TSディオ様もの。 (荼枳尼天)
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プロローグ
このDIOがッ!女だとッッ!


どもー。見切り発車です。DIO様はこんなこと言わない!とかあるかもしれませんが、よろしくお願いします


 

 

 ソレがまぶたの奥に感じたのは光、久しく感じていなかった天上の温もり。

 人をやめた時、感じるのを辞めたも同然のものであった。

 

「ん…ぬ……こ、ここは…」

 

 目を開け、入ってくるのは当然、カーテンにさえぎられることなく部屋を照らす太陽光。

 だがそれを見てもなお、ベッドの上で上体を起こした“DIO”に動揺は微塵もなかった。

 

「体が崩れん……」

 

 起きる直前よりもいくらか軽い体をベッドから下ろし、天敵であった日光の中を休日に食べ歩きをするかのように悠然と歩く。

 今DIOが居る部屋はぬいぐるみや脱ぎ捨てられた服が多く、DIOが必要性を見いだせなくなって久しい勉学の共である参考書が積み重なっている。

 その汚部屋と言っても差し支えない惨状には目もくれず、DIOが数歩歩いた先には鏡が存在していた。

 

「ほう」

 

 そこには一糸まとわず仁王立ちしている美少女がいた。

 DIOの黄金色の頭髪、白磁器のような透き通った白色を持った肌に、瞳孔が縦に割れている獰猛な獅子のような琥珀色の瞳。

 DIOが眠る直前の城塞のような筋肉は元からそこになかったかのように消え失せたが、その身に纏う雰囲気はDIOそのもの。

 

「承太郎のスタンドにそのような能力があるとも思えなかったが…」

 

 そうだ。DIOが眠る前、承太郎と戦っていたはずだ。忌々しい記憶。思い出すだけで腸が煮えくり返る。

 DIOの最強のスタンド、世界(ザ・ワールド)の停止時間をその圧倒的な成長速度で乗り越えDIOに引導を渡してきたはず。

 だが何故かDIOは性別と年齢を変え、そこに存在している。

 

「…承太郎の慈悲か、それとも」

 

 その身のうちに燃える憎悪の炎とは裏腹に冷静に頭を回す。

 だがやはり、DIOの中に答えは生まれなかった。

 なぜDIOは生きていたのか、なぜこの体になっているのか。

 

「神の慈悲というのか」

 

 ならば、と

 

 DIOはまた自らの道を歩き始めたのだ。

 

◇◇◇

 

 状況を無理やり飲み込み、まずは眠る直前の記憶を頼りに女としての体裁を整える。

 付けるのは黒い下着、着るのはハンガーにかけてある一番整ったどこかの学校の制服。

 腰の少し下まで伸びる髪の毛はそのままに自分の部屋から出て階段を降りた。

 

 眠る直前まで吸血鬼であったとしても今は人間、腹が減っている。

 何かあればいい程度の認識で下に降りる。

 

「あら、早いお目覚めね」

 

 そこに居たのはキッチンで腕を振るうDIOの体の持ち主の母親であろう人物。

 DIOは冷めた眼差しでその母親を一瞥し、すぐさまスタンドで殺してしまおうとした。

 だが母親が黒髪を翻して振り返った時、DIOは目を見開くことになる。

 

「っ?!か、かあ、さん…」

 

「え?!ちょっとあんたどうしたのその金髪!!そ、染めたの?!昨日の夜まで黒だったじゃない!!」

 

 似ている。ヤツ(ダリオ・ブランドー)が多大な苦労をかけたせいで早くに死んでしまった“あの人”に

 気づいた時にはDIOの目から涙がこぼれていた。

 

「ちょ、ちょっと!何泣いてんの?!どっか痛いの?!え?!目も金色に…もしかして…」

 

「す、すま」

 

「病院行くわよ!遅刻の連絡は入れておくから!」

 

「ンな?!」

 

 

 

 

 

 

「うん。後天的に個性が発現したようだね?」

 

 突然、病院に連れていかれたDIOはそう言われた。

 今DIOがいるのは町医者だ。

 一番近いところにあり、馴染みがあったから、らしい。

 

「その兆候がその容姿の変化のようだよ」

 

「そ、その娘の個性はどのような…」

 

「…それがわからないんだよ」

 

「それってどういう…」

 

「個性というのは身体的特徴に出ることが多いんだけどね?その特徴というのが見えない。恐らく潜在的な個性か」

 

「聞きたいことがある」

 

「ん?なんだね?」

 

「“個性”というのは個人の特色を言ったものでは無いように思えるのだが、なんなんだ?」

 

「「は?」」

 

「それと、なぜ貴様には角が生えているんだ。貴様は吸血鬼とは違うなにかなのか?」

 

「「…は?」」

 

「……なにか変なことを言ったか…?」

 

 

 DIOのセリフに仰天している2人のうちの片割れが口を開く。

 

「記憶障害があるのか」

 

「うそ…でしょ…」

 

「記憶障害…ふむ。まあこの体の記憶はない」

 

「“世界”!私のことは覚えてるんでしょ?!」

 

「…記憶はない。と、言ったはずだ」

 

「じゃあ、あなたは…だれ…」

 

「……私の名前は…」

 

 

 体が浮くような感覚がDIOを襲う。

 この感覚は眠る前の感覚に似ていた。

 抗うことは非常に難しく、名前を言う前に、“DIO”の意識は沈んで行った。



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私!美人になっちゃいました!

 

 

 私、彼方 世界は起きたら病院にいた。

 何を言っているのかわからない?私もわかんないよ畜生!!

 鼻を突く薬品の匂いが煩わしくて目を開けたら雄英高校の制服を着て近所の町医者に来ていたのだ。

 わけがわからないよ。

 

「あ、あなたの名前は…」

 

 それで目の前のお母さんは異常に思うほど顔色が悪く、こんなお母さんを見た事がなかった。

 お母さんの動揺が伝わったのか私の体にも緊張が走る。

 

「お、お母さん?わ、私、世界だよ?」

 

「セ、セカイ?“この体”とか言ってたじゃない!あなたは誰なの!!セカイを!私の世界を返して!」

 

「ま、まって!お母さん!私だよ!世界だよ!」

 

「ま、待ってくれ空さん!世界ちゃん!私のことを覚えているかい?」

 

「角座おじさんでしょ?ちょっと今の状況が飲み込めないんだけど!」

 

「今の…状況だと…?」

 

 本当に訳が分からない、起きたら近所の町医者だし、お母さんから別人と疑われるし。

 

 もうなんなのよおお!!

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめんね世界」

 

「大丈夫だよ。お母さん。私がおかしかったのも…私はわかんないけど事実らしいし」

 

「今考えればさっきまでの世界ちゃんは様子がおかしかった。妙に堂々としているというか。カリスマがあるような」

 

「そう、ですね。いつもオドオドしてたし。今朝も突然泣いたり。おかしかった。気づいても良かったのに…」

 

 どうやら今朝の私は妙に堂々としてカリスマがあって突然泣き出したらしい。

 何回訳が分からないと言えばいいのか。

 

「…世界ちゃん」

 

「なんですか?」

 

「世界ちゃんの中にはナニカがいる。それは今の会話からわかってくれるね?」

 

「…はい」

 

「そのナニカは恐らく、君の個性だ」

 

「……はっ?!」

 

 個性?いま角座おじさんはそう言ったのか?

 

「わ、私に個性ですか?でも個性が発現する時期はもうとっくに」

 

「うん。過ぎている。でも現に君は個性発現の兆候として黄金色の髪の毛と瞳を持った。それに気づかなかったかい?肌も日本人とは思えないほどに白い」

 

 へ?

 

「か、鏡!鏡ありませんか?!」

 

「ふふ。そこにあるよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 私が鏡を見るとそこには普段の芋臭い私とは比べ物にならないほどの美人がいた。

 顔の作り自体は余り変わらないものの、黄金色の髪の毛はサラサラだし、切れ長の瞳も芋臭い私の雰囲気を一新するのに一役買っている。

 というか…あれ?私ってこんなに素材良かったの…?まるで自分じゃないみたい。

 

「だからいつも言ってるじゃない。素材はいいんだからって」

 

「ほへ〜」

 

 すごい…髪の毛はキラキラしてるし、肌はお皿みたいに白い。いや〜参っちゃうな〜。学校に行ったらみんなに驚かれちゃうな〜。

 学校に…学校に…学校…学校?

 

「学校?!やばい!」

 

「え?学校には連絡したわよ?」

 

「ちっちちちがう!や、やばい!友達と約束あったのに!」

 

「あ〜。それは…不幸ね」

 

「は、はやくいこう!角座おじさん!今日はありがとう!」

 

「あっちょっとまっ…まだ話すことが」

 

「すみません先生。また来ます」

 

「あー…まあだいじょうぶか」

 

 お母さん送って!え?私も仕事?なんでや!!

 

 

 

 

 

「いよー世界さぁん?重役出勤じゃなぁい。約束。どぉしたのかにゃぁ?」

 

「それはほんっとーっにごめん!!今度埋め合わせするから!」

 

「ははぁ。今度のショッピングでアイス奢りな!」

 

「御意のままに…!」

 

「まあそんなことよりも、その髪と肌どしたん?」

 

「朝起きたらこーなってた。近所のお医者さん曰く個性が発現したらしい……いやぁついに私も個性持ち!無個性だからって見くびらないでね!!」

 

「えぇ?!無個性なところが良かったのに…でどんな個性なの?」

 

「それがわからないんだよね」

 

 私が学校に向かい、着いた頃には授業は3時限目に突入していた。

 それまで全力疾走をしていた私は酸素が足りていなかったこともあり、見た目の変化を忘れてそのまま教室へと入っていった。

 一応授業が終わった直後にクラスメイトが集まってきたため説明したのだが目の前の親友は最後に来たため草臥れながらも楽しく説明ができた。

 髪束 恵子。髪の毛を操るっていう個性の女の子。

 無個性の私と仲良くしてくれた文字通りの親友。

 だからクラスメイトにも言わなかったことを親友に言うことにした。

 

「なんか…今朝個性発現の兆候かなんか知らないけど。私じゃない何かになってたみたい」

 

「なにか?なにかってなに?」

 

「それが私にもわからなくって。別人みたいだったらしい」

 

「っへぇー…まあ美人になる個性って考えときゃいいのかな?このっこのー!」

 

「ちょ!やめ!胸揉むな!そこは大きくなってないよ!」

 

「道理で硬いと「ぶっ飛ばすぞ」

 

 

◇◇◇

 

 私が入った高校。雄英高校はヒーロー科に力を入れている。

 平和の象徴。ナチュラルボーンヒーロー。その名もオールマイト。

 そんな現代の英雄を輩出したヒーロー科。

 力を入れないはずもなく、今年もすごい人達が入った。らしい。

 曰く巨大ロボットをオールマイトみたいに吹き飛ばした超人とか、手のひらが爆発して氷も出て炎も出る頭がつんつんしてるヤバいやつとか。

 …私もヒーローに憧れていなかったのかと聞かれれば『憧れてたけどほとんど諦めてる』が答え。

 こんな社会だ。憧れていたに決まっている。

 でも運が私に向かなかった。

 個性は、どうにもならない。

 生まれついた才能。変えることの出来ないかけがえのないもの。

 でも私にはそれすらなかった。

 メジャーリーガーに憧れる球児が練習するみたいに壁を殴ってみたり、瞑想してみたりしたけれど。

 意味なんてなかった。

 周りの人達はいい人達でいい子達だったからいじめられたり遠巻きにされることなんてなかった。

 でもさ、憧れちゃったんだよなぁ。

 その証拠に未練がましくも、雄英高校の普通科に通っている。

 なにか掴みどころのない正体のない期待が私の中で渦巻いてたけれど、普通科という名前からして、やることも普通で。

 そんな雄英高校普通科に失望した自分に嫌気がさしてた。

 でもついに…!

 

「よーしみんな。着席したな?えーお知らせなのですが、来週の月曜日から体育祭が始まります」

 

『うぇー』『めんどくせー』『どうせうちら何もしないじゃん』

 

 教室の各所から恨み言というか心の発露というか、いずれにしても本心本音が教室に溢れた。

 諸々の注意事項を手元のプリント通りに私たちにアナウンスしたあと、先生の視線はこちらに向き今朝の騒動関連の報告をしてきた。

 

「世界は個性届けとかの手続きをヒーロー科の方で済ましてこい」

 

「あーはい」

 

「親御さんから連絡あってな。危険性も鑑みてヒーロー科の先生が見てくれることになった」

 

「危険性って」

 

「危険性はお前もわかってるんじゃないか?」

 

「それは…まあ」

 

 私の中にいるナニカ?だっけ?がヤバいって言うのかな

 

「未知の個性ほど怖いものは無いからな〜」

 

「そっちですか」

 

「そっちです。じゃ、これ今日の放課後と土日分の体育館使用の許可証。一応俺からもね」

 

 何やら小難しい条文と先生の印鑑と署名が書かれたプリントを渡された。

 体育館…まあ個性の確認が必要なんだしそうだよね。

 どんな個性なんだろう

 

 

 

◇◇◇

 

「キミが普通科の彼方 世界さん?」

 

「あ、はい。“セメントス先生”今日はよろしくお願いします」

 

「うん。よろしく。と言っても『発現したと思うけど何が個性なのか分からない』というケースが珍しすぎて私も何をしたらいいか分からないんだ。だから黎明期に流行った潜在的個性の想起法をいくつか引っ張ってきた」

 

「それって…『これをやれば霊能力に目覚める!』とかそういうニュアンスのやつじゃ…」

 

「よくわかったね」

 

「絶対個性わからないやつじゃないですか!」

 

「わからないだろうね」

 

「じゃあどうして…」

 

「こういうのは積み重ねが大事。なにかのきっかけで君の個性が分かるかもしれない。私も体育祭の準備で忙しくなるから付きっきりというわけにはいかないけど、個性を不明のままにしておくわけにはいかないからね。土日の間に分かるようにがんばろう」

 

「ど、土日の間ですか。わかりました…」

 

「じゃあ早速で悪いんだけどこの本に書いてあることを試してみて」

 

 そう言って渡してきたのはどこからどう見てもB級にしか見えない道楽本であった。

 これでなにしろって言うんだ…。

 

 数冊の本から目を離し、セメントス先生の方を見ればどこからか机を出してなにかの作業をしている。

 

 溜息をつき、適当な本を掴めば『瞑想法』と書かれたいくらか簡単そうな本があり読んでみると特殊な座り方をして目を閉じて自分を省みるというとても簡単な方法が記載されていた。

 

 というわけで坐禅を組み目を閉じる。

 すると私の意識はどんどん沈んでいき……




スタンド回りの設定は…まあちゃんと考えてあります


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セメントは砕けない

特殊効果付けるのって意外と重労働なんですね。
時間あけて投稿してますけど気分的には2話目です。


 

 雄英高校、体育館γー通称『トレーニングの台所ランド(TDL)』で、悪のカリスマ、悪の救世主は目覚めた。

 日も落ちかけた茜色の光が所々の窓から指すのを見ているとどんどんと意識が覚醒していく。

 確か自分は古ぼけた薄汚い町医者にいたはずだ、と。

 意識の不自然な途絶、場所の移動に着ている服の変化。

 ここまでの材料があるのならば猿でもわかる。

 

『体の意識がこのDIOの他に存在している』

 

 この事実にDIOは青筋を浮かべる。

 自分の体にほかの精神が入り込んでいるなど唾棄するべき最低最悪の事態だ。

 だが、DIOは我慢する。

 現状、この事態をどうにかするスタンドを知らない…訳でもないが、この世界が承太郎と戦った世界と同じであるとも限らない。

 なにか行動を起こし結果としてDIOが消滅することなど決してあってはならない。

 だからDIOは血管がブチ切れそうなほど腹が立つが地に這いつくばって潜むことにしたのである。

 覇道を阻む者が現れるのならばその限りではないが。

 

 左手を見る。

 『世界(ザ・ワールド)』を顕現させる事は可能。

 スタンドパワーが当然のように弱っていることに喚き散らしてやりたかったが、背後の気配がそれを許さなかった。

 

 DIOとて1人になりたいことがある。それが今であり、この瞬間であったのだ。

 ならばやることはひとつ。

 

「半殺しにして蹴散らす」

 

 そう言いながら振り返ると、肌が灰色の、まるで石材のような人間(?)がこちらを見ている。

 

「ンなッ!!貴様!にんげ…ん、なの…かッ?!」

 

「……君、世界さんじゃないね」

 

「しゃ、べるのか…くはは…吸血鬼の身であったが貴様のような人外初めて見たぞ!そうか…ふはは。そうだな。特別だ。特別に貴様の質問に答えよう。私は世界(ザ・ワールド)そのものだ!質問はそれだけか?」

 

(まずいな…この雰囲気。並大抵のものじゃない。本当に彼女の中にいるのは別人なのか…イレイザーヘッドは療養中だ…一人だと不安が残る…だが今いちばん重要なのは彼女の安全)

 

「ふん。このDIOを無視するとはいい度胸じゃあないか…だが今は気分がいい。とっとと此処から失せろ」

 

「……そういう訳には行かない。いま世界さんの個性は暴走している。それを先生が放っておく訳には行かないでしょ!」

 

 そう、セメントスが宣言すると体育館γの地面に手を叩きつける。

 その瞬間、DIOの周りの地面が隆起し、DIOを拘束しにかかる。

 全方位からの石の波、この攻勢を防げるヴィランはひと握りだろう。

 

(チッ…面倒な。見逃してやろうとしたのにも関わらずこれとは…この脳無しがァ……いや待てよ…くくく…前と今の差異を確かめるのも必要な事だろう…?)

 

 だがDIOはそんな生ぬるい攻撃でやられるほど糞雑魚な(ヴィラン)ではない。

 (ヴィラン)の帝王なのだ。

 

世界(ザ・ワールド)ォ!!時よ止まれッ!!」

 

 その言葉を叫んだ瞬間、DIOの背後に筋骨隆々な偉丈夫が出現した。

 その一瞬の間にDIOの背後に出現した幽波紋(スタンド)世界(ザ・ワールド)から波動が発せられ、周りの風景はホコリのひと粒ひと粒すべてが停止した。

 時間停止である。

 いまDIOのスタンドパワーは低下している。

 停止できる時間は精々2秒かそこら。

 だが、この程度、2秒で十分なのだ。

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄ァ──ッ!!!」

 

 

 とてつもないスピードで拳が振るわれる。

 そのあまりの威力に拳の周辺の空気は破裂音を残し消え失せ、周辺のセメントが粉々になる。

 

 制限の2秒はすぐに訪れ、停止時間の過程が世界に反映された。

 

 ドッパァアンッッ!!!

 

「なに?!」

 

「…2秒か…ここまで私のスタンドパワーは落ちているのか…ッ!!」

 

 セメントスの個性によって操られたセメントは一瞬で粉塵と化した。

 その光景はとてもではないが信じ難いもので、セメントスの思考を停止させるには十分の威力があった。

 そんなセメントスには目もくれず、青筋を立てるDIOだったが、すぐにセメントスに対して評価を下す。

 

「ふん。それが貴様の能力か…使えん。普段なら我が力を以ってぶち殺してやるところだが、我が野望のためだ。半殺しで許してやろう。世界(ザ・ワールド)!」

 

 DIOがそう言った瞬間、セメントスの目の前に世界(ザ・ワールド)が現れる。射程距離10mがなせる技である。

 だがセメントスもプロヒーロー。とっさの判断で世界(ザ・ワールド)と自分の間にセメントを噛ませ、ガードを上げる。

 

「無駄無駄無駄ァ─ッ!!」

 

 だがスタンドを前にセメントなど薄氷も同然。

 セメントスは両腕にヒビを入れながらぶっ飛ばされてしまった。

 

「ぐぁあっ!!」

 

「ちっ…存外頑丈だな」

 

「世界…さん」

 

「ふん。この体にいるもうひとつの存在の名前か。それは。全く冗談じゃあない。この体に薄汚くも住み着きその上我が世界(ザ・ワールド)と同じ名前とは。即刻この体を奪わなければなぁ!」

 

「くっ…!」

 

「前回の覚醒よりもパワーは少しだが増しているッ!このDIOが表に出られる時間もどんどん増えていくだろう!だがそれでは満足しない。『勝利して支配する』それだけだ!クククッ!まさかこのDIOが最初に支配するべきものが我が身体とはなァ…!」

 

「まさか…個性が宿主を淘汰しようとしているのか…?」

 

「宿主…というのは不愉快だ。興が削がれた。貴様は眠っていろ」

 

 世界(ザ・ワールド)は死神が鎌を振り上げるように、拳を振り上げる。

 その圧は尋常のものではなく、セメントスは四肢の末端が痺れていくような錯覚を覚える。

 

 だがその拳が振り下ろされることは無かった。

 

 DIOはその第六感染みた感覚で、脅威の接近を察知した。

 体育館γの入口を見ると、DIOの今の体躯の2倍はくだらないであろう巨躯をもつ男が立っている。

 

「…何者だ。貴様」

 

「セメントス大丈夫かい?………キミ…は今朝職員室で話題になっていた個性が発現した普通科の生徒かい…?」

 

「気をつけて…“オールマイト”。彼女は…いや、彼女の個性は強力だ」

 

「…貴様が誰であろうと関係ない。このDIOの醜態を見たのならば…そうだな。記憶が無くなるまで殴り続ける他あるまい」

 

「なるほど。外見に惑わされては…」

 

 平和の象徴、オールマイトが足に力をため、解放する。

 

「いけないな!!」

 

 次の瞬間、オールマイトはDIOの背後に出現した。

 その有様は、身体能力を“彼方世界”のクオリティまで落としたDIOにとって、瞬間移動に等しい現象に見えた。

 

(ザ・ワールッ)

 

 DIOはすぐさま時止めを実行しようとしたがその時には、手刀が首筋に落ちていた。

 

 DIOの意識は、深く、沈んでいく。




世界(ザ・ワールド)は無個性には触れないです


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ゲームは仕掛けがなければ成り立たない

※改稿 2月26日


 

 

 

 

 崩れ落ちる普通科の生徒、彼方世界をセメントスは様々な感情が籠めて見つめる。

 あの独特の雰囲気、対面した時は感じなかった。

 それに、この超常社会においてセメントスのような、黎明期において『人外』と呼ばれるようなこの見た目は珍しいものでは無い。

 だが、世界の中の個性はセメントスを『人外』と呼んだ。

 それはつまり、あの個性は…信じ難いことであるが自我を持っていて…自分自身の記憶を持っている。ということになる。

 これを個性と呼んでいいのか。

 

 セメントスが思考の海に溺れるところを、両腕の痛みが引き戻した。

 一旦、思考を中断し世界を抱えたオールマイトとともに保健室へと歩き出した。

 

 

◇◇◇

 

 目が覚めたら、保健室で寝ていた。

 

 …瞑想してたらいつの間にか寝ていた。

 あの場にはセメントス先生もいたし…寝ていて起きなかったから保健室に運んだとか言われたら最後、気まずすぎていたたまれなくなる…!

 

 急いで自分を覆っている布団を弾き飛ばしてベッドから降りようとすると、私の目の前に影が差した。

 

 油の差されていない蝶番みたいに『ギギ、ギ、ギ』と顔を上げると、オールマイト先生がそこにいた。

 

 ヒーロー科にいるという噂は聞いていたが、ヒーロー科と普通科ではやることがまるで違うため、会うことはなかった。

 

 憧れていた。

 平和の象徴オールマイト。

 

 でも、いまは…

 

「オール、マイト…」

 

「…彼方少女だね?」

 

「あ、はい。なんでここに…?」

 

「覚えていないのかい…?」

 

「えーっと……個性の確認をしようとして、瞑想してたら寝ちゃいました!!(早口)」

 

「えぇ………そうか。君のようなケースはほとんど見られないけど、個性の確認は大事な事だ。寝るなんて以ての外だ。次からはしないように!」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 もうここにはいられないと、オールマイトに謝罪をして大急ぎで保健室から出ようとする。

 顔が熱くて、すごく情けない気持ちになったけど、何故かその時だけ周りの声がよく聞こえた。

 

 

「彼女の個性、世界(ザ・ワールド)…か」

 

 

 あれ、セメントス先生になんにも言ってないや…

 

 

 

 

 

 

「ただいまあ」

 

 日が落ち、夕飯時になり世界は家に帰宅した。

 シングルマザーである彼方空はこの時間も働いている。

 それでも賄える部分は少なく、世界もバイトをして家計を支えていた。

 

「夕飯食べて、お風呂入って、勉強して……個性届書かなきゃなあ。寝てて個性わからなかったし」

 

 個性の名前らしきものはオールマイトが口ずさんでいて、自意識過剰かもしれないが【世界(ザ・ワールド)】が自分の個性なのかもしれない、と世界は考えていた。

 

 この超常社会。個人の個性を特定する精密機械などがあるのかもしれない。

 といった根拠の元、そのように考えていたのだ。

 個性の発現をはじめ、直近に迫った体育祭、勉強にバイトetcetc…

 

 やることが多い、とため息を吐きつつ夕飯を仕上げ、舌鼓を打つ。

 TVをみても面白いものは少ない。

 ニュースもニュースで雄英襲撃事件をしつこい程に報道していて面白味がない。

 

 気分が特に上がることもなく、リモコンの電源ボタンを押してソファに投げる。

 

 廊下の先に進み、脱衣所に入り服を脱いで風呂に入る。

 湯船に湯を張るのはシンプルに趣味も入っており、ほぼ一年中風呂に入る。

 その趣味で金がかかる分バイトをしているといっても過言ではない。

 

 個性が発現し、必要のなくなった髪の毛のケアはそこそこに湯船に入る。

 

「っふう……きもちいい」

 

 あらためて自分の体を見る。

 

 黄金色の髪、白磁の肌。

 それと琥珀色になった猫のような瞳孔。

 人外染みたその容姿に見惚れたのは世界も同じだった。

 

 その容姿は人前に出れる程度の努力で到れる領域になく、世界の素材がいくらいいと言っても自分の努力が口ほどにもならないものである事がわかってしまっては、落胆するなという方が無理だ。

 

「今までの私の努力って……」

 

 その言葉とは裏腹に顔はニヤついており、癖のように腕が動きもう片方の腕にお湯をかける。

 若干覚めていた方にジーンと熱が広がり、それもニヤつきを加速させる。

 

「ふ、ふふっ!これで私も普通科1のモテ女だなぁ!!」

 

 見た目がめちゃくちゃ良くなった。

 あとはまだ分からない個性がクソ強個性だったらヒーロー科転入で伝説が作れちゃったり…?

 

「見た目も良くて個性も強いなんて無敵か…?【世界(ザ・ワールド)】!!これで私もヒーローに!!……なーんちゃって」

 

 湯船から立ち上がり叫ぶ。

 

 クラッ…

 

 血液云々の関係で頭がクラっときた。

 

 わけではない。

 それどころではない倦怠感が世界を襲う。

 風呂を趣味とする人間だ。当然クラっとくる経験はある。

 だがこんな経験は初めてで、羞恥心が最初に来た。

 

(いやいや、個性発現したのにこんなのダサすぎるでしょ)

 

 ザバン

 

 大きく波を立てる水音が浴室に大きく響いたのは、世界が意識を沈めた後だった。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?ここは?」

 

 

 世界は、黒い世界にポツンと立っていた。

 暗いわけではない。世界も特別夜目がきく人間では無いから全面黒いのに視野が閉じないのには違和感を感じていた。

 些細な矛盾だが恐怖を感じさせるのには十分で、早くもここから出たいという欲求に包まれた。

 

「…裸だったのに制服だし…意味わかんない」

 

 再度、この黒い世界を見渡す。

 また、世界は驚くことになる。

 

 屋敷だ。

 日本には珍しい、洋風の館。

 矛盾を加速させ、目を回させるのには十分の要素が鎮座している。

 

 

 キィイイイ……

 

 正面玄関、ドアが開いた。

 まるで誘っているかのように。

 

「……誰?」

 

 気づけば世界は扉の前に立っていて、入るのにそう時間はかからなかった。

 

 

 どこかで暖炉の火が弾ける音が聞こえる。

 ドアが開け放しなのかあたたかい光が玄関まで漏れていた。

 トコトコと足音を立てて、二階にあるであろうその部屋を目指して階段を昇っていく。

 足音に従って、ギシ…ギシ…と階段が音をあげる。

 多少の老朽化はあるのだろうが手入れは十全で、ニスで包まれた手摺の手触りが嫌に記憶に残る。

 

 冷や汗が頬を伝う中、そこにたどり着いた。

 

 

 あたたかい光の中、黄金色の逆立った髪の毛を揺らしながらその男はいた。

 揺り椅子に座ったその男は、手の中の本を読んでいるようで。

 だが

 

「来たか。座りなさい」

 

 気づいていたのか、世界に優しく語り掛けた。

 妙に色気のある声と、冷たい声色、優しげな口調のギャップに寒気を覚えながらも、足を進めて、男の前に進み出る。

 最初に覚えたのは、既視感。

 

 黄金色の髪色に、琥珀色の瞳。

 酷薄な印象を相手に与える冷笑。

 

 

 いつ見たのだったか。

 

 そうだ。洗面所で見たのだ。

 世界がそう思ったのは、鏡で見た自分が目の前の男と似ていたからであった。

 性差はある。

 あるがそれでも余りある同一の要素が世界に突きつけられた。

 

 

「やぁ。こうして会うのははじめてだね。彼方世界。私の名前はDIO。長い付き合いになるかもしれないから覚えておくといい」

 

「…はじめ、まして?」

 

「そう怯えるものじゃあないぞ?それは失礼というものだ」

 

「はあ」

 

「ククク、それも無理な話か。さあ、そこに椅子がある。いつまで子犬のように震えているつもりだい?」

 

「!?」

 

 目の前の男が指し示す椅子。

 それを見る前に、世界は無意識に振るえていることに驚いた。

 

 震える肘を押さえつけながら、言われた通りに椅子に座る。

 

「さて、君がここにいるということは自分の中の幽波紋。いや個性だったか、それに強く関心を示したということかね?」

 

「強く…?」

 

「それか、私の介入できるほどにスタンドパワーが戻ってきたのかな?どちらにしても愉快な話だ」

 

「あの、何を言って…」

 

「ああ、なに。気にしなくていい。君は自分の安否だけを気にしなさい」

 

「は?」

 

 

 冷笑が深まる。

 困惑する世界の首に、ひんやりとした触感の何かが添えられる。

 

 今まで以上の冷や汗と、肌を刺すような、感覚。

 

 首に添えられたものが何かの手であることに気づくのに何秒かかったか。

 

「やっと気づいたか。自分の置かれた状況に。首ぐらい動かしたらどうだ?それとも、動かせないほどに怖いかい?」

 

「ふ、ふぅ…だ、だれ…?」

 

「我がスタンド【世界(ザ・ワールド)】だ。これは私の…そう。個性とも言えるものだ。君の首程度ならウェハースを砕くように簡単に折ることが出来る」

 

 嘘だ。と思いたかった。

 だが、この状況で嘘をつく必要性、首にあるピリつく感覚、様々な要素を天秤にかけた結果、嘘とは間違えても思えなかった。

 

「も、目的は、なんですか?」

 

「目的もなにも、ここにやってきたのは君じゃあないか。それになにも取って食おうという訳では無いのだから、肩の力を抜いたらいい」

 

「じゃあ…私をそのまま返してくれるんですか?」

 

「それもいいかもしれん。だが折角の機会だ。少しゲームをしようか」

 

「ゲーム…?」

 

「そう。ゲームだ」

 

 

 そうDIOが言うと、首にかかっていた手の感覚が消える。

 スタンドを消したようだ。

 

「ここで君を惨たらしく殺すのも簡単だが、君はこの体の元の持ち主。それで私も巻き添えを食ってしまえば本末転倒もいいところだからな」

 

「ふざ、ふざけないでください!こん、こんないきなり!!」

 

「威勢が良いじゃあないか。自分が安全とわかったらそれか。そんなだから、やることなすこと中途半端なのだ。彼方世界…いや、セカイよ」

 

「ひぅ…」

 

「多少の努力はしているようだな…母親を助けるため、というのは高得点だぞ?だが、時間が無いからと自分の野望に背を向けるのは頂けない」

 

「野望…?」

 

 

「なりたかったんだろう?ヒーローに」

 

 

 そう言われた世界は顔を俯かせる。

 べつに、時間がなかったからヒーローを諦めたわけじゃない。

 無個性だったからだ。

 無個性だったからヒーローになろうとしなかった。

 ただそれだけで

 

「今はあるじゃないか、個性が。それに、なくとも努力はできたはずだ。いやなに、いじめるつもりで言っている訳では無いんだが、セカイよ。貴様未だに夢見ているな?ヒーローを。未練たらしくも、努力もせずに、それは傲慢というものでは無いかな?」

 

「…ッ!!そんなのっ!!」

 

「ちがうと、言えるのかね?」

 

「ち…ちが…」

 

 言えなかった。

 実際、いまさっきもヒーロー科転入を夢見た。

 無個性でもヒーローになれる生易しい世界ではない。

 だが、努力しないのも違う。

 そんな事実を突きつけられれば、何を言えば分からなくなるもの。

 

「さて、本題だ。さっきも言ったが、ゲームだ。セカイよ。お前には近く開催される雄英体育祭で優勝してもらう」

 

「……え?…は?な、なんで!!」

 

「このヒーロー飽和社会、無個性が優勝できるほど体育祭は甘くない…と?」

 

「そ、そうです!!雄英の体育祭はそんなに生ぬるいものでは…!!」

 

「はあ……期待はずれだな…セカイよ。ジョースターの血統には及ばん精神しか持たんか。黙って話を聞け」

 

 殺気に似た威圧が世界を襲った。

 喉が渇いていき、声が出なくなる。

 

 

「フン。このDIOを煩わせるな。そうだな。体育祭を優勝できなかったら、貴様の体をもらおう。最近私が表に出られる時間が少しづつ増えているようだしなァ?」

 

 

 そのセリフは世界の憔悴した心に突き刺さる。

 体育祭優勝?無理。

 出来なかったら体が取られる?理不尽。

 なんで私がこんな目に?

 

 そう思うことしか出来ない世界は恐怖でどうにかなりそうだった。

 

 そんな世界を冷たく睨むDIO。

 愉快なことを思いついたのか、口を愉悦で歪めた。

 その口で言う。

 

「体を奪ったら、どうしてやろうか…」

 

 世界の体がピクリと揺れた。

 

「髪束 恵子だったな。貴様の母親も、それと近所の町医者もいたな。なんならあの学校のガキ共を皆殺しにでもしてしまおうか…?」

 

 最悪の想像が頭を巡っていく。

 

 血まみれの母、四肢のない親友、死屍累々となった学校。

 

 やるといったらやる。

 そんな凄味が目の前の男にはある。

 嫌な予感を叩きつけるほどの圧。

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「ほう…」

 

「う゛ぅ゛っ!!うぁあ゛!!」

 

 目の前の男に対して、世界は拳を振り上げていた。

 持ち前の身体能力をフル活用し、接近した。

 が、巨悪を前にそれは児戯でしかなく、次の瞬間には【世界(ザ・ワールド)】に掴み上げられていた。

 

「クククッ!セカイよ。獣みたいじゃあないか!!どうした?何か気に障ることでもあったのかい?」

 

「殺らせない!!お母さんも!恵子も!!私の体が殺すくらいなら私がアンタを殺してやる!!!」

 

「フハッフハハハハハ!セカイよ!ヒーロー志望の言葉か?!それがァ!」

 

「あああ!!あ゛あ゛あ゛あ゛あああああ!!」

 

「面白くなってきたなぁ……クククッ。いいことを思い付いた。ゲームは仕掛けがなければ成り立たん。それまで大人しくしているがいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色褪せた世界に色彩が帰ってくる。

 湯冷めする感覚はなく、DIOは慣れ親しんだ感覚を覚えた。

 どうやらセカイが無意識に【世界(ザ・ワールド)】を発動させていたようだ。

 DIOが個性たる所以なのか、それともただの暴発か、DIOのスタンドがセカイにも使えていたらしい。

 先程も感じたが、どうにもこの体の主は面白い存在だ。

 獣のような凶暴性に巨悪を前に自らを顧みない自己犠牲、人並外れた手の届く範囲に及ぶ正義感、身体能力も高かった。

 仕舞いにはスタンドの使用。

 

「楽しい催しになりそうだなぁ…セカイよ。少しでも私を愉しませてくれよ?」

 



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体育祭
体育祭開始


※改稿 2月26日


 

 

 

 目が覚めたら体育着を着た状態で、世界は更衣室に立っていた。

 周りに体ごと視線をめぐらせる。

 

 睡眠と気絶は意識が無くなっているという共通項を持つが、決定的な違いがある。

 それは休息があるかないかの違い。

 そして今の世界は、入浴時の記憶と今の記憶が連続している。

 中途半端な疲労感そのままにその場に立っているのだ。

 

 

 気絶していた状態からの復帰によって生じたとても嫌な温度を持った汗が背中をなぞっていく。

 DIOの視線を思い出す。

 血が頭に上る思いだ。だが今の世界に取れる選択はそう多くなかった。

 その終わりのない思考の渦に呑まれていく。

 涙なのか汗なのか分からないほど水分を帯びていく肌身を心配したのか、世界の唯一の友人である恵子が声をかけてくる。

 

「うぉ……どうしたの? せか……?」

 

「あ、え」

 

「朝から仏頂面で、何考えてるのかわかんなかったから話しかけられなかったんだけど……大丈夫? 体調悪いんじゃないの? 汗すごいよ」

 

「あ、う、うん。はぁ……ふー……大丈夫だよ」

 

 刹那に思い出すのは、優勝しなければ体を奪って身の回りの人たちを殺すという宣告。

 何かを期待しての無理難題だったらしいが世界は体が頑丈なだけの女子。

 妙な喪失感と疲労感を残して今は体の奥に引っ込んでいる。

 

 とてもでは無いが、いまの衰弱した状態では体育祭優勝なんて無理だ。

 

 霞む視界で恵子を認めようと世界は周りを見るが、いつの間にかいなくなっている。

 

 どこに行ったのだろうかとクエスチョンマークを頭上にうかべる世界だったがその記号はすぐに消え去ることになった。

 

「お、おばあちゃん! はやくはやく!」

 

「急かすんじゃないよ! 全くこの子は……」

 

 更衣室のドアの向こうからやってきたのは、雄英高校の屋台骨であるリカバリーガールといつの間にか消えていた恵子。

 世界の形相にただならぬものを感じたのか恵子が連れてきてくれたらしい。

 

「ちょ、恵子! 大丈夫だよ! 別になんとも……」

 

「嘘だね?」

 

「っ……」

 

 その言葉に世界は思わず息を飲むが、目の前の老婆と心に住まう巨悪とを比べてしまう。

 暖かい言葉とそれだけで人が殺せてしまうような鋭い殺意。

 

 もしかしたら他言したら問答無用で体が奪われてしまうかもしれない。

 

 世界の胸中に渦巻いたのはその考えだった。

 

「あ、あはは。寝不足なのかもしれないです」

 

「……そうかい。じゃあこれ飲んどきな」

 

 とリカバリーガールが寄越したのは市販されている栄養ドリンクだった。

 

 この人は私を本気で心配してくれている。

 世界は自分を気にかけてくれているであろう人物を思い出す。

 それだけでも世界の内に、勇気が湧いてくる。

 

 世界は栄養ドリンクをすぐに飲み、持ち前の軽さを少しだけだが取り戻した。

 

「……ぷはっ! ありがとうございます!」

 

「少しは力になれたみたいだね」

 

 両方の頬を叩き、気合いを入れ直す。

 あの気迫、DIOは只者では無いのだろう。

 だけど、奴はこの体に囚われている、と世界は考えることにした。

 繰り返すが世界は一般人だ。

 だがこのヒロアカの物語の中で無個性で生きてきた。

 一般人ではあるが周囲とは違うという意識が彼女を成長させた。

 主に精神面で。

 ただの一般人があのDIOと対面し、正気を保つことなどできるだろうか? 

 ただの一般人があのDIOに殺されかけ、正気を保つことなどできるのだろうか? 

 

 DIOが宿るまでは一般人だったのだろうが、異常なまでに鋭い殺意を受け世界はまた、成長していた。

 

(……DIO。貴方にこの体を渡すわけにはいかない。私を、無個性の私を気遣ってくれる人がいるこの世界を、貴方に支配させるわけにはいかない)

 

 DIOが纏う独特の雰囲気。世界は確信していた。

 あの男は世界を支配し得る最悪の(ヴィラン)であることを。

 世界は恐怖していた。

 

 

 世界は、知っていた。

 この体育祭はDIOの戯れの上に成り立つ悲劇であることを。

 仮に、仮にだ。

 世界が優勝したところで世界が生かされることも、ないのだろう。

 

 母親、親友、先生たち。

 

 狭い社会で世界を気にかけてくれる、関係を繋げてくれた人達のことを世界は想起する。

 

 

 DIOは個性かどうかは置いておくとして、前提として世界の体に宿っている存在でありそれ以上でもそれ以下でもない。

 わざわざ、体育祭を用いた世界の処刑の流れを考えているということは

 DIOは世界の体から離れられないと考えていい。

 

(…DIO。貴方に私の体はあげない。私ごと、この体にいるあなたを)

 

(殺す)

 

 

 純粋な少女は今ここに、ヒーローの物語には不相応なほどに悲壮な覚悟を持ったのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 雄英体育祭。

 ただの高校体育祭の規模に当てはまらないそれは、例年とは趣が違い生徒の純粋に楽しんでやろうという表情とは対照的に先生、いや雄英のヒーローたちの雰囲気はこわばっている。

 (ヴィラン)に対する牽制の意味合いも持っているこの体育祭には、今雄英が相対している敵連合とはまた違う、邪悪で巨大な思惑が渦巻いてしまっていた。

 

「セメントス」

 

「イレイザーヘッド。どうかしましたか?」

 

「例の生徒の件、どうなった」

 

 体育祭の準備を進行形で行っている教師陣、その片隅で話している二人組の片割れである相澤消太、又の名をイレイザーヘッドが同僚のセメントスに対して若干濁しながらも質問した。

 

 その質問にセメントスはまぶたを少しだけ下ろして返答する。

 

「イレイザーヘッド。これを見てください」

 

 そう言ってセメントスが懐から出したのは、出すに出しきれない、いや出せない公的書類の一枚であった。

 

「個性届け……こいつは」

 

「ええ、妙でしょう」

 

 金曜日の放課後の騒動は当然であるが共有されている。

 個性確認をおこなっている最中、個性が暴走しその場にいたセメントスが両腕を負傷したことになっているそれは言わずもがな世界のためのカバーストーリーで、実際に起きた事件の異常性は相澤も知るところであったため差し出された書類に記載されたものは目を見張るものであった。

 

『無個性です。金髪にしているだけですので気にしないでください』

 

「彼女は確かに個性を持っています。突然の事態に困惑はしていたとは思いますが、彼女がこのような見えすいた嘘をつく生徒には見えない」

 

「……お前とオールマイトは別人のようなその生徒を見たんだったな」

 

「ええ、あの雰囲気、気を抜けば引き込まれそうな気迫。僕の相手してきたどの敵よりも存在感が大きかった」

 

(無意識に敵を比較対象に出すほどの邪悪……個性発現に伴った二重人格か……それがどこからくるものかはわからないが重要なのはそこじゃない)

 

「おそらくこの書類を書いたのは、彼女の個性……いやDIO。この嘘は警告だ。この体育祭、さらに警戒を強めた方がいいかもしれません」

 

 

 

 少しだけだが関わったからか、少女を疑う行動に若干の罪悪感を抱いているセメントスを前に相澤は話を進める。

 

「彼方、だったかそいつは今どこに」

 

「……家には帰っていたようですが、登校しているのかまでは」

 

 提出された書類を見た時、セメントスは慌てて世界を追ったのだがもうすでに学校におらず話すことは叶わなかった。

 提出が確認されたのは夕方だったこともあり彼方家に連絡を入れた時には夜も更けておりすでに就寝していた。

 その時追及すべきだったのだろうが、以後今日までコンタクトを取ることができなかった。

 もし何かDIOが仕込んでいたとしても後の祭りであり備えるしかないという事実がセメントスに重くのしかかる。

 

 頭を振って思考を切り替える。

 相澤は先の一件にて負った重傷の大怪我を引きずって体育祭に来た。

 平常の彼ならば『見ていてほしい』とも言えたのだろうが、今の彼はどう見ても個性を使える体ではない。

 

「セメントス?」

 

「……いえ、イレイザーヘッド、彼女のことは任せてください。僕がなんとかします」

 

 その言葉が喉から出た時、セメントスの頭に彼方世界の不安げな表情が浮かぶ。

 彼女は未来の明るい若者で、雄英の生徒で、そして自分の個性で身を滅ぼしかねない可能性を孕んでしまった。

 セメントスはプロヒーローである。

 それと同時に、雄英の教師でもある。

 自分はヒーロー科の人間であるが、そんなものは関係ないと、セメントスは自分の心に線を引いた。

 

「……わかった。気張れよ」

 

「はい。イレイザーヘッドも無理をしないように」

 

「それはマイクに言え。俺を引っ張り出したのはあいつだ」

 



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渦巻く事情

※改稿 2月26日


 

 

 彼方 世界。

 少女は、『彼方を見渡せるほど澄んだ目で世界を見てほしい』という意味を持って生まれた。

 世界の出自にはさまざまな想いや思惑が絡んでいる。

 

 ──個性婚。

 

 そう呼ばれる超常社会特有の悪習によって世界はこの世に生を受けた。

 

 彼女の父、彼方 氷時(ひとき)が当主である彼方家は古くから存在する名家でありそのあり方から血筋を重視してきた。

 

 超常社会においては重視するものが血筋から個性に変わったのだが、それでももちろん血筋も重視される。

 だが強個性のためならいくら血が混じろうとも構わないような家になった。

 

 そんな彼方家の固有の個性は『精神に作用する個性』だった。

 洗脳、諜報、拷問、尋問。

 歴史を叩けば叩くほどどす黒いヘドロみたいな埃が出てくる。

 そのような精神に作用する個性は総じて、強い。

 

 

 

 だが今代の当主、彼方 氷時の個性は次元が違った。

 

『時止め』である。

 氷時が起こしたアクションを引鉄に他人の精神に作用し文字通り人体の全てを静止させるのだ。

 まるで時を止めるかの如く。

 

 これは音、匂い、光情報から作用し文字通り全盲の人間でなければ抵抗のしようがなかった。

 だが、歴史の裏側で活躍してきた先達のような汎用性はなく、そして同時にそのような暗い時代でもなかった。

 

 ヒーロー。

 そう呼ばれるものたちの中に彼方家が参入した瞬間であった。

 

 当然家の中では反対勢力が生まれる。

 昔を思い出せ、ヒーローなど表の人間の仕事だと。

 

 だが氷時は止まらなかった。

 精神にしか作用しない時止め、そんな個性を活用できるのは荒事のみ。

 敵退治を主眼に置いた氷時、ヒーロー名『クロック』は瞬く間に功績を積み上げていった。

 この功績に次第に家で声を上げるものは少なくなって行った。

 

 だが、そんな裏でも考える者がいた。

 当主の『時止め』の個性。もっと強化できるのでは無いのかと。

 

 そこからははやかった。

 氷時の側仕えであった者の根回しにより、強個性の女との見合いが計画され、氷時の性格もあり意気投合。

 

 直ぐに結婚をし、その数年後この結婚の裏の思惑の主目的であった子ども 彼方 世界が生まれた。

 

 ここまでは順調だった。

 黒い陰謀が渦巻いていたとしても、奇跡的な確率によって噛み合い誰も不幸を被らない過程を辿っていた。

 彼方家による本人たちも気づかない個性婚、その成果は『無個性』という無惨な結末で幕を閉じた。

 

 この結果に彼方家は怒り狂い、政治的な手段を持って氷時を拘束、裏から方々に手を回して強制的に離婚させた。

 

 郊外にアパートを用意してそこで監視体制を整える。

 このような事情を世間に知らせる訳には行かないからだ。

 軟禁、監禁をする訳では無い。

 

 表面的に見れば、離婚したシングルマザーの女性がひとりで子供を育てる図になるが、実の所、身を縛る茨であったのだ。

 

 身動ぎするだけで身を傷つけてしまう、そんな状況下でも彼方の母親、彼方 空 は最後の抵抗として彼方の姓を名乗り続けたのである。

 

 だがこの事情は彼方 空に秘められたものであり、世界は知る由もない。

 父親に関しては離婚してしまったが今も愛していると惚気話を聞かされているため、嫌い合っている訳では無いことは知っていた。

 

 何の関係もない話。

 そう。

 世界に、異世界からやってきた時を止める悪の救世主が宿ってしまったこととは何も関係の無いお話。

 

 

 ◇◇◇

 

 

『B組に続いて普通科C、D、E組……!! サポート科F、G、H組も来たぞー!! そして……』

 

「俺らって完全に引き立て役だよなー」

 

「たるいよねー」

 

 世界の前からそのような声が聞こえてくる。

 冷や汗でとんでもないことになったインナーを着替えて体育着も開放的な着こなしをしている。

 こんな無骨な服が死装束とは、と皮肉げに顔を歪めていると背中に衝撃を感じた。

 親友の髪束恵子だ。

 

「あいつらもA組僻み飽きないねー」

 

「……仕方ないんじゃないかな」

 

 彼らが嫉妬の念を覚えるのは仕方ないと、世界は考えていた。

 こんな社会だ。彼らもヒーローに憧れていたに違いない。現に自分もあこがれている。

 それに、そんなことはなくてもこのような人目に触れる場面でのこの学校のヒーロー科優遇は『引き立て役』と言われても仕方のない様相であると思う。

 

「ま、体育祭だしね。楽しみましょ……って顔青白いわよ?!」

 

「ご、ごめん。なんでもないよ」

 

「ちょっと……! そんなの信じられないわよ! やっぱりおばあちゃんのところに」

 

 

 この後、私は死ななければならない。

 血の気が引いていき、悪寒が体を襲う。

 

 いくら覚悟したところで怖いもんは怖い。

 

 競技中に事故を装って私を殺す。

 学校に迷惑がかかるな。

 

 

 DIOが出てきたら身の回りの人がまず狙われてしまう。

 学校とか実際どうでもよくて。

 大事な人がいなくなるのがどうしようもなく嫌だった。

 だからぜったいに死ななければならない。

 

「大丈夫! 大丈夫だよ! 恵子! あー! 楽しみだな! せっかくだから優勝目指そうかな!」

 

「世界……」

 

「大丈夫だよ。心配しないで」

 

 もう世界は決意の一線を飛び越えている。

 それを無意識に察したのか恵子は押し黙ってしまった。

 

「選手宣誓!!」

 

 壇上の18禁ヒーロー『ミッドナイト』が声を上げた。

 呼ばれたのはヒーロー科の入試を一位で通過したらしい爆豪勝己が壇上に上がっていった。

 

「せんせー。俺が一位になる」

『やると思った!!』

 

 世界の周りの生徒はその様子を見てブーイングを上げるというよりも湿度高めの愚痴を漏らしている。

 だが、壇上の少年は世界には、輝いて見えて。

 

(ヒーローは……私を助けてくれるかな)

 

 そう、考えずにはいられなかった。

 

 

「さーてそれじゃあ早速第一種目に行きましょう! いわゆる予選よ! 多くの者がここで涙を飲むことになるわ! 運命の第一種目! 今年は……」

 

『コレ!』

 

【障害物競走】

 

 

 今年の第一種目は障害物競走らしい。

 

 ミッドナイトによる説明を聞きながら世界は冷える感覚を感じていた。

 四キロの外周を走る障害物競走。

 

(誰かの個性で死ぬわけにはいかない。どこか……死んでもおかしくないギミックを探さなきゃ)

 

 

 世界は足りない脳で思考を巡らせる。

 曇り、光の消えた瞳は何も映さない。

 

 こちらを見つめる、教師の心配げな目に気づくこともなく障害物競争は始まった。



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彼方 世界:ビギニング

※改稿 2月26日


 

 

 

『スタ────ト!』

 

 その声とともに濁流の如く、一年生が動き出した。

 

「え? 何?」

 

 そして不幸なことに考え事をしていて無意識に最前線に出ていた世界は半ば運ばれるような形で狭すぎるスタートゲートの外に出る。

 

 というか勢いが凄まじすぎて客の上に乗り出したロックミュージシャンのようにドナドナと運ばれていく。

 スタートゲートを出て数瞬後、世界を運ぶ群衆が急停止し、世界は投げ出されてしまう。

 

 ゴロゴロと転がるように受け身をとり、皮膚に感じるのは刺すような冷感だ。

 地面に氷が張っている。

 後ろを見ると、一年生たちが足を氷に取られていた。

 

「あんた運いいな」

 

 そう言って世界の横を通り過ぎていくのは髪の毛の色が左右で違う少年だった。

 自信のある佇まいからしておそらくA組だろう。

 

「あっ」

 

 思い出したかのように世界は立ち上がって走り出す。

 後ろを見れば追随するようにA組が生徒の海から抜け出している。

 幸運を味方につけた世界はA組との戦いの土俵に立った。

 

 だが、DIOの仕掛けたお遊戯会は障害物競走に収まるものではなかった。

 

 

『ククク……セカイよ。もう私たちのゲームは始まっているぞ?』

 

(?!?!)

 

 

 

 前提として、DIOは世界の体に宿った存在である。

 それは当然、思考すらも共有しているのと同義であり、世界の考えていたことは全て聞かれてしまっていた。

 

(DI……O)

 

『このDIOに貴様の考えていることがわからないとでも思ったのかァ? 最初から最後まで筒抜けだ間抜けェ! ……ふん。だが近しい人間のために死ぬ覚悟を持つとは、みくびっていたかもしれんなァ……』

 

(……)

 

『さて……さっき言った通り。私の仕込みは十分ではなかったが、ちゃんと機能してくれている。そら。もうそこにいるぞ? セカイよ。呆けている場合か?』

 

(?!)

 

 DIOの可笑しげな助言に、世界は弾かれるように顔を上げた。

 

「KILL……KIIIIIIIILLLLLL」

 

 そこにいたのはやけに大きい影を持った、何か。

 人型であり、鎧のように緑色の装甲が全身に付いている。

 装甲の隙間から覗くのは血管のようなケーブル。

 血のように赤いモノアイはまるで世界しか視界に入っていないかのように世界の方をみている。

 

 確かに走っている途中、『ロボ・インフェルノ』という名称は聞こえた。

 その証拠に周りにはロボットが溢れている。

 

『名をエンパイアという』

 

(エンパイア……)

 

『サポート科、と言うんだったか。頼んだら作ってくれたよ。いい出来だろう?』

 

 周りのロボットはお世辞にも強そうとは言えない出来で、付け込める隙をわざと見せつけるような作りだが世界の目の前にいるロボットは違った。

 それは、意識世界で見た世界(ザ・ワールド)の存在感に似ていた。

 

(私がこれで死んでもいいの?)

 

『勘違いするんじゃあない。なあ。なあセカイよ。確かにこの体が壊れたら私も死ぬだろう。完膚無きまでに。だがそれを考慮に入れないほどに凡愚に見えるのか?この私が?あまり笑わせてくれるなよ?』

 

(………………)

 

『これは試練だ。セカイよ。教師が受験生らにテストを用意するように。私もセカイに試練を用意したのだよ』

 

 世界の視界の隅では大きなロボットが道を覆い尽くす勢いで屯している。

 その目の前には先ほど世界の幸運を称えた少年。

 

 個性の氷の波とロボットが衝突した瞬間、DIOにエンパイアと呼ばれたロボットが世界を競争のルートの外に連れ出した。

 

『ああん? 中継映像乱れてんぞ? どうなってんだこれ』

 

 その瞬間、不思議なことに中継映像が途切れていたため誘拐に気づいた者はいなかった。

 

 

 ◇

 

 ◇

 

 ◇

 

 

 

「んっ! ぐうぅッ!!」

 

 一瞬の間に行われた誘拐は、エンパイアの脚部についたタイヤによって行われた。

 その方法は乱暴なんてものではなく、エンパイアの行った超高速のラリアットにより肺の中身の空気を全て吐き出すこととなった。

 

「ちょっと……はぁ……はぁ……これが、レディの扱い?」

 

『ハハハ! レディと言ったか?!』

 

「うるさい!」

 

『まあいい、無礼も許そう。だがセカイよ……私が気づいていないとでも思っているのか』

 

「なんのことよ」

 

『……貴様がこの世の中において『無個性』と揶揄される存在というのは知っている。だがな、セカイよ。お前。そこらの衆愚より動けるのだろう?』

 

「動けるってそりゃ体は動くけど……」

 

(……この社会故の劣等感から気づいていないというのか)

 

 

 エンパイアがモノアイを一瞬きらめかせ、拳を繰り出す。

 だがその速度は、世界(ザ・ワールド)の速度を経験した世界にとっては遅いものだった。

 

「速い…!けど避けられないほどじゃない!」

 

 おかしな現象だった。

 DIOの考え通り、セカイは人間と言うには異常な身体能力をしていた。

 だが、それだけではエンパイアの拳は避けられない。

 

 ただそもそもの気質、送ってきた生活から得てきた経験のみでは轟速の拳は到底避けられない。

 

(……おかしい……まさかこのDIOの記憶とセカイの記憶が共有され始めているのか。いやそれだけじゃない。感覚や経験までも…)

 

「止まって見える……っていうのは嘘だけど! 避けるには十分!」

 

(ククク……ここまで愉快なことがあるとはな。セカイよ……お前は既に私を楽しませている。ある種の才能のようだぞ?)

 

「ふんッ!」

 

 エンパイアに負けず、世界も拳を突き出す。

 相手が機械だからか拳に鈍痛が響く。

 だが相手もそれは同じで装甲に少なくないダメージを与えていた。

 

 雄英製のロボットは試験に使うという特性上、脆く作られている。

 だがそれは簡単に人を殺められる個性という力を持つ子どもたちから言わせたらの話であり、間違えても無個性の人間が脆いとは言えないものであった。はずである。

 

 はっきり言って異常。

 DIOは考える。

 確かにセカイは普通科に属する普通の人間。

 

 だがこいつは人並外れた身体能力という特性がある。

 もちろんDIOの世界のスタンド使いには及ばない。

 だが準ずるものではあった。

 そもそもDIOはスタンド使い以前に吸血鬼であり、人類の敵として、殺戮者として、殺しのプロフェッショナルとして、裏の世界で君臨していたのだ。

 ならそこにDIOという最凶のスタンド使いの記憶が、経験が、技能がカケラだけでも流れたとしたら? 

 

『ほう。私の記憶から殴り方を学習したか』

 

「……頭の中でぶつぶつと……! うっさい気が散る!」

 

「KILL!!」

 

 気が散り、油断したのかセカイはエンパイアの拳を体で受ける。

 

「ングウッ!! うあ゛あ゛ああああ!!」

 

 それがスイッチだったのだろうか、セカイの獣性が顔を見せた。

 

「kill!!!」

 

 長い腕を活かしたなぎ払い。

 当たり所が悪ければ死に至るソレをセカイは仰け反って回避する。

 

 世界は人間、DIOは吸血鬼。

 学習される技能はあっても活用できる技能は少ない。

 繰り返すがDIOは最凶だ。

 付け込める隙があるならばそこに剣を突き刺す狡猾さがある。

 

「……コイツの装甲はあまり硬くない…腕の攻撃が主体で避けるのは難しくない…優勝するためにはダメージを最小限に…」

 

(足りない頭なりに考えているようだなァ……)

 

「KIIIIILL!!!」

 

 エンパイアが両の拳を結び叩きつけるように振るう。

 最小限のダメージで目の前の機械をスクラップにするために、セカイは頭を、悪の救世主の狡猾さを表出させる。

 

「アハッ!」

 

 空ぶった両の拳を冷めた目で見遣り、セカイは前傾姿勢になり明らかな死に体を晒すエンパイアのモノアイに膝蹴りをお見舞した。

 

 ガラスにヒビを入れ、明滅するそれを見送るほどセカイは甘くない。

 

「もう一発!!」

 

 衝撃で仰け反ったモノアイにさらに肘打ちを叩き込む。

 

「ゲーム性を重視する巨悪サマが完全無欠の敵を用意するわけが無い!あると思ったよ!!弱点!!」

 

 モノアイに対する攻撃でエンパイアは目に見えるほどに動きを鈍らせている。

 

(気づいたか)

 

 DIOが相手取るのはただの小娘。

 かつて相手してきた英雄共とは比べるべくもない小市民だ。

 そんな相手に本気を出すのはある意味での侮辱、屈辱でありそんなものをDIOは認めない。

 

 だから突くべき弱点を用意する。

 強すぎず、弱すぎない。

 そもそもこの体育祭は無個性の子どもが勝ち抜けるほど甘くない。

 ならばセカイに合わせた難易度を用意しなければならない。

 

 予想外はいくらかあった。

 経験と感覚の流入など予想のしようがないにしろ確かにセカイはDIOを驚かせた。

 

 人生を1度終え、いくらか達観したDIOはこの少女に可能性を感じ始めていた。

 

「フンッ!!」

 

 エンパイアの側頭部に肘打ちを打ち込むが、モノアイに攻撃した時よりも反応が鈍い。

 反撃を避けつつ、勝利への道を考える。

 いや、考えずともセカイには分かる。

 

「弱点に攻撃を叩き込み続ければいつか沈むっしょ…!!」

 

『ククク…至る結論がソレとは…頭蓋に筋肉が詰まっているとしか思えんな』

 

「うっさい!!」

 

 そこからはある意味作業だった。

 当然だ。攻略本を見たあとのゲームほど作業と見紛うものは無い。

 避けて弱点を叩き、避けて弱点を叩き、避けて弱点を叩く。

 DIOの経験と感覚を欠片を得たセカイにとってエンパイアというロボットは既に越えられる壁と化していた。

 

 ガシャンと音を立て、エンパイアが膝を着いた。

 

 

 砕けたモノアイから煙を吹き出し、痙攣しているそれはもはやスクラップと呼んでいいものである、とセカイは判断し背を向ける。

 

『愚か者め』

 

「KIILL!!」

 

 瞬間、立ち上がったエンパイアの拳が世界の頭を擦る。

 

 ぐらりと、地面が揺れる錯覚を覚えた世界の意識は次の瞬間には暗い世界に沈んでいく。

 

 圧倒していたにもかかわらず、呆気ないとも言える幕切れ。

 

(しまっ…た………かあ…さ)

 

 だが、その幕切れを良しとしない者がいた。

 

 次の瞬間、閉じかけていた目はカッと見開かれ、眼差しも怜悧なものに変わる。

 

 変貌したセカイ。いやDIOは引鉄を引く。

 

世界(ザ・ワールド)

 

 一瞬で胸部をぶち抜かれたエンパイアは膝から崩れ落ちる。

 

「私が用意したギミックを私の拳で壊してしまうとはな……」

 

 

 気絶しかけていた少女は中身を文字通り入れ替え、そこに立っていた。

 

 

「この私が、可能性を感じる女……」

 

 

 DIOが世界の体に宿ってからのセカイの成長速度はとても早い。

 

(このDIOの経験と感覚、ソレを知恵とし活用する肉体。そして負けられないと足掻くその精神…か)

 

 DIOの危険性を理解した後の行動はいわゆるヒーローのそれであり、幾らかの浅慮はあるもののその根本にある精神は、悪の救世主のDIOに期待させるほどのものだった。

 

 

 DIOは英雄を知っている。

 

 巨悪を知っている。

 

 だからこそ興味が湧いた。

 

 この英雄の気色を持つ少女を自分の、巨悪の色で染め上げればどうなるのか。

 

 その結末に興味が湧いたのだ。

 

 

「面白い女だ……」

 

 

 この体育祭でセカイが優勝できなくても体を奪いはしない。

 

 そもそもが一度死んだ精神。

 

 奪うのは結末を知ってから、いくらか遊んだ後でもいいだろう。

 

 ゲームはゲーム。途中離脱は許さない。

 

 ……だが障害物競走ぐらいは眠っていてもいいだろう。

 

 世界の意識を強制的に休眠させ、スタンドを具現させる。

 

 

 

「さて、英雄の卵たちよ。このDIOの時止めから逃げられるかな?」

 

 

 

 ◇

 

 

 ◇

 

 

 ◇

 

 

 最終関門、その実態は見渡す一面に地雷が設置してある『怒りのアフガン』と呼ばれる乗り越えるだけで一苦労な障害であった。

 

 緑谷出久は最終関門を前に必死に頭を回していた。

 

 先頭の、ある意味因縁のある二人は遠い。

 

 だが、そんなものは関係ない。

 

「借りるぞかっちゃん!! 大爆速ターボ!」

 

『A組緑谷、爆風で猛追────っつーか抜いたぁ?!』

 

 音と爆風だけは立派な地雷を大量に起爆して起こした大爆風は、緑谷をとてつもない勢いで吹き飛ばした。

 その勢いは怒りのアフガン地帯を余裕で飛び越すもので一気に先頭に躍り出た。

 

「くそっ! 後ろの奴ら気にしてる場合じゃねえな!!!」

 

「デクァ! 俺の前に出るんじゃねえ!!!!」

 

(せっかく前に出たんだ!! このチャンスを逃すな! つかんではなすんじゃない!!)

 

『おおっと緑────は? おい待て。なんで先頭が……』

 

 

 その瞬間、その場、スクリーンの先にいる人々の脳内に空白が生じた。

 

 つい先ほどまで、A組3人の攻防に、手に汗握る競争を、『先頭』で繰り広げていたはずだ。

 

 

『なんで先頭が、かわってんだぁ?!』

 

 

 ではなぜ、いや、3人を差し置いて先頭を走りながら、3人を見て、背筋が凍るような薄ら笑いを浮かべている、あの女生徒は一体全体、『なんなんだ?』

 

 観客ですらその脳内の空白を埋めることができない。

 

 なら、先頭を走っていた3人は? 

 

「あいつは……今さっきの……!」

 

「どっから出てきやがったあの金髪!!」

 

「くっ!」

 

 一瞬呆けた3人を面白がったのか、金髪金眼の女生徒は口を開いた。

 

 

 

「足りない。足りないぞ諸君。この世界を打倒するにはまるで足りない。本選では期待しているよ。私を楽しませておくれ」

 

 

 ブチッ

 

 その一言で、緑谷は2人の脳内から何かがちぎれる音を錯覚した。

 

「上等だッ!!」

 

「テメェ待てやこら金髪ッッ!!!!」

 

 轟、爆豪、緑谷は世界を追う。

 だが、3人と世界の距離は遠く、世界は、DIOはそのまま一位で予選を突破した。

 

 

 

 

 

 

 

 




???「ふっ、おもしれー女」


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このDIOに向かってくるのか

※改稿 2月26日


 

 

 

『オイオイ、チクショウ。誰が、誰がこんなのを予想できたぁ?! 障害物競走、一番最初に帰って来たのは普通科D組ィ!』

 

 ゲートを余裕の表情でくぐり抜けてきたのはとても可憐で、その可憐な容姿とは似つかわしくない程に冷たい微笑を浮かべた、1人の少女であった。

 

『彼方世界だああ!!』

 

 だが、場の空気は驚くほど冷たい。

 

『ああん? ……安心しろ観客リスナーたち。D組彼方が不正をしていないことの裏が取れたぜ?』

 

 その時、競技場のスクリーンで映像が再生される。

 そこには世界が、恐ろしい速度で走りながら、そして瞬間移動しながら先頭を目指す様子が映し出されていた。

 

「瞬間移動?」「短距離の瞬間移動ばっかりしてる。長距離はできないのかな」「瞬間移動抜きにしても足が速いぞ」「にしてもいい個性だ。なんで最初から先頭争いに参加してないんだ?」「手抜き?」「スロースターターなんじゃないのか?」

 

「好き勝手言うじゃないか。有象無象がァ……」

 

 愉快な気分を表情に滲ませながら周囲を見回す。

 

 懐疑三割、困惑三割、羨望四割、といったところで否定的な視線はDIOが思うよりも少ない。

 

 根本的な倫理観がDIOの知る世界とは違うのだろうか。

 

「謂れのない、怒気や憎悪を滲ませた視線を向けられた世界を見たい気分だったのだがなァ」

 

 DIOは先ほどの一幕にて気に入った世界に歪んだ感情を向ける。

 その愉悦に染まった表情は後方からかけられた声で中断された。

 

「てめえこら金髪ゥ!! どんな汚ねえ手ぇ使いやがった!!」

 

 DIOが表情を冷めさせ、声の方向を向く。

 

 そこには爆発したかのような髪型に激情に染まり悪鬼のように歪んだ表情の少年。

 

 だけではなく、冷たい闇を抱えたかのように鋭い目を持つ左右で違う髪色のこれまた少年。

 

「俺も、お聞かせ願いたいな」

 

「……自己紹介から始めさせてもらおうか。私の名は……彼方世界、という。普通科D組だ」

 

「そんなのどうでもッ「A組、轟焦凍。こいつは爆豪だ」

 

「覚えておこう。それで……? 見ての通り、私も少なくない怪我をしている。早めに済ませてほしいのだがね」

 

 拳の腫れに身体中の鈍痛。

 

 セカイの奮戦で最小限のダメージには抑えられている。

 人体で特に硬い部位である肘と膝で戦いはしていたが、拳も使っていたし、殴る蹴るの戦いを機械相手に行ったのだ。

 ダメージは確かに身体をつつみ、アドレナリンも既に切れている。

 

 それに先頭を目指す過程で足も相応に酷使した。

 ゴールした瞬間肉離れを起こし、もはや満身創痍と言って差し支えない状態になっている。

 

 痛みには慣れているためこの程度では表情にすら出ないが、これがセカイとなると事情が違ってくる。

 

 早く治療を済ませて世界に引き継ぎたいというのが本音だった。

 

 DIOも今世では彼方世界という物語の結末を見るまでは裏方だ。

 

(早く現状に困惑する世界が見たいのだが)

 

「あんた。最後どうやって俺たちを抜いた」

 

「俺たちの後ろからストーカーしてたのかよ?! ああッ?!!」

 

「……その癇癪を起こしたクソガキのような喚き声をなんとかしてくれないか?」

 

「アアンッ?!」

 

「それに、そっちの。轟クンだったか。妙にクールぶっているじゃないか。爆豪クンもそうだが、素直に『負けて悔しいのでどういうズルをしたのか教えてください』とでも言ったらどうだい?」

 

 冷めた表情を先ほどのように歪め、言い放つ。

 

 その場がしんと、一瞬で音が消え雰囲気が氷のように冷えていく。

 

 DIOの物言いに、呆けていた2人は理解すると同時に

 

 

 さらに表情を爆発させ

 

 

 目元を顰めさせた。

 

 

 見れば轟の方は激情に反応してか右半身から個性が漏れ出ている。

 

「おや、怒ってしまったかな。答えを言ってあげよう。私の個性は『時止……ん? もう行ってしまうのかい? 私の個性を聞かなくていいのかな」

 

「「いらねえ(いらねえよ!!)。その上からあんた(てめえ)圧倒する(ぶっ飛ばすッ!!)」」

 

「く、クハハ!!」

 

(これはこれは、世界よ。面倒なことになったようだぞ? 楽しみで仕方ないなぁ)

 

 ここからの展開を予想していくDIO。

 

 今生では勝手が違い予想が当たることも少ないがそれが何よりも楽しい。

 

 思考の海に沈もうとしているDIOを拳の痛みが引き戻した。

 

「婆さんのところに行くか。だがあの婆さんは勘が鋭い気がする。セカイの演技に本気で臨まなければ、バレてしまうかもしれんな」

 

 バレはしなかったが、疑われたことは書いておく。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 ◇

 

 

 ◇

 

「…………? こ……ここは」

 

 視界が焼ける感覚がした。

 

 これは深い眠りから覚めた際の日光に対する反応に似ていて、世界の予想は正しく自らの意識は本当に眠っていたようだ。

 

『水分は取ったかしら? 結果発表よ!!』

 

 ミッドナイトが振るったムチの先にある投影されたスクリーンを見る。

 

 寝ぼけながらそれを見れば、血の気が引いた。

 

 

 一位 D組 彼方世界

 

 二位 A組 轟焦凍

 

 三位 A組 爆豪勝己

 

 四位 A組 緑谷出久

 :

 :

 :

 

 

 

 一瞬で眠気が吹き飛んでいくのを知覚しながら思う。

 

 あ、これDIOがやったわ、と。

 

 

『世界よ。よく眠れたかな?』

 

「DIッ……(DIO、あんたは一体何を……)

 

 返答を待っている間、周りの反応を見るために視線を巡らせれば敵意の滲む視線が複数。

 特に二つの視線は強く、冷や汗を滲ませるには十分すぎるものだった。

 そのすぐ後、DIOからの返事が来た。

 

『やるからには、頂点をとる。それがこのDIOの存在する理由だ』

 

(…あのとき、あのまま気絶してたら貴方の勝ちだったでしょ…?)

 

『いや何、詰めの甘さが目立ったのは確かだがあのまま終わってしまえばつまらない。ソレに最早あれはスクラップと変わらなかった。なら私からの試練はクリアされたも同然…そうだろう?』

 

『予選通過は上位42名!! 残念ながら予選で落ちちゃった子も安心なさい! まだ見せ場はちゃんと残してあるわ! 次からが本選!!! ここからはマスコミも白熱してくるわよ! 気張りなさい!!!』

 

(なんの…つもりかは知らないけど。あたしは貴方の思い通りになったりなんかしない)

 

『それは重畳。君の可能性を私に見せてくれ。そんなことよりも、そら、爆豪クンがこちらを見ているぞ? あの調子じゃ、爆殺されてしまうかも知れんなぁ。世界よ』

 

「ばくさっ?! それはあんたがやりすぎたせいじゃっ!」

 

 こちらに向く視線を思い出し、無理やり口を塞ぐ。

 これもゲームの仕掛けとやらなのだろう。

 周りの生徒を扇動して四面楚歌を作り出す。

 実に悪どいやり方である……。

 

 ちなみにこれはセカイの勘違いである。

 

『さてさて! 第二種目よ!! 私はもう知ってるけど〜! なにかしら?! 言ってる側からー』

 

 

『コレよ!!!!』

 

【騎馬戦】

 

 

「騎馬戦か……」

 

 見てつぶやく。

 

『参加者は2〜4人のチームを自由に組んで騎馬を作ってもらうわ! 基本は普通の騎馬戦とルールは同じだけど、障害物競走の結果に従って各自ポイントが与えられるわ!』

 

「入試みてえなポイント稼ぎ方式か。わかりやすくて助かるぜ!」

「つまり組み合わせによってポイントが違ってくるのかな」

 

『あんたら私が言いたいことをとるんじゃないっ! 各自与えられるポイントは下から5ポイントずつ与えられるわ! そして』

 

『一位に与えられるポイントは1000万ポイント!』

 

『上位のやつほど狙われちゃう。下克上サバイバルよ!!!』

 

 その時、セカイは悟る。

 ああ、これは約束された四面楚歌だったのかと。

 

『上をいくものにはさらなる苦難を与えるのが雄英高。これぞPlus Ultra! 気張りなさい! 彼方世界さん!』

 

「ひっ、ひええええ……!!」

 

『クッ、フッ、フハハハハハハハハハッ!!』

 

 この時、ずっと封印されていた世界の情けない声が解禁された。

 

 

 ◇

 

 ◇

 

 ◇

 

 騎馬を組むために与えられた15分の猶予。

 世界はどうしたらいいかわからないが、わからないままなので解決策を探るために、無意味に視界を忙しなく移動させる。

 

「どっどどっ」

 

『落ち着け世界。少々予想外の展開だが……ククッ。相当に愉快なことになっているな。どうする?』

 

「だ、だって私ここにいる人の個性なにも知らないし!!」

 

『……世界よ。私たちの個性はここにいる人間からは瞬間移動だと記憶されている。そこは覚えておくといい』

 

「しゅ、瞬間移動?」

 

『そのうちわかるだろう。同じことをそう何度も言わせるんじゃあない』

 

「……ぐぅ」

 

 そんな会話を、している世界の後方から話しかけるものがいた。

 

「フフフフ。やっぱり避けられていますね。目立ちますもん!」

 

「え?」

 

「私と組みましょう! 彼方さん!!!」

 

「……だれ……?」

 

「私はサポート科の発目明! っていうか土日会ったじゃないですか。私は覚えていますよ! インパクト抜群でしたもん!!」

 

「わあ近い近い(なにしたのよ)」

 

『エンパイアのことを頼んだのが彼女だ。世界。お前とは別の意味で、かなり面白い人間だ。パイプを作っておいても損はしないだろう』

 

「そういえば私とあなたのベイビーのエンパイアちゃんはどうしたんですか? 壊される前提の子で悲しかったですが役には立ちましたか? というかなにに使うんですか? あ、もしかしてもう使いましたか? 壊すなら大企業たちの目に触れるところで壊してほしいのですが────────」

 

「な、なにこの子。勢いすごっ」

 

「と言うわけで! やりましょう! 一緒に!!!」

 

「あ、うん」

 

 世界はなし崩し的にDIOが誑かしたサポート科の発目明と組むことになった。

 

 ほとんど勢いで組むことにはなったが、メンバーが集まりつつある。

 この勢いを失うわけにはいかないと、世界は周りの生徒に目を向ける。

 

 するとこっちに向かってくる人物が2人。

 

 モサモサ頭に少し自信なさげな顔。

 

 でもどこか決意している顔。

 

 予選四位の緑谷出久だ。

 

 緑谷と一緒にいるのはほんわかしてそうな可愛い女子。

 

「あ、あの」

 

「えっ。あ、はい」

 

「あ、あれ? さっきと雰囲気が……」

 

「え、えっと?」

 

 陰の気流が発生し始めるが、世界よりも先に緑谷が切り出した。

 

 

 

「僕たちと組みませんか? 彼方世界さん」

 

 

 

 

 



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騎馬戦 前編

※改稿 2月26日



 

 

 

『サアサア上げてけ鬨の声!! 総勢12組の騎馬による、血で血を洗う雄英体育祭騎馬戦の狼煙が上がるぞおお?!』

 

「麗日さん!」

 

「ッうん!」

 

「発目さん!」

 

「ふふっ」

 

「彼方さん!」

 

「うっ……うん」

 

「獲りにいこう!!」

 

(え、まだポイント取るつもりなのか)

 

 諦めた様子のセカイが内心つぶやく。

 緑谷に誘われた直後、セカイのもつ事情を伝える間も無く作戦を説明され半ば流されるように一緒に騎馬を組むことになった。

 

 やり取りの途中、世界の頭の中ではDIOの笑いを抑えるようなくぐもった声と何かを飲み食いする音が確認されているため、そのエンジョイ具合が見てとれた。

 

『ヨォーシ! 全員組み終わったか?! 準備はいいかなんて聞かねえぜ?! それじゃあ残虐バトルロイヤルカウントダウン!』

 

 セカイは刹那の時を使って、発目に貸してもらったサポートアイテムについて考える。

 

 騎馬を組む前に「身体能力を活かせて騎馬にも活かせるサポートアイテムを貸してほしい」と頼み込んだら二つ返事で、今世界が履いているソルレットが帰ってきた。

 発目が勝手に始めたベイビー説明の必要な部分を抜き出すと、「走れば使える」となるのだが不安が拭えない。

 

 

「緑谷クン」

 

『3!!!』

 

「うん。なに?」

 

『2!!』

 

「(サポートアイテムに任せて)走るけど、(どうなるかわからないからサポートアイテムと私を)うまく(指揮して)使ってね」

 

『1……!』

 

「……!! (まさか、ただ走っただけでも速すぎて瞬間移動に見える個性なのか……?! なら彼方さんの判断に任せた方が良さそうだな……!)わかった! 僕たちは気にしないで存分に走って!」

 

『START!!!』

 

 

(なんでそんなに自信満々なのお?!)

 

(友人が少ない弊害なのか知らんが言葉が足りんな……愉快なことになっているからいいが)

 

 

 セカイが緑谷の根拠のない自信(に見える勘違いが原因の信頼)に瞠目しているとプレゼントマイクの声が響き、周囲の騎馬がこちらに殺到してくる。

 

 

「実質それの奪い合いだ!!」

 

「緑谷くん! 悪いけど獲りに行くよ!!」

 

「くっ!! 彼方さん!」

 

(なんでこっちに指示飛ばすの?! その背中のジェットパックは飾り?!)

 

「っ!!使うよ!!」

 

「麗日さん。そのサポートアイテム起動しておいて下さい」

 

 世界が緑谷の突然の指示に動揺しながらも駆け出すと、足元から『カチリ』という嫌な音が聞こえ、とてつもない速度で景色が流れた。

 

「「「うおああああ?!?!」」」

 

 ドゴォッ!! 

 

 腹の底から揺らされるような音が響き渡る。

 

 麗日の個性により無重力状態になっていたとはいえ、とても速い。

 半ばホバー移動であった。

 実際、麗日は発目に噴射機構を持ち、ホバー移動を可能にするアイテムの使用をすすめられ実行し本当の高速ホバー移動を行った。

 ちなみに発目はただセカイに捕まっていただけである。

 一歩間違えれば肩が外れていたが流石のサポート科、日々重い機械類を扱っているからか肩が外れることは無かった。

 

 飛び出した時のセカイの状態を形容するならば、『ジェットコースター』になるだろう。

 

 

「「「なッ! 速!!」」」

 

 

 目の前にいた、緑谷の騎馬を追い込むように迫ってきていた二組の騎馬は、いなくなっていた。

 かなりの勢いに呆然としていた緑谷は、慌てたように後方を確認する。

 

 見れば、二組のうち一組は驚愕したかのようにこちらを見ている。

 もう一組はA組の透明人間、葉隠透という少女が騎手をしているため判然としないが文句は聞こえるためこちらを見ているのだろう。 

 

 緑谷に違いセカイは貸与されているサポートアイテムの把握に必死だ。

 先ほど、セカイは移りゆく景色の中ちゃんと足元の確認をしていた。

 このサポートアイテムは脚の裏にある噴出機構から尋常じゃないほどの風を噴き出して高速軌道を可能にしているようだ。

 

 

「すごい!すごいですよ彼方さん!暴れ馬なベイビーを乗りこなすなんてさすがです!!」

 

 

 暴れ馬なことは理解しているようだ。

 

 緑谷はセカイの個性(ではなく素の身体能力とサポートアイテムの恩恵)に驚愕しながらも、両手に違和感を感じ固く握っていた拳を開くとそこには

 

 

「んなっ?! ハチマキがねえ!!」

 

「あれ?! 私たちも?!」

 

 

 そこには迫っていた二組のハチマキである、685pと310pのハチマキが握られていた。

 

 

「す、すごいよ! 彼方さん! 半分ラッキーパンチだけどいい滑り出しだ! このまま逃げ切ろう!!」

 

「え?! え、その手のは……」

 

(ええ?! あの速度の中でとったの?! A組ってこんなのばっかなの? 怖すぎるんだけど)

 

『随分と感情の吐露が多いじゃあないか。まるで道化だな』

 

「いちいち心なんて制御できるわけないでしょ?!」

 

『さあ──、まだ2分も経ってねえが混戦も混戦! 各所でポイントの争奪戦が巻き起こっているぅ!! 順位の変動も激しくてついていけねえゼェ!!』

『それはどうなんだお前』

 

 

 混戦を極める騎馬戦。

 早くも緑谷騎馬はポイントを重ねた。

 現在のポイント合計は10001325pである。

 

 

「彼方さん! 右!」

 

「ングぅ!!」

 

 指示に従い体にまま負担のかかるサポートアイテムを乱用する。

 向かい来る騎馬を避けながらも、このままでは限界が来ると全員が感じていた。

 

「フハハハ! 奪い合い?! 違うね!! これは略奪ダァ!!」

 

「うわぁ?! 障子くん?! それにこの長い舌……蛙吹さん?!」

 

 

 そう叫びながら現れたのは、障子目蔵という名のタコのような異形型個性の生徒だけ、ではなかった。

 

 

「悪いな緑谷、その特異点貰うぞ。ダークシャドウ!!」

 

 

 障子というシェルターを、常闇踏影の個性であるダークシャドウでカバーするという悪魔の組み合わせが完成していた。

 

 

「う、うわぁ!!」

 

 

 ダークシャドウの伸びてきた手を麗日は咄嗟にサポートアイテムを履いた足でガードする。

 麗日はその手に違和感を抱く。

 はて、この吸い付くような感覚はなんだろうか、と。

 

 

「捕まえたぞ……!!」

 

「常闇……やれ」

 

 

 その指揮官ぶった峰田実の一言に反応し、常闇はダークシャドウを引き戻す。

 咄嗟に麗日は足を戻そうとするが、まるでダークシャドウの手に貼り付いてしまったかのように足が戻らない。

 

 

「はっはぁ!! ダークシャドウの手についてるのは俺の個性のモギモギだぜー!! これで一本釣りだああ!!」

 

「くっそ! 雑に強い! 発目さん! 麗日さんも顔避けて!」

 

 

 緑谷はそう言うとボタンを押下する。

 その瞬間、ジェットパックから火が噴き出し、麗日の個性によって重量もほとんど消えているためとてつもない勢いで空中に飛び出す。

 だがそれでもダークシャドウは追随しようとする。

 それを確認したセカイは、

 

 

「緑谷クン! 落ちないようにして!」

 

 

 一旦騎馬の右翼を崩し、浮遊時間が長いのを利用してダークシャドウを蹴り飛ばす。

 

 

『ギャッ!』パキャッ

 

「ああ! 私のベイビー!」

 

「ごめん発目さん!!」

 

 

 ダークシャドウから無事逃げられたものの代償としてサポートアイテムを破損させてしまうが、それを理由に気を抜く間はなかった。

 

 すぐに騎馬を戻そうとするが、空中にいるセカイたちに迫るものがいる。

 

 

「調子乗ってんじゃねえぞ金髪ぅ!!!」

 

「ええ?! だれ?!」

 

 

 迫っていたのは個性によって飛行してきた爆豪勝己であった。

 

 爆豪と対面していたのはDIOだったため当然出てくる誰何、だがそれは爆豪の精神を今以上に逆撫でした。

 

 

「緑谷クン! 吹かして!」

 

「!!」

 

 

 迫る時限爆弾に戦慄しながらも世界は咄嗟に指示を飛ばす。

 その指示は即座に受理されジェットパックが使用された。

 緑谷が前のめりになりながら使用されかなりの勢いで地面に飛んでしまうがそこは麗日がカバーする。

 

 

「気がッ抜けない!」

 

「ちょ緑谷クン! 背中から変な音してるんだけど?!」

 

「ああ、無理な使い方しちゃいましたね。ボタン連打しました?」

 

「……ごめん心当たりある」

 

「余裕ないんになに雑談しとるん?!」

 

 

『当然狙われまくる一位と猛追を仕掛けるA組の面々に実力者たち!! 現在のポイントを見てみよう!!』

 

 一位、彼方チーム 10001325p

 

 二位、物間チーム 1350p

 

 三位、鉄哲チーム 1120p

 

 四位、峰田チーム 685p

 

 五位、轟チーム 600p

 

 六位、鱗チーム 195p

 

 以下0p

 

『あら?!!! A組があんまパッとしね……ああ?! 爆豪チーム?!』

 

 

 

 実況を聞く限り何か起こったようだ。

 世界は対岸で行われるB組とA組の因縁を遠巻きにしながら警戒する。

 先ほどから考え込んでいる緑谷がやっと顔をあげ、何か言おうとした瞬間、鋭い敵意を持ったチームが立ちはだかった。

 

 

『サァ残り時間半分を切ったぞ!』

 

「彼方、お前の個性、まだわかってねえが……そろそろ、獲るぞ」

 

『普通科D組が握っている10000000pはB組隆盛の中果たして、一体誰に微笑むのか!!』

 

 

 

 

 



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騎馬戦 後編

※改稿 2月26日


 

 

「このまま、逃げ切れればよかったんだけど……そう上手くは行かないか……」

 

「緑谷か……」

 

 2人はそのまま睨み合い、相手の初動を見逃すまいと気配を鋭くさせていた。

 

「彼方……あんたの騎馬戦に入ってからの様子を見てた」

 

 尖った視線は変わらず、轟焦凍が彼方世界に話しかけた。

 

「あんた。個性使ってないだろ。おかしいのは足についてるサポートアイテムだ」

 

 セカイの背中を冷たい汗がなでる。

 

『流石にバレるか。やはり優秀。頂点の人材という訳だな』

 

「……」

 

「それに、常に焦ってるような印象を受ける」

 

「轟くん……」

 

「個性だって身体機能の一つ」

 

 

 そう前置きして轟は言った。

 

 

「あんた。無理してここにいるだろ」

 

 

 一気に安堵が押し寄せる。

 DIOは轟の解釈をエリートからくるソレであると理解した後に感嘆した。

 

『なるほど。そういう捉え方にもなるか』

 

(た、助かった……)

 

「そ、そうなの? 彼方さん。てっきり僕は彼方さんが僕達のために加減してるんだと……」

 

 緑谷が表情を崩しながら小さな声で言う。

 世界を心配する雰囲気が騎馬に伝播し始めた。

 DIOはそれを見ながらヒーローの学舎ゆえの弱点かと考える。 

 巨悪であったDIOにとっては唾棄し踏み躙るべき、突くべき弱点なのだが現時点ではセカイにとってもDIOにとっても良くないものであった。

 

『セカイ。セカイよ。勝つことだけを考えろ。意図の外にあるものだとしてもあの発言が騎馬のパフォーマンスを落とし始めている』

 

(そんなこと言ったって……)

 

 奥を見れば騎馬が複数迫ってきている。

 このままでは一網打尽。

 

 世界たちの騎馬はコンセプトで言えば逃げ馬であり、攻撃の手段が少ない。

 緑谷の個性は極力使いたくない『諸刃の剣的なアレ』であることは既に伝わっていることから、囲まれたらどうしようもない。

 

 

「緑谷クン。麗日サン。発目サン。備えて、このまますぐ行くよ」

 

 汗の滲む表情を虚勢で歪めて小声で言う。

 その声で緑谷はすぐに雰囲気を切り替えた。

 

「わかった……」

 

「……ッ! 轟君!! 来るぞ!!」

 

 向かい合う轟の騎馬の前面に位置取るメガネをかけた男が叫んだ。

 

 察知されたが世界は構わず、サポートアイテム使用のために足を踏み込んだ。

 

 カチリ、その音を聞いた瞬間、相手方も叫んだ。

 

「ットルクオーバー!! レシプロバースト!!!」

 

 ドンッ!! 

 

 地響きがその他の騎馬を揺らした。

 双方の騎馬は未だ見つめ合っていた。

 違うのは距離が先よりも倍ほどあり、行動を起こすにも猶予があった。

 

 違うのはそれだけではなく、騎手の疲労具合。

 セカイは加速に追いつけず何があったかは窺い知れないが、

 

 緑谷は左腕に軽度の火傷を負っていて、轟は左腕を青黒く変色させている。

 

「くそッ当てる気はなかったんだけど……! でも加減はうまくいった? ……土壇場で成功……こっちの反動も少ない……」

 

 緑谷右手に緑色の電流のようなものを迸らせた。

 

「掴んだぞ……!!」

 

 その様子は何か達成感を滲ませるもので、それを見ていたオールマイトは微笑んだ。

 だが、それを見ていた世界、の中の存在DIOは心中穏やかではなかった。

 

『今のはッ!! 波紋……なのかッ?!』

 

 今でもはっきり覚えている独特な呼吸法。

 黄色に輝く電光にも似た自然エネルギー。

 

 似てはいるが違うものなのか、緑谷が波紋の呼吸をしている様子はないのだが……

 

『警戒しておくには十分……か』

 

「げっ……」

 

 DIOの思案の最中、世界は自らの足についているサポートアイテムが変に熱を持っていることに気づいた。

 

 この加速装置の説明から、これが故障の前兆であることは承知していた。

 使えてあと一回程度。

 暴れ馬な分、大食らいなのだろう。

 

「ごめん、無茶な使い方しちゃった。加速はあと一回だけだよ」

 

「……!! わかった。大丈夫だよ」

 

 向こうの轟は左腕を凍らせて治療していた。

 

 一瞬の攻防を前に呆気に取られていた他の騎馬が動き出す。

 だがそれを許すまいと動き出す前に轟が氷結と、黄色い髪の生徒の個性である電流を同時に発動させて行動不能にさせる。

 

「まだだ。終わらせねえッ!!」

 

 かなりの勢いで轟が迫る。

 

「このまま! 逃げ切る!! 残り1分!!」

 

 無意識に力が入る。

 

 感じる。

 体が引き締まっていく感覚、急激に広くなっていく視界。

 先ほどの機械との殴り合いに、急加速の経験。

 

 その経験値が反映されていく感覚。

 

 この初めての感覚に、困惑する直前、広がった視界の隅に

 鬼の形相が映った。

 

 

「こっちだ金髪ゥ!!!」

 

 

「ひっ……み、緑谷クン!!」

 

「かっちゃん?!」

 

「デクがいようが意味わかんねえ個性使う女がいようがカンケーねぇ!! 俺は!! 俺の!! 道ぃ歩いて!! 一位になんだよ!!!」

 

「デクくん!! 足元!!」

 

「えッ?! みんなの足が…!!……轟くん?!」

 

 気づけば騎馬全員の足が凍りついていた。

 予め氷結を走らせていたのだろう。

 気づかなかったのは熱中していた故か、だがこれが絶体絶命の危機であることに違いはなかった。

 

「邪魔だ爆豪……!!」

 

「半分野郎……!!」

 

『オイオイオイオオイ!! 奪われたポイント全部取り返して爆豪が参戦!! 三つ巴の最強争いだぁ!!』

 

 さっきは遠かった轟たちももう目の前にいて爆豪も爆速で騎馬を置いて迫っている。

 

 これから起こる結末は想像に難くない。

 

 

 

 

『負ける。負けてしまうなあ。世界よ』

 

 

 世界の頭の中にDIOの声が響く。

 

 その声は思いのほか愉快そうで、それでいて嗜虐的な声だった。

 

 

『負ければ、私が世界の体を使って、お前の母親、親友、クラスメイトを殺し回ってしまうかもしれんぞ? お前の顔と声と体を使ってなぁ』

 

 

(そんなことは……絶対に許さない……!!)

 

 

『それだけじゃあない。このDIOはそのような小悪党ではないのだ。この超常社会を、支配してやるぞ……?』

 

 

(ふざけるなよ……ふざけないでよ……!!)

 

 

(なんでこんな奴のために私が死んでやらなきゃなんないの……!! ……あんたは……!! 楽しむためだけに、行動している!!)

 

 

 前世ならいざ知らず、今生において言えばDIOは愉悦に任せて行動している。

 

 それは全て彼方世界という少女を中心に起こっていた。

 

 

(そんなに楽しみたいのなら……!! 私の中で見ていればいい!!)

 

 

『!!』

 

 

(あんたがどんな人生を歩んできたのかは知らないし知りたくもない!! でも、あんたは一回死んでるんでしょ?!)

 

 

(あんたの考えてることが朧げだけど、ちょっとだけわかる。スタンドとか波紋とか……!! ここは、あんたの世界じゃないんだよ!!)

 

 

(私は、あんたを、大事な人たちのために、私の体に閉じ込める……!!)

 

 

(私は……大事な人たちのために……見てろ……ヒーローになってやる!! あんたを楽しませるためじゃない!! あんたから大事な人を守るために!!)

 

 

 

 

 

『クハッ!…いい、いいぞ!その意気だ!!昔私に歯向かった男も貴様のように私に啖呵をきっていた!!』

 

 愉快、そんな言葉では収まりきらない歓喜がDIOの身体を巡る。

 自死の覚悟では到底至れない、【英雄になるための覚悟】をする領域へセカイは至った。

 

 元々気にかけていた生徒が予想を軽々と越え超一流大学に入学していったような、そんな感覚であった。

 

 今生のDIOは生への執着が乏しい。

 

 最初こそ燃えてはいた。

 

 自室で見知らぬ人間が我が物顔でくつろいでいる様子にイラつく感覚。

 

 敵と定めていた同居人。

 

 だが今は、輝く英雄候補と、討たれるべき巨悪の関係となった。

 これからDIOは愉悦に身を任せ行動する。

 英雄となるべき人間を己の悪で染めあげ、2()()()この超常社会を支配する。

 

 そんな結末を夢想し、猛り、叫ぶ。

 

 

『フッ、フハッフハハハハハ!!! 

 

 世界よ!! 

 

 そうだ!!! 

 

 仮面を貼り付けた死にたいだけの道化ではなく!! 

 

 お前として! 彼方世界として!! 

 

 ヒーローになってみろ!!! このDIOを!! 楽しませろォオオオオオ!!』

 

 

 DIOは歓喜した。

 

 これほどの成長性を秘めた人間が他にいたかと。

 

 体を完全に奪う気はなくなった。

 

 彼女の導き手として、彼女を巨悪に育て上げる。

 

 このDIOが見なければならないのだ。

 

 彼女が豹変し、家族を、学友を、無辜の民を、社会を壊す様を。

 

 だから、これは先行投資とでも思ってもらえればいい。

 

 

『これは餞別だぁ!! 使いこなせ!!! 

 

 

  世界(ザ・ワールド)ォ!!!! 』

 

 

『4秒! 4秒だ!! 世界よ!! 4秒間!! この世界は動きを止める! 使いこなして! ヒーローになれ!!』

 

 

 

 この日、DIOと世界の物語が始まった

 

 

 

 



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世界というスタンド

お久しぶりです。
久し振りの投稿ということで、拙作を大幅に改稿致しました。
つきましては第一話から読むことを強くオススメ致します。
それでは、猫を吸いながら初投稿です♡


 

 

 

 

 周りの景色が動きを止める。

 鼓動も音も、色すらも失った世界で。

 少女は下賜された能力を自覚しながら自らの足に力を籠める。

 

 四秒。この数字はあまりにも小さい。

 四秒間でできることなどたかが知れている。

 だからこそ世界は思考することはせず、ただやるべきことをする。

 

「無駄ァ!!」

 

 世界に譲渡された影響かいくらかデザインを変えたスタンド【世界(ザ・ワールド)】が現れ、一瞬のうちに無数の拳を()()()叩きつける。

 地面に変わりはなく、ただ衝撃のみがストックされていく。

 四秒間たっぷりと地面を痛めつけたのち、スタンドを自分の中に戻して言った。

 

「DIO、私に大切な人を守れる力をくれてありがとう。でも、()()()()()()()()()

 

『ふん、行動で示してもらおうか?』

 

「見てればわかる」

 

 【世界(ザ・ワールド)】の能力が終わりをつげ世界が色づく。

 一瞬後、散々ストックした衝撃が地面へと放出された。

 

 

ドッッッガアアアアアアアンッッ

 

 

 スタンドの怪力は遺憾なく発揮され地表を這っていた氷を吹き飛ばし、土煙を伴いもはや爆風といっても差し支えないほどの代物になった暴風が吹き荒れ、空を飛んでいた爆豪はもちろん周りの騎馬の足を止めさせる。

 その渦中にいた世界を除く仲間たちは突然の暴風に困惑と驚きを隠せずにいた。

 

「な、なに?!」

 

「なんやこれ!?」

 

 そんな仲間たちに対して世界は間髪入れずに言い放つ。

 

「みんな!()()()!!」

 

 その一言に全員がこの後来るであろう現象を想像し体をこわばらせた。

 

 カチリ

 

 この音を聞いたのはいったい何人であったか、定かではないが轟、爆豪両名は確実に聞いた。

 

「不味い!!逃げられ」

 

 足にエンジンをつけたメガネの少年が叫ぶが。

 

「もう遅い!!」

 

 爆煙と称しても遜色ない土煙が一瞬で姿を変え、それを形容するのなら空気の抜けた風船が合うのだろう。

 

 それ即ち中にいる緑谷の騎馬が高速移動を行使したことを意味していた。

 それを直ぐに察知したA組連中は視線をめぐらせるが姿が見当たらない。

 

 どこだ、どこにいる。

 

 

 そして、見つけたらしき誰かが、「あ、」と声を上げた。

 空高く、絶対的な安全圏に、緑谷チームはいた。

 

 その光景に一瞬空気が固まり、そして

 

 

『終了ぉおおおお!!!』

 

 

 騎馬戦は緑谷チームの一人勝ちという形で幕を閉じた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「一位だ…」

 

『なにを呆けている。セカイよ。お前は勝ち取ってみせた。結果を。そしてヒーローになるための手段を』

 

「…ふぅ…うん。まだ体育祭は終わってないから気を抜かないようにしないと。あんたとの付き合い方も考えなきゃ」

 

『フフフ…私は既にお前との付き合い方は決めたぞ?これから愉快なことになりそうだ』

 

 

 イマイチ意味を掴めないセカイはそんなDIOの様子に首を傾げながら、水を嚥下する。

 個性の感覚を初めて知ったセカイではあるが、DIOの、いやセカイに宿ったスタンド、【世界(ザ・ワールド)】の力の大きさに戦慄する。

 

 時を止める、というのは最強と言っても差し支えない。

 四秒限定の能力であり、セカイが使う場合かなりのインターバルを置かなければならないため、切り札としての運用が丁度いいように思う。

 使ってから10分以上経った今でも使える感覚が戻らない。

 少なくとも乱用するほど軽々しく使えるものでは無いということだ。

 

 なぜかチア衣装になっているA組に今日初めての笑みを漏らしつつ、最終種目であるトーナメント形式の1on1バトルのくじ引きを行うため席を立った。

 

 

「それじゃ、組み合わせ決めのくじ引きを始めます。組が決まったらレクリエーションを挟んで開始よ!!」

 

 レクに関し、進出者16人は参加の是非を決められることも付け加えくじ引きが始まろうとした時、個性因子の尻尾が発達した男子が手を挙げた。

 

「俺、辞退します」

 

「なんで尾白くん!せっかくプロに見てもらえるのに!」

 

 苦しげな表情で騎馬戦の記憶がハッキリしないことを告げる尾白は続ける。

 

「チャンスを捨てるのは愚かだってのは分かってる。でも!皆が全力でやって争ってきた座に、訳わかんないままただいるだけなんて、俺には出来ない」

 

(そっか…心操クンの個性受けたんだ)

 

『心操?』

 

(たしか洗脳だった気がする)

 

『なるほど…それにしても怖気が立つ光景じゃあないか。なあセカイよ』

 

(あたしは好きだけど、こういうの)

 

『そのうち嫌いになるさ。クククッ』

 

 DIOが核心に迫る意味深なことを言いセカイを混乱させる中、心操チームの殆どは辞退し繰り上げで鉄哲、塩崎がトーナメントに参加することになった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 楽しく遊ぶレクリエーション。

 当然セカイは参加しなかった。

 理由は幾つかあるが、DIOの真意を聞くため。

 まともに答えるとも思っていなかったが、聞いておきたかったのだ。

 

(なんで切り札とも言えるスタンドをあたしに与えたのか、なんで所々で手助けするのか。このままじゃただの厄介ないい人だよ?あんた)

 

『その不愉快な勘違いはやめてもらいたいなァセカイよ』

 

(じゃあなんでよ)

 

『お前は物語の結末を他人から聞いて満足するのか?』

 

(ネタバレされて気持ちいいかってこと?そんなわけないじゃん)

 

『そういうことだ』

 

(自分で考えろってことかい)

 

 スタンドを与えられたことで心理的な余裕が出来たセカイはDIOに対して話すのに抵抗が消えつつあった。

 時止めは強い。

 そしてスタンドのパワー速度、負ける要素が余り見つからない。

 

 時止めのインターバルは感覚ではあるが20分ほどでありトーナメントの全試合で時止めを行うことは不可能に近いことをセカイは分かっている。

 だからこその切り札。

 

 こんなモノを与え、ゲームをヌルゲーにしていいのか、言外にセカイはそう言った訳だが、DIOは愉快そうな雰囲気を変える様子がない。

 これはまだ何かがある。

 そう言わせる素材としては十分だった。

 

 ベンチで水を飲み、白熱するレクリエーションを見る。

 

 少し平和な時間がセカイの疲労を回復させていた。

 

「世界さん」

 

 そんなセカイに客人が現れる。

 角張った容姿をした客人は包帯を巻いた片手を上げセカイに挨拶した。

 

「セメントス先生!」

 

「レクリエーションには参加しなかったんですね」

 

「少し休憩したかったので」

 

「そうですか。精神統一も必要ですからね…それにしても凄い。まさか世界さんが最終種目まで進むとは」

 

 柔らかい雰囲気を崩さないセメントスに対し、セカイは同じように軽く反応を返した。

 

「あはは、運が良いんですよ!」

 

「……はあ…世界さん。個性使いこなしてましたね」

 

「え?あ、はい!(瞬間移動のことかな?)」

 

「じゃあなんで個性届に無個性なんて書いたんですか?」

 

 

 ピシリ、と身体が硬直する。

 

(おうまい…がぁ)

 

『…ッ…ッ』

 

(わっらっうっな!!!あんたのせいじゃん!!個性届書いて出したのあんたでしょ!!!)

 

 

 セカイがなにも答えられない中、セメントスがセカイの反応に対しDIOが表出していないことを察すると続けてこう言った。

 

 

「世界さん。観察して察した事ですが、個性の特性に関して気づいてるでしょ?」

 

「へっあっ」

 

「でも君は君のままで個性を使い、一位を取って見せた」

 

 

「私が見ている。だから君は安心して個性を使用して、雄英で学んでください」

 

「せん…せ」

 

「もし君が個性に振り回されても私が止めます。DIOの好きにはさせない」

 

 

 そう言って、セメントスは席を立つ。

 そのまま立ち去ろうとしたセメントスにセカイも立ち上がりこう言った。

 

「セメントス先生!ありがとうございます!!頑張ります!!」

 

「ええ、頑張って」

 

 

 

 セメントスが立ち去った後、DIOが言う。

 

『流石雄英と言うべきか…面白い。私の覇道に立ち塞がるのならその尽くを滅ぼそう』

 

(絶対に…そんなことさせない)

 

 

 

 そういったセカイの目は鋭く、覚悟の籠ったものであった。

 だがそれを見てもなお、DIOは思う。

 

(違う。私の覇道の障害物を討ち滅ぼすのは)

 

 

(お前だ。セカイ)

 

 




読んでいただきありがとうございます。
評価感想お待ちしております。
繰り返しますが第一話から読むことを強くオススメします。


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邪悪なカリスマに晒された子ども

DIOサマがアプローチを本格化していきます。
短めです。


 

 本戦一回戦。

 組み合わせは緑谷と心操。

 セカイと同じく普通科から参戦となった心操だがセカイの認識ではその個性は対人に限って言えば強個性と言って差し支えないものだった。

 セカイはD組だが心操はC組。

 クラスは違えど強い個性の噂ぐらいは入ってくる。

 

 心操の会話に応じれば、洗脳にかかる。

 

 少しだけ話題にあがり、すぐに鎮火した噂を思い出す。

 

(緑谷クンは勝てるかな…?)

 

 身体が壊れるほどの増強型と洗脳を可能にする個性。

 

『心操とやら、この一回戦を勝ち抜いたところで決勝まではいけないだろうな』

 

(…初見殺し特化の宿命、みたいなもんだよね)

 

『…愚かだ。あの個性は私の傍で活かすべきものであると言うのに、メディア露出のあるヒーロー稼業を選ぶとは』

 

(………)

 

 テンションを冷めさせながらDIOのセリフには返答をせず、シンパシーを込めた視線を、舞台の上の心操に向けた。

 

『決勝トーナメント一回戦第一試合!ヒーロー科緑谷出久バァアーサス!普通科心操人使!!』

 

「……なあ、緑谷出久。わかるか?これは心を、覚悟を問われる戦いだ」

 

「……?」

 

「ヒーローになるために、取れる手段はなりふり構わずに取らなきゃダメだと思わないか?」

 

『レディィイイイイイ!!!』

 

「さっきのサル。なんか綺麗事ペラペラ言ってたけど、チャンスを投げて捨てるなんて、バカバカしいだろ?」

 

『スタァアアアアアアト!!!!』

 

「なんてことを…!!言うんだ!!っ」

 

 

「あ、終わった」

 

『心操の勝ちか…』

 

 うつろな表情で、場外へと歩みを進める緑谷。

 尾白から聞いていなかったのか、と若干顔を顰めるセカイ。

 

 一緒に戦った仲間に勝って欲しいという感情と、同じ普通科の人間としての共感。

 

 そして、予感があった。

 

 誰かのターニングポイントになる試合であると。

 

 

 

 ボッフゥウウンッ

 

 

 

 舞台で砂塵が巻き起こった。

 

 見れば洗脳が解けている。

 

 

「…うそ…」

 

『指が腫れている。自傷で気を持ったか』

 

「洗脳の影響下で個性を使ったなんて…」

 

 

 どうにか口を開かせようと喚く心操と場外に出そうと躍起になる緑谷。

 

 この戦いにかける想いの大きさ。それがこの勝負の勝敗を分ける。

 そんな直感をセカイは素直に信じる。

 

 泥臭い戦いは数巡の攻防を経て緑谷の勝利で一回戦第一試合は終わった。

 

 

「…」

 

『ああ…惜しい。本当に惜しい』

 

(うるさいな)

 

『彼の才能はヒーローが飽和するこの社会に放り、遊ばせておくソレではない。簡単な指示しか出せないようだが、それも克服できるはず…』

 

 

 ブツブツとDIOが自分の世界に入っていく。

 そんな様子にこんな一面もあるのだと意外に思う。

 こんなやつのことなぞどうでもいいと膝の上にある戦利品に目を向ける。

 

 つい先程出店から買ってきたたこ焼き。美人であるからと無料にされたコレを見ながら自身の対戦相手について考える。

 

 なんでも作れるらしい。

 

 こんなたこ焼きがいつでも食べられるのだろうか?

 

 と考えながらパクパクと食べていく。

 

 セカイが舌鼓をうっているなか、隣のC組が心操を励ましていた。

 

 

「かっこよかったぞ!心操!」「がんばったな!!」「騎馬戦一位といい勝負してんなよ!!!」

 

「聞こえるか?!プロの人たちの声!!」

 

 

 プロヒーローの声はどれも心操の個性の有用性を証明するようなものばかりで。

 

 心操は泣きそうな声で緑谷に何か言っているようだった。

 

 

 聞く気も起きず、ただ腹を満たしたセカイは席を立つ。

 

 金色になった瞳が、ただただ疼いた。

 

 

 半ば反則で勝ち取ったこの決勝トーナメントの座。

 

 チャンスどうこうとか言うつもりは無い。

 

 セカイは脅され無理やり決勝トーナメントに参加しているのだ。

 

 ヒーローになる覚悟はした。

 巨悪を封じ込めておくための覚悟もした。

 

 

 罪悪感は無い。

 

 

 

 ただ目の前の光景が気持ち悪

 

 

 

「はっ?!」

 

『ちっ…』

 

「何考えてんのあたし…人間ドラマじゃん…!あたしの大好物なのに…!」

 

 

 これも巨悪が心に棲みつく影響か。

 

 変わりつつある心をどうにか屁理屈のヴェールで包み誤魔化した。

 

 セカイはDIOに対する考えを改めつつ、これからの事を考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨悪の影響は大きい。

 セカイにDIOが宿ったのは体育祭の一週間以上前だ。

 たかが一週間、されど一週間。

 

 DIOの溢れるカリスマは英雄の卵を無意識に恐るべき速度で蝕みつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝トーナメントは恙無く進行していく。

 数々のドラマ、軌跡を経てヒーロー科の人間はどんどん成長していく。

 

 

 そんな舞台に。

 

 

「アタシが立つ」

 

『ある意味での注目株ゥウウ!!!』

 

 

『普通科!!彼方 世界!!!』

 

『バァアーサス!!』

 

『どんなものも作り出す才女ォオ!!』

 

 

『ヒーロー科!!八百万 百!!!!』

 

 

 憮然とした表情で舞台に立つ八百万。

 

 緊張からか『にヘラ』と表情が歪むセカイ。

 

「余裕、ですのね」

 

「余裕なんて、とてもとても」

 

 大仰に手をフラフラさせ、表情はそのままにスラスラとセリフが出る。

 

 イメージはDIO。

 

 盤外戦術ではないが、プレッシャーを与えることは重要だ。

 

 

「そういうキミは…八百万サン、だったよね?表情が、崩れているじゃァないか。余裕を持ちなよ。ねぇ?」

 

(う、上手くできてるでしょ)

 

『お前は私の何を見ているんだ?』

 

 

 顔を顰める八百万を前に、セカイは緊張を走らせる。

 八百万はセカイの個性について何も知らない。

 この時点でプレッシャーは十分。

 だけど最後のひと押し。

 相手の選択肢を固定させないための、最後のピースを落とす。

 

 

「ねぇ…アタシの個性。なんだと思う?」

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
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