女ヶ島を追い出されたので外海でハーレム王に私はなる (覚醒サイダー)
しおりを挟む

第1話 復活

 海王類がどんな生活を送っているのか、専門の研究者も私程詳しくは知らないのではないだろうか。そんなどうでもいいことを考えてしまうのも私、セラギネラがとんでもなく暇だからである。

 今の私の状況を簡単に説明すると、『石になって海王類の腹の中』だ。意識を失っていたからどれくらい時間が経っているのか正確なところは分からないけど、何年もの間こうして石になって、海王類に食われたり、海底を転がったりして、海を彷徨っている。

 

 こうなってしまった原因は、我が故郷アマゾン・リリーに帰還したボア三姉妹、その長女であるボア・ハンコックだ。長らく旅に出ていたらしく、ゴルゴンの呪いだとか訳の分からないことを言ってはいたが、何らかの悪魔の実の能力。彼女のそれによって私は石にされ、凪の帯(カームベルト)に突き落とされたのだ。

 

 別に恨んでいる訳ではない。アマゾン・リリーでは強さこそが正義、勝者こそルールだ。何をされてもそれは負けた私が悪いのだから。ただ、こうして海を彷徨いながらも、絶対に忘れられない未練があるのだ。

 

 ――ボア・ハンコックを一度で良いから抱いてみたかった。

 そう、あの信じられない程に瑞々しく実った2つの果実を揉みしだいて、柔らかそうでムッチリとした尻を鷲掴み、滑らかで靭やかな足に頬擦りをして、艶やかな黒髪を嗅ぎながら、勝気で高貴な美しい顔を羞恥に歪めるのを見たかった!そしてあわよくば、その先まで行って、朝まで寝かせず愛でたかった!

 

 あふぅ、興奮してきたのでどうしてこうなったのか、一回冷静に過去を振り返ろう。

 

 私の故郷、アマゾン・リリーは、凪の帯に存在する女ヶ島の国家。男子禁制であり、外海へ出た者が子を作って帰ってきても生まれてくる子は必ず女の子という不思議現象によって、女のみで構成された世にも珍しい国家だ。ここで生まれた私は、物心ついた頃には自らの恋愛対象が女であったため、女だけの国なんて楽園でしかなく、戦士として認められるような年齢になる頃には、片っ端から顔の良い女の子を漁る幸せライフを送っていた。この国では強いもの程美しいという風潮があるが、私は顔重視だ。顔が良ければ強さなんて全くいらない。

 そんな私であるが、ちょっとばかし派手にやりすぎたのか皇帝にキレられて、九蛇海賊団の選抜から外された上にほぼ投獄されるようにして、島の端っこに追いやられた。『女同士で恋愛することに、とやかく言いはしないが、お前のように手当り次第に食い荒らされては、ただでさえ低い出生率に影響する』ということらしい。出生率が下がって、この女だけの楽園が無くなってしまうのは嫌なので納得した私は自粛して、かなり大人しくしていたと思う。その代わり、九蛇海賊団が持ち帰った本などの書物はかなり優先してもらった。この国でこれ以上女の子漁りが出来ないとなると、外海に出ようかと考えていたからだ。だから私は、外の情報を入手して着々とこの国から出る計画を進めていた。そんな時だ、ボア三姉妹が先々代皇帝に連れられて国へやってきたのは。

 

 三姉妹の長女、ボア・ハンコックは抜群のスタイルと、長い黒髪に、意志の強そうな瞳と、全てが最高な、とんでもない美少女で、そのあまりの美しさに思わず何も考えずに手を出しそうになった程だ。どうしても彼女を抱きたくなった私は、『ベッドで交友を深めましょう、後悔させません』と欲望を隠しながら誘って、ハンコックが手でハートマークを作ってきたから、OKなんだ、やったーと興奮してたら――石になってましたね。ええ。意識が戻ったときには海の底、石になった体は動かず、解除は気合で出来そうだったけど、海の中で生身になるのはまずい。仕方なく私は石のままで脱出できるチャンスを窺うことにしたというわけだ。あー、あれから何年経ったか分からないけど、ハンコックの美貌はさらに磨きがかかって、大人の色香が溢れる感じになっているに違いない。次は絶対抱いてみせる。そのために石になりながらも脳内で出来る鍛錬はしてきた。今度は何としてもベッドインだ!

 

(うぎゃああ!?馬鹿でかい海王類だ!凪の帯から入ってきやがったのか!)

 

 煩悩で胸を膨らませていると私の見聞色によって、何年か振りの人の声を捉えた。どうやら私を食べた海王類が人の乗っている船を襲っているらしい。これは千載一遇のチャンスだ。私は気合を込めて脱出を開始する。

 

(慌てるな!俺がいく!)

 

 外ではこの海王類と戦闘になっているみたいで、慌ただしく気配が動いている。船を沈められる前に助けてやるかと考えながら、パキパキと剥がれ落ちるように石化から解放されていく。それと同時に海水に触れたことで、体の力が抜けていくけど、海王類が体を外へ出した瞬間に、気合で海王類の腹を掻っ捌き、随分と久し振りな太陽の下へ飛び出した――瞬間。

 

「――“火拳”っ!!」

 

 

 目の前には、とんでもない炎が広がっていたのでした。外海、波乱万丈過ぎない?

 

 

 

 ◆

 

 

 ――女ヶ島近海、九蛇海賊団の船上。

 

姉様(あねさま)、どうかなされたのですか?」

 

 王下七武海、【海賊女帝】ボア・ハンコックは海を眺めていた。遠くを見つめるその横顔は美しく、妹であるボア・サンダーソニアでさえ見惚れそうになる程であるが、このように意味もなく海を眺めるような行為は珍しい。

 

「――あやつのことを唐突に思い出してな」

 

 ハンコックの言う、『あやつ』という存在にはすぐに見当がついた。当時、まだアマゾン・リリーでの立場を作れておらず、これからのことに不安を抱いていた時、その怪物(・・)は現れたのだ。

 

「『白雷』のセラギネラ、ですか?」

 

 ハンコックの呟きに答えたのは、末の妹である三女、マリーゴールド。彼女の答えは正しかったらしく、ハンコックは忌々しげに顔を歪めた。思い出されるのは白髪に赤い瞳の恐ろしき戦士の姿。

 

あれ(・・)は噂通りの化物じゃった。不意を打てねば当時の妾達では相手にならなかったかもしれぬ。今でさえ勝てるとは断言できぬわ」

 

 二人の妹は姉のハンコックの美しさを、強さを、気高さを、疑うことはない。それでも、あの化物に確実に勝てると断言は出来ず口を噤んだ。

 今は亡き先代皇帝曰く、外海に出ていれば『四皇』すら狙えていたと豪語した程の化物は、誇張でもなんでもなく、正しく化物であったことを確信していたからである。

 

「そうだとしても、彼女は石となり海の底。何ら気にかける必要などありはしません」

 

 とんでもない覇気を纏って迫ってきた怪物も、姉の能力によって石となり、そのまま海へ捨てた。どんな強者も姉の美しさの前には無力。目の前で見ていたサンダーソニアには姉が勝ったという事実こそが結果であり全てだと思えた。

 

「そうじゃな」

 

 ハンコックとて理解している。全くもってその通りであり、実際、ハンコックはセラギネラを破ったことで一気にアマゾン・リリーでの地位を向上させ、皇帝にまで上り詰めた。王下七武海の地位も手にし、九蛇海賊団の船長として世界中にその名を轟かせている。勝者はハンコック。既に過ぎ去ったことでしかない。

 

「――じゃが何故じゃ?再びあの獣のような赤い瞳が妾の前に現れるような気がするのは……」

 

 この時、遥か先の偉大なる航路(グランドライン)にて、爆炎を纏いながら、災厄の化物が復活の時を迎えていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 スペード

「いやぁ、助かったよ本当に」

 

「悪かったな、アンタがいると分かっていれば加減したんだが」

 

「あの状況だし仕方ないよ。ああ、私はセラギネラ。セラでいいよ」

 

 私は今、海王類に襲われていた船の乗組員達主催の宴会へ参加していた。彼らは『スペード海賊団』という海賊で、目の前にいる男、船長のポートガス・D・エースは懸賞金億超えの大物海賊だった。能力については聞かなかったけど、たぶん、自然系で『火』の能力者だろう。

 

「しかし何だって海王類の中から?」

 

「石になって海を彷徨ってたら食べられちゃったからかな」

 

 先程まで私を食べていた海王類は既に解体され、こうして目の前で調理していた。焼き立てのただ塩で味付けしただけのその肉に齧りつく。そしてそれを辛口の酒で流し込めば幸せな気分。久方振りの食事は私を十分に満足させてくれた。私を船まで運んでくれて、美味しく食べられてくれるなんて、凄く良いやつだった。ありがとう。

 

「良く分からねぇが、まあ、いいか!この出会いに乾杯!」

 

「かんぱーい!」

 

 エースは良く話が分かっていなそうだったけど、そんなに気になることでも無かったのかあっさり流して、もう何度目かになる乾杯となった。

 

「エースの能力は肉を焼くのに最適な能力だね、実に良い焼き加減だよ」

 

「おい!俺はコックじゃねぇんだよ!そういや、お前、どうやって俺の“火拳”を防いだ?まともに受けたはずだ」

 

 エースに焼いてもらった肉は外はパリパリ、中はふわふわでとても美味しかったから褒めただけなのに不服そうだ。

 

「斬っただけだよ?流石にまともに受けたら服が(・・)燃えちゃうよ」

 

 お気に入りの服なんだから燃えちゃったら困る。

前合わせの立襟で、体に沿った細身の仕立て。丈は足首にかかるほど長いのに、腰骨くらいまでの深いスリットが側面にあるから動きづらくはない。九蛇では良く着られている、まあ伝統衣装みたいなものだ。真っ白なその衣装の上から、白い毛皮のコートを羽織っているものだから私は全身真っ白。髪も白いし、肌も白いから、国では『白雷』なんて呼ばれていたものだ。

 

「……セラは剣士なのか?」

 

「剣士と名乗るほど剣に拘りはないかな。だって武器は武器でしょ?全部使えばいいじゃん」

 

 いつも武器を変えている私に、同じような質問をした九蛇の戦士にもこう答えたら化物を見るような目で見てきて可愛かったな。武器なんてアクセサリーみたいなものなんだから気分で変えれば良いと思うんだよねぇ。

 

「なあ、ちょっと戦ってみないか?俺はセラの本気が見てぇ!」

 

 目を爛々と輝かせてエースが立ち上がる。男というものと、こうして会話して、まともに接したのは初めてだったけど、騒がしく、暑苦しく、性急だ。これはエース達が海賊だからかもしれないけど、やっぱり女の子の方がいいなぁと改めて思う。早く抱きたい。

 

「恩人を無闇に傷つけたくはないかなぁ」

 

「俺に勝てるって?」

 

 好戦的な笑みを浮かべて今にも飛び掛かって来そうではあるけど、エースはここがどこか分かっていないのかな。

 

「君、船を燃やす気?ここでは君の能力はちょっと使いづらいでしょ」

 

「うっ」

 

 戦いたいとしか考えておらず、私達が戦ったらどうなるか全く想像していなかったらしい。

 

「まあ、肉食べて落ち着きなよ。特製のソースをかけてあげるから」

 

「特製のソース?そんなものいつ作ったんだ?」

 

 半透明な液体を肉にたっぷりとかける。私特製の塩ダレだ。淡白な海王類の肉にとても合うと思う。

 

「やっぱり能力(・・)って便利だよねって話だよ」

 

 適当に誤魔化しつつ、塩ダレ肉を食べる。想像以上に美味しくって頬が緩む。流石は私。エースも肉に夢中になって話も有耶無耶になった。男って生き物馬鹿過ぎるかもしれない。

 

「目的地はあるのか?出来るだけ送っていくが?」

 

「この船じゃ故郷には帰れないし……」

 

 凪の帯にあるアマゾン・リリーは、九蛇海賊団が持つ、海王類も恐れる毒海ヘビ遊蛇(ユダ)が引く船じゃないと行き来が出来ない。別の方法もあるんだろうけど私は知らないし。

 ハンコックにリベンジができないとなると、しばらくは外海で各地の美少女・美女を口説いて回るとしますかねぇ。ならば、行きたい場所がいくつかある。まずは……。

 

「『東の海(イーストブルー)』のローグタウンって街に行きたいな」

 

 ローグタウン。そこは大海賊時代始まりの街にして、一つの時代が終わった街。『海賊王』ゴールド・ロジャーは故郷であるこの街で処刑された。そして死に際に己の獲得した財宝、『ワンピース』について『この世の全て』と称して存在を示唆し、大海賊時代の幕開けとなったのだ。正にこの時代の始まりであり、一つの伝説が終わった街なのだ。外海の世界について勉強していたとはいえ、私はあまりに世界から隔離されている。文字通り、化石みたいな状態だ。この時代の始点を最初に見てみたかった。

 

「栄えちゃいるが東の海にしてはって程度だ。大したもんはねぇーぞ」

 

「お?エースは行ったことあるんだ?」

 

「俺は東の海から偉大なる航路(グランドライン)に入った。当然、玄関口であるローグタウンは経由してるさ」

 

 エースの表情をみるにあまり良い思い出はないらしい。アマゾン・リリーからほぼ出たことのない私からすれば、たぶん大都会だと思うけど、偉大なる航路(グランドライン)を旅する海賊にとっては田舎なのかな。逆に、私みたいな田舎者は、いきなり都会に行くよりは楽しめる気がする。

 

「あそこには海賊王の処刑台があるでしょ?あ、今もあるよね?」

 

 エースに話を聞いた感じ、私が石にされてから10年前後が経過していたから取り壊されたりしてなければ良いけど。

 

「……あるぜ、だがなんでそんなものを見たがる」

 

「大海賊時代の幕開けってやつを感じてみたい」

 

 アマゾン・リリーに居ても、世界が変わったのが分かったくらいゴールド・ロジャーはたったの一言で世界を次のステージへ移行させた。その瞬間の熱を少しでも感じられるなら行く価値はあると思う。

 

「ろくでもねぇ男が死んだだけの場所さ。観光なら他をおすすめしてやる」

 

 エースは海賊なのにゴールド・ロジャーが嫌いらしい。うちの皇帝も外海には興味なさそうだったし、海賊が皆、海賊王という頂点に対して好意的ではないのだろう。

 

「いや、ここがいい。昔から気になっていることがあってね。どうして海賊王にまで上り詰めた男が、その宝を仲間や、いたか知らないけど、恋人や子に託さずに、数多の海賊達に探させているのか……少し興味があったんだ」

 

 アマゾン・リリーに生まれ、九蛇の戦士として海賊になることが1番の誉れだと言われて育ってきた私としては、海賊は生業でありヒーローだ。だから外海でとんでもない懸賞金をかけられ、海賊王とまで呼ばれている男に興味があったし、彼が宝をまるでゲームの景品のように隠したことに疑問があったのだ。彼はこの時代を作り、その先に何を起こそうとしているのか。何かとてつもないことが起きるような気がしていた。

 

「……ならセラは、ゴールド・ロジャーに子がいたとしてどう思う?そんな奴は鬼だと恐れるか?」

 

「えっ?誰から生まれたかなんて興味ないよ。私はゴールド・ロジャーが成し遂げたことに興味があるんだ。その子供がいて、どこで何をしていても、私に関わらないんならどうでもいい。あ、美人だったら興味あるね」

 

 誰から生まれたって、それは人間という一つの種族の一個体に過ぎない。どう育ち、どう生きるのか、その過程が人を作るのだから。まあ、美人の子は美人になる場合が多いし、そういう意味では興味あるなぁ。あー、ハンコックに子供とかいるのかな。そしたらその子供が育つまで待ってみるのも良いんだけど。女ヶ島で生まれる子供は絶対に女の子だし。

 

「そうか!よし!どうにかしてローグタウンまで送ってやる!」

 

「本当に!助かるよ!」

 

 いるかも分からないハンコックの子をどう狙うか考え始めていると、何か吹っ切れたように笑うエースが、ローグタウンまで送ってくれることになった。

 いやー、最初に出会ったのがエース達で本当に良かった。外海のことなんて新聞や書物でしか知らないし、まともな航海術も持ってないから実際問題、結構ピンチだったんだよねぇ。そんな風に呑気に安心していたら、俄に船が騒がしくなってきた。

 

「エース船長ォ!敵襲だ!それも海軍に追われてやがる!軍艦が3隻も見えるぞ!」

 

 どうやら、海軍に追われている海賊船が、エース達を囮に逃げようとしているらしい。全く、外海は波乱万丈だよ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 黒檻

「あの軍艦、中将が乗ってる……っ!それに海賊団の船長は億超えの賞金首だっ!」

 

 エースの部下が双眼鏡で敵船を偵察し、絶望的な表情で声を張り上げている。海軍の階級とか興味ないし、曖昧にしか覚えてないけど、確か中将ってかなり上の立場だったよね?結構強かった気がする。

 

「クソっ!全力で船を進めろ!俺はやらかしやがった海賊共を燃やしてくるっ!」

 

 海軍の軍艦に関してはまだ距離があるし、海賊達が邪魔をしてこなければどうにか逃げ切れそうな感じだ。優先するべきは海賊達。

 

「あ、私が潰してくるからエース達は軍艦から離れることだけ考えてなよ」

 

「馬鹿!相手は億超えだぞ!船員も強者が揃ってる!」

 

 見聞色で探った感じ大した奴はいなそうだったけど、力を隠してるのかな。でも、私も外海での自分の強さが良く分からないから試したかったんだよね。エースは恩人だったから遠慮したけど、敵船ならやり放題だ。それに、賞金首ってお金になるってことだからお小遣い稼ぎになりそう。丁度、海軍もいるし換金してもらえないかなぁ。

 

「私の本気が見たかったんでしょ?ちょっと戦ってくるから楽しみにしてなよ」

 

 敵船までは距離がある。こういうときは槍が便利だ。私は槍をコートから(・・・・・)取り出して、構える。敵船に狙いを定めて――。

 

「じゃ、行って来るねぇ」

 

 ――槍をぶん投げて、船から飛び出しそれを掴んだ。これぞ私が生み出した楽々移動術!投げた槍を掴むことで遠くまで楽に移動できるんだから発明だと思う。九蛇の仲間にはドン引きされたけど。

 

「なにか飛んでくるぞぉおおお!?」

 

 敵船が近づいてくると海賊達が迎撃体制を整えていた。うーん、やっぱり強そうなのがいないんだよなぁ。気にしても仕方がないので、槍をコートに戻して飛び降りる。

 

「やあやあ海賊諸君。賞金首君は手を挙げてね。お小遣いを減らしたくないんだ」

 

 久し振りなんだ、楽しい戦いを期待するよ?

 

 

 

 ◆

 

 

 

「いや、君達弱すぎでしょ」

 

 船員の殆どは、船に降りたときに威嚇した覇気で気絶しちゃったし、僅かに残ったやつらも全く大したことがない。億超えだという船長ですら覇気が使えないんだからそりゃそうか。誰も手を挙げてくれなかったので、気絶していた一人を叩き起こして誰が賞金首が教えてもらって、そいつらを一つに縛る。船長含めて3人の男となると大分重いけど、まあ、この距離なら届くでしょ!

 縛った海賊の塊を掴んで、振り回して勢いをつける。そして、ぐるぐる回転しながら目標の海軍の船に向けてぶん投げた!

 

「流石は私!狙い通ーり!」

 

 ちょっとギリだったけど、無事、海軍に送り届けることができた。あ、というか思いっきり投げちゃったけど死んでないよね?死んでると貰える懸賞金が減額されるって何かで見たんだけど。心配になったので急いで私も向かうことにする。ここへ来たときと同じように槍をぶん投げて、掴む!やっぱりこの移動法は最高だね。そんな風に自画自賛していると――

 

「“袷羽檻(あわせばおり)”!!」

 

 

 空中を飛ぶ私に、黒い檻のようなものが飛んでくる。何らかの能力なのは間違いないのでとりあえず槍を仕舞って、空中で避けた。そのまま空気を蹴り上げて加速し、海軍船に降り立つと即座に海兵に囲まれる。良く訓練されてますねぇ……って!

 

「捕らえられなかった……ヒナ不覚」

 

 瞬時に周囲を確認すると、胸元の開いたワインレッドのスーツがセクシーで、厚ぼったい唇に桃色のロングヘアーが色気振り撒きまくりの、美人海兵さんがいた。十年近くお預けされていた私には刺激が強すぎるっ、最高ですね!

 

「いやはや、今の能力は貴女ですね、美人なお姉様」

 

「わたくしは海軍本部大佐のヒナ。そこの海賊を投げてきたのは貴女ね?」

 

 声も愛らしくて益々良い!九蛇で育った身としては強気な女は大好きだ。

 

「ええ、賞金首は換金できるって聞いたことがあるので、ここでやってくれないかなって」

 

「貴女、スペード海賊団から飛び出してきた海賊よね?海賊に払うお金はないわよ」

 

 完全に警戒されているようで、相変わらず包囲されてるし言葉にも棘がある。勘違いでしかないのでまずはそこの誤解を解かないと。

 

「私は海を彷徨っていたところを、助けてもらっただけで海賊じゃないですよ?」

 

「ヒナ困惑。そんな言葉が信じられるとでも?」

 

 中々信じてくれないので、とりあえず、両手をひらひらとさせて傷付ける意思はないことをアピールする。美女を傷付けるだなんて、そんなことは合意の上でしかやりませんとも。九蛇だと好戦的過ぎて戦いたいとか言われることもあるからね。まあそういう人は強いものに惹かれるから、勝てば情熱的に求めてくれて最高だったりする。ならば戦うのも全然ウェルカムなんだけど。

 

「話なら俺が聞こう」

 

 私が美人海兵のヒナさんをどう口説こうかと考えていると、やたらとデカい男の海兵が出てきた。立ち姿からして、先程の億超え船長よりは余程強そうだ。たぶん、この人が中将かな。

 

「俺は中将、この船で1番階級が上なのは俺だ。俺ならばその賞金首の換金程度は通せる」

 

「じゃあ、よろしく。お金が準備出来たら呼んでね、私はそちらの美人海兵さんとお話してるからさぁ」

 

 近くに転がっている縛った海賊はまだ生きてそうだったので満額貰えそう。億超えって話だし、これでしばらくお金には困らないかな。

 

「おい!中将に向かってなんて物言いをっ」

 

「は?」

 

 私を女と侮ったのか、直情的になっただけなのか、それは分からないけど、私を包囲していた海兵の一人が激昂してきたので、思わず覇気が漏れてしまった。美人を前に邪魔されたから一瞬キレちまいました。ヒナさんは対象から外せたけど、他の海兵は皆倒れて気絶している。目の前の中将さんは流石というべきか、冷や汗を流しながらも耐えていた。

 

「な、何がっ!?」

 

 ヒナさんは覇気を知らないのか、それとも覇王色を相手にするのは初めてなのか、周囲の異変に慌てていた。クールな美人の見せるこういう表情、堪りませんね。

 

「さあさあ麗しき海兵のヒナさん、皆さんおねむな様なので、私とお話しましょう」

 

「貴女がやったのでしょ!?」

 

「手も足も出してないのに?気になるなら手取り足取り腰取り教えますけどぉ?何なら朝まででも」

 

「このっ!」

 

 向こうから詰め寄ってきたので、腰に手を回して引き寄せる。すると、何やら能力を発動させようとしている気配を感じたので少し離れて、ちっちと人差し指を振った。悔しそうに睨む表情が美人過ぎて嬉しさしかない。

 恐らく、彼女の能力は超人系。自然系なら立ち回りに独特の癖が出るし、動物系なら外見に変化が生じているはずだ。私としては、火力はあるが性質が読みやすい自然系や、身体能力でなら押し勝てる自信のある動物系よりも、ハンコックのように初見殺しをされる可能性のある超人系が一番怖い。美人に焦って油断すると痛い目をみることは証明済みだ。反省はしていないけど、失敗は活かすのが私の良いところなのだ。

 

「そっちがその気なら私も手が出ちゃうけど?」

 

 ワキワキと両手を動かしながら見せる。向こうから仕掛けてきたのなら正当防衛だから、私も自衛のために仕方なく、仕方なく、ヒナさんのおっぱいを揉むことで制圧しようと思う。なんて平和的対処なんだ。

 

「ヒナ上等っ!わたくしの体を通り過ぎる全ての物は“禁縛(ロック)”される!!」

 

 能力が分からないことには不用意におっぱいを揉めないので、落ちていた海兵さんを投げつける。すると海兵さんはヒナさんの体を通り抜け、黒い枷のようなものが取り付けられていた。つまりは、自身の体を通り抜けたものを拘束する能力。サイズや威力に制限があるのか分からないけど、攻撃が通らないって意味では自然系に近い能力か。ここに来るとき、あの枷を檻みたいにして飛ばしてきてたし、ある程度の遠距離にも対応可能。応用の効く良い能力だし……なんか、そのー、やましい気持ちは一切ない純粋な利用方法の想定として、夜に色々楽しめそうな能力で大変よろしいと思います。

 

「枷の重量はそこそこかな」

 

 枷が檻のように広がって展開されるのを躱しつつ、枷のついた海兵さんを拾い上げてみると見た目より重たい。枷は鉄くらいの重量とみていいだろう。この重量を自在に変えられるかは不明だけど、私に使おうとした上でこの枷ということは、現状のヒナさんでは操作不可な領域と判断できる。よって、枷をされることは、そう怖くない。それさえ分かれば検証2だ。

 

「これならどうかしらっ!」

 

 展開した檻に紛れ込んでヒナさん自身が特攻を仕掛けてくる。まあ、視覚的には檻に隠れてはいるけど、見聞色の使い手を騙すにはもう少し工夫が必要かな。自身の体を通り抜けさせるという発動条件故か、ラリアットのように腕を振ってきたので、覇気を纏った上で掴むと、すり抜けることはなかった。検証終了。覇気を纏えば揉み放題ですね。ありがとうございます。

 

「ひゃ!?」

 

 ヒナさんの後ろに瞬時に回って、その我儘なおっぱいを鷲掴みにする!手で覆い切れない程に膨らんだそれは、柔らかくも張りがあり、弾むように手の中で押し返してくる。これだよ、これ!これが私を強くするんだよ!最高だよ!

 

「んっ!?何をするのよ!!」

 

 胸元をざっくり開けていたので、ここから手を入れて下さいってことかと思って、入れてみたのだけど、全身から檻を放出されたので流石に距離を取る。いやー、初めて外海の女性のおっぱいを揉んでしまった。この出会いに感謝したい。

 アマゾン・リリーだと、ほぼ閉鎖された国だし、全員知り合いみたいな感じで出会いのワクワク感はあんまりなかった。外海に出るということは、こうしてまだ見ぬ美少女・美人に出会えるってことなんだと、改めて実感してワクワクが止まらない。これが冒険心ってやつか。

 

「まだ続けます?私は良いですよ?朝まででも付き合っちゃいます♡」

 

「ふざけないで!ヒナ不快!!」

 

 表情は強気でこちらを睨んでいるのに、赤らんだ頬を隠し切れてないの可愛すぎる。意外と初心とかギャップを見せてくるの誘い過ぎじゃありません?私にも我慢の限界というものがありましてねぇ。能力も看破したから、簡単に押し倒せるのに我慢しているのが焦らされてるような気がしてやばい。何かに目覚めそう。

 

「ヒナ!これ以上手を出すな!」

 

 私が欲望を抑えるのに必死になっていると中将さんが割り込んできた。その手にはかなり大きい麻袋があり、賞金が入っているものと思われる。思ってたより弱かったから心配だったけど、本当に億超えだったぽいね。もしかして外海って私が思っているよりちょろい?こんなんでお金いっぱい貰えるとか楽すぎない?

 

「本部に手配書を確認させたがこの者は海賊じゃない」

 

 疑いが晴れたっぽいので胸を張って無罪をアピールする。

 実は一回だけ九蛇海賊団の海賊船に乗ったことがあるけど、私、その一回で船員に手を出しまくって選抜から外されたし、石になってたからもう十数年前の話だし時効だよね。そんなんだから手配書なんてあるわけもなく、私は潔白!

 

「ですがこの者はスペード海賊団と関係があるのは明らかです」

 

「遭難から助けてもらって、ローグタウンまで送ってくれるって言うから乗ってただけで、私、全然関係ありませーん」

 

 真実しか言ってないのに私でも嘘っぽいと思うし、ヒナさんの疑惑は深まるばかりだ。手配書がないから海賊じゃないってわけでもないしね。どうしようかなーっと頭を捻っていると、中将さんから意外な提案がされる。

 

「ローグタウンへは我々が送りましょう。善良な民を(・・・・・)守るのが仕事ですから」

 

 これはヒナさんだけじゃなく、この中将さんにも疑われてるね。海賊かどうかというより、海軍に敵対する意思があるかどうかってところか。送るのも監視ってことなんだろうけど、私としては別に海軍と積極的に敵対する気はないし、この提案はありかな。

 

「ヒナ、この方の護送は任せる。疑いがあるならば、その間に解決しろ。貴女もそれでよろしいですか」

 

「全くもってオールオッケーです!」

 

 ヒナさんがついてくれるとか、中将さん有能過ぎです、本当にありがとうございます!送ってくれるって言ってくれたエースには悪いけど、私は海軍に寝返りますわ。美人と船旅とかこれはもう仕方ないよね。とはいえ、何の恩返しもしないと言うのも気が引ける。恩人だし、楽しくお話して親切にしてくれたエースは勝手に友達って思ってるし。

 

 私は前に作っておいたビブルカードを取り出してそこに簡単な手紙を書く。ビブルカードっていうのは、前に書物で読んで作ってみたんだけど、制作時に素材として使用した爪や髪の持ち主の方角へ動く性質があるので、私までの道標になる不思議紙だ。

 

 そのビブルカードに、なんかピンチになったら助けるよ的なことを書いておいたから、まあ、困ったらこれを辿って私のとこまで来てほしい。私に出来ることとなると、恋愛相談か戦闘しかないけど、どーんと任せなさい。

 

 書き終えた手紙はこっそりナイフに括り付けて、スペード海賊団の船まで投げておいた。さて、これで後腐れなくヒナさんとの船旅を楽しめる。

 

「ヒナさん、よろしくお願いしますね」

 

 握手しようとしたら拒否されました。セラ、不満。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 船旅

海軍の軍艦は船底に特殊な石を敷き詰めていて、海中を通る動物たちからは海水と同一に認識されるため、凪の帯(カームベルト)を素通りして渡ることが可能らしい。これによって偉大なる航路(グランドライン)からローグタウンまで直で行くことができる。

私が石になる前はそんな話聞いたことないので技術の進歩ってやつなのだろう。これならアマゾン・リリーまで帰れそうだけど、海賊国家のアマゾン・リリーまで海軍が送ってくれるわけないし、今はこの外海を見て回りたい気分なので、帰りたくなったら最悪、こっそり軍艦を拝借しよう。寂しいかもしれないけど、少しの間ハンコックには待っててもらう。帰ったらたっぷり愛でてあげるからねっ。

 

「ヒナさんの能力ってカセカセの実ですか?それともロクロクの実とか?」

 

「オリオリの実の檻人間よ。わたしくの体を通り過ぎる全ての物は“禁縛(ロック)”される。貴女には何故か防がれたけど」

 

檻人間。だからヒナさんは『黒檻』とかいう全然可愛くない異名を持っているんだとか。ちなみに、ヒナさん直属の部隊は黒檻部隊って呼ばれてるんだ。

今回、ヒナさんが私をローグタウンまで送ってくれることになったわけだけど、軍艦1隻をヒナさん1人で動かせるわけもないので、その黒檻部隊の人達が乗組員としてそのままついてきている。私を送るついでに、ローグタウンを担当している部隊と合同訓練をするんだとか。海軍は仕事熱心だ。

 

「海軍では覇気って習わないんですか?」

 

「覇気?それがあの力の正体なの?」

 

「そうですよ。覇気と言っても種類があって、武装色なら能力者の実体に触れられますし、見聞色なら周囲の情報を察知できて、覇王色は威圧して雑魚なら気絶させられます」

 

「ヒナ困惑……でも確かにゼファー先生はわたくしやスモーカー君に触れていた」

 

外海だと覇気は当たり前の力じゃないって九蛇海賊団の皆が言ってた話は本当だったのかも。物心ついた頃には、息をするように覇気が使えてた私からすると、覇気が使えないってどんな感覚なんだろうって逆に不思議に思うくらいだ。

 

「ちょっと見せましょうか」

 

甲板にリゾートっぽい椅子を出して寛いでいたのだけど、丁度、海王類が近づいてくる気配を感じたので立ち上がる。

特殊な技術で動物達の認識を誤魔化しているこの船も、視覚的に認識されてしまうと海王類に気づかれて襲われることがあるため、近くに出現した場合はヒナさんが能力で対処することになっている。今回は私が代行致しましょう。

 

「一体何を――」

 

ヒナさんが、ただ立ち上がって海を眺めている私に痺れを切らした頃、海王類が海から顔を出す。ヒナさんが対処しようとするのを手で制して、海王類に覇王色の覇気をぶつけた。海王類はその場で息が止まったように気絶すると大飛沫を上げながら海へ倒れる。

自慢じゃないけど、私はかなり繊細に覇王色を打ち分けられるので、今度は船員が気絶するようなこともない。まあ、私みたいに覇気を扱える者は天賦の才だって皇帝も言ってたし、曲芸みたいなものだから、ここまで使える必要はないと思うけど。

 

「……ヒナ驚愕」

 

「ローグタウンまでの間、私で良ければ教えますよ?」

 

唖然としてるヒナさんに、私は微笑みかけた。

思えば、九蛇の女を口説くのは簡単だった。強い者程美しいという価値観があるから、私みたいに戦闘力に自信があるタイプはモテモテだ。自分が如何に強いか、それを示せば大概落とせる。私はこれまで楽をし過ぎていたのだ。

だからヒナさんはじっくり口説いていく方針に切替えようと思う。いくら凪の帯(カームベルト)を素通りして渡ることが可能とは言っても、ローグタウンまでは数週間は掛る。その間に好感度を高めていくのだ。外海での口説き方。それが今の私には必要不可欠な技術!この船旅でその感覚を少しでも掴んでみせる!

 

「先生と呼んだほうが良いかしら?」

 

「セラでお願いします。親しみを込めて、ハニーでも可です」

 

「セラね。ヒナ了解」

 

「冷静に流された!?」

 

ヒナさんの場合、能力が強力だし、近距離〜遠距離までの汎用性もあるから、まずは見聞色を鍛えて、確実に能力を当てられるようにするのが良さそうだ。

何もしなくても覇気が使えた私に教えられるか不明だけど、九蛇の皆でも習得には何年もかかる技術だから、それっぽいことして教えた感じにしよう。あと、たまに修行ってことでおっぱい揉もう。

 

「セラのこと中将から聞いても信じられなかったけど、今なら信じられる」

 

「えっ、何か言われました?」

 

2隻の軍艦と共にそのままスペード海賊団を追いかけていった中将さん。有能だと思っていたのに、何か悪いこと吹き込んだ?

 

「――貴女がスペード海賊団の船員なら、『火拳』は船長をやれてない、とね」

 

『火拳』っていうのはエースのことだろうけど、中将さんの話には同意しかねるなぁ。確かに戦ったら間違いなく私が勝つだろうけど……エースは持っている(・・・・・)人間だよ。彼はまだまだ強くなるし、何より人を惹き寄せる魅力がある。船長になるべくして生まれてきた人間、可能性の塊だ。いつかとんでもない力をつけて、この大海賊時代を掻き回す存在になる。

まあ、私の感覚だし、当てにはならないけど。

 

「謝罪するわ、セラ。貴女はスペード海賊団ではなかった。ヒナ反省」

 

「誤解が解けて良かったですよ。疑われてたままじゃ船旅も息苦しいですからね」

 

改めて手を差し出すと、今度はしっかり握ってくれた。けど。

 

「あの、能力発動しようとするの止めてくれません?」

 

「不意の発動にも反応した。これが見聞色ね、ヒナ感心」

 

イタズラが成功したみたいな顔で笑うヒナさんが可愛過ぎたので全て許しました。ああ、早く抱きたい。

 

 

 

 

ヒナさんに覇気のことを教えてみたり、組手と称して体を触りまくって怒られたりしながらの船旅は楽しい。楽しいのだけど、私には大きな不満があった。

 

アマゾン・リリーなんて閉鎖された空間では娯楽は限られてくる。九蛇海賊団の選抜を外された上に、仕事しなくていいから大人しくしていてくれと皇帝に自粛を促されてからは、私の趣味は、外海のことを調べるのと、料理研究だった。女・知・食こそが私の興味関心の全てな気がするし、原動力だからね。今、私的に大不満なのがこの食の部分だ。女はヒナさんっていう最高の美人がいるし、知は船に積まれている書物や、海兵さんから外海の話が聞けて満たされているのだけど、食が本当に酷い。

 

そりゃ、航海する上でいつでも島に上陸できるわけではないし、保存の効く食べ物ばかりなのは仕方がないことだとは分かっている。分かっているけど、それと満足できるかは別の話だ。

堅パンかオートミール、それに豆のスープと塩漬けの肉、固いチーズ。壊血病の心配があるから野菜や果物は冷蔵庫に保管されていて、ある程度新鮮な状態が保たれているものの、量は少ない。しかも、部隊の人達が持ち回りで調理してるから味が雑で毎日同じメニュー。グルメな私としては相当きつい。

 

「いや、ちゃんとした調味料あるじゃないですか!」

 

こんな食事では鬱になってしまう、と厨房に乗り込むと食材はともかく調味料はしっかりしたものが揃っていた。調理法や味付けを変えればレパートリーを増やすのは全然出来る。

 

「ヒナ疑問。そんなに食事が気になった?」

 

「逆に気にならないんですか!?毎日毎日、同じ美味しくないメニューで!」

 

「軍だと任務中はこんなものよ?船上の限られた食材で長旅の栄養配分をするなら同じメニューのほうが効率が良い」

 

後で話を聞いて分かったのだけど、黒檻部隊の人達は、ヒナさん信者みたいな人達ばかりで、食事という娯楽が無くとも、ヒナさんの元で働いているというだけで充実感を得られる強者だから今まで問題にならなかったらしい。ヒナさん自身は食事よりも煙草に拘りがあるって感じ。

 

「もう今日は私が作ります!色々教えますから当番の人は覚えてくださいよ!」

 

私が動かないと一生、美味しくない栄養補給第一メニューを食べ続けることになるので、当番の人を呼びつけて調理法を仕込んだ。食材が一緒でも、調理法や調味料で全く違うものになるのが料理。その尊さをここの人達は一ミリも理解していない。

 

「そんなに嫌だったの?なら、ローグタウンへ行く前にレストランに寄りましょう。覇気を教えてもらってるお礼にね」

 

「レストラン!」

 

アマゾン・リリーの食文化しか知らない私にとって外海のレストランなんて、最高にワクワクする!どんな美味しいものがあるのか、初めての食材はあるのか!考えるだけで楽しいよ!

 

「ええ、東の海(イーストブルー)に有名なレストランがあったはずよ。確か――海上レストラン、バラティエ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 バラティエ

海上レストラン・バラティエは魚の形をした船で、嗅覚の鋭い私には、その姿が見えたくらいから美味しそうな匂いがして堪らなかった。もう美味しいの確定なので、ワクワクが凄まじい。

 

「槍を飛ばして、先行ってて良いですか!」

 

「良いわけないでしょ。もうすぐ着くから」

 

頭をぽんぽんとされて宥められる。

ゆっくり口説いていく作戦で好感度を積み上げていったら、妹みたいな扱いをされてしまっている気がする。黒檻部隊の皆も飴くれたりするし、なんでこうなったんだ。

 

にこにこと私達を見守っている部隊の人達の生温い視線が、どうにもむず痒い。アマゾン・リリーでは、九蛇海賊団として遠征に一度行って以降、化物みたいな扱いされてたからちょっと対応に困る。

 

「良かったなぁセラちゃん、いっぱい美味しいもの食べてきなよ」

 

「ヒナ嬢みたいな立派な大人になるには、もっといっぱい食べないとな」

 

あの、私もう17歳なんですけど!何なら石になってたし、精神的には+10歳くらいになるからねっ!九蛇じゃ立派な戦士だし、お酒だって飲めるんですけど!

 

釈然としない気持ちになりつつ、私は大人なので仕方なく受け入れることにする。

私はちょっと強いんだぞ!っていうのをもっとアピール出来る機会があれば、この扱いも払拭できる気がするし。

 

まあ、今は仕方なく、本当に仕方なく、受け入れることにしているのだ。

 

 

 

 

 

女だけの国って言うと華やかでお淑やかなイメージがあるかも知れないけど、アマゾン・リリーはそんな夢みたいな場所ではない。コロシアムでの賭け試合が1番人気の娯楽で、口より先に手が出るような戦士ばかりの殺伐とした国だったりする。そんなお国柄だから料理屋も、早い旨い多いで売ってるお店ばかりなのだ。

 

「これが外海のレストランっ!」

 

ワクワクが抑えられず、ヒナさんを引っ張るようにして店内へ足を踏み入れると、そこはアマゾン・リリーでは見たことがないくらいキラキラとしたレストランだった。

 

落ち着いた調度品の店内は装飾も最低限で、丸い机と椅子が等間隔に並んでいる。でもそれは、店自体が円形になっていて、海上レストラン故にどの窓からも海を一望できる最強のロケーションを活かすためにあえてそうしているのであろう。波の音と美味しい食事が最大限に楽しめる内装は、オーナーのこだわりを感じる。これは期待が高まる!

 

「ああ、今日はなんて日だ!こんなところに二人も女神が舞い降りるなんて♡」

 

店に感動していると店員さんなのか、くねくねしながら男の人が話しかけてきた。

黒いスーツに青いワイシャツ。何より特徴的なのは今まで見たこともないぐるぐるの右眉毛。アシンメトリーな前髪で左目は覆い隠されているからか余計にその印象が強い。喋りながらも咥えたタバコを落とさないのは地味にすごいと思う。

 

「客を口説くなって言ってんだろーが、ナンパ野郎!」

 

「副料理長を敬え、クソコック」

 

坊主頭に鉢巻きをした料理人が文句を言うものの、ぐるぐる眉毛の人はあっさり流して、私達にだらしない笑顔を向けてきた。この人、私と同い年くらいで若そうなのに副料理長だったんだ。

 

「聞いてた通り、面白いお店ね」

 

ヒナさんの反応を見るに、これは外海のレストランだからということではなく、この店特有のものらしい。

 

「失礼しました、マドモアゼル。コートをお預かりしましょう」

 

何か何言ってるのか良くわからない人だけど、くるくる回ったり、キリッとしたり、動きが奇妙で面白い。副料理長がやってるってことは、これもレストランの演出なのかな。言われるがままにコートを渡してしまったのは、そんな考え事をしていたからだろう。私は自分のコートが特別製だということをすっかり忘れていたのだ。

 

「いぃっ!!??」

 

コートを受け取った瞬間、ぐるぐる眉毛の人は腕に引っ張られるように前のめりに倒れた。ドシーン!という音はその重量を如実に表しており、床に穴が空かなくて安心した。

 

「ごめんなさい!そのコート、ちょっと(・・・・)重いから」

 

今、収納している(・・・・・・)物だと、ゾウ一匹分はないくらいだろうか。

 

「だははは、何してんだよサンジ!お客様申し訳ありませんね、うちのヘボコックが失礼を、お?おおおお!?」

 

先程の鉢巻坊主コックさんが、床にべったり倒れているぐるぐる眉毛さんを指差して爆笑すると、引き攣ったヘンテコな笑顔を向けながらコートを拾おうとしてくれる。けど、屈強な膨れ上がった筋肉を持つ彼が、顔を真っ赤にして必死に持ち上げようとしても、固定されているようにコートは動かない。

 

「なんだぁこいつは!?死ぬほど重ぇぞ!?」

 

興味を持ったのか、ヒナさんもコートを拾おうとしてみるけどすぐに諦めたので、ちょっと確かめたかっただけみたい。呆れたような顔でこっちを見てきたので、何食わぬ顔でコートを拾い上げて、畳みながら近くにあった頑丈そうな鉄製の棚の上に置いた。何か、ありました?という顔をしておけば、何事かとこちらを見ていた他のお客さんの視線は散っていった。

 

「店員さん、ここ座ってもいいかしら?」

 

未だコートの衝撃から立ち直れていなかった料理人二人を促すように、近くの席を指すヒナさん。

 

「あ、ああ勿論ですともお美しいお姉様♡お姫様もどうぞこちらへ」

 

ヒナさんが座った後、その正面に座る。ちょっとやらかしちゃったけど、これでやっと食事を楽しめるよ。

 

「先程は失礼。料理をお待ちの間、食前酒にシャンパンをどうぞ」

 

良く冷えた淡いピンク色のシャンパンは、グラスに注がれただけで一つの芸術のように美しい。爽やかでフルーティーな香りを裏切らない、コクと深みのある味わいながら爽やかで、これから食べる食事を邪魔しない最適な食前酒だ。シャンパンにうるさいヒナさんも満足げに飲んでいる。

 

「お、美味しいぃ……」

 

お任せのコース料理を注文し、小前菜、前菜、スープ、サラダと順に食べたけど、どれも食べたことがない料理で全部美味しかった。特にスープはやばかった。澄んだ琥珀色のコンソメスープは、見た目こそシンプルながら、多くの食材を繊細なバランスで時間と手間をかけて作られているのが良く分かる一皿。

じんわりとおいしさが広がって、メインディッシュを食べるのに体が最高の状態になっている。あくまでコース料理としてメインディッシュに繋ぐことを想定した味付けなのに、この一皿でも完成されているのが素晴らし過ぎる。コース料理って初めて食べてるけど、一巡することで本当の意味で料理になっているんだ。一品、一品の完成度だけでなく、全てを一番美味しく食べられるように組み合わされている。アマゾン・リリーにはない考え方で、私は心底感動していた。

その後はメインディッシュのメニューが続く。魚料理、レモンシャーベットを挟んで、肉料理。

淡白な魚を先に食べて、シャーベットによって口の中に残った魚の風味をリセットしてから肉料理を楽しむのだ。メイン中のメインである肉料理は、牛フィレ肉のロティ。量こそ多くないものの、牛肉の甘みと赤ワインのソースが堪らない。少量でしっかり満足できる味付けで正にメインといえるだろう。

 

「ご満足頂けましたか、麗しき女神方」

 

これまでずっと料理を運んでくれていた副料理長、サンジさんがデザートである、季節の果物パフェを配膳すると、膝を付いて見上げてくる。

 

「美味しかったわよ。ヒナ満足」

 

「最高でした!特にスープは衝撃でしたね」

 

「なんと、美しいだけでなく良い舌をしてらっしゃる!そのスープは俺が丹精込めて仕込んだもの!天上の女神達に捧げる俺の愛さ♡」

 

面白い人としか思ってなかったけど、あのスープを作ったのがこの人だったなんて。副料理長っていうのは伊達じゃないってことか。若そうなのに凄い腕だ。私じゃ全然敵わない。これだから料理は面白いんだよねぇ。私の場合、ほぼ隔離生活をしていたから教えてくれる人もいなかったし、食材も限られてたし、本と勘だけでやってたから家庭料理感が否めない。能力を使った(・・・・・・)料理にはちょっとばかし自信があるけども、やっぱりちゃんとした調理を学びたい。自分で美味しいものが作れるって最高だと思うんだよね。好きなときに好きな料理を食べ放題だもん。外海を回りながら美味しい食べ物があったら作り方を習得するようにして、食を学んで、いつか私もこんなフルコースを作ってみたいなぁ。

 

「え?」

 

「どうしたの、セラ?急に立ち上がったりして」

 

サンジさんに料理のことを質問したりしながらデザートを食べていたのに、唐突に立ち上がった私に、ヒナさんが不思議そうな顔を向けた。

 

私は、常に見聞色で自身に危険が迫っていないか警戒している。これは意図的にしているというより、もうこれが自然体になっているのだけど、とにかく、その見聞色が相当の強者を感知したのだ。正体が分からない以上、戦闘を想定して、棚に置いてあったコートを私が羽織ったのと同時に、慌ただしく黒檻部隊の海兵さんが店内に駆け込んでくる。

 

「ヒナ嬢、ガープ中将が近くにいたとかで、突然訪ねて来ました!」

 

「ガープ君らしいわね、何の用かしら?」

 

突然訪れた強者の正体は、海軍本部中将ガープ。

その数々の功績から『海軍の英雄』として称賛される伝説の男だったのである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 ガープ中将

バラティエに停泊させていたヒナさんの軍艦の横に、馬鹿でかい犬の船首がちょっと可愛い独特な軍艦があった。

 

「ヒナ、とんでもないの連れてるのう」

 

犬の被り物をした老兵がおせんべいを食べながら笑っている。格好も態度もふざけているけど、この人相当強い。少なくとも九蛇の戦士で彼より強い者はいなかった。間違いなく、彼こそが『海軍の英雄』ガープ中将だろう。

 

「ガープ君、どうして東の海(ここ)へ?」

 

「孫の顔を見に来たんじゃ。全く成長しとらんかったがな」

 

ガープ中将が大した海賊もいない東の海(イーストブルー)にいたのは、里帰りのためだった様だ。海軍の軍艦なら偉大なる航路(グランドライン)からでも、比較的容易に帰れるのだから便利なものだ。

 

「お前さんこそどうした?偉大なる航路(グランドライン)で、かなり暴れとると聞いとったが」

 

偉大なる航路(グランドライン)を漂流してたこの娘をローグタウンまで護送中よ。まあ、護送というには強過ぎるけど」

 

アマゾン・リリーの出身とは言ってないけど、悪魔の実の力で体の自由を封じられた上で海に突き落とされて島流しにされた、と伝えてある。思えばこの頃から妹みたいに扱われ始めて、黒檻部隊の皆がより甘やかしてくるようになった気がするけどなんでだろう。

 

「東の海って穏やかだって聞きますし、1番栄えてそうなローグタウンから新しい生活を始めようかなって」

 

外海を見て回りたいけど、ひとまずローグタウンに滞在して勉強をしようと思っている。外海へ出るための準備期間って奴。アマゾン・リリーでも勉強はしていたけど成果は微妙だ。特に航海術が壊滅的。泳げもしないのに、こんな知識で海に出たらいつ死んでもおかしくない。航海士を雇うにしても自分に知識がないのは怖いし、暫くは勉強かなぁ。最初は、海賊王の処刑台が見たいっていう観光気分で選んだ街だけど、偉大なる航路(グランドライン)へ行く前の玄関口らしいローグタウンなら、お金に困っても賞金首が沢山やって来てくれそうだし便利そうだ。

 

「それ程の力量があって呑気なことを。どうじゃ、海軍(うち)にくるなら即中将にしてやるぞ。お前さんなら早々に大将にもなれるじゃろう」

 

ふざけているような口調でありながら、言葉には確かな力があった。間違いなく本気で言っている。私が戦っているところを見たわけでもないのに。

 

「とっくに私が誘ったけど断られたわよ。ヒナ不満」

 

ヒナさんが膨れっ面でジト目を送ってくるけど、こればっかりは譲れない。

海軍というのは当たり前だけど軍だ。詳しい内部事情は知らないけど、組織である以上、上からの命令によって動くことになるんだろうし、そんなの全然楽しくない。私は今、自由を満喫したい気分なのだ。

 

「立場には責任が伴うっていうのは分かってますから、私は暫く自由にやらせてもらいますよ」

 

アマゾン・リリーの皇帝なんて大変そうだったな。海賊行為だけで成り立ってるから物資は偏るし、女だけしかいないから出生率は低いし、力こそ全てみたいな国だから、飛び切り強くなくてはまとめられない。そこに私みたいな問題児もいたわけで全くやりたいとは思わなかった。どんな組織でも上にいくほど下が増えて、それはそれだけの人を背負うということだ。私は私の好きな人しか背負いたくないね。

 

「なら、自由を謳歌する前に、この老いぼれに付き合ってもらうとするかのう」

 

にっ、と笑ったガープ中将の背後。そこから人が音もなく接近してきた。武器は刀。迫る刀の斬撃を避けつつ、覇王色をぶつけるが怯むことなく構えを取ってくる。

 

「ワシの部下、ボガードじゃ。ちとお前さんの力を見せてくれ」

 

いきなり襲わせといて悪びれた様子もなく笑っているガープ中将の迷惑行為に付き合う必要もないのだけど、食後の運動と、ちょっとヒナさん達に私が強いってところを見せたかったので付き合ってあげることにする。

 

相手は豪快なガープ中将の印象とは真逆の寡黙そうな男の海兵、ボガードさん。ハット帽にブラウンのスーツを身に纏い、肩に羽織った海軍のコート。刀を構える姿に隙はなく、覇気の使い手でもあるようだ。立ち回りからして能力者ではないと思うけど、動きに若干の癖がある。恐らくは体系化された技術、何らかの体術を学んでいるのだろう。いいねぇ、面白そうだ。

 

「刀には刀でね」

 

コートから刀を取り出す。九蛇が持ち帰った戦利品の中にあったのを貰った奴だ。結構良い刀らしいけど、九蛇ではあまり使われないから死蔵されていた。料理に使えないかなーと思ってちょっと試して断念してからは私も死蔵してたんだけど。お魚を捌くにはちょっと不便だったよ。

 

「ほぉ、剣を使えるのか」

 

ガープ中将が意外そうに呟くけど、私の武器の扱いなんて適当だ。私的に武器は、気分で使い分けて、戦いを少しだけ楽しくするために使うもの。遊び道具みたいなものだ。今だって、普通にやるより面白くなりそうだから刀を使ってみることにしただけで深い意味もない。要は真似っ子遊びだ。

 

「剃」

 

私が刀を構えると、即座に動き出すボガードさん。独特の歩法で一気に距離を詰めて斬り込んでくるのを、見様見真似の剣術で受けて力任せに押し返す。

 

「その体術、面白いですね」

 

この人の動作の起点となっているらしい動き。瞬時に足場を何度も蹴りつけ、爆発的な推進力を生み出して移動する術のようだ。見聞色で移動先が読めているのでどうということはないけど、一瞬でトップスピードになって移動してくるのは結構厄介なものだろう。簡単そうなので、これも真似してみる。

 

「こんな感じ、かな」

 

「なっ!?」

 

早速真似してボガードさんの背後に回り込むと、驚愕した様子で刀を振ってきたので、見様見真似剣術で逸らす。うん、刀の扱いにも大分慣れてきたかな。

 

「あれは剃!?あんな簡単に!?」

 

「……恐ろしいのぉ。剃だけじゃない。丸切り素人だった刀の扱いも既に堂に入っておる。ボガードの動きを模倣し、そこから自分にとっての最適解を生み出しとるんじゃ」

 

ヒナさんとガープ中将がなんか言ってるけど、そんな大それたことはしていない。昔から、戦闘技術は見てればすぐ使えるようになった。弓を持って5日で国一番になったし、槍も剣もただ見ていればすぐに一番になれた。でもそれはアマゾン・リリーという小さな国での話だし、そんなに凄いと思っていなかったのだけど、もしかしてこれってレアな技能?確かに億超えの海賊も弱かったし、それよりマシとしても、このボガードさんだって、いつでも倒せる程度に感じてる。

私、ちょっと強いかなくらいに思っていたけど……。

 

「あの、私ってもしかしてかなり強い方なんですかね?」

 

「そいつが御惚けじゃないんなら、とんだ強者(つわもの)がいたもんじゃな」

 

呆れたように言われても仕方ないじゃないですか。まともな比較対象が国内の身内しかいなかったんですから!国では一番強い自信があったけどハンコックに負けてるし、私、井の中の蛙だったんだと思っていたのに。ただハンコックが強かっただけらしい。ま、まあ、ハンコックと戦ったときはめっちゃ油断してたし?全然本気じゃなかったし?……いや、油断し過ぎて本気出す前にやられちゃっただけなんですけどね。だから慎重になってたってのもあるし、私強いっぽいけど油断しないようにしよう。

 

「技を見せてもらってばかりでも悪いので、私もちょっと見せますね」

 

折角ガープ中将という、私でも知っているレベルの強者がいるのだ。戦闘においては能力とか技はなるべく隠しておく派の私ではあるけれど、自分の技がどのくらいのレベルなのか知りたい気持ちが抑えられない。

 

「あ、ボガードさん。無理だと思ったら避けてください。真っ直ぐ突っ込むので」

 

ボガードさんが見切れる程度の加減で技は打つ。

私が本気を出すと、どうしてかお腹が空いて燃費が悪い上に、こう、戦いたい!という衝動が強くなってしまって、ちょっと凶暴な性格になってしまうので元々、本気でやる気はない。だから、完全な状態ではないけれど、それでも今まで誰にも防がれたことのない必殺を披露しよう。ちなみに、九蛇ではこの技を見せれば大抵女の子を口説き落とせたので、そういう意味では自信がある必殺なのだ。ヒナさんにかっこいいとこ見せちゃうぞ。

 

刀をしまって槍を取り出す。適当に武器を使い分ける私だけど槍はお気に入りだ。九蛇だとこれが一番モテたからね。技が派手だし、分かりやすいから。実際、私の異名もこの技から付けられたものだし。

 

「行きますよ」

 

左手を地に付いて身を低くし、右手の槍を弓を引くように大きく仰け反らせる。この技の原理は至ってシンプル。ただ槍を持って突撃する、本当にそれだけ。ただこの技は――

 

「“白雷”」

 

 

――雷のように速い。 

 

 

「避けるんじゃぁ!!」

 

私の技が放たれる瞬間、ガープ中将の叫びが届いたのかボガードさんが、あの素早く動く体術で僅かに左へ避けた。弾けるような電気(・・)の残滓を残して、そこを私は駆け抜ける。久し振りに放った技が気持ち良くて、あと、ヒナさんが見てるからとカッコつけて、ボガードさんが避けたのに、私はそのまま技を続けてしまい……。

 

「あ」

 

気がついたらガープ中将の軍艦を正面から貫いていた。うん、どや顔で振り返ったら船に大穴空いていて、尻餅ついてるボガードさんとか、頭を押さえて天を仰いでいるヒナさんとか、おせんべいを袋ごと落としてるガープ中将とか見えて。

 

「さ、流石はボガードさんっ!私の攻撃をかわしながらこの威力!まさか剣による突きでこんな大穴を開けるとは!すごい!つよい!おしゃれ帽子を被っているだけのことはありますねっ!!」

 

 

「「「「「いや、やったのお前だよっ!!!?」」」」」

 

 

全海兵さんからツッコまれた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 ローグタウン

「ひ、人がこんなに沢山いるっ!」 

 

ローグタウン。

東の海(イーストブルー)から偉大なる航路(グランドライン)へ行く時の玄関口となる町であることから、偉大なる航路(グランドライン)を目指す海賊たちが多く集まる街であるわけだけど、それ以上に、『海賊王』ゴールド・ロジャーの故郷にして処刑された場所として有名であるため海賊たちにとっては特別な場所であるのだ。海賊だろうとなんだろうと、人が集まる場所は発展するのが当然の流れ。ローグタウンは、森と岩に囲まれた野生児達の国、アマゾン・リリーとは比べものにならないくらい栄えており、余りの人の多さに絶賛ビビリ中だ。ヒナさんの腕をがっしり掴んで、やっと歩けるくらいである。

 

「歩きづらいのだけど。ヒナ不満」

 

「こんなに人が多いと不安なんですよぉ。こう、心がざわざわするんですっ」

 

「軍艦に大穴あけれる人間が何を言ってるのよ」

 

呆れたように言うヒナさんだけど、そんなことを思い出させないでほしい。ボガードさんがやったことにしようとしたけど全然無理だったし。

結局、あんな大穴があいた船で航海なんて出来ないので、修理のためこのローグタウンまでヒナさんの軍艦で引っ張ってきた。ガープ中将達は今、船大工さんのところへ行っている。幸いローグタウンは偉大なる航路(グランドライン)を目指す海賊達が集まるということで、造船業者もいくつかある。なんとか直ると信じたい。

 

「ほら、あれが行きたいって言っていた処刑台よ」

 

ヒナさんの指す方に人混みに囲まれた処刑台があった。

人混みを掻き分けて近づいてみても、別に何の変哲もない処刑台だ。でもどうしてだろう。ここで一つの伝説が終わり、新たな時代が始まったことが、何となく感じられる。

ゴールド・ロジャーは、自らの死によって、この時代を作り、その先に何を起こそうとしているのか。世界を変えてしまうような凄いことなのか、笑い飛ばしてしまうようなくだらないことなのか。それはひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を手にした誰かの手に引き継がれ、委ねられるのだろう。

 

うん、ここに来てみて確信した。

 

ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)――全然欲しくないわ。驚くくらい興味なかった。

 

「なんで皆、ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)なんて欲しがるんでしょうね。どんなものかも、本当に実在するのかさえ分からないものを、命懸けで求めるなんて損ですよ。目の前には綺麗な人も、美味しいものも、楽しいことも、沢山あるのに」

 

「未知を何より魅力的に思う者達もいるのよ」

 

きっとひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を本気で見つけようって人達にとっては、それがどんなものかなんて関係ないのだろう。その過程の冒険を、頂へと駆け上がる興奮を、大海賊時代という熱狂を、楽しんでいるに過ぎないのだと思う。

 

「私もひとつなぎの大秘宝(ワンピース)が飛び切りの美女か、とんでもなく美味しいものだったら結構真剣に考えるんですけどねぇ」

 

ヒナさんやハンコックの百倍綺麗で可愛い人と、バラティエの百倍美味しいご飯があるのなら、命を賭けるか真剣に悩む。でもそれって海賊の財宝って感じしないし、両方、いつ見つかるかも分からない場所で隠しておくことなんて出来ないものだ。つまり、ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)は、私にとってはきっとどうでもいいものなので、見つかったら何だったのか教えてもらえるとちょっと嬉しいかもって感じかな。

 

「随分平和的な財宝ね」

 

「平和で良いじゃないですか。私はそれだけあれば幸せだって確信できますよ」

 

石から解放されてまだ1ヶ月も経っていないのに、私は沢山の幸せを見つけた。

 

偶然出会ったスペード海賊団。

騒がしいけど楽しい奴らだった。短い時間だったけど、正直寂しくて仕方なかった私にしたら一緒に宴をやったあの時間は最高の思い出だ。海の上で、ひとりぼっちで復活、なんてことになってたら寂しくて死んでたかもしれない。

 

ヒナさんや黒檻部隊の人達。

ヒナさんは美人で優しくて最高だ。いつかその能力を夜のお楽しみに使ってもらうのが私の夢だ。

黒檻部隊の人達はなんか子供扱いしてくるけど、まあ良い人たちだ。別に困ってたら助けてあげないこともない。

 

バラティエでの食事は凄かったなぁ。サンジさんは何話してるのかたまに分からなかったけど、丁寧に色々教えてくれて優しかったし、他のメニューも食べてみたいからまた行きたい。

 

面白い技術を見せてくれたボガードさんとガープ中将。船を壊してしまったのは本当に申し訳なかったので、ちょっと頼まれたおつかいを全力で遂行します。

 

いやー、本当に石から解放されてからずっと楽しい!あんな小さい国に閉じ籠もってたのがバカみたいだ。世界は広くて面白くて、きっとまだまだ楽しいことがある。ひとつなぎじゃなくても、大財宝はそこら中にあるのだ。

 

「ヒナさん、私、国を出られて良かったです」

 

しみじみと言った私の頭をヒナさんは黙ったまま、ぽんぽんと撫でた。

 

 

 

 

 

 

ローグタウンでの当初の目的を果たし、私とヒナさんは街を探索していた。

人混みにも多少は慣れてきたものの、この他人の気配が大量に蠢いている中でずっと暮らすなんて私には無理な気がしてきた。やっぱ田舎探して、しばらく引き篭もろうかな。

 

「そうは言ってもやっぱり都会のご飯は美味しいですねぇ」

 

出店で美味しそうなものを見つける度に食べてるけど、今のところハズレはない。味付けは濃い目が多い印象。最初の一口目が一番美味しく感じる味付けって感じだ。バラティエのような繊細なものではなく、叩きつけるような味で、私としては懐かしさを感じるチープさだけど、こういうのはこういうので美味しいんだよなぁ。

 

「ヒナ疑問。セラって船上だと普通だけど、ここやバラティエだと意外と食べるわよね?」

 

「船上だと食材が限られてますし、何より、毎日同じようなやつになるじゃないですか。一回でいっぱい食べちゃったら次から飽きがきて絶望しますよ」

 

多少改善したとはいえ、それでも船上での食事はレパートリーに乏しい。私が外海を旅するために船を買うときは絶対、一番でっかい冷蔵庫を付けるんだと決意したくらいだ。一回の食事でいっぱい食べるということは、それだけ飽きを加速させるということ。一時的にはお腹いっぱいで幸せかもしれないけど、長期的に辛くなるだけなのだ。

 

「そんな細い体のどこに入ってるのかしらね」

 

「背が伸びます。あと20センチ伸びます」

 

「ヒナ失笑」

 

母親も父親も会ったことないので、遺伝子的にどうなのかはわからないけど絶対伸びる!私には確信がある!190cmくらいにはなるはず!胸は年々大きくなってるのに身長があんまり変わらないの少しばかり不安であるけど、私は私のポテンシャルを信じている。伸びるったら伸びるのだ。

 

「それで、ガープ君に何を頼まれたの?」

 

「なんでも有望な海兵さんがここの管轄らしいんですけど、その人と戦って倒せばいいらしいですよ」

 

ここローグタウンに駐在している海軍本部大佐の人は、自然(ロギア)系の能力者で、ローグタウン駐在に就任以来、一度も海賊を取り逃がしたことのない優秀な海兵さんだ。それをわざわざ倒してくれっていうのは、彼がこの、生ぬるい環境でその実力を落としてしまうことを危惧しているのだろう。どうやらこの辺の海の人は覇気を使えないらしいし、自然系なんてバカでも無双できる。そんな無双状態で、強い海賊もいない東の海駐在じゃあ、強くなんてなれやしない。かといって海軍の実力者達は暇じゃないし、鍛えるためにローグタウンに居座るなんてことは出来ないから、しばらくここにいそうな私に、自然系は無敵ではないと分からせ、あわよくば、鍛えさせようってことなんだろうな。ガープ中将の口振りからして男の人っぽいし、言われた通りに一回ボコって、終わりにするつもりだけどね。可愛い女の子とかだったら手取り足取り、超丁寧指導するのだけども。

 

「……スモーカー君、ご愁傷さまねぇ。ヒナ合掌」

 

合掌するヒナさんの表情は、本当に死にゆく人を慈しんでいるようなものだった。私、別に殺さないよ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 煙とアイス

アイスクリーム。

アマゾン・リリーにもあったけど、こんなに沢山の種類はなかったし、何より何段も違う味を重ねるだなんて、そんな素敵な手法はなかった。しかもアイス買っただけでおもちゃの剣まで貰えてしまった。

 

「食べづらいでしょ」

 

「夢とロマンの分、この方が美味しいんですよぉ」

 

10段。

高く積み上がったアイスはカラフルで、私の頭をすっかり追い抜き、天空に突き刺さんばかり。究極に食べづらいのは間違いないけれど、そこは見聞色を駆使して人混みをすり抜け、武装色でコーンと下段のアイスを強化することで解決している。10段にしたことによって美味しさが増しているはずだ。

 

「今日はちょっと寒いのにアイスなんて食べて大丈夫なの?」

 

「確かに最近にしては珍しい気候ですけど、私は美味しいものではお腹を壊さない自信があるので」

 

「ただの食い意地じゃない」

 

呆れられたけど、私は当たり前のことを言ったと思っている。美味しいんだから、お腹は喜ぶに決まっている。つまりお腹を壊すなんてありえない。完璧な理論である。

途中、小さな女の子に、どうやったらそんなにアイスを積めるのか訊ねられたので、ドヤ顔で武装色の覇気だよと教えてあげた。ヒナさんには呆れを通り越した馬鹿を見る目で見られたけど、女の子はやる気を出して嬉しそうに走っていった。まずは3段くらいから始めると良いと思う。

 

なんて話しながら、アイスを味わいつつ歩いていると、見えてきた海軍の基地。そのまま基地を目指しながら10段アイスを食べ終えてご機嫌な私は、アイス屋で貰ったおもちゃの剣を振りながら、次は何を食べるか考えつつ、そこへ足を踏み入れた。

 

「ヒナ大佐、お待ちしておりました!」

 

ヒナさんと共に入ると、そこには海兵が何人も整列していて、皆が皆、ヒナさんに憧れの目を向けていた。そりゃこんなに綺麗で、階級も高いヒナさんは人気だよね。まあ、ヒナさんとそういう仲になりたかったらまずは私を倒さないと許さないけどね?本気中の本気でやりますのでそこのところよろしく。

 

偉大なる航路(グランドライン)にいるはずのお前が何の用だ、ヒナ?」

 

基地の奥から、白髪の恐い顔をした人が出てくる。葉巻をくわえて煙をふかし、上裸にジャケットを羽織った姿は完全に海賊寄りのビジュアルだけど、背中には『正義』の文字が刻まれており、(れっき)とした海兵の様だ。周囲の反応からして偉そうだし、この人がヒナさんの同期だっていうスモーカー大佐かな?

 

「この娘をローグタウン(ここ)まで送ってきたのよ」

 

「海軍はいつから子供(ガキ)の送り迎えまでするようになったんだ?偉大なる航路(グランドライン)は随分と暇らしいな」

 

もしかしなくてもガキとは私のことですよね?これはキレちまいましたよ。セラギネラさん17歳をガキだと?お酒も飲めるし、夜更かしもする、このセラギネラさんにそこまで言うとは許せん!

 

「言ってやって下さいヒナさん!」

 

「なんで私なのよ」

 

ヒナさんに前へ突き出されたので、仕方なく胸を張っておく。すると、何故か鼻で笑われた。私がご機嫌じゃなかったらここでもうぶちのめしてましたね。

 

「ガープ中将から貴方をボコボコにしていいと許可は貰っています。謝るなら今のうちです」

 

「おいヒナ、このガキはなんだ?」

 

私をガン無視してヒナさんに質問するなんて酷い。ドヤ顔してる私が馬鹿みたいじゃん。

 

「ガープ君は彼女が海兵になるなら即中将、すぐに大将にもなれるって言ってたわよ?」

 

「……今日は随分と冗談が過ぎるじゃねーか、ヒナ」

 

「あら、それは心外ね。ヒナ心外」

 

疑うように私を睨んできたので、これはもう私の強さって奴を教えてやらねばなるまい。

 

「戦えば分かりますよ。きちんとハンデは考えてありますので安心してください」

 

一方的にボコボコにするのは簡単だ。でもそれじゃ何も楽しくない。ただの弱い者いじめは良くないと思うのだ。だから私はアイスを食べながらハンデを必死に考えてきた。

 

「ハンデだぁ?止めとけ、そんなものいくらつけても一緒だ、俺にはガキをいたぶる趣味なんざ――」

 

「私の武器はこのおもちゃの剣にします。これ以外では指一本触れませんので安心して攻撃して下さい」

 

「ああ?」

 

アイス屋さんで貰った子供用のおもちゃの剣。短いし、軽いし、柔らかいし、これならそんなに怪我もさせない。これ以外で手を出さない、というのは中々良いハンデな気がする。

 

「子供のママゴトに付き合ってられる程、俺が暇そうに見えるか?」

 

「あ、すみません。確かに私は凄く手加減しますのでママゴトと思われるかもしれませんけど、殺すわけにはいかないので」

 

ブチッ、と何かがキレる音がしたと思った瞬間、私の目前に十手が突きつけられていた。この先端、軍艦で見せてもらった海楼石って奴と同じ素材かな?

海と同じエネルギーを発するとかいう不思議石で、これに触れていると、能力者は悪魔の実の能力を一切使えなくなるとか。海軍の軍艦は、これを船底に敷き詰めているから、海中を通る動物たちからは海水と同一に認識され、凪の帯(カームベルト)を素通りして渡ることできるというわけだ。面白い武器だなぁと思っていると、スモーカー大佐が怒りの言葉をぶつけてきた。

 

「海軍は託児所じゃねーんだ、殴られる前にさっさと帰れ」

 

もしかしてだけど、覇気が使えないと相手の実力を感じ取ることも出来ない?えっ?私、本当に子供だと思われてる?この溢れ出る強者感が伝わってない?

あー、うん。別にね?怒ってるわけじゃないよ?まあそりゃヒナさんと並んでればね、まだまだ大人の魅力ってやつは足りてないかもしれませんよ?私、大人だけどね?戦士だけどね?そういうこともあるよね。

だから、今からやるのは八つ当たりとかじゃなくて、ノック的なね、気付いてくださいって意味だから。ブチギレてやっちゃったわけじゃないから。

 

まあ、よく考えたらこのときの私って、おもちゃの剣握りしめて、ヒナさんにくっついて回っていたわけで、それ傍から見たら子供じゃん!ってことに後で気がついたりする。客観的視点って大切だねぇ……。

 

「仕方ないので、ちょっと攻撃しますから頑張って防いで下さい」

 

武器はおもちゃだけど覇気で強化すれば、それなりの攻撃力にはなる。九蛇の戦士を相手にするときよりもさらに威力を抑えれば、たぶん良い感じの手加減になるんじゃなかろうか。

 

おもちゃ剣を、突きつけられた十手の横でスモーカー大佐に向ける。そしてそのまま腕の力だけで剣を突き刺す!喰らえ必殺技!

 

「“白雷”風おもちゃ剣パーンチ!」

 

「ぐっ!?」

 

込めた覇気を認識できなくても本能的に察したのか、咄嗟に十手で防いだみたいだけど勢いを殺し切れずに吹き飛んでいく。ギリ防げたし、大きな怪我もしてなさそうだし、私の手加減、天才過ぎないか?後、剣なのにパンチってところに私のセンスが光っている。剣で攻撃したけど、おもちゃなので切れ味も何もないし、覇気で強化しただけの打撃だからね。

 

「“ホワイト・ブロー”!」

 

スモーカー大佐が吹き飛んでいった先から、明らかに自然現象ではない量の煙が噴出され、そこから拳が2つ飛んでくる。スモーカー大佐の能力は煙の自然系の様だ。気体ということは浮遊も可能で、重さも軽く出来るなら高速での移動が出来そう。直接的な火力は無さそうだけど、機動力に長けた能力っぽい。

 

「よっ」

 

拳は、バットを振るようにおもちゃ剣で弾けば、煙へと変化して消えていく。覇気使い相手に、こんなに自身の体を伸ばしたりしたら、弱点を晒すようなもの。強い自然系の人はこんなに自分の体を広げたりしないよ。まあ、私もそんなに自然系と戦ったことないけど、私でもそうするし。

 

「能力の使い方が格下相手の対応になっていますね。早く確実に逃さずに倒す、そういう使い方です」

 

自然系能力者からしたら、この街に来るような海賊相手にはまず無敵だ。そうなると海賊の発見と拘束の素早さ・正確さに重きを置く技になってしまうのも無理はない。ただそれは自身が反撃をされないことを前提としている故に、覇気使いからすれば隙だらけのカモになってしまうわけだ。まあでも、それはこの環境に適してしまっただけのことで、この人は普通に優秀なんだとは思う。

そもそも、このローグタウンから海賊を逃したことがない、とまで言われるのはとても凄いことだ。たぶん、私に出来るかと言われれば無理だろう。どんなに強くても結局、体は一つ。活動できる時間には限界はあるし、この広く人口の多いローグタウン全てを常にフォローし続けることは出来ない。つまり彼はそれを補えるくらい部下の扱いが上手いのだろう。きちんとした環境に彼を配置してやれば、すぐにでも強くなれると思うんだけど、確かにこのローグタウンで、海賊が成長していない内に、自然系能力者が確実に捕らえて、偉大なる航路(グランドライン)に入れさせないっていうのも、凄く効率的で良い策のような気もする。ああ、こういうことを考えなくちゃいけないから組織というのは嫌なんだ。やっぱり気ままに自由にが一番だね。

 

「“ホワイトランチャー”!」

 

周囲を煙で覆い隠した中から、十手を突き出したスモーカー大佐が突っ込んでくる。煙の能力を活かした潜伏と、高速移動、良い技だけど、見聞色の使い手には、普通の目くらましはそんなに効果がない。後ろからの奇襲だったけど、普通にかわして、おもちゃ剣ではたき落とす。

 

「くっ、何故てめぇは俺に触れられるッ!?」

 

「逆に何故触れられないと思ってるんです?自然系がそんなに無敵なら貴方が大佐なんて地位にいるわけないでしょ」

 

自然系は確かに強い。

広範囲且つ強力な自然現象は適当にぶっ放してもかなりの攻撃力だ。そして何より、自身の肉体をその自然物自体に変えることができる。これによって基本的には覇気以外ではまともに触れることも出来ないのだから強いに決まっている。ただ、覇気使いの格上相手には立ち回りが難しい能力でもあるのだ。下手に体を自然物にしてしまえば良い的になってしまうし、能力の性質は初見でバレる。そこをどうバランスとって使いこなすかが、自然系能力者の格ってやつだろう。

 

「良く言うと伸び代がある、正直に言うと典型的な自然系のカモってところですかね」

 

能力は使いこなしているし、戦いのセンスもあるけど、環境が悪い。ここでいくら雑魚海賊を狩っていても強くなれるわけないし、そもそも覇気を学ぶ環境がないと中々強くなれる余地なんてない。

これ以上戦っても面白いこと無さそうだし、適当に手加減した新しい必殺技でぶっ飛ばして終わりにしよう。

 

武装色で強化したおもちゃ剣で気絶するまで殴り倒すという新必殺技を、スモーカー大佐が再び突っ込んできたタイミングで放つ!

 

「ボコボコおもちゃ剣殴り!」

 

瞬間――

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらら……嬢ちゃん、あんまり俺の友達イジメんなよ」

 

やけに冷たい空気と共に、強大な覇気を纏った男が、私の剣を掴み、ダルそうに立っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 雷

「下がってな、スモーカー。お前にゃまだこのステージは早すぎる」

 

「……アンタ、なんでこんなところにいる」

 

「見物……のつもりだったんだが、どうやらそうじゃないらしい」

 

額にアイマスク。天然なのか独特のパーマがかかった黒髪の背の高い男。気怠げに立っているのに掴まれたおもちゃ剣はピクリとも動かず、それどころが先端から凍っていく。明らかに氷系統の自然系能力。このままこっちまで凍ってしまっては堪らないので、おもちゃ剣を手放す。

 

私が戦闘を止めたのを感じたのか、スモーカー大佐を下がらせて、その雰囲気通りのゆっくりとした口調で話し始めた。

 

「あー、嬢ちゃん。俺ぁ海軍で大将やらせてもらってる青キジってもんなんだが」

 

「大将!それって海軍の最高戦力ってやつですよね!」

 

「そういうことになってるなぁ」

 

噂に聞く海軍本部最高戦力『三大将』の名声に恥じない凄い覇気だ。能力も極限まで極められている。これだけの能力なら天候すら変えてしまえるだろう。

 

「ガープさんに言われてこんなところまで来ちゃみたが……こりゃ確かに一目見ておく価値のあるもんだ」

 

「ガープ中将の差金でしたか」

 

これはガープ中将に一杯食わされたかな。最初からスモーカー大佐と戦わせることじゃなくて、この青キジさんと戦わせようと企んでたっぽい。ボガードさんの件と言い、なんでかあの人は私の力を測ろうとしてるんだよね。今度は大将まで引っ張り出してきたのか。

 

「億超えが率いる海賊団を一人で壊滅させちまったと聞いたが――聞いてたよりずっとやべぇ」

 

凍ったおもちゃ剣を握り潰しながら青キジさんはため息混じりに言う。この人、ずっとやる気なさそうな態度だけど、覇気と能力は常に臨戦態勢だ。だらけているようで隙の無い、自然体の構え。ああ、この感覚は随分と久しぶりに感じる。

 

「たぶん、ガープ中将は私達に戦ってほしいんだと思いますよ」

 

「まあ〜そうだろうな。俺はあまり乗り気じゃねーんだが……そっちは随分とやる気に満ちてる」

 

こんなに強い人は初めて見る。私の中の九蛇の血が沸騰している様に熱い。戦いたい。目の前のこの人に私の力がどれだけ通じるのか、試したい。

戦いは楽しくないことが多い。でもそれは皆が私より弱いからだ。手加減したり、全力を出さなくても余裕な戦いばかりではそれは作業。そこに楽しさを見出すのは私には無理だった。だから私の興味関心は、女・知・食だったわけで、戦いなんてものは女をナンパするための技くらいに思っていたりしたけど、こうして強者を前にすると――最高にワクワクする。

 

まるで、これから女の子をベッドに誘うときのような、そんな高揚感。つまりとても楽しそうってこと。

それをより楽しいものにするためには、この乗り気じゃ無い人を本気にさせたい。こういうときにはコツがある。

 

「そういえば、三大将で誰が一番強いんですか?」

 

「「「絶対訊いちゃいけなそうな質問したぁあああ!!?」」」

 

周囲の全海兵さんがぶっ飛んだりしてオーバーリアクションを見せる。抜群のコンビネーションだけど、海軍ってそういう訓練もあるのかな。

 

「いやぁ、そりゃあおまえ、あれだ。あー……俺だわな」

 

予想通り、自分が一番だと答える。これだけ力があって、地位もある人が自信がないわけない。

 

「じゃあ、私みたいな可愛い女の子には負けないですよね?」

 

「あー、まいった、ハメられた。そう言われちゃ――戦わんわけにはいかないわなぁ」

 

青キジさんの目つきが変わった。いいね、ビリビリする覇気。高まってきた!

 

コートから取り出すのはお気に入りの槍。普段は適当に気分で武器を使い分けるけど今日は違う。私と青キジさんとでは、現段階(・・・)(セラギネラさん17歳成長期中!!)では凄く身長差がある。それはそのままリーチ差に直結し、ただでさえ広範囲の高火力攻撃が強い自然系を相手にするには致命的だ。それを補うために最適なのが槍。この槍は私が使うにはかなり長く3メートル近い長さがあり、リーチの差を埋めるには十分な代物。

 

「あらら、ドデケェ覇気じゃないの。戦争でも始める気かぁ?」

 

「いいえ、楽しいお遊戯会の始まりですよ!」

 

「こりゃおっかねぇもんが始まっちまった」

 

剃の動きを応用し、青キジさんに突進する。

ボガードさんが使っていた移動法、“剃”を含む体術は『六式』といい、世界政府に属するような組織で使われているらしく、ローグタウンに来るまでの間に見せてもらったけど、これは中々使える技術なのだ。これを自分なりに取り込むことで、これまで無意識にやっていたことをより効率化出来た。移動はより早く、空中での方向転換はスムーズに、足技・殴打は鋭く、回避は軽快に、防御は強固に。たったの数日で私はさらに強くなった自覚がある。それをここで存分に試させてもらおう。

 

「簡単に近づかれるわけにはいかねぇなぁ――“アイス(ブロック)”『両棘矛(パルチザン)』!」

 

十数本の矛の形になった氷塊が凄い速さで飛んでくる。結構な出力なのに、生成、成形、射出までの操作が異常に速い!能力を発動される前に私の間合いまで近づこうなんて全然甘かった!

私は氷の矛を槍で砕きつつ、その強度と冷気に警戒を強めた。氷で出来ているとはいえ、覇気で強化された矛。まともに食らえば、私でも怪我をするレベル。それにこの冷気。さっきから周囲の温度がグッと下がって、もう吐く息が白く冷たい。身体能力が化物と称される私だって人間であることは間違いなく、そうであれば寒さは肉体のパフォーマンスを落とす。恐らく本気になれば周辺を一瞬で氷点下にまで下げられるところを、加減しているはず。自然系とはいえ、出力も速さも馬鹿げてるよ!

 

「とにかくまずは近づきたい!」

 

「悪ぃが俺はスーパーボインが好みでなぁ、子供に迫られるのは勘弁だ」

 

「私もおっぱいは大きいのが好きですよっ!」

 

軽口を叩きつつも、全然距離が縮められない。あの氷の矛と、たまに飛んでくるヤバそうな冷気の玉。それを避けつつ近づこうとすると、どうしても追いつけない!

 

「ああ!もういいです!手の内を隠したまま勝とうとした私が馬鹿でした!」

 

「へぇ……そりゃ嬢ちゃんも能力を使うってことかい?」

 

悪魔の実の能力。さっき戦ったスモーカー大佐なら煙、青キジさんなら氷、ヒナさんなら檻、というように多彩な種類があるこれらは、その系統によって3種類に分かれる。自然物を操り、自身もそれに変化できる自然系、動物への変身を可能にし飛躍的に身体能力が向上する動物系、それ以外の特殊な力を得る超人系。私の能力は超人系、ガープ中将から話を聞いているのなら私が能力者だってことは知っているだろうし、ここまでの戦いで青キジさんもそれは察しているだろう。

 

「命がかかってるわけでもないのに使いませんよ。奥の手は常に秘めておくのが乙女の戦い方って奴です」

 

「えげつねぇ乙女もいたもんだ。そんなら――どんな手札を見せてくれるんだぁ?」

 

能力はそれと分かる形では発動しない。能力の全容を知られることは自身の不利が圧倒的に大きくなるということ。どんな能力にも弱点や攻略法は存在するものだが、そうした情報を与えなければ常に有利に戦える。私は、抑止力のために力を誇示する必要がある海兵や、力を自慢して暴れ回りたい海賊でもない。だから、能力は極力隠す。ヒナさんと初めて戦った時にも感じたけど、能力者相手に『知らない』ということは致命的な不利を生み出す。どうなるか分からない外海、切札は多いほうがいい。

実際、青キジさんが終始、距離を詰めさせずに戦っているのも私の能力が分からないからだ。私がハンコックに負けたように、悪魔の実の力は無慈悲にその力量差を覆すことがある。特に超人系は能力によっては当てれば勝ち、というようなものも存在するため青キジさんは警戒を緩めはしないだろう。つまり、近づくのはかなり難しい。

 

「槍は投げるためにもあるってことですよ!」

 

「おいおい、この距離で避けれねぇ程、大将ってのは甘くねぇのよ」

 

近づけないなら遠くから攻撃すればいい。

そりゃ、普通に私が投げたら避けられちゃうだろうけどね。手元の槍にはたっぷりと充電(・・)が完了している。

――白雷は、私の能力と体質(・・)が合わさることで本来の力を発揮する。ボガードさんに放った時はかなり加減していたけど、この人相手ならそれも必要ないでしょ。

ただ槍を投げるだけの技。但し、帯電した槍は、私の能力によって加速し、一筋の白い雷となる。

 

「“白雷・閃式”」

 

それは、速さ故に無音で放たれる。音が鳴り響く頃にはこの槍は標的を貫いている。雷鳴すら置き去りにする白い閃光。

 

「ッ!!まじかっ!」

 

青キジさんは見聞色によって察知したのか、咄嗟に氷の盾を自身の前に展開するが、槍はそれを全て砕き直撃する。いや、どうにか防いだっぽいな。かなり本気の一撃だったんだけど、あれに反応するとかちょっと予想外過ぎて引いてるよ。正直、死んだらごめんくらいの気持ちで打ったのに落ち込むなぁ。

 

「――ガープさん、洒落にならねぇもん相手させてくれちゃったじゃないの」

 

五体満足どころが外見的にはほぼ無傷。土埃を払いながらゆっくり歩いてくる青キジさんであるが、やはり無傷に見えるのは外見だけ。少なからずダメージは通っていそうだ。それでもしっかり防御が成立しているのだから、称賛するしかない。

 

「乙女の秘密を一つ教えてあげましょう。超絶可愛くて格好いいセラギネラさんは――体から電気を発することが出来ます」

 

この力は悪魔の実の能力――ではない。子供の頃から当たり前に使えていた私の体質。

九蛇の誰もこんなことは出来なかった。だからこれは私だけの特殊な体質なのか、もしくは親から受け継がれたものなのかって話になるわけだけど、私は両親の顔も見たことがない。物心付いた頃には九蛇にいたし、両親はいなかったけど国の皆が私を育ててくれた。分かっているのは国の年寄り達曰く、私の母親は凄く強い戦士だったってことだけ。まあ、つまり、私がなんで電気を生み出して操れるのか全くの不明なんだけども便利だから使わせてもらっている。使えるんだからそれでいいよね。

 

「……今どきの嬢ちゃんはそうなってんのかぁ」

 

「そうなっているのです」

 

あんまり電気を使い過ぎると意識が飛ぶってことが経験上分かっているので、基本的には武器を通したり、相手に触れたときに流すとかそういう使い方をしている。意識が飛ぶって言ってもすぐに気絶するわけじゃなくて、気絶するまで周囲を破壊しだすらしいので人がいるところでやったら本当に危ない。いやー、改めて思うけど私の体って不思議だなぁ。

どうやら外海でも、私のこの体質は珍しいみたいで、改めてその不思議さを実感していると、青キジさんが……こうやって今考えなくても良いようなことを考えて現実逃避していた事実を突きつけてきた。

 

「あー、ところで嬢ちゃん、こいつはどうする?」

 

青キジさんの後方。そこにあった(・・・)はずの海軍基地が、うん、まあ、その控えめに言って……崩壊していた。青キジさんが凍らせてくれたおかげで瓦礫が散っていないけど、もうとても建物と言えるような状態ではない。

 

私はその瓦礫の一部へと近づいてそこへ寝転がる。

 

「くっ、なんて強さ!まさか海軍基地を粉砕する程の威力とはっ!これは流石のセラギネラさんも……ガクッ!」

 

息も絶え絶えに痛そうな演技をしながら台詞を言い、最後には意識を失ったかのように顔を傾けて目を瞑った。全く凄い攻撃だったぜ。熱くなり過ぎて周囲のことを何も考えていなかったかのような惨状だからね、私がやられてしまったのは仕方ないよ。あー、全身が痛い。特に胸が痛い。締め付けられるようだ。ざいあくか……負傷によってとても痛いなぁー!これは暫く起き上がれないなぁー!

 

 

「「「いくらなんでも誤魔化せないだろ!!!??」」」

 

 

――ですよね!!分かってるんで、総出でツッコむの止めてください!!

あああああ!!私、戦う度にこんなんばっかじゃん!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・ガープ中将の軍艦1隻(ローグタウンにて修理不可と判断)

・ローグタウン海軍基地壊滅(基地内の備品含む)

・青キジ愛用チャリ(海軍基地に停めてあったが消し飛んだ)

 

白雷のセラギネラによって破壊された、これらの被害総額は、東の海における海軍の被害として今年最高額となった!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。