目が覚めたら宇宙世紀…だよね?〜ジオンが独立に至るまで〜 (妄想零炎)
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第1章
第1話 Side『オルド・フィンゴ』



 
 休憩時間に妄想をメモする感じでポチポチ書いてみました。
 



 

 人類が宇宙にコロニーを建造し、移住するようになってから79年。この年、世界は激動の時代を迎えることになる。

 

 目が覚めたら……というか、気がついたら僕は、この宇宙世紀の住人になっていた。

 

 仕事帰りに自転車をこぎこぎしていたら、ふわーっと意識が遠くなり、呼吸がうまくできなくなってアスファルトに倒れ込んだところまでは覚えてる。

 

 しこたま頭と肩をぶつけたはずだが、痛いというよりなんかすごい衝撃が来たな、と遠くなる意識のかたすみで考えていたら視界は真っ暗になりました。

 

 で、ハッと目を覚ましたら『オルド・フィンゴ』という男になっていたというわけで。

 

 んー自分でも何を言ってるのかわからないな。簡単に訳すなら、転生? 憑依? しがないおっさんだったはずなのだが、いつの間にか14歳のジュニアハイスクールに通う少年になっていたというわけだ。

 

 しかも前世? ではファンでもあった『ガンダム』の世界である。

 

 前世を思い出したのが、中学生の頃。UC64年だ。

 

 ジオンが無謀な独立戦争を地球連邦にしかける10年以上前。

 

 正直焦ったし、混乱もした。

 

 だって、鏡を見たら黒髪黒目、紅顔の少年が映ってるんだよ。おもわず本当に自分かと一時間ぐらいペタペタ顔を触って、家政婦さんに変な目で見られちゃった。

 

 子供の頃から周囲に、妙に老成してる、達観しすぎ。なんて言われていたが、まあ一度死んだ記憶があるんじゃあね。人生二度目かぁ……って一歩引いちゃってたのか、と納得もしたけど、正直これから大きな戦争があるとわかっているので、人生再エントリーでもありがたみは薄い。

 

 しかも、我が家は両親ともに軍の開発部勤めのようで、どうも新型兵器――つまりはMS(モビルスーツ)の開発に携わっているらしい。『モビルスーツ』という名称こそでてこなかったが、これまでの戦争の常識をくつがえす新兵器だと父がこっそりと教えてくれたので、間違いないだろうな、とその時は思っていたが、後でその予測が大当たりだったことを知るわけだ。割と早い段階から開発研究してたんだね。

 

 できれば戦争とは無縁の生活を送りたいのだが、どうにも詰んでいた。

 

 厄介なことに、親がギレンの『優性人種生存説』を信奉していて、ばりばりのエリート思考なのだ。自分たちは軍でも末端の下士官でしかないのだが、だからこそ余計にだろう、息子の僕に多大な期待を寄せて、軍の士官学校に入って出世することを強く望んでいた。

 

 ジオンという国はわりとクソで、その社会生活は縦割りだ。建国時の立役者たる家系が最上位に君臨。

 

 史実通りUC68年にジオン・ズム・ダイクンは亡くなってしまったので、そのトップに座っているのは、ザビ家のお歴々となる。

 

 そしてその下で国防軍――後のジオン公国軍だ――が幅を利かせている。

 

 一般家庭では、家長の決定は絶対で、その家長は男子でなければならないと決まっているし、職業や恋愛婚姻など、その家長が認めなければ正式なものとはならない。

 

 江戸時代の日本ですか? といった窮屈な制度が当然のように跋扈している。

 

 まあ、そうした旧態依然の仕組みでガチガチに固めないと、棄民として地球を放逐された第一世代の移住民をまとめることができなかったのだろう。

 

 とにかくそうした理由で、自分の将来は軍の士官となることに決定しまっていた。

 

 最初は試験をべらぼうな成績で落第してやろうかな、とも思った。

 

 だって軍人なんかになったら、これから先に起こる戦争に参加しなきゃならない。さすがに勝てない戦争に血道を上げる気概は僕にはなかった。

 

 でも、かと言って一般人なら安心というわけでもない。後に国家総動員令による徴兵があるからだ。

 

 一年戦争の中期以降は、MSに乗れるというだけで学生だろうが前線に放り出されていたりもしたので、軍から距離を取ってもどう転ぶかわからない。それなら、いっそのこと士官学校を卒業して、それなりの階級をもって軍に入ったほうがまだ生存率高いかもしれないな。

 

 なんて安楽に考えて、17歳で士官学校に入学。中の下、くらいの成績で卒業し、少尉の階級となってからは父母のコネを使って技術開発部への転属願いをだした。

 

 技術屋なら、前線に出ることはないだろう。そう考えてた過去の自分を、今現在の僕は絶賛呪い中である。

 

 いや、ほんとどうしてこうなったんだ?

 



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第2話 Side『オルド・フィンゴ』



 他の方の作品読んで真似して始めてみたけど、上手くは書けませんな。



 

 UC69年に、大いにびっくりすることがあった。

 

 それは、ジオンきっての大企業であるジオニックと、ツィマッド社が経営統合を発表したことだ。

 

 『機動戦士ガンダム』が好きな人間なら知っている人も多いだろうけど、ジオニックはMS(モビルスーツ)『ザク』を開発した会社で、ツィマッド社は『ドム』を作ったところだ。ジオンきっての大企業である。

 

 自分の前世の知識ではこの二社がひとつになるなんてことはなかったはずなのだが……。

 

 経営統合達成し二社は『ジオ・マッド』と社名を改める。

 

 そしてさらに驚くことは続く。

 

 UC71年。僕が17歳になり、士官学校に入った年だ。政治家として、同時に国防軍のトップとして内外に異様な存在感を与えていたギレン・ザビが突如として、地球圏において連邦を外した共同経済区『サイド共栄圏構想』を発表。

 

 これはジオンと連邦だけでなく、他のサイドも巻き込んでかなりの物議を醸した。

 

 でも、たしか『サイド共栄圏』って、『ガンダムUC』で裸の人(・・・)が考えてたことじゃなかったっけ?

 

 知ってる歴史と違う流れが起きていて、自分が本当にガンダムの世界に転生したのかわからなくなってきたりもした。

 

 実際、ジオン公国は構想の先駆けとして、他のサイドから技術交流として学生を無償で留学させて、けっこうな交流をもつこととなる。

 

 サイド3はもともと技術工業系の人間が集まったところなので、それに関しては地球圏でトップのものを持っている。他のサイドとしても最新鋭の技術は是非とも取り入れたいところなので、あれよあれよと言う間に話は進んだようだ。

 

 連邦としては反抗的なジオンを含め、サイド間での人の流入を防ぎたかったようではあるが、各サイドが連邦より購入している生活資源――つまりは水と空気だ――の関税を引き上げに同意することと、ジオンが木星公社――実質、連邦の国営企業だよね――より購入しているヘリウム3の量を増加することで矛先を収めることにしたようだ。

 

 まあ技術交流といっても、メガ粒子砲のような軍事利用が明確なものは厳禁と連邦に念をおされたようだけど。

 

 UC73年には、僕の父と母が亡くなった。

 

 謀殺とかではなく、開発中のMSへの新型推進エンジン試験の事故だ。とある宙域で試験を行っていた機体が暴走して、管制塔でもある艦に激突して分解爆発。整備員として艦に同乗していた父母はそのまま帰らぬ人になった。

 

 この事故は箝口令が敷かれたために公になることはなかったけれど、父の同僚だった大尉が教えてくれた。

 

 それなりに落ち込みもしたけど、割と冷静でもあった。そもそもあまり家庭にいない二人だったし、僕も子供らしい子供な様子をあまり見せなかったから、親子としてはなんだかドライな間柄だった。

 

 事故を起こしたエンジンが、土星エンジン(サターン)だったのも影響していると思う。

 

 ヅダのあれである。

 

 前世の知識で、あれはだめだとわかっていた。

 

 加速に対して機体の強度が低いという指摘も出ていたし、開発チームであった父母にはそれとなく注意も促したのだが、やはり駄目だった。

 

 この事故の後、自分は上層部より新設される予定の宇宙攻撃軍への配属を内々で命じられる。

 

 ヅダではなく、自分が担当していたMS-05ザクの正式採用が決まり、その整備や運用を熟知した人員が必要なのだ、と上司に告げられたが、前線出たくないのになぁ。

 

 なんて嘆きつつも状況に流されるままでいたら、あれよあれよとムサイに乗せられて、慣熟訓練としてザクの整備をさせられた。

 

 そしてUC79年。前世では一年戦争と呼ばれた、ジオン独立戦争が勃発する。

 



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第3話 Side『オルド・フィンゴ』


 実はガンプラ作りながら妄想してたストーリーの垂れ流しだったりして。




 

 

 1月3日、一年戦争勃発。旧世紀の日本でいうなら、正月三が日だ。ジオン公国は、地球連邦政府に対し独立を宣言。宣戦布告と同時に奇襲を敢行。小惑星ペズンとアステロイドベルトから密かに引っ張った無数の隕石群を地球に落下させ、大規模な気象変動を惹起させた。

 

 そう、コロニー落としではない。

 

 独立戦争を仕掛けたのは史実通りなのだが、その手段が異なる。

 

 サイド2を毒ガス攻撃していない。これは、先にギレン・ザビが発表した『サイド経済共栄圏構想』が強く影響してる。実際にサイド2からも少なくない留学生を受け入れていることと、構想発表後に頻発するようになったコロニー間の輸送事故だ。

 

 連邦の艦がジオンの管制を無視したためにコロニーに激突、他サイドの留学生が多く居住する寮が犠牲となり、各サイド間で反連邦の気運が高まった。この事故で特に多くの犠牲者を出したのはサイド2の学生たちで、連邦からの補填も一切支払われずにいたため、もともとは連邦寄りのコロニーだったサイド2でも、連邦憎しの声が上がるようになっていた。

 

 各サイドの世論はジオンの掲げる構想に傾いていき、反連邦のデモがいくつも起きたぐらいだ。

 

 そうした後押しも受けて開戦に踏み切ったので、コロニー民に対してはクリーンでなければならないため、コロニーを落とすことはできなかったんだね。

 

 まあ、何年も前から資源衛星とアステロイドベルトの隕石群をいくつも引っ張ってきて隠匿し、核パルスエンジンくっつけて地球に落としたわけだから、わりと最初からその気だったのかな?

 

 さて、そんな自分が知っている知識と多少の差異はあるものの、大きく歴史が変わることはなく、戦端が開かれた。

 

 そう、後でルウム戦役と呼ばれる宇宙艦隊戦だ。

 

 サイド5に集結した連邦艦隊と、ジオン軍は正面からぶつかることになる。史実とは違い、ジオンはルウムのコロニーを襲撃していない。あくまでも目的は、サイド3により近いサイド5に現存する連邦艦隊の撃滅である。

 

 ドンパチやってる中で、僕はやや後方に位置したムサイに乗って半ばぼんやりとしていた。

 

 うーんなぜこうなってしまったのか。前線には出たくないから開発部に入ったのに、いつの間にやらドズル中将麾下(きか)宇宙攻撃軍の前線補給部隊に配属されてしまった。

 

 ザクの整備は機械によりオートメーション化しているとはいえ、その機械を動かす人間にはある程度の知識と技術がいる。

 

 そして、軍の最新鋭兵器であるMSを取り扱うことのできる整備士は少ないわけだから、仕方がないといえばそのとおりなのだ。

 

「オウ! 坊主! 74番機の補給は終わったのかよ!?」

 

 と、千○繁似の声でこちらに叫んでくるのは、シゲ曹長だ。

 

「もう終わって発進シークエンスに入ってますよ」

 

 シゲ曹長は現場叩き上げの軍人さんだ。訓練中の事故がもとで足を悪くしてからは整備士としてずっと活躍しているのだが、配属されたばかりの僕を見るなり、「いつから国防軍は託児所になったんだ!」と憤慨した御人である。

 

 僕の見た目は14歳の時からほとんど変わっていないので、まあ無理らしからぬことだけど、いきなり怒鳴られておもわず耳を抑えてしまったものだ。打ち解けた今はシゲさんと呼んでいる。

 

 デッキはいま、めちゃくちゃ忙しい。

 

 自分の半生を思い返すという現実逃避に走るぐらいだ。

 

 戦闘で消耗した推進剤や弾薬を補給するために、MSや航宙戦闘機がひっきりなしに入ってくるから。

 

 特にMSの補給はメンバーがまだ作業機械に慣れていないために遅滞気味で、そのたびに僕とシゲさんが艦橋を飛んで走ってを繰り返している。

 

 これ、無重力じゃなかったら足を滑らせて落下なんて、とんでもない事故起こしそう。

 

「手が空いたならこっちの相手してやってくれ」

 

 そう指差す方向には、今しがた入ってきたばかりの白い戦闘機があった。

 

 ZZFS-5 ゾッド。

 

 ジオ・マッド社がザクより以前に開発した航宙航空汎用型戦闘機だ。

 

 戦前にアナハイム・エレクトロニクスとの取り引きにより手に入れたセイバーフィッシュの設計、運用データを元に製造されたものだ。

 

 元々連邦最新鋭のマルチロールファイターであるセイバーフィッシュが母体であるため、各場面における性能は優秀で、機体各部はブロック化されており、その部分を交換するだけで整備、仕様の変更が可能。

 

 キャノピーが開いて、中からパイロットが出てくる。

 

 ノーマルスーツのヘルメットを外すと、どうやって中にしまってたんだ? と疑いたくなるほどの長い金髪だった。

 

 一瞬女性かと思ったが、違った。

 

 突然のことに僕は驚き混乱する。

 

 その人物は目の前に立つと、怪訝そうに眉を寄せた。

 

「君は……どうして子供がここに?」

 

 金髪に切れ長の目。青い瞳。

 

 僕の前には、ミリアルド・ピースクラフトが立っていた。



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第4話 Side『オルド・フィンゴ』


 タミヤのエナメル塗料……。

 こぼしたせいでグフの肩が……(泣)



 

 僕が前世を思い出した頃、サイド3を震撼させた血なまぐさい事件があった。

 

 マルティクス・ピースクラフト邸襲撃、惨殺事件だ。

 

 マルティクス・ピースクラフトはジオン公国建国の立役者の一人で、ダイクンとザビほどではないが、派閥内で高いカリスマを持つ存在だったらしい。親連邦派閥の旗頭だったが、それを疎んだザビ家派閥の過激集団によって一家もろとも惨殺された、と当時のニュースでは発表されていた。

 

 だが最近になって、過激なダイクン派がザビ家に汚名を被せるために行ったことであるとされ、幾人もの人間が軍警に逮捕、粛清された。

 

 毎日のように耳に聞こえたピースクラフトという名にどこか聞き覚えがあるな、と思っていたが、まさかガンダムWの登場人物だなんて思わないよ!

 

 この世界は宇宙世紀じゃないのか? 年代を表すのはUC(ユニバーサルセンチュリー)であって、AC(アフターコロニー)の登場人物が出てくるなんて普通は思わないよ。

 

「君は……どうかしたのか?」

 

 いつまでも固まってたら、金髪碧眼が眉をひそめてしまう。

 

 慌てて彼の襟元にある階級章を見ると、大尉だった。

 

「失礼しました大尉殿。自分はこれでも25になります」

 

「本当か? 私よりも年上なのだな、中尉」

 

 若干引いたような雰囲気を醸し出す金髪大尉。

 

 これ、ミリアルド・ピースクラフト当りだよね。声も子○さんそっくりだし。ここまで来て別人ですってことはないだろう。

 

「私と相対された方は皆さん面を喰らいますね」

 

「そうか。失礼した。それで補給はいつ終わるか? 急ぎ戦線に戻りたい。空きの機体でもいい」

 

「代わりの機体はありませんが、修理がなければ5分はかかりません」

 

 給油と弾薬交換だけとはいえど、それなりに時間はかかるのだ。

 

「ふむ……あのザクは冷却中か?」

 

 そう言って金髪さんは目ざとくハンガーに立つMSを見つける。

 

「冷却は終わってるんですがね。パイロットはいないんですよ」

 

 言ってから、失敗した、と思った。

 

 案の定、金髪さんは底面を蹴ってザクの方へと飛んでいく。必然、自分もあとを追いかける。

 

「見たところ、外損はなさそうだが?」

 

 見た目はね。

 

 このザクⅡR型は、うちの艦のMS部隊長のものだ。割とミーハーな人で、我が軍のエースパイロットとして有名なシャア・アズナブルのマネをして、頭部と肩の装甲を敢えて白く染めてある。赤じゃないのはオリジナリティを出したかったのかな。

 

「右腕の装甲がね、歪んでるんですよ」

 

 少佐の視線を、見事にひしゃげた右肩のシールドへと指先で誘導する。

 

「被弾したのか。が、問題はなさそうだが?」

 

 大ありだよ。

 

 本機は意気揚々と出撃したのはいいが、連邦の航宙戦闘機であるセイバーフィッシュに突撃を食らってしまったのだ。

 

 ジオンのシールドは、防御兵装というより武装懸下装置兼武装保護装甲といった扱いなので、相手がぶつかり爆発した瞬間、予備弾倉も誘爆してしまったというわけだ。

 

 ザクは頑丈なのでそれでも装甲をふっとばす程度ですんだが、中のパイロットはそうもいかない。

 

 埒外の衝撃に耐ショック防御を構えることもかなわずにさらされて、重度のむちうちと手首の捻挫、肩の脱臼と相成ってしまったわけだ。

 

 這々の体で帰還して、パイロット本人は医務室送り、機体は一応冷却だけして放置の状態である。

 

「動きはしますけどね。フレームに歪みが出てるかもしれないんですよ。最悪右腕が断裂するかもしれません」

 

 細かく見てないからね。パイロットが自力で戻ってきたので通常稼働に問題はないかもしれないが、戦闘となるとどうなるかわからない。

 

「動くなら問題ない。私はこれを借りていくぞ」

 

 本気か金髪さん。言うと思ってたけど。

 

「あー推進剤が足りませんよ」

 

 空っ欠というわけではないけど、一度戦闘起動を行っているのだ。加えて、MS-06R高機動型ザクⅡは推進剤をどか食いする。性能はたしかに高いのだが、操縦に慣れてない新兵ではあっという間にプロペラントが尽きてしまうので、ベテランやエースパイロット専用機体とされているのだ。

 

「教習は受けている。なんとかしよう」

 

 なんとかってあなたね……せっかちだなぁ。

 

「思ったよりも我軍の消耗が激しいのだ。動かせるものを出し惜しみする余裕がない」

 

「あー」

 

 史実における一年戦争略歴では、ルウム戦役でジオンは圧倒的勝利を飾ったと説明されるが、実際には激戦で多くのベテラン兵を失ったせいで、数合わせのために相当数の新兵が編入されて軍の質が激烈に悪化した。ジオンに兵なしとは、このことを言う。

 

「『後の世の兵士のために』ですか」

 

 思わずガンダムWのセリフを引用してしまった。いかん、死亡フラグじゃないかこれ。

 

 こちらの言葉に金髪大尉は驚くような、面白がるような不思議な笑みを浮かべる。美形って変顔しても様になるのな。

 

 つい親しみを覚えてしまったせいか。それとも、ガンダム世界の――作品違いとはいえ―−名のあるキャラクターに出会ったせいで気分が高揚していたためか。

 

「シゲさん! ザクの一番機出します!」

 

 金髪さんのゾッドに向けて補給機を操作していた曹長に叫ぶ。

 

「そのゾッドの補給はしなくていい。ザクの武装優先!」

 

 シゲさんはこちらに向けて何事か罵倒の言葉を吐いていたが、指示通りに動き始めてくれる。

 

「良いのか?」

 

「上官命令には逆らえません」

 

 戯けるように肩をすくめてみせる。本当なら上官侮辱でぶん殴られてもおかしくないと思うのだが、彼は寛容に笑った。

 

「恩に着る」

 

 そう言って頭を下げてくるので驚いた。

 

「あー、乗るなら急いでシートに座ってください。機体チェックのやり方はわかりますね?」





 肩関節の受け軸が、ボロボロになったので初めてパーツ注文しました。


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第5話 Side『オルド・フィンゴ』

 

 格好はつけるもんじゃない。後に退けなくなっちゃうから。

 

 ゾッドのコクピットシートに身を預けながら、人生における教訓を得てしまったことに鬱々としていた。

 

 今僕はスパナではなく操縦桿を握りしめて、閃光煌めく宇宙を飛んでいる。

 

 件のザクⅡRだが、機体チェックで右半身にあるプロペラントタンクが機能してないことがわかった。もう少しわかりやすく説明すると、機体内部に分散配置している推進剤タンクのいくつかが壊れてしまっており、十分な補給量を得ることができなくなっていた。

 

 ジオンのMSは駆動系に流体パルスシステムを導入しているのだが、これは少ない電力で高トルクを出すことができるものの大掛かりに容積を取ってしまう。

 

 そのためザクは仕方なしに、プロペラントタンクを機体の各所に分散配置するという設計になっている。そのせいで動力用パイプが外に出てしまっている部分があるほどだ。

 

 そのうちの中容量タンクが機能していないのだ。信号トラブルだと思うがこればかりは分解してみないとわからない。燃料漏れはおきていないので、機体衝突の影響でラインが破断したのではないのが救いだ。

 

 正直、これでも出撃なんてもってのほかだと思うのだが。

 

「言った手前というものもある」

 

 と大尉殿はやる気満々でした。

 

 とはいえど、ただでさえ推進剤の容量がシビアなR型だ。行きはよくても、戦場の中心から帰って来ることができなくなるかもしれない。

 

 一幕おいて冷静になれば自分の愚かしさにも気づけるのだが、やはり有名キャラクターに会って興奮してたのと、こちらも原作セリフを用いて格好つけてしまったので、後に引けないという思いがあった。

 

「片道で良いならお連れします」

 

 と、つい申し出てしまった。

 

 そうして大尉が乗ってきた白いゾッドにパイロット用のノーマルスーツを着て飛び乗ったわけである。

 

 このZZFS−5ゾッドは、宇宙空間にてMSとの連携を考えて造られている。

 

 機体下部にMSを牽引するための把手付きのワイヤーが装備されているのだ。

 

 航宙航空汎用型戦闘機であり、宇宙ならば3体、重力下では1体のザクを運ぶことができる。良好な操縦性とともに、練度の低い新兵でもMSを戦場へ運ぶという任務が行えるようになった。

 

 で、今は大尉が乗り込んだザクⅡRを前線に向かって運んでいるわけだ。

 

「君は多芸だな」

 

 近接回線を通して、大尉が声をかけてくる。

 

「パイロット適性があるのに、なぜメカニックを?」

 

 直接ドンパチやりたくなかったからだよ。元々は開発部勤めのはずだったのに、なぜか前線送りされたんだよ。なんて愚痴れたらいいのだが、上官相手にそれはできない。

 

「ゾッドはエレカに乗れれば動かせますからね」

 

 これは嘘ではない。こいつの操縦室はザクⅠのコクピットをより簡素にしたもので、新兵どころかシューティングゲームをしたことのある学生ならば簡単に宇宙を飛ばすことができるように操縦はほとんど自動化されている。

 

 ぶっちゃけ、飛ばすだけなら目的地の座標を入力したら操縦桿を握っている必要すらないほどだ。

 

 しかも今回は機動性を確保するためにこちらは武装せずに出撃している。あるのはせいぜい内蔵火器である30mm機関砲ぐらいだ。

 

「中尉、ここで十分だ」

 

「よろしいので?」

 

「ああ。後は武運を祈ってくれ」

 

 まあ、貴方が原作通りの実力者ならどうということもないかもしれませんな。単体でMD(モビルドール)の群れ相手にしてたもんね。

 

「了解しました。くれぐれも機体のリミッターは外さないようにしてくださいね」

 

「留意しよう」

 

 あー、こりゃ外すなきっと。一部のエースの中で機体リミッター外すのが流行ってるからなぁ。おかげで各パーツの損耗率が高くて整備が大変なんだよ。本来ザクⅡRはそうした行動を抑えるために開発されたんだけど。

 

「プロペラントがおかしくなってるんですからね。ヅダっても知りませんよ」

 

「ヅダ? よくわからんが、生きて帰るさ」

 

 故障品なんだから無茶すんな。バラバラ爆散しても知らんぞ。

 

「そういえば中尉の名前を聞いていなかったな」

 

「失礼しました。第4機動大隊所属、オルド・フィンゴ中尉であります」

 

「良い名だな。私は第3機動大隊所属第1小隊隊長ゼクス・マーキスだ」

 

 な、ゼクスって……偽名(そっち)の方かーい!?

 





 早く巨乳のヒロインを出したい。


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第6話 Side『ゼクス・マーキス』


 本日の戦闘。

 ワシちゃん「歳とると、プラモの制作速度も落ちてねぇ」

 若者(20代)「積みゲーはわかりますけど、積みプラは理解できませんね」

 ワシちゃん「キミ、おもしろいねぇ(☆▽☆)」




 

 家族の命を凶賊の手によって奪われ、復讐を誓った私はあの忌まわしい事件の真実を知るために軍へと入った。

 

 なぜ父と母と、生まれたばかりの妹が死ななければならなかったのか。

 

 あの日邸を襲った賊は、目につく人間すべてを殺戮した。私は幸運にもやつらの目を掻い潜り、当家の専属庭師に匿われて助かった。しかし私の身代わりとして、彼の息子は亡くなってしまった。その恩を受け、私は彼の息子であったゼクスの名を名乗り、IDも変え生きてきたのだ。

 

 ピースクラフト家が襲われたのは、当初は連邦寄りの発言をしていた父を疎んだ過激なザビ家派閥一党の手によるものと騒がれたが、やがて実行犯はザビ家に汚名を着せようとしたダイクン派閥の人間によるものだとわかり、実行犯を含め、多数の者が独裁を敷いたザビ家によって粛清された。

 

 すべて、私が士官学校にいる間の出来事である。

 

 士官学校にいるうちに、私を男手一つで育ててくれた養父は病により死去した。

 

 私は復讐の相手も恩義を返す相手も失ったのだ。

 

 いいようのない喪失感に苛まれもしたが、それを表面に出すことはせずに訓練と勉学に勤しんだ。

 

 そんな中で、私は二人の友と出会う。

 

 一人はガルマ・ザビ。

 

 ジオン・ズム・ダイクンの跡を継ぎジオンの公王となったデギン・ソド・ザビの末子。

 

 血なまぐさい家系に生まれながらも、年相応の純粋さを持つ少年であり、甘さの抜けきらない坊やといったところであったが、その素直さが私には眩しく、そして好感の持てるものであった。

 

 そしてもう一人。

 

 シャア・アズナブル。

 

 私と同じく、金髪と碧い目を持つ男。

 

 眼の色素異常により強い光に弱いとのことで、常にサングラスをかけているが、おそらく方便だろう。彼が他者に弱みを見せる様を想像することができない。

 

 初めて彼と出会ったときに感じた印象は、危険な男だ、というものだった。

 

 寮においてガルマと同部屋であり、必然、会話することが多くなったが、そのたびに私は最初の直感を確信するようにもなっていた。

 

 常に他者を値踏みするように見つめ、黒いグラスでは隠せぬほど瞳の奥に暗い情念を湛えている男。

 

 ああ、私と同じだ。そして、故に私とは何もかも分かり合えないのだ。

 

 彼は復讐者だ。それが何者に対するものか、どのような経歴が駆り立てるものなのかはわからない。だが、私とは違い彼にはいまだに追い求める対象が存在するのだ。それがどうしようもなく羨ましくもあり、同時に底しれぬほどに憎いと思うことに愕然とした。

 

 憎しみは常に新たな贄を求めて、感情を歪めていく。

 

 それが私がこの人生で得たひとつの真理だった。







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第7話 Side『ゼクス・マーキス』


 勢いありきで書いてますので、整合性は二の次となっております。


 

 煩悶を抱えた学生時代を終え、私は新たに設営された宇宙攻撃軍に配属された。

 

 軍は新兵器であるMS(モビルスーツ)を主力と定め、全兵に適性試験を行わせた。結果、私はその試験で高い適正を示すことに成功する。

 

 暗礁宙域にて密かに行われた高機動型ザクⅡの実働試験において、偶然遭遇した連邦のセイバーフィッシュ小隊を全機撃墜し、その功を持って大尉となった。

 

 そしてついにジオンは決起する。

 

 連邦への宣戦布告。私は第3機動大隊に配属され、MS小隊の隊長を務めるはずであったのだが……。

 

 異例の二階級特進を受けた私を上官は好まなかったようだ。

 

 私が拝領していたザクⅡRは本来ならどこも問題がないというのに整備不良ということにされ、出撃を中止された。

 

 30倍の戦力を持つ相手に戦争を仕掛けようという中で、同胞の足を引っ張るなど、我が故国は随分と余裕があるものだ。

 

 私はいったい何のために軍人になったのか。

 

 求めていた真実も得られず、復讐することも叶わず、軍の中で理不尽な軋轢に晒されている。

 

 軍人として故国を守るのだ、という使い古されたスローガンが虚しく頭の中で響く。

 

 私にとって故国とはなんなのか?

 

 父と母と、生まれたばかりの妹をくだらない政争のために奪っておきながら、それを守れなど。

 

 独立という、一見甘美な果実を前に皆、狂乱奔走しているだけではないのか。

 

 戦う意味を見いだせないまま作戦遂行時間だけが過ぎていく。

 

 暗澹たる気持ちのまま、デッキに佇む私に声をかけてくれたのは我が部隊員と整備士たちであった。

 

 MSに乗れない私にせめて、と航宙戦闘機であるゾッドを用意してくれていたのだ。

 

 足りないMSの数を満たすための間に合わせの機体であるのだが、設計母体は連邦の最新機であるセイバーフィッシュでだ。一度対峙した身であるから知っているが、件の機体は戦闘機として高い性能を有している。

 

 共に戦線に立つ仲間たちが用意してくれたものだ、これで戦えなければそれこそ私は人でなしだ。

 

 折れかける気持ちを奮い立たせ、私は閃光舞い散る前線へと飛び出した。

 

 そして、そこで奇妙な少年と出会う。

 

 いや、少年と呼ぶには語弊がある。

 

 補給のために最寄りの艦に寄った際に出会った彼は、見た目こそ少年ではあったが、階級は中尉であり、聞けば私よりも年上であった。

 

 気だるげな雰囲気を纏った彼は、私の顔を見るなり息を呑んで目を大きく開いた。

 

 ここにいるはずない存在に出会ってしまった、という驚きに満ちた表情である。

 

 どこかで会ったか? それとも……私がピースクラフト家の生き残りだと知っているのか?

 

 強く警戒する私の心中とは対象的に、彼は素早く表情を消すと軍人というより、若い学生のような斜に構えた態度でこちらに接してきた。観察するかぎり、彼がこの艦の整備責任者であるようだ。

 

 悪気がないのもわかる。おそらくそれが普段の仕草として染みついているのだろう。見た目とは裏腹に、彼の目はどこか遠くを見ていて、老成したような光を湛えていた。

 

 不思議な男だ。

 

 戦場へ出るために小破したザクを強請る私に、彼は上官に対して向けるものではない、露骨に迷惑した顔を見せる。だが私が折れないと知ると、ため息をつき、驚く言葉を吐いた。

 

「後の世の兵士のためですか」

 

 後の世の兵士――その言葉が、まるで閃光のごとく私の全身を貫いた気がした。

 

 この戦いが勝つにせよ負けるにせよ、人が集い暮らす時代が続くのならばそこに必ず戦いが生まれる。その中で、数多の兵士たちが散っていくだろう。そうしたまだ見ぬ後輩たちに、軍人としての道標として戦いぬく。国や思想のためではなく、続く同胞たちのために。

 

 守るものもなく、私と同じような鬱屈した思いを抱いたまま戦場へ立つ兵士たちは少なからずいることだろう。そんな彼らのために、仲間のために戦うものが居てもいいはずだ。

 

 そんな光明を得た気がしたのだ。

 

 冷めたような口調で熱い言葉を告げた彼は即座に準備に走り始めた。優秀な整備士である。

 

 だがザクに問題があった。

 

 内装しているプロペラントタンクが機能しておらず、燃料が通常の半分以下でしかないと告げられた。

 

「片道で良ければお連れしますよ」

 

 どういうことか聞けば、私が乗ってきたゾッドに彼が搭乗し、前線まで牽引するという。

 

「それでも戦闘するにはプロペラントは足りないと思いますがね。止めても行くんでしょう」

 

 現場の責任者が独断で持ち場を離れるなどあってはならないことだが、彼もまた後の世の何か(・・・・・・)のために賭けているのだろう。

 

 こうして私はゾッドに牽引され、出撃することになる。

 

 そこでようやく名を聞いていないことに気づき問うと、相変わらずのつまらなさそうな返答があった。

 

「第4機動大隊所属、オルド・フィンゴ中尉であります」

 

 私は、後に一年戦争とも呼ばれる戦いの中で、一人の盟友と出会ったのだ。





 またヒロイン書けなかった。

 いっそゼクスがヒロインでもいい気がしてきた……。


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第8話 Side『オルド・フィンゴ』


 


 

 やべー。

 

 何がやべえって、大尉ですよ。

 

 公式にはピースクラフト家の人間は全員死んでいる。で、原作と同じように彼がゼクス・マーキスを名乗っているのなら、彼は家族を殺した連中への復讐を企んでいるってわけだ。

 

 このジオン軍に復讐者として爪を研いでいる規格外の名パイロットが二人もいることになる。

 

 もうひとりはシャア・アズナブルね。彼はザビ家に復讐しようとしてるし。

 

 あれ? でもゼクスは誰に復讐したいんだろう。

 

 事件の首謀者と実行犯は捕まり粛清されている。すでに対象はいないんじゃないか? それとも公にされていないだけでまだ黒幕が生きてるのか。

 

 その点はわからないが、ともかく面倒なのに関わってしまったのは間違いない。

 

 なんで僕はわざわざ牽引を申し出てしまったのかねぇ。

 

 現場責任者が10数分といえど持ち場にいなかったとバレたら降格懲戒待ったなしだろう。

 

 シゲさんがそこんとこうまく誤魔化してくれてるけども、ザクの持ち出しに関しては大尉が強引にゴネたせいと報告させてもらおう。軍では階級が絶対だからね。うんうん。

 

 そう考えながら、オートパイロットモードで帰還しつつ何気なしにゾッドの戦闘ログを確認したら、こりゃすげぇや。

 

 航宙機を11機撃墜し、さらにサラミスを1艦撃墜してやがる。

 

 ゾッドは対艦用レーザー誘導ミサイルを装備できるが、MSと比べてそこまで大型の兵装を積み込むことができない。ゾッド用の対艦ミサイルも、ザクが使っているバズーカの砲弾を改良したもので、積載数から有用性に疑問があったのだが……というかそもそもドンパチ激しい中、戦艦に肉薄したのか? ホントおっそろしいな!

 

 突然、コンソールがロックオンアラートをがなり立てた。

 

 一体どこから!? と慌てふためくと、コックピットの脇を数条の閃光が掠めていく。

 

 弾丸だ。

 

 リアカメラに、白く、機影らしきものが映っていた。おそらく連邦のセイバーフィッシュ。

 

 ってまじかよ!?

 

 ここ前線から外れた後方だぞ。こんなとこまで連邦に攻め込まれたのか? それとも、向こうが迷子になったのか。

 

 こちらが混乱している間もロックオンアラートは鳴り続ける。どうにか引き離そうと加速したが、向こうは意地でも食らいついてくるつもりのようだ。

 

 くそ! 思ったほどエンジンの調子が出ない。カタログスペック的にはセイバーフィッシュよりも断然こちらの方が加速スピードがあるはずなんだが。

 

 母艦に逃げ込むことも考えたが、そうなると無断出撃が完全にバレることになるだろう。いや、もうバレてるかもだけど、僕はシゲさんの手腕を信じたい。

 

「逃げ切れないなら、やるしかないか?」

 

 確認するように独り言ち、操縦桿に力を入れる。

 

 ゾッドは、MS-05ザクⅠのフレーム用として開発した左右上下に伸縮稼働するモビリティバインダーによって、MSほどではないものの戦闘機としては驚異的な運動性を誇る。そしてその際AMBACにより宙空間での推進剤の消費を大きく抑えることにも成功していた。

 

 機首を上げて上昇。宙返りを披露してやる。

 

 全身に予想していなかったGがかかり、視界がレッドアウトしかけた。

 

「っぐ――っはぁ!」

 

 なんとか呼気を潰れかけた肺から吐き出すと、目の前にセイバーフィッシュが見えた。

 

 驚異的な運動性で頭上をとったこちらに驚くパイロットの姿が……まあ、この距離で見えるはずもないんだけど。

 

 容赦はできない。イチかバチかの苦し紛れだがトリガーを引く。

 

 機種の下部に装備された30mm機関砲2門がなけなしの弾丸を放ち、運良く数発が相手の主翼に命中した。当たりどころが悪かったのか、すれ違いざまにみたセイバーフィッシュは、錐揉みしながら虚空へと飛び去っていく。

 

 機体は無事でも、あれではパイロットは助からないよな。

 

 どっと全身にこみ上げてくる汗の不快感。思い切り背もたれに体を預け、長く息を吐いた。今更にやってくる恐怖感に、全身が発熱している。

 

「生き延びたかぁ。もうこないでくれよぉ」

 

 今ので推進剤を大量に使ってしまったし、残弾も全て0になった。これ以上の戦闘はごめんだ。

 

 急ぎ母艦への帰投コースをとる。レーダーが使えないので、目視による測量だ。

 

 2度とゾッドには乗らん。座席のリクライニングも悪いしな。

 

 そう固く決意して帰る。

 

 これで全ては元通り。いつもの整備兵に戻れる。そう考えていた僕の甘い考えは、この後に手ひどく裏切られてしまう。

 

 後から思えば、これこそが、ゼクス・マーキスという人と出会ってしまったことが、僕の軍生活を決める大きなターニングポイントだったのである。



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第8.1話 ゾッド解説


 作中に出てきた機体の設定。

 読まずとも本編ストーリーに支障はありません。


 

 ZZFS-5 ゾッド。

 

 ジオンが開発した航宙航空汎用型戦闘機。

 

 戦前にアナハイム・エレクトロニクスとの密約により手に入れたセイバーフィッシュの設計、運用データ、旧世紀の航空機資料を元に製造された。アナハイムにはメガ粒子砲とチベ級の設計データを渡している。

 

 IQ200を超えるギレンの慧眼により、地球侵攻を行わなくてはならなくなった場合の次善策として、大気圏内でも運用可能な設計がなされた。

 

 元々連邦最新鋭のマルチロールファイターであるセイバーフィッシュが母体であるため、各場面における性能は優秀であった。各部はユニットブロック化されており、その部分を交換するだけで整備、仕様の変更が可能である。

 

 本機は、ジオニック社とツィマッド社の経営統合計画によって製造された機体であり、左右に搭載されたツィマッドお得意の新型ジェットエンジン「マーキュリーエンジン(当初は土星の衛星タイタンの名がつけられていたが、多数の者に忌避された)」は、高い出力と推力を発揮。さらにジオニックからは流体パルスシステムと、ザクⅠのフレームを流用し開発した左右上下に伸縮稼働するモビリティバインダーによって、MSほどではないものの戦闘機としては驚異的な運動性を誇る。そしてその際AMBACにより宙空間での推進剤の消費を大きく抑えることにも成功した。

 

 このモビリティバインダーは大気圏でもある程度有効で、連邦のTINコッドを圧倒する運動性を見せつけ、連邦側がまともに対応するにはゾッド1機に対して3機のセイバーフィッシュが必要なほどであった。

 

 モビリティバインダーの採用により、VTOLのような垂直離着陸が可能。それだけではなく、本体下部に装備されたAMBAC肢兼用のフレキシブルアームによって、MSが携行する武装を懸架可能である。

 

 主武装はコクピット下部に設置された、2門の30mm機関砲と、モビリティバインダーの主翼下部に装備可能な空対空ミサイル、対艦用大型ミサイルなどであるが、アームによって作戦目標に合わせた柔軟かつ迅速な武装選択が可能となった。ルウム戦役では、ザクのヒートホークを装備し、あろうことかマゼラン級へ切りつけたバk……猛者もいたらしい。

 

 コクピットはMSに載せるものを簡略化しておりMS用を簡素にしたOSサポートもあって操縦性は良好。

 

 これにより、パイロットのMS転換が容易となった。この仕様はマゼラアタックなど後発の地球攻撃用兵器軍にも採用されている。

 

 特に人材の薄いジオン宇宙軍では、練度の低い新兵でも飛ばすことが可能な本機にて、ザクの編隊を戦場まで牽引し、その後離脱するという運用がされた。これはMSの推進剤の消耗を抑えるためである。

 

 地上では、大戦初期MSの天敵となり得た連邦の爆撃機を迎撃、敵地拠点の爆撃制圧、先行偵察など数多の任務に飛び回った。

 

 地球においては、ザクのモノアイを流用して僅かな光量でもパイロットに昼間と同じような視界を与える『ナイト・オウル』が増設され、夜戦において高い成果を叩き出す。

 

 こうした戦果から連邦からは「略奪者(ラプター)」と恐れられ、「陸にMS、空にゾッド」とまで言わしめた。

 

 連邦がメガ粒子砲を搭載したコア・ブースターを戦線に導入するまで、本機はまさしく空宙の王者であった。





 模型作ってるときは、大抵こんな妄想でニヤニヤしてます。


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第9話 Side『オルド・フィンゴ』


 ガンプラよりも、30mmのほうが手に入りませんね。

 ツライ。


 

 ルウム戦役は、ジオンの大勝利に終わった。連邦艦隊はその60%を喪失し、旗艦であったアナンケも撃沈。総司令であったレビル将軍が「戦闘中行方不明(M.I.A)」となり瓦解した。その後にサイド5がジオン側へ降伏を打診。これを受け入れ、戦闘は終結する。眉なし陰険野郎の言葉を借りるなら、圧倒的な勝利である。

 

 ただ、現場にいた身としては本当に圧倒的勝利だったのか、と疑問もあった。

 

 それは連邦が核を使ったからです。

 

 放たれた核ミサイルは2発。

 

 ジオン前線にいた艦隊の3分の1が爆発に飲み込まれ、虚空に消えた。

 

 ルウム戦役に参加していたのはベテランばかりだから、ジオンはただでさえ少ない人的資源を大勢失ったことになる。これが今後の戦争にどう響くか、史実を知っている僕としては気が気でなかった。

 

 戦闘に勝利したジオンは降伏したサイド5を包囲封鎖する。僕の知っている歴史では、コロニー落としである第二次ブリティッシュ作戦のためにサイド5を攻撃したのだが、今回それは行われなかった。

 

 ギレン総帥は、連邦がルウム近海で核兵器を使用したことを公表。

 

 核の使用について別段取り決めはなかったが、コロニー間近で使用され、サイドの外郭に位置するバンチが衝撃波で破損し、多数の死者を出している。

 

 これは連邦の愚行であり、連邦はコロニーに住まうスペースノイドすべてを焼き尽くすことも辞さないのだ、と世論を煽った。

 

 これを受けて、サイド4が中立を表明。連邦はこれを承諾していないが、ジオンは受け入れた。

 

 そしてサイド1は以前から経済状態が悪化しており、今回の件でジオンに賛同、L5宙域にソロモン要塞の建設を許諾する代わりに、ジオンから経済支援を受けることになる。実質属国化だ。

 

 これで完全とは言い難いが、連邦を地球に閉じ込めることに成功したことで、戦前にギレン総帥が提唱したサイド共栄経済圏の下地ができたと判断したジオンは、サイド6を通じ連邦政府へ休戦条約締結の申し入れたが、ここでレビル将軍がまさかの生還。ガンダムファンには有名な「ジオンに兵なし」の演説をおこない、和平交渉は頓挫。

 

 核兵器などの使用禁止や捕虜の扱いなどを定めた南極条約締結をしただけに終わる。

 

 南極条約には封鎖したサイド5への水と空気の資源供給が含まれていたが、連邦はこれを拒否。人道支援としての住民の地球への疎開も拒絶された。

 

 仕方無しにジオンはサイド4とサイド6から水と空気を高い税で買い取ることを決定する。

 

 連邦としては、国力に余力がないジオンの財布に負荷をかけようという腹づもりだったのだろう。だがこれで各サイド間の連邦憎しの声はさらに高まり、反連邦組織による義勇兵団が結成されることになる。

 

 史実と違ってこの世界線? では、連邦戦力は余力がまだあるからね。政治家連中が和平を受け入れないのも理解はできるけど、地球圏の連邦感情はとんでもないほどに悪化してるぞこれ。

 

 ただ、このときのレビル将軍は実は影武者ではないかとも噂されている。映像のみによる演説であったのと、実際、声紋鑑定を行うと、不明瞭で合成したのではと疑われる箇所がいくつもあったからだ。

 

 

 交渉が決裂したのをうけて、ジオンはただちに地球攻撃軍を結成、地球侵攻作戦を開始する。

 

 その第一次降下作戦で地球に降りるHLVに自分は今乗っているのですが。

 

 うん。何度でも言おう。

 

 どうしてこうなった?



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第10話 Side『オルド・フィンゴ』


 本日の戦闘。

 後輩くん「なんでせっかく買ったプラモ積むんスか? 意味なくないっスか?」

 ワシちゃん「積んでいるのではない。夢を貯えているのだよ(ドヤァ)」

 後輩くん「ふーん」

 いや、作ってはいますよ。ただ製作速度が圧倒的に遅いだけです……ごめんなさい。





 

 無断で持ち場を離れたことがバレました。

 

 軍法会議ものの問題だったけど、ゼクス・マーキス大尉が見事にやってくれた。

 

 無断拝借したザクⅡRで敵陣に単機突貫し、サラミス級を2艦さらに見事旗艦のアナンケを撃沈せしめた。

 

 どうも他の敵は無視して、戦艦だけを狙ったらしい。ガトー並か。

 

 その戦功をもってゼクスは少佐に昇進、その手助けをしたということで僕の問題は不問……ということになったのだけど、新設された地球攻撃軍に編入させられる羽目になった。

 

「ルウム以来だな、中尉」

 

 降下前、グラナダ宙域で出会ったのは少佐となったゼクス・マーキス氏だ。

 

「今回、昇進とともに第一機動中隊の指揮を仰せつかってね。君に礼を言おうと思ったのだが、人員について優秀な者を求めていたんだ」

 

 朗らかな笑みを浮かべ握手を求めてくる少佐。

 

「君に昇進の礼をせねばと思っていたのだがな。私のしでかしたことで、君が不利益を被っていると聞いてね。こちらに引き込ませてもらった」

 

 ぬあ! この人事は貴様のせいか!

 

「君のような優秀な人材を沈ませておくわけにはいかんと思っていたのだ。迷惑だったかな?」

 

「いえ、格別のご配慮に感謝いたします」

 

 迷惑だよ! と叫べたら良かったんだけどね。でも実際あのまま懲戒くらってたらより悪いことになってたかもだしね。

 

「ならば良い。これからもよろしく頼む」

 

「はい。整備のことはお任せください」

 

「ん? 聞いていないのか。君はパイロットだが」

 

 は?

 

「え、自分はMSに乗ったことがありませんが?」

 

「そうなのか? しかしゾッドは操縦してみせた。経歴にはMS適性試験はパスしているとあったが?」

 

 そりゃジオンの兵士は必ずMSのシミュレーターで試験やらされるからね。やっぱり原作ファンとしてはMSは動かしてみたいと思うものじゃん。だからそれなりに試験は張り切りましたとも。でも実機は動かしたことはないんだなこれが。

 

「戦闘訓練も受けていませんし、搭乗時間は100時間も超えてないんですよ? いくらなんでも非常識でしょう」

 

「部隊のパイロットが圧倒的に不足していてな。動かせるならそれで構わんと上も考えているようだ。どのみち今からでは転属申請は間に合わん」

 

 何言ってるんだこの金髪イケメン天才野郎は。

 

 とか考えてたら、急に渋い顔つきになった。

 

「ルウム戦役で多くの人員を失ったのだ。他サイドからの義勇兵で数をまかなっているが、虎の子のMSを任せられる人員は少ないということだ」

 

 おい、やっぱり史実より状況悪くなってんじゃないか。

 

「仕方ありませんね。まあ、地上の整備や設営でもMSは必要ですから乗れる人員は大いに越したことはない」

 

 そう告げると、少佐殿は少し驚いた顔をした。

 

「設営はわかるが整備にMSがいるのか?」

 

 おいおい、指揮官の認識がそれだと下が困るんだが。

 

「重力戦線ですよ。整備員には常に負荷がかかります」

 

「なるほど、理解した。整備班の設備と人員の見直しを検討しよう」

 

 現在あるMS整備マニュアルは、実は宇宙で扱うことを前提として組まれたものだ。常に無重力で、作業員が縦横に簡単に動ければ確かに少人数でも効率的に作業が可能だ。しかし地球はそうはいかない。重力だけでなく、埃、湿気、管理されていない気温と、スペースノイドが想定しているよりも圧倒的に過酷な環境下にある。

 

「地上に降りたら、転属届けを出すことにします」

 

 宇宙軍に戻るというわけではないが、せめてパイロットではなく整備兵になりたい。引き金を引くより、物言わない機械をいじっているほうが性に合うんだ。

 

 素直にそう言うと、金髪さんは実に微妙な表情を作り出したのだった。

 

 





 次回こそは巨乳を追加したい。


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第11話 Side『オルド・フィンゴ』


 CVは新井○美。




 

 降下前に、自分が所属する小隊の面々と会ったら、とんでもない人間がいた。

 

「この第一機動小隊を預かる『エイブラム・M・ラムザット』だ」

 

 名前を聞いただけだとぴんともこなかったのだが、彼の顔をよく見て覚えがあることを思い出す。

 

 褐色の肌に赤茶けた髪と顎髭。そして顔の左半分に縦に走る切り傷。

 

 この人Gジェネのキャラだ!!

 

 Gジェネレーションという、ガンダムファンなら多数が知っているゲームに登場するオリジナルキャラだ。

 

 ゲームでは特にシナリオに絡む背景があるわけではなく、自軍で扱えるユニットとして登場のみの存在だが、こちらの世界で彼は大尉で、国防隊の頃からのベテランだった。

 

 安元○貴に似たやたら低く渋い声の大尉はまあ、いい。問題は、むしろもう片方の同僚である。

 

「フローレンス・キリシマ曹長です。よろしくお願いいたしますわ」

 

 なんで……なんでなんだ?

 

 青黒く艶めいた輝きを放つ前髪をお姫様カットした長髪、キツめの印象与える切れ長の目をした美女。

 

 100人の男がいたら、100人とも振り返るほどの美貌を持った人物。

 

 でも、この人物もGジェネのキャラクターだ。しかも、かなりのネタキャラである。

 

「あら中尉、どうかされましたかしら?」

 

「あ、いえ何でもないです」

 

 すでに口調に片鱗が見えている。間違いなく性格はゲームのものを踏襲しているようだ。

 

 彼女もGジェネのオリジナルキャラで、プレイヤーが自由に扱える存在だった。ゲームで全身を見ることは叶わなかったが、かなりスタイルがいい。

 

 特にかなりの巨乳だ。Hカップってやつか? 軍服のサイズがあっていないのか、はたまた胸部が大きすぎるせいかピチピチに張って体のラインをより際立たせている。

 

 男の性でついまじまじと見てしまい、失敗したと思った時には遅かった。

 

「あ? テメェどこみてやがんだ……ですわ?」

 

 オクターブ低い声、そして狩りをする猫のような鋭い目がこちらを睨んでくる。

 

 殺られる!

 

 金縛りにあったように体が動かない。白くなりかける頭の中で必死に言い訳を考えた。

 

「あ、いや、とても上品なお嬢様だったので驚いてしまって。軍には似つかわしくないものだから」

 

「あら?」

 

 詰め寄ろうとしていた彼女は、ころっと雰囲気を変える。

 

「とーぜんですわ! 私はキリシマ家の人間ですもの。おーほっほほほほほほ!」

 

 機嫌よく高笑いするキリシマ嬢に、内心で冷や汗をかく。

 

 彼女はゲームでも乱暴な口調と好戦的な性格をしており、シリーズを重ねるごとにそれが増して行ったキャラである。本人はお嬢様のつもりだが、言葉と態度が本性を隠しきれていない。

 

 黙って立っていれば美人なんだがな。

 

「ん? テメェ今失礼なこと考えなかったか」

 

「滅相もない!」

 

 そういや、ゲームじゃ覚醒(ニュータイプ)能力持ちだったな。

 

「チッ……これから、よろしくお願いいたしますわね」

 

 こんなのが同僚とかー。





 ついに巨乳ヒロインを出したぞ!


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第12話 Side『オルド・フィンゴ』


 ヒロインは出した。が、イチャイチャさせるとは言っていない。

 これからです、これから……たぶん。


 

 小隊のメンバーと顔合わせしてから1時間程。

 

 支給されたMSに乗ったままHLVに積み込まれ、降下の時間を待つ。

 

 僕らが降りるのは北米のニューヤークで、降下と同時に都市攻略を行う手筈となっている。

 

 突撃機動軍の先行部隊が工作を行ってある程度敵戦力を間引いているとはいえ、北米は豊富な工業力と食料地帯を有する場所だ。連邦も安くない戦力を投入してくることだろう。

 

 敵陣真ん中に降下、そこでちょいと暴れて都市ひとつ制圧してこいだなんてとんでもねぇ作戦です。

 

 しかもニューヤークって、原作でガルマ・ザビが占領した場所だ。この世界でもあのお坊ちゃんはこの降下作戦に参加しており、別の連隊だが現地で機甲部隊の指揮を執るそうだ。本人はいたって本気で戦闘に参加するつもりだろうけど、これは本国が地球方面軍を見捨てるわけではないという、政治的なパフォーマンスにすぎない。

 

 つまり彼は、ザビ家が出した人質というわけです。

 

 なんだかコックピット内が息苦しい気がしてため息をつく。いや、ノーマルスーツが窮屈なのかな。

 

「どうされましたの中尉? ビビッて……おほん。ため息をついていたら、幸せがお逃げになってしまいますわよ」

 

 先程までブリーフィングを行っており、回線は繋いだままだった。聞きとがめたキリシマ曹長がモニターの向こうでこちらを小馬鹿にするような悪人顔で笑っていらっしゃる。

 

「作戦内容に疑問があるなら今のうちに消化しておけ。降下までいくらもないぞ」

 

 ラムザット大尉は瞑想でもしているのか目を閉じたままだ。

 

「緊張するのはわからんでもない。私も地上に立つのは初めてだからな」

 

 そう言いながらもまったく緊張した雰囲気を見せないのは、ゼクス・マーキス少佐だ。

 

「なぜ少佐殿が?」

 

「人手不足の極みだな。佐官であっても前線に立たねばならないのさ」

 

 とのことらしい。

 

 濃いミノフスキー粒子下では遠距離での通信は、できないわけではないがほぼ不可能になる。そうなると後方から細かい指示を送るのは難しい。よって指揮官であっても前線に出張らなければならないというわけだ。

 

 でも少佐殿の場合は単純に自分が現場に出たいだけじゃないか、という気がする。

 

 というわけで、我が第一機動小隊はゼクス・マーキス少佐が指揮を執ることになった。ラムザット大尉は副隊長だ。

 

 搭乗するMSは、ゼクス少佐と大尉は新型のドムである。

 

 そう、ドムだ。

 

 ジオニックとツィマッドの経営統合により史実よりもかなり早く完成したドムは既に量産が始まっている。

 

 隕石落としだけでは連邦に打撃を与えることができないと考え、事前に地上攻撃用として準備していたというわけだ。そのため型式番号もMS-08となる。グフよ、どこに消えた。

 

 外観はザクⅡを混ぜ合わせたようなシルエットをしている。これは現地整備の観点から、ザクⅡとの部品規格共有化を念頭に置かれたためで、各部位ごとにユニット化設計されており、場合によってはザクのパーツで不足分を補うことができる。

 

 ゼクス少佐のドムは識別用に頭部にブレードアンテナが追加され、パーソナルカラーの白と青に塗装してある。ラムザット大尉のはアースカラーだ。

 

 僕とキリシマ曹長はザクⅡJ型。これもアースカラー。

 

 ザクⅡJ型は新型という触れ込みだが、実際はF型から空間用装備を取っ払い、各部のアポジモーターを溶接して砂や埃を入りにくくしただけの仕様変更機だ。順次ドムに移行していくつもりらしいが、地上での生産拠点はまだないため、しばらくはこいつを使うことになる。

 

「そろそろ時間だ。各自、装備の最終チェックは済んだな」

 

「万全です」

 

「バッチリだぜ」

 

「はい」

 

 作戦開始だ。

 

 こうして僕は重力の井戸底へと降りていくのだった。

 



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第13話 Side『オルド・フィンゴ』


 戦闘シーンは苦手です。

 がんばります。


 

 前世の子供の頃、大気圏突入時の熱は、大気との摩擦によるものだと教わったが、実際は高速飛来する物体に大気が圧縮されてできる、圧縮熱だそうだ。

 

 船外から伝わる振動をBGMにぼんやりとそんなことを考えていたら、あっという間に地上に到着した。

 

 HLVのハッチが開き外へ出る。

 

 ザクのモニター越しに見る大地は砂漠だった。前世だと砂漠と言われて思い浮かぶのが、黄色い砂が丘になったサハラ砂漠や鳥取砂丘だったが、僕らが降り立ったのはひび割れた土に石の破片が無数に散らばった礫砂漠だ。

 

 その向こう、大して離れていない場所に煙を上げる都市が見える。あれがニューヤーク。

 

「予定位置通りに降りたな。全員問題はないか?」

 

「ありません少佐殿」

 

「早くやろうぜ! ですわ」

 

 一匹やたら好戦的な方がいるな。

 

 キリシマ曹長の武装は、280mmバズーカを装備しているが、ヒート・ホーク2本を左右の腰に提げており、近くでぶん殴ることしか考えてないようだ。

 

 僕は近接戦闘なんてやりたくないので、宇宙攻撃軍で使われていた対艦用ライフルだ。

 

「我ら第一小隊は遊撃隊としてこのままニューヤークの防衛部隊を殲滅する。ミノフスキー粒子も濃い。無茶はするな」

 

 そう短く告げて、ゼクス少佐はホバーで滑走していく。最高速度ではないが、ザクでついていくのは厳しい。何より、思ったより機体が重い。重力の影響だ。

 

「中尉と曹長は後方から支援してくれ。前は私と大尉が切り開く」

 

「あー? ……チッ、了解いたしましたですわ」

 

「了解しました」

 

 本当はドムで後方から砲撃支援するほうが、機体の特性に合致してるんだけどね。まだ連邦はMSを用意していないし、ドムの装甲はザクより厚い。パイロット経験の高い二人が盾役となって、僕ら実戦未経験組をフォローするという目論見だ。

 

 頭上をゾッドの編隊が駆け抜けていき、ニューヤークを容赦なく爆撃していく。

 

 先発隊によって制空権は完全に支配していた。

 

 少佐と大尉が280mmバズーカで、61式戦車を吹き飛ばす。他の小隊のMSも防衛部隊を蹴散らしながら都市へと侵攻。僕らも市街地へと入る。

 

「チッ! 連邦(あいつら)民間人避難させてねぇのかよ!」

 

 キリシマ曹長が吐き捨てる。

 

 モニターには、戦火から逃れようと路上を逃げ惑う市民の姿が大勢映っていた。

 

「軌道上からの奇襲だからな。勧告を出す暇もなかったのかもしれん」

 

 ラムザット大尉の声はやけに抑揚を抑えているようだった。正義感の強い人なのだろうな。

 

「各機、なるべく榴弾での建造物への破壊行動は抑えろ。場合によっては格闘武装で敵に対応する」

 

「へっ! そうこなくっちゃな!」

 

 その指示にキリシマお嬢さんは手にしていた280mmを路上にーー割と近くに民間人がいたぞ。無事だったけど――放り捨てて腰のヒート・ホークに手をかける。

 

「言っても大半が61式のMBTでしょう。非効率だと思いますが?」

 

「フィンゴ中尉、それでも守るべき筋というものは存在する」

 

「了解しました」

 

 好んで人を殺したいとは思わないが、だからといってこちらの犠牲が増えるのも困りものだ。敢えて反対意見を言っておく。

 

 でも61式戦車の主砲じゃザクの前面装甲は抜けないからまだ余裕はある。この世界ではORIGIN版にあったガンタンクは開発されていないので、MSに対する連邦の現用兵器で怖いのは爆撃機ぐらいだ。それでも集中放火をされたら危ないのだが。

 

「しのごの言ってねぇで行くぜ! っと、行きますわよ!」

 

「キリシマ! 突出するな!」

 

 ラムザット大尉の制止を振り切り、キリシマ女史はザクを踊らせ、戦車郡へと飛び込んでいく。

 

「おーっほほほほ! 女王様とお呼びっ!」

 

 頭上から叩きつけるようにヒート・ホークを振り下ろして1両爆散させると、隣の車両を蹴り飛ばしてひっくり返す。

 

「中尉!」

 

「了解」

 

 僕は大尉の指示を汲み取って、曹長の周りを囲もうとしている61式にライフルの照準を合わせる。長距離狙撃も可能な対艦ライフルだ。

 

 この距離なら外さない。たぶん。



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第14話 Side『オルド・フィンゴ』

 

 敵戦車群を薙ぎ払い、圧倒的速度で侵攻していく僕ら。この調子ならあっという間に占領できてしまうだろう。

 

「おーほほほほっ! 貧弱貧弱ぅぅぅ!!」

 

 キリシマ曹長は高笑いだ。

 

 いつまでこの作戦続くのかな。僕、この人苦手。

 

「ん?」

 

 ザクⅡJには地上用装備としてアンダーグラウンドソナーが備えられている。それが友軍機のザクとは違う音紋を拾った。

 

 むろんドムのものでもない。

 

「少佐!」

 

 警告を上げると同時に、周囲に砲弾が着弾し爆煙が上がる。

 

 キリシマ曹長のザクに砲弾が命中、左脚部が関節ごと吹き飛び、仰向けに倒れた。

 

 撃ってきたのは、人型の兵器だ。

 

「連邦のMSだと!?」

 

 少佐の驚きは無理もない。

 

 胴体をカーキ色に塗ったその人型は、史実のザクとジムを組み合わせたような姿をしていた。

 

 そいつがビルの陰から複数現れる。

 

 間違いない、ザニーだ。

 

 ガンダムゲームの中で設定された連邦製のMSである。

 

 鹵獲したザクや、ジオニックから極秘裏に入手したパーツを利用して急造された機体だ。人型からは外れた3本指のマニピュレーターには、長銃身のライフルが握られている。

 

 Gジェネにも登場した機体なので覚えているが、武装は頭部60mm機関砲と、手持ちの無反動砲だけだったはず。

 

「中尉! 曹長のフォローに回れ!」

 

 ゼクス少佐が素早く指示を出す。少佐のドムは弾倉が空になったバズーカを捨てるとヒートサーベルに持ち替え、高速で突貫、先程キリシマ曹長を撃ったであろう機体を袈裟に切り裂いた。

 

 ラムザット大尉も他の機体に向けてマシンガンで応戦する。

 

「曹長、意識はある?」

 

「クッソ! あいつら地べたに這いつくばらせて詫び入れさせてやる!」

 

 うん。元気そうだ。でも機体は左足が膝から吹き飛んでいる。偶然か狙われたかはわからないが、関節部に命中したんだな。

 

 地上で足をやられたMSはただのでかい(まと)だ。こうなると歩兵すら脅威になる。

 

 周囲を索敵すると、ザニーがビルの上に立つのが見えた。よく登れたなあんなところ。

 

 距離も近くライフルでは間に合わないと判断し、咄嗟に腰からヒート・ホークを握って投擲する。時間稼ぎの牽制になればと思ったが、幸運にも相手の胴体、ザクならコックピットにあたる部位に命中した。

 

 パイロットは即死だろう。爆散こそしなかったが、機体は力なく後方に倒れる。

 

 振り返れば、少佐と大尉が残りの4体を始末していた。さすがの腕前である。

 

「大したことはありませんでしたな」

 

 ラムザット大尉は口調に余裕を滲ませている。だが、少佐は違う印象を持ったようだった。

 

「ああ。だが、まさかこんなに早く連邦がMSを用意してくるとはな」

 

 連邦のMS開発史は、いくつか説があるものの、一年戦争前から始まっていたとされている。

 

 その結果がこのザクもどきなのだから、研究に大した力を入れてはいなかったのだろう。

 

 でも、この後でV作戦が始動し、ごく短期間でRX-78ガンダムが出来上がると思うとその底力はとんでもないものがある。

 

「次はもっと手強い脅威になるでしょうね」

 

「君もそう思うか」

 

 史実ならばだが、これから半年ほどでジムの実戦配備が進んでいく。

 

 巨人に喧嘩を売った蟻。やはりジオンは負ける運命にあるのかな。





 ザニーは好きなMSです。

 友人には理解されません。


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第15話 Side 『ガルマ・ザビ』/『ゼクス・マーキス』


 お気に入りに評価を送ろうとしたら、満点つけるのは登録して30日しないと駄目と断られたでござる(´・ω・`)

 評価できるまでひと月待たねばならんのかー。




 

 ジオン北米方面軍による軌道上からの電撃的侵攻で、ニューヤーク市は陥落した。

 

 連邦防衛部隊が全滅したことで、市長であるヨーゼフ・エッシェンバッハは無条件降伏を宣言。ガルマ・ザビはこれを受け入れる。

 

 ジオンは占領した市長官邸を指揮所(CIC)とし、急速に司令部としての体裁を整えていた。

 

 司令官であるガルマによって元市長執務室にゼクス・マーキスは呼び出された。

 

「ゼクス・マーキス、お呼びとあり出頭致しました」

 

「ああ、ご苦労だった。ゼクス、ここには副官もいない。くだけて構わんぞ」

 

 執務用の椅子に腰掛けながらガルマは言った。

 

「こうして話すのは士官学校以来だな。私の指揮下にいるのは知っていたが」

 

「君は今や地球攻撃軍の総大将だからな。気軽に一兵卒と旧交を温める余裕もあるまい」

 

「総大将か……」

 

「どうした?」

 

 ガルマは顔を歪める。

 

「僕は所詮、北米方面の司令官に過ぎんさ。大きな作戦の決定権は姉上のものだしな。兵たちが影で私をMSにも乗れない男と嘲笑っているのは知っている」

 

 彼が自虐するのももっともだ、とゼクスは思った。

 

 彼は、もしジオンが敗戦濃厚となったとき地球攻撃軍をザビ家が見捨てないための人質として送ったようなものであることは、この戦いに参加した誰もが知っていることだ。事実、彼の階級は大佐でしかない。慣例としてザビ家の人間は、ニ階級上と見なすことになってはいるが。

 

「だがここニューヤークは、ジャブロー擁する南米に攻め入るための要衝だ。決して無能な人間に任せられる場所ではない」

 

「やめてくれ! 誰も彼もが親の七光りだと言うんだ。士官学校の成績さえ、シャアとゼクス、君たちが僕に譲った結果だというのはわかっている。あのときの僕の惨めさがわかるか? 僕は堂々と君たちに向かい合い、そして勝ちたかったんだ!」

 

 ガルマは拳を握りしめる。

 

「よそう。昔の話を振り返るために君を呼んだのではない」

 

 ガルマは息を整えると、改めてゼクスに向き直った。

 

「先日の戦闘、連邦が送り出してきたMSのことだ。尋問により捕虜が情報を提供してくれたよ」

 

「南極条約は遵守されたのだろうな?」

 

 ガルマはうなずく。彼へのこの手の話題は、自分以上に潔癖であることを理解していた。

 

「もちろんだ。連邦とは違うさ。捕虜は今も無事でいる。そしてその件のMS、ザニーというらしいが。どうもジオ・マッド社からアナハイム・エレクトロニクスを通じて手に入れたパーツを用いて造り上げたらしい」

 

「やはりルナリアンが絡んでいたか」

 

「見当がついていたのか?」

 

「いや、正確には受け売りだ。部下に技術面に詳しい者が一人いる。彼の推測では、アナハイムあたりから手に入れたザクのパーツと、CAD/CAMシステムを使ったか、ルウムで鹵獲したザクを解析したのではないか、とな」

 

「見識のある部下だな。まあ、だが結果はお粗末なものだ。外側を似せたはいいが、機体性能もパイロットも何一つ完成していない。ザクⅠならともかく、ザクⅡやドムの敵ではないだろう」

 

 楽観的なガルマと対象的に、ゼクスは難しげな表情を崩さずにいた。

 

「これもその部下の受け売りになってしまうのだが、『次は、より高性能なMSが完成するだろう。そして、その時期はそう遠くない』とな。私もそう思う」

 

「そこまでか? 我らとてMSの完成には数年を要した。技術力で劣る連邦がこの短期間で我らと渡り合える兵器を作り出せるとは思えないが」

 

「ガルマ、連邦の国力はジオンの30倍だ。ならば開発力も30倍と見ていい。事実、突貫で造ったMSでありながら、歩いてこちらを撃ってみせたのだぞ」

 

「あまり面白みのある話ではないな」

 

「誰しも苦い現実は飲み込みにくいものだ。だが最悪を想定せねば、指揮を執ることは叶うまい。楽観論を鵜呑みにして兵を死なすわけにはいかん」

 

「そう……だな。うん。姉上にもこの点はしかと報告しておこう」



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第16話 Side『オルド・フィンゴ』

 

 

「ガルマ、私も君に陳情があるのだが」

 

「ん? なんだ、言ってみろ。善処はしよう」

 

 ゼクスは、オルド・フィンゴに頼まれた要件を伝える。

 

「我が部隊のザクの修理の件で――」

 

「ああ、それならしばらく駄目だ」

 

 皆まで言わせずガルマは首を横に振った。

 

 現在本国とグラナダでMSの増産を行っているが、予定されている第2降下部隊と第3降下部隊に配備する分で手一杯であり、予備のパーツを取り寄せる余力がないのだ。

 

 HLVで送るにも、まだ地上が安全な状況とはいえない。軌道がズレてしまえば、よくて物資の消失。最悪、敵に鹵獲されかねない。

 

「ああ、状況は理解しているとも。だから、先に我らが撃破したMSのパーツを使わせてもらいたいのだ」

 

「連邦のだと?」 

 

「本国に送るサンプル以外に、余っているのがあるだろう」

 

 ゼクス・マーキス少佐が率いる第一機動小隊が撃墜したMSの数は5体だ。状態の比較的よい機体を第2降下部隊降下後に予定されている資源物資とともにグラナダに送る予定であった。

 

「使えるのか? 同じパーツを使っていると言っても、完全に同一というわけではないだろう。部品の生産設備もここにはないのだぞ」

 

「破損した片脚だけを交換すればよいのだから、なんとでもなるそうだ。無理ならば、下半身を61式とくっつけると言っていたな」

 

 ガルマの理解が追いつかない、といった表情にゼクスは、オルドの話を聞いた時に自分もこんな顔をしたのだな、とおかしさを覚えた。

 

「君のところは随分とユニークな整備士がいるんだな」

 

「いや、パイロットさ」

 

「パイロット? やけにMSに詳しいようだが」

 

「元開発本部勤めであったらしい。ルウム前からMSの開発に関わっていたそうだ。MSの整備士として従軍し、いろいろあってこうなった」

 

 いろいろ、の部分でゼクスはおかしそうに笑みを浮かべる。彼がこうした正直な感情を表に出すのはあまりないことで、ガルマは件の人物に興味を覚えた。

 

「元開発本部か……ふむ」

 

「ああ、あと、ジオ・マッドに頼んでザクM型のシーリング材を増産して送って欲しいそうだ」

 

「M型? ああ、水中用の試作機か。開発部だったのなら知っていて当然だろうがーー」

 

 M型(マリンタイプ)は気密性の高いザクⅡF型をベースに開発されたが、軍の要求スペックを満たさなかったために生産が中止された機体だ。

 

「そんなものを一体何に使うんだ? 現段階で水中戦をする予定なんかないぞ」

 

「私も聞いたのだがね。ドムの問題を解決する、だそうだ」

 

「ドムの――」

 

 そこでガルマは他部隊から上がっていた陳情に思い当たる。先に話た連邦のMSよりも、直近で問題となっているものだ。

 

「詳しく聞きたい。その者を呼んでもらえないか」

 

 

 ***

 

 

 

「オルド・フィンゴ中尉であります」

 

「ああ、楽にしたまえ」

 

 と言われてもね。

 

 地球攻撃軍にくっついてきたシゲさんと再会して、旧交を温める間もなく、先の戦闘で破損したキリシマ嬢のザクをどうするか二人で悩んだ。

 

 ザニーの120mm砲を受けた左脚はフレームごと吹き飛んでしまっていて、応急処置をすればどうにかなるというものではなかった。予備のパーツがあれば脚部を交換するだけでなんとかなるのだが、あいにく現在のMSの数は払底に近い。

 

 予備や新品のザクは、次の第2降下作戦を待たねばならないだろう。最悪、第3降下までかかるかもしれない。

 

 さらにもっと困ったことが起きている。

 

 ドムの稼働率が悪いのだ。

 

 陸上専用として開発されたドムだが、予想されたよりも機動性と運動性が悪い。ゼクス少佐も「機体が重い」と表現していた。他の部隊からも、ドムの不満が上がっている。

 

 原因は明白だった。

 

 ドムの給排気口が石や砂でつまり、本来の性能を引き出せていない。凡そ、2割近く想定された機動力より低減している。中には完全に稼働しなくなるものまで存在した。関節部にも砂は入り込んでおり、それが動きを大きく阻害している。

 

 地球の環境が、コロニー民が思うよりも劣悪だったというわけだ。

 

 ザクにはこうした問題はほとんど起きておらず、当初は首をひねったが、これはザクⅡJ型がもともとF型として宇宙で運用することを想定されていたからだ。気密性が非常に高く、運動性を気にしなければ水中でも短時間なら活動できるほどだ。完全ではないので、その後はオーバーホール行きになってしまうが。

 

 一方、ドムは当初から地上で運用する前提であったため、空冷機能を強化した結果、気密性がザクより低下してしまったのだ。

 

 ドムは地球侵攻の要として開発されたMSだ。ホバーによる高速展開で連邦に先制打撃を与える。これができないとなると、これから予定されている作戦のすべてを1から考え直さないとならない。

 

「そうか。それで、M型のシーリング材が欲しいと?」

 

 僕の説明を聞いてガルマ大佐は大きくうなずいた。

 

「中尉が上げてきた陳情は他の部隊からも上がっている。MSの整備、稼働率については私も悩んでいたところだ。M型のシーリング材を使うことで、それが解決するというのだな」

 

 いや、解決はしないよ。



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第17話 Side『オルド・フィンゴ』

 

「はい。いいえ大佐。それだけでは根本的解決には至りません」

 

 水中型ザクは軍の要求性能を満たさなかったため、生産中止された機体だ。確か試験用として5、6体程度の生産に留まったはず。生産ラインも存在しない。

 

 ただ、かの機体に使われたシーリング材は優秀で、ザクにほぼ完璧な防水、気密性能を与えることができた。これを地上用に転化すれば高い防塵機能をMSに施せる。

 

「シーリング材は安価ですから、MSを1から造るより早く増産が可能でしょう。ただこれを施してもドムの性能を要求スペック通りに戻すには足りません」

 

 空冷性能を低下させちゃうからね。ドムの発熱量はザクより高い。ある程度は装甲に逃がすことで賄えているが、それでも作戦稼働時間に影響が出てしまう。

 

「それにこれでもドムのホバー機能は復活できません」

 

 フィルターが問題だからね。

 

「それでは意味がないではないか」

 

 ガルマ坊やは苛立たしげに髪を指でくるくるしている。その仕草、子供くさくてバカっぽいから止めたほうがいいと思うけどな。

 

「シーリングが上手く行けば、関節部のメンテにかかる時間を短縮し、ホバー機能の整備に使う時間がとれます。その間に、大佐は本国に抜本的解決策を、具体的には設計の見直し要求をしていただきたいのです」

 

 M型のシーリング材は消耗品だ。出撃のたびに交換していては整備の能率は上がらない。急場をしのぐのには使えるが、今後連邦が繰り出してくる局地型MSに対応するにはあまりにも手が足りない。

 

 そう説明すると、ガルマ大佐はますます唸った。

 

「だが設計変更となると大分コストがかかるのではないか?」

 

「そうでもありません。先日、オデッサを奪取したと聞きましたが?」

 

「ああ、マ・クベ大佐がな」

 

 ORIGINみたいに中将ではないのか。

 

「オデッサには鉱山があります。これにより開戦前と違って採掘資源を我らは得られるようになったわけです。ですが、人的資源は未だに絶望的だ。整備もMSパイロットも、それらを束ねる指揮官すら払底している現状、現場に負担を強い続ければ、早晩戦線は崩壊することになりましょう」

 

 ガルマ大佐の眉間のシワがますます深くなり、顔に朱が指したので、怒鳴られるのかな、と身構えたが、それより早くゼクス少佐が口火を切った。

 

「中尉、君は作戦本部がたてた計画に異を唱えると?」

 

「不敬は承知ですよ。ですが、このまま突き進めばジオンは一年も保たない」

 

 一年戦争って呼ばれるぐらいだからね。原作でジオンが負けたのは、トップがそれぞれの派閥で足の引っ張り合いをしていたのもあるが、現場レベルで地上という環境を甘く見ていたせいでもある。

 

 刺すように照りつける太陽、うだる暑さや、凍える寒さ。咽るほどのホコリや湿気が立ち込めると思えば、カラカラに乾いてしまう空気。へばりつく泥に熱砂。完全に空調を制御されたコロニーで育った人間が、想像はできても実感することのできなかった環境がここにある。

 

 これまで経験することのなかった過酷な環境で、人が万全の状態を維持できるとは思わない。事実、早くも体調を崩して医務室に駆け込む兵士は増えているのだ。

 

 未だに苛立たたしそうに髪をいじっている坊主を、威圧するように睨んでやる。

 

「私たち一兵卒は、上が死ねというのならば死にますよ。その覚悟を持って軍人になりましたから。でも、それが価値のある死ならば、ですがね。我らを死なせるならば、効率よく、納得の行く死を与えてもらいたい」

 

 僕の言葉に、ガルマ大佐は鼻白んだようで指を止めた。

 

「中尉……君はそこまで考えているのか?」

 

「ここまで来たのですから、格好のひとつはつけねば駄目でしょう。我々士官はそのために、国が高い費用を払って育てたのですから」

 

「ハッハッハ! 確かにそうだな」

 

 僕の物言いが気に入ったのか、ゼクス少佐は声を上げて笑う。割と感情豊かなんだよな、この人。

 

 笑うのをやめると、彼は大佐に向き直った。

 

「ガルマ、まだ時間は許されているか? この際だ、見識の広い中尉に積もっている問題を相談してみてはどうだろう?」

 

 え? 何て?

 

「時間は、あるのだが。うん、しかし」

 

 MSなどの技術的なことはわかるけど、他のことなんてわからんよ! と叫びたかったけど、先に格好つけちゃったから言えなくて困った。

 

 あーやっぱり格好なんてつけるもんじゃないな!



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第17.1話 ザニー解説(独自設定)


 MS妄想設定。

 読まなくてもストーリーに影響はありません。


 RRf-05 ザニー(本作独自設定)

 

 ジオンのザクと、連邦の量産型MSジムの特徴を合わせたデザインの機体。

 

 連邦宇宙軍の試作機であり、最初期に製造されたもの。

 

 本作では、戦前に月のグラナダにあるジオ・マッドの支社から極秘裏に入手したザクのパーツを使い完成させたもの。

 

 そのため、駆動式に流体パルスとフィールドモーターの双方を使用している。

 

 カタログスペック的にはザクⅡと同等の性能を持ち、胴体など一部にはチタン系合金を使うなど、防御面においては元機体よりも優れた性能を持つはずが、実際には操縦性の悪さや、設計の粗雑さ、各部のバランスの悪さなどからくる故障によって、まともな作戦行動がとれず、そのために正式採用には至らなかった。

 

 また、戦前に開発されたためにミノフスキー粒子下での戦闘を考慮しておらず、各種センサーは旧来のものを採用したために、著しく索敵能力が低下した。

 

 マニピュレータは三本指である。これは重砲を扱う分には十分な保持力を持ってはいたが、精密性と耐久性に欠け、ミノフスキー粒子下でしばしば行われたMS同士の格闘戦には対応できなかった。

 

 元機体で想定されていないビーム兵器の携行も不可能。

 

 主な武装は頭部60mm機関砲と、手持ち式の120mm無反動砲。120mmは後のガンタンクとボールの主砲として採用されている。

 

 バリエーションとして、マニピュレータを五本指に改良し、フィールドモーター式に完全移行、背部に高機動バーニアシステムを装備したRRf-06型が存在する。こちらはザクⅡのヒートホークも使用することができた。

 

 一年戦争前において、7機ほど製造しテスト運用され、戦争勃発後は地球において20機が生産。実戦に投入されたが、元々の性能の低さから期待された程の戦果を上げることは出来なかった。

 

 戦闘に参加しなかった機体はジムが完成するまで、MSパイロット育成用練習機として使用された。

 

 本機の製造・運用経験をもとに連邦陸軍主導でRX-75計画(ガンタンク開発)が発足する。

 

 

 

 *

 

 

 

 武装

 

 『頭部60mm機関砲』

 連邦系MS伝統となる武装。MS相手には貧弱な火力しか持たないが、航空機や当時の装甲車両等には十分な威力を発揮する。

 

 

 

 『120mm無反動砲』

 手持ち式の重砲。

 無反動と銘打たれているが、実際は低反動なだけであり、まったく反動がないわけではない。2列式弾倉に各種3発。直撃させればザクを撃破でき、ドムにも有効打を与えられた。

 

 



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第18話 Side『ガルマ・ザビ』

 

 おかしな男だ。

 

 ガルマ・ザビは、オルド・フィンゴ中尉をそう評価した。

 

 おかしいと言っても、気が狂っているとか、常識外れだというものではない。彼の言葉の端々には、幾度も自らが熟考した上でたどり着いた自信と知性が滲み出ていた。

 

 それでいて容姿は自分よりも幼い少年に見えるのだから、調子を崩してしまう。

 

 MSの稼働状況の悪化は喫緊の問題であり、改善策があるなら詳しく聴こうと呼び出してみれば、恐縮する素振りすら見せずに本部の見通しの甘さを指摘し、物資を強請って悪びれもしない。ここまでくると失礼を通り越して痛快なのだろう、友人であるゼクスは堪えきれないと笑い出す有様だ。

 

 もしここに彼がいたらどうしたろうか? ゼクスと並んで類稀な才をもったもう一人の友人。

 

 中尉の言を、他愛も無い話だと切り捨てたか、それとも霞むほどの策を見せただろうか。

 

「降伏した一般市民が大勢溢れている。君はこれをどうする?」

 

 仮面をつけた無二の親友を思い出し、比較しようと挑むように問題を投げつけた。彼は一瞬、面食らった表情をして、首を傾げて不敬にも逆に質問をしてきた。

 

「受け入れないのですか?」

 

「キャンプの設営は行っているが、とても足りる物ではない」

 

 南極条約締結からの電撃的侵攻であったのは事実だが、連邦には堂々と宣戦布告を行ったのだ。だというのに奴らはニューヤーク市民に避難勧告を行うどころか何も知らせずにいたのだ。

 

 結果、彼らは自身が住む都市を爆撃で破壊され、行き場を失ってしまった。無論、そうした現状を作り出したのは自分たちジオンである。

 

 ガルマの心情としては窮状を救ってやりたいと考えている。婚約者であるイセリナの父、ヨーゼフ・エッシェンバッハ市長からも寛大な手当てが欲しいと嘆願されているのだ。

 

 イセリナとの婚約を正式に認めて欲しいガルマとしてはなんとかしたいのだが、何も生み出さず資源を食いつぶすだけの人間数千人を賄うだけの余力はなかった。

 

「あーそうではなく、本国に受け入れないのですか?」

 

「ムンゾにだと? できるわけなかろう。連邦の人間だ。防諜の問題もある。なにより送り出すための手段がない」

 

 連邦軍は撤退時にご丁寧にも、軍事品の生産転用が可能な施設や、宇宙港を破壊していった。これを修繕してシャトルを宇宙に上げるようにするにはかなり骨が折れることになるだろう。

 

「オデッサがあるではないですか。あそこには艦隊用のカタパルトがありますよ。第2陣で降りてくるザンジバルに乗せて、グラナダ経由で送ればよろしい。スパイ対策は、避難民専用のコロニーを作り、移動を禁止すれば済む話です」

 

 わけもない話だといった様子で机上の空論を語る中尉に、ガルマは頭痛がする思いだった。

 

「それこそ――」

 

「資源ならありますとも。先にも述べたように、オデッサには鉱山があります。水や空気も有限だった開戦前とは違い、地球からいくらでも送れます。アステロイドベルトから引っ張ってきていた隕石群を改造して仮のコロニーとして流用しても良いでしょう。ああ、後は半数をサイド5に送るのもよいでしょうね。あそこはルウム戦で大勢を失ったばかりだ。水と空気を他のサイドよりも格安にして売りつける条件にすればよいかと」

 

「まて、待て待て」

 

 唐突に現実味を帯びた話にガルマは驚き、混乱する。これは政治的な話だ。

 

「私の一存では決められん。姉上に相談しないと」

 

 思わずそう零すと、中尉はあからさまに残念なものを見つけた表情となり、肩をすくめた。

 

 ガルマは己の顔が熱くなり、今にも眼の前の少年に殴りかかろうとする自分を徹底的に抑えつけなければならなかった。

 

「ならば急ぐことです。対応は速いほうがいい。これは連邦が仕掛けた作戦なのですから」

 

「なんだって?」

 

「遅滞戦術だな」

 

 ゼクスは理解したようだ。ここでもガルマは自身の能力の低さに苛立ちを覚える。

 

「民間人を避難させなかったのは、保護すれば当然彼らを食わせねばならなくなるからです。捕虜もそうですね。食い扶持を稼がないうえに内在的な火種となる存在です。もしぞんざいに扱えば、世論は炎上する」

 

「連邦の人間だぞ? そこまで悪感情が噴き出るとも思えんが」

 

「少佐、戦闘中に見た民間人は、我々が思い描いていた特権階級に生きる人々でしたか?」

 

「いや、どこにでもいる人間だったよ。赤い血の」

 

「そうです。彼らは本質的には我らと変わりません。地球にこそいますが、連邦からは見捨てられた貧しい者たちが殆どでしょう。実際、財界の人間は先に市外へ脱出していたそうじゃありませんか。残っていたのは中層階級とスラムに住むような底辺の者たちです」

 

 ガルマは頬を叩かれたような気持ちになった。

 

「国という立場が違うだけの、連邦から見捨てられた者たち。それがいまわれわれが抱えている人間です。彼らを人道的観点から受け入れるのは、ギレン閣下の標榜する『サイド経済共栄圏』の思想とも合致するでしょう。なにせ今後の労働力をかなりの数確保できるのですから」

 

「確かに我が国は人的資源に乏しい。だがそううまくはいかないだろう。ましてや貴様が言っているのは、誘拐と変わらんではないか。実行すれば戦争犯罪として後の世で糾弾されることになる」

 

「もちろん、希望を募りますとも。それでも結構な数が手を挙げると思いますがね」

 

「策があるのか?」

 

「単純です。兵役を免除すればよいのです。いくら亡命したからといっても、今までの母国に弓を引くのは心情的にできないでしょう。なにより心身が疲弊し戦いたくないと感じている者は多いはず。くわえてコロニー建設で仕事は山ほどある。地球に残りたい者は、オデッサの鉱山で働いてもらうのもよいでしょう。中には家族を宇宙に送り、仕送りのために鉱山で働くことを選ぶものもいるはずです」

 

 この男は悪魔だ、とガルマは確信した。

 

 無垢な子供の容姿をしながら、まるで映画に出てくる詐欺師のような論調で事を語る。

 

 そして恐ろしいことに、話を聞いても、それをペテンだと振り払えない自分がいた。

 

 彼の策が図に乗れば、自分は公国に大きな経済効果を与えた存在として評価されるに違いない。そうなれば、親の七光りだと、MSにも乗れない指揮官などと嘲弄する輩の口を閉じることができる。それどころか、この功績で父であるデギン・ソド・ザビにイセリナを婚約者とすることを認めて貰えるかもしれない。そうなれば、彼女の父であるヨーゼフ・エッシェンバッハも無碍にはできなくなるだろう。

 

「大佐」

 

 中尉の顔が笑っている。

 

「ここからはじめましょう。すでに賽は投げられたのですから」

 



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第19話 Side『ザビ家の兄妹』

 

 その日、多忙の間隙を縫って本国との通信を繋いだキシリアは、モニターの向こうにギレンの姿を認めると、マスクを外した。

 

「壮健なようで何よりです。兄上」

 

「貴様もな、キシリア。第一次降下作戦の成功、まずは良くやった。それで? 定例の会議はまだ先のはずだが」

 

 兄であるギレンは修飾じみて長引く言葉の羅列を好まない。政治家として――自身をアジテーターと自嘲気味に揶揄しているが――敢えて大衆向けに使うことはあれど、日頃の会話では常に拙速で明瞭さを求める。

 

「はい。北米を中心にいくつかの陳情が成されまして、お耳に入れようかと」

 

「ああ、貴様が送った報告書は読んだ。ガルマだな?」

 

「はい。どうやらブレインがついたようです。それにしても、多岐にわたる要望ですね。物によっては作戦の見直しもせねばならないかと」

 

「なに、これらすべてを通せるとはあいつも思ってはおるまい。このうち1つでも叶うなら良し、といったところか。ここは度量を見せてやるものかもしれんな」

 

「難民の受け入れをお認めに?」

 

「サイド共栄経済圏の構想もある。この戦争に勝てばいずれ人を地球から立ち退かせるのだ。その試験運用と見ればよかろう。なにより連邦とは違うと各サイドに示さねばならんからな」

 

 ガルマは末弟であり、生まれると同時に母を亡くしたために父であるデギン・ソド・ザビが甘やかして育てた。

 

 性格に歪みなく育ったゆえに、戦争難民に同情しての陳情だろうとキシリアは考えていた。

 

「だとしても、我が国の持ち出しが大きすぎるのでは?」

 

「いや、そうでもあるまい。この案を考えた者は、そこも加味しているようだったな」

 

 難民を雇うことで増産されるオデッサからの鉱物資源と穀物の見込み供給量と、新コロニーの建築費用。そして国民が増えることでの経済効果の試算が資料として添付されていた。

 

「火星や木星に挑まずとも、豊富に手に入る水と空気を我らは手に入れた。これを各サイドに売りつけるだけでも十分潤う手筈だ。サイド4から食料の輸入も目処がついたしな。後は予定していた輸出用MSも完成した」

 

 中立を表明しているものの、実際はジオン寄りであるサイド2とサイド4向けに、WEMS-05を輸出することが決定している。他にもモビルワーカーの供与もあり、着々とサイド圏にてジオンはその地盤を固めていた。

 

「防諜を密にせねばなりませんな」

 

「貴様のところにはさらに負担をかけることになる」

 

 キシリアは苦笑した。

 

 世間では不仲と称されている兄妹仲だが、実は演技でしかない。

 

 ダイクンが倒れたあの日、政情不安を理由に連邦からの介入を跳ね除けるため、ザビ家は独裁者になるしかなかった。

 

 反発するものをことごとく粛清し、血にまみれながらも祖国をまとめ上げたのだ。そうしなければ、最悪連邦によって国家を解体されていたかもしれない。

 

 独裁者としての仮面を被ることを長兄は決意し、そして長女であるキシリアはその兄を支えるために敢えて反ギレンの意志を持つ連中を取りまとめ、密かに監視する役目を担ったのだ。

 

「戦争は始まってしまった。ここで諦めては、サスロに顔向けもできん」

 

 一瞬、ギレンは遠い目になる。

 

 常に合理的な判断を下し、冷血漢と呼ばれる男であるが、その実、家族には人一倍の情を持っている。

 

 ジオンがその存続を危ぶまれた時、急進的な反ギレン派閥による暗殺計画が持ち上がった。その身代わりとなって凶弾に倒れ、その身を持って暗殺者たちを引きずりだしたのが次兄である。

 

「せめてドズル兄上にも、もう少し政治を学んでもらいたいものです」

 

 思わずこぼすキシリアに、ギレンはわずかに口角を上げて笑った。家族など親しいものでなければ理解できないほどの微細な表情の変化だ。

 

「しかたあるまい。奴には奴の生き方があるのだ」

 

「男は気楽でいいですね。そう言えば我が通ると思っているのですから」

 

 妹からの皮肉に今度こそギレンは破顔した。

 

「お前の才は誰よりも信用している。ザビ家100年のためだ。ガルマについては、くれぐれも頼んだぞ」

 

「はい。承知しております」

 

 ザビ家100年。

 

 ギレンと父であるデギンが掲げた目的である。

 

 各サイドの独立を達成し、その中でジオンをサイド間の筆頭として立たせる。その中心にザビ家を据える。

 

 その頃の時代には、戦争という大量虐殺を行った者は不要となっているだろうとギレンは考えた。

 

 むしろ政治的にクリーンで、大勢の人間に愛される象徴のような存在こそ望ましい。

 

 その存在にギレンとデギンはガルマを推すつもりだった。つまり、この戦争で勝とうが敗北しようが、ギレンは戦火の責を取るつもりなのである。

 

「本当に、よろしいのですね?」

 

「是非もないことだ。この戦いに勝てば、遺産(・・)も手に入る」

 

 キシリアは目を細めた。

 

 兄は語る。

 

「あれは私のようなアジテーターが手にするものではない。先の時代の、若者によって開かれるべき箱だ」

 

 ダイクンが暗殺された時に、死の間際でデギンへと伝えたもの――宇宙世紀創世の遺産。

 

 箱であると言う以外、詳細はわからない。だが、ひとたび開けば連邦は崩壊するとまで言われるもの。それを手にする前に、ダイクンは何者かによってその生命を絶たれた。

 

 ギレンは何者かとの密約によって、その遺産を譲り受ける手筈を整えたようであった。そして、その条件は連邦を打倒し、各サイドを地球の呪縛から解放すること。

 

 すでに火蓋は切って落とされたのだ。

 

 ザビ家にとって、もはや引くことのできない戦いが始まってしまったのである。

 



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第20話 Side『オルド・フィンゴ』

 

 この際だと思ってガルマ大佐に言いたいこと言って煽ったら、あの坊っちゃんは疲れた顔をしながらも提案を上に出すことを受け入れてくれた。

 

 素直ないい子だな。

 

 シャアに殺させるには勿体ない器を感じる。

 

 前線に送られた人身御供とはいえ、ザビ家としても体裁をつくろうつもりはあるのか、提出した要望はその殆どが採用されるそうだ。

 

 特にドムの稼働状況の悪化は各地でかなりの陳情が上がっていて、設計変更が決定。それまでは防塵性能を強化したザクで凌ぐことに決定された。

 

 MSの仕様変更については、ジオンはだいぶフットワークが軽い。これは独自に開発した高性能CAD/CAMシステムのお陰だ。

 

 こいつにとりあえず必要なデータを打ち込めば、自動で計算して設計をこなしてくれる。

 

 北米にはまだないが、意外にもそれほど場所を取らない奇跡の機械なので、統治が安定すれば宇宙から降ろしてここで使うことも可能なはずだ。

 

 整備の人員強化と、整備用のMSも次の補給で送ってくれるとのことである。

 

 いやあ、無茶でも言ってみるもんだね。

 

「オイ! なんでアタイのザクとオメェのザク交換しなきゃなんねぇんだよ!?」

 

 ほくほくと先日の戦闘で破損したザクの脚をザニーのパーツとニコイチする作業をしていたら、キリシマ曹長が柳眉を逆立ててハンガーにやってきた。

 

 なんかこの人、僕には口調や態度を隠す気がないようでいつもキレている。

 

 一緒にいたシゲさんなんか面食らった顔してるぞ。このまえは「美人さんと同じ部隊で羨ましいぜ」なんて冷やかしてきたというのに。

 

「あーキリシマ曹長、ごきげんよう」

 

「あらごきげんよう。……じゃなくてなんでMS交換ってなってんだよ! とっと説明……していただけます?」

 

 ようやく傍にいる人間が僕だけじゃないと気づいたようで急に裏モードからお嬢様モードに変化した。でも遅いよ。シゲさんはじめ、うちの整備隊員は皆残念なものを見る目になってる。

 

「曹長の機体は、鹵獲した連邦のパーツを使って直すって言ったでしょ。直せはするんだけど、やっぱりトルクとか違いが大きく出ちゃって機動力がガタ落ちするんだ。強度的にも白兵戦には向かないしね」

 

「あん? それで?」

 

「曹長、格闘するの好きなんでしょ? だからまだ損耗の少ない僕の機体に曹長が乗って、こいつは射撃戦用として僕が使うってわけ」

 

 MS特有の戦術である、対艦ライフルなんかで後方からの機動狙撃ってやつだ。そのぐらいだったら間に合せの部品でも十分実用に耐える。

 

「まあ僕のザクは僕用にプログラミングしちゃってるから、後で自分用に調整しといてね」

 

 銃器保持を安定させるためにあえて右腕肘の可動感度を下げてたりするからね。そのままだと格闘戦を挑むにはややしんどいだろう。

 

「今やれ」

 

「は?」

 

「だから、今やれ。すぐに」

 

 え? 君の機体の調整僕がすんの?

 

「いや、僕はこれからこいつの修理を――」

 

 と顔を向けたところにシゲさんがいて目があった。シゲさんは、いけいけ、とめんどくさそうに手のひらを振りやがる。

 

「いや、あの。調整と言ってもAIのパラメーターをコンソールから弄るだけだから、そのぐらいパイロットなら誰でも――」

 

「この私がやれと言ってんだ。早くしないと、しばきますわよ」

 

はい(イエス・マム)

 

 勢いに屈して、小隊の2番機へ。1番機は、ラムザット大尉のドムだ。3番機が、破損したキリシマ曹長の機体。

 

「で、なんで君も来るわけ?」

 

 コックピットのコンソール前。シートに座ったところで何故かキリシマ曹長まで乗り込んできた。

 

 ザクのコックピットはサイドイン方式を採用していて、左胸部から入り込んで、右胸部へと移動する。これは宇宙で使用していたF型の名残りだ。

 

 宇宙では左側にあるエアロックを通って気密されたコックピットに乗り込む寸法。利点としては胸部正面装甲を厚くすることが可能だった。といってもたかが知れているが。

 

「狭いんですけど?」

 

「これがアタイのになるんだろ? 試乗がてらだ」

 

 意味がわからん。調整を他人にやらせるなら自分は乗らなくていいだろうに。

 

 ザクのコックピットは先の理由から意外に広いのだが、さすがに二人乗り込む用にはできていない。

 

 邪魔なんだよなぁ。

 

 なにが邪魔って、その、お胸がね。

 

 彼女、僕の作業が気になるのかエアロック側から身を乗り出し、耐Gシートに上体を預けるようにしてコンソールを覗いてるんだよね。

 

 そうすると、彼女のたわわが、僕の肩あたりにきてるわけです。

 

 たゆんたゆんするのが横目に映ってしまって気が散る。とゆうかもしかしてノーブラなのかな? すごい揺れてないか?

 

 案外僕も男の子なんだなぁ。

 

「おい、こんなんで機体の動作決められんのか? ……こほん。決められますの?」

 

「こんなんって……これ、パイロットなら必修ものなんだけどなぁ」

 

 コンソールから各部のパラメーターを弄るのは誰もがやっている。MSは文字通り、宇宙服の延長として開発されたものだから、四肢の反応が登場者の感覚により近しい方がよい、という考え方のためだ。

 

 ゲームでもオプションで、カメラの移動速度を自分好みに変えたりする。それと一緒だ。

 

「どうする? 基準値に戻すつもりだったけど、どうせなら機体の反応値を上げとく?」

 

 格闘戦を好むパイロットはブースターや各部のトルクを過敏に調整することを好む。あまりやりすぎると動きがチグハグになって立っていられなくなってしまったりもするので注意が必要だが。

 

「あら、じゃあそうしていただけます?」

 

「はいはい」

 

 とにかく居心地が悪いのでさっさと済ますことにする。

 

「設定できる最高値の2段階程前にしてある。あまり過敏すぎても歩けなくなるだけだからね。後は自分で馴染ませてくれ」

 

 そう言って立ち去ろうとすると、彼女がさらに身を乗り出してきた。

 

「ほんとにこんなんで動き良くなりますの?」

 

 と操縦桿に手をやる。仮機動だった機体が完全に機動状態へと移行する。

 

「ちょっと! せめて僕が降りてからにしてよ!」

 

「あん? いいだろ別に。手足の作動確認するだけですわよ」

 

 身を乗り出したままのキリシマ曹長の双乳が顔や肩に当たる。わざとか? わざとなのか? 下手に動くと怒られそうで動けない。

 

「おおー前よりしっくりくるわ」

 

 ハンガーに機体を固定されたままで、ザクは腕をぶんぶんと

 振り回す。モニターには、驚いて資材を投げ捨て逃げ惑う整備員の姿が映った。

 

「もういいだろう! 曹長、危険だからストップ!」

 

「よし、ちっと駆け足してくっか! ペダルをお踏み遊ばせ」

 

「ねえ! 僕の話聞いてる!?」

 

「いいから早くなさいな!」

 

「だめに決まってんでしょう!」

 

「ちょっ! テメェどこ触ってんだ!!」

 

「不可抗力だっ! そんなもん押しつけるそっちが悪い!」

 

「いい度胸じゃねぇか! ぶっ飛ばして差し上げますわよ!」

 

 こうして4、5分程やいのやいの言い合いしていたのだが、揉み合っているうちに、あろうことか外部拡声マイクをオンにしてしまったらしい。このやり取りはすべて外に筒抜けで、しばらくの間僕は、MSの中で女と乳繰り合った男、と不名誉な称号で基地に知られるのであった。





 恥ずかしくて、こんなのしか書けなかった。


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第21話 Side『オルド・フィンゴ』

 

 第2降下作戦を終えた頃、基地の定例会議になぜか僕も呼ばれるようになった。

 

 ガルマ大佐直々の命令である。

 

 なんでも士官の中で、地球滞在経験のある者が一人もいなかったらしい。そこで、僕に白羽の矢が立ったというわけだ。

 

 12の頃、父の仕事にくっついて旧ハワイ諸島に約1年ほど住んでいたことがある。

 

 ジオンが旧ジオニックのカバー会社を通じて地球で購入した島の一つで、父の仕事は、そこで密かにMSとパイロットの環境負荷試験を行っていたのだ。

 

 その知見を求められての参加、ということになっている。

 

「自警団だと?」

 

 僕の発言にガルマ大佐が眉を上げる。

 

 各地で反ジオンのゲリラが頻発しており、このニューヤーク市内でも少数ではあるがゲリラ部隊が活動している。その対処

について意見を求められた。

 

「はい、連邦から鹵獲した61式を配って市民自身に対応してもらいましょう」

 

「待て待て、占領下の市民にそんなことはさせられないだろう」

 

「でも、市内で頻発してるゲリラも元市民ですよ? 同じ連邦民に対処してもらうのが1番効率よくいくでしょう。同じ市民に銃は向けづらい」

 

 そもそも元市長であるヨーゼフ・エッシェンバッハが裏切ってるんだよな。原作ではゴリゴリの連邦派で、政財界の意向を受けて降伏したけど、裏でゲリラを支援してる。

 

「それは自警団とて同じでは? むしろ心情的にはゲリラ側に加担するだろう」

 

 大佐の指摘ももっともだ。

 

「あくまで民間の防衛組織とするんです。警備を担うのは我らにとって重要度の低い施設に限定。供与する武装も限定します」

 

 61式ではザクの装甲を抜けないけど、施設破壊はできるから砲弾撃てないように細工するなどしてもいい。

 

「なにより、現地民と我ら軍の軋轢を緩和する政策のひとつですよ。規模は小さくていい。ゲリラと直接戦わせるわけでもない。元警官や警備員経験者を優遇しましょう」

 

 占領下であれど、自分たちで町を守っているという意識があれば不満も消化しやすい。

 

「それと、部隊の統制も今一度徹底しなければなりません。増員はされましたが、その分現地民との軋轢は増えます」

 

 まあこの辺はガルマ大佐は本当に厳しくて、現地民の私財を略奪した隊員は、たとえ士官であっても更迭している。

 

 ニューヤークの市民に、希望者にはコロニーへの移住、それにともなう税の免除と兵役の除外、配給と職の斡旋が約束されており、結構な数の人間がジオン行きを承諾している。次の補給でやってくるザンジバルに乗せてオデッサへ向かってもらう予定だ。他にもオデッサの鉱山で働く場合、少なくない手当てがでる。もともと労働階級だった人間はこぞって募集に参加した。

 

 人が出ていってしまうためエッシェンバッハ氏が反対していたが、彼は無条件降伏したのだから、嫌でも受け入れてもらう。

 

「それと、軍備増強ですがMSの数の把握は徹底されてますか?」

 

「数? ああ、勿論だが」

 

「連邦のMSはザクをコピーしたものでした。他にも鹵獲した機体を使ってゲリラ行為に出る者がいるでしょうから」

 

 北米で暴れたのはセモベンテ隊だっけ?

 

「偽装すると?」

 

「ええ。定期的に友軍コードを入れ替えたほうがよいかもしれません」

 

「連邦に我らのMSを扱えるとは思えんが、されれば確かに厄介ではあるな」

 

「連邦の目的はゲリラでもなんでもして時間を稼ぎ、大規模反抗作戦の準備期間を得ることでしょうからね。狙うなら補給物資の集積所とかでしょう」

 

「頭の痛い問題だな。本拠地だけでなくそうした場所まで目を光らせねばならんとは……人もMSも足りん」

 

 ガルマ大佐が頭を抱えるのを、士官全員が生ぬるい目で見つめる。まあ彼はまだ若く、学生さんの気分も抜けていないだろう。皆の前で弱音の一つもこぼしてしまうものだ。

 

「地上用にもっと戦車が欲しいですね」

 

「戦車ならマゼラアタックがあるだろう」

 

 僕はあれを戦車とは認めません。

 

 砲塔部は飛行するために、装甲もない防弾ガラスで防御力が圧倒的に不足しているし、おまけに飛んでもたいして高度も飛距離も取れない。おまけに命中精度は悪くて砲塔旋回も不可能。飛行する意味がなく、主砲の命中率の低下という弱点になっている。

 

「マゼラでは対MSには貧弱です。というか、正面でやりあえば61式にすら勝てない。たしか、地球制圧用兵器開発計画でポシャった機体がありましたよね? 開発部よりMT(モビルタンク)のカテゴリを与えられていたはずですが」

 

「ああ、それなら、先日地球に降りてこの北米に配備されている。試験運用の後に現地配備だそうだ」

 

 おおヒルドルブ! 史実よりもだいぶ早く出されたのか。

 

「それ、貰いましょう」

 

「は?」

 

 僕の笑顔に、ガルマ大佐はゲテモノを見つけたような顔をした。

 

「MSが足りないなら、戦車を使えばいいじゃないですか」



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第22話 Side『オルド・フィンゴ』


 Twitterで、おもしろ設定(架空)のボードゲームを見つけたので作中で採用してみました。


 

 ヒルドルブが配備された補給物資集積所。

 

 そこにこちらから出向くことになりました。

 

 ヒルドルブはデカくて重いので、運搬するのにガウを使うか、ギャロップで牽引するしかない。で、集積所にはガウが離着陸ができるような滑走路がないため今回ギャロップで迎えに行くことになったわけだ。また、ギャロップの慣熟航行も兼ねている。

 

 護送要員として、僕ら第1機動小隊に辞令が下された。

 

「いいだしっぺなんだから、お前がめんどうみなさいよ?」ってことですね、はい。

 

 ギャロップはホバークラフトと、ジェットエンジンでその巨体に似合わない高速走行を可能にした陸上戦艇だ。

 

 MSもザクとドムを3機格納できるし、内部で整備も可能。僕らのような小規模部隊の移動基地としてはもってこいである。

 

 後ろに物資運搬用カーゴを連結して運べるので、サムソンのようなトレーラーにヒルドルブを積載して運ぶつもりだ。

 

「あーどこまでいっても砂漠ですわね」

 

 ギャロップの食堂内で、つまらなさそうにキリシマ曹長が呟いた。

 

 艦内にあるので、窓があるわけではない。艦外に設置されているカメラから流れてくる映像をここで見れるのだ。そのためか、暇を持て余した者がこの食堂によく集まる。

 

 特に我々機動小隊は敵襲でもなければやることはないため、ここで時間を潰しているというわけだ。

 

「そうだね。今の地球は大半がこんな砂漠と荒れ地だ。連邦が棄民としてコロニーに人を送るのもやむ無しってやつだね。ほい、チェックメイト」

 

 そういって僕は、駒に見立てたボルトを進める。

 

「あ! テメェなんでそこに……!」

 

 僕らが遊んでいるのは鉄機兵というゲームだ。

 

 四角いマスが描かれたボードの上に、それぞれ色違いのボルトを置いて、相手の陣地まで自分の駒を進めた方が勝ちという、シンプルな遊びである。

 

 歴史は古く、19世紀の旧イギリスでネジ職人たちが遊び始めたというゲームで、ネジは切れ込みの向きに応じて十字か斜めの1マスに進むことができ、この向きは、ネジを動かした後に向きを変えることが可能。進行中他のネジと接触する場合、そのネジはチェスのようにゲームから取り除かれる。

 

 ざっくりとしたルールはこんな感じだ。

 

「あーくそっ! また負けた!!」

 

 キリシマ嬢は叫んで拳をテーブルに叩きつけた。ネジが倒れて転がる。

 

「はい。これで僕の10連勝。今日の野菜の皮むきは曹長が担当ね」

 

「覚えてろ。いつか拳突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてさしあげましてよ」

 

 どこに突っ込む気だ。

 

「また騒いでいるのかお前たちは」

 

 渋い声に振り向くと、エイブラハム・ラムザット隊長がやって来ていた。

 

 しかしこの人、声が低くくてカッコいいな。

 

「ああはい、隊長もおやりになりますか?」

 

「いや。それより中尉、今回のMT――ヒルドルブの受領の件、君がガルマ大佐に進言したと聞き及んだのだが」

 

「ええ、その通りですが、何か?」

 

「君は、MTが今回の戦争に必要だと本気で思っているのか?」

 

 なんか質問の意図が読めないな。

 

 ふとキリシマ嬢を見ると、面倒はごめんですわ、とばかりにさっさと席を立ってこの場を離脱しやがっていた。

 

 毎回のことだけど、負けたんだから後片付けくらいしていってほしいな。

 

「自分は地球に来て、MTこそこの環境に合致した兵器であると確信しましたが」

 

 キリシマ曹長の代わりに、大尉が対岸に座る。

 

「あれは本国の戦闘教義(ドクトリン)に合致しない。あまりに汎用性がないからな。故に、モビルタンク計画は撤回された」

 

 なんかやけに詳しいな。しかもなんか暗く否定的な雰囲気を醸し出してるし。

 

「あれは、失敗作なんだよ、中尉」

 

 僕を見ながらも、ラムザット大尉の目はどこか虚ろで、ここではないどこかを見つめているようだった。

 



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第23話 Side『エイブラム・M・ラムザット』


 名前間違えてました。

 修正しました。


 

 戦車兵教導団――国防軍発足以来、優秀な戦車乗りを集め、戦術の開発、訓練、演習の支援を行うことを主目的とした部隊。

 

 そこが俺のはじまりだった。

 

 軍学校での教練を終え、配属されたその部隊で、天才と出会う。

 

 デメジエール・ソンネン。

 

 当時は自分と同じ少尉だった。

 

 戦場では厳しくもあるが、それでも後輩への面倒見は良く、その技術と知見の高さから人望があり、彼の教えを受けた隊員はみな尊敬の念を抱いていた。

 

 入隊が同期ということもあり、俺と彼はすぐに打ち解け、連邦の反ゲリラ掃討戦に従事し、供に戦った。

 

 親友と呼べる存在であったと思う。

 

「お前になら背中を預けられる」

 

 半ば茶化すように互いにそう言い合ったこともある。

 

 すべてが狂ってしまったのは、0072年に始動したモビルタンク計画のせいだろう。

 

 その技術と経験を高く評価されたソンネンは昇進を重ね、この計画で開発される超弩級戦車ヒルドルブのテストパイロットとして選出された。

 

 ヒルドルブの開発目的は来たる連邦との地上戦を見据え、要塞や陸上戦艦などの戦術目標を攻撃するというものだ。

 

 このヒルドルブが完成すれば、戦車兵が戦場の中核となる。俺も奴も、そう信じていた。

 

 だが2年後、ザクⅠがロールアウトすると、すべてが狂いだした。

 

 上層部は新しい兵器であるMSをジオン独立における闘争の要とし、汎用性に欠けるMTを不採用とすることを決定したのだ。

 

 すべてを賭けていたMTを不要とされ、MS転換試験にも落ちた彼は自暴自棄になり酒浸りの日々を過ごす。

 

 心身を壊すほどの生活環境に、俺も苦言を呈したが、返ってきたのは「裏切り者め!」という罵倒だった。

 

 俺自身は転換試験に受かり、MS教導団への入隊が決まっていたからだ。

 

「時代に取り残されたロートル」

 

 これまでの賛辞は嘲笑へと代わり、彼は頑なになった。そして俺も、彼のもとを離れる。

 

 そんな中、ジオンは連邦に独立戦争を仕掛ける。

 

 戦場の主役は予想通りMSへと移り、MTの出る幕はないものだと俺は感じていた。

 

 だというのに、ある任務を命じられる。

 

「試作MTの受領……ですか?」

 

「そうだ」

 

 上官であるゼクス少佐から告げられた内容に、思わず硬直してしまう。

 

「YMT-05ヒルドルブ。先日これが再評価試験の名目で地球に降りていてな。実態は試験と銘打った使い潰しだろうが、こちらを我が大隊でパイロットごと引き抜くことになった」

 

「パイロットごと……デメジエール・ソンネン少佐ですか?」

 

「ああ、よく知っている。そうか、君は大戦前は戦車兵教導団の出身だったな。見知った者なら気も楽だろう。何か気になることがあるか?」

 

 俺と彼の確執を知らないのだ、ゼクス少佐は。

 

「はい。少佐。ヒルドルブ……中止となったモビルタンク計画の産物です。それを何故また?」

 

「地球降下後、上層部の空論では想定されなかった戦況が相次いでな。それに伴い、大掛かりな既存兵器の見直しが計画されている。ヒルドルブは、一旦こちらで預かってから、アフリカ方面にて再々評価試験を受けるということだ」

 

 少佐は言わなかったが、おそらくこれには我が隊のオルド・フィンゴ中尉が関わっているに違いなかった。

 

 一見すればまだ少年にも見えるあの男は、この数日でいつの間にか司令官であるガルマ大佐に取り入り、何かと意見を述べているようだ。

 

 前回も整備にMSを強請り、補給時にそれが届いたことで整備班と歓喜していた。

 

「不満か?」

 

 思考が顔に出てしまっていたようだ。

 

「はい、いいえ少佐。そのようなことはありません」

 

「大尉からすれば、私のような若輩から指図を受けるというのは面白くないかもしれんが」

 

「そのようなことはありません。私も軍人です。命令には従います。すべては祖国のため」

 

「そうか。すまんな。それと大尉には極秘でこなしてもらいたい任務がある」

 

「私個人に、でありますか?」

 

 少佐はやや苦いものを含んたような顔でうなずいた。

 

「オルド・フィンゴ中尉の監視だ」

 

「中尉の?」

 

「彼は数少ない地球環境経験者として、この北米作戦部にも臨時で呼ばれ、積極的に献策を提案している」

 

「なるほど、そういうことですか」

 

 彼の表情と、内容だけで理解した。

 

 スパイを疑っているのだ。

 

 地球で生活したことがあるというのなら、その時に連邦と接触があってもおかしくない、そう考えたのだろう。

 

「つまらん派閥争いだ」

 

 少佐は嫌悪感を隠そうともしない。やはり若者らしく、己の意志に潔癖なのだろう。

 

「私個人は、彼をそのようなものだとは思っていない。あくまでもカンでしかないがな」

 

「ですが、スパイは信用させてから……とも言います」

 

「そうだな。万が一ということもある。ヒルドルブの受領は現地まで赴いてもらう。先日届いたギャロップの慣熟航行も兼ねたものだ。その間だけだ、よろしく頼む」

 

「はっ! エイブラム・ラムザット、了解しました」

 

 敬礼し、その場を立ち去った。

 

 だが、気持ちは決して晴れなかった。



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第24話 Side『オルド・フィンゴ』

 

 目的の受領場所は第67物資集積所。

 

 イグルーだとヒルドルブの再評価試験のバックアップ担当の場所だ。

 

 無事到着できたのでまず一安心。まだ3月だし、セモベンテ隊はやってこなかったらしい。

 

 あれ? でもここでヒルドルブ引き抜いちゃったらあいつら大暴れしちゃうのでは?

 

 んー後で考えよう。

 

「北米方面軍第1機動大隊麾下、第1機動小隊。辞令によりYMT-05の護送を担当させて頂きます」

 

「ああ」

 

 集積所についたら、そこには陸の王者、デメジエール・ソンネン少佐が待っていた。

 

 ……んだけど、なんかすっげー不機嫌なご様子。

 

「まさかお前が来るとはな、マイク、いやラムザット」

 

「軍の命令だからな」

 

 なんかうちの隊長と知り合いみたいだな。しかも、悪い方の。

 

 マイクってのは、隊長のミドルネームだ。嫌悪感丸出しなのに名の呼び方に昔の親しげな雰囲気がある。これは間違いなくめんどくせぇ案件だな。

 

 ソンネン少佐は敵意のこもった雰囲気を隠す気はないようだ。

 

「で、今更なんだ? 再評価試験だっていうからこんな僻地に降りてみれば、大した目標もなく補給物資の目録とにらめっことはな」

 

「上層部は見る目がなかったってことですよ」

 

 僕の物言いに、少佐は面白そうに口元を歪めた。

 

「ほう。言うじゃねぇか坊っちゃんよ」

 

「オルド・フィンゴ中尉です。このヒルドルブこそ、現環境に合致した兵器であると小官は考えますね」

 

 そう言って端末を取り出し、データを読み込む。

 

「評価すべきは分厚い装甲と大火力、そして高い踏破能力です。この重力戦線はMSだけでは心許ない。ドムは良い機体だが、給排気機構と砂塵の相性は最悪だし、AFVとしてのマゼラ・アタックは設計者の頬をひっぱたきたいほどの欠陥品だ。ありゃ戦車じゃなくて、移動可能な砲台でしかない」

 

「わかってるじゃねぇか!」

 

 少佐は破顔すると僕の肩に腕を回し、ばしばしと背中を叩く。すげー痛いです。

 

「まあ、欠点も大きいですけどね」

 

「なんだと?」

 

「まずモビル形態が気に食いません。この可変機構のせいで容積を無駄にとっている。しかもタンク形態では砲塔旋回もできないときた」

 

「位置が高くなるぶん、射撃に有利だろう、位置エネルギーを利用できる」

 

「砲を不安定にしておいてですか? モビル形態だと砲撃の反動を殺しきれないでしょう」

 

 少佐がうなる。自分でもわかってるんだろうな。さらに欠点をあげつらえば、ザクと同じマニピュレータを持っていることだ。

 

 運動性で劣る戦車で格闘戦なんてどだい無理なんだから、人型の腕をもたせる意味はない。それどころか、手持ちの武装で使えるのはマシンガンだけとか、人型の汎用性という言葉の意味をもう一度考え直してもらいたい。

 

「さらにモビル形態になったら、機構上脆弱な関節部や、コクピットを前面にさらさねばなりません。どこにメリットがあるというのです?」

 

 僕の言葉に、少佐の顔はみるみる不機嫌になっていく。あ、待ってください。ちゃんと代案あるんですよ。

 

「そこでこれですよ少佐。見てください」

 

「あー? こりゃ、お前……」

 

 端末に映し出された、設計データにソンネン少佐は絶句する。

 

「先程の欠点を排除し、本来のモビルタンク計画に近い形に再設計してみました。まだCAD/CAMシステムに通してないので具体的な数値は出せませんが、かなり親しみやすい姿でしょう」

 

 そこには、巨大な戦車の姿が映し出されている。

 

 好奇心に飽かせて手に入れたヒルドルブのデータを、弄りまくって作った設計図だ。

 

「変形機構を排したことで、空いた容積にドムの熱核ジェットエンジンを積みまして、ホバークラフトも可能にしました。軽量化もできてますから、水上も行けるようになります」

 

 ヒルドルブの重量を支えられる橋梁は存在しないので、ホバーで渡河できるのはかなり重要だ。

 

 さらに歩兵を輸送する設備を設けて装甲兵員輸送車としての機能も付加してある。可変機能とマニピュレータの排除によってジェネレーターの電力がだいぶ余るので、先日手に入れた連邦艦艇の電磁投射砲をコピーした砲塔を装備させてみた。口径は360mmまでのものが使用可能で、装填さえ可能ならば弾頭だけでなくガラクタでも撃ち出せる。射出時の初速を調整可能とかなりのハイスペ。

 

「おい、いくら何でも机上の空論すぎるだろうよ」

 

「いえ、どれも既存技術の寄せ集めですよ。それで本来の計画に沿った再設計を行っただけです。先日第2次降下作戦でキャリフォルニアを奪取しましたから、工廠が復旧すれば製造まで一足飛びですよ」

 

 実はガルマ大佐にまたまた無茶を言って、グラナダの方で設計図の計算をしてもらっている。設計自体は単純だから、開発費も大分抑えられた筈だ。おかげでMAという青い風船の製造が没になったようだが、知ったことか。時速10kmの移動砲台などいらない。

 

「操縦はMSとゾッドの制御システムを搭載しますから、旧来より遥かに簡便になります。つまりは――」

 

「MSの適性試験に落ちたものでも扱える」

 

 俺は笑った。

 

「ええ、そうです。陸の王者の戦い、再び見せつけてやりませんか?」



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第25話 Side『オルド・フィンゴ』


 立ち寄ったホビーショップで、30mmがジャンク品500円でした!

 買い漁ったら5000円が溶けた。


 

 ヒルドルブを受領し、カーゴに積載する最中に集積所に連絡が入った。

 

 特務作戦中だった部隊で、補給を求める内容である。

 

「ラムザット隊長、これ」

 

「ああ、おそらくな」

 

 セモベンテ隊かはわからないが、友軍と偽装した連邦兵である可能性が高い。

 

「中尉、曹長、戦闘配備だ」

 

「いよっし! 全員ギタギタにのして……やりましてよ!」

 

 キリシマ嬢、だから隠せてないっての。

 

「俺も出るぜ」

 

「デメジエール! ヒルドルブは護衛対象だ。前線には――」

 

「黙れよラムザット。階級は俺のほうが上だ」

 

 少佐の恫喝に隊長は口をつぐむ。

 

「それに見てぇんだろ坊主、陸の王者の戦いをよ」

 

「いいですね。期待してます」

 

「はっ! 生意気なガキだ!」

 

 本当に友軍ならば問題ないのだが、先日近隣の集積所が連邦の攻撃によって壊滅している。ろくに戦った形跡がないので、まずはだまし討ちだろう。

 

「あー見えてきた。機体数は3? おそらく隠れてますね」

 

 対艦ライフルのスコープ越しに覗いて見えるのはザクが3機。ソナーの範囲外なのでわからないが、61式も近づいているかもしれない。

 

「友軍か?」

 

「いや、ビンゴですね。先週までの識別コードな上に、先頭歩いてるのはザクⅠだ」

 

 事あるを予測して、北米での友軍識別コードは定期的に変更する旨を通達している。もしまだその通達を受けておらず、うっかりコード変更を忘れた連中でも、ザクⅠを使うのはあり得ない。なにせ地球に降下する際、ザクⅠからザクⅡへ強制的に機種転換されたからね。ザクⅠは解体して各サイド輸出用のMSとして部品取りだ。おそらくルウムで鹵獲した機体を使っているんだろうが、とんだお粗末だね。

 

「どうしますか隊長? ちなみに、ギャロップは被弾に弱いですよ。仕掛けるなら距離のあるうちが良い。ヒルドルブもありますし」

 

 現在の距離は15km程だ。

 

「中尉、発砲を許可する。1機たりとも近づけるな!」

 

 許可が出たので、戦闘を歩いてる角つきザクⅡに向けて引き金を引く。

 

 轟音と供に射出された135mmは狙い通り、ザクの右胸を貫き吹き飛ばした。

 

「な、何をする! こっちは友軍だぞ!」

 

 答える義理はないなぁ。即座に隣の機体に照準を合わせ狙撃。さすがに弾道がブレて相手の右肩を吹き飛ばしただけに終わる。

 

「チッ! バレてるぞ! 全員散開しろっ!」

 

 さらに後方からザクが4機、61式が5機現れる。3から4個小隊。いやもう中隊か。数は圧倒的に向こうが上だ。

 

「各機! 61式の砲弾には気をつけろ! 以前とは弾種が違う!」

 

 地球降下初戦と違い、連邦は61式の弾頭にザクの装甲をぶち抜くため、ルナチタニウム合金でコーティングを施している。簡易な手だがこれは効果てきめんで、当たれば一撃で破壊されかねない。

 

 突然敵車両が吹き飛んだ。

 

「へっ、的にはことかかねぇな。寝ながらでも当てられるぜ」

 

 ヒルドルブを起動したソンネン少佐だ。

 

「地上でこのヒルドルブに勝てると思うなよ!」

 

 少佐が気炎を吐く。

 

 いいね。見せつけてやってくれよ!



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第26話 Side『オルド・フィンゴ』


 話し上げるの忘れるところだった。

 あぶなちー。


 

 増援のザクたちの砲撃がヒルドルブの周囲に着弾するが、命中弾はひとつもない。

 

 ん? ザクかと思ったらよく見りゃあれザニーじゃないか。

 

 なるほど、鹵獲できた数が少なかったか。足りない質を物量で補おうってわけだ。実に連邦らしい。

 

 しかし指揮官機を仕留めたのに士気が下がらないな。ブラフで角つきに乗っていなかったか、別小隊に指揮をスイッチしたか。どちらにせよよく訓練されているようだ。 

 

 後方のザニーに向けて狙撃をかますが、あっさりと躱された。

 

 あの1機だけ妙に動きがいいな。

 

「オラァ! バラバラにしてやるぜぇ!」

 

 あいかわらずの下品な雄叫びを上げながらキリシマ曹長が突貫していく。左右の手にはそれぞれヒート・ホークが握られている。

 

 距離はまだ少しあるのに近接かますとかイノシシですかね。

 

「中尉は曹長のバックアップをしろ!」

 

 そう叫んで、大尉は高速で駆け出すヒルドルブの掩護のために走っていく。

 

 一方、僕のザクは、破損した左脚をザニーのもので無理やり補っているためかなり動きが悪い。敵を狙撃するのには問題ないが、戦闘機動は強度面からしても安易に行えない。

 

 はやく完全に直したいなぁ。

 

 そして少佐のヒルドルブは凄まじかった。

 

 敵の砲撃を高速機動でかいくぐり、逆に自身の砲弾を命中させる。

 

 またたくまに61式を全車両平らげてしまう。

 

 無限軌道で高速ドリフトからの砲撃とかどんな大道芸なんだ。しかも当ててるし。

 

「オラ! お尻が丸見えでしてよ!」

 

 喜々とした声でキリシマ曹長はザニーたちを追い回している。

 

 やみくもに振り回したヒート・ホークで1機がバックパックを切り裂かれて爆散した。

 

 僕ももう1機を狙撃で吹き飛ばしてやるが、やはり残りの1体が動きが良くて苦戦する。

 

 見れば、脚部はザクⅡそのものを使っている。僕のと同じくニコイチしたな。それか、小破した機体を修理改造したんだろう。

 

 連邦のニコイチはかなり良い動きだ。

 

 対峙する曹長の動きが直線的すぎるというのもあるけど、パイロットの腕の差が如実に出ている。

 

 機体の性能差でキリシマ曹長が押しているようにみえるが、相手の手にもザクのヒート・ホークが握られている。隙きを見せれば一撃で決まることもあるだろう。

 

「ちょろちょろと逃げ回りやがって! いい加減にお覚悟なさいな!」

 

 業を煮やした曹長が、ブースターを使って跳躍、一気に距離を詰めて斬りかかる。だがそれは悪手だ。寸でで避けたニコイチは、隙だらけのザクに向けてヒート・ホークを振り上げる。

 

 その腕を狙撃で吹き飛ばす。

 

 本当は頭を狙ったんだけどな。

 

 135mmは威力はあるけど弾道が安定しないなぁ。もともと宇宙用のものだからってのもあるけど、見事に大気の影響を受けてしまう。反動の割に射程もそこまで長くないし。

 

 結果オーライ。

 

 腕部を失い傾ぐニコイチを曹長のヒート・ホークが横に薙いだ。

 

 しまったあ! 研究のために鹵獲しようと思ってたのに!

 

「オーッホッホッホホホ! しょせんは偽物。このわたくしの相手は務まりませんわぁ」

 

 爆散するニコイチを後目に高笑いする曹長に、本気で殺意が湧いた。

 

「あら中尉? 何かおっしゃいましたかしら?」

 

「……無事で何よりです」

 

 だから、なんにも言ってないのに何で反応するんだ。

 

 本当に覚醒持ち(ニュータイプ)なのか?

 

 見れば動く敵は居なくなっていた。

 

 僕ら二人がニコイチに手間取っている間に、他の敵は大尉と少佐の二人によってすべて撃破されていた。少佐の腕は原作を観て知っていたけど、本当に凄まじいな。大尉のフォローはいらなかったかもしれない。

 

「へっ! 一発ありゃ十分な敵だったな」

 

 久方ぶりの実戦に高揚したのか、少佐の声ははずんで聞こえる。

 

「さすがに一発じゃむりでしょ」

 

「ハッハッハ! 中尉! お前は面白いやつだな! 後でドロップくれてやるよ」

 

 いらない。それ、神経症用の薬でしょうに。

 

 完全に油断していた。

 

 ソナーにも反応がなかったし、慢心していた。

 

 撃破したと思っていた61式の砲塔がヒルドルブに向けて動く。

 

「デメジエール!」

 

 ラムザット大尉のドムが射線に割り込むのと、150mm砲が火を噴くのは同時だった。



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第27話 Side『エイブラム・M・ラムザット』

 

「デメジエール!」

 

 死んでいたはずの61式が砲塔を回すのを見た瞬間、俺は思わず叫び、フットペダルを踏みこんだ。

 

 全身を襲う衝撃。

 

 ドムの前面装甲はザクよりも遥かに厚い。だが直撃の衝撃をすべて殺せるものでもない。

 

 視界が赤いのは緊急ダメージを報せるアラートか、俺の血なのか。

 

「無事かマイク!? 生きてたら返事しろ!! マイク! マイクッ!!」

 

 聞こえている。

 

「そう、喚くな……聞こえている。中尉、残敵は?」

 

「処理しました。残敵反応なし、今度こそ終わりですね」

 

「良くやった」

 

 機体が仰向けに倒れているのだろう。背中がシートに深く沈み込み、モニターに青い空が映っている。

 

「無事なのか?」

 

 こちらを心配してくるデメジエール。

 

 手足を動かし確認してみるが、問題はない。出血もなさそうだ。

 

「問題なしだ」

 

「馬鹿野郎が……なんで俺なんか庇いやがった」

 

「軍人として、任務を全うしただけだ」

 

 ヒルドルブ、及びそのパイロットの護送。それが俺の任務……いや、

 

「違うな。俺は、お前に謝りたかった」

 

「なんだと?」

 

 モニターに映る青い空と、流れる白い雲。

 

 この地球に来て、唯一綺麗だと感じたものだ。

 

「俺は祖国のために、ジオンのために私情を捨てた軍人になるつもりだった。上がMSを主力兵器と定めたならば、それに従うのも当然だと思っていた。たとえ、これまでの俺たちの経験すべてを否定されたとしてもな。MTは時代遅れの不完全な兵器だと侮ってもいた」

 

 だから、苦しむ友を見捨てた。

 

 悩み、悲しみ、苦しむ戦友に背を向けたのだ。

 

「すまなかった、デメジエール。お前は、戦いたかったのだな……俺も、お前と供にもっと戦いたかった」

 

「マイク、お前」

 

 俺はすぐに諦めた。上が決めたことだから、と戦車兵教導団に見切りをつけ、転換試験に受かったことで逃げるようにMSへ乗った。デメジエール、お前はずっと抗っていたのだな。

 

 俺はここにいる。俺はまだ戦える。俺は、俺たちの技術は決して無駄ではない!

 

「すまなかった。そのひとことを伝えたかったのだ。MSに乗るたび、俺は常に後悔していた。お前が苦しんでいるとき、お前を支えることができなかった自分が不甲斐なかった」

 

「やめろ。もういい。俺は俺の生き方に後悔なぞしていない。俺は戦車兵だ。ロートルと言われようが、時代遅れの化石と言われようが、それしかできねぇんだ。それでも、俺には俺にしかできないことをする。それが軍人なんだ、と今日のことでわかったよ」

 

 デメジエールの口調は、憑き物が落ちたように、穏やかだった。

 

「何も腐る必要はなかったんだ。それを、俺が勝手に身を崩しただけだ。おまえがその責任を背負うもんじゃねぇよ」

 

「あー、男臭い話をしてるとこ割り込んですいません」

 

 通信に緊張感のない力の抜けた声がまざり、苦笑がもれる。

 

 中尉、君はいつでもマイペースだな。

 

「大尉、機体を動かせないなら、ハッチを炸薬ボルトで吹き飛ばして外に出て貰えます? 正面装甲が歪んでて、こちらから開放することは無理そうですから。それと少佐――なにか悟ったようですが、大変なのはこれからですよ」

 

「あ? どういうこった」

 

「61式車両3つに、MSを4機。今日の少佐のスコアです。これだけの技術をもった兵士を上が切り捨てるとでも?」

 

「馬鹿言え。今回はMSと、マイクと共同しての結果だ。ヒルドルブ単体の戦果じゃない」

 

「だとしても、です。MSと連携すれば白兵戦も捌けるという証左でもあります。MSもそのパイロットも高価でまだまだ貴重だ。この過酷な地球環境で戦線を押し上げるには、単純で、強固で、でっかい戦車が必要なんですよ」

 

 ペテン師というのは、こいつのような奴を言うのだろう。

 

 まるで確定した未来を見てきたかのようにものを語る。それでいながら、嫌味がない。

 

 ゼクス少佐に、スパイを疑えと言われた意味もわかる。ここまで胡散臭いと、疑いたくもなるものだ。

 

 だが、今だけは騙されてもいいのかもしれないな。

 



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第28話 Side『オルド・フィンゴ』


 とりあえず一部完結ということで。


 

 ヒルドルブ護送任務を終えて、僕ら第1機動小隊はガルマ大佐に直接称賛の言葉を賜った。

 

 MSや補給物資を鹵獲しゲリラ活動をしていた連邦部隊を壊滅させたからね。その後の襲撃がぴたりと止んだそうだ。

 

 これでしばらく北米における連邦の活動が小康化すればいいな。

 

 連邦が時を稼いでいるように、ジオンにとっても時間は必要だ。資源を採掘し、各サイドと協力同盟を結んで国力と発言権を増す。そのための時間だ。

 

 ニューヤーク基地にやってきたデメジエール・ソンネン少佐は、連日元気にヒルドルブで演習を行い、大隊所属のMSを蹴散らしている。

 

 少佐の知見を混ぜ合わせて、僕の作った新型ヒルドルブの設計図は、改良を加えてキャリフォルニアで製造されることが決まった。

 

 キャリフォルニアは比較的損耗が少ない状態で手に入ったので、製造ラインの復旧は2週間とかからなかった。これで我が軍は、オデッサに次いで地上における製造拠点を手に入れたことになる。なにより、このどちらもが穀倉地帯で、兵糧の問題が解決されたことが大きい。

 

 さらに行幸なのは、製造中だった連邦軍の次期主力潜水艦群を手に入れたことだろう。なにせコロニー民は本当の海というものを経験したことがない。潜水艦なぞ造ったこともなければ、運用したこともないわけだ。それらの運用データを手に入れるだけでも値千金である。

 

 新型ヒルドルブ開発に伴い、デメジエール少佐とラムザット大尉はあと一週間ほどでアフリカ戦線への転属が決まった。

 

 少佐はアフリカで新たに設営する機甲師団の指揮をとるためで、ラムザット大尉はその補佐のために転属を志願した。ただでさえ少ないMSパイロットなので大佐は渋ったようだが、ゼクス少佐が口添えして申請が通ったようだ。

 

 アフリカはキリマンジャロ基地を先日奪取した。宇宙港も併設された大規模基地で、連邦の抗戦も激しかったらしい。人員が大分削れたらしく、施設復旧と合わせて、大掛かりな編成の見直しが成されるそうだ。

 

 大尉のドムは操作系がいかれてたので、下半身をキリシマ曹長のザクに移植し、余ったザクのパーツで僕の機体を修繕した。

 

 高機動を得たキリシマ曹長は歓喜して、その勢いでデメジエール少佐との演習に挑み、見事に敗北している。あの人戦車NT(ニュータイプ)だからなぁ。

 

 人員が少なくなる我が隊には、本国から補充人員が入隊する。

 

 その人物に、僕はまたも度肝を抜かれることになった。

 

「本日付けで、北米方面地球攻撃軍第1機動小隊に配属となった、ルクレツィア・ノイン大尉だ」

 

 ゼクスと同じく、ガンダムWに登場したイケメン女子。

 

 あれ、ここって本当に(・・・)宇宙世紀……だよね?



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第29話 Epilogue『一年戦争年表』


 後で直したり、追加したりするかもしれません。


 

 0079 01.03 一年戦争勃発。ジオン公国、地球連邦政府に対し独立を宣言。宣戦布告と同時に奇襲敢行。核ミサイルを積んだ小惑星ペズンとアステロイドベルトから密かに引っ張った隕石群が地球に落下、大規模な気象変動を惹起。(1/3~1/10までの戦闘を一週間戦争と呼ぶ。この期間の戦闘で10億人が死亡)

 

 01.11 サイド6、サイド2が中立宣言。連邦、ジオン両政府ともこれを認める。

 

 01.14 レビル将軍の第1連合艦隊がルナツーを発進する。

 

 01.15 ルウム戦役 ジオン軍MSとゾッドの連携により、圧倒的な戦闘。

 

 01.16 01:00 連邦軍、全艦隊の60%喪失。連邦、核兵器を使用するも、事前に見越していたジオン軍は主力を大きく後退していたために痛打は与えられず。(前衛にミノフスキー粒子を利用したダミーの偽装艦艇を置いていたとも言われる)サイド5の外縁部に位置する複数のバンチが、核爆発の余波で損壊。大勢の被害者が出る。

 

 03:10 レビル将軍が乗艦する旗艦アナンケ撃沈。レビル将軍はMIAとなる。

 

 04:24 連邦艦隊、退却。サイド5、ジオンに降伏宣言。ジオン、これを受け入れる。

 

 06:00 ジオン第1連合艦隊は順次、ソロモンまたはサイド3へ帰還。後詰めの第2連合艦隊にて、サイド5を封鎖。

 

 01.17 ジオン公国、連邦が核兵器を使用した事実を映像とともに公表。連邦はサイドを焼き尽くすことも厭わないのだと糾弾し、連邦寄りの各サイドへゆさぶりをかける

 

 01.20 商業系コロニーであるサイド4中立を宣言。連邦は承諾しなかったが、ジオンは承諾。また、困窮しているサイド1もジオンからの経済支援を受け入れる代わりに近海であるL5領域に、防衛要塞ソロモンを設営することを許諾。実質属国化。

 

 01.28 ジオン公国、サイド6を通じ連邦政府へ休戦条約締結の申し入れ。

 

 01.31 核兵器などの使用禁止や捕虜の扱いなどを定めた南極条約締結。レビル将軍が奇跡の生還を果たし、「ジオンに兵なし」の演説を行う(戦争の責任を取りたくなかった政治家たちのプロパガンダ。このレビル将軍は実は影武者ではないか? との噂が流れる)

 

 02.01 ジオン軍、地球攻撃軍設立を公表。

 

 02.07 ジオン軍、地球侵攻作戦開始。北米、中米、東アジア、ヨーロッパの各都市に衛星軌道上から直接降下部隊を送り込む。

 

 02.13 連邦宇宙軍、「V作戦」立案。

 

 03.01 ジオン軍、第一次降下作戦開始。ジオン軍特殊部隊フェンリル隊、ニューヤーク航空基地制圧。ガルマ大佐率いる地球攻撃軍北米方面軍により、ニューヤーク市陥落。市長であるエッシェンバッハ氏は、無条件降伏する。

 戦場にてゼクス・マーキス少佐率いる第1機動小隊、連邦のザニーと交戦。これが史上初のMS同士の戦闘となる。

 

 03.02 ジオン軍、オデッサ鉱山基地占領。

 

 03.04 ジオン軍、資源採掘部隊降下。

 

 03.11 ジオン軍、第二次降下作戦展開。

 

 03.12 ジオン軍の特殊部隊が連邦軍キャリフォルニアベースの防衛ラインを攻撃する。

 

 03.13 ジオン軍、連邦軍のキャリフォルニアベースを制圧。連邦軍次期主力潜水艦U型を含む潜水艦群と工廠を手中にする。

 

 03.18 ジオン軍、第三次降下作戦展開。

 地上専用機として、MS-08ドム正式に投入される。同時に、他サイドからの義勇兵を公募。

 

 03.24 ジオン軍、アフリカにてキリマンジャロ基地を制圧。併設する宇宙港を手中に収める。

 

 04.01 連邦軍、開発途上のMS関連施設、工場などを使用しMSパイロットの養成開始。

 

 04.04 ジオン軍、補充部隊降下。アフリカ大陸に義勇兵隊降下。





 一部完結。次は場所を変えてアフリカ戦線を書くつもり。


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第2章
第30話 Side『アフリカ戦線』



 CVはエマ中尉。

 ……なんだけど、性格設定を見事に間違えてしまった感が否めない。


 

 宇宙世紀0079。ジオン公国が地球連邦に対して、独立を掲げた戦争を開始してから、2ヶ月が経つ。

 

 当初、ジオンは奇襲作戦として密かに保有していた隕石群を地球に落下させ、連邦の戦力を削ぐと同時に、大質量の攻撃で連邦本部である地下基地、南米ジャブローを破壊するつもりだった。しかしこの作戦は、連邦宇宙軍の決死の抵抗により大隕石が砕かれ失敗に終わる。

 

 そのためにジオンは泥縄と理解しつつも、MSを始めとした兵器群による地球降下作戦を進めた。

 

 第1次降下作戦で北米のニューヤーク航空基地、欧州のオデッサ鉱山基地を制圧したジオンは、第2次降下作戦を展開。北米連邦軍の一大生産拠点でもあるキャリフォルニアベースと、アフリカのキリマンジャロ基地を占領。

 

 キリマンジャロ基地とともに併設されていた宇宙港を手に入れたジオンだが、基地の攻略は難を極め、多くの兵が失われた。

 

 減少した人的資源を補填するため、ジオンは友好関係にあるサイド1とサイド2、サイド4に義勇兵の呼びかけをおこなう。募った兵にMSをはじめとした兵器を供与し、アフリカ大陸へと降下させた。

 

 そうした中で、開戦と同時に従軍した義勇兵の部隊があった。

 

 それが、第2混成機動部隊である。

 

 *

 

「ドク狙われてるよ! 機動回避!」

 

『うひひゃああ!?』

 

 キリマンジャロ基地演習場。山岳要塞の麓に設けられたそこで、ノーラン・ミリガンはMSの操縦桿を握っていた。

 

 演習場といっても、砂埃の舞う砂漠だ。だだっ広く、障害物のない場所でマゼラアタック3両を相手にするには、このMSではいささか荷が重い。そう彼女は感じていた。

 

『おおお! お母ちゃーん!!』

 

 僚機である2番機が175mmの砲撃を受けて、撃墜判定を受ける。むろん、使っている砲弾はペイント模擬弾である。もしこれが実弾だったなら、2番機は粉々に吹っ飛んで、断末魔の叫びを上げる余裕などなかっただろう。

 

『どうした? 開始10分も経っていないぞ』

 

 共有通信を通して、先程狙撃してきた相手がこちらを煽ってくる。相手の力量と僚機の練度の低さに苛立ちが募り思わず舌打ちした。

 

「射程さえ詰めれば!」

 

 手にした155mm速射榴弾砲で牽制しつつ機体を走らせる。ドムのようなホバーではない。砂に足が取られる感じが伝わってくる。

 

「トニー直線的すぎだ!」

 

 注意喚起は遅く、アグレッサーのマゼラアタックの砲撃を胴体に喰らい、3番機も撃墜となる。

 

「くそっ! なめんじゃないよ!」

 

 ついでとばかりにこちらを狙ってきた砲弾を、ノーランはフットペダルを強く踏み込んで加速し、ぎりぎり避けて間合いを詰めていく。

 

「これでもくらいな!」

 

 155mmを乱射し、ようやくマゼラアタックを1両撃破判定。しかしそこまでだった。

 

 機体側面から衝撃が伝わり、撃墜の判定を受ける。

 

『よう。課題多しだな。反省会は後にして、機体の感想を聞こうか』

 

 負けず嫌いなこちらの心情をからかうような調子を含んだ相手の声に辟易しながら、ノーランはため息をつきつつ、通信用のヘッドギアを乱暴にむしり取った。



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第31話 Side『アフリカ戦線』

 

 ノーラン・ミリガンはサイド2で生まれた。

 

 父はコロニー建設公社の下請け会社に勤める建設員で、母は専業主婦。兄弟はいない。

 

 裕福というほどでもないが、ことさら貧乏でもない。実に一般的な、特筆することもない家庭だった。

 

 すべてが狂ったのは、8歳の時だ。

 

 いつものように他バンチの商業施設へ買い物に行くため、母と連絡艇に乗った。

 

 その連絡艇が連邦の輸送船と衝突してしまったのだ。

 

 艦艇に穴が空き、添乗員が大慌てで客席にある緊急用防護服の着用をうながす。コンパクトだが、ヘルメットと緊急用酸素ボンベがついた代物だ。

 

 母はまず我が子に、とノーランに防護服を着せ、ついで自分も、となったときにさらなる衝撃が船体を襲った。

 

 ぶつかった拍子に剥がれた破片か何かが、ノーランの座るのとは反対側の客席の窓をぶち抜いたのだ。

 

 大きく空いた穴に、物凄い勢いで空気が吸い出され、まだシートベルトをしていなかった者と母を飲み込んでいった。

 

 全て一瞬のこと。

 

 母の、絶望を湛えた顔だけがノーランの目にこびりついた。

 

 事故の原因は連邦艦の管制無視だったが、いつの間にかコロニー出身の管制官がミスを犯したことになり、連絡艇を運行しているサイド側の責任ということにされた。

 

 父との二人暮らしは特に会話もない静かなものだった。

 

 もともと仕事人間であり、家庭に対してルーズな人間であった父は、娘に積極的に会話を行うようなことはできず、いつも二人は二言三言短いやり取りだけで、どこかよそよそしいものだった。

 

 それでも、父はハイスクールまでノーランを進学させた。

 

 サイド共栄経済圏構想を発表したサイド3にて、広く他サイドの留学生受け入れがはじまり、ノーランも機械工学を学ぶためにその意志を父に告げると、短く「やってみればいい」とだけ返ってきた。

 

 こうして留学した矢先、忌まわしい事件が再び彼女の身に起きる。

 

 サイド共栄経済圏構想を発表した後、連邦とサイドの間で艦艇の衝突事故が頻発した。

 

 その日、管制を無視した連邦艦がサイド3のコロニーと衝突し、外壁に穴を開けた。

 

 そこはノーランたちが滞在する学生寮が存在する区画であり、1000人規模の若者が死んだ。

 

 ノーランは、たまたま他のバンチへ建設作業のバイトへと出ていたため、難を逃れた。しかし、同室であった友人はそうはいかなかった。

 

 多くの級友を失い、ノーランは強い義憤に駆られる。

 

 家族も、友人も理不尽に奪われた。それでも連邦政府は謝罪を告げるどころか、コロニー駐留軍の増員を行い、さらにはコロニー民の世論を突っぱね、その神経を逆撫でるかのように観艦式を強行する。

 

 高まった不満を持つ若い学生たちの常として、彼女も反連邦運動へと傾倒していった。

 

 ノーランが19歳を迎えた年、サイド3ジオン公国は、連邦政府に対して独立戦争を仕掛ける。

 

 その戦いに、ノーランは志願兵として参加することを決意した。

 

 母と、失った級友の仇を討つために。



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第32話 Side『アフリカ戦線』

 

「こんなのが新型だって? これならマゼラアタックのほうが何倍もマシだね」

 

 整備用区画でMS(モビルスーツ)のコックピットから降りながらノーランは吐き捨てた。

 

 EMS-05G ゲーツ。

 

 ジオンがこのアフリカ戦線に送ってきた新型MSである。

 

 頭部はドムに、脚部はザクに似た機動兵器だ。しかし所々の装甲板が取り払われており、フレームがむき出しである。

 

「まあ、初乗りにしちゃあ悪い動きじゃなかったんじゃないか」

 

 苦笑しながらウッヒ・ミュラー中尉が言う。40代の彼はサイド1出身の傭兵上がりの兵士だ。この義勇兵を集めた第2混成機動部隊の隊長である。

 

 先程の演習で3機とも仕留めた熟練の戦車兵だ。

 

「ミリガンの動きはすごく良かったんだけどね」

 

 そう言ってフォローするのはライル・コーンズだ。

 

 ノーランと同じくサイド2の出身で、ノーランとはともに学生による反連邦運動からの仲間である。褐色の肌に、丸い眼鏡をした小太りの少年で、かなりのメカオタクだ。

 

「たしかにザクよりゃ動きやすくはあったかもしれないが……」

 

 ノーランは自機を見上げる。胴体の右側面、フレームがむき出しの部位にベットリとピンク色した塗料が付着していた。

 

 これが実弾だった場合、ジェネレーターごと操縦席を吹き飛ばされていただろう。

 

「連邦の戦車どもより装甲が薄いんじゃ、障害物のない砂漠で動くなんて自殺行為としか思えないね」

 

「そこは腕でカバーするのがエースってもんだろノーラン」

 

「うっさいよトニー! アンタも一撃だったろ!」

 

 自身を茶化してきたトニー・ジーンをノーランは睨みつける。

 

 赤い髪にバンダナをした少年。彼も学生運動で知り合った仲間で、ライルとともに3人で従軍を志願した。

 

「へへへ! オレは、連邦の奴らをバラバラにしてやれれば何でも――」

 

「ドク! アンタは論外! まともに歩けてもなかったろう」

 

「うひぃっ!?」

 

 ギョロリと剥きでた眉なしの目にスキンヘッドをした男は身をすくませて怖気づいた。

 

 ドク・ダームという名はおそらくは偽名だろう。年齢はその容姿のせいもあって不詳だが、ノーランたちのような学生ではない。発言はエキセントリックで過激だが、妙に臆病で弱気なところのある人間だった。

 

 他にも20名程が義勇兵としてこの部隊に所属しているが、顔は覚えていてもノーランは名前を知らなかった。

 

「まあ、こんな外人部隊に最新鋭のMSなんて配備してくるってのがそもそもな話だったからな」

 

 ミュラーはそう言って苦い顔を作る。

 

 新型MSとして部隊に予備を含めて4機配備されたEMS-05は、各サイド輸出向けのMSである。先行して開発された機体を重力仕様であるG型に改装し、試験的に設立していた志願兵や傭兵で組まれた混成部隊で運用データを見るつもりであった。

 

「乗った感想はどうなんだ?」

 

 そう言ってミュラーはノーランに視線を向ける。部隊のMS適性試験で評価がもっとも高かったのが彼女なのだ。

 

「いったとおり。マゼラアタックの方がいくぶんマシだね」

 

 ノーランは肩をすくめる。

 

「ライルが言うとおり、反応はまあ悪くなかった。だけどなんか機体が軽くて、あちこちガタついてる感じがする。テストで乗ったザクと比べたらあっちはがっつりした高級車。こいつは型落ちした作業用車ってところさ」

 

「なんだそりゃ? もっと詳細な感想はねぇのかよ」

 

「ろくに動かせないアンタに言われたかない」

 

「まあまあ、でも動かしやすいってのは利点だよ」

 

 ゲーツは輸出用のMSだが、新設計によりザク以上の機動性と運動性を目指した機体である。大胆にも被弾しても稼働に大きな支障が出にくい箇所の装甲を取っ払い、軽量化と可動域の拡大を実現している。

 

 しかし装甲が薄いために防御面にはかなりの不安がある。だが機体トルクはザクⅠと同値であり、ザクの扱う武器なら全てというわけではないが、問題なく使用可能であった。

 

 その実、フレーム構造が災いして内部容積を食っており、プロペラント容量が極端に少ないという欠点がある。

 

 他国への輸出用としてあえてそうした設計を行い開発したのであるが、専門家でもない隊員たちは分かり得ないことであった。

 

「機体冷却のついでにざっと見たけどさ、フレームがザクに比べてかなり大雑把で、ミリガンが乗ってて感じたガタツキってのはそのせいかもしれないね」

 

「不良品ってわけじゃなく、仕様だってことか?」

 

 ミュラーの問いにライルは頷く。

 

「これだけアバウトな造りだと、逆にザクやドムより整備が楽だ。雑に扱っても平気な感じ。装甲板もフローティング化されてるから、関節に防塵用の布でも被せるだけでこの砂漠での稼働率はだいぶ違うはず。性能はまああれだけど、さすがジオンの技術だよ!」

 

「はぁ、いくら技術がすごくても兵器の性能が低いんじゃ話にならないじゃないか。これならMW(モビルワーカー)に乗ったほうがマシだね」

 

 酷評するノーランの言葉に、ライルが何かを思いついたようて、眼鏡奥の目を大きく開いた。

 

「ああ、MWとして見るならかなり優秀かも。なんせMSは人型だから、人間が使う工具をもたせれば優秀な工兵になれるね!」

 

「はぁ、アンタ何言ってんーー」

 

「それはいいな。ちょうど次の任務で資源採掘坑道の拡張を頼まれていてな」

 

「ちょっと隊長!?」

 

「でかいツルハシがいるな。上には俺が通しとく、ライル、道具を3機分用意しといてくれ。宇宙からおろしてきたCAD/CAMを使って構わん」

 

「了解です!」

 

「ちょっと隊長! 冗談でしょう?」

 

「いや本気だ」

 

 ニカッと無精髭を震わせてミュラーは笑う。

 

「演習で戦車に負けたお前たちへの罰だ。ノーラン上等兵、トニー上等兵、ドク上等兵、お前たち3人はゲーツに乗り、坑道拡張工事に参加せよ。これはMSの操縦訓練でもある。気張ってやれよ」



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第32.1話 ゲーツ解説


 MSの設定です。読まずとも本編に影響はありません。


 『WEMS――05 ゲーツ』

 

 他サイドの自衛用MSとしてジオン公国が開発し、売り出した機体。

 

 EMS-04ヅダが開発ベースとなっており、スタッフの大半がヅダを制作したチームが担当している。

 

 輸出用にヅダをデチューンしたモンキーモデルであり、性能は機動性と運動性でザクⅡに勝るものの、耐弾性では大きく溝をあけられている。

 

 エンジンの強度に問題のあった土星エンジンではなく、ゾッドでも採用された双発型の水星エンジンを背面に装備。

 

 ゾッドよりも重量のあるMSであり、航空機用の水星エンジン単発では十分な機動性を確保できなかったため、ゾッドと同じく双発とした。ノズルがある程度変更可能であり、AMBACと合わせて軽快な旋回性能を有するが、その分機動計算は複雑になってしまっている。

 

 機体は基礎骨格となるフレームに最低限度の装甲を被せる方式であり、これは後のインフレーム(ジオン版ムーバブルフレーム)技術へと繋がり、モンキーモデルといえどけっして粗悪な技術品というわけではなかった。

 

 ヅダのフレームに設計変更を施し、より軽く簡易に製造、整備運用ができるようになっている。

 

 しかしそのため機体強度は犠牲となっており、当時の航宙戦闘機の30mm機関砲ですら、装甲のない部位に当たれば危ういというほど。

 

 カタログ上の各部トルクはザクⅠと同程度であり、ザクが扱える武装であるなら問題なく使用が可能とされたが、実際は大口径砲の反動を殺しきれなかったりと問題もあった。

 

 肩部に火砲を装備するためのハードポイントが設けられたが、大火力の武装では反動を殺しきれずに吹き飛んでしまうため、グレネードやスモーク、予備弾倉などを装備した。

 

 フレームが容積を取ってしまっているため、機体内部にあるプロペラントタンクの量は少なく、宇宙空間における作戦可能時間はザクⅠよりも20%近くも短い。

 

 頭部はドム系で得られた技術を採用しているため、視界は良好である。センサー半径はザクと同程度であった。

 

 戦中であるため、連邦への横流し防止のためにモーションデータとFCSをブラックボックス化(かつ旧式のデータ)されている。

 

 人体を模したフレームは強度こそ低いものの、追従性は非常に高く評価された。また、各部のユニット化が徹底されており、部位ごとの交換などが容易なため、整備面でも優秀であった。

 

 ジオ・マッド社からのOEMでMIP社が製造を行っている。

 

 

 

『ゲーツG型』

 払底している地球攻撃軍のMSの数を揃えるために重力仕様に改造した機体。

 義勇兵で構成される、第2混成機動部隊に予備を含めて4機配備された。

 

 水星エンジンは取り外され、アフリカ大陸の砂漠気候に対応するために防塵用のシーリングがなされている。

 

 重力下で扱うに当たって、自重を支えるために脚部の装甲強度が増加しているが、耐弾性が低いことには変わりがない。

 

 しかしザクⅡよりも機体重量が軽く、運動性は高かった。ザクやドムの数が揃ってくると、補給・整備班に回され、作業用MSとして活動した。防塵処理をより簡便にするため、機体むき出しのフレーム部分にはシーリング用布がかぶせてある。

 

 

 G型武装

 155mm速射榴弾砲

 マゼラアタックにも使用される155mm榴弾砲を速射対応に改造した武装。ターゲットサイトなどは装備されていないことと、機体トルクの関係から反動を完全に殺しきれていないため、命中精度に難があった。

 

 機体本体の防御面が薄いのを補うためもあり、銃身にシールドが施されている。フォアグリップを構えることで、肩部と左腕に装備されたシールドを合わせて機体前面が保護される姿勢となる。

 

 

 シールドアックス

 左の下腕に取り付けられた増加装甲。

 取り外して装甲板を畳むことで、手斧として使用することが可能。

 ザクのヒート・ホークのような赤熱化機能はなく、あくまで自重と振り回した慣性で打撃を与えるための予備兵装。





 ぶっちゃけ、武装と機体のイメージはゲイレール。


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第33話 Side『アフリカ戦線』


 電磁砲云々の設定に関しては適当です。慣性誘導とか間違えてるかもしれませんので、鵜呑みにしないで。


 

 UC.0079 5月上旬。

 

 ジオン地球攻撃軍アフリカ方面軍は、来たる大型作戦に向けて、北アフリカにある連邦陣地を攻略することを決定した。

 

「それに伴い、我々第2混成部隊も陽動として北東にある連邦陣地への攻撃に参加することが決定した」

 

「お! やっと後方任務から開放されるぜ!」

 

「ひぃやっはー! 連邦はぁ、みぃな殺しだぜぇ!」

 

 ミュラーの言に、トニーとドクは喜色を浮かべていたが、ノーランは血気にはやることはなかった。陽動ということは、敵の攻撃を集中して受けなければならない。

 

 この地球攻撃軍に参加した当初だったらならば、手放しで喜んだ。敵を打ち倒すことができる、と。

 

 だが軍の内情とこの過酷な地球環境を身体で感じ取って、そう容易いことではないのだ、と考え始めていた。そもそも自分たちは、兵器の扱い方を学んだだけの元学生だ。まともな戦力になるとは思えなかった。

 

「陽動といっても我らは予備のようなものだ。近くの陣地に近づいて敵を釣り出し、適当に戦闘して退散する。本命はMS3個小隊だ。こいつらは北方の大規模陣地を叩く予定だ」

 

 その際に他からの増援などの横槍を通さないための陽動作戦である、とウッヒ・ミュラーは説明した。

 

「てことは、べつに陣地占領しなくてもいいわけ?」

 

「できるならそうする。作戦としては、隊のMSを先行して投入し、施設防御兵器を破壊。その後にマゼラアタック小隊をぶつける。相手の規模が小さければ、それで制圧可能だろうな」

 

「資源を確保した今、あえて資源価値の低い場所へ攻撃する意味はないんじゃないですか?」

 

 ライル・コーンズがそう質問する。

 

 開戦当初こそ、水と空気、鉱物資源に穀物と、かなりの制限があったジオンだが、地球の資源地を攻略することで問題は解決した。

 

 隕石落としによるジャブロー攻略は叶わなかったが、勝ってはいないが、負けてもいないという状況作り上げたのである。

 

 さらに宇宙では、サイド1、サイド2、サイド4、サイド5との交易を密に行い、ギレンが公表したサイド経済共栄圏の土台が整いつつある。

 

 このまま膠着した状態を維持すれば、経済的に連邦からの独立が叶うのではないか?

 

 ライルはそう考えたようだ。

 

「まあそう簡単な話ではない。連邦もバカではないからな。本命が当たる北方の大規模陣地に、このキリマンジャロから持ち出された長距離電磁砲が確認されている」

 

 ウッヒ・ミュラー隊長は説明した。

 

 長距離電磁砲は超高速で砲弾を撃ち出すことのできる兵器だ。火薬には不可能な初速を砲弾に与えることができ、その有効射程圏は100数十キロにも及ぶ。

 

 連邦は基地を放棄する際、この兵器を分解して持ち出したのであった。

 

 トニー・ジーンが肩をすくめる。

 

「はー、どうりで奴らすんなり逃げてったわけだな」

 

「そんなものがあったんじゃ、宇宙に資源の輸送なんてしてられませんね」

 

「なんでそこで宇宙が出てくんだ?」

 

「資源輸送中のHLVが狙われたら困るだろ? ここにあった電磁砲は確か大口径だから慣性誘導が可能だったはず。狙われたらひとたまりもないよ」

 

「はぁ? ミノフスキー粒子があるから、誘導兵器は使えないんじゃないのかよ?」

 

 トニーが首ひねる。ライルは待ってました! とばかりに目を開いて説明をし始めた。

 

「知っての通り、長距離の電波と赤外線誘導は不可能だよ。レーザー誘導も、ミノフスキーが巻かれた大気中じゃ安定しない。でも、砲弾に高度速度といった情報を読み取る機器を装備させて、予めインプットした地図データを照合しながら誘導すれば可能なわけだ。それが慣性誘導。件の電磁砲は、言葉通り火薬を使わずに撃ち出すものだし、大口径の砲弾ならそうした機材を取り付けることも容易だね。欠点はMSみたいな高機動の目標には適さない誘導方法でね、だけど施設などの固定目標なら百発百中ぐらいの命中精度で――」

 

ライル(メカオタ)、そのぐらいにしときな。要は、この基地が目標にされるかもってことだろう」

 

 ノーランの言葉にミュラーがうなずく。

 

「そういうことだ。大規模な宇宙港があるのはアフリカじゃこの基地だけだからな。よってこの作戦は重要だ。お前たちは前線に立つのは今回で初になるな」

 

 ノーランは顔を固くした。キリマンジャロ攻略作戦の時は、マゼラアタックを操縦し、予備兵力として後方についていた。軍事のレクチャーは受けたがむろん急増。本当の意味で戦場では引き金を引いたことはないのだ。手のひらにじっとりとした汗を感じた。

 

「ノーランは1番MS、トニーは2番、ドクは3番機だ。ノーラン、お前にはMS小隊の隊長を任せる」

 

「アタシが?」

 

「お前がもっともMSを上手く扱えているし、広く物を見ている」

 

「アタシは上等兵だよ? 小隊長を任せられる身分じゃない」

 

 ジオンのMS小隊は3機編成で1小隊と決められている。隊長は下士官と決まっていた。

 

「辞令はまだだが、明日にはお前は伍長に昇進だ。俺が推挙しといた」

 

「はあ!?」

 

「お前が適任だ。俺のような老人ではMSの扱い方はさっぱりだからな」

 

「おいおい! なんでノーランだけなんだ! 俺は!?」

 

 何かとノーランに突っかかるトニーがミュラーに詰め寄る。

 

「お前はこの作戦を無事に生き残ったら上に話を持っていってやるさ。気張れよ」

 

「よおっし! その言葉忘れんなよ!」

 

 子供みたいに張り切るトニーに、ノーランはお気楽なものだ、と呆れた視線を向けた。

 

「俺はぁ? 俺も昇格だろう?」

 

「ドク、お前は……頑張れ」

 

「なんで俺ばっかりぃぃ!?」

 

 戦争をしているという緊張感のない男どもに、ノーランは今度こそため息を吐く。横にいたライルが同情をこめた苦笑を向けてきたが、それすらも煩わしくてその場を離れることにした。

 

 今は他人のそばにいたくなかった。

 

 この感情は不安じゃない。恐怖なんかじゃない。アタシは、復讐するためにここに来たんだから。

 

 そう、自分の心に言い聞かせて。



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第34話 Side『アフリカ戦線』



 作戦名は10面ダイス振って決めました。


 

 北アフリカ連邦陣地攻略作戦『106号作戦』は開始された。

 

 第2混成部隊は、ノーラン・ミリガンが指揮するMS小隊と、部隊長であるウッヒ・ミュラーが指揮するマゼラアタック中隊によって、北東部にある連邦陣地――11番陣地と名付けられた――を攻略することになっていた。

 

 事前の偵察では近接防御火器に対空のための高射砲が設えてあるため、北米より提供されたガウによる輸送は困難として、ギャロップでポイントまで搬送し、そこから侵攻を開始する。

 

 慣れ親しんだマゼラアタックの操縦席に座りながら、ウッヒ・ミュラーはその時を待つ。

 

 第2混成部隊は、他サイド出身の人間だけで集められた特別部隊だ。

 

 ミュラー自身もサイド1出身であり、過去には連邦のコロニー駐留軍に所属し、反連邦テロリストとの交戦を経験したこともある。

 

 傭兵として各地を転戦した経歴を買われ指揮官とされたが、ミュラー自身は部隊を率いた経験などなかった。だというのに強引に中尉へと階級が定められ、隊長に任命された。

 

 尉官として高い報酬が約束されたが、正直、割に合わないと思っている。

 

 部隊は全員、傭兵含めた志願兵で構成されており、そのうち成人しているとはいえど学生が混じっていた。

 

 彼らと接していると、部隊長というよりハイスクールで子守をする教師にでもなった気分になるのだ。

 

 ミュラーがこの戦争に参加したのは、金のためであったが、それだけなら連邦に与したほうが賢かった。

 

 彼自身はこの戦争にジオンは勝てないと読んでいたからだ。

 

 MSというこれまで人類史に登場しなかった新兵器でもって、すさまじい勢いで戦線を拡大しているが、早晩限界が来るだろう。

 

 そうなれば、地力で圧倒的に有利な連邦にジオンは勝つことはできない。

 

 それでもジオンについたのは、部隊内のその他大勢と同じく、昨年の連邦艦と輸送船の衝突事故が理由だった。

 

 ミュラーはこの事故で娘を失った。

 

 サイド3で歩兵教導団のアグレッサー役として暮らしていたミュラーの元に、20年も前に離婚した元妻から連絡があった。

 

 衝突事故に巻き込まれ、娘が死亡した、というものであった。

 

 遺体は残らなかったそうだ。

 

 再会した元妻は憔悴し、自分より幾分も老けているように見えた。

 

 墓碑銘だけが刻まれた墓に献花し、どこか虚ろな気分でいる自分に気づいた。

 

 親らしいことをひとつもせず、その顔さえ忘れきっていた娘を亡くしたというだけで、なぜか消失感を味わっている自分が滑稽でもあった。

 

 今の夫である男に肩を抱かれながら、涙とともに震える元妻を見ながら、ミュラーはどこかぼんやりと考えていた。

 

 消失感に追い立てられるように、ジオンの地球攻撃軍に志願した。

 

 ミュラーは理性で感情を切り捨てることのできる男だったが、今回ばかりは戦う理由があるほうが、都合が良かった。

 

 軍に参加することで支払われる報奨金の受け取り口座に、元妻のものを指定し、地球へと降りた。

 

 隊長として就いた部隊は、傭兵であろうと、志願した学生であろうと、全員が家族や知人を、連邦の不手際によって失った過去のある者たちばかりで構成されていた。

 

 復讐するは我にあり。

 

 そこまで大層な意志をミュラーは持ち得ていなかったが、この過酷な環境では、そうした共有のモチベーションが必要なのかもそれない。

 

 特にノーラン・ミリガンだ。

 

 彼女にどこか危うさを感じていた。

 

 一見すれば、全体を見て自身の成すべきこと、できることを冷静にこなしているように思える。

 

 だが、ときおり見せる不安げな表情が強く印象に残った。

 

 自分自身が立つ根っこがない、拠り所となる場所を探す子供のような雰囲気を感じるのだ。 

 

 ――誰しも、自分が眠る天国を探している。

 

 敢えてMS小隊長として任命したのは、彼女の能力と責任感、そうした優秀な素質を鑑みただけでなく、彼女に少しでも居場所と呼べるものを与えてやりたいと思ったからかもしれない。

 

 彼女を含めた学生組はなんだかんだと口の悪いやり取りがあっても、やはり若者特有の明快さがある。一人、よくわからない男が混じっているが今のところは問題も起きていない。

 

 この戦争が長引けば、彼女たちよりも若い少女、少年といった者たちすらも戦場に駆り出されるのかもしれない。

 

 そう考えれば、少しでも何かを若者に与えてやりたいという気持ちが少なからずあった。

 

 なぜ今更そんな感傷的なことを思うのか。

 

 あるいはこれは、娘にしてやることができなかったことへの

今更ながらの贖罪のつもりなのか。

 

「今更、か」

 

 らしくもない。思わず呟いた声が操縦席でやけに大きく響いた。

 

「隊長、なにか言った?」

 

 ノーランが聞いてくる。

 

 回線がオンラインのままであった。

 

「いや、何でもない。そちらの行動手順は覚えているな?」

 

「もちろん。シミュレーション通りに。先行して陣地を攻撃。撹乱する」

 

 緊張しているのだろう、硬い声だ。

 

 良い隊長ならば冗談でも上手く言って、新兵の気をまぎらわしてやるものなのかもしれないが、あいにく自分は口下手でいつの場面でも良い言い回しが出てくることはない。

 

「ホース1から各員へ。まもなくポイントに到着します。最終チェックどうぞ」

 

「了解した」

 

 ギャロップのオペレーターの通信に短く応える。

 

 やはりらしくない。

 

 つくづく、隊を率いるのに向いてない男なのだ、とミュラーは自嘲していた。

 

 

 



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第35話 Side 『アフリカ戦線』

 

 幕は切って落とされた。

 

「各機! シュミレーションは頭に入ってるね!」

 

 スロットルペダルを踏み込みながら、ノーランは敵陣地に向けて155mm榴弾速射砲を乱射する。

 

「61式にだけは気をつけろよ!」

 

 連邦の陣地には高射砲を防衛するために、対歩兵・車両用の防御火器と61式戦車が配備されている。

 

 前者は小型目標に対しての武装であるためMSに痛打を与えることはかなわないが、61式戦車が持つ150mm砲は脅威だ。

 

 開戦当初こそザクの装甲すら抜けない代物だったが、現在では砲弾を変え、直撃すればドムですら致命傷を負わされる程の威力を持っている。

 

 加えて、こちらのゲーツはザクよりも装甲が薄い。掠めただけでも全身がバラバラになるかもしれないと思うと、ノーランは胃の中が冷たくなる気がした。

 

 連邦は敵が襲撃してくると予想していなかったのか、初動が鈍かった。近接防御火器が銃砲を向けてくるが関節にさえ当たらなければ装甲板を抜けるほどの火力はない。

 

「ドクは砲撃! なにやってんの!?」

 

 前進が遅れている3番機に檄を飛ばす。初の実戦だ。ノーラン自身余裕を見失っていた。

 

 MSはジオン最新最強の兵器だ。

 

 だが、新しいということはこれまでの戦訓を活用できない、戦術や戦略を一から築かなければならないということだ。

 

 部隊長のミュラーも、他のメンバーもMSは扱えない。結果、適性試験に受かったノーランたちは手探りでMSの戦い方を模索しなければいけなかった。

 

「いま撃つぜぇ!」

 

 175mmの砲弾が、あさっての方角に飛んでいき、着弾して爆ぜた。

 

「ドク!?」

 

「うぎぎぎぃやあ!? 肩が! 肩がやられたぁ!」

 

「やられたのか!?」

 

「ちがうぅ! 肩が、勝手に吹き飛びやがったぁっ!」

 

 ゲーツの肩上部には武装を装着可能な懸下装置がある。3番機はそこにマゼラトップの砲身を詰めたものを取り付け、簡易的な砲戦仕様機としていたのだが、砲撃の反動を殺しきれずに装置ごと吹き飛んだのだ。

 

 見ればドクの機体は仰向けに倒れ込んでいる。

 

「早く起き上がれ! トニーはカバーしろっ!」

 

 不甲斐ない同僚に苛立ちを隠さずノーランは舌打ちした。

 

 トニーが応答する。

 

「ちいと戦車の数が多すぎないか!」

 

 いや、言うほど61式の数は多くない。だが、武装トラックに乗った歩兵がこちらに向けて肩撃ち式のロケットランチャーをぶっ放してくる。

 

 胴体に命中し、少なくない衝撃がノーランを襲うが、さすがにMSだ。装甲が一部ひしゃげた程度のダメージしかない。

 

「そんなもんで! 出てくるからさぁ!」

 

 155mmを武装トラックに向けて撃つ。

 

 車両の爆発とともに、先程の兵士は砂地に転がり動かなくなった。

 

「後続のマゼラ隊がつくまでにもっと数を減らさないと!」

 

 さらに乱射した銃撃で、61式が1両爆発した。次のターゲットを攻撃するが、当たらない。

 

 155mmは威力はあるが、口径が大きいせいで空気の抵抗を受けて弾道が安定しないうえに、ゲーツの腕では反動を殺せていない。さらに発射サイクルも長いため、修正射撃で無駄に弾を浪費する。

 

 ノーランが逃した敵をトニーの銃砲が仕留めた。

 

 さらに敵陣地に数発の砲弾が刺さり始める。

 

 後続のマゼラアタック隊の砲撃だ。

 

 ――隊長が合流した。 

 

 ほっと息をつきかけた瞬間、頭上を閃光が走り抜けていった。

 



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第36話 Side『アフリカ戦線』


 


 

「メガ粒子!?」

 

 わずかにたなびくように残った粒子の線に、それがメガ粒子砲による砲撃だと気づく。

 

「まずい! マゼラ隊が――」

 

 ビーム兵器は強力だ。

 

 MSの厚い装甲でさえ溶けかけたバターのように貫き、蒸発させる。さらには弾速も凄まじく速い。

 

 MSならばあらかじめランダムに動いて的を絞らせないことも可能だが、運動性の低いマゼラアタックではそうもいかない。

 

 第2射が奔り、閃光が一台の友軍機を襲う。直撃したマゼラアタックは爆散して跡形もなかった。

 

「高射砲って、メガ粒子砲なのかよ!」

 

 トニーが悪態をつく。 

 

 偵察隊からの情報ではただの高射砲――実弾式の速射砲――だと思いこんでいた。

 

 この場で事前情報の不備に文句をつけても何もならない。ノーランは先程マゼラアタックを撃破した砲座に155mmを撃つ。

 

 銃弾の雨を受けて、メガ粒子砲は沈黙。だが、もう一つ砲台が存在する。

 

「トニーは61式を蹴散らせ! アタシはあれをやる!」

 

 機体を走らせる。

 

 早くあの砲台を潰さなければ友軍に甚大な被害が出るのは確実だ。その焦りが、周囲への警戒を鈍くしてしまう。

 

 61式が一両、目の前に立ち塞がる。それをノーランが視界に納めた時、すでに150mmの砲塔が狙っていた。

 

 やられると思った瞬間、後方から銃弾が飛び込み車両を撃破する。

 

「無事かぁ姉御!」

 

「ドク! その呼び方やめな!」

 

「ヒャハハハァー無駄、無駄、無駄ァァァ!!」

 

 狂ったような笑い声を上げながらドクは銃を乱射し続ける。

 

 彼が注意を引いているうちにノーランはメガ粒子砲を射程に納めた。

 

「くたばりな!」

 

 トリガーを引く。だが弾が出ない。コンソールを見れば残弾数は0を表示していた。

 

「くそったれが!」

 

 ありったけの憎悪を籠めて悪態を吐き、使えなくなった155mmを投げ捨てる。そして左前腕に装備された武装を手に取った。

 

 シールド・アックス。

 

 防御兼近接用兵装で、普段は刃に当たる部分を展開して防弾装甲板として使用し、いざというときはそれらの装甲板を折りたたんで手斧とする。

 

 ゲーツはザクやドムのようにヒート・ホークを扱うための腕部エネルギーパイプがオミット――正確には供給電力が足りない――されている。よってこの武装はその質量と慣性で相手を激しく殴打するためのものであった。

 

 その仕様を聞いたときノーランは、この現代になんて原始的な武装なんだと批判したが、今はこれしかない。

 

「いけ!」

 

 手斧を振りかぶり放擲する。

 

 MSの膂力で投げられた超甲スチール合金の塊は狙いを外さずメガ粒子砲へと突き刺さった。

 

 高速で飛来した鉄塊に潰され、砲台は自軍の戦車壕をメガ粒子砲で薙ぎ払いながら爆発した。

 





 澤野弘之「Vigilante」を聞きながら書いてました。本文に歌詞は合わないんですけどね。作中では、フェネクスと捕獲作戦で流れて、そのスピード感で場を盛り上げてましたから、その力を借りれば自分にも迫力のある戦闘シーンが書けるのではないか、と。

 結果、地力が足りなくて厳しい(´・ω・`)




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第37話 Side『アフリカ戦線』

 

 106号作戦は終了した。

 

 ジオンは北アフリカより連邦陣地を壊滅させ、戦線の押し上げに成功。北西にあるダカールを陸路にて孤立させる。

 

 だがすべてが順調ではなく、この戦果を得るために決して少なくない犠牲を払っていた。

 

 連邦は通常砲台に似せたメガ粒子砲を各陣地内に用意しており、これにより突入したMS隊に被害が出ている。

 

 特に本命部隊のMSを援護するために突貫したマゼラアタック中隊は、3分の1が撃破され、事実上の壊滅状態であった。

 

 陽動を担った第2混成部隊にも被害は出ている。

 

 マゼラアタック2両大破。兵員1名死亡。

 

 初の戦死者に、部隊内の傭兵組を除いた志願兵、年若い者たちに強い動揺が走っていた。

 

 特にノーラン・ミリガンの落ち込みようは深刻と言えた。

 

 元連邦陣地、物資搬送用のヘリポート跡地でMSの整備を 受けている最中、ノーランは部隊長に呼び出された。

 

「アタシが昇進?」

 

「そうだ。今回の作戦の成功に伴い、司令部はお前の活躍を高く評価したということだ」

 

 ウッヒ・ミュラーの言葉に、ノーランは怒りを覚える。

 

「はっ! このアタシが? 仲間を死なせて、それなのに昇進? 冗談じゃないね!」

 

「戦死者が出たのは別段お前のせいじゃない」

 

「じゃあ誰のせいだっていうのさ!?」

 

 戦死者1名。

 

 ライル・コーンズ。

 

 メガ粒子砲の直撃を受けて、彼の乗っていたマゼラアタックは爆発した。強暴な閃光は彼の体ごと機体を貫き、遺体すら残さなかった。

 

「アタシがもっと早くメガ粒子砲に気がついてたら、もっと上手くMSを動かせてたら、ライルは死なずに済んだかもしれない」

 

「お前のせいではない。連邦は通常の砲台に偽装していた。先行偵察でもわからなかった」

 

 ミュラーは事実を口にしただけだ。それだけでは、ノーランの気持ちは救われなかった。

 

 彼女自身そんなことはわかっているのだ。

 

 自分がどんなに上手く動けたとしても、必ず犠牲が出ただろう。

 

 仲間とともに従軍することを決めたとき、自身が死ぬかもしれないという覚悟はできているつもりだった。だが、親しかった仲間が、友が死ぬということを想像すらしていなかった自分がいた。

 

 コロニーの独立。

 

 そんな大言壮語な夢を抱いて参加した戦争は、理想とは程遠い、無味乾燥な現実だけでできていた。

 

 結局それは覚悟などという固い意志ではなく、ただの英雄願望に支えられた衝動でしかなかったのだ、と打ちのめされる。

 

「気に病むな。お前はよくやっている」

 

 涙こそ見せないが肩を震わせるノーランに、ミュラーはそれだけを伝えた。さらに口を開くが、結局何も語らずにその場を去っていく。

 

 ノーランは未だ煙のくすぶる陣地の中を歩き始めた。

 

 地下居住施設は比較的無傷であり、発電機類のいくつかは無事であったため、野外でありながら比較的快適に過ごすことができる。

 

 戦いを終えた隊員は逃げていった連邦兵が残した食料や酒を戦利品として手に入れ愉しんでいた。

 

 小隊員のドクなどはしこたま酒を飲み、顔を茹でたように真っ赤にしながら輪の中で上機嫌に踊っていた。

 

 酒盛りに誘われたが、まだ勤務中だと虚言を吐いてその場を去る。

 

 目的があるわけではない。ただ、どこに居ても胸が苦しかった。じっとしているだけで、この地球の重たい空気に押しつぶされてしまいそうだったのだ。

 

「ようノーラン」

 

「トニーか。なに?」

 

「ひでえ顔してるな。ブサイクだぞ、お前」

 

「うるさいね。生まれつきだよ。アンタだって大した顔してないじゃないさ」

 

 その場を去ろうとするノーランの肩をつかんてトニーが呼び止める。

 

「お前、どうすんだよ?」

 

「どう?」

 

「いや、その、ライルが逝っちまっただろ。だから、軍辞めるんじゃないかと思ってな」

 

「アンタは辞めるの?」

 

 トニーはバツが悪そうによそを向いた。

 

「ライルとお前を誘ったのは俺だ。そんな俺が一番にしっぽ巻いてってのも考えた。でもよ、このまま地球でやっていけるのかもわかんなくなっちまった。だからお前はどうすんのか、とな」

 

 ノーランは意図を読んだ。つまり彼はこちらの口から辞める、とそうした言質をとりたいのだ。自分で決めることができないから他人に任せたいのだ、と意識が透けて見える。

 

 軟弱な男だ。

 

「アンタが辞めたきゃ勝手にすりゃいいさ」

 

 突き放す言い草にトニーは傷ついたような顔になった。

 

 だが知らない。他人の気持ちに寄り添ってやれるほど自分は強くできていない。

 

「お前は残るのかよ? こんなひでえ場所に」

 

宇宙(そら)に戻っても同じだよ。アタシには居場所なんてない。だからここで、最後までやる」

 

「居場所って……お前、確かサイド2で親父さんいたろ」

 

「蒸発した」

 

「は?」

 

 地球に降りることが決まった時、サイド2に住む父にメールを送っておいた。だがそのメールは届かずに送り返されてしまった。

 

 住んでいた家は既になく、父は失踪していた。

 

「帰る場所なんて、ないのよ」

 

 恨んではいない。男手ひとつでハイスクールまで入れてくれたのだ。母が死んで以来会話らしい会話もなかったが、感謝はしている。

 

 ただ、なんとも言えない虚無感が胸に広がっていた。

 

「アンタはアンタの好きにしな。きっかけはどうであれ、これはアタシがはじめたこと。アタシ自身が最後まで面倒みるもんよ」

 

 かける言葉を失ったトニーをその場に置いて、ノーランは歩き去った。



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第38話 Side『アフリカ戦線』

 

 トライデント&ジャベリン作戦。

 

 ジオン地上軍の大規模な立体作戦である。

 

 連邦の中東戦力を排除、制圧し、分断されているアフリカと旧ロシアの自軍勢力を繋げることを目的としたもので、アフリカ部隊の陸上戦力による進軍をジャベリン、海洋戦力を中心とした部隊による地中海からの侵攻をトライデント作戦とした。

 

 第2混成部隊にも、マゼラアタック中隊の護衛兼予備兵力として出撃が命じられた。

 

 ギャロップで北海岸へ移動し、そこで作戦開始時間を待つ。

 

「結局、帰らなかったのね」

 

 ゲーツのコックピット内で、ノーランはトニーに声をかけた。

 

「ま、お前の言うとおり、ここで逃げたら格好がつかねぇからな。お前とライルを誘ったのは俺だ。言い出しっぺが逃げるわけにはいかねぇさ」

 

 通信の向こうでトニーが戯けているのがわかる。だが、そんな彼も今日、もしかしたら死ぬのかもしれないと思うと、ノーランは肌が冷たいような熱いような不気味な感触に覆われていくのを感じるのだった。

 

「ドク、アンタは平気なのかい?」

 

 気を紛らわすために、もうひとりの同僚へ声をかける。

 

「姉御ぉ、何のことですかぃ?」

 

「だから姉御ってなんだよ……アンタは、軍を抜けないのか、って話だよ」

 

「オレぁここが気に入ってるからなぁ」

 

「こんな埃まみれの場所を?」

 

「戦場がぁ好きだ。引き金を引いてぇ、相手を殺せば褒められる。簡単なぁ仕事さぁ」 

 

「ヤク中のアンタに聞く話じゃなかったね」

 

 昨日も個人的に持ち込んだドラッグを仲間に配り、夜通し騒いでいた。ドク曰く、常習性のないものだそうだが、違法には違いない。以前ノーランも渡されかけたが、断固として拒否した。

 

「そりゃないぜ姉御ぉ」

 

「うるさいね。次姉御って言ったらはっ倒すよ」

 

「ヒィィっ!?」

 

「アンタ、寝不足で照準が合わないとか抜かしたら、マジでぶっ殺すからね」

 

「ドク、今のうちに覚悟しといたほうがいいぜ。ノーランのヤツだいぶ気が立ってるからな」

 

「お、おお……だ、だいじょうぶだぁ。俺は、そんなヘマはしなぃ」

 

 何が大丈夫なもんか!

 

 吐き捨てたい気持ちを抑えて、ノーランはモニターに表示される作戦開始時間のカウントを睨む。

 

 血が凍って沸騰する。

 

 そんな表現がしっくりするような感覚だ。

 

 部隊は今、アフリカ北部に僅かに残った丘陵地帯に展開待機している。

 

 先行するMS部隊が戦線を押し上げ、後続としてマゼラアタック中隊を投入する手筈であった。

 

 つまりすでに戦端は開かれている。

 

 遠くから響いてくる榴弾砲の轟雷をセンサーが拾い、こちらの耳朶を不快に震わせる。

 

 早く時間になればいいのに。狭いコックピット内は息がつまる。

 

 昔から待つのは嫌いだった。

 

 遊具の使用待ちや、母について回った買い物時の待機列など、気持ちだけがはやって目が回りそうになっていた頃もある。

 

 そこから抜け出したくてすぐにどこかへ走り出そうとし、そのたびに母は顔をしかめ、父は苦笑していた。

 

 10年ほど前の記憶だが、随分と遠い場所に来てしまったと思う。

 

 故郷であったはずのコロニーはずっと遠い頭上の彼方であり、帰るべき家はもうない。

 

 そんなノーランの物思いを掻き消すように、作戦開始を告げる電子音が響いた。

 

「行くぞ」

 

 どこへ行こうというのか。答えはないまま、機械じかけの巨人は歩き出す。



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第39話 Side『アフリカ戦線』

 

 快進撃といってよかった。

 

 ジオンがMSを戦線に投入したことで、これまでの戦争の常識は覆された。

 

 ジオンはMSの機動性にものをいわせ、1日で数十キロも連邦領域へ浸透した。一方従来兵器しかもたない連邦は防衛陣地に篭って進軍を遅滞させようとした。

 

 しかしドムを含むジオンのMS部隊は圧倒的な速度で進軍し、連邦の部隊を手当たりしだいに壊滅させていく。

 

 戦場の主導権が、MSに代わったことをその場にいる誰もが痛感していた。

 

 連邦は重爆撃機デプロッグを投入し、MSの足を止めようと奮闘したが、ミノフスキー粒子散布下では地上部隊と満足なデータリンクが行えず、さらにはジオンのゾッド航空部隊によってすべて撃墜された。

 

 ノーランの部隊は、後方からの砲撃による前線支援を行いつつ、主力部隊がうち漏らした敵を掃討し、前進していた。

 

「楽な仕事じゃないか、なあノーラン」

 

 気楽にトニーが言う。

 

 なるほど、確かにどうということはない作戦だ。敵の大半は先行した部隊があらかた片付けており、自分たちが相手をするのは主力を後退させるために殿となった寡兵ばかりだ。

 

 しかしノーランには、この進軍があまりにも拙速にすぎる気がしていた。

 

 彼女は数ヶ月前までは一般の学生でしかなく、軍事、戦略といったものに明るくはない。だが、それでもわかることがある。

 

 前衛部隊との足の速さがなにより違いすぎる。

 

 戦線に投入されたドムは、ホバークラフトという独特な走行方法でとにかく機動性に富む。そのため、後続の部隊と距離が開きすぎてしまっていた。

 

 事実、ドムに追いつけずに取り残された友軍のザクの姿が増えてきている。

 

「全機、気を引き締めろ」

 

 中隊長であるミュラーの静かな声が通信から届く。

 

「連邦陣地のトーチカはまだ残っている。完全に死んだと確認されるまで気を抜くな」

 

 その通りだ、とノーランは思った。

 

 今のところある砲台はすべて通常の砲弾で、口径が大きい分弾速も遅く、見てから回避することも可能であるが、もしこれが以前攻略した陣地の時のようなメガ粒子砲であったなら、回避機動を取る前に消し飛ぶことになる。

 

 ライルがそうであったように。

 

「MS各機、残弾の数はしっかり把握しときな」

 

「残弾も何も大して撃ってねぇからな」

 

「撃ち足りねぇなぁ」

 

 圧倒的に有利な自軍の状況に男どもは早くも気を緩めていた。

 

「アンタたち油断するなと――」

 

 ノーランが喝を飛ばそうとした時、前方に居たザクから銃撃が放たれ、マゼラアタックが1両爆破炎上する。

 

 友軍のはずのザクからの攻撃に驚き、ノーランは足を止める。ザクのモノアイが光り、自分を睨みつけた気がした。

 

「鹵獲機だ! 動け!」

 

 ミュラーの怒声に我に返り、反射的にスロットルペダルを蹴りとばす。右翼にあった砂山から砲弾が飛び込んできて着弾。爆音と土砂を発生させる。

 

 崩れた砂の山から、61式が現れるのを見たとき、ノーランは全力で舌打ちした。

 

 言わんこっちゃない!

 





 今朝ニンダイを視聴してテンション上がりました。

 ファイヤーエンブレム、オクトパストラベラー、フロントミッション、ミンサガ、タクティクスオウガ、ベヨネッタ。そしてゼルダ!

 例によって職場の後輩くんは、フロントミッションとミンサガ、タクティクスオウガ知りませんでしたがね。


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第40話 Side『アフリカ戦線』

 

「くそ! 迎撃するよ!」

 

「どれを撃つんだよ!?」

 

「目についたやつを好きにやんな!」

 

 それだけ告げて、ノーランは手にした120mmマシンガンを乱射した。

 

 以前使用していた155mmよりも口径は劣るが、威力は十分であり、先程砲撃してきた61式を撃破する。

 

 正規部隊が使用していたお下がりであるが、遥かに扱いやすいものだった。なお、主力部隊には新型のMMP-80が支給されていた。

 

 砂山からは次々と61式が現れる。

 

 完全にマゼラアタック中隊の横を突かれた形だ。

 

「戦車を止めろ! このままだと横っ腹食われちまう!」

 

 トニーが叫ぶ。

 

 だが先程友軍に見せかけたザクが、猛速でマゼラアタック部隊の中腹へと躍り込んだ。

 

 こうなると味方が邪魔になって攻撃ができない。そもそも戦車はMSに比べて旋回性と運動性に劣る。執拗に横や背後を取られればそれだけで手も足も出なかった。

 

「トニー! ドク! 横の戦車に当たれ!」

 

「お前はどうすんだよ!?」

 

「アタシは――」

 

 機体を部隊の中央、連邦のザクへと走らせる。

 

 銃が使えないなら、白兵戦を挑むしかない。

 

 機動性ならゲーツの方が上のはずだ。勝機はあると踏んだ。

 

 よく見ればザクは肩と胴がカーキ色に塗られ、胴部と肩装甲に大きく連邦マークが記されている。

 

「この偽物野郎が!」

 

 腰部後方のラックに懸架していたマトックを引き抜く。

 

 以前、ライルが設計した採掘用の工具だ。超鋼スチールで造られた単純なものてある。

 

 ゲーツはヒートホークを使えないため、ノーランは敢えて工具を格闘武装として選んでいた。

 

 シールド兼用のアックスはあるが、使い勝手はこちらが上だ。

 

 突進の勢いを利用してマトックを振り抜く。しかし単調な動きは容易に躱された。

 

 距離を取ったザクはマシンガンを乱射してくる。

 

 弾丸をシールドで弾き、こちらも負けじとザクの足元に120mmを見舞う。

 

 相手の方が動きがいい。ザクは独自に改造されているようだ。

 

 自分の射撃の腕は高くない、とにかく動きを封じて白兵戦に持ち込みたかった。

 

 相手の動きは消極的だが、やっかいなものだった。

 

 必ず距離をとり、牽制としてマシンガンを放ってくる。

 

 当たりはしないが、回避をしなくてはならない以上消耗を強いられる。さらにこちらからの射撃はマゼラアタックを射線に被らせてくるので安易に乱射もできない。

 

「やっかいだね!」

 

 ノーランの苛立ちは最高潮に達していた。

 

 操縦が雑になり、被弾が増え始める。シールドが砕け、左肩の装甲板が吹き飛んだ。

 

 そこで銃撃が止む。弾が切れたらしく、マシンガンの弾倉を代えるザク。

 

 このチャンスにノーランは飛びついた。これまでの鬱憤を晴らすつもりでマトックを叩きつけようと肉薄する。

 

 だがそれは罠だった。

 

 相手のザクは弾倉を交換するように見せかけてノーランを引き込むと、タックルをぶちかました。

 

 ノーランの機体は吹き飛び仰向けに倒れる。

 

 強烈な衝撃に意識が飛びかけた。

 

 目を開けると、モニターには自機の上でヒートホークを振りかぶるザクが見えた。

 

 避けれるはずもない。

 

 ノーランは呆然と、灼熱の刃が自らの機体に突き立つまでの時間を見送るしかなかった。

 

 ヒートホークが振り下ろされる直前、ザクに弾丸が命中する。

 

 砂丘を飛び越え、猛速で1両のマゼラアタックが突貫してきた。

 

「ノーラン! 離脱しろ!」

 

 通信からミュラーの声が届く。

 

 33mm連装機関砲ではザクの装甲は抜けないのだが、マゼラアタックは構わず連射しながら突っ込んでくる。

 

 装甲を叩く小銃弾をうっとおしく感じたか、それとも主砲を恐れたのか、ザクは跳躍してその場を離れた。

 

 ようやく我に返ったノーランは慌てて機体を起こす。

 

 起き上がった先で見たのは、ミュラーのマゼラアタックにヒートホークを叩きつけるザクの姿だった。

 



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第41話 Side『アフリカ戦線』

 

 マゼラアタックは小爆発を数度繰り返し、煙を拭き上げて沈黙した。

 

「よくも!」

 

 怒りに燃えたノーランはザクを銃撃するが、相手は身を翻して後退していく。

 

「これだけひっかき回しておいて逃げるのかい!」

 

「ノーラン! 上見ろ!!」

 

 衝動のまま後を追いかけようとした彼女に、トニーの通信が入る。

 

 上空に、ミデアの編隊が見えた。

 

 全12機からなるミデア隊のコンテナから、巨大な何かが投下される。

 

 それはパラシュートを開き、落下してくる。

 

「おいヤバいだろあれ!」

 

 誰かの呟きを通信機が拾う。なにが『ヤバい』のか、ノーランには判断がつかない。その答えをすぐさまトニーが口にした。

 

「あれは……MSじゃないか!?」

 

 その言葉にノーランは慌ててモニターをズームする。パラシュートを開きながら落下してくる巨大な物体は、たしかに人型をしていた。

 

「連邦のMS?」

 

 自身が呟いた言葉に、ノーランは身が震えた。

 

 ――連邦がMSを出してきたって!?

 

 異形だ。

 

 表現するなら、戦車に人の上半身をとりつけた姿と言える。

 

 完全な人型兵器というより、ヒトモドキと呼ぶべきか。

 

 砂漠の地に降り立ったヒトモドキは、両肩に装備したキャノン砲を撃つ。ノーランと同じく、連邦がMSを繰り出してきたという事実に呆然としていた味方のザクに直撃し、爆散した。

 

 MSはジオン軍の専売特許であり、本国のプロパガンダでは最強の兵器である。

 

 それが今、連邦の兵器により撃ち倒された。

 

 その驚愕が全部隊に波及していくのを、ノーランはコックピットにいながら感じ取ることができた。

 

 戦場に降りたヒトモドキは、砲撃を続けながら前進してくる。

 

 一方、友軍は先程の待ち伏せ攻撃もあり、統率が取れていなかった。

 

 後退する者、真正面から突撃する者。どうすれば良いのか決めかねる者。

 

「どうすんだノーラン!?」

 

「どうするったって……」

 

 ミュラーを殺した敵のザクは逃げおおせている。

 

 新たに現れた敵は銃撃を受けてもビクともせず、生き残っている61式と連携しながら、両肩のキャノンと前腕部一体型のミサイル・ランチャーといった重火力で、こちらの部隊を囲むように攻めてきており、浮足立った友軍はまともな反撃も行えずにじりじりと後退しはじめた。

 

「おお? またきたみてぇだぞ」

 

 ドクの言葉に再び上空を見る。

 

 後方陣地の方角から、緑の航空機が2機近づいていた。最近北米より供与された新型の輸送機だ。

 

(友軍か?)

 

 また鹵獲された機体ではなかろうか。懸念がノーランの胸裏に走る。

 

 だが地上のヒトモドキが航空機を狙い始め、一発の砲弾が輸送機の主翼を吹き飛ばした。

 

 被弾した機体は高度を見る間に下げていき、地面に墜落する前に機体下部に牽引していた何かを投下し、墜落炎上した。

 

「なんだってんのさ!」

 

 味方にしてもたった2機の輸送機で何ができる。以前止まない連邦からの砲撃に絶望がつのっていく。

 

 いよいよヒトモドキが眼前に現れた。

 

 ノーランには相手が、悪夢を引き連れた化け物に見える。

 

 その化け物が、突然爆ぜた。

 

 超高速で飛来した砲弾に上半身をもぎ取られ、爆発したのだ。

 

「ようヒヨッコ共。戦争を教えに来てやったぜ」

 

 共有チャンネルに飛び込んでくる、知らない男の声。

 

 ノーランが見たのは巨大で異様な、戦車の姿だった。





 積みゲーと積みプラを消化せねばなりません。

 働いてる場合じゃない!


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第42話 Side『アフリカ戦線』

 

 突如現れた戦車はサンドカラーで統一された車体に、大きくジオンの紋章が描かれていた。

 

 あまりにも巨大な砲塔には、ドムの頭部に似たモノアイカメラが装備されている。

 

「慌てることはねぇ。戦車の弱点は背後と側面だ。教練で習った通りにやんな。お前たちは最強の兵器に乗ってるんだからよ!」

 

 ミノフスキー粒子下でも、高濃度でない限りは半径10kmから20km圏内はなんとか通信が可能である。そして大気のある地球では、どんなにミノフスキーを散布しても拡散してしまって、高濃度を長時間維持することはできない。

 

 戦車を操るパイロットからの檄に、恐慌になりかけていた友軍の士気が持ち直す。

 

「見せつけてやるぜ、新しく生まれ変わった、陸の王者の戦いってやつをな」

 

 巨大戦車は、その巨体からは信じられないほどの速度で、敵の前衛に突っ込む。

 

 61式の群れが機関砲を放つが、分厚い装甲がそのことごとくを弾き返した。

 

「釣りをくれてやるよ!」

 

 61式とすれ違う寸前、戦車の砲塔側面にあった装甲が開いた。

 

 車体前面と側面をカバーしていたそれは、3本の鉄の爪を持つ剛腕であり、61式を軽々と掴み上げるとヒトモドキに向けて放り投げる。

 

 鉄塊をぶつけられ停車したヒトモドキに、副砲から散弾が放たれ、61式ごとその装甲を貫く。

 

 61式は炎上爆発し、ヒトモドキはびくり、と一瞬震えたあと微動だにしなくなった。

 

 突然現れた新型戦車を脅威と判断した敵は、四方から囲むように動く。

 

 だが、またも遠方から飛来した砲弾が、ヒトモドキを吹き飛ばす。

 

 もう一機の輸送機から投下された戦車からのものだ。

 

「デメジエール、悪い癖だ。ベテランが反面教師となってどうする」

 

「遅いぞマイク。俺一人で全部平らげちまうところだったじゃねぇか」

 

 カラカラと笑う男の声。

 

 通信から聞こえてくる彼らのやり取りに、ノーランは呆気に取られた。

 

 戦争を愉しんでるのか?

 

 しかし部隊にいたヤク中とも違う。この戦いそのものを、まるでスポーツのような感覚で堪能している。そう感じた。

 

「おいMS(ヒヨッコ)共! ぼさっとしてないで動け! 戦場じゃあ足を止めるなと教わっただろう!」

 

 その言葉にノーランは我に返り、ようやく状況を把握する。

 

 先程までとは逆転して、今は敵のほうが浮足立っている。叩くなら今しかない。

 

「トニー! ドク! 隊長から教わった対戦車戦の教科書(マニュアル)は頭入ってるね! ヒトモドキをやるよ!」

 

「おう。任せろ!」

 

「わかったぜぇ姉御!」

 

「あたしが正面から引き付ける! トニーとドクはサイドだ!」

 

 何度も演習で繰り返した戦術だ。

 

 狙いをつけた一体にノーランは肉薄。ヒトモドキが砲撃してくるのを、ランダムに回避し距離を詰める。

 

 左右に挟むように展開したトニーとドクが、マシンガンで牽制する。

 

 敵の正面装甲は分厚く、120mmでも抜けないのだが、それでも敵はどの相手に対処するべきか迷いを見せた。

 

 その隙を突いて、ノーランはスロットルペダルを踏む。

 

 ブースター加速でまだ開いていた距離を一気に0にする。

 

「いっちまいな!」

 

 敵のザクを逃してしまった鬱憤も籠めて、ノーランは手にしていたマトックを振り下ろした。

 

 ヒトモドキの頭部、そこにキャノピーで覆われた操縦席があった。

 

 恐怖に染まった連邦兵の顔が目についたのは一瞬。

 

 振り下ろされた鉄塊は防弾ガラスを打ち砕き、見事に突き刺さる。

 

 ヒトモドキは力を失って、両腕を地面に向け垂らすと、その後は二度と動かなかった。



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第43話 Side『アフリカ戦線』

 戦闘は30分続いた。

 

 勢いを取り戻したジオン軍は徹底した旋回機動でヒトモドキを翻弄し、全車輌を駆逐した。

 

 特に戦果著しかったのは、投下された2両の巨大戦車だ。

 

 ヒルドルブと呼ばれたそのMT(モビルタンク)は、その巨体からは想像できないほどの高速で戦場を縦横無尽に駆け抜け、連邦軍を喰らいつくした。

 

 ノーランの機動小隊は、ヒトモドキを1体、61式戦車を4輌撃破した。

 

 トライデント&ジャベリン作戦は大成功に終わる。

 

 わずか2日でアレクサンドリアを占領し、地中海を侵攻してきた海戦部隊と合流、そのままの勢いでさらに2日後にはエルサレムを落とした。

 

 従来の戦争では考えられないほどの進軍速度であり、ジオンは地上においてもMSが最強であると連邦に知らしめたのだった。

 

 だがすべてが快進撃となった訳ではない。

 

 前衛部隊の速度に支援部隊が追いつけず、進行が滞った一面がある。

 

 連邦の空挺部隊によって投下された新型兵器による分断作戦が成功していたら、戦況はもっと悲惨なことになっていたかもしれない。

 

 ジャベリン作戦がうまくいったのは、北米から供与された新型の輸送機と、それに牽引された新型MTヒルドルブによる功績が大きかった。

 

 事実、後続支援部隊はその中核を成すマゼラアタック中隊の3分の1が撃破され、事実上の全滅とみなされた。

 

 ノーランが所属する第2混成部隊に至っては、中隊長であるウッヒ・ミュラー中尉が戦死している。

 

 他の部隊員も連邦の待ち伏せにより戦死や重傷による本国移送となり、部隊維持は不可能と判断され解散となる。

 

 ノーランたちは戦場に残ることを選択し、デメジエール・ソンネン少佐率いるアフリカ機甲戦師団に編入されることとなった。

 

 ノーランは戦時特例もあり曹長へと昇進。第4MS機動分隊長として正式に任命。

 

 トニー・ジーンは伍長へ。

 

 ドク・ダームは兵長となる。

 

 昇進に伴い正規兵と見做され、MSも最新のものを支給された。

 

 トニーとドクは喜んでいたが、ノーランは気を引き締めていた。

 

 アフリカ大陸南方はいまだに連邦の勢力下にあり、化石、鉱物資源の奪還のためにその牙を研いでいる。

 

 なによりまだ未完成であったとはいえど、すでにMSに似た兵器を前線に投入してきているのだ。油断はできない。

 

 自分を気にかけてくれていたウッヒも死んだ。

 

 この先、見知った顔を何人も失っていくのだろう。

 

 自身が選んだこととはいえ、そう思うと、男どものように楽観してはいられないのだった。

 

 正式に小隊長となり、これからの戦い方を考えなくてはならない。教えてもらい、頼れる隊長(おとな)はもういないのだ。

 

 やるべきこと、覚悟するべきことが山積していた。しかもそれら全ての解決策を、一から手探りで見つけていかなければならない。

 

 だが、それでも今だけは、生き延びたことを素直に喜んでもいいのかもしれなかった。

 

 戦場で生きているということは、自分がここにいていいと、世界に許された証明だと思うから。





 これで第二部は終わりです。

 三部は再び北米に視点が移ります。

 ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。


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第43.1話 ヒルドルブⅡ解説


 登場兵器の解説です。

 読まずとも本編に影響はありません。


 

『MT-06D ヒルドルブⅡ』

 

 再評価の後、現場にて使い捨てるはずだったヒルドルブを一から再設計した機体。

 

 正式にMT(モビルタンク)の呼称がギレンより与えられた。

 

 基本設計を地方方面軍の中尉(しかも整備士ですらないパイロット)が設計し、その仕様が通ったということで、プライドをいたく刺激された開発チームが、徹底した計算の元、新設計を行った。

 

 技術的には既存のものを寄せ集めただけであるが、最初から量産を視点に入れているため、実に堅実な作りとなっている。

 

 試作機にあったモビル形態への可変機構は廃止。これにより機体積載量と装甲厚が増大。生産性と整備性も向上、試作機よりもサイズが一回り小さくなった分、重量は15%近く軽量化された。

 

 だがそれでも開発陣はモビル形態に拘りを持っており、苦心した結果、ゲーツに採用されたフレームを利用して、シールドクローアームという武装を生み出す。

 

 シールドクローアームは、通常時は砲身を中心として、背面から砲塔全体を抱きしめるように固定されており、増加装甲として機能する。

 

 展開することで、作業用クローつきの巨大な一対の腕となり、その際の姿は砲塔を上半身として、タンクの足を持つMSにも見え、試作機のモビル形態に近い姿となる。

 

 主砲は42.7センチ電磁投射砲へと改められた。

 

 これは連邦設備を襲撃した際に手に入れた、海上艦艇用のものを独自に再現したもので、弾体に火薬を使用しない。

 

 膨大な電力を必要とするものだが、後のゲルググに搭載予定の新型ジェネレーターが完成していたため、それを流用することで実装に至った。

 

 機体構造が簡略化されたことで消費電力に余裕がでたため、メガ粒子砲を搭載するという案もでたが、想定される戦術にメガ粒子砲は合わないと判断された。

 

 状況に応じて様々な弾種を選べるだけでなく、弾速や射程も調整可能。曲射にも対応した。

 

 補助駆動方式にホバークラフトを採用しており、無限軌道である足回りの摩耗を防ぐとともに、橋のない河川を渡ることも容易となった。

 

 操縦は一人でもほぼすべてをカバーできるが、砲手用の複座も存在する。

 

 遮蔽物の少ない砂漠地帯に配備され、局地型MSと共に戦場を駆け巡った。

 

 

 武装 

 

「42.7センチ電磁投射砲」

 電磁誘導により弾体を射出する、ヒルドルブⅡの主砲。

 条件さえあえばガラクタでも(理論上は)撃ち出すことができる。

 

「33mm対空ガトリング砲」

 マゼラアタックに装備されていたものの流用。対空防御用だが、主砲では火力過大になってしまう目標にも使用される。

 砲塔背面、MSでいうなら肩に装備。4砲身。

 

「155mm榴弾砲」

 こちらもマゼラアタックに装備されていたもの。装備箇所は33mm対空機関砲と同じ。戦況に応じて弾種を切り替えて撃つことができる。

 42話にてガンタンクを61式戦車ごと貫いたのは、弾芯にルナチタニウムを使用した散弾。

 

「シールドクローアーム」

 文字通り分厚い装甲と強靭な爪を持つ腕。通常は背面から砲塔を覆うようにして固定されているが、展開することで試作機のシルエットに近くなる。

 敵に組み付かれた時の格闘兵装としてだけではなく、作業用のアームとしても有用。装備せずとも機体本体の装甲は堅牢であり、軽量化のためにあえて装備せずに戦場に出るものもいた。



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第43.2話 兵器解説・その他

 

『VZB-33 ボドムキャリー』

 ジオン公国軍が開発した地上用輸送VTOL機。現場では名称を短く分けて「ボドム」、または愛称として、「コウノトリ」と呼ばれることが多かった。

 

 戦前に地球上における航空輸送機として設計が完成していたが、当初ジオンは宇宙戦で戦局を決定づけるつもりであったため、本機の出番はないであろうと開発はされなかった。

 

 重力戦線においても、ゾッドとガウの併用で輸送は足りると上層部は考えていたのだが、本部の想定以上に重力下での補給線の維持と兵員の展開は困難であり、より小回りがきき、大量輸送が可能な本機の価値が見直されて、急遽開発が決定された。

 

 初期機開発は北米にて行われた。

 

 航空機としてはかなりの物資を輸送することが可能であるうえにVTOL機能も持つため、滑走路の未整備な最前線への補給活動や、軌道上から投下されたシャトルの回収といった任務には最適であった。

 

 また、機体下部に専用コンテナを積むことでMSとゾッドを2機輸送可能であり、ゾッドに関しては空中での給油機能も有している。

 

 サイズが大きく重量があるヒルドルブⅡも1輌ならば牽引輸送が可能。

 

 MSだけでなく、人員輸送用としても用いられた。

 

 ガウの小型版として設計されたが、性質的には連邦のミデアやガンペリーに近い。小隊から中隊規模の航空輸送能力に主眼がおかれている。

 

 一方、対空戦闘能力は貧弱で、機首下部に装備された35mmガトリング砲と、地対空ミサイルのみ。そのため、護衛としてゾッドがつくことが多い。

 

 本機は4月末には設計を終え、5月中旬には順次ロールアウトがなされた。

 

 4機が月を経由して、アフリカのキリマンジャロ基地に運び込まれる。

 

 5月に行われたアフリカのジャベリン&トライデント作戦では、ヒルドルブⅡの輸送に使われた。

 

 操縦室は単座式。

 

 *

 

『ミノフスキー粒子下での通信(独自設定)』

 地上においては、ミノフスキー粒子が撒かれた場所の中であっても多くの場合、10〜20km程度の距離であれば通信が可能。ミノフスキー粒子の濃度が濃くなるにつれて加速度的に通信ができなくなる。

 

 大気のある地上では、大気の移動とともにミノフスキー粒子が拡散してしまうため、近距離で通信不可能となるほどの濃度は長時間保てない。(常にその場で粒子を巻き続けるなどすれば別であるが)

 

 一方、宇宙の場合は大気がない分その場に粒子が残留しやすく、広範囲に粒子濃度の高いフィールドが形成されやすい。

 





 よく行く模型屋で境界戦機のキットがセールされていて、衝動買いしました。

 作中に出てくる輸送機は、このストークキャリーをイメージしてます。


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第44話 Epilogue『一年戦争年表Ⅱ』

 05.01 ジオン軍、地上に降りた部隊の要望に応える形で、MSの現地仕様化、航空輸送機の建造を始めとした「統合整備再計画」を始動。

 

 05.17 宇宙要塞ソロモン完成。

 

  05.21 ジオン軍、トライデント作戦 ジャベリン作戦開始。目標は中東を制圧し、分断されているアフリカと旧ロシア領に展開している部隊を繋いで連携させること。

 

 海からの進軍作戦:トライデント作戦。

 

 陸からの進撃作戦:ジャベリン作戦。

 

 

 ジオンアフリカ方面軍はドムを主力とした高機動による強引な突破戦略を用いるが、後続の補給部隊との距離が伸び切ることを連邦軍に看破され、待ち伏せを受ける。

 連邦軍、ミデア輸送にて先行試作型ガンタンクを戦場に12機投下。待ち伏せと、連邦製のMSの登場にジオン軍は浮足立ち、劣勢となるが、戦線に投下された2輌のヒルドルブⅡにて形成を逆転、ガンタンク部隊を全滅させる。

 しかし、マゼラアタック1個中隊を失うなど、被害は少なくなかった。

 

 05.23 地球連邦宇宙軍、ヘリオン作戦開始。

 軌道上の公国軍戦艦に対する大規模な攻撃作戦であったが、大敗する。艦隊を多数失った連邦は、ルナ2に立てこもる。

 ジオン宇宙攻撃軍、この戦闘で先行生産型ゲルググを投入。エースパイロットが駆る新型は、目覚ましい活躍。(エネルギーCAP技術が確立していないため、ビーム兵器は非搭載)

 

 05.23 ジオン公国軍、地中海のトライデント作戦にて、新設された潜水艦隊、8機のハイ・ゴッグを初めて戦線に投入し、連邦海軍艦隊を壊滅させる。ハイ・ゴッグはそのまま上陸、アレクサンドリアを電撃的に制圧。

 

 05.25 ジオン軍、エルサレム制圧

 

 06.01 ジオン軍、宇宙要塞ア・バオア・クー、ソロモン、月面基地グラナダを結んだ本土防衛ライン完成。

 ジオン軍の外郭組織として、ニュータイプの研究、育成(・・)を目的としたフラナガン機関を設立。

 

 06.12 カナヴェル海戦。サイド6沖にて連邦艦隊がジオン軍巡洋艦隊を奇襲攻撃。

 ジオン軍、補給線の問題から欧州侵攻を断念。進軍をイタリア半島までとし、余剰戦力を捻出する。(フランス、スペインは隕石落としでの第二目標でもあり、隕石落下によって壊滅的被害を受けた結果、主だった工業生産施設、軍事基地などが機能していない点も考慮された)

 

 06.20 ジオン軍、ハイ・ゴッグを主力とする海戦艦隊を大西洋、インド洋、北極海に配備。通商妨害、残存艦隊掃討を中心に作戦を展開。イギリスを海域封鎖に追い込む。これにより大西洋を渡ってのアフリカ大陸やオーストラリア大陸への物資の海洋輸送が可能となる。

 

 07 連邦軍強行偵察艦隊がサイド3周辺宙域へ侵入、防衛部隊と交戦。YMS-11ゲルググに搭乗したガイア大尉率いる独立小隊、連邦軍艦隊を殲滅。

 連邦軍、エネルギーCAP技術確立によるビーム兵器の小型化に成功。

 連邦軍、ホワイトベース進宙。RX-78ガンダム試作1号機正式にロールアウト。

 

 RX-78の完成をもって、RX-79(陸戦型ガンダム)計画実行。またそのデータを元に連邦陸軍にてジム先行量産型(陸戦型ジム)の生産を開始。重要拠点を中心に試験的に配備されていくことになる。同時にMS用の各種兵器開発開始。





 ガバガバです。


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第3章
第45話 Side『北米にて』



 第三部です。


 ルクレツィア・ノインは回顧する。

 

 ジオンが独立を掲げ地球連邦政府に対し宣戦布告を行ってから、半年が経とうとしていた。

  

 士官学校を卒業してから、ノインとゼクスは軍の新兵器であるMSの実働試験大隊に所属する。

 

 彼と、北米方面軍指揮官であるガルマ・ザビ大佐とは士官学校にて切磋琢磨した仲であった。

 

 実働試験大隊は、MSの運用方法を模索、訓練するために設立された隊であり、今の機動兵器教導大隊の前身である。

 

 同じ大隊とはいえ、所属する部隊は異なったために、ゼクスとは常に顔を合わせていたわけではない。

 

 試験大隊が解散した際、ゼクスはドズル・ザビ中将麾下である機動大隊に、ノインはMSの操縦技術を高く評価されて、そのまま新設された教導隊へと配属された。

 

 もう会うこともないのだろう、と考えていた時に転機が訪れる。

 

 地球攻撃軍北米方面軍への転入命令。

 

 アフリカ方面の戦闘が激化している中、人員の整理調整が必要となり、結果、欠員を埋める形となった。

 

 少佐となったゼクスの指揮下にある、第1機動小隊の隊長として地球に降りる。

 

 彼女が一年と二十二日振りに出会ったゼクスは、士官学校の頃と変わらず、その姿に胸の奥が熱くなった。

 

 旧交を温めつつも、ノインは自らが預かることとなった第1機動小隊の面子に頭を抱えることとなる。

 

 *

 

「ルクレツィア・ノイン大尉。大佐のお呼びにより出頭いたしました」

 

 ガルマ大佐の執務室。デスクにて書類の束を見つめながら、頭痛を抱えたかのように手でこめかみを抑えている大佐に向け、ノインは敬礼を行う。

 

「ノイン、これはどういうことだ?」

 

 挨拶もなく、ガルマは疲れ切った口調でそう切り出した。

 

「はい、申し訳ありません。大佐、恐れながら、『これ』とはどのことでありましょうか。がんい含意(がんい)が広すぎて答えかねます」

 

 問いに問いを返すという行為であるが、わからないことには答えられない。 

 

 大佐は叱る元気すらないのか、姿勢をそのまま変えることはなかった。

 

「中尉のことだ」

 

「ああ……」

 

 短く告げられた言葉に、ノインも思わず渋面を作る。

 

 およそ50名ほどいる小隊内の人員の中で、オルド・フィンゴ中尉ほど取り扱いに困る人間はいなかった。

 

 前任の隊長であったエイブラム・M・ラムザット大尉からも、彼の言動や行動には注視しろ、と釘をさされている。

 

「今回、彼は何を?」

 

 ガルマ大佐は手にしていた書類を、そのままデスクに放り投げる。拾って目を通すと、頭痛が走った気がした。

 

「請求書……しかしこの額面は」

 

「何かを作り出すのは構わん。CAD/CAMシステムの使用も許可しているしな。しかし事前に報告はさせろ! 今回のは一体何だ? 事後承諾では通らないほどの額じゃないか! 私はヤツから目を離すなといったはずだぞノイン!」

 

「申し訳ありません大佐」

 

 かつての学友に頭を下げる。これだけではない、もう何度もオルド・フィンゴ絡みでこのやり取りが行われていた。

 

 以前はニューヤークの民間治安維持部隊に支給する装甲車――鹵獲した連邦の61式をデチューンしたもの――に、特定の信号を打ち込むと機能停止するブラックボックスを勝手に搭載していたし、CAD/CAMシステムを使用して、新たな航空輸送機の設計を行い、試作機を開発している。

 

 結果を見れば、我が軍の利になるものを用意したものであるが、他の部隊の整備班も巻き込んで勝手に資材を使用して作ったのが問題だ。

 

「あの男には、常識というものが欠けている」

 

 ガルマはため息をつく。

 

 大佐の指摘は正しくはない、とノインは思った。

 

 あの子供のような容姿の男は、常識に欠けているのではなく、目的のためなら常識や慣例といった物事の規範を逸脱してよいと考えているのだ。

 

 厄介なのは、彼の行動を掣肘しない方が、物事がうまく進むということだろう。

 

 先月も、地球特有の気象である(ハリケーン)を予測し、テント暮らしをしていた戦争難民を避難させるため、ギャロップに連結して使うためのカーゴを全て開放し、4000人規模の民間人を収容させた。

 

 さらにはゼクス少佐に進言して、酒保の飲食物と毛布などの寝具までも無償提供の準備を整えていた。

 

 むろん、軍の設備を勝手に持ち出し使用したため、本来なら懲罰委員会に放り込むことになるはずが、ニューヤーク市長であるエッシェンバッハ氏がガルマ大佐の手を取って感謝をしたため、有耶無耶のままとなった。

 

 この事をきっかけに、市民による軍への抗議行動が著しく沈静化を見せたのも大きかったろう。

 

 元技術開発部出身で、整備班の人間の大半と顔見知りでありながら、小隊の実働パイロット。そしてムンゾでは数少ない地球環境経験者であり、実質、北米方面軍の幕僚として軍議において一定の発言権を持つ。そんな特異な経歴の部下を持つ身にもなってほしい。

 

 もうひとりのパイロットといい、ここまで個性的だとどう扱っていいか検討もつかなかった。

 

「ノイン大尉、悪いが連帯責任だ。ともかく彼をここに呼んでくれ」

 

 敬礼を返すと、頭痛が一段と酷くなった気がした。



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第46話 Side『オルド・フィンゴⅡ』

 

「こいつ! 好き勝手やりやがって!」

 

「ちょっとキリシマ曹長! 立ち上がるなって言ってるでしょうが!」

 

 キリシマ曹長のドムを上に載せたまま、機体を右に旋回させる。

 

 うむ。旋回性はなかなかスムーズ。

 

「はっ! 女に乗っかられてはずかしくねぇのかガキンちょ君よ!」

 

 ゾッドのパイロットが通信でめっちゃ煽ってくる。

 

「あら、はしたない。ぶっ殺してさしあげますわ!」

 

 どっちもどっちだよ。

 

 正面から向かってくるゾッドに向かって、ドムがMMP-80をぶっ放すが、相手は華麗なロールをかまして難なく避けていく。

 

 くそう。やはりゾッド相手じゃ分が悪すぎるか。

 

「舐めんなぁ!」

 

 キリシマ曹長が吠えて、腰のヒートホークを引き抜き、投擲しようと身構えた。

 

 ちょっと! 近接武器の使用は禁止といっただろうに!

 

 気を取られた瞬間、背後からのロックオンアラートに咄嗟に機体を横に流す。

 

「あ、テメェ! オルド中尉! 勝手に動かないでくださるッ

!?」

 

「近接武器の使用も投擲武器も禁止だと言ってるでしょ! 当てたらどうすんの! それと、今ので撃墜7回目!」

 

 僕の目の前のコンソールには、撃墜判定のシグナルが点灯している。

 

 今は実機による実働試験の真っ最中。

 

 内容は、MSと機動兵器運搬用航空機の連携試験。

 

 上層部は、地球攻略において航空機の重要性を痛感したらしい。つい最近も、VZ-33という航空輸送機を開発、異例の速さで現場投入を決定したぐらいだ。

 

 MSは陸上において圧倒的な展開速度を持つが、ジオンが占領した地域に対していかんせん数が足りない。

 

 ドムの仕様変更と増産は急ピッチ行われているが、前線全てに行き渡るにはまだ時間がかかるし、戦場が広くなれば補給線も伸びる。

 

 そして地上のMSにとって、連邦の航空爆撃機は天敵と呼べるものだった。

 

 この点から、飛行用MSの開発がなされたのだが、これがすこぶる評価が悪い。

 

 MS-09H グフ飛行試験型。

 

 原作世界ではドムのものであった型式09番を与えられた機体。こっちでは、ドムのほうが先に作られてる。

 

 このグフ、新型の熱核ジェットエンジンを積んだものなのだが、ドム並みにでかいくせに、飛行させるために軽量化を行った結果、装甲はザクより薄い。おまけに大量のプロペラントを積載するので、被弾に弱いときた。

 

 航続距離も伸びなかったので、キャリフォルニア・ベースにて数回の試験の後に開発研究凍結となった。

 

 それを知ったので、ならば、と原作知識を利用してドダイを作ってみたのである。

 

 この世界、地球での物資の空中輸送はガウとゾッドがあれば事足りると上は考えてたみたいで、実は貨物輸送用のドダイは開発されていなかった。

 

 設計を行ってキャリフォルニアに頼んだら、試作機が送られてきたので、ニューヤークでの試験とあいなったわけだ。

 

 実働試験なので、使ってる武装は空砲。レーザー通信で撃墜判定を決めるというものだ。

 

 ヒートホークなんて投擲して、万が一当てたらとんでもないことになるし、外れた武器が落下しても問題だ。

 

 今回はMSを乗せた状態で、どれだけ戦闘機動が取れるかを

試験するものだから、そこまで相手の撃墜に拘らなくていい。

 

 と言いたいところだが、今のところ30分間でアグレッサーであるゾッドの撃墜は0。一方こちらは7回とかなり水をあけられている。

 

 うーんこりゃ駄目かなぁ。

 

 MSを乗せたデータをコンピューターに覚えさせて、訓練なしでもMS、もしくはこちらのドダイ側から操縦できるようにしたい。最終的にはドダイのパイロットは無人にしたいのだ。

 

 現状、到達点は遥か彼方だ。

 

 たった1機の戦闘機相手に、こうもやりこめられるとは。

 

「MSを乗せる以上、アクロバティックな動きはなぁ。それ以前に速度がやはり足りないか」

 

「これ以上何が足りないと言うんだ中尉」

 

 通信機から、低くこもった女性の声が響く。

 

 これ、ノイン大尉だ。

 

 しかも、めっちゃ怒ってる時のやつ!

 

「中尉、大佐がお呼びだ。何を言われるかはわかってるな? 鬼ごっこはやめにしてさっさと来い! 二度は言わん!」

 

「い、イエス・マム!」

 

 あ、ノイン女史は「サー」呼びでないと殴ってくるんだった。

 



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第47話 Side『オルド・フィンゴⅡ』

 

 殴られはしなかったけど、ずっと無言のままでガルマ大佐の執務室に連れて行かれました。

 

「で? この請求書はどういうことなんだ中尉」

 

「請求書、でありますか?」

 

「とぼけるな! キャルフォルニアとオデッサからのだ!」

 

 ガルマ大佐は怒鳴って、クリップで留められた紙の束を投げつけてきた。なんというか、宇宙世紀にもなって紙媒体使ってるってアナログすぎませんかね我が軍は。

 

 拾ってざっと目を通すと、どれも心当たりのあるものだった。

 

 うん、しかし使い込んだな。ザク4機分近くの代金になっとる。

 

「軍は貴様の玩具箱ではないと釘を刺したはずだぞ」

 

 ガルマくん激怒である。

 

「しかも全て勝手に私の名を出して使っているな。これは完全な横領だぞ!」

 

 あーそうか。事後報告しようと思ってたからそちらのことすっかり、忘れてたわ。

 

「なにか言い訳はあるか、中尉」

 

「はっ。使った額面については間違いはありません。改竄も見られませんし、至極真っ当な請求書であるかと――」

 

「お前は僕をおちょくっているのか!?」

 

 大佐は額に青筋浮かべている。なんかこうして怒ってると、ドズル中将とそっくりだな。やはり血筋なのだろうか。

 

「何に使ったんだ。MS4機分だぞ?」

 

 ノイン大尉が冷たい目でこちらを見てくる。この人キレイだけど、理論で詰めてくるから怖いんだよなぁ。

 

「はい。ガルマ大佐より、MSに飛行能力を持たせたいとの命を受けましたので、その試作を行いました。それはキャリフォルニアの方です」

 

「先程ドムを乗せていたあれか」

 

 ノイン大尉は渋面を作りガルマ大佐を見る。

 

 大佐は額を抑えてうめいていた。

 

「確かに、言った。だが正式に計画として開発を行えと命令はしていないだろう」

 

「そうなのでありますか? 上層部からの『統合再整備計画』についての通達、会議での発言でありましたので自分はてっきり」

 

 まあ言葉尻を捉えて言質を取ったともいう。

 

 ガルマ大佐は盛大にため息をつく。

 

「わかった。それはいい。貴様にはCAD/CAMシステムの使用も許可しているからな。先にお前が設計したVZ-33とMTのこともある。が、それにしても額が大きすぎないか」

 

「そちらは、おそらく当基地に置いた新設備に取られたほうですね」

 

「新設備だと?」

 

「はい。ご覧になりますか? 整備班総出で作ったものでして、チーム全員よく出来たと自負しております」

 

 *

 

 というわけで、やってきましたギャロップのカーゴ内。

 

 カーゴにも種類があって、物資運搬用、つまり貨物車両と、運用する部隊員が生活する環境設備を設けたものがある。

 

 今回は第1機動小隊で使っている後者のカーゴだ。

 

「もともと、他部隊の整備班の面々から、整備に使うMSを扱うことのできる人員の不足が陳情されていまして」

 

「それはパイロットをローテーションすることで解決したのではなかったか?」

 

 ああ、うん。大本のマニュアルではそのはずだったんだけど。

 

「パイロットってやつはプライドがやたらと高くてですねぇ。『訓練でもない整備なんかにMSなんか動かしていられるか!』と言われる方が大半で、まともに作業をこなしてくれないんですよ」

 

 あと、専門知識の差もあって純粋に整備をこなしている兵と、パイロットでは作業効率が全く違うのだ。

 

「で、地上限定でMSを動かせる人間を整備班で用意しようとなったわけです」

 

 説明しながらパーティションで区切られた一角へと到着。

 

 そこには、僕が前世で見たことのある機械が置かれていた。

 





 ジム・スパルタン2次も予約できず(´;ω;`)


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第48話 Side『オルド・フィンゴⅡ』

 

「なんだ、これは?」

 

 これを初めて見た人間は、みんなそう言うね。

 

「はい。これは筐体です」

 

 壁に向かって、1番から6番のナンバリングされた6つの大きな箱型の機械が並んでいる。そして壁の上部には大型のモニタースクリーンが設置されていた。

 

 そう、前世のゲームセンターであったアレである。

 

 ゲーム筐体を大型にし、より本格的にした密閉型のボックスタイプを想像してもらえばよい。

 

「MSのコックピットを持ち出しまして、VR(バーチャル)で操縦の練習ができる筐体を作りました」

 

 みるみる大佐と大尉の顔が不穏なものになっていく。

 

 ノイン大尉が呆れたように首を振る。

 

「何を作業しているのかと訝しんでいたが、まさかこんなものを作っていたとはな」

 

  彼女が赴任する前から作業してたからね。知らなくても仕方ない。

 

「つまり中尉、君は大金をかけて軍学校にあるシュミレーターをわざわざ作り上げたというわけだな」

 

「はい。いいえ、大佐。これはそれ以上の物であります」

 

「私には違いがわからんがな! こんな玩具を作るためにどんだけの金を無駄に――」

 

「そいつは聞き捨てならねぇお言葉ですね、大佐」

 

 ガルマ大佐のセリフを遮って出てきたのは、シゲさんだった。眼鏡の奥の目が妙に座っている。

 

「貴様は?」

 

「第1機動小隊整備班長のシバ・シゲ曹長であります。大佐のいう玩具ですがね、これでもうちら整備班が総出で作り上げた一品なんですよ。なんせこれで、うちの整備班のあらかたがMSを動かせるようになりましたからね!」

 

 ガルマ大佐は確認するように、ついてきていた参謀に目を配る。

 

 参謀はタブレットを手に取ると、なにやら調べ始め、

 

「確かに第1機動小隊の整備回転率は、従来かかっていた時間の半分以下になっておりますが、整備員がMSを扱えているかは――」

 

「ノイン?」

 

「申し訳ありません。私が赴任した時点で、メンバーのほとんどがMSを扱っておりまして……そういうものなのだと」

 

 ドヤァ。

 

 信じられないものを見たような顔を大佐が向けてくる。

 

「大佐、ここはひとつ、大佐自身でこいつの出来を、有用性を確かめてみてはどうです?」

 

「私が、だと?」

 

 シゲ曹長の言葉にガルマ大佐は鼻白む。

 

 当然だ、基地内では大佐がMS適性試験に落ちていることは知れ渡っている。

 

 一部の人間はそれで『親の七光りがなきゃMSに乗ることもできない坊や』なんて陰口を叩いてるぐらいだ。

 

 だが、僕らが作ったこのシミュレーターの真価は、そうした人間でもとりあえずMSを動かす技量を身に着けさせるとこにある。

 

「そこの君! 大佐がシミュレーターに乗られる! 新品のパイロット用ヘルメットを持ってきてくれ!」

 

 遠巻きに覗いていた整備員の1人に素早く指示を出して外堀を埋めてやる。

 

「私は、MSには――」

 

「指揮官が前線兵器のことを熟知していれば、それだけで末端の士気が上がりますよ」

 

 そう言ってやると、渋い顔をして睨んできたが、諦めたのかため息を吐いた。

 

「私もザビ家の男だ。だが、こいつが使い物ならないと判断したら、相応の責任は取ってもらうぞ!」

 

 もちろん。

 

 だから大佐も覚悟してくださいね。

 



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第49話 Side『オルド・フィンゴⅡ』

 

 大佐を1番筐体に押し込めて、僕は通信用ヘッドギアを装着する。

 

「それでは起動していきます。大佐、まずは正面のタッチパネルで機体を選んでください」

 

「ザクだけでなく、ドムもあるのか」

 

 大佐はドムを選択。

 

「はい。選びましたね。では機体起動シークエンスに移ります。大佐、MSの立ち上げ手順は覚えてらっしゃいますか?」

 

「バカにするな!」

 

 怒声を返してガルマ大佐は自機の起動を行うが、やはり手間取っている。

 

「ずいぶんと本格的なのだな」

 

 横からノイン大尉がそう感想を述べてくる。

 

 壁掛けの巨大モニターには、使用している筐体内の様子と、シミュレーターによるCGが分割して表示されているので、外にいる者も状態を確認できるのだ。

 

「もともと先任であるラムザット大尉のドムが、コックピット周り総取っ替えになったのがきっかけでして」

 

 1番筐体は、ラムザット大尉のドムのコックピットを改造して作ったものだ。操作系がお釈迦になったため、パーツ取りに回され、中央ブロックは分解廃棄されるはずだったのだが、勿体ないから修理して何かしらできないか? と思った次第。

 

 なので軍学校にある簡易的なシミュレーターシートとは違い、こちらは実機と変わらない仕様だ。

 

「はい、立ち上がりました。練習用のミッションはこちらで選ばせてもらいましたので、作戦概要に目を通して頂いて、よければ発進となります」

 

「はぁ……くだらない茶番だな」

 

 批判しつつも、ガルマ大佐はしっかりとミッション内容に目を通している。この辺、真面目なんだよなぁ。

 

 やがてミッションスタートとなり、モニターには青い空と赤茶けた砂漠が映し出される。

 

 作戦内容は、単機で連邦の小陣地に挑み、トーチカ群を破壊するという内容だ。

 

 単機突貫なんて作戦は正気を失うものだが、あくまでもシミュレーターなので勘弁してほしい。ゲームだとよくあるシチュエーションだ。

 

 ガルマ大佐が恐る恐る、といった感じでドムを前に進める。

 

「これは……振動も再現しているのか?」

 

「はい。加速時のGはさすがにありませんが、砲撃、被弾、移動時に発生するであろう振動はコンピューターで計算し、再現しております。なので念の為に大佐にはヘルメットを装着して頂きました」

 

「なかなか凝った作りなのだな」

 

 そう言って大佐はCGで作られた世界に視線を巡らせる。

 

「なんだ? MSの視界が勝手に動いたぞ?」

 

「大佐の乗っている1番機には、試験的に『視線追従モジュール』が導入されております。操縦者の目線と連動して、モノアイと頭部が動きますので」

 

 なお、この機能はオフにもできる。操縦桿に付随しているスイッチを強く握り込んでいる間は機能がオンだ。つまり大佐は緊張してるってことですね。

 

「しかし動きがスムーズだな。シミュレーターだからか?」

 

「はい。いいえ大佐。MSは実働を重ねたためにOSと補助AIが更新されておりまして、地上用のものは今はこんな感じですよ」

 

「そうなのか。これなら……」

 

 喜色を浮かべるガルマ大佐。おそらく最初に受けた適性試験では、立たせることもできなかったんじゃないかな? 今はその点はオートでやるようになってるからね。ベテラン勢からは軟弱だ、なんてクレーム出てるけど。

 

 シミュレーターに導入してある動作AIは、実はノイン大尉の機体からコピーさせてもらったものだ。

 

 最初は我が軍のエースであるゼクス少佐のものにしようかと思ったのだが、あの人基本的にはキリシマ女史(イノシシ)と変わんないんだよね。

 

 天賦の才に溢れてるから上手くいってるだけで、動きがピーキーすぎるんだ。

 

 一方、ノイン大尉は教導隊に所属していたというだけあって、動作がMSの規定値にぴたりと当てはまる。

 

 ゼクス少佐曰く、「MSの操縦なら、彼女は私よりも上手だ」とのこと。

 

 原作OVAでも、旧型(トーラス)新型(サーペント)の群れを無力化してたもんね。実力はトップクラスなんだ。

 

 実際、実機の演習では僕とキリシマ曹長のタッグでもノイン大尉に土をつけることは叶わなかった。

 

 大佐の前方に目標である連邦陣地が見えてくる。

 

「中尉、この赤いマークはなんだ!?」

 

「ああそれは――」

 

 説明を続ける。

 

 赤いターゲットマークは、脅威度の高い目標で、黄色は今はそこまでではないが潜在的に脅威度の高い目標。青は低いものとなる。ちなみに紫色が作戦目標だ。

 

 シミュレーターではAIが勝手に表示しているが、実戦では情報解析を担当した人員が手動でマーキングを行うことになる。

 

 前世でのAWACS、つまり早期警戒管制機(airborne warning and control system)と同じシステムだ。

 

 実はこれ、キリシマ曹長の案なんだよね。

 

 近接攻撃大好き猪突猛進お嬢さんは、目についたものを反射的に片っ端から攻撃してしまうため、攻撃効率がすこぶる悪い。被弾も増えるとなかなかに戦果が上がらない。

 

 で、彼女自身、どれを真っ先に叩けばいいかわかりやすいのがいいと意見が出たので、こういう形になった。

 

 戦場では後方に位置する僕がマーカーをつけて、キリシマ曹長がそれを叩くという寸法だ。

 

 うちの部隊だけの試験運用なんだけど、シミュレーター1番機にはこれを導入している。

 

 現在このシステムを導入した管制用機を制作中だ。これもバレたら怒られるやつかなー。

 

「これは! リアルだな!」

 

 モニターにはCGで描かれた連邦陣地と、護衛の61式戦車が現れている。

 

 リアル、と大佐は表現したが、前世でこの手のゲームに触れた自分としてはそれほど精緻(リアル)に長けたものではない。

 

 それでも驚きを持って迎えられたのは、この世界にはこうした3Dシューターのようなエンターテインメントメディアが発展していないからです。

 

 科学技術は本来なら旧世紀よりもはるかに進んでいるはずなのだが、コンピューターゲームというものは全くと言っていいほど普及しなかった。

 

 というよりも、人口において下層民が圧倒的すぎて、こうした大金を投入して開発するエンタメが廃れてしまったというべきだ。

 

 前世ではゲーム業界というのは最新技術(エッジテック)の宝庫であったのだが、この世界では選ばれた上流階級にのみ許された特権であり、一般人は灰と泥と油に塗れてあくせく働くので精一杯。娯楽風俗的には旧世紀の近世並みまで退化している。

 

 なので、こんなレベルのCGでも製作するのにめっちゃくちゃ金を食いやがったんだよな。大半はAIにやらせたんだけど。

 

「さて大佐、ここから本番です。うまくMSを操って作戦目標であるトーチカを破壊してくださいね」

 

 さあ、堪能してもらおうじゃないの。戦場の絆(バトルオペレーション)ってやつをね!

 



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第50話 Side『オルド・フィンゴⅡ』

 

「大佐、撃たれたからって意味もなく銃を乱射しない。ドムの装甲は厚いから、61式の主砲くらってもぶち抜かれはしませんよ」

 

 戦闘が始まり、大佐は見事に苦戦していた。

 

 先鋒として出てきた61式戦車に囲まれ、我を失っている。

 

「ロックオンカーソールが二重になってから撃てばAIが予測射撃をフォローしてくれます。突出しない! 左右から挟撃されるでしょ!」

 

「ええい! 横からごちゃごちゃと!」

 

「戦車の戦法と代わりません。ドムなら戦車の背後を取れます」

 

「言われんでも!」

 

 ようやくコツを掴み始めたのか、大佐は旋回機動で戦車群の後背を取ると、120mmをぶっ放す。

 

 実際の部隊には、統合再整備計画で開発されたMMP-80がすでに配備されている。

 

 統合再整備計画とは、地球攻略において、初期には想定していなかった現場環境に、現兵器を対応させるための計画だ。

 

 MMP-80は、これまでの120mmが抱えていた問題――弾速が遅い、航空機以外への貫徹能力に欠ける、空気抵抗で弾道が一致しないといった点を改善したMS用機関銃だ。

 

 各部がユニット化されており、自由に改造が可能な設計裕度を持っている。なので、北米ではさっそく改造して小型軽量化したMMP-80Sを開発、採用した。

 

 まだシミュレーターに反映してないんだよね。

 

「やったぞ!」

 

 ガルマ大佐は61式戦車を全て撃破して喝采を叫ぶ。

 

 いいね。夢中になってくれているようだ。

 

「そのままトーチカもやってしまいましょう。固定目標ですから、バズーカが有効です」

 

 指示通り武器を持ち替えて大佐はトーチカを破壊していく。

 

 モニターに映るコックピットの中では、喜々とした表情を浮かべる大佐の姿があった。

 

 ふふ。そりゃあ楽しいだろう。今までMSを操縦することが叶わなかったんだからね。人型の兵器を思うように動かすということは、万能感のようなものを操縦者に与えてくれるものだ。

 

 全ての目標を破壊したところで、瓦礫の奥から一体のMSが現れる。

 

「この反応は……ザニーか?」

 

 ミッションの隠しボス、連邦のザニーだ。

 

「追加ミッションです。大佐、連邦のMSを撃破してください」

 

「しかし弾がないぞ」

 

 無駄撃ちしまくったからでしょうが。

 

「ヒートサーベルがあるでしょう」

 

「白兵戦か」

 

 ガルマ大佐はにやり、と笑うとドムの背中からヒートサーベルを引き抜く。

 

「一度やってみたかったのだ!」

 

 そういって真正面から突っ込む大佐。

 

 アンタもキリシマ(イノシシ)か!? なんでジオン軍人は格闘戦好きばっかなんだよ。

 

 ザニーが120mmキャノン砲を撃ち出すが、ガルマ大佐のドムは旋回機動で躱す。事前に読んでいたようだ。

 

 その後は、トーチカの残骸や窪地を利用して斜線を外し、相手の背後を取るように動いていく。敵機を中心に円を描くように動いていき、徐々に彼我の距離を詰めていく。クレバーな作戦だ。

 

 意外に考えてるなぁ。若さゆえの順応性ってやつかな。

 

「もらった!」

 

 間合い内で背後をとった大佐のドムが、フェンシングのようにヒートサーベルを突きだす。

 

 プラズマ化された刀身はザニーのバックパックからコックピットブロックまでを容易に貫いた。

 

 機能停止したザニーは数度各部から小爆発を繰り返して、地面に倒れ伏す。アニメと違って爆散するのってそこまで起きないんだよね。

 

「お見事です、大佐。完璧にものにしてましたね」

 

「当然だ。私とて日頃の練磨は怠っていない」

 

 いや、MSの練習なんてそうそうできんでしょう。なにかな? 自分の体ひとつでフェンシングの突きとかイメトレしてたのかな?

 

 なんて考えていたら、「テレレテレテッテレー」と趣味で入れたス○Ⅱの効果音とともに、モニターに「HERE COMES A NEW CHALLENGER!」と表示が浮かびあがった。

 

「これはなんだ中尉?」

 

 乱入者です。

 



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第51話 Side『オルド・フィンゴⅡ』


 更新忘れてました。



 

「ひとつ、御手柔らかに頼もうか」

 

 きざったらしい声。

 

「ゼクス? 貴様か!」

 

「何やらうちの隊で面白いことをしてると聞いてな。見れば司令官殿がMSを操っているじゃないか。これは私もご教授願いたいと思ってね」

 

 何がご教授だ。単純に戦いたくなっただけでしょ、あなたもキリシマ(イノシシ)なんだから。

 

「あー少佐、すいませんがこれはデモンストレーションでして――」

 

「私は一向に構わん!」

 

 えー。

 

 大佐がOKしちゃったよ。大佐にはこのままいい気分になってもらって、このシミュレーターを正式に認めて貰いたかったんだけどなぁ。 

 

「あー左様ですか。では、改めて機体と武装を選んでください。あ、あとハンデとして私が大佐の僚機として入りますがよろしいですね?」

 

「ハンデなど!」

 

「構わんよ。最近は出撃がなくて腕が錆びつきそうで不満だったのだ」

 

 この人、まじでバトルジャンキーなのか?

 

 とりあえず空いている2番筐体に入り、ガルマ大佐と僚機設定を組む。

 

 そこで再び画面に乱入者を報せる文字が現れた。

 

「オーホホホホホッ! こーんな楽しそうなイベントにわたくしを誘わないなんて、ここの殿方達は見る目がなさすぎですわね」

 

 本物(キリシマ)きちゃった。

 

「曹長もきたか。丁度いい、2対2のチーム戦といこう。良いなガルマ?」

 

「無論だ。私はどんな挑戦でも受ける!」

 

 勝手に決めんなし。

 

 まあ、できなくないけどね。オペ権限でそれぞれの機体の僚機設定を組む。

 

「フィールドはニューヤーク市街地跡。勝利条件は、どちらかのチームの全滅に設定しました。よろしいですか?」

 

「任せよう」

 

「問題ないな」

 

「オーホホホホホ! 私の華麗な戦いぶりを見せて差し上げますわ」

 

 全員テンション高っかいなあ。

 

 オペレーター・ターミナルをシゲさんに任せて、僕は自分が選んだ機体を立ち上げる。

 

 選んだのはザクⅡだ。使い慣れてるからね。

 

 大佐は先程と同じくドム。バズーカではなく120mmマシンガンとシュツルムファウストを選択している。

 

「大佐、まずはキリシマ曹長から落としましょう。ゼクス少佐から引き離して、二人で連携して仕留めます」

 

「ふむ。そう簡単にいけるか?」

 

「曹長はイノシシ……失礼、直情傾向が強い御婦人ですから、逃げ回ってれば勝手にこちらに突貫してきてくれます。牽制を僕がしますから、うまく仕留めてください。タイミングはターゲットマークで送りますから」

 

 赤になったら撃ってくれればいい。

 

 問題はゼクス少佐の動き方なんだが、あの人も基本的に個人プレー主義の人だ。キリシマ曹長という、個人技オンリーの人員と組めば、必然的にとれる作戦は限られてくる。

 

「向こうのチームは個の能力でカタをつけようとしてくるはずです。誘導は任せてください」

 

「そうしよう。実戦の経験は君のほうが豊富だ」

 

 基本的に素直なんだよなーこの人。このまま成長したら、一角の人物に成れるかもしれない。まあ、シャアに謀殺されちゃうんだけど。

 

 やがてミッションが開始された。

 

 空襲で焼け野原となったニューヤーク市街地が眼前に広がる。

 





 今更ながら厄災の黙示録やってて、更新を忘れるというね。


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第52話 Side『オルド・フィンゴⅡ』

 

 建物の影を取りながら慎重に前進していく。

 

 僕らの戦術は基本的には待ち伏せだ。

 

 常に僚機の位置を一定に保ち、突出してくるであろう相手を2対1で仕留める。

 

 そうして数的有利を取らないと、ゼクス少佐には勝てないだろう。

 

「今日こそは吠え面かかせて、誰が上か教えて差し上げますわよ!」

 

 イノシシ……キリシマ嬢が思惑に乗って突っ込んできてくれる。彼女が選んだ機体はドムだ。レーダーにはけっこうなスピードを出して近づいてくる光点が映っている。

 

「オーホッホホホホ! さあどちらが私の相手に……って、オルド! なんだそいつは!?」

 

 僕の乗る機体を見上げて、キリシマ嬢が驚愕する。

 

「ん? ザクだよ」

 

「そうじゃなくて、なんでドダイに乗ってんだっつってんだよっ!」

 

 なんで、って武装選択で選んだからだよ。

 

 このドダイSFS、この前シミュレーターにデータ突っ込んだばかりなんだよね。せっかくだからそのテストもしちゃおうと思ってね。

 

「狙えねぇだろうが! 卑怯だぞ!」

 

「卑怯なんて、勝つための準備を怠った人間の負け惜しみにすぎないね」

 

 ちゃんとそちらの武装選択欄にも表示されてたでしょうに。

 

 あと、近接武器だけ持ってきた君の戦略ミスだ。

 

「降りてきやがれ!」

 

 ドムがヒートホークを投げてくる。

 

 当然当たるつもりもない。というか、武装がヒートホーク2本に、ヒートサーベルだけとか、人型の汎用性というものを真っ向から否定してるね。

 

 お返しとばかりにこちらもマゼラトップ砲で砲撃してやる。

 

 統合整備再計画の一環で、ヒルドルブⅡの製造が決まったため、マゼラアタックは半数が解体、マゼラトップはザクやドムの砲撃武装として再利用することになった。

 

 ちなみに残りは陣地防衛のための移動型砲台として運用されることになっている。それでもだいぶパーツ余るんだよな。なんかに使えないかなぁ。

 

「てめえ! 調子に乗るのもいいかげんにしやがれですわ!」

 

 こちらの砲弾の雨を高速で躱しながら、彼女はがなり立てる。

 

 見事に吠え面ですね。

 

「もらったぞ曹長!」

 

 大通りの交差点。キリシマ嬢のドムが差し掛かったところで、潜んでいたガルマ大佐のドムが銃撃。

 

「ちっ! お甘いですわよ!」

 

 さすがは覚醒持ち(ニュータイプ)だ。

 

 機体をぐるりと回るように滑らして弾丸を避ける。いくつか被弾したようだが、射角が悪かったのか致命傷を与えるには及ばない。まさか狙ってやったのかな?

 

「お返し差し上げ――」

 

「そりゃ無理だ」

 

 大佐のドム目掛けて突進しようとするキリシマ嬢の脚に、僕が放った155mm砲弾が直撃する。

 

 ドムの脚部は分厚い装甲に守られているため、ザクのように行動不能にはならなかった。が、バランスを崩すのは簡単だ。

 

 片足のホバーが機能しなくなったため、キリシマ嬢のドムは操縦をあやまり、近くのビルへ突っ込んでしまう。

 

「今です大佐!」

 

 作戦通りガルマ大佐が動く。

 

 マシンガンを乱射しながらヒートサーベルを引き抜き、建造物に体半分を埋め込んで身動きの取れないドムに接近。赤熱した刃をコックピットブロックに突き立てた。

 

 キリシマ嬢の機体は力をなくして沈黙。見事撃墜だ。

 

「さて、次はゼクス少佐なんだが」

 

 見つからないなぁと上空から視界をめぐらした瞬間、レーダーに光点が生まれた。

 

 ビルの上に飛び乗ったゼクス少佐のドム。

 

 まずい、と思った瞬間にはすでに遅く、放たれたバズーカの砲弾が僕のザクを背後から吹き飛ばした。

 





 ククルス・ドアンの島版ガンキャノン一般店頭販売。

 サザンクロス隊ザクの模型化企画。

 うれしい。



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第53話 Side『オルド・フィンゴⅡ』

 

 やられた!

 

 ゼクス少佐はレーダーを欺瞞するため、ホバー駆動も推進装置を使った機動も行わずにゆっくり近づいてきたのだろう。でなければ直前までソナーにすら反応がなかったのが説明できない。

 

 こちらがキリシマ嬢を待ち伏せすると読んで、隙を伺ってたんだな。

 

 僕のザクは背面のバックパックをぶち抜かれて爆散し落下だ。あーあ。

 

「これで1対1だぞ、ガルマ」

 

「ふん。望むところさ! 士官学校で貴様から受けた屈辱! ここで晴らさせてもらおう!」

 

 とりあえず暇なので、観戦モードに切り替えて二人の戦闘を見守る。

 

 仕掛けたのはガルマ大佐だ。

 

 マシンガンを乱射しながら接近。近接戦に持ち込みたいのだろう。

 

 一方、ゼクス少佐は一定の距離を保ちながらバズーカで砲撃を繰り返す。

 

 少佐の方は余裕が見えるな。なんだかんだで手加減はしているようだ。

 

 大佐が的を大きく外し、ビルに弾丸を命中させる。MMP-79はMS用小銃とされているが、120mmという口径を考えれば、これまでの重砲と変わらない。

 

 少佐の進行方向に瓦礫が降り注ぎその動きを阻害する。敢えて建造物を狙ったようだ。

 

 ドムの足が鈍ったところを大佐は狙う。

 

 さすがに避けきれないと思ったのだが、ゼクス少佐は機体を旋回させながら、瓦礫と弾丸を避けきり窮地を切り抜けた。

 

 数発が着弾していたが、肩のアーマーを吹き飛ばしただけで、残りは装甲に弾かれている。

 

 先にキリシマ嬢が見せた動きの真似だ。

 

 見様見真似で即座にモノにするとか、これだから天才は理解できん。

 

「やるじゃないかガルマ!」

 

「いったはずだ! 僕はザビ家の男だと! 貴様こそ、つまらない手加減なぞしては恥をかくことになるぞ!」

 

 しっかしガルマ大佐の動きが良すぎないか? ゼクス少佐が本気ではないとしても、とても搭乗時間が100時間も達していない新人の動きではない。

 

 シミュレーターには最新のモーションデータを再現させ、かつ歩行や走行時の加速Gがないとはいえども、順応性がとんでもない。

 

 もしかしたら、やはり覚醒持ち(ニュータイプ)の素質があるのではなかろうか。

 

「加減したことを謝罪しよう! 君との決闘、存分に楽しませてもらう!」

 

 ゼクス少佐は撃ち尽くしたバズーカを放り投げると、背中からヒートサーベルを引き抜いた。

 

「ようやくか! 僕の力を見せつけてやるぞ!」

 

 それを受けてガルマ大佐もマシンガンを放り捨て、ヒートサーベルの柄を両手で握る。

 

 水差すようだから言わないけど、実戦では武器投げ捨てるの止めてください。ひしゃげて使えなくなっちゃうから。整備兵一同のお願い。

 

 互いに斬りかかり、赤熱した刃と刃がぶつかり、プラズマ粒子の火花を散らす。

 

 ヒートサーベルは、高電力によって表面が灼熱化し、プラズマ粒子による刃が形成される。同時に電磁力による磁界が発生するので、ヒートサーベル同士がぶつかると互いの斥力で反発し合う。

 

 こうなると出力の弱いほうが徐々に押され、最終的には溶断されることになる。

 

 なので、連邦がこれから繰り出してくるであろうビームサーベルと鍔迫り合いした場合、ものの数秒でヒートサーベルは使い物にならなくなってしまうわけだ。

 

 今は先に武装を使用したガルマ大佐がやや不利だろう。

 

 大佐自身もそれを悟ったのか、何合か打ち合った後機体を大きく後方に下げた。

 

 距離が開いたところで睨み合い、急に走り出す。

 

 ゼクス少佐もそれに続いた。

 

 2体が一定の距離を保ち、建造物を間に挟みながら並走していく。

 

 やがて徐々に距離を詰め、ガルマ大佐が必殺の突きを繰り出した。

 

「甘いな」

 

 ゼクス少佐はその一撃を躱すと、振りかぶったサーベルで大佐のドムを袈裟に斬る。

 

 これで決着、のはずだった。

 

 だが大佐は斬られる寸前、腰部武装ラックに懸架していたヒートホークを左手に持ち、斬撃を繰り出してきた少佐に叩きつけた。

 

 互いのMSから爆発がおき、斬りあったまま両機は擱座する。

 

 判定は共にパイロット死亡。

 

「引き分け……か」

 

「そうなるな」

 

 ドロー。

 

 死力を尽くした二人の決闘は、これで幕引き。

 

 そして、僕とガルマ大佐の画面には『You Win!』の文字が。

 

「勝利だと!? なぜだ!」

 

 カメラが切り替わって、ビルとビルの間に不格好に不時着した僕のドダイSFSが映る。

 

「君のザクは撃破したはずだが?」

 

 ゼクス少佐の問い。

 

「あ、僕はドダイに乗ってまして。ザクは飾りです」

 

「なるほど……してやられたな」

 

 少佐の声には呆れた調子が含まれている。

 

 ドダイ側からでも搭乗しているMSを操縦できるようにしたんだけど、計算が結構難しくて、反応が悪いし操作しづらい。

 

 とどめにセンサーが安定しないので、敵機発見が後手に回りやすい。

 

 シミュレーターでこれだから、実機では無理かもしれん。

 

 筐体を降りると、不満そうな顔のガルマ大佐が僕を睨んでいた。

 

 なんで? 結構楽しんでたように思えたのに。

 

「最後のはいただけないな。勝負に水を差された気分だ」

 

「どういうことでしょう? 最初に説明した通り、先に相手チームを全滅させた方の勝利。僕が生き残っていたので、判定は勝利。何も問題はないように思えますが」

 

「そういうことではなく――」

 

「それより見てください、この観衆」

 

 いつの間にかシミュレーターの周りにはたくさんの人が集まっていた。

 

 我が隊の整備班だけでなく、他部隊のMSパイロットまで集まっている。

 

 みんな娯楽に飢えてるからな。よい見世物としてやってきたのだろう。 

 

 やがて人の輪から拍手が起こり始める。

 

 大佐と少佐の決闘を称える声。

 

 たしかになかなか見ものな戦闘だったもんね。

 

 パイロットたちは早速、先程の戦闘の分析をはじめ、自分ならこうするなどと持論を展開しているものまでいる。

 

 中には自分たちもシミュレーターを使えるのか? と聞いてくる者も。

 

 ガルマ大佐は戸惑いを浮かべつつも、自身の戦闘を褒められてまんざらでもなさそうだ。

 

「あ、ああ。いずれ正式に通達する。そうだな、小隊ごとに対戦できるように数は揃えたい。できるな中尉?」

 

「予算はかかりますが」

 

「そちらはどうにかする。任せたぞ」

 

「はっ! 了解しました!」

 

 いよっしゃ!!

 

 



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第54話 『オルド・フィンゴという男』

 

 はい、大尉殿。自分をお呼びとのことで。

 

 はっ! 確かに自分はオルド・フィンゴ中尉とは士官学校で同期でありました。本人は私の顔など覚えてないようでしたが。まあ、自分は影が薄いとよく言われるんで。

 

 はい、はい。

 

 あー……彼の人となり、でありますか?

 

 そう、ですね。その……率直に申しまして、サイコパスだな、と。

 

 これは当時の同期生全員の共通認識でして。

 

「人としての情緒的何かを生まれる前にどこかに落としてきたのだろう」なんてよく言われてましたね。

 

 ああはい、学生の頃からですよ、あの調子は。

 

 中尉は見た目がその、少々特異でいらっしゃいますから、当時はよく担当教官のからかいの種になってました。

 

 一人、とてもひどい教官がいまして。

 

 格闘技訓練などで、学生に絞め技をかけて、気絶させるのを楽しむようなやつだったんです。

 

 しかもわざと頸動脈をずらして、技をかけられている学生が苦悶の表情を浮かべるのを見て笑ってるんです。

 

 皆嫌ってました。中にはその日の訓練担当がその教官だと、ひどい下痢を起こして参加できなくなり、辞めていった者もいます。

 

 はい。そんな中、フィンゴ中尉だけは淡々と訓練をこなしてました。教官に技をかけられても、抵抗しないで無表情なんですよ。

 

 面白くなかったんでしょうね、しょっちゅう標的にされてました。

 

 でも不思議と彼、怪我だけはしなかったんですよ。

 

 フィンゴ家はムンゾ開拓時より参政していた、いわば「お貴族」様ですから。教官もあまり目立つイビリはできないと思って手加減していたのかもしれません。彼自身は、没落したから大したことはない、なんて言ってましたが。

 

 彼が本性をむき出しにしたのは、士官学校卒業式の日です。

 

 彼に「おもしろいものを見せてやる」と言われて屋内訓練場に呼ばれまして、20人ぐらいいたかな?

 

 彼、割と交友関係が広いんですよね。知らない顔もいました。

 

 で、そこには件の教官とフィンゴ中尉がいまして。

 

 フィンゴ中尉曰く「教官にはお世話になったので、これまでの成長を見届けてほしい」と。

 

 つまり決闘を申し込んだってわけです。

 

 教官はにやにや笑ってましたね。体格的に、絶対負けるはずないと思ってたのでしょう。

 

 我々は見届人でした。全員、一度ならず教官の可愛がり(・・・・)の標的にされた人間です。

 

 結果ですか?

 

 フィンゴ中尉の圧勝でしたね。

 

 試合開始の合図と同時に、フィンゴ中尉は隠し持っていたテイザーガンを構えて撃ったんです。早業でした。

 

 その一撃で気絶した教官に、「試合に勝ちましたので、その思い出として教官の髪をいただきますね。返答がない場合、承諾したものとみなします」と言い放ちましてね。

 

 答えられるはずはないんですよね。でも、これ教官がよくやってたことでして。過去には絞め落とされたあげく、勝手に坊主にされた者もいました。それの仕返しということですね。

 

 まあそれで、教官の頭頂部だけに脱毛クリームを塗って禿げ……失礼。まあ、そこだけをツルピカにして、残った髪を白く脱色させましてね。

 

 あーテイザーガンと脱毛クリームと、脱色剤は自分で作ったと言ってました。それを試したかったと。

 

 で、ツルツルにした部分を、強力なボディペイント剤で真っ赤に塗りたくりまして。

 

 なんでも、地球の東洋にある島の古い国旗なんだそうです。旧世紀時代の。

 

 そうなんです。結構そういった知識がやたら豊富で、よく話してくれたりしたんです。まるで以前そこに住んでいたかのように話すんですよね。

 

 班メンバー全員に、その島国の郷土料理を振る舞ってくれたことも何度かありました。

 

 一口サイズに切った鶏肉を串に差して、わざわざ炭火を使って焼いた食べ物とか、こらも鶏肉なんですが、衣をつけて揚げたやつとか。

 

 それなりに美味かったですね。ただ、なんていったかな? 酢であえた米に、生魚の切り身が乗ってるのを出されたときは、やっぱりコイツは狂ってる! って誰も手を出しませんでしたねぇ。

 

 コロニーで養殖されてる魚類って、何食べて育ってるか知ってますか? 知ってたら、とても生でなんて……。

 

 技術開発部時代ですか?

 

 あー私の先輩が彼と同じ部署でしたね。

 

 向こうでも色々エキセントリックな行動には出てたみたいです。

 

 配属されたばかりだというのに、当時開発中だったMSの仕様にあれこれと口を出してたみたいです。さすがに採用はされなかったみたいですが。

 

 ただ……あのー、これオフレコにしといてもらえます? 上層部にバレたら、自分と先輩の首が飛んでしまうネタがありまして――

 

 



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第55話 『オルド・フィンゴという男』

 

 ああはい、秘匿義務ってやつですね。

 

 先輩と会って飲んでたときに、ぽろっと教えてくれたんですが。

 

 あ、聞きます? 大尉も意外とゴシップ好き……すいません。睨まないでください。なんかゾクゾクするなぁ。

 

 は、はい。その、当時はMS開発チームが2つあって、同じ部署内でコンペティションをしてたようなんです。

 

 まあ、その結果ザクⅠが正式採用となるんですがね。

 

 その、ザクⅠと主力兵器の座を争ってたMSに対して、中尉はあまりよく思ってなかったらしいんです。

 

 再三にわたって設計上の欠点を指摘していたとか。

 

 その機体はフィンゴ中尉のご両親が開発チームとして関わっていたらしくてですね。不仲説も出てましたね。

 

 で、件の機体なんですけども、どうも試験中に暴走して爆破消失してしまったらしいんです。ただその暴走に管制機が巻き込まれて、フィンゴ中尉のご両親も亡くなってしまったとか。

 

 ですが、中尉は家族の訃報に「だから言ったのに」と告げただけなんだそうです。

 

 情が薄いというより、どこまでも達観したその様子に寒気がした、と先輩は言ってました。

 

 それもあって、中尉は開発局から移動になった。なんて物騒な話でして。

 

 そうですね。彼が何かを仕掛けたという証拠もあるわけではないですし。

 

 交友関係ですか?

 

 あー……開発局時代に彼女いたそうで――のわっ!? キリシマ曹長? いや、今は大尉と話してる途中……あ、はい。そうですね。仰せのままに。

 

 おかしいな。階級は僕の方が上なんですがね。

 

 は、はい! なんでも、なんでもないです。

 

 あーゾクゾクするぅ。

 

 先輩の話だと、ホシオカから出向してきた人といい仲になったとか。

 

 え? 誰かって? あー名前なんだったかな、ケイさんとか言ってたかなぁ。

 

 ぐぇっ! ゲホっ! なんで私の首を締めるんですか! 癖になったらどうするんです。

 

 ……知りませんよ。ただ、ホシオカ重工って言ったら、ジオ・マッドの下請け工場です。ザクを開発したとこだっていえば、整備士ならみんな知ってます。

 

 さあ? どこまでの関係かは知りませんって。本人にお聞きになられたらよろしいかと。

  

 あの人、あれであんまり表裏ない人間ですから、後ろめたいことないなら答えてくれるんじゃないですかね。

 

 整備班の大半とは仲いいですよ。なんでパイロットやってるのかわからないぐらい技術と知識もありますし、なによりうちら現場の声を上に届けてくれる窓口として便利……失言でした、忘れてください。

 

 これ、いったい何を調べているのでしょうか? わざわざ勤務中に呼び出してまで。

 

 ええ、結構いまはどの小隊の整備班もてんてこ舞いですよ。

 

 大尉殿も知っておられると思いますが、大佐が例のシミュレーターを認可、増産決定したじゃないですか。それで設営チーム作って各小隊で使えるようにすることになりまして。

 

 それと、中尉がキリシマ嬢のために組み上げた例のシステム「EWAC(イーワック)」でしたか。あれをMSに組み込む作業も並行してます。

 

 え? もっかい? 何を? イーワックですか?

 

 あー、中尉がキリシマ嬢のために作ったシステム、ですかね。

 

 はいはい。羨ましいことですねぇ。爆発すりゃいいんですよ、もう。

 

 とにかくそれ以外にも通常のMSや各部署の整備点検まで請け負ってるんですから、猫の手も借りたいって、やつです。

 

 あ、この言い回し中尉のものです。これも東洋の言葉なんだとか。とっても忙しいってことです。

 

 彼、やたらその島国のことだけは詳しいんですよね。もしかしたら、前世ではその国に住んでたことがあるのかもしれませんね。

 

 





 水星の魔女を観ました。

 毎週MS戦があるなら、観てもいいかなぁ。


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第56話 Side『ザビ家の兄妹弟』

 

 本国とグラナダ、そしてソロモン海域のア・バオア・クーとの秘匿レーザー通信網が完成した。

 

 そして今日、モニター越しにザビ家の兄、妹、弟の三人が顔を合わせることになる。

 

「兄貴! キシリア! 久しぶりだな! ようやくこうして話ができる」

 

 ドズルが笑った顔を画面に映す。体躯も大きく、以前サスロ暗殺事件に巻き込まれた際に負った傷跡が残っているため、他者からすると獣が吠えているようにも見える。

 

 もともとは気弱で、家族以外からは「ザビ家の愚図」などと陰口を叩かれる性格であったが、暗殺事件の後に性格が180度反転した。ギレンやキシリアは、まだ爆破のときの破片が頭に残っているのだ、と半ば本気で思っているほどだ。

 

「ドズル、ルナ2連中の押し込め、ご苦労だったな」

 

「おう。あいつら反撃を受けて、蜘蛛の子を散らすように逃げていったわ!」

 

 連邦軍はヘリオン作戦と称して、地球軌道上に駐留する公国軍の艦隊に、大規模な艦隊戦を挑んだ。

 

 結果は連邦軍の大敗であり、残存した艦艇はルナ2に立て籠もり、大人しくしていた。

 

「しかしあの『新型(ゲルググ)』はいいな! あれが量産されれば俺らの勝ちは確定だろう!」

 

 YMS-11 ゲルググは、次期主力MSとしてジオ・マッドが開発したものだ。生産を優先したため、開発の遅れていた携行型ビーム兵器の実用をオミットし、先行試作型として採用。ドズル麾下のエースパイロット達に運用させたが、高い結果を出した。

 

 気楽に笑うドズルに向けて、キシリアが首を横に振る。

 

「いや、そう簡単な話でもありますまい。依然として連邦との兵員数の差は圧倒的。MSの開発を急いでいますが――」

 

「それはわかっている。戦争は数だ。兄貴、地球のMS数は安定してきているのだろう? ならば少しこちらにも余剰を回してくれ。そうすれば、勢いでルナ2を落とすこともできる」

 

「キシリアの言うとおり簡単な話ではないな。地上は想定よりも兵たちの損耗が激しい。MTの投入で歩兵を戦車兵へと転換させることが可能となったが、MSパイロットはそうそう安く手に入らん」

 

「兄上、それなのですが――」

 

「話は聞いている。北米から上げられた例の筐体だな?」

 

「はい。地上用に特化されたシミュレーターですが、独自にOSに改良が加えられておりまして、操作性がだいぶ緩和されております」

 

 北米、ガルマ大佐が治めるニューヤークにて開発された筐体は、実機のコックピットを模したもので、訓練プログラムも、起動から歩行、機動戦、砲撃戦、格闘戦と凝っている。さらに砂漠地や湿地、地球特有の環境である嵐や雹といった環境データまで網羅されていた。

 

「キシリアが送ってきたサンプルをラルに試してもらったんだがな、なかなか好評価だったぞ。だが、宇宙であれは使えんだろう。宇宙用の挙動は一切入力されてなかったからな」

 

「ドズル兄上もお乗りになったので?」

 

「あ、いや……わかるだろ? 俺の体躯じゃコックピットは狭すぎてな」

 

「……」

 

 ギレンとキシリアが生温い目をドズルに向ける。

 

 ドズルは咳払いした。

 

「あれはガルマが作って寄こしたのだろう? あいつはこのところよく出来ているじゃないか! ついに頭角を現したのだな」

 

「まさか、あれは部下に挙げられた物をただ承認しているだけにすぎませんよ。特に一基地の指揮官風情が、大金をそうポンと使い込まれては困る、とマ・クベからも苦言が来てますから」

 

 マ・クベ中将はキシリアの命を受けて、ガルマに対して可能な限りの便宜を図っている。だが、各部署間のバランス取りは

重要だ、と眉をひそめていた。

 

「だが有用だろう。ニューヤーク市中も穏やかに掌握していると聞く。なんでも地球じゃ『北米モデル』なんて統治の見本になってるそうじゃないか」

 

「それがガルマ本人による才なら私も手放しで喜ぶのですがね」

 

「なんだキシリア、女だてらに弟の才覚に嫉妬しているのか」

 

 ドズルは軽くからかってやろう、という程度だったのかもしらない。だがキシリアは過敏に反応した。

 

「それはどういう意図での発言か? ドズルの兄上」

 

「なんだと?」

 

 剣呑な雰囲気を感じ取って、ドズルも身構える。

 

 キシリアは冷気を、そしてドズルは揺らめく炎を背に纏ったようであった。

 



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第57話 Side『ザビ家の兄弟妹』

 

「よせ、二人とも」

 

 たちこめた空気を、怜悧な声が断ち切る。

 

「あ、兄貴。すまん」

 

「申し訳ありません、兄上」

 

 性格上、水と油のように合わない二人だが、長兄であるギレンの言うことには素直に従う。

 

 ドズルにとっては、幼少の頃から気弱であった自分を常に庇い、励ましてくれた頼れる兄であり、キシリアにとっては、未だに旧態依然とした男尊女卑の蔓延るサイド3において、女である身の才覚を認め、政治の世界に導いてくれた兄だ。

 

「ドズルよ、キシリアとてガルマには期待している。それはお前も知っていることだろう。だからこそ、苦言を呈しているだけだ。末弟は若い分、甘えが抜けきれていないからな」

 

「それは……そうだな、すまぬキシリア」

 

「いえ、私も強く出過ぎたようです。申し訳ない」

 

 長兄のとりなしで、すぐに沈静化する二人。そもそも憎み合うほどに兄妹仲が悪いというわけではないのだ。

 

「キシリアよ、これまでの献策は、確かにガルマの頭で考えたものではないだろう。だが、進言を聞き入れ、有用だと判断してそれを採用したのはガルマ自身の器量だ。そこは認めてやれ」

 

「はい」

 

「キシリア、お前はガルマが送ってきた筐体が、MSパイロットの醸成を早めると考えているのだな?」

 

「はい、そのとおりです。地上では欧州を攻略しなくてよい分、新兵の錬度を上げるための時間と余剰戦力を捻出することができました。そこにこのMS訓練用筐体が採用されれば、これまでMSを取り扱うことのできなかった兵でも、乗りこなすまで育つかもしれませぬ。そうしてさらに浮いた戦力の一部をオデッサとアフリカに回し、残りは数の激減している宇宙攻撃軍に割り当てたらどうかと考えております」

 

「それは助かる! 数だけでなく、兵の質も落ちているからな。地上を制圧しても、ソロモンを抜かれたのでは話にならん」

 

「ふむ。つまり、地上限定で兵にMS転科を許可し、元々宇宙軍に配属されていたパイロットを宇宙に戻すというのだな?」

 

 新型の筐体は、宇宙でMSを運用するためのプログラムを持っていない。だが、地上での仮想訓練プログラムとしては秀逸といえた。

 

「他にも、慣れない環境で体調を崩す兵も多く、貴重なMSパイロットは交代要員も少ないため、一時的にでも宇宙に帰らせることがなかなかできないのです」

 

「戦争は数。数は力――先にドズルが言った通りだな。よかろう。地上への訓練用筐体の配備と、配属の見直しを行う。ドズルは連邦をルナ2にとどめておけ。ストレスを与えるのは構わんが、つつきすぎるな」

 

「落とさないのか?」

 

「勝てばよいというものではない。いまルナ2を取れば、地球での連邦の攻勢が強まるかもしれん。まだ他サイドとの連携も密ではない。いましばらく時間が必要だ。ゲルググの製造ラインも急ピッチで進めているが、まだ数は揃えられん」

 

 ドズルはやや不満げな顔を浮かべたが、うなずいて承諾した。

 

「兄上、もう一つ懸案がございます」

 

「なんだキシリア?」

 

「連邦が、MSに携行可能なビーム兵器の開発に成功したとの情報がもたらされました」




 
 水星の魔女、お話的に大規模戦闘はないのかな?

 メカモノのオールドスクールは、メガトン級ムサシで補填するしかないかのう。


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第58話 Side『オルド・フィンゴⅡ』

 

 オーガスタ基地。

 

 原作が好きな人なら、何度か耳にしたことのある名前だろう。

 

 ジオンに支配された北米にありながら、独自の生産拠点を持ち、最新鋭のMSやパイロットを輩出し、併設されたニュータイプ研究所にて強化人間を研究、開発していた場所だ。

 

『Z』では、ティターンズに高性能なMSを供与していたりもする。

 

 OVA『ポケットの中の戦争』に出演したRX-78NT-1アレックス、ジムのバージョンアップ機であるジムコマンドなんかも開発していた。

 

 さて、このオーガスタ。なんでジオン勢力圏でありながらMS開発できたのか? なんて疑問だったんだけど、どうもこの世界では、第一次降下作戦で敗北し、撤退した連中が寄り集まっていて、けっこうな勢力になっている。

 

 周辺には対航空戦力用のメガ粒子砲砲台が、いくつも設置されており、簡単には近づけない。

 

 物資の補給はジャブローが近いために海路で運んでいるようで、士気も高いようだ。

 

 海を抑えたいんだけど、ジオン海軍は発足したばかりだし、地中海と大西洋の封鎖でどう足掻いても数が足りない。

 

 下手を打って反撃され、勢いで近隣の重要拠点を奪還されてはたまらない。特に近くには宇宙への打ち上げ施設のあるケープ・カナベラルがある。

 

 ジオンとしては目の上のたんこぶだけど、簡単に手を出すにはいかない場所になっていた。

 

 そんなオーガスタで、連邦がMSの開発をしているという情報がスパイを通じて我がジオンにもたらされたのだから大変だ。

 

「少数での強襲揚陸ですか」

 

 オーガスタ攻略作戦。

 

 連邦のMSという情報に脅威を感じたガルマ大佐は、オ―ガスタを攻略することを決めた。

 

 のはいいんだけど、問題はさっきも言った通り、攻めるには厄介なほどの連邦戦力だ。

 

 固定砲台と旧式戦車ばかりといえど、数が揃えば厄介極まりない。

 

「奇襲、は不可能ですかね?」

 

 作戦概要説明のために集まった部屋で、僕の問いにルクレツィア・ノイン大尉は首を横に振った。

 

「すでに何度も無人機による周辺地域の調査を行っている。すでに向こうも事があると認識してるだろうな」

 

「故に強襲ですか。しかも海から」

 

 MSは水中でも動くことができる。宇宙で使うことを想定していたのだから当然だ。ただ、水中戦用として作ったものじゃないから、使用後はオーバーホールしなきゃならなくて、整備負担が大きくて嫌なんだよなぁ。

 

 それに水中を行けるのはMSだけだ。

 

 使用する武装などは別途シーリングを施すなど工夫して運ばなければならない。

 

「今回は空軍を主力とした正面戦力と合同し、基地機能を奪う。目標は基地の破壊、そして開発されていると言われる連邦の新型MSの奪取、それが不可能なら破壊だ」

 

 ゼクス少佐がそう告げると同時に、モニターに無人機で撮影したと思われる基地周辺の画像がいくつも表示された。

 

 あちゃー……赤い機体があるわ。キャリートラックに寝かせられてるの、ガンキャノンだよ。横には2体ほど、ガンタンクも並んでる。

 

 そして、ガンキャノンが手にしたままの武装。

 

 これ、ビームライフルじゃんね?

 



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第59話 Side『オルド・フィンゴⅡ』

 

「少佐、赤い機体ですが……」

 

 基地の演習場のよう場所を撮影して写真を指差す。

 

「並んでいるのは、どれも砲撃タイプのようだ。火力はあるだろうが動きは遅いだろう。ドムの機動ならばそうそう相手にはなるまい」

 

「はい。いいえ、自分はこのMSが手にしている武装が気になります」

 

「赤い人型か。携行型火器なのは間違いなさそうだが?」

 

 うん。でもORIGIN版で見た、前期型ビームライフルまんまなんだよ。

 

「形状が特異です。連邦は早々にメガ粒子砲を増産して戦場に投入してきましたから、おそらくこの武装も――」

 

 それを聞いて、ノイン大尉が凛々しい柳眉を歪ませるのが見えた。

 

「MS用の携行型ビーム兵器だと? 我軍でもMSへのビーム兵器搭載は最近になってからだ。後塵の連中にそれが可能だとは思えないが」

 

 ジオンって技術力に変な自信持ってるんだよな。自分たちができないのなら、連邦もできないと本気で思ってる。

 

 実際はメガ粒子砲技術などは連邦の方がより進んでるんだけど。

 

「先に解体解析したザニーは、ヒートホークすら使えないのに、エネルギーサプライシステムが内蔵されてました」

 

 ザニーのジェネレーター出力じゃビーム兵器は搭載できない。だが、ザクよりも大電力を供給できるケーブルがあり、開発時から携行型ビーム兵器の搭載を念頭に置いていたと思える。

 

 我が軍にもハイゴッグにメガ粒子砲が搭載されているけれど、あれは大出力の大型ジェネレーターと、水冷システムを導入したからこそ使える代物だ。ECAPのように小型で取り回しの良い兵装というわけではない。連射もそこまで効かないしね。

 

「なんだ、ガキンチョは敵さんの新兵器に怯えちゃってますかぁ?」

 

 嫌味を言ってくるのは、バーツ・ロバーツ中尉だ。第2機動小隊の隊長なんだが、この人もGジェネのオリキャラだったりする。

 

「オセロットさん、今日は飲んでないの?」

 

「いや、だからオセロットって誰だよ。飲むのは楽しむときって決めてんの、オレは」

 

 この人、声がMGSに出てきたキャラと同じなんだよ。

 

 元宇宙軍の航宙戦闘機パイロットだったおっさんで、この前もドダイの機動データコピーに付き合ってもらった。顔見ると悪口ばかり言ってくるけど、なんだかんだ手を貸してくれるナイスガイである。

 

「敵の新型に慎重になるのは当然でしょ。変な煽りかたしてんじゃないの。ごめんなさいね、フィンゴ中尉」

 

 そういって謝ってくれたのは、ディライア・クロウ少尉だ。赤みを帯びた髪をした美人さんである。

 

 この人もGジェネのオリキャラなんだよね。この世界は不可思議なものである。

 

 今回の作戦は、第2小隊との共同であたるので、彼女たちも一緒にブリーフィングを受けているというわけだ。

 

 少佐が考えるように顎に指をやる。

 

「確かに連邦はメガ粒子砲を多用しているが……フィンゴ中尉はどう見る?」

 

「携行型のビーム兵器。仮称としてビームライフルだとしまして、これが実用化されていると考えると、かなり危険だと思われます」

 

 ビームライフルの危険度は、ガンタンクやガンキャノンが装備する大口径砲なんかよりよっぽど上だ。

 

 現在のMSには耐光学武器兵装(アンチ・ビーム・コーティング)は施されていない。

 

 直撃しなくても、メガ粒子による膨大な熱が機体を掠めるだけで、プロペラントを各ブロックに分散配置してるザクは誘爆して大惨事だし、重MSであるドムの装甲すらとろけるチーズの様に貫通する。

 

 大気中ではメガ粒子の収束が安定せず、射程や威力にばらつきがあるとしても、その弾速の速さと射程は強力な武器だ。

 

 空気抵抗で弾速の遅い大口径砲と違って、瞬きした瞬間には命中している。

 

 MSでの機動戦ではまさに一撃必殺。しかもメガ粒子砲より速い連射が可能なのだ。

 

 バーツ中尉が口を挟む。

 

「ビームライフルっていってもさぁ。厄介だが、現状とれる対抗策もないだろう? なら、やることは変わらんじゃないの」

 

 そう言ってバーツ中尉は、隣に座っていた我が隊のキリシマ嬢の肩に腕を回して笑う。

 

「見たところ新型は砲撃型。なら動きはそこまで機敏じゃないだろう。近づいてずばーん! ってね、どうよフローレンちゃ、ウボァッ!?」

 

 顎に強烈なアッパーを受けて椅子ごとひっくり返った中尉を、全員が冷ややかに見つめる。

 

 この人、女性と見れば必ずお触りしてからかうんだよな。

 

「オホン。とにかく作戦に変更はなしだ。新兵器に対しては各自注意するように。人型にはバーツ中尉が言うように近接戦を、タンク型に対しては戦車戦の基本通り旋回機動を取れ」

 

 近接戦ねぇ。

 

 配備されてるのが、ガンキャノン程度ならいいんだけどね。

 

 例の白い悪魔(・・・・)さえいなければ。

 



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第60話 Side『オルド・フィンゴⅡ』

 

 オーガスタ強襲作戦は決行された。

 

 フラットネイル空軍基地からも飛行部隊の援護を貰い、夜間に一気に囲むように強襲する。

 

 襲撃するのはオーガスタだけでなく、ニューヤークに近いニューバーン基地もだ。

 

 僕ら第1機動小隊と第2機動小隊は、わざわざ大西洋をわたってきてくれたキシリア中将麾下の海軍特殊部隊と合流して、ニューヤークから海路にて前線を潜り抜けていく。

 

 実はひと月近く前から先行して啓開を行っていてくれたらしい。

 

 作戦に従事しているハイゴッグは、原作とは少し違って、小型の潜水艦としての運用を想定して開発した。

 

 原型機であるMSM-03ゴッグ自体は、ザクⅠと同時期に開発が終わっていて、サイド3の海洋コロニー「メーア」でテストの後、ハワイ諸島で実地での環境テストまで行っている。その運用データを用いて、ほぼ新設計で開発されたのがMSM-03Cハイゴッグだ。

 

 機体は搭乗員の生活環境空間設備の為に20m級に大型化してしまったけれど、チタン系セラミック複合材装甲で重量を抑え、水中では吸入した水を高熱で蒸発させて噴射する水流ジェットエンジン、地上ではホバークラフトで高速移動が可能。

 

 武装は水冷式で出力を上げた新型ジェネレーターのおかげで、メガ粒子砲が使える。

 

 なんか、こいつだけ量産してたらいいんじゃないかな? ってぐらいハイスペだ。

 

 欠点は、冷却システムが水冷式のために地上での連続稼働時間がドムの半分程度しかない。

 

 なので、今回は対潜を別部隊のハイゴッグ2機に頼んで、僕たちはガウから海面へと直接投下され、海底を歩いてオーガスタ近隣の浜辺から揚陸。

 

 シーリングできない武器類は専用コンテナに積んで搬送である。

 

「ライトニングリーダーから各機へ。機体の異常はないか?」

 

 今回もゼクス少佐が前線に出る。

 

 北米きってのエースパイロットだからね。今回の作戦、失敗したら僕らの隊はまちがいなく全滅する。だから出し惜しみなしというわけだ。

 

 少佐は「ホワイトライトニング」の異名の通り、白と、一部を青く塗られたドムだ。

 

 このドム、先日拝領したばかりのD型モデル。統合再整備計画で設計の見直しを施したタイプで、見た目はプロトタイプ・ドムに先祖返りしたように見える。

 

 D型は各関節の防塵機能を強化し、脚部スカートアーマー内にスラスターを追加して、これまで欠点とされていた加速力の補強を行っている。脚部に増設されたサンドフィルター付き吸気口は、原作にあるドム・トローペンのものと同じだ。

 

「ライトニング1問題なし」

 

 ノイン大尉のドムも、ゼクス少佐と同じD型。

 

「ライトニング2異常なし。先に仕入れてたシーリング材が良い仕事してますね」

 

 僕はザクⅡJb型。

 

 バックパックの防塵と空冷機能を強化し、脚部の設計を見直してより機動力を上げてある。新規増産した機体ではなくて、修繕時にパーツを交換したものだ。

 

 数の足りないドムの穴埋めのための改修機である。

 

 僕の機体はさらに専用機として通信機能の強化改造を施した。

 

「ライトニング3、問題ありませんわよ」

 

 キリシマ曹長の機体はザクがベースだが脚がドムだ。武装は相変わらずのヒートホーク二本。今回はバックパックをドムの物に交換しており、ドムと同じヒートサーベルも持参している。

 

「ドナ1問題ねぇーぜー」

 

 なんか微妙に呂律が回ってない調子なのは、オセロットこと、バーツ・ロバーツ中尉だ。

 

 機体はザク2Jb。MMP-80Sの2丁持ち。ガンマンスタイルってとこだ。

 

 この人、腕は立つんだけどMS登場時に飲酒してんだよな。必ず戦果上げてるから目を瞑ってもらってるが、普通に軍規違反だからね。

 

「ドナ2、異常なし」

 

 ディライア・クロウ少尉もザクⅡJb。ラケーテン・バズに、MMP-80S、ヒートホークと、この人はもっともオーソドックスな武装を選択している。

 

「こちら枯れ草(タンブルウィード)。UGS感度良好。問題ありません」

 

 聞くだけでたおやかさがにじみ出てくる声。

 

 第2機動小隊のエターナ・フレイル少尉さんだ!

 



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第61話 Side『オルド・フィンゴⅡ』

 

 彼女もGジェネで見知ったキャラクターなんだけど、初めて会ったときは思わずガッツポーズをしてしまった。

 

 なぜこんなに僕のテンションが高いかというと、この方の声はなんと井上喜○子さんなのだよ!

 

「優しいお母さん」「清楚なお姉さん」の声といえば、僕ら世代(前世)はまずこの人の声が浮かんでくるのである。

 

 しかもこのエターナ・フレイルさん、適応障害の診断受けて宇宙に帰った隊員の補充として、最近できたばかりのフラナガン機関から派遣されてきた人で、17歳(・・・)だったりする。

 

 リアル17歳!

 

 意味がわからない人は、『17歳教』で検索をかけてみよう。

 

 さて、未成年を従軍させるってどうよ? とも思ったけど、ニュータイプ研究所であるフラナガンのお墨付きということで特例措置なのだそうだ。

 

 たなびく銀の髪に、ほっそりとした体躯をした、まるで松○零士作品から抜け出てきたみたいな、神秘的な雰囲気をまとった美人である。

 

 初めて会ったとき、びっくりして凝視してたら、いつの間にか隣りにいたキリシマ嬢にボディブローを食らった。

 

 意味がわからん。

 

 その後、エターナさんに優しい声をかけてもらったから良しとする。

 

「フィンゴ中尉、どうされました?」

 

 おっといけない。

 

「あーこちらライトニング2、EWAC(イーワック)システム正常作動確認。問題なし」

 

 彼女が乗る機体はMSじゃない。

 

 マゼラ・フラッグという、早期警戒管制機だ。

 

 EWACとは、「Early Warning And Control」の略で、ミノフスキー粒子下での管制機能を実現したもの。

 

 主にミノフスキーの影響を受けにくいUGS(アンダーグラウンドソナー)を用いて索敵が可能だ。

 

 ぶっちゃけ、原作にある連邦のホバートラックのパクリ。

 

 新型シミュレーターに搭載していた機能を実用レベルにアップデートしたもので、本作戦本小隊で実戦配備となる。

 

 元々、猪突猛進が過ぎるキリシマ曹長のために組み上げたシステムだったのだが、ノイン大尉が感心して、小隊内で使えるようにしたのと、ちょうどマゼラアタックの分解廃棄で車両部品が大量に余ったため、専用の管制機を作ることになった。

 

 MSの機動に追いつくためにホバー走行にし、後部の荷台には予備の兵装や兵員を輸送することが可能。

 

 地面に突き立てて使うUGS(アンダーグラウンドソナー)を4基装備し、ミノフスキー粒子散布機能を持つ。

 

 武装と装甲は貧弱だけど、索敵通信機能に特化している。

 

 エターナ少尉をMSでなく、マゼラに搭乗させたのは、単純にMSが足りないのと、彼女の耳の良さとニュータイプ能力に期待してだ。

 

 全機万全であることを確認し、オーガスタ基地へと向かう。

 

 あそこ、連邦の最先端技術開発部なんだよな。たしか、ペイルライダー計画にも一枚噛んでたはず。

 

 HADES積んだアレックスとか、いませんように。

 





 ベギルベウが売ってたので購入。でもその前に赤い三巨星を完成させねば。

 水星の魔女、3話を見逃したら、何か界隈がすっごい盛り上がってて、置いていかれた感じ。


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第62話 Side『オルド・フィンゴⅡ』


 また上げ忘れてた。


 

 基地に設置されたメガ粒子砲台は、視認できるだけでも16基。

 

 そのうちの1つを、狙撃用ライフルで吹き飛ばす。

 

 複倉型弾倉を持つ、弾種切り替え式の実弾ライフルで、適宜有効な弾種を選択して射撃することができる。

 

 今まで使っていた対艦用ライフルや、マゼラトップ砲よりも小口径な分、破壊力には劣るけど、弾速と射程は優秀だ。

 

「タンブルウィード! ビーム撹乱膜を張れ!」

 

 ノイン大尉の指示が飛び、マゼラフラッグ(タンブルウィード)が空中に向かって、ビーム撹乱膜が搭載されたカプセル弾を放つ。

 

 空で弾けた砲弾から薄い霧状の粒子が飛び散り、あたりに拡散する。

 

 ビーム撹乱膜にはメガ粒子の収束を低減する効果があり、高濃度であれば、ビームを急速に蒸散させて無効化することも可能だ。

 

 しかしそれは大気のない宇宙空間での話で、本来は彼我の距離が離れている艦隊戦において、自陣前方に防波堤のように展開することを想定している。

 

 大気中では風の影響を受けて即座に霧散してしまうし、そもそもビーム無効化率もそこまで高くない。1発2発防いだらそれでおしまいというものだ。

 

 それでも、数十秒はビームを偏向させたり、拡散弱体化させることで命中率を大きく下げることができる。

 

「続けて、ダミーバルーン投下します!」

 

 マゼラフラッグに積んだランチャーから放たれたそれは、地面に張り付くと巨大な人の形をした風船を膨らませる。

 

 このザクの姿を模したバルーンは、一定の熱量を発していて、相手のセンサーを惑わすだけでなく、中にABC(アンチビームコート)粒子が充填されている。

 

 破壊すればその辺りに高濃度のビーム撹乱膜が展開されるという寸法だ。

 

「やーれやれ。玩具に頼らなきゃならないなんて、とんだ作戦じゃないの」

 

 そうぼやきつつもバーツ中尉は、3基目のメガ粒子砲を破壊する。

 

 まあ敵地のど真ん中で孤立してるからね。この作戦が失敗したら、僕らは退路もないので全滅だ。

 

 僕も4つ破壊。

 

 砲台からビームが飛んでくるが、いくつかはダミーバルーンを破壊しただけで、残りはあらぬ方向にビームが飛んでいったり、地面に当たって消えたり、短距離で拡散、消失してしまう。

 

 地面にあたったものも、本来なら結晶化したクレーターを作ることになるはずが、ただアスファルトを吹き飛ばしただけだ。

 

 けっこう効力あるね。ビーム撹乱膜。

 

 にしても、連邦の動きが悪い。

 

 無人機偵察やミノフスキー粒子濃度上昇で襲撃は予測していたはずだ。

 

 制空権も取られているのだから、もっと対空迎撃兵器を用意しておいてもおかしくないし、なにより哨戒している部隊がいない。

 

「センサーに感あり。これは……MSです!」

 

 戦場を駆け巡りながらビーム撹乱膜とミノフスキーを撒いていたエターナ少尉が告げた。

 

「音紋はザクでもドムでもない。新型? 複数あり」

 

 同時に画面にマーキングが施され、レーダーにおよその位置が表示される。

 

 その頃にはメガ粒子砲は全て破壊していた。

 

 さて、ここからが本番だ。

 



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第63話 Side『オルド・フィンゴⅡ』

 

 ミノフスキー粒子下だと、光学系機器もまともに動作してくれない。

 

 モニターに表示される敵機は、グレーのシルエットの人型で、AIが映像を解析するのに時間がかかる。

 

 でも前世でガノタ(ガンダムオタク)だった僕なら予想はつくけどね。

 

 ずんぐりした背の低い機体はガンタンク、肩のほうに砲身に見えるものを積んでいる2脚型はガンキャノンだろう。

 

 問題は、4体いるスマートなシルエットの機体だ。

 

 Unknownと表示されるそれは、左手に前世で見覚えのあるラージシールド。右手に小銃のようなものを携行しているが、シルエットだけでは、ガンダムなのか、ジムなのかわからない。

 

 そして手にしている銃も、ビームライフルか、それとも実弾式か。

 

 そのどちらかで脅威度はまた変わってくる。

 

 タンブルウィードから、変更された優先攻撃目標のデータが送られてくる。

 

 優先順位は、ガンキャノン(仮)、ガンタンク(仮)、白兵戦タイプ(ジムかな?)の順だ。

 

 タンブルウィードからのデータリンクで、ガンタンクとガンキャノンのCG映像が完成した。こちらは偵察していた分、解析が進んでいたために早かった。

 

 その情報を他のメンバーにも中継しつつ距離を取る。

 

 敵MSと遭遇した際の布陣も事前に決めてあった。

 

 通信狙撃型の僕と、管制であるエターナ少尉、部隊リーダーであるノイン大尉は後方に下がって、戦局を見つつ前衛をフォロー。

 

 前衛はバーツ中尉、ディライア少尉、キリシマ曹長だ。

 

 遊撃としてゼクス少佐。少佐は能力が高いから、下手に縛りを設けず、自由に動いてもらう。主にメンバーのフォローだ。彼自身もそのほうが意識を戦闘にだけ向けれて楽だそうだ。

 

 ガンタンクに向かってライフルを撃つ。頭部をぶち壊したが、操縦士はそこに搭乗していなかったらしい。相手の足は止まらず、お返しとばかりに砲撃とボッブミサイルが飛んでくるのを、機体を横転させながら辛うじて避ける。

 

 キリシマ曹長のザクが相手の横に回り込もうとするが、それを白兵戦タイプが阻む。が、それは悪手だ。

 

 ガンタンクの砲撃が白兵戦タイプの背中に直撃し、爆発した。

 

 味方を撃ったショックか、ガンタンクの動きが完全に止まる。

 

「はい、残念!」 

 

 背後に回り込んだキリシマ嬢が、ヒートホークを叩きつけた。

 

 給弾部位を斬り裂かれたガンタンクは、高熱で誘爆した砲弾の爆発で吹き飛び、ガラクタとなった。

 

 キリシマ嬢は爆破の余波に巻き込まれる前に離脱している。

 

 ようやく白兵戦タイプの姿がCGで再現される。

 

 やはりジムだ。

 

 陸戦型ジムと、ジム改をかけ合わせたような見た目をしていた。

 

 武装は100mmマシンガン。前世の知識にもある、陸戦型ガンダムが使っていたものだ。

 

「連邦の量産型がどれほどか、見せてもらう!」

 

 ゼクス少佐が突出する。

 

 3機から浴びせられる100mmの雨を、少佐はドムの分厚い装甲で強引に耐えると、ヒートサーベルで1機を両断する。

 

「戦場で、敵に背中を見せつけちゃうのはいかんなぁ」

 

 少佐に気を取られたジムに、バーツ中尉が90mmを浴びせる。

 

「そこ! もらうよ!」

 

 ディライア少尉もラケーテンバズを撃つ。

 

 バーツ中尉に脇を撃たれたジムは小爆発とともに動きを止めて転倒。

 

 ディライア少尉の相手は、バズーカの爆発をシールドを犠牲にすることで凌いだが、衝撃で動きが鈍ったところを、ゼクス少佐に斬り捨てられた。

 

 残りはガンキャノン2体と、ガンタンクだけだ。

 

 そう思ったとき、

 

「いけない! ドナ2避けて!」

 

 エターナ少尉の警告が飛ぶ。

 

 しかしそれは遅く、飛来した赤い光条が、ザクの脚を吹き飛ばした。

 



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第64話 Side『オルド・フィンゴⅡ』

 

 ディライア少尉のザクは、左足をビームで吹き飛ばされた。

 

 狙われたというより、撹乱膜によって偏向したものに当たってしまったのだろう。

 

 バランスを崩したザクは前のめりに倒れる。

 

 これが改装前のJ型だったら、各パーツのブロック化が完全にはできておらず、ビームの熱でプロペラントが誘爆していたかもしれない。

 

「ああくそ! 最悪!」

 

 悪態をつくディライア少尉。

 

 足のもげた地上用MSなんて、ただの的だ。

 

「ドナ1! ドナ2のフォローを――」

 

 ノイン大尉の指示はさすがに聞けないな。

 

 あれ、足手まといでしょ。

 

「寝ててね」

 

 素早く照準をディライア少尉のザクに合わせ、引き金を引いた。

 

 頭部が吹き飛び、何とか四肢を動かそうともがいていたザクは、完全に動きを止めた。

 

「ライトニング2!? どういうつもり――」

 

「前方10時方向! 新手! 数は4!」

 

 エターナ少尉の張り詰めた声。

 

 モニターにピックアップで映し出された映像には、ジム3機と、似てはいるがところどころがグレーのモザイクがかかった機体。

 

 頭部にV字が見える。

 

 間違いない、ガンダムだ!

 

 新手は散開しつつこちらに迫ってくる。先の部隊よりも動きが滑らかだ。

 

 ガンキャノンやガンタンクと連携されると厄介だな。

 

「指揮官機、携行型ビーム砲を持ってる模様。各機は注意願います!」

 

 タンブルウィードからの解析画像が送られてくる。

 

「げ」

 

 思わずつぶやいてしまった。

 

 指揮官機――白じゃなくて、黒い悪魔(ヘビーガンダム)だった。

 

 ジ・オリジン版のヘビーガンダムだ。

 

 右肩部にビームキャノン、専用のシールドとビームライフルを持っている。

 

 特徴的なフレームランチャーは持っていないようだ。

 

「各機は取り巻きを! 指揮官機は私がやる」

 

 ゼクス少佐が相変わらず突撃する。

 

 キリシマ嬢のような考えなしの突貫ではなく、敢えて自分に攻撃を集中させるつもりのようだ。

 

 ジムの放つマシンガンを、うまくダミーに誘導して、濃いビーム撹乱膜を展開させる。

 

 少佐が増援を分断している隙に、先方部隊を潰すのが大事だ。

 

「坊主! なぜ撃った?」

 

 バーツ中尉の質問が飛んでくる。

 

 まあ聞いてくるのは当然だけど、くどくど説明する余裕はない。

 

「無駄死にさせないため」

 

「オーケー。納得だ」

 

 納得するんだ。

 

 ディライア少尉のザクを撃ったのは、誤射で撃破されたよう偽装するためだ。

 

 足をやられたMSでも、固定砲台の代わりはできる。そんな脅威を敵が見逃すはずがない。なにせビーム一発放てば確実に落とせる。

 

 死んだふりをしておいてもらったほうが、仲間としても楽だ。

 

 事実意図を悟ってくれたようで、ディライア少尉のザクは主動力を落として、熱反応を下げている。

 

「さて、俺の女を撃ってくれた礼をしなきゃな!」

 

 そう言ってバーツ中尉はガンキャノンに向けてマシンガンを乱射する。

 

 俺の女って……ディライア少尉は別に彼氏いたはずだけどね。通信も切ってるからって言いたい放題だなこの人。

 

「オイオイ! 直撃してんのに無傷かよ! 頑丈ってレベルじゃねぇぞ」

 

 ガンキャノンはルナチタニウム合金製で、ガンダムより装甲厚いからな。動きを止めるなら大口径の砲弾で衝撃を与えるか、関節を狙うしかない。

 

「ドナ1! 引きつけろ!」

 

 ノイン大尉の指示に従い、バーツ中尉は弾幕を張りつつ距離を詰める。

 

 横からノイン大尉のドムが急接近し、ヒートサーベルを薙いだ。

 

 ガンキャノンは体を捻って、真っ二つにされるのを避けはしたが、代わりに左腕を斬り落とされる。

 

 反撃としてビームライフルを撃つが、そんな攻撃に大尉が当たるはずもない。そのままガンタンクに向けて走っていき、バズーカを履帯に向けて撃ち込み動きを止める。

 

「いただきました!」

 

 動けなくなったガンタンクを、キリシマ嬢がヒートホークで始末する。

 

 その間僕は無傷のガンキャノンをライフルで牽制だ。

 

 ルナチタニウム合金を弾芯に使った貫徹弾を胴体にぶち込んでやると、相手の反応は思ったよりも悪かった。避けるかと思ったのに、腹に直撃を受けて沈黙する。

 

 コックピット撃ち抜いちゃった。

 

 バーツ少尉は2丁のマシンガンを交互に使って、片腕だけのガンキャノンを釘付けにしている。

 

 いくら装甲が固くても、運動エネルギーの全てを殺しきれるわけじゃない。被弾の衝撃は想像よりもパイロットを消耗させ、判断を鈍らせる。

 

 撃たれたまま、むりやりビームライフルを撃とうとしたところに、バーツ中尉は弾が尽きたマシンガンをメインカメラに向けて投げつけた。

 

 バランスを崩したガンキャノンに体当たりをかましてひっくり返すと、足で踏みつけ動けなくしてから予備のマシンガンのフルオート射撃を胴体に叩き込む。

 

 超至近距離で90mmの雨を受けた機体は、痙攣するような動作ののち、完全に沈黙した。

 

 さて、これでノルマをひとつクリアだ。

 

 問題は黒いヤツ(ガンダム)である。

 





 水星の魔女、3話を遅ればせながら視聴。グエルの乗ってる機体、かっこよー。


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第65話 Side『オルド・フィンゴⅡ』

 

 さすがにゼクス少佐でも、連邦の新型4機同時は簡単にはいかないらしい。

 

 指揮官機を常に視界に入れながら、バズーカとマシンガンを駆使して距離をとり、主に取り巻きのジムを攻撃しているが、まだ1体も撃破していない。

 

 ガンダムがビームライフルを撃とうにも、ゼクス少佐は射線にジムを挟むことで巧みに相手の攻撃を牽制していた。

 

 しかしそれでも限界はある。

 

 ヘビーガンダムのビームライフルが、少佐のドムの左肩に当たった。直前にビームが拡散したため、装甲を吹き飛ばすだけに終わったが、撹乱膜の効果がなければ危なかった。

 

 さて、こちらも敵機を射程に捉えた。

 

 横っ腹を見せたジムを、ライフルでぶち抜く。

 

 ターゲットマークはこれでひとつ消えた。数的には有利を取ったことになる。

 

「雑魚は抑えます! リーダーは指揮官機を!」

 

 EWACのターゲットマーカーを更新。タンブルウィードに送る。僕の機体からも管制指示は出せる。

 

「恩に着よう」

 

 ゼクス少佐は使い切ったバズーカを捨て、ヒートサーベルで接近戦をヘビーガンダムに挑む。

 

 横に薙いだ一撃は、相手のシールドを切断こそしたものの本体には届かない。

 

 ガンダムがライフルを向ける。

 

 させないよ。

 

 僕が撃った一撃は、射角が悪くて弾かれた。ルナチタニウムを使った弾丸は、貫徹力はあるんだけど、当て方が悪いと装甲の表面を滑っていってしまう。

 

 それでも受けた衝撃でビームライフルを取り落とした。

 

 好機とみた少佐がサーベルを振るう。しかし、ガンダムもビームサーベルを抜き放ち受けた。

 

 プラズマ化したヒートサーベルの磁場はメガ粒子と干渉し、斥力を生む。

 

 これにより、相手が実体剣でなくても鍔迫り合いが可能になるが、出力が低い方は磁場を侵食されてしまう。

 

 そのため、少佐のヒートサーベルは数秒斬り結んだだけで、半ばから斬り裂かれてしまった。

 

 機能の全てを失ったわけではないが、リーチはかなり短くなる。

 

 ガンダムがさらに追い打ちをかけようとしたとき、飛来した砲弾が背中で炸裂した。

 

 ディライア少尉のザクが息を吹き返し、伏せた姿勢のままでバズーカを撃ったのだ。

 

 少佐とEWACで連携して、射線に誘導していた。ディライア少尉は意図をちゃんと汲み取ってくれていたらしい。

 

 不意打ちをうけたガンダム。

 

 堅牢な機体といえど、さすがにバックパックまで硬いわけじゃない。MS共有の泣き所だ。

 

 吹き飛んだガンダムに向かってゼクス少佐が飛び込み、半分になってしまったヒートサーベルを突きだす。

 

 シュミレーターでガルマ大佐が見せたフェンシングの突きだ。

 

 ちゃっかりモーションを盗んでたんだね。

 

 サーベルは胴体――コックピットブロック付近に突き刺さり、ガンダムは力を失って停止した。

 

 その頃にはジムの始末が終わっており、戦場に動く敵機は存在しなかった。

 

「こちらタンブルウィード。各センサーに反応なし」

 

 敵部隊の全滅確認を告げる頃、上空にゾッドの編隊が見えた。

 

 どうやらニューバーン基地を見事落し、抜けてきたのだろう。

 

 後続の部隊が合流すれば、基地の占拠は歩兵部隊の仕事だ。

 

「手応えが薄い。主力はすでに抜けていたようだな」

 

 ゼクス少佐の言葉に、皆がうなずく。

 

 基地防衛のための61式や航空戦力もなく、ただMS1個中隊が配置されていただけで、聞いていたよりも明らかに戦力が少ない。

 

「基地と新型のMSを捨て駒にできるほど、連邦には余裕があるということですね」

 

 ノイン大尉の言葉が重くのしかかる。

 



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第66話 Side『オルド・フィンゴⅡ』

 

 強襲作戦は成功。

 

 どうやら連邦はニューバーン基地の方に既存戦力を固めていたらしく、相当頑迷な抵抗があったようだ。

 

 それでも、オーガスタを含めてわずか2日で(僕たちは2日目に基地襲撃した)攻略したことになる。

 

 オーガスタ基地はほぼ、もぬけの殻と言って良かった。

 

 基地内に残っていたのは大半が非戦闘員であり、ジオンの歩兵部隊に対して、ろくに抵抗もせず降伏した。

 

 基地内の生産設備や各種資料などは、綺麗に破壊されており、基地機能を回復させるには相当な日数が必要な状態だった。

 

 先月のうちに大半の人員がジャブローやアフリカ方面へと脱出していたらしい。

 

 残っていたのは、撤退に強固に反対した面々で、本当なら持ち出すはずの新型MSを強奪して運用していたようだ。

 

 居残った連中の首魁は、極度の地球至上主義者だったらしく、宇宙人(ジオン)に占拠されるくらいなら、と基地の自爆も予定していたそうだが、離反した部下に眉間を撃ち抜かれて死んだそうだ。

 

 こちらの支払った労力に対して、あまり実入りが少ないものだったが、それでも原作を知る身としては、ここでオーガスタを落としたのは価値があると思う。

 

 連邦としては、こちらの補給線に打撃を与えるつもりで基地の放棄を行ったのかもしれないが、別に基地機能を復旧させる必要はない。

 

 確かに海路にてジャブローに近い位置にあるが、ジオン海軍は今は猫の手を借りても足りないほど大忙しだし、なによりケープ・カナベラルとメイポート基地がある。

 

 海軍施設が残っていたなら復旧しようとも考えたけど、見事に壊されていたので、ふんぎりもつけやすい。

 

 むしろ問題は、残されていた非戦闘員の方だったりする。

 

 中には10歳にも満たない子供が混ざっていた。

 

 ひどく衰弱し、中には精神が壊れてしまって無気力状態の子もいる。

 

 どうやら史実通り、ニュータイプの研究を行っていたらしい。

 

 投与された薬物の影響で、まともに四肢を動かすこともできない子さえいた。

 

 僕は現場を見ていないが、惨憺たる有様だったらしい。突入した兵士の中にはPTSDを抱えた者も出たそうだ。

 

 その大半をフラナガン機関で引き取ることになった。

 

 実際フラナガン機関での研究ってどうなの? とエターナさんに聞いたら、やっぱり薬物実験や感応波を測定する装置に繋がれての人体実験はあるらしい。

 

 ただ、連邦が行っていた強化人間製造プログラムは存在せず、あまりに酷い実験は行っていないそうで、死者やけが人も出ていないそうだ。

 

 ガンダムNTにあったような強化手術も行っておらず、主にニュータイプ能力者の環境適応能力と空間認識能力の拡大に力を入れているとのこと。

 

 エターナさんが17歳という若さで軍の尉官になれたのも、施設で勉強した結果。

 

 彼女からしたら、フラナガン機関は浮浪児を集めた孤児院みたいな場所で、施設の研究員は家庭教師であり、感謝もしているらしい。

 

 自身は詰め込まれた知識と技術を、現場で正しく扱えるかどうかを調査するために、地球に降りてきたそうだ。

 

 まあでも、裏ではよくないことしてるんだろうね。戦時下という名目の下、人は簡単に倫理を裏切っちゃうから。

 

 どちらにせよ、連邦の犠牲となった子たちの面倒を、ニューヤークでみることなんてできない。

 

 洗脳処置への警戒もあるし、医療行為を必要としている者も多い。専門の施設がある所のほうがいいだろう。

 

 僕ら第1小隊と第2小隊は、作戦を完遂したご褒美として、第1級殊勲章と、MSの新型を受領することになった。

 

 第1級殊勲章は、ジオンの意匠が彫られた盾型の勲章で、敵との戦闘で類稀な勇敢さを示したことを表す。実際は名誉的なものでしかなく、ジオン十字殊勲章とは違って、年金の割増もない。

 

 上官が手ずからつけてくれるのと、階級を問わず敬礼をもらえるというだけの、粗製乱造お飾り。

 

 第2小隊は、中破したディライア少尉のザクに代わり、ドムD型と、隊長であるバーツ中尉には専用機の改造許可が下りた。

 

 ある程度マシになったとはいえ、まだまだ財政的に余裕があるわけでもないジオンは、勲章や専用機なんて物で釣らないと士気を保てないわけです。

 

 MSならば軍の財産として残るし、他者でも使えるからね。

 

 階級あげてたら、年金も上げなきゃいけないから。

 

 同じく、うちの隊長も専用機の打診があった。受領したのはドムなんだが、なんとそれをキリシマ曹長に下賜する形で譲っている。

 

 代わりに、キリシマ曹長が受け取ったドムD型を部隊の予備機として保管し、自身はこれまで使っていたドムに乗り続けている。

 

 本人曰く、「扱いがピーキーな機体は部隊運用を難しくする」とのことだ。

 

 キリシマ曹長は喜々として専用機を受け取って、僕に魔改造を命令してきたけどねー。

 

 僕?

 

 僕は特になかったです。

 

 ガルマ大佐曰く「貴様は普段からやりすぎだ」とのこと。含意が広すぎて意味がわからん。

 

 一応ドムいる? って聞かれたんだけど、別の小隊に譲った。

 

 まだまだドムの配備数は足りないし、僕が乗っているザクは、EWACのテスト仕様にコックピットまで改造してしまっているから。今更替えるのも面倒だ。

 

 ドムとザクでは移動速度に差が出るけど、そこは試作したドダイSFSで補えばいいし、なんなら予備のドムの脚をつけてもいい。

 

 後は、回収した連邦の新型はキャルフォルニアで解析されている。

 

 手に入れたビームライフルは、ガンダムが使っていた物とビームサーベルをグラナダに上げ、ガンキャノンが使っていた物はキャルフォルニア行き。

 

 これで少しでもエネルギーCAP技術の確立が早まればいいんだけどなー。

 



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第67話 Side『オルド・フィンゴⅡ』

 

 ゼクス少佐の専用機が到着したというので、ハンガーへ向かう。

 

 今回の任務で、あの人も褒賞代わりにMSを与えられたけど、その整備を僕ら第1小隊が見ることが決まった。

 

 正直、整備員の手が足りない気がする。

 

 特に専用機なんて下手するとワンオフのパーツ使ってたりして、予備がないなんてこともざらだ。

 

 統合再整備計画のおかげで、どの機体もユニットブロック化されてるから、最悪故障部位を丸ごと交換すればいいけど、一日仕事になっちゃう。場合によってはデポ送りだ。

 

 道すがら少佐と遭遇した。

 

「君も機体を見に行くのか?」

 

「まあうちで見る以上、どんなものか気になりますしね。聞いた話では新型だって話ですし」

 

 ゼクス少佐は怪訝そうにこちらに目をやる。

 

「いつも思うのだが、君はパイロットだろう。休息時くらい、体を休めていたらどうだ?」

 

「誤解です少佐。自分は整備士なんですよ。休息時間に、MSに乗せられているんです」

 

 言ってやるとイケメンは笑いやがった。いや、あんたが僕の転属願い握りつぶしているの知ってんだからな。

 

「しかし中尉、君は先達て戦闘した連邦の新型をどう見る?」

 

 これまた含意が広いなぁ。

 

「完成度、という意味ではさすが連邦。かなり高いと思われます」

 

 上官の前で敵を褒めるなんて、他者に聞かれたら懲罰ものだが今更である。

 

「ただ、運用面においては熟成されていないでしょう。先の戦いでも連携が取れていませんでした」

 

「我々の方に一日の長があるということだな」

 

「いいえ。その差はあまり大きいものではありません。MSが戦場に登場してから、未だ半年。我々の上層部でも、その運用方法はしっかりと定まってません」

 

 それどころか、ルウム戦役で複数のエースが活躍、出世したせいで、現場では個人の能力を重視する傾向にある。

 

 ノイン大尉はこれをかなり問題視していて、その欠点を補うため、開発したEWACシステムには高い期待を寄せている。

 

 一方連邦は群れとしての部隊運用に長けており、これまでの敗戦は新兵器であるMSに現装備が通用しなかっただけだ。

 

 つまりジオンの勝利は、初戦の電撃戦によるものであり、連邦がこれから本腰を入れてMSを開発、運用していけばあっという間に戦局を覆されるだろう。

 

「巨人との差は未だに縮まらんか」

 

「そうですね。おそらくそれを見越しての、新型製造ラッシュでしょう。宇宙軍では、次期主力MSが先行配備されたと聞きますし」

 

 ゲルググのことだ。ビーム兵器は間に合わなかったのでオミットしているが、目覚ましい活躍だったらしい。

 

 本国向けの発表は正式生産機がロールアウトしてからのようだが、宇宙軍では着々と配備が進んでいるとのこと。

 

 その後、とりとめのない話をしながらハンガーにつくと、そこには白く塗られた機体が佇んでいた。

 

「ザク?」

 

「ザクだな」

 

 これが新型で、少佐の専用機? なぜいまさらザクなんだ?

 

 よく見れば、ザクJ型とは形状が違う。頭部のブレードアンテナがやや大型化しているし、胴体部の装甲は、原作のF2型のものに近い。脚部側面と背面に、増加スラスターユニットが見える。

 

「ちょっと! S2(こいつ)をザクなんかと一緒にするんじゃないよ!」

 

 振り向くと、そこにはタンクトップを着た、大柄な女性が立っていた。

 

「ケイ?」

 

 見知った顔に驚く。

 

「ようオルド! 面白そうなんで来ちゃったわ!」

 

 いや、「来ちゃった☆」じゃないよ姐さん。

 





 次の話書きたくなったので、3章はこれで終わりです。

 すこし間をおいてから、4章を書こうと思います。

 新作ポケモン発売までには書く。書くつもり。


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第68話 Epilogue『一年戦争年表Ⅲ』

 

 07上旬 連邦軍、北米オーガスタ基地においてRX-78-4の開発開始。

 陸戦型ジム(RGM-79)の試作機完成。

 G-4部隊とよばれる部隊に各地から有能なパイロットが集められ、ガンダムタイプのテストパイロットに任命される。

 

 ジオン軍、海軍特殊部隊より2機のハイゴッグ、オーガスタ基地への啓開を開始。

 

 07下旬 ジオン軍、地上専用MSシュミレーターの採用。新規兵科転向試験を実施。

 

 08 連邦軍、試作型MSをサイド7で最終テスト開始。

 北米オーガスタ基地。MS開発状況の漏洩発覚。安全のためRX-78-4をジャブロー経由でルナ2へ移送。事実上の基地放棄を決定。

 基地の放棄に反対する強硬派、試作MSの一部を奪取。立てこもる。

 NT研究員と強化処置成功者はジャブローに引き上げ。

 ニューバーン基地に増援。要塞化すすめる。

 

 フラナガン機関のクルスト・モーゼス博士、連邦へ亡命。

 

 08.08 ジオン軍、オーガスタ基地とニューバーン基地の電撃的攻略作戦を決行。ゼクス少佐率いる北米方面軍第1第2機動MS小隊、海底から揚陸し、基地を直接急襲。EWACS(イーワックス)機、実戦初導入。

 

 08.10 連邦軍、ニューバーン基地陥落。

  ゼクス少佐、オーガスタ基地制圧。多くの非戦闘員を捕虜とする。

 

 08.11 ジオン軍、人道的観点から、オーガスタ研究所に収容されていた人間を保護したことを発表。連邦による少年少女への人体実験も公表する。しかし証拠となる物品、資料等はすでに処分されてしまっていた。連邦はジオンによる捏造として否定。

 

 08.12 ジオン軍、再び他サイドからの義勇兵を募集。

  陸戦型白兵戦用試作MS YMS-10ザクS2完成。外観こそザクのものだが、中身はまったくの別物。試作機のデータをベースとした生産タイプを、キャルフォルニアとオデッサにて開発開始。

 

 08.16 サイド2にて反連邦運動活発化。「ハッテ自治防衛軍」と呼称する武装勢力、ジオンから供与されたゲーツやザクⅠなどの機動兵器を用いて、連邦のコロニー駐留軍を攻撃。数で劣る連邦軍は敗退する。(駐留軍の兵員の多数がコロニー出身者であり、内応したもの、サボタージュを行ったものも多かった)

 

 08.22 サイド2、地球圏の情勢が不穏であり、反連邦組織が跳梁している現状では物資の安全な輸送ができないとして、地球への食料、鉱物資源の輸出を一時停止。

 連邦は、即座に報復として水と空気の供給を停止すると発表するも、ジオン公国が十分な量の輸出を表明。

 

 08.27 ジオン軍アフリカ方面軍麾下、第一機甲戦師団第4機動MS分小隊、ガザ地区にて連邦軍装甲部隊と交戦。これを壊滅させる。

  

 08.30  ジオン軍、オデッサにてMS-07(グフ飛行試験型)とYMS-10S2を設計ベースとしたMS-10グフC3(グフⅡ)をロールアウト。さらにソロモンにてMS-11ゲルググをロールアウト。

 

 09 ジオン軍、大西洋で連邦軍残存艦隊掃討作戦開始する。

 グラナダ宙域にて作戦行動中の連邦軍ルナツー所属パトロール艦隊、ジオン軍グラナダ防空部隊と交戦。ガイア大尉率いる独立MS小隊によって、連邦軍パトロール艦隊壊滅。

 

 09.07 ミネバ・ラオ・ザビ誕生。

 

 09.15 ホワイトベース、RXシリーズ受領のためジャブローを出航する。

 



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第68.1話 兵器解説・その他

 

『MS-08D ドム』

 

 地上降下作戦と同時に戦線に投入されたドムのバリエーション機。

 

 統合再整備計画により、実戦データなどを踏まえて設計に手直しを入れた機体で、配備された地域に、より適応した性能を獲得することに成功。砂漠地・酷暑地仕様として機体各所に防塵用エア・フィルターや拡張冷却装置が装備されているほか、装甲がブロック化されており内部に入り込む砂の排除を容易にしている。

 

 正史と違うデザインなのは、ジオニックとツィマッドが経営統合したことに加え、地上での整備性向上のためにザクとの部品共有化が成されているためである。

 

 機体各所の実行トルクはザク2を大幅に上回り、大型の重火器を容易に取りまわすことが可能である。

 

 生産時に、各地のエース級パイロットの要望を汲み取った白兵戦用MS、グフⅡ(ペットネームはイフリート)の開発が決定しており、両機の連携を想定されている。

 

 後方中距離よりドムが砲撃支援を行い、グフが白兵戦を行うというものである。これは鹵獲し詳細を得た連邦のV作戦を模したものである。(ガンキャノンとガンダムの役割)

 

 狙撃、砲撃のため前方の機体との通信強化を狙って背部バックパックにも強化された通信装置が装備されている。

 

 このドムの生産に伴い、ザクⅡは順次生産ラインが閉じられ、前線実働部隊のほとんどがこのドムに揃えられることになる。

 

 * 

 

『MS-06Jb ザクⅡ』

 

 ザクⅡのバリエーション機。

 

 地球環境に合わせたMSの開発整備を行う統合再整備計画により開発された。

 

 未だに数の揃わぬ地上用MSドムの穴埋めをするための間に合せとして、現地の機体を改修する形で生産される。

 

 ドムよりも三次元方面での機動力に富んでおり、白兵戦を得意とするベテランパイロットの中には、ドムよりもこちらの機体の配備を好む者も多かった。

 

 *

 

EWAC(イーワック)システム』

 

「EWAC」とは、Early Warning And Controlの頭字語でありミノフスキー粒子下での早期警戒管制を表す。

 

 主に小隊内のMSとレーザー通信などでリンクし、攻撃目標の指示や補給順の指示を送る。

 

 元々ジオンはMS戦において、個人の技量と判断力に大きく依存していた。

 

 そうした状況を懸念した北米の実働部隊の提案により試作システムが構築され、その結果が実戦で示されたことにより正式に採用となる。

 

 ミノフスキー粒子の性質上、後方に離れすぎた場合は通信リンクに支障がでるため、前線に追随できる専用の管制機と中継可能な通信機能を持つMS(通常は指揮官機)が必要となり、本システムの採用以後、ジオンのMS小隊は3機編成から4機、もしくはMS3機に後述のマゼラフラッグを加えた仕様となった。 

 

 *

 

『マゼラ・フラッグ』 

 

 EWACシステムを搭載した、北米ニューヤーク基地にて開発された指揮管制機。

 

 マゼラの名を冠してはいるが、マゼラアタックとは設計がそもそも違うため、改修機ではない。サイズもより小型化している。

 

 実際にあるAWACSをミノフスキー粒子下のMSに対応させるために開発されたもので、ヒルドルブ2の量産により退役となったマゼラアタックの下部、マゼラベースを解体した際に大量に出たパーツを流用して組み立てられた。(マゼラトップは、一部がMS用のライフルとして再利用)

 

 現場では単に「フラッグ」、もしくは、砂漠や荒れ地を走り回ることから「枯れ草(タンブルウィード)」の愛称で呼ばれることが多い。

 

 前線で戦うMS小隊員に、攻撃目標の指示やアンダーグラウンドソナーによる音紋解析、熱源探知などの通信支援を行うことを主目的として設計された。

 

 駆動式はホバークラフトで、MSと同等の機動性を備え、MS特有の突破戦術にも追随できる。

 

 後部の荷台にて予備武装や兵員を運搬可能。

 

 武装火器はゾッドでも使われていた30mm機関砲1門のみと貧弱だが、スモークやミノフスキー粒子散布機、ビーム撹乱膜投射機、対MS地雷の設置など、地上における支援戦術に特化している。

 

 UGS(アンダーグラウンドソナー)は、パイル型のものを4基装備しており、これを地面に突き立てて、伝わってきた音を解析する。

 

 複座式であるが、一人でも操縦、操作は十分に可能。

 

 *

 

『ドダイSFS』

 

 MS飛行運搬用無人ユニット。SFSは、サブフライトシステムの略称。

 

 ジオンはMSに飛行能力をもたせようと苦心していたが、どれも上手くはいかなかった。

 

 本機は当初、試験的に北米で開発されたものの、MSの空中機動サンプルの取得と無人制御に苦心し、最終的にはデータを引き継いだ本国の開発局が完成させた。

 

 VTOL機能を持ち、MSを乗せながら垂直離着陸が可能。

 

 原作にあるような物資輸送用兼爆撃機としての機能はなく、MSを搭乗させることに特化している。搭載数は1機のみ。

 

 MSは直立姿勢ではなく、膝をついて保持するように搭乗する。

 

 設計者が当初想定していた、SFSからのMS制御はオミットされた。

 

 コックピットを増設し、有人制御にしたものも存在する。

 

 

 *

 

『FA-78-1 ガンダム・ヘビーアーム試作型(ヘビーガンダム)』

 

 RX-78-1をベースに、装甲厚の増加、武装の重装化を計った機体。

 

 右肩にビームキャノンを装備。さらに複合型特殊武装を装備する予定だったが、開発が遅れたことに加え機体のジェネレーター出力がカタログスペックに届いておらず、装備が間に合わないままの状態で実戦に投入されてしまった。

 

 重量が増えた分、運動、機動性ともにガンキャノン並みに低下している。

 



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第68.2話 登場人物紹介(3章まで)


 キャラクターが増えてきたので、整理も兼ねて3章までの主だった人物の紹介。


 

 

 ジオン軍・北米組

 

 オルド・フィンゴ中尉

 オリ主。北米軍第1機動小隊所属。少年のような見た目の青年。目的のためなら常識を無視するところがある。前世の記憶持ち。搭乗MSはザクⅡJB改。

 

 ゼクス・マーキス少佐

 原作:ガンダムW

 金髪碧眼の優男。北米軍第1機動中隊指揮官。本名はミリアルド・ピースクラフト。家族を凶殺され、憎しみの念を胸に隠している。搭乗MSはドムDS。

 

 フローレンス・キリシマ曹長

 原作:Gジェネ

 溢れるばかりの巨乳を持つ美女。黙って立ってれば。ヒロイン。お嬢様を装っているが、本性はどうみてもヤ○ザ。搭乗MSはドムD。

 

 ルクレツィア・ノイン大尉

 原作:ガンダムW

 凛然とした雰囲気の美女。北米第1機動小隊隊長。ゼクスとガルマとは士官学校からの学友。元MS実働試験大隊(今の教導隊)に所属していた。オルド中尉の取り扱いに苦慮している。搭乗MSはドムD。

 

 バーツ・ロバーツ中尉

 原作:Gジェネ

 享楽的な部分とクレバーな面を併せ持つ男。北米第2機動小隊隊長。実力はあるのによく女性陣にセクハラ発言をかまして懲戒を受けているため出世できない。他にも、コックピットに酒を持ち込んでいる疑惑あり。搭乗MSはドムD。

 

 ディライア・クロウ少尉

 原作:Gジェネ

 赤毛の女性士官。北米第2機動小隊所属。バーツのセクハラに辟易している。彼氏もち。搭乗MSはドムD。

 

 エターナ・フレイル少尉

 原作:Gジェネ

 まるで松○零○作品から抜け出てきたかのような、神秘的雰囲気をまとった美女。フラナガン機関出身。北米第2機動小隊所属。リアル17歳。搭乗機は通信指揮管制機であるマゼラ・フラッグ。

 

 ガルマ・ザビ大佐

 原作:ガンダム

 ザビ家の末弟。地球攻撃軍北米方面軍司令。MS適性がなかったが、最近シミュレーターで驚異的な成長を遂げ、実はニュータイプではないかと噂される。ゼクスとは士官学校の同期。オルド中尉に振り回され気味。

 

 

 

 ジオン軍・北アフリカ組

 

 ノーラン・ミリガン曹長

 原作:Gジェネ

 サイド2出身の元女学生。連邦の有り様に憤慨し、反連邦運動の仲間とともに地球攻撃軍に志願する。ジャベリン作戦での活躍をもって、アフリカ機甲戦師団第4MS機動分小隊隊長に任命される。

 

 トニー・ジーン伍長

 原作:Gジェネ

 ノーランと共に地球攻撃軍に志願した学生。アフリカ機甲戦師団第4MS機動分小隊所属。

 

 ドク・ダーム兵長

 原作:Gジェネ

 アフリカ機甲戦師団第4MS機動分小隊所属。出身も志願兵となった理由も謎な男。発言はエキセントリックだが、打たれ弱くてけっこう弱気。

 

 エイブラム・M・ラムザット准佐

 原作:Gジェネ

 アフリカ機甲戦師団所属。元北米の第1機動小隊隊長。戦車兵教導団にいたこともあるベテランパイロット。MTであるヒルドルブⅡ2番機に搭乗する。大尉から昇進した。名前のMはマイクの意味。

 

 デメジエール・ソンネン中佐

 原作:イグルー

 アフリカ機甲戦師団。第1中隊長。階級が合わないが、実質は師団長。戦場の主役をMSに奪われ、心身を腐らせていたが、統合再整備計画にて再設計されたヒルドルブⅡに乗り、元気に砂漠を爆走している。口は悪いが面倒見のいい性格。少佐から昇進した。

 

 ライル・コーンズ上等兵

 原作:Gジェネ

 第2混成機動部隊に所属していた。サイド2出身。ノーランたちとは反連邦運動で知り合い、供に軍に志願した。機械に詳しく、仲間からは「メカオタ」のあだ名で呼ばれていた。

 連邦陣地攻略106号作戦にて、搭乗していたマゼラアタックをメガ粒子砲で砲撃されて戦死。それがノーランのトラウマとなる。

 

 ウッヒ・ミュラー中尉

 原作:Gジェネ

 第2混成機動部隊隊長。サイド1出身。傭兵。ベテランの戦車兵。連邦の鹵獲したザクによる攻撃で窮地に陥ったノーランを助けるためにマゼラアタックで突貫。しかしヒートホークで車輌を斬り裂かれ、戦死。

 



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第4章
第69話 Side『ジャブローにて』


 

 南米ジャブロー。

 

 広大な熱帯林の地下深くに、連邦軍の司令部を擁する本拠地がある。

 

 強固な地盤の地下に広大に広がる鍾乳洞を利用する形で各施設が建てられている。

 

 軍施設ではあるが、ジオンによる隕石落としの際に政府高官の疎開先となったために、今では地球連邦本部と呼んで差し支えなかった。

 

 そのジャブローの一室、ゴップ大将のオフィスにエルラン少将は呼ばれていた。

 

「わざわざ呼び立てしてすまないね、エルラン君。まあそう固くならずに楽にかけたまえ」

 

「はい。では失礼します」

 

 天然皮を使った高級ソファに腰を沈めながらも、エルランは気が休まらなかった。

 

 連邦軍も一枚岩ではない。

 

 宇宙軍と地上軍では慣例的とも言える確執があったし、同じ宇宙軍内でも、大小の派閥に分かれ、それぞれがそれぞれの陣営の足を引っ張りあって、互いに牽制しているほどだ。

 

 それはこの連邦がはじまって以来、未曾有の危機と言えるほどの戦火の渦中でも変わりない。

 

「何、久方ぶりに君との旧交を温めようと思ってね」

 

「はぁ、旧交、ですか?」

 

 エルラン自身はレビル派に属しており、中立派であるゴップ大将との関わりは薄い。旧交と呼べるほどの繋がりなど微塵も存在しなかった。

 

「私はあだ名の通り、ここからまったく出ていなくてねぇ。外の状況も直接聞きたいと思ってもいたんだよ。ところで、君、いける口だろう?」

 

 ジャブローのモグラという、不名誉なあだ名をもつゴップ大将はそう言って、手ずからグラスに琥珀色の液体を注ぐと、こちらに渡してきた。

 

「フレンチブランデーだよ。私はアルマニャックが好きでね。ほのかな甘みのある香りに、野性味に溢れた味とコクが気に入ってるんだ。君と飲むためにわざわざ取り寄せていたんだよ」

 

「きょ、恐縮です」

 

 ますますエルランは身を固くした。

 

 グラスを受け取りながら、手のひらにかいた汗を悟られるのでは、といらぬ心配をはじめる。

 

「味わってみてくれ。気に入ったのなら、後で瓶ごと差し上げようじゃないか。これの生産地は、ジオンの連中によって消し飛ばされてしまったからね。とても貴重なんだ」

 

 自らも注いだグラスの酒を嘗めながら、ゴップは一向に話を進める気配がない。

 

 エルランは緊張と猜疑心で、酒の味も香りも、まったくわからなくなってしまった。

 

「で、上はどうなってるかね? あいにく私のもとには書類にまとめられたデータしか届かなくてね。実際に見聞きした生の情報に飢えているんだ」

 

「は、はぁ。そういうことでしたら」

 

 嘘を並べても、このジャブローの怪物はすでに正確な戦況を把握していることだろう。なぜわざわざそれを自分に説明させたいのかわからないが、エルランは私見を交えずに、簡潔に語った。

 

「なるほどねぇ。やはり、MSというのは強力な兵器なのだね。開戦初頭に私がレビルの意見に反対したのは間違っていたというわけだ」

 

 エルランは驚いた。

 

 ゴップ大将は、レビル将軍が唱えたMS生産計画に異を唱えていた人物だからだ。

 

 ゴップが提案した既存兵力の再結集による交戦は、陸軍も強く推しており、中立派が守旧派に靡いたと思われる要因でもあった。

 

「人間は歳を取ると保守的になっていかん。軍も同じだ。その点から考えると、レビル君はあの歳で実に柔軟な思考の持ち主であったな」

 

 そう穏やかに語るゴップの目は笑っていない。じっとこちらを見つめている。

 

 怒っているのか、それとも何かを探っているのかわからない。

 

「さてエルラン君。旧友として、私のちょっとした話に付き合ってくれるか」

 

「はぁ、私なぞでよければ」

 

「なに、大したものじゃないよ。『たらればの話』さ。こう穴蔵に篭っているとね、くだらない与太話をぐるぐると頭の中で考えて暇をつぶすようになるもんさ。道楽らしい道楽もないしね」

 

 地上ではジオンの猛攻に、兵たちが文字通り鎬を削るほどの激戦を行っているのに気楽なものだ、とエルランは軽蔑した。

 

「私はね、エルラン君。コロニー社会が経済的に地球から自立するのは、どんなに早くても後10年はかかると思っていた。10年どころか、20年、30年かかるだろう、とね」

 

「それは……」

 

 ゴップの語り口調に、エルランの中で何か警鐘めいたものが響く。自身も伊達に少将の地位に登ったわけではない。政治をこなさねば、この場に立つことはかなわないのだ。

 

 その経験が、今から始まる話を聞いてはいけない、逃げ場がなくなると告げていた。

 

 だが、ここで背を向けることはすでにできなくなっていた。

 





 グエルくん、噛ませすぎて不憫だわぁ。いつか報われる日が来ますように。


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第70話 Side『ジャブローにて』

 

「ところがだ、ギレンが『サイド共栄経済圏』などという思想を公表してからどうだね? コロニーは急速にその経済圏を確立しはじめ、自立の道を歩み始めている」

 

「お言葉ですが、まだコロニーはアーコロジーとして完成はしていません。地球を、切り離すことなどできますまい」

 

 空気と水は、人類にとって必要不可欠なものだ。それを持っているのが地球である以上、人はこの星を見捨てることなどできない。

 

「それも時間の問題だろう。ジオンに至っては、火星圏への航路を確立し、水と空気の供給路を独自に確保している。木星公社とも独自に取引を始めているようだしね」

 

「木星公社は、実質我らの国営です。ヘリウム3は我らが独占してるといって良いでしょう」

 

「いや、公社はとっくに連邦を見限っているよ。我らが彼らを、どう扱ってきたか知っているなら、当然の帰結だろう」

 

 木星公社は、木星の資源を採掘するために過酷な環境での生活を強制されている。

 

 連邦の高速艇を使っても地球近海から木星までの距離は遠く、往復するだけで6年はかかるのだ。

 

「我らの手の中にあって、我らの目の届かない場所、それが木星だよ。私のルートで仕入れた情報だと、すでにジオンと手を組んでいる」

 

「そんな……」

 

「政治屋どもが、自らの生活のみを追求し、地球以外を蔑ろにしてきたツケが回ってきたな。そうでなければ、もっと穏便な手段で地球圏の主権はコロニー民の手に渡っただろう」

 

「閣下! その発言はあまりに危険な思想です!」

 

 連邦軍高官の言としてはあまりにも無遠慮な内容だ。

 

 思わず立ち上がりかけたエルランをなだめ、ゴップは続けた。

 

「あくまで個人の妄想、与太話に過ぎんよエルラン君。君が君の立場に忠実なのは評価されるべきところだがね、そうしゃちほこばってばかりいたら、気楽に雑談もできんだろう」

 

「しかし」

 

「エルラン君。君はこの戦争の帰趨をどう見ている?」

 

 突然の問いにエルランは固まった。

 

 これがただの雑談でないことは明らかだ。考えられるのは、レビル派の突き崩しだろうか。だとするならわざわざこうして呼びたてるのは悪手に思える。

 

「連邦軍は、この半年あまりで地上の重要拠点をいくつも失った。ルナ2駐留軍は立て籠もり、ジャブローからの物資で食いつないでいる有り様。一方ジオンはどうだ? 宇宙圏をほぼ掌握した現在、他のコロニーと手を結んで着々と地球切り離しの手段を整えている」

 

「ですが、レビル将軍は反撃の手段を立案されております」

 

「V作戦だろう。だが知ってるかね? 先日、オーガスタにてRXシリーズが撃破されたよ」

 

「聞き及んでおります。ですがあの基地はすでに放棄を決めており、それに反対した強硬派が武装試験に使っていたレプリカ機体を奪って独自に使用したものです」

 

 V作戦の成果であるRGM系はすでにジャブローにて先行型が量産され始めているし、RX機についても、2番機と3番機が唯一連邦領――表立っては中立を表しているが――ともいえるサイド7にて最終調整に入った。

 

 V作戦に連なる計画の一つであるG4計画は順調であり、オーガスタで製造されていた4号機はルナ2への移送が完了している。

 

 なにも悲観になる要素ない。

 

「そうだな。たしかにMS開発は進んでいる。だがそれを運用できるだけの地力が我らにあるかね?」

 

「我らの国力は、ジオンの30倍はありますが」

 

「戦前はな。だが今はそうでもない。あってせいぜい10倍。しかもこの差は加速度的に縮まってきている」

 

「そこまでなのですか? 私にはとても――」

 

「事実だよ。先日はサイド2が食料の輸出を制限すると宣言してきた。わかるかね? ジオンの隕石落としで各地の穀倉地帯は打撃を被った。免れた土地も続く天候不順で収穫高は激減している。そこにきてのハッテの離反だ」

 

 世論を抑えるために、今回のサイド2の輸出規制は地球ではまだ公表してはいない、とゴップは言った。

 

 ただでさえ各地の配給物資量に民衆の不満が募っている。そこにきて、ジオンの新造コロニーへの疎開推奨宣言だ。

 

 地球よりも、この環境を招いたジオンの方がマシだと宇宙に渡る人間が増えている。

 

 当初は資源の少ないジオンの国庫を圧迫させることができるとして、連邦も対策を取りはしなかった。

 

 だが、宇宙に上がった家族や親戚が地上よりも安定した生活環境で過ごしていることを知ると、自身も恩恵にあやかろうとする者が後を立たなくなり、連邦領から脱出し、密かに亡命する人間が増えた。

 

 連邦の地力は急速に衰えてきている。

 

 連邦支配地では、配給量の不満に民衆がデモを起こす騒ぎも多発していた。

 

「エルラン君。このまま戦争が長引けば、連邦は瓦解するよ」

 

 



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第71話 Side『ジャブローにて』

 

 それはこの日一番の衝撃的発言であった。

 

「瓦解、ですか。とても閣下のお言葉とは思えませんな」

 

「軍部も政治家たちも、このまま最小限の出血を強いつつ、反撃の体制を整える遅滞戦術が上手くいくと考えている。だが、すでにジオンによって宇宙を掌握されているという事実を忘れているようだ。自分たちの頭上を抑えられているというのにね」

 

「宇宙はまだ支配されたわけではありません。サイド6は中立ですし、サイド7は実際は我らの息がかかった場所、アナハイムもこちらに友好的です」

 

「ふむ。だがそれだけしかないと言えるだろう。特にルナリアンどもは本質は商人だよ。繋がりの深いサイド4を通じて、どちらにつけば良いか様子を伺っているといったところか」

 

「ルナ2はまだ健在です」

 

 エルランはなんとか反撃を試みる。だがそれほ歯牙にもかけられなかった。

 

「寡兵といって良いだろう。ルナ2駐留軍だけでは地球近海全てを防備することはできない。そして、あそこを落とされたら終わりだ。ジオン(やつら)は嬉々としてジャブローにルナ2を落とすだろう」

 

「南極条約では、宇宙から地上への質量兵器の使用は禁止されております」

 

「条約は条約でしかないよ。それで勝てるとわかっているのに、その手を取らない指導者がいると思うかね。特にあのギレンだ」

 

 エルランは黙るしかなかった。

 

「もはや時間は我らに味方しない。それどころか、時を置けば置くほど敵の力が増すことになる」

 

「ならばどうするというのです? 北米残存戦力を注ぎ込んだニューバーンは落ちましたし、北アフリカと中東、イタリアは奴らの手中にある。既存戦力ではMSに抗いしきれないことは明白です」

 

「MSを作るなと言ってるのではないよ。連邦がこの戦争に負けたとしても、瓦解するわけではない」

 

「何が違うというのです?」

 

「人類には、まだ連邦という統合組織が必要だということだ。この戦争、たとえ勝ったとしても、コロニーの独立は抑えられないだろう。弾圧を続ければ第2第3のジオンを生み出すだけだ。ジオンを叩いたとしても、次はサイド2(ハッテ)あたりがある。サイド5やサイド4も怪しいところだ」

 

「負けた場合はより悪いでしょう」

 

「連邦という組織は残る。もしなくなってしまえば、旧世紀の古代ローマ帝国崩壊の時代に逆戻りだ。各コロニー同士で地球という枯れかけた資源を奪い合い、それこそすべてを焼き尽くすまでの戦国時代が訪れるだろうよ」

 

「それは考えすぎではないでしょうか」

 

「そうだね。まあ忘れてくれていい。初めに言ったとおり、与太話でしかないからね。話題を変えよう」

 

 ゴップは柔和な笑みを浮かべると、一息に杯を呷った。

 

「ところで、君はレビル君と会っとるかね?」

 

「は? え、はい。先日もこのジャブローで」

 

 唐突な切り替わりに、エルランは間の抜けた顔を見せてしまった。

 

「モニター越しに、だろう?」

 

「ええ、まあ。まだルウム戦役の傷が癒えてらっしゃらないとのことで」

 

 ゴップは頷くと、席を立ち自らの執務机に向かう。その後ろにある書棚。そこから一冊の書籍を抜き取ると、棚が横にスライドした。

 

 アナログなダイアル施錠された扉が現れ、ゴップは慣れた様子で解錠すると、中から一冊のファイルを取り出した。

 

 戻ってくると、そのファイルをテーブルの上に置く。

 

「目を通してみたまえ。そこには、君の知らない連邦という組織の一部が記されているよ」

 

 不穏な言葉に恐る恐るファイルを開き、そこに記載された内容を読み進めていく。

 

「AIと催眠処置による人格の移送?」

 

 それはオーガスタのニュータイプ研究所で戦前より行われていた極秘の研究であった。

 

 人の人格パターンを高性能AIに記憶させ、それを催眠処置を施した他者へと移植する。

 

 被験者となったのは、連邦により政治犯とみなされた者や、天涯孤独でスラムに住んでいるような下層民たち。資料の後半には、まだ幼い子供がいくつものコードで機械に繋がれている写真もあった。

 

 人倫にもとる所業がそこには記されている。

 

 優れた指導者の思考パターンをAIに学ばせ続けることにより、人類にとって有益な指導力をもった人格を生み出す。

 

 その副産物として、その人格を人間に移植することで、優秀な人間を人為的に増産する。

 

「これは……こんな人体実験が」

 

「オーガスタではだいぶ以前からでね。先日の基地放棄は、これらの資料を抹消し終えたから行ったのだ。この事実が知られれば、世論が沸騰しかねないからね。重要職員のほとんどは、東洋の『ムラサメ研究所』に転属している」

 

「ムラサメ研究所……待ってください! 確か、レビル将軍の主治医がドクター・ムラサメ」

 

 エルランの中で、恐ろしい空想がパズルピースを組むように構築されていく。

 

 ルウム戦役で旗艦を落とされ、生存が絶望的となってからの、奇跡の生還。

 

 モニター通信で、有名な「ジオンに兵なし」の徹底抗戦を唱えたが、それ以後の露出は一切ない。

 

 通信時の映像が不鮮明であり、音声も不明瞭な点が多かったことから、一時期は偽物説が出回った。

 

 もしその噂が本当だとしたら?

 

 レビル将軍は死んでいて、人格をコピーしたAIだけの存在でしかないとしたら? もしくは、その人格を移植された別人だとしたら?

 

 容姿はモニター越しならCGでどうとでもなるし、現代では外科的処置を施せばいくらでもそっくりな見た目がつくれる。

 

「レビル君は革新派の中でも、特にカリスマの高い存在だった。何せレビル派、なんて名がつけられるくらいだからね」

 

 革新派の中にも、様々な派閥がある。その中でもレビル派は最大勢力であった。

 

「死を偽装したとして、一体誰が得をするというのです」

 

「徹底抗戦なんてものは、此度の結果を生み出した責任を取りたくない政治家と、レビル将軍の名を利用して軍内でトップに躍り出たい人間が仕組んだプロパガンダに過ぎんよ。彼らはこの戦争を凌げば、再び中央で甘い夢を見れると信じている」

 

 それこそ妄想だ、とエルランは否定したかった。だが南極条約以降、レビルの姿を直接見たものは存在しないのは確かだ。

 

「仮にこれが本当だとして、閣下は私に何をさせたいのですか?」

 

「話は先に戻るが、私は連邦の崩壊を望まない。ゆえにこの戦争では、上手く立ち回る必要がある」

 

「上手く、ですか」

 

「RXとRGMの生産が始まったことから、機は熟したとして近々我らの大規模反抗作戦が複数開始される。そのとき、君には作戦の指揮をとって貰いたい」

 

「私が?」

 

「そうだ。それにともなってだが、君は明日にも中将へと昇任される」

 

「私が、中将……」

 

 昇格するのは素直に嬉しかったが、それは同時に、今回のことがすでに決定済みの事であるという証でもあった。

 

「大任ですな。なぜ、私なのでしょう?」

 

 軍の高官は他にもいる。自身はレビル派に属してはいるが、その中では大した功績を示したわけでもない。

 

「君は、ジュニアハイスクール時代にムンゾに留学しているね」

 

 投下された爆弾にエルランは心臓を掴まれた気になった。

 

「そのときできたご友人が、今もムンゾにいる」

 

 もはや逃れられない。エルランは覚悟した。

 

 ジャブローのモグラ。蔑称で呼ばれていたはずの男は、震える自分に向けて、穏やかな、しかしどこまでも恐ろしい圧力を持って笑いかけた。

 



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第72話 Side『灼熱の抗戦』

 

 0078.12.27――。

 

 サイド3近海にある、3番ダストコロニー。

 

 老朽化が進み廃棄されたコロニーに、反連邦の武装勢力が潜伏しているという情報がもたらされ、その調査と、これがあれば殲滅するという任務が第178機動部隊に命令された。

 

 だがその実は、連邦に対して独立機運の高いサイド3に対しての示威行為が目的であり、敵対象は海賊などではなく、ジオンの秘密部隊であった。

 

「こちらベータ1。コロニー外縁に異常なし。アルファチーム応答されたし。繰り返す……」

 

 FF-S3セイバーフィッシュのコックピットで、ハルト・ランガーは苛立っていた。

 

 母艦であるサラミスから発艦した4機の戦闘機は、2機編成の2部隊に分かれて、件のコロニーを偵察していた。

 

 アルファチームはコロニー内を、自分たちベータチームはコロニー外縁部を回る。

 

 だが、内部に突入したアルファチームからの応答がない。

 

 アルファチームを受け持つ上官は優秀な腕を持つパイロットである。その二人と連絡がとれないということに、不穏な感情が湧き上がってきていた。

 

「サラミス。隊長――アルファとの連絡が取れない。指示を請う」

 

「こちらでも交信を試みているが繋がらない。少し待て……こちら指揮管制。ブラボーチームはコロニー内に突入し、アルファチームと合流、状況を確認せよ」

 

 正気か? とハルトは思わず罵声を紡ぐところだった。

 

 連絡がつかないということは、内部に強力なジャミングが施されているか、最悪撃墜された可能性がある。だというのにニ機編成で突入だと?

 

「ブラボー1、復唱はどうした」

 

「こちらブラボー1。了解」

 

 連邦が建立してから半世紀以上が過ぎ、連邦宇宙軍はまともな戦闘をこなした経験がない。すべてが小規模海賊相手の非対象戦でしかなく、そのため驕りがあった。

 

「カジマ少尉、聞いたか? 突入だそうだ」

 

「了解」

 

 相変わらず無口な友人から、簡潔な返事が返ってくる。

 

 ハルトはこれ以上の愚痴は無駄であると理解して、機首をコロニーの艦艇接続搬入口へと向けた。

 

 中に入ると、照明のない無重力の暗黒空間を、家屋や工場を構成していた建材や、コロニー外壁から剥がれ落ちた残骸が漂っていた。

 

 当然ながら廃墟である。

 

「こちらブラボー1。アルファチーム、応答せよ」

 

 返事はない。

 

 いや、それどころかレーダーが不調だ。

 

 まずいな。

 

 偶発的なものではない、間違いなく人為的な妨害であった。

 

「カジマ! 一旦サラミスまで下がるぞ!」

 

 セイバーフィッシュの推進剤はすでに半分の目盛りに到達している。

 

 この状況で戦闘を行うのは無理があった。

 

「カジマ! 聞こえているか――この距離で通信不可能だと!?」

 

 それどころか各機器が異常な動作を見せ始めていることに、ハルトは戦慄した。

 

「聞こえ……ちら、アルファ1……チーム、聞こえるか?」

 

 通信機から聞こえてきた声は、隊長のものだった。

 

「隊長!? こちらはブラボー1! 聞こえますか!?」

 

「逃げろ……敵……うああああああ!」

 

 キャノピー越しに見える前方で光が上がった。

 

「爆発!?」

 

 やられたのだろう。

 

 ハルトは舌打ちする。

 

「カジマ! 撤退だ!」

 

 不意打ちを受けた状況でまともに作戦行動など取れない。

 

 だが親友は通信に答えない。それどころか、光があった方へと加速していく。

 

 

「カジマ!? 撤退だと言っているだろう!」

 

「……時間を稼ぐ。お前は……先に……頼む」

 

 ノイズ混じりに友の声が届く。

 

 自らが囮になり、脱出の時間を稼ぐつもりのようだ。

 

「馬鹿野郎が」

 

 だがそれが現状でとれるもっとも合理的な方法であると、ハルトは理解していた。

 

 機体を翻すと、出口へと向かって飛ぶ。

 

「管制聞こえるか!? コロニー内で敵と遭遇! 敵と遭遇! くそ! これほどまで強力なジャミングか!」

 

「逃げろランガー……ひとつ目の巨人」

 

 ノイズとともに届いた言葉が、親友の最後の言葉だった。

 

 





 ハッピーバースデーがトラウマです。


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第73話 Side『灼熱の抗戦』

 

 0079.04――。

 

 そして今、ハルト・ランガーはエルサレムにいた。

 

 ダストコロニーの悪夢から一週間も経ず、ジオンは連邦からの独立を一方的に宣言し、宣戦布告を行った。

 

 突然の焦眉の事態に、友の救助――状況から、生存は絶望的なものではあったが――は打ち切られ、ハルトの所属する艦はルウム艦隊と合流する。

 

 その間、地球はジオンが落とした隕石群によって壊滅的な打撃を受けていた。

 

 そして、故郷であるドイツのアンハウゼンは地図から消失した。

 

 父母と、婚約者と共に。

 

 

 怒りと雪辱に燃えて挑んだ戦線。

 

 そこではじめて、あの場所で仲間が見たであろう、一つ目の巨人に自らも相対することになる。

 

 モビルスーツ・ザク。

 

 初めて目にする兵器を前に、自分は何もできなかった。

 

 FF-3セイバーフィッシュは決して粗悪な性能の戦闘機ではない。だが、機動性も運動性もあの巨大な人型のほうが圧倒的に上であった。

 

 仲間が一矢報いようとザクに体当たりを敢行したが、肩の装甲板をひしゃげさせただけで、それはまったくの無駄死にであった。

 

 ハルト自身も攻撃をかわされ、上方からの蹴りを受けて機体が爆散した。

 

 巻き込まれる前に運良く脱出できたが、あの漆黒の空間で自らの無力さに打ち震えるしかできなかった。

 

 ダストコロニーの時も、ルウムの時も、自分には何一つ抗うことができなかった。

 

 生き残り、友軍の救助艇に収容されたのは、運が良かっただけだ。

 

 ミノフスキー粒子下でのMSの有用性を認めた上層部は、早急なMSの開発とパイロットの育成を始める。

 

 陸軍、空軍、海軍、宇宙軍それぞれがMSを開発すること。それがG4計画であった。

 

 計画の中で、新兵器であるMSの運用方法を模索するため、実戦にてデータを収集する部隊として、独立機械化混成部隊が設立される。

 

 第07独立機械化混成部隊。

 

 MS2個小隊の、およそ130名からなる試験部隊。

 

 通称モルモット部隊。

 

 この部隊の話を耳にしたとき、ハルトは即座に転属を希望した。

 

 ジオンに勝つにはMS()がいる。

 

 たとえ実験台だろうとも、それを手にすることができるのならば構わない。

 

 北米での訓練を経て、今はこのエルサレムへと派遣された。

 

 目的は、旧ロシア領と北アフリカのジオン軍が連携しようとしている動きを止めることだ。

 

 ここで食い止めねば、連邦中東軍は壊滅してしまうことだろう。

 

 そうなれば北アフリカのほとんどを占領しているジオンアフリカ方面軍と、広大な土地を支配下に置いたジオン旧ロシア方面軍の連携網が完成してしまい、戦局に、より深刻な損傷を被ることになる。

 

 中東への援軍として、ハルトを含む部隊はここまでやってきたのだ。

 

「――以上で最終チェック終わります。お疲れ様です少尉」

 

 オペレーターの声をコックピットで聞いて、ハルトは我に返った。

 

 整備後機体各部の動作チェック。わざわざパイロットが同乗しなくてもよいと思えるが、MSの操縦に慣れた人間は連邦にはまだ一握りしかいない。

 

 整備士も急ごしらえでしかなく、未だ作業がおぼつかない程であった。

 

 コックピットを降り、ハンガーに立つ自分の機体を見上げる。

 

 MS-06 ザクⅡ。

 

 ジオン製のモビルスーツ。

 

 鹵獲したものを試験運用のために改造した機体だ。

 

 ――自国にはまだ、モビルスーツ()はない。

 

 今は、まだ。

 



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第74話 Side『灼熱の抗戦』

 

「ようハルト、そっちも終わったか」

 

 機体を降りたところで振り向くと、顔にいつものニヤついた笑みを貼り付けた男――フィリップ・ヒューズ少尉が寄ってきた。

 

「相変わらず、眉間にしわ寄せてんじゃないの。そんなんじゃ、女の子にはモテないぜ」

 

 陽気にして饒舌。それがこの男の持ち味だった。

 

 これでも第07独立機械化混成部隊に選ばれるほどの腕前を持つパイロットだ。

 

「ランガー少尉お疲れ様です」

 

 後に続いて挨拶してきたのは、同じくチームメイトのサマナ・フュリス准尉だ。

 

 この3人と通信士を加えて、1番MS小隊「ブルーチーム」が組まれる。ハルトはチームの隊長に抜擢されていた。

 

「ああ。異常はなかったかサマナ?」

 

「はい、いつも通りですね。とはいえ、毎回単なる起動試験だけだと飽きがきてしまいます。こんなこと言ったら不謹慎ですが、早く出撃して実戦のデータを取りたいですよ」

 

「おんやー? そんなこといってサマナちゃん。昨日は『初の実戦で震えてくる』って言ってたじゃないの」

 

 フィリップが底意地の悪い笑みを浮かべてからかうと、サマナは顔を真っ赤にした。

 

「あれは武者震いがするって意味で言ったんですよ! 東洋ではそう表現するんです!」

 

「聞いたことねぇなぁ。隣に立ってて、俺ぁ地震でもきたのかと思ったがね」

 

「そんなに震えてません!」

 

 毎度の掛け合いをする同僚たちに、ハルトは思わず苦笑を漏らした。これでも彼らの仲は良好だ。フィリップにしても、からかいこそするが、相手のプライドを貶すようなことはしない。なにより後輩への面倒見がよく、サマナもそれはよくわかっている。

 

 だが、北米からこの中東に渡ってきて1週間が過ぎる。

 

 ジオンの大規模作戦に即応するために、以前行っていたような実弾試験などを行うことはできず、毎日のように午前中は起動試験、午後は待機となっていた。

 

 これでは気持ちがダレるのも仕方がない。

 

「気楽なものだなぁ、モルモットの連中は」

 

 聞こえよがしに響く声。

 

 見れば、数名の男たちがニヤニヤとこちらを見ていた。

 

「なんだとぉ?」

 

「よせ、フィリップ」

 

 先頭の男の階級章が大尉であることを確認し、詰め寄ろうとしたフィリップを止めた。

 

 ハルトは男に向かって敬礼する。大尉は返礼もせず、こちらを馬鹿にするように鼻を鳴らした。

 

「レビル将軍はもっと責任ってものを感じて貰わねぇとな。お前ら宇宙軍がヘマしやがったせいで地球には隕石が落ちるし、エイリアンどもに地上を占拠されてるんだからよ」

 

 そう言って大尉は、ハンガーに並ぶザクを見上げた。

 

「何が新兵器だ。ただ敵の玩具を拾ってきただけのくせに。人形遊びがしたけりゃ、穴蔵に篭ってな」

 

 徴発するように大尉はハルトの前までやってきたが、それでも敬礼を崩さずにいると「チッ」と舌打ちをして取り巻きたちとともに去っていった。

 

「陸軍、ですね」

 

「おー嫌だね。ガラが悪いったらない」

 

「言い分はわからんでもない。ジオンの降下作戦を宇宙軍(我々)は止めることすらできなかったんだからな」

 

 加えて、先の戦闘で損耗した艦艇を補填するためのビンソン計画により、地球方面軍は少なくない予算を奪われている。そうしたやっかみもあるのだろう。

 

 陸軍高官はMS不要論を唱えており、反レビル派の急先鋒がトップを勤めている。

 

 地上から大半の反連邦勢力を駆逐した結果、地上軍を宇宙軍に併合しようという論を過去にレビル将軍が発表していたため、その頃からの軋轢があった。

 

「あいつら、いち早く新型が完成してるからな。気も大きくなってるんだろ」

 

 RX-75ガンタンク。

 

 陸軍の『次世代主力戦車(MBT)開発計画』により進められていたRTX-44をG4計画に統廃合し、対MS用として再設計したものだ。

 

 武装も豊富であり、背部の220mmキャノン、両腕部のボッブ・ミサイルランチャー、対艦用ミサイルなど強力なものが揃えられ、ザクだけでなく、装甲の厚いドムすら葬れる。

 

 装甲はルナチタニウム合金を採用し、正面装甲はドムのバズーカどころか、陸上船艇の艦砲射撃にすら耐えると謳っていた。

 

 だがハルトは、この機体ではMSに勝てないと思っていた。

 

 重武装な分、機動性と運動性能に大きく劣る。防御に秀でていても、脆い側面や背面を容易に取られてしまっては話にならないだろう。

 

 連邦軍共通の、大艦巨砲主義がよく表された機体である。

 

「でも、もうすぐ僕らもこの借り物(・・・)ともおさらばですよ」

 

「そりゃどういうことだ?」

 

 フィリップの質問にサマナは答える。

 

「宇宙軍が開発したMSが、先行して実戦配備されるって話です。第01独立機械化混成部隊から順に、だそうですよ」

 

「おい、そりゃあまさかザニーじゃ……」

 

「いや、完全に新規です」

 

「遂にできたのか」

 

 戦うための、大切なものを守るための力。それがようやく手に入る。そう思うと、気が昂ぶってくるのがわかった。

 

「ハルト・ランガー少尉こちらでしたか」

 

 そう言って駆け寄ってくるのは、同隊のモーリン・キタムラ伍長であった。

 

 彼女はチーム専属の通信士であり、同隊の紅一点でもある。

 

「ブルー小隊リーダーは、1300時よりブリーフィングルームに集合願います」

 

「ジオンに動きがあったのか?」

 

「はい。進軍を開始したそうです」

 

 ついに始まった。

 

「了解した」

 

 ハルトは頷くと、もう一度MSを見上げた。

 

 この借り物で、一体どこまでできるのか。

 





 ポケモン新作の最終PVがとてもエモーショナルで楽しいです。


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第75話 Side『灼熱の抗戦』


 更新ないと思った?

 ハッハッハッ!

 また更新作業するの忘れてました。すいません。


 

 ハルトがブリーフィングで命じられた作戦はこうだ。

 

 ジオンは今回もMSの機動力に物を言わせた、得意の突破戦略を仕掛けてくる公算が高い。

 

 それを逆手に取る。

 

 ジオン地上部隊が戦線に投入したMSはニ種類あり、その一つが大型でありながら機動力に富むドムだ。

 

 ザクよりも足の速いドムは必然、後続と距離が離れやすい。

 

 そこを利用して、戦列が間延びしたところで後衛を叩く。

 

 その役目をハルトのブルーチームは命じられた。

 

 上官に聞かされた内容を、チームの作戦室で待っていたメンバー全員に伝えると、案の定フィリップは批判的な発言を述べた。

 

「そんな上手くいくかねぇ? 要は待ち伏せして後背をつくってことだが、砂漠だぜ?」

 

 アフリカは旧世紀の時点で砂漠化が一気に進み、今はほとんど緑を見ない土地となっている。

 

 身を隠す遮蔽物のない場所で待ち伏せをするのか。フィリップはそう指摘していた。

 

「やりようはあると思いますよ」

 

 異を唱えたのはサマナ准尉だ。

 

「僕らが展開する沿岸部付近は、数少ない砂砂漠です。穴をほってそこに身を隠せば」

 

「げ! ジャブローのモグラよろしく、穴蔵に潜めってか。勘弁してくれよ」

 

「そうだフィリップ。上もサマナが言った通りの方法を想定している」

 

 フィリップは肩をすくめた。彼の性格上、一度は内容にケチをつけねば気がすまないのだろう。これは彼なりの儀式であり、承諾しづらい命令をなんとか飲み込むための手法だ、とハルトはこの短い間の付き合いで理解していた。

 

 また、ベテランである彼の指摘は、時に作戦内容に多角的な視点を与えることもある、とハルトは黙認している。

 

 事実サマナの方は、懐疑的なフィリップの言葉を意識し、この作戦に不備がないかどうか考え始めている様子であった。

 

「だとすると、問題はMSに搭載されているUGS(アンダーグラウンドソナー)ですね。啓開を念入りにされたら流石に騙せません」

 

 MSに装備されたUGSは、地面を伝わる音を拾い索敵するための物だ。

 

 ミノフスキー粒子によりレーダーが効かない環境でも、敵位置や、大型地雷の発見を可能としている。

 

「どうでしょうか。私は大丈夫だと思いますけど」

 

 そう答えたのは、モーリン伍長だ。

 

「どういうことだ伍長?」

 

「はい。MSに搭載されているUGSは、そこまで索敵範囲は広くありません。ましてや突破戦略を使ってくるなら、啓開も最小限でしょうから、地面を伝わる音は輻輳(ふくそう)していて、専門の訓練を受けた者でなければ判別不可能なはずです」

 

 彼女はまだ若いが、部隊の通信士に抜擢されるだけのことはあり、索敵通信に関しては、高い技量と経験に支えられた自信があった。

 

「モーリンちゃんが太鼓判を押すなら問題ないね」

 

 そう言ってフィリップは笑いながら肩を竦める。了承した、という彼なりの合図だ。

 

 どちらにせよ、作戦内容はすでに決まっている。不備のない作戦というものも存在しないが、それでもやらねばならないのが軍人であり、軍隊であった。

 

「砂に潜るんだ、機体各所のシーリングは徹底。それとサマナ、今回の作戦には新型は間に合わないそうだ。配備のために輸送が始まっているが、それよりも俺たちがここを発つのが早い」

 

「そうですか、残念ですね」

 

「各自準備は怠るな。キタムラ伍長、君はホバートラックで随時戦況の確認。君の合図で潜伏しているMSが飛び出す」

 

「大任ですね。がんばります」

 

「なぁに、モーリンちゃんなら大丈夫よぉ」

 

「サマナ准尉、君は作戦に同道する戦車隊とホバートラックの直掩だ。退路の確保も任せる」

 

「了解です」

 

「フィリップと俺は撹乱だ。ジオンの連中は地上戦に慣れていない。そこをついて個々に分断する。連携はさせるな」

 

「オッケーだ」

 

 全員がハルトの顔を見る。

 

 会議をしめるための言葉を待っているのだ。

 

「よし。全力を尽くせ。宇宙人共に、連邦の底力を見せてやれ!」

 

「了解!」

 



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第76話 Side『灼熱の抗戦』

 

 砂の中。

 

 じっと息を潜めてその時を待つ。

 

 砂丘地帯に展開した第07独立機械化混成部隊だったが、思わぬ苦戦を強いられていた。

 

 それは暑さだ。

 

 熱源探知を避けるために、機体の駆動は最小限でしかない。結果、空調が効かず、コックピット内は自身の体が発する熱が籠もり、蒸し暑かった。

 

 こめかみを流れた汗が顎に伝って流れ落ちる。

 

 そろそろ限界が近い。戦闘時起動を行わなければ空調が効かないなど、ジオンは本気で地球を攻略する気があるのか、と疑いたくなる。

 

 無事に戻ったら、レポートにはこの欠点を書き込んでおこう。

 

 ハルトは強く誓った。

 

 砂に隠れていても、戦場の音は響いてくる。

 

 隠れたまま流れ弾が当たるのではないか、と密閉された空間の中で迫りくる恐怖や不安とも戦わねばならなかった。

 

 必要なその時まで、仲間とも連絡が取れない。

 

 戦況はわからなかった。

 

 開戦時、エルサレムから発信した航空隊がジオンのMS隊に向けて爆撃を行う予定であった。

 

 しかし、当初こそ配備されていないと思われていた航空機ゾッドが迎撃に当たり、連邦空軍で唯一MSに痛打を与えることのできる爆撃機デプロッグが、すべて撃墜されてしまった。

 

 だが数は力である。

 

 一緒に発進していたトリアーエズの編隊の猛然とした戦いにより、ジオンの航空部隊は早々に撤退した。

 

 防空網を死守することに成功したが、爆撃を無視して、MSドムが防衛陣地をことごとく突破。

 

 そして後続の部隊が食い荒らされた戦場を一掃する。

 

 上層部が想定した通りの動きであった。

 

 ジオンはMSの攻撃力によほど自信があるのだろう。支援、補給線が伸びるのを意に介さずに進んでいく。

 

 ジオン兵は士気が高く精強だと謳っているが、実際は一度も大規模実戦を経験したことのない部隊の集まりでしかない。

 

 ジオンに兵なし。

 

 その言葉通り、彼らに連携という概念はなく、MSの性能と個人の技量頼みの戦法だった。

 

 そこに付け入る隙がある。

 

 ハルトはこの戦争で連邦が勝つと信じていた。

 

 彼らは軍人ではなく、武装したテロリスト集団でしかない。

 

 地球という人類共通の資源でもある大地に隕石を落とし、大量虐殺を行った相手に、我々はけっして負けてはならないのだ。

 

 我々が負けるということは、人類全体が暴力に屈したということだ。

 

 いかに暴走する力を抑え、その生存圏を拡大していくか。旧世紀以前から人が延々と思い悩み、築き上げてきた歴史を、真っ向から否定することだ。

 

 そんなことを考えながら、ハルトは同時に矛盾している、と自嘲もした。

 

 大義があるかのように自分は考えているが、実際はそんなことはない。ただ、家族と友を奪った連中に直接仕返しをしてやりたいだけなのだ。

 

 そのために、より強力な暴力を求めているではないか。

 

 じりじりとした時間は、気持ちを消耗させる。

 

 ひたすらに外部からの作戦開始合図を待つのみ。

 

 これ以上の思考は毒にしかならない、とハルトは目を閉じ、気を休めることにした。人の脳は、視覚情報によりエネルギーを使うという。

 

 作戦開始までに、少しでも体力を温存するべきだった。

 

 いくばくかの時を待ち、電子音がコックピット内に響き渡る。

 

 作戦開始を告げる音だ。

 

「出るぞ」

 

 誰に告げるでもなく呟き、機体を立ち上げる。

 

 灼熱の戦場へ向けて。

 

 



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第77話 Side『灼熱の抗戦』

 

 モニターには硝煙煙る戦場が映る。

 

「いやー暑かったぜぇ! 作戦前に干からびるんじゃないかとヒヤヒヤしたさ」

 

「肝が冷えたなら丁度良かったじゃないですか」

 

 フィリップの軽口にサマナが日頃の皮肉を込めて応酬した。

 

 そんななか、ハルトは冷静に戦況を確認する。

 

 マゼラアタックの戦列が見える。都合よく彼らの脇腹を捉えたようだ。

 

 自分たちと同じように砂地に潜んでいた61式の戦車隊が、雨のように砲撃を始める。

 

「こちらブルー1。ブルーオアシス、攻撃目標をMSではなく、マゼラアタックに変更だ」

 

「え? MSはいいんですか?」 

 

「復唱はどうした!」

 

「は、はい! 各機、敵車輌を攻撃してください!」

 

 伍長のホバートラックからの相互通信で、戦場に展開するマゼラアタックのおよその配置が送られてくる。

 

「サマナ准尉は予定通り、61式の援護とブルーオアシスの直掩だ」

 

「了解です!」

 

「おうハルト、お人形さんは撃たなくていいのか?」

 

「思ったよりも奴らの足が早い。後のことを考えるとマゼラの数を減らす方が合理的だ」

 

「了解さん」

 

 フィリップとハルトは同時にマゼラアタックの戦列、中央に飛び込んでいく。

 

 ザクに乗っているためか、味方と誤認した様子の相手に、100mmマシンガンをこれでもかと食わせてやる。

 

 MS用携行火器として開発されたヤシマ重工製の100mmマシンガンは未だに量産試作型ではあるが、有効射程内であればザクの装甲を容易に貫徹し、重装甲のドムにも有効打を与えることが可能だった。

 

 これまでの兵器であれば重砲といってよい大口径の銃弾を無数に浴びせられ、マゼラアタックは爆発炎上した。

 

 ようやくこちらを敵と認識した車輌が、大きく距離を取るように迂回するが、そう簡単に砲撃適正距離を取らせてやるつもりはない。

 

 MSの機動性に物を言わせ、強引に戦車の後背を奪う。

 

 後は簡単だ。

 

 たった数発の弾丸をプレゼントしてやればいい。

 

 マゼラの装甲など、まるで缶詰の蓋だ。

 

 次々と車輌を撃破していくなかで、ハルトの前に見慣れないMSが現れた。

 

 姿はザクに似ている。

 

 だが、ところどころ関節のフレームが剥き出しになっており、ザクよりも曲面の少ないフォルムだ。

 

「新型か?」

 

 思わずつぶやくが、同時に違うと直感的に判断した。

 

 相手の動きが悪く見える。

 

 どこが悪い、とはうまく判別できないが、全体の動きがどこか安っぽいような、洗練されていない感じがした。

 

 先日、ジオンが自国に友好な他サイドに向けてMSを輸出したという情報を耳にしたのを思い出す。

 

 (モンキーモデルか? なら乗っているのは志願兵か)

 

 相手の動きが悪いのは、搭乗している機体が廉価版であることと、パイロットが未熟なせいであろう。

 

 ようやく向こうが動き始める。

 

 特に回避行動すらみせない、単調な突進だ。

 

 ハルトは機体を素早く動かし、相手の射線の間にマゼラアタックを挟むように立ち回る。それだけで銃撃に鈍りが出た。やはり乗っているのは素人だろう。

 

 遠慮をすることはない。

 

 敵MSに向けて100mmを撃ち放つ。

 

 相手の反応が意外にもいい。銃口を向けた瞬間、機体を素早く移動させて銃撃を避けた。

 

「意外にやる!」

 

 相手の瞬発力はザクよりも上のようだ。おそらく機体が軽いのだろう。

 

 100mmはジオンが使っている120mmマシンガンよりも弾速と発射サイクルに優れた武装だ。初速があるために近距離での集弾率は悪くない。

 

 それでも相手に致命打を与えるに至らない。

 

 動きが巧みということではなく、敵陣の真っ只中で複数の戦車を相手にしながらMSとも戦闘するというのはいささか荷が勝ちすぎていた。

 

 とは言え、背中を見せればマゼラかMSどちらかにやられるだろう。

 

 相手がなかなか決着がつかないことに苛立ったのか、銃を捨て、ツルハシのような近接武器を手に取った。

 

 ハルトにはそれは悪手に思えた。

 

 MSの機動戦では、相互の速度から近接武器を扱う瞬間は一瞬でしかない。かわされてしまえば反撃が確定するほどに大きな隙を晒すことになる。

 

 こちらの牽制射撃をものともせず猛然と突っ込んでくる相手に、ハルトは決着をつけることを決めた。

 

 動かなくなったマゼラアタックを間にはさみ、わざと見せつけるように100mmの弾倉を交換する。

 

 案の定、敵は好機とばかりに突進してきた。

 

 ツルハシを振り上げたところで、体当たりをぶち当てる。

 

 さすがにそれで破壊とはならなかったが、搭乗しているパイロットにはすさまじいまでの衝撃が襲うことになる。まともな操作もできなくなるほどだ。

 

 こちらのザクよりも軽い機体は、仰向けに倒れた。

 

 ハルトは素早くヒートホークを抜き、相手にとどめを刺すべく振りかぶる。

 

「悪く思うな」

 

 瞬間、衝撃が走った。

 



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第78話 Side『灼熱の抗戦』

 

 マゼラアタックだ。

 

 ――油断だな。

 

 これでは素人を笑えないと、己を戒める。

 

 幸い命中したのは主砲ではなく、歩兵支援用の機関砲のようだ。それではザクの装甲板は抜けない。

 

 それでも立ち止まっていれば次は主砲が来るだろう。

 

 ハルトは素早く標的を切り替える。

 

 こちらに向かってくるマゼラアタックにランダム機動で近づく。マゼラアタックはトップ部が飛行するために、主砲が旋回できない。射線を切るのは容易だ。

 

 砲手席のキャノピー越しに相手の顔が見えた。

 

 ヒートホークを叩きつける。

 

 プラズマ熱により砲弾に引火したのか、トップ部が爆発した。

 

 砲手は即死だろう。

 

 振り返ると、先程のMSが起き上がっていた。

 

 その姿に、怒りのような影が見える気がした。

 

 先程のマゼラに戦友でも乗っていたのか。

 

 ――奇遇だな、俺も戦友をお前たちに殺されたよ。

 

 自分たちの番だけ飛ばそうなどと、虫が良すぎる。

 

 とどめを刺してやろうとマシンガンを構えた。

 

「隊長! 味方の輸送機(ミデア)です!」

 

 伍長の通信に上空を見上げる。確かにミデアの編隊が飛行していた。

 

 ミデアはコンテナを開き、そこからパラシュートを背負った兵器が降下する。

 

 陸軍のガンタンクだ。

 

「ブルー1より、ブルーチーム全機に告ぐ。作戦目標を達成、これより撤退する」

 

「え? 撤退ですか?」

 

「そうだ。復唱しろ。撤退だ」

 

 感情を込めずに告げると、無線の向こうで全員が息を呑む雰囲気が伝わってくる。

 

 戦況はこちらが押している。ここで撤退する理由もないのだ。

 

「オーケー隊長はお前さんだ。ブルー2撤退了解」

 

 フィリップが真っ先にそう告げた。

 

「ブ、ブルー3了解!」

 

「ブルーオアシス了解しました」

 

「ハルト、後で説明はしろよ」

 

 納得はしていない。言外にそういった意図を滲ませてフィリップが言う。

 

「わかった」

 

 ハルトは上官に、『陸軍の新兵器が降下するまで、撹乱せよ』と命令を受けていた。また、機密を守るために作戦終了まで他言も禁止された。

 

 ――今回は陸軍に譲れ、ということだな。

 

 連邦軍も一枚岩ではない。人が運営する組織なのだから当たり前だ。庭先まで攻め込まれておきながら派閥争いなどくだらないとハルトは思うが、理想論だけで組織の風通しは良くはならない。

 

 結局、そうした物事の緩衝のために政治は必要なのだ。

 

 件のMSに牽制射撃を行いながら後退する。

 

 できれば撃墜してやりたかったが、残弾数も半分を切っているし、なによりこれから陸軍の砲撃が矢衾(やぶすま)に始まるのだ。間違っても巻き込まれるわけにはいかない。

 

 ましてやこちらは鹵獲したザクを使っている。識別のために連邦章を大きく各所に貼り付けてあるが、ミノフスキー粒子下での乱戦では視認が難しい。背後から撃たれる可能性は高かった。

 

 敵MSはこちらの追撃を断念したようだ。

 

 戦況の変化を敏感に感じ取ったのだろう。まだ荒削りだが、パイロットとして次はもっと手強くなるのかもしれない。

 

 もしもここを生き残ることができたのなら、だが。

 

 妙な因縁ができた、とハルトは感じた。

 





 明日はポケモンSV!

 しばらく更新止まります。


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第79話 Side『灼熱の抗戦』


 ポケモンSVひと段落したので再開します。

 星6レイドがつらいんじゃ(´;ω;`)


 

 マプト港湾基地。

 

 旧モザンビーク共和国の首都であり、天然の良港を有する近代的な都市である。

 

 ガンタンクの空輸による投下を確認した第07独立機械化混成部隊は、エルサレムには戻らず紅海を抜けて南アフリカへと撤退した。

 

 結果、この判断は正しかったと言えるだろう。

 

 ジオンの侵攻は予想以上に速かった。

 

 後背を分断して叩くために投入された陸軍のガンタンクも、ジオンの新兵器である強襲型MTにたちまち喰われ、その責務を全うすることはできなかった。

 

 とどめに、新設されたジオン海軍が地中海を抜け、水陸両用MSにてアレクサンドリア、エルサレムを襲撃。一週間と保たずに陥落した。

 

 その後紅海の封鎖が行われたため、撤退時期を見誤ればその勢いに部隊は圧殺されていたことだろう。

 

「キンバライド、ですか?」

 

 マプト港湾基地にて上官から告げられた内容に、ハルトは思わず返した。

 

「そうだ。キリマンジャロ基地にほど近いこの鉱山跡を利用し、橋頭堡としての基地を築く」

 

 咎め立てはしなかったが、マオ中尉は露骨にしかめっ面を作り、横柄に頷いた。

 

 痩せぎすの男である。

 

 典型的な文官といったきらいであり、現場パイロットを下に見る姿勢が端々に滲み出ていた。

 

 部隊長をつとめるホフマンの腰巾着であり、副官であるのだが、上官に媚を売って出世することしか考えていないのか、作戦内容を説明する時以外にはこちらに声をかけてくることもない。

 

 キンバライドは資料によれば、もう20年も前に閉鎖した鉱山のようだ。

 

 位置としては、このマプトよりもキリマンジャロに近い。

 

「ジオンの支配域に近いですね。すでに敵が占領している可能性がありますが」

 

「その可能性も加味して、我が部隊に命令が下されたのだ」

 

 何が我が部隊だ。お前たちは一度も前線に足を運んだことはないだろうに。

 

 不満の言葉を飲み込んで、それでもハルトは抵抗を試みた。

 

「先の作戦の消耗がまだ補填されていません。保有してるMSの補修部品も不足しており、稼働試験程度ならまだしも、実戦に耐えられる状態にないと愚考します」

 

 特にレッドチームの損害はひどく、ザニー1機が大破により廃棄が決定。残り2機も中破しており、まともな運用には支障が出ている。

 

 自分たちが使用していたザクも鹵獲品であり、交換部品などもとから存在しない。

 

 前作戦で無理をさせた結果、各部の摩耗が激しく、内部機構が歪んでしまい破断する恐れがあった。

 

 しかし文官は鼻でせせら笑った。

 

「そのぐらいのことは理解している。近日にもジャブローから補給物資と新型のMSが届く予定だ」

 

 ――MSか!

 

 その言葉にハルトは俄然この作戦に意欲が向いてきた。

 

「それはザニーなどではなく、完全な新型でありましょうか?」

 

「そう聞いている。本機が届くと同時に作戦は決行だ」

 

「慣らしもせずにですか」

 

「実地試験を行うのが我々の役目だろう。不満があるかね」

 

 上官の態度はこちらを顧みる様子はまったくない。いつものことではあるが。

 

「ハルト・ランガー少尉、任務拝命いたしました」

 

 これ以上の討論は時間と感情を浪費するだけだと判断し、早々と打ち切ることにする。

 

「よろしい。詳細は後で貴官の端末に送る。全員で目を通しておけ。以上だ」

 

 ハルトはもう一度敬礼を返して、部屋を退出した。

 

 





 同僚に『女子高生の匂いがするベビーパウダー』を分けてもらいました。

 瞬着パテにでもして、ノーベルガンダムにでも使おうかなー


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第80話 Side『灼熱の抗戦』

 

「航空部隊の援護もなしってか?」

 

「無駄口が多いぞフィリップ少尉」

 

 砂漠の中をブルーチームはMSで行軍していた。

 

 先日拝領した新型のMSは今のところ正常に稼働している。

 

 RX-79[G]。

 

 ガンダムと名付けられた、連邦製の新型機。

 

 ハルト達、独立機械化混成部隊の面々が待ち望んだ機体であるが、未だに試験用であるらしく、機体の各所にはセンサーやサブカメラが多数増設されていた。

 

 ハルトの搭乗する機体は、背面バックパック左に2連装ロケットランチャーを装備し、後方から前衛を支援する仕様だ。

 

 フィリップとサマナの機体はRGM-79[G]。ジムと呼ばれる本格的な生産型である。

 

 試作機の製造過程で生まれた余剰部品をかき集めて再構築したのがRX型だが、RGMはザニー運用のフィードバックを受けて開発された機体だ。

 

 RXとは違い装甲にルナチタニウム合金は使われていないため、試作機よりも防御性能が劣るものの、機体各所の出力はほぼ同値であり、カタログ上はザクやドムを上回る性能値を記していた。

 

「慣らし運転すら現地でなんて、まさにモルモットだね」

 

「少尉はぼやきすぎですよ」

 

 フィリップ少尉の愚痴も当然だろうとハルトは考えた。

 

 キンバライド鉱山急襲作戦はあまりに突貫すぎる作戦であった。

 

 同じくMSを支給された――RGM-79[G]ジム――レッドチームと合同での作戦である。

 

 鉱山を東西から挟むように急襲する内容だ。東部を担当するレッドチームとは当然別行動となる。

 

 目的場所から離れた位置にミデアで輸送され、そこから徒歩での進軍であった。

 

 事前偵察では、ジオンの兵はあまり数が展開されていないとのことだったが、エルサレム防衛戦からひと月以上が過ぎており、敵の兵力も回復しているのではないか、とハルトは予想していた。

 

「航空部隊は陽動として別陣地の攻略に出ている。そもそも目的は鉱山の制圧だ。航空機に出番はないだろう」

 

 それだけでなく、今は連邦空軍は虫の息であった。

 

 地上において、航空戦力がMSの天敵となり得ると早期に理解したジオン軍は、徹底して空軍の航空基地を叩いた。

 

 さらに航空迎撃機として、宇宙でも使われていたゾッドを多数投入。戦闘機としては驚異的な運動性能をもつ本機により、連邦は貴重な戦闘機パイロットを多数失うことになった。

 

「しかしよ。いくらなんでも杜撰な作戦じゃないかい? ただでさえ貴重な戦力を割いて、敵がどのくらい展開してるかわからん拠点を攻撃するなんてよ」

 

 堂々と任務批判を続けるフィリップに、モーリン伍長が注意を飛ばす。

 

「少尉、言葉遣いには気をつけてください。この会話は録音されてますよ」

 

「上が怖くて、こんな棺桶に乗れますかっての。モーリンちゃんだって疑問でしょ? こんな無謀な――」

 

「フィリップ少尉、黙れ。浅いとはいえどすでにここは敵の支配地域だ」

 

 これ以上の愚痴は部隊全員の士気を下げると判断し、ハルトは通信傍受の恐れを理由に掣肘した。

 

「しかしハルト、今回の作戦は無茶がすぎる――」

 

 それでもフィリップは今回の任務を呑み込むことが難しいらしく、食い下がってきた。いい加減に止めようとハルトが口を開きかけた時――。

 

「センサーに感! 音紋照合……航空機? ゾッドです!」

 

 モーリン伍長の警告に上空を見ると、空に黒点が2つ見えた。

 

 それは見る間に大きくなり、ジオンの迎撃戦闘機の姿がはっきりとする。

 

「さらにUGSに感! モビルスーツ! ドムです!」

 

 



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第81話 Side『灼熱の抗戦』

 

 前方に見える丘の向こう側から、ドムが3機現れる。

 

 完全な待ち伏せだ。

 

 無人の小型哨戒機にでも捉えられていたのだろうか。

 

 さらに伍長の切迫した声が思考を切り裂く。

 

「さらに駆動音!? 砲撃きます!」

 

 同時に衝撃がハルト達のコックピットを揺さぶる。近くに着弾した砲弾の爆発によるものだ。これが直撃していたらと思うと背筋が冷える。

 

「伍長!」

 

「っ! すいません! 丘の向こう、これはMTです!」

 

「くそっ!」

 

 ハルトは毒づいた。

 

 MT――間違いなく、北アフリカで投入されたという新型だ。この砂漠で姿が見えないのに砲撃されたということは、今の砲撃は電磁投射砲によって丘を越えて撃たれたものだろう。

 

「ブルー2! 上のゾッドを狙え!」

 

「わかってるさ!」

 

 フィリップ少尉がビームライフルを上空に向けて放つ。ビームライフルはMSとともに届けられた新兵器だ。メガ粒子砲を携行可能にした武器であり、スペック通りの性能ならば、ジオンの兵器群に対して圧倒的な戦果が期待できるはずであった。

 

 しかし彼のジムは射撃の反動を殺しきれず、仰向けに倒れ込んだ。

 

 放たれた赤い光線は辛くもゾッドを貫き、撃墜せしめる。

 

「くっそ! 反動制御値どうなってんだ!」

 

「早く起きてください少尉!」

 

「わかってる! ああクソ! 右腕がイカれやがった! ライフルはもう撃てねぇ!」

 

 フィリップが機体のエラーを告げてくる。

 

 ビームライフルの反動で、ジムの右腕にあるパワーユニットが故障したのだろう。

 

 これだから試作品は信用できないと、ハルトは舌打ちした。

 

「ブルー3、ライフルは使うな! 100mmとミサイルランチャーを使え!」

 

「了解!」

 

 サマナ准尉がゾッドに向けてミサイルを発射する。

 

 ミノフスキー粒子下でも使えるレーザー誘導装置を積んだミサイルだが、それほど誘導効果は高くない。

 

 ましてや運動性にすぐれたゾッドだ。容易に振り切られ、ミサイルを回避する。だが、機首にハルトの放った100mmが当たり、空中で爆発した。

 

「ブルー2、行けるか?」

 

「ああ。右腕は死んだが、左だけならなんとかなる」

 

「よし。ブルー3はブルー2を援護しろ。オアシスはMTの位置を徹底的にマークだ」

 

 指示を飛ばし、ハルトは向かってくるドムたちを視界に捉えた。

 

 彼らは単純にも、こちらに直進してくる。

 

 肩が赤く塗られ、頭部にブレード型のアンテナをつけた指揮官タイプと、両肩にキャノン砲を積んだ砲撃タイプが2体だ。

 

 勢いはあるが、動きに熟練は感じない。

 

 特に装備重量の影響か指揮官機が突出しており、後続の2機は散慢に砲撃を行うだけだ。

 

 相互が動き続けている状況で、弾速の遅い大口径砲にそうそう当たるものではない。

 

 ジオンの悪癖を表した小隊といえた。

 

 部隊内で練度が一定しておらず、それぞれが連携をとれないのだ。

 

 サマナが撃ったミサイルを避けるため、後続の機体が大きく迂回したことで、指揮官機が孤立する。

 

 そこをハルトは狙い撃った。

 

 100mmが命中し、肩の装甲が弾け飛ぶ。そのまま連射により致命傷を与えるはずだったが、突如射撃が止まった。

 

 機器がエラーを伝えてくる。

 

 見れば、排莢部に薬莢が挟まっている。

 

 空薬莢が煙突のように見えるため、ストーブパイプと呼ばれる動作不良(ジャム)だ。

 

「くそ! こんな時に!」

 

 本来MS用の小銃は、電動で強引にスライドを引くために、スライドの後退量が足りなくなるということは、まず起こり得ない。

 

 考えられるのは、先程の砲撃の衝撃と、対空砲火を行ったときにフレームに歪みが出たか、制御基部が損傷したかだ。

 

 ドムがマシンガンで反撃してくる。最近普及した新型の小銃だ。連射力があり弾速も早い。

 

 辛うじて防いだシールドが半ば砕け散った。

 

 怒りを込めて、使えなくなったマシンガンを相手に投げつけるが、それはドムの腕で払われてしまった。

 

 接近してきたドムがサーベルを抜く。

 

「やらせるか!」

 

 ガンダムには格闘用武装として、ビームサーベルが装備されている。しかし装備箇所は脚部、人間でいうところの脹脛側面であり、咄嗟の防御には使えない。

 

 ハルトは瞬時に判断し、腰部背面に予備として装備してきていたヒートホークを左腕で引き抜いた。

 

 テスト機であったザクのものである。

 

 ドムのサーベルを受け止め、薙ぎ払う。

 

 その間に、本命であるビームサーベルを右腕に持った。

 



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第82話 Side『灼熱の抗戦』

 

 振り上げたビームサーベルは、ドムのヒートサーベルで防がれる。それぞれの磁場がぶつかる硬質な音が響く。

 

 切り結んだまま、胸部バルカン砲を撃つが、ドムの分厚い装甲に阻まれ致命打は与えられない。

 

 思ったよりも手強い。

 

 ハルトに焦りの感情が生まれた。

 

 少しでも早く指揮官を抑え、戦術的有利を取ろうとした目論見はすでに崩れている。

 

「ブルー2、ドム1機撃破!」

 

 伍長からの報告。

 

 炎上した砲撃型ドムが、仰向けに崩れ落ちるのが見えた。胸部ハッチが開き、パイロットは脱出したようだ。

 

 機体にエラーが出ているフィリップだったが、ベテランの意地を見せた。相手小隊の連携が取れておらず、サマナ機が援護しやすい状況であったのも功を奏した。

 

 仲間がやられるのを見た指揮官は焦れたのだろう。マシンガンを投げ捨てたのを見て、ハルトはさらに自分たちに状況が有利になったことを確信した。

 

 もっとも恐れていたのは、ドムの機動力で延々と牽制射撃を行われることだったからだ。

 

 MSは人間ではないから、弾が一発当たった程度では致命傷にならないし、相手の装甲は厚い。自分ならそこを利用して、即かず離れずの距離で射撃戦を行い、味方機の砲撃も絡めて攻める。

 

 想定外の不運が重なったが、敵の指揮官が未熟で助かった。

 

「隊長! MTが出てきます!」

 

 レーダーに新たな機影が表示される。

 

 距離は10kmもない。

 

「もう合流されたか。ブルー3! ライフルで狙撃はできるか!?」

 

「射程圏内です。やってみせます!」

 

「撃破はいらん! 足を狙え! 擱座させればいい!」

 

「ハルト、撤退するのか?」

 

 フィリップが意図を察知して問いかけてくる。

 

「そうだ」

 

 MTの足を止めれば、数の不利を押し通してまでMSも追っては来ないはずだ。

 

 こちらも、フィリップの機体トラブルは解決していない。このまま強行するのは無謀だろう。

 

 切り込んでくるドムのヒートサーベルを、ビームサーベルで切り払う。

 

 出力が高い方が、相手のプラズマ粒子の磁場を侵食する以上、本体のあるヒートサーベルは切断される。

 

 勢いで凪いだ一撃は、浅く相手の胸部と頭部モノアイスリットを損傷せしめただけに終わった。

 

 さらに武装を切り替え、2連装ロケットランチャーを叩き込む。

 

 陣地攻略用の武装であり、対MS用途としては破壊力に欠けるが、それでも相手は堪らずに後ろに下がった。

 

「サマナ!」

 

「はい!」

 

 准尉のジムが、ビームライフルを両手で構え、姿を現したMTを狙撃する。

 

 赤い光条は相手の左下部、キャタピラ部分を貫き、炎上させた。

 

「撤退する!」

 

 ホバートラックが煙幕を張り、それに合わせて後退する。

 

 追撃として砲弾が飛んでくるが、狙いは定まっていない。

 

「ハルト、レッドチームはどうするんだ? 俺たちの支援がないままじゃまずかろう」

 

 撤退しながら、フィリップが聞いてくる。

 

「俺たちは完全に待ち伏せされていた。こちらの情報が漏れている可能性がある。おそらくレッドチームも同じく待ち伏せを受けているだろう」

 

「スパイがいるっていうのか?」

 

「わからん。だが隊長として、この状態で作戦続行は不可能と判断した」

 

 そう告げつつも苦いものが込み上げてくるハルトだった。

 

 



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第83話 Side『灼熱の抗戦』


 二話投稿します。


 

 飛んできた拳を、ハルトは敢えて避けなかった。

 

 キンバライドへ向かう途中での待ち伏せを受け、後方陣地に撤退し、そこからマプトへと帰還したハルトは、デブリーフィングにてマオに右頬を殴られたのだった。

 

「貴様! 作戦を失敗しておきながらよく戻ってこれたな!」

 

「お言葉ですが、今回の失敗は報告にある通り、ジオンの待ち伏せにあったことと、機体トラブルがあったことが要因であります」

 

「言い訳をするな! 貴様らの任務はキンバライドの攻略だった! 現地に行きもせずに撤退など敵前逃亡と同じだ! 我ら機械化混成部隊の目的は、MSを使って戦うことだろう。その任務を全うせずして何がパイロットか! しかも貴重なビームライフルを戦場に放棄してくるなど!」

 

 この男は何を言っているのだ。

 

 独立機械化混成部隊は、MSの運用データを実戦で集めることが主目的だ。そのため、なにより生き残り、収集したデータを残すことが大事だ。

 

 未だ貴重なMSを、既存の兵器のように単純に消耗させていいわけがない。

 

 ビームライフルはフィリップが落としたものだ。過負荷により機体右腕部のパワーユニットを損傷させてしまったため、戦場に放棄された。

 

 同時に、ジオンの追撃を避けるためでもあった。

 

 連中としては、ゾッドとMTを一撃で破壊した新兵器の情報は是が非でも欲しいところだろう。

 

 ビームライフルを確保すれば、追手が緩まるのではないか、とあのときは打算もあった。

 

「キサマらが撤退した結果、孤立したレッドチームは全滅したのだ!」

 

「レッドチームも待ち伏せを受け、交戦の結果壊滅したと聞いております」

 

 後に救助された生き残りのパイロットの証言により、投下ポイントに移送中のミデアが狙われ、レッドチームは急遽現地に降下、ミデアは墜落したことが判明している。

 

 ドム3体と新型のMT2輌によって敗北を喫した。

 

「口答えをするな!」

 

 さらに激昂したマオが拳を振り上げる。だがその拳が振るわれることはなかった。

 

 素早く動いたフィリップ少尉が、中尉を押し飛ばしたのだ。

 

「な、き、キサマ! 上官にむかって何を――」

 

「いやぁ、いくら上司でも許容できることとできねぇことがあるからな。やるってならとことんやってやるぜ?」

 

 尻もちをつき、明らかに怯えた様子を見せるマオにフィリップは獰猛な視線を向ける。

 

「ちょ、ちょ、懲罰ものだぞキサマ!」

 

「はん! 懲罰怖くてパイロットがやってられるかってんだ! こっちは毎回命はってんだぞ!」

 

「止せフィリップ」

 

「あー? この現場も知らねぇバカに兵士の流儀ってのを教えてやる」

 

 未だに腰が抜けているのか、座り込んだままのマオの襟首をフィリップは掴んで無理やり立たせる。

 

「ひ、ひぃぃ」

 

 マオの顔色は先程と打って変わって真っ青だ。

 

「だめですよ少尉! これ以上は本当によくありません!」

 

 サマナが殴ろうとするフィリップの腕につかまって抑えようとする。

 

「フィリップ! 止せと言っている!」

 

「止めんな! こういう奴は一発殴らねぇとしゃーねぇんだよ!」

 

「なんの騒ぎかね?」

 

 騒然とするブリーフィングルームに、低く落ち着いた声が響いた。

 

 声の主の姿に、ハルトは敬礼する。

 

 部隊の隊長であるホフマン大尉であった。

 

 彼の後には、2名の兵士が付き従っている。兵士の肩には憲兵を示す腕章があった。

 

「大尉! 助かりました! 彼らが暴れて私を脅して――」

 

「そうか。ふむ」

 

 ホフマン大尉が憲兵たちに頷くと、彼らは即座に動いた。

 

 



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第84話 Epilogue『灼熱の抗戦』

 

 憲兵たちはマオを掴んでいるフィリップを強引に引き剥がす。フィリップもさすがに憲兵には逆らわない。

 

 一方、マオは立場が逆転したことに勝ち誇った顔だった。

 

 しかし、それもすぐに変わる。

 

 次いで憲兵たちはマオの両腕を左右からつかんで拘束した。

 

「な!? どういうこと――ぐあっ!! た、大尉!?」

 

 振り払おうともがいたところで、憲兵によって腕を後ろにひねり上げられ、デスクの上に上半身を押さえつけられる。

 

「大尉! どういうことですか!?」

 

「マオ中尉。君には今回のキンバライド攻略作戦の情報を敵軍に漏らしたスパイの容疑がかかっている」

 

「な、何を馬鹿な! 私はスパイなどしておりません!」

 

「君の個人端末から、不可解な通信履歴が発見されている。主に我が軍の動きと、今回の作戦での我が部隊の輸送チェックポイントについてだ」

 

「私ではない!」

 

 必死の形相を浮かべマオは憲兵を払おうとするが、さらに強くのしかかられ、カエルが潰れたような声を吐く。

 

「どちらにせよ君の嫌疑は査問委員会で明らかになるだろう。連れて行きたまえ」

 

 憲兵たちは、口角から泡を飛ばしながら叫ぶマオを引き摺るように連れ出していった。

 

「さてブルーチームの諸君。今回はご苦労だった。君たちの的確な戦術判断によって、貴重なMSを失わずに済んだ」

 

 ハルトは敬礼のみを返した。

 

 到来するのは喜びや安堵ではなく、重たい圧力だ。

 

 ホフマンの目は笑っていない。

 

「今後も一層の活躍を期待する。励んでくれ」

 

 それだけを告げ、彼は部屋を出ていった。

 

「何が『一層の活躍を期待する』だ。他人事みたいに言ってくれるじゃないの」

 

 敬礼を解き、フィリップが唾棄するように言う。

 

「スパイだってよ。本当に、あの陰険トカゲ野郎がそうだと思うか?」

 

 ホフマン・ボーウッド。

 

 階級は大尉だが、レビル派高官の親類であり、役職以上の権力を持つ人物だ。

 

 部隊内において、彼が黒と言えば白も黒となると、暗黙のルールが蔓延していた。

 

 そんな彼に媚びるようについていたマオ中尉が、何を思って裏切ったのか。

 

「レッドチームのMS、敵に残骸含めてすべて回収されたそうですよ」

 

 サマナも疑問を持っている。

 

 レッドチームは新型のMT2輌と遭遇したという。

 

 かのMTは作業用の大型アームが装備されている。それを使えば撃破したMSを運び、後方の陸船艇なりトラクターなりまで運ぶことは可能だ。

 

 ジオンにとっては、連邦が初めて開発した本格的なMSの情報は是が非でも欲しいことだろう。

 

 啓開や偵察もされていない場所への進軍命令。

 

 降下ポイントでされた待ち伏せ。

 

 この部隊の中でそうした手筈を整えられるのは――。 

 

「憶測ですが、その、情報を流したというのは――」

 

「議論は必要ないだろう准尉」

 

 サマナの言葉をハルトは断ち切る。

 

 この場でするにはあまりに危険な内容だった。

 

ホフマン大尉も(・・・・・・・)言っていたろう。俺たちはパイロットだ。モルモット隊の言葉通りに、戦果を上げることだけを考えてればいい」

 

「しかし」

 

「この話は終わりだ。スパイについては査問会が明らかにする。俺たちの領分ではない」

 

「そうだな。しょせん、俺たちゃ実験動物(モルモット)だ」

 

 フィリップが皮肉をぶつけてくる。この場にいる全員が、なにか飲み込めないものを胸につかえさせたようであった。

 

「仕方ない。おうハルト、医務室よって顔、治療しとけよ。顔見たら、モーリンちゃんが泣いちゃうぜ」

 

 それで解散となった。

 

 自室へとついたハルトは考える。

 

 ホフマン大尉は、レビル派に所属している人間だ。レビル派は徹底抗戦を唱える一大派閥である。

 

 その派閥に連なる高官と繋がっているとされる人間が、なぜ裏切るのか。

 

 ――まさか、その高官が?

 

 レビル派といえど、一枚岩ではないだろう。現段階において連邦は劣勢を強いられており、ギリギリの戦いを繰り返している。

 

 そんな中、敵に寝返ろうとする者が生まれるのは当然かもしれない。

 

「政治か……」

 

 後味の悪い考えを吐き捨てるように呟き、ベッドに横たわった。

 

 兵士は戦うことが本分だ。

 

 それ以外のことは考えるべきではない。

 

 自分に言い聞かせるようにして、ハルトは目を閉じた。

 

 まぶたを閉じるとやってくる暗闇。

 

 廃コロニーで友を失ったあの時が蘇る。

 

 そして、無力感を噛み締めながら見つめるしかなかった、故郷への隕石落下。

 

 あの日から続く悪夢。

 

 それを払拭するため、自分は力を求める。

 

 この地上から、宇宙人(ジオン)を消し去るその日まで。

 

 





 目にゴミがずっと浮いてるので眼科いったら、『緑内障』と診断されました。

 生涯通院確定。

(´・ω・`)



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第84.1話 人物紹介・搭乗兵器・その他解説


 設定等。

 読まずとも本編に支障はありません。


 

『人物紹介・4章』

 

 地球連邦軍

 

 ハルト・ランガー少尉

 原作:Gジェネ

 第07独立機械化混成部隊ブルーチームの小隊長を務める男。ストイックな性格だが、内にジオンへの憎しみを秘めている。搭乗機体は、ザク試験型、陸戦型ガンダム・アーリータイプ。

 

 

 

 フィリップ・ヒューズ少尉

 原作:機動戦士ガンダム外伝THEBLUEDESTINY

 第07独立機械化混成部隊ブルーチーム所属。元戦闘機乗りのベテランパイロット。陽気な性格だが皮肉批判屋でもある。

 搭乗機体は、ザク試験型、陸戦型ジム。

 

 

 

 サマナ・フィリス准尉

 原作:機動戦士ガンダム外伝THEBLUEDESTINY 

 第07独立機械化混成部隊ブルーチーム所属。小隊内では、フィリップと共にフォワードを務める。若く素直な分、軽んじられやすいが、実力は高く、ビームライフルでの長距離狙撃も成功させる。

 搭乗機体は、ザク試験型、陸戦型ジム。

 

 

 

 モーリン・キタムラ伍長

 原作:機動戦士ガンダム外伝THEBLUEDESTINY

 第07独立機械化混成部隊ブルーチーム所属。オペレーター。

 搭乗機体はホバートラック。

 

 

 マオ中尉

 オリキャラ。第07独立機械化混成部隊の副隊長。典型的な文官で、現場を軽んじている。ジオンに作戦情報を売った罪で拘留される。

 

 

 ホフマン・ボーウッド大尉

 オリキャラ。第07独立機械化混成部隊の隊長。レビル派に所属する高官の親類であり、階級以上の権力を持つと言われる。

 

 

 

 

 搭乗兵器

『MS-06F ザクⅡ試験型』

 連邦軍が鹵獲したザクⅡを、自軍のMS開発のためのデータ取りのため、各部を改造して運用した機体。通称ザク改。

 各種試験を終えたため、使い潰すためにアフリカ戦線に投入された。各所にセンサーやモニターカメラが増設され、装甲形状も変更されているが、基本的なスペックは元機体と変わらない。

 

 

 

『RX-79[G] 陸戦型ガンダム・アーリータイプ』

 正式なRX-79計画始動前に、試験的に開発された機体。

 RX-78の規格落ち品や余剰パーツを流用して組み上げられたため、各部の出力やトルクがチグハグであり、動作不良が起きやすい。

 MSの試験運用のために、各部にセンサーやモニターカメラが増設されている。

 ハルト・ランガー少尉が搭乗する機体には、背部左に2連装ロケットランチャーが装備された。

 便宜上『アーリータイプ』と呼んでいるが、型式番号の違いはない。

 

 

『RGM-79[G] 陸戦型ジム』(独自設定)

 RX-79計画を受けて、より生産性を高めるために設計された機体。

 コストを抑えるために、ルナチタニウム合金の装甲材採用を見送った。独立機械化混成部隊に先行で配備された機体は、試験運用のために、各部位にセンサーとモニターカメラが増設されている。

 史実と異なり、開発は陸軍主導ではなく、宇宙軍によって成され、陸軍に運用データの収集というかたちで貸与される。

 RX-79がRX-78の余剰品を流用して造られたの対して、こちらは新規でパーツが造られている。その為実働時の安定性が高く、結果、統合的な性能はこちらが上。

 

 

 

『対MS用100mmマシンガン』(独自設定)

 ヤシマ重工製のマシンガン。

 MS用携行火器の量産試作モデル。

 有効射程内において、ザクの装甲を貫徹可能であり、大量に生産された。

 しかし、給弾、排莢システムに問題があり、射撃姿勢によってはストーブパイプと呼ばれる排莢不良が頻発した。そのため、後期生産型のMSには、ケースレス90mm弾を使用したマシンガンが採用されることになり、本武装は姿を消すことになる。

 

 

 

『ビームライフル』(独自設定)

 RX-78用の完成を受け、より生産性を求めて開発されたモデル。

 弾速、射程において実弾兵器を上回るとされているが、実際は弾速はともかくも、大気の影響により弾道と射程が安定しないことが多く、カタログ上の有効射程である10km圏内の狙撃も難しかった。

 速射性も悪く、一発撃った後、2〜3秒ほどの冷却時間を必要とする。

 装弾数は16発。

 第07独立機械化混成部隊に配備されたものは、ジムの腕部にあるパワーユニットが過負荷に耐えられずに損傷し、射撃不能となり、その場に投棄。その後、ジオン軍に回収されている。

 運用時の不安定さから信頼性に欠け、現場ではあまり好まれなかった。

 それでも、MSに比べて装甲が厚い分、運動性能の低いMTに対しては有効であり、対MT部隊などに優先的に配備された。

 

 



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第5章
第85話 Side『ニューヤーク燃ゆ』



 第5章です。視点はニューヤーク組に戻ります。

 いつもどおりだらだらといきますー。


 

 こちらニューヤークです。

 

 みなさんご機嫌よう。オルド・フィンゴです。

 

 開発部でMS-05を開発していた時、ジオマッド社から士官待遇で召喚された技術士と会った。それが『ケイ・ニムロッド』だ。

 

「ひっさびさだなぁオルド! 相変わらずちっせぇ〜!」

 

 にっこにこで抱きついてくる姐さん。

 

 うぶぅ。呼吸が……豊満なお胸に顔が埋もれて呼吸できぬ。というか、相変わらずこの人ノーブラかよ! 垂れるから止めとけと言ってるのに。

 

「初めて見る顔だな。君は?」

 

 ゼクス少佐が面を食らっていた。

 

「お! すっげーイケメン! 誰これ?」

 

 人の頭に顎を乗せながら聞いてくる。

 

「相変わらずだなぁ。彼はゼクス・マーキス少佐。僕の上司だよ」

 

「おお! アンタがゼクスか! アンタのためにこのS2を持ってきたんだよ!」

 

 僕を離したケイは、手に腰を当て、ふんぞり返るように笑った。

 

 どう反応していいかわからなかったのと、目のやり場に困ったのだろう、ゼクス少佐は僕の顔を見た。

 

「少佐、彼女は『ケイ・ニムロッド』。ジオマッドの技術者ですよ。こんなのでも腕は確かなメカニックです」

 

「こんなのとはなんだオルド坊! うりゃりゃりゃ!」

 

 うめぼし(・・・・)するのやめれー!

 

 と、そこで何かが飛んできた。

 

 ケイを突き飛ばして慌てて飛び退くと、それはS2と呼ばれたザクの足に当たって跳ね返る。

 

 スパナだ。

 

「どこの泥棒猫が迷い込んだと思ったら、なんとだらしのないブサ猫ですこと!」

 

 そこに現れたのは、キリシマ嬢だ。

 

「あ? なんだテメェ、あぶねぇだろうが!」

 

「あら、やっぱり、だらしのない人は口まで下品なのですわね」

 

「ああん? テメェ頭がイカれてんのか?」

 

「上等だ。喧嘩売ってんなら3割引きで買い取ってやんぞ!」

 

 いや、喧嘩売ってるのはお前だキリシマよ。

 

 初対面の人にスパナ投げつけるとか、気が狂ってるとしか思えんだろうがよ。まあ、微妙に軌道外れてたけど。

 

「曹長そのぐらいにするんだ。私は彼女から機体の話を聞きたい――」

 

 あーゼクス少佐、そんな悠長な注意じゃキリシマ(バカ)は止まりませんよ。

 

「やんのかアアン!?」

 

「やってやろうじゃねぇかアア!?」

 

 ケイとキリシマ、すでに胸ぐらつかみあってメンチ切ってます。

 

 少佐が僕の顔を見る。

 

 止めるの? これを? 僕が?

 

 めんどくせぇなーと考えてたところ、脳天気な声が格納庫に響いた。

 

「うわー! これがニューヤークの英雄が乗るMSたちかー!」

 

「ちょっとアルマさん、そんな大声出したら失礼ですよ」

 

「ミーハー丸出しじゃねぇか。どんなテンションだよ」

 

 三者三様。女――というより少女の声。

 

 顔を向ければ、赤毛の少女を筆頭に、眼鏡をした少女、背が高く銀髪ショートヘアの少女。その3人が歩いてくるのが見えた。

 

 さらにその後ろに、左官服を着た金髪の美女が、隣を歩くノイン大尉と親しげに何かを話しながら歩いてくる。

 

「うわ!? すっごいイケメンがいる!!」

 

 僕らのとこまでやって来た赤毛ちゃんは、緑色の目をキラキラさせてゼクス少佐を見た。

 

「アルマさん! 本当に失礼――って、ほんとだ。すごいイケメン」

 

「まさに優男って感じだなー」

 

 見事に場の空気を壊した3人に、今までいがみ合ってたケイもキリシマも毒気を抜かれたようで、動きが止まった。

 

 その隙に持ってたタブレット端末を振って、お互いの胸ぐらを掴んでる腕をはたき落としてやる。

 

 激痛に涙を浮かべて二人がこちらを睨んできたが、知ったことかバカタレ。

 

「久しぶりね。ゼクス」

 

 僕らのところまでやってきた金髪さんは、ゼクス少佐に向かって声をかける。

 

「キリーじゃないか。君はどうしてここに?」

 

「あら、聞いていなかった? 貴方の乗る機体、持ってきてあげたのは私なんだけど」

 

 そう言って彼女は嫣然と笑った。

 



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第86話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 キリー・ギャレット少佐と、ゼクス少佐、ノイン大尉は士官学校の同期なのだそうだ。

 

 イケメン真ん中に美人が左右に立つとか、すっごい華やかな絵面だね。

 

「ゼクス少佐!? じゃあこの方がニューヤークのエース『白光(ホワイトライトニング)』!」

 

 アルマと呼ばれた少女が大声を上げた。

 

「オーガスタ基地を単騎で攻略したというあの!?」

 

「いや、仲間と共にだ。キリー、彼女たちは?」

 

 慌てて少女たちが敬礼を取る。

 

「失礼しました! ノイジー・フェアリー隊所属、アルマ・シュティルナー少尉であります!」

 

「同じく、ミア・ブリンクマン技術少尉です!」

 

「ヘレナ・ヘーゲル曹長であります!」

 

「それと、そこにいるのがホシオカから出向している技術少尉、ケイ・ニムロッドよ」

 

 キリー少佐に紹介され、ケイはキャップを外して挨拶した。

 

 ホシオカってのは、ジオ・マッドの下請け工場で、ザクを造ったところだ。

 

 基本的な設計はジオ・マッドが行ったが、実際に組み上げて使えるレベルにしたのはホシオカだ。

 

「ノイジー・フェアリー……『女三人寄れば姦しいって』やつですかね?」

 

「あら、詳しいじゃない。そう、東洋の言葉ね」

 

「『女3人と、ガチョウがいれば市ができる』なんて西洋の言葉もあります」

 

 キリー少佐は面白そうに僕を見た。

 

「若いのに地球の故事に詳しいのね」

 

 うーん。ゼクス少佐と同年齢なら僕のほうが年上だけどね。

 

「ノイジー・フェアリー、確かキャルフォルニアベース防衛のための秘匿部隊と聞いていたが?」

 

「ええ。でもそれもおしまいよ」

 

 キリー少佐曰く。

 

 北米において、難所でもあったオーガスタとニューバーン基地を攻略した結果、北米大陸は完全にジオンの勢力下となった。

 

 さらに他サイドからの外人部隊の練兵も終わり、部隊として形となってきたことで人員に余裕ができたため、編成の見直しが行われることとなったのだが、ノイジー・フェアリー隊はMS小隊のパイロットのみならず、整備員も含めて年若い女性で構成されている。

 

 その存在が特異だったため、安易に解散することもできないため、かわりに地上における新兵器の実働試験部隊として運用することが決まったそうだ。

 

「で、グラナダで造られたS2(新型)を陸戦用に調整したのがこいつらってわけさ」

 

 そう言ってケイはアルマという赤毛の少女の肩を引き寄せる。

 

「こいつらこんなナリですっげぇんだぜ? 実戦経験も豊富だしな。運用データはばっちりとってある」

 

 へー。見かけによらないものだ。

 

「そして機体の護送と、今回ニューヤークで部隊編成について会議があるから、私も同道したの。噂のガルマモデルを確認したかったしね」

 

『ガルマモデル』とは、ニューヤークを中心としてガルマ大佐が行っている統治方法だ。

 

 連邦本部とは目と鼻の先にある北米において、目立ったゲリラ活動もなく、穏やかに統治がされていることからそう呼ばれるようになった。

 

 今ではニューヤークは、ジオン領一、平和な都市として名を馳せている。

 

「オルド、今から新型のデータ送るから端末起動してくれ」

 

 端末を開き、ケイから送られた新型の情報を開く。その構造を見て驚いた。

 

「インフレーム?」

 

「そう! だいぶ前にアンタ、MSの中に骨格としてのフレームを導入するってアイディア出してたろ? それを実現したのさ」

 

 あ、ムーバブルフレームね。

 

 制作はだいぶ難航したようだけど、連邦のMSを鹵獲したことで一気に開発が進んだようだ。連邦のMSはセミモノコックだからね。

 

 って、これ外装こそザクだけど、中身は完全に別物だ。

 

「S2はそのインフレームの実証実験機だったんだけど、思いの外完成度が高くてね。こいつのデータを元にして、エースパイロット用の白兵戦用MSが開発されることがきまったんだ」

 

 機体の詳細を見ていく。

 

 内部にフレームを導入したことで、装甲がフローティング化され、さらに厚くすることが可能となった。整備性も向上。

 

 各所の可動域が増えていることで、操作追随性も上がっている。

 

 MSの可動域の向上は重要だ。特に白兵戦を好むパイロットには。

 

 MSは入力された行動に対して、常に自動で最適化された動作を行う。

 

 可動域が広がるということは、それだけ機体側でパイロットをフォローできることが増えるわけだ。

 

 射撃からの格闘戦の移行や、クロスレンジでの細かい所作が変わるだけでもだいぶ違う。

 

 脚部はドムと同じホバークラフトを採用。増加スラスターによって、ドムの欠点であった瞬間加速力の低さを補っている。

 

 武装を見ると、なかなか面白い。

 

 背面バックパックに、二本のサブアームが取り付けられており、ドムと共有のバズーカと、格闘用ヒートクレイモアなるものが懸架されている。

 

 このヒートクレイモア、ケイによると連邦のビームサーベルに対抗するために実験的に開発急造したものだそうだ。

 

 より高出力を出そうと試みた結果、自機の身長並みに大型化してしまったとのこと。

 

 確かにドムとザクのヒート系武装では、連邦のビームサーベルと切り結ぶには不利だけど。だからってこんなデカブツ、慣性で機体が振り回されちゃうんじゃないかね。

 

 ん? というかこのエネルギーパイプとジェネレーターの出力見ると、ビーム兵器使えるんじゃね?

 

「使えるはずだが、肝心の武器の方ができてないんだよ」

 

 あれま。

  

「でもでも! このコ、すっごいんですよ!」

 

 ミアと呼ばれたメガネちゃんが会話に入ってくる。

 

 む。MSをこのコ、と称すタイプか。

 

 しかし幼く見える割に胸部装甲が発育してるなあ。全体的に丸いし、将来太るタイプかもしれん――。

 

 殺気を感じて上体を反らしたら、鼻先を拳が突き抜けていった。

 

「チッ! 避けてんじゃねぇよ」

 

 目を釣り上がらせたキリシマ嬢がこちらを睨んでくる。この人最近ますます暴力的なんだよなぁ。

 

「このコ外装ザクなのに、機動性はドム以上! 航続距離はさすがに及びませんが、三次元機動はこちらに軍配が上がります! 各部のトルクもドムを超えてるので、大型の武装も難なく使いこなせるはずです」

 

 こちらのやり取りは気にならないのか、メガネを光らせてミア技術少尉は早口で捲し立ててくる。

 

「ミアの言う通り、すっごいよく動くんです! 思った通りに動いてくれるから、本当にすごくて!」

 

 アルマという赤毛の子が太鼓判を押す。

 

「そうだ、アルマとゼクス、よかったらシュミレーターで対戦してみたらどうかしら?」

 

 突然にキリー少佐が言い出した。

 

「ゼクスも新型の使用感を見てみたいでしょう? データを持ってきているから、それをインストールして試してみて。そのついでに、うちの子たちを揉んでくれると嬉しいのだけど?」

 

「私は構わんよ。だが、私は手加減するというのが苦手でな。お手柔らかに、とはいかんが」

 

「いいわよ。むしろ全力でやってもらいたいわ。ねぇ、アルマ?」

 

 キリー少佐は自信があるのか、不敵な表情だ。

 

「はひ! 憧れのゼクス少佐に手合わせ願えるなんて、光栄です! ぜひお願いします!」

 

 アルマ少尉は、顔を真っ赤にしながら嬉々として敬礼する。

 



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第87話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 S2型のデータをインストールして、いざ始めようとしたとき、放送でゼクス少佐が呼ばれてしまった。

 

 そのため、急遽僕とキリシマ嬢とノイン女史の第1機動小隊と、ノイジーフェアリー特務小隊のチーム対抗戦となったわけだ。

 

 ノイジーフェアリーの面々は、リーダーであるアルマ・シュティルナー少尉が、件の新型であるザクS2。

 

 バックスにミア・ブリンクマン技術少尉。彼女は技術者だが、パイロットの腕も一流だそうだ。搭乗MSは自ら設計図を引いたというドム・ノーミーデス。

 

 ドムの背面に大型のホバー推進機構を搭載した重MSで、移植した旧ヒルドルブの30cm砲の運用を目的とした機体のようだ。他にも大型のガトリングガンも装備と、容姿に似合わず大艦巨砲主義の模様。

 

 機体データのインストール時に、やたらと重たかったのはおそらくこいつのせいだ。

 

 最後のヘレナ・ヘーゲル曹長は、ドムD型を狙撃仕様に改造した機体だ。僕の扱っているものと同型の狙撃銃を装備、頭部に精密射撃用のスナイパーゴーグルが増設されている。

 

 彼女たち自身、ただの機体試験部隊ではなく、かなりの修羅場をくぐってきたのか、若い女子特有の軽いノリながらも機体の動きそのものは悪くなかった。

 

 なのだが……結論から言うと僕らの圧勝だった。

 

「まさか、ここまでとはね……」

 

 対戦を希望したキリー少佐は、引きつった表情で戦闘結果を見ている。

 

 8勝2敗。

 

 10戦して勝ったのは僕ら第1機動小隊だ。

 

 初戦はドダイに乗って上空から狙撃したら、「ずっこい!」とアルマ嬢に言われたので鼻で笑っておいた。勝つための努力をしなかった奴の言い訳に過ぎんと言ったら、絶句してた。

 

 ドダイ使って高高度から狙撃してたら、ノイン大尉に練習にならんと怒られたので、仕方なくドダイを封印。それでも勝ち続けてしまったので、4戦目にノイン大尉がノイジーフェアリー隊のオペレーターとして抜けることになった。

 

 5戦目以降は、3対2のハンデマッチ。そこそこいい勝負はしたけど、それでも僕らの勝ちであった。

 

 筐体から出てきた少女たちの表情は一様に暗い。

 

 自信あったんだろうなぁ。

 

「ここまで差があるとは思ってなかったわ。ノイン、彼女たちに足りないものってなにかしら?」

 

 頭痛を抑えるようにこめかみを揉みつつ、キリー少佐が聞いてくる。

 

「そうだな。基本的な動きは悪くなかった。だが、この程度の小隊ならニューヤークの面々ならざらにいる」

 

 そうなんだよね。

 

 バトルシミュレーターの小隊ごとの週間ランキングで上位を取ると、酒保(PX)で使える特別ポイントが貰えるようにガルマ大佐が取り計らったせいだ。

 

 最初は個人戦でのポイントにしようとしたら、ジオンの個人技量頼みの戦術に危機感を抱いたノイン大尉が進言して、小隊制のみになったんだ。

 

 んで、基地内の人間であれば誰でもこのランキング戦に参加していいことになったから、整備士だろうが主計科の事務員だろうがチームを作ってこぞって参加した。

 

 結果、実機に乗ったことはないが、シュミレーターの搭乗時間が100時間超えは当たり前の整備員、通信士、なんてのがこのニューヤークにはわんさかといる。

 

 これまでエンターテイメントを担う、高性能なデジタルゲームなんてものは開発されてこなかったからね。皆ハマってしまったわけだ。

 

 第1機動小隊の整備員で構成される、『地獄の壁』なんてチームは、実働小隊のいくつかを抑えてランキング5位前後の常連だ。

 

 それらシミュレーターの戦闘データは全て最適化して実機のMSAIにインストールしてあるから、実際の腕前も高い。北米圏では、もっともエースパイロットが集まった場所なんじゃないかな、ニューヤークは。

 

 ノイン大尉は続ける。

 

「まず連携ができていない。リーダーであるアルマ少尉の動きは良いが、個人の技量が突出しているせいで先行しやすく、フォローを担うチームメンバーとも距離が離れがちだ」

 

 そして後衛組は狙砲撃を行える機体に乗っているが、前衛で縦横無尽に動くアルマ少尉の動きに追いつけていない。正直、露払い程度の行動しか取れておらず、EWACシステムで連携を強化した僕らの隊ほどの動きはできていなかった。

 

「アルマ少尉も挙動が素直すぎるな。センスがあるのは良いが、それが経験とならないのならば意味がない。総じて、全員戦術判断が甘すぎる」

 

 大尉の手厳しいお言葉に、少女たち全員がうなだれてしまった。

 

 



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第88話 『挿話:ストレイフェアリーズ』

 

 ノイジーフェアリーの3人は沈黙していた。

 

 自分たちのギャロップに戻る道すがら、誰も言葉をかわさない。

 

 キリーに言われ勢い込んで挑んだシミュレーター戦。大きなハンデを貰っても勝つことができなかった。

 

 己の未熟さを痛感するとともに、あまりにも高い壁にどうすればよいのか途方に暮れていた。

 

 特にムードメーカーであるアルマが黙っていると、それだけで空気が異常に重くなる。

 

「あー……なあアルマ、元気だせよ。うちらと違ってお前はセンスあるって褒められてたじゃん」

 

「そ、そうですよ! ミアなんて、『機体のコンセプトが小隊の運用面と合致してない。火力欲しいならMTに乗れ』とまで言われたんですから! 自信あったのに」

 

「あ、二人共ごめん! いや、考え事しちゃってて」

 

「なんだよ考え事って?」

 

「うん。それは――」

 

 アルマの言葉は遮られた。

 

「もしかして、アルマちゃん?」

 

「え? え!? エターナ姉さん!?」

 

 前から歩いてきた女性――エターナ・フレイルは、アルマの顔を見て、驚いた表情を隠さなかった。

 

「やっぱりアルマちゃんなのね。久しぶり」

 

「わぁ〜! エターナお姉ちゃーん!」

 

 満面の喜びをたたえてアルマが抱きついていく。

 

「地球に降りたと聞かされてはいたけど、貴女も北米だったのね」

 

 弾丸のように飛び込んできた少女を優しく受けとめて、髪を撫でてやるエターナ。

 

「そうなの! ていうかお姉ちゃんもここに?」

 

「そうよ。貴女の地球行きの後にね。ところで、感動の再会で嬉しいのだけれど、後ろの方々はお友達?」

 

「あ、そうだった! ミアとヘレナは小隊のメンバーで、大切な仲間なんだ!」

 

 そう言って、アルマは仲間を紹介する。

 

「ミア・ブリンクマン技術少尉です」

 

「ヘレナ・ヘーゲル曹長です」

 

 緊張した面持ちで敬礼する二人に、エターナは柔らかく笑った。

 

「ご丁寧にありがとう。私はエターナ・フレイル。階級は少尉だけど、気にしないでいいわ。気楽にエターナと呼んでください」

 

「おいアルマ、聞いてねぇぞ。こんな美人の姉さんがいるなんて」

 

「あらあらうふふ」

 

「あ、うん。エターナお姉ちゃんは、私が勝手にそう呼んでるだけ」

 

 アルマの問いに二人は首を傾げる。

 

「アルマちゃんと私はね、共に孤児で、フラナガン機関で会ったのよ。そこで仲良くなったの」

 

「そうだよ! で、お姉ちゃんは綺麗でいつも落ち着いてて、皆の憧れだったんだ。小さな子の面倒見もすっごくよくて。だから施設の子は、皆お姉ちゃんて呼んでるの」

 

「なんだか頼りがいありそうですもんね。おいくつなんですか?」

 

「17歳よ」

 

 きっぱりとエターナは言い切った。

 

 



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第89話『挿話:ストレイフェアリーズ』

 

「ところでどうしたの? なんだか暗い気持ちを流してたけど」

 

 そう言って、エターナはミア、ヘレナに視線を向けた。アルマはそれほどでもなかったが、この二人は重たい気持ちを抱えているのが感じられたのだ。

 

「何かあったのね?」

 

「あ、うん。実はね――」

 

 アルマは、先程第1機動小隊と対戦したことを説明する。そこでほとんど勝てなかったこと。そこで皆、自分たちの力量に悩みが生じてしまっていること。

 

 ミアが言う。

 

「私たちの小隊は、性質上他の小隊と連携するということはなくて……だから、少人数でも場を制圧できるだけの火力を求めて、ドムノーミーデスを造ったんですけど。中尉には『隊の運用面に合ってない』と言われて……」

 

「あたしなんか、『スナイパーなのに無駄に前に出るな。白兵戦は狙撃手の役目じゃない』って。以前、別の人にできることを増やせって言われたんだけどね」

 

「アルマちゃんは?」

 

「私は、『センスはいい』って褒められた。でも、『センスが突出していて小隊を悪い方に引っ張ってしまっている』って大尉から。私はリーダーだから、戦場で皆を引っ張れるくらい強くなりたいって思ってたんだけど」

 

 3人はため息を吐いて、肩を落とした。

 

 これまで培ってきた経験、知識というものでは歯が立たず、さらにそれらを否定された。そのせいでこの先パイロットとしてどうしていくべきかの道標を失ってしまったのだ。

 

「そうなの。フフ、ノイン大尉とフィンゴ中尉らしいわね」

 

「もー笑い事じゃないよお姉ちゃん! 私たち、これでも結構実戦を積んできてて、それでも敵わなくて。どうしたらいいのかな? ってなってたんだよ」

 

「そう。でも、アルマちゃんは少し視えてる(・・・・)みたいね」

 

 エターナの指摘に、残りの2人が驚く。

 

「そうなんですかアルマさん?」

 

「おい、またお前だけ悟ってるのかよ」

 

「あちょっとヘレナ! 頭触んないで! また髪グチャグチャになるでしょもー!」

 

 先程の沈痛な表情はどこかへ消えて、仲良く戯れ合う3人にエターナもつられて笑みを溢す。

 

「いい仲間……友達と出会えたのね、アルマちゃん」

 

「うん。二人共、サイッコーの友達だよ!」

 

 屈託のない言葉に、ミアもヘレナも照れる。

 

「そう。じゃあ、行きましょうか」

 

「え? 行くってどこに?」

 

「アルマちゃんは先の道が視えてるけど、2人はまだでしょう? 迷いを抱えたままで戦いにでるのはよくないわ。だから、ね」

 

 そう言ってエターナは先に歩き出す。

 

 3人は互いの顔を見やり、首をひねって、それでも後についていった。

 

 





 二話投稿します。


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第90話『挿話:ストレイフェアリーズ』

 

 地上に降りたジオン軍は、連邦から奪取した地上施設を使うだけでなく、隊員の生活施設を整えたカーゴを用意し、急速に陣地設営を行う。

 

 ギャロップさえあれば何処へでも移転可能であるし、施設の増設も容易であった。

 

 第2機動小隊専用カーゴ。シュミレーター区画。

 

 北米方面軍のカーゴには、すべての部隊の待機カーゴに新型のバトルシュミレーターが敷設されており、基地内ネットワークで繋いである。

 

「うっ、またシュミレーターか」

 

 ヘレナが顔をしかめた。

 

 嫌というほど敗北を味わったので、今日はもう操縦桿を握りたくなかったのだ。

 

「ああ、対戦はしないわ。ただ、観てもらいたい動画があるの」

 

 シュミレーター筐体の後ろには、テーブルと椅子が置かれており、雑談をしながら対戦の様子を観戦することができるようになっている。

 

 飲食物の自動販売機も置かれており、非番であれば飲酒も許可されていた。(飲酒してのシミュレーターの使用は禁止されている。若干名が守っていないが)

 

 バトルシュミレーターは、北米地上軍にとって数少ない娯楽であった。

 

 エターナは全員に、甘いカフェラテを奢ってやる。

 

 部隊内に女性が多いため、フィンゴ中尉にそれとなく要望を伝えたら――キリシマ嬢を巻き込んだら、彼女がだいぶ強引に迫った――いつの間にか仕入れられるようになったものだ。

 

「これから観るのは、我が北米きってのエース、『白雷』(ホワイト・ライトニング)こと、ゼクス少佐と、『悪童』(バッド・ボーイ)フィンゴ中尉の対戦よ」

 

 全員が席についたところで観戦用の大画面モニターに対戦動画が映る。

 

 場所はニューヤーク市街地跡を再現した場所だ。先の降下作戦の爆撃で廃墟と化した旧市街地をリアルに再現している。

 

「またドダイに乗ってる」

 

 ミアが呟いた。

 

 オルド・フィンゴ中尉は、ザクⅡだ。ドダイに乗り、低空飛行で市街地を翔けていく。

 

 ゼクス・マーキス少佐はドムDS型だ。

 

 音を頼りに相手を探しているようだが、フィンゴ中尉は巧みに動き回り位置を特定させない。

 

「なんで上空から撃たないんだ?」

 

 ヘレナが首をひねった。

 

 先の対戦では、初戦で上空からコックピットを撃ち抜かれた。今回も相手の頭上を取ることができるのだから、先制することが可能なはずだ。

 

「上空に登れば、自分の位置も相手にバレます。それにステージは背の高いビル群だらけですから、言うほど簡単には狙えないと思いますよ。隠れる場所は多いですから」

 

 ミアはそう分析した。

 

「そろそろ動くわ」

 

 市街地を円を描くように飛んでいたザクは、ドダイを降りた。

 

 物陰に陣取りじっと動かない。

 

 一方、ゼクス少佐は縦横に戦場を駆け抜けていた。

 

「少佐は強引に索敵するつもりね」

 

 少佐のドムが立ち止まり、何もない箇所へ向けてバズーカを撃ち放った。

 

「あれ? 何してるんだろう」

 

「たぶんダミーです。中尉は先程低空旋回しながら、それをステージ上にばら撒いてたんですよ」

 

 ミノフスキーによりまともにレーダーの使えない状況では、(デコイ)はかなり有用だ。MSのUGS索敵にも限界がある。

 

「でも、なんであんなところで待ち伏せてんだ?」

 

 ヘレナが指摘したのは、ザクが待ち構える場所だ。

 

 半壊した雨天野球場ドームに身を隠している。

 

 確かにMSの巨体は隠せるが、狙撃ポイントとしては優秀ではない。

 

 相手の武装よりも射程で勝っているのだから、その点を最大限に活かすべく、もっと見晴らしのよい場所に立つほうがいいだろう、とヘレナは狙撃兵としての立場から考察した。

 

 ゼクス少佐はダミーを一つ一つ潰していく。やがて中尉が潜むドームへと近づいてきた。

 

 目星は付けたらしく、もはやダミーには目もくれない。

 

 ドームからザクが飛び出す。

 

 バズーカを撃とうとした時、背後の瓦礫からドダイが飛び上がり、突貫してきた。

 

 ドムは機体を素早く横に滑らせてザクからの射線を外すと、向き直ってドダイを撃とうとした。

 

 だが、その瞬間にスナイパーライフルから放たれた弾丸がバズーカのマガジンを貫く。

 

 手元で爆発したため、さすがにドムがよろける。

  

「嘘だろ!? まさか狙って撃ったのか?」

 

 あの機動で武装の、しかもマガジンを狙うなんてとんでもない技量だ。ヘレナは絶句するしかなかった。

 

 ゼクス少佐のドムは半壊した右腕をパージし、左手に装備していたMMP-80でドダイを撃ち落とす。

 

 その頃にはすでに中尉のザクはポイントを移動しており、姿がなかった。

 

「すごい作戦ですね」

 

 真剣に見つめていたミアがつぶやく。

 

「なになにどういうこと?」

 

「最初から中尉は、ドムのバズーカを狙ってたんですよ。マガジンを撃ち抜いたのはさすがにまぐれでしょうけど、これで少佐の武装はマシンガンとヒートサーベルだけになりました。嫌でも近距離に近づくしかない」

 

「一方、中尉は引き撃ち――後ろに下がって距離をとりながら一方的にライフルを撃つことができる。これ、さっきアタシらもやられた戦法だろ」

 

「そうだった! あれで私のバズーカやられて、近接戦しかできなくなったんだ」

 

「あのときはまぐれだと思ってたんだけど、こりゃ完全に狙ってやってたんだな。とんでもねぇ腕前じゃんか。そりゃあ、アタシのこと下に見るわけだ」

 

 同じ狙撃兵としての嫉妬でヘレナは苦い顔を作る。

 

「でもでも、ドムは足が速い。いっきに距離を詰めることだって――」

 

「なんの障害もない平地ならそうですが、この市街地は障害物だらけです。ドムの機動性は半減してますよ」

 

「これは勝負ついたか?」

 

 ゼクス少佐の不利は決定的だった。

 

「ううん。まだ少佐は諦めてない。いや、勝ちを確信してる。自分を信じてるんだ」

 





 ミンサガリマスターやってます。

 シルベン、ブラウを連れていけるクローディアが好き。


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第91話『挿話:ストレイフェアリーズ』

 

 戦場でアルマがときおり見せる、低く重い、だが確信を持った言葉にミアとヘレナは気圧される。

 

「アルマちゃんの言う通り。ほら、よくみて」

 

 エターナがリモコンを使って、対戦者の位置を鳥瞰図でみたマップを表示させる。

 

 ゼクス少佐はダミーを潰しながら、徐々にフィンゴ中尉の狙撃ポイントに近づいていた。

 

「居場所を特定してる?」

 

 不意に飛んでくる弾丸を足を止めないことでかわし、迷いなくザクの隠れている場所に向かって走っていく。

 

 さらには、撃たれる前に牽制を叩き込み、相手を近距離にとらえ始めた。

 

「すごい! なんでスナイパーの場所がわかるんですか? センサー範囲外ですよね?」

 

 MSの装備しているUGSはそこまで精度は高くない。

 

 音源のおよその方向と距離を示すだけであり、詳細に解析するには足を止めねばならないし、有効範囲はせいぜい3、4kmだ。熱源センサーはさらに索敵可能範囲は狭い。

 

 通信索敵に特化したマゼラ・フラッグならば、10km先の音でも拾えるが、それはノイズを区別できる耳の良い訓練されたオペレーターが搭乗したうえでの話だ。

 

「たぶんだけど、ダミーの配置から位置を割り出してる」

 

 アルマが言った。

 

「アルマ、わかるのか?」

 

「癖を読んでるのかもだけど、隠れて撃つなら、相手も自分の位置を把握しないと撃てない。だからその行動に適した場所を瞬時に判断して、予測してるんだ。だから反応が早い」

 

「大変だぞミア! アルマが頭良く見える」

 

「ヘレナそれどーいう意味!? 私だって毎回考えて戦ってるよ! 少佐ほどたくさんは処理できてないけど」

 

「実際できんのかよそんなこと? マップ見ると、まるで吸い寄せられるみたいに中尉のとこに迫ってるぜ」

 

「理論上は不可能ではないと思いますよ。でも、それにしても処理するべき情報、取捨選択する状況が多すぎます。いくらなんでも――」

 

 そう言ったミアとヘレナの頭には、『ニュータイプ』という言葉が浮かんだ。

 

 戦場でまことしやかに語られる噂。

 

 類まれな直感力を持ったパイロットたち。

 

 ゼクス少佐もそうなのだろうか、と考えた。

 

「少佐は違うわ」

 

 彼女たちの思考を読んだかのように、エターナは言った。

 

「少佐は私たちとは違うのは確かよ」

 

私たち(・・・)って」

 

 暗に自分とアルマをそうだと認める発言に、ヘレナとミアは鼻白む。

 

「それよりほら、始まるわよ」

 

 ドムの前に姿を現したザクが、スナイパーライフルを撃つ。

 

 胸部に直撃する瞬間、ドムは機体を回転させ、弾丸を弾いた。

 

「ウソッ!? 弾丸を逸らした? 狙ってできるものじゃないですよねあれ!」

 

「いや、できるんだろ。アタシもさっきキリシマ曹長にやられた」

 

 態勢を戻したドムは、マシンガンを乱射する。だがダミーと牽制に弾を消費していたため、数発がザクのショルダースパイクを砕いただけで弾切れとなった。

 

 予備弾倉に切り替えようにも、右腕はすでに喪失しており、弾倉交換するためには足を止めねばならなかった。そして、止まればそこをスナイパーライフルで狙われる。

 

 ドムは弾切れとなったマシンガンを投げ捨てた。

 

「これで残りの武装はヒートサーベル一本のみですね」

 

 だが少佐は諦めていないらしく、機体を高速で動かし続ける。

 

 中尉は距離を取って射界を取ろうとするが、少佐はランダム回避を行いつつも、機体の速度差を利用して距離をジリジリと詰めていく。

 

 痺れを切らしたのか、中尉がライフルを構えて撃った。

 

 正面からの射撃を機体を横に流しながら少佐は躱す――はずだった。

 

 放たれた弾丸はドムのすぐ背後にあった後方のビルを貫き、爆発した。

 

「えっ? なんで爆発したの?」

 

「たぶん、爆薬を置いてたんだ」

 

 試合の序盤、中尉のザクはフィールドのあちこちを飛び回り、ダミーを設置していた。その時だろうか。

 

「でも、なんでそこに少佐が来るってわかるんです?」

 

「カンなんかじゃない。中尉は最初からそこに来るように(・・・・・・・・)仕向けてたんだ」

 

 言いながら、ヘレナはゾッとした。

 

 対戦後に中尉に言われた、自分のしてることは中途半端だという指摘は、彼にとって正しく当然の指摘だったのだ。

 



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第92話『挿話:ストレイフェアリーズ』

 

 爆煙と崩れた建造物の瓦礫から巻き上がった粉塵で視界が悪い。

 

 警戒した中尉が後退しようとした瞬間、黒煙を割いてワイヤーがスナイパーライフルに巻き付いた。

 

 ドムの電磁鞭(ヒートロッド)である。

 

 外付け式のそれは、一部のパイロットが好んで使用しているもので、アンカーを撃ち込んだ対象に強力な電撃を浴びせ、パイロットや内部機器にダメージを与えることを目的とした武装だ。

 

 爆発の瞬間、誘爆の危険を犯してまでゼクス少佐はブースターを点火させ、機体を大きく跳躍させたのだ。その結果、ほぼ無傷であった。

 

 ワイヤーに絡め取られたザクのスナイパーライフルは、送り込まれた電熱によって弾倉の砲弾が誘爆して爆ぜた。

 

 衝撃で姿勢を崩したザクに、ドムが飛び込む。

 

 中尉のザクは片膝をついた姿勢で、ヒートホークを引き抜いた。

 

 少佐の繰り出した突きがザクの右胸に刺さる。

 

 中尉の斬撃は、ドムの腰部表面で止まっていた。

 

 ザクのパイロット死亡判定により、勝敗が決する。

 

 MS戦の決着は、これまでの攻防が嘘のように一瞬だ。

 

「すごい。これがトップエース同士の戦いなんだ」

 

 アルマが感嘆の声を発する。

 

「これ、シミュレーターじゃなかったら相打ちだよな。システムが勝敗を決めてストップかけなければドムは胴体を斬られてた」

 

「どうでしょうか。ザクは動力停止の表示も出てましたから、結果は変わらなかったかもしれません」

 

 三人があれこれと考察するのを、エターナは笑みを浮かべて聞いていた。

 

「どう? この戦い方、真似できるかしら」

 

「え?」

 

「それは……ちょっと」

 

「無理、だな。悔しいけど」

 

 三人はこの対戦を観て、自分たちの技量では模倣できないと結論づけた。

 

 なにより戦術判断が先鋭化しすぎて、実戦では何一つ参考にできない。

 

「あの、少尉。この動画を私達に見せたのって、どういう意図があるのでしょうか?」

 

 自分たちを鼓舞するためだったとしたら、それは逆効果だ。より一層、自信が失われてしまった気がする。ミアはそう考えており、無意識に口調に糾弾するような色が含まれていた。

 

「『できないことを知る』、だよね?」

 

「え? どういうことですかアルマさん」

 

「昔お姉ちゃんに言われたんだ。『自分ができないことを知れば、逆にできることが視えてくる』って」

 

「そうよ。第1機動小隊のメンバーは全員エース。あなた達は彼らと違うのだから、同じようにできなくていい」

 

「それは、アタシたちじゃエースになれない、諦めろってことですか!?」

 

 ヘレナが反発する。彼女の性格として、負けたままなのはプライドが許せなかった。

 

「それも違う。もちろん、自分には無理だからって諦めて、そこそこで物事をこなすのも立派なことだと思うわ。でも、貴女達はそれが、嫌なんでしょう?」

 

 だから落ち込んだ。だから悩んだのだ、とエターナは諭す。

 

「貴女たちは、貴女たちだけの、エースになればいいの。この動画は、そうやって訓練し、一つの形を成した実例として見せたのよ」

 

「でもミアたちは、考えて今の形になったんです。それなのに負けて、否定されたんですけど」

 

「無視すればいいじゃない。あの人たちは、一種の化け物なんだから」

 

「え?」

 

 にこやかに告げるエターナに、ミアとヘレナは硬直した。

 

「あの人たちは、あの人たちの経験で今の形を成した。シュミレーターの搭乗時間だけでもログを見たら驚いちゃうわよ。あの人たち、本当にいつ休んでるのかしら、って心配しちゃうぐらい」

 

 第1機動小隊は、この北米のバトルシュミレーターランキングで、小隊ごとの対戦成績で常に1位を取っている。だが、それだけでなく、搭乗時間すらこの基地内ではトップを走っていた。

 

「貴女たちは貴女たちの好きなようにやっていけばいいわ。これまでの戦術をつき詰めるのもいいし、そうではなくて、もっと新しいことに挑戦してみてもいいと思う。これからもMSに乗るんでしょう? なら、成長する機会はたくさんあるわ。生きてさえいればね」

 

 ミアもヘレナも、納得したような、騙されたような、煮えきらない気持ちになった。

 

「なんとかなるよ、みんな」

 

 アルマが明るく言った。

 

「またお前の『なんとかなる』が出たか」

 

「アルマさんらしいですね」

 

 不思議なもので、彼女がそう言葉にするだけで、本当にこれまでの問題がどうにでもできてしまいそうな、明るい気持ちになる。

 

「あらあら。私のおせっかいは要らなかったかしら」

 

 エターナも笑った。

 

 自分の妹分は、ずっと前からそうやって場の空気を明るく朗らかなものに変えてきた。フラナガン機関では認められなかったが、きっとこれこそが、彼女の持つ才能なのだとエターナは思っている。

 

「そんなことないよ! 大尉や中尉に言われたこと、ずっと考えてたんだけどさ。なんかもやもやと霧の中にあるみたいではっきりしなかったんだけど、見せてもらった動画で、答えが少しだけど見えてきた気がする!」

 



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第93話『挿話:ストレイフェアリーズ』

 

「本当か? あんな動きあたしらにできんの?」

 

「そうじゃないんだけど。私、大尉に『センスはあるが、それが皆の足を引っ張ってる』って言われて、気になって何が悪かったのかずっと考えてたんだ」

 

 あの凛々しい空気をまとった大尉が、わざわざ貶すためだけにそんなことを言うはずがない。

 

 以前は教導隊にいたというだけあって、動きは堅実であり予測がつくものであったが、それでもこちらの攻撃はすべていなされた。技量とそれに支えられた自信、それがあの人の才覚なのだろう。

 

 そうアルマは考えた。

 

「私たち、これまでいろんな任務を受けて、それを達成してきた。ミアもヘレナもすごくて、ふたりともぐんぐん成長してて、私も負けないぞ、ってやってきたつもりだったのに」

 

「何言ってるんですか! ミアたちの方こそ、アルマさんに助けられてばかりです!」

 

「そうだぜ! だから、少しでもお前の助けになりたいって思って努力してきたんだ」

 

「みんな、ありがと! 私ね、この北米に来て、必死にみんなと生き残るために戦ってた。でも、それだけじゃだめだったんだって気づいたんだ」

 

「それだけじゃだめ?」

 

 アルマは、これまでの実戦で戦場に蔓延る『殺意』を感じ取ってきた。例外なく、相手は自分たちに強い憎しみや怒り、恐怖、そうした強い負の感情をぶつけてきていた。

 

 そうした戦場にはびこる生の感情に取り込まれないように、殺されないように、必死になって生き延びるための道筋を探してきた。

 

「あの人たちは、そうじゃなかった。なんというか……もっと純粋に勝つために戦ってた。死ぬのが怖いとか、相手が憎いとか、そんな感情は見えなかった」

 

「そりゃそうだろ。シミュレーターなんだから。あたしだって、勝ちたいって戦ってたさ」

 

「そうなんだけど。まだ上手く言えないんどけど、そうじゃないというか」

 

 アルマ自身、感じ取った感覚を他者に上手く説明するのが難しく、もどかしい。あくまで肌感覚でしかないからだ。

 

「つまり、パイロットとして完成していたってことかしら?」

 

 エターナの答えに、アルマはうなずいた。

 

「うん。そんな感じかも。ヘレナは『勝負に勝ちたい』って思ったんだろうけど、あの人たちは『この戦争に勝つ』って覚悟みたいなものをかけてた。私みたいにガムシャラに前で暴れるのとは違くて、その動きひとつひとつが全部、そこに集約されてる気がしたんだ」

 

 ただその時を生き抜くために、ひたすら前に進んだ自分。一方、軍人として戦いを勝利に導くために徹した第1小隊の面々。

 

 彼らは、それが必要だと感じたのなら、自分たちの生命すら投げ出すのかもしれない。

 

 それはアルマとしては決して受け入れられない感情と感覚であったが、不思議と理解できるものであった。

 

 己が持つ、『本物の矜持』のために生命をかける。

 

 殺意を超えた、静かで、それでいてより強い感情にアルマは、はじめて触れたのだった。

 

 個々の技量差だけでなく、そうした気持ちの差が結果に繋がったのだろう。

 

「私ね、初めてだと思う。負けたくないって思ったの。あの人たちに勝ちたい、認めてもらいたい! って。ううん違うかな? 私、あの人たちみたいになりたいって思ったんだ!」

 

 アルマの目が輝いていた。

 

 わずか10代で戦場に放り込まれた少女。

 

 死にたくないという生存本能と、自身の居場所が欲しいという存在意義を求めた欲求。そのふたつだけで必死に戦ってきた彼女は、初めて憧れる大人を見つけたのだ。

 

「だからみんな、なんとかなるよ! だって目標は目の前にあるんだもの! 私、これからもっと頑張って、みんなを引っ張っていけるリーダーになる! このノイジー・フェアリーを、あの人たちの部隊にも負けないくらい、最強のチームにする!」

 

 ヘレナとミアは、互いに顔を見合わせた。

 

 アルマは、いつも突拍子もないことを言う。

 

 だが知っている。彼女は努力家で、自身の与えられた職務に対して全力で取り組むことを。

 

 正直、彼女が言っていることはあまりに感覚的、抽象的で理解できる部分が少ない。それでも2人の間に不安も不満も生まれなかった。

 

 信頼、信用、友情、努力。

 

 だから、今回もなんとかなるのだ。

 

「しょうがねぇな。リーダーがやるってんなら、それについていくだけさ」

 

「ふふ。ヘレナさんは素直じゃないです。でも、嫌いじゃないですよ。ミアも、あの人たちに勝ちたいって思ってましたから。特に中尉には、私のMSをすごいって思わせたいです!」

 

「みんな! ありがとう!」

 

 3人は笑う。

 

 いっとき前の暗さはもう影すらない。

 

 太陽の光すら跳ね返すような明るい光が彼女たちを包んでいるのがエターナには見えた。

 

「アルマちゃんは、本当に素晴らしいお友達と出会えたのね」

 

「うん! ふたりとも大親友!」

 

 明るく素直なアルマ。

 

 でも、人一倍自身の感情に過敏であり、自分の劣等感を振り切るためにひたすら周囲に明るさを振り撒き、誰よりも物事に全力を投入する少女。

 

 エターナたちがいたフラナガン機関では、実験や試験でかんばしい成績を出せず、他人の期待に応えられない自分に落ち込んでいた。

 

 そんな彼女が、自分の居場所を、自身の力でつかみ取ろうとしている。

 

 その姿がとても眩しく、エターナにとって好ましかった。

 

「アルマちゃん、よかったらお姉ちゃんにもそのお手伝いさせてくれる?」

 

「え?」

 

 エターナはアルマの手を取る。

 

 彼女の。彼女たちの背中に見える、妖精のごとき透き通った綺麗な(はね)

 

 太陽の光を受けて、虹色に輝くそれを慈しみ、守りたい。

 

 エターナにとってそれは、この砂塵と硝煙に満ちた戦場で初めて見つけた、宝物のようなきらめきであった。

 





 次回、主人公に視点が戻ります。


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第94話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 北米に白い流星が舞い降りた。

 

 ちょっと現実逃避したくて、詩的に表現してみた。オルド・フィンゴです。

 

 原作通りにホワイトベースがこの地球に降りて来たんだよね。

 

 ついでに招かれざる客、シャア・アズナブル少佐もやってきた。

 

 もうね。宇宙から単身降りて来たくせに、すっごく不遜なのよ。

 

 原作知ってるせいか、ガルマ大佐を侮っているのが丸わかり。大佐もよくこんなの友達だと思ってたなぁ。

 

 今日は旧市長官邸にて財界の著名人を集めたパーティーが開かれる。

 

 ジオンに協力的な資産家、企業に「これからもよろしく。もっとお金出してちょうだいね」っと媚びを売るための祝賀会だ。戦争は兵器と兵士だけでは続けられないからね。

 

 そのパーティーになぜか僕も呼ばれているわけです。

 

 佐官以上が参加対象だったのだけど、ゼクス少佐に連れてこられた。少佐の副官扱いだけど、特に何か申し付けられてるわけじゃない。

 

 何もさせないのにわざわざ呼ぶ、なんて無駄なことするわけもない。なんか雰囲気的にゼクス少佐は、シャアのことを警戒してるような気がするんだよね。

 

 まさか彼の正体を知ってる、なんてことはなさそうだけど、士官学校の同期だから、学生時代になにか確執があったんだろうか。

 

 まあそういうことなので、ガルマ大佐の傍に秘書ヅラして立っていることにする。

 

「さすがだなガルマ。このパーティー、そうそうたるものじゃないか」

 

「よせよシャア。正直辟易してるんだ。姉上からの指示だから行っているが、この時期にこんな享楽に興じなければならないなんてな」

 

「だが、君の辣腕の賜物だろう。このニューヤークの成功は、『ガルマ・モデル』と言って、地上軍では統治方法の模範にもなってるそうじゃないか」

 

 シャアの心にもなさそうな称賛に、ガルマ大佐は満更でもない顔だ。

 

 何人か、企業の重鎮が大佐に挨拶しに来る。

 

 それをつまらなさそうにガルマ大佐は対応。

 

 うーんそれってどうよ。挨拶来た人、顔引き攣らせてるぞ。

 

 ゼクス少佐を見ると、彼はドレスで着飾ったキリー少佐をエスコートしながらテーブルを周り、財界連中に挨拶している。

 

 北米の『白雷』なんて呼ばれるエースと、長身美人の立ち姿はかなり様になる。どっちもすんごい美形だし。

 

 ガルマ大佐に挨拶した人は、すげなくあしらわれていることがわかったのだろう。程々にその場を辞退し、輪ができつつあるゼクス少佐たちの方へと向かっていった。

 

「いいのか? ガルマ」

 

「くだらない連中だ。おべんちゃらを使い、どうせ私を介して父に取り次いでもらおうという魂胆なのだからな」

 

 うん。その通りだけど、指揮官としてその態度はよくないね。

 

 なので思ったことを口にする。

 

「大佐。仕事はしてくださいよ」

 

「なんだと?」

 

「貴方の今日の仕事は、貴方が蔑むおべんちゃらを使って来る金持ちたちに頭を下げて、支援金とコネを作ることです」

 

 できたコネを利用すればやがて連邦政府高官とも接点を持てるかもしれない。この戦争はジオンにとってまだ予断を許さない状況だが、出口に向けてできる努力はしていかなければならないのだ。

 

 宇宙と地球、人類を二分したこの大戦が長く続けば、まちがいなく文明は衰退し、逼塞していくだろうから。

 

 







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第95話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

「はっきりと物を言う。気に食わんな」

 

 ワイングラスを揺らしながら、シャアが言ってくるが、無視だ。気に入られるために部下をやってるわけじゃないからね。

 

「作戦に失敗した客人は黙っていてください。これは我が部隊の大将の問題です」

 

 きっぱり言い切ってやると、さすがに鼻白んだのかシャアは動きを止めた。

 

「フィンゴ中尉、シャアは私の友人だ! 侮辱は――」

 

「普段、貴方が口にしているザビ家の男とは、ずいぶんと都合が良いのですな」

 

「なんだと!?」

 

「なるほど、貴方にすり寄ってくる財界の連中は貴方を見ていない。貴方を通して父君であるデギン公に取り次いでもらいたいと考えている。それは貴方に力がないからだ。経験も、実力も足りない。だというのに貴方は、この折角の機会を不貞腐れてすごすおつもりですか? せっかくゼクス少佐とギャレット少佐が場を作ってくださっているというのに」

 

 ゼクス少佐たちの周囲の輪は、外から眺める限りは和やかだ。

 

 人はやはり、輝かんばかりの才覚を――この場合は容姿だ――持っているものに惹き寄せられる。

 

 中には企業の上役なども含まれている。

 

 このまま、少佐たちに任せるのも良いのかもしれない。でも、それではいつまでもガルマは侮られたままだ。

 

「ザビ家の男だというのなら、そのザビ家から与えられている特権を有用に使いこなしてみせてはどうです? でないといつまでもボウヤのままですよ」

 

 僕の煽りにガルマ大佐は、全身を震わせながら、ワイングラスをテーブルに置いた。叩きつけなかったのは、称賛してもいいな。このグラス、いまでは珍しい本物のガラスなんだよ。

 

 ひとつ大きく息を吐いて、大佐はかぶりをふる。

 

 かなりの自制心を発揮したみたいだ。

 

「ほう」

 

 横で面白がるように見ていたシャアが意外そうな声を発した。

 

 たぶん癇癪を起こすと思ってたんだろうね。でも、これまで接してきたなかで、だいぶ大佐は鍛えられたからねー。まあ、主に僕が煽りまくった結果ともいうが。

 

「キサマに言われんでもわかっている。これは政治だというのだろう」

 

「ご理解なさっているのでしたら、さっさとあの輪に参加してきてください、それで顔を売って、金貨の1枚でもくわえてもってきてくださいよ。それが明日のジオンに繋がるのですから」

 

 実はこのパーティーには、アナハイム・エレクトロニクスの人間も密かに参加している。

 

 ケイ技術少尉が、ジオ・マッドの知り合いづてで仕入れたネタだ。

 

 アナハイム・エレクトロニクスは月にあって、軍事用品から民生品まで、連邦の工業・電子・電気機器製品を支える軍産複合体だ。

 

 月の専制君主とまで言われる大企業。

 

 このアナハイムとつながりのない企業は皆無と呼べるほどの存在である。

 

 連邦政府とも深く癒着しており、原作では、UC100年代まで圧倒的な影響力を与え続けた。

 

 そんなバケモノ企業の人間が、身分を偽ってここに参加しているのは、おそらくこの戦争の帰趨を測ってるんだろう。

 

 どちらにつくのがより得か? 金のたまごを産むのはどのガチョウか?

 

 商人の考えることは常に明快だ。

 

 ガルマ大佐には、彼らと本国の強固なパイプ役になってもらいたいと思っている。

 

 まっくろくろな企業だが、それでもこの世界の経済を大きく担っている存在だ。無視などできないだろう。

 

 いつまでも戦争特需は続かないのだから、どこかでこの戦いを終わらせないとならない。でないと、どちらかが力尽きるまで争うことになってしまう。

 

「さ、行ってください。このままだと、ゼクス少佐が全部持って行ってしまいますよ」

 

「言われんでも!」

 

 大佐は僕を視線で殴りつけるように睨んでから、髪をかき上げ、大股でホールの中心へと向かっていった。

 

 途中、ゼクス少佐がこちらに視線をやるのが見えた。

 

 今回悪役を被ってあげたのは貸しですからね。あとは、そちらで上手く回してくださいよっと。

 



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第96話 Side『ニューヤーク燃ゆ』


 明日以降、しばらく更新できなさそうなので、今日のうちに。


 

 さて、あとはこの横に立つ招かれざる客人をどうすっかなんだよね。

 

 無視したいんだけど、ガルマ大佐に何を吹き込むかわかんないから、監視もしておきたい。

 

 ガンダムとホワイトベースの拿捕を、十字勲章ものだなんて公然と唆す(そそのか)ぐらいだ。

 

 現実には、すでにオーガスタでガンダムとジムとビームライフルのサンプルは手に入れてる。いまさら試作機のひとつを奪取したからといって戦局に大きな影響はでないだろう。

 

 新造艦のホワイトベースも、補給艦として偽装していたせいもあり、MS運用を強引に設計に突っ込んだせいで戦艦としては微妙な性能だ。

 

 見るべきところは、せいぜいミノフスキークラフトかな。

 

 原作のアムロとホワイトベースの活躍はめざましいけれど、それだけで連邦が戦争に勝てるわけもない。

 

 ここで撃破しても、せいぜいオデッサで、エルランの造反が明るみに出なくなるぐらい。それだってTV版準拠の話だ。

 

 あ、オデッサで水爆止められちゃうか。

 

 でも、原作オデッサのジオン敗北は、圧倒的な物量差によって圧殺されたせいだ。それを覆そうとして、マ・クベが水爆を使った。

 

 だけどこの世界では、旧ロシア領と中東、北アフリカ方面ジオン軍は強固な連携態勢が取れている。オデッサを攻めたくても、まずは北アフリカから中東を抜かなければならない。

 

 コロニー落としほどの破壊力をもたなかった隕石落としが、ここにきて有効になってきていた。

 

 大規模天候不順によって、連邦は抱えている人的資源を支えるだけの物資が用意できなくなっている。

 

 ジオンが、地球で得た水や空気といった資源を惜しみなく他コロニーに分配した結果、宇宙でも、連邦への経済締め出しが行われはじめ、反連邦武装組織によるテロでコロニー防衛軍が敗退。

 

 サイド2は輸送路の安全が確保できないとして、地球への食料品の輸出を無期限停止。

 

 続くようにサイド5も、先のルウムでの核被曝にて輸出用品生産農業プラントが稼働できずとし、連邦への輸出量を大幅に低減した。

 

 結果、各地の連邦軍は自分たちの食い扶持だけで精一杯であり、支配地域への配給さえ滞るぐらいだ。

 

 連邦の部隊は今各地で分断孤立しており、大掛かりな作戦は取れなくなっている。

 

 大部隊を編成したくとも、それを支えるだけの兵站も用意できないのだ。

 

 欧州も無力化しているため、原作のようにヨーロッパから連邦が進撃することは難しい。なにより水軍のせいでイングランドを抜かなければフランスにもたどり着けない。

 

 だからオデッサ作戦は起きないんじゃないかな。と楽観視している。

 

 連邦のまとまった戦力は、カナダ、南米、オーストラリア、南アフリカ。

 

 この中でも、南アフリカが特に大きい。我らジオンもここから北アフリカを抜かれるといっきに中東まで押し込まれるのでかなりの戦力を割いている。

 

 宇宙にはルナツー艦隊がいるが、これはドズル・ザビ中将が率いる宇宙軍が釘付けにしている。

 

 連邦は早くもMSを開発してきたから、地球軌道上はしっかり掌握しておかないと、下手をすると僕らが開戦初期に行った地上降下作戦をやり返されかねない。

 

 いっそルナツーを攻略して、条約無視してジャブローに落としたらどうかとも思うのだが、今のジオンは地球民を『同士』として新造コロニーへ迎え入れている。

 

 世論を考えると簡単に取れる手段でもないのかな。それに、万が一軌道がそれたら、今現在だとジオンの占領地域に落ちるかもしれない。

 

 ジオンは優勢ではあるが、膠着状態を抜け出るには今ひとつ鍵が足りないってところだ。

 



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第97話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 そんなことを考えていたら、シャアが興味深そうにこちらを見ていることに気づいた。

 

 男に見つめられても嬉しくないね。女性の場合も、相手によるな。

 

 キリー少佐みたいな美人なら楽しいけど、キリシマ嬢やノイン女史だと震えがくる。

 

「さすがじゃないか、中尉」

 

 向こうが声をかけてくる。

 

 無視してんのわかれよ。お前ニュータイプなんだろ。

 

 あ、まだ覚醒してないのか。

 

「あのガルマの名を、宇宙でもよく聞くようになったと思っていたが。なるほど、君のような部下がついていたのだな」

 

 どういう意味だ?

 

 口調と態度から、ガルマ大佐を下に見ている感じは伝わってくるけど。

 

「あのボウヤに言うことをきかせるのは、苦労があるだろう」

 

 ガルマ大佐の方を見ると、招待客たちとうまく談笑している。

 

 ゼクス少佐やキリー少佐のフォローもあるのだろうけど、大佐はもともと外交能力は高い。

 

 ザビ家の末子であり、世間知らずのお坊ちゃんであるが、素直であるため、物事に対する吸収が早いぶん伸びしろがある。

 

 外交官とした場合、素直で経験不足というのはたしかに相手に侮られる要因となる。

 

 けど、彼のバックには強力なザビ家という存在が控えている。デギン公の末子として可愛がられているのは周知の事だから、相手は下手なことはできない。

 

 また、侮られるというのも才能のひとつだ。

 

 度が過ぎるのは何事も考えものだけど、彼の場合はその素直さ、実直さ、誠実さによって相手の懐に入りやすい。

 

 取るに足らない存在だと思っていたら、いつのまにか無視できない位置を占めている。それのガルマ大佐は自然とできてしまうのだ。

 

 ガルマ大佐は、自分には才覚がないと焦っている部分があるがそんなことはない。

 

 生まれも、育ちも、それらすべてが自身の武器だ、と気づくことができれば、彼は一皮剥けるだろうな。

 

「君は……フィンゴ中尉と言ったか」

 

「ええ」

 

 無視してんのにしつこい人だなぁ。

 

「君さえよければ、私の部隊に来ないか?」

 

 はあ?

 

 何言ってんのこの人。

 

「どういう意味でしょう?」

 

「なに、君の境遇を慮った。そう箴言(しんげん)ばかりしていたら、疎まれているのではないか?」

 

 疎まれてるの確かですけどね。あの人、最近だと僕の顔見ると眉根寄せるから。

 

「宇宙軍では近々大きな動きがある。優秀な人材を一人でも多く集めておきたいのだよ」

 

 大きな動き……ルナツーでも攻めるのかな。

 

 そんなことこんな場所で言うなよ。

 

 そこまで声は大きくないけど、誰が聞いているのかわかんないんだぞ。

 

「お断りします」

 

「そうか。ガルマに義理立てしているというのなら、私が口をきくが?」

 

「義理で戦争はしませんよ。単純に、貴方と彼では器が違うというだけの話です」

 

「なに?」

 

 シャアのトーンが1つ下がる。

 

 この人、割と面罵されるのに慣れてないっぽい。

 

「私がガルマに劣ると?」

 

「ええ、大きく」

 

 プライドが大きく刺激されたみたいだ。

 

 彼はこちらに全身で向き直った。

 

 仮面で見えないけれど、強い視線が投げかけられているのがわかる。おそらく、怒りだ。

 

「後学のために説明してもらいたいものだな。私のどこが劣るというのか」

 

 どうすっかな。

 

 見下ろしてくるシャア。

 

 この人はガルマを裏切る。ザビ家への復讐のために。

 

 それを止めたいところだが、手段がない。

 

 原作のガルマ暗殺は、現場の状況を利用して成したことだ。彼が直接手をくだしたわけではなく、そうなるように仕向けただけ。

 

 だからこの人が裏切っている、という証拠が今はないんだ。

 

 シャアに「お前キャスバルだろ」って告げるのも悪手だ。より警戒される。

 

 ガルマ大佐やキシリア少将に報告するのも無駄だろう。

 

 ガルマ大佐は彼のことを親友と信じ切っているし、キシリア少将にいたっては、キャスバルということはすでに知っているんじゃないかと思う。

 

 優秀な諜報部がそれを知らないってないと思うんだよね。常に足取りは追っていたはずだ。

 

 そうでなかったとしても、告げ口したら「なんでお前がそんなこと知ってるんだ?」って余計に事態をややこしくしかねない。

 

 どうするか考えてたら、会場が静かになった。

 



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第98話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

「ニューヤーク市長、エッシェンバッハ氏の御令嬢、イセリナ・エッシェンバッハ嬢のご登場です」

 

 アナウンスがはいり、両階段をドレスで着飾った少女が降りてくる。

 

 初めて目にしたけど、けっこうな美人だ。少女と大人の中間、タレ目なために年齢よりも幼い印象を受ける。

 

 ロリコンの気があるシャアも「ほう」と感嘆するくらいだ。

 

 ガルマ大佐が笑みを浮かべて彼女をエスコートする。

 

 困ったのは、それまで相手していた財界連中そっちのけで、二人の世界に入ってしまったことだ。

 

 ゼクス少佐がなんとか軌道修正しようとしているが、大佐は邪険にあしらう始末。

 

「前線でラブロマンスとはな。ガルマらしい」

 

 嘲笑を唇に浮かべてシャアが言った。

 

「彼に将器があると言ったな。私事を優先する人間に、将がつとまるとでも?」

 

 ――それはアンタだって同じだろう。

 

 思わず出かけた言葉を飲みこむ。

 

「若いうちは誰しも恋などするものですからな。後で説教でもかましておきます」

 

 愛など粘膜の生み出す幻想に過ぎん。とでも言ってやりますかね。

 

「君もじゅうぶんに若く見えるが?」

 

「皆さんそう言われますね。少なくとも私はゼクス少佐より年食ってますよ」

 

 シャアは驚いた、というより引いた感じだ。

 

 まあ、僕の見た目は間違いなく少年だからね。でも人生2度目で、士官学校も君らより先に出てるんだよ。

 

 なんとかしてこの会話を切り上げたいな、と考えていたら、ガルマがイセリナ嬢を連れてテラスへと出ていく。

 

 客人置いていくんじゃないよ色ボケボウズめ。

 

「少佐、これで失礼します」

 

 そう言って歩き出した僕の背中に、勝ち誇った声がかかる。

 

「是非、頑張ってくれたまえ中尉」

 

 けっこう嫌味なやつなんだな、シャアよ。ま、あらゆることを根に持たない人間が、復讐者になるわけもないか。

 

 テラスの出入り口までくると、警備の兵士が僕を押し留めた。

 

「大佐から、誰も通すなとの仰せでして」

 

 階級を見ると、相手は少尉だ。

 

「悪いが軍務だよ。どうしても伝えなきゃならないことがあるんだ」

 

 嘘じゃないよ。軍にかかわってくることだもんね。

 

「しかしですな」

 

 彼は逡巡を見せた。まだ若い士官だ。職務にはまじめらしい。

 

「大佐殿に早急にお耳に入れねばならない事案だ。君は今は、軍に多大な不利益を与えている。今後の我が軍の動向に関わるものだ。1秒を争う。即刻そこを退きたまえ」

 

 硬い口調で言ってやる。

 

 こういうとき、僕の容姿はマイナスに働くことを知っているから、わざとだ。

 

 案の定彼は動揺し、目を泳がせはじめる。どうすればいいか迷っているのだろう。

 

 職務に忠実なのは美点だけど、この場では邪魔でしかない。 

 

「責任はこちらが取る、君は向こうに行き、客人たちの警護をしていてくれ」

 

 責任の所在を明確にしてやると、ほっとした様子を見せて少尉は敬礼し、持ち場を去った。

 

 やれやれ。

 

 さて、こっからが本番だ。

 

 お坊ちゃんを諭さなければならない。

 

 損な役回りを買ってしまったなぁ。ゼクス少佐、恨みますよ。

 



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第99話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

「誰も入れるなと命じたはずだが?」

 

 テラスに出て声をかけると、ガルマ大佐は怒気を漲らせた。

 

 イセリナ嬢に愛を囁いているところに乱入されたのだから、当然ではある。

 

「警備なら煙に巻きましたよ。大佐、主賓が会場にいなくてどうするのですか。今すぐお戻りください」

 

「貴様はそのためだけにここに来たのか」

 

「そうですよ。さっきも言いましたが、貴方の職務を全うしていただきたい」

 

 酷なことを言ってる自覚はあるよ。

 

 まだ若い青年だもんな。恋もすれば、それに溺れもするだろう。

 

 でも、それが許される立場に大佐はいない。この地球にいる限り、私人でいられる時間は皆無なのだ。

 

 だから父親であるデギン公もイセリナ嬢との婚姻を反対してるんだよ。

 

 君はジオンの将であり、未来の政治家なんだから。

 

「どいつもこいつも!」

 

 ガルマ大佐は髪を乱暴にかき上げ、そしてその手を握って欄干に叩きつけた。

 

 痛くないのかな?

 

「イセリナとのことは私個人の問題だ。貴様らに指図されるいわれはない!」

 

「恋愛は自由ですよ。前線であろうがどこだろうが、好きな人に好きだと告げるのに、誰の許可もいらない。でも、貴方だけはそれは許されんのですよ」

 

「僕がザビ家の人間だからか」

 

 興奮してるせいで、一人称が『僕』に戻ってるぞ。

 

「そうです。そして、貴方はこの北米のトップだ。貴方の下には万単位の兵卒が連なっているんですよ。私情に走り、彼らを見捨てるおつもりか? 女一人のためにすべてを捨てるとでもいうのですか?」

 

 ガルマ大佐の拳がぶるぶると震えている。怒りを溜め込んでいるのだろう。

 

「聞かなかったことにしてやる。出ていけ!」

 

「お断りします。何度でも言いましょう。女一人のために、ジオンのすべてを投げ捨てさせるわけにはまいりません。それに、エッシェンバッハ氏はもともとが連邦寄りの財界の人間。その娘を利用したハニートラップの恐れもある」

 

「キサマ!」

 

 左頬を殴られた。

 

 まだ冷静さがあったのか、加減はされたようだ。身体は傾いだけれど、吹き飛びはしなかった。

 

「イセリナが連邦の走狗だと!? 侮辱にもほどがある! 取り消せ!」

 

「可能性の話です。本人さえも気づいていないかもしれない。貴方が何気なく彼女に溢した言葉が、エッシェンバッハを通じて連邦に伝わっているかもしれない」

 

 胸ぐらを捕まれ、睨まれる。

 

 怒りに満ちて血走った目は、普段の優男とは違う迫力があった。やはりザビ家の人間。目が怖い。ドズル中将にそっくりだわ。

 

「どいつもこいつも僕をザビ家の人間として見る! そのくせ、僕の能力は認めない! 望んだわけじゃない!」

 

「生まれは生まれです。貴方はそれがどれだけ恵まれているかわかってないだけだ。なにより、この戦場に立ったのは貴方自身の意思だ」

 

 士官学校に入ったのも、地球軍行きを決めたのも、彼自身だ。

 

 戦場が嫌だと言うなら、本国で引き籠もることもできた。その頃の坊やでは、(いくさ)のリアルも、独裁者としてのザビ家の肩書の重さも想像すらできなかったかもしれない。

 

 でも、選んでしまったのだ。

 

 一介の人間なら全部投げ出してやり直すことも許されたかもしれない。

 

 でも、大佐の立場でそれは許されない。

 

「知らなかったからと、いまさら全てを反故にはできません。貴方に許されているのは、他者から与えられた責任を全うするか、すべてを投げ出す代わりに、戦場で散って、祖国の意気高揚の礎となるかだ」

 

 言いながら、胸ぐらを掴んだ大佐の手のひらを抑え、捻って解く。

 

 士官学校で教官に揉まれながら覚えた技だ。

 

「そもそもイセリナ嬢、貴女は今の立場を捨て、ジオンで暮らしていく覚悟がおありか?」

 

「えっ?」

 

 彼女はこうした怒号飛び交う場に慣れていない。夜陰でもよくわかるほど褪めた顔色だ。

 

「ジオンは男系家長の社会。そして、この戦争に勝っても負けても、ガルマ大佐は政治の世界に投げ込まれるだろう。勝てば、他のコロニーとの折衝、負ければ連邦との賠償と戦争犯罪の清算。何の才もない小娘が、ただ愛だけで切り抜けられるものじゃない」

 

「イセリナを巻き込むな!」

 

 大佐が殴りかかってくる。

 

 大振りで力任せ。避けるのは簡単だが、敢えて殴られる。

 

 衝撃で視界が白くなり、気がつけば自分が地面に転がったことが認識できた。

 

 今度は手加減しなかったんだな。

 

 ぐわんぐわんと頭の中で音がするが、ふらつきながらも立ち上がると、口の中に異物があった。

 

 ぺっ、と吐き出すと血と一緒に折れた歯が飛び出した。

 

「ひっ!」

 

 イセリナ嬢が怯えた声を出す。眼の前で誰かが傷つく様を見たこともないのだろうな。

 

 自分たちの恋が、数多死んでいった兵や民間人の上にあると考えたこともなさそうだ。

 

 そんな箱入り世間知らずの娘が、この先のジオンでやっていけるだろうか。

 

 地位や立場を捨てて、夢を抱きながら生きていけるほどこの世界は君たちに優しくないんだ。

 

 吐き出した歯を拾って、ポケットにしまう。後で医務室で繋げてもらえないかなぁ。

 

「大佐、自分自身に対して責任を取る手段を持たない人間を、他者は決して大人とは認めませんよ」

 

「黙れ! 二度と僕の前に顔を見せるな! 出ていけ!」

 

 これ以上は言葉を重ねるだけ相手を怒らせるな。

 

 言われた通り、一礼してその場を去る。

 

 かっこつけて殴られたけど、痛くて足元が覚束ないや。痛み止めもらわなきゃ。

 



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第100話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 歯は繋がりました。

 

 宇宙世紀の医療品てすごいなぁ。

 

 最初は痛み止め入りの止血剤詰めて、血が止まったら麻酔して、歯を差し込み、接着剤塗ったらくっつきました。

 

 一週間は折れたほうでもの食べれないけど、あっという間に腫れもひいて、神経が疼くこともなかった。すごい。

 

 で、あのパーティーの後、例の木馬――ホワイトベースの動向が入った。

 

 旧オハイオ州に降りていた彼らは、どうも強引にここニューヤークを突っ切って、カリブ海を渡ってジャブローに抜けるつもりらしい。

 

 ニューバーン基地と、オーガスタが墜ちたのしらないのかな?

 

 いくらなんでも自殺行為だろう。敵のど真ん中を抜けるなんて。

 

 そう思ったのだが、どうもニューバーンの残党部隊が同時に動くみたいだ。

 

 ホワイトベースは旧オハイオで、保護していた民間人を降ろし、そこから南下。このニューヤークに来たところで、ニューバーン残党部隊と合流した。

 

 意外なのは、連邦がホワイトベースに戦力を割いたことだ。

 

 ホワイトベースには、試作機が数機艦載されているだけであり、同じ試作機ならこの地球でも複数製造されている。

 

 事実、原作よりも早くジムが出て来たぐらいだ。

 

 生産型の準備が整っているのなら、わざわざ試作機群を手厚く保護する必要はないはず。

 

 なんてことをゼクス少佐にこぼしたら、彼の推測ではニューヤーク基地の情報が連邦に漏れているとのこと。

 

 ジオン領の中では民間人にもっとも優しい部隊だし、先日の資産家を集めたパーティーでも連邦の間諜が入り込んでいたはずだ。

 

 そこから、指揮官であるガルマ大佐が木馬に強い興味を示していると情報を得たのかもしれない。

 

 北米のカリスマになりつつあるガルマ大佐をあわよくば討てる。そう考えたのだろう。少なくない戦力がニューヤークに集った。

 

 あながち間違ってない。

 

 イセリナ嬢との婚姻を求めて、ガルマ大佐は血気盛んだ。自ら前線に出て指揮をしたがる。

 

 これは僕の方のミスでもあるんだよな。

 

 なまじバトルシミュレーターでゼクス少佐と渡り合ったせいで、妙に自信をつけてしまった。

 

 さすがに実機Sに乗るのだけは押し留めているが、とにかく功を得たがるんだ。

 

 今回も木馬を直接討つと意気込んでいる。

 

 ゼクス少佐を含めて、幕僚たちが止めたんだけど、今回はかなり意地になってる。

 

 すいません、先日僕が煽ったせいです。

 

 シャアが(そそのか)しているせいも大きいが、とにかく多大な功績さえあれば誰も彼もが自分の主張を受け入れると考えている様子だ。

 

 若い分、そうした考えに至りやすいんだよな。

 

 そのせいで、強固に出陣を止めようとしたゼクス少佐と我ら第1機動小隊は留守番ということになってしまった。

 

 未来を知っているというのに、上手く立ち回れないものだ。

 

「おい」

 

 しかしこのままガルマ大佐が特攻で死んでいくのを、ただ見届けるわけにはいかない。

 

 あのムカつくシャアの顔も叩き潰してやりたいしね。

 

「おい聞いてるのかバカボウズ!」

 

 コックピットの通信装置から、シゲ曹長の罵声が飛んでくる。

 

「なんですか、シゲさん?」

 

「なんですか? じゃねえよ! お前は自室で謹慎中じゃなかったのかよ! それに、第1機動小隊は待機命令出てんだろうが」

 

 ザクのモニターに、足元で通信用受話器を持って怒ってるシゲさんの顔が映る。

 

 あらら、顔が真っ赤だ。

 



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第101話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 待機命令の出てるMSを動かしてんだから、そりゃ怒るわな。

 

 管理責任者として問題だからね。

 

「パイロットは待機命令出てますけど、自分はメカニックなんで」

 

「詭弁はどうでもいいんだ! ルウムの二の舞するつもりかお前は! 大佐にぶん殴られてんだろうが!」

 

 懐かしいな。あの時もシゲさんに迷惑かけた。

 

 てか、やっぱり大佐に殴られたのは知れ渡ってるのね。あれだけ大声で騒げば当然か。

 

「あーその節はすいません。でも昔、シゲさんが言ったじゃないですか」

 

「あん? 何のことだ?」

 

「『自分自身に対して責任を取る手段を持たない人間を、他者は決して大人とは認めない』って」

 

「あー? いつの話だそりゃ」

 

 僕がシゲさんと初めて会った時の話だね。見た目がこんなで、口だけは達者な僕にそう言ったんだ。

 

 続けて、理屈はいいから手を動かせとも言われたな。

 

 現場は常に時間に追われてる。良くも悪くも成果を出せる者の意見と行動だけが通る状況なのは、いつどこの世界でも一緒だ。

 

「だから責任を果たそうかなと思いまして。ハッチ開けてくれます? 開けてくれないなら、吹き飛ばすしかないですが」

 

「馬鹿言ってんじゃねぇよ! そんなの――」

 

「オッケー開けるわ!」

 

 通信に飛び込んできた声。

 

 ケイ・ニムロッドだ。

 

「おいおい! ケイ! そんな勝手なことできるか」

 

 ザクS2を届けたケイは、そのままニューヤーク基地所属となった。

 

 MS、特にS2の専任整備士として務めることに決まっている。

 

「アタシが命令したことにすればいいだろ。階級はアタシのが上なんだ! 名目は後でなんとでもなるんだからさ」

 

 さすが皆から姐御と慕われるだけあるな。決断したら行動は早い。

 

「ふざけんな! 整備責任者はオレだ! お前らが勝手に決めれるわけねぇだろうが!」

 

 軍内部では階級は絶対だけど、所属部署では役職が物を言う。MSの管理維持は、下士官であるシゲ曹長が資材含めて責任者であり、その決定は役職のない士官よりも圧倒的に上だ。

 

「ふむ。それなら、私が一枚噛んだことにしようじゃないか」

 

「ゼクス少佐?」

 

 モニターにノーマルスーツを着て、コックピットに座った少佐の姿が映る。

 

我々には(・・・・)責任を果たす義務がある。名目はこの新型S2の実戦試験とでもすればいい。そうだろう? フィンゴ中尉」

 

 実はゼクス少佐には、シャアが不穏な動きを見せているとだけ伝えてある。

 

 少佐も、士官学校時代から彼にはどこか危険な雰囲気を感じていたようだ。

 

 だからガルマ大佐の傍にシャアが居ることが不安なのだろう。

 

「そういうことらしいぞ中尉」

 

 さらにモニターに、ノイン大尉が映る。こちらもコックピットの映像だ。

 

「もちろん、ワタクシもおりましてよ!」

 

 キリシマ曹長まで準備万端だ。

 

 さすが我が部隊はみんな破天荒だ。

 

「……基地の警備はどうすんだよ。お前ら抜けた穴、どこが塞ぐんだ」

 

「それは私達が受け持つわ」

 

 通信に入ってきたのは、キリー少佐だ。

 

「第1機動小隊の代わりは、私達ノイジー・フェアリーが担当する。それなら文句はないでしょう」

 

「キリー、恩に着る」

 

「いいわよ。それよりゼクス、ガルマのことお願いね。彼はこの北米に……いえ、ザビ家にとって必要な人材だわ」

 

 あ、彼の存在価値を正確に見抜いてる人間、他にもいるんだな。

 

 ガルマというあまちゃんがいなくなれば、ザビ家の専横を止める人間はいなくなる。そう考えているのかもしれない。

 

「第1機動小隊、これより出陣する!」

 

 ゼクス少佐の宣言が格納庫に響く。

 

 シゲさんは諦めと呆れを表現するように薄い髪ををかきむしると、部下に命じてMSの発進シークエンスを進めてくれる。

 

 ごめんね。でもこれまで全部事後承諾でやってきたんだからさ、今回だけお淑やかに言う事聞くなんて、するわけないじゃない。

 

「目的はニューヤーク市街に侵入した敵の殲滅。そして木馬を追うガルマ大佐の支援だ」

 

「了解」

 

 もう建前さえ告げなかったゼクス少佐に、メンバーは苦言も刺さずに了承する。

 

 さて、広げた風呂敷は自分で畳まないとな。

 



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第102話 Side『ニューヤーク燃ゆ』


 復活です。


 

「センサー感有り。ここより西にMSが3、音紋は友軍ではありませんね」

 

 何度もバトルシミュレーターで目にしたニューヤーク市街の廃墟。

 

「木馬の反応はあるか?」

 

「いや、ありません。先行した航空隊の話では、機関部にダメージを負っているとの話でしたから、どこかに潜んでいるのかと」

 

「ならばMSは囮か」

 

「でしょうね」

 

 徐々にだが近づいている。

 

 作中通りだと、雨天野球場跡に身を隠していたが、MSが存在する方角とはズレている。

 

 とはいえ、大佐の搭乗したガウと、ゾッドの編隊が上空から偵察しても発見されてないということは、原作通りの場所にいるに違いない。

 

 他に戦艦の巨体を隠せる場所は存在しないからだ。

 

 ドダイに乗ってこなかったことが悔やまれる。

 

「あいつら、航空機まで出してやがりますわね」 

 

 キリシマ嬢の言う通り、上空を敵の多目的戦闘機――確か、コア・イージーという名前だ――が3機編成で飛んでいく。こちらの地上対空部隊の砲撃を軽快に躱し、お返しとして対地爆弾を投下していく。

 

 防空部隊のゾッドが迎撃を行うが、加速性がこれまでの連邦の戦闘機とは違う。

 

 強引に追撃を振り切り旋回すると、赤い光がゾッドを貫いた。

 

 コア・イージーは反応炉搭載の高速航空機。最近になって連邦が投入してきた新兵器だ。

 

 爆撃に迎撃戦闘と、こちらのゾッド並みの多様性を誇る。しかも反応炉を搭載してるのでメガ粒子砲を使用可能。被弾時は機種部分がコアファイターになって分離脱出可能と、結構な高性能機だ。

 

 ノイン大尉がつぶやく。

 

「あれもニューバーンの残党なのか?」

 

「いや、あれは違うでしょう。おそらくジャブローからの増援です」

 

 ミノフスキー粒子のせいで、防空警戒は両軍とも割とザルだ。少数部隊なら網をくぐって接近することも不可能じゃない。

 

 さらに増援のコア・イージーが飛来する。

 

 そして、その上にはMSが搭乗しているのが見えた。

 

 SFS(サブフライトシステム)、早くも完成したか。大気圏内の航空機技術はさすが連邦に一日の長があるようだ。

 

「強引に基地へ向かうつもりか!」

 

 ジオンお得意の突破戦法の真似だ。

 

 MSが扱う武装は火力が高い。分類上の軽機関銃でさえ、建造物に対しては過剰火力なほどだ。1機でも到達すれば、基地機能はズタズタになる。

 

 でも普通はやらないけどね。最終的には囲まれて撃破されるの確定だから。

 

 ニューヤークは地上の対空防御兵装はMSに頼り切ってる。上空のゾッド部隊が止められるとこうも容易く抜かれるとはね。

 

 既存戦力の見直しが必要だな。

 

「各機迎撃! 私は先のMSをやる」

 

「了解」

 

 ライフルを構えて撃つ。

 

 コアファイター部分をぶち抜かれ、墜落する機体からMSが飛び降りる。

 

 少佐もS2のバズーカを器用にも敵の主翼に当て、そのまま加速し、先に見つけたMSの方へと向かっていった。

 

 残った1機はノイン大尉のマシンガンを避けた先に、他部隊の対空砲火を受けて沈んだ。

 

 いずれもMSは脱出に成功してる。

 

 ここからは白兵戦だ。

 





 トマトを見るたび思い出す。


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第103話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 最初に地に足をつけたのは、赤黒い機体だ。

 

 ジムだと思うけど、微妙にシルエットが違うのか画像解析に時間がかかってる。

 

 こんなところに少数投入するんだ、特務部隊用の特機ってやつかも。

 

「新型に思える。各機油断はするなよ」

 

 大尉がそう告げると同時にAI解析が終了する。

 

 原作でも見たことない機体だな。

 

 赤黒い機体は、陸戦型ジムに似てる。というか陸ジムに増加装甲を付け足したものだ。頭部にガスマスクのようなフェイスカバーが取り付けられている。

 

 武装はキワモノだな。長柄の先にビームサーベルを2基取り付けたもの――ツイン・ビーム・スピアだ。

 

 たしかガンダムゲームに出てきたジム・ストライカーの武装だったと思う。

 

 他の2機は、黒塗りのジム……だと思うが違うかもしれない。

 

 原作ジムに増加装甲を纏わせたデザインで、頭部はヘッドギアで覆われている。

 

 武装は、ジム・コマンドが使っていたブルパップ・マシンガンのようだ。

 

 全機体、頭部に装甲がついてるためにジムらしくない。左肩に、3つの頭を持った獣――ケルベロスの図柄がペイントされている。 

 

『殺してやる!』

 

 何だ?

 

 重たい、頭蓋の内側をヤスリで削っていくような声がどこからか聞こえてくる。

 

「おいフィンゴ、何かおしゃべりまして?」 

 

「いや。これは――」

 

『お前らジオンは皆殺しだっ!!』

 

 噴き上がるような殺意とでもいうのか、とんでもない圧力のようなものがコックピット内に満ちる。

 

「くそっ! なんだよ、機体が思うように動かねぇぞ!?」

 

 キリシマ曹長が苦しそうな息を吐きながら機体トラブルを告げてくる。

 

「こちらもだ! なんだ、これは?」

 

 敵の新兵器? しかしこちらの計器は異常を示していない。ただ、この頭に響く殺意マシマシの声だけがおかしい。

 

「あの赤いのですわ! アイツがなんかやりやがった!」

 

「僕の機体は平気だけどね」

 

「機体がおかしいんじゃない、頭に……プレッシャーが直接くる」

 

 ノイン大尉もなんだか苦しそうだ。

 

 こちらを補足した敵機が近づいてくる。

 

「あーじゃあ赤いのはこちらでやります。大尉と曹長は、距離を取って、他の2体よろしく」

 

 そう言って、赤い機体に向けて牽制のライフルを撃つ。

 

『逃さんぞ宇宙人ども!』

 

 どういう理屈かはわからないが、どうも赤い機体のパイロットの思考がこちらに流れてきているようだ。

 

 ニュータイプが放つという感応波(サイコ・ウェーブ)ってやつかな。

 

 ニュータイプの疑いがあるキリシマ嬢が影響受けるのはわかるけど、ノーマルの僕や大尉にまで声が聞こえるのはなんでだ?

 

 ともかく赤はひきつけると約束した。

 

 敢えて前に出て距離を詰める。

 

『キサマからズタズタにしてやるぞ!』

 

 案の定、相手は簡単に釣れた。

 

 この手の1つの感情に支配された人間って、煽りやすくて楽なんだよね。

 

 





 キットのスミ入れを水性アクリルでやろうと思って、家にあった洗剤混ぜたら、オレンジのかほりになりました。


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第104話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 相手の間合いに入ってから、今度は距離を離す。

 

 敵はこちらを追いかけてきた。たったそれだけで、大尉たちから引き剥がすことに成功。

 

 黒の機体たちは突出する赤をカバーするつもりは無いようで、動きの鈍い大尉たちに狙いを定めたようだ。

 

「大尉、動けますか?」

 

「そいつから離れたら重苦しさがとれた。こちらを片付けるまでもたせろ。その後に合流する」

 

 了解。

 

 だが、倒してしまっても構わんのだろう?

 

 正直、あの手の感情ダダ漏れの相手ってやりやすいんだよね。簡単にこちらのフェイントに釣られてくれるからさ。

 

「おい、アタシは心配しねぇのか」

 

「曹長が駄目なら、すでにうちらは全滅してるよ」

 

「ふん!」

 

 こちらの言い分をどう捉えたのかわからないが、キリシマ嬢は矛を収めた。

 

 さて、意識を迫りくる敵に戻す。

 

『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!!』

 

 やたらとガンガン響く謎の声。声は女性だ。

 

 あの赤いの、乗ってるのは女なんだろう。ニュータイプの発現は女性の方が多い、ってデータを見たことがあるな。

 

 回避を考えていないのか、まっすぐに突貫してくる赤。

 

 飛び込んできた瞬間にライフルを撃ち込むと、低空で機体を

 ドリルのように回転させながら弾を避けやがった。

 

 とんでもないアクロバット。機体もだけど、普通ならパイロットの全身がGでバラバラになってもおかしくない挙動だ。

 

『死ねぇぇ!!』

 

 勝利を確信したのか、必殺の念を籠めた叫びとともにツイン・ビーム・スピアを鎌のように変形させて薙ぎ払ってくる。

 

 いちいち相手殺すのに、めちゃくちゃカロリー消費してるなこの人。

 

 あれか、家族を殺されたとかそういう系かな。

 

 大概の相手は驚いて足止めるかもしれないがね。

 

 あいにくと僕は、貴女みたいな曹長(イノシシ)としょっちゅう模擬戦してるんですわ。

 

 機体を安易に後退させず、前に進ませる。

 

 ツイン・ビーム・スピアのような長柄の武器はリーチが長い分、内側に隙ができやすい。さらにMSは人間よりも手足各部の可動域が狭く、密着するほどの距離だと容易に対処ができなくなる。

 

 懐に飛び込んでその胴体に蹴りをぶち当ててやる。

 

 さらにその瞬間にブースターを起動させ、蹴りの反動と合わせて大きく距離を取った。

 

『逃がすかぁあぁ!!』

 

 パイロットはダメージを負っていないようだが、機体はそうでもない。

 

 衝突の衝撃で転倒しかけるのを、オートバランサーが必死に立て直しているところだ。

 

 もらうね。

 

 胴体に向けてライフルを撃つ。

 

 これで終わりのはずだったが、敵機は大きく横に跳躍して射線を外しやがった。

 

 オートバランサー強引に切ったな。どんだけこっちを殺したいんだよ。

 



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第105話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 頭蓋の内側に何か刺さったような痛みに、ノインは顔をしかめる。

 

 フィンゴ中尉が囮となり引き離した赤い機体。

 

 全身を縛りつける重たい感覚は遠退いたが、まだ痺れるような肌感覚が残っている。

 

 泣き言は言っていられない。黒塗りの敵機が迫っている。

 

 相手の武装は、機関銃と小型のシールド。一見するとオーソドックスな装備だ。

 

「曹長、やれるな?」

 

「誰にものを言ってますの? わたくしはいつだって完璧万全ですわ!」

 

 強気な姿勢を崩さないキリシマだが、言うほどではないとノインは判断した。

 

 フィンゴ中尉のEWACによる指示がなければ、彼女は真っ直ぐに敵に向かっているはずだ。しかしそれがないということは、何かしらの影響をまだ受けているのだろう。

 

「どういう理屈か知らんが、お陰でこちらは本調子ではない。慎重に行け」

 

「ふん! バラバラにしてやりますわ!」

 

 いつもの口上を吐いてキリシマは突貫していく。

 

 敵のうち1体がマシンガンを乱射してくる。その弾丸を彼女は発砲と同時に(・・・・・・)避け、相手へと肉薄する。

 

 キリシマ曹長は突破戦術に特化している。シミュレーターや実機を使った模擬戦では、当初こそその猪突猛進ぶりを逆手に取られ撃破されることが多かったが、今は本人に合った高機動のMSに搭乗したことと、目覚ましいまでの技量上達により、単機でも並みの小隊が相手ならば手玉にとることも余裕であった。

 

 ――敵は、腕がいいな。

 

 ノインは、冷静に分析した。

 

 曹長は突貫することで、敵2体の相互の距離を引き離そうとしたのだが、無理に応戦せず、単発での牽制射撃をおこない、互いがフォローできる位置を維持した。

 

 だが相方の方は動きが悪い。

 

 距離を敢えて離そうというのか後退する。散慢的にマシンガンをこちらに放ってくるだけだ。

 

 相手の弾丸はかなりの初速を持って飛んでくるが、有効射程を外れた弾丸など、直撃したとしても分厚いドムの装甲を抜くことはかなわない。

 

 ――素人ではないはずだが。

 

 違和感があるが、ノインは深追いせずに曹長のフォローに回る。

 

 相手は本当に優秀なパイロットだった。

 

 味方からの援護も貰えず、2体のドムを相手にしながらも、巧みに機体を操り、致命打を避けながら反撃の機会を伺っている。

 

 連邦がMSを開発したのはつい最近だろう。だというのに、何年も前から訓練を受けたベテランのような動きだ。

 

 連邦には、パイロットを熟成させるための効率的な教練プログラムがあるのだろうか。

 

 そんな考えを持ちながら戦えるのは、ノインが圧倒的に相手の技量を上回っているからだった。

 

 たしかに相手は特機に乗った熟練のパイロットだが、それならばこちらも条件は同じだ。それに腕はあるといっても、この程度ならこの前シュミレーターで相手をした少女たちのほうが手強かった。

 

 戦いに余裕がある。

 

「決着をつけさせてもらう」

 

 いつまでも時間をかけているわけにも行かない。

 

 こちらの精神に影響を与える兵器――なのかは判然としないが――を積んだ相手と、フィンゴ中尉が戦っている。

 

 彼は言外に自信を滲ませていたが、ノインは敵に異様な気配を感じていた。MSの全身から、殺意のようなものが噴き上がっているように感じたのだ。

 

 フィンゴ中尉の腕なら何とかなるとは思うのだが、楽観しすぎるわけにはいかない。

 

 左腕でヒートサーベルを引き抜き、キリシマ曹長の背後から一気に迫る。

 

 こちらの意図を察した曹長が、飛び退り、敵はようやくこちらに気づいた。

 

 応戦のためにビームサーベルを抜こうと動きを見せるがもう遅い。

 

 だが――。

 

「大尉避けなさい!」

 

「!?」

 

 曹長の警告と同時に、フィンゴ中尉から送られてきた敵機のデータがレーダーに表示される。

 

 至近距離まで迫っていた敵機の胴を貫いて、赤い光が奔る。

 



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第106話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 ノインは反射的に自身の機体を左に切っていた。

 

 閃光が右腕を焼き、肘の付け根から吹き飛んでいく。

 

 ――ビームライフル!!

 

 行方をくらませていたもう一体の銃撃だった。

 

 背部にでも隠し持っていたのだろう。

 

 ノインがキリシマの機体を囮に使い、死角から接近したように、相手も味方の背中を隠れ蓑にし、狙撃をしてきた。

 

 ――味方ごと撃つとは!!

 

 右腕は爆発したが、ドムは各部がユニットブロック化されている。敢えて欠損部を投棄することで、メガ粒子の熱による誘爆を防いだ。

 

「ぐっっ! このっ!」

 

 しかし強引な方向転換と、被弾の余波は機体のオートバランサーでは抑えきれず、機体は横滑りしながら転倒。衝撃がノインを襲う。

 

 でたらめな慣性で口の中を切ったのか、血の味が舌の上に広がる。

 

 自らの不甲斐なさを反省する暇はない。2射目が来る前になんとしても体勢を整えねばならなかった。

 

 敵が銃口をこちらに向ける。

 

「させませんわよ!」

 

 キリシマ曹長が投げたヒートホークの刃が、銃身を切り裂いた。彼女のヒートホークは戦場で刃を取り替えることができるようになっている。

 

 副次的に、ロックを外して振るえば刃を投擲することが可能だった。

 

 ビームライフルを失った敵は、武装を実体弾のマシンガンへと切り替える。

 

 さすがにその頃にはノインも機体を立ち上がらせていた。

 

 とどめを刺そうと撃ち散らされる弾丸を避けながら、素早く計器類に目をやる。

 

 稼働に支障はないことを確認すると、ノインは舌打ちした。

 

 慢心。

 

 自分の方が勝っていると、MSをうまく扱えているという過度な自信が招いた結果だ。

 

 フィンゴ中尉の神がかりな通信と、キリシマ曹長の勧告がなければ今頃自分はメガ粒子とともに蒸発していたことだろう。

 

 キリシマ曹長のドムが、敵に肉薄しようと攻めるが、相手はビルの残骸を盾にするように回り込みながら、マシンガンで応戦する。

 

 曹長は突破力こそあるが、相性が悪い相手には致命的に弱い。

 

 しかもその射撃はドムのモノアイカメラ部や、腕部関節など構造的に耐弾性の低い箇所を狙っている。

 

 直撃こそないが、相手の腕は確かであった。

 

 当初に見せた素人のようなたどたどしさはない。

 

 ――だというのに、味方ごと撃ったのか!

 

 ノインの中で義憤が生まれた。

 

 高速戦闘中に相手の部位を正確に狙える腕があるならば、先程の銃撃は誤射などではない。

 

 この腕前で、味方と連携していたら自分はとてつもない脅威と感じただろう。

 

 ノインは教導隊に居た頃の経験から、相手が戦闘、いや、殺戮そのものを楽しんでいるのだと感じられた。

 

 教練を受けた数多いメンバーたちの中にも、戦術的な勝利よりも、合法的に人を殺せることに快楽と主眼を見出す者は少なからずいた。

 

 中には、格上の敵を殺せるならば味方ごと巻き込んでも構わないという危険な思想を持った者も見てきた。

 

 眼の前の敵は、そんな下衆と唾棄すべき存在と同じであった。

 

「キリシマ曹長こちらは私がやる。お前はフィンゴ中尉の援護に迎え」

 

「あん? そんなナリで何言ってらっしゃいますの」

 

 小破した機体を指摘されるが、破損したのは右腕だけだ。これが宇宙であれば機体バランスを欠いた結果、挙動が大きく狂うことになるだろうが、ここは地上。そこまで問題とはならない。

 

「フィンゴ中尉が相手にしている敵は得体が知れない。フォローしろ」

 

「わかりましたわ」

 

 曹長は踵を返し去っていく。

 

 敵は追う素振りも見せなかった。こちらを標的として据えたのだろう。単純に追撃のために背中を見せることを避けたのかもしれない。

 

 ――いいだろう。MS戦というもの教えてやる!

 

 右腕を失ったため、武装はヒートサーベル一本のみだ。だがノインにとってはそれで十分だった。

 

「私とて、伊達に教導隊にいたわけじゃない」

 

 撃ち込まれる弾丸を障害物を利用しながらすべて避ける。常に一定の距離を保ち、相手が下がればこちらは前へ、相手が詰めてくれば後方へ。

 

 ドムの装甲は厚く、本体も重量がある。弾が当たったとしても容易に動きは崩れない。そしてホバーであるこちらのほうが単純な機動力は上だ。

 

 相手は弾切れとなったマシンガンを投げ捨て、ビームサーベルを抜き放つ。

 

 安易に切り結びはしない。

 

 ビームサーベルは、ヒートサーベルよりも出力が高い。2、3回でも打ち合えば、簡単に使い物にならなくなる。

 

 相手の周囲を煽るように周回する。

 

 敵がこちらの意図しているような人格の持ち主だったら、そろそろ焦れてくるはずだ。

 

 先に鹵獲した連邦機の解析により、ビームサーベルの稼働時間は長くても3分程度と判明している。そうした制約から、パイロットの意識は短期決戦に傾く。

 

 ここまで実力差を見せつければ、相手はそのプライドから怒ることだろう。

 

 戦いにおいて快楽を求めるタイプの人間は、軒並み自尊心だけは高かった。

 

 やはり焦りを持ったのか、敵は強引な突進を行ってきた。

 

 スラスター出力が高いのか、瞬発力は高い。旧型のドムでは対応できなかったことだろう。

 

 繰り出された斬撃を一瞬横にスラスターを吹かし、瞬間的に機体を滑らせることでかわす。

 

 突き出された腕をヒートサーベルで斬り落とし、脇腹に蹴りをくれてやる。

 

 バランスを崩して倒れた敵にトドメを刺すべく近寄る。

 

「待ってくれ! 投降する!」

 

 拡声機から嘆願の声が響いた。男の声だ。

 

 命乞いをしているというのに、その声はどこか相手を見下したような不快さを滲ませたものだった。

 

「……機体を停止し、コックピットハッチを開け。それ以外の行動を取った場合は即座に攻撃する」

 

「女? あ、ああわかった。いま開ける。待ってくれ」

 

 胴部中央のハッチが開く。

 

 と同時に、敵が左腕をつきだす。左腕に取り付けられていた武装から、光条が伸びた。

 

 放たれたビームガンの一撃を、ノインはあっさりと躱す。

 

 何かをしてくるだろうと予測していた。

 

 この手の人間は容易に他者との契約を反故にする。どんな手を使っても相手を殺しさえすれば自身の勝利であると思っているからだ。

 

 戦争と殺戮の違いを理解しない愚者ども。

 

「馬鹿め」

 

 冷めた蔑みをこめて呟き、ドムの左腕に装備したヒートロッドを敵の首に巻き付けた。

 

「アギャァギギギゴギョアゴォォアエアアアア!!」

 

 致命的と言えるほどの高圧電流が機体を襲い、不規則に全身を跳ねさせながら各所から炎を上げる。

 

 オンになったままの拡声機からは、パイロットの断末魔が響き続け、やがてそれも止む。

 

 燃え崩れる機体を確認し、ノインは味方を援護するためにその場を去った。



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第107話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 どうも。オルド・フィンゴです。 

 

『死ねエェェェッ!!』

 

 と言われて、はい、なんて頷く馬鹿がいるわけがないと、そろそろ学習してもらいたい。

 

 どういう仕組みかはわからないのだが、攻撃に転じるたびに相手に思念を飛ばすなんて、欠陥もいいところだ。わざわざ相手にいまから殴りますとタイミングを教えているわけだから。

 

 これが亜光速で多重同時攻撃のできるビット、ファンネルなら、来るとわかっていても避けれないんだけど。

 

 ツイン・ビーム・スピアの刺突をあっさりとかわす。

 

 ゼクス少佐の突きの方が素早く、的確だ。

 

 薙ぎ払うような斬撃もかわす。

 

 キリシマ嬢の斬り込みの方が鋭い。

 

『くそっ! 機体が言うことを聞かない!!』

 

 イライラとした声が聞こえる。あー本人の反応に機体が追いついてこないんだな。

 

 マグネットコーティングされたガンダムならまだしも、ジムベース――だと思われる――のノーマル機体では難しいのだろう。リミッターを解除しても反応値には限界がある。

 

 距離を取った僕のザクに向けて、片腕で構えたビームスプレーガンを撃ってくるが、赤い光軸(こうじく)はすぐさま放散して消えていく。

 

『なんだ!?』

 

 逃げながらもビーム撹乱幕撒いてたからね。それに、上空でコアブースターとドッグファイトを繰り広げるゾッド隊も散布しているはずだ。

 

 それにそろそろだろう。

 

 再度突貫してきて振るわれたツイン・ビーム・スピアだが、途中でビーム刃が掻き消えた。

 

 時間切れだ。

 

 ビームサーベルの連続稼働時間はそう長くない。ましてや2本同時使用なら、よっぽど高性能なジェネレーターと大容量コンデンサーを持たない限りメガ粒子が保たないだろう。

 

『役立たずが!』

 

 苛立ちが頂点に達したんだろう、相手はビームスピアとビームスプレーガンを投げ捨てる。

 

 どうするのかと思ったら、腰につけていたヒートナイフを構えた。

 

 人同士の戦闘なら、ライフルにナイフ一本で挑むのはあまりに滑稽だが、MS戦ではあながち間違った判断でもない。

 

 相手の機動性はこちらのザクを上回っているし、装甲も増加されている分、耐弾性は高いだろう。人間と違ってMSは、弾丸一発で行動不能が確定するわけでもないからだ。

 

 それに、距離を取ればこちらのスナイパーライフルの餌食になることがわかってるんだろう。意外に冷静だ。

 

 まだ煽り足りない。

 

 バトルシミュレーターで何度も強敵と対戦して、自分はMSの操縦技術は2流だとわかった。

 

 教本通りに動かすだけなら、技術的に高いところに自身はいると思っている。が、1流はさらにそこから天賦の才とセンスを持って、こちらの限界を簡単に超えてくるんだ。

 

 そんな僕が1流(エース)パイロットと1対1でやり合うなら、相手を騙し、煽り、冷静さを失わせて本来の実力を発揮させないようにするしかない。

 

 この赤い機体に乗ったパイロットも1流だ。やたらとこちらへ憎しみをこめた結果、戦術判断が鈍っていなければとっくに僕は倒されていたはず。

 

 騙し。紛れ。すり抜けて。

 

 蜘蛛が網を張るように、罠を巡らせ絡め取り、相手の隙をつく。それで倒せない相手ではない。

 

『逃さんぞ!』

 

 迫る敵、繰り出されるヒートナイフ。

 

 だけどその刃は僕に届かない。

 

 飛来した鉄塊が、彼女の右腕を溶断していった。

 

「オーホホホホホ! お待たせしましたわね! ワタクシ、参上! ですわ!」

 

 敵の声よりもキンキンに響くキリシマ曹長の声。

 

 彼女の駆るドムの武器は着脱式ヒート刃を持つ手斧だ。投擲武器なんぞそうそう当たるものではないはずだけど、曹長は時折、さっきみたいなクリティカルヒットを繰り出してくる。

 

 さて、盤面は整った。

 

 とどめを刺すことにしよう。

 



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第108話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 終わりだ。

 

 僕は下手投げでグレネードを投げる。

 

 高機動のMS戦では、手投げ式グレネードなんてまともにぶつけることはできないと思うでしょ。事実、使い所は固定目標や装甲車両に対して使うぐらい。

 

 相手は目立った回避行動も取らずに機体を横に歩かせただけだった。

 

 でもそれ、避けれないんだわ。

 

 強力な磁力を発して軌道を曲げながらMSの脚に取り付いた爆弾は、即座に爆発。

 

 建造物解体に使う炸薬を流用した指向性爆弾なので爆破の規模こそ小さいが、そのエネルギーが特定方向に集中することで、ルナチタニウム合金の厚板(あついた)でも吹っ飛ばす。

 

 片脚を吹き飛ばされた敵は地面に倒れた。

 

 

 そこをすかさず近づいていた曹長が足で踏みつけ、抑えつけると、持ち替えていたヒートサーベルを使って残りの脚部も溶断した。

 

「オーッホホホホホ! これでジ・エンドですわね」

 

『ちくしょう! ちくしょう!』

 

 うつ伏せのままでもがくも、もう逃げられない。

 

 地上で脚を失ったMSは、ひっくり返った陸ガメと変わらなかった。

 

「連邦の兵士に告げる。MSの機関を停止し、降伏せよ」

 

「まだだ! 私はまだ負けてない! 負けてない! 負けてない! 負けてない!」

 

 外部音声は聞こえているはずだが、相手はこちらの勧告を無視する。

 

「あらあら、お見苦しいですわよ。手も足も出ない虫けらの分際でよく吠えますこと」

 

「私はお前ら宇宙人を許さない! 地の果てでも追い詰めて必ず根絶やしにしてやる!」

 

 憎しみ深いね。

 

 これじゃあ降伏なんてしないか。

 

「キリシマ曹長、眠らせてあげて」

 

「……いいんですの?」

 

 自爆されても嫌だしね。

 

「許さないぞジオン! お前たちを絶対に皆殺しにしてやる!」

 

「わかったから。おやすみ、地球人」

 

「キサマ――」

 

 曹長のヒートサーベルが、バックパックから胴体までを貫いた。

 

 声が聞こえなくなり、すっと肩が軽くなる。

 

 やっぱりサイコミュ的なやつなのかなぁ。

 

 しかし憎しみに燃えた人だったな。他の何かを憎み続けるのには、膨大なエネルギーがいる。その力を感応波に変換し、ミノフスキー粒子を介してテレパシーのように相手に伝えているのだろう。

 

 感応波送受信機(サイコミュニケータ)はジオン連邦含めて、随分前に開発されている。

 

 機器の大きさもそれほど大きくはないので、MSに積むことは可能だ。

 

 ただ兵器と連動させて、操作補助に使おうとすると感応波の増幅装置やら制御機器やらで巨大化し、ジオンでもブラウ・ブロのような巨大MAでなければ搭載できなくなってしまう。

 

 この機体に積まれていた推定サイコミュがどういったものなのか興味深いから、できればパイロットさん含めて鹵獲したかった。

 

「――こちら、ライトニング1。戦況を報告せよ」

 

 ノイン大尉からの通信だ。

 

「あーライトニング2です。敵機撃破。ライトニング3含めて、損傷は軽微」

 

「そうか。こちらは小破した。弾薬の消耗も過大だ。いちど補給に戻る必要がある」

 

「それなら、大尉と曹長はいったん戻ってください。自分はこのままホワイトベース――木馬の探索を行いたい」

 

 たぶん雨天野球場跡に潜んでいるはず。戦闘のせいで距離が離れてしまったが、まだ間に合うはずだ。

 

「単機でか? しかし――」

 

「大尉たちは補給して、少佐と合流してください。木馬は見つけ次第、少佐に連絡しますから」

 

 それだけ告げて機体を走らせる。あまり時間をかけたくない。

 

「お前のことだ、何かを考えてるんだろう。だが、単機での戦闘は避けろ。連邦MS部隊は思ったよりも手強い」

 

 特にホワイトベースに所属してる連中はね。

 

「あら、私もついていきますわよ」

 

「いや、邪魔だし」

 

 曹長の申し出は断らせていただく。

 

「はあ!? テメェ今なんつった!?」

 

「邪魔だと言ったの。曹長のドムは推進剤ドカ食いするでしょ。大尉は小破してるんだから、合流して援護しながら補給ラインまで下がって」

 

 彼女の駆るドムは、その戦闘スタイルから『ゲバルト』の名前をつけられている。意味はドイツ語で、暴虐だ。

 

 常に格闘戦を行うために、推進剤の消耗はかなり激しいし、武装も派手に振り回すからすぐに使えなくなる。かなりの浪費家(・・・)だ。

 

 排熱と駆動音からも隠密行動に向いた機体ではないので、同行されると足手まといでしかない。

 

「……」

 

 食らいつかれるかとおもったが、無言のまま曹長は踵を返して去っていった。

 

 物分りがよくて助かるけど、それはそれであとが怖いな。

 

 

 



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第109話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 焦りがアムロの胸を焦がす。

 

 エンジンを破損したホワイトベースの修理が終わるまで、陽動のために出撃したのは良いが、遭遇した敵はこれまで以上の手練れだった。

 

 濃度の高いミノフスキー粒子の中、突如現れたその白いザクは、こちらが身構える前にカイとハヤトの乗るガンキャノンを大型のサーベルで両断。

 

 孤立したこちらの攻撃をあざ笑うように、建造物を利用して射線を切ると、足元を狙ってマシンガンを撃ってくる。

 

 カイもハヤトも脱出したのは確認したが、敵地に武装もなく放り出された状況では、何が起きるかわからない。

 

 早く目の前の敵を倒し、少しでも安全を確保したいのだが、相手はどこまでも冷徹だった。

 

 反撃で撃つビームライフルは大気と散布された撹乱幕のせいだろう、弾道が不自然に曲がり安定しない。本来メガ粒子の熱量なら、ビルの残骸ごとザクを貫くはずが、霧散してその装甲を掠めることすら叶わなかった。

 

 くわえて、敵の弾は宇宙でザクが使っていた120mmよりも弾速が速く、貫徹能力が高いようだ。

 

 強引に距離を詰めるために構えたシールドは破砕され、被弾した胴部も内部機構にダメージを負ったことを示すランプがコンソールには表示される。

 

 稼働に支障はないが、ルナチタニウム合金を貫く弾丸だ、これ以上の被弾はなんとしても避けたい。。

 

「くそう! ザクなんかに!」

 

 地球に降りる前に戦った赤い彗星、シャアと同等、いや、こちらを仕留めるためにより堅実な手段を用いてくるぶん、シャア以上の強敵であった。

 

 ――落ち着け、アムロ。

 

 恐慌しかける意識をつなぎとめるべく、操縦桿を握りしめ、頭の中で自分に呼びかける。

 

「ザクとは違うんだ! ザクとは!」

 

 ターンが速いだけではない、加速性も段違いだ。

 

 ――相手はこちらが焦れて、動きが雑になるのを待ってるんだ。

 

 敵はライフルを恐れてる。その証拠に、常にビームの有効射程ギリギリ外を維持している。

 

 いくらビーム撹乱幕や大気による弾道の変化があったとしても、亜光速で飛んでくるメガ粒子の束は、掠めるだけでMSの巨体を粉砕するのだ。

 

 アムロは廃ビルを背にした。相手が旋回機動で背後に回るのを防ぐためだ。

 

 常に相手を正面に捉えることができれば、反撃もしやすい。

 

 軌道を制限された相手は正面から、サブアームに懸架されたままのバズーカを撃ってきた。

 

 ガンダムの頭上に着弾した砲弾は、無数の瓦礫を散らばらせる。更にそこに敵が何かを投げ込んできた。

 

 反射的にはライフルを撃つ。

 

 光条に貫かれたのは、マシンガンの弾倉であった。

 

 熱線により誘爆した弾薬が視界を塞ぐ。

 

「このぉ!」

 

 苦し紛れの2射目を放とうとライフルを向けたところで、ワイヤーが腕に絡みついた。

 

「うああああああああああ!」

 

 ヒートロッドからの電撃が襲い、全身が跳ねる。操縦機器が爆発し、アムロの意識を真っ白に染め上げた。

 

 





 アムロくんが弱いのは、まだニュータイプとして覚醒してないことと、ゼクスが高性能機に搭乗し、かつすでに連邦試作機との戦闘経験が蓄積されているためです。


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第110話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 惜しいな。

 

 ゼクスは思った。

 

 連邦の開発した試作機。

 

 オーガスタで戦ったものと同型の機体だが、搭乗するパイロットの腕は段違いであった。

 

 どこか怯えを含んだようだギクシャクとした動きを見せながらも、その戦術判断は的確であり、繰り出される反撃は鋭いものがあった。

 

 順応性も高く、こちらがビームライフルを警戒していることを理解し、実際に射撃するのではなく、銃口を向けるだけで機動を牽制するといったベテランじみた技量も見せた。

 

 対峙した際に受ける印象と、その立ち振舞いのちぐはぐさから、ゼクスは相手のパイロットはまだ若いのだろうと推察した。

 

 高い才能を持つが、実戦経験は少ない。それが怯えとなって現れているのだ。

 

 若い兵を散らせることにゼクスは気を憂いたが、手心を加えるわけにはいかなかった。

 

 敵母艦を叩くために出てしまったガルマと合流を急がねばならないし、何より相手はがむしゃらながらも、的確な反撃をこなし、そのたびに動きが良くなっているように感じられた。

 

 同じような戦法は即座に対処されるようになり、気を抜けば一瞬で立場が逆転しただろう。

 

 故に、ゼクスは『惜しい』と感じた。

 

 彼の心に根ざした戦士としての性分が、正面から全力でぶつかり合って、決着をつけたいと欲していた。

 

 だが、このニューヤークのエースである自分は、ここで果てるわけには万が一にもならなかった。まだこの戦争におけるジオンの盤面は盤石ではない。指揮官たるガルマが窮地に落ちているのだとしたら、それを助け支えねばならなかった。

 

 もはや無二の戦友と呼んで差し支えないほどの関係ともなったフィンゴ中尉は、最近のガルマ大佐の勇み足に強い懸念を示していた。

 

 特にそうした大佐の性質を煽るような言動を繰り返すシャア少佐に対しては、当初から警戒をあらわにしていた。

 

 ゼクス自身、士官学校時代からシャアのことは特別注視していた。

 

 彼には何かある。

 

 自身と似た、他者とは相容れない歪んだ願望のようなもの。

 

 暁の蜂起事件――。

 

 当時、ガーディアン・バンチに駐屯していた連邦一個連隊を、士官学校の学生が襲撃し、武装解除させた事件だ。

 

 ズム・シティで行われる、連邦への抗議デモ鎮圧のための治安維持出動を予定していた連邦部隊は、これにより作戦行動の一切を封じられた。

 

 この事件を主導し、実行した指揮官がガルマ・ザビであったが、実際の作戦立案から部隊の運用、駐屯基地の見取り図の手配などを行ったのはシャアであり、ガルマは彼に扇動され、旗頭として祭り上げられたにすぎない。

 

 今回のガルマの出動も、友人として傍らにたつシャアによって煽られた要因が大きい。

 

 ゼクスは以前の事件に関わることはなかったが、当時の部隊運用には疑問を持っていた。

 

 指揮官であるガルマの隊を後方ではなく、囮として前衛に突出させていたからだ。

 

 そして今日。

 

 フィンゴ中尉もゼクス自身も語らなかったが、その脳裏には『暗殺』の二文字が浮かんでいた。

 

 ゼクスはコックピットの中で、倒したMSを見下ろす。

 

 ヒートロッドによる高電圧を流し込んだとき、相手は右腕を爆発四散させた。

 

 故意によるものか、機械的なセーフティによるものなのかはわからないが、それによりパイロットが電撃に曝される時間は一瞬で済んだろう。

 

 無事ではないだろうが、生きている可能性はある。

 

 急ぎガルマのもとに駆けなければならない自分にとって、目の前の敵にただちにとどめを刺すべきなのは理解している。

 

 放っておき、逃げられでもすれば、あの才能だ。より強力な実力を持って自分と友軍に襲いかかるだろう。

 

「惜しいな」

 

 もう一度呟いて、ゼクスはヒートクレイモアを構えた。

 

 この切っ先を胴部に突き刺せばそれて終わる。先に鹵獲した同型機の解析で、コックピットの位置はわかっているからだ。

 

「ゼクス無事ですか!?」

 

 ひと突きにしようとした時、通信が入った。

 

「ノインか。こちらは無事だ」

 

 ノインとキリシマ曹長が合流する。

 

「フィンゴ中尉はどうした?」

 

「先行して木馬を捜索しています」

 

 さらに通信が届く。

 

 数字とアルファベットの羅列であるが、これは位置座標だ。

 

 それが何を意味するのかゼクスは一瞬で理解した。

 

 シュミレーター戦で、フィンゴ中尉がよく潜伏する場所として選んだ雨天野球場跡。その座標である。

 

「なるほど、やはり予測していたのだな」

 

 何度も対戦した結果、今では目をつぶっていてもそこに向かうルートを把握している。

 

「ノイン、この機体を鹵獲しておいてくれ。パイロットの生死は不明だ。キリシマ曹長もフォローしてくれ。私はフィンゴ中尉が送ってきた座標に向かう」

 

 そう言ってゼクスは機体を走らせた。

 

 



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第111話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 ガウが燃えている。

 

 どうも、オルド・フィンゴであります。

 

 ミノフスキー粒子の中では電子光学機器も当てにならないので、高台――商業ビル跡――に登ってMSを降り、肉眼でガウを探したら、遠い向こうで煙吹いてるのを発見。

 

 すでにシャアに嵌められてんじゃないの!

 

 慌ててザクに飛び乗り、機体を走らせながら位置座標をゼクス少佐に送る。

 

 届いてくれればいいが、ミノフスキー粒子の濃度が濃い。その場合は自分ひとりでやらなければならないだろう。

 

「間に合うか?」

 

 距離がある。

 

 背後から撃たれたガウは、左翼のエンジンから火を噴いていた。

 

 それなりに頑丈なのですぐさま爆発などしないだろうが、致命傷であることに違いはない。

 

 そのまま逃げ出して脱出してくれればいいのに、あろうことか転身しやがった。

 

 原作通り捨て身の突貫するつもりか!

 

「それは馬鹿だよ!」

 

 ホワイトベースが見える。前部の主砲がガウに向けられていた。

 

 ガノタと呼ばれるオタクであった前世の知識を掘り起こすと、確か大口径の連装砲だ。正面から直撃すればガウの装甲でも粉砕される。

 

 仕方ない。距離はあるが――。

 

 スナイパーライフルを構える。

 

 あの艦の武装は貧弱だ。民生用補給艦と偽装する必要があったのと、MS運用のため容積を取られたせいで、副砲はなく、ほとんどが射程の短い近接戦用火砲だったはず。

 

 主砲一つでも吹きとばせば、ホワイトベースの火力は激減するはず。

 

 ――射程ギリギリだな。

 

 ガルマ(バカボン)がもっと冷静さを保っていたなら、時間をかけてもっと近づいたんだけど。 

 

 空中でホワイトベースに向き直るべく旋回するガウ。

 

 対峙するよりも、主砲がそのどてっぱらに放たれる方が早そうだ。

 

 何度も言うが、ミノフスキー粒子によって光学機器の精密度は落ちている。

 

 狙撃用のターゲットスコープと僕のザクは高価な部品を使って対策しているが、それでも映像とのズレ(・・)は生じることがある。

 

 まず緊急時脱出用の炸薬ボルトでコックピット前の装甲を吹っ飛ばす。

 

 風通しが良くなった操縦席で、計測用の双眼レンズで位置を図りながらMSの姿勢を調整。

 

 胴体は正面を向きながら片膝を立て、スナイパーライフルを両腕で保持した体勢だ。生身ならあり得ないが、MSならこれでも十分相手を狙える。

 

 アニメで観る狙撃姿勢とはだいぶ違うが、とにかく当たれば良い。

 

 この間十数秒。

 

 あとはトリガーを引くだけ。

 

「さぁて、当たってくれよ。――ムービルフィラっと!」

 

 気合の呪文を込めて放った弾丸は木馬の主砲を見事貫く。

 

 丁度弾薬を装填した瞬間だったのか、盛大に爆発を起こした。

 

 砲台はメインブリッジの下方にあるから、かなりの衝撃がクルーを襲ったはずだ。

 

 機体を起こし、走り出す。

 

 運良く当てることができたが、しょせんは曲芸の類だ。さすがにもっと近づかないと次を当てる自信はない。

 

 主砲こそ落としたが、木馬にはまだメガ粒子砲が残っている。

 

 前面装甲を排除したため、走るとホコリと風が物凄い勢いで吹き込む。

 

 ――間に合うか?

 

 ガウはホワイトベースに体当たりをしかけるために向かっていた。

 

 ガウへ通信を入れるが応答がない。

 

 ミノフスキー粒子というものがどれだけ厄介か実感するものだ。

 

 せめてもう少し近づけば、ブリッジを狙撃できる。

 

 ガウは旋回を終え、突貫する姿勢になった。

  

 だめか。

 

 と思ったとき、ホワイトベースの主砲砲座跡に、白いMSが飛び乗った。バズーカをブリッジへと突きつける。

 

「連邦艦艇のクルーに告ぐ。MS隊は始末した。ただちに砲撃を止め投降せよ。さもなくばこのままブリッジを吹き飛ばす」

 

 拡声機によって辺りに響く声、ゼクス少佐だ。

 





 ムービルフィラは、スダドアカの呪文です。


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第112話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 木馬を沈黙させたものの、ガウは墜落した。

 

 ガルマ大佐は、直前に艦長の独断で艦載していたゾッドによって脱出させられており、無傷。

 

 しかし、ガウ搭乗員には多数の死傷者が出た。

 

 特に艦長以下、指揮司令部に死亡者は多かった。最後まで艦を安定させようとしたのだろう。胴体着陸時の衝撃で爆発しなかったのは、彼らのおかげだ。

 

 無断出撃した僕ら第1機動小隊とゼクス少佐だけど、禁止令を出していたガルマ大佐が今回の騒動後に引き篭ってしまったので、処分保留となっていた。

 

 あれから2日目の今日、ようやく大佐が実務に復帰し、僕とゼクス少佐は執務室に呼ばれた。

 

「すまなかった」

 

 部屋に入るなり、ガルマ大佐は僕らに頭を下げた。

 

 謝罪のときに頭を下げるのは旧世紀の日本の風習だが、ジオンにも同じものがある。

 

 最上級の謝罪を示す行為だが、立場が上の者が下にすることはないものだ。

 

 顔を上げたガルマ大佐の髪は短く切られている。

 

 その顔は少しやつれているようにも見えたが、目の光に強さがあった。

 

 何かしらの決意を固めたのだろうか。

 

「此度の失態は、君たちの進言を聞かなかった私の責任だ。まずそれを許してほしい」

 

「ガルマ。今回の君の出撃で、貴重な人員を多数失っている。私達だけに謝ればすむというものではあるまい」

 

 ゼクス少佐の手厳しい物言いに、ガルマ大佐は目を伏せた。

 

「もちろんだ。全て私のあさはかな行動が招いたものだ。功を焦り、そしてシャアの……いや、あの裏切り者の甘言を信じてしまった」

 

 シャアが裏切ったことは、ガウの管制室にいた者がその通信内容を聞いており、すでに基地内に広まっている。

 

 宇宙軍の出世頭であり、エースパイロットと言えば必ず1番に名の上がる将校が軍を――それどころか、ザビ家そのものに弓を引いた。

 

 その衝撃と動揺がこの僅かな日数で基地内に充満してしまっている。

 

 ゼクス少佐と幕僚で他に口外しないように通達したが、1度口火を切ってしまった噂を止めるのは難しいものだ。

 

 本当はそういった点を大佐にはまっさきに封じてほしかったんどけどね。

 

「話は聞いたが……シャアがなぜ今のタイミングで君を裏切ったのかがわからない」

 

「私もそう思った。だが、彼はあの時私に『君の父君がいけないのだ』と告げたんだ」

 

「意味が通らんな」

 

「キャスバル・レム・ダイクン」

 

 その名をガルマ大佐は口にする。

 

 ゼクス少佐の顔色が変わった。

 

「まさか、彼が?」

 

「死んだと聞かされていたが……生きていたのだな。そう思ってみれば、幼い頃の面影がある気がする。彼と私、子供の頃に面会したことはあるのだよ」

 

 ガルマ大佐は歩いて、来客用のソファに腰を下ろす。目で、ゼクス少佐と僕にも着座を促した。

 

「驚いていないのだな、中尉」

 

 え? 僕?

 

 まあ、前世の記憶で知ってましたから――なんて言えるわけがない。

 

「驚いてはいますよ、ただ、そうだとするなら辻褄の合う話だな、と」

 

「隠さなくていい。君は、姉上から言われていたのだろう、

 私の面倒を見ることをな」

 

 え? なぜそこでキシリア少将が出てくるんだ。 

 

「彼の発言に違和感を持って、姉上に直接尋ねてみたんだ。正体を知っていたのか、とな。案の定だったよ。私たちが士官学校に居た当初から把握していたそうだ」

 

 やっぱりね。

 

 いくら個人のIDをすげ替えたとしても、整形も何もしていないし、ザビ家の御曹司に侍る人間の身辺を調べないはずがないのだ。

 

 では、なぜ正体を知りながら放置していたのか。

 

「地下に潜ったダイクン派の釣り出しに利用するつもりだったようだな」

 

 あー。

 

 シャアに接触してくると踏んでたわけか。

 

「私は釣り餌として有能だったのだろうな」

 

 自嘲気味にガルマ大佐は笑う。

 

「ガルマ、君は――」

 

「勘違いするなゼクス」

 

 顔を上げた大佐の目は死んでいなかった。

 

「私はザビ家の人間としてこれまで重たいプレッシャーを感じていた。ただ甘やかされて育っただけの坊やではないと、偉大な兄姉と並び立つ逸材なのだと証明しようと躍起だった」

 

 ガルマ大佐が僕を見る。

 

 さっきから、なんか勘違いしているような気がするんですけど。

 

「そんな勘違いをした僕を諌め、監視するために君は姉上に送り込まれたのだろう。思えば前回のパーティーのときも、私に甘言を語るシャアを遠ざけようとしていたな」

 

 大佐が笑うけど、本当にそんなんじゃないんですけど!

 

 脇汗止まんねぇぞ。

 

 ただ、前世の知識があるだけなんです!

 

 って叫べたらどんなに良いか。

 

 

 



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第113話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

「あー本当に私は何も知らないんですがね」

 

「……そうか。そういうことにしておこう」

 

 いや、『そういうことに』じゃなくて。

 

 なんで僕があの女狐の走狗にならなきゃいけないのか。あの女は、戦中の重要な場面でギレンを射殺し、ジオン敗北を決定的にした戦犯だ。

 

 正直気分は良くない。

 

「今回のことで思い知ったよゼクス。私はこのニューヤーク……いや、北米において2流以下なのだと。君たち1流に囲まれただけの、凡庸な男なのだとな」

  

「自らを卑下するのはあまり良い習慣ではないぞ。この北米の統治が安定しているのは間違いなく君の手腕によるものだ」

 

「私の名を使った君たちの功にすぎんさ。事実を受け入れるまで、こんなにも時間がかかってしまった。それまで職務を放棄していた。そんな男に将器などないさ」

 

 そう自嘲して、ガルマ大佐は自らの毛先を弄ろうとし、短くなったことを思いだし止めた。

 

「愚痴を聞かせるために呼び出したのではない。せめて君たちに担がれるだけの仕事はしなければならんだろう。中尉の言では『責任を取るのが大人』ということだからな」

 

 あ、そんなこと言ったね。正確には『自分自身に対して責任を取る手段を持たない人間を、他者は決して大人と認めない』だけど。

 

「私の幼稚さのせいで、優秀な兵を数多失ってしまった。だが幸いにも連邦の新造艦を拿捕することができた。それを受けて本国から召喚命令が届いてな」

 

 そう切り出した大佐の話だと、大佐を地球方面軍の英雄として表彰し、ジオン十字勲章を授与するパレードを催そうと計画されたらしい。

 

「戦勝ムードとはいえ、だいぶ余裕があるのだな本国は。今はそれどころではないだろう。戦況は膠着し始めている」

 

「おそらく、シャア少佐の問題をかき消したいのでしょうねぇ」

 

 今回の件でシャアがダイクンの遺児であると気づく人間はそうはいないだろうが、宇宙軍でも有名なエースパイロットが裏切り者となったという事実は、士気に関わる問題だ。

 

 また、この地上において、近々で大きな勝利をジオン軍は得ていない。

 

 戦争の長期化が見え始め、世論に厭戦気分が広がるのを抑えたいという意図もあるはずだ。

 

「さすがに断ったよ。今はそれどころではないのでな。結果、ゼクス、君への十字勲章授与式も延期となってしまった」

 

 え、ゼクス少佐十字勲章貰えんの?

 

「お飾りなどいらないさ」

 

 えーあれって結構な年金貰えるんだけどね。

 

「なんだ、君は欲しいのか? 意外に俗なところがある」

 

「尉官の年金は微々たるものですからね。そりゃあ貰えるものは貰いたいですよ。生涯軍人でいたいとは思ってませんから」

 

 ガルマ大佐とゼクス少佐が互いの顔を見合わせる。

 

 なにその含みある視線。

 

「あー、本題なのだがな……十字勲章を断った代わりに、私直下の部隊の創設を取り付けてきた」

 

「どういうことだ」

 

「北米は平定したと言ってよいだろう。今回の木馬の無理のある強行も、この私をおびき出してあわよくば、といった物だったらしいからな」

 

 捕虜の尋問から得た情報だとガルマ大佐は言った。

 

 まあそんなところだろうね。

 

 策略により敵のど真ん中に落ちたといえど、わざわざ少数でもっとも激化する戦場に向かうなんて自殺行為でしかない。

 

 ニューバーンの残存兵と連携しても、大した戦果を出せないことは明らかだったはずだ。

 

 そもそも大気圏突入の際にエンジンを損傷していたと聞く。

 

 そんな状態でまともな航行なんて不可能だ。最初から詰んでいたと言っていい。

 

「新造艦を使い捨てですか、まだ連邦の懐は温かいようですね」

 

「ああ。このまま膠着した状態が続くと、やつらは息を吹き返しかねない」

 

「宇宙では閉め出しがうまく行っているようだが」

 

「たしかにな。だが地上を征せねば戦争は終わらない。長引けばやつらのことだ、どのような手段を使うかしれたものではないぞ。それこそ、核ミサイルの1発でもコロニーに撃てば全て終わる」

 

 たしかに、向こうはその気になればコロニーを全て吹き飛ばして決着をつけることもできるのだ。

 

 南極条約は締結されているが、条約は条約でしかない。

 

 そうして一掃したら、再び棄民政策で多数を宇宙に放り出せばいい。

 

 なんて過激な連中は考えていそうだ。

 

「この膠着した状況を早期に打開したい。そこで、宇宙軍、突撃機動軍の垣根を超えた特別遊撃部隊が欲しいんだ」

 

 



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第114話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 直属の遊撃部隊を作ると大佐は明言した。

 

「私にその部隊を?」

 

 ゼクス少佐の問いに、大佐はうなずく。

 

「そうだ。君と君たち第1機動小隊は新設部隊の中核となって貰う。合わせて少佐、君は大佐に昇進するのが決まっている」

 

「私が?」

 

「戦時特例の二階級特進となる。合わせて、私は准将に昇進だよ。君も私と同じく本国のプロパガンダに使われる。諦めてくれ」

 

 ふたりとも大出世じゃないか。

 

 でも、あまり喜んだ雰囲気はないな。

 

「話を戻そう」

 

 ガルマ大佐の構想はこうだ。

 

 突撃機動軍に所属するキシリア少将直下の特殊部隊の一部を統廃合し、新設する部隊――仮称として特務遊撃部隊とする――に組み込む。

 

 さらに現在余剰が出ている宇宙軍からも人員を割いてもらう。

 

 規模としては小隊ではなく、中隊以上となるようだ。

 

 そこがキシリア少将が提言した『少数精鋭による特殊部隊思想』とは異なる。

 

「よくギレン総帥とキシリア少将が許可されましたね」

 

 末弟にど甘なドズル中将はともかく、キシリア少将に首を縦に振らせるなんて、どんな魔法を使ったんだ。

 

「なに、今回の件でシャアのことを隠していたことを突いたまでだ。連邦の木馬と同じで囮にされていたのだからな、多少の見返りがあってもよかろう」

 

 あ、やっぱりこの人はザビ家の人間だ。

 

 強かな笑みがとてもよく似合う。

 

「もともと姉上の特務部隊は大戦初期にほとんどが役目を終えていてな。各地を転戦するゲリラ部隊となっている物も多く、姉上自身が実態を把握しきれていなかったのだ」

 

 犯罪者だけで組んだ部隊とか、外人部隊とか実験的な部隊も多かったもんね。

 

 いまこの基地に逗留しているノイジーフェアリー隊も、試験的に女性だけで組まれたものだったか。

 

 そうした特殊部隊のうちのいくつかは、設立経緯が特殊なものもあいまって、補給が滞ったり人員の補充がされなかったりと結構な苦労をしているようだ。

 

 これはこのまえうちに転がり込んできた、外人部隊の整備員に聞いた話だ。

 

 なんせ彼らが使っていたのはボロボロのザク2J型だ。

 

 この北米ではほぼ全ての部隊がドムに乗り換えているし、後方支援や補給部隊などには改修型のザク2Jb型が支給されているのに、だ。

 

「隊設立の目的はなんだ。まさか、本当に私設部隊が欲しいわけではあるまい」

 

「ザビ家において、私だけ枠の外に置かれるわけにいかない、という考えがあるのは事実だ。だがそれよりも、この膠着状態を早急に打破したい。これは先に言ったとおりだな。そのために北米を中心として、戦力の調整をしようと思うのだ」

 

「具体的には?」

 

「ジャブロー攻略が目的だ。姉上も特殊部隊を駆使して探っているが、地上とグラナダ、ましてや本国までは距離がありすぎる。必要な情報が姉上の耳に届く頃には、機を逃してしまうことだろう」

 

「統合再整備計画に似たようなものですかね。それの特務部隊版というか」

 

「そうだな。統廃合し、整備や兵装の補充を潤滑化させるのが狙いだ。滞っている情報を私のもとに集約することもできよう」

 

「ジャブロー攻略が目的といっても、あてはないのだろう」

 

「私にはないな」

 

 そう言って。ガルマ大佐は僕の顔を見るんだ。

 

 何もついてませんよ?

  

 なんか、絶対なにか知ってるだろ、って期待されてる。

 

 うーん何か手がかりとかあったかな? 原作だとシャアの配下のマッドアングラー隊が潜入して入口を見つけたんだよな。

 

 シャアは隠遁しちゃったし。

 

「……あー、現地民に接触するとかですかね」

 

 オリジン版は、確かシャアが暁の蜂起事件で懲戒食らって地球に降り、ジャブロー建設の作業員を装い工事作業を行うなか、現地の基地建設反対運動を行う人間と接触していた。

 

 その時の情報とツテを使ってジャブローへの入口を発見している。

 

「ジャブロー建設時に、アマゾン流域で生活していた現地部族を強制退去させてるそうなんです」

 

 以前気になって調べてみたんだが、そうした現地民は先祖代々の土地を追われた結果恨みを募らせ、アマゾンに潜伏してゲリラ活動を行っている。

 

「彼らゲリラは長年あの密林で暮らしてますから。彼らに接触することが成功すれば、地下への出入り口の調査もしやすいかもしれません」

 

「まったく、君はそうした情報をどこから仕入れてくるのか」

 

 前世です。

 

「潜入部隊がいるな。あいにく、私も第1小隊もそうした特務に慣れた人員はいないのだが」

 

「それは外部から引っ張ってくるさ。姉上の扱っている部隊にはそうしたことに慣れた人間が多い。そちらはその線で行こう。それで、君たち第1機動小隊は極東に向かってもらいたいのだ」

 

 極東?

 

 え、日本?

 

 思わずつぶやくと、ガルマ大佐はうなずいた。

 

 



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第115話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 第1機動小隊改め、地球突撃機動軍特務部隊所属、特別遊撃部隊、通称『閃光の伯爵(ライトニング・カウント)』隊は、日本に行くことが決まった。

 

 特務と特別がいっぱいで舌噛みそうですね。

 

 ガルマ大佐の話によると、フラナガン機関より研究者――あのクルスト・モーゼス博士だ――が連邦へ逃亡した。

 

 うわーEXAM(エグザム)システムかー。

 

 と思ったら、すでにキシリア少将配下の追撃部隊により、クルスト博士が潜伏した連邦の研究所を襲撃。博士は死亡したそうだ。

 

 だが問題は、彼の知識と技術を利用して造られた新兵器が脱出に成功していることだった。

 

 その追撃を僕らが請け負うことになったのだ。

 

「極東の北部に向けて脱出したのはわかっている。さらにだ、先行した部隊の報告では丁度北に連邦の基地があり、そこにマスドライバーの存在が確認された」

 

 マスドライバーは、ルナツーへの物資移送に使われているようだ。これは先日行われたルナツー襲撃作戦で回収した、潜入工作員からの情報とのこと。

 

 僕らの目的は連邦の兵器と同時に、このマスドライバーを確保、もしくは破壊することとなる。

 

「北米は橋頭堡として盤石にするつもりだ。君たちが抜けた分は、キャリフォルニアから引き抜いたキリー少佐の部隊が埋める形で入るから心配するな。ゼクス、君の采配で部隊は運用してくれ」

 

「よいのか? こう言っては何だが、我らの部隊はかなり特異だぞ」

 

 僕の顔見て言ったなこの人。

 

「わかってるさ。だが私は軍人としての才に劣る。とはいえ死んでいった者たちのために、投げ出すわけにも凡庸に過ごすわけにもいかないんだ。必要なものは全てこちらで用意する。何か必要ならば、ザビ家の名を免罪符として出しても構わん。君の実力を信じるさ」

 

 なんかガルマくん一皮むけたな。

 

 親友と思っていた人間に裏切られたのだ。しぼらくは人間不信に陥ってもおかしくないのに、他者を信じる、と強く言えるのはすごいことだ。

 

「これも私のカン(・・)に過ぎないのだが」

 

 そう前置きして大佐は語る。

 

「この戦争を終わらせる鍵がどこかにある、そしてそれを君と、フィンゴ中尉、君たちなら見つけることができるのではないかと思っている」

 

 うーむ。買いかぶられてる気もするが、この人最近ニュータイプじゃないか、と噂されてるんだよな。

 

 バトルシミュレーターでしかないが、ガルマ大佐は個人でなかなかの成績をおさめてる。

 

 レーダー外からの狙撃を避けたり、潜伏した敵の位置を的確に捉えたりと、技術や経験だけでは説明できない行動も多い。

 

 なにより適応力が非常に高く、同じ戦法はなかなか通用しない。

 

 他の部隊の人間は大佐に忖度してわざと負けたりしているので、ガルマ大佐はほとんどバトルシミュレーターには触らなくなってしまったが、対戦するときは第1機動小隊の面々が担当だった。

 

 うちの面子、誰一人として彼には手を抜かないからね。

 

 うーむ。今のガルマ大佐なら、話しても良いかもしれないなぁ。もしかしたら、うまく扱ってくれるかもしれない。

 

「どうした中尉。なにかあるのか?」

 

 目ざとく大佐が聞いてくる。

 

「あ、はい今回の戦闘で捕えた捕虜のことなんですが――」

  

 



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第116話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

「捕虜の中に、シャアの妹がいます」

 

 と告げた時の二人の顔は無表情だった。

 

 人は本気で驚くと思考が追いつかなくなり、感情が削げ落ちるんだ。

 

「シャアの妹……アルテイシア・ソム・ダイクンか?」

 

「はい。それです。どうされます?」

 

「どうも何も――待て、なぜアルテイシアが連邦軍に所属しているんだ?」

 

 原作通りなら、成り行きだよね。

 

「今回のシャアの策は、連邦と通じていたということなのか?」

 

「いやそれはないかと。たまたまでしょう」

 

「馬鹿を言え! 偶然がこんなに揃ってたまるか! シャアと内通していたと考えるのが当たり前だろう」

 

 うん。でもその偶然が起きているんだよね。

 

「その点は本人に聞いてみたらいかがでしょうか」

 

「……この件は姉上は?」

 

「おそらく知らないかと。連邦の方も当人の正体は把握していないはずです」

 

「貴様は一体どこからそんな情報を……まあいい。本人に会って確かめる」

 

 というわけで、尋問室へ移動だ。

 

 

 

 *

 

 

 部屋に入ると、連邦の軍服に身を包んだ女性が座っていた。

 

 コンクリートの壁に覆われた狭い一室。

 

 机と椅子が置かれただけの寒々しい空間で、彼女はまっすぐ前を見つめている。

 

 入ってきたガルマ大佐に向けて一瞥を投げたけど、それだけでも相当な美人だ。

 

 これでまだ17歳。びっくりする。

 

「似ている、な」

 

 大佐が思わず呟いた言葉に、セイラさんの――オタクの習性で、つい『さん』づけしちゃう――顔が強張る。

 

 ガルマ大佐は咳払いをすると、見張りの兵士に退出を促し、彼女の対面に座った。

 

 僕はドアの前で直立不動だ。

 

「尋問を始める。こちらの質問には正直に答えてもらいたい」

 

 ガルマ大佐の声には緊張が含まれている。

 

「……はい」

 

「名前は?」

 

「セイラ・マス」

 

「軍での役割は?」

 

「通信士です」

 

「君の階級は?」

 

「わかりません」

 

 回答に大佐は眉を寄せて、手元のタブレットに表示された資料を見た。

 

「こちらの資料では、軍曹となっているが」

 

「すでに知り得ていることを聞いても、時間の無駄ではありませんこと?」

 

 まっすぐ見つめてくる彼女の姿勢に気圧されたらしく、ガルマ大佐は鼻白んで口ごもってしまった。

 

 やれやれまだまだボウヤだな。

 

 援護射撃のために僕も前に出る。

 

「質問しているのはこちらだよ。君は立場というもの理解したほうがいい。君の発言、行動が他のクルーにも波及する。そう考えれば、自身が取るべき態度というものがわかるだろう」

 

 きっ、と鋭さを増した目でセイラさんが睨んできた。

 

「ジオンはいつから条約も知らぬ野蛮人となったのですか」

 

「南極条約のことかな。あんなもの、条約は条約でしかないよ。ましてやここは戦地だ。戦火の中でMIAなんてごまんといるんだ、お姫さま」

 

 最近僕は、悪役が板についてきた気がする。

 

「やめろ中尉」

 

 大佐の一喝で引き下がる。

 

「話を戻そうか。君は自身の階級を知らないのか?」

 

「ええ。ホワイトベースに乗る前は、サイド7で医療ボランティアをしていました」

 

「待て。では何だ? 元々は民間人……現地徴用兵だというのか?」

 

「そうなりますわね」

 

「君のような子供を……」

 

 思わずという調子で大佐が僕の顔を見る。

 

「木馬のクルーの幾人かは学生で、未成年者の数が多いそうです。なかには一桁の年齢の幼子もいます」

 

 艦長が19歳だもんな。

 

「冗談ではないぞ! 連邦はどんなつもりで戦争をしているんだ!」

 

 ガルマ大佐は、信じられん、とタブレットを机に投げ出した。

 

 物に当たるのはやめなさい。

 

「貴方たちがサイド7にこなければ、みな無事でいられたのです」

 

 静かにセイラさんが口にした。

 

「もともとサイド7は戦火を逃れた人間が集まっていた場所。貴方たちのせいで親を亡くした子どもを保護し、居場所を失った人間が生きるために軍に入ったのです」

 

「貴女もそうだと?」

 

「ええ。サイド7には医療従事者として派遣されただけです。避難のためにホワイトベースに乗り、正規の乗組員が多数死傷していたため、仕方なく」

 

 だから自身の階級も知らない。特別話せるようなことはないのだ、と彼女は言った。

 

「あいにく、それを鵜呑みにするためにわざわざ僕たちも時間を割いてるわけじゃないのですよ、アルテイシア・ソム・ダイクン嬢」

 

「え?」

 

 セイラさんの挙動が止まった。

 

 



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第117話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 ガルマ大佐は長くため息を吐いた。

 

「まさか、ダイクンの遺児が連邦軍にいるとは……」

 

 思考の整理が追いつかないのか、腕を組み天を仰ぐ大佐。

 

「私は……」

 

 否定しようとして、思い直したようだ。すでに自分の態度がそれを雄弁に語ってしまったと理解してるんだな。瞬時に怜悧な雰囲気をまとって僕らを睨みつけてくる。

 

「私がアルテイシア・ソム・ダイクンだとして、この仕打ちはなんであるか!」

 

 喝を飛ばしてくるけど、僕には何も響かないんだ。

 

「何を勘違いしてるかわからんけど、貴女が捕虜であることはかわらない。そして、いまのジオンの指導者はザビ家であってダイクン家ではないんだよ」

 

「よせ中尉。我らザビ家はダイクン家には大恩がある」

 

 ガルマ大佐が柔らかな調子で言う。

 

 いいね。こちらの意図を理解してる。

 

 僕がキツく当たり、大佐は理解と寛容を示すことで相手に信用させる。尋問交渉の初歩的手段だ。

 

「そう仰るなら、せめてこの手錠を外していただけませんこと。貴方がたを待つ間、ずっと拘束されていたのです」

 

 固い調子のセイラさんは、椅子の背もたれ側に腕を回して手錠をかけられている。その姿勢、時間経つとけっこう辛いよね。

 

「中尉、外してやってくれ」

 

「よろしいので?」

 

 大佐はうなずく。

 

 先程憲兵から預かっていた鍵で手錠を外す。

 

 腕を前に戻したセイラさんは、小さく息を吐いて自分の肩のつけ根を擦った。緊張していたぶん筋に負荷がかかったのだろう。

 

「改めて聞こう。君の本当の名は、『アルテイシア・ソム・ダイクン』。ジオン・ズム・ダイクンのご息女だね?」

 

「レディの名を聞くのなら、先にそちらか名乗るのが筋ではなくて?」

 

「失礼した。私はガルマ・ザビ大佐。このニューヤーク基地司令であり、北米方面軍の総司令官でもある」

 

「そう。貴方がザビ家の」

 

 セイラさんは目を伏せる。

 

 家族を引き裂いた、宿敵ともいえる家の人間を目の前にして、複雑な感情でもあるんだろうな。

 

「君はアルテイシア・ソム・ダイクンで、間違いないのだな?」

 

「……そうとして、貴方は私に何が聞きたいのですか」

 

「シャアの――いや、キャスバル・レム・ダイクンについてだ」

 

「シャア! やはり、シャアは兄さんなのですね?」

 

 セイラさんの反応に、ガルマ大佐は眉をひそめた。

 

 あてが外れたと思ったんだろう。大佐の中では、シャアとセイラさんは内通しており、こちらの事情をシャアづてに聞いて攻めてきたと考えていたからだ。

 

「君は、シャアがキャスバルだとは知らなかったのか」

 

「はい。いえ、そうではないかと思っていました。確証がなかっただけで。兄はここには?」

 

「いない。では、シャアの行方を君は知らないということだな」

 

「――行方? どういうことかはわかりませんが、兄と別れてからはずっと連絡を取っていません。なぜシャアを名乗り、ジオン軍にいたのか。何もわからないんです」

 

 消沈する彼女の様子からは嘘を感じられない。

 

 本当にシャアの行動を知らないんだろう。

 

 セイラさんは、自分がいかにしてホワイトベースのクルーになったかを半生を交えて語った。

 

 兄と別れ、養父であるテアボロ氏を亡くしてから、医者の道を目指し、連邦医療会の要請で、サイド7のボランティアスタッフとして参加。

 

 そこで戦火に巻き込まれた。

 

 戦場でシャアの姿を目にし、このままクルーとして身を置いていれば、兄に会えるのではないか、と考えたそうだ。そこは原作と同じだ。

 

「兄が……何を考えているのか私にもわからないんです」

 

「君の兄は、私を殺そうとしたよ」

 

「そうですか。ではやはり、兄さんはザビ家への復讐を考えているのね」

 

「そうなのだろうな。だが、わからないのは、なぜジオン軍に入ったかだ。私を殺したいなら、士官学校の時代にいくらでも手段があった。なぜここに来て――」

 

「ザビ家を破滅させたいのでしょうな」

 

 僕の言葉に、二人が視線を向けてくる。

 

 ザビ家に近づくために身分を偽り、シャアは軍に入った。

 

 そこでザビ家の末子であるガルマと出会ったのは、彼にとって、天啓を得たようなものであったに違いない。

 

 じっと機を待ち、ガルマを使って、ザビ家の中枢――ギレン、デギン――に接触するつもりだったんだろう。

 

 だがガルマは地球行きを希望し、自身は宇宙軍へと配属された。 

 

 そしてガルマ大佐は北米で頭角を現し、本国にて連日戦場のアイドルのように喧伝される。

 

 北米に降り、再び大佐と出会ったことで焦りが出たのだろう。

 

 北米はジオン勢力圏として盤石化しつつあり、その中心にガルマがいるのだから。

 

 そこで大佐を暗殺することで、北米に混乱をもたらし、さらにはザビ家の面々の不協和音を狙った。

 

 ザビ家の良心とも呼ばれる末弟がいなくなれば、リアリストであるギレンは、その死を本国の戦意高揚のために利用するであろう。

 

 そうすればザビ家の中の亀裂を大きくすることができるかもしれない。

 

 推測を伝えると、ガルマ大佐は首を横に振った。

 

 



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第118話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 
 以前も書きましたが、勢いありきで執筆しております。整合性はなく、矛盾も多いかもしれません。ご了承ください。


 

「世間一般に言われているザビ家内の確執は、すべて出鱈目だ」

 

 え、そうなの?

 

「兄上たちの仲は実は良好なんだ。独裁者として振る舞ってはいるが、それは強い為政者の姿を見せるための、対外的なものにすぎない」

 

 意外だな。

 

 いや、でも思い当たる節はある。

 

 宇宙軍と突撃機動軍の連携は密であり、人材や資材の交流も盛んだ。関係部署の風通しは想像していたよりもずっと良い。

 

 特に人員の損耗が激しい北アフリカと、旧ロシア、中東、地中海は共同で作戦を遂行することが多い。

 

 事案に対する本国からの反応も早く、諜報部からの情報開示も頻繁に成されている。

 

 けっこう動きやすい――あくまで思っていたよりも、だが――現場が作られているのだ。

 

 この点は、僕の知る原作にないジオンの姿である。

 

「ザビ家は――ザビ家は本当に、父を殺したのですか?」

 

 セイラさんが聞いてくるが、ガルマ大佐は答えあぐねたようだ。言葉を選ぶために思案し、やがて口を開く。

 

「すまないアルテイシア嬢。私は当時幼く、政治という言葉すら理解できないほどだった。家族としては、父の誠実さを信じたいと思うのだがな」

 

「……そうですか」

 

 二人の間に流れる微妙な空気。

 

「よろしいですか?」

 

「なんだ、中尉」

 

「推察にしかならないのではありますが」

 

 前置きをして、持論を述べることにする。

 

「デギン公は、おそらくダイクン暗殺には関わっていません」

 

「なぜ君にわかる?」

 

「お二方は、なぜジオン・ズム・ダイクンが、建国にあたって、ジオンの父と呼ばれるようになったか、ご存知ですか?」

 

 ガルマ大佐もセイラさんも首を傾げる。

 

「建国を主導した人物だ。だから、ではないのか?」

 

 おいおい、不勉強だなぁ。

 

 連邦が棄民政策を決定した背景は、増えすぎた無能な(・・・)人間の処分に困ったからだ。

 

 当時の――いや、今もそうだが、地球に住む大半の人間は貧困層であり、まともな教育を受けていない。

 

 それは勉学を望んでもその環境を得られないからというものだけではなく、彼らはそれを必要としていないからだ。

 

 前世の知識として、旧世紀の日本の記憶がある僕からしたらとんでもないことなのだが、世の大勢の人間はその日その時を

安楽に過ごせるならそれでよいと考えており、ビジネスシーンにおいては、時間と契約を遵守するなんて考えは欠片もなかったりする。

 

 向上心も、知識も、技術も生活力もない人間。

 

 資本主義経済において、生産能力が低く、社会に寄生するだけの存在が大多数を占めた。

 

 たとえ能力があっても、そうした社会構造のせいで力を発揮することができず、埋もれていく人材ばかりとなった。

 

 そして手っ取り早く快楽を得るために、粗雑なドラッグの濫用が横行し、さらに人々はまっとうな思考力を失っていく。

 

 負の連鎖が続く状態がついに飽和してしまったのが旧世紀であり、今の宇宙世紀なんだ。

 

 情勢を打開するために連邦政府は宇宙へと人を捨てる。一部のエリートと特権階級者が社会と経済を回すためにだ。

 

 サイド3も、コロニー移住当初はそうした人間ばかりだった。

 

 それを是正するため、ダイクンは独立国家樹立という目標を掲げ、コロニー移民たちを扇動、熱狂の中へと送り込んだ。

 

 今も他サイドとは労働意識の差が大きく存在しており、特にサイド1とサイド5は労働者の質がかなり低いことで有名だ。

 

 この北米は経済圏として恵まれた場所のため、それほどでもなかったが、他の地域、特にアフリカでは現地民の就労意識が低すぎて、『ガルマモデル』の統治は不可能だ、とデメジエール中佐が通信でぼやいてた。

  

 さて、ダイクンだが、デギンと組んで厳格な社会統制と規範を構築し、瞬く間にムンゾを重工業技術世界一のコロニーへと押し上げた。その手腕は天才的と呼んでいいものだと思う。

 

「それがダイクンの功績です。だが、問題もあった」

 

 独立国家樹立。

 

 その夢に、民衆が奔走し過ぎてしまったんだ。

 

 連邦から課せられる理不尽な要求や扱いの不満を燃料に、独立というプロパガンダを育てた結果、日に日に過激な行動が増えてきた。

 

 一般人の連邦駐屯地への襲撃計画――大半が事前に阻止されたが――などがいくつも明るみになり、ダイクン自身すらコントロールできなくなる。

 

 そこでダイクンは、本気で(・・・)サイド3を独立させようと考えた。

 

 その状況に異を唱えたのが、デギンだ。

 

「父上が? そんな話は聞いたことがないが」

 

 でしょうね。

 

 僕もこの世界の成り立ちが、前世の知識と妙に齟齬があるから気になって調べた結果なんだ。

 

「当時のニュース記事や議事録では、デギン公はダイクンの描いた独立政策のあり方に反対、というよりも性急すぎると釘を差しているんです」

 

 事実、いくつかの政策には自身の派閥を無視して賛成し、積極的に協力している。

 

「つまりデギン公は、連邦の武力とその性質から、独立するには国軍をもっと精強にせねばならないと考えてたんです。当時からして、国力は30倍もの差がある。完全独立なんてどうあがいても絶望的だったんですよ」

 

 だというのに、ダイクンは独立を宣言し、ジオン共和国を名乗ってしまう。

 

「ダイクン家、ザビ家、ともに不幸だったのは、独立宣言後、連邦との橋渡し役を担っていたマルティクス・ピースクラフトが何者かに暗殺されたことなんです」

 

「ジオン3大貴族であったピースクラフト家だな。たしか、一家皆殺しという惨事であったはずだ」

 

 そう。ゼクス少佐の、本当の父親だ。

 

 これによりピースクラフト家は断絶する。本当は長子であるミリアルド・ピースクラフトが生きているから、血筋が途絶えてはいないんだけど。

 

「このピースクラフト家襲撃暗殺事件、調べてみるとどうもおかしいんですよ」

 

「当初は、我がザビ家、もしくはその派閥に属する人間によるものだと噂されたな。後にダイクン派の偽装工作であったと判明したが」

 

 ガルマ大佐は、セイラさんの心中を慮るように視線を投げたが、彼女は小さく首を横に振る。

 

「私は、政治家としての父の顔を知りません。その痛ましい事件が、父の手引であったかどうかまでは」

 

「いや、真意を問いたいのではなく、その、君の前で父君の名誉に傷をつけたくなかっただけなのだが」

 

「そうでしたの。ありがとうございます。お優しいのですね」

 

 大佐はやりづらそうに咳払いをした。

 

「マルティクス・ピースクラフトなんですけどね。彼、調べてみたら元はルナリアンなんですよ」

 

「月、アナハイムか?」

 

「そうなんです。正確には、ビスト財団の元幹部です」

 

 さーこっからどんどんきな臭い話になっていくぞ。

 

 



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第119話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

「ビスト財団。たしか、歴史的な美術品の回収、保護を目的とした法人組織だったな。実態はアナハイムのマネー・ロンダリング組織だ。母体の1つと言ってもいい」

 

 さすがに幼い頃から社交界に触れているガルマ大佐だ。

 

 アナハイムが連邦と癒着し、世界経済の大半を牛耳っているのはその筋では周知のこと。

 

 そしてそれを可能としているのが、ガノタなら誰でも知っているサイアム・ビストの持つ『箱』の力。

 

「深く調べたんですよ。そうしたら、ピースクラフトには、ビスト家の血が流れていました」

 

 サイアム・ビストの妾のひとりが産んだ子の子。それがマルティクスだった。

 

 彼は母親をなくしてから財団に入り、そしておそらく、内部派閥争いに負けた。

 

 結果、サイド3へと逃げた。

 

「なんだと!?」

 

 大佐は鋭く反応する。

 

 セイラさんは訝しげだ。

 

「なんのことですか?」

 

「ビスト財団は、サイアム・ビスト氏が一代で築き上げたものだ。アナハイムが月の王と呼ばれるほどに巨大な企業となったのも、バックにこのビスト財団があったからこそと言われている」

 

「つまり、影の支配者というわけです」

 

「その財団と、ピースクラフト家の関係がどのように私たちの問題に繋がるのかしら」

 

 ピンとはこないのだろう。

 

 当たり前だ。

 

『世界の暗部と言える存在がいるよ』なんて話が出ても、それを知らないものからすれば、どのようなものか想像もつかない。

 

「ビスト財団の宗主、サイアム・ビストは連邦政府と深く癒着しているという噂だ。彼の一言があれば、連邦はあらゆる便宜を彼のためにするとも」

 

 大佐は説明する。

 

「そしてビスト家は、我らと同じく身内でかなりの血を洗っている。子が親を、親が子を殺すのも厭わない呪われた家系だ。ジオン3大貴族のひとつが、そのビストに関わりあるために消された……というのは想像がつく」

 

「その波紋が父の……ダイクン暗殺に繋がったというのですか?」

 

 僕はうなずいて見せる。

 

「それに関して証拠はないのですがね。ピースクラフト暗殺の2日前に、ムンゾにビスト財団の客船が寄港してるんです。さらに、ダイクン暗殺時も5日前に」

 

 ガルマ大佐がうなる。

 

「当時、ビスト財団はジオンともあらゆる商談を行っていたはずだ。私の父がダイクンを殺していない証拠としては弱いだろう」

 

「そうなんですけどね。ただ、あーなんというか……」

 

「なんだ、君らしくない。まだ何かあるのならはっきりと言え」

 

「はい。お二方は、父君から、『箱』という言葉を聞いたことはありませんか」

 

「『箱』? それは聞いたことはあるが――」

 

「ただの箱ではない、そういうことですわね?」

 

 そう。『ラプラスの箱』だ。

 

 前世知識によって、僕はピースクラフトもダイクンも、この『箱』に触れたから、もしくは触れようとしたから消されたのではないかと考えている。

 

「そういえば……ダイクンが身罷った後、父が私に溢したことがある。『ダイクンより箱の鍵を預かった』と」

 

 大佐がセイラさんを見る。

 

 彼女は顎に手を当て、首を傾げながら過去の記憶を探っている様子。

 

「うろ覚えではあるのだけれど、幼い頃、父が『箱の中身を子どもたちに託したい』とお母様に語っていたのを、聞いた覚えがあります。その『箱』という響きに、なんだか落ち着かないような不穏な気持ちになったので、記憶の隅にひっかかっていたのだけれど」

 

「中尉。『箱』とはなんだ?」 

 

 

 



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第120話 Side『ニューヤーク燃ゆ』


 体調不良でした。


 

 ここまで話しておいてなんだけど、どう説明しようか迷うな。

 

『ラプラスの箱』について説明することはできる。でもそうすれば、『なぜそんなことを知っているんだ?』と聞かれることだろう。

 

 前世の知識で知ってた。

 

 なんて説明にもならない。

 

「中尉。語れるところまでで構わん。私は君を信じよう」

 

 む。

 

 信じるときたか。

 

 この人の「信じる」って言葉はけっこうな殺し文句なんだよな。甘くはあるが、真っ直ぐな性格だから、彼がそう言ったのなら、全面の信頼をこちらに寄せているとわかるからだ。

 

 そうなると、こちらもそう安く裏切るわけにはいかない。

 

「説明の前に、お二人はこの話をこれまでに誰かに話ましたか?」

 

「いや、君に聞くまで忘れていた」

 

「私もそうね」

 

「『箱』または『ラプラスの箱』は、それが開かれれば、連邦政府は崩壊すると言われている都市伝説の代物です」

 

「都市伝説? 初めて聞くが、そんな眉唾なものが一連の事件に関わっているというのか」

 

「ええ。都市伝説ではありますが、『ラプラスの箱』は実在しています。そしてそれが開かれると、連邦の屋台骨が揺るぎかねないのも事実なんですよ」

 

「ラプラス……まて、『ラプラス』はあの『ラプラス事変』か?」

 

 なんだかんだでガルマ大佐ってしっかりとした教育受けてて、それが実になってるよな。

 

「そうです。UC001年、軌道上に建設された連邦首相官邸ラプラスが、分離主義者たちのテロによって爆破された事件。そのときに『箱』が生まれ、それがサイアム・ビストの手にわたりました」

 

「サイアムに?」

 

「ええ。ラプラス爆破事件の実行者の一人だったんですよ、彼は」

 

「なんと」

 

「口封じからも逃れて一度死んだ(・・・・・)彼は、名を変え、偶然手に入れた『箱』の存在を盾に連邦高官たちと癒着し力を蓄えた」

 

「いったい、箱とはなんなのだ?」

 

「真の宇宙世紀憲章です。そこに記されていたのは、幻とされた第七章――『将来、宇宙に適応した新人類の発生が認められた場合、その者達を優先的に政治運営に参画させることとする』」

 

 僕の言葉に、二人ははっとする。

 

「ニュータイプ……」

 

 思わず呟いたセイラさんに僕はうなずいてみせた。

 

「そう。後のジオン・ズム・ダイクンが語ったニュータイプ論との一致。当時の連邦初代首相によって記された、未来への条文。それが『箱』の正体です」

 

「待って……そんな、そんな個人の落書きのために、お父様は殺されたというの!?」

 

 そうだね。

 

 条文は曖昧で、新人類の定義も記されていない。

 

 法的根拠もない代物だ。まさに落書き。

 

 でも、特権階級の連中にとっては、自身の既得権益を奪われる可能性のある存在は不都合でしかない。

 

 だからテロを偽装して葬った。

 

『リメンバー・ラプラス』を壮大な題目として唱え、一方的に分離主義者と断定した旧国家群を鎮圧し、新政権の地番を固めることに使われた。

 

 だが、サイアムが事件の真相に繋がる証拠として箱を持ち出してしまった。

 

 それだけなら、まだどうということもなかったんだ。

 

「ジオンが独立を謳わなければ、そのまま闇に消えていく代物だったのでしょうね。でも、連邦という軛から逃れようとする者にとって『箱』を開くことができれば、世論を大きく揺さぶることができる」

 

 地球の参政権を持つ(・・・・・・)人口よりも、全コロニー民の数の方が多い。

 

 連邦が最初からコロニー民を裏切っていたのだと知れば、世論は沸騰する。

 

「では、ダイクンは連邦に殺されたのか」

 

「いえ、おそらくはビスト財団……アナハイムの差金だと僕は推測しています」

 

 サイアムは『箱』を未来に託したがっていた。託すに足る人物が現れる時期をずっと読んでいた。

 

 だが、財団としては『箱』は連邦から無尽蔵に便宜を引き出すための財布のようなものだ。失うわけにはいかないだろう。

 

「ピースクラフトがダイクンに『箱』の存在を教えた。そしてダイクンは『箱』を開き、国とコロニー民の覚醒を促そうとした。結果、それをよく思わない財団によって両者とも消された」

 

 僕はそう推測した。

 

「世間で言われているように、デギン公がダイクンを暗殺する意味がないんですよ。政治手段の対立はあれど、目指す場所は一緒。そして、あのタイミングでダイクンを暗殺などすれば、政治不安で連邦からの強硬な介入がなされる」

 

 デギン公は、巷では処刑公などと揶揄されているが、血の粛清を行ったのはダイクンが亡くなってからだ。

 

 そうして強引に国をまとめないと、最悪連邦によって国家体制をバラバラにされることになっただろう。

 

「お父様は、その『箱』を手に入れていたのかしら」

 

「いや、たぶんそれはないでしょう。手にしていたのなら、後継となったデギン公に譲渡されたはず。が、暗殺事件のあとザビ家は『箱』を公表――開けてはいない」

 

 ダイクン暗殺後に『箱』の存在を公表して連邦を非難すれば、容易に他コロニーの味方を作れることもできたのにそれをしていない。

 

 財団は未だに連邦と蜜月を続けているし、おそらくサイアムの手から離れてはいないはずだ。

 

「存在だけを知ったと?」

 

「そう。そしてそれを利用しようとして殺された。連邦との共生関係を続けたいアナハイムと、それを支持する財団、そしてその意向を汲んだ連邦によるもの」

 

 そう考えると辻褄が合う。

 

「そう思わせるように、ザビ家が仕組んだのでしょう」

 

 セイラさんはそう答える。

 

「そうかもしれないな。だが、父の部屋には、未だにダイクンとの写真がある。彼が死んだ日には、今も直接墓地に足を運んでいるんだ」

 

「……ではなぜ私達兄妹は捨てられたのですか!?」

 

 セイラさんの慟哭が響き渡った。

 

 顔を手で覆い、肩を震わせて嗚咽を漏らす。

 

「父が死に、母も死に、兄も失ったと思っていました……でも兄は復讐鬼になっていて、それらすべての出来事がくだらないオカルトのせいだなんて、どう信じろというのです!」

 

 君ら兄妹が背負った不幸は、どちらかというと正妻のローゼルシアの嫉妬心によるものだ。さらに言うなら、妻帯しておきながら一般の女性と子を作ったダイクンに問題があるだろう。

 

 どちらも死んでいて、その行為を糾弾することもできないな。

 

 泣いてしまったセイラさんの姿は、年相応の少女に見える。

 

 原作では、自立心を持つ凛とした女性として描かれていたし、生まれの不幸から苦労したぶん、実年齢より上に見えたものだけど、今はただの弱い子供だ。

 

 ガルマ大佐が困ったように僕の顔を見てくる。

 

 泣き止ませろって?

 

 そんなん大佐のほうが得意でしょう。イセリナ嬢との逢瀬で経験積んでるんじゃないですかね。

 

 まあ、上司に頼まれたならしかたない。

 

「セイラ嬢、君には今日ここで、死んでもらう」

 

 傲然と放った僕の言葉に、室内の時間が凍りついた。

 

 





 後遺症が酷い(´・ω・`)


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第121話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

 大佐に怒られました。

 

「お前はいつも説明が端的過ぎる。誰もがお前のように頭がいいとは限らん」

 

 だと。

 

 でも、泣き止みはしたよ。

 

 無事セイラさんにはお亡くなりになってもらった。

 

 もちろん、本当に死んだわけじゃない。

 

 セイラ・マスという存在だけ消えてもらったわけだ。

 

 ここは戦地だ。M.I.Aや戦傷悪化で死亡なんて腐る程ある状況。

 

 それに正体を公表するわけにはいかない。

 

 そんなことをすれば、過激なダイクン派の連中が勢いづいてしまうかもしれないからだ。

 

 そうでなくても、ダイクンの遺児を手に入れようと影で動き回ることだろう。

 

 彼らはダイクンが統治するジオンが好きなのであって、今が戦時中であるとか内紛している場合じゃないなど、気にしないだろうから。

 

 上記の理由でキシリア少将に報告するのもはばかられる。

 

 あえて放置してたシャアが、ザビ家への反乱を企てていたことで、二の舞いはごめんだと彼女を殺してしまうかもしれない。

 

 大佐はそれをよしとはしなかった。

 

 で、木馬のクルーであるセイラ・マスには、戦傷を理由に死んだことにして、この北米で匿うことにした。

 

 他のクルーの生命の安全を保証するという確約――特に歳幼い子供の引取先を優遇すること――と引き換えに彼女はこちらの提案を呑んだ。

 

 木馬の中で正式な軍籍を持たない未成年者は、本国で建造が進められている新バンチに移送が決定している。

 

 まあ、アムロ君だけは、キシリア少将へのカムフラージュとしてニュータイプとしての素質有りで、フラナガン機関に送られるんだけど。

 

 大佐が復帰したことで、これまで滞っていた業務を急ピッチで処理し、ようやく遅れを取り戻したところで時間ができた。

 

 で、なんとなくラウンジとして使っているバトルシミュレーター区画にやってきたら、そこには先客がいた。

 

「お疲れ様です少佐、いや、大佐でしたか」

 

「ああ中尉、私はまだ中佐だよ。明日には大佐になるが」

 

 ゼクス少佐は、連邦新型MSの捕獲、新型艦拿捕、シャアによるガルマ・ザビ暗殺阻止の功績をもって、ジオン十字勲章が授与されるだけでなく、新設される部隊の指揮官として、大佐に任じられた。

 

 ガルマ大佐は、准将に昇進だ。

 

 二階級特進は、戦死者に与えられることから、縁起が悪いとして、まず中佐に昇進させ、後日大佐へ昇進という回りくどいことをしている。

 

「珍しいですね。中佐がこの場で休息など」

 

「何、私も人の子だよ。君こそ時間が空いたのか」

 

 そう言いながら、中佐は自販機でコーヒーを2つ買った。席に座り、対面にもう片方のカップを置く。

 

 僕に座れ、ということだ。

 

「意外ですね。そういう飲み物は飲まないと思ってましたよ」

 

 ワインとかのが似合うよね。

 

「君は私を誤解しているようだな」

 

「中佐こそ、いい加減僕をMSパイロットとして使うの止めてくれませんかね」

 

 そう言って腰掛けると、中佐は笑う。

 

「そうもいかんな。ガルマ准将のためにこれから身を粉にして働いてもらわねばならん。パイロットだけでなく、メカニックとしてもな」

 

「つまりこれからも僕の境遇は変わらんということですね」

 

 肩をすくめてから、奢りのコーヒーを飲む。

 

 うん。まずい。

 

 妙に苦い割に風味が薄い。合成品だから仕方ないけどね。これなら液糖と合成乳で誤魔化したカフェオレの方がマシだ。

 

「で、どうされました」

 

 おそらく僕が来るのを待っていたんだろうと察して、早々に切り出した。単に世間話をするためだけにここにいたわけではないだろう。

 

「君は今回のガルマの構想、どう思うか」

 

 特別遊撃部隊ですね。

 

「どうもなにも、上がやると決めた以上はやるでしょう。僕としては悪いとは思いませんよ。むしろキシリア少将がよく許可したな、と驚いてます」

 

 少将の手駒を削る行為だからね。

 

 結構な人員を引き抜くことになる。

 

 編成予定の人員リストには、ガンダムオタクなら誰もが知ってる、サイクロプス隊や海兵隊の名もあった。

 

 これは結構な大所帯になる。

 

「果たして、私に務まるか」

 

 本当に珍しいな。弱音を吐くなんて。

 

「そういう話でしたら、ノイン大尉のほうが適任でしょう」

 

「同じ男でなければ話せんこともあるさ」

 

 男女の差、というものは常に存在している。得てして、男のほうがそうした精神的垣根に敏感かもしれない。

 

 同じ男性相手にだからこそ見せれる弱み、というものもあるのだ。

 

 めんどくさいね。男って。

 

 沈黙が降りる。 

 

 しかしまずいコーヒーだ。

 

「君は、私の正体を知っているのだろう?」

 

「……ええ、まあ」

 

 突然の質問に、一瞬どう答えるか迷ったが、素直にうなずいた。

 

 ゼクスの正体――ミリアルド・ピースクラフト。

 

 ジオン最初期の3大貴族の一家。唯一の生き残り。

 

「君は、私が裏切るとは思わないか」

 

 なんだ、シャアと比べてるのかこの人。

 

 確かに境遇は似たようなものだしな。

 

「貴方はシャアとは違うでしょう。そもそも、貴方の家族を殺めた連中はすでに粛清されてる。軍を裏切る理由もない」

 

「ザビ家が手を下していないという確証もない」

 

「それだけで親友の信頼を裏切ることができるほど、貴方は冷徹にはなれんでしょうに」

 

「『親友』?」

 

「ガルマ大佐。いや、もう准将ですか」 

 

「親友か……わからん。ただ私はシャアの行動を見て、あれは私の影なのだと感じるのだ」

 

 復讐のために生き、その才能をそれだけのために振るおうという男と一緒だ、と彼は言った。

 

「憎しみは憎しみを呼ぶとはよく言ったものだ。すでに私の怨敵はいない。だが、するとこのやり場のない怒りや憎悪はどこにやればいい? ときおりこの世のすべてを破壊し尽くしたくなることがある」

 

 厨二病かよ。

 

 まあこの人も若いからなぁ。

 

 原作では自身を「平和に馴染めん男」と称してるぐらいだしな。

 

「復讐という行為に浸れる彼が羨ましくもある。私は過去の真相を知るために軍に入った。ジオンは軍国家だからな。中枢に触れるにはそこで頭角を現すのが速いと思ったからだ」

 

 しかし思惑は外れ、彼が真相をつかむ前に事件の犯人たちは

捕まり、処断された。

 

「私には大義もない。人生を偽ってまで手にした力も、それを振るう対象すらすでにいないのだ。とんだ道化だ」

 

「人なんてそんなものでしょう。誰も彼もが大層な御託を抱えて生きてるわけじゃありません」

 

「……君は何者だ?」

 

「さあ? 僕がなんなのかなんて哲学的問題は、本国の学者にでも任せますよ」

 

「君にはあるのか、この戦争で戦い抜く理由が」

 

「特にはないですね。ジオンに生まれたから、そこに所属してるから負けるより勝ったほうがよいと思って戦ってますが。まあ、あと連邦に任せてたら、この地球圏は逼塞しそうですしね」

 

 こんな荒れ果てた石ころはさっさと見限って、人類はもっと宇宙の先へすすむべきだ、と思ってる。

 

 その点は、原作逆シャアの思想と同じだ。

 

 ただ、地球をだめにして強制的に人を宇宙に上げるのではなく、人々が自発的に宇宙開拓を望む方が良い。

 

 人が地球にとどまっても、大した未来にならないことは原作で知っている。なら、別の未来に向けて動いてみてもいいじゃないか。

 

 ま、それがより悪い悲劇を生むのかもしれないけど。それは知ったことじゃない。

 

 人類がどこまで行けるのか?

 

 原作が黒歴史に含まれるというのなら、もう一つの未来を見つめてみたいと思う。

 

「人間、というか生き物なんてこの宇宙に漂う塵のひとつでしかないんですよ中佐。地球だってそうです」

 

 誰しも存在意義(レゾンデートル)を求めたがる。でも、そんな人間の感傷を斟酌(しんしゃく)してくれるほど、この宇宙の物理法則は優しくない。

 

「今がすべてじゃないでしょう。この先に何があるか、それを見届けるためだけに命をつなぐのもありだと僕は思ってますよ」

 

 ゼクス中佐は僕の言葉を吟味するように思案する素振りを見せて、言った。

 

「後の兵士のために……ブレないのだな」

 

 すでに人生2週目だからね。自分や他人の生き方にだいぶドライになってる自覚はある。

 

 ガンダムって作品は、いくうも派生作品があるけれど、全てに共通してるのは、世の中の不都合とどのように向き合っていくか。

 

 それを語ったものだと思う。

 

 あるキャラクターは折り合いをつける方法を模索し、あるキャラクターは受け入れられない、と抗う。

 

 結局、人が争うのは、今よりも幸せになりたい、不幸にはなりたくないという想いがそれぞれ違うために起きる衝突でしかないのだ。

 

 あらゆる主義主張は、人の欲望を叶えるために存在する。それが人類の幸福に繋がるかはまた別の話だ。

 

「君は、この戦争に勝てると思うか?」

 

「負ければ僕らは大量虐殺者、勝てばコロニー民の解放者。どちらにせよ歴史に名を残せますね。それで十分でしょう」

 

「君らしい」

 

 ゼクス中佐は静かに笑った。

 



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第122話 Epilogue『碧い目の男』

 

 砂漠にある寂れたスタンド。

 

 旧世紀のアメリカ国道に沿って建てられたもので、石油資源の枯渇した今では使われていないものだ。

 

 併設していた商店を改装したダイナーに、金髪の男がいた。

 

 人目を遮るようにサングラスはつけたまま。

 

 カウンター席に座り、ロックのヴォッカを飲む。

 

 無愛想な店主の横の台には、古ぼけたモニターが置かれており、そこではジオン軍のプロパガンダ放送が流れている。

 

 北米にて、ガルマ・ザビが連邦の新兵器部隊を撃破、サイド7を破壊した新型戦艦を拿捕したと報道されている。

 

 サイド7のバンチが崩壊したのは、侵入したジオンが守備隊と交戦したせいなのだが、いつの時代も歴史は勝者の都合で描かれるものだ。

 

 画面にガルマの姿が映される。

 

 髪を切り、どこか精悍さも感じられる表情を浮かべた青年だ。

 

 彼は今回の功績で准将に任じられ、さらにはジオン十字勲章が授与されると報道官が告げる。

 

 それを聞いた男は、口元に皮肉げな笑みを浮かべた。

 

「坊やは私だったか……」

 

 店の入口のガラスドアが開き、女が入ってくる。 

 

 まっすぐ歩き、女は男の隣りに座った。

 

 店主が問う。

 

「注文は?」

  

「いらない」

 

 店主は不快げに眉を曲げた。

 

「ここは店だ」

 

「バーボン。ストレート」

 

 女は店主の方に見向きもせずそう答えた。

 

 美しい女だ。

 

 蒼い髪と同じ色のリップを塗り、怜悧さを漂わせている。

 

「どこかであったかな?」

 

 じっと自身を見つめてくる女に、男は問うた。

 

「捜したよ。シャア・アズナブル」

 

「……キシリア少将の使いかね」

 

「いや。ザビ家の女狐とは違う」

 

 女の前にバーボンが置かれた。

 

 初めて女が店主をみた。

 

 店主は肩をすくめると、面倒事は知らん、というふうに肩をすくめて、裏の厨房へと引っ込んだ。

 

「今回の騒動で、ようやく貴方を見つけ出した」

  

「わからんな。私はただの敗者だ。そんな男に何の用事がある」

 

「ずっと捜していたんだよ、キャスバル・レム・ダイクン」

 

 女は男の本名を口にした。

 

「ダイクンの意志を継ぐ者を、我々はずっと捜していた。キシリアの邪魔もあったが、貴方が騒動を起こし、行方をくらませた結果、奴らより早く接触することができた」

 

「何者だ」

 

「ザビ家によって歪められた偽りのジオンを糾弾する者」

 

 女は嫣然と笑う。

 

「我々は、真ジオン(ネオ・ジオン)

 

 *

 

 店のドアが開き、男たちが入ってきた。

 

 砂漠に似つかわしくない、黒いスーツを着た男が四人。

 

 店主は黙ったまま、モニターを見ている。

 

 画面には旧世紀の古い映画が流れていた。

 

 カウンターの上に、空になったグラスと、一口もつけられていないバーボンが注がれたグラス。

 

「ここに金髪の男がこなかったか」

 

 スーツの一人が店主に問う。

 

「居たよ」

 

「どこにいった」

 

「さあ? 俺が出てきたときはもう居なかった。カードだけ置いてな」

 

 それを聞いた黒スーツたちは店を出ていこうとする。

 

「待ちな」

 

 呼び止めた店主が、赤いカードを投げて渡した。

 

「そいつらに会ったら伝えてくれ。『うちは現金のみだ』ってな」  

 

 

 





 しばらく休みます。


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第123話 挿話『陸の群狼』


 ぼちぼち復帰。


 

 ニューヤークにある通信室。

 

「よう、久しぶりだな。フィンゴ中尉」

 

 僕の目の前にあるモニターに、知った顔が映っている。

 

「お久しぶりですソンネン中佐」

 

 デメジエール・ソンネン中佐は、今は北アフリカでヒルドルブを中心とした機甲師団を率いている。

 

 ノイズとラグ混じりの映像でもわかるほど、今の彼はハツラツとしていた。

 

 やりがいを見つけたんだろうね。

 

 事実、激戦区であるアフリカにて、ヒルドルブはかなりの活躍を見せていると聞いた。

 

「して、今日は何用でしょうか?」

 

「おいおい、顔まで見せたんだ。もっと旧交を惜しんでもいいんじゃねぇか」

 

「時間は限られてますから」

 

 ミノフスキーのせいで長距離の通信はかなり制限がある。

 

 以前のようにネットのような無線による大規模データリンクは使うことができないので、こうしたやり取りは中継機を介したレーザー通信で行われる。

 

 当然、何台もの中継機を大西洋に浮かべることになり、費用だって馬鹿にならんわけだ。

 

「わざわざ秘匿の高いレーザー通信まで使ってますからね」

 

「そうだな。まあ今回はお前さんに頼みたいことがあってよ」

 

 そうソンネン中佐は切りだした。

 

 ようやく義勇兵として受け入れた外国人の練兵が終わったが、まかせる機体がないのだという。

 

 外国人部隊には虎の子のMSを任せるわけにもいかないため、ほとんどが歩兵となっているのだが、だいぶ人員がダブついているそうだ。

 

「ゲーツがあるでしょう。たしかいくつかは陸戦用として投入されているはずですが」

 

「当初はな。だがいまのアフリカでのMS戦はドムだ。ゲーツじゃ足が遅すぎんだよ。パーツの代替えも効かねぇ」

 

 それでもヒルドルブの護衛や陣地防衛ぐらいは担えると思うが。

 

「ヒルドルブの量産体制はどうなってるんです?」

 

 たしかキリマンジャロ基地に、グラナダから生産ラインの一部を下ろす計画があったはずだ。

 

「量産はできちゃいる。が、外国人兵にゃけっこうな学生上がりが混じっていてな。というか若いやつのほとんどが学生だ」

 

「あー学徒兵ですか」

 

 察しがついた。血気盛んなのはいつだって若者だ。彼らは無敵な時代を謳歌しているからね。

 

「経験の少ない新兵でも使える陸上兵器を作れ、ってとこですか?」

 

「さすがわかるじゃねぇか。ヒルドルブも操作性は悪くないんだ。だが一人で動かすこともできるぶん、新人と組ませるよりベテラン単体で動かしたほうが戦果が高くてな」

 

 いや、それこそ組ませて使わないといつまでたっても新人のままでしょうよ。

 

 でも、余裕がないのか。

 

 従軍経験のある人員で、少しでも部隊を率いたことのある者は、尉官や佐官に無理やりにでも昇進させている。

 

 一兵卒よりも、そうした指揮官の数が圧倒的に足りないからだ。

 

「練度の低下はしかたねぇが、だからといって相手が手を抜いてくれるわけじゃねぇからな」

 

 そこをせめて兵器で補いたいわけだ。

 

 アフリカは戦線が大陸全土に広がっている。陣営すべてをカバーするにはMSにしろMTにしろまだまだ数が足りない。

 

「条件としては、ヒルドルブよりも生産性が高く、操縦も経験の浅い兵士でもできる簡便なものですかね」

 

「そうだ」

 

「わざわざ通信で頼まずとも、本国に打診したらどうだったんですか」

 

宇宙(そら)の連中はあてにならねぇよ。要望書だしてからそれが審議されて計画されるまで、どれだけかかると思ってんだ」 

  

 だからって、わざわざ部署違いの人間に頼まなくてもと思う。

 

「お前さんはヒルドルブの再設計もこなしただろう? こっちで使われてるコウノトリの設計もお前らしいじゃねぇか」

 

 コウノトリってのは、ボドムキャリーのことだ。地上用の航空輸送機。

 

「頼むぜ。お前なら信用できる。ノイエン・ビッター少将には話を通しておくから、設計図だけでも送ってくれ。そうすればこっちの生産ラインで建造する」

 

 つまりヒルドルブと生産ライン共有するわけですね。

 

 難易度上がったなあ。

 

「ま、やるだけやってみます。マゼラアタックよりかはマシなのにします。が、肝心の練兵がお粗末ではいくら兵装を調えてもどうにもなりませんよ」

 

「おう、練兵はこちらの仕事だ。そっちは任せたぜ」

 

 ソンネン中佐は、狼にも似た獰猛な笑みを浮かべてモニターから消えた。

 

 

 *

 

 

 砂塵の中を、連邦の61式戦車とガンタンクが進む。

 

 目的地はジオンの防衛陣地の1つだ。

 

 キンバライト鉱山を抑えたジオンは、そこを急速に基地化し、キリマンジャロまでの防衛ラインを整えた。

 

 そのキンバライトに至るまでの陣地のひとつに、これから襲撃をかける。

 

 激化する戦闘は、まるでオセロの盤面のようだ。

 

 相手の陣地を奪った次の日には、こちらの別の陣地が奪われる。

 

 黒と白の駒がいくつもひっくり返っては消えていく。

 

 繰り返されるゲームに、敵も味方も倦んでいた。

 

「隊長! 前方に敵影!」

 

「種別と数を言え」

 

 ガンタンクに乗る小隊長は、怒りを抑えるのにかなりの自制心を引き出さねばならなかった。

 

 繰り返される戦闘で頼れるベテランは数を減らし、補填としてやってきた兵士は、学生といってよいほど若い連中ばかりだ。

 

「あ、えっと、3機です! MSと、あれなんだ?」

 

 明瞭さに欠ける報告に気が飛びそうになるのを堪え、小隊長は測量用の望遠レンズを覗く。

 

 砂塵を上げて迫る人型――ドムだ――が3体。そのわずか後方、両翼に小型の車輌らしきものが見える。

 

 マゼラアタックとは形が違う。

 

 幼子が乗る三輪車のようなふざけた形状だが、車体下部には砲塔が見える。

 

 それが――

 

「20機だと!?」

 

 こちらの数のおよそ3倍の数だ。

 

 見慣れぬ車輌はドムの速度にも追いついているらしく、先頭を切るMSに引き離されることもなく、こちらとの距離を詰めてくる。

 

 やがてその三輪車どもは左右に分かれた。

 

 ドムを中央に突撃させ、車輌でこちらの左右を挟み込むつもりなのだ。

 

「61式は前にでろ! ガンタンクは前方のドムに火砲集中!」

 

 61式には若手が乗り込んでいる。

 

 数で劣るこの状況に、小隊長は瞬時に彼らを盾にすることを決定した。

 

 61式(ブリキ缶)が囮となっている間に、MSを仕留める。初めて見る装甲車はしょせんは小型だ。大型の火器さえなければガンタンクの装甲で対処できる。

 

 そう読んで彼は主砲の照準を先頭を駆るドムに合わせようとした。

 

 その時、通信に悲鳴が響く。

 

「うわああああ!」

 

「なんだ!? 来るな! 来るな!」

 

「ウギガガガギガがががが!」

 

 展開していた三輪車共が、急激に方向を変え、61式戦車の群れに、文字通り飛びかかった。

 

 装甲車とは思えない機敏な動作で跳ねるように飛びつき、側面から61式を蹂躙する。

 

 車体からは細長いワイヤーが繰り出され、それが突き刺さった瞬間、操縦士たちの断末魔が轟く。

 

 ドムが装備しているヒートロッドと同じものだ。

 

「くそったれ! ジオンには戦術ってもんがないのか!」

 

 小型戦車どもは61式に群がり、その哀れな羊をよってたかって破壊していく。その様は、まるで群狼の狩りのようだ。

 

「隊長! 上!」

 

 同ガンタンクに乗った部下の声に、彼がハッとしたときは遅く、モニターには、前衛を乗り越えたドムが跳躍し、赤熱したサーベルをこちらに振り下ろそうとしているところであった。

  

 



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第123.1話 『MT−07Bゲレ』

 

『MT-07B ゲレ』

 

 ジオン陣営にて、アフリカ戦線に大量に投入された他コロニーからの義勇兵用に製造されたMT。

 

 MT-06D ヒルドルブⅡは生産性も高いものであったが、練度の低い外国人新兵ではうまく扱うことができなかったことと、ジオン地上軍の生産力は飽和気味であったため、より安価かつ早期に数を揃えることのできる兵器が望まれた。

 

 キリマンジャロベースに宇宙から生産ラインを下ろす計画が持ち上がり、それに伴って、デメジエール・ソンネン中佐が北米ニューヤークのオルド・フィンゴ中尉に、新兵用簡易生産型の戦闘車両の設計を依頼。

 

 求められる性能は以下であったという。

 

 高い生産整備性。

 

 低練度の新兵でも容易に扱える操縦性。

 

 ベースとなったのは月面で使用されていた自走運搬車両。

 

 車体の左右に伸びた脚部には360度回転するボール状のタイヤを装備。タイヤ部はAIにより路面の状態を読み取り、最適なトレッドを形成する。ボール状なので横にも移動可能。

 

 車体後部には姿勢維持用の補助ローラーを持つ。

 

 車体全高6m程で、マゼラアタックよりも小柄で軽量。ザクよりは出力が低いが、小型の核融合炉を搭載しており、小型であることもあり、機動力と運動性は同じMTであるヒルドルブを大きく上回る。

 

 最高速度ではドムに追いつけないが、十分追随可能な速度をもつ。

 

 脚部の設計にはMSの関節部(ゴッグ)の技術が応用されており、推進剤を用いない簡易的な3次元行動も可能。

 

 その分装甲は脆弱で、MSの軽機関銃でも容易に撃破されてしまうため、機動力で補う。

 

 その形状から、現場の兵士や連邦からは『三輪車』と呼ばれ侮られたが、ヒルドルブ1両分の費用で武装込みで5両も製造できるため、司令部からの評価は非常に高かった。

 

 基礎設計者は「KMFのランドスピナーを転用した戦車。あと、タチコマ」と述べていたが、この『KMF』という名が何を指すものなのかわからない。

 

 名称の由来は、北欧神話のオーディンに侍る狼から。

 

 武装

 

 主砲

 車体下部に装備される。175mmまでの砲弾を使用可能。砲塔旋回はできないので、射角は車体自身が動く必要がある。 

 

 33mm機銃

 主砲では威力過大となる軽車両や歩兵などのソフトターゲットに使用される。(口径的にそれでも過大だが)

 主砲に先んじて射撃し、その着弾を見て主砲を使用するスポッティングライフルとしての役割もある。

 

 スタンアンカー

 ドムが使用するヒートロッドと同等のもの。溶断機能はない。

 



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第124話 挿話『魔弾の射手』


 誤字報告にいまさら気づく。

 報告してくれていた人、ごめんなさい。そして、ありがとう。



 

「さあ、どういうことか説明してもらおう」

 

 僕の目の前に、仁王立ちのノイン大尉がいる。

 

 どうも、オルド・フィンゴです。

 

 なんかすごく冷たい怒りを彼女が湛えているのが、オールド・タイプの僕でもわかるんだが、心当たりがない。

 

 何かしたっけ?

 

「はい、いいえ大尉。自分には一体何のことか――」

 

 皆まで言わしてもらえず殴られた。

 

 首をひねって衝撃を半減させたけど、また奥歯折れたらたまったもんじゃあない。

 

「厚顔にも程がある! 眼の前にあるコイツ(・・・)のことだ!」

 

 と指差すノイン大尉の先、そこにはMSが立っている。

 

「ドムであります」

 

 ノイン大尉の柳眉がおもいっきり眉間に寄せられる。

 

「そんなことを聞いているんじゃない! なぜここに、新型のMSがあるのか、と聞いているんだ!」

 

 いや、これ新型じゃないよ。

 

 ドムDを改造したものだから、改修型って言ったほうが正確だよね。とか言ったら、また殴られそうだな。さらにそれ以外のこともあるんだが。それは言う必要がない。

 

「わざわざ第2機動小隊のハンガーを使って、私に隠していたな?」

 

 ここは第2機動小隊の整備倉庫。僕らの第1機動小隊の場所だと、ノイン大尉に見つかっちゃうからね。こっちで作業させてもらってたんだ。

 

「我ながらいい出来だと――へブ!」

 

 バックナックルが飛んできた。

 

 避けるのは簡単だけど、それすると十倍ぐらいになって追撃くらう上に、後で始末書という名の反省文大量に書かされるんだよな。

 

 以前、替わりに『イケメン朴念仁の落とし方』という論文を提出したら、呼び出しくらった上に延々と説教された。

 

 机の上に置かれた、安全装置の外れた拳銃の銃口がずっと僕を見ていたのでしんどかった。

 

 でも知ってるんだ。

 

 PXで密かに売られているゼクス大佐のブロマイド、全種類買って集めてるのを。

 

 うちの基地は女性の比率がけっこう高いからね。イケメンどもの隠し撮り写真が売れる売れる。

 

 人気を二分しているのは、ガルマ准将だったりする。

 

 ゼクス大佐とはまた違った種類のイケメンだからな。精悍さとあどけなさを併せ持ったその表情が女性陣の庇護欲を煽るらしい。

 

 一部のご婦人方は、どちらがどっち(・・・・・・・)、なんて妄想でよく議論している。

 

 上官侮辱罪で処断されても知らないよ。

 

「……たしか、ドムはガルマ准将の専用機という話だったな」

 

「あ、はい。ドムDS型ですね。届いたのはだいぶ前なのですが、うちの小隊のとこは色々手狭になってたのでこちらに運び込んでいたんです」

 

 ドダイや、EWAC通信システム、キリシマ曹長のドム・ゲバルドの改造とタスクが溜まってたからね。

 

「そのドムが、なぜフル改造されてるんだ!」

 

「え? だって専用機だし」

 

 うちの大将の機体だよ。ザビ家の御曹司が乗るやつだから、徹底的にハイクオリティなものが送られてきたので、当然ながら全力で改造させてもらった。改造費もジオ・マッドが持ってくれるっていうし。

 

「もうドムの姿すらしてないだろう」

 

 うん。

 

 でもフレームはほとんどドムなんだよ。

 

 装甲を引っ剥がして新調し、軽量化を施し、可動域の拡張を行った。

 

「なんなんだ! このトリ足(・・・)は」

 

 あー逆関節の脚ね。

 

 くの字を左右反転した形の脚。ケイから得たザクS2のインフレーム構造のデータを拝借して造った部位で、ここだけは完全に新造。鳥のように細っこいけど、しっかり機体を支えることができる。

 

 ホバー駆動ではなくなったけど、足裏に無限軌道を装備させて、高速走行を可能にした。

 

 脚部にホバー用のエンジンを積まなくていい分、さらに軽量になった。

 

「自慢の出来です」

 

「そういう問題ではない!」

 

「いったい何を騒いでいるんだ」

 

 ここでガルマ准将のご登場である。

 

「何か問題か?」

 

「はっ! それが……」

 

 ノイン大尉は敬礼したまま、どう答えようかと考えあぐねているようだ。

 

「准将はなぜこちらに?」

 

 僕も敬礼はしつつ質問。

 

「現場の視察だ。聞けば私の専用機がこっちに運び込まれてると聞いてな」

 

 そう言って准将は僕らの頭上にそびえるMSを見上げる。

 

「で、このMSは見慣れないものだが、これは何だ?」

 

「ドムです」

 

「ほう。もしやこれが件の専用機か?」

 

「はい。そうでありますね。だいぶテコ入れしました」

 

「そうか。で、私は自分のMSの改造を貴様にいつ頼んだか覚えていないのだが?」

 

 そだね。勝手にやらせてもらった。

 

 だって基地司令をMSに乗せて前線に引っ張り出すわけにはいかないじゃん。とはいえハンガーに眠らせておいても、整備はしなくちゃならない。

 

 どうせ使わないなら、技術検証実験機としていろいろ改造させてもらったってわけだ。

 

「申し訳ありませんガルマ准将。こちらは私の監督不行き届きであります。しかるべき処分をとったのちに――」

 

「いや、構わん。どうせ私はMSには乗らん。貴官に貸与しよう。思えばフィンゴ中尉、貴様には前回の件で特別に報奨を出してやったわけではないからな。どうせ、そのつもりで改造してあるのだろう」

 

 ため息混じりにガルマ准将。

 

 よくわかってらっしゃる。

 

 この機体、背中にマゼラフラッグが装備している通信索敵装置を積ませて、狙撃対応させてあるんだ。

 

 要は、僕専用のカスタマイズがされた機体である。

 

「貴様は軍の私物化をするな、といっても聞く気がないようだからな。使えるようにはしてあるんだろうな」

 

「もちろんです」

 

「なんという機体なんだ? もはやこの姿ではドムとは呼べまい」

 

 技術検証が目的だったからな、特にペットネームつけてないんだよね。

 

 あ、そうだ。

 

「せっかくですので、准将が名付けていただけると助かります」

 

「私がか?」

 

 顎に手をやりながらMSを眺めるガルマ准将。

 

「――デアフライシュッツ」 

 

「ほう。どんな意味ですか?」

 

 なんか厨二病まっしぐらな名前だな。

 

「魔弾の射手という意味だ。古いオペラのタイトルだな。狙撃が得意な貴様にピッタリだろう」

 

 ドム・デアフライシュッツ。

 

 嫌いじゃない。

 

 それが、僕の新しい機体だ。 

 

 



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第125話 挿話『悪童・1』

 

 廃墟と化したニューヤーク旧市街。

 

 開戦当初の隕石落としとジオンの降下作戦により破壊され、人が住まなくなったこの場所は、今では実機試験演習場と化していた。

 

 その廃墟をMS1個小隊が進む。

 

「通信システムオールグリーン。ミノフスキー粒子の濃度、既定値内です」

 

 ドムに追随するマゼラフラッグの機器を操りながら、やや緊張した声を発するのはユウキ・ナカサト伍長だ。

 

「おー通信良好だぜユウキちゃん! 今度俺と一緒に飲まないか?」

 

 やや呂律の怪しさを感じさせるのは、この第2機動小隊を指揮するバーツ・ロバーツ中尉。彼はコックピット内に酒瓶を持ち込み、飲酒している疑いがある。

 

「いい加減にしな中尉! アンタこの前もセクハラして謹慎食らったばかりだろう」

 

 怒りをにじませるのは、ディライア・クロウ少尉。

 

「おうおうディライア、嫉妬か? たしかにユウキちゃんの方が若くてピチピチしてるからな。わからんでもないぞ」

 

「撃つぞ」

 

「えっ!? ディライア少尉からロバーツ隊長の機体にロックオン!?」

 

「おいバカ止めろ!」

 

「あんたがふざけた口きくからだろうが! 模擬戦とはいえ気を抜きすぎなんだよ!」

 

 反省の色を示さないバーツ中尉に、ディライアは苛々とした罵声を浴びせる。

 

「ナカサト伍長! あんたもこのバカの言う事は聞かなくていい。こっちに編入されてまだ日が浅いんだ、緊張するなとは言わないけど、自分のできることだけやってな」

 

「は、はい!」

 

 隊長であるはずのバーツがこんな調子なので、普段の第2機動小隊のとりまとめは副隊長であるディライアが中心であった。

 

 ユウキ・ナカサトは、北米の独立外人部隊――降下作戦に参加した開戦初期からの外人兵は『ゲスト』と呼ばれ、過小評価された――の通信士だったが、ガルマ准将が提言した『特務任務大隊構想』によって、キシリア少将からガルマ准将麾下となり、その結果人員と装備の見直しによって部隊は解散させられる。

 

 メンバーは全て、ニューヤーク既存の隊へとバラバラに編入されることとなり、彼女はこの第2機動小隊へと転属されたのだった。

 

「でも気が引けますね。相手が『彼』とは言え、4対1での対戦なんて」

 

 少々おっとりした口調なのはエターナ・フレイル少尉だ。

 

 彼女は以前までマゼラフラッグに搭乗し、通信士として動いていたが、ユウキ伍長が入ってからはMSパイロットに転向していた。

 

 彼女の乗る機体は宇宙軍で採用されたばかりのゲルググだ。

 

 汎用機であるゲルググの陸戦適応を実地にて調べるという名目で、キャリフォルニアベースから供与されたものだ。

 

「へっ! あのクソガキに吠え面かかせるいい機会だ。ちょっと美人に囲まれてるからって調子のりやがって、気に食わねぇんだ!」

 

「女の子ばかりの隊なら、うちも同じなんですけど」

 

 ぼそりとエターナが呟く。第1と第2小隊のパイロットチームは女性メンバーが多い。

 

 さらに、最近になってノイジー・フェアリー隊と呼ばれる特務部隊が基地の麾下に加わったが、こちらはパイロットだけでなく構成される隊員全員が女性だけで編成されている。

 

「ほっとけエターナ。あいつ、ノイン大尉に惚れてんだよ」

 

 第1小隊の隊長であるルクレツィア・ノインは確かに美人である。だが規律には非常に厳しく、バーツが容易にセクハラの手を広げることのできない人物でもあった。

 

 そんな好きなら、いっそ第1小隊に転属でもすればよい、とディライアは考えている。

 

「そんなことよりエターナ、あんたはこの模擬戦が終わったらノイジー・フェアリー隊に転属だろう? だからって腑抜けた動きしたら容赦しないからね」

 

 せっかくMSパイロットが揃った第2小隊であったが、エターナは自身の妹分であるアルマ・シュティルナーの属する部隊への転属を希望しており、先日それが通ったばかりであった。

 

「もちろん、お仕事はきっちりするわ」

 

「作戦時刻になりました。各員、状況よろしく願います」

 

 



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第126話 挿話『悪童・2』

 

 ユウキの状況開始のセリフとともに、赤い光条がディライアの頭部に当たる。

 

「な!? メインカメラ破損! ビーム判定だって!?」

 

 驚愕の声を上げるディライア。

 

「やられた! 模擬戦でビーム兵器使うなんて」

 

 むろん、本当にメガ粒子で()かれたわけではない。レーザー光を当てられ、それをドムのセンサーと連動したAIが被弾判定としたのだ。

 

 本当のメガ粒子砲であったなら、熱で機体が爆散していたかもしれないと思うと、ディライアはゾッとする。

 

「伍長! 撹乱幕!」

 

 バーツの鋭い指示が飛ぶ。

 

 マゼラフラッグから霧状の粒子が散布され、大気に溶けていく。

 

 ビーム撹乱幕はメガ粒子の収束を阻害するものであり、レーザー光には効果がない。

 

 が、模擬戦である以上、撹乱幕を張れば相手はビームを模した武器を使用することが、観測班の裁定によってできなくなるはずだった。

 

「ユウキさん、敵の位置は?」

 

 エターナが聞く。

 

「待ってください。ノイズとダミーが急に増えて……音紋も拾えない」

 

「散開、フォーメーションデルタ。フォワードは俺とエターナちゃんだ。ディライア、お前はユウキちゃんの直掩な」

 

 こういう時のバーツの指示は的確だ。

 

 まがりなりにも部隊の隊長であり、普段の不真面目な態度を咎められながらも更迭されず、開戦時からずっと戦場に立ち続けている。

 

 ――模擬戦相手も日頃の態度は悪かったな。

 

 似たところのある相手が憎らしいのだろうか。そんなことを考えながら、ディライアはコックピットハッチを開く。

 

「ディライア少尉!?」

 

 ユウキの驚き。

 

「仕方ないわ。メインカメラが使えない以上、直接視認で索敵するしかない」

 

「でも危ないですよ!」

 

 そんなことはディライアもわかっていた。

 

 いくら小口径のソフトポイント模擬弾でも、破片の一つでもコックピットに飛び込めば人体はずたずたに吹き飛ぶことだろう。

 

 だがこのままリタイアするのはプライドが許さない。

 

「ディライアさん、無茶はしないでくださいね」

 

「エターナあんたもね。MSでの実戦は初めてだろ。ゲルググ(そいつ)は汎用機といっても、宇宙軍で使っていたやつだ。地上は勝手が違うからね」 

 

 通りを進むMSたち。

 

 追撃はなく、廃墟には自分たちの駆動音だけが響く。

 

 大きな交差点にさしかかったとき、ディライアの目に違和感のあるものが映った。

 

 ――こんなところに、61式戦車だって!?

 

「っっ!! 止まれバーツ!!」

 

 先頭をいくバーツ機が急制動をかける。

 

 ホバー機は滑るように機体が動く。そのため即座にその場に止まるのは難しい。彼の機体も例に漏れず、わずかに交差点に入り込んだ。

 

 瞬間、ビル影に打ち捨てられていた連邦の61式戦車の残骸が突如として爆発した。

 

 MSを吹き飛ばすにはあまりにも心もとない爆発であったが、一瞬全員の注意がそちらに向く。

 

 次の瞬間、前方に黒いMSの姿が現れる。

 

「クソッタレが!」

 

 悪罵とともにバーツが反射的にマシンガンをぶっ放す。放たれた弾丸はMSをすり抜け、後ろのビルに新たな弾創を生み出した。

 

 投影機によって、MSの姿を廃ビルに映し出していたのだ。

  

「後ろです!」

 

 ユウキ伍長の焦りに満ちた叫びが飛んだ。

 

 

 



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第127話 挿話『悪童・3』

 

 第2機動小隊の前に現れたMSの姿は異様であった。

 

 黒とオリーブドラブに塗られた見慣れぬ機体。

 

 ドムよりも一回り小柄な体躯。頭部形状も、ザクやドムとは違う独特なものだ。

 

 なにより脚部が鳥のように曲がっている。これまでのMSとは似たところのないデザインの機体だった。

 

 敵機の登場にいち早く反応したのはエターナだ。 

 

 ゲルググをマゼラフラッグとディライアのドムの間に割り込ませる。

 

 敵機が撃つMMP−80Sを、ビームナギナタを回転させて弾いた。

 

 名前に反して双刃型をしたビームナギナタは、ツインエミッターを採用した独特な武装だ。

 

 柄の両端からビーム刃を発生させ、高速で回転させることで磁界を作り出すことが可能となり、MS用小銃やそこまで高出力でないビームライフルの弾丸なら弾くことができる。

 

 双刃モードの扱いは難しいが、銃撃を強引にかいくぐって格闘戦を挑む際に便利であり、一部のパイロットからは絶賛されていた。

 

 奇襲を防がれた敵機は、左腕からアンカーつきワイヤーを射出し、近くの高層ビルにつきたてると、巻き戻す反動とスラスター、そして脚部の無限軌道を利用して、側面を走る。

 

「もう! またそんな機動どこで覚えてきたの!」

 

 ビルの壁を駆け上がった敵は、宙返りを披露してエターナの背後に着地した。

 

「お仕置きよ!」

 

 エターナは素早く反応したが、機体はそうもいかなかった。動きが鈍い。

 

 振り向きざまに薙いだビームナギナタ――先程銃弾を弾いた時とは異なり、装甲表面を焦がす程度のかなりの低出力だ―――は空を切り、逆関節を活かして低姿勢のまま突進してきたMSに胴を斬り裂かれる。

 

 むろん、実際にはダメージはない。

 

 特殊ゴム製のナイフで、切られた部分にピンク色の塗料がべとりと付着した。

 

 模擬戦観測班が出した判定は、撃破。

 

「あら……やられちゃったわね」

 

 結果は即座に送信される。

 

 エターナはコックピットの中でため息をついた。 

 

 バーツ、ディライア機が応戦するため射撃するが、敵は勢いを殺すことなく走り去り、ビルの影へと逃げこむ。

 

「逃がすかよ!」

 

 再び見失えば何をされるかわからないと判断したバーツ機が強引に食い下がる。

 

 相手は蛇行し射撃を躱しながら後方へと高速で後退していく。

 

「どんなデタラメだ!」

 

 バーツは悪態を吐いた。

 

 MSは前進するよりも後退するほうが難しい。

 

 スラスターユニットは背中にあるし、機体の構造も人型を模している分、後退(あとずさ)るのに適していない。

 

 だというのに、相手は無限軌道を使って高速後退しつつ、マシンガンでこちらを牽制してくる。

 

 敵機がアンカーをビルに打ち込み、駆け上る。

 

「それは! さっき見たやつだ!」

 

 こちらの背面に着地した相手に照準を合わせる。

 

 あとは引き金を引くだけ。それで終わるはずだった。

 

 突然アラートとともに、模擬戦用AIが自身が撃破されたことを報せてくる。

 

「はあ? なんでだ!? あぁっ!?」

 

 ログを見ると、背後からのビーム砲撃を受けたとある。

 

 振り向くと、ロジスティクスセンター跡の建物に、ビーム砲らしきものが置かれていた。

 

 連邦とのE-CAP技術格差を欺瞞するために、急遽増産されたビームバズーカだ。

 

 ジェネレーターとラジエーターを内蔵させた結果、大型大重量となってしまった武装である。

 

 開戦時にディライア機の頭部を狙撃したのはこれであった。

 

 今は近距離通信で背後から狙撃したのだ。照準用の低出力のレーザーを当てられたことで、バーツの機体はビームに被弾したと判断された。

 

「クソガキがあ!! いっぺん死にやがれぇぇぇぇ!!」

 

 敗北を喫したバーツの罵倒が、通信機からディライアの耳に届く。

 



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第128話 挿話『悪童・4』

 

 ――どうする?

 

 ディライアは考える。

 

 相手の得意な狙撃のことを考えるなら、四方を建造物に囲まれた場所に身を伏せるのが得策に思える。

 

 模擬弾はコンクリートの壁を撃ち抜けないし、ビームを模したレーザー光も当然だ。

 

 しかし、実戦とした場合は、相手が高出力なビーム兵器を持っていれば別となる。

 

 メガ粒子は一般的な建物など容易に貫通するため、盾とするには適わない。壁ごと撃ち抜かれて終わりだ。

 

「ナカサト伍長は離れて潜伏しろ」

 

「え? でもそれでは――」

 

「機動戦になる。マゼラフラッグ(タンブルウィード)じゃドムの最高速に追いつけないだろう」

 

 模擬戦のルールとして、通信管制機を狙うことはしない、と取り決めがある。

 

 だが、近距離での高速機動戦では足元を転がる子犬(・・・・・・・・)を巻き添えにしないとも限らない。

 

 ディライアはこの勝負は自分たちの負けだと判断していた。

 

 4対1で、しかも管制機を狙わないとのハンデまでありながら部隊の半数が墜とされた。

 

 これが実戦であったらと考えるとぞっとしない話だ。

 

 そして、どうせ負けならば最後に全力で戦ってみたいとも思った。

 

「これまでの戦闘で敵本体の音紋パターンの解析は済んでるね。できるだけダミーを排除して必要な情報だけこちらに送って! それと撹乱幕は途切らせないで!」

 

「わかりました!」

 

 即座にレーダーに赤い点が現れる。

 

 ユウキ伍長が確認した敵の予測地点だ。

 

 そこへ向かって機体を走らせる。

 

 真正面から向かうなど、生身では愚策でしかないが、MSには装甲がある。単発ではジェネレーターやバイタルエリアをぶち抜かれたりしなければ反撃は可能だ。ビーム兵器も、少しの間なら撹乱幕で防げる。

 

 MSの本質は、高い機動性と分厚い装甲の両立にあると思っている。その思想に、このドムは見事にマッチしていた。

 

「おっと!?」

 

 ビルの角から飛び出ようとしたところで、向こうの角から射撃される。

 

 事前に構えていた盾に被弾し、センサーが左腕破損のアラートを伝えてくる。

 

「判定が辛いじゃないか!」

 

 発見した敵に向けてマシンガンを撃つ。

 

 相手はビルの影に隠れた。

 

 ディライアは機体を跳躍させ、そのビルを飛び越える。空中でマシンガンを撃ち、敵の逃走経路を遮断。

 

 着地と同時にマシンガンを放り捨て、ヒートサーベルを模した模擬戦刀に切り替える。

 

「くたばりな!」

 

 突貫し、サーベルのリーチを活かした突きを繰り出す。

 

 ガルマ准将がシュミレーターで使用する突きだ。北米組限定で、MSの挙動パターンにプログラムされている。

 

 相手が引けばスラスターを最大に吹かし突きを伸ばす。左右によければそこから薙ぎ払い。人体では不可能な動きだが、MSならばこそ可能な技法であった。

 

 敵は右へと躱す。

 

 ディライアは優れた反射神経と動体視力で反応し、サーベルを左へと薙いだ。

 

 ピンクの塗料を染み込ませた特殊ゴムの刀身が、相手の左腕を叩く。

 

 まだ浅い。

 

 距離を離せばまたアクロバティックな動きで翻弄されるかもしれない。

 

 さらに懐へ踏み込もうとしたとき、エラー音が鳴る。

 

「はぁっ!? 左脚破損? なんで!?」

 

 そこでディライアは思い至る。

 

 最近になって開発された、マゼラフラッグ搭載用、対MSマグネット地雷だ。 

 

 電磁力で装甲板に張り付き、指向性爆発でMSの内部機構を破壊する兵器。

 

 相手はこちらの攻撃を避ける際に、それを投げつけていたのだ。 

 

「ほんと、デタラメだね!」

 

 ディライアは決着が着いたと判断した。

 

 脚が動かなければ、地上用MSはただのデカい的だ。

 

 こちらは射撃武装もない以上、固定砲台の役割すら果たせない。

 

 敵がライフルを構える。

 

 後は観測班が撃破判定を下せばそれで終わり。

 

 アラームが鳴り、模擬戦が終了した旨が伝えられる。

 

 結果は――。

 

「は? あたしたちの勝ち?」

 

 コンソールに映る『WIN』の文字に当惑するディライア。

 

 状況が解放され、ロックされていた機体の機能が回復する。

 

 見れば、敵機の背面、MSの泣き所でもあるスラスターユニットにベットリとピンク色の塗料が付着していた。

 

「ナカサト伍長、やったわね」

 

「はい、当たっちゃいました」

 

 敵機の背後に回り込んだユウキが、マゼラフラッグの機銃を掃射したのだ。

 

 マゼラフラッグの機銃は軽車両用の武装だが、スラスターユニットを集中的に攻撃したことで、観測班は撃破と判断したようだ。

 

「あの、すいません。出過ぎたマネを」

 

「いや、いいよ。よくやった」

 

 呆気ない幕切れに、脱力感がぐっと肩にのしかかってきて、ディライアはシートに深く体を沈めるのだった。

 

 



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第129話 挿話『悪童・5』

 

「悪くないのではないか?」

 

 ニューヤークの作戦会議室。

 

 ガルマとキリー・ギャレット少佐によって先に行われた新型機評価試験の検証が行われていた。

 

 大きなテーブルの上に広げられたARディオラマによる戦術マップと、手元の端末に映し出された戦闘動画を見比べて、ガルマ准将はそう呟いた。

 

「装甲が薄いのは気になるが、機動性はかなり高いだろう。機動狙撃に徹すれば問題あるまい」

 

「そう簡単なことではありませんよ准将。今回の戦績は、フィンゴ中尉の技量によるものが大きいと思いますわ」

 

「それほどか?」

 

 准将の問いにキリーは苦笑するのを必死に堪えねばならなかった。

 

 ガルマはすまいが、他では上官侮辱罪で懲戒を受ける可能性もある。

 

 シミュレーターで第1機動小隊とばかりMS戦を経験しているガルマは感覚が麻痺しているのだ。

 

 今北米で使われているMSのモーションプログラムは、他では専用機をもらうようなエース仕様として採用されているもので、一般兵は使用禁止とされている。

 

 その理由は、戦闘挙動のほとんどが熟練者であっても容易に再現できない、または制御できないものが含まれ、かつそのデータ容量が重いからだ。

 

 それらの挙動は全て、第1機動小隊とゼクス大佐が行ったものをパターン化したものだ。

 

 今回フィンゴ中尉が見せた、ビルの壁を駆け上り、空中で反転して敵の背後を取るなんて芸当はまず凡庸なパイロットではできない。

 

 キリー自身も元エースパイロットとして名を馳せたが、あのようなアクロバティックな動きを真似したいとは思わなかった。

 

 やったとして、よくて転倒、最悪空中で機体がフレームごと破断するかもしれない。パターン化されているといっても、機体の動作に、パイロットがついていけないのでは意味がない。

 

「機動力が上がっても、耐G機構は更新されていません。普通ならまともに動けませんよ」

 

「そうか。私はGのかからないシュミレーターしか経験していないからな。そこが私の欠点だな」

 

 素直に自身の欠落した部分を認めるガルマ。

 

 彼はこの数週間で変わった。

 

 もともと率直な性格をした青年であったが、以前は無理に大成しようという様子が言動の端々に浮いて見えていた。今はそれが消え、自然体であった。

 

 ともすればそれは他者より侮られる要因となるが、彼の場合はそれが良い方へと回っている。

 

 自らの力量が足りなければ素直に助力と教えを請う姿勢が、周りに好感を持たせることに繋がっているのだ。

 

「キリー少佐は、この新型は生産には値しないと判断したわけだな」

 

「そうです。第2機動小隊を壊滅させたのは驚きましたが、性能で圧倒したというよりはパイロット自身の策に寄るところが大きいです」

 

 新型と呼んではいるが、実際はドムの改造機だ。資料を見れば新造しているパーツも多く、既存機体との互換性は薄れてしまっている。

 

「なにより、機動力を確保するために装甲が犠牲になっています。これでは一発被弾しただけで致命傷でしょう」

 

 いくら背面をとられたとはいえAFVの機関銃で撃墜判定を受けるほどだ。制作者である彼自身もそれはわかっているのであろう。最後はわざと負けたフシがある。

 

「そう言われるとそうだな。ならば予定通り、フィンゴ中尉専用機として運用してもらうか」

 

「それがよろしいかと思いますわ」

 

 キリーがそう告げると同時に、会議室に、黒髪を短髪にした女性士官が入ってくる。

 

 眼鏡をかけた怜悧な印象を持っているが、よく見れば顔つきはまだ若い。女、というより少女に近いだろうか。化粧を取ればさらに幼く見えるかもしれない。

 

 ミシェ・クローデル少尉。

 

 ガルマが大佐から准将に昇進したことで増やした秘書である。

 

 だが実際は、愛人なのではないかとウワサされていた。

 

 彼女はガルマの側までよると、涼やかな声で言った。

 

「准将、エッシェンバッハ氏との会談のお時間が迫っております」

 

「そうか。キリー少佐、悪いが後は頼む。防空案件については内容を書面にして残しておいてくれ。目は通す」

 

 そう言ってガルマは席を立つと、会議室を出ていく。

 

 ミシェ少尉もそれに続く。

 

 すれ違いざま、彼女の顔をキリーはまじまじと眺めた。

 

 ――似てるわね。

 

 その横顔が、士官学校で出会った青年……そして今は裏切り者として逃走中の男に近い気がした。

 

 こちらの視線に気づいた少尉が目礼を返してくる。

 

 キリーはそれを、どこか釈然としない感情のまま見送るのだった。

 

 





模型用の流し込み接着剤をひっくり返してしまい、かぶったスマホがめちゃくちゃリモネン臭い。

 ツラい。


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第130話 挿話『悪童・6』

 

 ども。オルド・フィンゴです。

 

 第2機動小隊との模擬戦による、新造MSの評価試験が終わった。

 

 目論見通り生産は回避することに成功。

 

 正直このドム・デアフライシュッツは性能が高いわけではない。

 

 ケンプファーのように装甲を捨てて無理やり機動力を上げた、いうなれば『強襲偵察型』という、無茶苦茶なコンセプトの機体だ。

 

 そのくせ背面に装備したミノフスキー粒子散布装置とビーム撹乱幕散布装置、索敵・妨害・通信装置が重たいため、白兵戦時の機動は機体が振り回されやすく、神経をすり減らすことになる。

 

 そしてバランスの悪い重量を、背部の双発型土星エンジンの出力で無理やり補う。

 

 そう、土星エンジンなんだ。

 

 ガルマ司令専用のMSの配備が決まると同時に、ジオ・マッドの人間から新型のエンジンが送りつけられた。

 

 送ってきたのはジオ・マッドの中でも旧ツィマッド社に所属していた面子で、EMS――つまりヅダの開発に関わった連中だった。

 

 彼らは今後行われるであろう次期主力MS開発で、ヅダを復権させようと頑張っているらしい。

 

 僕の父母が軍のヅダ開発メンバーだったことから、親の無念を晴らせ、とばかりに押し付けてきたわけだ。

 

 新型のエンジンといっても、ヅダに搭載していたエンジンが双発型に変わった以外は大した設計変更が成されていない。

 

 単発型よりさらに不安定になる双発型になぜした?

 

 地上なら空中分解なんてしないとでも考えたんだろうか?

 

 ともかくこいつを使って機体を作り、できれば本国で人気の高まっているガルマ司令の名を使って欲しいとのことだったので、専用機に――どうせ本人乗らないし、乗せないし――組み込むことにした。

 

 基地の財務担当してる人間と結託して、「ガルマ司令専用機にするから、開発費にイロくれよ」って開発局とジオ・マッドにおねだりしたら結構な額が回ってきたので、ありがたく使わせてもらった。

 

 大半はMSじゃなくて、基地設備の拡充に回しちゃったけどね!

 

 ヅダエンジンの方は基礎設計変わってないから、連続稼働で暴走分解爆発する恐れがあったから、リミッター設けて瞬間加速にしか使えなくした。

 

 プロペラントをどか食いするけど、一時的に猛速で機体が飛ぶから、対峙してる相手からしたら機動性が高いように見えるだろうね。

 

 どうせだからと改造しまくったら、ガルマ司令が正式生産採用するか決めるといいだしたので焦った。

 

 ジオ・マッドへの建前上、模擬戦といえどそれなりの成果ださないとならんし、勝ち過ぎて万が一でも量産するなんてなったら洒落にならん。

 

 だから装甲の薄さを強調するように、わざとマゼラフラッグに撃たせた。

 

 ゼクス大佐が新部隊発足で忙しいため、キリー少佐が性能評価に関わったのだけど、うまくこちらの意図を汲み取って司令に進言してくれたようだ。

 

 キャリフォルニアベースの生産ラインは、一時期よりMSのパーツを安定供給できるようになっているが、外国人の義勇兵が増えた分、忙しさに拍車がかかっている。

 

 そうした状況をすこしでも緩和するために、キリマンジャロ基地にMTの生産ラインを構築することになったぐらいだ。

 

 あ、キャリフォルニアベースからは、待望のSFS機である『ゾーリ』がロールアウトした。

 

 試作機としてうちで運用していたドダイのデータをもとに造ったもので、MS2機を載せて運用することを前提したものだ。

 

 運用時2機1組なのは、片方がSFSの操作に専念し、もう片方がMSで迎撃するため。

 

 これでドダイの時に問題だった操縦の難しさが緩和されている。

 

 しかし、『草履(ゾーリ)』かぁ。

 

 宇宙世紀のSFSは、履物の名前からは逃れられないのだろうか。

 

 ドダイ、ゲター、セッターなんてのもあったな。

 

 ゾーリンソールはMSだったかな。

 

 ともかくこれでニューヤーク基地の弱点であった防空性能を補うことができる。

 

 連邦のビームライフルに対抗するため、施策されていたビームバズーカも急遽製造ラインが造られた。

 

 ジェネレーターを積んでいる分連邦のビームライフルよりもはるかに大型で連射も聞かないが、威力は十分だし、ドムどころかザクでも使える。

 

 ゾーリに乗りながら、高速で飛来するコアイージーをビームで撃ち落とすことも可能になった。ゾッドと連携すれば空中戦でもひけをとることはないだろう。

 

 後は、ガルマ准将に新しい秘書がついた。

 

 ミシェ・クローデルという女性士官だ。

 

 黒髪眼鏡の美人さんなんだけど、正体はセイラさん。

 

 アルテイシア・ソム・ダイクンの身を明かすわけにもいかないし、キシリア機関に引き渡すのも躊躇われたから、偽名つかって基地で匿うことにした。

 

 髪は染めてもらって、伊達メガネと定番の変装である。

 

 司令の秘書にしたのは、目の届くところに置くためだ。実際は彼女に仕事らしい仕事はない。

 

 偽名はラ・ミラ・ルナと悩んだんだけど、呼びづらいとガルマ准将に却下されたので、いまのになった。

 

 ジージェネのキャラの名前です。

 

 オペレーターだったはずなのに、パイロットにさせられた不遇な人の名前のひとつである。

 

 今の北米の状況はこんなかんじで、盤石な体制ができた。

 

 万全を期し、僕たち第1機動小隊はニューヤーク基地を離れることになる。

 



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第131話 挿話『勝利者たち』

 

 北米ニューヤーク基地には、広大な入浴施設がある。

 

 市長官邸を中心に指揮所が形成されているのだが、軍の施設を担うギャロップのカーゴの1つが、その、入浴専用施設として改造されていた。

 

 改造に関わったのは第1機動小隊のフィンゴ中尉であり、整備班班長でもあるシバ・シゲ曹長ら大勢を巻き込んで、とてつもないほどの熱意を持って、短期間で作りあげた。

 

 建設改造に携わった人間のほとんどが男であり、あまりの熱心さに不安になったノインは、完成後に女性陣有志を募って、隠しカメラや盗聴器の類を捜索したが、現状では見つかることはなかった。

 

 カーゴ内には大浴場が2つあり、男女で使用が区切られている。

 

 女性用浴場は、男性用に比べて一回り小さく作られているが、これは基地所属部隊の男女比によるものだ。

 

 それでも共用シャワールームより広いため、使用者から不満がでることはない。

 

 疲労を癒やすためという名目で、ジェットバスやサウナ、そして談話可能なサロンも併設されている。

 

 基地司令であるガルマが、現地民とのトラブルを避けるために基地外での飲酒を制限しているため――律儀に守っているものは少ないが――非番の者は、ここで仲間と酒を飲むことが多かった。

 

 連邦の木馬と基地強襲のごたごたから数日。ようやく全体が落ち着きを取り戻し、ノインもわずかではあるが休息の時を得られた。

 

 と言っても、彼女に特別な趣味があるわけではない。

 

 休日といっても、街に出かけるような用事もなく。いつものように機体シュミレーションと整備、そしてフィンゴ中尉の独断専行――いや、軍備の私物化横領を見咎め、けっきょく徒労に終わっただけだ。

 

 大したことはしていない、だというのに頭の先からつま先まで、疲労が泥濘のようにへばりついている。

 

 服を脱ぎ、浴場内へと足を踏み入れる。

 

 いつもはシャワールームで済ますのだが、今日ばかりはゆったりと湯に使って身体を解さねば、この疲労は抜けないと判断した。

 

「あら大尉、ご機嫌よう。ですわ」

 

 身体の埃を落としたところで、振り向くとそこにキリシマ曹長が立っていた。

 

「珍しいですわね、大尉がこっちにくるなんて」

 

「たまにはな」

 

 隣に座り、同じように湯を体にかけるキリシマをノインは盗み見た。

 

 同じ女性軍人だが、彼女の身体つきは実に女性らしいものだ。

 

 いささか胸が大きすぎると思うのだが、本人はそれを気にするどころか自慢しているような節もある。

 

 湯を弾いてきらめく色白の肌には傷跡もシミもない。

 

 一方、自分はといえば、実戦で負った傷もあれば、日々の訓練により筋肉質となり、この地球に降りてからはやや日焼けもしていた。

 

「なんですの?」

 

 こちらの視線に気づいたキリシマが訝しげに問うてくる。

 

「いや、なんでもない」

 

 ノインは立ち上がって逃げるように湯船へと向かった。

 

「よ! 大尉」

 

「ニムロッド少尉か」

 

 先客としてケイ・ニムロッド技術少尉がいた。

 

 あろうことか、湯船に浸かりながら缶ビールを嗜んでいる。

 

「固いなあ。気安く『ケイ』でいいってば! 今度から同じ特務部隊に配属されんだからさ」

 

「技術少尉の君が?」

 

「ジオ・マッドとしてはあらゆる機体のあらゆる環境での実働データを集めたいんだとさ。宇宙が安定してるから、上の連中はもう戦争に勝った気でいやがるのさ」

 

 なるほど、とノインは思った。

 

 戦争特需は長く続かない。ならばいまのうちに兵器開発をできる限り進めてしまおうという腹積もりなのだろう。

 

 MSというものが歴史に現れてからまだ一年も経っていない。だがそれはこれまでの戦争史にある常識を塗り替えるほどのインパクトを持って世界に刻み込まれた。

 

 ジオンが戦争に勝利すれば、他コロニーも連邦から独立し独自戦力の拡充としてMSを開発することだろう。そうした技術競争に、少しでも先じようというわけだ。

 

「ああら、どこのどいつかと思ったら、ドブに汚れた野良猫じゃありませんの」

 

 突然聞こえてきた声に、ノインは顔をしかめる。

 

「あーまたアンタかキリシマさんよ」

 

 ケイが面倒くさそうにその人物を見る。

 

 ケイとキリシマ。

 

 彼女たちは犬猿の仲だ。

  

  

 





 後輩くん「パイセン! 感動できるお勧めアニメあったら教えてください!」

 ワシ「(藪から棒だなー)んー、『ガングレイヴ』かなぁ? 今でもラストの青い空が泣ける」


 後輩くん「はい? あーガンダムじゃないんすか? 意外ーwwww」

 ワシ「(´・ω・`)」



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第132話 挿話『勝利者たち・2』

 

「アタシが野良猫なら、あんたは乳牛だね。牧場で飼ってもらったらどうだい」

 

 キリシマを挑発する言葉を吐いて、ケイは缶ビールを呷って立ち上がった。

 

「ああ? やんのかコラ! 泣くまで詫び入れさせんぞ!」

 

「アタシはいつでもいいぞ! でも泣くのはそっちだがな!」

 

 裸のまま湯船で火花を散らす二人。

 

 間のノインは、ため息を吐いて頭痛を抑えねばならなかった。

 

 この二人が一緒にいると、いつだってろくなことがない。

 

 キリシマ曹長が一方的にニムロッド技術少尉を嫌っているのだが、その理由が男だというのだからため息も付きたくなる。

 

 どういうわけかキリシマ(彼女)は、同じ部隊のオルド・フィンゴ中尉に懸想しているようだ。

 

 過去にMS開発で知り合っており、中尉と仲の良いニムロッドが気に食わないのであろう。

 

 件のニムロッド技術少尉の方は、どちらかというとフィンゴ中尉をヤンチャな弟のように扱っており、恋愛対象とは見ていないようだ。

 

 フィンゴ中尉は見た目こそ愛らしい少年のようだが、自分やゼクスよりも年上であり、さらに目的の為なら手段を選ばないような、とんでもない性格をしているトラブルメーカーの1人なのだが。 

 

 ――たしか、破れ鍋に綴じ蓋。といったか。

 

 以前に聞いた東洋のたとえだ。言い得て妙だと思いながらも、聞いた相手が件のフィンゴ中尉だったことを思い出してげんなりした。

 

「やってやろうじゃねぇか! うすぎたねぇ野良猫が!」

 

「おおこいよ牛乳デカ尻女!」

 

「お前ら、そろそろいい加減に――」 

 

 ノインが一喝しようとしたときだ。

 

「やっほー! ひろーい! 本当にこんなとこあったんだ。全然気づかなかったよ、」

 

「思った以上だな。ティルナノーグと同じぐらいあんじゃねぇか?」

 

「ちょっとアルマさん! 走ると危ないですよ!」

 

「あらあらウフフ」

 

 姦しい声が反響して耳にとどく。そして――。

 

「やっほーい!」

 

 何かが湯船に飛び込み、盛大な飛沫が上がった。

 

「こらアルマ! 風呂は身体洗ってからにしろと――げっ! ノイン大尉!?」

 

「他にも人がいるんだから飛び込みは――ひゃあ!? ノイン大尉!」

 

「あらあら? こんばんは。大尉殿」

 

 ――またうるさい四人が来た。

 

 ノインは目を瞑り、頭から被った雫を手で払う。

 

「アルマ・シュティルナー少尉だったな」

 

「は、はひ!」

 

 先程飛び込んだシュティルナー少尉は裏返った声を上げて直立し、敬礼した。

 

 つややかな肌だ。治りかけの擦り傷の跡などが見て取れるが、全身に若々しい張りが感じられる。

 

 またひとつ打ち負かされたような気がして、ノインは深く息を吐く。もう何度目のため息か。

 

「なんだ? キサマは湯があったら飛び込まないとすまない性分なのか?」

 

「はい。いいえ大尉! 申し訳ありません! はじめて見る大浴場に興奮してしまいまして」

 

「……もういい。次は落ち着いて入れ。入浴くらいゆっくりさせてくれ」

 

 後半は小声だったが、心底からでた声だった。

 



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第133話 挿話『勝利者たち・3』

 

 ノイジーフェアリー隊。

 

 キャリフォルニアベースから異動となった特殊部隊で、キシリア少将の発案で女性ばかりで結成された部隊だ。

 

 北米がゲリラも含めてほとんどの連邦勢力を駆逐し、かつ秩序だった統治が成されたこと、オデッサ、キリマンジャロという新たな生産拠点が置かれた結果、相対的にキャリフォルニアの守備重要度が下がった。

 

 最近ではこのニューヤークも航空機を中心に製造ラインが組み立てられている。

  

 そうした理由から、キャリフォルニアベースの防衛を主任務としていた部隊は、一時期は解散が予定された。

 

 しかし女性ばかり、かつこれまで秘匿されていたという特性上そう簡単にはいかず、ならば各種新兵器の試験運用部隊兼戦略的価値の増大したニューヤーク基地の守備隊増援として扱うことになった。

 

「あの二人、何してるんです?」

 

 ノインの隣に座ったのはエターナ・フレイル少尉だ。

 

 もともとフラナガン研究所というニュータイプを研究する機関から出向してきた人間で、このたびノイジーフェアリー隊に異動が決まった。

 

 長い銀髪をアップにし、湯に浸からないようにしている。それだけで驚くほどの色気が滲み出ていた。

 

「いつものことだ」

 

「フィンゴ中尉ですか」

 

「ああ。あの男のどこがいいんだか」

 

「あら、私は可愛いと思いますけど。つい面倒を見てしまいたくなる感じで」

 

 正気か?

 

 と思わずフレイル少尉を睨む。

 

 彼女はどこ吹く風で、10代とは思えないほど嫣然に笑った。

 

 本人が公表するように、本当に17歳なのか怪しいものだ。

 

「ふふふ。そういうノイン大尉はどうなのですか? ゼクス大佐とはうまくいかれてますか?」

 

「何を言ってる」

 

 突然話を振られてノインは目を逸らした。

 

「お好きなのでしょう? いつも目で追われてます」

 

「冗談を言うな。彼のことは――」

 

「やーやーやー! 恋バナですか!?」

 

 否定しかけたところで、突然シュティルナー少尉が話に飛び込んでくる。

 

 フレイル少尉といい、このシュティルナー少尉といい、昨今の10代は物怖じという言葉とは無縁なのだろうか。

 

「失礼ですよアルマさん。でも、私も気になります! ノイン大尉の好きな人!」

 

「ゼクス大佐かぁ……たしかにめっちゃくちゃイケメンだよな。あれでパイロットの腕も1流なんてすげぇよな」

 

 ミア・ブリンクマンとヘレナ・ヘーゲルが更に加わり、ノインの周りはにわかに騒がしくなった。

 

「貴様ら――」

 

 いくら無礼講――を許可した覚えはないが。この場での暗黙のルールだ――とはいえ、あまりに不躾だと叱咤しようとした。

 

「あ、ディライア少尉とユウキ伍長」

 

 そこでアルマがさらなる訪問者に気づく。

 

 第2機動小隊のディライア・クロウと、最近になってニューヤーク基地所属となっとユウキ、ナカサトだった。

 

 



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第134話 挿話『勝利者たち・4』

 

「大人気ですな、ノイン大尉」

 

 苦笑とともにかたちばかりの敬礼をとりつつディライアは湯に浸かる。

 

「引率の保母にでもなった気分だ」

 

 本音をこぼす。自分も年齢的にはまだ若いはずなのだが、10代という本来なら学徒と言って差し支えない年齢の子どもたち相手には、気力が続かない。

 

「ディライア少尉、たしか彼氏いましたよね」

 

 ブリンクマン技術少尉が目を輝かせながら言う。

 

 姦し娘たちの視線がディライアに集中する。

 

「こっちに来たわね」

 

 嫌そうにディライアは顔を歪めた。

 

「たしか第1機動小隊の整備士さんでしたよね。馴れ初めって何ですか?」

 

「別部隊だと、休日合わないですよね? デートってどうしてるんですか?」

 

 矢継ぎ早に投げかけられる質問に、ディライア面倒くさそうに手を横にひらひらと振る。

 

「付き合ってるって言っても、あのバカとは腐れ縁だよ。士官学校時代からのね」

 

「じゃあけっこう長く付き合ってるんですね! いいなぁ仲良しなんですね」

 

「白馬の王子様に憧れてるあんた達にゃ悪いけど、んな甘酸っぱいもんじゃないよ。それに最近あいつ、どこで覚えてきたのか妙な性癖に目覚めやがって」

 

「せ、せいへき?」

 

「やれ『もっとキツイ目で見てくれ』だの、『罵ってくれ』だの、しまいには『首を締めてくれ』まで言いやがるようになった。これ以上付き合ってられん」

 

「それは……はは、はははは」

 

 ディライアのあけすけな話に、娘たちはどっと引く。

 

「あ、あの! ユウキさんは誰か好きな人いらっしゃるんですか?」

 

 話を切り替えようと、ブリンクマン技術少尉が中立を決めこんでいたユウキ・ナカサトへ水を向ける。

 

「わ、わたしですか!?」

 

「付き合ってる人いるんですか?」

 

「い、いません」

 

「じゃあ、好みのタイプとかあります?」

 

 シュティルナー少尉も乗っかってくる。

 

 年下だが、階級が上の彼女たちの勢いに、ナカサト伍長は目を泳がせて動揺していた。

 

「その、年上の落ち着いた人がいいなぁ、と」

 

「これは具体的ですねぇ。ということは、意中の人がいるということですか」

 

 ブリンクマン技術少尉の眼鏡が照明を反射してギラリと光った気がした。

 

「違います! 隊長はそんなのじゃ――あっ」

 

「隊長だぁ!? まさか、うちのバーツじゃないだろうね!?」

 

 ディライアが「アイツは絶対やめとけ!」と大声を上げた。

 

「違います! 前の隊の……」

 

 そこまで言ってナカサトの言葉は尻すぼみになり、顔を覆って口ごもってしまう。

 

「前のってことは、外国人部隊だったケン・ビーシュタット少尉か」

 

 ヘーゲル曹長が何気なく口にする。それを聞いたディライアがさらに驚いた表情になった。

 

「今は第6機動小隊に所属してたな。たしか妻帯してなかったか?」

 

「な、なんでみんな知ってるんですかぁ!」

 

 ナカサトの目は涙目だ。

 

「うわー! 略奪愛ですか!?」

 

「ふ、不倫ってやつです!?」

 

「ウフフ。ミアちゃん、興奮しすぎよ」

 

「たしかにちらっと見たけどイケメンだったよなぁ。この基地イケメン多くねぇか」

 

「やめてください! ただ私が一方的に憧れてるだけなんです! どうこうなりたいとか、そういうのじゃないですから!」

 

 真っ赤になりながら恋愛関係を否定するナカサトを、年下娘たちは楽しそうにからかっていく。彼女たちの階級が上の分、弄りをうまく躱すことができずに、顔を赤らめるしかないようだ。 

 

 ノインは湯に浸かっているのに、ひどく疲れている自分に気がついた。

 

 まるで学園の女子寮のノリだ。彼女たちには、戦争をしているという自覚があるのか、とさえ思ってしまう。

 

 むろん、人である以上常に張り詰めているわけにはいかない、それにここはすでに前線というわけでもないから緩むのも仕方ないのだろう。それでも気安すぎないか。

 

 ふとキリシマを見ると、彼女はまだ仁王立ちで、ニムロッドと不毛な舌戦を繰り広げている最中であった。

 

 彼女はこのなかで、もっとも何も考えていないように思える。

 

「キリシマ、貴様はこの戦争をどう見る?」

 

 好戦的な彼女のことだ。この戦いで暴れられることに喜びを見出しているフシもあった。

 

「あら、当然勝ちますわよ」

 

 何を埒もない、とばかりの調子でキリシマが返してくる。

 

「北米は安定しているが、アフリカやオーストラリアはそうでもない。連邦の国力にもまだまだ余裕がある。そう易くはいかないだろう」

 

「問題ありませんわ」

 

 いつものようにこちらを挑発するように鼻で笑うキリシマ。

 

「根拠はあるのか」

 

「当然、最後に勝つのはワタクシですもの!」

 

「は? いや、戦争の行末を語っているのだが」

 

 個人の感想、意気込みを求めているわけではない。

 

「もちろん理解してますわよ。でも、ワタクシが勝つということは、この戦争、ジオンが勝つということに決まってましてよ」

 

 話にならなかった。

 

 話題を振った相手が悪かったな、とノインは諦めた。

 

 そんな思考なぞどこ吹く風で、キリシマは続ける。

 

「これまでの歴史が証明してますわ! 最後に笑うのは女! もちろん、勝つのはこのワタクシでしてよ!」

 

 手の甲を顎にあて、「オーホッホッホッホッ!」と素っ裸のまま高笑いを繰り出す。

 

 ――バカか。

 

「……本当に、相手を間違えたよ」

 

 浴場に反響するキンキンとした声に頭痛を覚えながら、ノインは数秒前の己の判断を呪うのだった。

 



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第134.1話 『一年戦争年表・Ⅳ』


 年表は適当です。

 後で直すかもしれないし、矛盾してもそのままかもしれません。

 


 

 ――UC.79  9月

 

 ジオン軍、ルナツー襲撃作戦。シーマ中佐麾下の海兵隊、戦闘に乗じて、ルナツーに潜ませていた工作員を収容。離脱。ルナツー内の情報を得ることに成功。

 

 ホワイトベース、ルナツーに寄港の予定が、前日の襲撃により航路を変更。

 

 シャア少佐のジオン軍特務部隊、サイド7に進入する。

 

 ホワイトベースがサイド7に入港。

 

 アムロ・レイによって操縦されるガンダムと、ジオンのザクにより、コロニー内部で史上初のMS同士の戦闘。これによりサイド7、1バンチ崩壊。

 

 ホワイトベース、破壊を免れたMSと避難民を収容し南米のジャブローに向け出航。

 

 ホワイトベース、補給と避難民の保護を求めてルナツーに入港するも、拒否される。

 

 ジオン軍、キャリフォルニアベースのノイジーフェアリー隊、ニューヤーク基地に異動。ゼクス少佐、新型機ザクS2を受領する。

 

 ホワイトベース、ルナツーを出航。

 

 ホワイトベース、シャアの部隊により追撃を受ける。ガンダムとホワイトベース、大気圏突入戦闘の結果、北米に降下。

 

 ホワイトベース、収容していた民間人を降ろす。補給のためにカナダを強引に抜けてきた部隊と接触。ゲリラ化した北米連邦残存部隊とともにニューヤーク基地攻略作戦に参加することになる。

 

 

 ――UC.079 10月

 

 連邦陸軍主動の次世代BMT開発「スーパーノヴァ計画」が欧州にて密かに進められる。

 

 連邦欧州残存部隊、RGM-79[JG]ジム·カニスをロールアウト。ウェーナーテクス部隊に配備。同じくジャブローにて同型機がロールアウトされ、懲罰兵を中心とした特殊部隊『ケルベロスハント隊』に2機配備される。

 

 クルスト・モーゼス博士を追ったニムバス・シュターゼンとマリオン・ウェルチ部隊、ゲルググに搭乗し、極東にあるムラサメ研究所を急襲。クルスト・モーゼス死亡。しかし彼の研究を受け継いだ人間が製造された特殊機体とともに逃亡。

 

 ジオン軍特殊部隊フェンリル隊、ホワイトベース隊の偵察に出撃。

 

 ホワイトベース隊、ニューヤーク基地攻略のために南下。しかし作戦中にエンジントラブルが再発。修復のため雨天球技場に潜伏。

 

 サイコ・ジム、ジム・カニスからなるケルベロスハント隊、ゼクス大尉麾下のニューヤーク第1機動小隊と交戦。全滅する。

 

 連邦、ニューヤーク基地襲撃のために新型戦闘機コアイージーを6機導入するも、ゾッド隊と基地防衛についた第2機動小隊とノイジーフェアリー隊によって全滅。

 

 アムロの乗るガンダム、ゼクス少佐の搭乗するザクS2との戦闘により中破、行動不能となり鹵獲される。

 

 ガルマ・ザビ、シャアの策謀によって窮地に陥るが、ゼクス少佐によって救出される。

 

 ホワイトベースも主砲を破壊され拿捕。アムロ・レイ含む全乗組員は捕虜となる。

  

 シャア・アズナブル、軍を脱走。行方をくらます。

 

 ジオン軍、ガルマ・ザビを准将へと昇進させる。ガルマは同時に十字勲章を授与されることになるが、それを辞退し、新型のMSと人員の補填を本国に要求(後に昇進は確定されたが、勲章は本人の意思を尊重し授与されず)ゼクス・マーキスもガルマを助け、さらに連邦の新型艦とMSを拿捕した功績で二階級特進し、大佐へ。ガルマ准将が提唱した特殊部隊の統廃合による新部隊の設立に伴い、ゼクス大佐を筆頭とした地球突撃機動軍特務部隊所属、特別遊撃部隊、通称『ライトニング・カウント』隊を結成。

 

 ギレン・ザビ、地球規模の大演説を展開。連邦の悪意によりコロニー民は搾取されている。だがその時代は終わり、地球は今や宇宙資源がなくては立ち行かない。パワーバランスは変わったのだと告げて、全スペースノイドの連邦からの脱却と自決を促した。

 

 ジオン、サイド2の反連邦組織と密かに接触。

 

 モビルポッドMP−02Aを供与し、連邦の輸送船団への襲撃を裏から支援。

 

 軍を脱走したシャア・アズナブル。『真のジオン(ネオ・ジオン)』と接触。

 

 ライトニング・カウント隊、EXAMを追うニムバス隊と合流し、同時に確認されたマスドライバー奪取のために極東へ。

 



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第134.2話 『人物紹介・登場兵器・その他』

 

 第5章の登場人物 

 

 ――ジオン軍・北米組

 

『オルド・フィンゴ中尉』

 オリ主。地球突撃機動軍特務部隊所属、特別遊撃部隊所属。少年のような見た目の青年。目的のためなら常識を無視するところがある。前世の記憶持ち。やたらとドライな人生観を持つ。搭乗MSはザクⅡJB改、ドム・デアフライシュッツ(ヅダFZ)

 

『ゼクス・マーキス大佐』

 原作:ガンダムW

 金髪碧眼の優男。地球突撃機動軍特務部隊所属、特別遊撃部隊指揮官。本名はミリアルド・ピースクラフト。家族を凶殺され、憎しみの念を胸に隠している。シャアの造反を見て、自身の気持ちに揺らぎが生じ始めた。搭乗MSはドムDS、ザクⅡS2。

 

『フローレンス・キリシマ曹長』

 原作:Gジェネ

 溢れるばかりの巨乳を持つ美女。黙って立ってれば。ヒロイン。お嬢様を装っているが、本性はどうみてもヤ○ザ。搭乗MSは専用機ドム・ゲバルト。

 

『ルクレツィア・ノイン大尉』

 原作:ガンダムW

 凛然とした雰囲気の美女。ゼクスとガルマとは士官学校からの学友。元MS実働試験大隊(今の教導隊)に所属していた。オルド中尉の取り扱いに苦慮している。搭乗MSはドムD。

 

『バーツ・ロバーツ中尉』

 原作:Gジェネ

 享楽的な部分とクレバーな面を併せ持つ男。北米第2機動小隊隊長。実力はあるのによく女性陣にセクハラ発言をかまして懲戒を受けているため出世できない。他にも、コックピットに酒を持ち込んでいる疑惑あり。ノイン大尉を狙っているらしい。搭乗MSはドムDS。

 

『ディライア・クロウ少尉』

 原作:Gジェネ

 赤毛の女性士官。北米第2機動小隊所属。バーツのセクハラに辟易している。彼氏もち。最近、彼氏の性癖がこじれ気味。搭乗MSはドムDS。

 

『ユウキ・ナカサト伍長』

 原作:ガンダム戦記Lost War Chronicles(ゲーム版)

 北米第2機動小隊通信士。

 サイド2出身。原作と違い、自分の意志でジオン軍に入隊した。ガルマ准将の特務部隊再編の伴い、他のメンバーとともにニューヤーク基地に所属することになる。

 

『エターナ・フレイル少尉』

 原作:Gジェネ

 まるで松○零○作品から抜け出てきたかのような、神秘的雰囲気をまとった美女。フラナガン機関出身。リアル17歳。キャリフォルニアベースから転向してきたノイジーフェアリー隊に移籍する。搭乗MSはゲルググ(陸戦型専用機)

 

『アルマ・シュティルナー少尉』

 原作:ガンダムバトルオペレーション Code Fairy

 ノイジーフェアリー隊のリーダー。

 原作よりも早くに配属され、小規模ながらも実戦を経験してきたため実力は確か。エターナとはフラガナン機関でともに育った姉妹のような関係。搭乗MSはザクS2、ドムDS

 

『ミア・ブリンクマン技術少尉』

 原作:ガンダムバトルオペレーション Code Fairy 

 ノイジーフェアリー隊に所属。

 ジオ・マッド社から推薦された技術士官。その知見は確かなもので、部隊を支えるしっかり者。搭乗MSはドムノーミーデス。

 

『ヘレナ・ヘーゲル曹長』

 原作:ガンダムバトルオペレーション Code Fairy

 元生身での狙撃兵。ノイジーフェアリー隊でも狙撃を担当する。年長者らしく面倒見がよく、隊のパイロットのなかでは比較的大人な性格。搭乗MSはドムD狙撃仕様。

 

『ガルマ・ザビ准将』

 原作:ガンダム

 ザビ家の末弟。地球攻撃軍北米方面軍司令。MS適性がなかったが、最近シュミレーターで驚異的な成長を遂げ、実はニュータイプではないかと噂される。ゼクスとは士官学校の同期。フィンゴ中尉に振り回され気味。シャアの暗殺を切り抜け、戦争を早期終結に向けて動き出す。准将へと昇進した。

 

 

 

 ――連邦軍・ホワイトベース

 

『アムロ・レイ』

 原作:ガンダム

 言わずとしれたファーストの主人公。本作ではまだニュータイプとして覚醒しないままゼクスと対峙し、敗北。捕虜となり、後にフラナガン機関に送られる。

 

『セイラ・マス』

 原作:ガンダム

 ジオン捕虜となり、フィンゴ中尉によって正体を暴かれる。

 そのまま北米ニューヤークに身分を偽って滞在、保護されることになる。

 

 

 

 etc

『シャア・アズナブル少佐』

 原作:ガンダム

 元宇宙攻撃軍第6機動大隊所属。

 ガルマ謀殺に失敗。軍を逃亡する。

 正体はダイクンの長子。キャスバル・レム・ダイクン。

 

 



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第134.3話 『人物紹介・登場兵器・その他2』

 

 

 ――『MS−08D ドムゲバルト』

 フローレンス・キリシマ曹長専用カスタム機。後期製造型のドムDをベースにしている。武装は刃を着脱できるヒートホーク2本と、ドムの使用するヒートサーベル2本のみと、近接に偏りすぎ。

 ゲバルトは、暴虐という意味のドイツ語。

 

 * 

 

 ――『MS-10S2 ザクS2型(地上用高機動試作機)』

 

 ザクⅡとドムの運用データを鑑みて、ザクⅡR型をベースに設計変更を施し陸戦専用として開発された機体。すでに正式採用が決まっていた新型機ゲルググから連邦の目を欺くためのダミーの一つでもあった。

 

 試験機の名目で設計開発されたが実際はザクの外装をしたゲルググやドムに近く、開発中の新型機の偽装とともに、主戦場となっている地上での運用データを得るためのものであった。

 

 アナハイムより入手したルナチタニウム合金によって造られたインフレームを部分的に取り入れたセミモノコック構造で、内部構造に余裕が生まれたため、外部に露出していた動力パイプは一部だけだが内蔵式になった。またスラスター推力はザクS型の70%増し、脚部にはドムに使用されているジェットエンジンの簡易型を搭載。これにより高機動なホバー推進が可能となる。合わせて内蔵プロペラントも増加しているが、その増加量は30%程度のものであるため、ドムDS型と同じく腰部背面やバックパックにドロップタンクを追加することで作戦可能時間の延長を図っている。

 

 バックパックにはサブアームを装備。主に武装懸架に使用されるものだが、サブアームに持たせた武装をそのまま使用可能。武装の切り替えがスムーズになるが、反面、操作の複雑化、地上における機体バランスの悪化など課題も浮き彫りとなる。

 

 本機の完成を持って、生産型である『MS-10C3グフⅡ』が製造されることになる。

 

 主な兵装

 ザクとドムが使う武装は全て使用可能。

 

 MMP-80S

 対MS用として開発されたMMP80の初期型は大型であったため、それを小型軽量化して取り回しの改善を図ったもの。主に北米で使用された。Sはスモールまたはショーティの略とされるがさだかではない。正史にて使用された後期生産型より軽量で反動も小さい。その代わりグレネードランチャーなどのオプション装備をとりつけるためのレールは存在せず、装弾数がやや少なめ。射程も短くなっている。

 使い勝手がよいだけでなく、軽量で高い集弾性を誇り、元の設計が優秀な分、信頼性整備性ともに高く、正式生産型となるMMP80(後期型)よりもこちらの支給を要請する部隊は多かった。

 

 頭部30mmバルカン砲。

 2門装備。牽制、対空が主な用途だが、ゼクスの卓越した操作技術によって効果的に使用される。

 

 大型ヒートクレイモア。

 大型の実体剣。

 ビームサーベルと切り結んでも押し負けないほどの出力と、ルナチタニウム製の分厚い装甲をたやすく溶断するほどの切れ味を誇る。ただし重量があるため扱いづらく、生産型は存在しない。

 

 外付け式ヒートロッド。

 左腕に取り付けられた武装。原作グフカスタムが装備していたものと同じタイプの武装で、高電圧により敵機体の内部機器破壊を狙う。溶断機能はない。北米では多用されており、本武装をアンカー代わりに使った特異な機動を行うMSパイロットが多かった。 

 

 *   

 

 ――『YMS-11、MS-11A ゲルググ(先行配備型)』

 

 原作と違い、半年近くも先に実戦に投入された。

 型式番号も原作とは異なる。

 

 先行配備型は、開発の遅れたビーム兵器の装備をオミットされている。

 

 史実と違うのは、腕部の補助推進装置が90mmケースレス速射砲に置き換えられていることと、後にインフレームと呼ばれる、骨格型フレーム構造を一部に用いた、セミモノコック構造であること。

 

 *

 

 ――『MS-11B ゲルググ(正式配備型)』

 

 YMS、A型でオミットされていたビーム兵器は連邦のエネルギーCAP技術の解析により正式に採用に至る。 

 ジェネレーターの出力をビーム兵器に回した結果、スラスターの推進出力が若低下しているが、熟練度の低いパイロットなどは逆に扱いやすくなった。

 

 *

 

 ――『MS-11C ゲルググ(ゲルググキャノン)』

 

 ビーム兵器の使用できない先行配備型の背部に、サブジェネレーターを搭載したビームキャノンパックを装備したタイプ。海洋MSのメガ粒子砲技術を応用したもので、ビームライフルより速射性は劣るが、威力は高い。

 他にも、頭部を狙砲撃用にセンシング強化した機体も存在する。

 

 *

 

 ――『MS-11B2 ゲルググ(高機動型)』

 B型のゲルググにB2高機動バックパックを装備させたものと、当初からこの型として製造されたタイプがある。後期型ロットに分類される機体である。

 

 *

 

 ――『MS-11G ゲルググ(陸戦型)』

 北米において、汎用機であるゲルググの地上適性を実戦でテストするという名目でキャリフォルニアベースにて数機が建造された。

 B型をベースにしており、ビーム兵器の使用も標準化されている。バックパックをザクJb型と同型のものに換装している。

 

 *

 

 ――『MS-11G ゲルググ(陸戦型エターナ・フレイル専用機)』

 

 ニューヤーク基地に所属するエターナ少尉に用意された機体。頭部をセンシング用に強化されたC型(ゲルググキャノン)のものに交換されている。

 

 武装

 3連装35mmガトリング砲(グフカスタムのあれ)

 宇宙軍でも使われている武装で、ケースレス弾を使用する。シールドのハードポイントも搭載。

 

 シールド

 宇宙軍で使われているアンチビームコートがなされたシールドは地上では大きすぎて扱いづらいため、ミドルサイズのものに変更されている。上述のガトリング砲の防護カバーであり、相手の攻撃を受け止めるための増加装甲というわけではない。

 

 マルチウェポンバックラー

 右腕に装備された小型の盾。北米のパイロットが多用するヒートロッドが内蔵されている。

 また、グレネードや予備弾薬をストックするスペースがある。やはり防御兵装というよりも、武装懸架装置である。

 

 ビームライフル

 宇宙軍で使われているものと同型のもの。狙撃任務に使われた。

 

 ビームナギナタ

 薙刀と名称がついているが、実際はツインエミッター式の双刃型サーベル。

 やや幅広いビーム刃を形成する。

 連邦のジムが使用するビームサーベルと比べて低出力ながら、先端部での粒子収束率を高めている。これによりエネルギー消費が少なく、連続稼働時間はジムのものより一分ほど長い。

 また双刃状態で手首を高速にて振り回すことでメガ粒子による磁界を発生させ、ビームを含む弾丸を弾くことができる。

 ただし万能というわけではなく、大口径砲や高出力なメガ粒子砲などは防ぎきることはできない。

 

 * 

 

 ――『ドム・デアフライシュッツ(ヅダFZ)』

 

 オルド・フィンゴ中尉がガルマ大佐の専用機であるドムDS型を『ガルマ様専用機として独自に改造する』と偽り改造を施した機体。そのため型式番号が存在しない。

 

 機体名の『デアフライシュッツ』はドイツ語で『魔弾の射手』を意味する。

 

 旧世紀ドイツの作曲家カール・マリア・フォン・ウェーバーによるオペラの題名である。

 

 フレーム自体から手を加えており、最終的にはケイ・ニムロッド技術少尉からザクS2のデータを譲り受け、脚部を新調している。

 

 中尉独自のロボット構造哲学により、脚部はこれまでのMSにはない逆関節型が採用されている。

 

 順関節型よりも、駆動時と直立時のエネルギー消費を大幅に抑えることができ、また各種モーターやセンサー類を省略することが可能となった。

 

 足を折りたたむことで全高と重心をかなり低くすることが可能で、コックピットへの搭乗と整備がしやすくなっている。

 

 装甲形状はドムの原型をほとんど留めていない。

 

 バイタルエリア以外は必要最小限の装甲しかないため非常に軽量だが、その分防御性能は低い。

 

 バックパックにはマゼラフラッグに搭載されたEWACシステム装置が懸架されている。

 

 頭部は中尉が長らく乗っていたザクのものを最新の光学機器などのパーツを使用し改造移植されている。これは彼の使用していたFCSやAI、EWACシステムの再構築を省くため。 

 

 実はヅダを作ったチームが次期主力モビルスーツにて復権するために土星エンジンを提供し、オルドはそれを利用して本機を新型のヅダであると報告してジオマッドから各種兵器の開発費を捻出させていた。

 

 武装

 

 ビームバズーカ

 携行型ビーム兵器開発技術で遅れを取ったジオンが、連邦との技術差を欺瞞するために用意した武装。元々は試験用の武装であり、製造ラインも存在しなかったが、上記の理由により急遽グラナダにて製造された。

 小型のジェネレーターとラジエーターを内蔵するため巨大かつ重量がありすぎ、取り回しは劣悪、連射も不可能。

 しかしながら、ジェネレーター直結である分威力は高く、射程もあった。ドムに持たせて敵艦艇に狙砲撃を行うことで、連邦は常にビーム撹乱幕を張らねばならなかった。

 

 弾種切替式実弾狙撃ライフル

 オルドがザク2Jb搭乗時に使用していたものと同じ。

 弾種をその場で切り替えて随時射撃可能とした狙撃銃。新型機との世代交代で後方、予備任務役となったJB2型に装備された。MS特有の戦法と言える機動狙撃戦で遊撃手として動き、さらには対空攻撃を担う。

 弾速と貫徹能力に優れる。ただ小口径なため、陸上戦艦などの大型目標に対しては火力不足でもあった。オルドは大気と撹乱幕によって安定感のないビーム兵器よりも、信頼のある本武装を高く評価している。

 

 

 



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第134.4話 『人物紹介・登場兵器・その他3』

 

 ――『RGM-79[JG]ジム·カニス』

 

 欧州で製造された連邦の陸戦用白兵戦強化型ジム。

 

「カニス」とはスペイン語で犬の意味であり、型番のJとあわせ、猟犬の意味。

 

 単にJG型と呼ばれ、カニスは本機を開発した欧州連邦軍が名付けたペットネームである。

 

 制式に量産されたジムであったが、ジオンが地上戦当初より投入してきたドムに苦戦を強いられることとなった。

 

 そこで局地戦用MSの性能を重視した開発部は、ジムを局地型、特に実戦に投入させた白兵戦用RX-78-2のデータを用いて改修。JG型を完成させた。

 

 空間戦闘ユニットを全て取り払い、空冷強化、背面バックパックブースターを高出力のものに変換。機体前面にウェアラブルアーマーを装備させ、脆弱性を補った。

 

 ブースター推力は従来比で1.24倍の瞬間加速力を持つが、継続力はない。実は従来の装備のリミッターを甘くし、ビームサーベルのコンデンサーラックを排除しただけである。(ビーム兵器のオミットによる余剰出力による推力強化)

 

 生産コストはRX-79Gよりも安価でありながら、RGM-79以上の性能を有していたものの、推進剤の消費が激しく、加速に対して耐G機構も更新されていないため操縦に熟練を必要とされ、エースパイロットの所属する特殊部隊にのみ支給されるに留まった。

 

 上記の背景もあり戦線での劣勢は覆せず、さらには北米にてV作戦の成果であるRX-78-2とホワイトベース強襲揚陸艦が拿捕、鹵獲されたことで、軍内部での発言力の低下を危惧した宇宙軍によってさらなる新機体の開発が進められることになる。

 

 ジム·カニスは、JG型の中でも欧州のウェーナーテクス部隊(通称:猟犬部隊。後のティターンズ母体のひとつ)に配備された仕様である。欧州については、ジオンは占領計画の遅延と補給線の延長を懸念し、旧EU圏を諦めており、連邦にとっては数少ない自軍優勢な領土であった。(しかし隕石落下の影響で主要都市のほとんどが壊滅しており、残存する連邦軍は少なかった)

 

 もともと白人種主義が蔓延した欧州において、隕石落としによる反ジオン、反コロニー民思想が醸成されたなか、欧州方面軍は連邦の中でも独立した動きを取るようになる。それが後の反宇宙民排他組織ティターンズへと繋がっていくのであった。

 

 ジムJG型は近接戦闘を重視した設計ではあるが、高性能カメラアイとセンサーを持つことから狙撃手や夜襲などで活躍した。

 

 少数がジャブローでも試験製造されており、エグザンプルデータ収集後、ニューヤーク基地強襲作戦に参加、全機破壊されている。

 

 

 武装

 

 90mmマシンガン

 HWF社によって開発された新型のマシンガン。

 口径は100mmマシンガンから小さくなったが、新型炸薬を用いることで砲口初速が増し、ジオン公国軍MSの超硬スチール合金装甲に対して高い貫徹力を発揮した。

 

 頭部ヘッドギアーアーマー

 白兵戦を行うにあたって、メインカメラセンサーを防護するためにバイザーを追加。さらに高性能なセンサーを装備するため、頭部に関しては新規設計がなされている。

  

 ビームジャベリン

 ビームの出力を先端部に固定することで、エネルギーの消費を抑えつつ破壊力を増すことに成功した武装。投擲も可能でリーチがあるため、格闘戦においてドムのヒートサーベルよりリーチで有利と判断された。腰部に二本装備。

  

 シールドクロー

 ルナチタニウム合金製を表層に用いたスモールシールド。先端部に打突用のブレードが取り付けられており、このブレードは高圧電流を対象に流すこともできる。(スタンブレード)

  

 腕部ビームサーベルユニット

 ジェネレーターとコンデンサー直結型のビームサーベルで、右前腕部に固定装備されている。通常のビームサーベルと比べて出力は変わらないが、エネルギー伝達経路が直結式のため、連続稼働時間が伸長されている。武装の持ち替えをせずに瞬時に使用できるという高い利点があったが、欠点として内蔵型のために整備性がすこぶる悪かった。

 

 *

 

 ――『RGM-79[Es]ジム感応波通信試験タイプ改造型(サイコ・ジム)』

 

 ミノフスキー粒子が広く散布された戦場でのより正確な通信手段を模索して、ムラサメ研究所で造られたシステムを頭部と胸部コクピットに搭載したジム。

 

 実戦に投入するに当たって、装甲の増加など独自の改造が加えられている。

 

 サイコミュ自体は最初期のものであり、曖昧な思念を飛ばすだけのものでしかなく、その半径は500m程度でしかなかった。

 

 しかし亡命してきたクルスト・モーゼス博士のEXAMシステムの情報提供により、パイロットに敢えて強い精神負荷(特に殺意や怒り)を与えて催眠状態にすることにより、強いサイコウェーブを発することで、感受性の高い相手ならばニュータイプでなくとも威圧が可能となった。

 

 サイコミュ搭載型兵器としては最初期に属するもので、実用性や戦闘における有用性は低く、サイコウェーブも敵味方の認識ができないため部隊に組み込むことができず、失敗作とされた。

 

 共感力が低く、すでに犯罪を犯していた懲罰兵と組ませニューヤーク基地強襲作戦に参加。しかし破壊されている。

 

 





 次週から新章予定です。


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第6章
第135話 Side『宇宙の虎』


 

 ジオン突撃機動軍本部。

 

 フォン・ブラウンと並んで二番目の規模を持つ月面都市グラナダ。

 

 もともとサイド3建設用資材の打ち上げ基地であり、ジオ・マッド社の開発、生産施設が置かれた重要拠点である。

 

 そこにシーマは召喚されていた。

 

「海兵上陸部隊司令官代理シーマ・ガラハウ中佐。ご用命により出頭致しました」

 

 突撃機動軍本部の執務室。

 

 デスクに座った人物に向けてシーマは敬礼を取った。

 

「うむ。ご苦労だな」

 

 鷹揚にうなずく人物に、シーマは内心で舌打ちを起こしたい気分だった。

 

 突撃機動軍総司令キシリア・ザビ少将。

 

 これまでアサクラを通して自分たちに過酷な任務を与えてきた親玉である。

 

 部下に対するときもマスクを外さず、その表情は冷たい爬虫類を思わせる。

 

 才があるのは間違いないが、同じ女として気に入らない、とシーマは常々感じていた。

 

「まずは先だってのルナツー襲撃作戦ご苦労であった。お前の潜入工作員が持ってきた情報は実に有意義なものだったよ。ドズルからも礼がきている」

 

「は、はぁ」

 

 本部に呼ばれるのも、司令に直接会うのも初めてのことだ。戸惑いが強い。

 

 しかも、次はどんな小難しい命令を与えられるかと思っていたら、予想外の労いの言葉であった。

 

 長いこと上官があのアサクラであったため、面食らってしまうシーマであった。

 

「ルナツー内の構造も概ね把握できた。攻略時には実に有用となるだろう。よくやった」

 

「はっ!」

 

 ――今更持ち上げようってのかい? いったいどんなおためごかしさ。

 

「楽にして良いぞ」

 

 敬礼を解き、相手を見る。鋭い目がじっとこちらを貫くような光を投げかけていた。

 

 値踏みされているな、と感じながら緊張を悟られまいと、シーマは努めて無表情を装った。

 

「世辞は省こう。まず、本時刻を持ってシーマ・ガラハウ、貴様は大佐に任じられ、貴様が率いてきた海兵隊はこの私直属の部隊となる」

 

「は? このあたしが昇進?」

 

「不服か?」

 

「はい、いいえ少将! 格別のご配慮に感謝いたします」

 

 だが、言葉とは裏腹に内心では大して喜べない。

 

 おそらく、より面倒な任務を押し付けられることが想像できるからだ。

 

「感謝などいらん。お前たちはこれから更に過酷な任務についてもらうのだからな」

 

 案の定予測は当たっていた。

 

「どういうことでしょうか?」

 

「貴様は『LA2080−17BP』を覚えているか」

 

 少将の言葉に自身は記憶を探るシーマ。

 

「ラグランジュポイント……廃コロニー跡地ですか」

 

 大戦前、教導隊がMSの実戦練習場としていた場所の一つだ。

 

 サイド3の老朽化したコロニーがいくつか放棄された場所であり、実弾を用いた演習を密かに行った場所である。

 

 シーマを含めた海兵隊もそこで演習を行ったことがあるため覚えていた。

 

「そうだ。貴様たちにはそこに向かってもらう」

 

 シーマは違和感を覚えた。

 

 指令書もなく、ただ口頭だけの命令。しかも、その口調には有無を言わせない圧力があった。

  

「その場にて、海賊が発見されてな」

 

「宇宙海賊ですか。まさかアタシたちにその退治をしろとでも?」

 

 何かがおかしい。

 

 宇宙において連邦の閉め出しが成功した結果、各宙域の治安は急速に悪化した。

 

 その最たるのが、海賊連中だ。放棄された連邦の艦艇を奪取し、食料や資源を運ぶ輸送船を襲って略奪する。

 

 各コロニーはその対策に苦慮していた。

 

 だがそんなならず者たちを相手取るのに、自分たちのような特殊部隊を出すのはいささか過剰とも思える。

 

「不服か?」

 

 針のような視線と言葉が、飛んでくる。

 

 逆にシーマは反骨心が刺激された。

 

「お言葉ですが、アタシたちは鉢植えの鉢ではありません。あっちこっちと勝手に動かすだけで働くと思われるのは心外ですな」

 

「ほう」

 

 キシリアの反応は予想外なものだった。

 

 面白そうに目を細め、そのマスクを首元へと下ろしたのだ。

 



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第136話 Side『宇宙の虎』

 

「このキシリア・ザビの命令を了承できんと?」

 

「命令もなにも、指令書もないものにどう賛同しろと?」

 

 苛立ちを隠そうともせずシーマは正面から言い放ってやった。

 

 ――舐めてんじゃないよ。こっちにもプライドってもんがあんのさ! 

 

 これまでアサクラを使っていいように自分たちを使ってきた黒幕だ。ここで意趣返しをしてやる。無論、自身と部下の立場が悪くなるだろうが、元々海兵隊の面々は創設にあたって個人のIDすら消された札付きだ。

 

 もし放逐されるなら、このまま海賊にでもなってやる。そうシーマは考えていた。

 

「書面には残せない作戦ということだ。相手はただの海賊ではない」

 

「また後ろ暗い作戦だというんですかね」

 

「そうなるな」

 

 素直にキシリアは認めた。

 

 意外さにシーマは肩透かしを食らった気分だ。相手はこちらの態度に激昂するでも、冷たくなるわけでもなく、淡々としている。

 

 むしろ、向こうから一歩、こちらの心情に近づいたような雰囲気すら感じられた。 

 

「海賊といったが、その構成は我らジオン正規兵の武装と同等だ。およそ1個中隊」

 

「それは……」

 

 続く言葉を失い、シーマは口をつぐんだ。

 

「貴様が察した通りだ。我が軍の一部将校が造反し、同ポイントにある廃コロニーを占拠した」

 

「なるほど、それは書面には残せませんな」

 

 裏切り者の始末。

 

 何度か請け負ったことのある任務だ。しかし、今回は相手が中隊規模というのが異常である。

 

「海賊、ということにしているが、賊軍は自らを『真のジオンを憂う者』と称し、密かに廃コロニーに核パルスエンジンを取り付けている」

 

 シーマは驚愕した。

 

「まさかコロニー落としでもする気ではないだろうね!?」

 

「そのまさか、だよ大佐」

 

「馬鹿げたことを。狂ってるのかい!」

 

 隕石群の落下により、地球環境は壊滅的な打撃を被ったとされる。水と空気という人類に不可欠な資源を汚染したジオンに対して他コロニーだけでなく、国内の自然愛好者(ナチュラリスト)どもからの非難の声は決して少なくない。

 

 連邦憎しというコロニー民の感情と、ジオン優勢の状況にあって、各コロニー間の経済交流が活発化していることでそれらの声は抑えられているが、もしもさらなる地球への打撃が行われれば、世論がどう沸騰するかわからなかった。

 

「南極条約があるでしょうに。なんだってそんな――」

 

「やつらテロリストにとって、そんなものは意味を持たんということだ」

 

「相当数の仲間が地上にいるのに、今更落とす必要があるとは」

 

「貴様の言を借りなら、狂っているのだよ、ヤツラは」

 

 上官の前ではあるが、シーマは抑えられずに舌打ちを返した。

  

 テロリストの鎮圧ならば、自分たち海兵隊を使わずとも十分使える手駒がキシリアの手元には大勢いる。それこそ、キシリア本人に忠誠を誓っている特殊部隊がいくつもあるほどだ。

 

 信用度という意味なら、そうした部隊を使う方がよいだろうに。

 

 わざわざ海兵隊の中でも曰く付きの自分達を直轄部隊としただけでなく、昇進させてまで釣る必要があるのか。

 

 この女狐はまだ大事なことを話していない。そうカンが告げている。

  

「貴様は軍人として優秀だが、直情傾向があるな。軍で上に立つつもりなら、女は捨てることだ」

 

 ――余計なお世話なんだよ! 上から気取りやがって。

 

「申し訳ありません。育ちが悪いもので」

 

「良かろう。お前の気骨は評価する。まだ知りたいことがあるという顔だが?」

 

「はい。テロリストを鎮圧するのは構わんのですが、なぜ我々なのでしょうか? コロニー落としなんぞ仕掛けようという連中です。外部に情報が漏れるのもまずいのでしょう?」

 

「貴様たちの実力を正当に評価したというのでは不服か」

 

「……軍で、あたしたちがどのような評価を受けているか知っているでしょうに」

 

 ジオン軍の汚れ役。派閥政争の道具として、大戦前から同胞すら始末してきた。反ギレンを掲げる国民を、1つのバンチごと虐殺した。

 

 自ら望んだものではない。すべて上からの命令を、歯を食いしばりながら遂行したものだ。

 

「……テロリストどもは、『真なるジオン』を名乗っている」 

 

 それがどうしたというのだ。

 

 そこまでで、シーマの脳裏に1つの可能性が浮かび上がった。

 

「まさか、ダイクン派ですか?」

 

「そのまさかだ」

 

 過去から迫りくる悪寒が、シーマの全身を這い回る。

 

 



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第137話 Side『宇宙の虎』

 

 大戦前。

 

 ジオン興国の父、ジオン・ズム・ダイクンが何者かに暗殺された後、ザビ家が政治の実権を握った。

 

 それを良しとしない派閥や一部過激な大衆が、サイド3のとあるバンチにて、数万人単位の決起集会を行うという情報を得た軍部は、シーマたち海兵隊に残虐な司令を下した。

 

 バンチコロニーに鎮静用の催眠ガスを流し込み、暴徒を一気に鎮圧させる。

 

 催眠ガスといっても毒物だ。身体に合わなければ死者もでる。集会参加者だけでなく、そのバンチに住まうただの住民すら巻き込むものだ。

 

 それでもシーマたちはその任務を遂行した。

 

 拒否権はなかったし、断れば生命を奪われていたかもしれない。

 

 だが、実際は催眠ガスではなく、致死性の毒ガスであった。

 

 目の前で人形のように人が倒れ、死んでいく様は、今でもシーマの脳裏に焼き付いている。

 

「貴様は、以前ダイクン過激派の鎮圧作戦に従事したことがあるな」

 

「はい。それは――」

 

 何を言おうとしたのか、自身でもわからず、シーマは口を閉じた。うまく舌が回らない。

 

 冷たい汗が肌を滑っていく感覚がする。あの日の出来事が、目の前で再現されて行くような錯覚を、シーマは頭を振って追い出した。

 

「突撃機動軍の部隊統廃合が決定している。少なくない数の人員が地上に降りる手筈だ。今回のように、大規模でありながら表に出せない事情をこなせる部隊は、お前のとこしかないというわけだ」

 

そういうこと(・・・・・・)ですか」

 

 ――任務に失敗したら、アタシらに全部おっかぶせるつもりだね!

 

 シーマは軍を信用していない。

 

 自分の部隊にいるのは、札付きだらけだ。死刑を免れるために軍属となった者も多い。

 

 統率力を少しでも上げるため、全員の出身地がマハルコロニーでまとめられている。

 

 マハルはジオンでも屈指のスラムコロニーであり、ズムシティに暮らすようなことはできない貧乏人たちが集う場所だ。

 

 つまり、ザビ家の連中にとっていつ捨てても惜しくない石ころでしかないのだ。

 

「ふむ、貴様はアサクラの元でだいぶこき使われていたようだな」

 

 シーマは答えない。

 

 そうした命令を出していたのはアンタだろうに、と相手の顔を見た。

 

「そのアサクラだがな、こたびのテロリストどもに我が軍の情報を流した疑いがある」

 

「は?」

 

「既に捕縛されている頃だろうな。奴はすべてお前たちが勝手にやったことだとするつもりだったようだが」

 

「あの野郎!」

 

「こちらとしても、優秀な人員を失いたくはない。よって、先にお前たちを手許に寄せたというわけだ」

 

「ああ、もう!」

 

 シーマは腹立たしさに任せて髪をかきあげた。

 

「失礼な態度をとっているのは承知していますが、少将、はっきり言ってください。アタシらは軍人ってより海賊に近いもんだ。政治なんてもんはわかりません。そんな思わせぶりな言い方じゃあ、理解なんてできんのですよ」

 

「言葉に嘘はない。貴様たちにはこれから、ダイクン過激派との闘争に使わせてもらう。私が思った以上にヤツラは軍内部に入り込んでいてな。これまで直属であった精鋭部隊といえど信用できんのが実情だ」

 

「だからアタシたちだと。過去にダイクン派を虐殺した、アタシたちなら、敵に与しないと」

 

 ダイクン派の天敵。理想主義者の多い派閥だ。憎まれこそすれ、その息がかかることはないということだ。

 

「そうだ。そして、虎を躾けるには首枷がいるだろう」

 

 部隊内には、家族を人質に取られているものも多い。反抗すれば即座に伝わると、キシリアは言った。

 

「はっ! よっぽどわかりやすくなったね! 外道には外道をぶつけるってわけだ!」

 

「お前が、お前たちが軍をどう思っているかなど知らん。信賞必罰は軍の習いだ。功績を見せよ。さすればサビ家はそれに見合った報酬を約束してやる」

 

 キシリアからの挑むような言葉に、シーマは笑った。

 

 獰猛な、飼い主の首筋にすら噛みつかんとするような、虎の笑みだった。

 



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第138話 Side『宇宙の虎』

 

 少将直轄というのは伊達ではなかった。

 

 先の作戦で消耗した以上の物資が補充されただけでなく、グラナダにて、新型のザンジバルⅡ級を受領した海兵隊は、慣熟航行を名目に作戦領域へと向かっていた。

 

 旗艦リリー・マルレーン。 

 

 古巣であった艦と同じ名を引き継いだこの艦の艦橋にあって、シーマの心は晴れない。

 

 キシリアはこちらの恫喝じみた態度に怯むこともなく、ただ冷たく任務遂行と、失敗時はこちらの首を切ると宣言した。

 

 つまり、テロリストによってコロニーが大質量兵器として使用された場合、そのテロリストと共と同じく全員を消すということだ。

 

「せっかく新造艦まで貰って昇進したってのに、浮かない顔じゃねぇですかシーマ様」

 

「大佐と呼べデトローフ!」

 

 自身の副官で艦長でもある男を一喝し、シーマは鼻を鳴らした。

 

 コロニーを使ったのは海兵隊を含むテロリストたちの独断。

 

 失敗すればそうなる。

 

 だがそれをする必要はなんだ?

 

 ずっと考えていた。

 

 首を切る必要があるのならば、わざわざ直轄部隊に任じる必要はない。

 

 今まで通り別の仲介役を置いて、ただ命令だけを下せばいい。いざというときはそいつ共々捨て去ればいいだけだ。

 

 このテロリストの存在が明るみに出れば、そして自分たちが失敗してコロニー落としなど行われれば、彼女(キシリア)は確実に政治生命を絶たれることになるだろう。

 

 こちらを切り捨てるつもりなら、なぜわざわざ紐付けなどしたのか。

 

 ――少将は、ギレンと折り合いが悪いって聞いたことはあるが。見せかけだけか?

 

 政治というやつはいつだって複雑だ。一介の兵士でしかないこちらには、何も伝わるものはない。

 

 誰かの手のひらの上で踊らされているという事実が、シーマにとってはひどく不快だった。

 

 艦橋のドアが開き、男が入ってきた。

 

「大佐殿、そろそろ宙域に着くと思われますが」

 

「まだ時間はある。おとなしく座ってな、大尉」

 

 長い銀髪を後ろで結ったヘアースタイルの美丈夫だ。

 

 精悍すぎる顔だちと身に纏う雰囲気が、年齢よりも老成した人物であるように周囲に見せている。

 

 銀髪の男――アナベル・ガトー大尉は敬礼をすると、ゲスト用の席へと腰を落ち着けた。

 

 ――肝が座ってんじゃないか。

 

 クルー全員の敵意を込めた視線が、ガトーに投げつけられる。中にはこれみよがしに舌打ちをこぼす者までいた。それらのすべてに気づいているだろうに、男は微動だにもせず、ブリッジの強化ガラスの向こうの宇宙を見つめていた。

 

 シーマは視線だけで部下の軽はずみな行動を掣肘すると、自らも舌打ちしたい気分を追いやった。

 

 この大尉は、急遽、宇宙攻撃軍から派遣されてきた人間だ。

 

 ソロモンの第302哨戒中隊の隊長を務めていた男。

 

 件のテロリスト軍には、この第302哨戒中隊のメンバーの大半が参加しているという。

 

 中隊隊長であったアナベル・ガトーは部隊からの信頼も篤く、賊軍に誘われもしたが、その人物を粛清したのだそうだ。

 

 つまり今回のテロリスト軍の動きは、このガトー大尉からもたらされたものであった。

 

 そして、自らの身の潔白と、旧友ともいえる部隊員の説得を願い出てここにいる。

 

 要は今回のお目付け役と言えた。

 

 ――ったく。諜報部は何やってんだい。

 

 廃棄されたコロニーといえど、占拠されるまで気づかないなんてどうかしている。

 

 それとも、諜報部にまでダイクン派が喰らいこんでいるのか。

 

 ――気に食わないね。ああ、まったく気に食わない。

 

 自らが出すピリピリとした空気に、デトローフが肩を竦めるのを横目にして、シーマは前方の暗い深淵をにらみ続けるのだった。

 

 

  







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第139話 Side『宇宙の虎』

 

 シーマ艦隊がテロリスト鎮圧のために『LA2080−17BP』に向かった日よりも数日前。宇宙世紀0079、10月。

 

 その報はドズル中将よりグラナダにもたらされた。

 

「火急だぞキシリア!」

 

「突然ですな兄上。秘匿回線まで使っての緊急呼び出しなど」

 

 マスクを下げ素顔を晒しながら、キシリアはモニター目いっぱいに映る次兄の顔にやや気圧された。

 

「報告は聞きましょう。まずは落ち着いて話していただきたい」

 

「そんな悠長なことをいっとる場合ではない!」

 

 今度は机を叩くドズル。彼の隣りにあったジオン紀章の入ったマグカップが勢いで跳ねあがったのを見て、キシリアは思わず自身のデスクにある水差しを見てしまった。

 

「造反だ! ソロモン第302哨戒中隊が本要塞を離れて単独で行動しとる!」

 

「中隊が丸ごとですか?」

 

「いや、半数だ。だが、奴らは『真のジオン』を名乗って行動している。部隊長のガトー大尉が突き止めた」

 

『真のジオン』は諜報部でも追いかけている符牒だ。

 

 ダイクン過激派を核とした、ニュータイプ信仰宗教に近い。軍内部にシンパが多く。その実態を把握しきれていなかった。

 

 ザビ家が実験を握るに当たって、当時の過激派達に対しては、徹底的に粛清を行ったが、どのような網でもほつれはあるものだ。

 

 そして宗教(カルト)というのは感染症のように一人から複数へとじわじわと広がっていく。

 

「隊長が突き止めたと言いましたな」

 

「アナベル・ガトー大尉だ。中隊長を務めていたが、『真のジオン』への合流を求められたそうだ。接触してきた部下を射殺し、さらにMSを奪取した賊を追ったが、逃げられた。やつら、12機ものゲルググを奪っていきおったのだ!」

 

「兄上、そちらで連絡の取れていない部隊はいかほどお有りですか?」

 

 キシリアは考える。

 

 ここへ来ての強引な離脱。

 

 何か大きな動きを起こす前触れであろう。

 

 存在は把握していたが、まさか大戦中に動くとは思いもしなかった。彼らとて連邦からの独立は、故ダイクンの悲願でもあるはずだ。

 

 連邦との諜報戦で諜報部が疲弊している隙をつかれた。

 

「……わからん。ミノフスキーの影響で確認のできていない部隊は少なくない。現在だけで定時報告のないものは10に上る。もしそれらがすべて造反となれば、規模としては一個大隊に届くだろうな」

 

「まさかそこまでですか。そこまで大々的な動きが、我らの耳に入らないとは」

 

 キシリアは唸った。

 

 これは諜報部にもダイクン派が食らい込んでいると見たほうが良さそうだ。徹底した人員の粛清をキシリアは決意する。

 

「問題はそれだけではない。接触してきた人間からガトーが手に入れた情報によると、ヤツラの集束場所はここだ」

 

 端末に送られた座標に、キシリア柳眉を歪めた。

 

 モニター先のドズルも苦々しい顔を消そうともしない。

 

「……廃コロニー群。賊はコロニーを兵器として扱うつもりか」

 

「にぶい俺でもわかるぞ。一個大隊程度の戦力でクーデターなどできるわけがない。それに、ヤツラは『独裁者ザビ家に天誅を』と宣っていたそうだ」

 

「天誅……地球にコロニーを落とすつもりかもしれませぬな」

 

「大戦前に、作戦部がたてたプランXだな」

 

 ギレン総帥の一声によって却下された作戦であるが、開戦前に作戦総本部が提示したもののなかで、もっとも過激なもの、それがプランXであった。

 

 サイド5を含む各コロニーを電撃的に襲撃し占拠。コロニーそれそのものを大質量兵器として地球のジャブローに落とす。

 

 この、行われていれば間違いなく人類史最大級の非道と誹られる作戦は、当時のジオンと各コロニーの経済関係と、ギレン

 総帥が提唱した『コロニー経済圏構想』に反するものとして破棄された。

 

「今コロニーを兵器として使おうものなら、ここまで練り上げたコロニー間との関係が白紙に戻りかねません」

 

「狂気の沙汰だ。だからなんとしても止めねばならん! 俺はこれより討伐部隊を率いて出撃する! キシリア、貴様は兄上にこのことを報告してくれ!」

 

「お待ち下さい!」

 

 素早く思考をめぐらし、キシリアはドズルの行動を制した。

 

「総帥への連絡はなりません。これは我らだけで抑えねばならない」

 

「バカを言うなキシリア! 保身のつもりか!?」

 

「まさか。奴らの目的がコロニー落としであるにせよ、そうではないにせよ、ここへきて軍の内乱など他国に知られるわけにはいきますまい。ジオンはザビ家により強固に統率されている。だからこそ、宇宙はまとまっているのです」 

 

 だが大規模な内乱となれば、不安定な戦況のなかで連邦へ日和るサイドも出てくるだろう。そうなれば天秤がどう傾かしれたものではない。

 

「なにより、大規模な軍を動かすことはできますまい。連邦だけでなく、他サイドも刺激することになる」

 

 ソロモンにもっとも近く、まとまった軍力をもっているのはサイド4のムーアだ。

 

 特に現首長であるフレミングは連邦寄りだ。息子も連邦士官になっていたはず。隙を見せれば一気にソロモンを抜け、本国まで叩かれかねない。

 

「ソロモンの守りは必要です。ならば、少数精鋭で叩くしかないでしょう」

 

「ならばなおさら、兄貴に――」

 

「部隊は私の方で。もともと隠密に長けた人員を揃えております」

 

 ドズルは押し黙り、じっとキシリアを睨みつけた。

 

「キシリア……妹よ、まさかお前――」

 

「ええ。万が一鎮圧に失敗すれば、すべて私が被りましょう。我らはまだ、兄上を失うわけにはいかない」

 

 そう告げるキシリアの脳裏には、自身が士官学生であった頃

 にギレンとかわした光景が思い出されていた――。 

 

 



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第140話 挿話『在りし日の』

 

「キシリアよ、お前は夢を見たことはあるか?」

 

「夢、ですか?」

 

 夏の日。ザビ家本宅庭園。士官学校の休みに短い帰省をしていたキシリアは藪から棒にギレンに言葉を投げかけられた。

 

「私とて人ですよ。寝れば見ることもあります。理想という意味ならもちろん持っております」

 

「言葉が悪かったな。正夢、というやつだ」

 

「はぁ」

 

 長兄は優秀である。

 

 高い知力と知見、そして己の理想を実現するために行動する力をもった、ザビ家の傑物。

 

 若くして父デギンの秘書として政治を学びながらも、今では政策に積極的に関わり、着実に実力をつけてきていた。

 

 幼い頃は強い対抗意識を燃やしたものだ。自分とて優秀であると。女であっても、政治を引っ張るだけの器を持つと。

 

 今では兄はザビ家において自身の最大の理解者でもあった。

 

 女の身ながら軍に入ることを決意した自分を、力強く後押ししたのも兄である。

 

「繰り返し見る夢があってな」

 

 兄の顔には自嘲めいた笑みが浮かんでいる。自分自身、らしくない話だと捉えているのだろう。

 

「ジオン独立をうたい、連邦に宣戦布告を行った。数で勝る奴らを討つために、地球にコロニーを落とす」

 

「我らの大地を地球に……過激でありますね」

 

 夢の話だ。だが連邦と対峙するならばそれほどの非道を行わねば勝つことも叶わないかもしれない。

 

「だがそれでも連邦は屈せず、我らは死力を尽くし、総力を挙げるも敗北する。ザビ家も、ダイクン家も潰える。40億人という人の命を消し去ってな」

 

「悲観に暮れ過ぎですね。夢は夢です」

 

 兄らしくない話だ、とキシリアは思った。自身から見た兄は泰然としており、このような不安定な話をするような人物ではなかった。

 

「お疲れなのでしょう。しばし静養をなさっては?」

 

「それでも時代は続く」

 

 兄はこちらの言葉を無視して続ける。

 

「連邦はスペースノイドの弾圧と統制を強め、棄民政策をより増長させる。一人の特権階級を生かすために、数万人という人間を虐殺してな。そして、単に夢であると一笑するものでもあるまい。このまま連邦が世の政治を握っていれば、いずれ起こる未来と言えなくもない」

 

「考えたくもない未来ですね」

 

「為政者というのは、常に未来図を描かねばならない。人類は増えすぎた。いずれどこかで間引きをせねばならん。だが、その線引は誰がやるのか」

 

「兄上、まさか」

 

「これよりザビ家100年、宇宙世紀の中心に立つには誰かが礎とならねばならんだろう」

 

「……落とすおつもりですか?」

 

 もしもそうだ、と答えるなら、兄と自分はここで道を分かつだろう。そう確信した。

 

 大量殺戮者、そんな汚名でザビ家の正統を汚す訳にはいかない。なんとしても、止めなければ。

 

「いや。お前の言ったように夢でしかない。だが、その時が来たならば、正夢にもなろう。だからお前には、ザビ家を守るために将校となってもらい、私の跡を継いでもらいたい」 

 

 その言葉は、キシリアにとって何よりも重く全身にのしかかってきた。

 

 物理的な圧力さえ感じて、キシリア自身が細身の女であることを悔いた。

 

「私では……背負えますまい」

 

 自らの台詞に、悔しさが込み上げ、肩が震えた。

 

 兄は、自らを時代への生贄とするつもりなのだ。

 

「これは親父とも話し合ったことだ。その時が来たならば、お前は我らの屍を踏み越えていけ。公国の意志を、未来にまで繋げるのだ。できるな?」

 

「士官学校に入りたての、若造にする話ではありませんな」

 

「夢の話だ。夢の、な」

 

 そう言った兄は初めて笑った。

 

 家族でも滅多に見ることのない、本心からの笑み。

 

 それはどこか少年じみており、その屈託のなさが、キシリアの脳裏に鮮烈に焼きついたのだった。

 



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第141話 Side『宇宙の虎』

 

 閃光が迸る。

 

 メガ粒子の光条が、漆黒の宇宙を縦横に飛び交い、大小の爆発が立て続けにこちらの網膜を焼いていく。

 

「左翼弾幕薄い! これ以上寝ぼけたことしてんなら、そのケツにミサイル打ち込んで撃ち出してやると伝えな!」

 

 動きの鈍い味方をシーマは殴り飛ばしてやりたい気持ちだった。

 

 作戦宙域に到達した瞬間、大量のミノフスキー粒子によるジャミングと、ムサイ級6隻からなる部隊の襲撃を受けた。

 

 勧告などあらず、相手は事あるを予想して待ち構えていたのだ。 

  

「このシーマに楯突こうってのが気に要らないね!」

 

 激情家な面のある彼女は、苛立ちをこめて吐き捨てた。

 

 敵の規模は予想よりも大きい。

  

 相手はコムサイやパプアといった艦も見受けられ、非正規部隊でありながら、出撃したMSの数も多かった。

 

 敵のMSはほとんどが、いまや旧式と呼ばれるようになってしまったザク2F型であり、こちらのゲルググとは性能差に大きな隔たりがある。

 

 しかし敵は宙域に漂うデブリを利用しつつ、こちらの艦隊へと距離を詰めてくる。

 

 一方、待ち伏せを受けたことで初動の遅れた海兵隊は、MSの展開が遅滞したことで防戦に手一杯であった。

 

 伏兵があることは予測していたが、啓開に人員を割く余裕はなかった。

 

 なぜならば、キシリアが言う通り奴らが廃コロニーに核パルスエンジンを取り付けていれば、作戦は時間との勝負になる。

 

 エンジンの取り付け阻止。それができなければ、コロニーに潜入して、大量の爆薬による爆破解体をしなければならない。

 

 目的のために多少の出血は承知の上であったが、相手の練度が思った以上にいい。

 

 通信もままならないミノフスキーの海で、連携の取れた動きをしている。

 

「やっぱりこいつらは連邦じゃないね」

 

 戦術はジオンに近い。情報通り、正規軍の中から裏切った者たちのようだ。

 

「4番艦撃沈!」

 

 通信士の悲痛な声に、今度こそシーマは舌打ちを返した。

 

「どっからだい!?」

 

「デブリ帯からです! 高出力のビームを確認!」

 

「アイツら、まさか空間移動砲台(スキウレ)まで持ち出してんのか!?」

 

 スキウレは、ムサイなどに使われるメガ粒子砲を転用して、MSが搭乗して使用可能な火器として最近開発されたものだ。

 

 核融合炉のジェネレーターを内蔵をし、スラスターによる移動も可能である。

 

 デブリからの狙撃なら、戦艦によるものではないだろう。その巨体を大小様々な無数のゴミが漂う場所に置くほど酔狂に富んだ人間は居ない。自分が新しいデブリになってしまうからだ。

 

 実際にスキウレを使ったかは定かではないが、コンピューター任せの狙撃も不可能なこの環境で、戦艦を一発で撃ち落とすなどどれほどの腕を持ったスナイパーだ。

 

 テロリスト集団の戦闘力を侮っていた一刻前の自分の顔を殴ってやりたい、とシーマは思った。

 

「大佐、私もMSを使わせてもらいたい」

 

 ガトー少尉の申し出に、シーマは露骨に顔をしかめた。

 

「少尉、アンタはうちらのお目付け役だ。この乱戦じゃ、部下を探して説得なんてできんだろ。大人しくしときな」

 

 万が一にでも彼に死なれてしまっては困る。

 

 もしものとき、海兵隊が裏切ったわけではないという証人になってもらうためだ。

 

「しかし狙撃兵は厄介でしょう」

 

「まさかデブリ帯に突っ込むとでも? 尚更許可はできないね。そもそもこの環境での狙撃など、そうそう当たるもんじゃ――」

 

 言いかけた瞬間、船体が揺れた。

 

「どっからだい!?」

 

「左舷第4ブロック被弾! デブリ帯からのメガ粒子砲!」

 

「馬鹿な! あの距離で!?」

 

 艦は止まってなどいない。誘導装置も効かない環境では、本来掠らせるのも難しいはずだ。

 

 さらに状況は悪化する。

 

「シーマ様! 目標が移動を開始しています!」

 

 エンジンを取り付けられた巨大なコロニーの残骸が、後部から青白く焚かれたスラスターの火を見せ移動を始める。

 

「ああくそ!」

 

 シーマは髪をかきあげた。

 

 すべて後手に回っている。

 

 敵の防衛線は堅牢で、突破するにはまだ時間がかかる。

 

 ――どうする?

 

 移動を始めたコロニーはそう容易く止まらない。宇宙空間は無重力といえど、質量までなくなるわけではない。膨大な質量をもつ物体を動かすには、それと同等以上の推力が必要となる。

 

 艦隊すべてのメガ粒子砲とミサイルを撃ち込んだとしても、どうにかなるかわからない。

 

「ガトー少尉、MSに乗るならあたしのゲルググに乗っていきな」

 

 申し出にガトーは驚く。

 

「ハンガーに連絡。出撃待機しているパイロットはいるかい!?」

 

「はっ! ニードル伍長が補給のために戻って、待機しておりますが」

 

「アイツか」

 

 一瞬ためらう。

 

 ニードルは自身の部下の中でも、とりわけ下品な男だ。だが、実力は高い。

 

「繋ぎな! 急げ!」

 

「はっ!」

 

 艦橋モニターにMSコックピットに座る、男の顔が映った。

 

「へい、シーマ様、なにか御用ですかい?」

 

「うるさい。大佐と呼べ! これからアンタにはお客(ゲスト)をエスコートしてもらうよ」

 

「はぁ? なんですそりゃあ」

 

 醜悪とも見れる顔にはりついた目をギョロリ、とニードルは剥く。別段威圧しているわけではない。生まれつきの顔だ。

 

「デブリ帯に潜んだ狙撃兵が厄介だ。これからガトー少尉があたしのゲルググでそいつを始末に行く。アンタは露払いだよ」

 

「宇宙軍のボンボンの世話ですかい?」

 

「任せたよ。異論はないだろ」

 

「シーマ様の命令なら、やりますよ」

 

 肩をすくめる姿を映して通信は切れた。

 

「大佐、私なら一人でも問題はありませんが」

 

「こっちに問題があるのさ。宇宙軍、ドズルの大将の部下を一人で死なせたとあっちゃ、あたしらの悪名にさらにハクがついちまうからね。それとデトローフ!」

 

「はっ!」

 

「非戦闘員を脱出艇に移しな。これからリリー・マルレーンで海賊戦に移るよ!」

 

 

 



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第142話 Side『宇宙の虎』

 

 海賊戦。

 

 要は突撃だ。

 

 戦術戦略もあったものではない。

 

「本気ですかい?」

 

「コロニーは動き出した。時間がないんだよ」

 

 廃コロニーの行き先はまだわからない。

 

 キシリアが想定したとおり地球かもしれないが、そこにたどり着くまでにはかなりの距離がある。

 

 ここからもっとも近いのはサイド3であり、もしこの質量の物体がコロニー群にぶつかれば生まれたデブリで祖国は壊滅的被害を被るだろう。

 

 保有する核ミサイルを使えば吹き飛ばすことも可能だが、それでも生まれた衝撃波は消せない。

 

 ルウム宙域で連邦が放った核により、サイド5は致命的ともいえる被害を受けたのは記憶に新しいことだ。

 

 他サイドの宙域で迎撃したとしても被害は同じ。

 

 1億を超える人の命が、無慈悲な真空の中へと放り出されることになる。

 

 そして総延長20キロにもなる鉄くずが地球に落ちれば、さらなる環境災害を引き起こすことだろう。

 

 そうなれば、連邦もジオンも、ルールのある戦争などと建前を言ってはいられなくなる。それぞれの資源を根こそぎ奪いさるまで戦う殲滅戦だ。

 

「だから、潰すならここしかないんだよ」

 

「無茶が過ぎますぜ! まだ敵の数は多い!」

 

「時間との勝負さね! 最悪、ぶつけた艦のエンジンを暴走させて爆破する」

 

 デトローフは絶句する。

 

「それは……」

 

「なんだい。またあの日の地獄(・・・・・・)を見たいって言うのかい」

 

 シーマの言葉に艦橋は静まり返った。

 

 この艦に搭乗する乗組員は、海兵隊設立からのメンバーであり、件のダイクン過激派鎮圧作戦において、知らされぬまま、コロニー1つを毒ガスで死滅させた人員だ。

 

「今度は毒ガスなんて比じゃないほどの人が死ぬんだ。ここで尻尾巻いて逃げりゃ、アタシたちは今まで以上に後ろ指指される人間になる」

 

「……わかりました。シーマ様がそう命令されんなら、俺らは付き合いますぜ」

 

 シーマは頷くと、ガトーの方へと改めて向き直った。

 

「そういうことだ少尉。出撃したらこの艦には帰ってくんじゃない。後方のパプアに戻って離脱しろ。それと、機体は貸すだけだ。必ず無傷で私に返せ。いいな?」

 

「はっ! アナベル・ガトー少尉。命令を受諾しました」

 

 こんな時でも堅苦しい表情を消さず敬礼する気障な男に、シーマは苛立ちが止まらない。どこまでも気に食わないやつだ。

 

「あんた、いい男だね(・・・・・)

 

「はっ! ありがとうございます!」

 

 こちらの皮肉にすら生真面目に返してくる相手に、さっさと行けと手を振り退出を促す。

 

「デトローフ味方に信号を送りな! リリー・マルレーンの両翼囲むように配置。左右の盾にして突っ込む!」

 

「アイアイサー!」

 

 クルーは優秀だ。

 

 やると決めれば細かい指示を飛ばさずとも、必要な行動をテキパキと行い進めていく。

 

「シーマ様もノーマルスーツを着てください」

 

「非戦闘員は脱出艇に乗ったか?」

 

「いや、結局一人も降りませんな」

 

「なんだ、バカばかりか」

 

「なにせ艦長が敵に正面から突進するバカですからな」

 

「言うじゃないかデトローフ」

 

 シーマはにやり、と笑うと副官の脇腹に拳を叩き込んだ。

 

「今度の格闘戦訓練でたっぷり揉んでやるよ! そうすりゃ、お前らのたるんだビール腹も少しは引き締まるだろうさ!」

 



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第143話 Side『宇宙の虎』

 

 ガトーがこの作戦に志願したのは、離反した部下をこの手で粛清するためでもあった。

 

 彼らがMSを持って造反する際、寝返りを持ちかけられた。

 

 持ちかけてきたのはルウム戦役以後に配属となったまだ若い士官で、自分以上に生硬な表情の男だった。

 

 生真面目な性格であり、部隊の中では長距離狙撃に長けた技量をもつパイロットだった。

 

 デブリ帯からの狙撃と聞いて、彼のことが思い出された。

 

『隊長も我々とともに、ジオンの正統を正しませんか』

 

 そう告げた彼は、今のジオンは簒奪者であるザビ家が独裁を敷いており、当初ダイクンが目指した宇宙民の自治独立を始めとした、人類の革新を目指す国家とはおよそ似つかない方向へと向かっているという。

 

 それを正道へと戻すため、廃コロニーを地球へと落とす。

 

 気が狂っているのか! とガトーは唾棄した。

 

 自分たちが生まれ育った大地とも言えるコロニーを、地球へと落とすなど、そんな悪魔じみた所業を受け入れるわけにはいかない。

 

 だが、彼を始めとした面々はそれをする権利が自らにある、と信じて疑わなかった。

 

『しょせんはオールドタイプ(旧い人種)。我々とは相容れない』

 

 そう告げた部下は、去っていった。

 

 あの時止められなかった自身の不始末にケリをつける。そのためだけにガトーはドズル中将へ頭を下げ、海兵隊による討伐任務に志願したのだ。

 

「海兵隊はあまり良い噂を聞かんが」

 

 曰く、軍紀を逸した行動言動が多い。

 

 曰く、全員が元犯罪者などで構成された懲罰部隊である。

 

 宇宙軍とは指揮系統が異なっているためか、悪評ばかりが目立つ。

 

 極めつけは、大戦前にムンゾにあるバンチコロニーで起こった反ザビ家運動だ。当時かなり大規模なデモであったが、これを海兵隊は毒ガスを使って鎮圧した。

 

 いや鎮圧などという生易しい言葉ではない。まさに虐殺したのだ。

 

 事前に住民へ他コロニーへの避難勧告が成されていたものの、避難せずに残った住民を保護するわけではなく、諸共に毒殺した。

 

 この事件は公には発表されず、激発性の伝染病によるものであるとされた。

 

 軍の栄光を汚した爪弾き者。

 

 それが、これまで抱いていた海兵隊の面々への印象であった。

 

 だが、実際に会ってみれば彼らは純然な軍人であった。

 

 確かに無頼な面が目立ち、排他的なところがある。だがそれは、これまで行ってきた作戦と、悪評により周りから距離を取られた結果、身についた習性ともとれた。

 

 事実、ガラハウ大佐の下で厳格な規律により統率されている。

 

 そしてパイロットの腕もいい。

 

 デブリの群れを高速で駆け抜ける自分の背後に、ぴったりとついてきている。

 

 それどころか、こちらの一挙手一投足を見逃さず、不審な動きをすれば背中から撃つという様子さえ見えた。

 

 彼は監視役なのだ。

 

 自分がテロリストと接触があったのは事実、そして、長距離での敵の狙撃が成功したことにより、何らかの方法で艦の位置を相手に送っているのではないか、と疑われたのだ。

 

 自分が汚名を被せられる側となって、見えてくるものもある。

 

 艦橋でのやり取りは、ガトーにとって、彼ら海兵隊は信用に値するものだという確信を抱かせるのに十分であった。

 

 彼らは彼らなりの矜持をもち、ジオン軍人として任務にあたっている。

 

「ならば私も、その行動を持ってあたるのみ」

 

 スロットルペダルを強く踏み込む。

 

 僚機はぴったりと背後を捉えている。並のパイロットではこうはいかない。

 

 大小様々なデブリ、それこそレーダーでは捉えられないほど微細ものでさえ、当たればこちらの損傷は免れないのだ。普通ならば加速をためらう。したとしても、障害物を避けきれずに、自らがデブリとなることだろう。

 

「宇宙軍の旦那、敵さんの隠れてる場所にあてでもあんのかい?」

 

 近距離通信にノイズ混じりの濁声が届く。後方を追尾する僚機からだ。

 

 確かニードルという名前であったな、と考える。

 

 主戦場を外れたせいか、ミノフスキーの濃度が薄くなっているようだ。

 

「このデブリ帯はそう広くはない。ましてやMSの巨体を隠せるものは限られている」

 

「スナイパー相手に虱潰しかよ。とんだ任務だぜ」

 

 上官相手に呆れを隠さない返答。

 

 以前ならば眉をしかめたかもしれない。だが今は気にもならなかった。彼はできない、などと言っていないからだ。

 

 前方、宙を漂う残骸から、青白い光が飛び立つ。

 

 スラスターの光だ。

 

 次の瞬間、ガトーのコックピットにアラートが鳴り響いた。

 

 



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第144話 Side『宇宙の虎』

 

 ミノフスキー粒子下でも、極短距離ならば赤外線レーザーによるロックオンは可能だ。

 

 自身の機体が背後、ニードルの機体からのロックオンを感知してアラートを鳴らす。

 

 考えるよりも先に咄嗟にペダルを踏み込み、機体を横にいなした。

 

 瞬間、さらに前方、コロニーへの電力供給用太陽電池パネルの残骸から放たれた光条が、今まで自身がいた場所を貫いていく。

 

 すでに僚機のロックオンは外れていた。

 

 ――ビームに気づかせるために敢えて向けたのか。

 

 いつの間にかミノフスキー濃度が上がっている。通信不可能と考えての行動だろう。

 

 荒っぽい注意喚起だが、助かったのは事実だ。

 

 敵のザク高機動型が近づいてくる。

 

 狙撃ポイントであった残骸から外れるように迂回しつつ、こちらの側面を叩くつもりのようだが、すでにスナイパーの位置が露呈した以上、その動きは囮の役を担えない。

 

 ニードルが前に出た。

 

 マシンガンを撃ち放ち、進行方向を阻害し動きを限定する。

 

 そこをガトーはビームライフルの一射で沈めた。

 

 よく訓練されている。

 

 教練通りと言えばそれまでだが、実戦でマニュアル通りに動けるということは、それだけ場数を踏んだ証でもある。普段の無頼さとはかけ離れた、洗練された動きだ。

 

 狙撃されないようにランダム機動で残骸に近づく。

 

 鈍く光る太陽光パネルの断片。

 

 見えた。

 

 スキウレに乗ったゲルググ。

 

 肩に302の部隊番号。

 

 ――やはり彼奴か!

 

 別ルートから接近したニードルが、マシンガンの掃射でスキウレを破壊するが、ゲルググはその前に離脱。

 

「私が始末をつける!」

 

 そのためにここに来たのだ。他者に獲らせるわけにはいかない。敢えてオープン回線で発したが、このミノフスキーの海では僚機に伝わることはないかもしれない。

 

 ガトーはライフルを捨て、武装をビームナギナタへと切り替える。

 

 距離をとる相手は、牽制のマシンガンを撃つが、デブリを盾にして防ぐ。

 

 分離したプロペラント・タンクを投げ、それを腕部機関砲で爆発させると、それを目眩ましに一足に距離を詰めた。

 

 慌てた相手はビーム・ナギナタを構えようとする。

 

「未熟!」

 

 敵の右腕を手首から切断、返す刀で両の足を薙ぎ払う。

 

 苦し紛れに伸ばした左腕を――機関砲を撃つ気だったか――さらに切り捨てる。

 

 体当たりとともに頭部を掴み、デブリに機体を叩きつけた。 

 

 まるでガラスが割れ砕けたように太陽電池パネルが宙に舞う。

 

「ここまでだ伍長」

 

「その声……ガトー隊長?」

 

 接触回線で聞こえてくる男の声。

 

「そうだ。貴様を追ってきた。なぜ軍を裏切った!」

 

「私は使命に目覚めたのです! 全宇宙民を覚醒に導くという崇高な使命に!」

 

「何を世迷言を」

 

「聞いてください隊長! 今のジオンは間違っています! このまま戦争が進み勝利すれば、ザビ家の独裁によりこの地球圏は逼塞する。建国の父、ダイクンが掲げた宇宙民の覚醒、ニュータイプによる人類の革新は起き得ない!」

 

「また同じことを……そんなあやふやな事柄のため、コロニーを兵器とするのか! 貴様には人としての良識はないのか!」

 

「言ったはずです。そして決別した。誰かがやらねばならんのです!」

 

 やはり会話が成り立たない。

 

 何が彼を変えた? いや、ここは思考をめぐらす場ではない。

 

「伍長、君を拘束する。貴様が語る真のジオンとやら、後でじっくりと語って貰おう」

 

「……」

 

 コックピットハッチが開く。

 

 出てきた彼の手には、拳銃が握られていた。

 

「無駄な抵抗を――」

 

「我々は必ずや星の屑(・・・)作戦を成し、人類を導く! (ネオ)ジオン万歳!」

 

 叫ぶと銃口を自らの頭部に向け、その引き金を引いた。

 

 

 



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第145話 Side『宇宙の虎』

 

「どうなってんだい!? 説明しな!」

 

 激昂した声をシーマは発した。

 

 環境窓の外を、赤い光条が幾筋も突き抜けていく。そのうちの数本はこのリリー・マルレーンの外装近くを掠め、対空砲の一部を融解させていた。

 

 後方からの射撃。

 

 しかも至近距離だ。

 

「わかりやせん! 射撃は2番艦『ナトクラ』からです!」

 

「裏切りか!」

 

 シーマは知らぬことだったが、『ナトクラ』は艦内に潜んでいた真ジオン派の兵の造反によって占拠され、火器管制全てを奪われていた。

 

 2番艦ナトクラは艦の運用人員を少なくするためオートメーション化が進められた新式のムサイ改型であり、それが仇となった。

 

 中央を抑えられた結果、艦内のコントロールを全て奪われてしまったのだ。

 

「いったいいつから!」

 

 ナトクラに配属されている面子は、このリリー・マルレーンにいるメンバーほどではないが古参の連中だ。

 

 作戦内容から、信用の低い新兵は外している。だというのにこれだ。こちらの位置も動きもすべて敵に流されていたのだろう。

 

「相当前から巣食ってたってわけかい!」

 

「前方の対象、さらに加速!」

 

 コロニーが吹く青白いスラスター光が増えている。相当数の動力装置が取り付けられたようだ。

 

「どうしますシーマ様!?」

 

「どうもこうもあるか!」

 

 シーマは叫ぶと、前方に聳える、廃コロニーを睨みつけた。

 

「悪いけど、あんたらには死んでもらうよ」

 

 シーマの言葉に全員が息を呑む。

 

 最初は船体を廃コロニーの動力部にぶつけるつもりだった。こちらのエンジンを暴走させ、積載しているミサイルとともに誘爆させる。

 

 そうすれば、小型の核ミサイル並みの破壊力で、対象の核パルスエンジンの殆どを吹き飛ばせるはずだ。

 

 推力を落としたコロニーを後は別軍でどうにかする。ともかくコロニーを各サイドや地球に落とさなければよい。

 

 だがこうなると、近づいてから乗組員の脱出を待って自爆するのでは間に合いそうにないことだ。

 

「エンジンを臨界させながら突貫するよ。脱出艇に乗る切符はもう売り切れだね」

 

 そう言葉にしながら、シーマは自身の心変わりを自覚していた。

 

 部下をまとめ養っていく義務。そのために戦場において死なないこと、それだけが信念であり、拠り所であった。

 

 以前の自分ならば、作戦失敗となろうともこの不利な状況では撤退を指示していたはずだ。こんな無謀な突撃など命じることなどない。

 

 部下に、死んでくれと命じたのも初めてだ。

 

 意外にも自分はまだ、軍人としての責務に未練というものがあるようだ、とシーマは笑う。

 

「野郎ども、腹をくくりな! 死んでも作戦は成功させる! 裏切り者の喉元にくらいつき、その喉笛を引きちぎってやる! ジオン海兵隊の底意地を見せてやんだよ!」

 

 後方から裏切ったナトクラの砲撃が迫る。

 

 この距離からなら、いま残りのメインエンジンを暴走させればたとえ撃ち落とされたとしても、爆発で廃コロニーへダメージをあたえることができるはずだ。

 

「は、このアタシがジオン軍の栄光のために戦ってやることになるなんてね」

 

 その言葉とともに、前方にあった廃コロニーの一部が砕け散った。

 

 横合いからの砲撃。

 

 赤いメガ粒子に貫かれ、爆発とともに廃コロニーは半ばから砕かれた。

 

 



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第146話 Side『宇宙の虎』

 

 何本ものビームの光条が、折れた廃コロニーの片割れを焼き尽くす。

 

 リリー・マルレーンとの間に残骸を挟むかたちで、新たな艦隊が姿を現していた。

 

「旗艦信号確認! グワジン級戦艦グワデン、デラーズ大佐の艦隊です!」

 

 艦隊前方に広く展開したMSはスキウレに乗ったゲルググである。

 

 さらに高機動パックを装備した編隊が、後方のナトクラへと襲いかかった。

 

「グワデンより打電! 我、海兵隊に助力す。です」

 

「はっ! このシーマの上前をはねようってのかい!」

 

 この辛辣な状況の中、援軍は歓喜すべきものでもあったが、同時に自身の無力さを強く体現するものでもあった。

 

 デラーズ大佐の率いる部隊はギレン総統直轄であり、突撃機動軍の動きがそちらに漏れていたことの証左である。

 

 さらに失敗しけた任務の尻拭いをしてもらうなど、特殊部隊としてのプライドだけでなく今後の海兵隊のあり方にも水を差されるものになるだろう。

 

「シーマさま! コロニーの片割れが!!」

 

 通信士の声に振り向くと、砲撃で割れたコロニーの残骸、動力をつけたままのそれは、当初の軌道を逸れつつも、止まることはなかった。半分が吹き飛び、質量が軽くなったぶん速度も上がっている。

 

「軌道は?」

 

「修正でました! これは――」

 

 前方のモニターに表示される予測ラインは、サイド3の近海を通ることを示していた。

 

「はっ! 結局やることは変わらんか!」

 

 自国の近くで爆破などさせられない。衝撃波と残骸が人の住むコロニーをずたずたにしてしまう。

 

 メガ粒子砲でコロニーを分断できたのは、もともと崩れかけていた場所にビームを集中させたからにすぎない。

 

 なにより、サイド3の近くで処理するとなれば、軍の不祥事が

 衆目にさらされることになる。これからの各サイドとの外交を考えれば、好ましくない。

 

「グワデンに打電! アタシらはこのままデカブツのケツに打ち込んでやるよ!」

 

 コロニーの速度は早い。

 

 グワジン級は、ザビ家に信頼された一部の将校のみが座乗する高性能艦だが、流石に、追いつくことはできないだろう。

 

 単純な航行速度ならこちらのザンジバル2の方が圧倒的に早い。

 

「アイアイサー!」

 

「それとデトローフ! ツキはこっちに回った! 乗組員の脱出を告げな! 600秒で済ませろ!」

 

 先程までは敵と交戦しながらコロニーに肉薄しなければならず、エンジン暴走からの自爆操作のためにも、乗組員を脱出させる余裕はなかった。しかしデラーズ隊が敵軍を抑えるのであれば、コロニーに接岸した上で自爆を時限式に設定すれば間に合うはずだ。

 

「他所者に助けられるってのもシャクだが、使えるもんは使わせてもらうさね」

 

 シーマが宣言した通り、10分後。

 

 漆黒の暗礁宙域に、青白い閃光が瞬いた。

 

 



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第147話 Side『宇宙の虎』

 

 

 デラーズ艦隊の旗艦、グワデン『ドーンリュストゥング』。

 

 リリー・マルレーンを自爆させ、コロニー残骸の消滅を確認したシーマたちはこの艦に回収された。

 

「お初にお目にかかります、エギーユ・デラーズ大佐。今回の救援、感謝にたえません」

 

 眼の前に立つスキンヘッドの男に敬礼をするシーマ。

 

 階級は同じだが、こちらは新任である。立場として下手に出た方が良いと判断した。

 

「デラーズで構わんよ。こちらも名のある海兵隊とともに戦えて光栄だ、シーマ・ガラハウ大佐」

 

 厳しい顔を崩しはしなかったが、デラーズは友好的に手を差し出し握手を求める。

 

 応対しながらもシーマは自嘲した。

 

「良い噂ではないでしょう。我らはジオンの海賊とまで呼ばれてますからな」

 

「口さがない連中はそう言うのだろうな。しかし、貴殿は達成困難な任務のことごとくをこなし、軍の底を支えている存在だ。私にとって貴殿を尊敬こそすれ、軽蔑などするはずもない」

 

「止めてください。私を含め、全員海賊崩れのようなガサツな連中ですよ」

 

「ただ品行方正なだけでは歴戦の軍人と言えんだろう。知っておるか? 貴殿の海兵隊は『ジオンの虎』と呼ばれておることを」

 

「虎? アタシらがですか?」

 

「そうだ。勇猛さを讃えた呼称だ。悪名も賞賛も表裏一体。貴殿は胸を張っておればよい」

 

 真っ正直な賞賛に、シーマは背筋が痒くなるような面持ちであった。

 

 デラーズは次いで、シーマの背後に立つガトーに目を向けた。

 

「ガトー大尉であったな。貴官のことはドズル中将より聞き及んでおる」

 

「はっ。ギレン閣下直属の大佐に名を覚えて頂き望外の光栄であります」

 

「そうしゃちほこばらんでもよい。賊軍に、元部下がいたそうだな」

 

「……はい。残念ながら、捕らえることはできず」

 

「こちらでも捕虜は多数捕らえている。調査はこれからとなるが、もしかすれば中に知った顔がいるかもしれんな」

 

「デラーズ大佐、ギレン総統は今回の件をどこまで知っておられで?」

 

 シーマはデギンに聞いた。

 

 本作戦は軍内部でもかなり固い箝口令が敷かれたものだ。

 

「すべてギレン閣下の慧眼だ。本国でも不穏な動きをする連中がおってな。それを監視し、閣下が導き出した結果が奴らの『廃コロニー落とし』というわけだ。まあ、君たち突撃機動軍の動きを監視もしていたがな」

 

 食えないオヤジだ、とシーマは舌を巻く。そして機動軍の防諜のレベルの低さに怒りを覚えた。全てが後手、秘匿情報も抜けているなどとんでもないことだ。戻り次第、今回の件は強く告げねばなるまい、と考えた。

 

「何にせよ、貴殿の決死の行動でコロニーを兵器として使うなどという、人類史上最悪の蛮行は阻止された。謙遜は美徳だがもっと自身の立場に誇りを持つが良い」

 

「ありがたくはありますが、過分な評価ですな」

 

「本心なのだがな。なあ、ガトー大尉、貴官からみて、海兵隊はどうであったかね?」

 

「はっ。彼らは確かに無頼なところはありますものの、その技量と軍務における気組みは我々宇宙軍も見なうべきところがありました」

 

 真面目くさった顔でそう褒めそやすガトーの様子に、とうとうシーマはいたたまれなくなった。

 

「止めな。それ以上は嫌味に聞こえるよ」

 

「私としては本心を述べたつもりです。あの戦場において、シーマ大佐は実にいい女(・・・)でありました」

 

 にやり、と笑うガトーの言葉に、シーマは目を見開く。

 

 なるほど、これは彼なりのアイスブレイク、冗談なのだと理解した。

 

 そして、MSを貸したあの時の意趣返しも兼ねているのだろう。

 

「くっくく――アンタ、本当にいい男だわ!」

 

 堪えられずに笑ったシーマに続いて、デラーズも笑う。

 

「いや、いいね。あたしゃアンタを誤解してたよ。本当にいい男だ、宇宙軍が居づらくなったら、いつでも海兵隊に来な」

 

「ふむ。抜け駆けは感心せんぞ、シーマ大佐。ガトー大尉の腕と人柄はこちらも聞き及んでいる。私の部隊も選択肢としたらどうだ?」

 

 そしてまた三人は笑う。

 

 シーマにとっては久方ぶりの心からの笑顔であった。

 

 



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第148 Side『宇宙の虎』

 

 廃コロニーでの極秘作戦より数日後。

 

 再びグラナダにシーマは居た。

 

「ご苦労だったガラハウ大佐」

 

 爬虫類のような目をこちらに向けるキシリアに、シーマは敬礼だけを返す。

 

「本作戦は、デラーズ大佐の艦隊の助力により、なんとか達成できたに過ぎません。こちらは旗艦とムサイを2隻失っております」

 

「報告は目を通した。こちらの情報が賊に流れていたようだな。まさか大隊規模とはな……我が諜報部にもやつらの目が入っていた。よってわざわざお前を呼ぶ羽目になった」

 

 そう言ってキシリアは書類をこちらに渡してくる。

 

 受け取った紙の束に目を通し、やがてシーマは眉をしかめる。

 

「GENERATION−Zeroシステム? なんですこれは?」

 

「簡単に説明するならば、思想統一装置、いわば大規模洗脳兵器と呼べば良いか」

 

「はぁ? ああ、失礼いたしました……その、こちらの考えが追いつかないのですが」

 

 書類には、ネオ・ジオンを名乗る部隊が用いていた通信装置についての報告が記されている。だが、その技術的仕組みがシーマにはよくわからなかった。

 

「こちらには、『感応波により、適応者と精神的リンクを構築するシステム』とありますが……なんですこれは?」

 

「貴様、ニュータイプという言葉は知っているな」

 

 キシリアの言に、シーマは肩を強張らせる。

 

「たしか、故ダイクンが提唱した思想でしたな。人類の革新と嘯いていた」

 

 ザビ家にとっては、ダイクンの話はタブーでもある。そしてシーマにとっても毒ガス鎮圧作戦という触れられたくない傷であった。

 

「人の革新といってはいるが、その実は古来よりニュータイプと見られる人間がいたのは事実だ。エスパー、サイキック、呼び名は違えどもな」

 

「感応波により、相互意識の交感が叶う、でしたか。眉唾なものだと認識しておりますが」

 

「そうでもない。我が軍でも研究は行われていてな、人工的にニュータイプを生み出す事が可能なところまで漕ぎ着けている」

 

「ウワサ程度なら聞いたことはありますが。MSの装甲越しに殺気を感じ取って、攻撃される前に回避を行い、同時に反撃するなど」

 

 シーマはもう一度手元の資料に目をやり、顔を歪めた。

 

「まさかこのけったいな名前の装置が?」

 

「ああ。素養のある者の精神に作用し、ニュータイプとしての覚醒を促す装置、だそうだ。テロリスト共は全員、そうして新人類に覚醒した者なのだとな」

 

「そんなオカルトを拠り所にして、ヤツラはテロを行なったのですか?」

 

「一笑に伏すにはいかん話だ。ニュータイプは感応波によって、交信ができる。それに距離も障害物も関係なく、遅延すらない。貴様も今回の戦闘で心当たりがあるだろう」

 

 そう言われ、シーマは思いだす。

 

 宇宙空間で、的確にこちらの居場所を補足した狙撃手と、妙に統制の取れた動きをする兵たち。

 

 ミノフスキー粒子の海の中で、個々が高度に組織だった動きをとることは難しい。以前の戦争のように、後方で指揮官が戦局を見極め、それぞれに指示を出すことはかなわないのだから。

 

「……まさか、我々が相手をしたのは、全員ニュータイプだとでも?」

 

 

 



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第149話 Side『宇宙の虎』

 

「そうだ。ヤツラは自分たちを、『新時代の先導者』であると僭称し、我々のような古い既得権益にしがみついた存在を『オールドタイプ』と呼んで蔑み、全人類がニュータイプとして覚醒することを目的としているのだそうだ」

 

「なんですかそれは」

 

 巷にあふれるカルト集団の教祖が語るような内容に、シーマは目眩がした。

 

 そんな旧世紀からある誰かの垢にまみれた思想に、多数の軍人が感化され、反旗を翻すなど、とんでもない悪夢であった。

 

「本当に全員ニュータイプということはないんでしょうが……まさか、信じておられで?」

 

 考え込むような素振りを見せるキシリアに、シーマは驚きを隠せない。

 

「ダイクンの語ったニュータイプ論、そうした人間が本当に居るのかはわからん。だが、エスパーと呼べる人間が実在しているのはこの目で確認しているし、そうした知覚能力に優れた存在を人工的に生み出す研究はすでに形を成している」

 

 シーマはもう一度資料に目を通す。

 

 捕虜の尋問の結果、このけったいな兵器によって突如感応波が個人の頭に飛んできて、ニュータイプとして覚醒したのだと、捕虜たちは口にしている。

 

 彼らは、頭の中に浮かんでくる情報を瞬時に読み取ることができ、そして、その力を使って、戦況を読み取り、敵の位置を把握し、攻撃を回避することができると語っていた。

 

 ――頭の狂ったエスパーの集団。そんな連中にアタシの部下はやられたのか。

 

 苛立ちと憎悪が込み上げてくる。

 

「どのような手段を用いて、ニュータイプ覚醒を行っているのかは結局はわからん。GENERATION-Zeroその言葉を発した連中は、全員死んだよ」

 

「死んだ?」

 

「ああ、正確には生物学上死んではいないという状態だが、完全に精神が壊されている。遠隔操作でな、精神を崩壊させられたと見られる」

 

「そんなことが?」

 

「捕虜の頭部には特別機械的処置が成された跡はなかった。彼らの言を信じるなら、感応波によって相互に通信、監視を行い、秘密を漏らそうとする人間がいれば、即座にそいつの記憶を抹消できる――そんな兵器があるということだ」

 

 サイコミュによる遠隔催眠装置か? ニュータイプと呼ばれる超能力者たちも、そういった技術により生み出されるということなのか? いや、そもそも、そんなものを造り上げることのできる組織が存在するのか? シーマは疑問を抱く。

 

 もし仮に、その非人道的な兵器の開発に成功していたとすれば……。

 

 ジオンにとって最悪のシナリオが浮かぶ。

 

 中枢部にテロリストの手先が入り込んでいる可能性が出てきたのだ。

 

「サイコミュの技術は、ジオンではフラナガン機関で研究を行っている。当機関にも相当数のシンパが入り込んでいたようだ。となれば、組織の解体もせねばならん」

 

 キシリアは頭の痛い問題だと、疲れた様子を見せた。

 

「信用できる人間は少ないし、しかも確実に任務を遂行できるだけの有能さを持つ者となると、ますます少なくなる」

 

 とキシリアが言った。

 

「今更飴で釣ろうとでも?」

 

 シーマは相手の意図を察し、敢えて挑むように言った。

 

 キシリアは、今後も自分をこの狂信者たちの相手に据えようと考えている様子だった。

 

「ただの飴で気を引けるほど、貴様が楽な相手なら良かったのだがな。さらに名誉や義理で動くような輩でもあるまい、お前たちは」

 

「私たち海兵隊は、公国の海賊集団なんて軽蔑されていますからね。放し飼いの虎のようなもの。飼い馴らせないと、その喉笛を噛みちぎるかもしれませんよ?」

 

「そうか。私が望むのは盲信じゃなく、貴重な能力だけだ。貴様が軍人として価値を示すかぎり、公国も《・・・》お前には餌を与え続けよう」

 

 シーマは笑って言った。

 

「度量のある上官ってのは、大好きだね」

 

 



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第150話 Epilogue『一年戦争年表Ⅴ』

 

 ――UC.79.10

 

 シーマ・ガラハウ中佐率いる海兵隊、ルナツー工作任務を終えてグラナダに寄港。同作戦の勲功をもって、大佐に昇進。キシリア少将直轄部隊となる。

 

 ザンジバル2、新鋭のゲルググM型を受領し、部隊再編に伴って、慣熟訓練としてラグランジュポイント『LA2080−17BP』へと移動。

 

 表向きは実装による慣熟訓練であるが、実際はジオン・ズム・ダイクンが提唱した『ニュータイプ論』を拡大先鋭化させた政治的思想集団『真のジオン(ネオ・ジオン)』に寝返った部隊を討伐するための派兵であった。

 

 シーマ艦隊、同ポイントにて待ち伏せを受ける。

 

 寄せ集めながら大隊規模、さらにニュータイプ能力にて異常なほどの連携を見せる反乱軍に、シーマ艦隊苦戦。さらには、部隊内に潜んでいたネオ・ジオンシンパの蜂起によって絶体絶命の苦境に立たされる。

 

 ギレン総統直轄部隊であるエギーユ・デラーズ大佐、『LA2080−17BP』に到着。シーマ艦隊と共に賊軍を討ち、廃コロニー兵器化によるテロ、通称『星の屑作戦』を阻止。

 

 キシリア・ザビ、作戦内容の漏洩から諜報部内の『ネオ・ジオン』信奉者を警戒。また、ガルマ・ザビの特殊部隊統廃合案が正式に受領されたことを受け、手駒の減少を懸念し海兵隊を直轄部隊とすることを決定。

 

 シーマ大佐、部隊内部の『ネオ・ジオン』シンパを排除するため、一時的に部隊を解散、再編成を行う。それに伴い、サイクロプス隊など、キシリア直下いくつかの部隊員が合流。

 

 以後、極秘裏に『ネオ・ジオン』のあぶり出しのため活動することとなり、シーマ麾下の海兵隊は『ジオンの人食い虎部隊』と呼ばれるようになる。

 

  地球連邦軍

 シロー・アマダ少尉、コジマ大隊08小隊に着任。

 

 ジオン公国軍 ラサ秘密基地

 アプサラスのテストパイロットとして、アイナ・サハリン着任。階級はもたないが、例外として士官待遇。

 

 地球突撃機動軍北米特務部隊所属、特別遊撃部隊、通称『ライトニング・カウント』隊、極東にある連邦軍技術開発局極東支部(略称E.F.F.T.D.J)にて、守備隊と同時にニムバス大尉が追っていた特機と戦闘。これを撃破。連邦軍技術開発局極東支部、戦力差から非戦闘員の安全を担保に降伏。

 

 宇宙圏の経済封鎖に苛立った連邦宇宙軍過激派の一派が、サイド4親連邦派の協力を得て、核ミサイルを積載したマゼラン級戦艦1隻及びセイバーフィッシュ編隊をサイド3周辺宙域へ侵入させる。ただちにジオン防衛部隊と交戦。ガイア大尉率いる独立小隊、これを撃滅させる。

 

 連邦過激派としては、核ミサイルによる脅しをかけることで、各コロニーの連邦への通商妨害の解除と、恭順を促すつもりであった。

 

 少数の部隊によって阻止されたことで、事が公になることはなかった。しかし今回の事件後に、ジオンは連邦への報復処置(カウンター)として、サイド2、サイド5との間に相互経済発展協定を結ぶ。以前から食料、衣料品と工業品のやり取りというものはあり、学生間の留学なども行ってきていた。それに足して、軍需用品も取り扱う、と公言。

 

 これまでも非公式ではあるが、ジオンはサイド2へ『試作型駆逐モビルポッド』を供与しており、それらを用いた反連邦組織による地球への通称妨害を支援していた。

 

 今回の協定では正式にモビルポッド『MPー02B(オッゴ)』が2000機、『WEMSー05ゲーツ』60機がサイド2に提供された。さらに先のルウム戦役で過大な被害を被ったサイド5には人道的支援として、空気と水の5年間無利子による提供がなされる。

 

 現実には公称している以上の兵器供与がサイド5には配られた。これは連邦寄りな姿勢を見せるサイド4に対しての防衛線としてだけでなく、海賊を支援し、サイド4近海にて略奪、通商妨害を行わせるものだった。

 

 これらの部隊の中で後年有名になるのは、ルウム戦役で被害を被ったサイド5コロニーの残骸がひしめく、サンダーボルト宙域に潜伏した私掠船団『リビング・デッド船団』。

 

 この部隊は核被害によって故郷のバンチを失った人間が集まり結成された反連邦組織『ルウム同胞団』を核とし、ジオンの引退兵や焼傷痍軍人で構成されたもので、単なる海賊ではなく、軍隊として正規の訓練を受けた一団となる。

 

 その目的は、ソロモンを迂回しサイド3に迫るルートを防衛するためと、実用化に至ったP.R.D(サイコ・リユース・デバイス)の実戦テストデータ収集であった。

 

 

 



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第7章
第151話 Side『もうひとつの箱』


 

 どうも。オルド・フィンゴです。

 

 やってきました極東地域。

 

 前世の世界では日本と呼ばれていた島国の最北端、北海道のとある地域だ。

 

 Uコン使って上陸し、そこから先行していた部隊に合流。あとはギャロップで作戦区域まで移動となる。

 

 北太平洋はジオンが主導権を完全に握っているので、航海は順調だった。

 

 極東地域――日本において北海道の根室付近に上陸した。

 

「ニムバス・シュターゼン大尉であります。本日付けで我が隊は、地球突撃機動軍特務部隊、『閃光の伯爵(ライトニング・カウント)』隊に合流、所属となります」

 

 ビシッと堅苦しい面持ちで敬礼したのは、僕の前世でも知っているキャラクターだ。

 

 数あるガンダムゲームの一つ『機動戦士ガンダム外伝 THE BLUE DESTINY』に登場する人物。

 

 ゲームではプライドが高く、自分のMS操縦技量に絶対の自信を持っているために、機体の性能を極度に上昇させるEXAMシステムに執着した人物だ。

 

 ゲームは人気が高く、漫画や小説とマルチに展開し、その媒体によってキャラクターの性格に違いがあるが、目の前の彼はいったいどのような感じであろう?

 

 まあ、それより問題は彼の隣に立つ人物だ。

 

「同じく……マリオン・ウェルチ。少尉、です」

 

 感情の起伏のない棒台詞で敬礼する青い髪の少女。

 

 先のゲームに登場したキャラクターの一人だ。

 

 中学生と言って差し支えない体躯と容貌をした女の子だが、原作では実験でEXAMシステムに魂を吸われてしまった存在だった。

 

 その彼女が、この世界では目の前にいる。

 

「申し訳ありません大佐。マリオン少尉は、元々フラナガン機関所属であり、実験の影響で心身に影響を受けており――」

 

 やはり初期のEXAM実験でメンタルに傷を負い、喜怒哀楽といった感情の表現が抜け落ち、顔面神経麻痺に陥ってしまっているようだ。

 

「話は資料でだが事前に聞いているよ。特別遊撃隊へようこそ、ニムバス・シュターゼン大尉。それとマリオン・ウェルチ少尉。部隊の指揮を執るゼクス・マーキスだ。私はあまりに堅苦しい礼儀は苦手でな。部隊内ではもっと肩の力を抜いてもらってかまわない」

 

 大佐の言葉にニムバス大尉は律儀に敬礼を返す。

 

 なんか、すごくお固いイメージだ。

 

 と、マリオン少尉がじっとこちらを見てくる。

 

 そういえば設定ではニュータイプ覚醒者だった。原作ではその能力をモーゼス・クルスト博士に危険視されて、ニュータイプ殲滅のためのOS、EXAMシステムに精神を取り込まれることになっていた。

 

 原作ではすべてのEXAM搭載機を破壊するまで目覚めることはなかった少女。

 

 ニムバス大尉が、どうも彼女のことをしきりに気遣っている様子が感じられ、それも意外だった。ゲー厶寄りの性格ではないのかもしれないな。

 

 マリオン少尉も、表情は能面のごとく変わらないが、大尉のことを信頼しているように見受けられる。

 

 ともかくニムバス隊と合流し、マスドライバーがあるという連邦施設への急襲作戦が始まる。

 

 

 



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第152話 Side『もうひとつの箱』

 

「君らはすでに承知のことと思うが、今回の作戦は連邦施設であるマスドライバーを奪取することだ」

 

 ギャロップの艦橋兼作戦司令室にて、ゼクス大佐はそう言った。

 

 件のマスドライバーは、ガンダムシリーズ原作にでてきたような有人の宇宙船を打ち上げるようなものではなく、無人のコンテナを打ち出す長大なレールガンだ。

 

 旧式のもので、筒状の滑走路を使い、射出する弾体を段階的に加速させる仕様。

 

「よく見つけましたねぇ、こんなの」

 

 周辺地域を模したARディスプレイの画像を見ながら、思わずつぶやく。

 

 全長300m程の砲身は、その大半が山岳の地中に埋められてる。

 

 宙域は、連邦ルナ2駐留部隊の勢力内ということもあり、衛星写真などはない。

 

「ルナ2に潜ませていた諜報員からの情報で判明したものでな。各種資材を定期的に送っていたようだ」

 

 ジャブロー上の宙域はジオンが抑えてしまっているから、そうそう大掛かりな補給物資を送り続けることができない。

 

 他の主だった宇宙港も、開戦当初の降下作戦でジオンに制圧、または破壊されているために使えないわけだ。

 

 そこをカバーするためにこうした秘密施設を利用したのだろう。

 

 連邦からは極東地域と呼称される日本は、旧世紀に定めた国際法によって宇宙港も存在せず、人口減少もあってかなりの僻地と化している。

 

 太平洋に落ちた隕石のかけらによって津波が起き、沿岸部にある連邦軍港が壊滅したため、ジオンからも戦略的に価値が低く、占領してもめぼしい資源を得られるわけではないため見過ごされていた。

 

「連邦施設(・・)とのことですが、軍事基地、ではないのですか?」

 

 ノイン大尉が質問する。

 

「そうだ大尉。目的地は本来軍事基地ではなく、研究開発施設だったようだ」

 

 地球連邦軍技術開発局極東支部――略称E.F.F.T.D.Jだそうだ。

 JはJapanのJかな。

 

「実態として軍事施設であることには変わりないのですよね? 戦力はどれほど?」

 

「そうだな。それは先行偵察を行っていたニムバス大尉の方から聞こう」

 

「はっ! 僭越ながら説明させていただきます」

 

 促され、ニムバス大尉が前に出る。

 

「我ら部隊が、ニュータイプを研究するフラナガン機関より連邦へと寝返ったクルスト・モーゼス博士を追っていたのは承知のことと思う。この極東、ムラサメ研究所にてそのクルストを討つことには成功したものの、その成果物であるMS制御システムを搭載した兵器とともに小数部隊が逃亡、この施設に合流したものと思われる」

 

 ノイズ混じりの静止画像がディスプレイにいくつか表示される。

 

 そこに表示されているのは、初期型ガンタンクが2、ガンキャノンが2、しかもこれ、ポケ戦の量産型ガンキャノンじゃないか。さらに、ジムに似た形状をした知らないMSが4体だ。

 

「この見慣れないMSが新型なのか?」

 

 ノイン大尉の質問に、ニムバス大尉は首を横に振る。

 

「いえ、おそらくは別ものでしょうな。こちらが我らが入手した、新型機の画像です」

 

 表示された一枚の写真。

 

 横たわった一機のMS。

 

 その姿は、死神(ペイルライダー)だった。

 

 



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第153話 Side『もうひとつの箱』

 

 厄介だなぁ。

 

 画像を見て思った感想を率直に表すと、その一言になる。

 

 ペイルライダー。

 

 これもゲームに登場した機体だ。

 

 連邦が開発したペイルライダーは、ジオンより亡命してきたクルスト博士がもたらしたEXAMシステムを元に開発された、特殊な戦闘システムHADESを搭載している。

 

 HADESは蓄積した戦闘データから敵の行動予測をおこない、操縦介入する半自律型のOSだ。

 

 リミッターの強制解除と、それに伴う暴走といった問題をEXAMから引き継いでおり、作戦遂行時の意思決定システムとしてパイロットを必要とするが、対象の生存性は一切考慮していない。

 

 フルスペックを発揮したその能力は、まさに戦場の死神に相応しい。

 

 原作では10にも満たない子供に耐G強化処置を施し、搭乗させるという、非人道的兵器だ。

 

 この世界でのペイルライダーがどのような経緯を辿っているかわからないけど、類似の機能はあるんじゃなかろうか。

 

「かわった見た目をしているな」

 

 ゼクス大佐はそう批評する。

 

 ペイルライダー(仮定)は、胴体こそ僕の前世知識にあるような見た目だが、頭部が特殊な見た目だ。

 

 バイザーのようなもので前面部が覆われており、ガンダムやジムのようなツインカメラやゴーグルなどは見当たらない。人の耳にあたる部分には小型のブレードアンテナ。頭頂部にはさらに大型のブレードアンテナを装備してる。

 

 組み立て中か、解体中の画像らしく、上半身しか写っていないために全貌はわからない。

 

「試作機というのが気になるな」

 

「ムラサメ研究所にて、私とマリオン少尉は同系の機体と対峙した経験があります。それをふまえて評価するなら、正直なところ、1個小隊程度では容易く平らげられてしまうかと」

 

「ほう、それほどか」

 

 ニムバス大尉の口調は、暗にこちらの部隊の実力に疑問を持っている様子が含まれていた。それを受けて、ゼクス大佐は不敵に笑って返す。

 

「本作戦の目的は、マスドライバーの確保となっておりますが、本官はこの新型機の奪取も視野に入れるべきかと愚考します」

 

「新型を? なぜだ?」

 

「当該機に組み込まれているであろうシステムの性能が優秀だからです。MSの戦闘力を大幅に引き上げることができる。これを量産すればジオンの勝利は盤石のものとなるでしょう」

 

「それはどうですかね」

 

 思わず口出してしまった。

 

 ニムバス大尉の鋭い視線がこちらを射抜いてくる。

 

「たしか、フィンゴ中尉だったな。私とは反対の私見を持っているようだが?」

 

「EXAMは自律型操縦システムでしょう。ミノフスキー粒子の中ではその安定性に不安が残ります」

 

 戦闘となれば溺れるほどのミノフスキーを散布する戦場では、AIはまともに機能しなくなる。MSに搭載されているものは巨大な防護殻に閉じ込めているからこそ機能しているが、それでも時折不具合が出るほどだ。

 

 故にその都度パイロットが修正してやらねばならない。この科学全盛の時代においてAI技術が発展しなかったのは、この世界にミノフスキー粒子というものが存在していたからだろうと、僕は思っている。

 

「しかも、フルスペックを発動すれば暴走、パイロットの安全も考慮しないなんて問題あり過ぎます」

 

「だがそれを差し引いたとしても、あまりあるほどの戦闘力を持つ」

 

「個の戦闘力が突出したとて大して戦果はあげれませんよ。せいぜい特攻兵器として敵陣に突っ込ませるぐらいしかない。それなら爆弾でも投げ込んだほうがよっぽど有用ではないですかね」

 

「貴様、上官に対する態度ではないな」

 

 ニムバス大尉の表情が、猛禽のような鋭さを持つ。ものすごい威圧感だ。

 

「そこまでだふたりとも。今回の作戦は、マスドライバーの奪取が最優先だ。新型機についてはオプションとする。連邦が開発したOSというものも気になるしな」

 

 大佐のとりなしで場が収まったけど、殺されるんじゃないかと思いました。

 

「なあ、なんでマスドライバーの奪取なんだ? ぶっ壊すんじゃいけねぇのか……いけませんの?」

 

 空気を読まずに発言したのは、僕の隣に座るキリシマ曹長だ。

 

 確かに普通ならば、奪うよりも破壊するほうが簡単そうに思える。けど、今回の目標は地中に埋まっているので、空挺強襲破壊は難しい。

 

「壊さず手に入れれば、奴らにプレッシャーを与えることができるからね」

 

 壊せばそれまでだが、残っていればその設備をこちらが使うこともできる。

 

 現在連邦が展開してる宙域に、地上からコンテナ機雷を巻くことだってできるわけだ。奪ったほうが戦略的に有利な選択肢が増えるというわけである。

 

「ふーん」

 

 まどろっこしいですわね。

 

 なんていまいちわかってなさそうな発言をして、キリシマ嬢が肩を竦めた。

 

 



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第154話 Side『もうひとつの箱』

 

 環境汚染が甚だしい地球において、日本地区は比較的自然が多く残っている。

 

 それは旧世紀後半に陥った人口減少を最後まで解決することもできず、他の旧国家群が人口爆発の増大を続ける中で相対的に衰退したせいだ。

 

 国としての体裁をなんとか保つために、大国に経済的に隷従。閉鎖的かつ消極的な国民性もあり、各地方にて自治を行い、細々とした生活を繰り返した結果、国際情勢に取り残された。

 

 その結果、経済開発などが最小限に留まり、古来の自然環境が保全されているという皮肉。

 

 別世界とは言え、前世では日本で暮らしていた身として、ちょっとした感傷がこみ上げてくる。

 

 まさか侵略者としてこの大地を踏むことになるなんてねぇ。

 

 目的の施設は山と森に囲まれた場所にある。

 

 地図上では平野とされているが、真っ平らに見える場所は少ない。海外と違い、日本はどこも山と森に囲まれている。

 

 我々『閃光の伯爵』は、2部隊に分かれて目的地に進行。

 

 すでに無人機による偵察後に、ミノフスキー粒子の散布を行っているため、先方はしっかりと警戒態勢のはずだ。

 

 なので本隊はドダイを使って正面を突破する。

 

 キャリフォルニアベースからMSは潜水艇、ドダイはボドム・キャリーを使って空を飛び、直接極東に持ち込んだ。

 

 SFS(サブフライトシステム)はキャリフォルニアベースにて新型のゾーリが完成しているが、うちの小隊の整備員は全員ドダイをけっこうな練度で操縦できる――基地内の物資輸送に使用したりしたおかげ――ので、新型よりこちらの方が都合がいい。

 

 ドダイに乗っていっきに長距離を詰め、敵拠点を急襲する。

 

 SFSは使い捨てにするわけではないので、有人運用でMSを空輸し、その後は即座に撤退だ。MSで基地制圧後は、占領のための歩兵隊を輸送してもらうことになる。

 

 さて、別働隊であり先行する部隊は僕一人である。

 

 ん? これって部隊って言わなくね?

 

 大佐より任された内容は、先行強襲による敵陣の撹乱。

 

 搭乗機の『ドム・デアフライシュッツ』(後半を略してドムデアと整備班は呼んでる)は、EWACと通信妨害装置を搭載してるため、そうした運用に特化してるんだが、単機で挑めってひどくない?

 

 兵器はあれど人はなし。

 

 ジオンの人員不足はおそらく戦中に解決することはないだろう。

 

 とにかく夜間に先行して、朝方に所定のポイントに到着。

 

 キャリフォルニアベースにて、新装備として試製ビームスナイパーライフルを渡されているが、上からの命令じゃなかったら使いたくなかったな。

 

 これは試製ビームバズーカを軽量化したやつで、ビームスナイパーライフルなんて言ってるが、要は急造品のビームライフルだ。

 

 E-CAP技術のテストのために作られたやつで、ゲルググが装備しているやつのプロトタイプ。

 

 それを改造して出力と射程を向上させた……と資料にあった。

 

 こいつ、ろくにテストされてないんだよね。

 

 試作品を即座に実戦投入するなんてさぁ。

 

「技術屋ってこれだからなぁ……」

 

 まあ、自分もその技術屋のはしくれではありますが。

 

「それでも仕事はしますけどね」

 

 大佐から、使えなかったら下がってよいと言質はとってある。

 

 この銃、ビームバズーカよりは軽量だけど、長身だしサブジェネレータ搭載でまだまだけっこうな重量があるんだよね。

 

 サブジェネレータと改良型コンデンサによって、ビームバズーカの欠点だった連射性が改善されている……らしい。

 

 機体の脚を屈折させてライフルを構える。

 

 ライフルに装備された二脚銃架(バイポッド)を展開。

 

 人間でいうところの伏せ撃ちの姿勢だ。

 

 ザクやドムでは不可能だが、逆関節型のこの機体なら可能である。

 

 脚を後ろに畳めば、かなり上体を低くできるからね。

 

 さて、では。

 

 死神のレンズを覗きますよっと。

 



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第155話 Side『もうひとつの箱』

 

 荒野をはしる〜。

 

 なんて心のなかで例の歌を歌いつつスコープを覗く。

 

 目的の施設はすでに臨戦状態のようで、暁光を浴びて装甲を真っ赤に輝かせるMSが見えた。

 

 量産型ガンキャノンが2、ガンタンクが2。

 

 資料で見たジムもどきは見当たらない。まあ、すぐ出てくるだろう。

 

 戦闘車両も見つからないし、外観的には軍事基地という感じはしない場所だ。

 

 コンソールに映った時計がミッション開始の時刻を告げる。

 

 照準を合わせ、トリガーを引く。

 

 放たれた光条は、ガンキャノンの右脇腹を貫いて、更に奥のガンタンクにまで命中した。

 

 ガンタンクは砲弾に誘爆したようで、盛大に爆発する。

 

 開戦の狼煙としては上々だ。

 

 大気中でビーム兵器を使うのは不安だった。

 

 風や湿度で簡単に弾道が曲がるからだ。敵方が撹乱膜を張っていれば無効化もされる。

 

 収束率を高めたというのは伊達じゃないようだ。

 

 けど、次弾までのチャージに18秒もかかる!

 

 仕様では7秒程度と聞いていたのに、2.5倍も差があるじゃないか。

 

 敵がこちらに砲弾を叩き込んでくる。完全にこちらの位置を把握してるわけではなく、場所特定と行動を制限するためのものだ。

 

 位置は特定されていないが時間の問題だろう。姿勢を低くしたまま移動開始。

 

 無限軌道はホバーほどの速度は出せないがこういうときに便利だ。

 

 森の周囲には、複数の地雷が設置されていることをこちらのセンサーは感知済みである。

 

 この際対人用の地雷は無視。こちらに大したダメージを与えることはないから。ただ、音はするので場所がバレるがそれはまあいい。

 

 MS用のトラップがどうも少ないな。森側からの侵入を想定していないなんてことはないと思うが。

 

 コンソールに『銃身冷却完了』の文字が浮かぶ。

 

 膝立ちでライフルを構え、量産型ガンキャノンに向けて引き金を絞った。

 

 放たれた赤い閃光は、途中で不自然に曲がり、標的の左肩を粉砕して蒸散。その衝撃でガンキャノンは横倒しに地面を転がった。

 

 もうビーム撹乱膜を張ったか。

 

 ガンタンクの後方、路面が上方に開くと、そこからMSが出てくる。

 

 資料でみたジムに似たMSだ。

 

 ジムよりも痩せ型で、手足が長い。ひょろひょろした印象のMSだ。頭部はジムやガンキャノンに似たゴーグル型。

 

 それが3機地下から登場してくる。

 

 ライフルのチャージが済んでたら撃ったんだけどな。

 

 他の場所からも同じMSが出てくる。

 

 その頃には、ゼクス大佐が率いる本隊が到着していた。

 

 空中からの砲撃で、意識を森に向けていたガンタンクの背部が吹き飛ぶ。

 

 ドダイを飛び降りたゼクス大佐たち5機のMSと、地下から出てきた連邦のジムもどきが交戦に入る。

 

 前半の仕事を終えた僕は森に潜みながら、スコープで戦闘を観戦だ。

 

 ニムバス大尉が懸念してる例の死神が出てきたとき、狙撃するのが残りの任務。

 

 できれば出てきて欲しくはないんだが、ニュータイプであり、EXAMとの精神的な繋がりがあるマリオン少尉がここにあるというので、戦況によっては出てくるかもしれない。

 

 すでにムラサメ研究所にてEXAM搭載機と戦闘し、それを撃破しているニムバス大尉とマリオン少尉もいるし、ゼクス大佐とノイン大尉、おまけでキリシマ嬢までいるんだ、そうそうやられるわけないと思うが。

 

 



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第156話 Side『もうひとつの箱』

 

 その後、地下から出てきたMSたちは全部で8機となった。ぱっと見でわかるほど、かなり良い動きをしてる。

 

 ジムもどきは見た目通り軽量なのだろう、ホバー機動で近づくキリシマ嬢のドムから素早く距離を取り、マシンガンの掃射を浴びせる。

 

 背後を取ろうとしたノイン大尉の動きをもう一体が牽制。機を逃したノイン大尉のドムに、キリシマ嬢を追いかけると見せかけた先程のジムもどきが、ビームサーベルで斬りかかる。

 

 ノイン大尉はとっさにバズーカを犠牲にして回避。武装をマシンガンに切り替え牽制し、追撃を避ける。

 

 キリシマ嬢に対しては3機目が射撃を繰り返して近づけさせないようにしてる。この機体はビームスプレーガン持ちだ。

 

 撹乱膜が張られたなかではビームは大した効果を発揮しない。だが撹乱膜は長時間効果を維持できないし、大気中では風によって拡散してすぐに薄れやすい。当然、至近距離で放たれたビームが減衰しきる前に命中すれば、それなりの威力を持つ。

 

 拡散された光条のひとつでも動力部に当たれば、そのプラズマ熱で誘爆する可能性もあるから、避けずに突貫なんて芸当は、さすがのキリシマ嬢ですらしない。

 

 操縦者の練度と士気が高い。個の技量だけでなく、連携が取がとれている。

 

 ニムバス大尉とマリオン少尉のほうにも、4機が相対している。

 

 短銃身のキャノンを左肩に装備した機体と、ビームスプレーガンを装備したタイプが2、マシンガン装備が1だ。

 

 ニムバス大尉とマリオン少尉の機体は青く塗られたゲルググG型。

 

 G型といっても新規で生産されたものではなく、地上用パックを背中に装備した機体だ。

 

 大尉の機体は全身青く、肩の装甲だけが赤く塗られた仕様。

 

 少尉のものは宇宙で使われている一般機と同じグレーのカラーリングだが、両肩を青く塗っていて、センシティブ能力を上げるためにゲルググキャノンの頭部に換装されている。

 

 大尉がヒートソードの二刀流で切り込みをかけるが、ジムもどきたちはそれに付き合わず、距離を取りスプレーガンで地面を狙ってくる。

 

 地上用MSの弱点は脚だ。

 

 特にドムやゲルググのようなホバー機は脚部に推進剤とホバークラフト用のエンジンを積んでいるため、ビームを受ければ爆発間違いなし。

 

 そうでなくても、脚が使えなくなればMSは動けなくなる。

 

 必ず2体以上で一機を狙う戦法で、ニムバス大尉の動きを掣肘。マリオン少尉がフォローしようとするも、こちらも残りの二機が阻む。

 

 俊敏さを活かして自分たちにとって有利な距離を維持している。

 

 間違いなくエース級の動きだ。

 

 ただ、防御に特化した消極的な動きともいえる。やられはしないが、敵を撃破できるものではない。

 

 時間稼ぎか?

 

 一瞬、他の基地から増援がやってくるのを待っているのかと思ったが、この極東には即応できる連邦陣地は存在していないはずだ。

 

(やっぱり、ペイルライダー待ちか?)

 

 大佐の方を見ると、転倒していたガンキャノンをヒートクレイモアで串刺しにして止めを刺した後、ジムもどきと一対一の交戦中だ。

 

 このジムもどき、他の機体とは明らかに違う。

 

 頭部全面が、クリアゴーグルで覆われており、中の機器類が発光しているのが見てわかる。ツインアイではなく、非可動式の単眼だ。

 

 頭部の全体的なシルエットとしては、ガンダムXのビットMSにそっくりだ。

 

 全身のディテールはジムよりガンダムに近いから、区別のためにガンダムもどきと呼ぼう。

 

 新型ガンダムかな? いや、試験機かもしれない。

 

 武装は前世のアニメで見慣れたミドルシールドと、ビームライフルだ。

 

 高性能機体のようだが、それだけでは大佐の相手はつとまらないだろう。

 

 大佐は、やや手間取っている友軍のフォローに早々に入ろうと考えたのだろう。

 

 一気に距離を詰める。

 

 ザクS2の瞬発力はかなりのものだ。耐G適正の高い人間でなければ殺人級の高機動で間合いに入る。

 

 だが動きを読んでいたのか、ガンダムもどきは後方に下がることはせずあえて前に出た。

 

 大佐が使用しているヒートクレイモアは威力が高く、最大出力ならばジムの扱うビームサーベルすら切断(・・)できる。

(本当に切断するわけではないが、出力差によりビーム刃を磁界で一瞬無力化することはできる)

 

 けれども大振りな実体剣である分、慣性によって動きにクセが出やすく小回りが効かない。

 

 ザクのヒートクレイモアを振るう腕を、ガンダムもどきはシールドで打ち払いながら斬撃を外に流し、身体を入れ替えるようにして間合いを取る。

 

 大佐とてただ抜かれるわけではない。

 

 バックパックのサブアームに懸架したショットガンを放つ。

 

 ルナチタニウム合金の弾芯を用いた特殊弾は、破壊力よりも対MSストップ能力を重視したものだ。

 

 射程こそ短いが、至近の一撃でジムならば吹き飛ばす。

 

 しかし相手はシールドを手放して犠牲にすると、ビームライフルを撃った。

 

 赤い光条は素早く身を低くしたザクが背中に懸架していたバズーカの砲身を灼き、溶断する。

 

 咄嗟にサブアームから分離させなければ、熱により弾倉が誘爆したことだろう。

 

 致命傷を避けつつ、ゼクス大佐は左腕のヒートロッドを伸ばす。

 

 相手は飛んで避けたが、先の一撃は牽制だ。

 

 振りかぶったヒートクレイモアの一撃が、ガンダムもどきの胴を溶断する――はずだった。

 

 2機の間にビームが撃ち込まれる。

 

 素早く避けた大佐。

 

 ――どこからだ?

 

 こちらのレーダーには何も映っていない。

 

 光学系はダメ。

 

 音紋と熱源探知は――ヒット。

 

「大佐!」

 

 即座に見えない敵の位置情報を送る。

 

 大佐のザクS2の前に、ゆらり、とそいつは現れた。

 

 



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第157話 Side『もうひとつの箱』

 

 

 蒼白い陽炎のようなものを纏った、人型(シルエット)

 

 何もない空間から幽鬼のごとく現れた蒼いMSだ。

 

 もちろん本当に姿を消しているわけでも、大気を揺らめかせているわけじゃない。これはミノフスキーが見せる光学系欺瞞(まぼろし)だ。

 

 カメラを切って肉眼で見れば、はっきりと姿が見えるはずだが。

 

 コックピット前の防弾シェルターを開放し、強化ガラス越しに戦場を見る。(狙撃用に導入した。この機体の装甲では、どのみち当たれば終わりなので)

 

 肉眼と光学系カメラと対物レンズを使用したスコープを併用して、敵の位置を掴む。

 

 全身蒼い。

 

 連邦MSによくあるようなゴーグル型の頭部ではなくバイザー型。ところどころにあるセンサーだろうか? 赤く明滅しているのが不気味だ。

 

 ――推定、『死神(ペイルライダー)』。

 

 頭部の形状のせいか、人型なのにより無機質で不気味な印象を見る者に投げかける。

 

「まあ、撃てば止まるだろ」

 

 ビームスナイパーライフルの照準を素早く合わせ、引き金を引く。

 

『OAAAAAAAAAAA!!』

 

 突如響いた叫び声とともに()が消えた。

 

 亜光速のビームを飛んで避けた『死神』は、右の前腕に取り付けてあるビームサーベルを、大佐と対峙するガンダムもどきに振るった。

 

 友軍だと思っていたのだろう、虚をつかれた様子のガンダムもどきであったが、とっさに投げ捨てたビームライフルを犠牲にして飛び退る。

 

「いやああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 っ!?

 

 今度はなんだ?

 

「マリオン少尉! どうした、落ち着け!」

 

 ニムバス大尉の焦った声。

 

 マリオン少尉のゲルググは手足を子供のようにハチャメチャに動かしながら転倒する。

 

『OAAAAAAAAAAA!!』

 

「来ないでっ! 私の中に入ってこないでぇぇぇ!!」

 

 どこからか響く謎の叫びと、マリオン少尉の慟哭が重なる。

 

 この謎の叫び、以前北米で出会った機体と同じ仕組みか?

 

 マリオン少尉はニュータイプだから、『死神』に感応して正気を失ったか?

 

「マリオン少尉! 機体を立て直せ!」

 

 彼女の機体は、他のエース級パイロットと同じくリミッターとオートバランサーを切っているはずだ。

 

 コンピューターで機体の姿勢制御をしないぶん、より高度な機動、細やかな操縦を行えるけど、ちょっとの操縦ミスで今みたいに転倒することになる。

 

「くそっ! ウゼえんだよこの声は!」

 

「前の時と同じか!? 頭が締め付けられる!」

 

 キリシマ嬢とノイン大尉も影響下にあるようだ。

 

 転倒してもがくマリオン少尉のゲルググに、チャンスと見たジムもどきが2体、ライフルの銃身を向ける。

 

「マリオン!」

 

 ニムバス大尉が射線に飛び込む。

 

 マシンガンの掃射にさらされ、左腕が吹き飛び、さらに撃ち込まれた砲弾が左脚を吹き飛ばした。

 

 ヒートソードを十字に構えてコックピット前面は守っていたが、こうなると動けない。

 

 トドメ、とばかりに3機目がビームサーベルを抜いて迫る。

 

 僕のスナイパーライフルは冷却が終わらない。撃つたびに冷却とチャージの時間が伸びてやがる。

 

 フォローは間に合わない。

 

 ニムバス大尉に突き出されたビームサーベル。だが、その刃は届かなかった。

 

 飛び込んできた『死神』が、背後からジムもどきにビームサーベルを突き立てたのだ。

 

 



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第158話 Side『もうひとつの箱』

 

 完全に暴走してるな。

 

 友軍であるはずのジムもどきを屠って、ゆっくりと『死神』は振り返る。

 

 ジムもどき達は、何が起きたのか把握しきれていないのか、呆然と立ち尽くしていた。

 

『OAAAAAAAAAAA!!』

 

 再度、暴走した声を張り上げて『死神』は連邦のMSへと飛びかかる。

 

 右前腕のビームサーベルから光弾が飛ぶ。どうやらビームガンとしても使用可能のようだ。

 

 ジムもどきはなんとか盾でライフルの一撃を凌いだが、盾ごと左腕を吹き飛ばされ、後方に転倒。

 

 そこに『死神』が降り立ち、コックピットへビームサーベルを突き立てた。

 

 ここに至って、残りのジムもどき達はこの蒼い機体が味方ではなく、狂人だと悟ったようだ。

 

 同僚の仇とばかりに、何体かが『死神』へと銃口を向ける。

 

「やめてぇぇぇぇぇぇ!!」

 

『死神』が手近いジムもどきに飛びかかろうとしたとき、マリオン少尉の悲痛な叫びが響き渡った。

 

 何かの拍子に拡声器のスイッチが入ったのか。

 

『死神』はその声に反応して、擱座したままの少尉のゲルググへと飛びかかる。

 

 ニムバス大尉が腕部の機関銃で牽制するが、相手はそれを難なく躱すと、代わりに動けない大尉の機体へと標的を定めた。

 

 やられる、と誰もが思った。

 

 だが、大尉のゲルググと『死神』の間に割って入ったのは、連邦のMS――ガンダムもどきだった。

 

 相手のビームサーベルを同じくビームサーベルで受け止める。

 

「そこのジオン! どっか行ってろ! 騒がれるとクソうるせぇ!」

 

 拡声器から放たれた連邦兵の声は若い、というより子供のようだった。

 

『OAAAAAAAAAAA!』

 

 頭に響き続ける叫び声。

 

『死神』は跳躍後に宙返りを決めると見事に着地、左腕からワイヤーアンカーを撃ち出す。MSの常識を超えた、とんでも挙動だ。

 

 ガンダムもどきを狙ったその一撃は、割り込んだゼクス大佐の大剣に切り払われた。

 

 切断されたワイヤーから、電流が弾ける。

 

 ヒートロッドだった。

 

「ニムバス大尉! 機体を捨ててマリオン少尉を保護しろ!」

 

 高速でビームサーベルを繰り出してくる相手をいなしながら、大佐は指示を出す。

 

「くっ! しかし大佐!」

 

「君が少尉の機体を操縦するんだ。作戦区域から離脱しろ。どのみちその状態では足手まといだ!」

 

「私は! ……了解しました」

 

 プライド傷ついただろうなぁ。でもさすがというべきか、大尉は足の効かない機体を這わせて、転倒したまま今では微動だにしないマリオン少尉のゲルググにたどり着くと、万が一にも暴れないように上から手足を抑え込むようにしてから、自身は機体から飛び降りた。

 

 マリオン少尉のゲルググのコックピットハッチを緊急ボタンで開放すると、素早く中に乗り込む。

 

 その間、ゼクス大佐は先程の連邦兵とタッグで『死神』とやりあっていた。

 

 どうも違和感があるんだよな。

 

 EXAMやHADESといったAIに、戦略、戦術といった思考があるわけではないはずだ。というより、そんな高度なものをAIが組めるはずがない。

 

 事実、目の前の推定HADES機はめちゃくちゃに動いており、その攻撃対象もランダムに思える。

 

 しかし、この戦場に響く叫び声と、マリオン少尉の異変。なんらかのサイコミュシステムを搭載してるんだろうか。

 

「試してみるか」

 

 そう口にして、僕はスナイパーライフルを構えた。

 

 



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第159話 Side『もうひとつの箱』


 お腹壊して倒れてました。


 

 狙撃スコープで『死神』の背中を覗く。

 

 背部にはバックパックとジョイントで繋がったロケットのようなスラスターユニットがある。

 

 このジョイントアームはある程度自由に動くようで、スラスターの位置を調節できるみたいだ。

 

 これで強引に軌道を変えて動いているんだろう。先程の宙返りもこいつを使って行ったようだ。

 

 間違いなく無人機。

 

 そうでないなら、パイロットは強化骨格を有した強化人間ということになるが、連邦もジオンもまだ強化技術(プラス・テック)は確立していないはずだ。

 

「大佐、これより狙撃します。おそらく超反応で躱されるんで、そこを全力で仕留めにいってください」

 

「策か?」

 

「いえ、確認です」

 

 それだけを告げて、狙いをつける。

 

 ライフルのエネルギー充填は済んでいる。

 

 相手はゼクス大佐のザクと、ガンダムもどきに夢中だ。

 

 背中からの狙撃。本来なら避けれないはず。

 

 殺意(・・)を込めてトリガーを引こうとした瞬間、『死神』は急に向き直り、こちらへと突進を開始した。

 

 あーなるほど。

 

 やっぱりこちらの殺意(・・)敵意(・・)に反応してるんだな。

 

 サイコミュシステム持ち。

 

 ジオンでも研究中のそれが、なぜ連邦でできているのかわからんけども。しかも無人機で。AIはサイコミュ使えるのか?

 

 蒼白い炎を機体の各所から吹き上げて『死神』が迫ってくる。

 

 10Km近く離れているのに、こちらの位置を正確にトレースしてる。

 

 大佐が回り込もうとするが、『死神』の速度は異常だ。

 

 むう、殺意込めすぎたかなぁ。

 

 こちらの意識に反応してるなら、その大小で標的を選んでるのだと思った。だから、即座に大佐が動けば標的はそっちに移ると思ったんだがなぁ。

 

 そんな考えをしているうちに、相手はもう目前で、ビームサーベルを振りかぶってくる。

 

「格闘戦は苦手なのに」

 

 予備兵装のヒートナイフで、一撃をかろうじて受け止める。

 

 ナイフで止めた左腕部に異常を感知。

 

 相手の力が強すぎて、負荷がかかってる。

 

 まずいな。

 

「どらっしゃあああああああ!!」

 

 品のない雄叫びとともに、キリシマ嬢が乱入。

 

「さっきから『オギャアオギャア』とうっせぇんだよクソ虫がああ!」

 

 え、そんなふうに聴こえる?

 

 ともかく殺意マシマシのキリシマ嬢によって、『死神』のターゲットが変わる。

 

 やはり、対峙する相手の殺意の高さによって攻撃対象(ヘイト)を変えてるようだ。

 

 それなら簡単だ。

 

 確認をとるために拡声器のスイッチをオンにする。

 

「あーそこの連邦兵。確認だけど、その蒼いMSは無人機で、暴走してるのかな?」

 

 ガンダムもどきに乗ってるパイロットに声をかけたつもりだが、返事はない。

 

 まあそりゃそうだ。なし崩しで共闘するような形になりかけているが、お互い敵同士だからね。

 

 ん?

 

 ガンダムもどきの頭部、ドーム型バイザーの中に見える機器が、一定の周期で明滅しはじめる。

 

 こりゃ光信号だ。

 

 内容は――通信回線の番号だった。

 



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第160話 Side『もうひとつの箱』

 

 指定されたチャンネルに、部隊内のオープン回線で繋ぐ。

 

「やあコンニチハ(・・・・・)、連邦さん」

 

「こんにちは、ジオンさん」

 

 通信から聞こえてきたのは女の声。たぶん若い。

 

地球連邦軍技術開発局極東支部(E.F.F.T.D.J)所属の、カスミ・キサラギ支部長よ。施設から通信してる。悪いけどふざけてる時間はないの、本題を言うわ」

 

 早口でやたらハキハキとした口調。仕事できるけど、ゴーイングマイウェイって感じで他者に嫌われるタイプかなー。

 

「貴方達が対峙してる蒼い機体は無人機よ。不完全な(・・・・)ね。貴方達が推察した通り、人の殺意の高さに反応して攻撃を加える」

 

 頭いい人だな。こちらが相手の仕様を見抜いたことを察してる。

 

 それに実務的だ。

 

「対象の優先順位は、殺意が高いもの、AIが脅威度が高いと判断したもの、動くもの、の順よ。それ(・・)は、頭部に収まってるわ」

 

「ふーん。頭を壊せと?」

 

 欠陥品の処分をこちらに押し付けるのはどうかと思うぞ。もちろん、作戦遂行のために破壊する気はまんまんだけど、やり合ってるところ後背を突かれたんじゃたまったもんじゃない。

 

「あれは人類史において、あってはならない物よ。だから、貴方達(ジオン)に破壊してもらいたいの。それと、この通信は記録してないわ」

 

 ジオンの襲撃で壊されたことにしたいのね。

 

「そちらを信用できないな。本来敵同士だ。うちらがあいつとやり合ってる間に、後ろから撃たれたくない」

 

「アレは一度起動したら、作戦区域の動くもの全てを殲滅するまで停まらない仕様らしいわ」

 

 停まらないらしい(・・・・・・・・)

 

 彼女も全容は把握していないのか。

 

「とにかく全員でぶっ倒せばいいってことだろうが。クソ面倒くせぇ」

 

 回線に威勢のいい少年の声が飛び込んでくる。ガンダムもどきに乗ってたパイロットのものだろうか。

 

 彼は《死神》と対峙するゼクス大佐を支援するように機体を動かしている。出会ったばかりの、しかも敵軍兵の動きに合わせるなんて、かなりの腕前だ。

 

「とのことですが、大佐?」

 

「標的を蒼い機体に切り替える。ノイン動けるか?」

 

「はい、なんとか」

 

 んー苦しそうな声だな。こうしている間にも、頭の中に叫喚は響いている。

 

「ノイン、君はニムバス大尉とともに戦線を下がれ。キリシマ曹長! 君もだ」

 

「ああ!? このアタシに下がれってのか!!」

 

「動きが粗すぎる。冷静になれないのなら邪魔だ」

 

「くっそ!」

 

 口は悪くてバカだが、彼女は愚かではない。勢い任せの自分の動きが、大佐たちの行動を阻害していることは理解していたのだろう。

 

 《死神》は殺意の高い相手を攻撃する。

 

 その点では、キリシマ嬢は囮として使えるが、普段よりも動きが悪すぎる彼女では、早々に撃破されてしまうだろうからね。

 

 おとなしく下がろうとするキリシマ嬢の機体に攻撃を仕掛けようとする《死神》を、連邦のジムもどきが抑える。ふむ、本気でこちらに協力してくれるようだ。

 

「中尉、君は正常だな?」

 

「そうですね。問題ないかと」

 

「僥倖だ。連邦軍含めて、オープンチャンネルを開いたままにしてくれ。私らがやつの動きを止めたら、遠慮なく撃て」

 

「了解。問題は、あと1発ぐらいしか撃てない点ですがね」

 

「君ならできるだろう」

 

「努力はしますよ」

 

 ビームスナイパーライフルのエネルギーCAPは、使うたびにかなりの消耗をしてるようだ。出力と射程の低下が著しい。

 

 いくら試製とはいえ、これじゃ現場では使いづらい。改善案を提出しておこう。生きてたら。

 

 



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第161話 Side『もうひとつの箱』

 

 スコープを覗いて、照準を合わせる。

 

 それだけでは《死神》は反応しない。

 

 けど、いざ撃とうと少しでも気持ちを込めると、物凄い勢いで射線を外す。

 

「どうなってんだクソ! やつの推進剤は無限かよ!」

 

 連邦兵の誰かがぼやく。

 

 だよねぇ。

 

 ゲーム(セガ・サターン)で見たブルーディスティニーと同じ、高速すぎる動きを繰り返しながら、次々と標的を変えて襲い掛かる《死神》。

 

 加速のための推進剤はとっくに切れてるはずなんだが、それでも速い速い。

 

 おそらくユニコーン系が放出するようなサイコ・フィールドによるトンデモ(・・・・)なんだろう。

 

 この時代、まだサイコ・フィールドなんて言葉は生まれていないけどね。

 

 スラスター光も見えないので、増幅した感応波がどういう理屈か、斥力なり何なりを発生させているのだろうか。

 

 アニメでも、本来なら先がひしゃげて不可能なはずのウェーブライダー突貫や、ビームの出力を上げる、または高出力ビームに耐えるなど、サイコ・ウェーブてしてみせている。

 

「うわぁ! 来るな! 来るんじゃねぇ!」

 

 あまりに非常識な光景に、キャノン装備をしたジムもどきのパイロットが恐慌の声を上げる。

 

 闇雲に砲弾をバラマキ、あろうことか背中を向けて逃げようとした。

 

 その隙を《死神》は逃さない。

 

 説明では人の殺意に反応するということだったが、それだけじゃないようだ。

 

 明らかに戦意を喪失した相手に追いすがる。

 

 対象への恐怖もトリガーのひとつなのだろう。先に混乱して擱座したマリオン少尉を狙ったことも説明できる。

 

 撃てば助けることもできるだろうが、当てるのは無理だろう。

 

 彼には犠牲となってもらう――と思ったところで、大佐が動いた。

 

 ヒートロッドをうまく《死神》の左腕に絡ませることに成功。

 

 飛びかかろうとした瞬間を狙われた《死神》は、空中から引きずり降ろされて、無様に地面に倒れ込んだ。

 

 流し込まれた電流でショートと思いきや、《死神》は炸薬ボルトで左腕部をパージ。さらに跳ねるような動きで飛び起きて、右腕部のビームガンを撃つ。

 

 光弾はザクの右肩のシールドを吹き飛ばした。

 

 大佐は一気に距離を詰め、ヒートクレイモアで薙ぎ払おうとするも、左腕が上がらず機体のバランスが崩れて止まった。

 

 《死神》を止めたときに、関節部に負荷がかかり過ぎたのだ。

 

 一方それは《死神》も同じだった。

 

 動こうとしたとたん膝をつき、ぎこちない動作で震える。

 

 あれだけの機動を繰り返していたのだから当たり前だ。本来ならとっくにバラバラになっていてもおかしくない。フレームが破断し始めたんだ。

 

 MSのフレームには、高性能形状記憶合金(H.E.S.M.A)(High.Efficiency.Shape.Memory.Alloyの略)が使われている。

 

 アニメ1stガンダムに出てきた、ランバ・ラル大尉のグフのサーベルに使われていたあれだ。

 

 一定の電圧をかけることでこの金属は伸び縮みをし、損耗による自身の亀裂(クラック)なども修復する。MSの関節にはすべてこれが使われている。

 

 旧式のザクなどが多少メンテをサボり、ラボ行きなどしなくても動くのは、こうした素材の恩恵でもある。

 

 けど、いくら自己修復が可能といっても限界はある。負荷が勝れば当然破断し、そうなれば機能しなくなってしまうのだ。

 

 動けなくなった《死神》。そこにガンダムもどきが背後から飛びつく。

 

 後ろから羽交い締めにして拘束した。

 

「今だスナイパー! やれ!」

 

 おー勇気ある行動だ。

 

 カスミという女性の言葉通りなら、頭をぶち抜けばよいようだ。それなら、勇気ある連邦兵を巻き添えにせずに済むかもしれない。

 

「早くしろ!」

 

 と言われても、オートパイロット(・・・・・・・・)なんだからしょうがない。

 

 何度となく試した結果、《死神》は人の感情には反応するが、機械的なもの――つまりオートパイロットによる動作には一切反応を見せなかった。

 

 なら簡単だ。

 

 照準を手動でつけてやり、あとは射撃タイミングをAIに任せればいい。

 

 放たれた光は、若干右にそれた。それでもプラズマ化した高温の熱線だ。相手の頭部を融解、爆発させる。

 

 ついでに後方の連邦MSの頭部も吹き飛ばしてしまったが、コックピットが頭部にない限りはパイロットは生きてるだろう。

 

 違ったらごめん。

 



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第162話 Side『もうひとつの箱』

 

 戦闘後、連邦は即座に降伏した。

 

 こちらの後続部隊――主に施設占領のための歩兵だ――が合流したときも、基地内の人間は一切抵抗せずに大人しく指示に従った。

 

 基地内の人員の南極条約に法った生命の保証を条件に、各種設備、特にマスドライバーの譲渡を連邦は受け入れた。

 

 基地内の人員はほとんどが非戦闘員で、まともな軍事訓練を受けていたのはMSパイロットのみというとんでもない有り様。

 

 カスミ・キサラギ女史も、軍属ながら正式な階級は持たず、中尉相当の待遇扱いだった。

 

 いくら何でも扱いが雑すぎ。

 

 ここルナ2の補給線のひとつじゃないの? けっこう大事な施設だと思うんだが、そうでもないの?

 

 率直に疑問をぶつけたら、女史いわく――「昔から連邦の日本(・・)の扱いはこんなものよ」とのことだった。

 

 ジオンが行った隕石落としで起きた津波で、太平洋側の平野部は壊滅的被害を受けたらしいが、政府は難民の支援すら行わなかったらしい。

 

 連邦としては、ルナ2に送る食料品や日用品を生産、輸送できる場所が無事なら、他はどうでも良いと考えているようだ。

 

 ともかく、捕虜となった人々は、北米ジオンの人道的収容施設へと送られることになる。

 

 あと、この基地の地下に、兵器の自動組み上げを行う設備が、2ライン設けられていた。

 

 ここで先の戦闘で見たジムもどきたちを製造していたらしい。

 

 尋問でわかったことだが、あれらは連邦のMS開発のテストモデルだそうだ。

 

 連邦は生産組み上げ設備のある施設をいくつか見繕って、試作機を作らせ、それらのデータを集約し量産に耐えうるMSを開発しようとしていたようだ。

 

 驚いたのは、これらの運用を200人足らずの人員で賄っていたという事実。

 

 ジオンでも、MS1機の整備には20から30の人手が取られる。それも専門の知識を有した人間、と注意書きを添えてだ。製造と組み立てとなればさらに倍加する。

 

 が、連邦のこの施設は、製造だけでなく同じ人数で5機まで整備ができる。

 

 ジオンのCAD/CAMより優れた機械だ。

 

 とはいえ、設備自体は大きくて、ジオンのものとは異なり安易に移設することは不可能。敷設する場所もそれ専用に空間を確保しないとならない。

 

 それを差し引いてもこの製造力は驚異的だな。今は資源不足で想定されるほどの稼働率を出していないようだが、その点が解消されれば数でこちらを圧倒するのは容易だろう。

 

 マスドライバーもそうだが、高性能な製造施設がまるまる手に入ったのは僥倖だ。

 

 さて、撃破した『死神(ペイルライダー)』だが、この施設の責任者たるキサラギ局長によると、ムラサメ研究所から持ち込まれた機体であり、やはり無人機だったようだ。

 

 問題は、その戦闘システムの根幹を成す『A.N.U.B.I.S(アヌビス)』。

 

 Anti(排斥).Newtype(ニュータイプ).Umpire(裁定).Buster(破壊する).Ideal(理想の).Systemの頭字語(アクロニム)で、意味合いとしては、対ニュータイプ戦用システムといった感じかな。

 

 原作の『H.A.D.E.S』や『E.X.A.M』と同じアンチ・ニュータイプ兵器だが、問題なのはハードウェアに人間の頭脳を使っていることだ。

 

 実物と研究資料は、開発責任者が自殺するとともに破棄してしまったので確証となるものはないが、キサラギ女史が開発者へ事前に詰問した際の解答によると、自我の曖昧な子供の脳(・・・・)を使っているそうだ。

 

 培養槽に入れられ固定された頭脳をコンピューターと直結させ、子供特有の悪意への感応力を増幅して利用する。

 

 機体の動きはすべてコンピューターで管理し、攻撃への反応は生体部品を使うというわけだ。

 

 敵機への反応、駆動系の補助。

 

 仕組みとしては、原作のバイオセンサーやバイコンピューターに近い。

 

 欠点は、一度起動してしまったら、停止信号すら無視して、壊れるかオーバーヒートするまで見境なく攻撃すること。

 

「無人機としてはとんでもない欠陥品よ」

 

 と吐き捨てたのはキサラギ女史。

 

 この人色々聞いていったら、連邦MSの教育型コンピューターAIを作った人だった。

 

 何でそんな重要人物がこんな僻地に居るの? と聞いたら、一言「左遷」と返ってきた。

 

 基礎プログラムを確立したことで用済みとなり、研究メンバー共々ジャブローからこの場所へ移動させられたようだ。

 

 自分の研究成果にこだわりがあるタイプで、妥協することがなく、そのせいで上部との軋轢があったらしい。

 

 ただここではある程度自由に開発研究が行えていたらしく、大きな不満はなかったようだ。

 

 ムラサメ研究所から来た、あの蒼い欠陥品の暴走がなければ、私の子たち(・・・・・)はもっとできた、なんてのたまう始末。

 

 なんでも、ガンダムもどきとジムもどきに搭載されていたAIは次世代機搭載予定の試作品で、完成すればミノフスキー粒子下でも相互データリンクを可能にし、戦場戦局の情報を集積して、パイロットに的確な戦術を提言することが可能らしい。

 

 Z.E.R.Oシステムですか?

 

 さらにガンダムもどきの方には自己判断し、機体の自律操縦を可能とする対話型疑似人格AIが組み込まれていた――ペイルライダーと一緒に頭吹き飛ばしちゃったけど――らしい。

 

 A.L.I.C.Eシステムか!?

 

 戦闘中の各機の規律の取れたMSの動きは、このシステムによって確立されていたようだ。

 

 とんでもねえ天才だな、と思い、システムの仕様書を接収して覗いたら、そこに驚愕する一文字を発見した。

 

『∀』

 

 あ。こりゃやばいや。

 

 



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第163話 Side『もうひとつの箱』

 

(ターンエー)」の文字について確認するため、キサラギ女史を呼び出したところで、基地内の施設を調査していた班から報告が入った。

 

 マスドライバー区画のさらに地下へと続くエレベーターを発見したとのこと。

 

 そしてその地下には不思議な建造物があり、金属製の扉があったが開けることができなかったそうだ。そしてその扉には「∀」の文字がプリントされている。

 

 女史に問うと、「この文字を知っているなら、貴方なら入れるかもしれない」と言われ、共にその区画へと向かうことになった。

 

「しかし古いエレベーターだね。これ、いつからあるものなのかな、キサラギ博士」

 

「カスミでいいわ、中尉さん」

 

 黒い長髪、私服らしいブラウスとタイトスカートに白衣を羽織った彼女は、自分の立場が捕虜だと自覚してないのか、周りを取り囲む銃を持った兵士にたじろぐ様子もない。

 

「このエレベーターは、連邦が成立する前に日本政府が作ったものらしいわ」

 

「となると、下手したら100年以上前のものってことかな。まだ動くようでなによりだね」

 

 赤錆の浮きまくった金属フレームで囲んだだけのエレベーターは、ゆっくりと斜め下へ降りてゆく。

 

「聞きたいんだけど、なぜ僕ならその区画に入れると?」

 

「ひとつは、『(ターンエー)』の文字の意味を知っていたこと。もうひとつは、貴方が私と同類だからよ」

 

「同類とは?」

 

「貴方、あの蒼い機体をどう思う?」

 

 質問に質問で返さないで頂きたい。

 

 まああの機体は、欠陥品だ。感受性の強い子供の脳を使って、敵意への過剰反応を強制的に起こし、リミッターを解除した機体で強襲する。

 

 自身が動けなくなるまで敵味方関係なく暴れまわるバーサーカー。

 

 しかもその仕様上――同士討ちしちゃうから――単騎で扱わなければならない。

 

「わざわざMSに搭載しないで、ミサイルにでも詰め込んだほうがよっぽど有意義じゃないかな」

 

 ミノフスキー粒子の影響を受けず、敵に向かって精確、かつ迎撃を避けながら飛翔するミサイルとか。つまりはファンネルミサイルである。

 

 そうつぶやくと、カスミ女史はにんまりと笑った。

 

「そう。だからアレは欠陥品。わざわざMSに搭載する意味がない。貴方も、人を使い捨ての資源としか見ていないタイプの人間てことよ」

 

 彼女は笑うと同時にエレベーターが停まった。

 

 そこはだだっぴろい空間で、僕の目の前には、銀色の巨大な壁が見える。

 

 壁の正面には「∀」の文字が、赤く明滅していた。

 

「この壁の材質は未知のもので、傷一つつかんのです」

 

 調査をしていた技師がそう答える。

 

 扉のようにも見えるが開け方がわからないので、強引に突破するために、爆薬を試みたが無駄で、レーザートーチすら歪められ弾かれたそうだ。

 

 Iフィールドバリアかな?

 

「相当古くからあるものだけど、経年劣化してる様子もないのよね」

 

 カスミ女史が首を捻る。

 

 材質が∀ガンダムと同じものなら、表面はナノスキンで覆われているかもしれない。

 

「カスミ女史、貴女は中に入ったのでしょう?」

 

「ええ。その文字が描かれている場所の正面に立って、手を触れたら入れたわ」

 

 言われた通りに立つ。そして触れる。

 

 触れた箇所から虹色の光がはもんのように広がって、冷えた金属の塊が熱を帯びていく。

 

 そして微かな振動とともに、壁は目の前で左右に分かれ、先へと続く通路が現れた。

 

 奥に進む際に、護衛の一人が犠牲になる。

 

 女史が止めたのだが、頑として譲らなかった軍曹が先頭を歩き、網の目に照射されたレーザーでサイコロ状に切り刻まれた。

 

 唯一の救いは、断面が見事に焼き切れていたため、あまり血が流れず、掃除しやすいことだろう。

 

 どうも認証された人間以外は排除するトラップがいくつも仕掛けられているようだ。

 

 渋る護衛を置き去りにして奥に進むと、そこはドーム状の広間だった。

 

 特になにかあるわけではない、銀色の壁に包まれたドーム。

 

 中央、これみよがしに台座があり、透明なプレートが載せられている。

 

「それに掌を乗せてみて」

 

 言われた通りにすると、プレートが光り、眼の前にいくつものウィンドウがARで展開された。

 

 そこに映し出された一文字。

 

「『BLACK CHRONICLE CODE』か……黒歴史(・・・)、ね」

 

 僕の生体情報をシステムが読み取ったのだろう。

 

 さらにドームの宙空に無数のウィンドウが開き、ある映像が表示された。

 

「これは……すごいわね! 私のときはこんな反応はなかった!」

 

 カスミ女史が背後で驚きに満ちた声を出す。

 

 ARウィンドウに映し出されたのは、アニメ、ガンダムシリーズの映像たちだ。

 

「これは、全部過去に起きたことなのかしら?」

 

 女史の呟き。

 

 でも、そうじゃない。

 

 理解してしまった。

 

 僕はずっと、ガンダム……宇宙世紀の世界に転生してしまったと思っていた。

 

 でも違ったようだ。

 

 この謎のシステム『∀』からあたまのなかに流れ込んでくる情報がそう告げている。

 

 ここは、この世界は『箱』なのだ。

 

 どこかの誰か――『箱』の外に存在するものが観測するために造った世界。

 

 いわば箱庭(ビオトープ)がこの世界の正体なのだ。

 

『箱』外の存在にとって、僕らはうようよする微生物、あるいはデータの羅列でしかないものであり、彼らを愉しませるためだけの玩具なのだろう。

 

「なるほど、ね」

 

 この僕の転生した、という記憶も外部から与えられた偽りの記憶なのかもしれない。

 

 そしてこの『∀』というシステムは、この箱庭に変化を与えるべきカンフル剤といったところか。

 

「私のときはここまでの情報は引き出せなかった。貴方なら、もっと深くまで探れるんじゃないかしら」

 

 女史の言葉にうなずく。

 

 底までさらえるぐらいだ。

 

 このシステムは個人に設定された生体認証キーのレベルに応じて知識を引き出せるらしい。

 

 カテゴライズされていても、未だに膨大なライブラリをざっくりと閲覧していく。

 

 単にガンダム作品の映像記憶があるだけではなく、この世界にて、人類が発見した科学技術がここには蓄えられている。

 

 ふと、ここに来る前、ガルマ准将が言っていた言葉を思い出す。

 

「この戦争を終わらせる鍵、か」

 

 准将、まじでニュータイプかな。たしかにこの『箱』は使い方によっては戦争――というより、今の人類社会を崩壊させかねない代物だ。

 

 そして、旧世紀の日本で研究されたある技術に当たる。

 

「あー准将、見つけてしまいましたよ」

 

 思わず遠くのガルマくんに向けてつぶやく。

 

 戦争を終わらせる鍵。それは間違いなく日本(ココ)にあった。

 



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第164話 Side『連邦、極東にて』

 

 カスミ・キサラギ。

 

 キサラギ重工という、旧世紀――日本においては大正時代以前から続くといわれる――企業の会長の孫娘として生まれる。

 

 彼女が生まれた時、すでに会社はかつての繁栄を失い、ヤシマ重工傘下の下請け零細企業と化していた。

 

 太古の昔に海軍の兵器を施工製造していた関係から、この時代でも連邦海軍の軍需品の一部を製造していた。

 

 彼女は感覚鈍麻の先天性疾患を持っていた。

 

 同時に、自身でも異常と思えるほどの好奇心と探究心を持ち得ていた。

 

 自身が感覚、とりわけ痛覚というものを感じることのない人間だと幼くして理解した彼女は、それを他者に悟られないよう細心の注意を払って隠し通した。

 

 大人になるまでの間、野生の小動物を捕まえ、生きたまま解剖を行うなど、時に他者から見れば、猟奇的な手段でもってその知的探究心を満たしてきた彼女は、自身と他人の感情を数値で表し、コントロールするという思考に行き着く。

 

 キサラギの血を受け継ぐ人間は、得てして、そうした特異性を持っていた。

 

 彼女は自身の発想にのめり込み、大学時代は『次世代型コンピューターのAI』研究に力を入れる。

 

 頭角を表した彼女は、その優秀さから連邦宇宙軍によってジャブローに招聘され、そこで『GM計画』――開戦前より亡命したミノフスキー博士によるMSの情報を手に入れた連邦技術開発部は、MBT(後のガンタンク)、RXM-1(後のガンキャノン)に替わる汎用的な兵器の開発として、『General Mobile計画』を草案していた。(これが後のV作戦の原型となる)――に必要な高性能コンピューターの開発に携わる。

 

 この『GM計画』は当初の予定からは、かなり紆余曲折することになる。

 

 コンピューターの開発は難航した。

 

 高性能なAIは創れる。しかし高度な判断を行うAIは、ミノフスキー粒子の影響をより強く受ける。これまで培った学習能力なども、ミノフスキーの海に浸かれば、一瞬で白紙に戻ってしまうのだ。

 

 カスミを含む技術者たちは、これを克服するためさまざまなアプローチをかけていく。

 

『GM計画』の最終目標は、人の操縦を必要としない完全自律型の兵器を開発することであったが、ミノフスキー粒子という邪魔者によって遅々として進まない。

 

 ミノフスキーの影響を完全に遮断するには、コンピューターを大掛かりな防護設備の中にしまわなければならず、それでは司令部が望む機動兵器に搭載することは叶わない。

 

 とはいえ、研究のための研究をさせている余裕はないと判断した上層部は、計画を変更し、開発途中であったコンピューターに、人物の思考をトレースさせる実験をはじめる。

 

 その対象として選ばれたのがレビル将軍であり、対比者としてジオンのギレン・ザビが選ばれた。

 

 この2つのAIをもって情勢をシミュレーションし、なんとか戦争を回避できないか、と連邦政府は考えていた。

 

 連邦政府としては、率先して宇宙にて戦争をしたいと考えてはいなかったのだ。

 

 もしやるとなれば他サイドへの見せしめとして、徹底的にジオンを潰すつもりではあったが、地球で扱う食料や重要な工業製品まで、生産製造の大多数は宇宙で行っている。

 

 下手に騒ぎを大きくし、それらの米蔵(・・)に火がつけば

 自分たちの宮殿(・・)が傾きかねない。

 

 財界も含めた知見のある人間はそう考えていた。

 

 連邦政府の権威のため、サイド側におもねるような姿勢は見せられない。あくまでも、飼い主として紐を握っているのはこちらだ、ということを駄犬共(スペーシアン)に理解させるため、最小限の火で、彼らの独立という反抗的な思想を焼き尽くさねばならなかった。

 

 そうして新たにスタートした、戦争シミュレーターとしての『GM計画』は、予期せぬ方向へと転がることになる。

 

 



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第165話 Side『連邦、極東にて』

 

 カスミが担当したAIは『ZG(ギレン)』であった。

 

 彼女はこれまでの人生で培った、人間の感情・思考を数値としてトレースするという才を遺憾なく発揮。

 

 後に連邦性MSの根幹を成す高性能コンピューターである、教育型コンピューター《INC》(ナビゲーション・コントロール)システムの開発に成功したのだ。

 

 これまでの電子回路ではなく、新式の光結合回路を用いており、高濃度のミノフスキー粒子の中でもその影響を最小限に抑えることが可能なシステムである。

 

 そしてこれを用いて、対話型AIである『ZG』を、まさにギレン・ザビその人と呼べるまで造り込んだ。

 

 満を持して、連邦政府はとある質問を投げる。

 

「国力30倍の連邦と戦争するにあたり、ジオンはどのような戦略を取るか」

 

 その答えは衝撃的なものであった。

 

 コロニー落とし。

 

 電撃的侵攻で奪取、もしくは自国民を疎開させて改造したコロニーを、連邦軍本拠地であるジャブローに落とす。

 

 超巨大質量弾と化したそれは、ジャブローの分厚い岩盤と対核隔壁をも容易に吹き飛ばすだけでは止まらず、大規模な地殻変動を起こし、巻き上げた粉塵で上空の大気を覆って、地球に核の冬を呼ぶ。

 

 これがなされれば、20億人という人間が死ぬと試算された。

 

 結果を受け、大多数の人間はAIの不出来を嘲笑った。

 

 人類史最大の愚行とも呼ぶべき行為を、いくらジオンでも行うことはないだろうという楽観論であった。

 

 地球を死の星と変えれば、人間にとって必要な空気と水を得る手段を失ってしまう。自らの首を絞めるような真似をするばずがない。

 

 試算された被害規模の余りの大きさに、逆に思考が麻痺してしまったのだ。

 

 開発者であるカスミは、この楽観主義に真っ向から反論した。

 

 入力されたデータは完璧であると。

 

 彼女が組んだシステムは確かに最高のものであったが、惜しむらくは、大元となるべき人物(ギレン)の情報が偏っていたことだろう。

 

 別チームが造った『FR(レビル)』の方は本人が陣営に存在しているため、順調な更新が成されていたこともあり、『ZG』は失敗作の烙印を押される。

 

 結果、カスミの研究チームは解散。『ZG』の廃棄が決定した。

 

 カスミはジャブローを追い出され、極東地区――つまりは自身の故郷でもある土地の北方、地球連邦軍技術開発局極東支部――略称E.F.F.T.D.Jに左遷される形で異動となる。

 

 当基地はもともと、ルナ2要塞建設にあたって敷設された資材搬送用の倉庫のようなもので、地下に埋設した――当時の連邦に対する分離主義者たちのテロを警戒したため、地下に設えた――マスドライバーを使って建設資材を送り出すために造られたものである。

 

 来たるジオンとの戦争に備え、製造設備の大更新が行われることになった。

 

 大規模兵器工廠の敷設が成される。

 

 すべては地球近海宙域、特にルナツーの補給体制を整える目的であったが、同時に極東支部には、新型機動兵器の極秘開発が命じられた。

 

 アナハイム経由で、ジオマッドから秘密裏に入手したMS-05(ザクⅠ)を研究し、これを凌ぐ兵器を開発する。

 

 同時にこれは、『GM計画』の本来の内容に戻ったものでもあった。

 

 現着したカスミは、工廠建造時に、さらなる地下空洞に謎の設備が存在することを発見する。

 

 それが件の『もうひとつの箱』であり、旧世紀の政府が発見しつつも、連邦への報告をせずひた隠しにしたものであった。

 

 たとえ連邦がこの『箱』の存在を知ったとしても、特定の生体因子を持たない者では開くことも、情報を引き出すこともできない、無用のガラクタとして放置しただろう。

 

 しかしそのガラクタこそが、彼女への天啓であった。

 

『箱』の起動に成功し、黒歴史として保管されていた技術――彼女が引き出せたのはごく一部であり、この世界がガンダム世界のシミュレーターであるという事実は得られなかった――を手に入れたカスミは、自身の思い描くパーフェクトAI『ファンタズマ』を完成させるべく、研究と開発に邁進することを決意した。

 

 程なく、連邦とジオンの間にて戦争が勃発することになる。

 

 

 



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第166話 Side『連邦、極東にて』

 

 ジオンの独立宣言に起因した連邦とサイド3の戦争は、当初連邦陣営が思い描いていたものと異なり、ジオンが圧倒的物量差をMSという新型機動兵器と、コロニー経済圏構想による、他サイドとの同盟、さらに隕石(ペズン)落としという策によって、予期しない劣勢へと陥った。

 

 連邦は大規模反攻作戦の布石として、宇宙軍が主導してMSを開発、戦線へ投入することを決定。

 

 MS自体は開戦前から宇宙軍が研究開発を行っており、実践に耐えうる兵器はすでに用意可能であった。

 

 しかし肝心の乗り手がいない。

 

 宇宙軍は、MSを当初は無人で運用するつもりであったため、パイロットの育成が遅れていた。

 

 なにより開戦初期のルウム戦役と、ジオンの地球降下による主要都市の電撃占領戦により、優秀な兵員を多く失っていたのも響いた。

 

 陸軍には人員が残っていたが――原作と異なり、隕石落としによる被害が比較的少なかった――ルウムで減少した宇宙軍の艦隊再建の要たるビンソン計画によって、大幅な予算を取られたことと、反レビル勢力の台頭もあり、他部署からの人材の融通は上手く行ってはいなかった。

 

 とはいえ、それでも宇宙軍は増員を急いでいた。そして、隕石落としからの復興事業に多くの予算を取られたことで、連邦軍全体での人材登用に偏りが生じた。

 

 海賊や元脱走兵など、どこの軍隊にもいないはずの人間までが軍には志願するようになり、そんな人間でも使いものになるように教導隊からの教育が行われた……。

 

 しかし、それでも今の宇宙軍は慢性的に士官・下士官が不足している状態にある。

 

 これを解決するために、軍の士官年齢を引き下げ、まだ学徒であった一部の人材を正規の兵士として徴用した。

 

 シロウ・イツアキ少尉。

 

 極東沿岸部、連邦海軍軍港のある町で育った16歳の少年である。

 

 連邦空母や海上艇を見て育った彼は、いつしか自分も連邦海軍に入隊し、艦艇の指揮を執ることが夢となっていた。

 

 親の反対を振り切り、連邦軍の士官学校へと入った直後、連邦はジオンと開戦、隕石が地球に落ちた。

 

 太平洋に落ちた破片により尋常ではない津波が発生し、彼の生まれ育った町は壊滅。父母も失った。

 

 失意に飲まれる間もなく、彼に辞令が下る。

 

 戦時特例として任官時期を早められた彼は、極東にて密かに進められているMS教練プログラムの研究、構築チームへの参画が決定した。

 

 異例とも呼ぶべき年齢での早期起用は、彼がシミュレーターにて高いMSパイロット適性を示したからにほかならない。

 

 極東北部。

 

 僻地と呼ぶに相応しいその地に着いたとき、彼は驚愕する。

 

「げっ! カス姉!」

 

「誰がカスだ」

 

 局長に赴任の挨拶に向かったシロウは、局長室のデスクの前で、白衣を着た女性と出会う。

 

 カスミ・キサラギ。同郷の人間であり、幼い頃は自分の面倒――という名の、いびり――をしていた人物だ。

 

「え、なんでアンタが居んだ?」

 

「口のきき方には気をつけろと何度も言ったろう。ここに私が座っている理由は、私がここの局長であり、軍では中尉待遇のポジションにいるからだ」

 

「え、カスがそんな偉いのかよ」

 

 口走った瞬間、殺気を感じて顔を横に滑らせる。

 

 固い何かが先程まで頭のあった場所を通過していき、壁に突き刺さった。

 

 ペーパーナイフだ。

 

「誰がカスだ」

 

(そういうところだ)

 

 シロウ少尉は賢明にも言葉を口にしなかった。昔から彼女は、自分の目的のためなら平気で他人を傷つけることのできる人間であった。

 

 高い知性の裏に隠された嗜虐性。

 

 シロウ少尉は幼い頃、さんざんそれに巻き込まれた。

 

 今でも憶えている。夏のある日、五歳のシロウ少年が庭に広げたビニールプールで遊んでいたとき、一緒だった彼女に向けて水鉄砲を浴びせた。それは幼稚な男の子のいたずらでしかなかったが、翌日、彼女は近所の玩具屋から大きなプラスティックのライフル銃をこっそりと持ちだし、こちらに狙いをつけたのだ。

 

 バッテリーと空気の力でプラスティックの弾を撃ち出す玩具といえど、至近距離で直接肌に当たればとてつもなく痛い。しかもフルオートで放たれるそれは、容赦なく少年の体を襲った。

 

 からくも逃げ出し、その日の夜に風呂に入ると、体のあちこちに青痣があった。

 

『シロウはダメね。何を感じているかわからないわ。貴方は、私の言う通りにしていればいいのよ』

 

 翌日悪びれもせずにこやかにそう告げてくる彼女に、はじめて他人への恐怖を感じた。

 

「着いてきて。貴方を実験チームのメンバーに紹介するわ」

 

「実験って……俺はここで、新兵器のテスト用員だと聞いてきたんだが?」

 

「そう、新兵器(モビルスーツ)よ」

 

 白衣のポケットに手を突っ込みながら、颯爽と歩いていく彼女に、足早になってついていく。まるで幼年(ガキ)の頃に戻ったような気分だ。

 

「私が貴方を呼んだの。この私の造った兵器のテストパイロットになれるんだから、喜ぶことね」

 

「その性格いい加減に直せ」

 

「貴方も口を直しなさい。一応はここは軍施設よ」

 

「わかったよ……いや、わかりましたよ局長殿」

 

 彼女は立ち止まって振り向いた。

 

「貴方は上官である私の言うことをきいていればいい。簡単なことでしょ? あの頃と変わらないわ」

 

 感情の見えない、悪魔の笑みであった。

 



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第167話 Side『連邦、極東にて』


 CV
 イツアキ:土田さん
 ボルク:江頭さん
 GM1:佐藤さん
 AM:セイラさん(ORIGIN)


 

「どうしたGM8(ジムズエイト)! 威勢の良さは口だけか!?」

 

「くっそ! 調子のんなよロートルが!」

 

 シロウがこの技術開発局極東支部に赴任してから、3日と待たず、MS実機での実技訓練が行われた。

 

 驚くことに、ここではすでに8機のMSが開発されており、これから量産されるであろうRGM系のプリセットモーションを構築するためにシロウたちは集められたのだった。

 

 こうした試験部隊は連邦内でモルモット部隊群といわれている。

 

『警告。左後方7時の位置より狙われています』

 

 アラートが鳴りまくるコックピットに、女性的な声が響く。抑揚の薄い、無機質さを感じさせる声だ。

 

 次世代新型機のテストパイロットに選ばれたシロウの機体、RGM79−〔T〕ジム1/8(ワン・エイト)。その演算処理システムとして搭載された、「AM」の発する合成音である。

 

 対話式AI搭載型教育コンピューターであり、黒歴史に触れたカスミが、そこから汲み上げた知識で造り出された疑似人格を持つ。

 

 大元は、黒歴史コードの中に埋もれていたSガンダムに搭載されていた『ALICE』システムである。

 

 MSの完全無人化を目的として生まれたが、『ALICE』を完全再現するには基礎技術が圧倒的に足りないため、結局はMSの制御を自律して行う機能は有していない。劣化版でありながら、それでも機体に対してコンピューターが占める容積が大きく、『1/8』の頭部はこの『AM』を収めたケースなってしまった。

 

「くそが!」

 

 悪罵をついて機体を反転させ、構えたシールドに数発の弾着。

 

『判定――今の攻撃でシールドが耐久限界を迎えたと判断。武装をパージします』

 

 訓練ということで、弾丸はゴム芯を使った模擬弾だ。着弾時に有効かどうかをAIが判定する。有効とされれば、被弾箇所の動作を停止するなどのペナルティが発生する仕組みだ。

 

「どうしたイツアキ? また俺に撃墜マークくれんのか?」

 

 無線から聞こえる茶化す声はGM4だ。

 

 今回の訓練は、RGM79T−〔EJ❳――通称、ジムトライアル――3機対ジム1/8が1機の、ハンデ戦であり、基地横に広がる森林部を模擬戦場として行われていた。

 

「調子のんなよ!」

 

 模擬弾とはいえフル武装の3機相手に、こちらは1機である。大した遮蔽物もない場所で、囲まれないようにするのが精一杯であった。

 

 ジムトライアルは、1/8を元に、さらなるコストダウンを求めて設計された軽量機体だ。

 

 装甲は薄く、一部フレームがむき出しの箇所もあるが、その分軽量であり、格闘戦における運動性能は高く、搭乗するパイロットたちが元陸戦歩兵としてベテランであることも相まって、シロウは苦戦していた。

 

「そらそら! もっと張り合い見せてみろよ!」

 

「うるせぇぞボルク! てめぇのMS、元はと言えば俺のモノマネじゃねぇか!」

 

 ジムトライアルは、1/8で得た動作を常にコピーインストールされている。

 

 この基地にやってきた当初こそ、シロウはMSの操縦技術はトップクラスだった。だが、AIである『AM』がその動きを解析、最適化して他のメンバーの機体にインストールしたせいで、あっという間にその差はなくなる。

 

 それどころか、MSの動きに慣れたベテラン組は、その練度でもってシロウの動きを凌駕しはじめていた。

 

「おいエミ(・・)! テメェはどっちの味方なんだよ!」

 

『訂正。私の最上目的はパイロットの操縦技術の蓄積と解析、最適化にあります。チーム全体の技術更新が命題であり、私は連邦教育型コンピューターの最上位モデルで――』

 

「うるせぇ! そういうこと聞いてんじゃねぇよ!」

 

 AIに苛立ちをぶつけながら、咄嗟にブーストスロットルを踏み込む。

 

 先程までの立ち位置に、GM1が撃ち込んだショルダーマグナムの砲弾が突き刺さった。

 

『驚愕。よく避けれましたね。砲撃が来るのがわからなければ不可能な回避運動で――』

 

「知るか! なんとなくだ!」

 

「GM8、お人形(コンピューター)とのお喋りにご執心のようだな! 兵士からコメディアンに転職でもするつもりか?」

 

 GM1の煽りに舌打ちを返し、シロウはサーベルを引き抜いた。

 

 実際のビームサーベルではなく、強化プラスティックに特殊なゴムを巻いた模擬戦用の試作品だ。

 

『警告。近接戦は当初の戦術とはかけ離れた――』

 

「うるせぇな! このままだとジリ貧じゃねぇか!」

 

 そう言ってシロウ機は前方のGM4に向かって突貫する。

 

 今まで引いていた分、まさか突っ込んでくるとは思っていなかったのか、GM4は距離を取ることはせず、代わりに模擬刀を盾で受けた。

 

 その瞬間に、シロウは右手のビームライフル――という設定の模擬戦用だ――をもう一機、離れて様子を見ていたGM2に向けて放つ。

 

 撃ち出された弾丸は見事に相手の胴部に命中した。

 

『判定。撃破。お見事です』

 

「ざまあ見やがれ!」

 

 だがそこまでだった。

 

 左腕破損判定を受けただけにとどまったGM2が、蹴りを繰り出し、シロウ機の姿勢を崩す。

 

 そこに高速で接近していたGM1が、至近距離からショルダーマグナムを叩き込んだ。

 

「がっ!?」

 

 ゴム弾とはいえ至近距離で受ければそれなりの衝撃がある。オートバランサーの補正も効かず、機体は仰向けに倒れ込んだ。

 

『判定。コックピット破壊。パイロット死亡と判断。当機は撃破されました』

 

「なっ! クソが!!」

 

 モニターには、豪然と銃口を突きつけるGM1の姿が

 映っていた。

 

 



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第168話 Side『連邦、極東にて』

なぜか167話と168話が前後してた(´・ω・`)


 

 模擬戦を終え、整備と戦闘データの抽出の為にハンガーへと

戻ったシロウの背中をボルクが力強く叩く。

 

「おうシロウ! 熱くなりすぎたんじゃねぇか?」 

 

 彼は南アフリカの小部族をルーツにもち、熊のように大柄だ。彼はGM4のナンバーが割り振られたRGM79−〔EJ❳のテストパイロットである。

 

 シロウを除けば部隊の中では若手であり、まるで兄貴分のように振る舞っていた。

 

「お前の大事な彼女(エミ)ちゃんの言うことは聞いたのか?」

 

「うるせぇな……どちらにせよ、あのままじゃ数で圧殺されてた」

 

 どの道不公平に仕組まれた状況だったのだ、とシロウは不平を告げる。

 

 1体1なら、部隊の誰よりも上手くやる自信はあった。

 

「ボルク! 先程の体たらくはなんだ? 戦闘中は常に気を張れと言っておいたはずだぞ!」

 

 ハイ・バリトンのよく通る声が響く。

 

 GM1――この極東試験部隊の隊長であるモーガン曹長である。

 

「貴様の機体は狙砲撃に調整された機体だ! 格闘戦には付き合うなと言っておいたはずだぞ? お前が足を止めたせいで、GM2の射線を塞いだ。カカシのようにぼんやり突っ立つなら畑だけにしろ! カラスを追い払えるだけまだ他人の役に立つ!」

 

 モーガンはよどみない口調でボルクをこき下ろした後、シロウに目を向けた。

 

「だが、最悪なのは貴様だGM8! 数で包囲されるなと言ったはずだ! 算数はできるか? あの時の敵の数は何人だ?」

 

「チッ! いちいちうるせぇな」

 

 部隊の階級としては、シロウが少尉であり、モーガンよりも高位である。しかしまだシロウは10代、連邦の早期兵員増強施策によって強引に正規兵へと醸成させられた学徒兵であり、部隊を率いた経験は皆無であった。

 

 モーガンはすでに幾度も実戦を経験したベテランであり、この試験部隊の過半数が彼と戦闘を共にしたメンバーである。そのため、実績と実力から彼が部隊を率いることになっていた。

 

「貴様はあのまま引き撃ちを続けるべきだったな。機体の装甲厚と武装の射程の均衡差を使えば、勝てないまでも負けはしなかったはずだ」

 

 距離を取って射撃戦。

 

 それはAM(エミ)が提示した作戦であった。

 

 ゴム弾仕様とはいえ、ビームライフルと設定されたライフルの射程はモーガンたちのジムトライアルのライフルよりも長大であり、弾速の遅いショルダーマグナムにだけ気をつけ、撹乱するように動けば乱戦に持ち込める。

 

 いくら相手が速度重視の軽量機とはいえ、ジム1/8は連邦が総力を上げて開発したRX78型をベースとした高性能機であり、機動力で相手を振り回すことは十分可能であった。

 

 そうしてから各個撃破する作戦であった。

 

 つまり、仕掛けるのが早すぎたのだ。

 

「あんなチンタラ遊んでられっかよ!」

 

「まだ無駄口を叩く余力があるようだな。キャンキャン吠えるだけなら、まだ野良犬の方が歯ごたえがあるぞ。次のミーティングまでに基地の外周を10周走ってこい!」

 

「はぁあっ!? なんでそんなことしなきゃならねぇんだ!」

 

 小規模基地といえど、外周部は広い。まじめにやっていたら日が暮れてしまうだろう。

 

「ボルク! お前は監視役だ。夕飯までには終わらせろよ」

 

「イエッサー! であります曹長殿!」

 

「けっ! 偉そうに……クソジジイが」

 

「敬礼はいい! さっさと行ってその野良犬をしつけてこい! 外周を15周だ!」

 

「増えてんじゃねぇかクソが!!」

 

「終わったら腕立てを30回10セット!!」

 

「あーーっっくそっ!」

 

 不貞腐れつつも言うことは聞くシロウ。

 

 一度歯向かったが、肉体言語で徹底的にやり込められた。

 

「ぼやくなよイツアキ。あれで曹長はお前のこと心配してんのさ」

 

「はぁ? 単純にイビリだろ」

 

 中年オヤジが意味もなく若手に嫌がらせするのは、どの組織でもあることだ。

 

「ちげぇよ。お前、さっき勝負を焦ったろ。あの人はお前の体力が足りないこと見抜いてんのさ」

 

 にやり、とボルクが笑う。

 

 図星をさされ、シロウは顔を嫌そうにしかめる。

 

 MSの操縦はかなり体力を消耗する。

 

 閉鎖された空間、ミノフスキー粒子によって光学系や他部隊との通信も信用できない。

 

 機械の駆動音、着弾する爆発音、アラート、閃光、歩行するだけで揺れるコックピット。

 

 有視界戦闘はパイロットの神経を信じられないほどの速度で削っていく。

 

 そして、自身の操作ミスが即座に死に直結するのだ。

 

 まだ少年期から抜けきれていないシロウにとって、それらは見えずとも鋭い鞭の一振りとなって、成長期の身体を酷使する。

 

 本人には伝えられていないが、そうした肉体的、精神的負担を軽減するためにも、シロウには対話型AI搭載機が割り当てられていた。

 

「お前、さっきの模擬戦で疲労困憊だったろ。さっきMS降りたときも足腰ふらふらだったじゃねぇか。華奢すぎんだよ」

 

「チッ!」

 

 わかっていたことではある。

 

 士官学校に入ったばかりで、ろくな訓練もなしに適性だけで正規兵に引き上げられたのだ。

 

 実力を述べる以前に、基礎となるべき土台(からだ)が出来上がっていない。

 

 少尉という肩書きも有名無実でしかないことは自分でも理解していた。

 

「わかったらまじめに走っとけ。幸い、飯抜きってわけじゃねぇんだしな」

 

「……15周も走ったら、腹に飯なんて入らねぇよ」

 

 ぼやきながらも、彼は大人しく自らに課せられた訓練(ノルマ)に取り掛かるのであった。

 



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第169話 Side『連邦、極東にて』

 

 その日、技術開発局極東支部には不穏な空気が張り詰めていた。

 

 中国地方にて、当支部と同じくMSの開発研究と人材育成を手掛けていたムラサメ研究所がジオンの特殊部隊による急襲を受けて壊滅。

 

 一部の研究資料と開発されていた兵装を持った敗残兵が逃げてきたのだった

 

「で、ルナツーへの資源受け渡し先であるここへ逃げてきたと……」

 

 カスミは冷淡な目で目の前の男を睨んだ。

 

 ジャド・アーティフ。

 

 白人種(アルメノイド)らしい鉤鼻をした初老の男だ。

 

 戦前から人工知能研究において有名な人物であり、軍での階級は技術佐官で、中佐相当となる。カスミもその論文には目を通しており、自身の作である『AM』にもその理論は使われている。

 

 彼は戦地から逃亡してきたというのに、高級なスーツに身を包み、二メートル近いその体躯はおよそ研究者というよりも、マフィアの用心棒のように見えた。

 

「さらにうちの『AI』のデータも寄越せ、と」

 

「そうです。カスミ博士、貴女が造ったシステムも、この私が有効に活用してあげますから、どうぞ感謝してください」

 

 ねっとりとした癪に障る声音でジャドは笑う。

 

「聞き及んでますよ。ジャブローで開発した貴女の教育型コンピューターは優秀だった。新兵器たるMSに搭載するのも頷ける。だが、現状において貴女のシステムはもう旧い」

 

「私の()が旧い?」

 

 これまで能面のように表情を消していたカスミの顔に、はじめて感情らしい動きが生まれる。それを見てとったジャドは、さらに嘲りの笑みを深くした。

 

「ええ。貴女が開発した教育型コンピューター《INC》(ナビゲーション・コントロール)はその容積に対して処理できるデータ量があまりに拙い。機動兵器(モビルスーツ)に組み込むにはあまりに場所を食いすぎるのが欠点だ」

 

 指摘の通り、カスミが開発したコンピューターは、ミノフスキーの影響を抑えるために、電子回路ではなく光結合回路を選択している。

 

 このシステムで兵器の完全自律を行わせようとすると、機材が大きすぎて現在のMSの主流サイズである18mにはとても収まらないものだ。

 

 そもそも汎用機動兵器の完全自律は、非常に難しい。

 

 敵の行動全てに随時対応し、さらには味方とも連携をとりつつ適確な作戦目標を達せねばならない。

 

 刻一刻と変わる戦況に順応し、複雑な判断と行動をAIに処理させるのは、現行の技術では不可能である。

 

 AIはあらかじめプログラムされた行動パターンから逸脱しないよう組まれているが、それでは状況への対処能力が著しく落ちる。

 

 故に、パイロットとしての人間が必要であった。

 

「ですが私が開発した『A.N.U.B.I.S(アヌビス)』は違う。最小限のスペースで、最高のスペックを発揮できるのです。今後はこの『A.N.U.B.I.S』が連邦機の主流となっていくことでしょう。人が人と直接争う野蛮な時代は終わりを迎えます」

 

「完全自律に成功したと?」

 

「そうです」

 

 ジャドはニンマリと笑った。

 

 彼は元々GM計画において、派生した『FR(レビル)』チームの総責任者であった。

 

 当時、カスミがもたらした光結合回路に彼は否定的な立場だった。

 

 一方的な意趣返しといったところなのだろう、とカスミは判断する。

 

「貴女の研究成果はこの私が有効に扱いましょう。パイロットが集めたイグザンプルデータはまだ貴重ですからね。しつけの悪い駄犬どもとはいえ、微量ながら私の研究に役立つのです。感謝なさい」

 

 勝ち誇った笑みをたたえる男に、カスミは特段の興味も示さなかった。

 

 完全自律の機動兵器。これはカスミが『箱』から得た黒歴史を紐解いてさえも得られなかった知識であり、だからこそカスミは生涯の研究目標として全てを注ぐに値する課題であった。

 

 それをこの才覚のない男が、この短期間で成したとは考え難い。

 

 なにかしらの裏があるはずだ。

 

 





 30MMのフォーマットで、ACのプラモ出るそうで。楽しみ。


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第170話 Side『連邦、極東にて』

 

 基地の南に広がる森林部。

 

 普段は演習場として活用している場にて、シロウは地雷埋設の作業を行っていた。

 

「それで、カスミのやつが大人しくあのいけすかねぇ男の言うことを聞くのか?」

 

『肯定。軍内の階級は絶対であり、ジャド・アーティフ氏は中佐相当となります。なにより、ジャブロー本部よりジャド・アーティフ氏のルナツー脱出が正式に命令されました』

 

 抑揚なく答えるのは、RGM-79[T]1/8に搭載された対話式AIである『AM(オールマインド)』。

 

 彼――音声は女性であるため、シロウは女と認識しているようだ――はシロウからは、『エミ』と呼ばれている。

 

「それならさっさと宇宙に出ちまえばいいだろう。なんで居座ってんだ」

 

 小型のシャベルで地面を掘り、その穴に対MS用地雷を埋設していく。

 

 ムラサメ研究所の部隊が撤退してきたため、本来なら隠匿されるはずのこの基地の存在もジオンに知られることとなってしまった。

 

 ジャド・アーティフは新型コンピューターシステムを積んだ

『RX-80PR/AN』と、開発者である自身をルナツーに上げることを要請してきた。

 

『難題。当基地にあるマスドライバーは、中規模コンテナを撃ち出すためのものであり、有人を想定されておりません』

 

 これまでルナツーへは、ミディアで運んできた資材をコンテナに移し替えてマスドライバーで射出していたのだ。

 

 人間を含めて、精密機器を撃ち出せるようには作られておらず、無事に宇宙に出すには専用コンテナの準備が必要であった。

 

 よって地下にあるCAD/CAMシステムは、フル稼働で新型のコンテナを計算している。

 

 そうしているうちに、ジオンに発見される。

 

 当基地の周辺には探知用無人哨戒機がいくつも設置されているが、そのいくつかが、所属不明の偵察ドローンの姿を捉えたのだ。

 

 ジオンが先行偵察のために使っているドローンであり、当基地の所在が敵追撃部隊にばれたのだと判断される。

 

 当然だ。

 

 撤退してきた部隊は、あろうことか通常回線でこちらと連絡を取っていたし、滞在中も呑気にジャブローと通信を行っていたのだから。

 

 地図上では簡素な森のはずが、そこで突然通信量が増大したのである。通信の内容が暗号化されたものだとしても、傍受されれば、そこに連邦施設があるということは敵に筒抜けだ。解読する必要すらない。

 

 ジオンの襲撃に備え、基地は厳戒態勢へと移行したが、そもそも近接防御火器の一つもない場所だ。

 

 旧世紀の日本が使っていた古臭い装軌車両がカビと埃とともに倉庫に眠っているが、現代では使い物にならない。

 

 防衛設備と呼べるものは一切ないだけでなく、MSパイロットと数少ない警備と部隊を除けば全職員が、軍事訓練など受けたこともない非戦闘員である。

 

 これにムラサメ研究所から退却してきた護衛のMS小隊だけだ。

 

『ジオン軍の傾向として、拠点攻撃は少数での強襲が多いです』

 

「その代わり精鋭ってんだろ。新型MSを追いかけてこんな僻地までわざわざ出向くぐらいだ。手練れだろうさ」

 

 だから少しでも基地の防衛力をあげようと、地雷の埋設など行っているのだ。しかし、その絶対量は圧倒的に足りないし、歩兵やマゼラ・アタック程度ならまだしも、MS相手には火力が足りなさ過ぎる。

 

『ジャド・アーティフ博士と、新型機脱出までの時間を稼げればよく、その後は降伏を提案します』

 

「肝心のコンテナができてねぇだろうが」

 

 地下のCAD/CAMは、あの連中がやって来てから調子を崩して稼働していない。まずその復旧に時間を費やしていた。

 

 だが、とシロウは考える。

 

「都合が良すぎんだよな。カスミは本当にお前のデータを渡したのか?」

 

 あのひと癖も二癖もある女が、いくら上官命令とはいえ、大人しく言う事をきくとは思えない。

 

 特にこの基地に所属する研究者たちは全員自分の研究にのめり込んでいるという表現がただしいほどの変人どもで、わざわざ中央からカスミについてきた連中なのだ。

 

「肯定。ジャド・アーティフ博士には、私のバージョン3のデータを明け渡しています」

 

「は? 今のお前はバージョンいくつなんだよ?」

 

「37.5です。対話機能はバージョン21からの機能となります」

 

 とんでもない開きがある、とシロウは呆れた。どうめくらましたのかは知らないが、開発初期のデータを渡して、現行の仕様は伏せているらしい。

 

 あの女狐のやりそうなことだ、と思った。

 

「CAD/CAMの故障も意図したものか?」

 

『回答できません。質問を変えてください』

 

「おいポンコツ、次のバージョンで嘘をつく機能でもつけてもらえ。とびっきりの機知(ウィット)に富んだやつな」

 

『回答。ワタシの名は《オールマインド》であり、ポンコツではありません』

 

「うるせぇな。テメェなんざ、ポンコツで十分だろ」

 

 シロウはため息交じりに鼻を鳴らすのだった。

 

 

 



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第171話 Side『連邦、極東にて』

 

 戦いは未明より始まった。

 

 先行で警戒に出たジャドの護衛部隊MSは、先制攻撃であるメガ粒子砲によって爆散。よりによって、もっとも多く地雷を敷き詰めた森林部からの狙撃であった。

 

 さらに本隊が、輸送用の戦闘機に乗って現着する。これによって、基地周辺に撒いていた地雷原は完全に無効化された。前日に巻かれた高濃度のミノフスキー粒子によって、こちらの監視網もズタズタにされている。

 

 戦闘機から飛び降りたジオンのMS隊は、白いザクを先頭に、青い新型(ゲルググ)や、新型ドムで構成されていた。

 

「こいつはエースじゃねぇか!」

 

 ジム1/8のコックピットでシロウは悪態をついた。

 

 対峙した白いザクは、AM(エミ)が記憶しているザクのデータとはまったく異なり、驚異的な反応と運動性でこちらに肉薄してくる。

 

「クソったれが!」

 

 機体が良いというだけではない。搭乗するパイロットの腕もかなりのものだ。

 

 こちらのビームライフルの牽制に怯む様子すら見せずに格闘戦を仕掛けてくる。

 

「ジオンのパイロットはこんだけやりやがるのかよ!」

 

 巨大なソードを携えた、近接特化型の強襲機。

 

 重量のある獲物で機動力が物を言う格闘戦を仕掛けるというだけで、気が狂ってるとしか言いようがないが、それでも相手はまるでに苦にした様子もない。

 

 ボルクやミシガン曹長以上の腕だ。認めたくないが、自身よりはるかに格上。

 

『警戒。音紋、運動性能、全て既存のデータと一致しません』

 

「ザクじゃねぇってんだろ? んなことわかってんだよポンコツ!」

 

 ショットガンの一撃で、ルナチタニウムでできていたはずのシールドが粉砕される。AMが咄嗟にシールドをパージしたことで、被る衝撃は半減したが、それでもシロウの口の中に血の味が広がった。唇を噛んでしまったのだ。

 

『警告。オートバランサー(ACS)に過負荷が残留しています』

 

 激しい挙動を繰り返すため、機体が姿勢制御するための処理が追いつかない。

 

AM(エミ)! 手動に切り替えろ! リミッターも切れ!」

 

『警告。現段階において適切な判断と思えません。パイロットの消耗が激しすぎます』

 

 シロウたち部隊の作戦は、全滅しない程度に損耗を抑えた防戦を繰り返す、というものだった。

 

 適当なところでジャド・アーティフと試験機を差し出して降伏する。

 

 この防戦は、戦闘命令放棄と連邦本部に見なされないようにするためのカモフラージュでしかなかった。

 

 カスミが密かに立てた作戦。

 

 よって、決死の覚悟で勝ちにいく必要はないのだ。

 

「やられたらそれまでだろうが!」

 

『消極的賛成。ACSを解除。マニュアルに移行』

 

 ザクの伸ばしてきたヒートロッドを直感で避ける。だが、その攻撃を囮に使った相手は、一気に彼我の距離を詰め、巨大なヒートソードを振りかぶった。

 

 そこにビームライフルをぶち込む。

 

 相討ち覚悟の戦闘。それがシロウの考えであった。

 

 だが、それは突如2機の間に撃ち込まれた光条(ビーム)によって遮られる。

 

「なんだ? この、耳鳴り!?」

 

 シロウの脳裏、ヤスリで削られるような不快な頭痛と、電子機器のノイズのような音が響く。

 

 モニターに映ったのは、青白い、幽鬼のようなMSだった。

 

 



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第172話 Side『連邦、極東にて』

 

ペイルライダー(死神)』の登場で、戦局は混乱に陥った。

 

 完全自律型MSという触れ込みであったが、それは暴走していた。

 

 まずジム1/8に飛びかかったと思うと、次はジオンのMSへ。そして、擱座したジオン兵にとどめを刺そうとした友軍を、あろうことか後ろから突き刺したのだ。

 

 背後からコックピットごと貫かれたのは、GM4。

 

 ボルクだ。

 

「テメェぇぇ!!」

 

 シロウの脳裏が真っ赤に染まる。

 

 ボルクは短い間ではあったが、シロウの面倒をよく見ており、モーガンのイビリとも取られかねない訓練にも付き合うなど、まるで兄貴分のような付き合いをしていた。

 

『危険! 敵機に背を向けては――』

 

 AMの声は聞こえなかった。先程までのノイズも頭の中から吹き飛んだ。

 

 対峙していたザクを無視して、《死神》に向かって跳躍する。

 

「くたばれ! 人形ヤロウ!」

 

 斬り込んだビームサーベルは、相手のビームサーベルで受け止められる。

 

「あああああああ!! 来ないで! イヤアアアア!!」

 

 拡声器を通して、ジオン兵の――少女の声だ――叫びが響き渡る。

 

 ――戦場に子供だと!?

 

 自身の年齢を棚に上げてシロウは違和感を覚えた。一瞬、青い髪の少女が見えた気がする。

 

「そこのジオン! どっか行ってろ! 騒がれるとクソうるせぇ!」

 

 叫んで押し返す。

 

 《死神》は怯まず、左腕のアンカーを射出してきた。それが撃ち落とされる。

 

「私の部下を助けてくれたことを、感謝しよう」

 

 ザクのパイロットだった。

 

 シロウは、「気障なやつだ」と不快に感じた。

 

 ザクのパイロットが部隊のリーダーなのだろう。部下に後退を命じ、自らは『死神』へと向かう。

 

 アクロバティックな動きでザクの猛撃を躱す《死神》。

 

「おいAM(エミ)! あの試験機は完全自律型だったな? 不良品か?」

 

『不明。当該機体のデータは共有されていません』

 

「使えねぇやつだな! クソッ! さっきから頭の中でノイズ(・・・)が響きやがる」

 

 《死神》が現れてから、シロウの頭の中では言葉で表現しがたい音が響いていた。ボルクの件で一瞬吹き飛んだが、またそれは鳴り始めている。

 

 それは騒音と呼べるほどの強さで、目眩までしていた。

 

「おい役立たず! お前、機体制御実はできんだろ」

 

『……』

 

「わかってんだよ。さっきから微妙に俺の動きを補正してんだろうが」

 

『肯定。先日のバージョンアップにより、一部機体制御の機能が追加されました』

 

「はっ! よく言うぜ。どうせ最初からだろうが」

 

 いくらあのカスミでも、僅かな期間でコンピューターと連動して機体の制御システムを追加するなどできるはずがない。

 

 事実、1/8は当初から自立可動型MSとして開発されていたのだ。

 

 当初はシロウの動きを覚えるだけに努め、その機能を使っていなかっただけだ。

 

 だがここで相対したジオンの白いザクは相当の手練れであり、まだ粗さの残るシロウの腕では荷が重いと判断したAMが独自の判断で機体の制御を補助していた。

 

「どの程度までできる?」

 

『回答。完全な自律制御はまだ不可能です。指定された戦術に沿った補助程度ならば可能』

 

「なら、なんとかしてヤツの背後を取る。あの白いやつとも合わせろ」

 

『了解』

 

 頭に響く音が、シロウの体力を削ぎ取っていく。

 

 モーガンとボルクが懸念し、指摘していた若輩故の体力の無さが浮き出てしまった形だ。

 

 そう、ボルクだ。

 

 短い付き合いだったが、彼は自分のような跳ねっ返りを嫌厭するでなく付き合ってくれた人物だ。

 

 仇討ちなどらしくもない。だが、この怒りと衝動だけが、頭の響く雑音(ノイズ)を遠ざけてくれる。

 

「狙いは()だ」

 

 そう、この雑音(ノイズ)はあのクソッタレなMSの頭から響いてくる。

 

 ――そこを潰してやる。どんな手を使っても。

 

 そして彼は、それを成し遂げるのだった。

 






 とりあえず極東は終わりで、ニューヤークに視点を戻したい。


 そろそろ終幕に向けて詰めていかないと。


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第173話 Side『ニューヤークの再会』

 

「これが大地というものか」

 

 身体にまとわりつく埃と重力に、ランバ・ラルは首を動かし、肩を鳴らした。

 

 この土の上に立ったのはいつぶりか。

 

 連邦との共同作戦で、反連邦勢力掃討作戦に長々と従事した身であったが、それでも自身は宇宙民なのだと自覚する。久方ぶりの重力は身体に重い。

 

 キャリフォルニアにてHLVを降りると、そこからは輸送機でニューヤークだ。

 

 上官たるドズル・ザビからの命で、ニューヤーク基地司令であるガルマ准将のもとに行き、特殊作戦に参加する。

 

 機密度の高い作戦ということもあり、ドズル中将からも内容を説明されなかったが、わざわざ宇宙軍所属の自分を指名するということは、おそらくは潜入、ゲリラ任務であろうとラルは推測していた。

 

 ニューヤークの空港に降り立つと、下士官が迎え、車で司令所へと移動する。

 

 車窓に映る街は、占領地とは思えぬほどに穏やかに見えた。

 

 ニューヤークはその統治能力でもって、ガルマモデルと呼ばれ、占領地の理想的な統治方法として本国ではプロパガンダされている。

 

「あのガルマ様がな」

 

 思わず呟く。

 

 ザビ家の末子と会ったのは、20年近く前だ。

 

 まだその頃はダイクンも存生しており、かの坊やは父親であるデギンに連れられ、議会後の懇親会に顔を出したことがある。

 

 ラルも父ジンバの護衛として参加しており、そこで挨拶をした際、顔を怖がられたのを覚えている。

 

 あれから時が経った。

 

 ダイクンは暗殺され、ジンバの命で遺児であるキャスバルとアルテイシア兄妹を保護した結果、ザビ家が牛耳るジオン軍で自分は出世コースから外れた。

 

 そのことは良い。自ら決めて動いたことだ。後悔もない。だがそのせいで、自分を支えてくれたハモンが同じ日陰者と見做されるのが心苦しかった。

 

 だがこのザビ家からの特務(・・・・・・・・)をこなせば、彼女の献身に少しは報いることができるやもしれない。

 

 程なく目的の場所へと着いたラルは、現着の挨拶のためにガルマが待つであろう執務室へと向かう。

 

 入口の兵士に敬礼すると、彼は木製の扉を開けた。

 

「ドズル・ザビ麾下宇宙軍所属ランバ・ラル大尉。ただいま現着致しました」

 

 執務机にガルマは座っていた。隣には、秀麗な顔をした女性が立っている。事務官用士官服を着ており、秘書なのだろう。

 

 ガルマはラルの顔を見ると破顔し立ち上がり、わざわざ眼前まで歩み寄った。

 

「宇宙からご苦労、大尉。貴殿と会うのは、いつぶり以来だったか」

 

「20年ぶりぐらいかと。憶えておいででしたか?」

 

「ああ、今思い出したよ。父上に連れられ、懇親会に出たときだな。あの時は怯えて済まなかったな。子供であったせいで、本物の軍人というものを、間近で見たことがなかったのだよ」

 

 ずいぶんと下腰の姿勢だ。

 

 ガルマ・ザビといえば、地球方面軍の英雄として、本国では持ち上げられている。もちろんそれは軍広報部のプロパガンダであるのだが、異例とも呼べるほどの出世をしたのだ、もっと傲慢に構えたものが所作から覗いてもおかしくはない。

 

「昔話を語りたいところだが、その前に君を呼んだ理由を説明しよう。兄上からは何も説明されてないだろう?」

 

「はっ! 最大級の機密に属する作戦であるとしか」

 

 ガルマは頷くと、後方に立っていた秘書官に目配せした。

 

 黒髪をした彼女が近づき、手にしていた書類をこちらに渡してくる。その時の視線に何か違和感のようなものを感じたラルだったが、すぐに書類に書かれた作戦内容に目を移した。

 

「……ジャブローへの長期潜入任務、現地住民への接触と武装支援ですか」

 

「そうだ。そのためにゲリラ戦の得意な貴殿を寄越してもらった」

 

 ジャブローの密林には、ごく少数だが連邦に反対する人間が不法に集落を作り潜伏している。旧世紀から密林で原始的な暮らしを守ってきた部族の末裔だ。

 

 彼らは連邦が先祖伝来の土地を汚しているとして、反旗を上げているものの、頼みの武装は旧世紀の骨董品しかなく、機械化された部隊も持たない。

 

 連邦自身、大した痛痒すら与えられぬ数百人程度の集団などまともに鎮圧するのすら馬鹿らしいものであるため、その存在は放置されていた。

 

「ゲリラ戦ならば経験はありますが……あいにく長期の潜入任務は経験がありませんな」

 

「ああ。そちらは技能に長けた人間を部下につける」

 

 ガルマの言葉に、もう一度書類に目を落とす。

 

 参加名簿には、簡潔ではあるが隊員の略歴が載っている。

 

「元サイクロプス隊に海兵隊からも何人か引き抜いていますな。他にはフェンリル隊? ほとんどが突撃機動軍で特殊作戦に従事していた者たちだ」

 

 技能集団と呼べば聞こえは良い。だが悪く言えば単なる寄り合いでしかない。そこに宇宙軍から来た人間が統率者となると、軋轢による支障が少なくないのでは、と懸念した。

 

「知っていると思うが、機動軍の特殊部隊群はその役目をほとんど終えている。そこで統廃合を行うことになったんだ。そこから選りすぐったメンバーを集めている。貴殿には悪いが、3日で隊を掌握してもらう。その後、ジャブローへ移動だ」

 

 ジャブローへは、連邦が定期便(・・・)などと揶揄しているガウの空爆に紛れ、潜水艇での上陸を行う。

 

 先般、奪取に成功したオーガスタ基地の潜水艇用ドックと、大型水上艇用港湾施設の修繕がほぼ完了した。これによりジオンは海峡での潜水艇活動を活発化さており、南米大陸上陸のための啓開も滞りなく行われる。

 

 また、この特殊任務のために、先日開発された最新のステルス搭載型水陸両用MSアッガイEが配備されることが決定されていた。

 

 このアッガイE型は、ハイゴッグよりも2まわりは小さいながら、ハイゴッグと同じく小型の潜水艇としての機能を有する。

 

 専用のモジュールを装備することで、搭乗者は、長期間の深海での活動が可能であった。

 

 だが――とラルは考える。

 

 上陸後、密林の中でどこにいるかすらわからないゲリラを探して接触。交渉によりジャブロー地表面の防衛設備の情報を入手し、可能ならば地下都市への潜入を試みる。しかも、機種転換訓練はなし。

 

 無茶な作戦であった。

 

「やれと言われればやりましょう。しかし、言わせてもらえるならば、いささか無謀な挑戦ではありますな」

 

 腹芸はできぬ。

 

 自身が死ぬだけならば構わないが、祖国に必要な優秀な人材が無駄に失われるのだけは避けたい。

 

「潜入するというのならば、隊の人間は今の半分でよいでしょうな」

 

 隠密行動に大軍はいらない。見つかりやすくなるだけだ。

 

「長期になるやもしれんからな。本部との連絡員も含むんだ。実際に上陸する人間は貴殿に任せる。やり方もな。必要なのは結果だ」

 

 加えてガルマは、本日づけでランバ・ラルを少佐に昇任することを告げる。

 

 自分が佐官になるという事実に、ラルは目を見開いた。

 

「貴殿のこれまでの尽力を思えば、むしろ物足りんぐらいだろう」

 

「いいえ! 過分な評価、ありがとうございます! このランバ・ラル、准将の信に必ずや応えてみせましょう」

 

「ふっ、固い話はここまでにしよう。作戦内容については、後で資料に目を通しておいてくれ」

 

 そう言いながら、ガルマは自身の後方に立っている秘書官に目配せした。

 

「今日、お前を呼んだのはもうひとつの要件があったからだ。いや、むしろこちらが本題とも言えるかもしれない」

 

 先ほどとは打って変わって、急速にガルマの言葉は歯切れが悪くなる。

 

 ラルは訝しみながら、黒髪の女を見やった。

 



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第174話 Side『ニューヤークの再会』

 

 黒髪の女が、ガルマよりも前に出る。

 

 やや野暮ったさを感じるメガネを外すと、驚くほど秀麗な顔立ちであることに気づいた。

 

「お久しぶりですね、ランバ・ラル少佐」

 

「はて、どこかで――」

 

 そう言いかけながら、ラルの頭の中で記憶のピースが組み上げられる。

 

 以前どこかで聞いたことがあるような声。そして、輪郭に残る面影。

 

「まさか……」

 

「はい。本当に久しいですね、髭のおじさま(・・・・・・)

 

 ラルはまるで自分が殴られたような、天地が勝手に回ったような衝撃を受けた。

 

「アルテイシア様……だというのか?」

 

「そうだ。彼女はアルテイシア・ソム・ダイクン」

 

 ガルマの言葉にラルは思わず膝をつき、最上の臣下の礼を取った。そこで失態に気づく。

 

 ここにはザビ家の者がいるのだ。ジオンの最高指導者は今はザビ家であり、ダイクンではない。

 

 だが、ガルマは鷹揚であった。

 

「ラル、忠誠心はよいがそのままでは話ができない。時間は取ってある。こっちに座ってくれ」

 

 応接用のソファに促される。

 

「ミシェ、悪いがコーヒーを入れてくれ。いつもので良い」

 

 ガルマの求めに、アルテイシアは滑らかに動く。

 

 呆然としたままのラル。

 

 再度着席を促され、ようやく腰を落とすと、対面にガルマが座った。

 

「彼女はここでは、私の私的な秘書として働いて貰っている。偽名でな。彼女の淹れるコーヒーは美味いんだ」

 

「ただのインスタントよ。誰が淹れても同じですわ」

 

 そう言いながら、彼女は人数分のカップをテーブルに置いた後、ガルマの隣に座った。

 

 そこには、それぞれの血族間に横たわる忌避感といったものは見受けられない。

 

 ザビ家とダイクン家が再び相並ぶ光景。

 

 ラルは思わず目頭を押さえた。

 

「どうした少佐?」

 

「いえ……申し訳ない。私も歳を取って、感慨深くなってしまったようでして」

 

 情けない顔を見せるわけにはいかぬ、と強く目を指で抑えて堪え、顔を向ける。

 

「まさか、アルテイシア様とこうして生きて再会するだけでなく、ガルマ様と並んで居られる姿を見るとは思いませなんだ」

 

「……ラル、君がダイクン家にどれだけの献身をしてきたのかは、彼女から話を聞いて知っているよ」

 

 ガルマの言葉を受けて、アルテイシアが頭を下げる。

 

「まずは貴方に感謝を。あの時、貴方がたが尽力してくれたから、私はこの場に居ることができるのです。ありがとう」

 

 ダイクン暗殺後の荒れた情勢の中、あらゆる派閥が幼かったダイクンの遺児を求めた。それを防ぐために、ラルは奮闘し、彼女とその兄をサイド3から脱出させたのだ。

 

「恐縮であります。いや、我が家はダイクン家には多大な恩義がありました。ただそれをお返ししたに過ぎませぬ。アルテイシア様がここに居られる、それだけで自分は感無量であります。お綺麗になられましたな」

 

「ありがとう」

 

「いえ……ところで、兄君もご壮健でらっしゃるか?」

 

 その言葉に、ガルマ、そしてアルテイシアの顔が固くなる。

 

「兄は……」

 

「生きてはいるのだろうな」

 

 ガルマはコーヒーに口をつけ、苦いものを吐き出すように言った。

 

「ラル、君と旧交を交わすためだけにこの場を設けたのではない。これから話すことは他言無用のことだ。ザビ家とダイクン家のこれから……いや、ジオンのこれからにも関わってくる内容だからな」

 

 告げたガルマの顔は冷たく引き締まっており、これからの話が嵐のようなものであることを強く物語っていた。

 



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第175話 Side『ニューヤークの再会』

 

「まずは、なぜここに彼女がいるのか、その経緯を説明しよう」

 

 そして語られた内容に、ラルはさらに驚愕する。

 

「シャアが……あのキャスバル坊だと?」

 

 シャアとは大戦前の、MS教練演習で会っていた。同部隊というわけではないため直接の会話などなかったが、新兵の中で仮面をつけた伊達者がいる、という噂は耳にしており、すれ違う程度だが、間近で見かけたこともある。

 

「どうも私の目は節穴だったようですな」

 

「私も他人のことは言えんな。殺されかけるまで、彼を親友だと信じて疑わなかった」

 

「ザビ家への復讐を考えていたとは……ガルマ様、そしてアルテイシア様、申し訳ない」

 

 ラルは頭を下げた。

 

「どうした急に?」

 

「キャスバル……兄君が復讐に走ったのは、おそらくは我が父、ジンバの入れ知恵によるものでしょう」

 

 ジンバ・ラルは当初よりダイクンの暗殺をザビ家によるものと決めつけており、その主張を変えなかった。

 

 実権を握ったザビ家と対立したが、息子であったランバの軍での功績と公国への忠誠心を惜しまれ、家督を強制的にランバへ譲るという形でお家取り潰しは免れた。

 

 それでもジンバはザビ家への批判を止めるどころか、ますませ妄言めいた体をなし始めたために、ランバの判断で、キャスバルたちとともにサイド3を脱出させたのだった。

 

 だが、それが仇となる。

 

 ザビ家への妄執を募らせたジンバ・ラルが、独断でクーデターを計画。これが明るみになり、彼は特殊部隊の襲撃を受けて殺害される。

 

「ラル、顔を上げてください。私たちが知りたい情報はそこなのです」

 

「といいますと?」

 

 ガルマが口を開く。

 

「ジンバ・ラルのクーデターを潰すために、彼女たちの保護者であったテアボロ家を、我が姉上の部隊が襲撃した。結果、ジンバが死に、彼女の養父となったテアボロ氏も重症を負った。だが同時に、彼女たち兄妹も特殊部隊に命を狙われたそうだ」

 

 クーデターの首謀者を討つだけなら、わざわざ幼子まで殺害しようなどとするわけがない。とガルマは顔を歪める。

 

「それは――私は一介の兵士に過ぎません。父のクーデターも知り得てはおらず、すべてを知ったのはすでに事が終わった後でしたので」

 

 父親(ジンバ)との連絡は、一切行っておらず、もはや親子の縁すら切っていたのだ、とラルは告げた。

 

「後の禍根を断つために、ジンバのクーデター阻止を隠れ蓑に、姉上が幼かったアルテイシア嬢たちを襲撃した……ない話ではないだろう。だが、違和感も残る」

 

 アルテイシアが、ラルに改めて襲撃者たちのことを話す。

 

 それを聞き、ラルは頷いた。

 

「たしかに妙ではあります。目的がアルテイシア様たちの抹殺ならば、あえて少人数で襲う意味がありませんな。それが必要ならば、屋敷ごと焼き払ってしまえばよいのですから。失敗後、即座に撤退しているのも違和感だらけだ」

 

「私は、ジンバ・ラルを討つ部隊とは別に、ダイクンの遺児を暗殺する任務を帯びた者がいたと考えている」

 

「それは、キシリア少将とは別の指揮系統に属する者たちということですか?」

 

「ああ。シャアに裏切られた後、私は姉上からの報告を聞いた。姉上は、シャアの正体について最初から把握していたと答えたよ」

 

「なんと!? 知りながら泳がせていたと? 何故です?」

 

「彼とは士官学校で同室でもあった。 シャアについては、ダイクン派閥の炙り出しのエサだったようでな。この私もそうした謀略に使われたようなのだが」

 

 それだけでなく、父であるデギンの意向もあったそうだ。

 

 ダイクンの遺児に、よほどのことがなければ干渉はしないと。つまり、姉は最初からシャアの暗殺を試みてはいなかったと言える。むろん、独断で行おうとして可能性はある。だが子供の頃に命を狙っておきながら、成人してからは監視に留めた。そんなことがあり得るのか?

 

「シャアは、そしてアルテイシアは私の父がダイクンを暗殺したと考えていた。だが、私はそうだと思えないのだ。父は私室に未だにダイクンの写真を持ち、彼を志しを共にした戦友だと溢すこともあったほどだ。今でも彼の墓に、私的な献花も捧げている」

 

「ラル、なんでもいいのです。誰が私たち兄妹の命を狙ったのか、そして、なぜ父は暗殺されねばならなかったのか。私たちはその謎を解きたい」

 

「ううむ……先ほども申し上げた通り、自分は一介の兵士に過ぎぬ身であり、政治の裏などわからぬ者です。ですが――」

 

 そう言ってラルは、記憶の糸を手繰り寄せるように眉間にシワを寄せ語りだした。

 

 

 



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第176話 Side『ニューヤークの再会』

 

「アルテイシア様たちを脱出させる際、その手引をした女を覚えておりますかな?」

 

「ええ。名は確か……ハモン、と」

 

「はい。無事、お二方を脱出させた後、我々はアストライア様も脱出させようと計画しておりました。ですが、警備が厳重となり、ハモンもその身に近づくことすらできなくなってしまったのです」

 

「それは知っています。それが何か?」

 

「その時、ハモンが私に溢したことがあります。『前回が出来すぎていた』と」

 

 脱出計画決行当時、障害となったのは一部の連邦駐留軍ぐらいであり、蠢動していたはずのダイクン派もザビ派も動きがなかった。

 

 それどころか、地球行きの輸送船までの警備も杜撰であり、思った以上に苦労が少なかった。厳戒態勢下であるというのに、だ。

 

「後で知り得た情報なのでありますが、当時、ギレン閣下の親衛隊が何らかの作戦行動に従事していたようなのです」

 

 ハモンと情報部のタチ中尉による調べでそこまではわかった。だがその作戦行動がどんなものなのかはわからない。

 

「あくまで推測にしかならぬのですが」

 

「ギレン・ザビが、我々の計画を後押しした、と?」

 

 ラルは安易に肯定はしなかった。アルテイシアの口調には、ザビ家に対する糾弾の色が見えていたからだ。

 

 どうやら、気を許しているのはガルマのみのことらしい。

 

「当時の私はあり得ん、と一笑に付しましたが、先ほどガルマ様から聞いた事柄と合わせますと、もしやするかもしれませぬ」

 

 もしもそうなのだとしたら、ザビ家がダイクン家の血筋を保護しようとしたということだ。

 

 だというのに、数年後に襲撃するのは辻褄が合わない。

 

「私達の命を狙ったのがザビ家ではないというのなら、やはり連邦(・・・・・)なのでしょうか」

 

 アルテイシアの言葉は、ラルの知らない何かを知っているようだった。だが、それに確証がない。故に、ラルからの情報を求めているのだ。

 

「あるいは、ローゼルシア……」

 

 ガルマの呟きに、ラルは有り得ないことではない、と頷く。

 

 当時のダイクン正妻であるローゼルシア夫人は、その立場による強力な発言力を持っておきながら、ザビ家を批判するのみで、政治的な動きは一切見せなかった。

 

 病を患っていたということもあるだろうが、あの激流とも呼べる時代の中で、ただただ個人の感情優先で動いていた。

 

 そうでなければ、ダイクン派をひとつにまとめ上げ、今のジオンはまた違った姿であったことだろう。

 

「これもハモンが言っていたことでおりますが、かの御婦人は『女の執念』で動いていたようです」

 

 アルテイシアが反応する。

 

()、ですか?」

 

「は。夫人は子を設けることは叶いませんでした。故に、貴女の母君であられるアストライア様に、異様とも呼べるほどの嫉妬を抱き、幾度となく刺客を送っておりました。我らラル家はダイクン様より直々に、アストライア様の身辺を警護するよう仰せつかったのです」

 

 特にラルとは内縁の関係でもあるハモンは、アストライアと同じく女性で、歌手時代からの親友でもあったために何度となく、私的なものも含めて情報を得ていたようだ。

 

「我らザビ家が、シャアたちダイクンの遺児にこだわっていなかったのだとすれば、逆にこだわりを見せていたのはローゼルシアか」

 

「あの頃の夫人は、すでにジオンの行く末などどうでもよいかのようでした。ザビ家に次ぐ発言力を持っていながら表に出ることはなく、数多のダイクン派の接触も断っていたほどです。そして、アルテイシア様を地球にお送りして以降、一切の鳴りを潜めました」

 

 その後ほどなくローゼルシアは病死する。だが、それでもアストライアは解放されることはなく、数少ないその一派によって監禁され続けた。

 

「やはり何もわからない、か」

 

 疲れたようにガルマは天を仰ぎ、ソファに深く身を預けた。

 

「どれもそうかもしれない、といった話だ。時代の記憶(・・・・・)を覗けぬ以上、知る由もない、か」

 

 シャアやアルテイシアが襲撃を受けた頃は、すでにローゼルシアは他界していた。今更子供を襲う意味などない。そしてザビ家は数多の有力な反対勢力を粛清し終え、新政権として盤石な体制を敷いていた。そこにダイクンの遺児が現れようと、世論が迎えることはなかったであろう。

 

 それほどに当時、ジオンは極右に傾いていた。

 

「お力になれず、申し訳ない」

 

 ラルは深々と頭を下げた。

 

 彼にはどうしようもないことであったが、目の前の若者二人の力に成れなかったことが悔しくもあった。

 

「いいさ……わかったこともある。我らの知らないところで、いくつもの裏が動いていたのは確かなようだ」

 

 諦観にも似たガルマの言葉でこの場は締めくくられた。

 

 ラルが口にしたコーヒーは冷めきっており、まるで泥濘のように胸のうちにへばりつくのであった。

 



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第177話 Side『ニューヤークの再会』

 

 深夜となったニューヤーク。

 

 ガルマは執務室で、いくつもの書類の束と格闘していた。

 

 機密性の問題から、ジオンは未だに重要な情報は紙というアナログな手段でもって保管をしていた。

 

 そんな中、極東より送られてきた資料に目を通して、ガルマはどっと身体が重くなるのを実感した。

 

 入口の扉を叩く音がする。

 

「ミシェ・クローデルです」

 

「入れ」

 

 黒髪の女が入ってくる。

 

「何用かな?」

 

 彼女の正体はアルテイシア・ソム・ダイクンである。ザビ家の御曹司であるガルマとて本来は邪険に扱うことはできない。仕事の手を休めて彼女を顔を見ると、ピントが合わずに視界がぼやけた。

 

「お疲れのようですね。無理はいけないわ」

 

 そう言って彼女は慣れた様子で、コーヒーを淹れ始める。

 

 淹れたコーヒーを、応接用テーブルの上へと置き、自らもソファに腰をおろす。

 

 手を休めろ、ということだ。

 

 無視をしてもよかったが、せっかくの厚意に対してそれは紳士的ではないな、とガルマは考え、従うことにする。

 

 彼女の対面に座ってカップに口をつけると、ミルク入りだった。

 

 ブラックの方が好みだが、疲労で胃も疲れている。それを慮ったのだと好意的にガルマは解釈した。

 

 一息ついてから、ミシェが口を開く。

 

「……ありがとうございました」

 

「うん? なんのことかな」

 

「ランバ・ラルです。彼は私の恩人ですから」

 

「ああ、気にしないでいいさ。任務に必要だから彼を呼んだ。ついでのようなものだ」

 

「慮ってくださったのでしょう」

 

「それは、お互い様だな。結局、大した情報は得られなかった」

 

 正直、ガルマがここまで過去の究明にこだわるのは、自身の家族が、幼子暗殺といった人道を外れる行為を行っていないという確証が欲しかっただけだ。捨てきれない自身の甘さというものである。

 

 聡い彼女のことだ。それくらいは理解もしているだろう。

 

お坊ちゃん(・・・・・)ですのね」

 

「君に言われると堪えるな」

 

 彼女の指摘をガルマは笑って流す。

 

「私のせいで、婚約者ともうまくいっていないのでしょう」

 

「あれは私の問題だ。君が気にすることではない」

 

 思わず硬い声が出た。

 

 それを恥じ、ごまかすようにガルマはコーヒーを飲み込む。

 

 先の連邦の強襲にあたって、元市長が敵に基地の情報を送っていたことが判明した。

 

 取り押さえる際に彼は発砲し、兵士一人が負傷している。

 

 逮捕後は監禁しているが、娘であるイセリナが連日嘆願書を出していた。

 

 利敵行為を働いた人間を無条件で釈放して自由を与えることなどできるわけもない。それがたとえ婚約者の父親――といっても、当人の間での口約束でしかない――だったとしてもだ。

 

 あまりに現実を見ないその有り様に、ガルマは正直辟易していた。

 

「……これほど遅くまで、どのようなお仕事が?」

 

 話題を変えられたことに、少しばかりほっとする。

 

 この席にまで持ってきていた資料を彼女に手渡した。

 

「よろしいの?」

 

「ああ。君が見ても、即座にどうこうというものでもない」

 

 無言で紙にプリントされたその書類を読み進めていく。

 

「……二酸化炭素から、酸素と有機化合物の分離、生成する技術、ですか」

 

「極東で見つけたものだ」

 

 ゼクス大佐たち特務遊撃隊が襲撃したマスドライバー施設。その地下に巨大なコンピューターが埋設されており、そこから引きずり出した知識であるという。

 

「旧世紀中頃に研究されていた技術のようだ」

 

 どのような経緯でこの技術が時代の中で埋もれたのかはわからないが、発見したオルド・フィンゴ中尉曰く、現代で十分再現可能な内容であるとのことだった。

 

「これが本当に実現可能なテクノロジーであるなら、すでに連邦との戦争は終えたと言ってもいいだろうな」

 

 戦争開始から10ヶ月あまり。膠着状態とはいえ、連邦を宇宙から締め出すことに成功した現状、勝利の天秤はジオン側に傾きつつある。

 

「有機化合物とは、つまり食料も?」

 

「そうだ、と書いてあるが……水と酸素についてはすぐさま実現可能なようだが。そちらのほうは、何とも言えん。私も科学者ではないしな」

 

 人口増大による資源の食いつぶし。特に水と空気、食料。

 

 宇宙棄民の最大の要因といえるこれらを、この技術が確立されることで解決することができる。

 

「連邦と膠着状態になってからだいぶ経つ。だが、この技術が本物ならば、時間は我らジオン、いや宇宙民にとって最大の利益となるだろうな。宇宙から連邦軍を締め出せている現在、地球を置いて、サイド間での経済発展が見込める」

 

 エネルギー資源の開拓は、ジオンでも独自にルートを得ており、木星と火星からの採掘が可能な段階まで来ている。

 

 この戦争に勝てば、宇宙民の出生統制を解除させるつもりだ。

 

 人口の増加はさらに加速し、その手はどこまでも伸びていくことだろう。

 

 ミノフスキー技術を開示し、小型核融合炉の生産が広がればエネルギーの問題も解決できる。

 

 果たして、宇宙に住むものなら誰もが一度は夢想したものを、技術で解決することができるのだろうか。

 

「もしその未来がやってくるとして、地球に住む人々はどうなります。搾取する側とされる側が成り代わるだけになるのでは」

 

「かもしれんな。あくまでたらればの話だ(・・・・・・・)。しかし我らの吐く息がそのまま資源として使えるというのであれば、人の存在そのものが第一資源と言っても良くなる。荒れた地球環境よりも、生活基盤の整ったコロニーでの生き方を選ぶ人間も出てくるはずだろう。そうした者たちを吸い上げ、残りたいと言う者たちは残せばいい。水と空気さえ宇宙で作り出せるのであれば、地球というものに、それほどの価値はなくなるのだから」

 

「……熱のない話ですね」

 

「だから、たらればだ、と言っているのさ。今はまだ、この報告すら現実的かどうか怪しいのだから」

 

 むしろこちらを悩ませているのは、彼女に見せることもできないもうひとつの報告のほうだ、とガルマは思った。

 

 この技術が封じられていたコンピューター()。それには、これまで人類が発見するも、なぜか失われた知識と技術が詰められている、とオルド中尉からの報告書があった。

 

 そんなものが長い間、連邦にも知られず、戦略的価値の低い土地に放棄されていたなど、謎が過ぎる。

 

「ミシェ、いや、アルテイシア嬢。君はどうする」

 

「どうする、とは?」

 

「君はこのままでいるというわけにもいくまい。戦争は終わらせる。そうしたら、君はどうするのだ?」

 

 

 





 二酸化炭素の話は、現実でも技術研究が進んでいるそうですね。


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第178話 Epilogue 『誰もが窓の外の雪に憧れる』

 

「君はどうする」

 

 身の振り方など、私自身が聞きたいものよ、とセイラは思った。

 

 地球に降りて、テアボロの養女となったことで、ダイクンの名は捨てた。

 

 あの日、兄とともに襲撃者の手から逃れた時に、復讐に滾る兄が……唯一の家族となってしまった兄が去ってから、アルテイシアという子供は死んだのだ。

 

 セイラにとって、アルテイシアという名はもはや過去の影でしかない。

 

 そんなもののために、いつまでも人生を縛られ続ける自分が苦しかった。

 

 しがらみから抜けて、自由になりたい。

 

 だが、それは叶わぬ願いなのだろう。

 

 語ろうとして口をつぐんだ彼女に、ガルマは続ける。

 

「このまま軍で過ごすことを薦めることはできない。ただ君が、自身の境遇を重荷と感じているのなら、できうる限りの援助をしたいと思っている」

 

(偽善ね)

 

 この坊やは、自身の正義に酔った部分がある。それは為政者としては頼りないが、一個人としては好ましいものだ、とセイラは感じていた。

 

 なにより、利用しやすい。だから兄は彼を標的に選んだのかもしれなかった。

 

 挫折を知らず、栄光を掴んだ一族として、約束されたエリートとして青春を謳歌した男。

 

(私も、兄を卑下することはできないのね)

 

「勘違いしないでほしい」

 

 ガルマの目がこちらを射すくめるように細く、鋭い光を帯びた。

 

「君を支援するのは、君がダイクン家の令嬢であり、我がザビ家はダイクンに大恩があるからだ。そして、君のこれまでの境遇に同情したからこそ、手を差し伸べたいと思ったのだ」

 

 一息ついてガルマは続ける。

 

「だが、もし君が――君が(シャア)と同じように復讐を考えているのなら、私は迷いなく君を処断する。ザビ家はもはや、ただの一貴族家ではない。これからのジオンを導く義務がある」

 

「……それが独裁の道だとしても、ですか」

 

 男の都合(・・・・)でしかない、とセイラは思った。彼らは()何時だって自身の感情を論理で虚飾する。

 

「そうだな。だからこそ、この戦争を起こした責任は取らなければならないと私は思っているよ。戦争に勝てば、我が国は武力で独立を勝ち取った国として、宇宙で存在感を増す。他のサイドも対抗するために力を求めるはずだ。国民はより強い指導者を求めるだろう。もしも敗北すれば、我ら一家は大量虐殺者として処断されねば、地球に住む者たちの感情も収まるまい」

 

 勝てば勝ったものとして、負ければ負けたものとして、世界に対して責任を取らねばならない。

 

 だから復讐は諦めろ、と説く。

 

 もっともだ、でも気に入らない。

 

 むろん、セイラとて今更ザビ家へ復讐したいとは本気で思ってはいない。これまでの話で、ザビ家がそもそも仇かどうかさえ曖昧になってきた。

 

 しかし、自身が負ったこの人生の傷の代価として、己を納得させるだけの生け贄(スケープゴート)は必要だ。

 

 人は誰しも、論理だけでは生きていけないのだ。

 

(しょせん私は、何者にもなれない女なのだわ)

 

 亡き父が説いたニュータイプ論。人類の革新、相互理解の象徴。そんなものとは程遠い、陳腐な個人でしかない。

 

 軽い絶望とともに、セイラは捨てたはずの名をもう一度掴むことを決意する。

 

 それが自身の――優しくなかった少女時代と、父や兄への、そして私から復讐という手段さえ奪った目の前の男に対する――復讐(・・)となるだろう。

 

 これからやってくる時代を、女として見届けるのだ。

 



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第178.1話 機体解説『RX-80PR/AN ペイルライダー アズラクトゥレーラA.N.U.B.I.S』

 

『RX-80PR/AN ペイルライダー アズラクトゥレーラA.N.U.B.I.S』

 

 機体名は、アラビア語で『青の』、ギリシア語で『狂気(女性名)』から。

 

 Anti(排斥).Newtype(ニュータイプ).Umpire(裁定).Buster(破壊する).Ideal(理想の).Systemの頭字語(アクロニム)読み方は『アヌビス』。

 

 意味合いとしては、ニュータイプを察知し、それを殲滅するための理想的なシステム。

 

 クルスト・モーゼスが開発したEXAMシステムをムラサメ研究所のジャド・アーティフ博士がHADESを利用して再現した、完全自律型OS。予備機として作成された5体目のペイルライダーに、感応波受信機とともに搭載された。

 

 実際は電子的なOSではなく、薬物と催眠によってジオン軍への憎悪を植え込んだ孤児の頭脳を、制御デバイスとして組み込んでいる。自我を奪い、脳のまま培養槽とともに機体頭部にメインコンピューターとともに搭載された。

 

 子供の持つ共感性や、好まない物事に対する嫌悪と残虐性、殺気に対する直感的な恐怖を利用し増幅、HADES以上の反応と攻撃性を発揮する。

 

 機体はシステムにより完全自律行動を行うため、パイロットおよびコックピットを含むバイタルエリアを必要としない。空いたスペースには大型高出力ジェネレーターの搭載が可能となったほか、推進剤タンクの増設、胴体部の装甲厚の増加が成されている。

 

 A.N.U.B.I.Sは一度起動すると、長時間稼働によるオーバーヒートによる緊急停止か、通信にて停止コードを打たれるまで、敵と認識したもの全てが動かなくなるまで稼働する。その実態は、HADESやEXAMにあるような暴走を意図的に発生させているもので、その仕様を聞いたカスミ女史曰く「未完成にも程遠い粗悪品」と一蹴した。

 

 自身以外の存在を敵と認識し、殺意や恐怖を持つ者すべてに襲いかかる。稼働中は青白い燐光を陽炎のように機体の各所から湧き上がらせているが、それがどのような仕組みで発生しているのかは不明。

 

 武装

 背部増槽兼、ロケットブースター

 ジオンがアフリカ大陸にて緊急展開用として用いた、ラケーテンガルデンをコピー、発展させたもの。フレームアームに接続したロケットで、方向を急激に変更しながら瞬間的に高い機動性を発する。耐Gを考慮しなくてよい無人機だからこそ扱える装備。

 

 ヒートナイフ

 左右の腰部アーマーに一振りずつ懸架された格闘専用武器。ブラックライダーの余剰品ではあるが、ビームサーベルよりも使用可能時間が長く、ザクやドム相手ならば十分な溶断力を持つ。もともとA.N.U.B.I.Sは近接戦闘特化の仕様であるため、対象に肉薄して使用するこの武器との相性はすこぶる良い。

 

 

 腕部ビームサーベル

 欧州軍でも採用された右腕部内蔵式のビームサーベル。ジェネレーター直結式のため出力が高く、再充填の時間も短い

 ビームガンとしても扱えるが、収束率が悪く、近距離でなければ牽制程度にしかならない。

 

 

 スタン・アンカー

 左腕部に装備された武装。杭のついたワイヤーを敵機に射出し、突き刺す事で高圧電流を流して機体を誤作動させる兵装。グフ・カスタムの改良型ヒート・ロッドやハンブラビのウミヘビに近いコンセプトを持つ。

 

 

 ビームライフル

 機体の仕様で射撃武器に適性がないため、実は扱えない。(遠距離で狙って撃つができない)

 

 ステルス

 システム起動時に、機体各所から青白い陽炎を立ち昇らせ、光学機器を欺瞞する。

 増幅されたサイコウェーブの放出による副作用と見做されているが、原理はわからない。また、発動確率が高いわけでもない。熱源や音紋センサーには当然ながら反応する。本来、これは標準装備ではなく、副次的に生まれた仕様である。

 



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第178.2話 機体解説『RGM79〔T❳GM《1/8》』

 

 RGM79〔T❳GM《1/8》

 ジムトライアルタイプ ワンエイト(ワンエイトは愛称)

 

 開戦前より亡命したミノフスキー博士によるMSの情報を手に入れた連邦技術開発部は、MBT(後のガンタンク)、RXM-1(後のガンキャノン)に替わる汎用的な兵器の開発として、『General Mobile計画』を草案していた。(これがV作戦の原型となる)

 

 ルウム戦役でMSの驚異的な戦力に慄いた連邦は、この計画を前倒し、MS開発計画へと変更。高性能CAD/CAMシステムによりGMの初期設計がなされる。

 

 そして、そのGMの試作試験型としてRX-78が開発される。

 

 このRGM79❲T❳ GM《1/8》は、ガンダムの完成データを元に量産試作のために作られた、最初期型の実働テスト機体である。

 

 トライアルタイプはいくつかの仕様がジャブローや他の開発拠点で設計製造がなされたが、この《1/8》は、連邦軍技術開発局極東支部(略称E.F.F.T.D.J)にて設計、開発された。

 

 開発総責任者はカスミ・キサラギ。

 

 《1/8》は試作型であったガンダムの運用データを集約し、ジェネレーターとフィールドモーターは新型の物に刷新。コア・ファイターを廃止し、簡略化されたコアブロックを導入。さらに構造的弱点とされた胸部排熱ダクト兼インテークを排除することによって、胴体部に大きな余剰が生まれ、ガンダムでは機体外に設置されていたプロペラント・タンクを内蔵式に変えた。

 

 ダクト廃止を可能にしたのは、新開発された冷却材によるもので、ジェネレーターやフィールドモーターから発せられる熱を高効率で吸収し、各部推進用スラスターから溶剤とともに排熱する。(しかし後発の生産型ではダクトが復活している)

 

 フレームも信頼性の高いものに変更されており、試作機にありがちな整備性の劣悪化は避けられている。

 

 装甲は流石にルナチタニウムではなく、正史のジムと同じ材質だが、上記ダクト廃止によってコアユニット部の装甲厚増加に成功した。

 

 頭部は強化ガラス製のドームになっており、中に本機最大の特徴とも言える光結合回路によって組まれた、自律型制御AI

AM(オールマインド)』が搭載されている。

 

 開発者であるカスミ女史によって度重なるアップデートが成されており、パイロットとある程度ファジーな会話も可能。

 

 カタログスペックは正史にあるジムスナイパー2に迫るものであり、高出力のビーム武装も運用可能。対弾性以外はファーストロットのRXシリーズを上回り、同時期に作られた他のトライアルタイプ(先行試作型ジム)とは一線を画す性能であったが、生産コストが高く採用はされなかった。

 

 しかしながら頭部センサーは多少のダウングレードがなされ後のGMに採用されている。

 

 《1/8》というペットネームは、不採用となった際、上官の台詞「我々が欲しているのはサラブレッドではない、タフなワークホースだ。今の8分の1の性能でもまだ過分にすぎる」に対して皮肉を込めて。

 

 武装

 ビームライフル初期型

 ファーストロットのRXシリーズに採用されたものと同型のもの。

 

 ビームサーベル

 バックパックに二本装備。ビームジャベリンは採用されていない。

 

 腕部60mmガンパック

 当初上層部より頭部に対空用の兵装を装備することを指示されたが、カスミ氏の「繊細なセンサー部に火器搭載とか狂ってんの?」の一言により設計が変更され、腕部外付け式に変更された。

 

 自律型戦術支援AI『AM(オールマインド)

 頭部の光結合回路型コンピューターにインストールされたAI。ミノフスキー粒子の影響を受けずに動作可能。

 カスミ女史が黒い箱(・・・)から手に入れた技術『A.L.I.C.E』のデッドコピー。

 痛覚鈍麻を持つカスミは、この技術で人間を理解するための媒介を作ろうとしていた。故に、このAIに執着を見せ、「私の子」とまで称する。

 機械故に性別はないが、音声は女性で、パイロットに抜擢されたシロウ・イツアキ少尉は「エミ」と女性名の呼称をつけていた。

 

 



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第178.3話 機体解説『RGM79〔Te❳GM《サキモリ》』

 

『RGM79〔Te❳GM《サキモリ》』

 

 地球連邦軍技術開発局極東支部(略称E.F.F.T.D.J)で開発された試作MS。

 

 生産型であるGMをさらにコストダウンさせて製造した機体。形式番号は試験型と極東を表す❲Te❳が与えられている。

 

 製造コストダウンのために作られたGMのフレームをさらに簡略化し、装甲も軽量化、各部材質の変更(より軽量で安価な素材へ)を施し、生産費と製造期間を徹底的に切り詰めている。

 

 極東における拠点防衛兼《1/8》運用試験時のアグレッサーのために製造されたもので、開発者であるカスミ氏いわく「張子の虎」とのこと。

 

 生産性向上のために装甲、ジェネレーター出力、スラスター推力ともにGMより若干低下している。(より廉価なものを使用したことと、各部のバランス調整のためのダウングレード)しかし軽量化のため実働時の運動性能は従来機より20%アップに近いデータを計測し、パイロットからは好評価を得た。

 

 装甲は重要機関部(コアブロックや被弾率の高い場所)以外は材質の関係で耐弾性が低く、それを補うためにやや丸みを帯びた形状をしている。特に脚部は地上用MSとしては実に簡素な形状であるが、運動性や設置安定性は高い。

 

 武装としては、銃口とエネルギーコンデンサーを増やし、連射力と装弾数を上げたビームスプレーガンⅡと、左右腰部にビームショートサーベルを一本ずつ装備。

 

 ビーム兵器は本来ならばジェネレーター出力が足らず使用不可能(陸戦型GMとほぼ同等)であったが、腕部のエネルギー供給システムの改良で使用可能となった。

 

 《サキモリ》はペットネームであり、軍における正式名ではない。

 

 頭部形状がそれぞれ違うのは、様々な状況下でのセンサー運用テストのため。

 

 《1/8》と同じく、極東で製造された5機は操作補助AIが搭載されている。簡易型のAIであり、《1/8》の『AM』のように独立思考は行えないが、戦闘時にレーザー通信による相互データリンクを行うことで部隊間の連携行動をサポートできる。

 

 

 武装

 

 ビームスプレーガンⅡ

 コンデンサと銃口を増やし、連射力を上げた武装。改造元のビームスプレーガンよりも地味に収束率が上がっているが、装弾数は増えていない。

 

 ビームショートサーベル

 従来のビームサーベルはザク相手には出力が圧倒的に過剰であったため、低出力化を行い、最大稼働時間の伸長と本体からのエネルギー供給速度の倍加を行ったもの。ビーム刃が従来型の半分程度の長さのため、ショートサーベルと名称されることになった。本武装は、後に改良され、ガンダムピクシーのビームダガーに採用された。

 

 同じく省エネ化武器としてビームジャベリンがガンダムに装備されていたが、あちらは柄の伸縮機能が格闘武器に重要な強度と信頼性に欠けるため採用されなかった。

 

 ショルダーキャノン

 バックパックにオプションとして装備可能な実弾武装。

 

 シールド

 RGM79が装備するタイプと比べ、半分程度のサイズだが、使用されている材質などは同じ。裏側に手投げ式グレネードを2つ装備。

 



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第8章
第179話 Side『降り注ぐ嵐』


 

 やあ。オルド・フィンゴです。

 

 日本の連邦施設奪取から一ヶ月ほど経ちまして、今は月のグラナダに居ます。

 

 ここはフォン・ブラウン市に次ぐ月の第二都市だ。元々サイド3建造のための資材打ち上げマスドライバーが存在する場所で、ジオンとの繋がりは深い。

 

 うーん。地球から見て裏側にあるので、このマスドライバーを軍事利用はできないのが残念。

 

 南極条約も邪魔だ。大気圏外からの質量攻撃できないからね。できたら今頃ジャブローはあなぼこだらけだったろうに。

 

 さて、我ら特別遊撃部隊がなぜこのグラナダにいるか、端折りながらも説明したい。

 

 極東からチベットへ渡った僕らは、アプサラスの秘密建造基地があるラサへと入る。

 

 目的はジャブロー攻略用MAアプサラスの月への輸送と、開発者であるギニアス・サハリン技術少将の護衛だ。

 

 僕らが到着した時点で史実と異なり、アプサラスが完成しており、各種ユニットを分割してケルゲレンを始めとした輸送船に詰め込み、グラナダへと運ぶ手はずだった。

 

 ギニアス少将には、会って早々に感謝の言葉をもらう。

 

 オーガスタ基地で得た、連邦MSのビームライフルに使われていたエネルギーC.A.Pの概要をこちらに流したからだ。

 

 これにより原作アプサラスⅡで問題となった射撃時の姿勢制御の不安定さとメガ粒子砲の連射性能が解決できたのだという。

 

「できればそれらも含めて、私個人の能力で解決したかったのだがな」

 

 とはギニアス少将の弁である。

 

 追い詰められていなかったせいか、そこまで狂気に浸されてはいなかったようだ。

 

 ただ、ここでアプサラスの完成度を上げたいなどと言っていたので、「グラナダで量産認可降りるんだから、そこで改良した二番機作ればいいじゃない」と言ったら満足してた。

 

 ニューヤークで拿捕したホワイトベースのミノフスキークラフトのデータも土産として渡したら、だいぶ気に入られたみたいで、様々な話をした。主に技術関連の話だ。

 

 ところで、原作のコジマ大隊だが、事前に(・・・)駐屯地を完成したアプサラスと共に急襲して壊滅させている。

 

 この世界でアイナ嬢は、添い遂げ男ことシロー少尉と出会うことはなかったようで、連邦への攻撃も一切躊躇うこともなく行った。原作と異なり、MSの数が少なく、地上戦の主力がMBTであったことと、僕らライトニング・カウント隊の援護もあり、彼らは抵抗らしい抵抗もできずに壊滅、捕虜となった。

 

「やあ、おじさん(・・・・)久しぶりですね」

 

「相変わらずだな、おめぇさんは」

 

 捕虜を収監した施設。その中でも一等室と呼んでいい場所に居た人物と僕は接触する。

 

「中尉、彼が協力者か?」

 

「ええ、戦前からのね」

 

 ゼクス大佐の言葉に僕が頷くと、目の前の人物は敬礼した。

 

「連邦でも噂となっている『白光(ホワイト・ライトニング)』大佐殿に会えるとは、光栄の極み」

 

 人をくったシニカルな笑みを浮かべる中年の兵士は――

 

「トラヴィス・カークランド中尉であります。いや、もと中尉かな。味方殺しで、もう連邦に席はありませんからね」

 

 

 



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第180話 Side『降り注ぐ嵐』

 

 トラヴィス・カークランド。

 

 この御仁は、ゲーム「機動戦士ガンダム外伝 ミッシングリンク」に登場した人物だ。

 

 地球連邦軍第20機械化混成部隊「スレイブ・レイス」の部隊長。表向きは連邦に数多ある『試験運用部隊(モルモット)』と同じだが、裏の顔は、司令官グレイヴの私兵としてレビル派にとって邪魔な存在を抹殺する、私兵だったりする。

 

 その性質上、実働部隊員の構成は犯罪歴のある者たちばかりで、罪状を取り消す代わりに、非合法な任務を遂行することとなる。

 

 僕がこのボイスがやたらとイケオジな人物と出会ったのは、軍学校に入る前だ。

 

 前世の記憶を思い出し、混乱しながらもいかにしてこの時代を生き抜くか考えていた頃、いつもパンを買っている店主の旦那が彼であることに気がついた。

 

 彼は元々地球出身で、連邦宇宙軍のサイド派遣兵として勤めており、原作ではジオンと連邦との間で戦争が起きた際に、奥さんと息子の安否を確認しようと奔走していたところを、スパイ容疑で捕まり『スレイブ・レイス』へ入れられた。

 

 それを思い出したので、息子さんのヴィンセント君と仲良くしつつ、おじさんとも接触。

 

 こういうとき、ジオン貴族の肩書はすごく便利だったりする。貴族名簿に席を置いてるだけの小さい家格でも、一般庶民からすればお近づきになっておけば、なにかしらの優遇処置を得られるかも、といった打算が働いて、こちらが多少ずけずけと踏み込んで行っても邪険には扱われない。

 

 自分が士官学校に入る頃に、トラヴィスのおじさんは地球近海での勤務が決まったので、「連邦とジオンの間でなにかあったら、真っ先に連絡してくれ」と伝えておいた。

 

 そうして、僕は彼の家族の安否を教え、トラヴィスおじさんは僕に連邦の動きを教えてくれていたわけだ。

 

 開戦後、彼はジオンに家族がいるという弱みをつかれてスパイ容疑で『スレイブ・レイス』の指揮官にされてしまったが、僕との関係は切れていなかった。隙を見ては連絡をしてくれてたわけだ。

 

「で、今回アプサラスの秘密基地に連邦の部隊が奇襲をかけるという情報を貰ったんですよ」

 

 大佐に説明しながら、僕はおじさんの対面に座る。彼の情報によって連邦が事前に戦力を整える前に先手をうてた。

 

 僥倖だね。

 

 アプサラスはジャブロー攻略の要になる超兵器だ。ここで失うわけにはいかない。

 

 おじさんが僕に鋭い視線を投げてきた。

 

「聞きたいんだが、息子は無事かい?」

 

 家族愛の強い人だ。優秀だが、そこは明確な弱点と言える。

 

「もちろんだよ。彼は宇宙軍に所属することになったようでね、前ほど頻繁に連絡は取れてないけど」

 

 宇宙軍は先のルウムでベテラン士官を軒並み失ったため、実は戦力と練度がガタ落ちしてる。

 

 そこで、士官学校で成績の良かった息子さん――ヴィンセント君は教習課程をすっとばして指揮官候補生の尉官として宇宙軍へと配属となった。

 

「ってついこの前の通信で言ってた。宇宙軍でも名高いエースのガトー少佐の部隊に配属されたそうだよ。毎日しごかれてるそうだ」

 

「そうか。無事ならいいんだ」

 

 連邦のスパイをしてもらう代わりに、ヴィンセント君と、奥さんであるエルマさんの面倒も見ている。

 

 ヴィンセント君は親父さんが軍人で、兄貴分である僕も軍人だった影響で、自分も軍に入りたいと言ったから、士官学校に口を利いてあげたし、入学資金も少し融通してもいる。

 

 僕の給料は今のところ使い道がないからね。

 

 で、エルマさんは元々身体が弱くて、今回の開戦で心身にかかったストレスのせいか倒れてしまった。

 

 そこで僕の――貴族としての――名前を使ってズムシティの大学病院に入院させている。経過は悪くない。

 

 トラヴィスおじさんはそれを聞くと、表情筋の強張りを緩めた。

 

「というわけで、この坊主の走狗(いぬ)として働かされてたわけですよ。ほんとにとんでもないやつを部下にしてますな、イケメン大佐殿は。いつか背中刺されますよ」

 

 肩を竦めながら戯けて笑うおじさんに、ゼクス大佐も口の端で笑う。

 

 いや、冗談でも笑えないでしょそれ。

 

「彼がこちらを裏切る時は、それは、こちらに利がある時だけさ」

 

 そう言って大佐も席につく。

 

 え、何? 僕、いつか裏切るとでも思われてんの? 心外。

 

 

 



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第181話 Side『降り注ぐ嵐』

 

 全員が席についたが、まだ一人だけ到着していない。

 

 すこし待つ間に、トラヴィスのおじさんは大佐と歓談していた。連邦側の戦況を流してはもらっていたけど、ジオン(こちら)側の情報はほとんど与えていなかったからね。

 

 たぶん、自身が独自で仕入れた内容と齟齬がないか――つまり僕が裏切っていないか――確認しようという意図だろう。あとは、自分たちが体よく使い捨てにされないという確証もほしいんだろうな。

 

 こんな使い勝手がよくて優秀な人間、切り捨てるわけないのにね。

 

 そうこうして部屋に最後の人物が到着。

 

「あら、すっごいイケメンがいる! 貴方が噂の《白光(ホワイト・ライトニング)》大佐かしら?」

 

 入ってきた妖艶な雰囲気の美女は、大佐を見るなり物怖じもせずにそう告げた。

 

「やあ、はじめまして」

 

 僕は片手を上げて彼女に挨拶する。

 

「あら、隊長に聞いていたとおりの童顔なのね。貴方がクライアント(・・・・・・)?」

 

 赤い長髪の女性は、色っぽい笑みを浮かべつつも、その瞳には獲物を狙い定めるヤマネコのような鋭さがある。

 

 彼女の名前はドリス・ブラント。トラヴィスの部隊の通信士だ。

 

「ドリス、こいつが俺の飼い主だ」

 

 トラヴィスのおっさんは僕のことを『こいつ』呼びだ。別にいいけど、おっさんの家族の面倒みてるの僕だよ? もっと敬意を払ってほしいなぁ。

 

「あいにく私って、年下には興味ないのよねぇ」

 

「安心しろ。こいつはお前より年上だ」

 

「げ!? 嘘でしょ!? どういう若作りの仕方してんのよ」

 

 ドン引きされた。まあ慣れてはいるけど。

 

「君が、例の《()》を突き止めた?」

 

 大佐が眉をひそめる。

 

 彼には、僕がその正体を知っていることを明かすついでに、ガルマ様に告げた『ラプラスの箱』にまつわるピースクラフト家の関連を教えてる。

 

「そ。ドリス・ブラントよ。よろしく、イケメンさん」

 

 そうウィンクする彼女。

 

 トラヴィスのおっさんに接触したのは、実は彼女が目当てだったりする。

 

 アンダーグラウンドのトップハッカー。ゲーム登場キャラだが、作品中では彼女は命令書を誤魔化して新鋭機体を部隊に引き込んだり、戦後も情報偽装でトラヴィスたちを匿ったりしていた。

 

 ゲーム通りの性格、能力なら、原作通りに連邦の秘密に接触した結果捕まり、『スレイブ・レイス』に配属される。

 

 その秘密、ってのが例の()についてだったわけだ。

 

「で、貴方が亡きピースクラフト家の御曹司ってわけね」

 

 ドリスの言葉に、大佐は僕に非難めいた視線を投げてきた。

 

 いや、教えてないよ?

 

「聞いたわけじゃないわよ。でも、『箱』についての情報提供に、ピースクラフト家がどのように関わっていたか調べろなんて言われればね。子供でも推察はできるわ」

 

 まあそりゃそうよね。こちらも隠す気はなかったし。

 

 ピースクラフト家とビスト財団の関わりを疑った僕は、彼女と渡りをつけて調べて貰ったってわけだ。

 

 大戦前にトラヴィスのおっさんに頼んで地球で接触してもらったのだが、そのせいで彼女も『スレイブ・レイス』行きとなってしまったわけである。

 

 ごめんよ。

 

「まあ、楽しかったからいいけどね。でも、その分のお手当ては貰えるんでしょ?」

 

 あっけらかんと言い放つ。

 

 彼女の好奇心と強かさはとびきりだ。

 

 だから『箱』と『ピースクラフト』について知りたいとおじさんに伝で頼んだだけで、深く調べてくれた。

 

 彼女いわく、完璧な情報隠蔽なんてこの世のどこにも存在しないのだそうだ。

 

 ある意味トラヴィスのおじさんよりも強か(・・)な人物で、きっと今も内心では、こちらの弱点と自身にとって有利な点を探るために頭脳をフル回転させてるとこだろう。

 

 家族という明確な弱点のあるトラヴィスよりも、ドリスのほうが厄介だけど、今回の件でこちらについたということは、利があると踏んだんだろうし、利があるうちは裏切らないのがわかるから、ある意味で信頼感抜群の女性だ。

 



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第182話 Side『降り注ぐ嵐』

 

「それで、君たちはジオンに亡命したいということだが?」

 

 ゼクス大佐が本題を切り出す。

 

 トラヴィスおじさんは、深く頷くも、まだ警戒しているのか腕組みしている。

 

「ええ。なんせ俺等は『味方殺し』。今回の件だけじゃなく、口にできないほどの裏稼業をこなして来ましたからね」

 

 彼ら『スレイブ・レイス』は黒幕であるグレイヴの指示の元、連邦内で不正を行う官僚や、政敵を始末してきた。実質、グレイブの私兵だったわけだ。

 

「そちらが極東で『ペイルライダー』を始末してくれたおかげで、飼い主(・・・)の足取りを追うのが楽になりましてね」

 

 ペイルライダー計画は原作通りには進まなかったらしく、僕らが戦った、本来なら予備機のはずの一機以外は、未完成のままで基地を襲撃したニムバス大尉たちの手によって奪取されてしまっている。

 

 極東で『A.N.U.B.I.S』を開発したジャド博士は死んでしまったものの、捕虜となった研究員から計画の責任者の名を吐かせることには成功した。

 

 その情報をトラヴィス氏に流したところ、上手く動いたようだ。

 

 虎の子を失い、さらに自身がしてきた黒い活動が発覚しそうになったグレイヴがジャブローから出たところを、『スレイブ・レイス』が襲って始末したらしい。

 

 うーん恐ろしい。

 

「まあそこまではいいんだけどよ。元飼い主とやり合ったときに、ちょーっとばかし問題が発生してな」

 

 連邦内の高級将校を暗殺したこともさることながら、かなり不味いものを発掘してしまったらしい。

 

 ドリスが肩を竦める。

 

「その情報を()にして、そっちに寝返りたいわけ。こっちはお尋ね者だからさあ」

 

 指揮官暗殺にあたって、表の顔である試験部隊は解散しており、『スレイブ・レイス』としての実働部隊と、最初から事情を知っている人間を含めて30名が亡命希望者だ。

 

「亡命は理解した。君たちのこれまでの情報提供に感謝し、全員の身柄の保証は私がしよう。その情報というのは何か?」

 

「これよん」

 

 そう言ってドリスが嬢が胸元からメモリーカードを取り出す。

 

 なんかいちいち動作がエロいけど、大佐に色仕掛けは効かないし、下手すると怖い大尉(おねえさん)に睨みつけられちゃうよ。

 

 大佐が受け取ったメモリーカードは、クリアのケースに厳重に封印されていた。おそらくミノフスキー粒子の影響を最低限にするためだろう。この手の小型記憶媒体は、大気中に少しでもミノフスキー粒子があると、あっという間に壊れる。

 

「そこには連邦がこの戦争で行ってきた、非人道的な行いの全てが記録されている。それだけじゃなく、連邦が今後行おうとしている反抗作戦の情報もあるぜ」

 

「反抗作戦か。どんなものだ?」

 

「いま、宇宙軍はルナ2に部隊を結集してるのは、そちらでもご存知で?」

 

 それは把握している。

 

 大規模攻勢の前触れとして、ジオン宇宙軍も警戒していた。何よりジオンの宇宙軍は再編がまだ終わっていない。ようやく他コロニーからの義勇兵の練兵が終わり、新型のゲルググが月で量産されはじめたばかりだ。ここでルナ2と正面を切って戦えば、その消耗分で本土防衛戦力まで削れかねない。

 

 それもあって、少しでもルナ2の戦力低下を狙って、我々は極東の物資輸送マスドライバーを奪取したわけだ。

 

「そいつはブラフで、実際は地上での反抗作戦を連邦は考えてる。狙いはアフリカだ」

 

 なるほど。

 

 アフリカ戦線は地上でも屈指の激戦区だ。大陸の北と東半分をジオンが、南と西を連邦が抑え、両者常に小競り合いながらその陣地を奪って奪われてを繰り返している。

 

 トラヴィスは続ける。

 

「キリマンジャロ奪還と、地中海への侵攻、同時に行うつもりのようでしてね」

 

「地中海を?」

 

「ジオンは太平洋の海域封鎖は完璧ですが、インド洋までは手が回りきっていないでしょう。そこでマプトから潜水艇を遡上させ、エジプトとエルサレムを落とすつもりで。あと、マプトには航空機を艦載可能な空母が多数ありますから、地上部隊の支援も行えますな」

 

 話を聞いて、僕は端末を操作して、アフリカ大陸周辺の地図を出す。

 

「マプトには大規模な港湾基地がありましたね。先の我が軍による侵攻作戦で敗退した部隊が、少なくない数逃げ込んでる場所です」

 

「そこ、オーストラリアと繋がってるのよ。物資はそこから来てる。結構な兵力が揃ってるわ」

 

「あー、そしてオーストラリアはジャブローから補給受けてると」

 

「そういうこった」

 

 つまりは僕らが北米で叩いたオーガスタ基地みたいな事になってるわけだ。

 

 大規模な生産施設を持つジャブローからオーストラリアを経由して、人員と武装を受け取っている。

 

「ダカール含めて結構な兵員が動いてますよ」

 

「連邦にはまだそれだけの余力があるのか」

 

 大佐は眉をしかめ、唸りを上げた。

 

 

 



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第183話 Side『降り注ぐ嵐』

 

 さて、話を現在に戻すと、いま僕らは月のグラナダにいる。

 

 無事にギニアス少将をアプサラス開発工廠へ送り届けた。彼には開発スタッフとして一緒に来ないか、と誘われたが丁重にお断りした。

 

 新兵器の開発などすごく魅力的な話であるが、さすがにここでゼクス大佐たちを放り捨てるのは気がとがめたからね。

 

 こんな僕でも情はあるのだ。

 

 年越しはHLV、元日はここで迎えた。

 

 さようならU.C79年。いらっしゃい、80年。

 

 原作だと80年の1月1日に公国の後に発足したジオン共和国政府が、終戦協定に調印することで戦争は終わっている。

 

 が、この世界ではまだまだドンパチは継続中だ。

 

『スレイブ・レイス』から得た情報についてだけど、ある意味『ラプラスの箱』並に問題な内容だった。

 

 連邦軍の総大将レビルはすでに亡くなっており、その思考パターンを模したAIに置き換わっている。

 

 とんでもない話だが、極東で半ばこちらに寝返ったカスミ女史は戦前はこの超AI開発に携わっており、別チームがレビル将軍の人格をコピーしたAIを開発していたという。

 

 レビル将軍は開戦時ルウムで戦死しており、奇跡の生還と呼ばれた徹底抗戦の演説は、事前にサンプリングしていた音声をAIが合成したものであり、容姿はCG。

 

 これらは連邦政府現首相と周囲の高官によって決定されたもので、外交失敗による戦争責任を取りたくなかった彼らと、軍の中で美味い汁を吸っていた一部のレビル派が、その権限を維持するために強引に進めたようだ。

 

 まさか本当に戦争の帰趨を全てAI任せにしてるとは思えないが、それでも前線で命がけで戦っている兵がこれを知ったら、一気に造反するかもしれない。

 

 さらに連邦内では宇宙軍の発言力が低下し続けており、代わりに陸軍が台頭してきているようだ。

 

 原作と異なり、連邦陸軍は壊滅しておらず、元々宇宙軍との関係は悪化していたが、今回の戦争でさらに軋轢が加速した。

 

 今度予定されているアフリカ大陸奪還作戦も、陸軍が主導しているのだという。

 

 連邦のMS投入は原作よりも早かったが、主力を担えるほどの数と練度は未だに用意できておらず、予算と人員の大半を陸軍に持っていかれているそうだ。

 

 宇宙軍再建のため立案されたビンソン計画も、陸軍の機甲部隊新設による横槍で少なくない予算と人員を取られ、一向に進んでいない。

 

 トラヴィスが言うには、宇宙軍、特にレビル派にとって厄介な陸軍の将校を暗殺するために、『スレイブ・レイス』が動いていた。

 

 ここでレビルAI疑惑を公表すれば、軍だけでなく現政権に少なくない打撃だろう。

 

 データカードの中にはレビルAIの製造だけでなく、人格パターンを催眠処置した人間にコピーし、思考的思想的クローンを生み出す実験を行った証拠まで保存されていた。

 

 思考クローンは失敗したみたいだが――過程で数十名の死者が出ている――副産物として、増大した感情を感応波(サイコウェーブ)として外部に出力する方法や、それにより兵器を操る技術、つまりはサイコミュの初歩のようなものが産まれている。

 

 月に上がった大佐は、これをキシリア少将に手渡した。

 

 そしてわずか2日後には、ジオン本国だけでなく各サイド向けのプロパガンダ放送でこれら連邦の悪魔的所業(・・・・・)が流布された。

 

 これにより、厭戦気分の漂っていたコロニー間の世論は再び沸騰。継戦一色に染まる。

 

 さらにとんでもないことに、連邦宇宙軍のエルラン中将が、ジオンが発表したこれらの証拠を認め、軍内部の腐敗を糾弾。即時停戦と和平条約の締結を求める声明を上げるという事態が起こった。

 

 これにより連邦は大混乱に陥った。

 

 各地で連邦政府を糾弾するデモが発生。戦時下ということで配給を絞っていた不満が爆発し、非合法地球滞在民なども巻き込んで、かなり大掛かりな暴動……というより同時多発テロが起きた。

 

 政府はこの鎮圧に当然ながら軍を投入したが、いかんせん数が多すぎた。

 

 それだけでなく、市民と一緒になって造反する軍人もいたぐらいだ。しかも部隊規模、ひとつの基地規模で。

 

 これは初戦のジオン侵攻により、連邦支配地域が細切れのように散在孤立していたせいで起こったことで、本部からの支援を満足に受けれなかった部隊が、そのまま都市部に支配層として居座り、勝手に自治を行っていた。

 

 ここで連邦の悪事が晒されたため、民衆の暴動でせっかくの荘園(・・)を失ってはたまらぬ、ってわけで民衆と一緒に政府を糾弾する立場に回ったわけだ。

 

 それだけでなく、連邦の屋台骨が揺らいだせいで一部の反連邦の武装集団が決起。鹵獲、または軍から横流しされた兵器を使って連邦の物資集積所や駐屯地を襲撃、占拠する事件が多発。

 

 自分たちで売った武器で攻撃されるなんて、間抜けもいいところだ。

 

 で、ジオンでは頃合い良しとみて、首脳部より大規模な攻勢作戦が立案される。

 

 その作戦に、僕ら『閃光の伯爵(ライトニング・カウント)』部隊にも参加命令が下ったのだ。

 

 

 



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第184話 Side『降り注ぐ嵐』

 

 作戦名『ストーム&コメットフォール』。

 

 ジオン司令部のセンスのなさに頭痛がする。

 

 名称だけでどんな作戦かある程度想像できるってどうなん。

 

 内容はこうだ。

 

 宇宙軍で、現在ルナツーに集結している連邦艦隊を襲撃。その隙に我ら突撃機動軍は、アフリカ最西部の連邦政府首都ダカールへ向けて攻撃を仕掛ける。

 

 トラヴィスたちから得た連邦の反抗作戦を受けて、「やられる前にやったれ」な作戦だ。

 

 そして月にいる突撃機動軍特別部隊の僕らには独自の任務が与えられた。

 

 大気圏降下によるマプト港湾基地への奇襲。

 

 なんてことはない。大戦初期にジオンが行った降下作戦の再来。夢よもう一度ってやつだ。

 

 違いは、以前僕が開発局で設計していた大気圏降下用SFSが導入されることだ。

 

『YS−12GFSソール』。

 

 当初は開発局時代に提案、データのみだが設計していたもの

 だ。

 

 開戦当時、司令部は宇宙戦のみで決着をつける気まんまんだったために採用されなかった。

 

 でも地上戦に舞台を移すことになって、MS展開力と航空兵器の優位性をようやく首脳部が理解して急遽兵器開発となり、ストックしていた僕のアイデアが使われることになったわけだ。

 

 ドダイとゾーリの完成でMSの輸送と通信連携の技術は確立されたので、後はSFSに大気圏降下能力を付与するだけだった。

 

 原作のフライングアーマーと同じ要領で、底面に空力加圧から機体を保護するためのショックウェーブ発生装置と、機体上面に搭乗するMSを保護するための耐熱フィルム(冷却ガス)でMSを隔離する。

 

 大気圏突入後はSFSとしてそのまま運用できる代物だ。

 

 ショックウェーブ発生装置にかなりの電力が必要なため、ザクに使われてた核ジェネレーターが搭載された結果、フライングアーマーよりは一回り以上大柄。

 

 それでもMSを単騎で降下させて、そのまま空戦に移行できるのは素晴らしい。

 

 こいつでもって降下部隊は都市部の上空に降下襲撃。対空砲火をくぐり抜けて、防衛システムを粗方始末したら、本隊がHLVで降下してくるという作戦内容だ。

 

 問題はこの兵器がろくにテストされておらず、机上データのみでいきなり実戦投入される点。

 

 ジオンて本当に技術偏重というか、過剰に自信もってるよね。

 

 もっと現場のパイロットの命を高く見積もって欲しいものだ。

 

 失敗したら、エース級のパイロット数十人が一気に塵となって地表に降ることになるんだぞ。

 

 そしてさらに問題が。

 

「代替のMSがない?」

 

「はい……申し訳ありません」

 

 僕らの前で緊張した面持ちで敬礼するグラナダ基地の兵士。

 

「我々は次の作戦に向けてここでゲルググを受領するはずだったと思ったが?」

 

「大佐のゲルググJはあるのですが……」

 

 僕ら『閃光の伯爵』隊は、マプト港湾基地への強襲任務を帯びている。それにあたって、新型MSであるゲルググをこのグラナダで受け取るはずだった。そのため、宇宙に上がる際にこれまで乗っていたMSは置いてきてしまったのだ。

 

 ゼクス大佐が乗っていたザクS2はデータ回収のためにオーバーホールなので、最新型のゲルググJを充てがわれることが決定していた。

 

「私のMSだけあってもな」

 

「いえ、正確には数が足らんのです。部隊全員分のMSを用意することができず」

 

 大佐は唸る。

 

 新造したゲルググは、ダカール襲撃組の方に回ってしまっているらしい。さらに新造したドムは、先日全機が地上に降りてしまったようだ。

 

 しかしおかしいな。ゲルググは宇宙軍先行配備のためにもっと数用意してたと思うんだけど――これはだいぶ後にわかることになったが、宇宙軍で大規模な造反があったせいだった。MSごとパクられてその数を激減させてしまったらしい――キリマンジャロに一部の工廠を移した分、生産余裕も出たはずなんだがなぁ。

 

「よう! クソガキ! 久しぶりじゃねぇか!」

 

 振り向くと、そこにはやたらと濃い顔をした三人組が立っていた。

 

 

 



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第185話 Side『降り注ぐ嵐』

 

 濃い顔の三人は、こちらを挑発するような嘲笑いの表情を浮かべている。

 

「あ、『ジオンの三ヤクザ』さん」

 

「誰が『三ヤクザ』だ! 俺たちゃ『三連星』だといっとろうがぁ!」

 

 ハンガーに目一杯響くほどの大声を上げたのは、やたら縦に長い頭をした一人、オルテガだ。

 

「久しぶりだなぁゼクス。いや、もう大佐殿(・・・)とお呼びした方がよろしいかな?」

 

 三人組の中央、リーダーであるガイアが大佐に歩み寄る。身長差があるので、下から大佐を睨みつけるような調子だ。

 

「大戦前の教導連隊以来ですね。ガイア大尉。昇進されたようですな」

 

「ふん。貴様もな。今や本国じゃガルマ様と並んで英雄扱いだ」

 

「けっ! 上手く取り入りやがったじゃねぇかクソガキよう!」

 

 言いながら隻眼のマッシュが僕の頭をヘッドロックしてくる。

 

「実力ですよ。マッシュさんも相変わらずですね」

 

「なにが相変わらずだ! 少しは痛がりやがれ!」

 

 彼らはジオンのヤクザ三人衆もとい、黒い三連星。原作でも有名なドムカラーの人たちだ。

 

「たしか、大尉たちも本作戦に参加するのでしたな」

 

 原作と違い宇宙軍所属の彼らだが、今回の作戦ではダカールへ降下することになっている。

 

「そうだ。連邦首都、本命(・・)への襲撃だ」

 

 ガイア大尉は大佐を挑発するように言う。階級は圧倒的にゼクス大佐が上なんだけどな。

 

 過去の付き合い柄ってやつか、ガイア大尉は口調を崩さないし、大佐も気にしていないようだ。

 

「聞いたぜ。MSがないんだって?」

 

 ヘッドロックをし続けるマッシュ中尉がさすがに鬱陶しかったのですり抜ける。

 

 彼ら三連星と僕は、大戦前MS05のイグザンプルデータ作成の頃からの付き合いだ。

 

 僕自身がこんな容姿なので当初はかなり舐められたが、気にせず普段通りに接してたら変に気に入られた。

 

 特にマッシュ中尉(当時は少尉)は弟分のように思っているみたいで、やたらと飲みや歓楽街に誘ってきたりとうざ絡みが激しかった。それどころか部隊メンバーとして勧誘までされたぐらいだ。『四連星になっちゃうから嫌です』と断ったけども。そもそも僕はメカニックだと何度も言っている。

 

「ゲルググ貰うはずだったんですがね。さすがにMSもなしじゃ何もできません」

 

「ドワッハハハハハ! 『白光(ホワイト・ライトニング)』でも手も足もでんか! 傑作だな!」

 

 大声で笑うのはオルテガ中尉。

 

 この人巨漢だけでなく、声も無駄に大きくてうるせぇんだよな。

 

「俺達はちゃんと専用機を受領したぜ! 黒いゲルググ! これから人気がでるカラーは白じゃなくて黒だ! ジオン十字勲章は俺達が貰う!」

 

 やったらと大佐のことライバル視してるなぁこの人。ガイア大尉も少し困った顔してる。

 

 ん、まてよ。

 

 本来宇宙軍だった大尉たちがここに来ているということは――

 

「ガイア大尉、MSください」

 

「いつも藪から棒だなお前は」

 

 僕の言葉に、ガイア大尉は眉を引くつかせる。

 

「新型受領したんでしょう? ならそれまで乗っていた機体が余るはずです。それ、こっちに回してください」

 

 マッシュ中尉がため息をつく。

 

「お前なぁ……ほんと、遠慮って言葉知らねぇよな」

 

 すんません。

 

「……まあ、吝かじゃない。というか、そのつもりで来たんだ」

 

 ガイア大尉が呆れ顔ながら頷いた。

 

 大佐が驚く。

 

「よろしいので?」

 

「構わん。貴様も教練で乗り慣れたザクR型だ」

 

 ガイア大尉は、宇宙軍のMSは全機ゲルググに乗り換えるから、ザクは予備行きと余りはバラしてパーツ取りと決定している。どうせならその前にもう一戦使ってやれと言葉を繋いだ。

 

「ま、宇宙用のR型で地上戦をできるだけの技量がお前らにあればだけどな」

 

 マッシュ中尉の煽りだが、全く問題ないのよねこれ。

 

 ザクⅡRは、パイロットからは高機動型ザクなんて呼ばれることもある宇宙用の高性能型で、ザクと名付けられているが設計はザクとは全く違う。側を寄せただけの別物機体だ。そして、実は地上でも使える。

 

 じゃあなんで地上に配備しなかったかというと、地上ではR型の売りである高機動が十全には発揮されないからだ。

 

 R型の機動力はスラスターの推力に依ったもの。これにAMBACを合わせて3次元の複雑な機動が可能となっているが、地上では地面と重力がある以上、どうしても2次元的な動きに限定される。

 

 加えて機体の各所に推進剤のタンクを分散配置しているせいで、被弾には弱い。特に脚部は顕著だ。地上はAMS武装した歩兵が隠れられる場所が事欠かない。そんなもんで脚をやられたら、プロペラントごと大爆発もあり得るのど。

 

 とどめには、R型は地上用のJ型にはある脚部ショックアブソーバーがない。

 

 どういうことかというと、地上をちょっと走っただけでパイロットはコックピットの中で激しい揺れでもみくちゃにされるってわけだ。

 

 そのため地上配備はされなかった。

 

「だけど、R型から推進剤抜いてソールとの通信システムさえ構築すれば旧型のJ型よりは反応が良いですからね。懸念される機動力の低下はソールに任せればいいし、ゲルググより機体重量軽いですから、案外よく動けるかと」

 

「お前、本当に可愛げねぇやつだな」

 

 マッシュ中尉は呆れ顔。

 

 ともかくこれで最低限のMSの数は整えられそうだ。

 

 

 



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第186話 Side『降り注ぐ嵐』

 

 手に入れたR型は僕らの部隊で改装していく。

 

 必要なのはソールとの通信システム構築だが、これはゲルググに搭載されているものを強引にコピーして装備させた。ただ、作戦開始時間までに全機分は無理だ。

 

「で、オレに下駄(ソール)の操縦しろと?」

 

 呆れた顔のトラヴィスおじさん。

 

「オレぁ元連邦だぜ? 裏切るとか考えない? フツーはさ」

 

「そんときゃそんとき。大佐からもオッケーでてるからね」

 

 通信プログラムも装置も期日までに必要数作れない。なら、()の方をマニュアルで操縦してもらえばいい。で、戦闘機での実戦操縦経験者となると、我が部隊だとトラヴィスのおっさんに白羽の矢が立つ。

 

 だめなら整備班の人たちから見繕うことになる。

 

「ドリスさんにも声かけといてね。あの人も操縦いけるでしょ」

 

「……オッケー。お前さんには勝てる気しねぇよ」

 

 降参、とばかりにおっさんは諸手を上げた。

 

 これでソールのパイロットは確保。

 

 後の問題は――。

 

「――1番機のみ?」

 

 僕の問いに、ケイ・ニムロッドが頷く。

 

「そう。大佐にあてがわれたソール。これだけジェネレーター部に余分な装置がついてる」

 

 受領したソールは5機。

 

「資料だと、1番機は大佐が貰った新型(ゲルググ)に合わせた改良が施されたスペシャルだって話だけど」

 

 ふむ。

 

 ケイが端末でみせてくる。

 

 制御プログラムにも改竄の後あるね。

 

「大佐のMSはJ型のだっけ?」

 

「そう。S2の完成版」

 

 大佐が受領したMSはゲルググJ。アニメ『ポケットの中の戦争』に出てきた機体だけど、この世界ではだいぶ仕様が異なる。インフレーム機構――要はムーバブル・フレーム――の試作型であったザクS2の試験データを元に開発されたもので、新規設計機体だ。

 

「これ、ジェネレーターの出力上げるってなってるけど、たぶん――」

 

 ケイが渋い顔。

 

 うん。僕も同じ意見だ。

 

 偽装されているが、これ、最終的にジェネレーター暴走させて爆発させるものだな。

 

「どうする?」

 

「うーん。大佐のJ型は問題ないの?」

 

「ああ。そっちはなんの細工もされてなかった。仕様通り」

 

「じゃあこれ、僕の乗る3番機と交換しといて」

 

「はぁ!? お前、これそのまま使うつもりか?」

 

「うん。手は加えなくていい」

 

「欠陥持ちだぞ? しかもかなりやばめだ」

 

 だからだよ。

 

 なぜわざわざ大佐が使うMSではなく、こちらなのか。

 

 なんとなく、これを仕込んだやつが誰なのかわかった。

 

「ケイは他のやつもよく見といて。たぶんMSは大丈夫だと思う。ただ念は入れといてくれ」

 

「ああ、そりゃあまあしっかりやるけどよ。本当にこのままで出撃すんのか?」

 

上は(・・)、これでやりたいことがあるみたいだからね。代わりにそれ、僕がやってあげることにする」

 

 ケイは意味がわからんて顔をしたけど、まあ上手くやるつもりだ。

 

 というわけで、ソールの1番機は僕が扱うことになった。

 

 拝借したマッシュ中尉のザクRとのマッチングも済ませ、後は4時間後に作戦宙域に移動するだけ。

 

 自室に戻って少し休むかな、と通路を移動してるところで、背後から銃を突きつけられた。

 

「ゲヒャヒャヒャッ!! 久しぶりだなぁ親友(・・)

 

 



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第187話 Side『降り注ぐ嵐』

 

 背中に銃口の感触。

 

 そして、下卑た雰囲気の男の声。

 

「ゲヒャヒャヒャッ!! おっと動くんじゃねえよ。大声だすのも禁止だぜ。鉛玉を直接腹で食いたいってんなら止めやしねぇけどよ」

 

 男はまるで旧友に接するみたいに僕の肩に手を回して密着。脇腹に銃を押し付けてくる。

 

 完全に組みつかれたな。体格差もあって、容易に抜け出すのは無理そうだ。

 

「じゃあ行こうか。親友さん(・・・・)よぉ」

 

 いや、本当誰ぞ、これ?

 

 どっかで見たような顔なんだけど。たぶん今世では会っていないと思う。なぜなら、ひと目見たら忘れなさそうなほど濃い顔だからだ。前世の記憶があるってのは、意外に厄介で、対人関係の記憶にやや支障が発生することがある。

 

 さてこの男、一言で表すなら三下悪人顔。

 

 鋭い目つきに、尖った鼻。薄汚い緑のバンダナを巻いている。

 

 美醜でいうなら、かなりの醜男だ。

 

 どっかで見た気はするんだよなぁ。前世のアニメ? ゲーム? わからないね。

 

「君、誰だったっけ?」

 

 低重力の通路を男に指示されながら進んでいく。人気の少ない区画に向かってるな。

 

「ゲヒャヒャヒャッ!! 俺の名前は『ニードル』だ。忘れねぇようにマーカーでその脳みそにしっかり書いとくんだな」

 

「機会があったらそうするよ」

 

 やがてついたのは、資材置き場だ。ここまでの間に結構な数の監視カメラに映ってるはずだけど。ニードルは銃を自分の体と僕の体で上手く隠してきた。

 

「いらっしゃい坊や」

 

 待ってたのは美女。 

 

 ただ、あんまり仲良くなりたくない感じの、鋭い目をしたお姉さんだ。

 

 というか――

 

「シーマ様だ」

 

 思わず呟くと、彼女の目がさらに細まって釣り上がった。

 

「勘違いすんじゃないよ。アタシは『エフェメラ・ハント』。海兵さ」

 

「ああ、作戦宙域まで我らを運んでくれるって話でしたね」

 

 いや、貴女シーマ・ガラハウでしょうに。今回の作戦で海兵隊と協力するとはあったけど、御大でてきてんじゃん。

 

 相手の階級章を確認すると、大佐だった。

 

 普通、佐官て40代とかだと思うんだが、人なしのジオンは20代でもぽんぽんいる。

 

 てか、アサクラ大佐どうした? あの人海兵隊指揮官だったよな? ちょっと前に大規模な人事異動あったと噂に聞いてるけど、クビか?

 

「で、ハント大佐。こんなところで僕に何のようです?」

 

「ゲヒャヒャヒャッ!! おい小僧! シーマ様にぞんざいな口聞いてんじゃねぇぞ?」

 

 隣のニードルさんが、銃口を脇腹にグリグリと押しつけてくる。結構痛い。って、やっぱシーマじゃないか。

 

「ニードル……あんたねぇ」

 

 本名を明かされて、ハント大佐――シーマさんは呆れきった様子でため息を吐いた。

 

 その後僕のもとにつかつかと歩み寄ると、手にしていた扇子で僕の顎を持ち上げる。

 

「小僧。アンタと私が以前どこかで会ってたとしても、アタシは再編された海兵隊の指揮官ハント大佐だ。わかったかい?」

 

「再編された? 初耳ですね」

 

「アンタんとこの坊や――ボスが発案した、特殊部隊の統廃合の煽りを食ってねぇ。面倒くさいことをしてくれたもんさね」

 

 ジオン海兵隊は、主な活動場所は宇宙だが、突撃機動軍に所属してる。再編はそのせいだろうか。でも、なんだかそれだけじゃない気もするが。

 

「まあそんなことはいいんだよ。アンタ、ここに呼ばれた意味、わかってんだろ?」

 

「あー、なんとなくですが予測はついてますね」

 

 ソールの件だなこれ。

 



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第188話 Side『降り注ぐ嵐』

 

「話が早いじゃないか。アンタ、アレ(・・)を見つけておきながら上に報告するでもなく、自分用にしたんだって?」

 

「ソールの話ですよね? だったらそうです」

 

「どういうつもりだい」

 

「どうって……誰が考えたことかわかりませんが、あれを仕込んだやつは地上で核爆発を起こしたいんだなと判断しまして」

 

 シーマ……じゃなかった。ハント大佐は僕と距離を置き、腕を組む。

 

「続けな」

 

「ええ。考えたのは、ゼクス大佐の暗殺。新規受領したMSに仕掛けを施さなかったのは、あの機体が本国で開発されたものだから手を入れづらかったのと、他のパイロットたちへのMSへの懸念を悪化させたくないためでしょう」

 

 ジオンにおいて、MSは絶対無双の兵器として喧伝されている。自分たちが作り上げた最強の兵器。それが事故で爆発なんて醜聞はさらしたくない。

 

 しかも搭乗したのは、本国でも大人気英雄として祭り上げられているゼクス大佐だ。彼がMSの不具合で喪失なんてのは、現場パイロットたちだけでなく、自国の世論に影を落とす。特に長引く戦争で嫌気が差しはじめた国民の感情を、不戦派が煽って勢いづけば面倒極まりない。

 

 だけど、それが開発したばかりの大気圏突入用兵器ならばまだ誤魔化しが効くと判断したのだろう。

 

 大気圏突入なんて無茶だったのだ、と。

 

「それに、そもそもなぜゼクス大佐を標的にしたかですが、気づいてるんですよね? 諜報部は」

 

 僕の言葉に、ハント大佐の瞳に剣呑な光が宿る。

 

 当たりだ。

 

 ゼクス大佐の正体。つまりミリアルド・ピースクラフトのことを知っている。

 

「だとしたら想像しやすい。シャアの一件で監視対象を泳がせるのがあまりにも冒険的(リスキー)だと判断したのでしょう。彼はガルマ准将からの信任も厚いし、本国でも有名だ。万が一にでも裏切られたら軍部のダメージはでかい。ただ、僕としては手を下すのは逆効果だと思いますがね」

 

「やはりお前はピースクラフト派閥かい。何を考えている」

 

 違うよ。今のジオンというか宇宙に、完全平和主義者なんていないだろう。

 

「ガルマ准将はゼクス大佐を本気で親友だと思っている。そして、同じくそう思っていたシャアの正体を、家族が黙っていた(・・・・・・・・)ことに腹を立てている。今ここで准将に黙ってゼクス大佐を排除すれば、この亀裂は決定的なものとなるでしょうね。せっかく有利に進めている連邦との戦争中に、ザビ家内で不和が生じれば、各地に散っている反ザビ家(・・・・)の連中が大喜びだ」

 

「それでお前がスケープゴートになると? とんだ忠誠心だね」

 

「合理的と言ってほしいのですが。僕もただ死ぬつもりはありませんし。つまりは核融合炉の崩壊で基地を巻き込めばよいのでしょう?」

 

「……どこまでお前は知っている」

 

「連邦が核ミサイルで本国を狙ったそうですね。事前にそれを阻止したとか。今回の件は、その報復も兼ねているのでしょう」

 

 実はこれ、マッシュ中尉に聞いた話だったりする。

 

 あの人、酒飲むとめっちゃ自慢話するんだよね。で、ここだけの話って感じで自分たちが連邦の極秘作戦を止めたことを語ってくれた。内容が内容のために公にされていないが、戦後に昇進とジオン十字勲章の授与が約束されているらしく、そりゃあ自慢げに話してくれたよ。

 

「MSは核融合炉で動いている。ジェネレーターを直撃しても、そうそう核爆発は起きないもんですが、戦場では絶対ということはない。連邦としては恐ろしいでしょうね。宇宙から核ミサイルがいくつも降ってくるようなものだ」

 

 MSの降下は南極条約に含まれていないからね。つまりジオンは『お前らが南極条約守らねぇなら、うちだってやるぞ』って脅すつもりなわけだ。

 

 大気圏からのMS単独降下が可能になれば、これまでのような陣地防衛は難しくなる。上空で撃墜したら、それが皆見事に核爆発なんてすれば、戦争の決着を見る前に地球は汚染されまくっておしまいだ。

 

 そこまで聞いて、ハント大佐は肩をすくめた。

 

「ああヤメだヤメ! 大体、コソコソと隠して話すのがアタシは好きじゃないのさ。単刀直入に聞くけどね、アンタ、何者なんだい?」

 

「ただのメカニックですけど」

 

「バカお言いでないよ! 大戦前からMSの開発に、地上侵攻用兵器の設計、戦場でピースクラフト家の御曹司を助け、自身もMSに乗って戦果を挙げる。さらに北米指揮官であるガルマ准将にまで取り入る。とどめに連邦にスパイを潜り込ませてたそうじゃないか」

 

「うーん。そう申されましても」

 

 転生した当初は、ジオン陣営で生き残ることを考えて行動してたが、今はなんというか……一度死んでしまった身だからか、自身のことを特別視できなくなってしまった感がある。

 

 特に極東地区で見つけた『黒歴史』に触れてからは、この世界が何者かの悪意によって育まれた歴史シュミレーターでしかないと思っているので、僕自身を含めた人の生き死に価値を見いだせなくなってしまった。

 

「軍部、特にザビ家に敵対するつもりはないですよ。ピースクラフト派閥というわけでもないですし、ダイクン派でもない」

 

「信じられんね。なんなら、吐かせてやってもいいんだよ?」

 

 まじで怖ええなこの人。独特の威圧感がある。

 

「まあ敵対しないって証拠でいいならありますが」

 

「あ?」

 

「もうしばらくしたら、ガルマ准将からキシリア少将、そしてギレン総帥のもとにある情報がいくはずです。大々的な調査が必要な情報でして。しかし、上手に使えば今後のジオンにとって有益であることは確実です」

 

 極東の黒歴史施設のことだ。准将には包み隠さず報告してある。どうせバレちゃうからね。

 

 ハント大佐は歩み寄ると、手にしていた扇子で僕の顔を殴った。

 

 痛い。

 

「誰がそんな戯言を信じるというんだい?」

 

「少なくとも、現時点で僕はジオンを裏切ってないんですがね」

 

 そう。だからこそ向こうは強硬な手段に出れないと踏んだ。

 

 僕はガルマ准将とも親しいし、国民的英雄と祭り上げられているゼクス大佐の正体も知り、なにより戦前からMSの開発に関わったメンバーの一人だ。

 

 そんな人間が基地内で行方不明となれば、大事。

 

 シーマ大佐……ハント大佐は、原作と同じ性格なら直情的だがバカというわけじゃない。でなきゃいくら人手不足のジオンでも実働部隊を指揮する佐官になんてなれない。

 

 脅すことはできても、それ以上のことはまだできないはずだ。だからこそ、わざわざ自分が出てきたのだろう。威嚇し、こちらが勝手にボロを出すのを期待したわけだ。

 

「安心してください。今回の件――核爆発は確実に起こしますから」

 

「それが信用できんと言っている。自分が死ぬとわかってることを進んでやる奴がどこにいるってんだい」

 

「ではどうしますか。そろそろ時間切れ(・・・・)になると思うのですが」

 

「はぁ? アンタ何言ってんだい」

 

「いや、僕、ストーカーに付きまとわれてまして」

 

 言うと同時に、この不穏な部屋に人が入ってくる。

 

 



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第189話 Side『降り注ぐ嵐』

 

 猪突猛進お馬鹿。

 

 立てば芍薬喋ればヤクザ。

 

 部隊一の残念美人。

 

閃光の伯爵(ライトニング・カウント)』部隊でも数々のろくでもない異名を持つフローレンス・キリシマ曹長だ。

 

『凶暴粗暴巨乳』なんて名もあったな。これ考えたの誰だ?

 

「あん? 何してんだオルド」

 

 彼女、どういうわけか僕の居場所常を把握してんだよね。

 

 女性と長々話してると必ず割り込んでくるから、ストーカーだと思ってる。

 

 一度本気で発信機の類を疑って調べたけど見つからなかった。きっと彼女のニュータイプ能力だろう。

 

 現場を見たキリシマ曹長の顔が険しくなる。

 

 空気が一気に張り詰めていく。さすがにまずいな。

 

「ああ、こちらは海兵隊のハント大佐。横にいるのは昔からの友人の――」

 

 と言いつつ隣の男に視線をやる。

 

「ゲヒャ? なんだ?」

 

「自己紹介しなよ、親友(・・)

 

「えーあー、俺ァニードルだ。よろしく、嬢ちゃん」

 

 器用にも銃を背中に隠しつつ男は僕から離れた。笑顔が硬いよニードルくん。

 

 キリシマ嬢はまだ警戒を解いていない。

 

「海兵隊の大佐ですの? なんでそんなお方がこんな殺風景な場所に」

 

 いや、それを言うなら君もなんでここに来たのさ。

 

「次の作戦で僕らは海兵隊にお世話になるでしょ? その挨拶と、後は秘密のお話だよ」

 

 目的地宙域までは、海兵隊の艦で輸送されるので嘘じゃない。

 

 ねぇ大佐。と視線を向けると、ハント大佐はめんどくさそうに長い髪をかきあげた。

 

「そういうこったお嬢ちゃん。アンタにゃ用事はないんだ。帰って寝てな」

 

「あらあらそうですの? でもあいにくまだ就寝時間じゃありませんの。それとオルド、あの泥棒クソ猫女が呼んでやがりましたわよ」

 

 ケイのことかな? キリシマ嬢、まだ彼女と喧嘩してるんか。

 

「あーということで、行ってもいいですかね大佐?」

 

 彼女の、というかその背後にいるキシリア少将への思考シュミレートは終わっている(・・・・・・)。だからこれ以上ここで話し込む理由はもうこちらにはないんだ。

 

「アンタねぇ……上官への不敬罪で拘留してもいいんだが?」

 

「やめてくださいよ。作戦、大事でしょう? 今は身内で争ってる場合じゃないですし。手札は揃ってるんですから結果にだけ期待してください。依頼人(クライアント)にはそうお伝えねがえますかね」

 

 彼女の眉間のシワは深い。

 

 そんな表情ばっかしてるから、キツイお顔になっちゃうんだろう。対外的に見れば美人なのにもったいないね。

 

「……アンタ、どこまで知ってる?」

 

 ん? 何の話だ。

 

 未来の出来事か? 前世の記憶あるのバレた? なんて一瞬思ったが、これまでの会話でそこまで見抜くなんて不可能だろう。

 

 黒歴史についてなら、あの施設で閲覧したし、あそこにいけばいつでもアーカイブを呼び出すことができるけど。

 

 だから言ってやった

 

全部(・・)、ですよ」

 

 ハント大佐は大きく息を吐いて俯き、手のひらで虫を払うような仕草をした。

 

 もう行けってことだ。

 

「じゃニードル、また後で」

 

 キリシマ嬢とメンチを切り合ってるニードルにひらひらと手を振り部屋を出る。

 

 後から追いかけてきたキリシマ嬢は、納得いっていない表情。

 

「おい! いいのか? ですの?」

 

 いいんだよ。もう必要なことは全部済んだ。なんでソールに爆弾(・・)が積まれていたか、それを指示したのは誰か。そして、再編された海兵隊の役割だ。

 

 それは――裏切り者の粛清機関。

 

 今回の接触は、カマかけだな。

 

「お前は、もっと他人を慮れ」

 

「君からそんな言葉出てきたのが一番驚きだよ」

 

 頭の辞書に暴力しか積んでないのかと思ってた。

 

 銃を押し付けられてた脇腹に拳が飛んできて、息が止まる。

 

 そういうとこだよ、曹長。

 

「……あなた、いつか刺されますわよ。そうやって『自分だけが何でも知っている』って顔してらっしゃると」

 

「そっか……まあ、それはそれだね」

 

 その程度のことで今生が終わるなら、まあそれもアリなんだろう。

 

 僕は箱の管理人――いや、これを作った者からしたら、箱の中身がカビないための除湿用乾燥剤みたいなもんでしかないのだから。

 

 お菓子の詰め合わされた箱を開けてみた子供が、邪魔だと思ったら即座に捨てる。

 

 そんな物でしかないのだ、僕の存在は。

 

 



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