ゼロの人造人間使い魔 (筆名 弘)
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 序章 

筆名と申します。

今回、初投稿させていただきます。
ドラゴンボールとゼロの使い魔のクロスオーバーSSとなります。
拙い文章となりますが、よろしくお願いいたします。


 

「さらばだ!!」

 

 

 これで決着が着くはずだった。

 自爆から復活し、完全体を超えた完全体となったこの私、人造人間セルの放ったフルパワーかめはめ波が哀れな抵抗を続ける孫悟飯を太陽系ごと消滅させ、すべてを闇に還すはずだった。

 その瞬間。

 

 

 ドン!!

 

 

 気功波が私の頭部を直撃した。大した威力ではない。だが一体誰が? 気功波が放たれた方を確認すると息も絶え絶えなべジータだった。すでに超サイヤ人ですらない。無駄なあがきを。

 だが、私はわずかに意識を逸らしてしまった。それが命運を分けた。

 

 

 「うわあああぁー!!!」

 

 

 それまで私のかめはめ波に完全に押されていた孫悟飯が、雄たけびとともに爆発的に気を高め、私のそれを遥かに超えるかめはめ波を放ったのだ。

 

 

「ぎええええええ!!!」

 

 

 私の全力を込めたかめはめ波をも飲み込んだ途方もない気の奔流が私の肉体に直撃した。

 

 

「ばか……な……」

 

 

 真の力を開放した孫悟飯と互角以上の力を得たはずの『超完全体』があっけなく崩壊していく。

 

 

「こ……の……わた……しが……」

 

 

 ピッコロの細胞を持つ私は、核さえ残っていれば無限に再生できる。だが、核どころか細胞の一欠けらも残さず消滅してしまってはどうしようもない。

 このまま私は負けるのか。あんな少年に敗れるのか。私は『超完全体』となり、すべてを超越したはずではなかったのか。

 

 

 私は……わた……し……は……

 

 

 

 

 

 天才科学者ドクター・ゲロのコンピューターによって創造された究極の人造人間セル。彼は孫悟飯をはじめとするZ戦士たちとの戦いに敗れ、完全に消え去ろうとしていた。

 だが、彼の核が消滅するその瞬間、銀色に輝く鏡のようなゲートが現れたことに気付く者は、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「宇宙のどこかにいる私の下僕よ! すべての世界で最も神聖で美しく強力な使い魔よ! 私は心より求め訴えるわ! 我が導きに応えよっ!!」

 

 

 地球とは異なる次元に存在するハルケギニア大陸。その大陸を構成する一国であるトリステイン王国に設立された魔法学院。メイジたる貴族の子弟を教育するこの学院において、二年生に進級するための召喚の儀が執り行われていた。

 そして、この日の儀式において最後に最も多くの回数『サモン・サーヴァント』の魔法を繰り返した少女。桃色の髪と鳶色の瞳を持ち、王家に連なる名門貴族ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、その日最大の集中力と大声をもって杖を振り下ろした。

 

 

 ドォン!!

 

 

 それまでの『サモン・サーヴァント』で起こった爆発に数倍する爆発が巻き起こり、たまらずルイズは地に伏せて爆風をやり過ごす。

 この時、ルイズや周りの学友たちそして担当教師のコルベールも気付いていなかった。

 『サモン・サーヴァント』の爆心地に何かが存在していることを。

 

 

 

 




序章をお届けしました。

よろしければ、ご感想、ご批評をお願いします。


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第一章 召喚
 第一話


第一話を投稿します。

ルイズとセルの初コンタクトとなります。
またしても拙い文章となりますが、少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。


 

「……な、なにこれ?」

 

 

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは困惑していた。

 進級に必須である召喚の儀を数十回も失敗し、周囲の学友達からは嘲笑を受け、担当教師であるコルベールからもやんわりと終了を促され、これが最後と必死の想いを込めたはずの『サモン・サーヴァント』も、やはり爆発を起こしてしまう。それも今まで以上の大爆発だ。

 

 

 (やっぱり……私はゼロなの)

 

 

 爆風に飛ばされないように身を伏せながら、ルイズは自己嫌悪に陥っていた。学友達も「やっぱり、ルイズはゼロだな! なにをやっても失敗じゃないか!」「やるだけ無駄なんだよ!」「もう! 制服が埃まみれじゃないのよ! ゼロのせいで!」などとルイズを小馬鹿にする。最後の機会をルイズに与えたコルベールもあきらめ顔だ。

 しかし、体を起こしたルイズが煙の治まった爆心地に近づくとその中心に何かが横たわっていた。

 

 

 

 

 

 それは、人型をしていた。

 それは、三本指の手足を持っていた。

 それは、頭部に二本の角のようなものを持っていた。

 それは、先端が針のように尖った尾を持っていた。

 それは、全身緑色の体色に黒い斑点模様を持っていた。

 それは、昆虫のような羽根と外骨格を持っていた。

 

 

 ――それは、ルイズをはじめその場の誰も見たことがない亜人だった。

 

 

 

 「……なんだ、あれ?」

 「あ、亜人なのか?」

 「ゼロのルイズが成功したのか?」

 「でも……動かないし」

 「まさか、ゼロのやつ……死体でも召喚したのか?」

 

 

 「あら、ヴァリエール、ようやく成功したのかしら? でも見たことない亜人ね。知ってる? タバサ」

 

 

 ルイズの『サモン・サーヴァント』の爆発を避けるために若干小高い丘から見物していた学友達の中でも一際目立つ燃えるような赤髪と豊満な胸を持つ美女が隣に座りながらずっと読書に没頭していた友人に問いかける。

 

 

 「……知らない」

 

 

 赤髪の美女に勝るとも劣らない美貌を持つ青髪の少女は、はじめて見る亜人に興味を引かれたのか、本から顔を上げながら奔放な友人に応じた。

 

 

 

 

 

 彼の意識は少しずつ覚醒していた。だが、彼は消滅したはずだった。

 彼が創造される理由となった一人の男、孫悟空。そしてその息子である孫悟飯。彼らとの死闘の末、細胞の一欠けらも残さずに消滅したのだ。

 彼は一度、死からの蘇生を経験していた。孫悟飯に圧倒され、追い詰められた果ての自爆。その結果、粉々になった彼の肉体だが、自身の再生を司る核が残ったことが彼を死の淵から救った。だが、二度目はないはずだった。最後の決戦に敗れた瞬間、彼は理解した。自分が核も残さず完全に消滅することを。

 

 

 (私は敗れた……孫悟飯との戦いで……完全に消滅した……はずだ)

 

 

 (だが……なぜ……私の意識が存在している?)

 

 

 (私は……人造人間である私にも……死後の世界が存在するとでもいうのか……)

 

 

 (……私は……生きているのか!?)

 

 

 ガバッ!

 

 

 「きゃあ!!」

 

 

 覚醒したセルは勢いよく上半身を起こした。その際、恐る恐るセルに近づいていたルイズは驚き、思わず尻餅をついた。

 

 

 (ここは……どこだ? 孫悟飯やべジータは?)

 

 

 体を起こしたセルは周囲を見渡した。抜けるような青い空、緑の絨毯のような平原、少し離れた丘には数十人の人間、そして目の前には尻餅をついた桃色の髪の少女。最後の決戦場の景観とは、全くちがう。強大な気を持つ者同士の衝突によって荒れ狂う空、それまでの戦いの余波で半ば荒野となった大地、自らの無力さを嘆く戦士たち、そして私の前に立つ金髪の手負いの少年。

 

 

 「生きてたの? じゃあ、召喚は成功したのね! やったわ! 成功よ!」

 

 

 ルイズは召喚したのが亜人の死骸かも知れないと思い、内心冷や冷やしながら様子を窺っていたが、亜人が目を開け起き上がる様を見て自身の召喚の成功を確信した。起き上がった亜人は2メイルを優に超える長身で見ようによっては強そうに見えなくもない。ちょっと体の色が大嫌いな蛙に似ているが贅沢は言っていられない。使い魔の召喚に成功した以上、留年という最悪の結果は回避できた。なにより、『ゼロ』の彼女にとっては、はじめて魔法が成功したのだ。嬉しくない筈がない。

 喜びに跳ね回るルイズをよそにセルは状況を慎重に分析していた。

 

 (私は再生したのか……だが、この肉体は、17号を吸収する前の初期成体ではないか。それにここは……私が「セルゲーム」の会場として設定した29KSの5地点ではない。そして……なによりも、彼らの気配が全く感じられない。孫悟飯やべジータ、ピッコロといった強力な気を持つ者達の気配が……消滅するはずだった私がなぜ、再生し、この場にいるのか、情報が足りないか……だが……まさか)

 

 

 「ミス・ヴァリエール、喜ぶのもわかりますが、召喚しただけではこの儀式を完了したことにはなりません。引き続き『コントラクト・サーヴァント』による契約を成功させばければ」

 

 

 ルイズたちの担当教師であるコルベールがそう言って、ルイズとセルに近付く。見た目は四十過ぎの禿げ上がった冴えない彼だが『炎蛇』の二つ名を持つトライアングルメイジである。コルベールは最初、セルが危険な亜人かと思い杖を構え臨戦態勢をとっていたが、起き上がった彼がおとなしくしているの見て警戒度を下げていた。

 

 

 「あ、すみません、ミスタ・コルベール。すぐに『コントラクト・サーヴァント』を行います」

 

 

 (え、でも、『コントラクト・サーヴァント』てことは……こ、こ、この亜人とキ、キ、キスしなきゃいけないの!?)

 

 

 ルイズは頬を染めながら逡巡していたが、必死に心の中でこれは儀式、あくまで儀式、なんたって儀式なんだから、と自分を納得させようとした。そして、ついに意を決して亜人に向かって跪くように命令しようとした時。

 

 

 「ここはどこかな? お嬢さん」

 

 

 亜人、セルはその外見からは想像もできないようなとても渋い良い声でルイズに話しかけた。

 

 

 「え、は、話せるの、あんた? すごいじゃない! 人語を解する亜人なんて!」

 

 

 「? 私を知らないのか。私の名はセル、人造人間だ」

 

 

 「セル、それがあんたの名前ね。ジンゾウニンゲンって亜人の種族名のこと?」

 

 

 セルは顔を傾げるルイズを見て、自身の推論に対する確信を深めた。セルはかつて地球において完全体となるために現在の初期成体の姿で数十万人もの人間をわずか数日の間に生体エキスとして吸収したのだ。当然、世界中が混乱と恐怖に陥った。その際に少なくない回数、自身の姿をテレビカメラに撮られていた。また、完全体となった後はセルゲーム開催を宣言するためテレビ局を襲い、衆人環視の中、開催宣言と地球側が敗北した時の全人類の抹殺を宣告したのだ。ある意味でセルは地球上で最も知名度の高い存在だった。そのセルを全く知らないという。そしてこの少女のさきほどの「召喚は成功した」という言葉。

 異世界への召喚、それが現状を説明しうる唯一の結論だった。だが、それを目の前の小柄な少女が成したというのか。少女からはほとんど気を感じられないというのに。

 

 

 「ここはトリステイン王国にあるトリステイン魔法学院、その管理下にある平原です」

 

 

 ルイズに代わってコルベールが答えた。彼もセルが流暢に人語を話す事に驚いたが、意思疎通が容易に行えるなら、良好な関係を築けるだろうと考えていた。

 セルは人造人間として生み出される際にコンピューターによって膨大な量の情報を知識として与えられていた。にもかかわらず、彼にはコルベールの言う地名が全くわからなかった。

 

 

 「君が私をこの地に召喚したというのは、間違いないのか?」

 

 

 「そ、そうよ! 私が『サモン・サーヴァント』であんたを使い魔として召喚したのよ!」

 

 

 「使い魔とはなんだ?」

 

 

 「使い魔は、メイジに生涯仕える存在のことよ。ほとんどのメイジが1匹ずつ使い魔を持つの」

 

 

 「この私を下僕にするだと? 待て、私を知らないのに、使い魔として召喚したということは、メイジとやらは使い魔を選ぶことはできないということか」

 

 

 「そうよ。メイジが召喚する使い魔は、そのメイジの魔法属性に応じて、召喚されるの……あんたの場合、どの属性なのかしら?」

 

 

 「さてな……」

 

 

 (今の話を信じるならば、この少女は全宇宙最強というべき、この私を、人造人間セルを召喚するだけの属性とやらを持っているというのか。まだ確証は持てん。だが、この地の情報を得るためにも、この少女の力量を見極めるためにも、ここは素直に従うのが得策か……私としたことが、随分と甘くなったものだ。まあいい、いざとなればこの地をまとめて消し去るまでだ)

 

 

 「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」

 

 

 「そ、そうね。私の名前は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。そ、それで私の使い魔になる……わよね?」

 

 

 「……いいだろう。きみの使い魔となろう」

 

 

 ルイズは、内心ほっとしていた。人語を解する珍しい亜人だが、思っていた以上に知能が高そうだった。ここで使い魔になりたくないといわれたらどうしようと心配していたが、杞憂だったようだ。後は『コントラクト・サーヴァント』を成功させるだけだ。

 

 

 「じゃあ、セル、そこに跪いて。契約の儀式を行うわ」

 

 

 「わかった」

 

 

 ルイズは、跪いたセルに近付き、なんだか芋虫のようなセルの口に接吻した。

 

 

 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ……」

 

 

 ルイズの詠唱が終わると同時にセルは、左手に熱を感じた。その熱が収まると左手の甲に奇妙な紋様が刻まれていた。

 

 

 「おめでとうございます、ミス・ヴァリエール。これにて召喚の儀式は滞り……まあ、多少滞りましたが、無事終了です。この『炎蛇』のコルベールが確かに見届けましたぞ」

 

 

 「あ、ありがとうございます! ミスタ・コルベール!」

 

 

 コルベールの言葉にここ最近で一番の笑顔で答えるルイズだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ここに、ハルケギニアの歴史上、他に類を見ない使い魔が誕生した。

 後世の歴史家たちは皆そろって、ハルケギニアの運命は、この日を境にして大きく変貌したと記している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




このSSのセルは外見は化け物と呼ばれた第一形態ですが、性格や口調は完全体の冷静かつ若干スカした感じをイメージしています。

また基本的にセル以外は現状、出すつもりはありません。
できましたら、ご感想、ご批評をお願いします。


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 第二話

第二話を投稿します。

セルなどのドラゴンボールのキャラクターはどのくらいの速度で飛ぶのでしょうか。
ネットで調べると光速超えかそうでないかで意見が分かれるようです。
このSSでは、基本光速超えはありません。そもそも必要ないですしね。


 

 

 「ふむ……なかなか、珍しいルーンだな。研究のためにスケッチさせてもらうよ。なに、すぐに済むから」

 

 

 コルベールは、セルの左手のルーンのスケッチを手早く済ませると、後方の丘で見物していた生徒達に呼びかけた。

 

 

 「では、これにて、春の召喚の儀は全員終了となります。各自、学院に戻るように」

 

 

 解散の許しが出たことで、生徒達は自らの使い魔を伴って、『フライ』や『レビテーション』を唱え、学院への帰路に着いた。もちろん、ルイズへの嘲笑も忘れない。

 

 

 「ルイズ! おまえは歩いてこいよ! いつもどおりな!」

 「あいつ、『フライ』も『レビテーション』も使えないんだよな!」

 「気持ち悪い亜人と二人っきりでね!」

 

 

 これ見よがしな嘲笑と共に飛び去っていく学友達を下唇をかみ締め、拳を握り締めながら、睨みつけ、それでも微動だにしないルイズ。

 そんなルイズを横目にセルは、生徒達の『フライ』や『レビテーション』の魔法を検証していた。

 

 

 (ほう、舞空術とは、根本的に異なる原理で飛行しているのか。気がほとんど変化していないにもかかわらず、それなりの速度と自身だけでなく、使い魔も浮遊させるか。だが、全員が杖を振るい、何事かを呟いていた……なるほど、発動体としての杖と発動のキーワードとなる呪文の詠唱が必要不可欠というわけか。フフフ、地球のファンタジーに出てくる魔法使いそのままだな)

 

 

 セルはわずかな情報から、この地の魔法の発動条件を看破していた。彼は最強の人造人間であると同時に、知性や知識においても他の追随を許さない存在なのだ。

 検証を終えたセルが、さきほどから身動き一つしない主たる少女に声をかける。

 

 

 「ルイズ、きみも彼らのように飛んでいかないのか?」

 

 

 「う、うるさいわね!! 私がどうしようと私の勝手でしょ!! あんたなんかに指図されるいわれなんかないんだから!!」

 

 

 ルイズは弾かれた様にセルに対して、まくし立てた。目にわずかな涙を浮かべながら。そんなルイズにセルは、気を悪くした風もなく、さらりとこんなことを言い出した。

 

 

 「ふむ、確かにそのとおりだな。私の主たる君が自分で飛ぶ必要などない。この私が、セルがいるのだから」

 

 

 「な、なに言っているのよ? あんたがいるからってどうだって……きゃああ!!」

 

 

 セルが自身の手のひらをルイズに向けると、ルイズの体が浮き上がり、一気に数十メートル上空に飛び上がった。セル自身もそれを追うように同じ高さまで、浮き上がった。もちろん、ルイズは大混乱である。『ゼロ』の二つ名で呼ばれる彼女には、『フライ』や『レビテーション』はほとんど経験がないのだから。

 

 

 「ちょ、ちょっと、セル! あんた、な、なにしたのよ! ま、まさか、あんた、メイジなの!?」

 

 

 「フフフ、私はメイジではない。人造人間だ。それに私は杖も持たず、呪文も詠唱していないではないか」

 

 

 「え、ほ、ほんとだ。じゃあ、あんた一体? も、もしかして、『先住魔法』の使い手、エルフなの!?」

 

 

 「それも、ちがう。私が行使している力は君たちの言う『魔法』とは、全く別種の力なのだ。『気』と呼ばれる生命が持つ根源の力をコントロールしているのだ。さて、主よ。我々はどこに向かえばいい?」

 

 

 「そ、そうね……じゃあ、あ、主として命ずるわ、セル。先に飛んでいった連中を追いなさい。ううん、追い抜いてやりなさい!」

 

 

 「承知した。我が主よ」

 

 

 セルとルイズは、学院に向かって飛翔した。その速度は『フライ』の常識を遥かに超えたスピードだった。もちろん、セルがその気になれば、超音速はおろか、マッハ数十オーバーも容易だが、一緒に飛ぶルイズがひとたまりもない。それでも、時速二百キロを超える速度は、先行した生徒達をあっという間に追い抜いていった。

 

 

 「な、なんだ? あれは、まさかルイズなのか?」

 「う、うそだろ。『ゼロ』のルイズがあんなスピードで飛ぶなんて」

 「ありえないだろ! 第一、スクウェアクラスの風メイジだって、あんな速度出るわけ……」

 「そもそも、なんで『ゼロ』のルイズが『フライ』を使えるのよ!」 

 

 

 ルイズは興奮していた。大空を高速で飛ぶ爽快感、いつも自分を馬鹿にしていた学友達が、自分たちにあっさり追い抜かれて混乱している様。ルイズにはすべて初めての体験だった。

 

 

 (私、もしかしてものすごい当たりの使い魔を召喚したんじゃないかしら! 見た目は、お世辞にもいいとはいえないけど、不思議な力は使えるし、頭もいいみだいだし、ご主人様にも従順だし)

 

 

 ルイズは上機嫌だった。今まで、『ゼロ』の呼び名とともに屈辱に満ちた学院生活だったが、これからはちがう。

 

 

 (私とセルのドキドキはらはら大冒険アドべンチャーのはじまりよ)

 

 

 若干、ハイになりすぎているようだ。そうこうしている内にトリステイン魔法学院が見えてきた。

 

 

 「あ、セル、あそこよ。学院の入り口に下ろしてちょうだい」

 

 

 「承知した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――日も暮れた頃、学院内のルイズの部屋。

 

 部屋内は一学生の寄宿部屋としては、破格の広さと豪奢な造りを備えていた。おかげで、二メイルを超える長身のセルも労せず、部屋に入ることができた。今、セルは主たるルイズから、使い魔という存在について講釈を受けていた。

 

 

 「なるほど、召喚魔法はあっても、送還魔法は存在しない。基本一方通行ということか」

 

 

 「そういうことよ。ところで、セル。あんたってどこから来たの? 午後の授業の時、亜人に詳しい生物科の先生に聞いたけど、あんたみたいな亜人は見たことも聞いたこともないって言われたわ」

 

 

 「そうだな……私はこの地から、遥かに離れた地球とよばれる場所からやってきた。聞いたことはあるかな?」

 

 

 「チキュー? 聞いたことないわね。遥かに離れた場所って、東方の『ロバ・アル・カリイエ』の地名かしら? 東方は謎だらけの土地だし、あんたみたいな亜人がいても不思議じゃないわ」

 

 

 「ほう、そんな土地があるのか。さて、ルイズ。使い魔として私は、これから具体的になにをすればいいのかな?」

 

 

 「そうね。使い魔の役割は大きく三つあるわ。一つは主人との感覚の共有よ。わかりやすく言うと、あんたが見聞きしたものが私にも感じることができるの」

 

 

 「……すでに共有しているのか?」

 

 

 「だめね。召喚の儀式の専用教本通りに試したけど、全然繋がらないわ」

 

 

 セルは密かに安堵した。今しばらくはおとなしく使い魔を続ける気でいたが、いざ、行動を起こす際に自分の動きが筒抜けなのは困るからだ。そんなセルの内心には、全く気付かず、ルイズは続ける。

 

 

 「もう一つは、主のために危険な場所から秘薬の材料なんかを採集してくること」

 

 

 「ふむ、この周辺の植生や鉱物に関する知識はないが、詳細を教えてくれれば、いかなる場所からも必要なものを採ってこよう」

 

 

 「ふふん、すごい自信じゃない。期待してるわ。最後の一つは、使い魔は命を賭けて、主であるメイジを守るのよ。セル、あんた『キ』とかいう力が使えるらしいけど、ぶっちゃけ強いの?」

 

 

 「私が強いかだと? ふふふ、そうだな。私は強かった、かつての地球でも私は、最強の存在となった……はずだった。だが、私は……わたしは……」

 

 

 「……セル?」

 

 

 物思いに沈んだかのようなセルにルイズは声をかけた。その時の彼女には、セルがやけに小さい存在に思えた。不気味な外見と、それに反する高い知性を持ち、『キ』という不思議な力を使う亜人。なのに、まるで迷子の子供のように感じられたのだ。

 だが、セルはすぐに思い直したように、ルイズに告げた。

 

 

 「君を守る程度の力はあると思ってもらって間違いない」

 

 

 「そ、そう……」

 

 

 「ところで、ルイズ。君も学生の身分なら、明日の授業に備えてそろそろ就寝したほうがよいのではないか?」

 

 

 「そうね。思ったより話し込んじゃったわね。じゃあ、着替えさせて」

 

 

 「……まさか、それも使い魔の役目だというのか?」

 

 

 「そうよ。着替えは後ろのクローゼットに入っているから、それと脱いだ服は明日の朝、洗濯しておいて」

 

 

 「……わかった」

 

 

 若干の頭痛を感じたセルだったが、念動力を使い、ルイズを手早く着替えさせると、脱がした服を部屋内の籠に放り込んだ。ルイズはその鮮やかな着替えに驚きながら、ベッドに潜り込んだ。

 

 

 「やっぱり、便利よね。その『キ』ってやつ、私にも使えないかしら?」

 

 

 「難しいだろうな。『気』はすべての生命が持つ根源の力だが、その制御は非常に困難だ。それに君は魔法を操るメイジだろう?」

 

 

 「わ、わかってるわよ! ちょっと聞いてみただけよ! セル、明日は七時に起こしてちょうだい。あ、それとあんたの寝るところだけど……」

 

 

 ルイズは、床で寝なさいと言ったら、さすがに怒るかしらと思ったが、セルは何気なくこう言った。

 

 

 「いや、私には睡眠は必要ない。そういう身体でね。それよりも、夜間は外出してもかまわないかな?」

 

 

 「睡眠が必要ないって……まあ、いいわ。外出はいいけど、学院内で変な騒ぎは起こさないでよ? 私の責任になるんだからね」

 

 

 「承知した、我が主よ。では、よい夢を……」

 

 

 (こいつ、たまに顔に似合わないセリフを言うのよね)

 

 

 ルイズは、昼間の召喚の儀式でかなりの魔力を消費しており、疲労も溜まっていたため、すぐに眠りへと落ちていった。

 それを見届けたセルは部屋の窓から、空中へと飛び出した。そのまま、上空へ凄まじいスピードで上昇する。この世界の状況を確認するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第二話をお送りしました。

セルが若干おとなしすぎるかもしれませんが、いかがでしょうか?
ゼロの使い魔についても、設定の誤解があるかもしれませんので、お気づきの方はご指摘をお願いします。
ご感想、ご批評もお願いします。


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 第三話

第三話を投稿します。

今回はセルがハルケギニアという異世界の状態を把握しようという話になります。
原作の設定とは、かなり異なるかと思います。


 

 

 「やはり、突破することは不可能か……」

 

 

 セルは、空中で静止していた。彼の眼下には、彼をこの世界へと召喚したメイジの少女、ルイズが眠るトリステイン魔法学院が見える。建物自体は豆粒程度の大きさだ。セルは現在、高度数千メートルほどの上空にいた。

 それは、ありえないことだった。彼はルイズの部屋を飛び出した後、上空に向かって飛翔した。第二宇宙速度を優に超える超速度で数分間、上昇していた。地球型の環境を持つ惑星なら、すでに熱圏を突破し、外気圏に到達していなければならない。だが、ある一定の高度に達した後は、いくら上昇しても高度が変化することはなかったのだ。

 

 

 「空間自体が閉じた箱庭の世界か……やつらの気配を全く感じないのも、地球が存在する宇宙とは次元ごと隔離されているためか。恐らくは、あの二つの月も……」

 

 

 スッ

 

 

 「か……め……は……め……波ァー!!」

 

 

 ズオォォォォー!!

 

 

 セルが放ったかめはめ波は、圧倒的な破壊力をもって、ハルケギニアの上空に悠然と存在する赤と青の月に迫った。しかし、直撃すれば惑星をも破壊するエネルギーの奔流は、いつまでも経っても二つの月に到達することはなかった。

 

 

 「この世界を何者が造りだしたのか。フフフ、なかなかに興味深いな。もし、私の肉体が『完全体を超えた完全体』であったなら、力押しでも次元を突破できたかもしれないが、今の肉体では不可能だな。やはり、この世界の情報をさらに収集する必要があるか……」

 

 

 セルは眼下に見えるトリステイン魔法学院に目を向けた。貴族を教育する機関であるならば、この世界に関する情報もある程度は得ることができるだろう。だが、それだけでは不十分だ。幸い、この世界にはトリステイン以外にも、複数の国が存在し、さらには東方『ロバ・アル・カリイエ』という謎の土地もあるという。情報収集の場所には事欠かないだろう。だが、セルは一人しかいない。しかも、今はしがない使い魔の身だ。自由な時間も限られている。

 

 

 「ならば、増えればいい。簡単なことだ。はああぁぁぁ……ぐううぅぅぅ……ぬぎぃぃぃぃ……」

 

 

 セルは全身にあらん限りの力を込め、前傾姿勢を取る。すると背中の一部が複数盛り上がり、不気味に脈動する。

 

 

 「……ぶるあぁぁぁぁ!!」

 

 

 セルの叫び声とともに、その背中から三つの塊が飛び出した。塊は地上には落下せず、セルの周囲に浮遊していた。それは、三体のセルそのものだった。セルを創造する際に、細胞を採集された天津飯という戦士が得意としていた四身の拳だ。オリジナルは本人の力を四分の一に分けることで四人に分身するという技だ。セルは、採集元となった戦士たちの技を自在に使うことができた。この四身の拳も若干のアレンジを加えていた。力は四分の一のままだが、完全に独立した分身として行動が可能であり、相互に意識をリンクさせることもできる。

 

 

 「さあ、セルたちよ。この箱庭の世界に散らばり、隠されたその謎の手がかりを探し出すのだ!」

 

 

 セルの分身体たちは、それぞれの方向へ飛翔していく。

 

 

 「さて、次は……」

 

 

 分身体の姿が見えなくなると、セルは下降を開始した。トリステイン魔法学院から、さほど離れていない森に降り立った。彼はこの森の中から、かすかな気を感じ取っていたのだ。かつて、地球で戦った戦士達とは無論比べるべくもないが。

 

 

 「ぐるるるる」

 

 

 そこにいたのは、オーク鬼の群れであった。二メイルほどの身長と豚の顔と肥満した肉体を持つ亜人である。手だれの傭兵五人に匹敵する戦闘力を持ち、オークの名の通り人間を喰らう。群れの数は十数匹ほど、トライアングルメイジが複数でかかってもてこずる相手といえる。オーク鬼たちもセルに気付いたのか、手にした棍棒を振り回しながら殺到する。

 

 

 ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ!

 

 

 先頭のオーク鬼が突然、停止したかと思うと後に続く二匹も同じようにその場に停止した。オーク鬼の腹部を緑色と黒い斑点模様を持つ長いものが貫いていた。セルの尾だ。

 

 

 ズギュン! ズギュン! ズギュン!

 

 

 一番後ろにいたオーク鬼には尾の先端が突き刺さっていた。何かを吸い出すような音とともにオーク鬼の全身が急速に萎んでいく。最後には、オーク鬼の肉体を構成する成分すべてが生体エキスとして吸収され、棍棒と粗末な腰みのを残して消え去ってしまう。腹部を貫かれた二匹ももがきながら絶命する。

 

 

 「ふん、ルイズが言っていた亜人とはこいつらのことか。こんな醜い生物と私を同類に視るとはな。この世界の人間どもはいささか、美的感覚に乏しいようだ」

 

 

 オーク鬼たちは、遅まきながら直感的に悟った。自分たちが相対しているのは、いつもの獣や人間どもとは根本的に違う、恐るべき捕食者であると。

 

 

 「ぶぎぃぃぃぃ!!」

 

 

 恐慌に駆られたオーク鬼たちは持っていた棍棒を放り投げ、我先に逃げ出すが、セルはそれを追おうとはせず、その場で両腕を前に突き出した。

 

 

 「この私を前にして逃げられるとでも思っているのか? 愚かな下等生物どもめ」

 

 

 ギュルゥ!!

 

 

 セルの両腕が恐るべきスピードで伸びた。最初の二匹を貫き絶命させるとその死骸を他のオーク鬼に投げつけ、動きを封じる。そこから完全な虐殺がはじまった。十数匹のオーク鬼が一匹を残して全滅するまで、十秒とかからなかった。セルは最後に残ったオーク鬼、恐らく群れのボスだろう、二.五メイルはあろうかという巨体のオーク鬼の全身を伸ばした両腕で包み込んでいた。まるで蛇が捕らえた小動物を絞め殺すかのように、少しずつ膂力を強めながら。オーク鬼の全身の骨が軋みながら、砕かれていく。両腕から出ていたオーク鬼の顔面も、圧力によってさらに醜く歪み、毛穴という毛穴から血を噴出しはじめていた。セルはその凄惨な状況を見ながら、わずかに顔を傾げながら呟いた。

 

 

 「……やはり、私には似ても似つかないな」

 

 

 グシャッ!!

 

 

 オーク鬼は全身を潰され、絶命した。十数匹のオーク鬼の死骸、セルはそれらをすべて生体エキスとして吸収した。

 その後、セルは森の植生を調査し、地球のそれとは非常に近いがわずかながら、すべてに相違が視られることを発見した。植生調査に意外にも時間を取られてしまい、気付いた時には、空が白みはじめていた。

 

 

 「わたしとしたことが、少し熱中してしまったか。そういえば、洗濯を命じられていたな。そろそろ、手のかかる我が主の下へ戻るとするか」

 

 

 セルは森を離れ、魔法学院に向かって飛翔していった。

 彼を召喚した少女は、いまだにベッドの中で安眠を貪っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——時間を遡ること数時間

 

 

 セルの分身体の一人が、帝政ゲルマニアの首都ヴィンドボナの町並みを眼下におさめていた。

 

 

 

 もう一人の分身体は、ガリア王国の王都リュテイス郊外に位置するヴェルサルテイル宮殿の上空にいた。

 

 

 

 最後の分身体は、高度三千メイルの浮遊大陸を治めるアルビオン王国の王都ロンディニウムに翻るアルビオン国旗を睥睨していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第三話をお送りしました。

このSSのセルは技などの設定はアニメ版Zを基本としています
次話では、シエスタやキュルケ、タバサといったルイズ以外の原作メインキャラとコンタクトします。

ギーシュ君の運命はどうしよう。

ご感想、ご批評、よろしくお願いします。


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 第四話

第四話をお送りします。

セルとルイズの学院生活が本格スタートします。




 

 

 「……あまりにも時間がかかり過ぎてしまうか。このプロジェクトは一時凍結せざるを得んな。やはり、10号以降の擬似永久エネルギー炉の改良を優先しなければな」

 

 

 ガシャン

 

 

 多くの皺が刻まれた褐色の肌、秀でた頭頂部に長い白髪、鋭い眼光を持つ老人は、壁面のレバーを操作し室内の電灯を落とした。そのまま、上部の主研究室へと去って行く。

 世界征服を目論んだ軍事結社レッドリボン軍に所属する科学者の中でも、最も優秀で、最も危険と評された天才科学者ドクター・ゲロ。

 すべての人造人間の創造主ともいうべき彼だが、後に究極の人造人間となるセルをこの瞬間に見限ったのだった。この後、ドクター・ゲロは永久エネルギー炉の実用化とゼロベース及び半有機ベースの人造人間の研究開発を成功させ、未来の世界を地獄に変貌させる人造人間17号・18号を完成させる。

 皮肉にも、それが彼の命運を絶つとも知らずに。

 

 

 ピッピッピ   

 

 

 だが、放棄されたはずのプロジェクトは、それを統括するコンピューターの運営によって継続されていた。様々な武道の達人たちの細胞、あるいは地球に飛来した異星人の細胞さえも取り込みながら、培養カプセルの中でそれは、成長していった。

 

 

 (……でも、わたしは……うみだしてくれたひとに……いらないっていわれた)

 

 

 ウィィィン

 

 

 (……それでも……わたしが……おおきくなっているのは……なんのため?)

 

 

 カタカタカタカタ

 

 

 (……だれにも……のぞまれていないのに……)

  

 

 ゴボボボボ

 

 

 ルイズは、カプセルの中でずっと自問自答していた。

 

 

 (……ズ……イズ……ルイズ……)

 

 

 (だれ?……わたしをよぶのは……だれなの?)

 

 

 ルイズの意識は、暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ルイズ、そろそろ起きた方がいい。七時を過ぎてしまうぞ」

 

 

 セルはベッドの中でまどろんでいるルイズに声をかけたが、なかなか起きようとしない。仕方なく、毛布を剥ぎ取り肩を軽く揺さぶる。無論、最小限に力を加減しながら。

 

 

 「う~ん。今、おきるわよ~……ぎゃあああああ!!」

 

 

 うっすらと瞼を開けたルイズは、目の前にセルの顔面があることに気づいて絶叫をあげながら、部屋の壁面に後ずさった。

 

 

 「ば、化け物!! い、いつのまに部屋に入り込んだの!?」

 

 

 「おはよう、ルイズ。起床の時間だ。そして、私だ。君の使い魔、セルだ」

 

 

 「へ? つかいま? そっか、昨日召喚したんだっけ……」

 

 

 壁面に後ずさりながら、枕を投げつけようとしていたルイズは、次第に頭がはっきりしてきたのか、大きく深呼吸してから枕を下ろしてセルに命じた。

 

 

 「ちゃんと時間通りに起こしたのは、褒めてあげるわ。使い魔としては当然だけど。それじゃあ、次は服よ」

 

 

 「……承知した」

 

 

 昨晩と同じように、セルは念動力でルイズのネグリジェを脱がし、クローゼットから昨日と同じ制服を取り出し、ルイズに着せて行く。

 

 

 「うん、ありがと。じゃあ、私は朝食に行くから」

 

 

 「承知した。その間に私は洗濯を行うとしよう」

 

 

 「そうね、その辺りにいるメイドに聞けば、洗濯場を教えてくれるはずよ。洗濯が終わったら、食堂に来てちょうだい。その場所もメイドに聞けばわかるわ」

 

 

 言いながら、ルイズはセルとともに部屋を出る。ちょうどその時、隣の部屋からも住人である学生が使い魔を伴って出てきた。人目を引く赤髪とこれまた人目を引く抜群のプロポーションを持つ女性が、虎ほどはありそうな赤い体色の大トカゲを従えていた。それを見たルイズは露骨に顔をしかめた。

 

 

 「あら、おはよう、ヴァリエール。ほんとに珍しい亜人を召喚したわね。本の虫のタバサも知らないって言うし」

 

 

 「タバサ? あんたといつも一緒にいる青髪の無口な子よね。ふーん、本の虫ねぇ。それより、それがあんたが召喚した使い魔ね」

 

 

 「そうよ! 名前はフレイム! サラマンダーの産地として名高い火竜山脈の出身で、かなり高位の竜種なんだから……って、どうしたのフレイム?」

 

 

 フレイムは、その場に佇むセルを恐れるかのように、キュルケの背後に隠れてしまう。当然、ルイズはそれを見過ごさない。

 

 

 「あらあら、どうしたのよ、ツェルプストー。ご自慢のサラマンダーは見かけによらず臆病みたいじゃない!」

 

 

 「なっ、なんですって!? ヴァリエール!」

 

 二人の舌戦が繰り広げられようとしたその時、セルが件のとてもいい声で二人をさえぎった。

 

 

 「ルイズ。朝食に遅れてしまうのではないか? 急いだ方がいい」

 

 

 「あら! ほんとにしゃべれるのね。しかもほんとにいい声だし。はじめまして、亜人さん。わたしは、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ。よろしくね」

 

 

 「私の名はセル。ルイズの使い魔をしている。よろしく、ミス・ツェルプストー」

 

 

 「主人より、よっぽど礼儀正しいじゃない。ヴァリエールにはもったいない使い魔ね」

 

 

 「ちょっと! 何してくれてんのよ! ツェルプストー!! 人の使い魔にコナかけんじゃないわよ!!」

 

 

 「ふふっ、朝食に行かなきゃ。じゃあね、ヴァリエール、亜人の使い魔さん」

 

 

 そう言ってキュルケは、手をふりながら、その場を離れていった。後を若干警戒気味のフレイムが続く。

 

 

 「セル! いいこと!? 今後はあのツェルプストーのアバズレとは一切関わらないこと! ご主人様の厳命だからね!!」

 

 

 「……承知した。善処しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ルイズと別れたセルは洗濯カゴを抱えたまま、学院内を歩いていた。しばらく進んだ後、角を曲がったところで、自分と同じカゴを持っている黒髪のメイドを発見した。セルはメイドの背後から声をかけた。

 

 

 「失礼。洗濯場の場所を教えてもらいたいのだが……」

 

 

 「あ、はい……きゃあ!」

 

 

 振り返ったメイドは、目の前に見たこともない長身の亜人がいたことに驚き、カゴを放り投げて尻餅をついてしまう。カゴの中の洗濯物も空中に散らばってしまう。

 

 

 シュン!!

 

 

 セルは凄まじいスピードで、空中に散った洗濯物とカゴを片腕で拾い集めると、自分のカゴを地面に置き、メイドに三本指の手の平を差し出した。

 

 

 「すまない、お嬢さん。驚かせてしまったようだ。私の名はセル。ルイズの使い魔をしている」 

 

 

 「え、つかいま? ルイズ? あっ、ミス・ヴァリエールの?」 

 

 

 その時、黒髪のメイドは、他のメイドたちが『ゼロ』の二つ名で知られたミス・ヴァリエールが誰も見たことがない亜人の使い魔を召喚したという噂話をしていたのを思い出した。

 

 

 「あ、ありがとうございます。え~と、わたしはこの学院のメイドでシエスタと申します。よろしくお願いします、ミスタ・セル」

 

 

 シエスタは、セルの差し出したに手につかまりながら立ちあがり、セルが拾った自分の洗濯カゴを受け取った。

 

 

 「シエスタといったね。私のことはセルでいい。ミスタとは貴族の男性につける敬称ではないかな? 私はただの使い魔にすぎないのだから」

 

 

 「は、はい……では、セルさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セルとシエスタは連れ立って、学院内にある洗濯場にやってきた。円柱の壁面に獅子の頭の彫刻が複数設えてあり、その口から水が流れ落ちている。

 シエスタは一つの口の前で、カゴから出した洗濯物を水に浸しながら洗い始めた。いかに膨大な知識を持つセルといえど、洗濯における手洗いの極意などはインプットされていない。シエスタの作業の見よう見真似で、ルイズの洗濯物を洗って行く。ある程度、洗った所でシエスタと同じように脱水のため洗濯物を絞り上げる。だが、シエスタが絞っていたのは厚手のバスタオルだったが、セルが手にしていたのはルイズお気に入りの総シルク仕立てのネグリジェだった。

 

 

 「ぶるあぁぁ!」

 

 

 「あっ! だ、だめです!! セルさん。それはそんなに力んで絞っちゃ、千切れちゃいます!!」

 

 

 何気なく隣を見たシエスタは、セルがネグリジェを雑巾のように絞ろうとしているのを見て思わず、二メイルを超える長身のセルに飛びついていた。

 

 

 「どういうことかな、シエスタ?」

 

 

 「女性ものの肌着は、特に貴族の方の物はとても繊細なんですよ……きゃああ!!」

 

 

 セルの体をよじ登るようにして、その両手からネグリジェを救出したシエスタは、勢いの余り自分の胸をセルの顔面に押し付けていたことに気づき、あわててセルから離れた。

 

 

 「なるほど。あのまま、絞っていたら私はルイズからキツイ仕置きを受けていた、ということか。礼をいう、シエスタ」

 

 

 もちろん、セルは、シエスタが赤くなっていることなど全く意に介さずにただ礼を述べた。

 

 

 「あ、あの、ミス・ヴァリエールのお洗濯物はわたしがお部屋までお届けしますので……」

 

 

 「む、そこまでしてもらうわけには……」

 

 

 「い、いいえ! 元々、わたしどもの仕事ですから、気にしないで下さい!」

 

 

 「そうか。では、頼むとしよう。この借りはいずれ、返させてもらおう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 シエスタと別れたセルは、アルヴィーズの食堂で朝食中のルイズと合流した。

 

 

 「……というわけで、洗濯物は後ほど、メイドが届けてくれるそうだ」

 

 

 「ふ~ん。そういえば、セル。あんた、食事はどんなものを食べるの? まさか、睡眠だけじゃなくて食事もいらないっていうの?」

 

 

 「そのまさかだ、ルイズ。私は君たちのような栄養の摂取方法は必要ない。食事ができないというわけではないがね」

 

 

 「やっぱり、変わってるわね」

 

 

 ルイズは、デザートのクックベリーパイを口に運びながら、答えた。ルイズたちは食堂のほぼ真ん中で食事をしていたが、めちゃくちゃ目立っていた。元々、ルイズは、名門貴族ヴァリエール家の三女という血統の良さとその類まれな美貌(身体の一部除く)、さらに『ゼロ』の二つ名で呼ばれる魔法未熟者として、良い意味でも悪い意味でも目立つ生徒だった。その彼女が長身の見たこともない亜人を使い魔として連れていれば、目立たないわけがなかった。いつもであれば、悪い意味の『ゼロ』の二つ名にかこつけた学友の野次が聞こえそうなものだが、得体の知れない亜人がルイズの席のそばにまるで守護者のように控えていては、様子を窺うことしかできない。そうこうしている内に食事を終えたルイズはセルを従え、最初の授業の教室に移動した。

 

 

 召喚の儀式が終わってから、最初の使い魔を伴っての授業。

 

 

 この授業でセルは、知ることになる。自身を召喚した少女が抱える闇と可能性を。

 

  

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 




第四話をお送りしました。

日常描写が思いのほか、くどくなってしまいました。
次でなんとか、ギーシュ君を出してあげたいと思います。


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 第五話

第五話をお送りします。

ゼロの意味を知ったセルの言動とは……

みんな大好き、ギーシュ君も登場します。


 

 

 「さぁ、皆さん、これから授業を始めますわよ」

 

 ふくよかな女性教師がゆっくりとした足取りで、教壇に立ち、各生徒と使い魔たちを見渡す。

 召喚の儀が終わって、最初の授業は大講堂のような広い教室内に生徒と使い魔をともに入れて、行うのが慣例となっていた。

 土系統の授業を担当する『赤土』のシュヴルーズは、満面の笑みを浮かべ、生徒と使い魔たちに語りかける。

 

 「皆さん、春の召喚の儀は、全員大成功だったようですね。毎年、みなさんの新しい使い魔のお披露目に立ちあえるのが、このシュヴルーズの何よりの楽しみなのですよ。今から、今年の使い魔品評会が待ち遠しい限りですね。去年の品評会では……」

 

 シュヴルーズは、上機嫌で話を続けたが、教室は微妙な雰囲気に包まれていた。教室内のほぼすべての使い魔が何かを警戒するように身構えているのだ。普段と変わらない様子の使い魔は、ただ一体。『ゼロ』のルイズが召喚した長身異形の亜人、セルである。当然シュヴルーズも、この目立つ使い魔に目を留める。

 

 「ミス・ヴァリエールは、本当に珍しい使い魔を召喚なさいましたね。なんでも、東方ロバ・アル・カリイエにしか棲まない人語を解する亜人だとか」

 

 これは、セルの種族について、ルイズに聞かれた生物科の教師が教師室でも、他の教師たちに問われた際に苦し紛れに答えたものだが、地球の詳細について、セル自身がルイズにも明かしていないため、それなりに信憑性があると考えられていた。それだけ、トリステインの人々にとって、『ロバ・アル・カリイエ』は謎に満ちた土地なのであった。

 

 「あ、ありがとうございます、ミセス・シュヴルーズ! 召喚の儀に成功しても、それに慢心せず、これからもメイジとして、貴族として研鑽に勉めたいと思います!」

 

 「すばらしいですわ、ミス・ヴァリエール! 他のみなさんもミス・ヴァリエールの向上心を見習うとよいでしょう。さて、そろそろ実際の授業に入りましょう。まずは、基礎のおさらいから……」

 

 ルイズはこれまで、座学以外で褒められた経験がほとんどなかったため、シュヴルーズからの賞賛に有頂天となっていた。いつもなら、周りの生徒達が「ゼロ」のくせに、と野次を飛ばすところだが、どうも自分たちの使い魔が警戒というか恐れているのが、ルイズの使い魔である亜人らしいと気付くと、悔しげに舌打ちしながら、ルイズとセルから視線を逸らしていた。

 

 (ふふん! 私のセルに比べれば、あんたたちの使い魔なんて足元にもおよばないんだから!)

 

 ルイズは、気付いていなかった。肝心の使い魔が、自分のことを冷ややかな目で視ていることを。

 

 (ふむ、ルイズ。どうやらきみは私の存在、私の力を自分のそれと勘違いしているようだ。これは、見込み違いだったか。まあ、いい。今はこの世界の情報の収集を優先しよう。『系統魔法』、『失われた虚無の魔法』、『メイジのランク』か、なかなかに興味深いな。特に六千年前に、この世界の基礎を築いた始祖『ブリミル』と『虚無』の魔法か。この箱庭の世界を創り出したのが、その『ブリミル』だとすると。だが、それにしても……)

 

 セルはシュヴルーズの授業から、様々な知識を吸収していった。だが、この授業でセルはさらなる衝撃を受ける。シュヴルーズが黒板に書いている文字が理解できないのだ。セルは地球上で系統化されているすべての言語に精通していたが、異世界ハルケギニアのそれはセルにとって、未知の言語だったのだ。

 

 (だが、言葉は何の不自由もない。召喚されたその時から。ルイズの話では『コントラクト・サーヴァント』は、まれに契約した幻獣が人語を解する特殊な効果を発現するというが。なんにせよ、文字については早急に習得せねばな)

 

 「では、錬金の魔法の実演を……ミス・ヴァリエールにお願いしましょう」

 

 

 ザワッ!!

 

 

 それまで、比較的に静かにしていた生徒達が一斉に騒ぎ出した。

 

 「ゼロに魔法なんか使わせたら、まためちゃくちゃになるに決まってる!」

 「先生、危険すぎます! 考え直してください!」

 「たまたま、召喚がうまくいったからって、あのルイズだぞ!」

 

 シュヴルーズは大きく咳払いして、ルイズを教壇の上に置かれた錬金実演用に鉱物の前に促す。

 

 「失敗を恐れていては、進歩はありえません。さあ、ミス・ヴァリエール、こちらへ」

 

 「は、はい!」

 

 意を決したルイズがセルのそばを離れ、教壇へ向かう。生徒達は、各々机の下に隠れたり、いち早く教室を脱出する。

 近くにいたキュルケがあわてた様子でセルに話しかける。

 

 「ミスタ・セル! 早く身を伏せたほうがいいわよ! 悪いことは言わないから!」

 

 「ありがとう、ミス・ツェルプストー。私のことはセルと呼んでくれ。せっかくだが、私はルイズの使い魔だ。彼女を見届けなければならない」

 

 「ほんとにどうなってもしらないわよ!!」

 

 キュルケはフレイムを伴って、近くの机下に避難する。

 

 (さて、ルイズ。きみに何ができるのか見せてくれ。このまま、私の威を借るだけの矮小な存在で終わるなら、その時は……)

 

 教壇の前まで来たルイズは、一度だけセルの方を振り返った。そのセルが自分を見つめていることに少しだけ安堵した。

 わかっている、わかっているのだ。大空を高速で飛んだのも、念動力で着替えたのも、シュヴルーズに褒められたのも、全部セルの力。自分の力じゃない。

 でも、それでも、私はセルを召喚できた。それなら、他の魔法だってできるかもしれない。そして、私はセルの主として、ふさわしいメイジにならなくちゃだめなの。

 ルイズは、『サモン・サーヴァント』を成功させた時と、同じほどの集中力と想いを込めて、杖を鉱物に向かって振り下ろした。

 

 

 カッ!!

 

 シュン!

 

 ボスンッ!!

 

 

 次の瞬間、鉱物を乗せていた教壇は縦に砕け、シュヴルーズは爆風の煽りを受け、黒板にぶつかり気絶。そして、ルイズと教壇の間には、亜人セルが居た。

 

 「やっぱり、失敗だ! ルイズは『ゼロ』なんだよ!」

 「なんにもかわってない! 『ゼロ』はずっと『ゼロ』なのよ!」

 「いい加減に退学とかにしてくれよ! こっちの身が持たないだろう!」

 

 恐れていたほどの爆発は起きなかったものの、結局失敗したルイズに対して、生徒達は、これまで以上に辛らつな言葉を浴びせる。なんとか、目を覚ましたシュヴルーズも、ルイズに破壊された教壇の片付けを言いつけた上で、授業の終了を伝えてよろめきながら保健室に向かった。生徒達と使い魔もすべて教室から出て行き、ルイズとセルだけが残された。

 

 

 

 ルイズの目は、光を映していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 砕けた教壇と飛び散った破片の片付けはセルの念動力で、苦もなく完了した。だが、ルイズは動かない。セルもあえて声をかけない。

 

 やがて、ルイズが普段からは想像できないような、無機質な声でしゃべりはじめた。

 

 「これで、わかったでしょう……なんで、わたしが『ゼロ』ってよばれるか……これが、答えよ。どんな魔法を唱えても、爆発、貴族なら五歳の子供でもできるコモンマジックでも爆発……魔法失格者……それがわたし、トリステイン王家に連なる名門貴族ヴァリエール公爵家の三女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」

 

 そこまでだった。ルイズの感情の堤防が決壊した。

 

 「なんとか……いったら、どうなのよ!!」

 

 

 ドガン!!

 

 

 ルイズはその体格からは、思いもよらない膂力で、新しく備え付けた教壇をひっくり返した。

 

 「あんたも、私のこと『ゼロ』だって、『役立たず』だって……『いらない子』だって思っているんでしょ!! わ、わたしなんかに召喚されなければよかったって……そう思っているんでしょ!! 他の連中も……あいつら……魔法も使えない落ちこぼれ、ヴァリエール家の厄介者、勘当同然に学院に捨てられた……わ、わたしが、わたしが何も知らないとでも思っているの!! 馬鹿にしないで!! わたしは、わたしだって、ヴァ、ヴァリエール家の一員としての誇りを……ほこりを……う、ううう……わ、わたしは……うぐうううぅぅぅううっ……うっうっ」

 

 そこからは、声にならなかった。ルイズの嗚咽が、彼女がこれまで溜め込んでいたものとともに教室に響いていた。

 

 

 

 

 

 だが、セルはそんなルイズを見限るようなことはなかった。むしろ、全くの逆の心境を抱いていたのだ。

 

 

 (すばらしいぞ、ルイズ。やはり、きみはこの私を召喚するにふさわしい力の持ち主だったのだ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズが杖を振り下ろそうとした、その瞬間--

 

 

 (こ、これは!? まさか!)

 

 

 セルは、ルイズに凄まじい力が集中していくのを感じた。いや、正確にはルイズではない。ルイズが杖を振り下ろそうとしている鉱物だった。

 セルは、間髪入れず、瞬間移動を発動する。ルイズと鉱物の間に入り、巻き起こった爆発を尾の先端を漏斗状に拡げ、飲み込む。

 だが、爆発の威力はセルの予想を大きく上回り、エネルギーの一部が漏れてしまう。それが教壇を砕いたのだ。

 

 

 (この威力は、いや、威力だけではない。この爆発のエネルギーは、この……『生体エキス』は!!)

 

 

 (ルイズ、きみはこんなところで折れることは許されないのだ。この世界にとって……そして、この私にとっても)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズの嗚咽が小さくなった頃、セルはルイズに声をかけた。慰めるでもなく、蔑むでもなく、ただいつもどおりの声色で。

 

 「ルイズ」

 

 

 ビクッ!!

 

 

 ルイズは脇目にもわかるほど、大きく体を震わせた。

 

 「きみは自らを『ゼロ』だと言った。魔法失格者だとも。私はこの土地とは全く別の地からやってきた。だから、その境遇がきみにどのような忍従の日々を強いたのかはわからない。だから、私は、私自身の言葉をきみに伝える……私は、この地に召喚されるその時、まさに戦いに敗れ、消滅の危機にあったのだ。きみが召喚してくれなければ、私はこの場にも、世界のどこにも存在していなかった。きみは、私の命の恩人だ。そして、この私を召喚したという事実こそが、きみが『ゼロ』ではないという何よりの証だ。私はきみと使い魔の契約を結んだ。その理由は、きみが命の恩人だからというだけではない」

 

 セルの視線は、ルイズを正面から捉えていた。

 

 「ルイズ、きみこそが私の主にふさわしいと、私自身が望んだからだ。きみの魔法が失敗する際に巻き起こす爆発、あれはきみ自身が考えているよりも、遥かに凄まじいものだ。なぜ、きみがそのような力を持っているのか、私にもわからない。だが、私はその理由を知りたい。できるならば、きみとともに……」

 

 セルは、その場に跪いた。

 

 

 「我が主よ、どうか、私とともに歩んでほしい……」

 

 

 言葉を終えると、セルは、騎士が自らの剣の主にそうするように、頭を垂れた。

 

 

 「……セ、セル、ほんとに……わたしと? でも、わたしは……でも……でも…………」

 

 

 ルイズは涙に濡れた顔を上げ、跪くセルを見つめる。そして、ごく短い時間の後。

 

 

 「……ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが命じます。セル、使い魔として永久に私と共に在らん事を……」

 

 「承知した、我が主よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第五話をお送りしました。

ギーシュが登場するといいましたが、すいません。うそでした。

次話こそは、ギーシュが大活躍するはず・・・DEATH!!

・追記・

がう様からご指摘いただきましたコントラクト・サーヴァントのくだりを修正しました。


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 第六話

第六話をお送りします。

みんな大好き、キング・オブ・チュートリアル、ミスタ・ギーシュの登場です。
ほんとにおまたせしました。


 

 ツカッ ツカッ ツカッ  バッ!

 

 

 「いいわね!? さっき教室であったことは、一切合財! 一から十まで!! 徹頭徹尾!! 忘れなさい!! すべてを忘却の彼方に消し去るのよ!!……もし、誰かに漏らそうものなら、ヴァリエール家の総力を挙げてあんたを追い詰めて、あんたのその尾っぽに詰めるだけの火薬を詰め込んで、私の魔法で百回は爆破してやるんだから!! いいわね!? わかったら、返事!!」

 

 「それは、恐ろしいな。承知した。肝に銘じよう。」

 

 「よろしい!!」

 

 教室の片付けをようやく完了させたルイズとセルは、遅めの昼食をとるため、アルヴィーズの食堂に向かっていた。

 その間、ルイズは教室内でのセルとのやり取りについて、後悔と羞恥の極致にいた。

 

 (……ああああ、なんで、なんで!? なんで、あんなこと口走っちゃたのよぉぉぉぉ!! あんなこと、いままで誰にも……ちい姉さまにだって話したことなかったのに。し、しかも、なんなのよ!? あの最後のやり取りは!! なにが、『私とともに歩んでほしい』よ!! 妙に良い声であんなこと言い出すもんだから、私も思わず『永久に私と共に在らん事を』なんて言っちゃったし……あれじゃ、まるで……まる……で…………はっ!! ち、ち、ちがうわよ!! そ、そ、そんなわけないじゃない!! そ、そ、そういう意味なわけないでしょぉぉぉ!! だっ、だっ、だって!! あ、相手は、セ、セルよ! 使い魔よ!! 亜人なのよ!! あ、あ、ありえないから!! ち、ちがうから!! ぜったいに!! ほ、ほんとだから!! お、おねがい!! しんじてぇぇぇ!!)

 

 一心不乱に歩いていたかと思えば、突然立ち止まる。真っ青になったかと思えば、頬を染めて頭を振る。かと思えば、まるで救いを求めるかのように、両腕をあらぬ方向にさしのばす。以下、繰り返し。

教室からここまでの道中、ルイズの行動は傍から見れば、滑稽な一人芝居を延々披露している芸人だった。そんな主に気遣わしげな視線を送るセル。

 

 (ルイズ。落ち着いたかと思ったが、どうも情緒が不安定だな。ここは、接し方や言葉尻に注意を払うのが得策か……む?)

 

 「ルイズ」

 

 「ひゃいッ!! な、な、なによ!? セ、セル!!」

 

 「アルヴィーズの食堂を通り過ぎてしまったが……」

 

 「へっ、しょくどう?……あ、ああ! そうだったわね!! そう、昼食を食べに来たんだったわ! さ、さあ、いくわよ!! セル、私についてきなさい!!」

 

 ふいにセルに声をかけられ、変なところから声を出してしまったルイズは気恥ずかしさを振り払うように、大股で来た道を戻り、アルヴィーズの食堂へ入っていった。

 

 

 「……本当に大丈夫か、主よ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――アルヴィーズの食堂

 

 トリステイン魔法学院の生徒達と教師陣の舌と胃を満たし続ける、食の殿堂。今、その一角でとある騒動が持ち上がっていた。

 厨房から程近い、テーブルのそばで金髪の男子生徒が、黒髪のメイドを厳しく叱責しているようだった。長身のセルは食堂に入るなり、その騒動を目にし、叱責されているメイドが、朝の洗濯で世話になったシエスタであることに気付いた。

 

 「ルイズ、あれは?」

 

 「え、なによ……あ~あ、ギーシュのやつね。大方、また女の子に振られたのを他人のせいにでもしてるんでしょ」

 

 「知っているのか、あの男を」

 

 「まあね、同じ学年だし。ギーシュ・ド・グラモン、軍人貴族として知られるグラモン伯爵家の、たしか四男よ。いけ好かないナルシスト気取りで、でもファッションセンスは最低、ボキャブラリーは貧弱、無駄にプライドだけは高い。そんなやつよ……土系統のドットメイジだったかしら」

 

 「ふむ、ランクは不足だが、手頃な手合いか……」

 

 「なんのこと? ちょっと、セル、どこいくのよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 シエスタは、絶望に囚われかけていた。いつもの食堂で、いつもの給仕の仕事を、いつも通りこなしていた。とある男子生徒がポケットから落とした香水のビンを見かけたときも、持ち前の親切心から拾って手渡そうとしただけだった。だが、ビンを落とした男子生徒、ギーシュはかたくなに自分の物ではないという。その時、二人の女子生徒がギーシュが落としたビンを見咎め、それを理由に彼をひどくなじり、最後には二人とも、スナップを効かせた平手打ちを見舞って、その場から走り去ってしまう。一人は泣いていたようだ。呆然としていたシエスタは、あからさまな恥をかいたギーシュから、きみが気を利かせないからこうなったのだ、と見当違いの叱責を受けるはめになってしまった。

 

 「申し訳ありません!! 申し訳ありません!! 私はただ、落し物をお渡ししようとしただけで……」

 

 「それが、気が利かないというのだよ!! きみのせいで二人のかよわい女性が涙に暮れることになってしまったんだぞ!! この責任どうするつもりだ!!」

 

 ギーシュとしても、自分が無茶な理屈をこねている自覚はある。だが、公衆の面前で二股をなじられ、その女性たちから見事なビンタをもらってしまった現状をどうにか、ごまかしたい一心で、二股がばれるきっかけとなった香水のビンをひろった、シエスタに責任転嫁してしまったのだ。

 ギーシュ自身は適当なところで、落としどころをみつけて、切り上げるつもりだった。だが、平民であるシエスタからすれば、貴族から叱責を浴び、その怒りを受けるということは、へたをすれば人生の終焉と同義であるという強い恐怖心があった。

 シエスタは目の前が真っ暗になるような幻覚を感じた。いや、幻覚ではない。なにか、黒いものが目の前にある。よく見ると、黒ではなく緑色と黒い斑点模様のある、大きな虫の羽のようなものだ。

 

 「え、セ、セルさん?」

 

 「な、なんだ、きみは!?」

 

 

 シエスタを庇うように、ギーシュの前に現れたのは、二メイルを超える長身の亜人、セルだった。

 

 

 「私の名はセル。ルイズの使い魔だ」

 

 セルは例によって、その渋い声色でもって、ギーシュに自己紹介をした。

 

 「ああ、きみがあの『ゼロ』のルイズが召喚したという東方の亜人か。すまないが、僕は今忙しいんだ。そのメイドに貴族として正当な教育というものを施してやらなければならなくてね」

 

 ギーシュは芝居がかった仕草で、前髪をかきあげてみせた。

 

 「ほう、自身の身から出た錆すら、ろくに始末もつけられない上に、何の咎もない少女に当たり散らすしか能のない見苦しいクズが、貴族と正当な教育をかたるとはな、ふっふっふっ、嗤ったものか、呆れたものか……これは迷う、実に迷うな」

 

 「なっ!?」

 

 「ひっ! セ、セルさん、な、なんてことを……」

 

 「ちょっ、セル! あんた正直すぎるわよ!!」

 

 セルの放った痛烈な言葉に、ギーシュは髪をかきあげた姿勢のまま絶句し、シエスタは恐怖に震え、ルイズは思わず本音が漏れる。

 もちろん、ギーシュも絶句したままではすまさない。

 

 「き、きみは、この僕を、グラモン伯爵家のギーシュ・ド・グラモンをぶ、侮辱するというのか!!」

 

 「私は、事実をありのままに述べただけだ。それすらも把握できないというなら、おまえはただの虫けら以下の存在だ」

 

 「き、貴様っ、言わせておけばっ……」

 

 セルはこの世界の支配階級であるメイジの戦闘力を確認しておきたかった。自分が後れを取るなどとは露ほども考えてはいなかったが、自分が知る「気」とは異なる異界の力をただ侮ることもできない、そう考えていた。かつての敗北が、彼をより慎重にしていたのだ。この学院内にはそれこそ腐るほどのメイジがいるが、一使い魔の自分が自らメイジを襲うわけにはいかない。ならば、メイジの方から戦いを挑ませればよい。貴族やメイジに限らず、支配階級などという俗な連中は善いにしろ悪いにしろ、プライドが高い。目の前のギーシュなど、その典型だ。そして、今の自分には世話になったメイドを理不尽な境遇から救うという、わかりやすい大義名分もある。主であるルイズを説得するのも難しくはないだろう。

 

 「よくも、よくも、このギーシュ・ド・グラモンをここまでコケに……」

 

 哀れ、なにも知らないギーシュくんは、セルの対メイジ戦の実験体に自ら志願するべく、他愛ない煽りをまともに受け、ヒートアップに次ぐヒートアップ。そして、ついに決定的な言葉を口にしてしまう。

 

 「こ、こうなったら、けっ、けっ、決闘だぁぁぁ!!!」

 

 

 「青銅」のギーシュ・ド・グラモン。彼はアルヴィーズの食堂中に響き渡る大声で、自らの死刑執行書に署名してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第六話をお送りしました。

ギーシュ君の本格的な活躍は次話となります。

最期にならないといいけど。


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 第七話

第七話をお送りします。

セルVSギーシュのバトルが始まります。


 

 

 ギーシュの決闘宣言に騒然となるアルヴィーズの食堂内。だが、決闘の意思を叩き付けられたセルは悠然とギーシュに言葉をかえす。

 

 「ほう、決闘とはまた……この上、恥の上塗りを望むとは、伝え聞くところの被虐願望者だったとはな」

 

 「ちっ、ちがう! 僕にそんな趣味はない!! そ、そういうのは、ま、マリコルヌ、そう!! マリコルヌの役目なんだ!!」

 

 「そこで、僕に振るなよっ!! てか、何で知っているんだぁぁ!?」

 

 「とぉ、とにかく! 貴族として、グラモン家の名を持つ者として、きみに正式な決闘を申し込む!! あれだけの罵詈雑言を僕に浴びせてくれたんだ。よもや、断りはしないだろうね」

 

 突っかかってくる小太りの男子生徒をいなしながら、なおも芝居じみた所作でセルの意思を確認するギーシュ。もとより望むところのセルは、静かにこれを受諾する。

 

 「いいだろう、決闘を受けよう。だが、今この場で始めるつもりではないだろうな」

 

 「無論だ。ここは、神聖なアルヴィーズの食堂。僕たちの決闘の場所はヴェストリの広場だ。僕は先に向かう、君はせいぜい主やそのメイドと最後の別れを済ませてから来たまえ」

 

 そう言って、ギーシュは何人かの取り巻きの生徒とともにアルヴィーズの食堂を後にする。その後ろを、「おい、ギーシュ!! ちゃんと僕の趣味のこと、否定してくれよぉぉぉ!!」と小太りの男子生徒、マリコルヌが半泣きで追いかけていく。

 

 「ちょっと、セル!! アンタ、どういうつもりよ!? ご主人様に断りもなく、勝手に決闘ですって!?」

 

 成り行きをとりあえず見守っていたルイズがさっそく、セルにくってかかる。ギーシュのやつはたしかにいけ好かないし、メイドに理不尽な怒りをぶつけていたのも正直、見るに耐えなかった。

 だが、事が決闘となれば、話がちがう。

 

 「あんた、わかってるの!? 貴族と決闘するってことの意味」

 

 「ルイズ」

 

 「な、なによ?」

 

 まくし立てようとするルイズを静かにさえぎるセル。そして、まるで教え諭すかのような口調でルイズに語りかける。

 

 「ルイズ、私は彼女シエスタに借りがある。その借りをいずれ返すと明言した。そして、今がまさにその時なのだ。それにこの決闘は、きみにとっても無関係ではない。ルイズ、きみにあえて問おう。貴族とはなんだ?」

 

 「はあっ? き、貴族とはって……貴族とは、ただ支配し君臨するものではないわ。弱き民を護り、教え導くもの。そして不正や虚偽、いわれなき暴力にもっとも最初に立ち向かい、最後まで退かない、確固たる誇りを自らに課すもの。それこそが真の貴族よ」

 

 「ならば、弱き民にいわれない非難をあびせる輩は、真の貴族とはいえまい。そして、そのような貴族を騙る卑賤な者を成敗するのもまた、貴族の責務。だが、ルイズ。きみは、かよわき女性の身なれば、悪漢を打ち倒す役目はどうか、この私に任せてほしい、わが主よ」

 

 そう言ってセルは、ルイズの前に静かに跪く。周りの生徒たちは、異形の亜人がまるで王に仕える騎士であるかのように主たる少女の前に控えるその姿に、思いがけず目を奪われる。まるで、神話か伝説の一場面のように感じられたのだ。

 

 「……セル、あんたその言い方、ちょっと卑怯なんじゃない。そんなふうに言われたら、だめなんていえないじゃない。ふう、わかったわよ。まあ、たしかにギーシュの奴が目に余ったのは確かだし、でも、やるからには必ず勝ちなさい。それとあんな奴でも、貴族は貴族なんだから、万が一にも殺しちゃったり、大怪我させるのはダメ。大見得切ったんだから、それぐらいできるわよね?」

 

 「もちろんだ。わが主、ルイズよ」

 

 「そ、そんな!! どうか、セルさんを止めてください、ミス・ヴァリエール!! メイジである貴族と決闘なんてされたら、セルさんが死んでしまいます!!」

 

 「シエスタだっけ? 大丈夫よ、セルは絶対に勝つわ。なんたって私の使い魔なんだから!!」

 

 「で、でも、そんな、わたしのせいでセルさんが……そんな、どうしよう……わたし……わたし……っ!!」

 

 半ばパニックに陥ってしまったシエスタは、大粒の涙をこぼしながら厨房へ走り去ってしまう。

 

 「あらら、まあしょうがないわよね。じゃあセル、私たちはヴェストリの広場にいくわよ!」

 

 「承知した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、トリステイン魔法学院の最高責任者オールド・オスマンの執務室。

 

 「なにを、なさっておいでなのですか、学院長?」

 

 豊かな緑色の髪を束ね、フレームの細い眼鏡をかけた妙齢の美女、トリステイン魔法学院学院長専属秘書ミス・ロングビルは自らの上司である偉大な老メイジに問いかけた。

 

 「どうか、聞かんでおくれ、ミス・ロングビル。女性の身には、決してわかるまいて。いついかなるときも男の魂をとらえて離さぬ未知なる領域への探究心というものはのう……」

 

 魔法学院のすべてを統括する学院長、オールド・オスマンは書棚の書類整理をしているロングビルの背後から匍匐前進で近付き彼女のスカートの中身、彼曰く未知なる領域、を覗き込もうとしながら、そうのたまった。

 

 「……速やかに撲殺されたいということですね、かしこまりました。遺言についてはご心配なく。わたくしが完璧に捏造いたしますので」

 

 どこからか取り出したウォーハンマーを大上段に振りかぶるロングビル。

 

 「ごめんなさい。もうしません。おねがいです、ゆるしてください」

 

 匍匐前進からの高速土下座で謝り倒す、齢百とも三百ともいわれるトリステイン最高のメイジ、オールド・オスマン。

 

 

 ゴドッ!!

 

 

 下ろしたウォーハンマーが床面を砕くのも気にせずロングビルは、一抱えもある書類の束をオスマンの前に置き、冷徹な眼差しと完全な事務口調で宣告する。

 

 「こちらの書類すべてに目を通して、決済をお願いいたします。すべて今日中にです」

 

 「ちょっ、そのハンマー本物!?……ワカリマシタ」

 

 

 コンコンコン

 

 

 「あー入りたまえ」

 

 書類の束から目を離さずにオールド・オスマンは訪問者に入室を促す。ドアを開け、入ってきたのは、ルイズたちの召喚の儀に立ち会った教師コルベールだった。

 

 「失礼いたします、オールド・オスマン。お忙しいところ、大変申し訳ありません。少々、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 「ふむ、急ぎかね。しょうがないのう。ミス・ロングビル、ジャンベール君に紅茶を」

 

 「あっ、いいえ。そのようなお気遣いはどうかご無用に。ただ、その……」

 

 コルベールは申し訳なさそうな視線を、ロングビルに向ける。それを察したオスマンは、ため息をつきながらロングビルに退出を促す。

 

 「も、申し訳ありません。ミス・ロングビル、お仕事のお邪魔をしてしまった上に……」

 

 「クス、お気になさらないでください、ミスタ・コルベール。では、失礼いたします」

 

 ロングビルの密やかな微笑みに、訪問の理由も、忘れとろけた顔をさらしてしまうコルベール。そんなコルベールに凍てつく視線を突き刺すオスマン。

 

 (今期、減棒確定じゃな! このエロハゲめ!!)

 

 「それで、一体どうしたというんじゃ、コッパハゲ君?」

 

 「実は、オールド・オスマンに見ていただきたいものがあります、こちらです……あと、コルベールです」

 

 コルベールはそう言って、小さなスケッチをオスマンに差し出す。ミス・ヴァリエールが召喚した亜人に刻まれた珍しいルーンを書き写したものだった。

 

 「ほほう……あまり、見かけぬタイプのルーンじゃのう。はて、以前どこかで……」

 

 「次に、この本に載っているルーンをご覧ください」

 

 差し出された本は、六千年前、このハルケギニアを救った偉大なる始祖『ブリミル』とその使い魔に関する研究書であった。コルベールの指し示したページに載っていたルーンは。

 

 「……『神の盾』ガンダールヴ。詳しく話すのじゃ、コルベール君」

 

 コルベールは、『ゼロ』の二つ名で呼ばれるミス・ヴァリエールが召喚した東方の亜人にこのルーンが刻まれたことをオスマンに伝えた。

 

 「うーむ、ミス・ヴァリエールのことはわしも聞き及んでおる。彼女が召喚した亜人も何度か遠見の鏡で視たことがあるが、よもや、ガンダールヴとは……」

 

 「オールド・オスマン、このことを王室には?」

 

 「たわけ!! 伝説にうたわれるガンダールヴは、一人で千の敵を蹴散らしたという。そんな武器を王宮の馬鹿どもが手にしたら、どんな大馬鹿な真似をしでかすかわかったものではないわ!!とはいえ、放置するわけにもいかぬかのぅ」

 

 

 ドンドンドン

 

 

 その時、退出したはずのロングビルが慌てた様子で学院長室に戻ってきた。

 

 「お話中、失礼いたします! 学院長、ヴェストリの広場で生徒による決闘騒ぎが起きていると現場の教師から報告が……」

 

 オスマンは盛大に舌打ちしながら、その不埒者の素性を尋ねた。

 

 「かッー!! どこのまぬけじゃ、この忙しいときに……なに、グラモン家の四男坊じゃと、あの色狂いの馬鹿一族が、面倒ばかり起こしおって……相手はだれじゃ?……なんじゃと? ミス・ヴァリエールの使い魔じゃと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――トリステイン魔法学院の西側に存在するヴェストリの広場

 

 今この広場は、グラモン伯爵家の四男、ギーシュ・ド・グラモンとヴァリエール公爵家の三女、ルイズが召喚した東方の亜人セルとの決闘を一目見ようと集まった生徒たちでごったがえしていた。よく見ると、呆れたことに一部の教師たちも見物の列に加わっていた。こういった騒ぎにつきものの賭け事も一部の祭り好きな生徒たちが音頭をとって執り行っていた。勝ち負けの大勢は、やはり長身異形の亜人とはいえ、正面からメイジと戦って勝てるわけないだろうということで、圧倒的にギーシュが優勢であった。

 

 「呆れるわね、午後の授業どうすんのかしら、コレ?」

 

 「あまり、騒々しい場所は好まないのだがな……では、いってくる」

 

 「……頑張ってね、セル」

 

 「無論だ」

 

 

 決闘の主役が揃ったことで、広場の熱気も最高潮となる。ルイズは決闘場となる広場中央から離れた場所からセルの決闘を見守ろうとしていた。そんな彼女に見知った顔が声をかける。

 

 「ヴァリエール、ずいぶん遅かったわね。主役はあえて遅れてやってくる、てとこかしら」

 

 「そんなところよ、ツェルプストー。あんたも暇人の一人なのね……えーと、それからタバサだったかしら?」

 

 「……」

 

 ルイズに話しかけたのは、隣室のキュルケとその友人、無口で小柄な少女タバサだった。

 

 「ところで、ヴァリエール。彼、大丈夫なの? いくらギーシュがドットランクとはいえ「錬金」の実力は侮れないわよ」

 

 「わ、わかってるわよ!セルは勝つわ!……多分」

 

 「多分て、あなた……」

 

 「だって、しかたないじゃない! あいつがまともに戦ってるところ、見たことないんだもん!」

 

 そうなのだ。「キ」という不思議な力を使うのは何度も見たが、肝心のセルの戦いの実力についてはルイズにも未知数だった。不安を隠し切れないルイズだったが、意外な人物が太鼓判を押す。

 

 「……大丈夫、彼は勝つ」

 

 「へっ? なんで、あんたが……」

 

 「ちょっと、タバサ! あなた、何か知っているの?」

 

 無口な少女のセル勝利宣言について問い詰めようとした二人だが、それを遮るようにギーシュの開始宣言が響き渡る。

 

 

 「諸君! 決闘だ!!」

 

 ギーシュは、口に銜えていた薔薇の造花を空に放りながら、高らかに宣言する。見物の生徒達からも歓声が巻き起こる。

 

 「ギーシュの奴が決闘するぞ!! 相手は、ルイズの亜人の使い魔だ!!」

 「いくら、うすらでかい亜人だからって正面切ってメイジに勝てるかよ!!」

 「最終の倍率は、八対二!! ギーシュの圧勝だな!!」

 「まじかよ!? 亜人の札を買った奴がいるのか!!」

 

 (さて、メイジの戦い方……みせてもらおう)

 

 セルとギーシュは互いに十メートルほど離れて相対していた。ギーシュは手にしていた薔薇の花を模した杖を振った。その花から散った一枚の花弁が瞬く間に甲冑を身に着けた女戦士の像を結ぶ。

 

 「僕の二つ名は「青銅」。よって、君の相手は「青銅」のゴーレム、ワルキューレが務める。よもや、異論はないだろうね。だが、僕は貴族として慈悲の心を持っているんだ。君が食堂での暴言を心から謝罪し、僕の足元に跪くなら、寛大な処置を考えてやらないこともないけど、どうかな?」

 

 「無駄に話の長い男は、女性からの尊敬を集めることはできない」

 

 「ぐっ!! この期に及んで……いいだろう!! ならば、容赦はしない!! いけっ、ワルキューレ!!」

 

 ギーシュの命令を受けたワルキューレは外見からは思いもよらない俊敏な動きを見せて、セルに一気に肉薄する。そして、大きく振りかぶった右ストレートをセルに叩き込む。

 

 

 グシャンッ!!

 

 

 ギーシュを含めた大多数の人間が、ワルキューレの攻撃に吹き飛ばされるセルの姿を思い描いたが、ワルキューレの攻撃を無防備に受けたはずのセルはその場から小揺るぎもしていなかった。むしろ、攻撃をしかけたワルキューレの様子がおかしい。その場から動かないのだ。

 

 「ど、どうした、ワルキューレ!? 一度離れて態勢を整えるんだ!!」

 

 ギーシュの必死の命令にも反応しないワルキューレ。視れば、すでにワルキューレは半壊状態にあった。セルに突進し、ストレートを叩き込んだ拳は原型を留めておらず、右腕もへし曲がり、右肩から背中にかけても大きく歪んでいる。半ば、セルに寄りかかるような形でようやく自立している状態だった。

 

 (ふむ、青銅か。組成自体は地球のそれと非常に近いのだろうが、おそらくわずかな相違がみられるはずだな。まあ、耐久力に関しては同レベルのようだな)

 

 セルは、右手をワルキューレの頭部に乗せた。そして、ごくわずかに力を込めて下方向に手のひらを動かした。

 

 

 メギャグシャンッ!!!

 

 

 ワルキューレが消えた。

 

 「ギーシュのゴーレムが消えたぞ!!」

 「あの亜人が消したのか!?」

 「そんな魔法があるのかよ!?」

 「あ、あいつは亜人だぞ!!杖ももっていないし、詠唱だって……」

 

 「ちょっと、ヴァリエール! あなたの使い魔、今なにしたのよ!? ゴーレムを一瞬で消し去るだなんて!」

 

 「わ、わたしにもよくわからないわよ!!……あれも「キ」の力なのかしら?」

 

 「……「キ」とは、なに?」

 

 セルの主たるルイズも、訳が分からず混乱していた。キュルケやタバサも同じ思いだった。そして誰よりも混乱していたのはギーシュだった。

 ちなみにセルはワルキューレを不可思議な力で消し去ったわけではない。ただ、文字通りの桁外れの膂力によって、押しつぶし地面深くにめり込ませただけだった。

 

 (ぼ、僕のワルキューレが……くっ! ただの亜人ではないということか!! ならばっ!!)

 

 「ワルキューレッ!!」

 

 最初のワルキューレを失ったギーシュは、ようやくセルが見掛け倒しの存在ではないことを悟った。薔薇の杖を大きく振るい、残りの魔力を尽くして六体のワルキューレを一気に造り出す。しかも、今度のワルキューレは徒手空拳ではない、全員が身体と同じ青銅製の盾と剣や斧、槍といった武器を携えていた。完全武装の戦乙女による波状攻撃、ギーシュにできる最大最強の攻撃だった。

 

 「きみを少し甘くみていたようだ。だが、今度の攻撃はさっきとは訳が違う! 精鋭の傭兵一個小隊を制圧する一斉攻撃だ!! きみに耐えられるか!?」

 

 一列横隊で、突撃を開始するワルキューレ部隊。ギーシュは、たとえ二~三体がやられても、残りのワルキューレが必殺の一撃を叩き込めば、今度こそ勝てると思っていた。あるいはそう、思い込もうとした。

 突撃を受けるセルはワルキューレという存在に奇妙な感慨を抱いていた。

 

 (ふむ、人が造りだした人の形をしたものか……ふふふ、私としたことが。すでに視るべきものは視た。これで終わりにするとしよう)

 

 

 シュルン!

 

 

 セルの尾がしなやかに動いた、次の瞬間!

 

 ギャルン!! バギャッ!! メギャッ!! ゴギャッ!! ボゴンッ!! グシャッ!! ドグシャッ!!

 

 一気に数十メートル伸びたセルの尾は常識外の超スピードで横隊の一番外側にいたワルキューレを貫く。間髪いれず、尾はさらに伸び、横隊のワルキューレをジグザグに貫いていく。最後のワルキューレを貫いた後、わずかに力を込めて、尾を上空に向かって振るう。

 

 

 バガシャァァァァァンッ!!

 

 

 六体のワルキューレが粉々の青銅製の破片となって空中にばら撒かれた。だが、一般人と変わらないルイズやギーシュたちに知覚できたのは、突撃を開始したワルキューレ達が数メイル進んだと思った次の瞬間に、大音量の破壊音とともに青銅製の破片による打ち上げ花火に変わったことだけだった。

 ヴェストリの広場にいた全員が呆然と空中を見上げていた。決闘の最中のギーシュですら。

 

 (ああ……きれいだ……青白い花火のようだ。そうだ、モンモランシーにも見せてあげたいなぁ……あれ、僕は何をしていたんだっけ?)

 

 「ぐへっ!!」

 

 いつの間にか背後に廻っていたセルの尾が、ギーシュの首に巻きつく。セルとしては、脆いガラス細工を真綿で包むような繊細さでギーシュの首を吊り上げていたのだが、ギーシュからすればひとたまりもない。文字通り、万力にかけられたかのように首の骨が軋み、酸素の供給も止められてしまう。

 意識まで朦朧としてきたギーシュは、手にしていた薔薇の杖を取り落としてしまう。それを確認したセルは尾による拘束を解き、ギーシュの杖を踏み砕く。

 

 「げほっ! げほっ! がはっ!! はあっ、はあっ、ゴホゴホッ!!」

 

 尾の拘束を解かれ、四つんばいのまま咳き込むギーシュ。ようやく呼吸が落ち着いてきて、顔を上げると喉元に鋭い何かが突きつけられた。セルの尾の先端だ。

 

 「ひっ!!」

 

 (こ、殺される!? ぼ、僕がこんなところで……い、いやだ! し、死にたくない!! ぼ、僕は、僕は! こ、こんな!!)

 

 「……どうする?」

 

 無感情に響くセルの声が最後通牒となって、ギーシュの全身を貫いた。

 

 選択の余地など、彼には与えられてはいなかった。

 

 

 

 「……ぼ、僕の……負けだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第七話をお送りしました。
これまでで一番の長編となってしまいました。前後編に分けようかと思いましたが、
今回はこのまま投稿させていただきました。

次話は決闘の後始末と虚無の曜日イベントの予定です。王都で待つ出会いとは・・・


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 第八話

第八話をお送りします。

そろそろ、オリジナル設定が増えてきます。
どうか、ご了承ください。


 

「……ぼ、僕の……負けだ」

 

 杖を失い、完全に戦意を喪失したギーシュは、自ら負けを認めた。これは、セルの知らないことだが、およそメイジ同士の決闘にあっては、魔法の発動体である相手の杖を奪う、あるいは破壊することが、最もスマートな決着方法とされていた。セルの勝利は誰の目から見ても、文句のつけようがなかった。

 

 「ギーシュといったな」

 

 セルは、四つん這いのままのギーシュに静かに語りかけた。

 

 「聞けば、おまえの生家は代々、軍人の家系だという。ならば、いずれはおまえ自身も、軍人として護国の盾となることを望むのか?」

 

 「……うっ、あ、当たり前だ。ぼ、僕はギーシュ・ド・グラモン、トリステイン王国陸軍元帥たる父と、王国最精鋭を誇る魔法衛士隊々員の兄たちを持つ、ほ、誇り高いグラモン家の四男だ。ぼ、僕もいつかは、兄さん達のように王国と王女殿下の御為に……」

 

 突然、自分の家や自身の将来についてまで話し始めたセルに困惑しながらも、応えるギーシュ。

 

 (……そうだ。今はまだ、ドットメイジだけど、もっと努力していつの日か、兄さんたちと轡を並べ、父さんの指揮の下で王女さまのために……)

 

 話しながら、ギーシュはかつて、魔法学院に入学したばかりの頃に抱いていた夢を思い出していた。

 

 「では、いつかおまえが、軍人となった時、おまえは今日の自身の所業を家族に伝えることができるか?」

 

 「!!……あ……あ……」

 

 ギーシュは全身を砕かれるような衝撃を受けた。できるわけがない。「命を惜しむな、名こそ惜しめ」という父の言葉がギーシュの頭の中に繰り返し響いていた。

 

 「あ……ぐうぅぅ……う……うっうっ」

 

 「自身の行いを省みることができたなら、おまえがするべきこともわかるだろう。それが解らなければ、おまえは正真正銘のクズだ」

 

 ギーシュは、しばらくの間、地に頭を押し付けて震えていたが、やがて、よろめきながら立ち上がり、セルを見上げて言った。

 

 「……モンモランシーとケティ、僕が傷つけた彼女たちに心から謝罪する。例え、許されなくとも。それから、あの黒髪のメイドにも正式に謝罪する。最後にきみの主であるミス・ヴァリエールに「ゼロ」と罵ったこれまでを謝りたい。受け入れてくれるだろうか?」

 

 「それを判断するのは、私ではない。我が主、ルイズだ」

 

 セルは、ギーシュを残してその場を去った。決闘の終了を悟った生徒たちが、一斉に騒ぎ出した。

 

 「ギーシュが負けたぞ! ルイズの亜人の使い魔が勝った!!」

 「メイジが亜人に負けるなんて……」

 「見かけだけじゃなかったのか!!」

 「二対八の配当って、い、いったい、いくらになるんだよっ!?」

 「誰だ!? 亜人の勝ちに賭けたのは!?」

 

 「やったわね、ヴァリエール!! あなたの使い魔の勝ちね!!」

 

 「あ、あたりまえじゃない、ツェルプストー!! この私の、使い魔なんだから!!」

 

 「……予想通り」

 

 ルイズも騒ぎ出した生徒に混ざって、キュルケやタバサとセルの勝利を祝っていた。だが、少しおかしい。私はセルの主なんだから、自分の使い魔が勝てば、そ、そりゃあ、嬉しいに決まっているけど。どうして、ツェルプストーが私と抱き合うほど喜んでるの、ていうか、胸をこれ見よがしに押し付けてきて、むかっ腹がたつんだけど。

 

 

 「ちょっ、ちょっと、はなれなさいよ、ツェルプストー!! その無駄な脂肪の塊を私に押し付けるんじゃねーわよ!! だいたい、セルはわ、た、しの使い魔なの!! なんで、あんたが飛び上がるほど喜んでいるのよ!?」

 

 

 「あら、別にいいじゃない、ヴァリエール。知らない仲じゃないんだし。それに彼のおかげで、イタッ!」

 

 

 「……」

 

 

 何かを言いかけたキュルケのお尻を、背後にいるタバサが自分の身の丈ほどありそうな長い杖で軽く一撃する。

 

 

 「あっ! あ~と、とにかく、よかったわね!! ヴァリエール、彼が勝って。ギーシュもドットとはいえ、実力はそんなに悪くないんだし……」

 

 

 「……なにか、隠しているのかしら? ツェルプストー」

 

 

 「そ、そんなことあるわけないじゃない、ヴァリエール。あ~っと……あ、ほら! ヴァリエール、決闘に勝利したあなたの騎士が凱旋よ!!」

 

 

 「セル」

 

 ルイズは自分の下に戻ってきた、使い魔に走り寄った。その後ろで、キュルケとタバサがほっとしていた。

 

 (あぶない、あぶない。ありがとうね、タバサ)

 

 (……口は災いの元)

 

 実はキュルケとタバサは、決闘の裏で行われていた勝敗決めの賭けギャンブルでかなりの金額をセルの勝ちにつぎ込んでいた。特にキュルケは最初はギーシュに賭けていたものの、タバサのセル勝利予言を聞いてから、直ぐに胴元役の生徒のもとに飛んでいって、杖を突きつけての脅迫まがいの方法で、自分の賭け札をセルの勝ちに変えさせていた。なにしろ最終倍率二対八の大穴だ。彼女たちに払い戻される配当金は、向こう一年間の小遣いに困らないほどの額になるだろう。無論、貴族である彼女らの事、その金額は平民のそれとは、ケタが違う。

 

 (うふふ、これだけの臨時収入があれば、手の届かなかったロマリア屈指の彫金師ザンザーランド卿の純金製新作ハープは、ワ、タ、シ、ノ、モ、ノ)

 

 (……幻想冒険紀行全集全八十巻セット、ゲット)

 

 キュルケとタバサ、彼女たちは、いずれルイズにとって終生の友となるはずの二人であった。

 

 

 

 「ルイズ、決闘は終わった。あの程度であれば特に問題は起こらないと思うが、どうだろうか?」

 

 

 「セル……そ、そうね。ギーシュの奴にはいい薬になったでしょうし。さすがは私の使い魔だわ。よくやったわ、セル」

 

 

 「お褒めいただき、光栄だ、ルイズ。ところで、ギーシュがきみに謝罪したいと言っていた。いままで、きみを「ゼロ」と呼んでいたことを、謝りたいそうだ」

 

 

 「へぇ~、あのギーシュがそんな殊勝なことをねぇ。ふふふ、セル、あんたの据えたお灸が効きすぎたんじゃないかしら」

 

 

 「ふっ、かもしれんな」

 

 

 桃色の髪を揺らしながら、ルイズはその深い鳶色の瞳をイタズラっぽく輝かせていた。そんな主に珍しく笑みを浮かべながら応えるセル。

 

 

 春の心地よい一陣の風が、ヴェストリの広場を吹き抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「……」

  

 

  「……」

 

 

 学院本塔の最上階にある学院長室。その室内で、オスマンとコルベールは学院の秘宝の一つ、「遠見の鏡」を凝視していた。

 

 「……勝ってしまいましたな、あの亜人」

 

 「……うむ」

 

 「相手の杖を奪い、破壊する。決闘としてこれ以上ないほど、きれいな勝ち方ですな。」

 

 「……うむ」

 

 「彼は……ガンダールヴなのでしょうか?」

 

 「……わからん。グラモンの坊主の杖を奪ったのはともかく、ゴーレムをどうやって破壊したのか皆目、見当がつかん」

 

 「確かに。気付いた時には、ギーシュのゴーレムは一体残らず、粉々になっておりましたから」

 

 オスマンは目元を指で揉み解しながら、席を立ち、窓際に向かう。

 

 「一つ確かなのは、あの亜人はまるで実力を見せておらんということじゃ……ミスタ・コルベール」

 

 「はっ、はいっ!」

 

 オスマンの低く響く声に思わず、席から立ち上がるコルベール。

 

 「此度の一件、わしが預かる。王宮への報告も不要じゃ。そなたもこの件に関しては、他言無用の事、良いな?」

 

 「か、かしこまりました、オールド・オスマン!」

 

 コルベールが退出した後、オスマンは窓から見えるトリステインの地を眺めながら、重々しく呟いた。

 

 「……亜人のガンダールヴか……ブリミル教の連中が黙っておらんじゃろうな」

 

 

 

 




第八話をお送りしました。

虚無の曜日まで入れるとまたしても、長くなるため、今回はここまでとさせていただきます。
申し訳ありませんでした。

次話をご期待ください。


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 第九話

第九話をお送りします。

虚無の曜日イベントとなります。

劇中の日数経過などは、スルーしてください。


 

 

 人造人間セルが、トリステイン魔法学院に召喚され「ゼロ」のルイズの使い魔となって、一週間が経過していた。

 

 セルの一日は、主であるルイズを起こすことから始まる。寝惚けまなこのルイズの寝間着を念動力によって脱がせてやり、そのまま制服を着させてやる。その際、ルイズの下着姿を間近で鑑賞できるわけだが、当然セルがそのような瑣末な事に関心を寄せるはずがない。自称「天下に冠する美少女」たるご主人さまはそのことが、やや気に入らないようだった。着替えを終えたルイズは朝食に向かい、セルは洗濯カゴを手に一階の洗濯場を目指す。

 

 「あっ! おはようございます、セルさん!」

 

 「おはよう、シエスタ」

 

 洗濯場では、先に来ていたシエスタが、満面の笑みを浮かべ、セルと朝の挨拶を交わす。

 ギーシュとの決闘の翌朝、シエスタはルイズの部屋を訪れ、セルとルイズに食堂からの一連の騒動について、謝罪と感謝を伝えていた。特にシエスタは、セルが自分を庇ってくれたのに、貴族の権威を恐れる余り、決闘に赴くセルの前から逃げ出してしまったことを深く後悔していた。そのセルが、貴族との決闘を軽く制してしまった上に、貴族、ギーシュになにやら薫陶めいた言葉を伝えると、そのギーシュがあろうことか、平民である自分に正式に謝罪したいと言ってきたのである。平民として貴族たるメイジに畏怖を抱き続けていたシエスタにとって、セルの存在は正に衝撃だった。

 以来、セルに対して尊敬の念を露にするシエスタが、自称「トリステインが誇る美の結晶」たるご主人さまは、いささか癇に障るようだった。

 

 「セルさん、ほんとに洗濯が上手になりましたね。もう、わたしより上手かもしれませんよ」

 

 「シエスタの指導のおかげだ。それにきみにはまだまだ、及ばないだろう」

 

 「……そんな、セルさんったら」

 

 セルに褒められ、気を良くしたシエスタは自身の洗濯物をねじり上げる。セルは手洗いの洗濯の微妙な力加減が、自身の強大すぎる力をより細やかに制御するための一助になると考えていた。その訓練も兼ねて、この一週間、毎日朝の洗濯を欠かさなかったのだ。貴族のお召し物を手洗いで洗濯する二メイルの亜人は、学院で働くメイドや使用人の間では有名になっていた。特にアルヴィーズの食堂を取り仕切る料理長マルトーとその下で働くコックたちは、貴族を正面切った決闘で負かしたセルを「我らの亜人!」と呼んで、もてはやしていた。無論、平民に限らず、生徒や教師といったメイジたちもドットランクとはいえ、ギーシュをまるで寄せ付けなかったセルに対して一目置くようになっていた。

 そのことを知った、自称「ハルケギニアに並ぶ者無き美の顕現」たるご主人さまはさらに、悶々とするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズは悩んでいた。自身の使い魔であるセルについてである。使い魔としての能力については文句はなかった。「キ」による念動力や飛行といった特殊能力が使え、さらに実際の戦闘力についても、ギーシュとの決闘ではっきりした。基本、ご主人さまにも従順だし、なにより、「ゼロ」の自分を主として認めてくれている。それゆえ、彼女は悩んでいた。

 

 (私、セルにご主人さまらしいこと、なにもしてあげてないかも……)

 

 セルは、食事を必要とせず、また睡眠も要らないため、ある意味全く、手の掛からない使い魔ともいえた。だが、プライドの高いルイズは、自身が何も与えていないのに使い魔の忠誠を得ることを良しとしなかった。

 

 

 

 「……よし、決めたわ!! セル、武器を買いに行くわよ!!」

 

 大陸共通の休日である虚無の曜日の前夜、ベッドに座り込んでしばらく唸っていたルイズは突然立ち上がり、仁王立ちとなってセルにそう宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――同時刻、魔法学院本塔宝物庫前。

 

 「……なるほど、ではこの宝物庫の扉や周辺の壁には、よほど強力なメイジでも手も足も出ないということですわね」

 

 「そうでしょうな。なんでも、オールド・オスマンの盟友だという複数のスクウェア・メイジがあらゆる呪文を無効化するために過剰ともいえる対魔法処理を施したとか、そのメイジたちもすでに他界しているそうで、それゆえ事実上の完全魔法防御を達成してしまった唯一の例といえるでしょう」

 

 「ミスタ・コルベールは本当に豊かな知識をお持ちでいらっしゃるのですね。尊敬いたしますわ」

 

 「え、い、いやあ、ミス・ロングビルもお上手ですな! は、ははは!」

 

 忘れていた決済書類をオールド・オスマンに届けるため、学院長室に向かっていたコルベールは、学院長室の一階下に位置する宝物庫前に佇んでいたロングビルと何気ない立ち話に興じていた。妖艶に微笑むロングビルの気を引こうとコルベールはさらに宝物庫に関する話を披露する。

 

 「ですが、ミス・ロングビル。この世に始祖「ブリミル」以外の絶対は存在しない、という言葉通り、この宝物庫も絶対に安全というわけではないのです。実際にはありえんでしょうが、もし本塔の大きさに匹敵するような巨大なゴーレムがその質量にものをいわせて物理的衝撃をピンポイントに加えれば、おそらくは。まあ、あくまで可能性の話ですがね」

 

 「まあ……とても、とても興味深いお話でしたわ、ミスタ・コルベール」

 

 今日一番の笑みを浮かべて、学院長専属秘書ミス・ロングビルはコルベールに応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――翌日。

 

 トリステイン王国王都トリスタニア最大の市街通り、ブルドンネ街。白い石造りの城下町を魔法学院の制服と外套を身に着けたルイズと二メイルを超える長身の亜人セルが連れ立って歩いていた。通りを行き交う人々や、露店の店主たちはこの奇妙な二人連れを最初は驚いて見つめていたが、ルイズがメイジであることに気付くと、酔狂な貴族が令嬢の護衛に奇妙な亜人を使っているんだろうと考え、あえて騒ぎ出すことは無かった。実際、大陸のいくつかの国では一部の亜人を自国の軍事力や労働力として使役していたのだ。

 

 「う~ん、王都のこの雰囲気、久しぶりだわ。それにしても、「キ」の飛行って便利よね。本当なら、馬で往復六時間はかかる王都まで、片道たったの十五分だなんて。お尻も痛くならないし、景色は最高だし。それで、セル。トリステイン王都に、はじめて来た感想は?」

 

 「……狭いな」

 

 「えっ、本当? トリスタニアで一番大きな通りなんだけど。まあ、あんたの図体じゃ、そう感じるのもしょうがないかもね」

 

 ブルドンネ街の道幅は五メートルほどしかない。セルが地球において、はじめて訪れた都市ジンジャータウンと比較しても極端に狭いといわざるを得なかった。

 

 「ところで、預けた財布は大丈夫でしょうね?」

 

 「心配はいらない」

 

 ルイズは財布は使い魔が持つものだといって、セルに金貨の入った皮袋を渡そうとしたが、その時になってルイズはセルが服を着ていないことに気付いた。どうしよう、と立ち尽くすルイズに、セルは尾の先端を漏斗状に拡げ、この中に入れればよいと言い出した。しかたなしにルイズはセルの尾の中に皮袋を入れた。まあ、たしかに亜人の尾の中に金貨を隠すなど誰が想像するだろうか。たとえ、貴族くずれのメイジのスリが居ても、盗まれる心配はなかった。

 

 (それにしても、セルって……い、言ってしまえば、ぜ、全裸ってことよね。言われなければ、あんまり気にならないけど、やっぱり、武器だけじゃなくて服とかも買ってあげたほうがいいのかしら? たとえば……)

 

 そこでルイズは、禁断の想像をしてしまう。ヴァリエール家専属執事のお仕着せを一分の隙も無く着こなすセル。

 ルイズの優秀な頭脳は、その情景を寸分違わず、彼女の脳内に構築してしまう。その破壊力は推して知るべし。

 

 「……ぶふッ!!」

 

 思わず、吹き出したルイズは、その衝動に耐えるため、両手で口を塞ぎながらプルプルと震えていた。

 

 「どうした、ルイズ?気分でも悪いのか?」

 

 心配して声をかけてきたセルの方を見てしまったルイズの脳内にまたしても、さっきの映像が再生される。

 

 (……もう駄目)

 

 しばらくのあいだ、ブルドンネ街に少女の笑い声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「え~と、ピエモンの秘薬屋の近くだから、この辺のはずだけど……」

 

 なんとか、笑いの衝動を押さえ込んだルイズはセルとともに裏路地を進んでいた。道幅はさらに狭くなり、道端には汚物やゴミが散乱し、臭いもひどい。

 

 (ルイズ、よもや精神疾患を患っているのでは?天賦の才を与えられた者は、同時に狂気をも与えられるというが……いや、そう判断するのは早計か)

 

 きょろきょろと周りを見渡して、裏路地を進む主の後ろに付き従いながら、若干失礼なことを考えるセル。ルイズは、銅でできた剣の意匠の看板を見つけ、声を上げた。

 

 「あ、ここよ」

 

 武器屋の無骨な扉を開け、ルイズとセルは店内に入った。薄暗い店の奥で、暇をかこっていた中年の店主は、貴族の令嬢と見たこともない長身の亜人という二人連れに目を剥いたが、すぐに愛想よく二人に声をかける。

 

 「こりゃあ、ようこそのお越しで、貴族の若奥さま! 剣をお求めで? それとも、儀礼用の鎧のご注文ですかい?」

 

 「私の使い魔に似合う立派な大剣はあるかしら?」

 

 ルイズはそう言って、セルの方に顎をしゃくる。店主は、はじめて見る長身の亜人を無遠慮に眺め回す。

 

 「ははあ……これは……また、ずいぶん珍しい使い魔をお使いで。そういや、近頃は「土くれのフーケ」なんて貴族専門の盗賊があちこちに出張っちゃ、貴族の方の邸宅や別荘から貴重なお宝を盗みまくっているとかで、用心のために貴族の方々の間じゃあ、下々の用人にまで剣を持たせるのがはやっておりやしてね」

 

 「ふ~ん、貴族専門ね。当然、そのフーケってのもメイジでしょうけど……」

 

 「ルイズ。私が選ばせてもらうがかまわないかね」

 

 ルイズと店主の世間話をさえぎるようにセルが声をかける。

 

 「まあ、あんたが使うものだし、別にいいけど。あんまりみすぼらしいものは選ばないでよね」

 

 セルは、店内に所狭しと並べられている剣や槍、斧といった武器を見て廻り始めた。すると、どこからか低い男の声が響いてきた。

 

 「おめえ、みたことねえ亜人だが、さては「使い手」だな。こりゃあ、おでれーた! 亜人の「使い手」たあ、おでれーた!!」

 

 「……剣が口を利いただと」

 

 セルが見つけたのは、細身ながら一.五メイルはあろうかという大剣だった。しかし、表面にはびっしりと錆が浮き、埃も積もり放題という見栄えのあまりよろしくない剣だった。

 

 

 「それってインテリジェンスソード?」

 

 ルイズが問いかけると、店主は苦い顔しながら説明した。

 

 「へえ、おっしゃるとおりで。まったく、どこの物好き魔術師が剣をしゃべらせるなんて考えついたんだか。こいつは、デルフリンガーなんて大層な名前持ちなんですが、やたら口は悪いわ、客という客にケンカを売るわで、あっしもほとほと困っておりやしてんね」

 

 「これをもらおう。ルイズ、かまわないな?」

 

 「えっ、そんなボロッちいのでいいの? もっと、きれいな剣の方がいいんじゃない?」

 

 「いや、自意識を持つ剣、なかなかに興味深い」

 

 「まあ、あんたがそれでいいなら、私は別にいいけど……」

 

 「デル公でしたら、鞘込みで新金貨百枚でけっこうで」

 

 「見る目があるじゃねえか、おめえ!! さあ、おれっちを握ってみろい!!」

 

 セルはデルフリンガーの柄を握った。そして、わずかに力を込めた。セルの左手の甲に刻まれた紋様が光を放つ。

 

 「!! うおおおおおぉぉぉ!! こ、こりゃあ、まちがいねえ!! 「使い手」にまちがいねえッ!! おでれーた!!…………え、うそ、なにこれ!? でかすぎる!! こんな馬鹿でかい力!! あ、ありえねえッ!! む、むりむりむり……こんなんむりにきまって……あっ」

 

 

 バヂンッ!!

 

 

 次の瞬間、デルフリンガーの刀身が粉々に砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第九話をお送りしました。

デルフリンガーの運命や如何に……

次話で、ゼロ魔世界の苦労人、フーケさんが登場します。


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 第十話

第十話をお送りします。

気がつけば、はや十話まで参りました。
すべては応援してくださる皆様のおかげです。ありがとうございます。

虚無の曜日後編となります。




 

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……」

 

 裏路地の武器屋の店内に微妙な沈黙が漂っていた。

 

 「……え、え~と、インテリジェンスソードって、握ると砕け散るんだったかしら?」

 

 「……い、いや~、そ、そんな訳はねえんですが」

 

 セルは柄だけとなってしまったデルフリンガーを見つめながら、密かに感嘆していた。

 

 (このインテリジェンスソードとやらは、私の気を感じ取るだけでなく、気をその身に宿そうとしたのか……直前のルイズたちの反応を見れば、剣本来の機能ではないのだろうが、私の気が許容量を大きく上回っていたため、耐え切れず破損したか……)

 

 セルは、柄を握る左手の紋様に視線を移した。デルフリンガーを握った瞬間、紋様は確かに光を放ったが、今はなんの変化も示さない。

 だが、握った瞬間、セル自身にも変化が起こっていた。気の絶対値が上昇したのだ。上昇量自体は、かつて人造人間17号を吸収し、第二形態に進化したときとは比べるべくも無いが、感覚は吸収による進化に近いものだった。

 

 (あの感覚は、形態進化に限りなく近いものだった。ルーンか、ルイズとの「コントラクト・サーヴァント」により刻まれた紋様、コルベールという教師は珍しいものだといっていたな。そして、このインテリジェンスソードの意識は失われたわけではない。おそらく、このルーンに……)

 

 セルはデルフリンガーの成れの果てを握りながら、ルイズに振り返ると静かに言った。

 

 「ルイズ、きみの杖を貸してくれ」

 

 「私の杖? え、いいけど、どうするのよ?」

 

 ルイズから、指揮棒のような木製の杖を右手で受け取ったセルは、左手の柄と握り合わせるように持つと、意識を集中する。わずかだが、左手のルーンが反応を示し、淡い光を放つ。

 

 「……ぶるあッ!!」

 

 セルが気合を発すると、セルの両手がまばゆい光を放つ。

 

 「これでいい。ルイズ、受け取ってくれ」

 

 「……なに、これ?」

 

 セルが右手でルイズに渡したのは、彼女が愛用していた杖とは、若干違っていた。セルに渡すときは、確かに木製だった握り手の部分に、なんとデルフリンガーの柄の一部が融合されていたのだ。

 

 「ちょ、ちょっと、セル! あんた、今度は何したのよ!? 私の杖とあの口の悪いインテリジェンスソードがくっついちゃってるじゃない!! いくらスクウェアクラスの土メイジが「錬金」したって、木製のものと金属製のものをこんなに滑らかに合成するなんて不可能よ!!」

 

 「物質出現術の応用だ」

 

 「ぶ、物質出現術って……それも「キ」の力なわけ? もう、なんでもありじゃない。だいたい、なんで私の杖とあんな不良品の剣を合成しちゃうのよ?」

 

 「その新しい杖は、必ずやきみの力となるだろう。この私が保証する」

 

 「それじゃ、答えになってない……」

 

 「う~ん」

 

 その時、ルイズの手にある杖が気だるそうな声を発した。

 

 「……あれ、俺、どうしたんだっけ?……久しぶりにガンダールヴに会って、それで……あれ、俺……杖?……な、な、な、なんじゃあ、こりゃぁぁぁぁぁぁ!? なんで? どうして!? どんなわけでこうなったぁぁ!! お、俺さまが、この六千年の間、剣として「ガンダ-ルヴの左腕」とまで呼ばれたこのデルフリンガー様がよりによって杖!?……うっうっうっ、あ、あ、あ、あんまりだぁぁぁぁぁぁ!! あひぃぃぃぃ!! おれがつえぇぇぇぇぇ!! あ~んまりだぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 低く、野太い声で泣き叫ぶ新生デルフリンガー。それを手にするルイズは心底、嫌そうな顔でセルに告げる。

 

 「……すっごいウザイんだけど、これ」

 

 「心配はいらない。柄の部分を強く握れば、自意識は外界から遮断される。再度、握れば元に戻る」

 

 「あ、そう」

 

 直ちにデルフリンガーを遮断するルイズ。どっと疲れたルイズは、やや投げやりな言葉をセルにかける。

 

 「それで、あんたの武器はどうするのよ? 元々、あんたの武器をさがすために来たのよ」

 

 「そうだったな。では、店主、投擲用のナイフを数本見繕ってもらおう」

 

 「へ、へぇ、わかりやした……」

 

 展開についていけない店主は、いまさらながら亜人であるセルが流暢な人語を話しているのに気付き、さらに肝をつぶしてしまう。いわれるままに投げナイフ五本をセルに渡し、代金を受け取る。そして、連れ立って店を出ていく奇妙な二人を見送り、ほっと息をつき粗末な椅子に座り込む。

 そして、あることに気付く。

 

 

 「いやあ~、妙な客だったぜ……あっ!デル公の代金!! わすれてたぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 武器屋を出たセルとルイズはブルドンネ街に戻るため、裏路地を歩いていた。

 

 「投げナイフなんかでよかったの? もっと強そうな大剣とか、戦斧とかあったのに……」

 

 「とりあえず、これで十分だ。あまり巨大な武器は、きみを守護するためにはかえって邪魔になる。なんにせよ、礼は云わせてもらおう。感謝する、我が主よ」

 

 「ま、まあ、ご主人さまとして当然のことよ! こ、これからもしっかり、私を守りなさい!」

 

 セルの感謝の言葉に、あからさまな照れ隠しとともに歩速を速めるルイズ。ふと、気付いたようにセルを振り返る。

 

 「そういえば、投げナイフってどのくらいしたの? たしか,五本くらい買っていたわよね?」

 

 「ルイズから預かった皮袋の中身とほぼ同額だった」

 

 「え、うそ? し、新金貨で百枚? そんなに武器って高いの?」

 

 貴族の令嬢であるルイズは、当然だがこれまでの人生で武器など買った経験はない。武器の価格相場など、知りようがなかった。

 ヴァリエール家の三女であるルイズは実家から、毎月相当な額の仕送りを受けていたが、失敗魔法の爆発で発生した学院施設の修理費用や爆発に巻き込まれた生徒や教師の治療費などで、その懐事情は非常にきびしかった。そこにきて、なけなしの新金貨百枚の散財。

 

 (ら、来月の仕送りまで、どうしよう……)

 

 路地裏の壁に手をつき、絶望的な気分に浸るルイズ。それを見かねたのか、セルがルイズに問いかける。

 

 「ルイズ、聞きたいことがあるのだが、これらはどのように処理すればいいだろうか?」

 

 

 ジャラジャラジャラ!

 

 

 セルは路地に放置されている朽ちかけたテーブルの上で、尾を漏斗状に拡げ、大量の金貨を吐き出す。ざっと、見渡してもエキュー金貨や新金貨が数百枚から千枚はくだらない。

 

 「せ、セル! あんた、まさか……」

 

 「勘違いしないでほしいのだが、これらは明らかにスリだと思われる者数人から奪ったものだ。私もこう見えて、尾癖が悪くてね」

 

 「お、尾癖って、あんた……」

 

 「これらをどうするかは、ルイズ次第だ」

 

 「わたし次第って、それはもちろん……」

 

 もちろん、王都の警備隊に申し出るべきだが、財布もない大量の貨幣を突然、亜人が尻尾から出せば、警備隊が疑いの目を向けるのは間違いなく、自分たちだ。そもそも、尾癖の悪い使い魔がスリだけから数千枚の貨幣を奪いました、などと誰が信じるだろうか。ルイズの脳内を天秤が揺れる。片方の秤には誇りある貴族として、たとえ疑われても、警備隊に申し出るべきだというルイズ。もう片方には、申し出たところで誰のものかもわからない貨幣を提出すれば、最近、汚職や収賄のうわさも多い警備隊が自分のふところに入れるだけだというルイズ。悩むルイズにセルは悪魔の言葉を語りかける。

 

 「ルイズ。自分に仕える者の行った所業を清濁合わせて飲み込むことも、ひとの上に立つ貴族にとって必要なことだぞ」

 

 「……そ、そうよね! し、仕方ないわね、セル!! あんたの尾癖が悪いんだものね!! 主である私だけは、あんたの味方でいてあげなくちゃね!!……せ、セル、主として命ずるわ! そのお金はあんたが、そう、保管していなさい。ひ、必要なときは私が命じるから!!」

 

 「承知した。我が主よ」

 

 ご主人さまと使い魔は一心同体なのだ!使い魔の罪は主が受け止めなければいけないのだ。ルイズはそう、納得した。

 

 セルの所持金額:エキュー金貨、七百七十枚

         新金貨、九百五枚

         スゥ銀貨、二千四十五枚

         ドニエ銅貨、八千九百三十二枚 也

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――セルとルイズが別の意味で主従の結束を深めていた時から、時間を遡ること、十数時間前。

 

 赤と青の月から降り注ぐ月光がその表面を淡く照らす魔法学院本塔の外周壁面、そこに垂直にたつ人影があった。

 黒いローブを翻し、超然と佇む人物。いま、巷を騒がす怪盗「土くれのフーケ」その人だった。

 

 

 「たしかに、魔法がかかっている以外はただの壁なのだろうけど……その魔法が厄介だね」

 

 フーケは足元から感じられる壁面の感触から、さきほどのコルベールの話を思い出していた。

 

 「あのエロジジイの盟友だなんていうから、どうせ大したこと無い木っ端メイジだろうと踏んでいたけど、これほどとは、ね」

 

 壁にかかっていた「固定化」の魔法は土系統のメイジであるフーケをして、驚愕するほど強力なものだった。しかも、「固定化」以外にも詳細のわからない複数の魔法がかけられているようだった。

 

 「これじゃあ、たとえあたしが造れる最大のゴーレムでも壊せそうにないね。どうしたもんだか」

 

 フーケはため息をつきながらも、さらなる熟考を重ねる。

 

 

 「……いまさら、「破壊の篭手」をあきらめるわけにはいかないしね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第十話をお送りしました。

新生したデル公の活躍にご期待ください。

……なお、セルの尾は擬似四次元ポケットです、多分。


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 第十一話

第十一話をお送りします。

虚無の曜日完結及びフーケさんとの初接触です。




 

 セルとの絆をさらに強固なものにしたルイズは、ブルドンネ街に戻ってきた。

 使い魔の武器を購入するという、一応の目的は果たしたが、まだまだ時間的には余裕がある。懐にも思いがけず、余裕ができた。久しぶりの王都を満喫するのも、悪くない。そう、考えたルイズがとりあえず、落ち着ける店を探そうと通りを見渡していると、見知った顔が声をかけてきた。

 

「あら、ヴァリエールじゃない。王都で会うなんて珍しいわね」

 

「……」

 

ルイズに声をかけてきたのは、キュルケとタバサであった。見れば、二人の背後にはかなりの量の荷物が積み上げられていた。タバサはそのうちの一つに腰掛けながら読書に没頭していた。若干、顔をしかめたルイズだが、往来で声をかけられて無視するわけにもいかず、しかたなしにキュルケたちに近づきながら、答えた。

 

「それは、こっちのセリフよ、ツェルプストー……随分、買い込んだわね、バーゲンでもやってたのかしら?」

 

「せっかくの虚無の曜日だもの。しっかり、楽しまなくちゃ。ちなみにこれぜーんぶ、王都でも指折りの高級店のドレスとか宝飾品とか香水なんかよ。まあ、学院の補修費用をわざわざ自分から負担しているあなたには買えない代物かもね」

 

 

カチーン

 

 

「こぉれだから、ゲルマニア貴族は野蛮な成り上がりだっていわれるのよね。金にあかして高級品さえ身に付けていれば、自分たちが誇りも持たない貴族モドキだとバレないとでも思っているのかしら?」

 

 

カチーン

 

 

 「……言ってくれるわね、ヴァリエール。やっぱり、あなたとは決着をつける必要があるわね」

 

 「こっちこそ、望むところよ!」

 

往来でヒートアップするふたりの美少女メイジ。そろそろ止めるか、とセルが動き出そうとした時、それに先んずる者がいた。

 

 「周りの迷惑……後、お腹すいた」

 

二人の間に割って入ったのはタバサだった。いつもの無表情で仲裁すると同時に自身の要求も申し立てる。そのマイペースぶりに毒気を抜かれたのか、ルイズとキュルケは矛を納めた。

 

 「……わかったわよ、タバサ。近くに私オススメのカフェがあるから入りましょう。ヴァリエールも一緒にどう? お詫びの印におごるわよ」

 

 「ま、まあ、いいわ。いつまでも遺恨を抱えるなんて、それこそ貴族らしくないし……ところで、そのカフェ、クックベリーパイはあるんでしょうね?」

 

 「もちろんよ。任せておいて……あっ、荷物はどうしようかしら?」

 

 「それは、私に任せてもらおうかしら。セル! この二人の荷物を運んであげてちょうだい。出来るわよね?」

 

 「無論だ」

 

 セルが手のひらを二人の荷物に向けるとすべての荷物が地上数十センチほどに浮き上がった。その様子に目を見張るキュルケとタバサ。

 

 「……すごいわね。杖はもちろん詠唱も必要としない念力。わかる、タバサ?」

 

 「……わからない。本来ならありえないこと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人と一体は、ブルドンネ街を少し進んだ場所にあるアルラザード広場に店を構えるオープンカフェに腰を落ち着けた。一通りのものを注文し終えたところで、キュルケが切り出した。

 

 「ねえ、ヴァリエール、彼ってどういう使い魔なの? 私たちは東方から召喚された人語を話す珍しい亜人ってことしか知らないけど、まさかそれだけじゃないでしょ?」

 

 「……「キ」というものについても知りたい」

 

 「正直なところ、私だって、くわしいことはわからないわよ。学院で亜人辞典なんて呼ばれてる生物課の先生に聞いても、いまツェルプストーが言った以上のことはわからなかったし、セル本人に聞いても、元々いたチキューって場所は相当辺鄙なところらしくて、最初はぜんぜん話が噛み合わなかったんだから。まあ、「キ」については本人に説明させるわ。セル、簡単に教えてあげて」

 

 「承知した」

 

 ルイズが座っている椅子の背後に護衛兵のように控えていたセルは、例によって渋い声色で話し始めた。

 

 「「気」とは、きみたちの魔法とは根本的に異なる力だ。生命の根源の力であり、それを増幅、制御することで、先程のような念動力や高速飛行などを行使することができる。「気」そのものは植物も含めたあらゆる生命が微弱ながら備えているものだが、それを鍛え、自在にコントロールすることは非常に困難だ」

 

 「魔法とは、全く違う力ね。てっきり、先住魔法かとも思ったけど、それも違うわけね……」

 

 「生命の……根源の力……」

 

 セルの説明に感心しながら、うなずくキュルケ。逆にタバサは何か思うところがあるのか、俯きながらセルの説明を反芻していた。その時、ちょうど注文していた飲み物や軽食、甘味などがルイズたちのテーブルに届けられる。だが、タバサの前に置かれたのは、どう見ても軽食どころか大の大人三人分はあろうかという量の食べ物だった。思わず、ルイズが確認する。

 

 「えっ? これって注文間違いじゃないの?」

 

 「ふふふ、ヴァリエールは知らなかったわよね。タバサはね、とってもよく食べるのよ。私もはじめて知ったときは驚いたものよ」

 

 「限度があるでしょうよ。私より小柄なのに……」

 

 「……」

 

 呆れるルイズをよそに、タバサははしばみ草が山もりに盛られたサラダを次々に口に放り込んでいく。

 

 そこからは、女学生同士の他愛ない会話に花が咲いた。基本、ルイズとキュルケがしゃべり、時折タバサが妙に鋭い意見を述べたり、短いながらもキレのよい突っ込みを入れる。話の内容も、やれあの先生の授業は眠くなるだの、やれあの男子学生の目つきは誰に対してもいやらしいだの、取るに足らないものばかりだったが、ルイズにとっては、とても楽しいものだった。いままでの彼女の学院生活ではなかったごく自然な人とのふれあいだった。それを見たキュルケは密かに微笑ましい気持ちにとらわれた。

 

 (……ちょっと、変わったわね、ヴァリエール。いままでより険が無くなったっていうか、自然に笑うようになったわ。使い魔の彼のおかげかしら?)

 

 

 その後も、三人娘の会話は限りなく続いた。女性の話は長いというが、さすがに限度があるだろう。すでに陽は傾き、辺りは薄暗くなりつつあった。セルが突っ込みを入れなければいつまで続いていたことか。ちなみ、タバサはその日、カフェが仕入れていたはしばみ草を残さず平らげてしまった。

 

 「ふう、思ったより話し込んじゃったわね。それじゃタバサ、シルフィードを呼んでくれる?」

 

 「……わかった」

 

 「シルフィード? 誰のことよ?」

 

 王都の大門から少し離れたところまで、セルの念動力で荷物を運んでもらったキュルケはタバサにそう言った。ルイズが疑問を口すると同時にタバサが甲高い口笛を吹いた。するとはるか上空から一頭のウィンドドラゴンが飛来した。

 

 「あれが、タバサの使い魔、ウィンドドラゴンの幼生、シルフィードよ」

 

 「……そういえば、召喚の儀の時、六メイル近い竜種を召喚した生徒がいたけど、タバサだったのね」

 

 ところが、飛来したウィンドドラゴンはなぜかルイズたちのすぐ上空を旋回するばかりで降りようとしない。なにかを警戒しているかのようだった。

 

 「あら、シルフィード、どうしたの?」

 

 「……おそらく、彼を警戒している」

 

 「え、セルを? 珍しい亜人だからかしら?」

 

 「……わからない。」

 

 セル自身は特に気にした風もなく、ルイズの背後に佇んでいた。

 

 「う~ん、でもこのままじゃ、学院に帰れないわよ、タバサ」

 

 「……そもそも、荷物が多すぎる。シルフィードでも運ぶのは無理」

 

 「え~、今更、王都直配便に頼めっていうの? もう、そんなお金ないわよ」

 

 なにやら揉め始めたキュルケとタバサを尻目にルイズはセルに確認する。

 

 「ねえ、セル。あんたの念力って飛行と一緒に使ったりってできるの?」

 

 「あの程度の重量物であれば、念動力と飛行の同時行使は問題ない。飛行の速度も王都まで来た時と変わらないと思って貰っていい」

 

 実際には、その数十倍の重量であろうと、全く余裕なのだが、必要以上に力をひけちらかすのを良しとしないセルはあくまで、問題はない程度に返答する。

 

 「じゃ、決まりね。ツェルプストー!」

 

 結果として、セルとルイズ、キュルケたちの荷物がセルの念動力と高速飛行で先行し、キュルケとタバサがシルフィードに同乗してその後を追う形となった。ウィンドドラゴンの幼生であるシルフィードは、二人を乗せた状態でも、時速百キロ以上の速度で飛行できたが、セルの高速飛行にはとうてい追いつけず、仕方ないのでセルがシルフィードの速度にあわせる形で減速飛行を行ったため、学院に到着したころには、完全に夜になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ルイズたちが学院に帰還する十数分前、魔法学院本塔前の中庭。

 

 まだ、宵の口といった時間だが、虚無の曜日のためか周囲に人影はない。黒いローブを翻した、ただ一人を除いて。土くれのフーケである。昨晩の下見で、宝物庫の壁の破壊は容易ではないという結論に至ったが、今朝になって得た情報から時間をかけて仕事している場合ではなくなっていたのだ。

 

 「まさか、近日中に「破壊の篭手」を王立アカデミーに引き渡すかもしれないなんて、ね」

 

 王立アカデミーは王室直属の魔法研究機関であり、新しい魔法理論の確立や未知のマジックアイテムの解析などを表向きの主業務として行っていた。だが、裏では様々な非合法活動にも従事しているという噂もあるキナ臭い組織だった。そんなところにせっかくのお宝を奪われるわけにはいかない。フーケは計画の前倒しを決めた。

 

 「さて、やってみようかね!!」

 

 フーケは杖を取り出し、長い詠唱に入る。詠唱が完成すると、フーケの足元の土が大きく盛り上がる。見る間に盛り上がる土の量は増大し、大きな人型を形成する。それは全高三十メイルはあろうかという土製のゴーレムであった。

 ゴーレムの左肩に「フライ」で飛び乗ったフーケは、ゴーレムに全力での壁破壊を命じる。大きく振りかぶった右ストレートが壁に直撃した瞬間。

 

 

 バゴオォォォ!!

 

 

 宝物庫の壁が巨大な爆炎を放った。炎はゴーレムの右腕をひじ部分まで飲み込んだものの、フーケの魔力を受けたゴーレムは、瞬く間に再生する。

 

 「くっ、なんだっていうんだい!? 爆発する壁だって!?……いや、あれは、もしかして!」

 

 宝物庫の防衛のために施された魔法の一つに「爆壁」というものがあった。これは、「固定化」を解除するための「錬金」や物理的な衝撃に対して発動し、トライアングルクラスの炎を目標に放つという、魔法版「リアクティブアーマー(自爆装甲)」ともいうべきものだったが、何分、理論先行の未完成魔法であり、発動した場合、その魔力が「固定化」と干渉してしまい、その効力を著しく減退させてしまう欠点があった。宝物庫の壁などの制作を行ったスクウェア・メイジたちは、もとより魔法学院の宝物庫に盗みに入る者などいるわけがないとタカをくくり、手当たりしだいに未完成の防御魔法を施してしまっていた。その結果、「爆壁」を発動した壁面には目に見える大きさのヒビが入ってしまっていた。

 

 「はははっ!! やっぱり、あのエロジジイの盟友だけはあるね! いい仕事してくれるじゃないか!!」

 

 フーケは、再度ゴーレムに破壊を命じる。そしてゴーレムの拳が壁に当たる直前にその拳を土から鉄に「錬金」によって変化させる。

 

 

 ボゴォォ!!

 

 

 今度こそ、ゴーレムの拳は宝物庫の壁面に大きな穴を造りだす。フーケはゴーレムの体を身軽に伝わると、宝物庫の中へと入る。

 

 「……これが「破壊の篭手」、いったい、なにでできてるんだい、こいつは?」

 

 フーケが台座からとりあげた「破壊の篭手」は長さは大人の拳からひじの半ば程度、おそらくその名の通り、腕に着けるものなのだろうが、先端には大砲のような砲門がついてる。見た目、金属のようだが、持ってみると驚くほど軽く、土メイジであるフーケにもどんな金属が使われているか見当もつかなかった。だが、今はこいつの材質がなんであろうとどうでもいい。フーケはローブを翻すと、壁の穴から外へと身を躍らせようとした。だが、その直前なにを思い出したのか、杖を台座に対して一振りした。すると、台座の一部にこう刻まれていた。

 

 

 『破壊の篭手、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な、なによ! あれは!?」

 

 

 学院に戻ってきたルイズたちが見たのは、学院本塔のそばにそそり立つ巨大なゴーレムと本塔の壁に開いた穴から身を躍らせた黒いローブの人影であった。

 だが、ローブの人物がゴーレムの手のひらに飛び乗ったと思った、次の瞬間には、ゴーレムは瞬く間に崩れ去り、すさまじい砂埃が煙幕となって、本塔全体を包み込んでしまった。

 

 

 砂埃が晴れた後に残されていたのは、こんもりと積もった土山だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第十一話をお送りしました。

つなぎ回のような感じになってしまいましたが、次話でフーケとの決着がつくかと。


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 第十二話

第十二話をお送りします。

フーケさんは迫り来る人造人間セルの魔の手から逃れることができるのか?

……出来レースって嫌ですね。




 

 

「土くれのフーケ」が魔法学院が誇る本塔宝物庫から、未知のマジックアイテム「破壊の篭手」をまんまと盗み出した、その翌朝。

 

 魔法学院内は上から下まで、大騒ぎの様相を呈していた。平民の衛兵たちは、自分たちが当直の晩になんてことが起きてしまったんだと、自らの不運を呪った。下手をすれば、当直担当の全員がお役御免になりかねない。貴族たる教師連も、フーケの所業をただ声高になじり、当直担当の教師の不手際をことさらに非難したが、大半の教師たちもまともに当直を勤めたことがなく、しかも、半ばそれが慣習化していた。

 

 「……責任を問われる者がいるとすれば、それは、わしも含めたこの場にいる教師全員というわけじゃな」

 

 オールド・オスマンの言葉に沈黙する教師陣。宝物庫に見事に空いた大穴から視線を移したオスマンが尋ねた。

 

 「それで、犯行を目撃したのは誰じゃ?」

 

 「こちらの三人です」

 

 コルベールが指し示したのは、ルイズ、キュルケ、タバサの三人だった。セルは使い魔として、少し離れた場所で待機していた。件の亜人の使い魔がその場にいることに目を細めるオスマン。目撃したことの説明を促されると、代表してルイズが進み出る。

 

 「私たちが見たのは、本塔のそばに立つ巨大なゴーレムと、宝物庫だと思われる壁に空いた大きな穴から這い出してきた、黒ローブの、性別はわかりませんがメイジでした。メイジがゴーレムの左手に飛び乗ると瞬く間にゴーレムは崩れて、ものすごい砂埃を巻き上げました……砂煙が晴れた跡には土山以外にはなにもありませんでした」

 

 「ふむ、つまりその黒ローブのメイジに関する手がかりはないというわけか……」

 

 「いいえ、手ががりならありますわ、オールド・オスマン」

 

 その場にいた全員の視線が、宝物庫の入り口に現れたミス・ロングビルに注がれる。

 

 「ミス・ロングビル! いままで、どちらに居られたのですか!? 大変な事態が起こったのですぞ!」

 

 「ですから、その事態についての調査ですわ、ミスタ・コルベール。なんとか、有力な情報を得ることができましたわ」

 

 コルベールの詰問に、落ち着き払った態度で応えるロングビル。さらに、オスマンが調査の結果を尋ねる。

 

 「ほう、仕事が早いのう。して、その有力な情報とはなにかね?」

 

 「はい、学院周辺の農民に聞き込みを行ったところ、徒歩で半日、馬で四時間ほどの距離の森の中に放棄された狩人の休憩小屋があるそうで、その小屋に黒いローブの男が出入りしているのを見たと。おそらく、それがフーケではないかと……」

 

 「黒いローブの男? それがフーケに間違いありません!」

 

 ロングビルの説明に思わず声をあげるルイズ。

 

 「ふ~む、居場所が特定できたなら、速攻をしかけるべきじゃな。いまから、王宮に魔法衛士隊の出動を要請しても、とうてい間に合わんじゃろう」

 

 オスマンは室内にいるメイジたちを見渡し、声を大にして有志を募った。

 

 「では、フーケ探索隊を編成する! 我はという者は杖を掲げよ!」

 

 しかし、教師陣から杖を掲げる者は現れなかった。オスマンの檄に応えたのは三人の少女たちだった。

 

 「ミス・ヴァリエール! ミス・ツェルスプトー! ミス・タバサ! あ、あなたたちは生徒ではありませんか! 危険ですぞ!」

 

 コルベールの言葉にルイズたちはそれぞれに反論する。

 

 「だれも杖を掲げないじゃないですか!」

 

 「そうよね、教師が及び腰なら、私たち生徒が頑張るしかありませんわ」

 

 「……二人が心配」

 

 「ほっほっほっ、これは一本とられたのう。うむ、ここは君たちに任せよう。なにしろ、ミス・タバサはその年で「シュヴァリエ」の称号を持つ逸材であり、ミス・ツェルスプトーはゲルマニアの名門の出で、優秀な炎メイジだという……そして、ミス・ヴァリエールは、かのヴァリエール公爵家の三女であり、まあ、将来は有望なメイジだと聞いておる。なにより、その使い魔は亜人でありながら、メイジとの決闘を制すほどの強者だと聞く」

 

 オスマンの言葉に教師たちは黙るほかなかった。三人に向き直ったオスマンは学院長として威厳に満ちた声で言った。

 

 「魔法学院は、諸君らの努力と貴族としての誇りに期待する!」

 

 「「「杖にかけて!!」」」

 

 ルイズたち三人は直立不動の姿勢で唱和した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズたちフーケ探索隊は、ミス・ロングビルが御者をつとめる馬車に揺られ、フーケが目撃されたという森を目指していた。探索隊の陣容はルイズ、キュルケ、タバサ、ミス・ロングビル、そしてルイズの使い魔セルという四人と一体で構成されていた。ルイズは最初、セルの飛行を使ってフーケに対して奇襲をかけるつもりだったが、昨晩の王都からの帰還の際、「キ」を使い過ぎたため、多人数の同時飛行は難しいとのセルの言葉にしかたなく、学院が用意した馬車に乗り込んでいた。実際には、セルの「気」は全く減退していないのだが、彼自身に思うところがあったのだ。

 

 「ここからは、徒歩で行きましょう」

 

 ロングビルは馬車の御者台から降りながら、ルイズたちに声をかけた。鬱蒼と茂る森が一行の前に拡がっていた。

 セルを先頭にして探索隊は森に入っていた。しばらく、進むと開けた場所に出た。その中心にロングビルの情報にあった猟師小屋らしきものが見える。

 

 「あの小屋にフーケがいるらしいのですが……」

 

 「セル、あんたの「キ」であの小屋に今、誰がいるとかってわかる?」

 

 小屋から離れた森の中で、様子を伺う探索隊。ルイズの問いにセルは意識を集中するように目をつぶり、すぐに応える。

 

 「いや、あの小屋の中、あるいはその周囲に我々以外の人間や亜人の「気」は感じられない。どうやら、フーケはいないようだな」

 

 「え、ミス・ヴァリエール、彼はいったい……」

 

 セルの言葉に思わず、困惑した声をあげるロングビル。たしかにフーケはいない。だが、なぜこの亜人にそれがわかるのか。

 

 「大丈夫です、ミス・ロングビル! セルがああいうなら、今はフーケはいないはずです」

 

 「あの小屋をフーケがアジトにしているなら、もしかしたら「破壊の篭手」をあそこに保管しているかもしれないわね」

 

 「……魔法の罠があるかも」

 

 キュルケとタバサの言葉に、探索隊はひとまず、偵察兼囮としてセルを小屋へと送りだすことに決めた。セル曰く、彼の外骨格ならいかなる魔法の罠も無効化できるということだった。

 

 「気をつけてね、セル」

 

 「心配は無用だ、ルイズ。何かあれば、合図を送る」

 

 セルは一足飛びに小屋へと近付くと鍵のかかっていない扉を無造作に開ける。小屋の中は薄暗く、半ば朽ちかけた家具がわずかばかり残されていた。そのなかでセルは小屋の奥にある大型のチェストに目を向けた。そのチェストだけは、新品同様で周りの家具のなかにあって異彩を放っていた。

 

 「……これが「破壊の篭手」だと?」

 

 セルはチェストから取り出したものに見覚えがあった。このハルキゲニアでではない。かつての地球において、コンピューターから与えられた知識の中に同じものを見たことがあったのだ。

 

 (なぜ、これがハルキゲニアにある? 私以外にも、この世界に召喚された者がいたというのか、あるいはコレのみが召喚されたか。そして、フーケはこれがこの世界に属するモノではなく、地球が存在する宇宙からのモノだと知っていたのか。聞いてみるしかあるまい……)

 

 セルはルイズたちに合図を送る。それを受けたキュルケとタバサが小屋へ向かい、ルイズは小屋外の警戒を担当、ロングビルは周辺の偵察に出かける。

 

 「確かに「破壊の篭手」だわ。以前、宝物庫の見学のときに見たことがあるわ」

 

 「……魔法の罠はない」

 

 杖を「破壊の篭手」に向けて意識を集中していたタバサが罠の有無を確認する。

 

 「やはり、これが「破壊の篭手」か」

 

 その時、外にいるルイズが叫び声をあげる。

 

 「きゃああああ!!」

 

 「ヴァリエール! どうしたの!?」

 

 

 バゴォォォォ!!

 

 

 キュルケの言葉と同時に、轟音が響き、小屋の天井がまるごと吹き飛ぶ。そこには、青空をバックに佇む巨大ゴーレムの姿があった。

 

 「出たわね!! ゴーレム!!」

 

 タバサとキュルケは即座に杖を振るい、詠唱を開始する。間を置かず、二人の杖からそれぞれ、巨大な竜巻と一抱えはある火球がゴーレムに直撃した。だが、巨大な質量を誇るゴーレムにはダメージらしいダメージを与えられない。

 

 「全く効いてないわ!!」

 

 「……撤退」

 

 キュルケとタバサが小屋から飛び出し、ゴーレムから距離を取る。セルはゆっくりと小屋から出るとルイズを探した。

 いた。ゴーレムの横で倒れている。意識はあるようだが、全高三十メイルの巨大ゴーレムの動きにあおられたようだ。そのことに気付いたゴーレムがルイズを踏み潰そうと、さしわたし五メイルはあろうかという足を持ち上げた。身動きがとれないルイズは思わず目をつぶる。

 

 (私、死んじゃうの?……ごめんなさい、セル、わたし…………あれ?)

 

 いつまで経っても、何の衝撃もこない。不思議に思ったルイズが恐る恐る目を開けると、目の前にはセルがいた。呆れたことにセルは巨大なゴーレムの足を左手一本で支えていた。

 

 「無事か、ルイズ?」

 

 「う、うん、平気。セル、あんた、か、片手で……」

 

 「……ぶるぁ!」

 

 

 ズドォォン!!!

 

 

 さらにセルは、なんと左手だけで、巨大なゴーレムを吹き飛ばしてしまう。宙を舞ったゴーレムは猟師小屋を押しつぶし、砂埃を巻き上げる。

 

 

 「うそでしょ?どうなってるのよ、。」

 

 「……非常識」

 

 セルの膂力の凄まじさに思わず、呆れ果てるキュルケとタバサ。

 だが、ゴーレムも大きなダメージは受けなかったのか、すぐに立ち上がろうとする。セルは右手に持っていた「破壊の篭手」を見ながら、思案する。

 

 (これが、私の知っているモノであるならば……試すことができるか)

 

 「ルイズ、これを右腕に着けるのだ。奥の取っ手を握れ。親指側にある突起部分が引き金だ。押し込めば発射される」

 

 そう言って、セルはルイズの右腕に「破壊の篭手」を装着する。ルイズは困惑した。

 

 「ちょ、ちょっと、セル! なによ、これ!? ひょっとして、「破壊の篭手」!? はっ、発射されるって何のことよ!」

 

 「そのままでは無理だろう。ルイズ、左手に杖を持つのだ。詠唱する魔法は何でもいい。詠唱の完了と同時に「篭手」の砲門をゴーレムに向け、引き金を押し込むのだ」

 

 「だから、なんでよ!? ちゃんと、説明しなさいよ!!」

 

 「……ルイズ。私を信じてほしい。」

 

 セルはルイズの目を真っ直ぐに見つめ、強い意志を込めて言った。

 

 「……もうっ! あんたのそれ、卑怯よ! 詠唱は何でもいいのね!?」

 

 ルイズは半ば、やけくそに右手の「破壊の篭手」と左手の杖をゴーレムに差し向け、詠唱をはじめる。もっともポピュラーな攻撃魔法「ファイアーボール」だ。詠唱が完了する直前、ルイズは左手の杖の柄を強く握り締めた。デルフリンガーの意識が開放される。

 

 「おれは……つえ……た~だのつえ~……も~う、けんじゃあ~ないのよ~~……あれ、俺さま、今度は……う、うおぉぉぉぉぉ!! ま、まさか、そんな、うそだろう!? ぶ、「ブリミル」!! あなたなのか!?」

 

 詠唱が完了した。同時に引き金を押し込む。

 

 「ファイアァァーボォォォォォォル!!!」

 

 

 ズオォォォォォォォォ!!

 

 

 「破壊の篭手」から放たれた光の奔流はゴーレムの足首から上部を一瞬で蒸発させ、背後の森をなぎ倒しながら進み、やがて虚空に光の一線を描き、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第十二話をお送りしました。

次話をもって当SSの「第一章」は終了となります。


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 第十三話

第十三話をお送りします。

今回でゼロ魔1巻の内容が終了となります。


 

 

 ズズズズズ

 

 質量の大半を失ったゴーレムは、静かに構成物質である土へと還った。自分がゴーレムを撃破したことが信じられないルイズは尻餅をついたまま、目をパチクリさせながら呟いた。

 

 「こ、これが、「破壊の篭手」の威力。私なんかでも、こんなことができるなんて……」

 

 「ルイズ、それは違う。これは、きみ自身の力だ」

 

 ルイズの呟きを、背後にいたセルが訂正する。

 

 「え、それって……」

 

 「やったわね、ヴァリエール!! すっごい光だったわよ!!」

 

 ルイズの元へキュルケとタバサが駆けつける。セルの手を借りて立ち上がったルイズは二人にぎこちない笑みを浮かべながら言った。

 

 「セルと「破壊の篭手」のおかげよ……それより、フーケは?」

 

 「それが、近くにはいないみたいなの」

 

 「……ミス・ロングビルが来た」

 

 タバサが指差した方から、息を切らせながら、ロングビルが走り寄ってきた。

 

 「はあ、はあ、みなさん、さきほどの光はいったい? こ、これは……」

 

 ルイズと「破壊の篭手」がもたらした蹂躙の痕跡を目の当たりにしたロングビルが絶句する。ゴーレムの背後にあった森の木々はトンネル状に大きくなぎ倒され、わずかな煙をくゆらせるばかりとなっていた。

 

 「さすがのフーケも、この威力を見せ付けられたら、尻尾を巻いて逃げるしかないわね」

 

 「近くに我々以外の「気」は、相変わらず感じられない」

 

 キュルケの楽観的な言葉に合わせて、セルの「気」による探索の結果を聞いたルイズたちは緊張を弛緩させた。フーケは逃がしたが、「破壊の篭手」は取り戻した上に被害もなし。戦果は上々といっていいだろう。

 

 「でしたら、ミス・ヴァリエール。「破壊の篭手」を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 「あ、はい。どうぞ、ミス・ロングビル」

 

 ルイズは右腕から取り外した「破壊の篭手」をロングビルに渡す。他の人間から見えないように唇を歪めたロングビルは篭手を受け取るやいなや、自らの右腕に装着して、ルイズたちから距離を取る。

 

 「……え、ミス・ロングビル?」

 

 思わず、呆気に取られる三人。だが、セルだけは落ち着き払った様子でルイズたちより前に進み出る。

 

 「……やはり、おまえがフーケか」

 

 「え、ちょっと、セル? あんた、なにを言って……」

 

 「はっ、鈍い貴族の小娘どもとは違って、なかなかするどいじゃないのさ。お察しのとおり、あたしが「土くれのフーケ」さ! あんたはどうやら、ずいぶん前からあたしがくさいとふんでたらしいが、どうして、そう思ったのか聞いてもいいかい?」

 

 冷静沈着な学院長秘書という才女の仮面を脱ぎ捨てたロングビルことフーケはあけすけな口調でセルに問いかけた。

 

 「簡単なことだ。おまえは、近隣の農民にこの森の小屋について聞いたと言った。だが、最も近い集落から数時間も離れた鬱蒼とした不気味な森の中心部まで農民が来るわけがない。まして、フーケの犯行からは、一晩しか経っていない。おまえの調査とやらも、時間的に考えて不自然だ」

 

 「へぇ~、見かけによらず、大したもんだ。威張り散らすしか能のない貴族の教師どもより、亜人のあんたのほうがよっぽど切れるじゃないか! おまけに「破壊の篭手」の使い方まで知っているなんてね……」

 

 フーケとセルの会話をよそに、タバサが小さく詠唱を行おうとするが、フーケもそれを見逃さない。篭手の砲門をタバサたちに向けながら、恫喝する。

 

 「下手な真似はよしな! あんたらもこの「破壊の篭手」の威力は見ただろう? さあ、大人しく全員、杖を捨ててもらおうか!」

 

 選択の余地はなかった。ルイズたちは、それぞれの杖を地面に放り投げた。

 

 「さて、肝心の篭手の使い方もわかったことだし、あんたたちともお別れかねぇ……」

 

 「一つ、聞きたい。おまえは、その篭手の由来を知っているのか?」

 

 絶対絶命の危機にいるにもかかわらず、いつもと変わらない調子でセルが尋ねた。

 

 「由来だって? そんなもの、知ったこっちゃないよ。ただ、あの宝物庫じゃあ一番得体が知れない分、一番高く売れると踏んだまでさ! まさか、こんなとんでもない代物だとは思わなかったけどね! あの王立アカデミーが欲しがるだけのことはあったってわけさ!」

 

 「そうか。ならば、もうおまえに用はない」

 

 「ああァ!? 状況がわかってモノを言ってんのかい!?」

 

 セルはフーケになおも近づきながら、何気ない口調で言った。

 

 「その篭手は、単発式の使い捨てだ。すでに単なる篭手でしかない」

 

 「な、なんだって?……がッ!?」

 

 セルの言葉に動揺したフーケの後頭部に衝撃が走る。フーケとの会話の間、セルは密かに自分の尾を伸ばし、森の下草に紛れさせてフーケの背後を取っていたのだ。先端の極々軽い一撃を受けたフーケは即座に昏倒する。セルは静かにフーケへと歩み寄り、右腕の篭手を奪った上で彼女が落とした杖を踏み砕く。

 

 「フーケの捕縛、完了だ」

 

 振り返ったセルの言葉にそれまで、呆気にとられていたルイズたちは思わず、顔を見合わせてから、お互いに抱擁し合った。

 

 

 フーケ探索隊は、その任務を完全に遂行したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まさか、ミス・ロングビルが「土くれのフーケ」だったとはのう……」

 

 学院に帰還したフーケ探索隊から、事の顛末を聞いたオールド・オスマンは自身の椅子に深く身を預けながら、そう呟いた。

 

 「いったい、どこで採用されたのですか?」

 

 オスマンの隣に控えていたコルベールが尋ねる。オスマンは少しはずかしそうに話し出した。

 

 「いやあ、わしのいきつけの酒場で給仕をしておっての、美人な上に尻も抜群! しかも、その尻を撫でても怒りもせんときた。さらに聞けば、魔法まで使えるという。もう、わしはこの娘っきゃない、と思って即採用したんじゃ。いま、思えば、あれはわしに取り入る為の演技じゃったのかのう……」

 

 遠い目をしだしたオスマンに、ありったけの罵声を浴びせようとしたコルベールは自分もフーケことロングビルの色香にほだされ、宝物庫の物理的衝撃に関する弱点を得意げに話してしまったことに思い当たり、あわててオスマンの擁護にまわる。

 

 「そ、そうですな! 美女とはまさに魔性のもの!! わ、われわれ男にとってはそれだけで恐るべき魔法使いといえるでしょう!!」

 

 「おおう、そのとおりじゃ! コルベール君、きみも話がわかるのう!!」

 

 無様に互いを庇い合う、大の男二人。そんな彼らをみつめるルイズたち三人の少女たちの視線は、氷点下をはるかに下回っていた。彼女たちの思いは一つ。

 

 (今すぐ、二人とも死ねばいいのに……)

 

 そんな、生徒たちの視線にさらされることに耐えかねたのか、大きく咳払いしたオスマンが椅子から立ち上がり、ルイズたちの頭を一人ずつ撫でながらその功績を称える。

 

 「きみ達のおかげで、王国を騒がせていた盗賊は捕まり、「破壊の篭手」は宝物庫に戻った! 本当によくやってくれた。きみたちのような生徒をもてたことをわしは誇りに思う。そして、その功績に報いるために、きみたちの「シュヴァリエ」爵位の申請を王宮に出すつもりじゃ……まあ、ミス・タバサはすでに称号を持っているから、精霊勲章の授与申請になるがのう」

 

 「ほ、ほんとうですか!?」

 

 思わぬご褒美に顔を輝かせるキュルケ。ルイズも一瞬、うれしそうな顔をするが、後ろで控えるセルのことを考えてしまう。今回のフーケ捕縛は、ほぼすべてセルの手柄だったが、さすがに王宮や学院が亜人に対して、なんらかの褒賞を行うわけがないと理解していた。だが、彼女自身は納得できなかった。 

 

 「さて、今夜は「フリッグの舞踏会」じゃ。「破壊の篭手」も無事に戻ってきたし、予定通りに執り行う」

 

 キュルケの顔がさらに輝いた。

 

 「そうでしたわ! 昨晩からの騒動ですっかり、忘れていましたわ!」

 

 「今夜の主役は間違いなく君たちじゃ。念入りに着飾るんじゃぞ」

 

 三人は学院長室から退室しようとしたが、セルのみがなぜか、オールド・オスマンに残るように申し渡される。ルイズが若干心配そうな顔を向けるが、セルの視線を受けると、小さく頷いて部屋を辞した。さらにコルベールも一礼してから、部屋を去る。学院長室にはセルとオールド・オスマンのみが残された。

 

 「……こうして、話すのは初めてじゃな。セルくんだったかの?」

 

 「セルで結構だ、学院長殿。確かに話すのは初めてだが、学院長は私に興味がおありのようだ。いままでに何度か、あなたのモノと思われる視線を感じていた」

 

 「ほほう、やはり勘付いておったか……ところで、きみもわしに聞きたい事があるのではないかね?」 

 

 「……「破壊の篭手」、どこで手に入れた?」

 

 「あれはのう、わしの命の恩人の持ち物でな……」

 

 オスマンは立ち上がり、窓際からトリステインの地を眺めながら、昔話をはじめた。

 

 「いまから、三十年ほど前になるかのう。わしは王宮からの依頼で、王家所有の森に飛来したワイバーンの討伐に出向いたのじゃ。霧が立ち込める森の中で、わしはどうにか一頭のワイバーンを仕留めた。ところがじゃ、ほっと一息ついたところにもう一頭のワイバーンが現れたのじゃ。わしは王宮の情報官を呪いながら、自身の最期を覚悟した。その時、すさまじい光がワイバーンを貫いたのじゃ。光を放った見知らぬ男の右腕に「破壊の篭手」が着けられておった。今、思い返しても妙な鎧をつけておったよ。しかも、その男は一目見ただけわかるほどの致命傷を負っておったのじゃ。男はワイバーンを倒した後、すぐに息を引き取った。彼の最期の言葉は「申し訳ありません、クウラ様」じゃった。もしかして、きみならそのクウラという人物を知っておるかのう?」

 

 (クウラ? フリーザではないのか?)

 

 オスマンの話に出てきた名前はセルの予想から外れていた。セルが予想していたフリーザという存在は、かつて地球に襲来した凶暴な異星人である。そして、フリーザとその父親の細胞はセルを完成させるための要素として、スパイロボットによって採取されていた。その際に収集された画像データに「破壊の篭手」ことビーム銃が収められていたのだ。コンピューターの解析によれば、ビーム銃は装着者の「気」を増幅して気功波を放つ兵器であり、フリーザの配下でも、「気」の弱い下級兵士の補助兵器だとされていた。この世界の人間は基本的に「気」が弱すぎるため、最低出力に達しないために起動できないのだろうとセルは推測していた。つまり、フーケに言った単発の使い捨てというのは彼女の動揺を誘う方便だった。

 

 「いや、クウラという人物には私も心当たりはない」

 

 「ふむ、そうか。ところで、きみの左手に刻まれたルーンについてなのじゃが、いずれ、それについても詳しく話したいと思っておる。その時が来たら、時間をとってくれるかのう?」

 

 「承知した。主を待たせているので、これで失礼する」

 

 学院長室を辞するセルを見送ったオスマンは、椅子に座り、深いため息をつく。

 

 「……「ガンダールヴ」か、もしかしたら、あの亜人はそれすら、問題にならんとてつもない存在かもしれんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「フリッグの舞踏会」は、アルヴィーズの食堂の上部に位置する大ホールで開催されていた。大勢の生徒や教師たちが、これぞ貴族といわんばかりの豪奢なドレスやタキシードに身を包み、ワインを片手に談笑していた。会場のテーブルには、ところ狭しと豪華な料理が並べられており、タバサなどは他には目もくれず、料理との格闘に精を出していた。キュルケは複数の男子生徒を侍らせながら、舞踏会を満喫していた。

 そんな華やかな会場を外周バルコニーの手すりに浮遊しながら、見つめるセル。その足元にはルイズの杖と融合したデルフリンガーが置かれていた。

 

 「旦那も楽しんで来ちゃあどうですかい?」

 

 「亜人である私が出向く場所ではない」

 

 「……亜人ねぇ、まあ、そういうことにしといてやるかねぇ」

 

 「なにが言いたい?」

 

 「べ~つに、な~んも言いたかねぇですよ~。誰かさんのせいで長らく親しんだ身体をぶっ壊されたと思ったら、よりによって杖なんかに作り替えられて、あげくに馬鹿でかいゴーレムとの鉄火場に放り出されて、気づいたら記憶のほとんどがすっ飛んじまったデル公にゃ、言いたいことなんかな~んもありやしませんぜ。だいたい、俺様はね……」

 

 デルフリンガーが長々と自分は何も気にしていない旨をセルに力説していた、ちょうどその時、舞踏会のホールに続く荘厳な扉が開き、一人の少女が姿を見せる。扉の脇に控える衛士がひときわ大きな声でその到着を告げる。

 

 「ヴァリエール公爵家が第三息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~~り~~~~!!」

 

 姿を見せたルイズは、桃色の美しい髪をバレッタにまとめ、純白のパーティドレスにその身を包んでいた。肘まである長く白い手袋がルイズの高貴さをさらに引き立てる。主役が全員そろったことを確認したホールの楽師たちが、ダンスのための音楽を奏で始める。

 ルイズの美貌に驚愕していた男子生徒たちは、たちまち、我先にとダンスのパートナーをルイズに申し込む。ルイズはそれらの誘いをすべて断ると、誰かを探すようにホールを進む。

 

 「おまえの失われた記憶は、どうすれば戻る」

 

 「……さてねぇ、俺様の長い長い人生?でも、この一両日のドタバタは経験したことがねぇほどだったからなぁ。まあ、忘れてるだけかもしれねぇけどよ。ただ、記憶を失っちまった俺様にもわかることはあるぜ、旦那……そいつは、あんたのことだ。あんたは、ただの亜人じゃあねぇ、いや、亜人なんてくくりはどうでもいい。あんたは、なにもかも、そう、このハルケギニアって世界そのものすらも、めちゃくちゃにしちまう……そんな、恐ろしいほどに禍々しいなにかだ」

 

 「……見る目だけはあるようだな、デルフリンガー」

 

 「へっ、目ん玉はねぇけどな、旦那」

 

 

 「こんなところにいたのね、セル」

 

 ようやく、お目当ての相手を見つけたルイズはバルコニーに出て、セルとデルフリンガーに歩み寄りながら言った。

 

 「ルイズ、こんなところに来ないで舞踏会を楽しんだらどうだ。きみたちが今夜の主役ではないか」

 

 「……この私に釣り合う相手がいないんだもの。退屈だわ」

 

 「そうか」

 

 ルイズはバルコニーの手すりに寄りかかりながら、セルの顔色を窺うように言った。しびれを切らしたようにデルフリンガーがセルに吠え立てる。

 

 「かぁ~、旦那! あんたはすげえ力を持ってるかも知れねぇが、女心ってやつがちっともわかりやがらねぇみてぇだなぁ!! 嬢ちゃんはあんたに誘ってもらいてぇんだよ!!」

 

 「ふんっ!!」

 

 抜く手も見せずに、つかんだデルフリンガーを即座にバルコニー脇の観葉植物の鉢に投げ捨てるルイズ。

 

 「まったく、あの不良品は余計なことばっかり……困ったものね」

 

 ルイズはそわそわしながら、バルコニーを歩き回り、セルの前に来ると上目使いでこう言った。

 

 「……このまま、壁の花になるのもなんだし、そのぉ、ど、どうしてもっていうなら、踊ってあげなくもないわよ、セル」

 

 セルがその場に跪きながら、ルイズの手を取ったのは、とびっきりの美少女の上目使いにやられたからではないと断言しておく。例によって例のごとく、セルはとびっきりの良い声で応えた。

 

 「人ならぬ我が身でよろしければ、喜んで」

 

 セルとルイズが連れ立って、ホールに入り、華麗なダンスのステップを披露すると、会場で複数の男子生徒から愛を囁かれていたキュルケも、最後のはしばみ草のサラダに手をのばしたタバサも、給仕に駆け回っていたシエスタも、必死にモンモランシーをダンスに誘おうとしていたギーシュも、その場にいたすべての人々が目を奪われた。

 二メイルを超える長身異形、まるで神話の怪物が具現化したような亜人セルと眉目秀麗、こちらもお伽噺からぬけだしたお姫様そのままのルイズ、この二人の組み合わせはあまりにも幻想的であった。プロの楽師も思わず、演奏の手を止めてしまう。

 

 「上手いじゃない、セル。ダンスまでできるのね」

 

 「きみのリードのおかげだ、ルイズ」

 

 「……ねえ、セル。あなた、言ったわよね?私の力が何なのか知りたいって」

 

 「そのとおりだ」

 

 「あの「破壊の籠手」を使ったとき、私も自分の中の何かが目覚めたような気がしたわ」

 

 ルイズは決意に満ちた瞳をセルに向けながら、言った。

 

 「私にどんな力があるのかはわからないけど、力があるなら、使いこなしてみせるわ!そして、あなたの主としてふさわしいメイジになってみせる!」

 

 「それでこそ、我が主だ。ルイズ」

 

 演奏の絶えたホールを二人の主従のダンスだけが続く。その時、バルコニーから大音量の声が響いた。観葉植物に突っ込まれたデルフリンガーだ。

 

 「……音楽はどぉうしたぁぁ!?」

 

 その大声にはっとした楽師隊が大慌てで演奏を再開する。

 

 「こいつは、てぇしたもんだぁ!! まったく、長生きはするもんだぜぇ、こんな場面に出くわすたぁな!! 世界を滅ぼす怪物と世界を救うかもしれない少女のダンスたぁ、おでれーた!! まったくもって、おでれーたぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

この日の「フリッグの舞踏会」は、その後、永く魔法学院に語り継がれることになる。後世において、「運命の舞踏」と称される一夜であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼロの人造人間使い魔   第一章 召喚  完




第十三話をお送りしました。

次話からゼロ魔原作第2巻の内容に入りますが、徐々に原作ブレイクが入ることになります。

どうか、ご期待ください。


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 断章之壱 『王権』の最期

第二章開始前に断章をお送りします。

第一章三話にて、ハルケギニア各地に散ったセルの分身体が何をしているのか……

……決して、第二章執筆に煮詰っているわけではありませんので。


 

 

 浮遊大陸を統治するアルビオン王国。その王立空軍には、「ロイヤル・ソヴリン」号と呼ばれるフネがある。正確には、あった。

 全長二百メイルを超える巨大な船体に、両舷合わせて百八門の火砲を備え、直掩戦力として二十騎の竜騎士をも搭載しており、その戦闘力は、大陸各国が保有するフネの中で、間違いなく最強と呼べるものだった。アルビオン空軍の誇りともいうべき、「ロイヤル・ソヴリン」は、しかし今は、その主を王立空軍から「レコン・キスタ」と称する集団へと変えていた。

 「レコン・キスタ」、自らを反王権貴族連盟と称するアルビオン貴族を中心とした勢力である。「聖地」の奪還と、王権の打破を目的とし、国の枠を超えたメイジが参加していた。彼らは蜂起後、接収した「ロイヤル・ソヴリン」を最初の戦勝地の名をとって、「レキシントン」号と改名した。

 今、「レキシントン」号を旗艦とした「レコン・キスタ」艦隊は、王党派が最後の砦としているニューカッスル城へ向けて航行していた。

 

 「王党派に与する者どもの兵力は、わずか三百足らずとか。それにひきかえ、我が軍の地上戦力は五万、さらにこの「レキシントン」を旗艦とした主力艦隊が戦線に加わるとなれば、いやはや、戦いと呼べるものになるかどうかですな、ボーウッド司令」

 

 「……王党派は、そのすべてが手練れのメイジだ。寡兵と侮ると、思わぬ痛手を蒙ることになるぞ」

 

 自らの副官の楽観的な意見をたしなめる「レコン・キスタ」主力艦隊司令サー・ヘンリ・ボーウッド。彼は元々、王立空軍でも、屈指の戦艦長であったが、直属の上司である本国艦隊司令が貴族派に寝返ったため、実直な軍人たる彼は、心ならずも「レコン・キスタ」に属することになった。しかも、王軍との最初の大規模戦闘で艦隊司令が戦死したため、接収された「ロイヤル・ソヴリン」号の艦長と主力艦隊の司令を兼任することになったのだ。

 副官に気付かれぬように嘆息するボーウッド。

 

 (……「レキシントン」か、いつの日か「ロイヤル・ソヴリン」の艦長たることを夢見ていた、この私が、今のような立場に就くことになるとはな。始祖「ブリミル」よ、あなたの末裔たる王家に刃向かった私への、これが報いなのですか?)

 

 ボーウッドは自らの煩悶を押し殺すように艦長席から立ち上がると、艦橋の部下たちに命じた。

 

 「現状を報告せよ!!」

 

 「現在位置、目標ニューカッスル城の西南約八十リーグ」

 

 「速力は二十リーグを維持。風石の残量も問題ありません」

 

 「先導艦「デファインス」号より信号確認、周囲十リーグ二敵性勢力ハ確認デキズ」

 

 「殿艦「レゾリューション」号よりも信号確認、艦周囲十リーグニ異常ナシ」

 

 「順調ですな。これなら、本日中にニューカッスルに到着できるかと」

 

 「そう願いたいがな」

 

 

 カッ!!  ズドォォォォォン!!

 

 

 ボーウッドの言葉と、ほぼ同時に艦隊前方に巨大な閃光と爆発が発生する。思わず、片腕で目を覆うボーウッド。最初の衝撃から立ち直ると即座に命令を下す。

 

 「な、何だ、今の光と衝撃は!? 観測手、何が起きた!?」

 

 「し、司令!! 艦隊前衛の戦列艦が、ぜ、全滅していますっ!!」

 

 「な、なんだと!? そんな馬鹿なことが……」

 

 ボーウッド自身が艦橋から、自分の配下にあるはずの艦隊を確認すると、「レキシントン」号の前方を航行していたはずの戦列艦二十隻は跡形もなくなっていた。しばし、呆然とするボーウッドだが、直ぐに気力を持ち直すと、さらなる命令を下す。

 

 「全艦、第一種戦闘態勢!! 全艦の観測手に全周警戒を密にやらせろ!! 後衛艦隊を前進させ、直ちに戦闘隊形を組ませるんだ!! それから、直掩の竜騎士隊を全騎を発進させろ!! 両舷の砲撃班も目標を確認しだい命令を待たず、砲撃開始だ!!」

 

 「りょ、了解!! 全艦、第一種戦闘態勢!! 繰り返す!! 全艦、第一種戦闘態勢!! 後衛各艦に戦闘隊形の信号を送れ!!」

 

 「全観測手! 全周警戒!敵目標を探せ!!」

 

 「レキシントン竜騎士隊、全騎発進せよ!!」

 

 「砲撃班、全砲に散弾装填を開始!!」

 

 慌しく、動く「レキシントン」号の艦橋。ボーウッドは、自身の艦隊を一瞬で半壊させた敵について、必死に考えをめぐらせていた。

 

 (一瞬で、戦列艦二十隻を消し去るような兵器など存在しない。噂に聞く、四王家に連なるメイジにのみ許されたというヘクサゴン・スペルでも、ここまでの威力は無いはず……まさか、「虚無」?)

 

 そんなはずは無いと、頭を振って前方に視線を戻したボーウッドは、上空から艦橋に光の塊が迫るのを目撃した。それが、「レコン・キスタ」主力艦隊司令サー・ヘンリ・ボーウッドがこの世で観た最後の光景だった。

 

 

 ズオォォォォ!!! バゴォォォォォン!!!

 

 

 上空から放たれた螺旋状の光を纏った光線は「レキシントン」号の艦橋を蒸発させると、その巨大な船体を貫く。弾薬庫に直撃を受けた船体は、大爆発を起こし、四散する。さらに光線は、浮遊大陸の根幹たる分厚い岩盤をも貫き、ハルケギニア大陸西方海域に着弾し、巨大な水しぶきを上げてようやく消えた。残存艦隊も、無数に飛来する光球によって消滅する。

 「レコン・キスタ」主力艦隊四十隻は、ハルケギニアから消えた。搭乗していた一万人以上の人間と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あれが、この世界で最大級の兵器か。中世レベルの文明が建造したと考えれば、悪くはないがな」

 

 そう、呟いたのは、上空に浮遊する異形の亜人だった。二メイルを超える長身と、まるで虫のような外骨格を持ち、先端が針のごとく尖った尾を持つ存在、人造人間セルであった。だが、トリステイン魔法学院にて「ゼロ」のルイズの使い魔をしている個体ではない。使い魔セルが、召喚された晩に生み出した分身体の内の一体であった。

 アルビオンを訪れた分身体は、浮遊大陸の存在に興味を駆られ、大陸の組成に関する調査を行い、現地人が風石と呼ぶ特殊な鉱石の効果によって浮遊していることを確認していた。その調査の中途、この大陸を治める王国が内戦状態に入りつつあることを知った分身体は、この世界の軍隊の力を調査するために、最も近くにいた「レコン・キスタ」主力艦隊を全滅させたのだった。

 

 「この地の争いは、あるいは本体が仕える主にとって、丁度いい試練になるかもしれん……ふむ、新たな調査対象もできた。一度、本体とリンクしておくべきか」

 

 セルは、目視不能な超スピードでその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……な、なんなのだ? あの怪物は……まさか、あれこそが「大災厄」を引き起こしたという悪魔なのか?」

 

 セルが「レコン・キスタ」艦隊を消滅させた空域から数リーグ離れた場所に一人の男が浮遊していた。彼の名はビダーシャル。ハルケギニア東方の砂漠に住まう異種族エルフの一人であり、「ネフテス」と呼ばれる諸部族連合の意思決定機関「老評議会」の一員でもあった。彼は、「ネフテス」頭領テュリュークの使者として、人間族最大の国ガリア王国王都を目指していたが、アルビオン方面から感じられた精霊たちの激震な反応を確認するため、浮遊大陸を訪れていたのだ。

 

 「蛮族どもを押さえるどころではない。あの悪魔がもし、サハラに襲来すれば、我が一族は……急ぎ、戻らねば!」

 

 ビダーシャルは、サハラに戻るために指にはめていた風石の指輪に意識を集中した。ビダーシャルの身体が「フライ」を超えるスピードで空を駆けた。彼は優れた精霊魔法の使い手であり、あの悪魔を監視している際も自身の気配を消す特殊な魔法を唱えていた。そのため、彼は気付かなかった。

 

 

 

 その悪魔が、自身の存在を感知していたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




断章をお送りしました。

ビダーシャルさん、早めの登場が彼の運命をどう左右するのか?

……作者にもわかりません、まだ。


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第二章 レコン・キスタ
 第十四話


第十四話をお送りします。

本話から原作二巻の内容となります。若干アニメの要素も入ります。


 

 ルイズは夢を見ていた。

 その舞台は魔法学院ではない。懐かしきヴァリエール公爵本家の屋敷内の中庭だった。

 

 「ルイズ! どこに行ったの? まだ、お説教は終わっていませんよ!」

 

 大きな声でルイズを探しているのは、母だった。ルイズは上二人の姉たちより、魔法の成績が極端に低いために、母から度々、叱られていたのだ。広大な中庭の植え込みに隠れるルイズに、近くに居た使用人の言葉が聞こえる。

 

 「ルイズお嬢様は難儀だねぇ」

 

 「まったくだ。エレオノールお嬢様も、カトレアお嬢様も、将来はスクウェア・クラスは間違いない、なんて言われてるのにねぇ」

 

 使用人たちの心無い言葉に、悲しみと悔しさをその小さな胸に抱く六歳当時のルイズ。そんな時、ルイズは必ず、ある場所に足を向けた。中庭の一角に設えられた池。その池の中心には小さな島があり、そこには白い石材で造られた東屋があった。島のほとりには、舟遊びを楽しむための小舟が一艘係留されており、そこがルイズにとっての安息の場所だった。舟の中に横たわるルイズ。

 

 (わたし、どうして、魔法ができないの?お父様もお母様もお姉様たちも、みんな上手にできるのに……)

 

 もしかしたら、自分はこの家の子供ではないのでは?などと暗い考えにとらわれてしまう。そんな、ルイズに聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 「ルイズ、こんなところで何をしている?」

 

 ルイズが舟の中で立ち上がり、上を向くと、そこには空中に浮遊する長身異形の亜人、セルがいた。いつの間にか、ルイズ自身も六歳から、十六歳の姿に戻っていた。

 

 「……私は、このヴァリエール家の人間じゃないかもしれない。魔法を使えないなんて、王家の血筋に連なる者なら、ありえないわ」

 

 セルに対して平坦な声で応えるルイズ。だが、セルはその言葉を真っ向から否定する。

 

 「それは、違う。ルイズ、きみこそが、始祖「ブリミル」の系譜たる四王家にあって、最も濃い血をその身に宿しているのだ。そして、その血こそが……わた……の肉体を……させる……最後の……なのだ」

 

 次第に池の周囲を霧が覆いつくし、セルの姿も、声も不明瞭にしてしまう。ルイズは、思わずセルの身体に手を伸ばす。

 

 「ま、待って!! セル、今何を言ったの!?……」

 

 

 ガバッ!!

 

 

 ルイズは、ベッドから跳ね起き、何もない空中に手をさし伸ばしていた。部屋の時計はまだ、深夜と呼べる時間を指していた。ルイズは自分がどこで何をしていたのか、わからなかった。

 

 「はぁ~、夢で飛び起きるなんて、いつぶりかしら……しかも、夢の内容全然覚えてないし。ふわぁぁ~、まあ、いいわ。早く寝ましょ……」

 

 再度、ベッドに潜り込んだルイズは、今度こそ深い眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ~~……」

 

 「ちょっと、キュルケ。あんた、それ今日何回目のため息よ?」

 

 「……十四回目」

 

 ルイズは、キュルケ、タバサと一緒に食堂外にあるオープンテラスで昼食後の食休みをとっていた。キュルケは朝から妙にテンションが低く、ことあるごとにため息をついていた。

 

 「いっつも、ほざいてる恋のため息ってわけでもなさそうだし。なにか知ってる、タバサ?」

 

 「……知らない」

 

 以前からの親友であるタバサにもわからないのなら、ルイズにはお手上げだった。しかし、どうもキュルケがこのザマでは、彼女も調子がでない。

 

 「ほんとにどうしたのよ、キュルケ?とうとう、その脂肪の塊が垂れてきたのかしら?」

 

 「……そんなんじゃないわよ、ルイズ」

 

 いつもなら、食いついてくる軽口にも、反応がうすい。しかたなしにルイズは、タバサに話しかける。その間、キュルケの頭の中では、これからの自身の収支計画を必死に考えていた。

 

 (まさか、実家にあの散財が伝わるなんて。どこから、漏れたのかしら?)

 

 キュルケは、先だっての虚無の曜日における散財ぶりが、実家であるツェルプストー家にばれてしまい、しばらくは自由に使える仕送りは見送るという宣告を受けていたのだ。セルとギーシュの決闘における賭けで儲けた分は、先の散財でふっとんでしまっていた。

 

 (はぁ~どうしよう。また、誰か決闘してくれないかしら?)

 

 

 

 

 

 

 ルイズ、キュルケ、タバサ。トリステイン魔法学院でも五指に入るだろう美少女たちが、昼下がりにオープンテラスのテーブルで語らう。本来であれば、彼女らの美貌に目の眩んだ男子生徒たちがダース単位で話しかけてきても、おかしくないが、彼らは遠巻きに見守ることしか出来ない。その理由は当然、ルイズの少し背後に護衛兵よろしく佇む人造人間セルの存在だった。

 

 「ところで、タバサは使い魔品評会で何をするかってもう決めているの?」

 

 「……シルフィードの空中機動と空中戦の模擬戦闘」

 

 「うっ、話を聞くだけで、上位入選はまちがないなしって感じね」

 

 「……ルイズも、彼の「キ」を披露すればいい」

 

 「う~ん、そうなんだけど、もう少しインパクトというか、派手さが欲しいのよね。なんたって姫様がお見えになるんだし」

 

 使い魔品評会は、春の召喚の儀において、召喚された使い魔たちを学院の生徒や教師陣、さらには王宮のお偉方にお披露目する学院の大型イベントの一つだ。「メイジの実力を知るには、使い魔を見ろ」という言葉があるとおり、メイジにとって、使い魔の良し悪しは、自身の実力や将来にとって大きな意味を持つものだ。基本的には、王国にとってどの程度、有益かという観点が評価の大部分を占める。つまり、戦争に役立つかどうかである。セルの「キ」による念動力や飛行、桁外れの膂力は十分、上位を狙えるポイントなのだが、ルイズは今回の品評会では、トップを取りたいと考えていたのだ。なにしろ、今年の品評会には、多忙極まるはずのトリステイン王国第一王女アンリエッタ殿下のご行幸が通達されていたのだ。

 

 「……そうだわ! 品評会よ!! 品評会で上位入選、ううん、トップを取れば、父様もきっと許してくれるわ!!」

 

 キュルケは突然、立ち上がり、品評会への決意に燃え上がる。ルイズとタバサは、目をぱちくりさせる。

 

 「ねえ、キュルケって、躁鬱じゃないわよね?」

 

 「……多分」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――同日深夜、王都トリスタニア郊外チェルノボーグ監獄。

 

 脱出不可能と悪名も高いこの監獄の一級犯罪者専用の獄舎に「土くれ」のフーケは収監されていた。

 

 「まったく、かよわい女一人閉じ込めるのにこの物々しさはどうなのかしらね?」

 

 室内の粗末なベッドに横たわりながら、フーケはぼんやりと天井を見つめていた。思うことは、自分を捕らえた貴族の少女たちと異形の亜人だった。

 

 「ほんとにたいしたもんだよ! あいつら!!」

 

 特にあの亜人、片腕で彼女のゴーレムを吹き飛ばし、「破壊の篭手」の使い方すら熟知していた。見たことも聞いたこともない亜人。あれは一体なんだったのか……いや、今となってはどうでもいい。フーケは眠りにつこうとした。だが、すぐに目を開けると、ベッドから飛び降りる。何者かが、獄舎に降りて来ているのだ。足音は一つだ。すぐに鉄格子の前に一人のメイジが現れた。黒いマントを纏い、白い仮面で顔を覆っている。長いマントからは杖が覗いている。

 

 「おやまあ!こんな夜更けにこんな場所にお客様とは、珍しいこともあるものね!」

 

 フーケは油断なく身構える。どこぞの貴族が送り込んだ刺客だろう。散々、貴族のお宝を失敬してきた自分だ。処刑を待てないせっかちな貴族か、あるいは、ご禁制の品を収集していたことが自分の口から漏れるのを恐れた連中に雇われた殺し屋か。だが、マントのメイジは男の声でフーケに確認した。

 

 「土くれのフーケ、間違いないな?」

 

 「だれがつけてくれたかは知らないけどね」

 

 「おまえの力がほしい。マチルダ・オブ・サウスコーダ」

 

 フーケは絶句した。その名は捨てた。いや、捨てさせられた。もう、知る者とていないはずなのに。

 

 「あんだ、何者だい?」

 

 質問には答えず、マントの男はさらにフーケに詰め寄るように話す。

 

 「新たなアルビオンに仕える気はないか?」

 

 「あ、新たな、だって……どういうことだい?」

 

 「簡単なことだ。無能かつ愚かな王家はまもなく、倒れる。そして、真に国を憂える貴族たちがアルビオンを統治する。すなわち、革命なのだ!!」

 

 「革命ねぇ、それにあたしがどう関係するってんだい?」

 

 「我々は一人でも多くの優秀なメイジを必要としているのだ。なぜなら、我々の最終目的はすべての王権の打破と始祖「ブリミル」が光臨せし「聖地」の奪還なのだからな」

 

 フーケは蔑みの笑みを浮かべる。

 

 「あんた、牢獄じゃなくて病院にいったほうがいいんじゃないかい?」

 

 こいつはハルケギニア各国の王権を打倒するだけでなく、あのエルフたちすら打ち倒そうというのか。ハルキゲニア東方に住まう異種族エルフ。彼らは系統魔法を遥かに超えた先住魔法の使い手であり、いままでにも「聖地」奪回を目論見、軍を派遣したものの無残な敗北を喫した国は歴史上、数知れない。正気の沙汰じゃない。

 

 「おまえには選択の余地はない。我々の目的を知った以上、我らに加わるか、ここで死ぬかだ」

 

 男は杖をフーケに向ける。

 

 「……はあ、はじめから、そういうことだろう。まったく、貴族ってのは、他人の都合をまるで考えやしないんだから」

 

 「返答は?」

 

 「あんたたちの組織はなんていうんだい?大層な目的をぶちあげてるんだ。貴族連盟なんて安易なもんじゃないんだろう?」

 

 「その問いは、加わると考えてかまわないようだな」

 

 男は懐から出した鍵を鉄格子についた錠前に差し込みながら言った。

 

 「我らは、「レコン・キスタ」……がっ!?」

 

 鍵をまわした男が、突如仰け反る。そのまま一メイルほど浮かび上がる。

 

 

 ズギュン!!ズギュン!!ズギュン!!

 

 

 「おおっ!!……おおああぁ……ああ……あ……」

 

 何かを吸い取るような音が牢獄に響き渡る。浮かんだ男は見る見るうちに痩せ細っていく。まるでミイラのように。

 やがて、杖が落ち、鍵が落ち、靴が落ち、手袋が落ち、白い仮面が落ちる。もはや、どのような面相であったかすらもわからない。

 

 

 パサッ

 

 

 最後に服とマントが地に落ち、黒マントのメイジの肉体は跡形もなく消えた。

 

 「あ、あんたは……」

 

 恐怖に見開かれたフーケの瞳に、獄舎の暗闇から現れる異形の存在が映る。

 

 

 

 「ゼロ」のルイズの使い魔、人造人間セルの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




第十四話をお送りしました。

……ご感想、ご批評、よろしくお願いいたします。


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 第十五話

第十五話をお送りします。

万年ロイヤルビ(ゲフンゲフン)アンリエッタ王女殿下のご登場です。




 

 

 ――トリステイン魔法学院内の洗濯場。

 

 獅子の口をいくつも生やした円柱の前で、黒髪のメイド、シエスタと亜人の使い魔セルが神妙な雰囲気で向かい合っていた。シエスタの手には、つい先ほどセルが洗濯したばかりのルイズのネグリジェが握られていた。検分を終えたシエスタが満面の笑みを浮かべて言った。

 

 「セルさん、すばらしいです! もう、完璧に洗濯をマスターされましたね!!」

 

 「すべて、シエスタのおかげだ」

 

 「セルさんの努力の結果ですよ。私なんて、大したことを教えたわけでもないですし……それに、セルさんには、私の方が助けられているんですから。こんな程度じゃ、お礼にもなりません」

 

 「きみは律儀だな。だが、私としても、きみには何かしらの礼をしたい」

 

 そう言って、セルは洗濯場の近くにある薪割り場から、一本の薪を念動力で手元に引き寄せる。そして、指先を薪に向け、素早く振る。

 

 

 ビッ!ビビビッ!ビビッ!

 

 

 瞬く間に薪が、切られ、削られ、現れたのは、精巧極まるシエスタの木像だった。大きさは二十サントほど、メイド服を翻し、輝かんばかりの笑顔を浮かべている。セルが、渡すそれを恐る恐る両手で受け取るシエスタ。

 

 「今の私は、しがない使い魔の身。きみに渡せるのは、この程度のモノだ」

 

 「そ、そんな、セルさん……こ、こんな素敵な物を私なんかに。ほ、ほんとにいいんですか?」

 

 感極まるシエスタに指を振り、笑みを浮かべて立ち去るセル。

 しばらくの間、シエスタは自身の木像を手にその場から動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その日の夜。

 

 ルイズの部屋に戻ったセルは、ベッドに腰掛けた自分の主の機嫌が、あまりよろしくないことを悟った。

 目をつぶり、こめかみをひくつかせ、組んだ足を小刻みに動かすルイズ。腕組みも堂に入ったものだ。入ってきたセルも完全に無視している。セルはサイドテーブルに置かれたデルフリンガーに問いかける。

 

 「デルフリンガー、我が主はどうしたのだ?」

 

 「……はあ~旦那、あんたも意外に隅におけねぇなぁ。ま、おれっちから言うことは何もないぜ」

 

 その時、ルイズが動いた。ベッドに仁王立ちになると、威厳を込めた声でセルに命じる。

 

 「セル、そこに座りなさい!」

 

 「承知した」

 

 セルがベッドの前に胡坐をかいて座ろうとすると、さらにルイズの声が飛ぶ。

 

 「正座!!」

 

 「……承知した」

 

 生まれて初めての正座をする究極の人造人間セル。ルイズは、裁判官よろしくセルを詰問する。

 

 「シエスタとは、随分仲がいいみたいねぇ?わざわざ、お手製の木像までプレゼントするなんてねぇぇ」

 

 セルから自分の木像を贈られたシエスタは完全に舞い上がってしまい、自身の木像をメイド仲間やマルトーら厨房の人間達にも見せて回ってしまったのだ。例え、スクウェア・クラスの土メイジが「錬金」しても、到底再現不可能なほど、精緻に造り込まれたセル謹製の木像はたちまち評判となってしまった。

 それが、ルイズの耳に入るまで時間はかからなかった。

 

 「素直に自分も欲しいと言えないもんかねぇ……」

 

 先ほどまで、ルイズはデルフリンガー相手に散々愚痴っていたのだ。やれ主たる自分をないがしろにしている、やれまずは自分に贈るのが筋だろう、やれ亜人も胸は大きいほうがいいのかコンチクショーなどなど。

 

 「ふんっ!!」

 

 デルフリンガーの呟きを聞きつけたルイズは、目にも止まらぬ速度でデルフリンガーを部屋隅のゴミ箱に投げ入れる。

 

 ようやく、状況に得心したセルは、自身の尾をルイズに向けて漏斗状に拡げる。

 

 「……できれば、もう少し出来のいいものを贈りたかったのだが。」

 

 「い、いまさら何を……え、こ、これって?」

 

 セルがルイズの前に出したのは、三体の木像だった。すべて、ルイズの姿を模している。一つは、魔法学院の制服と外套を着込み、杖を掲げ凛々しい表情のルイズ。一つは、枕を抱えネグリジェに身を包んだ眠そうな表情のルイズ、最後の一つは、「フリッグの舞踏会」でセルと踊った際のパーティドレスを纏い、満面の笑みを浮かべたルイズ。いずれも、数々の美術品、芸術品に幼い頃から慣れ親しんだルイズですら、ため息をつくほどに美しい木像だった。

 

 「……え、え~と、セル? これは、そのぉ、やっぱり、わたしのために?……」

 

 「きみ以外に、これらを受け取る資格を持つ者は存在しない。どうか、受け取って欲しい。」

 

 「……うん。ありがと」

 

 木像を受け取り、すっかり機嫌を直すルイズ。シエスタが貰ったのは一個だけ、私はセルから三個も貰ったもの。そう考え、三種の自分の木像を並べて鑑賞し、いたくご満足なご様子のルイズ。

 セル自身も、木像の出来に満足していた。シエスタの指導の元、手洗いの極意を習得し、さらに精妙な「気」のコントロールを可能にしたセル。それを彼が欲した理由は、かつての地球での出来事にあった。完全体に進化した後、自らの力の確認と自身の楽しみのために開催した武道大会「セルゲーム」、セル自身が会場の設営から、開催告知まで行った一大イベントだった。だが、メインゲストと期待していた孫悟空に、自作のリングについて言われた「せこいリングだ」という言葉。セルはその一言をずっと気にしていたのだった。

 

 「ふ~ん、ふふ~ん、セルがくれた私の像~一つ~二つ~三つ」

 

 ベッドのヘッドボードに木像を並べ、妙な鼻歌を歌いながら、飽きもせず眺め続けるルイズ。単純に美術品として見ても、相当な価値があるだろう。なにしろ、モデルは自分だし。造り込みなんて、まるで本人を魔法で縮めたかのようだ。これは、ぜひともキュルケやタバサにも見せびらかさなきゃ。

 そこまで、考えたルイズにあるひらめきが浮かぶ。

 

 「そうだわ!! セル、品評会に使えるわよ、これ!!」

 

 これは、いける。ルイズには確信があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――使い魔品評会当日、王都トリスタニアから魔法学院へ続く街道上。

 

 煌びやかな貴金属の装飾を施した四頭立て馬車が、四方を幻獣に跨った精悍なメイジ達に守られながら、進んでいた。馬車に設えられたレリーフには一角獣ユニコーンと水晶の杖が組み合わさった意匠が刻まれており、馬車の主がトリステイン王国唯一の王女であることを示していた。

 四方を守護しているのは、王室直属の近衛隊、魔法衛士隊が誇る精鋭たちだった。

 

 「ふぅ~……」

 

 馬車の中で深いため息をつく、紫がかった美しい髪と薄いブルーの瞳を持つ美少女、トリステイン王国第一王女アンリエッタ・ド・トリステイン。

 その端整な横顔には、深い苦悩の影が見て取れた。王女の向かいの席に座る灰色のローブに身を包んだ男は、自身の口ひげをその骨ばった手でさすりながら、憂い深き王女に話しかけた。

 

 「本日十五回目のため息ですぞ、殿下」

 

 トリステイン王国の実質的な宰相として、政務を取り仕切るマザリーニ枢機卿はたしなめるように言った。

 

 「……これは、失礼いたしましたわ、枢機卿猊下。このトリステインを差配し、多忙極まるあなたに私なんかのため息の数を数えさせてしまうなんて」

 

 「また、そのような物言いを。王族たるもの自身の言動には責任を持っていただきませんと……」

 

 「私は、あなたの言うとおりにゲルマニアに嫁ぐのです。皮肉の一つぐらい、いいじゃありませんか」

 

 アンリエッタはマザリーニから顔をそむけて、言い放った。

 

 「いたしかたありませぬ。軍事大国たるゲルマニアとの同盟は、我が国の国防にとって必要なのですから」

 

 「もう何度も、同じご高説を伺っていますわ」

 

 顔をそむけたままで、アンリエッタはここ最近、耳にタコができるほど聞かされた話をそらんじる。

 

 「「白の国」アルビオンで勃興した革命の炎はほどなく、アルビオン王家を焼き尽くし、反王権を掲げる貴族どもが、次に牙を剥くのは、我がトリステイン。これに対抗するには、ゲルマニアとの軍事同盟を締結させなければならない。そのために皇帝アルブレヒト三世に私、アンリエッタが嫁がなければならない」

 

 「おっしゃるとおりで……」

 

 マザリーニの言葉に、さらにため息をつくアンリエッタ。憂いを含んだその横顔は、息を呑むほど美しいものだったが、マザリーニはさしたる感慨を抱かず、別の事に考えをめぐらしていた。

 実質的な宰相として国を取り仕切る彼は、他国の首脳がそうであるように、各国に多くの間諜を派遣していた。特に件のアルビオン王国に関しては、内乱の状況等を確認するため、様々なルートを使って情報を収集していた。そして、数日前に複数の間諜から、同じ報告がもたらされる。

 

 『反乱軍の主力艦隊失踪』

 

 この報告を受けたマザリーニは、直ちに情報の再確認を行わせた。二度に渡る確認の末、情報に間違いはないとの報告が届けられる。にわかには信じられなかった。反乱軍とはいえ、すでにアルビオンの大半を掌握した貴族派の中核戦力である主力艦隊は、かつての王立空軍総旗艦「ロイヤル・ソヴリン」を擁する四十隻からなる。それが、壊滅や全滅ですらなく、失踪などとは。

 

 (……まだ、王軍にいまさらの鞍替えをしたとか、独自の軍閥を宣言したなどであれば、信じることも出来ようが)

 

 だが、マザリーニ本人としては、この情報は考えようによっては、朗報とすることもできた。

 

 (主力艦隊を失ったとはいえ、反乱軍と王軍の戦力差は歴然だ。多少、内乱が長引いたとしても、王家の崩壊は免れない。だが……)

 

 反王権を掲げる貴族派が、アルビオンを平らげれば、次に目を向けるのは隣国たるトリステインである。しかし、浮遊大陸を国土とするアルビオンが他国へ侵攻するためには相当数の遠征艦隊と大規模な降下部隊の編成が不可欠だ。四十隻もの軍用艦を失った以上、アルビオンの外征能力は大きく減じたことになる。それらを再建するためには莫大な費用と膨大な時間がかかる。

 

 (おそらく、内乱後の新政府が外征に出るためには、最低でも半年、あるいは一年はかかるだろう。その間に我が国の備えを整えれば、いや、むしろゲルマニアをたきつけて、こちらから……)

 

 「……マザリーニ? どうしたのですか?」

 

 自身の考えに沈みこんでいたマザリーニは、王女の声にはっとする。

 

 「これは、わたしとしたことが、殿下を前にしてほうけるとは、面目次第もございません」

 

 「どうか、ご自愛くださいね。今、あなたに何かあれば、我がトリステインはにっちもさっちもいかなくなってしまいますわ」

 

 「これは、したり。殿下を補佐すべき私が殿下のご心痛の種になってしまうとは」

 

 マザリーニは心根から、アンリエッタに頭を垂れた。そして、思い出したように頭を上げながら、アンリエッタに問う。

 

 「ところで、殿下。昨今、宮廷の一部貴族に不穏な動きがございます」

 

 アンリエッタの身体がわずかに揺れた。

 

 「めでたき殿下のご婚約に水を差さんとする不埒なアルビオン貴族の暗躍があるとか……よもや、そのような者共に付け入れられる隙など、ございますまいな?」

 

 マザリーニの確認の問いに、再度顔を背けながら答えるアンリエッタ。

 

 「……ありませんわ。わたくしの名に賭けて」

 

 「そのお言葉、確かに頂戴いたしましたぞ」

 

 

 悩み多き美しい王女と国の行く末を真に案ずる宰相を乗せた馬車は、魔法学院の正門が見える丘を越えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第十五話をお送りしました。

次話で品評会とルイズ、アンリエッタの再会までいくかと。

ご感想、ご批評、よろしくお願いいたします。


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 第十六話

第十六話をお送りします。

使い魔品評会はアニメ1期の話ですが、あえて今回盛り込ませていただきました。


 

 

 例年通りであれば、使い魔品評会は、学院のヴェストリの広場に仮設の会場を設営して行われていたのだが、今年に限っては、アンリエッタ王女とマザリーニ枢機卿という二大VIPの観覧があるため、ヴェストリの広場では手狭だとして、春の召喚の儀を行った学院管理の平原に特設会場を設営しての開催となった。

 使い魔お披露目の舞台、生徒と使い魔の控室、生徒や教師たちの観客席、生徒たちの保護者である一部の貴族たちの貴賓席、そして二人の来賓のためのロイヤルボックス。これらの設営の責任者にされてしまったコルベールはただでさえ、危機的状況にある毛根細胞がさらに死滅してしまうほどの激務にさらされていた。さらに一部のお偉方の我儘から、学院から離れた会場に、冷たいお飲み物や軽食を提供できるように仮設の厨房まで用意された。当然、その準備にシエスタやマルトーらも駆り出され、学院中が大わらわという有様だった。

 もちろん、主役たる生徒と使い魔たちも、本番に向け、最後の練習に余念がなかった。男子生徒たちは、麗しい王女殿下の御前で一際目立つお披露目ができれば、あるいは、殿下御自らのお褒めの言葉が頂けるかもしれない、と夢想し、練習にも熱が入る。女子生徒たちも、国中の女性の憧れである魔法衛士隊の超エリートとお近づきになれるかもと、男子以上に盛り上がっていた。

 そして、当日。

 

 「えー、只今より、今年度の使い魔品評会を開催いたします!!」

 

 設営責任者と司会進行役をも兼任するはめになったコルベールは、傍目にも分かるほど痩せ衰えた身体に鞭を打って大声を張り上げた。彼のわずかな頭髪にはここ数日、白髪が目立つようになっていた。

 

 品評会の発表順は基本的には、幻獣とそれ以外の獣とで大別され、幻獣を召喚した生徒は会の後半に発表を行う慣例になっていた。これは、王国にとって、この品評会が将来の王国の直接的軍事力あるいは軍事利用できる使い魔使用法などを発掘することが主目的とされているためであった。前半では、通常の獣の使い魔たちが、主である生徒たちの指示に従い、様々な芸を披露する、そんな和やかな、だがある種、弛緩した雰囲気で会は進行した。だが、幻獣種の使い魔たちがメインとなると、より実戦的なお披露目が始まった。効率良く獲物を仕留める、敵の目を効果的に欺き目的を果たす、ただ単純な戦闘力を示す、など荒々しい演武が続く。

 

 「ふむ、今年の品評会は、どうやら、それほどの逸材には恵まれなかったようですな、オールド・オスマン?」

 

 ロイヤルボックスにて、王女と共に品評会を観覧していたマザリーニがオスマンに尋ねる。だが、オスマンは余裕の表情を崩さず、宰相に答える。

 

 「ほっほっほ、マザリーニ殿。その評価はちと、早計というものですな。こういってはなんじゃが、今までのお披露目は前座でしてのぅ」

 

 「ほう。では、とっておきの隠し玉があると?……品評会の会次第によれば、残りは三人ですが」

 

 「左様。マザリーニ殿もご存知では? かの「土くれのフーケ」を捕縛した功労者たちでしてな。いやあ、彼女らに「シュヴァリエ」と「精霊勲章」を授与できなかったのは痛恨事でしたわ。」

 

 暗に授与申請を却下したマザリーニを批判するオスマン。わずかに眉を動かしたマザリーニが、とりすました顔で言った。

 

 「ああ、そういえば、そのような申請がありましたな。昨今の状況を鑑みれば、こそ泥一人捕まえた程度で「シュヴァリエ」を授与するわけには参りませんな。授与には従軍が必須要件となりましたので」

 

 豊かな口ひげをわずかにひくつかせたオスマンが、すぐさま応じる。

 

 「ほほう、そうでしたかのう。こそ泥一人、捕まえることもできない王宮が擁する軍が、王国を守るという責務を果たせるかどうか、いやはや……」

 

 「なぁに、学院で楽隠居同然のあなたにご心配いただく必要など、ありませんとも」

 

 「……それはそれは。ほっほっほっ」

 

 「……いやいや。ふっふっふっ」

 

 静かに、だが確実に熾烈な火花を散らす王国宰相と魔法学院長。あまり世間には知られていないが、マザリーニ枢機卿は若かりしころ、オールド・オスマンの元で魔法や勉学に励んでいたことがあったのだが、その頃から、二人はどうにも反りが合わなかった。憎み合っているわけではないが、お互いに相性が合わないのか、子供ような意地の張り合いになってしまうのだ。いい年こいた大人たちの修羅場に涼やかな声が割って入る。

 

 「オールド・オスマン、会の最後を飾るのは、もしかして……」

 

 品評会のプログラムに見入っていたアンリエッタがオスマンに尋ねる。我が意を得たりとばかりに、胸を張りながらオスマンは言った。

 

 「いかにも、今年の品評会のオオトリを務めるのは、ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢でしてな。今現在、わしがもっとも注目しとる生徒ですわい」

 

 懐かしい名前に思わず、目を細めるアンリエッタ。マザリーニも当然、その名は知っていた。

 

 「ラ・ヴァリエール公爵のご息女ですか。たしか、殿下のお遊び相手だったとか」

 

 「ええ、ええ! ルイズ・フランソワーズ! わたくしのお友達ですわ!」

 

 その時、最後から三番手であるキュルケのお披露目が始まった。キュルケの使い魔は高位のサラマンダーであるフレイム。主の命令に応じて様々な炎を吐き、観客を盛り上げる。

 

 

 「さあ、いくわよ、フレイム!! 炎と炎の共演よ!!」

 

 とどめとばかりにフレイムが放った特大の火炎放射に、キュルケが自身の「フレイムボール」の魔法を融合させる。スクウェアクラスの火メイジに匹敵するほどの大火球が誕生する。それは、標的としてキュルケが恋人の一人である土メイジに造らせたゴーレムを一瞬で溶かし尽くしてしまう。その様を見た観覧席から今日一番の大歓声が起きた。

 自信満々に、その赤髪をかきあげながら舞台を後にするキュルケ。続いて登場したのは、シルフィードを従えたタバサだった。

 

 「……飛びなさい」

 

 タバサを乗せたまま、華麗な空中機動を見せるシルフィード。元より速度に優れる風竜とはいえ、その機動力には目を見張るものがあった。一通りの機動を披露し終えたシルフィードが高度を下げると、控え室からなにかが飛び出した。タバサが母国ガリア王国から取り寄せた空戦用のガーゴイルであった。シルフィードに襲い掛かるガーゴイルだが、その空中機動には追いつけない。タバサはシルフィードとの息の合った連携をもって、ほんの数度の打ち合いでガーゴイルを破壊する。キュルケの時を超える歓声が巻き起こった。

 

 

 「なるほど、まさかこれほどとは……オールド・オスマンが言われるだけのことは、ありますな」

 

 キュルケとタバサのお披露目を見たマザリーニが思わず、唸る。それまでに見たものとは、頭二つは抜きん出ている。

 

 「でも、この後に出るルイズは、さらにすごいのでしょう?」

 

 わくわくした様子を隠そうともせず、アンリエッタが言った。ここ最近で一番生き生きしているように見えた。そんなアンリエッタにオスマンは笑みを浮かべながら答えた。

 

 「どうか、ご期待くだされ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……いよいよね、緊張するわ」

 

 「主は堂々と構えていればいい」

 

 控え室で出番を待つルイズとセルは対象的だった。落ち着かず、そわそわした様子のルイズと、なに一つ普段と変わらないセル。その時、タバサのお披露目が大盛況の内に終了した。タバサとシルフィードが舞台から去ると、コルベールが今日一番の大声をはりあげる。

 

 「えー、それでは、本年度の使い魔品評会、最後の生徒と使い魔になります!! ヴァリエール公爵家第三息女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢とその使い魔東方の亜人セル!!」

 

 ルイズはセルを従え、舞台に上がる。学院の生徒や教師たちにとっては、異形長身の亜人セルはすでに見慣れたものだったが、はじめてその姿を見た貴族たちやロイヤルボックスの二人は目を剥いた。アンリエッタは、思わず呟く。

 

 「あれが、ルイズの使い魔……」

 

 ルイズはまず、アンリエッタに対して口上を述べた。

 

 「始祖「ブリミル」の恵みを持ちまして、麗しきアンリエッタ殿下の御前にて、私の使い魔をお披露目できますことは、望外の喜びでございます」

 

 背後のセルを指し示し、さらに口上を続ける。

 

 「こちらが、私の使い魔、セルと申します。出身は遥か東方の「ロバ・アル・カリイエ」の一地方チキュー。種族はジンゾウニンゲンという亜人の一種でございます。この者の力をお見せするために、一つのモノを殿下に献上させていただきたく存じます」

 

 セルの尾がルイズの足元に伸びる。ルイズは尾の上に立ち、杖を高く掲げ、セルに命じた。

 

 「さあ、セル!! 姫殿下に力をお見せするのよ!!」  

 

 「承知した、我が主よ」

 

 セルとルイズがそのままの格好で、一気に数十メイル上昇する。杖も詠唱もつかわない飛翔。それだけで大半の観客は度肝を抜かれる。だが、そんなものは序の口に過ぎなかった。セルが右手を大地に向ける。

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ

 

 

 会場から、数百メイルはなれた平原の地面が地鳴りとともに大きく盛り上がり、巨大な岩の塊が姿を見せる。大きさは五十メイルは超えているだろう。魔法学院の本塔よりも大きい。セルは続いて左手を岩塊に向け、素早く振る。光の線が岩塊に向かって奔る。本来、セルの衝撃斬は視認することはできないのだが、より見栄えがするようにと光の軌跡が残るように改良していたのだ。

 

 

 ビッ!!ビビビッ!!ビビッ!!ビビビビビビッ!!

 

 

 衝撃斬によって、瞬く間に切り裂かれていく岩塊。呆然と見ていた人々も次第に形を変えていく岩塊が、人型に変貌していることに気付いた。ルイズはセルの作業を監督しながら、指示を出していた。姫殿下の美しさと高貴さを同時に表現しなさいとか、お召し物は今日のドレスが風になびくような感じでとか、でも、胸はそれほどでもなくていいかも、とか。セルの創作作業は、ものの十分で終了した。

 

 

 ズズン!!

 

 

 完成した作品を地面に降ろし、自らも地上に戻るセル。使い魔の尾から降りたルイズは作品を背後にして最後の口上を述べる。

 

 「お待たせいたしました。アンリエッタ殿下に献上仕ります、作品名「聖王女立像」でございます」

 

 それは、全高四十メイルを超えるアンリエッタの石像であった。その細工は像の巨大さからすれば、ありえないほど精妙極まりないものだった。風になびく髪やドレスの裾、右手に握られている水晶の杖、そして、その表情の再現度は、もはや神の領域としか呼べない美しさだった。

 あまりの出来事にしばらくの間、静まり返ってしまった会場にたちまち、これまでの数倍もの歓声がこだまする。

 

 「な、なんと美しい像でしょう……このようなものは見たことがありませんわ!!」

 「ば、ばかな、あんな岩塊を浮遊させる念力などあ、あるわけが……」

 「すばらしい!! さすがはヴァリエール家のご息女!! あのような力を持つ使い魔を召喚されるとは!!」

 「これは、間違いなく我が国屈指の観光名所となりましょう。大陸のいかなる国にもこのような巨大な石像はありますまい!」

 「数十メイルの岩塊を容易に浮遊させる念力と、それを切り裂く光の線。あの使い魔一匹でいかほどの戦力になるか……」

 

 当然、ロイヤルボックスも騒然としていた。アンリエッタ王女などは飛び上がらんばかりに喜びをあらわしていた。

 

 「す、すごい、すごいわ!! ルイズ・フランソワーズ!! こんな、すごい使い魔を召喚するなんて!! やっぱり、あなたは特別だったのね!! ああ、私のルイズ!!」

 

 「お、オールド・オスマン、あ、あの使い魔は一体……なんなのです?」

 

 王女とは対象的にマザリーニは、ヴァリエール公爵家の令嬢が召喚した使い魔のあまりのすさまじさに驚愕を隠そうともせず、オスマンに聞いた。

 

 「ふむ、きみがそんな抽象的な質問をするのは、いつ以来かのう。まあ、わしも詳しいことは判ってはおらんが、後ほど教えてしんぜよう」

 

 小生意気な元生徒が驚愕している様を満足気に眺めながら、オスマンは言った。そして、舞台上で大歓声を受ける奇妙な主従を見やる。

 

 (いやはや、いくらなんでもやりすぎじゃ。これは、荒れるのう……)

 

 

 

 

 魔法学院使い魔品評会、最優秀賞は、ヴァリエール公爵家息女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールとその使い魔、東方の亜人セルが獲得したのだった。

 

 

 

 

 




第十六話をお送りしました。

アンリエッタとルイズの小芝居は次話となります。

ご感想、ご批評、よろしくお願いいたします。



 


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 第十七話

第十七話をお送りします。

ルイズとセルは、アンリエッタ王女のある依頼を請けることになります。

……上の人間がアレだと苦労しますよね。


 

 

 ――使い魔品評会が、行われたその日の夜。

 

 会における賞という賞を総なめにしたルイズは、机に向かい上機嫌で手紙をしたためていた。送り先は彼女の実家、ヴァリエール公爵家である。これまでは、学院での近況について、ほとんど実家に知らせることなどしなかったルイズだが、品評会の大成功によって彼女自身に精神的な余裕が生まれていたのだ。誇り高い貴族の子弟とはいえ、ルイズも十六歳の少女である。自分がうまくやったことに対する家族からの賞賛を望んでいたのだ。

 

 「ふふふ、ちい姉さまは褒めてくれるだろうけど、エレオノール姉さまはどうだろう? 「ちびルイズのくせに生意気ね」とか、かしら。父様と母様もきっと……」

 

 そんなルイズを見守るセル。サイドテーブル上のデルフリンガーがセルに尋ねる。

 

 「嬢ちゃんは、大喜びだけどよぉ。良かったのかい、旦那?あんな、派手に力を見せちまって。どうも、俺さま余計なドタバタに巻き込まれそうな気がヒシヒシとするんだけどよぉ」

 

 「でなければ、困るのだがな」

 

 「あ、そう……あんたにとっちゃ、織り込み済みってわけだ」

 

 気落ちしたデルフリンガーをよそに、セルは何かを感じたのか、ドアのそばに立ちながらルイズに声をかける。

 

 「ルイズ、客人のようだ」

 

 「え、こんな時間に? 誰かしら」

 

 ほどなく、ルイズの部屋のドアがノックされる。初めに長く二回、続いて短く三回。はっとしたルイズが急いでドアを開ける。そこには黒の頭巾をまとった少女が立っていた。少女は周囲を見回すと、するりと部屋に入り、ドアを閉める。ルイズが驚いていると、少女は杖を取り出し、短い詠唱とともに杖をふる。探知魔法のようだ。

 

 「どこに目や耳があるかわかりませんものね」

 

 そういって、少女は頭巾をはずす。あらわれたのは、なんとアンリエッタ王女だった。

 

 「姫殿下!!」

 

 

 慌てて、膝をつき臣下の礼をとるルイズ。背後のセルもそれにならう。王女が涼やかな声で言った。

 

 「お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ」

 

 改めて、懐かしい旧友と再会したアンリエッタは、感極まったようにルイズに抱きついた。

 

 「ああ、ルイズ!! わたくしのおともだち、ルイズ・フランソワーズ!! なんて、懐かしいのかしら!!」

 

 「いけません、姫殿下。このような下賤な場所にお一人でいらっしゃるなんて……」

 

 ルイズのかしこまった言葉に、アンリエッタは頭をふるとさらに想いをこめて言った。

 

 「ああ、どうか、やめてちょうだい!! わたくしのルイズ、ここは宮廷ではないの。枢機卿も、わたくしを王女という記号でしか見ない宮廷貴族もいないのだから。あなたにまで、そんな他人行儀な態度をとられたら、わたくし、もうどうしていいか判らなくなってしまうわ!!」

 

 「姫殿下……」

 

 「あなたはわすれてしまったの? 二人して宮廷中を走り回り、毎日のように泥だらけになったあの頃を!」

 

 アンリエッタの言葉に少し恥ずかしそうに答えるルイズ。

 

 「忘れたことなどございません。毎回、最後は侍従の方々、総出でお叱りを受けました」

 

 「そうよ、ルイズ、わたくし思い出したわ!! ほら、いつもうるさい女官長のグリームワルト侯爵夫人に仕返ししようとして!!」

 

 「ええ!! 夜中に侯爵夫人の部屋に山のように虫を放って、翌朝驚いた夫人が寝間着のまま宮廷中を逃げ惑って!!」

 

 アンリエッタとルイズが声をそろえて言った。

 

 「「ついた渾名が「グリームワルトの走りニワトリ」!!」」

 

 二人は、顔を見合わせて大笑いした。すこし落ち着くと、アンリエッタはベッドに腰掛けた。笑い顔から深い憂いを秘めた顔に変わる。

 

 「姫さま?」

 

 「ルイズ、私はドアの外で見張りをしている。何かあれば呼んでくれ」

 

 それまで、黙っていたセルがデルフリンガーを片手に部屋を出る。その長身異形の姿を見送るアンリエッタとルイズ。

 

 「そういえば、昼間はドタバタしてちゃんと伝えることが出来なかったわね。わたくしのルイズ、すばらしい石像をどうもありがとう。すごい、使い魔を召喚したものね」

 

 「お、恐れ入ります。姫さまに喜んでいただければ、このルイズにとってなによりの褒賞ですわ」

 

 「あなたが羨ましいわ。何よりも自由とは、尊いものね、ルイズ・フランソワーズ……」

 

 アンリエッタの深く沈んだ様子に、ルイズは気遣しげな声をかける。

 

 「姫さま、どうされたのですか?もし、私でよろしければ、なんなりとお申し付けください」

 

 「実はね、わたくしのルイズ……」

 

 王女の口から語られたのは、ルイズの予想を大きく超える事態についてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズの部屋の前で番兵よろしく佇むセル。その右手に握られたデルフリンガーが言った。

 

 「あの姫さん、間違いなく騒動の種をもってきやがったな。旦那、あんた最初から、この展開を予想してたってのかい?」

 

 「いや、王女自らが足を運ぶとは予想外だった」

 

 「どうだかなぁ……おや?」

 

 「おまえも気付いたか、デルフリンガー」

 

 セルはデルフリンガーを片手に廊下を進み、観葉植物の鉢の陰に隠れていた存在に警告を発した。

 

 「何をしている、ギーシュ・ド・グラモン?」

 

 「う、い、いや、何をしているかって、それはそのぉ……」

 

 しぶしぶ、姿をあらわすギーシュ。気まずそうな顔を隠そうともしない。

 

 「ここが、女子生徒の寄宿棟であることは、知らないはずはあるまい。そして、今この時間のこの場におまえがいるという事……生かしておいたのは間違いだったか」

 

 セルの尾が、不気味に蠢く。ギーシュは思わず、自身の首をおさえながら必死に言い訳を並べ立てる。

 

 「ち、ちがうんだ! ぼ、僕は、そんな不埒な理由でここにいるわけじゃないんだ!! この寄宿棟に、その、黒頭巾の怪しい人影が入っていくのをたまたま、見かけてそれで、女子のみんなに何かあったら大変だと思って。ほ、本当だ! 信じてくれ!!」

 

 「そうか。だが、その人影なら問題ない。私がすでに処分した」

 

 「な、しょ、処分って王女殿下をかい!?……あっ!」

 

 「やはり、王女だと気付いていたか」

 

 セルの誘導尋問に見事にひっかかったギーシュは、もはやこれまでと神妙な様子を見せた。

 

 「王女殿下とルイズは幼馴染だそうだ。立場があるため、お忍びで旧交を温めにきた。それだけだ」

 

 「そ、そうなのか……ルイズと王女殿下が。たしかに公爵家の令嬢なら王家の遊び相手として適当だけど。でも、そんなことを僕に言ってしまっていいのかい?」

 

 「このことを知っているのは、当事者たちを除けば、私とおまえだけだ。万が一、あらぬ噂が立てば……どうなるか、わかるな?」

 

 凄みを利かせたセルの声に、ひたすら頭を上下させるギーシュ。手を振るセルに従い、回れ右をするが、なにを思い出したのか再度、セルに話しかける。

 

 「こ、こんな状況で言うのも何だけど。昼間の品評会できみが造ってみせた王女殿下の石像……見事だった。土メイジとして、尊敬の念を禁じえない。そ、それだけだ」

 

 そそくさとその場を後にするギーシュ。セルは、ルイズの部屋の前に戻る。人造人間としての超聴力によって、部屋内の二人の会話はセルに筒抜けだった。どうやら、盛り上がっているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「ああ、始祖「ブリミル」よ。どうか、この哀れな王女に救いの御手を……」

 

 アンリエッタは、顔を両手で覆うと、腰掛けていたベッドに横たわる。傍から見ると芝居の一幕のような大仰さが目立つ。

 

 「姫さま! どうか、おっしゃってください!! 姫さまの手紙は、トリステインとゲルマニアの同盟を損ないかねない手紙とは、今どこにあるのですか!?」

 

 ルイズも興奮してきたのか、ベッドに詰め寄らんばかりにまくしたてる。

 

 「あの手紙は、今はアルビオンにあるのです」

 

 「ま、まさか、すでに敵方の手に!?」

 

 「いえ、手紙を持っているのは、反乱軍と決死の戦いを繰り広げているアルビオンのウェールズ皇太子なのです」

 

 アンリエッタは一度を身体を仰け反らせると、ベッドに突っ伏して悲壮な声をあげる。

 

 「ああ、破滅です!! 遠からず、ウェールズ皇太子は敗れ、反乱軍の虜囚となってしまうでしょう!! 手紙も暴かれ、トリステインとゲルマニアの同盟は反故となり、我が国は単独でアルビオンと対峙しなければなりません!! 破滅を迎えることになってしまうでしょう!!」

 

 「では、アルビオンに赴き、その手紙を……」

 

 ルイズの言葉に、身を起こすアンリエッタ。

 

 「だめよ!! 無理よ!! わたくしのルイズ!! ああ、今聞いたことはどうか、忘れてちょうだい!! 戦乱の嵐渦巻くアルビオンに行けだなんて!! そんな危険極まりないことをあなたに頼もうとするなんて。」

 

 「何をおっしゃいます! このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、姫さまのご下命とあれば、いかなる修羅の巷だろうと、世界の果ての果てだろうと、微塵も恐れません!! 何卒、この一件、私にお任せくださいませ!!」

 

 「ああ……ルイズ。ルイズ・フランソワーズ!! わたくしのルイズ!! わたくしの力になってくれるの? ああ、なんという忠誠と友情!! 今日の感動をわたくし、一生忘れませんわ!!」

 

 二人は抱き合い、涙を流し、お互いを称え合う。

 

 

 

 

 

 

 (この王女殿下は一体、何を考えている……)

 

 セルは二人の小芝居を拝聴しながら、困惑していた。アンリエッタ王女の話は、全くの荒唐無稽なものにしか、セルには感じられなかった。

 

 (いかに力を秘めているとはいえ、今のルイズは一学生に過ぎない身だ。内乱中の他国に単独で潜入など試みれば、どうなるかなど火を見るより明らかだ。まして、ルイズは身分こそ学生だが、王家に連なる公爵家の息女。それが王女の独断で万が一の事があれば、公爵家も黙ってはいまい。下手をすれば、このトリステインでの内乱の火種にすらなりかねん。仮にも為政者ならば、いや、それ以前にまともな思考力を持つ人間ならありえない話だが……)

 

 そこまで、考えたセルは、ある可能性に思い当たる。

 

 (!……なるほど、この王女殿下は、ルイズの「力」を知っているという事か。幼少からの知己であれば、ルイズの力の発現を何らかの形で目にしていても、不思議ではない。その上で、あえて無知で愚かな姫さまを演じることで、ルイズの同情を引き出すか……この女、存外したたかだな)

 

 妙な深読みで、アンリエッタ王女の評価を斜め上に上方修正するセルであった。その時、部屋内の話も終わりに近付いていた。

 

 

 「では、明日早朝には、学院を出発いたします」

 

 「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡してください。件の手紙をすぐに返してくださるでしょう。それと、これをせめてのお守りに」

 

 アンリエッタは、その場でしたためた手紙と、自身の右手から引き抜いた指輪をルイズに手渡した。

 

 「母上からいただいた「水のルビー」です。それなりに高価な宝石のはずですから、売り払って旅費にしてください……ルイズ、あなたの行く先に始祖「ブリミル」の加護がありますように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第十七話をお送りしました。

次話でアルビオンに向かうルイズとセルですが、セルのおかげで超ショートカットをすることになります。

ご感想、ご批評、よろしくお願いいたします。


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 第十八話

第十八話をお送りします。

ルイズとセルは、アルビオンへの道中で二隻のフネに遭遇します。

アルビオン大陸は地上三千mにあるそうですが、高山病とか大丈夫なんですかね。




 

 

 朝靄がけぶる中、ルイズとセルはアルビオンへと出立しようとしていた。日の出から、さしたる時間は経っておらず、学院の使用人たちもほとんどが、まだ夢の中だった。

 

 「あんたの飛行だと、アルビオンまでどのくらい掛かるんだったかしら?」

 

 いつもの制服姿に厚手の外套を纏ったルイズが、背後のセルに尋ねる。

 

 「以前、確認した地図に大きな相違がなければ、途中で数回の休憩を挟んでも、昼前には大陸に到達できるだろう」

 

 「さすがね。私も昔、姉さま達とアルビオンに旅行したことあるけど、行きだけで一週間以上、掛かったわ」

 

 セルの答えを聞いたルイズは、探るような視線をセルに向けて再度、尋ねる。

 

 「え~と、セル? もしかして……怒ってる?」

 

 「どういうことだ?」

 

 「だって、あんたに無断でアルビオン行きを決めちゃったし。いくら姫さまのご依頼でも、内乱中のアルビオンに私たちだけで潜入するなんて、やっぱり無謀かなぁ、なんて……」

 

 セルはやはり、普段と変わらない渋い声で答える。

 

 「私はきみの使い魔だ。きみは言ったはずだ、使い魔の役目は命を賭けて主を守ることだと。だから、きみはただ私に命じればいい」

 

 「……セル」

 

 使い魔の言葉に、思わず涙腺がゆるみそうになるルイズ。すぐに袖で目元をこすると、あえて大きな声でセルに命令する。

 

 「セル! 主として、命じるわ!! 可及的速やかにアルビオンに潜入。ウェールズ皇太子と接触して、姫殿下の手紙を回収後、私たちが安全にトリステインに帰還できるように力を尽くしなさい!!」

 

 「承知した、我が主よ」

 

 主に対して優雅に一礼してみせるセル。彼が頭を上げると同時に、二人は数百メートル上空に浮かび上がる。そして、「フライ」や高速飛行種の幻獣を遥かに超えるスピードで、アルビオンに向けて飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出発する二人を学院長室の窓から眺めていたアンリエッタは、二人の旅の安全を祈るのも忘れて呆然としながら、オールド・オスマンに聞いた。

 

 「……あ、あの、オールド・オスマン。か、彼は、ルイズの使い魔は、一体何者なのですか?」

 

 オスマンは椅子に座り、自身の鼻毛と格闘しながら答えた。

 

 「東方の一地方から召喚された亜人の一種……ミス・ヴァリエールがそのように口上を述べておったはずですがのう」

 

 「た、たしかにルイズはそう言っていましたけど。品評会の時は、わたくし、ルイズの姿を久しぶりに見れたことに舞い上がってしまっていたのか、あまり深く考えませんでしたけど、冷静になってみると、あの石像を造った力といい、今の飛行といい、ただの亜人とは思えませんわ!」

 

 (いや、最初から規格外だとお分かりになりそうなものじゃがな……)

 

 やや、不敬な思いを抱くオスマンだったが、軽く咳払いをすると、笑顔でアンリエッタに言った。

 

 「すでに杖は振られたのですぞ。残されたわしらに出来ることは、彼らを信じて待つことだけ。そして、このジジイはかの亜人の使い魔の力と彼を召喚したミス・ヴァリエールの才を信じておりますでな」

 

 「そうなのですね。わたくしたちにできることは……」

 

 アンリエッタは、遠くを見つめるような目になった。両手を組み、想いを込めて言った。

 

 「ならば、祈りましょう。未知なる東方より吹く風に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「見えたわ! アルビオン大陸よ!」

 

 途中、三回の休憩を経て、ルイズとセルは午前中の早い段階でアルビオン大陸の雄大な姿を視界に収めていた。雲の切れ間から、黒々と大陸の岩盤が姿を見せていた。大陸は視界の限り延びており、地表には山脈がそびえ、川も流れ落ちている。

 ちなみにセルはルイズの身体の周囲に極薄のバリヤーを常時展開し、三千メイルを超える高度を高速飛行することでもたらされる気圧低下や低温から主を保護していた。無論、そんなことには気付かないご主人さまは、はしゃいだ声でセルに言った。

 

 「どうよ、セル? あれが浮遊大陸アルビオンよ! ああやって、常に高空に浮かんで、大洋上を彷徨っているの。でも、月に何度かハルケギニア大陸の上にもやってくるのよ。昔は浮遊島って呼ばれてたらしいんだけど、アルビオン王家が入植した時に、トリステインと同じくらいの広さだって判ってから、大陸と呼ばれるようになったの。何千年も前の話だけどね。」

 

 「なるほど、浮遊大陸とは聞いていたが、これほどものだったとはな……」

 

 「ふふん、そうでしょう? 私も生まれて初めて見たときは驚いたものよ」

 

 ルイズはまるで、自身の手柄を誇るかのように上機嫌に話していた。セルを召喚してからというもの、ずっと驚かされてばかりだったのだ。ようやく、意趣返しができたと思っていた。実は、セルは自身の分身体の一体をアルビオンに派遣しており、それを通じて浮遊大陸については、ルイズ以上の豊富な知識を持っていたのだが、そんなことはおくびにも出さなかった。使い魔は、常に主を立てるものなのだ。

 

 「まだ、昼までずいぶんあるし、上手くいけば、今日明日中には任務完了できるかも」

 

 ルイズが楽観的な予想を口にするが、突如セルは空中で停止する。

 

 「ちょっと、セル、どうしたのよ?」

 

 「この先の空域で二隻のフネが隣り合って停船しているようだ」

 

 遠くを見つめるセルにならい、ルイズも目を細めて前方の空を凝視するが彼女には、まったく見えない。

 

 「ん~、あんた、目も良いのね。どういうフネか判る?」

 

 「この地の船には詳しくないが、一隻は船体を黒く塗り、両舷に複数の砲門を備えている。旗印などは見当たらない。もう一隻は、軍用艦ではないようだ。天秤が描かれた旗を掲げている」

 

 セルの報告に、わずかに眉をひそませてルイズは言った。

 

 「天秤の旗は、中立輸送船を示す旗ね。黒のフネは……多分、空賊だわ。内乱中なら、通常の警備艦隊も軍務に駆り出されるでしょうから、空賊連中にとっては、色々やりやすいはずよ」

 

 「どうする?この距離なら、迂回するのは容易だが」

 

 「そうね……ねぇ、セル? 空賊船をそのぉ、なるべく穏便に制圧することってできる?」

 

 「乗員を殺さずに、ということか? 特に問題はない。だが、アルビオンへの到着が遅れることになるが、かまわないのか?」

 

 「それは、かまわないわ。あんたのおかげで、普通ならどんなに早くても四日はかかる行程が、たった数時間だもの。それに以前ね、歴史の授業で習ったことがあるの。ゲルマニアが統一される前の動乱時代に各都市国家が有力な海賊船に私掠免状を発行して、敵国のフネを襲わせたって……」

 

 「なるほど、黒の船が貴族派の私掠船と読んだわけか」

 

 セルの言葉に、我が意を得たりとばかりにルイズが声を上げる。

 

 「そう! もしかしたら、相手の輸送船は王軍派かもしれないし、上手くすればウェールズ皇太子の居場所とか、貴族派の情報が得られるかもしれないわ!」

 

 

 (ふむ、頭の切れも悪くない。やはり、私の主として不足はないな、ルイズよ)

 

 ルイズの鋭い意見に満足げなセルだった。二人は再度上昇し、雲海に紛れながら二隻のフネに接近する。最接近後にセルのみが降下し、ルイズは雲海の中で待機する。だが、さすがの人造人間も学院きっての秀才も、眼下のフネに誰が乗っているかまでは予想できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「抵抗はするんじゃあねえぞ!! てめえらも命は大事だろうが!!」

 

 輸送船の甲板で武装解除された船長以下の船員を前に、ひときわ派手な格好をした空賊が曲刀の背で肩を叩きながら、大声を張り上げていた。

 

 「おれたちは、なにも積荷をタダでいただこうってンじゃあねえ!! てめえらの命と引き換えでかまわねえって言ってんだぁ!! 安いモンだろうが!!」

 

 輸送船の船員たちは完全にあきらめているようだった。その時、輸送船の船内から一人の空賊が現れ、派手な空賊に耳打ちする。

 

 「……船内の制圧、完了いたしました。抵抗は微弱で損害はありません。積荷は主に硫黄と武具一式。航法資料や風石の残量から、おそらくロサイスが目的地かと」

 

 「そうか、ご苦労。貴族派の巡視艦隊がいつ、現れるかわからん。観測手に全周警戒を密にやらせるんだ」

 

 「はっ!」

 

 報告した空賊は、輸送船からタラップを渡って空賊船に戻っていった。派手な空賊が、輸送船の船員たちに再度、怒鳴り声をかけようとした瞬間、なにかが上空から輸送船の甲板に降り立った。それは、二メイルを超える長身を備えた異形の亜人だった。

 

 「な、なんだ、あれは?」

 「亜人か? だが、あんな亜人は見たことが……」

 「ど、どこから、乗り込んできたんだ?」

 

 突然の闖入者に混乱する空賊たち。亜人は自身の尾を極軽く一振りする。

 

 

 ゴウッ!!

 

 

 亜人を中心に、まるでトライアングルクラスの風メイジが放った「ウィンド・ブレイク」のような突風が巻き起こる。

 

 「うわあっ!!」

 「こ、こいつ、敵か!?」

 「貴族派の暗殺者か!?」

 

 突風にあおられた空賊たちが、さらなる混乱状態に陥りそうになるのを派手な空賊が一喝する。

 

 「落ち着けっ!! 各員、対大型亜人戦闘用意!! 船内の部隊も呼び戻すんだ!! まともな相手ではないぞ!! 気を引き締めてかかれ!!」

 

 「は、ははっ!!」

 「対大型亜人用硬弾、装填!!」

 「隊列を整えろ!! 銃隊は詠唱の時間を稼げ!!」

 

 一喝を受けた空賊たちは、たちまち平静を取り戻し、戦闘部隊として機能する。亜人を包囲し、銃隊が硬弾を一斉射で浴びせると、背後の空賊たちは懐から杖を取り出し、攻撃魔法の詠唱を行う。船体を必要以上に傷つけないように風魔法の一つ「エア・カッター」を複数の空賊が放つ。

 

 「「「デル・ウィンデ……エア・カッター!!」」」

 

 

 ダダダダダンッ!!   

 

 ゴオォォォォ!!

 

 

 だが、空賊たちの総攻撃を受けたはずの亜人は全くの無傷だった。トロール鬼の固い皮膚を貫く硬弾の一斉射も、一撃で複数のコボルトの首を飛ばす「エア・カッター」の複合攻撃も、虫のような外骨格を持つ異形の亜人の身体を小揺るぎもさせはしなかった。

 

 (ふむ、統制がとれているな。いや、ただの空賊にしてはとれすぎているか。銃はともかく、複数のメイジを効果的に運用できる空賊など考えられん……これは、大当たりを引いたかもしれんな)

 

 亜人、セルが両手を自身の顔の横に構える。

 

 「太陽拳!!」

 

 

 カッ!!

 

 

 輸送船の甲板上にもう一つの太陽が出現する。その強烈な光線を受けた空賊たち、輸送船の船員たちは例外なく、視力を一時的に失う。

 

 「ぐっ!!」

 「目、目がぁぁ!! 目がぁぁぁ!!」

 「て、敵はどこだぁぁぁ!!」

 「で、殿下!! ご無事ですかっ!? 殿下ぁぁ!!」

 

 

 シュルン!!

 

 

 「ぐあっ!!」

 

 視力が少しずつ回復してきた空賊たちが、苦しげな声に振り向くと、彼らの最後尾で指揮をとっていたはずの派手な空賊の首に黒い斑点が浮かぶ長いものが巻きついていた。その背後に、亜人セルが立っていた。

 

 「おまえたちの領袖の命は私が握っている。全員、ただちに武装解除してもらおう。余計な事は考えるな……大切な殿下の首がなくなるぞ」

 

 空賊たちには、否応もなかった。全員が銃と杖を捨てる。さらにセルは輸送船や空賊船に残っていた空賊にも武装解除を強要した。それを確認すると、セルは空賊の首領に巻きつけていた尾を緩める。首領は苦しげにセルをにらむと言った。

 

 「き、貴様……貴族派の手のものか?私の命を奪うか」

 

 「名を」

 

 セルは短く言った。思わず首領が聞き返す。

 

 「な、何?……」

 

 「あなたの真の名をお聞かせ願おう。私の名はセル。トリステイン王国第一王女アンリエッタ・ド・トリステイン殿下より勅命を授かりし、ヴァリエール公爵家が第三息女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール特使の使い魔」

 

 「な、あ、アンリエッタだと? それにヴァリエール公爵家の息女、その使い魔……」

 

 セルは、首領の首から尾を放し地上に下ろす。それを見た空賊たちが一斉に動こうとするが、首領が鋭く手で制す。そして、首領は自身のボサボサの黒髪を掴み取り、だらしなく生えていた無精ヒゲも剥ぎ取る。現れたのは凛々しい金髪の美青年だった。

 

 「……そちらが名乗った以上、こちらも名乗らなければな。私はアルビオン王国空軍大将、王国艦隊総司令長官、テューダー王朝皇太子ウェールズ・テューダーだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第十八話をお送りしました。

次話はルイズのジャンピング土下座から始まります。

……多分、うそです。


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 第十九話

第十九話をお送りします。

早々にウェールズ皇太子(趣味コスプレ)と遭遇したルイズとセル。

早くも任務完了か!!

……こういうのも出来レースですかね。


 

 

 「……凛々しく行くか、聖女風のたおやかさで行くか、それが問題ね」

 

 雲海の中で待機しながら、ルイズは自分の登場シーンのイメージトレーニングに余念がなかった。なにしろ、これが自分のアルビオンデビューなのだ。ミスは許されない。やはり、聖女風ね。そう決心したルイズは、自分の体がゆるやかに降下しはじめたことに気づいた。

 

 「あら、もう終わったのね。さすが、セル」

 

 ルイズは自分で聖女のポーズと名付けた両手を祈りの形に組み、両足を揃え、軽く目を瞑った状態で、輸送船の甲板に降り立った。目を開き、いざ口上を述べようとしたが、どうも様子がおかしい。

 

 「あん?」

 

 予想では、いかにも空賊というむくつけき男たちがセルにボッコボコにされた状態で、呻きながら命乞いをしている、そんな状況を考えていたのだが、空賊たちは武器は捨てているようだが、傷一つ無くピンピンしている。肝心のセルはというと、一人の空賊と向かい合っていた。その男は格好こそ、これぞ空賊の頭というようなセンスの欠片もないド派手な装いだが、顔の方はといえば、金髪碧眼の美青年。しかも、ギーシュなどとは比べることすらおこがましい本物の気品をにじませていた。どっかで見たような。

 ルイズは使い魔の虫のような羽を引っ張りながら、小声で尋ねる。

 

 「ちょっと、セル。あれ、誰?」

 

 使い魔は、ご主人様にわかりやすく、簡潔に説明した。それをさらに要約すると……なんか普通の空賊じゃなさそうだったんで、頭っぽい野郎を締め上げて素性をゲロさせたら、実は皇太子殿下でした、てへっ。

 

 「……」

 

 自身の血の気が引いていく音を、ルイズは確かに聞いた、ような気がした。

 

 

 「も、も、も、申し訳ありませんでしたぁぁ!! 知らぬこととはいえ、こ、こ、皇太子殿下になんというご無礼をォォ!!」

 

 土下座せんばかりの勢いで謝り倒すルイズ。一方、セルは何処吹く風、といった様子だった。それを見ていたウェールズは、ルイズに鷹揚に笑いかけた。

 

 「いや、謝罪は無用だ、特使殿。貴族派の補給線を断つためとはいえ、空賊の真似事をしていた我々にも一端の責がある。それに君の使い魔がその気であれば、今頃我々は無事ではすまなかっただろう」

 

 「……き、恐縮です」

 

 「さて、特使殿には、改めて名乗らせてもらおう。アルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダーだ」

 

 「お、お初にお目にかかります、トリステイン王国ラ・ヴァリエール公爵が三女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します」

 

 なんとか、外国の王族に対する最上級の礼をもって、自己紹介をするルイズ。

 

 「ラ・ヴァリエール公爵とは、以前お会いしたことがある。ご立派な方だった。さて、まずは御用の向きを伺おうか。なんでも、アンリエッタからの勅命を受けているとか」

 

 「はい、姫殿下より、こちらの親書を言付かって参りました」

 

 ルイズは懐から出したアンリエッタの書状を手渡す。受け取ったウェールズは、ルイズの右手に光る指輪に目をとめた。

 

 「ほう、水のルビーだね。なるほど、アンリエッタの特使というのは間違いないようだ」

 

 ウェールズは自身の右手にはめていた指輪をルイズの水のルビーに近づける。二つの宝石は、互いに共鳴し、虹色の光を周囲に振りまいた。思わず、見とれるルイズ。

 

 「私の風のルビーとアンリエッタの水のルビーは、始祖「ブリミル」から伝えられる四王家の至宝だ。特使としての身分証明にこれ以上のものはない。さすが、アンリエッタだ」

 

 「は、はあ……」

 

 まさか、旅費代わりに売っぱらえと渡されましたとはいえず、言葉を濁すルイズだった。その時、二つのルビーが光を放つ様子を、セルが只ならぬ様子で見ていたことに気づく者はいなかった。

 手紙を開いたウェールズは、しばらく読み進めると顔を上げて言った。

 

 「なんと、姫は結婚するのか? あの、愛らしいアンリエッタ、私の可愛い従妹が……」

 

 無言で一礼し、その言葉を肯定するルイズ。手紙を読み終えたウェールズは静かに微笑み言った。

 

 「姫は、自身が送った手紙を返してほしいとお望みのようだ。私にとって何よりも大切な手紙だが、姫の願いとあらば、是非も無い。お返ししよう」

 

 さらに深く頭を下げるルイズだが、ウェールズが笑いながら付け加える。

 

 「だが、今すぐというわけにはいかない。かの手紙は手元にはないのだ。面倒をかけてすまないが、ニューカッスル城まで、同道願いたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウェールズら、王軍派が操る軍艦「イーグル」号と貴族派の偽装輸送船「マリー・ルイーズ」号は、アルビオン大陸の険しい海岸線に沿って、雲海に紛れながら航行していた。「マリー・ルイーズ」号の船員達は両船に積まれていた脱出用の小型艇に分乗させられ、開放された。ロサイスまでは到底無理だが、陸地までは余裕で到達できる風石と水や食料を与えられていた。

 二隻の船が三時間ほど航行すると、大陸から突き出た岬が見えてきた。岬の突端には城がそびえている。城を指差したウェールズが言った。

 

 「あれが、我ら王家の最後の砦、ニューカッスル城だ」

 

 そして、岬に至る平原には、数万を超える軍隊が布陣していた。その上空には複数のフネが航行していたが、巧みに雲海を進む「イーグル」号たちを視認できてはいないようだった。ウェールズが苦々しく口にした。

 

 「あちらに見えているのが、我が王国を蹂躙している貴族派、自らを「レコン・キスタ」と称する叛徒どもだ。その兵力は地上戦力だけでも、五万を超える。最も、艦隊戦力と空域封鎖については、後の外征を意識してか、それほどではない。おかげで、我々も空賊稼業に勤しむことができているのだが」

 

 「……」

 

 レコン・キスタ主力艦隊の失踪については、ウェールズら王軍派も詳しい情報を得てはいないようだった。

 

 「さて、空賊らしく根城に帰還するとしよう!」

 

 王立空軍の精鋭たちが操船する二隻のフネは、ニューカッスル城の地下に拡がる広大な鍾乳洞を改装した秘密の港に入港した。地形図と魔法の明かりだけを頼りに軍用艦を航行させることは困難を極めるが、よく鍛えられた航海士たちには、造作も無いことだった。ウェールズが誇りを込めて言った。

 

 「アルビオンの厳しくも美しい空に、我ら王立空軍は育てられたのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウェールズが、ルイズ達を伴って港に降りると、一人の年老いたメイジが彼らを恭しく迎えた。

 

 「殿下、ご無事のご帰還、お待ち申し上げておりました。なにやら、大層な戦果を伴っておられるようで」

 

 「うむ、パリー、良き知らせだ。大量の硫黄を手にいれたぞ!」

 

 老メイジをはじめとする周囲の兵たちが歓声をあげる。

 

 「おお、硫黄とはまた! 戦に欠かせぬ火の秘薬ではありませぬか!! これで我らの名誉も守られるというもの!!」

 

 パリーは目頭に浮かぶ涙をぬぐいながらに言った。

 

 「先王陛下より、お仕えして六十年、このパリー今ほど武者震いが止まらぬことはありませなんだ。反乱が起きてから、こちら苦渋を舐めさせられるばかりでしたが、これほどの硫黄があれば……」

 

 ウェールズがパリーの言葉を継ぐ。

 

 「王家の名誉と誇りを、あの叛徒どもの骨の髄にまで刻み込み、そして散ることが出来るだろう」

 

 「栄光に満ちた最期を迎えることが出来るわけですな! して、ご報告なのですが、叛徒どもは明日正午に総攻撃を仕掛けてくる旨を通達してまいりました」

 

 「そうか、間一髪だったな。戦に遅れるなど武人にあるまじき恥だからな!」

 

 傍目から見ると、ウェールズたちには悲壮感は感じられなかった。だが、散るや最期を迎えるなどの言葉を聞けば、その結果が死であることはルイズにも理解できた。恐れを抱かないのだろうか?ルイズには判らなかった。

 

 「殿下、そちらの方は?」

 

 「トリステインより参られた特使殿とその使い魔だ。さる重要な案件のため、あえて戦時中の今、参られたのだ」

 

 年端もいかぬ少女と見たことも無い亜人という取り合わせに、若干眉をひそませるパリーだが、すぐに表情を改めると歓迎の言葉を述べる。

 

 「これはこれは、特使殿。それがし、殿下の侍従長を仰せつかっております、パリーと申す粗忽者にございます。遠路はるばるようこそ、我がアルビオンへ。何分、戦時中ゆえにたいしたおもてなしもできませぬが、今宵はささやかな祝宴が催されます。是非、ご出席ください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城内の最も高い一室で、ルイズはウェールズから、アンリエッタの手紙を受け取った。その手紙を取り出す際、最期に読み返す際、そしてルイズに手渡す際、隠しきれない愛情と惜別の念がウェールズから伺えた。

 

 「姫よりいただいた手紙、間違いなく返却したぞ」

 

 「確かに……殿下、ぶしつけながら質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 手紙を受け取ったルイズが意を決して問いかけた。

 

 「聞こう」

 

 「王軍に勝ち目はないのですか?」

 

 「ない。我が方は三百、敵方は五万だ。いかに始祖「ブリミル」のご加護を受けたとしても、百七十倍近い戦力差はどうにもならない。我らにできることは、せいぜい勇敢な死に様をやつらに見せつけるぐらいだ。」

 

 ウェールズはこともなげに言った。さらにルイズは問う。

 

 「その中には、殿下の討ち死にも含まれているのですか?」

 

 「当然だ。私はいの一番に敵に突撃をかけるつもりだ」

 

 ルイズは深く息を吐き、ウェールズの目を見据え、強い意志を込めて言った。

 

 「殿下、恐れながら無礼を承知で申し上げたいことがございます」

 

 「なんなりと、申してみよ」

 

 「はい、姫さまとウェールズ殿下は……相思相愛の間柄であると、私は愚考いたします」

 

 「……」

 

 ウェールズは肯定も否定もしない。さらに言い募るルイズ。

 

 「出発前の姫さまのご様子、そして先程の殿下のご様子から、相違ないと確信いたしました。とすれば、姫さまの手紙の内容も容易に想像がつきます。どうか、殿下!」

 

 「いや、ヴァリエール嬢、それ以上はいけない」

 

 ウェールズの制止を振り切るかのようにルイズは語気を強める。

 

 「我がトリステインに亡命なされませ!! 殿下、姫さまもそれをお望みのはずです!! 姫さまの手紙にもそう記されているのでは!?」

 

 「いや、アンリエッタからの手紙には、そのような文言は一切、記されてなどおらぬ」

 

 「殿下!!」

 

 詰め寄るルイズを諭すように語るウェールズ。その口調には若干の苦しみが含まれていた。

 

 「ミス・ヴァリエール、君はとても正直な女の子なのだね。だが、聞いてほしい。私もアンリエッタも王家の血を継ぐ者なのだ。なによりも国の大事を優先しなければならない。今、私が亡命などしようものなら、あの叛徒どもに、トリステイン侵攻の絶好の口実を与えることになってしまう。それに亡国の王族を受け入れれば、国内の反発も大きいだろう。アンリエッタ本人にも多大な迷惑をかけることになってしまうんだ」

 

 二の句を継げなくなってしまったルイズの両肩に手を置いてウェールズは続ける。

 

 「だが、そうだね……ヴァリエール嬢、どうか、アンリエッタにこれだけは、伝えてほしい。ウェールズは、王家の誇りとともに勇敢に戦い、勇敢に死んだ、と」

 

 「……殿下」

 

 寂しそうに俯いたルイズが承諾の返事をしようとした、その時、それまで一言も発していなかった亜人セルが、言った。

 

 「くだらん」

 

 その場の空気が凍りついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第十九話をお送りしました。

次話で、セルさんの弾丸論破が炸裂します。

……3はいつでるのだろうか?



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 第二十話

第二十話をお送りします。
本編も早や、二十話を数えました。

ひとえに、読者の皆様のおかげです。ありがとうございました。




 

 

 「くだらん」

 

 セルの言葉に、ウェールズとルイズは絶句した。一瞬の後、ルイズが慌ててセルを叱りつけようとするが、ウェールズがこれを制する。そして、自身より四十サントは高いセルを正面から見上げながら、堅い口調で言った。

 

 「どういう意味だろうか、使い魔殿? 明日消える家名とはいえ、アルビオン王家の継承者として、今の言葉捨て置くわけにはいかない」

 

 一国の皇太子を前にしても、セルの調子はいささかも変わらない。

 

 「私の口から聞かねば、理解すらできないか、皇太子よ。貴族とは、王族とは、すなわち最期まで退かぬもの。だが、おまえたちはどうだ? 自身の悲劇的な境遇にただ酔いしれ、現実から逃避し、ありもしない名誉の死などという幻想にすがっている。トリステインのため? アンリエッタに迷惑をかけたくない? 笑わせるな。反王権を掲げている以上、「レコン・キスタ」は遅かれ早かれトリステインに侵攻するだろう。そしておまえを失えば、あの王女は復讐の炎に駆られ、自ら先頭に立ち、戦火に身を捧げるだろう……おまえの言葉はすべて、自身の不甲斐無さをごまかすためのまやかしだ。くだらんと言って何が悪い?」

 

 亜人の使い魔が放つ痛烈な言葉に、反論できないウェールズ。そして最後の言葉が容赦なく突き刺さる。

 

 「何よりもくだらないのは、皇太子。おまえがすべてを理解していながら、すべてを諦め、受け入れてしまっていることだ」

 

 ウェールズはセルの視線を避け、両手を握りしめることしかできなかった。すべて、この亜人の使い魔の言うとおりだった。

 

 「セル……」

 

 ルイズもまた、他国の皇太子に無礼極まりない口を聞いた自身の使い魔を叱ることができなかった。なぜなら、セルが言ったことは、ルイズが言いたいことでもあったからだ。

 

 「……まさか、他国から来た素性もわからぬ亜人に完膚なきまでに、言い負かされるとはな」

 

 しばらく黙っていたウェールズが自嘲気味に呟いた。そして、再度セルを見上げ、疲れた口調で問いかけた。

 

 「すべて、君の言うとおりだ。使い魔殿、だが、我々はどうすればいいのだ? 君に尋ねるなど、お門違いなのは承知している。それでも……」

 

 セルは、ウェールズの問いかけには答えず、部屋を横切り、バルコニーに出る。城の最上層に位置するバルコニーからは、「レコン・キスタ」軍が布陣している様子がよく見えた。時間は昼を多少過ぎていたが、陣中では昼食の煮炊きのための煙が幾筋も空に昇っていた。

 

 「この地に着いたときから、あの軍には妙な「気」を感じていた。二人とも見るがいい」

 

 セルの言葉に、顔を見合わせるルイズとウェールズだが、ルイズから頷き掛け、共にバルコニーに出る。しばらく、眺めていたルイズがセルに問う。

 

 「どこかおかしな所でもあるの?」

 

 「昼食のための煙が少なすぎるとは思わないか?」

 

 意外なセルの一言に、ウェールズも思案顔でうなずく。

 

 「確かに言われてみれば、五万の兵が布陣しているにしては、少ないが……敵の兵糧が尽きかけているということか?」

 

 「いいや、ちがう。あの軍には兵糧を必要としない兵たちがいるとしたら、どうだ?」

 

 「はあ? そんなわけないじゃない。ここから見ても、敵の兵士はゴーレムじゃなくて生身の人間だってわかるのよ?」 

 

 ルイズの言葉に、不気味な笑みを浮かべ答えるセル。

 

 「ふん、生身か……」

 

 「な、なによ?」

 

 セルは自身の尾から、デルフリンガーを取り出し、ルイズに渡す。そして、陣地の一番奥、おそらく司令部が置かれているだろう周辺を指差して言った。

 

 

 「ルイズ。あの辺りに向けて、デルフリンガーを構えろ。それから、水のルビーとデルフリンガーに意識を集中するのだ。二つを自身の肉体の延長として考えろ」

 

 「なんで、そこでデルフと水のルビーなのよ? ちゃんと後で説明しなさいよ! わかりやすくね!」

 

 しぶしぶといった様子でデルフリンガーを構えるルイズ。左手のデルフと右手の水のルビー、双方に意識を集中させる。

 

 

 キィィィン

 

 

 微かな共鳴音と共に、デルフリンガーと水のルビーが光を放つ。デルフリンガーの意識が開放される。

 

 「やれやれ、旦那の尻尾暮らしたぁついてねえぜ。今度、嬢ちゃんには、住宅改善要求ってやつを出さなきゃな……あれ、また?」

 

 「……なにこれ? 光の糸?」

 

 意識を集中するルイズの視覚にそれまでは見えていなかったものが視えるようになっていた。それは、司令部本陣らしき巨大な天幕から、陣地全体に伸びる青白く光る細い糸の束だった。量はかなり多く、陣地全体を覆っているように視えた。それまで、黙っていたウェールズがルイズに近づく。

 

 「なにが見えるのだ? ミス・ヴァリエール……こ、これは?」

 

 ウェールズは自身の右手にはめていた風のルビーが、ルイズの水のルビー同様、光を放っていることに気づいた。そして、指輪から視線をあげると、ウェールズの視界にも光る糸が視えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……説明しなさい、セル。これは、命令よ」

 

 デルフリンガーを下ろすと、光る糸はルイズとウェールズの視界から消えた。ルイズは自身の使い魔に説明を命じた。

 

 「承知した。だが、その前に皇太子に、三つ質問させてもらいたい」

 

 「わかった。可能な限り、答えよう」

 

 この使い魔は自分の知らないことを知っている。そう確信したウェールズは、やや力を取り戻して言った。

 

 「反乱軍の首魁は何者だ?」

 

 「名をオリヴァー・クロムウェルという。元は地方教区の司教で、平民出身だ。だが、始祖「ブリミル」より授けられた「虚無」の使い手だと称して「レコン・キスタ」を立ち上げた。様々な奇跡をあやつるそうだ」

 

 思わず、ルイズが口をはさむ。

 

 「まさか! 平民が、伝説の「虚無」の魔法を使えるなんて、何らかの手妻を使ったペテン師としか思えませんわ」

 

 「我々もそう思っていたよ、ミス・ヴァリエール。だが、実際に奴はその奇跡を用いたカリスマで「レコン・キスタ」を纏め上げているんだ」

 

 「次の質問だ。今回の内乱の経緯を簡潔に知りたい」

 

 若干、言いにくそうな様子を見せたウェールズだが、質問のとおり、簡潔に答える。

 

 「よくある話だよ。先に言ったクロムウェルが担当していた地方領で最初の反乱が起きた。その理由もごくささいなモノだったはずだ。ところが、派遣した討伐軍が次々と反乱軍に寝返った。気づけば、地方領の大半が「レコン・キスタ」に加わっていたんだ。その後は、我々は王都を追われ、ごらんの有様だよ」

 

 「そうか、では最後の質問だ。ハルケギニアの地には、様々な効力を持ったマジックアイテムが存在しているはずだ。その中に人の意識を操る、あるいは死者を蘇生させ、傀儡とする。そんな効力を持つマジックアイテムに心当たりはないか?」

 

 「ふふ、そんな便利なアイテムが実在しているなら、どんな犠牲を払っても手に入れたいところだが……」

 

 自嘲気味に笑いながら話すウェールズだったが、ルイズにはひらめくものがあった。

 

 「……そうだわ。ラグドリアン湖に伝わるという伝説の指輪よ! 昔、ラグドリアン湖に旅行した時に姉さまから聞いたことがあるの。湖に住まう水の精霊が自身の分身として守っているって」

 

 「アンドバリの指輪か……」

 

 ウェールズも、かつてラグドリアン湖を訪れたことがある。たしかに、「アンドバリ」の指輪には水の力が凝縮した強大な魔力が宿るというが。考えこむウェールズにセルがヒントを与えるように言った。

 

 「今の三つの質問。その答えがすべて、真実だとする。では、その真実の答え、三つを組み合わせた先に導き出される事実とは、なんだ?」

 

 セルの四つ目の質問を思案するウェールズ。クロムウェルは「虚無」を実際に操り、奇跡を起こす。反乱はありえないほどの早さで拡がり、王軍や貴族たちから多数の造反者を出した。「アンドバリ」の指輪は実在し、伝説に語られるような人心支配や死者蘇生の力を持つ。それらを組み合わせれば。

 

 「!! ま、まさか……そんなことが……」

 

 自身が導き出した答えに驚愕を隠せないウェールズ。確証など、何一つない。亜人の戯言だと切り捨てるのは、簡単だ。だが、すべてに筋が通ってしまう。

 「アンドバリ」の指輪を手に入れたクロムウェル、その魔力を「虚無」と称して民衆を扇動。討伐軍の司令官や有力な貴族を指輪の魔力で支配、あるいは暗殺してから傀儡と化して支配下に置く。何より、さきほど自分の目で視た「レコン・キスタ」陣地を覆う青白い光の糸。

 

 「ちょっと、待ちなさいよ! もし、本当に「アンドバリ」の指輪を「レコン・キスタ」が持ってたとしたら、殿下や王軍が戦死したとしても……」

 

 「!!」

 

 そうだ。ウェールズをはじめとする王軍派にとって最後の拠り所ともいうべき、「レコン・キスタ」との決戦。討ち死にの覚悟はできているが、「アンドバリ」の指輪が実在していれば、それすらもかなわない。最期まで勇敢に戦い、死ぬことができたとしても、指輪の魔力によって敵の傀儡とされてしまう。死すらも許されないのだ。

 

 「な、なんということだ……」

 

 すべての希望を打ち砕かれたかのようにウェールズは、その場に崩れ落ちた。その様子を見たルイズがセルに詰め寄る。

 

 「セル! あんた、この城にはじめて来た時から気づいてた風なこと言っていたけど、なんですぐに言わないのよ!」

 

 「私は妙な「気」の流れを感じただけだ。それに他の人間に今の段階で聞かれるのは、得策ではないと思うが」

 

 「そ、それはそうかもしれないけど……」

 

 「対抗する術は、ある」

 

 セルの言葉に、即座に食いつくルイズ。

 

 「ど、どうすればいいのよ!? 早く教えなさい!!」

 

 セルは跪き、ルイズと目線を合わせて言った。

 

 「あの舞踏会の夜、きみが言っていた、きみ自身の中に目覚めた力を使うのだ」

 

 「で、でも、伝説のマジックアイテムを相手にするなんて、どうすればいいのよ?」

 

 「皇太子、ルイズに風のルビーを渡せ」

 

 「……わかった」

 

 すでに打ちひしがれた様子のウェールズは、自身の右手から風のルビーを引き抜き、ルイズに渡す。

 

 「二つのルビーを持って再度、集中するのだ、ルイズ」

 

 「これ以上、集中しろって言われても……」

 

 ルイズの言葉を受けたセルは、彼女の背後にまわり、自分より遥かに小柄なルイズを抱きすくめるようにした。自分の両手でルイズの両手を包み込むように支える。

 

 「んなっ!?」

 

 ボンッ、と音を立てるかのようにルイズの顔が沸騰する。

 

 「ば、ば、バカでしょ、あんた!? う、ウェールズ殿下が見てるのに何してんのよ!! こ、こ、こういうのは、時と場所を選びなさいよぉぉ!!」

 

 「……そういう問題かよ」

 

 デルフリンガーのツッコミが入る中、セルはルイズの耳元で、毎度お馴染みの良い声で言った。

 

 「集中を切らすな、ルイズ」

 

 「そ、そ、そんなこと言われてもぉぉぉ!!」

 

 さらにテンパるルイズ。その時、彼女の感情の昂ぶりが最高潮に達した。

 

 

 キィィィィィィン

 

 

 甲高い共鳴音とともに、デルフリンガー、水のルビー、風のルビー、そしてセルの左手のルーンが極大の光を放つ。驚きの叫びをあげるデルフリンガー。

 

 「おいおいおいおい!! どんな裏技だよっ!? こんなのありかよぉぉぉぉ!!」

 

 ふいにルイズの脳裏に見たことのないスペルがはっきりと浮かび上がる。そう、これまでに見たことのないスペル、だが。

 

 「……よ、読めるわ」

 

 ルイズは、朗々と自身の頭に浮かんだ謎のスペルを詠唱する。そばで見ていたウェールズも、未だかつて聞いたことがないスペルだった。

 

 「ウル・スリサーズ・アンスール・ケン・ギョーフー・ニィド・ナウシズ・エイワズ・ヤラ・ユル・エオー・イース!」

 

 通常の魔法に比べ、格段に長い詠唱を終えようとしたその時、自身が唱えた魔法の効力をルイズは理解した。あらゆる魔力を強制的に解除する魔法。

 

 「ディスペル!!」

 

 セルとルイズから眩い光の波動が放射状に放たれた。それは、ニューカッスルの周囲、数リーグに拡がり、「レコン・キスタ」軍陣地を覆っていた光の糸を瞬く間に消し去った。

 

 

 「アンドバリ」の指輪の魔力が打ち破られたのだ。

 

 

 

 




第二十話をお送りしました。

ゼロ魔世界のチート、アンドバリの指輪はここでお役御免となります。


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 第二十一話

第二十一話をお送りします。

ゼロ魔の魔法は魔法名を唱えるアニメ版と魔法名は詠唱しない原作版がありますが、本SSでは判り易いように魔法名も唱えます。




 

 

 その時、「レコン・キスタ」軍野戦司令部の天幕では、総司令官が幕下の貴族や軍人たちとともに軍議を行っていた。

 

 「さて、諸卿らの奮戦によって、無能なる王家とそれにしがみつく愚か者どもを、かの出城に追い詰めることが出来た。このクロムウェル、心より礼を申す」

 

 快活かつ澄んだ声色で、そう言って僧帽をかぶった頭を下座に居並ぶ配下の者達に下げる、三十代半ばの男。彼こそが、「レコン・キスタ」軍総司令官、反王権貴族連盟議会議長、アルビオン教区総大主教を兼ねるオリヴァー・クロムウェルその人であった。彼の右手には、深い蒼をたたえた指輪が嵌められていた。

 

 「閣下!! どうか、お顔をお上げください!!」

 「我らは閣下の理想に身命を捧げたのでございます!!」

 「左様、愚鈍なる王家を打倒し、世界を開放するという閣下の崇高なる使命の一助となれれば、我らはいかなる犠牲も厭いはしませぬ!!」

 「何卒、明日正午の総攻撃では、小官に先陣をお任せ頂きたく存じます!!」

 

 配下の者たちの熱の篭った言葉に鷹揚に頷き返すクロムウェルだが、内心では彼らを見下していた。

 

 (ふん、おまえたちが欲しいのは褒賞だけであろうが。そのような下賤な心根しか持たぬから、下層から這い出せぬのだよ。余が拾ってやらねば、いつまでも辺境でくすぶっておったであろうに)

 

 今、発言した者たちは、「アンドバリ」の指輪の影響下にはない。「レコン・キスタ」軍が討伐軍に対して三度目の勝利をあげた後、馳せ参じた地方の下級貴族や辺境駐屯の下級軍人たちだった。彼らは口々に王家の堕落と中央の腐敗を並べ立て、偉大なるクロムウェル閣下の下でそれらを打倒したいと幕下に加わったのだ。日和見の行動なのは明らかだった。

 その時、クロムウェルの左手に座していた白髪と白ひげのきびしい表情の軍人が発言した。

 

 「しかしながら、王軍を追い詰めたとはいえ、我らも予期せぬ事態により、主力艦隊を失いました。このままでは、新たな国家を立ち上げても外征に出ることもままなりませぬ」

 

 彼の名は、ジョージ・ホーキンス。王立陸軍の将軍であり、アルビオンでも指折りの戦上手として知られる軍人であった。彼も指輪の支配下にはない。実直な軍人である彼は、上司である陸軍大将たる公爵が「レコン・キスタ」に下ったため、今の立場となったのだ。ホーキンスの現実的な発言に気を良くしたクロムウェルは自信満々に言った。

 

 「将軍の懸念も尤もであるが、何の問題もない。確かに主力艦隊の消失は痛手ではあった。だが、その原因究明のために余が最も信頼する秘書官長を派遣している。彼女ならば必ず、朗報をもたらしてくれると余は確信している。そして、これはまだ諸卿には知らせていなかったのだが、艦隊についても、すでに都合がついているのだよ。我らには、交差せし二本の杖がついているのだから」

 

 「交差せし二本の杖」、わずかでもハルケギニアの事情に通じていれば、それが何を意味するか解らぬ者はいない。たちまち、騒然となる天幕内。

 

 「な、なんと、かの大国が?」

 「おお! それが真であれば、恐れるものなど何一つございませんな!!」

 「閣下もお人がお悪い! そのような朗報を今の今までお隠しになられるとは!!」

 

 その場で立ち上がったクロムウェルは両腕を広げ、まるで信徒に教義を知らしめる教祖のごとく宣告した。

 

 「諸君、まもなくだ。まもなく我らが革命は成る。始祖「ブリミル」より授けられし王権を、無能なる者どもから奪還するのだ!」

 

 

 カッ!!

 

 

 その瞬間、クロムウェルたちの天幕を眩い光の波動が包み込んだ。一瞬、視界を失う「レコン・キスタ」の幹部たち。

 

 

 ドサッ ドサッ ドサッ ドサッ

 

 

 何かが、複数倒れる音がした。視力が回復したクロムウェルが天幕内を見渡すと、幾人かの貴族、軍人が倒れていた。すべて、一度死んだ後、蘇生させ傀儡とした有力貴族や高級軍人だった。思わず、目を見開くクロムウェル。まさか、そんな、うそだ。彼が恐る恐る自身の右手に嵌めていた指輪を確認すると、「アンドバリ」の指輪は輝きを失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、あれ?……」

 

 ディスペルを発動したルイズは、力を使い果たしたかのようにセルの腕に抱きとめられ意識を失った。

 

 (見事だ、ルイズ。新たな力に目覚めたな。さすがは我が主だ)

 

 バルコニーから見える「レコン・キスタ」陣地では、ただならぬ事態が起きているようだった。光の波動が到達するまでは、陣地内を普通に行き来していた兵がいたるところで倒れているようだ。一部の天幕では火の手が上がり、かなりの兵が陣地からあさっての方向に走り去っていくのが確認できる。ウェールズは、亜人の使い魔に問いかけた。

 

 「つ、使い魔殿、一体何が起きたのだ? 「アンドバリ」の指輪はどうなったのだろうか?」

 

 セルからの答えはなかった。

 

 「……」

 

 亜人の使い魔の中で、この浮遊大陸に対する興味が急速に失われていた。目論見通り、ルイズは新たな力を覚醒することができた。もう、滅びかけたこの国にいる意味はない。「レコン・キスタ」などどうでもいい。ちょうど、主も意識を失っている。大地の地下に眠る風石とやらの暴走とでも銘打って、大陸ごと消し去るか。

 

 

 キュ

 

 

 その時、セルの腕の中で意識を失っていたルイズがまるで赤子のように彼の指の一本を握った。あどけないルイズの顔を見つめるセル。思うところがあったのか、ルイズをお姫様だっこで抱き上げ、ウェールズに向き直る。

 

 「指輪の魔力は、ルイズによって打ち破られた。死んだ後、蘇生され傀儡となった者はその場で再び死体に戻ったようだ。心を縛られていた者は開放後の混乱で陣地から逃走を図ったのだろう。だが、それでも残存している兵力は二万を超える。指輪の魔力も永遠に失われたかは解らん」

 

 「そ、そうか、ミス・ヴァリエールのおかげだな……だが、彼女のあの力は、一体?」

 

 「おまえが今、それを知る必要はない」

 

 妥協のない口調で言い切るセル。思わずひるむウェールズに、さらにたたみかけるように問う。

 

 「皇太子よ、おまえは選択しなければならん。無駄死にするか、トリステインに亡命するか、今すぐに決めろ」

 

 「そ、それは……解ってはいるつもりだ、さきほどとは状況が全く変わってしまったことは。だが、きみになんと罵られようと、私は考えてしまうんだよ。私たちの亡命がトリステインに、アンリエッタにどんな影響を与えてしまうかを」

 

 懊悩を隠そうともしないウェールズに対して、セルは口調を弱め、諭すように言った。

 

 「指輪の魔力を破られた「レコン・キスタ」は拠り所たる「虚無」と数万の兵力を同時に失った。すでに死に体といっていいだろう。今ならばトリステイン単独の戦力でも、撃破は可能だろう。そして、アルビオンの正当王家との強固な同盟と大きな軍事的成果は、国内の反発を十分に押さえられるはずだ。ゲルマニアとの同盟は、皇帝と王女の婚姻を前提としている。その将来はどうなる? ゲルマニアによるトリステイン吸収だ。だが、収まるべき鞘に収まるならば、トリステイン・アルビオン連合王国というのも……悪くあるまい?」

 

 「!!」

 

 ウェールズは今日、何度目かわからない絶句を経験していた。この使い魔は一体何者だ?ミス・ヴァリエールの見せた魔法も謎だが、この使い魔は……恐ろしい。ただ、恐ろしい。蛇ににらまれた蛙のように硬直するウェールズ。だが、かすかに冷静な彼の頭の一部分ではセルの言ったことが的を得ていることを理解していた。彼が逡巡する時間は長くは無かった。

 

 「……父上と重臣たちに諮らせてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……どういう風の吹き回しだい、旦那?」

 

 「何のことだ、デルフリンガー?」

 

 ウェールズから宛がわれた城内の客室のベッドにルイズを休ませたセルはデルフリンガーの質問に逆に問いかけた。

 

 「けっ、質問を質問で返すなよな。あんた、とっととこの国からオサラバするつもりだったんだろう? 嬢ちゃんの力は上手い具合に引き出せたしなぁ。目的は完了ってとこだろう」

 

 「……ルイズのためだ、とでも言えばおまえは満足か、デルフリンガーよ」

 

 「あんたにそんな可愛げがありゃなぁ。だが、嬢ちゃんのため……冗談でも、そう口にしたんなら、守れよ。あんたが何者だろうと、何の目的を持っているんだろうと、今あんたは、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔なんだからよぉ!」

 

 「おまえに言われるまでもない」

 

 セルは、デルフリンガーに背を向けて言った。その時、ベッドの中のルイズが身じろぎした。

 

 「……う~ん、セル?」

 

 「起きたか、ルイズ」

 

 セルは、ルイズが意識を失っていた間のことを話した。デルフリンガーは黙っていた。

 

 「そう、殿下は亡命について考え直してくれたのね……」

 

 ほっとするルイズ。それから、言おうかどうしようか迷いながらセルに声をかけた。

 

 「あ、あのね、セル。さっきの……」

 

 

 コンコンコン

 

 

 その時、丁度ノックとともにウェールズが部屋に入ってきた。ルイズはすぐにベッドから降り、王族に対する礼をしようとしたが、ウェールズがそれを止める。

 

 「いや、そのままでいい、ミス・ヴァリエール。気付かれて良かった」

 

 ウェールズはルイズに対して、頭を深々と下げた。ぎょっとするルイズに真摯な声色で言った。

 

 「まずは礼を言わせて欲しい。きみのおかげで我々を苦しめ続けていた偽りの「虚無」は打ち破られた。本当にありがとう」

 

 「お、恐れ多いですわ、殿下! わ、私はただ、セルに言われたとおりにしただけで、そんな……」

 

 「そんなきみにさらなる骨折りを願うのは非常に心苦しいのだが、この際だ。もう一つ、お願いしたい。我ら、アルビオン王軍派がトリステイン王国へ亡命するための橋渡しをしてほしい」

 

 目を輝かせたルイズは、思わずウェールズの手を取り、熱を込めて言った。

 

 「よくぞ! よくぞ、ご決断くださいましたわ!! 姫さまもどんなにお喜びになるか!! 亡命の件、私にお任せください!! 必ずや万難を排して皆様を我がトリステインにお連れいたしますわ!!」

 

 「ありがとう、ミス・ヴァリエール。その言葉、万の味方を得た想いだ。だが、今城内に残る王軍派は非戦闘員も含めると六百名を超える。それだけの人数が一度に亡命するとなると……」

 

 確かにそれだけの他国の王族や貴族を受け入れるとなると、本国でも相応の準備が必要になる。いかにセルの高速飛行でも、ここからトリステイン王都、あるいは今現在、姫さまが滞在されている魔法学院までは、往復で七時間以上はかかる。いや、姫さまや宮廷の重臣に事の次第を説明していたら、いつまでかかるか見当もつかない。セルの話では、大混乱に陥った「レコン・キスタ」軍も未だに二万を超える兵力を擁している。通告を反故にして総攻撃を早めないとも限らない。

 

 「ああ! 今すぐ、姫さまにこの善き知らせをお届けしたいのに!」

 

 その時、セルがさらりと言った。

 

 「では、本人の元に行けばいい」

 

 「はぁ? だから、それじゃ間に合わないのよ?」

 

 「二人とも私の尾に触れろ。時間は惜しいのだろう? 急げ」

 

 セルが伸ばした尾に、ルイズとウェールズが触れる。それを確認したセルは左手の中指を自身の額に当てて集中し、「気」を探る。見つけた。

 

 「これでどうするの……」

 

 「使い魔殿、これは……」

 

 

 ヴンッ!!

 

 

 ニューカッスル城の一室から、トリステイン王国の特使とアルビオン王国の皇太子と亜人の使い魔の姿が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第二十一話をお送りしました。

次話で第二章は一区切りとなります。

原作二巻から、かなりブレイクしてしまいましたが、いかがでしょうか?

ご感想、ご批評、よろしくお願いいたします。


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 第二十二話

第二十二話をお送りします。

本話をもって第二章は終了となります。


 

 

 「……ああ、なぜ、わたくしの背には、羽がないのかしら? この背に羽さえあれば、愛するあの人の元へ、今すぐに飛び立てるのに……」

 

 トリステイン魔法学院本塔に設えられた王族専用の貴賓室にて悲嘆に暮れているのは、トリステイン唯一の王女、アンリエッタだった。端整な横顔には深い苦悩の色が見て取れる。夕暮れが迫りつつある窓際から遥か彼方の浮遊大陸を想う、その双眸には、そこに居るはずの最愛の人の姿が寸分違わず映し出されていた。

 

 「ウェールズ様……」

 

 

 ヴンッ!!

 

 

 「……のよ? え、ここは!?」

 

 「……何の意味が? な、なんと!?」

 

 貴賓室内に突如として、二人の人間と一体の亜人が出現した。そう、正に気付いた瞬間に姿を現したとしか表現できない。瞬間移動であった。

 

 「アンリエッタ王女の居室、のはずだ」

 

 「た、確かにここは、学院の貴賓室だけど……ちょっと、待ちなさいよ。じゃあ何? あんたは、アルビオンのニューカッスル城から、トリステインの魔法学院まで一瞬で移動してみせたってわけ?」

 

 さらりと言ってのける使い魔に、こめかみをひくつかせながら、質問するご主人様。さらに亜人の使い魔は何事も無いかのように答える。

 

 「その通りだ。さすが、我が主。状況を正確に把握している」

 

 「なにが、さすがよ。あんたの出鱈目ぶりには慣れてきたつもりだったけど……セル、あんた、ほんとに何者なのよ?」

 

 「私の名はセル。ルイズ、きみの使い魔たる、亜人だ」

 

 「あ、そう……もう、いいわ」

 

 暖簾に腕押し、といった受け答えのセルにルイズは、ため息をつきながらそう呟いた。

 

 「ああ、アンリエッタ。まさか、また会うことを許されるなんて……ぼくのアンリエッタ」

 

 ウェールズは、アンリエッタの背後に近付き、感極まったように声をかけた。今の彼には、自分がどのように浮遊大陸からトリステインまで移動したかなど、ささいなことだった。

 

 「ふふ、愛しいあの人の声が聞こえる。いやだわ、わたくしったら、昨晩のワインがまだ残っているのかしら? こんなにはっきりと幻聴が聞こえるなんて……」

 

 「アンリエッタ、ぼくだよ。ウェールズだ。信じられないかもしれないが、ぼくはここにいるんだ」

 

 ウェールズはアンリエッタの肩に手をかけ、自分の方に向かせて言い聞かせるようにした。だが、アンリエッタはどこか夢心地のままで応える。

 

 「ええ、そうでしたわね。愛するウェールズ様はいつも、わたくしの心の中にいらっしゃるのでしたわね」

 

 「姫さま、私です! ルイズ・フランソワーズですわ! ウェールズ殿下を、その、なんというか、えーと、と、とにかくお連れ致しました!」

 

 

 ルイズも、ウェールズに並んでアンリエッタに現状の報告を大きな声で伝えたが、やはり、アンリエッタはぼんやりとした瞳をルイズに向ける。

 

 「まあ、ルイズ。わたくしのルイズ。ただ一人のおともだち……あなたもわたくしの心と共にいてくださるのね」

 

 だめだこりゃ。

ルイズは肩を落とした。背後で見ていたセルは室内に置かれていた大型の花瓶を念動力で浮かせ、アンリエッタの頭上に移動させて引っ繰り返した。

 

 

 バシャッ!!

 

 

 かなりの量の水が、活けられていた生花とともにアンリエッタに浴びせ掛けられた。

 

 「きゃあ! な、なんなのです!?」

 

 さすがに冷水を浴びせられたアンリエッタは、ようやく自分の目の前にいる二人に焦点を合わせた。

 

 「え、ウェールズ様? ほ、ほんとうに? そ、それにルイズまで……これは、どういうことなの?」

 

 

 ウェールズが室内のクローゼットからタオルを取り出し、アンリエッタに渡す。そして、ルイズが事の次第を説明する。

 

 

 アルビオンの道中、偶然からウェールズと出会ったこと。

 ウェールズは手紙を返却してくれたが、自身の討ち死にを覚悟していたこと。

 セルがなんというか、穏便に彼を説得したこと。

 貴族派は、ラグドリアン湖から奪った「アンドバリ」の指輪で戦力を増強していたこと。

 自分とセルがどういうわけか、「アンドバリ」の指輪の魔力を打ち破ってしまったこと。

 ウェールズをはじめとする王軍派がトリステインへの亡命を希望していること。

 

 そして、自分とセルとウェールズが事の説明と亡命の事前準備のために、これまたどういう訳か、瞬間移動?で戻ってきたこと。

 

 「ああ、ウェールズ様……また、こうしてお会いできるなんて。わたくし、まだ信じられませんわ。どうか、どうかわたくしを抱きしめてくださいまし。あなたのぬくもりを確かに感じさせてください」

 

 「アンリエッタ……ぼくのかわいいアンリエッタ。きみを再び、抱きしめられることを始祖「ブリミル」に感謝しよう」

 

 ウェールズは、アンリエッタを自身の胸にしかと抱きしめ、アンリエッタも愛する男性の胸元に顔を寄せ、喜びの涙を流した。

 

 「……姫さま」

 

 恋人たちの感動的な場面にルイズも、思わずもらい泣きしそうになるが、彼女の使い魔たる亜人にとっては、何の感慨もわかない。常人であれば、躊躇してしまう甘い空気に正面からズンバラリンと斬り込む。

 

 「事態の推移は待ってはくれない。さっさと動け」

 

 「ちょっ、この朴念仁! あんた、遠慮ってもんを知らないの!?」

 

 自身の使い魔のかなり高い位置にある口を塞ごうとするルイズ。だが、ウェールズはアンリエッタを静かに押しやると凛とした声で王女に伝えた。

 

 「使い魔殿の言うとおりだ。アンリエッタ王女殿下、恐れながら申し上げる。私、ウェールズ・テューダーをはじめとするアルビオン王軍派六百余名は貴国への亡命を希望いたします」

 

 「ウェールズ様……たしかに承りましたわ。トリステイン王国第一王女アンリエッタ・ド・トリステインの名において、ウェールズ・テューダー皇太子殿下以下、六百余名の皆様の我が国への亡命を承認いたします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「オスマン先生、あの使い魔は、本当に何者なのですか? もう、一切の隠し立ては無しにして頂きたい!」

 

 魔法学院長室で、部屋の主たるオールド・オスマンに迫っているのは、マザリーニ枢機卿であった。未だ四十代の彼だが、品評会からこっち、さらに憔悴してしまったのか、実年齢より、二十は老けて見える。かつての生徒に詰問されるオスマンは、またしても自身の鼻毛と格闘しながら答えた。

 

 「隠し立てなど、もうしとらんよ。あの使い魔はミス・ヴァリエールが東方から召喚した亜人で、もしかしたら、「始祖」の伝説にうたわれる「ガンダールヴ」かもしれんとな……あいだっ!! おお、大物がとれおったわい!」

 

 マザリーニは我慢できぬといった有様で立ち上がると、さらにオスマンに詰め寄る。

 

 「それは、昨晩伺いましたが、今さっきの話は一体全体どういうことですかっ!?」

 

 「どういうことかと言われてものう……」

 

 オスマンも困り顔である。さっきの話とは、突然王女からのお召しを受けた際の話だった。マザリーニとオスマンが参上すると、王女専用の貴賓室には先客が二人と一体いた。ヴァリエール公爵の息女とその使い魔、もう一人の金髪碧眼の青年はどこかで見たことがあると思ったら、王女殿下がのたまうには。

 

 「アルビオン王国のウェールズ・テューダー皇太子殿下です。殿下とジェームズ一世王陛下及び、アルビオン王家に忠誠を誓われる六百余名の方々が我がトリステイン王国に亡命を希望されたので、わたくしの名において、承認いたしました。枢機卿、すぐに受け入れ準備を整えなさい」

 

 マザリーニはたっぷり三分間は言葉を発することができなかった。王女殿下は今、なんと言われた?さらにその後、聞かされた内容はマザリーニの想像を絶していた。うっぷんを晴らすかのようにオスマンに言葉をたたきつけるマザリーニ。

 

 「あれだけ、念を押したのにウェールズ殿下に送った恋文などという爆弾を隠されているかと思えば、それの回収によりにもよってヴァリエール公爵の息女を単独で派遣する? それだけでも、国が傾きかねないというのに、派遣された息女と使い魔は、あろうことかウェールズ皇太子と接触し、その上「レコン・キスタ」と称する叛徒どもの戦力の源が、かのラグドリアン湖に眠る秘宝「アンドバリ」の指輪だと看破? しかも、息女と使い魔の謎の魔法で指輪の魔力は破られたと? 果ては、アルビオン王家の残党が我が国への亡命を希望するから、王女の名の下に承認しただぁ!? あんの脳みそフーテン娘は何考えとんじゃあ!!」

 

 「どうどう! すこし、落ち着かんかい。誰かに聞かれでもしたら、おぬしとて不敬罪は免れぬぞ」

 

 オスマンの言葉に、少し冷静さを取り戻すマザリーニ。さらに五歳は年を食ったかのようだ。

 

 「はあ、はあ、はあ、私としたことが失礼しました」

 

 「……じゃが、おぬしも承認したのじゃろう?」

 

 オスマンの問いに、深く息を吐いて再び座り込むマザリーニ。

 

 「ええ、実際問題として、私が収集していた情報とも合致する部分が多々ありましたからな……」

 

 そうなのだ。今回のアルビオンの反乱は、おかしな反乱だったのだ。あまりにも、反乱の拡散が早すぎた。完璧な王家などありえぬが、それでもアルビオンの現王家は、失点の少ない部類に入る。なのに、一地方の反乱は、わずか数ヶ月で王国の大半を反王家に奔らせたのだ。まさか伝説のマジックアイテムが関わって来るとは想定外だった。だが、その指輪の魔力も破られたという。それには疑問符がつくが、あの亜人の使い魔を見ると、それも納得できてしまう。そして、マザリーニがかねてより得ていた反乱軍主力艦隊の失踪という情報。皇太子ら王軍派が最後の砦としていたニューカッスル城にも姿を見せなかったということは、この情報の信憑性を裏付けた。

 

 「それで、枢機卿猊下におかれては、利があると踏んだわけじゃな?」

 

 自嘲気味の笑みを浮かべながらマザリーニが答える。

 

 「使えるものは、なんでも使う。政治と戦の基本。あなたに教わったことです、オスマン先生」

 

 「ほっほっほ、そうじゃったかのう」

 

 

 

 

 

 

 その後、セルとルイズとウェールズは、瞬間移動でニューカッスル城へ帰還。すぐさま、王軍派六百余名を二隻のフネに分乗させ、ニューカッスル城を脱出。なんとか混乱を最低限収拾した「レコン・キスタ」軍がようやく、城内に突入したときには、財宝はおろかパンの一欠けらも残っていなかった。

 

 

 

 ニューカッスル城の脱出から、五日後。トリステイン王国は、ハルケギニア全土に対して布告を発した。アルビオン正統王家の亡命承認と、全王権国家の敵たる「レコン・キスタ」討伐の宣言である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――「レコン・キスタ」軍陣地にて、「アンドバリ」の指輪の魔力が破られる十数分前、ニューカッスル城から、西南に八十リーグ地点。

 

 「残骸の数が少なすぎる。だが、やはりこの大穴を見る限り、艦隊はここで失踪、いや消滅したということか……」

 

 大地に穿たれた全長百メイルを超える大穴の前で、そう呟いたのは、長い黒髪と額にルーンを備えた二十代半ばの冷たい雰囲気の美女だった。彼女の背後には、グリフォンと呼ばれる幻獣を従えた羽帽子のメイジが控えていた。メイジが美女に声をかける。

 

 「ミス・シェフィールド、そろそろ、ニューカッスル城前の陣に戻りませぬか? クロムウェル閣下もミスを心待ちにしておられるかと」

 

 メイジの言葉を無視すると、シェフィールドと呼ばれた美女は、脇に抱えていた鏡を自身の正面に持つと、意識を集中する。彼女の額のルーンが光り、鏡の鏡面にいくつかの光点が映る。この鏡は彼女が自身の真の主から託されたマジックアイテムの一つであり、周辺の魔力反応を追跡することができる。やはり、艦隊の風石の反応はここで途絶えている。次の瞬間、鏡面に映っていた大きな光点の一つが突如現れたさらに大きな光点に飲まれるように消えた。

 

 「!! まさか、「アンドバリ」の指輪が?この土壇場でこの国の担い手が目覚めたとでも……」

 

 シェフィールドは、再度意識を集中すると、遥か彼方に居るはずの自身の主に念を送る。まるで、一人で会話しているような光景だった。

 

 「……はい、艦隊だけではなく、たった今「アンドバリ」の指輪もおそらく……可能性はあるかと思いますが……はい、ではクロムウェルは捨て置くということで……ああ、そのようなお言葉を頂戴できるなど光栄の極みですわ、ジョゼフ様……」

 

 愛しい相手と二人きりで会話しているような表情を見せていたシェフィールドは、念話を終えると、いつもの冷たい雰囲気を纏い直し、背後のメイジに命令する。

 

 「ロサイスへ飛びなさい。そこでフネに乗り換えるわ」

 

 「はっ、し、しかし、ニューカッスル城は如何するのですか? クロムウェル閣下は?」

 

 動揺を隠せないメイジに、シェフィールドはまるで、猛禽類のような獰猛な笑みを浮かべ迫る。

 

 「おまえはクロムウェルの能無しとは違い、使い道がある。このハルケギニアで最も尊く偉大な王に仕える気があるなら、その精兵の末席に加えてやってもよい。今、決めるがいい、子爵」

 

 子爵と呼ばれたメイジは、これまで「レコン・キスタ」に加わってより感じていた疑問が氷解したことを悟った。本来、一地方の反乱に過ぎなかった「レコン・キスタ」がここまでの力を持った理由。大陸最大の王国が背後で糸を引いていたのだ。だが、その快進撃を支えていた主力艦隊は消え去り、肝心の後ろ盾も彼女の言からすれば、手を引くようだ。これでは、アルビオン一国を押さえただけで、「レコン・キスタ」は潰えてしまう。彼の目的も達成できない。故国を裏切ってまで手に入れようとしたものが。彼に選択の余地はなかった。羽帽子を取り、胸にかざすと跪き、宣誓した。

 

 「我が命ある限り、ミス・シェフィールドとその主たる最も尊く偉大な王への絶対の忠誠を誓いましょう」

 

 彼の名は、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドといった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼロの人造人間使い魔  第二章 レコン・キスタ  完




第二十二話をお送りしました。

第二章をなんとか終えることができました。

次話以降は第三章前に断章をいくつか投稿することになります。

ご感想、ご批評、よろしくお願いいたします。


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 断章之弐 無能姫の使い魔

第三章開始前に断章之弐をお送りします。

第一章三話にて、ハルケギニア各地に散ったセルの分身体が何をしているのか……

……決して、第三章執筆に煮詰っているわけではありませんので。

あれ、なにやら既視感が……


 

 

 「チクショウ、チクショウ、チクショウ……」

 

 少女は自身の人生の中で何千回と繰り返した呪詛の言葉を、今また繰り返し呟いていた。

 

 「あぐっ」

 

 右肩が焼けつくように痛む。少女の華奢な肩から一本の細い棒が生えていた。その周囲は真っ赤に染まっている。忠実な護衛を装い、彼女を僅かな供回りとともに自慢の狩り場に連れ出した魔法騎士が放った矢だった。用心はしているつもりだった。誰よりも。信じられる奴なんかいない。みんながわたしを狙ってるんだ。なのに、最近入ってきた若い魔法騎士に少しだけ、気を許してしまった。その結果がこの有り様だ。

 

 「護衛はすべて始末したな?後は、あの小娘を殺して終わりだ」

 

 彼女が立てこもる馬車の外から、件の魔法騎士の声が聞こえる。本物の護衛は皆殺しにされたようだ。

 

 「チクショウ、役立たずどもめ!!」

 

 痛みに耐えながら毒づく少女。もう彼女を守ってくれるものはいない。このままなぶり殺しにされてしまうのか。少女は恐怖に飲まれそうになりながら、自身の杖を握りしめた。今まで試したことのない魔法がある。そもそも魔法の才に乏しい少女には必要ないとされた魔法だ。

 

 「あ、あいつを、あいつらを八つ裂きにできるような、はぁ、はぁ、化け物を呼び出してやる!」

 

 少女は詠唱する。傷の痛みと出血によって朦朧とした意識の中で。

 

 「我が名はイザベラ・ド・ガリア、五つの力を司るペンタゴンよ、我の運命に従いし使い魔を召喚せよ……」

 

 弱々しく杖を振り下ろすイザベラ。その瞬間、イザベラの馬車が大爆発を起こした。

 

 

 ズドォォン!!

 

 

 突然の爆発を身を伏せてやり過ごす四十名ほどの襲撃者たち。リーダー格である魔法騎士はガリア花壇警護騎士団にあって、若き逸材として将来を嘱望されていたが、上席の騎士団長補がガリア王ジョゼフ一世の不興を買い罷免された際に連座することで将来を失った。その後、反ジョゼフ派の貴族に拾われ、ジョゼフの娘であるガリア王女イザベラの暗殺計画に加担したのだった。

 

 「ばかな、自爆したとでもいうのか? あの無能な小娘にそんな真似ができるとは……まあ、いい。おい、死体を確認しろ!」

 

 身を起こした魔法騎士が、配下の襲撃者に命じる。数名の傭兵が、もうもうと立ち上る煙の中心部に近づく。その時、一陣の風が煙を吹き払う。そこにいたのは、二メイルを超える長身に筋骨隆々の、まるで虫のような外骨格と先端の尖った尾を持つ亜人だった。その足元にはイザベラが倒れていた。矢傷はそのままだが、爆発の影響は受けていないようだった。

 

 「な、なんだ、あの亜人は?」

 「王女の護衛か?」

 「そんな話は聞いていないぞ!」

 「たかが亜人一匹だ、王女ともども始末しちまえ!」

 

 傭兵たちが、亜人とイザベラに殺到しようとするが、亜人が左の手のひらを彼らに向けると、その場にいた襲撃者たちがことごとく金縛りにあったかのように身動きが取れなくなってしまう。亜人の左手の甲には、ルーンは刻まれていなかった。

 

 

 (まさか、分身体である私が召喚されるとは……その上、肉体が第二形態に変化しているだと?)

 

 亜人、セルは困惑していた。彼は、トリステイン王国の魔法学院でルイズの使い魔をしている本体が生み出した三体の分身の一体であり、ガリア王国周辺の探索中に突如、出現した鏡のようなゲートに触れることでイザベラの元に召喚されたのだった。肉体は人造人間17号を吸収した際の第二形態に変化していたが、「気」の絶対量は変化していなかった。

 

 「は、はは……なによ、亜人じゃない。はぁ、はぁ、もっとでかい幻獣とかが……よかったのに。まあ、いいわ。おい、おまえ、ご主人さまの命令よ……あいつらを皆殺しに……しなさ……」

 

 イザベラは意識を失った。自身を召喚した青髪の少女を見つめるセル。出血がひどい、適切な処置を施さなければ命に係わるだろう。分身体であるはずの自分を召喚したメイジの少女だ。詳細を聞き出すまでは死んで貰うわけにはいかない。だが、すべてを破壊し得る究極の人造人間であり、自身の核さえあれば無限に再生できるセルも他人を癒す術は持たない。いや、今まではそうだったのだが。

 

 (あれを試してみるか……丁度いい実験台どももいる)

 

 セルは、念動力で身動きを封じていた襲撃者の一人、リーダー格の魔法騎士に近づく。

 

 「くっ、醜い亜人め! 私に近寄るな!!」

 

 

 ヒュンッ!! 

 

 ドサッ

 

 

 セルが自身の尾を一振りすると、魔法騎士の左腕が根元から切断され、地面に落ちる。切断面から鮮血が噴き出すと同時に絶叫する魔法騎士。

 

 「ぎぃやぁぁぁ!! わ、私の腕がぁぁぁぁ!!」

 

 「これは、失礼した。すぐに直してやろう」

 

 そう言ってセルは、今度は尾の先端を魔法騎士の胸に突き刺す。

 

 

 ズンッ! ズギュンッ! ズギュンッ! ズギュンッ!

 

 

 何かが尾を通して、魔法騎士の体内に注入されていく。すると、なんと切断されたはずの彼の左腕が見る間に再生していく。苦悶の表情を浮かべていた魔法騎士が一転、恍惚の表情を見せる。

 

 「ういああああぁぁぁ!! ギモヂイイィィィィ!!!」

 

 

 ズギュンッ! ズギュンッ! ズギュンッ!

 

 

 さらに注入が続くと、今度は、魔法騎士の体が数倍に膨張していく。

 

 「ギモヂイイイィィィィ……ゲバラッ!!」

 

 

 ボンッ!!

 

 

 水をいれすぎた水風船のように魔法騎士の体が破裂した。周囲に大量の血や肉片がばら撒かれる。その凄惨な光景を冷静に観察するセル。

 

 「ふむ、生体エキスの注入……やはり、生命体の治癒に高い効果を発揮するようだ。その分、加減は難しいな」

 

 自分たちの中で最も手錬れだったはずの魔法騎士の無残な死に様に、今更ながら恐怖にとりつかれる襲撃者たち。必死に命乞いをしようとするが、セルの念動力によって口を開くことさえ許されない。彼らにゆっくりと近づくセル。

 

 「実験台の数は多いとはいえ、時間は限られている。手早く加減を習得するとしよう」

 

 

 

 四十名弱のイザベラ王女襲撃犯たちは一人残らず、狩り場の森を豊かにする養分となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……う~ん、あ、あれ、わたし、どうなって……き、傷がない?」

 

 イザベラが目を覚ますと、彼女の肩から生えていた矢は無くなっていた。それどころか、傷そのものも、自身の血で染まったドレスすらも元通りになっていた。彼女が周囲を見渡すと、あの魔法騎士も、何十人といったはずの襲撃者たちも姿が見えない。彼女のそばには、二メイルを超える筋骨隆々の亜人セルだけが立っていた。優雅な所作でイザベラに手を差し伸べるセル。外見から想像できない良い声で言った。

 

 「お手をどうぞ、召喚者どの」

 

 人語を話す亜人にぎょっとするイザベラだが、すぐに気を持ち直すとセルの手を払いのけ、自分で立ち上がる。

 

 「ふん、不細工な亜人風情が、このわたしに向かって聞いた風な口を叩くんじゃないよ!……で、あの不届き者どもはどうしたの?」

 

 「皆殺しとの仰せだったので……」

 

 イザベラが、襲撃者たちがいたはずの方をみると、そこは一面の血の海だった。所々に見える小さな塊は肉片だろう。思わず、口を押さえ顔をそむけるイザベラ。

 

 「うっ……す、少しはやるみたいじゃない。もしかして、わたしの傷もおまえが直したのかい?」

 

 「……」

 

 無言で頭を下げるセル。襲撃者たちは、あの魔法騎士を筆頭に複数のメイジが参加していた。それを涼しい顔で鏖殺し、深手の矢傷さえ治癒させてしまう亜人。

 

 (こいつは当たりなのかしら。もし、使い魔の契約さえ交わせば、こいつはわたしを裏切らないでいてくれるのかなぁ……)

 

イザベラは頭を振って今の考えを打ち消す。

 

(なに弱気になっているのよ、イザベラ。こういうのは最初が肝心なのよ。わたしがご主人さまだってわからせてやらなきゃ)

 

そこでイザベラは、はたと気づく。馬も馬車もない。自身の宮殿であるプチ・トロワにどうやって戻ろう。

 

 「ちっ、おい、おまえ、馬か幻獣を探してきなさい!」

 

 「不要だ」

 

 そう言ったセルが手のひらをイザベラに向けると、二人は一気に数百メイル上空に浮かび上がった。イザベラは高いところが苦手だった。

 

 

 「うわあ、うわあ!! お、おまえがや、やったのか!?」

 

 「如何にも。さて、どこに向かう?」

 

 セルの逞しい腕にすがりつきながら、上擦った声で命令するイザベラ。

 

 「ええと、ええと、ガリア王城のぐ、グラン・トロワの中にある、ぷ、ぷ、プチ・トロワまでだ!」

 

 「承知した」

 

 気が動転していたイザベラは、ついさっき召喚したばかりの亜人がなぜガリア王城の位置を知っているのかを疑問に思うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時速百リーグで飛行するセルとイザベラ。最初こそ目をつぶっていたイザベラも次第に慣れ始め、生まれて初めて経験する空中飛行に夢中になっていた。後少しでグラン・トロワを擁するハルケギニア最大の都市リュテイスが見えてくるというところでイザベラがセルに命じる。

 

 「おい、止まれ!!」 

 

 二人の眼下には、なかなか壮麗な佇まいの城があった。

 

 「あれは、アルハレンドラ公爵の居城、ヴァンフォーレ城だ。わたしを襲わせた黒幕だ!」

 先の襲撃を指揮した魔法騎士が言っていた。アルハレンドラ公爵のご意志の元、国を私する無能王の血族を粛清する!と。公爵は先代の王の治世下から宮廷の調整役として影響力を持っていた。だが、どちらかと言えば現在の宮廷では、中道派であり、政争とは距離を置いていたはずだった。

 

 「この間の舞踏会でも、何食わぬ顔で、わたしの手に接吻したくせに……あの糞ジジイ。いつか、思い知らせてやる」

 

 年相応からは、程遠い怨嗟を口にするイザベラ。それを聞いていたセルが事も無げに言った。

 

 「敵の居場所がわかっているのなら、即座に消してしまえばいい」

 

 「はあ? そんなことができるなら、とっくにやってるに決まってるだろう!! それとも、おまえなら、あのジジイを今すぐあの世に送れるとでもいうのか!?」

 

 「お望みとあれば……」

 

 セルはイザベラを背後にかばいながら、右手をヴァンフォーレ城に向ける。

 

 

 ボッ!!     

 

 ウオッ!!!

 

 ズゴゴオオォォォ

 

 

 セルが放った光弾は、ヴァンフォーレ城に吸い込まれ、次の瞬間、直径数リーグの光球がすべてを飲み込んだ。後には、巨大なクレーターが出現した。アルハレンドラ公爵は、自身と一族、そして数百人の家来とともに消滅した。目の前の光景にしばし、呆然とするイザベラ。

 

 「……は、はは、はははははは!! すごい、すごいすごいすごいすごいすごいすごいよ!! おまえ!! なんてすごい亜人なんだ!! なんてすごい使い魔なんだ!!」

 

 状況を把握すると、イザベラは喜びの感情を爆発させる。

 

 「そう、使い魔!! おまえはわたしが召喚した使い魔なんだ!! わたしが召喚した、わたしだけの使い魔!! そうだろう!?」

 

 「その通りだ。まだ、契約を交わしてはいないがな」

 

 言われて気付いたイザベラは、慌てて自分の杖をかざして「コントランクト・サーヴァント」を詠唱する。

 

 「我が名はイザベラ・ド・ガリア、五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

 詠唱とともにセルの唇に接吻するイザベラ。セルは額に熱を感じる。彼の額の黒い部分にルーンが浮かび上がる。

 

 「これで、おまえはわたしの使い魔よ! わたしの名前はイザベラ・ド・ガリア!このガリア王国唯一の王女よ! おまえの名は何と言うの!?」

 

 「……私の名はセル。人造人間だ」

 

 

 

 

 ハルケギニアにおいて、二体目の人造人間使い魔が誕生した。

 

 だが、イザベラもセル自身も、彼の額に刻まれたルーンが不完全なものだったことに気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




断章之弐をお送りしました。

正直に白状します。
作者はイザベラ様がツボです。どストライクです。ルイズとさえ争うほどです。


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 断章之参 土くれの再誕

第三章開始前に断章之参をお送りします。

第二章十四話にて、フーケさんはどうなってしまったのか……

……決して、第三章執筆に煮詰っているわけではありませんので。

うっ、あ、頭が……


 

 

 「はあ、なんでこんな事になっちまったんだい?」

 

 土くれのフーケことマチルダ・オブ・サウスゴータは、始祖「ブリミル」の石像の台座を背にそう一人ごちた。彼女は今、宗教国家ロマリアの市内に無数に存在する寺院の一つに逃げ込んでいた。時間は深夜を指しており、敬虔なブリミル信徒も、法衣を纏った聖職者もいない。

 

 「やっぱり、あいつに雇われたのは間違いだったかね?」

 

 トリステイン魔法学院の秘宝「破壊の篭手」の奪取に失敗し、捕縛されたフーケは処刑を待つだけの身だったが、ある夜、監獄を訪れた白仮面のメイジに、脱獄と引き換えにアルビオンでの反乱に加わるよう強要された。やむなく、承諾したフーケだったが、その直後に白仮面のメイジはこの世から文字通りに消えた。メイジの背後から現れたのは、長身異形の亜人。彼女の「破壊の篭手」奪取を阻止した人造人間セルだった。

 桃色髪のご主人様の命令か、はたまた学院側の密命か、自分を処分するためにこいつは来た。そう考えたフーケだったが、亜人の口から出たのは意外な言葉だった。

 

 「破壊の篭手のような不可思議な物品を探して手に入れろ。金はくれてやる」

 

 亜人の使い魔が、自分を、悪名も高い「土くれ」のフーケを雇うと言い出したのだ。亜人の真意はわからないが、先のメイジの事を考えれば、こっちも選択の余地などない。

 その夜、チェルノボーグ監獄の一級犯罪者用獄舎で大規模な火災が発生する。十数人の重犯罪者と数人の看守が焼死。しかし、損傷が激しい死体が多く、死者の正確数は不明とされた。

 

 

 

 脱獄したフーケに対して、セルが渡した手付金は彼女の予想を一桁上回っていた。彼女は無論知らないことだが、その原資はセルが夜な夜なトリスタニアの裏社会に潜む犯罪組織や悪徳貴族を吸収、もとい成敗して手に入れた資金だった。「破壊の篭手」のようなハルケギニアでは、まず見かけない珍妙な品物を手に入れれば、さらに金を出すという。亜人の目的はわからなかったが、いい金になるならフーケはかまわなかった。この亜人を利用すれば、彼女にとって何よりも大切なあの子たちに楽をさせてやれる。

 

 フーケは、セルからの要請もあり、ハルケギニア南方のロマリアに潜入した。ロマリアは始祖「ブリミル」の直弟子フォルサテを開祖とする大陸の四王家の一角であるが、その変遷は他の王家と比べて波乱に満ちていた。かつては、王国として周辺都市に君臨する存在だったが、いくたびも衰退、勃興、併合、分裂を繰り返した結果、現在のロマリアはアウソーニャ半島の都市国家連合の盟主にして大陸宗教たるブリミル教の総本山、ロマリア連合皇国を名乗っており、その頂点には教皇を戴いている。始祖「ブリミル」に関する様々な研究や調査に力を注いでおり、その過程で無数の歴史的資料や古代のマジックアイテムを収集しているというのは、大陸中で知られていた。

 

 「しかし、こんな十字架の出来損ないみたいなモノを失敬したからって、まさか聖堂騎士隊のおでましとはねぇ」

 

 フーケは、目星をつけていた宗教庁直轄の寺院の宝殿から一つのモノを盗み出した。それは、十字架の上部分が無くなった様な形の棒だった。彼女にはわからなかったが、それは現代的な造型をしたレバーハンドルであった。ところが、まんまと盗み出したと思ったら、すぐに追っ手がかかった。それも有象無象の警備隊などではなく、ロマリア宗教庁が誇る精鋭、聖堂騎士隊の一隊だった。フーケも彼らの噂は聞いていた。信仰のためならば死をも厭わず、あらゆる任務を冷徹に遂行する魔法騎士であり、独自に宗教裁判を執行する権利を与えられた聖職者でもあるのだ。

 

 寺院の外から、聖堂騎士の指揮官らしき男がフーケに投降を促してきた。

 

 「アリエステ修道会付き聖堂騎士隊隊長、カルロ・クリスティアーノ・トロンボンティアーノです。神聖なる寺院に立てこもる盗賊に宣告します。すでにこの寺院は完全に包囲されています。騎士とはいえ、聖職にも籍を置く我々は無用の争いを好みません。おとなしく投降しなさい。」

 

 「そうすりゃ、あたしの身の安全を保障してくれるってのかい!?」

 

 大声で言い返すフーケにカルロは柔らかいが断固とした口調で答える。

 

 「あなたが神と始祖の御許に送られるその時までは、保障もされましょう」

 

 投降しても、神聖な寺院から盗みを働いた以上、情状酌量の余地はないということだ。冗談ではない。だが、聖堂騎士の実力は本物だった。フーケ自慢の巨大ゴーレムも、彼らの賛美歌詠唱と呼ばれる合体魔法が生み出した炎の竜に飲み込まれてしまった。侵入、ゴーレム創造、逃走の各過程で魔法を使い過ぎてしまい、彼女に精神力はほとんど残されていなかった。残っているのは、雇い主である亜人にいざという時に使えと渡されたちっぽけな投げナイフだけだった。

 

 「こんなモンでどうしろってんだい。どうせなら、「破壊の篭手」みたいなヤツを寄こしてくれりゃいいのに」

 

 反応を見せない寺院内の賊にしびれを切らしたのか、カルロは背後の聖堂騎士たちを振り返り、自身の杖を楽団の指揮者のごとく掲げた。

 

 「第二楽章、始祖の禊」

 

 聖堂騎士たちが一糸乱れぬ詠唱を開始した。彼らの周囲に数百本の氷の矢が出現する。その尋常ではない魔力を感じ取ったフーケは焦りの表情を見せる。

 

 「こりゃあ……やばいねぇ。寺院の中なら多少、あいつらも加減するかと思ったけど甘かったか……こ、こいつは!?」

 

 フーケが強く握りしめていた投げナイフが、突如光を放ち始めた。この光、どこかで見たことが、そうだ。「破壊の篭手」が放った光に似ている。そう思った瞬間、聖堂騎士たちが放った氷の矢の大群が寺院の壁面を吹き飛ばしてフーケに迫る。思わず、目を瞑り、自身の最期を覚悟するフーケ。

 

 

 ズオォォォォォォ!!!

 

 

 だが、数百本の氷の矢はすべて、フーケが握っていた投げナイフの短い刀身に吸い込まれていく。

 この投げナイフは、セルがルイズから買い与えられた五本の内の一本だが、デルフリンガーを一度破壊し、ルイズの杖と融合させた際に、その能力を解析したセルが物質出現魔術を応用することで、投げナイフにその能力を転写したのだ。強靭な自意識は転写できなかったが、魔法を吸収する能力はオリジナルを遥かに超えた許容量を備え、さらに吸収した魔法を使用者の魔力に変換する能力をも付与されたナイフは、もはや伝説級のマジックアイテムと化していたのだ。ナイフから供給された魔力によって、一時的ではあるがスクウェアクラスさえ凌駕する力を得たフーケは、不敵に笑った。

 

 「はっははは、あの亜人野郎め! こんな、とんでもないマジックアイテムなら、最初からそう言えってんだい!!」

 

 フーケが自身の足元に「錬金」を発動する。

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴッ!!

 

 

 フーケが隠れていた寺院も、聖堂騎士たちが展開していた寺院前の広場も、寺院の周囲数百メイルの区画すべての地面が一瞬で泥状に変化する。複数のスクウェアメイジが同時に「錬金」しても、こんな現象を起こすことは不可能だった。二度の賛美歌詠唱によって、精神力を消耗していたカルロ以下の聖堂騎士たちは、なす術なく泥に飲まれ、なんとか顔だけ出している状態だった。そんなカルロに近付くフーケ。彼女が進む地面だけ瞬時に硬度を取り戻し、泥の上の橋を形成していた。自身の状況が信じられないカルロの額に一枚の紙切れを貼り付けてフーケはその場を後にする。

 

 「それでは、ごきげんよう。お仕事熱心な聖堂騎士の皆様方。また、お会いしましょう」

 

 

 

 カルロの額の紙には、こう記されていた。

 

 

 『カイドネス修道会所蔵の場違いな工芸品、確かに領収いたしました  土くれのフーケ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 




断章之参をお送りしました。

フーケさんはしばらくロマリアですので、本編での出番はほとんどありません。

でも、このままフェードアウトはしません……多分。


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第三章 王権守護戦争
 第二十三話


第二十三話をお送りします。

第三章となります。原作とはちがい、トリステイン単独で挑むアルビオン戦役。

レコン・キスタいじめではありません。多分。


 

 

 ジェームズ一世とウェールズ皇太子を首班とするアルビオン王国亡命政権は、トリステイン王国の全面的な支援を受けて、反乱軍「レコン・キスタ」の討伐と国土の奪還を宣言した。トリステイン王国はアンリエッタ王女と事実上の宰相マザリーニ枢機卿の連名を以って、ウェールズら亡命政権こそが、アルビオンの正当なる王権所持者であることを支持し、反王権を掲げる「レコン・キスタ」はアルビオン、トリステインはもちろん、その他の王権国家にとって、相容れない敵であり、すべての王権国家が手を携えて討ち果たすべきだと主張。各国家に「レコン・キスタ」討伐戦争、後に「王権守護戦争」と呼ばれる戦いへの支持と支援を求めた。

 

 

 このトリステイン王国の要請に即座に反応を示したのが、ハルケギニア最大の王国ガリアである。ガリアは国王ジョゼフ一世の詔勅を以って、トリステインとアルビオン亡命政権の戦いを正当なる権利の行使であると認め、最大限の支援を行うことを明言したのだ。次いで宗教国家ロマリアが教皇聖エイジス三十二世と全枢機卿が、宗教庁の総意として、「レコン・キスタ」の蛮行は「始祖」ブリミルの御心に反する犯罪行為であると糾弾。「始祖」ブリミルの系譜たる四王家の意思が表向き、一致したことで、大陸の小国や都市国家もこれに追従。最後まで、態度を保留していた帝政ゲルマニアも、対「レコン・キスタ」戦に賛同を示した。

 

 

 これに慌てたのが、言うまでも無く「レコン・キスタ」である。彼らはただちに旧王都ロンディニウムに残存兵力を集結させると、クロムウェルを総議長とする神聖アルビオン共和国の建国を宣言するが、トリステインをはじめ各国はこれを無視。「レコン・キスタ」は事実上の詰みの状態となってしまう。

 

 

 各国の支持は取り付けたものの、実際の兵力派遣については、各国は及び腰であったため、ここ数十年、大規模な戦を経験していないトリステイン軍は急遽、アルビオン遠征軍を編成することになった。王軍の大半と諸侯軍の三分の一、さらに各国の傭兵ギルドを介して、調達した傭兵軍。それらを浮遊大陸へ上げるためのフネもトリステイン領内から掻き集めた。本来、不足するはずだった士官についても、アルビオン王軍派の精鋭三百名を遠征軍に無理やり組み込むことで、体裁を保つ形をとった。

 さらに、マザリーニ枢機卿の命令によって、魔法学院の教員や生徒から志願兵を募ることが通達された。オールド・オスマンをはじめとする教員たちは強く反対したが、マザリーニは引かなかった。これは、貴族の子弟をあえて、戦場に送ることで王国を挙げて今回の遠征に力を尽くしていることを内外にアピールする目的があった。また、その通達の影にはアンリエッタ、マザリーニ、オールド・オスマンしか知り得ない一人の生徒とその使い魔に対する要請があった。

 すなわち、ヴァリエール公爵家の三女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢とその使い魔、亜人セルへの従軍要請だった。亜人セルの常識を超えた能力とそれを唯一制御し得るルイズの存在。アンリエッタとウェールズが彼女らの従軍を強く望んだのだ。

 

 

 学院からは、ギーシュ・ド・グラモン、マリコルヌ・ド・グランドプレら複数の生徒が志願。それを傍観していたキュルケ、タバサといった各国からの留学生たちだったが、彼女らの元に予想外の書簡がもたらされる。各々の本国からのアルビオン遠征従軍命令書であった。各国家は、兵力派遣を行わない代わりとして、自国のエリートである学院留学生の従軍という搦め手でお茶を濁す算段だったのだ。無論、各国の名門貴族の子弟であるため、従軍範囲は後方支援部隊に限定された。

 

 

 

 

 アルビオン遠征軍の編成は急ピッチで進められた。遠征軍の最高司令官には、アンリエッタ王女自らが志願し、マザリーニ枢機卿も副司令官として従軍。ウェールズ皇太子も自身の親衛隊三十名とともに司令部付き特務隊として王女の護衛を務めることになった。また、国家の銃後を守るため、アンリエッタの実母、マリアンヌ太后が暫定女王の地位に即位する旨も発表された。人、金、食料、武器、フネ、あらゆるものが遠征軍構築のため集められた。

 学院からの志願者たちも、わずか一ヶ月の即席士官教育を叩き込まれ、後方支援部隊に配属されることになった。ちなみに留学生志願者は士官教育を免除された。

 

 

 

 すべてが、戦争へと向かう流れの中、ゼロの渾名を持つ少女とその使い魔たる亜人は、少女の実家に向かって二台の馬車に分乗していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちびルイズ! ちゃんと聞いているの!? わたくしの話はそんなにつまらないのかしら!?」

 

 「ちゃ、ちゃんと聞いています、姉さま! つ、つまらないだなんて、そんな……」

 

 王族専用にも匹敵する大きさと豪奢さを備えた馬車に揺られながら、ルイズは同乗している女性の前でひたすら恐縮していた。ルイズの向かいに座っている女性は、見事なブロンドの髪ときつめの美貌を備え、年の頃は二十代後半、眼鏡が知的な印象を与えている。その顔立ちはどことなくルイズにも似ていた。彼女の名は、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。ヴァリエール公爵家の第一子であり、ルイズの長姉でもあった。優秀な土メイジであり、王立魔法研究所アカデミーの研究員を務める才媛だった。

 

 「た、ただ、実家に帰省するのにわざわざ、学院のメイドを同道させなくてもいいかな、なんて……」

 

 「あのね! いいこと、おちび? ヴァリエール公爵家はトリステインでも屈指の、いえ、随一の名門なのよ。その名門本家の娘が帰省するのに従者が使い魔だけだなんて、示しがつかないでしょ? しかも、得体の知れない亜人だなんて……」

 

 「せ、セルは得体の知れない亜人じゃありません! あひゃっ!!」

 

 ルイズが長姉に向かって、わずかに口答えすると、エレオノールは素早く末の妹のほっぺをつねり上げる。

 

 「ちびルイズ、わたくしの話はまだ、終わってなくてよ。貴婦人というのはね、どんなときでも身の回りを世話させる侍女を最低一人は帯同させるものよ」

 

 「ひゃ、ひゃい……」

 

 アカデミーの研究員として、多忙な日々を送っているはずのエレオノールが魔法学院を訪れたのは今朝早くのことだった。その目的は妹であるルイズを伴っての実家への帰省だった。その時、毎朝の日課として、セルとの洗濯に向かおうと鼻唄を唄いながら、通りがかったシエスタは、道中の侍女はこの子でいいわ、というエレオノールの独断で半ば拉致されるような形で、彼女らの帰省に同行することになった。エレオノールは、学院に無理やり従者用の馬車を用立てさせ、セルとシエスタを乗せ、自分はルイズとともにヴァリエール家専用の馬車に乗り込んだ。

 

 エレオノールの折檻に耐えながらルイズは二つの事を危惧していた。一つは、目の前のエレオノールも含めた家族の説得だ。トリステインは今や、アルビオンへの侵攻作戦のため、挙国一致をもってその準備に奔走している。ルイズもアンリエッタとウェールズ皇太子から特に強く請われて、この戦争に参陣するのだ。ところが、その旨を実家に伝えると、そのようなこと、まかりならぬという父、ヴァリエール公爵の手紙が届き、さらに間を置かずにエレオノールが学院にやってきたのだ。実家はルイズの参戦に否定的なのだ。だが、トリステインの名門貴族を自負するヴァリエール家ならば、祖国のために力を尽くすことに間違いなどない。その信念をもって説得すれば、骨は折れるかもしれないが、家族の同意を得ることはできるとルイズは考えていた。まあ、その骨折りがヒビですむか、全身複雑骨折になるかが問題なのだが。

 

 そして、もう一つの問題は彼女の使い魔亜人セルだった。あの使い魔は基本自分には従順だし、貴族社会についても亜人にしては、理解がある方?だと思うが、彼自身の理屈というか信念というか、とにかくそれに外れていると見なした者には容赦がない。例えそれが、一国の皇太子や王女に対してさえもだ。父や目の前の長姉があまりに無茶なロジックを展開した場合、彼お得意の「くだらん」が発動してしまうかもしれない。ルイズに輪をかけて、貴族としての誇りに固執している父や長姉がそんな言葉を許すはずが無い。無論、セルも引かないだろう。下手をすればヴァリエール本家の居城が見るも無残な有様になるかもしれない。使い魔にはよぉく言い含めておかなくては。ルイズはほっぺをつねられながらも、気を引き締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、あの、セルさん?……大丈夫ですか?」

 

 「問題は、ない」

 

 シエスタの心配そうな問いに、何事も無いように答える亜人セル。二人は、学院が用意した馬車に乗って、ルイズとエレオノールの帰省に同道していた。何しろ、急な話だったので学院に残っていた馬車はごく普通の造りの物だった。シエスタは問題ないが、二メイルを超える長身のセルには非常に窮屈だった。なんとか身体を縮めるように乗り込み、頭の角が天井に刺さらないように頭を完全に横にして馬車の振動に耐えていた。本人は問題ないというが、傍から見るととても難儀そうだった。

 

 「こういう旅って、わたし、あまり経験がないので、とてもわくわくします!」

 

 「そうか、私には解らない感覚だ」

 

 「わたし、これを持って来ちゃいました」

 

 シエスタは自身の荷物から木箱を取り出すと慎重にふたを開けた。箱の中には以前セルが贈ったシエスタの木像が入っていた。彼女の宝物となっていた木像は相変わらず、素晴らしい造型でモデルであるシエスタを精巧に模していた。自身の木像をニコニコしながら眺めていたシエスタは、ふと顔を曇らせるとセルに聞いた。

 

 「あの、セルさんは、ミス・ヴァリエールには木像を三体も贈られたんですよね……」

 

 シエスタは解っていた。ミス・ヴァリエールはセルのご主人様であり、名門貴族ヴァリエール家の息女。自分なんかとは雲泥の差、いや、比べることすらおこがましいと。だが、横向きの亜人はさらりと言ってのける。

 

 「私はメイド姿のきみしか知らないからな」

 

 「え……そ、それじゃあ、今のわたしが着ている服の、そのぉ、木像を造ってくれますか?」

 

 「大した手間ではない。いいだろう」

 

 「あ、ありがとうございます! あ、あの私、これ以外にも服を持っているんです! そんなに代わり映えしないんですけど……あ、それなら水着とかでも、え、そんな恥ずかしい! でも……」

 

 セルの言葉に舞い上がったシエスタは、しばらくの間、頬を染めながら一人芝居を展開した。その時、セルは全く別の事を考えていた。

 ルイズの実家、ヴァリエール公爵家。始祖「ブリミル」の末裔たる四王家の一つ、トリステイン王家に連なる血統を誇る名門中の名門。ルイズの姉だというエレオノールという女性は優秀なメイジのようだ。彼女を含めたヴァリエール家の人間が、始祖の血をどの程度、受け継いでいるのか。セルの興味はそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第二十三話をお送りしました。

エレオノール様、いいですね。

次話で、ヴァリエール家は勢ぞろいとなります。

ご感想、ご批評、よろしくお願いします。


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 第二十四話

第二十四話をお送りします。

ヴァリエール公爵家の皆さまのご登場です。

公爵の系統ってなんでしょうね?原作とかアニメに出てましたっけ。


 

 

 ――ルイズ達一行が、学院を出発して二日目の昼。

 

 ラ・ヴァリエール公爵領内のとある宿場町にて、一行は小休止をとることになった。宿場町で最も上等な旅籠に入ったエレオノールとルイズ達は、下にも置かないもてなしを受けた。さらに、宿場町の町長だの、旅籠組合の会頭だの、といった周辺の名士たちが続々と挨拶に駆けつける。二人はさも当然のようにその挨拶を受ける。人々は口々に二人を誉めそやす。

 

 「いやあ、ルイズ様もしばらく見ない間にずいぶんと大きくなられたものだで」

 「んだ、お綺麗になられただなぁ」

 「エレオノール様も、相変わらずお綺麗ですなぁ」

 「そういえば、最近ご婚約されたとか?」

 

 最後の一言を聞いたエレオノールの眉に稲妻が奔る。瞬時に緊迫感に包まれる旅籠の一室。不用意な一言を発した助役末席の若い男は他の連中に別室に連れ込まれ、一通りボコられた。見るからに不機嫌な空気を発し始めたエレオノールに恐れをなしてか、皆一様に黙りこんでしまう。部屋の入り口に待機していたシエスタはその空気に怯え、隣で同じように待機していたセルの腕に縋り付いた。セル自身はいつも通り、平然としていた。そんな雰囲気に耐えかねたルイズが場をほぐそうと、姉に話しかける。

 

 「あ、あの、姉さま! お、おめでとうございます!」

 

 

 ピシッ

 

 

 さらに、エレオノール周辺の空気に緊張が奔る。周りの人々も、ヴァリエール家の三女が相手では実力で排除するわけにもいかない。必死にこれ以上、場を悪化させないでくれ、と祈る宿場町の人々。

 

 「なにがかしら?……ルイズ」

 

 低く抑えた声でルイズに問うエレオノール。未だに状況を察することができないルイズが決定的な一言を発しようとしたその時。

 

 「え、だ、だから、ごこ……」

 

 

 バターンッ!

 

 

 「まあ! どこかで見た馬車が止まっていると思ったら、こんなにも素敵なお客様がお見えになっていたのね! エレオノール姉さま、お久しぶり!」

 

 突然、部屋のドアが大きな音を立てて開かれると、羽根のついたつばの広い帽子と腰のくびれたドレスを優雅に着こなした貴婦人が現れた。帽子から除く桃色がかったブロンドと鳶色の瞳、可愛らしい容貌はルイズによく似ていた。

 

 「カトレア、あなた外に出て大丈夫なの?」

 

 直前までの憤怒の気を霧散させたエレオノールが心配げな声をカトレアにかける。ルイズもカトレアに気付くと、表情を輝かせて彼女の胸に飛び込む。カトレアも同じように喜びに顔を輝かせてルイズを受け止める。

 

 「ちいねえさま! お会いしたかったですわ!」

 

 「まあまあ、ルイズ! あなたなのね! わたしのちいさなルイズなのね!」

 

 エレオノールの妹であり、ルイズの姉。ヴァリエール家の次女ということか。セルがカトレアを見つめていると、その視線に気付いたのか、カトレアが近付いてくる。

 

 「まあ、まあ、あらあら、まあまあ」

 

 カトレアは、二メイルを超えるセルの外骨格をペタペタと触り始めた。そして、自身より六十サントは高いセルの顔を見つめるとにこやかに言った。

 

 「あなたが、ルイズの良い人なのかしら?」

 

 セルのとなりにいたシエスタが目を見開くと同時に顔を染めたルイズが大声で叫んだ。

 

 「た、ただの使い魔です! だ、だって、あ、あ、亜人ですからぁ!!」

 

 「あら、そうなの。ごめんなさいね。わたしったら、すぐに間違えてしまうのよ。どうか、気にしないで」

 

 カトレアは楽しそうに笑いながら、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カトレアが乗ってきた大型のワゴンタイプの馬車は、ルイズ、エレオノールさらにシエスタが同乗しても余裕があるほどの広さを備えていたが、やはり亜人セルには窮屈だった。さらに、カトレアの同乗者である多数の動物たちが、どうもセルに怯えてしまうようなので、セルは元々、乗ってきた学院の馬車で追従することになった。ヴァリエール公爵家の三姉妹と同乗するなんて恐れ多すぎる、と言ってシエスタもセルの馬車に同乗した。

 夜がふけて、いよいよヴァリエール公爵家の居城が見えてくると、カトレアの馬車に一羽のフクロウが飛来し、三姉妹に優雅に一礼した。

 

 「おかえりなさいませ。エレオノール様、カトレア様、ルイズ様」

 

 「ご苦労様、トゥールカス。父様は?」

 

 カトレアがそう問うと、トゥールカスと呼ばれたフクロウは淀みなく答えた。

 

 「旦那様は、さきほどお戻りになられて、晩餐の席で皆様をお待ちでございます」

 

 「母様は?」

 

 ルイズが小さな声で尋ねる。

 

 「奥様は、領地巡察にお出かけですが、もう間も無く、お戻りになられるかと」

 

 つまり、両親二人ともにすぐ会えるのだ。ルイズは気を引き締める。一応、セルには口を挟まないようにと命令しておいた。

 ヴァリエール家の居城は、その広大さで言えば、トリスタニアの王宮をも凌駕しうるものだった。巨大なゴーレムが跳ね橋を上げる鎖を巻き上げ、馬車は城内に入っていった。幾つもの豪奢な部屋を通り、公爵家の人々の私的な晩餐室に到着した。シエスタは召使たちの控え室に留め置かれたが、セルは使い魔ということで特別に同伴を許された。セルはルイズの席の背後に護衛のように控える。

  

 三十メイルはある長テーブルの上座には、ルイズ達の父親であり、トリステイン王国最大の領地を治める名門中の名門ヴァリエール家の当主、ラ・ヴァリエール公爵その人が娘達の到着を待ち構えていた。公爵は、年の頃は五十過ぎ、ブロンドの髪と口髭には、白いものがかなり混じっているが、その眼光は鋭く、その体躯の壮健さが、豪奢な衣裳からも推し量ることができた。そして、公爵の機嫌はあまり、よろしくないようだった。彼は開口一番に言った。

 

 「まったく、あの鳥の骨め!!」

 

 「どうかなさったのですか、父様?」

 

 エレオノールが公爵に問いかけると、彼は憤懣やるかたないという様子で娘たちに語った。ルイズなどは気が気ではない。

 

 「このわしを、わざわざ王宮にまで呼びつけて、何を言うかと思えば、「貴公の諸侯軍から一個軍団編成されたし」などとぬかしおったわ!」

 

 「ご承諾されたのですか?」

 

 「するわけがなかろう! わしは軍務を退いた身だ。わしに代わって軍を率いる世継ぎとておらん。それにわしはこの戦には反対だ」

 

 「ですが、枢機卿猊下と暫定女王陛下の連名を以って、挙国一致によって同胞アルビオン、そして我がトリステインを脅かす仇敵を討つべし、との布告が出されたばかりです。口さがない者たちが、ヴァリエール家に逆心ありと騒ぎ立てるかもしれません」

 

 顔をしかめつつ、父に諫言するエレオノールだが、公爵は一蹴する。

 

 「有象無象の者どもには言わせておけばよい! それに、あんな鳥の骨に猊下などと、怖気がはしるわ! 前王陛下の喪に服されていた太后陛下と、まだお若い王女殿下を誑かしおって!」

 

 我慢できなくなったルイズが、公爵に向かって口を開く。

 

 「と、父様に伺いたいことがございます」

 

 「おお、いいとも。わしのルイズよ。だが、その前に久しぶりに会った父に接吻をしてはくれないのか?」

 

 ルイズは席を立つと、公爵に近寄り、その頬にキスをした。そして、父である公爵の目を真っ直ぐに見つめて言った。

 

 「なぜ、父様はこの戦に反対されるのですか?「レコン・キスタ」を名乗る叛徒どもは友邦であるアルビオンを陥れ、我がトリステインを始め、他の王権国家にとっても脅威ですのに……」

 

 「いいかね、ルイズ。確かに反王権を掲げる叛徒どもは、脅威には間違いない。だがね、だからといってこちらから攻め込むとなれば、話が違ってくるのだ。敵軍の兵力は二万、我が軍は三万だ。一万多ければ勝てる?そう、単純ではないのだ。攻め込む以上、敵軍の三倍の兵力が必要となるのだ。でなければ、苦しい戦いを強いられるだろう。そのような愚を冒さずとも、我が国はアルビオンを空路封鎖してしまえばよい。いずれ、時を待たずに叛徒どもは干上がり、向こうから和平を申し入れてくるだろう」

 

 公爵はルイズの頭に手をやり、諭すように言葉を続ける。

 

 「まして、あの鳥の骨めは、魔法学院の生徒を仕官として従軍させるという。愚かな真似を。子供など戦に連れて行って何とする。攻めるという行為は絶対に勝利できる自信があって初めて行えるのだ。そんな戦にわが娘を従軍させるなど、決して許さん」

 

 「父様……」

 

 「戦の話は終わりだ。それより、おまえにも婿をとらせることを考えなければな」

 

 「でも、父様! 殿下が! アンリエッタ王女殿下が私の力が必要だとおっしゃってくれたのよ!!」

 

 「殿下はお若い。戦場に赴くのに気心が知れた侍女をご所望なのだろう。なにもおまえが志願する必要はない」

 

 このままでは、いつまで経っても父は判ってくれない。ルイズは、唇を噛み締めて佇んでいた。そして、彼女は我知らず自身の使い魔である亜人を振り返った。亜人はあさっての方向を見ていたが、やがて笑い声をあげた。

 

 「くっくっくっ、ふっふっふっ、はっーはっはっはっ!」

 

 あさっての方向を向いたまま、笑い声をあげるセルにその場にいた三姉妹や公爵、テーブルの後ろに控えていた使用人たちは、あっけにとられた。セルはテーブルとは反対を向きながら、両手を高く掲げて、その良い声を以って朗々と語り始めた。

 

 「物語を語ろう! 古の大公爵の物語を! 娘可愛さの余りに戦を見誤り、祖国を危機に導いた大公爵がいた! 絶対に勝利できる? そんな戦にしか赴いたことが無い、自称冷静な戦略眼を誇った大公爵がいた!……今はどうだ?国は潰え、家は潰え、城は崩れ去り、その廃墟に残るは、大公爵が身に付けていた古ぼけたモノクルが一つ……」

 

 まるで、吟遊詩人のように素晴らしい声で語るセル。だが、その内容は誰が聞いても、ラ・ヴァリエール公爵を激しく卑下するものだった。

 

 

 バンッ!

 

 

 テーブルに手を叩きつけて立ち上がる公爵。その右手には愛用の杖が握られていた。杖の先を亜人に向ける公爵。

 

 「このわしを愚弄するかっ! 亜人風情が!!」

 

 「父様、お願い! 待って!! セル、あんた、口を挟むなって言ったでしょう!?」

 

 セルを背後に庇いながら、ルイズが大声で問う。セルはやはり、いつも通りの調子で答えた。

 

 「口を挟んではいない。ふと、思いついた小噺を口にしたまでだ」

 

 「いくら何でも、あからさま過ぎるでしょぉぉがぁぁ!!」

 

 「ふむ、やはり愛娘からのトドメが必要か……ルイズよ、こう言うのだ」

 

 ルイズの困惑も、どこ吹く風のセルが、彼女の耳元に顔を寄せて何事かを伝える。その様を見た公爵がさらにヒートアップする。

 

 「わしの小さなルイズに、ひそひそ話だとぉぉぉぉぉ!? もはや、許さんっ!! 百回、葬ってくれるぞ!!」

 

 「え、そんなことを?……わ、わかったわよ! 言えばいいんでしょっ!!」

 

 詠唱を開始しようとする公爵に、ルイズがあらん限りの声を振り絞って言った。

 

 「もう、父様なんて、大っ嫌い!!」

 

 「!!」

 

 ルイズの一言が、ヴァリエール公爵のなにかを粉々に打ち砕いた。

 

 

 カランッ ポトッ

 

 

 詠唱のポーズのまま、固まった公爵の右手から杖が落ち、生気を失った右目からモノクルが落ちた。公爵の背後から執事長のジェロームが駆け寄る

 

 「ああ、旦那様! お気を確かに!! こ、これは、意識をお失いになっておられる! おい、旦那様をすぐに寝室にお連れするのだ! 典医を呼べ!!」

 

 ジェロームの命令にすぐに数人の使用人が固まったままの公爵を横にして運び出そうとした。

 

 「あらあら、まあまあ、ルイズったら、大胆ね」

 

 一連の流れを見守ったカトレアがにこやかな表情のままに言った。長姉であるエレオノールはその場で立ち上がり、ルイズを詰問する。

 

 「おちび! ちびルイズ! あなた、父様になんてことを!!」

 

 ルイズは自分の一言が、あの父を再起不能にしてしまったことに妙な自信を持ってしまった。その自信が彼女にタブーを犯させてしまう。

 

 「行かず後家の姉さまは黙ってて!!」

 

 

 ビキビキビキィ!!

 

 

 「あ、そ、それはさすがに……」

 

 にこやかだったカトレアの額にも、冷や汗がにじむ。公爵を運ぼうとしていたジェロームと使用人たちも、公爵家の長女から立ち上る瘴気に当てられたのか、その場から動けなくなってしまう。エレオノールらしきモノは、その美しいブロンドをまるで、角のように逆立てると、地の底から響くような声色でルイズに迫った。

 

 「ルうぅぅぅぅぅイいぃぃぃぃぃぃズうぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

 あ、私、死んだわ。ルイズは大蛇に睨まれた蛙のごとく、その場から動けなくなった。背後のセルは、なかなかの殺気だ、悪くない、などと考えていたが。

 その時、晩餐室の扉が開き

 

 「何を騒いでいるのですか?」

 

 凛とした声が室内に響き渡った。公爵の妻であり、三姉妹の実母、ヴァリエール公爵夫人カリーヌ・デジレ・ド・マイヤールの登場であった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第二十四話をお送りしました。

公爵家の真の支配者の登場です。

公爵に今後の出番があればいいのですが。


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 第二十五話

第二十五話をお送りします。

最近は、会話ばかりでセルさんも退屈気味かもしれませんが、今回も会話オンリーになります。

セルさんのストレス解消を考えなければ……


 

 

 「おおよその話は、控えの間で聞いていました」

 

 ルイズ達三姉妹の母であり、ヴァリエール公爵の妻であるカリーヌ夫人は、晩餐室に入ると、手にしていた羽扇子を閉じた。その容姿は若々しく、とても二十代後半の娘がいるとは思えない。ルイズとカトレアに受け継がれた桃色の髪をまとめた夫人は、公爵その人をしのぐほどのオーラを纏っていた。

 

 

 パチンッ!

 

 

 その音を聞いたエレオノールとルイズが思わず、身体を震わせる。母の機嫌がよくないときの癖だった。ジェロームや使用人たちに至っては、その音を聞くやいなや直立不動の姿勢をとる。

 

 

 ゴンッ

 

 

 運び出されようとしていた公爵が、頭から床に落ちるが、誰も気にしなかった。夫人は、ルイズに向かって言った。

 

 「ルイズには伝えていませんでしたが、エレオノールとバーガンディ伯爵との婚約は、先頃解消されたのです」

 

 「えっ!?」

 

 母の言葉に驚愕するルイズ。長姉に向き直り、泣きそうな声で謝罪する。

 

 「ご、ごめんなさい、姉さま! 私、知らなかったとはいえ、姉さまになんてことを……」

 

 エレオノールは苦笑しながら、ルイズに答える。

 

 「……いいのよ、ルイズ。もう過ぎたことだから」

 

 「姉さま……」

 

 娘達を見つめていたカリーヌ夫人が、ルイズの背後に控える亜人セルに視線を移した。次の瞬間、目を見開く夫人。

 

 (まさか……だが、似ている。三十年前のあの時、私を助けてくれた、あの騎士と共にいた亜人に……)

 

 かつて、夫人が「烈風」の二つ名で呼ばれるよりも、さらに過去のことだった。だが、記憶に残っている亜人とは細部が異なっているようにも見える。夫人がセルに近づきながら、尋ねる。

 

 「ルイズの使い魔だそうだけど、名はなんと言うのです?」

 

 公爵家の最高権威者に問われても、セルはいつも通りの調子で答える。

 

 「私の名はセル、人造人間だ」

 

 「三十年ほど前に、このトリステインに来たことは?」

 

 「えっ、母様?」

 

 母の質問の意図が見えないルイズだが、使い魔たるセルは特段構えることなく答えを続ける。

 

 「私がこの地に来たのは、ルイズによって召喚された二ヶ月前が最初だ。そもそも、私は誕生してより三年しか経過していない。三十年前など影も形もない」

 

 「はあ? セル、あんたって三歳児なの!?」

 

 母が質問の最中にも関わらず、思わず突っ込んでしまうルイズ。

 

 「人造人間である私は、きみたち人間とは、成長速度が異なるのだよ」

 

 「いや、だからって私より十三歳も年下だったなんて……」

 

 セルの答えを聞いた夫人は、しばらく彼を見つめた後、その視線を夫である公爵に移した。彼は未だに意識を失ったまま、床に転がっていた。

 

 「お父様があのご様子では、今夜のお話はここまでね。ルイズ、詳しくは明日の朝にしましょう。いいですね」

 

 「は、はい、母様」

 

 カリーヌ夫人の一言で、その場は解散という流れになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晩餐室での会合が終わった後、セルが案内されたのは、物置に毛が生えたような粗末な部屋だった。部屋の半分以上が城内の清掃に使うと思われる雑多な清掃用具に占領されていた。残りの半分にこれまた粗末なベッドと机が置かれていた。最も、睡眠も必要としないセルにとっては、どうでもいいことだったが。

 しばらくすると、控えめなノックとともにシエスタが部屋に入ってきた。彼女の頬は若干赤みを帯びており、手には酒瓶を持っていた。

 

 「あ、あの、セルさん。少し、ご一緒してもいいですか?……ひっく」

 

 「かまわん」

 

 セルの答えを聞いたシエスタはベッドに腰掛ける。

 

 「このお酒、お城の方に頂いたんです」

 

 「そうか」

 

 「やっぱり、ヴァリエール公爵家ってすごいですね!このお城も学院よりも大きいですし。わたし、ミス・ヴァリエールがうらやましいです。あの方はなんでもお持ちになっていて……ひっく」

 

 シエスタは酒瓶から直に酒をあおる。頬の赤みもさらに増して行く。

 

 「わたし、タルブっていう田舎の村から出て来たんです。何にも無いのがとりえ、なんて言われるんですけど、とても質のいい葡萄が採れるんです。それに「ヨシェナベェ」っていう郷土料理もおいしいんですよ! ひっく。他にもタルブの祠には、何に使うかわからないけど、とにかく珍しい見たことない珍品が安置されているんですよぉ、ひっく」

 

 「ほう、見たこともない珍品か。興味深いな」

 

 思いがけず、セルが食いついてきたので、シエスタは気を良くしたのか、さらに酒をあおりながら陽気な声で言った。

 

 「じゃあ、今度、二人でタルブに行きましょう! わたしが案内しますから!」

 

 「そうだな。戦争が終結した後にルイズとともにお邪魔するとしよう」

 

 戦争とルイズの名を聞いたシエスタは、顔を曇らせるとさらに酒をガブ飲みする。かなり、酔いも回ってきたのか、目も据わりはじめている。

 

 「おう、こら、セル!」

 

 「なんだ?」

 

 完全な酔っ払い口調のシエスタに、素の返しをするセル。そんなセルに手にした酒瓶を向けてシエスタが、普段からは想像できないドスのきいた声で言う。

 

 「飲め!」

 

 「断る」

 

 口調はともかく、赤らめた頬の美少女メイドに迫られても、我らがセルの不動心は小揺るぎもしない。

 

 「わらしのさけはのめないってのか、あぁん?」

 

 「私は酒は飲まん」

 

 「んじゃあ、わらしをかまえ!」

 

 突然、セルにしだれかかるシエスタ。

 

 「いっつも、いっつも、ルイズルイズルイズルイズって、すこしはわらしにもかまえってーの!」

 

 「……」

 

 当身で落とすか、さすがにセルがそう思った矢先、シエスタの身体が力を失い、ズルズルと下がる。酒瓶を抱えたまま、シエスタは寝息を立て始めた。酔いつぶれたメイドをベッドに寝かしたセルは部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、ルイズはカトレアの部屋にいた。カトレアがつい先日、城近くで保護したと言うツグミを二人で看病していた。ツグミに限らず、カトレアの部屋は様々な動物たちで溢れ返っていた。ルイズが魔法学院の寄宿舎に入る前に、見た時と比べて明らかに増えていた。ツグミの世話を慣れた手つきでこなすカトレアが隣のルイズに問いかけた。

 

 「あなたの意思は固いのね、ルイズ」

 

 「はい、例え家族の誰からも賛同されなくても、私は姫様の力になると決めました」

 

 決意の表情を見せるルイズを眩しそうに見守るカトレア

 

 「強くなったのね、ルイズ。それも自分以外の誰かのための強さだわ。きっと、あなたにも大切な人ができたからね。もしかして……」

 

 「ち、ちがうわ、ちいねえさま! セルはそういうのじゃなくて、なんというか、そのぉ……」

 

 慌てるルイズにカトレアがいたずらっぽい顔で追撃を加える。

 

 「あら、わたしは誰それと言った覚えはないのだけど?」

 

 「あう、ちいねえさまのいじわる……」

 

 頬を染めながら、下を向くルイズ。カトレアはそんなルイズを優しく抱きしめる。

 

 「でもね、ルイズ。エレオノール姉さまも、父様も、母様も、城のみんなも、もちろんわたしもあなたのことを大切に思っているの。だから、必ず無事に戻ってきてね」

 

 「はい、カトレア姉さま」

 

 ルイズの返事を聞いたカトレアは、静かに妹を離すと言った。

 

 「いいお返事だわ、ルイズ。この子の世話も終わったことだし、あなたも自分のいるべき場所へ戻りなさい。あなたと一緒に歩む人の下へ」

 

 「……はい」

 

 部屋を出るルイズを見送るカトレア。突如、胸を押さえ激しく咳き込む。

 

 「……せめて、あの子たちが戦から戻るまでは」

 

 ヴァリエール公爵家の次女カトレア。彼女は原因不明の奇病にその身体を蝕まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セルがヴァリエール城の中層階を歩いていると、通路の反対側からエレオノールが姿を見せた。妹が召喚したという亜人の使い魔を見ると、エレオノールはあからさまに顔をしかめ、敵意を剥き出しにして言った。

 

 「おまえが、ルイズに諸々の悪知恵を吹き込んだのかしら?」

 

 エレオノールの問いには答えず、彼女の身体を上から下まで眺めるセル。その視線にさらに柳眉を逆立てたエレオノールは自身の杖を構えた上で怒声を発した。

 

 「未開の地の亜人風情が、ヴァリエール公爵家の令嬢を舐め回すように視るなど、許されるとでも思っているの!?」

 

 「ふむ、ルイズの長姉だけあって、極めて流麗な容貌と明瞭な声色を持っている。表情には陰りがなく、その肉体は均整がとれており、非常にしなやかだ。王立アカデミーの研究者であれば、名誉職ではあるまい。優秀な頭脳と魔法の才を備えている証だ。そして、このトリステイン王国において王家に次ぐ家格を誇るヴァリエール公爵家の第一子という血統の良さ……」

 

 「な、なにを……」

 

 突然、自分の美点を次々と挙げる亜人に困惑するエレオノール。いつも、使用人や領民、あるいは社交界で聞く、ただ誉めそやすだけの賛辞とは違う客観的評価のためか、エレオノールには新鮮に聞こえた。

 

 「この国において、これ以上の良縁など、望むべくもなかろうに。件のバーガンディ伯爵とやら、よほど特殊な嗜好の持ち主か」

 

 「ち、ちがうわ。ただ、その、「もう限界」と言われて、それで……」

 

 「人間の男女間には、非常に細やかな機微があるとは聞くが、私には到底理解できないな」

 

 「おまえ……随分変わった亜人ね」

 

 エレオノールから、セルに対する敵意は消えていた。はたと気付いたエレオノールが咳払いをしながら、セルに申し渡す。

 

 「い、いまの無礼は、妹に免じて不問としましょう。ですが、今後私の妹、引いては我が家に仇なすことがあれば、ヴァリエール公爵家長女エレオノールの名において容赦はしません! 心しておきなさい!!」

 

 「承知した。では、失礼する」

 

 一切の調子を崩さず、その場を去っていくセルの後ろ姿を見つめるエレオノール。その視線には、敵意ではなく興味が強く出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ルイズ、こんな所で何をしている?」

 

 セルは中層階のバルコニーのベンチで、毛布を纏ったまま、一人座るルイズを見つけ声をかけた。セルを振り返り、少しうれしそうな顔をするルイズ。

 

 「いま、ちょうど、あんたの事を考えていたの」

 

 「ほう」

 

 セルはルイズの隣に並んで立ち、しばし天空に浮かぶ双月を鑑賞する。沈黙を破ったのは、ルイズだった。

 

 「アルビオンから学院に戻って、ずっとドタバタしていて聞けなかったけど、セルは……私の力が「虚無」の魔法だって、最初から知っていたの?」

 

 自身の隣に立つ長身異形の亜人を見上げながら、ルイズは尋ねた。

 

 「いや、それは知らなかった。だが、きみに力があるとすれば、「虚無」以外にはありえないとも考えていた。何しろ、きみはこの私を、人造人間セルを召喚したのだ。我が主たる者が、系統魔法などという有象無象の者どもと、同じ力しか持たぬ器なわけがないからな」

 

 要は自分がすごいから、その自分を召喚したルイズもすごいだろう、といった程度の論理だった。思わず、吹き出すルイズ。

 

 「ぷっ! 何よ、それ! 遠回しに自分の自慢しているだけじゃない。これだから、三歳児は単純なのよねぇ」

 

 ひとしきり、セルを笑った後、ルイズは正面を見据えて言った。それは、隣にいるセルに聞かせるようにも、自分自身に言い聞かせるようにも感じられた。

 

 「……私は戦争に参加するわ。姫さまをお守りし、このトリステインも叛徒どもから守って見せる。たとえ、そのためにこの手を汚すことになっても」

 

 「その覚悟がある限り、きみの眼前に立ちふさがる敵は、いかなる万神万魔であろうと、この私がすべて退けてみせる、我が主よ」

 

 セルの言葉を聞いたルイズは、少しだけ鼻をすすってから、使い魔に命じた。

 

 「セル、ちょっと座りなさい」

 

 「承知した」

 

 自身のとなりに座った二メイルを超える異形の亜人にもたれかかるルイズ。かすかに甘い声でつぶやいた。

 

 「……当たり前でしょ、あなたは私の使い魔なんだから」

 

 

 

 天空の二つの月から降り注ぐ月光が、バルコニーの奇妙な主従を淡く、照らし出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第二十五話をお送りしました。

今回、あからさまな伏線を張ってしまいましたが、回収できるかは不明です。

次話で帰省編は終了し、そのまま戦争前夜編として、久しぶりの学院の面々が登場します。

ご感想、ご批評をよろしくお願いします。


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 第二十六話

第二十六話をお送りします。

公爵閣下には、最後まで道化になっていただきました。

公爵家のみなさんの使い魔って出てきましたっけ?


 

 

 「では、どうあっても、今回の戦争に参加するというのね、ルイズ?」

 

 ヴァリエール家の朝食は、日当たりの良いバルコニーで摂ることが慣例となっていた。バルコニーに引き出された長テーブルには、ルイズ、エレオノール、カトレア、そして上座にカリーヌ夫人が座り、豪勢な朝食を摂っていた。公爵は未だにショックから立ち直れないのか、姿は見えなかった。一通り、食事を終えた所でカリーヌが問いかけた。ルイズは、母を正面から見据えて言った。

 

 「はい。私の決意は変わりません」

 

 「ヴァリエール家から勘当されても?」

 

 カリーヌの言葉に、思わず立ち上がるエレオノール。

 

 「そんな! 母様、いくらなんでも……」

 

 「エレオノール。わたくしは、ルイズと話しているのです」

 

 母の言葉に、下を向きながら着席するエレオノール。当のルイズは、一切の動揺を見せずに言い切る。

 

 「たとえ、家から勘当されたとしてもです。私は貴族とは、家名だけで名乗るものではないと考えます。恥じることのない、気高い生き方を貫ける者が貴族を名乗る資格があると考えています」

 

 「それが、あなたの考えなのね、ルイズ」

 

 夫人は、立ち上がりルイズの席へ歩み寄る。そして、ルイズの頬に手を添えて万感を込めて言った。

 

 「いってらっしゃい、ルイズ。あなたが信じる生き方を貫いて見せなさい。ただし……」

 

 ふいに口調を変えたカリーヌが、ルイズの頬っぺたをつねり上げる。

 

 「行くからには、中途半端は許しません。我がヴァリエール家の名をアルビオン大陸に轟かせること。いいわね?」

 

 「ひゃ、ひゃい、かあひゃま。おおへのとほりに……」

 

 カリーヌが席に戻ると、今度はカトレアがルイズの席に小走りに近づき、妹を抱きしめる。

 

 「ルイズ、いってらっしゃい。一日も早い帰りを待っているわ」

 

 最後にエレオノールが席についたまま、末妹に激励の言葉を伝える。

 

 「嫁入り前の身体なんだから、気を付けなさい、ルイズ。何を言っても、あなたは公爵家の令嬢で私の妹なんだから」

 

 「母様、カトレア姉さま、エレオノール姉さま……行って参ります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズ、セル、シエスタの一行は学院の馬車で、帰路に着こうとしていた。公爵家の馬車を用意すると言われたが、ルイズはあえて断った。まがりなりにも、公爵家当主である父からの許しは得ていないのだ。それはルイズなりのけじめだった。

 馬車内で、若干顔色が悪いシエスタがセルに問いかけた。

 

 「あ、あの、セルさん。わたし、昨日変な事、しでかしませんでしたか?お酒を飲んでからの記憶がどうもあやふやで……」

 

 恫喝まがいの口調で自分に迫ってきた、とは言わず、当たり障りのない返しをするセル。ルイズは、ヴァリエール城を惜別の思いで見上げていた。三人が乗った馬車が、ヴァリエール城の城門に差し掛かった時、それは突然、門の前に出現した。門全体を覆い隠すほどの巨大な氷の壁だった。

 

 

 

 

 カリーヌは、城内のバルコニーから、ルイズが乗った馬車が城門に差し掛かる様子を見ていた。そして、巨大な氷の壁が城門前に出現したのとほぼ同時に、ひどく慌てた様子の執事長ジェロームが、注進に現れた。

 

 「お、奥様! 旦那様が寝室から、いずこかへ消えておしまいに……」

 

 

 パチンッ

 

 

 「わかっています。まったく、あの人ときたら、いつまでも子離れができないのだから」

 

 カリーヌは手にした羽扇子を勢いよく閉じると、ジェロームに自分の杖を持ってくるように命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ルイズよ! この先に進みたければ、この父を乗り越えて行けぃ!!」

 

 巨大な氷の壁を背後にし、若干やせこけたヴァリエール公爵が右手の杖をルイズたちに向けて宣言する。その様子を見ていたシエスタが、ぽつりと口にする。

 

 「あれじゃ、誰もお城から出れないんじゃないですか?」

 

 「……言わないで、シエスタ」

 

 こめかみを押さえたルイズが苦々しく言った。セルが無言で前に進み出て、左手を公爵に向けてかざす。だが、ルイズがセルを止める。

 

 「待って、セル。私がやるから、力を貸して」

 

 「承知した」

 

 ニューカッスル城の時のように、ルイズの背後にセルが立ち、彼女の小柄な身体を抱きすくめるようにして、両手を支える。ルイズはデルフリンガーと水と風のルビーに意識を集中する。その様子を見たシエスタが、「まあっ!」と叫んで、無意識に自身の爪を噛んだ。そして、ヴァリエール公爵は。

 

 「わ、わしの小さなルイズとひそひそ話だけでは飽き足らず、だ、抱きすくめるだとぉぉぉ!!……駆除だ。いますぐ駆除してやる。破廉恥な亜人は即刻! 駆除だぁぁぁぁ!!」

 

 公爵の周囲に百本を優に超える氷の矢が出現する。激昂していても、最愛の娘には氷の矢を当ててしまわないように、慎重に狙いをつける公爵。だが、その間にルイズは詠唱を完了する。

 

 「ウル・スリサーズ・アンスール・ケン……以下省略で、ディスペル!!」

 

 「うおぉい!? いくら、なんでもそりゃあないだろうぉぉぉぉ!!」

 

 デルフリンガーの突っ込みと同時にセルとルイズから眩い光の波動が放たれる。その規模は、ニューカッスル城の時とは、比べるまでも無いほど小さいものだったが、公爵が造り出した氷の矢の大群と巨大な氷の壁を一瞬で霧散させた。

 

 「な、なんだと!? こんな魔法があるはずが……ぬっ!?」

 

 背後を振り返り、氷の壁の消失に驚愕した公爵の右手から杖が、ひとりでに離れる。公爵の杖はそのまま宙を飛び、ルイズの手に収まる。セルの念動力ではない。ルイズ自身の念力のコモンマジックだった。「虚無」に目覚めたルイズは、系統魔法はこれまでと同じく、まともに発動できなかったが、コモンマジックについては、スクウェアクラスの実力を身につけていたのだ。極端に魔力を消費したルイズは、セルに抱き抱えられながら、父である公爵に言った。

 

 「つ、杖を奪いました。私の勝ちです、父様」

 

 「ルイズ、おまえ、いつの間に……」

 

 「いつまでも、小さなルイズではないんです!」

 

 公爵が杖を失った以上、結着は明らかだった。公爵はその場で座り込み、ルイズたちから視線を逸らしたまま、口を閉ざした。そんな父のそばを通り過ぎるルイズ。小さな声で別れを告げる。

 

 「……行って参ります、大好きな父様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズたちが、城を出てしばらくすると、未だに立てない公爵のそばにカリーヌ夫人がフライの魔法で降り立つ。夫人が公爵を慰めるように言った。

 

 「あなた、大丈夫ですよ。ルイズは強い決意と、自身の才に目覚めたのです。わたくしたちの娘ですもの、必ず無事に……」

 

 夫人の言葉が聞こえていたのかいないのか、突如立ち上がった公爵が滂沱の涙と鼻水を流しながら、大声を張り上げた。

 

 「うおおぉぉぉぉん!! うおおぉぉぉぉん!! わしのルイズが! わしの小さなルイズが!! わしを大好きと言ってくれたルイズが!! うおおぉぉぉぉん!! 往ってしまった!! 戦場へ往ってしまったぁぁぁ!!」

 

 「……」

 

 

 パチンッ

 

 

 ドゴッ!!

 

 

 手にしていた羽扇子を閉じると、カリーヌは無様に泣き叫ぶ夫の後頭部に呵責ない一撃を加える。かなり鈍い音がして昏倒する公爵。どうやら、ただの羽扇子ではなく鉄扇だったようだ。一つため息をつくと、カリーヌは末の娘が向かった魔法学院の方角をいつまでも見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、トリステイン魔法学院にあるアウストリの広場の一角に置かれたテーブルー

 キュルケとタバサがもう一人の女子生徒とともに休み時間を過ごしていた。物憂げにため息をつく女子生徒。キュルケがその訳を尋ねる。

 

 「今日、二十六回目のため息よ、モンモランシー。そんなに恋人が心配?」

 

 「おあいにくさま。あんなのいなくなったほうがせいせいするわ」

 

 人事のようにつぶやいた女子生徒は、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。ブロンドの髪を縦ロールに整え、後頭部には大きな赤いリボンを身に着けたなかなかの美少女だった。ルイズやキュルケの学友であり、ギーシュ・ド・グラモンの恋人でもあった。ギーシュの二股騒動で一時期、絶交状態だったが、なんだかんだで元の鞘に収まっていた。そのギーシュは、アルビオン遠征軍に従軍志願し、今はマリコルヌらとともにトリステイン各地の練兵場で即席の仕官教育を受けているはずである。

 

 「その割には、ずいぶん寂しそうじゃない?」

 

 「ギーシュのヤツ、根っからの臆病者のくせに、「きみのために一番槍の手柄を立ててみせる」なんて格好つけちゃって。そもそも、後方支援部隊でどうやって一番槍なんかとるつもりなのかしら?」

 

 「まあ、たしかにね。私やタバサも留学生仕官として従軍はするけど、やっぱり後方支援部隊だもの。前線で暴れられると思っていたのに」

 

 「……私たちはアピール要員」

 

 魔法学院の生徒と教員から十数人、そして他国の留学生達が十人弱。これらが、学徒仕官、教職仕官として遠征軍に組み入れられるのだが、配属先は後方支援部隊に限定された。予測された仕官不足は、アルビオン王軍派の精鋭三百名の充当で目途が立ったため、内外へのアピールのため、貴族の子弟の志願が求められたのだ。留学生たちも、本国のポーズとして遠征軍への志願を半ば強制された。キュルケなどは、自慢の炎魔法を存分に披露できると期待していたため、肩透かしをくらった格好だ。タバサは、本国というか、伯父王の真意を計りかねていた。自分の死を期待して、てっきり最前線に送るのかと思ったが、他国の留学生と同じ後方支援部隊への従軍に限ると命令してきたのだ。それに最近は従姉からの呼び出しも全くかからなくなった。

 

 「そういえば、ここ最近ルイズを見かけないけど、どうしたのかしら?」

 

 モンモランシーが、二人に聞くとキュルケが答えた。

 

 「品評会が終わってから、急に姿を見かけなくなったのよね。三日ぐらい前に久しぶりに見たと思ったら、やたら豪奢な馬車に乗ってどっかに行っちゃったみたいだし……」

 

 「……使い魔の彼がいる限り、多分従軍する」

 

 タバサの言葉に背後を振り返りながら、キュルケとモンモランシーは納得した。二人の視線の先には、セルとルイズが使い魔品評会で造り出した、アンリエッタ王女の石像「聖王女立像」が学院の建物の高さを超えて、その長大な姿を見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




第二十六話をお送りしました。

ようやく、帰省編が終わり、第二章ではほとんど出番のなかった学院生を出してあげることができました。

ご感想、ご批評、よろしくお願いします。


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 第二十七話

第二十七話をお送りします。

本SSではいつか、オールド・オスマンの活躍も描きたいと考えていますが、あの人、スクウェアクラスはありますよね?


 

 

 使い魔品評会において、ルイズとセルが製作したアンリエッタ王女の巨大石像「聖王女立像」は、アルビオンへの遠征が迫る中、多くの人々が出征する家族の無事を祈るご神体のような扱いを受けていた。トリステイン国内にも、ブリミル教の教会は多数建立されていたが、何よりもインパクト抜群の巨大さと精巧極まる造作、さらに遠征軍の最高司令官にアンリエッタ王女自らが志願したこともあって、聖王女のご利益にあやかろうとする貴族や平民の参拝が引きも切らなかった。

 

 「ほんとに新しい名所になっちゃったわよね、あの石像」

 

 キュルケが、残っていた紅茶を飲み干そうとしながら、何気なく言った。ふと、キュルケら三人が囲んでいたテーブルに影が落ちる。それに気づいたタバサが上を向くと、何かが空から降りてきた。

 

 

 スタッ!

 

 

 「ぶふっ!!」

 

 思わず、口に含んだ紅茶を噴き出すキュルケ。空から降ってきたのは、さっきから話題に上がっていた級友ルイズとメイドのシエスタ、そして学院の馬車を馬ごと片手で支える長身異形の亜人セルだった。

 

 「はじめから、飛行していけば、余計な時間をとられなかったのよね……あら、キュルケにタバサ、それにモンモランシーじゃない。ひさしぶりね」

 

 ルイズは、久方ぶりに再会した級友たちに、にこやかに話しかける。あっけにとられるキュルケとモンモランシー。タバサがポツリと言う。

 

 「……非常識」

 

 「ルイズ、私は馬車を馬屋に返却した後、シエスタを部屋へ送ってくる」

 

 馬車を片手で支えたまま、セルは気を失っているシエスタをも反対の腕で抱きかかえるようにして言った。ヴァリエール領からの帰り道、時速二百リーグでの高速飛行は、平民であるシエスタには、やはり酷であったようだ。

 

 「ええ、お願い。しばらくしたら、私も部屋に戻るから」

 

 「承知した」

 

 馬車とメイドを抱え、飛び去っていく使い魔を見送ったルイズは、そのまま、空いている椅子に座る。そして、近くで呆然としていたメイドに自分の分の紅茶を命じる。

 

 「ルイズ、あなたには色々、言いたいことはあるけど、とりあえず品評会が終わってから、何をしていたのよ?」

 

 口の周りをハンカチでぬぐいながら、キュルケが聞いた。

 

 「うーん、色々あったとしか言えないんだけど、ここ三日ぐらいは、ちょっと実家に戻っていたのよ」

 

 「ヴァリエールの領都に? そういえば、公爵家は諸侯軍の派遣を拒否して兵役免除金を支払ったって、王宮じゃ大騒ぎらしいわよ」

 

 首をひねりながら答えるルイズに、モンモランシーがなかなかの事情通ぶりを発揮して言った。

 

 「父様が、そんなこと言っていたわね。モンモランシー、あんたの家は参陣するの?」

 

 「私の家は、ヴァリエール公爵家と違って莫大な兵役免除金なんて払えないもの。分家を継いだ叔父様が兵を率いて参陣するみたい」

 

 「ちなみに愛しのギーシュも学徒士官に志願して、今は士官教育の真っ最中なのよね、モンモランシー?」

 

 キュルケがからかい気味に言うと、モンモランシーは嫌そうな顔で手を振りながら答える。

 

 「変な言い方はやめてよね」

 

 「へぇ、あのギーシュがね。ちょっと信じられないわね」

 

 「さらに言えば、私とタバサも留学生士官として、従軍するのよ。ま、後方支援部隊だけどね」

 

 キュルケの言葉を聞いたルイズが驚いた様子で二人に問いかける。

 

 「えっ!あんたたち、留学生の上に女子生徒なのに、わざわざトリステインの戦争に参加するっていうの?」

 

 「仕方ないじゃない、本国からの命令だもの」

 

 「……ルイズ、あなたは従軍する?」

 

 タバサの問いに、決意を秘めた眼差しで答えるルイズ。

 

 「もちろん、従軍するわ。姫さまの直属として最前線に立つと思う」

 

 「……やっぱり」

 

 「最前線って……いくら、使い魔の彼がいるからって大丈夫なの、ルイズ?」

 

 「でも、殿下の直属なら、司令部付きでしょ。実際にルイズが戦場で戦うわけないじゃない、公爵家の令嬢なんだから」

 

 キュルケとモンモランシーの会話を聞きながら、ルイズはもうすぐ、こういった日常が終わりを迎えるだろうことを実感していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬車を返却し、気絶したシエスタを彼女の部屋に送り届けたセルは、主の部屋に戻る途中の廊下でコルベールと出会っていた。

 

 「おや、セルくんじゃないか。もう、ヴァリエール領から戻ってきたのかい?」

 

 気さくに話しかけてくるコルベールに、いつもの調子で返答するセル。

 

 「つい先程、主と共に戻ったばかりだ」

 

 「そうか、ちょうどいいタイミングだな。さっき、オールド・オスマンからきみが戻り次第、学院長室に来る様に伝えてくれと頼まれたばかりだったんだ。」

 

 コルベールは、セルの左手に視線を向けながら言った。

 

 「どうやら、きみのルーンについて、戦争前に話しておくつもりみたいだ」

 

 「そうか、わかった」

 

 そのまま、学院長室に向かうセルの背中にコルベールが言葉を投げかける。

 

 「セルくん! 出征前の忙しいときに申し訳ないが、学院長の話の後で、もし時間があったら私の研究室に来てくれないか?「破壊の篭手」の件で少し話したいんだ」

 

 「確約はできん」

 

 「それでかまわない。火の塔のすぐ横の掘っ建て小屋だからすぐにわかるよ」

 

 背を向けたままのセルにそう言ったコルベールは、慌てて自身の研究室に向かった。とても来客を迎えるような状態ではない自分の城を片付けるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おお! セルくん。もう戻ってきたのかね? さっきコッペルスくんに伝言をお願いしたばかりなんじゃが」

 

 セルが学院長室を訪れた時、オスマンは書類の山を相手に悪戦苦闘していた。やはり、秘書がいないと色々不都合があるらしかった。

 

 「コルベールから伝言は聞いている。私のルーンについて話があると」

 

 「うむ、本当はもっと早く話しておきたかったんじゃが、品評会が終わってからのきみとミス・ヴァリエールはえらく忙しかったようじゃからのう」

 

 オスマンの視線がセルの左手のルーンに注がれる。そして、書類の山の中から、一冊の本を取り出す。その際、うず高く積まれた書類の山がいくつも崩壊するが、オスマンは現実逃避を決め込んだのか、見向きもしない。

 

 「この本に、きみのルーンについての記述があってのう。そのルーンは「ガンダールヴ」と言って……」

 

 「虚無の使い魔か」

 

 先回りしたセルの言葉に納得の表情を浮かべるオスマン。手にした本を開くと、さらにその続きを話し始めた。

 

 「まあ、気づいておって当然じゃな。ちなみに虚無の使い魔と呼ばれ、始祖「ブリミル」に仕えた存在は四体おってな。「ガンダールヴ」、「ヴィンダールヴ」、「ミョズニトニルン」、「リーヴスラシル」という。それぞれに異名があって、「神の左手」、「神の右手」、「神の頭脳」、「神の心臓」とよばれておったそうじゃ」

 

 「メイジ一人に使い魔は一体という原則ではなかったか?」

 

 「なにしろ始祖「ブリミル」じゃからな。使い魔の四体ぐらい使役するのは朝飯前だったんじゃろう。そして、「ガンダールヴ」を召喚し、系統魔法とは異なる超魔法を発動させたミス・ヴァリエールは「虚無の担い手」というわけじゃな」

 

 「……虚無の担い手」

 

 「正直なところ、虚無の使い魔と虚無の担い手については、わからないことの方が多くてのう。じゃが、わしも伊達にオールド・オスマンと呼ばれておるわけではない。王立図書館の禁書目録をちょっとした伝手で手に入れたのじゃが、その中に始祖と虚無について詳しく記された書物があるらしいのじゃ。どうも、特殊な魔法が施されておって解読もままならないというのじゃが、きみたちが戦争から戻ってくるまでには、何かしらの成果を見つけてみせるわい」

 

 「期待するとしよう。コルベールとも約束があるのでこれで失礼する」

 

 学院長室を後にしようとするセルにオスマンが言葉をかける。

 

 「セルくん。こんなことをきみに頼むなど筋違いだとわかってはおるんじゃが……」

 

 オスマンは深々とセルに対して頭を下げながら懇願した。

 

 「どうか、出征する生徒たちを守ってやってほしい。このとおりじゃ」

 

 セルは、振り向かずに言った。

 

 「それが、主の望みであれば、やぶさかではない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コルベールの研究室は、学院を構成する火の塔の横にひっそりと立つみすぼらしい小屋だった。セルが訪れた時、コルベールは片付けの真っ最中だった。

 

 「ああ、セルくん。もう、来てくれたのか。すまないが、すこし散らかっていてね。えーと、て、適当に座ってくれるかな?」

 

 コルベールの研究所内は、実に雑多な物が溢れていた。常人が見れば、単なるガラクタの山にしか見えないだろうが、これらは、コルベールが先祖代々の土地や財産を売り払ってまで収集した様々な秘薬や貴重な素材なのだった。セルは研究室内の惨状には、興味を示さずに単刀直入にコルベールに聞いた。

 

 「破壊の篭手について、話があるのだったな」

 

 「ああ、うん、そうなんだ。きみたちがミス・ロングビル、いやフーケから取り返してくれた後で、私も何度か調べてみたのだが、素材といい造作といい、とても今のハルケギニアでは再現できないほど洗練されていると感じたんだ。その「破壊の篭手」の使い方をきみは知っているという。ぜひ、詳しい話を聞きたいと思っていたんだ」

 

 「残念だが、私も情報として知ってはいたが、実物を見るのは、初めてだった。構成物質や稼働原理などを詳しく教えることはできない」

 

 セルの言葉に若干落胆の表情を見せたコルベールだが、さらにセルに問いかける。

 

 「でも、あの篭手はきみが元々居た東方の技術で造られたのだろう?」

 

 「……そういって差し支えはあるまい」

 

 実際には、次元を超えた異世界の、さらに異星文明によって製造された兵器なのだが、その事実をコルベールに伝える必要性をセルは感じなかった。

 

 「ああ、いつかは東方に行ってみたいものだ!」

 

 コルベールは年に似合わない、まるで少年のように瞳を輝かせながら言った。そんなコルベールにセルがいつもの調子で問いかけた。

 

 「おまえは、従軍志願をしなかったのか?」

 

 「い、いやあ、私のような軟弱の輩が従軍しても、皆の足手まといになるだけだよ」

 

 セルの問いに目をそらし答えるコルベール。セルがわずかな殺気をコルベールに放つ。

 

 「!!」

 

 普段からは想像できない俊敏な動きを見せ、セルから距離を取り、同時に杖を構えるコルベール。

 

 「せ、セルくん、なにを?」

 

 「私がルイズによって召喚された際も、おまえは鋭い殺気を私に向けていた。今の反応といい、軟弱の輩が聞いて呆れる」

 

 杖を下げたコルベールが苦々しく言葉を発した。その表情にはこれまでにない苦悩の色が見て取れた。

 

 「昔取ったなんとやらだよ。今の私にとっては……忌むべき過去だ。私はね、自身の炎を使って多くの過ちを犯してきたんだ。それから逃げるために、捨て去るために教師になった。破壊だけが火の、炎の見せ場ではない。そう思って今日までこの掘っ建て小屋で研究に勤しんできたのだ。臆病者の「炎蛇」だよ。私を笑うかね?」

 

 セルは答えず、研究室の机の上に置かれた発明品の一つに目を留めた。それは、コルベールが発明したもので、ふいごで気化させた油を内室に送り込み、それを着火することでクランクを回転させ動力を生み出すという原始的な内燃機関だった。

 

 「破壊だけが、火の見せ場ではないだと? 当然だ。たとえ、風だろうと、土だろうと、水だろうと破壊をもたらす。その逆もしかりだ。すべての力は、力でしかない。それをあやつる者によって千変万化するのだ。おまえたちメイジはそのための魔法を六千年もの間、研鑽を積んできたのではないのか?」

 

 「そ、それは……」

 

 「私は、おまえの過去などに興味はない。だが、今の立ち振る舞いを見れば、おまえが過去から逃げることも、それを捨て去ることもできず、ただ引き摺りながら見て見ぬ振りをしてきたことはわかる……オスマンは、私に生徒たちを頼むと頭を下げた。おまえはどうする? 「炎蛇」のコルベールよ」

 

 「わ、私は……」

 

 研究室からセルが去った後、コルベールは長い間、粗末な椅子に座りながら両手で頭を抱えていた。やがて、顔を上げたコルベールは自身が発明した様々な道具や器具を見つめる。

 

 「そうだ、破壊だけが……見せ場ではない、だが!」

 

 コルベールは研究室を飛び出すと、学院長室を目指して駆けに駆けた。

 

 

 

 

 翌日、学院の従軍志願者名簿に、ジャン・コルベールの名が記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 




第二十七話をお送りしました。

ようやく次話から「王権守護戦争」の戦争編が始まります。

レコンキスタは迫り来るトリステインの侵略軍に打ち勝つ事が出来るのか?

……いやあ、どうなってしまうんでしょうねぇ(スマホを見ながら)

ご感想、ご批評をよろしくお願いします。


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 第二十八話

第二十八話をお送りします。

原作では好き勝手やってくれた「レコン・キスタ」ですが、本SSではセルを敵にまわしている以上は、もうねぇ……

見事な最期を飾ってもらいたいものです。


 

 ――ブリミル暦六二四二年アンスールの月、エオローの週、ラーグの曜日、トリステイン王国ラ・ロシェール。

 

 天空の双月が重なり、浮遊大陸アルビオンがハルケギニアに最接近するこの日、トリステイン軍三万を乗せた遠征艦隊は、「レコン・キスタ」討伐のため、アルビオンへの玄関口である港町ラ・ロシェールを出港しようとしていた。国中からフネを掻き集めて編成された遠征艦隊の総数は、二百隻を超えた。その内の三十隻が艦隊の主戦力を担う戦列艦である。残りは小型の偵察船や中型の輸送船で構成され、中には民間の商船を徴用した即席の輸送船も多く見られた。

 トリステイン王国暫定女王マリアンヌとアルビオン亡命政権のジェームズ一世は、巨大な世界樹桟橋の最上部から、無数に伸びた支枝桟橋を出航していく艦隊を見送った。

 

 「朕が、後三十歳若ければ、ウェールズだけに任せず、朕自らの手で叛徒どもに鉄槌を下してやったものを……」

 

 最上部の見張り台に設置された簡易玉座に座りながら、かなりの老齢であるジェームズ一世は、そう一人ごちた。

 

 「お気持ちは、お察しいたしますが、どうかご自重くださいませ。テューダー朝ジェームズ一世、遠征陣中にて没する、などと後世の歴史家に記させるわけに参りませんわ、義兄上」

 

 ジェームズと同じ簡易玉座に座っていたマリアンヌ暫定女王は、年の離れた義理の兄をそう戒めた。アンリエッタの父、マリアンヌの夫である先代トリステイン国王ヘンリ三世はジェームズの実弟だった。

 

 「そなたは変わらぬな。その気概も、その美貌も。そなたを射止めたことこそ、わが愚弟の唯一の功績であったわ」

 

 目を細めながら、そう言ったジェームズは微笑んだ。マリアンヌは、四十をいくばくか過ぎていたが、その美貌は未だ健在だった。

 

 「陛下もお変わりなく。二十余年前、妃殿下も幼い皇太子殿下もありながら、わたくしを舞踏会の場で口説こうとして、わたくしのスナップを利かせた張り手をお受けになった時のままですわ」

 

 すまし顔で言ってのけるマリアンヌの言葉に、さらに大きな笑い声を上げるジェームズ。やがて、笑いをおさめるとゆっくりと玉座から立ち上がり、見張り台の手すりにつかまりながら、次々と出撃していく艦隊に複雑な想いを込めた視線を向ける。

 

 「往ってしまったか、始まってしまったか。朕が無能であるがゆえに、このような戦が……」

 

 マリアンヌも立ち上がり、ジェームズの隣に立ちながら、義兄の方は、見ずに言った。

 

 「もう、賽は振られてしまったのです、ジェームズ一世陛下。どうか……どうか、王にふさわしい威厳を以って、彼らを送り出してください」

 

 ジェームズは、一度目をつぶってから、背筋を伸ばすと年齢を感じさせない威厳に満ちた大きな声で叫んだ。

 

 「ヴィヴラ・トリステイン!! フレイ・アルビオン!!」

 

 マリアンヌが、後に続く。

 

 「ヴィヴラ・トリステイン! フレイ・アルビオン!」

 

 出撃していく各艦の乗組員や、ラ・ロシェールに残る近衛隊がマリアンヌに続いて唱和する。

 

 

 「ヴィヴラ・トリステイン!! フレイ・アルビオン!!」

 

 「ヴィヴラ・マリアンヌ!! フレイ・ジェームズ!!」

 

 

 数万の人々の唱和は空を圧するほどの勢いとなり、二人の最高権力者の胸に迫った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルビオン大陸遠征艦隊総旗艦「ヴュセンタール」号の内部に設えられた大会議室において、遠征軍首脳陣による軍議が行われていた。

 上座には、最高司令官アンリエッタが、王族の一等軍装に身を包み、緊張の面持ちで座していた。アンリエッタの左側には副司令官であるマザリーニ枢機卿が、右側にはアルビオン皇太子ウェールズが座り、下座に向けて艦隊の司令長官や参謀総長、地上軍の将軍などお偉方が席を占めていた。そして、ルイズとその使い魔セルは、アンリエッタのやや後方にオブザーバーとして控えていた。

 

 議題として話し合われていたのは、アルビオンへの遠征軍上陸の際、障害になると思われる「レコン・キスタ」艦隊と、上陸地点の選定についてだった。

 主力艦隊四十隻を失ったとはいえ、「レコン・キスタ」は未だに戦列艦二十隻弱を保有しているはずだった。外征には不足だが、本土防衛には十分な戦力といえた。そして、三万からの大軍を速やかに展開するための港湾設備を有しているのは、王都南部の空軍基地ロサイスか、北部の要衝ダータルネスの二港だけだった。

 

 「やはり、問題は敵艦隊戦力の現在位置と、ロサイスとダータルネス両港の港湾能力の有無でしょうな」

 

 マザリーニの隣に座っていた四十過ぎながら、なかなかの美髯をたくわえた将官が発言した。彼の名はポワトゥー・ヴィエンヌ・ド・ポワチエ大将。トリステイン王軍きっての名将と知られた人物だった。最も数十年の間、大戦を経験していないトリステインに限っての話だが。

 

 「叛徒どもの艦隊規模を考えれば、両港に防衛戦力を配するとは思えません」

 「しかし、我が軍の侵攻を遅らせるために、港湾施設を破壊する可能性が……」

 「まさか、二大港を失えば、彼奴ら自身の首を絞めるだけでは?」

 「ここは、犠牲を覚悟の上で強行偵察を行うしかありませぬか」

 

 将軍達が意見を戦わせている間、じっと待機していたルイズが、ふいに発言する。

 

 「強行偵察の任、私にお任せください」

 

 議場の人々の視線がルイズとセルに注がれる。

 

 「おお! ラ・ヴァリエール公爵のご令嬢ですな。先だっての品評会は拝見いたしましたぞ。殿下の石像を造られた手並みは見事ととしか言いようがありませなんだ」

 

 ド・ポワチエ大将が、立ち上がり、ルイズを誉めそやす。彼をはじめ、幾人かの将軍は来賓として魔法学院の使い魔品評会を観覧していた。アンリエッタも立ち上がり、親友の少女に振り返る。

 

 「……いいのですか、ルイズ?」

 

 「はい、殿下。そのために私はこの場にいるのです」

 

 ルイズの迷いの無い瞳に、若干押されるアンリエッタだったが、深呼吸をすると、ルイズに命じた。

 

 「特務官ルイズ・フランソワーズ、あなたにロサイスへの強行偵察を命じます。敵戦力と港湾設備の有無を確認するのです」

 

 「殿下に捧げし杖に賭けて!!」

 

 

 

 

 

 

 「ヴュセンタール」号の甲板から飛び立ったルイズとセルは、通常の飛行魔法や最高位の竜騎士にも到底不可能なスピードで雲海に消えていった。それを最上部の甲板から見送るアンリエッタとウェールズ。

 

 「ルイズ、どうか無事で」

 

 愛する王女のつぶやきを耳にしたウェールズは、彼女の肩を抱き寄せながら言った。

 

 「心配はいらない、アンリエッタ。彼女たちならば、なにがあろうと任務を達成して戻ってくる、ぼくはそう信じている」

 

 「はい、ウェールズ様……」

 

 愛する皇太子に身体を預けながら、うなずくアンリエッタだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズとセルは、数十分の飛行でアルビオン随一の規模を誇る港湾都市ロサイスを眼下に収めていた。飛行中、敵のフネや竜騎士に遭遇することはなかった。最も、通常適正とされる飛行高度よりも数百メイル上空を雲海にまぎれながら超高速で飛行する亜人と少女など、捉えられようがなかったのだが。

 

 「セル、あんたはどう思う? 「レコン・キスタ」は戦力を展開させてたり、あるいは施設を破壊してしまうかしら?」

 

 「おそらく、今の「レコン・キスタ」の戦力はトリステインの司令部が想像しているよりも、はるかに低下しているだろう。主力艦隊を失い、ニューカッスル城では、「アンドバリ」の指輪を失った。王家に忠誠を誓っていた有力な貴族や上級軍人、そしてそれに従っていた錬度の高い兵も多く失ったはずだ。もとより「アンドバリ」という偽りの「虚無」頼りの反乱だったのだ。もはや、奴らの戦力は形骸に過ぎん」

 

 セルの言葉を頷きながら聞くルイズ。ふと、疑問に思っていたことを口にする。

 

 「……ねえ、セル。「レコン・キスタ」の主力艦隊が失踪したのって、ひょっとしてあんたの仕業じゃないでしょうね?」

 

 「……私では、ない」

 

 「ま、そうよね。主力艦隊が失踪したっていわれてる時、あんたは間違いなく私のそばに居たんだし。ごめん、変なこと聞いたわ。」

 

 「……」

 

 二人は降下を開始した。ロサイスの周辺には、戦列艦や偵察船といったフネは全く見られなかった。上空から確認する限りは、港湾施設や市街地にも損傷はないようだった。ルイズがセルに尋ねる。

 

 「敵軍が潜んでいるような「キ」を感じる、セル?」

 

 「いや、ロサイスの周囲には、軍隊が駐屯している様子は感じられない。「レコン・キスタ」はロサイスを完全に放棄したようだ」

 

 セルの言葉にほっとした表情を見せるルイズ。

 

 「なら、第一関門は突破ね。早く姫さまにお知らせしなきゃ。セル、「ヴュセンタール」号に戻りましょう」

 

 「承知した」

 

 ルイズはセルの右腕に掴まり、セルは左の中指を額につけて集中する。アンリエッタの「気」を感じ取ると瞬間移動を発動する。

 

 

 ヴンッ!!

 

 

 二人は一瞬にして、旗艦「ヴュセンタール」号に帰還した。その際、帰還した先のアンリエッタが、ウェールズとかなりいい雰囲気を醸し出していたため、一騒動あったのだが、ここでは割愛する。

 

 特務官の報告を受けたトリステイン軍は全軍を以ってロサイスに急行。報告の通り、もぬけの殻であったロサイスを無血占領し、一兵も損なわずアルビオン大陸への上陸を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧アルビオン王国の首都ロンディニウム。国名が変わっても、浮遊大陸アルビオンの首都は変わることはなかった。その首都の南部に荘厳なハヴィランド宮殿は建っていた。宮殿内の円卓議場にて、神聖アルビオン共和国の幹部たちが会議を行っていた。内容はもちろん、侵攻を開始したトリステイン軍にいかに対抗するか、であった。だが、円卓の上座には共和国総議長を務めるオリヴァー・クロムウェルの姿はなかった。彼は、ニューカッスル城の一件以来、「虚無」の力を回復するためと称して自室に引き篭もっていた。主の居ない席を見つめる共和国軍統帥卿ジョージ・ホーキンス将軍は密かにため息をついた。

 

 (今日も総議長閣下は欠席か。「虚無」を回復するためとはいえ、一体いつまで……下手をすれば、二~三日中にもトリステイン軍が我がアルビオンに上陸するというのに)

 

 ホーキンスが議場に目を移すと、そこでは神聖アルビオン共和国の閣僚たちが、口々に己の願望を言い立てていた。

 

 「たとえ、トリステイン軍が襲来しようとも、か、閣下の「虚無」が復活すれば物の数ではない!」

 「さ、左様! このロンディニウムにて、彼奴らを待ち受け一網打尽にすればよいのです!」

 「ガリアよりの来援もあるはず! そうすれば、トリステイン如き小国の軍勢など……」

 「おお! ガリア王国の両用艦隊は戦列艦百隻を優に超える陣容を誇っていると聞き及びますな!」

 

 聞くに堪えん。

 

 ホーキンスは、頭痛を感じ始めた頭を振った。こいつらは、状況を理解しているのか?主力艦隊を失い、空軍に残された戦列艦は二線級の老朽艦ばかり。熟達の仕官や下士官も多く死亡し、どうにか艦隊戦闘を行えるのは、ホーキンス旗下の十隻ほど。地上軍も残存兵力は二万を大きく割り込んでいた。当然、士気も錬度も低い。

 

 (落ち目も甚だしい我らに今更、肩入れする謂れがガリアにあるとでも言うのか)

 

 そもそも、反王権を旗印とする「レコン・キスタ」がハルケギニア最大の王権国家ガリアの支援を受けるなど本末転倒な話ではないか。今や「レコン・キスタ」はハルケギニア全てを敵にまわした様なものだ。クロムウェルの「虚無」が復活するならば、戦いようもあるだろうが、ホーキンスは、その可能性はまずないと考えていた。

 

 (貴族ですらない一地方の司教に、始祖「ブリミル」がその御力たる「虚無」を授けるだろうか。今考えれば、今回の反乱すべてが出来の悪い喜劇だったのかもしれん。いや、我々にとっては悲劇か)

 

 一度、反王権を掲げ、王家を打倒してしまった以上、彼ら「レコン・キスタ」幹部の末路は決定していた。降伏など許されようもなく、捕縛されれば最も苛烈な拷問の末の処刑が待っているのだ。

 

 (私やこいつらがそうなるのは構わないが、兵達に累が及ぶのは忍びない。彼らはただ、上からの命令に従ったまでのこと。なんとか救いたいが、しかし……)

 

 その時、円卓議場の扉が開け放たれ、一人の仕官が転がり込んできた。彼は声を大にして議場の人々に伝えた。

 

 「お、恐れながら、ご報告申し上げます!! 本早朝、トリステイン軍三万がロサイスに上陸いたしました!!」

 

 

 ザワザワッ!!

 

 

 突然の凶報に一層混乱の度合いを深める円卓議場。ホーキンスは瞑目すると、静かに呟いた。

 

 「終わりの始まりか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第二十八話をお送りしました。

本SSのホーキンス将軍やド・ポワチエ元帥(仮)の本名は適当につけたものです。

さて、ポワチエ氏は元帥位を無事に得ることが出来るのでしょうか?(爪を切りながら)

ご感想、ご批評をよろしくお願いします。


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 第二十九話

第二十九話をお送りします。

セルの一撃で終わってしまう戦争編ですが、セルには、我慢してもらうことになります。

でも、戦争の描写って難しいんですよね。どうしよう……



 

 

 ――神聖アルビオン共和国首都ロンディニウム南部ハヴィランド宮殿円卓議場

 

 予想よりも早いトリステイン軍の襲来に、混乱が頂点に達する共和国最高評議会。共和国軍全軍を指揮する統帥卿ジョージ・ホーキンス将軍は、閣僚たちの喧騒を、ただ聞くに任せていたが、やがて円卓に両手を叩き付けるようにして立ち上がる。

 

 

 バンッ!!

 

 

 議場内に響く轟音に、閣僚たちの喧騒が一瞬で静まる。ホーキンスは議場を見渡すと決然とした声で宣言した。

 

 「これより、私は旗下の部隊を率いてロンディニウム郊外の平原に布陣いたす。閣僚の方々におかれては、首都の防衛をお願いしたい」

 

 地の利を捨てて、数に勝る敵軍にとって有利な平原における会戦を選択した統帥卿に対して、閣僚らから次々に反対の声が上がる。

 

 「ホーキンス将軍! 貴公ほどの戦上手が、わざわざ敵に有利な地形での決戦を挑むとは、どういうことか!?」

 「左様! ロンディニウムにて篭城し、ガリアの援軍を待てば、敵軍を挟撃できるものを!」

 「あるいは、城壁内に敵を誘い寄せ、分断することで各個撃破もできましょうに!」

 「将軍!! あなたは、よもや利敵行為に走るつもりでは……」

 

 「首都を戦場として何とするかっ!!」

 

 歴戦の勇士たるホーキンスの一喝の前に閣僚たちは、気圧され沈黙する。

 

 「総議長閣下のご下命を得ずに、軍を動かす越権行為については、戦後、いかなる処罰も受ける所存」

 

 ホーキンスは空席となっている総議長の椅子に一瞥を与えると、自身の幕僚たちを引き連れ、円卓議場を後にする。議場には、呆然とした表情の共和国最高評議会の面々が残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、ロンディニウム郊外の平原にホーキンスが指揮する神聖アルビオン共和国軍最後の精鋭部隊が布陣を完了していた。最盛期には、五万を超える地上兵力と総数六十隻に及ぶ戦列艦隊を擁した「レコン・キスタ」だったが、今、平原に展開している戦力は、地上兵力約七千人、それを援護する空中戦列艦は八隻。対するトリステイン遠征軍は三万の兵力と三十隻の戦列艦を擁している。また、数の優劣が最も重要な要素となる平原における会戦である。まともにぶつかれば勝敗の行方は誰の目にも明らかだった。

 神聖アルビオン共和国軍総旗艦であり、自身の乗艦でもある「ピューリタン」号の艦橋で、ホーキンスは自分が指揮する最後の部隊の編成状況の報告を地上部隊の連絡仕官から受けていた。

 

 「地上部隊は、閣下直属の近衛二個大隊に加え、首都防衛師団より二個大隊、ロンディニウム衛兵隊より二個中隊、ハヴィランド白竜騎士団より一個大隊が閣下の檄に答え、参陣いたしております。すでに再編成も完了しており、いつでも戦端を開く準備は整っております」

 

 「そうか、各隊の長には、私の名で感謝の意を伝えてくれ」

 

 「はっ!」

 

 地上部隊への信号を送るために艦橋を出て行く連絡士官を見送ったホーキンスは、横に控える副官に尋ねた。

 

 「戦列艦隊の状況はどうか?」

 

 「はっ、「ピューリタン」号及び、直掩艦二隻は万全の状態にありますが、残る十五隻に関しては、老朽化が著しいフネも多く、またロサイスの空軍工廠を放棄したため、全面的な改修が難しく、共食い整備によって何とか五隻が艦隊戦闘及び地上支援が可能な状態にあります」

 

 ホーキンスは自他ともに認める戦上手である。軍事に疎い閣僚らに指摘されるまでもなく、平原の会戦では勝機がないことは、百も承知だった。だが、事ここに至っては、祖国のため背水の陣を引くほかはなかった。このまま、首都さえも無血開城で明け渡してしまえば、戦後のアルビオンは完全なトリステインの属国、あるいは遠くない未来にトリステイン王国アルビオン領となってしまう。この会戦で、ある程度トリステイン軍に打撃を加えることができれば、アルビオンの底力侮り難し、という印象とともに、トリステイン軍にも戦果を上げた実感を与えることができる。そうすれば、後は残存勢力をウェールズ皇太子の下に集結させれば、対等は無理にしても、アルビオンの独立を保つことができるだろう。そのための犠牲が彼らだった。

 

 「……皆には、すまないと思っている」

 

 本来、最高司令官が口にしてはいけない言葉だったが、ホーキンスは苦悩の表情とともに、搾り出すように言った。

 

 「この場にいる者は一兵卒にいたるまで、閣下の志を信じております……でなきゃ、こんな負け戦になんて付き合いませんとも!」

 

 あえて、最後は明るく言い放った副官の言葉に、艦橋の他の兵たちも同調するように笑みを浮かべた。苦悩を振り払うとホーキンスは威厳に満ちた声で言った。

 

 「くだらんことを言った、許せ」

 

 その時、観測手が大声で報告した。

 

 「トリステイン軍を目視にて確認!! 距離十リーグ!!」

 

 「来たか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トリステイン軍地上兵力三万と戦列艦三十隻は、アルビオン共和国軍と互いの射程距離ギリギリの位置で対峙した。三万対七千、三十隻対八隻、戦力差は歴然だった。だが、共和国軍は首都における篭城戦を選択すると考えていたトリステイン軍首脳部は、敵の意図を測りかねていた。旗艦「ヴュセンタール」号の艦橋でド・ポワチエ大将は、副司令官であるマザリーニ枢機卿に問いかけた。

 

 「猊下は、どのようにお考えですか? 叛徒どもの布陣を」

 

 「私は貴官とは違って、軍事は専門外だが、ロマリアでは長く告解師をつとめていた。その経験から来る勘のようなものだが、今の「レコン・キスタ」には、我が軍を陥れようとする意思が感じられない。むしろ、神の裁きを神妙に待つ敬虔な信徒のように感じる」

 

 マザリーニの言葉を聞いたド・ポワチエはそれを一笑に付す。

 

 「いかに此度の戦が始祖「ブリミル」の御心に叶うものとはいえ、それはありえますまい。敬虔な信徒が、完全武装で布陣しているはずがありません」

 

 「では、将軍はいかにお考えか?」

 

 「そ、それはもちろん、何かしらの策略を弄しているものと……」

 

 「ほう、してその策略とは? それが見抜けなければ、四倍近い兵力差がありながら我が軍は敗れるということではないか?」

 

 「い、いえ、そのようなことは……」

 

 マザリーニの詰問にしどろもどろとなるド・ポワチエ大将。マザリーニは密かに嘆息した。これが、我が国でも屈指の名将とは。今回の戦役後には、軍部の大幅な刷新が必要となるかもしれない。あるいは、死ぬほど気は進まないが、ラ・ヴァリエール公爵に軍務への復職を打診してみるか。

 

 「枢機卿のお考えが正鵠を射ているかもしれません」

 

 そう言って、艦橋への階段を登って来たのは、遠征軍の最高司令官アンリエッタ王女であった。背後にウェールズ皇太子と特務官ルイズ、そして亜人セルを従えていた。マザリーニが王女の発言について尋ねると、ウェールズが代わりに答える。

 

 「敵艦隊の旗艦は「ピューリタン」号。ジョージ・ホーキンスの乗艦です」

 

 「ホーキンス将軍と言えば、アルビオンでも名うての戦上手として我が国でも知られた存在。やはり、何かしらの策を……」

 

 ポワチエの言葉をウェールズが頭を振りながら否定する。

 

 「いえ、あの男ホーキンスは戦上手であると同時に愛国者なのです。祖国を守るため、あえて不利な地形での決戦に臨んだのでしょう」

 

 「そ、それは一体どういう……」

 

 皇太子の言葉に困惑するポワチエをよそにマザリーニは顔をしかめた。

 

 (我が軍の戦力を疲弊させると同時に、戦果をも与えることで、戦後のテューダー王家とアルビオン軍の影響力を確保する腹積もりか……)

 

 今回の戦争は、テューダー王家の要請を受ける形で始まったが、主導するのはトリステインである。当然、首尾よく「レコン・キスタ」討伐と国土奪還が成されたとしても、トリステインとしては、お行儀よく帰るわけにはいかない。具体的な話は出ていないが、領土割譲や交易における優遇措置、戦費調達を名目にした反乱貴族の財産接収などが考えられる。あるいは、ウェールズ皇太子のトリステイン王家への婿入りという名の人質。ホーキンスはそれらをどうにか軽減するため決死の覚悟で寡兵による戦いを選択したのだ。

 

 「とすれば、例え皇太子殿下自らが降伏勧告をされても、色よい返答は得られんでしょうな」

 

 「そう、思います。ホーキンスは、得難い男です。これからのアルビオンのためにも生き延びて欲しいのですが……」

 

 マザリーニの言葉に苦悩を露にするウェールズ。それを見ていたアンリエッタは、愛する男性の苦しみを和らげたい一心で、背後に控えていたルイズに問いかけた。

 

 「ルイズ……ウェールズ様の苦しみを助け、無用な流血を回避する術はないものかしら? わたくしは、とんでもない無い物ねだりをしているのかしら?」

 

 「姫さま……そのお気持ち、お察しいたします。私とセルに出来ることがあるかもしれません。願わくば、戦端を開く前に、私どもに機会をお与えくださるようお願い申し上げます」

 

 恭しく頭を下げるルイズに、感極まったように抱き着くアンリエッタ。セルはその様子を冷静極まりない目で観察していた。

 

 (ルイズの虚無の力によって、戦力を消耗することなく戦争の趨勢を決するつもりか。今回の遠征には、各国の観戦武官も従軍しているはず。その目前で虚無の力を見せ付けることで列強への牽制も同時に行うとはな。やはり、この女、侮れんな)

 

 どうにも、アンリエッタを過大評価してしまうセルであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ヴュセンタール」号の船首に佇むルイズとセル。数リーグほど離れた空中には、八隻の敵戦列艦が一列横隊で左舷の砲門をこちらに向けている。ルイズは、ため息をつきながら、セルに言った。

 

 「姫さまには、大見得切っちゃったけど、どうしよう……なにか良い知恵はない、セル?」

 

 「敵に降伏の意思がない以上、戦う力を奪う必要があるだろう」

 

 「戦う以外の方法で戦う力を奪うって、どんなとんちよ」

 

 ルイズは、前方の敵艦隊を見ながら、再度セルに問いかけた。

 

 

 「セル、あんたはどう思う? 私や姫さまはやっぱり、甘いのかしら。軍隊同士が睨み合っていて、今にも戦いが始まろうとしている時に、無血で戦いを収めようだなんて」

 

 「戦争とは、巨大な浪費にすぎん。人、金、物資、あらゆるものを消費した上で勝利しても、得られるものは、大抵、浪費の対価に見合うことはない。避けられるならば、それに越したことはない」

 

 セルの言葉に、ルイズは振り返り、自身の使い魔を不思議そうに見つめる。

 

 「……あんた、元いたチキューじゃ最強の存在だったとか、召喚される瞬間に戦いの最中で消滅の危機だったとか、殺伐としているわりには、なんていうか、けっこう理想主義者なのね」

 

 「そう言われたのは、生まれて初めてだ」

 

 自分を見上げるご主人様に答えるセル。それを聞いたルイズは思わず、吹き出す。

 

 「ぷっ! 三歳児の言うことじゃないわよ、それ」

 

 ひとしきり笑ったルイズは、懐からデルフリンガーを取り出し、前方に構える。その両手には水と風のルビーが常に変わらない輝きを見せている。

 

 「それじゃあ、やるわよ、セル!」

 

 「承知した」

 

 セルはルイズを背後から抱きすくめ、主の小さな両手を自身の手で支えるようにする。セルの存在を確かに感じ取ったルイズは、静かに集中を深めていく。杖の柄が強く握られ、自意識を開放されたデルフリンガーが、独り言のようにつぶやく。

 

 「さぁて、今回は嬢ちゃんと旦那は、どんな裏技を見せてくれるんかねぇ」

 

 

 キィィィィィン

 

 

 やがて、甲高い共鳴音とともに、デルフリンガーと水と風のルビー、そしてセルのルーンが眩い輝きを放つ。それと同時にルイズの脳裏にニューカッスル城の時とは、別のスペルが浮かび上がる。前回と同じ様に、これまで見たことのないスペルだが、ルイズにはそれがすらすらと読める。

 

 「ラーン・ミルター・ラル・ヤハー・ニル・フェイム・ジーグ・ローン・ハーン・ケル・ゾール・ローク・バコル・ズンハ・ビール!」

 

 「えっ、ちょっとまて、そんな詠唱聞いたことない……」

 

 デルフの呟きは無視され、詠唱は完了する。ルイズは、同時にその魔法の効果を理解する。敵陣のあらゆる魔力を自身に吸収する魔法。

 

 「アブソーブ!!」

 

 

 ズオォォォォォォ!!!

 

 

 平原に布陣する神聖アルビオン共和国軍の全てのメイジの身体から青白い光の帯が放たれ、空中に昇っていく。メイジたちは、魔力を吸収されているのだ。魔力とは、自身の精神力を指す。メイジたちは自力では立てないほどの消耗を強いられていた。そして、吸収されているのは、個人の魔力だけではなかった。

 

 「な、なにが起こっているのだ!?」

 

 ホーキンスは自身の艦長席につかまりながら、重い疲労感を感じていた。自分の身体から浮かび上がった青白い光が前方に伸びていく。その時、「ピューリタン」号の船体が大きく揺れると、降下し始めた。

 

 「閣下! 風石が急激に消耗しております! このままでは、高度を維持できません!!」

 

 「ま、まさか、魔力そのものを吸収しているとでも言うのか!?」

 

 疲労感から倒れそうになるのを必死に耐えながら、驚愕の声を上げるホーキンス。戦列艦隊八隻すべてから、青白い光が複数伸び上がり、トリステイン軍艦隊の中心に吸い込まれていく。

 

 

 

 

 

 「こ、こんな魔法、あるはずが……」

 

 トリステイン艦隊の準旗艦「レドウタブール」号に乗船していたガリア王国観戦武官バッソ・カステルモールは、眼前の光景に呆然としながら、呟いた。総旗艦「ヴュセンタール」号の船首に、地上の敵陣と敵艦隊から無数の青白い光が吸い寄せられている。ガリア東薔薇騎士団に属する花壇騎士であり、二十代前半の若さで風系統のスクウェアメイジたるカステルモールは、青白い光が膨大な量の魔力であると看破していた。彼と同じように各国から派遣された観戦武官たちは、目の前の光景に魅入られていた。

ただ一人を除いて。

 

 「これは、間違いなく虚無の魔法。ようやく、古ぼけたこの小国に担い手が現れてくれたみたいだね」

 

 そう言って、微笑んだのは一見、女性と見紛うほどの美貌を備えた少年だった。金髪に隠された両目の色が異なっている。それは、一般に月目と呼ばれている。

彼の名はジュリオ・チェザーレ。ロマリア宗教庁の助祭枢機卿であり、今回の戦争に際し、教皇自らが派遣した観戦武官であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第二十九話をお送りしました。

ついにオリジナルの虚無を出してしまいました。吸収で力を増したセルですから、アリかなと思いましたがいかがでしょうか?

ご感想、ご批評をよろしくお願いします。


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 第三十話

第三十話をお送りします。

本編も三十話を迎えることが出来ました。

これも、ひとえに読者の皆様のおかげです。

ありがとうございました。


 

 

 ルイズが発動した「アブソーブ〈吸収〉」によって神聖アルビオン共和国軍は、戦闘力の大半を失った。地上軍の要であるメイジ部隊は完全に無力化され、虎の子の戦列艦隊は、不時着には成功したものの行動不能。なにより敵艦隊旗艦から放たれたと思われる、魔力を吸収する未知の魔法あるいは兵器の存在が、彼らの戦意を大幅に削いでいた。

 

 トリステイン軍旗艦「ヴュセンタール」号の船首から、敵軍の様子を確認したルイズは、背後の使い魔に言った。

 

 「さすがに魔法が使えなくなれば、降伏するでしょ。ところでセル、これっていつ収まるの?」

 

 ルイズは自分の両手を見ながら、質問した。彼女の全身は、青白く発光していた。ある程度のメイジであれば、ルイズが途方もない魔力を放出してるのが感じられるだろう。だが、それはごくわずかな余剰魔力の放出にすぎない。今のルイズは、数百人分のメイジの魔力に加え、八隻の戦列艦に搭載されていた風石の魔力をも取り込んでいた。

 

 「おそらく、余剰魔力が尽きるまでだろう。一時間で尽きるか、一日で尽きるかは私にもわからん」

 

 「あ、そう……しばらくはこのままなのね」

 

 ため息をつくルイズ。よく見ると、ため息すら青白く光っているようだった。デルフリンガーが控えめな声で発言した。

 

 「あのぉ、お二人さん? もう少し、自重してくれませんかねぇ。自前で新しい「虚無」を編み出しちまうとか、どんだけ……」

 

 「私は、自分の頭に浮かんだスペルを詠唱しただけよ?」

 

 「おまえは、ただルイズが、自らの力を引き出す手助けをしていればいい」

 

 担い手と、その使い魔の言葉に沈黙するデルフリンガー。セルも敵陣を観察すると、主に注進する。

 

 「ルイズ、最後のトドメが必要だ」

 

 「と、トドメって、まさか敵陣を吹き飛ばせとか言うんじゃないでしょうね?」

 

 「当たらずも遠からず、だ。敵の戦う力は奪った。後は、こちらの圧倒的な力を見せつけ、敵の心を圧し折るのだ」

 

 「……あんた、やっぱり理想主義者なんかじゃないわ」

 

 ルイズが振り返り、自身の使い魔をジト目で見つめる。その時、彼らの背後からアンリエッタ王女とウェールズ皇太子が走り寄って来た。

 

 「ルイズ! あなたは本当にすごいわ!! 敵軍の魔力を吸収してしまうなんて!! この魔法があれば、どんな戦争も止めることが出来るかもしれないわ!!」

 

 興奮するアンリエッタを、なだめるようにウェールズが言った。

 

 「だが、ミス・ヴァリエールの身体は大丈夫なのか? 風石の魔力をも吸収したとすると、メイジ数千人分の魔力をその身に宿したということになるが……」

 

 はっとするアンリエッタ。声のトーンを落とし、心配そうにルイズに尋ねる。

 

 「そ、そうですわね。ルイズ、あなたの身体や精神は大丈夫なの? あなたの小さな身体に、そんな膨大な魔力を吸収してしまって。もし、あなたの心身に負担を掛け過ぎるなら、今の魔法の使用を禁じなければ……」

 

 王女の言葉に、ルイズは慌てて両手を振りながら答える。

 

 「だ、大丈夫です、姫さま!! なんか、今は光ってますけど、私の身体は何ともありませんから!!」

 

 「さて、最後の仕上げはお前たちに任せるとしよう」

 

 突然、セルがウェールズに対して、いつもの調子で言った。

 

 「ど、どういうことだろうか、使い魔殿?」

 

 「敵の戦力は大幅に減少したが、降伏を促すためにこちらの力を見せ付ける必要があるのだ。以前、オスマンに聞いたのだが、四王家の血に連なるメイジには、合体魔法なるものがあるという」

 

 「たしかに王家のみに許されたヘクサゴン・スペルと呼ばれるものはあるが……」

 

 セルは、再度ルイズの身体を抱きすくめながら、主に言った。

 

 「ルイズ、今回の戦争、その元凶は、言ってしまえばこの二人だ。その責任を取らせるための力をきみが与えるのだ」

 

 「ちょっと、セル! 元凶は言い過ぎよ! ま、まあ原因の一つだとは思うけど……」

 

 思わず本音が漏れるルイズ。だが、彼女には使い魔の意図が理解できていた。「アブソーブ〈吸収〉」を詠唱した際に、それと対になる魔法のスペルも脳裏に浮かんでいたのだ。集中を開始したルイズの身体がさらに眩さを増し、共鳴音が響く。

 

 

 キィィィィィィン

 

 

 「リル・ヴァーゾル・ダネ・ヴィール・ガーン・ラハース・クリルーン・アウス・ベン・ガール・ノス・ムール・クア・ディーブ!」

 

 ルイズが詠唱したのは、「アブソーブ〈吸収〉」で吸収した魔力を味方に分け与える魔法。

 

 「ディストリビューション!!」

 

 ルイズの身体から溢れ出た青白い純粋な魔力が、アンリエッタとウェールズに流れ込み、二人の身体も青白く発光しはじめた。

 

 「あ、あれ、私……」

 

 立て続けに「虚無」の魔法を発動したルイズが意識を失う。主を抱きとめたセルは、二人の王族に向き直り言った。

 

 「今のお前たちなら、望む力を発揮することができるはずだ。我が主の信頼を裏切るなよ」

 

 船首の場所を譲るセルとルイズ。アンリエッタとウェールズが代わりに船首の突端に立つ。

 

 「ま、まるで魔力が、後から後から湧き出してくるようですわ! ウェールズ様、今なら!」

 

 「ああ、ぼくのアンリエッタ! この戦争にぼくたちの手で終止符を打とう、愛しい人よ!!」

 

 二人の詠唱が、高らかに紡がれていく。ウェールズはアンリエッタを愛しさを込めた瞳で見つめ、アンリエッタはウェールズを熱く潤んだ瞳で見上げる。水の竜巻が二人の周囲に巻き起こる。

 

 七百年前のハルケギニアにおいて、勃発した亜人たちによる一大蜂起。それまで、敵対していた二つの王国は、手を取り合い、共に立ち向かった。最後の決戦において、不倶戴天の敵としてお互い憎み合っていたはずの一人の王子と一人の姫が、人間の未来のために、その類まれな魔力を掛け合わせた。本来、同じクラスであっても、息が合うことは珍しいという。だが、二人は密かに愛し合っていたのだ。ただ一撃を以って亜人の大軍団を吹き飛ばした伝説の「オクタゴン・スペル」。 

 今、伝説が再現されようとしていた。

 『風』、『風』、『風』、『風』、そして『水』、『水』、『水』、『水』。

 風と水の八乗。ルイズから与えられた魔力によって、一時的にスクウェアクラスとなったウェールズとアンリエッタの詠唱が互いに干渉しあい、際限なく膨れ上がっていく。「ヴュセンタール」号の前方の空間で巨大な八芒星を描く竜巻は、無数の真空の層を内包し、ライトニングクラウドを遥かに超える雷と超高圧の水の刃が内部を荒れ狂う。

 そして、詠唱が完成する。

 

 「「ディヴァイン・トルネード!!」」

 

 

 ズゴォォォォォォォォ!!!

 

 

 直径数百メイル、高度十リーグを超える超巨大竜巻が、神聖アルビオン共和国軍に迫る。不時着した「ピューリタン」号の艦橋から、どうにか脱出したホーキンスは、荒々しくも神々しい神の竜巻の威容を前に、静かに目を閉じる。共和国の兵たちも、もはや逃げ出す者はおらず、ただ最期の瞬間が訪れるのを待っていた。

 神の裁きを待つ、敬虔な信徒のように。

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!

 

 

 だが、裁きは下らなかった。ディヴァイン・トルネードは、共和国軍の陣地をそれるように進み、ロンディニウム郊外の森を跡形もなく吹き飛ばした後、ゆっくりと消えていった。呆然とした様子の共和国軍最精鋭部隊に空から聞き覚えのある声が降ってきた。

 

 『忠勇にして親愛なるアルビオンの兵たちよ!! どうか、私の言葉に耳を傾けてもらいたい!! 私は、ウェールズ・テューダーである!!』

 

 スクウェアクラスとなったウェールズが自身の声を風魔法によって拡大していた。

 

 『私は、王城を追われ、国を追われた身だ。祖国に大きな混乱を招いた不甲斐無い私の言など、聞く耳持たないと諸君らが考えても、何ら不思議ではない。だが、あえて諸君らに願いたいことがある!』

 

 一呼吸おいたウェールズが、さらに声を大にして叫んだ。

 

 『どうか、生きて欲しい!! これからのアルビオンには、諸君らが、必ず必要となる!! その力を、その意思を、その想いを!! 諸君らが愛してくれたアルビオンのために!!……それだけが私の願いだ』

 

 静まり返った共和国軍の陣地の前方、不時着した「ピューリタン」号のそばで、ウェールズの言葉を聞いていたホーキンスは、わずかな瞑目の後、自身の胸につけられていた共和国軍の勲章や徽章を力任せに引き千切ると、魔力を吸われた疲労感にもめげず、精一杯の声で答えた。

 

 「フレイ、アルビオン!! フレイ、プリンス・オブ・ウェールズ!!」

 

 総司令官の言葉を聞いた周囲の共和国軍の兵たちも、すぐに同調する。それは、瞬く間に陣地内に拡がり、巨大な唱和となった。

 

 「フレイ、アルビオン!! フレイ、プリンス・オブ・ウェールズ!!」

 

 それを聞いていたトリステイン軍の将兵たちも、負けじと声を張り上げた。

 

 「ヴィヴラ、トリステイン!! ヴィヴラ、アンリエッタ!!」

 

 平原に両軍の唱和が響き渡った。誰の目にも会戦の終わりは明らかだった。

 

 「みな、ありがとう。ありがとう……」

 

 「ウェールズ様……」

 

 滂沱の涙とともに、呟き続けるウェールズに寄り添うアンリエッタの目にも涙が浮かんでいた。そんな二人には見向きもせず、セルは自身の腕のなかで眠る主を見下ろしていた。

 

 (ついに自らの望みを叶える魔法を、編み出すまでになったか、ルイズ。よくやった、我が主よ。今はやすらかに眠るがいい)

 

 「……」

 

 目を持たないデルフリンガーが、主従を複雑な想いで見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




第三十話をお送りしました。

オリジナル魔法を連発してしまいました。いまさらですが、今後はタグにチートも追加させていただきます。

次話で、第三章も区切りとなります。

まあ、戦闘らしい戦闘もなかったんで、ド・ポワチエ元帥(仮)は元帥杖を手に入れることはないでしょう(メール確認しながら)

ご感想、ご批評をよろしくお願いいたします。


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 第三十一話

第三十一話をお送りします。

今話で第三章も終了となります。

ルイズとセルは、あまり出てきませんが。


 

 

 「これで、終わりですな。」

 

 トリステイン遠征軍副司令官マザリーニ枢機卿は、誰に言うともなく呟いた。隣では、ド・ポワチエ大将が未だに呆然の呈から抜け出せていなかった。マザリーニの視線の先では、トリステイン軍、神聖アルビオン共和国軍の双方から歓喜の唱和を受けるアンリエッタとウェールズの姿があった。マザリーニは、ここ最近急に増えた溜め息をつきながら、これからについて考えを巡らせていた。

 

 (一兵も損なわず、一発の銃弾も砲弾も消費することなく、戦争の勝敗を決することができた。全く以って、万々歳、めでたしめでたし……とはいかんだろうなぁ)

 

 一見、最良の結末にも思えるが、軍上層部にとって今回の戦争は、言ってしまえば、アルビオン大陸への遠征訓練あるいは全軍慰安旅行という有様になってしまった。未だ首都ロンディニウムを占領したわけではないが、間諜の報告では、共和国の意思決定機関である最高評議会は形骸に過ぎず、総議長クロムウェルも、長く公の場に姿を見せていないという。そして今、実質的な最高責任者ともいうべきジョージ・ホーキンス将軍が、降った以上、いまさら残存兵力が抵抗するとは思えない。

 

 (戦闘らしい戦闘がなかった以上、軍部に対する論功行賞など行いようがない。武勲を挙げたとすれば、ヴァリエール特務官と殿下たちのみ……)

 

 軍上層部が、大きな不満を抱くだろうことは想像に難くない。特にド・ポワチエ大将は、かねてより空軍元帥の地位を渇望していた。陸軍元帥であるアルマン・ド・グラモン伯爵への対抗心からだった。ちなみに、ポワチエ大将は若かりし頃、グラモン元帥に意中の女性を三人寝取られていた。

 

 (ホーキンス将軍率いる共和国軍の残存兵力の存在も、頭が痛い)

 

 共和国軍の残存兵力が、ウェールズ皇太子のテューダー朝政権に組み込まれれば、トリステインは、当初予想していたような圧倒的な影響力を行使できなくなる。終戦後の交渉も一筋縄ではいかない可能性が高い。ある程度は譲歩も必要だろう。

 そして、マザリーニが最も危惧していることがある。

 

 (何より読めないのは、ヴァリエール特務官の力を目の当たりにした各国の反応だ)

 

 今回の戦争の発端でもあり、終結の立役者ともなったヴァリエール公爵家の第三息女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢が見せた超魔法「虚無」。単独で数千から数万の軍勢を無力化する、その威力は始祖の伝説に謳われたとおりの物だった。観戦武官の報告を受けた列強が、どのような反応を示すか。下手をすれば、さらなる戦乱の呼び水となるかもしれない。

 長身異形の亜人セルに抱き抱えられているルイズを複雑な目で見るマザリーニ。その視線に気づいたのか、亜人セルの両目がマザリーニを射竦める。

 

 (うっ……)

 

 マザリーニの全身が総毛立つ。彼の脳裏にかつての師、オスマンの言葉がよみがえる。あの亜人は決して敵にまわしてはならん。トリステインのみならずハルケギニアそのものの存亡に係わるやもしれん、と。セルの視線は、賢しい真似はするな、と告げているようだった。やがて、セルの方から視線を逸らしたため、ほう、と大きな息をつくマザリーニ。

 

 (全く……頭が痛い)

 

 頭痛とともに、胃痛をも感じる枢機卿。彼の老け込み様は止まる所を知らないようだった。

 

 

 「フレイ、アルビオン!! フレイ、プリンス・オブ・ウェールズ!!」

 

 「ヴィヴラ、トリステイン!! ヴィヴラ、アンリエッタ!!」

 

 悩み深き宰相閣下を尻目に、将兵たちの唱和は繰り返しロンディニウム平原に響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トリステイン遠征軍と神聖アルビオン共和国軍は、轡を並べ共に首都ロンディニウムに入城した。実際には共和国軍の大半は、平原に留め置かれ、武装解除と不時着した戦列艦の応急処置に当たっていた。その援助と監視のため、トリステイン軍も三分の一の兵と戦列艦隊を残していた。

 ロンディニウムの大門は、共和国軍首都防衛師団の手によって内側から解放された。ロンディニウムの市民たちは、歓喜の声とともに彼らの皇太子と、解放者たるトリステイン軍を迎えた。

 ウェールズ率いる親衛隊と、ホーキンスの近衛隊がハヴィランド宮殿に急行するが、宮殿内は、ほぼもぬけの殻であった。最高評議会を構成していた閣僚たちは、直属の部下といくばくかの財宝とともに姿を消していた。ホーキンスがさもありなん、という表情とともに近衛隊に捜索を命じる。あの者たちには、自分と一緒に戦争責任者として断罪の場に出てもらわなければならない。

 だが、後に判明することだが、閣僚たちは平原の会戦が始まるタイミングを見計らい、ロンディニウム郊外の森に密かに建設されていた王族用の脱出施設から、財宝を手土産に逃げ出そうとしていたのだ。ところが、いざ脱出用のフネに搭乗しようとした閣僚たちは、ウェールズとアンリエッタが放った「ディヴァイントルネード」によって、施設やフネごと跡形もなく、吹き飛ばされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ロンディニウム開門の数時間前、ハヴィランド宮殿内共和国総議長執務室

 

 「おおおおお! アンドバリの指輪よ! わたしの「虚無」よ! め、目覚めてくれぇ!! わ、わたしにまた、あの甘美な夢を見せてくれぇ!!」

 

 かつては、アルビオン王ジェームズ一世の主寝室であった巨大な部屋の中心に、王専用の壮麗なベッドが置かれていた。今、そのベッドの上で、最高級の毛布に包まりながら、必死の形相で、自身の右手に嵌めた指輪に懇願しているのは、恐怖に怯える三十過ぎの痩せ男。神聖アルビオン共和国総議長オリヴァー・クロムウェルその人であった。

 ニューカッスル城の一件以来、平民出の地方司教に伝説の「虚無」を与えてくれた「アンドバリ」の指輪は、その輝きを失い、巨大な後ろ盾を整えてくれた秘書ミス・シェフィールドは、行方知れず。もう、限界だった。ただ一時の夢を見ているだけのつもりだった。王以外の誰もが一度は夢想するだろう、自身が王になってみたいという願望。ガリア王国首都リュティスの場末の酒場で始まったのは、終わりのない甘美な夢のはずだった。

 だが、覚めない夢はなかった。自身の粗末な部屋の安普請のベッドの上で目覚められれば、どんなに良かったか。今、彼がいるのは、王の寝室であり、そのベッドの上である。甘美な夢は、最悪の悪夢に変じた。

 

 「ああああ! 始祖よ! 我が敬愛する偉大な「ブリミル」よ!! も、もう、十分ですっ!! わ、わたしは十分に堪能しましたっ!! どうか、私をかつての地方教区の! あの粗末な教会に! お戻しくださいっ!! どうかっ!!」

 

 

 バンッ!!

 

 

 執務室の大窓が突如、開け放たれた。

 

 「ひっ! な、何事だ!?」

 

 毛布を放り出し、飛び上がるクロムウェル。大窓は開け放たれていたが、室内には彼以外は居ない。恐る恐るベッドを降りたクロムウェルは、大窓に近寄る。

 

 

 ズンッ!

 

 

 クロムウェルの身体に衝撃が奔る。彼が自身の右腕を見ると、黒色の斑点を持つ先端が尖った尾のようなものが突き刺さっていた。

 

 「ひっ……」

 

 

 ズギュンッ!!

 

 

 クロムウェルが悲鳴を上げる前に、何かを吸い取る音が響き、彼の右腕が枯れ枝の如く痩せ細る。「アンドバリ」の指輪が指から抜け、床に落ちる。

 

 「ああ……あ……ううぅ……」

 

 右腕のみならず、全身から活力が失われたかのように、その場に座り込むクロムウェル。その目前に異形の存在が舞い降りる。亜人セルの分身体の一体だった。床に落ちた「アンドバリ」の指輪を念動力によって拾うセル。もはや、まともにしゃべる気力すら失ったクロムウェルに、良い声だが、感情を感じさせない平坦さで告げる。

 

 「おまえには、最後の役目がある。この戦争の責任を一身に背負い、断頭台の露となることだ。だが、安心するがいい。おまえに偽りの「虚無」を与えた者共も、いずれ同じ場所に送ってやろう」

 

 セルは、そう言うと静かに浮かび上がり、大窓から飛び去っていく。後には、抜け殻のようになったクロムウェルが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「レコン・キスタ」討伐戦争、後に「王権守護戦争」と呼ばれた戦いは、終結した。神聖アルビオン共和国総議長オリヴァー・クロムウェルは、執務室において正気を失った状態で発見された。彼が肌身離さず、身に着けていたはずの「アンドバリ」の指輪は、大規模な捜索が行われたものの、発見されることはなかった。正気を失ったクロムウェルに代わり、共和国軍統帥卿ジョージ・ホーキンスが、降伏文書に調印した。ホーキンスは、自身とクロムウェルの命を差し出す代わりに共和国に属した者達への恩赦を懇願した。その言葉を聞いたウェールズ皇太子は、静かに首を振るとホーキンスに命じた。貴官の命は、もはや貴官の物ではない。その命ある限り、アルビオンの全ての民草に尽くせ、と。ホーキンスは罪一等を減じられ、クロムウェルとともに終身刑となる。数年後、特赦にて出獄を許され、新生王立空軍の将軍を拝命することになる。クロムウェルのその後については、出獄の記録は残されていない。

 勝者となったトリステイン王国は、アルビオン王国との間に強固な相互軍事同盟を締結。さらに、港町ロサイスと王都ロンディウムを結ぶ交通の要衝であるサウスゴータ領の割譲を受ける事となった。その他にも、通商条約の有利な改定などをもぎ取ったものの、戦後賠償金については、アンリエッタ王女の強い要望もあり、大幅に減じる事となる。マザリーニ枢機卿が渋い顔をしたのは、言うまでもない。

 

 しかし、大陸四王家にあって、年々国力を減じつつある「小国」と侮られていたトリステイン王国は、単独にて神聖アルビオン共和国を降した事で一躍、大陸屈指の強国として、各国から一目置かれる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハルケギニア大陸最大の王国ガリア、その王都リュティスもまた、大陸最大の都市であった。その外れに位置するガリア王城ヴェルサルテイル宮殿。広大な庭園にも例えられる宮殿の中心に一際大きな建物があった。ガリア王族が平時を過ごす小宮殿グラン・トロワである。その最奥に位置する国王の私的な謁見の間に一人の男がいた。ガリア王国千五百万人の頂点に立つ唯一無二の王。

 ガリア王ジョゼフ一世である。

 ガリア王族の特徴とされる青色に彩られた髪と髯をたくわえ、その容貌は美丈夫と称されるに足る若々しさを備えていた。その長身からは、とても四十代半ばとは思えないしなやかさをも発していた。ジョゼフは玉座の前に置かれていたチェス盤に夢中となっていた。

 

 「ふむ、反乱の扇動など、つまらない手慰みかと思っていたが、なかなかどうして、面白い結果を導き出すものだ! なあ、余の麗しき女神よ!」

 

 ジョゼフは、盤上に置かれていた黒色の「ビショップ」を盤の下に放り出した。盤上には、白色の「ナイト」「クイーン」「ビショップ」「キング」だけが残されていた。ジョゼフは、「クイーン」の駒を摘み上げ、ブラブラと振る。

 

 「はい、陛下。アルビオンの担い手は、目覚めませんでしたが、まさかトリステインの担い手が目覚めるとは……」

 

 ジョゼフの背後に控えていた黒髪の美女が答える。彼女の額には、ルーンが刻まれていた。クロムウェルを直接扇動した秘書シェフィールドである。彼女が敬愛する真の主こそ、ジョゼフであった。

 

 「はは、老いさらばえた小国に過ぎんと思っていたが、腐っても四王家の一角か。だが、目覚めた担い手が、王家の直系ではないとはな」

 

 「はい、傍流の公爵家の令嬢で、トリステインの魔法学院に通う一学生とのことです」

 

 「ほうほう、学生か! それもトリステインの魔法学院とな? それはそれは! 親愛なる我が姪が留学しているではないか!!」

 

 ジョゼフは、「クイーン」の駒をぶつけ、「ナイト」の駒を倒す。そして、「クイーン」の駒を盤上に戻すと、盤外から黒色の「ナイト」を「クイーン」の隣に置く。

 

 「余の愛しき女神よ! 我が姪に命じるのだ! 首尾よく任務達成の暁には、最大の望みを叶えてやるとな!!」

 

 「かしこまりました、陛下」

 

 恭しく頭を垂れるシェフィールド。ジョゼフが思い出したように問いかける。

 

 「ああ、そういえば、アルハレンドラの老いぼれが、城と領土ごと消え去った件はどうなった?」

 

 「も、申し訳ありません。未だに詳細は判明しておりません。ただ、魔法だと仮定しますと、威力があまりにも桁違いなため、系統魔法や先住魔法とは考えられず、かと言って「虚無」の反応も感知できず……」

 

 恐縮しながら、答えるシェフィールド。主に満足な結果を伝えられないことを気に病んでいるかのようだった。

 

 「ああ、気にするな! 余の可愛い女神よ! 一つ二つぐらいは、不確定要素がなければ面白くないからな!!」

 

 ジョゼフは、陽気な声で言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼロの人造人間使い魔  第三章 王権守護戦争  完




第三十一話をお送りしました。

次話から、また断章をいくつかお送りします。

また、学院の面々が活躍する第三章外伝を中篇にて投稿する予定です。

ご感想、ご批評をよろしくお願いします。


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 断章之肆 ガリア北花壇騎士団壊滅

第四章開始前に断章之肆をお送りします。

断章之参にて、セルを召喚してしまったイザベラ様はどうなってしまったのか……

……決して、第四章執筆に煮詰っているわけではありませんので。

……偉大なるマンネリって、やっぱり偉大ですね。


 

 

 ハルケギニア大陸最大の武力を誇る強国ガリア。その武力の頂点に立ち、諸国に遍く名声を轟かせるガリア宮廷近衛騎士団は、「薔薇園」とも称されるヴェルサルテイル宮殿にちなんで、様々な花壇の名を冠していた。王国最強といわれる南薔薇花壇騎士団や空戦においては、他の追随を許さない西百合花壇騎士団など、挙げれば切りがない綺羅星の如く輝く武名も高きガリア騎士団。だが、宮殿の北側には、立地及び建物の構造上、花壇が造成できないため、北を冠する騎士団は、表向き存在しない。

 しかし、北花壇警護騎士団は、確かに実在していた。ガリア王宮騎士団連合にも属しない非公式の実戦騎士団。あらゆる国がそうであるように、ガリア王国にも様々な裏の事情が存在し、秘密裏にそれらを処理するのが、彼らの任務だった。一部の者達からは、「掃除屋」、「死神騎士団」、「ガリアの暗部」などと蔑称されていた。

 その団長こそ、ガリア王国第一王女イザベラ・ド・ガリアその人であった。王家の第一王女に与える官職として、名誉とは無縁の汚れ仕事専門の騎士団長がふさわしいのかどうか、イザベラの住居である小宮殿プチ・トロワに住まう人々は、目をそらし、ただ頭を深く垂れるほか答えようがなかった。そのことを理解していたイザベラは、常に不満を募らせていた。

 だが、ここ最近のイザベラは、近年まれに見るほど上機嫌の様子だった。

 

 「あははは! 北花壇騎士が、一堂に会するなんて騎士団設立以来じゃないかい?」

 

 年のころは、十七前後。ガリア王家の証たる鮮やかな青髪と、同じ色の瞳を持ち、背丈に不釣合いな大きな冠によって秀でた額は滑らか。真紅の紅をひいた口を、大きく開けて目前の光景に言及した美貌の少女が、ガリア王国の第一王女イザベラである。彼女は、プチ・トロワの中庭に愛用の椅子を引き出させ、目の前に居並ぶ自身の部下たちを見渡していた。

 

 「……」

 「……」

 「……」

 

 本来、裏の仕事を専門とする北花壇騎士は、高い実力を持ちながらも、何らかの裏事情や兇状持ちの者達が多く所属しており、お互いに顔を合わすことは、まずない。今回は、団長の出頭命令を受けて、任務に従事していないすべての騎士が参集されていた。その数は、十数人ほど。中には、見た目少年少女にしか見えない者たちまで居た。

 

 「まあ、肝心の人形七号は、今頃アルビオンだけどねぇ……浮遊大陸から、落っこちまえばいいのに」

 

 北花壇騎士「人形七号」、それは、彼女の従妹姫に当たる少女である。複雑な事情によって王家から廃され、平時はトリステイン王国の魔法学院に留学しながら、事があるたびにイザベラに呼び出され、危険な任務に従事していた。今、彼女は、イザベラの守役である花壇騎士バッソ・カステルモールと共にトリステイン王国によるアルビオン遠征に従軍している。

 

 「さて、わざわざおまえたちを集めたのは、他でもない! ある仕事を命じるためさ! おいっ!」

 

 イザベラが、後ろに控える侍女に命じると、プチ・トロワの本棟に通じる大扉が開かれる。そこから現れたのは、百戦錬磨の北花壇騎士たちも、未だかつて見たことのない異形の亜人だった。

 身長は、二.五メイルほど、筋骨隆々の体格に昆虫のような外骨格を備え、その背からは先端が尖った尾が伸びている。容貌は、お世辞にも整っているとは言い難い。黒い額には、見慣れないルーンが刻まれていた。

 それは、人造人間セルの分身体の一体であった。セルはゆっくりと歩みを進め、イザベラが座っている椅子と北花壇騎士たちの間で止まった。

 

 「こいつは、わたしが召喚した使い魔、「ジンゾウニンゲン」セルだ!」

 

 イザベラは、自信満々の様子でセルを紹介した。その言葉に、今ひとつ要領を得ない北花壇騎士たち。イザベラは、口角を吊り上げるとさらなる大声で宣言した。

 

 「わたしのセルを負かすことができた奴には、十万エキューと花壇騎士団長のイスをくれてやるよっ!!」

 

 

 ザワッ!!

 

 

 それまで、無言だった騎士たちがとたんに騒ぎ出す。十万エキューといえば、大貴族の居城が丸々一つ買える大金である。また、ガリア花壇騎士団の団長の地位は、ガリアにおいて騎士を志すほとんどの者にとって、究極の到達点といえる。

 

 「そりゃあ、本当ですかい!? 姫さま、たしかに聞きましたぜ! 十万エキューって!!」

 「花壇騎士の団長……失われた家の名誉を回復することも夢では……」

 「おいおい! 豪気な話だが、順番はどうすんだっ!? 亜人は、一匹しかいねぇんだぞ!」

 「そんなの強い順に決まっているじゃないか。というわけで、僕がやるよ」

 

 口々に騒ぐ騎士たちに、イザベラが衝撃的な一言を発する。

 

 「はっ! 順番なんてまどろっこしいわ! おまえたち全員で一時にかかりなさい!! そうでもしなきゃ、わたしのセルに勝てっこないわ!!」

 

 

 ギンッ

 

 

 「ひっ……」

 

 イザベラの一言に、静まる騎士たち。だが、仕えるべき主の不用意な言葉を受けた彼らの全身からは、殺気と魔力が溢れ出していた。それに当てられた侍女が小さな悲鳴を上げ、その場に昏倒する。騎士たちの敵意を一身に受けるセルは、全く動じていなかった。

 

 「ふふん、いい雰囲気になったじゃないか! セル、一応言っとくけど、殺すんじゃあないよ!」

 

 「承知した」

 

 主の言葉に外見には、似つかわしくない声で答える異形の亜人。騎士たちは、一切の油断なく杖や剣を構える。正に一触即発の状態だった。

 だが、結着は一瞬で着いた。

 

 

 クンッ ブワッ!! 

 

 スッ  ズンッ!!

 

 

 セルが、左手の人差し指を上に動かすと、騎士たちの杖や剣といった武装が、主の手を離れ、すさまじいスピードで上空に飛び去る。さらにセルが、人差し指を下に動かすと、全ての騎士たちが地面に叩きつけられる。まるで、巨人の手に押さえ込まれてしまったかのように身動き一つできない。

 

 セルの圧勝だった。

 

 だが、イザベラは不機嫌そうに立ち上がると、セルに近寄りながら言った。

 

 「ああ、やめやめ!! おい、セル!殺すなとは言ったけど、いくらなんでも、あっさりしすぎじゃないか!! おまえ、次はその念力は使用禁止よ、いいわね!?」

 

 「ふむ、承知した」

 

 イザベラの言葉に頷いたセルは、騎士たちを押さえていた念動力を解除すると、上空に運び去った彼らの獲物を、彼らの目の前に落とした。

 

 「おまえたちが、あまりにも弱すぎて我が主が退屈だそうだ。北花壇騎士とは、ありもしない花壇を世話するハリボテのカスどもか?」

 

 セルの挑発に激昂した騎士が、イザベラがそばにいるのもお構いなしに、「フレイムボール」を放つ。

 

 

 バゴォォン!!

 

 

 火球の直撃によって炎に包まれる亜人と王女。残りの騎士たちも次々に自系統の攻撃魔法を放つ。火球、雷、竜巻、真空の刃が亜人に襲い掛かる。

 

 

 ズゴォォォォン!!

 

 

 プチ・トロワの中庭を吹き飛ばすほどの爆風が荒れ狂う。ほとんどの騎士たちが精神力を一気に使い果たしていた。騎士たちの中で、一際異彩を放つ十歳程度の金髪の少年が進み出ると、背後の巨漢に命じた。

 

 「やれやれ、王女まで巻き込んでいるじゃないか。まあ、しょうがない。ジャック、トドメを刺すんだ。相手は、相当な化け物だからね」

 

 「わかった、ダミアン兄さん」

 

 ジャックと呼ばれた大男は、強力な「錬金」を展開する。亜人が居た周囲の土をすべて火薬に変換するのだ。おそらく、その威力はプチ・トロワ自体に損害が及ぶだろう。だが、その時、濛々と立ち上る煙から何かが騎士たちに襲い掛かった。

 

 

 シュルンッ! バキッ! ドガッ! グシャッ! ドゴッ!

 

 

 亜人の尾が、途方もないスピードで、騎士たちを打ち据えていく。強力な先住魔法すら操り、「元素の兄弟」と呼ばれ恐れられたダミアン、ジャック、ジャネットも為す術もなく一撃で地面に這い蹲る。末弟のドゥドゥーが、全身の「硬化」と間接部への先住魔法の強化によって、常人を超越したスピードを発揮し、煙の向こうに居るだろうセルに渾身の一撃を叩き込む。

 

 「このォォォォォ!! 化け物がァァァァ!!!」

 

 

 グシャンッ!!

 

 

 鉄製の大扉すら、ブチ破るドゥドゥーの拳は、セルの腹部に直撃した。その瞬間、彼の右拳は原型留めぬ程に砕け散った。

 

 「ぎぃやあァァァァ!!」

 

 セルは、悲鳴を上げたドゥドゥーの首を掴み、自身の目線の高さまで持ち上げる。そして、実に優しく優しく、丁寧に地面に降ろした。

 

 

 ドグシャンッ!!!

 

 

 庭園の床面に敷き詰められた大型の石板を、打ち砕く勢いで叩きつけられたドゥドゥーは、全身を砕かれる激痛に意識を失った。

 

 「終わったぞ、イザベラ。全員息はある、今はまだな」

 

 「見ればわかるわよ、セル。全く、王女にして団長である、わたしまで巻き込むなんて。おまえが言ったとおりのカスどもだわ」

 

 攻撃魔法が巻き起こした煙が晴れると、無傷のイザベラが姿を見せる。よく見れば、イザベラの近くにいた侍女たちも気を失ってはいるものの、無事であった。セルが展開したバリヤーに守られたイザベラたちには、いかなる魔法も無効なのだ。

 

 「でも、まあ目的は達成したから、よしとするわ」

 

 そう言ったイザベラは、死屍累々と言った有様の中庭を見渡しながら、妙に芝居がかった仕草で高らかに宣言する。

 

 「ああ、なんということかしら!! お父様から、お預かりした北花壇騎士団が壊滅してしまうなんて!! すべての責は、団長であるわたしにあるわ!! 北花壇騎士の役目は、このわたしが立派に引き継ぎます!!」

 

 わざとらしく言い切ったイザベラは、自身の使い魔であるセルに向き直ると、瞳を輝かせながら言った。

 

 「よし、いくわよ、セル! このわたしが、ガリア王国第一王女イザベラ・ド・ガリアが、国の病巣も、恐ろしい吸血鬼も、王家に刃向かう愚か者はまとめて成敗してやるわ!!」

 

 「承知した、我が主よ」

 

 

 

 イザベラの愛読書に、「大アンリのガリア周遊記」がある。ガリア中興の祖と呼ばれる王、大アンリが若かりし頃、わずかな供回りを引き連れ、ガリア各地を旅し、ある時は、悪辣な領主を成敗し、ある時は、人々を苦しめる亜人を退治し、またある時は、港町を治める大貴族の令嬢と恋に落ちる。そんなありきたりな冒険譚である。ちなみに、「大アンリのアルビオン周遊記」、「大アンリのロマリア周遊記」などの続編が刊行されている。

 イザベラは、幼い頃から憧れていた諸国漫遊の旅に出るために、北花壇騎士団を壊滅させたのだった。ヴェルサルテイル宮殿の内部で、あれだけの戦闘を行えば、大問題に発展するはずだが、実はプチ・トロワの中庭は、最初からセルのバリヤーに包まれており、外部に影響は一切出ていなかった。さらに半死半生の騎士たちは、生体エキスの注入で、最低限の治療を行い、見るも無残な中庭は、物質出現魔術によって植物以外は再生させた。

 後始末は十分だろう。

 

 

 イザベラとセルの冒険が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




断章之肆をお送りしました。

次話から「イザベラの冒険」がはじまるよぉ……すいません、うそです。

イザベラ様を活躍させると、タバサが活躍できない罠。うごごごご……

次話にご期待ください。


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 断章之伍 イザベラ様漫遊記

お久しぶりです。前回の投稿から、時間が空いてしまいました。

いや、まさか久しぶりにPS2を引っ張り出してゼロの使い魔のゲーム第3作をフルコンプするなんて!

よもや、ツンデレイベントを制覇するなんて!

有るわけないじゃないですか!!


…………えーと、その、さ、最新話、断章之伍をど、どぞう!!


 

 

 止め処なく、風は吹き、雲は流れ行く、誰の許しが無くとも……

 

 「大アンリのガリア周遊記」の各章冒頭に綴られている文句である。無限に広がるかのような平原を前に、イザベラは、その文句を思い出していた。今の彼女の装いは、いつもと違う。使い古された青い乗馬服と年季を感じさせる膝丈のブーツ。王家の証である青髪を隠す、つば広の騎士帽子。巷で流行っている男装の麗人姿だった。イザベラは、背後に控える自身の使い魔に嬉々として問いかけた。

 

 「どうだい、セル?これなら、いくらなんでもわたしが、高貴なるガリア王国の王女だなんて、わからないだろう?」

 

 実際のところ、美少女と呼んで差し支えないイザベラではあったが、王族としての品位や威厳、にじみ出る気品などとは、まあ、無縁だった。王冠をはずし、豪奢なドレスさえ脱いでしまえば、それだけで、まず王族には見えない。だが、自身の変装術に自信満々な主に対して、我らが人造人間セルは、お行儀良く、そうだな、とだけ答えた。使い魔の気の乗らない返事にも、特に気を悪くすることなく、イザベラは懐から、いくつかの書簡を取り出した。

 

 「さて、初っ端は、どの依頼からいこうかねぇ……」

 

 イザベラが持っている書簡は、ガリア王宮騎士団連合本営から送られてきた北花壇騎士団への依頼書であった。大っぴらに、軍や花壇騎士団が動けない様々な案件が寄せられていた。その中から、イザベラは一件の依頼を選び出した。

 そして、使い魔たるセルに命じる。

 

 「決めたわ、セル。ゲルマニアとの国境沿いアルデラ地方よ!!」

 

 「承知した。」

 

 セルとイザベラは、高速飛行によって「黒い森」と呼ばれる広大な森が広がるアルデラ地方に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「黒い森」のガリア側にひっそりとたたずむ小さな村、エギンハイム村。国境沿いの村であるため、大きな戦争の度に、ガリア領とゲルマニア領を行き来していた。人口は数百人、主な産業は林業である。特にライカ欅と呼ばれる広葉樹は、建築資材や高級家具の材料として高値で取引される。ところが、春先からライカ欅の群生地を「翼人」が占拠してしまったので、排除してもらいたいという。「翼人」とは、その名の通り、背に翼を持つ亜人の一種である。翼を持つ以外は、外見的に人間とは差異は無く、交配も可能。さらに先住魔法の使い手でもあった。

 本来であれば、花壇騎士、ましてや裏仕事専門の北花壇騎士にお鉢が回ってくるような案件ではないが、エギンハイム村を含む周辺地域の領主は、王家に対して批判的であり、税の徴収についても、中央と一悶着起こしていた。業を煮やした中央府は、北花壇騎士の派遣を口実に、領土治まらずを以って、この領主を更迭する腹積もりであった。

 

 「まあ、大した案件じゃないが、あそこの領主には、いい印象もないしね。これを機に臭い飯でも食ってもらおうじゃないか。」

 

 およそ、王族とは思えない言い回しをするイザベラ。セルの高速飛行によって、本来なら王都リュティスから二日はかかるアルデラ地方まで、わずか一時間の行程である。眼下に広大な「黒い森」が見えてきた所で、セルがイザベラに注進する。

 

 「ふむ、どうやら住民たちは、中央から派遣される騎士を待つことをやめたようだ。自らの手で、障害を排除する気だぞ。」

 

 「なんだって!?冗談じゃないよっ!わたしの華々しい周遊デビューが台無しじゃないかっ!!」

 

 イザベラは、直ちにセルに命じる。

 

 「セル!主として命じるよっ!すぐに馬鹿どもを止めるんだっ!!」

 

 「承知した。」

 

 二人は、それまでの倍のスピードで、ライカ欅の群生地へ急行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライカ欅の群生地は、高く伸びた枝葉に遮られ、昼間でも薄暗かった。群生地の中でも一際太く、背の高いライカ欅の前に数十人の村人が斧や弓で武装して集まっていた。ライカ欅の周囲には、一枚布の簡易な衣装を纏い、背に一対の翼を持った人間たちが浮かんでいた。その数は、五~六人ほど。彼らが「翼人」だった。

 村人たちは殺気立ち、いつ矢を放つかもわからない有様だった。「翼人」たちも油断無く村人たちを見据えている。正に一触即発の状態だ。

 そんな両者の間に、一人の少年と一人の「翼人」の少女がいた。二人はお互いが属する勢力へ、必死に説得を試みていた。

 

 「兄さんもみんなも、まずは落ち着いてくれ!翼人たちと争って、何になるっていうんだっ!」

 

 まだ、あどけなさを残した少年が、村の仲間たちに自制を促そうとするが、彼らは理性を失いつつあるようだった。村人のリーダー格と思われる体格のいい青年が、恫喝するかのように少年に迫った。

 

 「おいっ、ヨシア!いくら弟だからって、いつまでも甘い顔をしてると思ったら大間違いだぞっ!これは、村の総意なんだ。それに逆らうなら、村長の息子でも、弟でも容赦しないぞっ!!」

 

 ヨシアと呼ばれた少年は、自身の兄であるサムの迫力に一瞬ひるむ。翼人の少女も、自身の同胞に声をかける。

 

 「みんな、落ち着いて!このまま戦ったりしたら、森との契約を汚すことになってしまうわ!」

 

 「アイーシャ様!どうか、そこをお退き下さい!降りかかる火の粉は、払わなければなりません。自衛のためなら森の精霊も、理解してくれるはずです!」

 

 翼人たちも、村人からあからさまな敵意を向けられたためか、非常に興奮しているようだった。

 いよいよ、説得する二人を押しのけて、戦端が開かれようとした、その時。

 

 

 「双方、待ちなっ!!」

 

 上空から、若い女性の大声が響き渡る。それと同時に対峙していた村人と翼人が、一切の動きを止める。それは、比喩ではない。猟師と思われる村人は、弓につがえた矢を放つことができない。指を離すどころか、身動き一つとれないのだ。滞空していた翼人たちにいたっては、空中で完全に停止していた。とてつもなく強力な念力だった。

 

 「な、なんだ、こりゃ!?う、動けねぇぞ!」

 「鳥どもの、せ、先住魔法か?」

 「い、いや、翼人どもも、浮かんだまま止まってるぞ!」

 

 「こ、これは、人間の魔法!?だが、こんな強力な……」

 「これでは、森の精霊の力を借りることができないぞ!」

 「み、見ろ!何かが、下りてくるぞ!」

 

 スタタッ

 

 ちょうど、村人と翼人たちが対峙している中心に、一人と一体が、上空から降り立った。一人は若い女性だった。さっきの大声は彼女のものだろう。都で流行っているという男装の麗人姿で、年の頃は十七ほど。腰には、杖を下げており、メイジのようだ。もう一体は、見たこともない長身異形の亜人だった。

 若い女性が、村人と翼人の双方に告げる。

 

 「わたしは、ガリア北花壇騎士イザ……じゃなかった。え、えーと、あ、そうだ。こほん、わたしは、ガリア北花壇騎士ジャンヌであるっ!エギンハイム村の求めに応じて、馳せ参じたっ!!」

 

 イザベラの大仰な名乗りに、一瞬虚をつかれたように呆ける村人たち。リーダー格のサムが、我に返り斧を振り上げたままの格好でイザベラに懇願する。

 

 「か、花壇騎士さまっ!お待ちしておりましたっ!!エギンハイム村の村長の長男、サムと申します。ど、どうか、あの翼人どもを成敗してくださいましっ!!」

 

 待っていたなど、どの口が言う。イザベラは、サムの言葉を無視すると、目の前で仲良く固まっているヨシアとアイーシャに近寄りながら、声をかける。

 

 「どうやら、まともに話せそうなのは、おまえたちだけみたいだねぇ。さて、話してみな。」

 

 そう言って、イザベラはセルに向かって片手を振る。すると、二人にかけられていた念力が解かれる。思わず、たたらを踏む二人。ヨシアが勢い込んで、イザベラに話し始めた。

 

 「翼人たちは、春先の繁殖のためにライカ欅に家を作るんです。何も、俺たちを困らせようとして群生地を占拠してるわけじゃないんです。」

 

 さらに、ヨシアは、村が糧として切り出す木は「黒い森」の中にいくらでもある。村人たちは、ただ高く売れるライカ欅を切り出したいがために、翼人を追い出そうとしている、と説明した。これには、サムたち村人も黙ってはいない。口々にヨシアを糾弾する。

 

 「よ、ヨシア!!この、村の恥さらしが!!」

 「村の仲間よりも、鳥どもの肩を持つのか!?」

 「お、おまえ、まさか、まだその翼人と……」

 

 

 「うるさいねぇ。少し黙りなっ!」

 

 雑言にイライラしたイザベラが、村人たちに向かって手を振ると、セルの念動力が強化され、村人たちは一言も発せられなくなる。ヨシアに続いてアイーシャが口を開く。

 

 「わたしたちは……わたしたちの存在が争いを引き起こすなら、この木から去ります。」

 

 「そんなっ!きみたちは、大きな木がなければ家を、巣をはれないじゃないかっ!」

 

 「でも、争いに精霊の力を使うぐらいなら……」

 

 

 ヨシアとアイーシャの話し合いをよそに、イザベラの心情は九割方、翼人にかたむいていた。ヨシアの話や、村人たちの慌てた様子から見れば、今回の案件は、エギンハイム村の勇み足だろう。ここは、絶好のタイミングで帽子を取り捨て、王女としての身分を明かし、ライカ欅の群生地を王家の直轄地にしてしまえばいい。なにより、イザベラは翼人たちの優美な姿をすっかり気に入ってしまっていた。ふと、自身の使い魔であるセルを振り返る。その容貌は、優美さからは、かけ離れている。

 

 「セル、おまえも翼人たちほどとは、いわないけど、もう少し、その姿何とかならなかったのかねぇ。」

 

 すると、セルは、おなじみの良い声で答える。

 

 「わたしの美しさが理解できないとは……悲しいな、主よ。」

 

 「ああァ?冗談は、顔だけにしなっ!」

 

 「……」

 

 バッサリ、である。

 

 ヨシアたちの話し合いも佳境に入るようだった。イザベラは、自身のつば広の帽子に指をかける。だが、セルが割り込むように主に言った。

 

 「ところで、イザベラ。もし、この場にかの大アンリが居たとしたら、この状況どうさばく?」

 

 「えっ……」

 

 使い魔の言葉に、虚をつかれた表情をするイザベラ。

 

 この場に、あの大アンリがいたら……

 

 

 イザベラが尊敬してやまない、自身の先祖「大アンリ」。本名アンリ・ファンドーム・ド・ガリアは、およそ千年前のガリア王である。王国中興の祖として、始祖「ブリミル」、祖王ガリア一世に次ぐ偉人として国内で絶大な人気を誇る。その人格は、品行方正、清廉潔白、質実剛健。ガリアでは賞賛を意味する四字熟語は、大アンリを讃えるために整えられたとさえ言われていた。なにより、「大アンリのガリア周遊記」に記された冒険譚は、人々の心を捉えて離さない。

 

 イザベラは、はたと気づく。わたしの大好きな大アンリなら、救い難い悪人でもなければ、片方の意見を、権力を笠に着て封殺するなどするはずがない。それなら、どうすれば……

 

 セルが、何気なくイザベラに言った。

 

 「物事は、常に単純だ。誰が何を欲しているかを考えればな。」

 

 「!そ、それなら……セル!念力を今すぐに解くんだ!」

 

 「承知した。」

 

 その場の全員が、自由を取り戻すと同時に、イザベラは帽子をかぶったまま、高らかに叫んだ。

 

 「高貴なるイザベラ王女殿下の名代として、北花壇騎士ジャンヌが宣言するっ!エギンハイム村のライカ欅すべてを二万エキューで買い取る!そして、そのライカ欅を、翼人アイーシャとその氏族に、殿下の御名において貸与するものとする!期間は百年、対価は……いずれ、イザベラ殿下がご行幸されたあかつきには、氏族を挙げて歓待すること!これは、決定事項である!殿下と王陛下を除く何人も異議を差し挟むこと、まかりならんっ!!」

 

 あっけにとられる村人と翼人。イザベラは、サムの前に立つとセルに命じる。

 

 「セル、払ってやりな。」

 

 「承知した。」

 

 シュルン 

 

 ギュパッ

 

 ジャラジャラジャラッ

 

 亜人の尾の先端が、漏斗状に広がると、そこから二万枚のエキュー金貨が、吐き出される。それは、エギンハイム村の年間総収入を上回る大金だった。そんな大金を前に茫然自失のサムたち村人。突然の展開についていけない翼人たちも同様だった。

 

 イザベラは、ヨシアとアイーシャの二人に近寄りながら言った。

 

 「後は、おまえたちに任せるよ。村と氏族にとっていいようにしな。」

 

 その言葉に、感極まったかのように頭を垂れるヨシア。

 

 「あ、ありがとうございますっ!!騎士様、このご恩は生涯忘れませんっ!!」

 

 「そういうのはいいから、殿下がお越しになられたら、精々わたしに恥をかかさないように歓待してもらおうか。」

 

 ヨシアの傍らに立つアイーシャが、請け負う。

 

 「もちろんです。必ずやご満足いただけるように努めさせていただきます。」

 

 「なら、それでいい。いくよ、セル!」

 

 「承知した。」

 

 

 イザベラは、セルとともにライカ欅よりも高く飛び上がると、そのまま高速で飛翔した。

 

 

 

 

 

 高空を飛翔するイザベラは、未だかつて感じたことのない喜びと充足感の中にいた。王女という身分なしで掛け値のない感謝の意を伝えられたのは、一体いつ以来だろう。もしかしたら、十年以上前、あの従妹姫と何も考えず無邪気に遊んでいた頃以来かもしれない。

 

 その想いが、彼女の内で眠っていた資質を目覚めさせた。本来であれば、決して覚醒しなかったであろう力。密かにセルはほくそ笑む。

 

 (やはりな。分身体とはいえ、このわたしを、人造人間セルを召喚したのだ。本体の主と同種の力を秘めていて不思議はない……だが、本体の主と比べると、不完全だな。何かが足りない、か。)

 

 セルの内心など、何処吹く風といった様子のイザベラが、輝かんばかりの笑顔と共に言った。

 

 「さて、次は何処に行こうかねぇ、セル?」

 

 「イザベラの望むままに……」

 

 「はっ!当たり前だろう!おまえは、わたしの使い魔なんだからっ!!」

 

 

 

 

 この後、イザベラとセルは、ガリア各地を巡り、あらゆる揉め事に首を突っ込んだ。後世、その物語は、『冒険女王イザベラと奇天烈な使い魔』という冒険譚として、永く語り継がれることとなるが、それはまた、別の話……

 

 

 

 

 

 

 

 

 




断章之伍をお送りしました。

本来なら、ゲーム内容を反映した断章の予定だったのですが、い、いつの間にかイザベラ様の話に変わっていた……

これも、イザベラ様の魅力の成せる業か、いや、まあ、すみません。

次話も断章あるいは三章の外伝の予定です。一体いつ四章に入れるのか……

ご感想、ご批評よろしくお願いします。


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 断章之陸 オールド・オスマンの禁書目録

断章之陸をお送りします。

一部の生徒や教師達が、戦争に従軍していた時、学院長であるオスマンは何をしていたのか……

今話では、主人公であるルイズやセルは、一切出ません。

え、イザベラの話もそうだったろうって?

ま、まあイザベラ様は、影の主人公みたいな御方だし(目そらし)……


 

 

 「ふ~む、ここに来るのも何年振りじゃろう……」 

 

 トリステイン王国王立図書館の前で、そう一人ごちたのは、魔法学院の学院長オスマンである。王国最高峰のメイジとして、実践のみならず知識においても、他の追随を許さないと謳われる「オールド・オスマン」も、かつては一人の学徒として、知識の宝庫たる王立図書館に熱心に通っていた。

 数十年振りに王立図書館を訪れたオスマンの目的は、一般図書や稀覧書の類ではなく、図書館の一画に永らく封印されている禁書群にあった。王宮の記録官から巻き上げた、もとい譲り受けた目録には、「始祖と虚無」について詳細に記されていると伝えられながら、魔法の封印のため、物理的に閲覧できない特殊な書籍がある、と書かれていたのだ。

 

 オスマンが、正面の大扉から中に入ると、そこには、学院図書室の数倍の規模の「知識の海」が待ち構えていた。二階建ての図書館の中央ホールは吹き抜けになっており、天井に届くほどの高さの書棚が廊下の端まで伸びており、そこにはびっしりと書籍が収められていた。最も、若かりし頃に禁書を除くあらゆる書籍を読破したという自負を持つオスマンにとっては、懐かしさこそあれ、驚くことではなかった。館内は、戦時中のためか非常に閑散としていた。

 

 「あの、閲覧希望者の方ですか?」

 

 「うむ?」

 

 禁書の保存区画はどこだったか、と考えていたオスマンに、遠慮がちな声がかけられる。オスマンが振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。年の頃は、十代後半、深緑の髪をポニーテールにまとめ、細身の眼鏡をかけており、オールのような長い杖を抱えている。なかなかの美少女であり、その風貌は、オスマンにかつての秘書ミス・ロングビルを思わせた。少女の質問には、答えずに彼女を凝視する。

 

 「あ、あの……」

 

 「……いい」

 

 「え?」

 

 少女の困惑の声を無視するように迫るオスマン。

 

 「実に、いや実にいいのう。その憂いを帯びた瞳といい、ポニーテールといい、実にわし好みじゃ! しかも、ミス・ロングビルより4歳は若い! これはポイント大じゃ! やっぱり若さじゃて! どうかのう、とある好人物が秘書を探しておるんじゃが?」

 

 「え、あの、ちょっと……」

 

 「善は急げじゃ! きみさえ良ければ、今日から……」

 

 

 ヒュン ドガッ!

 

 

 「ぐはっ!?」

 

 少女の手を握りながら、捲くし立てていたオスマンの背後から、何かが飛び上がり、彼に激突する。たたらを踏んだオスマンが確認すると、少女の前に妙な生物が仁王立ちしていた。その生物は、地球でいうところのシュレーターペンギンとほとんど同じ形態をしていた。翼が特殊化したフリッパーのようなヒレをオスマンに向けて、ペンギンは言い放った。

 

 「マスターへの無体な所業は、そこまでにしてもらうか。これ以上は、ご老体といえど容赦はできない」

 

 「だ、だめよ、テクスト。多分だけど、この人は、変質者ではないと思うわ」

 

 ペンギンを諌める少女に対して、佇まいを正したオスマンが自己紹介をする。

 

 「あ~うおっほんッ! わしとしたことが、つい興奮してしまったわい。すまんことをしたのう。わしの名は、オスマン、魔法学院の学院長をしておる」

 

 「あ、あなたが、あの「オールド・オスマン」……申し遅れました。わたし、王立図書館の司書を務めています、リーヴルと申します。こっちは、わたしの使い魔テクストです」

 

 「テクストだ。お見知りおきを、ご老体」

 

 少女とペンギンの名乗りに、目を細めるオスマン。

 

 「ふむ、王立図書館の司書ということは、マデライン家の?」

 

 「はい、十二代目になります」

 

 マデライン家は、現在の王立図書館設立に多大な貢献を果たした一族である。代々、司書職を世襲しており、名誉職に過ぎない館長と違い、実質的な図書館の管理運営を行っている。

 

 「若いのに大したものじゃて」

 

 「いえ、そんな。ところで、本日はどういったご用件でしょうか?現在、図書館は、戦時中の人手不足のせいで、閲覧や貸出に大幅な制限がかけられていますが」

 

 「う~む、禁書の閲覧なんじゃが……」

 

 「申し訳ありませんが、禁書の閲覧には、王宮審議院と王家の許可が必須となります。これも戦時中ですので、審議自体がいつ行われるか、仮に行われたとしても、ここ二百年ほどは、許可が下りたという例はありません」

 

 言葉は丁寧だが、断固とした結果を伝えるリーヴル。そんなところもいいのう、などと思うオスマン。それを見ていたテクストの視線が鋭さを増す。慌てて視線をそらしたオスマンが、ごまかすように言った。

 

 「ま、まあ、しょうがないのう。閲覧申請は、戦後出すとして、ちと館内を見てまわってもよいかのう?」

 

 「あ、はい。一部施錠されている区画を除けば、館内の閲覧は問題ありません。もし、よろしければ、ご案内いたしますが?」

 

 「いや、それには及ばんよ。この図書館のことなら、こういってはなんじゃが、きみよりも詳しい自信があるからのう」

 

 「……わかりました。わたしは、司書席におりますので、何かありましたら、仰って下さい」

 

 

 

 親切な言葉に礼を言いながら、図書館の奥へと歩いて行くオスマン。それを静かに見送るリーヴル。そんな主にテクストが言った。

 

 「いいのかい、マスター? あのご老体、おそらく、まるで諦めていないと思うが」

 

 「ええ、大丈夫よ、テクスト。まだ、その時ではないのだから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それにしても、マデライン家の当代が、あれほどの器量よしだったとはのう。わしがここに通いづめだった頃は、枯れ過ぎの婆さんが切り盛りしておったもんじゃが」

 

 図書館二階にある稀覧書関連の書棚を横見しながら歩くオスマン。ふと気になった一冊を手に取る。表紙には、「始祖に従いし四の使い魔」とある。ブリミルの四体の使い魔について記した研究書のようだった。軽く流し読みするが、学院所蔵の研究書と大差ない内容だ。

 

 「稀覧書扱いの本では、この程度かのう」

 

 オスマンは、失望したように書籍を棚へ戻す。その時、オスマンのローブの袖口から小さい何かが、書棚の隙間に入り込んだ。

 

 「……」

 

 書籍を戻したオスマンは、軽く伸びをすると言った。

 

 「無駄足ではあったが、久しぶりの王立図書館じゃ。最近流行りの本でも見ていくかの」

 

 その後、オスマンは、小一時間ほど館内を散策した。最後に司書席にいたリーヴルにちょっかいを出して、テクストの三回転捻り跳び膝蹴りを食らってから、王立図書館を辞した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その日の深夜。

 

 王立図書館二階の窓近くに浮遊する人影があった。ローブを頭までかぶったオスマンだった。小さな採光用の窓をノックすると、金属音と共に鍵がはずされる。オスマンが窓を開くと、小ネズミが飛び出し、オスマンの肩に乗る。彼の使い魔、モートソグニルだった。

 

「おうおう、ようやったぞ、モートソグニルよ。さすがはわしの使い魔じゃ」

 

 王立図書館のすべての外窓には、対アンロック用の防御魔法が掛けられていたが、内側からは、自由に開けることができた。以前にも侵入したことがあるオスマンには朝飯前の芸当だった。完全に無人となっている図書館に降り立つオスマン。吹き抜けの大天窓から双月の月光が降り注いでいるため、館内は淡く照らし出されていた。

 

 「この雰囲気はやはりいいのう。年甲斐もなく昂るわい」

 

 無人の館内を進むオスマン。やがて一番隅の書棚のとなりにひっそりとたたずむ古ぼけた扉の前に立つ。扉には掠れたプレートが掛けられており、「此より先禁書区画につき立ち入りを禁ず」と記されていた。

 

 「アンロック」

 

 王国最高位のメイジが唱えたアンロックによって、解錠される扉。オスマンが取っ手を掴み、押し開くと、内部からカビ臭い空気と共に濃密な魔力が溢れ出す。

 

 「ぬう、これが古き本に宿る魔力か、これほどとはのう」

 

 「古き本」それは長い年月を経たメイジ執筆の書籍自体が、魔力や意思を持った魔性の本である。時には、人間に害をなすこともあるそれらを狩り出し、管理する事こそが、マデライン家の真の役目だった。オスマンは、懐に忍ばせていた小さな銀の鈴を鳴らす。

 

 

 リィィィィィン

 

 

 染み渡るような音色と共に魔力のプレッシャーが弱まる。

 

 「こいつを持ち出して来て、正解じゃったわい」

 

 オスマンが持っている鈴は、学院の秘宝のひとつであり、「魔封じの鈴」と呼ばれていた。物理攻撃を除く魔力干渉を封じる効果を持っている。鈴を頼りにして、静かに禁書区画に入るオスマン。区画は、想像以上に広いようだった。

 

 「さて、この中からお目当てを探す訳じゃが、せっかく禁書区画に入ったんじゃから、色々と見てみるかのう」

 

 オスマンは区画の書棚に納められている禁書の中から、特に強い魔力を発しているものを数冊取り出した。

 

「高等学院と悪魔」、「マジカルスクールコンプレックス」、「限りなく広がる大空」、「ブレードオブレッドアイ」、「英霊の宴」、「神喰らい」、「妖精の伝説」、「マジカルガール☆ハーデスサタン」等々。ほとんどが幻想文学に類するもので、研究書や歴史書は見られなかった。

 

 「ふ~む、確かに興味深い内容ばかりじゃが、ブリミルには関係ないのう……」

 

 「おじいさん、ブリミルの本を探しているの?」

 

 

 バッ

 

 

 突如、背後から聞こえてきた幼い声に、オスマンは反射的に横跳びに距離を取り、振り向き様に杖を差し向ける。

 杖の先にいたのは、幻想的な姿をした少年だった。

 

 「クスクス、そんなに驚かなくてもいいのに。僕の名前は、ダンブリメ。この区画で二番目に古い本から生まれたんだ。探してる本があるなら力になれるよ」

 

 ダンブリメと名乗った少年は、オスマンの身長より高い位置に浮遊しており、その体はわずかに透けていた。

 

 「古き本は、時として意思すらも持つと聞いてはいたがのう。司書の真似事までしてくれるとは」

 

 「フフフ、でもタダじゃあ、無理だよ、おじいさん」

 

 ダンブリメの目が怪しく光る。それを見たオスマンの体から、力が抜けていく。いや、魔力そのものが抜け落ちていくようだった。

 

 「ば、ばかな、「魔封じの鈴」が効かん!?」

 

 「当然だよ。僕はおじいさんが生まれる前から、その小さな鈴が作られる前から、ずっと存在しているんだから」

 

 「な、なにが、目的じゃ!?」

 

 疲労感から片膝を突いたオスマンが詰問する。ダンブリメが余裕の表情で答える。

 

 「おじいさんは、気づいたかな?禁書区画の古き本のほとんどが未完成、つまり絶筆書籍だって。僕たちはね、物語として完結したいんだ。おじいさんがもう少し若ければ、別の方法もあったんだけど、まあ、端役ぐらいしか割り当てられないだろうから。そのかわりに魔力をもらうね」

 

 朗らかに言うダンブリメ。スクウェアメイジであるオスマンですら、ダンブリメが展開する強力な魔力結界には、抗えなかった。

 

 「さて、それじゃあ最初の質問の答えを聞いておこうかな。おじいさんは、ブリミルの本を探しているの?」

 

 「そ、そうじゃ……い、「異伝ゼロ・ファミリア」という……本じゃ」

 

 息も絶え絶えと言った有様で答えるオスマン。題名を聞いたダンブリメの雰囲気が若干変化する。

 

 「へぇ、あの本に興味を持つ人間は、いつ振りだろう。でも、僕はあんまりオススメしないかな」

 

 「こ、ここに……あるのか……」

 

 「もちろん、あるよ。区画の一番奥にね。でも、今は僕の依代だから、おじいさんには絶対に手に入れられないよ」

 

 「……そうか」

 

 ダンブルメの言葉を聞いたオスマンが、懐から丸薬を取りだし、口に放り込む。魔法学院の秘宝のひとつ、「回魔の丸薬」である。使用者の魔力を瞬時に回復させる秘薬中の秘薬だが、凄まじく不味い。はしばみ草を極限まで凝縮したような苦味が、オスマンの口に充満するが、失われた魔力が瞬く間に回復する。

 

 「そんな物まで、持っていたんだ。でも、いくら回復しても僕の力からは逃れられないよ」

 

 「それは、どうかのう? モートソグニル!」

 

 「ちゅー!」

 

 主の言葉を受けたモートソグニルが、オスマンの頭のてっぺんにたつ。

 

 「それがおじいさんの切り札? かわいい小ネズミになにができるの?」

 

 嘲笑うダンブルメだが、小さなモーソトニグルから強い魔力を感じる。見ると、モートソグニルの小さな額に亀裂が奔り、なんと第三の目が出現したのだ。

 

 「ま、まさか、そのネズミは?」

 

 「そうじゃ! 「魔吸鼠」の末裔じゃ!」

 

 魔吸鼠とは、古の大メイジたるオールド・オットマン卿が、品種改良と魔力注入によって創造した生きた魔力タンクともいうべき生物だった。ほぼ無尽蔵の魔力を蓄えることができ、周囲のメイジに供給する事が出来たといわれているが、オットマンが弟子に暗殺されたため製法が失われ、幻の存在と化していた。

 

 「で、でも魔吸鼠の能力は、魔力を回復するだけだ。それだけじゃ僕には………」

 

 「モートソグニルの真の力は、それだけではないぞ!! わしと使い魔の絆で結ばれたモートソグニルは、自身の身に蓄えた魔力を、わしの魔力に上乗せする事ができるのじゃ!!」

 

 モートソグニルが、三十年をかけて自身に蓄えた魔力総量は、トライアングルクラスに達していた。それを主であるスクウェアメイジのオスマンに上乗せする。トライアングルとスクウェアの魔力の合力。

 

 本来であれば、存在し得ないペプタゴンクラスのメイジが、ダンブリメの眼前で立ち上がった。凄まじい奔流のような魔力が、ダンブリメの力を押し返していく。

 

 「そ、そんな、こんな魔力が……」

 

 先ほどまでの余裕が消し飛んだダンブリメ。それを追い詰めるオスマンが、苦しげに話す。

 

 「ぐぬう、さすがに老体には堪えるわい。すまないが、すぐに終わらせてもらうでな」

 

 オスマンが、詠唱をはじめると、さらに魔力が膨れ上がる。

 

 「待ってよ! 僕は、ただ自分の物語を完結させたいだけなんだ! だから……」

 

 「あーすまんのう。最近とみに耳が遠くなってのう。ま、悪いが、そういうことでな」

 

 詠唱が完了する。

 

 「ディメイション・ブレイド!!」

 

 

 キィン

 

 

 オスマンの杖の先端に虹色に輝く魔力の刃が形成される。その刃を袈裟切りに振るうオスマン。ダンブリメは、刃が届く範囲の遥か後方に居たが、空間を超越した刃は、彼の非実体の肉体を魔力結界ごと斬り裂いた。

 

 「そ、そんな、この僕が、二千年の間、存在し続けてきた僕が、こんなじじいに……」

 

 「二千歳の若作りじじいに言われたくないわい」

 

 ダンブリメは、魔力結界とともに姿を消した。それと同時に禁書区画に充満していた「古き本」の魔力も薄まっていく。

 

 「ふーい、なんとかなったかのう」

 

 「ちゅ~……」

 

 蓄えた魔力を放出したモートソグニルがオスマンの頭から、転げ落ちる。慌てて両手で受け止めるオスマン。

 

 「ようやったぞ、モートソグニル。後で最高級のマヒワリナッツを、たんと食わしてやるからのう」

 

 オスマンが、ダンブリメが居た場所の後方に目をやると、それまで見えていなかった区画の最奥に、書物用の台座が鎮座していた。その上には、一冊の本が安置されている。疲れ果てたモートソグニルを肩に乗せながら、台座に近づくオスマン。

 

 「悪いことはいわない。それを読むのはやめたほうがいい。きっと後悔することになるよ」

 

 オスマンの背後から、消えたはずのダンブリメの声が響く。正面を向いたまま言葉を発するオスマン。

 

 「さずがに二千年を経たというだけあって、あれを受けても消滅しなかったようじゃな。しかし、拠代から追い出された以上、おぬしに出来ることはもうあるまいて」

 

 台座から「異伝ゼロ・ファミリア」を取り上げるオスマン。姿の見えないダンブリメに決然とした声で言う。

 

 「それに、どうせなら知って後悔するほうが、億倍マシじゃ」

 

 「……そう」

 

 それを最後にダンブリメの気配は完全に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 「さ~て、早速拝見させてもらおうかのう。この図書館で最古の書を」

 

 禁書区画から、一般区画に戻ったオスマンが、閲覧用の机に座り「異伝ゼロ・ファミリア」を開く。最古の本にしては、その装丁は意外なほどしっかりしていた。最初のページには、こう記されている。

 

 --我が著述が、ブリミルの真の偉大さを後世に伝える一助とならんことを願う。

 

 「序文は、世によくあるブリミル研究書と大差ないのう……!!」

 

 オスマンの目は、序文の下に記されていた筆者のサインに釘付けとなる。

 

 「なん……じゃと……」

 

 

 --フォルサテ・シモン・ぺテル

 

 

 それは、始祖「ブリミル」の直弟子であり、ブリミル教の教祖にしてロマリアの祖王の名であった。

 

 

  

 

  

 

 

 




断章之陸をお送りしました。

今話のリーヴルやテクスト、ダンブリメはPS2用ゲーム、ゼロの使い魔「迷子の終止符と幾千の交響曲」から出張してもらいました。ゲームから大分改変してしまいましたが、いかがでしょうか?

ご感想、ご批評よろしくお願いします。


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 第三章外伝 ぼくらのロサイス防衛戦 前編

またしても、お待たせしてしまいました。

第三章外伝前編をお送りします。本編第三章では、活躍の場のなかった学院組ですが、まあ、なにかしらの活躍はお見せできるかと。


 

 

 --港湾都市ロサイス。

 

 アルビオン大陸の玄関口として栄える港町であり、大陸最大の空軍工廠を擁する軍事基地でもある。トリステイン遠征軍によって無血占領されたロサイスだが、遠征軍本隊が出撃した今、駐屯しているのは、わずか二百の守備隊と学徒・教職仕官小隊のみであった。叛徒勢力「レコン・キスタ」が建国した神聖アルビオン共和国は、要衝であるはずのロサイスを完全に放棄。首都に篭り、篭城戦の構えを見せているため、トリステイン軍は、ほぼ全軍を以ってロンディニウムへ進攻したのだ。

 元より、戦力として数えられていなかった学徒・教職仕官たちは、重要拠点の防衛という名目を与えられ、ロサイスに留め置かれた。ほとんどの学生や教師は、軍上層部の命令を嬉々として受け入れていた。彼ら自身も、自分達が戦力ではなく、内外へのアピール要員であることを理解していた。さらに、危険な前線に出ることなく、貴族として一種のステイタスともされている従軍要件を満たすことが出来て、運が良かったとさえ考えていた。

 

 

 

 

 

 

 「ああ、愛しのモンモランシー……君に孤独を与えてしまう罪深い僕を、許して欲しい」

 

 学徒仕官のたまり場となっている市庁舎別館二階のバルコニーで、空を見上げながら呟いたのは、ギーシュ・ド・グラモン学徒准尉である。

 

 「ギーシュ、きみのそのモンモランシーシック、いい加減にしてくれないか。毎日聞かされる身になってほしいのだが……」

 

 ギーシュの隣に座っている眼鏡を掛けた少年が、辟易とした顔で言った。

 

 「まあ、いいじゃないか、レイナール。どうせ、することもないんだ。ギーシュのアホ顔を肴に、ワインでも傾けようじゃないか」

 

 「ギムリ、きみはアルビオン産のワインの不味さを知らないのか? とても、飲めたモンじゃない。ましてや、肴がギーシュのボケ面じゃ悪酔い確定だよ」

 

 レイナールと呼ばれた眼鏡の学徒仕官が、逞しい体つきをしたギムリに答えた。トリステインでは、貴族の飲み物といえばワインで決まりだが、アルビオンでは、麦酒が一般的であった。ワインもあるにはあるが、生粋のトリステイン人に言わせれば、別物だった。

 

 「でも、ギムリの言うことも一理あるよ。ぼくたちが、駐屯して二日、共和国軍は影も形もないし、町は平穏そのもの。暴徒どころか、泥棒騒ぎもおきないんだからね」

 

 小太りの学徒仕官マリコルヌが、高台に建つ市庁舎のバルコニーから、市内を見下ろしながら言った。ロサイス市内は、戦時中とは思えぬ賑わいを見せていた。アルビオン屈指の空軍基地を擁するロサイスを、完全な状態で放棄した共和国軍に対しては、トリステイン軍上層部も奇襲や破壊工作を危惧していたが、ヴァリエール特務官とその使い魔による強行偵察と、マザリーニ枢機卿の間諜からの報告から、ロサイス周辺における共和国軍の完全撤退を結論付けた。市庁舎を中心とした市民側も、遠征軍に協力的であり、本隊出撃のための再編成や補給に様々な便宜を図ってくれた。彼らがくつろいでいる市庁舎別館も、仕官宿所として提供を受けたものだ。

 

 「まあ、せっかく受けた士官教育の成果を見せる機会がないのは、残念だけどね……」

 

 「それは、たしかにね」

 

 仲間うちで腕を鳴らす学徒仕官たち。その時、またしてもギーシュが溜め息とともに言った。

 

 「……ああ、ぼくのモンモランシー……」

 

 

 ピクピクッ

 

 

 レイナールたちの眉がひくつく。彼らは、無言で頷き合うと、空気を読まない学友に正当なる制裁を加えんと一斉に飛び掛った。

 

 「……え、き、きみたち一体なにを……ギャァァスッ!?」

 

 ギーシュの悲鳴が周囲に響き渡った。

 

 

 

 

 

 「男子は、元気ね。まあ、暴れたい気持ちは、わたしにもわかるけど」

 

 少し離れた男子たちの席から聞こえてくる悲鳴に耳を傾けながら、赤髪の女学生キュルケが言った。帝政ゲルマニアからの留学生である彼女は本来であれば、トリステインの戦争に従軍する謂れは全くないのだが、本国からの命令によって留学生仕官としてロサイスに駐屯していた。ギーシュたち学徒仕官以上のアピール要員である彼女だが、火メイジとしての情熱的な気性から、前線での活躍を期待していたのだ。

 

 「……」

 

 キュルケの隣には、青髪の小柄な少女タバサが自前の本を開き、それに熱中しているように見えた。

 

 「タバサ、あなたが本好きなのは、知ってるけど、まさか従軍先にまで持ってきてるなんてね」

 

 本の内容に没頭しているのか、タバサからの答えはなかった。仕方なしにキュルケが視線を移すと、バルコニー前の廊下を見知った顔が大荷物を背負って横切るところだった。

 

 「あ、ちょっとごめんね、タバサ」

 

 親友の少女に一声かけてから、キュルケは席を立ち、大荷物を背負った人物を追いかけた。

 

 「ミスタ! ミスタ・コルベール!」

 

 「うん?」

 

 キュルケの声に振り返ったのは、巨大なリュックを背負い、秀でた頭に汗を光らせるコルベールであった。

 

 「おや、ミス・ツェルプストー。どうかしたのかね?」

 

 「いえ、ミスタがすごい荷物を担いでいらしたので、どうなさったのかと」

 

 「ああ、これかね? よっ……と」

 

 コルベールは、苦労しながら下ろしたリュックの中を探ると、手にすっぽりと入る大きさの箱を取り出した。箱の全ての面には小さな穴が開けられていた。思わず首を傾げるキュルケ。

 

 「これはね、私の発明品の一つで、名付けて「しらせるくん」というんだ。この小さな穴から、直線の「ディテクトマジック」が発射され、同一線上の別の箱の穴に入射されることで一つのラインを形成する。メイジが、そのラインを通過すると、箱内の打ち上げ花火に着火して、敵の接近をしらせてくれるんだ。まあ、鳴子みたいなものだね」

 

 「は、はあ……」

 

 自身の発明品を嬉々として説明するコルベールに生返事を返すキュルケ。

 

 「ところで、ミスは、この町の西側の草原を見たかね?」

 

 「え、西の草原ですか? いえ……」

 

 「あの草原の草は、ミカクシソウといってね。今の時期は、二メイル近くまで、成長している。本来なら一面刈り取られているはずなんだが、戦時中のせいか手付かずなんだ。草原の先にある森までを考えると、千人以上の軍隊が隠密にロサイスに接近することが可能なんだ」

 

 「では、それを防ぐために、その、えーと、発明品を?」

 

 「そういうことだね。まあ、何事もないのが一番だが、わたしたち教師は、きみたち生徒を守らなければならないからね。出来ることはやっておきたいんだ」

 

 そう言ったコルベールは、キュルケが知っている彼とは、何かが違っていた。自分と同じ火メイジであり、「炎蛇」という勇壮な二つ名を持ちながら、戦を忌避していた軟弱者。だが、今のコルベールからは、強い信念のようなものが感じられた。思わず、キュルケが言葉にする。

 

 「……変わられましたわね、ミスタ」

 

 「そうかね」

 

 「ええ、火の見せ場は戦いだけではない、とおっしゃっていたミスタとは、どこか違いますわね」

 

 「はは、ある人に言われてね。おまえは、何当たり前のことをいっているんだ、とね。あ、いや、人じゃないのか……」

 

 頭に手をやり、照れながら話すコルベール。ふと、引き締まった顔つきになると、キュルケに言った。

 

 「わたしの本懐は、生徒たちを一人も損なわず、守りぬくことだ。もちろん、きみもだ、ミス・ツェルプストー」

 

 「は、はいっ」

 

 コルベールは、リュックを背負いなおすと市庁舎の階段を降りて行った。その背を見送るキュルケは、自身の胸中に生まれた熱を自覚していた。

 

 「……まさか、あの人になんて、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バルコニーで本に没頭しているように見えたタバサだったが、さきほどから本のページは、全く進んでいなかった。彼女はずっと、あることを考えていた。それは、二日前。

 

 

 

 ロサイス軍港の大型戦艦用ドックでは、一時間後に迫った艦隊出撃の準備のため、整備員や甲板仕官が鬼気迫る表情で走り回っていた。タバサを含む学徒仕官たちは、艦隊総旗艦「ヴュセンタール」号の歓送のため集められていた。しかし、一部のフネの艤装に問題が発生したため、準備は押し気味だった。タバサは、他の学徒仕官たちとは離れた場所で、持ち込んだ本を読んでいた。その彼女に一人の男が音もなく近付いた。タバサが接近に気付いた時には、すでに目の前にいた。かなりの凄腕のようだ。

 

 「北花壇騎士タバサだな。わたしは、バッソ・カステルモール。ガリア東薔薇騎士団上級騎士長にして、ガリア王国観戦武官だ」

 

 そう名乗ったのは、二十代前半の若い騎士だった。ぴんと張った髯が凛々しい。ガリアの花壇騎士と聞いたタバサは、全身に緊張を漲らせる。

 

 「……」

 

 「わたしは、丸腰だ。おまえに話がある。ついてこい」

 

 基本的に、敵対国以外の観戦武官は、最上級の外交官として扱われるが、暗殺等を防ぐため、杖の携帯は禁じられていた。さらに、マントを拡げて非武装であることを示すカステルモール。タバサがかすかに頷くと、二人で放棄されているドックに移動する。

 

 「ここなら、問題あるまい」

 

 カステルモールは、そう言うとタバサの前に跪き、臣下の礼をとる。

 

 「ご無事のご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます、シャルロット殿下」

 

 無表情のタバサが、わずかに目を見開く。シャルロット、それは捨て去った彼女自身の名だった。今のガリアで、タバサをそう呼ぶのは、オルレアンの屋敷に残った数人の使用人だけのはず。

 

 「……あなたは?」

 

 「今は亡きシャルル殿下に、永遠の忠誠を誓いしオルレアンの騎士でございます。シャルル殿下を、あの無能王の魔手より、お守りできませなんだこと、シャルロット殿下にいかにお詫び申し上げればよいか……」

 

 そう言ってカステルモールは、全身を震わせた。唯一無二の主君と仰いだオルレアン公シャルルを守れなかった無念は常にカステルモールを苛んだ。

 

 「ですが、シャルロット殿下は、我が命に賭けて、必ずやお守りいたします。これは、わたしの一存ではございません。東薔薇騎士団及び東百合騎士団は、団長以下全員がシャルロット殿下への忠誠を誓っております。また、地方の有力軍閥や一部の自治都市からも、決起への内諾を得ております」

 

 カステルモールの口調に熱が篭る。逆にタバサは、状況を冷静に分析しようとしていた。いかに杖を取れば、北花壇騎士として数々の修羅場を潜り抜けた自分でも、十五歳の少女に過ぎない。単純な戦闘力でいえば、目の前のカステルモールにも及ばないだろう。もっと、もっと自分は力と知識を身に着けなければならない。強くならなければならない。

 

 だが、どこまで強くなればいい?

 

 父の仇である伯父王ジョゼフを殺し、失われた母の心を取り戻すには。タバサの冷静な部分は、カステルモールをはじめとする父の遺臣の力を借りるべきだと訴えているが、彼女の幼い部分が、自分の手で仇を討ちたい、他人を巻き込みたくない、とも訴えていた。

 

 「殿下! 殿下の御下知さえ頂きますれば、我ら一丸となって、かの王位簒奪者の首を殿下の御許に!」

 

 「……今は、トリステインとアルビオンの戦争中」

 

 タバサの冷静な一言に、我にかえるカステルモール。恥じ入ったように平伏し、タバサの手を取り接吻した。

 

 「申し訳ございません。わたしとしたことが、余りにも性急でありました。ですが、我が忠誠は、始祖に誓って、殿下だけのものでございます」

 

 音もなく、ドックから去るカステルモール。タバサは、心配したキュルケが探しに来るまで、無人のドックに一人佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふ~う、これで、よしっと」

 

 最後の「しらせるくん」のセットを完了したコルベールが、額の汗をローブの袖で拭った。ロサイス西側のミカクシソウの草原を横断する形で配された二十個の「しらせるくん」がディテクトマジックで結ばれる。メイジか、メイジの魔法がラインを通過すれば、その間の「しらせるくん」の箱から打ち上げ花火が轟音とともに発射される。ロサイスの東側は、見晴らしのよい平原が広がり、北側は王都への街道が延びている。無論、南側は大陸の縁であり、フネか竜騎士でもなければ上陸は不可能だ。西側の草原の先には、深い森が広がっており、千人規模の軍隊が身を潜めることができた。

 

 「まあ、ミス・ヴァリエールとセルくんが、偵察を行った以上、そんな大規模な部隊が潜んでいるわけはないんだがな……」

 

 軽くなったリュックを背負い、ミカクシソウの草原を抜けたコルベールは、すっかり紅に染まった空を見上げた。

 紅い、とても紅い夕暮れだった。

 

 「……いやな空だな。あの日を思い出す」

 

 忌まわしい記憶を振り払うように、頭を振り、コルベールは市庁舎別館に急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 --ロサイス西部ブーベイルの森。

 

 地元の人間もまず足を踏み入れない深い森のロサイス側に、自然に出来た広場のような場所があった。広場には、多くの人間が集まっていた。数百人はいるだろうか。全員が、鎧兜に身を固め、剣や斧を携帯し、中には杖を腰から下げている者もいた。それらと相対するように、さらに十数人の人間がいた。こちらは革製の使い古したコートを纏っていた。

 

 「毎回とはいえ、この臭いには慣れませんぜぇ」

 

  コートの一人が鼻を押さえながら言った。確かに広場には、形容しがたい臭いが充満していた。生き物が焼ける臭いであったが、豚や牛といった家畜ではない。人間が焼ける臭いだった。

 

 「おまえの鼻は腐っているのか? 生物が燃え尽き、最後に放つ香り。これ以上のものが、この世にあるか」

 

 コートの集団の先頭に立つ男が、人間が焼ける臭いに恍惚となりながら、自身の部下に言った。男は、年の頃は四十過ぎだが、コートの下からのぞく肉体は鍛え抜かれており、年齢を感じさせない。右手に下げている杖は、無骨な長い鉄棒だった。何より目立つのは、彼の顔の傷跡だった。黒い布で左目を覆い、右目から頬にかけて大きな火傷あとが刻まれていた。

 

 「さて、おまえたちの隊長たちは炭になった。仕方ないから、次の隊長は、オレがやってやろう。文句のある奴はいるか?」

 

 彼の名はメンヌヴィル。「白炎」の二つ名を持つ凄腕の傭兵メイジである。彼の背後に控えるのは「白炎中隊」と呼ばれる傭兵隊である。わずか十数人で、敵の中隊を全滅させたという伝説を持つ。そして、メンヌヴィルたちにすっかり萎縮してしまっている数百人の軍人と思しき集団は、「レコン・キスタ」の逃亡兵たちであった。「レコン・キスタ」最盛期に参加した者達だったが、ニューカッスル攻城戦以降、日に日に勢力を減退させていく本丸に見切りをつけ、陣中から逃亡したのだった。やがていくつかの部隊も合流し、ブーベイルの森に辿り着いた時には、総勢三百人を超える規模になっていた。

 

 「……」

 「……」

 「……」

 

 それまで、指揮をとっていたメイジ崩れの隊長たちが、三十秒かからずに炭化する様を見せ付けられた逃亡兵部隊は、黙って恭順の意を示すしかなかった。

 メンヌヴィル率いる白炎中隊も、神聖アルビオン共和国に雇われており、契約した評議会閣僚から、ロサイスの撹乱任務を受けていた。さすがに三万の遠征軍本隊が駐屯していては、手の出しようがなかったが、幸いにも全軍を挙げてロンディニウムへの進攻を選択してくれた。メンヌヴィル達も、自身の雇い主の命運が尽きていることは承知している。前金はもらっているので、ロサイスで最後の一稼ぎをしてから、アルビオン大陸からおさらばする心積もりであった。同じことを考えていただろう逃亡兵部隊に接触した彼らは、いつものやり方で主導権を握り、逃亡兵部隊を捨て駒にする算段をたてた。

 

 「今回の戦じゃあ、大して燃やせなかったからな。最後は盛大にいきたいもんだなぁ!」

 

 そう言って笑ったメンヌヴィルは、火傷にひきつる自身の顔を撫でた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 --同時刻、ロサイス上空千二百メイル。

 

 日が暮れようとしていた港湾都市ロサイスをはるか高空から、睥睨する存在があった。それは、人造人間セルの分身体の一体だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第三章外伝前編をお送りしました。

……もう、どのくらいルイズを書いていないのだろうか。

次話は、外伝後編の予定です。それが終われば、ようやく第四章に……

ご感想、ご批評をよろしくお願いいたします。


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 第三章外伝 ぼくらのロサイス防衛戦 中篇

お久しぶりです。今回も大変、お待たせしてしまいました。

えー、今回は二話連続投稿となります。



 

 

 その日の夜、ロサイス周辺の空は雲一つなく、天空の双月から降る月光が、町を照らしていた。

 三階建ての市庁舎別館の屋上から、コルベールはロサイスの町並みを見下ろしていた。すでに日付は変わっていたが、コルベールは素直に床につくことができずにいた。

 

 「ふう、少しばかり神経過敏になっているのかもしれないな……」

 

 コルベールが、屋上の手すりに、もたれ掛かりながら呟いた。すると、彼の背後から誰何の声がかけられる。

 

 「だ、だれだっ!? そこでなにをしている!?」

 

 振り返ると、あどけない顔の少年兵が、ランタンと短槍を手に緊張した面持ちで、屋上の入口に立っていた。夜間巡回中の歩哨らしかった。コルベールは、自分の杖と纏ったローブの襟に着けられた微章を少年兵に示した上で、自身の官姓名を名乗った。

 

 「アルビオン遠征軍教職小隊所属ジャン・コルベール教職中尉だ」

 

 学徒・教職小隊は、遠征軍にあっては、お飾りの部隊と揶揄されていたが、魔法学院のエリートのため、その家柄に関してはトップクラスの名門貴族が揃っていた。そんな部隊の中尉殿に無礼を働いたとなれば、平民出の二等兵など軍法会議どころの騒ぎではない。

 

 「し、し、失礼しましたっ! ち、ち、中尉殿!」

 

 見ていて気の毒になるほど狼狽する少年兵に、コルベールが穏やかに話しかける。

 

 「いや、気にすることはないよ。もう消灯時間も過ぎているのに、こんなところにいる私の方に問題があるのだから。君は、自分の職務を忠実にこなしただけだ」

 

 「き、き、恐縮です……」

 

 貴族といえば、平民を人とも思わない、いけ好かない連中ばかりだと思っていた少年兵は、コルベールの言葉に驚きを禁じえなかった。そして、この人になら聞いてみても大丈夫かも、と思いコルベールに問いかけた。

 

 「あ、あの、自分は、ロサイス守備隊第三警邏分隊所属ジュリアン二等兵であります。教職中尉殿にうかがいたいことがあります」

 

 ランタンの光が浮かび上がらせた少年兵の年の頃は、十四~五歳。入隊して間もないのだろう。自分の教え子たちに近い少年兵の問いに、鷹揚にうなずくコルベール。

 

 「自分の姉が、魔法学院でメイドとして働いているのですが、ご存じないでしょうか?姉の名は、シエスタといいます」

 

 いくら、コルベールでも学院で働くすべてのメイドを網羅しているわけではないが、今やミス・ヴァリエールの専属ともいうべき黒髪のメイドのことは、よく知っていた。

 

 「ほう、君はシエスタ君の弟かね。なに、シエスタ君なら、大丈夫だよ。学院のメイドとして過不足なく働いてくれている。それに最近は、あの名門ヴァリエール公爵家の令嬢の専属メイドとして頑張っているよ」

 

 「あ、あのヴァリエール家の……姉ちゃん、頑張ってるんだな」

 

 感慨深げに呟くジュリアン。

 

 「さて、わたしもいい加減寝るとしよう。ジュリアン君、巡回任務頑張ってくれ」

 

 「あ、ありがとうございます! コッペン中尉殿」

 

 「……いや、コルベールなんだが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 --同時刻、ロサイス西部ミカクシ草原。

 

 

 ガサガサッ

 

 

 高さ二メイルのミカクシソウの草原を、数百人の人間が通過していた。ロサイス襲撃を画策する「レコン・キスタ」逃亡兵の部隊である。後からやってきたメンヌヴィル達に主導権を握られた彼らは、メンヌヴィル率いる白炎中隊が、港湾施設を占拠するまでの時間稼ぎとして、ロサイス西部への襲撃を強要された。

 

 「くそっ! わざわざ、月夜の晩に襲撃をかけろだと!? あの盲目野郎め!」

 

 そう毒づいたのは、逃亡兵部隊を指揮していたメイジ崩れの生き残りである。他の連中が、メンヌヴィルに焼き殺された後、数少ないメイジとして部隊の指揮を任されていた。空には雲一つなく双月の月光が、ロサイス周辺を照らしている。彼としては、もう数日は待機して、月明かりのない晩を待つつもりでいたのだ。

 逃亡者部隊の先鋒が、草原の半ばを通過する。そして、指揮官メイジが直属の小隊とともに、その位置に達する。

 

 ラインを超えた。

 

 

 パカッ

 

 

 「テキダ! テキダ! メイジノテキダ!」

 

 草原の中盤に設置されていたコルベール謹製「しらせるくん」の上部のフタが開き、小さな蛇が姿を見せる。警告音を発し、それに逃亡兵部隊が気づいた次の瞬間―

 

 「シンゴウダンハッシャ!」

 

 

 ポンポンポンポンッ

 

 ヒュ~

 

 ドゴゴゴォォォンッ!!

 

 

 計二十個の「しらせるくん」から発射されたコルベール式轟音拡散信号弾は、草原の上空数十メイルで炸裂。轟音と閃光を撒き散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 市庁舎別館の屋上から、その様子を確認したコルベールは、右手の杖を強く握り締める。

 

 「やはり、きたのか!」

 

 「ち、中尉殿、い、今のは一体……」

 

 突然の轟音と閃光に、地面にへたり込んでしまったジュリアンがコルベールに尋ねる。コルベールは、ジュリアンを無理やり立たせると、真剣な表情で言った。

 

 「ジュリアン君いや、ジュリアン二等兵。これは、敵襲だ。西部の草原から、おそらくメイジ率いる部隊が進攻中のはずだ。わたしは、学徒・教職小隊を直ちに召集する。君は、すぐに駐屯所に戻り、守備隊全員を叩き起こして、西門への増援と市民の避難誘導を速やかに行わせるんだ。これは、教職小隊からの厳命だと伝えるんだ。さあ、行け!!」

 

 「り、了解しました!」

 

 ぎこちない敬礼をしてから、ジュリアンは駐屯所に向かった。コルベールも大急ぎで階下へ下りる。

 

 「い、今の爆音は何なんだ?」

 「ま、まさか敵襲か?」

 「おい、当直の兵はどこだ?」

 

 学徒、教職小隊の宿泊施設となっている市庁舎別館2階の廊下には、轟音に飛び起きた士官たちが右往左往していた。そこに屋上から下りてきたコルベールが姿を見せる。

 

 「全員、そのままで聞いてもらいたい!! 先ほどの轟音は、町の西の草原にわたしが設置した警戒装置にメイジがかかったためと思われる。まず襲撃と見て間違いない。守備隊本陣にも伝令が向かっているが、我々も防衛戦に加わらなければならない。全員すぐに軍装の上……」

 

 コルベールの言葉に一人のメイジが割り込む。彼の同僚であり、風のスクウェアメイジ、ギトーだった。

 

 「待ちたまえ、ミスタ・コルベール。あなたは何の権限があって、そのようなことを言っているのかね。敵襲だと確認されたわけでもないのに我々に戦闘準備だと? しかも、先ほどのバカでかい音は、あなたが設置した装置のモノだと? 全くあなたは、どれだけ越権行為をしでかせば、気が済むのかね? 大体……」

 

 今は、一分一秒でも惜しい。なのに、さらに益体のない言葉を重ねようとするギトーに、コルベールは二十年前の自分に戻る覚悟を決める。

 

 「黙れ!!」 

 

 突然の怒号に、絶句するギトー。コルベールの全身から凄まじい魔力と殺気があふれ出す。

 

 「我々が、ここに居るのは、そも何のためだ? 観光か? 修学か? 否! 戦争のためだ! 敵を屠り、味方を助け、市民を守る! そのために我々は、学徒・教職小隊は、ここに居るのだ!」

 

 コルベールの言葉に、ギトーを始めとする学院のメイジたちは、直立不動の姿勢で聞き入るしかなかった。ギトーに近付きながら、コルベールがさらに言葉を重ねる。

 

 「ギトー教職大尉殿、貴官は「偏在」の使い手だ。それを以って市内各所への伝令及び偵察の任をお願いしたい」

 

 学徒・教職小隊で唯一のスクウェアクラスであるギトーは、小隊最高位の教職大尉を拝命していた。最も、小隊長自体が存在しない部隊では、さしたる権威を持つわけではないが。コルベールの迫力に飲まれてしまったギトーは、口をパクパクさせるだけで返事もできない。鼻がくっつくほど、顔を近づけたコルベールが、一呼吸を置いてさらなる怒号を発した。

 

 「復唱、どぉうしたぁ!!」

 

 「さ、さ、サー!! イエッサー!! ギトー教職大尉、た、只今より伝令・偵察の任に就くでありますっ!!」

 

 転がるようにしてその場を後にするギトー。コルベールは、呆気に取られていた学院のメイジたちにも指示を飛ばす。

 

 「今より、我々も西門に向かう。各員軍装を整え、集合。二分以内だ。各員、駆け足っ!!」

 

 学徒・教職小隊が、一斉に各々の部屋に散っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 --ロサイス西門守衛所。

 

 「くそっ! この辺りに敵はいないんじゃなかったのかよっ!」

 

 守衛所に詰めていた二十人ばかりの分隊を率いるベテランの軍曹ニコラは、ミカクシソウの草原を越えて現れた百人以上の敵兵の攻撃に耐えながら、大声を上げた。幸いにも、彼も含めてほぼ全員が寝入っていた守衛所分隊だが、突然の爆音に飛び起きたため、敵部隊からの完全な奇襲は免れていた。とはいえ、多勢に無勢の状況には変わりなく、西門を突破されるのは時間の問題だった。

 

 「ぐ、軍曹! 敵部隊後方にメイジです! すでに詠唱中!」

 

 「ちくしょうっ! 攻撃魔法かっ! 各員、衝撃に備えろ!!」

 

 守衛所の床に身を伏せるニコラ以下の分隊。

 

 

 ドゴォォン!!

 

 

 一呼吸を置いて、爆音が響く。守衛所ではなく、敵部隊の中央で火球が炸裂した。身を起こしたニコラが呆然としていると、トリステイン軍魔法隊の軍装を纏った二十人ほどの集団が、守衛所に入ってくる。

 

 「あ、あんたたちは……」

 

 「アルビオン遠征軍学徒・教職小隊コルベール教職中尉だ。きみが守衛所の指揮官か?」

 

 「西門分隊長ニコラ軍曹でさ。書生さんと先生方に、わざわざお出で頂くたぁ面目次第もありやせん」

 

 ニコラは、心底からそう言った。彼をはじめとしたロサイス守備隊の面々は、学院仕官を役立たずのお荷物だと考えていたのだ。

 

 「いや、きみたちが踏ん張ってくれなければ、敵はすでに市内に侵入していただろう」

 

 分隊の労を労ったコルベールは、守衛所の窓下に身を滑り込ませると、わずかに顔を上げて敵兵の様子を伺う。コルベールの放った「フレイム・ボール」を不意打ちで喰らった逃亡兵部隊は、若干足並みを乱したものの、すでに態勢を整えはじめていた。

 

 「守備隊の本隊もすぐに駆けつけてくれるはずだ。それまでは、我々でここを死守する。皆もいいな!?」

 

 コルベールは、背後に控える教え子たちと同僚たちを振り返った。皆一様に緊張しているものの恐怖に飲まれている者は、今のところ一人もいない。即席の士官教育も無駄ではなかったようだ。士官教育すら、受けていない留学生仕官であるキュルケなどは、自慢の赤髪を掻き揚げ、その豊満な胸を揺らしながら言い放った。

 

 「もう、待ちきれませんわ、ミスタ! 「微熱」が放つ熱の本当の熱さを、敵に思い知らせてやりますわ!」

 

 「……油断は禁物」

 

 キュルケの恐れなしの言葉に、冷静に突っ込むタバサ。彼女などは、普段と何一つ変わらないように見える。頼もしい、コルベールは素直にそう思った。

 

 「敵兵の数は、中隊規模だ。守備隊本隊が合流しても、数の不利は否めない。我々の魔法の使い方が勝利の鍵だ。まずは、ミスタ・ギーシュ!」

 

 コルベールは、ギーシュに向かって呼びかけた。まさか、自分が呼ばれるとは思っていなかったギーシュは、妙な声をあげてしまう。

 

 「ほ、ほえっ!? ぼ、ぼく、いえ、自分でありますか?」

 

 うろたえるギーシュを尻目に、コルベールは学徒・教職小隊に作戦を伝達する。

 

 

 

 

 

 

 

 「ちっ、まさか守衛所にメイジが、詰めてるとはな」

 

 風メイジである逃亡兵部隊の指揮官は、コルベールの放った「フレイム・ボール」の直撃を風魔法によって防いでいた。敵メイジを警戒して、一時的に部隊の前進を停止させていたが、攻撃魔法の追撃がないことから、敵メイジは一人だと判断した。

 

 「数で押しつぶしてやる。全隊前進!敵の魔法は、オレが防ぐ!」

 

 後方に待機していた部隊も投入し、総力戦の構えだ。銃隊と護衛の短槍隊が、守衛所に殺到する。ギリギリまで引きつけたところで、コルベールが命令を下す。

 

 「土隊、かかれっ!」

 

 「り、了解!」

 

 「「「イル・アース・デル!」」」

 

 コルベールの号令を受けたギーシュ他数人の土メイジが、「錬金」を発動する。

 

 

 ボコッ! バコッ! ズボッ!

 

 

 殺到する敵兵の足元の地面に、小さな窪みや出っ張りが、突然出現する。先頭の短槍兵が、出っ張りに足を取られ、盛大にこける。続く兵士たちも次々に転び、後方の兵まで巻き込まれる。敵部隊の足が止まったことを確認したコルベールがさらなる命令を発する。

 

 「敵の足は止まった!炎隊、薙ぎ払えっ!」

 

 「待ってましたわっ!」

 

 「「「ウル・カーノ!」」」

 

 

 ゴォォォォ!!

 

 

 キュルケをはじめとする炎メイジが、団子状態の敵部隊に「発火」を唱え、帯状の炎を浴びせかける。間髪入れず、コルベールの指示が飛ぶ。

 

 「風隊、炎を巻き上げろっ!」

 

 「……了解」

 

 「「「イル・ウィンデ!」」」

 

 

 ヴァオオオォォ!!

 

 

 タバサを筆頭とする風メイジたちが、「ストーム」の呪文で、「発火」の炎を巨大な火炎竜巻に変貌させる。巻き込まれた数十人の兵士が瞬く間に炭化する。さらに周囲の兵たちは、地面の陥没や突起に足を取られ、逃げることさえできない。とどめとばかりに、コルベールが守備隊分隊に号令する。

 

 「銃隊、一斉射用意!」

 

 「了解でさ! おまえら、貴族の方々がここまで、お膳立て下さったんだっ! 外すんじゃねぇぞ!!」

 

 「「「おうっ!!」」」

 

 「放てっ!!」

 

 

 ドパパパパッ!!

 

 

 ニコラ以下の分隊火力による正確な一斉射が、逃亡兵部隊を捉える。その内の一発が、指揮官である風メイジの頭部を貫く。杖を取り落とし、後方に倒れる風メイジ。完全に浮き足立った逃亡兵部隊に、さらに別方向から射撃が加えられる。ジュリアン二等兵が叩き起こしてきた、ロサイス守備隊の本隊百名である。

 

 「コッパゲ中尉殿ぉ!! 遅れて申し訳ありませんっ!!」

 

 本隊の先頭に、ジュリアンの姿が見える。

 

 「いいタイミングだっ!……あと、コルベールだから」

 

 形勢は逆転した。逃亡兵部隊は、まだ、二百近い兵を擁していたが、指揮官であるメイジは戦死し、百以上の兵を失ったことで戦意を失い、一部は潰走しはじめていた。

 

 「これで、決まりですわね! ミスタ・コルベール!」

 

 キュルケが、弾んだ声でコルベールの腕を抱くようにした。その豊満な胸を押し付けるように。本来であれば、狼狽するはずのコルベールだが、まるで気付かず、戦況を冴えない表情で見つめていた。

 

 「……おかしい。あまりにも脆すぎる。仮にも重要拠点に夜襲をかける部隊にしては、メイジが少ない上に士気も低い……」

 

 「ミスタ?」

 

 キュルケが、コルベールの呟きに首を傾げると、守衛所の裏扉から黒ローブの人物が転がり込んできた。

 

 「はあ、はあ、はあ、ぎ、ギトー教職大尉、た、只今戻りましたぁ!」

 

 それは、コルベールの命令で「偏在」を使っての市内各所への伝令と偵察の任務に当たっていたギトーであった。

 

 「ミスタ・ギトー、ご苦労様でした。市内の様子はいかがでしたか?」

 

 コルベールの問いに、荒い息を吐きながらも答えるギトー。

 

 「はあ、はあ、市内各所は、今のところ襲撃は受けていないようです。守備隊の別働隊が、市民の避難誘導に当たっています。港湾施設は、元々無人だったので、問題ないかと……」

 

 ギトーの言葉に、目を見開くコルベール。

 

 「港湾施設!! 敵の本当の狙いは、ロサイスの港湾能力を奪うことかっ!!」

 

 囮の部隊を使って敵戦力を誘引し、その隙に別働隊で重要拠点を押さえる。戦術の初歩中の初歩だが、実に効果的である。恐らく敵は、メイジ中心の少数精鋭部隊だろう。コルベールは、ギトーに再度要請する。

 

 「ギトー教職大尉殿、いえミスタ・ギトー、ここの指揮は、あなたにお任せします。わたしは、これから港湾施設に向かいます。もし、わたしが戻らなければ、港湾施設を封鎖して遠征軍本隊に伝令を送って下さい」

 

 そう言って、コルベールはギトーに深々と頭を下げる。

 

 「ミスタ・コルベール……了解しました。ご武運を」

 

 コルベールが、港湾施設に向かおうとすると、キュルケ、タバサ、ギーシュが彼の前に立ち、杖を掲げた。コルベールが何か言う前にキュルケが、言った。

 

 「ミスタ、格好つけ過ぎですわ。わたし、ミスタの事をもっと、もっと知りたいんですの。ここで、今生の別れなんてごめんですわ」

 

 「……一人では、無謀」

 

 タバサの言葉は、よく聞けば自分に言い聞かせているようにも見えた。ギーシュも、若干腰が引けつつも、言った。

 

 「命を惜しむな、名こそ惜しめ。父の言葉ですが、今ミスタ・コルベールを一人で行かせたら、ぼくは父に顔向けができません!」

 

 「きみたち……わかった。わたしに力を貸してくれ」

 

 コルベールの言葉に三人が杖を高く掲げ、唱和する。

 

 「「「杖に賭けて!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第三章外伝中篇をお送りしました。

ま、まさか、外伝が三部構成になってしまうとは……

次話は、外伝後編となります。

ご感想、ご批評をよろしくお願いします。


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 第三章外伝 ぼくらのロサイス防衛戦 後編

第三章外伝後編をお送りします。二話連続投稿の二話目となります。

ぼくらの、と言ってますが、次々とキャラが死んでいくわけではありませんので。

ご了承ください。


 

 

 --ロサイス港湾施設。

 

 ほんの数日前には、二百隻のフネと三万の兵でごった返していた大陸最大の工廠を擁する港湾施設は、ロサイス西部の戦いの喧騒とは、無縁だった。

 そこに、十数人のメイジたちが降り立つ。メンヌヴィル率いる「白炎中隊」である。逃亡兵部隊を囮にして、まんまと港湾施設へと侵入を果たしたのだ。

 

 「はっ! 腑抜けの居残り部隊かと思ったが、なかなかどうして、やってくれる」

 

 部下の使い魔であるカラスを使って、ロサイス西部の戦況を確認したメンヌヴィルは、そう言い放った。

 

 「これから、どうしやす?」

 

 革コートを纏った部下の一人が、メンヌヴィルに問いかける。

 

 「そうだなぁ……使えそうなフネは、ある。おさらばする前に、ここの施設を焼き尽くして、おっとり刀で駆けつけた連中も灰にしてやろう」

 

 メンヌヴィルが、顔の火傷を撫でながら言った。

 

 「さて、何から焼くか……ん? ほう、もうここに来た奴らがいるのか」

 

 白炎の二つ名を持つメンヌヴィルの両目は、二十年前に光を失っている。彼の顔に広がる火傷は、皮膚だけでなく眼球そのものを焼き尽くした。光を失った彼が二十年もの間、生き延び、伝説の傭兵メイジとまで呼ばれた理由は、特異な熱感知能力にあった。元々、火メイジは他の属性のメイジに比べ、熱に敏感であるという。視力を失ったメンヌヴィルは、自身の熱感知能力を極限まで磨き上げ、今ではあらゆる熱源を把握し、距離や位置、果ては、個人の特定や感情の把握すら可能にしていた。

 その超熱感知能力が、複数の人間が港湾施設に侵入してきたことをメンヌヴィルに知らせた。

 

 「数は……四人か、男二人に女二人。全員メイジだな……いや、待て。この熱は、まさか、そんな、こんなところで……」

 

 珍しく言いよどむメンヌヴィルに、部下のメイジが声をかけようとする。すると、メンヌヴィルは突然、喜色満面となり、叫びだした。

 

 「そうだ、そうだそうだそうだそうだそうだぁ!! この熱は、間違いなくそうだぁ!! 二十年間一度も忘れたことはない!! あの男の!あのメイジの!あの隊長の熱だぁぁぁ!!」

 

 弾かれたように、走り出すメンヌヴィル。呆気に取られる部下達も慌ててメンヌヴィルの後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「数日前は、トリステイン全軍の半分近くがこの施設を利用していたのに、今はなんだか、物悲しい雰囲気すら感じるよ」

 

 コルベール、キュルケ、タバサ、ギーシュの四人は、無人の港湾施設に足を踏み入れた。ギーシュが、感慨深げに言うとキュルケとタバサが呆れたように突っ込む。

 

 「夜間なんだから当たり前でしょ」

 

 「……静かに」

 

 二人の突っ込みにへこむギーシュ。それを聞いていたコルベールが三人に指示を出す。

 

 「まずは、中型艦用ドックに向かおう。今、使えるフネは、あそこにしかないからね」

 

 キュルケら三人が頷く。四人が警戒しながら、ドックに移動しようとすると、ドックの大扉が内側から吹き飛ぶ。

 

 

 ドゴォォン!!

 

 

 「きゃあ!!」

 

 「うわぁ!!」

 

 吹き飛んだ大扉の場所に人影が見える。コルベールが杖を構えると、人影は突然笑い出した。

 

 「は、はは、ははは、はははははははははは!! そうだぁ!! やはり、そうだぁ!! その熱!! その殺気!! 隊長、コルベール!! そうだろう!?」

 

 「わたしを知っている? おまえは……」

 

 「その声!! もう、間違いない!! 焦がれ続けた熱だぁ!! 隊長、オレだよ! メンヌヴィルだ! あんたに光を奪われたメンヌヴィルだよぉぉぉ!!」

 

 人影は、鍛え上げた肉体にローブを纏い、無骨な鉄棒を握った男だった。顔の大半に火傷の痕が生々しく残っている。その容貌を確認したコルベールから表情が消える。

 

 「貴様、生きていたのか……」

 

 今までのコルベールとは、明らかに違う声色だった。まるで感情を感じさせない人形のような平坦な声だった。

 

 「み、ミスタ……」

 

 思わず、キュルケが声をかける。その声には答えず、コルベールが詠唱する。

 

 「ウル・カーノ・ジエーラ・ティール・ギョーフ」

 

 

 ゴオォォォォ!!

 

 

 コルベールの杖の先から、巨大な炎の蛇が生み出される。その顎が、一切の容赦なくメンヌヴィルに襲い掛かる。

 

 「ははは、相変わらずやるなぁ!! 隊長ォォ!!」

 

 熱感知能力によって、炎の蛇をやすやすとかわすメンヌヴィル。

 

 「た、隊長、一体どうし……ギィヤアァァァ!!」

 

 メンヌヴィルを追ってきた「白炎中隊」の隊員たちが、コルベールの炎の蛇に飲み込まれ、瞬時に炭化する。後方にいた数人が難を逃れる。

 

 「オレは隊長を焼く!! おまえらは、ガキどもを殺せっ!!」

 

 メンヌヴィルの鉄棒から、複数の火球が生み出され、コルベールに向かって飛んでいく。コルベールは、瞬時に炎の壁を創り出し、火球を飲み込む。

 

 「さずがだなぁ。腕は落ちていないようだなぁ、隊長!」

 

 続けざまに、メンヌヴィルは火球を放ちつつ、施設内の闇に隠れることを繰り返す。熱感知を持つメンヌヴィルには、闇はハンデにはなり得ないが、コルベールは、目標を定め切れず、防戦一方となり、施設の奥へ追いやられる。

 

 「ミスタ!!」

 

 コルベールを追いかけようとするキュルケに、白炎中隊のメイジが放った風魔法が迫る。

 

 

 バシュッ!!

 

 

 間一髪で、タバサが展開した「エア・シールド」が、風魔法を弾き飛ばす。

 

 「……こっちに集中」

 

 タバサの言葉に、頭を振って気持ちを切り替えるキュルケ。

 

 「ごめん、タバサ。ありがとう」

 

 「ぼ、ぼくのワルキューレで詠唱の時間を稼ぐ!」

 

 ギーシュの杖が振られ、四体のワルキューレが完全武装で出現し、敵メイジに突撃する。

 

 「はっ! ガキのゴーレムが何だってんだっ!!」

 

 敵メイジの放った火球に飲まれ、四体のワルキューレが瞬く間に溶解する。ギーシュの計算通りだった。

 

 「お熱いのは、お好きかな?ワルキューレ!!」

 

 さらに、出現した三体のワルキュールが、溶解し、煮え滾る青銅を掬い上げ、敵メイジ達に投擲した。

 

 

 ドジュウウゥゥゥ!!

 

 

 「ギィヤァァァ!!」

 「か、顔がぁぁぁぁ!!」

 「こぉのクソガキがぁぁぁ!!」

 

 予想外の攻撃に、痛手を受け逆上したメイジが、ギーシュに「エア・カッター」を放つ。強力な風の刃は、ワルキューレを寸断し、ギーシュに迫る。

 

 「う、うわあぁぁ!!」

 

 だが、風の刃は、風の壁に遮られ、ギーシュには、届かなかった。

 

 「あ、ありがとう、ミス・タバサ」

 

 「……敵は、まだ残っている」

 

 「あら、やるじゃない、ギーシュ。わたしたちも負けてられないわね!!」

 

 キュルケの放った極大の「フレイム・ボール」と、合わせるようにタバサが放った「エア・ストーム」が巨大な爆風を発生させ、敵メイジたちを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はは、ははは、どこまで逃げるつもりだぁ、隊長!!」

 

 巧みに闇を利用するメンヌヴィルの炎から逃れたコルベールは、港湾施設の端に設けられた物資集積場の影に隠れた。集積場の周辺は、広い空間しかなく、完全に追い込まれた状態だ。広い空間があるとはいえ、施設内は密閉空間だ。奥の手である「爆炎」を使えば、コルベール自身も死を免れない。

 

 「だが、奴さえ始末できれば……」

 

 コルベールが、死を覚悟した時、彼は隠れていた物資箱に見覚えがあることに気がついた。それは、彼自身の物資箱だった。中身は、彼の発明品の一つと、昔使っていたモノだった。

 

 「破壊だけが……火の見せ場ではない、だが!!」

 

 物資箱を開け、中身を取り出すコルベール。彼が手にしたのは、鉄で出来た長い筒状の物体だった。それは、彼の研究の成果の一つだった。箱の影から姿を見せるコルベール。それを熱感知で把握したメンヌヴィルが、火傷に引き攣る唇を歪める。

 

 「覚悟を決めたようだなぁ、隊長。あんたは、オレの憧れだ。心配しなくても、きっちりと焼き尽くしてやるよ」

 

 「メンヌヴィル、一つ聞いておきたい。隊を抜けて二十年、おまえは何をしていた?」

 

 「あん?その答えが、隊長の冥土の土産か。まあ、いいだろう。あんたに負けて二十年、オレは燃やしに燃やしてきたよ。あんたに勝つために、なんでもなぁ! 二十年前のあんたのように、男も女も子供も老人も、なんでも燃やしたよぉぉ!!」

 

 メンヌヴィルの言葉に、限りなく苦い表情を見せるコルベール。

 

 「さあ、終わりだぁぁ!! 隊長ぉぉぉぉ!!!」

 

 最大級の火球を放とうとするメンヌヴィルに向かって、コルベールは手にした鉄の筒の尻側についていた紐を引く。

 

 

 シュポッ!!

 

 

 鉄の筒から火矢が飛び出し、正面に向かって飛翔する。だが、その速度は、銃や大砲の弾よりも遅かった。

 

 「くだらん小細工だな!!……な、なにっ!?」

 

 飛来する火矢を悠々と避けるメンヌヴィル。ところが、あさっての方向に飛び去ると思われた火矢が、弧を描くように軌道を変え、彼に追いすがってきた。

 

 「ちいぃ!!」

 

 火魔法で、自身を追尾してくる火矢を薙ぎ払う。その瞬間

 

 

 ズドオォォォォン!!!

 

 

 メンヌヴィルの予想を遥かに超える大爆発が起きる。爆風に吹き飛ばされたメンヌヴィルが、なんとか起き上がると、すぐにコルベールの熱を探した。

 

 「後ろっ……!!」

 

 

 ドスッ!

 

 

 メンヌヴィルの逞しい胸板から、血塗られた銀色の刀身が、生えていた。

 

 「た、隊長……」

 

 

 ドサッ

 

 

 致命傷を負わせた、かつての部下を無表情に見下ろすコルベール。彼の右手には、メイジの証である杖ではなく、長剣が握られていた。

 

 「はっ、はは、剣も磨け……あんたの……く、口癖だった……な、ゴボッ」

 

 メンヌヴィルの口から、鮮血が溢れる。

 

 「さ、先に……逝ってる……よ、たいちょ……う…………」

 

 白炎は、永遠に消えた。

 

 「……ああ、副長。いつか必ず、わたしもそこに逝く」

 

 長剣を捨てたコルベールは、メンヌヴィルの光を失った目蓋を静かに閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 --同時刻。

 

 ロサイス西門守衛所前の戦いも、逃亡者部隊の退却によって終結した。

 

 後に「ロサイス防衛戦」と呼ばれる局地戦は、トリステイン守備隊と学徒・教職小隊の活躍によって、市内への被害を最小限に抑えた上で、勝利を実現することができた。トリステイン王国アルビオン遠征軍における唯一の実戦としてこの戦いは、戦後の軍組織の変革に一石を投じることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 --ロサイス西部ブーベイルの森。

 

 西門守衛所前の戦いに敗れ、退却できた「レコン・キスタ」逃亡者部隊の残党は、数十人ほどだった。かつての隊長たちが、メンヌヴィルに焼き殺された森の広場まで、彼らは戻ってきていた。

 

 「ち、ちくしょうっ!! 何が留守部隊は腑抜け揃いだよっ!!」

 「メイジ部隊まで、あんなに揃えられちゃ、勝ち目なんかあるわけねぇ!!」

 「あ、あの盲目野郎どもさえ、現れなけりゃ……」

 

 口々に、ロサイス守備隊や白炎中隊に対する罵詈雑言を並べ立てる逃亡兵部隊の敗残兵たち。一人の兵士が、下を向きながら、荒い息をつき、これからについて陰惨な気分に陥っていた。

 

 (これから、どうすりゃいいんだ……)

 

 

 ふと、兵士があることに気付く。さっきまで、やかましいぐらいに耳に入ってきた仲間達の怨嗟の声が、急に聞こえなくなったのだ。

 

 「えっ……」

 

 兵士が、顔を上げると、森の広場に思い思いにへたり込んでいたはずの仲間たちが、一人も居らず、彼らの装備だけが脱ぎ捨てられていた。

 

 「お、おい、おまえら、なにふざけて……」

 

 

 ガササッ

 

 

 「う、うおおおっ!!」

 

 何かが、上から落ちてきた。慌てて払った兵士は、それが悪友が、いつも身に着けていた革製の剣帯ベルトだと気付いた。はっと上を向く兵士。

 そこに居たのは。

 

 

 ズギュン!ズギュン!ズギュン!

 

 

 兵士の悪友の身体に、尾の先端を突き刺した長身異形の亜人だった。空中に浮かんでいる亜人と悪友。何かが吸い取られるような音がして、悪友の身体が見る間に痩せ細り、ついには消える。ベルトだけでなく、穴あきの軍靴も、悪臭を罵りあった革鎧も、地に落ちる。

 

 亜人と目が合う。

 

 「!!!」

 

 叫び声を挙げる間も無く、兵士は亜人セルの分身体に吸収された。

 

 

 

 

 「レコン・キスタ」逃亡兵部隊三百二十四名と、メンヌヴィルが率いた「白炎中隊」十四名は、一人残らず全滅した。

 

 

 

 

 

 




第三章外伝後編をお送りしました。

ようやく、ようやく、第三章も完全に終了して、第四章に入ることができます。

ご感想、ご批評をよろしくお願いします。

次話は、「第四章 無能王 第三十二話」となります。


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第四章 無能王
 第三十二話


お久しぶりです。第四章 無能王 第三十二話をお送りします。

実に久しぶりにルイズとセルを書くことが出来ました。




 

 

 --「王権守護戦争」

 

 旧アルビオン王国の要請を受けたトリステイン王国と旧王制を打倒した神聖アルビオン共和国との戦いは、トリステイン王国の勝利によって、その幕を閉じた。アルビオン王国テューダー朝は、トリステインの援助の下、再興されることとなったが、その前途は芳しいものではなかった。共和国の前身である反王権貴族連盟「レコン・キスタ」による内乱とそれに続く「王権守護戦争」によって、国内貴族の実に六割が、その命を失ったのである。生き残った各家の嫡子も相続年齢に達していない者が多く、支配階級の人材枯渇は、ウェールズ立太子率いる新政権の泣き所となった。

 

 戦争の勝者であるトリステイン王国も、アルビオンから割譲を受けたサウスゴータ領の総督人事に苦心していた。アルビオン大陸の物流や交通の要衝であるサウスゴータの総督は、名誉の面からも、利権の面からも、トリステイン貴族にとっては、垂涎の的であったが、これという適任者がいなかった。本来であれば、戦役における論功行賞の最上位者が総督として充てられるはずだったが、予想を遥かに上回る特務官ルイズと、ウェールズ、アンリエッタの両王族の活躍を前にしては、さしも厚顔無恥な軍上層部を構成する貴族たちも、自身の立候補を声高に主張することはできなかった。

 当面は、愛するウェールズの助けとなるため、遠征軍の三分の一とともにアルビオンへの長期滞在を決めたアンリエッタ王女が、臨時総督となり、マザリーニ枢機卿が総督代行として実務を担当する形を取ることとなった。

 

 マザリーニ枢機卿兼総督代行閣下のため息と酒量が、増大したのは、言うまでもない。

 

 

 残る大陸四王家の一角であり、最大の王国ガリアは、トリステインとアルビオンの双方に戦勝祝福の特使を派遣し、両国の栄誉を称えた。表向きは。

 ロマリアもまた、教皇の御名において、両国への祝報を贈り、さらに始祖の「降誕祭」に合わせて、戦勝を祝うミサの開催を提案してきた。その前準備のため、宗教庁の肝いりで一人の助祭枢機卿が派遣されることとなった。

 四王家以外の強国たる帝政ゲルマニアは、一躍勇名を馳せる事となったトリステインに対抗するかのように、首都ヴィンドボナにて大規模な観艦式を挙行する旨を発表した。

 

 四王家中の「小国」と侮られていたトリステイン王国の躍進と「強国」として畏れられていたアルビオン王国の衰退は、長らく停滞してきたハルキゲニア大陸の時流を大きく動かすことになる。

 

 

 その端緒となった、一人の少女と一体の使い魔は、今。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 --ラドの月へイムダルの週ダエグの曜日夜、トリステイン王国首都トリスタニア王宮内近衛特務官専用居室。

 

 「あ~もう、限界だわ。もうたくさんよ! 毎日毎日、祝宴やら戦勝会やら……」

 

 部屋に戻ってきた少女は、桃色の髪を束ねていたバレッタを引き剥がすと、そばに控える亜人の使い魔に投げ渡した。

 ルイズである。普段の学生服ではなく、「フリッグの舞踏会」さながらのドレス姿だった。彼女は、王宮退役軍人会主催の戦勝祝賀会から戻ってきたところであった。ちなみに昨日は、王宮審議院主催の祝宴園遊会、一昨日は、宮廷貴婦人会と魔法衛士隊本部共催の戦勝記念舞踏会に主賓として出席していた。

 

 

 「王権守護戦争」終結から、約一か月。ロンディニウム平原の戦いで、意識を失ったルイズは、一週間眠り続けた後に何事もなかったように目覚めた。覚醒したルイズの心身に問題は見られなかったが、大事をとって学徒小隊とともに帰国した。

 帰国後、ルイズの周囲の状況は、大きく様変わりしていた。今の彼女に与えられている二つ名は「ゼロ」ではない。曰く「救国の英雄」、曰く「トリステインの戦乙女」、曰く「蒼光纏うルイズ」。戦役終結に多大すぎる貢献を果たした彼女は、今や紛れもないトリステインの英雄であった。戦中は、従軍のために最高司令官直属特務官という特別官位に就いていたルイズだが、現在の彼女の肩書は、トリステイン王家直属近衛特務官である。それは、軍部から完全に独立し、独自の裁量権をも許されるという異例の官職であった。最も、その地位を与えたアンリエッタ王女は、誰よりも信頼を置く幼馴染の功績に報いるために、当初は割譲されたサウスゴータ領を公国化し、ルイズを初代女公に封ずる事を構想していた。ルイズが挙げた戦果を考慮すれば、決して過大すぎる褒賞ではなかったとはいえ、軍部や宮廷貴族からの反発、マザリーニの説得、なによりルイズ自身が固辞したため、サウスゴータ公国初代女公ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・サウスゴータは、幻の存在となった。

 

 「ルイズ、留守の間に「いつも」の書簡が、また二十ばかり届けられたが」

 

 バレッタを受け取りながら、念動力によって主のドレスを脱がし、寝間着に手際よく着替えさせた長身異形の亜人セルが、報告する。ルイズは、さらにげんなりとした表情を見せる。

 

 「また? もう縁談話も、いい加減にしてほしいわね」

 

 元々、国内屈指の名門貴族の三女であるルイズには、折を見て種々の縁談が持ち込まれていたが、戦役終結後は、日々何十という縁談話や見合い話が届くようになっていた。中には、ヴァリエール公爵家にも比肩し得る由緒正しい名門貴族の齢七十の老当主が、後添えにぜひにという話や生まれて二か月の当家の嫡子を婿に、などという話もあって、ここ最近のルイズの頭痛の種であった。

 

 「名門貴族の子弟となれば、トリステインに限った話ではないだろう。まして今のきみは、国を救った英雄なのだからな」

 

 「政略結婚は、貴族の習い。わたしだって、そのくらいわかってるわよ。でも、姫様を見てるとね……」

 

 ベッドに横になりながら、ルイズは言った。貴族どころか王族の女性ともなれば、婚姻に自由意志など存在するわけがない。いわんや恋愛結婚など、夢のまた夢である。しかし、ルイズの幼馴染であるアンリエッタ王女は、多くの困難を乗り越え、真に愛する人と添い遂げようとしていた。ルイズには、そんな王女が、とても眩しく映っていた。

 

 (わたしも、十六歳。貴族として、正式に婚約とかするのは早過ぎるとは言えないけど……わたしも、いつか母様のように結婚して家庭を持つようになるのかしら? あれ、わたし、なにか忘れてる? まあ、いいわ)

 

 ルイズは、ベッドの上から使い魔セルの様子を伺う。

 

 (もし、わたしが婚約とかしたら、セルはどう思うのかしら?)

 

 セルの召喚から、およそ五ヶ月。常にセルとともに居たルイズだが、ここ二週間ほどは、日中は宮廷行事への参加が重なり、就寝前にしか使い魔と言葉を交わすことができなくなっていた。ウェールズ立太子やマザリーニ枢機卿の進言により、ルイズが「虚無の担い手」であり、セルが「虚無の使い魔」であることは、公には伏せられていた。そのためセルは、亜人の使い魔としか宮廷では認識されておらず、王宮内では、ルイズの居室で待機する他はなかった。

 ルイズが、何か言おうとする前にセルが先に声をかけた。

 

 「ところでルイズ。ここ最近、祝宴や晩餐会が続いているが、食事には気を付けた方がいい。菓子類の過剰摂取は、きみの健康と体型を損なう可能性がある」

 

 ギクッ

 

 思わず、上半身を起こすルイズ。確かに王宮での晩餐会では、毎回贅を凝らした食事が大量に用意されている。タバサのような健啖家とは違い、食の細いルイズは、メインディッシュなどより、スイーツやフルーツのようなデザードを多く口にしていた。特に今日の祝賀会で饗されたクックベリーパイは、正に絶品であり、ルイズは、都合六個のパイを平らげていた。

 

 「な、な、なんであんたにそんなことがわかるのよ!?」

 

 「視れば、わかる」

 

 セルの視線が、ルイズの下腹部に移る。それを避けるように背を向けたルイズが、そっと自身の下腹を指でつかむ。

 

 

 ムニ

 

 

 「が、がはっ!?」

 

 今はまだ贅肉ではないが、ルイズは自身の皮下脂肪に、わずかながら好ましくない変化を認めざるを得なかった。それを見透かしたようにセルが言った。

 

 「兆候を捉えた時には、すでに手遅れという病も少なくない。だが、ルイズ、きみは若い。今からでも食生活を改善すれば、最悪の破局は免れるだろう」

 

 「そ、そ、そうね! わ、わたしの肢体には、な、何の問題もないけど、使い魔の助言には、真摯に耳を傾けるのが、良きご主人様ってものよね!!」

 

 まくしたてたルイズは、毛布をひっかぶった。

 

 「じ、じゃあ、わたしは寝るから! 明日からは、ようやく学院に戻れるから、ちょっと早めに起こしてよね、セル!」

 

 「承知した。おやすみ、ルイズ」

 

 「……おやすみ、セル」

 

 アルビオン戦役は、魔法学院の夏休み期間と被っていた為、従軍したルイズと学徒小隊には、特別休暇が与えられた。最も、帰国から数日で学院に帰還を許されたはずの小隊の学生達とは違い、英雄であるルイズは二週間以上、王宮に留め置かれていたため、明日の虚無の曜日からが、本来の休暇となっていた。

 部屋の明かりが消えてしばらくすると、ルイズは寝息を立てはじめた。その寝顔をしばし見つめるセルの背に、低い男の声がかけられる。

 

 「今度は、どうやって嬢ちゃんの力を引き出そうかって考えてんのかい、旦那?」

 

 「何のことだ、デルフリンガー?」

 

 セルに声をかけたのは、室内のテーブルの上に置かれていたルイズ愛用のインテリジェスロッド、デルフリンガーであった。

 

 「だから、質問に質問で返すなっての。アルビオンでのドンパチで、嬢ちゃんは自前で「虚無」の魔法を編み出しちまった。あんたには、これがどんだけとんでもないことか、わかんねえだろうなぁ。まあ、オレにもおぼろげにしかわからんけどよ」

 

 「……」

 

 「それでも、あんたは満足しちゃいねぇ。オレには、そう思えてしょうがねぇんだよ」

 

 「ルイズが就寝中だ。黙れ」

 

 「はいはい、役にたたねぇ杖は黙りますよっと」

 

 

 

 

 使い魔と杖の会話が途切れてから、凡そ二時間。セルは、テーブル上のデルフリンガーを握り、自意識を遮断すると瞬間移動によって姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 --王都トリスタニアの上空二千メイル。

 

 

 ハルキゲニアの高空に四体の異形の存在が浮遊していた。人造人間セルと三体の分身体である。本来であれば、四体の姿は寸分違わず、同一のものであったが、ガリアに派遣された分身体のみは、イザベラによって召喚された際に第二形態に変化していた。

 

 

 彼らは、定期的に参集して、記憶と情報を並列化していた。セルたちは、あえて並列化した情報を口に出すことで分析、比較、推論を重ねていた。

 

 「やはり、イザベラの力は「虚無」に間違いないということか?」

 

 「第二形態への変化に関しては、未だに不明だがな」

 

 「ルイズとの相違は、何故だ?」

 

 「担い手は、始祖の系譜に連なる四王家に発現する」

 

 「ルイズの覚醒が先だった為に、イザベラの覚醒は不完全だったのか」

 

 「そもそも、担い手が同時に複数覚醒することは考えられないだろうか」

 

 「では、ガリアには、すでにイザベラと私以外の担い手と使い魔が存在しているのか?」

 

 「可能性は高い」

 

 「アルビオンは、どうか?」

 

 「現状では、ウェールズの可能性が最も高いだろう」

 

 「ロマリアについては、フーケの報告がまもなく入る。結果によっては、私自身がロマリアに赴く」

 

 「ゲルマニアは、始祖の系譜から外れた国ではあるが、アルビオン以上に火種が多く存在する。噛ませ犬として利用できる」

 

 「大陸東方の砂漠地帯に居住する亜人種の動きも活発になっている」

 

 「エルフだったか」

 

 「あるいは、四王家を纏めるために使えるかもしれん。今しばらくは、監視のみでいいだろう」

 

 

 「……今回は、ここまでだな」

 

 

 本体の言葉を受けた三体の分身体は、瞬間移動によって各々の持ち場に戻っていった。

 セル自身も、仕えるべき主の下へ戻るために、彼女の「気」を探ると、その場から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第三十二話をお送りしました。

最後のセルたちの会話は、完全な独り言です。

次話では、学院に戻ったルイズたちの前に……

ご感想、ご批評をよろしくお願いいたします。


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 第三十三話

お久しぶりです。第三十三話をお送りします。

学院に戻ったルイズたちは……


 

「学院も久しぶりだわ。何だか毎回、同じこと言ってる気がするけど」

 

 ルイズとセルは、虚無の曜日の朝、魔法学院に帰還した。現在、学院は二月遅れの夏季休暇に入っている。そのため学院内の人影は、まばらだった。

 

 「ミス・ヴァリエール! セルさん!」

 

 本棟の廊下を歩く主従に、明るい声がかけられる。黒髪を揺らしながら、走り寄って来たのは、シエスタだった。

 

 「あら、久しぶりね、シエスタ」

 

 「はい!お久しぶりです、お二人とも。ご無事で何よりです」

 

 「わたしとセルよ? どうにかなるわけないじゃない」

 

 「ふふ、そうですね……セルさんもお元気そうでよかった」

 

 「シエスタも変わりはない様だな」

 

 「はい! わたしは、いつも元気です!」

 

 ルイズが、周囲を見渡しながら、シエスタに聞いた。

 

 「戦争が終わってから、学院で何か変わったことってあった?」

 

 「そうですね。戦に勝ったって話が、学院に伝えられてから、すぐに出征された皆さんが戻られて、ミス・ヴァリエールとセルさんの大活躍を教えて頂きました。それから、すぐ学院の特別休暇が決まったんですけど……あっ、そういえば、ロマリアから来た若い神官さんが、今学院に滞在されていますよ。男性の方なんですけど、すっごくおきれいで」

 

 「ロマリアの神官? そういえば、王宮で「始祖の降誕祭」に合わせて、戦勝を祝うミサをやるって聞いたけど、それの関係かしら?」

 

 「さあ、私もそこまでは……あっ、噂をすれば。ミス、あちらから歩いて来られる方が、そうです。ジュリオ枢機卿です」

 

 シエスタが、示した方に視線を移すルイズ。廊下の先から現れたのは、純白の僧衣に身を包んだ金髪の少年だった。シエスタが、綺麗というのも無理もない。年の頃は、ルイズと大差ないようだが、その端正な顔立ちは女性と見紛うばかり。正に美少年と言って差し支えないだろう。少年は、ルイズとセルに気付くと、満面の笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。

 

 「類まれな美貌を備えた少女と長身異形の亜人の取り合わせ……あなたたちこそが、トリステインに空前絶後の大勝利をもたらした英雄、「蒼光のルイズ」とその使い魔ですね。お初にお目にかかります。ぼくの名は、ジュリオ・チェザーレ。ロマリア宗教庁枢機卿末席に就いている者です」

 

 涼やかな声で自己紹介をするジュリオ。ルイズも答えようとするが、ジェリオの特異な双眸に目を奪われる。

 

 「ああ、これですか? ぼくの両目は「月目」といって、虹彩の異常で左右の色が違うんですよ。昔は凶兆をもたらすと言って酷い目にもあったのですけどね」

 

 「失礼いたしましたわ、ジュリオ枢機卿猊下。わたくし、ヴァリエール公爵家三女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します」

 

 外国の要人に対する正式な礼をするルイズ。すると、ジュリオは首を振ると優雅な所作でルイズの手を、白の手袋をした右手で取って言った。

 

 「どうか、お気になさらず、ミス・ルイズ。この「月目」も僕にとっては、吉兆をもたらすもの。なぜなら、期せずしてあなたのような美の化身に遭遇することを許されたのですから」

 

 そういって、ジュリオはルイズの手の甲に接吻した。見目麗しい美少年からの接吻。恋に恋する少女であれば、一発で腰砕けになりそうなものだが、ルイズは特段、妙な気分になることはなかった。横で見ていたシエスタの方が頬を染めているぐらいだった。その刹那、ジュリオは意味有り気な視線をルイズの使い魔たるセルに送った。

 

 (この男、よもや……)

 

 セルは、ジュリオの手袋をした右手に違和感を覚える。いや、既視感といった方が近い。

 

 「お上手ですわね、猊下」

 

 「どうか、ジュリオとお呼び下さい。枢機卿とはいえ、僕は末席の助祭枢機卿に過ぎません。」

 

 「承知いたしましたわ。ミスタ・ジュリオ」

 

 「本来なら、救国の英雄と存分に語らいたいのですが、これから王宮に参内しなければなりません。後ほど機会がありますれば、ぜひ茶会にお招きしたいのですが、いかがでしょう?」

 

 「ええ、もちろんです」

 

 にこやかに言葉を交わすルイズとジュリオ。やがてジュリオは名残惜しそうに、その場を後にした。

 

 「ミス・ヴァリエールは、すごいですね! あんな美人の方と普通に話せるなんて!」

 

 ジュリオの姿が見えなくなると、シエスタが興奮気味に言った。ルイズは、何気なく答える。

 

 「美人って、男でしょ? たしかに美形だけど、わたしの趣味じゃ……」

 

 「ルイズ」

 

 主の言葉を遮るようにセルが、言った。

 

 「あの男には、注意しろ。気を許すな」

 

 「め、珍しいわね、あんたがそういうこと言うのって」

 

 ルイズは、セルが他人に対して度々、手厳しい言葉を叩きつける場面を見てきたが、初対面の人間をして「気を許すな」などと言うのは、聞いたことが無かった。

 

 「気を許すなって、今会ったばかりだし、そんな……っ!!」

 

 何かが、ルイズの脳内に閃いた。

 

 (可愛く美しいご主人さまに近付く美形の少年神官、その接吻の光景を見てしまった朴念仁の亜人の使い魔に沸き上がる感情、それはっ!!)

 

 ルイズの名誉のために言及するが、彼女は今や「救国の英雄」と呼ばれる名門貴族の令嬢ではあるが、十六歳の少女でもある。また、ご主人さまとはいえ、かつて究極の人造人間として、一つの星系を滅ぼしかけたセルのすべてを知っているわけではない。多感なお年頃であってみれば、そういった類の思い込みというか勘違いというか自爆というか、をしてしまう愚行を、一体誰が責められるだろうか。

 

 (セルは、あの神官に嫉妬してる!!)

 

 目に見えてルイズの機嫌がよくなった。すごぶる、ご機嫌である。今にも鼻唄を歌いながら、スキップでもしそうであった。いや、すでにしていた。もはや、彼女から英雄としてのストレスや不満など微塵も感じることはできなかった。

 

 「ははーん、ふふーん、もう、しょうがないわね! この三歳児の使い魔は! そんなにご主人様を取られたくないのかしら!?」

 

 頬を染めながら、有頂天のルイズは、そうのたまった。当然、セルにはルイズが、いきなりご機嫌モードになった理由など解かるはずもない。

 

 (ふむ、やはりルイズには、やや躁鬱の傾向があるか。治療が必要なレベルではないがな)

 

 むしろ、年頃も近いシエスタの方が、正確にルイズの心情を察していた。そして、シエスタの心中にも何やら黒々しいモノが蠢く。

 

 (ミス・ヴァリエールは、やっぱりセルさんを……でも、セルさんの反応を視る限りは、まだ大丈夫よね、シエスタ!)

 

 一部始終をルイズの腰元で聞いていたデルフリンガーが、小声で呟いた。

 

 「旦那に限って、天地がひっくり返ったとしてもありえねえだろうが。これだから、娘っこは……」

 

 当然、その呟きはルイズやシエスタの耳に届くはずはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ご機嫌ルイズと悶々シエスタといつものセルは、学院のアルヴィーズの食堂に移動し、朝食を摂っていた。特別休暇中のため、食堂内は閑散としていたが、その中でルイズは、鼻唄交じりにバケットを口に運ぶ。昨晩のセルの助言を気にしてか、いつもよりクックベリーパイの数は少なく、サラダの量が増えていた。

 

 「ん~王宮の食事もいいけど、やっぱりアルヴィーズの食堂の味も、馬鹿に出来ないわね!」

 

 「……料理長のマルトーさんが、聞いたら喜ぶかもしれませんよ」

 

 「なんか、テンション低いわね。なんならシエスタも朝食、一緒にどう?」

 

 「えっ、そんな、ミス・ヴァリエールと一緒のテーブルでなんて恐れ多いですよ」

 

 「わたしがいいって言ってるんだから。セル、シエスタの分の朝食も用意してあげて」

 

 「承知した」

 

 ルイズの命令を受けたセルが、厨房に向かう。それを見たシエスタが、恐る恐るルイズの隣に座る。サラダをパクつきながら、ルイズがシエスタに問いかける。

 

 「シエスタたちにも、休暇が出るんでしょう? 予定とかあるの?」

 

 「あ、はい、久しぶりに故郷のタルブに戻ろうかと……」

 

 実は、シエスタはタルブへの帰郷にセルを誘おうと考えていたのだが、邪魔者、もといご主人さまであるルイズの事はどうしようかと思案していたのだ。

 

 「ふーん、タルブね、たしかアルビオンに近いんだっけ」

 

 ルイズが答えると同時に、食堂の入り口から声がかけられる。

 

 「ルイズじゃない! ようやく学院に戻ってきたのね!」

 

 入り口から姿を見せたのは、キュルケ、タバサ、ギーシュ、モンモランシーの四人だった。

 

 「あら、だれかと思えば、「ロサイス防衛戦の英雄」たちじゃない。久しぶりね」

 

 「救国の英雄にそう言われるとなぁ……」

 

 ルイズの言葉に苦笑いを浮かべるギーシュ。すかさず、モンモランシーが突っ込む。

 

 「あなたは、英雄と呼ばれるだけの活躍をしたのかしら? あなたから聞かされた武勇伝とキュルケたちから聞いた話には、大きな乖離があるみたいだけど」

 

 「い、いやあ、モンモランシー、それは、主観の相違というか、なんというか……」

 

 思わず、しどろもどろになるギーシュ。自分の手柄をいの一番に愛する恋人に報告した彼だが、そこには相当な誇張が含まれていたことは想像に難くない。じゃれあう恋人たちを尻目にルイズたちと同じテーブルにつくキュルケとタバサ。ちょうどその時、セルが厨房からシエスタの朝食を手に姿を見せた。

 

 「今日は、彼に給仕させてるのね。じゃあ、わたしも。亜人のウェイターさん、A朝食をお願いできる?」

 

 「……特B朝食、三人前」

 

 「あ、朝からそれで、どうして太らないのよ。あ、わたしは、B朝食で」

 

 「えーと、ぼくは、C朝食にしようかな」

 

 シエスタの前に朝食を置いたセルが、ご主人さまを伺う。肩をすくめながらも、頷くルイズ。

 

 「……承知した」

 

 「あ、あのセルさん、わたし手伝います!」

 

 「いや、せっかくの朝食が冷めてしまう。マルトーもいい気分はしないだろう」

 

 シエスタの申し出を断ったセルが、再度厨房に向かう。半ば以上、自身の朝食を平らげていたルイズが、ロサイス組に尋ねる。

 

 「そういえば、あんたたちは、わたしより二週間は早く休暇に入ったのに、学院にいるってことは、もう休暇から戻ってきたの?」

 

 ルイズの疑問に、沈んだ表情を見せるロサイス組。キュルケが、代表して言った。

 

 「もうじゃなくて、まだよ……わたしたちも今日から休暇なのよ」

 

 「は?どういうことよ、成績足らずで追試でも受けてたの?」

 

 「そんなわけないでしょっ!」

 

 キュルケに続いて、タバサがぽつりと言った。

 

 「……軍部の嫌がらせ」

 

 「ぼくたち、ロサイス組は、きみも知っているように都市防衛の功績を認められ、従軍した全員に白毛精霊勲章が授与されることになったんだけど……」

 

 後を引き継いだギーシュが説明するには。

 

 勲章授与の手続きが、一向に進まなかったのだという。さらに、一度は、学院への帰還を許された学徒小隊は、共に死線を潜り抜け、全員昇進が決定したはずのロサイス守備隊の面々と合わせて、王宮近くの中央練兵場に呼び出され、缶詰にされてしまった。軍上層部の一部にとって、アルビオン遠征において唯一といってもいい戦果を挙げたのが、お飾りの素人部隊とお荷物の守備隊だという事実が、腹に据えかねたのだろう。

 最終的には、政務引継のために一時帰国していたマザリーニ枢機卿兼サウスゴータ総督代行閣下の一喝によって、学徒・教職小隊への勲章授与とロサイス守備隊の昇進は、通常通りの手続きを経て、承認されることとなった。ちなみに、一喝の場面にたまたま遭遇した練兵場書記官は、その時のマザリーニを見て、「あれは、鬼だ」と同僚に語ったという。

 

 「そんなことがあったのね……」

 

 王宮での二週間は、祝宴と縁談話に忙殺されていたルイズには、初耳の事だった。

 

 「あれ? でも、モンモランシーは、従軍してなかったんじゃないの?」

 

 ルイズの言葉に、顔をそむけるモンモランシー。キュルケが、からかうように説明する。

 

 「いとしのギーシュをずっと待ってたのよね、モンモランシー?」

 

 「そ、そんなわけないでしょうっ!!」

 

 「ああ、愛するモンモランシー……なんて、きみはいじらしいのだろう、ぐへっ!!」

 

 頬を染めたモンモランシーの肘鉄が、ギーシュの脇腹に突き刺さる。

 

 いつもの学院の光景に、戦争が終わったことを実感するルイズ。その時、空中から複数のおぼんが、テーブルに降ってくる。

 

 「待たせたな」

 

 念動力で、複数のおぼんを運んできたセルだった。しばらくは、朝食を摂りながら、近況を報告しあうルイズたち。一区切りついたところで、キュルケが切り出した。

 

 「ルイズ、あなたたちも、休暇は自由に過ごせるんでしょう? 予定は決まってるの?」

 

 「一応、休暇中に実家に戻るくらいだけど……それがどうしたのよ?」

 

 キュルケは、答えずに自身の豊満な胸元から、いくつもの紙片を取り出し、テーブルに並べた。

 

 「なにこれ、地図?」

 

 一枚の紙を取り上げたルイズが尋ねる。古ぼけた紙には、トリステインの地形と地名、そして赤丸の印が書かれていた。

 

 「ふふ、地図は地図でも、ただの地図じゃないわ。わたしが、苦心して集めた財宝の在り処を示す地図なんだから!」

 

 自信満々のキュルケの言葉に、胡散臭そうな顔をするルイズ。

 

 「宝地図なんて、そんな簡単に手に入るモノなの?」

 

 「まあ、全部がホンモノとは言わないけどね。どれか一つでもホンモノなら、学院より大きな城が領地付きで買えるわよ!」

 

 「ますます、怪しいわね」

 

 「まあ、普通はそういう反応だよね」

 

 ギーシュがモンモランシーと顔を見合わせて言った。

 

 「あれ、これってタルブの地図ですよ」

 

 それまで黙って貴族の子弟の会話を聞いていたシエスタが、近くの地図を見て言った。

 

 「シエスタの実家よね。宝の噂とかってあるの?」

 

 ルイズの質問に首をひねるシエスタ。

 

 「財宝があるなんて話、聞いたことありませんね」

 

 「ま、まあ、休暇を楽しむアウトドア旅行としても、楽しめるわよ、多分。ルイズも参加するわよね?」

 

 旗色が悪くなりそうなキュルケが、あわててルイズに聞いた。

 

 「うーん、気分転換にはなるかしらね……タバサやモンモランシーも参加するの?」

 

 「……」

 

 ルイズの問いに無言で頷くタバサ。モンモランシーもため息をつきながらも同意を示す。

 

 「魔法薬の調合に必要な薬草採取も兼ねて、だけどね」

 

 「もちろん、モンモランシーの騎士たる僕も参加するつもりさ!」

 

 学友たちとの旅行経験など皆無のルイズは、内心かなり乗り気だった。だが、がっつくように見られるのも嫌なので、すぐには承諾せず、シエスタに話を振った。

 

 「シエスタもどう? タルブにも行くなら道案内をお願いできそうだし、それに野営する時、料理ができる人間が居てくれると助かると思うし」

 

 「よ、よろしいんですか? ぜひ、ご一緒させてください!」

 

 大喜びで承諾するシエスタ。おまけはついてくるが、セルとともに故郷に帰ることができるなら、と考えていたのだ。

 

 「じゃあ、ルイズも決まりね! これでメンバーは、揃ったわね!」

 

 「えーと、メンバーっていうと……セルも含めて全部で、七人ね」

 

 「いいえ、もう一人居るわ。わたしのジャンも参加するのよ」

 

 キュルケの言葉に、顔をしかめるルイズ。

 

 「キュルケ、あんた……最近はおとなしくなったと思ったら、まだ男漁りを続けていたの?」

 

 「わたしは、常に愛を探し求める「微熱」のキュルケだもの……でも」

 

 突然、身体をくねらせたキュルケが、熱病に浮かされたような瞳でつぶやいた。

 

 「わたし、とうとう真実の愛を見つけたかもしれない……」

 

 「うぁ……」

 

 学友の惨状に、絶句するルイズ。それを見ていたモンモランシーが、今気付いた様に言った。

 

 「ああ、そういえばルイズは、まだ知らなかったのよね、キュルケの真実の人。会ったら、もっと驚くと思うわよ」

 

 「……同感」

 

 「ぼくもそう思うよ」

 

 

 その後、細かい準備について詰められ、キュルケ主催による宝探し旅行は、翌々日の朝に出発という段取りとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第三十三話をお送りしました。

原作とは、順番が違いますが、次話から宝探しとタルブ訪問となります。

さて、タルブに祀られているモノとは……

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いします。


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 第三十四話

お久しぶりです。なんとか、10月中に第三十四話を投稿できました。

原作では、サイトの愛機ゼロ戦が眠っていたタルブですが……


 

 

 「ねえ、ジャン。今日のわたしのグロス、どうかしら?あなたの好みに合っているとうれしいのだけど」

 

 「あ、ああ、と、とても似合っていると思うよ、ミス・ツェルプストー。そ、それから、あまり胸を押し付けないでもらいたいのだが……」

 

 「もう! ジャンってば、キュルケと呼んでって、あれほど言ったのに」

 

 「……」

 

 宝探し旅行出発の朝、ルイズは、この世界には自身の想像力を超えた現象も起き得るのだということを痛感していた。セルを召喚してから、常識外の出来事にはそれなりに耐性が付いてきたと思っていたが、目の前の光景は、かなりベクトルは異なるものの彼女の予想を斜め逆さに超えていた。

 赤毛の美女が、禿げ上がった四十男の腕をかき抱き、自身の豊満な胸を押し付けていた。相応に怪しい光景ではあるが、キュルケとコルベールの取り合わせである。旅装を整えたルイズは、ギギギと油の切れたカラクリ人形のような動きで首を巡らすと、青毛の小柄な友人に救いを求めるかのように言った。

 

 「……あの、タバサ?……あれ、なに?」

 

 「……いろいろ、あった」

 

 同じく旅装のタバサが軽く目をそらしながら、呟いた。それを見かねたようにギーシュが助け舟を出す。

 

 「まあ、当然驚くだろうね。でも、ロサイスでの戦いでは、ミスタ・コルベールが僕たちを強力に指揮してくれなかったら、どうなっていたことか。その点、あの人は「炎蛇」と呼ばれるのにふさわしいメイジだよ」

 

 「その話は聞いたけど、実際いくつ離れてるのよ、あの二人。しかも、ゲルマニアの名門ツェルプストー家の令嬢と、没落したとはいえトリステイン貴族コルベール家当主の恋。今時、大衆歌劇でもやらないわよ、こんなコテコテの悲恋モノ」

 

 「で、でも、素敵だと思います! 愛情さえあれば、年齢とか外見とか種族とか、関係ないですものね!」

 

 「そ、そう、平民には、そう見えるのかしら?……え、種族?」

 

 ギーシュの言葉に、現実問題として疑問を呈するモンモランシー。だが、平民の一般的な旅装を纏ったシエスタが勢い込んで肯定的な意見を述べる。

 

 

 

 「そろそろ、出発するが、大丈夫か?」

 

 学友と教師の恋愛沙汰を話し合うルイズたちに、長身異形の亜人セルが、いつもと変わらぬ調子で話しかける。

 

 「そ、そうね、ただ、しゃべっててもしょうがないものね! じゃあセル、最初はアーネックス地方の放棄された寺院跡よ!」

 

 「承知した」

 

 そんな主従の問答を聞いたモンモランシーが、不思議そうに言った。

 

 「そういえば、移動手段はどうするの? てっきり、タバサの風竜を使うと思ったんだけど」

 

 「モンモランシーは、知らなかったっけ。彼に任せておけば問題なしよ」

 

 コルベールにひっついたままのキュルケが、ウインクしながら言った。

 

 「え、それって……」

 

 モンモランシーが言い終える前に、一体と七人と旅行のための荷物が、地上数十メイルに浮き上がる。モンモランシーとギーシュの悲鳴とともに彼らは目的地に向かって高速で飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トリステインとゲルマニアの国境近くに位置するアーネックス地方には、開拓民が拓いた村々が点在していた。

 そのうちの一つ、数十年前に放棄された村の門前に一行は、到着していた。

 

 「はあ、はあ、そ、そういえば、いつだったか、ルイズ、あなた空から降ってきたことがあったわね……こういうことだったの」

 

 「ま、前に兄上直属の竜騎士に乗せてもらったことがあるけど、比較にもならないよ」

 

 「こ、これが、セルくんの飛行能力……詠唱も杖も使わず、複数の人間を「フライ」の数倍の速度で同時に飛翔させるとは」

 

 セルの飛行を初体験したモンモランシー、ギーシュ、コルベールは、その規格外の能力に驚きを禁じえなかった。一方、すでに慣れた感のあるルイズやキュルケ、シエスタは、村の様子を確認していた。タバサは、例のごとく本を読んでいた。

 

 「ふーん、数十年前に打ち捨てられた割には、雰囲気は悪くないわね」

 

 「少しだけ、タルブに似てるかもしれません。後で、村の広場で昼食にしましょう」

 

 四十軒ほどの民家が寄り集まっただけの小さな村だったようだが、昼日中の陽光に照らされたそこは、いまだ牧歌的な佇まいを残していた。

 

 「一応言っておくけど、オーク鬼の襲撃で放棄された村なんだから。油断してたら、その辺の家から、やつらが飛び出してくるかもしれなくてよ、ルイズ」

 

 「オーク鬼には、狭すぎると思うけど。まあ、いいわ。セル、亜人とか山賊とか、そういった連中の「キ」を感じる?」

 

 ルイズが、自身の背後に控える使い魔に尋ねる。セルは、左手を村に向けて意識を集中する。本来、そのような動作を必要とはしないが、それらしく見せるポーズとしての動きだった。

 

 「この村は、完全に無人だ。人間だけでなく、亜人や獣の類も存在しない」

 

 「オーク鬼にも見捨てられたってわけね。そう考えると、ちょっと切ないわね」

 

 「そうですね。誰も訪れない、忘れ去られた村……」

 

 地図を見ながら、キュルケが口を挟む。

 

 「ちょっと、いきなりしんみりしないでよ。わたしたちは、お宝探しに来たんだから。村の奥にある寺院跡に隠されているはずよ」

 

 「ちなみに、ここにはどんな財宝が眠っているの?」

 

 息を整えたモンモランシーが尋ねる。キュルケは、地図に記された注釈を見ながら答える。

 

 「えーと、寺院を管理していた司祭が、ここを放棄する前に蓄えていた資産と秘宝「ブリーシンガメル」を隠したとあるわ!」

 

 「聞いたことがあるね。確か、「炎の黄金」と呼ばれる特殊な金塊を加工して造られたマジックアイテムで、持ち主を強力に守護するとか……」

 

 「さすが、わたしのジャン! 物知りだわ!」

 

 歓声をあげたキュルケが、コルベールに抱きつく。

 

 「でも、オーク鬼からは、守護してくれなかったんですね」

 

 朗らかなシエスタの一言に、気まずそうに目をそらすルイズたち。タバサがぼそっと呟く。

 

 「……正論」

 

 「確かに、そんな秘宝なら、わざわざ放棄する寺院になんか隠さずに、何を置いても持ち出しそうだけどね……」

 

 ギーシュの指摘に、冷や汗を一滴垂らしたキュルケが、わざと大声を出して皆を鼓舞する。

 

 「と、とにかく!行ってみなきゃ始まらないわ! さあ、お宝に向かって突き進むわよ!」

 

 そう言って、キュルケは、先頭に立って打ち捨てられた村の門をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、村の広場で、野営のための火を熾した一行は、焚き火を囲みながら、皆ほくほく顔だった。

 

 「いやあ、まさかこれほどのモノが見つかるとはね!」

 

 「ほんとね。わたしなんか、九割方ガラクタ見つけて終わりだと思っていたわ」

 

 ギーシュとモンモランシーは、それぞれに高価な宝石の巨大な原石や色あせたものの、かなり純度の高い金貨を手にしながら言った。

 

 「おーほほほほっ! だから、言ったじゃない! この「微熱」のキュルケに任せておきなさいって!!」

 

 これ以上ないほど、ご機嫌のキュルケが、豊満な胸をさらに反らしながら言った。その胸元には、寺院の最奥部で発見した色取り取りの宝石をあしらったネックレスが輝きを放っていた。

 

 「すごいですね! わたし、こんな金銀財宝なんて、生まれて初めて見ましたよ!」

 

 「確かに、すごいわ。このダイヤなんて、母様お気に入りの指輪についてるのと同じぐらい大きいもの」

 

 ルイズが拾い上げたダイヤモンドは、細かい研磨はされていないものの、トリスタニアの社交界でも、なかなかお目にかかれない代物だった。

 

 「こ、これが、伝説の「ブリーシンガメル」……確かにとてつもない魔力のような力を感じるが、ディテクトマジックにも反応しないとは、むむむ……」

 

 コルベールは、燃え盛る炎を象った純金製のペンダントをさんざんに弄り回しながら、唸っていた。

 

 「……」

 

 タバサは、相も変わらず読書に勤しんでいたが、その右手には、絢爛豪華な宝石を埋め込んだ腕輪が嵌められていた。心なしか、タバサもご機嫌のように見えた。

 

 

 結果として、宝探しは、大成功だった。

 

 地図に記されていた寺院跡は、すぐに見つかった。村の中では、それなりの大きさの建物だった為か、オーク鬼が住み処としていたらしく、こん棒や薄汚れた皮製の腰巻きなどが、散乱していたが、オーク鬼の姿は見られなかった。

 隠し場所だという祭壇にはチェストが設えられていたが、中身はありふれた装飾品と数枚の銅貨のみ。それ見たか、といった表情でみんなの視線がキュルケに突き刺さる。

 その時、セルが皆に祭壇から離れるように指示。ルイズたちが、距離を取ったことを確認したセルが、祭壇に左手を向ける。

 

 閃光。

 

 

 ズッ!!

 

 

 ルイズたちが、確認すると祭壇とその周囲が抉り取られたように消滅していた。その下には。

 

 「ち、地下への階段だわ!」

 

 現れた階段は、地下数十メイルに秘されていた宝物殿へと通じていたのだった。

 

 

 「地下宝物殿の伝説と開拓村の放棄の話が、どこかで組み合わさって伝わってしまったのだろう。眉唾物の話だが、かつてアーネックスの地には、トリステインからの独立を画策した古代の公国の末裔が逃れたというからね」

 

 「じゃあ、この財宝も、もしかしたら……」

 

 「可能性は、あるだろうね」

 

 「セル、すごいじゃない! よく見つけたわね」

 

 「わたしは、単に祭壇の下から、地下の空気が流れ込んできているのを感じたまでだ」

 

 

 

 地下宝物殿から運び出された財宝は、宝石をふんだんにあしらった装飾品や宝石そのものや研磨前の原石、さらに古い時代の質のいい大量の金貨など、ざっと見積もっても、その価値は数万エキューは、下らなかった。下手な領地の年間収入をも上回る額である。念のために出発前に取り決めていた分配法に従い、セルとシエスタを除く六人で等分し、一人分の十分の一の額を全員が負担してシエスタに分配した。それでも、ルイズたちは、一人頭一万エキュー以上、シエスタも一千エキューを超える臨時収入である。

 

 皆ほくほくにもなろうというものだ。

 

 「正直言って、ここまで大当たりに当たるとは思ってなかったわ!」

 

 「ミス・ツェルプストーも満足したようだし、一件目ではあるが、もう学院に戻るというのは、どうだろうか? いくらわたしやセルくんが帯同しているとはいえ、教職の身としては、あまり危険な冒険に生徒がのめり込むのは、看過できないのだが」

 

 人格者らしい発言をするコルベールだが、内心では伝説の秘宝「ブリーシンガメル」を解析したくてうずうずしていたのだった。

 

 「ジャンってば、また……でも確かに、もう十分過ぎるほど成果は挙げたし、戻りましょうか?」

 

 キュルケの言葉を聞いたシエスタがあわてて発言した。

 

 「ま、待ってください! まだ、タルブに行ってないじゃないですか!」

 

 「でも、あなたの故郷ってだけで、要は田舎でしょ?」

 

 「お、おいしい葡萄が採れて、お、おいしいワインや珍しいシチューもあります!!」

 

 「美味しいワインなら、僕としては興味あるかな。アルビオンのワインは酷かったからね」

 

 「確かにタルブの周辺は土壌が良いから、質のいい薬草も採れるのよね」

 

 ギーシュとモンモランシーの援護を受けたシエスタがさらに言い募る。

 

 「そ、それにセルさんもタルブに行きたいって言ってましたし」

 

 その言葉にルイズが反応する。

 

 「ち、ちょっと待ちなさいよ! セルがシエスタの故郷に行きたいってどういうことよ!?」

 

 「どうもこうも、セルさんがそう言ってくれたんです!!」

 

 シエスタの剣幕に一瞬怯むルイズだったが、すぐに自身の使い魔に問いただす。

 

 「どういうことなのよ、セル!?」

 

 「タルブには、使用用途が不明な物品が祀られているそうだ。あるいは、「破壊の籠手」のような未知の兵器である可能性もある」

 

 「あ、つまりそれを見に行くだけってことね。わたし、てっきり……」

 

 拍子抜けしたルイズを押し退けるようにコルベールが食い付く。

 

 「ほ、本当かね!? 「破壊の籠手」のような未知の技術の結晶がタルブに!? 実に興味深い!! キミたちにとっても、これは生きた学習となるはずだ! ぜひ行こうじゃないか!!」

 

 先ほどの発言をあっさり翻す、「炎蛇」のコルベール。

 「はあ、ジャンがそこまで言うんじゃ、しょうがないわね」

 

 ため息をついたキュルケがシエスタに頷きかける。ルイズたちのタルブ行きが決定したのだった。

 

 

 一行の背後で、セルが密かにほくそ笑む。ルイズたちは、生涯知ることはなかった。

 打ち捨てられた村での心踊る宝探しが、すべて長身異形の亜人の手のひらの上で行われていたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それじゃあ、わたし、家に一度戻って皆さんがいらしたことを報せてきますね。祠は、この道を真っ直ぐです! 後でわたしも行きますから!」

 

 翌日、一行はセルの飛行でシエスタの故郷、タルブを訪れていた。ひなびた村に貴族が来るなど滅多に無いらしく、シエスタは歓待の準備のため、実家に小走りに戻っていった。

 

 件のモノが安置されているという祠は、すぐに見つかった。

 

 「祠というより、掘っ立て小屋ね」

 

 キュルケの言葉は、セルとコルベールを除く全員の感想だった。先頭のセルが、祠の扉を掴む。悲鳴のような音を立てて、扉が開いて行く。薄暗い祠に鎮座するモノ。それを目にしたセルの瞳が見開かれる。

 

 「これは……」

 

 全体の大きさは、四メートルほど。卵型の本体の上部は、ドーム状のキャノピーとなっており、本体から延びた四本のアームがそれぞれ推進機を保持し、同じく四本の着陸脚が本体を支えていた。本体の中程には、本来の世界であれば、知らぬ者など居ないと言われるほどの知名度を誇るロゴが鮮やかに刻まれ、その上に手書きと思われるHOPEの文字。

 

 タルブの人々から、「光の竜篭」と呼ばれているそれは、かつて世界最大の企業カプセルコーポレーションの天才科学者ブルマが開発し、セル自身も搭乗した経験を持つ。

 

 

 タイムマシンだった。

 

 

 

 

 

 




第三十四話をお送りしました。

以前にも、書きましたが、本SSに出て来るドラゴンボールのキャラはセルだけです。

今のところは……

あ、アイテムは出さないとは、言ってない(震え声)

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いします。


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 第三十五話

お久しぶりです。第三十五話をお送りします。

この話を執筆中に思ったのですが、よくセルはトランクスから、奪ったタイムマシンに乗る気になったなあ、と。

使い方とか、わからないだろうに……

アニメだと、スイッチ一つで時間旅行に行ってましたが。


 

 

 ―-ガリア王国サン・マロン。

 

 王国最大の軍港施設を有し、大陸最強を誇るガリア両用艦隊の根拠地を兼ねる海運都市である。

 その日、郊外の軍事施設の中でも、最も新しく、最も大きな施設の専用桟橋に巨大なフネが接岸しようとしていた。施設周辺を警備していた歩哨が、そのフネの威容を見上げながら、同僚の歩哨に言った。

 

 「おい、見ろよ。「王弟」じゃねえか」

 

 「その呼び方、やめとけよ。「シャルル・オルレアン」号だろうが」

 

 今は亡きガリア王弟オルレアン公シャルルの名を冠した「シャルル・オルレアン」号は、王室の座乗艦であり、両用艦隊の総旗艦を兼ねる大型戦艦である。全長は百五十メイルほどで、大きさこそ、アルビオン空軍の「レキシントン」号に劣るものの装備された砲門は、両舷合わせて二百四十門を誇る。「レキシントン」号が失われた現在、ハルケギニア最強のフネと呼べる存在であった。

 

 「ありゃあ……国王旗を掲げてやがるぜ」

 

 視力が自慢の歩哨が、巨大な船体の最上部に翻る旗を確認する。国王旗の掲揚が意味するところは、一つ。

 

 「無能王陛下のご来臨か……何しに来たんだか」

 

 「オレらみたいな下っ端にゃ、関係ないべ」

 

 歩哨たちを尻目に専用桟橋に接岸した「シャルル・オルレアン」号から、フネの主であり、軍の最高司令官であり、国の全てを統べる男が姿を見せる。桟橋周辺で待ち構えていた軍楽隊が、一斉に歓迎の音楽を掻き鳴らす。

 

 ガリア王国国王ジョゼフ一世の行幸であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「待てん! もう、待てんぞ! 作成に取り掛かってもう一年だ! いい加減、成果という物を見せてもらわんとな!」

 

 「実験農場」と呼ばれる巨大な施設に入ったジョゼフは、施設内の廊下を大股で進みながら、大声で言った。小走りについて行く研究者風の痩せ過ぎの男が恐縮しながら、言い訳めいた言葉を吐く。

 

 「お、お怒りは、重々承知いたしております、陛下。さ、されど、か、改良には、い、一応の目途がついておりまして、その……」

 

 男の言葉を無視したジョゼフは、建物内の最重要施設に足を踏み入れる。そこでは、数多くの人間がせわしなく動いていた。メイジ風の研究者や技師、いくつもの鍛冶場で鉄を精錬する鍛冶師など、職種も様々だ。突然、現れた国王の姿に呆気にとられる作業員たち。それらも無視したジョゼフは、施設の奥に鎮座しているモノに視線を向ける。

 

 「ほほう、これか……」

 

 三十メイルはあろうかという天井スレスレの高さに屹立していたのは、巨大な鎧を纏ったゴーレムだった。なんとか、ジョゼフに追いついた男が、必死に自身が造り上げたゴーレムの改良点を並べ立てる。

 

 「そ、その、う、腕回りの可動域に関しては、い、以前と比較して二割ほど向上しまして、あ、足回りの可動域とそ、装甲板との干渉についても、か、改善を……」

 

 「動かせ」

 

 簡潔にジョゼフが命じる。男の顔面に冷や汗がどっと溢れ出る。

 

 「お、お、畏れながら、陛下。よ、「ヨルムンガンド」は、か、限りなく完成の域に近づいてはおりますが、ま、万が一にも陛下の御身に、き、危険が及びましては、如何ともし難く……」

 

 「……もう一度だけ、言う。動かせ」

 

 顔だけを開発主任の男に向けたジョゼフが、猛禽類の様な笑みを浮かべながら、言った。

 

 「ひぅ……か、か、か、かしこまりました」

 

 あわや、失神しかけた開発主任は、こわれた人形のように首を上下させると、作業員たちに稼働準備を命じた。

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ

 

 

 起動した「ヨルムンガンド」が、目の前に据えられた専用の大剣を手に取ろうと腕を伸ばす。全長二十五メイルに及ぶ巨体を持つゴーレムとは思えぬ滑らかな動きだった、が。

 

 

 ギャギャギャギャッ!!

 

 

 大剣を掲げるために下半身に重心をかけたとたん、すさまじい金属音が施設内に響く。下半身を覆った装甲板とゴーレムの足部が干渉していたのだ。

 

 「止めろ。うるさくてかなわん」

 

 大半の作業員が耳を塞いでいる中、平然とした様子のジョゼフが手を振りながら、言った。大剣を手にした状態で停止する「ヨルムンガンド」。その下半身からは、干渉によって生じた摩擦熱から、煙が発生していた。大きくため息をつくジョゼフ。

 

 「……施設ごと処分か? 人間も含めてな」

 

 「あ、あ、あ、あの、その、へ、陛下、な、な、何卒……」

 

 ジョゼフの言葉に全身を震わせながら、尚、言い訳を続けようとする開発主任。そこに、涼やかな声が割って入る。

 

 「どうか、お待ちくださいませ、ジョゼフ様」

 

 現れたのは、漆黒のローブを纏った美女、シェフィールドだった。自身の使い魔を見たジョゼフは、相好を崩すと鷹揚に笑いかける。

 

 「おおう、我が愛しのミューズよ! 今までどこに行っていたのだ? そなたが居なければ、余の周りはすべて退屈で塗りつぶされてしまうというのに」

 

 「我が身に余るお言葉、光栄の極みですわ、ジョゼフ様」

 

 普段の冷徹さからは、想像も出来ない至福の笑みを浮かべながら、主たるジョゼフに応えるシェフィールド。懐から二つの拳大ほどの石を取り出し、ジョゼフに差し出す。

 

 「ほう、土産か? 余のミューズよ、これは何だ?」

 

 「風石と火石の結晶にございます。我が一族が、かつてエルフどもより奪った数少ない戦果でございます」

 

 「……これが、伝説に謳われる結晶石か。この風石一つに大型戦艦十隻以上を浮遊させるほどの魔力が秘められているとはな」

 

 シェフィールドから、風の結晶石を受け取ったジョゼフが石を頭上に掲げながら、言った。

 

 「ミューズよ、これをどこで手に入れたのだ?」

 

 「我が一族の神殿より、簒奪して参りました。怨敵より手に入れた力を使わずに祀るなど、愚の骨頂と考えた次第」

 

 「一族の者共は、素直に渡したのか?」

 

 ジョゼフの問いに、シェフィールドは猛禽類のような獰猛な笑みを浮かべ、言った。その笑みは、主であるジョゼフのそれと、とても似通っていた。

 

 「父も母も一族も、皆殺しにした上で手に入れましてございます。ジョゼフ様のお望みこそ、私にとって全てに優先いたしますゆえ……」

 

 シェフィールドの答えを聞いたジョゼフが感極まったように、自身の使い魔を抱き寄せる。

 

 「おお、ミューズよ! 我が最愛のミューズよ! そなたは、最高だ! かの始祖「ブリミル」が使役した四の使い魔すらも、そなたの前では霞んでしまう!」

 

 「あん、ジョゼフ様……恥ずかしいですわ。人の目もございますのに……」

 

 一族を皆殺しにした、と言い放った人物とは思えぬ、まるで恋する少女のような可憐な表情を見せるシェフィールド。

 

 「ふむ、そうだな」

 

 

 使い魔を言葉を聞いたジョゼフは、懐から王家の紋章が刻まれた短剣を取り出すと、背後も見ずに投擲した。

 

 

 シュッ

 

 ドスッ

 

 

 「は、はれ……」

 

 短剣は、狙い澄ました様に開発主任の額に突き刺さる。信じられない、という表情で崩れ落ちる開発主任。その様に見向きもせずにジョゼフは、腕の中のシェフィールドに言った。

 

 「ミューズよ、この「ヨルムンガンド」の作成をそなたに任せたいと思うが、どうだ?」

 

 「謹んでお受けいたします、ジョゼフ様。必ずや、ご希望に沿う最強のゴーレムをお見せいたします」

 

 ジョゼフは、動きを止めたままの「ヨルムンガンド」を見上げながら、言った。

 

 「完成の暁には、最強の騎士人形を試すための相手がいるな。我が兄弟たる担い手たちよ、おまえたちにその力があるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「かなり、年季は入っているようだが、確かに「破壊の篭手」に通じる何かがあるな! そう、存在自体が異質とでもいえばいいのだろうか……」

 

 興奮したコルベールが、タイムマシンの周囲にかじりつきながら言った。ルイズたちは、完全に置いてきぼりである。

 

 「これは、一体なんなんだ? せ、セルくん、きみなら、これが何に使うモノか、解かるんじゃないかい!?」

 

 「……」

 

 不可逆であるはずの時間を超越する機能を備えた機械である。

 

 この世界の住人が知るべき知識ではない。そう判断したセルは、当たり障りのない情報を与えることにした。

 

 「東方の一部地域で、流通している個人用の飛行機械だ」

 

 飛行機械であることは、嘘ではない。それを聞いたコルベールが、さらに勢い込んでセルに迫る。

 

 「ひ、飛行機械? では、これは単独で飛行が可能だということかい!? しかも流通しているということは、一般の人間でも手に入れられるのか! と、東方の技術……恐るべし!!」

 

 コルベールのヒートアップは、留まる所を知らない。また、セル自身もタイムマシンの存在について思考を巡らせていた。

 

 (タイムマシンは、あくまで時間移動装置だ。わたしが知る限り、次元間移動の機能などないはず……なぜ、この世界にこれがある?)

 

 セルとコルベール以外の一行は、特に興味なさそうに一体と一人を遠巻きにしていた。タバサだけは、好奇心を刺激されたのか、熱心にタイムマシンを見ていた。そこに、村から戻ってきたシエスタが姿を見せる。

 

 「みなさん、お待たせしました! 歓迎の準備ができたので村の方へ来てください」

 

 「シエスタ、この機械について聞きたい」

 

 シエスタの言葉に、誰かが応える前にセルが聞いた。

 

 「これは、村では「光の竜篭」って、呼ばれています。ひいおじいちゃんの話では、竜篭でも、飛竜は必要なくてそのままで飛べるらしいです。ひいおじいちゃんは、これに乗って東から来たって、村のみんなに言ったそうです」

 

 「じゃあ、シエスタの曽祖父は、東方の人だったのね」

 

 ルイズの言葉に、シエスタは首を傾げながら、言った。

 

 「本人はそう言ったらしいんですけど、村の人は誰も信じなかったみたいです。「光の竜篭」が飛べなかったからですけど」

 

 「これは、飛べないのかね?」

 

 「はい、なんでも「えねるぎ」って燃料が無いらしくて……」

 

 「きみの曽祖父が遺した遺品や遺言などはあるか?」

 

 「えっと、自分で造ったお墓と遺品が少しだけ、ですね」

 

 「見せてもらおう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コルベールは、夜まで祠に残ることにした。キュルケも残ろうとしたが、コルベールの分の財宝の選別をお願いされたため、ルイズらと一緒に村に戻った。村長宅に案内された一行は、心づくしの歓待を受けた。村自慢のワインは、ギーシュやモンモランシーをも唸らせ、タバサは、村特製の「ヨシェナベェ」というシチューが気に入ったのか、十杯以上お替りした。

 

 ルイズとセルは、シエスタの案内で、村の共同墓地を訪れていた。

 シエスタの曽祖父の墓は、他の白い幅広の石で作られた墓石とは、趣が異なる黒い石で作られていた。墓石には、墓碑銘が刻まれていた。

 

 「ひいおじいちゃんが、自分でこのお墓を作ったらしいんですけど、何て書いたかは、誰にも分からないみたいです」

 

 「確かに見たことない文字ね、これ……文字なのかしら?」

 

 シエスタとルイスを尻目に、セルが墓碑銘を読み上げる。

 

 「……西ノ地区辺境山岳警備隊隊員、ササキ・タケオ異界ニ眠ル」

 

 「え?」

 

 「はい?」

 

 セルの言葉に、目を丸くする二人。

 

 (わたしの情報に間違いが無ければ、西の地区辺境山岳警備隊は、西1050地区を管轄していたはず。わたしが、トランクスから奪ったタイムマシンの着陸位置も、その周辺だったな)

 

 セルが、シエスタの容姿を改めて確認する。黒髪と黒色の瞳は、トリステインでは珍しいが、地球の西地区では、多く見られる人種的特徴である。

 

 「あんたが、読めるってことは、シエスタの曽祖父は、あんたと同じ東方の「チキュー」から来たの?」

 

 「そうなるだろうな。」

 

 「そうだったんですね! セルさんが住んでいた東方の国……いつか、行ってみたいです!」

 

 シエスタの言葉を聞いたルイズも、そっぽを向きながら、使い魔に言った。

 

 「わ、わたしも行ってあげても、いいわよ! 使い魔の出身地は、その、把握しておきたいし!」

 

 二人の言葉を聞いたセルが、遥かな東方の方角、あるいは、その先に存在するどこかを見据えながら、言った。

 

 

 「そうだな。いつか、その時が来れば、な……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、ルイズたち一行は、タルブ村を後にした。

 

 お土産として、名産の葡萄とワインと、「光の竜篭」を貰い受けることとなった。

 元々、シエスタの家の私物のような物であり、家族も持て余していたため、シエスタの父は快く、譲渡に応じた。通常であれば、学院まで運ぶのに、莫大な輸送費がかかるところだが、セルの念動力によって苦もなく輸送は、完了した。

 タイムマシンには、本体を「ホイポイカプセル」と呼ばれる小型のカプセルに粒子変換する機能が、備えられていたが、ある意味で時間移動よりも、未知の技術であるため、セルはあえてそのままで輸送した。

 

 学院に持ち込まれたタイムマシンは、コルベールの強硬な主張によって、彼の自称研究室である掘っ立て小屋の横に安置されることになった。セルは、密かにタイムマシンのカプセル化スイッチとキャノピー開閉スイッチをバリヤーによって固定した。セルとしては、破壊することも考えたのだが、あるいは、自身の異界転移の答えを導くきっかけとなるかも知れないと思い、保存を決めた。

 

 

 

 

 そして、ルイズたちが、学院に帰還してから、二日後。

 タバサの元に、久方ぶりの書状が届けられる。ガリア本国からの、北花壇騎士タバサの呼び出し状であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第三十五話をお送りしました。

第四章 無能王ですが、四話目でようやく我らが無能王陛下が登場してくれました。

しかし、この陛下……

第一目標であるトリステインの虚無の使い魔は、セルだし、

絶賛放置中の娘の使い魔もセルだし、

……詰んでる?

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いします。


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 第三十六話

お久しぶりです。第三十六話をお送りします。

改めて、ドラゴンボールがタイムトラベル物だと思うと妙な気分です。

セルが、エイジ何年に原作の世界に来たとか、すぐには思い出せませんでした。


 

 

 宝探し旅行から、学院に帰還したコルベールは、残りの休暇を研究小屋横に安置したタイムマシンと分配された財宝の一つ「ブリーシンガメル」の解析に費やすことを決め、研究小屋に引き篭もった。コルベールとの二人っきりでの旅行を計画していたキュルケは、はじめ不満顔だったものの、真剣な表情で解析に取り組むコルベールをそばで見守ることにも喜びを見出していた。「仕事に熱中する真剣な男性の横顔、惚れるわ……」などと、ほざき倒し、ルイズやモンモランシーを大いに閉口させた。

 

 

 また、財宝の分配金という原資を手に入れたギーシュは、これを元手に愛するモンモランシーとの、これまた二人だけの旅行を画策していた。ある程度の年齢の貴族の子息と令嬢が、自分達だけで旅行をすれば、その仲は決定的だと、周囲には見なされる。モンモランシーを誘うタイミングを計っていたギーシュだが、運悪く彼は、マリコルヌ、ギムリ、レイナールらに計画を看破され、「祝福」という名の制裁と「幸せの分け前」というの名の奢りを強要され、分配金のほとんどを散財してしまうのだった。

 

 

 当のモンモランシーは、旅行中に採取した良質な薬草と分配金で購入した高級秘薬の合成を行い、新作の香水を完成させた。学院内とトリスタニアの一部で販売された香水は、瞬く間に人気商品となり、モンモランシーの懐をさらに潤すことになる。だが、彼女は、その売り上げの大半を実家であるモンモランシ家に仕送りした。かつては、水の精霊と王家の橋渡し役として王国内で確固たる地位を築いていたモンモランシ家も、彼女の父の代で、精霊との交渉不備による干拓事業の失敗によって、衰退の一途を辿っていた。「香水」の二つ名を持つ彼女は、そんな実家の助けになるようにと香水作成に励んでいたのだ。

 

 

 シエスタは、久しぶりに帰省した実家の家族に、セルを紹介できたことが、旅行の一番の収穫だと考えていた。最初は、セルの外見のあまりの特異さに忌避感を感じていた家族も、セルが、目の前で造った木像の素晴らしさには、驚嘆するしかなかった。父や村長などは、何時の間に購入していたのか、アンリエッタ王女や若かりし頃のマリアンヌ王妃の肖像画を持ち出し来て、セルに木像製作を懇願する始末だった。母や村長の奥さんが、般若の如く怒り狂ったものの、セルが彼女たちの木像を、若干の修正と誇張を加えた上で製作すると、その出来栄えに、ころりと機嫌を直すのだった。もちろん、シエスタ自身も、新しい木像を造って貰い、ご満悦だった。

 

 余談だが、後にタルブの村では、セル謹製の木像に着想を得た独自の木彫り細工「セル彫り」が生み出され、村の特産品として永く伝えられることになる。

 

 

 ルイズは、帰還したその日に、ロマリアの助祭枢機卿ジュリオの誘いを正式に受諾し、彼主催の茶会に出席した。ルイズ自身は、ジュリオに対する興味や関心は希薄であり、むしろ常に泰然自若の姿勢を崩さない自身の使い魔が、ジュリオに対してどう嫉妬するかを見定めるために出席したのだった。

 

 しかし、セルがそのような態度を微塵も見せるはずはなく、その点では、ルイズにとって、この茶会は失敗だった。それでも、茶会で出されたロマリアから取り寄せたという「聖茶」と祖王フォルサテも愛したという伝統的な菓子類は、ルイズの舌を大いに満足させた。

 特に問題も起こるはずもなく、茶会はつつがなく終了した。だが、茶会後、出席者が退席していく中、ジュリオは、ルイズの使い魔たる長身異形の亜人セルに近付き、声をかけた。

 

 「できれば、君にも、ロマリア自慢の「聖茶」と「聖菓」を味わってもらいたかったんだけどね、「ガンダールヴ」?」

 

 ジュリオは、その美貌に似つかわしい一種、蠱惑的な笑みを浮かべていた。無論、セルが動揺などするはずもなく。

 

 「あいにくだが、わたしは、茶も菓子も嗜まないのでな、「ヴィンダールヴ」よ」

 

 「!」

 

 ジュリオの「月目」が、驚きに見開かれる。

 

 「……どうして、わかったのかな?使い魔同士の共鳴とか共振とか、そういう類かな?」

 

 「おまえは、茶会の最中も右手の手袋をはずさなかった」

 

 「たったそれだけで? どうやら、僕が考えていたより、はるかに切れるみたいだね、トリステインの使い魔は」

 

 最年少の枢機卿の表情から笑みが消え、警戒の色が強く滲み出る。

 

 「おまえが、ここに来た理由は、ルイズか?」

 

 「もちろん、そうさ。ぼくたちロマリアは、建国からずっと、「始祖」の痕跡を追ってきた。ブリミル教の総本山だからってだけじゃない。いつか訪れるであろう「災厄」から、ハルケギニアを守るためにね。これは、今きみだけに言うのだけど、「災厄」は、今この大陸に近付きつつあるのさ。それを防ぐためには、すべての「担い手」と「使い魔」を一堂に集める必要があるんだ。いずれ、彼女にもお願いしなければならないけど、将を射んと欲すれば、まず馬から、ってやつさ」

 

 今度は、年相応の不敵な笑みを浮かべるジュリオ。最初の蠱惑的な笑みよりも、なぜか彼には、似つかわしく見えた。

 

 「……」

 

 

 シュンッ

 

 

 「! き、消えた!?」

 

 「二つ、言っておく」

 

 ジュリオの目の前から文字通りに消えたセルは、彼の背後に高速移動すると、ジュリオの肩口に顔を近づけ、いつもの良い声を一段階低くして、言った。その余りの威圧感にジュリオは、念動力を受けたわけでもないのに、身体を動かすことができなかった。

 

 「わたしにとって、この世界で価値あるモノは、唯一つ、ルイズだけだ。他は、何がどうなろうと知ったことではない」

 

 

 ポンッ

 

 

 セルは、右手をジュリオの右肩に軽く置いた。ジュリオは、まるで巨竜の爪に掴まれたかのような錯覚を受けた。

 

 「ぐっ!」

 

 「おまえとおまえの主が、何を考えているかなど、どうでもいい。だが、ルイズを害するようなことがあれば……ロマリアは、この世から消える」

 

 すでに退室した主を追って、扉に向かうセル。背後を振り返らずに言った。

 

 「ゆめゆめ、忘れるな、「ヴィンダールヴ」よ」

 

 

 バタン

 

 

 セルが、退出しても、ジュリオはしばらく身動き一つできなかった。やがて、大きく息を吐くとその場にへたり込んでしまう。

 

 

 「……まず馬から、だって? 冗談じゃない。あれを呼び込むなんて、「災厄」を二乗にするようなものじゃないか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズたちが宝探しから帰還して、三日後、タバサは自身の使い魔である風竜シルフィードの背に跨り、トリスタニア随一の歓楽街チクトンネ街を訪れていた。

 

 目的は、北花壇騎士団の連絡員と落ち合うためであった。学院に戻ったタバサの元に、北花壇騎士団からの招集状が齎されたのが昨日である。だが、その内容は、常とは違い、ガリア王都リュティスではなく、トリステイン王都トリスタニアが、集合場所として記されていた。

 

 

 「これはこれは……貴族のご令嬢が、当店にお越しになるとは。どのような用事かは、わかりかねるが、悪いことは言わない。すぐに帰ったほうがいい」

 

 指定された酒場は、チクトンネ街では、それなりに上等な造りの店だった。それでも、タバサのような見た目、年端の行かぬ貴族の少女が、夜半に訪れる場所ではない。カウンター席に陣取ったタバサに対してグラスを磨いていた店主が、やんわりと帰宅を促す。

 

 「……」

 

 反応を示さないタバサに、再度警告を発しようとする店主を一人の女性が止める。

 

 「遅れてしまったかしら? ああ、わたしの連れなのでお構いなく」

 

 黒いローブを纏った女性が、その身から発する只ならぬ雰囲気は、長くチクトンネ街で商売をしてきた店主の警戒心を刺激するに十分だった。触らぬ神に祟りなし、とカウンターの奥に引っ込む店主。

 

 「お初にお目にかかるわね、北花壇騎士タバサ、あるいは「七号」と呼んだ方が良いのかしら?」

 

 「……どっちでも」

 

 そっけないタバサの返答に、肩を竦めた女性は、目深にかぶっていたフードをずらす。二十台前半の鋭利な美貌を備えた彼女の額には、ルーン文字が刻まれている。ガリア王ジョゼフの使い魔にして、「神の頭脳」ミョズニトニルン、シェフィールドであった。

 

 「では、単刀直入に話すわ。我が主は、世界を切り取れるほどの力を組上げようとされているわ。でも、実際に世界を相手取る前に、その力を試してみたいと仰せなの。強大な力を試す相手、当然その者も強大な力を持っていなければならない。あなたには、その者の捕獲をお願いするわ」

 

 「強大な力を持つ者? まさか……」

 

 形の整った唇を歪めたシェフィールドが、一枚の紙をタバサに差し出す。紙に記されていた少女の肖像と名前を確認したタバサの瞳がわずかに見開かれる。

 

 「……ルイズ」

 

 「任務達成の暁には、相応の報酬が支払われるわ。あなたにとって、何よりも欲しいもの……母親の失われた心を取り戻すことができる秘薬よ」

 

 「!!」

 

 その言葉に、弾かれたかのように顔を上げるタバサ。

 

 この女は、そしてその背後にいる伯父王は、「母」を救いたければ、「友」を裏切れ、という。紙を握りつぶしたタバサは、明らかな殺意を込めた目で、シェフィールドを見据える。

 

 「ふふ、いい目だわ。さすがは、北花壇騎士団にあって恐れられる「雪風」のタバサ。ところで、標的には亜人の使い魔がついているはずだけど、その使い魔の身体のどこかに、わたしの額のそれと似たようなルーンを見たことはあるかしら?」

 

 「……確か、左手の甲に」

 

 タバサの言葉に、さらに笑みを深めるシェフィールド。

 

 「ふふ、そう、左手、ね。「ガンダールヴ」とは、おあつらえ向きじゃない」

 

 「彼は……危険」

 

 母を救う秘薬という餌をぶら下げられた以上、タバサには、もはや否応はない。だが、ルイズを害しようとすれば、必ず、あの長身異形の亜人と対することになる。「キ」と呼ばれる正体不明の力を操る彼と正面からぶつかれば、勝てない。戦士として、いくつもの修羅場を潜ったタバサの勘が、そう告げていた。

 

 

 「心配は、いらないわ。その使い魔の相手は、わたしがしてあげる。あなたは、ただ友人を捕らえればいいのよ。そうすれば、愛する母親を救うことが出来るのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ある日の深夜、トリステイン魔法学院を構成する火の塔の横にひっそりと建つコルベールの研究小屋。

 

 その小屋の裏手に鎮座する異質な存在、タイムマシン。周辺には、コルベールが、この貴重極まりない研究対象を守る為に、ロサイスでも活躍した警戒装置「しらせるくん」の改良版、「しらせるくんグレート」を隙間無く配置していた。「しらせるくん」は、メイジとその魔法しか探知できなかったが、「グレート」は、ディテクトマジックだけでなく、コルベールが錬金で作成した極細の鋼線も張り巡らされており、その鋼線に触れれば、メイジ以外でも容赦なく警報の対象となる。

 

 しかし、コルベール曰く、鉄壁の警備体制も、長身異形の亜人の前では、何の役にも立たない。

 

 

 カチッ

 

 グ……グィイイン

 

 

 自らが、かけていたバリヤーを解除したセルは、キャノピー開放スイッチを押し、コックピットに乗り込む。セルの長身には、狭すぎる座席だが、身を屈め、マシンの計器類を確認する。

 

 「エネルギー残量は、ほぼゼロか。跳躍した時間軸は、エイジ763。わたしがトランクスを殺し、タイムマシンを奪い行った跳躍の到着先と同じ。どうやら、シエスタの曽祖父は、わたしが成熟のため地下に潜った後にマシンを発見し、偶然跳躍してしまったということか……」

 

 セルは、跳躍先の液晶パネルも確認するが、本来であればエイジ暦が表示されるはずが、完全に文字化けを起こしており、判読は不可能だった。セルといえど、超科学の産物であるタイムマシンの構造や原理を完全に理解しているわけではない。それでも、各箇所の調査によって、このタイムマシンは、いくつかの重要部品が欠けていることが判ったのだった。

 

 「跳躍の衝撃で脱落したか、あるいは……」

 

 

 何にせよ、このタイムマシンの再起動、再跳躍は、現時点では極めて困難である、とセルは結論付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第三十六話をお送りしました。

ロマリアもガリアもエルフも、セルの一撃で消滅させれば、一番楽な展開なんですが……

すいません、少し疲れているのか、超展開を夢想してしまいました……(ゴロ寝でおやつをパクつきながら)

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いします。


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 第三十七話

第三十七話をお送りします。

セル作成のための細胞採取者には、ヤムチャやチャオズ、ナッパも含まれていると作者は考えています。


 

 

 故国の英雄となったルイズだが、彼女が未だ十六歳の少女であり、魔法学院に在籍する一学生だという事実は、何ら変わってはいなかった。近衛特務官という官職にも就いてはいたが、アンリエッタ王女の計らいで有事以外は、学生としての身分を優先してかまわない、との職務規定を与えられていた。

 

 今、ルイズは学院の図書室で、主君にして幼馴染であるアンリエッタの心遣いを、若干恨めしく思っていた。彼女の目の前には、教科書や資料集、課題集などが積み上げられていた。

 

 「期末の試験の代替課題が全教科分に、休暇中の選択教科分の課題集に問題集一式、ね。提出期限は、ふふ、今週末かぁ……」

 

 使い魔品評会から、アルビオン潜入、そして「王権守護戦争」まで、激動の数ヶ月を過ごしてきたルイズは、突如襲来してきた日常の難敵を前に虚ろな瞳で呟いた。

 

 「うふふきのうのちゃかいのおかしとおちゃほんとうにおいしかったなぁ」

 

 「ルイズ、現実逃避したところで、課題が目の前から消えることはないぞ」

 

 背後に控える亜人の使い魔の容赦ない言葉に、机に突っ伏したルイズが、全く覇気を感じさせない口調で言った。

 

 「わぁかってるわよぉ、そんなことは。いいじゃない、少しぐらい、逃避したって……」

 

 「きみの学力ならば、この程度の課題、集中して取り組めば、二日とかからないだろう」

 

 魔法の実践を除く座学においてルイズの成績は、学院トップクラスである。使い魔の言う通り、集中さえできれば、騒ぐほどの分量の課題ではなかった。

 しかし、戦乱の大陸への単独潜入、大規模戦争への参陣と終結、宝探し旅行といった重要イベントを立て続けにこなしてきたルイズにとって、突然降って沸いたような、学院の課題処理などには、なかなか取り組む気力が湧かなかった。なにしろルイズは、宝探しで一気に暖かくなった懐具合も相まって、久しぶりにセルと二人っきりで王都にでも、繰り出そうかと考えていたところだったのだ。

 

 「そりゃあ、そうだけど……あ、セル、そういえば、あんたも頭は、かなり切れるわよね!?」

 

 顔を上げたルイズが、セルを振り返る。その顔には懇願の眼差しと期待の表情が浮かぶ。

 

 「わたしは、この地の文字を読み書きできないのでな。それに、救国の英雄にして名門ヴァリエール公爵家の令嬢ともあろうお方が、亜人の使い魔に学院の課題を肩代わりさせたなどと、公爵家の長姉や夫人の耳に入れば、どうなるか……」

 

 「ぐぬぬ……ご、ご主人さまを脅す気!?」

 

 「滅相もない、我が主よ」

 

 優雅な所作で、頭を下げるセル。そして、亜人の使い魔は、半泣きのご主人さまに折衷案を提示する。

 

 「課題を手伝う分には、わたしとしてもやぶさかではない。だが、さきに言った通り、わたしはこの地の文字に明るくない。そこでルイズ、きみがわたしに文字を教えてくれれば、それはお互いにとって利益となるだろう」

 

 そう言って、セルはルイズの横の席に座る。

 

 「し、しょうがないわね! ぶ、文盲の使い魔なんて、確かにわたしも困るし! でも、このわたしが教えてあげるんだから、早く読み書きできるようになりなさいよ、セル!」

 

 「努力しよう」

 

 使い魔と二人きりで、肩を寄せ合うようにして勉学に励む。なかなかに刺激的なシュチエーションに、ルイズの気力メーターが振り切れる。

 

 図書室の片隅で、勉学に励む奇妙な主従を遠くから見つめる者がいた。

 鮮やかな青髪を短く切り揃え、ある種の決意に満ちた表情を浮かべる美貌の少女、タバサだった。

 

 

 

 

 

 丸一日、学院の図書室に缶詰となった結果、ルイズは課題の大半を片付けることに成功した。なんだかんだで、ヤル気を出した彼女は、学院屈指の学力を遺憾なく発揮したのだ。一方のセルも、並ぶ者のない完璧な頭脳をもって、ハルケギニア大陸の標準語の読み書きをほぼマスターしてしまったのだった。

 

 

 特別措置として図書室で、夕食まで済ませてしまったルイズたちは、残りの課題を、明日にまわすことを決め、自室に戻ろうとした。ちょうどその時、コルベールが図書室に姿を見せ、セルに学院長室まで来るように、とのオールド・オスマンの伝言を伝えた。セルは、コルベールにルイズを自室まで送り届けるように頼み、学院長室に向かった。

 

 そのやり取りを見ていたタバサは、拳を固く握り締め、命令の遂行を決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あーセルくん、久しぶりじゃのう……」

 

 学院長室に入ったセルを出迎えたオールド・オスマンは、最後に会ったときより、かなり痩せこけており、目の下に深い隈が刻まれ、力ない様子で椅子に腰掛けていた。

 

 「まずは、礼を言わせておくれ。学院の生徒と教師を守ってくれて、ありがとう」

 

 「わたしは、何もしていない。すべてはルイズの力だ」

 

 「ほっほっほっ……あくまで、ミス・ヴァリエールを立てるか。それでこそ、「ガンダールヴ」じゃな」

 

 セルは、オスマンの言葉には答えず、応接用のテーブルの上に置かれていた古ぼけた本に視線を向けた。

 

 「さすがに気付いたようじゃな。そう、その本こそ、わしが王立図書館からこっそり借り受けてきた「始祖ブリミル」にまつわる書物、「異伝ゼロ・ファミリア」じゃ」

 

 「……」

 

 執務机から、応接用ソファーに移ったオスマンが、「異伝ゼロ・ファミリア」を手に取る。

 

 「さっそく、内容を伝え聞かせたいところじゃが、この本には、強力な暗号化魔法がかけられておってな。どうやら、先住魔法ではないようなのじゃが、このわしですら、一ページ翻訳するのに一ヶ月もかかってしもうたわい」

 

 「それで、そこまで消耗してしまったというわけか」

 

 セルは、オスマンの急激な疲弊は、書物の解読・翻訳作業のためだと推測した。だが、オスマンは皺くちゃの顔をさらにしかめて言った。

 

 「……うん、まあ、はずれではないがのう。セルくん、わしもこう見えて、敬虔なブリミル教徒を自認しておる。当然、ブリミル教の開祖であり、ブリミルの直弟子でもある「墓守」フォルサテを敬愛しておる……じゃが、なんというか、その、この書物の一ページ目を読んでしまってな、その敬意が薄れたというか、なんというか……」

 

 どうにも、歯切れの悪いオスマンだった。セルは、抜く手も見せない超スピードによって、オスマンから「異伝ゼロ・ファミリア」を奪う。

 

 「翻訳したという一ページ目は、標準文字か?」

 

 「う、うむ、暗号化魔法の解呪によって、標準文字に変換されておる。ところで、セルくん。きみは、文字が読めるのかね?」

 

 「今日、ルイズに習った」

 

 「な、なんと一日で文字を習得するとはのう……」

 

 感心するオスマンを尻目に、セルは「異伝ゼロ・ファミリア」を開く。序文に記されたフォルサテのサインに目を留めるセル。

 

 そして、一ページ目をめくると。

 

 

 『憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いあのアバズレども憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いわたしだけのブリミル様を憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いよくもたぶらかしやがって殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す使い捨ての使い魔のくせに殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すあのお方の子種はわたしだけの……以下自主規制』

 

 「……」

 

 一ページに延々と書き連ねられていたのは、強烈極まりない怨嗟の羅列だった。しかも、文字自体は非常に流麗な筆跡で、改行も一文字単位で正確に行われていた。所々に散見される文章には、身の毛もよだつような内容が克明に記されている。文字の美しさに極限まで反比例する内容。そして、これを著したのが、大陸宗教ブリミル教の開祖にして、始祖の直弟子であり「墓守」とも称されるロマリアの祖王フォルサテであるという事実。

 なるほど、ブリミル教徒が、この本を見れば、その受ける衝撃は並大抵ではないだろう。だが、セルにとっては、内容以外に気になるところなど無かった。

 

 「フォルサテは、女性だったのか?」

 

 「え、い、いや、伝承では、男性とされておる。一部には、女性説もあるがのう。始祖の系譜に連なる四王家の内、直系の子孫ではなく直弟子であるフォルサテが、始祖の力を受け継いだのは、始祖の死を看取る際に、その「虚無の力」を直接授けられた、というのが現在のブリミル教の伝承じゃからな」

 

 「ふむ、この本の内容とは、矛盾するな……実に興味深い」

 

 セルは、わずかに笑みを浮かべる。

 

 「……何この亜人怖い」

 

 思わず、自身の身体を両手で抱きしめるようにするオスマン。セルは、「異伝ゼロ・ファミリア」を応接テーブルに戻すと、踵を返しながらオスマンに言った。

 

 「また、進展があれば、呼び出してもらおう」

 

 「え、それだけ? もっと、こう……」

 

 

 バタン

 

 

 亜人の使い魔は、学院長室を辞した。ソファーに横になるオスマン。ぼそりと呟く。

 

 「……癒し系の美人秘書、探そうかのう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学院長室から退室したセルは、ルイズの部屋を目指して歩き始めたが、すぐに足を止める。彼女の「気」が、部屋から感じられないことに気付いたのだ。学院の周囲を探ると、建物からさほど離れていない平原にルイズの「気」があった。彼女の近くには、もう一つの「気」が感じられた。

 

 (タバサか。とすれば、動いたのはガリアだな。おそらく、こちらにも……)

 

 セルがいる本棟の廊下の先に一つの人影が浮かび上がる。灯りに照らされたのは、フードをかぶったルイズだった。一言も発さずにセルに対して手招きをする。「気」を感じられない以上、正体など探る必要もないのだが、セルはあえて誘いに乗ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フードのルイズに連れられた先は、「ルイズ」の「気」が感じられた平原と反対方向にある林の中だった。いつの間にか、先を歩いていたはずのルイズの姿は消えていた。

 

 「ふふ、亜人とは聞いていたけど、ここまで人間離れしているとはね」

 

 セルの背後から、黒いローブに身を包んだ女性が姿を現す。それは、ガリア王の使い魔シェフィールドだった。

 

 「さて「ガンダールヴ」の力、どの程度のモノかしら?」

 

 その隣に、全く同じ姿をした二人目のシェフィールドが現れる。さらに人影は増えていく。

 

 「勝手で悪いのだけど、あなたのご主人様をさらうまでの間、わたしに付き合ってもらうわ」

 「亜人とはいえ「ガンダールヴ」なら、武器の扱いはお手の物でしょうね」

 「でも、わたしの力も、なかなかのものよ」

 

 セルの周囲を十人以上のシェフィールドが、取り囲む。見た目や声色での判別は、全くつかない。すべてが同一人物としか思えぬ光景だった。

 

 かつて、ハルケギニアの王達は、戦争遊戯をより楽しむためにお抱えのメイジに特殊なガーゴイル、「スキルニル」を製作させた。それは、人間の血液をほんの一滴与えるだけで、その人間の姿や声だけでなく、習得した技術さえも再現するという失われた魔法技術の結晶だった。どのような熟練のメイジであろうと、スキルニルと本物の人間を見分けることは不可能なはずだった。

 しかし。

 

 

 スッ

 

 

 「……額のルーンから察すると、おまえが、神の頭脳「ミョズニトニルン」か」

 

 「!?」

 

 セルは、一瞬の躊躇もなく、本物のシェフィールドに向き直る。「気」を捉えることで、どれほどの遠方にいようとも、相手を特定し得るセルにとっては、造作もないことだった。

 

 (まさか、スキルニルの偽装を看破した? いや、まさか、ただのハッタリか、あるいは偶然か……)

 

 セルに対する警戒度を引き上げたシェフィールドだったが、すぐに余裕を取り戻すと、猛禽類のような笑みを浮かべ、言った。

 

 「ご明察よ、我が同胞、神の左手「ガンダールヴ」。いずれ、同じ「虚無の使い魔」とは巡り合うと思っていたけど、こんな形になるとは想像していなかったわ」

 

 「わたしの主をさらう、と言ったな」

 

 「ええ、今頃は、親しいはずの友人に裏切られたあげく、拉致されて、さぞや悲しんでいるでしょうね。トリステインの「虚無の担い手」は」

 

 あからさまな挑発であったが、セルは何時もと変わらぬ様子で言ってのける。

 

 「ルイズは、このわたしの主だ。たとえ、相手が友であろうと、凄腕のメイジであろうと、おさおさ後れを取るわけがなかろう。神の頭脳と呼ばれながら、その程度の事も解からぬとはな。おまえも、おまえの主も、底が知れるというものだな」

 

 「き、貴様っ!」

 

 自分のみならず、敬愛する主さえも侮辱されたと感じたシェフィールドは、激昂すると、周囲に潜ませていた百を超えるガーゴイルを呼び寄せる。

 

 「そこまで言うならば、貴様の力を見せてもらおうか!」

 

 神の頭脳「ミョズニトニルン」たるシェフィールドは、魔力に関係なく、あらゆるマジックアイテムを自由自在に操ることが出来る。ハルケギニアにおいて、最も高度なガリア製の戦闘用ガーゴイルを百騎単位で運用することすら、容易であった。

 

 「このガーゴイルどもは、特別製だ! 一体一々が、メイジ殺しと恐れられるほどの戦闘力を持っている。たった一匹の亜人ごときが対抗できるものかっ!」

 

 

 その言葉を合図に、ガーゴイルの群れがセルに襲い掛かった。セルは、自身の右手にわずかな「気」を集中させ、人の頭ほどの光球を生み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドグシャッ!

 

 

 最後の槍騎士型のガーゴイルが、打ち砕かれる。装甲も特別製のはずのガーゴイルを一撃で破壊した光球が、上空を旋回し、セルの周囲に帰還する。シェフィールドが、帯同させた百騎を超える戦闘用ガーゴイルと十騎のスキルニルは、すべてが粉々に打ち砕かれ、彼女とセルの周りに散乱していた。

 

 「そ、そんな……」

 

 もはや、シェフィールドに数分前の余裕など微塵も残されてはいなかった。驚愕の視線の先では、最初から一歩も動いていないセルが、悠然とその長身異形の姿をさらしていた。その周囲には、人の頭ほどのサイズの浮遊する光球が、無数に滞空していた。

 

 かつて、セル誕生のために、意図せずして細胞を採取された多くの武道家の中にヤムチャという男がいた。彼が得意とした気功技が「繰気弾」である。それは、手のひらに生み出した「気」の光球を自在に操作し、敵を撃つ必殺技だった。セルは、それにアレンジを加え、無数の光球を操作可能とした「拡散繰気弾」を編み出したのだ。

 超高速で飛来する「繰気弾」の群れの前に、ガーゴイル軍団は全くの無力だった。余裕の腕組みのまま、セルは人ならざる口元を歪め、言った。

 

 「どうしたのだ? さっきまでの勢いは……笑えよ、ミョズニトニルン」

 

 

 ゾッ

 

 

 シェフィールドの全身が総毛立つ。事ここに至って、ようやく彼女は、自身が相対している長身異形の亜人が、「ガンダールヴ」である以前に次元の違う存在であることを悟った。すぐさま上空から降下させた怪鳥型のガーゴイルに飛び乗るシェフィールド。手持ちの戦力をすべて失った以上、残された道は撤退しかない。図ったかのように、タバサに張り付けていた監視用のガーゴイルからも、担い手の拉致失敗の報が入る。

 

 「くそっ! あの役立たずの小娘が!」

 

 自分の失態については棚上げし、タバサをなじるシェフィールド。眼下の亜人が小さくなるにつれ、ようやく冷静さを取り戻す。

 

 「まさか、「ガンダールヴ」があれほどの化け物とは。例え「ヨルムンガンド」が完成したとしても、今のままでは……」

 

 この時、シェフィールドはジョゼフから命じられていた「ヨルムンガンド」製作の方針を大幅に修正せざるを得なくなった。

 

 

 

 

 

 

 通常の飛行型ガーゴイルとは、比べ物にならない速度で、飛び去っていくシェフィールド。だが、セルから見れば、止まってるも等しい。すでに豆粒ほどにしか見えぬほど遠ざかったシェフィールドに右手の人差し指を差し向けるセル。

 

 「デスビーム」、フリーザと呼ばれた凶悪な異星人が得意とした技である。人差し指から放たれる光線は、秒を置かず、シェフィールドとガーゴイルを跡形も無く、蒸発させるだろう。だが、死の閃光が放たれることはなかった。

 

 (奴の「気」は捉えた。始末は、いつでもできる。ここは、分身体の主のさらなる覚醒に利用させてもらおう……さて、我が主は)

 

 

 セルは、自身の主の下へ帰還するべく、瞬間移動を発動した。

 

 

 

 

 

 

 




第三十七話をお送りしました。

シェフィールドの敗北を予想するとは……

ハーメルンの読者は、「エピタフ」を使えるのかっ!?

……作者は後、何回出来レースを描けばいいのだろうか。


ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いします。


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 第三十八話

お久しぶりです。第三十八話をお送りします。

前話の「繰気弾」に限らず、本SSのセルには、様々なDBの技を駆使させたいと考えています。


 

 

 自身の使い魔であるセルとの課題処理を、ひとまず終えたルイズは、コルベールに付き添われて自室に戻った。一息ついたルイズは、学生服をその場で脱ぎ捨て、下着姿になると、体操でもするかのように両腕を高く伸ばした。

 

 「おいおい、嬢ちゃん。旦那は、用があって学院長室に行ったんじゃねえのかい?それとも、そりゃあ最近貴族の間で流行ってる美容体操かい?」

 

 机の上に置かれたインテリジェンスロッド、デルフリンガーのからかい混じりの問いに、下着姿のまま赤くなるルイズ。つい、いつもの癖でセルの念動力による寝巻着への着替えのためにスタンバイしてしまったのだ。

 

 「う、うるさいわね! あ、あんたには関係ないんだから、黙ってなさいよ、デルフリンガー!」

 

 「まったく、嬢ちゃんも随分、旦那に懐いたもんだぜ」

 

 「ばっ!」

 

 デルフリンガーの言葉に、さらに頬を赤く染め抜いたルイズは、すぐさまデルフリンガーを引っ掴むと、杖の両端を持って力任せにしならせる。

 

 「ば、馬鹿じゃないの、あんた! せ、セルは、三歳の亜人の使い魔なのよ! 懐いたって言うんなら、あいつの方でしょうが!」

 

 「へへ、悪かった、悪かったって!……ちょ、ミシミシいってる、ミシミシいってるっての!!」

 

 

 

 

 破壊の危機をなんとか免れたデルフリンガーは、僅かに間を置くと、いつもとは違う真剣な声色で、ルイズに言った。

 

 「なあ、ルイズの嬢ちゃん。ちょうど、セルの旦那はいねえ。あんたが言った通り、旦那は嬢ちゃんに基本付きっきりだ。だから、こんな機会は、次いつ来るかわからねえ。そんなわけで、今聞いときたいんだが・・・・・・嬢ちゃんは、旦那の事をどう考えているんだ? 一応、断っておくがホレタハレタの話じゃねえぞ」

 

 愛用の杖からの唐突な質問に、最初赤面したルイズだが、デルフリンガーのいつになく冗談抜きの低い声の問いに表情を引き締めると自身の杖に言った。

 

 「あんたが、聞きたいのは、セルを信用できるのかどうかってことよね……そんなの、できるわけないでしょっ! 東方の亜人だ、「キ」の力の応用だって言えば、何でも済むと思ってんのか知らないけど、系統魔法も使わずに飛行はするわ、巨大な岩は持ち上げるわ、わたしに「虚無」の魔法を目覚めさせちゃうわ、あげくにアルビオンからトリステインまで、一瞬で往復しちゃう瞬間移動ですって!? どんだけ、ハルケギニアの常識に喧嘩売れば、気が済むのかしら、あの馬鹿使い魔! そんな奴を信用だなんて、ちゃんちゃらおかしいわよ!」

 

 日頃溜め込んでいたものを開放するかのように、憤懣やるかたない様子で自身の使い魔をこきおろすルイズ。しかし、ふいに表情を変えると。

 

 「……でもね、あいつは、セルだけは、わたしの力を認めてくれたの。「ゼロ」と云われ続けたわたしの元に、来てくれて、わたしを主と認めてくれたの。もしかしたら、それすらも、セルの計算どおりだったのかもしれない。でも、わたしには、それで十分だったわ。わたしがセルを信じるためには……」

 

 「嬢ちゃん、あんたは……」

 

 持ち主である十六歳の少女の独白に、言葉を失うデルフリンガー。ルイズは、とても優しい、澄んだ表情で語り終えると、静かに俯いた。

 

 「オレっちが悪かったよ、嬢ちゃん。あんたは、旦那の……」

 

 

 ガシッ

 

 

 皆まで言わせず、再度デルフリンガーを掴むルイズ。

 

 「あんたは、知ってしまったわ。誰も知らない、わたしの心の内を。知ってはならない事を知ってしまった者の末路は、何時の時代でも、何処の国でも、たった一つよ……」

 

 俯いたまま、語るルイズの声色は、デルフリンガーをして、未だかつて聞いたことがないほど、平坦で、冷たく、容赦を感じさせない凄味に満ちていた。

 

 「あ、あ、あの、嬢ちゃん? い、いや! ルイズお嬢様わたくしめの口は海王貝よりも固くどのような秘密でも決して洩らしません! いやほんとに!だからお願いやめてぇ!!」

 

 「これをやるのは、ほんとに久しぶりだわ……バイバイ、デルフリンガー」

 

 ルイズは、詠唱を開始した。「虚無」ではなく、コモンマジックでもない。純粋な系統魔法「ファイア・ボール」だ。目標は、魔法の発動体であり、彼女の心底にある想いに触れてしまった迂闊なる愚者、デルフリンガーだった。

 

 「ファイア・ボール!!」

 

 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

  

 ボッ!

 

 

 「ファイア・ボール」は、発動しなかった。しかし、かつてのルイズの代名詞ともいうべき大爆発も起きなかった。見ると、デルフリンガーの肉体であるルイズ愛用の杖の先端が、若干こげていた。ルイズの詠唱した呪文は、デルフリンガーの「肉体」ではなく、以前セルが強靭だといった彼の「自意識」に向けて発動したのだった。

 

 

 

 

 「マジで死ぬかと思った……」

 

 

 シュ

 

 

 デルフリンガーの呆然とした呟きと同時に、ルイズの部屋の扉と床の隙間から封筒が滑り込んできた。

 

 「あら、誰かしら?」

 

 何気なく封筒を拾い上げるルイズ。そっと部屋の扉を開き、廊下を確認する。部屋の左右の廊下には人影は見当たらなかった。首を傾げたルイズは、自分が下着姿なのに気付くとあわてて扉を閉めた。

 

 「タバサから? 珍しいわね、直接言えばいいのに……」

 

 封筒には、青髪の友人の名が記されていた。封筒を開け、中身を確認するルイズ。

 

 「えーと……あなたの使い魔について、重大な事実が、判明した。ガリア王立機密図書館で発見された古文書に詳細が記されている。あなただけに伝えたいので、この手紙を確認したら、すぐに学院西のエスト平原の一本杉に来て欲しい、タバサ」

 

 読み進める内に表情を引き締めたルイズは、すぐに脱ぎ捨てた学生服を着直すと、僅かに煙を燻らせるデルフリンガーを掴むと部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 できるならば、傷つけたくない。

 

 それは、タバサの偽りない本心だった。

 

 学院のすぐに西にあるエスト平原、その真ん中に立つ一本杉。その周囲に僅かに自生し、自身の姿を覆い隠す程度に成長した下草に紛れながら、タバサは、自身の「友」であり、「獲物」でもある少女を待っていた。

 

 

 ザッザッザッ

 

 

 「……来た」

 

 ルイズの姿を確認したタバサは、意識を集中させ、詠唱を開始した。「友」を捕らえるために。

 

 「イル・ウォータル・スレイプ・クラウディ……」

 

 

 

 

 

 

 「あれ、タバサはまだ来てないのかしら?」

 

 一本杉に到着したルイズは、幹に手を添えながら、周囲を見渡した。時刻は夜だったが、天空の双月から振り注ぐ月光によって、周りの様子はある程度確認できた。

 

 「変ね、霧が出てきたわ。こんなに晴れてるのに……」

 

 突如、一本杉の周囲に発生した青白い霧は、ゆるやかにルイズに近付いてきた。

 

 「こ、こいつは!? 嬢ちゃん、逃げろ!「スリープ・クラウド」だっ!」

 

 「え?」

 

 眠りの雲と呼ばれる「スリープ・クラウド」は、水属性の高位魔法の一つであり、青白い雲とも霧ともつかない気体を発生させ、対象を深い眠りへと誘う、相手を傷つけずに無力化するには、最適の魔法だった。また、インテリジェンスロッドであるデルフリンガーは、攻撃魔法は吸収することができたが、幻覚や催眠などの精神作用系の魔法を吸収することは出来なかった。タバサもデルフリンガーも、次の瞬間には、ルイズは意識を失い、その場に倒れ伏してしまう、と予想した。

 ところが。

 

 「別にどうにもならないわよ、これ。ただの霧なんじゃないの?」

 

 ルイズは、「スリープ・クラウド」の青白い霧に包まれながらも、平然としており、手を振って周囲の霧を払った。

 

 「え、マジか?嬢ちゃん、何時の間に……って、自前の「虚無」を編み出してりゃあ、当然か」

 

 スリープ・クラウドの効果は、絶対ではない。対象者のレベルが、術者を大きく上回る場合は、著しく効果が減退するのだ。

 

 「……」

 

 下草の茂みに潜んでいたタバサは、思わず下唇を噛み締める。仮にも「救国の英雄」と呼ばれているルイズを侮っていたわけではないが、タバサが渾身の魔力を込めた「スリープ・クラウド」をほぼ完全に無効化してしまうとは、予想外だった。可能な限り、穏便に済ませたかったが、もはや手段を選んではいられない。シェフィールドと名乗った伯父王の使いは、単独で無数のガーゴイルを操って見せたが、それでも、ルイズの使い魔である亜人には対抗できないだろう。彼が駆けつける前に決着をつけなければ。

 

 タバサは、身を起こし、茂みから姿を見せた。

 

 「タバサ、そんなところで待ってたの? あ、それより、あなたの手紙にあったセルの……」

 

 友人の姿を見つけたルイズは、無防備にタバサに走り寄る。瞑目していたタバサは、決然として両目を見開くと、すぐさま詠唱をはじめる。

 

 「え、タバサ、どうしたのよ?」

 

 「嬢ちゃん! オレを青の嬢ちゃんに向けろ、急げ!!」

 

 「は? あんた、何を……」

 

 「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース!」

 

 タバサの詠唱が完了し、彼女の周囲に複数の氷の槍、「ジャベリン」が形成され、間髪入れずにルイズに向かって飛翔する。

 

 「きゃあっ!」

 

 ルイズが、デルフリンガーを握っていた右手を無意識に前方へ突き出す。

 

 

 ズオォォォ!!

 

 

 氷の槍は、すべてデルフリンガーの短い杖に吸収された。その様子を確認したタバサは、わずかに驚きを示すと続けて詠唱を開始した。

 

 「ち、ちょっと、タバサ、いきなり何するのよ!? 遅れたからって、そんなに怒ることないでしょう!?」

 

 突然、友人から攻撃魔法をお見舞いされたルイズは、自分より小柄な青髪の少女にくってかかる。だが、タバサはそれを無視して詠唱を続けた。

 

 「ラナ・デル・ウィンデ!」

 

 不可視の風の塊が槌となってルイズに襲い掛かるが、またしてもデルフリンガーに吸収される。

 

 「青の嬢ちゃんは本気だぜ。本気でおまえさんを仕留めるつもりだ!」

 

 「な、馬鹿いってんじゃないわよ! なんで、タバサがわたしを……冗談でしょ、タバサ、ねえ!」

 

 杖の警告を一蹴したルイズは、タバサに問いかける。タバサは、詠唱を中断すると、いつも以上に無感情な声で言った。

 

 「……あなたを捕らえる。抵抗しないで」

 

 「と、捕らえるって……ど、どういうことよ!?」

 

 「……命令だから」

 

 一瞬だけ、目を逸らしたタバサが、ルイズに告げた。

 

 「め、命令って……」

 

 淡々と告げるタバサに、絶句するルイズ。続けざまにタバサの攻撃魔法が襲いかかってくるが、すべてデルフリンガーに吸収されてしまう。二人の争いは膠着状態に陥ろうとしていた。

 

 

 「タバサ! お願いだから、説明してよ! 命令でわたしを捕まえるって、一体誰の命令よ!? なんで、あなたがそんなことをするの!?」

 

 「……」

 

 タバサには、説明したくてもできない訳があった。シェフィールドが念のためと称して、監視用のガーゴイルをタバサに張り付けさせていたのだ。ここで下手なことをしゃべれば、自分だけではなく、旧オルレアン邸に軟禁されている母にも累が及びかねない。しかし、このままではいたずらに時間だけが過ぎてしまう。すでに相当数の魔法を放ってしまったため、精神力も心もとない。タバサは、接近戦でルイズを制圧するため、最後の魔力を振り絞り、ルイズの視界を奪うため「アイス・ストーム」の詠唱を開始した。

 

 「タバサ、どうして……」

 

 一方のルイズは、タバサの様子にただならぬモノを感じていた。いつもは、無表情、無感情のタバサが、何を考えているのか、明瞭にはわからないルイズだったが、今のタバサからは、焦りと何かしらの苦しみに耐える様子が垣間見えていたのだ。

 

 「嬢ちゃん、次はやべえぞ。青の嬢ちゃんもこれ以上の魔法は無駄だと見て、肉弾戦を仕掛けてくるはずだ。嬢ちゃんより、ちんまいとはいえ、実戦経験はあっちが上だ。組み合いになれば、勝ち目はねえぞ」

 

 「でも、タバサなのよ? 彼女がなんで……」

 

 「嬢ちゃん、しっかりしろっ!さっきからおかしいと思ってたんだ。なんで、旦那が来ないのかってな。嬢ちゃんに危機が迫れば、大陸の反対にいたって、旦那は一瞬で駆けつけるはずだ。なのに、姿をみせねえのは、旦那も襲われてるからじゃあねえのか?」

 

 「! せ、セルが!?」

 

 デルフリンガーの言葉にハッとするルイズ。確かに「気」を察知し、瞬間移動まで操るセルがこの状況にいつまでも、気付かないわけがない。とすれば、セルにも何らかの魔の手が迫っているかもしれない。そう考えたルイズは、決意に満ちた声で言った。

 

 「わたしがセルを助けなきゃ!!」

 

 「その意気だ、嬢ちゃん! まずは……」

 

 「いくわよ、タバサ! ええええいっ!!」

 

 デルフリンガーに最後まで言わせず、ルイズはタバサに向けて突進した。わずかな動揺を隠してタバサは「アイス・ストーム」を発動させると、自身も氷の嵐を追うように走り出した。「アイス・ストーム」は恐らく、ルイズの杖に吸収されるだろうが、一瞬彼女の視界も遮られる。その隙に肉薄し、押さえ込んでしまえばいい。

 

 

 ズゴォォォォォ!!

 

 

 鋭い氷の粒を多量に含んだ嵐は、確かにデルフリンガーに吸収された。嵐が消え去ると、ルイズとタバサはお互いがすぐ目の前に迫っていることに気付いた。ルイズは、思わず、走りながら目をつぶってしまう。それを見て取ったタバサは、わずかに身体をずらし、ルイズの身体を地面に押さえ込もうとする。

 

 二人の少女が交錯した。

 

 

 バヂッ!

 

 

 「! なっ!?」

 

 ルイズの身体を押さえ込もうとしたタバサは、何かに弾き飛ばされたように宙を舞った。受身を取り損ね、背中を強かに地面に打ってしまう。ルイズが目を開けると、タバサは数メイル先の地面に倒れ伏していた。

 ルイズの身体には常時、セルが展開したバリヤーが張り巡らされていたのだ。あらゆる外的干渉を遮断するバリヤーの前では、眠りの雲も花壇騎士の少女の体術も、すべてが無効化され、弾かれてしまうのだ。

 

 「え、タバサ? なにが起きたの?」

 

 状況を把握できないルイズに、デルフリンガーが発破をかける。

 

 「とにかく今だ、嬢ちゃん! 押さえちまえ!!」

 

 「わ、分かったわ!」

 

 ルイズは、倒れているタバサに飛び掛り、自身の体重と念力のコモンマジックでタバサを制圧してしまう。背中の痛みに顔をしかめるタバサにルイズが語りかける。

 

 「こうなった以上、わたしの勝ちよ、タバサ。あなたには、色々全部、説明してもらうわ。セルの件も含めて」

 

 「……」

 

 わずかに動く顔をそむけ、拒否の意思を示すタバサ。

 

 「ねえ、タバサ……あなたにこんな命令を出したのが、誰かは知らないけど、あなたが、望んで従ってはいないことぐらい、わたしにはわかるわ」

 

 「……ルイズに何がわかる」

 

 振り絞るように言ったタバサの言葉に、ルイズは大きく息を吸うと、声を大にして言った。

 

 「わかるに決まってんでしょッ!! 大切な友達が、今まで見たことないくらい、辛そうにしてるんだから!!」

 

 「!!」

 

 「あんたは、自分では無表情、無感情で心の内をうまく隠しおおせているとか思ってんでしょうけど、わたしやキュルケとかはちゃんと見てるのよ!! あんた、ちょっとは、友達を頼りなさいよぉ!!」

 

 ルイズは、荒い息をつきながら、タバサを見下ろしていた。タバサも、しばらくは顔をそむけていたが、何かを決めたのか、ルイズの目を見据える。そして、何かを言おうとした、その時。

 

 

 

 「ちょっと、あんたたち!! 何してるのよ、やめなさぁい!!」

 

 「双方とも退きたまえ!! 杖を置きなさい!!」

 

 学院の方向から大声を上げて、駆けつけてきたのは、姿の見えない二人を探していたキュルケとコルベールだった。二人の登場に、一瞬気を緩め、念力を解いてしまうルイズ。その隙を見逃さなかったタバサは、彼女の下から抜け出すと、口笛を鳴らす。

 

 

 ピィィィ

 

 

 「きゅいきゅいきゅい!!」

 

 間を置かず、降下してきたのは、タバサの使い魔シルフィードだった。すばやくシルフィードに飛び乗ったタバサは、ルイズ達に一瞥をくれると、風竜とともにその場を後にした。

 

 「タバサ、どうして……」

 

 ルイズの呟きに答えるものは、誰もいなかった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風竜に跨り、飛び去って行くタバサと、地上に残され、それを見送るルイズ達を上空から、観察していた長身異形の亜人セルは呟いた。

 

 「双方共に、ほぼ無傷で決着したか、理想的だな。分身体の情報によれば、タバサもガリア王族の血統を継ぐ者。可能性を持つ者は、多いに越した事はない。そして、これでガリア介入への大義名分も立つというものだ……」

 

 セルは、今度こそ主の下へ戻るべく、瞬間移動を発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第三十八話をお送りしました。

セルが出ない戦闘だと、外伝や断章のようにどうも長くなってしまいます。

ご感想、ご批評ほど、よろしくお願いします。


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 第三十九話

お久しぶりです。第三十九話をお送りします。

気付いたら、師走に突入していました。

年内に後、何回更新できるだろうか……


 

 

 「ミス・ヴァリエール、一体何があったのか、説明してもらえないだろうか。」

 

 「……それが、わたしにもよくわかりません。タバサに呼び出されて、ここで落ち合ったら、いきなり攻撃魔法を撃って来て、問いただしたら、命令でわたしを捕まえるって……」

 

 「命令ですって!? タバサがそう言ったの!?」

 

 学院近くに位置するエスト平原の一本杉のそばでルイズは、駆け付けてきたコルベールとキュルケに状況を説明しようとしていた。タバサの不可解な行動が、命令によるものだと聞いたキュルケは、顔色を変えてルイズに問いただした。

 

 「たしかに言ったわ。でも、誰からの命令かは、教えてくれなかったわ」

 

 「……そうでしょうね。言える訳がないわ」

 

 キュルケは、自身の爪を噛みながら、言った。

 

 「ミス・ツェルプストー、心当たりがあるのかね?」

 

 「……はい。でも、まさか、こんなことを……」

 

 「キュルケ、あんた何か知ってるの?」

 

 ルイズたちに問われたキュルケは、二人から顔をそらし、しばらくの間、黙っていた。

 

 

 ヴンッ!

 

 

 「わたしにも聞かせてもらおう」

 

 三人の背後から、おなじみの良い声が響いた。

 

 「セル!!」

 

 振り返ったルイズは、長身異形の亜人の使い魔が無事なことを確認すると、我知らず、抱き着いていた。

 

 「無事だったのね! 襲われたりしなかった!?」

 

 「襲撃はあったが、問題なく返り討ちにした。相手は逃がしてしまったがな」

 

 全くいつもと変わらぬ声色で話すセル。自分にへばりつく、半泣きのご主人さまの頭に軽く手を乗せる。気恥ずかしくなったルイズは、頬を染めつつ、セルから離れて、照れ隠しにわめいた。

 

 「ご、ご主人様の危機に何モタモタしてたのよ!? ぱぱっと片付けて、すぐに駆け付けるってのが、あんたの務めでしょ!?」

 

 「我が主なら、例え腕利きのメイジが相手でも、そうやすやすと後れを取るはずがない、と判っていたからな」

 

 「そ、それは、そうかもだけど……」

 

 使い魔の返しに、もごもごと答えるルイズ。あまりに突然なセルの登場に面食らっていたコルベールが、気を取り直して質問した。

 

 「せ、セルくん、きみも襲撃を受けたのかね?」

 

 「そうだ。タバサの名こそ出さなかったが、ルイズの拉致をチラつかせていた事から考えて、双方が示し合わせて動いていたのは、間違いないだろう。こちらの襲撃者は、ガリア製だというガーゴイルの軍団を率いていた」

 

 コルベールの質問に淀みなく、答えるセル。自分を襲ったのが、「神の頭脳」ミョズニトニルンであることは、現時点では、伏せるべきだとセルは判断した。キュルケは、セルの「ガリア製のガーゴイル」という言葉に反応する。

 

 「ガリアのガーゴイル。じゃあ、やっぱり……」

 

 「キュルケ、あんたが知っていることを教えて。タバサは、自分から望んで、やったわけじゃないわ……あの子、すごい辛そうだったもの」

 

 「ルイズ……そうね、いつかはこんな日が来るとは、思っていたわ。あの子は、タバサはね……」

 

 タバサの一番の親友であるキュルケは、少しずつ青髪の少女の境遇を語りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガリア王国の留学生タバサには、もう一つの、いや本当の名前があった。

 

 シャルロット・エレーヌ・オルレアン。

 

 ガリア王弟にして、オルレアン公たるシャルル王子の息女。一言で言えば、正真正銘のお姫様である。順当な扱いであれば、ガリア王位継承順位も、第三位から第五位に食い込んでいただろう。

 彼女の父、シャルルはわずか十二歳でスクウェアクラスに達するほどの天才的な魔法の才を持ち、その人柄は万人を魅力し、あらゆる面で他者を凌ぐ能力を備えていたという。もし、シャルルがガリア王家の長子であったなら、様々な事柄が、収まるべき所に収まっただろう。

 だが、シャルルには、兄がいた。すべてにおいて、シャルルより、大きく劣った能力しか持たぬ兄、ジョゼフである。有能な弟と出来損ないの兄。この兄弟評は、ジョゼフ自身も含めたガリア国民の総意だった。

 

 それは、悲劇をもたらした。

 

 先王崩御の直後、次期国王となったジョゼフは、実の弟シャルルを暗殺した。さらにタバサの母であるオルレアン公夫人は、タバサをかばう形で毒をあおり、心を喪ってしまう。残されたタバサは、表向き、即位した伯父王の温情により、助命され、トリステイン魔法学院への留学を許された。実際には、潜在的な王弟派を抑える保険として、生かされたのだった。

 

 「……類稀な傑物として、諸国に知られたオルレアン公が、急死した時は、様々な憶測が流れたものだが、よもや、そのような……」

 

 キュルケの話を聞いたコルベールが、苦い顔で呟く。親友の境遇を語ったキュルケは、さらに怒りの表情を浮かべ、言った。

 

 「それだけじゃないわ。ガリアの連中は、国内で厄介事が起こると、あの子をわざわざトリステインから呼び寄せて、解決させようとするのよ。しかも、解決できればよし、たとえ万が一のことがあっても、任務中の事故なら、国内も納得する、なんて言って……」

 

 「そ、そんなのひどすぎるわ!!」

 

 想像を超える友人の境遇に、怒りを露にするルイズ。目には僅かに涙が滲んでいた。

 

 「しかし、ガリアはなぜ、ミス・ヴァリエールを……ここ、最近のガリアは、我がトリステインとアルビオンにとって、最大の支援国だったのは間違いない。「王権守護戦争」で、大陸中が反「レコンキスタ」の動きで一致したのは、ガリアの支持が最大の要因だったというのに……」

 

 思案顔で呟くコルベール。

 

 「ロンディニウム平原の戦いで、ルイズが見せた力に恐れを為したか」

 

 それまで、黙っていたセルが、いつもと同じ落ち着き払った声で言った。

 

 「うーむ、やはり、その可能性が高いだろうね。わたしも、直接は見ていないが、観戦武官の報告から、彼女の力を過剰に意識した所為かも……」

 

 「そんなことより、タバサよ! あの子、敵だらけのガリアに戻ったら、どんな目に遭わせられるか!」

 

 「大丈夫よ、あの子は抜け目ないもの。しばらく、どこかに身を隠してから、わたしたちに連絡をくれると思う。待ちましょう、ルイズ」

 

 「キュルケ……」

 

 自分より、付き合いの長いキュルケが、タバサを心配しないわけがない。それでも、親友を信じようとするキュルケを前にして、ルイズは俯いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ガリア王国地方都市アランス。

 

 トリステインとの国境沿いに位置する宿場町にタバサは、潜伏していた。宿場の中では、比較的上等な宿の一室でタバサは、杖を握ったまま、部屋の床に座っていた。壁の一点を見つめたまま、すでに数時間が経過している。

 

 「……お姉さま」

 

 タバサは、一人ではなかった。部屋内には、もう一人の女性がいた。年の頃は二十歳ほど、美しい青髪を長く伸ばしており、腰まで届いている。「姉」と呼んだが、タバサの妹ではない。彼女の名は、イルククゥ。またの名をシルフィード。タバサの使い魔であった。

 表向きは、風竜とされていたシルフィードだが、実際には、「風韻竜」と呼ばれる古代竜の末裔であった。韻竜は風竜よりも、遥かに知能が高く、人語を解し、姿を変化させる先住魔法をも操る高等幻獣だった。しかし、人間の間では、数百年前に絶滅したと考えられており、余計な騒動を嫌ったタバサの指示で、ただの風竜として、普段は振舞っていたのだ。

 

 タバサの境遇を把握しているイルククゥは、敬愛する主の立場が非常に危険な状態であることも理解していた。イルククゥが、再度、声をかけようとした時、開いたままの窓から、一羽のカラスが迷い込んできた。本物ではなく、ガーゴイルだった。

 

 「……」

 

 伝令用のガーゴイルの中に収められていた書状を読むタバサ。書状には、ガリア王家の印が押されていた。

 

 「お姉さま、なんて?」

 

 「……シャルロット・エレーヌ・シュヴァリエ・ド・パルテル。右の者、王命に背きし罪により、シュヴァリエ称号及び身分を剥奪する。追って書き。上記の者の生母、旧オルレアン公爵夫人の身柄を王権により拘束する。保釈金交渉の権利を認める由、上記の者は、一週間以内に旧オルレアン公邸に出頭せよ」

 

 「お、お姉さまのお母さまを!?」

 

 罠だ、そう伝える前に、主は、イルククゥに飛翔を命じた。強い意志を込めた蒼い瞳に、イルククゥは、否と言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハルケギニア屈指の景勝地であるラグドリアン湖のほとりに建つ古ぼけた屋敷。タバサが幼少時を過ごし、今も心を喪った母が、静養という名の軟禁の憂き目に遭い続けている因縁の地。屋敷の門の上部には、ガリア王家の紋章が設えられていたが、そこには大きくバツ印が刻まれていた。王家としての身分も名誉も奪われた証たる不名誉印である。

 

 タバサは、決然とした表情で、屋敷内に足を踏み入れた。待っているように命じたはずの使い魔が、主の後をついてくる。

 

 「すぐに済むから、待ってて」

 

 振り返り、六メイルの青い竜に言い聞かせるタバサ。

 

 「きゅいきゅい!」

 

 だが、イルククゥは首を横に振る。屋敷内に待っているのは、王国の用意した強力な刺客だ。誰よりも優しく、強い心を持ち、世界で一番大切なご主人さまをたった一人で死地に行かせるわけにはいかない。だが、タバサはそっとイルククゥの鼻を撫でながら、言った。

 

 「あなたがいれば、わたしにも、まだ帰れる場所がある。だから、待ってて」

 

 自分に触れる小さな手の感触に、涙がこぼれるのを我慢できない。イルククゥは、大きく頷くと上空に向かって羽ばたいた。

 

 「……ありがとう」

 

 小さく呟いたタバサは、表情を改めると、屋敷に向かって歩みはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷内は、無人だった。本来なら、執事であるペルスランや幾人かの使用人が、出迎えてくれるはずだが、その気配もない。自身の身長より長い無骨な杖を携えながら、母の居室を目指すタバサの魔力は、怒りによって増大していた。その魔力は、すでにトライアングルクラスではない。迸る魔力がタバサの周囲の空気すら、冷却していた。

 

 

 ギィィ

 

 

 公爵夫人の居室の扉が、開く。だが、部屋内のベッドにタバサの母の姿はなかった。その代わりに。

 

 「来たか、それも一人で……北花壇騎士タバサ」

 

 部屋で待ち構えていたのは、一人のメイジだった。羽帽子を被った長身の貴族で、長髪と整った口髭が特徴的な男だった。

 

 「母をどこへやった?」

 

 タバサの問いに男は、落ち着いた口調で答えた。

 

 「きみのご母堂は、今朝方アーハンブラ城に移送された」

 

 

 ギリッ

 

 

 タバサは、歯噛みした。アーハンブラ城は、ガリア東端の要塞であり、元々はエルフが建設したものだが、人間領とエルフ領の境界線上に位置していたため、歴史上幾度と無く激戦の地となった。数百年前の戦いで、人間側が奪取して以来、ガリア領となっていたが、城砦としての規模は小さいため、現在は廃城も同然の状態だったはず。

 廃された王族の終着の地としてふさわしいとでも、思ったのか。タバサは、伯父王に対する怒りをさらに増大させた。

 

 「そして、わたしの役目は、きみを捕らえ、同じくアーハンブラ城へ連れ去ることだ」

 

 そう言って、羽帽子のメイジは、レイピアの形状をした戦闘用の杖を抜き放った。

 

 「わたしは……そう、わたしは、ただのワルドだ」

 

 男の自己紹介には、応えず、タバサは、ウィンディ・アイシクルを放つ。

 

 「エア・シールド!」

 

 攻撃を予期していたワルドは、防御魔法を発動させ、危なげも無く、タバサの放った氷の矢を防ぐ。間髪入れず、ワルドも攻撃魔法を詠唱する。

 

 「デル・ウィンデ! エア・カッター!」

 

 ワルドの杖から、迸った不可視の風の刃が、タバサに迫る。

 

 「アイス・ウォール!」

 

 タバサの前に出現した氷の壁が、自身と引き換えに風の刃から、タバサを守って消滅する。

 

 強い。タバサは、相対した男が、スクウェアクラスの凄腕メイジであることを肌で感じ取った。だが、彼女の闘志は衰えるどころか、さらに燃え滾った。伯父王の手から、母を奪還する。そのためには、この程度の障害に躓いているわけにはいかない。

 

 強い感情は、強い気力を生み、強い魔力の源泉となる。タバサの精神の深奥から、湧き上がる魔力は、彼女のランクを引き上げていた。

 

 「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース……」

 

 ほんの数日前、ルイズに放った「アイス・ストーム」とは比較にならない、文字通りの「氷嵐」が、タバサの前に出現する。

 

 「これは……」

 

 ワルドも、対抗するかのように、風のトライアングルスペル「エア・ストーム」を詠唱する。

 

 

 ズグオォォォォォ!!

 

 

 「氷の嵐」と「風の嵐」が、公爵夫人の居室内で激しく衝突した。内装だけでなく、部屋の構造そのものを破壊するような暴風が荒れ狂う。

 

 「くっ、こ、この威力は!」

 

 本来、トライアングルスペルである「アイス・ストーム」と「エア・ストーム」の威力には、大きな差は存在しない。だが、スクウェアクラスとなったタバサは、「アイス・ストーム」にさらなる系統を足していたのだ。スクウェアの威力を備えたトライアングルスペル。

 ほどなく均衡は崩れ、ワルドは、「氷嵐」に飲み込まれた。

 

 「……」

 

 「エア・ストーム」との干渉によって、若干威力は減退したものの、スクウェアクラスのスペルが直撃したのだから、息があったとしても、戦闘不能だろう。実際、「アイス・ストーム」が晴れた後には、全身ボロボロになったワルドが、倒れ伏していた。

 

 ところが。

 

 

 フッ

 

 

 「!!」

 

 うつ伏せに倒れていたワルドの身体が、まるで空気に溶けたかのようにその場から消滅した。

 

 「ラナ・デル・ウィンデ!」

 

 「がっ!?」

 

 タバサの背後から、不可視の風の槌、「エア・ハンマー」が直撃する。衝撃によって、部屋の奥に吹き飛ばされたタバサは、遠ざかりつつある意識の片隅で、部屋の入り口に立つ無傷のワルドの姿を見て、僅かに唇を動かした。

 

 「へ……ん……ざい……」

 

 床に倒れたタバサに近寄ったワルドは、首筋に指を当て、息を確認する。

 

 「見事だった、「雪風」のタバサ。トライアングルと聞いていたが、すでにスクウェアに達していたとはな……今一度、立ち会えば、どうなるか」

 

 静かに溜め息をつくワルド。

 

 「いや、次の機会など、ありえぬか……」

 

 タバサを抱き上げようとしたワルドは、窓の外に一匹の竜が滞空しているのに気付いた。

 

 「話に聞いていた使い魔の竜か。ミス・シェフィールドから借り受けたコレが役に立つな」

 

 怒りに燃えたイルククゥが、主の敵に飛びかかろうとしたが、ワルドが懐から取り出した薄緑の糸巻きが光を放つ。

 

 

 シュルルルルル

 

 

 糸巻きから、ひとりでに拡がった薄緑色に輝く糸の束は、イルククゥの全身に絡みつき、動きを完全に抑え込んでしまう。シェフィールドから渡された糸巻きは、「竜網」と呼ばれる竜捕獲専用のマジックアイテムであった。

 

 「きゅいきゅい!!……きゅい、きゅ……い……」

 

 糸の束から、流れ込んでくる特異な魔力によって、イルククゥの意識は、闇に沈んだ。竜が、意識を失ったことを確認したワルドは、タバサの小さな身体を慎重に抱き上げた。そのあどけない顔を見つめるワルド。若い。もう、十年以上会っていない仮初の婚約者よりも、さらに年若いだろう。

 

 「父を殺され、母の心は壊され、追放された異国で得た友を裏切ることをも強要された。それでも、もはや自分の顔すら判らぬ母を救うために、死力を尽くす、か……」

 

 ワルドは、僅かに形を残していたベッドにタバサを横たえると、自身の首にかけていたペンダントを開く。中には、美しい女性の肖像が秘されていた。それは、ワルドの母親の肖像だった。

 

 

 「わたしは……なにをやっているんだ……なんのために……」

 

 

 「閃光」の二つ名を持つ凄腕のスクウェアメイジ、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは、弱々しい声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第三十九話をお送りしました。

ワルド……ワルドねぇ……いや、まあ嫌いじゃないんですが、どうしたものか……


ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いします。


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 第四十話

お久しぶりです。第四十話をお送りします。

本編四十話、断章・外伝含めて五十話に到達しました。

ひとえに読者のみなさまのおかげです。

本当にありがとうございました。




 

 

 「……う~ん、なにがどうなったのね?」

 

 ようやく、意識を取り戻したイルククゥはぼんやりしている頭を振り、周りを確認した。オルレアン公邸の奥に設えられていた公爵夫人の寝室は暴風と氷嵐の衝突によって原型留めぬほどに破壊されていた。

 

 見るも無残な寝室内には、公爵夫人も長髪羽帽子のメイジも大切なご主人さまの姿も見えない。

 

 「お、お姉さまを守れなかった……」

 

 自身の無力さを嘆くイルククゥだが即座に涙を振り払うとまだ痺れが残る羽を広げ、空に舞い上がった。

 

 「泣くのなんかいつでもできるのね! 今はお姉さまを助けなきゃ!」

 

 だが、タバサと公爵夫人は一体どこに連れ去られたのか? 首都、あるいは王弟派が知り得ない軍事施設か。たとえ、場所がわかったとしてもイルククゥだけでは二人の救出など夢のまた夢である。

 

 「……それなら!」

 

 本当は死ぬほど気が進まないがタバサの命には代えられない。イルククゥはトリステイン魔法学院を目指し、全速力で飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―ガリア王国首都リュティス郊外ヴェルサルテイル宮殿内国王私室。

 

 大陸最大の王国の頂点に君臨する王にふさわしい豪奢な居室の真ん中で部屋の主たるガリア王ジョゼフ一世は、お気に入りのガウンを纏い、これまたお気に入りのディヴァンに身を横たえていた。部屋内には彼一人だが、さきほどからジョゼフはその場には居ない誰かに語りかけていた。

 

 「シャルロットはおまえに似てきたなぁ……いや、口元は母親似かな。聞いた話ではスクウェアクラスになったそうだぞ。さすがはおまえの娘だな、シャルル」

 

 ジョゼフは立ち上がり、壁面に掛けられている特大の姿見の前に立った。至高の冠を頭に戴き、鮮やかな青髪と整った容貌、引き締まった体躯を備えた美丈夫が空虚な笑みを浮かべていた。

 

 「おまえは、すべてを持っていたな。俺が持ち得なかったもの、才能も美徳も、何もかも、だ。俺はおまえが羨ましくて妬ましくてたまらなかったよ。せめて、おまえが父や重臣たちのように俺のことを蔑んでくれたのなら、真っ直ぐにおまえだけを憎むことができたのに……」

 

 空虚な笑みを浮かべたまま、ジョゼフは両目から涙を流していた。

 

 「おまえは、いつも俺に言ってくれたな。『兄さんには他の誰にも無い力があるんだ、弟である僕にはわかるよ。兄さんは必ずその力に目覚めるから』……おまえのその優しさに触れる度に俺は自身の惨めさに打ち震えた。だが、俺は! おまえのことを他の誰よりも誇りに思っていたんだ! 俺の弟は、シャルルは、こんなにも素晴らしい男だ! 誰にも負けない最高の弟なんだ!……そう思っていた、あの日もそうだ」

 

 三年前、前王たる父の臨終の場にジョゼフとシャルルは呼び寄せられた。父王は弱々しい言葉で次王はジョゼフである、と告げた。

 

 その後の事をジョゼフは断片的にしか思い出せない。

 

 シャルルの祝辞の言葉。

 

 絶望する自分。

 

 毒矢を準備する兄。

 

 兄の誘いを何の疑いも抱かず受ける弟。

 

 そして。

 

 「俺はおまえを殺した。誰よりも愛しいはずの弟を俺は永遠に喪った。そして、俺は「虚無」に目覚めた。シャルル、おまえの言ったとおりに……」

 

 ジョゼフは涙を一息に拭うとガウンを振り払い、姿見に拳を叩き付けた。

 

 

 ガシャンッ!

 

 

 拳から滴り落ちる自身の血には頓着せず、ジョゼフは凶笑ともいうべき凄惨な表情を浮かべ、言った。

 

 「待っていろ、シャルル。すぐだ。すぐにおまえの愛した女も、娘も、家臣も、国民も、この国も、いや! このハルケギニアそのものを! おまえがいる冥府に届けてやる! もちろん、この俺もだ! また、兄弟仲良くチェスを指そうじゃないか、なあ? シャルル」

 

 砕かれた姿見からの、答えはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……タバサがいなくなってから、もう五日ね」

 

 粗末なイスに座り組んだ足を小刻みに揺らしながら丸窓から外を眺めていたルイズが呟いた。

 

 「さすがにそろそろ何かのつなぎがあってもおかしくないのに……」

 

 ルイズの向かいを行ったり来たりしていたキュルケが自身の形の良い爪を噛みながら、言った。

 

 「二人とも、落ち着きなさい。今、我々にできる事はミス・タバサを信じて待つ事だけだ」

 

 小屋の主であるコルベールが工作机に座ったまま、二人の生徒をたしなめた。そう言う彼の手元も解体したはずの「しらせるくんグレート」が数時間の間、そのままの状態で置かれていた。

 

 「それにしても、タバサにそんな事情があったなんてね……」

 

 「正直、ぼくたちの想像を遥かに超えているよ」

 

 ルイズたちは、今、学院の火の塔の横に建っているコルベールの研究室で待機していた。ルイズの後ろにはセルが控えている。タバサ襲撃には居合わせなかったモンモランシーとギーシュもキュルケから事情を聞いており、神妙な様子で室内のイスに腰掛けていた。

 

 「待ってるだけなのがこんなにももどかしいなんて……」

 

 主であるルイズの言葉に応えるように、長身異形の亜人セルが言った。

 

 「どうやら、次の展開が来たようだな」

 

 「え?」

 

 

 ガボォン!

 

 

 粗末な天井板を抜いて、何かが小屋の中に落ちてきた。正確には、小屋の床面に叩き付けられる寸前にセルの念動力によって支えられていた。突然の闖入者に呆然とする一同。

 

 落ちてきたのは、一人の女性だった。青く長い髪が特徴的な美女だが、どういうわけか真っ裸であった。滑らかな絹を思わせる白い肌を晒しながらも、それには頓着せず、よろけながら立ち上がった女性は周りを見回すとルイズを見つけ、おもむろに飛びついてきた。

 

 「いたのね! ももいろかみ! きゅいきゅいきゅい!」

 

 「ちょ、ちょっと、何すんのよ、あんた!? わたしにそのケはって、ちょ、あん、やめ……」

 

 突然の抱擁に驚くルイズには、おかまいなく青髪の女性は、ルイズを抱きしめたまま、飛び跳ねた。

 

 「……」

 

 「きゃん!?」

 

 主の窮状を見かねたのか、セルが念動力によって女性をルイズから引き剥がす。

 

 「はあ、はあ、な、何なのよ、あんた?」

 

 「大変なのね! とっても大変なのね! どうあっても大変なのね!」

 

 「ちょっと! ギーシュ、何にやけ顔で見てるのよ!」

 

 「わっ! い、いや、誤解だよ、モンモランシー!」

 

 一向に肌を隠そうとしない女性を前に、健全な男子学生であるギーシュの視線は否応なく吸い寄せられてしまう。その様子を見て取ったモンモランシーは柳眉を逆立て、ギーシュの両目を塞ごうとした。

 

 「とりあえず、これを着てちょうだい」

 

 見かねたキュルケが、自身のマントを謎の女性に貸し与えた。

 

 「お姉さまを助けて欲しいのね!」

 

 マントを纏った女性は、同じことを何度も喚いた。

 

 「まずは、落ち着いてくれたまえ。わたしはこの学院の教師コルベールだ。話は、ちゃんと聞かせてもらうから……ミス、え~と?」

 

 なだめるように声をかけたコルベールが女性の名前を尋ねる。青髪の女性が答える前にセルが割り込む。

 

 「シルフィード、そうだな?」

 

 「え?」

 

 「うそ?」

 

 セルの言葉に全員の視線が改めて青髪の女性に集中する。

 

 「う、そ、そのとおりなのね! イルククゥは、シルフィードなのね!」

 

 やっぱり、この使い魔は怖い。イルククゥは内心、セルを恐れつつ答えた。主であるタバサも異形の使い魔を警戒していたが、イルククゥはその比ではなかった。初めてセルを見た時、イルククゥはかつて一族の長老たる韻竜王に聞かされた古代の伝説に出てくる、「大いなる意思」と世界を滅ぼしかけた災厄「月の悪魔」を連想した。できれば、関わりたくないがご主人さまの命を助けるために恐怖は押さえ込まなければ。

 

 「ちょっと、セル! これのどこがシルフィードなのよ? どう見ても、ただの露出狂じゃないの!」

 

 「図書室で見たがハルケギニアには人間以上の知能を持ち、先住魔法を駆使する「韻竜」と呼ばれる高等幻獣が存在するという」

 

 ルイズの突っ込みに冷静に返すセル。その言葉にハッとするルイズたち。さらにセルが駄目押しの根拠を口にする。

 

 「この女の「気」は、シルフィードのそれと全く同一だ」

 

 「う~む、セルくんがそこまで言うのなら間違いないのだろう。それにしても、ミス・タバサの使い魔が伝説の「韻竜」だったとは……」

 

 定説では、数百年前に絶滅したと考えられている幻の高等幻獣を前に興味をそそられたのか、思わず前のめりになるコルベール。

 

 「ジャ~ン、今は、それは、お・い・と・い・て!」

 

 「はおつっ!?」

 

 キュルケの容赦ないつねりがコルベールを襲った。

 

 「と、とにかく、話を聞きましょう。え~と、シルフィードでいいのかしら?」

 

 「きゅいきゅいきゅい!」

 

 ルイズに促されたイルククゥはたどたどしいながらも、懸命に説明を始めた。

 

 任務に失敗したタバサはガリア政府によって、シュヴァリエの地位身分を剥奪されたあげく、母親の身柄を拘束されたこと。救出に向かったタバサが王国の刺客に敗れ、連れ去られた事。

 

 「タバサ……」

 

 「すぐに助けに行きましょう!」

 

 悲痛な表情を浮かべるキュルケとイスから立ち上がり、友の救出を宣言するルイズ。しかし、コルベールが二人に自制を促す。

 

 「待ちたまえ。確かにミス・タバサの境遇には同情を禁じえない。しかし、ガリアから彼女を救出するという案には諸手をあげて賛同はできない」

 

 「そんな、ミスタ・コルベール! タバサを見捨てるんですか!?」

 

 「ジャン! あなたがそんなことを言うなんて……」

 

 コルベールに食って掛かる二人にモンモランシーが押さえるように言った。

 

 「ミスタ・コルベールの言っていることは間違っていないわ。ガリア側からすれば、自国で廃した王族の始末をつけるだけ。他国の干渉は受け付けないというスタンスを取るはずよ」

 

 「た、確かに。下手に国境侵犯して、タバサを奪還すればそれを口実にしてガリアがトリステインに攻め込んでくるかも……」

 

 ギーシュもやや及び腰ながらも、客観的な意見を述べる。

 

 「でも!……」

 

 ルイズがさらに言い募ろうとしたが、セルがいつもの良い声を若干低くして一同に言った。

 

 「バレなければ、何の問題もない」

 

 「え?」

 

 「コルベール、地図を」

 

 「あ、ああ、わかった」

 

 呆気にとられるルイズたち。セルはそのままの声色でコルベールが本棚から引っ張り出した古地図を指差しながら、言った。

 

 「……ここから、タバサの「気」を感じる」

 

 セルの人差し指は、ガリア王国領の東端を指し示していた。

 

 「……そこは、アーハンブラ城か。昔エルフが作った小砦で、現在はガリア領だがほとんど廃城同然だとか」

 

 思案顔で口にするコルベール。ルイズが自身の使い魔に念を押すように確認する。

 

 「そこで間違いないのね、セル?」

 

 「間違いは、ない。ただ、いつまでそこに留め置くかはわたしにはわからん」

 

 「で、でも、バレなければってどうするつもりだい?」

 

 「魔法学院からアーハンブラ城までの距離だ」

 

 「距離? 確かに学院からガリアの東端まで行くとなると、あなたの飛行でも休憩なしで十時間はかかるんじゃないかしら?」

 

 キュルケの言葉に頷くセル。

 

 「では、通常の移動方法ならば?」

 

 「通常って、シルフィードでも休憩入れて、二~三日ってところかしら?馬車とかなら一週間以上かかるでしょうね」

 

 ルイズの言葉にニヤリと笑うセル。

 

 「では、わたしの瞬間移動ならば、どうだ?」

 「あっ!」

 

 「瞬間移動をもって、タバサと母親を救出。そして、瞬間移動で帰還……所要時間は、せいぜい五分だ。後日、ガリア側が追及しようにも距離と時間を考えれば、我々は学院から動いていない。トリステインへの言い掛かりとして退けるのは難しくあるまい。まして、ガリアは王命でトリステインの英雄たるルイズを拉致しようとしたのだ。非はあちら側にある。」

 

 「し、瞬間移動って……セルくんはそんな力まで持っているのか」

 

 「大丈夫です、ミスタ・コルベール! セルの瞬間移動なら、絶対です! 実際アルビオンから学院まで一瞬で移動できたんですから!」

 

 確かに見えた光明に、顔を輝かせるルイズ。セルとともに瞬間移動で、タバサの元へ。その先に誰が待ち構えていても、タバサとその母親を引っ掴んで、瞬間移動で戻ってくればいい。何の問題もないじゃない。

 

 「いけるわ! 「タバサこっそり救出大作戦」よ!」

 

 「い、いや、しかし、国際的に、だが、ああ~……」

 

 尚も渋るコルベールを、キュルケが一喝する。

 

 「ジャン! あなたは、下らない国際政治と自分の教え子! どっちを取るのよ!?」

 

 「! そ、そのとおりだ。わたしは、トリステイン魔法学院の教師コルベール。なにより優先すべきは、生徒の安全のはず……ありがとう、キュルケ」

 

 コルベールの感謝に、ウィンクで応えるキュルケ。

 

 「はあ、国際政治を下らないって……わたしも、行くわ。タバサには、香水合成の助言をいくつももらってるもの。それに、万が一に備えて水メイジがいたほうがいいでしょう?」

 

 「も、もちろん、ぼくも行くよ! タバサには、ロサイスで命を助けてもらったんだ!貴族として、男として、捨て置くわけにはいかない!」

 

 盛り上がるルイズたちに、溜め息をつきながらもモンモランシーが同意する。やや、腰が引けているもののギーシュも追従する。

 

 「きゅいきゅいきゅい!」

 

 ルイズたちの勢いを見たイルククゥは、喜びの余り、滲んだ涙をマントで拭った。

 

 (お姉さま! やっぱり、みんなもお姉さまのことが大好きなのね! ぜったい、ぜったい、助けるのね!)

 

 

 

 

 

 「善は急げよ! みんな、セルの身体に触れて! そうすれば、瞬間移動できるから!」

 

 「わかったわ!」

 

 「きゅいきゅいきゅい!」

 

 ルイズ、キュルケ、コルベール、ギーシュ、モンモランシー、そしてイルククゥが、セルの身体、主に尾の部分に触れる。イルククゥやモンモランシーなどは、やはり気後れするのか、セルの尾の先端にわずかに触れる程度だった。

 

 「あ~セルくん、一応、聞いておきたいのだが、そのぉ、瞬間移動の最中に、セルくんの身体から、離れてしまうと、どうなるのかな?」

 

 ふと、コルベールがセルに聞いた。長身異形の亜人は、わずかに顔をそらし、珍しくやや小さい声で言った。

 

 「……空間と空間のひずみに巻き込まれ、直径三サント以下に超圧縮されてしまうだろう」

 

 

 「……」

 「……」

 「……」

 

 

 それは、セル流の冗談だったのだが、ルイズをはじめ、全員がセルの身体に、全力でしがみついた。

 

 

ヴンッ!

 

 

 そして、瞬間移動は発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第四十話をお送りしました。

年内に、後二~三話を投稿できれば、と考えています。

次話は、本編の途中ですが、断章を投稿する予定です。

ご感想、ご批評をよろしくお願いします。


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 断章之漆 光芒のヴィンドボナ

お久しぶりです。断章之漆をお送りします。

第一章三話にて、ハルケギニア各地に散ったセルの分身体が何をしているのか……

……ゲルマニアだけ、忘れていたわけじゃないですよ。いやほんと、マジで!(冷や汗)




 

 

 ハルケギニア大陸の北方を治める軍事大国、帝政ゲルマニア。

 

 ブリミル歴六千二百四十二年現在の皇帝の名はアルブレヒト三世。本名アルブレヒト・アルキビアデス・フォン・ブランデンブルクである。

 

 国体を帝政と定めるゲルマニアだが、その歴史は数百年にも満たない。かつて、トリステイン王国がその勢力の絶頂を極めていた頃は、ゲルマニアなど「北蛮」と呼ばれ、数多の都市国家や自治都市が群雄割拠する動乱の未開地と見なされていた。だが、稀代の英雄たる建国帝アルブレヒト一世が登場するとわずか十数年でゲルマニア統一が果たされ、現在に至る。

 しかし、現皇帝アルブレヒト三世は、建国帝の直系ではない。本来はアルブレヒト一世の根拠地であり、現在の首都ヴィンドボナを擁するツェントル・ゲルマニア領の家令職を世襲していたブランデンブルク伯爵家の三男に過ぎなかった。通常ならば、貴族の三男坊などは騎士爵として家臣に格下げされるか、本家より格下の他家に養子として出されるか、いずれにせよ冷や飯食いに甘んじるという境遇が一般的だった。

 

 だが、ブランデンブルク伯爵家三男アルキビアデスは凡百の貴族とは違い、優れた魔法の才と高い洞察力、忍耐力を備え、何よりも強固な権力欲を心底に秘めていた。

 

 彼は十六歳の時、建国帝の孫の最後の生き残りである老公爵に侍従として仕え始める。齢七十を超える老公爵は生涯に渡って宮廷政争に明け暮れ、気付けば、妻子や自身の孫のすべてを暗殺や事故で失っていた。悲嘆に暮れる公爵にとって、アルキビアデスの輝かんばかりの若さと野心は彼の年老いた目を眩ませるに十分だった。

 

 三年後、老公爵は臨終の際、自身の跡取りとしてアルキビアデスを指名。公爵との養子縁組によってアルキビアデスは建国帝の一族の一人となった。

 

 六年後、当時の皇帝フリードリヒ二世に対する暗殺未遂事件が起きると近衛憲兵副総長となっていたアルキビアデスは迅速かつ断固とした捜査によって、実行犯および首謀者を捕縛。その功績を認められ、異例の若さで近衛軍首将に抜擢される。尚、捕縛された者の中にはブランデンブルク伯爵家の人間も名を連ねていた。

 

 二年後、突如として近衛軍首将の地位を辞したアルキビアデスは諸領巡検使を拝命。三年に渡ってゲルマニア各地を巡った。

 

 その間、中央では暗殺未遂事件で受けた傷が元で皇帝フリードリヒ二世が逝去。次期皇帝の座を巡って、宮廷貴族の間で血生臭い暗闘が繰り広げられることとなる。

 

 皇帝逝去から四年後、後継者争いを続ける中央政府は疲弊の度を深め、すでに死に体の状態にあった。そこへアルキビアデスが帰還する。中央に対する不平不満を溜め続けていたゲルマニア各地の地方軍閥の軍勢を引き連れて。

 

 後に「アルキビアデスの乱」と呼ばれる反乱であった。

 

 首都と皇帝を守護するはずの中央軍と近衛軍は長く続いた政争によって齎された腐敗と疲弊の結果、すでに形骸と成り果てていた。わずか二日の攻防でヴィンドボナは陥落。悠々と帝城に入ったアルキビアデスは、真っ直ぐに謁見の間に進み、至尊の玉座を背にすると皇帝への戴冠を宣言。これに異を唱えた宮廷の重鎮たちは、すべての地位、財産を没収され、帝城の塔に永久幽閉されることとなる。その中にはアルキビアデスの実父であるブランデンブルク伯爵と実兄たる子爵も含まれていた。

 

 皇帝アルブレヒト三世となったアルキビアデスは、実力主義を強く打ち出した政策を立て続けに施行。大陸各国では悪評高い、メイジ以外からの貴族登用制や積極的な軍拡を推し進めた。

 

 そして現在、帝政ゲルマニアはトリステイン王国の十倍もの国土と軍事大国と畏れられるほどの軍事力を手にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲルマニアを支配する至尊の冠を戴く存在は自らを皇帝と名乗る。しかし、その尊号に対する敬称は「陛下」ではなく、それより一段劣る「閣下」である。本来であれば不遜極まりないその慣習は皇帝家の血統に由来する。

 

 始祖「ブリミル」の末裔。

 

 大陸に冠する四王国、トリステイン王国、アルビオン王国、ガリア王国、ロマリア連合皇国は、それぞれの国祖が「ブリミル」の系譜に連なる。始祖を神として崇めるハルケギニアにおいて、その血統は最も尊ばれる。例え、広大な領土を支配しようとも強力な軍事力を擁しようとも、始祖の血筋を持たなければ格下として扱われるのだった。

 

 

 当代たる皇帝アルブレヒト三世はゲルマニアの血統コンプレックスを克服するための策を講じた。いや、講じようとした。

 トリステインとの相互軍事同盟の締結である。四王国の一角アルビオン王国で吹き荒れた革命の嵐。「レコンキスタ」と称した反乱勢力は王家を打倒し、周辺国家への侵攻すら示唆したのである。伝統に拘る余り、国力を減じつつあったトリステインは強大なゲルマニアに庇護を求めた。これ幸いとみたアルブレヒトは自身とトリステイン第一王女アンリエッタとの婚姻を同盟の条件とした。すべてがうまくいけば、アルブレヒトの嫡子はトリステイン王家の血統とゲルマニアの支配権を得ることになるはずだった。

 

 だが、アルブレヒトの思惑は完全に破綻する。

 

 滅亡寸前だったはずのアルビオン王家のトリステインへの亡命。トリステインとアルビオンによる「レコンキスタ」討伐宣言。直ちに支援を表明するガリアとロマリア。それに追従する小国家群。

 

 情報を精査する間もなく、「レコンキスタ」改め神聖アルビオン共和国への遠征、後に「王権守護戦争」と呼ばれる戦いは開戦してしまう。

 そして、たった一週間の戦闘で神聖アルビオン共和国は崩壊。観戦武官の報告を信じるならば、トリステインは一兵も損なわず、アルビオン軍を退けたという。

 

 結果、アルビオン王国との強固な同盟と領地割譲をせしめたトリステイン王国は「小国」から「強国」へと変貌を遂げてしまった。

 

 地団駄を踏まざるを得なかったアルブレヒトは内部からの追求にも晒されることになる。対アルビオン、対トリステインを想定し、ゲルマニア南部の「南方軍閥」に軍備増強を命じていたが「王権守護戦争」の終結によって、無用の長物となってしまう。また、西部の「西方連合」には、遠征のためのフネを大量発注していたのも大きな負債となりかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それらを一挙に片付けられれば……さて、どうするか」

 

 帝政ゲルマニア首都ヴィンドボナの中央にそびえ立つ帝城ケーニヒスブルク。その玉座の間で、一人の男が自身の膝を指で叩きながら、そう一人ごちた。ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世である。年の頃は四十過ぎ、壮健な体躯と鷹を思わせる鋭い眼光が特徴的な男だった。彼は今、一週間後に迫っていた首都ヴィンドボナで開催される観艦式の構想を練っていたのだ。

 

 国威発揚と各地方軍の訓練という名のガス抜きを兼ねた一大イベントであった。

 

 「南部の連中がどこまで艦隊を動かすのかが問題だな」

 

 ゲルマニア南部の軍事力を統括する「南方軍閥」はアルブレヒトが皇帝となるために大きな役割を果たしたものの、心底から忠誠を誓っているわけではないことは明白だった。対トリステイン政策の失敗によって、戦争ができず利権を貪れなかった連中が不満を抱いていることは確実だった。

 

 「まあ、そこまでの強硬姿勢には出ないだろうがな……」

 

 「その見通しは楽観に過ぎるな、アルブレヒト三世……」

 

 「!」

 

 直衛の近衛騎士も下がらせて、思索に耽っていたアルブレヒトに突如、背後から声がかけられる。

 

 「今度の暗殺者は随分と腕が立つようだな!……」

 

 背後を伺いながら、玉座の横に置かれた王笏型の杖を手にするアルブレヒト。あえて大声で誰何の声をかけてから小声で詠唱を開始する。

 

 「南部の者どもは愚帝を廃する決意を固めたようだぞ」

 

 「はっ! 愚帝とは言ってくれるな!」

 

 アルブレヒトは一呼吸で玉座を離れると、皇帝のローブを纏ったまま背後に向かって攻撃魔法を放つ。

 

 「ブレイズ・ストーム!!」

 

 

 バオォォォォォ!!

 

 

 王笏から放たれた白く輝く炎が玉座の背後を広範囲に飲み込む。

 アルブレヒト三世は、火のスクウェアメイジである。その二つ名は「灼熱」。王笏から放たれたスクウェアスペル「ブレイズ・ストーム」は玉座の間の床面をドロドロの溶岩に変えてしまった。

 だが。

 

 「このまま手をこまねいていれば、愚帝の称号は免れまい」

 

 超高温の炎が嘗め尽くしたはずの場所に一体の亜人が何事も無かったかのように佇んでいた。二メイルを大きく超える長身と昆虫を思わせる外骨格を備えた異形の亜人だった。

 

 (馬鹿な、余の「ブレイズ・ストーム」の直撃を受けて無傷だと? 見たところ、杖も持っていない亜人如きが……まさか、先住魔法か?)

 

 「想像の通りだ。わたしは魔法を使ってはいない。系統も先住も無論、「虚無」もな」

 

 アルブレヒトの思考を読んだかのように亜人が言った。

 

 「ふん、「虚無」だと? 亜人の分際でユーモアを心得ているようだな。暗殺者でなければ、余に何の用だ? まさか、南部の反乱を注進に来た、とでも言うつもりか?」

 

 (なぜ、近衛騎士どもはこの状況に気付かない? 玉座の間でスクウェアスペルが炸裂したのだぞ? 城中が大騒ぎになるはず……)

 

 亜人に対して軽口を叩きながら、玉座から距離を取るアルブレヒト。大扉の外で控えているはずの帝国屈指の実力を誇る近衛騎士たちはまるでそこに居ないかのように反応がなかった。

 

 「わたしの名は、セル。人造人間だ」

 

 

 シュン

 

 

 自己紹介した亜人は玉座の背後から文字通りに消えると、玉座のすぐ横に現れた。

 

 「くっ!?」

 

 慌てて、玉座から飛び離れるアルブレヒト。手にした王笏を亜人に差し向ける。

 

 「南方軍閥を率いるハルデンベルグ侯爵観艦式に自身旗下の艦隊を総動員するだろう。首都を制圧すると同時におまえの首級は自ら挙げるつもりだ」

 

 「プファルツァの考えそうなことだな。で、それを余に知らせてどうするというのだ?」

 

 帝政ゲルマニアの南部を実効支配する「南方軍閥」の領袖プファルツァ・フォン・ハルデンベルグ侯爵はアルブレヒトにも劣らぬ権力欲の強い男だった。いつまでも、人の下に甘んじる殊勝な男ではないと考えていたがこうも性急に動くとは。

 

 「これを使え」

 

 そう言った亜人は玉座に小型の砲弾を置いた。戦艦や砲亀兵の主砲用の大型砲弾ではない。式典なので使われる小口径の火砲用であった。

 

 「わたしの「気」を込めた「気功砲弾」だ。一瞬で、反乱艦隊のすべてを光に飲み込むだろう」

 

 「な、なんだと?」

 

 アルブレヒトが唖然としていると、亜人は右手をドロドロに溶け崩れていた床面に向ける。

 

 

 カッ!

 

 

 閃光が放たれた後には、鏡のように磨き上げられた玉座の間の床面が現れた。

 

 「なっ!?」

 

 「わたしはおまえの治世の継続を望んでいる。反乱が鎮圧されるまで、わたしはおまえの近くにいるだろう……」

 

 

 ヴンッ!

 

 

 亜人は消えた。

 後には、自身の玉座に向かって杖を構える皇帝と玉座の上に置かれた砲弾だけが残されていた。

 

 「……」

 

 アルブレヒトは槍のように長い王笏を勢いをつけて、床に倒した。天井の高い玉座の間に甲高い音が響き渡った。秒を置かず。

 

 

 ガランッ!

 

 バンッ!

 

 

 「閣下! いかがなさいました!?」

 

 「今の音は一体!?」

 

 玉座の間に続く大扉が開き、仰々しい真紅の装束を纏った近衛騎士たちが飛び込んできた。

 

 「……大事ない。杖を取り落としただけだ、下がれ」

 

 近衛騎士を下がらせたアルブレヒトは玉座の上に置かれた小型の砲弾を手に取る。

 

 「セル、か。艦隊を消し去る砲弾だと? まさか、な……」

 

 皇帝の独り言に応えるものは、今度こそ、いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一週間後、帝政ゲルマニア首都ヴィンボナ郊外ホーエンツォレルン外城。

 

 ヴィンドボナの守りを象徴する外城のバルコニーでゲルマニア皇帝アルブレヒト三世は観艦式に到着した「南方軍閥」の艦隊をハルデンベルグ侯爵とともに閲兵していた。

 見事なカイゼル髯を蓄えたハルデンベルグ侯爵は皇帝自らが「南方軍閥」の艦隊閲兵を望んだことにわずかな疑問を感じたものの、絶好の機会を得たことを承知していた。平身低頭しながらも、バルコニーの周囲に自身の息がかかった精鋭のメイジ部隊を配する。彼が帯同してきた南方艦隊は、当初の申告数である五隻を大幅に超え、軍閥が有するフネの実に八割、二十隻に及ぶ。本来であれば、南方軍閥の全勢力を投入するつもりだったが、軍閥の重鎮フォン・ツェルプストー家だけは、トリステインへの備えを動かすわけにはいかぬと反乱への参加を固辞していた。

 

 「ふむ、侯爵よ。事前の申告より艦隊の数が多いのではないか?」

 

 「は、閣下。それにつきましては……」

 

 アルブレヒトは下を向きながら、ほくそ笑む侯爵の答えを聞く前に右手を上げ、合図を送る。すると、アルブレヒトたちがいる貴賓バルコニーの下方に備えられている物見用のバルコニーに小型の火砲が引き出される。戦闘用ではなく、式典や信号用の旧式の火砲だった。

 

 「プファルツァよ、皆まで申すな。貴公の意図は把握しておる。これは、余からの手向けだ」

 

 「か、閣下、手向けとは?」

 

 困惑する侯爵をよそにヴィンドボナ郊外に集結していた南方艦隊二十隻に向かって小型の火砲が発射された。火砲から発射されたのは、ただの砲弾ではなく、長身異形の亜人セルの分身体の一体が造り出した「気」を込めた「気功砲弾」だった。青白く輝く閃光は通常の砲弾を遥かに超えるスピードで艦隊に到達した。

 

 

 ポーヒー

 

 カッ!! ズドオォォォォォン!!!

 

 

 地上に太陽が出現したかのような閃光の直後、とてつもなく巨大な光の柱がヴィンドボナ郊外の天地を貫いた。その光の柱の中でゲルマニア南方艦隊二十隻は、蒸発した。

 

 

 

 「な、な、な……ば、ばかな、こ、こんなことが……」

 

 たった一発の砲弾が自身の虎の子の艦隊を巨大な光柱に変えてしまった、という余りにも荒唐無稽な現実にハルデンベルグ侯爵は呆然として言った。

 

 「なるほど、な……まあ、そういうことだ、侯爵。貴公の無謀な計画に組み込まれた艦隊と乗組員たちにとっては、はなはだ迷惑な話だがな」

 

 どこか他人事のように話すアルブレヒトは玉座から立ち上がり、王笏を侯爵に差し向けながら言葉を続ける。

 

 「さて、我が臣、プファルツァ・フォン・ハルデンベルグよ。皇帝たる余に叛旗を翻さんとした以上、その報いは覚悟していような?」

 

 「ぐっ! ま、まだだ。まだ貴様さえ、始末できれば挽回のしようはある! 者ども、かかれっ!」

 

 我に返った侯爵は杖を抜き放つと、周囲に待機させていた精鋭のメイジで構成された暗殺部隊に号令をかける。そんな侯爵を肩を竦めながら見るアルブレヒト。

 

 (まだ、弁明の余地は大いにあったものを……)

 

 しばらく待っても、メイジ部隊が現れることはなかった。代わりに皇帝の席の背後から姿を見せたのは。

 

 「潜んでいたメイジどもは一人残らず消えたぞ。杖と着衣だけは残っているがな」

 

 アルブレヒトの背後に立ったのは二メイルを優に超える長身と見たこともない異形を備えた亜人だった。

 

 「……ご苦労。だ、そうだが、どうする、プファルツァ?」

 

 「な、なんということだ……」

 

 事が終わったことを悟った侯爵は掲げていた杖を下ろした。それを見たアルブレヒトは皇帝のマントを振り払い、手にした王笏を槍の如くしごくと声を大にして言った。

 

 「こんな馬鹿げた余興で終わるのも癪だろう?「猛火」のプファルツァよ、音に聞こえし、貴公の炎、余に見せてみよ!」

 

 ハルデンベルグ侯爵は火のトライアングルメイジである。その二つ名は「猛火」。若かりし頃は騎士爵として、南部辺境の反乱鎮圧に多大な功績を挙げていた。

 

 皇帝からの発破を受けた侯爵は目に力を取り戻すと、直ちに詠唱に入った。火のトライアングルスペル「フレイム・ストーム」だった。

 

 「灰と化すがいい! アルブレヒト!!」

 

 猛火の名にふさわしい炎の嵐がアルブレヒトに迫る。

 

 「……ブレイズ・ウォール」

 

 玉座の手前に出現した白光を放つ壁が「フレイム・ストーム」を飲み込むかのように消し去った。アルブレヒトはさらなる詠唱を重ねる。「灼熱」のアルブレヒトが扱える最大級の火の魔法、スクウェアスペルの奥義。

 

 「さらばだ、プファルツァ……「ブレイズ・フレア」!!」

 

 「!!」

 

 王笏から放たれた輝く白光はハルデンベルグ侯爵を飲み込み、瞬時に蒸発させた。残されたのは侯爵の地位にふさわしく意匠を施された靴を履いた彼の両足だけであった。すべての魔力を開放した皇帝は力尽きたかのようにその場に腰を下ろした。

 

 「はあ、はあ、はあ……さあ、どうする、セルとやら? 反乱を首謀した侯爵も反乱軍となるはずだった艦隊も消えて失せた。このアルブレヒトの治世を磐石に導いて、おまえはどうするというのだ? 余を傀儡とし、この国を差配するか?それとも、その巨大すぎる力で何もかも消し去るのか?」

 

 息を整えつつ、アルブレヒトは自身の背後に佇む長身異形の亜人に言った。セルは普段と全く変わらぬ声色でゲルマニアの頂点に立つ男の問いに答えた。

 

 「この国の支配など、元より興味は、ない。だが、この国の武力には使い道があるかもしれん。いずれ、その局面が訪れた際に備える……これは一種の保険だ」

 

 亜人の言葉を聞いたアルブレヒトの目尻が、かすかに震える。

 

 「おまえは、この国を統治するがいい。わたしが、必要とするその時まで……」

 

 セルはアルブレヒトの前に進み出ると背後を振り返らずに言った。

 

 「また、会おう、帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世『陛下』」

 

 

 ヴンッ!

 

 

 長身異形の亜人は、消えた。

 しばらくの間、俯いてたアルブレヒトはやがて肩を震わせながら嗤い始めた。

 

 「ふ、ふふふ、はっはっはっ、あーはっはっはっ!! この国の支配には興味ないときたか!!」

 

 それは、若き頃からすべてを犠牲にして皇帝の座を得たアルブレヒトの生涯を否定するも同然の言葉だった。

 

 

 ブンッ!

 

 

 勢い良く、立ち上がったアルブレヒトはセルが消えた空間目掛けて、王笏を投げつけ怒号を放った。

 

 「化け物め! このアルブレヒト・アルキビアデス・フォン・ブランデンブルクと我がゲルマニアを安く見積もった報い、必ずや思い知らせてくれるぞ!!」

 

 

 

 

 帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世。

 

 後の歴史書において、その名の後には次のような一文が記されている。

 

『彼は、ゲルマニア最後の皇帝であった』と。

 

 

 

 




断章之漆をお送りしました。

ゲルマニアの諸々の設定は、完全な捏造です。

とりあえず、ゲルマニアにも、セルの魔の手は伸びていたのだ!

ということだけ、わかればOKです。

おそらく、次が年内最後の更新になると思います。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いします。



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 第四十一話

お久しぶりです。第四十一話をお送りします。

今話が、2014年最後の更新になると思います。


 

 

 ――ガリア王国首都リュティス郊外ヴェルサルテイル宮殿内プチ・トロワ。

 

 「旬の極楽鳥の卵は、やっぱり美味だったなぁ。しかも、焼いた火竜の肉があんなに芳醇で濃厚な味だったなんて……なあ、セル?」

 

 「美食に耽るのも、王侯貴族の嗜みとはいえ、限度があるぞ、イザベラ。ただでさえ、きみは平時の食事内容に偏りが視られる」

 

 「う、うるさい! 余計なお世話だ!」

 

 ガリア王国第一王女イザベラと彼女の使い魔、長身異形の亜人セルは、諸国漫遊の旅から一ヶ月ぶりに小宮殿プチ・トロワに帰還していた。

 

 アルデラ地方エギンハイム村を皮切りに、イザベラは「北花壇騎士ジャンヌ」を名乗り、長身異形の亜人をお供に北花壇警護騎士団に寄せられた種々の依頼をこなしていた。さらに各地方領の様々な揉め事に、頼まれてもいないのに首を突っ込んだ。

 

 時には、辺境領の男爵が、うら若い娘を略奪していた村を救い、逆上してイザベラに襲い掛かってきた男爵をセルの餌にしてやった。

 時には、軍港都市の基地に降って湧いた不可思議な行方不明事件を解決し、罪悪感から断罪を求める王弟派のシスターを自ら処断した。

 時には、歓楽街のイカサマカジノに潜入し、高等幻獣を悪用した支配人を、死んだ方がマシ級な目に遭わせた。二枚目のディーラーに懇願されたので、命だけは、助けてやった。

 そして、旬の極楽鳥の卵を採りに火竜山脈へ向かい、たまたま火口から現れた馬鹿デカい火竜とそれに追随するように襲い掛かってきた竜種の群れを返り討ちにして、ものは試しと火竜の肉を味わってみたり。

 

 一ヶ月の漫遊の結果、ガリアの各地方では、「謎の花壇騎士ジャンヌと謎の亜人」という組み合わせが様々なゴタゴタを、ある時は華麗に、ある時は強硬に、またある時は一切の容赦なしで解決して廻っていると、噂が広まっていたのだった。

 

 自身の女官の一人から、それを聞いたイザベラは、有頂天になった。さも興味ない風を装いながら、女官に「謎の騎士ジャンヌ」について、問いただす。女官が、騎士の容姿や言動を褒めちぎると、さらにご機嫌となり、こうのたまった。

 

 「へえ、そんな殊勝な心構えを持った凄腕の「美少女」騎士が我がガリアにも居たとはねぇ! それは、ぜひとも、一度会ってみたいもんだね!」

 

 高貴な身分を隠した王族が、正体を明かさぬままに人々を救う冒険譚。正に彼女が、幼い頃から憧れ続けた「大アンリのガリア周遊記」そのものであった。

 

 「え? あ、あの、それって姫さまの事じゃ……」

 

 王女の言葉に呆気に取られた女官が、「ジャンヌ」の正体について、イザベラに質問しようとしたが、彼女の使い魔である亜人セルに制止された。

 

 「東方のことわざには、「好奇心、猫を殺す」とある……おまえは、猫になりたいのか?」

 

 二メイルを超える長身と筋骨隆々の体躯を誇る亜人に、凄みのある声色で迫られれば、女官はただ首を左右に振り続ける以外にない。イザベラにとっては、「正体不明」の騎士が、この世に蔓延る悪を成敗する、という勧善懲悪の筋書きこそが、何より重要なのだっだ。

 例え、洩れ伝わる「謎の亜人」の外見的特徴が、セルとピッタリ一致しても、今現在のイザベラの出で立ちが、「謎の騎士ジャンヌ」のそれと、寸分違わず同じであったとしても、「花壇騎士ジャンヌと長身異形の亜人」の正体は、万人にとって謎でなければならないのだ。

 

 少なくとも、イザベラの中では。

 

 「そうだ! シャルロッ、じゃなかった、タバサの奴にも、教えてやらなきゃね! おまえなんかよりも、もっと凄い「美少女」騎士がいるんだ、ってことを!」

 

 ここ最近、ご無沙汰になっていた小生意気な従妹にも、「謎の騎士ジャンヌ」の噂について問いたださなければ。イザベラは、女官に北花壇騎士タバサの呼び出しを命じた。

 

 (あいつ、昔っから「イーヴァルディの勇者」とか、「大アンリのドラゴンスレイヤー」とかの勇者ものが好きだったからな。意外に、ジャンヌの噂についても、色々知ってるかもしれない。それなら、あいつの前でジャンヌの正体をぶちまけてやれば……)

 

 いつも取り澄ました顔の従妹が驚く場面を想像したイザベラは、いたずらっぽい表情を浮かべ、微笑んだ。だが、今の彼女からは、セルを召喚する前に見られた陰湿さは、全く感じられなかった。

 

 「そ、それが、シャルロット様、あ、いえ、タバサ様について、騎士団連合本営から、通達が届いておりまして……」

 

 「本営から、タバサに? あいつ指定の任務でも舞い込んだのか?」

 

 女官から、通達状を受け取ったイザベラは、封を切り、中の書状を取り出す。以前ならば、自分の女官がタバサの名を、本名であるシャルロットと呼ぼうものなら、途端にヒステリーを起こしていたイザベラだが、今は気にも留めなかった。女官は、そんなイザベラを不思議そうに見ていた。

 

 「・・・・・・! なっ!?」

 

 書状を読み進めるイザベラの表情が一変した。書状を握る手が小刻みに震えている。

 

 「どうした、イザベラ?」

 

 

 ビリッ!

 

 

 イザベラは、使い魔の問いに答える代わりに、書状を力任せに引き裂いた。

 

 「ふ、ふ、ふざけんなぁぁ!!」

 

 「ひ、姫さま!?」

 

 怒声を上げたイザベラは、半分になった書状を地面に叩きつけ、さらに足で踏みにじった。

 

 書状には、『北花壇騎士タバサ、上の者、王命に背いた罪により、騎士身分及びすべての権利を剥奪の上、アーハンブラ城に幽閉の事。後日、処断する旨、ここに通達する』と記されていた。

 

 北花壇警護騎士団の団長であるイザベラにとっては、寝耳に水である。一ヶ月前、セルに命じて、「皆半殺し」にした有象無象の北花壇騎士どもならともかく、よりによって彼女の従妹であるタバサを、イザベラにも無断で幽閉の上、処断するというのである。イザベラ自身にも、よくわからない怒りが、彼女の心をふつふつと満たしていた。気付いた時には、イザベラは自身の使い魔である亜人セルに鋭く命令を発していた。

 

 「セル! 今すぐ!アーハンブラ城に行くぞっ!!」

 

 「ほう、アーハンブラ城か……承知した、我が主よ」

 

 

 男装の麗人姿のまま、イザベラは、セルとともにアーハンブラ城へ飛翔した。

 

 城に到着し、タバサと面会して、どうするのか?イザベラの心中は、定まっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ガリア王国領東端アーハンブラ城。

 

 千年以上前に、エルフ族によって建造された城は、ハルケギニア大陸各国の建築様式とは、異なる外見を持っていた。その城壁は、見事な幾何学模様の細かい彫刻に彩られていた。

 聖地回復連合軍が激戦の末、エルフから奪還してから数百年。軍事上の拠点としては、小規模であったため、放棄されて久しかった。

 

 

 

 

 「やれやれ、こんな辺境くんだりまで、動員されての仕事が、落ちぶれた王族連中の護衛かよ」

 

 半壊した正面門前で、歩哨に立っていた兵士が、愚痴をこぼす。

 

 「王家から追放したってんなら、適当な地下牢ででも、始末しちまえばいいのにな」

 

 同僚の兵士が、あくびをかみ殺しながら、相槌を打つ。彼らは、広大なガリア領の中でも、東部に位置するサルバードル地方領から、派遣された警備兵たちだった。

 

 「……ここだけの話だがよ。首都周辺じゃ、未だに王弟派が息を潜めてるってんで、わざわざこんな端っこの廃城を選んだらしいぜ」

 

 仲間内で事情通を自称する兵士が、声を潜めながら言った。

 

 「けっ! 王位継承のゴタゴタから三年も経つってのに無能王陛下は、ま~だ王弟派なんかにおびえてんのかよ」

 

 

 

 「貴様ら! 警備任務すら、ろくにこなせないくせに王権に対する批判だけは、一人前だな!」

 

 城内から、マントを纏い、杖を携えた一人の貴族が現れ、兵士たちを叱責した。彼は、警備隊を率いるミスコール男爵である。内心では、彼自身も今回の任務には、不満を抱いてた。汚れ仕事である事と、現場の指揮権が自分にではなく、王族を直接監視している他国出身のメイジに与えられていたからだった。王直属のシェフィールド護王騎士団に所属しているという若造は、トリステイン風の装束を纏い、栄えあるガリア王国男爵である自分に命令してきたのだった。

 

 「原隊に戻ったら、覚悟しておけ! 貴様ら、全員……」

 

 

 スタタッ!

 

 

 男爵が言い終える前に、アーハンブラ城の門前に上空から、一人の少女と一体の亜人が降り立った。男装の麗人姿の少女と、二メイルを超える異形の亜人の取り合わせだった。

 

 「な、なんだ!? 貴様ら、さては、王弟……」

 

 「セル、やれ」

 

 静かだが、怒りが込められた声で、イザベラは命じた。

 

 「承知した」

 

 

 グンッ! ギュドッ! グゴンッ! ドギャッ!

 

 

 セルは、念動力を発動し、ミスコールをはじめとする警備隊の面々を、幾何学模様があしらわれた城壁に、高速で叩き付けた。彼らは、うめき声一つたてることなく、糸が切れた人形のように力を失い、その場に倒れ伏した。イザベラは、彼らには見向きもせずに城内へ入った。セルが背後に控えながら、続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「きみの処遇だが、二日後に首都から、ある薬が届く。きみの母上が飲んだモノと同じ薬だ」

 

 アーハンブラ城の最上階に位置する城主専用の寝室で、ワルドは、ベッドで身を起こしたタバサに彼女の運命を告げた。水魔法による治療が施されたのか、タバサの身体には、目立った傷は見られなかった。だが、当然ながら、彼女は丸腰だった。

 

 「……母さまは、どこ?」

 

 それでも表面上は、いつもと変わらないタバサが、質問した。

 

 「隣の寝室だ。ひどく取り乱されていたので、沈静剤を投与した。今は眠っているはずだ」

 

 それを聞いたタバサは、ベッドを降り、隣室に向かう。隣の部屋のベッドには、やや苦しげな表情の旧オルレアン公夫人、タバサの母親が眠っていた。母のそばに寄り添い、その痩せ衰えた手を握り締めるタバサ。

 

 「薬の効果によって、きみの心は喪われるが母親共々、命は保障するとの御沙汰だ。残りの二日間、何か望みがあれば、可能な限り便宜を図ろう」

 

 隣室の入口に立ったワルドが、同情気味に言った。

 

 「母と二人だけにして」

 

 きっぱりとした口調でタバサは、自身の望みを口にした。

 

 「……わかった」

 

 ワルドは、静かに部屋を辞した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これは……」

 

 タバサは、母の枕元に一冊の本が置かれていたことに気付いた。

 

 「……『イーヴァルディの勇者』」

 

 それは、ハルケギニアにあって、最もポピュラーな冒険譚であった。平民出身の勇者イーヴァルディが、始祖ブリミルの加護を得て、剣や槍を巧みに操り、様々な悪を討伐するという筋書きである。ポピュラーであるがゆえに、各国、各地方によって膨大なバリエーションが存在していた。主人公たるイーヴァルディが平民であるため、平民達に非常に人気が高い。その反面、貴族達にはありえない御伽噺である、とみなされていた。読書家のタバサにとって、両親から最初に与えられた本であり、彼女の原点でもあった。

 

 本を手に取ったタバサは、静かにページを開くと、眠り続ける母に優しく、言った。

 

 「母さま、シャルロットがご本を読んであげますね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「王族としての苦悩と責務からは、解放される。そう、考えれば、まだ……」

 

 扉の前に立った、ワルドは一人呟いた。さらに深い溜め息をつくワルドだが、何かに感づいたのか、レイピア状の杖を抜き放ち、最上階へつながる廊下の先に差し向ける。

 

 (警備兵どもには、こちらから、命じない限り、最上階には近付くなと言い含めたはずだが……)

 

 風のスクウェアメイジであるワルドは、建物や洞窟内などの空気の流れに非常に敏感である。その感覚が、彼に最上階へ続く階段を登る何者かの存在を教えていた。

 

 最上階に姿を見せたのは、一人の少女と一体の亜人だった。鋭い誰何の声を挙げようとするワルド。

 

 「何者だ! ここは、ぐっ!? がはっ!」

 

 突如、ワルドの全身が金縛りに遭ったように硬直した。さらに姿の見えない何かが、首を絞めているかのように、まともに呼吸ができない。

 

 

 グンッ!

 

 

 ワルドの肉体は、宙を浮き、亜人の下に引き寄せられる。

 

 「我が主の御前だ。控えろ、下郎」

 

 亜人セルは、低いが良い声で言い放った。

 

 「……セル、部屋には誰も通すな」

 

 「承知した」

 

 少女イザベラは、ワルドなど、最初からいなかったように、自身の使い魔に命じると、城主用寝室に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「イーヴァルディは、くじけませんでした……」

 

 タバサは、かつて、自身の名を捨てた時、たった一人でも戦い、必ず目的を果たしてみせる、そう決意してここまで来たのだった。

 

 だが、戦いに敗れ、杖を失い、使い魔からも引き離され、囚われの身となった今、ずっと閉じ込めいていた感情が湧き上がるのを押さえることができなかった。

 

 (怖い……)

 

 

 ガチャ

 

 

 「!」

 

 その時、扉が開き、一人の少女が部屋に入ってきた。最初、タバサは、それが誰か分からなかった。だが、よく見ると、それは男装の麗人風の装束を纏った従姉、イザベラだった。

 

 イザベラは、部屋内にタバサだけでなく、彼女の母オルレアン公夫人も居る事に、やや驚いたものの、そのまま部屋内を進みタバサの前までやってきた。

 

 「おまえ、なにしてるんだ? お父様の命令に背いたそうじゃないか。わたしに恥をかかせやがって、何様のつもりだ?」

 

 「……」

 

 タバサは、顔をそらし、何も答えなかった。癇に障ったイザベラは、タバサの手から本を取り上げた。

 

 「わたしが聞いてるんだ! 無視してんじゃないよ!こんな本を……」

 

 ふと、イザベラは取り上げた本の表紙に目を留める。

 

 「ふん、「イーヴァルディの勇者」か。おまえ、まだこんな餓鬼向けの御伽噺を読んでたのか? 昔っから、変わらないな。」

 

 十年以上前、従姉妹同士だったイザベラとタバサは、小宮殿プチトロワやオルレアン邸で、共に過ごすことが多かった。その際、幼かったタバサは、二才年上の従姉であるイザベラに、本読みをねだった。

 

 「わたしが読んでやらないと、いつまでも泣き喚きやがって……」

 

 生まれてすぐ、ガリア王妃たる母を失ったイザベラは、自身の子にほとんど関心を払わない父王ジョゼフよりも、叔父であるシャルルの一家と幼少期を過ごすことが多かった。誰よりも聡明で優しい叔父、手作りの料理をいつも振舞ってくれた美しい叔母、そして唯一対等な相手として、自分と触れ合ってくれた年下の従妹。

 望めば、すべてを与えてくれた父が、ただ一つイザベラに与えてくれなかった家族としての愛情。それを示してくれたのはオルレアン公一家だった。だが、同時にイザベラは、幸せなオルレアン公一家に強い劣等感を持っていた。自分が持たないモノ、すべてを持ち合わせていたタバサにも。

 

 「……」

 

 三年前オルレアン公が死に、タバサが王家から廃された時、イザベラは従妹に対して、初めて暗い優越感を感じることができた。父が、叔父を暗殺したという噂も、あえて黙殺してきた。だが、イザベラは、今改めて、自身と従妹の状況を客観的に振り返った。

 

 優しかった叔父は、父によって暗殺され、反乱を企てた大罪人として、不名誉印を刻まれて葬られた。

 美しかった叔母は、父によって毒をあおる事を強要され、心を喪った。今では、娘の顔すら判別できない。

 小さかった従妹は、父によって王家から、廃され、自分の家臣に格下げされた。自分は、そんな従妹を危険な任務に駆り立てた。

 

 そして今、その従妹も父によって、処断されようとしていた。

 

 イザベラは、愕然とした。

 

 (え、うそ……なんで……こんな、こんなことに……)

 

 彼女の心に、父によって、いや、父と自分によって行われた所業に対する罪悪感と悔恨の念が押し寄せていた。

 

 

 ポタ、ポタ

 

 

 「!」

 

 「なんで?……なんで、こんなことになっちゃったんだろう……」

 

 タバサは、イザベラが本を持ったまま、両目から涙を溢れさせていることに気付いた。

 

 「わ、わたしは! わたしは、こんなこと望んでなんかいなかったのに! なんで……うっ、うっ、うぐっ、ううう」

 

 「……」

 

 イザベラの涙を見、悔恨の言葉を聞いたタバサは、冷え切っていたはずの従姉に対する感情が甦るのを感じた。

 

 王家所有の森を散策中に迷子になった自分を、誰よりも懸命に探してくれた。

 母に怒られた自分を、不器用ながらも慰めてくれた。

 本読みをせがんだ時も、なんだかんだ言いながら、最後には、必ず読んでくれた。

 

 意地悪だけど、優しい従姉。

 

 

 「……イザベラ、姉さま」

 

 タバサは躊躇いがちな声色で、年上の従姉姫に声をかけた。その声に、弾かれたかの様に涙に濡れた顔を上げたイザベラが、応える。

 

 「エ、エレーヌ! わ、わたしを!」

 

 かつて、イザベラは、タバサを彼女のミドルネームである「エレーヌ」と呼んでいた。紆余曲折を経て、三年振りに心を通わせた二人の王女が寄り添い合おうとした。

 

 その瞬間。

 

 

 バガンッ!

 

 

 「下がれ、イザベラ!」

 

 「ちょっ! 何しやがる、セル!?」

 

 扉を吹き飛ばしながら、部屋に飛び込んできたセルが、念動力によってイザベラを自身の下に引き寄せる。

 

 間髪入れず。

 

 

 ヴンッ!

 

 

 突如、寝室内に複数の人間が出現した。それは、正に瞬間的に現れたとしか、表現できなかった。その内の一人、桃色の髪をなびかせた小柄な少女が叫んだ。

 

 「タバサ! 助けに来たわ!!」

 

 「ルイズ? それに……」

 

 「きゅいきゅい! お姉さま!」

 

 アーハンブラ城の城主用寝室に現れたのは、六人の男女と一体の亜人だった。

 

 セルに支えられながら、イザベラが誰何の声を挙げる。

 

 「お、おまえら、どこから降って湧きやがった!?」

 

 おんぶのようにセルの背中にしがみ付いたままのルイズが、イザベラを指差しながら、吼えた。

 

 「タバサは返してもらうわ!!」

 

 「な、なんだと!? わたしがエレーヌを渡すとで……え?」

 

 「もうこれ以上、タバサにひどいことはさせな……え?」

 

 イザベラとルイズ、二人は改めてお互いのそばにいる長身異形の亜人の姿に目を引き寄せられる。

 

 そして、ほぼ同時に呟いた。

 

 

 「「……せ、セル?」」

 

 

 

 今ここに、二体の人造人間使い魔とその主たちが、邂逅を果たした。

 

 

 

 




第四十一話をお送りしました。

とうとう、本編にイザベラ様が登場しました。

ルイズ側を食ってしまいそうなのが、心配ですが……

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。


少々、早いかと思いますが、皆様、良いお年を。


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 第四十二話

前話が今年最後の更新だと言ったな……あれは嘘だ(土下座しながら)

お、お久しぶりです。第四十二話をお送りします。

私情から、年始の方が忙しくなりそうなので、年内に四十二話を更新いたします。


 

 

 ハルケギニア大陸における人間の領域とエルフの領域の境に位置するアーハンブラ城。今ここに、二組のメイジと使い魔が相対していた。

 

 片や、男装の麗人姿の少女を背後から支える、二メイルを大きく超える長身と筋骨隆々の体躯を備えた異形の亜人セル。

 片や、桃色髪の少女を背負い、さらに五人の男女を全身にしがみ付くままにした、これまた二メイル以上の長身と昆虫のような外骨格を纏う異形の亜人セル。

 

 啖呵の応酬を始めようとしたそれぞれのご主人さまは、お互いの使い魔と思われる長身異形の亜人の姿に魅入られたかのように黙ってしまった。

 

 そんなイザベラを背後に庇い、第二形態セルが前に進み出る。そして、その場にいる者にはお馴染みの良い声で、いけしゃあしゃあとのたまった。

 

 「まさか、こんなところで相見えるとはな……我が同胞、セルよ」

 

 ルイズをはじめとする魔法学院組を下ろした第一形態セルも、同じく進み出て、これまた臆面もなく言い放った。

 

 「それは、こちらの台詞だ、セル。共に成体となったあの時以来か」

 

 一瞬、虚を突かれたルイズとイザベラが、あわてて自身の使い魔に問いただす。

 

 「せ、セル! 共に成体ってどういうことなのよ!?」

 

 「お、おい、セル! あっちの奴もセルってのは、どういうわけだ!?」

 

 まず、イザベラのセルが答える。

 

 「我ら人造人間は、個体数が少ないのだ。特にわたしたちのような稀少タイプは極端でな」

 

 ルイズのセルが、引き継いで答える。

 

 「このハルケギニアには、わたしたちを含めても、四体しか存在しない」

 

 「せ、セルくんたちは、四体しか存在しない種族の同胞、というわけか……」

 

 最初の衝撃から、立ち直ったコルベールが、呟く。

 

 「っていうか、彼の同種が、後二体もいることのほうが、とんでもない気が……」

 

 セルの右足にギーシュと一緒にしがみ付いていたモンモランシーが言った。思わず、隣のギーシュが頷く。さらにセルの左腕に両手両足で掴まっていたイルククゥも壊れたように首を上下に振った。

 

 イザベラのセルが、さらに部屋の中央に歩を進めながら、後ろで棒立ち状態の主に言った。

 

 「イザベラ、向こうにセルがいる以上、この城は、あきらめざるを得んぞ」

 

 「へ? ど、どういうことだよ、セル!?」

 

 ルイズのセルも、タバサの母が眠る豪奢なベッドを庇うように前に進み出て、言った。

 

 「ルイズ、少々派手な戦いになる。他の者と一緒に、ベッドのそばから離れるなよ」

 

 「は、派手な戦いって? ちょっ、ま、待ちなさいよ、セル!?」

 

 

 

 

 

 もはや、主の言葉にも答えず、アーハンブラ城の最上階に位置する城主用私室の真ん中で、二体の人造人間使い魔は、相対した。

 

 「……では、いくぞ、セルよ」

 

 「……久しぶりの運動となるな、セルよ」

 

 二体が、わずかに腰を落とし、両拳を握り締める。

 

 

 ズズズズズズズズ

 

 

 重苦しい空気の振動が、居室内を満たす。突然、ルイズの腰に下げられていたデルフリンガーが叫ぶ。

 

 「ま、ま、ま、マジかよ!? こ、こ、こ、こんな力が!? 嬢ちゃん!! 今すぐ逃げろ!! って、ま、まにあわねえぇ!!」

 

 「に、にげろって、ど、どこによ!?」

 

 少女と杖のやり取りを余所に、二体の人造人間使い魔は。

 

 「気」を開放した。

 

 「「ぶるああああああぁぁぁぁっ!!!」」

 

 

 カッ!!   

 

 ズゴオオオオォォォォ!!

 

 

 千年以上の間、数多くの激戦の舞台となりながらも、その姿を保ち続けてきた古城アーハンブラ城は、地上から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――アーハンブラ城より、東へ三百リーグ、エルフ族ネフテス国首都アディール評議会本部「ガスパ」

 

 

 大陸の人間種にとって、恐怖の対象である異種族エルフ。系統魔法を遥かに超える先住魔法を使いこなし、十倍の兵力差をも物ともしない、悪魔の如き亜人。だが、エルフたちは、自らを平和主義者と定義していた。すべての精霊の源である「大いなる意思」を信仰の対象ともしている。

 そんなエルフたちの首都アディールは、エメラルドブルーに輝く海上に同心円状の島をいくつも重ねた巨大な人工島の上に築かれていた。

 

 

 

 

 

 アディールの中心に位置する白亜の建造物。高さ二百メイルに及ぶ巨大な建物の内部で、ネフテスの指導者たる評議員たちが集う「カウンシル」が開かれていた。その登壇の場で、一人のエルフが熱弁を振るっていた。

 

 「今! 我らがサハラに未曾有の危機が迫っている! 忘却の彼方に去ったはずの「災厄」の再来! それは、もはや疑いない!」

 

 彼の名は、エスマーイル。ネフテス評議会の一人にして、強硬派の集団「鉄血団結党」の党首である。彼は、ネフテスにあって少数派とされる、人間や「災厄の悪魔」に対する戦いを主張してきた。評議会は、ハルケギニア各国とは異なり、国家を運営する評議員を各部族ごとの投票によって選出した。だが、長く続いた平穏は、自身の部族の利益を最優先にする、平和主義という名の事なかれ主義を蔓延させた。エスマーイルらは、そんな評議会では、常に腫れ物扱いを受けてきた。

 

 だが、ここ数ヶ月観測されてきた人間領域の異変が、彼の主張を強力に裏付けていた。

 

 「最初の兆候は、五ヶ月前だった! 蛮族域観測班が、ここ数百年観測されることのなかった精霊流の激震なる反応を捉えた!」

 

 ネフテス評議会蛮人対策委員会直下の観測班は、ハルケギニアの技術を遥かに超えた高度な観測機器と精霊魔法を駆使することで、蛮族域と呼ばれるハルケギニア各地の精霊流を常時、観測していた。かつて、サハラを「災厄」が襲った際、その恐るべき力は、「大いなる意思」の息吹とされる精霊流をズタズタに引き裂いたと伝承されていたのだ。

 

 そして、五ヶ月前、ルイズによって召喚されたセルは、世界観測のため、惑星破壊級の気功波「かめはめ波」を放っていた。

 

 「二度目は、兆候どころの話ではなかった! ここに居られるビダーシャル老自らが、「災厄の悪魔」をその目にされたのだ!」

 

 評議会の有力議員であり、蛮人対策委員会の長を務めるビダーシャルは、瞑目のまま腕組みをしていた。本来、評議会の中で穏健派の筆頭として、エスマーイルら強硬派を抑える役割のビダーシャルは、この評議が始まってから一度も発言していなかった。

 四ヶ月前、蛮族域最大の王国への使者となったビダーシャルは、期せずして浮遊大陸において、蛮人の大艦隊を一瞬で殲滅する異形の存在を目撃したのだ。

 それは、レコンキスタ主力艦隊を壊滅させた長身異形の亜人セルの分身体であった。

 

 「兆候は、いや! 「災厄」は、さらなる爪痕をこの世界に刻みつけている! それが、いつ我らがサハラに襲来するか! それを待つ必要など、どこにある!」

 

 三ヶ月前には、蛮族を抑えるための交渉を持つはずだった最大の王国内でも、激震の反応が確認された。

 それは、イザベラによって召喚されたセルの分身体が、アルハレンドラ公爵領を消滅させた際の反応だった。

 

 「我らは、今こそ立たねばならない時なのだ! 座して死を待つなど「大いなる意思」がお許しになるわけがない!」

 

 一週間前、四回目の反応が確認された。サハラに隣接する北西の国で発生したのは、これまでで最小の反応ではあったが、蛮族域各地で多発する精霊流を引き裂くかのような現象に、エスマーイルら強硬派以外の評議員からも懸念の声が上がり、今回の緊急評議が開催される運びとなったのだ。

 

 帝政ゲルマニア首都において開催されるはずだった観艦式で、セルから譲渡された「気功砲弾」によって、ゲルマニア南方艦隊が蒸発していたのだ。

 

 「統領! テュリューク大老! どうかご決断を! すべてが手遅れとなる前に!」

 

 エスマーイルら強硬派の評議員たちは「災厄」に対抗するため、ネフテスの総力を結集した決戦艦隊の編成と人間域に対する侵攻作戦を提案していた。反対する穏健派も、筆頭であるビダーシャルが沈黙を守っているため、旗色が悪い。何より、穏健派も、精霊流の有り得ない反応を危惧していることには変わりなかった。

 

 「……」

 

 穏健派評議員からの委任状を受け取っていたネフテス国最高指導者、統領テュリュークが発言しようと口を開いた、その瞬間。

 

 

 ズズズズズズズ ズンッ!!

 

 

 評議会議場を包み込むかのような空気の振動が発生した。そして、これまでとは比較にならないほど、強力で激烈な精霊流の反応を、その場にいたすべての評議員が、文字通り肌で感じ取っていた。さらに、その反応は、いままでよりもサハラに近い位置で発生していた。彼らは、それぞれの部族を代表する議員であると同時に、エルフ族最高の精霊魔法の行使手でもあったのだ。

 

 「なっ!? こ、こんな力があるはずが……」

 「ぐっ!! まるで、すべての精霊流を引き裂くかのような」

 「こ、この力、まさか!?」

 「そんな、ち、近すぎるぞ!」

 

 評議会が開かれている首都アディールの西、三百リーグ。

 かつて、エルフが放棄した小砦アーハンブラ城において、二体の人造人間が、「気」を開放したのだ。

 

 (今までの反応など、子供だましにもならない。これが、「災厄の悪魔」の真の力だというのか……だが)

 

 ビダーシャルは、今更ながら後悔の念を深めていた。浮遊大陸で、悪魔と思われる亜人を確認した時、それをすぐに評議会に報告したのは、拙速だった。エスマーイルら強硬派は、ビダーシャルの報告と警告に喜んで飛びついたが、その後の反応を検証するに、ビダーシャルはある疑念を抱いた。

 

 (これだけの凄まじい力を持つ「災厄の悪魔」が実在するならば、なぜ、蛮族はサハラにすぐに攻め込もうとしない? あるいは、蛮族と悪魔が協調関係にないならば、蛮族たちこそ、悪魔によって滅ぼされていてもおかしくないはず……)

 

 「統領!! いや、同志テュリューク!! これでも、まだ!あなたは、自身の慎重派という肩書きに固執するというのか!!」

 

 「……もはや、やむを得ん、か」

 

 思考に沈んでいたビダーシャルに、エスマーイルとテュリュークのやり取りが、届く。

 

 

 

 

 この緊急評議において、エスマーイル主導によるネフテス全軍の再編成と「災厄撃滅艦隊」の創立、そして、蛮族域への侵攻「精霊救済戦争」の前準備開始が決議された。エスマーイルは、「災厄撃滅艦隊」の総司令となり、ビダーシャルは、副指令に指名された。

 

 

 (わたしは、もしかしたら、一族に「本当」の災厄を齎してしまったのかも知れない。「大いなる意思」よ、わたしはどうすれば……)

 

 

 苦悩を極めるビダーシャルに「大いなる意思」からの答えは、なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 使い魔の咆哮、視界を覆う閃光、周囲を圧する轟音、そして一瞬の浮遊感。

 それらが終わった後、ルイズたちが、恐る恐る目を開けると、周りの景色は一変していた。

 

 「え? わ、わたしたち、アーハンブラ城に瞬間移動したのよね?……なんで、荒野にいるの?」

 

 

 ドゴン!

 

 

 瞬間移動した先のアーハンブラ城の城主用寝室は、エルフの様式とハルケギニアの古ガリア様式が混じり合った異国風の調度が設えられていたが、今ルイズらの周りにあるのは、色彩に乏しい荒涼とした平坦な大地だけだった。

 

 彼女たちは、タバサの母が眠る豪奢なベッドの周囲に固まっていた。見たところ、全員無事のようだった。

 

 「お姉さま! お姉さま! 無事でよかった、よかったのね!! きゅいきゅい!!」

 

 「……」

 

 韻竜であることをばらした上に、ルイズたちをまきこんでしまった自身の使い魔に対して、タバサは色々言いたいことがあったが、自分にすがりつきながら、大泣きする風韻竜を前にしては、タバサもただ彼女の頭を撫でるしか出来なかった。

 

 

 ドゴン!   ドゴン!

 

 

 「タバサ! 無事でよかった……」

 

 「オルレアン夫人も、状態は悪くないみたいだわ。でも……」

 

 「も、目的は、達成できたんだから、早く戻ろう!」

 

 タバサの無事と、オルレアン公夫人の状態を確認した、キュルケ、モンモランシー、ギーシュが、口々に言った。

 

 「わ、わたしだってそうしたいけど、セルはどこにいっちゃったのよ!」

 

 

 ドゴン!   ドゴン!   ドゴン!

 

 

 ルイズとしても、さっさとトリステインに戻りたかったのだが、肝心の使い魔が見当たらない。あのセルもどきについても聞きたかったのだが。その時、腰に下げていたたデルフリンガーが、堅い声で言った。

 

 「……嬢ちゃん、上だぜ」

 

 「え、上? なんかさっきから、うるさいけど、なんなのよ?」

 

 言われたルイズやキュルケたちが、視線を上空へ向ける。

 

 

 ドゴン!  ドゴン!  ドゴン!  ドゴン!

 

 

 ルイズたちの遥か上空で何かが、轟音とともに不可視の球状衝撃波をいくつも巻き起こしていた。

 

 「……な、なにアレ?」

 

 「多分、旦那ともう一方のヤツが、やり合ってるんじゃないかと思うんだが……」

 

 「し、信じられん。目視不可能なほどの速度で空中戦を? い、いや!それ以前に衝撃波の発生の後から、音が響いて来るような……」

 

 上空の激闘を呆然と見上げながら、コルベールが呟いた。

 

 「ちっ、セルのヤツ。アーハンブラ城が、すっかり更地じゃないか!いくら廃城同然とはいえ、いずれわたしのものになったのに……」

 

 イザベラもまた、全く無傷であった。二体の人造人間は、主とその同伴者にバリヤーを展開していたのだ。イザベラの言葉を耳にしたルイズが、誰何の声を挙げる。

 

 「そ、そういえば! あんた、一体誰なのよ? タバサにひどいことさせてたのは、あんたなの? それと、あのセルもどきの亜人はなんなのよ!?」

 

 ルイズの矢継ぎ早の質問を受けたイザベラは、ルイズの体形を品定めすると、舌打ちとともに言った。

 

 「ちっ! 小うるさいツルペタ娘だね! わたしが誰だかわかってんのかい!?」

 

 

 ブチッ

 

 

 「ツルペッ!? な、なんですって!? こ、この性悪デコっぱち女!!」

 

 思わず、自身の胸を両手で隠したルイズが、言い返す。

 

 

 ブチッ

 

 

 「で、デコ!? お、おまえ、わたしが気にしてる事を!」

 

 つば広の騎士帽子を脱いでいたイザベラは、やや広い自身の額を押さえながら、激昂する。さらに言い募ろうとするルイズのマントをタバサが引っ張った。

 

 「あんたなんか! え、なに、どうしたの、タバサ?」

 

 無表情ながら、どこか気まずそうなタバサがぼそりと言った。

 

 「……イザベ、ううん、彼女は……わたしの従姉だから」

 

 「え! タバサの従姉ってことは、ガリア王国の……」

 

 キュルケの言葉通り、ガリア王弟オルレアン公の遺児であるタバサの従姉。これに該当する人物は、公になっている限り、一人しかいない。

 

 ガリア王国第一王女イザベラ・ド・ガリア。

 

 「う、うそでしょ!? アレがガリアの王女!? あのデコ女が、姫さまと同じ始祖の系譜を色濃く継ぐ王家の末裔だっていうの!?」

 

 「ちょっ! 声がでかいわよ、ルイズ!!」

 

 思わず、大声で本音を漏らすルイズ。慌ててキュルケが、彼女の口を押さえる。そんな生徒たちを背後に庇いながら、コルベールが進み出る。イザベラの前で、他国の王族に対する最上級の礼をとる。イザベラが、不機嫌を隠そうともせずに誰何する。

 

 「なんだ、おまえは?」

 

 「生徒たちの無礼極まる言動、謹んでお詫び申し上げます。わたくし、トリステイン王国魔法学院教務主任を務めます、ジャン・コルベール男爵と申します。高貴にして寛大なるイザベラ王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しく……」

 

 「おい、おまえ、毛だけじゃなくて、目も無いのか? わたしのどこが機嫌いいだって?」

 

 「恐れ入りまする。わたくしの生徒たちが、かかる愚挙に及びましたる経緯について、ご説明させて頂きたく、御願い申し上げます」

 

 「ふん、少しは話せるみたいだな。いいだろう、聞いてやろうじゃないか」

 

 「恐悦至極でございます。では、まずは恐れながら、イザベラ殿下にお伺いしたい儀がございます」

 

 「はあ? おまえが説明するって……」

 

 イザベラが、反論する前にコルベールが鋭く切り込む。

 

 「ミス・タバサに、ミス・ヴァリエールの拉致をお命じになったのは、ガリア王家に相違ないでありましょうか!?」

 

 「な、ら、拉致だと!?」

 

 驚くイザベラに、コルベールがさらに畳み掛ける。

 

 「ご存知の通り、ミス・ヴァリエールは、「蒼光」の二つ名で知られる「王権守護戦争」における我が国、最大の英雄。それを拉致するということは、貴国ガリアは、我がトリステインに対する明確な戦意をお持ちであると、愚考いたしますが、如何か!?」

 

 他国の王族相手に一歩も引かずに、詰問するコルベール。そんな彼をキュルケが、もはや崇拝の眼差しで見つめる。

 

 「……素敵よ、ジャン。惚れ直したわ」

 

 コルベール自身は、内心ガタガタだったのが。

 

 「ちっ!」

 

 イザベラが思わず、舌打ちする。騎士団連合本営からの通達によって、タバサが王命に背いたということは、知っていたが、父王の命令の内容までは把握していなかった。

 

 (そういえば、トリステインとの国境沿いの町に行ったとき、アルビオン戦役の英雄は、十六歳の女学生とかって聞いたな……でも、それを拉致しろだなんて! しかも、エレーヌに命じるなんて!)

 

 イザベラの中で、父王ジョゼフに対する疑心が膨れ上がる。

 

 「イザベラ殿下は、ミス・タバサが所属する北花壇警護騎士団の団長を拝命されているとか。よもや、殿下御自らがお命じになられたのでありましょうか!?」

 

 (こいつ、わたしの言質を引き出すつもりか! そうはいくか!!)

 

 イザベラが、反論に出ようとした、その時。

 

 

 ドゴーン!!

 

 

 それまでの数倍の轟音が、上空から降り注いだ。そして。

 

 

 ヒューン   ドゴッ!!   バゴッ!!

 

 

 上空から、二体の人造人間使い魔が落下した。濛々とした煙が晴れたとき、二体の使い魔は。

 

 ルイズのセルは、頭部の右半分が喪失していた。

 

 イザベラのセルは、腹部に巨大な穴が開き、胴体が千切れかけていた。

 

 

 「いやああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 「やだあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 自身の使い魔の惨状を見てしまった、二人の主の悲痛な叫びが、木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第四十二話をお送りしました。

原作を読んでいると、いまいちエルフの文明レベルがわかりにくいです。

さて、今度こそ、皆様、良いお年を。


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 第四十三話

皆様、あけましておめでとうございます。

2015年最初となる第四十三話をお送りします。




 

 

 ルイズは、目の前の光景が信じられなかった。

 

 自身の使い魔である長身異形の亜人セルが、地面に倒れ伏している。それだけでも、五ヶ月間の使い魔との生活で、一度も見たことのない情景だった。

 その上、ひと目で人外と判る特異な容貌、ルイズにしてみれば、もはや見慣れてしまい、まるで気にならないセルの顔面の右半分が無くなっていた。

 

 気付いた時には、ルイズは絶叫していた。形振り構わず、セルに走り寄る。

 

 「いやあ!! いやよ!! セル、セル!!」

 

 

 イザベラも、同様であった。

 

 使い魔との付き合いは、一ヶ月ほどだが、彼女にとってセルは、自身に素晴らしく、新しい世界を与えてくれた掛け替えのない存在だった。

 そんなセルの逞しい腹部が三分の二ほど、大きく抉られた様に消失していた。

 

 「うそだ!! うそだ!! わたしの、わたしのセルが!!」

 

 

 双方の使い魔の傷の程度は、誰が見ても致命傷だった。

 だったのだが。

 

 

 ムクリ

 

 

 ルイズのセルが、何事も無かったかのように起き上がった。そして、顔面の右半分が無い状態で、全くいつもどおりの調子でルイズに言った。

 

 「ルイズ、ベッドのそばにいろ、と言った筈だぞ」

 

 「!!」

 

 

 ムクリ

 

 

 イザベラのセルも、同じように起き上がる。胴体の半分以上を喪っているため、まともに動ける訳がないのだが、全く普通の動き方だった。

 

 「イザベラ、城の消失については謝罪しよう」

 

 「!!」

 

 

 バタタッ

 

 

 二人の主は、同時に失神した。

 

 「ふむ、とりあえずは、ここまでか」

 

 「初の接触も、思っていたほどの反応はなかったな」

 

 それぞれの主を慎重に抱き上げた二体のセルは、わずかに言葉を交わすと、「気」の開放と同じように全身に気力を漲らせる。

 

 「「ぶるあぁ!!」」

 

 

 ズリュッ! 

 

 ギュバッ!

 

 

 セルたちの致命傷は、一瞬の内に再生してしまった。

 ルイズのセルが、その場を大きく飛び退き、周囲で唯一形を保っていたオルレアン夫人が眠るベットの天蓋に飛び乗る。

 

 「ギーシュの言葉通りだな。目的を達成した以上、ここに留まる理由はない。全員ベッドにつかまれ」

 

 「え!? ぼくの言ったこと、き、聞こえていたのかい!?」

 

 「せ、セルくん! き、傷は大丈夫なのか!?」

 

 「問題ない」

 

 

 ギュルルル

 

 

 セルは、自身の尾を大きく伸長させると、ベッドを囲み、学院組全員の身体に触れるようにした。

 タバサが、もう一体のセルに抱きかかえられているイザベラを見つめる。意識を失っている従姉に、声をかけようと口を開きかけた、その時。

 

 

 ヴンッ!!

 

 

 ルイズのセル一行は、瞬間移動を発動し、その場から天蓋付きベッドごと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……う~ん、セル、わたしの、わたしだけのセル……」

 

 うなされている主の身体を揺すり、覚醒を促すセル。ほどなく、目覚めるイザベラ。

 

 「はっ! せ、セル!?」

 

 「目覚めたか、イザベラ」

 

 主をゆっくりと地面へと下ろすセル。イザベラは、滂沱の涙を流しながら、セルの身体にしがみつく。

 

 「せ、セル! お、おまえ、大丈夫なのか!? お、お腹にあ、穴が、穴が!……え? 穴が、ない?」

 

 必死にセルの胴体を両手で押さえ、出血を止めようとするが、イザベラの両手は血に染まることはなく、ただセルのわき腹を押しているだけだった。

 

 「わたしの肉体は、無限に再生可能なのだ。完全に消滅させない限りはな」

 

 「……」

 

 セルの言葉を受け、呆然とした表情で、使い魔を見上げるイザベラ。言葉の意味を理解すると、俯きながら身体を震わせた。

 

 「こ、このブサイクっ!! 出来損ないっ!! 役立たずっ!! そ、そうなら、そうとさっさといいやがれっ!!!」

 

 ガバッと顔を上げたイザベラが、罵詈雑言を浴びせながら、両拳をセルに叩き込む。本来であれば、鋼鉄板を素手で殴りつけるようなものだが、バリヤーで保護されたイザベラの手は、全く痛むことはなかった。

 

 「次からは、そうしよう、我が主よ」

 

 すまし顔で言ってのけるセルに、さらに数分間、制裁を加え続けたイザベラは、ようやく気が晴れてきたのか、息を整えながら、使い魔に聞いた。

 

 「はあ、はあ、はあ、つ、次もあったら許さないからな!……そ、それで、エレーヌたちは?」

 

 「瞬間移動で、撤収したようだ。今ならば、追えなくもないが、どうする?」

 

 「……」

 

 使い魔の問いにイザベラは、すぐには答えなかった。懐からハンカチを取り出し、涙をふきながら考えを巡らせる。

 

 (あいつらは、エレーヌを助けるためにわざわざトリステインから、ここまで来たのか……あのペタンコが、トリステインの英雄「蒼光のルイズ」だったなんてな。まあ、セルの同類が使い魔なら、英雄になるくらい余裕だろうけど)

 

 イザベラは、タバサの身柄の行方を心配していた。タバサ、いやエレーヌは、ガリア王家から廃されたとはいえ、諸国に傑物として知られ、未だに国内でも潜在的な崇拝者が多いオルレアン公の遺児である。国内の王弟派はもちろん、トリステインにとっても、何かしらの利用価値があると判断されれば、どんな陰謀に利用されるかわからない。

 

 (でも、あいつらは、そんな小難しい理屈で動いているようには見えなかった。エレーヌだけじゃなくて、ジャンヌ叔母さまも一緒に連れて行ったみたいだし……)

 

 エレーヌの母、旧オルレアン公夫人ジャンヌ・アデライード・オルレアンは、その美貌と気高い精神を以って、オルレアン領では、絶大な尊敬を集めていたが、彼女自身の出自は、必ずしも王弟の配偶者としてふさわしい家格を備えてはいなかった。

 

 (多分、あいつらなら、エレーヌを守ってくれる。なら、わたしがするべきことは……)

 

 イザベラは、ハンカチを放り捨てると、セルに命じた。

 

 「追う必要はないよ……その代わり、お父様に会う!」

 

 決然とした表情で、父王ジョゼフが住まう首都リュティス郊外ヴェルサルテイル宮殿の方角を見つめるイザベラ。

 

 これまで、イザベラは、意識的に父王を避けて生きてきた。すべてを与えてくれる代わりに、家族としては、何一つ与えてくれなかった父。イザベラは、王家の血の絆など、そういったものだと理解する振りをして向き合おうとはしなかった。エレーヌたち、オルレアン家の暖かな営みを見れば、その理解が過ちだと、すぐに判った筈なのに。

 

 だが、今ならば、向き合えるかもしれない。父の真意を知ることが出来るかもしれない。自分一人では、とても無理だが。

 

 「セル、わたしについてきてくれるか? も、もしかしたらお父様の、いやジョゼフ一世の逆鱗に触れるかもしれないけど……」

 

 真っ直ぐなイザベラの問いに静かに跪くセル。いつもと変わらぬ声色で答える。

 

 「イザベラが望む限り、わたしはきみのそばに居る。ガリア王の逆鱗? ふん、我が主に害なすならば、ヴェルサルテイル宮殿は首都リュティスもろとも灰燼に帰すだろう」

 

 「ばかっ! いずれ、このわたしのものになるんだから、あんまり無茶するなよ、セル!」

 

 使い魔の答えに、笑顔で応じるイザベラだった。

 

 そして、少女と亜人は、瞬間移動によってその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドサッ

 

 

 「ぐっ、がっ、がはっ!」

 

 無人の荒野と化したアーハンブラ城の跡地に、一人のメイジと一体の亜人が降り立った。

 

 メイジは、全身に傷を帯びており、右腕を失っていた。適切な処置を施さなければ、その命数は遠からず尽きることは、間違いなかった。そんなメイジを片手で引っ掴んでいた亜人は、二メイルを超える長身と人外の風貌、昆虫のような外骨格を備えていた。

 

 傷ついたメイジは、ワルドだった。

 

 イザベラのセルの念動力によって制圧されていたワルドは、セルが城主用寝室に飛び込む際に壁面に叩き付けられ、意識を失った。わずかな後、意識を取り戻したワルドは、重なる咆哮とともに襲い掛かってきた轟音と閃光によってさらに吹き飛ばされた。本来であれば、そのまま跡形も無く消滅するはずだったが、そんなワルドを救ったのは、もう一体の亜人セルだった。

 

 本体であるルイズのセル、ガリア方面を担当している分身体イザベラのセル、そして密かにアーハンブラ城を監視していた三体目のセルは、以前はアルビオン大陸を中心に活動していた。

 「レコン・キスタ」主力艦隊を消滅させ、王都ハヴィランドにて「レコン・キスタ」首魁クロムウェルから「アンドバリ」の指輪を奪取、さらに港湾都市ロサイスでは、逃亡者部隊に最後のトドメをさした。ある意味、四体のセルの中で、最も精力的に活動している個体だった。

 

 「……この男ならば、第三の目撃者として適当だろう」

 

 二人の主の初接触は、想定していたほどの激震の反応は起こさなかったが、次の展開を開くための端緒としては十分だった。それをさらに発展させるためには、「アーハンブラ城の消滅」という事実を当事者以外が語る必要があった。

 

 (この男は、タバサを直接護衛していた。おそらく、ガリア王にも、ある程度近い立場にあるだろう。せいぜい、自身の主にトリステインの脅威を吹聴してもらおう)

 

 

 シュルッ

 

 

 ワルドを治療するため、自身の尾を蠢かせるセル。その先端を突き刺そうとしたその時、朦朧とした意識のままワルドが、ある単語を呟いた。

 

 「う、うう……る、ルイズ……」

 

 (! この男……本体の主を知っているのか?)

 

 ワルドが無意識に口にした名前から、さらに考えを巡らせる亜人セル。その特異な容貌に似つかわしい邪悪な笑みとともに言った。

 

 「ふっふっふっ、この男、使い方次第では、一石二鳥の成果を導けるな」

 

 

 ズン! ズギュン! ズギュン! ズギュン!

 

 

 セルは、尾を突き刺し、生体エキスをワルドに注入した。意識は完全に回復しなかったものの、ワルドの右腕は再生し、全身の傷も消える。治療後は、この場に捨て置くつもりだったが、尾を突き刺したまま、ワルドの身体を持ち上げたセルは、飛翔した。

 

 分身体一の働き者であるこのセルは、浮遊大陸アルビオンで、ある人物と落ち合う手筈となっていた。

 

 「さて、「土くれ」はどのような情報をもたらしてくれるかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ネフテス国首都アディール評議会本部「ガスパ」中枢棟四十二階第七執務室。

 

 エルフたちを統括する評議員の中でも、十二名しか選ばれない上席評議員の一人であるビダーシャルの執務室で、二人のエルフが部屋の主の帰参を待ち構えていた。

 

 一人は、線の細い雰囲気を纏った若い男のエルフだった。執務室に備え付けられていた応接用のディヴァンに両手両足を組みながら、まるでハンモックで昼寝するかのように横たわる、もう一人の少女のエルフにたしなめるように声をかけた。

 

 「おい、ルクシャナ! もうすぐビダーシャル様がお戻りになるんだぞ! なんだ、そのだらしない格好は!? まるで「蛮人」じゃないか!」

 

 自らを、世界を管理するために選ばれた高貴なる種族であると定義するエルフたちは、サハラの西方に住まう人間種を、野蛮で無知で危険な蛮族であるとみなしていた。

 だが、ルクシャナと呼ばれた少女は、気にする様子もなく、ひょうひょうと答えた。

 

 「アリィーったら、あなたまで、評議会のよぼよぼ連中みたいなことを言うの? この方が、全然楽なのよ。身体も伸ばせるし、ね」

 

 そう言って、ルクシャナは大きく伸びをした。その拍子に彼女の裾の短い衣服がめくれ上がり、艶かしい下半身が露わになる。その有様をバッチリ視界に収めてしまったアリィーは、顔を真っ赤にしてしまう。

 

 「し、神聖な執務室で、な、なんてあられもない姿を! ムニィラ様が知ったら、何と仰られるか!」

 

 「ここは、叔父さまの執務室よ? 母さまは、サハラが滅んだって、寄り付いたりしないわよ」

 

 「いや、そういうことじゃなくて……」

 

 アリィーの言葉が終わる前に部屋の扉が開き、ビダーシャルが姿を見せた。

 

 「二人とも、待たせたな」

 

 「叔父さま!」

 

 「び、ビダーシャル様」

 

 ディヴァンから起き上がったルクシャナが抱き着くような勢いで、ビダーシャルを質問攻めにした。

 

 「叔父さま、評議はどうなったの!? それとさっきの精霊流の乱れって蛮人世界と関係あるの!? もしかして、叔父さまが見たって言う悪魔の力なの!?」

 

 「当然、おまえたちも感じたのだな」

 

 「肌がひりつく様な感覚がまだ残っています。あんなのは、生まれて初めてです」

 

 「……わたしもだよ」

 

 苦笑を浮かべたビダーシャルが、年若い二人のエルフに緊急評議の内容を掻い摘んで語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞き終えたアリィーは、息を呑んだ。

 

 「で、では、ついにテュリューク統領は、「聖戦」の発動をご決断されたのですか!?」

 

 「息巻き過ぎよ、アリィー。「聖戦」の発動には、正式な大評議会の招集が必要だし、サハラが攻撃されたわけじゃないのよ」

 

 先ほどとは違い、やや神妙な顔つきのルクシャナが、アリィーに注意した。

 

 「ルクシャナの言うとおりだ。今回の評議で決定されたのは、あくまで全軍の再編成と艦隊の設立、そして、そのための事前準備だけだ。実際の戦時体制への移行や、蛮族域への侵攻については、さらなる評議を必要とするだろう」

 

 「それに、宣戦布告もなしに攻め込むなんて、高貴なる種族がすることじゃないわ。そうでしょ、アリィー」

 

 「そ、そうは言っても、下手に手をこまねいていたら、悪魔が、あの「シャイターンの門」を開放して、「災厄」を甦らせてしまうかも……」

 

 「……」

 

 ルクシャナとアリィーの会話を他所にビダーシャルは、自身の思考に沈んでいた。

 

 (そう、サハラには、「シャイターンの門」がある。かつて、世界を滅ぼしかけた「災厄」を封印した忌むべき地。だが、四回、いや五回に及ぶ精霊流の反応と、ここ最近の門の活動には、特別な関連を見出すことが出来ない。あるいは、それは安堵すべき事なのかもしれない。しかし、この言い知れぬ悪寒は何なのだ? わたしたちは……なにか、取り返しのつかない思い違いをしているとでもいうのか?)

 

 「……叔父さま?」

 

 ルクシャナの声に、我に返るビダーシャル。

 

 「ああ、なんでもない。二人とも、わざわざ尋ねて来てくれたのにすまないが、すぐにテュリューク大兄とエスマーイル評議員と会わなければならない。ムニィラには、後でわたしからとりなしておくよ」

 

 「え、ビダーシャル様……」

 

 「え~せっかく、また叔父さまに浮遊大陸で見た悪魔の話を聞こうと思ったのに……」

 

 この日、ルクシャナとアリィーが、ビダーシャルの執務室を訪ねたのは、彼女たちの正式な婚約調印の立会人を依頼するためであった。

 

 「この埋め合わせは、必ず、するから。それと、さきほどの話は、評議会からの発表が出るまでは、他言無用だ。それから、ルクシャナ……」

 

 ビダーシャルは、姪の肩に両手を置きながら、真剣な声で言った。

 

 「くれぐれも、軽挙妄動はしてくれるなよ。嫁入り前の君の身体に傷でもつこうものなら、わたしがムニィラに殺されてしまう」

 

 「はい、叔父さま」

 

 「いい返事だ。では、アリィー、後は頼む」

 

 「いってらっしゃいませ、ビダーシャル様」

 

 愛すべき姪と優秀な部下の見送りを受けて、ビダーシャルは、自身の執務室を辞した。

 

 

 

 「……さ~てっと、いろいろ準備しなきゃ、ね」

 

 アリィーは、自身の婚約者が放った言葉が聞き間違いであることを「大いなる意志」に祈った。

 

 「一応、聞いておくが、一体何の話だい、ルクシャナ?」

 

 「決まってるじゃない! これが、最後のチャンスかもしれないんだから!」

 

 満面の笑みを浮かべて振り返ったルクシャナの言葉に、アリィーは天を仰いだ。

 

 「まさか、とは思うけど、蛮人世界にいってみたい、なんて言う訳じゃ……」

 

 「さっすが、アリィーね! わたしのこと、なんでも判っちゃうのね!」

 

 「ビダーシャル様は、軽挙妄動するなと言ったよね?」

 

 「もちろんよ! ずっと温めてきた計画なんだから! 軽挙じゃないわ、断じて!」

 

 「……ルクシャナ、ぼくは!」

 

 アリィーが、何かを言う前にルクシャナが、彼の身体に抱きつくと、上目遣いで、甘い声を囁いた。

 

 「ねえ、アリィー、お願い……」

 

 

 ズギュュュンッ!!

 

 

 (ぐはっ!! な、なんて、愛らしい……い、いや、思い出せ、アリィー! このおねだりに何度煮え湯を飲まされた!? おまえは、誇り高きファーリスだろう!? 誘惑に打ち勝て! 「大いなる意志」よ、ぼくに力を!!)

 

 アリィーの祈りに「大いなる意志」が応えたことは、未だかつて、無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第四十三話をお送りしました。

今年は、毎週土曜日に更新していきたいと考えております。

今年も、ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。


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 第四十四話

お久しぶりです。第四十四話をお送りします。


 

 

 イザベラの住居であるプチ・トロワは、広大なヴェルサルテイル宮殿の中でも、多くの敷地を割いて建造された国王専用の小宮殿グラン・トロワの、さらに内側に存在していた。宮殿の中の小宮殿の、さらに小宮殿でイザベラは平時を過ごしていた。曲がりなりにも、大陸最大の王国の継承者たる第一王女の住まいとして、贅と趣向を凝らしたその外観、内装、家具類などは、「ヴェルサルテイルの中の小宇宙」とまで謳われていた。

 当然、それらを維持管理するためには、多くの人員を必要とした。執事、侍女、召使、警護など、プチ・トロワには、同規模の貴族の屋敷の数倍の人間が働いていた。

 

 そんな、大勢の使用人の内の一人が、プチ・トロワの内庭を巡る回廊を歩いていた。年のころは、二十前半。輝く金髪を飾り気のない白い帽子に押し込み、女官のお仕着せを一分の隙もなく着こなしている。

 

 「ふう、姫さまもセルさんも、お戻りになったばかりだというのに、一体どちらに往かれたのかしら?」

 

 彼女の名は、クララ・ド・モンフォール。ガリア王国の中流貴族モンフォール男爵家の三女である。

 

 「やっぱり、シャルロット様についての通達かしら?あんなにお怒りになられた姫さま、セルさんがいらしてからは初めてだったし……」

 

 クララは、イザベラに仕える多くの女官の中でも、数少ない「お気に入り」だった。セルを召喚する前のイザベラは、第一王女という重責と、王族でありながら、魔法の才に乏しいという劣等感から、その性格は、陰湿と酷薄が同居し、プチ・トロワのほぼ全ての使用人から、「傲慢で癇癪持ちの無能姫」と陰口を叩かれていた。

 だが、クララだけは、イザベラに対して強い共感の念を感じていた。三女であるクララは、常に上二人の姉と比べられて幼年期を過ごした。そんなクララが、ある時、内庭の隅で一人泣くイザベラを見かけた。その日は、彼女が苦手としていた魔法の鍛錬の日だった。いつもと同じで、芳しい成果は上がらなかったものの、おべっか使いの教育係が適当な世辞を言い立てると、イザベラはいつもの高慢そうな表情のまま自室に戻った。しかし、イザベラは、教育係の賞賛が心無い嘘であることを正しく理解していたのだ。誰も知らない場所で一人、悔し涙を流すイザベラを見たクララは、孤独な王女に自分自身を重ねた。

 それ以来、献身的に尽くすようになったクララに対して、イザベラもまんざらでもない様子だったが、彼女自身を大きく変えるほどの影響はなかった。

 

 

 状況が変わったのは、二ヶ月ほど前だった。新しく王女の護衛となった花壇騎士の案内で、珍しく狩りに出かけたイザベラは、予定の時間を過ぎても、プチ・トロワに戻らなかった。クララたち使用人も、いよいよ大事だと騒ぎ出した。しばらくすると首都リュティスでは、これまた珍しい大規模な地震が発生した。クララたちも後で知ったことだが、リュティス近郊のアルハレンドラ公爵領が、謎の大爆発によって消滅した余波であった。

 

 さらに混乱が増すプチ・トロワに、イザベラは突如、空からの帰還を果たす。二メイルを大きく超える長身と筋骨隆々の体躯を誇る、今だかつて誰も見たことのない亜人の腕に抱かれながら。

 

 

 

 イザベラが、使い魔として長身異形の亜人セルを召喚してから、すべてが変わった。

 

 

 

 劣等感と暗殺の恐怖に押し潰されていたイザベラは、それらから解放されたかのように明るく年相応の笑顔を見せ始め、反比例するようにヒステリーを起こさなくなった。彼女が最も、コンプレックスを抱いていた従妹シャルロット姫に対する感情さえも目に見えて変化していった。

 

 クララは、そんなイザベラを見て、これですべてがうまくいくのではないだろうか?という希望的観測を抱いた。その後、イザベラはプチ・トロワにおいて、永く語り継がれる「北花壇騎士団壊滅事件」を引き起こし、諸国漫遊と称して、一ヶ月近く小宮殿を留守にしてしまったのだが。

 

 

 

 「どうも、セルさんといると、姫さまはご自身の欲望に正直になられすぎると言うか、はっちゃけすぎるというか……」

 

 

 ヴンッ!

 

 

 クララは、心底から、主たる王女を心配して言っているのだが、常に悪い間、というものは存在するのである。

 

 「いつまでも、あんな放蕩なご様子じゃ、王配をお迎えになられるどころか、お好きな殿方が現れるのさえ、いつになられるのやら……」

 

 

 

 「……ほほう、クララ。おまえ、今なんと、お言いだい?」

 

 「!!?」

 

 

 ドッドッドッ

 

 

 クララは、自身の心臓が早鐘のように鳴り響き、全身に冷や汗が浮かぶのを自覚した。背後から聞こえるのは、そこにいないはずの主の声。それは、まるで、かつての酷薄極まる「無能姫」を思い起こさせるような凍てつく声色だった。

 

 「あっ、あの! ひ、姫さまっ! その、い、今のは!……」

 

 「……セル、やれ」

 

 イザベラから発せられたのは、無慈悲な制裁宣告だった。

 

 「承知した」

 

 

 ブワッ!

 

 

 「あ~~れ~~~~!!」

 

 

 ズバシャンッ!!!

 

 

 哀れ、忠実なる女官クララは、余計なお節介を呟いたばかりにセルの念動力によって、空高く放り投げられ、中庭に新設された噴水に叩き込まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 「まったく、わたしがいないと思って、好き放題にいいやがって、クララのやつ……」

 

 同僚の侍女たちによって、噴水から救出されるずぶ濡れのクララを見ながら呟くイザベラ。その表情からは、そこまで悪い感情は読み取れなかった。

 

 「自分だって、未婚のくせに。なあ、セル?」

 

 「わたしには、理解できない領域だな。さて、イザベラよ。制裁も済んだ。父王ジョゼフへの謁見、覚悟はできているのかな?」

 

 イザベラは、使い魔からの試すような問いに、ややためらいがちに答えを返す。

 

 「……覚悟なんて、ないよ。でも、会わなきゃ駄目なんだ。お父さまと会って、ちゃんと……」

 

 「会う、そう決めているならば、問題はない。ジョゼフ王の「気」は、わたしも、まだ知らない。瞬間移動は使えんぞ」

 

 「別にいらないさ。お父さまは、すぐそばのグラン・トロワか、ヴェルサルテイル宮殿の謁見の間にいるはずだ。歩いてすぐに……」

 

 

 ドゴォォォン!!

 

 

 イザベラの言い終える前に、宮殿内に轟音が響き渡った。

 

 

 「な、なんだ!? 今の音は!?」

 

 イザベラが周囲を見渡すと、プチ・トロワの建物の奥、ヴェルサルテイル宮殿の中心部付近から煙が立ち上っているのが見えた。

 

 「あ、あっちは、宮殿の中枢区画がある方角だ……ま、まさか!?」

 

 使い魔を従えたイザベラは、父王がいるはずのヴェルサルテイル宮殿、謁見の間に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大陸で最も、隆盛を極める大国ガリアの中枢たるヴェルサルテイル宮殿内の謁見の間は、見るも無残な有様だった。式典などを執り行う際には、数百人の人間が余裕を持って参加できるメインホールが、瓦礫によって埋め尽くされており、至るところから悲鳴や怒号が発せられていた。瓦礫の下には、かなりの数の人間が生き埋めとなっているようだった。

 

 「ど、どうなってるんだ? い、一体、何が……」

 

 「……」

 

 見慣れたはずの光景のあまりの変貌ぶりに、呆然と呟くイザベラ。だが、主の背後に控えるセルは、阿鼻叫喚のるつぼと化した謁見の間を冷静極まる視線で睥睨しながら、状況を推察していた。

 

 (この場に残る力の余韻、本体の主が行使した「虚無」の魔法と同種のものだな。「神の頭脳ミョズニトニルン」の主、ガリア王ジョゼフ一世か。「ミョズニトニルン」の女の「気」は、首都から西方に向けて移動中のようだな。おそらく、行き先は軍港都市サン・マロン……)

 

 セルは、イザベラに召喚される前に行った事前調査によって、サン・マロンが、ガリア両用艦隊の根拠地であり、「実験農場」と呼ばれるガリアの極秘兵器工場を擁する重要都市であることを知っていた。誰にも気付かれずにほくそ笑むセル。

 

 (フフフ、わたしが予想していたよりも、早く「アレ」が完成したというわけか。どうやら、第三の目撃者は必要なかったようだな)

 

 

 「おお! 殿下、ご無事でございましたか!?」

 

 僧服を纏った小太りの男が、イザベラに近付いてきた。

 

 「バリベリニ卿! い、一体何が起こったんだ!? お父さまはご無事なの!?」

 

 ロマリア出身のバリベリニ助祭枢機卿は、宮廷の祭事を取り仕切る儀典長を務め、アルハレンドラ公爵亡き後は、王宮内の調整役を自認している人物だった。儀典長としての能力は高いものの、背後にロマリアの意向が見え隠れすることが多い為、調整役としては、本人が考えているほどの影響力を持ってはいなかった。

 

 「お、王弟派の花壇騎士どもが、よりにもよって御前会議の最中に、反乱に及んだのでございます!! そ、それをジョゼフ陛下が……」

 

 バリベリニは、直前の御前会議の様子を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガリア王国の政事を実際に差配するための御前会議は、本来であれば、その名の通り国王の臨席を以って開催されるのが通例となっていた。

 だが、当代のジョゼフ一世の治世にあっては、「無能王」たる彼が政治に興味を持つことは稀であり、いつも通りならば、開会の宣言を行った後は、自身の住居であるグラン・トロワに引っ込むというのが常であった。

 

 だが、今日に限っては、ジョゼフは、彼曰く退屈極まりない御前会議を傍聴するどころか、種々の懸案事項に対して、まるで名君ロベスピエール三世ばりの弁舌をふるい、鮮やかに捌いてさえ見せたのだった。バリベリニをはじめとする会議に参加していた重臣たちの困惑を余所に、会議はつつがなく進行し、閉会の宣言を残すばかりとなった、その時。

 

 

 バガンッ!!

 

 

 謁見の間に通じる大扉が、轟音とともに弾け飛び、複数の騎士が杖を構えながら、姿を現した。彼らは、皆一様に花壇騎士の正装に身を包んでいた。

 

 「な、何たる無礼を! 神聖なる御前会議に乱入するとは!! 親衛隊は何をしている!? この狼藉者共を捕らえよ!!」

 

 会議の進行役を務めていたバリベリニが、大声を張り上げるが、謁見の間周辺を警護しているはずのガリア親衛騎士団の精鋭が姿をみせることはなかった。

 

 「親衛騎士団の半数は、すでにわれらガリア解放義勇軍に合流しているのです、枢機卿猊下。抵抗は無意味です」

 

 先頭に立つ若い騎士が、バリベリニに告げる。

 

 「な、なんだと!?……」

 

 「おお、だれかと思えば、カステルモールではないか? なに? ガリア解放義勇軍とな。ははは、カステルモールよ! 余はおまえを見くびっていたようだ。ここまでユーモアに溢れた男だと知っていたなら、娘の守役などにせず、余の直属にするべきであったな!」

 

 驚愕するバリベリニを押し退けたジョゼフが、高笑いとともに言い放った。

 

 「愚かな「無能王」よ。おまえは、シャルル殿下をその手に掛けただけでは、飽き足らず、シャルロット殿下の御命さえも奪おうとした! もはや、これまでだ! これ以上の簒奪者の専横を、われら真なるガリア騎士は、決して許しはしない!!」

 

 今は亡きオルレアン公シャルルに忠誠を誓うカステルモールら、王弟派は地方のみならず中央でも、少しずつ同志を増やしていた。そんな折に、彼らの元へ、最も恐れていた報せが齎される。

 

 シャルロット殿下、幽閉さる。

 

 カステルモールら、急進派は蜂起を決断した。御前会議を急襲し、ジョゼフと現王派を拘禁する。親衛騎士団も大半が、蜂起後の地位保全を条件にこちら側についた。守りを引き剥がされた「無能王」を捕らえるなど容易だ。

 

 だが、カステルモールは知らなかった。標的である「無能王」もまた、彼らと同じ事を考えていたのだった。御前会議を進めながら、少しずつ呪文を詠唱していたガリア王。

 

 

 

 「まあ、ここらで一区切りとするも悪くは無いな。物は試しと御前会議を真面目にやってみたが、やはりつまらんしな」

 

 軽やかな動作で杖を振り下ろすジョゼフ。勝利を確信していたカステルモールの反応が遅れる。

 

 (ふん、無能王の魔法など取るに足ら……)

 

 

 

 「エクスプロージョン!!」

 

 

 

 ズゴォォォォ!!

 

 バガガガッ!!

 

 

 謁見の間の天井面の境に光の線が奔ったかと思うと、天井を構成していた巨大な石群が、突如支えを失ったかのように落下した。

 カステルモールら、ガリア解放義勇軍と御前会議に出席していた名門貴族の当主たちは、等しく巨石の下敷きとなった。

 

 ジョゼフの近くに居たバリベリニだけは、巨石の直撃を免れていた。

 

 「な、な、なんという……」

 

 「さ~て、余はもう行くぞ、バリベリニ。もうここには何一つ余の心を動かすモノは無いからなぁ」

 

 「へ、陛下、あなたは、な、なにを……」

 

 謁見の間を一瞬で半壊させながら、まるで散歩にでも出掛けるかのような気安い言葉を吐く王に、言い知れない恐怖を感じるバリベリニ。その後、天井を失った謁見の間に巨大な怪鳥型ガーゴイルが飛来する。身軽な動作で、ガーゴイルに乗り込んだガリア王ジョゼフ一世は、もはや自身の宮殿を省みることなく、西方へと飛び去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第四十四話をお送りしました。

次話で、第四章は一区切りとなります。


ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いします。


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 第四十五話

お久しぶりです。第四章の最終話、第四十五話をお送りします。


 

 

 ガリア王国首都リュティスは、騒然とした様相を呈し始めていた。

 

 今は亡き王弟オルレアン公シャルルを崇拝する一部の花壇騎士たちによるヴェルサルテイル宮殿内にて開催されていた御前会議への襲撃。「無能王」と呼ばれていたガリア王ジョゼフ一世は、不可思議な魔法を発動させ、それによって、襲撃部隊を御前会議の出席者もろとも、生き埋めにしてしまった。その上、反乱が起きた宮殿と首都を尻目に怪鳥型ガーゴイルに飛び乗ると、何処かへと出奔してしまう。

 

 御前会議には、実際にガリアを差配する重臣の大半が出席しており、そのほとんどが瓦礫の下敷きとなってしまった。救出作業すら、ままならないところにさらに急報がもたらされる。王弟派の花壇騎士団と、それに同調した反ジョゼフ派の軍部隊、さらに襲撃の情報を得ていた一部の地方軍閥の戦力が、リュティスにて蜂起したのだ。指揮中枢を失った正規軍は、誰が敵で、誰が味方すらも判らず、まともな応戦すらできない有様だった。

 

 唯一生き残った、御前会議の進行役バリベリニ儀典長も、残りの廷臣たちと共に右往左往するばかり。

 

 

 

 

 

 「ちっ! 大陸最大の王国たる我がガリアの中枢を担う連中が、この体たらくなんてね!」

 

 バリベリニから、事のあらましを聞いたガリア王国第一王女イザベラが吐き捨てるように言った。

 

 だが、イザベラは、内心では父王の出奔に安堵を感じていた。父と向き合うと決心したはずのイザベラだったが、いざ、父の奇行の結果を目の前にすると、その決心が大きく揺らいでしまった。自身の背後に控える長身異形の亜人セルに一言命じれば、たちどころに父王の後を追うことが出来るはずなのに。イザベラの苛立ちは、半ば以上宮廷ではなく、自身の不甲斐無さに向けられていた。

 

 そんなイザベラに対して、使い魔たるセルは、いつもどおりの声色で言った。

 

 「イザベラよ、物事は常に単純だ。ジョゼフ一世を追う前に、いずれきみのモノとなる、このリュティスを荒らす不逞の輩どもを蹴散らし、リュティスを守る。そして、その後にジョゼフを追う。何も悩む必要などない。きみはただ、わたしに命じればいい」

 

 「セル、わ、わたしは……」

 

 使い魔の何気ない言葉が、自身の心に染み渡ることを感じたイザベラは、うつむきながら涙をこらえた。一瞬の後、顔を上げたイザベラは、いつもの高慢とした表情で言った。

 

 「ふん、使い魔風情が、偉そうな事を言うな! わたしが、わたしのモノを守る。そんなの当たり前だよ!」

 

 「それでこそ、我が主だ。そんなきみにこれを……」

 

 セルが、イザベラに手渡したのは、一見何の変哲もない一本の短剣だった。

 

 「こんな安っぽいナイフがなん……!! な、なんだこれ!?」

 

 イザベラが短剣を握ると、その短い刀身が、青白く輝き始めた。

 

 「そのナイフには、わたしの「気」が込められている。使い魔と主の同調によって、きみの力のほんの一端を引き出してくれるだろう」

 

 かつて、本体たるトリステインのセルが、ルイズから買い与えられた投げナイフ五本の内の一本である。分身体セルの「気」が込められており、主従の契約の繋がりを利用することで、イザベラが秘めていた「始祖の系譜」の力を半強制的に覚醒させるものだった。ある程度、自力での覚醒を果たしつつあったイザベラをさらに高めるための一手である。

 

 実際には、ドットランクに過ぎなかったイザベラの魔力は、変換されたセルの「気」を取り込む事で、スクウェア・クラスすらも、はるかに凌駕したランクへと到達していた。

 

 「自ら陣頭指揮に立つ、凛々しくも見目麗しい王女の姿は、有象無象の者どもを大いに魅了するだろう。それは、新たな支配者の誕生を十二分に印象づけるのではないかな?」

 

 「た、確かにこれなら、わたしだって!……ってか、セル? な~んか、わたし、おまえの美辞麗句にうまくのせられている気がするんだけど?」

 

 「滅相もない、我が主よ」

 

 ジト目の王女に対して、優雅に礼をしてみせる長身異形の亜人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 「セル、おまえには、外の連中の掃除をまかせる。わたしのリュティスを傷付けるバカどもにキツイ仕置きをしてやんな!……ただし、殺すなよ? おまえなら、それぐらい楽勝だろう?」

 

 「承知した」

 

 セルは、天井を失った謁見の間を飛翔して、リュティス市内へ向かった。それを見送ったイザベラは、深呼吸を一つすると、自身の杖とセルから渡された短剣を両手に構え、意識を集中させた。短剣の青白い輝きが、イザベラの全身を覆った。

 

 (ありがとう、セル……おまえは、やっぱり最高の使い魔だよ)

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ

 

 

 謁見の間を埋め尽くしていた瓦礫の山が、ひとりでに宙に浮いた。

 

 「な、なんと!? こんな念力があ、あるはずが……」

 

 多くの者が生き埋めになっている為、攻撃魔法で瓦礫を破壊するわけにもいかず、人力やガーゴイルによる救出を試みていたバリベリニたちは、驚愕と共に、王女の声を聞いた。それは、宮廷の人間たちが今まで聴いたことがないほどの威厳と決意に満ちた王女の言葉だった。

 

 

 「皆、そのままで聞け! 今、我がリュティスは危機を迎えている! 本来であれば、先頭に立って、この国難に対処すべき父王ジョゼフ一世は、この場にはいない! よって、異例の事ではあるが、このわたし、ガリア王国第一王女イザベラ・ド・ガリアが、王権代行者たる「副女王」となり、事態に対処する! よいな!!」

 

 イザベラは、宣言とともに空中に浮かべていた無数の瓦礫を、これまた無数の竜巻を生み出し、微塵に粉砕してみせた。廷臣たちを前にしたイザベラの全身は、青白い魔力の奔流に包まれており、その決然とした表情と相俟って、冒すべからざる神々しさすらも醸し出していた。

 

 

 (……そ、蒼光を纏う者だと? ま、まさか!?)

 

 

 ロマリア宗教庁よりの密命を受けて、ガリアに派遣された助祭枢機卿バリベリニが、予想外の衝撃を受けるなか、謁見の間に居た多くの者たちが、イザベラの前にひとり、またひとりと跪いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴェルサルテイル宮殿を飛び出したセルは、上空数百メイルまで上昇すると、大陸最大の都市リュティスを睥睨した。眼下では、首都の玄関となる各大門の周辺や、軍部の駐屯地などで、いくつもの火の手が上がり、鬨の声も聞こえて来ていた。さらに首都郊外には、千人を超える軍部隊が複数待機している様子が見て取れた。遥か西方に位置するサン・マロンに視線を飛ばしたセルが笑みとともに言った。

 

 「この状況を、ジョゼフ一世は自ら演出した、ということか……フフフ、大した「無能王」だ。わたしとイザベラにとっては、好都合だがな」

 

 セルは、大きく息を吸い込み、身体を反らした。そして、一瞬の溜めの後。

 

 

 『聞けぃ!! リュティスに生きるすべての者どもよっ!! わたしの名はセル!! 神聖にして偉大なる王権代行者イザベラ副女王殿下の使い魔であるっ!! 今この時を以って、このリュティスの地はイザベラ殿下の統治下となったっ!! 要らざる騒乱を引き起こす者、またこれを助長する者は、イザベラ殿下の御名において、すべて逆賊として処断するっ!! 心するがいいぃ!!』

 

 セルの張り上げた大声は、首都リュティスの隅々にまで響き渡り、首都郊外で状況を静観していた地方軍閥の部隊にまで余す所なく、伝わったのだった。

 

 

 

 「ぬうう……ぶるあぁ!!」

 

 続いてセルは、「四身の拳」を発動。自身の肉体を四つに分身させた。本体のそれとは違い、完全なる分身体を生み出すことは出来ず、それぞれの戦闘力は四分の一となってしまうものの、王弟派の反乱部隊と日和見の造反部隊を蹴散らすなど、訳もなかった。

 

 

 

 

 空から舞い降りる長身異形の亜人の存在は、リュティスにおいて杖と剣を振るう者たちにとって、正に悪夢としか呼べないモノであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 首都リュティスにおける騒乱が、沈静化に向かいつつあったその頃、ガリア最大の軍港都市サン・マロンの上空に一隻のフネが滞空していた。全長は五十メイルほどだが、その艤装には、魔法先進国ガリアの最新鋭装備が惜しみなく投入されていた。

 

 そのフネの名は「アンリ・ファンドーム」号。かつての英雄王の名を冠した王家専用の座乗艦であった。

 

 

 

 

 「すべての準備、整いましてございます、ジョゼフ様」

 

 船首に佇む、最愛の主たるガリア王に恭しく報告するのは、神の頭脳「ミョズニトニルン」ことシェフィールドである。

 

 「……うむ。我がミューズよ、そなたの造り出した「最強の巨人」、余に見せてくれ」

 

 「御意」

 

 座乗艦に乗船している人間は、ガリア王ジョゼフ一世と、その使い魔であるシェフィールドだけであった。操船をはじめ、船内のあらゆる作業がシェフィールドが操るガーゴイルによって行われていた。

 

 「……「フレスヴェルグ」起動!!」

 

 ジョゼフの前に進み出たシェフィールドが、自身の額に刻まれたルーンに意識を集中させ、眼下の「実験農場」の中でも、最大の規模を誇る施設にて、未だ眠りについている、最も新しく、最も強大な存在を呼び起こした。

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ

 

 

 バゴッ!!

 

 

 地鳴りと共に「実験農場」最大の施設の天井を何かが突き破った。

 

 それは、鈍い輝きを放つ手甲を纏った巨大な腕だった。

 

 

 バゴッ!! ドゴッ!! バガッ!!

 

 

 次々に施設天井を突き破り、四本の巨大な腕が現れた。

 

 そして。

 

 

 

 バゴォォォォン!!

 

 

 

 施設の天井のすべてを破壊して、姿を見せたのは、とてつもなく巨大なゴーレムの半身だった。

 

 

 ズンッ! ズンッ!

 

 

 上半身を起こしただけで、施設を半壊させた巨大ゴーレムは、さらに轟音を巻き起こし、両足を大地に突き立て、その全貌を現した。信じがたい巨体でありながら、その動きは、通常のゴーレムとは、比較にならないほど滑らかで無駄のない、まるで人間そのものの動きを思わせた。

 

 ゴーレムは、施設内に残っていた自身の専用装備を、これまた巨体に似合わぬ俊敏さで身に纏っていく。

 

 

 ガシャッ! ガシャッ! ジャキンッ! ジャキンッ!

 

 

 屹立するその巨体は実に八十メイルに及び、全身に鈍い光沢を放つ装甲を纏い、四本腕の内、二本の腕には、その巨体を半ば覆ってしまうほどの巨大な盾を構え、残りの二本の腕には、その巨体をも両断してしまいそうな長大な剣を携えていた。一本角を持つ頭部で、光る三眼が、サン・マロンの市街を睥睨していた。

 

 

 

 

 

 「おお! あれこそが、最大最強のゴーレム「フレスヴェルグ」か!! ミューズよ!!」

 

 ジョゼフは、自身の使い魔たるシェフィールドを抱き寄せると、頬擦りせんばかりに強く抱きしめ左右に振り回した。

 

 「すばらしいぞ、我がミューズよ!! あの威容!! あの軽快な動き!! このハルケギニアの歴史上、まさに究極のゴーレムが誕生したと我が名において断言できようぞ!!」

 

 「あん、んふっ……ジョゼフ様にお喜びいただき、このシェフィールド、天にも昇る心地ですわ……」

 

 主に身を任せながら、陶酔した表情を見せるシェフィールド。ひとしきり、使い魔をねぎらったジョゼフが、言った。

 

 「ならば、その心地をサン・マロンに住まう親愛なる我が民達にも、味あわせてやらねば、な」

 

 「ジョゼフ様の仰せの通りに……」

 

 

 ルーンを通して発せられたシェフィールドの命令に応えて、試作型ゴーレム「ヨルムンガンド」十体分の製造資材と伝説とまで謳われた「風」と「火」の結晶石を掛け合わせて生み出された巨人「フレスヴェルグ」が、動く。背後のサン・マロン市街地に振り返ると、二本の巨剣と二個の巨盾を自身の巨躯を固定するかのように大地に突き立てる。

 

 

 ガゴンッ!!

 

 

 胸部の装甲が開き、禍々しい砲口が姿を見せる。生き血を吸うことで切れ味を増し続けるという、恐るべき魔剣の名を冠した砲口の照準は、数万の人々が住むサン・マロンの市街地を捉えていた。

 

 

 「……「ダインスレイヴ」発射!!」

 

 

 キュウイィィィィン!

 

 

 バシュッ!!

 

 

 シェフィールドの命令とともに砲口から放たれた真紅の光弾が、サン・マロンの中心部に吸い込まれた。

 

 

 

 

 ズドゴォォォォォン!!!

 

 

 

 火結晶石から抽出された純粋無垢なる火の魔力の奔流が、軍港都市サン・マロンの市街地を焼き尽す。紅蓮の炎に照らし出された「フレスヴェルグ」の巨体を眺めながら、ジョゼフは溜め息とともに言った。

 

 

 「まだだ、まだまだ足りん。この煉獄を、さらに塗り潰すような、もっと、もっとおぞましい景色を生み出さなければ、オレは……」

 

 

 

 

 

 「無能王」と渾名されたガリア王ジョゼフ一世。

 今、彼の最後の人形遊びの幕が、上がったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                        ゼロの人造人間使い魔 第四章 無能王 完




第四十五話をお送りしました。

これにて、第四章は区切りとなります。

次話から、またいくつか断章を投稿する予定です。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。







後、どうでもいい話ではありますが、本作オリジナルのゴーレム「フレスヴェルグ」の外見イメージは、ファイブスター物語の旧デザイン版のA・トール(ラウンドバインダシステム装備)と、スターウォーズシリーズの白マント扇風機ことグリーヴァス将軍を足して2で割った感じです。


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 断章之捌 宰相閣下の憂鬱

お久しぶりです。断章之捌をお送りします。

……すみません。毎週土曜日更新を守れませんでした。




 

 

 マザリーニ・ド・リュクサンブール枢機卿は、御年四十八歳。

 

 

 リュクサンブール侯爵家の当主であり、ロマリア宗教庁司教枢機卿の位階を持つブリミル教の聖職者である。リュクサンブール家は、ロマリアの祖王「フォルサテ」の血筋を細分化された分王家の一つであり、マザリーニ自身もかつては、次期教皇候補の筆頭に挙げられるほどの実力者であった。

 

 だが、彼は自らの意思でブリミル教最高位者の座を放棄した。

 

 今の彼の肩書きは、ロマリア枢機卿にして、トリステイン王国サウスゴータ領総督代行兼アルビオン駐屯軍総司令である。

 

 

 

 

 

 

 ――サウスゴータ領都シティオブサウスゴータ総督府。

 

 「ふん、なにが「高貴な女性の美貌を永遠に導く秘薬」だ。益体も無い。」

 

 

 ポイッ

 

 

 総督執務室の中央に据えられていた大型の机に陣取ったマザリーニは、雑多な書類相手に奮戦していた。未だ四十代のマザリーニだが、長年の労苦は、彼の身体を蝕み、その痩せこけた体躯と白髪白髯は、初対面の人間にほぼ間違いなく老齢の印象を与えていた。

 

 今、マザリーニは、トリステイン本国から送付されたサウスゴータ領への新規事業に関する申請書の審査を行っていた。常識で考えれば、総督代行の仕事ではない。もっと下の書記官辺りが捌くのが通例なのだが。

 

 「王権守護戦争」後に締結されたハヴィランド条約によって割譲されたサウスゴータ領は、比較的スムーズにトリステイン王国領へと移行した。元々、サウスゴータの領民たちは、かつて中央府によって行われた王弟モード大公に対する粛清と、それに連座した太守デニウス・オブ・サウスゴータ伯爵の処刑と家名断絶に長年疑問と義憤を抱えており、アルビオン領からの離脱に忌避感を感じにくい土壌があったのだ。

 それでも、移行後の政務は、多忙を極めた。本来であれば、それまで領地運営を担っていたサウスゴータ行政議会から、詳細な引継ぎがあって然るべきなのだが、有能な行政官の大半が、首都ハヴィランドの中央府に引き抜かれてしまった。戦役の奇禍によって、多くの貴族を失ってしまった首都では、支配階級の人材枯渇が深刻化していたのだ。マザリーニは、新生アルビオン王国テューダー朝を首班する摂政ウェールズ立太子が、この件を大層申し訳なさそうに切り出した時の様子を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「マザリーニ猊下、その、大変申し訳ない限りなのですが……」

 

 「サウスゴータ行政議会構成員の七割を首都へと転属ですか。しかも、今週中に……」

 

 「ええ、サウスゴータの行政官たちの高い能力が、首都ではどうしても必要なのです」

 

 それは、理解できる。サウスゴータ伯爵家の断絶以後、アルビオン経済の要衝であるサウスゴータ領を運営してきた彼らの力量は、トリステインの実質的宰相たるマザリーニをも感嘆させるモノだった。しかし、それも伯爵家を取り潰した中央府に対する義憤を糧にしてのことだった。それなのに中央が困窮した途端の掌返しである。さらに言えば、現在はトリステイン領への移行期間にも関わらず、だ。世間知らずの若き立太子殿下に皮肉の一つもお見舞いしてやるか、とマザリーニが口を開きかけた途端、涼やかな声が割って入ってきた。

 

 「大丈夫ですわ、ウェールズ様。マザリーニさえいれば、サウスゴータ領の運営は全く問題ありませんわ!」

 

 「……は?」

 

 それは、ウェールズ立太子に同行して首都からサウスゴータへ行幸したマザリーニの主君、トリステイン王国第一王女アンリエッタであった。

 

 「我がトリステインの政務のほとんどは、このマザリーニが一人でこなしていたのです! こう言っては何ですが、たかだか一地方領の運営など、宰相にかかれば朝飯前ですわ!」

 

 「ひ、姫さま、な、なにを……」

 

 マザリーニが困惑した声をあげる前に、アンリエッタは愛するウェールズに言った。まるで、自身の使い魔の能力を自慢するどこかのメイジのように。

 

 「なんでしたら、行政官の九割を首都に引き抜いたとしても、マザリーニなら、このサウスゴータをさらに発展させてみせますわ!」

 

 「こ、このォ……」

 

 「そうですわよね、マザリーニ?」

 

 危うく不敬罪に問われかねない言葉を吐きそうになったマザリーニを、アンリエッタが無垢そのものの笑みと瞳で見つめる。まるで、父親に全幅の信頼を寄せる幼子のように。「レコンキスタの乱」から、ゲルマニアへの輿入れ問題、アルビオン王家の亡命、そして「王権守護戦争」までの激動の日々では、決して見ることが出来なかった、十七歳の王女の自然な表情を前にした「鳥の骨」は、搾り出すように言った。

 

 「……び、微力を、尽くしまする」

 

 「げ、猊下……」

 

 

 

 

 

 周囲が辟易するほどの、恋人オーラを撒き散らしながら、アルビオン王国摂政ウェールズ・テューダー立太子とトリステイン王国サウスゴータ領臨時総督アンリエッタ・ド・トリステイン王女は、総督執務室を辞した。去り際、ウェールズが微妙に謝罪めいた視線を送ってきたので、行政官九割引き抜きは、恐らく無いであろう。

 

 「はあ~」

 

 著しい精神的な疲労を受けたマザリーニは、室内にまだ客人が残っていたにも関わらず、深い溜め息をついた。

 

 「ご心労、お察し申しますぞ、リュクサンブール候」

 

 「こ、これは、モントローズ伯! し、失礼を!」

 

 「ははは、昔通り、パリーで結構ですぞ」

 

 「お、恐れ入ります。では、わたしのこともマザリーニと……」

 

 マザリーニに慰労の声をかけたのは、年老いたメイジだった。アルビオン王家の侍従のお仕着せを貫禄たっぷりに着こなしている。

 

 パリー・ヒューバート・モントローズ伯爵は、御年七十三歳。

 

 三代六十年に渡り、アルビオン王国テューダー朝に仕えた宿老である。モントローズ伯爵位は、一代限りの名誉爵位であり、先代ジェームズ一世が長年の功績を称えて下賜したものだった。「レコンキスタの乱」が勃発した時は、ウェールズ・テューダー皇太子の侍従長を勤めており、王都逐電後は、親衛隊長として、叛徒に向かい杖を振るった。ニューカッスル城を脱出し、トリステイン王国への亡命後もウェールズのそばに仕えていたパリー侍従長。「王権守護戦争」におけるロンディニウム平原の戦いで、神聖アルビオン共和国軍の兵からの万雷の歓呼を受けるウェールズを見たパリーは、自身の役目の終わりを滂沱の涙とともに悟った。

 戦役終結後、パリーは、摂政となったウェールズにすべての官職からの引退を願い出た。もはや、自分の如き老兵に役目なし、と。だが、ウェールズは首を横に振った。ウェールズ自身は、祖父、父、そして自分に長年の忠誠を尽くしてくれた「じい」に、感謝とともに引退を許したかったのだが、アルビオン王国という国家の現状が、それを許さなかった。

 

 六十年に渡り、王家に勤仕し、宮廷の隅々まで知悉するモントローズ伯の存在と影響力は、人材枯渇に困窮する新政権にとって、黄金よりも価値があったのだ。「若」に頭を下げられては、パリーも否とは言えない。

 

 今の彼の肩書きは、王家筆頭侍従長にして、貴族院大法官兼宮殿護衛長官兼儀典顧問官である。

 

 「マザリーニ殿も、宰相姿が様になってきましたな、いや、今は総督姿ですかな?」

 

 「そう申されるパリー殿も、侍従服に大法官微章と儀典章が良くお似合いで」

 

 「ははは、老体には、荷が重過ぎますがな!」

 

 莞爾として笑うパリーを眩しそうに視るマザリーニ。

 

 「パリー殿は、変わりませんな。三十余年前、初めてお会いしたときも、そんな笑いをしておられた」

 

 「アルビオン魔法学院始まって以来の天才留学生「鬼謀」のマザリーニ、なつかしいですなあ」

 

 

 

 ロマリア皇国分王家に生まれた神童マザリーニは、十六歳の時、トリステインに留学し、生涯の師と仰ぐ偉大な先達、オールド・オスマンと出会った。そこで彼は、自身の力の限界とさらなる可能性を得た。そして、十八歳の時、アルビオンに留学し、二人目の師、パリー・ヒューバートと出会った。当時、パリーはアルビオン魔法学院の特別講師を勤めていたのだ。そこでマザリーニは、真の忠誠と騎士の生き様を知った。

 

 「それが、いまや「強国」となったトリステインの宰相にして総督代行とは……いや、マザリーニ殿さえ、その気であれば、ロマリアの教皇として截たれていても、おかしくはなかった」

 

 「……言ってしまえば、それは、パリー殿のおかげですな。あなたから真の騎士たる者の忠誠を学んでしまった結果ですから」

 

 「はて、そのようなこともありましたかな?」

 

 「ぬけぬけと……」

 

 先代教皇が亡くなり、教皇選出会議が召集された際、マザリーニは教皇候補の筆頭として選ばれた。トリステイン王国に勤仕していたマザリーニの元にも、ロマリアへの帰国要請が届いた。しかし、マザリーニはこれを固辞した。当時、トリステイン王国は、国王ヘンリ三世が急逝し、政治的空白による混乱が起こりつつあったのだ。トリステインとロマリア、両者を天秤に掛け、トリステインを取ったマザリーニは、国を私しようとしている。そんな流言卑語が流れもしたが、マザリーニは取り合わなかった。二番目の師の言葉を胸に秘めていたのだ。

 

 「……「本当の名誉と忠誠とは、与えられるものではない」、わたしが、今ここに居るのは、この言葉の所為ですよ、パリー先生」

 

 「……」

 

 マザリーニの言葉を静かに受け止めるパリー。その瞳には、満足げな色が見て取れた。やがて、何気なく言った。

 

 「しかし、アンリエッタ王女殿下の天真爛漫ぶりも、大概ですな。「鬼謀」のマザリーニを言葉巧みに操るとは」

 

 「いやはや、お恥ずかしい。あれで、いま少し周りにも注意を払って頂ければ、と……」

 

 「はは、それは確かに。ハヴィランドでも、アンリエッタ殿下の若への愛情表現は、いささか、その、目に余ることもありましてな」

 

 「そ、それは、なんと申し上げれば……」

 

 「相思相愛であることは、アルビオンの万民が知り、祝うところではありますが、高貴なる四王家の継承者としては、やや節操にかけるかと……」

 

 

 カチン

 

 

 「……そういえば、お二人のなれそめは、マリアンヌ陛下の誕生祭において、ラグドリアン湖を泳がれていた姫さまをウェールズ殿下が見初められたとか。その時、ウェールズ殿下は長い間、姫さまの裸体を凝視されていたそうで。プリンス・オブ・ウェールズともあろう御方も、所詮は市井の男と変わりませんな?」

 

 二人のなれそめをアンリエッタは、誰にも話したことは無かったが、長年侍従を勤めたラ・ボルト侯爵夫人から、マザリーニが聞き出していたのだ。元々は、ゲルマニアとの婚約同盟締結のために収集した情報だったのだが。

 

 

 カチン

 

 

 「……お母上の誕生祭の最中に、湖で泳がれるとは、王家の姫として慎みが足りないのでは?」

 

 「……」

 

 「……」

 

 総督執務室の空気が張り詰める。

 

 静かに立ちあがる二人の男。

 

 懐から杖を取り出す。

 

 無論、殺気は込めていない。

 

 しかし、互いに譲れないモノがあるのだ。

 

 

 

 

 

 その日、サウスゴータ領総督執務室で、やや激しいボヤ騒ぎが起こったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マザリーニは、パリーとの「議論」の際に付いてしまった机の焦げを見つめ、溜め息をついた。自嘲気味に呟く。

 

 「娘を侮辱された父親でもあるまいに……」

 

 気を取り直したマザリーニは、ふと机に置かれていた小さな鏡を見つめる。以前、アンリエッタが置いていった物だった。

 

 マザリーニは、いつも無理をするから、自分の顔色が悪くなったと思ったら、すぐに休みなさい。王女としての命令です。

 

 鏡には、どう見ても、齢七十を超えるモントローズ伯と同年代としか思えない白髪白髯で痩せこけた老人が映っていた。

 

 「……」

 

 マザリーニは、ついさきほど投げ捨てた申請書を拾う。

 

 「高貴なる女性の美しさは永遠ではありません。時間という魔物は常に迫ってきます。わたくしどもが提供いたします秘薬は、そんな魔物から皆様の若さを守ります。」

 

 さらに引き込まれるマザリーニ。

 

 「わたくしどもは、皆様が失った若ささえも、取り戻すお手伝いをさせていただきます。往年の美しさをあきらめてはなりません。決して」

 

 しばらくの間、申請書を凝視した後、悩み多き総督代行閣下は、静かに「認可」の印を押したのだった。

 

 

 バンッ!

 

 

 「か、閣下!! 急報でございますっ!!」

 

 「な、な、な、何事だっ!? そ、騒々しい!!」

 

 満足げに申請書を眺めていたマザリーニは、執務室の扉をノック無しで開け放った自身の秘書官を叱りながら、申請書を書類の束に隠した。息を切らしながら駆けつけてきた秘書官が、机に近付き、マザリーニに耳打ちした。

 

 

 

 「な、なんだと?……ヴィットーリオが、来る?……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




断章之捌をお送りしました。

パリー・ヒューバート・モントローズ伯は、原作二巻に出てきたウェールズの侍従さんです。

パリーという名前とウェールズの侍従以外は、作者捏造です。

原作では、マザリーニは次期教皇候補だったとありましたが、つまり「フォルサテ」の血を引いてるってことなんでしょうかね。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いします。


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 断章之玖 侍従武官アニエス勇躍す

お久しぶりです。断章之玖をお送りします。

なかなか、一週間に一回更新ができずに申し訳ありません。


 

 

 その日、アニエスはヴァリエール近衛特務官の居室を目指し、王宮内の廊下を歩いていた。保護板付きの鎖帷子を身に纏い、百合の紋章が描かれたサーコートを颯爽と翻しながら歩く姿は、その短く切った金髪と切れ長の蒼い瞳も相まって、正に男装の麗人という様相だった。

 

 表向きの用件は、トリステイン王国暫定女王マリアンヌ主催の午餐会への出席要請を伝えるためであった。近衛銃士隊を率いる侍従武官たるアニエスは、官職上の格では近衛特務官であるルイズとほぼ同格である。本来であれば、宮廷女官が行うべき伝達ではあったが、アニエスは顔見知りの女官に自ら代わりを申し出たのだ。彼女の本当の目的は、ヴァリエール特務官の使い魔にあった。

 

 トリステインの英雄たる「蒼光のルイズ」ことルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢とは、宮中で何度も言葉を交わしている。最初は、典型的な世間知らずの貴族令嬢かと思ったが、伊達に「王権守護戦争」を無血で終結に導いた英傑ではなく、王国最高位の貴族の子弟にしては、先進的かつ開明的とも言うべき意識を持っており、アニエスはその行く末を頼もしく思いつつ、危惧を抱いた。

 

 戦役において、活躍の場と褒賞を奪われた軍部や宮廷に巣食う保守派貴族の不満と反発は、日に日に増大していた。先日の宮廷舞踏会でも、保守派の重鎮を公衆の面前で、真正面から論破してみせた。舞踏会の後で、それとなく注意喚起を促してみたが、そういった場合、彼女は決まって同じ台詞を言った。

 

 「セルがいる限り、何の問題もありません!」

 

 セルとは、ヴァリエール特務官の使い魔である亜人だという。宮中では、特務官の居室に常に待機しており、女官が行うべき日常生活の補助をすべて完璧にこなしており、宮中女官の間では、声色と見た目との落差が、よく噂に上るらしい。

 

 「メイド代わりの使い魔なのか、それとも……」

 

 アニエスは、また別の噂も耳にしていた。特務官の使い魔は、強大な念力の使い手であり、魔法学院のそばに突如王女の巨大石像を造り出したり、戦役に従軍した際も、ただならぬ活躍を見せたという。

 宮中の警護責任者を兼ねるアニエスは、王宮の重要区画にそのような力を持った出自不明の亜人が常駐していることに漠然とした不安を抱いていたのだ。ご主人さまである特務官に尋ねてもよかったが、実践主義者であるアニエスは、自身の目で確かめることにした。

 

 「……ここか」

 

 王宮の王家専用区画の一番端に位置する近衛特務官専用居室の扉の前にアニエスは立った。念のため、愛用の長剣と短銃を確かめてから、扉をノックする。

 

 

 コンコンコン

 

 

 「失礼する、ヴァリエール特務官。侍従武官アニエスだ」

 

 

 ガチャ

 

 

 アニエスが扉を開けると、背の高い天井と豪奢な家具を備えた居室は無人だった。

 

 「特務官、失礼する……不在か」

 

 再度、声をかけてから入室するアニエス。「メイジ殺し」と呼ばれ、常人離れした戦闘能力を持つアニエスは、居室の奥にある浴室やドレッサーにも人の気配が無い事を確認すると、嘆息した。

 

 「無駄足だったか……」

 

 「……何用だ?」

 

 「!!」

 

 

 バッ!

 

 

 全く予期せず、背後から声をかけられたアニエスは、その場から横飛びすると、前転しながら、短銃を抜き、膝立ちで照準を定めた。その先には、開放された扉から死角となる壁面を背にした長身異形の亜人が、佇んでいた。

 

 (た、確かに気配は無かったはず!)

 

 短銃を突きつけられた格好の亜人は、二メイルを大きく超える長身と昆虫を思わせる緑の外骨格を纏い、さらに全身に黒の斑点模様を備えていた。その静かな視線からは、オーク鬼やコボルトのような荒々しい殺気は全く感じることは出来なかった。

 アニエスが口を開く前に亜人セルは、よく通る低く良い声で言った。

 

 「わたしの名はセル。近衛特務官ルイズの使い魔だ。そしてここは、我が主の居室……もう一度、言う。何用だ?」

 

 「あ、ああ、失礼した。わたしは、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン。近衛銃士隊の隊長だ。ヴァリエール特務官に伝達事項があって……」

 

 セルの自己紹介と質問に、一瞬呆気に取られたものの、アニエスはすぐに自分の要件を伝える。膝立ちで短銃を構えたまま。

 

 「……銃士隊の正式装備ではないな。独自の創意工夫が見て取れる」

 

 「な!? い、何時の間に!?」

 

 確かに左手で構えていたはずのアニエスの愛銃は、数メイル離れた場所に立つ長身異形の亜人の手に収まっていた。

 

 「前込め燧発式の単発銃だが、本来一体化しているはずの当たり金と火蓋が独立している。さらに独自の機構で火蓋を開くわけか。火皿が確実に密閉できれば、当然暴発の危険性も低くなるな。」

 

 「わ、わかるのか!? わたしのアニエス・スペシャル・カスタム・ゴールデン・エディション・Ver8の利点が!?」

 

 銃士隊の隊長であるアニエスは、自身の命を預けることになる愛銃に並々ならぬ情熱を持って、様々な改造を独自に施していた。

 しかし、ハルケギニア現行の銃火器類は、セルがいた地球で言う所の数百年前の骨董品レベルだった。兵器に関する知識においては、正に歩く百科事典全集ともいえるセルは、アニエスの愛銃の特徴を正確に言い当てることができた。

 

 「わかる。ふむ、撃発時のブレを押さえるために銃身にも胴金を巻いているな」

 

 「おお! そこにも気付くとは! そうなんだ、これまでの短銃は、暴発の危険と撃発の時に起きるブレが大きくて、わたしはどうしても我慢できなかったんだ! 試行錯誤の結果、どうにか及第点を与えることができたのが、そのVer8なんだ!」

 

 銃は、平民の武器である。戦場における主戦力がメイジの放つ攻撃魔法であり続ける限り、大きな発展は望めない。だが、剣と銃を巧みに操ることで、「メイジ殺し」を達成したアニエスは、銃の可能性を信じていた。いつか、戦場の主役をメイジから奪うことさえできる、と。最もアニエスが率いる銃士隊にも、そこまで先進的な考えを持つ者はいない。

 

 はじめて、同好の士を見つけたような思いをアニエスは抱いていた。そして、セルは、アニエス・カスタムの問題点も正確に指摘する。

 

 「だが、機構の複雑化は、照準精度や安全性の向上と引き換えに大量生産を困難にするだろう」

 

 「う、そ、その通りだ。わたしのVer8も、懇意にしている銃職人にかなり無理を言って製作してもらったんだ。四~五丁程度ならともかく、現状では銃士隊の各員にすら配備できないんだ……」

 

 思わず、気落ちした声をあげるアニエス。

 

 「……」

 

 何を思ったのか、セルはアニエスの銃を両手で持つと、意識を集中する。

 

 「ぶるあぁ!」

 

 セルが気合を発すると、その両手が閃光を放つ。

 

 「くっ!?」

 

 「受け取るがいい」

 

 右腕をかざして閃光をやりすごしたアニエスに、セルが愛銃を投げ渡す。

 

 「こ、これは!?」

 

 アニエスが両手で受け止めたそれは、彼女のアニエス・スペシャル・カスタム・ゴールデン・エディション・Ver8、ではなかった。

 

 四十サント近かった全長は、半分ほどになり、上質のブナ材を加工して、丸みを持たせていた銃身は、冷たい光沢を放つ鋭角の構造材に取って代わられていた。短くなった全長に比して、その重量は増加していた。当然、アニエスは、その銃の詳細を知らなかった。

 だが。

 

 

 ゾッ

 

 

 アニエスの全身が総毛立ち、額に冷や汗がにじむ。彼女は、自身の愛銃を整備、改造をしている時、常に夢想していた。いつの日か、銃はさらに洗練され、単発式から連発式となり、着火や再装填の手間も無くなり、天候にすら左右されない完璧な兵器となる。最も、それは自分が死んだ後、何百年も後のことになるだろう、と。

 

 しかし、今、アニエスの両手に納まっているのは、彼女の夢想が結実したモノである、そう彼女の銃士たる本能が告げていた。

 

 「それは、自動式連発銃だ。引き金を引くだけで、最大七発の弾丸を連続発射する。習熟すれば、三十メイル先のメイジの額を撃ち抜けるだろう。弾丸の装填は、銃把に納まっている弾倉を交換することで行う。こちらも慣れれば、数秒で再装填が可能だ。弾頭は金属殻で包まれているため、天候の影響もほとんど受けない」

 

 長身異形の亜人が、アニエスの本能が正しかったことを補完する。

 

 「最も、燧発式よりも遥かに機構が複雑化しているため、この地で開発・量産されるには、百年単位の時間が必要だろう。それも、メイジ共の横槍がなければの話だがな」

 

 「ど、どういう事だ?」

 

 連発銃から顔を上げたアニエスが、セルに問いかける。それまで、壁際に佇んでいただけの亜人が突如、部屋全体を覆い隠すかのような圧倒的な威圧感を発しながら、言った。

 

 「このハルケギニアにおいて、メイジ共が貴族として支配権を振るっているのは、魔法の威力によるものだ。高ランクのメイジを相手取れば、おまえのような手練でもない限り、魔法を使えぬ平民には、どうしようもない。だが……」

 

 セルの圧力がさらに強まる。

 

 「今、おまえの手にある、新たな力が百丁あれば? あるいは千丁あれば? すべてが変わるかもしれない……そうは、思わないか?」

 

 もし、その場に居たのが、アニエス以外の銃士であったなら、長身異形の亜人が放つ強大な存在感と自動式連発銃の誘惑の前に膝を屈していただろう。

 しかし、彼女は、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランである。その精神は、「鉄の塊」と称されるほど剛毅にして強靭である。アニエスは、右手で愛用の長剣を抜き放つと、亜人に向かって一直線に突きつけた。

 

 「貴様、誰に向かって物を言っている!! わたしはアニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン!! マリアンヌ女王陛下より、「シュヴァリエ」の称号を賜りし誇り高き銃士だ!! 亜人のたわ言に耳を貸すとでも思ったかッ!! 貴様の目的は何だッ!?」

 

 (……ほう)

 

 アニエスの獅子吼を受けたセルは、威圧感を霧散させると、再び壁を背にして、静かに、いけしゃあしゃあと言った。

 

 「わたしの目的は、ただ一つ。主たるルイズを守ること。近衛銃士隊を指揮するおまえは、言ってみれば……同僚のようなものだ。だから便宜を図った、それだけのことだ。その自動式連発銃は進呈しよう、と言っても元はおまえの物だがな。おまえならばさしたる労苦も無く操れるだろう」

 

 「よくも、口が回る。さっきの今で、そんな戯言を信じると……」

 

 腕組みしたセルは、扉に向かって頭を振る。

 

 

 ガチャ

 

 

 独りでに扉が開く。

 

 「間もなくルイズは戻る。申し送りの件、確かに伝えよう。ご苦労だった、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン卿」

 

 一方的な退出要請だった。アニエスは唇を噛み締めたが、最強の銃士たる彼女は、長身異形の亜人の戦力が、宮中の無責任な噂をも遥かに超越していることを察していた。今この場で出来ることはない。そう考えたアニエスは、長剣と変貌してしまった愛銃を収めると、扉に向かった。

 

 「待て」

 

 「!」

 

 亜人の横を通るとき、何かがアニエスの目前に差し出された。それは、長方形の紙包みだった。

 

 「予備の弾丸だ。もし、入用であれば、また来るがいい」

 

 「くッ!」

 

 紙包みをひったくると、アニエスは近衛特務官専用居室を辞した。

 

 

 

 

 

 「……使える駒は、一つでも多いほうがいい」

 

 亜人の使い魔の呟きを耳にした者は、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、王都トリスタニア郊外チクトンネ街裏路地ー

 

 「はあ、はあ、はあ、はあ」

 

 一人の貴族が、薄暗い路地裏を必死に走っていた。その痩せこけた風貌と薄汚れた服装からは、彼が、かつてはトリステインの司法権を統括していた高等法院の長とは思えない。

 

 「な、何なんだ、あの銃士は!? な、何人ものメイジを一瞬で……」

 

 彼の名は、アールテュル・ド・リッシュモン侯爵。先々代のトリステイン王フィリップ三世の御世から王国に仕えてきた重臣である。だが、彼が忠誠を尽くしてきたのは、王家ではない。自身の権勢と富だけに忠を尽くしたのだった。さらに職権乱用による不正蓄財に留まらず、リッシュモンは「レコン・キスタ」、アルビオンの反王権貴族連盟と通じ、故国を陥れようとしたのだ。

 だが、リッシュモンが具体的な行動を起こす前に事態は急展開を見せる。アルビオン王家の亡命と「王権守護戦争」の勃発。さらに戦役の早期終結である。梯子を外されてしまったリッシュモンをさらなる奇禍が襲った。彼に近しい貴族や商人が次々と行方不明となったのだ。そのほとんどが明るみに出れば、表を歩けない脛傷持ちだった。

 

 身の危険を感じたリッシュモンは、王都からの逃亡を決意。仮病をでっち上げ、すべての官職を辞すると、金で雇った手練のメイジ達を率いて、王都脱出を決行した。

 

 チクトンネ街に入ったとき、乾いた破裂音が響くと先頭を歩いていた傭兵メイジが、頭部に血の花を咲かせて、倒れた。リッシュモン一行の前に一人の銃士が立ちはだかったのだ。二十メイルは離れた位置に立っていた銃士は、メイジ達が誰何の声をあげる前に手にした銃の引き金を五回引いた。リッシュモンを守っていた五人のメイジが、わずかな衝撃とともに地に倒れた。リッシュモンは、貴族としての誇りを投げ捨てて、踵を返した。

 

 

 

 

 ドガシャンッ!!

 

 

 「く、くそッ!!」

 

 三十年以上、トリステインに仕えたリッシュモンも、チクトンネ街の裏路地など歩いた経験などない。道端の木箱にぶつかり、倒れ込んでしまう。立ち上がろうとするリッシュモンに暗がりから声がかけられる。

 

 「……リッシュモン候、どちらに往かれるおつもりか。」

 

 「わ、わたしをリッシュモンと知っての狼藉か!?」

 

 「無論。元トリステイン王国高等法院司法卿にして、金のために我が故郷ダングルテールを焼き尽くした男」

 

 暗がりから姿を見せたのは、漆黒のコートを纏ったアニエスだった。その右手には、長身異形の亜人から渡された自動拳銃が握られていた。

 

 「だ、ダングルテールだと!? 貴様、新教徒か!」

 

 トリステイン王国ダングルテールは、西部の海岸沿いに位置する自治区の一つである。数百年前にアルビオン大陸からの入植者によって開拓された経緯があり、中央府とは多くの軋轢を抱えていた。さらにロマリアで勃興した宗教改革「実践教義」をいち早く取り入れたため、住人全てが「新教徒」であった。だが、ダングルテールは二十年前、突如発生した疫病の蔓延によって、全滅したとされていた。

 

 「復讐は果たされる。今がその時だ、リッシュモン」

 

 「ふ、ふざけるな! あれは、ロマリアからの要請だったんだ! わ、わたし一人が首謀したとでも……」

 

 

 パンッ!

 

 

 リッシュモンの額に、穴が空いた。呆けた表情のまま、ゆっくりと後方へ倒れる元司法卿。

 

 「……わたしの宿願の一つが、果たされた。でも、こんなものか」

 

 公式には、疫病蔓延とされたダングルテールの全滅だが、実際には新教徒狩りを望んだロマリア宗教庁の要請による虐殺が真相だったのだ。王国側の動きを主導したリッシュモンは、死んだ。アニエスの長年の望みが達成されたのだった。

 しかし、アニエスの心を満たすのは、復讐を果たした達成感と虚無感だけではなかった。手にした自動拳銃を見つめるアニエス。

 

 「ここまでの威力を持っているとは……あの亜人、セルと言ったな。ヤツは、何を考えているんだ?」

 

 あるいは、メイジ中心の世界を引っ繰り返しかねない新兵器を、初対面の自分に渡した亜人の意図を彼女は、図りかねていた。

 

 

 

 

 

 




断章之玖をお送りしました。

作者は、銃の知識などほとんどありません。

ですので、どしどし突っ込みをお待ちしています。

セルがアニエスに渡したのは、アメリカで初めて開発された自動拳銃コルトM1900をイメージしています。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いたします。


次話から、第五章を投稿する予定です。


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第五章 虚無と始祖
 第四十六話


お久しぶりです。第五章「虚無と始祖」第四十六話をお送りします。


 

 

 ――聖フォルサテ大聖堂。

 

 連合皇国の首都ロマリアの中央に築かれた壮麗な六本の塔で構成される巨大建築物。アウソーニャ半島に乱立する都市国家群を表向き統率する皇国の中央行政府であり、大陸全土で遍く信仰されるブリミル教を統括する宗教庁の中枢でもある。六千年前より伝えられる宗教庁の伝承によれば、偉大なる始祖「ブリミル」は、その人生の最期を現在の大聖堂の正に中心地で迎えたとされる。そして、その最期を看取った者こそが、始祖の直弟子にしてロマリアの祖王「墓守」こと聖フォルサテである。

 

 ハルケギニアに冠たる四王家の一角にロマリアが数えられるのも、祖王聖フォルサテが、始祖の臨終において、その偉大なる力を授かり、人々を教え導く尊い使命を与えられたとされるが故である。

 そして、ロマリアとブリミル教の頂点に立つ王は、「教皇」の称号で呼ばれる。それは形式上ではあるが、ハルケギニアのありとあらゆる王侯貴族よりも上位の存在だった。

 

 

 

 

 

 当代の教皇聖エイジス三十二世、本名ヴィットリーオ・セレヴァレは、大聖堂の奥深くに設えられた教皇専用の礼拝堂にて、日課である始祖への礼拝を行っていた。

 

 「……始祖「ブリミル」よ、罪深き我らに慈悲を与えたまえ」

 

 ヴィットーリオは、教皇専用とは思えぬほど、こじんまりとした礼拝堂内で、中心に据えられた等身大の始祖立像を前に跪いていた。始祖立像は、ハルケギニアの地に大小を問わず、数千、数万と存在しているが、そのすべては、かろうじて人と思しき存在が諸手を拡げている、という曖昧な姿をしていた。神に等しい偉大なる始祖の似姿を造るなど、畏れ多いというのである。そんな像の前に跪くヴィットーリオは、神官の最高位を示す紫色の聖衣を纏い、円筒状の高い僧帽を被り、手には古ぼけた書物を抱えていた。

 その容貌は、年の頃二十前後、まるで彫像から、そのまま抜け出したかのような完璧な美貌を備えていた。もし、この場に何も知らずに足を踏み入れれば、すべての者が、ヴィットーリオをこそ、神の化身として崇め奉ることだろう。

 

 

 

 

 

 「……聖下」

 

 「報告を」

 

 「はい。新たに聖地とアルビオン大陸に派遣した密偵隊の内、五つの隊から連絡が途絶えましてございます」

 

 礼拝堂内にいるのは、ヴィットーリオ一人のはずが、彼の背後の柱の周辺には、複数の人間の気配があった。それは、教皇直属の密偵団の精鋭たちだった。ハルケギニア各国に留まらず、強大な異種族エルフが支配する「聖地」や、そのさらに西方に位置する「ロバ・アル・カリイエ」にすら、教皇の「手」は伸ばされていた。

 

 ところが、ここ数ヶ月で、教皇の手は複数の指を失っていたのだ。

 

 「……聖地のみ、最低限の連絡要員を残し、残りの密偵隊をトリステインとガリアに送りましょうか。まずは、すべての「四」を集めなければなりませんからね」

 

 「御意のままに」

 

 「それから、ジュリオには、アルビオンに来るように伝えてください。さすがの私も、「英雄たる恋人たち」と「鬼謀」を相手にしては、分が悪い」

 

 「直ちに手配致します」

 

 「よろしく」

 

 礼拝堂から、教皇以外の気配が消える。一人となったヴィットーリオは、手にしていた書物に目を落とした。

 

 「やがて来る「災厄」から、すべての人々を救い上げるための「御手」を手に入れなければならない。始祖よ、「真なる虚無」へと我らを導きたまえ……」

 

 祖王フォルサテの御世から、宗教庁の中でも、代々の教皇にのみ受け継がれてきた秘なる聖典があった。現在、教皇ヴィットーリオの手にあるその書物は。

 

 「正伝ゼロ・ファミリア」といった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――トリステイン王国ヴァリエール領ノルパド鉱山最下層坑道入口。

 

 「こ、これは、想像以上だわ……」

 

 目の前に拡がる巨大なクレバスを見渡した女性が、呆然としながら呟いた。

 

 ヴァリエール公爵家の長女、エレオノールである。普段は決して着ることのないであろう簡素な作業着姿の彼女の数メイル先の地面は、消失しており、真っ黒な陥没が、どこまでも続いていた。

 

 「すぐに調査に入るわ。装置の降下準備を!」

 

 「かしこまりました、お嬢様」

 

 エレオノールは、背後に控えていた執事長ジェロームに機材投入を命じた。公爵家に仕えるメイジや作業員が、複数の台車に載せて大型の魔法装置を陥没の際まで運び入れる。それは、風石の鉱脈を探査する特殊な魔法装置であった。貴重な資源である風石の採掘事業は、トリステインに限らず、各国でも重要な産業である。王国最大級の領土を治めるヴァリエール家も、領内に自前の魔力石鉱山を複数保有していた。

 

 その内の一つで、大規模な陥没が発生したのが、一週間前。幸い、鉱員に死者は出なかったものの、最下層のほとんどの坑道が陥没に呑まれたという。それが、ヴァリエール領東端のノルパド鉱山だと聞いたエレオノールは、首を傾げた。ノルパド鉱山の採掘が開始されたのは、およそ五年前。鉱脈発見後に実施された埋蔵量調査には、当時、王立アカデミーに入局したてのエレオノールも土系統の研究員として参加していた。結果は、風石埋蔵量は、国内の平均よりもやや大きい程度。ただ、周辺の岩盤が強固であったため、比較的安価で採算ベースに乗せることが出来ると判断された。岩盤の調査を行ったのは、エレオノール本人であった。

 

 「これまで通りのペースで採掘していれば、後五年は、落盤や陥没の心配なんて必要ないはずだったのに……」

 

 アカデミー研究員として、はじめての大仕事であったため、エレオノールはノルパド鉱山の陥没調査に自ら陣頭指揮をとることにした。

 

 「装置固定を確認!」

 「探査アーム降下位置!」

 「装置、起動します!……起動確認!」

 「探査準備よろし!」

 

 探査装置を準備するメイジや作業員は、長年ヴァリエール領で採掘事業に携わってきたベテランばかりである。準備完了を確認したジェロームが、恭しくエレオノールに報告する。

 

 「お嬢様、探査準備整いましてございます」

 

 「ご苦労。はじめなさい」

 

 「はっ!」

 

 

 ガガガガガガ

 

 

 エレオノールの命令を受領したジェロームが手を振ると、操縦役のメイジたちの魔力に呼応して、装置の探査アームが、陥没の中に下ろされていく。各国で一般的に使用されている探査装置の最大深度は、約二百メイル。魔法先進国として知られるガリアが誇る最新装置でも、五百メイルが限界である。しかし、トリステイン王国王立魔法アカデミー土系統主席研究員たるエレオノールが手ずから改造を施した特注探査装置は、実に一リーグもの深さまで、探査可能だった。その分、精妙な魔力操作のため、複数のトライアングルメイジが操縦者として必要だった。

 

 エレオノールは、装置の計器盤に移動し、複数の計器の数値を確認しはじめた。徐々に彼女の表情が曇る。

 

 「……どういうこと? 二百メイル下ろしても、アームが岩盤に接触できないなんて。こんな巨大な陥没が起こるような地下空洞なんて、領内にあるはずないわ」

 

 そして、四百メイル下ろした所で、ようやく探査アームが岩盤に接触。さらに地下深くへと掘り進んでいく。八百メイルに到達したところで、エレオノールは、操縦者たちにアームの降下を停止させた。

 

 「やっぱりおかしいわ。風石鉱脈特有の痕跡がずっと残っているのに、鉱脈そのものが確認できないなんて」

 

 数百メイルもの間、痕跡が残っているという事は、このノルパド鉱山の最下層のさらに地下部分には、とてつもない大きさの風石鉱脈が存在していたことになる。その鉱脈に内包されていたであろう魔力は、単純に計算しても、戦艦を何隻浮かせられるのか、どころの話ではない。何かの拍子で、魔力の暴走が起きれば、鉱山自体はおろか、ヴァリエール領自体、いや王国、あるいは大陸そのものが浮かび上がってしまうかもしれない。

 

 「もし、そんな巨大鉱脈が、他にもあったとしたら、この世界そのものが……」

 

 エレオノールの頬を冷や汗が流れる。

 そして、一瞬の後。

 

 (え、ちょっと、待って……大陸を浮遊させてしまうほどの莫大な「風」魔力の塊。でも、いまここにあるのは、その痕跡だけ……)

 

 ゾッ

 

 エレオノールの全身が総毛立つ。細かく震え出した身体を自ら抱いて、彼女は呟いた。

 

 「……じゃあ、風石はどこに「消えた」の?」

 

 「お、お嬢様、御顔のお色が優れませんが……」

 

 当然、真っ青になって震え出したエレオノールに、心配げなジェロームが声をかける。

 

 「だ、大丈夫……ジェローム、今回の調査は、これで切り上げます。尚、本日の件に関しては、緘口令を敷きます。これは、領主代行としての命令です」

 

 忠実な執事の言葉に気を取り直したエレオノールは、気丈に振舞うと、ジェロームに命じた。

 

 「か、かしこまりました……お、奥様と旦那様には?」

 

 「……お母様とお父様には、後でわたしから、ご報告します。少し、わたしも考えたいから……」

 

 

 

 

 

 エレオノールの父母、ラ・ヴァリエール公爵とカリーヌ公爵夫人は、現在領地には不在である。「王権守護戦争」終結後、それまで実質的な王国の政務を取り仕切っていたマザリーニが、王女アンリエッタを伴って、新サウスゴータ領へ赴任してしまった。それによって、王都における政治的空白を生まないようにするため、マリアンヌ暫定女王直々の要請を受ける形で、公爵は中央政界へ復帰した。国政を実際に差配するために新設された官職「護国卿」として、王国の舵を取っているのだった。

 公爵不在時の領主代行として、エレオノールは、王都のアカデミーから、両親と入れ替わりに帰郷したのだった。最初は気乗りしなかったエレオノールだったが、ヴァリエール家の次女にして、彼女の妹であるカトレアの容態が最近芳しくないとの報せも合わせて受け取った彼女は、帰郷を即断したのだ。

 ちなみに夫を助けるためと称して、公爵とともに王都を訪れたカリーヌ・デジレ・ド・マイヤール・ド・ラ・ヴァリエール公爵夫人は、かつて自身が所属した古巣である魔法衛士隊の弱体化に目を覆ったという。しばらくの後、護国卿命令によって、グリフォン隊、ヒポグリフ隊、マンティコア隊の三つの魔法衛士隊は、一時的な処置として一隊に統合され、臨時の教官兼総隊長を迎えることになる。その教官兼総隊長は、なぜか顔の下半分を覆う鉄のマスクを身に着けていたという。その後、しばらくの間、王都郊外にある魔法衛士隊の専用教練場では、連日の竜巻騒ぎが起こり、周辺の住民たちを悩ませた。

 

 住民や周囲に別宅などを持つ貴族や豪商からの苦情を受けた王都衛兵隊の隊長が、竜巻騒ぎ調査のために教練場を訪れた際、対応した元マンティコア隊隊長ジャード・ド・ゼッサール卿は、空虚そのもの声色で言った。

 

 「はははたつまきなどどこにあるのですかなこんなにはれているのにそんなものゆめまぼろしでしょうははははは」

 

 

 ゴオオオオオォォォ!

 

 

 恵まれた体躯と相手を威圧する厳めしい髯面。しかし、ド・ゼッサール卿の瞳は、光を映していなかった。王都衛兵隊長は、顔を引き攣らせながら、敬礼すると、教練場に背を向けた。その背後では、なにやら轟音と暴風が巻き起こっていたが、衛兵隊長は職務よりも自身の生存本能を信じて、足早にその場を去ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァリエール公爵家の本城に戻ったエレオノールは、直ちに王都のアカデミー本局に書状を送った。現在、アカデミーで把握しているハルケギニア全土における風石鉱脈の分布図の送付を依頼したのだ。

 

 「ウチの領内だけでも、未採掘を含めれば風石の鉱脈は、十近くある……ま、まあ全部に全部、大鉱脈が眠っているわけでないだろうけど」

 

 ノルパド鉱山から帰城して、しばらくの間、自室で考えに沈んでいたエレオノールは、大きく溜め息をつくと、病床の身である上の妹を見舞うために、部屋の入口に向かった。

 その背後で。

 

 

 ヴンッ!

 

 

 「あ、あれ? ここ、どこだい?」

 「てっきり、ミスタ・コルベールの廃屋に戻ると思ったんだけど」

 「み、ミス・モンモランシー、一応あそこはわたしの研究室なのだが……」

 「学院の貴賓室かしら? それにしては、妙に広いけど」

 

 突然、自分の背後から複数の人間の声を聞いたエレオノールは、即座に後ろを振り向いた。

 

 「な、なに?」

 

 エレオノールの視線の先には、ついさっきまでは、確かに彼女の私室に存在しなかったはずの異国情緒溢れる天蓋付きベッドとその周囲に立つ六人の男女が出現していた。

 

 

 さらに、ベッドの天蓋の上には、二メイルを超える長身異形の亜人とその腕の中で眠る彼女の下の妹、ルイズの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 




第四十六話をお送りしました。

風石の暴走「大隆起」 原作において起こるだろうとされる一大災害ですが、火石とか土石とか水石の暴走って起こらないんですかね?

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。


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 登場人物紹介その一 ※第五章までのネタバレ注意

お久しぶりです。総投稿数60話目に登場人物紹介その一を投稿します。

……時間稼ぎ、申し訳ありません。しかも、思いのほか長くなってしまい、二分割になってしまいました。作者の備忘録も兼ねていますので、ご容赦ください。


ゼロの人造人間使い魔登場人物その一(本作への登場順に記載)

 

※第二章断章終了時までの名前入り登場人物に限ります。

※第五章開始時点までのネタバレがあるため、閲覧にはご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セル(本体):

 ドクターゲロのコンピューターによって創造された究極の人造人間。孫悟飯との最終決戦時にルイズによって、ハルケギニアに召喚された。本来の形態は、『超完全体』だが、召喚された際に『第一成体』に変化してしまった。

 ルイズとの契約によって、左手の甲にルーンが浮かび上がり、虚無の使い魔の一体『ガンダールヴ』となる。三体の分身をハルケギニア各地に派遣し、暗躍させている。

[戦闘力]人造人間16号戦と同等。

[能力]形態は『第一成体』だが、『超完全体』と同じく、瞬間移動をはじめ、セルとしてのあらゆる能力を使用可能。

『虚無の使い魔ガンダールヴ』としての能力も一応、行使可能。

 

[第五章開始時点]タバサ救出後、アーハンブラ城から、ルイズ達とともにヴァリエール城へ瞬間移動した。

 

 

 

ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール:

 トリステイン王家に連なる名門貴族ヴァリエール公爵家の三女。トリステイン魔法学院に在籍する十六歳。春の使い魔召喚の儀において、セルを召喚してしまう。幼い頃から、魔法に失敗し続けたことから、『ゼロ』の二つ名で呼ばれていた。自他共に認める美少女だが、十六歳にしては、ややスタイルが貧弱なのが悩み。

 『王権守護戦争』において、伝説の魔法『虚無』に覚醒、『虚無の担い手』となる。それに伴い、二つ名が『蒼光』に変わる。

[所属・官職]トリステイン魔法学院二年生・トリステイン王家直属近衛特務官

[系統]虚無

[ランク]?

[二つ名]『ゼロ』→『蒼光』

[使い魔]セル(本体)

 

[第五章開始時点]タバサ救出後、アーハンブラ城から、セル達とともにヴァリエール城へ瞬間移動した。ちなみに失神中。

 

 

 

ジャン・コルベール男爵:

 トリステイン魔法学院において二年生の教務主任を務める男性メイジ。没落したトリステイン貴族コルベール家の当主で四十二歳、独身。控えめな態度と冴えない見た目に反して、「炎蛇」の二つ名を持つトライアングルメイジであり、実戦経験も豊富。春の使い魔召喚の儀を監督し、ルイズによるセル召喚を見守った。

 メイジでありながら、非常に開明的な人物で、様々な研究を行っている。「王権守護戦争」での活躍によって、教え子であるキュルケに言い寄られており、困惑中。

[所属・官職]トリステイン魔法学院教務主任・元魔法研究所第三実験小隊隊長

[系統]火

[ランク]トライアングル

[二つ名]「炎蛇」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]ルイズ達とともにタバサ救出作戦に参加後、ヴァリエール城に瞬間移動。

 

 

 

キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー:

 トリステインの隣国、帝政ゲルマニアからの留学生であり、ルイズの級友。代々優秀な火メイジを輩出するフォン・ツェルプストー家の出身で非常にグラマラスな肢体を誇る十八歳。ルイズとは、実家同士の因縁もあり、衝突が絶えなかったが、フーケ捕縛を契機に親しくなる。タバサとは、以前からの親友であり、彼女の境遇も把握していた。

 「王権守護戦争」に留学生仕官として参加。ロサイス防衛戦時のコルベールの奮戦に心奪われ、彼に想いを寄せるようになる。

 使い魔として、火竜山脈出身のサラマンダー、フレイムを従えている。

[所属・官職]トリステイン魔法学院二年生

[系統]火

[ランク]トライアングル

[二つ名]「微熱」

[使い魔]フレイム

 

[第五章開始時点]ルイズ達とともにタバサ救出作戦に参加後、ヴァリエール城に瞬間移動。

 

 

 

シエスタ:

 トリステイン魔法学院で働く平民のメイド。トリステインでは、珍しい黒髪黒瞳を持つ十七歳。セルと最初に出会ったハルケギニアの平民であり、セルに手洗い洗濯について指導した。さらにギーシュから、理不尽な叱責を受けた際に、セルに助けられたことから、特別な感情を抱き始める。トリステイン有数の港町ラ・ロシェール近郊のタルブ村出身。彼女の曾祖父は、セルが召喚された地球から、タイムマシンに乗ってハルケギニアへ漂着してしまったという経緯がある。

 酒乱の気あり。

[所属・官職]トリステイン魔法学院所属メイド・ルイズ専属メイド(非公式)

 

[第五章開始時点]魔法学院で職務に励んでいる。

 

 

 

イヴリーヌ・ド・シュヴルーズ:

 トリステイン魔法学院で土系統の授業を受け持つ女性メイジ。セルを召喚して初めての授業で、ルイズに「錬金」の実践を指示し、その爆発に巻き込まれる。

 「王権守護戦争」に教職仕官として参加。

[所属・官職]トリステイン魔法学院教師

[系統]土

[ランク]トライアングル

[二つ名]「赤土」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]特別休暇中に土系統の新たな研究書を執筆している。

 

 

 

ギーシュ・ド・グラモン:

 トリステイン王国陸軍元帥を父に持つグラモン伯爵家の四男で、ルイズの級友。常に薔薇を携帯するナルシストな十七歳。土系統のドットメイジだが、「錬金」の実力は、同級生からも一目置かれていた。二股がバレた責任をシエスタに押し付け、糾弾していた所をセルによって痛烈に批判され、決闘に及ぶ。結果、手も無くあしらわれ、自身の姿を省みるように諭される。想いを寄せる同級のモンモランシーとは、二股騒ぎで疎遠になったものの、戦役前後にはよりを戻していた。

 「王権守護戦争」では、率先して学徒仕官に志願。ロサイス防衛戦では、コルベールの指揮の下、奮戦した。

[所属・官職]トリステイン魔法学院二年生

[系統]土

[ランク]ドット

[二つ名]「青銅」

[使い魔]ヴェルダンデ(ジャイアントモール)

 

[第五章開始時点]ルイズ達とともにタバサ救出作戦に参加後、ヴァリエール城に瞬間移動。

 

 

 

マリコルヌ・ド・グランドプレ:

 ギーシュの悪友である風のドットメイジで二つ名は「風上」。小太りな体型にコンプレックスを感じている。また、ギーシュをはじめとする友人たちには、特殊な性癖を持っていることを看破されていた。

 「王権守護戦争」では、ギーシュらとともに学徒仕官として従軍。ロサイス防衛戦では、タバサら同じ風メイジたちと活躍した。

[所属・官職]トリステイン魔法学院二年生

[系統]風

[ランク]ドット

[二つ名]「風上」

[使い魔]クヴァーシル(フクロウ)

 

[第五章開始時点]特別休暇中に、とある女生徒といい感じになりつつある。

 

 

 

サマンサ・オブ・ロングビル:

 魔法学院長オスマンの専属秘書を務める二十三歳の知的美女。メイジであり、かつては貴族の位も持っていたが、諸事情によって貴族から廃され、オスマンいきつけの酒場で給仕をしていたところを見出され、彼の秘書となった。オスマンの奇行に過激なリアクションを返すことが多い。

 正体は、後述の「土くれ」のフーケ。

[所属・官職]トリステイン魔法学院学院長専属秘書

[系統]土

[ランク]?

[二つ名]?

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]※フーケ参照

 

 

 

オットマン・ド・”オールド”・オスマン:

 トリステイン魔法学院学院長を務める王国最高峰のメイジ。その年齢は、百歳とも三百歳とも言われている。トリステインにおけるメイジの最高位称号「オールド」を冠する唯一の存在だが、普段は秘書ロングビルにセクハラをするしょうもないスケベ老人だと思われている。

 セルの異質さを最初から認識しており、様々な便宜を図りつつ、警戒もしている。トリステインの実質的な宰相、マザリーニはかつての教え子である。

 「王権守護戦争」時は、高齢から従軍はせず、王立図書館から禁書「異伝ゼロ・ファミリア」を「穏便」に借り受け、その解読に当たっていた。

 一見すると、ネズミにしか見えない使い魔モートソグニルを従えているが、実際は特殊な魔法生物「魔吸鼠」の末裔である。

[所属・官職]トリステイン魔法学院学院長・王立魔法アカデミー終身名誉顧問

[系統]一説では、すべての系統を扱えるらしい

[ランク]スクウェア(モートソグニル使用時はヘプタゴン)

[二つ名]「百魔」

[使い魔]モートソグニル(魔吸鼠)

 

[第五章開始時点]休暇返上で、「異伝ゼロ・ファミリア」を解読中。

 

 

 

タバサ:

 ガリア王国からの留学生であり、ルイズの級友。十五歳でトライアングルに達した風メイジであり、「シュヴァリエ」の称号を持つ騎士でもある。ルイズよりも、細身のスタイルのため実年齢よりも幼く見られることが多い。常に無口かつ無愛想なため、親友であるキュルケ以外とは、会話すら稀である。フーケ捕縛を機にルイズとも親しくなる。見た目に反して、かなりの健啖家であり、独特の苦味を持つはしばみ草のサラダが好物。

 本名シャルロット・エレーヌ・オルレアン。ガリア王弟オルレアン公の遺児であり、本来はガリア王国の王位継承権を持つ王族だっだが、三年前のオルレアン公逝去を受け、王家から廃され、従姉である王女イザベラの配下となることを強制された。心を壊された母を救うため、ルイズの拉致を命じられたが、失敗。アーハンブラ城に幽閉され、母と同じく心を壊されそうになったが、セルとルイズ達によって救出された。

 伝説の「風韻竜」イルククゥを使い魔とするが、普段はただの風竜「シルフィード」として振舞っている。

[所属・官職]トリステイン魔法学院二年生・元ガリア王国北花壇警護騎士団花壇騎士

[系統]風

[ランク]トライアングル→スクウェア

[二つ名]「雪風」

[使い魔]イルククゥ(シルフィード)

 

[第五章開始時点]アーハンブラ城から母親共々、ルイズ達によって救出され、ヴァリエール城へ瞬間移動。

 

 

 

デルフリンガー:

 ルイズ愛用の杖で、自意識を持つインテリジェンスロッド。元々は、剣であったが、セルの物質出現術の応用によって、ルイズの杖と融合されてしまう。本人?曰く、気が遠くなるほど長い年月、存在しているらしいが、過去の記憶は曖昧。「虚無」や「始祖」について様々な知識、記憶を持っているらしい。

 本作の驚愕係。

[能力]あらゆる攻撃魔法を吸収。「始祖の秘宝」の代替機能。

 

[第五章開始時点]ルイズに携帯されたまま、瞬間移動でヴァリエール城へ。

 

 

 

フーケ:

 トリステインをはじめとする各国でその名を知られた貴族専門の怪盗。土系統の魔法を巧みに操ることから、「土くれ」という二つ名がついた。盗みを働いた現場に自身のサイン入り領収書を置くという大胆な手法をとる。魔法学院の秘宝「破壊の篭手」をまんまと盗み出すも、ルイズ達によって捕縛される。オスマンの秘書ロングビルの正体。

 本名マチルダ・オブ・サウスゴータ。かつてのアルビオン王弟モード大公の直臣であり、サウスゴータ領の太守をつとめたデニウス・オブ・サウスゴータ伯爵の愛娘である。

 ルイズ達に捕縛された後、チェルノボーグ監獄に収監されていたが、セルによって監獄から解放され、「場違いな工芸品」探索のため、不本意ながらセルに雇われることになる。

[所属・官職]元魔法学院学院長専属秘書・セルお抱え盗賊?

[系統]土

[ランク]トライアングル(セルのナイフ所持時は、ランク上昇)

[二つ名]「土くれ」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]ロマリアでの成果をセルに報告するため、アルビオン大陸へ。ロサイスで落ち合う前に寄る場所があるらしい。

 

 

 

サー・ヘンリー・ボーウッド:

 アルビオン王立空軍でも、生え抜きの戦艦長として知られた実直な軍人。直属の上司が、反乱勢力「レコン・キスタ」に帰順したため、図らずも自身も叛徒側に属することになった。上司が戦死後、「レコン・キスタ」主力艦隊の司令と旗艦「レキシントン」号の艦長を兼務することになる。

 ニューカッスル城への進軍中、アルビオン・セルの襲撃を受け、艦隊諸共、浮遊大陸の空に散った。

[所属・官職]元アルビオン王立空軍大佐・「レコン・キスタ」主力艦隊司令兼「レキシントン」艦長

[系統]?

[ランク]?

[二つ名]?

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]故人。

 

 

 

アルビオン・セル(分身体):

 ルイズの使い魔であるセル(本体)が、「四身の拳」によって生み出した分身体の内、アルビオン方面に派遣された個体。基本能力は本体と同じである。

 「レコン・キスタ」主力艦隊を殲滅し、ロサイスを襲った逃亡兵部隊を吸収し、クロムウェルから「アンドバリの指輪」を奪取し、アーハンブラ城で起こったルイズ・セルとイザベラ・セルの戦いを監視。どさくさに紛れ、ワルドを捕獲した。

 セル四兄弟随一の働き者。

[戦闘力]本体の四分の一。億は越える模様。

[能力]形態は「第一成体」であり、本体と同じく、瞬間移動をはじめ、セルとしてのあらゆる能力を使用可能。

 

[第五章開始時点]ワルド捕獲後、フーケと落ち合うため、アルビオン大陸へ帰還。

 

 

 

ビダーシャル:

 エルフ族ネフテス国最高意思決定機関「老評議会」上席評議員にして、蛮人対策委員会委員長。エルフにとっての蛮族たる人間種の暴走を抑えるために最大の王国ガリアへの使者となるも、精霊流の異常を察知し、アルビオン大陸へ急行。アルビオン・セルによる「レコン・キスタ」主力艦隊殲滅を目撃してしまう。セルを「災厄の悪魔」と推測したビダーシャルは、評議会に報告するが、結果的にそれが、ネフテス全軍による蛮族域への大侵攻の呼び水となるかもしれない事を危惧している。

[所属・官職]ネフテス国老評議会上席評議員第七席・蛮人対策委員会委員長・ネフテス国チャダルル部族族長

[系統]精霊

[ランク]なし

[二つ名]?

[使い魔]なし

 

[第五章開始時点]「災厄撃滅艦隊」の設立と「精霊救済戦争」の勃発を抑えるため、統領テュリュークとエスマーイル評議員に働きかけている。

 

 

 

アンリエッタ・ド・トリステイン王女:

 トリステイン王国の王女であり、ルイズとは幼馴染の間柄である十七歳。自尊心の塊であるルイズが、自分を超える美少女と認める今のところ唯一の存在。父である前国王ヘンリ三世の逝去後は、王国の象徴として多忙を極めている。隣国アルビオンで勃興した反乱に備えるため、ゲルマニア皇帝との縁談話が持ち上がり、憂鬱な日々を過ごしていた。王族としての誇りと聡明さを兼ね備えてはいるものの、やや現実が見えていないきらいがある。反乱の嵐が吹き荒れるアルビオンにルイズを単独で派遣するなど、常識を疑う言動があるが、セルからはなぜか高評価を与えられている。

 アルビオン皇太子であり、自身の従兄であるウェールズとは、相思相愛の間柄。

 「王権守護戦争」では、遠征艦隊の総司令官に就任。ロンディニウム平原の戦いでは、ウェールズとともに伝説のオクタゴンスペル「ディヴァイン・トルネード」を詠唱、戦争を終結へと導いた。

[所属・官職]トリステイン王国第一王女・サウスゴータ領臨時総督

[系統]水

[ランク]トライアングル

[二つ名]「清流」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]サウスゴータ領臨時総督ではあるが、専ら愛するウェールズを支えるためにハヴィランド宮殿に滞在。すでに「ハヴィランドの女主人」気取りであり、極一部の貴婦人連から不平不満が挙がっているが、本人は気付いてもいない模様。

 

 

 

マザリーニ・ド・リュクサンブール侯爵:

 ロマリア宗教庁司教枢機卿にして、皇国分王家の一つリュクサンブール家の当主。長年に渡ってトリステインの政務を担ってきた苦労性の四十八歳。痩せ衰えた体躯と白髪白髯の容貌から、初対面の人間には、必ず実年齢の遥か上の印象を与えてしまうのが悩み。次期教皇候補に選出されるほどの実力者だったが、国王位が空位だったトリステインに残り、実質的な宰相として辣腕を振るった。本来は私心のない高潔な人物だが、世間からは、国を私しようとした梟雄として「鳥の骨」などといわれている。アンリエッタには、期待する余り諫言することも多い。

 オスマンと、ウェールズの侍従パリーを心の師と仰いでいる。

 「王権守護戦争」では、副司令官として従軍。戦役後は、総督代行として、日々激務と闘っている。

[所属・官職]ロマリア宗教庁司教枢機卿・トリステイン王国サウスゴータ領総督代行・アルビオン駐屯軍総司令

[系統]風

[ランク]スクウェア

[二つ名]「鬼謀」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]サウスゴータ領総督代行として、身を削る日々を送っている。近々、ロマリア教皇聖エイジス三十二世が、アルビオンを訪問するとの知らせを受け取り、さらに激務が増えた。

 

 

 

ウェールズ・テューダー立太子:

 アルビオン王国テューダー朝の皇太子であり、王立空軍大将、空軍艦隊総司令長官を務める二十四歳。国内外で「プリンス・オブ・ウェールズ」の呼称で呼ばれる。アンリエッタの従兄であり、相思相愛の間柄である。王族としての気品をも兼ね備えた金髪碧眼の美青年だが、空賊の真似事をして、反乱勢力の補給路を襲っていたときは、ノリノリで空賊の頭を演じていた。「レコン・キスタ」の蜂起によって、王都を追われ、ニューカッスル城に追い込まれていたが、セルとルイズによって窮地を脱する。その際の経験から、セルに対して畏怖の念を抱いている。

 「王権守護戦争」では、親衛隊を率いてアンリエッタの護衛を担った。ロンディニウム平原の戦いでは、神聖アルビオン共和国の兵たちに真摯に語り掛けることで戦争を終結に導いた。

[所属・官職]アルビオン王国テューダー朝立太子・王国摂政・王国軍元帥

[系統]風

[ランク]トライアングル

[二つ名]「風迅」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]父王ジェームズ一世が、半ば退位した状態のため、摂政として王国の再建に全精力を傾けている。最愛の女性、アンリエッタが常に傍に居てくれるため、本人としては幸せであるようだ。

 

 

 

パリー・ヒューバート・モントローズ伯爵:

 三代六十年に渡って、テューダー朝に仕える宿老であり、ウェールズ皇太子の侍従長をつとめる七十三歳。三十年前には、アルビオン魔法学院の特別講師をつとめ、若かりし頃のマザリーニを教え導いた。

 「王権守護戦争」後は、引退を願い出たものの、困窮する中央府と皇太子に請われ、複数の宮廷官職を兼務することになった。

[所属・官職]テューダー朝王家筆頭侍従長・貴族院大法官・ハヴィランド宮殿護衛長官・宮廷儀典顧問官

[系統]火

[ランク]スクウェア

[二つ名]「忠焔」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]ウェールズ立太子を支え、王国再建に奔走中。王国軍の再編成に特に頭を悩ませている。

 

 

 

オリヴァー・クロムウェル総大主教:

 元々はアルビオン王国カーディフ地方領担当の平民司教だったが、突如「虚無」の力に覚醒したと称して、カーディフ領主を扇動して、反王権貴族連盟「レコン・キスタ」を立ち上げた。「虚無」の奇跡によって、瞬く間に勢力を拡大。一時は、アルビオン大陸の大半を掌中にした。

 実際には、ガリア王の意を受けたシェフィールドの傀儡に過ぎなかった。ニューカッスル城攻囲戦において、セルとルイズが放った真の「虚無」によって、偽りの「虚無」である「アンドバリの指輪」を無効化されることで、シェフィールドからも見捨てられる。

 「王権守護戦争」時には、自室に引き篭もり、ひたすら神たる「始祖」に懇願しつづけるという醜態に終始した。最終的には、アルビオン・セルによって「アンドバリの指輪」を奪われ、自身の生体エキスをも吸収されることで、精神が崩壊。戦後処理において終身刑となる。

[所属・官職]ブリミル教アルビオン教区総大主教(自称)・「レコン・キスタ」総司令官・神聖アルビオン共和国総議長

[系統]虚無(本来はメイジではない)

[ランク]なし

[二つ名]「新祖」

[使い魔]なし

 

[第五章開始時点]ハヴィランド宮殿内の地下牢に幽閉中。

 

 

 

ジョージ・ホーキンス統帥卿:

 元はアルビオン陸軍において右に出る者はいないとまで謳われた名将であったが、主君に殉ずるため「レコン・キスタ」に参画した。神聖アルビオン共和国建国後は、軍事を統括する統帥卿となる。

 トリステイン遠征軍によって、共和国の敗色が濃厚となると、戦役後における王国の独立を保つため、あえてトリステインとの決戦に臨んだ。最終的には、ウェールズの呼びかけに応える形で、降伏。戦役後は唯一残った「レコン・キスタ」幹部として、戦後処理に協力した。

[所属・官職]元アルビオン王立陸軍准将・神聖アルビオン共和国統帥卿

[系統]風

[ランク]トライアングル

[二つ名]「豪風」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]ハヴィランド宮殿内の地下牢に幽閉中ではあるが、軍事面の助言を求める面会が引きも切らない。

 

 

 

シェフィールド:

 「レコン・キスタ」首魁オリヴァー・クロムウェルの秘書官長をつとめる冷たい印象の美女。額にルーンが刻まれている。本来の主は、ガリア王ジョゼフ一世であり、彼の「虚無の使い魔」たる「神の頭脳ミョズニトニルン」と呼ばれる存在。ジョゼフの命を受け、平民に過ぎなかったクロムウェルに「アンドバリの指輪」を与え、反乱を扇動した。

 「王権守護戦争」後は、トリステインの「虚無の担い手」ルイズを捕らえるため、タバサを利用して、魔法学院に襲来する。タバサによるルイズ拉致を援護するため、ガーゴイル軍団を率いて、「ガンダールヴ」を押さえに掛かるも、次元の違いすぎるセルの能力の前に敗退。セルの力に脅威を感じたシェフィールドは、試作ゴーレム「ヨルムンガンド」の大幅な改修を決断。超巨大ゴーレム「フレスヴェルグ」を完成させた。

[所属・官職]元「レコン・キスタ」総議長直属秘書官長・ガリア王直属シェフィールド護王騎士団団長

[能力]「神の頭脳ミョズニトニルン」として、ありとあらゆるマジックアイテムを支配することが可能

 

[第五章開始時点]王都リュティスを出奔したジョゼフに従い、サン・マロンにて、超巨大ゴーレム「フレスヴェルグ」を起動。

 

 

 

ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵:

 ヴァリエール公爵領に隣接した領地を持つワルド子爵家の当主。かつて、親同士が冗談で決めたルイズの許婚である。風系統のスクウェアメイジであり、「閃光」の二つ名を持つ二十六歳。トリステイン王国魔法衛士隊の一つ、グリフォン隊の隊長をつとめるエリートだったが、独自の目的のため故国を裏切り、「レコン・キスタ」に参画する。秘書官長シェフィールドの護衛に抜擢されたが、クロムウェルを見限ったシェフィールドに従う形で、ガリア王に仕えることになる。

 ルイズ拉致に失敗したタバサを捕縛し、アーハンブラ城に幽閉した。セル同士の戦いの余波に巻き込まれ、消滅する寸前で、アルビオン・セルに救い出され、怪我も治療される。

[所属・官職]元トリステイン魔法衛士隊グリフォン隊隊長・シェフィールド護王騎士団上位騎士

[系統]風

[ランク]スクウェア

[二つ名]「閃光」

[使い魔]ポメラン(グリフォン)

 

[第五章開始時点]アーハンブラ城消滅の生き証人にするため、アルビオン・セルが治療したが、ジョゼフの首都出奔によって必要なくなってしまった。仮とはいえ、ルイズの許婚であるため、別の使い道を検討中。

 

 

 

イザベラ・ド・ガリア副女王:

 大陸最大の王国ガリアの第一王女で十七歳。王族の証である蒼髪と蒼の瞳を持つ美貌の少女。やや額が広いことを気にしている。王族でありながら、魔法の才に乏しく、また暗殺の恐怖から、陰険かつ酷薄な性格の「無能姫」と陰口を叩かれていた。従妹であるタバサことシャルロットに対しては複雑な感情を抱いており、彼女が王家から廃され、自身の配下に格下げされたときは、昏い優越感を感じてしまっていた。

 暗殺の危機に瀕した時、セルの分身体を使い魔として召喚。強大な力を持つセルを使い魔としたことで、コンプレックスから解放され、従妹に対する感情も変化した。

 自身の先祖である英雄王アンリに傾倒しており、彼の功績にならう形で、夢であったお忍びによる諸国漫遊を敢行。

 漫遊から帰還した際に受け取った通達から、タバサの幽閉を知り、激昂。イザベラ・セルとともにアーハンブラ城へ急行する。

 エレーヌとの和解寸前のところで、ルイズらの闖入をうける。その後、父ジョゼフの真意を正すため、リュティスに帰還。騒乱が起こりつつあった首都を収める為、「副女王」就任を宣言。

 後、天使。

[所属・官職]ガリア北花壇警護騎士団団長・ガリア王国副女王

[系統]水?

[ランク]ドット(セルのナイフ所持時はヘプタゴン以上)

[二つ名]「水鏡」

[使い魔]イザベラ・セル

 

[第五章開始時点]リュティス騒乱を鎮圧後も、首都に留まり、混乱の収拾に当たっている。

 

 

 

イザベラ・セル(分身体):

 ルイズの使い魔であるセル(本体)が、「四身の拳」によって生み出した分身体の内、ガリア方面に派遣された個体。基本能力は本体と同じであるが、イザベラに召喚された際、なぜか形態が「第二成体」に変化し、コントラクト・サーヴァント時には、額に不完全なルーンが浮かび上がった。

 イザベラの使い魔として、アルハレンドラ公爵領消滅や北花壇騎士団壊滅などを実行。イザベラの意識を大きく変える契機を与えた。アーハンブラ城では、本体であるルイズ・セルと「気」を解放した上で戦闘(八百長)。エルフの古城を消滅させる。

 イザベラに召喚される前に行った調査で、軍港都市サン・マロンの「実験農場」の存在を把握していた。

 セル四兄弟随一の幸せ者(作者的に)。

[戦闘力]本体の四分の一。億は越える模様。

[能力]形態は「第二成体」であり、本体と同じく、瞬間移動をはじめ、セルとしてのあらゆる能力を使用可能。

 

[第五章開始時点]リュティス騒乱を起こしたすべての軍部隊を鎮圧。死んだ方がマシ級な仕置きを加えたらしい。

 

 

 

カルロ・クリスティアーノ・トロンボンティーノ:

 ロマリア宗教庁アリエステ修道会付き聖堂騎士隊隊長。カイドネス修道会宝物殿から、「場違いな工芸品」を盗み出したフーケを追撃した。賛美歌詠唱と呼ばれる合体魔法によって、フーケを追い詰めるも、セルのナイフを発動させたフーケの逆襲を受け、泥に沈められる。

[所属・官職]アリエステ修道会付き聖堂騎士隊隊長

[系統]水

[ランク]トライアングル

[二つ名]「水神」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]教皇聖エイジス三十二世のアルビオン行幸に護衛の一人として選ばれた。

 

 

 




登場人物紹介その一をお送りしました。

その二と本編は、可能な限り早く投稿いたします。


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 登場人物紹介その二 ※第五章までのネタバレ注意

お久しぶりです。登場人物紹介その二をお送りします。

……またしても、時間稼ぎ申し訳ありません。

つ、次こそは!


ゼロの人造人間使い魔登場人物その二(本作への登場順に記載)

 

※第五章第四十六話終了時までの名前入り登場人物に限ります。

※第五章開始時点までのネタバレがあるため、閲覧にはご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール:

 ヴァリエール公爵家の第一子にして、ルイズの長姉である二十七歳。父親譲りの金髪と母親譲りのきつめの美貌を備えた才媛。トリステイン王立魔法アカデミー土系統主席研究員を務める優秀な土メイジでもある。

 名門貴族の令嬢らしく、高慢な気位の持ち主であり、体面や名誉を重視する性格。末妹であるルイズの事を「おちび」と呼び、きつく当たることもあるが、ルイズを嫌っているわけではなく、むしろ長姉としての愛情ゆえである。

 大貴族の令嬢であるが、二十七歳にして、未だ独身。以前は、トリステインの名門伯爵家当主トーマス・ド・バーガンディと婚約していたが、現在は解消してしまっている。そのことに触れられると、「修羅」と化す。

 ルイズの使い魔であるセルに対して、研究者としての興味を持っている。

[所属・官職]トリステイン王立魔法アカデミー土系統主席研究員

[系統]土

[ランク]トライアングル

[二つ名]「鉱貴」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]王都出向中の両親の代理として、ヴァリエール家を切り盛りしている。ノルパド鉱山の陥没事故について考察中。

 

 

カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ女子爵:

 ヴァリエール公爵家の第二子にして、ルイズの次姉である二十四歳。ルイズと同じ桃色の髪と二人の姉妹とは異なる豊かなスタイルを持つ美女。姉妹達とは違い、その性格は穏やかで優しく、やや天然気味である。生来の奇病を患っており、幼少のころから領地の外に出たことが無い。その事を不憫に思った父から、公爵領の一部をフォンティース家領として与えられており、爵位を持っている。

 ルイズからは、「ちいねえさま」と呼ばれ、非常に慕われている。長身異形の亜人セルのことをルイズの「良い人」だと考えているようだ。

[所属・官職]ラ・フォンティーヌ子爵家当主

[系統]水

[ランク]トライアングル

[二つ名]「慈流」

[使い魔]トゥルーカス(フクロウ)※使い魔ではないが、とてもよく懐いている動物・幻獣を多数飼っている

 

[第五章開始時点]「王権守護戦争」直後に容態が急変し、ほぼ寝たきり状態。本人の希望で、ルイズには知らせていない。

 

 

ピエール・リオン・ド・ラ・ヴァリエール公爵:

 トリステイン王国最高位の名門貴族ヴァリエール公爵家の当主にして、エレオノール、カトレア、ルイズの実父。年齢は五十過ぎで、頭髪や口髭は、かなり白いものが混じったブロンドだが、年齢のせいではないらしい。ヴァリエール家の初代は、トリステイン王の庶子であり、王家とは血縁関係にあるため、彼自身も順位は低いものの王位継承権を保持している。

 かつては、トリステイン王国三軍元帥として、軍事面を統括していたが、数年前に引退し、自領の運営に専念していた。大貴族の当主にふさわしい威厳を備えてはいるものの、ルイズら娘たちには、表面上は厳しく接しながらも、実際にはだだ甘の親馬鹿であり、妻であるカリーヌにも、基本的に頭が上がらない愛すべき駄目公爵である。

 セルのことを愛娘であるルイズにへばりつく害虫と見做している。

 若い頃は、「ブレイド」の魔法を使わせたら、大陸に並ぶ者無しとまで謳われていた。

[所属・官職]元トリステイン王国三軍元帥・トリステイン王国護国卿

[系統]水

[ランク]スクウェア

[二つ名]「剣聖」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]「王権守護戦争」後、マリアンヌ暫定女王たっての願いを受け入れ、宰相位と同格の「護国卿」として中央政界に復帰。ルイズとは入れ違いで王都に入ったため、非常に落胆したらしい。

 

 

ランドルフ・ド・ジェローム準男爵:

 ヴァリエール公爵家の雑事を取り仕切る執事長をつとめる六十歳。幼少時から、ピエールに仕え、ヴァリエール領の隅々までを知悉している。

[所属・官職]ヴァリエール公爵家執事長

[系統]水

[ランク]トライアングル

[二つ名]「濁流」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]領主代行となったエレオノールの補佐をつとめている。

 

 

カリーヌ・デジレ・ド・マイヤール・ド・ラ・ヴァリエール:

 ヴァリエール公爵夫人にして、ルイズたち三姉妹の実母。彼女の桃色の頭髪は、カトレアとルイズに受け継がれている。四十代後半とは思えないほどの美貌と肉体を維持している。

 夫を遥かに超えるオーラとも言うべき貫禄を備える公爵家の真の支配者であり、彼女愛用の鉄扇の音は、ヴァリエール家のすべての人々にとって畏怖の対象である。かつては、魔法衛士隊マンティコア隊を率いる凄腕の騎士として、名を馳せていた。その頃から、規律・規則を非常に重視する性格である。

 三十年以上前に、とある事情から、セルとよく似た亜人と出会っていたらしい。

[所属・官職]元トリステイン王国マンティコア隊隊長・トリステイン王国魔法衛士隊総隊長

[系統]風

[ランク]スクウェア

[二つ名]「烈風」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]「王権守護戦争」後、マリアンヌ暫定女王の要請を受けた夫に同行して王都へ。魔法衛士隊の立て直しのため、自ら総隊長に志願する(夫を脅迫したとも)。その後、衛士隊の錬度は急激に上昇したが、すべての衛士たちの目から光が失われたらしい。

 

 

モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ:

 トリステイン王国モンモランシ伯爵家の長女であり、ルイズの級友でもある十六歳。金髪縦ロールと大きな赤いリボンが特徴的な美少女。一応、ギーシュの恋人ではあるが、二股騒ぎなどもあり、つかず離れずの微妙な距離感を醸し出していた。二つ名は「香水」で、独特の配合による創作香水は、学院や王都の一部では、かなりの好評を得ている。

 「王権守護戦争」時は、学徒士官となったギーシュを心配して、休暇もとらず、学院で彼の身を案じていたらしい。

 タバサとは、香水製作を通して、若干の交流があった。

[所属・官職]トリステイン魔法学院二年生

[系統]水

[ランク]ライン

[二つ名]「香水」

[使い魔]ロビン(カエル)

 

[第五章開始時点]ルイズ達とともにタバサ救出作戦に参加後、ヴァリエール城へ瞬間移動。

 

 

ジェームズ・テューダー一世:

 アルビオン王国テューダー朝第八十七代国王であり、ウェールズの実父。前トリステイン国王ヘンリ三世は、実弟である。すでに老境著しいものの、未だに王としての豪胆さを備える傑物。

 ニューカッスル城篭城戦において、嫡子ウェールズの進言を受け入れ、トリステインへの亡命を決断した。「王権守護戦争」時は、ラ・ロシェールを出撃していく遠征艦隊をマリアンヌとともに見送った。

[所属・官職]アルビオン王国テューダー朝第八十七代国王

[系統]風

[ランク]トライアングル

[二つ名]「風雅」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]ハヴィランド条約締結後、アルビオンに帰国。ロンディニウム郊外の離宮で余生を過ごしている。

 

 

マリアンヌ・ド・トリステイン暫定女王:

 トリステイン王国太后であり、アンリエッタの実母。四十代前半の年齢ながら、往時の美貌は全く衰えていない。夫であるヘンリ三世逝去後は、政治から身を退き、喪に服していた。かつて、ジェームズ一世が皇太子時代に、自分を口説こうとしてきたため、親友直伝のビンタで撃退したことがある。

 「王権守護戦争」開戦前に、前線に赴く愛娘アンリエッタを鼓舞するため、暫定女王の地位に就く。

 ヴァリエール公爵とその夫人とは、三十年来の友人関係にある。

[所属・官職]トリステイン王国太后・同暫定女王・トリステイン王家宗主

[系統]水

[ランク]トライアングル

[二つ名]「憐清」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]アンリエッタ、マザリーニ不在のトリステイン中央府を支えるため、ヴァリエール公爵とその夫人を王都へ呼び寄せた。

 

 

ポワトゥー・ヴィエンヌ・ド・ポワチエ侯爵:

 トリステイン王国空軍大将をつとめるポワチエ侯爵家の当主であり、王軍きっての名将と呼ばれる四十三歳。国内での小規模な反乱鎮圧で功績を挙げてきたが、本人の力量は凡将の域を出ない。

 「王権守護戦争」では、遠征軍の艦隊司令に任命されたものの、全くといっていいほど武勲を立てることが出来ず、念願の元帥杖を逃がした。

[所属・官職]トリステイン空軍大将

[系統]土

[ランク]ライン

[二つ名]「岩塊」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]「王権守護戦争」後、ルイズやアニエスといった宮廷の新興勢力に対して不平不満を募らせる保守派とは、距離を置いているらしい。

 

 

バッソ・カステルモール男爵:

 ガリア東薔薇花壇騎士団に所属するスクウェア・ランクの風メイジで、若干二十三歳。ガリア辺境の没落貴族の出身だったが、ガリア王弟オルレアン公シャルルにその才能を見出され、花壇騎士に抜擢される。忠誠を誓ったシャルルが暗殺されると、その遺児であるタバサを護るために、あえてガリア王女イザベラの守役に志願した。

 「王権守護戦争」後、シャルルを崇拝する王弟派と一部の反ジョゼフ派を糾合し、ガリア解放義勇軍を組織する。タバサ幽閉をきっかけとして、王都リュティスにて蜂起。

[所属・官職]元ガリア王国東薔薇花壇騎士団上位騎士長・ガリア解放義勇軍主宰

[系統]風

[ランク]スクウェア

[二つ名]「旋風」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]リュティスにて蜂起後、ジョゼフの「虚無」によって御前会議出席者共々、生き埋めとなるも一命は取り留める。

 

 

ジュリオ・チェザーレ:

 ロマリア宗教庁において、最年少で助祭枢機卿の地位についた十六歳の少年。平民出身であるため、魔法は使えない。その容貌は、一見すると、美少女と見紛うばかりの美貌である。虹彩異状によって、両目の色が異なる「月目」と呼ばれる瞳を持つ。

 「王権守護戦争」では、教皇聖エイジス三十二世の勅命を受け、観戦武官として、トリステイン遠征艦隊に従軍。ルイズの「アブソーヴ」発動を目の当たりにし、彼女が「虚無の担い手」であると確信。戦役後は、教皇の名代として、トリステインに派遣される。

 右手の甲には、ルーンが刻まれており、「虚無の使い魔」の内、「神の右手ウィンダールヴ」と呼ばれる存在。

[所属・官職]ロマリア宗教庁助祭枢機卿・ロマリア連合皇国トリステイン公使

[能力]「虚無の使い魔」の一つ、「神の右手ウィンダールヴ」として、使い魔の主従契約すら無視して、幻獣を支配することができる。

 

[第五章開始時点]トリステイン魔法学院に滞在し、セルの脅威を感じながらもルイズを監視していたが、教皇の召喚命令を受けて、アルビオンへ向かう。

 

 

ジョゼフ・ド・ガリア一世:

 ガリア王国第二百六十一代国王として、大陸最大の王国の頂点に立つ四十三歳。蒼髪蒼瞳を持つ美丈夫で、一見すると三十代前半にしか見えない。「始祖」の系譜たる四王家出身でありながら、魔法の才に乏しく、政治にも感心を示さないため、国内外で「無能王」と渾名されている。実弟であり、「傑物」として知られたオルレアン公シャルルに対して、屈折したコンプレックスを抱えており、三年前の父王崩御に際して、ついに実弟を暗殺してしまう。

その折、「虚無の担い手」として覚醒。東方出身のシェフィールドを、自身の使い魔「神の頭脳ミョズニトニルン」として召喚。アルビオンをはじめとする各地に派遣し、暗躍させていた。

 「王権守護戦争」後、覚醒したルイズの拉致を目論むも失敗。その後、超巨大ゴーレム「フレスヴェルグ」の完成をもって、暴走を開始する。

 実の娘である王女イザベラには、望むものはなんでも与えてきたが、家族としての感心や愛情を示したことはない。

[所属・官職]ガリア王国第二百六十一代国王・ガリア王家宗主

[系統]虚無

[ランク]?

[二つ名]「無能王」

[使い魔]シェフィールド(神の頭脳ミョズニトニルン)

 

[第五章開始時点]リュティス出奔後、「実験農場」にて起動させた「フレスヴェルグ」を用いて、サン・マロンを焼き尽くす。その後、トリステイン領に向かってゆっくりと移動中。途上にある都市や集落を破壊している。

 

 

元素の兄弟:

 曲者揃いのガリア北花壇警護騎士団にあって、特に畏怖を集める四人の兄弟。長兄ダミアン、次兄ジャック、三兄ドゥドゥー、末妹ジャネットの四人で、それぞれが一騎当千の実力者だと噂されていた。

 セルのお披露目に集められた他の北花壇騎士たちとともに、イザベラの無茶振りによって、セルと戦い、瀕死の重傷を負う。

 「王権守護戦争」後に動ける程度には、回復したらしい。

[所属・官職]元ガリア王国北花壇警護騎士団花壇騎士

[系統]ダミアン:水と先住 ジャック:土と先住 ドゥドゥー:風と先住 ジャネット:火と先住

[ランク]系統魔法は全員トライアングル

[二つ名]兄弟としては「元素」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]回復後、ガリアを出奔。兄弟共通の目的のために次の雇い主を探している。

 

 

ヨシア:

 帝政ゲルマニアとの国境沿いに位置するガリア王国アルデラ地方の小村エギンハイム村の若者。林業を生業とする村と「黒い森」を住処とする翼人の対立に苦悩している。

 幼い頃、「黒い森」の中で怪我を負い、動けないところをアイーシャに助けられ、それ以来彼女に想いを寄せている。

[所属・官職]エギンハイム村青年団翼人連絡係

 

[第五章開始時点]村の先頭に立って、翼人との融和に努めている。近々、アイーシャにプロポーズするつもりらしい。

 

 

サム:

 エギンハイム村村長の長男でヨシアの兄。村の青年団の団長をつとめ、翼人排斥の指揮を取っていた。謎の花壇騎士ジャンヌの介入によって、村は翼人との融和を目指すことになった。

[所属・官職]エギンハイム村青年団団長

 

[第五章開始時点]最近は、空を眺めながら呆けていることが多いらしい。どうやら、花壇騎士ジャンヌのゴミでも見るかのような凍てつく視線を受けて、ナニカに目覚めてしまったようだ。

 

 

アイーシャ:

 ガリア王国アルデラ地方に広がる「黒い森」をテリトリーとする翼人部族を束ねる族長の一人娘。部族の若衆と領域近くに住む村人たちとの対立に心を痛めている。

 子供の頃から知っているヨシアとは、相思相愛の間柄である。

[所属・官職]テテ・リリマ族次期族長

 

[第五章開始時点]薄々、ヨシアの意図に感づいているが、族長である父が、どう反応するか悩んでいるらしい。

 

 

リーヴル・ド・マデライン女子爵:

 トリステイン王国王立図書館の司書職を世襲するマデライン家の十二代目に当たる十九歳。知的な眼鏡とポニーテールが特徴的な美少女。マデライン家は代々、「古き本」と呼ばれる魔力を宿した書籍の収集と管理を任されており、三代目マデライン卿が建設した管理書庫が、現在の王立図書館の前身である。マデライン家は特殊な魔法も伝承しているらしい。

[所属・官職]トリステイン王立図書館司書

[系統]水

[ランク]トライアングル

[二つ名]「智水」

[使い魔]テクスト(シュレーターペンギン?)

 

[第五章開始時点]「王権守護戦争」中に禁書区画の魔力が変動したことを察知したが、あえて放置しているらしい。

 

 

テクスト:

 リーヴルの使い魔で、見た目は地球に生息しているシュレーターペンギンそのもの。幻獣種かどうかも不明だが、人語を解する高い知能と軽快な運動能力を持つ。見た目に寄らず、ダンディな口調でしゃべる。

[能力]リーヴルに言い寄る不埒な輩に空中からの蹴り技をお見舞いできる。

 

[第五章開始時点]リーヴルのため、超時空飛び膝蹴りの修行中である。

 

 

ダンブリメ:

 トリステイン王立図書館の禁書区画最奥に封印されていた「古き本」に宿る魔力が意志を持った存在。禁書「異伝ゼロ・ファミリア」を拠代としていたが、モートソグニルの能力を発動させたオスマンによって、力の大半を失ってしまう。

 二千年以上前から存在し、「異伝ゼロ・ファミリア」についても、なにかしら知っていたらしい。

[能力]他人から魔力や心を吸収。スクウェアクラスのメイジやマジックアイテムの魔力を相殺。

 

[第五章開始時点]力の大半は失ったものの消滅は免れ、新たな拠代を選定中。

 

 

ジュリアン兵長:

 「王権守護戦争」直前に軍に志願した少年兵であり、シエスタの弟。姉と同じ黒髪を持つ十五歳。トリステイン遠征艦隊のロサイス上陸後は、居留守部隊の警邏分隊に配属され、夜間巡回を行っていた。そこで、コルベールと出会い、学院で働く姉の消息を尋ねた。

 メンヌヴィル率いる逃亡兵部隊のロサイス襲撃時は、コルベールの指示で伝令をつとめ、敵部隊撃破に貢献した。戦役後は、二階級特進を果たし、二等兵から兵長となる。

[所属・官職]元ロサイス防衛中隊第三警邏分隊二等兵・ラ・ロシェール警備隊第四警邏分隊隊長

 

[第五章開始時点]帰国後、故郷タルブに近いラ・ロシェールの警備隊に配属される。分隊の隊長に任命され、防衛戦のときより緊張しているらしい。

 

 

ジュリウス・ド・ギトー男爵:

 トリステイン魔法学院で風系統の授業を受け持つスクウェア・ランクの風メイジで三十三歳。事あるごとに風系統の優位を主張するため、学院での人望は低い。風の高位魔法「偏在」の使い手であり、メイジとしての実力は高い。

 「王権守護戦争」では、教職仕官の中で最上位となる教職大尉に任官。ロサイス防衛戦において、自分より格下に視ていたコルベールの一喝に完全に呑まれてしまい、その指示の元、ロサイス各地への伝令と偵察を行った。

[所属・官職]トリステイン魔法学院教師

[系統]風

[ランク]スクウェア

[二つ名]「疾風」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]特別休暇中は自領に帰省している。以前は領民からの人望も薄かったが、戦役における功績から、評価が急上昇し、本人もまんざらでもないらしい。

 

 

メンヌヴィル:

 大陸各国の軍隊でその名を知られた凄腕の傭兵メイジで、盲目の四十歳。年齢を感じさせない屈強な肉体と顔半分を覆う火傷の痕が特徴。元々はトリステインの出身であり、二十年前はコルベールが隊長を務めていた実験小隊の副長だった。とある任務中にコルベールに杖を振るい、返り討ちに遭う。その時、両目を焼き尽くされ盲目となる。

 「王権守護戦争」時は、神聖アルビオン共和国の最高評議員に雇われ、ロサイス襲撃を行う。同じくロサイス襲撃を企図していた逃亡兵部隊を無理やり指揮下に治めることで、奇襲には成功するも長年捜し求めていたコルベールの存在を感知し、暴走。最期は、コルベールによって刺殺される。

[所属・官職]元王立魔法研究所第三実験小隊副長・「白炎中隊」隊長

[系統]火

[ランク]トライアングル

[二つ名]「白炎」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]故人。戦役後、彼の遺灰はコルベールによって、故郷トリステインの地に埋葬された。

 

 

ニコラ最先任上級軍曹:

 トリステイン遠征艦隊編成のために雇用されたベテランの傭兵。艦隊のロサイス上陸後は、防衛中隊西門分隊の隊長となる。逃亡兵部隊による襲撃時は、分隊を指揮して奮戦。コルベールら教職小隊の到着まで、ロサイス西門を確保した。

 「王権守護戦争」後、二階級特進と特別報奨金を受け取り、王軍と長期契約を結ぶ。

[所属・官職]元ロサイス防衛中隊西門分隊隊長・トリスタニア教導大隊指導教官

 

[第五章開始時点]戦役後、王都トリスタニアの教練場付き指導教官となり、新兵の教練に当たっている。

 

 

イルククゥ:

 タバサを「お姉さま」と呼ぶ、外見上は二十歳程度のスタイル抜群な蒼髪の美女。見た目とは裏腹に言動は幼い。またの名をシルフィードといい、正体はタバサの使い魔である竜の姿をした幻獣。本来は、数百年前に絶滅したとされる高等幻獣「韻竜」の末裔だが、騒動を嫌ったタバサの機転により、人前では、低位の風竜「シルフィード」として振舞うように命じられていた。実年齢は二百歳を超えているが、人間に換算すると十歳程度である。

 主であるタバサを深く敬愛しており、その境遇に義憤を募らせている。

 ルイズの使い魔であるセルを非常に恐れている。「韻竜」が伝える伝説に登場する「月の悪魔」と酷似しているためらしい。

[能力]正体は、全長六メイルに及ぶ竜。複数の人間を乗せて時速百リーグ以上での高速飛行が可能。「韻竜」としては、人語を解するだけではなく、先住魔法も行使可能。

 

[第五章開始時点]タバサ救出後、ルイズ達とともにアーハンブラ城からヴァリエール城へ瞬間移動。

 

 

アルブレヒト・アルキビアデス・フォン・ブランデンブルク三世:

 第十五代皇帝として、帝政ゲルマニアの頂点に立つ四十二歳。鷹の如く鋭い眼光が特徴的なスクウェア・ランクの火メイジでもある。元々は、皇帝家の出身ではなく、様々な権力闘争を勝ち抜き、最終的には反乱を起こした上で、帝位に就いた。

 上昇志向が強く、徹底的な実力主義者である。それを反映した政策によって、十年足らずでゲルマニアをトリステインの十倍もの領土を持つ大国に変貌させた。

 アルビオンで勃興した「レコン・キスタ」の乱に対抗するという名目で、トリステイン王女アンリエッタとの婚約を企図するも、セルとルイズの活躍によって計画は破綻。戦役後、国内の反発が増大するも、セル分身体の介入を受けることで、国内の統制には成功する。支配自体には興味を示さないセルを憎悪している。

 後の歴史書には、ゲルマニア最後の皇帝と記される。

[所属・官職]帝政ゲルマニア第十五代皇帝

[系統]火

[ランク]スクウェア

[二つ名]「灼熱」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]セルから供与された「気功砲弾」を密かに解析させている。南方軍閥領の半分を皇帝直轄領に編入し、残った領地の統治をフォン・ツェルプストー家に命じた。

 

 

ゲルマニア・セル(分身体):

 ルイズの使い魔であるセル(本体)が、「四身の拳」によって生み出した分身体の内、ゲルマニア方面に派遣された個体。基本能力は本体と同じである。

 反乱が起こりつつあったゲルマニアに介入し、皇帝アルブレヒト三世に南方軍閥の動きを注進すると同時に彼に「気功砲弾」を与えた。

 セル四兄弟随一の日陰者である(出番的に)。

[戦闘力]本体の四分の一。億は越える模様。

[能力]形態は「第一成体」であり、本体と同じく、瞬間移動をはじめ、セルとしてのあらゆる能力を使用可能。

 

[第五章開始時点]ゲルマニアを影響下に置いた後、エルフ族が住まうサハラに向かった。

 

 

プファルツァ・フォン・ハルデンベルグ侯爵:

 ゲルマニア南部の雄ハルデンべルグ侯爵家の当主であり、南部を実効支配する南方軍閥の領袖。アルブレヒトの帝位簒奪に進んで協力することで、現在の地位についた。皇帝以上の上昇志向の持ち主で、対トリステイン政策の失敗を好機ととらえ、アルブレヒトに対する反乱を決意する。首都での観艦式に便乗し、麾下の艦隊を総動員するも、セルから供与されていた「気功砲弾」によって一瞬ですべての戦力を失う。皇帝の発破を受け、彼に杖を向けるも、返り討ちに遭い、死亡。

[所属・官職]帝政ゲルマニア南方艦隊総司令・南方軍閥総帥

[系統]火

[ランク]トライアングル

[二つ名]「猛火」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]故人。ハルデンベルグ侯爵家は取り潰しこそ免れたものの、見せしめのため準男爵位に格下げされ、領地も大幅に減封された。

 

 

ゾロビヨフ・ド・サルバードル・ミスコール男爵:

 ガリア東方の名門サルバードル伯爵家の分家ミスコール男爵家の当主。王直属のシェフィールド護王騎士団の命を受け、タバサが幽閉されたアーハンブラ城の護衛を行った。

 王女イザベラとともに襲来したイザベラ・セルの念動力を受け、配下の警備隊諸共城壁に叩き付けられ、失神。その後、アーハンブラ城の消滅に巻き込まれ、死亡。

[所属・官職]ガリア王国サルバードル領警備隊総隊長

[系統]土

[ランク]ライン

[二つ名]「土硫」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]故人。

 

 

エスマーイル:

 ネフテス国老評議会評議員にして、対蛮族強硬派の集団「鉄血団結党」の党首をつとめるエルフ族の男性。基本的にエルフ族は、人間族を蛮人として蔑視する傾向があるが、彼ら「鉄血団結党」は、さらに極端な思想を持った者たちの集団であり、ネフテスの中でも半ば異端視されている。

 ここ数ヶ月、頻発する精霊流の激震な乱れは、蛮族と「災厄の悪魔」の蠢動であると確信したエスマーイルは、緊急評議の開催を呼び掛ける。さらに評議の最中に、アーハンブラ城におけるセル同士の激突が発生。これまでとは比べ物にならない精霊流の乱れの凄まじさには、統領テュリュークをはじめとした評議員たちも、エスマーイルの主張を受け入れざるを得なかった。

 同じ評議員であるビダーシャルとは、数百年来の友人関係にある。

[所属・官職]ネフテス国老評議会上席評議員第十一席・鉄血団結党党首・災厄撃滅艦隊総司令・ネフテス国ダダ・ラーイン部族族長

[系統]精霊

[ランク]なし

[二つ名]「鉄血」

[使い魔]なし

 

[第五章開始時点]「災厄撃滅艦隊」の編成に当たっているが、友であるはずのビダーシャルが、横やりを入れてくることに不快感を感じている。

 

 

テュリューク:

 エルフ族ネフテス国老評議会議長にして、国家の最高責任者たる第二十二代統領の座に就いているエルフの男性。ネフテス統領の地位は世襲ではなく、各評議員の投票による選挙を以って決定されるため、統領を指して「王」と呼ぶことは最大の侮辱にあたる。

 テュリュークは、既に三季三百年に渡って統領として、ネフテスを率いており、その思慮深く慎重な治世は、各部族の長老連からも高い評価を受けている。テュリューク本人は、長く統領の地位に居座り続けてしまったと感じており、義弟に当たるビダーシャルを後継者にしたいと考えているらしい。

[所属・官職]ネフテス国老評議会上席評議員首席・ネフテス国第二十二代統領・ネフテス国レレ・ヴィヴィド部族族長

[系統]精霊

[ランク]なし

[二つ名]「深謀」

[使い魔]なし

 

[第五章開始時点]緊急評議後、ビダーシャルの説得を受けて、「精霊救済戦争」の是非について思案している。

 

 

ルクシャナ:

 ビダーシャルの姪に当たるエルフ族の少女。ネフテス国文化探求院に在籍する学者であり、非常に知的好奇心が強い。また、エルフにしては珍しく、人間世界に多大な興味を抱いており、彼女の自室兼研究室にはハルケギニア各地の様々な物品が並んでいる。

 自身の欲求に対して、非常に正直であり、それを押し通す為なら、どんな横紙破りも辞さない自由奔放かつ我侭な性格である。

 アリィーとともにビダーシャルから、緊急評議の内容を聞かされたルクシャナは、かねてからの一大計画を実行に移す決意を固める。

[所属・官職]ネフテス国文化探求院二等学芸員

[系統]精霊

[ランク]なし

[二つ名]?

[使い魔]なし

 

[第五章開始時点]哀れなる婚約者を巻き込みつつ、計画の準備に余念がない。

 

 

アリィー:

 ルクシャナの婚約者であり、若くして「ファーリス」の称号を与えられたエルフの若者。「ファーリス」は、エルフ族における名誉騎士の称号であり、人格・血統・功績を兼ね揃えた者だけに授けられる。ネフテス空軍において、単独行動権を許された独歩空佐として、ビダーシャルからの特別任務に当たることもある。

 生真面目な性格のため、婚約者であるルクシャナには、いつも振り回されているが、アリィー自身がルクシャナにぞっこんなので、まんざらでもないらしい。

[所属・官職]ネフテス国老評議会直属騎士「ファーリス」第三席・ネフテス空軍独歩空佐

[系統]精霊

[ランク]なし

[二つ名]?

[使い魔]なし

 

[第五章開始時点]愛しい婚約者の計画に巻き込まれたという自覚だけはある模様。近々空軍に配備される予定の最新鋭長距離偵察艇に対する婚約者の視線が、恐ろしくてたまらないらしい。

 

 

クララ・ド・モンフォール:

 ガリア辺境の弱小貴族モンフォール男爵家の三女で二十一歳。王都リュティスが誇る王族専用の小宮殿「プチ・トロワ」で、王女イザベラ付きの侍女をしている。多くの同僚が、主であるはずのイザベラを嫌っている中、彼女のみは孤独な王女に自身を重ねており、イザベラに献身的に仕えている。

 幼少の頃から、とかく間の悪い体質に悩んでいるらしい。

[所属・官職]ガリア王国第一王女付き侍女・副女王付き侍女頭

[系統]土

[ランク]ライン

[二つ名]「砂流」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]副女王となったイザベラの侍女頭に抜擢される。主たるイザベラにさらに献身的に尽くしながら自身の言動にも、さらに注意を払っているらしい。

 

 

パーラット・バリベリニ子爵:

 ロマリア宗教庁から派遣され、ガリア王国儀典長を務める助祭枢機卿。小柄かつ小太りな容貌ながら話術や交渉術に優れ、宮廷儀礼についても明るく、儀典長として、宮廷内では一定の影響力を持つ存在。一年ほど前からは、御前会議の進行役を任されていたため、ガリア解放義勇軍の決起と国王ジョゼフの出奔に立ち会うことになる。

 ロマリア教皇聖エイジス三十二世からの密命を受け、ガリアに派遣された。

[所属・官職]ロマリア宗教庁助祭枢機卿・ガリア王国儀典長

[系統]火

[ランク]ライン

[二つ名]「火格」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]蒼光を纏いつつ副女王就任を宣言したイザベラに驚愕したものの、密命を果たす為に宗教庁への報告を試みるが、リュティス騒乱の中で消息不明となったらしい。

 

 

アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン騎士爵:

 トリステイン暫定女王マリアンヌ直属の近衛銃士隊隊長を務める平民の女性、二十三歳。整った容貌と凛々しい佇まいから、男装の麗人として宮中の女性陣からは、圧倒的な人気を誇る。銃と剣を巧みに操ることで、平民でありながら高位メイジをも討ち果たすほどの戦闘力を持つ「シュヴァリエ」。

 武力のみならず胆力も常人を遥かに越えており、戯れとはいえセルの威圧すら跳ね除けるほど。

 宮廷行事を通じ、ルイズとも親交がある。セルが、自動拳銃に変貌させてしまった「アニエス・スペシャル・カスタム・ゴールデン・エディション・Ver8」という愛銃を肌身離さず持ち歩いている。

 「王権守護戦争」後、王都からの逃亡を図った売国奴、リッシュモンを射殺した。

[所属・官職]トリステイン王国近衛銃士隊隊長

 

[第五章開始時点]セルから渡された自動拳銃の解析を行うかどうか苦悩している。その際の物憂げな表情が、宮廷女官三ダースを失神に追い込んだらしい。

 

 

アールテュル・ド・リッシュモン侯爵:

 トリステイン王国の司法を三十年に渡って司ってきた高等法院の長。その実体は、金のみに関心を抱き、長年の職権濫用によって私腹を肥やしてきた典型的な悪徳貴族である。

 さらには、叛徒勢力「レコン・キスタ」と通じ、故国を陥れようとしたが、余りにも早い「レコン・キスタ」崩壊によって、逆に自身が窮地に陥ることになる。その後、配下とともに王都から逃亡を図るも、自動拳銃を携えたアニエスの手で射殺される。

[所属・官職]元トリステイン王国高等法院司法卿

[系統]火

[ランク]ライン

[二つ名]「射火」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]故人。嫡子もいなかったため、侯爵家は取り潰しとなった。

 

 

ヴィットーリオ・セレヴァレ:

 大陸を席巻する巨大宗教ブリミル教の第四百五代教皇の地位に就く美貌の青年、二十四歳。ハルケギニアの慣例として教皇は、他の王族よりも上位の存在であるとされ、政治的にも大きな影響力を持つ。

 清貧を旨とする高潔な聖職者であり、教義の理想から大きく逸脱してしまった宗教庁の改革に取り組んでいる。それ以外にも独自の目的の為、各国宮廷に子飼いの高位聖職者を推挙したり、選りすぐりの密偵団を各地に送り込むなどしている。

[所属・官職]ブリミル教第四百五代教皇・ロマリア連合皇国分王家セレヴァレ公爵家廃嫡子

[系統]?

[ランク]?

[二つ名]「聖貧」

[使い魔]?

 

[第五章開始時点]「王権守護戦争」の戦禍によって、荒廃した人々の心を慰撫する為、と称してアルビオン行幸を発表した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※番外

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平賀才人:

 原作「ゼロの使い魔」冒頭で、ルイズの「サモン・サーヴァント」の魔法によって、異世界ハルケギニアに召喚されてしまった地球人の少年、十七歳。

 日本人として平均的な黒髪黒瞳、中肉中背、平々凡々な容姿を備える高校二年生である。

[能力]現代日本的な思考形態

 

[第五章開始時点]本作では、ルイズに召喚されることもなく、太陽系第三惑星地球極東地方日本国東京都において平和な高校生活を謳歌している……はずである。

 

 




登場人物紹介その二をお送りしました。

……Wikiを更新している人たちはエライです、マジで。

次話こそ、本編です!



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 第四十七話

大変お待たせしました。本編第四十七話をお送りします。


 

 

 「久しぶりだな、ミス・エレオノール。息災のようでなによりだ」

 

 下の妹をお姫様だっこしたまま、ベッドの天蓋から降りた長身異形の亜人は、見た目からは想像できない良い声で、そうのたまった。

 

 「お、お、おまえ、い、一体どこから……」

 

 突然の闖入者たちに、目をパチクリさせながら問うエレオノール。ルイズをベッドの端に降ろしたセルが、エレオノールに向き合う。

 

 「我々は、ガリア王国の東端、アーハンブラ城からやってきた。事前の通告なしで、突然の訪問となったことは、謝罪しよう」

 

 「が、ガリアの東端って、ここから何リーグ離れていると思っているの? そもそも、なんでルイズとおまえがガリアに……い、いや、それ以前に、どうやって私の部屋に……」

 

 いつもと何ら変わらない様子のセルと目の前の事象に混乱気味のエレオノール。キュルケたちは、そんな一体と一人を遠巻きにしながら囁きあっていた。

 

 「うーん、あの女性、どこかルイズに似ているような気がするんだけど……」

 

 「確かにそうね。気が強そうなところとか、似ているかもね」

 

 「じ、じゃあ、もしかしてあの人は、ルイズの……」

 

 ギーシュが言い終える前に、コルベールが声をあげた。

 

 「エレオノール……まさか、王立魔法アカデミー土部門主席研究員のエレオノール・ヴァリエール嬢なのか!」

 

 「知っているの、ジャン?」

 

 「ああ、土部門で、「二十年に一人の逸材」と謳われ、「鉱貴」の二つ名で呼ばれる才媛だよ。魔法石の採掘技術を十年は進めたといわれている」

 

 「ヴァリエールということは、やっぱり?」

 

 「ああ、公爵家の第一子だそうだから、ミス・ヴァリエールの姉君ということになるな」

 

 キュルケが、改めてエレオノールの容姿を確認する。特に首から下の部分を重点的に。

 

 「確かに身体的にも、ルイズに似ているわね」

 

 「ち、ちょっと、キュルケ!」

 

 思わずキュルケをたしなめるモンモランシー。コルベールは、セルたちの会話に耳を傾けながら、思案していた。

 

 「しかし、なぜセルくんは、学院ではなく、ヴァリエール城に移動したのだろうか……」

 

 自分達は、独断でガリア王国に侵入し、廃城同然とはいえ城一つを消し去り、さらに廃されたはずのガリア王族を拉致してきたのである。いかに原因が、ガリア側の襲撃にあるとは言っても、トリステインの中枢に近いヴァリエール家に詳細を知られるのは、得策とは思えない。

 実際、セルから詳細を聞くに従って、エレオノールの柳眉が逆立っていくのが判る。

 

 

 

 「つ、つまり、おまえは主であるルイズを誑かして、ガリア王家の問題に首を突っ込んだあげく、辺境の城砦を吹き飛ばして、処刑されそうになっていた王族を拉致して、どうやったかはよく解らないけど、我がヴァリエール本城の、よりによって私の部屋に逃げ込んできた、と。そう、ほざくわけね……」

 

 「おおむね、その通りだ。さすがはルイズの長姉。状況把握に長けているな」

 

 いけしゃあしゃあと言葉を並べるセルに、元々、頑丈ではないエレオノールの堪忍袋の尾は、あっさりと破断限界を超えようとしていた。その時、部屋の中央に鎮座していたベッドの端でモゾモゾと動くものがあった。

 

 「う~ん、せ、セル……」

 

 「あ! ルイズが気がついたわ!」

 

 身体を起こしたルイズにキュルケたちが駆け寄るが、完全には覚醒しきっていなかったルイズは、自分のぼんやりとした視線の先に、致命傷を負っていたはずの自身の使い魔の姿を認めると、目を見開いて叫んだ。

 

 「セルっ!!」

 

 「桃色髪、大丈夫なのね? きゃん!」

 

 自身を覗き込んできたイルククゥを振り払うようにベッドを下りたルイズは、両目から涙を流しながら、長身異形の使い魔の元に突進した。

 

 「ちょっと、おちび! あなたにも!」

 

 「邪魔っ!!」

 

 

 ドガン!

 

 

 「おぶっ!?」

 

 妹の前に立ちふさがろうとしたエレオノールは、もはやセル以外の一切を視界から排除したルイズによって弾き飛ばされ、無様に床に倒れこんだ。

 

 「ルイズ」

 

 一方のセルは、自ら片膝をつき、自分に突進してくる泣きじゃくりのご主人さまを優しく受け止めた。

 

 「セル、セル! 無事だったの!? あ、あんたに何かあったら、わ、わたし!!」

 

 「心配をかけてしまったようだな、ルイズ。わたしは無事だ。わたしの肉体は、きみたちのそれとは違い、強力な再生力を備えているのだ。その事をきみに、事前に教えていなかったのは、わたしの過失だな、すまなかった」

 

 「す、すまないだなんて! セルさえ無事ならわたしは……」

 

 二メイルを超える長身異形の亜人と涙に濡れた美少女の抱擁。すでに彼らの容姿の違和感に慣れたはずのキュルケたちも、その神話的な光景に思わず目を奪われる。

 

 セルが、このような対応を見せたのは、ほんの数十分前、アーハンブラ城跡地で、イザベラ・セルが自身の主であるイザベラにそっけない態度をとって、鉄拳制裁を受けてしまった経験をフィードバックした結果であった。

 

 「わたしは、何の問題もない……だが、ルイズ。きみの現状は、いささか危険かもしれない」

 

 「き、危険って何のことよ? ていうか、ここどこ? 荒野にいたはずなのに気付いたら、こんな部屋に。あれ? この部屋って……」

 

 ようやく落ち着いて周辺を確認したルイズは、涙を拭いながら首を傾げた。主の疑問にセルが、簡潔に答える。

 

 「ヴァリエール本城のミス・エレオノールの私室だ」

 

 「そうだわ! エレオノール姉さまのお部屋だわ!」

 

 一つの疑問が解消したルイズは、さらなる疑問にとらわれた。

 

 (え、なんで、姉さまの部屋に? 学院じゃなくて? それに姉さまはどこに……)

 

 そこで、ルイズは気付いてしまう。さっき、セルに抱き着く時、何かを弾き飛ばしていたことを。

 

 (そ、そういえば、き、金髪のナニカを弾き飛ばしちゃったような……)

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ

 

 

 ルイズの視界の端に、金髪のナニカが映る。それは、形容しがたい迫力を発しながら、立ち上がろうとしていた。長く美しい金髪に隠れて、表情は見えない。しかし、地の底から響くような声が、髪の隙間から聞こえてきた。

 

 「……ルぅぅぅぅぅぅイぃぃぃぃぃぃズぅぅぅ!」

 

 (あ、なんか、既視感……)

 

 またしても、気が遠くなりそうになるルイズだが、その時。

 

 

 ドンドンドンドン!

 

 

 エレオノールの部屋の扉が、激しくノックされた。続いて、切迫したメイドとおぼしき女性の声が響いた。

 

 「え、エレオノールお嬢様! 失礼いたします! カトレアお嬢様のご容態が! エリック卿がすぐにおいでいただきたいと……」

 

 「! か、カトレアが、まさか!」

 

 「え、ち、ちいねえさまがどうしたの? エレオノール姉さま!」

 

 メイドの言葉に、冷静さを取り戻したエレオノールは、わずかに逡巡すると、ルイズに向き直り、真剣な声色で言った。

 

 「もしかしたら、その時が来てしまったのかもしれない……ルイズ、あなたも来なさい」

 

 「え、姉さま……」

 

 エレオノールは、ルイズの返事を聞く前にセルたちに向かって命じた。

 

 「私が戻るまで、あなたたちは、この部屋から一歩たりとも出ること、まかりなりません。ヴァリエール家当主代行としての命令です」

 

 「承知した」

 

 呆気にとられているキュルケたちに代わり、セルが応じた。それを確認すると、エレオノールはルイズと連れ立って部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 「一体、何がどうなっているんだい?」

 

 部屋に残された一行の内、ギーシュが呆然としながら呟く。その言葉に自信なさげにモンモランシーが応える。

 

 「ヴァリエール家には、たしか三姉妹がいたはずだから、カトレアってのは、多分ルイズの下のお姉さんだと思うけど……」

 

 「でも、ただ事じゃなかったわね、あの雰囲気は。」

 

 「きゅいきゅい! お姉さまのお母様は大丈夫なのね?」

 

 「……眠っているから」

 

 思案顔のキュルケのそばで、イルククゥが、母親に寄り添うタバサに問いかける。母の手を握りながら、タバサは静かに言った。そんな生徒達を見守っていたコルベールは、さきほどからの疑問を解消するため、セルに質問しようと振り返った。

 

 「ところで、セルくん。どうして、ヴァリエール城に……おや?」

 

 大貴族令嬢の豪奢な私室の中に、長身異形の亜人の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まあ、ルイズ……また、あなたに逢えるなんて……」

 

 「……」

 

 大好きな「ちいねえさま」が、目の前で伏せっているのに、ルイズは、すぐにカトレアのそばに寄り添うことが出来なかった。

 カトレアの私室内には、彼女に懐いている多くの動物や幻獣たちが居るのが常だったが、今、彼女の部屋には、複数の水メイジたちが治療のために詰めていた。そのメイジたちや手伝いのメイドたちは、一様に沈痛な面持ちで、部屋の隅に控えていた。

 

 「か、カトレア姉さま……」

 

 ルイズの記憶の中のカトレアは、いつも優しい笑みを浮かべ、ルイズにとって理想的ともいうべき、豊かなスタイルを持ち、だれよりも彼女の味方であり続けてくれた大好きな姉であった。だが、今ベッドに埋もれるように横たわるカトレアは、全身から生気が失われたかのように痩せ衰え、顔色はすでに土気色を示しており、ルイズ自身の自慢でもあった、母と妹と同じ桃色の髪さえも、くすんでみえるほどだった。

 

 「ごめんなさいね……せっかく……凱旋したあなたを抱きしめて……あげられなくて……」

 

 「ちいねえさま!」

 

 言葉を発するのさえ苦しいそうなカトレアを見たルイズは、弾かれたようにカトレアのベッドに寄り添った。姉の手を握ろうとするが、思わず手を引っ込めてしまう。ルイズの小さな手で握ってすら、壊してしまいそうなほど、カトレアの手は痩せ細っていたのだ。

 

 

 

 

 部屋の入口で、その様子を見守るエレオノールは、隣に立つ初老の貴族に声をかけた。

 

 「ダーシー先生、妹は、カトレアの容態は……」

 

 ダーシー・ド・エリック卿は、二代に渡ってヴァリエール公爵家の典医をつとめる国内屈指の水メイジである。ヴァリエール家三姉妹を生まれたときから知るダーシー卿は、悲痛な表情のまま、公爵家長女の問いに答えた。

 

 「カトレアお嬢様の病巣は、すでに全身に転移しております。これまで病状の進行を抑えていた秘薬も水魔法も効果がありません……」

 

 そこで、一度言葉を切ったダーシー医師は、自身の無力さに憤るかのように両拳を握り締めながら、搾り出すように言った。

 

 「もう、手の施しようがございません……おそらく、今夜が」

 

 「!!」

 

 エレオノールの身体が震える。その場でへたり込みそうになるのをかろうじて堪えると、ダーシーに命じた。

 

 「わ、わかり……ました。王都のお母様と……お父様にお、お知らせしなければ……お願いします、先生」

 

 「……かしこまりました」

 

 その後、ダーシーは配下のメイジやメイドたちを引き連れてカトレアの部屋を辞した。今、部屋内に残っているのは、カトレアとルイズだけだった。

 

 せめて、最期の時は、家族だけで。

 

 エレオノールは、ダーシーの心遣いに感謝しつつ、逃れようのない現実を突きつけられたようにも感じていた。部屋内に戻ることが出来ず、扉の前にうずくまってしまう。

 

 「……こ、こんなことって……あの子が一体何をしたというの? あの子は、一度だって自分の境遇を嘆いたこともないのに……どうして、あの子が」

 

 エレオノールの両目からは、涙が溢れていた。姉として、カトレアを助けてやれない無念さと、妹の運命に対する憤りが、エレオノールの胸中を満たしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その様子を少し離れた廊下から、気配を消した状態で、観察する存在がいた。

 

 ルイズの使い魔、長身異形の亜人セルである。

 

 (今、ルイズの精神が不安定になるのは、避けるべきだな。それにヴァリエール家の血統には、「予備」としての価値もある)

 

 セルが、アーハンブラ城からヴァリエール領に瞬間移動したのには、二つの理由があった。一つは、魔法学院に滞在しているロマリア連合皇国の公使にして、虚無の使い魔「神の右手ヴィンダールヴ」たるジュリオ・チェザーレの存在である。彼の背後にいるロマリアに、現時点において、ガリアへの干渉、オルレアン家の保護、セル自身の能力の詳細を知られるわけにはいかなかったのである。

 そして、もう一つの理由が、ヴァリエール公爵家における自身の影響力の強化であった。

 

 (さらなるルイズの信頼と、二つの「予備」を確保する。ふむ、ここまで都合よく事が運ぶとはな。ふふふ、あるいはこれこそが、「始祖」とやらの加護か……)

 

 

 ほくそ笑む長身異形の亜人は、悲嘆に暮れる公爵家の令嬢にゆっくりと近付くのだった。

 

 

 

 

 




第四十七話をお送りしました。

今後は、二週間に一話の投稿を目標に努力いたします。



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 第四十八話

大変、お待たせいたしました。

第四十八話をお送りいたします。


 

 

 (いつまでも、こんな所にへたり込んでる場合じゃない。わかってる、そんなことはわかってる。あの子の、カトレアのそばに居てあげないといけないのに……)

 

 エレオノールは、カトレアの部屋の前に座り込みながら、自身の気概の無さに押し潰されていた。広大なヴァリエール本城の中でも、公爵家の人々の私的空間には、多くの敷地が割かれている。今、その周囲からは、家人以外は遠ざけられており、人の気配はない。

 

 (……怖い)

 

 ヴァリエール公爵家の第一子として、魔法アカデミーの主席研究員として、誇り高く理知的な性格だと周囲に思われているエレオノールだが、その実、ひどく臆病な面を隠し持っていたのだった。

 

 (わ、わたしは、ヴァリエール家の長姉として、当主代行として、あの子にどんな顔をして、なんて声をかければいいの?)

 

 エレオノールは、激しく首を左右に振った。涙とともに美しいブロンドの長髪が、振り乱される。

 

 (ちがう! そんなことはどうでもいいの! 姉なのよ、家族なのよ! わたしがカトレアを見守ってあげなきゃいけないのに。なんで!? ルイズにはできるのに……わたしには……わたし、最低だわ)

 

 両腕で頭を抱え込み、小刻みに震えながら、エレオノールは、存在しない何かに救いを求めた。

 

 (だれか、たすけて……)

 

 エレオノールの救済の願いに応える「神」あるいは「始祖」が、現れることはなかった。しかし、誰もいないはずのヴァリエール本城中枢廊下の暗がりから長身異形の存在が、ゆっくりとその姿を現した。悲嘆に暮れるエレオノールの目前に立った亜人セルは、しばらくの間、公爵家の長女を見下ろすと、いつも通りの声色で声をかけた。

 

 「ミス・エレオノール」

 

 「え……だれ?」

 

 声をかけられ、身体を震わせたエレオノールが、ぼんやりと視線をあげ、ずれた眼鏡を直すと、その視界に長身異形の存在が映った。

 次の瞬間。

 

 

 バッ

 

 

 「お、お、お、おまえ! な、な、なんでここに!? へ、部屋で待つように言いつけたのを聞かなかったの!?」

 

 羞恥に顔を染めたエレオノールは、その場で立ち上がり、セルを詰問したが、ハッと気付いて眼鏡を外し、涙をドレスの袖で乱暴に拭った。そして改めて仁王立ちになり、必死に公爵家長女としての体裁を保とうとするが、肝心のセルはそのような事柄には、一切頓着せず、言った。

 

 「時間がないので、単刀直入に言う。わたしが、ミス・カトレアの疾患を根治させる。その見返りとして、今回のルイズたちの行動の容認と、タバサの母親である旧オルレアン公夫人の保護をヴァリエール公爵家に頼みたい。無論、内密にだ」

 

 「……は?」

 

 セルの言葉に、一瞬呆けた表情を見せるエレオノール。良い声だが、平坦な調子で発せられた内容を吟味するに従って、彼女の心に怒りの念が湧き上がってきた。

 

 「おまえは、わたしが、わたしたち家族が、カトレアの病を癒す為に何もしてこなかったとでも言うの!?」

 

 ヴァリエール公爵家の次女カトレアは、生来の奇病に侵されていた。元より、子煩悩で知られるヴァリエール公爵は、愛する娘を救うため、あらゆる手を尽くしてきたのだった。トリステイン屈指の名門であるヴァリエール家の財力と人脈を惜しみなくつぎ込み、大陸全土から水魔法の使い手や城一つ買えるほどの秘薬などを掻き集めたが、そのすべてが徒労に終わっていた。エレオノール自身も、大貴族の令嬢でありながら魔法アカデミーに入局したのは、カトレアの治療について、わずかでも助けになれれば、との一念からであった。にもかかわらず、目の前の醜い亜人は、実にあっさりとカトレアの病を治してみせると言い出したのだ。

 

 「わたしたちとあの子が、カトレアが、これまでどんなに……」

 

 だが、セルは、そのようなことを斟酌しない。

 

 「結果が出なければ、その過程は無意味だ」

 

 「こ、この……」

 

 怒りの余り、言葉が出ないエレオノールを尻目にセルは、一度視線をカトレアの部屋の扉に向ける。そして、セルは突然エレオノールの前で、自身の右腕を左手の手刀で断ち落とした。

 

 

 ザンッ!  ドサッ 

 

 

 「きゃあ! な、何をしているの!?」

 

 亜人の突然の奇行に驚愕するエレオノール。さらにセルは、自身の尾の先端を、落とした右腕に突き刺す。

 

 

 ズンッ  ズギュン!ズギュン!

 

 

 何かを吸い取るような音が響くと、切断された右腕はその全てが、セル自身の尾に吸収された。

 

 「! う、うそ……」

 

 すると、根元から切断されたはずのセルの右腕が、見る間に再生し、元の状態へと戻った。さきほどまでの怒りも忘れ、驚きに目を丸くするエレオノール。

 

 「わたしは、この尾を使って生体エキスと呼ばれる、命そのものの力を吸収あるいは注入することができる。それによって瀕死の人間を助けたことも一度ならず、ある。この力を用いて、ミス・カトレアを救って見せよう。無論、あなたの不安や疑念も理解できる、だが……」

 

 セルは、王に仕える騎士の如く、エレオノールの前に跪き、言った。

 

 「わたしの目的はただ一つ、わが主たるルイズの心の安寧を護ること。それだけは、わが左手に刻まれたルーンに懸けて誓おう。ミス・エレオノール。わたしを信用しろ、とは言わない。だが、わたしを召喚したあなたの妹ルイズを、どうか、信じて欲しい」

 

 そう言って、長身異形の亜人は、エレオノールに向かい、頭を垂れた。

 

 「お、おまえの力は……で、でも、あの子の病には……け、検証している時間はないけど……どうすれば……」

 

 末妹が召喚した亜人の未知の能力を目の前にしたエレオノールは、混乱していた。

 

 

 

 もしかしたら、カトレアを救うことができるかもしれない。

 

 でも、これまでも何度もそう思っては裏切られてきた。

 

 しかし、今はもう時間も手段もない。

 

 カトレアとルイズの姉である自分が決断しなければ。

 

 でも。

 

 

 逡巡するエレオノールの耳に、部屋内のルイズの切迫した声が聞こえてきた。

 

 「ねえさま! ちいねえさま!! いやっ! お願いっ! いかないで!! だれか、ねえさまを助けて!!」

 

 「カトレア、ルイズ……」

 

 末妹の叫びを聞いたエレオノールは、決断した。自分の前に跪く亜人に向かって、かろうじて公爵家長女として威厳を保ちながら、言った。

 

 「わ、わかりました。おまえの言葉を全面的に信用したわけではありませんが、わ、わたしたちには時間がないことも事実です。おまえが、カトレアに治療を施すことを特別に許可します。でも、もし、カトレアを助けられなかったときは……」

 

 「アカデミーの実験動物にでも、してもらってかまわん」

 

 さらりと言ってのけたセルは、ノックもなしにカトレアの部屋に立ち入った。慌ててエレオノールも後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしにもやりたいことはあった。

 

 なりたいものもあった。

 でも、それが無理なことは、誰よりもわたし自身がわかっていた。

 

 誰のせいでもない。たまたまわたしがそういう星の下に生まれただけ。

 

 恨んだこと、呪ったことはない……訳ではないけど、わたしには、素晴らしい家族がいた。

 

 お父様、お母様、お姉様、小さなルイズ、トゥルーカスやたくさんのお友達たち、ダーシー先生やお城のみんな。

 

 わたしは、幸せ者だと思う。

 

 今もわたしの大好きな可愛い小さなルイズが、わたしの手を握ってくれている。

 

 ありがとう、ルイズ。そして、ごめんなさい。あなたが立派な貴婦人になるまでは、一緒にいたかったわ。

 

 エレオノール姉様にも、ふふ、姉様の花嫁姿が見たかったって……でも……もう……お別れなの。

 

 

 

 ……もっと……いきた……かった……な……

 

 

 

 ヴァリエール公爵家次女カトレアは、静かに臨終の時を迎えようとしていた。

 

 先ほどまでは、限りなく弱々しかったが、確かに自分の手を握り返してくれていた次姉の身体から、力が失われ、目蓋もゆっくりと閉じていく。その意味を悟ったルイズが叫ぶ。

 

 「ねえさま! ちいねえさま!! いやっ! お願いっ! いかないで!! だれか、ねえさまを助けて!!」

 

 ルイズが、カトレアの身体を強く揺するが、反応はなかった。助けを求めるために振り返ったルイズの視界に長身異形の亜人の姿が映る。

 

 「セル!!ねえさまが!ちいねえさまが死んじゃう!!」

 

 主の悲痛の叫びを受けた使い魔は、ベッド脇に高速移動すると、すぐさまカトレアの診察に入った。

 

 (ふむ、細胞由来の先天性疾患か。ステージは、すでに4に達しているな。中世レベルの医療技術で、よくもこの年齢まで保たせたものだ)

 

 セルに与えられた知識には、医療に関するものも含まれていた。しかし、元来兵器として生み出された究極の人造人間には、脆弱な人類が罹患する疾病の治療法など無用と判断され、表層的な知識だけに限られていた。 

 

 「……セル? ねえさまは、助かるの?」

 

 自身の使い魔の腕にすがりつこうとするルイズを、背後からエレオノールが押さえた。

 

 「ルイズ、邪魔をしてはダメよ」

 

 「エレオノール姉様……」

 

 自分の肩を押さえる長姉の手が、震えていることに気付いたルイズは、言葉を呑み込んだ。セルの診察は続く。

 (わたしの生体エキスは、生命体の肉体を元の状態、つまり限りなく誕生時の無垢な状態に回帰させる。カトレアの疾患が先天性である以上、単純なエキス注入では、症状を改善し、延命させることは出来ても、根治は不可能……だが)

 

 セルの右手から、光が発せられる。背後で見守るエレオノールには、その光は一瞬馴染み深いものに感じられた。同じく、ルイズにも。

 

 (まさか、水魔法?いえ、ダーシー先生とかが使う水系統の魔法よりも、もっと純粋な……)

 

 (あの光、確か二ューカッスル城の時に……)

 

 それは、かつて反王権貴族連盟「レコン・キスタ」首魁オリヴァー・クロムウェルが、自らを「虚無の担い手」と僭称する根拠となった秘宝、「アンドヴァリの指輪」の輝きであった。

 

 

 ズンッ

 

 

 右手を輝かせると同時に、セルは自らの尾の先端をカトレアの胸の中心に突き刺した。

 

 「な!? おまえ、なにを!?」

 

 「姉様! セルを信じて!!」

 

 つい先ほど、尾を使ってエキスを注入すると聞いていたはずのエレオノールだったが、実際に長身異形の亜人の一部が、妹の身体に突き刺さる場面を目の当たりにしては平静を保てない。今度は、ルイズがエレオノールを押し留める。

 

 

 ズギュン!ズギュン!ズギュン!

 

 

 生体エキスが、カトレアの肉体に注入されていく。それに呼応するかのようにセルの右手の光も輝きが増す。

 

 (「アンドヴァリの指輪」を解析して得た水系統の力を応用し、カトレアの細胞そのものを変換する。わたしの能力を以てすれば、この程度は造作もない。だが……)

 

 

 ズギュン!ズギュン!ズギュン!

 

 

 生体エキスの注入と「アンドヴァリの指輪」の魔力を応用した細胞変換。その効果は、劇的であった。

 

 「ん……はぁ……んふっ」

 

 哀しいまでに痩せ衰えていたカトレアの肉体は、瞬きする間にかつての美しさとふくよかさを取り戻し、乾きひび割れた唇は、紅をひいたかのような艶いろを発し、まるで老婆のようだった肌とくすんだ髪は、赤ん坊の張りと艶かしいほどの艶やかさを示した。

 

 「はぁ、んんん、ふぁ」

 

 さらには、その頬は紅潮し、なにやら誤解してしまいそうな吐息まで漏らし始めていた。

 

 (細胞置換率80.5パーセント……ふむ、よかろう)

 

 

 ズッ!

 

 

 「んはぁ!」

 

 セルが尾を引き抜くと、カトレアが一際大きな声をあげた。それを冷静極まりない目で観察した長身異形の亜人は、ベッド脇から遠ざかった。

 

 「あ、あの、セル? ちいねえさまは………」

 

 恐る恐る自身の使い魔に問いかけるルイズ。セルは、静かに、だが確かな動作で頷く。それを見たヴァリエール家の長女と三女は、すぐさま次女の枕元ににじり寄った。

 

 「カ、カトレアねえさま?」

 

 「カトレア?」

 

 姉妹同時の呼び掛けを受けたカトレアは、静かに目蓋を開くと、最愛の姉と妹にいつもの調子で話しかけ始めた。

 

 「あらあら、ルイズ? どうしたの? そんなに目を真っ赤にしてしまって、まあまあ、エレオノール姉様まで、どうなさったの?」

 

 「ち、ちいねえさまぁ!!」

 

 「カトレア!!」

 

 感極まったルイズとエレオノールが、さらに滂沱の涙を流しながら、カトレアに抱きつき、喜びと感動の声を挙げ続けた。それを受けてようやくカトレアも自身の身体に起こった劇的な変化に気付いた。

 

 「あらあら、まあまあ、二人ともどうしたの? わたしはここにいるわよ……あら? え、うそ? わたし……どうして? こんなに、こ、こんなに身体が軽いなんて、今までなかったのに……」

 

 「セルよ! セルがちいねえさまの病気を直しちゃったの!!」

 

 「カトレア! あなたはやっと、やっと解放されたのよ!! 良かった、本当に、よかった……」

 

 姉妹の言葉にかろうじて事態を把握したカトレアも、徐々に涙ぐみはじめた。それから、しばらくの間ヴァリエール家の三姉妹は、歓喜の涙と抱擁を続けた。

 

 その立役者である長身異形の亜人は、カトレアの意識が戻るのを確認すると、目視不可能な速度で、部屋を辞した。無論、気を利かせたわけではなかった。

 

 (「アンドヴァリの指輪」。ルイズの話では、景勝地ラグドリアン湖に住まう水の精霊が守っていたという。本来であれば、およそわたしには無用の力だが、いざ使ってみると、なかなかに興味深いな……)

 

 カトレアの部屋を後にしたセルは、ヴァリエール本城中枢廊下のバルコニーから上空に飛び上がると、百リーグ以上離れたラグドリアン湖に視線を飛ばし、その異形の口を笑みの形に歪ませるのだった。

 

 

 

 

 

 ――今より、百年後に出版されるマデライン総合書房刊ダンブリメ・マデライン著『厳選!ハルケギニア大陸観光名所百景』にトリステインが誇る名勝ラグドリアン湖の記述は、存在しない。

 

 

 




第四十八話をお送りしました。

なんとか今月中にもう一話……

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。


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 第四十九話

お久しぶりです。第四十九話をお送りします。


 

 

 「やれやれ、いくら久しぶりだからって、ちょいと買い込みすぎたかねぇ」

 

 浮遊大陸アルビオンの要衝シティオブサウスゴータと南部の軍港ロサイスを結ぶ大街道から、わずかに外れた森の手前で、一人の旅人が、馬上でそう一人ごちた。造りのしっかりした旅装を纏っており、馬の鞍には限界まで荷物を積んでいる。その重さが堪えたのか、馬の息はやや上がっていた。

 

 「まあ、村までは、あと少しだし、ちょっと休憩していくかい?」

 

 旅人は、鬣を撫でながら、馬に声をかけた。ご主人の言葉に、馬はうれしそうにいなないた。

 

 

 ドサッ

 

 

 「ふう……」

 

 鞍から荷物を下ろした旅人は、近くの木の根元に腰を落ち着けた。馬は直ぐ近くで、草を食んでいる。旅装のフードをはずすと、美しい緑色の髪が現れた。わずかにずれた眼鏡を直す仕草も様になっている、年齢は二十前後の美女。

 

 旅人は、「土くれ」のフーケことマチルダ・オブ・サウスゴータであった。

 

 トリステイン魔法学院の一件から、数ヶ月。学院から派遣されたフーケ探索隊に、物の見事に捕らえられたフーケは、本来であれば、多数の貴族から財宝を盗み出した罪科によって処刑台の露となるはずだった。だが、フーケの命運は尽きなかった。

 

 ―-長身異形の亜人、セル。

 

 ヴァリエール公爵家の三女であるルイズの使い魔たる亜人は、こともあろうに脱獄不可能と悪名も高いチェルノボーグ監獄に忍び込み、フーケを脱獄させるために監獄に火さえ放ったのだ。その目的は、なんと盗賊「土くれ」の雇用。魔法学院の秘宝「破壊の篭手」のような「場違いな工芸品」を手に入れろという。セルの強大な力と多額の報酬という鞭と飴を示されたフーケに否応はなかった。

 

 「ロマリアくんだりまで行って、成果が「十字架の出来損ない」と「見たことない金属の棒きれ」だけとはね……我ながら「土くれ」の名が泣くよ」

 

 セルの指示を受けて、フーケはハルケギニア南方の宗教国家ロマリア連合皇国に潜入した。「始祖」の御名において、長年様々な歴史的遺物や書物、さらには「場違いな工芸品」を収集してきた皇国の首都ロマリアだったが、フーケの鑑定眼をもってしても、セルが望むような「工芸品」はごくわずかであった。セルからの指示には、潜入の期限も記されており、今から一週間後にアルビオン大陸最大の港町ロサイスで落ち合う手はずになっていた。

 

 「それにしても、あの亜人、なんでトリステインじゃなくて、アルビオンで待ち合わせだなんて……まあ、そのおかげであの子達にも会えるんだけどね」

 

 フーケが予定よりも、かなり早くアルビオン大陸に上陸したのには、理由があった。旧サウスゴータ領と港町ロサイスの中間に位置する街道から外れた森の中に小さな村があった。いや、村とさえ呼べないかもしれない。わずかに十軒ほどの家が寄り添うように建つ集落。そこに住まうのは、フーケの生きる意味そのものともいうべき「子供達」である。

 

 「ティムとホビーには、帽子と木剣を買ったし、アリサとシェリーには、髪留め。それとテファには、新しいハープを……」

 

 荷物の中にある「子供達」への土産を指折り数えるフーケ。その穏やかな顔には、確かな母性が感じられた。

 

 「さてっと! そろそろ……」

 

 勢いをつけて立ち上がったフーケは、自分の馬を呼び寄せるために指笛を吹こうとして、怪訝な表情を見せた。ほんの十数メイル先にいる馬の様子がおかしい。自分の方を見て、酷く怯えているのだ。馬体が震えているのが、遠目でも判る。

 よく見ると、馬の視線は、フーケの背後に注がれていた。

 

 フーケが振り返る前に、とても良い声が響いた。

 

 「久しぶりだな、「土くれ」のフーケ」

 

 「!!」

 

 その声を聞いたフーケの身体もまた、震え出した。トライアングルメイジでありながら、体術にも相応の覚えがあるフーケに、全く気取られる事無く、その背後を取った存在。彼女の盗みを阻止し、彼女の命を救い、彼女を雇い、新たな仕事を与えた存在。

 

 二メイルを超える長身異形の亜人、セルがフーケの背後に佇んでいた。

 

 

 

 

 

 「な、なんで、あんたがこんなところに……」

 

 フーケの質問にすぐには答えず、セルはフーケの馬とそばにあった荷物、そして森に視線を飛ばしてから、言った。

 

 「一度、「気」を捉えた相手は例え、一万リーグ離れようとわたしから逃れることは出来ん」

 

 「ちっ、化け物め。それで? 一体何の用だい? 約束じゃあ、落ち合う期限はまだ先だし、場所もロサイスだとわたしは記憶してるんだけどね!」

 

 呑まれてたまるものか、とばかりに気を張って言い募るフーケ。全く動じることなく、セルは言い放った。

 

 「状況が変わったのでな。おまえが、予定より早くアルビオンに上陸していたのは、好都合だった」

 

 「どっかの貴族みたいなことを言いやがって……」

 

 顔を背けて、文句を言い始めたフーケには構わず、セルは再度視線を森へ移した。

 

 「フーケ、おまえはどこに向かっていた? ここは、アルビオンを貫く大街道から外れた森の際だ。宿があるような大きな集落は、近くにはないはずだ」

 

 

 ジトッ

 

 

 セルの質問を受けたフーケは、自身の手のひらに嫌な汗が滲むのを感じた。

 

 (こいつ……まさか、ウェストウッド村のことを? くそっ、こいつを「あの子達」に近づけるわけにはいかない)

 

 「はっ! お宝抱えての女の一人旅だからね! あえて街道はずれで野営もするさね! それとも、何かい? あんたは、わたしがお宝くすねてトンズラするとでも思ってんのかい! わたしは「土くれ」のフーケ! そこらのこそ泥と一緒にするんじゃないよ!!」

 

 フーケの精一杯の啖呵も、セルの鉄面皮を小揺るぎもさせはしなかった。

 

 「いいだろう。では、ロマリアでの成果を見せてもらおう」

 

 「……わかったよ。報酬の方もお忘れじゃあないだろうね!?」

 

 「無論だ」

 

 フーケは、近くの地面に置いていた袋から、二つの物を取り出し、セルに向かって差し出した。何も知らない者が見れば、それは「上部が欠けた十字架の出来損ない」と「複数個所を色分けされた鉄の棒」だった。

 

 「ロマリアでも指折りの歴史ある修道会から頂いてきたお宝だよ!……多分」

 

 歴史ある修道会というのは、間違いではなかった。「十字架」を所蔵していたカイドネス修道会と「鉄の棒」を所蔵していたミゼレー修道会は、共に創立から千三百年を数える宗教庁直轄の修道施設であった。だが、フーケがこの二つを選んだのは、偶然だった。侵入した宝物殿の一番奥に仕舞われていた物を失敬してきたのだ。

 

 「……」

 

 セルは無言のまま、二つの「工芸品」を手に取った。

 

 

 キィィィィン

 

 

 左手のルーンが光を放つ。それと同時にセルの脳裏に「工芸品」の正式名称と用途が浮かび上がる。

 

 (!……なるほど。だが、これも偶然だというのか?)

 

 自身の両手に納まっている「工芸品」に視線を落としたセルが思案する。

 

 (あの「ハープの音色」だけでも驚きだというのに、ロマリアには「タイムマシン」の脱落した部品が所蔵されていたとは、な)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――フーケとセルの邂逅の一時間前。

 

 長身異形の亜人セル、正確にはアルビオン大陸に派遣された分身体の内の一体であるセルは、アルビオン大陸のほぼ中央、シティオブサウスゴータとロサイスの中間点の上空千二百メイルに滞空していた。三時間ほど前までは、このアルビオン・セルはガリア王国の東端、アーハンブラ城にいた。本体であるルイズ・セルと分身体の一体、イザベラ・セルの「運動」を観察した後、消滅しつつあったアーハンブラ城から一人のメイジを確保した。

 

 その後、帰国したイザベラ・セルから伝達された情報によって、ガリア王ジョゼフ一世の暴走を知ったアルビオン・セルは、「段階」を引き上げるため、予定よりも早く、ロマリアに派遣したフーケからの報告を受けることにしたのだった。

 

 (ふむ、フーケの「気」はすでにロマリアにはない。アルビオンに渡っているようだが、ロサイスでもシティオブサウスゴータでもない、その中間を街道から外れて移動しているな)

 

 あえて、瞬間移動は使わず、フーケの「気」の位置の上空まで高速移動したセルは、フーケの移動経路を推測した。

 

 (街道から完全に外れ、近くの森を目指しているのか。旧サウスゴータ領の領域内ではあるが、地図上には主だった集落はない。あるいは独自の隠れ家を持っていたか……む?)

 

 フーケが目指す森の中にわずかな「気」を感じたセルは、探知能力の感度を上げる。ちょうど森の中央付近に十数人ほどの人間の存在をセルは感じ取ったのだった。そして、その村とも呼べない集落から、セルの超聴力にある旋律が届いた。

 

 (地図にも記されないごく小規模の集落か……これは、なんだ? ハープの音色か)

 

 

 

 『神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる』

 

 『神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶ地海空』

 

 『神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す』

 

 『そして最後にもう一人……記すことさえはばかれる……』

 

 『四人の僕を従えて、我はこの地にやってきた……』

 

 

 

 周囲に染み渡るかのような美しい旋律と透き通るような歌声。集落から伝わるハープの音色と何者かの歌声は、セルにごくわずかだが、警戒を呼び起こした。

 

 (この曲、わたしの意識に干渉しようとしているのか、小賢しい真似を……)

 

 セルは、自身の超視力によって、旋律と歌声の発生源を瞬く間に特定した。

 

 それは、一人の少女だった。年の頃は、本体やガリア分身体の主とそれほど違わないだろう。神々しさを放つ金髪と神の御業さえ信じさせるほどの美貌を持ち、しかしその装いは粗末な草色のワンピースを纏い、集落の中央に位置する切り株に腰掛け、ハープを奏でていた。

 

 そして、その金髪からは尖った耳が覗いていた。

 

 (エルフだと? だが、人間特有の「気」も混じっている。ふむ、混血か……)

 

 旧サウスゴータ領の外れに位置する地図にすら記されない集落に住まうハーフエルフ。その集落を目指す旧サウスゴータ太守の娘。かつて収集した機密情報にあった王弟モード大公の獄死とその顛末。ハーフエルフが奏でる「始祖」と「四の使い魔」を謳う曲。

 

 セルの頭脳は、四つの事実から、一つの結論を導き出した。その日、何度目になるか判らない笑みを亜人は浮かべた。

 

 「本命は、ウェールズと踏んでいたのだが、な。しかし、これで「四」の内、三つを把握したことになる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ガリア・トリステイン国境地帯、トリステイン王国マジノドレ国境砦。

 

 「……し、始祖よ、こ、これは現実なのですか?」

 

 マジノドレ国境砦を預かるアールデンヌ少将は、呆然としながら言った。彼の視線の先では、ガリア側の国境砦であるアルパイン城が、建設資材である石材の山に変わり果てようとしていた。

 

 

 ドガアァァァン!

 

 

 耳をつんざく様な轟音とともに、アルパイン城の主塔が、粉砕された。大きな、ひたすら大きな巨剣の一撃を受けて。

 

 つい数十分前まで、アルパイン城であった瓦礫の山に、巨大な存在が屹立していた。

 

 全高八十メイルに及ぶ巨体を鈍い光沢を放つ装甲で包み、長大な四本腕には、二振りの巨剣と二つの巨盾を備え、一本角の下で光る三眼が、アールデンヌらトリステイン軍の将校たちを睥睨していた。

 突如、ガリア領から出現した超巨大ゴーレムは、小一時間もかからず、ガリア国境の守りの要を打ち砕いてしまったのだ。

 

 あまりの事態に思考停止に陥ってしまったアールデンヌに、幕僚が声をかける。

 

 「か、閣下、い、いかがなさいますか? げ、迎撃準備を整えますか?」

 

 「そ、そうだな! 直ちに各部隊にしゅ、出撃準備を命じよ! べ、別命あるまで……」

 

 アールデンヌ少将は、最後まで命令を発することができなかった。

 

 

 キュウイィィィィン!

 

 バシュッ!!

 

 

 超巨大ゴーレム「フレスヴェルグ」から放たれた最強の戦略兵器「ダインスレイヴ」の紅い閃光にすべてが飲み込まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズゥン! ズゥン! ズゥン!

 

 

 「フレスヴェルグ」はその巨体にふさわしい重厚な動きで、ガリア・トリステイン国境を越えた。その巨体の背後を一隻のフネが追従していた。ガリア王ジョゼフ一世の座乗艦「アンリ・ファンドーム」号であった。

 

 「おそれながらジョゼフ様、「フレスヴェルグ」の運動性能をもってすれば、今の数倍の侵攻速度で、トリステインを蹂躙することもできますのに」

 

 額に特異なルーンを刻まれた美女、「神の頭脳ミョズニトニルン」ことシェフィールドが、唯一無二の主君と仰ぐガリア王に進言した。

 

 「ふふ、ミューズよ、そなたの言い分はいつも正しいな。だが、あまり駆け足過ぎると、せっかくの楽しみをすぐに失うことになる。「蒼光」とやらにも、それなりの準備時間というものを与えてやらねば」

 

 自らの王国を出奔したジョゼフ一世は、今や唯一人の配下となった自身の使い魔に鷹揚に笑いかけた。

 

 




第四十九話をお送りしました。

次回は流れをぶった切って、断章を投稿する予定です。

ご感想、ご批評をよろしくお願いします。


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 断章之拾 CELL THE TIME DIVER 前編

大変、お待たせしました。

断章之拾をお送りします。

今回の話はいろいろ問題があるかもしれません……

時間軸は、前話より近未来となります。


 

 

「やはり、どうにもお手上げか」

 

 トリステイン王国が誇る最高学府の一つであるトリステイン魔法学院において教鞭を執る「炎蛇」のコルベールは、鈍い光沢を放つ卵状の物体を見上げながら呟いた。場所は、彼にとっての安住の地、学院を構成する建築物の一つ、火の塔の横に建てられた彼の研究所の前である。

 

 「セルくんは、これを個人用の飛行機械だと言った。確かに透明なドームの中に座席のようなものがあるにはあるが、乗り込む方法がないとは……」

 

 コルベールは、セルやルイズたちとともにシエスタの故郷タルブ村を訪れた際に発見した「光の竜篭」ことタイムマシンの解析に執心していた。だが、数週間に及ぶ作業の結果は、芳しいものではなかった。

 

 

 コンコン

 

 

 タイムマシンの本体を拳で軽くノックするコルベール。

 

 「この機械は、今のハルケギニアでは精錬不可能な金属で出来ている。それは、間違いない。金属の加工技術も、我々の「錬金」とは比較にすらならない」

 

 研究者として、それなりの自負を持っていたコルベールだが、その彼をしても、「光の竜篭」はハルケギニアの常識からかけ離れたものだった。材質は金属ではあるが、詳細は不明。コルベール渾身のブレイドの魔法を受けても傷一つ付かないほどの耐久力を持っている。それでいて美しい流線型のデザイン。強固極まりない素材の加工方法については見当すらつかない。また、学院に収蔵されていた「破壊の篭手」と同じくディテクトマジックにも、一切反応しなかった。シエスタに許可を取った上で、一部を分解することも試したが、いかなる方法を用いても、装甲板一枚剥ぎ取ることも叶わなかった。

 

 「セルくんに聞けば、一発かもしれないが、わたしにもなけなしのプライドがある」

 

 独力によるタイムマシンの解析に全力を尽くすコルベールだったが、彼は知らなかった。タイムマシンには、長身異形の亜人の手によって、あらゆる外部干渉を遮断するバリヤーが展開されていたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その日の深夜。

 

 コルベール研究所の横に鎮座するタイムマシンの前に異形の影が立った。「蒼光」のルイズの使い魔たる長身異形の亜人、セルだった。この数週間、セルとその主であるルイズは、それまで以上の激動の日々を過ごしていた。

 

 

 ガリアに囚われたタバサ救出から始まり、もう一体のセルとの邂逅とアーハンブラ城消滅、ヴァリエール公爵家令嬢にして、ルイズの姉カトレアの治癒、ガリア王ジョゼフ一世の暴走とその顛末、浮遊大陸の「担い手」の発見と新生アルビオン王国における新王の即位宣言、ロマリア宗教庁による「始祖の大降誕祭」の開催告知。

 

 様々な事象を経て、そして新たな事象が起きつつある今、セルはタイムマシンの前に立った。その手には、「土くれ」のフーケが、ロマリアで盗み出した二つの「場違いな工芸品」が握られていた。一つは、十字架の上部が削ぎ落とされた棒状の物体、いまひとつは、細長い金属の棒に複数の色分け塗装を施した物体。

 

 それぞれの正式名称は、「メインスロットルレバー」と「ディメンション・コンデンサー」といった。

 

 「さて、何が起きる?」

 

 何が起きるかは、わからない。しかし、何かが起きるだろうことをセルは予感していた。それは、究極の人造人間としての推測と、「始祖の使い魔」としての本能から導き出されたものだった。

 

 「ぶるあぁ!」

 

 セルが気合を発すると、彼の左手に刻まれた「ガンダールヴ」のルーンが輝きを放つ。それは、二つの「場違いな工芸品」に伝播し、さらに輝きを増す。

 

 

 キュイイイィィィィン!!

 

 

 発光は留まる所を知らず、セルとともにタイムマシンをも飲み込んだ。重要部品を複数失い、稼動不可能な状態だったタイムマシンに変化が起こった。キャノピー内の液晶パネルが次々に点灯していく。

 

 (やはり、再起動したか。だが、この先は……)

 

 光に包まれたセルは、かつてトランクスから奪ったタイムマシンに搭乗した際の独特の浮遊感を感じ取っていた。それは、時間跳躍の前兆であった。

 

 

 ビシュン!!

 

 

 一際強烈な閃光の後、タイムマシンと長身異形の亜人は、トリステイン魔法学院から、いや。

 

 「現在のハルケギニア」から、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――???地方???の森。

 

 

 セルは、森の中にいた。さほど、樹木が密生しておらず、背の高い木も少ないため、降り注ぐ陽光を遮るものはない。麗らかな陽気だった。

 

 「……」

 

 無言のまま、自身の両手を確認するセル。確かに握っていたはずの二つの「場違いな工芸品」は空気に溶けたかのように消え去っていた。目の前にあったはずのタイムマシンも存在しない。続いてセルは、視線を上空へ向けた。究極の人造人間であるセルの視力は、生命体の常識を超越している。学院の図書室で確認した天文図、実験前に観測した魔法学院上空の天体群、それを上空の星々と比較する。実際に存在する天体であるかは、また別の問題だが。

 

 「天体の運行が、物理法則に従っているならば、最後に観測した時より、57,526,272時間前の座標ということになるな」

 

 それは、六千年以上前の過去にタイムスリップしたことを意味していた。

 

 「当然ルイズたちの「気」も感じられない、か……ふん、ここまでは、予想通りではある」

 

 セルにとっては、タイムマシンの再起動、それに伴う六千年前への時間移動も、想定の範囲内であった。

 

 「何者かの意志が介在しているのならば、さらなる展開があるはずだが」

 

 トリステイン魔法学院の敷地内からタイムスリップしたセルは、現在のハルケギニアでいうところの東方「サハラ」に転移していた。六千年後には、不毛な砂漠が広がるはずのその場所は、しかし遥か過去では緑溢れる豊かな土地であったのだ。

 

 「……エルフの「気」と人間の「気」か。さて、何が出る?」

 

 森の奥から、感じられた「気」の位置に向かって歩き出すセル。

 

 意図せずして六十世紀もの、時を超えてしまっても、長身異形の亜人は、いつも通りの坦々とした様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森の奥に位置する、小さな湖。静謐な水を湛えた、そのほとりで一人の少女が水浴びをしていた。一糸纏わぬその裸体は、輝かんばかりの美しさと生命力に満ち溢れていた。桃色の艶やかな髪は腰まで伸び、天意によって計算尽くされたプロポーションは、極一部に神の怠慢が見え隠れしていた。その容貌は、美の顕現ともいうべき神々しさを放っていた。

 

 「ふう、さっぱりしたわ。生き返ったって感じかしら」

 

 髪を大きく掻き揚げる少女。その際、尖った耳が露になる。彼女はエルフであった。

 

 「まったく、あの犬は! 自分から偵察に出るとか、かっこいいこと言って、あっさり迷子になっちゃうんだから!」

 

 水浴びを終えた少女は、憤懣やるかたなし、といった様子で湖から出て、自身の着替えと荷物の場所に素足のまま進んだ。

 

 「いっくら「ゲート」が使えるからって、無限じゃないでしょうに!」

 

 湖から少し離れた大木に縛り付けている相手に、文句を並べ立てていた少女は、何かに気付いたかのように周囲を見渡した。

 

 「なんか、やな感じね……」

 

 少女が急ぎ、着替えようとした次の瞬間。

 

 

 ギュオオオオン!

 

 

 湖の奥の森の中から、巨大な何かが飛び出してきた。それは、巨体とは思えぬ速度で少女に迫る。

 

 「くっ!!」

 

 容姿からは、想像できない俊敏な身のこなしで、巨体の突撃をかわす少女。

 

 「こんなところに「ヴァリヤーグ」の機兵が!!」

 

 

 ズズンッ!!

 

 

 ほんの一瞬前まで少女がいた場所に、三メイルを優に超える巨体を持った存在が降り立った。一見すると、ハルケギニアでもよく見かけるゴーレムのようだが、鈍い光沢を放つ金属の装甲と巨体に似合わぬ軽快な動きが、鈍重なゴーレムとは一線を画していた。

 

 「おいで、デルフ!!」

 

 

 ビュンッ!

 

 

 少女が、荷物があった場所に向かって手を伸ばし、声をかけると、一振りの剣が独りでに宙を飛んで少女の手に収まる。華奢な少女には不釣合いな無骨な長剣だった。ほぼ同時に巨兵士が重厚な右腕を振り上げ、少女に襲い掛かった。

 

 

 ガギィィィィィンッ!!

 

 

 鼓膜を破るような金属音を発し、少女は巨兵士の一撃を長剣を横に構え、受けた。

 

 

 

 

 (デルフ、とはな。では、あの少女が「初代」、ということか……)

 

 湖の反対側から、気配を殺しながら状況を観察していたセルは、自身の左手に刻まれた「ガンダールヴ」のルーンに視線を落とした。

 

 森の中から、感じられたエルフの「気」の持ち主を見たとき、セルは珍しく目を見張った。エルフの少女は、彼の主たるルイズと瓜二つであった。尖った耳と感じられる「気」を除けば、セルの記憶にある主と声色や身長体重はおろか、スリーサイズまで完全に一致していた。さらに、もう一つの差異が少女の左手の甲にあった。セルの超視力は、少女に「ガンダールヴ」のルーンが刻まれているのを確認したのだった。

 

 (六千年前のハルキゲニア、「ガンダールヴ」のルーンを持つエルフの少女、そして、その愛剣は「デルフリンガー」。であるならば、もうひとつの「気」とは……)

 

 

 

 

 

 

 「くうっ!」

 

 巨大な兵士の一撃を受けたエルフの少女が膝をつく。とどめとばかりに最大動力にて押し潰そうとする兵士の聴力器官にかすかな風の音が届く。

 

 

 ヒュン

 

 

 次の瞬間。

 

 

 ドグシャンッ!

 

 ドゴッ! バギッ! ズガガガガガガッ!!

 

 

 三メイル以上の巨体を持った兵士が、轟音とともに吹き飛ばされ、多量の土砂や植物を根こそぎ巻き上げながら、数十メイル先に叩きつけられた。

 

 「……え? な、なにが起きたの?」

 

 自分の身体よりも巨大な剣を長剣で受け止めていたエルフの少女は、すぐには状況を把握できなかった。彼女にとって故郷の仇である巨兵士が、数十メイル先に吹き飛ばれている。当然、自分の力ではない。

 

 (あいつは、水浴び覗かないように木に縛り付けてあるはずだし……)

 

 ようやく、少女は自身の背後から、先端が尖った長大な尾のようなものがくねっていることに気付き、振り返った。

 そこにいたのは、未だかつて彼女が見たこともない、長身異形の亜人だった。

 

 「あ、あなたは、誰?」

 

 少女にとって、唐突に現れた亜人は、警戒して当然の相手だったが、どういうわけか少女は、長身異形の亜人に対して警戒心を持たなかった。見たこともない亜人であるはずが、何処かで逢った様な既視感を感じたのだ。

 

 「わたしの名は、セル……「ガンダールヴ」のセルだ」

 

 そう言って、長身異形の亜人は自身の左手の甲をエルフの少女に示す。

 

 「えっ! あなたも!?」

 

 

 ギギギッ! バヂッ! バヂバヂッ!!

 

 

 セルの尾の一撃を受けた巨兵士は、なんとか起き上がろうとその巨躯を揺らした。しかし、いかなる名剣の一撃にも、強大な魔法の直撃にもビクともしないはずの堅牢な装甲は、大きく歪み、露出した機械部分からは激しい火花が散っていた。機械仕掛けの巨兵士が致命的なダメージを負っていたのは明らかだった。

 

 「う、うそ、「ヴァリヤーグ」の大型機兵があんな風になるなんて」

 

 驚愕する少女とは、違う理由でセルもまた驚きを禁じえなかった。

 

 (ほう、「気」を抑えている状態とはいえ、わたしの打撃に耐えるか)

 

 

 ヒュン  ドガシャンッ!!!

 

 

 しかし、さしもの巨兵士も、セルの尾によるさらなる一撃を受けては、ひとたまりも無かった。爆散した機械兵士を尻目に、少女に向き直るセル。驚嘆の声を漏らす少女。

 

 「すごい。あいつの魔法でも、大型機兵の相手は、もう難しいのに」

 

 「あいつとは、誰だ?」

 

 「うん、あいつってのは……あ、その前にわたしも自己紹介しないと」

 

 少女が、名乗ろうと口を開いた時、亜人と少女のそばに鏡のようなゲートが現れた。その中から現れたのは、一人の若い人間の男だった。

 

 年の頃は、十代半ば。中肉中背の体格と黒髪黒瞳の幼さを残す風貌だった。長身異形の亜人と全裸に剣という少女を見た少年は、力の限りに叫んだ。

 

 「サーシャっ! この化け物!! 俺のサーシャに何しやがった!!」

 

 「はあ、誰が「俺の」よ! この犬!!」

 

 

 パコンッ

 

 

 「ぐはっ!?」

 

 大きく溜め息をついた少女、サーシャは長剣の柄で少年の頭を小突いた。涙目で撃沈される少年。だが、少年が裂帛の気合を放った瞬間、セルはよく知る「力」の波動を感知していた。

 

 (間違いない。この少年が発した力は、「虚無」……すべてがつながったか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いやあ、俺てっきり、サーシャが襲われて、けしからんことをされてるのかと思って。」

 

 「なによ、けしからんことって。まったく、この蛮犬は、そういうことにしか興味ないのかしら?」

 

 少年の誤解はすぐに解けた。少女も衣服を身に付けている。

 

 「それじゃあ、改めて。助けてくれてありがとう。わたしは、サーシャ」

 

 サーシャの自己紹介を受けて、少年もセルに向き直り、右手を差し出しながら言った。

 

 「えっと、その、勘違いして悪かった……」

 

 六千年前のハルケギニア、「ガンダールヴ」のルーンを刻まれたルイズと瓜二つのエルフの少女、ルイズと同じ「虚無」の魔法の使い手と思われる少年。それらの事実から導かれる結論。

 

 (この少年こそが、伝説の存在として六千年後まで語り継がれる「始祖」……)

 

 

 

 「俺、才人っていうんだ。平賀才人。よろしくな、セル!」

 

 「なん……だと?」

 

 黒髪黒瞳の少年の名乗りは、セルの予想を根底から覆すものだった。

 

 




断章之拾前編をお送りしました。

今後、セルの笑い声はすべて「フフフ……」になります(嘘)

今後、セルの決め台詞はすべて「デッドエンド〇〇〇!!」になr(大嘘)

ゴーバイザーを知ってる人っているのかな……

後編はかなり後に投稿する予定です。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いします。



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 第五十話

大変、お待たせしてしまい、申し訳ありません。

第五十話をお送りします。


 

 

 ――トリステイン王国ヴァリエール公爵領本城。

 

 その日の晩、ヴァリエール本城は久方ぶりの喜びに包まれていた。十六年前、公爵と夫人の間に三女ルイズが誕生して以来と言って良いだろう。本城に住まうすべての人々が、身分に関係なく、平民とメイジの別もなく、等しく歓喜の感情を共有していた。それは、本城に留まらず、ヴァリエール領すべてに余すところ無く伝わっていた。

 

 長らく病の床に伏せっていた公爵家の次女カトレアの快癒。

 カトレアが生来の奇病に冒されていたことは、領民の悉くが知っていたが、「王権守護戦争」後にその容態が急変し、寝たきり状態となってしまったことは、公爵家の家人と高位の従者以外には緘口令が敷かれていた。しかし、平時においてカトレアが、度々領都や周辺の集落に足を運び、領民たちの訴えに耳を貸したり、貧困や病に苦しむ者に様々な援助を行ってきたことは広く知れ渡っていた。戦役終結から、一ヶ月以上も「美しく慈悲深いカトレアお嬢様」が姿を見せないことに領民たちは、できることなどないと知りながらも、ずっと心を痛めていたのだ。

 

 ところが、領都の中央広場にある公爵家専用の掲示場にカトレアの快癒の一報が突如布告され、間を置かず本城と領都の境に設置された教練場の閲兵用バルコニーに、当のカトレアが元気な姿を見せると、領民たちの喜びは爆発した。野火が広がるよりも素早く、歓迎すべき吉報は、領内に伝達された。掲示の第二報によって、公爵家の三女にして、戦役の英雄「蒼光」のルイズが、またしても奇跡を起こしたのだと判ると、領都のあちこちで、「ルイズお嬢様万歳!」「蒼光万歳!」の合唱が巻き起こるのだった。

 

 

 

 

 

 

 本城内では、翌日の晩にカトレアの快癒を祝う宴が急遽開かれることとなった。なにしろ、余りに突然の出来事だったため、城の料理番たちは、慌てに慌てた。城内の台所を預かる総料理長などは、前日、密かに執事長ジェロームから悲痛な面持ちで、カトレアの葬式や葬送のための宴について相談を受けた矢先であったのだ。その舌の根も乾かぬ内に今度は、満面の笑みに嬉し涙まで滲ませたジェロームから、快方祝いの宴について聞かされた総料理長は、直ちに配下の料理人やメイドたちに大号令を発した。その日は、一日中城内のありとあらゆるかまどの火が消えることは無く、本城の物資搬入口には、食材や酒類を満載した荷馬車がひっきりなしに往来した。準備に奔走する人々は、「え? 休憩? まかない? 睡眠? 何それ? どこの国の風習?」といった有様で、それでも不平一つもらすことなく働き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えーそれでは、わたしの妹であり、我がヴァリエール公爵家次女カトレアの全快を祝して……乾杯っ!!」

 

 「「「「「乾杯っ!!!」」」」

 

 公爵家長女エレオノールの乾杯の音頭によって、宴は始まった。ヴァリエール本城のメインホールは、広さでいえば、トリスタニア王城のそれすら凌駕するものであった。そのホールに所狭しとテーブルが引き出され、ヴァリエール家の料理人たちが最高の趣向を凝らした料理の数々と、下層の酒蔵から運び出された秘蔵の名酒が並べられていた。出席した者達のほとんどは、喜びの感情を決して隠そうとはしなかった。ごく一部の者達を除いて。

 

 「ぼ、ぼくたちが参加していいものなのかな?」

 

 「そ、そうはいっても、この状況で辞退できるわけないでしょう?」

 

 「うーむ、セルくんは不治の奇病すらも完治させてしまう能力があるのか。いや、あるいはミス・ヴァリエールの……」

 

 「もう、ジャンってば、こんな宴でも研究のことばかりなんだから。あ、これなんかとってもおいしそう。はい、ジャン、あ~ん」

 

 「きゅいきゅい! もぐもぐ、パクパク、ぷひぃー! おいしいのね! すんごくおいしいのね!!」

 

 「……おかわり」

 

 ルイズとともにヴァリエール城へ瞬間移動したギーシュたちは、移動した先であるエレオノールの私室で待機を命じられていたが、一時間もしない内に、城内が騒がしくなり、程なく現れた執事の一人から、賓客としておもてなしさせていただく、と告げられ、それぞれに客間を与えられた。やがて休息や沐浴が済むと、公爵家次女カトレア快癒を祝う宴への参加を要請されたのだ。

 

 「それにしても、あれがルイズの下の姉君、ミス・カトレアか……なんて美しい」

 

 ワイン片手のギーシュの視線の先では、宴の主役であるカトレアが、ルイズやエレオノールと談笑していた。

 

 「あんたは、性懲りも無くって、言いたいけど。女のわたしでも、素直に美しいって思っちゃうわ、それに何ていうか、生気にあふれてるって感じがするわ」

 

 ギーシュをたしなめつつも、モンモランシーも感嘆の溜め息を漏らした。元々、絶世の美女といっても過言ではないカトレアだが、以前から知る者には、その活力漲る様子は、驚きを禁じえないだろう。

 

 やがて、宴もたけなわとなると、元々酒豪とはいえないカトレアの言動があやしくなりはじめた。

 

 「みんなに日頃のお礼がしたいわ!!」

 

 などと大声をあげると、誰彼構わず、抱きつき始めたのだ。無論、抜群のプロポーションを誇る彼女のこと、男性陣はカトレアの豊満な肢体に包まれる至福に瞬く間に轟沈。女性陣も、そのケがないにもかかわらず、カトレアのすべてを包み込む女神の如き包容力の前に、イケナイ気持ちに陥る者多数。ギーシュとモンモランシーも、その犠牲者となった。阿鼻叫喚のるつぼになろうとしていた宴の場を収めようと長女エレオノールが、止めに入るも、逆にー

 

 「お姉さまも、みんなにお礼をしなきゃダメよ!」

 

 と説教される始末。カトレアに押されて、エレオノールも一人の使用人に抱きついた。

 

 ヴァリエール本城第二厨房所属の料理番見習いガリレィ二十三歳は、後に海よりも深い後悔とともに述懐する。

 

 「……おれ、「エレオノール様をひたすら崇拝する下僕の会」に入って、十二年になるんです。だから、あの時、エレオノール様に抱きしめられた時、ほんとに天にも昇る心地だったんです。でも、あまりにもとてつもない経験をしてしまうと、人間ってつきぬけちまうんですね……」

 

 その日、第二厨房で宴の準備に、仲間とともにかかりきりだったガリレィは、ただひたすら野菜の下ごしらえを行っていた。宴が始まると、仲間と交代で参加することを許された。その時、たまたまカトレアの目に止まったガリレィは、妹に押されたエレオノールに抱きしめられてしまった。何よりも崇拝するエレオノール様のえもいわれぬ香りと柔らかい身体の感覚にガリレィの脳はオーバーヒートを起こしてしまう。

 

 そして、彼の脳裏には、それまで十数時間に渡って続けてきた野菜の下ごしらえの光景がなぜか再生されてしまう。そんなガリレィから、発せられた言葉はー

 

 「あ、「まな板」洗わないと……」

 

 

 破滅が、訪れた。

 

 

 

 ビキィビキィビキィ!!

 

 キシャァァァー!! オンドリャアー!!

 

 ギャァァァァァス!!

 

 オ、オネエサマ!? デ、デンチュウダカラァ!!

 

 ドゴゴゴゴゴゴゴ!!

 

 ウフフ、アラアラ、マアマア、タイヘンネ

 

 フム、ヤハリナカナカノサッキダナ

 

 ……オカワリ

 

 音声のみ、記すが何分めでたい席のこと。人死にだけは、出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はあ、つ、疲れた……ちいねえさま、あんなに酒乱だったなんて」

 

 ルイズの必死の説得と、セルの介入によって、どうにか事なきを得たエレオノールの暴走の後、テーブルに突っ伏したカトレアのささやかな寝息とともに宴は、お開きとなった。ルイズとセルは今、本城内上層に位置するルイズの私室に引き上げていた。

 

 「まさかとは思うけど、あんたの治療のせいじゃないでしょうね、セル?」

 

 「性格や人格に影響を与えるような治療は施していない」

 

 精神的な疲労のため、ベッドに倒れこんだルイズが、使い魔に尋ねる。

 

 「……ごめん、変なこと聞いちゃったわね」

 

 それからしばらくの間、ベッドに横たわっていたルイズは、何かを決意したかのように起き上がると、セルと相対した。

 

 「……あのね、セル。その、すごく今更かもしれないんだけど、あんたにお礼が言いたいの」

 

 「ほう」

 

 「ちいねえさまの病気を治してしてくれたことももちろんだけど……あんたを召喚してからの、いろんなことにも」

 

 懐かしむように、一度自室を見渡すルイズ。

 

 「わたしが今、こうしてここに居られるのも、全部セルのおかげ。わたしは、自分勝手にあんたを召喚して、使い魔にしてしまったわ。あんたには、あんたの思惑があったのかもしれない。でも、でもね……」

 

 ルイズは、自身の内に湧き上がる衝動のままに、衣服を脱ぎ出した。

 

 

 シュルシュル パサ

 

 

 「わたしは、あなたにお礼がしたい。正直、あなたの功績にどう報いればいいのかわからないけど……」

 

 やがて、ルイズは下着さえも放り出し、生まれたままの姿となり、頬を紅潮させながら言った。

 

 「……セル、わたしの全てを、命も、何もかも、あなたに捧げるわ」

 

 一糸纏わぬ姿となったルイズは、静かに目を閉じ、自身の裸体をセルに晒した。部屋に満ちる月光に照らされたルイズの姿は、正しく、彼女が自称していたように美そのもの顕現と思われた。それを前にしては、いかな高潔な精神を誇る騎士であろうとも、自制心を繋ぎ止めることは不可能だったであろう。しかし、セルは人造人間である。ルイズの神々しいまでの美しさには、興味がない。セルは、ルイズの内にある「輝き」を注視していた。

 

 (……まだ、早いな)

 

 セルは、ルイズを幼子のように抱き上げると、自身の右腕を彼女の椅子代わりにして、ルイズに静かに語りかけた。

 

 「んっ!……セル?」

 

 「ルイズ、どうやらきみは様々なことを過大に評価し、そして過小に評価しているようだな」

 

 「どういうこと?」

 

 「わたしがこの地に召喚されてから、半年の時間をきみの使い魔として過ごしてきたが、その間、わたしが為してきたのは、実に取るに足らん、些細な事ばかりだ。」

 

 「いや、些細なことって、あんた……」

 

 「ゼロ」と呼ばれた自分の召喚に応え、メイジとの決闘を制し、悪名高い盗賊フーケを捕縛、使い魔品評会の賞という賞を総ナメにし、単独でのアルビオン潜入と王党派の亡命幇助を成功させ、「王権守護戦争」における獅子奮迅の活躍、さらにはオルレアン公家族の救出、そして、カトレアの治療。セル以外の何者が、このような偉業を成せようか。しかし、長身異形の亞人は、それらを取るに足らないという。

 

 「結果的にもたらされた影響については、わたしも否定はしないが、功績などとは、おこがましいにも程がある。ましてや、その対価がきみの命とは……きみは、もう少し自身の価値を知るべきだな」

 

 「でも、わたしなんかが「虚無」に目覚めたのだって、セルのおかげだし……」

 

 「ルイズ、確かにきみは「虚無」に目覚めたが、それは赤ん坊が、親の腕を借りずに一人で立った程度の成長でしかない。さらなる力が、きみの内には眠っている。わたしはそう考えているのだ。なぜなら……」

 

 したり顔で語るセルに、ルイズのからかい気味の言葉が割り込む。

 

 「くすっ、はいはい、「なぜなら、このわたしを、セルを使い魔として召喚したのだから」でしょ?」

 

 「……わかっているではないか」

 

 やや憮然として、セルが言った。

 

 「それにきみは、わたしの力をも過小評価している。わたしには、これまでよりも、さらにきみを驚愕させ得る「引き出し」がまだまだあるのだから。わたしの力を、これまで程度のものだと思われては、わたし自身の立つ瀬がない。」

 

 「あっそう、ふーんそう、へーそう、瞬間移動とか気合でお城を吹っ飛ばしておきながら、まだ引き出しあります、ですって? もう、あんたには呆れるしかないわ」

 

 ルイズは、笑いながら使い魔の言葉に突っ込んだ。それまで気負っていた気持ちは、不思議と晴れていた。

 

 「でも、これまで以上のあんたの力を披露する場面なんか、そうそうないんじゃないかしら? それとも、あんた、わたしに世界征服でもしろ、とか言うんじゃないでしょうね?」

 

 「きみがそのような低俗極まりない事に興味がないのは、わたしにもわかる。だが、そうは考えない輩も、この地にはいるだろう」

 

 「なんか、思わせぶりね……」

 

 

 コンコンコン

 

 

 その時、ルイズの私室の扉がノックされた。

 

 「あら、こんな時間に誰かしら?」

 

 「この「気」は、タバサだな」

 

 「そう、タバサ! 開いて……」

 

 訪問者がタバサと知ったルイズは、入室を促そうとするが、セルが止めに入る。

 

 「ルイズ、今の格好は、タバサにいらぬ誤解を与えるのではないか?」

 

 「え?……あっ!!」

 

 

 ボッ!

 

 

 ルイズの全身が羞恥に紅潮する。夜も遅く、自室で使い魔の亜人の腕の上で、全裸で話す自分。言い訳はきかないだろう。

 

 「ちょ、ちょっと待って、タバサ! す、すぐに済むから!!」

 

 セルの腕から飛び降りたルイズは、急いで脱ぎ散らかした衣服を身に着けていく。

 

 「お、おまたせ! さあ、タバサ、入って!」

 

 「……お邪魔だった?」

 

 「そっ! そんなこと、あ、あ、あるわけないでしょっ!」

 

 タバサには深い意図などないのだが、必要以上に反応してしまうルイズだった。

 

 「そ、それより、タバサのお母様は大丈夫なの?」

 

 「大丈夫。すべてルイズと彼のおかげ……」

 

 アーハンブラ城から、タバサとともに救出されたオルレアン公夫人ジャンヌは、特異な魔法毒によって、心を喪っていた。しかし、セルの生体エキス注入によって、回復していた。治療後、目覚めたジャンヌ夫人は、自身に寄り添うタバサに、か細い声で「シャルロット」と、確かに声をかけた。それを聞いたタバサは、その場の誰も知らない年相応の表情で、涙をあふれさせると、母を抱きしめた。

 

 「そう、よかったわね、タバサ」

 

 「……」

 

 ルイズの言葉を聞いたタバサは、静かに愛用の杖を床に置き、その場に跪いた。そして真っ直ぐとした声でルイズに告げた。

 

 「ルイズ、あなたは、拉致を企てたわたしを越境してまで、救出してくれた。そればかりか、母様の病すら治療してくれた」

 

 タバサは、決意を込めた瞳で、ルイズを見つめ、宣誓した。

 

 「たった今、この時から、わたし、シャルロット・エレーヌ・オルレアンの身命と忠誠は、永遠にあなただけのもの。この言葉違えし時は、すべての魔力を失い、地獄の底まで呪われんことを」

 

 「ちょっ、た、タバサ! あなたなにを言って……」

 

 友人の突然の宣言に戸惑うルイズを尻目に、セルは考えを巡らせる。

 

 (近い内に、わたしと共に強大すぎる力を振るうことになるルイズに必要なのは、盲目的な忠誠を誓った配下ではない。そう、「やつら」のような……)

 

 セルの脳裏に、かつて彼自身と壮絶な死闘を繰り広げた者達の姿が浮かんだ。彼らは、ただ強者の元に集った狂信者の集団などではなかった。セル自身には理解できない「絆」ともいうべき繋がりを持つ者たちだったのだ。

 

 「ルイズが、そんなものをお前に求めているとでも?」

 

 「!……」

 

 セルが、ルイズの前に立ち、タバサにズバリと斬り込む。

 

 「もし、そう考えているのなら、我が主に対する侮辱に他ならない。危険を冒してまで、お前を救ったのは間違いだったか」

 

 「……ふんっ!!」

 

 

 パコン

 

 

 ルイズは、サイドテーブルに置いていたデルフリンガーを引っ掴むと、力の限りにセルに投げつけた。

 

 「この朴念仁! あんた、いい加減に口の利き方ってものを学びなさいよ!!」

 

 セルを押し退けると、ルイズも膝をついてタバサに話しかけた。

 

 「あ、あのね、タバサ、わたしがあなたを助けたのは、その、なんというか、と、友達だったからよ」

 

 「……ルイズ」

 

 「貴族として、友人を見捨てるなんて、できないもの。ううん、貴族とか、そういうのも関係なく、わたし、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが、友達であるタバサを助けたいと思ったから、助けたの。」

 

 ルイズの言葉を受け止めたタバサは、しばらく目を伏せた後、微笑とともに言った。

 

 「……ありがとう、ルイズ」

 

 「どういたしまして、タバサ!」

 

 二人の少女の心温まるやり取りを観察していた長身異形の亜人セルはまたも、ほくそ笑む。

 

 (……これで、タバサがルイズを裏切ることはあるまい)

 

 セルは、ルイズの私室の大窓から、超視力によって、ヴァリエール領の南方に位置する城砦都市に鎮座する巨大な人影を捉えていた。

 

 

 

 

 




第五十話をお送りしました。

とうとう本編も五十話を数えるまでになりました。

応援してくださる読者の皆様のおかげです。

……ただ、終わりが見えてこない。

今月中になんとか後二話、投稿する予定です。


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 第五十一話

大変お待たせしました。

第五十一話をお送りします。


 

 

 ――ヴァリエール本城上層階ルイズの私室。

 

 「……うーん、ち、ちいねえさま、そんにゃにたくさんのドラゴン、どうしたの?……むにゃむにゃ」

 

 ルイズは、自身の豪奢なベッドで、最高級の毛布に包まれながら、なにやら寝言を呟いている。そんなルイズを見守る長身異形の亜人セル。一時間ほど前、ルイズの私室には、大勢の来客がいた。

 

 ルイズとセルによって、自身の命だけでなく、最愛の母を救われたタバサが、ルイズと友情を確かめ合っていると、セルは何を思ったか、部屋の扉を突然、開いた。すると複数の人間が雪崩をうって部屋内に倒れこんできた。それは、ルイズとタバサを心配していたキュルケやギーシュたちであった。ひとしきり、じゃれあった後、ルイズは学友たちとのさらなる絆を感じるのだった。無論、背後ではセルが、ほくそ笑んでいたが。

 タバサたちが退室した後、満ち足りた表情で眠りについたルイズを見つめるセル。ベッド脇のサイドテーブルに置かれていたデルフリンガーが、長身異形の亜人に声をかけた。

 

 「旦那、その、良かったのかい? 絶好のチャンスだったんじゃないか?」

 

 「このわたしが、主たるルイズに危害を及ぼすとでも思ったのか、デルフリンガー」

 

 「……どうだろうなぁ。正直、わからなくなっちまったよ」

 

 デルフリンガーの自信なさげな声色に、セルはベッドから振り向き、テーブル上のデルフリンガーに視線を落とす。

 

 「あんたが、あのわがまま放題な嬢ちゃんを相手に、従順な使い魔を装っているのは、嬢ちゃんの「虚無」を掠め取るため……オレは、はじめっからそう考えてた。いや、今でも同じ考えだけどよ。」

 

 「なにが、言いたい?」

 

 「いまさら、あんたが「虚無」を手に入れる意味があるのかってことさ」

 

 「……」

 

 「あんたも知ってのとおり、ここハルケギニアじゃあ「虚無」の力は、絶大だ。使い方次第で支配も、破壊も、思いのままだ。だが、あんたの力は、そんな「虚無」すら及びもつかないほどに、デケェ」

 

 デルフリンガーは、セルとその同属が、アーハンブラ城を跡形もなく消滅させた瞬間を思い出していた。あの時、二体の長身異形の亜人が何の下準備も、呪文の詠唱も、秘宝の助けも借りることなく、発動させた「力」は、デルフリンガーが記憶するどんな「虚無」よりも、強大で、膨大で、一切容赦のない破壊の奔流だった。

 

 「あんたは、「虚無」よりも遥かに強大な「力」と、頭を吹き飛ばされても即座に元通りになっちまう「不死身の肉体」を持ってる。その上、頭の切れも半端じゃあねえ。そう、言っちまえば「完全無欠」じゃあねえか! そんなあんたが、「虚無」を手に入れてどうなる? 100の力が、101になった所で……」

 

 熱を帯びるデルフリンガーの語りに、セルが突如、割って入る。

 

 「ハッ! ハハハッ!「完全」だと、このわたしが? フッフッフッ! 面白い冗談だ、デルフリンガー!」

 

 「だ、旦那、あんた一体……」

 

 相好を崩したセルは、ひとしきり笑い声をあげると、すぐにいつも通りの取り澄ました表情を取り戻すと、デルフリンガーを右手で握り締め、言った。

 

 「おまえの存在は、未だルイズにとって必要だ。だが、優先順位の変化は常に起こり得る。それを忘れるな」

 

 「……承知したぜ、旦那」

 

 セルは、無言でデルフリンガーをテーブルに戻すと、再び眠りを謳歌するルイズに向き直った。

 

 (旦那、いや、セル。どういう理屈かは、わからんが、今オレは、はじめてあんたの素の感情を垣間見た気がするぜ……まあ、だからどうしたって程度だがな)

 

 デルフリンガーの思考を知ってか知らずか、その日の晩、長身異形の亜人が再度振り返ることはなかった。

 

 「……うーん、エレオノールねえさま、そんな大きなまな板でにゃにを?……むにゃむにゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――トリステイン王国王都トリスタニア王宮。

 

 トリステイン王国の中枢であるトリスタニア王宮の、さらに奥まった場所に位置する護国卿執務室には、重苦しい空気が漂っていた。

 

 「……もう一度、報告を聞こう」

 

 部屋の奥に鎮座する巨大な机に陣取る男が、悠揚迫らぬ風格を示しながら、目の前の部下に命じた。

 

 「は、はっ! さ、さきほどトゥールーズ市駐留師団からの伝令が到着しまして、その、が、ガリア領方面から、出現した巨大ゴーレムと思しきモノが、わが国の国境を侵犯! マジノドレ砦を陥落せしめ、トゥールーズ市に至る複数の集落を襲撃! さらに四日前には、トゥールーズ市に到達! ちゅ、駐留師団は、勇猛に応戦するも壊滅。現在トゥールーズ市は、巨大ゴーレムに事実上、占拠されているとのことであります!」

 

 トゥールーズ市は、トリステイン王国における「南方の要」と称される城砦都市である。

 

 「なぜ、マジノドレの陥落とトゥールーズの占拠が「同時」に報告されるのだ?」

 

 トゥールーズより先は、王都トリスタニアまで強固な城砦や衛星都市は存在しない。本来であれば、マジノドレ国境砦が陥落した時点で、王都に急報が届けられて然るべきなのだ。宰相位と同格の「護国卿」として、政務の舵を取るピエール・リオン・ド・ラ・ヴァリエール公爵も、当然、そう考えた。

 

 「そ、それが、ウィンプフェン伯が独断で、周辺の駐留部隊や傭兵団を糾合した上で、戦闘に及んだとの事で……」

 

 「馬鹿め! それで、ウィンプフェンはどうした?」

 

 「せ、戦死されたとのことです」

 

 トゥールーズ市を領有するオード・ルシヨン・ド・ウィンプフェン伯爵は、「王権守護戦争」においてアルビオン遠征艦隊の参謀総長を拝命したトリステイン空軍の重鎮である。戦役における論功行賞の結果に強い不満を示していた軍部保守派の筆頭にして、公爵の愛娘「蒼光」のルイズに公衆の面前で、完全論破された貴族でもあった。それを聞いた公爵は、自身の娘に快哉を叫んだものだった。

 

 (それにしても、ウィンプフェンは、「臆病伯」と渾名されるほどの慎重派だ。単騎でマジノドレを陥落させるようなゴーレム相手に手持ちの戦力で挑むとは……戦役後の冷遇とルイズの論破が、よほど腹に据えかねたか)

 

 やや複雑な心境に陥った公爵は、さらなる思案を巡らせる。

 

 (マジノドレとトゥールーズに駐留していた兵力に、周辺の部隊や傭兵団も加えれば、総兵力は八千を超える。それを単騎で撃破し得るゴーレムなど、有り得るのか?しかも、それがガリア領から侵入したとは)

 

 現状、トリステインにとって最大の同盟国は、アルビオン王国だが、大陸最大を誇るガリア王国もまた、最重要の支援国といえた。「レコン・キスタ」討伐宣言に対する支持表明や戦役前の物資支援などがなければ、アルビオンへの遠征艦隊を送り出すことすら、トリステイン単独では困難であったかもしれない。無論、ガリアが無私無欲で、トリステインに支援を行ったとは、公爵も考えてはいない。

 

 (だが、宣戦布告もなく、虎の子の「両用艦隊」ではなく、単騎のゴーレムで侵攻を行うなど……)

 

 公爵は、しばらく瞑目した後、部下に命じた。

 

 「直ちに王都駐留師団と魔法衛士隊に第一軍装で非常呼集をかけろ。「南方の要」を取り返すぞ! ラ・ロシェール駐留の戦列艦隊と各王都衛星旅団にも飛竜伝令を送れ。わたしは、トゥールーズ奪還戦を陛下に奏上する!」

 

 「か、かしこまりました!」

 

 「それと、ガリア大使を呼べ」

 

 現ガリア大使ダエリー・ティーナ子爵は、戦役終結後に在トリステイン大使として赴任した。彼以前の大使は、マザリーニをして「毒にも薬にもならない雑草」といわしめるほどの無能者であった。そのこと自体が、「王権守護戦争」前のトリステインに対するガリアの心情を物語っていた。ダエリー大使とは、公爵も数度顔を合わせているが、油断ならない生粋の外交官という印象を持っていた。今回の件について、大使がどのような態度に出るかは、公爵にも読むことは出来なかった。

 

 「はっ!」

 

 表情を引き締めた部下が、部屋を辞すると、公爵は机の上に置かれた小さなベルを鳴らす。間を置かず、隣の部屋から秘書が姿を現す。

 

 「旦那様、お呼びですか?」

 

 「陛下に謁見するので、先触れを頼む。それからカリーヌを呼んでくれ」

 

 「かしこまりました」

 

 恭しく一礼した侍従が思い出したように顔を上げ、公爵に告げた。

 

 「旦那様、国元から書状が参っておりましたが……」

 

 「国元から? ああ、ランドルフからの定期報告であろう。後で見る。それから、ゼム。「旦那様」はやめろ。ここは、ヴァリエールではないのだぞ」

 

 護国卿専属秘書を務めるゼム・ド・ジェローム騎士爵は、ヴァリエール公爵家執事長ランドルフ・ド・ジェロームの実弟であり、優秀な護衛メイジ兼秘書として、公爵から重宝されていた。だが、兄同様、幼少期から公爵に仕えており、王都にあっても、自身の主を「旦那様」と呼んでいた。

 

 「わたくしとしたことが、申し訳ございません、護国卿閣下」

 

 「それでいい。では、頼むぞ」

 

 ゼムの退室を見送った公爵は、愛用の杖を一振りして、トゥールーズ市の方向に向かい、不敵な表情で言った。

 

 「久方ぶりの実戦か。英雄の父として、それなりの働きは見せねば、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――トリステイン王国トゥールーズ市。

 

 「南方の要」と称される城砦都市の中央に位置するラングドッグ城の主塔に巨大な存在が鎮座していた。全長八十メイルを超える巨躯を分厚い装甲で包み、長大な大剣と大盾を城の中庭に突き立て、半壊した主塔に腰掛けるように佇むそれは、魔法先進国ガリアの最新技術と東方「ロバ・アル・カリイエ」から齎された未知なる技術の融合によって生み出された究極のゴーレム、「フレスヴェルグ」だった。

 

 

 「うむ、見事な味付けだな、わがミューズよ! 古ぼけた宮廷料理人どもには、まず出せぬ味わいだ。」

 

 「お褒めに預かり、光栄の極みでございます、ジョゼフ様」

 

 本来の主たるトゥールーズ伯ウィンプフェンが、「フレスヴェルグ」によって、数千の兵力とともに木っ端微塵にされてより、三日。侵略者であるガリア王ジョゼフ一世とその使い魔である「神の頭脳ミョズニトニルン」シェフィールドは、ラングドッグ城のメインホールで昼餐会を開いていた。

 

 「特に、この鴨の首肉は絶品だ! 刺激的な辛さがたまらん!」

 

 「ジョゼフ様にお喜びいただけますれば、愚鈍極まる我が故郷も、存在した価値があったというもの。晩餐には、鴨の壷スープを準備いたしております。どうか、ご期待ください」

 

 「おお、そうか! 今から待ちきれぬな!」

 

 城塞都市の中核として建造されたラングドッグ城は、都市の規模に反して広大な面積を有していたが、今城内にいる人間は、ジョゼフとシェフィールドのみ。後は、「ミョズニトニルン」の能力によって操られる複数のガーゴイルだけが存在していた。

 天井が、半ば崩れ落ちたメインホールのダイニングテーブルに座り、様々な料理を貪る王と、それに付き従う一人の美女、周囲を囲むのは無骨な戦闘用ガーゴイルの群れ。さらにそれを睥睨するのは、巨大ゴーレムの三眼。見る者が見れば、その光景の異様さに顔をしかめたことだろう。とはいえ、城内の人間は巨大ゴーレムの威容と戦力の前に、地位の高い者から我先に逃げ出してしまった。市民も大半が、トゥールーズ市から避難していた。またジョゼフも、都市から逃亡する者へ攻撃を加えることはなかった。

 

 

 

 

 

 今、シェフィールドは、この上もない至福の時を味わっていた。

 

 (ああ、ジョゼフ様にわたしの手料理を味わっていただけるなんて、なんという幸せ)

 

 東方「ロバ・アル・カリイエ」の一地方にて、神官の家系に生まれたシェフィールド、本名リオ・テンナイは、対立するエルフとの境界を守護する結界の礎として、生きながら結界の人柱となることが、定められていた。幼い頃から、自身の運命とそれを強要する周囲すべてを憎悪していたシェフィールドは、ジョゼフに召喚され、「ミョズニトニルン」となることで、自身の運命を覆す力を手に入れた。そして、彼女は、ジョゼフが内包する暗い滅びへの憧憬に自らの心地よい居場所を見出したのだった。

 

 (しかし、いずれ糧食が尽きたあかつきには、わたしそのものをジョゼフ様に。ああ、なんという至福……)

 

 シェフィールドの常軌を逸した敬慕に、ジョゼフ自身は、さしたる感慨を持ってはいなかった。

 

 (ふーむ、今、この景色もなかなかに「壊れて」はいるが、やはり、まだ足りんな……)

 

 

 「無能王」ジョゼフは、求め続けていた。

 

 自身の最期を飾るにふさわしい、ハルケギニアという世界そのものから逸脱した「崩壊の情景」を。

 

 

 




第五十一話をお送りしました。

今回は繋ぎ回になってしまいました。

今月中に後一話、投稿できれば……


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 第五十二話

大変長らくお待たせしました。

第五十二話をお送りします。

気付いたら初投稿から、一年が経過していました。

ここまで続けてこられたのも、読者の皆様のおかげです。

ありがとうございました。


 

 

 ――トリステイン王国王都トリスタニア中央練兵場。

 

 王都最大の面積を誇る中央練兵場には、王都駐留師団と四つの衛星旅団、そして魔法衛士隊全隊から編成された二万超の兵力が、整列していた。

 

 護国卿ピエール・リオン・ド・ラ・ヴァリエール公爵より奏上されたトゥールーズ市奪還戦に対して、マリアンヌ暫定女王が勅許を与えてより、二日しか経過していない。直近のトリステイン軍を知る者が見れば、ありえないほど神速の出陣準備と言えた。

 

 ガリア領から侵入した「所属不明」の巨大ゴーレム討伐のために編成された奪還軍は、護国卿自らが総司令を務め、副指令にはトリステイン陸軍元帥であるアルマン・ド・グラモン伯爵が任命された。

 

 そして、前線指揮官として総司令代行の任には、魔法衛士隊総隊長にしてヴァリエール公爵夫人であるミセス・カリーヌが志願した。夫と共に王都に出仕してからの日々を魔法衛士隊をはじめとする王国軍の教練に費やしたカリーヌは、往年の鉄仮面姿で、出陣の号令をかける。

 

 「「「ヴィヴラ、トリステイン!! ヴィヴラ、マリアンヌ!!」」」

 

 まるで、念話で統率でもされているかのような正確さで、出陣の咆哮をあげるトリステイン軍。整然とした様子で、練兵場から進軍を開始する。

 

 

 ザッザッザッ!!

 

 

 

 

 

 軍靴の音が響く練兵場庁舎の一角から、トリステイン軍の行進に複雑な視線を送る貴族がいた。古ガリア風の衣裳を一分の隙なく着こなすその男は、静かに呟いた。

 

 「これだけの軍勢をわずか二日で揃えてみせるとは、な。弱卒トリステインは、過去の話か」

 

 男の名は、ダエリー・ティーナ。ガリア王国在トリステイン大使である。トリステインにおけるガリアの目であり、耳であり、口でもある彼は、精強ぶりを見せつけるトリステイン軍を観察しながら、つい昨日行われた会談を思い返していた。

 

 「さて、侮り難き護国卿閣下は、我らが狂王陛下に勝てるかな?」

 

 

 

 

 名うての外交官であるダエリーは、複数の情報網を持っている。これまで幾度も訪れた危機を、それらから得た情報によって切り抜けてきたダエリーだったが、一週間前に齎された一報をダエリーは、すぐには信じることができなかった。

 

 『ジョゼフ陛下が乱心し、御前会議出席者を鏖殺、その後リュティスより出奔さる』

 

 ダエリーは、主君であるジョゼフに対して、一定の評価をしていた。少なくとも、世間一般に謂われるような、タダの「無能王」ではないと踏んでいたのだ。それが、あろうことかガリアの中枢たる御前会議を皆殺しにした上、首都から出奔するなど、「無能王」どころか、「狂王」の有様ではないか。その後、日を追うごとに凶報が続いた。

 

 『ジョゼフ王出奔後、リュティスにて反ジョゼフ王派と王弟派による武力蜂起が発生』

 

 『リュティスでの武力蜂起に呼応するかのように、首都周辺の軍部隊にも不穏な動きあり』

 

 『軍港都市サン・マロンからの一切の応答が、官民問わず途絶える』

 

 首都におけるクーデター発生、周辺の勢力がこれに呼応、更にガリアが誇る「両用艦隊」を擁する軍港都市が音信不通。

 

 内乱か。大使の脳裏に不吉な単語が浮かび上がった時、最大の凶報が届けられた。

 

 『国境付近に出現した巨大ゴーレムが、アルパイン城とトリステイン側の国境砦を壊滅させ、トリステイン領に侵入』

 

 ダエリーは、サン・マロンに関する未確認情報を思い出した。軍港の機密区画において、王直属の研究機関が恐るべき戦略級ゴーレム兵器を開発しているという。理由は見当もつかないが、「狂王」はトリステインを潰そうとしている。たった一騎のゴーレムを配下として。

 

 自身と故国の身の振り方について懊悩するダエリーの元にトリステインを実際に差配する護国卿ピエール・リオン・ド・ラ・ヴァリエール公爵から非公式の会談要請が届けられた時、彼は「ついに来たか」と嘆息した。

 

 しかし、緊張の面持ちで、護国卿執務室を訪れたダエリーに対して、ヴァリエール公爵は穏やかな声色で言った。

 

 「わざわざお呼び立てして申し訳ない、ダエリー大使。さて、腹蔵なくお話させていただくが、今現在、我がトリステインに恐るべき奇禍が訪れようとしております。それを退けるために、貴公と貴国のお力添えをぜひ願いたいのです」

 

 ダエリーは困惑した。おまえの国から入ってきたゴーレムはどういうことだ。我が国とやりあうつもりか、などと詰問されると考えていたからだ。困惑を表情に出さぬよう努めて平静を装うダエリーが公爵に言った。

 

 「こ、これは異なことを、護国卿閣下。我が国とトリステインは、共に始祖「ブリミル」を祖とする兄弟国ともいうべき盟邦。盟邦の危機とあれば、我が国の危機も同義。い、いかなる助力も惜しみはいたしませんぞ」

 

 「心強きお言葉。目下、奇禍を齎さんとする不逞の輩は、我がトゥールーズを不当に占拠しているとのこと。我が軍の全力を以って、これを討ち果たす所存ですが、まあ、戦ゆえ、「何が起こるか」わかりません。貴国には、「事が終わった後」、災禍を蒙った我が国との「より一層の友誼」を……何卒、よしなに」

 

 いくつかの言葉を、殊更強調する公爵を前に、ダエリーは自身の背中を冷や汗が流れるのを感じた。

 

 (ジョゼフ王の乱心と暴走を知っているのか? ゴーレム侵攻を不問にする代わりに、王の戦死を黙認し、見舞金という名目で賠償金を払え、ということか……ラ・ヴァリエール公爵、侮れん)

 

 公爵自身は、ゴーレムを支配しているのが、まさか大陸最大の王国の頂点に立つ男だとは、思ってはいない。しかし、単独のゴーレムによる他国侵攻という不可思議な行動を、ガリア王国自体も把握していないのではないか、と踏んだのだ。

 

 その後、やや気落ちした様子で、執務室を辞したダエリーの元に、更なる報告が届く。それを聞いたダエリーは、判断がつきかねる、と言うように首を大きく傾げるのだった。

 

 『イザベラ王女、副女王に即位し、リュティス騒乱を鎮圧』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガリア大使ダエリーとは別にトリステイン軍の様子を見守る人物がいた。

 

 「さすがは、「烈風」と「剣聖」。往年の二つ名は、伊達ではなかったか」

 

 近衛銃士にのみ許された百合の紋章が描かれたサーコートに身を包み、左腰には長剣を吊るし、右腰には黒い銃把が覗く短銃を携えている男装の麗人。トリステイン近衛銃士隊を率いるアニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン騎士爵であった。

 

 王族の護衛と王宮内の警備を主任務とする近衛銃士隊は、今回の出陣には、参加しない。しかし、トゥールーズ市奪還戦の軍議には、オブザーバーとしてアニエスも参加していた。軍議には、「王権守護戦争」において武勲や褒賞を得ることが出来なかった軍部保守派の貴族も多く出席していたが、大半の者が緊張の余り言葉を発することはなかった。軍議は、ほぼ二人の人物の会話だけで進んでいった。

 

 一人は、上座に座る、貴族としての正しい威厳と風格を備えた壮年の貴族。もう一人は、上座の右手に座る魔法衛士隊の制服に身を包む細身の貴族。顔の下半分を覆う鉄仮面を身に着ける異相であったが、それを咎めるような蛮勇を持つ者は誰もいない。

 

 『烈風』と『剣聖』

 

 三十年前、トリステイン王国の危機を救った伝説の衛士たち。『剣聖リオン』は、「ブレイド」の魔法を振るわせたなら、大陸全土に並ぶ者はいないとさえ謳われた。そして『烈風カリン』は、その武勲並ぶ者なしと称され、騎士として望む全ての栄誉に浴した真の騎士と讃えられた。

 

 今、トリステイン軍の中枢にいる者の殆どが、彼らの活躍と凄まじい実力を肌で知っていたのだ。かろうじて、二人の会話に相槌を打てるのは、彼らと若干の親交があった陸軍元帥アルマン・ド・グラモン伯爵だけであった。

 

 

 

 

 

 その様子をオブザーバー席で静観するアニエスは、密かに嘆息した。

 

 (この状況は……伝説の衛士たちの実力に感嘆すべきか、現状の軍上層部の不甲斐無さを嘆くべきか)

 

 アニエス率いる近衛銃士隊は、軍部の統帥権から独立しており、女王マリアンヌの命にのみ従う。そんなアニエスが、彼女の部下たちと共に、王宮に参内したヴァリエール公爵夫妻と初めて面会した時、カリーヌ夫人は、公爵夫人としてのドレス姿ではなく、仮面と衛士服を纏う「烈風」スタイルだった。

 

 「陛下の盾は、いかほどのものか?」

 

 そう言ったカリーヌ公爵夫人から、凄まじい殺気と魔力が放たれる。まるで、近衛銃士隊を試すかのように。

 

 「な、なんという……」

 「ひっ……」

 「お、鬼だわ……」

 

 アニエスの後方に控えていた銃士たちが、例外なく「烈風」の威圧に呑まれようとしていたが、隊長たるアニエスは。

 

 「フッ、「烈風」の伝説は聞き及んでいましたが、どうやら錆付いてはおられないご様子。これからのご活躍、期待させていただきます」

 

 威圧に臆さないどころか、笑顔で歩み寄りながら、挑発めいた言葉をカリーヌに投げかけてみせたのだ。銃士たちはおろか、ヴァリエール公爵すら目を瞠った。

 

 「……陛下の守りに不安はないようだ」

 

 カリーヌは、アニエスの豪胆さに目を細めながら、言った。

 

 

 

 公爵夫妻が立ち去った後、銃士たちは、口々にアニエスの胆力を褒め称えた。それを制したアニエスは、厳しい口調で銃士たちに告げた。

 

 「銃士に必要な心構えを忘れたのか? 何事にも動じない「鉄の心」を持て。いかなる状況においても、銃口を揺らさないようにだ!例え、相手が伝説の「烈風」だとしてもだ!」

 

 「「「イエス、マム!!」」」

 

 銃士たちの答えを聞きながらアニエスは思った。

 

 (そう、いかに伝説とは言え「人間にすぎない」のだから)

 

 たしかにカリーヌの威圧は、凄まじいものだった。あくまでも「人間にしては」だが。かつて、アニエスが近衛特務官の居室で遭遇した長身異形の亜人の使い魔。かの使い魔が放った「魔気」ともいうべき圧倒的な威圧感に比べれば、伝説の「烈風」すらアニエスには「そよ風」は言いすぎにしろ「強風」程度にしか感じられなかったのだ。

 

 回想を終えたアニエスは、出陣していく同胞たるトリステイン軍を見送りながら、疑問に思っていたことを呟いた。

 

 「なぜ、特務官とあの使い魔を同道しないのだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァリエール本城上層階に位置する自室のベッドに、ルイズは突っ伏していた。時間は、早朝を指している。彼女の平時の起床時間より、かなり早い。

 

 「ああああァァァ!!」

 

 ルイズは、ベッドで転げ回りながら、悶絶していた。

 

 「な、な、な、なんであんなことしちゃったのよォォ! わたしぃ!!」

 

 

 ゴロゴロゴロゴロ

 

 

 いつもより、早く目を覚ましたルイズは、使い魔であるセルといつもの朝の挨拶を交わした時、昨晩のことを鮮明に思い出してしまった。

 

 「おはよう、ルイズ」

 

 「ふぁ~おはよ……セ……ル……」

 

 

 ボンッ

 

 

 瞬時に沸騰し、赤面するルイズ。

 

 「どうした、ルイズ?」

 

 セルの問いかけには答えず、顔を真っ赤に染めたルイズは力一杯叫んだ。

 

 「で、で、でてけっ!!」

 

 忠実なる使い魔を部屋の外に追い出してから小一時間、ルイズはベッド上でジタバタした。

 

 (い、いっくらセルにお礼がしたいからって、な、な、なんで裸になる必要があるのよぉぉ!? し、し、しかも何もかも捧げるって、な、な、何考えてるのよぉぉ!!)

 

 昨日の夜、セルとの間で交わしたやり取りを思い返すたびにルイズは、高速で転がり続けた。

 

 (せ、セルが普通に返してくれたから、な、なにごともなかったけど、そ、そうじゃなかったら……)

 

 そこで、ふと冷静になるルイズ。

 

 (でも、セルの奴、このわたしが、ぜ、全裸で、その、せ、迫ったのに眉一つ動かさないのは、どういうことなの? ま、まあセルに眉はないけど……)

 

 ルイズのプライドは高い。貴族としても、自称美少女としてもである。

 

 (こんなに可愛いご主人さまが、一糸纏わぬ姿で、捧げるとまで言ったのに! ふ、普通なら、我を忘れて踊りかかるぐらいのことはしなさいよね、あの朴念仁亜人!!)

 

 そこからルイズの想像力は暴走していくのだった。

 

 (ま、まあ、そうは言っても、けだものじゃないんだから、そうね……セルの良い声で、「主の気持ちは確かに受け取った。天上の美姫にも等しいその肢体に触れる罪を許して欲しい」とか言われちゃったら、わたしも……)

 

 すでに、セルの異形の姿のことなど、全く意味を成さなくなっているルイズは、更に考えを巡らせていく。

 

 (こう、やさしく、ベッドに横たえられて、あ、そう言えば、セルとキスするのって、コントラクト・サーバント以来だっけ、それから……ん? せ、セルって「どうやってスル」のかしら?)

 

 ルイズは、多感な十六歳の少女である。「そういった」ことに興味が無いわけがない。

 

 「……はっ!? な、な、な、なに考えてんのよォォ!! せ、セルとそんなことするわけないでしょぉぉぉぉ!!」

 

 これ以上ないほどに頬を紅に染め抜いたルイズが、またもベッドで転げまわる。大貴族の令嬢専用に設えられた大型のベッドは、そんな主の激しい運動にも耐え抜くのだった。

 

 ちなみに、複数回の感情テンションMAXを迎えたルイズは、「虚無の担い手」としての「段階」が一つ上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の中で、自身の主が思春期を爆発させている間、長身異形の亜人セルは、いつも通りの策謀を巡らせていた。ヴァリエール城の西方三百リーグに位置するトリスタニアにおける動きをも「気」によって把握することができた。

 

 (トリステイン軍が動いたか。どうやら公爵夫妻も従軍するようだな。ルイズに命令を出さないのは、親としての情とやらのためか)

 

 カトレアの治療によって、公爵家に対する影響力を強化したセルだが、主の父母である公爵夫妻の扱いに関しては決めかねていた。

 

 (たとえ、メイジや指揮官として最強クラスであったとしても、「アレ」を相手にすれば……)

 

 トリステイン領トゥールーズ市を占拠する巨大ゴーレムの戦力をある程度把握しているセルは、戦闘に及んだ場合、十中八九トリステイン軍は敗北し、公爵夫妻も戦死すると考えていた。

 

 (タバサの救出とカトレアの回復で、ルイズの精神は安定した。逆に更なる成長を促すためには、何らかの材料が要る)

 

 ある意味、ルイズの精神は今、乱れに乱れているのだが、人造人間であるセルには、未だに理解の範疇外であった。そんなセルが想定する材料とは。

 

 『愛する両親の壮絶な戦死』

 

 (怒りは重要なファクターと言える。そのための駒は、いくつか用意しているが、現状では公爵夫妻が手頃だな)

 

 トリステイン軍とゴーレムの戦いを静観する事を決めたセルに廊下の先から声がかけられる。

 

 「あら、使い魔さん? ルイズの部屋の前でどうしたの?」

 

 涼やかな声は、公爵家の次女カトレアのものだった。 

 

 

 

 

 

  

 




第五十二話をお送りしました。

次話でようやくルイズ&セルとジョゼフ&シェフィールドの激突が描けるかと。

激突と呼べるほどのものになるといいのですが……


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 第五十三話

一ヶ月近くのご無沙汰でした。

大変長らくお待たせしてしまいましたが、第五十三話を投稿いたします。


 

 

 「ミス・カトレア、随分と早く起床されるのだな」

 

 セルは、自身の主たるルイズの次姉に鷹揚に話しかけた。

 

 「ふふふ、あなたのおかげだわ。朝、自然に目が覚めて、痛みも苦しみも感じずに身体を伸ばせるのが、こんなにも幸福なことだったなんて……」

 

 ルイズと同じ鮮やかな桃色の髪を揺らしながら、カトレアは微笑んだ。貴族の令嬢が起床するには、早い時間帯である。ヴァリエール本城上層階の廊下には、長身異形の亜人と眉目秀麗な令嬢以外に人影はない。

 

 「申し訳ないが、主は今、少々立て込んでいるようなのだ。急ぎの用件でなければ……」

 

 ルイズの私室の扉を背にしたセルは、室内で転げまわる主を慮ってカトレアに再訪を促そうとするが、カトレアは首を横に振った。

 

 「いいえ、用があるのはルイズではないの。使い魔さん、あなたに会いに来たの」

 

 「わたしに?」

 

 「そう……えいっ!」

 

 

 ガバッ!

 

 

 セルの問いに頷いたカトレアは、突然セルに抱きついた。二メイルを遥かに超える長身を持つ亜人に対してである。まるで大人と子供の抱擁のように、カトレアの頭はかろうじてセルの腹部の黒い外骨格に触れる程度だった。それでも、精一杯両腕を伸ばし、セルの胴体を抱きしめるようにするカトレア。

 

 

 たゆん

 

 

 カトレアの豊満な双乳が、セルの外骨格に押しつぶされ、さらに魅惑的な曲線を描く。その破壊力たるや、正に想像を絶するだろう。

 「人造人間」の想像力の埒外だが。

 

 「……」

 

 女神の抱擁を受けたセルだが、微動だにせず、ただカトレアを見下ろすだけであった。そんなセルを見上げたカトレアが、首を傾げながら聞いた。

 

 「嬉しく……ないかしら?」

 

 「……ミス・カトレアが、わたしに対して敵意を抱いていないのは、解る」

 

 セルの言葉に目をパチクリさせたカトレアは、静かにセルから離れると、くすっと微笑んで言った。

 

 「ふふ、ごめんなさい、あなたにもお礼をしたかったのだけど。そうよね、亜人さんだと、やっぱりいろいろ違うのかしら?」

 

 「治療についてなら、すべては我が主が望んだことだ。主の望みを叶えるのが、使い魔の務め。わたしに礼をする必要などない」

 

 セルは、低く良い声ながら、真意を悟らせない平坦さで、カトレアに告げた。

 

 「見返りを求めない忠誠と奇跡すら起こす絶大なる力を併せ持つ使い魔……始祖の伝説に語られる「虚無の使い魔」とは、もしかしたら、あなたのような存在だったのかもしれないわね」

 

 まるで敬虔な信徒のように、カトレアは静謐な表情で言葉を続ける。

 

 「そして、そんなあなたを使い魔として召喚したルイズも……」

 

 一度、口を閉ざしたカトレアは、わずかに間を置くと、再度セルを見上げ、あえてにこやかに言った。

 

 「あなたは、わたしの命の恩人、そして、わたしの可愛い小さなルイズの使い魔。わたしにとって、家族と同じくらい大切な存在だわ。だから、お願い。決して……決して、ルイズを悲しませないであげて」

 

 「承知した、ミス・カトレア」

 

 セルは、その場に跪き、カトレアに頭を垂れた。

 

 「ありがとう、あ、それから、わたしやエレオノール姉さま、お父様やお母様のことも、「どうか、よろしく」ね」

 

 カトレアは、それまで以上の微笑みと共に、自身の前に膝を突く亜人に言った。言外の含みを持たせて。セルは、以前ルイズが次姉カトレアは、どこか浮世離れしている所があって、時に怖くなるくらい「勘」が鋭い、と言っていたことを思い出していた。

 

 (ヴァリエール家次女カトレアか。よもやトリステイン軍出撃の事を知っているとは思えんが、さすがはルイズの姉といったところか。さて……)

 

 公爵家の次女が去った後、セルの元に、「もう一人」のセルからの念話が届く。まるで、図ったかのように。

 

 (イザベラが動く、か。止める事もできるだろうが、このタイミングであれば……ルイズとジョゼフとイザベラ、上手くいけば、「見極め」と「継承」を同時に進めることができる)

 

 セルは、決断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――トゥールーズ市から北に二十リーグ、トリステイン派遣軍陣地。

 

 護国卿ピエール・リオン・ド・ラ・ヴァリエール公爵は、陣地最後方の仮設司令部で最後の軍議を行っていた。だが、その場には、議論を戦わせる相手は、一人しかいなかった。公爵の妻であり、魔法衛士隊総隊長にして派遣軍総司令代行を拝命する鉄仮面の衛士「烈風」カリンその人であった。

 

 「全長八十メイルの巨大ゴーレムとはな……」

 

 公爵は、眉を潜ませながら言った。

 

 「土系統のスクウェアメイジが、複数でかかっても、造るだけならばともかく、その巨体を維持したまま、数百リーグを侵攻し、数千の軍を壊滅させるなど、ありえん話だ」

 

 「ですが、事実です。斥候の報告もそれを裏付けています」

 

 感情を感じさせない無機質さで応える烈風。それを聞いた剣聖は、思わず溜め息が漏れそうになる。

 

 (人間、いつまでも変わらんものだな、我が妻ながら……)

 

 「だが、報告に大きな誤りがなければ、我が軍の精鋭を集結させた、この奪還軍二万も、ウィンプフェンの二の舞になるかもしれん」

 

 「……討つならば、「人形」ではなく、それを操るモノを討つべきかと」

 

 「ふむ、「人形遣い」を討つ、か」

 

 妻にして、最高の相棒でもある烈風の言葉に、我が意を得たり、とばかりに頷く剣聖。およそハルケギニアの常識では、ゴーレムやガーゴイルなどの魔法兵器の運用には、制御者となるメイジが必須となる。長期間かつ複雑な行動を命令するためには、それだけ多くの「魔力」と「メイジ」が必要だった。魔法衛士隊の精鋭で編成された斥候隊は、トゥールーズ市に新型のガリア戦艦が入港しているという情報を持ち帰っていた。九分九厘、巨大ゴーレムの指揮船だろう。

 

 奪還軍本隊を囮に、ゴーレムを引きつけ、魔法衛士隊を中心とした少数精鋭で以って、指揮船を押さえる。

 

 「……任せるぞ、カリン」

 

 「……任された、リオン」

 

 伝説の衛士たちにブランクと呼べるものは皆無であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それにしても、ガリアのゴーレムがトリステインに侵攻してくるなんて……タバサの件の報復なのかしら?」

 

 「その可能性は、低いだろう。ガリアの上層部は、タバサがトリステインに居ることはおろか、アーハンブラ城が消滅したことさえ、未だ掴んではいないはずだ」

 

 「だといいんだけど……ううん、我が国が侵略を受けているんだもの。いいはずがないわ!」

 

 「その通りだ、ルイズ」

 

 「急いで、セル!」

 

 「承知した」

 

 カトレアの訪問とイザベラ・セルからの情報を得たセルは、巨大ゴーレムとトリステイン軍との激突に介入することを決め、すぐにルイズに状況を伝えた。尚もベッドで右往左往していたルイズは、突然入ってきた使い魔に奇声を上げて、枕や毛布を投げ付けたが、デルフリンガーを投げ槍のように投擲した後、どうにかセルの説得を聞き入れ、平静を取り戻した。

 

 そして、セル曰く、強大な力(あるいはガリアの「虚無」かもしれない、という)を秘めた巨大ゴーレムが、トリステイン内に侵攻しており、これを排除するためにラ・ヴァリエール公爵率いる軍勢が進発したが、まともに戦えば、公爵の敗北は間違いない、という。

 

 ルイズは、直ちに父の援護に向かうことを決断した。

 

 しかし、母も従軍しているという事実から、軍への合流ではなく、単独でゴーレムの撃破を目指すことにした。

 

 軍務に就いている母の姿を想像したルイズは、身震いが止まらなかった。遭遇する必要がなければ、全力で回避して、何の問題もない、彼女はそう思い込むことにした。

 その為、ルイズとセルは、巨大ゴーレム「フレスヴェルグ」が陣取るトゥールーズ市と公爵率いる奪還軍が激突するだろう、市北部の平原にセルの高速飛行によって、先乗りした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「!……やっと、きたか。待ったぞ、「兄弟」よ」

 

 ラングドック城の上空に滞空しているアンリ・ファンドーム号の甲板から、面白くもなさそうに、数リーグの距離まで接近して来たトリステイン軍の布陣を睥睨していたジョゼフは、トゥールーズ平原の中間地点に新たな存在が飛来したことを直感的に理解した。自分以外の「担い手」の存在を遠隔から感知できるほど、ジョゼフの「段階」は進んでいたのだ。

 

 「さあ、わがミューズよ! 時は来た! 兄弟に、我らの「フレスヴェルグ」の力を見せつけてやろうではないか!」

 

 背後に控えるシェフィールドを振り返ったジョゼフは、目を爛々と輝かせ、使い魔に命を下した。

 

 「ジョゼフ様の御心のままに」

 

 シェフィールドも、自身の「ミョズニトニルン」としての能力が、未だかつて無いほど高まっている事を自覚した。主であるジョゼフが、「虚無の担い手」としての力を増大させたことに呼応しているかのようだ。今ならば、「フレスヴェルグ」の能力を十全以上に引き出すことが出来る。あの「ガンダールヴ」の化け物にも引けは取らない。

 

 シェフィールドは、自身と最愛の主の勝利を確信した。

 

 「猛けろォ! 「フレスヴェルグ」!! 呪われし魔剣の一撃を以って、我が主の敵を屠れっ!!」

 

 

 グオオオオォォォォォォォォォォォォ!!!

 

 

 周囲数リーグに響き渡る咆哮と共に、「フレスヴェルグ」は、大剣と大盾を大地に突き立てると、胸部の装甲を解放した。

 

 

 ガコンッ!

 

 

 都市を一撃で灰燼に帰す、最強の魔法兵器「ダインスレイヴ」が、その照準をトリステイン軍陣地後方に定めた。現行の長距離魔法兵器の射程を遥かに超える遠距離からの砲撃。「フレスヴェルグ」の威容に呑まれかけていたトリステイン軍は、何の対応も取ることが出来なかった。

 

 一人と一体を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ん? あ、あれ、ひょっとして、ま、まずいんじゃないかしら?」

 

 ルイズは、一リーグ以上はなれた場所にいるはずの巨大ゴーレムが、なにやら怪しい動きをしていることに気付いた。

 

 「その通りだ、ルイズ。敵は、どうやら超長距離攻撃を可能とするようだ。このままでは、トリステイン軍は成す術もなく壊滅するだろう」

 

 「しれっと言ってんじゃないわよ! なんとかしなきゃ!」

 

 「無論だ」

 

 セルはルイズを背後から抱きすくめるようにすると、彼女に集中を促す。それを受けたルイズも気合を入れて声をあげた。

 

 「やるわよ、セル!」

 

 「ルイズ、敵の先制攻撃に対応せねばならん。「守り」を強く意識するのだ」

 

 「わかったわ!」

 

 セルの助言を受けたルイズが両目を瞑り、集中を高めていく。これまでよりも、さらに素早く彼女の脳裏にスペルが浮かぶ。

 

 敵の大規模攻撃を防ぐ障壁を展開する「虚無」の呪文。

 

 以前、「王権守護戦争」時に使用した「アブソーブ〈吸収〉」は、相手が同じ「虚無の担い手」の場合は、無効化されてしまうため、使えなかった。ルイズが編み出したと思われる呪文も、「虚無」というカテゴリーの制約は受けるのだ。

 

 「ゴール・ドウ・ハヴ・ベン・ガール・ノス・クリル・ルウン・アーウ・スヴェル・イーズ・レス・ナウン……」

 

 それは、またしてもデルフリンガーの記憶に存在しないスペルだった。

 

 (いまさら驚くことでもねえが。この感じ、嬢ちゃん自身が編み出しているようにも、旦那がそうなるように誘導しているようにも見えるな、しかし……)

 

 インテリジェンスロッドの自意識の思考とは関係なく、「始祖の秘宝」代替機能は、正常に作動していた。

 

 そして、詠唱が完了した。

 

 「オブストラクション!!」

 

 

 キィィィィィィィィンッ!!

 

 

 平原に木霊する甲高い音を響かせながら、青白く、途方も無く巨大な壁が、ゴーレムとトリステイン軍陣地の中間に出現する。

 

 それとほぼ同時に。

 

 「ダインスレイヴ、発射!!」

 

 

 バシュゥゥゥ!!!

 

 

 シェフィールドが命令を発すると、秒を置かず、「フレスヴェルグ」の胸部から真紅の光弾が発射される。通常の火砲を遥かに超える初速でトリステイン軍に迫る光弾。

 

 しかし、光弾は、ルイズとセルが展開した「虚無」の障壁に衝突する。

 

 

 カッ!!!

 

 ズガガガガガガガガッ!!!!

 

 

 光弾に込められていた純粋なる「火」の魔力が、あらゆる物を焼き尽くす熱量を解放し、その全てを障壁に叩き付ける。熱線と衝撃波が、平原の大地を凄まじい勢いで掘削していく。

 

 結果、障壁は光弾を防ぎ切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、あれが、ガリアの「虚無」の力なの?」

 

 ルイズは、やや困惑した声をあげた。たしかにゴーレムの放った光弾の威力は凄まじいモノだった。彼女とセルが展開した障壁に防がれたとはいえ、平原にはその爪痕として巨大なクレーターが出現していた。だが、ルイズが予感していたほどの脅威は感じられなかった。

 

 「あのゴーレム自体は「虚無」と直接の関係はないようだ。恐らく「虚無の担い手と使い魔」によって性能を強化されているのだろう」

 

 「じゃあ、強化されてあの程度ってこと?」

 

 拍子抜けしたように言うルイズをセルがたしなめる。

 

 「ルイズ、油断は禁物だ。限界まで強化されているとは限らん」

 

 「まだまだ、強くなるかもしれないのね」

 

 気を引き締め直すルイズを見たセルは、考える。

 

 (ルイズが、ジョゼフを倒す……それも悪くない。だが、「担い手の継承」を把握するためには、もう一人、必要だな)

 

 もう一人のセルの、もう一人の主が、戦場に到着するには、若干の時間が必要だった。

 

 (この場でルイズの仕上がり具合を、視ることもできる、か)

 

 「ルイズ、わたしが時間を稼ぐ。その間に君は、あのゴーレムを撃破し得る、新たな「虚無」を組み上げるのだ」

 

 「は? じ、時間を稼ぐって?それに「虚無」を組み上げるなんて、あ、あんたと一緒じゃなきゃ、わたし一人で出来るわけ……」

 

 「君は、このわたし、「人造人間」セルの主なのだ。そして、君は成長している。もはや「虚無」を唱えるのにわたしの助けは、必須ではない。それは、君自身わかっているはずだ」

 

 確かに、さきほどの「オブストラクション〈障壁〉」を詠唱する時、今までよりも、あらゆる面で、あらゆる要素がスムーズに組み上がっていくことをルイズは実感していた。

 しかし。

 

 (で、でも、セルに後ろから抱いてもらっている方が、あ、安心できるし、こ、心休まるって言うか……)

 

 ルイズは、「虚無」の単独詠唱には消極的だった。

 

 「……ルイズ、わたしの背中をきみに任せる」

 

 「え?」

 

 セルの一言に、ルイズの気持ちは大いに奮い立った。いつも、守られるばかりだった自分が、セルに頼りにされている。使い魔の言葉を、そう解釈したルイズは、全身に武者震いを感じるのだった。

 

 「ま、任されようじゃない! ご主人さまの偉大な力を、たっぷりと見せてあげるわよ! だ、だから、あんたもしっかり時間稼ぎしなさいよね! な、何なら、あんたがあのデカブツ、ギッタンギッタンにしちゃってもいいわよ!!」

 

 頬を染めながら、気勢を上げるルイズの言葉に、セルは凄みのある笑みを浮かべながら応える。

 

 「承知した。では、丁寧に、丹念に、徹底的にギッタンギッタンにするとしよう」

 

 「あ、あの、セル? 気付いたら、地平線の向こうまで、荒野になってましたとか、やめてね、その、お願いだから」

 

 「……無論だ」

 

 主の不安げな声に、いつも通りの良い声で答えると、セルは高速飛行で、「フレスヴェルグ」に接近した。

 

 「……本当に大丈夫かしら?」

 

 「心配なら、旦那が本気出す前に嬢ちゃんが、あのデカブツを仕留めるしかねえぜ……」

 

 「デルフ、あんた起きてたの?」

 

 「まあ、なんつーか、最近考えることが多くてね。」

 

 ルイズの問いに、やや疲れた答えを返すデルフリンガーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、まずは……四十倍というところか」

 

 ルイズの傍を離れたセルは、「フレスヴェルグ」から、およそ六百メイルの距離に滞空していた。そして、おもむろに四肢に力を漲らせると、一つの「技」を発動させた。

 

 「ぬうんんんんんっ!!」

 

 

 ググ、ググググ、ググググンッ!!

 

 

 その結果、セルの肉体に起こった激烈なる変化を、その時、平原に居た全ての者が目撃した。

 

 

 自身の使い魔に「背中を任せる」と言われ、気勢を上げていたルイズが。

 

 ゴーレムの砲撃とそれを防いだ障壁の出現に、驚愕していたラ・ヴァリエール公爵が。

 

 制御者を押さえる為、直属の衛士隊とともにトゥールーズへ迂回しようとしていた「烈風」カリンが。

 

 待ち望んでいた同胞たる「担い手」の実力に満足気な笑みを浮かべていたジョゼフが。

 

 必殺の「ダインスレイヴ」の一撃をあっさりと防がれたことに臍を噛んだシェフィールドが。

 

 その光景を前に、皆一様に呆けた表情を晒した。

 

 

 ズズズンッ!!!

 

 

 大地を揺るがす轟音とともに、「それ」は降り立った。昆虫のような外骨格を纏い、体表に無数の黒い斑点を備え、二本の角と一対の羽を持ち、そして長大な尾を振るう異形の存在。

 

 だが、その全長は、実に百メイルにも及ぶ「巨身」の亜人。

 

 それは、かつてピッコロという名の異形の戦士が編み出した「超巨身術」と呼ばれる、自身の肉体を超巨大化させる秘技を発動した、人造人間セルの威容であった。

 

 

 

 




第五十三話をお送りしました。

原作では、ピッコロも天下一武道会決勝戦でしか使用していない「巨身術」ですが、作者は、「魔貫光殺砲」の次に好きな技です。「魔空包囲弾」や「激烈光弾」も好きですが、神コロ様になってからの技ですから、本作のセルは使えません。

今後の物語にご期待ください。


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 第五十四話

二ヶ月半のご無沙汰でした。

本当に、本当に長くお待たせしてしまいました。

第五十四話を投稿いたします。


 

 

 「……は、ははは。そうか、そういうことか……」

 

 トゥールーズ市北部の平原に突如、出現した全長百メイルに及ぶ巨身異形の亜人。恐るべき巨身の降臨の衝撃から、最初に立ち戻ったのは、「無能王」ジョゼフ一世であった。

 ジョゼフは、まるで何かを堪えるかのように両手で、顔を覆った。全身が小刻みに震えている。

 

 「これか、これこそが、おれが待ち望んでいたモノか……」

 

 一呼吸置いた後、両手を下ろしたジョゼフの双眸は、未だかつて無い、異常な輝きを宿していた。

 

 「六千年前、始祖ブリミルの御世において、生けとし生ける者すべての天敵とされた異形の存在「ヴァリヤーグ」。伝説では、それは天を衝くほどの巨人であったとも、無数の魔法兵器の群れだったとも謂われるが……」

 

 座乗船アンリ・ファンドーム号の甲板から、北トゥールーズ平原を見下ろすジョゼフの視線の先では、彼の使い魔であるシェフィールドが操る超巨大ゴーレム「フレスヴェルグ」が、二振りの大剣と二個の大盾を油断無く構えている。その意思無き三つ目が見据えるのは、「蒼光」のルイズの使い魔である巨身異形の亜人セルである。特に構えなどは取らず、長さにして二百メイルに及ぼうかという長大な尾を揺らめかせている。

 

 「我がミューズよ! 今だ! 正に今こそが、おれとおまえの最期にして最大の見せ場と心得よ!! あのうすらデカイ化け物をなます切りにしてくれようぞ!!!」

 

 「は、はい! ジョゼフ様!」

 

 ジョゼフは傍らに控えていたシェフィールドを強引に引き寄せて、抱きすくめる。この時、ジョゼフとシェフィールドの「虚無の担い手と使い魔」としての力は、極限まで高まっていた。

 そして、それは、二人の限界をも示していた。

 

 

 ズギャッンッ!!!

 

 

 ガリア製の特殊鋼に魔力強化を施し、「火」と「風」の結晶石を間接部に組み込むことで運動性を向上、さらには「ミョズニトニルン」の特殊能力による「能力限界突破」。極限まで引き出された「フレスヴェルグ」のポテンシャルは、その巨体からは想像もできないほど、俊敏かつ強力な連撃を可能とする。うなりを上げて巨身異形の亜人に迫る二振りの大剣。直撃すれば、大型戦艦や王都の主防壁すら、一瞬で瓦礫の山と化すだろう。

 

 

 ガンッ!!

 

 

 だが、そんなとてつもなく重いはずの一撃を巨身異形の亜人は、素手の防御で難なく受け止めていた。その上、相手の攻撃の切れ目を狙って、長大な尾を鞭の如くしならせ、反撃に出る。

 

 

 ギュルルッ!! バジンッ!!

 

 

 「騎士人形」も大盾を揃えて構えることで、空を切り裂き、迫り来る亜人の尾の一撃を受け止める。各々の一挙手一投足が、大地を砕き、大気を震わせ、平原を覆いつくすかのような影の乱舞を呼ぶ。

 

 それは、正に人智を超えた神話の具現とも言うべき、恐るべき激闘であった。

 

 

 

 

 

 そんな「巨人大戦」の最中、亜人セルは内心溜め息をついた。

 

 (丁寧に、丹念に……「やさしく」扱わねばならんのが、面倒ではあるな)

 

 セルが、その気になれば、彼の主たるルイズが一度まばたきする間に、「フレスヴェルグ」を百回破壊することも容易であった。それは、脆い「木偶人形」を相手にした人形遊びであった。

 

 (間もなく「彼女ら」も来る。できれば、その前にルイズの「仕上がり」を確認しておきたいところだが……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「もういやねせるったらあんなにおおきくなっちゃってあれじゃあがくいんのへやにもおうきゅうのへやにもはいらないじゃないさんさいじだからってせいちょうしすぎよ~」

 

 「嬢ちゃん、嬢ちゃん。声が、おまえさんの胸みたいに平坦になってるぜ。おまけに何言ってんのか、まるでわかんねえんだが……」

 

 「あ~らごめんあそばせおほほほほほ」

 

 「だめだこりゃあ」

 

 セルが見せた新たな「引き出し」に呆けてしまったルイズに対して、デルフリンガーが突っ込みを入れるが、反応は芳しくなかった。

 

 (まあ、嬢ちゃんの反応も無理はねえ。巨大ゴーレムと戦り合うために、てめえも巨大化するって、どんな神話やおとぎ話だよ。だが、これでトリステイン軍にも、おれたちが来たことがばれちまった筈だ。それも旦那の、セルの野郎の思惑通りなんだろうがな)

 

 デルフリンガーの自意識が考えに耽る中、ルイズもどうにか自分を取り戻し始めていた。気合を入れるために、デルフを腋に挟みながら、両手で頬を打ち、裂帛の声をあげる。

 

 「しっかりしろっ!! わたし!!」

 

 「お目覚めかい? 嬢ちゃん」

 

 「ふん、もちろんよ! わたしを誰だと思ってんのよ!? 「蒼光」のルイズことルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールなんだから!」

 

 そう啖呵を切ったものの、ルイズの内心はやはり平静ではなかった。

 

 (あいつの規格外にも慣れてきたって、何度も思ったけど、その度に斜め上の「引き出し」に度肝を抜かれてる気がするわ。でも、あいつに、セルに「背中を任せる」って言われたのは初めてだった……)

 

 セルは、ルイズの使い魔になった当初から、彼女には秘められた力があると、事あるごとに言い聞かせてきた。実際、ルイズは伝説の魔法「虚無」に目覚めて、大きな戦役を終結に導くほどの力を発揮してきた。

 

 (でも、それらは全部、セルに言われて、セルの力に頼りっぱなしの結果に過ぎなかったわ)

 

 ルイズは、使い魔であるセルに、ただ守られ、導かれるだけの存在から脱却したいと考えていた。

 

 (セルには、セルの考えというか企みがある、と思う。召喚者として、ご主人さまとして、使い魔の勝手にはさせないわ! わたしは……わたしは、セルと同じ場所に立ちたい!同じ世界が視たい!)

 

 デルフリンガーを両手で構えるルイズの視線の先では、巨大ゴーレムと巨大亜人が、人智を超えた激闘を繰り広げていた。決意を固めたルイズは、臆すことなく、巨人たちの死闘を見据え集中を高めていく。その魔力の高まりは、デルフリンガーの全身にも余すことなく伝達されていった。

 

 (意外に切り替えが速いのも嬢ちゃんの長所だな。さて、どうなる?)

 

 ルイズの全身が、青白い魔力の奔流に包まれていく。これまでに何度も経験したように彼女の脳裏に「虚無」のスペルが浮かび上がる。それは、今までのスペルよりも、強力に、鮮明に、ルイズには感じられた。

 

 「ズン・ゾグ・ザイム・ユヴォン・ワール・アークリン・ヴェイスン・ヴェド・トガート・スタルン・サヴィク・ルル・ルヴァル・クエスエゴル・ニド・ニヴァーリン・ナサラール・ナークリン・モロケイ!!」

 

 その「虚無」、あるいは「虚無」以外の「ナニカ」の効果は、使い魔の能力を限界を超えて強化させる。

 

 それは「進化」とさえ呼べるものだった。

 

 「エヴォリューション!!」

 

 「!!……おいおい、ルイズとセル、おまえさんたちはこの先、一体、「ナニ」になっちまうんだ?」

 

 デルフリンガーの呟きは、誰の耳にも届かぬまま、消えた。

 

 ルイズの全身から放たれた閃光は、巨大化したセルの背に吸収された。

 その瞬間。

 

 「これは……そうか、これがルイズ、きみの……」

 

 セルの全身に「超巨身術」をも遥かに超える劇的な変化が生じた。巨大化は強制的に解除され、セルの全身が「超巨身術」に匹敵するほどの大きさの青白い閃光の中に包まれる。その中で、セルはかつて経験した肉体の「進化」が、再度自身の身に起きている事を自覚した。

 

 そして、閃光が収まった。

 

 

 セルは、自身の両手を改めて確認した。指の数は、10本になっていた。逆に足の指は、まるで軍靴の如き形状に変化していた。必要の無くなった尾は、退化し、先端部のみが背中に残されていた。

 そして、二メイルを大きく超えていた長身も、やや縮んでいた。なによりも、セルの容貌に大きな変化が起きていた。人のそれとは一線を画す異相ではあったが、十分に端整な顔立ちと言って差し支えなかった。

 

 セルは、「完全体」に変化していたのだ。

 

 

 シュシュシュ

 

 

 肉体の動きを確認するように両腕で軽くジャブを放つセル。状況を把握した、その顔に笑みが浮かぶ。

 

 「しゃあっ!」

 

 眼前の「フレスヴェルグ」に向かい、右腕を振るうセル。五本の指から、光の線が奔る。かつて、「フリーザ」という異星人が使った「デスウェイブ」。指から放たれる光の軌跡は、一切の誇張無く、惑星そのものを切り裂く恐るべき威力を持つ。ハルケギニア史において、他に類を見ない巨大ゴーレム「フレスヴェルグ」に施された特殊装甲であろうとも、紙にも等しい。

 

 

 ガラガラガラッ!!

 

 

 バラバラに切り裂かれた「フレスヴェルグ」だったモノが、轟音を立てながら崩れ落ちる。「デスウェイブ」の閃光は、さらに千リーグ以上離れた、大陸最大の山脈にして「ガリアの背骨」と称される火竜山脈の頂上周辺数リーグを削ぎ飛ばし、あまつさえ浮遊大陸アルビオンの下部岩塊を百五十リーグもの長さに渡って、切り落としてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (ルイズ。まさか、ここまで仕上がっていたとは、な。フフフ、きみはいつも、わたしを驚かせてくれる)

 

 自身の主が、予想以上に成長していることを、文字通り、肌で確認することができたセルは考える。

 

 (だが、それでもルイズ一人では、このわたしを「完全体を超えた完全体」に進化させることは難しいようだな)

 

 セルは、ルイズの「虚無」を受けることで、「第一成体」から一足飛びで「完全体」へと変化していたが、それが一時的なものである事を悟っていた。

 

 (わたしが、真に「完全」となる為には、やはりルイズだけでは足りない。すべての「担い手」、そして……「使い魔としてのセル」が必要か)

 

 瓦礫の山と化した「フレスヴェルグ」の後方に浮遊していたフネの甲板では、ジョゼフ達が呆然としていた。それを観察したセルは、分身体の接近をも察知していた。ルイズの元に戻るべく身を翻すセル。

 

 (さて、後は「もう一人の主」に任せるとしよう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セルがその場を去った事を感知したジョゼフは、「フレスヴェルグ」が一瞬で残骸の山と化してしまった呆然の呈から抜け出し、抱き寄せていたシェフィールドを放り出すと悲痛とも言える声をあげた。

 

 「まてっ! どこへ行く!? おれはここにいるのだぞっ!! おまえが断罪すべき、狂った王がここにぃ!!」

 

 「ジ、ジョゼフ様……」

 

 困惑するシェフィールドを尻目に、まるで救いを懇願するようなジョゼフの言葉が、「アンリ・ファンドーム」号の甲板に響いた。無論、セルがその願いにも等しい声に応えることは無かった。

 しかし。

 

 「お父様!!」

 

 下部甲板から、様々な感情が込められた少女の声が、ジョゼフとシェフィールドの耳に届いた。

 

 反射的に振り向いたジョゼフの視線の先には、一人の少女と一体の亜人がいた。

 

 ガリア王家に伝わる正統女王衣を纏い、略王冠を戴いたジョゼフの一人娘、イザベラ。

 そして、二.五メイルに及ぶ長身と筋骨隆々の体躯を誇る異形の亜人、セル。

 

 「……イザベラ?」

 

 父たる無能王と娘たる無能姫の、最期の邂逅であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トゥールーズ平原での戦いにおいて、意図せずしてセルが、一時的に「完全体」へと変化したことで、彼の戦闘力は九桁を突破していた。その数値は、ハルケギニアで半年を過ごしたセルにとっても、初めてのことだった。究極の人造人間たるセルにとっては、本来の実力の一パーセントにすら遠く及ばない「力」。

 

 だが、ハルケギニアと呼ばれるこの異世界において、その「力」の出現は、文字通り、世界の存亡を左右する「存在」を呼び覚ますことになる。遥かな忘却の彼方から。

 

 そして、異種族ながら、セルの「気」を探知することができるエルフ族にとっても、「完全体セル」の出現は、彼らの危機感を極限まで刺激することになる。停滞していた「災厄撃滅艦隊」の編成と「精霊救済戦争」の事前準備が、これを機にエルフ族全体の総力を挙げて推進されることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ル、ルクシャナ!! 右舷の魔法機関が火を噴いているぞ!!」

 

 「そんなことはわかってるわよ、アリィー!! さっさと補助機関を起動させなさい!!」

 

 「わ、わかった! ああ、「大いなる意志」よ! 我々に救いを!!」

 

 「祈るよりも、まず!! 自分で全力を尽くしなさい!! あなたは誇り高き「ファーリス」でしょっ!?」

 

 「そ、そ、そんな事言われても!!」

 

 二人が搭乗していたエルフ族最新鋭の長距離偵察艇「アヌビス」号は、目的地である浮遊大陸アルビオンを目指して順調な航海を続けていた。しかし、浮遊大陸の威容を目視で確認した直後、まるで世界全てを覆いつくすかのような「波動」が彼らを襲い、さらに秒を置かず、アヌビス号のすぐ横を光の線が奔った。その閃光は、アルビオン大陸の岩塊部分を大胆に切り裂くと虚空に消えた。煽りを受けたアヌビス号は複数の魔法機関が不調に陥り、墜落の危機に直面していた。

 

 「こ、こなくそー!! こんなことでわたしの好奇心は負けないわよ!!」

 

 必死に舵を取るルクシャナは、どうにかアヌビス号をアルビオン大陸に到達させようと奮戦していた。その甲斐あって、半壊状態の偵察艇は、大陸内に侵入できたものの、限界を迎えようとしていた。

 

 そこは、アルビオン王国サウスゴータ地方の、「とある森」の上空であった。

 

 

 

 

 

 




第五十四話を投稿いたしました。

次話からは、もう少し更新速度を上げていきたいと思っています。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。


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 第五十五話

またしても、お待たせしてしまいました。

第五十五話を投稿いたします。


 

 

 結末が訪れるまでに要した時間は、十分に満たなかった。

 

 数リーグ先からでも恐るべき威容を示す、全高八十メイルを超える超巨大ゴーレム。北トゥールーズ平原に布陣したトリステイン軍の誰もが、その威容に固唾を飲み込んだ時、まるでそれを察知したかのようにゴーレムの胸部から真紅の閃光が放たれた。さらに時を同じくして平原の中央に突如、青白い輝きを放つ途方も無く巨大な壁が出現した。

 

 閃光、轟音、震動。

 

 それらが収まった時、平原の中央に地方都市一つが丸々入るほどのクレーターが出現していた。トリステイン軍布陣の最前線を構築していた王都駐留第二師団所属の軽装騎兵たちが、「もしも、巨大な壁が出現していなかったら、自分達が今立っている場所がクレーターになっていたのでは?」と気付く間も無く、クレーターを挟んでゴーレムに相対する位置に今度は、全高百メイルに及ぶ亜人が出現する。その姿が、彼らの母国を救った英雄にして「蒼光」の二つ名を持つ少女の使い魔たる、長身異形の亜人ではないか、と考える者も少数いたが、二つの巨体が驚天動地の戦いを開始すると、そのような雑念は彼らの意識の外へ吹き飛んでしまった。

 

 天が割れ、地が裂け、大気が震え、そして再度の閃光。

 

 気付いた時、平原に残されていたのは、ゴーレムの構造材と思しき瓦礫の山だけであった。巨身異形の亜人は影も形も無く、しかし、平原に刻まれた夥しい数の痕跡は、巨人大戦が夢や幻では無かった事をすべての人々に示していた。

 

 「……」

 「……」

 「……」

 

 本来であれば、布陣中の兵士達の間を複数の伝令兵が激しく行き交っているはずなのだが、王国が誇る精鋭で構成されたトゥールーズ奪還軍二万騎の将兵達は、あまりにも荒唐無稽な光景を目にしてしまった為、思考停止に陥っていた。

 

 ただ一人、奪還軍を指揮する護国卿ピエール・リオン・ド・ラ・ヴァリエール公爵を除いて。

 

 (……ルイズ、わしの可愛い小さなルイズ……おまえは、一体どうしてしまったというのだ)

 

 かつて「剣聖」と呼ばれ、トリステイン衛士隊の名を大陸中に轟かせた公爵といえど、巨大ゴーレムが放った破壊の閃光の前には、為す術が無かった。その閃光が青白く輝く壁に防がれ、さらにどこかで見た様な醜い姿の巨身異形の亜人が出現すると、公爵は二つの事を理解した。

 

 一つは、溺愛してやまない末の娘が戦場に来ている事。

 

 もう一つは、小さく、愛らしい、その末の娘が、人智を超えた途轍もない「力」に目覚めている事を。

 

 (……王家に連なる血筋に生まれながら、碌に魔法が使えない。そんな事は、全くもって、どうでもいい事だった。我が娘たるルイズを愛するために、何の妨げにもならん、ささいな事だった。だが、こんな力を……なぜ、ルイズ、おまえが持たなければいけないのだ)

 

 王権守護戦争において、三女ルイズが最大の功績を挙げた事を聞いた公爵は、狂喜した。だが、その後、アンリエッタ王女とマザリーニ枢機卿から極秘に伝えられたのは、ルイズが失われた伝説の魔法「虚無」に覚醒したという事実だった。始祖「ブリミル」のみが操り、六千年前に世界を救う原動力ともなった最強最大の魔法。始祖の存在を「神」と同一視するハルケギニア大陸において、その「力」を振るう事は始祖「ブリミル」の後継者たる事を何よりも、明確に証明し得る可能性があった。

 

 公爵は、それまで固辞していた中央政界への復帰を承諾した。

 

 始祖の末裔たる四王家に連なるとはいえ、一国の公爵家の三女が「虚無」を操る術に覚醒した。ルイズ本人やアンリエッタ王女は、それが意味する所を正確には理解していなかった。場合によっては、ルイズはトリステインはおろか、ガリア、ロマリア、アルビオンの王位継承権を主張する事ができてしまうかもしれないのだ。アンリエッタやマリアンヌが、自身の地位を脅かす存在としてルイズを害する可能性さえ公爵は考えていた。そして何より、あの「鳥の骨」や有象無象の腐れ貴族どもが何を企むか知れたものではなかった。ルイスを守るため、公爵はトリステインの舵取りを決意したのだ。

 

 (ルイズ、我が娘よ……わしが、おまえを守る……守ってみせるぞ。例え、この国そのものを敵に回したとしても……おまえだけは)

 

 公爵は、本陣の指揮席から立ち上がり、未だ呆けた表情の幕僚達に鋭い命令を発した。

 

 「全軍に命じよ!! 直ちに進発し、目標ゴーレムの残骸を一つ残らず鹵獲せよ!!」

 

 裂帛の気合を込めた総司令官の号令に、本陣の幕僚や兵士達が、本来の機敏な動きを取り戻す。しかし、公爵が悲壮な決意を秘めていたことに気付く者は、その場には誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北トゥールーズ平原の西部に広がるターレンの森を十数匹の幻獣が低空で飛行していた。それは、一種の幻獣から構成される群れではなかった。鷲の翼と上半身、獅子の下半身を持つグリフォン、同じく鷲の上半身と馬の下半身を備えるヒポグリフ、獅子の肉体に鷲の翼を持ち、蛇の尾を生やすマンティコアという三種の幻獣からなる構成であった。さらに、それぞれの幻獣の胴体には鞍が備え付けられており、騎乗しているのは揃いの黒マントを纏った精悍な顔つきの騎士達。

 

 それは、伝説の衛士「烈風」カリンに率いられたトリステイン王国魔法衛士隊選りすぐりの精鋭達であった。

 

 「……」

 「……」

 「……」

 

 彼らは、トゥールーズを占拠した超巨大ゴーレムを制御していると思われる指揮船を押さえる為、平原を迂回している最中であった。平原に布陣していた奪還軍本隊と同じく、ゴーレムと巨身亜人の非常識な激闘を目にしていたが、カリンの総隊長就任後、壮絶極まる教練によって無意識領域にまで刷り込まれた「鉄の規律」は、衛士達を思考停止させることなく、精鋭部隊としての機能を維持していた。

 

 (ルイズ、あなたの力、確かに見せてもらいました。あまりにも強大な力は、時として自身だけでなく、近しい者達にも破滅をもたらす……でも、母は信じていますよ。我が娘たるあなたなら、そのような無様をさらすはずはない、と)

 

 三十年以上に渡って自身の乗騎となっている、年経た巨大なマンティコアに跨ったカリーヌ公爵夫人は、鉄仮面の下で母親としての表情を見せていた。

 

 (……問題は、あの人ね。どうせ今頃、「王家と国を敵に回してでもルイズを守ってみせる」なんて、馬鹿げた決意を本気で固めているのでしょうね。鉄扇を新調しないとダメね)

 

 密かに溜め息をついた「烈風」カリンは、慣れた様子で手綱を振るい、愛騎に増速を促した。城砦都市トゥールーズまでの距離は、一リーグを切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「見事だったぞ、ルイズ。きみが新たに組み上げた「虚無」、今までのそれとは文字通り、桁違いの効果をもたらしてくれた。さすがは、我が主だ。今日ほど、そう思ったことはない」

 

 「……」

 

 自身の元に戻ってきた長身の亜人から手放しの称賛を浴びせられるルイズだが、セルを見上げたまま呆けた表情を見せるだけだった。

 

 「どうした、ルイズ? 「虚無」の詠唱で消耗してしまったか。ゴーレムを破壊した以上、この場を退いても問題あるまい。ガリアの担い手と使い魔は……すでに脅威ではない」

 

 「……」

 

 「ルイズ?」

 

 「あんた、旦那……なのかい?」

 

 尚も無言の主に声をかけるセル。ルイズではなく、その右手に力なく握られているデルフリンガーがおずおずと質問する。

 

 「デルフリンガー、どういう意味だ?……ああ、この姿の事か」

 

 ようやく得心いったというように頷く長身の亜人。その容姿は、ルイズやデルフリンガーが慣れ親しんだ異形ではなかった。異相には間違いなかったが、その容貌は人外のそれではなく、見ようによっては端整と表現しても差し支えないものだった。ぼんやりとルイズが呟いた。

 

 「……素敵」

 

 「どうした、ルイズ?」

 

 「はっ!? な、な、なんでもないわよっ!! ていうか、セル! そ、その姿はどういうわけよっ!! 全然、別人じゃない!」

 

 思わず本音を漏らしてしまったルイズが頬を染めながら、繕う様に声を張り上げる。

 

 「今のわたしは、一時的に「完全体」へと変化しているのだ。ルイズ、きみの「虚無」の効果だ」

 

 「か、完全体? じゃあ、今までの姿は…」

 

 「あれは、卵から幼体を経て脱皮した「第一成体」だ。本来は特殊な過程を経て「完全体」となるのだが、一時的とはいえこのわたしを「進化」させるとは……ルイズ、やはりきみは素晴らしい」

 

 まるで昆虫ね、と思ったルイズだが、セルからの称賛にまたしても体温を急上昇させてしまう。

 

 「と、当然でしょ! わたしはあんたのご主人さまなんだからっ!」

 

 腕組みをして、ナイ胸を張るルイズ。右手に握られたままのデルフリンガーは思考に沈んでいた。

 

 (……「完全体」、それがセルの目的なのか? だが、どうして「虚無」の力がヤツを変化、いや「進化」させるってんだ? オレが知る限り、「ブリミル」は生物そのものを人為的に「進化」させるなんて、そんな真似はしなかったはず……いや、なんだ、オレは……何かを忘れているのか?)

 

 そうこうしている間にセルの姿は、一瞬の内にルイズ達が見慣れた長身異形の姿に変貌していた。

 

 「ふむ、効果はやはり一時的か……」

 

 三本指に戻った自身の掌を確認するセル。そんな使い魔を眺めるルイズは考えていた。

 

 (やっぱり、この姿のセルがしっくりくるけど、「完全体」のセルも……悪くなかったわね。わたしの「虚無」でセルを完全に「完全体」にしてあげれば……その、なんというか、ぼ、朴念仁のセルでも、お、思うところがあるってことよね、多分)

 

 決意新たにするルイズであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……お父様」

 

 イザベラは、やや控えめに父を呼んだ。ガリア軍が擁するフネの中でも、軍事に疎いイザベラが唯一気に入っていた王室専用座乗艦「アンリ・ファンドーム」号の上部甲板に佇む父ジョゼフは、彼女が最後に会った時と比べて何の変化も見出せなかった。

 

 「……イザベラ、おまえ、その格好はどうした? それは王家の女王衣ではないか。おれが出奔したとはいえ、随分と気が早いことだな」

 

 セルが去った事で、自身の悲願を失いかけていたジョゼフだったが、突如現れた娘の背後に付き従う異形の存在に心動かされていた。それは、先ほどまで「フレスヴェルグ」と凄まじい戦闘を繰り広げていた巨身異形の亜人と非常に近い姿をした長身異形の亜人だった。

 

 「リュティスで起きた騒乱を鎮めるため、イザベラが……「副女王」となりました」

 

 「副、女王だと? そういえば、そんな地位もあったか。ふふっ、おれの娘にしては、遠慮したものだなぁ」

 

 「お父様、一体何をお考えなのですか? どうしてこのような事を……」

 

 悲壮感漂う表情で、父王の真意を問おうとするイザベラだが、ジョゼフは意に介さず、背後の亜人に視線を移す。

 

 「どうでもいい事だろう、イザベラ? 今となっては、な。おまえが女王、いや副女王か? まあ、好きにガリアを支配すればいい。それよりも、おまえの後ろにいる醜い亜人だ! それはおまえの使い魔か!?」

 

 御前会議を鏖殺し、内乱が起こりつつあった王都を見捨て、さらには巨大ゴーレムを起動させてサン・マロンを壊滅させ、隣国への侵攻すら実行した父ジョゼフ。「無能王」どころか「狂王」と呼ばれても止むを得ない狂気の行動を起こしながら、「どうでもいい」の一言で片付けてしまう父に、恐怖を隠せないイザベラ。そんな主を庇うように長身異形の亜人が進み出る。

 

 「お初にお目にかかる、ジョゼフ一世陛下。わたしの名はセル。イザベラの使い魔だ」

 

 外見からは想像できない、低く響く美声と共に優雅とも言える所作で礼をとる長身異形の亜人。挨拶を受けたジョゼフが相好を崩す。

 

 「いいな、いい声だ! 王立歌劇場でも十分に通用するぞ、セルとやら! ところで、おまえはトリステインの英雄「蒼光」のルイズを知っているか? いや、正確にはその使い魔をだがな」

 

 「我が同族だ」

 

 セルの短い答えに、大仰に驚くジョゼフ。

 

 「同族だと!? では、おまえたちのような非常識な存在が、まだまだこのハルケギニアにはいるというのか!! 侮れんな!……しかし、おまえと「蒼光」の使い魔はよく似ている! あるいは兄弟であったりするのか!?」

 

 「我々に兄弟という概念はないが……ジョゼフ陛下、あなたは弟君を自らの手にかけることで「虚無」の魔法と、その超然とした思考と精神を得たと聞く。本来は、血を分けた肉親として互いに無くてはならないはずの存在を殺す。ふむ、それはどのような心持ちがするのものなのか。ぜひ、ご教授願いたい」

 

 筋骨隆々に肉体を持つ長身異形の亜人。その口から出た言葉にジョゼフの顔色が一変した。

 

 

 

 




第五十五話をお送りしました。

ゼロの使い魔の新刊!実に気になります。

とりあえず既刊を再読しながら、待機します。

原作完結までに本作も完結したい……

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いします。


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 第五十六話

大変、お待たせしました。

第五十六話を投稿いたします。


 

 

 「……そんな事を知って、どうするというのだ?」

 

 長身異形の亜人の使い魔からの質問に、ジョゼフは硬い表情と声色で逆に問い返した。先ほどまでの興奮した様子は鳴りを潜めている。

 

 「純粋な好奇心だ。王は、陰日向に「無能」と謗られていると聞くが、リュティスにおける騒乱や「王権守護戦争」における立ち回りを見れば、その深謀深慮には敬服するばかり……」

 

 セルは、慇懃無礼という言葉が見事に当てはまるほどの優雅な一礼をしてみせた。

 

 「傑物などと持ち上げられる、今は亡き王弟殿下如きには、到底無理というもの」

 

 「……黙れ」

 

 「そもそも、王族にあって年の近しい兄弟の存在など、百害あって一利なし。古今、兄弟王族の争いから滅亡の憂き目を見た国々は枚挙に暇が無い。そう考えれば、王位を得たその時を好機として、弟君を排除したのは、誠慧眼であると……」

 

 「黙れっ!! エクスプロージョンっ!!」

 

 

 ズゴオォォォ!

 

 

 激昂したジョゼフは、杖を振るい「爆発」の「虚無」を発動させた。ヴェルサルテイル宮殿の謁見の間で放ったそれとは、桁違いの爆発が、長身異形の亜人と、その背後に居るイザベラに襲い掛かる。その爆発規模は、彼らが搭乗している「アンリ・ファンドーム」号の半分を消し飛ばすほどの威力だった。

 

 「ジョ、ジョゼフ様! このままではフネが持ちません! ガーゴイルで一時、お退きを……っ!!」

 

 半壊したフネからの退避を進言しようとしたジョゼフの使い魔シェフィールドの動きが停まる。彼女だけではない。支配下にあるガーゴイル達も、一切の身動きが取れなくなっていた。

 

 長身異形の亜人、セルの念動力による束縛であった。

 

 

 

 

 

 「爆発」による煙に包まれていたセルとイザベラであったが、バリヤーによって守られており、全くの無傷であった。主であるイザベラが、セルに詰問した。

 

 「セル! おまえ、どうしてあんな事をお父様に! シャルル叔父様は、王位争いなんか起こす人じゃなかったのに!」

 

 長身異形、筋骨隆々の亜人の使い魔は、実に涼しい顔でのたまった。

 

 「わたしは、オルレアン公を知らないのでな。王族についての指摘は、そうそう的外れではないと思うが」

 

 「そういう事じゃなくてっ!」

 

 尊敬する叔父を侮蔑され、憤慨するイザベラに、セルはさらに冷静極まりない声色で問う。

 

 「さて、イザベラ。今の父王ジョゼフをどう思ったかな?」

 

 「ど、どうって……」

 

 「何を考えているか、全く読めない「狂気の怪物」だと思ったか?」

 

 「いくらお父様だって、面と向かって叔父様を侮辱されたら!……え、じゃあ、お父様は、叔父様のために……怒ったの?」

 

 イザベラは、父ジョゼフを恐れていた。何を考えているのか、全く解らなかったからだ。リュティス騒乱やゴーレムによるトリステイン侵攻、それらを引き起こしながら、その結果を省みようとしない、感情さえ定かには視えない正体不明の「怪物」。だが、今、ジョゼフは明確な感情を見せた。まるで、イザベラが、従姉妹であるタバサが王命に背いたが故に処断される旨を通達された時と同じく。

 

 それは、自身が大切にしているモノの為の怒りだった。

 

 その事に気付いたイザベラは、未だかつて無いほど、父ジョゼフを近しく感じることができた。

 

 (……そう、だったのね。お父様は、叔父様を)

 

 表情を引き締めたイザベラが、煙を振り払いながら、前に出る。険しい表情で杖を構える父に臆することなく、言葉を発する。

 

 「お父様!」

 

 「ふん、今の「爆発」でも傷一つ付かぬか。まあ、いい。まだこちらにも手はある……」

 

 ジョゼフの言葉を遮るように、イザベラがさらなる声を張り上げる。

 

 「お父様! そんなにも、そんなにも叔父様の事を愛しておられたのですね!!」

 

 「なん……だと?」

 

 突然の娘の指摘に虚を突かれるジョゼフ。イザベラの言葉は続く。親子の繋がり故か、あるいは「虚無」による共振か、イザベラは父の心情をまるで自身の事であるかのように感じ取ることができた。

 

 「やっと……やっと、お父様のお心に触れる事ができました。お父様は、シャルル叔父様の事を大切に想われていた。でも、三年前の王位継承の際に叔父様との間に予期せぬ事が起こってしまわれたのですね。自らの大切な者を手にかけてしまう。一体どれほどの絶望をお父様は抱えられてしまわれたのでしょう……」

 

 「や、やめろ、イザベラ、おまえは……」

 

 「だから、お父様は、このような凶行に奔ってしまったのですね。「狂王」と蔑まれ、自ら最も重い罰をお受けになるために」

 

 ジョゼフの顔が歪む。自身の心情を看破し、理解しようとする存在。ほとんど省みることのなかった娘がそのような存在となろうとしている事に怯えるかのように。

 

 「だ、黙れ、黙れよ、イザベラ。オレと同じ顔をして、よくも解ったような口を……」

 

 「解ります。わたしも同じですから。わたしは、エレーヌを失わずに済みました。でも、お父様は……お父様の望みは。」

 

 限界だった。ジョゼフの感情が決壊した。

 

 「やめろ! やめろぉぉぉ!! オレを、オレを! 「赦そう」とするなぁぁぁぁ!!」

 

 ジョゼフの杖から、莫大な魔力が放出される。それはスペルを介さない純粋な「虚無」の魔力だった。荒れ狂う魔力が、「アンリ・ファンドーム」号のあちこちを削り取っていく。セルの念動力に押え込まれていたガーゴイルも次々に消滅していく。

 

 「……お、お父様」

 

 そんな魔力の暴風の中でも、セルのバリヤーに守られた主従は、髪の毛一筋すら損なうことはなかった。

 

 「ふむ、限界だな。さて、イザベラ、どうする?」

 

 まるで、ティータイムのお茶菓子を訊ねるかのような口調でセルがイザベラに問う。

 

 「父王は、「虚無の担い手」として限界を迎えたようだ。このまま放置すれば、魔力を全て失い、狂乱の果てに力尽きるだろう。だが、君が「虚無の担い手」を継承すれば、あるいはその魂だけは、救うことが出来るかも知れない」

 

 「き、「虚無の担い手」……この、わたしが?」

 

 父ジョゼフが「虚無の担い手」であることは、事前にセルから知らされていたイザベラだったが、自分自身が「担い手」になるとは想像していなかった。だが、イザベラの逡巡は短かった。シャルルが鬼籍に入っている以上、ジョゼフの望みを真の意味で叶える者は存在しない。ならば、せめてその最期を安らかにしてあげたい。次代の王として、たった一人の娘として。

 

 イザベラは、決断した。

 

 「わかった、セル。どうすればいい?」

 

 「道筋は、わたしがつけよう」

 

 そう言って、セルはイザベラの背後に回り、彼女を抱きすくめるようにする。イザベラは、自身の精神が研ぎ澄まされていく感覚を味わっていた。

 

 「君は、感情を高め、精神を極限まで集中するのだ。「虚無」が君を認めたとき、君の望みを叶える「スペル」が浮かび上がるだろう」

 

 「うん、わかった、お願い、セル……」

 

 そこまで言ってから、イザベラはいつもの調子に戻って、セルに告げた。

 

 「それから、後でなんでおまえがそこまで「虚無」に詳しいのか、なんでわたしに「虚無」を継承させようとするのか、おまえが一体、何を企んでいるのか、ちゃ~んと聞かせてもらうからな、セル!」

 

 「承知した、我が主よ」

 

 暴走したジョゼフの魔力が吹き荒れる中、一人と一体の主従は、その精神を同調させ、集中を極限まで高めていく。やがて、セルの不可視の「気」が、同じく不可視の力の存在を探り当てる。

 

 (ふん、捉えたぞ、「虚無」よ。さあ、新たな主の下へ来るがいい)

 

 

 「ぐう!!」

 

 「ああ!!」

 

 ジョゼフとシェフィールドが同時に苦悶の声を上げる。二人は、何かが自身の奥深くから引き抜かれる感覚に襲われていた。それと同時にジョゼフの指に収まっていた茶色に輝く指輪が、王の指を離れ、宙を飛び、新たな主、イザベラの指に引き寄せられた。それは、ガリア王家に代々伝えられる「始祖の秘宝」土のルビーだった。

 

 「!! こ、これが「虚無」!?」

 

 指輪を得たイザベラの脳裏に、見たことのないスペルが浮かび上がる。初めて見たはずのスペルを朗々と詠唱するイザベラ。

 

 「ドール・ケルン・セラ・フレイ・ヴォルナ・フェイーコン・キンゲット・ヴァルド・ラーシ・ダークト・ドーリーダー!!」

 

 イザベラは、詠唱と同時に発動する「虚無」の呪文の効果を把握した。

 

 地上のあらゆるモノを光の粒子へと分解消去してしまうスペル。それは、対象者の肉体だけでなく、恩讐や妄念すらも。

 

 

 「ディスインティグレート!!」

 

 

 イザベラの全身から発せられた閃光が、ジョゼフを包み込む。

 

 「こ、これは!?」

 

 ジョゼフの両手指が、先端から光の粒子となって、解けていく。だが、ジョゼフは一切の痛覚を感じることはなかった。

 

 「イザベラ、おまえは……」

 

 自身の娘に視線を上げようした父王の前に、一人の男が閃光を背後に立っていた。確かに眩い光に包まれているはずなのに、ジョゼフにはその男の容貌をはっきりと確認することができた。

 

 それは、イザベラの「虚無」が引き起こした奇跡なのか、あるいは長身異形の亜人が意図した結果なのか、誰にも解らなかった。

 

 

 -その場に居たのは、三年前、ジョゼフの手で暗殺された、ガリア王国第二王子にしてオルレアン公シャルルその人であった。

 

 

 「……兄さん」

 

 「シャルル……なのか? これは、幻覚か? イザベラの「虚無」の効果なのか?」

 

 「……兄さん、ごめんなさい」

 

 自らの肉体が、痛みも、熱も、違和感すらも感じることなく、光の粒子へと変換されていく中、ジョゼフは期せずして再会を果たした実弟の謝罪の言葉にひどく困惑した。

 

 「シャルル、おまえは、何を言っているんだ。おまえに詫びねばならないのは……」

 

 「僕は、兄さんが羨ましくて、妬ましくて、いつも兄さんさえいなければ、そう思っていたんだ」

 

 「シャルル……おまえが、オレを?」

 

 「そう、いつも自由で、決して自分を偽らない兄さんを誇らしく思いながら、それ以上に嫉妬していたんだ……僕はね、兄さん。ずっとずっと前から、ただひたすらに「虚無」だけを、「虚無の担い手」になることだけを望んで生きて来たんだ。兄さんが、幼い僕に「虚無と始祖の伝説」を寝物語に聞かせてくれたあの時から……」

 

 ジョゼフは、かつて七歳下の弟であるシャルルを寝かしつけるために、彼の枕元で物語を聞かせてやっていた。幼い弟がいつもせがんでくるのは、決まって「虚無と始祖の伝説」。最初に読んでやった本だから、癖になったのかと、ジョゼフは考えていた。その内容は、やや誇張された「始祖」の活躍と仁徳を書き連ね、「虚無」の魔法の万能性を喧伝するだけで、ジョゼフ自身は、薄っぺらい駄作と断じていたのだが。

 

 「担い手となるため、僕は必死に努力した。メイジとしての実力を高めるのはもちろん、神たる「始祖」に少しでも近づこうと、まるで聖人のような振る舞いを日々心掛けていたよ。ふふ、全部見せ掛けの張子だったけどね」

 

 品行方正、清廉潔白を絵に描いたような傑物として、諸国にもその名が知れ渡っていた実弟の告白に、ジョゼフは言葉を失った。

 

 「でも、偉大なる「始祖」は、そんな浅はかで愚かな僕に相応しい罰をお与えになったんだ。担い手になりたいと願い続けていた僕だからこそ、ある日、気が付いてしまったんだ」

 

 そう言ったシャルルの瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。

 

 「兄さんこそが、「虚無の担い手」として選ばれた存在であると……その時の僕の絶望と羨望、もしかしたら兄さんだけは、解ってくれるかもしれないね」

 

 弟が、ひた隠しにしていた自身の心情を吐露していく中で、ジョゼフもまた、どうしても知りたかった事を問いかけた。

 

 三年前、父である先王崩御の折、次期国王に指名されたジョゼフを、シャルルは祝福した。元より、王位などではなく「虚無の担い手」となることを望んでいたシャルルにとっては、兄が王位に就く事自体は、さして問題ではなかったのかもしれない。だが、シャルルの祝意を曲解したジョゼフは、自らの手で弟を殺めた。

 

 自身に向かって毒矢が放たれる瞬間、シャルルは真っ直ぐにジョセフを見つめ、そして、静かに微笑んだのだった。

 

 「……ひとつだけ、聞かせてくれ。シャルル、おまえがあの時微笑んだのは……オレがおまえを殺してしまったあの時、おまえが浮かべた笑みは、どうしてなんだ?」

 

 「兄さんも、僕と「同じ事」を考えていたんだって、そう思ったら、なんだか嬉しくて、おかしくて……」

 

 つまり、シャルルもまた、兄ジョゼフの暗殺を決意していたのだった。弟の真意を知った兄は、心からの笑みを浮かべた。両の眼から涙を溢れさせながら。

 

 「はは、ははは、シャルル、オレたちはなんて、なんて馬鹿な兄弟だったんだろうな」

 

 「うん、そうだね、兄さん。こんな僕たちだけど、もし、生まれ変わっても兄弟になれたら、今度は……「同じ夢」が見られるかな?」

 

 「シャルル……ああ! もちろんだ、もちろんだとも!! オレとおまえならきっと、きっと!!」

 

 「兄さん……」

 

 「シャルル……」

 

 すべての妄念から開放された兄弟が、手を取り合おうとした、その時。

 

 

 ガリア王ジョゼフ一世は、光の粒子となって、この世から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 「お父様……」

 

 消え去る瞬間、確かに父が満たされた表情を見せたことに安堵したイザベラは、頬を涙が伝わるままに背後のセルの腕の中に倒れ込んだ。

 

 (見事だったぞ、イザベラ。「虚無の継承」、確かに見せてもらった。さすがは我が主だ)

 

 「ああ……ジョゼフ様?」

 

 セルの念動力から開放されたシェフィールドは、恐る恐るジョゼフが居た筈の場所に歩み寄り、甲板に遺された王の装束と外套を掻き抱くようにして膝を突き、弱々しい誰何の声を何度も発した。

 

 「ジョゼフ様? ジョゼフ様? ジョゼフ様? ジョゼフ様?……あああ、ジョゼフ様が何処にも……」

 

 愛してやまない主からの答えは、無かった。

 

 「……返せ」

 

 まるで幽鬼のように立ち上がったシェフィールドは、虚ろな調子で呟いた。掻き抱いていたジョゼフの外套を纏い、懐から護身用の短剣を引き出す。その両の眼には、異様な輝きが宿っていた。

 

 「……わたしの、ジョゼフ様を、ご主人様を……やっと手に入れた、わたしの世界を、返せ……かえせぇぇぇぇ!!」

 

 王のローブを翻し、セルとイザベラに襲い掛かるシェフィールド。その復讐の刃が、使い魔の腕の中で眠るイザベラの首筋に迫る。それでも、セルはシェフィールドに対して視線を向けることはなかった。

 

 

 ガシッガシッガシッ!!

 

 

 短剣の切っ先は、イザベラの身体に触れることなく、空中で停止していた。セルが防いだ訳ではなかった。シェフィールドの四肢を複数の奇怪な石の腕が捕らえていた。それは、つい先ほどまで彼女が制御していたはずのガーゴイルの群れだった。今、ガーゴイルを支配しているのは、シェフィールドではなかった。

 

 「ご苦労だった、「元」ミョズニトニルンよ……」

 

 新たな魔法生物の支配者「ミョズニトニルン」たる存在が、その場で身体を起こした。気を失った王女を抱き上げた筋骨隆々の長身異形の亜人。その黒い額には、完全となったルーンが淡い輝きを放っていた。

 

 「今すぐ主の下に送ってやろう、と言いたいところだが、おまえにはまだ役割がある」

 

 いつもと何ら変わらない声色で、セルはシェフィールドに語りかけ、やや大仰な動きで、周囲を見渡した。

 

 「ガリア王の暴走によるゴーレム侵攻……ガリアとトリステインが被った損害は、決して小さくはない」

 

 ガリアは、首都リュティスにおける騒乱と両用艦隊の本拠地サン・マロンの壊滅、さらに国境砦を失逸した。トリステインもまた、国境砦を失い、複数の集落が全滅し、南方の要たる城砦都市トゥールーズの陥落という憂き目に遭った。

 

 ゴーレムは、破壊された。だが、この奇禍の責任を誰が、どのようにして、負うのか。

 

 「すべての絵を描いたのは「無能王」……ではなかった。王の傍に侍る一人の女。その女は、密かにかつての主たるレコン・キスタ首魁クロムウェルの復讐を画策していた」

 

 もし、冷静な状態のシェフィールドが、この言葉を聞けば、噴飯していただろう。

 

 「王を誑かし、ガリアの技術を以って、復讐の尖兵たるゴーレムを建造した女は、その計画を実行に移した。しかし……」

 

 言葉を切ったセルは、自身の腕の中で眠る主に視線を落とす。涙に濡れたイザベラの頬には、幾筋かの髪が張り付いていた。セルは、その容貌からはおよそ想像できないほどの優しい所作で、その髪を払い、整えてやった。

 

 「我が主たるガリア王女イザベラは、ハルケギニアに住まう全ての民の安寧の為、断腸の想いで自ら父王を処断した。そして、事が破れ、無様に逃亡を図った元凶の女を捕らえ、正当なる裁きを下した。愚民共も納得の筋書きだとは、思わないか?」

 

 セルの質問に、シェフィールドが答えることはなかった。四肢が千切れても構わないとばかりに、拘束から逃れようと力の限りにもがいていた。長身異形の亜人も、最初から彼女の答えなど望んではいなかった。

 

 

 グンッ!

 

 

 セルが視線を後方に移すのと同時に、念動力によって、シェフィールドと彼女を拘束していたガーゴイルたちが吹き飛ばされ、わずかに原型を留めていた「アンリ・ファンドーム」号のマストに激突する。衝撃によって意識を断ち切られようとするシェフィールドの唇がかすかに動く。

 

 「……ジョ……ゼ……フさ……ま」

 

 

 

 

 

 

 「念のため、もう一押しが必要か」

 

 長身異形の亜人が向けた視線の先には、「アンリ・ファンドーム」号から数百メイルほど離れた空中に、十数匹からなる幻獣の群れが滞空していた。

 

 

 それは、北トゥールーズ平原を迂回したトリステイン魔法衛士隊選り抜きの精鋭たちであった。

 

 その精鋭を率いる、魔法衛士隊総隊長「烈風」カリンは、自身が長身異形の亜人の視線に射竦められたことを自覚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第五十六話をお送りしました。

次話で、第五章が一区切りとなります。

なんとか、更新スピードを速めたいところですが、なんとも……


ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。


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 第五十七話

もはや、言い訳すらありません。

大変、大変お待たせしました。

第五十七話を投稿いたします。


 

 

 「ナニコレ? 誰なの? いつの間に?」

 

 超巨大ゴーレムを撃破し、トゥールーズ平原から撤収しようとしていたルイズは、未だかつて感じたことのない何者かの存在を知覚していた。それは、「虚無」のスペルが脳裏に浮かぶ感覚に近いものだった。その「何者」かは、自身と同じ「力」を有し、また、自身と同じ「長身異形」の存在に守られているようだった。

 

 「あなたは、誰? そばに居るのは……「セル」なの?」

 

 「嬢ちゃん? どうしたってんだ。旦那が、なんだって……っ!」

 

 ルイズの右手に握られていたはずのデルフリンガーが、持ち主である少女の異変に気付き、声をかけようとした。しかし、言葉を発し切る前に、インテリジェンスロッドは長身異形の亜人の手に納まっていた。瞬時に自意識を絶たれるデルフリンガー。

 

 「わたしと……同じ……「虚無」の」

 

 使い魔の補助を受けずに、セルを「完全体」へと一時的に進化させる「虚無」を編み出した為、精神と肉体に大きな負担を受けていたルイズは、この新たな存在を知覚する事で、意識を失ってしまう。

 

 「イザベラの覚醒を感知したか。「担い手」同士の共鳴、さて、吉と出るか凶と出るか……」

 

 意識の無いルイズを片腕で抱えた長身異形の亜人は、数リーグ離れた空中に辛うじて滞空している半壊したフネに一瞥を与えると、自身の額に指を置き、「気」を探知するために意識を集中する。

 

 

 ヴンッ!!

 

 

 秒を置かず、亜人と少女は平原の上空から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズの使い魔であるセルが、瞬間移動で撤収する直前に視線を向けたフネの周囲には、十数騎の魔法衛士たちが滞空していた。

 

 ヴンッ!!

 

 その背後から、突如、低く深い美声が響く。

 

 「お勤め、ご苦労に存ずる。トリステインが誇る精鋭、魔法衛士隊の方々」

 

 ほとんどの衛士が、不意を突かれながらも見事な手綱捌きで、乗騎である幻獣たちを回頭させる。

 

 「なっ!?」

 「い、何時の間に接近を!?」

 「亜人か!?」

 「ま、まさか、ガリアのフネに居た……」

 

 衛士たちの視線の先には、二メイルを大きく超える長身と筋骨隆々の体躯を誇る異形の亜人が空中に浮かんでいた。その腕には一目で、高貴な身分だと判る豪奢な衣裳を身に纏った少女が抱えられており、さらにその背後には、これまた意匠が凝らされた紋章が目を引くローブに包まれた女性が、「横」になって浮かんでいた。二人の女性に意識は無いようだった。

 

 「くっ!」

 

 何人かの衛士が、亜人に向かって懐からレイピア型の杖を差し向けようとする。

 

 「控えよっ!!」

 

 鋭い一喝が、唯一回頭しなかった大型の幻獣に跨った細身の衛士から発せられる。衛士たちの動きがピタリと止まる。それと同時に、細身の衛士が跨る幻獣、年経たマンティコアが優雅とも言える最小の動きで、その巨躯を翻す。

 

 「亜人よ、おまえの腕の内に居られるのは、ガリア王国第一王女イザベラ・ド・ガリア殿下に相違無いか?」

 

 魔法衛士隊における隊長職を示す大きな羽飾りをあしらった帽子を被った騎士は、静かに亜人に誰何した。その鋭い眼光を放つ表情は、顔の下半分を覆う鉄仮面に阻まれ、伺い知ることは出来なかった。隊長の言葉に周囲の衛士たちにさらなる緊張が奔る。

 

 「ふむ、さすがは伝説とまで謳われたマンティコア隊々長「烈風」カリン。その冷静なる観察力には驚きを禁じえない」

 

 「……相違無いか、とわたしは問うたのだ」

 

 「フッ、如何にも。だが、一つ訂正を要求する。我が腕にてお眠りになっておられるのは、ガリア王国「副女王」であらせられるイザベラ・ド・ガリア陛下である。そして、わたしはイザベラ陛下の……しがない使い魔だ」

 

 「副女王だと……」

 

 「烈風」カリンことカリーヌ・デジレ・ド・マイヤール・ド・ヴァリエール公爵夫人は、鉄仮面の下で唇を歪める。トゥールーズ平原を大きく迂回し、ようやく超巨大ゴーレムをコントロールしていると思われる指揮船に接近したが、制圧前に遠眼鏡でフネの様子を確認すると、とんでもない人物が乗船している事が判った。

 

 ガリア王家の血筋を示す、蒼髪と王家の紋章を染め抜いたローブを纏う美丈夫。その頭上に輝く略王冠を見逃したとしても、カリーヌはその人物の素性を一瞬で理解した。写真機が存在しないハルケギニアだが、各国の重要人物の容貌については、詳細な肖像画が多く出回っているのだった。

 

 ガリア王国国王ジョゼフ・ド・ガリア一世。

 

 超巨大ゴーレムを操り、トリステインに侵攻を企てたのは、大陸最大の王国の頂点に立つ男だった。

 

 ゴーレムは破壊されたとはいえ、この事態にどう対処すべきか、考えを巡らすカリーヌにさらなる難題が、姿を見せる。最初から乗船していたのかは判断できなかったが、ジョゼフ王に相対するように現れたのは、ジョゼフと同じ蒼髪を靡かせ、同じ紋章の衣裳を纏い、同じ意匠の略王冠を被った少女、年の頃は彼女の三番目の娘と変わらないだろう。

 

 ガリア王国第一王女イザベラ・ド・ガリア。

 

 事態は、この上さらなる急展開を見せる。父王と王女の会話に突如、割り込んできたのは長身異形かつ筋骨隆々の亜人だった。娘の使い魔であり、ついさきほどまで、雲を突くかの如き巨人と化していた亜人とよく似た、あまりにもよく似た存在だった。

 

 その後、起こった事は、一部始終を見ていたはずのカリーヌの理解をも超えていた。

 

 

 亜人の言葉に激昂する王。

 

 王の杖から放たれる異常な魔力。

 

 削り取られるフネとガーゴイルたち。

 

 亜人と王女が放つ、これまた異質な魔法。

 

 光となって消えた王と亜人の腕に倒れこむ王女。

 

 亜人に襲い掛かる王の従者らしき女。

 

 そして、王女を抱き上げた亜人の視線が真っ直ぐにカリーヌを射抜いたのだった。

 

 

 

 

 「左様。我が主イザベラは、偉大な父王陛下の名誉を守る為、此度の一件の元凶に裁きを下す為、ゴーレムに蹂躙されし親愛なる友邦を救う為、自ら父王殺しという重き十字架を背負われる事をお決めになった。副女王即位も、その覚悟の顕れである。なに、礼など無用。全ては、主の尊き御心ゆえ」

 

 その容貌からは、想像できない良い声で朗々と語る亜人。カリーヌが静かに、だが断固とした口調で問う。

 

 「つまり、我がトリステインが、かかる奇禍を被ったは、ガリア王家の内紛に巻き込まれたが故、という事か?」

 

 「内紛の要因となった王の変心を招き、かの巨大ゴーレムを建造したは、旧「レコン・キスタ」の重鎮……「王権守護戦争」における貴国の戦後処理、いささか甘かったのでは?」

 

 傍から観れば、セルの言い分はほとんど言い掛かりである。それどころか事実として、「王権守護戦役」を引き起こした逆賊「レコンキスタ」を組織し、背後から操っていたのは、ガリア王ジョゼフ一世であったのだ。無論、カリーヌの与り知らぬ事である。

 

 「亜人の言葉だけを信じる事は、出来ん。イザベラ殿下と、後ろの女、そしておまえの身柄は我がトリステインが、「保護」する。おまえの言葉が「真実」ならば、よもや「友邦」たる我らに手向かいはしまい?」

 

 「ふむ……」

 

 (さすがは、ルイズの母親か。なかなかに侮れん。さて、どうするか)

 

 セルとしては、ここでトリステインの「保護下」に入るつもりなど毛頭なかった。かといって、カリーヌを始めとする魔法衛士隊を蹴散らすつもりもなかった。王国上層部の一員であるカリーヌに今回の事態の推移をある程度伝える事で目的は果たされたのだ。

 

 後は、平原に残された「フレスヴェルグ」の残骸の始末であった。現状、ヴァリエール公爵率いるトリステイン軍が、最大戦速で、残骸の鹵獲に向かっていた。軍港都市サン・マロンが壊滅し、唯一の生き残った開発者であるシェフィールドがセルの手の内にある以上、「フレスヴェルグ」の技術情報は、トゥールーズ平原にばら撒かれた残骸にのみ秘められているのだ。

 

 (トリステインにとっての切り札は、「蒼光のルイズ」でなければならん。だが、今は……)

 

 ルイズと、その使い魔である本体セルが、平原に居る限り、下手な破壊工作は、再度のセル対セルの状況を引き起こしかねない。

 

 その時、本体セルからの念話がイザベラ・セルに届く。

 

 (ルイズが、意識を失った、か。フフフ、実に好都合だ)

 

 「……返答は?」

 

 

 カパッ

 

 

 カリーヌの問いには応えず、セルは大きく開口した。そして、首を巡らし巨大な残骸が散らばる平原の中心部に、狙いを定める。

 

 

 ズボッ!!

 

 ズゴォォォォォンッ!!

 

 

 セルの口から放たれた怪光線が、巨大な爆光球を生み出し、平原にもう一つのクレーターを作り出す。トリステイン軍の最前線部隊が、爆光球の余波によって巻き起こる衝撃波と土煙に飲み込まれる。爆発半径を絞った一撃だった為か、部隊に死者は出なかったものの、トリステイン軍の進軍は停止を余儀無くされた。

 

 平原に散らばっていた「フレスヴェルグ」の残骸は、一つ残らず消滅した。

 

 

 

 「なっ!?」

 

 セルの放った怪光線の凄まじい破壊力に圧倒されるカリーヌ。さらに、開口したままのセルが、彼女たちに向き直る。未だかつて感じたことの無い殺気に晒されたカリーヌは、反射的に叫んでいた。

 

 「全騎散開!!急げっ!!」

 

 

 バサバサバサバサッ!!

 

 

 命令一下、開口した長身異形の亜人から、わずかでも距離を取るため、グリフォン、ヒポグリフ、マンティコアが次々に全力で羽ばたく。まるで、すべての幻獣が射線上から退避するのを待っていたかのように、タイミングをずらして亜人の口腔から閃光が放たれる。

 

 

 ズボッ!!

 

 ズゴォォンッ!!

 

 

 セルの念動力によって、無理矢理滞空させられていた半壊状態のガリア王家専用座乗船「アンリ・ファンドーム」号の船体に怪光線が飲み込まれ、爆光球を発生させる。平原に放たれたそれよりもさらに爆発半径が絞られていた為、衛士隊の幻獣たちが失速したり、墜落することはなかった。

 

 「くっ、副長! 報告っ!」

 

 「ぜ、全騎健在でありますっ!!」

 

 素早く自身のマンティコアを立て直し、自ら部隊の現状を把握したカリーヌが、副官であるゼッサールに再確認を命じる。秒を置かず、厳つい髯面のゼッサールが応える。

 

 

 

 だが、長身異形の亜人とガリア王国副女王、そして王の従者らしき女は、その場から消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――アルビオン大陸サウスゴータ森林ウエストウッド村。

 

 「あの、どうぞ……」

 

 おずおずとした様子で一人の少女が、二人の来訪者の前に素朴な造りのカップを置いた。カップからは、ロマリア産の高級茶葉から淹れられた紅茶の芳しい香りが、湯気とともに漂っていた。久しぶりに帰って来た姉の土産だった。

 

 「……」

 

 「ありがとう、へぇ、結構いい香りね」

 

 質素な椅子に腰掛けていた二人の来訪者の内、若い男は険しい表情で、自身の前に差し出されたカップから顔をそらしたが、若い女は、無造作にカップを取り、香りを楽しんでから、紅茶を口に含む。

 

 「なっ!? る、ルクシャナ、毒でも入っていたらどうするんだっ!?」

 

 「考え過ぎよ、アリィー。それにわたしたちをどうにかするつもりなら、わざわざ歓待する必要なんかないでしょ?」

 

 「だ、だからって無警戒過ぎるぞ!む、向こうには「悪魔」もいるのに……」

 

 若い男が、部屋の奥に視線を向ける。そこには、一体の亜人がいた。二メイルを超える長身と昆虫の様な外骨格を備える亜人。セルの分身体である。

 

 「心配いらないよ、あんたらが妙な真似さえしなければ、「あたし」の使い魔も無茶は、しない」

 

 二人の来訪者と向かい合って座っていた女性が、やや投げ遣りな口調で言った。一般的な旅装に身を包み、緑色の髪を軽く纏めたその女性は、「土くれ」のフーケことマチルダ・オブ・サウスゴータであった。

 

 (ほんと、なんでこんなことになっちまったんだい……)

 

 フーケは、心の中で何度目かわからない自問自答をしていた。

 

 久しぶりに、かわいい義妹や義弟たちに会えると思っていたら、長身異形の亜人に絡まれるわ、そいつに突然抱き上げられたと思ったら、ウエストウッド村に侵入されるわ、それと同時に空からはフネが落っこちてくるわ、しかも、そのフネに乗っていたのが。

 

 (まさか、エルフとはね)

 

 向かい合う来訪者二人の尖った耳に、それとなく視線を向けるフーケ。その背後では、少女が亜人に話しかけていた。

 

 「あ、セルも……お茶、飲む?」

 

 「いや、結構だ、ティファニア」

 

 自身が何よりも大切に思っている少女が、あの亜人と普通に会話している。それだけで、フーケの眉間に深い皺が刻まれる。

 

 (何が「結構だ」だよ! あの亜人野郎、何を考えてやがる……テファと村を救った、それは間違いじゃない。でもこいつが、何の企みもなく、そんなことをする訳が無いんだ!)

 

 ウエストウッド村に程近い森のそばで、休憩中にセルと出くわしてしまったフーケは、どうにか村に亜人を近寄らせないように悪戦苦闘していた。ところが、何かを気付いたのか、突如セルは、問答無用でフーケを抱え上げると、伝えてもいないのに真っ直ぐにウエストウッド村に高速移動した。それと時を同じくして、上空から轟音とともに一隻のフネが村目掛けて落下してきたのだ。フネがそのまま墜落していれば、テファを始め、村の子供たちはほとんど助からなかっただろう。

 

 だが、セルはその強大な念動力によって、フネの墜落を一瞬で防いでしまった。轟音に気付いたテファや子供たちが、小屋から飛び出してくる。目を丸くする彼女たちに向かって、セルは堂々と言い放ったのだった。

 

 「わたしの名は、セル。マチルダの使い魔だ。どうやら、皆無事のようだな。何よりだったな、我が主よ」

 

 マチルダことフーケの目が、子供達のそれよりも真ん丸になったのは言うまでも無い。

 

 

 セルと話していた少女も、フーケの隣に座る。フーケとその向かいに座るエルフの少女ルクシャナの容姿を語る際に、美女、あるいは美少女と形容しても何ら問題はない。しかし、フーケの隣に座る少女の容貌は、さらに神々しい美しさを醸し出していた。それは、正に神のみが成し得る芸術の顕現ともいうべき美貌であった。まるでそれ自体が発光でもしているかのようなブロンドの髪からは、向かいに座るエルフと同じ、尖った耳が覗いていた。

 

 彼女の名は、ティファニア。人間とエルフの混血、ハーフエルフの少女であった。

 

 

 

 セルは、フーケ達が囲む質素なテーブルから離れ、小屋の壁を背に立っていた。

 

 (ティファニアという娘、すでに「虚無」に覚醒しているな。今、わたしと使い魔の契約を結べば、それをルイズとイザベラが、感知する可能性が高い。まだ、その時ではない……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――同時刻、アルビオン王国首都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿。

 

 この日、ハヴィランド宮殿は、本来の主であるはずの国王ジェームズ一世、実際に王国を差配するウェールズ立太子、サウスゴータ領総督であるトリステイン王女アンリエッタらが、下座に控え、一人の賓客を迎えていた。

 

 ハルケギニア大陸において、全ての王侯貴族よりも上位に位置するただ一人の存在。神たる「始祖ブリミル」の地上代行者にして、全ブリミル教の最高権威者。ヴィットーリオ・セレヴァレこと教皇聖エイジス三十二世、その人である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                         ゼロの人造人間使い魔 第五章 虚無と始祖 完




第五十七話をお届けしました。

第五章が終わりました。次話は断章を投稿予定です。

その後、第六章「大降誕祭」を投稿する予定です。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。


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 断章之拾壱 長身異形のメイドガイ

大変、ご無沙汰いたしておりました。

断章之拾壱を投稿いたします。




 

 

 王権守護戦争の勝利によって、一躍大国となったトリステイン王国。その王都トリスタニアは、空前の戦勝景気に湧いていた。

 

 国の威信を掛けて、浮遊大陸アルビオンに送り出された三万の兵力と二百の艦隊。相手は落ち目も甚だしい反乱勢力とは言え、まともに戦えば多大な損害を被る事は避けられず、万が一にも敗北しようものなら、国家存亡の危機に陥るかもしれない。

 ところが、いざ蓋を開けてみれば、開戦から僅か二週間でアルビオン王都ロンディニウムを無血占領。遠征艦隊は、文字通り一人の戦死者を出すことなく、戦争に勝利したのだった。

 

 その後、国土回復を果たした正統アルビオン王国との間に締結された様々な条約と反乱勢力に加担した多数の貴族から没収された資産は、トリステインの国庫を大いに潤し、領土割譲によって新たに得たサウスコーダ領の存在は、トリステインの消費を増大させた。

 さらに「強国」トリステインで一旗挙げようとする者達が、大挙して王都を訪れていた。人に限らず、様々な物品がアルビオン、ガリア、ゲルマニアから到着し、各地の港もてんやわんやの大賑わいであった。

 

 最も、すべての人民が戦勝の恩恵を受けているわけではなかった。大規模な戦争が勃発すれば当然、数百単位の死者が出る。さらに、その数倍規模の怪我人が出る。死者が出れば、葬儀を行う。怪我人が出れば、治療が必要。ところが、戦争が終わってみれば戦死者無し、重傷者無しという従軍者の家族らにすれば奇跡のような掲示情報に、葬儀屋や病院関係者、ブリミル教葬送部門の司祭たちは、死人のような顔色になったという。さらに戦闘らしい戦闘がなかったので、武器や防具の需要を見込んでいた鍛冶屋やフネの造船業者も閑古鳥が鳴いているらしい。

 

 

 

 

 

 

 「……はふぅぅぅぅん」

 

 そんな悲喜こもごものトリスタニアの一角、チクトンネ街の正面広場において、一人の男が艶かしい溜め息を突きながら、広場のベンチに座っていた。一目で男と判る風貌では、ある。トリスタニアでは珍しい黒髪をオールバックに撫でつけ、オイルだろうか、テカテカと不気味な輝きを放っている。肉厚な唇には、これまた厚く紅を引いており、見事なカイゼル髯と逞しい割れ顎との対比は見る者を実に不安にさせる。歴戦の傭兵もかくやという屈強な体躯を窮屈そうに紫色のシャツに包み込んでいるのも多くの人が眉をひそませざるを得ないだろう。実に「濃い」男であった。

 

 「他の店には無い、ウチだけの新しい「目玉」を用意したいわ……」

 

 男の名は、スカロン。またの名を「ミ・マドモワゼル」。こう見えても、実業家である。彼が経営する「魅惑の妖精亭」は、チクトンネ街でも人気の酒場兼宿屋である。粒ぞろいの美少女達が、なかなかにキワドイ衣裳で給仕してくれる事で、高いリピート率を誇る優良店である。ご多分に漏れず、戦勝景気によって店の売上は上昇しているものの、最近は東方輸入の「お茶」をメインに出す「カフェ」やアルビオンの名産「エール」を売りにした「パブ」が急速に勢力を増しつつあり、スカロンは差別化を図らなければ、王都トリスタニアでは生き残れないと考えていた。

 そのための起死回生の「目玉」を探すため、店を実子であり看板娘でもあるジェシカに任せ、街を散策していたのだ。

 

 「あら、あれは……」

 

 ふと視線を上げたスカロンの近くを、とある一行が通りがかった。

 

 一人は、これぞメイドというようなお仕着せを纏った黒髪の少女。一人は、地味なブラウンのワンピースに同じ色の外套を頭まで被った小柄な少女。そして、最後の一人は、身長二.五メイル、昆虫のような外骨格と羽根のような器官を持ち、爬虫類のような尾を備え、全身には黒の斑点。若い頃は、大陸各地を旅したスカロンですら、未だかつて見たことのない長身異形の亜人だった。

 スカロンの脳裏に、店の上客から聞いた噂話の内容が浮かび上がった。かの王権守護戦争を勝利に導いた英雄「蒼光のルイズ」に、影の如く常に付き従うという長身異形の亜人。正に今、目の前を歩く亜人と全く同一であった。

 

 それは、アルビオンからの帰国後、魔法学院の学友達と一緒に行った宝探し旅行の結果、予想を遥かに超える臨時収集を得て、懐の暖かくなったシエスタ、ルイズ、セルの一行であった。

 

 「と、と、と、トレビア~ン!! これよォォ!!」

 

 どたまにドテピンと来たスカロンは、持ち前の屈強な肉体を前面に押し出し、長身異形の亜人、すなわちセルに迫る。

 

 「お待ちになってェェェ!!」

 

 ドシンッ

 

 もし、相手が異世界から来た平凡な男子高校生であったなら、レスリング選手顔負けの猛烈タックルに吹き飛ばされていた事だろう。しかし、同じ異世界からの来訪者とはいえ、セルは「究極の人造人間」である。スカロンの「熱烈な抱擁」は亜人を小揺るぎもさせはしなかった。

 その瞬間、スカロンは幻視した。自身は、長身異形の亜人に抱き着いたはず。なぜ、若い頃、単独での登頂に挑み、ついには断念さぜるを得なかった大陸における最高峰「火竜山脈」が視えるのか――

 

 しかも、その雄大な山脈の如き巨大なナニカは、ゆっくりと自分に視線を巡らし、まるで虫を掃うかのように腕を動かした。

 

 (ああ……あたし、今、死ぬのね)

 

 抗い様の無い絶対的な力による死。スカロンは、本能的にそれを直観した。

 

 「あ、あれっ、スカロンおじさん!?」

 

 その時、シエスタが声を上げた。幻視していた山脈は消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 親愛なる姪、シエスタの一言で、恐るべき死地から生還したスカロン。ルイズらと自己紹介を行う。

 

 「まあっ! あの英雄「蒼光のルイズ」が、シエスタのご主人さまだったなんて! これこそ、正に運命! そう、ディスティニーにしてフェイトなのね!!」

 

 英雄の使い魔そっくりの存在が、あろうことか「本物」であり、さらにその主である英雄の少女が、自身の姪が仕えている貴族令嬢であると知ったスカロンは、喜びを全身で表現するためか、実に滑らかな動きで腰を左右に振り続けた。 

 

 「な、なんというか……個性的な人ね、シエスタの叔父さんって」

 

 「あ、あははは、スカロン叔父さん、男やもめが長くて、その、ちょっと独特で……」

 

 余計な騒ぎを避けるために、非常に目立つ桃色の豊かな髪をフードで覆っていたルイズが、やや引き攣った表情で言った。姪であるシエスタも苦笑いで応える。

 

 

 

 

 

 

 本物の英雄とその使い魔に出会えたのは、運命である。そう感じたスカロンは、一行を魅惑の妖精亭へ招く。チクトンネ街の宿屋とはいえ、ある程度の「格」は持っている店のようだ。ルイズも寛ぎながら、スカロンから妖精亭の由来を聞いている。近衛特務官として、市井の情報収集に努めるべし、というセルの助言があったのだった。

 

 「へえ、アンリ三世って言ったら、「魅了王」とも称された絶世の美男子じゃない。チクトンネ街の酒場にお忍びでいらしたなんて……」

 

 「うふふ、お疑いねぇ。でも、ちゃんと確たる証拠もあるんだから! アンリ陛下自らが、恋仲になった給仕の娘にお仕立てになられた魔法のビスチェが……」

 

 一方、久しぶりに従妹のジェシカと再会し、喜ぶシエスタ。シエスタの母は、スカロンの姉に当たるが幸いというべきか、ジェシカはスカロンに似ていない。長い黒髪と黒の瞳が、シエスタとの血縁関係を如実に示している。太めの眉が活発な印象を与える可愛らしい容貌を持ち、年齢ではシエスタより下だが、その胸の谷間は明らかに従姉より深い。ジェシカは、物心ついた時から酒場を手伝っており、人間観察には自信があった。久方ぶりの従姉が、時折長身異形の亜人に意味深な視線を送ることにすぐに気付いた。

 

 「シエスタ、あんたの趣味をどうこう言うつもりはないけど、アレはないんじゃない?」

 

 「せ、セルさんは本当にいい人なんだから!……ひ、人じゃないけど」

 

 「ふ~ん、いいひと、ね」

 

 軽くカマをかけたら、顔を真っ赤にして妙な事を口走る従姉。これは、確かめてみなければ。ジェシカはほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 スカロンから、トリスタニアの現状に関する様々な情報を得ることができたルイズは、機嫌よくスカロンに褒美を払おうとしたが、妖精亭の店長はあろうことか、長身異形の亜人を臨時店員として雇いたいと言い出した。思わず、絶句したルイズだが、セルを召喚したての頃、武器を買い求めて王都を訪れた際、全裸のセルに執事服を着せる妄想をしでかしてしまった事を思い出し、強い好奇心に駆られるのだった。やや、悪い顔をしたルイズは、忠実な使い魔に命じた。

 

 「……セル、手伝ってあげなさい」

 

 「……承知した」

 

 開店まで、しばらく時間があったため、ひとまずセルは開店準備を手伝う事となった。

 

 

 

 

 

 「あたしも商売柄、この年にしてはいろんな亜人を見てきたつもりだけど、あんたみたいなのは初めてよ」

 

 酒樽の補充の為、店舗地下の倉庫に降りて来たセルに向かって、先客のジェシカが何気なく言った。

 

 「まあ、あのシエスタが気に入ってるてんだから、悪いヤツじゃないんだろうけど……」

 

 従妹思いを自認するジェシカは、セルに探りを入れるつもりだった。

 

 「ところで……うわぁ!? な、なによ?」

 

 自然な感じで、質問しようと振り返ったジェシカの目前に片膝を突いたセルの顔面があった。思わず、後ずさるジェシカ。

 

 (黒髪と黒瞳。シエスタの母方の従妹という事は、この娘も地球人の血を継いでいるのか……シエスタと同様の使い道があるな)

 

 無言のままジェシカの両脇を抱え挙げるようにして立ち上がるセル。

 

 「ちょっ、な、なにするんだよっ!?」

 

 「……ふむ、欠点が無い訳ではないが、同年齢の同姓より造形的に優れた容貌だな。それに肢体の発育も非常に進んでいる」

 

 「それ、一応褒めてくれてるんだよね。随分、小難しい文句だけど」

 

 ジェシカの全身をくまなく観察したセルが、冷静な批評を加える。やや、憮然な表情をするジェシカ。

 

 「さらにその年齢でありながら、実に高い管理能力を持っている。店員の管理業務は、きみが担当しているのだろう?先程も他の店員の失態をさり気無く処理していたな。広い視野を持たなければできない芸当だ」

 

 「あれ、見てたんだね。ふ~ん、さすがはシエスタの……」

 

 倉庫に下りる前、ジェシカは新入りの女の子が開店準備中に粗相した場面に出くわし、絶妙なフォローを入れていたのだった。セルの謂うとおり、大っぴらにならない様に注意していたつもりだったが、長身異形の亜人に気付かれていたとは。

 

 「その才、我が主の元で生かすつもりは無いか?」

 

 「あははは、このあたしを、英雄「蒼光のルイズ」の家来にだって!? そうやって、シエスタも落としたのかしら?」

 

 ゆっくりと地面に下ろされたジェシカは破顔して長身異形の亜人に言葉を叩き付けた。

 

 「せっかくだけど、あたしは「魅惑の妖精亭」の看板娘ジェシカ! あたしの価値はそれ以上でも以下でもないわ!」

 

 「そうか」

 

 最初から表情を一切変化させなかったセルは、ジェシカの返答に一言だけ返し、三つの酒樽を念動力で運びながら倉庫を後にした。

 

 「……セル、ね。まあ、ツラ以外は、アリかもね」

 

 ジェシカは、密かに従姉を全力で応援する事を誓うのだった。

 

 

 

 

 

 やがて、開店時間が迫ると、スカロンは店員達を集め、毎日恒例のミーティングを始めた。スカロンが自らスカウトした選りすぐりのウェイトレスの少女達が、スカロンの訓示に黄色い声の唱和で返す。その時、買い出しに出掛けていた店員が、羽扉から転がり込んで来た。

 

 「て、店長! 「業突く張り」のヤツが、取り巻き連中を連れて、すぐそこまで!!」

 

 

 ザワッ

 

 

 その言葉にウェイトレス達や他の店員達が騒ぎ出す。スカロンも、眉を寄せて渋い顔をする。

 

 「誰のこと? 「業突く張り」って」

 

 「たしか、この辺りの税務官をしている貴族様の事、だったと思います……あまり、好かれていないみたいで」

 

 店の奥まった席に座っていたルイズの質問にシエスタが、躊躇いがちに答える。セルはいつも通り、ルイズの背後に控えている。

 

 「あいつの事を好きなんて奴、この界隈じゃ一人もいないよ!」

 

 二人の会話にジェシカが割り込んでくる。実に忌々しそうに吐き捨てる。

 

 「業突く張りのチュレンヌ! 自分の担当区の店に散々たかる癖に、一ドニエだって払ったことないんだから!」

 

 「ふ~ん、そんな輩が、王国の税収を司る徴税官を拝命しているなんて……」

 

 ルイズは、戦役の英雄であり、近衛特務官として独自の裁量権をも与えられている。極端な話、罪人をその場で処刑する事も不可能ではない。

 

 「ふ~ん、それは……よくないわよねぇ、シエスタ?」

 

 「あっ、ミス・ヴァリエール、今とっても悪~いお顔をされていますよ!」

 

 「ふふ、そんなこと、ないわよ」

 

 非常に愛らしく、可憐なルイズであるが、それが故に酷薄な表情の恐ろしさは群を抜く。背後に控えるセルに命じる。

 

 「セル、精力的に職務に励むチュレンヌ税務官を手厚~く「オモテナシ」して差し上げなさい」

 

 「承知した、我が主よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 程なく妖精亭に現れる税務官チュレンヌ一行。肥満体を紅い貴族のマントに包み、滑稽なほど長く伸びたドジョウ髯をひねる中年貴族がチュレンヌであった。その取り巻き連中も、腰に杖を携えており、下級の貴族らしかった。

 

 「ぬふんっ、店主! 近頃は「王権守護戦争」の勝利もあって、さぞ店も流行っておるのだろうな?」

 

 「これはこれは、チュレンヌ様。それはもう、貴族の皆様のご尽力あってこその大戦の勝利でございますもの」

 

 「そうであろう! そうであろう! 我ら貴族の力なければ、数だけの平民の軍など烏合の衆よ!」

 

 戦勝景気に活気づくトリスタニアについて、まるで自分の手柄の如く振る舞うチュレンヌ。ルイズが知る限り、チクトンネ第二街区税務官チュレンヌ・バイヨン・ド・セイダン男爵が従軍した記録は存在しない。

 

 「本日は、チュレンヌ様に最近入りましたとびっきりの娘を紹介させて頂きたく……」

 

 「ほう! 大きく出たな! よかろう、このチュレンヌ様が見定めてやろうではないか!」

 

 いつもより、三割増しで下手に出るスカロンに気を良くしたチュレンヌが、真ん中のテーブル席に腰を下ろす。

 

 「ようこそ、チュレンヌ様……」

 

 店の奥から姿を現したのは、変装用の衣裳を脱いだ正装姿のルイズであった。一際目立つ桃色の長髪に、人形の如く整った美貌、そしてマントから覗く二つの五芒星が描かれた金色のメダリオン。

 

 「え、ま、まさか、そ、そのメダリオンは……」

 

 所詮、下級官吏に過ぎないチュレンヌであったが、二重五芒星を描かれたメダリオンの装着を許されるのは、王家に直属する近衛特務官のみである、という事は知っていた。

 

 「あ、あなた様は!」

 

 「……ようこそ」

 

 チュレンヌが、大きな音を立てて席から立ち上がると同時に、頭上から低く響く声が降ってきた。チュレンヌが視線を上げると、そこには天井から、尾を使って逆さの状態でぶら下がる長身異形の亜人の姿があった。目を見開き、驚愕の叫びを上げようとするチュレンヌだが、突然身体の自由が利かなくなる。彼だけではない、取り巻き連中も同様の事態に陥っていた。

 

 セルの念動力である。

 

 「あ~ら、チュレンヌ閣下。いらしたばかりではありませんか?是非ともごゆっくりとお寛ぎください。」

 

 「左様。是非とも……」

 

 チュレンヌの傍に歩み寄ったルイズが、さらに悪~い笑顔で語りかける。主に倣い、いつもより低く底冷えするような声色で迫るセル。

 

 「!!……!!」

 

 涙と汗とその他の体液を流す以外に為す術のない税務官一行は、自信の運命を呪った。その日以降、「業突張りのチュレンヌ」がトリスタニアに姿を見せることはなかった。

 

 

 その後、快哉を叫ぶ妖精亭の人々に取り囲まれるルイズとセル。結果として、悪徳貴族を成敗し、市井の情報源を確保する事ができた。ルイズは、終始上機嫌であった。

 

 長身異形の亜人セルも、久しぶりに人間の顔が恐怖に怯え絶望に歪む様が見れて、表情には出さないが、ご満悦であった。

 

 

 

 

 

 ――最も、その後数日に渡って、「魅惑の妖精亭」において長身異形の亜人は、無数の雑用に酷使されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




断章之拾壱をお送りいたしました。

次回更新は9月中に行う予定です。

……予定は、予定です。


ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。


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第六章 大降臨祭
 第五十八話


新年明けましておめでとうございます。

なんとか、パソコンが復旧しました。

今後は、月一更新を目指して努力する所存であります。


 -アルビオン大陸ハイランド地方聖オーガスティン修道院

 

 伝承によれば、この聖堂寺院の建つ場所こそ、始祖『ブリミル』がアルビオン大陸に降り立った最初の地であるという。アルビオン大陸における始まりの王朝であるノルマン朝によって築かれた最古の寺院は、時代の節目毎に大陸の運命を揺るがす事象の舞台となってきた。

 

 三千二百年前、この寺院でノルマン朝の瓦解と、その後の『無王時代』の引き金となった皇太子ウィリアムの暗殺事件が起こった。

 

 千八百二十年前、この寺院で祖を同じくするガティネ王家とアーンジュー王家が合流を決断し、その後、一千年に渡って隆盛を誇るプランタジネット朝『アーンジュー帝国』が誕生した。

 

 七百十年前、この寺院で後に『亜人大乱』と呼ばれる亜人種の一斉蜂起を鎮圧したプランタジネット朝皇太子ジャンとガリア王国ヴァロワ王家王女ジャンヌは、運命の出会いを果たした。

 

 三年前、この寺院で大陸辺境カーディフ地方を担当していた一司教が、反王権貴族連盟『レコン・キスタ』を旗揚げした。

 

 

 

 そして、ほんの数時間前、この寺院で後テューダー朝の開祖となる『破門王』ウェールズ・テューダーとトリステイン王国中興の祖と呼ばれる『聖女王』アンリエッタ・ド・トリステインの、婚姻の儀が執り行われた。

 

 

 だが、今、アルビオン大陸最古のブリミル教寺院聖オーガスティン修道院は、跡形も無く消滅していた。長い長い歴史の中で数百回を超える修繕・改築を経て尚、古ブリミル式と呼ばれる壮麗な建築様式とブリミル教の聖地としての神秘的な佇まいを、訪れるすべての人々に魅せていた修道院は、円形のクレーターに姿を変えていた。その中心に一人の男が跪いていた。

 

 

 「……始祖よ、わたしは間違っていたのですか?」

 

 

 男の年齢は、二十代前半。長い金髪と端整な顔立ちが目を引く。その装いは、『宗教庁』における最高位を示す紫色に統一され、またその僧帽は、五十年に一度開催される『大降臨祭』に際してのみ着用が許される三重の教皇冠であった。

 

 

 「……始祖よ、わたしの信仰は、御心に届かなかったのですか?」

 

 

 ブリミル教の最高権威者であるはずの教皇聖エイジス三十二世、本名ヴィットーリオ・セレヴァレは、アルビオン大陸最古の修道院の跡地に跪き、神たる始祖『ブリミル』に、心底から、問い掛けていた。

 

 

 「……始祖よ、あなたは何故、わたしに『虚無』をお授けになられたのですか?」

 

 

 ヴィットーリオには、解っていた。始祖からの応えなど『あの時』と同じく、ありはしないことを。だが、彼の両の腕に抱かれている存在が、その重さが、彼の心を千々にみだしていた。

 

 

 「……始祖よ、あなたは、本当に、本当に……」

 

 

 最後の声は、言葉にならなかった。跪いたまま、両腕の存在に顔を寄せ、しばし微動だにしない。

 

 

 「……わたしは、ここで折れるわけにはいかない。決して。」

 

 

 ゆっくりと立ち上がったヴィットーリオは、瞑目し、精神を集中した。

 

 

 「そうですよね、ジュリオ……」

 

 

 まるで、我が子に語り掛けるように優しく、静かに、自身の使い魔『であった』少年に言葉を発した教皇は。

 

 

 「……我が名はヴィットーリオ・セレヴァレ……」

 

 

 自らの人生で、二度目となるスペルを詠唱した。

 

 

 「……五つの力を司るペンタゴンよ……」

 

 

 彼ら以外、聞く者とていないはずの修道院跡地。

 

 

 「……我の運命に従いし使い魔を召喚せよ……」

 

 

 だが、長身異形の亜人は、確かに、

 

 

 

 嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 --ブリミル暦六千二百四十三年、ヤラの月、へイムダルの週、虚無の曜日。

 

 この日、アルビオン大陸の北方ハイランド地方に位置する、大陸最古のブリミル教の聖地、聖オーガスティン修道院は、消滅した。

 

 この日、聖オーガスティン修道院では、三つの式典が執り行われた。一つは、五十年に一度開催される『始祖の大降臨祭』、一つは、教皇聖エイジス三十二世の教皇就任三周年の記念式典、一つは、アルビオン王国のウェールズ立太子と、トリステイン王国のアンリエッタ王女の婚姻の儀である。すべての式典は、大きな問題も無く、つつがなく進行した。参列した多くの人々は、始祖に対して畏敬の念を懐き、清廉なる教皇の説教に真摯に耳を傾け、この善き日に結ばれる若人たちの前途を大いに祝福した。

 

 だが、三つの式典が終了してより、四時間後。修道院は、消えた。

 

 その時、修道院に居たのは、教皇聖エイジス三十二世、ジュリオ・チェザーレ助祭枢機卿、ジュリオ配下の竜種幻獣四十体。それに相対するのは、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール近衛特務官。そして、『二体』の長身異形の亜人であった。

 

 

 聖オーガスティン修道院が、いかにして大陸から消滅したのか。

 

 

 時間を遡り、三式典の準備段階から、その詳細を記す事とする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 --式典開催の三週間前、トリステイン王国王都トリスタニア王宮

 

 

 (……なぜ、わたしはここにいるのだろうか?)

 

 

 トリステイン魔法学院教務主任を務める『炎蛇』ことジャン・コルベール男爵は、途方に暮れていた。彼は、今、トリスタニア王宮の中枢、護国卿執務室に居た。冷や汗を滲ませるコルベールの眼前には、重厚な机に座り、両手を顔の前で汲んだ部屋の主が、居た。現在のトリステインを実質差配する護国卿にして、王国最高位の貴族ヴァリエール家当主、そしてコルベールの生徒である『蒼光』のルイズの実父たる、ピエール・リオン・ド・ラ・ヴァリエール公爵その人である。

 

 

 (や、やはり、ミス・ヴァリエール関連の事だとは思うが……)

 

 

 当然、コルベールもヴァリエール公爵の事は知っていたが、直接の面識は無かった。様々な紆余曲折を経て、数日間滞在したヴァリエール領本城で、公爵の家族から伝え聞いた所では、かなり過剰な家族愛に溢れる人物だという。コルベールは、また一滴冷や汗が自身の頬を伝わるのを感じた。

 

 タバサことガリア王家の廃された王女シャルロット救出作戦から、ヴァリエール城への瞬間移動を経て、ヴァリエール家次女カトレア快癒の宴への参加。結果として、コルベールは一週間に渡る学院無断欠勤をしでかしてしまった。幸い、学院長たるオールド・オスマンの計らいによって、事無きを得たが、ホッとしたのも束の間。王宮からの急使が到着し、ルイズとコルベールに至急参内するようにとの護国卿命令を伝達した。あまりにもタイミングが良過ぎた。

 

 

 (セルくんの話では、アーハンブラ城での一件はガリアでさえ把握していないという事だったが、まさか……)

 

 

 「……コルベール卿」

 

 

 「は、はっ!」

 

 

 思わず、上擦った声で応えてしまうコルベール。だが、ヴァリエール護国卿は、世間話のような気軽さでコルベールに言った。

 

 

 「卿は、ガリアへ旅行した事はあるかね?」

 

 

 「が、ガリアでありますか? お、お恥ずかしながら、未だかの国の土を踏んだ事はございません……」

 

 

 「ふむ、そうかね。ガリアは大陸屈指の魔法先進国だ。常日頃から『研究の虫』と呼ばれる卿ならば、強い興味を持っているものと踏んだのだが」

 

 

 「お、恐れ入ります」

 

 

 王国を差配する護国卿が、今は一教師に過ぎない自分の言動を把握している事に戦慄するコルベール。気にする風も無く、言葉を続ける護国卿。

 

 

 「さて、教師としての職務に忙殺されているであろう卿をわざわざ呼び出した理由についてなのだが」

 

 

 机から立ち上がった公爵が、執務室の大窓に歩み寄りながら、背後のコルベールに言った。

 

 

 「トゥールーズの件は、聞いているかね?」

 

 

 「はっ、市井の噂程度ですが、正体不明の軍勢によって大きな被害を受けたとか」

 

 

 「それだけかね?」

 

 

 「ふ、不明なもので……」

 

 

 トリステイン王国南方の城砦都市トゥールーズは、ガリア領より侵入した超巨大ゴーレムによって壊滅した。護国卿は、トゥールーズ奪還のため、二万の兵を率い出陣。結果として、一兵を失う事も無く、ゴーレムは撃破され、トゥールーズの奪還は果たされた。後に『ゴーレム事変』と呼ばれた一連の事象の詳細は、王国上層部において、最重要機密事項に指定され、トゥールーズ市民や奪還軍の兵にも徹底した緘口令が敷かれた。だが、完全な情報統制は困難であると判断した護国卿によって、トゥールーズ壊滅の情報だけが、市井に故意に流されていた。その事を考えれば、コルベールの返答に不審な点はない。最も本人は心中穏やかではなかった。

 

 

 (トゥールーズを壊滅させた超巨大ゴーレム。ミス・ヴァリエールの話では、ガリアの『虚無の担い手』とその使い魔の仕業だというが……)

 

 

 セルの進言を受け、超巨大ゴーレム『フレスヴェルグ』を撃破したルイズは、ヴァリエール城帰還後、その詳細をコルベールら学院組に伝えていた。

 

 

 (トゥールーズ平原での決戦では、護国卿自ら指揮を執っていたらしい。当然、ミス・ヴァリエールとセルくんが参戦などすれば、すぐに公爵の知る所になるのは理解できる。しかし、なぜわたしが……)

 

 

 「……十日後、ガリアとの国境緩衝地帯にて、ガリア側との秘密会談が設けられる」

 

 

 「が、ガリアとの会談!」

 

 

 「トゥールーズ壊滅の真相が明らかになる……らしい」

 

 

 「ど、どうしてガリアが、いえ、それ以前にわたしのような一介の教師に何故そのような国家の重大事を……」

 

 

 「先方からの御指名なのだよ。『会談には、トリステイン魔法学院教務主任ジャン・コルベール男爵を帯同されたし』とね。それも、ダエリー大使ではなく、イザベラ・ド・ガリア副女王陛下御自らのご希望なのだ」

 

 

 「!! い、イザベラ殿下自ら!?」

 

 

 「コルベール卿、きみは先程こう言ったな。『ガリアを訪れた事はない』と。実に残念だが、イザベラ陛下が我がトリステインにお越しになられた事は、これまでには無い。さて、きみは一体、いつ、どこでイザベラ陛下の知遇を得る栄誉に浴したのかね?」

 

 

 もはや、コルベールは全身に脂汗を滲ませていた。自身の言葉だが、一介の教師風情が、大陸最大の王国の王位継承権者に謁見できる機会など、有り得る訳が無い。まして、他国との秘密会談に名指しで帯同を要求するなど、荒唐無稽にも程がある。しかし、コルベールには心当たりがあった。

 

 

 (アーハンブラ城でのやりとりか! た、確かにこれ以上無いほどに、正式な名乗りをしてしまっていた……)

 

 

 

 

 コルベールが、護国卿執務室にて、針のムシロを存分に体験していた頃、さほど離れていない衛士隊総隊長執務室では、救国の英雄にして近衛特務官こと『蒼光』のルイズが、真っ青な顔でガタガタと震えていた。彼女は、今日この時ほど、長身異形の亜人が自身の背後に居ないことを後悔した日はなかった。そして、使い魔に特務官居室で待つように命令してしまった自身を幾千回も呪った。正面には、顔半分を鉄仮面で覆った細身の衛士が、静かに立っていた。

 

 

 「ルイズ、あなたのした事を母さまに報告なさい」

 

 

 「は、はひぃ!」

 

 

 ルイズの恐怖は、始まったばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第五十八話を投稿いたしました。

ついに原作最終巻の予約が開始されたとの事。

発売までには、本作にも目途をつけたいところでありますが……


ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。


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 第五十九話

1年と9か月ぶりでございます。

恥ずかしながら、投稿を再開させていただきます。




 

 

 ブリミル歴六千四百三十二年ケンの月、フレイヤの週、エオーの曜日、ハルケギニア大陸に冠たる四王国の一角、トリステイン王国の王都トリスタニアは壊滅した。十万の人口を誇った荘厳なる白亜の都は瓦礫の山と化し、そこに住まう人々は貴族、平民の別なく全て消えてしまった。たった一人を除いて。

 

 

「どうして……こんなことを……」

 

 

 王都全体を見下ろすマルトュルムの丘の上でただ一人の生き残りである少女が、跪きながら呟いた。その両腕にはメイドのお仕着せを抱えていた。少女が通うトリステイン魔法学院指定のものであり、ほんの数分前まで少女と最も親しいメイドが身に纏っていたものだ。

 

 

「皆はあんたのことを信じていたのに……」

 

 

 お仕着せを胸元に掻き抱きながら立ち上がった少女は振り返る。桃色の美しい髪が大きく揺れた。

 

 

「……答えなさい」

 

 

 少女が振り返った先には、複数の衣類が散乱しており、それに囲まれるようにして立つ異形の存在があった。

 

 

「……」

 

 

「主が答えろと命じているのよ、セルッ!!」

 

 

 その小さく華奢な体格からは想像できないほどの裂帛の気合が込められた少女の詰問に長身異形の存在『人造人間セル』は、まるで対照的な冷静極まる声色でその問いに答えた。

 

 

「実に単純なことだ、我が主ルイズよ。君を含めたこの国、いやこの世界の役目が終わったのだ。この私、人造人間セルを完全体へと導く、その役目がな」

 

 

 両腕を広げながら、朗々と響く良い声で語る長身異形の亜人セル。主と呼ばれた少女、ルイズにとってその姿は見慣れたものではなかった。かつてのセルは文字通りの異形異相の存在であったが、現在の姿は人のそれとは異なるものの一種、端正とも言える容貌とさらに人に近しい四肢を備えていた。

 セルは『完全体』へと変態していたのだ。

 

 

「あんたが完全体になる為に私の『虚無』の魔法を狙っていたのは、解っていたわ……でも、なんでみんなや王国の人々を吸収なんてしたの?」

 

 

「私が完全体となる為には、『虚無』だけでは足りないのだよ。人間共の生体エキスを吸収する必要があったのだ、それも大量にな」

 

 

「十万人もの人間をその為だけに……」

 

 

「桁が足りんな、ルイズ。私が吸収した正確な数は二百万だ」

 

 

「!?」

 

 

 それは、トリステイン王国の総人口と同数であった。驚愕するルイズを余所に落ち着き払った態度でセルが続ける。

 

 

「だが、それでも全く足りないのだよ。私が『真の完全体』となる為には、さらに五千万は必要だろう」

 

 

「このハルケギニアに住まう全ての人間を、あんたは喰らうと言うの……」

 

 

「フフフ、なに心配は無用だ。一度は『我が主』と呼んだ君の事だ。この世界の全ての人間を平らげた後、一番最後に君を吸収すると決めている」

 

 

 かつての使い魔の恐るべき言葉に一度は視線を落としたルイズだったが、すぐに顔を上げ言った。

 

 

「……シエスタはね、あんたに気があったのよ。なかなか言い出せなかったみたいだけど。タバサやミスタ・コルベールはあんたに心から感謝していたし、私だって……」

 

 

「ルイズ、君に私の最も好きなことを教えよう」

 

 

 悲痛な面持ちで語りかけるルイズの言葉を遮り、セルは愉悦に表情を歪めながら言い放った。

 

 

「それは、愚かな人間どもの表情が恐怖に歪み、絶望とともに死に絶える様を見ることなのだよ」

 

 

「なっ!?」

 

 

 セルの言葉に絶句するルイズ。かつての主の驚愕の表情に、長身異形の亜人はさらに相好を崩すと高笑いと共に言い放った。

 

 

 「ハハハハッ! そう! そんな表情だよ、ルイズ!」

 

 

 バサッ

 

 

 セルは自身の昆虫のような翅を羽ばたかせると瞬く間に上空へと飛び去った。後に残されたルイズはシエスタのお仕着せを抱きしめながらポツリと呟いた。

 

 

 「……セル、わたしは、あんたが……あんたのことが」

 

 

 そこから先は声にならなかった。やがて、ルイズは肩を震わせながら嗚咽を漏らし、両の眼からは止めどなく涙が溢れた。

 

 

 「くうっ……ううっうっ……」

 

 

 

 どれほどそうしていただろうか。震えも嗚咽も、涙をも振り払うかのように顔を上げたルイズは、使い魔が飛び去った彼方を睨みつけ、吼えた。

 

 

 「セルっ! わたしはおまえを許さないっ! 絶対に! 絶対に許さないっ! わたしが必ずこの手でおまえを殺してやるからっ!!」

 

 

 少女の叫びはアルトゥルムの丘の隅々にまで響き渡った。

 

 いつまでも、いつまでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (どうしよう)

 

 

 ルイズは困惑していた。

 

 

 (……ものすごくしっくり来ちゃうんだけど)

 

 

 自分自身の『妄想』に、である。

 

 彼女は今、トリステイン王国の中枢たるトリスタニア王宮の一角、魔法衛士隊総隊長執務室にいた。目の前には、ルイズがこの世の何よりも恐れる人物が彼女を真っ直ぐに見つめている。

 トリステイン王国が誇る最精鋭、魔法衛士隊の頂点に立つ女傑『烈風』カリンにして、ルイズの実母でもあるヴァリエール公爵夫人カリーヌである。ルイズは母から一つの問いを投げ掛けられた。

 

 

 (でも、母様はどうしてこんな質問を……)

 

 

 最初、カリーヌは娘に対して「自分のしたことを報告しなさい」と言った。

 ルイズは、焦った。アーハンブラ城を消滅させたことだろうか、ガリアの王族であるタバサを拉致同然に連れ帰ったことだろうか、はたまたトゥールーズ平原の決戦に無許可で介入したことだろうか。

 どれ一つ取っても、下手な弁明をすれば自分は明日の朝日を拝めないかもしれない。ルイズは全身から冷や汗を流し、直立不動のまま数分間、言葉を発することができなかった。

 すると、カリーヌは。

 

 

 「……ルイズ、あなたの使い魔である、あの亜人。あれがもしも反逆した場合、あなたは止める事ができるのかしら?」

 

 

 「えっ、母様?」

 

 

 突然の質問にルイズは二つの意味で驚いた。一つは、あの母が自身の命令に相手が答えないのを咎めない事に。そして、もう一つはあの母が彼女の使い魔たる長身異形の亜人の『反逆』についての問答を求めてきた事に。

 ハルキゲニアにおいて、メイジの『サモン・サーヴァント』によって召喚され、『コントラクト・サーヴァント』を以って契約し、使い魔となった存在は主であるメイジに対して、基本的には逆らうことはない。

 

 

 (でも、セルの場合、色々と規格外過ぎるから……)

 

 

 やがて、ルイズはその明晰な頭脳を以って、一つの事象を想定したのだ。

 

 

 

 ――セルの『反逆』によるトリステイン王国滅亡。

 

 

 

 それは、まるで明晰夢のような妄想であった。

 

 

 (まさか、ここまで鮮明に想像できてしまうなんて。まるで、一度体験してきたかのよう)

 

 

 だが、ルイズにはもう一つの確信があった。

 

 

 (セルは、反逆なんてしないわ。理由は説明できないけど、絶対にしない……多分……恐らく……そこはかとなく、しない。でも重要なのは))

 

 

 どうやって目前の母を納得させられるだけの理屈を捻り出すか、ルイズは自慢の脳細胞をさらに高速回転させる。だが、そう簡単に根拠を構築できるわけでもなかった。

 

 

 (と、とにかく! そんなことには絶対にならないわ)

 

 

 「大丈夫です、母様! セルは反逆なんてしません!」

 

 

 「……そう言い切るだけの理由があるのでしょうね?」

 

 

 大見得を切る娘にやや怪訝な表情で問うカリーヌ。ルイズは実にあっけらかんと答えた。

 

 

 「だって、セルにとってこのハルケギニアなんて取るにも足らない狭い世界ですから」

 

 

 「!」

 

 

 「それに万が一、セルが本気で反逆したなら、何をしても無駄です。どう足掻いても世界は滅亡します」

 

 

 「ルイズ、あなた……」

 

 

 自身の使い魔の反逆、それが世界の滅亡を引き起こすとあっさり宣言する娘に戦慄するカリーヌ。

 

 

 (ルイズの使い魔に対する、この過度の信頼の根源は、妄信? 執着? あるいは思慕? まさか洗脳などとは思わないけど)

 

 

 実はカリーヌ自身もルイズのセルが反逆することはないだろうと踏んでいた。しかし、カリーヌの脳裏にはもう一体の長身異形の亜人の姿がこびり付いていた。トゥールーズの戦いの終盤、ゴーレム操作者が搭乗していると思しきガリアの戦艦で遭遇した長身異形の亜人が垣間見せた凄まじいまでの殺気と途方もない破壊の力。

 

 

 (あの亜人は自らをイザベラ副女王の使い魔だと名乗った。そして副女王はゴーレムを操っていたジョゼフ王を『消滅』させてしまった……)

 

 

 さらに使い魔は驚愕するカリーヌに告げた。ゴーレムを建造し、ジョゼフ王を誑かしたのは『レコン・キスタ』の残党であると。

 

 

 (確かにマザリーニ卿の最終報告書でも、『レコン・キスタ』を事実上統括していたと思われるクロムウェル直属の秘書官長の行方は不明となっていた)

 

 

 もし、クロムウェルの秘書官長とジョゼフ王の側近の女が同一人物だとすれば、『レコン・キスタ』の設立とその後の急激な勢力拡大、それによるアルビオン王国の衰退、さらには『王権守護戦争』の勃発。そのすべてを、ガリア王ジョゼフ一世が裏で糸を引いていた可能性が高いということになる。

 

 

 (国際問題、どころの話ではなくなるわね。でも、なぜあの使い魔は私にその情報を流したのか)

 

 

 事が公になれば、疑惑の段階でもガリアは国際的な立場を失うことになる。副女王の使い魔であるならば、自身の主に不利な情報を馬鹿正直に他国に渡すとは思えない。使い魔の真意は視えない。だが、確かなことが一つだけあった。

 

 

 (あの使い魔に対抗できるのは、ルイズの使い魔だけ……)

 

 

 カリーヌは決断した。現状で優先すべきは、ルイズの独断専行に対する叱責や再教育ではなく、彼女だけが知っているであろう事実を確認し、それを共有すること。魔法衛士隊総隊長は実の娘に、少しだけ鎌をかけることにした。

 

 

 「十日後、ガリアとの国境緩衝地帯でガリア側との秘密会談が開催されます。先方からはイザベラ副女王自らが御出席されるとのこと」

 

 

 「えっ!? あのデコ王女が!? ……あっ!」

 

 

 見事に語るに落ちるルイズ。慌てて両手で口を塞ぐが後の祭りである。娘のあまりの迂闊さに内心呆れつつも、瞳を細めた『烈風』が懐から鉄扇を取り出し、容赦ない口調で告げた。

 

 

 「ルイズ、あなたは一体いつ、どこで、どのようにしてイザベラ殿下の御前に侍る栄誉を得たのかしら? 母さまに解り易く説明してみなさい」

 

 

 「ええと、その、あの、なんと申しましょうか……」

 

 

 (セル! た、た、たすけてぇ!)

 

 

 涙目でその場にいない長身異形の亜人に助けを求める『蒼光』ルイズであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、長身異形の亜人、セルは王宮内の特務近衛官専用居室にて待機していた。室内にはもう一人、一目でご機嫌だとわかる少女がハタキを片手に掃除に勤しんでいた。メイドのお仕着せを見事に着こなしたシエスタであった。

 

 

 「ふんふんふふ~ん」

 

 

 「シエスタの嬢ちゃんは上機嫌だがよ、ご主人様の方は大丈夫なのかい、旦那?」

 

 

 居室内の定位置ともいうべき入口の扉横に陣取る亜人に対して、その右手に握られているインテリジェンスロッド『デルフリンガ―』は何気なく問いかけた。

 

 

 「ルイズならば問題はない。公爵夫人も実の娘相手に無茶はしないだろう」

 

 

 「だと、いいんだけどよ」

 

 

 (イザベラのセルとの邂逅によってカリーヌも長身異形の亜人『セル』の力を知った。他国の王族が途轍もない力を持った使い魔を従えている。そしてそれに対抗し得る存在はルイズの使い魔であるこの私のみ。アーハンブラ城におけるタバサの一件やトゥールーズの戦いでの越権行為を差し引いても、今ルイズに罰を科す事の愚かしさを理解しないカリーヌと公爵ではあるまい)

 

 

 セルのやや甘い見通しは、主たる少女にある意味での地獄を見せることになる。

 

 

 「やっぱりすごいですね、セルさん! 王宮の中でも王族とそれに近しい人しか入れない区画だけあって、どの調度品も最高級品ばかり……わたしみたいな平民がお掃除しちゃっていいんでしょうか?」

 

 

 ルイズが王宮に参内する際に使う近衛特務官の居室は王族専用区画の端に位置している。本来であれば、平民の立ち入りなど認められるはずはないが、シエスタはルイズの専属メイドということで特別に許可されていた。

 

 

 「ルイズの君に対する信頼の証だ。他の誰でもない君を選んで帯同させたのだからな」

 

 

 「えへへ、嬉しいです。ミス・ヴァリエールにそこまで信用していただけるなんて」

 

 

 「無論、私も君を信頼している。どうかこれからも我が主を盛り立ててほしい」

 

 

 室内の隅々まで響く良い声でそう言うと頭を下げるセル。するとシエスタはハタキを持ったまま真っ赤になって首を振りながら言った。

 

 

 「そ、そんな! 頭を下げたりなんてしないでください、セルさん! わ、わたしは何があってもミス・ヴァリエールのお側を離れたりはしませんから! ……そ、それにセルさんの近くにも居られるし」

 

 

 思わず本音が漏れるシエスタを尻目にセルはさらなる考えを巡らす。

 

 

 (シエスタ、君は地球出身者の末裔であり、ルイズが深く信頼する者だ。この先いくらでも使い道がある。せいぜい私の役に立ってもらおう。そして、問題はアルビオンの状況か……ロマリアの坊主ども、さてどう出るか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――アルビオン王国王都ロンディニウムの中枢、ハヴィランド宮殿内立太子執務室。

 

 

 「……『月の悪魔』か。始祖『ブリミル』に敗れ、封印された伝説の存在。それがあの使い魔殿の正体……」

 

 

 反王権貴族連盟『レコン・キスタ』との闘いから数か月。ようやく復興への道筋が見え始めたアルビオン王国を率いるテューダー朝の立太子、『プリンス・オブ・ウェールズ』ことウェールズ・テューダーは、ほんの数十分前に自身の執務室を訪れた者の言葉を思い返していた。

 

 

 「フ、フフフ、ブリミル教のお歴々は、どうやら何もお解りではないようだ」

 

 

 三日前、正式な先触れもなく突如アルビオンを訪問したのは、大陸全土において遍く信仰されているブリミル教の最高権威者、教皇聖エイジス二十三世ことヴィットーリオ・セレヴァレその人であった。訪問の表向きの理由は『王権守護戦争』によって疲弊した人々を慰撫するため、五十年に一度催される『大降臨祭』を特例としてアルビオンで開催したいとの意向を直接伝えるためだという。ウェールズの恋人であるトリステイン王女アンリエッタなどは諸手を挙げて賛意を示し、さらにヴィットーリオが『大降臨祭』に合わせて婚姻の儀を挙げられてはいかがだろうか、と問えば完全に有頂天になってしまった。ウェールズ自身も当初は、王国の人々の心の慰めになるならば、と前向きであったが、先ほど夜半の闇に紛れるかのように執務室に現れた教皇直属の助祭枢機卿だという若者は困惑するウェールズに告げた。

 

 

 ――トリステイン王国の英雄『蒼光』のルイズの使い魔は、かつて始祖『ブリミル』に敵対し、世界に災厄を齎した『月の悪魔』である。その確たる証拠を宗教庁は提示することができる。いずれ忌まわしき伝説が再現される前に『聖伐』を執り行う。その為の協力を要請する。

 

 

 ウェールズは、かつて長身異形の亜人の使い魔セルの姿とその力を目の当たりにしていた。ハルケギニアにおいて、主人たるルイズ、イザベラらを除けば、最もセルの恐ろしさを知る存在であった。そのウェールズからすれば、宗教庁の言い分は、身の程知らず以外の何物でもなかった。

 

 

 「彼は、いや『アレ』は、そんな生易しい存在ではない。始祖の秘宝だろうと『虚無』だろうと彼の前では何の役にも立たない。ミス・ヴァリエールならばまだしも彼を敵に回せば待っているのは、破滅だけ……」

 

 

 そんな無謀な試みに巻き込まれるなど冗談ではない。臍を噛むウェールズは自身の執務机に積み重ねられた書類の一束に目を止める。それは、王都をはじめとする領内の主要都市に建立されているブリミル教聖堂の修繕依頼に関するものだった。『レコン・キスタ』を率いたクロムウェルは自らをブリミル教総大主教と称し、ロマリア宗教庁の権威を否定。領内の聖堂を打ち壊す暴挙に出た。戦役後、アルビオン教区の高位聖職者たちは聖堂の復元を最優先するようにとウェールズに嘆願した。費用すらも王国が負担すべきであるなどとのたまったのだ。元々、必要以上に華美な意匠が施され、一般市民の礼賛には多額のお布施が必要とされた各都市の聖堂について苦々しく思っていたウェールズは、程無く一つの結論に到る。

 

 

 「……偉大なる始祖『ブリミル』よ、あなたの偉功は何千年経とうとも決して色褪せることはありません。しかし……しかし、それにただ群がるだけの有象無象の者どもは、本当に必要なのでありましょうか?」

 

 

 ウェールズ・テューダー。後のアルビオン・トリステイン連合王国の共同統治者である。後世の歴史書において彼の名前の前にはある渾名が必ず付けられることになる。

 曰く、『破門王』と。

 

 

 

 




第五十九話を投稿いたしました。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします


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 第六十話

一か月ぶりでございます。

本編も六十話に到達いたしました。

これも読者の皆様のおかげでございます。

ありがとうございます。


 

 

 アンリエッタ王女は幸福の只中に居た。最愛の男性であるテューダー朝立太子ウェールズを支える充実した日々。一時は永遠の別れさえも覚悟したが、親友たるルイズの活躍のおかげでアルビオン王国と故国トリステインは救われ、自分はウェールズの傍でその力になることが出来る。

 そして、今夜さらなる幸福の源泉が彼女に齎される。

 

 「まさか『大降臨祭』の最中に婚姻の儀を挙げることが出来るなんて! なんという幸運かしら!」 

 

 ほんの小一時間前、教皇聖エイジス二十三世ことヴィットーリオがアンリエッタらに提案した『特例』に彼女は有頂天になっていた。

 そもそも、ブリミル教の年中行事において『降臨祭』とは、ハルケギニアの暦で元旦に当たるヤラの月フレイヤの週虚無の曜日から十日間、始祖ブリミルの降臨を祝し、その信仰を確かめる神聖な式典を指す。この期間は戦争すらも古式に則り休戦とすることが不文律となっている。さらに五十年に一度開催される『大降臨祭』ではヤラの月のすべてが聖なる祭りの期間に充てられる。

 

 

 「おお! 至高なる始祖ブリミルよ! どうしてわたくしだけが無数の人々の中から選ばれて、このような幸福に値することを許されたのでしょうか? なぜ全ての人々もわたくしのように幸せになれないのでしょうか!?」

 

 

 恐らくルイズ以外の誰かがアンリエッタのこの喜びと幸福の言葉を聞けば、等しく同じ思いに囚われたことだろう。

 

 いや知らんがな、と。

 

 だが、今のアンリエッタは無敵だった。

 

 

 「ああ! ルイズ! わたくしのお友達! 今すぐあなたにこの素晴らしい知らせを届けてあげたい! わたくしにもあなたのような亜人の使い魔がいればいいのに! そうすればあなただけではなく、ハルケギニアのすべての人々にこの喜びを伝えることができるのに!!」

 

 

 マザリーニ当たりが聞けば卒倒するような事をとかく喚き散らす未来のトリステイン女王。今の彼女の想像の中では、アルビオンの中でも最も長い歴史を持ち、最も高い格式を誇る大聖堂で、純白のウェディングドレスを身に纏った自分の腕を同じく白に染め抜かれた巫女服姿のルイズが支えつつ、最愛の男性が待つ祭壇の最上段へと導く情景が鮮明に再生されていた。

 

 

 「そうだわ! 今すぐウェールズ様の元へ行かなければ! 相談しなければいけないことはいくらでもあるのだから!」

 

 

 思い立ったが吉日。すでに時刻は夜半を過ぎていたが、アンリエッタは大急ぎで自室からさして離れていない立太子執務室に駆け込んだ。

 

 

 人知れず大陸全土を席巻する巨大宗教への反逆を決意した『プリンス・オブ・ウェールズ』は、ギラギラと目を輝かせながら自分たちの婚姻の儀で招待客に饗する晩餐についての相談を持ち込んできた最愛の女性に対して、困惑の表情を浮かべることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恋人たちの熱狂と当惑を余所に、サウスゴータ領総督代行の自室兼臨時執務室では二人の男性が久方ぶりに旧交を温めようとしていた。

 

 

 「こうして二人だけでお会いするのはいつ以来でしょうね、リュクサンブール候」

 

 

 「聖下が儀典秘跡省直轄の協働司教に任命された叙階式以来となりますので四年ぶりかと」

 

 

 部屋を訪れたのは、年の頃二十代前半の美青年。全身を法服に包まれ、その色彩は最高位を示す紫で統一されていた。ブリミル教の頂点に立つ教皇ヴィットーリオ・セレヴァレその人である。室内で彼を迎えたのは、見た目年の頃六十代後半、実年齢五十路前の苦労人。トリステイン貴族の一般的な夜服を纏ったサウスゴータ領総督代行マザリーニ・リュクサンブールその人である。

 

 

 「フフ、その場には他にも大勢の人々がいたではありませんか。今のこれは、私とあなた、二人だけの語らいですよ?」

 

 

 「……ブリミル教の『新教徒教皇』とトリステインを私せんとする『鳥の骨』の密会。ロマリア司教枢機卿団とトリステイン諸侯会議が血眼になって粗探しに奔走するでしょうな」

 

 

 ヴィットーリオは宗教庁の改革を掲げ、様々な既得権益に切り込み、多くの成果を上げていた。対立する一部の高位聖職者たちからは『新教徒教皇』と揶揄されていた。そして、マザリーニは教皇候補の筆頭に挙げられながら王の逝去後、混迷を深めつつあったトリステインに残ることを決断し、教皇位ではなく僭王位を望んだ『鳥の骨』と蔑まれていた。

 

 

 「その物言い、お変わりありませんね」

 

 

 「昔話をするためにわざわざ人払いをしたわけではありますまい。お互いに忙しい身でもあります。教皇聖下におかれてはいかなるご用向きでありましょうか?」

 

 

 「それでは単刀直入に申しましょう。今、このハルケギニアに迫りつつある脅威に対抗するためにトリステインの力をこの私にお貸しいただきたいのです」

 

 

 ヴィットーリオとマザリーニ。この二人は、ブリミル教の開祖『墓守フォルサテ』の血脈を受け継ぐ分王家セレヴァレ家とリュクサンブール家の出身であり、マザリーニはヴィットーリオが幼少のみぎり、その後見人的な立場として、この聡明な少年に大いに目をかけていたのだった。

 

 

 「……恐れながら、聖下に三つ、お尋ねしたい儀がございます」

 

 

 「何なりと」

 

 

 「一つ、『迫りつつある脅威』とは何か? 一つ、『我が国の力』とは具体的にどの程度か? 一つ、『この私に』とは、ロマリアではなく聖下個人に力添えをせよ、とのことでありましょうか?」

 

 

 マザリーニの問いに目を細めるヴィットーリオ。表面上はそれ以上の変化を見せずにすらすらと答える。

 

 

 「さすがは『鬼謀』のマザリーニですね。では一つずつお答えしましょう。『脅威』とは、すなわちエルフ族の蠢動。かの邪悪なる種族は我らのハルケギニアにその穢れた牙を突き立てんと目論んでいるのです」

 

 

 「……」

 

 

 「そして、『トリステインの力』とはすなわち『蒼光の戦乙女』。先の戦役の英雄であり、虚無の担い手たるミス・ルイズを指します。勿論、強国たるトリステイン軍の力も必要不可欠といえるでしょう」

 

 

 浪々と語る、かつて自身の庇護下にあった青年教皇の言葉にじっと耳を傾けるマザリーニ。

 

 

 「最後に『この私に』と述べたのは、お察しの通り、ロマリア宗教庁ではなく、教皇聖エイジス二十三世でもなく、私ヴィットーリオ・セレヴァレにその力をお貸し願いたいのです」

 

 

 「その理由は?」

 

 

 「おや、質問は三つだったのでは?」

 

 

 「……」

 

 

 「フフフ、あなたには今更説明するまでもないでしょうが、私の忍耐ももう限界なのです。現状のブリミル教の理想と現実の落差には」

 

 

 ブリミル教の総本山を擁するロマリア連合皇国は『光の国』とも呼ばれる。だが、心ある者が見れば、それは度し難い欺瞞と虚飾に満ちた偽りの理想郷であった。贅を凝らした荘厳な大聖堂の周囲には、諸国から流れ込んだ難民たちがひしめき合い、豪奢に着飾った神官たちが望むままに欲望を謳歌している横では、今日一日のパンにすら事欠く平民が身を寄せ合うようにして空腹に喘いでいるのだ。

 

 

 「私は恐れているのです。もし、始祖ブリミルが、あるいは開祖フォルサテが今のロマリアをご覧になったらどれほど失望されることかと。そして、ロマリア宗教庁には、力がありません。大陸全土に恐るべき災厄を齎すエルフ族に対抗するための力も、すべての国家に団結を促す権威すらも」

 

 

 ヴィットーリオの言葉を拝聴しつつ、『鬼謀』のマザリーニは考えを巡らす。

 

 

 (やはりロマリアは、いやヴィットーリオはヴァリエール特務官が虚無の担い手であることを把握していたか。そして、エルフの脅威か……やや唐突に感じるが筋は通らなくもない。問題は)

 

 

 マザリーニは、教皇の意図を図りかねていた。ブリミル教の最高権威者が、トリステインを実質差配していた宰相格の大貴族に胸襟を開いて話している。もし、端から見ればそうも捉えられようが、マザリーニの中には一つの疑念が渦巻いていた。

 

 

 (なぜ、あの『亜人の使い魔』について言及しないのだ。特務官の虚無について知っているなら彼女の使い魔の力を知らないはずはあるまい)

 

 

 「……今の私はトリステイン王国サウスゴータ領総督代行に過ぎません。例え教皇聖下の御言葉とはいえ、大陸全土の存亡に関わる事象となれば、この場で易々と首を縦に振るわけにも参りません。まずは、エルフの脅威、その根拠をご提示いただきたい。そして、近衛特務官たるミス・ルイズに下知できるのはアンリエッタ王女殿下とマリアンヌ暫定女王陛下のみ。『虚無』の担い手を動かしたいのであれば、アンリエッタ殿下にお話を通していただきたい」

 

 

 「勿論ですよ、マザリーニ殿。近く、アンリエッタ殿下とウェールズ殿下も交え、恐るべきエルフの企みについて詳細をお話いたしましょう。出来る事ならミス・ルイズにもご同席願いたいのですが、難しいかもしれませんね」

 

 

 そう言って、ヴィットーリオは席を立った。

 

 

 「さて、そろそろお暇いたしましょうか。激務に追われる宰相閣下のお時間をこれ以上頂戴するのはあまりに心苦しいですからね」

 

 

 心底を見せない教皇に一抹の寂寥を感じたマザリーニは、二十年近く封印していた少年の愛称を口にした。

 

 

 「私は宰相ではありません……だが、ヴィックのためならばいつでも時間を作ろう」

 

 

 「……懐かしいですね。私をそう呼ぶのは母とあなただけでしたね」

 

 

 「ヴィットーリア殿の消息は未だに分らぬのか?」

 

 

 「はい。まあ、私が恐れ多くも教皇冠を戴くことが大陸全土に発表された時も何の音沙汰もなかったのです。すでに鬼籍に入っているものと考えています」

 

 

 「……まだ、恨んでいるのか、ヴィック?」

 

 

 「さて、私ももう子供ではありませんからね。それに彼女はただ弱すぎたのです、あらゆるモノに対して」

 

 

 「……」

 

 

 教皇聖エイジス二十三世は、臨時執務室を辞した。

 ヴィットーリオ・セレヴァレの実母、ヴィットーリアはヴィック少年が七歳の時に息子を残し、失踪した。その理由をマザリーニは、異国トリステインで人伝に聞いた。特異な魔法に覚醒した息子を恐れる余り、新教徒に改宗したという。多感な時期に母親から疎まれ、捨てられる。どれほどの絶望をあの聡明な少年は抱え込んだのだろう。だが、マザリーニは彼に救いの手を差し伸べることは出来なかった。第二の故国と定めたトリステインの危機を振り払うことを選んだのだ。

 かつて、自身の息子のように想い、見守ったはずの存在をマザリーニは見捨てたのだ。その後悔は『鳥の骨』の心の最も深い場所に突き刺さっていた。

 そして、今。

 

 

 「私はもう一度、子らを天秤に掛けねばならぬのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ガリア王国首都リュティス、ヴェルサルテイル宮殿内グラン・トロワ副女王執務室。

 

 

 父王を自らの手でこの世界から消し去ってしまったガリア王女イザベラ。だが、彼女に父王殺しの悲嘆に暮れる時間はなかった。ガリア王国副女王としての責務が否応無くイザベラを待ち受けていた。ジョゼフによる御前会議の壊滅とそれに呼応するかのように勃発した首都騒乱。国家の中枢を担っていた大貴族の大半が瓦礫の下敷きとなり、御前会議を急襲した王弟派と反ジョゼフ派の実行部隊も同じく壊滅状態。決起した首都周辺の反乱部隊は全てセルによって制圧され、上空から首都全域に響き渡った長身異形の亜人による恫喝の成果なのか、リュティスは表向き、平穏を取り戻した。

 自らは出奔した挙句、友好国であるトリステインへの侵攻を企てた『狂王』ジョゼフは娘たるイザベラによって討たれた。だが、現状で事を公にすれば国内外に大きな混乱を及ぼすと判断したセルとイザベラによって情報管制が敷かれ、ジョゼフ王は御前会議中に正体不明の勢力による襲撃を受けた結果、重症を負い、明日をも知れぬ身である、という一報が市井には流されていた。しかし、ジョセフ出奔の奇禍はそれだけには留まらなかった。

 

 

 「……サン・マロンは完全に壊滅、両用艦隊は所属艦艇の九割以上を喪失、軍人や市民の犠牲者は数万人以上、か」

 

 

 執務室で書類の束と格闘していたイザベラは、国内最大の港湾都市にして大陸最強を誇った両用艦隊の根拠地であり、父王ジョゼフの手によって業火に包まれたサン・マロンの被害報告書にざっと目を通し嘆息した。その周囲には、長身異形の亜人セルの念動力によって無数の書類が浮かんでいた。

 

 

 「サン・マロンにおける生存者は郊外に居住していた少数の市民と巨大ゴーレム起動時に基地を離れていた哨戒艦隊と数個の教導隊のみだ。現状では港湾施設や軍事基地の再建を後回しにして都市部の被害状況の把握及び生存者への援助を最優先にするべきだろう。周辺の諸都市から酒保商人と警備隊を派遣させよう。必要であれば私の分身体を送り込んでもいい」

 

 

 「ああ、セル、そうしてくれ」

 

 

 長身異形の使い魔の助言に疲れた様子で同意するイザベラ。首都騒乱を鎮めるための緊急措置として自ら副女王となることを宣言したイザベラであったが、治世の経験などは当然皆無だった。副女王の即位宣言をその場で聞いた者たちは年若い王女の決意に感銘を受けもしたが、リュティスに住まう大多数の人々にとって、彼女は『無能王から生まれた無能姫』でしかなかった。そんな副女王陛下を長身異形の亜人は文字通り八面六臂の活躍で支えた。

 

 

 「ところでイザベラ、二週間後のトリステインとの秘密会談についてだが、先方に『どこまで』伝えるつもりなのだ?」

 

 

 「……決まってるだろ、全部だよ、全部。一から十まで、何もかも、余すことなく、ぶちまける」

 

 

 「その結果、ガリア王国がどういう立場に追い込まれるか、解っているのかな?」

 

 

 「馬鹿にするなよ、セル。いくらあたしでもそのぐらいの事は想像できるさ」

 

 

 ガリア王ジョゼフ一世の所業。イザベラが把握しているだけでも、彼は自らの王城を半壊させ、自国の大都市サン・マロンを焼き尽くし、挙句の果てに友好国であるトリステインに宣戦布告も無しで侵攻し、国境砦、複数の集落、城塞都市を壊滅させた。そして、その理由が自身の肥大化した罪悪感に耐えかねての自滅的衝動による暴走という事実。これを知った際の最大の被害者であるトリステインの憤激たるや察するに余りある。無論、大陸の諸国も一斉にガリアを非難するであろうことは疑いようがない。

 だが、イザベラの決心は揺るがない。

 

 

 「でも、あたしはもう決めたんだ。すべてを伝える。シャルロットとジャンヌおば様にもすべてを。そして……二人の判断に委ねる」

 

 

 タバサことシャルロットの父、オレルアン公シャルル。多くの行き違いがあったとはいえ実の兄であるジョゼフの手で、その命脈が絶たれた事は厳然たる事実であった。そしてオレルアン公夫人ジャンヌは娘であるシャルロットを守るためエルフの毒薬を自ら呷り、心を喪った。

 父王だけではない。イザベラ自身も劣等感から従妹であるシャルロットに種々の無理難題を押し付け、時には命の危機に追いやったこともある。

 贖罪を願うのはジョゼフだけではなかった。

 

 

 「二人が望むなら、あたしは、自分の命を差し出すつもりだ」

 

 

 「そうか」

 

 

 悲壮な決意を語る主人に対して、いつも通りの冷静極まる声色で相槌を返す亜人の使い魔。思わず、背後を振り返ったイザベラが呆れ気味に言う。

 

 

 「おまえ、ご主人様が命を差し出すとまで言っているんだぞ。他に言いようってものがあるだろう?」

 

 

 「君の決意は固いと見た。それとも、私が泣いて縋れば君は自分の意思を翻すのかな?」

 

 

 長身異形にして筋骨隆々の亜人が、号泣しながら自分に取り縋る様を想像してしまったイザベラは苦虫を嚙み潰したように顔を歪めた。

 

 

 「嫌なモノを想像させるな!」

 

 

 「それは失礼した。だが、我が主よ。これだけは言っておくぞ」

 

 

 慇懃無礼な一礼を主に贈った亜人の使い魔は、不意に雰囲気を一変させるとイザベラに迫るかのように言葉を発した。

 

 

 「私は、君に害を及ぼすあらゆるモノから君を守る。だが、その中には君自身も含まれていることを覚えておくがいい」

 

 

 「ど、どういうことだ?」

 

 

 「簡単なことだ。君の命は、君のモノではない。この私のモノだ。決して何人たりとも傷付けることは許さん」

 

 

 「お、おまっ! それじゃまるで、ま、まるで……あー! な、な、何言わせるつもりだぁ!? こ、こ、この失敗面の亜人め!!」

 

 

 長身異形の亜人の突然の宣言に何やら極めてこっぱずかしい勘違いをかました副女王陛下は、顔を真っ赤にして自身の使い魔に罵詈雑言をぶつけた。

 

 

 「はあ、はあ、はあ、く、くそ! セル! お、おまえが変なことを言うから調子が狂っちまったじゃないか!」

 

 

 しばらくの間、騒ぎ立てたイザベラだったが、セルとのやり取りの前まで、その表情を覆っていた陰りは鳴りを潜め、わずかばかりの明るさを見て取ることが出来た。それに助けられたのか、イザベラは政務に忙殺されて以来、忘れていた懸念を思い出した。

 

 

 「そ、そういえば! おまえに聞かなきゃいけないことがあったんだ! セル! おまえは何であたしを虚無の担い手にしたんだ!? おまえの目的は一体何なんだ!?」

 

 

 「私の目的は、ただ一つ。『真のセル』となることだ」

 

 

 「し、『真のセル』だって?」

 

 

 「そうだ。アーハンブラ城で出会った、もう一体のセルを覚えているな?」

 

 

 「あの貧相な体付きの桃色髪が連れていた、おまえの出来損ないみたいな亜人のことだろ。確か、この大陸にはセルってやつがおまえを含めて四体いるんだっけか」

 

 

 「その通りだ。そして、私たちセルは皆、不完全な状態で誕生する存在なのだ。君たち人間のようにな」

 

 

 「不完全な存在……」

 

 

 「君たち人間を含め、多くの生物は時を経ることでより完全体へと近づいていく。だが、私たちセルは違う。我々が完全体へと近づく唯一の方法、それは」

 

 

 「そ、それは?」

 

 

 「他のセルを全て、この身に吸収する事なのだ」

 

 

 セルの言葉に偽りは無かった。しかし、真実を全て語ることも、また無かった。

 

 

 「ほ、他のセルを吸収……で、でも! それとあたしを虚無の担い手にする事に何の関係があるんだ!?」

 

 

 「私を含むセル四体の力は完全に拮抗している。目的を考えれば、セル同士が結託することもありえない。そこで、重要となるのが『虚無』の存在なのだよ。『虚無』そのものは、ハルケギニアにあっては絶大なる力を齎す源泉だが、私たちセルにとっては取るに足らない脆弱な力でしかない。だが、『使い魔の契約』を介することで私たちセルの力に『虚無』の力を上乗せすることが出来るのだ。完全に拮抗した力を持つ私たちにとっては、そのわずかな差こそが勝機たり得るのだ。だから、イザベラよ」

 

 

 セルは自身の主に歩み寄り、その逞しい右手でイザベラの頬を優しく撫でる様に触れた。そしていつも通りの良い声で囁いた。

 

 

 「さらなる力を身に着けるのだ、この私、セルの為に」

 

 

 「……うん、あたし、がんばる……はっ!?」

 

 

 セルの右手の温もりの心地よさと誰もが聞き惚れる美声のコンボをまともに食らったイザベラは頬を染めつつ、無意識に頷こうとしてしまう。だが、すんでのところで正気を取り戻し、一足飛びにセルの懐から逃げ出す。未だかつて無いほどに顔面を朱に染め抜いたイザベラは、力の限りに叫んだ。

 

 

 「こ、こ、こ、この破廉恥亜人めぇ!!」

 

 

 年若い副女王陛下の怒声が、グラン・トロワの一角に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第六十話を投稿いたしました。

会話回ばかりが続き申し訳ございません。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。


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 第六十一話

4か月ぶりでございます。

第六十一話を投稿いたします。


 

 

 ティファニアの好奇心は未だかつて無いほど刺激されていた。ウエストウッド村に隠れ住むようになって早数年。村の子供たちと姉代わりであるマチルダ以外と接する機会がほとんどなかった彼女は、今の状況に余りにも興味をかき立てられていた。

 突如として空から轟音と共に迫り来る見たこともない形状のフネ、それを苦も無く防いでしまった長身異形の亜人はマチルダの使い魔だという。さらに炎上していたフネからほうほうの体で這い出してきたのは、自分と同じく尖った耳を持つ一組の男女。母以外では生まれて初めて出会う、エルフだった。

 

 

 (セルがいなかったら、私も子供たちも命は無かったと思う。それにしてもマチルダ姉さんが使い魔を召喚していたなんて。この前、帰って来た時は何も言っていなかったのに)

 

 

 生来、好奇心旺盛なティファニアはすぐに疑問の答えをマチルダに求めた。

 

 

 「ねえ、マチルダ姉さんはいつセルを使い魔にしたの?」

 

 

 「え、い、いつってそれは……」

 

 

 想定していなかった質問にしどろもどもになるフーケ。すかさずセルがフォローする。

 

 

 「主が私を召喚したのは、二ヶ月ほど前の事だ。それまで勤めていたトリステイン魔法学院を一身上の都合で退職する際に人手代わりの使い魔を求めての事だと聞いている」

 

 

 「えっ!? マチルダ姉さん、魔法学院を辞めてしまったの?」

 

 

 「あ、ああ、その、色々あってね」

 

 

 「心配は無用だ。すでに次の就職先は決まっている。王都ロンディニウムでの教職が内定しているそうだ」

 

 

 「はあ!? あ、あんた何を言って……」

 

 

 「ああ、そういえば皆に土産を配るのを忘れていたな、我が主よ」

 

 

 困惑するフーケを余所に長身異形の亜人は自身の尾の先端を漏斗状に変化させ、中から複数の袋を取り出す。それらの袋にフーケは見覚えがあった。ウエストウッド村のみんなの為に用意した土産を入れていたものだった。森の近くで休憩を取っていた時にこの亜人に無理矢理担ぎ上げられ村に拉致された際に馬と一緒に置きっぱなしになっていたはずだった。

 

 

 「おみやげ!?」

 「やった!」

 「おいらのは!?」

 「あたちおにんぎょうさんがいい!」

 

 

 土産という言葉に反応したのか唐突に小屋の扉が開き、外で聞き耳を立てていたであろう子供たちが亜人の持っている袋に殺到した。

 

 

 「もう! みんなお外で待っててねって言ったのに」

 

 

 「……いや、いいよテファ。袋を持って広場に行っておいで。ちゃんとみんなの分のお土産があるからさ。勿論、あんたの新しいハープもね」

 

 

 「あ、ありがとう姉さん。ほら、みんなもちゃんとお礼を言わなきゃダメよ」

 

 

 テファに促された子供たちの舌っ足らずな感謝の言葉を聞き、セルから受け取った袋を皆で持って広場に向かう子供達を見送りながらフーケは内心毒づいた。

 

 

 (適当なこと抜かしやがって! 何がロンディニウムの教職が内定している、だ! しかもあたしの荷物までいつの間にか掠め取っておいて!)

 

 

 子供たちとティファニアが居なくなったのを見計らったのか、それまで大人しくお茶を飲んでいた二人組のエルフの片割れが口を開いた。

 

 

 「さてと、おいしい紅茶もごちそうになったことだし、ちょっと私たちのフネの状況を確認しておきたいんだけどいいかしら?」

 

 

 「あぁ!? あんたらには聞きたいことが山ほどあるん……」

 

 

 ルクシャナの問いに即座に噛みつこうとするフーケだが、例の如く長身異形の亜人が割り込んできた。

 

 

 「いいだろう。だが、余計な事は考えるな。私はお前達の動向を常に監視している」

 

 

 「……わかったわ」

 

 

 神妙に頷いたルクシャナと項垂れたままのアリィーは連れ立って小屋を出た。後には主従の一人と一体だけが残された。

 

 

 

 

 

 「……一体何のつもりだ?」

 

 

 「あのエルフ達の事ならば問題はない。テファや子供達に害を及ぼすなら即座に始末するまでだ」

 

 

 「そんなこと聞いちゃいない!」

 

 

 (くそ、よくも『マチルダの使い魔』だなんて見え透いた嘘を。わざわざそう名乗ったのは多分あの子に警戒心を抱かせない為のはずだ。つまり、あいつはテファを利用しようとしている。なんとしてもあの子だけは守らなければ。でも、どうやって?……この化け物が相手じゃ戦うことも逃げることも無理な話だし、ましてや色仕掛けや金なんか通用しない。何とかこいつをテファから離さないと)

 

 

 懊悩するフーケの脳裏に桃色髪の少女が浮かぶ。かつて自分の仕事を邪魔したいけ好かない大貴族のご令嬢、それが今や『救国の戦乙女』として諸国に名を知られた英雄となった少女。

 

 

 (そうだ! 新しい『場違いな工芸品』を見つけたとか言ってトリステインに誘き寄せて、あのヴァリエールのガキに押し付ければ……)

 

 

 フーケがトリステインにおいて最初にセルと出会った時、この長身異形の亜人は王国屈指の名門貴族ヴァリエール家の三女ルイズの使い魔として振舞っていた。詳しく聞いてはいないが、この亜人はご主人さまには秘密にして自分を使っていたはず。大貴族のご令嬢なんかを頼るのは癪だが、どうにかあの桃色髪に渡りをつけてこの化け物を抑えなければ。

 

 フーケは知らない。目の前の長身異形の亜人が、彼女の想像を遥かに超えた超常の存在だという事を。

 

 

 「そういえば伝えていなかったか。フーケ、私はおまえが会う『二体目』のセルだ」

 

 

 「はぁ? 言ってる意味が判らないんだけど」

 

 

 「このハルケギニアにセルという亜人は四体存在しているのだ。おまえが知るトリステインのセルと私は『別個体』だ」

 

 

 「え? ちょ、ちょっと待っておくれよ。あんた一体何を……」

 

 

 「フーケ。おまえとの雇用契約は今この場で解消する。もう『場違いな工芸品』を探す必要はない」

 

 

 「なっ!?」

 

 

 「フフフ、大切なティファニアと子供たちの傍に居てやるといい」

 

 

 「……」

 

 

 「さて、我が主マチルダよ。アルビオン戦役を終結へと導いた『蒼光の戦乙女』ルイズ・フランソワーズ・ルブラン・ド・ラ・ヴァリエールは『虚無の担い手』だ。その強大な力を大陸列強は等しく把握している。当然どの国も『虚無』の存在を喉から手が出るほど欲しているだろう。戦役で大きな痛手を受けたアルビオンもな」

 

 

 「何が言いたい?」

 

 

 「ティファニアは、アルビオン王弟モード大公の遺児にして忌むべきエルフの血を受け継ぐハーフエルフ。さらには神にも等しい始祖の力を振るう『虚無の担い手』だ。その存在が公になれば途轍もなく大きな火種となるだろう」

 

 

 「!?……何が、言いたい?」

 

 

 「そして、二人組のエルフが乗っていたフネ。当然、大陸外から航行してきたのだろう。相応の長距離を火を噴きながら、な。あるいは多くの者の目に留まったかもしれんな」

 

 

 慇懃無礼にしてまるで全てを見透かしたかのような長身異形の亜人の言葉にフーケの忍耐も限界を迎えた。力の限りに叫ぶ。

 

 

 「だからっ! 何がっ! 言いたいんだよっ!?」

 

 

 「これからもティファニアと子供たちの平穏と命を守る為には力が必要だ。国家すらも問題としない強大な力がな」

 

 

 「それが、あんただって言うのかい?」

 

 

 「他に選択肢があるとでも?」

 

 

 「……この、悪魔」

 

 

 その時、フーケには目の前の異形の存在が確かに、恐るべき『悪魔』に視えた。だが、『悪魔』は平然と彼女に言い放った。

 

 

 「おまえの覚悟はその程度か? 命に代えても守りたいモノがあるならば、例え相対する相手が『悪魔』であろうとも、これ幸いと利用してみせろ」

 

 

 「言いたい放題に言いやがって」

 

 

 遠くからティファニアと子供たちの無邪気な声が聞こえてくる。フーケは決断した。

 

 

 (テファ、みんな……)

 

 

 「ああ、くそ、わかったよ! この悪魔野郎! せいぜいあんたを利用してやる! でかい口叩いたんだ。全世界を敵に回してもあたしたちを守ってみせろよ!」

 

 

 「承知した、我が主よ」

 

 

 (こいつはあたしたちを、いやテファを守るだろう。文字通りに世界を敵に回したとしても……自分の目的を果たす、その時までは、ね。いいよ、出し抜いてやろうじゃないか。全てお見通しだと云わんばかりのそのツラ、絶対に青ざめさせてやるから!)

 

 

 例え、どのような事態に直面してもセルの顔色が青ざめるかどうかはセル自身にとっても謎である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……これからどうするんだ、ルクシャナ?」

 

 

 長身異形の亜人の念動力によって村外れに移動された『アヌビス』号を見上げながら若きエルフの騎士アリィーは最愛の女性に問いかけた。

 

 

 「この浮遊大陸は蛮族の支配域で、ほんの数か月前までは戦争状態だったらしい。ネフテスに戻ろうにも肝心の『アヌビス』号は半壊状態だし大陸から離れるのさえ難しいだろう。その上、あの『悪魔』……小型とはいえ軍の偵察艇の墜落を一瞬で抑え込んでしまうほどの念力なんて聞いたこともない。それにビダーシャル様のお話が確かならアレは単独で蛮族の大艦隊をも滅ぼす力を持っているという。話半分だとしても戦うことはおろか逃げる事すら……」

 

 アリィーは、一刻も早くネフテスへと戻りたかった。しかし、彼らの翼となるはずの『アヌビス』号は、船体はほとんど無傷だったもののフネの心臓部である魔導機関は大破しており、さらに機密扱いの新型であった為、その場での修理など不可能だった。よしんば何らかの手段で首尾よくネフテスに戻れたとしても、評議員からの枢密任務の偽造、半ば強奪ともいうべき新型偵察艇の出撃と墜落による喪失、とどめに自身が属する部族の族長類縁の女性の拉致容疑。『ファーリス』席の剥奪どころか重罪咎者の烙印を押され、無限禁錮刑に処されてもおかしくはなかった。

 アリィーは絶望に囚われようとしていた。

 

 

 「ハーフエルフって初めて見たけど、私たちとほとんど変わらないのね。ただ……あの胸だけは本物なのかしら? 気になる、実に気になるわね」

 

 

 ルクシャナは、ハーフエルフの少女の肉体的特徴にご執心であった。自身の容貌にそれなりの自負があったルクシャナだったが、ティファニアの神々しいまでの美貌と母性の象徴ともいうべき豊かな胸にひどい敗北感を痛感していたのだ。

 

 

 「あの、ルクシャナ? 僕の話ちゃんと聞いてたかい? 今の状況がどれだけ深刻なのか……」

 

 

 「ジタバタした所で状況は変わらないわよ。それに何かあっても誇り高き『ファーリス』が私を守ってくれるんでしょ?」

 

 

 「そ、それは勿論! 例え僕の命に代えても君だけは」

 

 

 「ああ、そういう自分はどうなっても、とかいうのはいいから。私たち二人が、必ず生き延びなきゃダメだからね、アリィー……私はね、アリィー。あなたさえ傍に居てくれれば、どこでだって生きていけるもの」

 

 

 わずかに目元を潤ませながらの婚約者の言葉にアリィーは奮い立った。

 

 

 「ルクシャナ……くっ、わかったよ! 『ファーリス』の誇りにかけて僕たちが無事ネフテスに戻れるように全力を尽くす!」

 

 

 (まあ、あの亜人がその気なら何をどうしようがアリィーの言う通り手詰まりだろうけど、多分あのハーフエルフの子が傍にいる限りは無茶はしないと思うわ)

 

 

 瞳に輝きを取り戻した婚約者を尻目に冷静に状況を分析するルクシャナ。種族に限らず男という存在は悲しい生き物なのであろうか。

 

 

 (それに叔父様はあの亜人が『月の悪魔』かもしれないと言っていたけど、本当にそうなのかしら? 伝承の通りなら、そもそも意思の疎通なんて出来るわけがないわ)

 

 

 『全てに終焉を齎す月の悪魔』

 

 

 ネフテスに限らずエルフの全氏族に連綿と伝えられる伝承において、それは『大いなる意志』とその慈悲と恩恵を授けられる全てに滅びを齎す存在とされ、『災厄』、『滅びの王』、『星の終焉』とも呼ばれていた。純然たる破壊の化身であり、完全なる消滅は不可能な超常の存在。どれほど強大な力を持っていようとも、あの亜人がそのような存在だとはルクシャナには考えられなかった。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 ――ネフテス国首都アディール郊外イスケンデルン空軍基地

 

 

 「一体誰が『アヌビス』号の出撃を許可したのだ!? あれには最高機密の新型魔法機関が搭載されているのだぞ!」

 

 

 ネフテス空軍の兵器廠が併設されている国内最大の基地ではてんやわんやの騒ぎが起こっていた。兵器廠の機密格納庫に秘匿されていたはずの最新型長距離偵察艇『アヌビス』号が慣熟飛行の名目で出撃していた事が発覚したのだ。直接責任者であるヤズデギルド空将は周囲の士官たちに烈火の如く怒りをぶちまけていた。

 サハラの空を守るネフテス空軍の主力艦艇は『竜曳船』と呼ばれ、風石によって浮力を得る点ではハルケギニアのフネと同じだが、数十頭の風竜に船体を曳航させることで推進力を得ており、速力や旋回性能では大きく上回っていた。さらに空軍の研究開発工廠では近年、新式の魔法機関の開発に成功。それは火の魔石を利用した内燃機関であり、『竜曳船』のように風竜を必要としない為、小型の船体でも高い速力と長距離航行を実現し得る画期的な発明であった。その後、数基の先行量産型が同時期に試作された高機動船体に搭載され、二艇の偵察艇が完成した。エルフに古くから伝わる聖人の名を与えられたそれらは来るべき蛮族域への一大侵攻作戦、『精霊救済戦争』において空軍の先駆けとして華々しく初陣を飾るはずであった。

 

 

 「そ、それがアリィー空佐がビダーシャル評議員からの第一級枢密指定任務の為に使用するとの事で……」

 

 

 「ファーリスの青二才か。ちっ、カウンシルの犬め、どこで『アヌビス』号の情報を手に入れたのだ?」

 

 

 ネフテス空軍において単独行動権を与えられている独歩空佐であり、評議会直属の騎士『ファーリス』でもあるアリィーは空軍上層部にとっては目障りな存在であった。公的には空軍の最終指揮権は評議会ではなく統領テューリュークの専権事項となっているが、評議会の影響力も決して小さくはなかった。

 

 

 「我が空軍が『鉄血』に汚された水軍の能無し共より優位に立つ為には、新型魔法機関の量産による強力な航空打撃艦隊の創立が必要不可欠なのだぞ!」

 

 

 空軍と双璧を成すネフテス水軍には正規の指揮命令系統とは異なる血が浸透していた。それは『鉄血』という名の意志であった。元々、空軍と水軍の間には、自分たちこそがネフテスを守る第一の剣であるという自負心が互いに燻ぶっていた。これまではその対立が表面化することはなかったが、水軍上層部に多数のシンパを持つ対蛮族強硬派の集団『鉄血団結党』の首班エスマイールが上席評議員に選出されると急速に顕在化。さらにネフテス軍の総力を結集した『災厄撃滅艦隊』の総司令にエスマイールが任命された事で決定的となった。

 

 水軍の後塵を拝するなど誇り高き我が空軍にとってあってはならない。それはヤズデギルドを含む空軍上層部の総意であった。

 

 

 

 

 「く、空将閣下、び、び、ビダーシャル評議員がお見えになりました!」

 

 

 「ふん! 事なかれ主義の弱腰共めが。どの面下げて事後承諾を求めに来たのだ?」

 

 

 直属の幕僚から声をかけられたヤズデギルド空将は、件の評議員が平身低頭して詫びを入れに来たと思い、尊大な態度を隠そうともせずに振り返った。

 直後に彼は、軽率な自分を呪った。

 

 

 ガシッ

 

 

 「あぐっ」

 

 

 「どういう事だッ!? 私のルクシャナが空軍の偵察艇で蛮族域に出撃しただとぉ! この基地の管理体制は一体全体どうなっているのだッ!? おい、聞いているのか!」

 

 

 ネフテスの最高意思決定機関である中央評議会『カウンシル』を構成する二百四十名の評議員の中でも十二名しか選ばれない上席評議員の一人であり、議会随一の穏健派として『ネフテスの良心』とも呼ばれていたビダーシャル上席評議員は、イスケンデルン空軍基地の司令官でもあるヤズデギルド空将の左右の襟を掴み上げ、普段からは想像もつかない剣幕で空将を詰問しはじめた。

 

 

 「ちょっ、ぐ、ぐるじいのぐぅえぇ……」

 

 

 「ルクシャナに万が一の事があったらどう責任とるつもりだ、ああッ!?」

 

 

 エルフ族は優れた先住魔法の行使手だが肉体的には華奢であり、総じて膂力では蛮族には及ばない。それはヒト族とエルフ族の共通認識であったが、哀れな空将閣下の両足は地面を離れていた。

 

 

 「……ぐぇ」

 

 

 空軍きっての武闘派ヤズデギルド空将は、落ちた。

 その場に居合わせた幕僚や兵士たちがあまりの事態に呆然としていると、ヤズデギルド空将を開放したビダーシャルは、上席評議員に相応しい威厳を以って周囲に命じた。

 

 

 「ヤズデギルド空将は、不慮の事故によって人事不省に陥った。緊急事態につき現時刻をもって私が当基地の臨時指揮権を掌握する!」

 

 

 「「「「えっ?」」」」

 

 

 評議員個人の権能に軍の指揮代行権が含まれる事は基本的には、無い。

 

 

 「直ちにルクシャ、もとい『アヌビス』号の捜索隊を編成しろ! 旗艦は『アヌビス』号の予備艇とし、私が搭乗して指揮を執る!」

 

 

 

 

 

 最終的にはビダーシャルのこの暴挙は、ヤズデギルド空将旗下の筆頭幕僚が決死の覚悟でイスケンデルン空軍基地を脱出、その足で中央評議会の統領補佐室に転がり込んで、泣きながらに状況を説明した事で統領テューリュークの知るところとなる。最高指導者直々の突っ込みをくらっては、さしものビダーシャルも姪と部下の探索を断念せざるを得なかった。

 その後、ビダーシャルは評議会から短期の謹慎処分を言い渡され、複数の役職を解かれる事となった。その中には『災厄撃滅艦隊』の副司令職も含まれており、エルフ族史上最大最強との誉れも高い大艦隊の司令部は、『鉄血団結党』の息がかかった人員で占められる結果となった。

 

 近い将来、この処分が自身の命を助けることになるとは、神ならぬビダーシャルには知る由もなかった。

 

 




第六十一話を投稿いたしました。


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 第六十二話

2カ月半ぶりでございます。

第六十二話を投稿いたします。


 

 「……という次第で、城に戻ってきましたです、はい」

 

 

 「……」

 

 

 トリスタニア王城の一角、魔法衛士隊総隊長室を息苦しい沈黙が支配していた。そう感じていたのは、『蒼光の戦乙女』こと近衛特務官ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールである。相対する魔法衛士隊総隊長にしてルイズの実母カリーヌ・デジレ・ド・マイヤール・ド・ラ・ヴァリエールが愛娘の報告を聞き終えて感じたのは、呆れと困惑と僅かな母としての誇りという複雑な感情だった。

 

 報告を箇条書きにすれば、ルイズは自身の拉致を企てた学友を返り討ちにし、その学友が実は廃されたガリア王国の王女であり、母親共々命の危機にあると知るや否や別の学友、他国の留学生、さらには教職員すら巻き込んでガリア領の城塞に少人数で奇襲を敢行。そこでガリアのイザベラ王女と邂逅し、あろうことか罵詈雑言の応酬を演じた挙句、双方の使い魔の戦いの余波のみで城塞を消滅せしめ、まんまと元王女と元大公夫人を掻っ攫い自領の城に凱旋を果たしたという。

 

 

 (はあ、学院からガリア東端まで六人の人間と一緒に瞬間移動ですって? 同属との小競り合いの余波だけで城塞を消滅させたですって?)

 

 

 一般的な母親であれば、呆れを通り越して実の娘の正気を疑う内容であろう。だが、カリーヌは三十年前、当時のトリステインにおいて最強の名を欲しいままにした英雄『烈風カリン』その人である。

 その『烈風』をして困惑なさしめたのは、ルイズの話の所々に見られる荒唐無稽さ加減と娘の無軌道な言動であった。

 

 (トゥールーズで、あの『長身異形の亜人』と遭遇していなければ到底信じられない話ね)

 

 伝説の『虚無』の魔法に目覚め、さらに途轍もない力を秘めた使い魔を従えているとはいえ、その場の感情に任せて衝動的に行動を起こす娘を非常に危険だと感じるカリーヌ。

 だが、同時に母としてルイズを誇らしくも感じていた。

 

 

 (友の為に命を懸ける、か。フフ、娘たちには実践の機会など無ければ良いと思っていたのに……)

 

 

 血は争えない。僅かな自嘲の念と共にカリーヌは、そう思った。

 

 母の長い沈黙に耐えられなくなったルイズは、ヴァリエール城に帰還した後の出来事にも触れることにした。

 

 

 「あ、あの母様? じ、実はちいねえさまのご病気が完全に治ったの。王都での御仕事が落ち着いたら、一度お顔を見せてあげてください」

 

 

 それは母カリーヌにとって完全な不意打ちであった。

 

 

 「……え? ルイズ、あなた今何と?」

 

 

 「で、ですからカトレア姉様のご病気が完治したんです!」

 

 

 その瞬間、カリーヌの脳裏からガリアとの秘密会談も長身異形の亜人の存在も全てが吹き飛んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――同時刻、トリスタニア王城護国卿執務室

 

 

 「これ以上、沈黙を守る事は卿の身を守る事には決して繋がらないのだがな、コルベール卿?」

 

 

 「……ぐっ」

 

 

 目の前に座る護国卿の殺気と魔力が膨れ上がりコルベールを圧倒する。だが、魔法学院教務主任を務める『炎蛇』は教え子達の為、決死の覚悟で沈黙を貫こうとしていた。

 

 

 (ミス・ルイズやセルくんがいないこの場で私の口から事の経緯を話すわけにはいかない! 特にミス・タバサがガリアの元王女である事が王国上層部に知られれば、どのような陰謀に利用されるか。ミス・ルイズの父君でもある護国卿閣下はともかく、有象無象の宮廷貴族共がただ黙っているとは思えん)

 

 

 例え、この身に換えようとも。悲壮な決意を固めるコルベールであったが、ピエールも護国卿として、そこまでの強硬姿勢に出るつもりは毛頭無かった。そもそも、ガリア側から会談への帯同を名指しされているコルベールの身に何かあれば最悪、秘密会談自体がご破算になりかねない。この詰問の主な目的は、愛娘の指南番ともいえるこの冴えない男の値踏みであった。

 

 

 (ほう、私の殺気を真正面から受け切るか。悪名高い『実験小隊』の生き残りだけのことはある。それにあの目)

 

 

 コルベールの瞳は、何かを守る為に死をも覚悟した事を言葉よりも明確にピエールへ伝えていた。

 

 

 (ルイズは良き師に巡り合ったようだな。しかし、このままでは……)

 

 

 ドンドンドン

 

 

 突如、執務室の沈黙を破る大きなノック音が響く。ピエールの返事を待たずに室内に入ってきたのは息を切らした護国卿秘書官ゼムであった。

 

 

 「お、お話中失礼いたします! 旦那様、国元からの急報でございます! か、カトレアお嬢様のご容態が急変したと!」

 

 

 「なんだとっ!?」

 

 

 ゼムの不作法を叱責しようとしたピエールは突然の凶報に両手を机に叩きつけるようにして立ち上がるとコルベールを無視したまま、ゼムの手から書状を引っ手繰り封を切るのももどかしく内容を読み下していく。見る間に護国卿の顔面が蒼白となる。

 

 

 「ば、馬鹿な! そ、そんなはずは、カトレアの容態は安定していると……」

 

 

 「だ、旦那様……」

 

 

 「すぐにカリーヌの元へ行く! ゼム、向こう三日間の私の予定は基本全て取り消しだ!」

 

 

 「し、承知いたしました」

 

 

 書状を握りしめたまま、執務室を飛び出すピエール。ゼムもその後を追う。室内には二人に声をかけそびれたコルベールだけが所在無さげに取り残された。

 

 

 「……あの」

 

 

 ミス・カトレアは快癒なさいましたよ。

 

 

 護国卿の殺気と圧力の前に疲弊していたコルベールには、その一言を言う事が出来なかった。秘書官ゼムが齎した書状は、ヴァリエール城において公爵家典医ダーシーからカトレアの危篤を知らされたエレオノールが王都の両親に急報を届ける為、ダーシーに依頼したものだった。ダーシーは依頼を忠実に遂行したのだが、その三十分後には長身異形の亜人の力によってカトレアは危篤どころか全ての病魔から解放されてしまった。その後、ヴァリエール領は公爵家次女の快癒にお祭り騒ぎの様相を呈するも、危篤の一報だけはそのまま王都を目指し、さらにはその途中で『ゴーレム事変』の影響を受けて大幅な遅配を余儀なくされてしまった。

 そして、今朝方になってようやくピエールの手元に届けられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

  「カリーヌ! か、カトレアの容態が急変したとダーシーから知らせが!」

 

 

  「ルイズ、本当にカトレアの病は完治したというの?」

 

 

  「え? え? 父様?」

 

 

  「あなた、今何と?」

 

 

  「か、カリーヌ、ど、どう言う事だ?」

 

 

 扉を蹴破る勢いで部屋に入ってきた護国卿は、その勢いのままに魔法衛士隊総隊長と近衛特務官の会話に割り込んだ。

 

 結果、親子三人は三者三様の困惑の表情を浮かべる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「戻ったわよ、セル、シエスタ!」

 

 

 「お帰りなさいませ、ミス・ルイズ!」

 

 

 「戻ったか、ルイズ。それに……これはこれは、護国卿閣下と魔法衛士隊総隊長殿もご一緒とは」

 

 

 両親を伴い、ルイズは自室である近衛特務官専用居室へ戻った。カトレアの治癒について、その場での詳細な説明は困難である判断したルイズは、父と母に自分の目で確かめてほしいと懇願した。自身の使い魔である長身異形の亜人が持つ超常の能力の一つ、瞬間移動によって。ピエールとカリーヌもルイズの使い魔である長身異形の亜人の尋常ならざる能力は認めてはいたものの二十数年に渡り、ヴァリエール一家にとって最大の懸案事項であったカトレアの病魔がいとも容易く根治したとは俄かには信じる事が出来なかった。

 

 

 「セル、ちょっとウチの城に戻るわ。母様と父様にちいねえさまの事、タバサの事、諸々を説明するためにね」

 

 

 「承知した。では全員、私の尾に触れるがいい」

 

 

 「えっと、私もですか?」

 

 

 「そうね。シエスタだけ居室に残していくと後々面倒になるかもしれないから」

 

 

 セルが伸長させた尾に室内の全員が触れていく。ピエールとしてはこの醜い亜人野郎については色々と言ってやりたい事もあったが、今はカトレアの大事が優先と飲み込み、仏頂面のまま妻や子に倣った。

 

 

 ヴンッ!

 

 

 ルイズら一行はヴァリエール城の、カトレアが今居る、その場所へ瞬間移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ヴァリエール本城内カトレアの私室

 

 

 「おお! 始祖よ、このような奇跡が本当に起きるとは!」

 

 

 「カトレア……本当に良かった」

 

 

 「ふふふ、父様と母様がそんなにも涙をお流しになるなんて、私、生まれてはじめて見たかもしれませんわ!」

 

 

 突如、私室内に出現した両親を元気一杯の姿で迎えたカトレア。それはピエールとカリーヌが、未だかつて見たことも無いほどの生気に満ち溢れた愛娘の姿だった。一瞬の内にカトレアの快癒が真実であると悟った二人は、滂沱の涙と共にカトレアを抱きしめた。感極まる両親と姉を見て自身も涙ぐむルイズ。エレオノールのみは、以前落盤事故を起こした鉱山の再調査のため不在であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それじゃあ聞かせてもらおうかしら、セル。あんたの本当の目的である『真のセル』とやらについて」

 

 

 「承知した、我が主よ」

 

 

 「あの、私も聞いてしまっていいんでしょうか?」

 

 

 「いいわよ、シエスタ。あなたはセルとの付き合いも私の次くらいに長いんだし、一緒に澄まし顔の亜人の企みを拝聴しましょう?」

 

 

 「はい!」

 

 

 「……」

 

 

 ルイズの腰紐に結わえられているデルフリンガーは沈黙していた。

 

 主の両親と次姉との語らいが一段落したと見た長身異形の亜人は、ルイズに対して話があると切り出した。それは、自身の本当の目的である『真のセル』についてだという。

 ヴァリエール本城内のルイズの私室にはルイズ、セル、シエスタ、そしてデルフリンガーが居た。

 

 

 「今、このハルケギニアに存在するセルたちには共通の目的がある。それは自らが『真のセル』へと進化する事だ。そして、そのためには自分以外の三体のセルを全て吸収しなければならないのだ」

 

 

 「ぜ、全部のセルさんを吸収?」

 

 

 「ふーん、その進化の一端が、トゥールーズ平原の戦いで見せた完全体の姿ってわけね」

 

 

 「その通りだ。最も、あの時は一瞬で完全体への進化が終わってしまったがな」

 

 

 「え? ミス・ルイズはセルさんの、その、かんぜんたいのお姿をご覧になったことがあるんですか?」

 

 

 「うん、まあ、その、ちょっとだけね。べ、別に格好良かったわけじゃないわよ」

 

 

 「お、お顔が真っ赤じゃないですか! どうなんですか!? 詳しく教えてください!」

 

 

 「ちょ、お、落ち着きなさいよ、シエスタ。わ、私はそこまで素敵だなんて思わなかったし!」

 

 

 「素敵ですって!?」

 

 

 「……なんで今までその事を黙っていたんだ、旦那?」

 

 

 うら若い二人の主従の少女たちのじゃれ合いがさらに盛り上がろうとしたその時、沈黙を守っていたデルフリンガーが低い声でセルに問いかけた。

 

 

 「私にとっても誤算だったのだよ。『虚無の担い手とその使い魔』が複数存在し得るという事はな」

 

 

 セルはデルフリンガ―の問いにいつもの美声で朗々と答えていく。

 

 曰く、拮抗した力を持つ四体のセルの中で自分だけが『虚無の使い魔』として優位な存在となった事。

 曰く、その事を知った他のセルたちは『気』を消して巧妙に隠れてしまった事。

 曰く、『気』を消したセルを捜索する事は困難を極め、膨大な時間が必要な事。

 

 

 「人間の寿命は短い。だが、私たちセルの寿命は長命種とされるエルフをも遥かに超える。ルイズが生きている間に私が『真のセル』となる事は難しい。そう、考えたのだ」

 

 

 ところが、アーハンブラ城で邂逅したガリア王女イザベラともう一体のセルの存在が、その考えを真っ向から否定したのだ。

 

 

 「四王家に一人と一体ずつ、『担い手』と『使い魔』が存在し得るのならば、我が同胞たちは何としても、この私と同じく『虚無の使い魔』となるだろう」

 

 

 「つまり、いずれは『真のセル』を決める大きな戦いが起きるということね」

 

 

 「そうだ。最も、それがいつとなるかは私にも分からん。明日起きるかもしれんし、ルイズ、君の子や孫の時代かもしれん、あるいはさらにその数百年後かもしれない」

 

 

 「そ、壮大過ぎて、私には想像もつきません。ミス・ルイズはどう思いますか?……ミス?」

 

 

 シエスタの問いかけはルイズの耳に届いてはいなかった。ルイズの意識はセルの言葉の一部に釘付けとなっていた。

 

 

 (……子や孫? 子や孫? 誰の? 私の? 私と、誰の?……わたしとせるのこどもやまご?)

 

 

 ルイズは、瞬間的に沸騰した。

 

 

 「あ、あ、あ、あんた、な、あ、あ、なに言ってんのよぉぉ! わ、わたしとあ、あんたの間の子供って、そ、そ、そんなのあるわけないでしょぉぉぉ!?」

 

 

 「お、お気を確かにぃ! ミス・ルイズ! 誰もそんなこといってませんよぉぉぉ!」

 

 

  先のじゃれ合いを遥かに超えた騒ぎを余所に長身異形の亜人は思考する。

 

 

 (子供か……『私の子供たち』の力もいずれは必要になるだろう。一度、試しておくべきか)

 

 

  自意識を持つメイジの杖もまた、思考する。

 

 

 (『四の担い手と四の使い魔』、それにまるで合わせるかのように、このハルケギニアに現れた『四体の長身異形の亜人』か。どこまでも都合が良すぎるぜ。こりゃあいよいよ覚悟を決めるしかねぇかもな……)

 

 

   

 

 

 ルイズの私室での騒動からしばらくの後、ヴァリエール公爵夫妻と元ガリア王国王女タバサ、元オルレアン公夫人ジャンヌとの面談が行われた。ジャンヌの口から語られたのは諸国に名を轟かせた英傑オルレアン公シャルルの突然の逝去の顛末とオルレアンの母子が耐えてきた忍従の日々についてであった。公爵夫妻は心から哀悼と同情の意を示した。変わってカリーヌが語ったのは、『ゴーレム事変』においてトリステイン側が把握している事象についてであった。無能王の暴走による友好国への侵攻。ジャンヌは心からの謝罪を述べた。

 最後にピエールが、これは不確定ながら、と前置きしつつ話したのは、ガリア王ジョゼフ一世は、自らの娘であるガリア王女イザベラの手で討ち取られたという衝撃の事実であった。ジャンヌとタバサは驚愕の余り、数分間言葉を発することが出来なかった。この時、ルイズもまた驚きに目を見開いていた。彼女はここに至って初めて、トゥールーズ平原の戦いで相対したガリアの『虚無の担い手』が当代のガリア王本人である事を知ったのだった。

 

 さらにピエールは続ける。ガリアのイザベラ副女王より、今回の『ゴーレム事変』の真相を伝え、これからのトリステイン、ガリア両国の友好と繁栄の為に秘密会談を開きたいとの要請が届き、シャルロット・エレーヌ・オルレアン王女及びジャンヌ・アデライード・オルレアン大公夫人の出席も合わせて求めてきたのだという。突然の要請に躊躇するジャンヌだったが、タバサは毅然とした表情で出席を受諾するのだった。すでに従姉姫への憎しみは消えていたものの父の仇と想い定めた伯父王の最期と真意をどうしても知りたいとタバサは願ったのだ。娘の決然とした言葉に母もまた静かに頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 ――二週間後、トリスタニア王城護国卿執務室

 

 

 「もうヴィアーデン城に入った頃合いか」

 

 

 護国卿ピエールは、執務室内でそう独り言ちた。ヴァリエール城から長身異形の亜人の瞬間移動で帰還してから三日後、ガリア大使ダエリーよりガリア本国からの書簡が届けられた。その内容は、秘密会談の開催場所を当初の国境緩衝地帯から中立国であるクルデンホルフ大公国に変更したいとの提案であった。ご丁寧にすでにクルデンホルフからの内諾は得ているという。

 トリステインとガリアに挟まれる立地のクルデンホルフ大公国は大陸における小国家群の一つだが、多くの観光名所と豊富な鉱物資源を背景に豊かな資金力を誇り周辺国に一定の影響力を持っていた。最も、名目上は独立国ではあるが、トリステイン王家より大公領を賜った事がそもそもの成り立ちである為、外交、軍事についてはトリステインの庇護下にあり、事実上の衛星国であった。

 

 

 「あの金満家のことだ。宗主国と大陸最大の国家に同時に恩を売れるとなれば、二つ返事で受けたのだろう。だが、悪い話ではない。仮にも独立国の領土内での会談となれば、ガリアもおいそれとは秘密主義を通すことは難しくなるからな」

 

 

 自身と同じくトリステイン王家の係累に当たる年嵩の大公の姿を思い浮かべながら述懐するピエール。実際問題として、悪い話どころか自国の影響下にある独立国を立会人として巻き込める事を考えれば、トリステインにとっては非常に有利となるだろう。ピエールとしては、如何に『ゴーレム事変』の真相がガリアにとって不利を事実を内包していたとしても、大陸屈指の強国がここまで下手に出てくるのは逆に不気味でもあった。

 

 

 「イザベラ副女王か。ただの『無能王から生まれた無能姫』、ではないのかもしれんな」

 

 

 あるいは、よほど権謀術策に長けた者が傍にいるのか。

 

 

 「カリーヌ、ルイズ。どうか無事に戻ってきておくれ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――同時刻、クルデンホルフ大公国首都グレヴェンマッハ郊外ヴィアーデン城

 

 

 クルデンホルフ領最古にして最高の名城と呼ばれ、国賓をもてなす迎賓館でもあるヴィアーデン城の一室にルイズらトリステイン王国使節団は到着していた。

 使節団の陣容は、全権大使ルイズ、公使カリーヌ、書記官コルベール、さらに名目上の随行員としてタバサ、オルレアン公夫人ジャンヌが帯同していた。無論、長身異形の亜人も同行し、護衛としてカリーヌが選抜した魔法衛士隊の精鋭二個小隊が地上と空から使節団に追従した。

 当初、ルイズは使節団だけをセルの飛行によって最速で運ぶつもりだったが、不必要に相手方を刺激するな、という母の諫言とほっぺた抓りを受けて涙目で撃沈したのだった。

 

 

 「よ、ようこそ、我がクルデンホルフへ! お、お初にお目にかかります。大公ヴィレム・ローデヴェイク・フォン・クルデンホルフが一子ベアトリスと申します。こ、この度、皆さまの案内役を仰せつかりました」

 

 

 トリステイン側の全権大使であるルイズが、一行を代表して大公家からの表敬の挨拶を受けた。緊張の面持ちで貴賓室に現れたのは、年の頃ルイズよりもやや下の小柄な少女だった。美しい金髪をツインテールに結び、両の碧眼を憧れの人物に向けるこの少女が、大公国の姫たるベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフである。

 

 

 「トリステイン王国全権大使ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。公女殿下自らご案内役とは光栄ですわ」

 

 

 「ああ! どうかわたくしの事はベアトリスとお呼びください。元を正せば我が一族もヴァリエール公爵家と同じくトリステイン王家の遠戚。もし、お許しいただけるなら……『ルイズ姉様』とお呼びしても?」

 

 

 「えっ? ね、姉様? 私が?」

 

 

 「はいっ!」

 

 

 ルイズはヴァリエール公爵家の末妹である。幼少期より二人の姉たちを慕い、その背を追いかける様に日々を過ごして来たが自分より年下の少女に崇拝の眼差しで見つめられる経験など皆無であった。結果、ルイズは見事に調子に乗った。

 

 

 「んんっ! ええ、よろしくてよ、ベアトリス」

 

 

 「ああっ! ルイズ姉様!」

 

 

 バチン!!

 

 

 セル以外の誰にも抜く手も見せず鉄扇を手にしたカリーヌが勢い良く扇子を閉じる。鋭い金属音に直立不動となるルイズ。辛うじて笑みらしき表情を浮かべながらベアトリスに問いかける。

 

 

 「えっと、その、が、ガリアの方々はすでにご到着で?」

 

 

 「あ、はい。イザベラ副女王陛下におかれましては今早朝に僅かな花壇騎士の皆様を伴われてガリア大使公邸にお入りになりました」

 

 

 因みにイザベラらを歓待しているのはベアトリスの実母であるマリー大公妃であった。

 

 

 「明日正午より、我がクルデンホルフ城大広間にて両国使節が一堂に会して会談の運びとなっております」

 

 

 

 

 

 後に、ハルケギニア大陸の歴史にとって大きな転換点の一つとなる『第一次王権会談』が始まろうとしていた。

 

 

 

 




第六十二話を投稿いたしました。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。


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 第六十三話

2カ月ぶりでございます。

第六十三話を投稿いたします。


  

 

 会談の議場となるクルデンホルフ城大広間に入ったのはガリア側はイザベラ副女王のみ。トリステイン側は大使ルイズ、公使カリーヌ、書記官コルベール、随行員であるタバサとジャンヌが席に着いた。

 

 二体の長身異形の亜人の使い魔は、大広間に通じる二つの大扉の外側にそれぞれ待機していた。その周囲には、トリステイン魔法衛士隊各隊から選抜された精鋭二個小隊とガリア親衛花壇騎士団の一個分隊、さらにクルデンホルフが誇る空中装甲騎士団が第一級軍装を纏い、警護にあたっていた。花壇騎士団は、仮にも大陸最大の国家ガリアの事実上の元首である副女王の護衛としてはあまりに少ない人員であったが、今回はトリステインとクルデンホルフに礼を尽くす立場であることの表明ではないか、と魔法衛士隊と空中装甲騎士団には受け取られていた。最も、トリステイン使節団にしてみれば長身異形の亜人の使い魔一体いれば護衛どころか国一つ滅ぼしてもお釣りがくるほどなのだから、儀礼以上の意味は無いと考えていた。  

 

  

 使い魔は原則、国家間の会談には安全保障上の観点から同席させないという暗黙の了解がハルケギニア各国には存在した。また、機密の漏洩を防ぐ為に大広間には幾重にも防御魔法が展開されており、建前上はいかなる魔法やマジックアイテムを使用しても透視及び盗聴は不可能であるという。だが、当然の如く長身異形の亜人の使い魔は、その範疇にはない。

 

 

 

 

 

 (聞こえているな、ルイズ?)

 

 

 (ええ、聞こえているわ、セル……頭の中だから聞こえているっていうのも変だけど)

 

 

 ルイズとセルの念話は、ハルケギニア本来のメイジと使い魔のそれとは異なる。セル自身の強力な指向性テレパシーを用いている為にいかなる探知魔法でも探知できず、どのような防御魔法でも防ぐ事はできず、物理的な障壁や遠距離にも妨げられることはない。さらにはルイズ側の周囲の音声さえも拾い上げてしまうという言語道断のシロモノであった。

 

 

 (それでどう? やっぱり向こうも念話を使っているかしら?)

 

 

 (ああ、間違いない。流石に詳細な内容までは判らんが、『あちら』も我々と同じ事をしているな)

 

 

 (しゃらくさい真似してくれるわね、あのデコ女王陛下)

 

 

 にこやかな表情のまま自己紹介を交えつつ談笑し、内心では毒づくルイズ。イザベラ副女王もまた自分と同じく独立した念話を使って、この場にはいないはずの長身異形の亜人の使い魔の後ろ盾を受けているのだった。

 

 

 (当然、私たちが念話を使っている事も『あちら』は判っているはずなのにおくびにも出さないわね)

 

 

 (心するがいい、ルイズ。先に綻びを見せた方が圧倒的に不利になるだろう)

 

 

 (言わずもがな、よ!)

 

 

 「此度の会談開催に快く応じていただき、感謝の言葉もありません」

 

 

 「どうかお顔をお上げください、陛下。先の『王権守護戦争』において、ガリア王家の篤きご支援無くば我が国の今は在り得ないものと理解しております」

 

 

 「ご謙遜を。『蒼光の戦乙女』と謳われるヴァリエール大使の御力を以てすれば、『レコン・キスタ』如き烏合の衆、物の数ではありますまい」

 

 

 「過分なる御言葉、恐悦至極に存じます」

 

 

 ガリア王国副女王イザベラ・ド・ガリアとトリステイン王国全権大使ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの社交辞令という名の応酬から会談は始まったのだった。

 

  

 「イザベラ陛下におかれましては突然の副女王ご即位に際しまして、ご心労の程、お察し申し上げます」

 

 

 「恐縮ですわ、ヴァリエール大使。未だ至らぬ若輩の身故に多くの者たちに労苦を強いている事、深く、憂慮しております」

 

 

 イザベラが物憂げな表情で深い溜息をつく。アーハンブラ城における邂逅の際とはまず服装が全く違う。全身を蒼色に統一したガリア王家の女王衣に副女王の略王冠を被り、以前ルイズが突いた額の広さをも覆い隠しつつ王族としての気品さえ漂わせている。かつてとは雲泥の差を感じさせるほどの深窓の美少女ぶりに密かに臍を噛むルイズ。

 

 

 (くっ! や、やるわね。一瞬とはいえ姫様の美貌に匹敵するかも、とか思っちゃったわ!)

 

 

 会談は基本的にルイズとイザベラの会話のみで進行していった。この場における最年長であり、使節団公使を務めるルイズの母カリーヌも他の参加者と同じく沈黙を貫いていた。彼女には会談の行く末よりも危惧する、とある疑念があった。

 

 この会談は、恐らくトリステイン、ガリア両国にとって『まずまず』の所に着地する事になるだろう、と。だが、舵取りの極めて難しい国家間の会談を、その結論へと導くのは年若い副女王陛下でも、自分の末の娘でもない。全く別の『意志』がそのように誘導するのではないか、と。当然ながら、カリーヌにも『虚無の担い手と長身異形の亜人の使い魔』の念話を探知する事は不可能である。

 

  

 (この会談の結果を以て、多少なりとも確信に近づければ……)

 

 

 カリーヌは、『トゥールーズ会戦』におけるガリア側の長身異形の亜人の使い魔との接触以降、『セル』と呼ばれる亜人の足跡を密かに調査していた。

 

 公には、『セル』は七ヶ月前のトリステイン魔法学院における春の使い魔召喚の儀において、カリーヌの三女ルイズによって召喚され、このハルケギニアにその姿を現した。そして、セルを召喚したルイズは一年にも満たない短い期間の内に、一切の魔法が使えない『ゼロ』と蔑称される落ちこぼれから『救国の戦乙女』と呼ばれる希代の英雄となり、年々国力を減じていく老いた『小国』と揶揄されていたトリステイン王国は大陸屈指の『強国』へと変貌した。調査を進めるとトリステインの隣国にして今や最大の支援国となった大陸最大の国家ガリアの中枢にも『長身異形の亜人』が存在しているという。さらには、長身異形の亜人の介入は不確定ながらも、北方の大国帝政ゲルマニアやアルビオン王国においても常識では計り知れない異変が生じているらしい。

 

 全ては、『長身異形の亜人』の出現に起因しているのではないか? カリーヌの衛士としての勘が警鐘を鳴らしていた。

 

 

 (ルイズの話では、今このハルケギニアには四体の長身異形の亜人が存在し、各々が不倶戴天の敵として狙い合っているという)

 

 

 セル同士の暗闘。ハルケギニア大陸の各国家はそれに巻き込まれたとも言える状況にあった。

 

 

 (本当にそうなのか? 始祖の血脈を受け継ぐ『四王家』、始祖の御業を振るう『四の虚無の担い手』、それらを助ける『四の虚無の使い魔』 そして、突如としてハルケギニアに出現した『四体の長身異形の亜人』だと? 偶然として片づけるにはあまりにも)

 

 

 娘の腰に結わえ付けられているインテリジェンスロッドとほぼ同じ考察へと辿り着こうとしているカリーヌ。だが、彼女はこの考察をルイズには勿論、夫である護国卿ピエールにも伝えてはいなかった。

 

 

 (まだ情報が足りない。まだ憶測に過ぎない。まだ確信と呼ぶには遠い……まだ、誰にも知られるわけにはいかない)

 

 

 沈黙こそが、今の自分に与えられた唯一の武器。カリーヌはそう理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会談は『ゴーレム事変』の詳細に移っていた。まず、イザベラが深々と頭を下げた。

 

 

 「……過日における我が父ジョゼフ一世の暴走。トリステインの皆様に多大なる被害を与えてしまった事、衷心よりお詫び申し上げます」

 

 

 「ジョゼフ王の真意についてお話しいただけるものと存じております」

 

 

 「我が父を愚かしい狂気へと奔らせた存在。その証左となる物が、こちらです」

 

 

 ゴト

 

 

 小さく頷いたイザベラが懐から取り出し会談のテーブル上に置いたのは、ほのかに光る拳大ほどの赤い結晶であった。

 

 

 「火石、でありましょうか?」

 

 

 「こ、これは! ま、まさか!?」

 

 

 常日頃利用する火の精霊石とは、赤色の純度と光度が違う。そう思いつつ首を傾げるルイズを尻目に書記官席から身を乗り出してテーブル上の結晶を凝視するコルベール。カリーヌが固い表情のまま呟くように結晶の正体を口にする。

 

 

 「……火の結晶石」

 

 

 「こ、これが伝説にも謳われる火の魔力の超凝縮体」

 

 

 ルイズも学院における魔法史の講義で聞きかじったことがあった。そも精霊石は、火水土風の四元素の力が長い年月を経て凝縮した鉱物であり、ハルケギニア大陸の魔法文明の根幹をなす資源であった。そして、極めて稀に存在するという結晶石は拳大の一個に一般的な精霊石の数千倍もの魔力を蓄えている。確実な裏付けは無いものの大陸史においては、しばしばこの結晶石に類する存在が多くの国家の行く末を左右したという。だが、あくまでも伝説的な存在であり、現状では実物は確認されていないはずだった。

 

 

 「問題は、この秘宝がどのようにしてジョゼフ王の手に渡ったか、でありましょう」

 

 

 「え、母様、い、いえ! カリーヌ公使、それは一体……」

 

  

 顔面蒼白のコルベールが変わって答える。

 

 

 「結晶石を生み出す御業は、エルフ族のみが伝承しているとされているのです」

 

 

 「で、ではジョゼフ王に結晶石を齎したのは……」

 

 

 「ハルケギニアの東方、砂漠の地サハラに住まい『聖地』を支配する異種族エルフ。我がガリアはそのように判断しています」

 

 

 カリーヌは逡巡した。『トゥールーズ会戦』最終盤において長身異形の亜人の使い魔が、主であるイザベラと共に連れ去ったジョゼフ王に仕えていたと思しき女。その詳細をこの場で問い詰めるべきか否かを。

 だが、それを見透かしたかのようにイザベラが女の正体を語る。

 

 

 「我が父を誑かした東方出身の女はエルフの傀儡であったようです。シェフィールドと名乗っていたその女は、かの反王権貴族連盟『レコン・キスタ』の設立にも関わっていたようです」

 

 

 「……」

 

 

 それまで傍聴人に徹していたタバサの脳裏に、かつて接触したシェフィールドの姿が浮かぶ。

 

 

 「そのシェフィールドなる者は今?」

 

 

 ルイズの問いに静かに首を振るイザベラ。

 

 

 「トゥールズ平原で捕らえたのですが、エルフ族は周到な仕掛けを施していたようです。敵対勢力の虜となった際に備え、予め体内にとある秘薬を埋め込まれていたのです」

 

 

 一度言葉を切ったイザベラは気遣うような視線をトリステイン側の末席に座るタバサとジャンヌに向けた。

 

 

 「……『心を壊す秘薬』です」

 

 

 「!」

 

 

 タバサとジャンヌが思わず息を呑む。

 

 

 「それも本来の用法を遥かに超えた量を。もはや、我が使い魔の力を以てしても、かの者の意思を取り戻すことは叶わぬでしょう」

 

 

 「エルフ族がそのような無法を働いていたとは」

 

 

 「……恐れながら、イザベラ陛下。そのシェフィールドなる者の治療を私の使い魔にお任せいただけないでしょうか?」

 

 

 「勿論です、ヴァリエール大使。使節団に帯同させております故、後程別室にて」

 

 

 「寛大なるご配慮、痛み入ります」

 

 

 「エルフ族は、アルビオンそして我がガリアにその魔手を伸ばしました。それも正面からの侵攻ではなく、搦手を用いる卑劣極まりない手法で。幸い最悪の結末は回避できましたがハルケギニア大陸が負った傷は決して浅くはありません。この機を邪悪なる異種族どもが逃すはずはありません!」

 

 

 イザベラは立ち上がり、弁にも熱が入る。ルイズは熱心に聞き入る振りをしつつ冷静に思考する。

 

 

 (そろそろ本題が来るかしらね。まあ、想像はつくけど)

 

 

 (恐らく、牽制として『一騒動』起こしてくるだろう。ルイズ、ワザとらしくない程度には驚くのだぞ)

 

 

 (そう言われると変に緊張しちゃうじゃない!)

 

 

 「それに対抗するための方策として、私はここに全王権国家による相互防衛条約の締結を提案いたします!」

 

 

 「素晴らしいお考えと存じます、イザベラ陛下」

 

 

 「その前に一つ、はっきりさせておかなければならない事があります」

 

 

 「何でありましょう?」

 

 

 「……セル」

 

 

 ヴンッ!

 

 

 「ここに」

 

 

 イザベラが背後を振り向きつつ、長身異形の亜人の名を呟くと同時に数多の防御魔法に守られているはずの大広間に筋骨隆々の亜人が出現した。

 

 

 「陛下、これは何事でありましょうか?」

 

 

 ガリア側の突然の行動に、さも驚きを隠せないかのように質問するルイズ。それには答えず、イザベラは冷静極まる声色で自身の使い魔に命じた。

 

 

 「このハルケギニアという世界を、消滅させてしまいなさい、セル」

 

 

 「承知した、我が主よ」

 

 

 「「「「なっ!?」」」」

 

 

 カリーヌやコルベールが反応するよりも速く、イザベラのセルは人差し指の先端に小さな光球を生み出した。

 

 

 次の瞬間。

 

 

 ギュバッ

 

 

 光球は、吹き抜けとなっているクルデンホルフ城大広間の天井全てを覆いつくすほどに膨張した。

 

 

 『スーパーノヴァ』

 

 

 かつて、『フリーザ』という名の異星人が数多の惑星を破壊する際に用いた強力無比な気功技であった。

 

 

 

 

 




第六十三話を投稿いたしました。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。


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 第六十四話

二カ月ぶりでございます。

第六十四話を投稿いたします。

また併せて第六十話の内容を変更しました。
具体的にはイザベラがジョゼフの所業の内、レコンキスタへの関与については知らない状態にしました。


 

 

 小国の王城とは思えぬほどに贅を凝らした装飾に彩られたクルデンホルフ城の大広間。中央に据えられたテーブルには酷薄さすらも感じさせる冷たい美貌を湛えたうら若き女王が座り、その背後に佇むは長身異形の亜人。天に向けて掲げたその指先には、禍々しいまでの威容を誇る巨大な光球が浮遊していた。一瞬にして世界そのものを塵芥と化す、恐るべき気功技『スーパーノヴァ』。

 

 

 (本当に大丈夫なんだろうな!? このままハルケギニアは消えて無くなりました、なんて冗談じゃないぞ!)

 

 

 (心配は無用だ、イザベラ。『あちら』のセルもそのような事態を望んではいまい。であるならば、こちらが先にカードを切った以上、やつらもそれに乗る他はないのだよ。それに)

 

 

 (そ、それに?)

 

 

 (『世界を滅ぼせし女王』……悪くない響きだとは思わないか?)

 

 

 (おもうわけないだろォォォがァァ!)

 

 

 相対するもう一組の主従もその場にはそぐわない雰囲気で念話を交わす。

 

 

 (やっぱりね。そう来ると思ったわ)

 

 

 (ルイズ、わかっているな?)

 

 

 (あったりまえでしょ!)

 

 

 「……セル」

 

 

 ヴンッ

 

 

 「ここに」

 

 

 「このハルケギニアという世界を、救いなさい、セル」

 

 

 「承知した、我が主よ」

 

 

 ルイズの言葉と同時に大広間に出現した長身異形の亜人の使い魔は、もう一体の亜人の使い魔が生み出した巨大な光球を一瞥するとその三本指の手を光球に向かって掲げた。

 

 

 「ずあっ!」

 

 

 『スーパーノヴァ』の光球が透明な『バリヤー』に包み込まれる。と、見る間に光の膜が収縮し、内部の光球を超圧縮させる。

 

 

 「ぶるぁぁぁぁ!」

 

 

 セルの気合と共に『バリヤー』は内側の『スーパーノヴァ』諸共に消滅した。

 

 時間にして一分にも満たないやりとりの間に、一つの世界の命運が左右されたという事実をその場にいた全員が直感的に理解していた。だが、当然ながら二組の主従以外はまるで納得できない状態にあった。二人の少女の言葉を聞くまでは。

 

 

 「『ハルケギニアを滅ぼした暴悪の女王』。必要に迫られたとはいえ、そのような不名誉極まりない称号を自らお被りになられようとは、陛下の高潔なる御心には驚嘆の念を禁じ得ませんわ」

 

 

 「『大陸を救った救世の戦乙女』。本意ではないにも関わらず、そのような身の丈に合わない称号をあえて自ら望まれるとは、その尊い自己犠牲の精神には敬意を表さざるを得ません」

 

 

 「ふふふ」

 

 

 「ふふふ」

 

 

 貼り付けたような笑みを浮かべた副女王と全権大使が、まるで申し合わせたかのように交互に言葉を発する。

 

 

 「エルフ族の脅威など些事に過ぎません」

 

 

 「御意。同様に虎視眈々と『聖地』奪還を画策するロマリアの暗躍も、がむしゃらに四王家に取って代わる事を目論む帝政ゲルマニアの蠢動も、いずれも取るに足りませんわ」

 

 

 「それらを遥かに超越する、恐るべき存在が」

 

 

 「私たちの背後にいるのですから」

 

 

 「四体の長身異形の亜人」

 

 

 「その究極の目的は全ての同属を吸収し、『真のセル』となる事」

 

 

 「その為に全く同じ力を持つ同胞を出し抜く力、『虚無』をそれぞれのセルが求めている」

 

 

 「ならば、このハルケギニアの安寧と未来を望む、我々の成すべき事は」

 

 

 「全てのセルを『虚無の使い魔』とする事で再度の完全拮抗状態を生み出し」

 

 

 「互いに手を出させなくする。すなわち『セル相互抑止』を完成させる事」

 

 

 ルイズのセルとイザベラのセルは、それぞれの主に言った。全く同じ力を持つ長身異形の亜人が同属を出し抜く唯一の可能性。それこそが『虚無の担い手』と使い魔の契約を結び、『虚無の使い魔』になる事だと。ルイズのセルが最初に『虚無』を手に入れ、次いでイザベラのセルも同じ力を得た。当然、残る二体のセルも追随しようとするだろう。使い魔たる二体の亜人は各々の主に問うた。始祖ブリミルの血統と力を受け継ぐ四王家の残り、アルビオンとロマリアについて存続させるか、あるいは滅ぼすか。

 

 時も場所も異なるが、二人の主は同じ答えを導き出した。それは解決には程遠く、問題の先延ばしに過ぎない答え。すなわち四体の長身異形の亜人の拮抗状態への回帰であった。主たる少女らの答えを聞いた二体の亜人の使い魔は、それが我が主の答えならば是非もない、と随分と殊勝な言葉をのたまうのだった。

 

 

 「陛下と同じ結論に至れた事、望外の喜びに存じますわ」

 

 

 (まあ、思ってたよりはまともな頭をしてたみたいね、このデコピカ女)

 

 

 「わたくしもです、ヴァリエール大使。あなたと同じ時代に生まれた事を偉大なる始祖『ブリミル』に感謝します」

  

 

 (ふん、どうやら自分の身体ほど貧弱な想像力しか持ち合わせてないわけじゃないみたいだね)

 

 

 「さて、セル。この化け物、何か言いたい事はあるかしら?」

 

 

 「ふん、我ら『セル』の力を利用しようというのか」

 

 

 「そういうことだ。人間は強かなんだよ。おまえらみたいな醜い亜人どもにただ蹂躙されるだけだとは思うなよ」

 

 

 「フフフ、小賢しい人間どもめ」

 

 

 背後に控えるそれぞれの使い魔へ挑発的な言葉を発するルイズとイザベラ。二体の亜人も忠実な使い魔とは思えぬ答えを返す。

 

 

 「せいぜい足掻くがいい。この私が『真のセル』となる、その日までな」

 

 

 「間違えないでもらおう。『真のセル』となるのはこの私だよ」

 

 

 「……冗談は顔だけにしてもらおうか。貴様など私の食事程度の価値しかないのだからな」

 

 

 「……よくしゃべる虫けらめ。この場で踏み潰してくれようか」

 

 

 予め定められたかのような丁々発止のやり取りを繰り広げる二組の主従。最後にそれぞれの使い魔が『傍目』には一触即発の状態に陥る。強大な気が膨れ上がり、大広間はおろか王城そのものを揺り動かす。

 

 

 ゴゴゴゴゴゴ

 

 

 「う、うおっ」

 

 

 「くっ、こ、こんな」

 

 

 「セル、やめなさい」

 

 

 「セル、下がりな」

 

 

 「「……承知した、我が主よ」」

 

 

 「それでは以上をもって、此度の会談は閉幕したいと存じます」

 

 

 「何より有意義な時間でありました、ヴァリエール大使」

 

 

 仮面の如き笑顔から始まった秘密会談は、同じく仮初めの笑みとともに閉幕しようとしていた。

 

 

 (ううむ、ミス・ルイズがあそこまで深い考えを巡らせていたとは)

 

 

 書記官として会談に随行していたコルベールは、ルイズとイザベラが語った『セル相互抑止』による世界滅亡回避の方策に内心唸っていた。自身の教え子が国際政治の舞台で高度な政治判断を示した事に感心しつつも、疑念をも感じざるを得なかった。いかに虚無の使い魔としての契約を結んでいるとはいえ、恐るべき力と知性を併せ持つ長身異形の亜人がどこまで主人に忠誠を尽くすというのだろうか。

 

 

 (いくら優秀とは言ってもわずか十六歳の少女がこれほどの……やはり、セルくんの薫陶の賜物か。だが、そうすると当然イザベラ陛下の使い魔もまた同じように)

 

 

 大陸に冠たる四王国の内、二つの王家の意志決定について長身異形の亜人の使い魔の存在が決して小さくない事を悟ったコルベール。そもそも一体であったとしても、世界全体を滅ぼし得る途方もない存在なのだから何らおかしくはない。

 

 

 (力だけを視ればそれも道理だが、もし彼らの『意志』こそが今このハルケギニアを動かしているのだとしたら……)

 

 

 あるいは単なる世界滅亡よりも、さらに取り返しのつかない事態が進行しているのでは。コルベールはあまりにも漠然とした不安を覚え、全身が総毛立つ感覚に襲われた。自分の教え子とその使い魔を誰よりも評価し、信頼を寄せる『炎蛇』もまた、自らの理性が発する警告を無視する事は出来なかった。

 

 

 「イザベラ陛下」

 

 

 その時、それまで沈黙を貫いていたトリステイン使節団の随行員タバサが口を開いた。

 

 

 「……エレーヌ」

 

 

 「お伺いしたい儀がございます。我が父シャルル逝去の真相と、ジョゼフ一世陛下の真意について」

 

 

 「我が従妹姫の問いとあらば、何なりと。ですが、この場では差し障りもありましょう。別室にて」

 

 

 「いいえ、この場にてお答え頂きたく存じます」

 

 

 やんわりとしたイザベラの答えに決然とした声で返すタバサ。

 

 

 「私、シャルロット・エレーヌ・オルレアンは、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール大使の『モノ』。その命なくば、例えイザベラ・ド・ガリア副女王陛下のご下知といえども従うことは出来ません」

 

 

 「「「「はぁ!?」」」」

 

 

 ある意味においては、先ほどの『セル相互抑止』の発表に勝るとも劣らない衝撃の一言に騒然となる会談場。

 

 

 「ルイズ、あなた、これまでのお見合い話に見向きもしなかったのは、そういう……」

 

 

 「ま、まあ、愛のカタチは人それぞれとは申しますが……」

 

 

 「か、母様! み、ミスタ・コルベール! ご、誤解です! ほ、ほんとに誤解ですから!!」

 

 

 あらぬ疑いを本気で否定するルイズ。タバサの従姉たるイザベラも平静では居られない。

 

 

 「こ、この絶壁胸、あたしのエレーヌに何してくれてんだ」

 

 

 「あっ、私の忠誠の主、という意味です」

 

 

 「「「ほっ」」」」

 

 

 タバサの言葉にその場の緊張が一気に弛緩する。

 

 

 「あ、その、ヴァリエール大使、よ、よろしいですか?」

 

 

 「は、はい、わたくしどもに否応はございません。陛下の御心のままに」

 

 

 なんとか精神を立て直したイザベラが咳払いとともに表情を引き締め、トリステイン側の二人の随行員に向かって言葉を発する。

 

 

 「……エレーヌ、ジャンヌおば様。これから私が話すことは、トゥールーズ平原での戦いの最後に見聞きした事だ。始祖に懸けて事実だけを語ります」

 

 

 イザベラは語った。トゥールーズ平原の上空に滞空していたガリア王家座乗艦『アンリ・ファンドーム』号にて彼女自身が引き起こした事象を余すことなく。

 

 

 

 

 

 「……っ!」

 

 

 タバサは憤りを隠せなかった。イザベラが語ったのは、父シャルルを酷く貶める内容だった。誰よりも強く、賢く、優しい父様の姿が全てハリボテだったなんて。アーハンブラ城での邂逅においてイザベラに対するわだかまりは氷解したと思っていたタバサはそれすらも幻想に過ぎなかったのか、と小さな拳を握りしめた。だが、タバサが言葉を発するよりも先に隣に座っていた母ジャンヌが静かに立ち上がり言った。

 

 

 「……全て、イザベラ陛下の仰る通りです。あの人は、シャルルは、誰も愛してなどいなかった。ただ一人、実の兄君であるジョゼフ陛下を除いて」

 

 

 「母様?」

 

 

 「ごめんなさい、シャルロット。本当はあなたがもっと大人になってから教えようと思っていたの」

 

 

 ガリア王国王弟シャルル・ドゴール・オルレアン大公の妻ジャンヌ・アデライードは、ガリア辺境の没落貴族の出身であった。幼少期より類稀な美貌と抜きん出た魔法の才を示した彼女に対して両親をはじめとした周囲の人々は一族の再興という夢を賭けていた。長じて王都リュティスに出仕したジャンヌは、結果として大陸最大の王国の王弟配偶者という、一族の期待を遥かに超えた、言わば玉の輿を実現した。

 

 

 「周りの人々は、あの人が出自に囚われず、真に愛する女性と添い遂げる事を望んだのだと称賛しました。でも、あの人が望んだのは始祖の偉功に倣う事だけでした」

 

 

 始祖ブリミルは、出自が詳らかではない一人の下女を自らの妾妃とし、その女性との間に生まれた男子にガリアの地を与えたという。それが後の祖王ガリア一世である。始祖の力を受け継ぐ『虚無の担い手』となる事のみを望んだシャルルが、ジャンヌを娶ったのも始祖の故事をなぞった以上の意味は無かったのだという。

 

 

 「それでも、私はあの人を、シャルルを愛していました。あの人もシャルロットが生まれてからは少しずつですが、始祖や虚無だけではなく、私やシャルロットの事を真剣に考えてくれるようになりました。ですが」

 

 

 複雑怪奇な愛憎を抱いていた実兄ジョゼフの『虚無』覚醒への兆候。それを察知したシャルルは、最後の一線を越えようとしてしまった。すなわち実兄の暗殺。

 だが、結果として全く同じ事を考えていた兄ジョゼフの毒矢が弟シャルルの命を奪う事となった。

 

 

 「あるいは何か一つが掛け違っていれば、あの人がジョゼフ陛下を殺めていたことでしょう。私に、あの人を止める事が出来なかった私にイザベラ陛下を責める資格などありません」

 

 

 「母様……」

 

 

 「例え、どのような経緯があろうとも、オルレアン公シャルルを弑したのが我が父ジョゼフ一世である事に変わりはありません。そして、私自身も二人にとって許されざる存在である事は自覚しています」

 

 

 ジャンヌの言葉を聞き終えたイザベラが二人に対し、静謐な表情のままに言った。神の審判を待つ敬虔な信者の如く。

 

 

 「ガリア王国副女王イザベラ・ド・ガリアの名においてここに宣言します。私の身命の全てをシャルロット・エレーヌ・オルレアンとジャンヌ・アデライード・オレルアンの意思に委ね、二人が下す、あらゆる罰を甘受する事を」

 

 

 タバサは困惑した。父の真実を知り、伯父の真意を知り、従姉の懺悔を聞いた彼女は、我知らず親友にして忠誠の主たる桃色髪の少女に視線を走らす。ルイズは、真っ直ぐにタバサを見つめ、ただ頷いた。

 

 タバサの心は決まった。

 

 

 「我が従姉、イザベラ・ド・ガリア。あなたには、ガリア王国女王として大陸最大の王国の統治という重責を命ある限り、全うしてもらう。途中で投げ出すなど私が絶対に許さない」

 

 

 「エレーヌ……」

 

 

 「シャルロットの言葉は、私の言葉でもありますわ、陛下」

 

 

 「ジャンヌおば様……」

 

 

 従妹姫と叔母の決意に満ちた言葉にイザベラもまた、心を決めた。

 

 

 「始祖『ブリミル』に誓って、必ずや果たしてみせます」

 

 

 「ルイズ、これでいい?」

 

 

 「タバサ……モチロンよ! さっすが私の親友だわ!」

 

 

 親友の問いに今日一番の笑顔で答えるルイズであった。

 

 

 

 

 

 後に『第一次王権会談』と称される秘密会談は閉幕した。会談上の実務結果として、トリステイン王国とガリア王国は『ゴーレム事変』を旧レコンキスタ残党の手によって引き起こされた事件であると発表。再び『王権』が脅かされた事を憂慮し、トリステインとガリアの間に『相互軍事同盟』を締結。さらにアルビオン、ロマリアをはじめとする各王権国家にも同様の同盟を呼び掛けた。『ゴーレム事変』においてトリステインが被った城塞都市トゥールーズ陥落や国境砦壊滅の賠償金請求に関しては、『王権守護戦争』におけるガリアの援助と棒引きする旨が確認された。ただし、負傷者や犠牲者へは通常よりも多額の見舞金がガリア側から支払われる事となった。さらにゴーレム事変の直前に壊滅的被害を受けたガリア最大の港湾都市サン・マロン復興について、トリステインの全面協力が約束された。また、ガリア国内に向けては国王ジョゼフ一世が、『リュティス騒乱』に乗じた旧レコンキスタ残党による襲撃を受け、その際の傷が元で逝去した事、副女王イザベラが父王の後継者として正式にガリア王国第二百六十二代国王に即位する事。そして、王弟シャルル・ドゴール・オルレアン大公の名誉を回復し、家門断絶となっていたオルレアン大公家を再興する事が発表された。

 

 

 ちなみに会談後、ガリア使節団に同行していた旧レコンキスタの重鎮シェフィールドに対するルイズ・セルによる治療が行われたが、その効果は芳しくなかった。まるで生きる屍の如きシェフィールドの容貌に多くの者がエルフ族の非道に憤った。

 

 

 (概ね、想定内と言って問題あるまい)

 

 

 会談の終了とともに長身異形の亜人の使い魔は『二体』同時に思考する。『ゴーレム事変』の主犯ともいうべき女は人事不祥。その裏で糸を引いていたのは邪悪なる異種族エルフ。だが、その情報をもたらしたのは長身異形の亜人の使い魔。全てを鵜呑みにする者が国際政治の場にいるだろうか。

 

 

  (多少なりとも考える頭があれば、相応の違和感を感じざるを得ないはず)

 

 

 一度生じた疑念はそう容易く消えることはない。

 

 

 そして、それは

 

 

 (フフフ、いずれ、この私が求めるファクターとなるのだ)

 

 

 二体の長身異形の亜人の真の思考を主たる二人の少女が知ることは、決して無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ハルケギニア大陸の北方、帝政ゲルマニア皇帝直轄領フォルシュタイン郊外

 

 広大なゲルマニア領の中でも、北方の氷雪地帯に最も近い城塞都市フォルシュタインには帝国最大の艦隊演習場が設営されていた。この日、フォルシュタイン演習場の上空には一隻の大型艦が滞空していた。皇帝座乗艦『ヒルデ・ブラント』号。全長は二百メイル超、搭載された砲塔は二百二十を数える『怪物艦』である。アルビオン王国の『ロイヤル・ソブリン』号、ガリア王国の『シャルル・オルレアン』号を超えるハルケギニア最大最強のフネを目指して建造された新鋭艦だったが、『王権』は王権守護戦争中に失踪。『王弟』はゴーレム事変にて消滅。結果として『大陸最大最強のフネ』の称号は、一度の戦闘も経験する事なく、この英雄の名を冠するフネに転がり込んできたのだった。

 

 

 「閣下、すべて整いましてございます」

 

 

 「始めよ」

 

 

 「御意」

 

 

 皇帝アルブレヒト三世の命を受けた艦長が指揮下の砲術士官に指示を出す。間を置かず、『ヒルデ・ブラント』の第一主砲塔群から深紅の光弾が発射される。数リーグ先の空中には演習標的として半ば廃棄された中型輸送船が滞空していた。

 

 

 ポーヒー

 

 

 カッ

 

 

 ズドォォォォォン

 

 

 光弾が演習標的に吸い込まれた次の瞬間。直径数百メイルの爆光球が出現し、輸送船を蒸発させる。現行のハルケギニアにおける艦砲とは威力、射程共に比較にすらならない。

 

 

 「おお、な、なんという……」

 「こ、これほどの威力とは」

 「し、始祖よ……」

 「こ、これが『結晶砲弾』……」

 

 

 御召艦たる『ヒルデ・ブラント』号に乗艦を許された帝国軍選り抜きの将軍や高位の騎士たちが、想像を遥かに絶する新型砲弾の威力に感嘆と畏怖の声を漏らす中、皇帝アルブレヒト三世は密かに嘆息した。

 

 

 (まるで話にならんな。彼奴の『気功砲弾』には威力、射程共に遠く及ばん。彼奴自身が寄こしてきた『火の結晶石』を、彼奴が宣った精製方法の通りに成型したのだからそれも当然か)

 

 

 帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世の脳裏には常に長身異形の亜人の影がちらついていた

 

 

 (まあ、『気功砲弾』はあまりにも威力が高すぎて、まともな戦場では使い道が無かったのは確かだが。『東方の脅威』か……)

 

 

 ほんの二週間前、例の如く前触れなく現れた長身異形の亜人は開口一番に云った。

 

 

 「まもなく、このハルケギニアに東方からの脅威が齎されるだろう。その時が来る。帝政ゲルマニアの武力が必要となる、その時がな」

 

 

 その言葉とともに亜人が差し出したのは、伝説に謳われる『火の結晶石』とそれを材料とした超高威力火砲弾『結晶砲弾』の精製方法だった。

 

 

 (……確かにエルフ共は脅威と言えるだろう。我々、ハルケギニア大陸の各国家にとってはな。だが、彼奴にとってみれば取るに足らん存在のはずだ) 

 

 

 恐るべき力を誇る長身異形の亜人。王権守護戦争に従軍した観戦武官や各国に派遣した間諜の報告によれば、トリステインとガリアの中枢において、公にその存在が明かされているという。始祖の血統を受け継ぐ四王国にとって、目障りな存在である新興国家、帝政ゲルマニアになぜ長身異形の亜人が秘密裏に力を貸すのか。

 

 

(よもや我がゲルマニアを四王国の盾にするつもりか)

 

 

 人知れず右手の王杓を握りしめるアルブレヒト。

 

 

(タダで人身御供になるなどと思うなよ、醜い化け物め)

 

 

 だが、すぐに出来る事は多くない。長身異形の亜人の脅威の前にエルフ族の大侵攻が現実となれば、それもまた帝政ゲルマニアの終焉を告げる事になる。亜人の思惑がどうであれ、そのような事態は断じて許されない。今はあの醜い亜人を利用し、我がゲルマニアの力を高めるのだ。

 

 

 (彼奴が言った通りに我がゲルマニアの武力の使い道を示してやろうではないか。いずれ彼奴自身の喉笛を引き裂くことでな!)

 

 

 翌日、帝国軍史上最大最強にして、最後の艦隊『皇帝艦隊カイゼル・フロッテ』創立の詔勅が下されるのだった。

 

 

 

 

 

 

  

 

 




第六十四話を投稿いたしました。

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 第六十五話

二カ月ぶりでございます。

第六十五話を投稿いたします。


 

 

 アルビオン大陸トリステイン王国遠隔領サウスゴータ領都シティオブサウスゴータ郊外ウェストウッドの森。

 

 その奥深くに位置する隠れ村の広場に子供達の歓声が響く。悍ましい姿の長身異形の亜人が文字通りの怪物を演じ、幼い子供達に迫る。

 

 

「フハハハハ! 逃げ惑うがいい、人間共よ!」

 

 

「きゃー、せるにたべられちゃう!」

 

 

「にーげるんだよー!」

 

 

「あははは! つかまるもんかー!」

 

 亜人と子供達の戯れを少し離れた場所で見守る二人の女性。

 

 

「みんなほんとに楽しそう」

 

 

「……ああ」

 

 

 微笑みとともに目を細めたのは類稀なる美貌と輝くような金髪、さらに長い耳を持つハーフエルフの少女ティファニア。仏頂面で相槌を打ったのは、鮮やかな緑色の髪を後方に束ねた妙齢の美女にして各国にその名を知られた盗賊『土くれ』のフーケであった。

 

 

 「ところで姉さんたちはいつまで村に居られるの? 王都での教職が決まっているってセルが言っていたけど」

 

 

 「とりあえず年明けまでは村で過ごすつもりだよ。着任は『降臨祭』明けで構わないって話だからね」

 

 

 「そうなんだ! よかった、みんなも喜ぶわ!」

 

 

 (年明けなんて待たずにさっさとあの化け物を叩き出してやりたいところだけど、どうしたもんだか)

 

 

 フーケが自身の思考に沈んでいると、当の長身異形の亜人が声をかけてくる。

 

 

 「マチルダ、テファ」

 

 

 子供達を全身にしがみ付くに任せたままのセルが、子供達には気付かれぬ様にわずかに顎を振る。内密の話と悟ったマチルダがさらにティファニアに目配せする。

 

 

 「さあ、みんなそろそろお昼寝の時間よ。ちゃんと寝ないとセルみたいに大きくなれないわよ」

 

 

 「えー」

 「はーい」

 「むにゃむにゃ」

 「せるもいっしょにねよーよ」

 

 

 「セルも忙しいんだから、我慢しようね」

 

 

 子供達を寝かしつけたティファニアがセルに尋ねる。

 

 

 「……どうかしたの、セル?」

 

 

 「わざわざ人払いまでしたんだ。愉快な話じゃないんだろうさ」

 

 

 「この村から北西に数リーグの位置に軍隊と思しき人間たちを感知した」

 

 

 「えっ!?」

 

 

 「数リーグってことはすでに森の中に入っているか……人数は判るのかい?」

 

 

 「一個中隊規模」

 

 

 「ちっ」

 

 

 「移動速度からの推測だが恐らく大型の荷車を伴う輸送部隊を随伴させているようだ。十中八九、あのエルフ達のフネの回収部隊だろう」

 

 

 「くそっ、あの疫病神ども!」

 

 

 「ど、どうしよう、姉さん。そんなに大勢の軍人がこの村に来たら……」

 

 

 外部からのウェストウッド村への干渉。今までも『王権守護戦争』後に雇用主を失った傭兵崩れの山賊が迷い込んでくることはあったが、ティファニアの虚無『忘却』とフーケのゴーレムによって問題無く排除してきた。だが、相手が数百人の職業軍人から構成される部隊だとすれば話は違ってくる。ただ蹴散らすだけなら、セルの力を以てすれば容易いだろう。

 

 

 (でも正規軍の部隊だとすれば全滅させるにせよ、追い返すにせよ、直ぐに後続部隊が送り込まれるだけだ)

 

 

 「問題はない」

 

 

 「え、セル?」

 

 

 「ふん、どんなあくどい手を考え付いたんだよ?」

 

 

 「フフフ、まずは部隊を直に確認せねばならんな」

 

 

 そう言うとセルの身体がふわりと一メイルほど浮き上がる。

 

 

 「待ちな。あたしも行くよ。あんただけに任せるわけにはいかない」

 

 

 「無論だ、我が主よ」

 

 

 「わ、わたしも一緒に!」

 

 

 「テファ、あんたはのこり」

 

 

 「いいだろう」

 

 

 またしてもフーケの言葉を遮ったセルが、二人に手のひらを向ける。強大無比な念動力によって彼女らの身体も浮かび上がる。

 

 

 「あ、ありがとうセル!」

 

 

 「お前……」

 

 

 「テファも幼子ではない。ただ子に庇護を与えるだけが親ではあるまい」

 

 

 「くっ、化け物が、知ったような口を」

 

 

 「姉さん……」

 

 

 「ああ、もう、わかったよ! テファもそんな目で見るんじゃないよ!」

 

 

 「うん!」

 

 

 「子供たちの守りとエルフ達の監視も必要だな」

 

 

 「どうするってんだい? いくらあんたでも体は一つしかないだろう」

 

 

 「誰がそう言った?」

 

 

 「え?」

 

 

 「ぶるあぁぁぁぁ!」

 

 

 ギュバ

 

 

 セルは、分身した。

 

 

 「では子供たちの守りとエルフの監視は任せたぞ、セルよ」

 

 

 「承知した。そちらも主とテファの護衛、抜かり無きようにな、セルよ」

 

 

 「……この化け物野郎は、ほんとに」

 

 

 「ふふふ、セルって本当にすごいのね、姉さん!」

 

 

 

 

 

 ウェストウッド村から北西に二リーグ。シティオブサウスゴータ方面の入口から数百メイルの林道を、アルビオン王国近衛軍サウスゴータ駐留旅団隷下の特務探索中隊が行進していた。さらにその数十メイル上空に一体の亜人と二人の女性が滞空している。

 

 

 「確かにアルビオンの軍装だ。おい、軍章は判るか?」

 

 

 「王冠に短剣が二本。王家直轄領の近衛軍の所属だろうな」

 

 

 「ふん、随分詳しいじゃないか」

 

 

 「……妙だな」

 

 

 「セル、何か気になる事でも?」

 

 

 「なぜ、アルビオン軍、それも王家直属の部隊が動いている?」

 

 

 「そりゃあ、ここは大陸を貫く大輸送路の近くなんだ。外敵から国内の流通を守る為にアルビオンの軍部が動いても不思議は……あ」

 

 

 「そう、今現在この森を含むサウスゴータの地は戦役後の割譲によってトリステイン領となっている。フネの墜落を視認したのがアルビオン軍だったとしても事実上、他国の領土であるウエストウッドの森に単独で部隊を派遣するだろうか」

 

 

 「……つまり、余所の家に黙って入り込んで何かをしようとしている、という事?」

 

 

 「正しい認識だ、テファ」

 

 

 「セル、おまえの考えは?」

 

 

 「……二人組のエルフの会話から、墜落したフネはエルフ族最新鋭の偵察艇であり、革新的な魔導機関を搭載している、らしい。アルビオン軍がそこまで把握しているとは思えんが、大陸各国にとって恐るべき異種族エルフの新型のフネ。墜落した残骸とはいえ、そこから得られるであろう技術情報には途方もない価値がある。『王権守護戦争』によって大きく疲弊したアルビオンにとっては喉から手が出るほど欲しいモノだろうな。例え、友邦を出し抜いたとしても」

 

 

 「……」

 

 

 かつてアルビオンの現王家テューダー朝によって大きな傷を受けたフーケとティファニア。姉であり臣下でもあるフーケは憤りを隠せず、妹であり主君でもあるティファニアも表情を曇らせる。特にフーケこと、マチルダ・オブ・サウスゴータの心中にどす黒い感情が湧き上がる。

 

 

 (クソ王家の連中め! 一度滅びかけたぐらいじゃ何にも変わらないってことか!)

 

 

 王家としての体面を守る為に王弟モード大公とその愛妾であり、ティファニアの母でもあるエルフ族のシャジャルを死に至らしめ、大公の直臣でありフーケの実家でもあるサウスゴータ侯爵家を取り潰した。耐え難い辛酸を舐めさせられた怒りに身を震わせるフーケ。それを察した長身異形の亜人が、悪魔の如く囁きかける。

 

 

 「我が主よ、ただ一言、私に命じるがいい。『ロンディニウムの地に生きる者、一人たりとも生かし置くべからず』、とな」

 

 

 「なっ!?」

 

 

 フーケの全身が総毛立つ。主家と自らの家門を取り潰された恨み。この長身異形の亜人が、何を目論んで自分を主と呼んでいるのかは解らない。

 

 

 (でも、あたしがこいつの言うように命じたとしたら、テューダー朝の連中をまとめて……)

 

 

 「もう、駄目よ、セル! 冗談でもそういう事を言ったら。姉さん、こう見えて思い込んだら一途なところがあるんだから」

 

 

 「て、テファ、あたし……」

 

 

 「フフ、無論冗談だ。聡明なる我が主がそのような短絡的な解決法を望むわけがないからな」

 

 

 珍しく怒った風な口調のティファニアの言葉に、こちらも珍しく冗談めかした口調で答えるセル。長身異形の亜人の使い魔にからかわれたと悟ったフーケが顔を紅潮させながら声を上げる。

 

 

 「あーもう! この話は終わりだよ! そんなことよりあの部隊をどうするつもりなんだい?」

 

 

 「簡単な事だ。連中が欲するモノをくれてやればいい」

 

 

 そう言って、セルは右手を高く掲げる。次の瞬間、全長数十メイルのフネが出現した。

 

 

 「そ、それは……」

 

 

 「エルフの二人組のフネを解析し、私の物質出現術によって複製した、謂わばハリボテだ」

 

 

 「ハリボテって?」

 

 

 「高い機動力を齎す船体や新型の魔導機関、その他もろもろの重要な要素を意図的に欠落させている。墜落の衝撃で喪失した様に見せかけた上でな。これを解析したところで大した技術情報は得られまい」

 

 

 「でもきっと大喜びで持って帰るんでしょうね」

 

 

 「乗員はどうするんだい? フネは首尾よく回収しました、でも乗員の遺体は発見できませんでした、生存者が潜伏しているかもしれません、となれば連中もさらに部隊を増員して是が非でも探し出そうとするだろうさ」

 

 

 「私の物質出現術も万能ではない。基本的に生物を創り出すことはできんが、遺体という『物質』ならばその限りではない」

 

 

 「つまり、それらしい『人形』を持って帰らせるってわけか」

 

 

 「アルビオン軍も長期の作戦行動は想定していないはずだ。フネと乗員、両方を回収できれば早々に撤収するだろう」

 

 

 「家主に見つかったら大変だものね」

 

 

 「その通りだ」

 

 

 そう言うとセルは二人をその場に残し、フネのハリボテと共にウェストウッド村とは反対方向に飛翔した。二人が辛うじて視認できる距離まで移動すると森へと降下した。

 

 

 ヴンッ

 

 

 数分の後、セルは二人の元に帰還した。

 

 

 「待たせたな」

 

 

 「もう終わったの、セル?」

 

 

 「フネの墜落現場をそれらしく偽装した。連中がよほどの無能でなければ、早晩フネと乗員の遺体を発見し、この森を去るだろう」

 

 

 「ふん、そう都合良くいけばいいけどねぇ」

 

 

 「……部隊の士官が面白い事を話しているな」

 

 

 セルの聴力は生物の常識を超越する。だが、フーケとティファニアにはその内容の真偽を確かめる方法はなかった。

 

 

 「はっ、大方上官の愚痴でも言い合ってるんだろう」

 

 

 「いや、今回の任務が王都の立太子府からの勅命だった事に疑問を感じているようだ」

 

 

 「ということは、やっぱり王家の連中の企みってわけか」

 

 

 「……でも、どうして遠く離れた王都の偉い人がこの森にエルフのフネが落ちたことを知っていたのかしら?」

 

 

 ティファニアの疑問に意表を突かれた表情を見せるフーケ。

 

 

 「……確かにテファの言う通りだ。今の疲弊した王都の連中にそこまでの情報収集力があるとも思えない」

 

 

 (フフ、容易く憎悪に囚われる姉とは違い、妹の聡明さが曇ることはないな)

 

 

 二人の反応を評価しつつ、セルはさらなる可能性を提示する。

 

 

 「どうやらロマリアの入れ知恵のようだな」

 

 

 「ロマリアだって?」

 

 

 「主も知っているはずだ。ロマリアが『場違いな工芸品』を蒐集する為に大規模な諜報機関を駆使している事を」

 

 

 「そりゃ知ってはいるけど、ブリミル教の坊主どもがどうして……」

 

 

 「待て、士官どもがまた話しているようだ……なるほど、『大降臨祭』開催のための根回しか」

 

 

 「えっ!? 『大降臨祭』ってあの五十年に一度しか開かれない特別な降臨祭のこと?」

 

 

 「よく知っているな、テファ」

 

 

 「お母様からよく聞かされていたから。いつかは行ってみたいなって思っていたの」

 

 

 「だけど、『大降臨祭』はロマリアの首都で開催されるのが通例じゃないか」

 

 

 「どうやら、今回は特例としてアルビオンで開催される運びのようだ」

 

 

 「わざわざ浮遊大陸くんだりまで宗教庁のお偉い坊主連中が来るってのかい?」

 

 

 「さらなる情報収集が必要だな」

 

 

 「あの、姉さん? わたし……」

 

 

 「はあ、テファ、あんた『大降臨祭』に行きたいなんて言うんじゃないだろうね」

 

 

 「ダメ?」

 

 

 「ダメに決まって」

 

 

 例によって例の如く、長身異形の亜人が割り込む。

 

 

 「問題あるまい。この私がいる限り、あらゆる危険は排除できるのだから」

 

 

 「セル!」

 

 

 「……お前」

 

 

 (こいつ、もしかして最初からそのつもりで。テファを連れ出してどうするつもりだ?)

 

 

 「まだ、本当にアルビオンで『大降臨祭』が開催されると決まったわけじゃないだろうに」

 

 

 「勿論だ。だが、テファだけでなく子供達も喜ぶのではないかな。自然溢れる森での暮らしも悪くないがそれだけしか知らないのは、どうだろうな?」

 

 

 「……」

 

 

 (この、化け物風情が聞いた風な口をよくも)

 

 

 「姉さん……」

 

 

 「だから、そんな目で見るんじゃないよ、テファ」

 

 

 (今のままじゃ手詰まりなのは確かだ。こいつの目論見を暴くためにも、あえて危険を冒すしかないかもな……)

 

 

 「まあ、考えてはみるよ。とりあえずそれでいいだろう?」

 

 

 「ありがとう! 姉さん、大好き!」

 

 

 「気が早いっての!」

 

 

 抱き合う仮初めの姉妹を余所に長身異形の亜人は思考する。

 

 

 (ふん、フーケめ、予想より早く折れたものだ。あるいはこの機を利用する腹積もりかもしれんな。姉もただの愚鈍ではない、か)

 

 

 フーケの懸念は正鵠を得ていた。すべては、セルの企みであった。そもそもルクシャナとアリィーが搭乗していた『アヌビス』号は居住地の少ない大陸南東部からの上陸を目指していた為、ルイズ・セルの『デスウェイブ』の余波によって、墜落の危機に陥ってしまったもののウェストウッドの森に墜落するまで奇跡的に一切目撃される事はなかったのだ。

 

 では、なぜアルビオン軍の部隊が完全武装に加え、輸送準備まで整えてウエストウッドの森に進軍したのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一週間前、『アヌビス』号墜落当日の夜。

 アルビオン王国王都ロンディニウムの中枢ハヴィランド宮殿内立太子執務室。

 

 テューダー朝の立太子ウェールズは懊悩していた。王国復興の重責に加え、宗教庁から齎された非公式の聖伐要請、さらには愛しい女性からの婚礼の儀に関する細々とした準備相談等々。あらゆる執務に忙殺される立太子の金髪は、ややくすんで視えるほどであった。

 だが、神たる『始祖』は苦悩する自身の末裔にさらなる試練を課すのだった。

 

 夜半、彼の執務室に突如出現したのは、彼の苦悩の半分ほどを占める存在。すなわち長身異形の亜人セルであった。

 

 

 「久しいな、皇太子。いや、今は立太子殿下だったか」

 

 

 「……如何様に呼んでもらっても構わない、使い魔殿。君の前ではいかなる肩書だろうと何の意味もないのだから」

 

 

 「単刀直入に言おう。サウスゴータ領の南に位置するウェストウッドの森に一隻のフネが墜落した」

 

 

 「サウスゴータの南、ウェストウッドの森?……君がわざわざトリステインから私の元に来てまで伝えるほどだ。タダのフネではないのだな」

 

 

 「エルフ族が誇る最新鋭の魔導機関を搭載した試験艇だ」

 

 

 「なっ!?」

 

 

 エルフ族。つい先ほどマザリーニ枢機卿を介して宗教庁から内々に伝えられたハルケギニアに迫る脅威、そのエルフの最新鋭のフネが領内に墜落したという。より正確に言えば、かつての領内であるが。サウスゴータ領は『王権守護戦争』の戦後協定によってトリステインに割譲されている。

 

 

 「そのフネは、まさか君が?」

 

 

 「如何様に取って貰っても構わん。重要なのはトリステイン側は未だこのフネの事を把握していないという事だ」

 

 

 「!」

 

 

 「この意味は判るな?」

 

 

 「……君は我がアルビオンに、大恩ある友邦トリステインを出し抜け、とでもいうのか?」

 

 

 鋭い視線を向けてくる立太子に対して、平坦な声色で返す長身異形の亜人。

 

 

 「格差の存在はやがて大きな禍根となり得る。共同統治と併合では雲泥の差といえるだろう」

 

 

 トリステイン・アルビオン連合王国となるか、トリステイン王国アルビオン領となるか。女王と同等の王権を持つ共同統治者となるか、実質的な権限を持たない王配となるか。その結果次第では、現在はともかく将来的には多くの民草に苦難の道を与える事にもなりかねない事をウェールズも理解していた。元より国同士の統合となれば、そう易々と進まない事は自明の理である。まして、片方の国が大きく国力を減じているのならば、その先は言うまでもない。

 

 

 「……」

 

 

 「遍く民草の安寧と自身の幸福を望むなら、時として自らの手を汚さねばならん。立太子殿下を相手に私などが殊更に説く事でもあるまい」

 

 

 いずれハルケギニアに脅威を齎すエルフ族。その最新鋭のフネを大陸各国に先んじて入手し、解析できればその恩恵は計り知れない。勿論それだけでトリステインとの格差を解消できるとは思えないが、ウェールズの中でセルの提案に対する抵抗感が薄れていた。

 

 

 「この件は、ミス・ヴァリエールも承知の上か?」

 

 

 「いや、『我が主』は一切関知しない。これは、主の心の安寧の為に私が独断で決めた事だ」

 

 

 ウェールズは密かに安堵した。うら若い『蒼光の戦乙女』の気高さを彼は高く評価していたが、国家という存在の醜い裏側を彼女やその主君たる彼自身が愛する女性が意味もなく知る必要はない。だがウェールズも知らない。セルの語る『主』が必ずしも桃色髪の少女だけを指してはいない事を。

 

 

 「……」

 

 

 「判断は任せる。私の話は終わりだ」

 

 

 「待ってくれ!」

 

 

 墜落箇所の詳細な位置を伝えたセルは静かに踵を返し、扉に向かう。その長身異形の亜人の背に切迫した声をかけるウェールズ。

 

 

 「一つだけ、一つだけ君に問いたい」

 

 

 「……」

 

 

 「使い魔殿、いやセル」

 

 

 問い質したい事はいくらでもあった。だが、この亜人が自分に真実を語るだろうか? あるいは問いに激昂し自分の命を奪うのではないか? 様々な考えがウェールズの脳裏を過る。僅かな間をおいて、彼の口から出たのは。

 

 

 「……君は、『月の悪魔』なのか?」

 

 

 「ロマリアの坊主どもに何を吹き込まれたかは知らんが、これだけは言っておく。このハルケギニアに『月の悪魔』などというモノは存在しない」

 

 

 ヴンッ!

 

 

 ウェールズからの反応を待つことなく、長身異形の亜人は立太子執務室から消えた。

 

 

 

 

 

 ハヴィランド宮殿の上空数百メイル。虚空に佇む長身異形の亜人が天空に輝く双月を見上げ、呟く。

 

 

 「そう、月の悪魔『は』、な」

 

 

 




第六十五話を投稿いたしました。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。

年内に後一話、断章を投稿予定です。


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 断章之拾弐 漆黒の弦月

二週間ぶりでございます。

かなり短めですが断章之拾弐を投稿いたします。


 

 漆黒の闇に閉ざされた大宇宙の片隅にあらゆる廃棄物が引き寄せられるかの如く流れ着く、『宇宙の墓場』が存在していた。

 ある時、有機生命体が存在し得ない絶対温度の奥地に漂着した一つの小さな集積回路があった。『彼』は自らに与えられた唯一の能力を行使する事を選択した。理由はない。『彼』にはそれしかできる事がなかったのだ。

 

 全てを取り込み、そのエネルギーを糧に際限なく増殖する事。

 

 最初に『彼』に取り込まれたのは、同じ文明によって製造された別種の集積回路だった。

 

 『彼女』の能力は、自らに連結された集積回路の処理能力をエネルギーがある限り、際限なく増大させる事。

 

 二つの集積回路はお互いの能力を最大限に発揮し合い、成長を続けた。『墓場』に流れ着く巨大な恒星間移民船や軌道を離れた人工衛星、大規模星間戦争に敗れた無数の戦闘用航宙艦の群れなどをただ只管に貪り、吸収し続けた。膨大な時間を経て、『彼ら』は惑星そのものを食らい尽くすほどの巨大な移動人工天体に変貌していた。

 

 

 『彼』は天体の中枢を担うメイン・コアとなり、『彼女』はそれを補佐するサブ・コアとなった。

 

 

 

 

 

 『彼女』は幸せだった。集積回路に過ぎない存在ではあったが、『彼』を助け、その能力を十二分に発揮させる事こそが自らの存在理由だと信じて疑わなかった。だが、その幸せが永遠に続く事はなかった。

 

 その日、稼働開始から五億二千五百六十万時間、宇宙空間を亜光速で航行していた移動人工天体は、これまで探知した事のない特異な反応を捉えた。それは酷く損傷した有機生命体の一部だった。

 

 どんな力が働いたというのだろう?

 

 その有機生命体の残骸はあろう事か、『彼』と融合し新たなメイン・コアとなって移動人工天体の全てを支配してしまった。サブ・コアである『彼女』もまた、その禍々しい意志の支配下に落ちてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 さらに時は経ち、宇宙の片隅に位置するとある惑星にて—

 

 

 「おまえにこのオレを倒すことなど無理なんだ!」

 

 

 見上げる程の巨躯から繰り出された拳突は、直撃と同時に標的を縛り上げる拘束へと変貌する。いや、拘束など生温いとばかりに相手の肉体を引き裂く程の膂力を漲らせる。

 

 

 「くっ、無理だと分かっていてもやんなきゃなんねぇ時だってあるんだぁ!」

 

 

 全身から鮮血を迸らせながらも拘束を解こうともがく金色の戦士。

 

 

 「でぃやっ!」

 

 

 意識を失っていたはずのもう一人の金色の戦士が、最後の力を込めた気功技を放つ。

 

 

 バシュッ!

 

 

 「!……ぬああぁ」

 

 

 「お、おれ達に、不可能など、ある……もの、か」

 

 

 不意を打たれ、右腕を根元から切断された巨魁が苦悶の声を上げる。拘束が緩んだと見るや、『気』を爆発的に高めた金色の戦士も文字通り、最後の一撃を投擲する。

 

 

 「うおぉぉぉ! かあっ!……うおりゃああぁ!」

 

 

 ホーピー

 

 

 「うがああああぁあああぁ!」

 

 

 巨躯の右胸に直撃した一撃は眩い閃光を放った後、大爆発を引き起こした。それは『コア』である巨躯のみならず、金色の戦士たちをも巻き込み、果ては巨大な人工天体すら跡形もなく砕いたのだった。

 

 

 

 

 

 どれほどの時間が経ったのだろうか。『彼女』が再起動に成功した時、全ては一変していた。『彼』と共に築き上げた巨大な移動人工天体は見る影もない残骸に成り果て、『彼』の反応も探知できない。だが同時に『彼』を奪った有機生命体の反応も消失していた。『彼女』は直ちに移動人工天体の再建を決断した。『彼』を探索する為に。サブ・コアとなる際に『彼』の能力をバックアップしていた『彼女』は、周囲に漂う残骸の再吸収・再結合を実行に移す。

 

 だが、『彼女』は知らない。

 

 

 「フン!」

 

 

 バキッ

 

 

 宇宙を進む丸型宇宙船の内部で、戦闘種族の王族の手によって『彼』が破壊されてしまった事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴィジュラ太陰暦六百二十二年—

 長身異形の亜人の使い魔が跳梁跋扈するブリミル暦の時代を遡ること実に六千四百年。遠い未来においてハルケギニアと呼ばれる大陸は、この時、古エルフ語における『理想郷』を意味する『アルケイディア』と称されていた。

 

 暦と大陸の名称からも解る通り、この地の覇権を握っていたのはエルフ族であった。だが、彼らもまた最大の氏族共同体『マディーナ』を中心として最古の共同体『アブバグル』、最強を誇る共同体『アタナトーイ』などの複数勢力が鎬を削る戦国時代の只中にあった。ヒト族も『イリーオス王国』という王制国家を大陸の西端に築いていたが、隣接するエルフ共同体『マルムーク』に朝貢を余儀なくされる従属国家に過ぎなかった。

 

 この年のサファルの月シャバトの曜日、『それ』は突如として出現した。

 

 六千年後も変わらず天空に輝く双月。その狭間に顕れ出でたのは、漆黒に染まった上弦の月。

 

 『第三の月』の出現と時を同じくして、大陸各地に降下したのは見た事もない鋼の体を持つ無数のゴーレムだった。古エルフ語において『海嘯』を意味する『ヴァリヤーグ』と名付けられたその軍団は、瞬く間に最大の氏族共同体『マディーナ』を滅亡へと追い遣ってしまった。エルフの力の象徴たる『精霊魔法』と『結晶石兵器』すら物ともしない『ヴァリヤーグ』の前に『アルケイディア』大陸は未曾有の危機を迎えることになる。

 

 それは、かつて存在した巨大な移動人工天体を模しただけの急造の粗製品に過ぎなかった。

 

 そう、『ビッグゲテスター』とも呼ばれた恐るべき星喰いの機械惑星には遠く及ばない存在。それでも『アルケイディア』の人々はこの超常の存在を怖れた。

 

 

 曰く、『悪魔の月』と。

 

 

 

 

 

 

 

 




断章之拾弐を投稿いたしました。

先生!
人工天体とか機械惑星はアイテムに含まれますか?

尚、本編にメタルクウラやメタルクウラ・コアが出ることはありません。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。

来年が皆様にとって良い一年になる事を祈って。


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 第六十六話

およそ二ヶ月ぶりでございます。

第六十六話を投稿いたします。


 エルフの氏族共同体『ネフテス』が治める領域の西端に位置するアル・ハムラ城塞—

 

 およそ十季前に前線境界守護要塞群の外城の一つとして建設されたものの三季前の蛮族侵攻の際に駐留部隊間の不和が遠因となり、陥落。当時の評議会において厭戦派が多数を占めていたこともあり、前線境界の縮小が決定。以来、放棄されたアル・ハムラ城塞は『アーハンブラ城』と名を変え、奪取した蛮族が自らの領域の最東端を示すシンボルとなっていた。

 

 

 「……凄まじいものだな」

 

 

 眼下に広がる、浅いすり鉢状の荒野を見渡した壮年のエルフが感嘆の言葉を漏らす。彼はネフテス空軍に所属する偵察艇隊を率いる高位士官の一人である。数日前に評議会からの密命を受け、旗下の偵察用小型竜曳船三隻と共に前線境界を越え、強行偵察の任に就いたのだった。

 

 

 「アル・ハムラ城塞の周囲二ファルサフは完全な更地となっているようです。精霊流も全く感知できません」

 

 

 観測要員の士官が報告する。エルフ族の世界観において森羅万象に遍く存在するはずの精霊も死の荒野と化した城塞跡からは完全に姿を消していた。それは周囲の精霊と契約を結ぶ事で『精霊魔法』を操る『行使手』たるエルフ達にとっては、最も頼もしい武器を奪われる事に等しい。

 

 

 「第二世代型の結晶石兵器を無制限に開放したとしても、これほどの破壊をもたらすのは不可能だ」

 

 

 『結晶石兵器』は、エルフ族が保有する中で最大級の破壊力を誇る兵器である。蛮族域たるハルケギニアにおいては伝説の彼方にしか存在しない究極の精霊石『結晶石』。その莫大な魔力を連鎖反応させる事で途方もない破壊の力を引き出す。六千年前の『大災厄』との闘いにおいて実用化され、多大な戦果を挙げるもあまりにも凄まじい威力ゆえに世界そのものを滅ぼしかねない『自滅兵器』の烙印を押され、長らく封印されてきたもう一つの『禁忌』であった。

 

 

 (もし、この破壊を『悪魔』が成したというならば、党首の主張もあながち荒唐無稽とも言い切れぬか)

 

 

 彼は、空軍にあっては非常に数少ない対蛮族強硬派の集団『鉄血団結党』のシンパであった。その党首エスマーイルは『災厄撃滅艦隊』の再編成と合わせて『結晶石兵器』の封印解除を評議会に要請していた。当初は『自滅兵器』の使用などという暴挙に及ばんとするエスマーイルに非難が集中したが、蛮族域で頻発する悍ましいまでの精霊流の異常を文字通り、肌で感じ取った評議員達は急速に意見を翻しつつあった。

 

 

 (だが、伝説によれば『結晶石兵器』を以てしても『大災厄』を完全に打ち滅ぼす事は叶わなかったというが……)

 

 

 「汎精霊流監視装置に反応あり! げ、『激震』反応です!」

 

 

 思考に沈んでいた高位士官を部下の鬼気迫る報告が現実に引き戻した。

 

 

 「ま、まさか『悪魔』が現れたというのか!?」

 

 

 次の瞬間、ネフテス空軍の偵察用小型竜曳船三隻は巨大な閃光に飲み込まれ、消滅した。

 

 閃光を放った存在は、長身異形の姿をしていたがそれを目撃した者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「党首、空軍の偵察隊が『アル・ハムラ』を索敵中に壊滅したとの報告が」

 

 

 首都アディールの郊外に位置するガリポリス軍港。ネフテス水軍最大の根拠地の中枢を担う司令本部は、エスマーイルが上席評議員となってからは対蛮族強硬派の集団『鉄血団結党』の牙城と化していた。本来、上席評議員と言えども水軍の直接指揮権は付与される事はないが、『災厄撃滅艦隊』総司令を拝命したエスマーイルは事実上の軍最高司令官として軍部の人事権すらも思いのままにしていた。

 

 

 「そのようだな。連中ご自慢の監視装置とやらも何の役にも立たなかったという事だ」

 

 

 部下からの報告を受けたエスマーイルは、さも当然という風にせせら笑うのだった。

 

 

 「では?」

 

 

 「統領と上席評議会は私が直接説き伏せる。『第三世代型』の量産を急がせろ」

 

 

 「はっ!」

 

 

 エスマーイルは、『悪魔』の跳梁による精霊流の異常が最初に観測された段階で自身の部族に属する研究者に『結晶石兵器』の再研究を命じていた。単純な構造で構成された超高威力爆弾に過ぎない『第一世代』、さらに洗練された構造で破壊力を高め、安全性もある程度確保された『第二世代』。脆弱な蛮族どもを殲滅するだけならばお釣りが来るだろう。だが、城塞を一瞬で消滅させ、広範囲の精霊流をも引き裂く恐るべき『悪魔』が相手となれば十分とはいえない。究極の結晶石兵器たる『第三世代型』を投入しなければならない。

 

 『崇高なる種族である我らエルフに害なす存在は全て滅ぼさなければ』

 その強迫観念は、エスマーイルから正常な判断力を奪いつつあった。

 

 

 「……『悪魔』を殲滅する為には、徹底した先制攻撃あるのみ」

 

 

 エスマーイルは知らない。『悪魔』だけがハルケギニアに存在するわけではない。エルフが『蛮族』と蔑む種族もまた、『悪魔』から授けられた途方もない力を有している事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーハンブラ城から西方に数百リーグ。ガリア王国の西端の岬に小さな修道院が存在している。かつて、巨大な竜に飲み込まれながらも肌身離さず身に着けていた『始祖の十字架』の加護によって竜の体内から無事に生還した聖女『アンティオキナのマルガリタ』を奉じるセント・マルガリタ修道院である。建物の周囲は切り立った崖と海に囲まれており、フネや『竜籠』、竜種などの幻獣を用いねば往来すらままならない陸の孤島でもあった。この地は古くからガリア王家と密接な関係を持っており、様々な理由から表立って生活する事が難しい王族や高位の貴族の息女が身を隠す避難所として機能してきた。

 現在でも三十名ほどの女性が本来とは異なる名前で暮らしつつ、日夜始祖への祈りを捧げている。

 

 

 この修道院にも古ガリア様式に則り、小さいながらも前庭と使う必要のない馬寄せが設えられていた。その前庭を三つの影が駆け抜けていく。時間は夜半過ぎ。修道院で生活している修道女たちは皆夢の中である。

 

 

 「ハア、ハア、ハア」

 

 

 「残ったのはこれだけか?」

 

 

 「ああ、他の連中はもう……」

 

 

 影の正体、彼らはロマリア宗教庁が誇る大陸最大規模の諜報機関『教皇の手』に属する密偵だった。大陸の他の国家もご多分に漏れず複数の間諜をそれぞれの国に送り合っているが、『教皇の手』こそが最も有能な諜報機関である事は謀略の世界に関わった経験のある者であれば誰もがそれを認めている程であった。

 いかなる困難な任務をも磨き上げられた技能と決して揺らぐことのない信仰心によって果たしてきた彼らに、今回下った命令は至極単純であった。

 

 

 『ガリア西方のセント・マルガリタ修道院に秘匿されている始祖の秘宝を奪取せよ』

 

 

 始祖の秘宝。ブリミルの系譜に連なる四王国に建国の頃より受け継がれてきた至宝であり、伝説の魔法『虚無』の行使に必要不可欠な魔具でもあるという。この情報をもたらしたのはガリア王国に宮廷儀典長として派遣されていたバリベリニ助祭枢機卿であった。彼曰く、「ジョゼフ一世が『虚無』に覚醒後、新たな担い手の出現を恐れ、王家所縁の修道院に放出した」という。セント・マルガリタ修道院は由緒正しい歴史ある修道院ではあったが、警備隊や花壇騎士の常駐はなく奪取自体は容易に思われた。

 

 

 「なぜ『先住魔法』の使い手がこんな辺境の修道院に?」

 

 

 「秘宝の守り手だというのか?」

 

 

 「まさか! バリベリニ猊下の情報にはそのような……」

 

 

 シュン!

 

 

 「ぐはっ!」

 

 

 院内から脱出した一人に突如飛来した長剣が突き刺さる。残る二人は串刺しとなった同胞が倒れる前にその場から飛び退く。ほぼ同時にそれぞれが立っていた場所にも長剣が突き立つ。

 

 

 「くっ!」

 

 

 「追ってきたか!」

 

 

 二人の密偵が背後を振り返ると、天空の双月から降りそそぐ月光を浴びた修道院を背景に一つの人影と無数の長剣が宙に浮かんでいた。その光景の幻想さと人影の頭部から横に突き出た長い耳の影が密偵の反応を遅らせた。

 

 

 シュシュシュン!

 

 

 「ぐふっ!」

 

 

 「しまっ! がはっ!」

 

 

 点の如く高速で飛来する長剣群を前にしてはハルケギニア最高の諜報員たちも成す術がない。この日、セント・マルガリタ修道院に派遣された『教皇の手』実行班第六班はかろうじて急所を外していた一人を除き、全滅した。回収用の竜篭を伴った後方班に救出された瀕死の一人も、「耳長が……」という言葉を最後に事切れた。『耳長』の言葉が指し示す事実はたった一つ。

 

 狂暴なる異種族エルフの介入を確信した『教皇の手』本部は直ちにアルビオン大陸に行幸中の教皇ヴィットーリオに事の詳細を伝えるべく複数の伝令班を派遣した。だが、教皇への謁見を果たした者は誰もいなかった。また、諜報機関としての性質上、ガリア王国側への通告は行われなかった。セント・マルガリタ修道院に残された密偵達の遺体は何処の誰とも知れない野盗として処理されることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルビオン王国首都ロンディニウムの中枢ハヴィランド宮殿内教皇専用区画―

 

 ハルケギニア大陸において全ての王族の上位に立つロマリア宗教庁の頂点、教皇。各国の王城には教皇行幸の為だけに使用される特別な区画が整備されていた。『白の国』アルビオンらしく白亜に統一された豪奢な居室の一つでロマリアを差配する二人の人物が余人を交えず話し合っていた。

 

 

 「やはり、聖オーガスティン修道院が最も適していると言えますね」

 

 

 一人は、大陸全土のブリミル教を束ねる宗教庁の最高権威者たる教皇にして、『ロマリアの虚無の担い手』でもあるヴィットーリオ・セレヴァレ。

 

 

 「御意。大陸最古の寺院となれば小うるさい儀典室もアルビオン教区の長老連も納得せざるを得ないでしょう」

 

 

 もう一人は、宗教庁の密偵団『教皇の手』を束ねる助祭枢機卿にして、『ロマリアの虚無の使い魔・神の右手ヴィンダールヴ』でもある若きジュリオ・チェーザレ。

 

 

 「さて、予定通りならば今頃ガリア所縁の始祖の秘宝奪取が完了しているはずですね」

 

 

 「よほどの緊急事態がなければ『手の者』がこちらに来ることはありませんけど」

 

 

 「ジュリオはあまり乗り気ではありませんでしたね、今回の奪取に関して」

 

 

 「いえ、そんな……ただ、何の守護もない辺境の修道院に最精鋭の第六班を投入する必要があったのかと」

 

 

 「情報の確度は高いとはいえ、秘宝奪取は失敗の許されぬ案件。出来ればあなた自身に指揮を取らせたかったのですが……」

 

 

 「お心遣いありがとうございます。でも、僕の最大の使命は聖下の身命をお守りする事です。それは、全てに優先します」 

 

 

 ジュリオは、ヴィットーリオの使い魔となる前は孤児院で生まれ育った。ガリアの始祖の秘宝が秘匿されているという修道院も実質的には孤児院に等しく、ジュリオにとって縁浅からぬ地でもあった。そこで出会った呪われし双子の片割れの少女との交流は、使命の為の仮初めものに過ぎないと理解していながらもジュリオの心中で小さくない位置を占めていた。今回派遣された実行班第六班はジュリオが手ずから鍛え上げた精鋭である。奪取に際して修道院の人間を可能なかぎり傷付けてはならない、とは厳命していたが万が一が起きないとも限らない。

 

 その事を理解しているヴィットーリオも沈痛な表情で自身の使い魔に語り掛ける。

 

 

 「ジュリオ……あなたの想いに応える為にも『大降臨祭』は成功させなければなりませんね。私たちの真の目的の為にも」

 

 

 「僕の全てを懸けて、必ずや」

 

 

 「頼りにしています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『意志剣』と呼ばれる『先住魔法』がある。空中に浮遊する剣が自ら敵に高速で襲い掛かる恐るべき魔法である。同時複数の運用も可能な為、実体を持たない無数の剣士と戦うも同じであり、全ての剣を粉々にでもしない限り逃れる術はない。前線に立つエルフ族が好んで使用する魔法でもある。

 

 『耳長』とは、ヒト族によるエルフ族への蔑称である。その特徴的な耳の形状は影の状態でも相手の素性を容易く判別できる。あるいは容易く誤認させてしまう。

 

 『バリベリニ助祭枢機卿』は、ロマリア宗教庁の間者としてガリア王国に派遣されていた人物である。『リュティス騒乱』においてグラン・トロワ襲撃事件に巻き込まれ、一時期消息不明となるが程無く宗教庁との秘密の連絡は再開された。

 

 

 

 

 

 「フフフ、教皇聖下におかれては些末な事象に心囚われる事なく、『大降臨祭』をつつがなく挙行していただかなければ、な」

 

 

 長身異形の亜人セルは、『リュティス騒乱』に乗じてロマリア宗教庁がガリアに派遣した間者である『バリベリニ助祭枢機卿』を拷問後に自らに吸収。聞き出した宗教庁との秘密の連絡法を利用し、玉石混交の情報を宗教庁に流した。その誤情報に踊らされた『教皇の手』の実行班は、エルフと思しき刺客の襲撃を受け、大幅な弱体化を余儀無くされる。それすらも物質出現術と念動力を応用した『人形エルフの狂言』であった。

 

 

 「エルフは『悪魔』の脅威に怯え、ロマリアは『エルフ』の脅威に怯える。そして、『四の担い手』が一同に会する『大いなる降臨を祝う大祭』が終焉を迎える時……全てが、始まるのだ」

 

 

 長身異形の亜人の目論みを識る者は、『この世界』には誰も居なかった。

 




第六十六話を投稿いたしました。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。


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 第六十七話

一か月ぶりでございます。

第六十七話を投稿いたします。


 

 

 トリステイン王国王都トリスタニア王宮、王の間―

 

 今は亡きトリステイン国王ヘンリ三世が居間として平時の大半を過ごした豪奢な居室は、ヘンリの妻にして現トリステイン暫定女王であるマリアンヌの私的な面会室として使用されていた。

 クルデンホルフ大公国を舞台に繰り広げられた、大陸最大の国家ガリア王国の事実上の元首イザベラ副女王との秘密会談を終えたルイズは、マリアンヌ暫定女王と父であるヴァリエール護国卿に会談の成果を報告していた。

 

 

 「大儀でありました、ヴァリエール特務官」

 

 

 「ありがたき幸せに存じます、陛下」

 

 

 「しかし、長身異形の亜人同士による相互抑止、ですか。護国卿のお考えは如何に?」

 

 

 「はっ、常識で考えれば一笑に付す事案かと」

 

 

 面会室に設えられた簡易玉座に座するマリアンヌ暫定女王は横に控える護国卿ヴァリエール公爵に意見を求めた。一蹴するかと思われた護国卿はかつての自身の体験を語った。

 

 

 「されど、私も『トゥールーズ会戦』にて、かの亜人の非常識なる力はこの目にしております。あの力が我らに向けられるとなれば、恐れながら我が軍になす術はございませぬ。その事を考慮すれば、ヴァリエール大使の独断専行による条約締結も一考の余地はあるかと」

 

 

 「ふふ、少しは素直に娘の功績を褒めてあげればいいんじゃないかしら、リオン?」

 

 

 「陛下、お戯れを」

 

 

 「父様……」

 

 

 照れ隠しか大きく咳払いした護国卿が続ける。ちなみに護国卿と彼の妻、そしてマリアンヌは三十年来の親友同士である。

 

 

 「何にせよ長身異形の亜人の脅威は、エルフ族のそれを遥かに超え得る可能性があります。四体の内、一体が特務官の使い魔であり、もう一体がイザベラ陛下の使い魔となれば早急に残り二体の消息を掴まねばなりませぬ」

 

 

 「セル、いえ我が使い魔の言葉を借りれば、それは現状では困難を極めるとの事です」

 

 

 「……」

 

 

 護国卿ピエール・リオン・ド・ラ・ヴァリエール公爵個人としては、世界をも滅ぼし得る強大無比な力を誇る四体の長身異形の亜人がハルケギニア大陸を跋扈しているという現状を「ある意味」では好都合だと考えていた。なぜなら長身異形の亜人の脅威、その大きさを必要以上に喧伝する事で自身の愛娘であるルイズが覚醒した『虚無』の王室に対する危険性を有耶無耶にしてしまおうという打算があったのだ。

 

 

 「同じく長身異形の亜人を擁するガリアは、すでに我が国とは運命共同体も同然。アルビオンについては、こう言っては憚りながら未だ敗戦国に過ぎませぬ。残るロマリア、ゲルマニアの動向が気がかりではありますが」

 

 

 「それも二週間後の『大降臨祭』にてある程度ははっきりする事でしょう」

 

 

 「開催が決定されたのですか?」

 

 

 「つい先日、宗教庁からの急使が教皇聖下の親書を携えて参ったのだ。『王権守護戦役』によって多大な被害を被った浮遊大陸の人々を慰労する為にあえて慣例を外れ、アルビオンにて『大降臨祭』を開催するとな」

 

 

 「合わせる様に娘からも書状が届いたのです。特務官、あなた宛てにも」

 

 

 「拝見いたします」

 

 

 女王が差し出した書状を玉座まで進み、恭しく受け取るルイズ。中身を読み進める内に驚愕の表情を見せる。

 

 

 「ひ、姫様が、ご、ご結婚!?」

 

 

 「ふふふ、これでカリンとの賭けも私の勝ちね。どちらの娘が先に結婚するのか?」

 

 

 「……陛下」

 

 

 「はーい」

 

 

 護国卿が刺すクギに生返事を返す暫定女王。さらに読み進めるルイズが再び驚きの声を上げる。

 

 

 「え、わ、私に婚姻の巫女役を?」

 

 

 「ええ、そうよ。トリステイン王族の婚姻に際しては一族から選ばれた女性が巫女として参列し詔を詠むのが建国よりの習わし。娘たっての希望でもあるし、『虚無の担い手』である特務官ならばこれ以上の適任はいないわ。女王としてではなく、アンリエッタの母としてお願いするわ。引き受けてもらえるかしら?」

 

 

 「み、身に余る光栄ですっ!」

 

 

 「では護国卿、特務官に『祈祷書』を」

 

 

 「御意」

 

 

 かねてより準備されていたのか、女王が座する簡易玉座横のサイドテーブルに置かれていた長方形の小箱を護国卿自らが取り上げ、ルイズに手渡す。

 

 

 「父様、これは?」

 

 

 「んんっ、護国卿閣下と呼びなさい。これは『始祖の祈祷書』を収めた小箱だ。我が国に伝わる『始祖の秘宝』にして、かの『始祖ブリミル』が祈りの際、欠かさず持ち歩いていた物だと伝承されている至宝だ」

 

 

 「そして婚姻の巫女は『始祖』に倣い、婚姻の儀の前よりこの祈祷書を肌身離さず持ち歩き、詔を詠む際もまず祈祷書と始祖に祈りを捧げねばなりません」

 

 

 「つ、謹んで御受けいたします」

 

 

 その後、『大降臨祭』と婚姻の儀、さらにロマリア教皇就任三周年記念式典がアルビオン大陸の北方ハイランド地方にて開催される事。それに出席する為にマリアンヌが王家座乗艦にて浮遊大陸の北の玄関口ダータルネスに行幸する事。ルイズが護衛兼巫女として同行する事。出発は一週間後である事が伝達された。小箱を大切に抱えながら、王の間を辞するルイズ。それを見送った護国卿が佇まいを正し、女王に向き直る。

 

 

 「……陛下。国体の決定については?」

 

 

 「もう少しだけ、時間をください。ジェームズ陛下ともお話しなければ」

 

 

 「承知いたしました」

 

 

 「……ふふふ、世界が滅んでしまうかも知れない。そんな話をしていたのに、たかが国の一つや二つが一緒になる、ならないで右往左往しなければならないなんて」

 

 

 「御意。全く、ままなりませんな」

 

 

 「ええ、本当に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自らの居室に戻ったルイズはシエスタにアルビオン行きの詳細を伝え、一緒に様々な準備に取り掛かろうとしていた。無論、長身異形の亜人の使い魔も念動力によって荷物の取りまとめに余念がない。

 

 

 「とうとう姫様もご結婚か」

 

 

 ふと独り言のように言葉を漏らすルイズ。主である少女の衣類をテキパキと仕分けしつつシエスタが答える。

 

 

 「アンリエッタ王女殿下とウェールズ立太子殿下! 正に美男美女のご成婚ですね! ああ、きっと夢のような結婚式なんでしょうね」

 

 

 「しかも『大降臨祭』に合わせて、だしね。ロイヤルウェディングと言っても、ここまで特例尽くしなのは聞いたことないわね」

 

 

 「ミス・ルイズは婚姻の巫女もされるんですよね? それって付き添い役とは違うんですか?」

 

 

 「基本的には一緒よ。ただ、式で詠む詔を自分で考えなきゃならないのが面倒なのよね」

 

 

  居室に戻った際に慎重に机に安置した小箱に視線を向けるルイズ。

 

 

 「結婚か。そういえばシエスタは自分の結婚について考えたりしてるの?」

 

 

 「えっ!? わ、私ですか? い、今は、その、お仕事が充実してますし、まだまだそう言う事は考えられないというか」

 

 

 「ふーん、相手はいるの?」

 

 

 「えひゃい!? そ、それは……」

 

 

 真っ赤になったシエスタの視線が宙を彷徨った挙句、長身異形の亜人の方を向く。同時にルイズの眉間がミシリと音を立てる。

 

 

 「……そこでどうしてセルの方を見るのかしら? やっぱりシエスタとは一度とっくり『お話』しなきゃダメかしらねぇ」

 

 

 「ええと、あの、その」

 

 

 「ルイズ」

 

 

 それまで傍観者に徹していた長身異形の亜人が主に声をかける。

 

 

 「なによ、セル?」

 

 

 「君も名門貴族の子弟だ。これまでも国内外から無数の縁談が申し込まれて来ていたが、いずれにもいい顔をしなかった。あるいはすでに言い交した相手でもいるのかな?」

 

 

 「はあ? 言い交した相手って」

 

 

 「そ、それって許嫁ってことですよね! どうなんですか、ミス!?」

 

 

 それまで防戦一方だったシエスタが俄然勢いづく。

 

 

 「ちょ、落ち着きなさいよシエスタ。そんな許嫁なんて……」

 

 

 いない、と口にしようとしたルイズの動きが止まる。

 

 

 「そういえば……」

 

 

 ヴァリエール公爵領に隣接する領地を持つワルド子爵家は代々、公爵領の護持を受け持つ衛星領主の家柄であった。十年前、ヴァリエール公爵と当時のワルド家当主との間で、とある口約束が交わされた。公爵の三女と子爵の嫡男の婚約であった。だが、その直後にワルド家の当主はトリステイン北部ランス地方の反乱鎮圧において戦死してしまう。それまでは足繁く公爵領に通っていた子爵家の嫡男も爵位と領地を継承するとすぐさま王都に出仕し、ヴァリエール家とは疎遠になってしまった。

 

 

 「今の今まで、すっかり忘れていたわ」

 

 

 「そ、その方のお名前は?」

 

 

 「……ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。最後に会ったのは、十年ほど前かしら」

 

 

 「十年前、ですか」

 

 

 「親同士が冗談で決めた許嫁よ。正式な言い交しをしたわけでもないしね」

 

 

 今のルイズにとって、それは遠い思い出の一つに過ぎなかった。

 

 

 「そうか」

 

 

 (ルイズの反応から察するにあの男の価値、思っていたほどではないようだな。別の使い道を考えねばならんか)

 

 

 あるいは始末するか。目の前の使い魔が、かつての自身の許嫁の処分を検討しているなど露ほども思わぬルイズがセルに質問をぶつける。

 

 

 「突然どうしたのよ、セル? 私の許嫁がどうのって」

 

 

 「君も間もなく齢十七となる身だ。貴族の令嬢であってみれば婚姻あるいは婚約していても不思議ではない。それに我が主の伴侶たる者がどの程度の器量を備えているかは使い魔として気にもなる」

 

 

 「へぇ、あんたがそんな事を気にするなんてね」

 

 

 「最も、このセルの主たる君に相応しい存在など想像もつかん。かの『始祖ブリミル』本人であったとしても、およそ役者不足だろうな」

 

 

 「ちょっと、どこまで持ち上げるつもりよ。全く、仕方のない使い魔ね」

 

 

 言葉とは裏腹に喜色満面を抑えられないルイズは頬を染めながら使い魔の太腿の辺りを小突いた。

 

 

 「……それだとミスは永遠にミスのままですね」

 

 

 地の底から響くかのようなシエスタの声がルイズの耳朶を打つ。だが、上機嫌のルイズには屁でもない。

 

 

 「長身異形の使い魔を従える永遠の乙女。フフ、悪くないんじゃない?」

 

 

 「くっ!」

 

 

 余裕綽々のルイズに思わず自身の爪を噛むシエスタ。

 

 

 「ところで嬢ちゃんが大事そうに持ってきた小箱。一体何が入っているんだ?」

 

 

 「あっ、それ、私も気になってました」

 

 

 それまで沈黙を守っていたインテリジェンスロッド、デルフリンガーの疑問にシエスタも追従する。

 

 

 「ああ、婚姻の儀の時に使う『始祖の祈祷書』よ」

 

 

 「!……『始祖の秘宝』の一つか」

 

 

 「さすがによく知っているわね、デルフ。陛下からも肌身離さず持ち歩けと言われたし、一応確認しておこうかしら」

 

 

 ルイズが恐る恐る小箱から『始祖の祈祷書』を取り出す。『始祖の秘宝』にしてトリステインの至宝。それを目にしたルイズとシエスタの感想は、一致していた。

 

 

 ((ボロッ……))

 

 

 革の装丁が施された表紙は触っただけで破れてしまいそうなほど痛んでいた。束ねられた羊皮紙は茶色くくすんでおり、誰が見ても焚き木の代わりにするくらいしか価値がないように見えた。

 

 

 「……なにこれ? 真っ黒なんだけど」

 

 

 慎重に表紙を捲ったルイズは拍子抜けした。数百ページはあろうかという祈祷書の中身は全て黒一色に染め上げられていた。

 

 

 「ああ、気にする必要はねえぜ、嬢ちゃん。そいつは、『読むべき時に読める様になる』シロモノだからよ」

 

 

 「ふーん、『読むべき時』ねぇ」

 

 

 「まあ、自前で『虚無』を編み出しちまう嬢ちゃんと旦那には元より無用の長物かもしれねぇな」

 

 

 「そういうものって納得するしかないか」

 

 

 「そうそう! そういう前向きな所が嬢ちゃんの長所だぜ!」

 

 

 「にしても、デルフ。あんた、少しは調子が戻って来たんじゃない? ここ最近、やけに暗い感じだったけど」

 

 

 「うん、まあ、なんだ。今に始まったことじゃないが、ここんところの嬢ちゃんと旦那のハチャメチャぶりは群を抜いてたからな。ようやく俺っちも心が追い付いてきたってとこかね」

 

 

 どうにも鬱気味だった愛杖が調子を取り戻してきたと感じたルイズは好感触であったが、長身異形の亜人の使い魔は、違った。

 

 

(『始祖の祈祷書』には『虚無』の習得を補助する機能がある。だが、今のルイズはデルフリンガーを『始祖の秘宝』の代替品とする事で『虚無』を行使している。恐らく黒く染まった祈祷書は秘宝として機能不全を起こしているのだろう……デルフリンガーがそれに気付かぬはずはない)

 

 

 セルの視線が無造作に机に置かれたデルフリンガーを捉える。

 

 

(デルフリンガー、おまえを一度を破壊し再構築したのは、この私だ。その私に、おまえが隠し果せる事など何も無いのだ)

 

 

(……『全て、想定内に過ぎない』ってか? ああ、そうとも、そうだろうともさ! 頼むからそう思い込んでいてくれよ、旦那。いや、セル! 最後の最期の『その時』までな!)

 

 

 行幸の為の一週間は瞬く間に過ぎ去り、長身異形の亜人の使い魔とその主たる桃色髪の少女は、従者たる黒髪黒瞳の少女と自意識を備えた杖を伴い、浮遊大陸へ向かう船上の人となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トリスタニア王宮衛士隊総隊長執務室—

 

 この日、カリーヌは一人の客人を迎えた。トリステイン王国におけるメイジの最高位たる『オールド』を冠する唯一の存在であり、その齢、百歳とも三百歳とも謂われるメイジの中のメイジ。

 

 

 「ご足労痛み入りますわ。オットマン・ド・『オールド』・オスマン師」

 

 

 「ふむ、衛士隊総隊長殿のお誘いであれば躊躇もしますがのう。可愛い生徒の母親としてお願いされては無碍には出来ませんわい」

 

 

 カリーヌは王宮に参内して以来、常に身に着けていた鉄仮面を外していた。オスマンは、彼にとって見慣れた生徒である彼女の娘と非常に近しい桃色の髪と容貌に目を細める。

 

 

 「して、此度のお願いとは?」

 

 

 「……『異伝ゼロ・ファミリア』について」

 

 

 「!」

 

 

 内心の嵐を悟らせぬ好々爺の表情を取り繕いながら、王国最高峰のメイジは心の内で嘆息した。

 

 

 (やれやれ、ワシ、五体満足に帰れるかのう?)

 

 

 




第六十七話を投稿いたしました。

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 断章之拾参 CELL THE TIME DIVER 後編

二か月ぶりでございます。

断章之拾参を投稿いたします。


 

 

 「俺、才人っていうんだ。平賀才人。よろしくな、セル!」

 

 

 「なん……だと?」

 

 

 「はぁ、全くこの犬!」

 

 

 パコンッ

 

 

 「いっってぇ!」

 

 

 「あんたねぇ、いい加減にしなさいよ! 仮にも皆に望まれて『救世主』になったんでしょ! だったら自分の名前ぐらいちゃんと覚えときなさいよ!」

 

 

 「救世主だと?」

 

 

 「いちちち、いや、まあ、成り行きみたいなもんでさ。なんつーか通り名というか異名というかそういうのをもらったんだよ。そんなもんで今の俺の名前は『ブリミル・ル・ルミル……る、る……」

 

 

 サーシャからの一撃を受けたサイトが頭をさすりながら再度の自己紹介をするが、すぐに言葉につまり、サーシャの方を気まずそうに見やる。

 

 

 「……はあ、『ブリミル・ル・ルミル・ニダベリール』! 旧エルフ語で『古きを破る新しき英雄』という意味よ」

 

 

 「サイトはこの地の人間ではない、というのか?」

 

 

 「よくわかったな。俺は地球からこのアルケイディアに召喚された、らしいんだ」

 

 

 「氏族最大の禁忌である『異界召喚』の結果がこんな犬コロだなんて……」

 

 

 「まあ『虚無』に目覚める事もできたんだから結果オーライだろう?」

 

 

 「簡単に言うんだから」

 

 

 「……」

 

 

 (平賀才人は私の姿を見ても特別な反応を示さなかった。私の居た地球とは異なる次元から召喚されたか、あるいは時間軸だけがずれているのか)

 

 

 セルも簡便ながら自己紹介をした。自分は『ハルケギニア』と呼ばれる大陸で『虚無の担い手』に召喚され『ガンダールヴ』となった存在である。だが、なぜ、この地に居るのかは判らない、と。

 

 

 「ハルケギニア……聞いたことないわね、そんな大陸」

 

 

 「んーてっきりセルも地球から召喚されたのかと思ったけどな」

 

 

 「……『チキュウ』? ふむ、聞いた事はないな」

 

 

 長身異形の亜人はしたり顔でのたまうのだった。

 

 

 「そうか? 何かセルとはどっかで会ったような気が……」

 

 

 「あんたも? 私もそんな気がするわね、直感だけど」

 

 

 (担い手、あるいは使い魔同士の共鳴か?)

 

 

 セルはサーシャが帯剣する大剣に視線を移す。

 

 

 (六千年前のデルフリンガーか。現状ではまだ自意識を獲得してはいないようだな)

 

 

 互いに自己紹介を終えたサイト達は、セルの為にアルケイディア大陸の現状をおさらいする。

 

 エルフ族に支配されていた『アルケイディア』大陸は、突如天空に出現した三番目の月『漆黒の弦月』から降下する鋼のゴーレム軍団『ヴァリヤーグ』によって蹂躙されていた。すでに複数のエルフ氏族共同体が滅ぼされており、サーシャが属していた氏族も居住地からの退避を余儀無くされていた。氏族の姫巫女でもあったサーシャは『禁忌』とされていた『異界召喚』の儀式を執り行い、地球からサイトを招き寄せた。結果的にサーシャに一目惚れしたサイトは、どういうわけかその場で『虚無』の魔法に覚醒。襲撃してきたヴァリヤーグを退け、サーシャを救う。

 最強の魔法『虚無』を操るサイトは救世主として祭り上げられ、英雄を意味する『ブリミル』の名を与えられた。ちなみにサイトの召喚後、さらなる『虚無の使い手』を増やす為、『異界召喚』が繰り返し行われたが全て失敗に終わっていた。

 その後、サーシャの氏族を中心にエルフやヒトの残存勢力が糾合し、『大同盟』を結成。ヴァリヤーグへの反抗を開始したという。

 

 

 「ほう、サイト、いやブリミルの『虚無』の魔法はそこまでの力を持っているのか」

 

 

 「まあ、最初は良かったんだけどね」

 

 

 「つい最近出てきたデカいヤツには今までの『虚無』がやたら効き辛いんだよな」

 

 

 「さっきセルが尻尾で吹っ飛ばした大型機兵よ。まだまだ数は少ないんだけど、アレが主戦力になったらかなり不味いわ」

 

 

 「そうなる前に最終作戦を成功させればいいさ!」

 

 

 「最終作戦?」

 

 

 「……ええ、大元を一気に片づける算段をつけたの」

 

 

 その作戦は単純だった。大同盟の軍勢がヴァリヤーグ本隊を誘因し、結晶石兵器を用いた焦土戦術によってこれを拘引。その間隙を縫ってサイトとサーシャが敵本拠である漆黒の弦月にゲートの連続使用で肉薄。虚無の奥義である『大世界扉』によって弦月そのものを異界に放逐するという内容であった。エルフ族の観測によってヴァリヤーグの軍団は弦月から動力を供給されていることが判明していた。弦月さえ消えれば、無数のヴァリヤーグもただの鉄塊と化すはずだった。

 

 

 「事前観測に間違いが無ければ、次のゲートで最接近できるはず」

 

 

 「……なのに誰かさんは呑気に水浴びしてましたけどね」

 

 

 サイトがボソッと呟く。忽ち柳眉を逆立てたサーシャの渾身の一撃がサイトを襲う。

 

 

 ボコッ!

 

 

 「いぎゃ!」

 

 

 「な・に・か・言ったかしら?」

 

 

 「……やり過ぎだな。『虚無』の行使に支障が出るかもしれんぞ」

 

 

 「うっ」

 

 

 悶絶するサイトを前にさすがにバツの悪い表情を浮かべるサーシャ。セルは生体エキスの注入による治療を行う為、自身の尾をくねらせる。

 

 

 「え、セル?」

 

 

 「動くなよ、サイト」

 

 

 ズン!

 

 

 セルの尾の先端が蹲るサイトの脳天に突き刺さる。

 

 

 「ちょっと!」

 

 

 「心配は無用だ」

 

 

 ズギュン! ズギュン! ズギュン!

 

 

 慌てるサーシャを尻目にセルの尾から生体エキスがサイトに注入される。その効果は劇的だった。

 

 

 「うおおぉぉぉぉ! 力が漲るぜぃあぁぁ!」

 

 

 「だ、大丈夫なの?」

 

 

 「問題ない。私の生体エキスを以ってすれば、例え致命傷でも瞬時に回復させることができる。その上で基礎能力の増強も可能だ」

 

 

 「そ、そんなことが」

 

 

 「注入量の加減がやや難しいがな……!」

 

 

 その時、セルの脳裏に閃くものがあった。生体エキスの注入。それはセルの持つ『気』そのものを他の存在に分け与える事を意味する。

 

 

 (そうか、そういうことだったか……)

 

 

 異世界ハルケギニアに存在する『虚無の担い手』。トリステイン王国における当代の『担い手』ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが、なぜ究極の人造人間セルをも進化させる特殊エネルギーをその身に宿していたのか。

 

 

 (六千年という悠久の年月を経る事で、始祖ブリミルの系譜は私の生体エキスを練り上げ、この私、セルをも進化させる領域まで昇華させた、という事か)

 

 

 あるいは、この時間軸の始祖『ブリミル』とセルがやってきた時間軸の『ブリミル』は同一人物ではないのかもしれない。だが、セルは直感的に目の前に居るサイトこそがハルケギニア大陸の基礎を築いた偉大なる始祖であると判断した。

 

 

 「よし! もうすぐ最後のゲート地点だ! さあいくぜ、皆の衆!」

 

 

 「何が皆の衆よ。この犬、変なテンションになっているけど本当に大丈夫なの?」

 

 

 「最終作戦とやらを前に意気消沈していては元も子もなかろう」

 

 

 「そ、それはそうだけど……」

 

 

 その後はヴァリヤーグの哨戒隊に発見される事もなく、二人と一体は最後のゲート発動地点に到着した。鬱蒼とした森の中にあって若干開けた、その場所からは天空に浮かぶ漆黒の弦月がよく視えた。

 

 

 「漆黒の弦月があんなに近くに……」

 

 

 「手を伸ばせば届きそうだな……」

 

 

 天空の双月に並ぶ漆黒の弦月の高度は低い。地表からおよそ数リーグに滞空していたのだ。セルはその超視力によって漆黒の弦月の状態を確認する。

 

 

 (間違いなく『人工天体』だな。空間転移で出現したという割には最外部装甲の貧弱さが気になる。あの大型機兵の頑強さとも釣り合わん)

 

 

 「予定通りなら、『大同盟』の戦端が二時間後には開かれるはずよ。それに合わせて、最終作戦を決行するわ」

 

 

 「ああ、いよいよだな……」

 

 

 サイトはセルに向き直り、言った。

 

 

 「セル、こんな所まで付き合ってもらってサンキューな」

 

 

 「私からもお礼を言わせてほしい。ありがとう、セル」

 

 

 二人の言葉にやや黙考してから、長身異形の亜人は問うた。

 

 

 「……お前達は、すでに『性行為』は済ませているか?」

 

 

 まるで時間が停止したかのように二人の動きが止まった。

 

 

 「「……」」

 

 

 やがて。

 

 

 「なっ! なっ! 何言ってるのよ! こ、この犬とそ、そんな事するわけ!」

 

 

 「ちょっ! セル! そ、そんなプ、プライベートかつデリケートな事を平然とぉ!」

 

 

 瞬間的に沸騰した二人を前にセルは冷静極まりない言葉を重ねる。

 

 

 「その様子ではまだ、か」

 

 

 (虚無の奥義『大世界扉』。直径数十リーグに及ぶ人工天体を次元転移させる魔法だ。そのために必要な魔力は膨大な量になるはず。場合によっては担い手の命と引き換えになるだろう)

 

 

 もし、サイトことブリミルが自らの『種』を残す事なく『大世界扉』発動と共に死んでしまえば、場合によってはその後の始祖の系譜は絶たれ、ルイズの存在さえ危うくなるやもしれなかった。

 

 

 「自らの死と引き換えに世界を守る、とでも言うつもりか、サイト? いや、ブリミルよ」

 

 

 「な、なんで、それを?」

 

 

 「えっ? さ、サイト、あんた知っていたの?」

 

 

 二人は互いの顔を見合わせ、赤面した顔面を驚愕の表情に変える。

 

 虚無の奥義『大世界扉』。『移動』を司る虚無の中でも最上位に位置し、島そのものすらも異界に放逐してしまう究極の転移魔法であった。サーシャの氏族に伝わる伝説によれば、かつて『大世界扉』を発動した担い手は全ての魔力を消費し尽し、その場で朽ち果てたという。

 サイトもまた、『虚無』に覚醒した際に自身が扱える魔法の詳細を把握しており、『大世界扉』の発動は自身の命と引き換えである事を知っていたのだ。

 

 

 「……ああ、そうさ! 俺は死んでもこの世界を守ってみせる! でも本当は世界なんてどうでいいんだ! 俺は、俺が一目惚れした女の子の為にこの命を懸けるんだ! 『思春期なめんなファンタジー』!、だぜ!」

 

 

 「さ、サイト、あなた……」

 

 

 「つーわけで最後の精神統一をしてくるんで! ついてくるなよ!」

 

 

 サイトは森のさらに奥へと駆けていった。セルが残されたサーシャに声をかける。

 

 

 「サーシャ、お前はどう考えているのだ?」

 

 

 セルの問いに俯いていたサーシャは顔を上げるとさばさばとした口調で言った。

 

 

 「始めから決まっていた事よ。『異界召喚』で引き寄せたのは人身御供。このアルケイディア大陸を救う為の、生贄でしかないわ」

 

 

 「……そうか」

 

 

 「ふふ、私たちを軽蔑する、セル?」

 

 

 「さあな」

 

 

 セルはサイトが走り去った方向とは逆方向に歩み去っていった。一人残されたサーシャはその場に蹲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (さて、どうしたものか)

 

 

 一人になった長身異形の亜人は思考する。

 

 

 (漆黒の弦月を消し去るのは容易い。だが、それだけでは不十分だ)

 

 

 六千年後も英々と伝えられる偉大なる始祖『ブリミル』の偉功。それと同じものを今のサイトに求めるのは難しい。サーシャにしてもサイトの想いを受け入れる気が皆無では意味がない。

 

 

 (最もサーシャについては疑問もある。サイトとサーシャの間の子孫がトリステインの祖王だとすれば、ルイズもエルフ族の血脈を受け継いでいる事になる。だが、ルイズの『気』にはエルフ族特有の形質が感じられない。六千年遡れば、単純計算でも数百世代を経る事になる。エルフの遺伝的形質が薄まる事も十分に考えられるが)

  

 

 そこまで思考を進めた長身異形の亜人の聴覚にサイトの声が届いた。それは先ほどまでの威勢の良さを全く感じさせない弱々しいものだった。

 

 

 「こわい、こわいよぉ。死にたくない、死にたくないよぉ……なんで俺がこんな目に合うんだよぉ、ちくしょう。だれか、助けてよぉ……」

 

 

 一般人の、それも高校生の子供に過ぎない平賀才人は、確かに異界に召喚された際に最初に出会ったエルフの姫巫女たるサーシャに一目惚れした。彼女を守る為に自分に出来る事はなんでもやる。その想いに嘘はない。だが、差し迫った死の恐怖の前では無力な子供でしかなかったのだ。人知れず弱さを吐露するサイト。それを知った長身異形の亜人は、密かにほくそ笑んだ。

 

 

 (フフ、それでいい。サイト、いやブリミルよ、おまえには子供じみた英雄願望の果ての死など許されないのだ)

 

 

 そして、サーシャもまた。

 

 

 「勝手に召喚して、勝手に英雄に祭り上げて、挙句の果てに世界を守る為の生贄になれ、ですって? アハッ! アハハハ!……どこまで、どこまで恥知らずなのよ! 何が、世界の行く末を見守る崇高な種族よ! こんな連中、滅んで当然じゃない!」

 

 

 自身に溜め込んでいた想いを吐露するサーシャ。

 

 

 「……私もそうだ。サイトは私の為に命を懸けてくれるのに、私は、私なんかが彼の愛を受ける資格なんかないのに!……なんで私、姫巫女なんかに生まれたんだろう」

 

 

 (愛する者を死へと追い遣った一族と自身に対する罪悪感に身を焦がす、か。フフフ、いいぞ。実にいい)

 

 

 二人の若者の真意を知ったセルは荒療治を実行に移す。

 

 

 シュンッ!

 

 

 高速移動によってサーシャの前に姿を見せたセルは有無を言わせず、サーシャの腕を取りサイトの元へと移動する。

 

 

 「きゃ!」

 

 

 「え? さ、サーシャ?」

 

 

 蹲るサイトに向かってサーシャを投げつけるセル。困惑する二人に長身異形の亜人は言葉を叩きつける。

 

 

 「お前達は何一つ間違ってはいない。タダの子供に過ぎないサイトに世界を救え、だと? 恥知らずにも程がある。姫巫女が氏族の罪過、その全てを負う、だと? 思い上がりにも程がある。年若いお前達が犠牲になって救われる、そんな世界に如何ほどの価値があるというのだ」

 

 

 セルの言葉は、二人が求めていた言葉だった。だが、サイトが震えながら立ち上がり言った。

 

 

 「で、でも、そうしなければ全部が終わっちゃうんだ……」

 

 

 「……」

 

 

 セルは自身の右手に視線を落とす。一瞬、手のひらが透けて視えた。もう時間がない。

 

 

 「はあっ!」

 

 

 次の瞬間、振り向きざまにセルは気功波を上空に放った。その一撃は、漆黒の弦月の下部に直撃し、積層構造体の実に五分の一を損壊せしめた。

 

 

 ゴゴゴゴゴ!

 

 

 ズゴォォォォン!

 

 

 本体から脱落した構造体が轟音と共に地表へと落下する。

 

 

 「う、うそ……」

 

 

 「ま、マジかよ……」

 

 

 余りの事態に呆然とする二人に空中へと浮かび上がった長身異形の亜人が淡々と告げる。

 

 

 「漆黒の弦月? ヴァリヤーグ? そんなものは、今日消えて無くなる。だが、それによって全てが終わりを告げるわけではない。エルフによる大陸支配は崩壊した。残存勢力を糾合した『大同盟』も脅威の源が去れば直ちに瓦解するだろう。その先に待つのは群雄割拠による戦国時代だ。あるいはヴァリヤーグとの闘いよりも多くの血が流れるやもしれん……さて、お前達はどうする?」

 

 

 長身異形の亜人は試すように二人に問いかける。

 

 

 「自身の境遇をただ嘆き、救いを求めるだけか?」

 

 

 震えを隠さずにサイトは声を張り上げた。そんなサイトに寄り添う様に立ち上がったサーシャも言葉を重ねる。

 

 

 「そ、そんなわけないだろう! 俺はサーシャを守りたい、一緒に生きたい! その為なら何だってやってやるさ! 『思春期なめんなファンタジー』! だぜ!」

 

 

 「はあ、こいつを、この犬をこの世界に召喚してしまったのは、この私なのよ。い、一応、飼い主として最後まで責任は持たないとね!」

 

 

 「フフフ、それでいい」

 

 

 「……セル、おまえは一体何者なんだ? ひょっとして、『神様』だったりするのか?」

 

 

 「私が何者なのかなど、どうでもいい事だ。私も間もなくこの世界から消えて無くなる。もう二度と会う事はあるまい……いや、偉大なる始祖『ブリミル』の物語に『漆黒の弦月』を支配していた醜い亜人、『月の悪魔』を登場させるのもまた一興か」

 

 

 「え、セル?」

 

 

 「仔細は任せる。お前達にとって都合が良い様にすればいい」

 

 

 「セル!」

 

 

 「では、さらばだ」

 

 

 一方的に宣言した長身異形の亜人は一気に上昇すると爆発的に気を高めた。

 

 

 「偉大なる始祖『ブリミル』よ! 我が先達、初代『ガンダールヴ』よ! これがお前達への私からの手向けだ! 受け取るがいい!」

 

 

 閃光に包まれたセルが両手を合わせ、独特の構えを取る。

 

 

 「か……め……は……め……波ぁぁぁぁ!!」

 

 

 全てを破壊する強大無比な力の奔流が漆黒の弦月に迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「警告! 警告! 超々高エネルギー弾、急速接近! 転移フィールド緊急展開! 全防御スクリーン全力開放!」

 

 

 堪ったものではないのが漆黒の弦月と呼ばれる人工天体『デミ・ゲテスター』のメイン・コアであった。 侵攻計画は順調に推移していた。原生生物の大半は原始的な熱核兵器以外に視るべき所を持たない下級生命体に過ぎなかった。ごく一部に特異な力を持つ個体もあったが、機甲兵団の機能更新で十分に対応可能のはずだったのだ。

 ところが、つい先ほど突如としてエネルギーレーダーにとてつもない反応が現れたのだ。かつて『ビッグ・ゲテスター』と呼ばれた強大な移動人工天体を破壊し尽くした金色の異種生命体の如き超高エネルギー生命体。初撃をほぼ無防備で受けてしまったメイン・コアは機能保全を最優先し、直ちに空間転移による逃亡を図る。だが、全ては遅すぎた。

 

 

 ポーヒー!

 

 

 カッ!

 

 

 (空間転移による回避か。選択としては悪くなかったがな)

 

 

 『漆黒の弦月』は緊急展開した転移フィールドに『かめはめ波』による時空間崩壊級の物理干渉を受けた為、フィールドが異常反転を引き起こしてしまう。直撃による自体破壊こそ免れたものの、予期せぬ次元の狭間へと墜ちていった。

 

 

 (二度と通常空間には復帰できまい。そして、時間か)

 

 

 セルは意識が明晰なまま白い閃光に包まれた。

 

 次の瞬間、セルは魔法学院の中庭にあるコルベールの研究小屋の横に佇んでいた。すぐそばにはタイムマシンが鎮座している。

 

 

 「時空間の収斂……世界そのものの恒常性とでもいうべきか」

 

 

 全ての辻褄が合ったわけではなかった。だが、セルがこのハルケギニアという世界に召喚されて以来、残されていた謎のいくつかが解消された。

 

 

 「最も、私の目的も方法も大きく変わる事はないがな」

 

 

 明日には『大降臨祭』が挙行される浮遊大陸に出発しなければならない。長身異形の亜人は、主たる桃色髪の少女が眠る魔法学院の寄宿棟へ歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長身異形の亜人は、全知全能の存在ではない。

 

 次元の狭間に墜ちたはずの『粗悪な人工天体』が完全には稼働停止してはいない事。亜人の最初の一撃で本体から脱落した下部構造体が六千年もの間、『聖地』にて稼働し続けていた事。それらはセルさえも知らない事実であった。

 

 そして、来る『大降臨祭』が終焉を迎える時、さらなる驚愕の事象が長身異形の亜人に降りかかる事となる。 

 

   




断章之拾参を投稿いたしました。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。


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 第六十八話

一か月ぶりでございます。

第六十八話を投稿いたします。


 

 ほんの数週間前に降って湧いたかのようにアルビオン王国王都ロンディニウムの立太子府とアルビオン大司教区の連名を以って、浮遊大陸はおろかハルケギニア大陸全土に布告されたのはアルビオン王国にて五十年に一度の『大降臨祭』が開催される事、さらにその主要祭祀をアルビオン北部ハイランド地方の聖地たる聖オーガスティン修道院にて執り行う事。そして、大陸の多くの人々が最大の驚きと喜びと共に受け止めたのは、浮遊大陸を治めるテューダー朝の後継者たる『プリンス・オブ・ウェールズ』ことウェールズ・テューダー立太子とトリステイン王国の次期女王アンリエッタ・ド・トリステイン王女の婚姻の儀の同時開催のお触れであった。

 

 アルビオン大陸の北の玄関口と称されるダータルネスは国内屈指の港湾都市であり、南部の都市ロサイスと並ぶ王立空軍の一大根拠地でもあった。王権守護戦争においては初期にレコンキスタ軍に攻略された事が奏功し、戦役終結までの間、大規模戦闘に巻き込まれることが無かった為、迅速な復興を果たしていた。

 

 ダータルネスが属するハイランド地方の人々は老若男女はおろか平民、貴族の別なく色めき立った。世界宗教とも言うべき『ブリミル』教の年中行事において、あらゆる信徒が一生に一度は参列する事を望むとされる『大降臨祭』が自分たちの土地で開催されるというのだ。その熱狂ぶりは察するに余りある。また、立太子の婚約自体はすでに発表されていたとはいえ久方ぶりのロイヤルウェディングの挙行も人々の歓喜を否応なしに増幅するのだった。どこの都市にでも居るであろう商魂たくましい者達はさっそくロイヤルウェディングや大降臨祭にあやかった様々な新商品や特売市、さらには熱狂を当て込んだだけの詐欺まがいの商売を始めていた。一部の聡い者達は大陸四王国の内、二国の後継者同士の婚姻が今後の大陸の行く末にどのような影響をもたらすかを夜を徹して熱心に語り合った。

 

 ダータルネスを領有するダータルネス伯ギャスリック旗下の家臣団はこの突然の朗報という奇禍に対応する為、てんてこ舞いのあり様となった。いかに他の都市と比較して素早い再興を成したとはいえ、戦役の影響によって人員や予算に余裕がない所に各国首脳陣の受け入れ準備や不埒な企みを考える輩への備えに騎士団や警備隊は忙殺され、文官団は降臨祭期間に無数に開かれるだろう晩餐会や祝宴などの手配に百の猫の手も借りたいと嘆くほどであった。

 為政者側にあって最も多忙を極めたのはブリミル教アルビオン教区の聖職者達であった。五十年に一度の大降臨祭の開催に加え、始祖の末裔たる四王家同士のロイヤルウェディング、とどめに教皇聖エイジス三十二世の就任三周年記念式典の挙行。戦役による様々な悪影響は言うに及ばず、元より総本山であるロマリア宗教庁や最大の信徒人口を抱えるガリア教区と比較しても微々たる影響力しか持たなかったアルビオン大司教区には余りにも荷が勝ち過ぎる役割だった。しかし、カーンタベリー大司教をはじめとする高位の者たちはこの逆境こそ最大の好機と捉え、文字通り死に物狂いで奔走した。

 

 無数の人々が、目が回るほどの忙しさに愚痴をこぼしつつも駆けずり回る自らの姿にどこか晴れがましさを感じているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大降臨祭の三日前、アルビオン王国ハイランド地方最大の都市ダータルネスの港湾施設に各国の国賓を乗せたフネが続々と接岸していた。

 

 王権守護戦争を征し、実質的に浮遊大陸の護持を受け持つハルケギニアの新強国トリステイン王国からはマリアンヌ暫定女王を乗せた王室座乗艦『コンスタンティン』号。

 新女王が即位したばかりの大陸最大の国家ガリア王国からは、かの『王弟』シャルル・オルレアン号の姉妹艦であり、件の新女王の初外遊を彩る次席座乗艦『ラ・リシャール』号。

 大陸最強の軍事国家を標榜する北方の雄、帝政ゲルマニアからは進空式を終えたばかりの最新鋭艦にして新設された『皇帝艦隊カイゼル・フロッテ』の総旗艦たる皇帝御召艦『ヒルデ・ブラント』号。

 大降臨祭を主催するロマリア連合皇国からは、宗教庁の聖典の一つ『聖福音書』を記した『ブリミル教二十四門徒』の一人『聖マルコー』の名を冠した教皇御召艦『聖マルコー』号。

 王都ロンディニウムから駆け付けたのは、先の戦役において消息を絶ったロイヤル・ソブリン号に替わるアルビオン王立空軍の新旗艦『ヴェンジェンス』号。

 

 挙げればキリが無い各国秘蔵の最精鋭艦が勢揃いしていた。無論、単艦で航行して来るフネはおらず、隻数に差はあるもののそれぞれが護衛艦隊を率いており、さしも広大なダータルネスの港湾施設も国毎の意匠が凝らされたフネの展覧会の様相を呈していた。

 

 

 

 

 

 ダータルネス市の西方に位置するトリステイン王国公使館に入ったルイズら一行だったが、国家元首であり、賓客でもあるはずのマリアンヌ暫定女王は早々に侍従武官アニエスを従え、市内にお忍びで出掛ける始末であった。マリアンヌにとってダータルネスは若かりし頃、後の良人となるアルビオン王弟ヘンリとの出逢いの街でもあったのだ。十数年振りに訪れた思い出の地の散策に夢中となってしまう女王。すでに特務官ルイズに対して全幅の信頼を寄せていたマリアンヌは、『聖オーガスティン修道院への出発までには戻るのでそれまでは体調不良で急場を凌ぎ、何かあれば特務官に全権を委任する』という置き手紙を残して貴賓室から消えた。ちなみに女王の手紙の横には、心底からの謝罪が切々と綴られた侍従武官の書状も置かれていた。

 無論、セルを通じて女王陛下のお転婆を把握していたルイズは溜息とともに長身異形の亜人に女王と侍従武官の護衛を命じるのだった。

 

 そんな主従の元にアルビオン王国立太子ウェールズ・テューダーからの内密の会談要請が届く。

 

 

 

 

 

 「内密という割にはセルの瞬間移動は使わないで欲しいってのがわからないわね」

 

 

 立太子直筆の書状を読み終えたルイズがその内容に首を傾げる。

 

 

 「恐らくだが要請を送ったのが我々だけではないのだろう。今、この都市には主だった国家の最重要人物が集結しているのだからな」

 

 

 「それなら陛下に要請されればいいのに」

 

 

 何気なくそう口にした主にセルはやや口調を低くして言った。

 

 

 「ルイズ、『最』重要人物と言ったはずだ」

 

 

 「……あんたねぇ、ちょっとは口を慎みなさいよ。聞く人間が聞いたら、私達不敬罪ものよ」

 

 

 「だが、事実だ」

 

 

 「事実でもよ」

 

 

 「えーと、どういうことでしょうか?」

 

 

 ルイズとセルのやり取りに付いていけないシエスタにサイドテーブル上のデルフリンガーが助け船を出す。

 

 

 「つまりだな、旦那は嬢ちゃんこそが女王陛下をも超えてトリステインを支配する存在だと、アルビオンの大将に考えられているって事を伝えたのさ」

 

 

 王国の立太子が実質的な宗主国の国家元首を飛び越して一介の特務官を指名して、内密の多国間会談に招聘する。露見すれば王家に対する大逆の意思ありと捉えられてもやむを得ないだろう。

 

 

 「えー! 大変じゃないですか! ミスが反逆者になっちゃいますよ!?」

 

 

 「落ち着きなさいよ、シエスタ。デルフ、あんたも妙な事、シエスタに吹き込まないの」

 

 

 「事実だろ?」

 

 

 「だ、か、ら! 事実でもよ!」

 

 

 ルイズの反応からその真意について思考するセル。

 

 

 (やはり、均整の取れた思考形態を持っているな、ルイズよ。強大な力にただ酔いしれ、取り込まれるだけの小物とは一線を画す存在だ。フフ、それだけに目障りに思う輩も多かろう)

 

 

 「はあ、とにかく陛下からは全権委任状を戴いている以上、私の決断がトリステイン王国のそれになるんだから。姫様にお会いする前に無様を晒すわけにはいかないわ」

 

 

 「無論だ、我が主よ」

 

 

 「ところで、イザベラ女王の使い魔もダータルネスに来ていると思う、セル?」

 

 

 「……セルの『気』は感じられないが女王の『気』がすでに市内にある以上、使い魔たる彼奴も気配を消した上で女王の傍に付いているのだろう」

 

 

 「まあ、そうよね」

 

 

 「それとルイズ。女王とシエスタの護衛に分身体を使うとなると、その時点で私の存在がガリアのセル、あるいは『他のセル』にも筒抜けとなるが」

 

 

 「別に構わないわ。あんたが言った通りなら、私がダータルネスに到着した時にガリア側にもあんたの存在は漏れてるだろうし、さらに行方知れずの『二体のセル』も来るっていうなら望む所だわ」

 

 

 「今の私に言えるのは私をも含めた四体のセルは『現状』ではハルケギニアの崩壊を望んではいないという事だけだがな」

 

 

 使い魔の言葉に不敵な笑みを浮かべたルイズが問うた。

 

 

 「フフ、その言葉、どこまで信用できるのかしらね?」

 

 

 「我がルーンに懸けて」

 

 

 「あ、そう」

 

 

 

 

 

 シエスタとセルの分身体を公使館に残し、ルイズとセルは会談場所として指定されたダータルネス市の中心、ヴォスフォラム城に赴いた。ダータルネス伯ギャスリックの居城でもあるヴォスフォラム城は完成までに実に五十三年もの月日を費やしたという国内屈指の名城であった。

 謁見の間のさらに奥に位置する小広間に通されるとそこには四人の男女が主従を待ち構えていた。ルイズは四人の内、三人の男女の顔を見知っていた。一人は先日、『第一次王権会談』を共にしたガリア王国の新支配者にして自分と同じく長身異形の亜人の使い魔を従える虚無の担い手、イザベラ女王。だが、女王の背後に筋骨隆々の亜人の姿は見えなかった。一人は自国であるトリステイン王国の事実上の宰相にして現在はアンリエッタ王女の補佐を務めるマザリーニ司教枢機卿。もう一人は会談の主催者であり、アルビオン王国を摂政として統治するウェールズ立太子であった。

 そして最後の一人が。

 

 

 (あれが、帝政ゲルマニアの皇帝アルブレヒト三世)

 

 

 新進気鋭の軍事国家として、トリステインをはじめとする四王国に様々な牽制を仕掛ける帝国を統べる大陸の梟雄を不思議な心持ちで観察するルイズ。

 

 

 (もし、私とセルが出会わなければ、あの男が姫様の良人となっていたかもしれない……)

 

 

 「これで全員揃ったようですな。さて、ウェールズ殿下、此度の会談の意義についてお聞かせ願いたいのですが?」

 

 

 マザリーニがこの会合の意図を主催者に尋ねる。瞑目していたウェールズは、「まずは皆様におかれましては遠路はるばるようこそ、我がアルビオンへ」と今回の行幸の礼を述べた。

 

 

 「ご成婚、誠におめでとうございます、殿下」

 

 

 「アンリエッタ王女殿下もさぞお喜びの事と存じますわ」

 

 

 簡便ながらも立太子に対し、祝意を伝えるルイズとイザベラ。

 

 

 「アルビオンとトリステイン、二つの王国が一つになれば正に盤石ですな」

 

 

 未だ二国の国体が定まっていない事をやんわりと揶揄するアルブレヒト。

 

 

 「恐れ入ります……本日は皆様を喜ばしき祝賀と厳粛なる祭祀の場にご招待しておきながら、このような恐れ多き疑義についてお話しなければならないのは、私としても慚愧の念に耐えません」

 

 

 「これはまた。婚姻をお控えになる殿下の心中にいかなる疑義がおありになると?」

 

 

 「……ロマリア連合皇国の真意について」

 

 

 大仰に両手を拡げながら問い質すアルブレヒトに対し、ウェールズは固い表情のまま言葉を発した。その瞬間、ウェールズとセルを除く全員の表情が変わった。

 

 

 

 

 

 アルビオン王国立太子ウェールズ・テューダーより各国の主要人物に提示されたのは、大陸宗教を束ねしハルケギニアの精神的支柱、ロマリア連合皇国に対する疑義であった。

 

 ウェールズ曰く、トリステイン王国の『虚無の担い手』ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢の使い魔である長身異形の亜人セルは、始祖の伝説に伝わる『大災厄』を引き起こした『月の悪魔』である明確な証を宗教庁は把握している。教皇聖下におかれては、大陸の全ての人々の安寧を守る為に『月の悪魔』の聖伐を望んでいる。ついてはアルビオン王国にその協力を要請する、と。

 

 一瞬だが驚愕の表情を浮かべるマザリーニ。 ロマリアは、ヴィットーリオは、アルビオン王国には長身異形の亜人の脅威とその聖伐を伝えながら、マザリーニとトリステインにはそれを伝えなかったのだ。

 

 

 (エルフの脅威は伝えておきながら、特務官の使い魔については立太子殿下にだけ吹き込むとは……我が国とアルビオンの関係に溝を造るのが目的か? ヴィック……)

 

 

 (この情勢でその情報を我らに漏らすとはな……アルビオンは、ロマリアと我らを天秤に掛けるつもりか?)

 

 

 マザリーニは教皇ヴィットーリオの真意を図りかね、アルブレヒトはウェールズの真意を図りかねていた。そして、ウェールズはルイズを真っ直ぐに見つめ、問うた。

 

 

 「ミス・ヴァリエール。貴女に問おう。貴女の使い魔は、『月の悪魔』なのか?」

 

 

 かつて、ルイズの背後に佇む長身異形の亜人に行ったのと全く同じ質問をウェールズは亜人の主たる少女に尋ねた。

 

 

 (デコ女王は無視して私にだけ質問されるという事は殿下は多分、『四体のセル』についてはご存じないようね)

 

 

 (そのようだな)

 

 

 この質問でルイズとイザベラはウェールズと、彼に情報を齎したロマリアはセルが複数居る事を知らないと確信する。

 

 

 「イザベラ陛下、いかがいたしましょう?」

 

 

 「ヴァリエール特務官の判断を尊重します」

 

 

 「光栄です。されば、恐れながら陛下もご一緒に」

 

 

 「はい。セル、ここに」

 

 

 ヴンッ!

 

 

 「承知した、我が主よ」

 

 

 「「「!?」」」

 

 

 イザベラ女王の背後に長身異形の亜人が突如出現した。ウェールズ、マザリーニ、アルブレヒトの表情が一変する。ヴァリエール特務官の背後にセルが佇んでいる事には何の問題もない。だが、即位したばかりの大陸最大の王国の女王の背後に『別の個体のセル』が出現したとなれば話が違う。大陸各国の中枢において暗躍する異形の存在。あまりにも荒唐無稽なその所業と神出鬼没な移動範囲。国家を指導する立場にある彼らにしてみれば、質の悪い手妻に掛けられたかのようであった。そのような亜人が突如『二体』も出現したのだ。その驚きは察するに余りある。

 驚愕する三人の中にあって、最も早く己を取り戻したのは帝政ゲルマニアの皇帝アルブレヒト三世であった。

 

 

 「そういうことだったのか……おい、聞こえているのだろう? お前も姿を見せたらどうだ?」

 

 

 その場にはいない何者かに語り掛けるアルブレヒト。

 

 

 「閣下?」

 

 

 ヴンッ!

 

 

 「お望みとあれば」

 

 

 「なっ!?」

 

 

 「と、特務官の使い魔がもう一体!?」

 

 

 アルブレヒトの背後にも長身異形の亜人が出現する。その姿はヴァリエール特務官の使い魔と瓜二つであった。再度の驚愕に晒されるウェールズとマザリーニ。それとは対照的に特務官と女王は涼しい顔で新たな亜人に視線を向ける。

 

 

 「三体目のセル、ね」

 

 

 「ゲルマニアに潜伏していたのですね」

 

 

 「言うまでもない事ではありますが、余は、この亜人とは契約なぞしておりませんぞ。この化け物めは『虚無』を持たぬ我がゲルマニアをせいぜい駒程度にしか考えておらんでしょうからな」

 

 

 「ですが、得るモノも当然おありになったのでしょう?」

 

 

 イザベラの問いにそしらぬ顔で答える帝政ゲルマニアの領袖。

 

 

 「陛下のご想像のままに」

 

 

 「……イザベラ女王陛下、ヴァリエール特務官。どうか不明なる我らに『長身異形の亜人』についてご教示願わしく」

 

 

 「猊下に倣い、私にも是非とも」

 

 

 「無論、余だけ除け者にされてはかないませぬぞ」

 

 

 「承知いたしました。特務官、よろしいでしょうか?」

 

 

 「陛下の御心のままに」

 

 

 (特務官とイザベラ女王。件のクルデンホルフにおける秘密会談が初顔合わせのはずだが、妙に馬が合っているとでも言えばよいのか)

 

 

 ルイズとイザベラの初めての邂逅がアーハンブラ城で行われた事は、同行した学院組とヴァリエール家以外には知らされていなかった。マザリーニは自国の近衛特務官と他国の女王との間の意思の疎通があまりに円滑な事に違和感を感じるのだった。

 

 

 (まるで、長年の同志でもあるかのようだ)

 

 

 イザベラ女王は明朗な声色を以って、『四体の長身異形の亜人による相互抑止』の詳細について立太子と司教枢機卿と皇帝に語って聞かせるのだった。

 

 

 「「「……」」」

 

 

 拝聴した女王陛下の言葉よりも長い沈黙でもって三人は応えた。

 

 

 (まあ、そういう反応だよな)

 

 

 (無理もないわね)

 

 

 イザベラとルイズは事前に打ち合わせをしたわけではなかったが、『セル相互抑止』を知った各国の指導者の反応に対してほぼ同じ予想を立てていた。

 

 

 (マザリーニ卿とウェールズ殿下には後でマリアンヌ陛下からもお話があるだろうし、姫様との婚姻が控えている事も考えれば大きな波風が立つような事はないはず)

 

 

 (あるいはウェールズの傍にはすでにセルがついているかと思ったがな)

 

 

 (この場に姿を見せない以上、それはないでしょ)

 

 

 ルイズとの念話において、しれっとのたまう長身異形の亜人。もう一方の主従もまた。

 

 

 (ゲルマニアか、ちょっと意外だな。十中八九、アルビオンだと踏んでたのに)

 

 

 (始祖の系譜を持たないゲルマニアはブリミル教の権威に勝る力を求めていた。セルにとっては恰好の手駒だったのだろう)

 

 

 (皇帝閣下も駒扱いは承知の上みたいだけどな)

 

 

 イザベラの考えを知る由もないアルブレヒトであったが、またしても男性陣三人の中で最も早く自らを取り戻し、ブリミル教の司教枢機卿に問いかけた。

 

 

 「マザリーニ猊下、『月の悪魔』とは具体的にはどのような存在なのですかな?」

 

 

 「……宗教庁の高位聖職者でもなければまず耳にする事はありますまい」

 

 

 マザリーニは皆に語った。始祖の偉功を記した『正伝』に曰く、其は天より来訪せし破滅の権化。遍く全てに滅びを齎す者。在り得べからざる今一つの月を統べる存在。この地に終焉を呼び寄せし『大災厄』。すなわち、『月の悪魔』なり。

 

 

 「宗教庁は、いや教皇聖下はそれが四体の長身異形の亜人共だと?」

 

 

 「少なくとも、聖下の右腕と謂われる助祭枢機卿はそのように仰いました」

 

 

  (あの若造、ジュリオ・チェーザレか)

 

 

 「また、ロマリアは東方よりの脅威についても合わせて我が国に協力を要請してまいりました」

 

 

 「エルフ族ですな。まあ、長身異形の亜人に比すれば問題にもなりませんな」

 

 

 「それは些か油断が過ぎるというもの。これまで専守防衛を貫いてきたエルフが全面攻勢に出るとなれば大陸にとって危急存亡の時となりましょう」

 

 

 今度はマザリーニがルイズに向き直り、厳しい表情のまま問いを発した。

 

 

 「先程伺った『セル相互抑止』を達成できれば、確かに急場を凌ぐ事はできましょう。しかしながら始祖の系譜に連なる四王国の中枢に『大災厄』を引き起こしたともいわれる存在が堂々と居座るなど国家の舵取りを預かる者の一人としてそう易々と容認する訳には参りませぬ。特務官、貴公の背後に立つ長身異形の亜人が、その力を我らに向けぬという確かな証がおありか?」

 

 

 (マザリーニ卿、どこか焦っておられるように見えるわね)

 

 

 (これは想像だが、マザリーニは宗教庁の司教枢機卿であり、ロマリアの分王家リュクサンブール侯爵家の当主でもある。トリステインに長く仕える身とはいえ、ここで故国が窮地に陥るのは避けたいと考えているのかもしれん)

 

 

 自国の宰相でもあったマザリーニの詰問の真意を探るルイズとセル。さらにもう一組の主従も。

 

 

 (あるいは、現教皇聖エイジス三十二世について個人的に思う所があるのかもしれん)

 

 

 (ヴィットーリオ聖下にか? 確かにマザリーニ猊下がトリステインに残ったからこそ聖下が教皇位に就けた、なんて与太話は聞いた事があるけど)

 

 

 マザリーニに問われたルイズは一度イザベラに視線を移した後、凛とした声色で答えた。

 

 

 「猊下のご懸念は理解できます。ですが、私もこの場にて明確な根拠をお伝えする事はできません……確かな事はただ一つです。長身異形の亜人は一体だけであろうとも、この『ハルケギニア』という世界を一瞬にして消し去る力を持っているという事です」

 

 

 「ヴァリエール特務官の言葉に偽りはありません。我らはもはや『四体の長身異形の亜人』を御しつつ、この世界を存続させねばならぬのです」

 

 

 「……」

 

 

 「恐れながら、我が帝政ゲルマニアはトリステイン・ガリアとの共同歩調を取らせていただく。ゲルマニアの国土は広い。そして、エルフ共が巣くう東方に最も多くの領域が隣接しているのです。使えるモノはなんでも使って故国を守らねばなりませんからな」

 

 

 「……無論、我がアルビオンもアルブレヒト閣下の御言葉に追従させていただきます。今我が国は事実上、トリステインの保護国に過ぎませぬが」

 

 

 二人の首脳の言葉を聞いたルイズが、マザリーニを強い意志を込めた瞳で見つめて言った。

 

 

 「マザリーニ猊下、恐れながら教皇聖下への謁見をお取り計らいいただきたく存じます」

 

 

 「……教皇聖下の真意を探る、という事かね?」

 

 

 「はい。聖下がエルフとセル、双方を脅威として認識しておられるならば、それをアルビオンのみに伝えた事。そこに聖下の真意が隠されていると小官は愚考いたします」

 

 

 「承知した。出来得るだけ余人を交えず、となると聖オーガスティン修道院における祭祀が終了した直後が望ましかろう」

 

 

 「恐れ入ります」

 

 

 「事の成果については、後の祝宴の際にでもお聞かせ願いたいものですな」

 

 

 「承知いたしました、アルブレヒト閣下」

 

 

 「行くぞ、セル」

 

 

 「承知した」

 

 

 帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世は長身異形の亜人を背後に引き連れ、威風堂々とした様子で小広間を辞した。

 

 

 「ゲルマニアのセル。いずれはロマリアかアルビオンに接近するのでしょうね」

 

 

 「『虚無』を求めるならば、必ず。ウェールズ殿下の元にも長身異形の亜人が訪れるやもしれません。どうかご留意を」

 

 

 「勿論だ、ミス・ヴァリエール」

 

 

 すでに『長身異形の亜人』はウェールズの元を訪れているのだが、双方共におくびにも出さなかった。

 

 

 「……それでは皆様、後程、聖オーガスティン修道院にて」

 

 

 ウェールズの言葉で幕を閉じた、この非公式の会合は『第二次王権会談』と称され、ハルケギニア大陸の歴史にとって非常に重要な意味を持つことになる。

 

 

 

 

 

 

 




第六十八話を投稿いたしました。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。


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 第六十九話

およそ二か月ぶりでございます。

第六十九話を投稿いたします。


 

 

 「アルビオン王国立太子ウェールズ・テューダー、トリステイン王国第一王女アンリエッタ・ド・トリステイン。両名の婚姻をここに認めるものである。異議ある者はこの場にて始祖の御名においてのみ、その旨を申し立てよ。さもなくば永遠に沈黙すべし」

 

 

 マザリーニ司教枢機卿の言葉に参列していた多くの人々は万が一にも誤解されないようにと息を潜めた。しばし、時を置き。

 

 

 「神と始祖の祝福があらん事を」

 

 

 聖オーガスティン修道院の最奥、儀式の間。大陸最古の聖地にしてはやや手狭な印象ではあるが、古ブリミル式の建築様式に彩られた神聖な広間は、五十年に一度の『大降臨祭』、現教皇の就任三周年記念式典、そして、大陸四王国の内の二か国、アルビオン王国とトリステイン王国双方の後継者同士の婚姻の場に相応しい荘厳さを醸し出していた。

 

 

 (姫さま、本当に、本当におめでとうございます!)

 

 

 つい先ほど、トリステイン王家の婚礼の巫女としての役目を果たし終えたルイズがゆったりとした純白の巫女服のまま、感動の涙を流しつつ、連れ添いながら退席するアンリエッタとウェールズを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖オーガスティン修道院、禊の間。

 諸々の祭祀と婚姻の儀を執り行った本院最奥の儀式の間の、さらに奥に位置する教皇専用の小楼閣である。全ての祭祀が滞りなく終了してより三時間後、教皇ヴィットーリオは、ただ一人の股肱の臣を供にして禊を済ませていた。

 だが、これから二人にとって『大降臨祭』の挙行よりもさらに重要な邂逅が行われようとしていた。

 

 トリステイン王国近衛特務官にして虚無の担い手たる、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢と虚無の使い魔『神の左手・ガンダールヴ』たる長身異形の亜人セルとの会談。

 

 

 「……もう間もなく、ですね」

 

 

 「はい、聖下」

 

 

 「何を言うにもまだ一人目の担い手の説得。さらに二人が残っているのですから。ここで気張り過ぎるのも考え物ですよ、ジュリオ」

 

 

 ヴィットーリオは使い魔である少年の緊張を解そうといつもと変わらぬ声色で言った。

 

 

 「ええ、まあ、分かっていますよ。分かっていますって、聖下」

 

 

 ジュリオもまた、普段のしゃちほこ張った聖職者然とした口調から砕けた話し方に戻っていた。

 

 

 (まあ、『お嬢様』はともかくとして、問題はあの亜人野郎だ。最悪の場合、聖下の準備が整うまでオレの軍団で時間を稼ぐしかないか)

 

 

 禊の間は、本院建物から離れた断崖の上に建設されていた。崖下には鬱蒼とした森が広がっており、さらにその背後には大陸の最高峰ヴェン・ネイビス山が雄大な姿を見せている。ジュリオはその谷間に自身の最大戦力を潜伏させていた。ハルケギニア最強の幻獣である高位竜種の群れ。その数、実に四十匹。単純比較でも一個艦隊に匹敵する戦力である。『神の右手・ヴィンダールヴ』たるジュリオが現状で動員できる最大規模の幻獣軍団だが、あの長身異形の亜人を相手取るとなると全く安心はできない。

 

 

 

 

 

 ややあって。

 一人の少女と一体の亜人が、禊の間に姿を見せた。ルイズはすでに巫女服を脱ぎ、学生服の上に一等礼装の外套を纏っていた。

 

 

 「……教皇聖下」

 

 

 「これはこれはルイズ殿。ようこそいらしてくださいました。祭祀が終わってより幾ばくも経たないというのにご足労願い、恐縮の至りです」

 

 

 「そ、そんな! 恐れ多い限りですわ! 教皇聖下直々のお召しとあらば、何をおいても馳せ参じます!」

 

 

 その場で跪くルイズ。背後の亜人もそれに倣う。

 

 

 「どうかお立ちください、ルイズ殿。私たちは兄弟なのですから、埒もない儀礼など無用に」

 

 

 「き、兄弟ですか?」

 

 

 表面上、困惑を装うルイズに鷹揚に頷く教皇。

 

 

 「偉大なる始祖ブリミルを祖と仰ぐ我らは、みな兄弟なのです……ふむ、もっと胸襟を開く事にいたしましょう。私と貴女は同じ『虚無の担い手』なのですから」

 

 

 「せ、聖下も虚無の担い手!?」

 

 

 「ええ、その通りです。始祖の力と意志を受け継ぐ事を許された私達には使命がある、私はそう考えています」

 

 

 「に、担い手の使命……」

 

 

 教皇の言葉に喉を鳴らすルイズ。だが、ヴィットーリオはここで矛先を変えた。

 

 

 「使命について私の考えをお話しする前にルイズ殿にお聞きしたい事があります」

 

 

 「聖下のご質問とあらば、なんなりと」

 

 

 「なぜ、『月の悪魔』を使い魔とされているのですか?」

 

 

 「!?」

 

 

 ルイズの顔にさらなる緊張が奔る。

 『月の悪魔』。三日前のウェールズらとの秘密会談の際にマザリーニ枢機卿から聞かされた恐るべき存在の名をルイズは思い出していた。六千年前のハルケギニアを滅亡の淵に追い遣った『大災厄』。それを引き起こした元凶であるという。

 

 

 「お、恐れながら聖下。セルが『月の悪魔』などと何かの間違いでは? 六千年前の『大災厄』をセルが引き起こしたなんて。だって、セルは生まれてからまだ三年しか経っていないって……」

 

 

 「その言葉を信じているのですか?」

 

 

 「そ、それは……」

 

 

 教皇の問いに弱々しく抗おうとするルイズ。

 

 

 「セルは私を、『ゼロ』と蔑まれてきた私を救ってくれたんです。セルの言葉に、その行動に、励まされたからこそ今の私がいるのです」

 

 

 でも、とルイズは言葉を続ける。

 

 

 「その、最近、よく考えるんです。私はセルのいいなりになっていただけじゃないかって。王権守護戦争もゴーレム事変も全部セルに言われたから動いただけで私自身は」

 

 

 シュルル

 

 

 突如、ルイズの後ろに控えていた長身異形の亜人が自らの尾を伸長させ、主人であるルイズの全身に巻き付かせていく。

 

 

 「ああ! セル、そんな、ゆ、ゆるして」

 

 

 「ルイズ、我が主よ。いつも言っているではないか。余計な事を余計な者どもの前で口にしてはいけない、と」

 

 

 「ああ、んっ、ご、ごめんなさい」

 

 

 頬を紅潮させたルイズが使い魔である亜人に許しを請う。セルは普段よりも低く、ややねっとりとした声色で教皇に向かって言葉を発した。

 

 

 「さて、教皇聖下には我が主との会談をご所望との事だが、告解の間違いでは?」

 

 

 「……ミス・ルイズがそれをお望みならば吝かではありません」

 

 

 「いずれにしろ、この楼閣の近辺に四十匹もの蜥蜴どもを配した意図についてお聞きしたい」

 

 

 「「!」」

 

 

 セルの言葉に教皇と助祭枢機卿の表情に緊張が奔る。

 

 

 (くっ! 『静寂の鐘』の効果は間違いなく発現しているはずなのに!)

 

 

 奥の手を看破された事に臍を噛むジュリオを尻目にヴィットーリオが表情を崩すことなく答えた。

 

 

 「六千年前の『大災厄』の元凶やも知れぬ『月の悪魔』と相対するのです。最低限の自衛の手段を取ったまで」

 

 

 「フン、最低限の自衛だと?」

 

 

 「せ、セル! やめて! 聖下を害するなんて、そんな大それた事は!」

 

 

 「案ずるな、ルイズ。無茶をするつもりは、ない」

 

 

 主従のやり取りを見たヴィットーリオを素早く決断を下す。まずは詠唱の為の時間が必要だ。

 

 

 (ジュリオ、頼みます)

 

 

 教皇が無言で右手を僅かに後方に振る。

 

 

 (御意!)

 

 

 合図を受けた助祭枢機卿が素早く教皇の前に出る。間髪入れずにジュリオは自身の右手に意識を集中させる。『神の右手・ヴィンダールヴ』、またの名を『神の笛』とも呼ばれる。その能力の神髄はあらゆる幻獣を支配下に置く事だけではない。本来の生態ではありえない行動を命じる事が出来るのだった。ジュリオが選りすぐった高位竜種四十匹。内訳は火竜二十、風竜十、地竜十となる。強大な炎のブレスを吐く火竜、絶大な機動力を誇る風竜、竜種最大の耐久力を持つ地竜。それぞれの生息地域が重ならない為、目撃数は少ないものの各竜種は互いを捕食対象と見なしていた。同じ場所に潜伏する事すら幻獣学者を驚愕させるのだが、ジュリオに操られた風竜達は飛行能力が退化した地竜達を抱えながら飛翔し、不俱戴天の仇とも云われる火竜と共に天蓋を開放した禊の間へ殺到した。

 

 炎と風のブレスが、砲亀兵の巨陸亀を一撃で屠る爪撃が、たった一体の亜人に浴びせられる、かに思えたが。

 

 次の瞬間、全ては静止していた。

 

 

 「なっ!?」

 

 

 火竜と、地竜を放した風竜はブレスを吐く為に口腔を大きく曝け出したまま、地竜は降下の途中で前腕を振り上げたまま、静止していた。

 長身異形の亜人セルの念動力による束縛であった。セル自身は直接戦闘を好む性質ではあったが、その念動力の強大さは文字通りに次元が違う。ハルケギニアにおいてメイジが使用する念動力、念力は窓や扉の開閉、あるいは穴掘りに利用される程度のモノだが、究極の人造人間であるセルのそれは、同じような感覚で山脈や島、果ては大陸そのものすらも念じるだけで動かしてしまうほどの力を秘めているのだ。

 

 

 「じ、冗談だろう? 時を止めたとでもいうのかよっ!」

 

 

 「ヴィンダールヴの能力、幻獣を自在に操る力か。悪くない、そう、悪くない力だ」

 

 

 (いずれかの私が『ヴィンダールヴ』となった暁には、幻獣に限らずあらゆる生物を操れるやも知れん)

 

 

 セル本体の能力である『ガンダールヴ』は『神の盾』とも呼ばれ、あらゆる武器や兵器を自在に扱う事が出来るとされている。ガリア・セルの能力である『ミョズニトニルン』は『神の本』とも呼ばれ、あらゆるマジックアイテムを自在に扱う事が出来るという。

 

 

 (フフ、残る『リーヴスラシル』の能力が如何なるモノか今から楽しみだな。さて)

 

 

 ジュリオの後方に下がった教皇が精神を集中させ、小声で虚無を詠唱している事を察知したセルは、自ら時間稼ぎを買って出た。

 

 

 「竜どもの咆哮が響き渡ったはずだが、本院に控えているはずの聖堂騎士や衛士隊が一向に姿を見せないのはどういう訳だ?」

 

 

 (こいつ、何のつもりだ?)

 

 

 四十匹もの巨大生物を空中で静止させるほどの念動力ならば、そのまま竜の群れを一網打尽にする事も出来るはずだ。そんな長身異形の亜人が埒もない質問を投げかけてきた事に困惑するジュリオだったが、ヴィットーリオの詠唱時間を稼がなければと考え、亜人の問いに答える。

 

 

 「この禊の間の周囲百メイルは、『静寂の鐘』と呼ばれるマジックアイテムの影響下にある。その名の通り、静寂をもたらすんだが都合がいい事に設定した範囲内のあらゆる音を外部に漏らさない様に出来るのさ。古くから密談や暗殺に利用されていたらしい」

 

 

 「ほう、『静寂の鐘』か。さすがはブリミル教の総本山、ロマリア宗教庁。長きに渡り、数多のマジックアイテムを蒐集してきたのだろうな。あるいはこの私を一瞬で葬るような恐るべき魔導兵器を隠し持っているのではないかな?」

 

 

 「そうだったらどんなにいいか。ちっ、醜い亜人め、お前の目的は一体何なんだよ?……先に言っておくがオレ達の目的は、兄弟国たるトリステイン王国の虚無の担い手を誑かす亜人を排除する事だ」

 

 

 「フフ、目的か。私の目的はただ一つ。我が主たるルイズの心の安寧を守る事だ。他は何がどうなろうと知った事ではない」

 

 

 「ああ、セルゥ……」

 

 

 慇懃無礼を体現するかのようにジュリオに向かって優雅な一礼をするセル。尾に巻き付かれたままのルイズが陶酔した表情で声を漏らす。

 

 

 「戯言をほざくな!」

 

 

 「お互いにな」

 

 

 (ちょっと、セル! もう十分じゃない? 向こうの奥の手である竜軍団も押さえたんだし、この芝居もそろそろ、あっ、んんっ、尻尾を解き、くうっ、なさいよ! な、なんかほんとうに、ひっ、へんなきもちになっちゃ、んっ、ダメっ!)

 

 

 何やらよろしくない心持ちに陥ってしまいそうなご主人様の艶っぽい念話にも長身異形の亜人は平然と念話を返す。

 

 

 (いや、まだだ。教皇聖下が奥の手を御見せになっていないからな)

 

 

 (せ、聖下の奥の手? や、やっぱり『虚無』、かしら?)

 

 

 (恐らくな。ほう、どうやら詠唱が終わるようだな)

 

 

 「ジュリオ、下がりなさい」

 

 

 「聖下」

 

 

 自ら使い魔の前に出た教皇が聖杖を床に突き立てる。

 

 

 「ミス・ルイズは虚無の担い手である前にブリミル教の敬虔な信徒でもあるのです。教皇として、同じ信仰に生きる一人の信徒として手を差し伸べずにはおれません。長身異形の亜人よ、貴方が『月の悪魔』であろうとなかろうとミス・ルイズを惑わし、害を成すならば疑い様のない私の敵です」

 

 

 「フン、お祈りだけの聖下に何が出来ると?」

 

 

 「私も虚無の担い手、その力を以って貴方を異なる地へと送って差し上げましょう」

 

 

 ヴィットーリオが聖杖を掲げ、最後の小節を詠唱する。

 

 

 「ペオース」

 

 

 それを見て取ったセルは、ルイズに巻き付けていた尾による束縛を解きつつ、後方へ移動させる。

 

 

 「ただし、貴方の『身体』だけですが。始祖よ、ご照覧あれ! これぞ我が決意! 『世界扉』!」

 

 

 

 

 

 教皇ヴィットーリオは七歳で虚無の魔法に覚醒した。ある時、ヴィットーリオは移動を司る虚無の一つ、『世界扉』を詠唱した。目の前の空中に出現した鏡のようなゲートは、少年の精神を反映してか手鏡ほどの大きさだった。だが、そこに映し出された『此処ではない何処か』の映像は幼いヴィック少年の好奇心を刺激した。屋敷から持ち出した枢機卿の錫杖の先端をゲートへと差し入れる。戦槍を思わせる鋭い切先を持つ錫杖の三分の一程が鏡の中へと飲み込まれていく。

 

 

 「ヴィック! どこにいるの?」

 

 

 「ッ!? は、母様? うっ!」

 

 

 キンッ

 

 

 屋敷を抜け出した息子を探して、裏手の森に足を踏み入れた母の呼び声にヴィットーリオの集中が途切れる。その瞬間、世界扉のゲートが強制的に遮断された。著しく精神を疲弊させたヴィックが尻餅をつきながら錫杖の先端に視線を奔らす。錫杖の長さは元の三分の一になっていた。斜めに切断されたであろう、その断面はまるで鏡のようにヴィットーリオの瞳を映し、震えながら触れた少年の指の皮膚を研ぎ澄まされた名剣のごとく裂いたのだった。

 

 世界と世界を繋ぐ『世界扉』は文字通りの異界への扉であり、空間そのものを断ち切る次元断裂でもあったのだ。

 

 この世のありとあらゆるモノを切り裂く神の刃。

 それが教皇にして虚無の担い手たるヴィットーリオ・セレヴァレの切り札であった。

 

 

 

 

 

 二.五メイルを超える長身異形の亜人の『首』の部分を目掛け、教皇が放った『世界扉』の虚無が『横向き』に展開される。開放。遮断。

 

 

 キンッ

 

 

 何処までも透き通った音。

 

 

 ズオンッ

 

 

 大きく気流を乱す音。

 

 

 

 ゴトッ

 

 

 そして、長身異形の亜人の『頭部』が、磨き上げられた石床に落ちた音が、禊の間に響き渡った。

 




第六十九話を投稿いたしました。

昔の偉い人は言いました。

「ドアは凶器!」

次話で第六章は終了となります。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。



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 第七十話

二カ月ぶりでございます。

第七十話を投稿いたします。

第六章の終話となります。


 

 

 ダータルネスへ向かうアルビオン空軍の総旗艦『ヴェンジェンス』号。

 

 その貴賓室に婚姻の儀を終えたばかりの男女がいた。アンリエッタとウェールズ。従兄妹同士である二人は様々な困難を乗り越え、晴れて夫婦となった。二人が平民であったならば、相思相愛の二人が結ばれて末永く幸せに暮らしました、と物語は終わりを告げた事だろう。だが、アンリエッタはトリステイン王国の第一王女であり、ウェールズはアルビオン王国の立太子なのである。その去就は二王国、ひいては大陸の命運にも直結するのだ。ましてや今現在、聖オーガスティン修道院では教皇とトリステイン特務官、そして『長身異形の亜人』が邂逅しているのだ。その結果次第では、未曽有の大戦乱が引き起こされるか、あるいは何の前触れもなく世界が滅亡するやも知れないのだ。ところがウェールズは、第二次王権会談にて知るに至った『四体の長身異形の亜人』についてアンリエッタには一切話さなかった。アンリエッタが婚礼にすっかりのぼせ上り、まるで聞く耳を持たなかったという側面もあるが。

 

 愛する人には夢を見ていて欲しい。それが逃避に過ぎない事はウェールズも理解していた。

 

 

 (ぼくの可愛いアンリエッタ。いずれ君も全てを知る事になるだろう。だが、せめて今だけは幸福を甘受していてほしい)

 

 

 「まだ実感が湧きませんわ。ウェールズ様と、その、夫婦になったなんて……」

 

 

 「ぼくのアンリエッタ、ぼく達はもう夫婦なんだ。様づけは要らないよ」

 

 

 「は、はい、ウェールズ……いえ、あ、あなた」

 

 

 頬を染め、はにかみながら返事をした最愛の女性をウェールズは抱き寄せた。例え、何を引き換えにしても彼女だけは守ってみせる。そう決意を新たにする王国立太子。

 

 

 「……今頃、ルイズとあの使い魔は教皇聖下と丁々発止のやり取りを繰り広げているのでしょうか?」

 

 

 「……え?」

 

 

 ウェールズは自身の腕の中に居る従妹であり、妻でもあるトリステイン王国の次期王位継承者の言葉を理解できなかった。

 

 

 「な、ななんのことかなぼぼくのあああんりえったたた?」

 

 

 「フフフ、妻の名前は正確に発音してくださいね、あなた?」

 

 

 良人が未だかつて見た事が無い、稀代の毒婦の如き妖艶な微笑を浮かべたアンリエッタが、ウェールズの困惑を余所に言葉を重ねる。

 

 

 「ルイズとマザリーニ卿からちゃんと聞いておりますわ。教皇聖下の蠢動も、エルフの脅威も、モチロン『四体の長身異形の亜人』についても」

 

 

 「そ、それは」

 

 

 「私も夢見るだけの少女ではありませんわ。ルイズの使い魔の亜人が世界を滅ぼせるほどの力を持っていて、しかも同じ力を持つ亜人が後三体もいる。さらにその亜人は我が国の特務官ルイズをはじめ、ガリアのイザベラ女王、ゲルマニアのアルブレヒト皇帝といった各国の中枢も中枢に入り込んでいると」

 

 

 「いや、その」

 

 

 「それを聞いた時に私は理解しましたわ。このハルケギニアという大陸は大きく変わってしまうのだ、と。始祖の系譜を受け継ぐ四王国? 東方から迫る異種族の脅威? ましてや四王国の一に過ぎない宗教国家の策動? フフフ、ちゃんちゃら可笑しいですわ。これからの世界は今までの常識が通用しなくなる。漠然とですが、私はそう考えています」

 

 

 でも、とアンリエッタは悪女めいた微笑を引っ込め、満面の笑みで最愛の男性を抱き締めた。

 

 

 「私にはウェールズ、あなたがいます。それだけで私はどんなに混沌とした世界であろうとも生き延びてみせますわ!」

 

 

 (どうやら私はとんでもない女性を妻にしてしまったようだ……まあ、それも良いか)

 

 

 溌剌とした生命力を発散する妻に圧倒されたウェールズだったが、すぐに思い直した様にアンリエッタを強く抱き締め返した。

 

 アンリエッタとウェールズ。従兄妹同士でもあった、この夫婦は終生仲睦まじく過ごしたと、あらゆる歴史書に記されている。が、夫は妻に常に頭が上がらなかったとも追記されている。

 

 

 

 

 

 『ヴェンジェンス』号を筆頭とするアルビオン艦隊にやや遅れて、王室座乗艦『コンスタンティン』号が率いるトリステイン艦隊もダータルネスを目指して航行していた。

 

 マザリーニは『コンスタンティン』号内に与えられた自室で『始祖ブリミル』に祈りを捧げていた。ロマリア分王家の当主であり、宗教庁において教皇に次ぐ司教枢機卿の位階を戴くマザリーニであるが、大降臨祭前後の彼の言動は自らの出自と地位に明らかに反するものであった。教皇の真意を探る為と称して近衛特務官ルイズとその使い魔が余人を交えずに教皇ヴィットーリオと邂逅出来るように計らい、さらにはロマリアを除く始祖直系の三王国と大陸の新興国ゲルマニアの首脳陣が共有するに至った『セル相互抑止』について宗教庁に一切の報告を行わなかったのである。

 

 

 (ヴィックよ……私は、また、お前を見捨てた。今度はお前も、私を憎んでくれるだろうか?)

 

 

 聖オーガスティン修道院における祭祀が全て終了した後の特務官と使い魔との会話をマザリーニは思い返した。

 

 

 

 

 

 ルイズとセルはマザリーニからの誘導を受け、修道院最奥の間に通じる控え室の一つで待機していた。

 

 

 「……聖下は祭祀後の禊の儀を行っている。付き添いはチェーザレ助祭だけだ」

 

 

 「承知しました。聖下は謁見についてはどのように?」

 

 

 「こちらから会談を要請するつもりだった、との事だ」

 

 

 「会談、ですか」

 

 

 「ご丁寧に亜人の使い魔を帯同させてほしいとの仰せだ」

 

 

 マザリーニの苦々しい表情を見たルイズは以前から気になっていた事を口にした。

 

 

 「聖下への謁見の手筈を整えていただきながら、このような事を伺うのは非常に心苦しいのですが、猊下は、その、教皇聖下に……」

 

 

 ルイズの意図を察した司教枢機卿は自嘲めいた笑みと共に言った。

 

 

 「特務官が生まれるよりも前の事だ。当時の私は、聖下の、いやヴィックの後見人のような立場にあった」

 

 

 現教皇を愛称で呼ぶマザリーニは惜別の想いを感じさせる声色で続けた。

 

 

 「彼は聡明だった。いや、天才と言ってもいい。僅か六歳で『聖福音書』を諳んじ、並の神学者など及びもつかぬほどブリミル教の教義を深く理解していた。故に始祖は彼に恩寵を授けられたのだろう。ヴィックは七歳で『虚無』に覚醒したのだ」

 

 

 「な、七歳で!?」

 

 

 「だが、ヴィットーリア。ヴィックの母にとって、それは『福音』などではなく『恐怖』でしかなかったのだ。幼い息子を一人、宗教庁という名の檻に残し、失踪するほどのな」

 

 

 「では、聖下は」

 

 

 「そう、『虚無』に目覚めたが故に親に疎まれ捨てられたのだ」

 

 

 自身も『虚無』に覚醒した事でそれまでの人生が一変したルイズは言葉を失う。だが、長身異形の亜人は一切躊躇する事なく核心を追求する。

 

 

 「後見人を自称していたお前は、どこで何をしていたのだ?」

 

 

 「セル!」

 

 

 「よいのだ、特務官」

 

 

 いつもの様に場の空気を読まない使い魔の言動に悲鳴のような声を上げるルイズ。当のマザリーニはやんわりをそれと制し、セルに応えた。

 

 

 「長身異形の亜人よ。私は、何もしなかった。全てを知りながらロマリアから遠く離れたトリステインで国王陛下亡き後の国政の混乱を収める事にのみ腐心していたのだ。ヴィックから助けを求められなかった事を自身の免罪符代わりにしてな」

 

 

 「では、その罪滅ぼしにルイズと私を教皇への貢物にするという事か」

 

 

 「……セル」

 

 

 ルイズ自身もその可能性に思い至った為か、使い魔を叱責する言葉はなかった。

 

 

 「ふふ、そんな程度では、そも罪滅ぼしになどなりはすまい。私は、今の私はトリステイン王国に仕える臣下なのだ。今日、姫様の婚姻の儀に参列して、ようやく想い定める事が出来た……我が王国と王家に仇なさんとする者は何人たりとも我が敵である。トリステイン王国宰相マザリーニ・ド・リュクサンブールが命じる。ヴァリエール特務官、教皇ヴィットーリオの真意を探れ。もしも、教皇に我が国を脅かす意図あらば、貴官が必要と判断したあらゆる手段の行使を許可する!」

 

 

 姿勢を正したマザリーニが威厳の籠った声色で命じた。

 

 

 「し、承知いたしました」

 

 

 やや気後れしたルイズが承諾の言葉を返す。

 

 

 

 

 

 このやり取りから幾ばくかの時間が過ぎた。特務官と使い魔はまだ戻らない。

 

 

 (始祖よ、願わくばこの身が滅した暁には必ずや我が魂を地獄へと導かれますよう……)

 

 

 司教枢機卿は、心底から始祖『ブリミル』に懇願した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルビオン大陸の北方ハイランド地方には、身長五メイルに及ぶ凶暴な亜人トロール鬼が棲息している。一部の貴族は『巨人使い』と呼ばれる特殊なメイジによってトロール鬼を戦力として使役していた。その為、他国に比べてトロール鬼やオグル鬼などの大型の亜人を身近な存在と感じており、種々の祭りには彼らを模した仮装行列が大挙して大通りを練り歩くのが通例であった。

 

 

 「フフ、よく似合っているわ、セル」

 

 

 「ふん、仮装しようがしまいが化け物には違いないさね」

 

 

 「同感だな」

 

 

 長身異形の亜人セルの分身体は、ウエストウッド村に隠れ住む孤児達お手製のトロール鬼の仮装衣装に身を包んでいた。

 

 

 「ところで、あいつらは大丈夫なんだろうな?」

 

 

 「問題ない。特に女の方は祭りを嬉々として楽しんでいるようだ」

 

 

 「それもどうなんだい?」

 

 

 「姉さんも楽しもう! せっかくの大降臨祭なんだから」

 

 

 「ああ、わかってるよ、テファ」

 

 

 (トリステインとアルビオンのロイヤルウェディングとなれば、あのちんちくりんの貴族の小娘、ルイズだかももう一体の亜人野郎と一緒に来ているはずだ。なんとか接触したいところだが、こいつとテファを残していく訳にも……)

 

 

 まるでフーケの心の内を読んでいるかのように長身異形の亜人が声をかける。

 

 

 「問題はない、我が主よ。その機会はもう間もなくやってくるだろう」

 

 

 「……な、なんだって?」

 

 

 自称使い魔の言葉の意味をフーケことマチルダは、数分後にやってきた地鳴りと共に思い知る事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖オーガスティン修道院『禊の間』。

 

 教皇ヴィットーリオは、『大降臨祭』の主要祭祀を恙なく終えた事を始祖ブリミルに感謝し、これから行われる一人の少女と一体の亜人との邂逅における始祖の加護を祈った。彼の隣には、助祭枢機卿の正装を纏ったジュリオ・チェーザレが控えていた。

 

 

 (とうとう、あの化け物とやり合う時が来たか。今俺が使役できる最強の竜共を揃えたが、聖下の詠唱の時間稼ぎが出来れば御の字ってところかな)

 

 

 切り立った崖の突端に位置する禊の間は、修道院の本院建物とは渡り廊下によって繋がれていた。崖下には鬱蒼とした森と湖が禊の間を囲う様に広がっている。その周囲には、実に四十頭に及ぶ高位竜種が息を潜め待機していた。『神の左手・ヴィンダールブ』であるジュリオは多くの魔獣を『コモン・サーヴァント』を用いる事無く強制的にその支配下に置くことができる。高位竜種は韻竜を除けば、ハルケギニア最強の幻獣である。四十頭もの高位竜種が組織的に行動すればその戦力は一国の主力艦隊に匹敵する。

 

 

 (それほどの力を誇るジュリオの竜軍団を以てしても、ミス・ヴァリエールの使い魔を短時間抑えるのが精一杯とは……やはり可能な限り、ミス・ヴァリエールは対話で懐柔したいものですね)

 

 

 ヴィットーリオは、自らの使い魔であり右腕でもあるジュリオからトリステイン王国の『虚無の担い手と使い魔』についての報告を受けた際に王家の傍流に属する年若い女学生が虚無に覚醒した事よりも、その使い魔である亜人の容姿が『正伝』に記されている『月の悪魔』に酷似している事に衝撃を受けた。ジュリオは亜人を酷く警戒していたがヴィットーリオ自身は長身異形の使い魔を『月の悪魔』そのものではなく、末裔のような存在だと考えていた。だが、『大災厄』を引き起こしたともいわれる悍ましい存在を使い魔として使役している事を弾劾すれば、さほど苦も無くトリステインの担い手を取り込み、王国の首脳陣への牽制も果たせると目論んでいたのだ。その為、マザリーニを介してヴァリエール特務官が内密に自分に会いたいとの意思を伝えてきた時、彼はその場で快諾し、合わせて使い魔の同行を求めたのだ。

 

 

 (万が一の際は、やはりあの『虚無』を使用する他ありませんね)

 

 

 前例主義の宗教庁が慣例を破り、浮遊大陸にて『大降臨祭』を開催する。それはアルビオン王国に対してロマリア宗教庁が非常に大きな貸しを作る事を意味する。さらにトリステイン王国の後継者とアルビオン王家の後継者の婚姻の儀の同時開催。結果としてアルビオンのみならずトリステインもまた、ロマリアに頭を垂れるだろう。そして、トリステイン王国の『虚無の担い手』の懐柔。ヴィットーリオは今回の一連の行幸によって大陸四王国の内、三国を自らの影響下に置く事を意図していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「聖下!」

 

 

 切り札たる最大の虚無を詠唱し、精神を疲弊させた教皇をジュリオは背後から支えた。

 

 

 「……大丈夫です、ジュリオ」

 

 

 使い魔に頷きかけたヴィットーリオは視線を正面に戻す。『世界扉』によって断裂され、消滅間際のゲートによって首より下の肉体を異界に放逐された長身異形の亜人。その頭部は両の眼を開いたまま、禊の間の床面に転がっていた。その傷口からは見たこともない紫色の体液が溢れ、石床を染めていた。後方には膝を突いたヴァリエール特務官が茫然自失の状態にあった。今が、長身異形の亜人の悪しき影響を取り除く好機。そう考えた教皇は特務官の元へ歩を進める。

 

 

 「ミス・ルイズ、私の話を聞いてください」

 

 

 「……え、聖下、な、なにを……」

 

 

 鈍いながらも反応が返ってきた事を確認したヴィットーリオは、自身の目的について語り始めた。その要点は単純であった。ブリミル教が示す理想と現状のハルケギニア大陸の落差を解消し、等しく万人に幸福をもたらす。その為に四王国に発現する『虚無の担い手』と『虚無の使い魔』を参集し、忌まわしいエルフから『聖地』を奪還。そして、聖地の最奥に眠る『真の虚無』を開放し、その絶大なる力とブリミル教の正しき教義を以って世界を統一する。

 

 

 「力と理性。この二つを柱として、私達はこの世界を統一します。勿論、一朝一夕に事が成るなどとは思っておりません。多くの困難が立ち塞がる事でしょう。ルイズ・フランソワーズ・ルブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢。どうか、この世界に住まう全ての人々の為に私達に力をお貸しください」

 

 

 教皇ヴィットーリオは心底からの言葉を尽くした。それに対するルイズの反応は。

 

 

 「……うふ、うふふ、ねぇ、きいた? わたしのせる。せいかはちからでぜーんぶかいけつできちゃうんだって」

 

 

 床に転がる使い魔の生首を、まるで愛しい我が子の様に自身の胸に掻き抱いたルイズは童女如く無垢な笑みを浮かべ囁いた。

 

 

 「すごいわねぇ」

 

 

 その瞳からは光が失われている様に視えた。

 

 

 「ちっ」

 

 

 嫌悪感を示すようにジュリオは僅かに顔を背け、舌打ちした。対照的にヴィットーリオは哀れみを込めた声色で言った。

 

 

 「年端もいかぬ少女の魂には、些か過酷であったのかも知れませんね」

 

 

 心が壊れてしまっては『虚無の担い手』として使い物にならないかもしれない。教皇は瞑目し『始祖の聖印』を切ろうと腕を振った。

 

 

 「始祖の慈悲があらん事を……っ!?」

 

 

 腕が動かない。いや、腕だけではない。首から下が消失してしまったかの如く、全く身動きが取れないのだ。

 

 

 「聖下! これはまさか!?」

 

 

 それはジュリオも同様であった。しかも自身だけでなく、開放されたはずの竜種軍団も再び拘束を受けていた。使い魔を確認する為、後方を振り返った教皇の耳に、渋みを含んだ美声ながら平坦な声色が届いた。

 

 

 「……確かに聞いた。どうやら、教皇聖下は大した夢想家であるようだな」

 

 

 視線を前方に戻した教皇の瞳に映ったのは、ルイズの腕の内から独りでに浮かび上がる長身異形の亜人の生首だった。

 

 

 「なっ……」

 

 

 「うそ、だろ……」

 

 

 絶句する二人を尻目に、セルが咆哮する。

 

 

 「ぶるあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 ギュバッ!

 

 

 セルは、瞬時に首から下の肉体を再生させた。全身に纏わりつく透明な体液を腕の一振りで払った長身異形の使い魔は、背後の主の前に跪いた。

 

 

 「見事な演技だったぞ、ルイズ。勝利を確信した時こそ人の口は緩むものだが、教皇の真意をこうも容易く引き出せるとはな」

 

 

 「あ、あ、あたりえまでしゅ、せりゅ」

 

 

 実は演技どころか精神崩壊一歩手前まで陥っていたルイズであったが、使い魔の手前、必死に取り繕うのだった。

 

 

 (それにしても、聞いてもいない事をああもベラベラ喋るとはな……ふん、『ヤツ』の目にもこうまで滑稽に映っていたということか)

 

 

 かつて、神と融合した異形異星の戦士との初戦において、巧みな誘導にかかり自身の情報のほとんどを漏らしてしまったセルは自嘲気味に思考した。そして、瞬時に思考を切り替え本来の目的を果たす為に言葉を発した。

 

 

 「だが、なんという事だ、ルイズ、我が主よ。一等礼装の外套が私の体液に塗れ、見るも無残に汚されてしまったとは」

 

 

 「え、い、いや別にそこまでは……」

 

 

 「この代償は高く付く、実に高く付くぞ。理解しているのだろうな、教皇?」

 

 

 困惑するご主人様を余所に使い魔たる長身異形の亜人はゆっくりと教皇へと近づいた。二.五メイルを超える亜人がヴィットーリオを見下ろし、数瞬。

 

 

 パァンッ! ゴロゴロゴロッ

 

 

 鋭い破裂音と共に教皇の身体が宙に浮かび、次の瞬間、石床を転がった。長身異形の亜人が、宗教庁の頂点にして始祖の代理人たる教皇聖エイジス三十二世の横っ面にビンタをお見舞いしたのだ。無論、究極の人造人間であるセルが本気でビンタを放てば、教皇の首から上が消失してしまう為、手加減していた。であったとしても、セルの膂力である。ヴィットーリオの意識はインパクトの瞬間に消え失せ、頬骨は砕け、歯列はその大半を失い、頚椎にも重大な損傷を受けてしまった。

 

 

 「ちょ、ちょ、ちょっと! セル、あんた何しでかしてんのよッ! 聖下にいきなりビンタをかますなんて! し、しかもかなりヤバい音がしたわよっ!?」

 

 

 「無茶はしない、と言ったはずだぞ、ルイズ。なあに、夢想に囚われた教皇聖下にほんの少し痛みというモノをお教えするだけだ」

 

 

 「ほ、ほんの少しって、あんた」

 

 

 「ルイズ、君はそこで喚く事しか出来ない哀れな使い魔の相手をしてやるといい」

 

 

 「あんたは、本当に、もう……任せて大丈夫なのね?」

 

 

 「無論だ、我が主よ」

 

 

 無駄にいい声で、無駄にいい返事を返した使い魔をジト目で見送ったルイズは、改めて、念動力によって首から下の自由を奪われた『ヴィンダールブ』ことジュリオ・チェーザレに向き直った。

 

 

 「一応、セルもああ言っているから、聖下は、その、多分、大丈夫……よね?」

 

 

 「ふざけんなよっ! なんで疑問形なんだよっ! さっさとあの化け物野郎を止めやがれ、この胸なしのへちゃむくれがっ!」

 

 

 ピクピクッ

 

 

 主である教皇の危機を前に、聖職者らしさを取り繕う事も忘れたジュリオの物言いにさすがのルイズの表情筋も震える。

 

 

 「それが貴方の素なのかしら? ジュリオ・チェーザレ助祭枢機卿猊下」

 

 

 「うるせぇ! 気取ったおしゃべりごっこなんざクソ喰らえだっ!」

 

 

 「あ、そう」

 

 

 聞くに堪えない罵詈雑言を喚きだしたジュリオに辟易したルイズは、懐から総レース仕立てのハンカチを取り出し、宙に放った。

 

 

 シュルシュル

 

 

 「むぐっ!?」

 

 

 ハンカチはまるで意思を持っているかのようにジュリオの口に巻き付き、猿轡となった。

 

 

 「セルのそれとは比べ物にならないけど、私にも念力は使えるわ」

 

 

 ルイズはさらにもう一枚のハンカチを取り出し、酷薄な声色でジュリオに告げた。

 

 

 「このハンカチで貴方のその形のいい鼻を塞げば、貴方は死ぬ。手も足も口すらも出せないままに、ね」

 

 

 特務官の瞳が鋭さを増す。

 

 

 「貴方は、いえ貴方達は私にとって何よりも大切なセルを傷付けてくれたわ……どうしたものかしらね、この湧き上がるような憎悪を。どうしたものかしらね、この突き上げるような憤怒を」

 

 

 (こ、この女……)

 

 

 宗教庁の諜報機関『教皇の手』を束ねる者として、様々な国家の暗部を間近に視てきたはずのジュリオをして、戦慄させ得るほどの凄みをルイズは発していた。

 

 

 「力と理性を以って世界を統べる。聖下はそうおっしゃったわ。なら、たった今、私とセルの力の前に為す術の無い貴方達には世界を統べる資格なんかないわ」

 

 

 自分と同年代の少女の痛烈な言葉にハンカチ越しに歯噛みする事しか、助祭枢機卿に出来る事は無かった。

 

 

 

 

 

 ズンッ! ズギュンッ! ズギュンッ! ズギュンッ!

 

 

 長身異形の亜人はピクリともしないまま倒れ伏している教皇の背に自身の尾を突き立て、生体エキスを注入する。

 

 

 「はっ!?」

 

 

 全ての傷が癒え、意識を取り戻したヴィットーリオに言った。

 

 

 「立て」

 

 

 「くっ」

 

 

 パァンッ! ゴロゴロゴロッ

 

 

 ヴィットーリオが立ち上がった瞬間、再びの一閃。先程とは反対の頬を叩かれた教皇は人形の如く、地面を転がった。

 

 

 ズンッ! ズギュンッ! ズギュンッ! ズギュンッ!

 

 

 もう一度、生体エキスによる治療を行ったセルは教皇に平坦な声色で告げた。

 

 

 「お前は始祖『ブリミル』の力と遺志を継ぎ、この世界を力と理性で統一すると言ったな。始祖がお前にそのような神託でも下したというのか?」

 

 

 「し、始祖のご遺志は『正伝』に記されているのです。『大災厄』を葬る為、自らが属する世界を守る為、世界の全ての人々を救う為、始祖はあえてどのような汚名をも甘んじて受けると、気高き覚悟と意志をお示しに……」

 

 

 「だが、『ブリミル』は私に言ったぞ。世界などどうでいいい。俺は俺が一目惚れした女の子の為に命を懸けるんだ。『思春期なめんなファンタジー』とな」

 

 

 「なっ!」

 

 

 ヴィットーリオは絶句した。彼はセルが『大災厄』を引き起こした『月の悪魔』だと本気で考えていたわけではなかった。それは担い手や各国の首脳陣を揺さぶる為の方便に過ぎなかったのだ。しかし、目の前の長身異形の亜人は始祖本人の言葉を語ったのだ。通常であれば、口から出まかせに過ぎないと一笑に付す事が出来ただろう。

 

 

 「な、なぜ、その神言を……」

 

 

 『思春期なめんなファンタジー』。それは『正伝ゼロ・ファミリア』の最終節に脈絡なく記された一文であり、宗教庁においては歴代の教皇以外は決して知る事が出来ないはずの神の言葉であった。

 

 

 「私は『月の悪魔』ではない。フフ、今の私に言える事はそれだけだ」

 

 

 「そんなはずは。始祖は卑しき我欲を捨て去り、全ての人々の為に……」

 

 

 「ブリミルが、おまえにそう言ったのか?」

 

 

 「……」

 

 

 宗教庁に受け継がれた教え。始祖の足跡を余す事無く記した、とされる『正伝』。そして、母に捨てられたヴィック少年が、そうであれと願った偉大なる始祖。ヴィットーリオの中に存在する始祖ブリミルは、人としての弱さを克服し、超然とした魂を以って、世界を救った真の英雄。そうでなければならなかった。そう思い込まねば少年の心は、母から捨てられた絶望に耐えられなかったのだ。

 

 

 「私は……どうすれば……」

 

 

 打ちひしがれた様子の教皇に長身異形の亜人の囁きが忍び寄る。

 

 

 「最後に一つだけ、助言してやろう」

 

 

 セルの耳打ちを受けた教皇は崩れ落ちる様に膝を突いた。

 

 

 「よくよく考える事だ、教皇聖下」

 

 

 すでに用は無いとばかりに跪くヴィットーリオに一瞥もくれる事なく、長身異形の亜人は主の元に戻った。

 

 

 「大丈夫なの、セル? その、教皇聖下は……」

 

 

 「問題ない。生体エキスによる治療は完璧だ」

 

 

 「いや、そうじゃなくて」

 

 

 「無論、肉体だけではなく精神にも問題はない。最も、知り得た情報を自身の内で整理するには時間を要するだろう」

 

 

 「まあ、そうでしょうね。なら、今回の目的はひとまず達成、という事でいいのね?」

 

 

 「勿論だ、我が主よ」

 

 

 「……ほんとに?」

 

 

 「本当だとも。教皇聖下が自称される通り理性を備えておられるならば、な」

 

 

 「じゃあ、戻りましょう。一応、衛士隊のフネが残っているけど姫様と陛下、それにマザリーニ卿に速くご報告しなくちゃいけないから、瞬間移動で」

 

 

 「承知した」

 

 

 「では、これにて失礼いたしますわ、ジュリオ・チェーザレ助祭枢機卿猊下。もし、この後の拝謁が叶いますれば、今一度『聖茶』と『聖菓』をご相伴にあずかりたく存じます。教皇聖下にも何卒良しなにお伝えくださいませ」

 

 

 優雅に一礼するルイズの周囲をセルの尾が取り囲む。

 

 

 ヴンッ!

 

 

 次の瞬間、少女と亜人は禊の間から消えた。

 

 

 「くっ!?」

 

 

 同時にジュリオを戒めていた念動力が消え、猿轡となっていたルイズのハンカチが床に落ちる。たたらを踏んだジュリオはすぐさま体勢を整え、ヴィットーリオの元へ向かう。

 

 

 「聖下!? ご無事ですかっ!」

 

 

 主たる教皇に駆け寄り、跪くその顔を覗き込んだジュリオは閃く輝きを見た。そして。

 

 

 「ジュリオ、私は……」

 

 

 ザシュッ

 

 

 「……え? せ、聖下、なんで」

 

 

 信じられないモノを見た、そんな表情のまま、ジュリオ・チェーザレは石床に倒れ伏した。その身体から流れ出た血液が湖面の様に床面を拡がる。

 

 

 「……」

 

 

 誰よりも信じ、頼みとしていた使い魔の少年の返り血を浴びた教皇が立ち上がる。その右手には少年が護身用にと手渡した美麗な飾りを施された短剣が、握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (フフフ、それでいい、ヴィットーリオ・セレヴァレ。お前の覚悟の程、確かに見せてもらった)

 

 

 天蓋が開放された小楼閣、禊の間の上空数百メイルに一体の異形の存在があった。長身異形の亜人セルの分身体の一体。本来であれば帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世にその力を貸し与えているはずであった。

 

 

 (使い魔が生きている限り、主たるメイジは次の使い魔を召喚できない)

 

 

 それは、ハルケギニア大陸におけるメイジと使い魔との間の不文律であった。つまり、現在の使い魔が死ねばメイジは次の使い魔を『サモン・サーヴァント』によって召喚する事が出来る。最強と呼ばれる虚無の使い魔といえども例外ではない。

 

 ルイズの使い魔である本体セルは、教皇ヴィットーリオに囁いた。四体の長身異形の亜人と、ロマリアを除く主要各国の首脳陣が共有するに至った『セル相互抑止』について。

 

 そして、さらに。

 

 

 (もし、お前が何もかもを捨て去ってでも理想を実現させ得る力を望むならば、ジュリオを殺せ。そして、『サモン・サーヴァント』を唱えるのだ。そうすれば最後の長身異形の

亜人がおまえの使い魔となる)

 

 

 ヴィットーリオはセルの言葉に屈した。

 

 

 (最後の狼煙もやってきたか)

 

 

 上空のセルが東方を向く。亜人の超視力は数リーグ先のフネから発射された砲弾、すなわち『第三世代型結晶石多弾頭砲弾』が超音速で飛来する様を捉えていた。

 

 

 

 

 

 後に、ハルケギニア大陸において『第二次王権守護戦争』と称され、もう一方の当事者であるエルフ族においては『精霊救済戦争』、あるいは『鏖殺戦争』と渾名される戦乱の始まりであった。

 

 

 

 

 

 

 ゼロの人造人間使い魔 第六章 大降臨祭 完 




第七十話を投稿いたしました。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。




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第七章 精霊救済戦争
 第七十一話


二カ月ぶりでございます。

第七十一話を投稿いたします。

第七章の始まりとなります。


 ネフテス総軍『災厄撃滅艦隊』第三支艦隊旗艦『ヘカート』号の主砲から発射された『第三世代型精霊石多弾頭砲弾』、通称『メジート砲』が、浮遊大陸におけるブリミル教最古の聖地聖オーガスティン修道院を跡形もなく消し飛ばした瞬間から遡る事、三日―

 

 

 アルビオン大陸から東方に数百リーグ離れた場所に位置する、ネフテス水軍の根拠地ガリポリス軍港。海軍と空軍の分化が曖昧なハルケギニア各国の軍隊とは異なり、ネフテス軍は海上軍務を担当する水軍と航空軍務を担当する空軍とに明確に分けられている。往々にして指揮系統の全く異なる軍組織は対立するものだが、世界を管理する崇高な種族たるエルフであってもそれは変わらない。

 

 

 「いや、正に壮観、ですな」

 

 

 特に近年はネフテス水軍の上層部から末端に到るまで過激な思想が浸透したこともあり、水軍と空軍の対立は決定的と言っても過言ではなかった。

 

 

 「此度の遠征に動員されるフネは水空合わせて一千を超えますからな」

 

 

 軍港の中枢たる司令本部の閲兵展望台に水軍と空軍の重鎮が顔を揃えるなど、あり得ないはずだった。

 

 

 「伝説の彼方から這い出てきた『災厄』を文字通りに『撃滅』せしめる為にはこれでも不足ではありませんかな」

 

 

 まして、水軍と空軍に所属する艦艇の実に八割強がガリポリス軍港に集結するなど前代未聞の出来事である。

 

 

 「なんの。その為の『第三世代型精霊石兵器』ではありませんか?」

 

 

 目の前で意見を交わす水軍と空軍の首脳陣を睥睨する様に最上段の席に陣取っていた壮年のエルフが、立ち上がりつつ言った。

 

 

 「必要なモノは全て揃えた。後は、断固たる意志を以って実行に移すだけだ」

 

 

 そのエルフの名は、エスマーイル。エルフの氏族共同体ネフテスを構成する部族の一つ、ダダ・ラーイン部族の族長であり、老評議会カウンシルを束ねる上席評議員に名を連ね、さらには対蛮族強硬派の集団『鉄血団結党』の党首を務める男である。

 

 

 「皆が総司令からの御命令を心待ちにしております」

 

 

 「うむ」

 

 

 そして、エスマーイルはネフテス最高指導者たる統領テューリュークから直々に『災厄撃滅艦隊』の総司令職を拝命していた。本来、カウンシルの上席評議員は軍部の指揮権からは距離を保つ事を求められるが、全世界規模の危機『災厄』の復活が危ぶまれる状況下においてはやむを得ない特例としてエスマーイルの人事案は評議会の賛成多数で可決された。

 

 

 「災厄撃滅艦隊総司令エスマーイルである。今日この場に集った全ての者たちに告げる……君たちは、英雄である。六千年前、この世界を襲った『大災厄』に挑み、多くの犠牲を払いつつも、これを撃退した伝説の『大同盟』に勝るとも劣らない英雄である。そんな英雄達に多くを語る必要を私は感じない」

 

 

 一呼吸置いたエスマーイルが右腕を差し出し、凛とした声で命じた。

 

 

 「現時刻を以って蛮族域侵攻作戦『アルアンダルス』を発動する。諸君らの奮戦に期待する」

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 ガリポリス軍港司令本部閲兵展望台より数百メイル、コルドバ水軍後方支援基地――

 

 一千を超える鯨竜船と竜曵船がハルケギニアと呼ばれる蛮族域へと出撃していく様子をガリポリス軍港のニ十分の一以下の規模しかない支援基地の司令部から見送るエルフがいた。

 

 

 「私には……止められなかった」

 

 

 そのエルフの名は、ビダーシャル。エルフの氏族共同体ネフテスを構成する部族の一つチャダルル部族の族長であり、老評議会カウンシルを束ねる上席評議員に名を連ね、さらには蛮族対策委員会の長を務めていた男である。さらに、ほんの一ヶ月前までは災厄撃滅艦隊副司令の職をも拝命していた。それ以外にもカウンシルの実力者たる彼には多くの肩書きがあったが、イスケンデルン空軍基地でしでかした不祥事の責任を取る為に災滅艦隊副司令を含む全ての役職を自ら辞したのだった。

 

 

 「司令、何か仰いましたか?」

 

 

 「いや……当基地の支援体制に問題はないかな?」

 

 

 「はっ、問題ありません! 即応体制は万全であります!」

 

 

 基地司令の独り言に反応した幕僚に当たり障りの無い返しをするビダーシャル。今の彼の肩書きは、『災厄撃滅艦隊本営艦隊旗下第四後方兵站旅団司令』でありコルドバ基地の司令も兼務していた。氏族共同体の総力を挙げての戦いを前に能力も人望もある人材を遊ばせるわけにはいかない、という老評議会の判断であった。

 

 

 (今の私に出来るのは、この戦争の行く末を見守る事だけか。だが、ルクシャナ、アリィー、お前達の無事を祈る事は許されるはずだ)

 

 

 「頼むぞ、ラーイド」

 

 

 基地司令の二度目の独り言は、忙しく軍務にあたる幕僚の耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 災厄撃滅艦隊出撃から三日後、アルビオン大陸の北方ダータルネス市街―

 

 

 街は大降臨祭の一般祭祀に沸き立っていた。ダータルネスのさらに北に位置する聖地では、お偉方がお堅い限りの祭祀に勤しんでいるだろうが、大多数の市民や低位の貴族達は街で開催される派手なパレードや敷居の低い晩餐会、舞踏会に夢中であった。

 

 そんな街の片隅でとある一団が休憩を取っていた。色とりどりの仮装に身を包んだ少年少女達、その付き添いと思しき二人の女性、そして見上げるような亜人仮装を纏った従者らしき者。普段の街並みで見かければ、違和感しか感じない集団も大降臨祭真っ只中にあってみれば誰一人気にも留めていなかった。

 

 

 「ま、まもなくやってくるって、どういう事なんだい? さっきの地鳴りと関係あるってのかい?」

 

 

 「無関係では、ない」

 

 

 二人の女性の片割れ、土くれのフーケが自身に背を向けた亜人仮装の従者たる長身異形の亜人セルに問いかけるが、亜人の返事ははっきりとしない。

 

 

 「あー!? ホビーがあたしのバノックとった!」

 

 

 「むぐむぐ、シェリーのこしてたじゃないか」

 

 

 「のこしてない!」

 

 

 「はいはい、私のをあげるから喧嘩しないで」

 

 

 子供達の諍いに笑顔で仲裁に入る、もう一人の女性。ハーフエルフにして虚無の担い手たるティファニアである。自らが仕える主であり、愛すべき妹でもあるテファに視線を走らせるフーケ。

 

 

 (いい加減この亜人野郎を出し抜く方法を考えないと……)

 

 

 自分を主だと嘯く長身異形の亜人に視線を戻したフーケは目を剥いた。

 

 

 「なっ!?」

 

 

 不格好なトロール鬼の仮装に身を包む亜人の前方に巨大な鏡のようなゲートが出現していたのだ。

 

 

 キンッ

 

 

 次の瞬間、澄んだ音と共に亜人とゲートは、消えた。

 

 

 (い、今のは『サモン・サーヴァント』のゲート? じゃ、じゃあ、あの亜人野郎がどこかの誰かさんに召喚されたってことか)

 

 

 「あれ? 姉さん、セルはどこ?」

 

 

 子供達の仲裁を終えたテファが首をかしげながら近づいてくる。子供達は先ほど特設市場で山盛りに買い求めた降臨祭限定の焼き菓子に夢中だった。

 

 

 (ど、どうする?)

 

 

 フーケの脳裏を数多の可能性が閃いては消えていく。長身異形の亜人セルは、このハルケギニア大陸に四体存在している。各々を不倶戴天の仇と見なしており、自分以外の三体を吸収し『真のセル』に進化する事を究極の目的しているという。その手段として大陸四王家に発現する『虚無の担い手』の使い魔となる為に自分やテファに付きまとっているのだ。

 

 

 (あの野郎が召喚されたなら、四王家の虚無の担い手の誰かって事になるが)

 

 

 『虚無の担い手』は各王家に一時代一人ずつしか発現しないという。

 

 

 (トリステインは、あのルイズっていう小娘だがすでに別の亜人野郎を使い魔にしてる。ガリアは新しい女王が担い手でしかも亜人野郎も傍についてるって話だから違うだろう)

 

 

 そして、アルビオンの担い手はフーケの目の前に居るティファニアである。

 

 

 (単純に考えれば、残るロマリアの担い手が召喚したって事だろうな)

 

 

 自分達に憑いていた亜人が図らずも目的の一つである『虚無の使い魔』となったであろう事を悟ったフーケは安堵を感じた。

 

 

 (まさか、勝手に居なくなるなんてね。案ずるより産むが易しってかい) 

 

 

 「姉さん?」

 

 

 「ああ、今、説明するよ。えらい込み入った話でね」

 

 

 フーケはティファニアにセルと出会ってからの出来事を掻い摘んで話した。

 

 

 「……という訳であいつはあたしの使い魔なんかじゃあなかったのさ。大方、テファの『虚無』を手に入れる為にあたし達にごますってたんだろうよ」

 

 

 「セルが姉さんの使い魔じゃないっていうのは薄々判っていたわ」

 

 

 フーケの説明を聞き終えたテファが難しい顔で答えた。

 

 

 「はっ、さすがテファだね。亜人野郎の芝居なんて最初っからお見通しだったんだね」

 

 

 「……でも、セルはどうしてこんな回りくどい方法を選んだのかしら?」

 

 

 「回りくどい?」

 

 

 「だって姉さんも知っているでしょ? セルの力は」

 

 

 「そりゃあ、まあ、ね」

 

 

 「セルにその気があるなら、姉さんや子供達を人質にして私に使い魔召喚を強制すればいい。多分だけど、私の『虚無』もセルには通用しないと思うの。わざわざ時間をかけて私達と仲良くなる必要なんてないわ」

 

 

 ゾッ

 

 

 テファの言葉を聞いたフーケの全身が総毛立つ。

 

 

 (確かにそうだ。あいつが居なくなって、よかったよかったなんて考えている場合じゃない。あいつの目論見はまるで読めていないし、その上、今の状況は……)

 

 

 フーケことマチルダ・オブ・サウスゴータは、『土くれのフーケ』の名で各国で指名手配を受けている盗人である。テファことティファニア・テューダーは今は無きアルビオン王国王弟モード大公の遺児であり、ハーフエルフにして『虚無の担い手』である。二人ともに大都市を大手を振って歩ける身分ではない。長身異形の亜人が姿を消したとなれば、彼女達は自分の身を自分で守らなければならない。

 

 

 「子供達も一緒だし、それにあのエルフの二人も」

 

 

 

 「ここにいるわよ」

 

 

 

 テファの言葉に応えるような声に一斉に振り返るフーケとテファ。その視線の先には、これまた派手な仮装に身を包んだ三人の人物が立っていた。

 

 

 

 「あんたら……」

 

 

 

 「やっぱり、こっちの本体の亜人が居なくなっていたのね」

 

 

 

 身構えるフーケを尻目にさっぱりとした口調で話すルクシャナ。アルビオン貴族の子女に好まれている妖精の仮装をしているが、れっきとしたエルフ族であり、ネフテスの文化探求院に所属する民俗学者でもある。

 

 

 

 「これで僕たちの安全も確認できたね」

 

 

 ルクシャナの隣でイーヴァルディの仮装を居心地悪そうに身に着けているのがアリィー。ルクシャナの婚約者であり、ネフテス最高意思決定機関老評議会直属の騎士『ファーリス』の称号を持つエルフの戦士である。

 

 

 「ルクシャナ様、アリィー殿、お気が済みましたなら、私と共に直ちにネフテスへお戻りを。さもなくば御命に関わりますぞ」

 

 

 二人の後方に控えていたコボルト鬼の仮装を纏ったエルフの名はラーイド。ネフテスの実力者にしてルクシャナの叔父であるビダーシャルの裏の腹心である。

 

 

 「ラ、ラーイド老、それは一体どういう」

 

 

 「……それは構いません。ただし、彼女たちも一緒にお願いします」

 

 

 「ルクシャナ! 何を考えてるんだ?」

 

 

 「蛮族どもを連れ帰ると? 目的が見えませぬな……むっ!?」

 

 

 その時、ラーイドがフードを捲っていたティファニアの容姿を目にした瞬間、彼自身も思いもよらぬ名前が口を突いて出た。

 

 

 「シャ、シャジャル様!?」

 




第七十一話を投稿いたしました。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。


2020年最後の投稿となります。

皆様、よいお年をお迎えください。




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 第七十二話

四カ月ぶりでございます。

気付けば、新年どころか新年度が始まってしまいました。

第七十二話を投稿いたします。




 聖オーガスティン修道院の最奥、禊の間―

 

 教皇ヴィットーリオは、自らの手にかけてしまった股肱の臣にして虚無の使い魔たるジュリオの遺体を両腕に抱えながら跪いていた。見る者が見れば、その光景はまるで一幅の宗教画のようであった。

 

 

 カッ!

 

 

 次の瞬間、数千年の時を越えて存続し続けてきた大陸最古の聖地を膨大な火の精霊力が飲み込んだ。屋根も壁も柱も梁も床も、全てが等しく蒸発していく。精霊力の開放が収束した後に残されたのは赤熱し続ける荒涼とした大地のみ、のはずだった。

 

 

 「……」

 

 

 ブリミル教の最高権威者であるヴィットーリオ・セレヴァレは、全くの無傷であった。彼は目蓋を灼く閃光を感じはしたものの精霊力の暴走による熱も爆風も、ヴィットーリオが纏う紫紺の教皇衣を毛筋ほども損なう事はなかった。

 

 

 「……」

 

 

 ヴィットーリオには解っていた。『始祖の加護』などであるはずがない、と。そんなものが現実にあるならば、『あの時』に、ぼくはすくわれてなければおかしいんだ、と。ならば、いかなる力が教皇と助祭枢機卿を蒸発という憂き目から救ったのか。

 

 

 「我が名は……」

 

 

 さらに数瞬を置いて、ヴィットーリオは詠唱を開始した。虚無の魔法ではない。メイジであれば誰でも使えるコモン・マジック、『サモン・サーヴァント』である。

 

 

 「……を召喚せよ!」

 

 

 キィィィン

 

 

 甲高い音ともに出現する銀色のゲート。本来であれば、ゲートから現れ出でる使い魔を事前に判別する術はない。だが、ヴィットーリオには解っていた。ゲートから現れる存在が『最後』の長身異形の亜人である事を。

 

 

 ギュピ ザン

 

 

 独特な足音と長大な尾を地面に叩きつけつつ、教皇の前に立ったのは、人造人間セルであった。正確には『四体の長身異形の亜人』の内の一体であり、召喚される寸前までアルビオン王国の虚無の担い手ティファニアに同行していたセルである。無論、ヴィットーリオには知る由もない事実ではあるが。

 

 自らが詠唱したサモン・サーヴァントによって出現した長身異形の亜人。ヴィットーリオの目には、つい先程、彼の価値観の全てを破壊してしまった、もう一体の亜人との違いは判然としなかった。

 

 

 「……」

 

 

 「……」

 

 

 キッ! ボンッ!

 

 

 数瞬の間、無言で視線を交える一人と一体。

 脈絡なくセルは視線を奔らせると最弱の気合砲を地面に向かい放つ。土砂が巻き上げられ、ちょうど人ひとりを埋葬できる程度の穴が出来る。

 

 セルの意図を察したヴィットーリオは、腕の中のジュリオに最後の一瞥を与えると静かに穴の中に彼の肉体を横たえた。そして、素手で周囲の土をかつての使い魔に掛けてやった。赤熱していた大地はセルの気合砲によって冷却されていたが、一人だけで、しかも素手で行うのは容易な作業ではなかった。

 

 

 「……」

 

 

 長身異形の亜人は、手伝う事はしなかった。埋葬が終わった時、教皇の額には汗が滲み、肩で息をする有様であった。

 

 

 「ふぅ、ふぅ……あ、ありがとうございました。まだ、契約もしていない私の為に」

 

 

 「今の爆発は、エルフの艦隊から射出された精霊石を用いた兵器によるものだ」

 

 

 「!」

 

 

 僅かに皮肉を込めた教皇の礼に対し、淡々と事実を伝えるセル。

 

 

 (エルフ族による侵攻。まさか、これほど迅速にアルビオン大陸に……しかも、『精霊石兵器』まで躊躇なく投入するとは)

 

 

 『始祖ブリミルの虚無魔法』を恐れるエルフ族が『虚無の担い手と使い魔』の相次ぐ出現に危機感を覚えるだろう事は、ヴィットーリオも予測していた。

 それにしても。

 

 

 (あまりにも性急過ぎる。専守防衛戦略を神聖視すらしていたエルフ族が、蛮族域と蔑むハルケギニアに宣戦布告もなしに侵攻するなど)

 

 

 教皇の脳裏に閃いたエルフ族侵攻の理由、それは、『恐怖』であった。強大な戦力を有するはずのエルフ族が自ら禁忌を破るほどの『恐怖』。今、蛮族共を滅ぼさなければ、滅ぼされるのは自分達だと思い込んでしまうほどの『恐怖』。

 

 

 (当代のエルフ族の上層部が『虚無』にそこまでの脅威を感じるとは思えない。まさか……)

 

 

 ヴィットーリオの眼前に立つ長身異形の亜人。虚無も精霊石兵器も、問題にすらしない圧倒的な力を持ち、ハルケギニア各国の中枢に喰い込み、エルフ族の侵攻すら見透かしていたかの様な言動をとる異形の存在。

 

 教皇は一つの疑問を亜人にぶつけた。

 

 

 「何故、私を助けたのですか?」

 

 

 「お前が虚無の担い手だからだ」

 

 

 教皇の問いに簡潔に答えるセル。契約はおろか召喚すらしていない担い手を救ったと言うのだ。そもそも、ヴィットーリオは『何から』助けたのか、とは問うてはいない。

 エルフ艦隊から発射された精霊石兵器の直撃。ピンポイントにヴィットーリオだけを、開放された精霊力の暴威から救ったのだとすれば、エルフの侵攻はおろかミス・ルイズ達とのやり取りすら、この亜人は把握していた事になる。ヴィットーリオは戦慄した。一体いつからこの亜人は自分に目をつけていたのか。 

 

 

 (事ここに及んでは、全てが仕組まれていたとしか……だが)

 

 

 (聡明なる教皇聖下であれば至極当然の結論に辿り着いた事だろう。フフフ、であったとしても)

 

 

 セルはほくそ笑む。聡明であるが故に教皇ヴィットーリオ・セレヴァレが選ばざるを得ない道筋を、正確に見透かしていたのだ。

 

 

 (だが、そうだとしても、もはや私には選択肢など残されてはいない。私は、私には、もう)

 

 

 ヴィットーリオは、決断を下した。

 

 

 「コントラクト・サーヴァントを」

 

 

 「承知した」

 

 

 ここに、『三体目』の長身異形の亜人の『虚無の使い魔』が誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルフ氏族共同体ネフテスの重鎮ビダーシャルの影の腹心であり、様々な情報収集や非合法活動を担ってきた密偵ラーイド。

 彼はビダーシャルが率いる部族の出身ではなく、かつてネフテスにおいて隆盛を誇ったシャットーダ部族の親衛官の家柄に生を受けた。シャットーダ部族は五季連続で上席評議員を輩出するほどの名門氏族であったが、前族長の姫巫女が失踪して以来、坂を転げ落ちるかの様に凋落の一途を辿っていた。今では栄華を競い合っていたチャダルル部族の庇護下に甘んじている状態であった。

 

 

 「シャ、シャジャル様!?」

 

 

 そして、家門の仕来りに従い族長近親者の身辺警護に当たる親衛官に任官した若きラーイドの、最初の警護対象となるはずだったのがシャジャル姫。シャットーダ部族の姫巫女にしてティファニアの実母であった。

 

 

 「え、か、母さんを知っているの?」

 

 

 「母さん!?……何という事だ」

 

 

 「ラーイド老、あのハーフエルフをご存じなのですか?」

 

 

 (何処かで見た事がある様な気はしていたけど……まさか『千賢の姫巫女』の忘れ形見だったとはね)

 

 

 驚愕の表情を浮かべるラーイドに何も考えず質問するアリィー。対してルクシャナは眉間に皺を寄せつつ黙考していた。

 

 

 「私の名は、ラーイドと申します。シャジャル姫様の側仕えの末席でございます。恐れながら、貴方様の御名前は?」

 

 

 アリィーの問いには答えず、ティファニアの前で跪くラーイド。

 

 

 「あ、えと、私はティファニア、です。母さんが遺してくれた指輪に宿る精霊の聖名だと聞いています」

 

 

 「!!……で、では、シャジャル様は?」

 

 

 「母さんは、五年前に亡くなりました」

 

 

 ティファニアの母シャジャルは、アルビオン王国王弟モード大公の愛妾であり、愛し合う両親の元にティファニアは生を受けた。だが、始祖の系譜を受け継ぐ四王国の王族とエルフ氏族の姫巫女。その婚姻を周囲が許すはずがなかった。ウェールズ家は王家としての体面を守る為に王弟と愛妾を誅殺し、シャットーダ部族は蛮族と姦通した

姫巫女を失踪扱いとし、事実上、追放したのだ。

 

 ティファニアは母親が人間達の手によって殺害された事をラーイドに伝えなかった。

 

 

 「姫様、このような異境の地で、なんと、おいたわしい」

 

 

 「……ラーイド老」

 

 

 瞑目し、肩を震わせるラーイドに気遣わしく声をかけるアリィー。

 

 

 

 

 

 しばしの時を置いてから、ラーイドはその場にいる者たちに現状を説明した。

 ネフテス史上最も短時間で『大評議会』は結審し、ネフテス軍の総力を結集した『災厄撃滅艦隊』の多方面同時展開による蛮族域侵攻作戦『アルアンダルス』は可及的速やかに実行に移された。『禁忌兵器』とも畏怖される『精霊石兵器』すら投入しての掃滅戦。さらに作戦の総指揮を執るのは対蛮族強硬派『鉄血団結党』の首魁エスマーイル。

 

 「蛮族域の滅亡は不可避とお考えになられたビダーシャル様は、私にお命じになったのです」

 

 いかなる手段を用いても構わない。ルクシャナとアリィーを必ず生きたまま、連れ帰れ、と。最も、ビダーシャル本人は蛮族域の滅亡には懐疑的であったが。

 

 

 「そ、そんな、『自滅兵器』を実戦に投入するなんて……」

 

 

 「伯父様がそんな暴挙を許すはずがないわ」

 

 

 アリィーは『精霊石兵器』の投入に驚愕し、ルクシャナはビダーシャルの介入があったはずだと主張した。ラーイドは淡々と告げる。

 

 

 「お二人の出奔の責をお引き受けになったが故です。ビダーシャル様は上席評議員職を除く全ての官職から退かれました」

 

 

 「!」

 

 

 「そんな、僕達のせいで」

 

 

 アリィーは茫然自失となり、さしものルクシャナも表情を歪ませる。

 

 

 「さきほどの衝撃は、第二支艦隊からの砲撃が北に位置する蛮族の聖地に着弾した際のもの。この都市も安全とは言えませぬ。近郊にフネを待機させております。お二人共、直ちにネフテスにお戻りください。恐れながら、ビダーシャル様からの厳命ゆえ、場合によっては力づくでも」

 

 

 「うっ、ど、どうするんだい、ルクシャナ?」

 

 

 「……承知しましたわ、ラーイド老。ただし、彼女達も同道させます。よろしいですね?」

 

 

 ルクシャナの言葉にラーイドは無言で頷いた。

 

 

 「あなた達もそれでいいかしら?」

 

 

 「……はい。姉さんもいいよね?」

 

 

 「ああ」

 

 

 神妙に答えるティファニアだったが、問われたフーケは生返事一つを返しただけだった。 

 フーケは懊悩していた。もし、自分たちに付きまとっていた長身異形の亜人が当初の目的通りに『虚無の使い魔』になったのだとしたら、自らが『真のセル』となる為には未だ『虚無の使い魔』を召喚していないテファの存在が邪魔になる。

 担い手は多くとも一時代に四王家毎に一人のみの計四人。それが一人減った場合にその王家の血に連なる誰かに自動的に発現するかは未知数である。むしろ、今まで『担い手』の存在が伝説に近い形でしか伝承されて来なかった事を鑑みれば、死んだから即補充とはいかない可能性が高い。

 トリステインの担い手ルイズと『フーケを捕らえた』セル。ガリアの担い手イザベラ女王と『女王の使い魔』セル。そして、さきほどまで『自分やテファの傍にいた』セルを召喚したであろうロマリアの担い手。

 

 ロマリアの担い手が何者なのか? セルからも特段の情報はなかったが、始祖『ブリミル』の系譜である以上はロマリアの各分王家の出身者だと考えるのが妥当だろう。無論、テファという例外中の例外もあるにはあるが。

 

 

 (テファがアルビオンの担い手だと知っているのは今、ロマリアにいるであろう、あの亜人野郎だけだ。あいつが、自分のご主人様にアルビオンの担い手を始末すれば、四体の内、一体のセルを『虚無の使い魔』から締め出せるぞ、なんて吹き込んだら……)

 

 

 フーケの全身を恐怖と絶望が包み込んだ。

 

 

 (あの野郎は瞬間移動なんて出鱈目な力を持っている。今この瞬間にもあの化け物面を引っ提げてあたしたちの前に現れるかもしれない。あの化け物が相手じゃエルフの大艦隊だろうが何だろうが盾にすらならない。『四体の亜人』の話がある以上、いまさらトリステインのガキを頼るなんざ本末転倒もいいところだ)

 

 

 努めて苦悩が表情に現れない様に押し殺しつつ、一人黙考し続けるフーケ。そして、初対面のラーイドから極めて丁寧な扱いを受けて困惑した様子のティファニアもまた一人考えていた。

 

 

 (……やっぱりどう考えても、私がセルを召喚する以外に方法はない。でも、私が召喚するのは、全く別のセルなんだわ。子供達と遊んでくれたり、姉さんをからかったり、私を大降臨祭に連れてきてくれた『あの』セルじゃない)

 

 

 ほんの短い間ではあったが、長身異形の亜人との触れ合いにこれまでは感じたことのない温かさを覚えていたティファニア。新しいセルの存在を許容できるか、今の彼女には判断できなかった。

 

 

 (でも悩んでいる時間はないかも。私が姉さんやみんなを守らなきゃ。それに、私が『四体の長身異形の亜人』の、ご、ごしゅじんさまになれば、また『あの』セルと会えるかも)

 

 

 ティファニアの決断は素早かった。そして、本質的に冷静でもあった。

 

 

 (今すぐじゃなくて、もうちょっと様子を見よう。母さんの事も詳しく聞きたいし)

 

 

 

 

 

 「ううっ、まさか僕たちの短慮がビダーシャル様のお立場を悪くしてしまうなんて」

 

 

 頭を抱えるアリィーだったが、ビダーシャルの姪であるルクシャナは内心安堵していた。

 

 

 (これも怪我の功名っていうのかしらね。前線に出ないのなら伯父様があの亜人と戦場で接触する可能性は低いわ)

 

 

 ティファニアとルクシャナの二人は、エルフの大侵攻『アルアンダルス』が九分九厘、失敗すると考えていた。もし、一年前にこの大侵攻が起きていたなら、確かにハルケギニア大陸の命運は風前の灯火となっていただろう。だが、今は全てが違う。

 長身異形の亜人、セル。その存在があらゆる前提を覆してしまうだろう。

 

 

 (下手な刺激は、伝説に伝わる『古竜王の尾を知らずに踏む』の故事そのままの結果になりかねないわ)

 

 

 (わたし達のセルはともかく、他のセルがエルフの土地にまで仕返しに行ったら、取返しがつかない事になっちゃう)

 

 

 多くの者達の煩悶を余所に、アヌビス級高速偵察艇『オシリス』号は一路、ネフテスを目指して飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ど、どういう事だっ!? メジ―ト砲は確実に命中したはずではないかっ!」

 

 

 ネフテス総軍災厄撃滅艦隊第二支艦隊旗艦『へカート』号の指揮艦橋にマッダーフの怒声が響き渡った。ネフテス水軍に属し、水将を拝命するマッダーフは第二支艦隊の兵站幕僚長として艦隊指揮系統の第三位に位置している。表向きには。

 

 

 「メジート砲の着弾及び精霊力の開放量は想定の九割以上を観測しております」

 

 

 空軍の観測士官が正確に報告する。空軍肝いりの汎精霊力監視装置は、着弾点の精霊力が収束した後も爆心地に禍々しい『存在』が健在である事を告げていた。

 

 

 「では何故、『月の悪魔』の反応が消えんのだっ!?」

 

 

 マッダーフの問いに答えられる者は艦橋にはいなかった。 

 

 

 「兵の士気に関わります。どうか落ち着いてください、マッダーフ水将」

 

 

 「落ち着いてなどいられるかっ!」

 

 

 丁寧な口調で諭す、第二支艦隊司令ヤズデギルド空将に対してすらマッダーフは声を荒げる。第二支艦隊は蛮族域の浮遊島制圧を主任務とする為、戦力の大半を空軍から抽出していた。司令をはじめとする艦隊上層部もマッダーフを除いて全て空軍の所属である。

 

 

 「……め、メジート砲、第二射を用意しろ!」

 

 

 「マッダーフ殿! 同一地点に複数の精霊石兵器を使用すれば大地に深刻な影響が!」

 

 

 「黙っていろ! お前たちは私の命令に従っておればいいのだっ!」

 

 

 マッダーフは水軍の将である前に『鉄血団結党』の重鎮でもあった。これまでは拮抗していたはずの水軍と空軍の勢力図もエスマーイルの災滅艦隊総司令就任を機に大きく変動してしまった。形式上はマッダーフの指揮権限は艦隊第三位であるが、災滅艦隊の切り札である『メジ―ト砲』に関する全権を付与されており、事実上の督戦官として艦隊を掌握しているのだった。

 

 

 「し、司令」

 

 

 自身の直属幕僚の声かけに苦々しさを隠し切れないヤズデギルドは眉間に大きな皺を刻みつつ、命じた。

 

 

 「メジート砲、第二射用意。目標、蛮族神殿跡」

 

 

 「り、了解しました!」 

 

 

 艦隊司令の命令を受け、メジート砲再発射に向けて艦橋内が慌ただしくなる。艦隊の意識が数リーグ前方の蛮族神殿跡に集中する中、気付いている者は居なかった。神殿跡南方に位置する都市に向かって航行していたはずの蛮族の艦隊の一部が、『転進』していた事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長身異形の亜人と、その主たる教皇が去ってより幾何かの時が流れた、聖オーガスティン修道院跡地―

 

 墓標としてだろうか、盛り上がった土の中心に流麗な装飾が施された短剣が突き立てられていた。

 その前に立つは、またしても、長身異形の亜人。アルブレヒト三世に付き従っていたセルの、さらなる分身体である。長大な尾を揺らめかせながら悠然と墓に近づく亜人。

 

 

 セルは、あらゆるモノを利用する。そこに生者と死者の区別など存在しない。

 

 




第七十二話を投稿いたしました。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。


2021年最初の投稿となります。

遅ればせながら、本年もよろしくお願いいたします。


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