東方人忌録 (阿桃)
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僕と永遠亭
あまりにも理解不能な現状




初めての小説です! 楽しんでいただけたら嬉しいです!駄文注意!


 目が覚めると、竹藪にいた。

 

 あまりにも唐突すぎる展開に目眩がする。いや待てよ、朝起きたらなんで竹藪にいるんだよ。状況が全く整理できない。いやこれを整理できたら行間を読むどころの騒ぎじゃない読解力だろ。

 

 僕は先ず、夢の中の現象と疑った。僕はわりかとハッキリと夢を覚えている人だ。夢の中の出来事を現象と呼んでいいのか否かは一旦置いておくにしても、夢なら早く覚めなくてはならない。学校に遅刻してしまうのはゴメンだ。

 

 再び辺りを見回した。竹、竹、竹。不規則に並んだ竹が、グニャリと曲がって見えてしまうほどの竹。竹藪というより、竹林なんだろうか……。

 

 息を大きく吸い込んでみる。鼻をつく土の臭い。独特な植物の香りが、どっと肺の中に流れ込んでいく。地面はひんやりとしていて、少し湿っぽかった。

 

 

「あ、夢じゃねーやこれ」

 

 

 ポツリと呟いてしまう。夢だという希望が潰えて、茫然自失としてる内に、ポロリと口を吐いてしまったようだ。

 

 そしてその言葉が、改めて“現実”を認識させる。

 

 

「誰かああああああああああ!!!助けてくださあああああああい!!!」

 

 

 反射的に絶叫。もはや何をしても文句はあるまい。当然の反応だと僕は思う。

 

 僕の声に驚いたのか、カラスの群れが飛び上がった。どうやら竹の上の方にとまっていたらしい。上を見やると日の光が差し込んでいたーー時間はだいたい昼前くらいだろうか。なら夢だとか考えるまでもなく遅刻だな、問題なかった。

 

 けたたましい叫び声を上げながら飛んでいくカラス(向こうからしたらけたたましいのは当然僕であり、迷惑極まりないと思ってるだろう)を見送りながら、さてどうしようかと再び迷う。

 

 ……とりあえず、もう一回叫んでみるか。

 

 

 

「すみませえええええん!!!誰かいませんかあああああああ!!!」

 

「うるせえええええええええ!!!」

 

 

 突如として、地すら震える怒号と共に、僕の目の前に少女が現れた。

 

 現れたというか落ちてきた。空から女の子が!

 

 しかしなんというか……その少女の格好が、もんぺなのである。

 

 もんぺ。

 

 蛍の墓みたいな時代のもんぺ。

 

 時は21世紀、本来ならばドラえもんすら生まれているはずだったこの現代に、もんぺである。突如として現れた彼女に対して考えられることは、親の虐待か家が貧しいのかの二択だろう。

 

 どちらにせよディープな話である。軽々しく触れていい問題だとは思わない。しかし、目の前のいたいけな少女を助けずにして、誰が男なんだろうか。

 

 僕は慈愛に満ちた瞳と、温もり溢れる笑顔を湛えて、その突如として落下してきた少女に優しく話し掛けた。

 

 

「つらかったら、お兄さんに相談」

 

「とりあえずぶん殴っていいか?」

 

 

 とりあえず殴られた。初対面の女子にいきなり殴られた。痛い。

 

 少女は暴力で大分スッキリしたのか、ニコニコしながら手を叩いた。なんだかんだ人を笑顔に出来たんだ。どうせならもっと僕に被害がないような解決がしたかったけれど、本望だ。決してMではない。

 

 しかしながら彼女が、もんぺを着ていることについては何も解決していない。と言うより、彼女について何もわかっていない。

 

 

「私についてより今はお前が置かれてる状況について考えてみろよ……格好はお前も大概だろう……」

 

「僕が置かれた状況?」

 

 呆れたように呟く彼女に、僕は思考を巡らせる。今の状況? 空から少女が落ちてきた……ん、何か忘れてるな。

 

 ……ああそうだ、確か朝起きたらパジャマのまま竹林で寝ていて、ここがどこかもわからないし町がある方向もさっぱり、さらにこの場所の心当たりが全くないんだった。

 

 

 

「やっべえ……だいぶピンチだ僕……」

 

「おせえよ……衝撃的だよ私は……」

 

 

 自らが置かれている状況をもう一度深く思い出した結果、この空から降ってきて着地して、平然と僕と会話しているこの少女に頭を悩ませることになった。

 

 いや、と言うか。

 

 

「誰だお前ッ!!?」

 

「なぜ少し時間差で!?」

 

 

 今気付いたんだから仕方がない。そのあまりにも自然に溶け込む技術に脱帽だ。

 

 髪を揺らして、少女がこちらを睨み付けた。ジロリと値定めするかのように。

 

 ……不思議な瞳だった。生きることに疲れたような“生気に満ち溢れた目”だった。彼女の第一印象を述べると、一行で矛盾するようだがそういうことになるだろう。

 

 やがて、彼女は値を定めたのか、ハハアと頷いて口を開いた。

 

 

 

「なるほど、外来人だな。こんな奇妙な服着た奴は初めてだけど、幻想郷にだっていないだろうし」

 

「? 唐突に話が見えなくなるのはやめようよ」

「話が出来るほど現状も見えてはあるまいに」

 

「いやまあそうだけどさ」

 

 

 

 だけどそれは単純にーー納得出来ない。あまり他人だけが知っていて、自分だけは訳がわからないと言った状況は好きではない。

 

 だが、彼女に説明を求めたとして、果たして正確無比な答えが来るのかを思うと肯定し難い。

 

 ではどうすればいいのか。

 

 

「……そうだな、アイツらに押し付けるかな。人里よりもあっちのが近いし」

 

「だから何をブツブツ言って……」

 

「いや、お前の避難場所に連れていってやろうと思ってな。付いてきな」

 

「親から不審者について行くなと教えられてきたもので」

 

「張っ倒すぞ」

 

 

 

 まあだけど、今の返答は少し狙ったことではある。

 

 今の状況を考えたら、今の言葉を受けて、“よほどの理由もないのに案内しようとする方が危険だからだ”。

 

 普通の親切な人ならばーー

 

 

「はあ……なら、あっちの方向にしばらく歩けば建物がある。そこに助けを求めな。私より説明が分かりやすいはずだから、そこの住民の方が」

 

 

 このように、“僕の意を組んで、道だけは教えてくれる”。一緒に行動しようとする者が、実は一番危ないのだ。

 

 いや、一番はいきなり刺してきたりする通り魔かな。

 

 

 

「わかった、わざわざありがとう。結局何が何だかサッパリ意味不明だけども、とりあえずそこに行ってみるよ……えっと」

 

「藤原妹紅、妹紅でいい。お前は?」

 

「オーケー妹紅、僕は夜明(よあけ)。夜明永(よあけ ひさし)。ここがどこだか、なにがなんだかさっぱりわからないけどありがとう」

 

 

 結局何もわからないままに、妹紅が指し示した道を行くことになった。明け方のようだけど、既に上がりつつある気温に嫌気が差しながら、対照的にひんやりとした土の上を裸足で踏みしめて、僕は歩いた。

 

 

 





どうでしたか? 不安しかありません、はい。これから少しずつ成長していきますので、生暖かい目で見守ってくだされば幸いです。


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変人と変質者とついでに僕


二話かあ、全く慣れない……。しばらくはこんなギャグ一貫になるのかなあ


 

 

 

 暫く歩いていると、ポッカリと開いた広場に出た。空を見上げると太陽はまだ東の方にある。生憎、僕は太陽の位置だけで時間を把握できるようなスペックは持ち合わせてないので、だいたいまだ朝早いかなあ、と言った具合で感じることしか出来ない。

 

 感覚が麻痺してきたのか、ひんやりとした土が心地よく感じられてきた。指の間をすり抜ける湿った土が、ニュルニュルとして……ふう。

 

 さて、閑話休題。この開けた広場に話を戻すことにするけれど、ここにはポツンとーーこの場合ポツンという表現はおかしいのかもしれないけどーー屋敷が佇んでいた。

 

 永遠を凝縮したような重厚な空気を纏う反面ーー歴史の重みこそ感じるが、見た目的には、古さやボロさは見てとれない。よく手入れが行き届いた屋敷であった。

 

 こんだけ荘厳さに溢れているんだ、どんな大金持ちが住んでいるかはわからない(あるいは、資産家の別荘、隠れ家の可能性もあるのだけど)が、とにかくさぞかしな大物が住んでいるに違いない。

 

 少なくとも、先ほどの藤原妹紅に施しを受けるよりかは、この家の人間に世話になる方が心の負担も少ないだろう。

 

 仮に別荘だとしても、掃除婦さんや管理者さんに人里までの道を教わればいいのだ。

 

というわけで、とりあえず玄関に周り、ノックしてみることにする。

 

 

 

「ごめんくださーい、ごめんくださーい」

 

 

 はいはーい、と、元気のいい声とトテトテと廊下を走る音が聞こえてきた。うむ、朝から元気いっぱいだな。どうやらいい子がいるらしい、お手伝いだろうか。

 

 

「お待たせしましたー、急患ですか?」

 

 

 ガラッと引き戸が開き、ひょっこりと少女が……顔を……

 

 ウサ耳。

 

 ブレザー。

 

 美少女。

 

 

 

「変態だあああああああああああああああ!!!!?」

 

「いきなり訪問しておいて何を言ってるのこの人!?」

 

 

 

 ダメだ、僕は妹紅のやつにどんな場所を教わったんだ!完全に“そういう”お店じゃねーか!

 

 

「だ、だいたい貴方だって!!変人極まりない格好じゃない!?」

 

「な、何を!この夜明永、自らが変人足る要素は何一つない!」

 

「むしろ変人要素の塊じゃない!鏡を見てよ!!」

 

 

 むう……この娘は、出会い頭に人のことを変人扱いするのか……コスプレイヤーの風上にも置けないやつだ。

 

 

 

「だいたい、僕のどこが変人だって言うんだ! ただ身体中土だらけで裸足で汗でパジャマが身体にピッタリと張り付いていて髪もボサボサで息が荒く人の格好を見て叫んだだけじゃないか!」

 

「意味が正しい方の確信犯!? 変人じゃなくて変質者だった!?」

 

 

 むむむ、なんて失礼なやつなんだ。妹紅のやつめ、こんなとこに連れてくるなんて、今度会ったらどうしてくれようか。

 

 

 

「なによぉ……朝っぱらから煩いわね……」

 

「あ、姫様! 聞いてくださいよ、ここのいきなり現れた変質者が……」

 

「誰が変質者じゃ」

 

「じゃあ不審者が!」

 

「それなら否定はしないけどね!」

 

 

 

 扉の奥から、眠たそうな声がして、ウサ耳が助けを求めるかのように背後を向いた。ウサ耳の背中のせいで、その人物を視認することは出来なかったが、どうやらウサ耳の上司らしい。

 

 僕とウサ耳のやり取りを聞いていったい何を思っているのかはわからない。しかし、その“姫様”と呼ばれた何者かは、興が乗ったのかはわからないが、ウサ耳のことを押し退けて、僕の目の前に現れた。

 

 初めてその少女を見た感想はーーヤバイだった。この少女はヤバい。少しでも気を抜けば、“心が持っていかれる”。

 

 無意識的無自覚性超攻撃型の美とでも言おうかーー本人は自身の美には気付いていても、その危険性には気付いていないのかも、といきなり思った。

 

 艶やかな黒髪を床の近くまで垂らし、白く透き通った肌、桜色の綺羅びやかな唇ーーそんなオーソドックスな美を極限まで突き詰めたのが彼女の美だった。

 

 まあつまり。

 

 僕の彼女への第一印象はーー怖いだ。

 

 

 

「ふむふむ、まあ、何となくわかったわ。鈴仙、貴方が人里に配達を初めた頃、稀有の眼で見られたでしょう? つまり、そういうことよ」

 

「いやどういう意味ですか姫様……」

 

「貴方、パッと見変態に見えるのよ」

 

「ドストレートだなおい」

 

 

 

 そこはもう少しオブラートに包んでやれよ可哀想に……レイセン?とか呼ばれたウサ耳がだいぶ萎れているだろ。

 

 それを見てなにかを満足したのか、姫様とやらはフフッと笑って、僕の方を見やった。

 

 突き刺すような視線に、僕は何も言えない。

 

 

 

「で、どうせ貴方は外来人でしょう。今永琳がいないから、その辺りの説明が非常に面倒なのだけど……」

 

 

 

 そう言って姫様とやらは、暫し考え込む。

 

 とはいえ、わりと早く決断したのか。それともわざわざ僕がここまで来たことについて思案してくれたのか、レイセンにタオルと病衣(確か、入院患者に着せる服だったかな。ということは、ここは病院なのか?)を取ってくるように指示を出した。

 

 

「貴方には、とりあえず現状を知ってもらうことにするわ。さ、上がりなさい」

 

 

 そう、手招いた彼女は、にっこりと優しく笑った。

 

 まるで悪魔のように。

 

 決して天使ではなく、女神でもなく、小悪魔のように笑った。







遅筆ですみません、精一杯なんです……


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不死と僕と幻想郷




三話です、不死をイメージした地文ってなんか難しい……


 

 

 

「まずはこの世界の話をしましょう」

 

 

 

 蓬莱山輝夜は、和菓子を口に頬張りながら口にした。

 

 

 

「そしたら次は貴方の、夜明永の話。それでいいかしら?」

 

「それだと僕がまるで話したがりのナルシストみたいじゃねーか」

 

「違うの?」

 

「違うわ!」

 

 

 この屋敷に上げられて、応接間ではなく、恐らくは居間と思わしき部屋に通された僕は、机を挟んで輝夜と向かい合って座っていた。

 

 輝夜。

 

 蓬莱山輝夜。

 

 彼女は先刻、僕にそう名乗った。いい名前だとは思ったが、なんだろう。どこかで聞いたことがあるような気がする。

 

 この屋敷の内装は基本的に和風で造り上げられている。しかし、この和風はどこか、偽物というかーー“似せ物”といったような気がして、どうも落ち着かない。

 

 

 

「姫様、そんな勝手に得たいの知れないやつに話しちゃっていいんですか?」

 

「別に良いわよ」

 

 

 鈴仙・憂曇華院・イナバが、僕のことを目で征しながら進言するが、アッサリとあしらわれる。ちなみに彼女の名前の件は、さっき散々ツッコミ倒した。小説で例えるなら5000文字くらい。あえてそれを繰り返すようなことはしない。

 

 ともかく、この鈴仙は兎に角(兎だけに、じゃない。そこ、五月蝿いぞ)僕が苦手なようだった。僕としては相性抜群(お互いとは言ってない)で非常にやりやすい人だとは思うのだけど、正直少し残念ではある。

 

 

「さて、じゃあ先ずは、貴方の予想を聞かせて頂戴。この世界についての、貴方の見解を」

 

「うーん……タイムスリップ?」

 

「no」

 

「異世界転生」

 

「no」

 

「因果律改変」

 

「no」

 

「HAHAHA!コイツはとんだ悪問だぜGU-YA!HEY!それじゃあスーパースターの解答をお聞きしようか!」

 

「なんなんですかそのテンション!?」

 

 

 耐えきれなかったのか鈴仙が叫ぶ。ちなみに彼女の中で敬語には一定のラインがあるらしく、輝夜の招いた客である以上、今の僕には敬語を使っているらしい。なかなか柔軟なやつだ。

 

 

 

「異世界転生がある意味近いかしら。世界線越境と呼ぶのが正しいと私は思っているわ。あくまでこの世界は、同じ次元に存在しているのだから」

 

「……さっぱりよくわからないな、つまり?」

 

「この世界は、『幻想郷』。人間人外差異はなく、忘れ去られたありとあらゆる存在が流れ着く、流浪の終着駅。最後の楽園よ」

 

 

 忘れ去られた存在が流れ着くーー幻想郷?

 

 ちょっと待てよ、じゃあつまり僕は。

 

 僕は……

 

 

「外の世界で忘れ去られたってことかしらね。この忘れ去られたの線引きは難しいところだけど」

 

「マジかよ……だいぶショックだな……」

 

「そうは見えないけど?」

 

 

 

 輝夜が笑う。僕は苦笑いを返した。

 

 

 

「それと、人外って言い方が引っ掛かるな。それはつまり動物?」

 

「いえ、確かに含んで入るけど、人外は人外。人間以外よ、妖怪神亡者亡霊ーーありとあらゆる者たちが、この世界に存在しているわ。要は何でもありね」

 

「……へええ……」

 

 

 

 話を上手く反らすことに成功した。しかし未だに忘れ去られた、という話題に戻すことは不可能ではないため、とりあえず攻めに転じることにする。

 

 

 

「すると、鈴仙の格好を見るに、輝夜たちも人外なの?」

 

 

 ピリっと、空気が変わった。

 

 今までこの屋敷を包み込んでいた荘厳さが一切消え失せて、輝夜ーーの後ろ、鈴仙の中に収束していくーー終息していく。

 

 重圧は剥き出しの敵意に変わり、空間が歪むように見えるほどに、僕に降り注ぐ。

 

 ここに来て僕は地雷を踏んだのかと苦々しく思ったけれど、その今にも牙を剥きそうな兎を止めたのは意外にも輝夜だった。

 

 鈴仙。

 

 その一言だけで、収束を解放し、刃のような敵意が消え失せて、何事もなかったかのように、静かで風情のある屋敷に戻った。

 

 

 

「見ての通り、確かに鈴仙は人外よ。まあ、兎の妖怪くらいの認識でいいわ。けれど」

 

「……けれど?」

 

「私はただの人間よ。ただちょっと不老不死なだけの……」

 

「姫様!」

 

「あら、別に良いわよ。困ることなんてないし」

 

 

 

 不老不死の……人間?

 

 いやいや、そんなものが常識的に存在するわけないし……第一

 

 

「“不老不死は人間と呼んでいいのか?”」

 

「っ」

 

 

 思考すらも先回りされる。彼女はふふっと小さく笑んだ。僕は苦笑いを返した。

 

 

「長く長く生きると、この程度の思考の先回りくらいならできるようになるわ。何せ、それだけ人と出会うことになるんだから」

 

 

 そして、誰もが私よりも先に死んだ。

 

 蓬莱山輝夜の顔に、一瞬だけだが影が落ちたような気がした。

 

 

「ちなみに、失礼かと思うけど、どれくらい生きてるの?」

 

「そうね、さかきの造に拾われた時として……だいたい1150年くらいかしら。まあ私は17になる頃には不老不死になったから、歳は取ってないのだけど」

 

 

 さかきの造?

 

 またどこかで聞いたことがあるような……いったいどこで聞いたのだろうか。

 

 

「じゅ、10世紀以上か……」

 

「永遠を約束されてしまった私にとって、1000年なんて須臾と変わらないわ。まあ、それくらいの気概じゃないと不死身なんて出来ないわよね 」

 

 

 あっけらかんと彼女は笑ったけれど。

 

 彼女の声は渇いていた。

 

 彼女はーー永遠の暇を潰すために存在しているかのようで。

 

 無限を生きなければならないのに、病んでいるかのように窶れているかのようで、病的に儚く、それすらも美しい。

 

 そしてやはり僕には怖い。

 

 剥き出しの凶器がただただ恐ろしい。

 

 

 

「まあだから、私の夫になった者に下す、最後にして最期の難題は決まっているわ」

 

 

 

 急に話が飛躍したようなーーいや飛び移ったような気がする。

 

 だけど、なんとなく彼女が言わんとしてることがわかるのもまた事実で、彼女がどんな気分でいるのかも、なんとなくわかってしまった。

 

 つまり。

 

 

「私を殺すこと」

 

 

 死にたい気分だ。

 

 

「さ、次は貴方について聞きたいわ。夜明永について、私たちに紹介して頂戴?」



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この世界と僕の生存願望




時間がかかってしまった……この話自体、あまり長く続くものではないんですけどね……


 

 

 

 

 僕の名前は夜明永、17歳。

 

 どこにでもいる普通の高校生だ!

 

 

 

「以上」

 

「薄っ!? こーこーせーって言うのはよくわからないけれど、今のことでわかったことは名前と年齢くらいなんだけど!」

 

「高校生って単語に全てが集約されていると言っても過言じゃないからな。僕の経歴、エピソード、評判、学力、運動神経エトセトラエトセトラ、全て高校生で説明できた」

 

「ならますますこーこーせーって何!?」

 

 

 まあそもそも、どこにでもいる普通の高校生って語られた瞬間に普通から逸脱すると思うけど。

 

 しかし僕が口から出任せに話した言葉を輝夜は鵜呑みにしているようで、未だに高校生とは何か、について考えていた。

 

 850年ほど生きていると新鮮な情報が恋しくなるのだろうか。高校生だけでそこまで悩まれてしまうと迂闊に物を話すことも出来ない。

 

 

 

「まああれだ、特に語るべき過去なんてないよ、僕には」

 

「ふうん……て、それはないでしょう? 外来人なら、忘れられることになった理由に、凄惨な過去の一つや二つ」

 

「ごめんね、合ったとしても、今は話したくないんだ」

 

 

 

 あるならば、僕も忘れたいから。

 

 もはやそれを覚えてるのが 全世界で僕だけしかいないという事実から、目をそらせないことは辛すぎるから。

 

 今は箱に、蓋をしたい。

 

 

「……まあ、そこまで言うなら深く聞きはしないけど……。それで、貴方このあとはどうするの?」

 

「えっ」

 

「えっ、て……帰る方法もないのでしょう? これからどうするのよ」

 

「あーそういえば忘れてたなあ……」

 

 

 来たことに驚いてて帰ることを忘れていては本末転倒である。

 

 だけど正直、この異世界で僕が一人では生きていくことすら出来ないのは事実であり、しかもたぶん、“人外”たちには人間を凌駕する力があるだろう。

 

 風のように速く波のように力強く、神通力を自在に操るかもしれない。

 

 

 

「ええ、半分正解よ。実際は人間でさえ不思議な能力を使用することがあるってことね」

 

「ますます魔境じゃねーか!?」

 

 

 

 安心して外も歩けねーよ、その世界観。

 

 

 

「大丈夫よ、ほんの一握りだから」

 

「一握りでも特殊能力者がいる時点で危ないだろ……どうやってバランス取ってきたんだよこの世界……」

 

「……ああ、スペルカードルールについて説明するのを忘れていたわ」

 

「説明してあげるのですか?

姫様」

 

「ここを出た場合、あのルールを知ってるだけでも致死率が下がるわ。喰い殺される可能性が最悪事故死に変わる。妖怪から逃げ切る難易度が弾幕を避けきる難易度に変わるーー弾幕ごっこというものは極論、弾を撃たずとも勝つことが出来るのだから」

 

「何がどうしていきなり物騒な話になったんだ」

 

 

 

 まるで意味がわからない。

 

 しかし輝夜も鈴仙も真剣そのものらしく、顔は強張っているようだ。少なくとも、からかっているような顔ではない。

 

 気の毒そうな、本気で労っているかのような顔だ。

 

 

 

「何がなんだかわからないから、とりあえずわかるように説明しろよ、そのスペルカードルール?とやらを」

 

「要は、スペルカードと呼ばれる札を用いて戦うのよ。自身が使うスペルカードを宣言して使うのよ。妖怪と人間の力量差を撤廃するためのルールでね、勝敗はどちらがより美しいかで決まるわ」

 

「より美しいか?」

 

「弾幕ーーまあエネルギー弾みたいなものの鮮やかさや、被弾なんかでね」

 

「まあだいたいわかったけれど……そのスペルカードとかは?」

 

「……スペルカードは基本的に、自身の能力なんかやそれに付随したものをベースにすることが多いの。つまり今の貴方には使えないわ 」

 

「そしてスペルカードが使えないと?」

 

「間違いなく死ぬわね」

 

「ここに泊めてくださいお願いします 」

 

 

 

 額を床に押し付けて懇願する。

 

 僕はそんな危険地帯を歩いてきたのかよ。

 

 物騒すぎるだろこの世界。

 

 

 

「プライドもなにもないのね……」

 

「プライドがあっても生きていけなきゃ意味がない」

 

「保ちたいメンツとかあるでしょう? 男の子なんだし」

 

「かっこつけて死ぬくらいならカッコ悪く生き抜きたい」

 

「情けなくなってきたわ……けどまあ、なんとなくわかった。“貴方がどういう人なのかね”」

 

 

 

 僕の話。

 夜明永の話はまだしてないのは当然だ。どこにでもいる高校生だなんていう没個性を特徴付けようとするような、まあ強いていうなら一行の矛盾からわかることなんて何もないのだから。

 

 誰もそんなことを聞いているんじゃなく。

 

 誰も僕のことなんて話した覚えは全くない。

 

 それだけで彼女は、僕をわかったという。それはどんな精神科医にもわからなかったことであり、口から出任せかとも思えば、彼女の確信に満ちた瞳が雄弁に物語っていた。

 

 蓬莱山輝夜。

 

 伊達に人間やってない、ということなのか。

 

 

「あら、ここにいたのね。探したわ」

 

 

 唐突、だった。

 

 予兆もなく、前触れもなく、真に突然、僕と輝夜の間、机の上の空間がパックリと裂けた。

 

 傷口のように。

 

 

 

「姫様!」

 

 

 

 鈴仙が叫ぶ。同時になにかをしたようではあったが、裂けられた空間が口を開いていて、立ち上がったであろうことしか把握は出来ない。

 

 真っ黒な穴の奥には、目玉や口、腕、無地の墓石、道路標識などがフワフワと浮かんでいるーー闇に張り付いていると表現するのがもっとも正しいのだろうか。

 

 混沌(カオス)

 

 目の前に広がっていたのは、ただのそれだった。

 

 

「初めまして、夜明永くん。そしてようこそ、この幻想郷(セカイ)へ」

 

 

 空間のスキマから、得体の知れない声がする。



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穴と僕と嫌な人




 急展開です。いやむしろ急転回です。転げ回ってます。


 

 

 

 

 口を開けた闇がそこにある。形を持たず形を保たず、ただ中にポッかりと、空くのではなく浮いていた。

 

 浮いているというよりも。

 

 ただそこに在るだけのようだ。

 

 その中から聞こえた艶やかな言葉は、少なくとも女の声であることは容易に判断がついた。地から響くような声ではなかったけれど、頭に響く。なんと言うか、頭のすき間を縫うように声が侵入(はい)り込むような声だった。

 

 人の心の形を知っているような。

 

 しかし、いつまでもそのうやむやな声についての描写を続けるわけにはいかない。それくらいに奇妙な声だったのだけど、いや、それだけが伝われば、または伝わらなければそれでいい。

 

 便宜上彼女、その声の主は全てにおいて、ただただ意味不明(アンノウン)だっただけなのだから。

 

 

 

「初めまして、夜明永くん。お久しぶりね、永遠亭の不死人」

 

「あらあら、貴方がこんな辺境に、何の用なのかしら? 茶菓子の用意は出来ないわよ、八雲紫」

 

 

 

 八雲紫、輝夜は挑発気味にその声の主のことをそう呼んだ。たぶんそれは、僕に声の主の正体を知らせるためでもあったんだろう。

 

 その八雲紫と呼ばれた女は、輝夜のセリフを反復するかのように「あらあら」とだけ繰り返し。

 

 

「貴方が誰かの気を使うなんて……この子はいったいどういう子なのかしらね?」

 

 

 ニュッと、穴から美女が上半身を突き出した。

 

 もちろんビビる。ビックリする。何かが潜んでいるとは思っていたのだが、まさかこんないきなり現れるとは思っていなかったからだ。

 

 惜し気もなく。唐突に。

 

 

 

「さあ、私は何も知らないわ。いきなり転がり込んできた男の子なんだから」

 

「そう。でも私は知ってるわ。彼が外で何をしたのかーーしでかしたのか。そしてそれすら忘れた、人々の無情と世界の無常を」

 

 

 

 八雲紫ーー金髪でスタイル抜群で、傘を持った美女ーーは、妖艶に笑う。輝夜の笑みは小悪魔のようだったが、彼女の笑みは冷たく、悪魔のような笑みだった。

 

 どんなに見てくれがよくても、決して仲良くなれないタイプの。

 

 その彼女が僕に対して言ったのだ。“何をしでかしたか知っている”と、言い放ったのだ。

 

 死刑宣告よりもあまりに重い一言をーー

 

 

「もちろん、彼を忘れたのは世間ですが、彼を招いたのは私です。私の求める才能を、貴方が持っていたから」

 

 

 

 ピクリ、と輝夜が動いた。依然として鈴仙は何も言わない。立ち尽くしているのかはここからよくわからないけれど、急展開に置いていかれて当然とも言えるだろう。

 

 

 

「残念ながら、この才能を持つのは日本でただ一人でした。決して強い才能ではありませんでしたが、しかしその希薄な個性が可能にした個性(オンリーワン)とも言えるでしょう」

 

「勿体振るなよ。僕は、訳がわからないままこの世界にやってきた。つーか朝起きたらここにいた。こんな瞬間まで置いてけぼりにしないでもらえるか? えっと、八雲紫」

 

同調(シンクロ)する程度の能力」

 

 

 

 間髪すら入れず、惜し気もなく彼女は言った。

 

 

 

「そう、それが貴方の才能、つまり能力。唯一無二の汎用よ」

 

「……へえ、なんとなく、少しだけわかったわ、八雲紫」

 

 

 少しだけ震えた声で、輝夜が呟く。

 

 

「あら、貴方、世話役もいないのに思考が出来るのね」

 

「ええ、貴方がラスボスだということがね!!神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』!!!」

 

 

 輝夜が札を見せて宣言すると同時にーー眩い光と共に、幾重にも重なったレーザーが、穴に向かって射出された。

 

 穴の向こう側で使われた技がどうしてわかるのかって?

 

 穴が消えたからに決まってるだろう。

 

 要は大量のレーザーが僕に降り注いだからに決まってるだろう。

 

 

「あびゃぇ!!?」

 

「……あっ」

 

 

 家具を撒き散らしながら、吹っ飛ぶ僕。広い部屋ではあったけれど、壁に頭を強打し、意識が朦朧とする。いや、数瞬後には意識を手放しているだろう。

 

 それでも、その言葉はハッキリと聞こえた。

 

 

 

「夜明永くん、私は貴方にとってのラスボスよ。でもね、貴方と蓬莱人、水と油は交わらないことを覚えておきなさい」

 

 

 

 まるで意味がわからなかった。



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僕と夜中と理性と危機



わりと長くなってしまっただろうか……
輝夜が可愛く見えてくれたら幸せです。


 

 

 

 

 夢の話だ。夢だと思う。

 

 ポッカリと拓けた川辺に、彼らがいた。ニヤニヤといつものように、意地汚そうな笑みを浮かべて、僕のことをキャンプファイアーのように囲み、雑巾のように蹂躙する。

 

 サンドバッグのように殴って。

 

 サッカーボールのように蹴り飛ばし。

 

 相撲のように張り倒した。

 

 それだけのことが、延々と現実のように繰り返されていく。

 

 ああーー“これならいい。これならよかった”。

 

 これだけの毎日なら良かった。彼らが生きているという現実が、いつまでも続くならそれで良かった。

 

 “僕が殺した五人が、こうやって僕をいじめ続けてくれるなら、それはつまり間違いなく夢だから”。

 

 だから夢は、いつもの通りに形を変える。現実に向かって変化していく。

 

 千差万別、妖怪変化のように、様々なバリエーションを持ちながら、ただの1つに終息する。

 

 やがて一人が猫を連れてくる。ああ、あの猫だ。僕になついてくれていた、大好きな友達だ。彼らはその猫を目の前でなぶり、いたぶり、そして川に沈めた。

 

 夢だから、殴られたことは痛くない。だけど、これは、いつもいつもこれは、いつだって、何度見ても何回目の当たりにしてもーー何よりも痛く辛い。

 

 僕が覚えているのはここまでだ。この先は全て現実と同じ。

 

 目の前が真っ白になったと思ったら、気が付けば死体が五つ生産されていただけだ。

 

 わけがわからなかったけど、僕がやったことだけはわかった。

 

 やっぱり夢じゃなくて、昔の話だった。

 

 

 

 

「……いやな夢を見たな……」

 

 

 

 全日本の人間が忘れた事件を、思い出してしまった。

 

 ここしばらくはあんな夢は見なかったのに……。

 

 

 

「あら、お目覚めかしら」

 

 

 女の声がしたので振り向くと輝夜がいた。眠気のせいで意識が朦朧としていて全く気が付かなかったけれど、どうやら僕は布団に寝かせられていたらしい。

 

 ならば輝夜が看病、というか様子見をしていたのだろうか?

 

「そんなわけないじゃない。死んだら後味が悪いから、なんとなく見に来たら調度目を覚ましたのよ」

 

 

 腫れぼったい目をした輝夜が言う。彼女がそう言うならそういうことにしておくけれど、なんというか素直じゃないな……。

 

 いやそりゃ、いきなり謎エネルギーレーザービームを叩き込んで意識が戻らなかったら、罪悪感の一つも生まれるだろうし、彼女の性格からしてそれを認めようとしないのは当たり前のことだと言える。

 

 バカな疑問だなあ、僕。

 

 

「そっか。じゃあ輝夜、今何時くらい?」

 

「丑三時よ」

 

「なるほど、午前六時くらいか」

 

「午前二時くらいよ、なんで知ったかしたのよ」

 

「わかってるならなんで最初から12時間制で答えてくれないんだよ」

 

「……ふふ」

 

「……変なやつだなお前…… 」

 

 

 

 

 とはいえ、僕の口元も緩みそうになっていたのもまた事実で。

 

 普通に楽しい。

 

 

 現在時刻は二時、とのことだが、確かに辺りは真っ暗なようだ。元の世界と違って、ここには辺りを照らす灯りが少ないからか、月明かりが非常に明るく感じる。行灯の火が、夜風に揺れる。

 

 元の世界では、現在6月だったはずだ。しかし、にも関わらずここはとても涼しくて暮らしやすい気候であるようだ。

 

 日本を暮らしにくいと言うのは我が儘だと思うけど、それほどまでに、少なくとも気候は楽園のようだった。

 

 

 

「それで、貴方が寝てる間に決めたのだけど、あなたはここ、永遠亭にしばらく置いておくことになったわ」

 

「なぜそれを僕が寝てる間に決めてしまったんだ……」

 

 

 

 僕の意志は?

 

 

 

「永琳がね。八雲紫の罠だとしても、手元に置いておくのが一番扱いやすいって」

 

「誰かは知らないけど僕の扱いが杜撰(ずさん)だ!?」

 

 

 

 知らない人からそんなテキトーな扱いをされるのは心外だ。

 

 僕は第一印象はかなり高評価を貰うことに定評があると言うのに。……ごめん嘘だ。

 

 僕の布団の横に座っていた輝夜が、その長い黒髪の先を、指でクルクルと弄りながら、言葉を紡ぐ。

 

 

 

「永琳は何を考えているのかしらねえ……」

 

「わからないんだ……」

 

「わからないわ。だから永琳ってね、スゴく怖いの。……差し引いても怖いけど」

 

 

 

 輝夜はグイッと、顔を僕の方に、上から覗き込むように寄せた。柳の葉のように垂れた黒髪が、僕の顔に掛かる。

 

 両頬をつねられた。しなやかで、柔らかな指が、頬の肉を歪ませる。

 

 冷たい指だった。

 

 

「でも貴方の考えていることは、手に取るようにではないけれど、何となくわかるわ」

 

「……わかるのか?」

 

「ええ、私は人間だからね」

 

 

 

 千年生きようがーー私は人間よ。

 

 彼女はそう、僕に言い放った。

 

 僕はーーそう、人でなし。

 

 人である価値すらない。彼女は対照的に、気高く誇り高く、何よりも人間だった。

 

 

「……何を考え込んでるのよ、貴方らしくもない」

 

「昨日出会った人にその発言はおかしい」

 

 

 さすがに旧知のレベルだぞ、その発言は。

 

 輝夜は僕から離れて、やれやれと首を振る。やれやれはこっちのセリフだ。

 

 

「何を言っているのよ。人間関係に時間は関係ないわ」

 

「僕には大いに関係あると思うけどな……」

 

 

 そりゃ、君の性格上は関係ないかもしれないけどさ。

 

 

「輝夜ー? こんな夜更けにどこに行ったのかしらー? 早く寝なさいって言ったわよねー?」

 

 とその時、廊下の奥の方から、輝夜ね名を呼ぶ女の声が響いた。

 

 この人が永琳と言う人なんだろうか? 鈴仙は確か、輝夜のことを「姫様」と呼んでいた。輝夜が高貴な身分にいる(または、いた。このような竹林の奥地に隠れるように住んでいる辺り、例えば王位継承出来なかったとか、隠し子だとか、様々な理由が考えられるけど、現在もその地位にいるとは思いにくい)ことは確かだろう。オタサーの姫なら知らん。

 

 となると、輝夜の母親か、母親代わりが妥当か……。

 

 チラリと、輝夜の方に目をやる。

 

 

「」

 

 

 絶句していた。

 

 

「どうしたんだよお前……」

 

「どどどどうしよう!絶対に怒られる!さっき寝ろって言われたのに!」

 

「取り乱しすぎだろ、どんだけメンタル弱いんだよ。さっきまでのクールさはどこに行ったんだよ、散歩かおい」

 

「今はそんなことはどうでもいいわ!隠れる場所隠れる場所……」

 

 

 

 あたふたと部屋の中を歩き回る輝夜。小動物みたいで可愛いもんだけど、如何せんテンパり過ぎだ。

 

 

「……ここしかないわ」

 

「何してんだお前!?」

 

 

 僕の布団の中に潜り込もうとしてきた輝夜に、僕は声を荒げる。明らかに冷静さを欠いている! 僕もこのままだと冷静さを欠かざるをえない!

 

 

(シッ、静かにしなさい。バレたら貴方も八つ裂きにされるわよ)

 

(バイオレンス過ぎる!!)

 

 

 永琳、という人の声と、足音がゆっくりと近付いて来る。輝夜は恐れるように、キュッと身を縮め、そして僕に身体を寄せた。縮み上がる思いなのはこっちだ。怖くなった僕は、掛け布団を被り、襖とは逆を向く。

 

 目の前に輝夜の顔があった。

 

 輝夜の控えめな柔らかい何かが、身体にピッタリとくっついている。布団の中に、心地好い香りが充満していく。色んな意味で意識が手放しそうになる。息がかかりそうな距離。そういや今日歯みがきしてない。ヤバイ。

 

 

「輝夜ー? ここにもいないのー?」

 

(……っ!)

 

 

 襖が開く音がした。僕が上手く背を向けて、輝夜のことを隠せてはいるが、少しでも部屋に入られたらアウトである。

 

 

「どうなら不届き者がいるようね」

 

(……っ!!? とばっちりじゃないか!?)

 

(静かに)

 

 

 ここに来て輝夜が冷静になっている気がするが、恐らくは緊張ゆえだろう。押し付けられている胸の鼓動はかなり高まっている。

 

 ついでに僕もヤバイ。早く逃げたい。

 

 

「仕方ないわ……うどんげー、弓を持ってきなさーい」

 

「え? 弓ですか? いきなりどうしたんですか?」

「ちょっとね、猫がいるみたいだから」

 

「猫は射抜かないでくださいよ!?」

 

 

 鈴仙の声も聞こえた。ごもっともなことを言っている。というか、ここの家の人はなんで丑三つ時にみんな起きてるんだよ、寝ろよ。

 

 というかというならさらに重ねてというか、明らかにバレてる。不死らしい輝夜ならまだしも、僕が射抜かれたらたまったもんじゃない。ここは出ていった方が……

 

 

(罠よ。永琳は起きてるかどうか判断しようとしているわ)

 

(いやいやいやいや……バレてるでsy)

 

「……本当に寝てるみたいね」

 

(マジだった)

 

 

 輝夜ー、と声を上げながら、再び永琳とやらが、廊下の向こうに遠ざかっていく。

 

 僕と輝夜はホッと一息ついて、ふとんから出て、笑ーーうことなく、笑みを目にした。

 

 

「あら、おはよう。随分とお楽しみだったみたいね」

 

 

 目の前にいる女性の笑みを目にした。

 

 

「完全に掌の上じゃねーかああああああああああ!!!!」

 

 

 深夜というのに、僕の絶叫が響いた。



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僕と早起きと働かざる者死すべき



遅くなってしまった……かなりスランプです、開始数話で


 

 

 

「さすがに看病をしてて遅く起きてた子を怒りはしないわよ」

 

 

 

 自らの頬に手を当てて、呆れたように永琳が呟く。

 

 八意永琳。どうやらここは、幻想郷では数少ない診療所の中で、そしてそのもっとも腕利きの薬師兼診察医が彼女らしい。

 

 鈴仙曰く、人々は彼女の薬を飲めば死者すら蘇ると評する、とか。

 

 もちろん、比喩の範囲であろうが、死者すら蘇るというのは聞いてて、どんな感情から例えられたものなのかと疑問に感じる。

 

 賛辞ではなく、薄気味悪さ。

 

 彼女に向かう感情は、たぶん鈴仙が感じているそれではなくて、もっと薄暗い、ドロドロした負の感情の奔流なのだと思う。

 

 

「それで、貴方がしばらくここに留まることになった夜明永くんね。永くんで大丈夫かしら?」

 

「あっ、はい」

 

 

 この診療所の診察医であるだけあって、彼女の微笑を見ていると、とてつもない安心感が溢れてきた。

 

 母性に溢れてるとでも言えばいいのだろうか。

 

 鈴仙が後輩、輝夜は同級生、そしてこの永琳は保健室の先生。パッと頭にそんな喩えが思い浮かび、そして消えた。ブレザーを身を纏う鈴仙(……何も変わっていない)、セーラー服に身を包む輝夜、白衣を翻した永琳。会ったばっかとはいえ、なかなか新鮮な気持ちになったような気がした。無論ただの妄想なんだけど。

 

 

「鼻の下、伸びてるわよ」

 

「おっと、いけないいけない」

 

「隠しはしないのね……」

 

 

 

 やれやれ、とばかりに額に手をやる永琳。まあ気持ちはわからなくもないけど、本人の前でそれをやるのはどうなのだろうか。

 

 

 

「永琳~、なんでこんな朝早くから活動しなくちゃならないのよ~……」

 

 

 今にも眠りに落ちてしまいそうな顔をした輝夜が訴えた。まあ完徹だしな、輝夜。眠いのも無理はない。

 

 ちなみに現在時刻は午前5時ほど。夏とはいえ、まだ東の空がうっすら明るんで来たくらいの時間だ。こんな朝早くに起こされて(寝てないけど)、いったい何をしろと言うのだろうか。

 

 

 

「働かざるもの食うべからず。永くん、貴方には今から、鈴仙と一緒に朝の配達に行ってほしいの」

 

「働くくらいなら食わぬ」

 

「なら息の根を止めるしかないわね」

 

「ごめんなさい調子乗りました落ち着いてください」

 

 

 

 どこからともなく弓を構えた永琳を必死に宥める。ニコニコとした顔は、僕一人くらいなら真面目にどうなってもいいとすら思っているだろうと感じる程度には、危ない。

 

 

 

「わかったかしら、ウドンゲ」

 

「はーい、お師匠様」

 

 

 

 元気よく返事をする鈴仙。まあ僕はこの世界に来た直後な訳だし、地理を知る意味でもこの朝の配達は願ったり叶ったリだった。

 

 配達ルートを教えてくれた永琳は、僕に一式服をくれた。少しブカブカしていて、古い大人の匂いのする和服だ。

 

 

 

「昔の知り合いの服よ、まあそれで我慢してちょうだい。貴方達が配達に行っている間に、歯ブラシとかの日常用品は用意しておくわ」

 

「……何から何まで、すみません」

 

「ふふっ、いい顔ね」

 

「はい?」

 

「貴方は恐縮している時が、一番可愛い顔をしているわ」

 

 

 

 永琳は艶っぽい笑みを湛えながらこちらを見る。

 

 というより、見透かしている最中ーーのように思えた。

 

 視線が胸の奥に突き刺さるようで、やはり怖い。

 

 

「じゃあお師匠様、行ってきます。ほら、いくよ。靴も貸すからさ。何センチ?」

 

 

 間を割るように急かす鈴仙。たぶん彼女も早く配達を終わらせたいのだろう。

 

 僕の道案内を兼ねるんだから早く出発したい気持ちはわからなくもない、まだ朝御飯すら食べてないのだから。

 

 

 

「……ああ、ありがとう。26センチだよ」

 

「身長の割には小さいわね」

 

「そうだね、足は小さいかな」

 

 

 ちなみに、僕の身長は176センチだ。平均よりは大きいだろうけど突出しているわけではない、高校生としてノーマルだと思う。

 

 

「平均値というのは心理的に、世間一般は低く受け取りがちなのよ。だから心象は大きい部類だわ、平均よりは少し高いだけでも」

 

「輝夜、説明はありがたいけど僕が疑問を口にしてからにしてくれ」

 

 

 久々に口を開いたと思ったら、無理矢理会話を広げるんじゃない。

 

 

「まあとにかく、朝御飯早く食べたいから早く帰ってきなさい。鈴仙、道案内と護衛を任せたわよ」

 

「はい、姫様」

 

 

 

 口を酸っぱくする輝夜。

 

 いや、でも少し待て、今非常に怪しい言葉が聞こえたんだけど。

 

 

「護衛ってなんだよ?!」

 

「そりゃ、人を襲う妖怪も少なからずいるわ。貴方はそれらから生きて帰れるの?」

 

「……」

 

 

 

 沈黙。正論過ぎて何も言えない。

 

 それを見て満足したのか、輝夜は黙った。付け足して永琳がさらなる可能性について口にする。そしてその可能性の対処法や対策を僕らに預けた。

 

 八雲紫の手を読むとするなら、そこだから。

 

 

 

「じゃあ、いってらっしゃいな。早く帰るのよ」

 

「はい、お師匠様。行ってきます」

 

 

 

 釣られてポツリと。

 

 呟いてしまった。

 

 

 

「行ってきます」

 

 

 

 小さな声で、間違えて、口に出してしまった。

 

 僕は、なにをしているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、永琳。どうだったの?」

 

「どうもこうも、村人の一握りは私を疑っているわ。爆発したら面倒なことになりそう」

 

「なら、早めに……」

 

「手を打つものではないわ。こういう時にすべきことは根回しなんかじゃないの。さっ、作業を始めましょうか」



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鈴仙と僕と生存願望



バトルは苦手だと確信しました(真顔)


 

 

 

 

 昨日の朝寝転がっていた時はかなり動揺していたからか、改めて足を踏み入れた竹林は前とは違った感想を与えた。

 

 死だ。生と死が満ち溢れている。たかがそれたけのこと、現実世界のどこでだって感じることができた生の躍動と死の胎動。

 

 “永遠亭にはこれが感じられなかった”。

 

 強いて言うならーー端から死んでいるかのような錯覚。とにかく静寂で、ひたすら沈着な空間。

 

 生が存在しない館。

 

 じゃあいったい、あそこにあるのはなんなのだろうか。

 

 

 

「何難しい顔してるのよ」

 

 

 

 横を歩く鈴仙が、僕の顔を訝しむような目付きで覗き込む。しかしそのような覗き方をされると、ピョコピョコ動く耳がペチペチと顔に当たって非常に煩い。わざとやってるのだろうか。

 

 鈴仙の雰囲気は、まさしく普通ーーいや普通ではなかったけれど、輝夜や永琳とは違って、非常に現実的だった。現実的に優等生みたいで、現実的に気が利く娘のようだった。強いて言うならその見た目は一番現実離れしていることだけがネックなものだけど。

 

 まじまじと顔を眺めていると鈴仙は不思議そうな顔をして前を向く。まあそりゃあ、恥ずかしかったのだろうか。接客業をしている以上、アガリ症ではないだろうけれど、恥ずかしがらないとは話が違う。

 

 

 

「いや、今日の朝御飯に納豆が出てしまったら、僕はどうすればいいのだろうって考え込んでたんだ」

 

「随分暇なのね貴方……」

 

「何を言う、死活問題だよ。居候をこれからする身となっては、ワガママなんて言えないからね」

 

「まあ、頑張ればいいんじゃないかしら……」

 

 

 

 額に手をやって鈴仙が引き下がる。いったい何が気に食わなかったのだろうか。

 

 と言うか、口から出任せの嘘だったけれど、本当に朝御飯が納豆だったらどうするんだろう。当然ながら食べられないが、好き嫌いを口に出来る身分ではない。大豆アレルギーなんて言ったらろくに何も食べれなくなってしまう。

 

 うーん、嘘から出た真って恐ろしい。ちなみに誤用だ。

 

 

 

「あっ、そこ、硫酸のたまった落とし穴ね。飛び越えたところには、わかりにくいけど特殊粘着液の沼、ハマると丸太が飛んで来るから右側から迂回して」

 

「えっ? あ、はあ、……うん」

 

「あーダメダメ、そっち側はダメ。縄で足を吊り上げられて弓矢で射抜かれるわ。あと30センチ左を慎重に通過して」

 

「……はあ……?」

 

「あーあーあー、そこストップ。二歩下がって左に大きく3歩進んで、立ち幅跳びで二メートルジャンプして。ミスったら左腕持っていかれるわよ」

 

「ストップはお前だよ!」

 

 

 

 僕は耐え切れず絶叫する! 数歩前に鈴仙は煮え切らない顔で振り返り、「どうしたの」と返事をした。

 

 いやいやいや、どうしたのはこっちの話だから。護衛とかそれ以前の問題だから。

 

 

「さっきから何わけのわからないこと言ってるんだよ」

 

「何って、罠の位置だけど」

 

「罠ってなんだよ!? つか、なんで罠があるんだよ! 曲がりなりにも診療所なら周囲の竹林に罠を仕掛けるんじゃねえよ!?」

 

 

 いや、もしかした罠なんて嘘だったのかもしれない。昨日から数回に渡ってからかい続けた仕返しというか、馬鹿みたいに動き回る僕を眺めて、あとでネタばらしをして楽しもうという算段なのかも。

 

 そう思えば、鈴仙の手のひらで踊らされていたことになる。まんまとしてやられた。僕は改めて一歩踏み出し

 

 

「あ、そこ」

 

「はっ?」

 

 

 カチッという何かのスイッチの音が足下からした。釣られて自身の足下を見るけれど何もない。ただの地面だ。

 

 なんだ、やっぱり罠なんて、と思った矢先に首に縄が引っ掛けられた。はい?とか何か思う間もなく、縄が引っ張られ、近くの竹に体を強打する。

 

 最初の音で首を下に向けさせて、首に縄を通しやすくする罠だったようだーーなんて思考を張り巡らせる余裕は無論なかった。竹にギチギチに張り付けられてる僕目掛けて、数本の矢が飛来して、両脇と首、股下を掠めて背後の竹に突き立つ。

 

 ここで、やっと一呼吸。

 

 

「か……はっ……」

 

 

 これを呼吸と呼べるかは別として。

 

 

「だから言ったのに、大丈夫ー?」

 

 

 罠から解放された僕を、鈴仙は心配そうに眺める。あくまで遠巻きにだ。位置関係的に、どうやら近寄ることは不可能らしい。罠的な意味で。

 

 一呼吸、二呼吸。

 

 

「だからなんでこんなもんが診療所近辺に仕掛けてあるんじゃぁあああああああああい!」

 

「ひゃぁっ!? 落ち着いて!? 落ち着いてね!?」

 

 

 僕の絶叫に鈴仙は取り乱す。強打した背中を擦りながら、鈴仙の出す指示に従ってとりあえずは鈴仙と合流。

 

 再び竹林の外へ向かうために歩を進める。

 

 

「いつもはね、罠は作動してないの」

 

「? ならなんで今は作動しているんだよ」

 

「緊急のことが発生してる。罠を作動しなくちゃならない何かが起こってる。この罠を管理してるのは因幡てゐっていうウサギなんだけど……ここ最近見掛けないし……って、ちょっと待って」

 

 

 

 鈴仙が深刻な顔をして立ち止まる。またもや罠があったのかと多少呆れながらも、僕は迅速に足を止め(迅速に動作を止めるとは奇妙な表現だ)、辺りを注意深く見渡してみる。

 

 やっぱり正直何もわからない。鈴仙には何が見えていて、罠を回避しているのだろうか。

 

 しかし鈴仙の口から放たれた言葉は、僕の思考とは全く別方向の答えで。

 

 

 

「何か……来る」

 

「はい?」

 

 

 言うや否や、僕の服を掴み鈴仙は浮遊する。空も飛べるのかよ……とか考える余裕もすぐに吹き飛んだ。中空を高速で飛行した鈴仙は、竹林の中のポッかりと開いた広場に着地する。

 

 普段は萎びれている彼女のウサ耳はピンと天を突いていて、限界的な厳戒体勢はそこからも伺えた。加えて、額に滲む汗が、ことの異常さを表している。

 

 鈴仙の腕から解放された僕は、たまらず彼女に問い掛ける。

 

 

「何か来る……って、罠はどうしたんだよ? だいたい何が来るんだよ」

 

「……罠は、踏み抜かれてる。“作動した罠は全部かわされてる”。これは、たぶんーー」

 

 

 鈴仙が言葉を紡ぐ前に、それは僕らの姿を現した。

 

 上空から、小さな1つの影が、落下してくる。

 

 それは音もなく地面に着地し、八重歯を覗かせて、ニヤリと笑った。

 

 

「にゃあ」

 

 

 猫だった。

 

 じゃなかった猫耳少女だった。

 

「貴方、八雲紫のとこの……」

 

(チェン)だよ! 久しぶり!」

 

「いったい何の用なの? そんな、剥き出しの敵意で」

 

「にゃにゃ、橙は藍さまに頼まれた仕事をしに来ただけだよ」

 

 

 猫耳と対峙するウサ耳。

 

 何だろう、何かがおかしい。

 

 シリアスなシーンのはずなのに全く気が引き締まらない。というか、猫耳の見た目10歳くらいの少女が現れてシリアスになれというのは難しいんじゃないか?

 シュール過ぎて何も言えないんだけど。

 

 

 

「えっとね、橙はつまりーー」

 

 

 

 言葉が、ぶれる。

 

 

「この爪をクイって引いてくるように頼まれたの」

 

 

 刹那、僕の背後から可愛らしい少女の声がした。無論、僕には何が起こってるかはわからなかったし、言葉がぶれたのは超スピードで移動したからだ、なんて頭に思い浮かべる余裕はなかった。

 

 わかるのは首筋に冷たくて固い何かが触れていることーー爪が血管を捉えていることだった。

 

 しかし僕がそれを理解するより早く、鈴仙は振り返り、銃の形を作った指先から、紫色の弾丸を放ち、僕の顔を掠めて背後を撃つ。同時に背後にいた橙は飛び上がり、空中で静止。そして笑った。

 

 予想より遥かに超次元だった。

 

 さすがに笑えない。

 

 

「夜明くん! 師匠から言われたこと覚えてるでしょ?」

 

「え? あ、ああ……」

 

「今貴方が生き残るには、とにかく彼女を撃退するしかないわ! 戦えなくてもいいから死なないで!」

 

 

 

 にゃは、と、笑い声がして空中に浮いていた橙の姿が消える。

 

 まだ状況が飲み込めなかったけど、どうやら命の危機だということは辛うじて理解できた。

 

 と言うか、命の危機なのは夜中からずと変わりやしない。

 

 さて、生存戦略、始めましょうか。

 

 なんて、言ってみたりして。

 



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僕と黒猫と赤い瞳




戦闘描写なんて消えてしまえばいいのに!
なら書くなよって? ごめんなさい頑張ります許してください


 

 

 

 

 優しさでは何も解決しない。

 

 そんなことを僕に吹き込んだのは中学校の時の教師だったかーー今思えば聖職者として限りない不安を拭うことが出来ないような人格の人だったけれども、だから彼女の言葉はいつも真理を突いていて、だからいつでも正しかった。

 

 優しさは、何も救わない。

 

 優しさとは、甘やかしだから。

 

 厳しさの中にある愛こそが真実の形なんだと彼女は言った。猫一匹に対して五人を殺してしまった僕を叱咤するように、叱責するように。もちろんそこまで彼女は僕のことを見てはいなかっただろうけど。

 

 しかしそれこそ正しい在り方なのだと。

 

 お互いに譲れない理由があるときに譲ることは正しさじゃない。

 

 自分が妥協できるときに自己を犠牲にすることは善いことじゃない。

 

 博愛精神なんてものは人類が生んだ負の遺産だと、彼女は言った。

 

 だから僕は小さく聞き返した。なら僕はどうすればよかったんですか? 殺してしまったことはもちろん間違いですが、猫が殺されても苛められても黙ってればよかったんですか?

 

 それに対する返事は、僕の今までの考えを全て否定するような、無茶苦茶なセリフ。

 

 いいや、殺してよかったよ。

 

 他人の痛みが理解できないものを優しくしても、彼らには優しさが理解できないんだから。

 

 殺るときは殺れ。

 

 

 

 

 

 

 

「にゃは! ウサギさん、橙には当たらないよー!」

 

「…………」

 

 

 スペルカードルール。

 

 弾幕ごっこ。

 

 呼び様はいくらでもあるのかもしれない。言い方なんて一つ一つが、表現の一面性でしかないと僕は思う。

 

 弾幕ーーしかしこの表現だけは、もっとも言い得ている。鈴仙の放つ色とりどりの光弾を、黒猫少女がピョンピョンとかわしていくーーなんて、生温い、予想の範囲内のことではなかったからだ。

 

 鈴仙が放つ、弾幕と思われるものは肉眼で見切るのはほぼ不可能な速度だったし、何かがパッと光っているようにしか見えなかった。それを避けている黒猫はもはや、姿が消えている。

 

 鈴仙にはこの速度の動きが見えているのだろうか。おそらく彼女は現在、僕の所にあの黒猫を近付かせないように戦っている。

 

 二匹の動きが、あまりにも速すぎた。

 

 

 

「……なら、終わらせましょうか!幻惑『花冠視線(クラウンヴィジョン)』!」

 

「にゃ!?」

 

 

 

 ここに来て、鈴仙が動いた。どうやら今取り出した札がスペルカードというものなのだろう。

 

 彼女が放ったのはリップルレーザー……つまりリング状の電波のようなレーザーである。一見、前方にしか範囲はないが、今まで撃ちまくっていた弾幕は、どうやら黒猫の行く手を阻むためのものだったらしい。肉眼で追えない速さの弾幕は、次第に減速し、続いて停止していっている。停止の仕方を見るに、かなり縦横無尽に走り回っていたようだ。

 

 圧巻の物量である。隙間のないほどに敷き詰められたそれを見て、僕は絶句せざるを得ない。

 

 それを、軽やかにかわしていたのか、あの橙とか言う少女はーー

 

 しかし、四方八方を塞がれ、押し潰すように彼女にはリップルレーザーが迫っている。

 

 何をしてもこの包囲網を抜けることは叶わないだろう。

 

 

 

「……にっ」

 

 

 

 だけど猫は、笑った。

 

 

 

「仙符『鳳凰卵』」

 

 

 

 瞬間、あまりの速さに橙は消失する。少なくとも僕の視界から姿を消したーー彼女に弾を避ける術はない、なら。

 

 “被弾すればいい”。

 

 自分が死なないなら、どんな手傷を負っても、避けず、かわさず、ただ目的を達成すればいい。

 

 その結果死んだとしても、従者としても本望なのだろうーー走馬灯に入るはずの貴重な時間を、こんな敵に対する説明なんかに消費してしまったことを僕は、ただただ呪った。

 

 目の前に現れた橙が、その腕を降り下ろし、僕の胸を抉るまでの、コンマ以下の時間だけの話だ。

 

 

 

 

 

 

「“やっぱり、夜明くんを狙ったのね”」

 

 

 

 胸を抉られたーー僕は自分の胸が抉られたところまで、ハッキリ覚えている。痛みも感触も、確かに切り裂かれたはずだ。

 

 だけど、僕の目の前で橙に胸を抉られたのは鈴仙で。

 

 黒猫の少女も、目を丸くしている。

 

 

 

「波長を操る程度の能力ーー貴方たちの視界をまとめて誤認させてもらったわ。そして、これでーー」

 

 

 ーーやっと捕まえたわね、子猫ちゃん。

 

 橙の服を掴んだ、鈴仙の目が赤く光る。

 

 服を掴んだ手は外れないようにしっかりと返されて、服を巻き込んでいる。柔道で襟を掴む際の持ち方だ。もう猫は、すばしっこく逃げ回ることも、ただの一撃をかわすことは出来ない。

 

 

 

「赤眼『望見円月(ルナティックブラスト)』」

 

 

 

 この一撃は、かわせない。



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僕と同値と存在感



バトルは苦手だ(再三再四)

もう少し描写をくどくしたい
くどく、癖になるくらいくどく


 

 

 

 

『貴方の能力、「シンクロする程度の能力」についておさらいしておきましょうか』

 

『おさらいも何も、ぼぼ何もわかってないじゃないか』

 

『そう? 私はだいたいの予想はついてるわよ。と言うより、確定レベルで』

 

『マジで?』

 

『マジマジ』

 

『わかったよ、永琳。そこまで言うなら教えてほしい。「シンクロする程度の能力」はいったい全体、どんな能力なんだ?』

 

『それならば対価として、貴方が隠してることを話して貰おうかしら。信頼と信頼の等価交換よ』

 

『……』

 

『なんてね。信頼は押し売るに限るわ。貴方が気が向いた時にでも話して頂戴』

 

『……なんで』

 

『何かしら』

 

『なんで、わかるの?』

 

『医者だからよ』

 

『僕の知ってる医者とは違うね』

 

『天才ですから』

『自分で言うんだ……』

 

『さて、話を戻すにしても永くん。まず貴方は自分の能力に自覚を持たなくてはならない』

 

『自覚って言ったって、何もわからないのに?』

 

『たぶん、貴方の話したくない過去と照らし合わせれば、この能力の一端が見えてくるんじゃないのかしら?』

 

『……』

 

『トラウマは忘れるだけじゃ意味がないのよ。トラウマからわかることもある』

 

『……それで、わかったとして』

 

『わかったとして?』

 

『どうやって使えばいいんだ、それは』

 

『他人事みたいな言い方ね。心を落ち着かせること。暴走して、無茶苦茶しないで、ただ心を落とし着ける。それだけ』

 

『それだけって……随分と雑だな』

 

『深く考えすぎなのよ。能力なんて天性のもの、意識したって仕方ないわ。心の波を消してやればいいだけよ。少なくとも貴方は』

 

『……はあ、わかったよ。心を落ち着かせることね』

 

『貴方の能力は、とてもじゃないが最強と言える能力ではないわ。だからと言って最弱でもない。中途半端に弱く、中途半端に使いづらいことになると思う』

 

『……』

 

『でも逆に貴方の能力は、誰が相手にも互角になれる。最強だろうが最弱だろうが、タイマンでもっとも相討ちが得意なのは、人類において貴方しかいないでしょう』

 

『ねえそれ褒めてるの? それとも皮肉?』

 

『とにかく、行ってらっしゃいな。姫はああ言ったけれど、男の子なんだから、鈴仙を守らなくちゃ』

 

『なんか話を反らされた気がするんだけど』

 

 

 

 

 

 

 回想終了。なんかこうして思い返してみると、永琳が言ってることが抽象的でいまいち的を射ない。どこかあの八雲紫と話し方が似ている。

 

 僕が何故こんな回想をしているのかは、順を追って説明しなければならないと思う。

 

 順を追って、結論から言おう。

 順を追うと結論になるんだから仕方ない。

 

 つまり、鈴仙の目から放たれたレーザーールナティックブラストは当たらなかった。たった一つだけ、たった一つだけ彼女にミスがあったとするなら、念には念を入れすぎてしまったことだ。

 

 “外れないように、服を巻き込んで柔道のように掴んでしまったことだ”。

 

 ……洋服は柔道着じゃないんだから、破れるに決まってるだろ……。

 

 服を破くことで拘束から脱した橙は、自信の裸体を隠すことすらせず、距離を取って唸った。

 

 猫の習性……みたいなものだろうか。

 

 鈴仙はついに力尽きたのか、膝をついて息も絶え絶えだった。胸の穴から痛々しく出血している。しかしそれでも、彼女は僕のことを見て、小さく「逃げなさい」と呟いた。

 

 

 

「……お前は、なんで昨日会ったばっかのやつに命を張れるんだよ」

 

「……そんな……当たり前のこと……聞かないでよ……」

 

 

 

 鈴仙は一息ついて、誇らしげに笑った。

 

 

 

「お師匠さまの弟子……だからに……決まってるじゃない」

 

 

 

 あくまで患者を心配させないように笑う。

 

 ああ、もうーー大馬鹿野郎だよ、お前。

 

 自己犠牲なんてされても後味悪いだけじゃないか。

 

 本当に。

 

 

 

「救いようのない大馬鹿野郎だよ……!」

 

 

 

 心を、落ち着かせろ。心頭滅却し全てを無にしろ。

 

 個性なんて捨てちまえ。あの時のように全てを融かし混んでしまえ。猫に睨まれてすくむんじゃない。波を消せ。あれはただの一面の絵画だ。ただそこにある大樹のように、ただ吹き荒ぶ風のように、当たり前を認識しろ。当たり前になれ。波長を合わせろ。真っ直ぐに張った糸のように、無言と無限を両立させた線のように、ただ静かで無心になれ。水面の波を消すような感じではない、水中に沈んでいくような集中だ。落とし入れて落とし着けてーーただ、ただ。

 

 

 

 

 

「『同調(シンクロ)する程度の能力』ーー空気と波長を同調させる」

 

 

 

 

 一歩進む。猫は動かない。

 

 二歩進む。猫は唸っている。

 

 三歩進む。猫が震えた。

 

 四歩五歩六歩進んでも、目の前に立っても、猫は何も反応しない。

 

 

「世界に存在し、みんながそれを認識しながら意識はしない存在、それは空気だ」

 

 

 

 だから僕は、存在感を空気と同調させた。

 

 みんながそこに空気があることを当たり前だと思い、普段気にもしない存在感をシンクロさせた。

 

 全ての生物は、空気がそこにあることを理解しながら、空気を読むことを覚えながらも、そこにある気体に意識を向けることはほとんどない。

 

 特に戦闘中は、だ。僕は自身の存在感を、空気たらしめた。

 

 “ものや人と同調し、ステータスを同値にする能力”ーー簡単に言うとそういうことだ。

 

 なるほどこれはーー中途半端だ。

 

 

「不意を討つようで気に入らないけど、そんなことは言ってられないな」

 

 

 僕は橙の頭を掴む。さすがにそこまでされれば僕の存在を認識するだろうが、困惑と当惑が混ざり合った意識の中で、ただ攻撃に移ることはできないだろう。彼女にとってはいきなり頭を掴まれたようなものなのだから。

 

 だから瞬間的にーー刹那ほど後に僕は一瞬だけ能力を解除する。本当に一瞬だけ解除して、鈴仙と同調する。

 

 途端に、胸に風穴を開けたような(というかそのまんま)激痛が駆け抜ける。呼吸が出来ない。息苦しい。血が流れたかのような錯覚を得る。全身の力が抜けていき、意識を保つことすら朦朧とする。

 

 これが鈴仙の痛み。

 

 それでも誰かを助けようとする強み。

 

 

「本当、バカ野郎だよ」

 

 

 僕はそれだけ言って、静かに笑い。

 

 赤く染まってるであろ眼で黒猫を睨み付け。

 

 たった一撃。

 

 

 

「 赤眼『望見円月(ルナティックブラスト)』 」

 

 

 今度のレーザーは、ちゃんとしっかり黒猫を飲み込んだ。



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僕と誤算と黒猫



黒髪パッツンは正義


 

 

 

「……ちくしょう」

 

 

 

 喉奥から絞り出した言葉は静かに空中で分解される。

 

 悔しさだけが溢れ出る。

 

 黒猫はーー橙は、まともにレーザーを喰らった。真っ正面から、今度はかわすなんてことはありえず、何がなんだかわからないままにレーザーに巻き込んだはずだ。

 

 直後に、たまらず僕は能力を解除した。これ以上鈴仙と同調していると、僕の命に支障が出始めるからだ。

 

 僕の命に危険が迫ればすぐさま能力解除とは酷い奴に見えるかもしれないーー何とでも言え、僕が死んだら鈴仙を連れ帰る奴がいない。

 

 医者に連れていく奴がいない。

 

 だけどそれも叶うのかが不安だった。僕の身体が数秒同調しただけで、死の間際を歩くことができたのだ。鈴仙の体力はとっくに限界を迎えているだろう。

 

 しかし、それでも。

 

 

 

「ふしゃー!ふしゃー!」

 

 

 

 黒猫は、単純に耐えていた。確かに当たれば一撃必殺な技だなんて聴いたこともないし、あの技がどんな技かも見た感じでしか知らないから、威力すらもわからないのだけど。

 

 それにしても少し焦げただけというのは……あまりに不等価な交換だとは思う。

 

 クソ、と、僕は毒づく。

 

 

 

「……にゃは、今のは危なかった気がするよ。おにーさん」

 

「……唸るのはお終いかよ? 猫は怒ってる時が一番いじりがいがあるんだけどな」

 

 

 そんな軽口を叩きながら、じわじわと鈴仙に近付いていく。同時に橙も僕にジリジリと近寄ってくる。

 

 

 僕に残された最後の手は、逃げることだった。

 

 

「にゃはは。余裕ぶっても、君が頭をフル回転させてるのはわかっているよ」

 

「……うん、まあ、朝食をどうしようかってね」

 

「何もかもどうしようもないよ」

 

 

 何をしようと、どうしようもない。

 

 そんなことは、やってみなくちゃーーわからないだろ。

 

 やる前から諦めてるやつに、何かが成せるわけがないんだ。

 

 瞬間ーー僕は橙自身と同調。その身軽さと速さを駆使して、足下の土を抉り蹴りあげ、橙の顔にふりかける。

 

 直後に鈴仙に向かってダッシュ。なるほど、速い。ここまでの速度で走れるのかーーそのまま鈴仙を抱えて、永遠亭の方向はわからないけれども、少なくとも橙から離れるように走る。どうやら僕が全力で走れば、追い付かれることはーー

 

 

「にゃは。紫様の言った通りだー」

 

 

 僕の脇腹に、膝が突き刺さる。胃からこみ上げてきた酸味のある液体を飲み込み、吹っ飛ばされながらも鈴仙をしっかりと抱えて、僕が下敷きになって地を滑る。

 

 

「あくまでも橙と同速なんだから、人を抱えて逃げられるわけないよ。それに……えいっ」

 

 

 橙は僕の顔面をサッカーボールのように蹴り飛ばす。抱えていた鈴仙が放り出されて、少し離れた場所に転がる。手を伸ばしたけれど、数メートルの距離は果てしなく遠かった。

 

 橙はチラッと僕の顔を見て、哀れむような、憐れむようなーーそんな目付きで見下して、一言。

 

 

「錯覚してるみたいだけど、紫様が言ってたよ? 体力が回復するわけじゃないって」

 

「はは、先に教えてくれよな……」

 

「じゃあね、夜明くん。藍さまー、今終わらせます」

 

 

 

 一撃。僕の腹を思い切り踏みつけて、嘔吐する僕を見つめながら、鋭利な爪を喉元めがけて降り下ろしーー

 

 ガサガサッと、後ろの竹藪が動いた。

 

 

「……っ、誰かいる!?」

 

 

 それに警戒し攻撃を中止した橙。猫だからか警戒心が非常に強いのだろうか?

 

 いや、それにしてもこの怯えようは何なのだろうか。“明らかに何かを恐れている”。なにかの影に怯えている。

 

 僕に止めを刺せばよかったのに、それすらも中止したのが根拠の一つである。

 

 偶然迷い込んだ一般人や、はたまた僕らを助けにやってきた誰かであろうと、僕への攻撃を中止する理由はない。

 

 喉元を引き裂いて、ただ逃げればいいのだから。

 

 それをしなかったのは、たぶんーー死ぬから。

 

 1秒でも早く離脱しないと死ぬから、だろうか。

 

 

「……っ」

 

 

 竹を掻き分けて現れたのは一人の男だった。目は虚ろで口から涎が溢れ出ている。農民のような格好をしていて、何日もさ迷っていたのか酷い悪臭がした。

 

 一目見て異常だということは理解できる。餓死するまでの仮定で、こうなることは先ずないだろうといった様相だった。男は何も言わずーー(正確には、言えずに、だと思う。口は動いていたし、喉の奥から掠れた息はヒューヒュー音を立てていたけど、それは発音と呼べるものからはほど遠かった)一歩進んだ。

 

 サク、っと小さな土の音。

 

 

 

「ゆ、紫様からここには入っちゃいけないって言われてたのに……に、逃げよっ!」

 

「っ……お、い……お前!」

 

 

 

 橙は青ざめた顔をして、僕を放置して逃走する。あの強かな黒猫が僕らを無視して逃げたということ自体が、すでに事の異常さを証明しているようだった。

 

 倒れていた僕が声を荒げたからか、男はギョロりとこちらを睨んだ。奈落の底を覗いたような瞳が僕を刺す。

 

 何とか身体を起き上がらせるも、鈴仙を抱えて逃げる余裕もない。というか、同調する相手がいない。吐瀉物で汚れた口を拭い(永琳すまない。服はベチャベチャだ)、鈴仙に走り寄る。

 

 しかし、相手は速かった。鈴仙の前に辿り着く前に肩を掴まれる。振り返ると、口をガバッと、皮膚が引きちぎれるほど大口を開けて、僕の首筋に噛みつこうとしていた。

 

 

 

「う、うわっ!?」

 

「何情けない声を上げてるのよ……って臭っ!? 何? 吐いたの? 吐いたのアンタ?」

 

 

 

 グシャリとその頭を吹き飛ばしながら現れたのは、輝夜がだった。

 

 ありがたいけれど、助けに来るのが遅いと苦言を呈したいとこだ。

 

 というか、そんな悠長なことを言っている場合じゃない。

 

 

「て、輝夜っ! それより鈴仙だ、鈴仙の命が危ないんだ!」

 

「ああ、あそこでぼろ雑巾みたいに転がってる子? 舐めプなんてするならそうなるのよ、本気出せばいいのに」

 

「何言ってるのかわからないけど、そんなことを言ってる場合じゃないだろ!?」

 

「あの子なら大丈夫よ。あの子の胸が大きいせいで、大事な器官に傷が届いてないわ。巨乳ってそんなとこでも得するのね」

 

「ああ、確かに言われてみれば輝夜にはない物だからな。知らなくても無理はないかもね」

 

 

 

 鳩尾に食い込む拳。

 

 再び込み上げる胃液をなんとか飲み込む。

 

 

「それに、いずれにせよあの傷は悪化しないわ。あの傷は今永遠にしてあるから」

 

「……永遠?」

 

「こっちの話よ。それよりも」

 

 

 

 輝夜が僕の背後に目をやる。そういえばさっきの男性は、いったい何者だったんだろうか。輝夜が頭を吹き飛ばしてーーつまり殺してしまったとはいえ(その事実をとても冷静に受け止められている自分が怖い)、あの人物が平常だったとはとても思えない。

 

 取り憑かれたようにおかしくて。

 

 イカれてるとはまた違った、狂気。

 

 だからこそ、僕を助けるためとはいえ、それを殺してしまったことは、果たしてどうなのか。輝夜は簡単に人を殺してしまって、正しかったのか。

 

 人道的にも、戦略的にも。

 

 そして振り返った僕の目の前にいたの、グチャグチャと音を立てながら、傷口から新しい頭が形成されていくように、再生を始めている男の断面だった。

 

 声が漏れない。

 

 少なくとも、哺乳類で頭が吹き飛んでも生存できる生物を僕は知らないし、そもそもこのグロテスクな再生を人間が行えるとは思えない。

 人外。

 

 輝夜はそれがわかっていたのかーー

 

 

「ふぅん、なかなかに不死ねえ。まあそれで不死身を名乗られちゃうと、私の名が落ちちゃうからやめて欲しいのだけどねーー難題『火鼠の皮衣 -焦れぬ心-』」

 

 

 

 輝夜はそう言って、“あの”笑顔で微笑んで、僕の目の前のソイツを燃やした。

 

 赤々と燃える炎が、朝焼けのようだった。

 

 

「もう薬の配達はいいわ。ほら、鈴仙担いで、帰るわよ」

 

 

 そう呟いた輝夜の顔に影が射したような気がした。






やっとバトルシーンが終わるのか……さあてギャグギャグ!


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僕と冥界
僕と朝御飯と手厳しさ




新章になります
ええ、起承転結なんてありませんごめんなさい落ち着いてください


 

 

 

 

 不死身。

 

 不死の存在。

 

 例を挙げるなら輝夜や、永琳は不老不死であるという。妖怪などの人外の中には、彼女らほどではないにしても、およそ不死と呼べるような者も存在するらしい。

 

 そしてこれは後から聞いたことなのだけどーー妖精などは死んでしまっても転生(リボーン)するらしいし、これも見方によっては不死とは言えるかもしれない。

 

 とにもかくにも、僕が今考えているのは果たして、“不死は生きているのか”ということだ。

 

 あまり深く意識していたことではなかったけれど、不死は生きているから不死なのか、不死は死んでいるから不死なのかーー

 

 生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥しとは、弘法の言葉だったか。

 

 ならば不死の者こそ、まさに生死すら知らないのではないだろうか。 

 

 生まれ生まれ生まれ生まれて生は終始暗い。

 

 死に死に死に死んで死は永劫冥い。

 

 今度それは不死の人々に聞いてみるしか答えはないのかもしれない。しかしそんな話を人でなしこと僕、夜明永が図々しくも訊いてしまうのはいささか気が引ける。

 

 まあ、いずれにせよ。今回の僕の疑問についてはそっちのことではなく、その話から“ならば”と加えて話を発展させたことだ。

 

 “不死者が生きているとも死んでいるとも言い難いとするならば、死者は不死と呼べるのか否か”ということだ。

 

 幽霊は、亡霊は。

 

 生きているとは、言えるのだろうか。

 

 

「私たちが生きているかは死んでいるかはどうでもいいことよ。私たちは、そこにいることに意味があるのだから」

 

 

 後々になって、彼女は僕にそう言った。

 

 幽霊とは、そう言うものだと。

 

 まあいずれにせよ。そんなことの答は、あの時あの場所の僕にはわかるはずもないことは全くの事実であり、僕の幻想での将来の転換期は、間違いなくあの時間にあったとは言えてしまうだろう。

 

 だから語ってしまおう。

 

 これは橙が僕らを襲撃した、すぐ後の出来事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか配達ひとつ出来ないなんてねえ……」

 

「死にかけてるんだし、それくらいは目を瞑っていただきたいんだけど……」

 

 

 鈴仙を担いで、なんとか輝夜と永遠亭に逃げ帰って来た僕だったが、そんな僕を待っていたのはまさかのダメ出しだった。

 

 他者に厳しく姫に甘い永遠亭である。

 

 呆れたように言う永琳ではあるが、呆れたいのはこっちである。あんな堂々と命を狙われるとは思わなかったし、足手まといの僕がいたとはいえ、護衛の鈴仙は力尽きてしまったのだから。

 

 あの人外が現れなかったらーー引いては輝夜が助けに来なかったらと思うと、ゾッとする。

 

 

「まあ、でも、いい顔付きになったわ。色々吹っ切れた感じ。だいたい掴めたかしら? 『シンクロする程度の能力』」

 

「解ったけれども、解ったけれども! 解らなかったらどうするつもりだったんだよ!?」

 

 

 あの場で全滅しなかったのは、控え目に見ても、僕の頑張りがあったことは正直言って間違いないと思ってる。

 

 拮抗したとはお世辞にも言えないし、時間稼ぎにはなったかなといったくらいだけれど、あの踏ん張りがなかったらと思うと。『同調(シンクロ)する程度の能力』がなかったらと思うと、冷や汗を拭うことは出来ない。

 

 突っ掛かる僕に対して永琳は気にも留めてないような素振りで、「さあ、朝御飯にしましょう」と話を切った。

 

 

 

「永琳にIF(イフ)の話をしても仕方がないわ。今結果どうなっているのか、永琳に重要なのはそこなのよ」

 

 

 輝夜が永琳をフォローしているのか、僕を諌めたのか、本心はわからないけど慰めるように言う。

 

 彼女なりの気遣いだろうか。

 

 

「姫様~」

 

 

 僕らがそんな話をしていると、ヒョッコリと小さな少女が、姿を現した。頭にはやはりと言うか兎耳。段々とこの世界のキャラクターには驚かなくなってきた。

 

 猫耳少女に殺されかけてるんだから、まあ仕方ないと言えば仕方ないとは思うけれど。

 

 

 

「あら、てゐ。頼んでた調査は終わったの?」

 

「文字通り、私にかかれば朝飯前だね。で、まあ、人だったよ。生きた人間だった」

 

「そう……ありがとう」

 

 

 てゐ、というのは聞き覚えがあった。因幡てゐ。確か鈴仙がそんな名前を出していた。永遠亭の周りに仕掛けられた無数の罠を設置した人物であるという。

 

 随分とイメージをぶち壊してくれるものだ。

 

 しかしそんなことより、今の会話が非常に引っ掛かったので、少し掘り下げてみることにする。

 

 

「人間って? 何の話?」

 

「アンタにゃ話してないよ、冴えない顔したお兄ちゃん」

 

 

 なんだろう、地味に当たりが強い。

 

 

「ほら、鈴仙がボロボロだから苛立ってるのよ」

 

「なんでそうなる」

 

「ああなるほど」

 

「納得するなよ」

 

 

 仲良しこよしというわけか。なら仕方ない。

 

 

「冗談はその程度にして、後で教えてあげるわ。食事の時にでもね」

 

 

 そう呟いて輝夜は、玄関を上がっていった。

 

 ……まだ永遠亭に上がっていなかったのも、すっかり忘れていた。



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