 婀娜っぽいキュルケの視線が海苔緒へ向けられる。

 好意があるとか、ないとかそういう問題ではない。興味がある人物に対しては、自然とそんな視線を投げるのがキュルケ。さすが『微熱』の二つ名持ち。もはや呼吸をするレベルだ。

 月目(色の違う双月に、ちなんでいる)……つまるところ、オッドアイはハルケギニアにおいて不吉の象徴なのだが、キュルケは全く気にした様子はない。

 もっとも才人に関わったハルケギニアの住人達も、今更そんなことを気にしないが。

 月目が原因で捨て子にされたであろうジュリオは、自分の月目を何も含むものがなかった才人だからこそ、好意をもって友人関係を築きたいと思ったのかもしれない。

 海苔緒としては、キュルケのような押しの強い積極的な女性は苦手な部類なのだが、短い期間に多くの人物と接してきたお蔭か、平常に接することが出来た。

 

「ああ、俺が紫竹海苔緒だ」

「そう、やっぱり貴方が『竜殺し』のノリオなのね。ルイズの手紙の通り、華奢な体をしているわ。これで火竜より二回り以上も大きい『炎龍』とかいうドラゴンを倒したなんて信じられない位に……」

 

 そう云っている内にキュルケは、いつの間にやら海苔緒との距離を詰めていた。

 艶めかしい褐色の手が、海苔緒の顎を弄ぶように撫でる。

 

「なっ、ちょ――!」

「貴方……驚いた顔もかわいらしいのね。まるで本当に女の子みたい。不味いわね、こういうタイプは初めてだわ」

 

 少しばかり悪戯心でからかう心算が海苔緒の反応を見て、キュルケは興が乗ってしまう。そのまま顎を撫でていた指を海苔緒の頬へと移そうし……、

 

「はい、は~~いッ! ストップ、ストップ!!」

 

 真っ赤になって硬直している海苔緒と、妖艶に微笑むキュルケの間にアストルフォが割り込んだ。

 

「あら、貴方は……」

 

 キュルケは最初、桃色の髪ということでルイズの従兄妹か何かと思ったが、ルイズの手紙に書かれていたもう一人の人物を思い出す。

 

「ボクは海苔緒の使い魔(サーヴァント)で、名前はアストルフォ。悪いけど、ノリは女の子の扱いには慣れていないんだ。――代わりと云っては何ですが、不肖ながらこのボクがお相手致しましょうか、ミス・ツェルプストー?」

 

 

 声色が変わった。アストルフォの表情も、蠱惑的というか小悪魔めいたものに切り替わる。

 アストルフォは、海苔緒の頬を撫でようとしていたキュルケの手を気付かぬうちに握っており、そのまま両手をキュルケの手に添えて膝をつき忠誠を誓う騎士の如きポーズを取って見せた。

 見惚れる様な洗練された動き。さすが色男と語られるだけあって、女性の扱いには長けている。

 女性を相手にする時、アストルフォは雰囲気を入れ替えることがある。スイッチが入れ替わるというか、チェシャ猫が豹にトランスフォームするというか……海苔緒はこの状態のアストルフォのことを密かに『イケメンモード』と呼んでいる。

 昨日の夜もギージュと行動を共にしたアストルフォが、ギーシュの取り巻きであった女の子たちを最終的には自分の取り巻きに変えていたのだ。

『アストルフォを何とかしくれ!』とギーシュに泣きつかれた海苔緒だが、鋭い視線で『自業自得よ!』と語るモンモラシーの手前、何も出来なかったのである。

 

 

「貴方のこともルイズから聞いているわ。異界から召喚された異教の聖騎士様だって。随分と情熱的なのね。信仰を守る騎士なのに……いけない方」

 

 ただらぬ雰囲気を発する二人。海苔緒はオロオロするだけで何も出来ない。

 そして流石に拙いと思ったのか、ルイズが止めに入った。

 

「ちょっとキュルケ! 何やってんのよ!! アンタ、コルベール先生はどうしたの!?」

 

 その言葉の効果はてきめんで、キュルケの全身から発せられていたフェロモンが霧散する。『ごめんなさいね』という言葉と共にアストルフォから手を離すと、ルイズの方へ駆け寄った。

 

「聞いてよ、ルイズ! ジャンったら最近ますます研究に夢中で全然構ってくれないのッ! そりゃ……チキュウの物は素晴らしいわ。化粧品とか、服とか、バックとか、今では無いのが考えられないくらいにッ!! ルイズもそう思うでしょッ! でもでも、全く構ってくれないのは酷いと思わない? 今回の会議だって本当なら同行してくれる筈だったのに、ニホンから来た研究者との仕事が忙しいからキャンセルするって云うのよッ!! ホント、どう思う――ルイズ!!」

 

 キュルケの喋りは本当凄い勢いだった。ルイズはキュルケの勢いに負けて、一歩も二歩も後ろに下がってしまう。

 

「ちょっと、ちょっと!! そんな捲し立てないでちょうだい! 話ならオストラント号の中で、いくらでも聞いて上げるからッ!」

「そう……じゃ、ついて来て! 他の皆も急いでね、こっちよ!」

 

 

 そんなこんなでルイズはキュルケに引っ張られ、他の皆はそれに続いてオストラント号に乗船した。キュルケのペースに皆が呑まれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空の旅は快適なものだった。天気は快晴、甲板を吹き抜ける上空の風は心地よく、海苔緒はケイローンと共に下界の様子を眺めている。

 アストルフォはオストラント号を忙しなく駆け回り、船員であるツェルプストーの使用人達から話を聞いているようである。

 ルイズとキュルケは船内でガールズトークを繰り広げており、ティファニアはそれに付き合っているそうだ。

 そして才人は連日の勉強や、日本の大使や関係者の相手で疲労が溜まっており、船室のベッドで仮眠をとっていた。

 キュルケがケイローンに絡まなかったのは海苔緒も意外に思ったのだが、どうやらケイローンの雰囲気がコルベールのことを思い出させるらしく、余計に寂しくなるのでキュルケはケイローンに近づかないようしているらしい、とのこと。

 

「凄い景色ですね」

 

 海苔緒は甲板から見える地上の様子を見て、感慨深く呟いた。

 ジークフリート化した片目をさらに魔術で強化するば、海苔緒は遥か彼方をはっきりと見通すことが出来るが、アーチャーであるケイローンはさらに遠くを見据えることが出来る。そう思うと、ケイローンの凄さを改めて実感する。

 それから思いついたように、海苔緒はケイローンに質問を投げた。

 

「……先生は空飛ぶ船に乗ったことはなかったんですか?」

 

 不意に紡がれた海苔緒の言葉に、ケイローンは些か戸惑った様子で、

 

「海苔緒殿、その先生というのは……?」

「もしかして迷惑でしたか? 呼び捨てには出来ませんし、アーチャーと呼ぶのも(型月的に考えて)少し不味いですよね。先生という言葉が一番似合うと思って呼ばせて貰ったのですが……」

 

 敬語なのはケイローンが明らかな目上だからである。海苔緒がアストルフォに敬語を使わないのは……あの人柄だからこそであろう。

 不安そうな海苔緒の視線に気付いて、ケイローンはやんわりと答えた。

 

「いえ、そういうことならば構いません。教師として貴方を教え導くことが出来るかは、まだ分かりませんが……導く者として再びその名で呼ばれるのは、本当に嬉しい限りです」

 

 ケイローンの返答に、海苔緒はほっと胸を撫で下ろす。

 

「ありがとうございます。ケイローン先生。それと、俺のことは呼び捨てで構いません。俺、そんな全然大したヤツじゃないですし」

「いいえ、そんなことはないでしょう。貴方は既に竜を打倒し、多くの人の命を救っている。その行いは英雄として称賛されるべき偉業です。謙遜は美徳でもありますが、度が過ぎれば卑屈にもなってしまう。貴方はもっと自分を誇ってもいいのですよ」

「いや、でも……」

 

 海苔緒は言葉に詰まった。

 そんなモノは借り物だと、自分の力ではないと、そうはっきり口に出してしまいたかった。

 だが、一切合切をケイローンに打ち明ける勇気を、今の海苔緒は持ち合わせていない。故の気まずい沈黙。

 ケイローンは海苔緒に気を使ってか、話題を切り替えてくれた。

 

「話が逸れてしまいましたね。では、好意に甘えて貴方のことは以後、ノリオと呼ばせて頂きます。それでノリオ、『空飛ぶ船に乗ったことがあるか?』という質問ですが……残念ながら、生前の私は、このオストランド号のような空を翔る船に乗ったことはありません。神々の中には斯様(かよう)な船を所有している方がおられる、と耳朶に触れたことがある程度ですね。ですが、しいて私に縁の深い船と云えば……誉れ高き彼の勇士達(アルゴナウタイ)の船――アルゴー船でしょうか」

「それは……」

 

 海苔緒も知っている。ケイローンの弟子であるヘラクレスやカストール、アキレウスの父ペレウスや、ケイローンの狩猟の師である女神アルテミスの加護を授かった女傑アタランテも乗船したと謳われる伝説の船。

 そしてその船に勇者たちを招集したのもまた、ケイローンの弟子であるイアソンである。

 

「あれはちょうど……アキレウスが生まれてまだ間もない頃のことです。私は友であるペレウスから赤子のアキレウスを預かり、アルゴー船の出航を見届けました。今でも瞼と閉じれば、潮風と共に思い出すことが出来る。威風堂々たる英雄達の姿と、彼等と共に誇らしげな笑みを浮かべるイアソンの顔を……」

「でもイアソンは……」

 

 海苔緒はそれ以上口に出すのを躊躇った。アルゴー船で旅に出たイアソンは結果的に故国であるイオールコスの王位を継ぐことは叶わず、その後にイアソンはコリントス王の娘と結婚するためにメディアを裏切り、激怒したメディアからの報復を受けて全て失ってしまう。

 イアソンはその後、当てもない放浪の末に……かつての栄華の象徴であるアルゴー船の残骸に埋もれて果てた、と伝承では云い伝えられている。

 

「云いたいことは分かります。確かに(イアソン)は過ちを犯し、悲惨な最期を迎えたのでしょう。彼だけではありません。あの時私が抱えていた赤子のアキレウスも、あの後……予言された運命の通り、駆け抜けるように華々しく生きて短いその命を散らした。やりきれない……と思わない、と云えばそれは嘘になる」

 

 ケイローンは沈痛な面持ちで静かに語る。彼等の保護者であった身として、彼等の最期に思うところがあるのだろう。

 だがケイローンがかぶりを振って、話を続けた。

 

「ですが、それでも彼等の生きた人生の中には確かな輝きが存在していたのです。それは僅かな瞬きのような光だったのかもしれません。けれどそれだけはきっと、誰にも否定することは出来ないでしょう。ですから、私にとって彼等は今でも誇らしい自慢の弟子であることに変わりありません」

 

 ケイローンは迷いの全く見られない晴れ晴れとした顔で、そう云いきる。

 本心で云っているというのは、海苔緒にもはっきり伝わった。

 ケイローンにとって、弟子であった人物達は皆一様に大切な存在なのだ。

 

「そうですか……」

 

 頷く海苔緒に、ケイローンは云おうか云うまいか、躊躇っていたことを口にする決意をした。先生と呼ばれたからには、その役割を果たしたいと思ったからだ。

 まだ短い縁ではあるが、ケイローンは既に海苔緒のことを幾分か理解し始めていたのだった(勿論転生者である等とは、考えもしていないが)。

 

「ノリオ、教え導く者として老婆心ながら一言だけ云わせてください。――過ちは誰においてもあるものです。貴方が何を抱えているかは分かりませんが、貴方は必要以上に自分を追い詰めている節があります。辛い時は、辛いと口に出した方がいい。貴方はそういう事が苦手なのでしょうが」

 

 ケイローンはさらりと海苔緒の本質を云い当てた。

 海苔緒自身も考えないようにしているのだが、……心のどこかで贖罪の機会を探していた。

 認めたくはないが、日本政府に積極的に協力しているのは母のためであると同時に、自身の二度目の生の意味を見出そうとしてのことだ。

 海苔緒が似合わない無茶や無理をしているのも、根本にそんな想いが隠れているから。

 

 

 

 ――そして或いは、己の心臓を動かす()の英霊の想いも、その目的と溶け込むように同調しているのかもしれない。

 

 

「……ありがとうござい、ます」

 

 上擦ったような震える声で海苔緒はケイローンに感謝した。覆われていた心が少しだけ露わになって、海苔緒の目から一筋の涙が溢れる。

 悩みを打ち明けることはしなかったが、それでも海苔緒はケイローンの傍らで少しの間静かに泣いた。

 ケイローンはそんな海苔緒の姿を優しい目で、終始見守ったのだった。

 




次回はなるべく早く投稿したいと思います。
乙女の作法の2もやりたいんですけどね……ORZ
遅れたらごめんなさい。

では、


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第二十七話「ロマリア会議。または集う人々」

更新遅れ申し訳ございません。
ゲームやってた訳ではないです、年末前の激務で全然執筆の時間が取れませんでした。
まさかあんなに忙しいとは……正直舐めていた。

後ゲート最新刊読みました。
ゲート編のプロットで、半オリキャラとして『カティ殿下の隠し子』とか考えていたのですが……ちょうど原作がカバーしてくれたので良かった良かった。
ゲート編は原作とも違った結末を考えていますので、ご期待して頂ければ幸いです。

オリジナル作品の方は来年から連載出来れば、いいなぁと思ってます。まだ全然書けてないですけどね……ORZ


 ケイローンとしばらく会話を続けた後、海苔緒は風に当たり続けて冷やした体を温める為、船室で休むことにした。

 ケイローンはそのまま甲板に残り、一人で思案に(ふけ)っていたようである。

 そんなサイクルを何度か繰り返す内に陽は沈み……その夜、海苔緒はアストルフォに誘われ、甲板で星空を観賞した。

 はっきりと透き通った夜空に浮かぶ満点の星々は、まさに天然の投影天象儀(プラネタリウム)

 船員から貰った毛布に(くる)まり、海苔緒とアストルフォは星を互いに指し合って……どんな形に見えるか議論を交えた。

 こうして夜は更け――また朝が訪れる。

 朝日と共に見えたのは……数ヶ月前にエンシェントドラゴンにより壊滅的な被害を受けた海上都市アクイレイア。ガリア国境付近の火竜山脈の麓に位置する人工島と水路で構成された街だ。

 ルイズとティファニアに与えられた【アクイレイアの聖女】の称号もここから来ている。

 かつてはイタリアのベネツィアを思わせる優美な街並みを誇った都市は、未だ無残な姿に荒れ果てたまま。住人の多くが死傷したため、復興の目途が立たないのである。

 才人たちは、そんなアクイレイアの景色を複雑な表情で眺めていた。

 かつて……とはいっても一年経つか経たないかだが、栄えていた頃のアクイレイアに訪れていたこともあった才人とルイズ。

 生き残った住人を勇気付けるために何度か慰問に訪れたこともあったそうだ。

 それ故思うことも多々あるのだろう、と……当人でない海苔緒にも容易に理解出来た。

 そうして……エンシェントドラゴンの残した爪痕を目の当たりにして間もなく、一行は宗教都市ロマリアへと辿り着く。

 規則に(のっと)り、港で一切の武具や杖を預けるか、厳重に鞄に収めるかして、海苔緒と才人たちは宗教都市へと入国し、聖堂騎士の護衛を伴う豪華な馬車に乗り込んだ。

 さすがハルケギニア各地の神官たちが『光溢れた土地』と形容するだけあって、宗教都市ロマリアの市内には豪華絢爛な寺院がずらりと並んでいる。

 但し、濃厚な光には濃密な影が付きまとう。

 陽光の指す通りを煌びやかなお仕着せを纏った神官たちが歩む……その隣では、日の差さぬ裏通りにて貧民たちが肩を寄せ合って貧民(くつ)を形成していた。

 似たような風景がそこらかしこで見て取れる。

 レコン・キスタの反乱、ガリア戦役、加えてエンシェントドラゴンの復活。

 立て続けに起きた災禍で生じた難民が、ここ宗教都市ロマリアに流れ込んできた結果だ。 

 何というか……煌びやかな神官と襤褸のような服を纏った難民たちの対比は世の中の不公不条の縮図を示すようにも見える。

 けれどルイズに云わせれば、神官たちのお仕着せは大分地味になっているし、各宗派の寺院の前で行われている炊き出しの質や量も増えているとのことで、『ここも大分マシになったわね……』と溜息混じりに呟いていた。

 前教皇の尽力の成果だそうだ。そうであるなら、以前はどれほど酷かったのだろう?

 海苔緒はふと、隣のアストルフォに視線を落とす。

 アストルフォが現在サーヴァントとしての姿だが、腰の剣と白のマントは具現させていない。

 武器となる剣は当然として……マントを具現させていないのはロマリア聖堂騎士団とのトラブルを避けるため。

 ロマリア聖堂騎士団――宗教都市ロマリアで唯一武装を許されたロマリア精鋭中の精鋭。皆一様に銀糸の織り込まれた純白のマントを纏い、狂信にも似た信仰の下で彼等は文字通り“死ぬまで”戦い続ける。

 そんな彼らの装いはアストルフォの騎士姿に類似していた。

 聖騎士という同じルーツを持つが故の相似だろう、と海苔緒は思った。アストルフォもロマリア聖堂騎士団を見て、かつての十二勇士とそれに付き従った聖騎士たちを思い出した様子である。

 ともかくロマリア聖堂騎士を騙った等と文句を付けられないため、海苔緒は事前にマントを外してくれと、アストルフォへ頼んでいた。

 

 

『もう、大げさだなぁ……ノリは』

 

 そう云いつつもアストルフォは海苔緒の要請通りマントを外してくれた。ティファニアも同様に大きめの帽子で耳を隠している。

 エルフとの和睦が水面下で進んでいると云え、ブリミル教徒にとって異教徒(エルフ)は未だ異端に変わりなく、それが格別敬虔な教徒であるロマリア聖堂騎士とあっては尚の事。

 エルフとの完全な和平はまだまだ遠く険しい道のりと云えよう。

 

 

 

 ――そうこうしている内に目的地が見えてきた。巨大な門だ。その先にあるのがブリミル教の総本山に置かれた宗教庁、ロマリア大聖堂。五本の塔が五芒星を描き、その中心に巨大な塔が建てられている。その建築様式はトリステイン魔法学院にとても良く似ている。

 当然のことだ。トリステインにある魔法学院はこの大聖堂を模して造られたのだから。

 ただ規模が違う。魔法学院とは赤子と大人ほどに大きさが異なっている。それだけロマリア大聖堂は荘厳で巨大だった。

 フランスの凱旋門の如き大層立派な門を潜り、海苔緒や才人たちは中心の塔まで馬車で送って貰い、そこから徒歩で会議が行われる広間まで案内を受けた。

 会議場には先んじてガリア代表の面々が待機していた。

 メンバーは女王であるタバサ、女官の恰好をした使い魔の風韻竜、シルフィード(人間体の時は本名のイルククゥを名乗っている)。加えてタバサの親衛隊とも云うべき東薔薇騎士団団長に任命されたバッソ・カステルモールが護衛として同行している。

 彼は元々下級貴族の出で、タバサ(シャルロット)の父オルレアン公シャルルに見いだされ、、忠誠を誓っていた騎士。

 ジョゼフがシャルルを殺害した後はジョゼフに従う振りをしつつ、ジョゼフを打倒しタバサを女王として擁立する計画を練っていた。

 タバサとその母であるオルレアン公夫人を才人等がビダーシャルから救出した後、国境を越える際に協力してくれたのも彼でもある。

 そうであるから、カステルモールにとって才人は主君であるタバサやオルレアン公夫人を救った恩人である筈なのだが……、

 

「よぉ! 久しぶりだなッ、タバサ」

 

 才人が無遠慮に声を掛ける。一国の女王に対しては無礼千万とも取れる挨拶。

 けれどタバサは途轍もなく嬉しかった。立場を変わろうと、自分に接する態度が全く変わらない彼がどうしようもなく好ましかった。

 ――自分を絶望の檻から救ってくれた勇者。残る己の一生全てを捧げたいと思った相手。

 最初は崇拝と恋慕の入り混じった感情であったが、時間を掛けて混じり合うことによりそれ等のタバサの想いは才人に対する深い愛情へと醸成されたのだ。

 その気持ちは今も変わらず、ルイズと結婚した後も燻り続けていた。

 タバサは対してコクリと頷くと、顔を真っ赤にして俯いてしまう。そして時折才人の方へ期待するような視線を送っている。

 現代的且つ下種な物云いをあえてするなら、タバサの顔は俗に云う【(めす)の顔】というヤツだろう。

 キュルケは友人として掛けようとしていた声を止め、ニヤニヤとした表情を浮かべた。

 それと相反するように護衛のカステルモールは、見る見る内にギリギリと歯を軋ませるような壮絶な表情で才人を睨み付けた。もし仮に帯剣していたら、怒声を上げ問答無用で斬りかかりそうな勢い。

 

「カ、カステルモールさんも、おッ、御久しぶりデスネ……」

 

 威圧されてぎこちなく才人が挨拶をすると、カステルモールは睨み付けたまま『フンッ!』と一瞥くれるだけであった。

 カステルモールの気持ちは分からなくもない。タバサが女王の地位を妹のジョゼットに譲ろうとしている件も、何割かは才人のことが理由に絡んでいるだろう。

 何よりカステルモールは聞いてしまったのだ。

 女官として側に侍るシルフィードとタバサとの会話で、『妾でも、四人目でも、私は構わない』とタバサが発言していたのを。

 ちなみ三人とはルイズ、シエスタ、ティファニアのことである。カステルモールからすれば正妻のルイズと結婚して未だ数ヶ月というのに、妾が二人も居るのは激しく乱れている。

 英雄色を好むと云っても限度があるだろうッ!!

 

 ……こんな盛りの付いた犬のような色狂いに、断じて亡きオルレアン公の娘であるシャルロット様は任せられないッ!!

 

 亡くなった尊敬する上司の娘に悪い虫がついて憤慨する熱血部下の如き心境で、カステルモールは才人を敵視していたのだった。

 そんな才人をルイズも睨み付けているかと思えば……そんな訳でもなく、飽くまで冷静に事の成り行きを見守っていた。

 結婚前ならこの場で同じく激怒しただろうが、結婚して確固たる繋がりを得たことにより、ルイズの中で少し余裕が出来たためだろう。

 同時に自分一人で才人を支えることの難しさもここ数ヶ月で実感した。出世により妬まれた才人を守るためにも使用人であるシエスタの協力は不可欠であるし、ティファニアも同じような理由と多少の同情で同衾を許していた。

 加えて才人を支えていくためにルイズはシエスタ、ティファニアと間に協定も結んでいる。

 タバサの事情を知っているが故に、ルイズもタバサまでなら許容してもいいかもしれない……位には奇跡的にも態度を軟化させていたのだ。

 だが赤の他人の女は駄目だ。ルイズは許せない。……後、親友である姫様も。世界が終ろうとも絶対に。

 ルイズがそんなことを思っている最中、使い魔のシルフィードはタバサの気持ちを代弁しようかと迷っていた。

 

『見るのね! お姉さまはこんなメスの顔をして、お前に卵を産ませて欲しがってるのね!』

 

 ――とか、そんな感じに。

 が、そんなことを云うと主人であるタバサに飯抜きにされてしまうことをパブロフの犬的に覚え込まされていたので、シルフィードはあえて何も云わないことにする。

 

 ……御主人(おねえ)様の繁殖も大事だけど、自分の餌はもっと大事ね!

 

 

 幼い韻竜の思考は、単純且つ極めてドライだった。

 口を開く代わりにシルフィードが目を泳がせたそのタイミングで、再び会議室の扉が開かれた。

 トリステインの女王アンリエッタと護衛の銃騎士アニエスの両名を引き連れて、この会議の主催者であるジュリオ・チェザーレが姿を見せたのだ。

 

「やぁ、久し振りだね、サイト。それにルイズも。頼んだ通り……どうやら例の二人も連れてきてくれたみたいだね」

 

 つい二ヶ月前にガチの殴り合いをした相手へ見せるものとは到底思えない、雅で爽やかな挨拶だった。ちなみに表情も満面の笑み――いつもの飄々とした伊達男の顔だ。

 才人とルイズは面食らったように固まるが、ジュリオが構うことなく話を続ける。

 

「二ヶ月前はすまなかった。怒りの余りに、ぼくも我を忘れていたんだ。許してくれるとありがたい」

 

 いけしゃしゃとそんなことを云い放った。大した面の皮の厚さだ。

 ルイズは何となく、才人を巡って取っ組み合いを繰り広げたこともあるアンリエッタの方に視線を泳がせた。

 けれど才人は、その厚い面の皮の下に強い激情を秘めていると知った。だから下手に軽口を交わすことも出来ず、警戒した才人はぶっきら棒に告げる。

 

「俺は別に構わねぇよ。ただ謝るなら俺じゃなくて、タバサの方が先だろ。……お前を御咎めなしにしたのも、タバサだしな」

 

 ……それが筋ってもんだろう、と才人は振り向かずに後方のタバサを指した。

 ガリアの女王であるタバサに殴りかかろうとしたのだ。いくら事情があるとはいえ、本来なら厳罰は免れなかったのだが、タバサ本人がジョゼットに関することで一部非を認め、ジュリオを無罪放免にしていた。

 

「ぼくとしたことが、それは失礼した」

 

 才人とルイズに優美に一礼すると、軽い足取りでタバサに近づく。

 しかし付き人であるカステルモールとシルフィードが、当たり前のように立ちはだかる。

 カステルモールは才人相手の時のような、あからさまな怒りこそ表には出していないが、冷たい眼差しでジュリオを牽制する。対してシルフィードはガルルッと獣のように唸って威嚇した。

 ジュリオが肩を竦めるが、二人は全く意を介さない。

 

「カステルモール、シルフィード。大丈夫、下がって」

 

 そんな二人に、タバサは下がるよう指示をした。

 

「しかし……」

「でも……」

「――いいから下がって。大丈夫、問題はない」

 

 一言目より明らかにタバサの語調が強くなった。元々感情が押し殺して喋るタバサだからこそ余計に強調される。

 顔を見合わせた二人は渋々タバサの命に従って後ろに付く。けれどもジュリオに対して目線は外さない。不作法を働けばいつでも飛び掛かれるぞ、と言外に告げているようであった。

 ジュリオは少し距離を置いて膝を付き、臣下の礼の如き姿勢を示す。

 

「ご機嫌麗しゅう、シャルロット女王陛下。ジョゼット様は息災でしょうか?」

「お蔭様で。バリベリニ宰相は非常に有能。ジョゼットの護衛の件も助かっている」

 

 タバサは簡潔に即答した。

 バリベリニ宰相とはロマリア出身の助祭枢機卿のことである。タバサの女王即位に伴ってガリアの宰相に就任した。

 原作ではヴィットーリオ教皇の命に従い、タバサとジョゼットの入れ替わりを画策した人物の一人だったが、この世界においてはジュリオの協力要請を受けて真面目に宰相を務めている。 

 護衛に連れてきたロマリア聖堂騎士をジョゼットやオルレアン夫人の警護に回すことにより、二人の安全をより高めていた。

 異端審問に掛けられるリスクを考えると、良くないことを考える輩も動きが取れなくなる。抑止力として聖堂騎士は機能を果たしているのだ。

 加えてバリベリニ宰相は、ジョゼットが陸の孤島に軟禁されていた事実を醜聞ではなく、子を想っての致し方のない処置……つまりは美談として、情報を巧みに操作してガリアの世論をコントロールして見せた。

 腹黒なのは変わりないが、バリベリニ宰相の策謀はガリア王家を害する方向には向いていないので、イザベラに多少警戒されているレベルである。

 そしてジョゼフの娘であったそのイザベラは、タバサやジョゼット……加えてその母親であるオルレアン夫人と良好な関係を築いている。

 今頃もタバサと同じ位に溺愛気味のジョゼットの補佐についているだろう。

 

「やはり考え直しては頂けませんか? ジョゼット様は未だ己の出自を知って数ヶ月と経っておりません。女王となるだけの知識と覚悟――そして何よりも、自らの意思は御有りなのかと疑問に思います」

 

 

 ジュリオの発言は不敬と取られてもおかしくないものだったが、カステルモールは何ら反論しなかった。迷っているのだ。

 オルレアン公シャルルの双子の娘の内、どちらが女王としてガリアを治めていくべきか……カステルモールはまだ答えを出せないでいる。

 けれどタバサは、ジュリオの言葉に心動かされる様子はない。

 

「足りないものはこれから補えばいい。ジョゼットにも何度も意思を確認している。新しい政治体制への移行と共にジョゼットに女王の地位を譲る。これは決定事項」

 

 既にオルレアン公派の有力貴族には概要を伝えてある。彼等は一様に戸惑った様子だったが……ジョゼフ王が敷いたような圧政を二度と繰り返さないためだと説明すると、皆納得してくれた。

 イザベラと共にタバサはガリアを生まれ変わらせる準備に着々と進めている。

 新しいガリアには、新しい王が必要で……それは自分のように過去に囚われて生きてきた人間には相応しくないと、タバサは思っている。

 それはジョゼットのような何の確執も持たない人物がなるべきだ、とも。

 

 

「自分の妹に、女王の地位を押し付けるおつもりか?」

 

 穏当に聞こえるが、ジュリオの言葉には静かな怒気が混じった。

 タバサはジュリオの訴えを真っ直ぐ受け止めて、

 

「そうかもしれない。けれど、わたしはあの子(ジョゼット)に日の当たる道を歩んでほしいと思っている。――ジュリオ、貴方がそうしてくれたように」

 

 ガリア王族において双子の存在は禁忌であり、政争の原因としても忌み嫌われていた。だから双子として生まれたタバサとジョゼットは、生まれて間もなく離れ離れとなり、互いの存在すら知らなかった。

 このままタバサが女王を続ければ、ジョゼットは女王の双子の妹として一生日陰者の道を歩むことになるだろう。禁忌の子……、と後ろ指を指されるかもしれない。

 タバサはそんな道を妹に歩ませたくはない。光溢れる道を堂々と歩んでほしいのだ。

 それは厚かましい押し付けかもしれない。……けれど、そこには不器用ながらもタバサの妹を想う気持ちが確かにあった。

 タバサの瞳に湛えられた強い意志を目の当たりにして、ジュリオは深い溜息を付く。

 

「どうやら思いのほか、御決意は固いようですね。分かりました。ただ一言だけ御無礼を。“ジョゼットを悲しませる奴は何人たりともおれが許さない。それだけは覚えておけ!” ……失礼致しました。ですがどうかお忘れなきよう」

 

 途中ジュリオはあえて口調を素に戻した。カステルモールもさすがに許容出来なかったのか飛び出しそうになるが、タバサは片手を横に伸ばしてカステルモールを制止する。

 

「シャルロット女王陛下!? しかしッ……」

「問題はない。ジョゼットの件は肝に銘じておく」

「……感謝致します。女王陛下」

 

 

 

 ――こうして剣呑な問答は終わり、会議は開始されることとなる。

 元々非公式の側面の強い会議であるので人数は少数だ。殆どが顔見知りであるが、海苔緒とアストルフォ、ケイローンだけはそうでもないので、会議の初めに改めて自己紹介をした。

 海苔緒が大型の竜を真っ二つに斬り裂いたと知って、アニエスやカステルモールは少しだけ驚いたように眉を顰めたが、才人という前例を知っていることもあり、予想していたよりは驚いていない。

 タバサの使い魔シルフィードに至っては本当に嫌そうな顔をしている。無理もない。 同種ではないとはいえ、自分と同じドラゴンを両断したと聞いて喜ぶ筈もないだろう。

 三人の自己紹介の後、いよいよジュリオの話が始まり……、

 

「まず初めに皆様にお伝えしたいことがあります。つい数ヶ月前に封印から復活し、ハルケギニアを襲ったエンシェントドラゴンに関してのことです」

 

 耳朶に触れた瞬間、全員の身が固くなる。

 

「歴代の虚無の担い手が残した資料を解析した結果……世界を燃やし尽くした災厄【エンシェントドラゴン】。それは一個体の存在を示すものではなく、一つ種……つまり複数の個体を示すものだと判明致しました」

「――ッ!?」

 

 ジュリオの言葉に、会議の場に居た全員が絶句した。

 




休みは入りましたので今度こそ早く更新したいと思います。

では、


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第二十八話「明かされる真実。または奴は古代竜の中でも一番の小者」

今年最後の投稿です。
皆様どうか良いお年を。


「歴代の虚無の担い手が残した資料を解析した結果……世界を燃やし尽くした災厄【エンシェントドラゴン】。それは一個体の存在を示すものではなく、一つ種……つまり複数の個体を示すものだと判明致しました」

「――ッ!?」

 

 会議の場にざわめきが奔る。

 無理もない。各国の艦隊と虚無の力を結集して(後F-2戦闘機の尊い犠牲も)、やっと倒せた怪物だ。それが一匹どころか……二匹、三匹と他に居ると知れば、動揺も無理からぬ話である。

 普段から鉄面皮を保っているタバサすら、驚きが表情から見て取れる。堪らず才人は声を上げた。

 

「ジュリオ! つまりそれはあの化け物がまだ居るってことか!? もしハルケギニアがまた襲われるなんてことになったら……」

 

 焦燥の滲む才人の言葉を、ジュリオは落ち着いた様子で否定した。他にエンシェントドラゴンが生き残っていたら彼もこれほどの余裕は無かった筈だ。

 もしそうなら、虚無の担い手となったジョゼットが狙われる筈なのだから。

 

 

「安心してくれ、サイト。他のエンシェントドラゴンはとっくの昔に倒されている。火竜山脈に“封印されていた”あのドラゴンが最後の一体だったんだ」

「ちょっと封印って、やっぱりオールド・オスマンの仰っていた通りなの?」

 

 才人の隣に座っていたルイズが“封印”という単語に耳ざとく反応し、話に割って入ってジュリオへ云い募る。

 (いにしえ)の虚無の担い手たちがエンシェントドラゴンを封印した事実は、オールド・オスマン(トリステイン魔法学院の学院長)が古書を紐解いて分かったことである。

 ジュリオはルイズに対して厳かに頷いてみせる。

 

「そう……封印なんだよ、ルイズ。当時の虚無たちは他のエンシェントドラゴンを討伐した後に、あえてあのドラゴンだけを、犠牲を払ってまで火竜山脈に封印した。……倒す方が簡単だったのにも関わらずにね」

「何故なのです! 当時の虚無たちは、何故子孫たちに災厄を残すようなことをしたのですか?」

 

 

 動揺から回復したアンリエッタが今度は口を開く。アンリエッタもまた始祖の血脈を継ぐ者の一人。自分たちの祖先が古代竜の災厄をもたらしたのか、と思うと気が気ではなかった。

 

「そうせざるを得なかったのです、アンリエッタ女王陛下。より大きな災厄を回避するために、当時の虚無たちは仕方なくエンシェントドラゴンという災厄をハルケギニアに残してしまった」

「「……より大きな災厄!?」」

 

 再び会場はざわめいた。

 ジュリオは深呼吸して机の置かれたコップの水を飲み干すと、湿らした舌をゆっくりと慣らすように動かす。

 

「事を分けて話しましょう。後々その災厄については説明しますが……まずはエンシェントドラゴンについてです。先程私はエンシェントドラゴンを一つの種族と云いましたが、より正確に述べるなら……エンシェントドラゴンは、ある古代種のドラゴンの中から誕生する特別な個体のことを指します。――それ等は韻竜たちの言葉で【全てを喰らうモノ】と呼ばれていたそうです」

「あっ! そのドラゴン知ってるのね!! わたしが悪さするとすぐ父様と母様がその竜の名前を出して、『丸呑みにされる』ってわたしを脅してきたのね」

 

 きゅいきゅい、とシルフィードが思わず口を開き、ほぼ全員の注目が集まる。

 タバサは真横に居るシルフィードへ顔を向けた。

 

「何故云わなかった?」

「そんなこと云われても、わたしも今知ったのね! それよりそこの暴力人間!! 何でお前が韻竜の言葉を知っているのね!?」

 

 人の名前を憶えないシルフィードは、主人であるタバサに殴りかかろうとした前科のあるジュリオを暴力人間と呼んだ。

 対してジュリオは特に反応しなかったが、内心苦笑していた。

 シルフィードはどうやら、数ヶ月前に倒したエンシェントドラゴンと、両親が話していた古代種の竜が同じものとは思っていなかったらしい。

 そしてシルフィードの『何故韻竜の言葉を知っている?』という質問は(もっと)もであり、再び視線はジュリオに集まった。

 

「それも資料に書かれていたからだよ。当時の虚無の担い手たちには韻竜の協力者が居たようだ……君のような、ね。それだけじゃない、資料の情報によれば、歴代の虚無の担い手の中には韻竜や翼人や獣人――果てはエルフを使い魔にした者達も居たらしい」

 

 ジュリオの発言に、会議場に何度目かの衝撃が奔る。

 

「どういうことだよ!? 担い手の使い魔になれるのは人間だけじゃなかったのか!?」

「何事にも例外がつきものということだよ、サイト。人間と似たような姿を持つ者や、人間と同等かそれ以上の知恵を持つ者といった……人に近しい存在が虚無の使い魔に選ばれる場合もある。ただ、それだけのことさ。それに偉大なる我らが始祖も……いや、これ以上は無粋だね」

 

 ジュリオが発言を避けたのは、始祖ブリミルの使い魔であるサーシャのことである。 彼女はエルフの剣士で、才人の使っていたデルフリンガーの最初の持ち主だ。

 他にも……ハーフエルフのティファニアが虚無の担い手に選ばれたことや、担い手ではないにしても、始祖の血を引いているタバサが韻竜であるシルフィードを召喚したことは、それと関わりがあるのではないか?

 ジュリオはそこまで考えていたが、明言は避けた。

 才人は夢の中でブリミルとサーシャに会ったことがあり、その夢の内容の裏付けはデルフやビダーシャルがしてくれた。

 加えてその事を才人はルイズだけではなく、他の人物にも打ち明けており……アンリエッタやタバサも周知していた。

 勿論ジュリオも知っていて、こんな言い回しをしたのだ。大変不敬であり、ブリミル教の総本山でするような話題ではない。

 けれど、それを咎める者はこの場に居なかった。

 

「話を戻しましょう。協力者だった韻竜の証言によれば、【全てを喰らうモノ】と呼ばれる竜は、初期の段階では火竜程度の知性と力しかないそうです。けれど奴等は強いモノを喰らうことで、喰らったモノの力を獲得し……そしてさらに、より強いモノを捕食しようとする。その本能は同種の竜……つまり【全てを喰らうモノ】同士にすら適応されるらしいのです」

 

 要は強くなる為には共食いすら厭わないという訳だ。種族は違えど同じ竜であるシルフィードは露骨に顔を(しか)めた。

 海苔緒は呪詛に用いられる蠱毒の儀式が頭に過る。

 ルイズやティファニアは、オスマンが云っていた『エンシェントドラゴンは虚無の担い手を喰らい、力を得る』という言葉を思い出していた。

 ジュリオは説明を続ける。

 

「大抵の【全てを喰らうモノ】は、攻撃的過ぎる習性が仇となって成長途中で同種または他種によって排除されるそうなのですが、ごく稀に排除を免れて手が付けられないほど成長する個体が現れる。それが我々の知るエンシェントドラゴンというわけです。遥かに古の時代に繁栄していた韻竜などの古代種が全滅寸前まで追い込まれたのは、エンシェントドラゴンと呼ばれるまでに成長した複数の【全てを喰らうモノ】と苛烈な生存競争を繰り広げたためだとも、韻竜は云っていたそうです」

 

 長年ハルケギニアでは、韻竜などの古代種が何故繁栄から絶滅(一般的にはそう思われている)まで衰退したのか謎だったのだが、その真相はジュリオの言葉によって明らかになる。

 タバサは再びシルフィードの方へ顔を向けた。

 

「何故教えなかった?」

「そんなこと云われても知らなかったのね! 父様と母様から聞かされた気がするけど、いちいち憶えてられないのね! 勉強は苦手なのね!」

 

 きゅいきゅい、と鳴き声を上げて反論するシルフィード。タバサは胸の内で『私の使い魔は何故ここまでお馬鹿なのだろう?』と一瞬考えてしまったが、シルフィードの名誉のため直接口には出さない。

 

「それで韻竜たちは、エンシェントドラゴンに負けてしまったということですか?」

 

 アンリエッタの声に、ジュリオはかぶりを振った。

 

「いいえ。韻竜などの古代種たちは、同胞の大半を失いながらもエンシェントドラゴンの群れを倒しました。……けれど誤算があった。エンシェントドラゴンの生命力は信じられないほど強く、死んだと思われていたエンシェントドラゴンの中にまだ仮死状態で生きている個体がいくつか存在した。そして地竜を喰らって大地に擬態する能力を得ていたエンシェントドラゴンたちは、仮死状態のまま周囲の岩山と同化して、元素の力を周辺から吸収したのです。――復活のため、数千年近い時を費やして」

「じゃあ、エンシェントドラゴンが空を飛ぶ前に岩石みたいになったのは……」

「想像の通りだよ、ルイズ。あの習性はその名残みたいなものさ。擬態と同時に防御の意味もあるんだろうね。教皇陛下から受けた傷を回復すると同時に、新たな力を体に適応させるために……」

 

 そこまで口にしてジュリオは僅かに顔を歪めた。エンシェントドラゴンに呑みこまれた前教皇を思い出してのことだろう。ジュリオにとって、前教皇は色々な意味で恩人だったのだ。

 あの時の絶望と無力感をジュリオはまだはっきり覚えている。あの時のジュリオはデルフを喪った才人以上のショックを受けていたが、気丈にもそれを表に出すことは殆どなかった。

ジュリオは脳裏のイメージを振り払い、話を続ける。

 

 

「かくして古代種との全面戦争から数千年後、エンシェントドラゴンたちは復活を遂げた。けれど獲物となる古代種たちは激減しており、簡単には見つからない場所に隠れ住んでしまっていた。……だが、エンシェントドラゴンたちは代わりに新たな力に気付いた。ハルケギニアに根付いた強い力に、ね」

「それが、虚無?」

 

 タバサの問いをジュリオは肯定する。

 

「お察しの通り――復活したエンシェントドラゴンの大半は虚無の力に惹かれ、ハルケギニアに襲来。幸いと云うべきか……当時のハルケギニアは聖地奪還のための戦力を大幅に拡充しており、虚無の担い手とその使い魔たちは『四の四』が集結していた。まさに『聖戦』が発動されんとする矢先に、エンシェントドラゴンたちは虚無の前に現れ……」

 

 徐々に迫力を増すジュリオの語りに、会議場の皆が固唾を飲む。

 ジュリオ自身も語ることすら憚られると云わんばかりに、己が身を震わせていた。

 

「――激戦だったそうです。そんな一言二言で済むような話ではありませんが、そう形容する他ない……と資料には書かれていました。レコン・キスタとガリア戦役と我々が経験したエンシェントドラゴン襲来。それ等全てを纏めた規模の戦だったと御想像ください」

 

 ハルケギニアの人々には想像も出来ない、途方もないスケールの話だった。アンリエッタなど、眩暈で起こして今にも倒れそうな様子である。

 だが地球出身である海苔緒や才人は何となくだが想像はつく。おそらく“バルカンの火薬庫に火を点ける”ぐらいの勢いはあったのだろう。

 

「担い手も使い魔も、短い間に何度も代替わりしました。聖地奪還のために集められた精鋭たちもその(ことごと)くが壊滅させられたそうです。そしてついに追い詰められ、当時の虚無たちは最終的には天敵だったエルフと手を結んだ。エルフたちの砂漠もまたエンシェントドラゴンの襲撃により、危機に陥っていたのです」

 

 聖地に満ちる力が目的だったのか、エルフの先住魔法の力に惹かれたからかは、分からない。けれど事実としてエルフたちもエンシェントドラゴンに襲われ、存亡の危機に瀕した。

 ……少なくとも“悪魔”と忌み嫌っていた虚無と手を結ぶほどには。

 

「追い詰められて協力した担い手とエルフ達は、知恵を出し合った末……強力な火石を虚無の魔法で解放するという凄まじい攻撃法を考案し、エンシェントドラゴンの動きを封じるために先住魔法で強化した巨大なゴーレムを複数用意した。それが一体何のかは皆様ご存じの筈です」

「それってまさか……『ジョセフの使っていた!』『火石』『ゴーレムもじゃない!!』」

 

 皆の声が交錯する。

 それ等はまさしく――ガリア戦役にジョゼフが用いた虚無の獄炎と、その使い魔【神の頭脳・ミョズニトニルン】シェフィールドが使役したヨルムンガントそのものだ。

 

「ジョゼフや使い魔のシェフィールドが散逸した文献からそれ等を模倣したのか? または独自に想到(そうとう)したのか? 今となっては、真相は闇の中です。けれど少なくとも彼等はエンシェントドラゴンの存在は知らなかった筈です。もし知っていたならば……」

「嬉々として真っ先に甦らせたでしょうね。()の狂王はハルケギニア全土が煉獄の釜の底に沈むのを……誰よりも望んでいましたから」

 

 ジュリオの言葉の先を、アンリエッタは神妙な表情で紡いだ。

 ジョゼフと直接対峙し、真っ向から交渉を挑んだアンリエッタだからこそ分かる。あの男は掛け値なしに中身(こころ)が空っぽだった。虚無(うつろ)の担い手とは良く云ったものだ。

 その原因となった行き違いの真相を既に聞かされていたアンリエッタは、思い出すだけでやり切れない気持ちが溢れてくる。

 

「こうしてエルフとハルケギニアの住人たちは、決戦に臨んだ。担い手を囮に誘き寄せ、巨大ゴーレムで動きを封じたエンシェントドラゴンを、片っ端から暴走させた火石で吹き飛ばす――そんな作戦を敢行したようです。終わる頃には周辺は灰燼と化し、ハルケギニアの一部の地形は大きく変わってしまった……と書かれています」

 

 要するにエンシェントドラゴンを倒すため、火石をハルケギニアの地で乱発したということになる。

 太陽にも似た巨大な火の玉がもたらす在り得ない規模の破壊を、間近で目撃していた会議の参加者達は周囲がどんな有様になったのか容易に想像出来た。

 例えるなら核兵器を連射したような暴挙とも取れる。放射能汚染がなくとも、その破壊がどれだけ凄まじいかは……誰にでも分かるだろう。

 

「ジュリオ殿! ひょっとして『世界を燃やし尽くした災厄』……というのは?」

「多分想像の通りですよ。エンシェントドラゴンのことだけではなく……討伐のために使用した火石による被害も含めて、『世界を燃やし尽くした災厄』と呼ばれるようになったのです。こんな目を当てられない事実を、記録に残しておく訳にもいかなかったんだろうね」

 

 アニエスに対して、ジュリオは自虐的な笑みを浮かべて回答する。

 道理で資料が残されていない訳だ。エンシェントドラゴンを倒すためにとは云え、虚無の力によって、自らハルケギニアを火の海へと変えた。そんな醜聞を後世へ伝えられる筈もない。

 ジュリオが新たにミョズニトニルンに目覚め、ロマリア大聖堂の地下の隠し扉の存在に気が付かねば、この真実はしばらく晒されることはなかったのかもしれない。

 

「そして最後に。当時のヴィンダールヴが犠牲となり、一番弱かったエンシェントドラゴンを仮死状態に追い込み、担い手たちはエンシェントドラゴンの捕獲に成功した。後は巨大ゴーレムで火竜山脈まで運搬し、地の底深くへと封印。その時、監視の為に出来た街が海上都市アクイレイアの始まりだったという訳で。……以上が、『世界を燃やし尽くした災厄』のあらましです」

 

 最後まで云い終えたジュリオは、コップに残った水を全て飲み干した。それから思い出したように『あのエンシェントドラゴンが火竜を操ってみせた力は、封印される直前に喰らったヴィンダールヴのものだったようです』と補足した。

 

「待ってください!! 何故エンシェントドラゴンを封印したのです。ジュリオ殿、貴方は最初に『より大きな災厄を防ぐため』だと仰いましたが、その“より大きな災厄”とは一体何なのですか!? エンシェントドラゴンの襲撃や虚無による火石以上の災厄など、わたくしには想像も着きませんわ!」

 

 

 アンリエッタの声は悲鳴のようだった。アンリエッタにはこれ以上の災厄がある等と考えたくもない。しかしジュリオは“ある”と云うのだ。

 ならばどれだけ恐ろしかろうと、アンリエッタはハルケギニアを治める王の一人としてその災厄の内容を知らねばならない。

 会議に参加する皆の表情が引き締まる。海苔緒に関しては既にその災厄の正体を大方察していた。

 ジュリオも再び表情を引き締め、厳かに語り出す。

 

「皆、落ち着いて聞いて頂きたい。エンシェントドラゴンにより近い将来に起こる筈だった“より大きな災厄”は回避されています。ですが、それは問題を解決した訳ではなく……再送りにしたに過ぎません。これは放置すれば数百年、数千年後に必ず起こる大いなる災いなのです」

「ですから、それは一体何なのですか!?」

「お答えしましょう、アンリエッタ女王陛下。どうかお気持ちを強く保ってください」

 

 そう忠告を口にしたジュリオは、全員に云い聞かせるよう両手を仰いだ。

 

「それは風の精霊の力の暴走。鉱石として際限なく地下に蓄積した風石の飽和に耐え兼ね、ハルケギニアの大地の半分が空へと浮かぶ大災害。……空に浮かぶアルビオン大陸はその名残なのです。数万年に一度の周期で起こり、数十年間続くこの現象は、こう呼ばれています」

 

 

 ――“大隆起”と。

 

 

 予想通りとはいえ……途方もない問題の出現に、海苔緒は険しい表情を浮かべた。

 

 

 




ロマリアの会議も次回で終了の予定です。
今回提示した大隆起を防ぐ鍵は……海苔緒が握っているとだけ先に申し上げさせて頂きます。

では、



追伸

ご安心ください。“ハルケギニア”に生息するエンシェントドラゴンは絶滅しております(にっこり


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第二十九話「滅亡の精霊石。対するは救済の切り札」

アポクリファ最終巻とエルメロイ二世の事件簿読みました!

色々伏線は残りましたし、今後の展開が楽しみです。


 ジュリオは大隆起に関する子細を語った後……その証拠を示す資料を配り始めた。

 資料には数百年や、数十年前に廃鉱になった風石採掘所に、極僅かだが再び風石が蓄積し始めている事例や、各地の地層調査の結果が記されている。

 皆がその資料に目を通す中、先んじて海苔緒は手を挙げた。

 二人の持つオッドアイ、その視線が交錯する。

 

「正直云って部外者だが……少し聞いてもいいか?」

「構わないよ。それに君もこの会議に参加しているんだ。部外者と云っても今更さ」

 

 ……そりゃ、尤もな話だ、と思いつつ海苔緒はジュリオへ疑問をぶつける。

 

「じゃ、確認させて貰うが……エンシェントドラゴンを封印したのは、復活のための元素の吸収を利用して、風石の蓄積を防いだってことでいいんだな? そんで火竜山脈はハルケギニア全土に風の元素が拡散して流れ込む――云わば、吹き出し口って訳か?」

「まさにその通りだよ、良く分かったね? エンシェントドラゴンは仮死状態に陥ると、周囲から元素の力を吸収して数千年かけて完全体へと自己を復元する。それを当時の虚無たちは利用した訳だ。そして火竜山脈に封じたのは、そこが風の元素の噴出点だからさ。元を塞ぐのが一番有効だからね」

 

 ジュリオは海苔緒の言をあっさり肯定した。

 つまり地の底深く充填される筈だった風の元素を、エンシェントドラゴンに復活するまでたらふく喰わせることで、当時の虚無は迫っていた大陸浮上の刻限を最低でも数百年以上先にずらした。

 それに付随して火竜山脈が封印の地に選ばれたのは、火竜山脈がハルケギニア全土に動脈のように張り巡らされた風の元素の通路(ライン)の大本であり……極めて高質な地脈だったからだ。

 

「待ってくれ海苔緒! 何でそんなことが分かるんだよ!?」

 

 才人は驚き声を上げる。才人もエンシェントドラゴンが封印されていたカラクリは分かった。しかし火竜山脈が風の元素の通路(ライン)の大本であるという事実に、海苔緒が何故気付いたのか理解出来ずにいた。

 海苔緒は配られた資料の――地層調査の結果表と、無数の地層採集場所を示した地図を指さして、

 

「才人、地図とそれに対応する地層の表を見てくれ。複数の地点を比較すると、火竜山脈に近いほど風石の堆積層が厚くなってやがる。そんで層の厚さがほぼ同じ地点を結んでみれば……ほら、こんな感じで円が幾つも結べるだろ」

 

 海苔緒が鉛筆で加筆した地図には、山岳の等高線の如き円が幾層にも浮かび上がる。

 才人も資料を見ると、海苔緒の指摘は確かにそうだった。

 

「うおっ、ほんとだ!」

 

 納得した才人……その近くに座っているアンリエッタは、真剣な表情でジュリオを睨んだ。

 

「お答えください。ロマリアは、いつお気づきになられたのですか? これほどの資料を用意するのに、一月や二月程度では足りないのはわたくしにも分かります!」

 

 

 何時からこんな重大なことに気付いて黙っていたのか、とアンリエッタは抗議の視線を投げる。

 するとジュリオは堂々と答えを返す。

 

「切っ掛けはレコン・キスタの反乱の発生時、我々が陛下の御国(トリステイン)に居たスパイ……ワルド子爵について内密に調べ上げたことが発端です」

「なっ――!!」

 

 ここでその名が出てくる等とは到底思っておらず、アンリエッタは驚愕に歪む口元を咄嗟に隠す。

 驚いたのはアンリエッタだけではない、才人やルイズも動揺していた。

 ――ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。ラ・ヴァリエール公爵領の隣に土地を持つ子爵家の当主で“あった”人物。同時にルイズの元婚約者でもある。

 かつては宰相マザリーニ枢機卿の信頼も厚く、アンリエッタの密命を任されるほどであったが……その影でワルド子爵は反徒であるレコン・キスタと通じていた。

 彼はアンリエッタの想い人であったウェールズ王子を殺害し、虚無の担い手であるルイズの身柄を攫おうとしたが、覚醒したデルフと才人によりこれを阻止されている。

 そしてワルド子爵はその後もレコン・キスタの一員として幾度か姿を現したが、レコン・キスタの反乱が鎮圧されてからは、ぱったりと姿を消して消息を絶っている。

 

「ワルド子爵が何故裏切ったのか? 陛下は疑問に思いませんでしたか?」

「それは……」

 

 ルイズたちから虚無と聖地奪還に異常に執着していることは聞いていた。

 ウェールズ王子を殺されているアンリエッタは、ワルド子爵に少なからず先入観を抱いており、権力欲と野心に溺れた浅ましい男……位にしか今まで考えてこなかった。

 けれど、ジュリオの物云いは明らかにそれとは違う。

 

「我々がヴィットーリオ前教皇の命を受け、ワルド子爵を調べ上げた所……ある人物が浮かび上がりました。――それは彼の母である子爵夫人です。既に十数年前に亡くなった人物ですが、その醜聞は陛下も御存知の筈ではありませんか?」

「ええ、何度か耳に入れることはありましたけれど……」

 

 そこまで口にして、アンリエッタは云い淀む。

 レコン・キスタに寝返る前のワルド子爵は貴族の中でも飛び抜けた出世頭であり、当然妬む貴族は多く居た。

 ワルド子爵自身にこれといった弱点がなかったため、彼等はいつも死亡したワルド子爵の母の陰口を代わりに囁いていたのだ。

 

 ――曰く、“ワルド子爵の母は狂人だった”

 

 狂ってしまい訳の分からないことを叫び続けるため、家族の手により幽閉されたとか。

 最期には事故に見せかけられ、家族に殺されたとか。

 そんな真偽の分からぬ噂が、宮廷でも広まっていたとアンリエッタは記憶している。

 

「では陛下。亡くなられたワルド子爵の母君が、王立魔法研究所(アカデミー)の優秀な職員の一人であったことは御存知でしたか? 彼女はアカデミーにて歴史と地学を専攻し、“効率の良い採鉱”に関して研究を重ねていたことは?」

「まさか……」

 

 ジュリオにそこまで云われ、アンリエッタもようやく事態の全貌を思い至った。婚約者だったルイズも同様の驚愕を得ている様子で、表情を歪めている。

 

「後はアンリエッタ女王陛下の想像通りでしょう。彼女は研究の最中、大隆起の発生の可能性に気付いてしまった。その証拠に彼女はアカデミーをやめる直前、大隆起の危険性を訴える論文を提出しています」

「ですが、わたくしはそんな論文の存在を一言も知らされておりません!」

 

 そんな論文があるなら、アンリエッタの耳にも届いている筈である。

 けれど、その反論はあっさりジュリオに崩される。

 

「当然でしょう。その論文は握りつぶされていたのですから」

「……えっ!?」

「ワルド子爵夫人の上司たちが論文を握りつぶし、闇に葬ったのです。『こんなものは誇大妄想に過ぎない』と散々罵声を浴びせてね。それでは心が病んでも、何らおかしくないでしょう。その主犯格はつい最近までアカデミーに所属していたゴンドラン元評議会議長。……いえ、この場では“灰色卿”と云った方が分かり易いですね」

 

 意外な繋がりが次々と明らかになっていく。灰色卿――ゴンドラン元評議会議長は才人暗殺計画を主導していた貴族だ。

 事前にその暗殺計画を察知出来たため、大事にはならなかった。

 そういえば……ゴンドラン元評議会議長の企みを知らせてきたのは、他なるぬジュリオであったことを、アンリエッタは思い出す。

 

「元々監視していたのですね……ゴンドランを」

「陛下の仰る通りです。()の評議会議長殿は自分の足場を固めるため、裏で色々あくどいことをやっていたようですよ。サイトに対する暗殺計画もその一環だったのでしょう」

 

 ジュリオは説明を続けながら、ワルド子爵夫人の論文を取り出した。固定化の呪文が付与されているらしく、保存状態はすこぶるいい。

 

「これがワルド子爵夫人の論文です。焚書にはせず、彼が私的に保管しておりました。おそらく……後で何らかの脅迫の材料に使うつもりだったのかと。女王陛下にお返し致します。これは元々、貴女の御国のものですから」

 

 ジュリオは、アンリエッタに近づき礼儀に法った作法で論文を手渡した。

 アンリエッタは震える手でそれを受けとり、急いで目を通す。

 

 

 ――そこには一人の女性の悲痛な叫びが綴られていた。

 

 

 論文という体裁は取っているが、実質これはトリステインの存亡の危機への早急な対策を求める嘆願書だ。ワルド子爵夫人の助けを求める感情が一文一文に込められている。

 

 ……こんなものが十数年以上の間、隠蔽されていたなんて!!

 

 アンリエッタの胸の内に怒りが込み上げてきた。それはワルド子爵に対するものではない。

 国の中で大隆起の危険性を叫んでいた者が居たことも知らず、統治者でありながら今までのうのうと生きてきた自分自身に対する憤りだ。

 アンリエッタは、ずっとワルド子爵が国を裏切ったものだと思っていた。しかしこの事実から考えるに、初めにワルド子爵とその母を裏切ったのは国の方ではないか?

 

「……あの時から既に、全てが遅すぎたという訳ですね」

 

 十数年前の出来事だから仕方ないとか、家臣が気付かなかったのが悪い等と、そんな責任転嫁は言い訳にもならない。

 親友であるルイズの婚約者であったワルド子爵に少しでも気を配れば、気付く機会は幾度となくあった筈だ。

 ワルド子爵の裏切りの一件は、無知であった己自身のツケを支払わされた結果だと……アンリエッタは今になって気付く。

 こみ上げる哀しみや憤りに、アンリエッタはこの場で泣き崩れたくなったが、女王として矜持から何とか堪える。

 けれどこの瞬間に抱いた想いだけは生涯忘れまいと、アンリエッタは深く胸に刻み込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくは皆の疑問にジュリオが答える時間となった。

 ルイズも途中、一つの問いを口にした。

 

「ジュリオ、この大隆起に関する資料は誰が纏めたのかしら? 現場で地質の資料を採取したのは数十名がかりでしょうけど、このまとめ方を見るに編集に携わったのは一人か、二人程度だと思うのだけれど」

 

 流石名門ヴァリエール公爵家の出、実技の魔法は赤点でも……座学は常にトップクラスだったことはある。ルイズは少ない時間で資料から様々な情報を得ていた。

 だがジュリオは、ルイズの質問をはぐらかした。

 

「残念ながらヴィットーリオ前教皇の約束でね。この資料の編集に協力してくれた二人に関する情報は明かせないんだ。それにその二人はもうハルケギニアには居ない」

「……居ないって、一体どういうことよ?」

「『東の世界(ロバ・アル・カリイエ)』に旅立ったのさ。向こうでも同じような災害が起こることがないか、調査するとも云っていたよ。けれど、おそらくは戻ってこないだろうね」

「ちょっと何よそれ、納得がいかないわ!」

 

 ルイズはしつこくジュリオに聞いたが、結局二人の名を明かすことはなかった。

 ただ横で聞いていた海苔緒はある二人の名前が浮かんだが、最後までジュリオとルイズの話に口を挟むことはしないかった。

 それから最期に才人が何気なく……、

 

「しかしエンシェントドラゴンが封印されてなきゃ。ハルケギニアは今頃どうなってたんだ?」

 

 ジュリオは肩を竦めて、サイトの質問に応えてみせる。

 

「おそらくは大隆起から免れた残り半分の土地を身内同士で奪い合うか、エルフ領に侵攻を掛けて聖地を奪還するかの二択だったんだろうね」

「うへぇ、最悪だな。けどビダーシャルの話じゃ、聖地は砂漠つーか、海の底にあるんだろ? そんな所奪っても生活出来ねぇだろうし。それに悪魔の門も無くなってる。――それとも何かこう……ブリミルが残した大隆起を止める魔法装置みたいなモンでも置いてあるのか?」

「はぁ? そんな物あるわけないじゃないか、サイト。今時歌劇でもそんなご都合主義は流行ってないよ」

 

 

 ジュリオと才人の何気ないこの会話に、海苔緒は思わず吹き出しそうになる。なまじ原作を知っているだけに、ギャップに時たま堪えられなくなりそうになるのだ。 

 口を抑える海苔緒に気付くこともなく、二人は話を続けた。

 

「けど、いい線はいっているね。サイト……始祖ブリミルは何も聖地を目指せと仰られたわけじゃないだ。本当は“聖地の向こう側”を目指せと云いたかったんだよ」

「なんだそりゃ? 頓智(とんち)か何かかよ?」

「いや、単純な話さ。君の領地にあるじゃないか。あの門の向こう側は一体どこに繋がっているんだい?」

 

 ジュリオが口にしたのは、ド・オルニエールに設置された巨大な鏡のゲートのことだ。

 

「へ? 何云ってんだ。日本に決まってるだろ。あ! もしかしてまさか……」

 

 意図に気付いた才人は、信じられないといった表情でジュリオを見る。

 ジュリオはその通りだと、頷いた。

 

「その“まさか”さ。おそらく聖地奪還の真の目的は、大隆起の災害から逃れるために聖地の門を潜り、異世界へ避難することだったとぼく等は推測している」

 

 会議場の皆がざわめく。ジュリオは冷静な様子で『飽くまで可能性の一つです』と云い加えた。

 ジュリオはさらに言葉を続ける。

 

「けれど将来的なことを考えると、選択肢として充分考えられる話でしょうね」

「ですが、数千年もの間受け継いできた土地と生活を捨てるのは、誰であろうと抵抗があります!! 他に何か手はないのですか!?」

 

 

 アンリエッタは縋るように、ジュリオに問い掛けた。

 これが差し迫った話なら選択肢は限られるが、大隆起発生までは未だ数百年以上の猶予がある。

 ……時間が掛かってもいい、何か根本的な対策はないものか?

 会議に参加する全員の総意だった。しかしそんな都合のいい話ある筈が……と皆が諦めかけていると。

 

「実は……大隆起に対抗する“手段”ですが、たった一つだけ可能性があります」

「本当なのですか?」

「ええ、けれどその手段には、あそこに座るミスタ・シタケの協力は必要となりますが」

「……へっ?」

 

 ジュリオの一言で、一気に海苔緒は注目される。海苔緒は思わず間抜けた声を上げてしまう。

 

「さしずめ始祖の気まぐれとでも云いましょうか。……つい先日のことです。ある“特殊なマジックアイテム”が見つかりました」

 

 そう云ってジュリオは懐から“あるもの”を取り出す。ジュリオの手に握られた瞬間、前髪に隠れたルーンが輝きを示した。

 ジュリオに手に収まったもの……それは長方形のカードであった。描かれているのは魔術師の絵姿。

 海苔緒の表情が驚きの余り引き攣る。アストルフォやケイローンもリアクションに差はあったが、驚いていたのは変わらない。

 

「発見者はこのマジックアイテムを『メイジの札』と名付けました。但し、巨大な力が内包されているのは分かっても、使用方法までは理解出来なかった。だが神の頭脳となったぼくには“この札”の使い方が分かる。――そしてミスタ・シタケ。君も知っている筈だ」

「ああ、当り前だ。何せそりゃ……クラスカードだからな」

 

 そう、ジュリオが握っているのは、海苔緒の所有するセイバーの札と同じクラスカードだったのだ。違いがあるとすれば、クラスがキャスターであることだろう。

 

「真名は……分かってんのか?」

「ああ勿論。この札に宿る魔術師の(まこと)の名は“メディア”。ヘカテ―の術に長けたコルキスの魔女だよ。そしてこの札の能力を十全に発揮出来れば、地脈を制御することも可能であると同時に理解している」

 

 その名前を聞いて、海苔緒とケイローンはさらに強張った。メディアだけではなく、ヘカテ―の名もケイローンを刺激した。

 何せヘカテ―はケイローンの狩りの師、女神アルテミスの従姉妹にあたる女神だ。ケイローンの魔術に関する知識の何割かは、彼女より授かったようなものである。

 確かに大地の巫女であったメディアの力を借り受ければ、地中深くの風の元素の流れを操作することも出来ると充分に考えられる。

 だがジュリオにはカードの力を己の身に宿すことは出来ても、その状態を保つことは出来ない。およそ数秒と経たず、ジュリオの精神と肉体は崩壊を迎えるだろう。

 

「残念だが、ぼくにはこの札を使い熟すことは出来ない。けれどミスタ・シタケ。君ならどうだい? 無理な願いなのは重々承知だ。頼む! どうかハルケギニアを救ってほしい!!」

 

 今までの飄々とした態度を崩し、ジュリオは真摯な様子で海苔緒に頭を下げた。

 

「……いや、その」

 

 いきなりの申し出に眩暈を覚え、海苔緒の意識が軽く遠のく。

 薄れいく意識の中、『元ニートが世界を救うとかありえねぇだろ』と海苔緒は思った。

 




海苔緒の受難は続く!

大隆起の資料を編纂した二人に関しては……原作読んでる方は容易に想像できたと思います。

では、


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第三十話「最低系転生者の憂鬱? あるいは……『』」

Fate/strange Fakeの小説一巻読みました!

着々と広がるfateの世界観に、本当に胸が躍ります。

そして最後に出てきたあの方はやはり●●●王なのでしょうか? そうなると緑茶さんの知り合いってことに……。


 会議を終えた海苔緒は場所を変え、才人にルイズ、ジュリオとアストルフォの立会の下、ケイローンの診察を受けていた。

 ケイローンほどの大賢者ともなれば、肉体だけではなく……肉体と繋がる魂の状態さえも診察することが出来る。

 銀座事件でのジークフリートの夢幻召喚(インストール)以降、日本政府の調査に協力して何度か夢幻召喚(インストール)を行使したのだが、銀座事件での一回目の憑依顕現の如き過剰負荷は掛かっていない。

 おそらくジークフリートの肉体の一部が固定化されたのに伴い、小聖杯化の状態が定着したのではないか……、と海苔緒は内包する魔術知識から推測していたが、どうやらその見立ては間違っていなかったようだ。

 

「ノリオ、貴方の推測した通り……貴方の心臓と片目は既に英霊のモノと化しています。特に心臓部は、英霊の魂を収めることに特化した特殊器官へ変貌を遂げている、と云っても過言ありません。加えて全身もその影響を色濃く受けているのでしょう」

「……そうですか」

 

 

 ケイローンに指摘されたことはある程度自覚していたことなので、海苔緒自身ショックはあまり感じてはいない。

 肉体の頑強さや回復能力は元々だが、運動能力の飛躍的向上や疲労、苦痛に対する尋常ならざる耐性の獲得などは以前では考えられなかったことである。

 某悪魔憑きになぞらえるなら――さしずめ患部は心臓と片目、新部は全身と云ったところか。

 

「しかしそれだけではありません。ノリオ、貴方はジークフリートに感謝すべきだ」

「え?」

「肉体とは違い、貴方の精神への浸食がそれほどではないのは憑依したのが、ジークフリートだったからでしょう。云っていましたね、ノリオ。夢で見たジークフリートは、無色の願望器のような生き方をした英雄だったと」

 

 海苔緒は呆けながらもコクリと頷いた。

 アストルフォの夢ほど頻繁ではないが、海苔緒はジークフリートの人生を夢として追体験するようになっていた。

 

 ――乞われれば助け、願われれば救い。そして望まれれば奪い、頼まれれば殺した。

 

 ただ求められるまま、それに応じたのだ。()の竜殺しの英雄にとって、善や悪など立ち位置の違い過ぎず、正邪の天秤を……自分を求める他者へと委ね、多くの者の願いを区別することなく叶えた。

 その生き方は“施しの英雄”と呼ばれた不死身の大英雄カルナに少し似ているかもしれない(但し、カルナ自身は外典の聖杯戦争(アポクリファ)にてジークフリートを自らの宿敵であり異父兄弟であったアルジュナに似ていると評している)。

 そんな彼が死の間際に願ったことが、自分の信じるもののために戦う“正義の味方”になることだったのはある種の皮肉とも云える。

 

「ジークフリートは願望器のような生き方をしながらも、何者にも染まらず、何者も染めずに生涯を送った。そんな彼をどうしようもなく“意思の弱い”英雄だったと云う者も、もしかしたら居るかもしれません。ですがそれは違う。どうしようもなく“意思が強かった”から、彼は誰も染めず、誰にも染まらず、願望器のような生き方を最後まで貫き通した。……私は彼に畏敬の念を抱かざるを得ない」

 

 ケイローンは目を閉じて、黙祷を捧げるように数秒沈黙を積もらせると、海苔緒たちに対する説明を再開した。

 

「魂とは大別すると……精神を司る部分と肉体を司る部分に分けることが出来ます。これは東洋のタオニズムにおける魂魄理論でも言及されていることです。これをノリオの事例に当てはめるなら、肉体を司る(はく)に関する浸食は相当なものですが、精神を司る(こん)に関する浸食は殆ど進んでいません。むしろジークフリートの(こん)が混ざり合うことなく、包み込むようにしてノリオの(こん)を保護している。こんな事、通常では考えられない。奇跡と云い換えてもいい。これが他の英霊であれば、とっくに人格を乗っ取られてもおかしくはありません」

「奇跡……」

 

 海苔緒を呟いてから、無意識に片手を心臓に当てた。

 胸中で思い出したのは、夢幻召喚(インストール)を行使した際に幻視したジークフリートの微笑み。

 それは痛みの余り見た――ありもしない幻だったかもしれない。

 でもあの時、海苔緒は確かにジークフリートから何かを託された気がした。

 心臓に当てた手を強く握り締め、海苔緒はその重さを改めて再認識しながらケイローンに問う。

 

「じゃあ、キャスターのクラスカードの夢幻召喚は?」

「問題ないでしょう。ですが、銀座事件で行った制限を解放した夢幻召喚は絶対にしないでください」

「制限を解放?」

「説明が足りず申し訳ない。貴方から渡されたあの杖を少し解析して分かったことですが、あの杖には夢幻召喚行使時に制限(リミッター)が掛かるように厳重な設定がなされていました」

 

 あの杖とはカレイドステッキの片割れ、“マジカルサファイア”のことだ。無論、海苔緒の使用するそれは人工天然精霊が未搭載の劣化贋作である。

 あの杖には、クラスカード発動の触媒になるぐらいしか機能が残っていないと海苔緒は考えていたのだが……。

 

「あの杖はクラスカード使用者と、クラスカードの宿る英霊の力の齟齬を埋めるために第二魔法による適合の可能性の補完を行っている形跡があります。例えば聖杯から与えられた知識によれば……英霊にほぼ完璧に適合する人間が存在する場合、極めて低い確率でその人間に憑依する形で召喚されることがあるそうです。その例から分かるように稀な事ですが、英霊の憑依に適合する人間が中には存在している。そしてあの杖は使用者が英霊に適合する要素を並行世界から集結させているのでしょう」

 

 要するに、平行世界に存在する自分から少しでも高い適正値を持つ個体をサーチし、適合要素を杖の使用者にフィードバックすることで、拒絶反応を極力抑えている訳だ(加えて英霊の人格投影をオミットすることで、精神への負担を出来るだけ軽くしている)。

 ……が、それにも限度がある。基点となる使用者からあまりに離れた平行世界の要素は不可逆的な状態まで使用者を汚染するおそれがあるので、底上げできる適合値にも限界は存在する。

 本来の英霊からステータスやスキルのパラメーターが下がるのもそこが理由ではないか、と考えられる。

 そう補足してから、ケイローンは話を続けた。

 

「故に杖の使用者が英霊に適合出来ないと判断した場合、あの杖は夢幻召喚を停止する仕組みになっています。けれど、ノリオ。貴方は銀座事件時、無意識にその制限を取り払ったのでしょう。その結果として貴方は、左眼や心臓を代償にジークフリートを己が身に宿した」

 

 確かに記憶や人格の一部を持っていかれた実感はある。しかしそれでも奇跡の代価としては安いものだった、と海苔緒は思う。

 それにあの時炎龍を倒していなければ、どれだけ被害が拡大するか分からなかった。

 だから海苔緒はその行為自体に後悔は抱いていない。

 海苔緒はあえて、ケイローンに尋ねた。

 

「再度、制限を無視した夢幻召喚を行った場合は?」

「絶対にやめてください。行えば確実に人格や記憶に致命的な欠落が生じるでしょう。それは自らを殺す行為に限りなく等しい」

「……そうですか。分かりました、気を付けます」

 

 そんな答えを返した海苔緒だが、その胸の内では予感めいたものを感じていた。

 

 ……もしそれが自分殺しの愚行だとしても、必要となれば自分はきっと――。

 

 心臓の鼓動に耳を傾けながら、海苔緒はただ何となくそう思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 診察の後は一応の確認ということで、引き続き、ケイローンにジュリオとアストルフォ、才人とルイズという大人数の前でキャスターのクラスカードの夢幻召喚を行うこととなった。

 虚空よりマジカルサファイアを取り出し、念じることによって白いフリフリのドレスを着装する。

 全身を淡い光が包み込んだ刹那――魔法少女姿の海苔緒は出現した。

 このプロセスを省略するため、色々試行錯誤を繰り返したが今の所成果は上がっていない。

 その姿を見てジュリオは口笛を吹き、才人は腹を抱えて笑う。ケイローンとルイズは何とも複雑な表情を浮かべていた。

 そして相棒のアストルフォは……何故だかドヤ顔で親指を立てている。

 海苔緒は無性にイラッと来たが、フリフリのドレスのまま暴れるわけにもいかず、気を取り直してジュリオから渡されたキャスターのクラスカードを握る。

 

「――告げる。汝の身は我に、汝が命運は我が手に。 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 

 床に深紅の魔法陣が浮かび上がる共に、全身の魔術回路が起動する。

 心臓から血潮と共に体中を駆け巡るのは、馬鹿みたいな量の魔力。刺激は脳からではなく、心臓から溢れ出していた。

 まるで自身が心臓に集約させていくかの如き錯覚。毛細血管を疾駆する血流と競い合うように、神経系を巡る魔力がのたうち回る。

 詠唱を紡ぐ度、細胞が発火したかのような熱を持った。

 余剰魔力が突風の如く吹き出し、屋内だというのに海苔緒の周りに旋風が巻き起こる。

 

夢幻召喚(インストール)、クラス・キャスター、真名(ネーム)――メディア」

 

 目を眩むような発光。巻き起こる魔力の旋風が逆流するように海苔緒の心臓へと収束し、光が収まると……そこには怪しげなローブを纏い、マジカルサファイアとは異なった杖を握った海苔緒の姿を見せていた。

 

「どうやら成功したみてぇだな……」

 

 魔術を行使して自己診断を通すが……肉体と精神共に異常はない。

 海苔緒は気持ちを少し緩ませ、安堵の息を吐いた。

 続いて夢幻召喚時のキャスターのスペックを確認していく。

 ステータスは本家メディアと比べると魔力はワンランク下がっているものの、耐久や筋力はワンランク上がっていた(正直意味があるか微妙だが)。

 そして陣地作成、道具作成、高速神言のスキルもBランクにダウン。

 金羊の皮(アルゴンコイン)はEXのままだが、メディア自身が竜召喚スキルを持っていないので意味はない。

 破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)も宝具のランクはCのままだが、今は使い所が思い浮かばなかった。

 

「ノリ、大丈夫?」

 

 さっきとは打って変わって、アストルフォが心配そうに声を掛けてくる。ノリオは『大丈夫だ』と軽く手首を振って応じてみせた。

 ただ想定外だったのは、夢幻召喚の瞬間……メディアの記憶が走馬灯の如く駆け巡ったことだ。

 海苔緒は神妙な顔でケイローンの方を向き。

 

「先生、一瞬だけメディアの記憶が見えました。映った男の顔は多分イアソンだと思います」

 

 感じたのは哀しみ、怒り、絶望。そして帰れなくなった故郷への強い郷愁の念。

 伝える必要はなかったかもしれない。けれど、それでも口にせねばならない、と海苔緒は感じたのだ。もしかしたら内包したメディアの感情に引き摺られての行動だったかもしれない。

 

「……そうですか」

 

 ケイローンはそれ以上追及することはせず、黙ったまま(うつむ)いた。浅く握られた拳は僅かに震えている。

 やはりケイローンは養育者としてイアソンのことに、責任を感じているらしい。

 メディアの姿をした海苔緒は、そんなケイローンの様子をどこか不思議な心地で見守っていた。

 

 

 

 メディアを夢幻召喚したことにより、海苔緒は陣地作成スキルに関しての知識を得ることが出来た。それによれば……地脈制御の神殿を建設する場合、数千年の歳月を経た石材などを使用するのが望ましいとのこと。

 地球ならば重要文化財でも切り崩さない限り不可能に近いが、幸いにもここはハルケギニア。固定化の魔法が存在しており、数千年の時を経た建築資材も珍しくないのだ。

 ジュリオに相談した所……廃墟と化したアクイレイアの廃材を加工して使用すればいいと答えが返ってきた。

 地脈の近くで採鉱された石材を使うのは、確かにベストに近い選択だ。

 詳しく話は日本政府と通して詰めようと、海苔緒が考えていると……。

 

「ちょっと、いいかしら?」

 

 今まで才人と一緒に沈黙を保っていたルイズが手を挙げた。

 

「なんだ、ルイズさん」

「さっきから貴方の口から魔法とか魔術という単語が出ているけど、その違いっていうのは一体なんなの?」

「……ああ、そういえば詳しく説明していなかったな」

 

 

 海苔緒は出来るだけ手短に、魔法と魔術の違いと定義について語る。

 才人は横で激しく首を傾げていたが、ルイズは海苔緒の話を正しく理解した。

 

 

「つまりいくら時間とお金をかけても実現出来ない結果をもたらすものが“魔法”でそれ以外が“魔術”ってことね」

「その定義に当てはめるなら、ルイズさんの虚無魔法の世界扉とかは魔法ってことになるな」

 

 なにしろ次元移動の魔法である。並行世界の運行を司る第二魔法に近しい域にあると云っても過言ではないだろう。

 

「私たちの系統魔法と貴方の云う“魔法”とは違うものでしょ」

「いえ、一概にはそう云いきれません」

 

 ルイズの否定に口を挟んだのは、ケイローンだった。

 

「ルイズさんやティファニアさんが虚無の魔法を行使する様子を何度か見せて頂きましたが……虚無の魔法は“原子操作による事象の改変”という体裁をとっていますが、その力の本質は『』と非常に近しい」

「“『』”?」

「先程ノリオが説明した“魔法”というものは『根源』より流出した力の一端と定義されています。『根源』とは真理であり、また全ての要素が存在する場所と云われています。そしてその『根源』に極めて近しく、そして限りなく遠いものと定義されるのが『』です。文字通りそこには何もかもが存在していない。故にそこは“虚無”と呼ばれることもあるのです」

「虚無って、ちょっとまさか……」

 

 ルイズに対し、ケイローンは肯定の意を示した。

 

「お察しの通りでしょう。“魔法”が『根源』から引き出された力ならば、貴女やティファニアさんが使う“虚無魔法”は『』より引き出される力、と対比することが出来る。少なくとも私はそう考えています」

 

 ケイローンの発言に皆驚いていたが、内心で一番に驚愕していたのは海苔緒だ。なまじ知識がある分、そんな関連があるなど全く考えもしなかった。

 

「非常に興味深い話だ。つまりは我々の世界の虚無魔法と、貴方の世界に存在した魔法はコインの裏表の関係にあると、そう貴方は仰るのですか?」

「はい、その通りです。ジュリオ殿」

 

 ケイローンはジュリオの言葉を肯定した。

 加えてだがケイローンは内心で、とある懸念を抱いていた。

 切っ掛けはつい先刻、海苔緒の体を診療した時……些細な違和感を覚えたことだ。

 海苔緒の体の内側が、どこか外側と接続しているような奇妙な感覚。確認のため、海苔緒の簡単な魔術行使して貰ったところ……その感覚は大きくなり、接続された“外側”から海苔緒の体の内側に魔力が流入していることも判明した。

 おそらく海苔緒自身に全く自覚はないのだろう。

 

(もしかするとノリオの体は……)

 

 そうであるならば、海苔緒が有するという複数の能力に関して説明がつく。

 そういった人間が存在したという事例がない訳ではない。

 しかし決定的な証拠はないのだ。“どちら”に繋がっているにしろ、軽々しく告げられることではなく、海苔緒本人の情緒を不安にさせる可能性が大きい。

 それに飽くまで、現段階ではケイローンの推測に過ぎない。

 少なくとも火竜山脈の神殿建設が終わるまでは、しばらく伏せておこうとケイローンは密かに決意するのであった。

 

 

 




海苔緒の夢幻召喚は、イリヤや美遊ほど完璧でないため、憑依したサーヴァントの感情に多少影響を受けたりします。
けれど乗っ取られるほどではありません、バーサーカーのクラスは別ですが。
魂魄理論はエルメロイ二世の事件簿で触れていたので、少し参考にしてみました。
海苔緒の正体に関しては、ケイローンの独白で大分分かったと思います。
まぁ、あれです。どっかのツンギレとか、一日三回ファブリーズさんとか、似て非なるものですがそういう系です(震え声

では、


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第三十一話「嵐の先触れ。もしくは混迷の予兆」

作中の国際情勢に関しては2014年度に準拠しているとお考えください。
ですが本二次創作はフィクションであり実在の人物、団体とは何ら関係ありませんので、あしからず。


 日本、某所の公園にて――

 

 ベンチに座り、陰気な笑みを浮かべたまま鳩に餌をやる人物が居た。フォーマルな黒いスーツを着た一見サラリーマンにも見える男だが、纏う雰囲気や目付きに注視すれば……そんな堅気の業種に就いているようには到底思えないだろう。

 それもその筈。何故ならそこに居たのは、警視庁公安部に所属する駒門だったのだから。

 そんな暗黒オーラを垂れ流す駒門に、ごく自然な様子で近付く女性が居た。これまたフォーマルな女性用スーツを纏った女性だ。長い黒髪は後ろで結われている。

 彼女は時に公安に所属していることになる場合もあり、時にイトウと名乗ることもある……そういった具合に影の定まらぬ女性であった。

 イトウと名乗ることもある女性は、声を掛けることもなく駒門の隣に腰かける。

 駒門の方も近づいてくるイトウに一瞬だけ、視線をやったが……それ以降は全く気にする様子はなく、何食わぬ顔で鳩に餌をやり続ける。

 しばし沈黙を積もらせた後――先に口火を切ったのは駒門だった。

 

「どうだい、そっちの景気は?」

 

 陰気な顔に相応しい、昏く陰気な声だった。相変わらず駒門の視線は餌に群がる鳩へ向いている。

 イトウもあえて視線を交わすことなく正面を向いて話をする。

 

「的場(エルダント交流)局長から推薦のあった有賀礼人を新たにメンバーへと加えました。貴方の子飼いの部下数名を含め……護衛の体制は万全でしょう」

「ククッ、後は“子供使い”のお手並み拝見って訳だ」

 

 息を噛み殺すように駒門は笑う。いや、その爬虫類じみた笑みは、嗤うと形容したほうがより正確か。

 駒門が子供使いの名前を出した時、イトウは一瞬だけ批難するように眉を顰めたが直ぐに表情を正した。

 護衛とは精神病院で療養を続ける海苔緒の母親の件のことである。

 万全と称したが護衛の人数は少数であり、その内訳は子供使いこと……新田(アラタ)リョータ、その護衛である少女ジブリール、アラタの部下の一人である梶田、他は駒門の子飼いの部下が数名。加えて昨日(さくじつ)、新たに内閣情報調査室(通称内調)の非正規職員である有賀礼人が人員として追加された。

 有賀礼人氏は昨年の冬にあった秋葉原での騒動の一件で、エルダント要人と加納慎一、古賀沼美埜里等を各国の工作員から守った実績を持つ。

 さらに付け加えるなら、有賀は重度のオタクで休日は痛車に乗って秋葉原に繰り出すのが日課だとか。

 派遣された駒門の子飼いの部下たちは、対エルダント諜報のためにアニメや漫画に関する知識を身に付けている関係でオタク化が著しい。

 よって護衛のメンバーのオタク率は異様に高かった(アラタは元オタクであるし、部下である梶田の密かな趣味はゲームのレビューの投稿だったりもするので、むしろメンバーの中でそういった方面に疎いのはジブリール位だろう)。

 けれどだからといって、舐めて掛かれば確実に痛い目を見る。

 確かにオタクかもしれないが、彼等全員出自は違えど皆何かしらの修羅場を潜ってきた精鋭である。

 何より暁を呼ぶイヌワシ(ゴールデン・イーグル)とまで謳われ、裏の業界で伝説となった新田(アラタ)リョータに率いられた人員なのだ。

 こと作戦指揮において彼に及ぶ人材は、現在他に居ないと云われている。その彼と優秀な人材が合わされば、鬼に金棒と云っても過言はない。

 

 

「そちらの情勢はどうですか?」

 

 目の前の噴水に視線の焦点を定めながら、イトウは駒門に問い掛ける。

 

「変わらんな。アメさんは既に共同歩調。露助とEUの連中はウクライナがきな臭くなってるせいか、動きが緩慢。大陸と半島は……、大陸は身内同士の抗争の最中だってのに、こっちには抜かりなく探りを入れてきやがる。半島の方は上も下も誰の後ろに付いて虎の威を借りるか――あたふたしながら品定め中って所だな」

 

 日本の銀座事件がなくとも昨今の国際情勢は、不穏な空気に満ちていた。

 中東での過激派勢力の台頭、ロシアとヨーロッパのウクライナ対立問題のさらなる深刻化。中国における腐敗撲滅運動から生じた派閥同士の抗争激化。他にも提示すればきりがない。

 それ等の事象は、日本とも密接に関わってくる。

 例えば中東での過激派勢力台頭。アメリカが主導したイラク戦争により反米勢力は一時的に一掃された。……が、結果として勢力の分派によって多数の過激派組織が誕生し、その勢いを増している。

 過激派勢力にとって異教徒は敵であり、異教の神などは尚許し難い。そんな彼らが亜神やサーヴァントの存在を知ったらどうなるか……想像するに容易いだろう。

 なので日本政府は亜神については表現をぼかし、サーヴァントについては存在自体を秘匿することを決定していた(ケイローンはギリシャの神の一柱であり、アストルフォに至ってはもろにキリスト教にまつわる聖戦士なので、存在が露見すれば過激派勢力のターゲットにされる可能性が非常に高いため)。

 次にウクライナの対立問題。この問題については歴史的にも根深く、一概にどちらが悪いとも云い難いため主観的な意見はさておくとして――日本と関わってくるのはエネルギー資源の占有だろう。

 ロシアは近年、エネルギー資源の輸出を行うことで国を豊かにしてきたのと同時に、資源輸出を交渉カードにしてEUに圧力を掛けている。

 EUは資源地が欲しい。ロシアはEUを始めとした資源輸出対象国が資源地を手に入れるのを望んでいない。

 そんなタイミングで銀座事件が起こった。

 全ての情報を総括した日本政府の発表は数日後に迫っているが、既に情報は小出しで公開され続けている。

 複数の異世界(しんてんち)との接続。それは日本を黄金の国に変えるほどの可能性を与えた。

 かつてマルコ・ポーロが謳った大法螺が現実のものとなろうとしているとは、余りに痛快な皮肉だろう。

 新大陸を巡って血塗れ闘争を繰り広げた者達の末裔が、それを放っておくなど考えられず筈もなく……必然的に日本がEUとロシアの思惑に巻き込まれることになるのは必然。

 中国に関しては虎狩り、蝿叩きと呼称される腐敗撲滅運動により権力闘争が巻き起こっている。

 背景として『かつての日本の如く人民を総中流階級へと押し上げる』というスローガンを内外に掲げて共産党は活動してきた訳だが……現実として出来上がったのは一部の超富裕層と大部分の貧民という格差社会。

 中国各地では誰も住まない街、誰も通らない高速道路、使われない空港などが平然と作り続けられている(一説によれば、アメリカがここ百年で使用したコンクリート量を中国は僅か数年で消費しきったとか)。

 これまで世界一の消費国となると思って、投資してきた世界中の資産家たちも投機の熱が冷めてしまい――総中流階級を夢見て共産党に尽くしてきた人民たちの不満は爆発寸前である。

 故の腐敗撲滅運動であり、少なくなるであろう甘い汁(りけん)を奪い合うための内輪揉めから始まった共産党の派閥同士の争い。その最中に銀座事件は発生した。

 異世界へと領土を広げれば……今までのツケをチャラにしても十分御釣りがくる。

 中国は派閥同士で争いを続けながらも、互いを出し抜くために派閥それぞれが個々に日本への工作を開始した。

 遠からず大陸で起きた騒乱は、日本までも巻き込むだろう。

 半島に関しては……特筆すべきことはない。相も変わらず平常運転である。

 最後にアメリカは今回最初から協力関係を示してきた。

 エルダントの一件を既に把握していたため、アメリカは理解が早かった。

 イラク戦争の反省を生かし、直接の介入はせずに自衛隊のバックアップに回ると宣言。矢面に日本を立たせつつ、自国アメリカの利益を最大限確保するために活動を開始する。

 他の国が何とか異世界へと繋がる門のどれかを『日本の領土の一部ごと確保出来ないか?』 と画策している中――唯一アメリカだけは『異次元の門を開ける技術を解析し、実用化出来ないか』と考えていた。

 同盟国である利点を生かし、アメリカは日本と共同で世界初の『魔法』研究機関を設立しようと動き出してもいる。

 ――けれどそのような各国の動き全ては、云うなれば嵐の先触れに過ぎない。本当の嵐はこれからやってくるのだ。

 

「紫竹海苔緒の処遇に関しては、どうなるのでしょう?」

 

 

 イトウの思考に感情が付随した。本来で影として活動する彼女は公私を完全に割り切らねばならぬ身なのだが……彼のこれまでの経歴と考えると、どうしても同情が胸から浮き上がってしまう。新田(アラタ)リョータと関わった時も、彼女は似たような経験をしている。

 だが駒門はそんな感傷に気付くことはなく、飽くまで公安部所属の身として話を続けた。

 

「ハルケギニアでの件が一段落したら、銀座の門の向こう側に派遣されるだろうよ。伊丹耀司が配属された第三偵察隊に編入される予定だ」

「伊丹耀司……二重橋の英雄ですか? ですが彼は――」

 

 新田(アラタ)リョータの介入を知っているだけに、イトウは伊丹のことを過小評価していた。ただの平凡な男に過ぎないと。伊丹本人も話を聞いたら『はい、仰る通りです』と即座に肯定する筈だ。

 しかし駒門は違った。

 

「偶然って云いたいのかい? 伊丹の経歴は確かに地上スレスレの低空飛行だろうよ。けどな、経歴だけみれば“子供使い”も似たような――いや、大分酷いか。……で、その真っ当で平凡な経歴だった“子供使い”さんは一体どんな活躍したんだっけか?」

「それは……」

 

 押し黙るイトウ。駒門はイトウが躊躇ったその先を口にする。

 

 

「“子供使い”――新田(アラタ)リョータは二十数名の少年兵を引き連れ、ユーラシア各地で傭兵として散々活躍した挙句、仕舞いにはタイで三千人の少年兵を統率して人民解放軍による侵略活動を諦めさせた。違うか?」

 

 イトウは『反中ゲリラ勢力の協力もありました』と反論しようかとも思ったが、そんなもの人民解放軍の前では雀の涙ほどの戦力でしかなかった。だが新田(アラタ)リョータは勝利した。奇跡を起こして見せたのだ。

 しかし彼がスーパーマンでもなんでもないことを、彼の苦悩と共にイトウはよく知っている。

 

「伊丹耀司も同じ……と、そう云いたいのですが?」

「そこまでは云わんさ。けど最近考えるようになったことがある。“世の中には埋もれていく才能がどれだけあるのか?”ってな。例えば――」

 

 駒門は指折りして、三人の名を出した。

 一人は加納慎一。一人は平賀才人。そしてもう一人は紫竹海苔緒。

 

「この三名は、日本の教育制度の中で極々(ごくごく)平均的な評価を受けていたが、全く異なる環境に放り込まれた途端、特異な才能を発揮した」

 

 その成果として、加納慎一はエルダントとの強固なパイプを結び、平賀才人は領地と爵位を与えられ、紫竹海苔緒の至っては銀座事件において単独で炎龍を撃退し、被害拡大を未然に防ぎ。現在はハルケギニアにおいて信じられない功績を上げようとしている。

 

「世の中にはそんな風に特殊な環境に放り込まれることで、発揮される才能もある。伊丹耀司もそんな一人じゃないかって……ただそれだけの話さ」

 

 駒門の見立てが正しかったことは、後にはっきりと証明されることとなる。

 けれどそれは今のイトウには理解が及ばなかった。

 

「そうですか、分かりました」

「……そうかい。気を引き締めた方がいいぜ。じきに嵐だ。忙しくなる」

 

 上辺の言葉がイトウの口から零れると、駒門はベンチから立ち上がる。

 駒門の纏う不吉なオーラに中てられてか、人馴れした鳩が散り散りに飛んで行く。

 鳩の餌が入っていた紙袋をゴミ箱に捨てると……駒門はそのまま公園を去っていく。

 イトウはしばらく経ってからベンチを離れ、駒門とは反対方向へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――同時刻、ハルケギニアにて。

 

 紫竹海苔緒はアストルフォ、ケイローン、ジュリオと共に火竜山脈に来ていた。

 目的は地脈の下見と、(かすがい)となる地脈制御術式を先んじて打ち込むこと。

 その為に、杭の形をした地脈制御用魔術礼装を作成したのだが……実質は海苔緒ではなく、ケイローンが作成したようなものである。

 

 ――【神授の智慧A+】

 

 それがケイローンの持つ超絶チートスキルの名前だ。このスキルは英雄の持つ特殊な固有スキルの除くほぼ全スキルにB~Aランクの習熟度を発揮出来き、加えて他のサーヴァントにそれ等のスキルを授けることを可能とする。

 思わず『インチキ効果も大概にしろ!』とか、『そんなんチートや、チーターやん!!』と叫びたくなるのは海苔緒だけではないだろう。

 ケイローンはそのスキルを駆使して、【道具作成A】と【陣地制作B】を取得して見せたのだ。

 けれど納得は出来る。アキレウスやその父ペレウスが使っていた槍は、ケイローンが自作したものだし、ケイローン自身の弓も自作である。

 加えてケイローンは神々たちから様々な知識を授かっており、その中に魔術(当時は魔法)の知識があっても何ら不思議ではない。

 ケイローンの狩猟の師たる女神アルテミスの従妹である女神ヘカテ―へ仕えていた巫女がメディアだったことを考えると、ケイローンとメディアが同じ系統も魔術を修めていたと考えた方がむしろ自然と云えよう。

 故に今回海苔緒はケイローンの手伝いをしただけであった。気分はお父さんに夏休みの工作を手伝って貰う子供である。

 海苔緒は『もうケイローン一人でいいんじゃないか? というかキャスターのクラスカード要らなかったんじゃねぇか?』と思ったが、ケイローン曰く、そうではないらしい。

 

『私はアーチャーのクラスで降臨したため、大規模な地脈制御を行うほどの魔術行使は出来ません。ですから必然的にキャスターのクラスカードを使うノリオの力が必要となります』

 

 海苔緒は一瞬、固有結界を使う某アーチャーのことを思い出したが……ケイローンが嘘を云う必要はないので、本当のことなのだろう(元の座に存在するケイローンの能力が凄すぎるため、クラスごとに能力制限が敷かれている可能性が高い)。

 だがそれでも【神授の智慧A+】がトンデモスキルなのは変わりない。

 海苔緒は既にキャスターのクラスカードをインストールしており、羅針盤にも似た魔術礼装で地脈の中心点を探知している。

 既に大まかな位置は割り出しているので、中心点は数分と経たず発見出来た。

 

「アストルフォ、杭を頼んだ。先生もお願いします」

「まかせてよ!」

「了解しました」

 

 アストルフォは抱えていた人の背丈ほどの高さの杭を、海苔緒の示した地点へ突き刺す。杭は一見すると真っ黒に見えるが、それらの正体はびっしりと細かく書き込まれた神代の言語である。

 続いて海苔緒に向かって頷いて見せたケイローンが槌で杭を半分ほど地面に打ち込んだ。それから誤差を確認し、問題ないと判断すると……海苔緒へバトンタッチする。

 

「ノリオ、後は頼みました」

「わ、分かりました」

 

 緊張で声が少し上擦る。海苔緒は呼吸を整えると、打ち込まれた杭の頭に両手を沿える。

 

「――――――――」

 

【高速神言】のスキルが発動し、海苔緒の口から理解の及ばぬ言葉が発せられる。その場に居た者の中で(海苔緒自身を除き)ケイローンだけが、その正しい発音を理解出来ていた。

 杭に書き込まれた神代の文字が輝き、杭を中心として巨大な魔法陣が斜面に投影される。

 海苔緒は杭を触媒として地下深くの地脈へと制御を伸ばす。

 

(――届いた!)

 

 ここからが肝心だ。水の流れを絞るかのように、ゆっくりと細分化された地脈の流れを収束し一本化していく。そしてその状態を定常化させ、風の元素を地上へと放出させるための地脈回路(サーキット)を山脈全体に構築していく。

 とは云っても今回は下地作りだけなので儀式(さぎょう)は都合一時間ほどで完了した。

 最後に地脈回路(サーキット)に穴がないか確認した後、地脈に接続して源泉へと限界まで溯って元素の流れを把握し、工程は安全に終了する……筈だった。

 

 

『……Ar……t■■■……』

 

 

 “何か”が地脈を溯っている途中で海苔緒に触れ、強烈な悪寒が全身を這い回る。海苔緒に触れて覚醒した“ソレ”は、海苔緒に向けて獣のような唸りを上げる。

 怨嗟と憎悪に塗れた叫びが海苔緒の脳裏の縊りつく。それは輝きを恨む声であり、誉れを厭う声のようであった。

 海苔緒は瞬時に接続を中断し、その場で尻もちをつく。

 

「大丈夫(ですか)、ノリ(オ)!!」

 

 慌てて駆け寄るアストルフォとケイローン。少し離れた場所で周囲を警戒していたジュリオも直ぐにその輪に加わる。

 海苔緒はケイローンの診察を受け、問題ないと判断されると再び地脈への接続をトライした……が、今度は異常を感知出来ず。不審を抱きながらも、海苔緒たちの火竜山脈での作業は結局滞りなく終わりを迎えた。

 海苔緒が感じた違和感の正体――それが地脈の中で眠っていた一枚のカードによるものだったことが判明するのは、しばらく経ってからことであったが……。

 

 

 

 ――ただその時には、何もかもが遅すぎた。

 




残りのハルケギニア編に関しては、ド・オルニエールに戻って日常話を少しやった後、ビダーシャルとの会談を行い、そして【最後のイベント】をこなしてエピローグとなる予定です。

申し訳ございません、今しばらく続きます。

後、アラタさんが護衛を引き受けてくれているのは、イトウさんへの個人的な恩義からといった感じです。


では、


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第三十二話「君は僕に似ている。背中合わせのあなたが知りたい」

長らくお待たせしました(汗
リアルで色々ありましたがボチボチ更新を再開していきます


 ロマリア会議や火竜山脈での神殿建造の下準備にあたる地脈調整を終えた海苔緒は、皆と共にド・オルニエールに戻っていた。

 資材と人手が集まり次第、建造は開始される予定であり、それまでは海苔緒もド・オルニエールに待機していることとなった。

 加えてだがその間にビダーシャルとの会談が行われる運びとなっており、海苔緒も同行することが決まっている。

 その機会に原子力潜水艦が聖地に沈んでいるか否かを確かめた方がいいだろう。

 ド・オルニエールに滞在しているルクシャナは聖地の付近を住処にしている“海母”と呼ばれる水韻竜と親しい筈。

 なのでルクシャナならば、原潜が存在する場合……手掛かりを知っている可能性があるので、ビダーシャルとの会談前に確認を取っておくべきであろう。

 そこまで考えて、海苔緒は自分の置かれた状況が酷く現実味に欠けていることを不意に思い出した。

 地に足を付けている実感がないというか――時々紙風船のように宙に浮いているような心地になるのだ。幼少より抱いているこの衝動が一体何なのか? つい最近になって気付いてしまった。つまるところ、それは……。

 

 ――ここから●なくなりたい。

 

 不意に浮かんだ想いを否定するように、海苔緒はかぶりを振った。……話を戻そう。

 責任が次々積み重なってくるとこれは全部夢で、目が覚めればあのマンションの一室で引き篭り生活を続けているのではないか、と思えてくるのだ。

 だから海苔緒の口から溜息混じりに零れた言葉は、本音というより弱音のようなもので。

 

「誰か、嘘だと云ってくれ」

「――嘘だ」

 

 返事など期待していなかった海苔緒の言葉に、確かな返答がもたらされる。

 海苔緒はすぐさま後ろを振り返る。……目に映るのは鮮やかな銀の髪と紫水晶(アメジスト)が如き深い色を湛えた瞳に、“女性”と見紛うばかりの白絹(シルク)のような肌。そこに居たのは、日本の外交官である御門千早だった。

 ロマリア会議の後、料理人の大沢氏と共に千早もまたド・オルニエールに戻ってきていたのである。

 

「――ッ!?」

 

 思案に耽っていた筈の海苔緒は、椅子から飛び退く勢いで立ち上がった。唐突なことで驚いたのだ。

 

「あっ! 申し訳ありません。どうやら驚かせてしまったようですね」

 

 茶目っ気のある笑みを浮かべる御門千早に、紫竹海苔緒は苦笑めいた微笑みを返すのが精いっぱいだった。

 

 

 

 少し落ち着いた後、海苔緒は千早の入れた紅茶の御相伴に預かっていた。他の人物は諸々の用事で出払っており、才人の屋敷には現在、千早と海苔緒の二人のみであった。

 茶葉自体も地球産の超高級な代物なのだが、千早当人のお茶の作法も超一流なため、入れられた茶の香りも味も何倍にも引き立てられている。

 使用人であるシエスタや、公爵令嬢であったルイズすら目を見開くような紅茶――けれど実の所、海苔緒は緊張で味も香りもよく分からない。

 静かな茶会と云えば聞こえがいいが、実際は沈黙が積もる度に息苦しさが増していく。少なくとも海苔緒はそう感じていた。

 

 ――端的に述べると、苦手なのだ。紫竹海苔緒は御門千早に苦手意識を抱いている。

 

 ファースト・コンタクトはロマリアからド・オルニエールへとオストラント号で帰還する際の同乗者として鉢合わせだった(無論、大沢シェフとリュリュも同乗していた)。

 一目見た時は気付かなかった。眼鏡を掛けていて、どこぞの無限書庫司書長の様な雰囲気を醸し出したからだろう。

『誰だろう?』と首を傾げてから数分後……その正体を察した海苔緒は空の上で盛大な奇声を発してしまった。まぁ、本人に聞かれなかっただけ幸いか。

 加えて海苔緒と千早の容姿は驚くほど似通っていた。二人並べば姉ま……兄弟に見えるほどに。事情を知らぬ他人ならば確実に親類と誤認するだろう。

 けれど海苔緒からしてみれば、似ているというより自分の容姿は単に千早のパチモノにしか思えない。

 中身など比べようもない。御門千早は文武両道、才色兼備の完璧超人であり、さらに母方の旧姓が妃宮――つまり『“妃”の“宮”』であることからも分かるが元を辿れば皇族の血筋を引いている(原作でも妃宮は明治時代に臣籍降下【皇族がその身分を離れ、姓を与えられ臣下の籍に降りること】の末に出来た家と明言されていた)。

 しかし腑に落ちないのは、何故千早が外交官をしているか? ……だ。原作では外交官の仕事にかまけて、母をないがしろにした父を嫌悪しており、面と向かって『自分は外交官にはならない』とはっきり明言していた筈なのだが……。

 まぁ、辿るルートごとに千早を取り巻く環境に差異が出ていたことを鑑みるに、父の跡を継ぐ可能性もなかった訳ではないだろうから……不自然なことではないのかもしれない。

 ……ともかくとして今の御門千早は、海苔緒から見て心身共に完璧な人間だった。だから何というか……千早を見ていると自分の人間として底の薄さが露呈していくように感じてしまう。

 あるいは――、あの深い色を湛えた目で見つめられていると、(のりお)の全てを見透かされてしまうように思えてしまうのだ。

 だから海苔緒は、曖昧な笑みを浮かべながらただ沈黙を貫くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 御門千早から見た紫竹海苔緒は――どこか不思議な雰囲気をした青年であり、同時に放っておけない人物でもあった。

 だが不思議なことなら、銀座に門が開いて以来この世の中に溢れ返っている。

 そして何の因果か、千早はまだまだ経験の浅い外交官でありながら魔法使いの治める国(トリステイン)との折衝役の中の一人という大役を与えられていた。

 切っ掛けは、つい先日正式に防衛大臣兼異世界(原作では特地)問題対策担当大臣に就任した嘉納太郎氏の鶴の一声だ。

 嘉納の家は元々九州三大石炭財閥の一つであった名門であり、嘉納自身も財閥の元社長であった。その関係で鏑木財閥とも親交があり、政治家に転向してからは千早の父とも知己。

 そんな訳で嘉納は鏑木財閥のとある御曹司や、千早とも面識がある。

 加えてだが嘉納はクリスチャンであり、カトリックのお嬢様学校である『聖應女学院』などに大口の寄付を行っていた故、嘉納と千早は浅からぬ縁があると云っていい。

 千早の父と面識があった嘉納は外交官となった千早を何かと気に掛けており、いち早く千早の有能ぶりに気が付いていた。

 銀座事件後の混乱の渦中での政権交代。民●党政権下で散々防諜関連をかき乱され、手足となる官僚や役人たちも誰が味方で敵なのか現段階では明確に判断出来ない始末。

 だから嘉納は、信頼のおける者なら猫の手も借りたい状況にある。加えて非常に有能ならば尚更だ。

 貴族社会のハルケギニアに派遣する外交官であるが故に家柄も考慮する必要があったが――御門の家は旧華族の家柄であり、皇族の血脈を継ぐ千早はこれ以上ないほどに適任だったのだ。

 若すぎるという一点だけは問題だが、信用出来るベテラン外交官を他にも数名派遣していた。嘉納が求めた役割は飽くまで補助的なもの。

 そこからさらに色々な思惑やドラマを経て、御門千早はシェフである大沢公とコンビを組んでハルケギニアに派遣された訳である。

 加えて現地にてタバサの知人であるリュリュが合流し、千早、大沢シェフとのトリオが結成されて現在に至っていた。

 ベテランフレンチシェフの大沢。教養深く、人並み以上に料理が出来る千早。ハルケギニア全土を周り、料理の知識を蓄積してきたリュリュ。

 この三人のハルケギニアにおける料理外交の物語は、既に料理漫画にすれば数巻分ほどにもなる活躍なのだが……それはまた別の話なので割愛させて頂こう。

 今重要なのは、御門千早が『紫竹海苔緒』に邂逅したことである。

 千早が海苔緒を見て最初に感じたのは、“昔の自分”を見ているような既視感だった。

 容姿だけの話ではない。中身の在り方を含めてのことである。

 ――そう千早が思ったのは、海苔緒に関する情報の一部を先に知らされていたことも、おそらく関係するのだろう。

 海苔緒がハルケギニアに来訪するのに先んじて、嘉納からの書簡が千早に届けられた。内容を要約すると『紫竹海苔緒という重要人物がハルケギニアに来るので、目をかけてほしい』というものだった。

 当初の千早は『紫竹海苔緒』なる人物が誰か分からず首を傾げたが、添付されていた銀座事件に関わる資料の一部に目に通して、驚愕と共にその正体を知った。

 

 ――地球で確認された最初にして現在唯一の“魔法使い”。

 

 そんなファンタジーな正体に反して、紫竹海苔緒のこれまでの人生は泥臭くも生々しい不幸に塗れており、海苔緒のこれまでの歩みは千早と重なる所がある。

 確かに海苔緒が“魔法使い”であるという事実は驚くに値するが、千早にとってはそれよりも過去の己と重なる存在として海苔緒のことが気に掛かった。

 嘉納太郎氏に頼まれたからということもあるが、そうでなくとも千早の海苔緒を気に掛けた筈だ。

 全く……御節介焼きになったものだと、千早は自分の入れた紅茶に口をつけながら内心で苦笑する。引き篭りであった時の自分から想像も出来なかった。

 母の無茶ぶりから始まったあの学院での生活(・・・・・・)がなければ、千早は母と父と向き合うこともなく――また父の跡を継いで外交官にもなろうなど微塵も考えなった筈だ。こうして思い返すと……共にエルダーとなり学院で苦楽を共有することとなった彼女と、転入前に偶然邂逅した辺りから全てが始まっていたのかもしれない。

 魔法を使う貴族が治めるトリステインに派遣されても、さほどカルチャーギャップに苦しまずに活動出来ているのもあの学院での経験の賜物である。

 そうして培った悩める子羊に対する御節介スキルを駆使して、今現在千早は海苔緒と相対している訳だが……今の所成果は芳しくない。分かってはいたが、人見知りするタイプなのだろう。アストルフォや才人たちとは問題なく会話していることを考えると、打ち解けることさえ出来れば、饒舌に会話を交わすことが出来るだろう。

 けれども今は、近くに居ながら碌に会話も出来ないまま――まるで背中合わせのようなもどかしくてむず痒い距離感。

 その感覚に、千早はまたも学院時代のことを思い出して破顔一笑する。

 

(本当に、こうして見ていると……本当に昔の僕を思い出す)

 

不器用な笑みを浮かべる海苔緒を見て、千早は彼がハルケギニアに滞在している短い間だけでも、せめて出来る限り世話を焼こうと心の内で改めて決意するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいのですか、戻ったことを報告しなくても?」

「うん、邪魔しちゃ悪いしね」

 

 海苔緒と千早が静かな茶会を行っている最中、屋敷に戻ってきたケイローンとアストルフォだったが、海苔緒と千早の交流に水を差しては悪いと――霊体化してこっそりと書斎で待機をしていた。

 片や難しそうな内容の哲学書を、片や痛快な内容の漫画を手に二人は書斎でゆったりとくつろいでいたのだろう。どちらがどちらの本を手にしているかは、語るまでもない。

 

「信じているのですね、千早殿のことを」

 

 ケイローンも千早とは出会って間もないが、既に親しくなっていた。教養深い面や文武両道といった所に共感を覚えたからだろうか(ちなみに千早はケイローンやアストルフォの正体に関しては政府から聞かされてはいない)。

 これまで何十人と弟子を育ててきたケイローンの確かな観察眼は千早の人柄を見抜いていたので問題ないと判断したが……、アストルフォは現段階で特に千早と親しい訳ではない。

 何故そんな千早にマスターである海苔緒を任せたかと云えば――。

 

「う~ん。何というか――ノリとチハヤって似てるよね。だからチハヤがノリの相談に乗ってくれるんじゃないかって、何となくそう思ったんだ」

 

 アストルフォの理性蒸発のスキルは直感スキルに似た働きをする場合がある。これは理性の蒸発したアストルフォが理性に囚われず本能の赴くままに行動するためであろう。

 なのでアストルフォは正しい行動を選択したとしても、何故その行動が正しいと思ったのか――判断の基準や過程を説明出来なかったりする。

 それ故、アストルフォは己のことを御世辞にもあまり賢くはないと自覚しているのだが、ケイローンからすればそれは少しばかり違うと云える。

 アストルフォは理性が蒸発しているからこそ、物事の本質を曇りなく理解することが出来ている。ただし己の理解したことを他人へと伝える語彙が足りないため、時としてアストルフォの行動は突飛なものに見えてしまう。

 それが現在のケイローンのアストルフォに対する見解であった。

 ケイローンも深い思慮の結果として、千早に海苔緒を任せるのは好ましいと判断していたので、アストルフォの決定に異論は挟まなかった。

 するとアストルフォは漫画を読んでいる途中で、思い出したかのように声を上げる。

 

「あっ、そう云えば……例の“宝石剣”の試作案が纏まったからケイローンに見て欲しいって今日の朝、ノリが云ってたよ」

「ッ! それは本当ですか?」

 

 ケイローンは開いた本から目を離し、アストルフォを向いて目を何度か白黒させた。

 より正確に云えば、“宝石剣のようなナニカ”である。

 キャスタークラスに転身出来る様になったことで、海苔緒の魔術や魔法に対する理解はそれなりに深まっており、模造品のカレイドステッキの機構を大まかに解析出来る様になっていた。

 そこから宝石剣に似た機能を持つ魔力供給用特殊礼装が作れないか、と考えた訳だ。

 流石に今の海苔緒でも第二魔法に関してはお手上げであったので、核となる術式にルイズの協力を得て虚無魔法の世界扉(ワールド・ドア)を採用。

 使用時に肉体損傷のデメリットに関しても、カレイドステッキのリミッター機構をそのまま応用して肉体負荷(主に筋繊維の断裂等)を最小限に留められないか試行錯誤している。

  完成した暁には、マナが大気中に溢れていない世界でもサーヴァントへの安定した魔力供給が可能となるため、ケイローンとティファニアも銀座のゲートの向こう側への長期滞在が可能となる筈だ。

 ケイローン自身も精霊石を材料とした術式の依り代となる宝石剣の本体とも云える刀身の作成を担っており、準備を重ねていた。

 

(このまま何もなければいいのですが……)

 

 ケイローンの想いとは裏腹に、懸念要素は残っていた。

 まずケイローンのマスターであるティファニアが襲撃を受ける可能性。

 エルフの過激派がティファニアを狙っているのは周知の事実だが、トリステインとゲルマニアが共同で暫定支配している空に浮かぶ国――アルビオン王国の主権復帰に向けた騒動の渦中にティファニアが巻き込まれそうになっていたりもする。

 生き残った旧アルビオン貴族は、アルビオン王国は王権(つまりブリミルの血を引く人物)を持つ者を新たな王として迎え、復権を果たしたいと考えている。

 その旧アルビオン貴族の中にも派閥が存在し、大まかに二分するとジェームス一世(旧国王)派とモード大公派に区別することが出来る。

 モード大公(ティファニアの父)派のアルビオン貴族たちはモード大公が処刑された後、冷遇が続き勢力が衰えていたが、レコン・キスタの反乱が起こった際――忠誠心がない分、反乱初期の段階で周辺諸国に亡命していた者が多く生き残っていた。

 ジェームス一世派は逆に、レコン・キスタの反乱時に多くの貴族が死亡しており、勢力が急速に衰えた。これにより二つの派閥は力関係が拮抗したのだ。

 どちらが新しいアルビオン王国の主権を握るかは、どちらの派閥が新しい王を玉座につけるか決まる訳で……その争いにモード大公の血を引くティファニアが巻き込まれないとは云いきれないのである。

 現にモード大公派のアルビオン貴族の中にはティファニアへと接触しようと動いている者も居る。当然ながらそれを面白くないと考える輩も多い筈だ。

 最終手段として別の世界(地球など)に一時的に避難することも視野に入れ、ケイローンはティファニアも身を守る策をいくつも練っていた。

 

 第二に、海苔緒が行う予定の火竜山脈への神殿の設置だ。

 神殿の設置に関しても、多数の人間の思惑が絡み妨害や(はかりごと)の対象になることも考えられるが……それよりもケイローンは海苔緒が感知したという邪悪な気配に関して気になっていた。

 その後、火竜山脈での調査では異常は何一つ見つかっていないのだが、それが余計にケイローンの不安をかきたてる。

 運命というものは時として神々の気紛れほどに唐突であり、酷く理不尽で残酷なものだ。

 ケイローンは生前の経験から、それを身に染みて理解している。

 人生とは常に選択の連続である。人は生を享受する限り、何かを得る代わりに何かを喪い、何かを喪うことで何か手に入れて前に進んでいく。そして人は、己の取捨の選択を全て自由に出来る訳ではない。

 紫竹海苔緒という危うい存在が、この先に何を得て、何を失っていくのか……ケイローンはそれが心配で仕方なかった。

 




次回は魅惑の妖精亭ド・オルニエール支店での一幕を予定しています。

では、


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第三十三話「魅惑の妖精亭での暮夜。もしくはその酔言は嘘か誠か?」

 才人に誘われた海苔緒たちは、今宵魅惑の妖精亭ド・オルニエール支店で飲み明かすことになった訳だが……。

 

「聞いてぐれだまえぇぇよぉ~~! 嗚呼モンモラシー……彼女ったら――」

「分かる分かる! ぼくもルクシャナには散々――」

 

 既に出来上がったご様子のギーシュとエルフのアリィーが、肩を組んで結構なハイペースでビールを呑み交わし、想い人(モンモラシー)婚約者(ルクシャナ)に対する愚痴を競う様な勢いで吐き出していた。

 人とエルフが友誼を深める感動的な一場面(ワンシーン)の筈なのに、何故だろうか……。

 

(正直物悲しいと云うか……見てて乾いた笑いしか出てこねぇな。けど、それよりも――)

 

 海苔緒は苦笑から一転して、嫌々とした雰囲気を滲ませながらゆっくりと首を回して隣に視線を向ける。

 すると海苔緒の傍らには……完全に酔っぱらい、満面のドヤ顔を披露している微笑みデブ――もとい、ぽっちゃり貴族のマリコルヌが居た。

 

「サイトから聞いてるよ。――志を共にする同士だってね。ところでセーラー服(水兵服ではなく女装用)を着るのって最高だよね!!」

 

 さきほどからバンバンと海苔緒の肩を叩いたり、海苔緒の頬をツンツンと人差し指で突っついたりと、やりたい放題の絡み酒。

 どうやら恋人兼女王様(おめつけやく)のブリジッタが所用で居ないせいで、タガが外れてしまっているらしい。

 何度か才人やギムリ、レイナールなどの他の水精霊騎士隊の面々が、勢いに乗ったマリコルヌを止めるようとしたが、テンションマックスの無敵状態となったマリコルヌを止められる者は現れていない。しかし満足すれば、その内海苔緒から別のメンバーの所へ移動するだろう。

 なので海苔緒も他の面子を見習い、適当にあしらいつつ嵐を過ぎるのをじっと耐えていた。

 ちなみに今宵の魅惑の妖精亭ド・オルニエール支店は才人たちの貸切である。

 海苔緒は才人を含む水精霊騎士隊のメンバー数名と一緒に呑んでおり、ギーシュとアリィーは少し離れた席で愚痴をこぼしあっている。

 対してルイズたちは少し離れた位置にて女性陣で固まって飲んでおり、その中にはキュルケやタバサの姿もあった。

 キュルケはロマリアから出国後、オストラント号に同乗してド・オルニエールまで同行し滞在している。

 一方タバサはオストラント号には乗らず、一旦ガリアに戻ったのだが……日本との会議というか調整役の名目で、ド・オルニエールへとやって来ていた。

 女王としての名は表には出しておらず、飽くまでガリアの使いという立場でタバサは才人の屋敷には滞在していて、傍らには親衛隊はおろか腹心のカステルモールの姿すらない。

 唯一タバサについて来たのは女官のイルククゥ――、と名乗るタバサの使い魔シルフィードのみである。

 そこからも分かることだが、日本との話し合いは建前――とまではいかなくとも、主目的が別にあるのは察することが出来る訳で。

 まぁ、そんな理屈をこねなくとも才人の近くに居る時のタバサの様子を見ればド・オルニエールへの滞在目的は一目で分かるだろう。ガリア王国の家臣たちの心労が絶えないのは云うまでもない。

 タバサとキュルケ。両者が今宵の魅惑の妖精亭に居る理由はそんな所なのだが……突っ込み所はそこよりも、しれっとナチュラルにルイズたちの女子会に混じって飲んでいるアストルフォだ。

 女子会での堂々たる振る舞いを見るに、複数の女性を侍らず色男と云うよりはまるで女性の一人としてメンバーに溶け込んでいるようですらある。

 驚異のコミュ力であるが、さすがの海苔緒もあそこまで厚い面の皮は正直欲しいとは思わない。何事もほどほどが一番だ。

 他に目を惹く面子は、奥で静かに酒杯を呷る千早とケイローンのコンビ。何やら親しげに笑みを交わしながら談義している様子。

 いつの間に親しくなったのだろう……と、海苔緒は心の中で思う。だが原作的に考えれば、波長が合うのは自然なことなのかしれない。

 加えて海苔緒の席からでは見えないが、大沢シェフとリュリュが厨房を手伝っているそうだ。

 才人とルイズの紹介でスカロン氏と知り合ったそうで、大沢シェフはスカロン氏から色々と助言を頂いたとのこと。

 そのお礼を兼ねつつ、日本主催の晩餐で出す予定の料理の味の感想をルイズを筆頭とした魔法学院の生徒に聞きたいようだ。

 

(それは良いんだが、リュリュって娘……大沢シェフにくっ付きすぎじゃねぇか。大沢シェフって妻子持ちだったよな、確か。不味くねぇか?)

 

 まだ二人を知り合って間もない海苔緒だが、その目から見てもリュリュが大沢シェフに対して師弟関係を越えた思慕の感情を抱いていることは明白だった。

 見た目二十代後半と云われても納得するぐらいに若々しい大沢シェフだが、実際は四十近い歳でリュリュと変わらない歳の娘という事実を考えると、色々不味いと云うか……。

 悩む海苔緒だったが、大沢シェフとリュリュの一件は杞憂に過ぎない。

 実際の大沢シェフは上手くリュリュとあしらっていた。他にも年下の女性の弟子を数多く持ち育ててきた大沢シェフとしては、この程度のことは慣れっこなのだ。

 女性に惚れられ、迫られたのは一度や二度ではない。しかし大沢シェフは全ての誘いを断っており、浮気をしたことはない(但し料理馬鹿過ぎて……仕事関連で妻と喧嘩することは日常茶飯事だが)。

 海苔緒の杞憂な心配をよそに、大沢シェフはリュリュの補佐を得て妥協なく料理を仕上げていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魅惑の妖精亭ではゆったりとした時間が流れていた。店の雰囲気に体が馴染めば、可愛らしい恰好した給仕の女の子たちに混じってクネクネした動作で店内を回る『トレビアーン!』が口癖なオネェ言葉のムキムキマッチョマン――スカロン氏にもいい加減慣れてくる。

 もし万が一日本テレビに露出すれば名物店長として有名になるかもしれない……とか、変な所から毒電波を受信した気がするが、きっとそれは酒のせいだろう。

 海苔緒は気分を変えるため、才人に話題を振った。

 

「そういや才人。あそこのレコード、どうしたんだ?」

 

 海苔緒の指さす先。魅惑の妖精亭の中央には年季の入った業務用レコードが配置されていた。ラッパのような古めかしいスピーカーが付いた骨董品だ。回転するレコード盤に降りた針が記録された音を伝達し、金管楽器の如きスピーカーから店内へと浸透するように響いている。

 店の雰囲気にはぴったりであったが、ハルケギニア由来の物でないのは明らか。

 才人は杯の中身を干して一息ついてから、海苔緒に答えた。

 

「あ、あれな。親戚の蔵の中に壊れた状態で放置されてて、機会があったからレコード盤数十枚と一緒に引き取ったんだよ。そんでコルベール先生が色んな機械を調べたいって云ってたから、先生に引き渡してさ……」

 

 そうしてコルベールによって分解修復されたレコードが、ここ魅惑の妖精亭に設置された訳である。

 付け加えるなら、このレコードはエルフの協力を得て作った試作のバッテリーを電源として使用している。ちょうど車のバッテリーほどのサイズで、主な原材料は精霊石。目下問題なく稼働しており、改良も続けているとこのこと。

 説明を聞いた海苔緒は『短期間によくもこんな物を作れるものだ』と感心というより絶句した。

 

「……ほんとスゲェな。コルベール先生」

「うん、俺もマジでそう思う」

 

 戦闘機やら戦車の整備を担当して貰ったり、ノートパソコンのバッテリー残量を回復してくれたりと、コルベールに幾度となく助けてもらった才人の台詞には深い実感がこもっていた。

 

「ボクも同感だね。精霊石にこんな使い道があったなんて考えもしなかったよ」

 

 不意に、横から才人と海苔緒の会話に割り込む声。

 

「え? あ?」

「なッ! ――ダミアン!?」

 

 ハッとなった二人が慌てて顔を向けると、いつの間にやら才人と海苔緒の横に元素の長兄であるダミアンが腰掛け、チビチビと杯を干していた。

 海苔緒も、ダミアンがド・オルニエールの警備に関わるアドバイザーとして雇われていることは知っていたが直接対面するのは初めてだ。

 

「一応ボクも呼ばれたからね。遅れながら参上した訳だけど。もしかして迷惑だったかな?」

 

人を食ったような笑みを浮かべながら、ダミアンは困惑する二人にそう云い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから小一時間ほどが過ぎたが……場の勢いというか雰囲気に流され、海苔緒と才人とダミアンは三人で固まって飲み続けている。

 ダミアンはいつも携帯している金管楽器のような巨大な杖を所持しては居ないが、才人はダミアンを一応警戒している様子だ。

 その証拠に護身用の剣を手近な位置に引き寄せ、キープしている。

 元素の兄弟と浅からぬ因縁を持つ才人としては、和解したとしも当然の行動であろうと海苔緒は納得する。

 しかし……。

 

(マジで十歳前後の子供にしか見えねぇのに……何本ウィスキーを空けるつもりだ?)

 

 どうやらダミアンはかなりのうわばみらしく、度数の高い酒を次々空けていた(ジークフリート化を経験した後の海苔緒も相当だが)。蛇足ではあるが、ド・オルニエール支店では日本から入ってきた珍しいお酒やカクテルを多数扱っており、それが目的で来店する客も少なくない。

 海苔緒が凄い飲みっぷりのダミアンを見つめていると、視線に気付いたダミアンが海苔緒に声を掛ける。

 

「どうしたの? ボクが気になる?」

「あっ、いや……アンタが元素の兄弟の長男だってのが未だに信じられなくてな。疑っている訳じゃないんだ! その、何だ……」

「云わなくても分かるよ。こんな容姿(みため)だからね。雇われ稼業で依頼人に舐められるのも日常茶飯事さ」

 

 慌てて弁解しようとする海苔緒に、ダミアンは特に気にした様子はなく、軽口の様な気安さで受け答えを返した。

 その気安さのせいか、そうでなければ酒の効力か、コミ症気味の筈の海苔緒がさらに口を滑らせた。

 

「その見た目……何か理由(わけ)でもあんのか?」

 

 一瞬だけ――柔和な笑みを浮かべていた筈のダミアンの顔が硬直した。まるで仮面に亀裂が奔ったかのように。そこに一瞬だけ、ダミアンの素顔が垣間見えた気がしたが……当人はすぐさま取り繕って仮面を被り直す。

 

「そんなに気になるかな?」

 

 ダミアンの笑みは先程と変わらない。無邪気な子供のような笑いのままだ。けれども瞬くほどの間に見えたダミアンの顔。そこに映りこんだ複雑に絡み合った感情の発露を両眼でしっかりと捉えていた海苔緒としては、ダミアンが怒っているように思えて萎縮してしまう。

 

「いや、すまねぇ。酒の飲み過ぎで出た戯言だと思って忘れてくれると助かる」

 

 若干目を逸らしつつも頭を下げて謝罪する海苔緒。対してダミアンは少し考えるように小首を傾げた後……。

 

「……まぁいいか。目的も有耶無耶になりつつあるし、戯言ついで話すことにするよ。才人も聞きたいだろうし」

 

 そう云うとダミアンは大仰な仕草でウィスキーを呷り、舌を湿らせてから再度口を開いた。

 

「ボクら元素の兄弟にはね…………エルフの血が混じっているんだ」

「「は?」」

 

 才人と海苔緒の声が重なる。事情を脳が理解するまで少しラグが生じていた。思わず咳き込んで酒が喉に絡まり、焼ける様な刺激が二人を襲った。

 先に復帰したのは才人の方だ。

 

「つまりお前らもティファと同じ……」

「いや、ボクらの場合は遠い祖先にエルフが居たってだけの話さ。ボクの成長が遅いのはエルフの血が先祖返りしている影響でね。さらに付け加えるならボクら元素の兄弟は“偉大なる始祖とエルフ”の間に生まれた一族、ということらしいんだ」

「なッ――!?」

 

 先代たちの話が本当ならね、とダミアンは最後に云い足した。

 特大級の爆弾発言。即ちアンリエッタや、タバサ、ティファニアと同じく王族の証たる始祖の血を引いていることになる。しかも始祖ブリミルとエルフの混血から始まった血統という、ブリミル教の教義を真っ向から否定する血筋ときた。

 才人は驚いた様子で尋ねる。

 

「――ッ!! まさか! お前らはブリミルとサーシャの……」

「色々と詳しい話は大分失伝していて分からないけど、ボクらが使う先住魔法のその証拠の一つだね。特にボクの弟のドゥドゥーの使う“関節に先住魔法を掛けつつ剣で戦う術”は始祖ブリミルと血を結んだエルフの女剣士が使っていた技だと、ボクらの伝承には残っているよ」

 

「そういや夢で見たサーシャの動きと、ドゥドゥーの戦い方……今思うと似てたな」

 

 護衛と暗殺、方向性は反対だが骨子となる術理の基本がそっくりであった気がすると、才人は今更ながらに思った。

 海苔緒も大分混乱していた。原作知識のある海苔緒もダミアンの出自に関しては知らなかったからだ。才人と同様に震える声で海苔緒は尋ねた。

 

「じゃあ、アンタたちも虚無の系譜って訳か?」

「――違うよ。ボク等は虚無の系譜じゃない」

 

 海苔緒の問い掛けをダミアンの無機質で冷たい声で否定する。

 続くダミアンの声は色々な感情が入り混じった表現しがたい語りであった。

 

「ボクら一族は始祖の血を引きながらも虚無の力を与えられなかった。――故にボクらは虚無にして虚無に非ず。虚無の兄弟にして虚無の兄弟に(あた)わず。だからボク等の先祖はこう名乗ることにした」

 

 ダミアンは一転してやけに陽気な声で『知ってるかい? ブリミル教に異端認定された学者の一説によると、元素を司る系統魔法は虚無(ブリミル)先住(エルフ)の魔法が交わって生まれたそうだよ』と呟いてから、再度自らの兄弟の渾名を口にする。

 

「――“元素の兄弟”と」

 

 ダミアンの名乗りに才人と海苔緒は固唾を呑む。

 とんでもない話を聞いてしまった、と二人は頭を悩ませる。

 しかし能面の如き表情を浮かべていたダミアンはネタばらしをするかの如く突然表情を崩し、からかうように告げる。

 

「やだな。まさか本気にしたのかい? 今の話」

「「はぁ? じゃあ、嘘なのかよ!!」」

 

 重なる才人と海苔緒の声。

 特に真剣に聞き入っていた才人が憤慨するようにダミアンに喰ってかかるが、ダミアンは涼しげな表情で受け流した。

 

「だから最初に云った通り……酒の席での戯言だよ。ボクの話が本当か嘘かは君たちで決めるといい」

 

 ダミアンは肯定も否定もしなかった。他の水精霊騎士隊のメンバーは酔いが回りすぎていてダミアンの話を聞いてはいない。結局ダミアンの話をまともに聞いていたのは、才人と海苔緒の二人のみである。

 

「じゃボクは席を外すよ。噂のシタケノリオ君も見れたことだしね。後は気分を変えて二人で呑み直してくれ」

 

 そう云い残すとダミアンは別の席へと移動し、才人と海苔緒は狐につままれたような顔で互いを見合わせる。

 一杯食わされたとみるべきか? 真偽の判断は二人につかなかった。本当のような嘘の話なのか、嘘のような本当の話なのか……二人は悶々とした気持ちを引き摺りながらも酒を呷るのだった。

 




ダミアンの発言は、作者の勝手な考察ですので……あまり深く考えないでください。

次回は女子会編。

では、


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第三十四話「魅惑の妖精亭での暮夜其の二。または激闘、ハルケギニア女死魁編!」

大変遅くなり申し訳ありません……ORZ

仕事は一段落ついていたのですが……それもこれも全てPS4のブラッドボーンとダークソウルⅡが(違


――才人や海苔緒たち男性陣の乱痴気と同時刻。

 

「あのリュリュって子、本当にあれでいいのかしら?」

 

 ルイズは心配した様子で口にする。

 女性陣の中で今話題になっていたのは大沢シェフとリュリュの関係についてだった。

 親と子ほどの歳の差というのは、貴族の婚約ではまぁ珍しくもないが相手が妻子持ちとなると話は別だ。

 渋い顔をするルイズに対し、キュルケは正反対の意見を述べる。

 

「いいじゃない。歳の差も、妻子も持ちの有無も愛があれば関係ないわ。『世界を越える愛』っていうのも凄くロマンチックだし。――ねぇ、タバサ?」

「……私はリュリュを応援する。ただそれだけ」

 

 略奪愛上等のキュルケと、リュリュと友人であるタバサは、彼女の恋路を肯定した。キュルケのタバサも現在の己の恋とリュリュの恋路を重ねている面があったりする(歳の差や相手が妻持ち的な意味で)。

 アンタ達ねぇ……とルイズは呆れ混じり視線を送るが、キュルケは柳の如く受け流して話題を変える。

 

「で、サイトとはどうなのよ?」

 

 酒の注がれた透明なグラスを弄ぶように揺らしながら、にやにやとした笑みを浮かべるキュルケはルイズに尋ねる。

 ぼんやりとした表情とレコードの音に耳を傾けていたルイズは、キュルケの声に応じて表情を引き締めつつ振り向いた。

 

「どう? ――って順調に決まってるじゃない。あれでも男爵になって少しは領主の自覚が出てきているし、勉強も必死にやってるわ。それに門が開通してド・オルニエールには特需が来ているから、このまま領地の収入が上がっていけば……」

「そうじゃなくて。あたしが聞いてるのはあっちの方よ、ア・ッ・チ」

 

 熱の入りかけたルイズの語りはキュルケによって遮られた。

 にやけた笑みを浮かべたまま、両手で暗喩的なジェスチャーを示してから――キュルケは視線を同席しているシエスタとティファニアの方へと向ける。

 

「はぁ? ちょっとキュルケ、アンタ何を…………って」

 

 一拍ほど間を置いて、ルイズはキュルケが云わんとすることを理解した。

 火がついたかの如くルイズは顔を真っ赤に――――はせず、眉をひそめて呆れた様な表情を浮かべ、キュルケを見つめ返す。

 これが半年ほど前の才人と結婚する前のルイズであったなら、そうしたリアクションをキュルケに見せたかもしれないが、生憎と今のルイズは“色々”と経験済みなのだ。

 様々な経験を経て成長したルイズは母親譲りの壮烈さの片鱗を垣間見せるかの如く、度数の高いカクテルを一気に飲み干してから、堂々たる態度で応対した。

 

「順調よ……夜の生活の方もね。最近じゃ何かと忙しくて才人も控えめだけれど凄いのよ、色々と。それこそ“三人がかり”でもね。それよりもキュルケ。アンタは人のことなんかより、コルベール先生と事をどうにかした方がいいんじゃないの?」

 

 ルイズはそう云って、意味深な目配せをシエスタとティファニアに送る。するとたちまちにシエスタとティファニアは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 カクテルに塗れた唇をナプキンで拭うルイズの仕草は、洗練された優雅さとそこはかとない淫靡さが同居しているようでさえあった。

 

「ふーん。云うようになったじゃない、ルイズ。……それと良かったわね、タバサ。どうやら三人だけじゃまだ足りないみたいよ」

 

 キュルケのニヤニヤとした笑みの矛先は、隣で“はしばみ草”の海鮮風サラダを黙々と食べていたタバサへと逸れる。いやタバサに声を掛けることでルイズとタバサ、両方に揺さぶりをかけているのだろう。

 元々こっそり聞き耳を立てていたタバサは、カクテルの酒気に中てられてほんのり赤くなっていた顔が耳まで真っ赤に染まってしまう。そしてシエスタやティファニアと同じく無言のまま俯くのであった。

 

「きゅい? どうしたのね、お姉さま? 顔が真っ赤……もしかして食べ過ぎてお腹が痛いのね」

 

 ルイズたちの話などに全く耳に入れず、一人で数品の料理を凄まじい勢いで食べていたシルフィードは事態が分からず首を傾げていた。

 他にも、自分の旦那(仮)たちのように意気投合して談笑していたモンモラシーとルクシャナも、ルイズとキュルケの話が耳に入り、モンモラシーは顔を紅く染め、ルクシャナは興味ありげな笑みを浮かべ、それぞれルイズを見つめていた。

 それでもルイズが動じる様子はなく、何てことないといった調子で肩をすくめて嘆息する。

 

「別に――タバサが本気だって云うなら、私からは特に云うことはないわ。それにどうせ何を云って無駄でしょうから」

 

 何せ、王族の地位まで捨てようとしているのだから。

 そんなニュアンスを込められた言葉が、ツンとした声色から紡がれた。

 ルイズのその発言は、暗にタバサがサイトの側に侍ることを認めたも同然であった。

 きゃあぁぁ――、と女性陣の声が店内に響き渡る。

 ちょうどその時、腰をくねらせながら店長であるスカロンが追加注文の料理をルイズたちの席に運んできた。

 

「あら、どうしたの? この雰囲気」

 

 キュルケがすぐさまスカロンに答える。

 

「ルイズがサイトとタバサの仲を認めたんです」

 

 コルベールとの事で色々と相談に乗ってもらっているキュルケは、スカロンに敬語を使って話した。

 すると今までの余裕が嘘のように、ルイズは焦った様子で否定する。

 

「ちょ、ちょっと! まだサイトとタバサのことを完全に認めた訳じゃないわよ!」

「じゃあ、何割かは認めているのね」

「そ、それは……」

 

 キュルケに言質を取られ、ルイズは完全にペースを握られてしまう。

 今まで余裕の様子でキュルケを相手にしていたルイズが急に焦り出したのは、タバサの件でまだ迷いが残っているからだろう。

 

 ――認めてもいい。――絶対認めたくない。

 

 相反する感情がルイズの中でせめぎ合っている。シエスタやティファニアの時もそうだった。

 今回ルイズの感情が『認めてもいい』という方へと傾いた切っ掛けは、アンリエッタにあった。

 最近何かにつけて、アンリエッタはシエスタとティファニアにかまう様になったのである。

 シエスタを才人付きのメイドとしてお墨付きを与えたのはアンリエッタであるし、ティファニアの後見人として便宜を図っているのも彼女だ。

 アンリエッタがシエスタやティファニアを気にするのは当然のことかもしれないが、それを考慮しても最近の態度はおかしい。

 視察など名目でド・オルニエールを訪れる度、アンリエッタがシエスタやティファニアと会話する頻度が確実に上がってきている。

 別にルイズをないがしろにしている訳ではないのだが、それでもルイズとしては面白くない。

 何というべきか……ルイズにはアンリエッタのそれ等の行動が、才人を諦めきれていない故の行動に思えて仕方ないのだ。

 事実アンリエッタは未だマザリーニ枢機卿や実母マリアンヌの勧める婚姻を、適当に理由を付けて断わり続けていた。

 だからルイズには、アンリエッタがシエスタやティファニアという外堀を埋めにかかっているように見えて仕方がなかった。

 勿論アンリエッタがそんなことを意図せず、天然でそんな行動に出ているかもしれないが――むしろルイズからしてみれば、そちらの方が何倍も性質が悪い。

 昔からそうだった。友人として幼少より付き合いのあるルイズは、無自覚な振る舞いでルイズを出し抜き、アンリエッタがおいしい所を持っていくのをその横で何度も目にしてきた。

 

 ――あの時も、あの時も、あの時も!!

 

 思い出しただけでむかっ腹が立つ!

 魔性の女とでも形容すべきか。そういった素養をアンリエッタは間違いなく持ち合わせているのだ。

 だからこそ才人との間に入り、アンリエッタに対する防壁の役割を担う人物が必要なのだが、アンリエッタに恩義のあるシエスタやティファニアには期待出来ない。

 となると……防壁になれるのは現状ルイズのみ。故にタバサを引き入れ、共にアンリエッタに対する盾になって欲しいという打算が少なからずルイズにはあった。

 葛藤に揺れるルイズの表情を見たスカロンは、肩を竦めて両手を上げた。

 

「あらら。この様子じゃ、シエちゃんもティファちゃんも大変ねぇ。後、サイト君も」

 

 もう少し折り合いをつけれるようになれればいいのだけれど……とスカロンは思うが、他の学友たちから云わせればルイズは十分に妥協しているように思えた。

 特にモンモラシーは、あの嫉妬深かったルイズがシエスタやティファニアに妥協しているのが未だに信じられない。もし自分であったのなら絶対許さない自信が彼女にはある。

 ギーシュは才人の影響を受けて色々と成長してきており、モンモラシーもそれは良い傾向だと思っているが、複数の女性を侍らせる面だけは真似させない様にしなければ、と内心で決意を新たにしたのだった。

 

「――ところでルイズ。そちらの彼も何か云いたそうにしているけれど」

 

 キュルケの流した視線の先、そこには……ちゃっかりとルイズの隣に座って女子会に参加するアストルフォの姿があった。

 杯を片手におつまみをちょこちょこと口を運びつつ、ホクホクとした笑みを浮かべながら。

 

「いやいや、ボクのことは気にしないで。偶にはこうやって聞きに徹するのも悪くないしね」

 

 遠慮してます的なポーズに思えるが、堂々と女性面子に混じっている時点でとうに遠慮などありはしない。

 その清々しいまでの図々しさに、ルイズは頭を抱えた。

 

「ホントになんでアンタ、……こっちに居るのよ」

 

 確かに女性に混じっていても違和感はない。仮にルイズの横に並んだ状態で知らない人物に『どっちが女性?』と質問した場合、正確に答えられる人がどれほどいるだろうか。

 少なくともアストルフォを見て男と知れば、世に数多居る女性の多くが自信を無くすことはうけあいである。

 

「あっちも中々楽しそうだけど、今日はこっちの席の方が混じって飲むのも悪くないと思ったから! いやぁ、本当にいい所だね、魅惑の妖精亭は」

 

 アストルフォの視線の先には、調子に乗って腹踊りを披露するマリコルヌの姿があった。腹に描かれた顔は誰かから借りた口紅によるものらしい。

 加えてグデングデンに酔っぱらったギーシュとアリィーは、マリコルヌの踊りに合わせて手拍子で音頭を取っている。

 それを見たモンモラシーとルクシャナは無言で顔を見合わせた後、揃って溜息をついていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでさ、魔女のアルシナって奴にミルテの木に変えられちゃって――」

 

 ……しばらくして、いつの間にやら女性陣の話題の中心にアストルフォが躍り出ていた。

 聞きに徹すると云っていたアストルフォだが、その後もキュルケに何度か話しかけられて興が乗ったのか――自分のことを語りはじめたのである。

 すると何故だが皆が次第に引き込まれ、聞き入ってしまったのである。

 上手く言語化出来ないのだが、アストルフォ当人には不思議な魅力があるのだ。

 だから女性陣も何だかんだ云って、アストルフォの同席を許していたのである。

 

「ていうか。アンタ……そういえば王子だったわね」

「うん! あ、でも全部放り出して国を出たからね。元王子って表現の方が正しいかな」

 

 ルイズに対して頷いて見せるアストルフォ。

 王子だと知らなかった他の女性陣たちは驚いた様子で、アストルフォを見つめている。

 昔のルイズであれば、アストルフォの王子としての責務を果たさず国を出てことに対して、『無責任だ!』と憤ったのだろう。

 しかし色々とはっちゃけた今のルイズにとっては、アストルフォの自由奔放さはどこか羨ましいものに思えた。

 それと――。

 

(幽霊みたいなもの……って聞いたけれど、とてもそんな風には見えないわよね)

 

 サーヴァントについて、ルイズは海苔緒から詳しく聞いていた。

 なまじサモンサーヴァントによる召喚魔法を知っているためか、過去に活躍した人間の魂を召喚して使い魔(じゅうぼく)にするという発想が、ルイズには諸々衝撃的だった。

 何となくではあるが、死んでから仮初ながら甦った王子というと……どうしてもウェールズ王子のことを思い出してしまうルイズだが、雰囲気があまりにも違うため、そう深刻な気分にはならない。

 そんなことを考えながらルイズがアストルフォを眺めていると、今度はティファニアが珍しく積極的に話し掛けていた。

 

「どうして国を出て、海の向こうの大陸に行こうと思ったんですか?」

 

 ティファニアの問いに少し小首を傾げてから、アストルフォは己の想いを口にした。

 

「うーん……多分切っ掛けはまだ小さかった時、お城の外がどうなってるか無性に気になったことだと思う」

 

 城を囲う城門の向こうに何があるのか?

 それを知った後、アストルフォは城門の先に広がる平原を見てさらにその先が気になった。

 

 

 平原の先には? 平原のその先の山脈を越えたら? さらにその先の先に行ってたら?

 

 

 子供の頃、誰しもが思いを馳せたユメ。そんな童心の夢想は成長するほどにアストルフォの胸で膨らみ続け……ついには海の向こう、空の果てへと思いを募らせたのだ。

 そんな他人が聞けば呆れかえるような理由。

 皆が大人になるにつれ、棄て去ってしまう憧憬を抱いたままアストルフォは国を出て大陸へ向かったのである。――誰しもが持ち合わせていた、あの頃の胸の高鳴りを響かせながら。

 それが後に名を馳せる無鉄砲騎士の伝説(かつやく)の始まりであった。

 

「分かるわ! 本で読んだり人から聞いたりするのと、実際に見るのじゃ全然違うもの!! 確か……サイトの国の言葉に『百聞は一見にしかず』ってのがあるらしいけど、まさにその通りよ!」

 

 エルフでありながら蛮族と蔑まれていた人間に文化に興味を持ち、研究をしていたルクシャナは大いに共感した様子で、アストルフォの意見に賛同していた。

 彼女もアストルフォと同じく、自分で確かめてみないと気が済まない性分だからだろう。

 ちなみに最近の彼女は、地球の歴史や文化を対象とした研究を開始している。

 彼女の叔父であるビダーシャルも、その研究に協力している。

 そんなルクシャナの言葉を聞いて、唐突にアストルフォはあることを思い出す。

 

「……そう云えば。ノリがルクシャナに話があるって」

「え、私に話?」

「いい機会だからこの場で話すと云いよ。今からノリを連れてくるから」

 

 どんな話があるか見当もつかず考え込むルクシャナを余所に、海苔緒を呼んでくるためにアストルフォは一度席を立つのだった。

 




次回は聖地がある海域『竜の巣』や原潜についてのお話の予定

では、


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第三十五話「魅惑の妖精亭での暮夜其の三。もしくは予知という名の原作知識?」

毎週続いているFate/GOの新鯖紹介CMを見て、期待を膨らませる今日この頃。
まさかランサー枠であの方が来るとは……


 

「――私に何の話があるって云うの、ノリオ?」

 

 アストルフォに連れられた海苔緒は女性陣のテーブルについて早々、ルクシャナに本題を話すよう急かされる。

 ……どう切り出そうか? と悩んでいた所をアストルフォにいきなり背中を押された形だが、こうなったら勢いに任せようと、海苔緒は腹を決め込んだ。

 軽く深呼吸をしてから眼鏡のこめかみ部分に掛かるフレームに指を当てて。

 

「アストルフォ。……すまん、二度手間で悪いが才人を呼んできてくれないか? 後、御門さんと先生も」

 

 こうして才人と加えて、千早とケイローンも交え――海苔緒は女性陣の前で話を切り出した。

 話す内容は海苔緒の覚えている原作知識――『ゼロの使い魔』小説版の終盤にあたる場面。つまりは大隆起が起きた場合のハルケギニアで起きた出来事について。

 

「初めに云っておくが……自分でも信じられねぇような話だから、酒の席の戯言だと思って話半分に聞いてくれると助かる」

「なによ、勿体ぶって。本当に何の話なの?」

 

 ルクシャナは本当に気になってしょうがない様子で、海苔緒を促した。

 対してそんな前置きをつけた海苔緒だが、内心では真剣に聞いてほしいと裏腹な思いを抱えつつ表情を改め、口火を切る。

 

「最近毎晩見る変な夢についての話なんだが……」

 

 適度に嘘を混ぜながら、分岐したハルケギニアで起きたであろう可能性を予知夢という体際をとって、海苔緒は皆に騙り……否、語り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海苔緒の口から紡がれた内容は、聞いている面々にとって――とてもではないが酒の席の戯言と一蹴出来るものではなかった。

 ガリアの狂王ジョセフを打倒した後、ジュリオによって軟禁されたタバサ。そして替え玉として女王に地位についた双子の妹のジョゼット。こちらでは死亡した聖エイジス32世ヴィットーリオ・セレヴァレによる聖地奪還のための策謀。

 灰色卿によって派遣された『虚無の兄弟』による才人暗殺未遂。

 タバサ奪還のために起こったジュリオと才人の激突、そして明かされる大隆起の危機、両者の和解。

 話が進むにつれて、タバサの頬から朱色が抜けて氷の如き表情が表に出た。先刻まではノリノリで馬鹿騒ぎをしていた才人も空気を一転させ、何度も修羅場を潜り抜けた“男の顔”を見せ始めている。

 他の面子も程度に違いはあれ、反応は同じ。

 和気あいあいとした酒の席の雰囲気は霧散し、徐々にピリピリとした雰囲気が代わりに場を支配していく。

 ……そして話は終盤に差し掛かる。

 ルクシャナやアリィー等による才人とティファニアの拉致、エルフの国『ネフテス』への連行。

 脱出からの流れはこちらとは異なり、海苔緒の語る『才人とティファニア』はルクシャナに連れられて聖地の眠る海域――“海母(うみはは)”と名乗る韻竜が治める『竜の巣』へと逃げ込み……。

 度数の強いウィスキーを潤滑剤代わりにして、海苔緒は思えている限りのことを最後まで吐き出した。但し、無論ながら転生云々など肝心な所は話していない。

 それでも海苔緒の話は同席していた皆に充分響いている。少なくともただの夢だと思う者はこの場には居なくなっていた。

 何せ海苔緒が知りえる筈のない人物、場所の情報まで含まれていたのだから。

 例を挙げるなら……ティファニアの母親“シャジャル”の一族の者。裏切りの親族という烙印を押されて苛烈な差別を受けて育ち、鉄血団結党に傾倒したファーティマの存在を海苔緒は指摘したのだ。

 ティファニアはまだ彼女のことを知らなかったらしく、海苔緒から彼女の話を聞かされて酷く青ざめた表情を浮かべていた。母親の一族が母親の行いによって泥を啜るような生き方を強いられていたことと、その一族の一人であり、親戚にあたる筈のファーティマが自分を殺したいほどに憎悪しているという事実がティファニアをよほど(さいな)んだのだろう。

 

 悪いことしちまったなぁ……と、自責の念を覚える海苔緒だったが、ティファニアを介抱している才人の二の腕がティファニアの“ツイン・グレネード”に挟まれている光景を見て、そんな気分はすぐさま立ち消えとなる。

 要らぬ嫉妬心に目覚めかけた海苔緒。けれど神妙な表情を浮かべたルクシャナに声を掛けられて意識を目の前へと戻した。

 

「ほんと笑えない話ね。ファーティマのことは最近になってビダーシャル叔父さまから注意するように色々聞かされてはいたけど……。それとノリオ、貴方の話は怖いくらいに筋が通ってるわ。私がサイトたちを連れて逃亡するなら十中八九『竜の巣』を目指すでしょうね。追っ手をやり過ごすのに最適だし、何よりあそこには海母が居るんだもの」

 

 普段のお気楽な調子とは対照的な、神妙な表情したルクシャナは自らを納得させるかのように、己の言葉に何度も頷いてみせる。

 加えてだが、ルクシャナはこの席に居る誰にも海母についてまだ話していなかった。知っているのはビダーシャルなどの仲の良い親族か、さもなくば向こうの席でギーシュと仲良く酔いつぶれている婚約者のアリィーぐらいのものだろう。

 それ故海母に関する詳細を語った海苔緒の言葉に、ルクシャナは強い信憑性と説得力を感じていた。

 才人やルイズも同様である。

 特に才人は“友人”である海苔緒の言葉を素直に信用した。

 それが海苔緒には……どうしようもなく後ろめたいのだが。

 

「つまり海苔緒が見た夢っつうのは――ジュリオの云っていた“大隆起が迫って聖地奪還に動いたハルケギニア”での出来事ってことでいいんだな?」

「私の“旦那様”とティファニアが海で“ナニ”を致していたのか? ――とか、色々詳しい聞きたいことはたくさんあるけれど。ノリオ、貴方が一番問題視しているのは……夢の中で竜の巣の近くに沈んでいた“原子力潜水艦”がこっちの世界にもあるかもしれないっていう可能性よね?」

 

 ……しかも核弾頭搭載の。

 頭の回転が速いルイズは才人への皮肉を交えつつも、海苔緒の最も云いたかったことを要約してくれ、最後にそう云い足す。

 

「ああ、そうだ。しかしルイズさん、原子力潜水艦が何だか分かるんだな」

 

 純粋に感心した海苔緒だったが、ルイズは小馬鹿にされたように感じたのか、口元をへの字に結んでムスッとした様子で云い返す。

 

「これでも地球や日本のことを色々勉強してるんだから! それに“広島のドーム(・・・・・・)”に行ったわ。それにコルベール先生が凄いショックを受けた様子だったから、余計に印象に残っているし」

「……そうか。行ったんだな、原爆ドームに」

 

 海苔緒にはソレがどこを指しているか即座に理解する。ということは当然資料館にも足を運んだのだろう。

 コルベールの名前を出した辺りからルイズの声の勢いは明らかに衰えていた。

 

 ――一度に何千の、何万の命を奪った英知の業火(ひかり)

 

 地球の科学を信奉しているらしいコルベールにとって、人類の科学技術が生み出した負の産物たる原子力爆弾は相当ショックを受けたであろうことは、海苔緒にも容易に想像できた。

 自慢できる話ではないが、長崎や広島に落ちた爆弾による被害はジョゼフが生み出した虚無の獄炎のソレを容易く凌駕する。

 けれど科学の火に新たな希望を見出し、熱心に研究を重ねるコルベールにとって原爆投下という名の地球史に残る悲劇は、いずれは知る必要があった事実だったのかもしれない。

 ともあれこの場の居る人間の多くが核による脅威を認識してことは、海苔緒にとって有難い。

 

「けど、そんな危ない兵器がこっちの世界に来てるってことは、つまり向こうの世界(ちきゅう)から消えてるってことよね。なら、向こうの世界でも相当騒ぎになったんじゃない?」

「いや、それがそうでもねぇんだ。転移してきたのがソ連の原潜ともなると納得出来るというか……」

「ソ連? 確か今は解体されてロシアって名前の国になっている所だったかしら?」

 

 ルクシャナの問い掛けにかぶりを振った海苔緒は、そのまま視線を“外交官”である千早へと向けた。

 何が云いたのか、一瞬で理解した千早は一際渋い苦笑いをつくり、海苔緒の説明を補足する。

 

「ソ連という国は、旧式となった原子力潜水艦を何隻も海に投棄したんです。放射能汚染防止のための解体処置も何もせずに」

「「はぁ?」」

 

 ハルケギニア出身の面々は信じられないといった表情を一斉に浮かべた。

 千早の発言は事実である。ソ連は資金と技術不足を理由に旧式化した艦艇を数えきれないほど海に投棄しており、その中にも原子力機関を積んでいたフネも多数含まれていた。

 日本海にも多数の投棄が確認されており、日本はソ連に対して『艦艇の海洋投棄を止める』ことを条件に莫大な資金と技術をソ連に貸与しており、専用の解体施設もソ連の土地に建設したのである。

 それ等の海中投棄された原潜が地球から消えたとしても、汚染された海域に近づく者など滅多に居ない為、気づく可能性は非常に低いだろう。

 千早から一通りの説明を受けた後、ルイズたちの顔は驚きから呆れに移り変わっていた。

 

「とんでもない国ね。そのソ連っていうのは」

「まぁその……末期のソ連は色々と杜撰でしたから。あまり考えたくはありませんが……旧式化した核弾頭と原子力潜水艦を、積載状態のまま投棄していてもおかしくはありませんし」

 

 そしてその内の一隻がハルケギニアに流れ着いた可能性も十分にあり得る訳で……。

 飽くまで現時点では海苔緒の夢の話に基づく仮定であるが、それでも今の内から日本政府には報告しておくべきだろう、と千早は頭を痛めつつ説明を終えた。

 

「とにかく調査が必要ね。頭の痛い話だわ。ネフテスの水軍は強硬派の鉄血団結党に掌握されているも同然で頼れない所か、邪魔される可能性もあるし! しかも彼等、間の悪いことに地球製の兵器の研究を始めてるのよ」

「は、何だそりゃ!? 悪魔の創り出した野蛮な武器とか云って、毛嫌いしてるんじゃなかったのか?」

 

 原作では有り得なかった鉄血団結党の動きに、海苔緒は頭を槌で叩かれたかのような衝撃を受ける。

 

「叔父様がネフテスの議会で地球の科学技術等の情報を公開して、『不毛な戦いはせずに和平を結ぶべきだ』と訴えているだけれど。そしたら鉄血団結党の連中、『ならば悪魔の兵器には悪魔の兵器で対抗すればいい』って主張を展開し始めたの!! ネフテスにはシャイターンの門由来の品物を集めて封印している蔵があるのだけれど、あいつ等、そこから固定化の掛かった武器を片っ端から引き出してるみたい」

「……最悪だ」

 

 絶句した海苔緒は、それ以上二の句を継げなかった。

 融和派筆頭のビダーシャルは地球について研究した内容を議会にて発表し、敵対することの不毛さを訴えているようだが、『人間=蛮族=格下』の意識に凝り固まった鉄血団結党は飽くまで徹底抗戦を貫く腹積もりなのだろう。

 いくら優秀なエルフとはいえ、高度な工業技術の産物である銃砲火器類などを短期で複製することなどは不可能であり、戦闘機や戦車に至っては操作法を解明することすら至難の技の筈である。

 だが、もしも収集した銃火器類で武装させた部隊を編成し、こちらを襲撃してくるならば……。

 要人の襲撃やド・オルニエールにあるゲートの破壊を、鉄血団結党が目的とするなら、才人たちを攫った時のような少数精鋭でのゲリラめいた奇襲を仕掛けてくることは想定すべき事態だ。

 そこに地球産の銃砲火器というファクターが重なれば、最悪の事態が引き起こされる可能性も十分に有り得る。

 全員が頭を悩ませる中、沈黙を貫いていたケイローンが口を開いた。

 

「竜の巣だけではなく、一度ネフテス国の周辺海域を隈なく調査する必要もあるかと。砂漠に囲まれ、畜産の出来ないネフテスでは漁業と海産物の養殖が主流と聞きます。海洋の汚染は、即ちエルフの体を蝕む毒となってしまう」

 

 いくら魔法のお蔭で暮らしやすいとはいえ、畜産を可能とする環境を整備するにはエルフの技術をもってしても、飼料となる穀物の用意を含めてコストが掛かり過ぎる。

 故にエルフたちにとって、周辺で獲れる海の幸こそが貴重なタンパク源なのだ。

 海洋汚染が起きてしまえば、食を通じてエルフたちの生活は根幹から揺らいでしまうであろう。

 半ば憔悴しかけたルクシャナは、酔いつぶれて幸せそうに眠っているアリィーを恨めし気に睨みつける。

 

「あそこで寝てる馬鹿も含めて、ド・オルニエールに居る仲間には私からしっかり話しておくわ! 嗚呼、叔父様に何て報告すればいいのよ、もう!! 仮にノリオの夢の通りにフネが見つかったとして、どう対処すればいいかも分からないし……」

「いや、対処方なら一応考えたんだが」

 

 海苔緒の一言に、皆に視線が集中し注がれる。過度な期待を感じて海苔緒は胃に痛みを感じつつも、自らの考えを口にした。

 

「素人の浅知恵もいいとこなんだが。トリステインの王立アカデミーが開発した“錬金を常時放出する魔法装置”を使って、原潜を海の底のさらに下……地の底に何とか沈められねぇか?」

 

 要は錬金魔法で地面を一時的に液状化させ、自重で放射能の届かない所まで埋めてしまおうという単純な話である。

 

「錬金魔法を常時放出する魔法装置? 何よソレ?」

 

 心当たりのないルイズは小首を傾げた。その反応に海苔緒は意外そうな顔をして驚く。

 

「あれ、知らねぇのか? ルイズさんのお姉さんのエレオノールさんが研究開発した代物の筈なんだが。それに確か“元素の兄弟のダミアン”も開発に協力したって――」

「ボクがどうかしましたか」

 

 ――小耳に挟んだんだが、と海苔緒が口にする前に、いつの間にか当人のダミアンが席の後ろに立っていた。

 思わず海苔緒は席から立ち上がる。

 

「わっ! びっくした……いつから居たんだ?」

「悪いけど気になって途中から聞かせてもらったよ。中々に興味深い話だった。どうせ“酒の席の戯言”なんだし構わないよね?」

 

 戯言云々は海苔緒の前置きの言葉である。つまり途中からと云いつつ、海苔緒の話を悟られることなく殆ど全て聞いていたらしい。

 本当に抜け目のない人物だと警戒しつつも、海苔緒は“錬金を常時放出する魔法装置”の開発協力者であるダミアンに質問をぶつけた。

 

「聞いてたなら話は早ぇ。あんたが開発に協力した“錬金を常時放出する魔法装置”を使って、海の底に沈んでいる原子力潜水艦(とんでもなくでかい鉄の塊)をさらに下の地の底に沈めるのは可能だと思うか?」

 

 ダミアンはしばらく考え込むような仕草を見せた後……。

 

「多分複数の装置を同調して使えば可能だと思うよ。但し、沈める対象に固定して使う必要があるから、地の底に沈めること前提に考えて装置を使い捨てにしなきゃいけない。高価な装置だから、複数台ともなると相当の出費になるだろうね」

 

 高コストになるが実現は可能なようだ。ダミアンの言葉に海苔緒は安堵した。

 願わくば――原潜が原作の通りに沈んでいないことを祈りつつ、海苔緒は臨時の対策協議を結局朝まで続けるのであった。

 




次回はド・オルニエールの温泉にて才人と海苔緒の語り合いの予定

では、


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第三十六話「ド・オルニエールの温泉月見酒。もしくは安穏の終わり」

遅れて申し訳ありません……ORZ

そろそろハルケギニア編は佳境です


 才人と海苔緒は温泉に浸かっていた。場所は当然ながらド・オルニエールの天然温泉。

 才人の指示で元々日本の露天温泉のような内装に仕上げられた場所だったが、さらに日本側の施工が入り、より近代的な露天温泉へと変貌を遂げていた。

 但し、露天風呂の覗きを防止するための防犯対策は日本側の防犯装置だけでなく、加えて幾重もの魔法で固められている。ルイズたちトリステイン魔法学院の女子生徒が協力して構築した鉄壁の守りであった。

この蟻の子一匹通さぬ鉄壁の守りには、オンディーヌ騎士隊の黒歴史じみた前科が関係あるのだが今は割愛しよう。

 余談ではあるが、トリステインは元々混浴の風習があったらしい。けれど、ブリミル教の権威が時代と共に高っていたことに起因してふしだらな習慣として自然消滅したという(この手はどこにでもあるもので、日本も西洋的価値観が流入する前は混浴が普通だったりした時代もあった)。

 ギーシュやマリコルヌといったトリステインの男児たちは『生まれる時代を間違えた!』と一度は嘆いたことがあるとか、ないとか。

 ――閑話休題。

 いよいよビダーシャルとの会談を翌日に控えた海苔緒は、才人に誘われご自慢の露天温泉に来たのである。現在この温泉は領主特権で才人と海苔緒の貸切だ。

 会議の場所だが、エスマーイルを筆頭とする『鉄血団結党』がネフテス議会にてビダーシェルを激しく突き上げている影響で、公式の会談は現状拙いらしく今回はゲルマニア某所での非公式の極秘会談と相成った。

 ちなみに会談の場所を提供してくれたのはツェルプストー……つまりキュルケである。話によれば、会議の場はツェルプストー家の別荘となるそうだ。

 そして明日の会談に才人は同行しない、ルイズもである。日本とトリステインの会議が詰めの段階に入っているため、両国の繋ぐ存在である二人はド・オルニエールから離れられないのだ。

 

「すまんな、海苔緒。明日の会議に行けなくなっちまって……」

 

 湯船に浸かりながら才人は申し訳なさそうに謝罪する。

 同じく湯船に浸かりながら頭に手拭いを載せた海苔緒が、リラックスした様子で返答した。

 

「別に――領主の仕事が立て込んでるならしょうがねぇだろ。才人は悪くねぇよ。それに明日の会談は日本とビダーシャル議員の顔繋ぎがメインで、議員と俺の話は蛇足みてぇなモンだし」

 

 ……だから安心して待っててくれ、と海苔緒は才人に告げた。アストルフォは海苔緒に同行するが、ケイローンとティファニアはド・オルニエールで才人等と共に残る。『鉄血団結党』が万が一に襲撃を掛けてくる可能性に備えてだ。

 もしそうならばティファニアは優先的にターゲットとなる。

 それに加えて――。

 

(あの火竜山脈から感じた“(おぞ)ましい感触”。……なんとなくだが、途方のない嫌な予感がしやがる)

 

 虫の知らせとでも云うべきか……考えれば考えるほど海苔緒の中で警鐘が膨らんでいくが、未だその正体はまるで掴めない。

 

(全く……頭痛の種ばかり増えやがる)

 

「どうした海苔緒、飲まないのか?」

 

 考え込んでのぼせ掛ける海苔緒だが、才人の声掛けに意識を引き戻される。

 

(まぁ、考え込んでも仕方ねぇか)

 

 海苔緒は少し悩んだ末……悩みを一旦、湯と酒に沈めることにした。

 

「――あ、ああ。せっかくのド・オルニエールの高級ワインだしな。喜んでご相伴に預からせて貰うぜ」

 

 才人は海苔緒の言葉に頷くと、木桶の中の井戸水で軽く冷やされたワインの瓶の一本を取り出し、コルクを抜いてグラスへとワインを注いだ。

 異世界産のワイン――地球に住む金持ちの好事家からすれば現状入手不可能に近い垂涎の品。故に最高の贅沢と云えよう。

いずれは異世界の品々が、かつてのチューリップ・バブルの如き騒動を起こす日が来るやもしれないが……しかしそんな話題は今の二人に関わりのない話である。

 

「「乾杯!」」

 

 グラスを交わした二人は朱と蒼の双月(ふたつき)を肴に、ゆっくりとワインを味わうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ド・オルニエール産の上等な物だった。少なくとも海苔緒は最近嗜み始めた二千円代の安物に比べればこの上なく上等だ。

 御門外交官であったならば、幼い頃より洗練された味覚と深い含蓄によって目の前の白ワインと赤ワインを評価出来るのだろうが、生憎とおハイソなセンスを持ちあせていない海苔緒は陳腐な言葉でしかグラスの中のワインを云い表わせない。

 けれども少なくとここは社交の場でなく、裸の付き合いであり無礼講の場。

 故にワインの酒気と温泉の湯気に中てられた二人が、まるで修学旅行の夜の如きノリで益体のない話題で盛り上がったのは必然と云える。

 

「海苔緒は彼女作らないのか?」

 

 ほろ酔い状態の才人がグラスを片手にそんな言葉を飛ばす。

 逆に言葉のボールを投げられた海苔緒は若干酔いが醒めた。海苔緒は湯船の近くの置かれたワインの瓶の内、もっとも濃い味の赤ワインを手に取ると、グラスに注いで香りを楽しむこともテイスティングもせず、一気に飲み干した。

 若干拗ねた表情を浮かべて海苔緒は口を開く。

 

「作らない。つーか作れねぇし。――モテねぇからな、俺」

 

 ――いやいや、と海苔緒を知る者が聞けば突っ込みを入れただろうが、海苔緒自身は本気でそう思っていた。

幼少から高校卒業まで同年代から『チビ、オトコオンナ、ガイジン』等とからかわれ続け、学校で孤立していた海苔緒はすっかり自信を喪失してしまっていたのだ。

 海苔緒がコミュ症の引き篭もりとなり、女性に苦手意識を抱いていたのもそれがそもそもの原因と云える。

 当然ながら才人はかぶりをふって否定した。

 

「いや、そんなことねぇだろ」

 

 才人は海苔緒の方を見た。艶やかな銀の髪に、ツヤとハリを備えた白磁器のような肌。使い魔(サーヴァント)のアストルフォ共々、麗しい美少女と見紛うばかりの容姿である(実際、初見の才人は性別を誤認していたし、ルイズも同様だった)。

 さらに服装や髪形を整えれば、ギーシュやジュリオのようなイケメンとしても十分通用する。

 これでモテない筈がないのだが、海苔緒は釈然としない様子だ。

 なので、才人は魔法の如き言葉を口にする。

 

「云っとくが――あのマリコルヌでさえモテるし、彼女も居るからな」

「……うお! マジですげぇ説得力あるわ、その台詞」

 

 ――ベェークシュン!! と、どこか離れた場所で某風邪っぴきのクシャミが響いた。

 海苔緒は才人の『彼女』発言に対してしばし黙考し……。

 

「やっぱ作ってる暇ねぇよ。いろいろと立て込んでるしな。それに――」

 

 そこで海苔緒は言葉を区切った。

 海苔緒の脳裏に浮かんだのはアストルフォのこと。毎日振り回されてばかりだったが、思い返してみれば存外悪い気はしない。

 

(ここ数か月、アイツのことで手一杯だったしな。銀座の向こう側のことが一段落ついたとしても、アイツが一緒の限り彼女を作る余裕なんか……って!!)

 

 不意に過ったのは、ここ数か月のアストルフォとの同棲生活と旅行の日々。客観的に顧みてみれば、どう考えてもカップルそのものであり……。

 

(いやいやいやいやいや! 違ぇ違ぇ! 断じて違ぇから!! あいつはダチであって! 断じてそんな関係じゃねぇし!!)

 

 顔を真っ赤にした海苔緒は湯の中へとブンブン頭を上下に振ってヘッバッドを何度も決めた。バシャバシャと湯の表面が揺れ、音に驚いた才人と海苔緒のほうへ向きなおった。

 

「うお! 何やってんだよ、海苔緒!?」

 

 海苔緒の奇行に見て呆気にとられる才人。長い銀の髪が湯船に浸かり、乱れた髪を纏わり付かせる海苔緒はまるで妖怪のような有様だった。

 

「……ちょっと頭冷やしてくる」

「お、おう」

 

 不思議な迫力を放つ海苔緒に圧され、才人は海苔緒の奇行をそれ以上追及しなかった。

 湯船を上がって冷水のシャワーを浴びた海苔緒は、乱れた髪を整えると何事もなかったように才人の隣に戻り、湯船へと再び浸かる。

 そして海苔緒は話題を露骨に逸らした。

 

「俺のことなんかより、才人の方こそどうなんだよ?」

「え、俺?」

「ルイズさんに、シエスタさんに、ティファニアさんの三人と結婚している訳だから……その、なんだ……大変だろ、色々と」

 

 正確には――ルイズとは挙式したが、シエスタとティファニアとはまだ挙げていない。事実婚というか、内縁の妻というか、要は正妻一人に、お妾さん二人の状態なのである

 屋敷での才人の行動を見ていて気づいたのだが……才人は三人に対して常に気を配っているのだ。

 例えば、シエスタの料理を美味しいと褒めた後はルイズとティファニアたちにも何かフォローを入れる。一緒にいる時間がなるべく均等になるよう調整する等々――列挙すればきりがない。

 見ているだけで海苔緒の胃がキリキリしたほどである。対して相方のアストルフォは全く気にした様子はなかった。本当に大した胆力である。

 最近までラノベやエロゲに毒され、『ハーレムは男の浪漫』とのたまっていた海苔緒だが、現物を見て認識を改めざるを得なかった。

 基本的に仲良しのルイズたち三人でさえ、才人の些細な動向一つでギスギスし始めるのだ。その取り成しを含めて、コミュ症気味の海苔緒は三人同時に付き合っている才人に尊敬の念を抱いている。

 海苔緒の問い掛けに、ほろ酔いで緩んでいた才人の顔がしかめっ面に変わっていく。それでも酒の勢いに後押しされて、海苔緒は言葉を続けた。

 

「つーかルイズさんと新婚数か月な訳だろ。それが何でシエスタさんとティファニアさんまで……あっ!」

 

 云ってる途中で地雷に片足突っ込んだことをようやく自覚する海苔緒。おそるおそる才人の方を振り向くと湯船の中で体育座りをして湯面に“のの字”を描ている。

 

「だってだって…………ん」

 

 声のトーンが落ちすぎて、最後の方は全く聞き取れなかった。

 

「は? なんだって!?」

 

 思わずどこぞの難聴系主人公の如き台詞が海苔緒は口から零れた。すると今度は何とか聞き取れるレベルの声で才人は同じ言葉を発する。

 

「だってだって……しょうがないんだもん」

「――もん?」

 

 海苔緒は気付かなかったが、今の才人はルイズに反省を強要される時の所謂『バカ犬』モードになっていた。パブロフの犬の如き条件反射で才人は言い訳を続けていく。

 

「シエスタの時はさ。部屋で夜寝てたらベッドに誰か潜り込んできて……ボクちんはね、当然愛しのレモンちゃんだと思ったわけ! 飲みすぎてベロンベロンに酔っていたボクちんは夫婦として当然のコミュニケーションをとったわけで……」

 

 一人称が『ボクちん』とか色々突っ込み所はあったが、海苔緒は要点だけを追求する。

 

「つまりやったんだな?」

 

 才人は項垂れたままコクリと頷いた。

 

「それでさ、気付いたら朝になってて、何故かレモンちゃんがグレープフルーツちゃんだった訳なんだよ」

「…………お、おう」

 

 海苔緒は内心で『うわー』と思いつつ、深酒はやめようと深く心に誓う。されど酒のテンションと怖いもの見たさの心理で海苔緒はさらに云い募った。

 

「ティファニアさんとはどうだったんだよ?」

 

 海苔緒の言葉を聞いた才人の変化は劇的だった。まるで吹雪に凍える遭難者のように湯船の中でガタガタと震え始めた。虚ろな瞳をした才人はそのままうわ言のように呟く。

 

「違うんだ、ルイズ。は、話し合おう。話せば――や、やめてくれ!! は、放してッ!もげる! もげるから!!」

 

 どうやらティファニアの時はルイズから相当な折檻を受けたようだ。まぁ周りから聞く限り、ティファニアも信じられないくらい大胆アプローチをしていたそうなので、海苔緒は一概に才人を責めることは出来ない。

 一瞬、才人に憑りつく鬼子母神の姿を幻視した海苔緒は、『ハーレムなんて所詮は夢幻に過ぎない』と完全に悟りきった。

 

「おい、しっかりしろ、才人」

 

 このままでは自分と同じく湯面にヘッドバッドを食らわしかねない勢いの才人を、海苔緒は肩をゆすって正気に戻るよう促す。

 

「――はっ! あれ? 俺、どうして……」

 

 トラウマのあまり才人は記憶が飛んだようだ。……女ってマジで怖ぇ、と海苔緒はしみじみそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから海苔緒は才人の他愛ない愚痴を聞く側に回った。『ルイズと一緒に同衾している時、シエスタやティファニアの名前を寝言で呼んでよく折檻される』とか、『日本に一人で帰省する場合、滞在予定を詳しく聞かれる』とか、『日本の居た頃の学友たち(特に女性)に対して入念にチェックを入れられる』とか、『結婚してからルイズからのマナーに関する指摘が厳しくなった』とか、そういった類の話だ。

 そうしてそんな話の中で偶々タバサの名前が上がった時、海苔緒は尋ねずにはいられなかった。

 

「タバサさんの事はどうすんだ、才人?」

 

 シャルロットとは云わず、偽名であるタバサの方を口にしたのは意識してのことだ。厚かましいことは重々承知だが、既にシエスタやティファニアのことまで問いを投げていた海苔緒は、ついで云わんばかりに聞くことにした。

 それにどのみち、こういう場でのなければ聞くこと出来ない話である。

 少しばかり沈黙を積もらせた後、才人は至極真面目な口調で語りだした。

 

「ロマリアでの会議の時、少しだけ“タバサ”と二人で話す機会があったんだ。その時に正直な気持ちを告げたら、タバサに云われたよ――『妻でなくてもいい。恋人じゃなくてもいい。従者でもいいから、貴方の傍に居させて欲しい』って」

 

 何となくだが、海苔緒の中でその時の光景が思い浮かんだ。おそらくきっとタバサは、懇願するような気持ちで才人に告白したのだろう。

 

「正直な気持ちってのは……断ったって意味か?」

「いや、分からないって云ったんだ。大切な友人だと思っているのは確かだけど、それがルイズたちに抱いている想いと同じなのか自分でも分からなくて……ホント優柔不断だよな、俺」

 

 才人は自嘲するように笑った。

 日本人としての常識を持つ才人は、三人の女性と関係を持っていることに対して不義理というか不健全であるという自覚が多少あるのだろう。

 故に責任から逃げることだけはしまいと、才人は努力しているのだ。

 

「別に悪いことじゃないと思うぜ」

 

 自分の優柔不断さ加減を自嘲している才人に、海苔緒は云った。

 才人は不思議そうに目を丸めているが、海苔緒は構わず言葉を続けた。

 

「タバサさんがビダーシャル議員に捕まった時があったって聞いたが、皆がタバサさんのことを諦めようとした時、才人は諦めなかったんだろ」

 

 周りが救出は無理だと云う中、才人は自分の気持ちに従ってタバサを助けようとしていた。

 海苔緒は少し考えるように己の言葉を区切って。

 

「上手く云えねぇけど……他人の言葉に左右されずに考えて、考え抜いて、自分の出した結論に従って行動するってのは、中々出来ることじゃねぇと思う。だから今回も自分が納得いくまで悩めばいいじゃないか? それで出た結論ならいいと思うぜ、俺は」

 

 少しばかり無責任な発言とも思ったが、何せ才人は命を張って、好きな女とハルケギニアを救った勇者なのだ。ハーレムだろうと何股だろうと、多少の我儘などを差し引いてもお釣りのくるレベルの活躍の筈である。

 海苔緒の発言に、固くなっていた才人の表情が少し和らいだ。

 

「ありがとよ、海苔緒。少し肩の荷が下りた気がする」

「そうか……なぁ、才人。ついでにもう一つだけ聞いていいか?」

「何をだ?」

 

 海苔緒は一呼吸おいてから口を開いた。

 

「七万の軍に突っ込む直前、どんな気持ちだった?」

 

 なんとく今の内に聞いておくべきだと海苔緒は思ったのだ。

 ――覚悟の決め方を。

 才人を無言のままグラスの中身を干すと、空に浮かぶ双月を仰いだ。

 

「…………洒落にならないくらいに怖かったさ。恐怖で体のあちこちが震えて、歯がガタガタして笑ちまったぐらいだ……全然笑える状況じゃねぇのにな。ジュリオの野郎やデルフの奴にも『お前は絶対死ぬ』って云われちまって……走馬灯みたいに色んなことが頭をよぎった。それまでのハルケギニアでの出来事とか、出会いとか、その後は地球というか日本で過ごした思い出が色々浮かんできて……最期に家の近所のハンバーガーショップで好物のテリヤキバーガー食いたかったとか、家に帰って母さんの味噌汁飲みたかったとか、親父の声が聴きたかったとか、色々未練が湧いてきてな。でさ、思わずこの場から逃げようかと思ったよ。でも走馬灯の最後に浮かんだのは――ルイズの顔だった」

 

 才人の視線は双月に向いたままだ。七万の軍に突撃する前にも、こうして双月を見上げて想いを馳せたのかもしれない。

 

「怒っているルイズ、頑張っているルイズ、笑ってるルイズ、照れてるルイズ、泣いているルイズ。思い浮かべれば浮かべるほど、不思議と全身に力が漲った。そんでその時思ったんだ……ルイズ(あいつ)を守って死ぬなら仕方ねぇって。ここで逃げたらアイツに好きって云ったことが嘘になる。それだけは死んでも許せねぇって。アイツを好きになったことが嘘になるくらいなら死んだ方がマシだって思えて……気付いたら全力で相手(七万)に突っ込んでたよ。ホント馬鹿だよな、俺」

 

 才人は再び自嘲気味に笑う。

 だが海苔緒は反論した。

 

「馬鹿じゃなくて英雄っていうだろ、そういうのは。……答えてくれてありがとう、才人。本当に参考になった」

 

 そう云って海苔緒も才人と同じく夜空に浮かぶ双月を仰ぎ、片手で持ったグラスを双月と重ねた。

 

 

 ――今にして思えば、海苔緒はこの時既に気付いていたのかもしれない。

 

 

 

「才人……本当に綺麗な双月だな」

「ああ、慎一のやつにも早く見せてやりたいよ」

 

 

 

 ――避けようのない、己の死に。

 




次回はビダーシャルとの会談

では、


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第三十七話「語られる遥かなる過去。そして災厄はかく訪れり」

月姫リメイク続報!
ゼロ魔続巻決定!
グランドオーダー運営開始日決定!!

嬉しい報せばかりでテンションが上がります。

ただゲートアニメまでゲート編に入れなかったことは

…………誠に申し訳ありませんORZ


 ――そして、その日は訪れた。

 会談の場所は予定通りゲルマニアのツェルプストーの別荘である。

 本来は晩餐会等を行うための広いダイニングルームにて、日本とネフテス国の関係者が対面する形で席についている。その中には勿論、海苔緒とアストルフォも居た。

 

「お初にお目にかかる。私はネフテスの『老評議会』の議員を務めるビダーシャルだ。今回の非公式会談に応じてくれたことを深く感謝する」

 

 ビダーシャルはいつもと変わらぬポーカーフェイスで折り目正しく頭を下げた。対して日本側の関係者も揃って礼を返す。

 それから互いの紹介を一通り終え、

 

「それで本題に入る前にだが、何故私達が地球と国交を持とうとするか、話さなければならない。先に話をして構わないか?」

 

 海苔緒と日本の関係者は顔を見合わせた。どうやらビダーシャルは先に話すべきことがあるらしい。

 少しばかりの相談の後、『構いません』と日本の代表者が頷いた。

 

「では話そう。切っ掛けは一か月ほど前、貴国の都市『ギンザ』にて異界に繋がる門が開いたと聞いた時のことだ」

 

 ビダーシャルの言葉に日本の関係者が強張る。

 

「実は我々も似た体験をしている。遥か数千年前、悪魔(シャイターン)の門がこの地に開いた時に」

 

 全くの不意打ちに日本の関係者一同目を剥く。

 しかしビダーシャルは微動だにせず、ハルケギニア側の協力によって新たに判明した歴史の一端を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――その門が開いた正確な時期や原因は未だ分からない。だが約六千年前、門を超えて悪魔たちがこの世界に現れたのは確かなことだ。彼らは我々の理解の及ばぬ技術を持って各地へと侵攻し、多大な被害をもたらした。記録よれば()の悪魔たちはこう呼ばれたそうだ。――“ヴァリャーグ”と」

「ヴァリャーグ、ですか?」

 

 ヴァリャーグとは、地球の文献であるルーシ原初年代記『過ぎし日々の物語』で言及されているゲルマン人の一派を指す言葉だ。

 ソ連の空母やロシア帝国の巡洋艦にも使われた名前であり、一部の日本人関係者は教養知識として知っていた。

 そしてビダーシャルもまた地球の歴史書を紐解く過程で、その名前を把握していた。

 

「地球においても同じ名を冠する部族が居たことは、私も把握している。それ等が同じ存在であったかは現在判断出来ないが、だがおそらくは、門を越えてこの地を侵略した軍団は元々地球に住む人々だったのだろう」

 

 次々と衝撃的な言葉がビダーシャルの口から飛び出す。日本の関係者たちは何度も頭をハンマーで打ち据えられたような顔へと変化していき、皆顔面蒼白である。

 代表して一人の日本人が震え声でビダーシャルに尋ねる。

 

「こ、根拠はおありですか?」

「ならば逆に聞くが、貴方がたは確認した筈だ。“場違いな工芸品”と呼ばれる地球の兵器を。戦車に飛行機、銃砲火器や爆発物の類。それ等はブリミルが残した力によってあの門を中継し、この地に召喚されていた。ならばあの門を潜り抜けてくる者が何者であるかは、云うまでないと私は考えている」

 

 日本政府関係者に馴染みが深いのは才人の使用していたゼロ戦だ。加えて元の搭乗者である佐々木武雄氏が、大日本帝国の軍人であったことは確認済みである。

 ヴァリャーグは魔法こそ用いなかったが、この世界に存在しなかった集団戦法と軍略で他を圧倒したという。

 六千年前というと、地球は約紀元前四千年頃の筈(暦の差を考慮すると三百年程度誤差はあるが)。フルプレートと甲冑を着込んだ軍団だったという彼らの存在は、時期的な矛盾を孕んでいる。

 けれど、そもそも異なる時空を繋がる現象の仕組みが解明されていない今……時空の流れが一定とは限らず、西暦以降の地球と六千年前のハルケギニアがかつて聖地の門を介して繋がっていた可能性も否定出来ない。

 ともかく、今はビダーシャルの話に耳を傾けることこそが重要だ。

 

「話を戻そう。以降、侵略を続けるヴァリャーグだったが、それに対抗する勢力が現れた。後に聖者とも悪魔とも語られる男――ブリミル率いるマギ族だ。最初彼らは逃げの一手だったが、虚無の魔法を使うブリミルは各地を転々とする中で徐々に仲間を増やした。そしてその中には我らネフテスの部族の祖先も居たらしい。最終的にブリミルは複数の部族を束ねて使い魔たちと共に陣頭に立ち、ヴァリャーグを門の向こう側へと押し返すことに成功したそうだ」

 

 そこで終われば全てはハッピーエンド、大団円だったのだが……何事にも続きはある。英雄の物語に栄光と凋落がワンセットで付き纏うように、ブリミルにもまた悲劇が訪れた訳である。

 

「問題はそこからだ。……門をどうするかで意見が割れてしまった。このまま門の向こう側に逆侵攻を掛けようとしたブリミルの派閥と、門を封印しようとしたブリミルの使い魔であるサーシャを筆頭としたエルフたちの派閥に勢力が分裂した。サーシャはブリミルを何度も説得しようとしたが、ブリミルは最後まで門に固執し……結局サーシャはブリミルを殺すことでしか止められなかった」

 

 子細な結末は才人のルーンの宿って眠り続けているデルフリンガーが知っているかもしれないが、聞いた所で彼は語らないだろう。 

 それからブリミルの派閥は彼の三人の子と一人の弟子に率いられ、逃げるように西を 目指した。一方残されたサーシャはエルフたちから聖者アヌビスと称えられながらも、部族の仲間に聖地と門を守る役目を任せてどこかへ行方をくらませてしまう。

 

「そうして六千年の月日が過ぎ……ハルケギニアとサハラに別たれながらも、今の今まで我々は愚かにも争いを続けていたわけだ」

 

 ビダーシャルは自嘲を含んだ笑みを浮かべる。この会議の場で初めて見せた感情を含んだ表情であるが故に、その重みが参加者たちに強く伝わる。

 しかし……、

 

(何でブリミルは聖地に固執しやがったんだ? 未知の土地に攻め込むとか、博打にも程があるだろ。サハラでエルフと共存する道だってあっただろうに……まさか耄碌したとか)

 

 海苔緒は何となくだが、晩年朝鮮出兵に拘った豊臣秀吉を思い出した。それとも子供が出来るまでの月日を経て、何か考えが変わったのか……。

 海苔緒は、とりあえずビダーシャルに聞いてみることにした。

 

「一つ聞いてもいいですか、何故ブリミルは聖地に拘ったんですか?」

 

 遥かに目上であるビダーシャルに、海苔緒は敬語で尋ねる。

 ビダーシャルは少し考え込むような仕草を見せ、

 

「飽くまで複数の文献から推察した可能性なのだが……ブリミルにとっても聖地の向こう側である地球が故郷であったのかもしれない、と私は考えている」

「え!? ブリミルも才人と同じで地球からこっちに飛ばされてきた人間だったんですか!!」

 

 吃驚した海苔緒は声を荒げるが、返ってきたビダーシャルの発言はさらなる爆弾であった。

 

「いや、本人ではない。ブリミルの父親ないし母親、もしくはそれより上の祖先の中に地球出身の者が居た可能性があるかもしれないという話だ。ロマリアのとある修道院の地下深くに、マギ族のものと思わしき文献が眠っていた。共同で解読した結果……ヴァリャーグ以外にも門を潜ってこの世界に来訪していた者たちが存在していたらしい。そして放浪の民であり定期的に外来の血を迎え入れていたマギ族は、門の向こう側から来たという者を一族に迎えたことがあり、ブリミルがその血を引いていることを仄めかす記述が文献には記されていた」

 

 海苔緒は、才人がティファニアが奏でたハープ――ブリミルの作った望郷の曲を聞いて、地球が恋しくなった、と云っていたのを思い出した。

 最後にビダーシャルは『この件に関してはロマリアにて厳重な審議が秘密裏に行われているため、他言無用として頂きたい』と付け加えた。

 当たり前である。仮に事実だとすれば、ブリミル教の教えを根底から覆しかねない。

 ビダーシャルは話を続けた。

 

「事実であるならば、系統魔法の原型となる魔法を使っていたマギ族と、悪魔の門を潜ったことでその力の一端を宿した何者かの間で虚無の系統(ブリミル)が生まれたのかもしれん。加えてもしそうなら……故郷を持たぬ放浪の民の一員であったブリミルにとって、故郷とは父母に伝え聞かされた――門の向こうに存在する異郷の地だったのだろう」

 

 ビダーシャルの話によれば、ヴァリャーグに追われて門を潜り地球から此方に逃げてきた部族が複数おり、ブリミルは率先して彼らの保護を行い味方へ取り込んだそうだ。

 彼らの末裔こそがハルケギニアに居る平民であり、魔法が使えないのは地球の出身である名残ゆえではないか、とビダーシャルは最後に所見を述べる。

 

 ……ならば彼らもまた、地球への帰還を願っていたのだろうか?

 

 そんな風に海苔緒が考えていると、ビダーシャルは再び口を開く。真っ直ぐと伸びたビダーシャルの視線には静かな熱気と迫力が込められていた。

 

「私は思ったのだ。このような悲劇を繰り返してはならぬ、と。その為に何をなすべきかも考えた。最初はシャイターンの門が消えた今、もはや脅威は消えたものと思ったのだが……『ギンザ』の一報を聞いて間違いだったと悟った。もし万が一遠い時間が過ぎ、全てを忘れ去った後に再び門が開いたらどうなる? ――おそらく同じことが起こるだろう。六千年前と同じくして、『ギンザ』での悲劇と似た出来事が」

 

 海苔緒はビダーシャルが何を云わんとするのか、何となくだが理解出来た。

 

「つまり相互理解が必要、と」

「うむ、そう思って貰って構わない」

 

 海苔緒の言葉を肯定するようにビダーシャルは頷いた。

 銀座への帝国の侵攻は明らかな情報と認識不足が原因だ。日本国の軍備がどれほどのものか理解していたのなら、帝国は日本へ攻め込もうなど毛ほども思わなかっただろう。

 

 ――これは例えば、仮定の話だ。

 

 長い月日の後、再びシャイターンの門がサハラに出現し、その地球での接続先が【パンダ】の国とかだったりする。

 あの国は何だかんだ理屈をつけて、門の向こう側に領地を拡大するだろう――というか絶対する。他の地球の国々は何を云おうと『内政干渉はするな!』と突っぱねるのは目に見えている。

 先住魔法とはいえ現代兵器の物量に抗うのは難しい。――よし、いける! と思ったら、あの国もさらに勢いをまして領土を拡大しようとするだろう。

 そうなってくると十中八九、ネフテスの過激派を黙っていない。ビダーシャルが生み出した火石はジョゼフの虚無を使わねば解放出来なかったが、工夫すれば、虚無なしで使用できる【大量破壊兵器】が量産出来ないとも限らない。

 もしも互いの自重がなかったとしたら、その先にあるのは【大量破壊兵器】の撃ち合いだ。門の外にも内にも地獄の黙示録の如き光景が浮かぶことになる筈だ。

 

 

 

 

 

 

 ビダーシャル議員はそういった最悪の可能性を考慮して、地球との国交を開こうとしている。

 建前としては、予め地球との国交を結び相互理解と友好を深めていれば再び門が現れたとしても戦争になる可能性を低く出来るという意見であり、

 本音を云えば、最初から互いの大量破壊兵器(きりふだ)を知っていれば、門が現れても抑止力が働いて膠着するだろうという、打算的な思惑があるのだ。

 神聖エルダント王国との一時接触時もあわや戦闘になる可能性はあったが、互いの軍の指揮者が慎重であった為衝突は開始されたが、一歩間違えば開戦の狼煙となりえた可能性も十分にあり得る。

 日本側の関係者もビダーシャル議員の思惑は理解出来た。ビダーシャルもまた銀座で起きたような相互理解を欠いた、突発的な武力衝突から始まる戦争を恐れているのだ。

 海苔緒もビダーシャル議員の話を聞いて、相互理解の重要性を改めて認識するのだった。

 

 

 

 その後、日本とネフテスの関係者の非公式会談も終わり、海苔緒とビダーシャルとの懇談と情報交換をつつがなく行われた。ビダーシャルも、どうやって鉄血団結党の影響下にある水軍の介入を避けながら周辺海域の調査をするか、頭を痛めている様子であった。

 後、悪魔の門が消滅した原因に関しては、銀座の門が現れ、日本と別の異世界が接続した反動によってハルケギニアと日本を繋ぐ接点が切れたのではないか? とビダーシャルたちは考えているそうだ。

 なので、もしかすると時間が経てばまたどこか別の場所に悪魔の門が出現するのかもしれない。

 海苔緒は最後に、ビダーシャルに私的な問いを投げた。

 

「ビダーシャル議員、不躾な質問で申し訳ありません。あの! ネフテスには“心を病んでしまった人”を治す薬は存在しますか?」

 

 耳にしたビダーシャルは驚いた様子で目を見開く。それは今まで海苔緒が見た中では一番大きなビダーシャルのリアクションで、

 

 

「ガンダールヴ、いや……サイト殿から聞いたのか?」

 

 海苔緒は無言で頷く。その顔はビダーシャルが人生を狂わせてしまったあの青い髪の少女と重なって見えた。

 何か事情があることを瞬時に察したビダーシャルは力になりたい。否、力になるべきだ、と思った。けれど――、

 

「……申し訳ない。残念ながら心の病を癒す薬はネフテスに存在していない」

 

 人工的に壊す薬とそれを治す薬はあっても、自然発生した心の病を治す薬はネフテスには存在しない。

 ビダーシャルは申し訳なさそうに頭を下げた。

 海苔緒が意気消沈しながらも、ビダーシャルに『いえ、ありがとうございます』と短く返事を返そうとしたその時――轟音が外から響く。

 

「なっ!?」

「ノリ! あぶない!!」

 

 先ほどまで海苔緒の隣で退屈を持て余していたアストルフォが大声で叫んだ。

 窓に映ったソレは……飛翔する金属の塊。後方から火を噴きながら高速で此方へ向かっている。

 

(あ、やば……)

 

 気付いた時にはもう遅い。

 飛翔する金属の塊――対戦車ロケット弾が窓を突き破って部屋へと侵入し――瞬間、いつの間にか(・・・・・・)キャスターへと転身していた海苔緒が魔法障壁を展開して爆発を防いだ。

 

(は? どうなってやがんだ!)

 

 『危ない!! 何とかしなくては』と思ったその刹那、海苔緒の意識は飛び……気付けばキャスターに転身して無自覚に障壁を張っていた。

 何をしたか、海苔緒自身も全く分からない。唯一理解出来たのは……本来必要な過程を全部纏めてすっ飛ばしたという事実のみ。

 それはまるで海苔緒自身が■■器と化している証明のようで、

 

(訳分かんねぇけど……考えんのは後だ。まずはこの状況をどうにかしねぇと)

 

 壁の一部が倒壊し、粉塵が部屋を舞って視界が塞がれている。

 ――油断していた。ド・オルニエールに意識が行き過ぎていたのだ。警告を受けたのにもかかわらず屋敷の周辺の警備の配置なく、室内には自衛官の警護が少数のみ。ビダーシャルたちも似たような状況。

 海苔緒は声を張り上げた。

 

「屋敷の裏から退避してください!! 正面の襲撃者は俺とアストルフォで押さえます!」

「「しかし……」」

「いいから早く!!」

 

 海苔緒に促され、仕方なくといった様子で避難が開始された。緊急時かつ銀座での活躍とその能力を聞いていたからこそ、任せられると判断したのだろう。

 退避を確認すると海苔緒は障壁を展開したままアストルフォを随伴して、破損した箇所から屋敷の外へと脱出する。

 ――すると狙いすましたかのように飛来する鉄の雨。

 複数の銃火器が火を噴き、弾丸が海苔緒たちを蜂の巣にしようと迫るが……展開済みの障壁が一切を弾く。

 そもそもサーヴァントであるアストルフォと、転身した海苔緒にとって、弾丸など豆鉄砲と大差はなかった。

 煙の範囲から無傷で脱出した海苔緒たちはようやく襲撃者の姿を視認する。

 間違いない――エルフだ。ネフテス水軍の軍装していることから、鉄血団結党と判断していいだろう。

 どうやって嗅ぎ付けたかは知れないが、狙いはビダーシャル議員と思われる。

 人間との融和を唱える派閥の筆頭であるビダーシャルがよほど邪魔なのだろう。

 鉄血団結党の装備はアサルトライフルにサブマシンガン、拳銃に軽機関銃、RPG等々。古今東西の銃火器が混在し、さながら武器の博物館と化している。ルクシャナの情報は間違っていなかった。

 しかし、それでもアストルフォと海苔緒なら鎮圧は容易だ。

 

(直ぐに鎮圧して、向こうと合流を……)

 

 ――だが、本当の受難はここからだった。

 

『A――urrrrrrッ!!』

 

 地の底から響く怨嗟の声と共に一帯の地面がどす黒く染まる。

 

「「なっ!?」」

 

 ――完全な不意打ち。

 まるで足を掴まれて引き込まれるかのように、息を吐くほどの間もなく海苔緒とアストルフォも、目の前の鉄血団結党たちも底なし沼のような黒い泥に一気に沈みこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開くと……そこは砂漠だった。見上げれば空に星はなく月もなく太陽もない。だというのに真っ暗という訳ではなく、まるで夜明け前のような印象。くすんだ空は四方が途切れており灰色の天蓋を思わせた。

 加えて周囲には軍艦に空母、戦闘機に爆撃機、戦車に装甲車、その他銃器等――兵器の山が砂に無数に埋もれている。残りの兵器は物理法則を無視し、星屑のように空を漂っていた。

 海苔緒たちは知るよりもなかったが、そこは地球とハルケギニアのある世界の狭間に存在する空間。地球から消失しながらも、ハルケギニアまで到達しなかった武器の眠る墓場。鏡合わせの世界の隙間。

 そして――、

 

 

 

「……Ar(アー)……thur(サー)……!!」

 

 

 

 この墓場の中央で咆哮する黒甲冑の狂戦士こそが、現在この異界を支配する暴虐の徒であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――試練の時は来たれり。後は覚悟をもって、()が一切を捨てさるのみである。

 




次回☆予告


やめて! バーサーカーの■■■・オブ・オーナーでヒポグリフを攻撃されたら、
背中に乗っている海苔緒とアストルフォまで焼き払われちゃう!
お願い、死なないで海苔緒! あんたが今ここで倒れたら、風石の暴走を止めてハルケギニアを救う約束はどうなっちゃうの?
令呪はまだ残ってる。これを耐えれば、■■■ロットに勝てるんだから!

次回「海苔緒死す」。デュエルスタンバイ!(大嘘




では、




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第三十八話「狂乱の黒騎士。あるいは鏖殺の凶鳥」

ついに始まりましたアニメ版ゲート!
これから2クールの間、非常に楽しみです!!

後、今回微グロ注意です。







 ――それは全くの偶然だったと云っていいだろう。

 

 海苔緒は地脈に接続した際、深部で眠っていたバーサーカーのクラスカードに触れてしまったことも、

 海苔緒の魔力に呼応してそのクラスカードが活動を再開し、地脈という半無制限の魔力源を依代に黒化英霊となって顕現したことも、

 黒化英霊の聖杯を求める本能に従い、銀座での肉体の変質により半ば小聖杯に成りかけた海苔緒を標的へ定めたことも、

 黒化英霊が地脈を通じて鏡面空間に近しい性質を持った場所を見つけ、標的を仕留める狩場に選び、引き込む機会をじっと窺っていたことも、

 全ては偶然なのだ、偶然でしかない。しかし偶然という歯車が重なり噛み合った瞬間……それは必然へと姿を変える。

 

 

 

 

 ――故にこの戦いは必然だ。海苔緒にとって抗えぬ必然であり、同時に避けられぬ運命(Fate)でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(黒化英霊、……だと!!)

 

 海苔緒はその正体をすぐさま看破した。ただマスターの能力を行使し、ステータスを透視しようとしても何も分からない。纏う黒甲冑も靄のような幻惑に覆われ、意匠はおろか形状の判断もつかない。

 それでも海苔緒は真名に心当たりがあった。あの叫び、黒い姿、そして現在――砂の中から無造作に拾ったMP40、“シュマイザー・サブマシンガン”が握り手から墨汁を垂らすかの如く、みるみる鎧と同じ黒色に同化し、破格の魔術兵装(ほうぐ)へと変貌を遂げていく悍ましい光景。ああ成ってしまえば、もはや砂詰まりにより動作不良など関係はないのだろう。

 

 間違いない。あの黒化英霊の正体はランスロット――かつて誉れ高きキャメロットの、円卓の騎士として無双の剣技を誇った勇者。かの円卓の騎士王よりもっとも完成された武人との称賛を受け、全幅の信頼を得ていた湖の騎士。

 

 ――だがその栄光はみる影もなかった。甲冑の間隙から漏れる怨嗟の絶叫はひたすらに低く昏く、獣畜生の唸り声と聞き紛うほどである。

 これがかつて……甘いさえずりで無自覚に多くの女性の心を溶かした男の声なのだろうか? 海苔緒には俄かに信じられなかった。

 兎にも角にもランスロットが短機関銃を拾ったタイミングで、海苔緒はアストルフォを連れ、キャスターの魔術で飛び上がり上空へと退避した。

 ……が、ランスロットの視線は真っ直ぐ海苔緒を捉えており、上空に躍り出た海苔緒をしっかり補足し続けている。

 狂乱の座にて召喚された黒化英霊ランスロットは、顕現時にアーサー王を求めるバーサーカーとしての狂気と、聖杯を手にせんとする黒化英霊の本能が混濁した結果――小聖杯もどきである海苔緒を、=アーサー王として誤認しているのだ。

 そして今まさに! ランスロットが狂気によって研ぎ澄まされた牙を、海苔緒(きしおう)に突きたてんとした刹那……無数の火線がランスロットを薙いだ。

 云うまでもなく鉄血団結党である。別に海苔緒たちを援護するつもり等はさらさらない。

 単に自分たちの知らない存在であったから、敵と認識しただけのこと。

 

 ……訳の分からない邪魔者を排除して海苔緒たちを殺害し、この場所から脱出する。

 

 そんな意図をもって、鉄血団結党は黒甲冑の騎士を路傍の石として排除しようとしたのである。

 火薬により鉄の玉を吐き出す悪魔の武器の威力を確かめているエルフたちは黒甲冑が穴だらけになり、黒騎士の五体がバラバラに引き裂かれる姿を脳裏に浮かべた。

 

 ――それが大いなる思い上がりだとも知らず。

 

 鉄火の雨がランスロットへと次々命中する。

 衝撃で砂埃が立ち込めランスロットは見えなくなり……突然煙の中から漆黒に染まった三又槍が空気を食い破る勢いで飛翔してきた。

 

「えっ――」

 

 そのまま鉄血団結党の一人の胴を命中――貫通した穂先にハラワタをグチャグチャに掻き回される。その状態から槍に引き摺られたエルフは、後方の艦の底部装甲に縫い止められ、上半身と下半身は引き千切れながら痛みを感じる暇もなくあっさり絶命した。

 

「「………………ッ!?」」

 

 何が起こったのか? 鉄血団結党は理解出来なかった。

 だが砂塵で姿が隠れている黒騎士は、仲間の死を受け入れる時間を鉄血団結党に与えることなど決してない。

 続いて秒間約八発の連射速度(サイクル)で吐き出される死の洗礼(なまりだま)が鉄血団結党を襲う。

 

「カウンターで防御しろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 状況を一番早く認識した団員が声を大きく張り上げ、呼応するように全員が先住魔法の【カウンター】を発動した。全力で展開された不可視の壁は小口径の銃ならば十分防御が可能な……筈だった。

 

 ―ー瞬く間に二輪の真っ赤な花(せんけつ)が咲き乱れた。

 

 鉄壁の筈のカウンターは障子の張り紙の如く信じられないほどに容易く突き破られ、二人の団員に着弾。一発命中する毎に熟れた西瓜が弾けるかのように、二人の肉体は欠損していく。

 どうやらランスロットの騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)により、小口径の9mmルガー弾は、その一発一発が大口径のハンティングライフル並に威力が拡大されているらしい。

 数秒と経たず二人の上半身は文字通り挽肉と化し、二人の居た地点には二個の下半身と、濃厚な鉄の香りを漂わせるチリソース仕立ての肉片入りシチュー(・・・・・・・・・・・・・・・・)が盛大にぶちまけられた。 

 鉄血団結党全員がこうならかったのは、至極単純にランスロットの持つMP40の弾倉が空になったから。

 地獄の如き情景を見た残りの彼等は、発狂したかのように絶望に満ちた悲鳴を上げる。

 だが黒甲冑の狂戦士は絶叫に関心を持つことなどなく、ただ淡々と砂の中から次の処刑道具(ぶき)を取り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一流の処刑人(シェフ)の手により鉄血団結党が血肉の残骸(フレンチ)へと変わっていく中、海苔緒とアストルフォは呼び出したヒポグリフに乗っていた。

 海苔緒たちはこの世ならざる幻馬(ヒポグリフ)の次元跳躍により、通常空間に復帰出来ないか試していたのだ。

 しかしながら結果は上手く行かなかった。

 

「駄目だ! 戻れない。多分、アイツ――ランスロットを倒さないと、ここから出られないんだ」

 

 アストルフォの口から漏れた言葉は明確な根拠を持たなかったが、アストルフォの理性蒸発スキルは直感スキルを兼ねている節があり、海苔緒自身もキャスターの能力により異界の歪みがランスロットを中心としているのを魔術的に知覚していた。

 

(多分、歪みさえ解消すればヒポグリフで脱出は出来るだろうな。つまり……)

 

 十数キロ四方の仕切られた異界を滞空しながら海苔緒は地上のランスロットを見下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在ランスロットの手に握られていたのは、大日本帝国陸軍制式採用していた96式軽機関銃。分隊支援火器でありながら着剣が可能な珍しい銃であり、ランスロットの持つソレも着剣がなされている。

 ランスロットの魔力に浸された96式軽機関銃はサーヴァントすら鏖殺する威力を持ち、なお且つ弾倉が空になった状態でも漆黒の魔槍として機能を果たしていた。

 現に――、

 

「来るなぁぁぁぁぁ!! クルナァァァぁぁ…………ガァッ!!」

 

 エルフの持つ突撃銃の弾丸は、ランスロットの黒甲冑に傷一つ付けることが出来ない。神秘を持たぬ攻撃は意味を成さないのだ。先住魔法での攻撃の方がまだ可能性があった。

 対して接近したランスロットが振りかざした96式軽機関銃の銃剣の切っ先は、カウンターの障壁を容易く破り、エルフの腹を深く抉った。

 そのまま串刺しにされ持ち上げられた哀れなエルフは、丘に上がった魚の如く四肢をバタつかせた後、すぐさま事切れる。

 ランスロットの周りには既に十数の血の泉が出来上がっており、絶命したエルフの残骸(なきがら)が横たわっている。

 残るは鉄血団結党の構成はたった一人の少女。

 彼女こそはエスマーイルを信奉し、ティファニアに憎悪を抱く少女――ファーティマだった。

 ファーティマは歯の根が合わないほどに恐怖に打ち震えていた。何故こうなってしまったのだろう、と彼女は自問する。

 エスマーイルからビダーシャル暗殺の大任を任せられた時、ファーティマはかつてない喜びを感じていた。

 ティファニアの母シャルジャルの一件で苛烈な差別を受けて育ったファーティマは、人一倍他人に認められたい欲求を抱いていた。

 それ故、自分を認めて今の地位まで引き上げてくれたエスマーイルに対して彼女は、並々ならぬ信頼を寄せていたのだ。

 ファーティマは必ずやシャルジャルの娘を含めて裏切り者を皆殺しにし、ついで虚無の悪魔共を討伐して見せると、誓いを新たにして今回の襲撃に臨んだ。

 

 そうして一切を蹂躙されたのだ……目の前の黒い悪魔に。

 

 悪魔はエルフに語られる伝承(ガンダールヴ)の如く武具を自在に操り、ファーティマの仲間たちを成す術なく惨殺した。

 鉄血団結党が抱いていたエルフとして誇りや自負は、圧倒的な暴虐の前に何も意味を成さなかったのだ。

 その様子を目撃したファーティマは、自分が抱いていた決意や覚悟が如何にちっぽけな矜持(もの)に過ぎなかったかを今更ながら悟ったのである。

 心の鎧の一切合財を引き剥がされたファーティマは幼い頃に戻ったかのように泣き叫び、助けを求める叫びを上げた。

 

「助けて……お母さん」

 

 無論常識考えれば助けなど来ない。仲間は皆息絶えたのだから。助けてくれる者など居る筈がない。

 ゆっくりとした足取りで、ランスロットはファーティマへと近づいていく。

 万事休す! ランスロットの片腕がファーティマの首に迫り、

 

 ――横合いから突貫した幻馬がランスロットを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直に述べて――海苔緒たちは極めて不利な状況に置かれている。

 対魔力の低いバーサーカークラスのランスロット相手なら、上空から魔術を連射していれば楽勝なのでは? と思うかもしれないが、実はこの異界、極端に大気中のマナが薄いのだ。

 そもそもキャスターが他のサーヴァントの挑む際は、策を幾重にも巡らせつつ陣地作成を施した己の領域に引き込んで戦うのがセオリーであり、不意討ちを喰らって敵陣に引き摺り込まれるなど本来なら詰みもいいところだ。

 戦闘区域がハルケギニアであったなら潤沢なマナに物を云わせて、絨毯爆撃でランスロットを封殺できただろうが、ここでその芸当は実質不可能であった。

 ならばアストルフォを前衛。海苔緒を後衛としてランスロットに長期戦を挑むのはどうかと云うと……それも悪手である。

 魔力を外部から碌に補給出来ない現在、長引けば長引くほど戦いは不利になる。

 いくら小聖杯もどきの海苔緒とはいえ、アストルフォへの魔力供給+ヒポグリフの展開+自身のキャスター転身状態維持という、莫大な魔力消費をいつまでも続けられる訳でない。

 ならば必然的に短期決戦で挑む必要があり――ランスロットがエルフの少女(ファーティマ)に気を取られている今こそが、絶好の機会であった。

 海苔緒の手にはルクシャナから護身用として手渡された精霊石数個の内の、火石の一つが収まっていた。

 これをキャスターの魔術で一気に解放すれば、ジョゼフの虚無の獄炎ほどにないにしろ、対魔力の低いランスロットに致命傷を与えることが出来る。

 海苔緒は分からなかったが、ファーティマの蒼と白を基調とした服や金の髪、碧眼、加えて華奢で小柄な体型が、ランスロットにかの王を想起させており、今なら海苔緒たちに対する注意は一欠片も向けられてはいなかった。

 

 ――つまりファーティマごと焼き払えば勝ちの目を拾える。

 

 海苔緒は火石を強く握り込み、魔法陣を前面に展開する。照準は勿論ファーティマに迫るランスロット。かざした腕は強く震えていた。

 海苔緒の心の中で無数の声が響く。

 

 

 ……自分が手を下さなくとも、ランスロットに殺されるならどうせ同じ事だ。

 ……相手は屋敷にロケット弾をぶち込んだテロリストだ。同情する必要なんてねぇだろ!

 ……注意がこっちに向いてない今がチャンスなんだぞ。他のエルフたちが嬲り殺しにされんのを黙って見てた癖に今更善人面してんじゃねぇぞ!! 見捨てるのも■すのも大差ねぇんだから、さっさと火石をブッ放しちまえ! それで楽になれる。

 

 

 火石を握り込んだ腕の震えはさらに酷くなった。

 それでも海苔緒は、震えが伝播した唇で火石を解放する詠唱を紡むごうとし――、

 

『助けて……お母さん』

 

 ファーティマの叫びを聞き、完成間近の術式を放棄した。

 余りの己の馬鹿さ加減に、今度は別の意味で全身を震わせる海苔緒。

 俯いた顔をゆっくりと上げ、ヒポグリフの手綱を握るアストルフォへと視線を向けると、待っていたかのようにアストルフォは頷く。

 無言であったが、その目は語るべき言葉を雄弁に物語っている。

 つまり――、

 

「あっ、もぉぉぉクソッタレが! こうなりゃヤケだ、ヤケ! ――ヤツに突っ込むぞ、アストルフォ!!」

「うん、了解したよ。しっかりボクの後ろに掴まってね、ノリ!」

 

 こうして勝ちの目をふいにした大馬鹿(ノリオ)と、それに従う英霊(バカ)はランスロットに向かって突撃を仕掛けたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突貫の瞬間、アストルフォは海苔緒の能力で取り出した触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)でランスロットを突き倒した。

 よってその効果によりランスロットの下半身は強制的に霊体化され、砂に塗れながら無様に転倒する。

 その隙をついてアストルフォは幻馬に跨ったままファーティマを回収し、海苔緒は手榴弾を投げる要領で、術式を込めた火石を転倒したランスロットへ向けて投擲する。

 何が起こったか理解出来ずに喚くファーティマに海苔緒は催眠魔術を掛け、アストルフォに抱えられたファーティマは昏倒した。

 そのまま海苔緒たちは一目散で上空へ復帰する。ちょうど同じ頃合いで火石に込められた解放術式が発動、地上で大爆発が発生する。

 辺りに転がっていた戦車や飛行機などに引火したのか、辺りで次々連鎖爆発が起こった。

 

 

(この爆発なら一たまりもねぇ筈だ。――やったか…………って、あっ!)

 

 

 自分の思考が盛大なフラグだと気付いた時には既に遅かった。

 大気を焦がす炎の燃え盛る音の中に、怪物の咆哮の如き――けたたましいエンジンの駆動音が響いた。

 その方向へ視線を向けると、煙の中を突っ切って……下半身が喪失したままバイクのハンドルを握ったランスロットの姿を現す。

 バイクのサイドカーには機関銃が取り付けられており、戦闘を目的とした改造が施されているのは一目瞭然。

 ランスロットは爆発の間際、己の近くで砂に埋められたソレを見つけ、両手の腕力だけ跳躍して取り付いたのである。

 

(糞が! あんなモンまで宝具に出来るとか、インチキも大概にしやがれ!!)

 

 海苔緒は地上のランスロットに向かってけん制の魔力弾を打ち出すが、騎乗スキルはおろか下半身すら消失している筈のランスロットはその状態で黒鋼の駻馬(かんば)を巧み操り、物の見事に全弾を回避する。

 数分の追いかけっこの後、ランスロットの下半身が復帰し、宝具化したバイクはさらなる加速を開始した。

 追跡を続ける海苔緒だが、ランスロットは海苔緒たちが高度を下げた瞬間を見計らって反転し、船の残骸を射出台(カタパルト)代わりに利用すると、上空へと躍り出た。

 

「――なっ!!」

 

 予想外の行動に縮まる両者の距離。好機とばかりにランスロットはこれまで温存していたサイドカーの機関銃を、ヒポグリフに向かって怒涛の如く連射する。

 ランスロットの憎悪に侵された黒い弾丸は一発一発が文字通り“必殺”の威力を持っている。

 だが海苔緒が予め精霊石一つを触媒にして仕込んでおいた自動防御術式が、毎分900発近い速度で放たれる死の礫を弾き返した。けれど触媒となった精霊石はみるみる小さくなっていく。

 数秒を経て触媒の精霊石が消滅する間際、跳弾した弾がランスロットのバイクの燃料タンクを貫き爆散……が、その数秒前にランスロットは躊躇いなくバイクから飛び降りている。

 加えてだが、ランスロットはバイクから脱出した時点で次の武器に目を付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆発の煙にまかれた海苔緒たちが煙の中から脱出すると――聞こえてきたのは恐ろしき怪鳥の(たけ)り。

 次の瞬間視界に映ったのは――空を舞う漆黒の“フォッケウルフ Fw190”の背に竜騎兵(ドラグーン)よろしく騎乗するランスロットの姿。

 その両手には、それぞれ一挺ずつダブルドラムマガジン仕様のグロスフスMG42機関銃、通称“ヒトラーの電動ノコギリ”が握られていた。

 憎悪の魔力に浸され異形の力を受けた液冷倒立V型12気筒(ユンカース・ユモ・213)エンジンが、穢れた咆哮を上げて昏く淀んだ空を鳴動させる。

 その光景を目にし、海苔緒は絶句した様子で呻くように呟いた。

 

 

 

「どこぞの魔女(ウィッチ)気取りか、クソッタレめ!!」

「……Ar……thur……!!」

 

 

 

 海苔緒たちとランスロットの第二ラウンド(くうちゅうせん)の火蓋は、こうして切って落とされたのだった。

 




本来ならランスロット戦は前編後編に纏める予定でしたが、
長くなるので前中後に分割します。

後、最期に登場したランスロットの装備に元ネタが何なのか? は、分かる人には分かると思います。タイトルに凶鳥を付けたんで、フォッケウルフTa 183も捨てがたかったんですが、このネタがやりたいためにフォッケウルフ Fw190にしています。



では、


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第三十九話「ハジマリのオワリ。あるいは蒼穹の悪竜」

アニメUBWでセイバーが消えたことを悲しいと思っていましたが、
よくよく考えれば、あれはホロウアニメ化の際に士郎がセイバーに再会して
涙を流すシーンなどを再現するため伏線だと気付いてニヤリとしました。


――という訳で期待してます、ufoさん!!



 ――迫りくるは黒き鏖殺の凶鳥(フッケバイン)。或いは血と肉に飢えた円卓の鬼神(ガルム)

 両手に構えるソレはMG42機関銃。ノルマンディー上陸作戦(オペレーション・オーバーロード)を始めとする数多の戦場にて数え切れない将兵の血を啜った傑作銃器であり、ランスロットの怨嗟に染まることで更なる虐殺兵装(キリング・ウェポン)へと進化を遂げていた。

 故に海苔緒の判断も迅速だった。

 

「アストルフォ、向こうの瓦礫の群れだ!」

「うん、――ヒポグリフッ!!」

 

 眠れるファーティマを片手で抱えながら、アストルフォはヒポグリフの手綱を引いて首先を滞空する瓦礫の群れに向けた。そして全力で突貫する。

 対してランスロットは強引に機首を傾け、Fw190の両翼が大気に爪を立てながら旋回もなしで進行方向を急激に変化させた。

 何とかランスロットの射程に入る前に爆撃機や戦闘機が固まって浮かぶデブリ地帯に侵入すると……海苔緒は片手を掲げ、キャスターの魔術により物理法則を無視して浮遊するデブリ群へと干渉を行う。

 干渉を受けた物体たちは、ランスロットの騎乗するFw190へ向けて勢いよく殺到した。

 が……、ランスロットは直進を続けたまま、正面に向かって銃火器を掃射。

 分間1200発以上という出鱈目な速度で漆黒の魔弾を吐き出す二門のMG42機関銃は、たった数秒でドラムマガジンの中身を空にしたが、代わって機体に供え付けられたMG 131 機関銃とMG 151 /20mm口径機関砲が、ランスロットの憎悪の咆哮と同時に火を噴く。

 

「……Aaa■■■rrrr……■hu■■urrrrr……!!」

 

 その全てが宝具であるが故にFw190の一斉掃射の火力は想像を絶し、迫りくるボーイングB-17(フライング・フォートレス)ボーイングB-29(スーパーフォートレス) といった大型爆撃すら、数瞬と掛からずミンチ・マシーンにかけられたかの如く微塵に粉砕されていく。

 装甲が紙の如く潰れてひしゃげ、フレームは砕け散り、機体は四散しながらも更に細かく破壊される。そして最後には燃料タンクを打ち抜かれ、次々爆発していった。

 ――たった十数秒。それだけ間に数十の巨大な鉄塊の悉くが……空に星屑をばら撒く花火と化した。

 ランスロットは用を為さなくなったMG42機関銃を投棄、Fw190に掴まると水平飛行で直進しながら進行方向を軸として独楽のように回転し、破砕したデブリの中に突入した。 

 これは空中動作(マニューバ)の一つであり、曲芸飛行にも用いられるエルロン・ロールと呼ばれる機動。

 接触したデブリ群は、宝具となり凶器と化したプロペラの回転羽根(ブレード)によって微塵に砕かれるか、さもなくば回転する機体の外側へと連続して弾き出されていく。

 悠々とデブリと突破するランスロット……けれど、その先には無数の魔法陣が展開していた。

 

「マキア、神言魔術式(ヘカティック)――」

 

 残る全精霊石の解放によるブーストに加え、全身の神経の大半を一時的に魔術回路へと変換して、海苔緒は己の魔力を限界まで絞り出す。

 負荷により全身に耐えがたい痛みが奔るが、海苔緒は堪えながら高速神言を唱えた。

 必要なのは雷神に匹敵する威力ではなく、鬼神を乗せた凶鳥を捉えるだけの攻撃範囲。

 故にヒポグリフの後方に騎乗する海苔緒は、蝶の羽の如くなびいたキャスターのマントに質よりも数を優先して魔法陣を敷いた。

 

「――灰の花嫁(グライアー)

 

 海苔緒が解放の言葉を紡ぐ――刹那、展開している魔法陣から魔法弾が連続発射される。

 まるでそれは夜空に降り注ぐ流星群のようで……数え切れない魔法弾がランスロットとFw190を包み込んだ。

 

「■■■■■■rrr――」

 

 相対するランスロットが憎悪に満ちた雄叫びを上げると、エンジンに搭載された遠心式過給機(スーパーチャージャー)が呼応する。

 空気を圧縮して取り込む機構も持つ過給機は、ランスロットの魔力に浸食された結果――供給される魔力を圧縮してエンジンへと供給することにより、機体性能の限界を超えて加速する魔道推進器へと変貌を遂げていた。

 加えてそれは、現在飛び交う魔法弾の飛沫である魔力残滓(・・・・)すらも適応の範囲内であり……、

 擬似的な第二種永久機関(フラケンシュタインのしんぞう)と化したスーパーチャージャーは、周辺の大気から際限なく魔力を吸い込んで……凶鳥の心臓たる液冷倒立V型12気筒(ユンカース・ユモ・213)エンジンが大気をかきむしるような絶叫を上げた。

 併せて凶鳥の両翼はまるで本物の鳥の羽根のように変幻――本来有り得ない筈のない可動を開始する。

 Fw190は亜音速を超え、レプシロ機の限界である遷音速を容易く突破し、瞬く間に音速へと到達する。

 そして迫りくる魔法弾の群れを、Fw190はまるで本物の凶鳥に成ったかの如く回避し始めた

 ランスロットは常識外れの変態機動を続け、弾幕の間隙を縫うように擦り抜け――海苔緒を肉薄せんと迫る。

 ……しかしそこまでは想定の範囲だった。

 

「今ッ! ――二門壊砲」

 

 時間差で二つの魔法陣から極光が放たれる。

 二柱の光の放流が薙ぎ払うような軌道でFw190へと迫り、退路を完全に塞いだのだ。

 

「■■■■■■――」

 

 極光がFw190に降り注ぐ直前……ランスロットは機体から離脱したが、それでも無数の魔法弾がランスロットに命中する。

 打ちのめされて仰け反るランスロット。その兜からは一時的に紅い光が消失していた

 

 (……このまま二門壊砲の極光を落下中のランスロットへと収束すれば勝てる)

 

 だがそう思った時……海苔緒に限界が訪れた。

 

「――ア、ガッ!?」

 

 海苔緒はこれを危惧し、ギリギリまでキャスターとして奥の手の使用を渋っていたのである。

 高速神言の乱用と魔術回路に対する異常な高負荷によりセーフティが発動。その揺り戻しによる激痛と共にキャスターへの夢幻召喚が強制解除されたのだ。

 この場に潤沢なマナが存在していたなら海苔緒へ掛かる負荷は大分減っていただろうし、少なくともここで転身が解けることはなかったであろう。

 所詮は小聖杯モドキ、今の状態ではこれが精一杯だった。

 

(いや、まだ一回だけなら魔力を絞り出して…………セイバーに転身出来る筈)

 

 既に海苔緒の心臓はジークフリートのモノと化しており相性は最高。魔力の燃費も多少は通常より抑えられる。

 悠長に考える時間はなかった。精霊石の手持ちも既に尽きた。ランスロットが地上に逃げ延び、これ以上兵器を宝具に変えられたら対抗する術がない。

 

(キャスターの時を思い出せ! あの感覚でやれば杖がなくとも……)

 

 咄嗟にやったキャスターへの夢幻召喚の感覚を思い出し、海苔緒はセイバーのクラスカードを手にして声を上げる。

 

夢幻召喚(インストール)――クラス・セイバー。――真名(ネーム)・ジークフリート」

 

 この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)の背に大型の魔法陣が展開し、光に目が眩む僅かな間に……海苔緒はセイバーへと最短で転身していた。

 

「その女の子を頼んだ!」

「あっ! ノ――」

 

 アストルフォが引き止めるより先に海苔緒はヒポグリフから飛び降り、剣を引き抜きながらランスロットの元へと降下する。

 空気抵抗を極力減らすことで海苔緒はランスロットとの距離を縮めていく。

 

(これで終わりに……)

 

幻想大剣(バル)――」

 

 残存する魔力をかき集め、海苔緒は接近するランスロットへ向けて宝具を構える。

 意識を失い、自由落下するランスロットは完全に無防備で……、

 この時、この瞬間、海苔緒の判断に誤りはなく。負ける道理など何も無かった……通常ならば。

 

 ――【精霊の加護:Rank A】

 

 ランスロットが保有するスキル。その発動は武勲を立てうる戦場においてのみに限定されるが……サーヴァント同士の戦闘とは本来、誉れある英霊同士の決闘であり、聖杯を手にする栄誉(ぶくん)を求める戦。

 よって本人の状態はどうであれ、発動条件は満たしている。

 そしてその効果は『精霊からの祝福によって、危機的な局面において優先的に幸運を呼び寄せる事ができる能力』である。

 

 ――突如としてランスロットの兜に、再び紅い光が灯った。

 

(なっ!? こいつ……)

 

 偶然(・・)にもタイミング良く意識を取り戻したランスロットは、手近な場所に浮遊していた拳銃と軍刀を視界に捉え、落下しながらも左右それぞれの手で器用に掴んだ。

 左手に握られ、即座に宝具と化した十四年式拳銃をランスロットは自然な動きで海苔緒へと構え、照準を合わせて発砲。

 装填されていたのは一発限りであり、いくらランスロットの憎悪により魔弾へと姿を変えたとはいえ、所詮は8x22mm南部弾に過ぎない。

 正面から迫る小口径弾は海苔緒の纏う悪竜の血鎧にとって大した脅威ではなく、命の危機の度合いに応じて思考が合理化される能力も相まって適切に処理出来る筈だった。

 

 ――しかし考えるよりも先に、体が反応してしまった。

 

(――――あっ)

 

 いくら英霊の殻を被ろうとも、それを司る海苔緒自身は一般人に過ぎず――銃を向けられた条件反射で咄嗟に剣を放し、両腕で防御態勢を取ってしまう。

 よって宝具は不発。海苔緒の態勢も大きく崩れる。

 生じた隙を見逃すランスロットではなく、上手く空中で体勢を入れ替えて硬直した海苔緒の後ろに張り付いた。

 同時にランスロットは右手に持った刀の鞘を引き抜く。

 それはスクラップとなった自動車のスプリングを利用して鍛造された造兵刀にして、実戦にて十数名の敵を切り捨ててなお斬れ味を保ったと伝えられる妖刀。

 

 ――その名は兗洲虎徹。

 

 ランスロットの煮えたぎる憎悪の業火に晒され、瞬く間に鍛えられたソレは時を経て文字通り魔剣へと完成を果たす。

 そして体勢が崩れた硬直した海苔緒の背中……つまり悪竜の血鎧唯一の弱点部位に向かって、ランスロットは漆黒の刀身を突き立てた。

 

「ガハッ……! アァ……」

 

 刺突の一撃は海苔緒の心臓の中枢を貫き、当然ながら致命の一撃となった。

 ランスロットは追い討ちを掛けるように、心臓に刺さった刀を引き抜きながら海苔緒を蹴飛ばす。

 

「ノリィィィィィィィィィィ!!」

 

 アストルフォの悲鳴が空に木霊し、海苔緒は胸から鮮血をまき散らしながら地上へと落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――落ちる、墜ちる、堕ちていく。

 

 それは地表への墜落を意味するのと同時に、無への回帰を意味した。

 心臓を裂かれ、霊核に致命傷を負いながらも海苔緒は辛うじて生きていた。

 故に生きているという実感と、消えていくという感触が海苔緒の中で絡まりもつれ合う。

 

 

 ――生きている(キエテイク)生きている(シンデイク)生きている(オワッテイク)

 

 生と死の境界が崩れて歪む。海苔緒はこの瞬間、生きながらにして死んでいた。

 それは一種の矛盾した螺旋を構築し、海苔緒の体内で太極(せかい)の縮図が形成される。

 図らずともそれは――いつかどこかの世界にて“かつては台密の僧であった魔術師”が創り出した『生と死が流転する結界』に類似しており……、

 海苔緒はこの時初めて“己が根源であり『』の領域である場所”に繋がっていることを自覚した。

 ――つまるところ、根源と『』は表裏一体の概念。全ての事象の始点が根源であり、全ての事象の終点が『』であるだけのこと。

 そして根源(してん)『』(しゅうてん)矛盾(メビウス)螺旋(リング)を描いて繋がっている。故に二つの概念は、向かう方向が真逆なだけであって、突き詰めた先に到達する場所は同じ。

 

(嗚呼、そういうことだったのか……)

 

 海苔緒は二度目の生にて、ずっと感じていた疎外感の正体を知った。

 それは自分の容姿のせいでもなく、転生者という存在であったからでもなく、己の存在が世界にとって明確な異物であったから。

 

 “……ここから居なくなりたい”

 

 そう願いながらも気づかぬ振りをして十数年間を生きてきた。――自分は本来生まれてはいけなかったのだと、誰からも必要とされない存在なのだと。

 

『オマエなんてッ! ■むんじゃなかったッ!!』

 

 

 ――スイマセン、スイマセン、スイマセン。

 ――ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。

 ――ユルシテ、ユルシテ、ユルシテ。

 

 

 海苔緒が前世の記憶を取り戻す以前の、いつかの否定(らくいん)は無自覚に海苔緒の胸の深い場所に刺さり続けていた。

 そこから目を逸らして……自らを殺す度胸もなかった海苔緒は誰とも関わりを持とうとせず自分を誤魔化し、ただ世界から己が消える日を待ち望みながら色褪せた日々を過ごしていた。

 

 ……ならば、もういいだろう。

 

 やっとここから居なくなれるのだ。

 もう傷つくことも、苦しむことも、悲しむこともないのだから……もはや何も憂いる必要はない筈だ。

 後はただ堕ちていくのみ……、

 

 (――でもなにか、忘れている気がする)

 

 大切な約束した気がする。とてもとても大切な約束を……、

 それは自然と海苔緒の耳に蘇った。

 

『うん、約束だよッ! ――ノリとボクはずっと“友達”だからね。ほら、指切りげんまんッ! この国ではそうするんでしょ』

 

(…………あ)

 

 ――それは数か月前、海苔緒とアストルフォが出会って数日後のこと。海苔緒が精一杯の勇気を振り絞って『友達になって欲しい』とアストルフォに願い出た夜の記憶。

 

 

 思い出す――あの夜の誓いを。

 思い出す――絡めた小指の暖かさを。

 思い出す――はにかんだ笑みを浮かべる彼の顔を。

 

 

 どうしようもなく嬉しくて、海苔緒は自然と涙が零れるほどだった。

 

 

 ――――思い出した。あの日の月は、あんなにも綺麗だったと。

 

 

 出会ったあの時から色褪せた日々に輝きが戻った。

 自分の必要としてくれた彼のお蔭で、生きる意味を再び思い出すことが出来た。

 アストルフォとの出会いが全てを変えたのだ。

 彼が居なければ、慎一や才人に出会うこともなく……海苔緒の世界はずっと閉ざされたままだっただろう。

 ……だから、

 

 

(まだ……終われねぇ)

 

 こんな情けない自分を友と認めくれたヒトが居る。それを見捨てて逃げるなど出来る筈がない。

 

(……まだ生きたい。俺はまだこの場所に居たい!!)

 

 ――死にたくはない! ――消されたくはないと! 壊れた筈の心臓が訴えるように脈打った。

 

『ノリ! ノリ! ノリィィィィィィッ!!』

 

 どこか遠い場所から自分の名を呼ぶ叫びが聞こえた気がする。ならば戻らなければならない。

 

 ――願望器モドキの体。根源への接続。ジークフリートの心臓という触媒。

 

 ……まだ手は残っており、条件も揃っている。

 根源への接続を自覚したためか、海苔緒は自分が今何をすべきか、手に取るように分かった。

 剣の英霊(セイバー)であるジークフリートとなった海苔緒が敵わないとしても……英霊の座に居るオリジナルの“彼”ならば?

 それには起爆のための莫大な魔力が必要であり、都合のいい事に――それは海苔緒の左手に宿っていた。

 

「……令呪を以て命ずる」

 

 地上へ激突するスレスレで海苔緒は血を吐きながら言葉を紡ぐ。

 令呪という名の弾丸を向ける対象はアストルフォではなく、壊れかけた己の心臓。

 宣誓に合わせ、赤い輝きを放ちながら消えた一画の令呪。それと引き換えに莫大な魔力が海苔緒に宿る。

 ……そして心臓へ向けて躊躇いなく引き金を引いた。

 

「我が心臓を依代にして顕現せよ、ジークフリートッ!!」

 

 発動と同時に、海苔緒はこの時もう一つ大事なことを思い出した。

 

(はっ、何が神様転生だ。あの時会ったのは……)

 

 そもそも出会いったのは生まれ変わる前などではなく、海苔緒が前世の記憶を取り戻し“わたし”から“オレ”へと切り替わった日のこと。

 話したと思い込んでいた内容すらも実は大部分に齟齬があり、芝居が語った口調が特徴的な人物の正体は青い髪をした小柄な美少年で……、

 

 

『俺は今回の聖杯戦争(・・・・)にて、キャスターのクラスで召喚されたしがない物書きだ』

『しかしあのマスター……全く、よくもこんな狂言回しの役割を生前三流役者とこき下ろされた俺に押し付けてくれたものだ。悪趣味にも程度がある。こういうのはデュマの奴にでも――』

『いいか、今日のことは覚えていられないだろうが、これだけは胸に刻んでおけ! 俺はお前の■■を書き綴■■■……』

 

 

 ――地上に衝突する刹那、海苔緒を膨大な光の奔流が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海苔緒は目の前に広がる光景に見覚えがあった。

 これはジークフリートの記憶の中にあった風景。悪竜の巣食う洞窟へと向かう道の途中。

 海苔緒は理解した。この先の異界(どうくつ)に山ほどの兵器(ざいほう)を抱えて狂戦士(あくりゅう)が待ち構えている、と。

 理解した上で洞窟の方向へと歩みを進めた。

 歩いた距離は数時間分だったかもしれないし、あるいは数秒のことだったかもしれない。

 確かなのは……歩いたその先に目的の洞窟があったこと。

 加えてその洞窟の手前には悪竜討伐を成した本人(ジークフリート)が岩に腰かけ、鞘に収められた大剣を杖のようにして両手を柄頭に重ねていた。

 褐色に染まった肌は竜血を浴びて変幻し、鋼鉄すらも凌駕する竜鱗と化した証。纏う白銀の鎧は、その身に受けた祝福と称賛に比例するかの如く輝いていた。

 かの騎士こそは、ネーデルラント王家の血を引く勇者にして、北欧の悪竜を討滅せしめた大英傑。その活躍を幾つもの英雄譚に謳われた不死身の英雄。

 ただそこに居るというだけで、彼は巨山にも等しい存在感を放っていた。

 けれど海苔緒は驚くことなく、変わらぬ歩調で横を通り過ぎようとし……不意に黙って腰かけていた彼が口を開く。

 

「そこから先は――」

「……地獄だろ。知ってるさ、それぐらいは」

 

 海苔緒は立ち止まり、ジークフリートの言葉を先に口にした。

 知っている。何度も夢にみたからだ。たった一人で悪竜に対し、絶望的な戦いに挑む英雄の記憶を。

 加えて海苔緒はハルケギニアに伝わる御伽噺『イーヴァルディの勇者』の話を思い出した。

イーヴァルディの勇者もまた、ジークフリートと同じく洞窟に潜む竜へと戦いを挑んだことある。攫われた村娘を救わんとする彼は洞窟を目の前にして怯える従者や仲間たちにこう云った。

 

『ぼくだって怖いさ。でも怖さに負けたら、ぼくはぼくじゃなくなる。その方が、竜に噛み殺される何倍も怖いのさ』

 

 結局従者や仲間たちを残してイーヴァルディの勇者は単独で洞窟へと入り、竜と相対した彼は問い掛けられ……こう答えた。

 

『小さきものよ。立ち去れ。ここはお前の来る場所ではない』

『ルーを返せ』

『あの娘はお前の妻なのか?』

『違う』

『お前とどのような関係があるのだ?』

『なんの関係もない。ただ、立ち寄った村で、パンを食べさてくれただけだ』

『それでお前は命を捨てるのか?』

 

 彼は恐怖に震えながら竜へ答えた。

 

 ――それでぼくは命を賭けるんだ、と。

 

 今の海苔緒には、彼の言葉にとても共感出来た。

 つまり命の賭ける理由など、その程度で事足りるのだ。

 だから海苔緒は地獄へ向かう。

 

「例え地獄だろうと、この先でダチが待ってんだ。これ以上カッコ悪い所は見せらんねぇ。それによ、アンタだって地獄と分かった上でこの先を進んだんだろ?」

 

 

 そう問いを掛けられたジークフリートは少し驚いたように目を見開く。

 海苔緒は構わず言葉を続けた。

 

「俺はこれからアンタを担うんだ。これぐらいの無茶はやって見せるさ」

 

 恐怖がない訳ではない。それでも晴れ晴れとした気持ちで海苔緒は堂々とジークフリートへ宣言する。

 するとジークフリートはそれ以上何も云わず。まるで己自身を託すかのように、鞘に収められた大剣を海苔緒に手渡した。

 そのズッシリとした重さを感じながらも背負い込んだ海苔緒は、再び洞窟の方向へと歩み始まる。

 やがて海苔緒の姿が洞窟の中に飲み込まれる手前で……、

 

「ありがとう、ニーベルンゲンの勇者。アンタが自分をどう思ってるかは知らないが……俺はアンタのこと、立派な正義の味方だと思ってるぜ」

 

 ――例えその生涯が“求めに対して応じるだけの願望器じみたもの”だったとしても、そのオワリには確かな祈り(セイギ)があったと知っているから。

 

 ずっと云いたかったことを告げると、海苔緒は洞窟の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光の柱の中から現れたソレは海苔緒ではなく、ジークフリートの姿かたちをしていた。

 けれどその能力(スペック)はセイバーのクラスを遥かに逸脱している。

 これは海苔緒が自身の根源との繋がりを経由して、英霊の座から直接自身の体へとジークフリートを顕現させた結果である。

 無論完全なる英霊の座(オリジナル)のコピーには程遠いが、それでも今海苔緒の体に憑依しているジークフリートの魂の総量は、通常のサーヴァント数騎分に匹敵していた。

 さらにジークフリートの魂を海苔緒の体に転送する際、細い糸のようであった根源と繋がりが拡張され、そこから尽きることのない魔力が流れ込んでくる。破損した筈の心臓も既に完全に修復されていた。

 通常ならばこの形態を維持することなど到底不可能であるが、根源と繋がり強化された願望器としての能力は道理すらも捻じ曲げた。

 

 ――けれど奇跡というモノには必ず対価が必要となる。

 

 根源接続の代償として海苔緒は少しずつ己が欠けていくのを自覚していた。

 直感で理解する。この状態で長く居れば………遠からず紫竹海苔緒という人格は世界から消滅すると。

 だからジークフリートの姿をした海苔緒は全身から余剰魔力を放出しながら、託された大剣を鞘から引き抜き――こちらへと向かってくるランスロットに叫んだ。

 

 

「――来いよ、ランスロット! 俺はまだここに居る。ここに居るぞぉぉぉッ!!」

 

 

 海苔緒とランスロットの最終決戦はこうして幕を開ける。




今回の簡単なあらすじ


ラン★スロさんと弾幕☆ごっこ
     ↓
今がチャンス! 何、再起動だと!(乙樽並感
     ↓
ラン★スロさんの銃パリィが決まり、ノリオに致命の一撃!(ブラボ並感
     ↓
ノリオ☆覚醒(不明なユニットが接続されました+ナニカサレタヨウダ)


こんな感じです、では









             い   ど
             な ノ う
             く リ せ
             な オ
             る は




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第四十話「邪竜と騎士。……壊れても進め!」

更新遅れて申し訳ありません。
夏の仕事の追い込みで執筆の時間が取れませんでした……ORZ

あとグランドオーダー始めました!

玉藻キャッツとアルテラさんを引いたのでそれをメインにプレイ中、オルレアンでランスロさんとファーニブルにジークフリートが出てきてビビりました。
アストルフォの実装はよ!




 この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)に騎乗するアストルフォはファーティマを抱えながら、遠き地上の星を見据えた。

 瞬いては消えていく大地の閃光(ヒカリ)は、その全てが二人の騎士の戦いの軌跡であり、北欧の竜殺しと円卓の騎士の激突の火花。

 対峙するは、北欧の竜殺しの紛い物である青年と、バーサーカーでありながらセイバーの剣技の冴えを両立する円卓の騎士。

 さながらそれはアストルフォのマスターである海苔緒の記憶にあった“外典の聖杯戦争(アポクリファ)”の物語を再現するかのような光景であり、予め定められた運命の筋書きに踊らされているかのようにも見える。

 加えてアストルフォ自身も話の中で語られていたように、両者の死闘をじっと眺めることしか出来ていない。

 無論状況は違っている。未だアストルフォの状態は万全であり、魔力も十全に供給されていた。それでも……、

 

『令呪を以て命じる。アストルフォ……その子を守れ。この戦いには一切手を出すな』

 

 海苔緒が用いた第二の令呪。それがアストルフォの行動を縛っている。

とは云っても……一画で二つの命令を行使しており、アストルフォ自身の抗魔力の高さも 相まって実質的な拘束力はそれ程でもなかった。

 けれど、『今飛び出せば逆に海苔緒の足手まといになる』という自覚があったアストルフォに自重を促すのには十分であり……、

 もしもこの場に居たのがアストルフォ単独であったなら、例え敵わなくとも迷わず一直線にランスロットを向かって突っ込んでいただろう。

 その結果として自分一人が死ぬならアストルフォには何の文句もない。しかし飛び出した自分を庇って海苔緒が死ぬようなことがあっては我慢ならない。

 だから現状のアストルフォは抱えたエルフの少女を見捨てることも出来ず、海苔緒の足を引っ張ることもする訳にもいかず……故に地上の光を見守ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランスロットの両腕に握られた二挺の短機関銃――PPSh-41から魔弾の群れが掃射された。

 秒間約十五発の発射速度――二挺合わせれば一秒あたり三十発。

 だが海苔緒はその死の暴雨に、真っ向から突っ込んだ。

 次々とランスロットの憎悪に塗れた弾丸が海苔緒の体に命中していく……が、弾丸が纏う白銀の甲冑を貫こうとも、肝心の皮膚を裂くことはない。

 褐色に染まった海苔緒の肌は、魔術的補強を重ねた鋼鉄すらも上回る硬さの竜鱗。英霊の座より直に投影されたジークフリートの悪竜の血鎧は、Aランクの物理攻撃や魔術すらも弾き返す防御性能を誇る。

 

 ――たかだがDランクの擬似宝具など、そもそも相手にもならない。

 

 海苔緒は銃弾の雨を弾きながら、突撃を敢行する。

 心臓が脈打つ度、海苔緒の全身に無尽に等しい魔力が供給されていく。

 途方もない全能感が体を駆け巡るが……同時に海苔緒は鼓動の音と共に自分が破綻していくのを感じた。

 急速な記憶の消滅。写真を収めたアルバムが焼け落ちていくかのように、前世を含めた自己の欠片が代償として根源の海へと溶けていく。

 持って残り十数分……刻限(リミット)が過ぎれば海苔緒の精神は無へ還るだろう。

 

 ――だが、それでも突き進む!

 

 ランスロットを間合いに捉えた海苔緒は、疾走の勢いをそのまま斬撃にのせてバルムンクを振るう。

 その一撃は膂力に任せただけの英霊からすれば稚拙な剣であったが、隔絶した肉体のスペックが威力と速度が技量を補った。

 海苔緒はジークフリートの身体能力を、セイバークラスを越えた域まで再現していたが……逆にジークフリートの持つ戦闘経験の読み込みに関しては上手く噛み合っていない。

 原因は海苔緒の精神(こころ)を形作る魂の蓄積だ。

 未来の自分の経験を上乗せした衛宮士郎や、英霊の経験蓄積を受け入れる無色の下地があったホムンクルスのジークとは違い――海苔緒はジークフリートの経験を上手く自身の魂に重ねることが出来ない。

 結果――ジークフリートの肉体は再現出来ても、彼が修めていた剣技の模倣に関しては良くて三割程度の域。つまり不出来な物真似に他ならなかった。

 

 ――故に海苔緒は肉体のスペックで、ランスロットを凌駕する道を選んだ。

 

 音速を超える斬撃(ギロチン)――されどランスロットは上体を逸らし紙一重で回避する。

 それはひとえに、ランスロットの持つ無窮の武錬と精霊の加護が相乗効果を発揮した結果である……さもなければランスロットの首と胴は確実に分断されていたであろう。

 大剣が空を切ったことにより生ずる一部の隙を見逃さず、回避に成功したランスロットはそのまま海苔緒の背中へと滑り込むと、褐色の肌に残る唯一無防備な菩提樹の葉跡を狙おうとし……不意に蹴りが直撃した。

 放たれたのは、ノーモーションのケンカキック。

 

「さっきの…………お返しだぁぁぁぁぁッ!!」

「■■■rrrr――ッ!?」

 

 大地を踏み砕く威力が込められた一撃は、ランスロットの胸部甲冑にめり込み……一息の内に数百メートル後方の彼方まで蹴り飛ばした。

 尋常ならざる衝撃がランスロットの全身を揺らし、一隻の艦の残骸へと轟音を伴い衝突する。

 砂埃が周囲に拡散し、遠方の視界を塞ぐが海苔緒は大剣を構えたまま衝突地点を見据え続ける。

 僅かな沈黙の後に響いたのは砲撃の爆音。

 砂埃を掻き消して現れたのは……横倒しになった戦艦の艦砲を乗っ取ったランスロットの姿であり、憎悪に染まった三連砲塔は本来有り得ない角度へと回頭し、海苔緒を捉えていた。

 

「A■■■■thurrr――ッ!!」

 

 放たれたのは十六インチの徹甲弾。重量二千ポンドを超える暴虐が、三連装の砲塔から僅かな時間差で間髪入れずに投射されていく。

 元より戦艦の分厚い装甲板すら貫く巨大な砲弾は、擬似宝具と化したことにより一発一発が地獄に描くに足る威力へと昇華されている。

 並のサーヴァントならば、掠っただけで五体がバラバラになるであろう一撃。

 しかし海苔緒は躱す素振りなど見せず前進した。

 

 筆舌しがたい運動エネルギーを秘めて疾駆する殺意の砲弾の群れ……それを真っ向から大剣で打ち据える。

 

 砲弾と大剣がかち合う毎に猛烈な火花が散り、周囲に破壊の風が狂ったように吹き荒む。大気は絶叫の如き轟音を響かせながら暴威に打ち震えた。

 一部対処しきれなかった砲弾の一部が海苔緒の体に直撃したが、それでも白銀の鎧が砕けただけで褐色の肌には傷一つ付かない。

 衝撃によって生じた砂塵を纏い進撃する海苔緒の姿は、まさしく暴威を運ぶ嵐の化身そのもの。

 縮まっていく距離に合わせ、海苔緒は声を張り上げた。

 

「――剣よ、満たせ!」

 

 呼び掛けに応じ、大剣は解放段階へとシフトする。

大剣の柄に填まった宝玉――そこに保管された神代の魔力が解き放たれ、剣より溢れ出した黄昏色の極光が辺りを煌々と照らし出す。

 そして打ち鳴らされる心臓の鼓動に合わせ、高密度に圧縮された魔力が黄昏色の旋風を織りなし、海苔緒の周辺で巻き起こる砂嵐をさらに苛烈な暴風へと延展させる。

 周囲の兵器は残らず吹き飛び、砂塵が無数の竜巻に巻き上げられたかのよう舞い上がった。

 

幻想大剣(バル)――――天魔失墜(ムンク)ッ!!」」

 

 海苔緒はランスロットへ向け、黄昏色の剣気を纏った大剣を振り下ろす。

 真エーテルが形成する斬撃の波が竜の息吹の如く扇状に放射され、飛来する無数の砲弾ごとランスロットの取り付いた戦艦を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノリ……」

 

 アストルフォは拳を握りしめながら、嗚咽にも似た声を漏らす。

 ランスロットの魔弾が織りなす鉄風雷火すらも寄せ付けぬ海苔緒の姿は、かつてのアストルフォの戦友(とも)であり、聖剣デュランダルの使い手であったシャルルマーニュの聖騎士(パラディン)筆頭――オルランドを彷彿とさせるほどである。

 海苔緒の体より流れ出る魔力はまるで無尽蔵と云わんばかりに、因果線(ライン)を通じて濁流のようにアストルフォへと流れ込んでいた。

 ただ同時にアストルフォは理解する。あの力は見合った代償を支払った故のものであり、海苔緒は己を売り渡すことで奇跡を起こしているのだ、と。

 だがそれでも、海苔緒はランスロットを押し切れずにいる。

 ……実の所、飽和するほどマナの豊富なハルケギニアの地脈という規格外の魔力源を憑代にしているランスロットは、黒化英霊として全ステータスに一段階のマイナス補正を受けながらも最強クラスのサーヴァントとしての水準を保っていた。

 ハルケギニアに根付く地脈の力とは精霊そのものであり、それ故に湖の精に育てられたランスロットにとって、これ以上にないほど体に馴染む。

 具体的な例を挙げるなら――今のランスロットの力は、どこかの平行世界で執り行われた第四次聖杯戦争にて召喚された時と比べて勝るとも劣らない程である。

とはいえ英霊の座から直接ジークフリートの力を得た海苔緒のステータスはその数段上をいくのだが、加えてランスロットには“あのガウェインの全力”を凌いだ経験があった。

 【聖者の数字】により日輪の加護を受けたガウェインはまさに鉄壁であり、故にそういった手合いにどう対処すればいいかもランスロットは熟知している。

 

 ――それにまだ、ランスロットには最強の切り札が残っていた。

 

 アストルフォは“ソレ”が何かを知っている。……海苔緒の知識からではない。アストルフォ自身の生前の記憶に残っている。

 何しろシャルルマーニュ十二勇士の中には、湖の騎士にゆかりのある騎士(・・・・・・・・)が居たのだから。

 

 ――彼の名はオリヴィエ。オルランドの親友であり、十二勇士きっての智将であった騎士。

 

 オリヴィエの愛剣である“無垢なる刃金(オートクレール)”は、高くして清らかなる(ツルギ)と称賛を受け、オルランドのデュランダルにも並ぶと云われた聖剣。

 彼が一度オートクレールを鞘より抜き放てば――打ち倒せぬ敵は無し、と謳われたほどだ。

 シャルルマーニュ十二勇士終焉の地であるロンズヴォー峠の戦いにおいて、敵はオリヴィエにオートクレールを抜かせる(いとま)も与えぬほどに殺到した。

 結果――持っていた槍が棒切れに成り果てるまで戦ってからオートクレールを抜いたオリヴィエは、背後からの槍で致命傷を受けたにも関わらず……夥しい血を流し、両目が見えなくなっても息を引き取るまでは敵を斬り殺し続けたと云われている。

 もしオリヴィエが最初からオートクレールを抜いていたならば、彼だけはロンズヴォー峠の戦いを生き残れたかもしれない。

 アストルフォは、戦友であったオリヴィエから遠い昔に聞いた無垢なる刃金(オートクレール)の逸話を思い出す。

 

『……アストルフォ。我が愛剣オートクレールは、元々私の偉大な先祖であるハンプトンのビーヴィス卿が“湖の騎士”より受け継いだ物であり、かつてはこう呼ばれていました』

 

 アストルフォはその名を呟いた。

 

 ――無毀なる湖光(アロンダイト)、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒化英霊は本来意志を持たない。

 彼等はクラスカードを核とした存在であり、クラスカードとは英霊の座に存在する英雄たちの魂魄(じょうほう)を一度切り刻んでから、必要な部分だけを抽出して組み上げられた魔術礼装である。

 その為、外見や性能は再現されていても肝心な英霊の内面部分は不必要なモノとして意図的にオミットされている。

 だからクラスカードを核にして顕れる英霊とは、中身(こころ)が伽藍堂の傀儡であるのが正しい姿なのだ。

 

 ――しかし何事にも例外は存在する。

 

 例えば……()のウルクの地を治めていた英雄の王。()の王ならば魂を複数に裂かれ、クラスカードの枠に押し込まれようとも自我を失うことなどないだろう。

 例えば……“ヘラの栄光”の名を冠する大英傑。狂乱の座に堕とされ、黒い泥に呑まれようとも最後まで己が矜持を全うしようとした彼ならば、魂を切り刻まれ道具(カード)に貶められた所で、意志が完全に消えることなどありえぬ筈だ。

 そして今回のランスロットも同じく……彼の魂に深く染みついた耐え難い苦悩と慟哭は、たかだが(・・・・)クラスカードに改変された程度では救われなかったのだ。

 黒化英霊と化しながらもランスロットは、未だに狂気を宿し続けている。

 真エーテルの奔流が迫る中……ランスロットは霞んだ思考の中で、壊れかけた映写機(フィルム)が映し出すかのような走馬灯(かこ)に想いを馳せる。

 

 

 ――男の話をしよう。

 

 男はただ、一人の女の救いを求めていた。

 男は騎士で女は王妃。仕える王に、王妃(おんな)の救済を願ったのが悲劇の始まり。

 完璧であると、騎士は王を理解していた。

 完璧であると、男は王に憤った。

 完璧ゆえに女は報われず、完璧ゆえに男は苦悩する。

 騎士と王妃の秤は揺さぶられ、いつしか男と女へと傾いた。

 許されないと騎士は思う。報われないと王妃は思う。

 けれど男と女は止まれない。理想の騎士と王妃など、現実を前にしてはかくも脆く儚い。

 かくしてブリテンの魔女は嘲笑を浮かべ、男と女は理想の王を裏切った。

 

 

 

 狂いながらもランスロットはかつてを想う。

 モードレッドとアグラウェイン等によりギネヴィアとの不貞を暴かれた後……アグラウェインが『元より貴女は王に相応しくなかった』とギネヴィアをなじる光景を目にして、ランスロットは怒りを隠せなかった。

 ……自分が責められるのはいい。王妃(ギネヴィア)と過ちを犯したのは全て自分の弱さが原因であり、王に罰せられるのも当然のことだ。だが全てを知った上で、何故彼女を責めることが出来る!?

 完璧なる王の正体が“理想に殉じる少女”であり、王が背負う宿命があまりにも重いものだと知りながらも寄り添う努力してきた彼女を知っていながら!?

 なにより裏で王妃(ギネヴィア)を脅し続けたアグラウェイン(おまえ)が何故そんな台詞を口に出来るのだ!?

 

 ――だから。

 

『ほざいたな――アグラウェイン!』

 

 それからの顛末は幾つの物語に語られる通りで……志を同じくしたキャメロットの騎士たちを斬殺したことにより、ランスロットの持つ無毀なる湖光(アロンダイト)は聖剣から魔剣へと堕ちたのだった。

 

 

 

 真エーテルで形成された斬撃が五体を両断せんと迫る刹那――ランスロットは腰に下げた剣に手を掛けた。

 これより常時発動していた騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)――二つの宝具が封印される。

 全身を覆っていた幻惑が解除され、海苔緒の蹴りの衝撃で兜が半壊したことにより憎悪で醜悪に歪んだ表情までもが露わとなった。

 鞘から抜刀の瞬間――地脈からの供給により鞘に蓄積されていた膨大な量の魔力がランスロットの無毀なる湖光(アロンダイト)を通して溢れ出す。

 ジークフリートの幻想大剣天魔失墜(バルムンク)は拡散放出型の宝具であり、当然ながら距離と共に威力が減衰する。

 いくら破格の威力を持とうとも、この法則から外れることはなく――結果として極大魔力同士の衝突による猛烈な衝撃の末、聖剣バルムンクの一撃は相殺された。

 衝撃が掻き消えると、ランスロットは虚空へと魔剣を掲げる。

 すると周囲に飛散した神代の魔力(しんエーテル)無毀なる湖光(アロンダイト)へと収束していく。

 真エーテルの吸収。これにより魔剣へと反転していた無毀なる湖光(アロンダイト)は今この時、束の間ながら神造兵装としての機能の一端を取り戻したのだ。

 

 つまりそれは……、

 

 地脈からの供給魔力が凄まじい勢いで消費されていく。通常の魔術師……いや、アインツベルンのホムンクルスでさえ数分と持たない魔力消費。

 それに比例してランスロットのステータスが跳ね上がった。

 さらに魔力消費を倍加させ、ランスロットは己の後方へ向けて魔力の濁流を噴射させた。――それは非効率も甚だしい擬似的な魔力放出。

 地上を駆ける黒い彗星が如く――ランスロットは海苔緒に向かって疾駆する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖剣と魔剣が一合交錯する度に大地は砕け、大気は震え、燦爛(さんらん)たる魔力(ほのう)が周囲に咲き乱れる。人知を超えた暴力の応酬。

 発生した衝撃波に中てられて、辺り一帯の物体が悉く破壊されていった。

 二人の闘争はまさしく神話の再現にして地獄の具現。

 スペックで勝るのは未だジークフリートと化した海苔緒であり、それを技術で覆すのが無毀なる湖光(アロンダイト)を握ったランスロット。

 形勢は逆転し、今度はランスロットが徐々に圧している。

 竜殺しの属性を持ったアロンダイトは正面から悪竜の血鎧を切り裂いていく。海苔緒は既に全身から夥しい量の血を流していた。

 対してランスロットは鎧に無数の破損がありながらも、生身の体は未だ軽傷で済んでいる。

 正直な所、両者の力は拮抗していた。ではなぜランスロットが圧しているのか?

 答えは無毀なる湖光(アロンダイト)の能力にあった。

 

 ――ST判定の成功率の倍加。

 

 簡単に説明すれば――宝具等の通常では防ぐことは出来ない特殊な攻撃の発動に際し、 アロダイトは通常の倍の確率でそれ等を凌ぐことを可能とする。

 例えば()の騎士王の聖剣エクスカリバーが放たれ、それをランスロットが本来四割の確率で防げるなら、アロダイトはさらに八割の確率まで防御や回避の可能性を押し上げる。

 現在の聖剣バルムンクは湯水の如く魔力が供給され続け、半解放に近い状態で振るわれているため、呼応したアロンダイトの能力がランスロットに適応される。

 最初にバルムンクの一撃を相殺出来たのもこの効果があってこそ。

 加えて【精霊の加護:Rank A】とステータスアップ。

 これらが相乗効果を生み、ランスロットは不自然(・・・)とも云える頻度で致命傷となる攻撃を防ぎ続けていた訳だ。

 一方、満身創痍となった海苔緒は動きに隙が生じていく。

 海苔緒に踏み込みが鈍ったのを肌で感じたランスロットは、タイミングを合わせてアロンダイトを捻るように差し込み、バルムンクを巻き上げた。

 大きく仰け反る海苔緒。……そして準備は整った。

 ここきてランスロットは、無毀なる湖光(アロンダイト)の真価を発揮する。

 

 ――魔剣の刀身が光り輝く。

 

 それは盟友たちを斬り、その血で染まったことで失った筈の光。神造兵装としての真なる機能の一端。

 騎士王の持つ聖剣の光が『苛烈にして清浄なる赫耀』に例えられるならば……この魔剣が放つ輝きは『高潔にして清廉なる玲瓏』であり、まるで夜の湖面に映る月の光のよう。

 光を放出するだけの出力は持たなかったが、それでも真エーテルを取り込んだことでアロンダイトの刀身に数秒間纏わせるだけなら十分可能であった。

 

「――真・無■■る湖■」

 

 獣のような唸り声と共にランスロットの光り輝く魔剣が鋭く振り下ろされ、大剣を握る海苔緒の右腕を纏う竜鱗ごと斬り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激痛と共に意識が点滅する。海苔緒の再生能力はアロンダイトの有する竜殺しの権能によって鈍化し、ダメージの蓄積により肉体は限界寸前。加えて右腕が根本から欠落した。

 なにより肉体だけでなく精神の崩壊が顕著だ。記憶の大幅な喪失により、もはや海苔緒は自分が誰からすら見失いかけている。

 だがそれでも……戦うべき理由と守るべき者の存在だけは胸に残り続けていた。

 

(このままじゃ勝てねぇ。まだ足りないのか……捧げられるものは残らず捧げた。それでも届かねぇのか?)

 

 視界に映るのは、右手を失った己に追撃を掛けようとする騎士の姿。

 目の前のソレはどんな名をしていてどんな素性の騎士であったか、今となっては海苔緒には分からない。

 けれど眼前の騎士が、己が全霊を掛けてでも打倒しなければならない敵だということは覚えている。……例えどんな手を使おうとも、だ。

 

(いや……まだだ。まだ賭けられるものが――あった)

 

 海苔緒の瞼の裏に映るのは、大きく咢を開いた悪竜の相貌。それが意味するのは、座のジークフリートから与えられた最凶宝具の使用解禁。さらなる代償を伴う強化である。

 海苔緒は悪竜の呑み込まれる自分の姿を幻視し……、

 

(いいぜ、どうせ残りカスみたいな魂だ。欲しけりゃ全部くれてやる。――だから)

 

 嗤ってみせた。

 

(――だから代わりに、ありったけの力を寄越しやがれぇぇッ!!)

 

 

 

 突如として海苔緒の流す血が妖しい輝きを放ち、流血に染まり半壊していた白銀の甲冑が復元される。

 ――いや、復元というのは正しくない。その形状は明らかに元の甲冑とは異なっていたのだから。

 新生した鎧は白銀からドス黒い血色に染まり、鋭利で禍々しい――まるで竜の外見を象ったかのような形に変わっていた。

 大きく開いた胸元と背中以外は再生した甲冑により全身隈なく覆われ、頭を包み込んだ兜は悪竜の頭部のような意匠を形成する。

 海苔緒が残った左腕で拾い上げるのは……右腕と共に数メートル先に飛ばされたバルムンクではなく、砂に埋もれていた朽ちかけの剣。

 振り下ろされるランスロットのアロダイトと振り上げた海苔緒の剣が交錯する。

 結末は目に見えている。魔剣は朽ちかけた剣を打ち砕き、海苔緒を袈裟切りにするだろう。

 

 ……けれど、

 

 刃金と刃金が噛み合った瞬間、剣が大きく弾かれる。

 仰け反ったのはランスロットの方だった。

 

「■■■■――ッ!?」

 

 海苔緒の手に握られた剣は、海苔緒自身の流血に濡れたことで全く別物に変幻していた。

 朽ちかけていた筈の剣は鎧と半ば同化し、禍々しい輝きを湛えた魔剣へと生まれ変わっていたのだ。

 

 ――鮮血開放・悪竜形成(ブレーカー・ファヴニール)

 

 それは悪竜の鮮血を浴びたことにより自らも悪竜の権能を得るに至ったジークフリートの逸話の過大解釈。流した鮮血に染まった物体を己が肉体の一部に同化することで宝具へと昇華し、血を流すたびに自らを悪竜へと近づける対人宝具。

 つまりそれは力を得る代償として、その身を悪竜へと蝕まれていく祝福(のろい)に他ならない。

 だがそれでも海苔緒は構わなかった。たった一つの(とも)を除いて、失うモノなどもう何一つないのだから。

 代償はたちまちに支払われる。宝具発動の直後から加速度的に記憶が消滅していき、人格には致命的な破綻が生じた。

 

「あ、ガッ――!?」

 

 ――認識に無数の亀裂が奔る。自分を示す記憶(しるべ)は跡形もなく虚無(こんげん)の彼方へ消え去り、もはや自分が何者かすらも分からない。

 そんな名も失った己を突き動かすのは、悪竜としての本能だった。

 

「Aaaarrrrrrrrrrrr――――ッ!!」

 

 けたたましい咆哮と共に■■■は願望器としての力を行使し、セイバーのクラスカードを核として失われた右腕を再構成する。

 しかしそれは飽くまでも霊体で編みこまれた義手に過ぎず、自らの右手の再生を意味しない。右手を構成していた魂魄(じょうほう)は、アロンダイトの一撃により■■■の肉体から完全に剥離してしまっていた。

 それでも剣を握るのに差し支えはない。

 ■■■が左手の剣を振るうと鮮血開放・悪竜形成(ブレーカー・ファヴニール)の効果によって……まるで竜の尾の如く伸縮し、数メートル先のバルムンクに巻き付き手元に引き寄せた。

 そして右手にバルムンクを握りこむと、二刀の剣をもってランスロットに猛攻を仕掛ける。

 

 二撃、四撃、六撃、八撃――、

 

 幾つもの残像を置き去りにして奔る剣の稲妻。ランスロットをそれすら凌ぐが、構わないと云わんばかりに剣戟を振るうたび速度は更に上昇していく。際限なくアクセルを踏み込んでいく感覚に合わせ、肉体がマグマのように煮え立つ。

 魔力の過剰供給(オーバーブースト)による限界を超越した肉体の駆動。代わりに骨という骨が軋み、肉と肉が断裂していくが、悪竜の因子は破損個所を直ぐに補填(・・)していった。

 それでも動かないというなら竜鱗の裏側から生えた無数の刃が■■■の肉と骨を貫き補強することで無理矢理に可動させる。

 崩壊に近づく肉体とそれを押し留めようと全身を貫く激痛に、■■■は獣のような叫びを上げた。

 

「■■■■arrrrrrrrr――ッ!!」

 

 ブレーキはとうの昔に壊れている。心は既に空っぽだ。――後は破滅(おわり)へと向かって疾走するのみ。

 そしてランスロットも同じく……限界に近づいていた。■■■の強化に合わせて魔力消費を増大させ、アロンダイトによるステータスアップ効果を引き上げてきたが、とうとう肉体がついていかなくなっていた。

 ――つまりはチキンレース。どちらが相手を打倒するかのではなく、どちらが先に自壊するかのデッドヒート。

 故にこれは既に外敵との勝負ではなく、自身を賭ける戦いへと変わっていた。

 

 ――斬る、削る、叩く、穿つ。

 

 動作の一つ一つが渾身であり、それに応じる動きもまた全霊。――失速は即ち死を意味する。

 一刀が旋風を生み、一撃が瀑布を描き出す。聖剣と魔剣が切り結ばれるごとに所有者たちの躰は破損し、心は摩耗していく。

 未だに拮抗を続ける二人は、まるでその身を削り合う歯車のように噛み合っていた。

 狂える二人を支えているのは、獣となってなおも残り続けた想いの欠片であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狂乱の檻に囚われながらも、ランスロットはおぼろげに摩耗した過去を想う。

 

 ――守りたい(トモ)が居て、救いたい女性(ヒト)が居た。

 

 王と皆のための騎士で在りたかった。

 一人の女性を守る男で在りたかった。

 そんな矛盾の果てに己はどんな結末を辿ったのか、心が擦り減ったランスロットにはもう思い出すことが出来ない。

 ひたすらに憤怒と憎悪が胸の内に渦巻いている。

 一体自分は何を憤っていたか? 何に絶望していたのか? それすらも今は遠く……ただただ己の内に溢れる衝動に任せ、その意味すら忘れて名前を口にする。

 

 

 

 半ば邪竜と化した■■■は衝動に身を任せ、剣を振るった。

 邪竜の衝動とは……すなわち宝を守ること。洞窟にて多くの黄金を抱え込んだことから邪竜は抱きしめるモノ(ファヴニール)という名が与えられていた。

 ならば■■■にとっての宝とは何だ? ……答えは決まっている。

 声が聞こえた。遠くから何かを呼びかける叫びを、■■■は壊れかけた認識の片隅で感じていた。

 その声が聞こえる度に、限界を迎えた筈の■■■の躰に力が戻る、力が滾っていく。

 壊れかけた体が徐々に熱を失っていくのに対し、胸の内側から何か熱いものが込み上げてくる。

 空っぽになった■■■には、ソレが何なのか理解出来ない。けれどそれでもソレが大切な宝物であったことは本能で分かっていた。

 

『もういい! もうたくさんだ!! なんでそんなになるまで戦い続けるんだよ!? これ以上続けたらノリが居なくなっちゃう! だからお願い、やめてくれ……ノリィィィィッィィィ――――ッ!!』

 

 彼方から悲痛な叫びが聞こえる。

 それはもう名前も思い出せない誰かの声。

 思い出せないのに、■■■は名前を呼んだ。

 

 

「Aaarr――あ、ああ、あす………アストルフォォォォォォォォッォォッ!!」

「アァァァァサァァァァァァァ――ッ!!」

 

 

 雄叫びと共に全力の剣と剣がぶつかり合い、激突の衝撃で躰を軋ませながら■■■とランスロットは後ろに吹き飛ばされる。

 

 ――――もうこれ以上は肉体がもたない。後僅か数度の交錯で、躰は硝子の如く砕け散ってしまう。

 

 そう判断した両者は、肉体強化に回していた魔力(リソース)すらもカットし、残る全魔力を両手に握った聖剣/魔剣へと込めていく。

 魔剣無毀なる湖光(アロンダイト)は吸収した真・エーテルの放出に加え、ランスロット自身の現界に必要となる最低限の魔力すらも残さず剣へと注ぎ込むことで、ただ一度きりの奇跡を起こしていた。

 対して聖剣幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)はその担い手が悪竜の因子に汚染されたことで、真エーテルの輝きは黄昏色から暗く淀んだ暗色へと変化を遂げていった。

 こうして聖剣は魔剣へ、魔剣は聖剣へとその属性を反転させる。

 光の暴風が双方の刀身より迸る。放たれた極光は空間そのものを焼き尽くすかの如き勢いで伝播し、広がる衝撃は周囲一体の物質を原子の塵へと悉く分解していく。

 開放しただけでこの有様だ。

 

「“幻想大剣(バル)――――――”」「“真・無毀なる(アロン)――――――”」

 

 だというのに、二人は僅か数歩と離れていない超至近距離で同時に臨界に達した宝具を撃ち放った。

 

「“天魔失墜(ムンク)――――――!”」「“湖光(ダイト)――――――!”」

 

 ――瞬間、世界から音が消失した。閉鎖された空間全体が閃光と熱波に包まれた。凄まじい熱量の衝突に空間そのものが軋みを上げている。

 爆心地では二つの光の柱がせめぎ合い……やがて十数秒間の攻防の果てに消失した。

 光の中から見えてきたのは……剣を振り下ろした姿で静止する海苔緒と、胴体を深く袈裟切りにされたランスロットの姿。

 

「ア、アァァ、サァ…………」

 

 両者の体から光が飛散する。虚空へと手を伸ばすランスロットは霊子に分解されて消滅し、海苔緒は自身の姿へと戻っていく。

 但し、その右手だけはまるでそれが海苔緒自身のモノでないと証明するかのように、肩の付け根から肌の色が異なっていた。

 ランスロットの消滅と宝具同士のぶつかり合いにより、空間から安定が失われる。じきにこの空間は消滅し、海苔緒たちは元居た場所に自然と復帰するだろう。

 

「ノリ――!」

 

 上空より降りてきたアストルフォは慌てて海苔緒に近づく。しかし……、

 

「ノリ?」

 

 アストルフォの呼びかけに対し、海苔緒は全く応じる様子を見せない。それどころか彫像のように硬直したままだ。

 震えるアストルフォの手が海苔緒の肩に添えられる。

 すると糸の切れた人形よろしく海苔緒は地面へと倒れこむ。

 

「……え?」

 

 最悪の予感がアストルフォの胸を過った。砂の中に沈みこんだ海苔緒の瞳は一切の光りを宿してはいない。駆け寄ったアストルフォが必死に肩を揺するが、それでも海苔緒は反応しなかった。

 

「嘘だよね…………ノリ?」

 

 答えは返ってこない。

 記憶の完全喪失。記憶という精神の支柱を失った海苔緒の意識は、意味を持たない無数の断片へと分解されていた。

 死に様々定義はあるが、心の死をその人物の終わりと数えるなら……紫竹海苔緒という人格(にんげん)は間違いなく一度死を迎えたと云っていいだろう。

 




次回でゼロ魔編を終了し、そのさらに次の話よりついにゲート編突入です。
今年も何とか盆の休みが頂けたので次回はなるべく早く投稿する?予定です。

後、ネタバレになりますが……次回で海苔緒は復活します。なのでどうぞご安心(?)ください。



では、


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第四十一話「柔らかな雲のかけら。そしていつか月の向こう側へ」

遅くなって申し訳ありません……ORZ

今回も話の長さが普通の倍ほどになってしまい、投稿が遅れました。

後、グランドオーダーですがローマ編までクリアしました。

次のシナリオとキャラの追加が待ち遠しいです。

ゴールデン、はよ!!


 ランスロットと海苔緒の対決から五日後――ド・オルニエール領、サイトの屋敷にて。

 

 

 

 ケイローンとアストルフォは館の廊下を重い足取りで進んでいく。心なしか両名の面持ちにも暗い影が宿っているように見えた。

 目的の部屋の前に辿り着くと、前を歩いていたケイローンが扉をノックした。

 

「……はい、どうぞ」

 

 聞こえてきた返事は、日本の外務職員としてハルケギニアに滞在している御門千早のものだった。

 加えてだがその声の後ろに、もう一人の誰かの話し声が聞こえてくる。

 静かに扉を開けると……千早と一人の少女の姿が見える。どうやら千早はこの部屋で少女の相手をしていたようだ。

 少女の年齢は六歳前後だろうか? 黒髪と黒い瞳をした少女で、何故だか右手の肌(・・・・)だけが日焼けしたかのように浅さ黒くなっている。

 その黒い瞳は時折赤い輝きを宿しているかのようにみえた。

 

「こんにちは、リノちゃん(・・・・・)

 

 アストルフォがにこやかな微笑みで挨拶をすると、少女も無邪気に笑って元気よく挨拶を返す。

 

「こんにちは、アストルフォおねぇちゃん!!」

「――おねぇちゃん? 違う、違う。ボクは女の子じゃなくてオトコノコだから……オ・ト・コ・ノ・コ」

 

 アストルフォの発言に、リノと呼ばれる少女は可愛らしい仕草で小首を傾げてから……、

 

「うん、わかった! アストルフォおねぇちゃんはオトコノコなんだね。リノ、おぼえたよ……アストルフォおねぇちゃん!」

 

 明らかに理解していない様子だったが、アストルフォは苦笑を浮かべるだけでそれ以上の訂正はしなかった。代わりに今度はケイローンが少女に話しかける。

 

「どうも、こんにちは」

 

 ケイローンらしい優しい笑みと声。けれど何故だか少女は俯きながら後退し、千早の足を掴んで足元の後ろに隠れてしまった。

 そして少女はちょこんと顔を覗かせて。不安げな様子で口を開く。

 

「おじさん……おいしゃさんなんでしょ? リノはおちゅうしゃきらいだよ。だって、いたいもん!」

 

 ケイローンは困ったような笑みを浮かべると、千早やアストルフォに目配せをしてから視線を少女へと戻す。

 

「大丈夫ですよ。注射も痛いこともしませんから。この前と同じで病気になっていないか、少し調べるだけです。……ですよね、お二人とも?」

 

 すると千早とアストルフォは少女に対して笑顔を浮かべてみせ、『大丈夫』と説得する。

 少女はしばらく『う~~ん』と悩むように唸った後……、

 

「……わかった。でもほんとにおちゅうしゃはやだからね! ウソついちゃやだよ!」

「はい、分かっています。では、そこの椅子に座って下さい。少し診察しますので」

 

 ケイローンが椅子を指さすと、少女はとてとてと走って椅子へと座った。

 もう一つ椅子を部屋の隅から持ってきたケイローンが向かい合うように着席し、診察が始まる。

 少女がドレス(ルイズが幼い頃に着ていた物のお下がり)を肌蹴ると……下着姿と共に見えたのは胸元の刻印。

 深いエメラルドの輝きを放つソレは、ジークフリートの胸元に刻まれていたモノであり、さらに遡れば邪竜ファヴニールの胸部に存在していた竜種の証。

 少女の胸元で妖しく輝くソレは竜の因子をその身に宿したことの――ある種の証明だった。

 しばらくの診察の後……、

 

「――はい、これで終わりです。もう服を着てもらって構いませんよ」

「どうだった? リノ、びょうきじゃない? どこもわるいところなかった?」

「大丈夫、問題ありませんよ。いたって健康です」

 

 ケイローンの言葉に少女は『良かった~~』と顔をほころばせた。

 

「それでは僕たちは少し用事があるので部屋を離れますので。アストルフォさん、しばらくの間、リノちゃんのことをよろしくお願いします」

「うん、任せて」

 

 そう云って千早はケイローンを伴い、部屋を出ようとした。

 だが……、

 

「そういえば、チハヤおにいちゃん。リノのママは、いつリノのことをむかえ(・・・)にきてくれるの?」

 

 一瞬部屋の空気が凍りついた。

 幸いにも口にした少女本人は雰囲気の変化に気付くことはなかったが、ドアの方を向いていた千早は再び振り向くのに数秒の時間を要した。

 作り物の笑顔などと全く分からない表情の仮面を被った千早は、優しく諭すように少女へと語る。

 

「ごめんね。リノちゃんのお母さんが迎えに来てくれるまで、もう少し掛かるみたいだから。それまでいい子で待っていてくれるかな?」

「わかった! リノ、いいコにしなさいってママにいわれてくるから、ここでおとなしくまってるね!!」

「……ありがとう、リノちゃん」

 

 そうして今度こそ、千早とケイローンは部屋を出た。

 しばらく歩いて……部屋との距離が空いた所で二人は作っていた笑みを崩し、深刻な表情を表へと出す。

 

「――どうでした、海苔緒(・・・)君の容体の経過は?」

 

 千早が切り出すとケイローンは一呼吸置いてから口を開く。おそらくは気持ちを切り替え、冷静に話すためだろう。

 実は……アストルフォが海苔緒やファーティマを連れて元の空間に復帰してからしばらくして、海苔緒の姿が切り替わってあの少女が現れたのだった。

 故に姿形は変わっていてもあの少女は海苔緒で間違いなかった。……厳密に云えば少し違うのだが。

 

「前回の診察の時と同じく、肉体的には問題ありませんでした。あの状態……半英霊(デミ・サーヴァント)とでも云うべきか。奇跡――というよりは彼女の御蔭でしょうね」

「彼女?」

「リノちゃんのことです。彼女の存在があるから、ノリオはまだ残骸となった精神をあの体に繋ぎ止めていられる」

「……つまり二重人格と?」

「いえ、二つの人格が一つの肉体の宿っているのではなく――二つの魂が一つの体に収まっているというのが正しい。――“両儀”を司る器。根源に繋がったからそうなったのか、それとも元からそうであったから“『』”に接続したのか……」

 

 自問するケイローンだが、答えは出ない。判断材料としての情報が圧倒的に不足しているためだ。

 ふと横を向くと、千早も難しい顔をして考え込んでいる様子であった。

 ケイローンが最後に口にした言葉は独白に近かったため、千早には上手く内容が理解出来なかったのだろう。

 ケイローンは千早が聡い人間だと理解しているが、飽くまで彼は一般人。魔術の知識等持ちあわせている筈もない。

 自分の中の情報を整理する意味を兼ねて、ケイローンは千早に解説をすることにした。

 

「チハヤ殿は、何故双子がそっくりに生まれることが知っていますか?」

 

 問いを投げられた千早はすぐにケイローンが問題にしているのが、遺伝子が云々といった科学的知識でないことを察して首を振る。

 ケイローンはそれを確認してから説明を続ける。

 

「双子の中には一つの魂が二つに分かたれ、生まれてくる者たちが居るのです。一卵性双生児と、今の時代ではそう呼ばれているそうですね。そんな方々の中にはごく稀に、肉体を分かたれながらも魂が繋がったまま生まれてくる者たちが現れることがあります。彼らは一つの魂を二つの躰で共有し、容姿だけではなく趣味趣向までが相似する。そして時に感情や感覚すらも共有することがある。チハヤ殿もそういった事例をご存じなのでは?」

 

 千早は『……確かに』と、テレビや本でそういった出来事があると見聞きした記憶を思い返す。

 加えて何より、千早自身にもかつて双子の姉が居たこと(・・・・)があったので、ケイローンの言葉には自然と納得していた。

 

「リノちゃんとノリオの場合はその逆です。二つの魂が一つの肉体を共有し、肉体を介して繋がっている。ノリオの外見が性別や年齢と釣り合わなかったのは彼女の魂と繋がっていた影響でしょう。逆に今の彼女の右手と胸に表れている刻印は、ノリオの魂がまだ彼女と繋がっている証明でもある」

 

 ケイローンは記憶の消滅により海苔緒の意識が形骸化したことで、眠っていた彼女が表に出てきたのではないか、と予想していた。

 

「しかし彼女の見た目が六歳の時のままなのは何故なんですか? 海苔緒君が心の病んでしまった母親によって、保護されるまで『リノ』という名前の女の子(・・・)として育てられていたことは資料で拝見しましたが……」

 

 そう、海苔緒の母親は海苔緒を男ではなく“リノ”と呼ばれる少女として育てた。

愛する夫に捨てられたことより母親は、子供に対する愛情(こうてい)憎悪(ひてい)の葛藤の果てに――破綻した。

 故に壊れた彼女は、自分の子供を否定しながらも愛する道を選んだのだ。

 

 ――自分の生んだ子は“男の子”なんかじゃない! 

 ――自分の生んだ子は“銀色の髪”なんかしていない! 

 

 しかし現実として子供の性別は男であり、その容姿は母親からかけ離れた外人じみたものであった。いくら髪を染め、服装を取り繕った所でその本質が変わることはない。

 だから海苔緒の母親は現実を思い出す度に発狂し、幼い子供に対して八つ当たりに近い虐待を行った。

 あの“リノ”と呼ばれる少女は、海苔緒の人格が表に出る以前の母親と共に生活していく中で形成された人格なのだ。

 心の病んだ母親(・・・・・・・)という単語を口にした瞬間、千早の中で様々な感情が渦巻いた。それが、千早が海苔緒と自身を重ねていた理由でもある。

 

(僕は母と和解出来た。父の云い分には納得は出来なくとも、多少の理解は出来た。けれど彼の場合は……)

 

 海苔緒の母親は未だ心を病んだまま病院で療養しており……そして海苔緒の父は既にこの世に居ない。

 海苔緒自身も知らぬことであったらしいが、彼の父は離婚から数か月後、冷静に考えた末……別れた妻と再度話し合うことを決意したそうだ。

 だが海苔緒の父親は、話し合いをするために海苔緒たちの元へ向かう道中で事故に巻き込まれて呆気なく死亡。和解への道は永久に閉ざされてしまった。

 政府の調査(銀座事件直後に行われたもの)の結果――どうやらこの事故が、情緒不安定になっていた母親の精神にトドメを刺したらしい。

 

「しかし年齢に加えて、髪や目の色――あまつさえ本来の性別まで異なっているのは?」

「それこそが彼女の能力であると私は思っています。……ずっと思い違いをしていた。願望器としての機能を有しているノリオだと私は思っていました。その実、本当に願望器としての機能を支配していたのは彼女だったのでしょう。肉体を共有するノリオはただそれを借り受けていたに過ぎない。あの姿はあの子が望んだ……いえ、望まれたカタチをとっているに過ぎない」

 

 黒い髪や目に性別の女性化は、母親にずっと望まれていた容姿を叶えた結果であった。

 そして年齢が十数年前と変わっていないのは……おそらく母親から引き離された少女が停滞を望んだ結果なのだろう。

 

「あの子……リノちゃんに本当のことを教えるというのは?」

「やめておいた方がいいと思います。あの子は無色の願望器に極めて近い存在。もし万が一に現実を知り、彼女が現実そのものを否定した場合は何が起こるか予想もつきません。最悪、世界が崩壊する引き金となる可能性すらも私は否定出来できません」

「世界が崩壊……ですか?」

 

 冗談のように思えるが、深刻な表情を浮かべるケイローンを見た千早には、事実であることが強く伝わってくる。

 何でも願いを叶える万能の杯など――それこそ御伽噺の中だけのことだと思っていた千早だが、複数の異世界の実在や銀座での一件を考えれば、そうおかしい話でもないかもしれないと思えてきた。

 

「現状では彼女を隔離する以外の対処法はないでしょう。一刻も早くノリオの意識を目覚めさせることで彼女を再び眠りつけなければ」

 

 その方法が残酷であり、根本的な解決にならないことはケイローンも十分理解していたが、彼女の力の危険性を考慮すればこうする他なかった。

 

「けれど、海苔緒君の意識を回復させるのは本当に可能なのですか?」

「記憶が一部でも戻れば、意識が再構成する可能性はまだ充分に残されている筈です。私も色々と方法を考えてはいます。しかし……」

 

 少女に関する考察をふまえ、ケイローンの中である疑念が新たに浮かんできた。

 

(ノリオの能力はおそらく願望器の力によって得たものですが、いささか戦闘に関しての技能に偏っていたのは一体何故? ただの偶然? それとも誰かが物語(すじがき)を書いて――何らの能力でノリオの力に方向性を与えている? そもそも願望器としての機能を覚醒させた要因は一体……)

 

 賢者と呼ばれた英知を駆使し、仮説を組み上げようとするケイローン。だがその思考は千早の呼びかけによって途中で遮られた。

 

「どうしました、ケイローンさん? 何か考え事でも……」

「――いえ、なんでもありません。それよりノリオやリノちゃんと彼等(ふたり)の母親に関する当時の情報を集めてもらっている件はどうなりましたか?」

「はい、それは既に政府(うえ)に話を通してすぐさま開始して貰っています。――そう云えば」

 

 千早は思い出したように、

 

「リノちゃん――いえ海苔緒君の母親の旧姓ですが……どうやら“さかづき”というそうです」

「さかづき……(さかずき)、ですか」

 

 ケイローンはその苗字に、どこか作為めいたナニカを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃――アストルフォはリノのお守をしていた。……とは云っても今の所はクレヨンで絵を描くリノの後ろ姿を見守っているだけである。

 アストルフォも海苔緒の記憶を所持しているだけにリノの存在は知っていたが、まさか海苔緒と独立した存在だったとは知らなかった。まぁ、海苔緒当人すら気付いていなかったのだから当然と云えば当然なのだが。

 

「何を描いているの?」

 

 覗いてみると、白い画用紙には大きな黄色の月とそこへ向かっているらしき赤い馬が描かれていた。

 その馬には二人の人間が跨っており、アストルフォが予想するに一人は多分少女自身である。

 尋ねるとリノはアストルフォの方を向いて、笑顔で答える。

 

「このエはね……リノがツキへつれていってもらうエなの」

「月へ?」

「うん。そうだよ、アストルフォおねぇちゃん! まえにママにおしえてもらったんだ。とってもムカシにね、トモダチのココロをツキまでとりにいったヒトがいたんだって! それで、そのヒトのトモダチのなまえはね――ローランっていうの」

「……え」

 

 予想だにしない所で己の友人の名前が出て、アストルフォは目を見開いた。

 しかしリノはそんなアストルフォの様子になど気づかず、話を続けた。

 

「リノのママはね……ときどきおかしくなっちゃうの。けどね、それはママがこころをなくしちゃうからだとおもうから……リノもそのヒトにたのんでツキにつれていってもらうんだ! それでねそれでね、リノがママのココロをとってきてあげるの」

 

 夢を自慢するように、誇らしそうに語るリノ。

 今までアストルフォは海苔緒に召喚されたのは偶然と考えていた……けれど本当は、必然だったのでは、と思えてきた。

 

「そうなんだ。リノちゃんは月に行った人の名前、分かるかな?」

「それがね、リノ……そのヒトのなまえ、わすれちゃったの。どうしても、おもいだせないの? ――アストルフォおねぇちゃんはそのヒトのおなまえ、しってる?」

 

 無垢な瞳を向けられたアストルフォは少しの沈黙の後……、

 

「…………ごめんね、ボクじゃ分からないや。でもきっとリノちゃんは月に行けると思うよ。約束する」

「ほんとう!?」

「うん、だから約束しようか?」

 

 アストルフォは片手の小指を差し出すが、リノは笑顔のままかぶりを振った。

 

「だいじょうぶだよ! だってリノ、もうオトモダチと約束したから!!」

「友達と……約束?」

「うん、そうだよ! あおいかみのおとこのこなの。そのオトモダチがね、リノがツキにいけるように、リノだけのものがたり(・・・・・)をかいてくれるってヤクソクしてくれたんだ!」

「物語?」

 

 要領を得ない話であったが、アストルフォはその話がどうにも気になった。青い髪の男の子というのも、非常に怪しい存在だ。

 

「そのお友達って、なんて名前なの?」

「う~んとね…………あれ? リノあのコのおなまえ、わすちゃった? ……でもね、とってもたいせつなオトモダチなんだよ」

 

 今までで一番の可憐な笑顔を見せて、リノは云った。

 

 ――だって、ハジメテできたリノのオトモダチだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――くそ!」

 

 屋敷の書斎では、才人が苛立った様子で壁にドンと手を打ちつけていた。

 

「落ち着いてください、サイトさん!」

 

 シエスタが慌てて駆け寄り、数秒遅れてティファニアも才人を止めに入った。ルイズはこの場に居ない。

 虚無の魔法を使って、鉄血団結党への抗議のためにネフテス国に戻っていたビダーシャルを屋敷に連れて来る手筈となっているからだ。

 もしもルイズがこの場に居たなら、引っぱたいてでも才人を止めただろう。

 シエスタとティファニアが才人の体を抱きしめるように押さえると、才人はしぶしぶながらも動きを止める。

 しかしいつもなら彼女たちと身体的接触があれば頬を緩める彼が、厳しい表情を変えることはなかった。

 

「これが落ち着いていられるかよ! 俺があの夜に海苔緒の様子がおかしかったことに気付いていれば……」

「気づいていればどうにかなった……って云いたい訳?」

 

 口を挟んだのは、屋敷に滞在しているキュルケだった。その隣にはタバサやイルククゥの姿もある。

 

「それはちょっと傲慢だと思うわよ、サイト。それにミスタ・シタケを無茶苦茶みたいに云うけれど……七万の軍に単騎で突っ込んだ貴方が云えた義理かしら」

「う! それは……」

 

 その後もキュルケは嫌味を重ねて、才人の苛立ちをたしなめるのだった。その内心では……、

 

(サイトしかり、ジャンしかり、ミスタ・シタケしかり。男の人って何でこうも無茶をしたがるのかしら? まぁ、そこがいいのだけれど……)

 

 そう思ってから、キュルケは視線を隣のタバサへとずらす。心なしかキュルケには、タバサの元気がないような様子に見えた。

 その原因もキュルケは分かっている。海苔緒の生い立ちに関して聞いてしまったからだ。

 

(心の病んだ母親、ね。世界が変わってもそういう事は変わらないのだから――ほんと嫌になる話だわ)

 

 隣で聞いていたキュルケにも海苔緒とタバサの話が重なったのだか、当人であるタバサもそう感じたのだろう。

 最近までエルフの薬で心を壊されていた母を見てきたタバサにとって、海苔緒の話はとても他人事には聞こえなかったようで、見事にトラウマが蘇ったらしい。

 昨日の夜など『……一緒に寝てほしい』と、夜中キュルケの泊まっていた部屋にタバサが訪れたほどだ。

 あまりに弱り切った様子のタバサに、キュルケは『そういうことはサイトに云ってやりなさい』といった軽口も返せなかった。

 それからしばらくしてことだった。ルイズがビダーシャルを伴い、帰ってきたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 書斎には才人たち、ルイズにビダーシャル、加えてケイローンと千早の姿もある。

 最初に話題に上がったのは、鉄血団結党の代表であるエスマーイルへの責任追及がどうなったかという話だった。

 ビダーシャルは皆の前で頭を下げた。

 

「申し訳ない。エスマーイルに対する責任追及は躱されてしまった。奴はファーティマをスケープゴートとすることで非難を逸らしたのだ。気付くのが遅かった……元々そのためにエスマーイルは手元にファーティマを置いたのだと」

「どういうこと、それ?」

 

 ルイズが目を鋭くして尋ねると、ビダーシャルはエスマーイルに心底呆れ果てたと云わんばかりの表情で語りだした。

 

「ファーティマの一族は、シャジャル……ティファニアの母の一件で負い目を負っている。故に一族の誰かが問題を起こせば通常の何倍も非難が一族に向かって集中する。それをエスマーイルは逆手に取ったのだ。エスマーイルにとってシャジャルは……自分への非難の矛先を逸らす道具でしかなかった」

 

 つまり蜥蜴の尻尾であり、エスマーイルの代わりに泥を被って沈む都合の良い駒。エスマーイルの言葉は偽りだと、ファーティマの一族が抗議をしてもシャジャルの一件で信用を失っているため、世間の非難は結局ファーティマの一族へと向かう訳だ。

 

「そんな、ひどい!」

 

 ティファニアは今に泣き出しそうな顔で感情的な声を上げる。周囲に居た才人たちはすぐにティファニアのフォローに入った。

 ルイズは皮肉めいた口調で、

 

「エルフってのは、本当に高尚な生き物ね。私じゃ、とても真似出来ないわ」

 

 ビダーシャルはそれを聞いて、自嘲の入った笑みを浮かべた。

 

「エルフも人間と大差はないさ。なにせ自分の都合ばかりに重きをおく――自分勝手な生き物なのだから。自分も最近になってそれが分かってきてね、全く嫌になってくる」

 

 それが人間とエルフ、両方の世界を見てきたビダーシャルの結論だった。

無能王ジョゼフに仕えることで、ビダーシャルは人間のエゴをまざまざと見せられ、目を背けていた己自身のエゴにも気付かされた。

 その後に本国の議会に出頭してみれば、責任を押し付け合う醜い議員たちの姿を見せつけられ、ビダーシャルは心底失望したのである。

 しかしだからこそビダーシャルは、エルフと人間の双方を公平に見る視点を得るに至ったのだが。

 

「幸いにもファーティマの一族は我々が保護することが出来た。加えてファーティマ本人も私が死んだと虚偽の報告をしておいたから、今の所は口封じをされる心配もないだろう。しばらくは我々が一族共々匿っておく予定だ。それよりも、ノリオ殿の意識が回復する目途は?」

 

 ビダーシャルがケイローンの方を向くと、ケイローンは芳しくない表情で首を振った。

 

「申し訳ありません、今の所は……。ノリオの記憶さえ戻れば、意識が回復する可能性が出てくるのですが――」

「記憶を……戻す?」

 

 才人はその言葉がやけに引っ掛かった。

 そういえば、そんな出来事があったような……、

 記憶を辿る才人だが、その最中に書斎の扉が開いた。声と共に現れたのはロマリアに居る筈のジュリオ=チェザーレ。

 

「――記憶が戻ればいいのか。そうかい、それはちょうど良かった」

 

 部屋に入るとジュリオは直ぐに会話に参加する。おそらくは壁の向こうである程度話を聞いていたのだろう。

 

「ちょっと、ジュリオ! いきなり部屋に入ってきて、一体どうゆうつもり!?」

 

 食って掛かるルイズに対し、ジュリオはいつものような飄々とした態度で応じた。

 

「すまないね、ルイズ。玄関を訪ねた時には誰にも気付いてくれなくてね。不作法だが、ここまで上がらせて貰ったよ」

「いちいち白々しいわね、アンタは。……それで、今日は何の用?」

「つれないこと云わないでくれよ。何せ――こいつをロマリアから持ち出すのに随分苦労したんだぜ」

 

 ジュリオが懐から取り出したものを見て、ハルケギニアの面々は大いに驚いた。

 ルイズは震える声でジュリオに確認を取る。

 

「ア、アンタ……それ、火のルビーじゃない!?」

 

 ジュリオが取り出した指輪は“始祖の秘宝”の一つである火のルビー。ロマリア皇国から一度は散逸し、教皇ヴィットーリオの手に戻ってきた代物だ。例えるなら、ロマリアの国宝に等しいマジックアイテムであり、同時に亡きヴィットーリオの形見でもある。

 ジュリオは続いて、指輪の効果を語り出した。

 

「この指輪は、資質ある者が指にはめることで次代の虚無の担い手へと覚醒を促す。さて、あらゆる魔法を扱うことが出来る可能性があるらしいノリオがこの指輪をはめたら、一体どうなるのかな?」

「ジュリオ、アンタまさか……」

 

 ジュリオはあえて、ルイズの言葉をスルーして話を続けた。

 

「加えてだが、ボクは最近虚無の担い手とその使い魔は一定の条件を満たすことで記憶の共有が可能となるという資料をロマリアの隠し書庫から見つけてね。その資料には『記憶共有のシステムが虚無の忘却呪文に対する、ある種の安全装置として付与されたのではないか?』と、そんな内容の考察が書いてあったよ。――サイト、ルイズ。君たちは知っているよね? ……記憶共有のことを」

 

 才人とルイズは頷く。あの時の出来事を思い出し、ルイズの方は顔が真っ赤に成り掛けていた。

 過去にティファニアの忘却魔法によって才人に関する一切の記憶を一度失ったルイズだが、虎街道にて才人がルイズと口づけを交わすことで記憶を共有し、取り戻した一件があったのだ。

 ここまでの話の流れから、この場に集う多くの人間がジュリオのやろうとしていることを理解した。

 

「本気なの、ジュリオ?」

「……ボクはね、ルイズ。大隆起を控えたこのハルケギニアにノリオが来てくれたことは、始祖の導きだと思っている。――だからボクはこの可能性に本気(・・)で賭けるつもりだ」

 

 普段軽薄な態度を演じているジュリオだからこそ、真剣な時の落差は大きい。

 この場に集う他の人物にもその本気がどれほどのものか、直ぐさま認識出来た。

 

「……分かった。私が今からアストルフォをここへ呼んでくる。説明は任せたわよ。必要なんでしょ――使い魔(サーヴァント)の力が」

 

 ルイズの言葉に、ジュリオは不敵な笑みを浮かべて頷いてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数時間後。

 

「ありがとう、ジュリオおにいちゃん! このゆびわ、たいせつにするね!」

 

 ジュリオの手際は見事だった。孤児院で通って年下の相手をしていたお蔭か、人見知りするリノと容易く仲良くなり、火のルビーを指にはめされることに成功したのである。

 リノはまるで玩具の指輪でも貰ったかのように喜んでいた。

 火のルビーが装着者の指に合わせて縮んだことから、始祖の秘宝はリノを資格(・・)ありと認めたということ。

 始祖の血筋でない者が担い手に選ばれることは本来ありえない筈だが、彼女の恐るべき異能は(ことわり)すらも捻じ曲げてしまったのだろう。

 けれど、これで第一段階はクリアした。次は……、

 

「喜んでくれて嬉しいよ。とても似合ってる、まるでお姫様みたいだ。さぁ、王女様……こちらの絨毯の上においでくださいますか」

 

 ジュリオは言葉巧みにリノを魔法陣の描かれた絨毯へと移動させる。魔法陣の効果はコントラクト・サーヴァントの補助。これがあれば粘膜的接触――接吻しなくとも、手を握るだけの接触行為だけで契約を可能とするそうだ。

 この絨毯もジュリオがロマリアから持ち出したもので、ヴィットーリオ教皇との契約にも使っていたとのこと。

 

『本来は儀礼違反なんだけどね。男同士の接吻は色々とアレだから……歴代のミョズニトニルンの誰かが作ったらしいよ。所謂抜け道的な救済措置ってやつさ』

 

 数十分前、『何でこんなものあるんだよ?』という才人の突っ込みにジュリオはそう答えていた。

 既に絨毯の上には騎士の出で立ちで膝をつき、臣下の礼をとるアストルフォの姿があった。

 

「さぁ、王女様。騎士に忠誠の儀を」

 

 ジュリオの言葉に促されたというよりは、まるで自分の中の別の誰かに突き動かされるように……リノは差し出されたアストルフォの右手に、半ば無意識で己の左手を重ねた。

 

 ――瞬間、魔法陣より光が溢れ出す。

 

 担い手であるリノに代わり、ジュリオがコントラクト・サーヴァントの呪文を唱える。

 

()の担い手の名は『ノリオ』。()の使い魔の名は『アストルフォ』。五つの力を司るペンタゴン。()の者たちに祝福を与え、ここに主従契約を成せ!」

 

 互いの情報が体を通して循環し、二人は強い光に包まれていく。

 リノは体が光に完全に包まれる直前、最後に小さく呟いた。

 

「……そっか。おやすみなさい、アストルフォおねぇ(・・・)ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ■■■は光の中を進んでいく。己が何者であるかも、何をしているかも分からない。

 ただ蝶が灯に惹かれるように、■■■は光へと向かっていく。

 

 ……それからどれ位歩いただろう? 

 

 時間の概念が喪失している■■■には見当もつかなかったが、ひたすらに歩いたのは確かだ。

 辿り着いたのは――全てで満たされた空間だった。あらゆる武具、あらゆる宝、あらゆる概念。それ等は全て地上より永久に失われた筈のモノである。

 何故かこの場所に既視感を覚えたが、思考する能力を殆ど失っているため、■■■は何かを思い出すことはない。

 ■■■は歩いていく。

 さらにその先に居たのは……翠色のドレスを纏った少女だった。

 光に透けるかの如き柔らかな金の髪。ドレスと同じ色の淡く透き通った瞳は全てを見通すような気さえする。

 加えてだが、少女の胸元には七枚羽(・・・)の黒い令呪が刻まれていた。

 

 ――少女は完璧であり、完全であった。

 

 ただ蛾が炎へと呑まれるように、■■■は少女へと近づいていく。そして……、

 

「――夢を見ているの」

 

 不意に、少女は歌うようにして言葉を紡いだ。

 

「ここは地上より失われた全てが集う場所。かつて朱い月が造りだし、忘れ去られてしまった久遠の楽園。いつか大地が鋼に包まれて地上より全てが失われた時、朱い月が舞い戻るために生み出された月の箱庭。――そして、万華鏡(カレイド・スコープ)があらゆる意味を無くしてしまったユメの跡」

 

 ■■■には少女の独白(うた)の意味など分からない。ただ羽虫が燃え盛る業火に吸い込まれるように、■■■は少女へと近づいた。

 

「綺麗な場所ね…………あら?」

 

 後数歩の間の距離になって、ようやく少女は■■■を認識した。少女にとって■■■があまりに取るに足らない存在だったからだろう。

 

「あなた、どうやら迷子みたいね。じぶんが誰かもわかないのかしら?」

 

 意味など分かる筈もない。そもそも自分というものが失われているのだから、■■■は答える術など持ち合わせていない。

 

「……まぁいいわ。邪魔者なら消して(・・・)いたけれど、迷子ならしょうがないもの」

 

 そう云うと少女は■■■に向かって軽く片手をかざした。

 ただそれだけの動作であった筈なのに、破損していた■■■の魂魄は復元され、断片化されていた意識がみるみる内に再構成されていく。

 それは在り得るはずもない奇跡であり、少女にとってはほんの些細な気紛れに過ぎなかった。

 

「さようなら、名もしれぬ誰か(・・・・・・・)。きっともう、会う事はないでしょうから」

 

 そうして■■■の意識は現実へと引き戻される。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あれ、ここは……?」

 

 海苔緒はまるで生まれ変わったかのような気分だった。認識が徐々に追いついてくる。直前の夢の内容は完全に抜け落ちていた。

 流れ込んでくる記憶は自分のものであって、自分のものでなかった。

 それは夢での中で海苔緒の記憶を追体験してきたアストルフォのものであると、即座に理解する。

 海苔緒はアストルフォと記憶を共有することで、あの後自分がどうなったかを知った。そして自分を救うために皆が何を行ったかも。

 

「アストルフォ、お前……」

 

 アストルフォの右手の甲には新たにルーン文字が刻まれている。ヴィンダールヴ――神の右手を意味する使い魔の証だ。

 話すべきことが多すぎて、何から話せばいいのか海苔緒は分からなくなる。

 だが、沈黙は続かなかった。重ねていたアストルフォの右手が震え出したのだ。

 膝をついて俯いていたアストルフォが(おもて)を上げると……瞳には溢れんばかりの涙を溜めて、今にも泣きじゃくりそうな顔をしていた。

 

「……バカ」

「は?」

「キミが大馬鹿だって云ってるのさッ!!」

 

 アストルフォに押し倒され、海苔緒は尻もちをついて絨毯に座り込んだ。同時に抱きつくようにしてアストルフォも倒れ込んでくる。

 アストルフォはそのままポカポカと海苔緒の胸元を叩き始めた。

 

「ノリのバカバカ、バカ! 大馬鹿!! ヒトのこと散々無鉄砲とか! 理性が蒸発しているとか云ってた癖に自分の方がよっぽど酷いじゃないか!! ボクがどれだけ心配したか分かってるのッ!?」

 

 ポタポタとアストルフォの頬を伝って流れ出した熱い滴が、海苔緒の胸元を濡らしていく。

 海苔緒の首に腕が回され、アストルフォは海苔緒をぎゅっと強く抱きしめた。

 

「消えちゃったかと思ったんだぞ……バカ」

 

 震えた声だった。声だけではなく、重ねあったアストルフォの体からも震えが伝わってきた。

 海苔緒は何かを考えるよりも先に左手をそっと背中に添え、右手でアストルフォの髪を撫でる。

 右手の感覚が微妙におぼつかない。胸元で泣き腫らすアストルフォから微妙に視線をずらせば、褐色の肌をした右手が目に入った。

……無くした方の右手(・・)はもう戻らないのだろう。他にも失ってしまったものや、変わってしまったことが幾つもある。それでも帰るべき場所に戻ることが出来たのだから、海苔緒にはそれだけで充分であった。

 才人やルイズ、他の面々からも色んな視線が突き刺さるが、今は構わない。だから……、

 

 

 ――胸元ですすり泣いていたアストルフォが顔を上げ。

 ――涙の跡を残しながらも満面の笑みを浮かべ……海苔緒の帰還を祝福する。

 

 

「おかえりなさい――――ノリ」

「ただいま――――アストルフォ」

 

 

この場所に戻ってこれて本当に良かったと――この瞬間、海苔緒は実感した。

 




……という訳で次回からゲート編です。

しばらくは伊丹視点で話が進み、後に海苔緒たちが合流という話の流れになる予定です。

ちなみにリノちゃんのイメージは美遊(6歳)+今回出てきた蒼銀の『例のあの人』÷2って感じです。
そして『例のあの人』は今回きりのゲストキャラです……多分(震え

ノリオは復活しましたが、完全な復活ではありませんし、リノちゃんの魂の影響が強くなったので肉体が不安になってしまいました。つまり…………

後……今回の話で分かったと思いますが、海苔緒が転生特典だと勘違いしていたものはリノちゃんの願望器としての能力からの派生であったり、とある宝具(・・・・・)テコ入れ(・・・・)の所為だったりします。


そして突然ですが、次回からタイトルを『異世界と日本は繋がったようです』から『Gate/beyond the moon』に変更致します(一応旧題も残しておきますが)。
ゲート編のコンセプトはずばり闇鍋聖杯戦争(・・・・・・)的なナニカです。

――では、


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Gate編
第四十二話「伊丹耀司、彼の地にて斯く戦えり。もしくは舞台裏の蠢動」


遅くなって申し訳ありません。
休み明けから仕事の忙しさが増し、更新出来ませんでした。
しばらくは更新が鈍ると思います……ORZ

そして残業代をfate/goにガチャにつぎ込んだり……
我様欲しかったんですが、ランスロとジャンヌ絶対殺すウーマンさんにゼル爺さんが出たので、そこで止めました。
☆4サーヴァントプレゼントキャンペーンは、ジークフリートかヘラクレスにする予定です。


 銀座事件より約一か月後。日本の正式発表が行われた。

 明らかにされた三つの異世界の存在――それ等を繋ぐ三つの門が日本に存在しているという事実が世界各国を驚愕や熱狂の渦へと呑み込んだ。

 未だ手付かずの自然や資源、広大で肥沃な土地、加えて魔法という未知の技術体系。

 

 ――まさしく黄金にも勝る宝の山。

 

 それを現状日本が全て独占しているという事実を聞いて、周辺国も指を咥えたままで居られる筈もない。

 お零れに預かろうと日本に接近を図る国もあれば、ロシアや中国など“日本が秘匿していた神聖エルダント帝国との非公式交流”を痛烈に批判し、国連を通じて各国(日本を除く)で異界に通じる三つの門を分割統治するという過激な案を上げる国もあった(もっとも、ロシアと中国に関しては、自国が関わるウクライナや東南アジア方面の領土領海の問題を棚から下げられた途端に口を噤んでしまったが)。

 だがロシアや中国がこれしきで諦める訳もなく、パイの切り分けを狙う国は他にいくらでも居る。

 そんなパイ皿に乗せられてしまった日本だが、アメリカ合衆国の支援もあって各国の追及の第一波を何とか凌いだのであった。

 アメリカの支援は決して同盟国の友情からではなく利害の一致による行動であったが、彼の合衆国が日本にとってこの上なく頼りなる味方であることもまた事実。

 ……かくして各国の今後千年の趨勢を決める新たなパワーゲームは、日本を中心として幕を開けたのだった。

 

 

 

 銀座に突如として出現した門――その向こう側、ファルマート大陸は第一特別地域と呼称されることとなった。そしてエルダントの存在する世界を第二特別地域、ハルケギニアを第三特別地域とした。但し特別地域と呼称しているが、国内と定義されたのは第一特別地域のみで、第二特別地域と第三特別地域は日本の国外扱いであり、その境界である門はある種の国境にも似た扱いを受けている。

 今も接続地点であるそれぞれのゲートには自衛隊が駐留、警護している。

 ――とは云っても第一特地のような門を巡る戦闘が、第二特地や第三特地で起こる筈もなく、飽くまで銀座事件の悲劇を繰り返さないという建前の下に第一特地の二割にも満たない数の自衛隊員が第二、第三特地に派遣されたのであった。そして今の所、第二、第三特地に問題はない。

 問題があるのは第一特地だ。三つの特別地域の中で唯一敵対勢力の存在する異世界。

 銀座事件から三か月ほど経過した所で……門を奪還せんと、ファルマート大陸側から数万の将兵がアルヌスの丘に殺到していた。

 既にエルダントの翻訳指輪とハルケギニアのコモンマジックであるリードランゲージにより情報を収集を重ねていた日本側は、敵側の戦力が連合諸王国軍(コドゥ・リノ・グワバン)ではないかとアタリをつけていた。帝国と呼称される銀座事件の首謀者グループに従属する属国や属州の軍隊の集まりである。

 事件の直前に数人の日本人が拉致されていたことも捕虜たちの証言から判明しており、日本の自衛隊特地派遣を後押ししていた。

 おそらく帝国の目的は日本と従属国で戦力を削り合わせ、自国の軍事的パワーバランスを保つことだと――その時点で日本も予想はしていたため、帝国と属国の分離工作なども検討はされたが……何分、時間が圧倒的に不足していた。

 敵への工作は取り敢えず棚上げして、第一特地に投入していた陸上自衛隊三個師団相当で襲来してきた敵軍を迎え撃つこととなる。

 中世の欧州や古代ローマ帝国の如き装備をした軍隊への対応に関しては、トリステインとエルダント等の他の異世界から戦略的アドバイスを受け入れ、それに基づき陣地や戦略を構築――その結果、見事に敵戦力を撃滅。

 後に戦場から回収された旗や鎧に武具を銀座事件の捕虜たちに見せることで、敵襲が予想通り連合諸王国軍(コドゥ・リノ・グワバン)であったことが判明。

 これにより帝国と連合諸王国との間に軋轢が生じた可能性を考慮しつつ、さらなる情報を収集するために六個の深部情報偵察隊が編成され、特別地域の探索が始まった。

 その中には無論……二重橋の英雄である伊丹耀司二等陸尉の姿もあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銀座の門を潜り抜けた先にあったのは、どこまで続く蒼穹だった。

 日野自動車社(開発はトヨタ自動車)製の非装甲汎用車輌――高機動車、通称“高機”の助手席に乗って揺られている第三偵察隊の隊長伊丹は、空を仰いでのんびりと呟く。

 

「どこまで続く青い空……まさに異世界って感じだねぇ」

「そうすっか? 自分には北海道の空と変わらないように見えますけど」

 

 伊丹に反論したのは、運転席でハンドルを握る倉田武雄三等陸曹だった。

 彼は北海道の名寄駐屯地から召集された隊員である。加えて伊丹と同じくオタクであり、伊丹が上下関係に鷹揚であることもあって気軽に話しかける仲になっていた。

 さらにもう一人が伊丹の言葉に口を挟む。

 

「空の色なんて変わらないものですよ。エルダントの空も日本と大差ありませんでしたし」

 

 高機の後部座席……副隊長である桑原惣一郎陸曹長の隣に座っている古賀沼美埜里一等陸曹の発言だった。

 彼女は元々政府の非公然活動要員――所謂ゾンビ―・ユニットとしてエルダントに派遣されて非正規活動に従事していたが、銀座事件後に死亡扱いから特例措置で原隊に復帰し、この度第三偵察隊に編入されたのである。

 このゾンビ―・ユニットの件の問題に関しては一悶着も二悶着もあったが……ゾンビ―・ユニットが前政権の意向に従って動いていたことがあってか、マスコミはあまり取り沙汰にはせず、結局有耶無耶のまま他の異世界に関する無数の話題の中に埋もれてしまった。

 

 ……まぁ、それはさておき。

 

 同様に他の偵察隊にもエルダントで非公式活動に従事していた隊員が、最低一人は組み込まれていた。異世界での活動経験を持つ者を偵察隊に入れることで、任務をより円滑に進めることを意図しての采配だ。

 銀座事件後に伊丹と美埜里に面識を持ったことが、今回の第三偵察隊の編入に繋がったかどうかは伊丹にも分からないが、美埜里が頼りになる隊員であることは間違いない。

 ――但し、同じ女性隊員である栗林志乃二等陸曹が美埜里に対して一方的なライバル意識というか敵愾心を抱いている様子で、伊丹はその件に関して少々の不安を感じていたりもする。

 

(栗林のやつも、なんで態々突っかかるかな……?)

 

 後部座席から顔を乗り出して意見を飛ばす桑原の言葉を聞きつつ、伊丹は事の原因を考察してみた

 

 

 

 

 栗林は女性隊員でありながら格闘徽章を持つ実力者であり、同年代の男性隊員にも負けない自負を持っていた。それだけに美埜里の存在は、彼女にとって色々衝撃的だったようだ。

 ほぼ同年代でありながら階級は上。自分と同じく格闘徽章を持ち、特殊作戦群の隊員などに交じってエルダントに派遣され、非正規活動に従事していたエリート中のエリートである女性。

 まさしく栗林が抱いていた己の理想を体現する女性自衛官が美埜里であった。

 ……だというのに現物に会ってみれば、ガチガチのオタク女子且つ筋金入りの貴腐人で、挙句に自分の理想の隊長像を粉々に打ち砕いてくれた伊丹と仲良くオタトークで盛り上がる始末。

 これらの要因が栗林の美埜里に対する敵愾心の原因とみて、まず間違いないだろう。

 栗林と親しくなりつつある同隊員の黒川茉理二等陸曹に事情を聞いてみた所……栗林は学生時代に同じ学校のオタクたちから幾つもの迷惑行為を受けていて、それがオタクに対する嫌悪感情の理由になっているらしかった。

 今の所は栗林が美埜里に突っかかっては、美埜里に柳の如く受け流されている。美埜里は栗林のことを大して気にしていないようであった。

 栗林は美埜里に何度か格技訓練を申込んで対決しているが、勝率は美埜里に軍配が上がっていた。

 美埜里曰く栗林との実力は伯仲しているそうだが、栗林の頭に血が上り過ぎて冷静さを欠いているのが敗因に繋がっているとのこと。

 格技訓練を見学していた他の隊員たちが密かに“技の古賀沼”、“力の栗林”……というどこかで聞いたことがあるような渾名を付けたことを、未だ二人は気付いてはいない。

 そんなこんなで本来は富田章二等陸曹が伊丹たちの高機に搭乗する筈だった所を美埜里と入れ替わる形で、栗林と同じ車両に乗っている訳だ。

 普通の隊長ならば二人の対立を解消するために奔走するのだろうが、伊丹は栗林に少しばかり釘を刺した以外は何もしていなかったりする。

 

『いやだって俺が栗林に直接注意しても話がこじれるだけだろうし、こういうのはさぁ……桑原のおやっさんとかベテランに任させるのが一番だって』

 

 既に栗林と美埜里の仲を何とかしようと同じ女性隊員である黒川が動いており、伊丹も隊長として協力して欲しいと頼まれたのだが、伊丹はこんな返答を黒川にしていた。

 その後、黒川から失望や蔑みの目で見られたり、数度に渡って嫌味を云われたりしたが……レンジャーや特殊作戦群に入れられようとも蟻の中のキリギリスであり続けた伊丹には全くの馬耳東風で、何ら堪えてはいない。

 それよりも美埜里と話をする度に、少し前に電撃離婚した元嫁の梨紗のことを思い出す方がよほどストレスの種であった。

 離婚の原因に伊丹はまるで心当たりがなかった。だが形から入って形のまま終わった結婚生活であった自覚は伊丹にもある。もしかしたら、先輩と後輩に戻った今の距離感こそが正しいのかもしれない。

 しかし胸にポッカリと穴が開いたような虚無感と云うべきか。元々開いた穴を埋めていたモノが再び抜け落ちた感覚を伊丹は覚えていた。

 元より伊丹は“あの出来事”以来、自身の内にあったナニカが欠けてしまっているのだ。

 他人から『オマエは空気が読めない』と数えきれないほど指摘され続けてきた伊丹だが……正確云えば、空気の変化を機敏に察しているがあえて空気を読まずに行動しているというのが正しい。

 “母親の一件”で親族や周囲の人間から『お前はこうすべきだ』とか、『お前はこうあるべきだ』等と散々同調圧力を掛けられ強要され続けた伊丹は、他人に合わせることにひどく疲れてしまったのだ。

 要は吹っ切れたのである。こうして伊丹は他人に合わせることを良しとせず、出来るだけ楽な道に進むという生き方を貫くことを決意した。

 周囲の人間からまるで流されていくように生きている男だと伊丹はよく誤解されるが、実際は真逆で周囲の流れに逆らって生きているのが、伊丹耀司という男であった。

 楽な生き方を選んでいるだけだと、伊丹は云うが……楽な生き方を選ぶために周囲に逆らうことに使うエネルギーは相当なものであり、一般の人間からすれば絶えず他人からの批判に晒され続ける伊丹の生き方のほうがよほど辛く過酷なものなのかもしれない。

 

(やめだやめ、梨紗を考えるのは無しにしよう。……それより森の中の村か。コダ村の村長に人間が住んでるのか聞いたら、否定のジュスチャーのような仕草をして知らない単語を口にしてたな。もしかしたら住んでるのは亜人……いや、エルフだったり? だとしたら、金髪に色白で耳が長かったりするのかな?)

 

 出来るだけ元嫁のことを考えないように思考を趣味の方面に逸らしつつ、伊丹は隊の面々を引き連れながら森辺の村を目指すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――神殿都市ベルナーゴ。

 

 そこは冥府を司る主神ハーディを祀り、祖先の冥福を祈るために多くの人間が巡礼に訪れる聖地。

 伊丹たちはエルフの村へ向かっているのとほぼ同時刻。神殿都市ベルナーゴの中枢に存在する地下神殿の、とある区画に彼女たち二人(・・・・・・)は居た。

 

「何をしているの? 粘土なんてこねて」

 

 話しかけたのは、褐色の肌にやや赤みの差した銀髪の少女。ハーディ教団の正装である白ゴスを纏う彼女は若干胡乱な目付きをして、もう一人の少女を見つめた。

 すると粘土を弄っていたもう一人の少女は、作業を一旦中断してから答える。

 

「……趣味とリハビリを兼ねた意義のある創作活動よ。何か文句があるのかしら?」

 

 小鳥の囀りにも似た――溶けるような甘い声であったが、同時に嗜虐の色を秘めていた。

 もう一人の少女は艶やかな白い肌に、青みがかった紫の髪をした少女。彼女も褐色の少女と同じく白いゴスロリ衣装を身に着けている

 もしも彼女をよく知る人物が器用に両手の指を動かしている姿を見たならば、きっと驚愕したことだろう。

 

 

 ――そう、かつての月の裏側での彼女をもし知っていたなら。

 

 

 

「ああ、そういえば貴女……ハーディと同じ趣味だったわね」

「失礼ね。確かに以前はそうだったかもしれないけれど、今は違うわ。少なくとも他人を人形にするのはやめにするつもりよ。ハーディのあのコレクションを見せられて……自分がどれだけ醜悪だったのか自覚させられたもの。今思うと、あの人に袖にされてしまったのも当然よね」

「あの人…………ああ、例の恋のお相手ね。そういえば聞いていなかったけれど……どんな相手だったの?」

「そうね、しいて云うなら…………今の貴女みたいな人だったわ」

 

 そう告げて、紫の髪の少女は褐色の肌の少女を射抜くように見つめる。その視線の先は褐色の肌の少女の心臓部に埋まった一枚のクラスカード(・・・・・・)があった。

 そのカードが黄金の王に奪われた少女の心臓の代替として機能し、今の彼女を半英霊(デミ・サーヴァント)たらしめている。

 

「そういうこと。月の聖杯戦争にも参加していたのね――お兄ちゃん(・・・・・)、は」

「私もまさか、彼がオリジナルの聖杯戦争に参加していたとは知らなかったわよ。厳密に云えば――別人かもしれないけれど」

 

 彼女たちは本来舞台から退場した筈の存在だ。

 けれど気付けば両名共このファルマート大陸へと知らぬ間に流れ着き、ハーディの導きによって神殿都市ベルナーゴに迎え入れられた……それぞれ一枚のカードを携えて。

 

「それでジゼルはどうしたの?」

 

 紫髪の少女は、自身が愛好するバレエの演目と同じ名を持つハーディの使徒のことを尋ねると……褐色の肌の少女は思い出したように目を瞬かせてから答えた。

 

「ジゼルなら数日前にランサーを伴って竜が封印されている場所に向かったそうよ。どこかの世界から入手した傀儡竜の技術を応用して制御する算段が整ったらしいわ。腐っても魂を司る神ね、頭どころか魂まで縛り上げて手駒にするつもりなんでしょ……今の私達と同じみたいに」

「私の云えた義理ではないのだけれど、人を人形扱いしてくれて本当に性根が腐っているわね、あの女神。貴女どうにか出来ないの?」

「駄目よ。ルール・ブレイカーを投影して試してみたけど効かなかったもの。腐ってもやっぱり神霊ね」

「本当に忌々しいわ。私も羽や毒どころか、ハイ・サーヴァントとしての能力の殆どを失ってしまったし。この縛りさえなければ、今頃例の門を潜って日本に向かっている所よ。きっと元の世界では失われた(トイ)が山ほど溢れているでしょうに」

 

 紫髪の少女は唇を噛んで、本当に悔しそうに表情を歪める。その表情の変化を見た褐色の肌の少女は呆れたように嘆息し、自嘲するように笑みを浮かべた。

 

「しかたないわ。貴女も私も以前同じで誰かの駒であるのは今も変わらないもの。なら、人形のように踊るしかないじゃない……精霊ウィリの如く誰を死ぬまで踊らせるのか分からないけど」

「それもそうね。で、ハーディの命令(オーダー)は?」

「近々、門を潜ってきた連中の相手をして貰うから準備を整えておけって。――だから今から召喚するわ」

 

 褐色の肌の少女は新たに刻まれた下腹部の令呪を撫でる。加えてだか彼女の全身に刻まれた特別製の令呪も未だ残っている。

 

「召喚するクラスと触媒は?」

「決まっているわ、バーサーカーよ」

 

 褐色の肌の少女が胸元に手を当て、クラスカードを活性化させて姿を変える。赤い外套に黒い軽装の鎧。まさしくそれは、理想の果てに摩耗した錬鉄の英霊の写し身であり贋作。

 そのまま投影魔術を行使すると、少女は巨大な岩の斧剣を地面に突き立てる。

 

「さぁ始めましょう…………新しい聖杯戦争を」

 

 褐色の肌の少女の笑みにつられるように、紫髪の少女も嗜虐に満ちた笑みを浮かべた。

 




ちなみに美埜里さんと栗林の声優さんは同じ人だったり。

謎の少女二人………………一体何者なんだ?


では、


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第四十三話「蘇りし古代竜。または舞台袖の観測者」

遅くなって申し訳ありません。

10月に入れば……仕事が一区切りつくかも(希望的観測)
それまでは投稿ペースは鈍ると思います
申し訳ありません…………ORZ

グダオに関してはネロのために10ガチャを3度ほど回したらオルタセイバーが出ました
…………物欲センサーって本当にあるんですね(小並み感)


 伊丹たちがエルフの森に向かう数日前……主上であるハーディの命を受けたジゼルは飛龍を駆り、ファルマート大陸の僻地へ向かっていた。

 ジゼルがハーディから聞いた話によれば――そこは遥か昔に建設途中で廃棄されたハーディの分祠(ぶんし)であり、地下神殿を建設するために掘削された広大な地下空間にはハーディを奉る祠の代わりに、一体の巨大な竜が封印されている。

 ジゼルは確認のために既に一度その場所を訪れていた。その帰路にて片手に令呪が発現したのだ。

 令呪が発現したことに関して、ジゼルは多少の後悔を抱いていたりする。

 ランサーを召喚したことはいい……問題はその後だ。神殿都市ベルナーゴに招かれた二人の内の片割れ――全身に令呪を刻む少女を真似て、ハーディはジゼルの令呪を拡大し全身のタトゥーに転写したのである。

 マキリが全身全霊を賭けて生み出した令呪システムを、ハーディは鼻歌混じりに僅か数日で解析してみせ、応用実験としてジゼルに複製した追加分の令呪を適合してみせた。

 しかしその御蔭で、ジゼルは三日三晩地獄の苦しみを味わった。

 アイツベルンのホムンクルスでさえ数年を要した多大な苦痛を伴う自作令呪の移植を僅か三日で執り行うということは……数年分の痛みや苦しみを三日間に凝縮することを意味する。

 通常の人間ならば何百回と死に絶える激痛だったが、不死の亜神たるジゼルは死ぬことすら許されずに三日の間痛みに耐えるしかなかった。

 けれどその怒りや不満がハーディに向けられるかと云えば、そうではない。

 ジゼルはハーディの寵愛を受けて使徒に選ばれた――つまりただの信徒である頃からジゼルはハーディに目をかけられていたのだ。

 ハーディの寵愛とは時として厄介で、子供に弄ばれるお気に入りの玩具の如き扱いを受けることもある。

 故にジゼルは亜神となる前からハーディの無茶振りや可愛がり(・・・・)という洗礼を散々受けた後……使徒に選ばれた(※大抵の場合は使徒に選ばれる前段階で廃人となるか、さもなくば死亡する)。

 そして亜神となってからはハーディのより一層の可愛がりや無茶振りを受けながらもジゼルは潜り抜けてきた。

 それでもジゼルはハーディを恨んだことなど一度もない。そもそも幼少よりハーディの信徒としての教育を受けてきたジゼルは、ハーディに絶対の信奉を抱いでおり疑うという単語が頭から欠落しているのだ。

 よって現在溜まったジゼルのヘイトは偶然自分に宿った令呪や、気紛れの原因となった客人二人の片割れに向いていたりする。

 まぁ細かいことを気にしないジゼルなので、後数日もあればさっぱり忘れていることだろう。そういう大らかな性格故に、ジゼルは長年ハーディの使徒を務めていられるのである。

 目的に到着したジゼルは、周辺の警戒のためにランサーを地上に待機させ一人地下へと潜っていく。

 封印されている竜がどのようにしてファルマート大陸へやってきたかはジゼルにも分からない。

 異界から現れたと伝承では伝えられているが、主上たるハーディは自らの手引きがあった否かをジゼルに語らなかった。それでも異世界から出現したのは確かなことらしい。

 出現した竜により、(いにしえ)のファルマート大陸全土が危うく焼き滅ぼされかけたそうだが……神々たちとその配下である亜神や信徒たちが一丸となって戦ったことにより古の竜を何とか撃退し、建設途中だった地下神殿の大穴に押し込め生き埋めにした。

 後は地下の自らの領域とするハーディの権能により、竜を強制的に眠りにつかせたのだ。

 本来なら身動きが出来なくなった竜の魂を縛り、自分の配下にする心積もりであった ハーディだったが……竜の力が余りに強かったため完全には支配出来なかったのである。

 それから幾星霜、ハーディが(くだん)の竜を管理してきた。

 適当に異界の門を開いて遺棄しようとも考えたハーディだが、結局は『何かに使えるかもしれない』と思い直して封印を続け――現在に至る。

 ジゼルが最下層に降りると、それなりに開けた空間に辿り着く。

 片手にもった松明でその空間を照らすと……土の壁から巨大な竜の首だけが露出し、横たわっていた。

 竜の口から漏れた生暖かい寝息がジゼルを撫でる。

 途方もない年月眠り続けている筈だというのに竜は痩せ衰えた様子はなく、鱗も艶も鮮やかなまま保たれていた。その様はまるで亜神のようですらある。

 ジゼルは亜神となって得た身体能力より地を蹴って飛び上がり、竜の額へと降り立つ。

 何度か竜の額を小突くようにして蹴って……それでも起きないことを確認してから、ジゼルは背負った剣を手に取る。

 それは異様に細長い剣だった。刀身の横幅は通常のロングソードほどだがその長さは槍のように長く、狭い通路で何度も引っ掛かってしまったほど。

 その正体は“鎚下(ついか)”の敬称を持つ亜神――モーター・マブチス作の儀礼用剣。

 彼とそれほど交友があるわけではないハーディは、己の信徒を通じた裏ルートから灰色の手段(・・・・・)を用いてこの儀礼剣を入手していた。

 元々嵌っていた宝玉は取り外され、ハーディの加護が込められた特殊鉱石が柄に収められている。

 この剣と特殊鉱石を触媒(ベース)とし――傀儡竜に使われていた制御術式、マキリの令呪システム、そしてハーディの魂を操る権能を融合(ミックス)

ジゼルが手にしている剣は――対心宝具と云っても過言ではないシロモノに仕上がっていた。

 逆手に持った剣と松明を両手の中に束ねると、ジゼルは勢いよく竜の額の中央に剣を突き立てる。

 竜鱗を貫通した剣の刀身は、そのまま竜の脳へと到達する。

 すると痛みで反応するかのようにして竜の首がのたうつように跳ねた。 

 ジゼルはすぐさま剣の柄を離し、松明を片手に握って出口の階段方向へ飛び退く。

 それからしばらく竜の首が暴れて地下が大きく揺れたが、地面に埋まった体はまだ動かせない様子で……しばらくして竜の首は静止した。

 

『――上手く繋がったわ。ご苦労様、ジゼル』

 

 竜の口から声が漏れる。その声の主はジゼルの主上たるハーディであり、ジゼルは大きく溜息をついてからハーディに返答した。

 

「生き埋めにされるかと思いましたよ」

『大丈夫よ。生き埋めになったら何か月でもかけて掘り出してあげるから。それに今は頼りになる従者も居るじゃない』

 

 ハーディはさらりと恐ろしいことを口にしてから、ジゼルのサーヴァントとなった彼のことを話題に上げる。

 

「ランサーの奴のことですか。……本当に信用出来るんです、アレ? 太陽神フレアの使徒みたいなものなんでしょ?」

「それは飽くまで私たちの基準に当て嵌めればの話であって、実際は似て非なる存在よ。それに私は彼から嫌われているけど、貴女は好かれているじゃない?」

「それが気に入らないんですよ!」

 

 ジゼルは口元を尖らせ不満そうな表情をする。ジゼルは主上であるハーディに対するランサーの不敬な態度を快く思っておらず、その不満を隠すことなく表に出していた。

 ランサーもジゼルも裏表のない性格をしており、似通った気質を備えていることを考えるとハーディの口元は自然と綻ぶ。

 

「でもねジゼル……私は彼のこと気に入っているわよ。あれほど高潔な魂の持ち主は滅多に現れないもの。けれど魂の密度が厚すぎて他の二人同様、心が上手く読めないのは難点ね」

 

 ハーディの読心はランサーや他に二人の少女に対して上手く作用していない。しかし悠久の時を過ごしてきたハーディにとって、相手の表情や仕草から内心を(おもんばか)ることは難しくない。

 口では難点と云っているが、実のところハーディはランサーたちの心の中を推察することをゲームのように楽しんでいるのだ。

 そんなハーディの内心など露知らず、ジゼルは一旦自身の不満を棚上げしてから話を進める。

 

「分かり、ました。――で、この竜はどうします?」

「まずは力を付けるための栄養補給が必要だわ。マナの吸収だけじゃ効率が悪いから……傀儡竜たちと同じく手綱を多少緩めて野に放ちましょう。後は勝手に餌場に向かう筈だから……貴女は何もしなくて大丈夫よ、ジゼル。ランサーを伴ってベルナーゴに帰還して頂戴」

「はい、全ては主上さんの……主上の御意志のままに」

 

 最後の言葉を云い直すと、一礼したジゼルは踵を返し急いで地下から地上へと脱出する。ほどなくして地面を突き破り、漆黒の古代竜は数千年振りに大空へと舞い戻った。

 ジゼルは知らない。

 封印されていた古代竜がハルケギニアを滅亡の危機に追いやったエンシェント・ドラゴンの生き残りであり、当時のガンダールヴを喰らって“神の左手”のルーンの力をその身に宿した最凶の個体であることを。

 そしてハーディもまた気付かない。

 自身の加護を込めた来歴不明の鉱石の正体がどこかの世界の月の聖杯(ムーンセル・オートマトン)の欠片であるフォトニック純結晶であり、その中にはムーンセルが危険な汚染分子と判断し、厳重に圧縮封印されたとある反英霊(・・・・・・)が混入していたことを。

 かくして魂を汚す黒い泥は、脳を突き刺す剣を通じて古代竜の中へと溶けていく。

 

 

 

 

――その結果が一体何をもたらすのかを、この世界に居る者たちはまだ誰も知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間と視点を伊丹たちへと戻そう。

 コダ村の村長の云っていた森の集落の手前に来てみれば、一帯の森は炎に包まれていた。

 煙の立ち昇る上空の双眼鏡を向けた隊員たちが見たのは、巨大な黒い竜だった。

 双眼鏡を片手に握った桑原曹長は、驚きと戸惑いの表情を浮かべながら独白を口にする。

 

「まるで翼の生えたゴジラ……いや、一本首のキングギドラか?」

 

 桑原は脳裏に思い出されるのは平成ではなく、まだ自分が若い頃に見た昭和のゴジラ。まさか自衛隊員として自分が怪獣と遭遇するなど当時の彼は思いもしなかっただろう。

 すると隣に居た伊丹は少しばかり茶化すように応じた。

 

「古いなぁ、おやっさん。今時ならエンシェント・ドラゴンとかでしょ?」

「エンシェント・ドラゴン? そいつはハルケギニアに居たとか云うとんでもない怪物のことですか?」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 伊丹としては創作の中(フェクション)のネタとしてエンシェント・ドラゴンを話題に上げたつもりが、桑原には真面目な考察に聞こえたようだ。

 そして冗談にせよ、伊丹の指摘は間違っていなかった。

 

「伊丹二尉、どうしますか?」

 

 声と共に伊丹に近づく栗林は、既に肩紐で下げた64式小銃の銃把(グリップ)を握りこんでいた。

 伊丹は内心で『やる気満々だねぇ』とか思いつつも、このまま正面からやり合った場合……どうなるのか考える。

 こちらの装備は各隊員の標準装備となっている旧式の64式小銃に加え、軽装甲車両(LAV)に懸架されている12.7mm重機関銃一挺、高機動車と73式トラックには5.56mm機関銃がそれぞれ各一挺ずつ(どちらか片方の銃架には62式機関銃が据えられる予定だったが、現場の強い反対によって却下されていた)。

 理由は……お察しの通りである(62式云うこと聞かん銃というこの銃の渾名的な意味で)。

 後は110mm個人携帯対戦車弾――通称LAMが炎龍級の特地危険生物対策として各車両に一挺ずつに搭載されていた。

 帝国軍の偵察隊と突発的に遭遇し、交戦するならば過剰戦力かもしれないが……炎龍クラス以上の怪物が相手となるなら全く心もとない。

 加えて森の外周には平原が続いており、森の中に入れば車輌の機動性はガタ落ち……かといって平原ではドラゴンから気付かれた場合……ドラゴンの速度次第では振り切れるかどうか怪しい。

 エルダント帝国の存在する世界の竜は12.7mm重機関銃(キャリバー)竜鱗(そうこう)を貫通できたそうだが、この世界の龍の硬さはさらにワンランク上の戦車の装甲並みで、手持ちの装備で辛うじて通じると思われるのは僅か数発分のLAMしかない。

 第三偵察隊に配属されている美埜里はそのLAM一発で、傀儡竜の顔を綺麗に吹っ飛ばしたとかいう話だが……、

 

(どう考えても戦力不足……無謀ってレベルじゃないよな、やっぱり。逃げるか――いや、ここは様子見かな)

 

 黒い龍が伊丹たちに気付いた様子はない。今の内にこっそりと近くの林の中に移動して車輌を隠し、様子見に徹することを即座に決断した伊丹は上空のドラゴンを指さして、栗林に分かりきった問いを投げかける。

 

「あのドラゴンさぁ、何もない森を焼き討ちする習性があると思う?」

 

 伊丹は言外に『集落が襲われているって分かってるよねぇ?』と栗林や周りの隊員たちに告げたつもりだったのだが、当人の反応と云えば……、

 

「ドラゴンの習性に興味がおありでしたり、伊丹二尉自身が確認をしに行かれては?」

 

 ……等と、つれない返事を返された。一方周囲の隊員たちは集落襲撃の可能性に気付いた様子で顔を青くしながらも表情を引き締めていく。

 ここまま栗林に対して冗談を続けようかとも考えたが、状況的に不味いと思った伊丹は栗林に集落襲撃の可能性を気付かせるための言葉を続けた。

 

「――なぁ、栗林? 確か市ヶ谷(ぼうえいしょう)の発表じゃ……両断された炎龍の胃袋の中身は溶けかけた人間や亜人の白骨で満たされてたって話だったよな?」

「隊長それは、え……まさか――ッ!!」

 

 珍しく真剣な声色で伊丹が話すと、ようやく栗林は集落が襲われている可能性に気付いた様子で慌てて73式トラックに乗り込もうと駆けだした。

 だが、伊丹はそれを静止する。

 

「待て、落ち着け栗林!!」

「ですが隊長ッ!!」

「頭を冷やせ! 俺たちに与えられた任務は交戦ではなく、偵察だ。適当な場所に隠れて様子を見る。それでしばらくしてドラゴンが居なくなったら森の中を探索するぞ、いいな?」

 

 栗林はしばらくの葛藤の後……、

 

「……分かりました」

 

 そこまで云われて栗林もドラゴンと戦闘の危険性を悟った様子で、大人しく伊丹の命令に従った。

 

「――よし、全員移動開始だ。ドラゴンに気付かれないように注意してくれ」

 

 伊丹の命令に従って第三偵察隊は黒い竜の死角となる安全地帯に身を隠し、遠方へと飛び立つまでのしばらくの間、黒い竜の行動を監視するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 その空間はたった一室で完結した世界であった。

 そこはエルダントのある世界でも、ハルケギニアの存在する世界でも、ゲートの向こう側でもなく。まして地球でもない。

 その部屋はどこにであって、けれどどこにもない場所なのだ。

 四方の壁と天井に床――その全てが色あせた趣ある木材で組まれていた。部屋を飾るアンティークの数々は高級感を漂わせながらも嫌味な感じは全くせず、むしろ部屋の空気を荘厳なものへと押し上げている。

 そして窓の外からは――何故だが無限の星々が瞬く宇宙が顔を覗かせている。

 本来ここはとある魔法使い(・・・・・・)の所有する物件であったが、今はある人物が借り受けている。

 そして世界(ほし)の縮図と云うべき部屋の中心の椅子には本来の主ではなく、青い髪の少年が堂々と腰かけていた。

 その服装はまるでどこぞの劇団の役者か、でなければどこかの劇の語り部のようにも見える。

 少年のように見えるが彼が放つ存在感は通常の人間に比べれば並々ならぬもので、一般人が座れば存在感を呑まれかねないほどに立派な椅子と見事に存在を調和している。

 そんな不可思議な少年は悪戦苦闘しながら“ある一冊”の本の執筆活動に勤しんでいた。

 ふと青髪の少年の筆が止まる。羽根ペンを震わせ、ペン先からはインクが零れるが……少年はそんなことなど気にも留めす。

 

「あ~~駄目だ駄目だ! こんな筋書き三流以下にも程があるッ!!」

 

 青髪の少年は激情に任せ、十数項にもなるページを纏めて破り捨てる。宙を舞う無数のページ。だが不思議なことに破れた無数のページは地面に着地すると溶けるように消えていき、破れた箇所は全て白紙の項へと戻っていた。

 青髪の少年は羽根ペンをインクに浸すと、腕を組んで椅子の背もたれに背中を預けた。

 そのサイクルは数えるのが馬鹿らしくなるほど繰り返されており、少年の執筆活動は遅々として進んでいない。

 青髪の少年が気晴らしにパクリ騒動で後世に名を残したとある作家(・・・・・・)の本でも読んで散々酷評してやろうと思い立った時……ちょうど電話のベルがけたたましく部屋に鳴り響いた。

 青髪の少年が音の発生源に視線を向けると、机の横には散乱する紙束と積まれた本の山の隙間にいつの間にか電話が出現していた。

 念の為に云うが、少年が置いた訳ではない。

 その外観は現代ではめっきり見かけなくなったダイヤル式のアンティークめいた電話機であったが、その電話は木目や金属の光沢を見られずまるで巨大な蒼玉(サファイア)の鉱石を電話機の形に削り取ったかのような宝石細工の如き異質な見た目をしている。

 青髪の少年は大きく溜息を吐いた後……心底嫌そうな顔をして受話器を手に取った。

 

「はいこちら、三流童話作家のサーヴァント――キャスターだ」

 

 精一杯の皮肉と毒を込めて青髪の少年――キャスターは電話に出たのだが、電話の相手は特に気にした様子はなく、陽気な声でキャスターに応じた。

 

『…………………………………………………………………』

「何? 執筆活動は順調か……だと? 阿呆か貴様は! 何度説明するば分かる。俺は遅筆だ! なに? だったら保有している高速詠唱のスキルはなのためにあるか? ――馬鹿めッ、そんなものは飾りに決まっているだろう!!」

 

 満面のドヤ顔を浮かべたキャスターはまるで決まり文句でも口にするかのように、送受器に向かって云い放つ。けれどそれに対しても電話の相手は特に気にせず話を続けた。

 

『…………………………………………………………………』

「はぁ? またテコ入れで役者(エキストラ)を増やした! 今度は二人? 受肉した外典のセイバーに、月のマスターだと!? 全くどれだけ作家の苦労と登場人物を増やせば気が済むのだ。…………分かった、こちらは委細承知した」

 

 不満を隠そうともせずそう云いながらキャスターは、部屋の隅の木卓に乗せられた杯に視線を傾けた。

 

 ――それこそが今回の聖杯戦争においてサーヴァント召喚の呼び水に使われた聖杯。

 

 電話の主でありキャスターのマスターである人物が自らの迷宮で使っていたものを友人の協力を得て手を加えたものらしく、それは通常の聖杯とは異なり召喚の機能だけに特化していた。

 この聖杯の能力を詳しく説明すると――平行世界で行われている聖杯戦争を感知してラインへと割り込み……座から英霊が召喚されるか、もしくは敗退した英霊が座へと還るタイミングで干渉。こちら側へと引っ張り込んだ後、令呪を与えられたマスターの世界へと強引に召喚する仕組みとなっている。

 これにより土地の信仰基盤に関係なく強力なサーヴァントを呼ぶことすら可能であるが、欠点として維持による魔力の大半をマスターが賄わなければならず、召喚の際にサーヴァントの持つスキルや宝具が稀に欠ける場合もある。

 かくゆうキャスターも月の裏側にて少年少女に青臭いエールを送り、恋を知らなかった女性(マスター)に向かって告白までした後に、座へと戻ろうしたキャスターはそこからこの場所へと引っ張りこまれた。

 余韻を台無しにされた挙句、またも物語を書いてくれと頼まれた時は正直この電話機を窓に向かって放り投げてやろうかとも思ったが……物語の主役となるべき子供と出会って考えが変わった。

 

『■■ね! おおきくなったらツキにいってママのこころをとってくるんだ!!』

 

 不幸に塗れながらも幸福を信じてやまない子供の在り方に、キャスターはかつて自分が愛した少女の微かな面影を見た。だから――、

 

『ならば約束しよう。この俺がその物語を書き連ねると!』

 

 故にこうして不本意ながらもキャスターは執筆活動に従事している。

無論現在の彼……否、彼女の体を動かしているのが当人ではなく、電話の主であるマスターが選んだ別の魂魄(イレギュラー)であることも承知済みだ。

 

 

 ……だか、それがどうしたというのだ?

 

 

 所詮物書きなど独りよがりな生き物であり、加えてその身は作家になった時から既に読者の奉仕者(サーヴァント)と化している。

 当人が報われる、報われないなどキャスターにとって問題ではない。書くか書かないか? 問題はただそれだけのこと。

 それに元々童話とは子供のための物語である。

 ならば童話作家と呼ばれたキャスターが子供のために物語を書くのは、ある意味で当然のことと云えよう。

 

「しかしマスターのような存在が実在したとは……デュマのやつの大法螺もあながち嘘ではなかったわけか。本当に関わり合いなるとは、長生きも悪いことばかりではないな……まぁ死んでいる訳だが」

『…………………………………………………………………』

「はぁ? サーヴァントになったデュマも同じようなことを云っていた? アイツと俺が似たもの同士ぃぃ? やめろ、虫唾が奔る。アレと俺を一緒にするな。カタチは似ているかもしれないが在り方は正反対だぞ、ふざけるのも大概しろ! クッ、こんな姿で会えばヤツに何を云われるか……少なくと俺を指さし腹が捩れるほど大笑いした挙句、『コイツは傑作だ! 今なら俺の劇団の子役で雇ってやってもいいぞ』と、したり顔で云ってくるぐらいはやりかねんな」

 

 そんなデュマを幻視してキャスターは体をワナワナと震わせた。

 

『…………………………………………………………………』

「その話はもういいから、この後息抜きにあの喫茶店(・・・・・)に付き合え? ――だが断わる!! 確かにあの奇天烈な店は息抜きと人間観察にもってこいだが、毎回貴様の折り畳みケータイを持って入店など問題外だ。店員にセクハラがしたければ一人で向かうがいい!!」

『…………………………………………………………………』

「折り畳み式からスマートフォンに変えたから大丈夫? 時代は林檎? 寝言は寝て云え、引き篭もりが! ……付き合いきれん!! そろそろ切らせて貰う」

 

 そう云ってキャスターは受話器を台に戻して執筆活動を再開……する前に執筆用の眼鏡をかけ、ヘッドフォンを装着し、プラグを繋いだ電子タブレッドを操作するとウィリアム・シェイクスピアの悲劇『ハムレット』を基にしたオペラの名曲を選択する。

 キャスターの勝手知ったる様子のタブレット操作は、サーヴァントであるから現代の電化製品が苦手であるという話が偏見に過ぎないと如実に証明していた。

 やまない電話のベルをヘッドフォンでかき消しながらキャスターは執筆活動を続ける。

 

 

 

 

 彼が紡ぐその物語は主人公たる少年少女が月の裏側の魔王を打ち倒す物語よりも陳腐で捻りのない凡作(おうどう)

 

 

 ――主人公が■へと至り、数多の世界を滅ぼさんとする黒い聖杯(あくりゅう)を倒して世界を救う……どこにでもありふれた御伽噺であった。

 




次回(またはその次)ぐらいでアンデる……キャスターが云っていたイレギュラー二人が伊丹たちに合流する予定です。

では、


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第四十四話「交錯する命運。または変わりだす運命」

遅くなって申し訳ありません。
ただいま絶賛ハードワークの真っ最中です(白目)。
今月も土曜は全て仕事の予定です(レイプ目)。
日曜は疲れて眠っていたりしてしばらく執筆が滞っていました。

……すまない、ふがいない作者ですまない(†舞い降りし最強の魔竜†並み感)

代わりに残業代の一部をリリースした御蔭でグランドオーダーは大分面子が充実しました。(例を挙げるとジャンヌ、キャス狐、金時など)。
しかし今回のオケアノスガチャでは二枚の諭吉を生贄に捧げたのにもかかわらず、星四以上のサーヴァントが一枚も出ませんでした……ORZ
給料日になったらまた残業代をリリースするか検討中(課金の暗黒面)。



10連ガチャさん〈いくぞ課金者、給与の蓄えは十分か?



P.S

イア●ン屑過ぎマジワロタwww
ケイローン先生の家を馬小屋扱いとかwww




 彼女たちの命運は既に尽きた筈だった。

 かたや月の聖杯戦争にマスターとして参加したレジスタンスの少女。かたやサーヴァントとして外典の聖杯戦争に召喚された反逆の円卓騎士。

 共に完璧なる王に対して戦いを挑んだという共通点を持つ二人。

 一人は勝者たちに全てを託し、一人はマスターと共に答えを得て……異なる場所、異なる時間に位置する彼女たちは聖杯戦争を敗退し、それぞれの世界から消えようとしていた。

 それでも両者の心に未練はなく、また後悔もない。

 ならばきっと望んだ結末でなくとも、満ち足りた終わりであったのは確かな筈だ。

 

 ――故に、どこかの世界線の両名にとって、これは予想外の出来事であった。

 

 消えかけた意識が急速に再構成させる。まるで水底から全速力で水面へと引っ張れるような衝撃。

 ミキサーで意識を撹拌されるような感覚に十数秒晒された後……ドンッ! と地面へと落下した。

 

「痛ったい! 全くなによもぉ~~。――ちょっと待って! え!?」

 

 五感をかき乱されて前後不覚に陥った彼女は、直前のことを忘れた様子で悪態をつき、……直後に在り得ない事態だと気付いた。

 月の聖杯戦争に敗北した彼女はムーンセルによって消去され、現実の肉体も電脳死を遂げた筈なのだ。彼女が生きていられる訳がない。

 ならば奇跡的に生還した? ……いや、それも否である。

 月の聖杯へのダイブ地点に選んだのは水が枯渇して砂漠となった場所であり、朽ちていた廃船の一つを改装して、彼女は無防備となる肉体をコールドスリープさせていた。

 けれど彼女が現在居る地点は見渡すかぎり緑溢れる平野で、レジスタンスの拠点に改装された廃船は影も形もない。

 ふと自分の髪の色を確認してみると、アバターとして設定した黒髪ではなく金髪の自毛に戻っていることに気付く。

 電脳空間に没入している感覚はなく、されど全く見知らぬ土地に放り出されたせいか現実世界に居る実感も湧かなかった。

 

(まさかここが噂に聞く天国――な訳ないわよね。今までの自分の行いを鑑みれば地獄の方がお似合いだもの)

 

 自身の行いに後悔はない。だが彼女自身が絶対の正義ではないことにも自覚があった。

 西欧財団の次期当主であるレオナルド・B・ハーウェイを討てば、世界全体が混乱に包まれる可能性があることにも薄々気が付いていた。

 だがそれでも彼女はレジスタンスに加わり、月の聖杯戦争に参戦した。地獄に落ちる覚悟ならば、とうの昔に出来ている。

 彼女は深呼吸して自分を落ちつけようとする。

 

 

(こういう時に感傷に浸ろうとするのは“心の贅肉”ってやつよね。もしかしてわたしがアイツに負けたのも、そのせいだったのかも)

 

 幼い頃に彼女に帽子をくれた人物の言葉を思い出しながら、気持ちを入れ替えて冷静に情報確認を行おうとした矢先――ドンッ、と何かが落ちる音がした。

 彼女が振り向くと……そこには赤いジャケットを纏い、空になった煙草の箱を握りしめた金髪の少女が突如として出現していたのである。

 

「イテッ! 舌噛んだぞ! クソッ、何がどうなって……はぁッ!? なんだここ? マスターのヤツはどうなって……」

「……なっ! マスターですって? もしかしてサーヴァント!? 来なさい、ランサーッ!」

 

 反射的にそう叫んでから、彼女は残りの令呪とランサーを喪失していたことを思い出し、うっかりと敵性サーヴァントとおぼしき相手の前でうっかり大声を出してしまったことに気付く。

 ――瞬間、目と目が合う。

 当然ながら赤ジャケットのサーヴァントは立ちどころに反応し、コンマ数秒の内に実体化させた剣を彼女に突き付けた。

 

「ランサー、だと。――テメェ、もしかしてあのカメムシ女の味方してる“赤”のマスターか? ……あん? けどあの性悪女が自分のマスター以外も自由にしてるっつうのは――」

 

 剣を突き付けているサーヴァント――赤の剣士は、違和感を覚えていた。

 マスターであった獅子劫の話では、他の“赤”のマスターたちはアサシンによって既に処分されているか、さもなくばアサシンの毒で傀儡にされていると推測していた。

 ところが目の前の少女は明らかに自由意思で動いており、他のサーヴァントが近づいてくる気配も感じない。加えて少女は令呪を喪失している様子である。

 ……ならば“赤”のアサシンが消滅して、自分の意志を取り戻したということなのか?

 加えてだがマスターであった獅子劫とのパスが消滅したと確かに実感しているのにも関わらず、未だ現界し続けている状況もひどく奇妙である。

 そして今居る場所が一体どこなのか、まるで見当がつかなかった。

 この状況をどうしたものか――と、赤の剣士が考えあぐねていると、剣を突き付けられている少女が先んじて口を開いた。

 

「アナタは何者なのかしら? 月の聖杯戦争の生き残りはもう岸波君のキャスターとレオのガウェインだけの筈よ?」

「月の聖杯戦争? 確かにカメムシ女の城は空を飛んでいやがったが……待て、ガウェインだと!?」

 

 己の異父兄弟にして同じく円卓に席を置いていた騎士の名前を出され、赤の剣士は握った剣を震わせるほどに驚く。

 

「あの石頭、今回の聖杯大戦に参加してやがったのか? いや今回の大戦に参加したサーヴァントはイレギュラーを含めて十六騎。その中にアイツは……」

「十六騎? 何云ってるの!? 月の聖杯戦争は百二十八人のマスターと百二十八騎のサーヴァントと参加するバトルロイヤル形式の……」

 

 両者は互いの言葉に目を丸めた。

 二人の話は明らかに噛み合っていなかったが、それでも同時にサーヴァントやマスター等の一部の認識は共通している。

 困惑した空気の中、沈黙を積もらせる両名。

 しかしやがて……少女は身構えるのをやめ、赤の剣士は向けていた剣の実体化を解いた。

 緊迫していた雰囲気は、いつの間にか溶けるように霧散していた。

 

「……どうやら詳しく話をする必要があるみたいね」

「ああ、こっちも同感だ」

 

 少女は赤の剣士に歩み寄ると、片手を差し出す。

 応じるべき赤の剣士の片手に握られていたのは、マスターである獅子劫と共に吸った不味い煙草の空箱。

 それを見つめながら、赤の剣士は獅子劫の言葉を思い出した。

 

『――出会いは贅沢なものだ。そう思えば、どんな不快な人間と出会っても我慢できるぜ』

 

 彼の豪快な笑い声が耳の中で蘇り、赤の剣士は自然と口元を綻ばせる。

 

「……確かにあんたの云う通りだな、マスター」

 

 少女に聞こえないほどの小さな声で独白を呟いた後、くしゃくしゃになった煙草の空箱をジーンズのポケットに収めてから彼女は少女の手を取った。

 生前の……いや獅子劫に召喚される以前の彼女ならば、きっとその手を取ることなく拒絶しただろう。

 けれど今の彼女は違う。こういうのも存外悪くない……と、自らの意思で少女と協力し言葉を交わす道を選んだのだ。

 それは生前では絶対に在り得なかった心変わりだろう。

 

「トウサカ――遠坂凛よ。アナタは?」

 

 凛の名乗りに対し、彼女は真名の開示を一瞬躊躇ったが……聖杯大戦では既に周知されていたことを思い出し、はっきりと告げることにした。

 

「俺の名はモードレッド。騎士王アーサー・ペンドラゴンの息子にして、その王に反逆した大馬鹿者の騎士だ」

 

 初見の獅子劫に対しての自信満々な自己紹介とはうって変わって、自虐的な笑みを浮かべながら真名を明かした。

 そこには、父のことを何も分かっていなかった己に対する自嘲の意が込められていたのだろう。

 

 遠坂凛の名を持つもう一人の少女とアーサー王の写し身である彼女が手を取り合う。

 

 ――そうして出会う筈のない命運は交わり、新たなる二人の運命がファルマート大陸より始まったのだった。……伊丹たちが焼け落ちたエルフの集落を訪れる数日前のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊丹たちは森を焼き尽くした黒い竜が遠方へと飛び去っていくのを確認してから集落跡へ踏み込んだが……結果として発見出来たのは一名の生存者のみであった。

 外見的特徴から恐らくはエルフの女性と思われるが、気絶しているためそれ以上は分からない。

 伊丹たち第三偵察隊は救助者一名の報告をアルヌス駐屯地に入れると、急いでこれまで来た道を引き返し、途中に立ち寄ったコダ村へ向かう。

 その道中にて、隊員の黒川にエルフの平常時の血圧や脈拍や体温を聞かれて言葉に詰まった伊丹であったが、美埜里の『エルダントやハルケギニアの例では、人間とさほど変わらなかった筈ですよ』というフォローにより事なきを得た(……但し、黒川の伊丹に対する評価はさらに下がったが)。

 コダ村に到着すると、十数時間前に伊丹と言葉を交わした村長が再び伊丹たちを迎え入れた。

 村民たちは伊丹たちを格別歓迎するわけでも嫌悪をするわけでもなく、『なんかまた変な人たちが来た』といった目で見ている。

 伊丹は黒い竜など詳しい情報を聞くために、温存していた秘密兵器を使うことにした。

 高機動車の荷台に置かれた鍵付きの箱からチェーンで繋がれた二つの指輪を取り出し、伊丹はその片方を填めると……カタコトの言葉でコダ村の村長にもう片方の指輪を填める様に促した。

 

「コレ、ユビにハメる。コトバ、ツウじる」

 

 村長は伊丹の言葉に怪訝な表情を浮かべながらも、おそるおそるといった動作で指輪を填め……、

 

『あ~、こちらの言葉が分かりますか?』

「なっ!?」

 

 唐突に言葉が通じる様になって、村長は驚きのあまり仰け反り……指輪のチェーンで繋がった伊丹もつられて数歩前に出た。

 伊丹が持ち出した秘密兵器とは――ハルケギニアの風石とエルダントの技術を結集して制作された翻訳指輪である(取り付けられたチェーンは盗難防止のため)。

 行きに立ち寄った際の交渉で使用にしなかったのには勿論理由がある。

 使用の際に風石を消費するため使用回数に制限があるのは当然のことだが、現地に溶け込む任務がこの先あるかもしれないことを考慮すると……翻訳指輪を常用していては非常に目立ってしまいかねない。

 なので伊丹は今後のことを考え、出来るだけ翻訳指輪に頼らず付け焼刃の現地語での会話を詰めていた訳だ。

 だが黒い竜の出現で状況は一変した。伊丹は方針を変更し、エルフの保護の要請や黒い竜に関する少しでも多くの情報を入手するため翻訳指輪を使ったのである。

 

「お、お主らは一体何者なんじゃ!?」

「あ~その……今はそれよりもですね。実は教えていただいた森辺の村が黒い竜に襲撃されまして……」

「なんじゃと! 詳しく話してくれ」

 

 伊丹は森で目撃した巨大な黒い竜と全滅した集落のことについて村長に伝えた。

 

「そうか、エルフの集落は一人を残して全滅か。それで連れてきたエルフの娘というのは?」

「今は車の荷台で眠っています。村で保護して貰えませんか?」

「すまんが種族の違うエルフとは習慣が異なるのでな。エルフの集落に保護を求めると良い」

 

 そういうものか、と伊丹はメモ帳に追記しながら村長に質問を続ける。

 

「どこか心あたりはありませんか?」

「残念が近場では心当たりはないのう。遥か北の辺地に大きなエルフの集落があると耳にしたことはあるのじゃか」

 

 つまり近辺には保護を頼める場所はなく、必然的に自衛隊で保護する必要が出てきたということ。

 伊丹は上司への言い訳に頭を悩ませながら村長に礼を述べた。

 

「色々教えていただき、ありがとうございます」

「それはお互い様じゃ。お主らが龍のことを知らせてくれねばワシらは全滅していたところじゃ。本当に感謝するぞ。……そうと分かれば逃げる準備をせねばな」

「逃げる? つまり村を捨てるんですか?」

「そうでもせねば、次に食われるのはワシらかもしれんからな。人の味を覚えた龍は村や町を好んで襲うようになるのじゃよ。しかし……」

 

 村長は伊丹がスマートフォン(村長は翻訳指輪と同じくマジックアイテムのようなものだと思っているらしい)で見せている黒い竜の画像を見つめながら。

 

「この龍……炎龍でも水龍でもない。この巨大な黒い竜はまさか――」

「何か心当たりでも?」

 

 そう伊丹が云うと、村長は帽子を手に取って神妙な顔を浮かべた。

 

「いや……はるか昔に封印された邪竜の話を思い出してな。亜神たちの活躍によって倒され、最後は冥神ハーディによって、巨大な穴の奥底に鎮められたという話じゃったかのう?」

「邪竜に冥神ハーディ……」

 

 その単語を聞いた伊丹の背筋にゾワリとした感覚が奔った。元々危機感知能力の高い伊丹にとってそれは虫の知らせに違いなく。

 

(うわ~~、なんだが途轍もなく嫌な予感がしてきたぞ)

 

 ――間違いなく正しい直感であったと、後に伊丹は思い知ることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊丹たちは村長との会話の後、コダ村の非難準備の支援を行うことにした。

 嫌な予感がした手前、伊丹は今にもコダ村を出てアルヌスの丘に脱兎の如く引き返したいとも思ったが……全滅したエルフの集落を思い出しては捨てる訳にもいかない。

 荷物の積み込みを手伝ったり、馬車の列の整理を身振り手振りで行ったりと動いていた伊丹たちに突然トラブルの報告が入る。

 老朽化した馬車の車軸が折れ、馬や人が怪我したようで……伊丹は直ぐに現場経験豊富な桑原と医療に長けた黒川を引き連れて現場へと向かった。

 伊丹は駆けつけた村長に話をつけ、桑原は事故現場から人を遠ざけ、黒川がその場で怪我人を診察していく。

 すると桑原の制止を振り切り、青みがかった銀の髪の少女が現場へと足を踏み入れたのだ。

 

『おお、レレイか。カトー先生はどこに?』

 

 ちょうど翻訳指輪をしていた伊丹は村長が何を云っているのか正確に理解できた。

 どうやら少女の名前はレレイというらしく、カトー先生という人物の教え子か何かのようだ。

 

「村長、師匠は後ろの馬車」

『すまんな、緑の人よ。すぐにカトー先生を呼んでくるからここ頼む』

 

 レレイという少女の言葉を伊丹は上手く理解出来なかったが、指輪を外して後ろの馬車へと向かう村長を見て、カトー先生という人物がどこに居るのか聞いたのは明らかである。

 

(カトー先生というのは医者か、なにかか?)

 

 レレイという少女も迷いのない動作で怪我をしている子供を診ている様子である。その後入れ替わりで黒川が子供を診察し、すぐさま伊丹に報告を入れた。

 

「伊丹隊長、あの子供は一番危険な状態です。脳震盪か骨折の怖れも……」

「まじ!? どうしよう!?」

 

 ――その時だ。馬車の瓦礫に埋もれていた馬が暴れ狂い、レレイとい少女にもたれ掛かってきたのは。

 タイミング悪く、伊丹や黒川だけではなくベテランの桑原でさえ反応が遅れてしまう。

 もはや発砲程度ではどうにもならないほどに暴れ馬がレレイの方へと傾き……刹那、赤い雷光(・・・・)が馬を横合いから凄まじい勢いで蹴り飛ばした。

 ――いや雷光ではない、その正体はどうやら金髪の少女らしかった。

 その場に居た全員が目を見開いて驚く。

 

「――大丈夫か、ガキ? いや、オレの言葉が分かんねーか。しかし兵士崩れの野盗共から馬と食糧奪って散々平野を駆けまわって、やっと見つけた村だっつうのに……夜逃げの真っ最中とは一体どういうこった? ここに蛮族共でも攻めてくんのかよ」

 

 しかも悪態をつく金髪の少女の服装は腹部を晒したチュープトップに赤いレザージャケットというどう見ても現代風の恰好。加えて話している言葉は翻訳指輪を使わなくとも伊丹たちに理解出来た。

 伊丹たちが硬直する中、徒歩で馬を引きながらもう一人の少女が金髪の少女へと近づいていく。

 

「ちょっとモードレッド(・・・・・・)! いきなり馬から降りて駆け出して一体何が……え、ちょっと!!」

 

 伊丹と馬を引き連れた少女の目が合う。

 馬を引き連れた少女のまた現代風の恰好であり、赤い上着に黒いスカートとツインテールの髪型は……伊丹にとある(・・・)キャラクターのコスプレを連想させた。

 

「「その銃(恰好)、まさか……」」

 

 重なり合う声と声。

 

 ――こうして本来在り得ぬ者同士に交錯は新たな邂逅を生み、未知の運命を紡ぐのであった。

 




次回は謎の金髪少女二人と伊丹の邂逅編です。

出来れば早く投稿したいのですが……仕事が、ね(白目)

感想返しに関しては暇を見つけてしていきたいと思います(遠い目)。今しばらくお待ちください。

では、




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第四十五話「異邦人たちの集い。もしくは死の女神の訪れ」

年末を終え、仕事は何とか一段落付きましたが……今度は私生活にてトラブルが発生してしまいました……ORZ
なのでしばらくは更新ペースが鈍化したままだと思います。本当に申し訳ありません。
その為、感想返しは部分的に行っていきます……誠にすいません。


グダオは何故だかいつの間にかドレイク姐さんの宝具レベルが4に
それほど課金していないと云うのに一体何故なんだ……!?

それと乳上ことオルタランサーの胸部装甲がああなっていることを鑑みれば、いずれは聖槍の影響で事件簿のグレイたんの胸も!!(ル・シアン君並み感)



「大丈夫じゃったか! レレイ?」

 

 慌てた様子で賢者カトーはロバの牽く馬車から降り、レレイへと駆け寄った。

 普段は好色ジジ……好々爺のカトーではあるが、幼少期から孫のように世話を焼いてきたレレイに何かあれば一大事だと――珍しく焦った様子である。

  ……が、心配するカトーをよそにレレイは無表情のまま暴れ馬の騒動が起こった方向を指さす。

 

「師匠、私は平気。それよりもあっち」

「なに? アッチじゃと。アチラになにが……」

 

 レレイに促されて顔を向けると、そこには緑を基調とした斑色の服を纏った集団が(せわ)しなく動いていた。

 破損して道を塞いでいた馬車をどかし、怪我人を看護し、町の外へと避難する村人たちの交通整理を行い、誘導をしている。

 服装が統一されていることに加え、見事に統率された集団であるとカトーは心の中で感心していた。

 しかし彼等が何故自主的に村人を助けているか、カトーはよく分からなかった。もしかしたら避難の道中での護衛の売り込みをかけているのかもしれない。

 

「で、彼等がお前を助けてくれたのか?」

 

 レレイは一旦カトーに頷いてから、口を開く。

 

「肯定――でもそれだけではない。彼等はとても興味深い。彼等の乗っている緑の御車にはそれを牽く馬が居ない。何らかの仕掛けで動いている可能性がある。――それに彼等が携帯している鉄の長得物(ながもの)。最初は杖かと考えていた。けれど馬が暴れた際……彼等は即座に引き金のような部分に指をかけていた。なので弩弓(クロスボウ)にも似た武器の可能性がある」

 

 そうレレイに告げられ、カトーも緑の人たちに興味が湧いてきたが……同時にレレイが何を云いたいのかも理解する。

 けれど己の勘違いである可能性を考慮して、賢者カトーは好奇心の塊である弟子レレイにあえて問いかける。

 

「……それで何が云いたいんじゃ、レレイ?」

「しばらくは様子を見て。可能ならば彼等の道中に同行したい」

「ふむ――やはりそういう話じゃったか。学都ロンデルに向かう予定はどうする。お主の義姉のアルペジオには顔を出さなくても良いのか?」

 

 しかしカトーの言葉にレレイはかぶりを振り、

 

「それこそ、いつでも出来る事。加えてこの時期の姉は研究費の工面の為の写本作業に忙しいはず。顔を合わせても文句を聞かされるか、でなければ金銭の貸し借りを求められるのがオチ。それに――アルヌスの丘の噂は師匠も耳にしている筈」

「……やはりお主もその可能性に気付いたか」

 

 カトーの目付きが若干鋭いものに切り替わった。レレイも相変わらずの無表情ではあるが、纏う雰囲気には変化があった。

 学者であるカトーやレレイには独自の情報のネットワークがあり、帝国が異界へと繋がるアルヌスの丘の門を設置、開通したことは耳にしていた。

 さらにここ最近、アルヌスの丘周辺の地域の治安が急速に悪化しつつあることも噂として耳朶に触れている。

 軍属から離れて山賊へと転身するものは、帝都から離れたこの地域でも定期的に現れるのだが……今回は少しばかり規模の大きさが違う。

 帝国に従属する周辺諸国の軍まで駆り出された話を考慮すると、帝国は門の向こう側からきた何者かに圧されている可能性が浮上する。――未知の世界、未知の文明からやってきた何者(なにもの)かに、だ。

 カトーは緑の服をチラリと横目に捉えた。

 

「これは……もしかするかもしれんのう」

 

 アルヌスの丘は聖地に指定されて以降、帝国お抱えの学者でさえ許可がなければ立ち入れない場所となっていた。しかし今ならば……。

 

「まぁ……結論を急ぐ必要はなかろう。しばらくは彼らの動きに注視するとしよう」

 

 コクリとレレイが頷く。

 その後、村長から「ジエイタイ」と名乗る彼らがコダ村の避難民の警護を自主的に買って出てくれたと聞いたカトーとレレイは、しばらく付かず離れずで彼等の行動を観察することとなった。

 これが伊丹耀司とレレイ・ラ・レレーナの深い縁の切っ掛けであり、後に(色々な意味で)伝説として語られる伊丹のハーレム立志伝の始まりであることを、今はまだ(海苔緒などの例外を除いて)誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばし時を遡り、遠坂凛たちとの邂逅の場面へと戻る。

 そこには黒川を手伝い、慣れた手付きで負傷者の手当てを行う凛と、住居の石壁によりかかり射抜くような目付きで伊丹たちを見据えながら佇むモードレッドの姿があった。

 出会ってそうそう驚きの声を上げた凛と伊丹の両名であったが、馬車の車軸の損傷によって負傷した家族を前にして、凛は手当の手伝いを半ば強引に始めたのだった。

 黒川も初めは咎めようとしたのだが、余りに正確で熟練した手並みであったため、なし崩しに凛のサポートを認めてしまう。

 

「どこかで医療従事の経験が?」

 

 本当ならば『銀座で拉致された被害者の方ですか?』等と黒川は聞くべきであったが、年端のいかぬ少女ながら自分以上に場数を踏んでいるように思えてならない手並みの凛に、思わずそう聞いてしまった。

 凛は目線を変えず、負傷者の治療に集中しながらも黒川に答える。

 

「以前NGO団体に所属していたことがあるわ。その時は医療機器のシステム管理技士の真似事をしていたのだけれど、その時は全然人手が足らなくて。おかげで医療処置の大半を現地で全部教わったわ。その後も色んな最貧国を回ったのだけれど……その経験が随分役立ったわよ。ところで貴方たちはどこの国の軍人なの? どうやら皆、日本人のようだけれど?」

 

 凛の知る日本は20世紀の末に起きた大災害によって国家が破綻し、今は無政府状態と化している。生き残った日本人の大半は西欧財団の庇護を受けて移住していた。

 そういった事情から凛は、伊丹たちが西欧財団の属する軍人かと警戒していたのだが……、

 

「我々は日本政府より派遣された陸上自衛隊の隊員です。貴女は銀座事件の拉致被害者ではないのですか?」

「日本政府ですって? 日本の行政機関は1970年代の大崩壊(ポールシフト)の二次被害で起きた自然災害でとっくに壊滅した筈よ!! 貴方たち、西欧財団の所属じゃないの!?」

「え?」

「あっ!」

 

 凛が思わず口が滑ったと思った時には――既に後の祭り。

 モードレッドから得ていた平行世界の情報を鑑みれば、相手との齟齬は十分考えられた事態である。

 壁に寄りかかって腕を組んでいたモードレッドは、深く嘆息しながら『大丈夫なのか、コイツ?』と内心で呟ていた。

 こうして優雅たる()遠坂一族の伝統芸能『うっかり』によって、両者の話は急速に先へと進んだのだった。

 

 

 

「つまり貴女は中東に居た筈が……気付いたらこの世界に漂流していた、と。そして貴女から見て私たちの世界は数十年前の過去の世界という訳ですか。俄かには信じらせません」

「端的に云えばそうなるわね。但し厳密には、違う未来を辿った平行世界なのだけれど。しかも日本政府が存続しているだけでも私から見れば奇妙なのに……挙句異世界から門が開いて、ローマだか十字軍が侵略にやってきたって……どんなファンタジー小説よ」

「いえ、月で外来の知的生命由来らしき遺跡が発見されたという貴女の世界も十分SFの範疇だと私は思いますけれど……」

 

 極めて低速で移動する装甲車両の中で凛と黒川がそんな言葉を交わしていた。

 凛とモードレッドはコダ村の村民の避難に付き添うこととなった伊丹たちに、同行している。

 車輌の速度はコダ村の人々の逃避行に合わせてのことだ。突発的な大移動の中で次々と問題が発生し、行軍の列は遅々として進まない。

 現在も車両内には伊丹たちや凛だけではなく、コダ村の子供や妊婦、負傷者などを積載限界まで搭乗しているのだ。

 そんな状況下ゆえに伊丹たちが凛やモードレッドと会話をする時間はいくらでもあった。

 黒川などは最初、凛が銀座で拉致された影響で錯乱し……ありもしない平行世界などという誇大妄想で現実逃避をしているのではないか? と考えていた。

けれど、それにしては受け答えがはっきりしており、凛が語る平行世界の情勢もひどく具体的な内容だったため、次第に黒川も凛の話を信じ始めている。

 まぁ、それでも銀座事件後がなければ、信じようとは思わなかっただろうが……良くも悪くも銀座事件やハルケギニア、エルダントなどの異世界の存在が人々の常識に影響を及ぼした結果だろう。

 ……しかしながら伊丹や倉田、美埜里の三名は別の意味で凛の存在が信じられないのである。

 

「それでさ何度も確認するようだけど……本名は『遠坂凛』で良かったんだよね?」

 

 助手席に座る伊丹が後ろへ振り向き何とも云えない表情を浮かべながら尋ねる。隣でアクセルペダルのベタ踏みを続ける倉田も平静を装いながら、隠しきれない興奮の入り混じった顔をして聞き耳を立てていた。

 凛はうんざりとした様子で、

 

「だから何度も云ってるでしょ! 本名よ! 本名! 確かに見た目は日本人には見えないかもしれないけど4分の1は日本人の血が入っているわ! そもそも私の名前は祖父の本妻の娘である叔母様にあやかって同じ綴りが与えられたの! だから漢字で『遠坂凛』なの!! 付け加えるなら私の服装や髪形も叔母様の影響よ! ――悪い!?」

「いや別に悪いとか、そう云うことが云いたいわけじゃなくて……」

 

 伊丹は引き攣りそうな笑みを浮かべ、言葉に詰まってしまう。普段ならば余計に回る舌も今は上手く動いてはくれない。

 すると意を決した倉田が会話に口を挟んだ。

 

「りり、り、凛ちゃん、は!」

「ハァ! 凛ちゃん?」

 

 いきなりの倉田の『ちゃん』付けに凛はドスの効いた声色で返す。

 レジスタンスに居た頃(伊丹たちにはまだ話していない)は、歴戦の勇士に囲まれてずっと子供扱いされてきた凛にとって『ちゃん』付けは許せるものではなかったのである。

 凛の反応に倉田は慌てて訂正した。

 

「り……遠坂さんは、名前の同じ叔母さんと似てたりするんですかね?」

 

 叔母さんという単語の部分に凄まじい抵抗を感じながらも倉田が云いたかったことを吐き出すと、凛は少し考える様に小首を傾げ……、

 

「似ていると思うわ。叔母様の子供の写真を見せて貰ったけれど、髪の色以外はそっくりだったもの。日本の“冬木市”にある本家に顏を見せに行った時も色んな人にそっくりだって色んな人に云われたのを覚えているもの」

 

 冬木市の名を聞いて伊丹と倉田はビクリと反応した。車外で難民たちの行軍のサポートに出ている美埜里も、きっと同じ反応をしただろう。

 ただ黒川だけは不思議そうに凛へと尋ねる。

 

「冬木市……聞いたことのない地名ですね。それにそちらの世界では1970年代の災害で日本の行政は崩壊し、殆どの日本人は欧州に移住したのでは?」

「殆どは、ね。けど一部の人間は各地にコミュニティを作って日本に残ったのよ。冬木市のコミュニティもそう。遠坂の本家は冬木のコミュニティのまとめ役をしていたわ」

「……そうなのですか」

 

 先入観のない黒川が凛と言葉を重ねていく中……伊丹はいつ切り出そうか考えあぐねていた。

 それは“とあるゲーム”に関する話であり、同時に凛と共に現れた人物の正体の核心に触れる……、

 

「リン、戻ったぞ」

 

 そんな時、ちょうど(くだん)の人物――モードレッドが荷台側から車内へと戻ってきた。満員の中、黒川の隣で眠っているテュカの横に空いた僅かなスペースに座り込む。

 その過程でテュカの長い耳を目に入れたモードレッドは戸惑いの混じった苦々しげな表情を数秒だけしていた。

 

「お疲れさま、モードレッド。それで外の様子は?」

「落伍者が徐々に増えてきてはいるが、想定の範囲内ってやつだろ。道から外れた馬車は全部引き戻してやった。それと破損した馬車はそこの伊丹ってヤツの指示通り、最低限の荷物だけ持たせて持ち主に火をかけさせといたぜ」

「……そう」

 

 モードレッドの言葉を聞いて、凛は憂鬱そうに顔を浮かべた。

 凛の要請を受けてモードレッドは自衛隊の活動を手伝っていた。特に泥濘にはまった馬車を押し出す作業などは彼女の独壇場だったと云っても過言ではない。

 自衛隊員数人がかりでも押し出せなかった馬車をモードレッドが片手で軽々と押し出した時などの表情は筆舌しがたいものがあった。

 しかし全く気負いのない表情を浮かべて『火をかけさせた』と口にするモードレッドに対し、怒りを抑えられず黒川は睨みつけた。

 けれどモードレッドは特に怒る気配はなく、むしろ呆れた様子で……、

 

「あのな――ならアンタだったらどうするんだよ? 抱え込めねぇ量の荷物を前に呆けているヤツをどうやって前へと進ませる?」

「それは……」

 

 言いよどむ黒川に、モードレッドは案の定と云った表情で言葉を続けた。

 

「どんなに“完璧な王様”だってな、場合によっちゃ村一つ犠牲にする時だってあるんだよ。――でなきゃ村一つどころじゃ済まねぇからだ。竜の襲撃だけじゃねぇ。どうやらここら一帯、自衛隊(アンタら)が討ち漏らした残党が山賊に鞍替えして蔓延(はびこ)ってるみてぇだからよぉ。全体の逃げる速度が下げれば下がるほどほど襲われるリスクは上がるぜ。アンタは竜の生餌にされるか、畜生どもの慰み者にされるか……どっちが幸せだと思う?」

 

 モードレッドはこの逃避行での危険の原因の一端が自衛隊にあることを暗に告げていた。

 衰退していくブリテンで騎士王の背中と共に数えきれない犠牲者を見てきたモードレッドの言葉には、経験に裏打ちされた確かな実感がこもっている。

 過去の光景がよぎったせいか、モードレッドはゾっとするような笑みを浮かべた。言葉の通じないコダ村の人々を含め、皆車内の温度が数度下がったかのように感じたほどだ。

 その笑みを直視した黒川は思わず聞いてしまう。

 

「貴女、本当に一体何者なんですか? 遠坂さんとはまた別の世界から来たと仰っていましたが……」

「さぁな、アンタには何に見えるんだ?」

 

 見た目は少女のようであったが、中身は違うと黒川の本能が訴えていた。

 普通の人間は自分の数倍の体重を持つ馬を、物理法則を無視して数メートル先に蹴り飛ばすなどという芸当出来る筈もない。

 ただそこに居るだけで強烈な重圧を放つ存在。黒川にはその正体がまるで人ではないモノのように思えたのである。

 

「それについては俺から聞いてもいいかな?」

 

 ここで伊丹が口を挟んだ。アルヌスの丘に戻ってから説明して暴れられても困るのだ。伊丹たちが基地へと帰還する頃にはこの地に“彼等”がやってくる予定であった。切り出すタイミングはここしかないと、伊丹の勘が告げている。

 

「あらかじめ云っておくけど俺達は君たちと敵対する気は全くないんだ。OK? 分かった? 理解してくれた?」

 

 伊丹は深く念押しする。

 

「なによ、一体なんの話?」

「もったいぶらずにさっさと云いやがれ」

 

 凛とモードレッドに促された伊丹は一度大きく深呼吸をしてから覚悟を決めて口を開く。

 

「もしかしたら“サーヴァント”って単語に聞き覚えがあったり……なんて?」

 

 瞬間、車内の空気が一変した。『真の英雄は眼で殺す』と某英霊は云っていたり、バロールの魔眼は見ただけで相手を殺すと語られたりするが……苛烈な殺気を湛えたモードレッドの双眼に射抜かれた伊丹は自分が死んだかのような錯覚を感じた。

 より正確に説明すると伊丹は自分の首と胴が離れる光景をこの時、幻視していた。

 後の伊丹がこの事を思い返す度……失神しなかった自分を褒めてやりたくなったと云う。

 

「――おいてめぇ、どういうことだ。説明しろ?」

 

 凄まじい怒りを秘めたモードレッドの声。

 伊丹は歯をガタガタと震わせながらも必死に舌を回した。

 黒川には当然の如く何の話か分からずに蚊帳の外である。

 

「ちょ、ちょっとタンマ! 待って! だから説明するから落ち着いて!! ただタイミングが掴めなくて話さなかっただけで、決して君たちを騙すつもりは……っと!!」

 

 伊丹の弁解の途中で低速で移動していた車が停止した。倉田がブレーキを踏んだのだ。

 

「伊丹隊長……前! 前見てください!!」

「何云ってんだよ、倉田! 今それどころじゃ……」

「ゴスロリ少女が居るんすよ! それも目と鼻の先に!!」

 

 伊丹はモードレッドに睨まれていることも忘れて正面へ振り返る。

 

「うお、マジだ! 本物のゴスロリ少女!?」

 

 すると眼前の少し遠方には身の丈に合わないハルバートを手にしたゴスロリ服の少女が道の真ん中に座り込んでいた。

 

(銀座事件で連れ去られた娘? いや……)

 

 モードレッドのことが頭に浮かび、伊丹の中で嫌な可能性に気付いた。故に……、

 

「すいません、話の続きはまた後でしますので……今から前方で道を塞いでいる人物と接触してきます。モードレッドさん、護衛を頼んでもいいかな?」

 

 モードレッドは直ぐに察した様子で。

 

「……あぁ、そういうことか、分かったよ。その代わり洗いざらい知ってることを話してもらうぞ」

「……分かりました。俺に話せることなら」

 

 冷や汗をかきながら伊丹は頷く。

 黒川を話に参加させるか考えつつ伊丹はモードレッドを伴って、無数のカラスに囲まれた黒いドレスの少女に近づいていき……後、数メートルの距離でモードレッドが忠告するように囁く。

 

「気を付けろ。あの女……体中に血の匂いがこびり付いてやがる」

 

 伊丹はその言葉にゾクリと背筋を震わせた。

 




次回はロウリィとの邂逅です

では、


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第四十六話「赤と黒の交錯。または伊丹耀司の受難」

年末のトラブルが何とか解決しましたので投稿再開。

ヒロインXさんの宝具がキ○トさんのスターバースト・ストリームにしか見えない今日この頃、最近のfategoの目ぼしい成果は呼び符で召喚出来た乳上ぐらいです(震え






 結論から云えば……戦闘にはならなかった。その代わりエムロイの使徒を自称する少女――ロウリィが伊丹たちに同行することになったのである。

 

「あら~。いいわ、中々の乗り心地ね」

 

 助手席に座る伊丹の膝の上に腰を下ろした黒ゴスの少女は、魅力的なヒップを小刻みに揺らしながら非常に艶めかしい笑みを浮かべていた。なので誰がどう聞いたとしても意味深なセリフにしか聞こえない。

 

「羨まし過ぎますよ、隊長ぉぉぉぉっぉぉ!!」

 

 伊丹の隣で数時間ずっとアクセルのベタ踏みを続ける倉田が絶叫を上げる。極度の羨ましさからくる魂の雄叫びであった。

 黒川など、エルフの少女を看護しながらもあからさまな軽蔑の目線を送っている。

 凛はコダ村の子供を相手にしながらも呆れたような表情をしており、モードレッドは多少警戒した様子でロウリィから預かったハルバートの近くに腰を下ろしていた。

 どうしてこうなった……伊丹は十数前の出来事を思い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――十数分前。

 高機動車の前に出た伊丹はモードレッドを伴い、黒ゴスの少女に対して交渉を試みた。

 

「サ、サバール・ハル・ウル(こんにちは、ご機嫌いかがですか?)」

 

 一応最初は日本語で呼びかけたのだが、黒ゴスの少女は小首を傾げるばかりで反応がなく……伊丹はすぐさま特地の言葉に切り替えた。

 随伴するモードレッドは、どこからともなく取り出した剣を肩に担いだ状態で伊丹の護衛に付いていた。

 伊丹がサーヴァントという単語を出したせいだろう。もはや隠す気もないらしい。

 

『あなたたちはどこからいらしてぇ、どこへいかれるのかしら?』

 

 甘ったるい猫撫で声であった。

 どこかの哲学の引用のようなセリフだったとか、そんなことは伊丹には分からない。もう少し頑張って言語習得すべきだったとか……そんな向上心に溢れた気持ちも特に湧かなかった。

 伊丹はさっと翻訳指輪を取り出し、カタコトで黒ゴスの少女に説明する。

 

『このユビワ、ハめる。コトバ、ツウじる』

 

 伊丹は相手を安心させるために先んじて指輪を填めるが、ほぼ同時に全く物怖じした様子のない黒ゴス少女が躊躇うことなく指を装着し……刹那、伊丹の体に電流が奔った。

 

「え?」

『あら?』

 

 何かの回路が接続されたかのような感覚。直後、膨大な情報が伊丹の中に流れ込んでいく。その殆どを伊丹は知覚することが出来なかったのだが……。

 

(なんだこの光景? どこかの結婚式……いや、乱入して妨害しているのか?)

 

 どこかの誰かが結婚をご破算にしようと奮闘する記憶が伊丹の中で少しだけ再生された。

 けれどその状態は長く続かず……突然、両名が填めていた指輪が独りでに破損した。

 

「あれ、え? えぇぇぇ!? なんで?」

 

 何度も『貴重品ゆえ取扱いに注意するよう』にと厳命されていた伊丹は、ショックで声を荒げてしまう。そしてまるで教練で空の薬莢を拾い集めるかのような迅速さで、砕けた指輪の欠片を拾い集めた。

 この時の伊丹は知る由もなかったことだが、翻訳指輪は魔力を媒介として使用者の魂を擬似的に繋ぐことで互いの言葉を理解するツールであり、残り数十年あまりで神霊へと昇神する特殊な魂を持つロウリィへの接続などは完全に想定外であったのだ。

 結果として許容オーバーを起こし、翻訳指輪は自壊したのだ。けれど翻訳指輪の耐久性がもし高かったなら、その場合は伊丹の魂の方が過負荷で焼き切れていただろう。

 指輪は自壊した際モードレッドはとっさに身構えたが、伊丹が情けない声を上げながら指輪の欠片を拾い集めるさまを見て、呆れたように肩を竦めた。

 黒ゴスの少女――ロウリィは目を丸くしながら指輪の填まっていた己の手をしばらく眺めた後……。

 

『会ったばかりの相手といきなり魂を繋ごうなんて不躾な道具ね』

 

 ロウリィの言葉に、欠片を拾い集めていた伊丹の動きが止まる。

 

「あれ? なんで言葉が……」

 

 ロウリィの言葉は現地のものだったが、伊丹の頭の中のその日本語訳がすらすらと浮かんだのだ。

 

『まぁ、今回は事故みたいなもののようだし。これについては不問にしておくわぁ。それに――』

 

 今まで様子を伺っていた複数のコダ村民が近づいてくる。皆エムロイの信徒であった。彼等にとっては地獄に仏のような心境だったのだろう。

 彼等は一様に跪き、ロウリィに祈りを捧げる。

 

『おお聖下! 斯様な場所でお目通りが叶うなど! 我ら一同、喜びに我を忘れてしまいそうです』

 

 そう口にした信徒の一人は、実際に涙を流しながら身を震わせていた。

 

『近隣のエルフの村落が竜の襲撃を受け、私たちは村を捨ててここまで避難してきました。どうかこの旅の無事をエムロイの名の下に祈っては頂けないでしょうか?』

『竜の襲撃?』

 

 ロウリィは眉を顰めた。ここまでの道中で良くない噂を耳にしていたからだ。一つは五十年早く活動期に入ったという炎龍の噂。もう一つはハーディが封印していた邪竜が復活したという報。

 ハーディの性格をよく知っているロウリィには、それ等が意図的に起こされたように思えてならない。

 翻訳指輪を介した伊丹との接触によって大方の事情(・・・・・)を察したロウリィはこれから行動に関して決断を下した。

 つまり……、

 

『お祈りならお安い御用よ。それと――「ねぇ貴方、アルヌスの丘まで同行させて頂いてもよろしいかしらぁ?」』

「あ、え……?」

 

 指輪の欠片を全て拾い集めて立ち上がった伊丹は、ロウリィに突然日本語で話しかけられて硬直した。しかも『アルヌスの丘に連れて行ってくれ』と云っているのだ。

 伊丹は気付かなかったが、伊丹にロウリィの情報が流れ込んできたのと同様に、ロウリィの中にも伊丹の情報が流れ込んでいたのだ。

 しかも亜神であるロウリィは断片的な情報しか知覚出来なかった伊丹と違い、伊丹の記憶の多くを知覚していたりする。

 

 

 ――それ故に興味も湧いた。

 

 ロウリィはチロリと舌なめずりをしながらごく自然に視線を伊丹に合わせる。その挙動は完全に捕食者のソレだ。

 曖昧な笑みを浮かべながらもどうするべきか思案した伊丹は、信徒ににこやかな笑みを向けるロウリィを見て取り敢えずの脅威はないと判断し、高機動車に連れ帰ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めて名乗らせて貰うわね。私はロウリィ・マーキュリー。断罪と死を司る神――エムロイに仕える使徒よぉ」

 

 ロウリィの自己紹介は聞く人が聞けば、――闇を纏わされ逆十字を標された(以下略のような中二病的名乗りにしか聞こえないのだが、推定数十キロのハルバートを片手で軽々しく扱っているとなれば話は別だろう。

 高機動車に搭乗する際ロウリィがモードレッドに預けたのだが、その重さに多少なりとも眉を顰めたほどだった。

 さらに云えば自衛隊の面々は既に、銀座で捕縛した捕虜たちの情報から亜神の存在について聞き及んでいた。

 

「それでそのエムロイの使徒様とやらが、なんで全身から血の匂いを漂わせながらこんな辺鄙な場所を徘徊してやがんだよ?」

 

 皆がロウリィの存在に圧倒されている中、モードレッドは躊躇うことなく切り込むようにして言葉を投げた。さすがは“叛逆”の二つ名持ちである。

 モードレッドの相手を威圧するような視線と物云いに対し、ロウリィはさして動揺することもなく悠然した調子で答える。

 

「あら嫌だわぁ。ちょっと“おいた”が過ぎる方々が居たからエムロイの信徒の責務に従って“ご喜捨”をして頂いただけよぉ」

「それで命を“寄付”してもらった訳か……おっかねぇ宗教だぜ。まぁ大方相手は野盗だろうけどな。この近辺を竜が飛び回ってるなら他の村からも逃げ出すだろうし、慌てて単独行動に奔るやつも出てくる。群れから外れた羊ってのは、いつの世も野盗(ノライヌ)共にとって格好の獲物(カモ)になりやがる」

 

 モードレッドの指摘は的を射たものだった。

 ロウリィが処断したのはこの近辺を荒らし回っていた野盗の一団だ。彼等は躊躇も慈悲を持ち合わせず獣の如く何もかもを殺して犯して奪っていった。だというのに……。

 

「仰る通りよ。どうしようもない輩だったわぁ。自分たちはさっきまで獣のように振る舞っていたのに、いざ自分の番が来たとなると、連中まるで人のように慈悲を乞い始めたの。ホント最悪の気分よぉ」

「成程、そりゃ半端モンだな。野良犬にだって野良犬なりの矜持(プライド)はある。――だがそれすらなけりゃそりゃ……ただの畜生だ」

 

 周囲はロウリィとモードレッドの会話に、色んな意味で付いていけなかった。現代日本とは余りにかけ離れた価値観。両名共に幾度も修羅場を潜り、殺し奪うという形で数えきれない命に触れてきた故の共通認識のようなものだ。

 彼女たちが触れてきた命の総量は、療従事者として働いてきた黒川や、ベテラン自衛隊員として幾度も災害救助活動に従事してきたベテランの桑原陸曹長ですら遠く及ばないだろう。

 モードレッドの暫定マスターをしている凛だけは内心で理解を示していた。エキストラ世界において長くレジスタンスでの生活を送ってきたことと、月の聖杯戦争のパートナーであったランサーが語るケルトの常識(非常識)に触れてきた成果といえよう。

 

「ええその通り――貴方、話が分かるわね。我が主神エムロイは善悪を語らない。あらゆる人の(さが)を受け入れるわぁ。但し、自ら選んだ道を汚すような真似は我が主神の怒りに触れると覚えておいてちょうだい」

「へぇ――じゃ聞くが、例えば王に牙を剥いて国を滅ぼした反逆者だとしてもアンタの神は祝福してくれるのかよ?」

 

 その問いは自然とモードレッドの口から零れていた。『王に刃向う反逆者』というワード

を耳にした伊丹はいよいよモードレッドの正体を確信する。

 

(遠坂凛に同名でそっくりな恰好をした少女に、モードレッドという名前のサーヴァント。まさかと思ったけど……やっぱり。ああ! どうやって報告すればいいだよ、こんな事態!!)

 

 伊丹の胃がキリキリと痛む。こんなにも自分が置かれた状況から逃げたいと思ったのは伊丹も久しぶりである。

 そんなことは知る由もなく、真剣なモードレッドに対してロウリィは明快な解答を示す。

 

「当然よぉ! その過程に何の曇りや迷いもなく、最後まで叛逆の道を走り抜けたというのなら、エムロイは喜んでその魂を祝福するわぁ」

 

 それを聞いたモードレッドはしばし目を丸くした後……腹を抱えて盛大に笑った。

 

「面白ぇな、アンタらの神様は。俺は基本的に神様ってヤツが大嫌いなんだが……アンタが仕えている神様なら好きになれそうだ。無論アンタのこともな」

 

 モードレッドにしては珍しい素直な賛辞だった。対してロウリィもモードレッドに好意的な言葉を返す。

 

「私もよぉ。こんな強い輝きを持った魂を見るのは久しぶりだわ。大きな光と大きな闇の両方を秘めた穢れなき魂。まるで無垢なる刃のよう。――そして向こうのあの子も」

 

 ロウリィが目を向けた先に居たのは……コダ村の子供たちの相手をする凛。

 凛は若干戸惑いつつも子供の相手を一時中断し、己を指さしてロウリィを見た。

 

「え、私?」

「そうよぉ。齢に似合わず何度も修羅場を潜り抜けたのが分かるわ。その試練の数々が貴女の魂を磨いてきた。故に貴方の魂は宝石の如き輝きを放っているわぁ」

「そうなの? そんな風に褒められたのは初めてのことだけれど『ありがとう』と返しておくわ。それに、そういう貴女も普通じゃないのよね。少なくとも見た目通りの年齢ではないのは確かでしょうし?」

 

 月の聖杯戦争に参加していた凛だからこそ分かる。ロウリィという少女が放つ存在感はサーヴァントに比類すると云っても過言ではない。

 しかもサーヴァントで云うところの神性スキルに近しいナニカを内包していることも凛は看破していた。

 

「あらぁ? レディに対して無暗に年齢を聞くのはマナー違反よぉ」

 

 軽い牽制程度のドスが込められたロウリィの声に釘を刺され、周りも萎縮する。運転手の倉田は『つまりそれはロリババァってことっすか!!』と大変失礼なことを考えていた。

 凛は軽く謝罪してから話を再開する。

 

「ごめんなさい。少し気になっただけだから忘れてくれると助かるわ。それより何でロウリィ……さんは、何でアルヌスの丘へ?」

 

 少し迷ってから凛はロウリィにさん付けをした。目上に対して敬意を示してのことだ。

 ロウリィは頭を振って凛へ訂正を促す。

 

「“さん”付けはいらないわぁ。気軽にロウリィと呼んでちょうだい。――それで私がアルヌスの丘に目指す理由だけど。ハーディがまた門を開いたって噂を聞いて様子を見に来たのよぉ。前の時は大したことにならなかったのだけれど……」

「ちょっと待った!! すいません、前の時って?」

 

 伊丹がロウリィの話を遮った。前にも……とは以前にも門が開かれたということでは!?

 

「あら!? 貴方たち知らないの? アルヌスの丘の近くに積み木みたいな大きな石材が円形に並んだ場所があるだけれど……そこも以前は世界と世界を繋ぐ開門装置だったのよぉ。数千年前にハーディが気紛れで作ったらしくて……ずっと放置された後、ちょうど数百年くらい前に使用されてたわ。……確か“ブリテン”とかいう国に繋がっていたと思うのだけれど」

「え!? あのストーンヘンジもどきが!!」

「はぁ、ブリテン……だと!!」

 

 伊丹とモードレッドの二人は同時に驚きの声を上げた。

 伊丹たち自衛隊もストーンヘンジに類似した遺跡について既に調査を開始していたが、まさかそこが開門装置だとは夢にも思わなかったからだ。

 モードレッドとしては自分の国が話題に出たことが純粋に驚きだったのだろう。

 

「前回は限られた商人たちが、交易に使っていただけだから特に問題はなかったのよ。主に衣服や染料を取引していて……この世界の衣料技術が上がったのもこの時だったわぁ。私の着ている神官服とかもその成果と云っていいわね」

「それって神官服だったんだ。つまりエムロイの神官はみんなそんな服を? もしかして年配の方も?」

 

 伊丹はゴスロリを着たお婆さんの姿を想像して、少しだけ気分が悪くなった。

 

「安心してちょうだい。男性用の神官服のデザインは女性のものとは違うし、私みたいな例外を除いて、エムロイの女性神官服は年齢に応じてフリルの数が減っていくから貴方の想像しているようなことにはならないわ」

「はぁ――良かった」

 

 伊丹はほっと胸を撫で下ろした。『絶対に笑ってはいけないエムロイ神殿』といった事態が起こる可能性はなくなった訳だ。

 

「それで前回開いていたっていう開門装置ですが……今でも使えるんですか?」

「使えないわ。一度に開ける“門”の数は一つと決まっているの。仮に使用可能な状態で現存していても、アルヌスの丘の門が開いている限りは他の門は開かないのよ」

「そうですか……」

 

(イギリスかぁ……あの国にも“門”があると知れたらどうなることやら?)

 

 伊丹は内心で辟易とした。何せ数枚舌の外交を何百年と続けてきた腹黒紳士の国だ。 リーマンショックの影響で金融業に多大な打撃を受け、以降ゆるやかに国力が衰退している国でもある。

 自国にも門があると知れたら、日本に対し何らかのアプローチを始めるのは明白である。

 

(……まぁ、それは俺が考える事じゃないな)

 

 報告だけして後は政治家たちに任せればいいと、伊丹はそれ以上考えるのはやめた。

 しかし一難さってまた一難。

 今度は黒川がモードレッドに突っかかった。

 

「そろそろ教えてください、モードレッドさん! サーヴァントとは一体何なんですか! 貴女の正体は!?」

「ちょ、ちょっと黒川二曹! 落ち着いて……」

「伊丹隊長は黙っていてください!!」

 

 いつも冷静な黒川らしからぬヒステリックな叫びであった。短時間に衝撃的な情報を連続で聞かされ、混乱しているのかもしれない。

 黒川は改めてモードレッドにしっかりと視線を定めた。

モードレッドとしてはロウリィに警戒して棚上げしていたサーヴァントの話題を口に出す絶好の機会である。

 

「凛さんとも違う異世界から来たことは知っています。しかし先ほどの『反逆の騎士』の話といい、ブリテンという国名に反応したことといい。貴女はまるでアーサー王伝説に出てくる……」

「円卓を裏切った“叛逆の騎士”本人にだっていいたいだろ? そう通りだ。俺は騎士王アーサー・ペンドラゴンと魔女モルガン・ル・フェイの間に生まれた不貞の子――モードレッド当人だ。但し今の俺はサーヴァント……亡霊みたいなものだけどな」

 

 モードレッドは皮肉気に口端を釣り上げた。まるで得物を前にして牙を剥くライオンのようである。

 けれど黒川はそんな威圧に反応出来ないほどに動揺した様子だ。

 

「まさか本当に……でも亡霊って?」

「詳しい説明はめんどくせぇから省くが、“英霊の座”ってとこから召喚されて魔術師の使い魔になってんだよ。今は良くわかんねぇ状態で霊体化は出来ねぇがな。それで何でソッチの隊長さんがサーヴァントについて知ってんのかそろそろ話して…………あん!? おい、何かデカブツが空から近づいてやがるぞ! 二匹だ!!」

 

 モードレッドはいち早くその気配を感知する。

 伊丹は窓から顔を乗り出し、空を覗き込んだ。

 すると太陽を背にして二匹の巨大な飛行物体が接近していることにようやく気付いた。

 逆光に遮られたシルエットが露わになる……その正体は頭部に巨大な杭が刺さった二匹の巨大な竜。

 

『■■■■■■ッ―――――――――!!!!!!!』

 

 二匹の獰猛な咆哮が共鳴し、一帯の空気を激しく揺らす。

 一瞬にして広がる叫喚(パニック)

 今この時……エルダントより消失した二体の傀儡竜が、伊丹達とコダ村難民に襲い掛かった。

 

 




モードレッドはロウリィと意気投合。
次回は傀儡竜×2との戦闘です。

では、


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