フィーネになりそこなった合法ロリのお姉ちゃん (とんこつラーメン)
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『姉』の帰国

ピクシブでとあるイラストを見てから、一気にマイブームが『合法ロリ』になってしまいました。

それと同時に、合法ロリが出てくる作品を無性に書きたくなりました。

完全に私の我儘で書いてます。






 風鳴の屋敷の一室。

 現当主である『風鳴訃堂』は一人の『女』と向かい合っていた。

 

「帰って来たか」

「物凄く久し振りだけどね」

 

 女と言ったが、その容姿はかなり幼い。

 身長は130センチ程度で、真っ白な髪をショートヘアにしている。

 何も知らない者が見れば、まるで祖父と孫娘が話しているようにも見えるだろう。

 

「お前の『妹』の話はもう聞いたか?」

「帰国する少し前にね。詳しいことに関しては飛行機の中で見せて貰った」

「大衆が乗る旅客機で機密事項を読んだというのか?」

「ンなわけねーだろ。どんだけ予算が無いと思われてんだ。ちゃんと、乗客は私一人だけの完全プライベートジェットだよ。私の個人資産舐めんな」

「ふっ…そうであったな。それでこその貴様よ」

「ジジイに褒められても全く嬉しくない」

 

 普段は病的なまでに国防の事を考えている訃堂が、珍しく好々爺らしい笑みを浮かべる。

 それだけ、目の前の幼女が特別だという事なのか。

 

「そう言うな。儂は貴様の事を高く評価しておる。歌手活動などにうつつを抜かしておる翼や、国防を担う立場にいながらも情が抜けん八紘や、甘い考えを未だに捨てきれぬ愚か者である弦十郎などよりもずっとな」

「仮にも自分の身内にそこまで言うのかよ」

「事実だ。貴様とて、儂と同じ立場になれば同じような感想を抱いたであろう?」

「さぁね。私は基本的に他人には干渉しないタイプだから。例えそれが実の『妹』であったとしても」

 

 自分で言って普通に後悔した。

 他者に不干渉なのは本当だけど、同時にそれが原因で妹との確執が生まれてしまったのもまた事実だったから。

 もっと自分が傍にいれば。もっと色んな事を話し合っていれば。

 もっと自分がしっかりしていれば…或いは『あんな事』にはならなかったのかもしれない。

 今となっては、どれだけ考えても意味がない事だが。

 

「それでよい。他者と慣れ合う必要は無し。情など防人には最も不要な代物。それがあるからこそ、翼も八紘も弦十郎も防人として十全に機能せんのだ」

「まるで私が感情を捨て去った国防装置みたいな言い方をすんな。私にだって最低限の情ぐらいはあるッつーの」

「どの口が言うか」

 

 訃堂からすれば、目の前にいる幼女こそが己の最も理想とする防人に他ならない。

 いざとなれば『自分』すらも切り捨てられる『覚悟』がある彼女こそが。

 

「…で、これからどうする気だ? 妹の墓参りにでも行くのか?」

「行きたいのは山々だけど、場所を知らないから無理」

「知らされておらんのか?」

「私が知ってるのは、『あいつ』によって引き起こされた事件の全貌と被害の数だけ。それ以外はマジで何にも知らない。調べようと思えば調べられるけど、今はまだ普通に面倒くさい」

「ならば、どうする?」

「寝る。時差ボケで頭がフラフラするんだよ。だから、どこか適当なホテルにでも泊まって爆睡する」

「以前、使っていた部屋はどうした?」

「アメリカに行く時に引き払った。いつ帰れるか分からないし、ほっといたら確実に部屋中が埃だらけになる。帰国して早々に部屋の大掃除とか死んでも御免だから」

 

 そう言うと、『むに~』と可愛らしい声を出して、ずっと我慢していた欠伸をする。

 よほど大きな欠伸だったのか、目尻に涙が溜まった。

 

「もうそろそろ行っていい? 空港からいきなり京都まで連れてこられて疲れてるんですけど」

「うむ…よかろう。だが、お前の力が必要と判断した時は遠慮なく強制連行するつもりでおれ」

「へいへい。抵抗なんてしねーよ」

 

 掌をひらひらさせながら、幼女は気怠そうに部屋を後にした。

 

「同じ血が流れていながらも、選ばれなかった者…か。皮肉なものよな。だが、それで良かったのやもしれん。より優秀で、尚且つ情に流されぬ『姉』が生き残った。奴さえコチラに来れば、もう他の者どもは用済みやもしれぬな」

 

 そう呟くと、訃堂は手に持つ書類の束をペラペラと捲る。

 

「きゃつの研究の集大成…これさえあればもう、『歌』などという下らぬ物を頼りに起動するシンフォギアなど無用の長物。矢張り…貴様こそが最も防人に相応しき女よ。なぁ……」

 

 書類を懐に仕舞いながら、悪い笑みを浮かべた。

 

「『櫻井亞里亞』よ」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 

「あんがとねー」

 

 風鳴邸から再び黒塗りの車で移動し、辿り着いたのは馴染みの町。

 嘗て、亞里亞が賃貸していた部屋が有った町でもある。

 

「…暫く見ない間に随分と様変わりしたもんだな。なんつーか…まるで浦島太郎にでもなった気分だ」

 

 そもそも、こうして日本の地を踏むこと自体が非常に久し振りなのに、ずっと住んでいた町の想像以上の変貌っぷりに思わず口がポカーンとなった状態に。

 

「…そういや、私って了子と一緒に街を歩いたことって一度も無かったな…」

 

 亞里亞と了子は確かに実の姉妹ではあったが、実際には『血の繋がっただけの赤の他人』と表現した方が正しい関係だった。

 

「いつからだっけ…了子と姉妹らしい会話をしなくなったのは……」

 

 相当に昔…それこそ子供時代だったような気がするが、余りにも過去すぎて全く思い出せない。

 昔やった自分の研究とかに関してなら、全てを事細かに覚えているのに。

 

「あ……」

 

 きゅ~…。

 いきなり亞里亞の腹の虫が鳴った。

 今は何時だっけと近くにあった街頭の時計を見上げると、もうすぐ昼の12時になろうとしていた。

 道理で腹が空く筈だ。今思えば、朝から何も食べてない。

 プライベートジェットだったから機内食は食べてないし。

 

「……どこか適当な場所で済ませるか」

 

 ポテポテと短い脚を動かして、食事を求めて完全に未知の場所となってしまった馴染みの町をさ迷い歩くことに。

 カードは持ってるし、念の為に換金した日本円も財布の中にある。

 いざとなれば通帳から引き出せばいいだけの話だ。

 余り散財をしないタイプである亞里亞の通帳には、それこそ唸るような数の0が並んでいる。

 全額を引き出せば、大豪邸なんて余裕で幾つも買えるほどの金がある。

 本人には全く自覚は無いが、亞里亞は世間で言うところの『億万長者』なのだ。

 

「あ…いい所みっけ」

 

 ふと視界に入ったのは、近代的な街の喧騒から明らかに浮いている、何とも古めかしい趣の食堂。

 だが、古い時代の人間である亞里亞は知っている。

 こんな店で出される飯は本当に美味いと。

 そこらの無駄に綺麗に着飾っているような店とは訳が違う。

 純粋に味だけで勝負している店は最も信頼が出来る。

 

「久し振りに食べる日本食…ここで決まりだな」

 

 ゴクリと唾を飲み込んでから食堂の入り口を潜る。

 すると、店内から気持ちのいい声が飛んできた。

 

「らっしゃーせー! お好きな席にどうぞ―!」

 

 どーこーにーしーよーうーかーな。

 なんてことを考えつつ店内を見渡していると、なにやら物凄く見覚えのある大きな背中が視界に映った。

 

「…まさかな」

 

 赤い服に赤い髪。

 どう見ても『彼』にしか見えないが、そんな『偶然』なんてある筈がない。

 自分にそう言い聞かせながら、敢えて亞里亞はその男の隣に座った。

 大人用の椅子なので、座る時には少しだけジャンプをしなければいけなかったが、そんな事は今までの人生の中で何度も経験済みなので全く気にしない。

 それどころか、どんな角度でどんな力加減で飛べば大丈夫なのか、この幼い体に完全に染み付いていた。

 

「ご注文が決まったらお呼びください」

「ほーい」

 

 目の前にお冷とメニュー表が置かれ、それを開きつつチラッと隣を覗き見る。

 すると、自分と同じようにメニュー表を見ていた男と目があった。

 

「げ…マジかよ…」

「なっ…! き…君は…まさか…亞里亞くん…なのか…!?」

 

 この隣にいる赤い服を着た大男こそ、訃堂の息子にして亞里亞にとっても古い知り合いでもある『風鳴弦十郎』その人だった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 ガツガツと大盛りのカツ丼を食べている横で、亞里亞は普通サイズのきつねうどんをチュルチュルと食べている。

 

「こんな場所で亞里亞君と再会するとはな…。いつ日本に帰って来たんだ?」

「今朝。で、ついさっきまで風鳴の屋敷でジジイと会ってた」

「親父か…」

 

 詳しい理由は不明だが何故か訃堂は亞里亞の事をとても気に入って重宝していた。

 それこそ、実の息子である弦十郎よりも遥かに。

 研究者として己に対してもストイックな姿勢が、自らの事を『護国の鬼』と称する訃堂の琴線に触れたのか。

 

「そ…そう言えば、その髪はどうしたんだ? 俺の記憶が正しければ、アメリカに行く前までは茶髪だったような気がするが…」

「向こうで染めた。ちょっとした気分転換に」

「そうか…」

 

 会話が途切れる。

 久し振りに再会だというのに、話が上手く続かない。

 仕方がないので、ここで仕事の話をする事にした。

 

「…君がいない間に色んな事があった。それこそ、とても一言では語り尽くせない程の事が」

「知ってる。全部資料で読んだよ。『ルナアタック』の事から、その後に起きた『フロンティア計画』の事も含めてな」

「…そうか」

 

 ここで事件の当事者の一人として色々と話をする事は簡単だ。

 だが、亞里亞の場合は他の者達とは事情が違い過ぎる。

 

「聞いたよ。二課…解散になったんだってな」

「あぁ。だが、その後すぐに再編成され新たな組織となった」

「それも知ってる。国連直轄の超常災害機動タスクフォース『S.O.N.G』…だろ? つっても、二課のメンバーはそのまんま移籍して、実質的には名前と本部の場所だけが変わったってだけの話だろ?」

「簡単に言えば、そうなるな」

 

 スープの上にプカプカと浮いているかまぼこをパクリと食べ、口直しにお冷を飲む。

 

「しかも、随分と『若い連中』を率いてるって話じゃないか。大丈夫なのか?」

「問題無い。確かにまだ彼女達は若く、未熟な部分も多々あるかもしれないが、それでも『誰かを助けたい。救いたい』という気持ちは人一倍だ」

「…気持ちだけでどうにかなれば、誰も苦労なんてしてないっつーの」

「亞里亞くん…」

 

 昔から亞里亞は感情論を嫌う。

 決して否定はしないが、その事を堂々と話すといつも不快そうな顔になる。

 良い意味でも悪い意味でも、亞里亞は科学者気質なのだ。

 

「なぁ…亞里亞君」

「断る」

「まだ何も言ってないんだが…」

「言ってなくても、言おうとしてる事は分かる。どうせ『自分達の仲間になってくれないか』的な事を言いだすつもりだったんだろ?」

「…御見通しか」

「当たり前だ。一体何年越しの付き合いだと思ってんだ」

「うむ……」

 

 昔から、亞里亞と腹芸をして勝てた者は数少ない。

 あの訃堂でさえも時には手玉に取るほどなのだ。

 

「けど、私の事を話すぐらいの事はしなくちゃいけないだろうな。その『若い連中』には…さ」

「来てくれるのか?」

「一応はな。けど、国連の犬に成り下がるつもりはない」

「分かっている。俺としては君が同行してくれるだけでも有り難い。昔とはメンバーも様変わりしているが、それでもきっと歓迎してくれる筈だ」

「どうだかな……」

 

 小さな手でドンブリを持ち上げ、残ったスープを一気に飲み干す。

 プハ~…という声と共に、見た目相応の可愛らしい満足げな笑顔を浮かべた。

 

「お勘定」

「はいよー」

 

 

 

 

 

 

 




時系列的には『G』と『GX』の中間。

次回更新日は未定です。


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これが合法ロリだ

「…なんじゃこりゃ」

 

 街の食堂にて偶然出会った弦十郎に案内されてやって来た『S.O.N.G.』本部。

 その内部や司令室を見て、亞里亞は目を細めながらボソッと呟いた。

 

「二課の名前が変わっただけかと思ったら、中身までそのまんまじゃないか。しかも、その正体は超デカい潜水艦って…ふざけてるのか? お前らは一体どこと戦争をする気だ」

「以前の本部は地下に存在していたが、それ故にいざという時の対処法がどうしても限られていた。学園の真下にあるというのも正体露見に繋がる可能性が高い上に、周囲を巻き込む可能性も非常に高かった」

「だから、移動が可能な潜水艦にしたってか? 言いたい事は分かるが、それでも発想がぶっ飛び過ぎだ。どうして、もっと発想をロジカルに出来ないんだ?」

 

 盛大な溜息を吐きつつ、亞里亞はポケットの中から棒付きキャンディを取り出してパクリと咥え込んだ。

 本当は煙草が吸いたかったが、流石の彼女も司令室で堂々と喫煙をするのは躊躇われた。

 

「昔のメンバーは殆どいないって聞いてたけど、お前さんはまだ残ってたんだな…慎次」

「お蔭様で。お久し振りです…亞里亞さん」

「あの小僧が、いっぱしの顔になってまぁ…」

 

 弦十郎と同じように彼…緒川慎次の事も昔からよく知っていた。

 それこそ、彼がまだ十代の頃から。

 

「それで? 例の『若い連中』はどこにいるんだ?」

「普段は四人は学校、二人は仕事に出ているのだが、今日は二人の方の仕事が休みになっていてな。今頃は全員で訓練でもしている頃だろう」

「その『二人』の内の一人は…あの翼…なんだよな」

 

 現在、S.O.N.G.に所属している若年メンバーの中で唯一、亞里亞が知っている人間。

 彼女の顔を思い出し、ほんの僅かではあるが彼女の顔が曇った。

 よく顔を見ていなくては分からない程に微細な変化であったが。

 

「…確かに、形は同じでも、中身は昔とは大違いだな…」

「寂しいか?」

「…かもな。ほんと…歳だけは取りたくないもんだ。日本に戻ってきた直後もそうだったが、こうして自分のよく見知っている場所が変わっているのを見ると、本当に自分だけが世界から取り残されたような気分になる。竜宮城から戻ってきた浦島太郎はこんな気持ちだったのかもしれないな」

「亞里亞さん……」

 

 小さく溜息を吐く亞里亞を見て、弦十郎と慎次は互いに顔を見合わせる。

 現状、この場でこの二人だけが亞里亞が長い間に渡ってアメリカに滞在していた理由を知っているから。

 

「あー…やめやめ。感慨に耽るだなんて私らしくない。それよりも…弦十郎」

「なんだ?」

「あいつの…了子の墓の場所って知ってるか?」

「…聞かされてないのか?」

「全く。私が知ってるのは、事件の『原因』と『過程』と『結果』だけ。ジジイもアメリカ政府も全く詳しいことは教えてくれなかった」

「そう…なのか」

「別に知らないんなら、それでも構わない。自力で調べて、自力で行くだけだ」

 

 生粋の天才である亞里亞ならば、墓一つを探し出すぐらいは簡単にできるだろうが、それとは別の懸念が彼らにはあった。

 

「行くって…移動手段はどうするんですか? まさか、徒歩だなんて事は…」

「ンなわけあるか。私はロードランナーじゃなくて学者。頭を使う事が仕事なんだよ。歩いてなんて行けるわけないだろうが」

「ならば、どうやって行く気だ?」

「車を運転してに決まってるだろうが」

「「え?」」

 

 ここで初めて弦十郎と慎次、この場にいる他のスタッフたちも揃って目が点になる。

 どう見ても幼女にしか見えない、この見た目で車を運転する?

 例え冗談だとしても笑えない。

 

「お前ら…このナリで運転なんて出来るわけないって思ってるだろ」

「そ…そんな事は無いぞ!?」

「顔でバレバレなんだよ。ったく…ほれ」

 

 ゴソゴソとポケットから財布を取り出し、その中から運転免許証を出して二人に見せる。

 

「これが証拠だ。ちゃんと教習所に通って取ったんだぞ。二十歳の誕生日を迎えた次の日から」

「し…知らなかった…」

「とはいえ、車は持ってないからペーパードライバーだけどな」

 

 運転する時は大抵、レンタカーを借りることが多い。

 借りれば済むの話なのに大金を出してまで車を買う理由が亞里亞はよく分らなかった。

 それ以前に、自分の研究や興味のあること以外には基本的には無頓着なので、車の整備や掃除なんて面倒くさくて絶対にやりたくは無いというのが本音だったりする。

 維持費やガソリン代だって決して馬鹿にはならないし。

 

「亞里亞さんが車を運転している姿が全く想像出来ない…」

「だろうな。アメリカに渡る前、何回か道路を車で走った事があるけど、頻繁に警察に止められてたし。免許見せたら変な声を上げてた」

「当然だろうな…」

 

 前職が警官だった弦十郎には、その時に亞里亞を見た彼らの気持ちがよく分かった。

 もしその警官が自分であっても、同じようなリアクションを取っていたに違いない。

 

「なんなら今度、私の運転でドライブでもするか?」

「え…遠慮しておこう」

「それは残念」

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 昔話などに花を咲かせていると、賑やかな声と共に司令室の扉が急に開かれた。

 入って来たのは勿論…『彼女達』である。

 

「疲れたぁ~…。クリスちゃんも翼さんも容赦がないんだもーん…」

「当たり前だ。訓練で手を抜いてどーすんだよ」

「雪音の言う通りだ。訓練だからこそ本気で取り組むべきであって…」

「また翼さんのお小言が始まったデース…」

「切ちゃん、聞こえるよ」

「けど、翼の言っていることも尤もだわ。普段の訓練で手を抜いていたら、いざという時に困るのは自分達なのだから」

 

 何とも賑やかで華々しい面々だろうか。

 だが、そんな彼女達を見ても亞里亞の表情は全く変わらない。

 

「いいタイミングで来たな。丁度良かった」

「師匠! お疲れ様です!」

 

 元気よく響が弦十郎に挨拶をすると、ふと彼の近くにいた亞里亞の存在に気が付いた。

 

「あれ? 師匠…その子は誰なんですか? 迷子?」

「違うわ。おい…なんだこのアホ丸出しな奴は」

「ア…アホ丸出しッ!? 酷いよ~!」

「いや…ある意味で確信突いてるだろ」

 

 クリスの見事な追撃に対し、他の四人が力強く揃って頷く。

 

「叔父様。その子供は一体何者なのですか?」

「子供…か」

 

 本当に子供なのはそっちなんだけどな。

 そう言いかけたが、言っても無駄なような気がしたので大人しく飲み込んだ。

 

「…そうだったな。本来はこっちが主目的だったな。彼女は…」

「おい。自己紹介ぐらい自分で出来る。子供扱いすんな。って言うか、私の方がお前よりも歳上だろうが。少しは敬え」

「「「「「「え?」」」」」」

 

 なにやら聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がした。

 この幼女が弦十郎よりも歳上?

 例え冗談であったとしても笑えない。

 

「約一名を除いて『初めまして』。私は『櫻井亞里亞』…って言えば、私が何なのか分かる奴は分かるんじゃないか?」

 

 『櫻井』という名字を聞いた途端、響と翼、クリスの目が大きく見開かれた。

 彼女達にとっては、切っても切れない名前だったから。

 

「櫻井って…それじゃあ…まさか…」

 

 さてはて。一体どんな罵倒が飛んでくるのやら。

 どんなに酷い言葉が飛び出してきても、軽く受け入れるつもりだが。

 

「亞里亞ちゃんって了子さんの妹さんっ!?」

「違うわ。逆だよ逆」

「逆? 逆って事は…」

「そうだよ」

 

 ずっと口に咥えていた棒付きキャンディ―を出し、無表情のままついさっき司令室にいた全員が驚いたセリフをもう一度口にする。

 

「お前らを裏切ったり、散々と傷つけたり、振り回したり、遠まわしな大量殺人をした張本人…『フィーネ』の器となった『櫻井了子』の実の姉が私だ。よーく分かったか、立花響」

「りょ…了子さんの……」

「姉…だと…!?」

 

 この眼の前にいる幼女が、あの了子の姉と言われても、そう簡単には信じられない。

 特に、彼女の事をよく慕っていたクリスは。

 

「あのフィーネに姉がいたって…んなの一度も聞いたことがねぇぞ!」

「だろうな。私とアイツは昔から物凄く仲が悪かった。最後に交わした会話だって、殆ど喧嘩みたいなもんだったしな」

 

 当時の事は今でもよく覚えている。

 亞里亞がアメリカ行きを決めた日の夜。

 了子は普段の飄々な顔を消し、本気で実姉に激怒していた。

 だが、亞里亞はいつもの調子で軽く受け流し、そのまま碌な会話もせずに永遠の別れとなってしまった。

 

「あいつは他人の前じゃ絶対に私の話題は出そうとはしない。了子にとって私は姉である以上に、この世で最も忌まわしく邪魔な存在でしかなかったんだからな。私の存在そのものが了子にとっての黒歴史に等しかったんだろうさ。きっとそれは、フィーネとしての意志が浮上してからも変わらなかった。もしも、私がまだ日本にいたら、真っ先に殺されていただろうさ」

 

 妹に蛇蝎の如く嫌われている姉。

 自分からそんな事を話す亞里亞が、装者達には余りにも異常に見えた。

 

「だから、お前らが知らなくても当然なんだよ。結局、最後の最後まで私の事は頭の片隅にも無かったみたいだしな。よかったよかった」

 

 また棒付きキャンディ―を口に咥えながら、亞里亞は足が棒になったように立ち尽くす装者達に近づいていく。

 

「でもまぁ、私はお前達の事を知ってるけどな。資料で見たから」

「資料…?」

「そ。私は事の顛末などは字や写真でしか知らない。ついこの間まで研究の為にアメリカにいたからな」

「研究ってなんデスか?」

「いずれ分かる。というか、今から説明始めたらいつ終わるか分からないぞ。それでもいいなら、喜んでしてやるが」

「け…結構デース!」

「そっか。それは残念」

 

 切歌に思い切り拒否られ、初めて地味に落ち込んだ亞里亞。

 ちょっぴり唇を尖らせた彼女を見て、何の反応もしない少女達ではなく…。

 

(可愛い…)

(可愛いな…)

(可愛いわね…)

 

 調、翼、マリア、一発KO。

 

「そこの仏頂面のが了子…っていうか、フィーネと一緒にいたっていう『イチイバル』の『雪音クリス』だな」

「あ…あぁ…。本当にフィーネの姉貴…なんだよな…?」

「フィーネってよりは了子の姉貴だけど。お前にとっちゃどっちも同じか」

 

 クリスから今度はマリアたちの方を見て、一人一人と顔を見ていく。

 

「んでもって、そこの三人があの『F.I.S.』にいたっていう『マリア・カデンツァ・イヴ』に『暁切歌』、そして『月読調』か。ナスターシャのバーさんは元気だったか?」

「あ…あなた、マムの事を知っているのッ!?」

「知ってるも何も、ほんの一年間だけだけど私はあのバーさんの助手をやってたことがあるからな。多分、まだあの頃はお前らはいなかったと思う。いたら絶対に覚えてたし。すぐに意見の相違で私の方から出て行ったけど」

「フィーネの姉がマムの助手をやっていただなんて…」

「世間って本当に狭すぎ…」

「デース…」

 

 顔が広すぎて、もう一体どこで誰とが繋がっているのか想像も出来ない。

 そしてそれは当然、翼に対しても向けられるわけで。

 

「お前とは初めましてじゃないな…翼」

「…失礼ですが、私は貴女と会った記憶がありません。人違いでは?」

「仕方ないか。私がお前と初めて会ったのは、お前がまだ赤ん坊の頃だったしな」

「は…はぁっ!? 私が赤ん坊の頃って…えっ!?」

 

 思わず弦十郎の顔を見た翼であったが、彼は黙って頷いた。

 

「本当だ。あの頃のお前はまだ幼すぎたから覚えてないだろうが、翼と亞里亞君は過去に実際に会っている」

「お前のオシメを変えたことだってあるんだぞ。字の読み書きを教えたりして…言葉が話せるようになった頃には私の事を『お姉ちゃん』って言って懐いてくれていたのに…」

「オ…オシ…!?」

 

 そんなにも昔の事ならば覚えていなくても無理はないが、それでも亞里亞の落ち込んだような顔を見ると流石に罪悪感が出てしまう。

 彼女の姿が幼女そのものだから特に。

 

「も…申し訳ありません。そんなにもお世話になった相手に対して無礼な事を…」

「気にするな。なんとなく、そんな反応をするだろうなって覚悟はしてた」

「すみません……」

 

 これでもう、翼は亞里亞に対して頭が上がらなくなった。

 別に亞里亞自身はそんなつもりで発言したわけではないが、自然と互いの力関係が決まってしまった。

 

「あのー…ちょっといいかな?」

「なんだ? 質問か? 身長と体重とスリーサイズ以外ならなんでも答えてやる」

「翼さんが赤ちゃんだった頃を知ってるって言ってたけど…亞里亞ちゃんって何歳なの?」

 

 それは誰もが思った質問。

 乙女にとっては体重と同じぐらいに禁句となる質問だが、亞里亞はその手の事は余り気にしない質だった。

 

「私は了子の三歳上だ」

「了子さんよりも三歳年上って事は、えっと~…?」

「私の記憶が正しければ、櫻井女史は34歳だったと思うが…」

「って事は、こいつってもしかして……」

 

 その答えに辿り着いた時、装者達は全員揃って素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「「「「「「37歳っ!?」」」」」」

 

 櫻井亞里亞。見た目が完全美幼女な37歳独身。

 別に結婚相手は募集していない。仕事こそが一番の恋人である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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想いの一方通行

 亞里亞の年齢が暴露され、彼女と初対面である装者達は驚きの余り口を開けっ放しになってしまった。

 

「さ…三十七歳っ!? この格好でッ!? 冗談だろッ!?」

「了子さんのお姉さんなんだから、歳上なのは当たり前だけど…」

「どう見たって四十手前の女性には見えないわよ…?」

「信じられん…人類の神秘という奴なのか…?」

 

 今までの人生で何度も何度も似たような反応をされているので、別に怒ったりするような事はしない。

 というか、もう完全に見飽きている。最初は普通に楽しんでいたが。

 

「うわ…こうして近くに行くと、すっごくちっちゃいデース…」

「えっと…身長ってどれぐらいなんですか?」

「そうだな…一番最近測ったのでいいなら、確か…131センチぐらい…だったかな?」

「「小学生っ!?」」

 

 真横まで行って、より詳しく亞里亞の背を確かめた切歌と調だが、彼女達が驚くのも無理は無い。

 なんせ、過去には朝の小学生の列と遭遇して、そのまま巻き込まれるような形で小学校まで強制連行させられた挙句、放課後まで全くバレなかったという実績があるからだ。

 恐らく、今でも普通にランドセルを背負って小学校に行ってもバレない可能性が非常に高い。

 

「めちゃくちゃ軽いデース!」

「やめれー」

 

 なんて言いつつも全く抵抗する素振りを見せない。

 単純に抵抗するのが面倒くさいというのもあるが、それ以上に久し振りに帰国で疲れて動きたくないのだ。

 

「切ちゃん。流石にそれは止めた方が…」

「でも、とってもフニフニしてていい匂いもするデスよ?」

「う……」

「おいこらそこ」

 

 切歌の誘惑により調がミイラ取りがミイラ状態になりそうになるが、クリスがすかさずツッコんで事なきを得た。

 

「なんつーか…昔の二課からは想像も出来ない緩さだな」

「平均年齢が一気に低くなりましたからね」

「みたいだな。私的にはお前達と一緒の方が普通に落ち着くわ。今度、暇な時にでも一緒に飲みに行こうゼ」

「うむ…悪くないな。向こうでの話も色々と聞きたいしな」

 

 大人三人で意気投合。

 やっぱり酒は偉大なのだ。

 

「え? 亞里亞ちゃんってお酒飲むの?」

「当たり前だ。酒も飲むし、煙草だって吸う」

「亞里亞くんはかなりのヘビースモーカーだしな」

「その上でかなりの酒豪でもあります」

「…年齢的には問題無いんでしょうけど…」

「見た目的には完全にアウトだな。即座に通報される」

 

 少しだけ亞里亞が飲酒&喫煙をしている姿を想像するマリアと翼。

 絵的には絶対にあってはならない光景だった。

 

「身分証明さえできれば問題無い。今までもそれで乗り切ってきた」

「何を見せてるの? マイナンバーカードとか?」

「運転免許証」

「「「「「「車の運転が出来るのッ!?」」」」」

「その反応、本日二回目だな」

 

 もうお約束のように、再びポケットから免許証を出して見せる。

 6人全員が近づいてきて、それをマジマジと見て確かめた。

 

「ほ…本物だ…」

「ちゃんと『満37歳』って書いてある…」

「もう、どこからツッコめばいいのかわかんねぇよ…」

「色んな意味で、教習所の人達も大変だったでしょうね…」

「運転免許証…初めて見たかもデース…」

「足…ちゃんと届くのかな…?」

 

 盛大な溜息を吐きながら免許証を仕舞い、ポリポリと頭を掻きながら司令室の出入り口に向かって歩き出す。

 

「どうしたの?」

「疲れたから寝る。十年振りの帰国で時差ボケが酷いんだよ。まずはゆっくりと休みたい。おい弦十郎。部屋一つ借りるぞ」

「それは構わないが…場所は分かるか?」

「舐めてるのか? 外面は違っても、中身は二課そのまんまなんだろ? だったら余裕で分かる。体が覚えてるからな。つーか、在籍期間だけで言ったらお前よりも長いんだが?」

「そうだったな…普通に忘れていた」

「ひど。ま…いいけど」

 

 後ろ手に手を振りながら、亞里亞はそのまま司令室を後にした。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 残された装者達は、亞里亞たちの最後の会話が気になっていた。

 

「叔父様。亞里亞殿が言っていた『在籍期間』というのは…まさか?」

「そうか…まだ言ってなかったな」

 

 亞里亞と装者達がワイワイしていた事で忘れていたが、まだ亞里亞に関する詳しいことを全く話していなかった。

 

「亞里亞君は、この『S.O.N.G.』の前身となった『二課』に嘗て所属していた。というか、彼女は二課の最初期…即ち、創設時のメンバーの一人なんだ」

「マジかよ…どんだけ濃いプロフィールを持ってんだ…」

 

 もう何を言われても驚く事は無いと思っているクリスであったが、そんな彼女の想いは簡単に打ち砕かれる。

 

「知っている者もいるかと思うが、二課の一番最初の司令は俺の親父である『風鳴訃堂』だった。亞里亞君はその親父の直属にして腹心の部下であり、同時に初代『二課の技術主任』でもあった」

「初代って…その頃はまだ了子さんはいなかったんですか?」

「そうだ。今から10年前…親父が『イチイバル』の紛失の責任を取って辞任した際、同時に亞里亞君も二課を辞め、自身の研究の為にアメリカへと行ったんだ。その後、入れ替わるように俺が司令となり、同じように亞里亞君の妹である了子くんが新たに二課の技術主任となった」

 

 まさか、あの亞里亞が二課の主要人物の一人だったとは思わなかった面々は、先とは別の意味で驚きを隠せないでいた。

 

「彼女のしていた研究とは?」

「俺も詳しいことは知らない。ただ、聖遺物に関する研究であることは確かなようだが…」

「ということは、亞里亞殿も櫻井女史と同じように考古学を専攻していたのですか?」

「元々はな。だが、亞里亞君は他の分野においても超天才的な才能をいかんなく発揮してみせた。お蔭で、一部の者達は彼女の事を『レオナルド・ダヴィンチの生まれ変わり』なんて言い出す始末だ。本人は嫌がっているがな」

 

 歴史的偉人の名で異名を言われても、亞里亞は全く喜ばない。

 自分はどこまで行っても自分であり、それ以上でもそれ以下でもないから。

 

「…恐らくではあるが、亞里亞君が帰国したのは了子くんの墓参りをする為かもしれんな…」

「お墓参り…?」

「ルナアタックの時に傍にいてやれなかった事を後悔している風だったからな。どうして亞里亞君が今までずっと日本に戻ってこれなかったのか…調べてみる必要があるかもしれんな…慎次」

「はい。僕としても、どうして亞里亞さんが戻ってこれなかったかが気になりますから」

 

 そういうと、毎度のように慎次は一瞬で姿を消した。

 やっぱり忍者は伊達じゃない。

 

「…どうして、亞里亞ちゃんと了子さんって仲が悪かったのかな…? 実の姉妹なんだよね…?」

「仲が悪かった…というよりは、一方的に了子くんが亞里亞くんを嫌っていたという方が正しいかもしれんな」

 

 腕組みをしながら渋い顔をする弦十郎。

 明らか無い何かを知っている様子だった。

 

「司令は彼女達姉妹について何かを知っているの?」

「全てを…という訳ではないが、少しはな」

 

 マリアに尋ねられ、昔を思い出すように天井を見上げながらポツポツと語り出す。

 

「…亞里亞君は…優秀過ぎたんだ。いや、天才過ぎたというべきか」

「嫉妬…という事ですか?」

「それもあるだろう。だが、それ以上に了子くんは亞里亞君の不器用な愛を受け止めきれなかった」

 

 天井を見るのを止め、視線を装者達に戻す。

 

「了子くんが100歩先に進んでいる間に、亞里亞君は1万歩先に進んでいる。二人の間にはそれ程までの決定的な差があった」

「あのフィーネが頭脳で負けてたってのかよ…」

「信じ難いことかもしれんがな。だがしかし、それを裏付ける存在をお前達は既に手にしている」

「裏付ける存在?」

「それって何デスか?」

「まさか…?」

 

 響と切歌が小首を傾げていると、調が何かに気が付いたのか、常に首からぶら下げているシンフォギアのペンダントを手に取った。

 

「調くんの予想通りだ。表向きにはシンフォギアの根幹たる『櫻井理論』は了子くんが提唱者であるとされているが、実際には亞里亞君が基礎理論を構築し、それを了子くんが形にすることで完成したんだ」

「ってことは…私達のシンフォギアって亞里亞ちゃんと了子さんの合作ってことになるのかな…」

「本当は…な。だが、亞里亞君はそうしなかった」

「どういう意味かしら?」

「…亞里亞君は周りの人間全てに内緒で、櫻井理論を学会と世間に公表した。提唱者『櫻井了子』の名を添えてな」

 

 自分の名を隠して、妹の名前を前面に出す。

 どうして姉妹の手柄を全て妹に譲るような形にしたのか。

 全員が声も出さずに驚いていた。

 

「後に兄貴から聞いた話だが…亞里亞君はこんな事を言っていたらしい」

 

『櫻井理論を形にしたのは了子であって私じゃない。私はただ単に『設計図』を作っただけ。それに、今の私には別にやることがある。あれに関しては全て了子に任せるよ。きっと、私なんかよりも上手くやってくれる』

 

「必死の思いで完成させた理論でさえも、亞里亞君にとっては単なる通過点に過ぎなかった。彼女は既に、櫻井理論の基礎が出来た時点で遥か先を見つめ続けていたんだ」

 

 どこまでも妹の先を行く姉。

 別にそれ自体はそこまで不思議なことではないかもしれない。

 だが、この姉妹の場合はその『先』が余りにも遠すぎた。

 

「亞里亞くんは亞里亞くんなりに本気で妹である了子くんの事を大切に思っている。だが、その思いは了子くんの優秀過ぎる姉に対する『対抗心』によって掻き消されてしまっていた」

「悲しい擦れ違い…なのかしらね…」

 

 同じように妹を亡くしているマリアは、亞里亞の事が他人事のようには思えなかった。

 それでもまだ自分の方がマシだと思えるのは、自分達の姉妹仲が良好であったことに加え、妹の最後に寄り添えたことか。

 

「亞里亞君は自分の事を責め続けている。もしも、自分が妹の傍にいてやれたらフィーネの意志をどうにか出来たかもしれない。月を破壊させず、大勢の人々を死に至らしめる事も防げたかもしれない…とな。そして…君達の事も」

「「「え?」」」

 

 響、翼、クリスの事を見ながら、弦十郎は眉間に皺を寄せながら腕組みしている手に力を込めながら、吐き出すよう言った。

 

「奏が死んでしまったのは自分が妹を止められなかったから。クリス君がフィーネに利用されてしまったのも自分が妹の傍にいてやれなかったから。響君のような『融合症例』や『ライブの被害者』を生み出してしまったのも自分が日本にいなかったから…そんな風に思っているようだ。亞里亞君は…ルナアタックに関する全ての責任をたった一人で背負おうとしている…了子くんの…フィーネの姉として」

 

 あれだけの被害を出した事件の全ての責任を自分一人で背負う。

 どう考えても無謀極まりない事は明白だった。

 

「…亞里亞殿は何も悪くなどない…彼女には何の責任も無いではないか…!」

「幾ら姉だからって、そこまでする必要はねぇだろ…!」

「亞里亞ちゃん…そんなの間違ってるよ…」

 

 確かに悲しいことが沢山ありはした。

 多くの望まない戦いも経験した。

 だが、だからこそ今の自分達があるのもまた事実だった。

 悲痛な顔をしながらも、響たちは決意をする。

 亞里亞に教えてやらなくてはいけない。

 自分一人で何もかもを背負う必要は無いのだと教えようと。

 

「なにより、了子くんの最後を見届ける事が出来なかった事を最も気にしているようだ。だからこそ、せめて墓参りぐらいはしようと考えているんだろうな」

「師匠…亞里亞ちゃんは了子さんのお墓の場所を…」

「まだ知らない。教える前に彼女は休んでしまったからな。だから、明日にでも改めて教えようと思っている」

「そう…なんですか…」

 

 それを聞き、最初は自分も一緒に墓参りに行こうと考えた響であったが、すぐに頭を振ってそれを否定する。

 10年振りの姉妹の再会を邪魔するような事はしてはいけない。

 亞里亞もきっと、一人で行きたいと思っている筈だと。

 

「私達…亞里亞ちゃんの力になってあげられないのかな…」

「立花……」

 

 ポツリと呟く響を心配して翼がその肩に手を乗せる。

 響だけではなく、他の皆も同じ気持ちだった。

 

 結局、その日は何とも言えない重苦しい空気のまま解散となった。

 

 

 

 

 

 

 



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姉として

合法ロリ百合という新ジャンル。









 次の日になり、響はいつものようにクリスや調、切歌などと一緒に本部に来ていた。

 

「師匠、こんにちわー!」

「うむ。今日も良い返事で結構!」

「毎度のことながら、無駄に元気だよな…こいつ」

 

 隣にいるクリスが呆れている中、響はキョロキョロと何かを探すように辺りを見渡していた。

 

「あの…亞里亞ちゃんは来てないんですか?」

「そういえば姿が見えないデスね」

「どうしたんだろう?」

 

 響の言葉が切っ掛けとなり、切歌と調も気になったのか、同じようにキョロキョロとし始める。

 それを見て、弦十郎は彼女達に亞里亞の事を教えてやることにした。

 

「亞里亞君ならば、今朝早くに出かけて行った」

「出かけたって…まさか?」

「そうだ。了子君の墓参りに行ったよ。朝起きた彼女に場所を教えてな」

「そっか……」

 

 せめて、一言ぐらいは挨拶がしたかった。

 別に今生の別れではないとはいえ、少しだけ寂しい気持ちになる。

 

「そこって歩いて行けるような場所にあるんですか?」

「いや、今いる場所から車で約一時間ぐらい行った場所だな」

「結構遠いデスね…どうやって行ったんデスか?」

「無論、車に乗ってだ。君達も知っての通り、亞里亞君は運転免許を持っているからな。ここの車を貸すことにした。だから、遅くても夜には戻って来るだろう」

「あの小さい体で車を運転している様子とか…全く想像が出来ないんだが…」

「実を言うと俺もだ。聞くところによると、昔は『峠の首なしドライバー』と言われていた事があるとか」

「それって完全に背が低すぎて前が見えてねぇじゃねぇか! 本当に大丈夫なのかッ!?」

「…恐らくな」

「その間はなんだ。その間は」

 

 この場における貴重なツッコミ役であるクリスによる的確な指摘により、若干の心配要素が出来てしまった。

 

「そういや、その墓って一体どこにあるんだ? アタシらも行っていい場所なのか?」

「場所自体は、ごく普通の寺になっている。だが…俺達はともかく、亞里亞君にとってはかなり特別な場所になっている」

「特別な場所?」

 

 調の純粋な疑問にどう答えるべきか一瞬迷う弦十郎であったが、もしもここに亞里亞がいたら特に気にする事も無く答えていたであろうと思い、教えてやることにした。

 

「あそこには…亞里亞くんと了子くんの両親の墓も安置してあるんだ」

「亞里亞ちゃんの両親…」

「あいつ…天涯孤独の身なのか…」

「「…………」」

 

 血の繋がった家族がいない…というのは、彼女達にとっても決して他人事ではなかった。

 クリスと切歌、調もまた同じように天涯孤独の身だから。

 

「亞里亞ちゃん…大丈夫かな…」

 

 彼女を心配する響の呟きが、司令室に静かに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 亞里亞は借りた車を運転し、弦十郎に教えて貰った寺まで来ていた。

 ここは彼女自身もよく知っている場所なので、久し振りに来るとは言え特に迷うことなく到着することが出来た。

 途中、いつものように警察に掴まって質問されたり、花屋に立ち寄って仏花を購入したりもした。

 

「…ここに来るのも久し振りだな」

 

 ちゃんと喪服を着用し、その手に花束を持ち、真っ直ぐに妹の眠る墓へと歩いて行く。

 別に墓のある詳しい場所までは聞いていないが、それでも大体の見当はついていた。

 

「やっぱり、ここにあったか」

 

 辿り着いた場所には一つの立派な墓があり、そこには『櫻井了子』と刻まれている。

 墓もそうだが、その周囲も綺麗に掃除してあり、頻繁に誰かが訪れている事が伺えた。

 

「…弦十郎たちか。あいつ等らしいや」

 

 花束を傍に置き、線香を立ててライターで火を着ける。

 ワンカップの焼酎を置き、花を添えてから一息つく。

 

「ここにお前の骨が入ってない事は知ってる。この墓が形だけって事もな。だけど…訪れずにはいられなかった。ほんと…今更何言ってんだって感じだよな」

 

 ふと隣を見ると、そこには『櫻井家ノ墓』と刻まれた墓石が。

 亞里亞はそこにも同じように線香と酒、花を添えた。

 

「ずっと来れなくてゴメン…母さん。父さん」

 

 それは、亞里亞と了子の両親が眠っている墓だった。

 死んだ時期こそ違えど、二人は夫婦で同じ墓に入れられた。

 それは亞里亞と了子の強い要望でもあった。

 

「最後の最後に残されたのが私って…皮肉にもなりやしない…」

 

 両手を合わせて冥福を祈った後、亞里亞は俯いた体勢のまま動こうとはしなかった。

 それから五分ほど経ち、少しずつではあるが亞里亞の身体が震え始める。

 

「ごめん…ごめんねぇ…お姉ちゃん…最低だよね……」

 

 泣いていた。

 顔をくしゃくしゃにしながら亞里亞は泣いていた。

 普段の彼女ならば絶対に見せない顔。

 家族の墓の前だからこそ見せる『櫻井亞里亞』という人間の素顔がそこにあった。

 

「了子と向き合う事から逃げて…傍にいることすらも出来なくて…お前の事を止められなかった…それどころか…その最後に立ち会う事すらも……」

 

 そして…仮面が剥がれる。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁんっ! 亞里亞…一人ぼっちになっちゃったぁぁぁっ!」

 

 まるで見た目相応の子供のように泣きじゃくり、亞里亞は涙を流し続ける。

 誰もいない霊園にて、一人で泣き叫ぶ。

 

 そんな彼女を遠くから見つめる一つの人影があるとも知らずに。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「ぐず……」

 

 ポケットティッシュで涙と鼻水を拭き、何回かの深呼吸の後に静かに立ち上がる。

 先程まで泣いていた女はもうどこにもいない。

 そこにいるのは、天才科学者『櫻井亞里亞』だった。

 

「…お前が大声で泣くなんて珍しいな。いつものポーカーフェイスはどこに行った?」

「この声は……」

 

 背後から聞こえてきた声に振り向くと、そこには赤いワンピースを着た金髪の少女が立っていた。

 

「キャロル…どうしてお前がここに…っていうか、なんで日本なんかにいるんだ?」

「それはこちらの台詞だ。いつ日本に帰国してきた?」

「つい昨日だよ。こっちの質問にも答えろ」

「オレにだって日本に来る用事ぐらいはある。それだけだ」

「ふーん…」

 

 このキャロルという少女と亞里亞は割と深い関係にある。

 あまり自分から他者との交友関係を築きたがらない亞里亞が、この世で数少ない『友人』と呼ぶ相手、それが彼女だった。

 

「ここに来た理由も単純だ。お前の後姿を見つけたから後を着けてみた…それだけだ。他意は無い」

「なんとも『らしい』答えですこと」

 

 同じ『探究者』として、キャロルの行動指針については理解出来る。

 頭で考えるよりも、まずは自分の興味に反応してしまう。

 亞里亞も似たような思考の持ち主だから。

 

「その墓は…お前の家族が眠っているのか?」

「うん。こっちのが両親。こっちは妹」

「お前の妹と言えば、確か……」

 

 キャロルも『ソッチ側』に属しているので、亞里亞の妹である了子が先史文明の巫女であるフィーネの器であったことは知っている。

 その後に何をし、どんな末路を辿ったのかも。

 

「ずっとアメリカにいて里帰りが出来てなかったからな。この機会に…ってこと」

「…お前の場合は仕方がないだろう。奴らはお前に…」

「分かってる。けど、今となっては単なる言い訳だよ」

 

 自分が『被害者』であることは自覚しているし、それを否定もしない。

 だが同時に、それを言い訳にして責任から逃げるような事もしない。

 

「…先に謝っておくわ…ごめん」

「いきなり何を言って…わっ!?」

 

 徐に近づいてきてキャロルに抱き着く亞里亞。

 突然の事に思わず変な声を出してしまうキャロルだったが、すぐに亞里亞の声が震えている事に気が付いた。

 

「亞里亞…お前……」

「なんか急に人肌が恋しくなった。少しだけでいいからさ…このままでいさせて…」

「……勝手にしろ」

「ん…ありがと」

 

 口では不服そうにしているが、その表情は柔らかい。

 『お前の気持ちは分かる』…なんて安っぽい言葉は決して言わない。

 亞里亞の悲しみを理解出来るのは亞里亞しかいないのだから。

 だが、大切な家族を失う気持ちだけは理解出来た。

 キャロルもまた、同じような悲劇の経験者だから。

 

「故郷に戻ってきているせいか、今まで見た事の無いお前の姿を連続で見ているような気がする」

「…かもね。私も久々の帰国で気が緩んでるのかな…」

「別にいいだろう。10年振りに戻ってきた故郷で気が緩まない方がおかしい」

「そーゆーもんかな……」

 

 自然と亞里亞の背中や頭を擦りながら彼女の体に腕を回すキャロル。

 彼女も彼女なりに今の亞里亞を見ていられなかったのかもしれない。

 

「…キャロルって時々、すっごく優しいよね」

「時々は余計だ」

「時々だから良いんじゃない。常日頃からニコニコして優しい奴は逆に信用できない」

「…確かにな」

「だから私…キャロルの事は割と好きだよ」

「急に変な事を言いだすな。『オモイデ』を奪うぞ」

「キャロルになら別にいいかな」

「…バカが」

 

 そのまま暫くの間、二人はそうしていた。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 さっきまで抱き合っていた二人は、並んでベンチに座って静かに空を見上げ、流れゆく雲を眺めていた。

 

「ねぇ…キャロル」

「今度は何だ?」

「まだ時間ってあるか?」

「あるにはあるが…急にどうした?」

「今から少し付き合って欲しい場所があるんだ」

「どこだそこは」

「あ…一緒に行ってくれるんだ」

「『あんな事』までしておいて、今更ハイさよならとはいかないだろう」

 

 キャロルが言っている『あんな事』とは、さっきのハグの事である。

 

「了子の墓の場所を教えてくれた古い馴染みに、ある事を教えて貰ったの」

「ある事?」

「…あの子がフィーネだった時に拠点にしてた建物の場所。山奥にある古びた屋敷らしいんだけど」

「そこに一緒に来てほしいと?」

「ん…最初は一人で行こうと思ってたんだけどさ…なんか急に怖くなった。もう中の機材とかは殆ど接収されているらしいんだけど、それでもまだ残されている物があるかもしれないからって」

「お前の妹ならば…有り得る話かもな。姉であるお前にしか分からないような何かを隠しているとか」

 

 仮にも月を破壊しようと試みた程の相手が大人しく全てを接収させたとは考えにくい。

 必ず後々の事を考えて巧妙な形で何かを残していると思う方が寧ろ自然だ。

 

「もう行くのか?」

「ここでの用事は済んだしな。それに、日本にいる限りはいつでも来れるし」

「……そうだな」

 

 亞里亞の言葉を聞き、少しだけ沈んだ顔になるキャロル。

 だがもう…彼女も止まれない場所まで来ている。

 お互いに今は進むしかないのだ。

 

「途中でどこかによってお昼で食べていくか。時間的にも丁度いいし」

「お前の奢りでな」

「別に構わないけど。どうせ、金の使い道なんて研究資金に使うか食事をするかにしか基本使わないし」

「それもそれで、どうかと思うがな…」

 

 友人の廃人的な金銭感覚に呆れるキャロルであった。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 




次回もまだキャロルは登場するのじゃよ。






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合法ロリ二人の仲良し食事タイム

 亞里亞の運転する車で車道を飛ばす二人。

 運転席にいる亞里亞は鼻声交じりで機嫌が良さそうであったが、助手席に座っているキャロルは顔を真っ青にしながら冷や汗を掻いていた。

 

「お…おい亞里亞! ちゃんと前は見えているんだろうなっ!?」

「当たり前だッつーの。じゃないと運転出来ないでしょーが」

「その格好で言われても説得力が無い!」

 

 当然ではあるが、小学生低学年レベルに背が低い亞里亞では、足や手が届かないので普通に運転をするのは非常に難しい。

 だが彼女は、それらのハンデを道具を使う事によって補っていた。

 アクセルやブレーキなどは厚底ブーツを履く事で対処をし、シフトレバーなどは専用の道具で延長していた。

 前方確認も出来ていない筈なのだが、何故かこれに関しては何もしないでも普通にやれていた。

 亞里亞に関する最大にして永遠の謎の一つである。

 

「何をそんなに緊張してんだか。大概の事じゃ絶対にビビったりしない癖に」

「オ…オレだって決して万能と言う訳ではない! 人並みにビビることぐらいはある! 丁度、今みたいにな!」

 

 長い年月を生きてきたとは言え、今の時代の事に付いて詳しくない訳じゃない。

 ちゃんと常識的な部分の知識は時代ごとにアップデートしている。

 なので、自動車の事も当然のように知っているのだが…。

 

「お…おい! 今、対向車の運転手がこっちを見てびっくりした顔をしていたぞ!」

「パッと見じゃ私の姿って見えないからな。アメリカに行く前はよく峠のコースでブイブイ言わせてたもんだよ。ドライバー連中からはよく『峠の首なしドライバー』なんて呼ばれたりして」

「それは絶対に好意的な意味で呼ばれてないぞ…」

 

 例え事故に巻き込まれても錬金術を駆使すればどうとでもなる…が、スピードに関する恐怖とそれはまた別の問題だった。

 

「くそ…! こんなことならちゃんとテレポートジェムを持って来ていればよかった…!」

「なんで持って来てなかったの?」

「偶には体を動かすのもいいと思って、散歩ついでに歩いていたんだ。お前が帰国して来ていると知っていれば、ちゃんと持って来ていたのに…!」

「それってまるで、私がトラブルメーカーみたいに聞こえるんだけど」

「聞こえるんじゃなくて、そう言ってるんだ! お前の才能と頭脳はオレも認めるが、研究とは別の方向で他人をトラブルに巻き込むのは止めろ!」

「別に巻き込んでいるつもりはないんだけどなぁ…」

 

 暖簾に腕押し状態の会話が続く中、前方にそこそこ大きなパーキングエリアが見えてきた。

 

「いいところ見つけた。あそこで休憩をしようか」

「是非ともそうしてくれ。このままじゃ身が持たん」

 

 二人が乗る車は、そのままパーキングエリアの駐車場へと入っていくことに。

 亞里亞は見事な駐車テクニックを見せてくれたが、周囲の人間にはまるで無人の車が勝手に動いて止まったように見えたので、誰も彼もが驚きの表情を隠せなかったという。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「キャロルさ…何か『大きなこと』をしようとしてるだろ」

「…何が言いたい」

 

 サービスエリアの売店にて食事を注文し、二人揃ってテーブルに座ってそれを食べている。

 足が届かないのでブラブラとさせているが。

 

「普段は滅多に『工房』から出ようとしないアンタが、あろうことか国境まで超えて日本にやって来たのには明確な理由があるからだろ」

「ふん…その無駄に冴え渡る推理力も健在と言う訳か」

「当たってるんだ」

「否定はしない」

 

 敢えて『そうだ』と言わない辺り、キャロルの性格がよく出ている。

 そんな彼女の事を良く知っているが故に、亞里亞も特に何かを言うことはしない。

 

「…お前とは随分と長い付き合いになるな」

「一番最初に出会ったのは、私が研究の為にアメリカに行って、その際にどうしても錬金術の知識を技術が必要になったから、『裏の世界』で割と有名だったキャロルに会いに行った時だったっけ」

「まさか、オレの居場所を単独で見つけるような奴がいるとは夢にも思わなかったぞ。思わず本気で迎撃してしまった。お前はその全てを防ぎ切ったが」

「天災ですから」

「そうだな。確かにお前は『天災』だな」

「あれ? 『字が違うぞ』ってツッコんでくれないんだ」

「そう言うと思ったから、敢えて何も言わなかったんだ」

「ひど」

 

 会話自体は大人な内容なのに、その光景自体は幼女二人の仲睦まじい食事風景にしか見えない。

 そのせいか、彼女達の周囲に座っている他の客たちの顔が妙にほんわかとなっていた。

 

「並の錬金術師たちが十数年かけて学ぶべき内容を、お前はあろうことか僅か一ヶ月で完璧に極めた。そこから更に自分なりの術式なども作り出した上に、このオレが長年に掛けて研究し続けていた『自動人形(オート・スコアラー)』の技術まであっという間に習得してみせた。それでいて専攻しているのが『考古学』だと? もしも『錬金術協会』の奴等が聞いたら悔しがって血の涙を流すぞ」

「そう言われても…天才だし」

「知っている。だからこそ余計に質が悪いんだろうが」

 

 キャロルから見て櫻井亞里亞という女は実に奇妙奇天烈な人間だった。

 自身の性格などに関しては徹底的な自己否定をする癖に、自分の才能や技術などに関しては寧ろ真逆で、自分から自慢したり学会で発表したりしている。

 と言っても、発表の際に自分の名を出す事は非常に稀であり、それはシンフォギアの基礎理論になっている『櫻井理論』を発表する際に自分ではなく妹の名を使った事で良く分かる。

 

「知り合いになってからは、逆にキャロルの方から私に会いに来てくれたよな」

「腹立たしいが、お前と一緒にいる事で色んな発見があったり、インスピレーションが刺激されていたのは事実だしな。正直、亞里亞がいなかったらオレはまだまだ前途多難な状況だったかもしれん」

「それに関してはお互い様。私もキャロルがいてくれたから想像以上に研究が捗った。じゃないとまだ今頃はアメリカにいたと思うし」

 

 お互いがお互いを支え合っている。

 性格などは違うが、性質自体は非常に似通っているのかもしれない。

 

「そのお前がこうして故郷である日本に舞い戻って来た。ということは、お前の『研究』は一先ずの完成を迎えた…と思っていいのか?」

「まぁね。一応、その成果を記した書類は私の『個人スポンサー』に渡してある」

「前に言っていた『防人の男』か」

「そ。年齢だけで言えばキャロルよりも歳下だけど。二人で並べば確実に祖父と孫って構図になるだろうね」

「お前がそれを言うのか?」

 

 背の高さや体格などに関しては、亞里亞とキャロルはほぼ同じだった。

 物理的と頭脳的、二重の意味で同じ視点を持っているからこそ二人はここまで仲良くなれたのかもしれない。

 

「いつか機会があればキャロルには『実物』を見せるよ」

「そいつは楽しみだ」

 

 今までずっと仏頂面だったキャロルが微笑を浮かべる。

 彼女にそんな顔をさせる程には仲が良いという証拠だった。

 

「そういや、キャロルって昔からずっと口癖みたいに『奇跡を殺す』って言ってたわよね」

「そう言うお前は奇跡の存在自体を否定していたな」

「当然でしょ。そもそもの話、奇跡の定義自体がまだ完全に確立されていないのに、それを殺すとか意味が分からない。存在しないものは殺しようがないでしょうが」

 

 亞里亞は考古学者であると同時に科学者でもある。

 姉妹でありながらも亞里亞と了子の決定的な違いがあるとすれば、それは『奇跡』の捉え方だろう。

 

「『奇跡』なんて、所詮は自分に都合がいい事象が偶発的に起きた時、人々がそれを自分勝手に好意的な意味を込めて呼称しているだけに過ぎない。この世の全てには必ず『原因』と『結果』が存在している。それは『奇跡』だって例外じゃない。確率論を突き詰めていけば、必然的にこの世から『奇跡』と言う概念は消えてなくなるよ。ある意味それこそが『奇跡を殺す』って事になるんじゃないのかな?」

「数学で奇跡を殺す…か。フッ…お前のような奴が16世紀に生まれていたら、フェルマーやパスカルと良い共同研究者になっていたかもしれんな」

「もしもいつの日かタイムマシンを作りだしたら、16世紀に行って歴史的な数学者たちと友達になりたいわね」

「…お前なら本当に作り出しそうで怖いな…タイムマシン」

 

 ジト目になりながらキャロルは自分が注文したチーズドリアを口に含む。

 因みに、亞里亞が注文したのはきつねうどんである。

 

「しっかし…あれだな。どうしてサービスエリアで食べる食事ってのはいつも以上に美味しく感じるのかな。これはあれだな。海の上で食事をするといつも以上に美味しく感じるのと同じ原理だな、きっと」

「外で食べているから…じゃないのか?」

「そーゆーもんなのかな…?」

 

 こうでも言っておかないと、亞里亞は本気で『外食時と家出の食事の際に起きる味の違い』に関する論文とか作りそうだから怖い。

 

「ところで、お前の妹が生前に使っていたという拠点は、ここからまだ距離があるのか?」

「みたい。仮にも世間から姿を隠す為に使っていた場所だし。情報によるとかなりの山奥にあるっぽい。建物自体は大きいから、近くに行けば分かるらしい」

「オレが言うのもアレだが、潜伏拠点として最も理想的なのは『隠密性』と『利便性』と『居住性』の三つが高いレベルで整っている場所なのだろうな」

「言うだけなら簡単だけど、実際にそんな場所なんてのは滅多にないよ。それこそフィクションの世界だけだ」

 

 などと言ってはみるが、その気になれば出来ない事は無い。

 特に、亞里亞の頭脳とキャロルの錬金術を駆使すれば。

 

「ま…のんびり行こうよ。お互いに暇なんだし」

「おい。勝手にオレを暇人にするな」

「違うの?」

「いや…今日に限って言えば一日暇を取ってはいるが…」

「私と同じだ。10年間にも渡る研究を一先ずとは言え終えて、暫くは悠々自適な暇人生活を満喫しようと思ってるから」

「…お前の場合は、そうする資格も権利もあるだろう」

 

 キャロルは知っている。

 アメリカ政府が亞里亞にした仕打ちの事を。

 本人はそこまで気にしていないように振る舞っているが、さっきの墓地での姿を見ているから心中は穏やかではない。

 目的の為ならば手段を選ばない現実主義者(リアリスト)である彼女ではあるが、だからと言って唯一無二と言っても過言じゃない友人の泣き叫んでいる姿を見て何も思わないような非情でもない。

 

「ごちそうさまでした…っと。じゃ、そろそろ行こうか?」

「ま…待て。まだ食べ終わってない」

「んじゃ、何か食後のドリンクでも買ってくるよ。何がいい?」

「…ミルクティー」

「りょーかい。私は烏龍茶にでもしよーっと」

 

 財布片手にテーブルを離れていく亞里亞の背中を眺めつつ、キャロルは皿の中に残ったチーズドリアを食べ進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 




思ったよりも二人の会話が楽しかったので、食事シーンだけで丸々一話を使ってしまいました。

合法ロリが二人並んでご飯を食べる…めっちゃ和むと思います。

なんか、響たちよりもキャロルの方が圧倒的に出番が多くなりそうな予感。

余程の事が無い限りは、これからの指針は決まってますから。


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二人で仲良く屋敷探索

 パーキングエリアから車を走らせること約一時間。

 亞里亞とキャロルは森の中に整備された道路を進んでいた。

 

「まだなのか? お前の妹の嘗ての拠点とやらは」

「ナビによると、もうすぐだってさ」

 

 助手席にいるキャロルにスマホの画面を見せる。

 そこには真上から見た精巧な地図と、今の自分達の現在位置を示していると思われる赤い点が動いていた。

 

「…なんだこれは?」

「私特製の地図アプリ。そんじょそこらのやつとは比較にすらならないぐらいに高性能。めっちゃ多くの人達がダウンロードしてて、これの売り上げだけでも一生金には困らないレベル」

「一体いつの間にこんな物を…」

「アメリカにいる時に暇潰しに作った」

「これを暇潰しで作れるって時点で凄すぎるぞ…」

 

 ちゃんと前を見ながら説明をしてくれる亞里亞。

 もう流石にこの異常な状況にも慣れつつあった。

 

『ここから南東500メートル、目的地です』

「500メートルかー…」

「あと少しだな」

「直進だったらね」

 

 今、彼女達の乗っている車が走っている道路は幾つものカーブがある地帯で、下手に速度を上げれば高い確率で事故に遭うであろうことは容易に想像がついた。

 

「ざっと見積もって、あと30分ぐらいって感じかな~」

「30分か…なんとも半端な時間だな。流石に暇になってきたぞ」

「じゃあ、脳内将棋ならぬ脳内チェスでもする?」

「いいだろう。今度こそ、お前に勝ってみせる」

「じゃ、キャロルが先攻でいいぞ」

「ふっ…言ったな? このオレに先行を打たせたことを後悔させてやる。まずは…」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「はい。ここで私のポーンがプロモーションしてクィーンにチェンジ。どうぞ?」

「くっ…! このまま行けば3手目には確実にキングを取られる…!」

 

 目的地であると思われる館の屋根の先端部分が僅かに木々の隙間から見え始めた頃、脳内チェスもまた佳境に入っていた。

 

「ほらほら。早くしないと目的地に着いちゃうぞー」

「ま…待て! えっと…ここでナイトをこう動かせば…こうなるから…」

 

 必死に逆転の一手を考えるキャロルではあるが、どう考えても自分のキングが取られる未来しか思い浮かばない。

 

「あ…マジでもうすぐだ。どうする?」

「ま…参った…。完全に詰みだ…」

「素直で結構」

 

 勝者、櫻井亞里亞。

 因みに、これまでの二人の対戦成績は『50戦43勝2敗5引き分け』。

 勿論、43勝は亞里亞の方だ。

 

「見えた…あそこだ」

 

 教えて貰った場所には、まるで城のような外観の建築物が。

 近くには湖もあり、ちょっとした避暑地のようでもある。

 

「随分と派手な建物だな。お前の妹の趣味か?」

「違うと思う。露出癖はあったけど、派手好きではなかったと思うし」

「ちょっと待て。今、何気に凄いことを言わなかったか?」

「そう? それよりもまずはどこかに車を止めないと…」

 

 駐車スペースを捜して少し彷徨うこと10分。

 草が生い茂ってはいるが、それでも他の場所よりはマシな場所を見つけたので、そこに車を止めて降りる事に。

 

「こうして見上げると、かなり大きいな…」

「まるで中世の絵本に出てくるような城だな。どうして日本のこんな場所にこんな建築物が…なんて聞くのは野暮なんだろうな」

「多分、バブル時代にどっかのバカな金持ちが道楽で建てた別荘の成れの果てとかなんじゃないの? そこを了子が最低限住めるように修復して、機材を持ち込んだとか」

「お前の妹なら普通に出来そうだな」

 

 キャロルから見た櫻井姉妹の印象は『何をしても不思議じゃない』だった。

 実際、フィーネの意志があったとはいえ、了子は結果として一部分だけとはいえ月を破壊するという事をしているし、その姉である亞里亞に至っては、これまでに幾つもの『世紀の大発明』をしてきた。

 もしもまだ了子が生きていて、姉妹が仲良しだったら、それこそ片手間感覚で世界征服ぐらい軽くやってしまうんじゃなかろうか。

 

「どうやら、入り口だけは普通みたいだな。見た目通りの城門とかだったら…」

「だったら?」

「私特製のダイナマイト『木端微塵くん13号』で消し飛ばす」

「1から12号はどこに行ったんだ…」

「無事に天に召されました」

「使用済みなのか」

 

 以前に調査した時のままの状態なのか、扉には鍵の類が一切無く、軽く押しただけで普通に開いた。

 こんな山奥の、しかももぬけの殻となった建物に誰かが来るなんて全く想定していないのか、警備システムすらも全く無い。

 亞里亞たちにとっては非常に都合が良いが。

 

「さてはて…中はどうなっているのやら」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「わぁーお…」

「まんま『城』だな」

 

 エントランスに入り、二人は寂れていながらも豪華さを失っていない広い部屋に声を出していた。

 天井を見上げると、埃を被ってはいるが豪華絢爛なシャンデリアが設置してある。

 ちゃんと磨けば文字通り光り輝くのであろうが、そんな事をするメリットも必要も無いので絶対にしない。

 

「ここが拠点だったって事は、どこかに了子の研究室的な部屋が有る筈」

「探すのか?」

「一応ね。何かあるとすれば、そこにある可能性が最も高いから」

「確かにな。では、オレはこっちから探すとしよう」

「お願い。私はこっちを探すよ」

 

 二手に分かれて各部屋を探索することに。

 まずは適当に目についたドアを開いてみる。

 

「キッチンだ。わー…ハエが集ってるー…。そういや、了子って家事全般が苦手だったっけ…」

 

 まだ姉妹で一緒に暮らしていた頃は、よく家事全般は亞里亞が行っていた。

 料理だけでなく掃除も苦手な了子の部屋は、目を話せばすぐに散らかるので大変だった。

 

 一方のキャロルも適当にドアを開けて中を覗き見てみて、右左と顔を動かす。

 

「バスルームか。使われなくなって久しいと言うのに無駄に綺麗にしてあるな。他は全く掃除がしていなかったというのに」

 

 女である以上、了子も例外なく風呂好きで、ここだけはなんとか頑張って掃除をしていた模様。

 それでも、端の方とかをよく見れば水垢などが付いているが。

 

 建物が大きいとはいえ、中にある部屋自体はそこまで多くない。

 すぐに目的の部屋は見つかる事となった。

 

「ん?」

「どうした?」

 

 とある部屋のドアの前で亞里亞が立ち止り、足元の床を凝視する。

 そこには何か重い物を引きずったような跡があった。

 

「…ここだな。間違いない」

「機材を運んだ跡か」

「それもあるけど、他の部屋は殆ど見て回ったし。半分予想、半分消去法って感じ」

「別にそれでもいいだろう。入るのか?」

「もち」

 

 ドアノブを握って扉を開くと、まだ昼だと言うにも拘らず中は真っ暗。

 咄嗟に『灯りを付けないと』と思ったが、すぐに『いや、ここって普通に電気止められてるじゃん』と思い至り、目を凝らして窓的な物が無いかを探した。

 

「あれ…カーテンじゃないか?」

「みたいだな。一応、ハンカチとかで口元を覆っていた方が良いかも。カーテン開いた瞬間に埃が派手に舞う可能性がある」

「それもそうだな。亞里亞は持っているのか?」

「当然。これぐらいはね」

 

 ポケットから出したハンカチで口を覆い、カーテンの端の方を握ってから…思い切り開く!

 それと同時に、空気の入れ替えの為に窓も開いた。

 

「うわ…眩し…」

「だが、これで明るくなって部屋の探索もし易くなった」

「そうだね」

 

 明るくなったことで、この部屋は他の部屋よりも広く、それだけで特別な場所であることが伺えた。

 床には埃が積もっているが、そのお蔭で逆に室内のどこに何が置いてあったのかが想像出来る。

 

「ここに机が置いてあって…ここには棚的な物があったのかな?」

「パッと見た感じでは、何かが隠されているようには見えないが……ん?」

 

 ふとキャロルが顔を上げると、その視線の先には本棚があった。

 別に念の変哲もない普通の本棚。どこもおかしい場所は無い。

 棚の中にも色んなジャンルの本がびっしりと並べて置いてある。

 

「おい…亞里亞」

「どったの?」

「これだけ室内の物が接収されているにも拘らず、どうしてこの本棚だけこのままなんだ?」

「言われてみれば確かに…。どこに何があるか分からない以上、少しでも怪しいと思った物は全て持って行く筈。それなのに、この本棚だけが不自然な形で置きっぱなしになっている。いや…違うな。これは持って行かなかったんじゃない。持って行けなかったんじゃ…」

「持って行けない? どういう意味だ?」

「見てれば分かる」

 

 本棚の近くまで行って、試しに少しだけ揺らしてみる。

 だが、本棚は微動だにしない。まるで、何かに固定されているかのように。

 

「…やっぱり。この本棚はこの場所に完全固定されてる。動かしたくても動かせない」

「ならば、中の本だけでも持って行くんじゃないのか?」

「最初はそうしたんだろうな。ほら…棚の中にある本の全てに誰かが触った形跡がある」

「…本当だ」

 

 これまた埃が溜まっているお蔭で、何者かが本に触ったことが分かる。

 試しに本のタイトルも調べてみたが、研究の為に必要そうな本もあれば、趣味の為の本もある。

 

「多分、本棚が固定されているのが分かって、変に本だけを持って行こうとしたら何らかのトラップが作動する可能性を考慮して、この場で本だけを調べて行ったんだろう。その結果…」

「何にも無かったから、このまま放置している…というわけか」

 

 だが、あの了子が意味も無く本棚を固定したりするだろうか?

 他の者ならばいざ知らず、姉である亞里亞はどうしてもそうは思えなかった。

 

「…まさか」

 

 ダメ元で頭の中にふと思い浮かんだ事を実行してみる。

 すすすー…っと本をなぞっていき、目的の本の前で動きを止め、それをグイっと奥に押し込んでみた。

 すると……。

 

「やっぱり…こんな事だと思った」

「隠し部屋か…」

 

 本棚が自動で右に動き、その奥に全く手が付けられていない数多くの機器や研究資料が置いてある『本当の研究室』があった。

 

「どうして分かった?」

「鍵となる本の場所さ…私の誕生日の場所だった」

「誕生日の場所?」

「私の誕生日は『4月21日』で、試しに『上から四段目』の『左から21冊目』の本を押してみた。そうしたら、この通りって訳」

「実姉の誕生日を隠し部屋の暗号キーにしていた…か」

 

 この姉妹は仲が悪いとされていたが、心の奥底では通じ合っていたのではないか。

 この仕組みを見て、キャロルはそう思った。

 

「しかも、この手の仕組みって普通は『本を引く』って事をするけど、そこで敢えて『本を押す』ってしたのもワザとだろうな。自分で言うのもアレだけど、私ってば相当に捻くれてるから」

 

 どこまでも姉の思考を考えた仕組み。

 姉ならばこんな風にするだろうと思ったが故のトラップだった。

 

「ったく…嫌味かっつーの…」

「亞里亞…」

 

 また涙が出そうになる。

 けど、今度は流石に我慢をした。

 

「さ…中に入ってみようか。今度こそ何かが見つかる可能性が高いから」

「分かった」

 

 こうして、二人は隠し部屋の中へと入っていく。

 

 因みに、隠し部屋発見のキーとなった本は『お姉ちゃん大好き』というタイトルの絵本だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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妹の真実

 了子ことフィーネの元拠点にあった隠し部屋。

 その中は、外観からは想像もつかないような近未来的な場所だった。

 至る所に最新機器が並び、コンピューターや解析機、保存用の箱などもある。

 恐らく、この部屋こそが真の意味での了子の『拠点』だったに違いない。

 

「これはまた…凄いな…」

「どれもこれもが、そこらの研究所とかにも負けないような代物ばかりだ。埃もないし、私達以外の他の誰かが触れたような形跡も全く無い。きっと、私達が了子以外に入った最初で最後の人間なんだろうね」

 

 部屋の片隅にあるテーブルの上に置いてある書類を手に取り見てみる。

 そこには『ネフシュタンの鎧』に関する研究や、立花響の生態調査…所謂『融合症例』に関することが事細かに記載されていた。

 恐らく、これを参考にしてあいつは自分の身体とネフシュタンを融合させることを思い付いたんだろう。

 

「成る程な…ここはSONGの連中や政府のバカどもにとって宝の山だわ。あいつ等が喉から出るほどに欲しがっている情報がここに腐るほどある」

「みたいだな。オレはあくまで錬金術師だから詳しいことは分からないが、それでもここが重要な場所であることは理解出来る」

 

 私からすれば、キャロルは『錬金術師』ってよりは『研究者』に近いような気がするんだけど。

 だからこそ私とも波長が合ったわけだし。

 

「どうするんだ?」

「そうだな…まずは、あからさまに『これがメインコンピューターです』って感じのこれから調べますか」

 

 両腕を伸ばしてから背中を伸ばし、首の骨をコキコキ。

 ついでに手首をグルグルとさせながら肩の骨もコキコキ。

 

「なぁ…ここに入ってから一つ疑問に思った事があるんだが…」

「なに?」

「放棄されて随分と経つ筈なのに…どうして普通に電気が通ってるんだ?」

「多分、了子が何か細工でもしておいたんでしょ。知らんけど」

「それでいいのか…?」

「いいんだよ。電気の出所よりも、このコンピューターの中にある物の方が重要なんだから」

 

 と言いつつ、実はもう見当がついていたりして。

 恐らくだけど、了子はこの場所の発電システムを独立させてるんじゃないかな。

 地熱発電。風力発電。太陽光発電。水力発電。

 その気になれば電気なんて、自然の力を借りればいくらでも作れる。

 ここは山だから地熱には困らないし、風力も問題無い筈だ。

 太陽光に至っては晴れてさえいればどこでもOKだし、近くには湖もあったから水力も大丈夫。

 …ここ、了子じゃなくても拠点にするわ。うん。

 つーか、私が別荘として使いたいぐらいだ。

 

「さーて…まずは~…ん?」

「なんだ? このパネルは…」

 

 コンソールの近くに大人の掌ぐらいの大きさの黒いパネルがあった。

 パッと見は指紋認証か静脈認証系のやつだが…あの了子がそんなストレートなセキュリティーをするか?

 この私の妹である了子が? ないない。絶対に有り得ない。

 となると、考えられる可能性は幾つかあるが…取り敢えず自分の手でも当ててみるか。

 

「よいしょ…っと」

「お…おい。大丈夫なのか?」

「へーき。へーき」

 

 赤外線センサーらしきものが走り、私の掌の確認をする。

 さぁ…て、どうなるかな?

 

『遺伝子認証完了。櫻井了子博士の実姉、櫻井亞里亞博士であると確認。ようこそいらっしゃいました。亞里亞博士』

「わぉ……」

 

 細胞か遺伝子辺りかと思ってたけど、まさか後者の方だったとは。

 流石は我が妹。凝った真似をする。そうこなくっちゃ。

 

「お前の名前を呼んでいるが…これはどういう事だ?」

「いつの日か、私がここに来ることを予め想定していたってことでしょ。だからこそ、私か了子…つまり、『櫻井家』の人間しかこのメインコンピューターにアクセス出来ないようにしたんだと思う。もし仮に私達以外の人間がこれの中身を知りたいと思ったら、それこそ私か了子のクローンでも作らないと無理だ」

「だが、お前の妹の遺体は…」

「そ。完全消滅してどこにも存在しない。ウチの両親の遺体はとっくの昔に焼いてるから灰になってるし、残されているのは私だけだけど…」

「どんなに馬鹿な国でも、お前のクローンを作ろうなんて考える奴はいないだろうさ。もしいたら、もう既にその国は滅びている」

「こらそこ。人聞きの悪い事を言わない。滅ぼすなんてことはしないよ。精々が財政難にするぐらいだ」

「それでも十分に酷いだろうが」

「そう? 地図上から消えるよりマシじゃない?」

 

 私はキレたら何をするか分からないよー。

 この私をキレさせたら大したもんだよー。

 

「さーてと、何から調べますかねーっと」

 

 カタカタカターっとコンソールを操作して色々と調べてみる事に。

 中にあったのは、私と別れてからも引き続きやっていたであろう聖遺物の研究に付いてや、後はアイツが手駒として使っていた雪音クリスと、彼女が所持しているシンフォギアである『イチイバル』について。

 ネフシュタンの事もあって、さっき見た神の資料よりもさらに事細かな事が書かれてある。

 

「これは…?」

「カ・ディンギル…例の『ルナアタック』で使われたという巨大な荷電粒子砲か。自分達の本部に偽装する形で建造されていたとは、あいつらも想像もしていなかっただろうな」

「普通はそうでしょ。誰が自分たちの拠点にいつの間にか敵の切り札が隠されてると思うよ」

 

 『灯台下暗し』とはよく言ったものだ。

 だからこそ隠し通せたとも言えるが。

 

「こっちはまた別の事が書いてある。えっと…『バラルの呪詛』? 月が人間の思考と言語を分断する監視装置?」

「あぁ…聞いたことがあるな。確か…神々とも呼べる種族である『アンナヌキ』によって世界にばら撒かれた人類同士の相互理解を阻む呪い…だったか?」

「思い出した。『原罪』って呼ばれてるアレね」

 

 今の私には必要ないと思って頭の片隅に追いやっていた。

 これを見なけりゃ、ずっと忘れっぱなしだったかもしれない。

 

「成る程な…これがお前の計画の全貌だったって訳か」

 

 アイツの計画を阻止した弦十郎たちも、ここまでの情報は持っていないだろう。

 あくまで本人から見聞きした情報ぐらいしか持ってないから、ここを調査したんだろうしな。

 

「えっと…あった」

「どうした?」

「ここに入ってる情報、持って帰ろうと思って。いつも念の為と思って持ち歩いてる空のUSBメモリを使うんだよ」

「そんな物を持ってたのか。因みに、どれぐらい入るんだ?」

「私お手製の魔改造品だから100TBは余裕」

「やり過ぎだ。どれだけ情報に飢えてるんだお前は」

「今の世、情報こそが最大の力にして最高の宝だよ」

 

 時には情報一つに莫大な金を払うような奴だっているんだから。

 形ある物よりも、形無き情報の方が貴重になるってのは皮肉だよな。

 

「はい、ブスっとな。内部データを吸い上げながらも、情報収集作業は続行しますよーっと」

 

 今度はどこを見てみますかねー。

 ん? これは…?

 

「日記…? のようにも見えるが…誰かに当てたメッセージのようにも見える。これは…」

「…中を確認する」

 

 もしも本当に日記だったのなら、すぐに閉じればいい。

 だけど、キャロルが言ったようにこれが誰かに宛てたメッセージだったのなら…。

 

「お…おい亞里亞! これはまさか…!」

「神話の時代…フィーネの時代の時の話…というか情報か…?」

 

 そこにあったのは、フィーネという一人の女の決意の物語。

 恋に生き、恋の為に戦った孤独な女の。

 

「バベルの塔…まさか自分達のご先祖様がその建設者だったとはな…」

「それが破壊されたことで世界中に『呪い』が巻き散らかされ、それが俗に言う『バラルの呪詛』か…」

「了子…っていうか、フィーネの真の目的は、『呪詛』の発生源である月にある遺跡を破壊して、呪いを解く事だったのか…」

 

 それにしたってやることのスケールが大き過ぎる。

 もっとスマートに出来なかったのか?

 

「なぁ…今思ったんだが…」

「お前の妹がフィーネの子孫だったのなら、その姉であるお前も同じようにフィーネの子孫だったってことだよな?」

「一応ね。けど、私じゃなくて妹である了子の方が覚醒してしまった。ま、仕方がない事だけど」

「どういう意味だ?」

「フィーネの子孫の遺伝子には、アウフヴァッヘン波形に触れた瞬間に歴代のフィーネの記憶を継承した人格が出現するように細工してあったんだ。私も了子と一緒に聖遺物の研究をしていたけど、それはまだシンフォギアが完成する前。私がアメリカに行ってから『とある聖遺物』の起動実験をしたことが切っ掛けとなってフィーネが覚醒したってわけ」

 

 その『とある聖遺物』を持っている奴は、その事を知らないだろうけど。

 

「じゃあ…場合によっては亞里亞がフィーネになっていた可能性もあるのか…」

「かもね。でも、それはあくまで『もしも』の話だよ。考えても意味が無い」

 

 もし私がフィーネになっていたら、マジでこの世界は終わっていたかもしれないな。

 だって、私は了子みたいに甘くはないし、何をするにも躊躇はしない。

 なにより、素の了子では絶対に私は止められない。

 

「んでこっちには…ノイズについて?」

 

 試しに覗いてみると、そこには今までずっと謎に包まれていたノイズに正体に付いて記載されていた。

 別にそこまでの興味は無いが、一応見てみる事に。

 

「成る程…そう言う事か」

「オレもノイズの構造などは知っているし、それを基にした『アルカ・ノイズ』の製造に成功してはいるが…その根源に付いては知らなかった。まさか、こんな事だとはな…」

 

 先史文明の人類が生み出した『最高にエコロジーな殺戮兵器』…か。

 しかも、『バビロニアの宝物庫』がある限り無限増殖するって…。

 どんだけチートな兵器を作りやがったんだ。

 それも今では存在しないんだけど。

 あの小娘たちが『ソロモンの杖』ごと宝物庫の中身を消し飛ばしたらしいから。

 

「多分だけど、アルカ・ノイズはキャロルだけの専売特許じゃないぞ」

「なんだと?」

「よくよく考えたら分かる事だ。キャロルに出来るなら私にもアルカ・ノイズは作れる。そして、私にも作れるって事は当然……」

「『あの男』にも製造可能…か」

「そ。趣味嗜好は最低だけど、その頭脳と技術は本物だ。私達に出来る事が『アイツ』に出来ない道理は無い」

 

 あー…なんか顔を思い出したら腹立ってきた。

 もしもまた会う機会があったら、開口一番に顔面キックしてやろう。

 

「んあ? この日記っぽいのの奥にまだ何か隠されてる。これって…ビデオメール…か?」

 

 この日付…だいぶ前だな。

 まだ私がアメリカにいた頃…ルナアタックが起きた年に撮られた物か。

 

「見るのか?」

「そりゃね」

 

 私はそのビデオメールを開封して再生してみる事に。

 

 …これが、これからの私の人生を決定づける切っ掛けになるとは、この時の私は全く思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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託す者へ

 フィーネの意識が覚醒した了子の拠点にあった隠し部屋。

 そこにあるメインコンピューターにあった数多くの知られざる情報。

 そして…いずれこの場所を訪れたであろう『誰か』に向けて残された一通のビデオメール。

 

 中身はなんとなく想像出来たけど、私はメールを開封した。

 殆ど、無意識でやっていた。

 

『あー…ちゃんと撮れてるかしら? …よし。良いみたいね』

 

 それは、10年振りに見る妹の生きている姿。

 例え、それが過去に撮影された映像だと分かっていても、私は瞼が熱くなるのを止められなかった。

 

「…泣くのは後にしろ。今はこれを見る方が大事だろ?」

「うん…分かってる…」

 

 キャロルが私の傍まで来ながら注意を促してくれる。

 その言葉は少し棘があったが、今の私にはそれぐらいで丁度良かった。

 

『…この映像が再生されているって事は、これを見ているのは亞里亞お姉ちゃんであり、同時に私がもうこの世にはいないってことになるわね。だって、このビデオメールは私の縁者…つまり、お姉ちゃんにしか見れないようにしてあるから』

「了子……」

 

 自分が死んだ後のことを想定して、この映像を遺したのか…。

 流石は了子だよ…恐れ入る。

 

『お姉ちゃんのことだから、もう知ってはいると思うけど…私はご先祖である『フィーネ』の意識が覚醒して、心と体の両方を支配されようとしてる。今、写っている映像の段階では、まだ辛うじてギリギリ私の意識が勝っている状態で、これが最初で最後のチャンスだと思ってこの映像を遺しました』

 

 ってことは、かなり前に撮影したって事なのか…?

 私がまだアメリカにいる頃…例のツヴァイウィングのコンサートで起きた惨劇よりも前…?

 

『もう少しすれば、私の意識はフィーネと一体化してどっちがどっちか分からなくなると思う。そうなった状態でも、まだお姉ちゃんのことは覚えていたり意識してはいると思うけどね。『櫻井了子』として今まで紡いできた記憶も共有されるみたいだし』

 

 そうだろうな。じゃないと、とてもじゃないが『芝居』なんて出来はしない。

 にしても…『記憶』…か。

 

 私と了子は血の繋がった実の姉妹であり、アイツがフィーネの子孫ならば、当然のように私もまたフィーネの子孫なわけで。

 でも、私はフィーネとして覚醒はしなかった。

 その理由に関しては色々と理由は思いつくけど…今は別にいいか。

 

 確かに『意識』は覚醒しなかったが、その代わりに私にもこの身に流れる『フィーネの血』から得た物がある。

 それが『フィーネの記憶』だ。

 

 私は、フィーネと言う人物が先史文明に生まれ、それから巫女となり、どんな人生を送ってきたのか、たった一つの『願い』を胸に幾度となく転生し続けた時の『記憶』…その全てを『知っている』。

 正確には『知らされた』と言った方が正しいけど。

 

『居なくなってから初めて大切さに気が付くとはよく言うけど…本当にその通りよね。私…お姉ちゃんがアメリカに行って初めて自分がどれだけお姉ちゃんに愛されていたのかを理解したわ…』

 

 …それはこっちの台詞でもあるよ。

 どうしてもっと、姉妹の時間を作れなかったんだろうな…。

 今となっちゃ後悔しかない。

 

『弦十郎君が二課の司令になって、私がお姉ちゃんの仕事を引き継ぐ形で技術顧問になって…やっぱりお姉ちゃんには敵わないって感じたわ』

 

 あの時、アメリカ行きの準備をするのに忙しかったけど、それでも可能な限り残せる資料や研究成果を残しておいた。

 今はまだ難しくても、了子ならばいつか必ず理解してくれると信じて。

 

『資料の内容だけじゃない…その整理の仕方一つとっても完璧だった。まるで今の私みたいに、いずれ自分がいなくなることを想定していたみたいに』

 

 していたみたい…じゃなくて、想定していたんだけど。

 あの訃堂のジジイの思考パターンは予想しやすい。私と非常に似ているから。

 だから、どうしてアイツが大人しく二課の司令を降りたのかも知っている。

 普段はあんなにも頑固ジジイなのに、あの時ばかりは信じられないぐらいに素直に二課を去って行った。

 それに続くかのように私も二課を辞めたんだけど。

 その理由は色々あるんだけど…今はまだ話さなくてもいいでしょ。

 

『私…本当に素直じゃなかった。今思えば、お姉ちゃんはいつも自分よりも私のことばかりを優先してくれていたのに…その事に全く気が付く事が出来なかった。私以上の大天才であるお姉ちゃんの頭脳に嫉妬して…その優しさを蔑にしてしまってた…。小さな頃からずっと私の事を守ってくれていたのに…本当に…本当にごめんなさい…』

 

 大丈夫。

 私は気にしてないよ。

 だから元気を出して。

 

 そう言えたらどれだけ良かったか。

 けど…もうそれは二度と言えない。

 言うべき相手がどこにも存在しないから。

 

『私は多分…『世界の敵』として葬られる事になると思う。二課の皆…私達の産み出したシンフォギア装者の子達に』

 

 その予想は大当たりだよ。

 

『だとしても、どうかあの子達の事を恨まないであげて。あの子達は自分がやるべき事をやっただけなんだから。本当はお姉ちゃんにあの子達を支えて欲しい…なんてことも思ったんだけど、それはきっと無理よね。お姉ちゃんの性格は私が一番よく知ってる。誰よりも自分に厳しくて、誰よりも他人を気遣う優しい自慢のお姉ちゃん。そして…誰よりも現実主義者(リアリスト)でもある。こう言っちゃアレだけど…どうも弦十郎君達は理想論とか根性論とかが好きだから…お姉ちゃんとは色んな意味で合わないでしょうね。初対面の時も嫌そうな顔をしてたし』

 

 ほんと…よく私の事を観察してやがるよ。

 確かに私は弦十郎や、嘗ての二課…今のS.O.N.G.の雰囲気は好きじゃない。

 空気もそうだが、それ以上に『国連の犬』に成り下がることが嫌だった。

 昔の二課も政府の直轄ではあったが、言いなりではなかった。

 元司令である訃堂のジジイという『最強の矛』の存在があったから。

 アイツがいる限り、寧ろ政府の方が二課の言いなりになっていた感じさえある。

 それだけ『風鳴家当主』という肩書の影響力は絶大なのだ。

 司令でなくなった今でも政治に口出しが出来るほどには。

 

『だから、お姉ちゃんはお姉ちゃんがやりたい事をやって…って言わなくても勝手にするか。昔からそうだったし』

 

 なら言うなし。

 

『実は私ね…お姉ちゃんの研究を真似して作ってみた物があるの』

 

 …なんだと? それはちょっと聞き捨てならんぞ。

 

『と言っても、完成度はお姉ちゃんの理想とは程遠いと思うけど。きっと、今この撮影をしている瞬間もお姉ちゃんはアメリカで研究を続けていて、今の私の段階なんかとっくに通り過ぎてるんでしょうね』

 

 おいおい…照れるだろうが。

 照れすぎて、隣りにいるキャロルに抱き着いてキスするかもしれない。

 思い出を取られた時はまぁ…その時って事で。

 アメリカ時代の嫌な思い出でも差し上げよう。

 

「なんだろうな…未だ嘗て味わった事が無いような悪寒がオレの背中を走ったような気が…」

「気のせいじゃない?」

 

 気のせい。気のせい。

 そう言う事にしておいた方が皆幸せだよ。

 

『私が作った物は、お姉ちゃんが今いる部屋に隠してあるわ。網膜認証しないと開けられないようになってるから気を付けてね。勿論、登録してあるのは私とお姉ちゃんのよ』

 

 いつの間に私の網膜を写し取ったんじゃい。

 たった知らされた衝撃の事実発覚だよ。

 

『…もうそろそろね。最後にこれだけは言わせて。今までずっと言えなかったけど…私はお姉ちゃんのことが世界で一番大好きで、何よりも自慢で…誰よりも愛してるわ。お姉ちゃんがいなかったら、きっと考古学者になろうともしてなかったでしょうし、櫻井理論やシンフォギアシステムも完成してなかったかもしれない』

 

 そんな事は無いよ。

 お前ならきっと、私なんかがいなくても一人で辿り着けていたさ。

 だって…私の自慢の妹なんだから。

 

『お姉ちゃん…ありがとう。そして…さようなら』

 

 その言葉を最後にビデオメールは終了し、後には砂嵐だけが残った。

 

「ふん…中々に姉想いな妹じゃないか。なぁ…亞里亞。…亞里亞?」

「……なに?」

「目…赤いな」

「う…うっさいな…」

 

 墓前の時みたいに年甲斐もなく泣き叫ぶよりはマシでしょうが。

 あれは間違いなく『亞里亞ちゃん黒歴史ランキング』のTOP10入りしてるんだし。

 

「それよりも、さっきメールでお前の妹が言っていた『真似して作ってみた物』とやらを探すのか?」

「当然。妹の形見だしね」

 

 まだコンピューターの情報抽出には時間が掛かっているし、その間に探してみる事にしよう。

 ま、そんなに広い部屋じゃないし、すぐに見つかるだろ。

 

「……あ」

「どうした?」

「見つけたかもしれない」

「なに?」

 

 さて探しますかと椅子から立ち上がった瞬間、壁の一部分に怪しい場所を見つけてしまった。

 これはマジで偶然で、ふと目が行ったって感じだ。

 よくある事とはいえ、まさか今それが発揮されるとは…。

 

「ここ。ここですよボス」

「誰がボスだ。誰が。ファミコン時代の探偵物のゲームの助手みたいな台詞言うな。犯人にするぞ」

「私はヤスじゃないから無理でーす」

 

 私の視界に入ったのは壁の一部分。

 パッと見は何気ない場所に見えるが、なんだか違和感を感じた。

 この場所だけ汚れが少ないと言うか…妙に真新しく感じると言うか。

 

「ん?」

「お?」

 

 壁に触れると、その部分だけがスライドして網膜認証用のレンズが登場した。

 どうやらビンゴのようだ。マジか。

 

「ちゃんと私の背に合わせて作ってあるし…」

 

 大きく目を開きながらレンズに合わせるようにして…っと。

 これでいいかな?

 

『認証完了。これより封印を解除します』

「「封印?」」

 

 なんか急に物騒な単語が飛び出してきたな。

 本当に大丈夫か?

 

 そんな私の不安を余所に、レンズがあった場所の横の壁が噴き出す蒸気と共に観音開きになり、奥の方から厳重に安置された物をスライドするように持ってきた。

 

「おい亞里亞…これはまさか…」

「その『まさか』…だな」

 

 そこにあったのは私が良く知る小さなペンダント。

 シンフォギアのペンダントだ。

 けど、色が違う。

 聖遺物を使ったシンフォギアのペンダントは赤寄りのピンクっぽい色をしているが、これはそれとは真逆に青い色をしている。

 これはもう…間違いないな。

 

「私の『研究成果』…その模倣品。いや…再現品と言うべきか? どっちにしても、これが了子が私に遺した物…か」

 

 私はふと、ずっと自分の首にかけている『試作一号機』である青いペンダントを取り出して、目の前にある物と比べる。

 

「見た目だけはほぼオリジナルに近いな」

「中身は?」

「それは調べて見ない事には何とも」

 

 つっても、ここの機材で調べられるか?

 やろうと思えば出来ない事も無いだろうけど…いつまでもここに長居するのはな…。

 

「ん? よく見たらこのペンダント…二つないか?」

「あ…ホントだ。影になって分かりにくくなってたけど、奥の方にもう一つあるや」

 

 手を伸ばしてから、もう一つのペンダントも取り出す。

 それもまた青いシンフォギアのペンダントだった。

 

「これも分析してみないとな。けど、どこで……」

 

 一番確実なのはS.O.N.G.なんだろうが…あそこに戻るのだけは嫌だ。

 本能が全力で拒絶してる。

 

「はぁ…仕方がない…か」

「どうするんだ?」

「現状、一番マシな場所に行くことにする。あそこもあそこで問題はあるが、少なくとも『あそこ』よりはずっといい」

「どこなんだ、そこは?」

「…私の『個人スポンサー様』の所」

「個人…スポンサー…?」

 

 昨日の今日でまた会うのはちょっと憂鬱だけど…背に腹は代えられないよな。

 まさかとは思うが了子の奴…ここまで計算してたとは言わないよな?

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 



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父の想い。妹の願い。

どうしよう…このままだと、シェムハまで一切戦闘しない可能性が出てきた…。

なんか、全ての敵を徹底的に論破して味方に付けている亞里亞が思い浮かんでしまった…。












 了子が隠し部屋に残したメッセージと、最後に遺してくれた物を手に入れた私達は、再び車に乗ってある場所へ向かって移動をしている。

 

「良かったのか? あの部屋を再び封印して」

「いいんだよ。どうせ、あの場所には私以外の奴は誰も入る事は出来ない」

「扉を破壊して入ろうとするかもしれないぞ?」

「私の妹が、そんな事を想定していないとでも?」

「ということは…?」

「そ。もし万が一にでも正規の方法で扉を開かなかった場合、即座に自爆装置が作動するようにプログラミングされてた。無粋な事をする不届き者に対する制裁と、全ての情報を闇に葬ると言う二重の意味を込めて」

「…伊達にお前の妹ではないと言うことか」

「ま…ね。私の自慢の妹さ」

 

 私なら、自爆なんて美しくない方法じゃなくて、即死級の猛毒の霧でも散布して人間だけを確実に始末するけどね。

 

「あのさー…少しだけ聞いてもいい?」

「何をだ?」

「キャロルが今しようと思ってる事って…死んだ親父さんが関係してたりする?」

「…なんでそう思った?」

「いや…普段から余り自分から積極的に動こうとしないキャロルの行動原理を考えたら、真っ先に思いつくのがそれだったモンで」

 

 キャロルはかなりのファザコンだ。

 片親だけで育てられれば、そうなるのは必然かも知れないが。

 

「はぁ…お前は本当に…なんで考古学者なんてやってるんだ? 私立探偵でもやってた方が遥かに似合ってるぞ」

「もしも私が探偵なら、キャロルが助手で、オートスコアラーの子達は雑用係ね」

「おいこら待て。勝手に決めるな。せめて『副所長』ぐらいにしろ」

「どっちも似たようなもんでしょうが…」

 

 大雑把な性格をしてそうで、意外と細かいんだから。

 つーか、オートスコアラーの皆を雑用に使う事には反対しないんだ…。

 

「…前にお前にだけ話した、パパの遺言の事は覚えているか?」

「うん。確か『世界を知れ』って言い残したんだっけ。…あ。まさか…」

 

 うわぁ…どうした私。

 たったこれだけのヒントでキャロルが企んでいる事が分かったかもしれない。

 やっば…私マジで探偵に向いてるかも。

 

「まさかとは思うけど『万象黙示録』を完成させて、世界そのものを物理的に『分解』しようとしてる?」

「どうして、たったあれだけの会話でオレの計画の全貌を推理してしまえるんだ…?」

「前々から色々と聞かされてたお蔭だよ。万象黙示録自体は私も純粋に興味があったし、暇な時に『独学でどこまで出来るかなー』って試したこともあった」

「それは初めて聞かされたぞ…」

「だって初めて言ったもん」

 

 やっと山を降りられた…。

 あの屋敷ってば本当に、着くまでの距離さえ短ければ最高なのにな。

 あれを建築した奴は、一体どういう気持ちであそこに建てたのやら。

 

「結果はどうだったんだ?」

「多分、キャロルが想定していた奴とは全く違う『私だけの万象黙示録擬き』が出来上がった感じ。錬金術の基礎三大理論は余裕で実行出来るけど、規模はあんまりデカくない。精々、頑張って街一つが限界かな」

「それでも十分過ぎるだろ…」

 

 あれはあれで一応の完成かもしれないけど、私自身が全く満足していない。

 流石に実行する気は無いが、それでも突き詰める所までやってみたいのが私なのだ。

 

 あ…信号に掴まった。

 

「んー…キャロル。今から私、すっごく恥ずかしい台詞を言うと思う」

「はぁ?」

「もしかしたら、キャロルを怒らせるかもしれない。それでも聞いてくれる?」

「言ってみろ。聞くだけ聞いてやる」

「ありがと」

 

 ここの信号長いなー…。

 いつまで赤なんだよ。

 

「親父さんの『世界を知れ』って遺言な…それ、絶対に物理的に世界を分解しろって意味じゃないぞ」

「…そんなのはオレだって分かってるさ。馬鹿じゃあないんだ。けど…オレにはそれ以外に思いつかないんだ! パパのことを否定し、殺した奴等への憎悪と怨恨がごちゃ混ぜになって!!」

 

 …だと思った。

 キャロル自身ももう、自分で自分が分からなくなってるんだ。

 だから、少し冷静に考えれば分かることも分からなくなってる。

 ふぅ…キャロルには本当に世話になってるし…偶にはこっちからも恩返しをしなきゃかな。

 

「なぁ…亞里亞には分かるんだろうッ!? お前は頭が良いからな!」

「うん…分かるよ。って言うか、私じゃなくても大半の奴ならすぐに分かると思う」

「そ…そうなのかッ!?」

「まぁね。でも、その前に信号が青になったから車動かすよ」

 

 車を発進させて再び道路を疾走する。

 ちゃんと法定速度は守ってね。

 

「世界を知る…。それはきっと『見て』『聞いて』『学ぶ』ことなんじゃないかな」

「な…なんだそれは…?」

「世界を旅して、色んな物を『見て』。色んな人の話を『聞いて』。そこから更なる事を『学ぶ』。それだけ。たったそれだけの単純な事さ。『世界を知る』ってさ…要は『見聞を広める』って事を指してたんじゃないかな。少なくとも私はそう思った」

「見聞を広める…? それだけ…?」

「…一人の父親として、先達として、愛する愛娘にそれ以上の事は求めないでしょ。少なくとも、世界を分解したり、自分の無念を晴らすなんて事は望まないんじゃないのかな。私はキャロルのお父さんに会った事は無いから分からないけど」

 

 うーん…これはマジで嫌われたか?

 さっきから俯いてブツブツと言ってるし。

 

「キャロルのお父さんは…誰かに対して恨み辛みを言って、自分の無念を晴らして欲しいと願うような人だった?」

「違う! そんな事は無い! パパは…パパは…」

「パパは?」

「凄く優しくて…どんな時も明るくて…絶対に諦めなくて…誰よりも人間を愛している…自慢のパパだった…」

「…そっか」

 

 正直…ちょっとだけ羨ましい。

 私には父親との思い出なんて殆ど無いから。

 今までの人生の大半が妹の了子やどこぞのクソジジイと一緒にいた記憶しかないし。

 

「オレは…間違っていたのか…?」

「少なくとも、人道的に見れば絶対に間違ってるわな。つーか、怒らないんだ? 正直な話、絶交されるぐらいの覚悟で話したんだけど」

「フッ…もしも、同じ事を話したのが別の奴だったら、激高して即座に殺していただろうな」

「まぁ怖い。じゃあ、何故に?」

「亞里亞は頭が良いからな。オレとは違って冷静に物事を客観的に見る事が出来る。それに…」

「それに?」

「…亞里亞の言っている事なら、不思議と信じる事が出来る。自分でも、どうしてかは知らんがな」

 

 …え? キャロルってこんなに可愛かったっけ?

 つーか…もしかしてデレた?

 キャロルとは、かなり長い付き合いではあるけど…こんな彼女を見たのは初めてかも。

 もしも今が運転中じゃなかったら、すぐに抱き着いてキスしてた。

 それぐらい今のキャロルは可愛かったです。はい。

 

「でもまぁ…なんだ。まだ計画実行前だったんだし、別にいいんじゃない? これまでの用意が全て無駄になる訳じゃないんだし」

「そう…だな。まだ何かの利用価値ぐらいはある…か」

「あとさ、生前に錬金術で人々を救ってた親父さんが間違っていなかった事を娘であるキャロルが証明すれば、それこそが一番の供養になるんじゃないの?」

「オレに人助けをしろとでもいうつもりか?」

「そこまで露骨じゃないけどさ。直接的じゃなくても、間接的に誰かを助ける事は出来るよって話。実際、私だって似たような事をしてるしさ」

 

 逆を言えば、そんなことぐらいでしか誰かを助けられない自分が不甲斐無いんだけど。

 ガラじゃないから別にいいんだけどね。

 裏方に徹するぐらいが私には丁度いいのさ。

 

「ねぇ…キャロル。やることが無くなったのなら、私の事を手伝ってみる気は無い?」

「亞里亞の手伝い? そう言えば、お前の企みについて何も聞いていないな」

「企みって…人聞きの悪い言い方をしないでよ。まるで私が悪巧みをしているみたいじゃないか」

「別にお前が悪事を働くとは思わないが、そこに至るまでの過程は似たようなものだろう」

「うぐ…!」

 

 ここでキャロルから反撃された…。

 否定は出来ないけどさ…。

 ゴールに至るまでの道筋には一切拘らない。

 終わり良ければ全て良し。

 それが私って人間だからね。

 

「まぁ…なんだ。まだ漠然とはしてるんだけどね…姉として、妹がやり残したことぐらいはしてやらないと…って思ってさ」

「やり残し…とは?」

「世界平和の実現」

「……は?」

 

 …滑った。

 一気に車内の空気が冷たくなっていく。

 

「ってのは半分冗談だけど」

「半分は本気なのか」

「この世界に生きる一人の人間として、世界平和ぐらいは普段から願ってるよ。だから、私はごみのポイ捨てはしないし、ちゃんと分別もしてる」

「それは世界平和に繋がっているのか?」

「小さなことからコツコツと…ってね。科学の基本さ」

 

 一足飛びに何かを成そうとしても碌なことにはならない。

 何事も些細な事が切っ掛けとなって大成するのが世の常だ。

 

「だからと言ってS.O.N.G.の連中と一緒に行動する気は無いけど」

「どうしてだ? 目的は同じだろう?」

「目的が同じでも、やり方が温すぎる。しかも、今のアイツ等は国連の犬に成り下がってる。それなりの自由行動権ぐらいはあるかもしれないが、それでも『何かの下』にいるという状況はいつの日か必ず自分自身の首を絞める事に繋がる。それが『縦社会』ってもんだ」

 

 だからこそ私はジジイと一緒に二課を去った。

 あのまま残っていれば、確実に二課本来の動きが出来なくなると確信したから。

 それは最悪の形で現実になったけど。

 

「しかも、アイツ等は『組織』という体裁である以上、いざと言う時の行動力が低い。弱点が露骨すぎるんだよ。心臓丸出しの状態で戦場を闊歩するような馬鹿と心中する趣味は私には無いんでね」

 

 訃堂のジジイがイライラする理由も今ならば理解出来る。

 防人云々に関しては本気でどうでもいいが、アイツ等は行動の全てに感情が入り込み過ぎている。

 別に感情そのものを否定する気は無いが、それでも限度ってのがある。

 レセプターチルドレン達を引き入れているのがその最たる例だ。

 本人達の意志を尊重したのかもしれないが、それでもついこの間まで敵対していた奴等を殆ど無条件で受け入れるなんて有り得ない。

 マリアの奴が色々としているようだが、それも司法取引みたいなもんだ。

 私からすれば普通に有り得ないし、許せない。

 

「あいつ等と目的は同じでも、ゴールに至るまでの道筋が一緒である必要性は無い。私は私のやり方で、本気で世界平和を目指してやる。その為の『こいつ』なんだから…」

 

 ハンドルから片手だけ放して、首に掛かっている『青いシンフォギアのペンダント』を握りしめる。

 

「キャロルも、誰かに命令されるとか嫌でしょ」

「当然だ。オレは誰の下にも付く気は無い」

「だよね」

 

 だからこそ、キャロルは最高の協力者に成り得るんだよ。

 持つべきものは親友だよな。

 

「そう言えば…今、どこに向かっているのか聞いてなかったな。『個人スポンサーの元』と言っていたが…」

「そ。私の研究に目を付けたジジイがいてね。家とか関係なく、個人で私のスポンサーになってくれたんだよ。で、そいつがいる京都に向かって車を飛ばしている最中なのです」

「京都…か。随分と遠いな」

「いいじゃない。滅多に出来ないドライブが出来ると思えば」

「…そうだな。亞里亞とのドライブならば悪くない」

 

 なんだろう…さっきの会話以降、キャロルが露骨にデレてきてるんですが。

 これはアレかな? 到着し次第にハグしてもいいという合図かな?

 

「しかも、京都の割と端の方にある屋敷だから、結構時間が掛かるかも」

「屋敷…? でもそっか…個人スポンサーと言う以上はかなりの資金力があって当たり前か。で、そこはどんな屋敷なんだ?」

「別に大したことは無いよ。昔からずーっと日本を裏から守り続けてきた…」

 

 高速道路に入る為にナビで場所を確認する。

 よし、次の角を右だな。

 

「『風鳴家』って奴等の屋敷さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ホウ・レン・ソウは大切に

 屋敷を後にしてから約一時間ぐらいのドライブを楽しんだのち、私とキャロルは風鳴家屋敷へと到着した。

 車は敷地内にある専用駐車場へと駐車することに。

 

「さ…櫻井亞里亞博士。昨日の今日でまたどんな御用で…」

「ジジイに会いに来た。いるんだろ? 通せ」

 

 車を降りて門まで行くと、いつものように黒服が目の前に立ちはだかる。

 いつもの事とはいえ、毎回毎回がこうだと流石に鬱陶しくなる。

 

「で…では、訃堂様に御伺いをしますので、どうかお待ち頂いて…」

「私は『通せ』と言った。聞こえなかったのか?」

「し…しかし…」

「この私が風鳴家においてどんな立場にいるのか…忘れた訳じゃないよな?」

「うっ……」

 

 確かに私自身は風鳴家の人間ではないが、この家とは私個人で、それこそ嫌になる程に密接な関係にある。

 ともすれば、私個人の権限は訃堂の次くらいにあるかもしれない。

 なので、多少の脅しぐらいは許されるだろう。

 実際に何かをする訳じゃないし。

 

「心配するな。私が今まで、風鳴家に不利益な事をしたことが一度でもあったか?」

「……承知しました。では…お通り下さい」

「ありがと。なに…お前は何も悪くない。私が勝手に来て、勝手に入っただけだ。誰かに何か聞かれたら、そう言え。いいな?」

「は…はい。分かりました…」

「よろしい。因みに、後ろの子は私の超大切な友人だから」

「はぁ…」

 

 つーわけで、風鳴家にごあんなーい。

 私の後ろからキャロルも一緒に付いてきた。

 

「ず…随分と強引なんだな…」

「他の場所ならいざ知らず、この場所限定で私はかなりの権限を持ってたりするんだよ」

「お前の意外な一面を垣間見た気がするぞ…」

 

 これからもっと垣間見る羽目になると思うよ。

 ついさっき、私もキャロルの女の子な部分を垣間見せられたし。

 

 私の見よう見真似でキャロルも靴を脱ぎ、屋敷の中へと入る。

 二日連続で来てるけど、その前は10年前になるから、まだまだ懐かしさは抜けきれない。

 

「これが日本家屋か…。中々に趣があっていいじゃないか」

「しかも機能的でもある。夏は涼しく、冬は暖かい。昔から研鑽を重ねてきた建築技術の結晶だよ」

「何かを『造る』と言う点では、錬金術師も大工もさほど差は無い…か」

 

 流石はキャロル。地味に真理を突いてくるじゃないか。

 それでこそ私の親友。いや、『心』の『友』と書いて『心友』と呼ぶべきか?

 

「…こんな所で何をしておる」

「お。向こうから来たし」

 

 廊下を歩いて訃堂の部屋まで行こうと思っていたら、いきなりの本人登場。

 これは手間が省けて助かった。

 

「まさか、昨日の今日でまたここに来るとは思わなんだ。あのまま弦十郎の所にでも居座るつもりかと思っておったわ」

「お前さ…私が昔からアイツと致命的なまでに相性が悪いって知ってて、それ言ってるだろ」

「さてな」

 

 普通の奴ならここで『腹立つ~!』ってなるんだろうけど、私はもう完全に慣れたから何にも言わないし感じない。

 

「隣にいるその小娘は誰だ」

「私の心友で恋人のキャロル・マールス・ディーンハイム。錬金術師をやってる」

「こ…恋人っ!? おい亞里亞! いきなり何を言っているッ!?」

「えー? 私は普通にキャロルの事が好きだからそう言ったんだけど…キャロルは違うの?」

「ち…違わなくはない…が…その…だな…もっとこうオブラートに包んだ表現というものが…」

 

 うーん…恥ずかしがるキャロルも可愛いからヨシ。

 これからも誰かにキャロルの事を紹介する時はずっと『恋人』って言おう。

 

「錬金術師…それに恋人だと? お前はあれか? レズビアンだったのか?」

「だったというか、なった。今まで私に異性と浮いた話が一度でもあったか?」

「無かったな」

「だろ? つまりはそーゆーことだ」

「うむ……」

 

 この『うむ』は訃堂の奴が渋々ながらも納得した証拠だ。

 絵に描いたような厳格なジジイなだけに意外と分かり易い。

 

「で、この屋敷…いや、ワシに何用だ?」

「了子…いや、フィーネの屋敷でこれを見つけた」

「それは…」

 

 白衣のポケットから屋敷で見つけた青いシンフォギアのペンダントを見せると、珍しくジジイの目が見開かれた。

 

「探索している最中にアイツの作ったとされる秘密の部屋を発見して、その中で見つけた。その際にアイツが遺したビデオメールも見たよ」

「何と言っていた…とは敢えて問うまい。それはお前だけが知っておればいい」

 

 まさか、こいつの口からそんな人情的なセリフが飛び出すとは。

 明日は雪が降るかもしれない。

 

「メールの中で了子は、私を真似してこれを作ったと言っていた。だから、これの解析をする為に『風鳴機関』を使わせろ」

「ほぅ…?」

「あそこなら機材は充実してるし、これの解析もちゃんと行えるだろ。でも、あそこを利用するには現当主であるお前の許可がいる。だから、ここまで来た」

「…成る程な。よかろう…許可してやる。ただし…」

「分かってる。お前も同行するって言うんだろ」

「無論だ。その中身が何であれ、お前の『研究』に関係する物であることには違いない。ワシもその中身には興味がある」

 

 興味…ね。言葉を選びやがって。

 同類だから、その本心はすぐに分かるけど。

 

「ところで亞里亞よ」

「なに?」

「貴様…これからどうする気だ?」

「どうするとは?」

「惚けるではないわ。こうして機関まで使って妹の遺産を分析しようと思ったと言うことは、何か考えがあってのことであろう。違うか?」

「…私は昔から、ジジイのそーゆーところが一番嫌いだ」

 

 すぐに人の企みを見抜きやがって。

 年の功ってか? ムカつく。

 

「ま…私なりに色々と見たり聞いたりして思う事が有ったりしたわけで。ちょっと真面目に自分の研究で平和に貢献でもしてみるかと思い至ったんだよ」

「遂に貴様も『防人』としての使命に目覚めたか。それでこそ、このワシが選んだ者よ」

 

 勝手に防人にするな…と言いたいが、確かに私がやろうとしている事は『防人』になるのかもしれない。

 私には最も不似合いな称号だとは思うけど。

 

「けど、私は昔から中途半端な事は嫌いでね。それはジジイもよく知ってるだろ?」

「あぁ。それがどうした?」

「私はな…国防…つまり、日本を守るだけじゃ満足できないんだよ」

「何が言いたい」

「やるならもっとド派手に。世界の防人をやってやろうぜって事。と言っても勘違いするなよ? 私は翼たちS.O.N.G.と同じようなやり方はしない。やるなら徹底的にやる。生温い方法なんて、こっちから願い下げだ」

 

 対話。手を取り合う。大いに結構。

 私だって無用な争いは御免だし、そんなの体力と時間と資材の無駄使いでしかない。

 けど、だからといって話す相手を、手を取り合う相手を間違えるような愚行は犯さない。

 敵は敵として最後まで処理する。和解なんて論外中の論外だ。

 

「…それが、貴様が弦十郎たちの元を離れた理由か」

「どれだけ場所が似ていても、あそこは私のいるべき場所じゃない。別にあいつ等のやり方の全てを否定はしないけど、共感もしない。そっちはそっちのやり方で勝手にやってろ。私は私なりのやり方で平和を目指す…って感じ?」

「面白い。このワシ以上に欲深きその思想…それでこそよ。貴様の中にも先史文明の巫女の血が確かに流れていると実感させられる」

「それは褒めているのか?」

「無論だ」

 

 褒め方が下手過ぎるんだよコイツは。

 全く褒められた気がしないわ。

 

「そこのキャロルとか言う娘もお前と同じ考えなのか?」

「…そうだな。少し前までのオレだったら、言っているのが亞里亞では無かったら、即座に否定して敵対していた事だろう。だが、オレは亞里亞と出会い、話し行動を共にすることでギリギリのタイミングで己の間違いに気が付けた。別に世界の平和や防人などに微塵も興味は無いが、亞里亞の手伝いぐらいはしてやってもいいと思っている。それがパパの残した『世界を知る』と言うことに繋がる気がするからな」

「世界を知る…か」

 

 この感じ…訃堂の奴も一瞬でキャロルの親父さんが遺した言葉の意味を理解したな。

 理由は最低の外道でも、父親であることには違いないからな。

 流石にそれぐらいは分かるか。

 

「なんなら、このオレが用意をした『オートスコアラー』も使うか? 亞里亞にならば一向に構わんぞ」

「オートスコアラー…錬金術によって生み出された自動人形か」

 

 私と初めて出会った頃から、もう既に何体かは出来上がっていたっけ。

 今はどれぐらいいるんだろうか。

 

「いいの? こっちとしては大助かりだけど」

「基本的にオレの命令しか受け付けないようにはなっているが、こっちから言えば何とかなるだろう」

「そういうもんなんだ?」

「そういうもんだ。他のオートスコアラーはいざ知らず、オレが作った奴等ならばな」

 

 そこら辺の技術力は完全にそこらの錬金術師よりも遥かに上を行っているからな。

 ことオートスコアラーに関しては一番信用していいと思う。

 

「お前さんはどうする? スポンサー様よ」

「ふん…元より、ワシは貴様を取り込む算段であった。お前の研究にはそれだけの価値があり、お前自身にもそれは言える」

「ってことは?」

「いいだろう…貴様の言う『世界の防人』とやら…やってやろうではないか。それに…」

「ん?」

「亞里亞よ。お前…最初からこのワシが自分の計画に賛同することを見越して、ここまで来たであろう? 昔から貴様を『真の防人』として見い出していた、このワシならば…と」

「…同族嫌悪って言葉の意味を改めて思い知った気がする」

 

 嫌いなのに相性は良いって、ある意味で一番最悪なのでは?

 しかも普通に頼りになるから質が悪い。

 

「このこと…弦十郎たちにも話すのか?」

「さぁ…どうしようかな。現場で鉢合わせしたら話すかもしれないけど、自分から話すような真似はしたくは無い。そこまで私は自意識過剰じゃない」

「…それもよかろう。亞里亞がこうして自らの意志でワシの元まで来た。それが最も重要なのだからな」

「そうかい」

 

 こっちとしても不本意ではあったけどね。

 けど、これが最も確実なのもまた事実だ。

 個人じゃ出来る事に対して絶対的な限界ってのがある。

 どこかの組織に所属して誰かの下に着くのは御免こうむるけど、訃堂の奴は話が別だ。

 こいつと私との間にあるのは、どこまでもギブ&テイクの関係。

 互いに利用するだけの間柄だ。

 だから、私達の関係に上下は無い。

 訃堂は私に命令なんてしないし、私もそれは同じ。

 私達は『横並び』なのだ。

 

「誰かおらぬか」

「はっ。ここに」

 

 訃堂が呼ぶと、すぐに黒服がやって来た。

 見た目は怪しいが、中身は完全に忍だな。

 

「すぐに車の手配をしろ。風鳴機関へと行く。この二人も一緒にな」

「承知しました」

 

 私の時は渋っていたのに、訃堂の言葉となるとすぐに従うんだから。

 仕方がない事とはいえ、なーんか納得いかない。

 

「ちょい待ち。私からも一つ頼んでいいかな」

「なんなりと」

「ここから用意する車で移動するんなら、私達が乗ってきた車を弦十郎たちの所に返しておいて。もう、あそこに戻るつもりはないし」

「了解しました」

 

 それだけを言い残し、黒服くんは一瞬で消えた。

 それを見てキャロルはびっくりしていたが、私はもう完全に慣れた。

 

「では行くぞ。着いて来い」

「ほーい」

「分かった」

 

 こうして、私達は風鳴機関へと行くことになった。

 あそこも屋敷と同様に、そこまで様変わりしてない…と思うけど、やっぱ全体的に機材とかは入れ替えてるだろうな。

 私にとって、10年前にアメリカに行くまでの短い間だけではあるが勤めていた第二の職場とも言うべき場所だから、きっとまた懐かしい気持ちになるに違いない。

 なんか私、日本に戻って来てから懐かしい気持ちばかりを味わってる気がする。

 10年振りなんだから当たり前だけど。

 

 

 

 

 



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懐かしの職場

風鳴機関に関する描写は完全に私の妄想ですので『これは違う』と思ってもツッコミは無しでお願いします。

あんまし詳しい設定は知らないもので…。






 風鳴機関。

 その名の通り、風鳴家が取り仕切っている完全に独立した研究機関で、主に聖遺物などを研究、保管している。

 日本政府なども存在は知っていても、決して介入や懐柔は出来ない。

 何故なら、風鳴機関に何かすると言うことは、同時に風鳴家と風鳴訃堂を敵に回すと言うことを意味しているからだ。

 

「ここに来るのも久し振りだなー」

 

 相変わらず、無駄にでっかい研究施設だ。

 というか、10年前から全く外観が変わってないのはこれいかに?

 壁なども全く汚れている様子が無いのは、ちゃんと定期的に掃除をしているからなのか。

 

「亞里亞よ。機関の職員にのみ支給されているカードキーは未だに所持しているか?」

「一応持ってはいるけど…まさか、まだ使えるとか言わないよね?」

「使えるぞ。お前がアメリカに行ったからと言って、決してクビにしたわけではない。まだお前は機関の職員として登録してある」

「冗談でしょ…? あれからもう10年も経過してるんだよ? しかも、ここに戻ってくるという保証も無い」

「確かにそうかもしれん。だが、儂も他の者達も信じていた。どれだけの時間が掛かろうとも、お前は必ずここに戻ってくるとな」

「随分と勝手な期待を抱きやがって…」

 

 でも、そんな風に待っていてくれるのは普通に嬉しい。

 こんな私にも戻るべき場所があるんだって実感できるから。

 

「試しに使ってみるがいい」

「そうする」

 

 カードキーの差込口は、私の背に合わせてギリギリ届く位置に作ってある。

 財布の中からカードキーを取り出して、スッと滑らせると、その隣に網膜認証用のレンズが出現する。

 ここは複数の意味で非常に重要な場所なので、こうして十重二十重に念を入れているのだ。

 

「おめめを広げて…っと」

『認証完了。風鳴機関主任研究員【櫻井亞里亞】博士と確認。お帰りなさいませ』

「マジで登録そのまんまだったよ…」

 

 機械音声にお帰りと言われ、普通に呆れてしまった。

 二課はあんなにも様変わりしていたのに、ここだけは10年前と全く同じ気配がする。

 まるで時が止まっているかのようだ。

 

「いずれ、キャロルの分のカードキーと網膜認証も作っておかないとな。私がいないと出入りできないとか不便極まりないでしょ」

「いいのか?」

「構わぬ。お前は自らの意志で亞里亞の同志となることを決めた。拒否する理由は無い」

「そうか…」

 

 出入り口が開き、懐かしの職場へと久し振りに入っていく。

 いや、この場合は戻って行くと言った方が良いのか?

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「しゅ…主任!? 戻って来てくれたんですね!」

「お帰りなさい主任!」

「ずっとお帰りを待ってました!」

 

 えぇ~…うそぉ~…。

 中に入って廊下を歩いていると、出会う奴全てに見覚えがある。

 流石に年が経過しているので老けてはいたが、それでも出会う奴全員が私の嘗ての同僚達ばかりだった。

 

「おいジジイ…説明してくれるんだろうな?」

「お前がアメリカに行ってからの10年間。風鳴機関の人間は誰一人として入れ替わりなどしておらぬ。新たに入った者ならばいるがな」

「よくもまぁ、どうして…」

「それだけ、皆がお前の帰還を待っていた…ということだ」

「ご苦労なこって…」

 

 いや…これはもう嬉しい云々じゃなく、普通に呆れる。

 別に私、ここでそこまで頑張った記憶は無いんですけど?

 

「さっきからずっと『主任』と呼ばれているが、亞里亞はここの中心人物だったのか?」

「そうだ。亞里亞が風鳴機関にいたのは、二課を辞めてからアメリカに行くまでの短い間だけであったが、その時間でこ奴は見事な仕事をしてくれた」

「フッ…流石は亞里亞だな」

 

 何が『流石』なのやら。

 ここでやった事なんて、渡米してからやった事に比べたら本当に微々たるものなのに。

 それで良くもまぁ、ここまで人を持ち上げられるもんだ。

 

 そうして話しながら歩いて行く内に、私達は研究員たちが普段から使用している休憩スペースへと足を踏み入れた。

 そこには大勢の研究員たちが思い思いに寛いでいる。

 

「え? あれって…まさか櫻井主任っ!?」

「マジかッ!? 遂に戻ってきてくれたのか!?」

「おぉ~!!」

 

 一瞬でこの場における注目の的になってしまった。

 誰も訃堂のジジイやキャロルには目もくれないし…。

 

「訃堂様もご一緒ということは…主任が風鳴機関に戻って来るって事ですかっ!?」

「いや、私は別に…」

「その通りだ」

「ちょっとぉっ!?」

 

 なに勝手に決めてんだよ、この老害ジジイが!!

 私はそんな事は一言も言った覚えがないんですけどッ!?

 

「何を驚いておる。お前の『目的』の為にも、風鳴機関に戻ることはメリットにこそなりはすれ、デメリットには決してなるまい?」

「それは…そうだけど…」

 

 なんつーか…上手い具合に嵌められた気がする。

 でも、ジジイの言う事にも一理ある。

 この機関は今後とも使う機会は沢山ある。

 それならばいっそのこと、ここに出戻った方が色んな意味で手っ取り早い。

 

「それに、もし本当に戻ってくる気があるのならば…ワシはお前を風鳴機関の主任から所長にしようと考えている」

「この機関全てを私に委ねるってことか? アンタはそれでいいの? 今まではずっとアンタがこの機関のトップだったじゃない」

「構わん。お前はお前の意志で動き、好きなように機関を使えばよい。必要ならば、儂の持っている権限も使えるようにしてやっても良い」

「いやいやいや…それは流石にやり過ぎ。私がアンタと同列になったら、それこそ大変だッつーの。協力が必要な時はこっちから言うよ。それでいいだろ?」

「遠慮深い奴よ」

「私の反応が普通なんだよ…」

 

 何が悲しくて、政治家を顎で使えるようにならなくちゃいけないんだ。

 そんなの事をするには日本でジジイ一人だけで十分なんだよ。

 

「でもまぁ…機関の実質的なトップになるのは悪くない。S.O.N.G.の連中に舐められないようにするには、こっちもある程度の組織力は必要だしな」

「それでいい」

「ただし…一つだけ条件がある」

「なんだ?」

 

 私は、さっきから話に入って来れずに黙っているキャロルの手を引いて隣に立たせ、その肩を抱き寄せる。

 

「わっ!? あ…亞里亞っ!? 急に何をするッ!?」

「私を所長にするのなら、このキャロルを私の右腕…即ち、副所長にすること。それが条件だ。この機関にはまだ『副所長』っていう役職は無かった筈だから問題は無いよな?」

「亞里亞ッ!? いきなり何を言い出すっ!? 確かにオレはお前に協力するとは言ったが…」

「よかろう」

「おいっ!? 正気か貴様っ!?」

「亞里亞が認める程の錬金術師ならば申し分あるまい。お前達はどうだ?」

 

 ここで連中の意見を聞くのかよ…。

 流石は訃堂のジジイ…人心掌握術に長けてやがる。

 

「全然OKですよ! なぁ皆!」

「おうよ! こんな可愛い子の下で働けるなら本望だぜ!」

「二人の美幼女が自分の上司になるだなんて…ずっと主任…じゃなくて、櫻井所長を待ち続けた甲斐があったわ…♡」

 

 満場一致かよ。一人ぐらいは反発意見あれよ。

 逆に怖いわ。

 

「決まりのようだな。櫻井新所長よ」

「もう所長呼びかよ…はぁ…」

 

 私もなんだか状況に流されかけてるな…。

 これからはもっと、しっかりしないと。

 

「お前ら、私の研究室ってまだあったりする?」

「ありますよ! 所長がいつ戻ってきてもいいように、毎日欠かさずに掃除してましたから!」

「10年間ずっとかよ…感心するわ」

 

 ってことは、場所も変わってないと見るべきだろうな。

 部屋の場所自体は体が覚えてるから問題無いし。

 

「研究室で何をするんですか? 何か手伝えることってあります?」

「ん…別に手伝うような事は無いよ。ちょっとした野暮用だし。何かして欲しいと思ったら、こっちから言うよ」

「了解しました!」

 

 こいつら元気だな~…。

 年齢的には私と同じぐらいの筈なのに。

 

「んじゃ、邪魔したな。それと…これから改めてよろしく頼むわ」

「「「「よろしくお願いします!」」」」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「本当に何にも変わってない…」

 

 10年振りに戻ってきた私の研究室は、見事に綺麗に保たれていた。

 当時、私が気紛れで飾っていた観葉植物すらも同じのを置いてある。

 一体、アイツ等のどこにここまでの執念があったのやら。

 

「ここが日本における亞里亞の研究室か」

「まぁね。機材までちゃんと整備してある。有り難くはあるけど…」

 

 すぐに調査に取り掛かれるのは嬉しいが、ここに色んな人間が頻繁に出入りしていたと思うと微妙。

 基本的に、私は自分のプライベート空間に他人を入れるのは好きじゃない。

 仮に入れるとしても、相当に仲が良くて信頼できる相手だけだ。

 丁度、キャロルみたいな。

 

「仮眠用のベッドもふっかふかだし…」

 

 肌触りの良さに思わず眠りたくなる衝動に駆られそうになった。

 けど、今はまだ我慢する。

 

「とっとと了子の遺産を調べますかね…っと」

 

 例の青いシンフォギアのペンダントを取り出してから機材にセットし、調査を開始する。

 

「ふむ…やっぱり、構造的には私が作ったのと同じか」

「お前の研究を奴なりにやってみた…と言ったところか」

「多分ね。でも、やっぱり独学じゃどうしても限界は来る」

 

 試しに、私が最初から持っていたペンダントも機材にセットして、比較をしてみる事に。

 

「この時点で完成度に違いが出てる…か。でも、一番の問題は『中身』だよな…」

 

 果たして、私の妹はこれの『中身』に何を用いたのか。

 生半可な代物じゃ、形にする事すら不可能だからな。

 ちゃんと『中身』が分かれば、キャロルに預けているペンダントの『中身』も予想しやすくなるかもしれない。

 

「えーっと…?」

 

 ちゃんと機能自体はアップデートしているみたいだな。

 昔よりもずっと使いやすい上に、スムーズに分析が進む。

 この調子なら、すぐに終わるだろう。

 

「結果…出た。これは…」

「ほぅ…?」

「なんと…」

 

 なんちゅーか…こいつはたまげた。

 よりにもよって『あれ』を使ったのかよ…。

 確かに『あれ』ならば『触媒』としてば申し分ないけどさ。

 となると、必然的にキャロルのペンダントの中身も判明する。

 

「けど…まだまだ甘いな。見事ではあるけど、これじゃあ完成度80%ってところだ」

「そうなのか? オレは専門家ではないが、それでもこれは完成しているように見えるが…」

「パッと見はね。でも、これじゃあ『通常起動』しか出来ない。『絶唱』も『エクスドライブ』も発動は出来ないよ。別に『他のやつ』なら、それでも全く問題は無いんだけど…」

「『試作機』には必要…ということか」

「うん。全く…仕方がないな…」

 

 あーあ。こんなのを見せられたらやるしかないなー。

 お姉ちゃん、頑張っちゃおうかなー。

 

「これをちゃんと『完成』させる。キャロル…手伝ってくれる?」

「オレに出来る事がるならな」

「十分だよ。錬金術師としての知識と技術も必要になるから」

 

 一先ず、当面のやることが決まったか。

 あの『バカ共』が本格的に動き出す前に仕上げないとな…。

 

「ジジイ。早速、風鳴機関所長としてアイツ等をこき使わせて貰うぞ」

「構わぬ。存分に使ってやれ。だが…」

「分かってる。ちゃんと結果は報告するよ」

「それでいい。結果を楽しみにしているぞ」

 

 満足そうに頷いてから、ジジイは部屋から出て行った。

 残されたのは私とキャロルの二人だけ。

 

「さ~てと…」

 

 背中を伸ばして首をコキコキと鳴らしてから、ついでに腕も伸ばす。

 

「気合い入れてやりますか」

 

 こうして、日本に帰ってきて初めての大仕事が開始された。

 

 

 

 

 

 

 



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懐かしの環境

 私が風鳴機関の所長に就任して早くも一週間が経過した。

 あれから私は自分の研究室で寝泊まりをするようになり、なんでかそこにキャロルも一緒になることに。

 私達はお互いに体が小さいから、ベットの大きさ的には全く問題は無いけれど、どうして一緒に寝るの?

 その疑問を本人にぶつけたら顔を赤くしながら『お…お前と一緒の方が寝つきが良いからだ』なんて可愛い事を言われたので、思わず本気で抱きしめてしまった。

 

 で、今も私は研究室にてお仕事の真っ最中。

 

「うーん…使っている『物』が『物』なだけに、非常にやり易くはあるんだけど…微妙にアイツなりのアレンジを加えてやがるな…」

 

 シンフォギアを製造していた時の癖でも出てしまったのだろうか。

 どうもこれは『オリジナル』を意識している節が所々に散見させられる。

 

「だからと言って、そこまで問題にはならないけど。これぐらいなら、まだ何とかなる」

 

 研究者特有の困った癖として、独り言が多いというのがある。

 誰も聞く者がいないのに、自分の考察とかと自然と口に出してしまうのだ。

 私も御多分に漏れず、その癖があったりする。

 

 だから、不意な訪問にはめっちゃ弱い。

 

「櫻井博士。失礼します」

「ふにゃぁぁぁっ!?」

 

 いきなりドアが開き全身がビクッとなる。

 慌てて後ろを振り向くと、そこに立っていたのはキャロル配下のオートスコアラーの一体であるファラが書類の束を片手に立っていた。

 

「ファ…ファラか…びっくりさせないでくれ…」

「申し訳ありません。それよりも、頼まれていた資料をお持ちしました」

「おぉ…ありがと」

 

 ファラから書類を受け取り中身を確認していく。

 うんうん。これだよこれ。

 

 私とキャロルが風鳴機関に入ってから、すぐにキャロルが少しでも働き手を増やす為に密かに建造していたオートスコアラーをこっちに寄越してくれた。

 最初は色々とありはしたが、キャロルの説得と私自身の能力を見せる事で大人しくさせることに成功。

 今ではちゃんと言う事を聞いてくれる有能な部下になっていた。

 

「いいよなぁ…オートスコアラー…私も作ろうかなぁ~…暇な時にでも」

「暇潰しにオートスコアラーを製造なされるおつもりですか? お言葉ですが、そう簡単には…」

「分かってるって。私だって一朝一夕に作るつもりはないさ。仮に作るとしても、地味にコツコツとやっていくよ」

 

 だとしても、一ヶ月もあれば形にはなりそうだけど。

 

「そういや、キャロルはどうしてる?」

「マスターならば、今はお出かけになられております」

「外出? 一体どこに?」

「そこまでは。ただ『もう一人ぐらい亞里亞を補佐する者がいても良いだろう』と言っておられました」

「私を補佐…?」

 

 うーん…?

 副所長のキャロルに部下となる研究員たち。

 それに加えてオートスコアラー3体も来た事で、十分過ぎるほどに戦力は充実してるんだけどなぁ…。

 

「もしや、ミカを連れてくるつもりやもしれません」

「それって確か、四体造られたオートスコアラー最後の一体…だったよな?」

「はい。起動の為のエネルギーが我々よりも多く必要なため、今はまだ起動できておりませんが…起動の目途が立ったのかもしれません」

「キャロルの事だから有り得そうだな…」

 

 けど、こうしてファラ達を残して出かけるって事は、それだけ私以外の人間達も信用し始めてきているって証拠かな。

 個人的には、キャロルの精神的成長にも期待してたりして。

 

「ま…いっか。ん?」

 

 ふと壁掛け時計を見ると、もうお昼になりかけていた。

 道理でお腹が空く筈だわ。

 

「丁度いいし、昼休憩にでもするか。ファラ」

「なんでしょうか」

「他の研究員たちにも昼休憩に入るように言ってくれ。適度に体と頭を休ませないと、進む研究も進まなくなる」

「了解しました」

「それともう一つ。ガリィの事をよく見ておいてくれ。あいつはアイツで非常に役にたってくれているが、同時に行動が読めない所があるからな。お前とレイアだけが頼みだ」

「確かに…マスターのご命令で大人しくはしていますが、それでも時折、調子に乗ることがありますから…了解しました」

 

 これでよし…っと。

 んん~…! 思い切り体を伸ばしてから椅子を降り、ファラと一緒に部屋を出る。

 

 因みに、この風鳴機関には食堂なんて洒落た物は存在していない。

 何故なら、誰も料理なんて作れないからだ。

 私を含めた全員が生粋の研究馬鹿揃いなので、食事は基本的に外食かコンビニ弁当がメインとなっている。

 ならば外から誰かを雇えばいいと考えるだろうが、ここにいる連中にソレ系の発想を求めてはいけない。

 研究費用を少しでも多く捻出する為ならば、食事の質を落とす事は愚か、食事そのものを放棄することすら考えるようなバカばっかりだ。

 私のそのバカの一人なんだけど。

 なので、私も今から外に行って食事をしてくるつもりだ。

 出来ればキャロルと一緒に行きたかったんだけどなぁ…。

 

 なんてことを考えていたら、まさかな事が起きた。

 

「ん? 亞里亞か。今から昼でも食いに行くのか?」

「キャロル。今、帰ってきたのか?」

「まぁな。ファラ、ちゃんと亞里亞の手伝いは出来ているか?」

「勿論でございますわ。ねぇ、博士?」

「あぁ。ファラだけに限らず、オートスコアラー達は本当にいい仕事をしてくれているよ」

 

 流石に専門的な事は不可能だが、それでも機材を運んだり、研究資料を持って来てくれたりと、ちょっとした雑用をしてくれるだけでも非常に助かっている。

 ここには雑用が苦手な連中が多いからな…。

 

「そういや、さっきからキャロルの隣にいる子は一体誰? なんかキャロルに似てるけど…」

「そうだった。実は、オレが出かけていたのはこいつを連れてくるためだったんだ」

「この子を?」

 

 なんかフード付きの外套っぽいのを身に付けてるけど…よく顔が見えない。

 けど、顔つきや体付きなんかがキャロルにそっくりだ。

 

「こいつはエルフナインと言ってな。要はオレが錬金術で作ったホムンクルスの一体で、本来はオレの記憶を転写、複製をする為に製造したのだが…もうその必要も無くなったからな。元々は欠陥を抱えた劣化コピーとして廃棄をする予定だったのだが、腐ってもオレのコピーの一つ。少しは役に立つかもと思って連れて来た」

「成る程ね…」

 

 この施設自体は大きいから、別に少しぐらい人員が増えても全く問題は無い。

 というか、これからの事を考えると、戦力は多ければ多いほどいい。

 

「え…っと…エルフナインです。貴女の事はキャロルから教えて貰いました。非常に高名な研究者であると…」

「まぁ…それ程でもあるかな?」

 

 取り敢えずは否定しない。

 言葉だけでもこうしておくことは、相手との関係を築く上で割と重要だ。

 

「つーか、まさかそのままの格好で来たの?」

「オレも何かを着せた方が良いかとも思ったんだが、何を着せればいいのか良く分からなくてな…」

 

 だと思ったよ。

 まだキャロルに誰かを着飾るのは難しいか。

 

「大丈夫。こーゆー時は…」

 

 指をパチンと鳴らすと、すぐに近くにいた女性職員たちが数人やって来てくれた。

 …試しにやってみただけなんだけど、まさか本当に来るとは思わなかった。

 

「なんですか所長!」

「お呼びですかッ!?」

「あー…うん。実は…」

 

 かくかくしかじか。かくかくうまうま。

 ちゃんとぼかす所はぼかして。

 

「というわけで、この子に何か適当に服を見繕ってあげて」

「そんな事なら喜んで!!」

「寧ろ、こっちからお願いしたいぐらいです!!」

「そ…そっか…」

 

 彼女達の興奮具合に割と普通に引いた。

 

「と言う訳で…」

「ちょっくら…」

「「失礼しま~す!!」

「わぁぁ~っ!? キャロルゥゥゥゥゥゥッ!?」

 

 エルフナインちゃんは、女性職員二人によって手を引っ張られながら近くの空き部屋へと連行されていくのでした。

 それをハイライトの消えた目で見送りつつ、キャロルは渇いた笑いを浮かべながら手を振っていた。

 

「オレと亞里亞も通った道だ。お前も精々、そいつらの着せ替え人形になるがいい…」

 

 キャロル…割と本気でげっそりしてたからなぁ…。

 あれは忘れたくても忘れられない…。

 

「さて…と。エルフナインちゃんはアイツ等に任せて、私達はお昼でも食べに行かない?」

「もうそんな時間か。いいだろう。ファラ」

「何でしょうか、マスター」

「お前はエルフナインの傍にいてやれ」

「私も一緒に彼女の服をコーディネイトするのですか?」

「いや…そうじゃない」

 

 あ…なんとなくキャロルが言おうとしている事が分かったかも。

 

「アイツがどんな風に辱められていたか、後でオレに事細かに報告しろ」

「成る程…了解しました」

 

 そこで普通に『成る程』と言う辺り、創造主に良く似てるなぁ~と実感する。

 AIのベースとなっているのがキャロルの精神構造の一部らしいから尚更だ。

 

「ンじゃ、お昼行ってくる」

「はい。行ってらっしゃいませ」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「ど~こに入りましょうかねぇ~…っと」

 

 最初は近場で済ませようかとも思ったけど、やっぱ行き慣れた場所が良いと思ってテレポートジェムを使って、いつもの商店街へとやって来ていた。

 

「亞里亞はここが好きだな」

「まぁね。美味い店が充実しているし、なにより…」

「なにより? なんだ?」

「安い!」

「そこか…。お前の総資産はかなりの額じゃなかったか?」

「それでもだよ。金は無限にある訳じゃない。節約できる所はしておかないと。それに、高級な場所ばかりが良いとは限らないんだよ」

「そうなのか?」

「商店街の端の方にある少し寂れた食堂みないなのが、意外と穴場だったりするんだよ。ん?」

 

 なにやら私の鼻孔を刺激するいい匂いが…こっちか?

 

「お…良い感じの食堂発見。こんな所にこんなのがあったんだな…」

「確かに美味そうな匂いを店内から感じるな…ゴクリ…」

 

 キャロルも食の素晴らしさに目覚め始めたか。

 いつか一緒に食べ歩きとか出来たら最高だね。

 その時はエルフナインちゃんも一緒に。

 

「今日の日替わり定食は…アジフライか…悪くないな」

 

 でも、何にするのかは実際にメニューを見てからにしよう。

 ここで決めてしまうのは愚か者のする事だ。

 

「ここにするのか?」

「当然。私の腹がここにしようと訴えてる」

「なら早く入るとしよう。オレも本格的に腹が空いてきた」

 

 つーわけで、二人揃って店内へと入りまーす。

 

「いらっしゃいませー」

 

 店員の定型文が私達を出迎え、どこに座ろうかと店内を見渡していると、なんだかデジャヴな光景が目に飛び込んできた。

 

「あれー…? 気のせいカナー…? どこかで見た事のある背中が見えるぞー?」

「ん? この声はもしや…」

 

 もう後姿だけですぐに分かる。

 だって特徴大爆発だもん。

 

「あ…亞里亞くん…か…?」

「まーた、お前かよ…弦十郎…」

 

 国連傘下の組織の司令が、こんな所で飯食ってんなよ…。

 どうしていつも食事処で遭遇するんだよ…。

 

 

 

 

 

 

 

 




ロリ追加。







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念の為の忠告

 昼食を食べにキャロルと一緒に街まで出かけた所で、ふと見かけた定食屋へと入った私たち。

 そこでまた、私は帰国した時と同じように弦十郎と出会ってしまうのだった。

 

「はぁ…なんでまた…」

「亞里亞? どうかしたのか?」

「いや…なんでもない」

 

 別に弦十郎がどこで何をしようが私には関係ないか。

 けど、空いている席がコイツの隣のカウンター席二つしかないのが気に入らない。

 

「…ここにするか」

 

 本当にお腹が空いた時は一分一秒ですら我慢が出来ない。

 一刻も早く腹の中に何かを入れたくて仕方が無くなる。

 

「「よいしょっと」」

 

 キャロルと一緒にピョンと椅子に飛び乗って、置いてあったメニューを手に取って一緒に見る事に。

 

「中々にメニューが豊富ですな…」

「亞里亞はどれにするんだ?」

「そーだなー…」

 

 別に今日一回限りって訳じゃないから、どれを選んでも問題は無いんだけど、どうせなら普段はあまり食べないような物を注文したいよな~。

 なんて考えている間にお冷が置かれる。

 

「オレはどれにするかな…」

 

 最悪の場合、キャロルと同じのにするってのもあるけど、それは本当に本当の最後の手段だ。

 可能な限り自分の意思を尊重していきたい。

 そんな大人に私はなりたい。

 

「ん~…よし。決めたぞ」

「どれ?」

「この『肉野菜炒め定食』にする」

「おぉ~…でも、お箸の方は大丈夫?」

「問題無い。日本に来てから、ちゃんと練習しているからな」

「マジかー」

 

 日本人として嬉しい限りではあるねー。

 やっぱ、日本に来た以上は日本の食文化にだけは絶対に触れて欲しいからねー。

 

「それじゃあ私はー……ん?」

 

 な…なんだこれは?

 この『餃子定食』と『焼き魚定食』の間に手書きで書かれた『オムレツライス』っていうのは…。

 オムレツなのか? それともオムライスを別の言い方に変えただけ?

 うーん…これだけじゃ判断が出来ないな…。

 因みに値段は…650円か。

 そんなに高い方じゃあないか。

 

(うぅ…学者としての好奇心が『これを注文しろ』と言っている! 分からないからこそ勇気を持って飛び込めと! 未知への探求心を忘れるなと!)

 

 …まぁ…どっちにしろ卵料理系な事には違いは無いか。

 定食屋の卵料理にハズレは無いだろ。

 

「…これにしますか」

「決めたのか?」

「まぁね。注文いいですかー?」

「はーい!」

 

 手を上げて店員さんを呼んでから、それぞれのオーダーを言う事に。

 何気にキャロルは初めての体験では?

 前の時は私が注文もしてたし。

 

「この肉野菜炒め定食と…」

「こっちのオムレツライスをお願いします」

「はい。肉野菜炒めとオムレツライスですね。畏まりましたー」

 

 これでよし…と。

 後は注文の品が来るまで、のんびりと待つだけだな。

 

「まさか、またこんな形で会えるとはな…」

「それはこっちの台詞だよ」

 

 隣でカツ丼を食っている弦十郎が話しかけてきた。

 相変わらず豪快な食い方をする奴だ。

 

「風鳴から車だけが戻ってきた時は驚いたが…あれからどうしていたんだ?」

「聞きたいのか?」

「勿論だ。響君達も凄く心配していた」

「ふーん…」

 

 アイツが私の事を…ねぇ~…。

 知り合ってまだ24時間も経過してないのに、よくもまぁ…。

 呆れると言うか、お人好しと言うか…。

 

「…了子の…フィーネの屋敷である物を見つけた」

「ある物?」

「それに関しては言えない。ガチの機密だからな。ただ、それはあいつの…妹の遺してくれた最後の遺産でもあった」

「了子くんの遺産…か」

 

 いずれ判明するかもしれないが、かといって今ここで言う必要性は微塵も無い。

 こんな時の『機密』って言葉は最強だなー。

 

「その後に紆余曲折あってな。今は『風鳴機関』に出戻りした」

「なん…だと…!?」

 

 流石にこんな場所じゃ叫ばないか。

 何気に常識人ではあるからな。

 

「因みに、今の私は風鳴機関の所長だったりする。あのジジイの御指名だ」

「親父が…君を…」

 

 弦十郎は訃堂のジジイの事を余り快く思ってないからな。

 驚くのも無理は無いか。

 理想主義の息子と、現実主義の父親…か。

 完全に思想が相反してるんだよな。

 

「念の為に言っておくぞ。別に私は訃堂のジジイの下に付いたわけじゃあない。今も昔も、私とアイツの立場は限りなく対等だ。私が所長になった事でその『限りなく』でもなくなってるけどな。あの野郎、自分と同じ権限を私にも与えるとか抜かしやがったしな。んなもんイラねーっつーの」

「…………」

 

 カツ丼を食べる手を止め、弦十郎が驚いた顔でこっちを凝視する。

 何見てんだこら。とっとと食わんかい。

 

「私は私の思想の元に動いている。そして、目的自体はお前達と同じだ。私も平和な世界を目指して頑張っている。ただ、そこに至るまでの道筋が違うだけだ」

「協力は…出来ないのか…」

「当たり前だ。お前らとはソリが合わないと前にも言っただろうが。もし仮に私がS.O.N.G.に入ったとしても、すぐに意見の相違が発生して私はお前達の前から去っていくよ。最悪の場合、敵になる可能性もあったかもな」

「むぅ…!」

 

 それだけ私とこいつ等との間には決定的過ぎるほどの思想の違いがある。

 だからこそ私はS.O.N.G.を好きにはなれないし、仲間になりたいとも思わない。

 

「けど、別にお前達と敵対する気は無い。お前達が何もしない限りは、こっちもまた何もしない。私の言いたい事…分かるよな?」

「相互不干渉条約…か」

「その通り。戻ったら、あのガキ共にもよーく言い聞かせとけよ。じゃないと、絶対に碌なことしないだろ。特にあの『立花響』って奴は」

「…分かった」

 

 これだけ言っておけば大丈夫…だと信じたいが、世の中には『絶対』なんてことは無い。

 念には念を入れて損は無いだろう。

 

「ところで…亞里亞君と一緒にいる、あの少女は一体誰だ?」

「あー…キャロルのことか」

「キャロル?」

「そ」

 

 ずっと私たちだけで話していたので、ちょっとキャロルに申し訳ないと思って横を向くと、キャロルはキャロルで上の方にあるテレビに夢中になっていた。

 この子…何気にこんな店が似合ってたりする?

 

「キャロル・マールス・ディーンハイム。私の一番の友人にして、凄腕の錬金術師。そんでもって、今は風鳴機関の副所長として私の手伝いをしてくれてる」

「錬金術師で副所長だと…!?」

「凄いだろ? キャロルと友人同士になれたのは、私の人生において数少ない誇れる事の一つだ」

 

 割とマジでキャロルは私の自慢だからな。

 だからこそ本気で頼りにしてるし、誰よりも信用してる。

 

「お待たせしました。ご注文の『肉野菜定食』と『オムレツライス』です」

「「おぉー」」

 

 やっと来ましたか。

 もうお腹がペコペコで、背中とくっつきそうだった。

 

「いただきます…と言うんだったな」

「そうだよ。んじゃ私も、いただきま……ん?」

 

 こ…これは…?

 『オムレツライス』というから、てっきりオムライス系だと思っていたが…これはまた予想外。

 まさか、オムレツにご飯とお味噌汁が付いた物だとは。

 これはこれで凄く美味しそうだけど…オムレツってご飯のおかずに成り得るのか?

 

「どうした亞里亞くん?」

「何かあったのか?」

「いや…なんでもない」

 

 両方から心配されてしまった。

 ここで臆するのは流石に恥ずかしい。

 まずは一口食べてみてから評価を下すべきだ。

 

(うわぁ…良い具合に卵が半熟だ…この時点で超美味そう…だけど、それだけじゃ終わらない…! 卵の中にたっぷりと入ってる…細かく切ったネギとチャーシューが!)

 

 ケチャップの量が少ないから心配だったけど、これなら問題無い。

 十二分にご飯のおかずとして食べられる!

 

「あーむ。んん?」

 

 う…美味い…! 想像以上の美味さだ…!

 しかもこれ…絶対に入れてある…あれを!

 

(味覇(ウェイパァー)! 中華スープの材料としてよく使われている最強の万能調味料! 恐らくは半ねりタイプ!)

 

 ここの店主…分かってやがる!

 日本人が最も好む味付けを! 求める物を!

 特に、私のように日本から長い間離れ、和食から遠ざかりつつも恋しく思っていた者からすれば、これ以上ない程の御馳走!!

 

(進む! 進むぞ! ご飯が進む!! こんなの絶対に反則だろ!)

 

 見事な大当たりだ! 私の人生のフルコースメニュー入れたいぐらいの美味さ!

 また来週辺りにこれ食べたいなぁ~…。

 

「見ろ亞里亞! この通り、オレも箸が使えるようになったぞ!」

「やるじゃないのさ。いや、普通に凄いよ」

「ふふん! オレに掛かれば、これぐらいは楽勝だ!」

 

 私がオムレツライスの美味さに感動していると、キャロルが自慢げに箸を使えることをアピールしてきた。

 それはそれとして、頑張って胸を張っているキャロルが可愛過ぎ。

 

「最初にこの箸を見た時には驚かされたがな。こんな棒二本でどうやって食事をするのかと。だが、慣れてしまえば、想像以上に使い勝手が良いな。オレは気に入ったぞ」

「それはなにより」

「後でオレからエルフナインに箸の使い方を伝授してやろう。今から楽しみだ」

 

 キャロル。自覚しているかどうかは知らないけど、言動が思い切りお姉ちゃんになってるからね?

 見ていて凄く微笑ましいから良いけど。

 

(にしても、この中華風オムレツはマジで美味いなぁ…。世の中には、これみたいにまだまだ隠れた絶品料理が隠れているのかもしれないな。久し振りに日本に帰ってきたんだし、これを機に食の喜びって奴を探求してみるのも悪くは無いかもしれないな…)

 

 日本は色んな食文化が交わる中心地。

 寧ろ、日本だからこそ味わえる味ってのも必ずある筈だ。

 

 結局、私はオムレツライスを十数分で食べ終えてしまった。

 これも全て、美味過ぎるオムレツライスが悪い。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「ありがとーございましたー」

 

 お店を出てから、私はお腹をさすりながらキャロルと歩いていた。

 

「うーん…余は満足じゃ」

 

 因みに、弦十郎はあの後、デザートの杏仁豆腐を注文してやがった。

 気持ちは分かるが、一体どんだけ食うつもりだよ、あの筋肉達磨は。

 

「亞里亞。あの赤い服の男とは知り合いだったのか? なにやら親しげに話していたが…」

「あー…あれ? アイツは『風鳴弦十郎』つって、S.O.N.G.の司令官やってる男だよ」

「アイツが例の…って、風鳴?」

「気が付いた? 弦十郎はあの訃堂の息子なんだよ」

「そうだったのか…」

「因みに次男な。アイツには兄貴の『八紘』っていう兄貴がいるんだよ」

「そいつとも知り合いなのか?」

「少しだけな。ま、いずれ会うことにはなると思うよ。風鳴機関にいる限りは…な」

 

 あいつもあいつで何を考えているのか、良く分からない所があるからなー。

 そう言った部分じゃ、単純な弦十郎や防人星人である訃堂のジジイの方が分かり易い。

 

「戻ったら仕事の続きをするベー。キャロル」

「どうした?」

「実は、キャロルの意見を聞きたい部分があってさ。戻ったらちょっと手伝ってくれない?」

「お安い御用だ」

「ん…あんがと」

 

 新しい発見もあって大満足だし、午後からも頑張りますかねー。

 あーあ。大人は大変だー。

 

 

 

 

 

 

 

 

  



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交わらぬ道

「え? 亞里亞ちゃんに会った?」

 

 S.O.N.G.本部に戻った弦十郎が開口一番に言ったのは、昼食時に亞里亞と出会った事だった。

 

「あれからずっと姿が見えなかったが、一体どこに…」

「俺と彼女とは、町にある定食屋で会った。亞里亞くんが帰国してきた日と同じようにな」

 

 似たような状況で再会した二人。

 これを偶然の一言で片付けるのは簡単だが、弦十郎はそんな気は無い。

 彼は不思議と運命染みたものを感じていた。

 

「…亞里亞くんは…今は『風鳴機関』に所属している」

「か…風鳴機関に…!?」

「いや、正確には『出戻った』と言うべきか…」

「戻った…? その言い方だとまるで…」

「そうだ。亞里亞君は嘗て、風鳴機関に所属をしていた事がある。二課を辞めて、アメリカに行くまでの少しの間になるが…彼女は風鳴機関の主任研究員をやっていた」

 

 今になって明らかになる亞里亞の過去の一端。

 それを聞き最も驚いたのは他の誰でもない翼だった。

 

「亞里亞殿が…風鳴機関にいた…?」

「まだ翼が幼い頃の話になるがな。今の亞里亞君は主任研究員から一気に昇進して、機関の所長になっているらしい」

「所長って…一番偉いってことデスかっ!?」

「大出世だ…」

 

 マリア、切歌、調の三人は研究施設にいた事があるので、主任研究員から所長になるということが、一体どれだけ凄いのかそれなりに理解をしていた。

 

「ま…待ってください。あそこの所長はお爺様だった筈。どうして亞里亞殿が…」

「…親父に譲られたらしい。後は所員たちの後押しもあったみたいだが。どうやら、亞里亞君は短い間でかなりの信用を得ていたようだ。その辺は流石としか言いようがない」

 

 二課を辞めてからアメリカに行くまでの間の期間は半年にも満たない。

 たったそれだけの時間で所長に推薦される程の信用と信頼を勝ち取ってみせた。

 亞里亞の潜在的な凄さを思い知るには十分過ぎる証拠となる。

 

「亞里亞君が所長になった事で、親父は今度こそ本格的に隠居をするみたいだな。だからと言って、その影響力が消える訳ではないが。寧ろ、親父は亞里亞くんにも自分と同じ権限を与えるつもりでいたようだ。本人は鬱陶しがっていたがな」

 

 昔から亞里亞は権力にものをいわせて何かをするタイプではなく、その優れた頭脳と卓越した手腕で物事を進めるタイプだ。

 そんな彼女だからこそ、仮に権限を与えられても、それを使用することは決してないだろうと確信していた。

 

「…亞里亞君はS.O.N.G.に『相互不干渉』を提案してきた」

「「そーごふかんしょー?」」

 

 言葉の意味が良く分からない響と切歌は、目を丸くしながら小首を傾げた。

 その様子に呆れ頭を抱えたクリスが、仕方ないと言った感じで教える事に。

 

「要は『自分達が何もしない代わりに、お前達も何もするな』って言ってるんだよ。お互いに邪魔だけはしないようにしよう…ってな」

「クリス君の言う通りだ。目的自体は同じだが、そこに至るまでの過程が違うと言っていた」

 

 正直な話、亞里亞が協力をしてくれたら、どれだけ心強いか計り知れない。

 だが、弦十郎は同時に知っていた。

 亞里亞の性格的に、ここの空気や装者達とは致命的なまでに合わないであろうと。

 下手に引き込もうとして不信感を与えるよりは、今のような形の方が良いような気さえしている。

 櫻井亞里亞という人間を敵に回す事だけは何があっても絶対に回避しなければいけないから。

 

「特に響くんには強く言っておくようにと念を押していたな」

「そんな~っ!?」

「まぁ…そうだろうな。アタシがアイツの立場でも同じ事を言うわ」

「クリスちゃんッ!? 酷いよ~!」

 

 まさかの名指しで念を押された。

 亞里亞から問題児のように思われていた事にショックが隠せない。

 

「こうなることは、なんとなく予想はしていた。前々からも言っていたしな。だが、流石に風鳴機関に戻るとは思っていなかった」

「あの…師匠」

「どうした響くん?」

「亞里亞ちゃんとお話することって…出来ませんか?」

「話…か。それぐらいは構わんと思うぞ? 恐らく、亞里亞君が言っているのは現場で鉢合わせをした時に邪魔をするなと言うことだろうし、プライベートの事まで口出ししてくることはないだろう。と言っても、流石に風鳴機関に行って話をするというのは難しいだろうがな。偶然、町中で出会って話をする…ぐらいなら彼女も何も文句は言わないだろう」

 

 厳しい事を言うようで、実は意外な所で甘い部分もある。

 本人は自覚していないし、その事を指摘しても否定するだろうが。

 

「だから、もし話をしたいのであれば、それこそ偶然を祈るしかないだろうな」

「こちらから機関に連絡を取ることは出来ないのかしら?」

「不可能ではないだろうが…難しいだろうな。風鳴機関は国内にある研究機関の中でも最も大きく、最も重要視されている場所だ。それ故に、関係者以外が施設内に入ることは愚か、その敷地内に侵入すること自体が固く禁じられている」

「もしも侵入した場合は?」

「不法侵入罪を適用され、厳しく罰せられる。外部から通信することも難しく、基本的にそれが許されているのは総理を初めとする一部の政治家連中だけだ」

「私達はどうなのかしら?」

「向こうから何か言ってくることはあるが、こちらから通信をしたことは今までに一度も無い。だからこそ難しいと言ったんだ。出来るかどうかが不明瞭だからな」

 

 亞里亞が所長となった風鳴機関ならば、互いに協力関係になっても良いかもしれない…弦十郎は最初、そんな風に考えていた。

 だが、風鳴機関自体が非常に接触が難しい場所なので、連携することはかなりの難易度を誇っている。

 自分でも楽観的だと理解しているが、そんな風な考えを持ってしまうほどに亞里亞の能力は魅力的なのだ。

 

「もう一度でいいから、亞里亞ちゃんと話をしたいな…」

「そうだな…私も同じ気持ちだよ、立花…」

 

 何とも言えない空気のまま、昼の時間が過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「うーん…」

 

 コーヒーを飲みながら書類に目を通す。

 今の所、特に問題らしい問題は発生していない。

 

「どーかしたんですかぁ~? 博士ぇ~」

「んー…ちょっとな」

 

 今日、私の秘書的なことをしているのはオートスコアラーのガリィ。

 四体いるオートスコアラーの中で最も『性根が腐っている』らしいが、私的にはそれぐらいの方が丁度いいと思う。

 真面目過ぎると、いざって時に行動できないからな。

 

「ガリィ。『魚』は『餌』に掛かったか?」

「まだみたいですね~。あ~んな『あからさまな餌』を何度も何度もチラつかせてるのに、とっとと引っかかればいいのに」

「馬鹿は馬鹿なりに色々と考えてるってことだろ。ま、それに関しては気長に待つとしよう。別に急ぐわけじゃないし」

 

 あー…やっぱ、オートスコアラーの中じゃガリィが一番話がし易いわー。

 もし私が自分用のオートスコアラーを作ったら、ガリィみたいな性格の奴にしよう。

 

「そういや、この間来たエルフナインはどうしてる?」

「意外と役には立ってるみたいですよ~? それとは別に、よくマスターと一緒に女性職員の着せ替え人形になってるみたいですけど」

「で、ガリィもそれに嬉々として参加してる…ってか?」

「だいせ~か~い! マスターのあんな姿を見れるなんて最高にレアじゃないですかぁ~! この機会を見逃すなんて出来ないですって」

 

 キャロル…エルフナイン…哀れな。

 今度また何が奢ってやろう。

 

「んん~…よし。決めた」

 

 ポケットからスマホを出してからピポパってな。

 

「何を『決めた』んですかね?」

「戦力を増やす」

「あれれ~? もしかして、マスターや私達だけじゃ不足なんですかぁ~?」

「そんなわけないだろ。キャロルも、お前達も凄く役に立ってるよ。冗談抜きで感謝してる」

「そこまでストレートに言われると、流石にリアクションに困りまするなー…」

 

 ガリィって、稀に私の前だと『素』を出したりするよな。

 それだけ相性がいいって事なんだろうか。

 

「キャロルは錬金術のエキスパート。私は考古学のエキスパート。出来ればここにもう一つの分野のエキスパートが欲しい」

「あれ? 博士は科学の分野でも才能を発揮してませんでしたっけ?」

「確かに私にも出来なくはないが、やっぱり専門家には僅かに劣るよ。餅や餅屋…だ」

 

 この状況で私が電話を掛ける相手は一人だけ~ってな。

 私が所長になった事で暇してるだろうから、この時間帯でも普通に出てくれるだろう。

 

「もしもしもしもし? 訃堂おじいちゃんはいますか~ってか?」

『亞里亞か。一体どうした?』

「単刀直入に言う。風鳴機関に新たなる戦力が欲しい」

『突然だな。何か不測の事態でもあったのか?』

「それはない。その『不測の事態』を未然に防ぐ為に戦力を増やすってだけだ」

『ほぅ…?』

 

 何かが起きてからでは遅い。

 起きる前に対処することが一番大切なのだ。

 

「『深淵の龍宮』の『封印』を解け。その『中身』が欲しい」

『あの男か…。貴様の『元同僚』でもあったか』

「そ。性格がぶっ飛んではいるが、その頭脳は本物だ。そして、私ならアイツを説き伏せるなんて簡単にできる。あのバカの性格は把握してるからな」

『まさか、お前がそんな事を言いだすようになるとはな…防人としての使命に目覚めつつあると見える』

「言ってろ。で、可能なのか?」

『可能だ。だが、場所が場所なだけに少しばかり時間は掛かるがな』

「別に構わない。こっちも急いでいる訳じゃあない」

 

 その間に、こっちはこっちで出来る事をやるだけさ。

 

『ところで亞里亞よ。お前に一つ問いたい』

「急にどうした」

『お前は何を待っている?』

「風鳴機関を大幅に強化するチャンスを」

『なんだと?』

「これは私にしては余りにもらしくない一種の『賭け』だ。上手くいけば頼もしい戦力を手に入れられるが、失敗すれば敵を増やすことになる」

『お前がそこまで言うということは、賭けるだけの価値があると見てもよいのだな?』

「あぁ。そう思って貰って構わない。けど、中々に『魚』がこっちの用意した『餌』に引っかからなくてな」

 

 割と堂々としているつもりなんだが…やり過ぎたか?

 逆に奴等を警戒させてしまったかもしれない。

 

「かといって、こっちから仕掛けるような真似は避けたい。私達はあくまで『護る側』でいなくちゃいけない」

『分かっているではないか。亞里亞よ…矢張り、貴様は『防人』だ』

「お褒め頂きドーモ」

 

 全く嬉しくは無いけど。

 

『いずれ、お前も儂と同じ『護国の鬼』と化す日が来るのやもしれぬな』

「それだけは勘弁。私はどこまでも『人間』として生きて、死ぬまで戦い続けるつもりだよ」

『それでこそ儂の認めた女よ。では、龍宮の事に関しては『封印』が解け次第、こちらから連絡するとしよう』

「頼んだ。じゃあな」

 

 ふぅ…一応はなんとかなったか。

 後でちゃんとキャロルやエルフナインを初めとした皆にも報告しておかないとな。

 これはほぼ、私の独断で決めたも同然だし。

 

「後は…『魚』を待つだけ…か」

 

 それさえどうにかなれば、私の『計画』はかなりスムーズに進むんだけどな。

 

「早く、『魚』どもで『コイツ』の試運転もしたいしな」

 

 妹の遺してくれた最後の遺産。

 コイツを使ってド派手に始まりの鐘を鳴らそうじゃあないか。

 その日が来るのが今から楽しみだ。

 

 

 



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いざ、海の底へ

 それは、私が機関の休憩室にてボケーっと煙草を吸っていた時だった。

 

「あ~…一仕事した後の一服は最高ですなぁ~…」

 

 美味い飯と美味い煙草と美味い酒。

 取り敢えず、これだけあれば普通に満足出来るわぁ~…。

 

「いっつも思いますけど、所長の見た目で煙草とか吸ってると普通にアウトですよね。絵的な意味で」

「どーゆー意味だコラ」

 

 確かに見た目こそ幼いかもしれないが、これでも立派な大人…つーかもうすぐ40のオバサンだぞ?

 普通に喫煙と飲酒をして何が悪い。

 

「ふむ…亞里亞はよく酒を飲んだり煙草を吸ったりしているが、楽しいのか?」

「うーん…楽しいっていうか…息抜き? 別に真似をする必要は無いよ。こーゆーのは人それぞれだし」

「そうかもしれんな。オレも随分と長い時間を生きてはきたが、未だに煙草なんて一度も吸った事は無いからな」

 

 へぇー…そうだったんだ。

 ま、キャロルの容姿で煙草を吸っている図は私以上に危ない気がするしな。

 

「んじゃ酒は?」

「…甘いのならば偶に」

 

 成る程。

 キャロルはカクテル系の酒が好き…と。

 これは覚えておこう。

 

「流石にエルフナインはこーゆー話とは無縁か」

「そうですね。飲食の重要性は認識してますけど、お酒やたばこの話となると、ちょっと…」

 

 しっかし、あれからエルフナインも随分と馴染んできたな。

 今じゃすっかりキャロルの妹的ポジションになってるし。

 

「ん?」

 

 そんな寛ぎの時間にいきなり私のスマホが鳴った。

 誰かと思って見てみると、なんと訃堂のジジイからだった。

 

「へいへーい。なんじゃらほい」

『亞里亞か。龍宮に行く手配が整ったぞ』

「マジか。思ったよりも早かったな。一体何をした?」

『フッ…特にこれといった事はしてはおらん。ただ…』

「ただ?」

『聞き分けのない愚か者共と『話』をしただけに過ぎん』

「話…ね」

 

 一体どんな『話』をしたのやら。

 ちょい前にニュースで代議士とかが謎の失踪とかしたけど、もしかしてそれか?

 

『お前も知っての通り『深淵の龍宮』は海底施設だ。向かうには耐圧性能の高い潜水艇で行く必要がある』

「分かってる」

『現状、あそこまで行ける性能を持つ潜水艇となると数が限られる。例えば、S.O.N.G.が拠点として使用している物など…とかな』

「まさか…」

 

 奴等に水先案内人をさせる…なんて言わないだろうな?

 流石にそれは御免被るぞ。

 

『ふっ…冗談だ。ワシとて、こんな事で奴等に借りを作るのは御免だ。利用するならば、もっと良い使い道がある』

「分かってるじゃん」

 

 ちょっぴりドキドキさせやがって。

 地味に煙草を落としそうになっちまったじゃねぇか。

 

『潜水艇自体はちゃんと別の代物を用意させてある。小型ではあるが性能は高い。今回の事は極秘故に隠密性を優先させて貰った』

「それでいい。適当なやつだったら、私の手で魔改造するつもりだった」

『…ある意味、そっちの方が良いかもしれんな』

 

 自分は冗談を言うくせに、こっちの冗談は真に受けるのかよ。

 本当に読めない奴。

 

『小型であるが故に人員は避けん。行けるとしてもお前を含めて二名が限界だろう。どうする?』

「二人…か」

 

 どうするかな…。

 いつもならキャロル一択なんだけど、今のキャロルは副所長って立場になってる以上、そうそう簡単に動かせない。

 となると、今の私にある選択肢はそう多くは無い…か。

 

「…よし。決めた。一人は私。もう一人はオートスコアラーのレイアに同行を頼む事にする。いいか?」

「オレの方は構わんが…レイア」

「はっ」

 

 キャロルが視線を送ると、部屋の端の方からレイアがこっちに来た。

 四体いるオートスコアラーのリーダー的存在であり、冷静沈着な性格をしているので頼りになる。

 ちょっと派手好きなのが玉に傷だが、それぐらいは充分に許容範囲内だ。

 

「亞里亞に同行して護衛をしろ」

「了解しました。派手に遂行してみせましょう」

 

 別に派手じゃなくてもいいから。

 派手な護衛って聞いたことないわ。

 

『オートスコアラーを選ぶか。お前らしいと言えばお前らしいか』

「そう?」

 

 私らしいと言われても反応に困る。

 自分でもまだ『自分らしさ』ってのを良く理解してないんだから。

 

『いいだろう。では、そのように手配をしておく。で、いつ行くつもりだ?』

「出来れば早い方が良いけど…もしかして、今から行けるとか?」

『流石にそれは難しい。だが、急げば明日には可能な筈だ』

「それでも十分に凄いわ」

 

 たった一日で全ての準備をさせるとか…風鳴は本当にブラックだなぁ。

 部下にはちゃんとその分の褒美とかやってんのか?

 

『では、明日の昼に車を寄越す。それに乗ってくるがいい』

「分かった。あんがとな」

『礼には及ばん。これも全ては護国…いや、護星のためよ。では、失礼する』

 

 あ…切れた。

 にしても『護星』って…本気で世界護る気になりやがったか。

 焚きつけた身で言うのもなんだけど、本当に変わったな。

 

「ま…そーゆーわけだ。キャロル。私が不在の間…つっても一日ぐらいだけど、ここを任せるよ」

「いいだろう。精々、レイアの奴をこき使ってくれ」

 

 さーて…どうなることやら。

 勝算はある…けど、あいつは別の意味で予測が出来ないからなぁ。

 未だにあのバカの精神構造が理解出来ないし。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 次の日。

 私とレイアは毎度お馴染みの風鳴家の黒塗り車に乗って小型潜水艇が待っている場所へと向かっていた。

 

「…博士。少しよろしいでしょうか?」

「どした?」

「何故に私をお選びになられたのですか?」

「それに関しては昨日ちゃんと説明をしたつもりなんだが…それでは足りなかったか?」

「いえ…そういう訳ではないのですが…」

 

 性能や性格とかじゃなくて、それとは別の『選んだ理由』が聞きたいのか?

 これは完全に私個人の事情だから別に話す必要は無いと思ってたんだけど…。

 

「…別に。大した理由じゃないよ。単にレイアと話す機会を設けたかったってだけさ」

「私と…話す?」

「そ。ファラは私の秘書的な事をしてくれているし、ガリィに至ってはこっちが何も言わなくても勝手に来てくれるからな。けど、レイアとこうして面と向かって話したことって今までに無かっただろ? だからさ」

 

 ぶっちゃけた話、私はオートスコアラー達を『物』として見てはいない。

 おかしいと思われるだろうが、私の中じゃこいつらは風鳴機関の立派な『所員』の一人だ。

 なので、他の連中と対等に扱っているつもりだし、それは他の所員たちにも言及している。

 アイツ等は二つ返事で快く受け入れてくれたけどな。

 

「ま。護衛っつっても特に何かをする必要性は無いんだけどな。あくまで『念の為』だし」

「今から向かうのは深海だと聞きましたが…」

「そ。『深淵の龍宮』は簡単に説明すると、危険すぎて地上では保管できない異端技術を保管しておくために建造された施設だ。そこに私が求める人物がいる」

「博士のかつての同僚…なのですよね?」

「まぁね。つっても、フロンティア事変の時に何を考えたのか自分の左腕を自立型完全聖遺物であるネフィリムと同化させたことで『消滅を免れたネフィリムの一部』…要は『物』として扱われてしまい、結果として龍宮へと幽閉…いや、隔離されたんだ」

 

 昔から色んな意味でぶっ飛んでたけど、まさか自分の腕を聖遺物と融合させようだなんてな…。

 あんまし人の事は言えないけど、何がお前をそこまで暴走させちまったのかね…。

 同じ『英雄バカ』でも、昔のお前の方がまだ幾分かはマシだったぞ。

 

「常人ならば、深海の施設に隔離なんて精神崩壊してもおかしくは無いけど…アイツの場合は割と普通にピンピンしてそうだな」

「そうなのですか?」

「うん。私達の常識には当て嵌まらないような人間だからな…悪い意味で。お前も覚悟しておいた方がいいと思う。本当に凄いから」

「は…はぁ…」

 

 なんて話している間に、車はなにやら海沿いにある建物へと到着した。

 

「ここが目的地なのか? てっきり港とかに行くと思ってた」

「はい。ここに例の小型潜水艇と、訃堂様がお待ちしております」

「あいつもいるのかよ…」

 

 別に見送りをしろなんて言った覚えは無いんだけどな…。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 車ごと施設の中へと入ると、そこは非常にシンプルな場所だった。

 特にこれといった機器などは無く、強いて言えば真ん中に巨大なプールがあり、そこに私達が乗るであろう潜水艇が浮かんでいることぐらいか。

 そこの端に訃堂が黒服君達と一緒に私たちを待っていた。

 

「お待たせ」

「うむ」

「つーか、なんでいるんだよ」

「別に意味は無い。単にお前の顔が見たくなっただけよ」

「さよか」

 

 私の顔が見たかったって…いつから、お前はそんな大人しい考えを持つようになったんだよ。

 こっちに全てを任せると決めたからか?

 

「で、お前が亞里亞の護衛をするというオートスコアラーか」

「はい。レイア・ダラーヒムです」

「…特に問題があるとは思えんが、それでも万が一の時には何が何でも亞里亞を死守せよ。亞里亞こそが全ての希望なのだ」

「承知しております」

 

 …てっきり『ガラクタ』とか言って罵詈雑言をぶちまけると思ってたけど…意外過ぎる反応。

 ジジイ…幾らなんでも変わり過ぎでは?

 まるで別人みたいだぞ?

 

「ところで亞里亞よ。お前、潜水艇の運転は出来るのか?」

「それぐらいなら楽勝。ちゃんと『小型船舶操縦士』の資格は持ってるし、シミュレーションは嫌ってほどやった。実際に乗って操縦した事もあるし、通信とか三次元的な動作とかも出来る」

「そうか。だが、念の為に操縦マニュアルを渡しておこう」

「あんがと。レイア」

「はい」

 

 マニュアルをレイアに渡すと急にポカンとした顔になる。

 

「私が色々と船を確認している間、こいつを熟読しておけ。お前にはサポートを頼みたい」

「了解しました」

 

 しっかし…二人乗り前提の割には随分とデカくないか?

 性能面だけじゃなく、居住性も重視したみたいな作りだな。

 

「へぇ~…」

 

 外観自体はよくある楕円形の潜水艇だが、中身は中々に豪華だ。

 これ…色んな所が最新技術の塊じゃないのか?

 よくもまぁ、こんな船を見つけてみたもんだ。

 

「どうだ亞里亞よ」

「凄いな。どこにこんなのがあったんだ?」

「アメリカよ。政府のバカどもにお前の名を出したら一発だった」

「マジかよ…」

 

 もう私とアメリカとは無関係なのに、未だに影響力があるとはこれいかに。

 なんとも複雑な気分になる。

 

「…うん。この手のタイプなら操縦出来る。問題無い。レイア。そっちはどうだ?」

「こちらも熟読完了しました。いつでも大丈夫です」

「フッ…流石はキャロルのオートスコアラーだ」

「お褒めに預かり光栄です」

 

 これでもういつでも行ける。

 さぁて…待ってろよ、英雄オタクの大馬鹿野郎。

 お前には今回のこと以外にも色々と言いたい事があったんだ。

 それを全部ぶちまけてやるから覚悟していろ。

 

 

 

 

 



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また会ったな

 完全個人用の無駄に高性能な潜水艇にレイアと共に乗り込み、深い海の中を進んでいく。

 どれぐらいの時間が掛かるのかを聞くのを忘れていたが、海底施設である以上はそこまで掛からないだろう。

 ま、仮にそれなりの時間が掛かってもレイアを話でもして暇を潰せばいいだけだしな。

 

 …なんて気楽に考えていたら、なんか想像以上にすぐに目的地へと到着してしまった。

 色々と身構えていた自分が急にアホらしくなってくる。

 レイアの方も、まさかこんな近海にあるとは思っていなかったようで、なんだか拍子抜けと言った感じの表情をしていた。

 

「もう少しだけレイアとの二人っきりの時間を堪能したかったけど…仕方がない。接岸するぞ」

「え? あ…派手に了解しました」

 

 未だに『派手』の意味が良く分かってないけど…まぁいいか。

 それよりも、入り口を見つけないと…っと、あった。

 

「外観だけを見れば、『海底施設』ってよりは『海底隔離施設』って感じだな。無機質な所が特に」

「あそこに、博士が協力を求める人物がいるのですね?」

「そ。じゃあ、行くぞ」

 

 ゆっくりと資材搬入用の出入り口へと接近していく。

 入口自体は横に存在し、もう既にこちらが来ることは想定していたのか、自動で扉が開いた。

 

 そこから更に海水に満たされた空間を進み、ようやく出口が見えた。

 

「よし…浮上する」

「了解しました」

 

 潜水艇が水面に顔を出したのを確認した後に、静かに上部ハッチを開けて外の様子を確認する。

 

「ふむ…ちゃんと空気はあるようだな。行こうか、レイア」

「はっ」

 

 いや…その返事は流石にどうよ。

 まるで私が悪の組織の親玉みたいじゃん。

 なんてツッコミを心の中でしつつ、私とレイアは潜水艇から降り立った。

 

「発着場もまた何も無いですこと。そして……」

 

 キョロキョロと辺りを見渡すと、そこにはこれまた無機質な自動扉が一つあるだけ。

 

「…出迎えは無しか。当然だな」

「どうしますか?」

「決まってる。あの扉の向こうまで行くぞ。そこで『奴』が待ってる」

 

 レイアを従えながら扉まで行き、そこで訃堂ノジジイから予め教えて貰っているパスコードを入力する。

 

「そんでもって…っと」

 

 白衣のポケットから成人男性の手の平サイズのケースを取り出し、それを開ける。

 ケースの中には透明な手の形をしたシートが入っていた。

 それをピンセットで摘まみ上げてから、指紋認証用の装置に乗せる。

 

『認証完了。では、次は網膜認証を行います』

「へーへ。わかってますよーっと。レイア」

「はい」

 

 腰を低くしてレイアが自分の目を網膜認証用の装置に近づける。

 実は、キャロルの許可を貰って、レイアの目を一時的にではあるが認証用の代物に交換しておいたのだ。

 これでこの網膜認証も突破できる。

 

『認証完了。ようこそおいでくださいました』

「ドーモ」

 

 扉が開かれると、そこは巨大な空間となっていて、所狭しと様々な異端技術に関する危険物が乱列してあった。

 倉庫と言うよりは『地上には置けない危険物を一ヵ所に集めただけ』な場所だ。

 

「ここが『深淵の龍宮』…」

「そ。世に出せない、出してはいけない危険物を保管という名目で放置しているだけの場所だ」

 

 さて…と。あいつはどこにいるのかな~?

 

「…いつの日か、何者かがこの僕の能力を必要とし、この場所に来ることは予想していた。だが……」

 

 この、歌舞伎町で万事屋やってたり、柱の男と戦う運命を背負った波紋使いみたいな声は…間違いない。アイツだ。

 

「まさか! アナタが一番最初に訪れるとは流石の僕も想像すらしていませんでしたよ!! 櫻井亞里亞博士!!」

「…久し振りだな。ウェル」

 

 一見すると学者然とした感じの雰囲気を出しつつ、その実は色んな意味で頭の中がぶっ飛んでいるこの男こそが、私が探した人物…ウェル博士だ。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「こうして会うのは…私がナスターシャのババアの所を離れてからになるか」

「そうなりますね。いやはや…貴女はあの頃から全く変わっていない。今でもとてもお美しい」

「はいはい。いつもの常套句どーも」

 

 毎度毎度思うが、どうしてこいつはこう歯の浮くようなセリフを息を吐くように出せるんだ?

 この男には羞恥心ってものが無いんじゃなかろうか。

 

 私達は今、互いにテーブルを挟んで向かい合っている。

 イスとテーブルといった最低限の物ぐらいは置いてくれているみたいだな。

 

「ところで、さっきからずっと気になっていたのですが、博士の横にいる彼女は一体? 見た感じ、人間ではないようですが」

「あぁ…レイアのことか」

「レイア?」

「そうだ。こいつはまぁ…私の一番の友人である錬金術師が作ったオートスコアラーだ。今回は私の護衛として同行して貰った」

「錬金術師…! 確かにアナタはあの頃から錬金術の知識がありましたが…それで納得しましたよ。錬金術師の知り合いがいれば、確かに錬金術に詳しくなっても全く不思議じゃない」

 

 と言っても、実際にF.I.Sでその知識を使う機会は無かったけどな。

 

「レイア。挨拶をしな」

「はい」

 

 私の後ろから一歩前に出て、レイアが非常に丁寧な挨拶をした。

 

「レイア・ダラーヒムと申します。初めまして」

「これはこれはまたご丁寧に。では、こちらも自己紹介をしなければなりませんね」

 

 嫌な予感…変な事をしないだろうな。

 

「僕こそが! 偉大なる英雄にして! 嘗ては亞里亞博士の仕事仲間でもあった至高の天才である『ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス』です!」

「「…………」」

 

 ほーら。やっぱりレイアが反応に困ってる。

 私もどう反応すればいいのか分からないけど。

 

「自分でも長い名前であると自負しているので、どうか気軽に『ウェル博士』とでも呼んでください」

「は…はぁ……」

 

 …うん。だよね。

 そんなリアクションになるよね。分かる。

 

 にしても…なんか前にも増してハイテンションになってないか?

 昔はもっとこう…落ち着きの部分も多くあったような気がするんだけど。

 あれか? 左腕をネフィリムと同化させたことで精神面でも何か影響が出ているのか?

 それとも単純に、これこそがこの男の『素』なだけだったとか。

 …後者の方が普通に有り得そうだな。

 

「しっかし…報告書を読んで知ってはいたけどさ…こうして実際に見ると凄いな。その左腕。マジであの『ネフィリム』をくっつけてるのか?」

「そうですとも! ネフィリム因子を持つLiNKERを使用した事で、この僕は遂に自らの意志で聖遺物を操る術を手に入れたのです!!」

 

 成る程…そういう理屈があったのか。

 確かに、その方法ならば理論上は可能かもしれないが…。

 

「随分と思い切った事をしたもんだ。少しは葛藤とかは無かったのか?」

「あると思いますか?」

「いや…無かっただろうな。お前の場合は」

 

 普通ならば少しは躊躇とかをするところだろうが、ウェルは色んな意味で心のタガが外れちまってる。

 それもこれも全て、いつも口癖のように言っている『英雄』になる為か。

 

「しかし、まさか亞里亞博士がアメリカから帰国していたとは知りませんでした。いつ頃お戻りに?」

「ついこの間。あの『フロンティア事変』の終了とほぼ同時期に、日本に戻れるようになったのさ」

「ということは…遂に完成したのですかッ!? 博士が長年に渡って研究し続けた『人造聖遺物』…それを触媒として生み出される『量産型シンフォギア』が!」

「ま…一応はね。まだまだ研究しなくちゃいけないことは山のようにあるけど」

 

 『研究』という行為に終わりは存在しない。

 それこそ、人生の全てを掛けて行うべき命題なのだ。

 

「ま…まさか、ここに持ってきたりは…」

「きてるよ。お前がそう言うと思ってね。ほら」

「おぉぉ…! これが…!」

 

 いつも首から掛けている『青いシンフォギアのペンダント』をウェルに渡して見せる。

 それだけで、こいつはまるで新しいオモチャを親から買い与えられた子供の用に目をキラキラさせながら興奮していた。

 

「成る程…従来のシンフォギアが赤いペンダントであるのに対して、これは青くなっているのですね。色を除けば、見た目は完全に従来のシンフォギアとほぼ同じ…だが…」

「そう。中身は全く違う。当然だが、こいつを使うのに『LiNKER』は必要ない」

「性能は? もう実戦投入は可能なのですか?」

「性能自体はオリジナルと殆ど差は無い。その気になれば『絶唱』や『エクスドライブ』も使える。使用者次第で…だけど」

「もう既にそこまで…! 流石は聖遺物研究の第一人者であり、同時にシンフォギアの生みの親とも言うべき天才科学者! この英雄が本気で尊敬しているだけはある!!」

 

 自分で英雄を自称するって…。

 もう痛すぎて見てられない…。

 

「実は、これの他にももう二つほど、これが存在している」

「ほぅ…? その言い方だと、まるで自分以外の誰かが作った物を所持しているように聞こえますが?」

「その通りだよ。その二つは私の妹である了子が製作したものだ。と言っても、完成度自体は約80%ぐらいだったけどな」

「妹…あの二課に所属していて、先史文明の巫女『フィーネ』の器として覚醒したという…」

「そ。カディンギルで月をブッパした女だよ。そして、お前らが活動を開始する切っ掛けを与えた女でもある」

「そのこと自体は知っていましたが、改めて聞くと凄まじいですね…。何かが違っていたら、亞里亞博士がフィーネになっていた可能性もあると思うと尚更」

「私がフィーネに…ねぇ…」

 

 フィーネには申し訳ないけど、私の身体じゃあ思うようにいかなかったと思う。

 あれは了子の身体だったからこそ、あそこまで行ったんだと思うし。

 

「未完成な量産型は今、私の手で完成させている最中だ」

「でしょうね。昔からアナタは中途半端が嫌いな女性だった」

 

 だって、半端なままで終わらせたら気持ち悪いじゃない。

 やるならキッチリやらないと。

 

「そう言えば、今の貴女はどこで何をしているのですか? この『深淵の龍宮』にまで態々来たのも、こうしてこの僕とお喋りをする為ではないでしょう?」

「そうだな。お前と話すのも久し振りだから、つい話し込んでしまった」

「いえいえ。かくいう僕も、こうして博士とこうして再開でき、話をする事が出来た事を嬉しく思っていますよ。ご覧の通り、ここは殺風景な上に意志ある存在は僕一人のみ。暇で暇で仕方が無かったところです」

「ほぅ…それは良いことを聞いた。そんなお前に朗報だ」

 

 この調子なら…意外と上手くいくかもしれない。

 ウェルの性格が前にも増してぶっ飛んでて助かった。

 

「実はな、今の私は『風鳴機関』に所属している」

「帰国したと同時に、元いた場所へと出戻った…ということですか」

「そ。で、しかも今はそこの所長を務めている」

「これはまた…大出世じゃあないですか」

「まぁな。所長って事は、人事ぐらいなら自分の裁量で好きに出来るってことでもある。今でも優秀なスタッフが多いが…使える奴は多ければ多いほどいい。私の目的の為には特にな」

「目的? それは一体…?」

「んなの決まってるだろ。『世界平和』だよ。勿論、元二課…現『S.O.N.G.』の連中とは違ったやり方で…だがな」

「最終的な目的は同じでも、そこに至るまでの過程は全く違うと?」

「そうだ。奴らの事は嫌いじゃないが、正直言って苦手だ。やるならもっと徹底的にやる。中途半端は御免だ。だから……」

 

 私はウェルに握手をするように手を差し出す。

 彼がこの手を握ってくれることを信じて。

 

「私に協力してくれ。お前の生化学者としての頭脳が欲しい」

「この僕を…ですか」

「そうだ。上手くいけば、今度こそお前は正真正銘の『英雄』に成れるかも知れないぞ?」

 

 さぁ…どうなる?

 正直、さっきからドッキドキしてます。

 

「はぁ…全く…貴女って人は…」

「ん?」

 

 お…おぉ…? 握手を…してくれた?

 

「もしも同じことを他の誰かから言われたら、その時は間髪入れずに断っていたでしょうが、他ならぬ亞里亞博士からそう言われたら、協力しないわけにはいかないでしょう」

「い…いいのか?」

「当然。立花響さん達もそうですが、僕からすればアナタも立派な『英雄』なのですよ」

「私が…英雄…?」

「そうですとも。だって、貴女がシンフォギアの理論を生み出さなければ、彼女達は立ち上がることすら出来なかった。僕は知っている。戦場に立って戦うだけが『英雄』の仕事ではないとね」

 

 …妙な所で冷静な奴。

 だからだろうか。不思議と嫌いにはなれない。

 

「英雄からの申し出は断れませんよ」

「…そっか。でも、私は別にお前を部下として迎えるつもりはない。あくまで同志として歓迎するつもりだ。表向きは新しい所員の一人ってことにはなるが」

「結構ですとも。貴女と共にまた仕事が出来るだけで、僕としては十分過ぎます」

「…ありがとう。そう言ってくれるだけでも十分だ」

 

 こうして、私は新たな仲間を迎え入れる事に成功した。

 ジョン・ウェイン・ウェルギンゲトリクス。

 嘗ての同僚にして…その性格と嗜好さえ除けば非常に優秀な科学者だ。

 

 

 

  

 

 

 



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歓迎会と言えば酒に限る!

今回はハチャメチャ回になります。

ぶっちゃけ、本編とは無関係に等しいので、読まなくても支障はありません。







 ウェルとの交渉(?)の末に奴を仲間に引き入れることに成功した私達は、後は帰るだけとなった。

 

「さて…と。んじゃ、とっとと戻るとしますか。勿論、ウェルも一緒でな」

「それは良いのですが…どうやって戻るおつもりで? 確か、貴女方が乗ってきた潜水艇は小型故に最大定員が二名だった筈では?」

「その点なら問題ナッシング。ほれ」

 

 白衣のポケットから、とある小さな結晶のような物を取り出す。

 ここに来ると決めた時、真っ先に持ってくると決めたアイテムだ。

 

「これは?」

「『テレポートジェム』って代物でな。錬金術で生み出された移動用のアイテムだ」

「ほほぅ…。あれ?」

「どした?」

「そんな便利な道具があるのなら、最初からそれを使って来ればよかったのでは?」

「残念ながら、そこまで汎用性に優れた代物じゃないんだよ。レイア。説明してやれ」

「はい」

 

 私ばっかりが説明してちゃアレだしな。

 偶にはこいつにも働かせてやらんと。

 

「このテレポートジェムは、地面に投げつけて転移陣を生み出すのですが、その使用上、完全に使い捨ての片道限定になっているのです」

「片道限定…」

「しかも、移動できるのは『使用者が一度行った事のある場所』のみになります。つまり、亞里亞博士は否が応でも一度は何らかの手段でここに来る必要があったのです」

「成る程…『どこでもドア』のようにはいかないという訳ですか」

 

 まさかの例えが『どこでもドア』…。

 ま、気持ちは分かるけど。

 私も最初、これを見た時は同じ感想を抱いたし。

 

「あれ? そうなると、ここに来る時に乗って来た潜水艇はどうするんですか?」

「置いていく。後で風鳴の連中が回収に来る手筈になってる」

「亞里亞博士…もう既に風鳴の者達を手足のように扱っているのですね…」

 

 そこで呆れられても普通に反応に困る。

 私は単に、使えるものを使っているだけに過ぎないんだから。

 

「そんな訳だから、安心して移動できるぞー…っと。その前に一つ」

「どうしました?」

「その左腕…どうにか出来ないの?」

「どうにかとは?」

「ほら…そのまんまじゃ明らかに目立つじゃん。普通の腕に擬態とか出来ないのかな~って思って」

「あぁ…そう言う事ですか。それなら簡単ですとも。ほら」

「「おぉ~…」」

 

 ウェルの左腕がグニグニと粘土のようにこねくり回されたかと思ったら、あっという間にあの太かった腕が成人男性サイズへと変化し、表面の色も完全にウェルの皮膚の色と同化した。

 

「はい。この通り」

「すげー…ここまで自由自在とは思わなかった」

「ここに来て時間だけはタップリとありましたからね。暇潰しに色々と試していたら出来るようになったんです」

「お前…昔から妙な拘りがあったもんな…」

「それ、博士が言うんですか?」

 

 言えないな…。

 妙な拘りがあるのは私も同じだし。

 

「そ…そんじゃ、とっとと移動すんべ。ほらよ…っと」

 

 テレポートジェムを床に投げつけると、小気味のいい音と共に結晶が砕け、そこにカラフルな転移陣が生み出された。

 

「ここに入れば、一瞬で風鳴機関へと飛べるぞ」

「久し振りの外…楽しみですねェ」

「行きましょう」

 

 こうして、私達三人は風鳴機関へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「おぉ…これが、かの有名な風鳴機関ですか…」

 

 私達が出てきたのは、風鳴機関の入り口前。

 門の前ぐらいを想定してたんだけど、思ったよりも近くに飛んだな…。

 

「後でウェル専用のIDカードや認証登録とかもしておかないとだけど、まずは中に入ろう」

 

 別にそこまで時間が経っていないのに、なんだか一日以上の時間が経過しているような感覚がある。

 深海へと潜ってきたからなのか…?

 

「所長サマのお帰りだぞ~!」

「「「「所長~!!」」」」

 

 私が大声を出した瞬間、すぐに所員たちが集まってきやがった…。

 何だこの無駄に凄い団結力は。

 

「戻ったか、亞里亞」

「おかえりなさい」

「ん。ただいま、キャロル。エルフナイン」

 

 そして、私の大切な友人達も出迎えてくれました…と。

 何気にこれが一番嬉しい。

 

「レイアもご苦労だったな。よく務めを果たしてくれた」

「勿体無きお言葉…ありがとうございます」

 

 そして、ちゃんとレイアの事も労ってくれる優しさ。

 これこそがキャロルの本質だよな。

 

「博士と仲睦まじげの話している様子から察するに…貴女が博士の御友人だとかいう錬金術師ですか?」

「そう言うお前が、亞里亞が海に潜ってまで迎えに行った男か」

「はい。生化学の世界的権威にして未来の英雄! ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスです。長いので気軽に『ウェル』と呼んで下されば」

「キャロル・マールス・ディーンハイム。錬金術師で、今はこの風鳴機関の副所長を任せて貰っている」

 

 ウェルの方は最初からテンションアゲアゲって感じで、逆にキャロルの方は不敵な笑みを浮かべている。

 ま、変なことにはならないでしょ。多分だけど。

 

「ぼ…僕はエルフナインと申します! ここの所員を務めています!」

「これはまたご丁寧に。ふむ…キャロルさんとアナタは姉妹だったりするのですか?」

「まぁ…そんなところだ」

 

 ウェルの疑問は当然だし、キャロルがそんな返答をする気持ちも分かる。

 詳しい説明とかをしていったら、それこそマジでキリが無い。

 だから、ここの連中にも表向きは『エルフナインはキャロルの妹』的な事にしてある。

 そっちの方が、いざって時の言い訳もし易いから。

 それに実際、マジで双子のようにそっくりだし。

 説得力自体は抜群と言えるだろう。

 

「これからは、ウェルには主任として頑張ってほしいと思ってる」

「いいのですか? この場所において僕は所謂『新人』ですよ?」

「確かにそうだけど、お前にはこれまでの実績があるだろ? それは、ここの連中もちゃんと分かってる。有能な人間を相応しい役職へと配置する。これもまた所長の仕事だし、皆も異論は無いと思う」

 

 チラッと所員たちの方を見ると、反対の意思を見せている奴は一人もいなかった。

 ここに勤めている人間は、良くも悪くもノリと勢いで生きてる部分がある。

 ウェルのような奴は寧ろ、普通に歓迎されるだろう。

 

「新しい仲間が増えた…ってことは、もうやることは分かってるな…お前達…?」

「はい! こんな事もあろうかと、もう既に『予約』はしてあります!」

「でかした! それでこそ風鳴機関の所員だ!」

「えっと…亞里亞博士? 一体何の話をして…」

「こ~れ~か~ら~…」

 

 全員揃って右手を挙げ、高らかに叫ぶ!

 

「ウェルの歓迎会をやるぞ~!!」

「「「「お~!!」」」」

「か…歓迎会ッ!?」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 都内某所の居酒屋。

 その一室を借りきって、私達はどんちゃん騒ぎを楽しんでいた。

 

「ほ~れ! もっと飲め飲め~!」

「キャハハハハハハハハハ!」

 

 堅苦しいと思われがちな風鳴機関だけど、実は何気にこれ系のイベントは多く存在している。

 それも全て、所員たちのモチベーションを常に高く保ち続ける為。

 俗に言う『報酬効果』というものだ。

 しかも、こういうのはとてもいい息抜きにも繋がる。

 ストレスを溜めてばかりではいい仕事は出来ないから。

 

「まさか、地上に出てからすぐに酒を飲むことになろうとは…」

「嫌だったか?」

「そんな事はありません。僕だって、研究の合間に息抜きとして酒を嗜んでいたりはしましたから」

「そっか。ま、明日からは思い切り頑張って貰うけどな」

「勿論ですとも」

 

 因みに、流石にエルフナインは酒はアウトで、普通にソフトドリンクを飲んでいる。

 え? キャロルはどうなのかって?

 あの子は普通に大丈夫でしょ。

 年齢的にはもう立派な大人なんだし。

 ついでに言うと、私もめっちゃ酒を飲むタイプの人間です。

 

「そういやキャロル~…知ってる?」

「何をだ?」

「人間の一日の飲酒の適量って思ったよりも少ないんだよ」

「そうなのか?」

「うん。ビールの中瓶で500mlだったり、日本酒一合で180mlだったり。後はウィスキーダブル一杯で60mlだったり」

「となると、今の我々はその何倍もの量を飲んでいる事になるのか」

「由々しき事態だね」

「一度、じっくりと考え直す必要がありますね」

「「「うーん…」」」

 

 なんでかここで私とキャロルとウェルで頭を捻ることに。

 酒のノリってこんなもん。

 

「焼酎四合瓶もう一本だな」

「だね。すみませ~ん!!」

「あと、豚キムチも追加でお願いします」

 

 この短時間で早くもここの空気に染まってきやがったな…ウェルの奴め。

 しれっと追加注文しやがって。

 ま、この手の宴会は基本的に経費で落ちるから良いけど!

 

「皆さん。ピザって妙に食べにくいって思いません?」

「これまた突然のエルフナインちゃん。ピザなんて食べるんだ」

「前に一度だけ御馳走して貰って、それ以来好きになっちゃって」

 

 エルフナインやキャロルって太るのかな?

 全く想像がつかないけど。

 

「ほら。チーズがトロトロだと具ごと落ちちゃって」

「それはあるかもな~」

 

 そんな風に話しているけど、隣りに置いてあるコップにはコーラが入ってたり。

 この子…分かってやがる。

 

「熱くてもダメ。かといって冷めてもダメ。難儀な食べ物ですよね」

「冷め過ぎたら微妙になるしな」

「全く…面倒ですよね…美味し…」

 

 口と手の動きが完全に真逆なんですが…。

 

「じゃあ、どうしてピザなんて注文したんだ?」

「あ。キャロルはペパロニよりマルゲリータの方が良かったですか?」

「誰もそんな事は言ってない」

 

 あ…あれ~?

 エルフナインって、こんなにもウザいキャラだったっけ…?

 それとも、複数の意味で俗世間に毒されてきた?

 

「マヨネーズって…固体ですよね?」

「今度はウェルか」

 

 いきなり過ぎて普通に引いたわ。

 こいつも酔っぱらってきたか?

 

「いや…液体だろ?」

「そーゆー時はスマホとかで調べればいいっしょ。どれどれ…」

 

 取り敢えず、適当にマヨネーズだけで検索してみるか。

 どれどれ…。

 

「…チキソトロピーだな」

「「「え?」」」

 

 うん…その反応は尤もだわ。

 調べた私も普通に驚いてる。

 まさか、マヨネーズがこれに属しているとは。

 

「チキソトロピーってあれだよな? 塑性固体と非ニュートン液体の中間的な物質で…」

「粘度が時間経過で変化すると言われている…?」

「そ。あれ」

「ってことは、ケチャップもチキソトロピーって事になりますね」

「「「確かに」」」

 

 これは新発見。

 そっかー…マヨネーズとケチャップはチキソトロピーだったのかー…。

 

「ねぇねぇ。『走れメロス』って知ってる?」

「太宰治が書いた有名な作品ですね」

「おぉ~…知ってたか。んじゃさ、メロスの足の速さは知ってる?」

「あ…足の速さ?」

「それは流石に…」

「知りませんね…」

 

 にゅっふっふっ~…そうだと思った。

 これはあれですな。所長としての威厳を示すチャ~ンス!

 

「どれぐらい速いんだ?」

「前に私が暇潰しに計算してみたら…マッハ11って結果になった」

「えぇぇっ!?」

「マッハ11!?」

「普通に化け物だな…。アレか? メロスは聖闘士なのか? もしくはサイヤ人か何かなのか?」

「でも、走る速度がマッハ11って事は、彼が走るだけで凄まじい衝撃波が発生することになりますね」

「確実に周囲にある物体が木端微塵になるな」

「メロスは走っちゃダメですね」

「っていうか、メロスがその気になれば邪知暴虐な王も走り殺せるな」

「何よ『走り殺す』って」

「しれっと新しい殺害方法を生み出しましたね」

 

 その後も、酒の席特有の意味のない話が色んな場所で延々と続き、たった一晩でウェルと皆との心の壁が取り払われたのだった。

 

 やっぱ…酒って最高だわ。

 

 

 

 



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主任研究員 ウェル

今回は中の人ネタがあります。

あと、脳内でウェル博士の事をカイジ風にしてからお読みください。

キャラ崩壊待ったなしです。












 ウェルが亞里亞から引き抜かれ、風鳴機関の主任研究員になってから早くも一週間が経過した。

 元々が優秀だった上に、コミュニケーション能力もある方なので、すぐに他の研究員たちともう解けていった。

 

 そんな彼は今、前に亞里亞たちがしたように、昼休みにテレポートジェムを利用して例の商店街へと足を運んでいた。

 

「流石は多種多様な異文化が交流する国…日本。食事だけでも、こんなにも豊富な選択肢があるとは思いませんでしたよ」

 

 キョロキョロと辺りを見渡すと、それだけで色んな飲食店が軒を連ねる。

 和食系もあれば洋食系もあり、中華系もある。

 ファミレスに大衆食堂。ファーストフード店や喫茶店感覚で焼きたてのパンが食べられる店まであった。

 

「真の英雄たる者、単に強かったり賢かったりするだけでは駄目なのでです。飲食などにも通じ、様々な知識が豊富な一面も必須」

 

 などと自分に言い訳をしているが、とどのつまり、色んな美味しい料理を食べてみたいというのが本心だった。

 どれだけ英雄志望で頭のネジが取れている男でも人の子。

 体から発せられる三大欲求には逆らえない。

 

「亞里亞博士から教わった箸の使い方もさまになってきましたし、ここはひとつ和食にでもチャレンジしてみて…おや?」

 

 どこで昼食を食べようか思案しながら歩いていると、とある店の前で足を止める。

 

「ここは…カツ丼屋?」

 

 最近ではそこまで珍しくも無い『カツ丼専門店』。

 日本食の中でも有名な『丼もの』。

 その中で最もポピュラーとされている『カツ丼』はまだ食したことが無いことを思い出す。

 

「いいでしょう。ここでこうして立ち止まったのも何かの縁。今日はここでお昼と洒落込みましょうか」

 

 そうと決めたら早速入店。

 扉を開けて若い女性店員の『いらっしゃいませー』の声を聞きながら、適当に空いた席へと座る。

 

「ん?」

 

 座った時、ふと隣の客が食べているカツ丼が目に入った。

 スーツの上着を脱いで無心で食べている、典型的なサラリーマン。

 それを見てウェルは目を細める。

 

(ふむ…成る程。中々にボリュームはありますが、サイズ自体は普通といった印象。決して悪くはありませんが…今の僕の食欲を満たすには少しばかり物足りませんね)

 

 今日は午前中から大忙しだったので、かなり腹が減っている。

 午後の予定も中々にハードになっているから、出来ればここで腹持ちが良い物を食べておきたいというのが本音だった。

 

「…となれば、選択肢は一つだけ…ですね」

 

 食べたいものはもう決まった。

 ウェルは店員を呼んで、迷わず『それ』を告げた。

 

「すみません。この『カツ丼大盛り』を貰えませんか?」

「「えぇっ!?」」

「え?」

 

 店員たちの突然の驚きに、ウェルも思わず目を丸くする。

 何か変な事で言ってしまったのだろうかと。

 

「えっと…大丈夫ですか?」

「あぁ…ちゃんと食べきれるかって事を言ってるんですね。ご心配なく。こう見えても僕は割と食べる方な上に、今日は朝から忙しくてお腹が空いてるんですよ。だから大丈夫ですよ」

「そ…そうですか…。では、少々お待ちください」

 

 明らかに様子がおかしい店員を訝しみながらも、ウェルはスマホ片手に暇潰しをする事に。

 

「一体全体なんだと言うんですかね…全く…」

 

 ブツブツと呟きながら白衣を脱ぎ折り畳み、いつでも食べられるように準備をする。

 その後も少し待つ事10分。

 遂にその時がやって来た。

 

「お待たせしましたー」

「お…来ましたね…って…えぇっ!?」

 

 テーブルの上にドンと置かれた物…それは『山』だった。

 尋常ではない大きさの器に築かれた超巨大な『カツの山』。

 これは明らかにおかしいサイズだった。

 

(な…な…な…なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? どう考えてもおかしいでしょうが!! なんなんですか、この異常なまでのサイズはッ!? これ絶対に人類が食せる量を超えてますから!! 世界大食い選手権とかに出ている人達用のサイズだろぉぉぉぉぉぉぉっ!! カツの埋もれて下の御飯が全く見えていないし…何がどうしてこうなったぁぁぁぁぁっ!!??)

 

 咄嗟に隣の客のカツ丼のサイズを再確認する。

 うん。やっぱり普通だ。

 なのに、目の前にあるこのカツ丼は常識的にも有り得ない。

 

(あれが並盛で……これが大盛りっ!? どー考えてもおかしーだろーが!! なんでいきなりサイズが一足飛びになってるんだよ!! これはあれか? ダイマックスですかコノヤロー!! なんで、よりにもよってカツ丼がダイマックスするんだよっ!? 明らかにする必要性がねーだろーが!!)

 

 混乱し過ぎで、口調が完全に別人になっていた。

 それ程までにウェルはパニック状態へとなっていたのだ。

 

(いや…ちょっと待てよ?)

 

 ここで我に返ったウェルは、急いでメニュー表を再確認する。

 目を凝らし、必死にメニューに書かれている物を凝視した。

 

(ち…違う…そうじゃなあない! これはちゃんと刻んでいるんだ!! サイズを!!)

 

 サイズは下から『レディースサイズ』『小盛』『並盛』『中盛』『大盛り』へと段階的に変わっていた。

 それを見てウェルは戦慄する!

 確かに、全五段階の一番上ならば、このサイズも納得せざる負えない!

 だがしかし、それとは別にウェルは自分に勘違いをさせた隣の客に向かって、思い切り心の中で叫んだ!

 

(お前…そのサイズは…レディースかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!)

 

 そう…隣のサラリーマンが食べていたのは、あろうことか一番小さいサイズのレディースサイズだったのだ。

 

(皮下脂肪たっぷりのデカい腹をしている癖に、どうしてレディースを頼んでんだよコノヤロー!! その腹で今更、健康志向とかダイエットとか考えても無駄だから!! 手遅れだからー!! 男なら堂々とデカいサイズを選びやがれってんだよゴラァァッ!!!)

 

 もうさっきからウェルの顔は冷や汗だらけ。

 大盛りを頼んで、こんな化け物カツ丼が降臨したのだから無理もない。

 

「…ん? ちょっと待ってください。そのデジカメは一体なんですか?」

「あ…これですか? 実はですね、当店では大盛りの挑戦した方は全員、成功失敗に関係なく記念写真を撮らせて貰ってるんですよ」

「な…なんですってぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 よく見たら貼られてある!

 厨房の上の方に数多くの写真たちが!

 そのいずれもが失敗している写真ばかり!

 これまでの挑戦者は誰も彼もがウェルよりも体格が大きい者達!

 そんな彼らでさえも攻略不可能だった難攻不落のカツの山!

 明らかにインドア派なウェルでは勝負は見えている…かに思えたが…?

 

(も…もしもここで僕が諦めたら…もしくは、失敗でもしようものなら…!)

 

 想像なんてしたくは無い。でも、思わず想像してしまう!

 最も考えたくない最悪のビジョンを!

 

(超巨大カツ丼にさえ勝てなかった哀れな男として永遠に名を刻まれる事となる!! 未来の英雄となるこの僕に、そんな事は許されない!!)

 

 超巨大カツ丼一つ食べられずに英雄になるなど夢のまた夢!

 その時、ウェルの中にある闘争本能に火が付いた。

 

「…お嬢さん。アナタは次に『やっぱり取り下げて、別のサイズにしますか?』と言う」

「やっぱり取り下げて、別のサイズにしますか? はっ!?」

 

 徐にネクタイを緩め、そして眼鏡を取る。

 その眼光は鋭く、完全に戦闘モードとなっているのは明白だった。

 

「お嬢さん。絶対に撮り逃してはいけませんよ。刹那のシャッターチャンス…! この僕…ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスが新たな伝説の一ページを刻みこむ瞬間を!!」

「「「「「おぉ~!!!」」」」」

 

 この宣言を受け、店内は一気にヒートアップ!

 気合と共に箸を握りしめ、ウェルは裂帛の気合いと共に人生最大の強敵に真っ向から立ち向かう!!

 

「いざ……参る!!」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 箸と言う名の剣を携え、ウェルは無数のカツがひしめく大海原へと漕ぎ出していく!!

 辺り一面に漂うは揚げ立てサクサクの衣と卵に包まれた極上のロースカツ!!

 普通に食べていたら絶品であったであろうそれは今や、ウェルにとって嘗てのシンフォギア装者達よりも遥かに圧倒的で強大な敵として立ちはだかっていた!!

 

(思ったよりもいける!! このペースを維持出来れば、攻略も不可能ではない!!)

 

 その細い見た目に反し、順調なスタートを切るウェル。

 彼の勇士に店内にいる全ての人間達の視線は釘づけとなった。

 

「はははははははは! 思ったよりも美味しいじゃあないですか!」

 

 なんてカツを味わう余裕すら見せる。

 そうこうしている内に、遂に天上を覆う雲の如きカツを全て食べきったみせた!

 

「はぁ…はぁ…はぁ…! これでカツは全て食べきりましたよ…! 後は…なぁっ!?」

 

 後はご飯を食べるだけ…そう思ったウェルに衝撃が走る!

 ご飯に突っ込んだ箸の感触が明らかにおかしいのだ!

 まさかと思い、急いでご飯を掻き分けると、そこにあったのは…。

 

「ば…馬鹿なッ!? ライスの下にカツが隠れ潜んでいただとぉっ!?」

 

 そう…その通り!

 実はこの『大盛りカツ丼』…カツは一層だけではなかったのだ!

 カツを攻略したと安心させた挑戦者を嘲笑うかのように、白米の下に隠れている更なるカツ!!

 最後の最後まで絶対に油断などさせないという執念すら感じられた!!

 

「ふ…ふふふ…! これぐらいじゃあないと面白くない…! 英雄の底力…思い知らせてあげましょう!!」

 

 強気な発言をしているが、もう既にウェルの腹はとっくに限界を超えている。

 それでも彼が立ち向かうのは、意地や反骨心もあるが、それ以上に自分の未来の為というのが大きかった。

 

「英雄に敗北は許されない…! 英雄は決して敵に対して背を見せたりしない…! そう…」

 

 カッ! と目を見開き、ウェルは再びカツの海へと飛び込んだ!!

 

「真の英雄は『胃』で殺す!!」

 

 ご飯と一緒に下層にあるカツも一緒に口へと運んで行く。

 勿論、ペースは決して乱さない。

 少しでもペースが乱れたが最後、そこから一気に追い込まれていくのは明白!

 故に、どんなに辛くても箸だけは決して止めない!!

 

(うっ…! 水が欲しくなってきた…! だが、それはダメだ!! 水分補給は最後の手段! 水と言うのは想像以上に胃に溜まる! 安易に飲めば逆に自分自身の首を絞めることになる!! この状況でそれだけは絶対にしてはいけない!!)

 

 一瞬だけお冷が入ったコップに手が伸びかけたが、すぐにそれを引っ込めてから戦いを再開する。

 

(よ…よし! 今度こそカツを完全制覇してみせたぞ! 後はライスさえ始末してしまえば…な…にゃにぃぃぃぃぃぃっ!?)

 

 カツの下には更なるカツが。

 その下にも更なるカツが特殊工作員の如く潜んでいた!!

 

(さ…三層構造だとぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!? 一体どこまで人の精神を追い詰めれば気が済むんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?)

 

 だが、流石にドンブリのサイズ的にもこれより下は無いと推測できる。

 つまり、今度こそ本当のラストスパート!!

 ここさえ乗り越えればゴールは目の前だ!!

 

「見せてあげますよ…天才の意地ってやつをね!!」

 

 これが本当に最後の戦い!

 ウェルは残された最後の力の全てを振り絞り、本能が赴くままに箸を動かし、顎を動かし、その全てを胃に流し込む!!

 

 そして…決着の時が来た。

 

「これで……最後だ!! あむ!!」

 

 箸の先に摘まんだご飯粒を見せつけるようにしてから食べ…遂に完食!!

 

「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」

 

 挑戦を決めた時以上の歓声と興奮が店内に溢れる。

 それは勇者を湛える凱歌。

 新たなる英雄の誕生を喜ぶ者達の声だった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「えっと…出来れば、もう少し自然な笑顔でお願いできますか?」

「自然な笑顔? これでいいですか?」

「あ…大丈夫です。では、撮りますねー」

 

 完食した巨大ドンブリを見せつけるかのようにしてからの記念撮影。

 実は、何気にこの店の大盛りチャレンジの初制覇者でもあったウェル。

 彼の勇気と功績を湛えた写真は、ずっとこの店の一角にて輝き続ける事だろう。

 

「ありがとうございましたー」

 

 なんとも予想外の食事を終え、ウェルは店を後にする。

 その直後、彼の顔が一瞬にして真っ青になった。

 

「うぅ…流石の僕もこれ以上は無理ですね…! 心なしか、左腕に融合したネフィリムも苦しんでいるような気がしますね…」

 

 大きく膨れた腹を抱えながら、どこか落ち着ける場所は無いかと周囲を見渡すと、そこで意外な人物達と遭遇する事となった。

 

「アナタ達は…」

「う…嘘でしょ…!? どうして、お前がここに…!?」

「信じられないデース…」

「ウェル博士…!?」

「マリアさん…切歌さん…調さん…」

 

 嘗て、同じ組織にいた者達同志が、町のど真ん中にて再会した。

 このことがどんな結果をもたらすのか…それは誰にも分らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次にお前は『まんま中間管理職トネガワじゃねーか!!』と言う。

次回は打って変わってシリアスです。






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亞里亞の過去の一端(前編)

「いやはや…まさか、街中であなた達と再会しようとは思いませんでしたよ」

「それはこっちの台詞よ。ウェル博士」

 

 何故か妙にサングラスを掛けた黒服が多い喫茶店。

 ウェルとマリアたちはそこへと移動し、テーブル越しに向かい合っていた。

 

「アナタ達の事ですから『どうしてボクがここにいるのか』と聞きたいのでしょうね」

「分かってるじゃない」

 

 ウェルは余裕な顔をしているが、マリアたちの心中は穏やかではない。

 本来ならばいない筈の男が、こうして目の前でコーヒーを飲んでいるのだから。

 

「ウェル博士…アナタはその左腕にネフィリムを融合させたことで『物』として扱われ、深海深くにある施設に幽閉という名の封印処置をされたと聞いたわ」

「確かにその通りです。僕はあの後、人権を剥奪され『深淵の龍宮』へと移送、幽閉されました」

「だったら…」

「ですが、とある人物がこの僕の協力を欲し、あそこから出してくれた上に、再び人権を戻してくれた。新しい職場のおまけ付きでね」

「とある人物って…」

「誰のことデスか?」

「アナタ達もよく知っている人物…櫻井亞里亞博士です」

「「「えっ!?」」」

 

 全く予想していない名前が飛び出し、三人同時に驚いた顔を見せる。

 まだ一度しか会ってはいないが、その経歴と見た目のインパクトから、かなり濃い印象が植えつけられていたから。

 

「ど…どうして彼女が…? いや、それ以前に、アナタと彼女は知り合いなの?」

「知り合いも何も、亞里亞博士とこの僕は元同僚同士…所謂『友人』という関係ですよ」

「あの人と博士が友人同士って…」

「信じられないデス…」

 

 三人から見たウェルの印象は典型的なマッドサイエンティストで、逆に亞里亞の印象は天才幼女だったから。

 まさか、その二人に接点があろうとは思ってもみなかった。

 

「もしかして聞いていないんですか? 亞里亞博士が一時期『F.I.S』に身を寄せていた事を」

「それなら知ってるわ…彼女から聞いたから。その時、彼女はマムと知り合いみたいな事は言っていたけど…」

「おやおや。この僕とのことは話してくれなかったんですね~」

 

 因みに、亞里亞がウェルとの関係を話さなかったのは、単純に同類と思われたくなかったからである。

 

「なら、この事は御存知ですか? 亞里亞博士とナスターシャ博士は半ば、喧嘩別れに近い形で決別したと言うことを」

「喧嘩別れ…ですって?」

「確かに、意見の相違で出て行ったとは聞いていたけど…」

「ケンカって…一体何が原因なんデスか?」

「原因…ですか」

 

 今のウェルは色んな事を経験し、精神的に安定している状態にあった。

 故に少しだけ迷ってしまう。

 彼女達に亞里亞の『過去の一端』を話してしまってもいいのかと。

 

「…ま、いいでしょう。博士自身も『決して他人に言うな』とは言ってませんでしたしね」

 

 空っぽになったコーヒーのお替りを注文しながら、ウェルはポツポツと語り始める。

 亞里亞の過去の一部を。

 余談だが、何故か定員もサングラスに黒服な人間だった。解せぬ。

 

「亞里亞博士は…『潔癖症』だったんですよ」

「けっぺきしょー? って…なんデスか?」

「「「…………」」」

 

 過去話、開始十秒で頓挫。

 流石のウェルも、これには普通に頭を抱えた。

 

「あー…マリアさん?」

「これに関しては素直に謝るわ…ごめんなさい」

「な…なんでマリアが謝るデスか?」

「切ちゃん…」

「え? ええ?」

 

 あの調がジト目で切歌の事を見る。

 何も分かっていないのは本人だけだった。

 

「潔癖症って言うのは『綺麗好き』って意味だよ。切ちゃん」

「ナルホドー! …でも、どうして綺麗好きな事と、マムと亞里亞ちゃんが喧嘩したことが関係してるんデスか?」

「…これに関しては、こちらの言い方が悪かったですね」

 

 そうこうしている間にコーヒーのお替りが到着。

 それを一口飲んでから話を再開した。

 

「亞里亞博士の『潔癖症』と言うのは、精神的な意味なんですよ」

「精神的な意味…?」

「そう。幼い見た目をしていても、彼女とて立派な研究者。故に理解はしているんですよ。科学の発展には犠牲はつきもので、その為ならば人体実験もまた必要であると」

「そんな…」

 

 あんな可愛らしい容姿なのに、中身はウェルと大差がないかもしれない。

 そう思うと地味にショックが大きい。

 

「…ですが、彼女は同時にこうも考えている。『自分達の実験に見ず知らずの赤の他人を巻き込むべきではない』…と。亞里亞博士は科学者として非常に優秀ですが、同時に致命的なまでに矛盾した考えも持っていた」

「赤の他人を巻き込まないって…それじゃあ、一体どうやって人体実験をしていたというの?」

「決まっているでしょう。自分自身の身体で人体実験をしていたんですよ」

「「「えっ!?」」」

 

 他人の身体ではなく、自分の体を使っての人体実験。

 それだけ本気だと言えばそれまでだが、第三者からしたら異常にしか見えない。

 

「アナタ達がシンフォギアを装着する際に使っているリンカーが最たる例ですね。あれは僕と亞里亞博士の合作に近いのですが、あれが完成に至るまでの間、臨床試験と称して何度も何度も自分の体内にリンカーを注入し続けていましたから」

「ま…待って頂戴! 今でもリンカーには少なからず毒性があるのに、初期の頃のリンカーともなれば…」

「勿論、その毒性は現在の比じゃありません。最悪、死ぬ可能性だって十分に有り得た。でも、彼女は決して止めなかった。その気になれば、幾らでも実験体は用意出来た筈なのに」

「と言うことは…今の亞里亞さんは…」

「本人は平気そうに振る舞ってはいますが、実際には体の中はとっくにズタボロになっていますよ。本人は『体力が落ちた』なんてぼやいていましたが、その原因は決して加齢や運動不足だけではなく、初期リンカーの過剰摂取が原因です。ま、その事は亞里亞博士本人が一番理解しているでしょうけど」

 

 自分達が力を得るまでの過程に、まさか亞里亞が関与していたとは。

 知らなかった事とはいえ、マリアたちにはショックが大きかった。

 

「そして…その傷跡は今でも亞里亞博士の見た目に出ている」

「どういうこと…?」

「皆さんは疑問に思いませんでしたか? どうして、生粋の日本人である亞里亞博士の髪は真っ白なのだろうと。実の妹である櫻井了子の髪はちゃんとしていたのに」

「言われてみれば、確かに…」

「因みに、これが昔の亞里亞博士の姿です」

 

 ポケットからスマホを取り出し、ディスプレイにとある写真を表示させてマリアたちに見せる。

 それは、F.I.Sのスタッフの集合写真だった。

 

「ウェル博士に…マムもいる…」

「そして、亞里亞さんも……え?」

「この亞里亞ちゃん…髪の色が真っ黒デース!」

 

 切歌の言う通り、写真に写っている仏頂面の亞里亞は、日本人特有の黒い髪をしていた。

 

「後遺症…ですよ。リンカーの投与のし過ぎで、彼女の髪は真っ白になってしまった。博士自身は全く気にしていなかったようですが」

 

 髪が変色してしまうほどの初期リンカーの多量接種。

 その時に味わった苦痛は想像に難くない。

 

「地獄のような苦痛に耐え、その果てにリンカーは一応の完成をした。それから少し後ぐらいですかね…亞里亞博士がF.I.Sを出ていき…ナスターシャ博士と決別したのは」

 

 懐かしそうな表情をしながらコーヒーを一口。

 砂糖とミルクを入れ忘れていたので、一瞬だけ苦い顔になったが。

 

「彼女が自分の事を顧みないのは今でも変わらない。だからこそ、博士は後々に自分がどんなバッシングを受けるかも全て覚悟の上で、半ば独断に近い形で龍宮から僕を連れ出し、思い切り職権乱用をして僕に再び人権を持たせ、挙句の果てに『風鳴機関主任研究員』という地位まで与えた」

「しゅ…主任研究員っ!? あなたがっ!?」

「えっと…亞里亞ちゃんが所長だから…」

「ウェル博士は今、亞里亞さんの部下ってこと?」

「そうなりますね。僕としても不満はありませんし。寧ろ、亞里亞博士の下で働けるのなら大歓迎ですよ。未だに、彼女と一緒にいる事で得られる知識は多い」

 

 英雄願望丸出しとはいえ、ウェルとて一人の人間であり立派な化学者。

 尊敬する相手の一人や二人ぐらいは存在している。

 その内の一人が亞里亞なのだが。

 

「ねぇ…どうして彼女はマムと決別する事となったの?」

「矢張り…それを聞いてきますか…」

 

 彼女達…特にマリアからしたら気にならない筈がない。

 あの二人がどうして袂を分かつ事となってしまったのか。

 

「そうですね…全てを話すと長くなってしまいますが…」

「それでも構わないわ」

「こっちが構うんですけど…」

 

 忘れられているが、今はウェルにとっては昼休みの時間。

 本当は一刻も早く機関に帰らないといけないのだ。

 もし遅れたら、オートスコアラー達からグチグチと嫌味を言われるから。

 

「まぁ…貴女たち…というか、レセプターチルドレンも決して無関係ではありませんしね…少なくとも、マリアさん達にも知る権利ぐらいはあるでしょう」

「私達も無関係ではない…?」

「で…でも、亞里亞さんがF.I.S.に所属していたのは、今から10年前なんだよね…」

「その頃はまだ、私達はF.I.S.にはいなかったデスよ?」

「そりゃそうです。亞里亞博士が去って行ったのは、貴方達が来る直前だったのですから。つまり、入れ替わりに近い形になりますね」

「そうだったのね…」

 

 それならば、自分達が亞里亞の事を知らなかったのも納得がいく。

 自分達よりも先にいなくなっていたのならば、会いようがない。

 

「…亞里亞博士は、あなた達をレセプターチルドレンとする事に猛反対していました。何もかもを失ってしまった子供達から、自由すらも奪うのか…とね」

「「「………」」」

 

 当時の事を思い出すと、どうしても暗いことしか思い浮かばない。

 苦痛と涙と恐怖に満ちた日々。

 そんな中でも、妹や仲間達がいたから彼女達は耐えられた。

 

「どうやら、博士はあなた達を自分の手で一時的に引き取って、その後に信用ある孤児院にでも預けようと思っていたそうです。ナスターシャ博士が一枚上手だったせいで、それも全て無駄に終わりましたが」

「あの子が…そんな事を…」

「亞里亞ちゃん…」

「もし…それが実現していたら…今頃はどうなっていたのかな…」

 

 考えても意味が無いと分かってはいるが、それでも考えてしまう自分達のIF。

 自分達の事を本気で助けたいと思っていた亞里亞の願いに自分達は今、真っ向から反発していることになる。

 そう思うと、罪悪感が凄かった。

 

「それが原因で…マムとあの子は対立して…?」

「えぇ。そのまま関係を修復出来ないまま今に至る…といった感じでしょうか」

 

 

 



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亞里亞の過去の一端(後編)

少しだけウェルの設定が原作と違っていますが、それはこの作品のオリ設定です。

なので、あまり気にせずに読んでください。









10年前 F.I.S.

 

「今…なんつった?」

「聞こえませんでしたか? ならば、もう一回だけ言ってあげましょう」

 

 静かに激怒した亞里亞が血管を浮かび上がらせながら、冷たい目で彼女を見下ろすナスターシャを睨み付ける。

 だが、彼女はそんな亞里亞の睨み付けに全く怯むことなく、淡々と自分の考えを言い放った。

 

「先の紛争で孤児となった少女達…あの子らを『レセプターチルドレン』にすると言ったのです」

「ふざけるな!! 故郷を失い、家族を失った…そんな子供達から自由と人権まで奪おうって言うのか!!」

「そうは言っていません。彼女達には衣食住を提供する代わりに、我々に協力して貰うのです」

「同じ事だろうが!! そう言うのを世間一般では『脅迫』や『強要』って言うんだよ!!」

 

 周囲で他の研究員たちが慄いている中、ウェルだけは一人、冷静な視線で二人のやり取りを眺めている。

 だが、それに気が付かない亞里亞とナスターシャの言葉の応酬は激しさを増していった。

 

「あの子達は既に数多くの物を失った。これ以上、あの子達から何かを奪うような真似をするな…!」

「しかし検査の結果、彼女達には『フィーネ』の魂の器…即ち『転生体』である可能性が浮上しています」

「だからどうしたっ!?」

「フィーネの直系の子孫である貴女も含め、少しでも可能性の芽はあった方が良い。亞里亞。アナタも科学者ならばそれを理解している筈です」

「…確かに、1%でも可能性を高くしたい…その気持ちは理解出来る。過去に自身の失敗で死んでいった連中の大半が、その1%の可能性を軽視していた。だとしても! 納得は出来ない!!」

「どうしてですか」

「決まってるだろ…お前が何の関係が無い子供達を犠牲にしようとしているからだよ!! こんな消毒液臭い場所で実験動物扱いするだなんて…およそ人間のする事じゃない!! 自分達の実験に他人を巻き込むな!!」

「…貴女の口癖ですね。その結果が『その体』ではないのですか?」

「後悔はしていない。寧ろ、誇らしいとすら思っているよ」

「分かっているのですか? 貴女の存在自体が世界的に見ても非常に価値ある存在なのですよ? それなのに…」

「まるで、自殺願望でもあるかのように自分の体を酷使し過ぎている…か?」

「そうです。亞里亞。貴女はもっと自分の価値を理解すべきです」

「ふん…価値ね…」

 

 ナスターシャの言った『価値』という言葉が琴線に触れたのか、亞里亞は急に黙りこんだ。

 

「どれだけ優れた頭脳を持っていても、どれだけ偉大な祖先の血を引いていても、どれだけ優れた体を持っていても、命の価値はどこまでも『等価値』だよ。人間も、獣も、昆虫も、死ねば一緒だ」

「私達も動植物も同じ価値しかないと?」

「そう言っている。命に『色』なんて存在していないんだよ。人間が自分勝手に命に価値を決めつけているだけだ」

 

 話は完全に平行線。

 どちらも絶対に譲る気は無い。

 だが、亞里亞は思い知る。

 この目の前にいる老婆が自分の想像以上に狡猾であったことを。

 

「ですがまぁ…貴女がどれだけ吠えようとも、もう手遅れですけど」

「それはどういう意味……まさかっ!?」

「そう…もう既に彼女達は検査を終えて、この研究所に来ています。勿論、貴女の権限では入れない場所に」

「お前…!」

 

 この問答自体に意味が無かった。

 もう既に先手を打たれていたのだから。

 

「どうやら、貴女は彼女達をどこかの孤児院にでも預けようとしていたようですが…無駄に終わりましたね」

「黙れ…!」

「いずれ、彼女達もアナタとウェル博士が作った『リンカー』を使う事になるでしょうね」

「シンフォギアまで使わせる気か…!」

「勿論です。そうでなくては、あの子達を連れて来た意味が無い。それに、シンフォギアもまた貴女が生み出したものでしょう?」

「私は理論を作っただけだ。それを形にしたのは了子だ」

 

 顔を伏せた亞里亞は、徐に踵を返して扉へと向かう。

 

「何処に行くのですか?」

「決まってるだろ。F.I.S.(ここ)を出ていくんだよ」

「なんですって?」

「国が変われば何かが変わると思っていた私が馬鹿だった。結局、国が変わっても研究者って人種の本質は何にも変わらない。他人を犠牲にしなくては成果一つすら得られない。ホント…虫唾が走る」

「待ちなさい。勝手にここを去ることは許しません」

「黙れ。私はここの正式な職員ではなく、あくまで『一協力者』に過ぎない。つまり、お前の部下でもないって事だ。お前が私に命令する権限は無いし、引き留める資格もない」

 

 今度は亞里亞がナスターシャにマウントを取り始める。

 そもそも、彼女相手にまともな腹芸が出来るのはナスターシャぐらいしかいない。

 他の者が同じことをすれば、即座に論破されて終わりだ。

 

 亞里亞が扉の前まで行った瞬間、ナスターシャが最後の説得を試みた。

 

「…本当に行くのですか?」

「そう言っている」

「どこか行く当てでも?」

「当ても何も、元いた場所に戻るだけだ。本来、私はアメリカから派遣されてきた身なんだぞ? もう忘れたのか?」

「…そうでしたね」

「ナスターシャ。最後にこれだけは言っておく」

「なんですか?」

「これから先、何かあっても自分さえ犠牲になればどうにかなる…だなんて阿呆な考えだけはするなよ。さっきも言った通り、全ての命は等しく等価値だ。例えお前が何を言おうとも、お前も所詮はただの人間。人間一人の命は人間一人分の価値しかない。つまり『自分と命と引き換えに皆の事は』的な交渉は全くの無意味だ。これを忘れるな」

「…覚えておきましょう」

「それじゃあな。今まで世話になった」

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「…というのが、亞里亞博士とナスターシャ博士の最後の会話でした」

「「「………」」」

 

 まるで遠い昔の事を思い出すかのように語るウェルに、マリアたちは完全に黙ってしまった。

 確かに辛いことや悲しいことも沢山あったが、それでも彼女達三人はナスターシャの事をとても慕っていた。

 だが、同時に亞里亞も自分達の身を本気で案じていた。

 

「ねぇ…彼女は…亞里亞博士はマムの死について何か言っていたのかしら?」

「さぁ…少なくとも、僕は何も聞いてはいませんね」

「そう…」

 

 方向性の違いからの完全なる決別。

 幾ら時間が経過しているとはいえ、そう簡単に蟠りが解ける筈もない。

 

「あくまで『僕は何も知らない』ってだけで、もしかしたら僕の知らない所でナスターシャ博士の死について何かを言っていた可能性はありますね。もしくは、言葉にしないだけで心の中では何かを考えていたとか」

 

 亞里亞はあまり自分の『本心』を語らない。

 『意見』ならば遠慮なくズケズケと言うが、亞里亞自身の『心の声』を聞いた者は殆どいないだろう。

 

「どうにかして…亞里亞博士と会って話をする事って…出来ないのかしら…」

「普通に考えたら無理でしょうね。博士の提案で、風鳴機関とS.O.N.G.との間で不干渉条約が結ばれていますから。これはあのS.O.N.G.司令官である風鳴弦十郎も承知している。少なくとも、我々がお互いの施設に入ることは絶対に不可能でしょう」

「そう…」

「マリア…」

 

 最初に出会った時から、なんとなくでは分かっていた。

 亞里亞が自分達に対して『壁』を作っていた事は。

 それと同時に、激しい罪悪感も抱いたことも。

 たった一人で、あの小さな背中に全てを背負い、亞里亞は立ち上がった。

 亡き妹の願いを成就させる為に。

 マリアも昔、目の前で妹を亡くして己の無力さを痛感した。

 故に少なからず亞里亞の心情が理解出来てしまう。

 今の亞里亞はまるで、『フィーネの器』として世界を敵に回していた嘗ての自分を見ているようだった。

 

「ですが、決して亞里亞博士と話す機会が無いという訳ではありませんよ?」

「「「え?」」」

 

 ここでまさかのウェルの方からの助け舟。

 彼がこんな事を言い出すとは予想すらしていなかったので、マリアも調も切歌も呆気にとられていた。

 

「確かに相互不干渉とは言ってはいますが、それは決してプライベートには及びません。あくまで『互いの仕事の邪魔をしない』という決め事なので」

「それじゃあ…」

「えぇ。博士はよく、この町で外食をしています。なので、この町をうろついていれば、偶然にも亞里亞博士と遭遇してしまう可能性はあるでしょうね」

 

 京都にある風鳴機関から、この町にまで来るのには本来であれば、かなりの手間暇がかかる。

 だがしかし、亞里亞は錬金術も嗜んでいる身。

 その気になれば自分の手で幾らでも『テレポートジェム』を作り出せる。

 実際、風鳴機関の職員たちは亞里亞やキャロルが作ったテレポートジェムの世話になっていた。

 

「ところで、博士と会って何を話す気ですか?」

「色々と。マムの事もそうだし、どうして『相互不干渉』なんて言い出したのか…とか」

「ほぅ…?」

 

 あの亞里亞がそう簡単に自分の本心を語るとも思えないが、かといってマリアと亞里亞が接触することで、どんな化学反応が起きるのか興味もある。

 話を聞きながら、ウェルは一瞬だけ科学者の顔になった。

 

「ま…好きにしたらいいですよ。僕にどうこう言う権利はありませんからね。もし博士がここにたら、きっと同じ事を言っていたでしょう」

 

 そう言いながらウェルは財布の中から自分の分の料金をテーブルに置き立ち上がった。

 

「では、そろそろ僕はこの辺で。昼休憩の時間が終わりそうなので」

「え…えぇ…色んな話を聞かせてくれてありがとう」

「どういたしまして。それでは」

 

 にこやかな笑顔を振りまきながら、ウェルはそそくさと店を後にした。

 それを見送りながら、マリアがポツリと呟く。

 

「まさか…あの男に『ありがとう』なんて言葉を言う日が来るだなんてね…」

「うん…なんか変わったね…」

「まるで別人みたいに爽やかになってたデス…」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一方その頃、ウェルはというと…。

 

「うぅ…カツ丼超大盛りの後のコーヒーは流石にキツかったですね…。見栄を張る為に頑張りましたが…戻ったら少しお腹を休める時間を貰いましょうか…」

 

 道端で顔を青くしながら、お腹を抱えて苦しんでいた。

 食事は腹八分目こそがベスト。

 食べすぎにはご注意を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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釣れた!!

 それは、私が自分の研究室でキャロルやウェルと一緒にいる時だった。

 

「成る程…こうなっているのですね。これはまさに発想の転換。まさか、こんな方法があったとは…流石は亞里亞博士」

「しかも、これに錬金術で生み出された『ファウストローブ』の技術まで応用しているのだから恐れ入る。亞里亞の産み出したこれは、間違いなく『聖遺物』と『錬金術』の融合というべき物だ」

「あんまし褒めるなよ…普通に照れる」

 

 私が最初から持っていた『量産試作型シンフォギア』二つの最終調整は完全に終了した。

 後は、了子から託された代物を完全な状態にするだけだ。

 

「それにしても、まさか『これ』を『人工聖遺物』と化してコアとするとは…」

「ある意味で『伝説』ではあるだろ? 手に入れるのに苦労したんだぞ」

「だろうな…本来ならば、『これ』は深海の底に沈んでいる筈の代物だ。良く見つけたもんだと感心するよ」

「ま…私にも独自のコミュニティってやつがあるのさ」

 

 本格的に量産体制に入ったら、思い切りこき使わせて貰うけどな。

 その分、金を惜しむつもりは無いけど。

 

「さーて…ここからが本番だぞー…」

 

 背中を伸ばしてから首をコキコキと鳴らし、ついでに全部の手の指をコキコキコキと鳴らしてから仕事再開…としようとした時、唐突に部屋の扉が開いた。

 

「亞里亞博士。緊急事態です」

「ん? ファラか…どした?」

「一体何があった?」

 

 緊急事態と言いつつも全く驚いていないのが、なんともファラらしい。

 

「…『魚』が『網』に掛かりました」

「本当かッ!?」

「遂にか…」

「おぉ…」

 

 ったく…ようやくかよ…。

 どれだけ人を待たせれば気が済むんだ…。

 

「追跡は?」

「開始しております」

「グッド。よし、中央センターに行くぞ。二人とも来てくれ」

「分かりました」

「いいだろう」

 

 私は、首からぶら下げている『青いペンダント』を握りしめつつ、もう一つのペンダントをポケットに入れながら、キャロルやウェル、ファラを引き連れて中央センターまで移動することに。

 一体どんな連中が来たのか…その顔を拝んでやるとしますか。

 『あの三人』じゃない事を地味に祈るけどな。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「おい。どんな感じだ?」

「所長。お待ちしておりました」

 

 中央センターはもう既に慌ただしくなっていて、所員の皆が東方西走していた。

 こんなにも忙しそうにしているのを見るのは久し振りだな。

 

「で、どいつだ?」

「中央モニターに出します」

「頼む」

 

 若い女性の所員が機器を操作して『ターゲット』の映像を出してくれる。

 こーゆー時、モニターがデカいのは助かるよなー。

 

「こいつか…」

 

 映し出されたのは街のど真ん中の光景。

 それ自体は別に何にも不思議な所は無い。

 問題があるとすれば、映像の中心に映っている男だ。

 パッと見は、黒い背広を着ている男に見えるが…。

 

「どうですか? 私達はよく知らないので何とも言えないのですが…所長や副所長ならばご存じかもと思って…」

「良い判断だ。それに…」

 

 流石に都会の街中、しかも奴等にとって日本は間違いなく『異国』だ。

 いつもの黒くて無駄に派手なローブは身に付けてないか。

 だけど、他の部分は隠し切れてはいないな。

 

「フン…馬鹿な連中だ。変装するなら、もっと細かい所にも気を配ればいいものを」

「と言いますと?」

「『奴等』の特徴的なローブは無くても、その手や手首に派手な装飾品を身に着けてやがる。アホ丸出し。でも、そのお蔭で奴等がどの『位置』にいる連中なのかも一発で分かった」

 

 あんなにも堂々と辺りをキョロキョロとしやがってからに。

 不審者丸出しだっつーの。

 日本の治安を舐めてんのか?

 

「『金』という物は基本的に錬金術師…っていうか、正確には『奴等』にとっては余り好ましくない物だとされている。『金』とは即ち『欲』の象徴…『真理』を追い求める者達にとっては尤も邪魔な存在だ。だが、そんな当たり前の事すらも忘れて、目先の欲に逆らえない馬鹿もいる。それが今、モニターに映ってる男だ」

「恐らく、こいつは『連中』の中でも下っ端に分類される奴等に違いない。上の奴等は無駄にプライドだけは高いから、あんな金の装飾が付いた指輪とか絶対につけない」

「ふむ…流石は錬金術に詳しい御二方。まさか、装飾品を見ただけで、そこまで見破ってしまうとは…この私も脱帽です」

 

 こんな事で褒められてもな…別に嬉しくない。

 褒められるなら、もっと別の事で褒められたいな。

 

「…で、見つけたのは一人だけか?」

「いえ。実は、同時刻に別の地点にも似たような恰好をした者達が発見されているんです」

「見せろ」

「了解」

 

 今度は分割された小さいモニターが複数同時に映し出される。

 そこには顔は違うが、格好は似ている男達が何人もいた。

 

「ふーん…人海戦術で攻めてきた訳ね。街中で堂々を錬金術を使わない所だけは感心してやるよ。ま、それも私達が出ていけば容赦なく使って来るだろうけど」

「では…?」

「勿論、現場に急行する。一人でもいいから接触すれば、そこからは嫌でも他の奴等も集まってくるはずだ。まるで夜中に街灯に集まる虫みたいにな」

 

 本当に、ただ待つのってのは普通に大変だった。

 いつ来るか分からないから、常に気を張ってないといけなかったし。

 でも、もうそんな心配は無用になる。

 こっちがちらつかせ続けた『餌』に、奴らは見事に引っかかってくれた。

 後は、私達の手で引っ張り上げるだけだ。

 

「現場に行くのは私とキャロル。それから…ファラ」

「はっ」

「ガリィとレイアを呼んできてくれ。お前達三人にも一緒に来て貰う」

「了解しました」

 

 流石はファラ。

 特に聞き返す事などせず、すぐに言うことを聞いてくれた。

 

「さて…ンじゃ次は…おいジジイ! どうせ見てるんだろ!」

『フン…バレておったか』

「訃堂さまっ!?」

 

 案の定、複数あるモニターの一つが強制的に切り替わり、そこにジジイの顔が映し出される。

 いきなりの事に所員たちは驚いたみたいだけど。

 

『やっと、愚かな『魚』どもが、貴様の撒いた『撒き餌』に食い付きおったようだな』

「まぁな。なら…もう私の言いたい事は分かってるよな?」

『無論よ。既に現場に我が部下共を派遣し、密かに市民の避難を開始させておるわ。奴らに気付かれぬように…な』

「それでこそ『防人』だ」

『当然よ。亞里亞よ。貴様達も現場に急ぐがいい。…お前の『研究成果』…とくと見させてもらうぞ』

「あぁ…よーく見とけよ。私なりの『やり方』ってのを」

 

 言うだけ言ってから通信が切れ、元の映像に戻った。

 本当にあいつは変わらないジジイだよ…ったく。

 

「ウェル。私達が出ている間、ここの指揮は頼んだぞ」

「フフ…お任せください。亞里亞博士が不在の間は、この私が必ずやここを守ってみせましょう」

「頼もしいよ」

 

 普段の言動からは想像しにくいが、こーゆー時のウェルはマジで頼りになる。

 だからこそ、私はこいつを風鳴機関に引き抜いたんだけど。

 

「キャロル。もしかしたら、今回の一件で未だに目覚められないでいる最後のオートスコアラーを起動させられるかもしれないぞ」

「ほ…本当か!? まさか、奴らの『想い出』を使って…?」

「そゆこと。一般人をどうこうするのは絶対に論外だけど、あのバカどもならば話は別。寧ろ、遠慮なくやっちゃっていい」

「それに関しては同感だな」

「でしょ? んじゃ、ファラ達がやって来次第、出発しようか」

 

 ふぅ…地味に緊張するな…。

 いかに相手が雑魚とはいえ、これが私にとっての『初陣』になる訳だしな…。

 ファラ達が来るまでの間に、出来るだけ緊張を解しておかないと。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一方その頃。

 S.O.N.G.本部。司令室。

 

「…あれ?」

「どうした?」

 

 二人いるオペレーターの一人である藤尭の声を聞き、弦十郎が腕組みをしながら尋ねる。

 立場上、どんな些細なことでも聞き逃すわけにはいかない。

 

「いえ…ちょっと、風鳴機関のある京都の街中の映像を見たんですが…何だか変なんです」

「変とは?」

「街中を歩いている人達が急に少なくなっていってて…まるで、どこかに避難でもするみたいに…」

「避難だと…?」

「えぇ。でも、別におかしな反応とかは全く出てないんです。近くで何か事故でもあったのかな…?」

 

 街中で事故が起きる事は充分に大変な事だが、それは彼らの管轄ではない。

 それらの事は警察や消防の出番なのだ。

 彼らの仕事を奪うような真似だけはしてはならない。

 

「あら?」

「今度は友里か。どうした?」

「あの子…櫻井亞里亞博士を街中で見つけたもので…」

「なんだと?」

 

 理由は不明だが、京都の町は避難活動の真っ最中。

 そんな中に亞里亞が街中にいる。

 弦十郎の『勘』が、それを怪しめと告げていた。

 

「いるのは亞里亞君だけか?」

「いえ。一人だけじゃないみたいです。モニターに出しますか?」

「頼む」

「了解しました」

 

 友里が機器を操作すると、モニターに映し出されたのは、車が一台もいない道路を走っている亞里亞の姿。

 彼女の走っている光景自体が非常にレアなのに、今回の亞里亞は一人ではなかった。

 

「あの金髪の少女は…亞里亞君の友人である子か。それと、他の三人は一体…?」

「三人共、随分と派手な格好をしてますけど…なんか人間離れをしているような気が…」

「それ俺も思った。なんつーか…肌が白すぎる感じがするんだよなぁ…」

「ふむ…」

 

 亞里亞の知り合いと言う時点で、一緒にいる謎の三人も悪人ではないと断言出来る。

 昔から、亞里亞は無茶をする事は多いが、悪事を働くような真似は絶対にしなかった。

 彼女は曲がった事が大嫌いだったから。

 

「どうしますか司令?」

「相互不干渉条約を結んでいるとはいえ、気になることではあるな…。念の為に慎二か、もしくは手の空いている装者の誰かを向かわせて…」

『それには及ばぬ』

「「うわっ!?」」

「親父…!」

 

 何の前触れもなく、いきなりモニターが切り替わり、そこから姿を現したのは弦十郎の父である風鳴訃堂の顔面ドアップだった。

 

「及ばぬとはどういう事だ?」

『そのままの意味よ。此度の事、全て風鳴機関…いや、亞里亞たちに任せておけばよい』

「一体何が起きようとしているんだ…?」

『お前達の…いや、装者の存在意義を揺るがす事よ』

「なん…だとぉ…!?」

 

 装者の存在意義を揺るがす。

 その意味は理解出来ないが、それでも決して看過は出来ない台詞だった。

 

『お前達は黙って見ているがよい。亞里亞の長年の研究の成果が花開く瞬間をな』

「ま…待ってくれ! 親父は亞里亞君が何の研究をしているのか…知っているのかッ!?」

『当たり前だ。知っているからこそ、儂はあ奴の個人スポンサーとなり、その研究が成就する時を待ち侘びていた』

 

 自分の知らない所で亞里亞と訃堂が繋がっていて、水面下で動き続けていた。

 別にそれ自体は構わないが、その目的が余りにも不気味過ぎた。

 

『亞里亞の奴が風鳴機関に戻った時から、ずっとチラつかせてきた『餌』に、ようやく間抜けな『魚』共が食い付きおったのだ。この機を逃すような事は出来まいて。ふっ…柄にもなく儂も興奮してきたわ』

 

 それだけを言い残し、訃堂は通信を一方的に切った。

 残されたのは不気味な静寂だけ。

 

「『魚』…それから『餌』だと…? 一体何を暗示しているんだ…?」

 

 何も知らない。何も分からない弦十郎には、これから起きようとしている事が何なのか予想すら出来なかった。

 

 



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合法ロリコンビ抜錨

 ようやく現れた『ターゲット』を見つけた私達は、キャロルやオートスコアラーの三人を引き連れて街中へと繰り出していた。

 

「見事に人っ子一人もいませんね」

「まるで派手にゴーストタウン状態だな」

「派手なゴーストタウンって…」

 

 なんか後ろでオートスコアラー三人娘による漫才が始まってるんだが。

 それだけあいつ等が高性能だって証拠か。

 

「ファラ達ではないが、本当に誰もいないな。流石は風鳴訃堂と言うことか?」

「あのジジイは、やることは本当に迅速実行だからな」

 

 その点だけは割とマジで評価している。

 お蔭でこっちも遠慮なく堂々と動く事が出来る。

 

「しっかし…こうして普段は歩けない車道を堂々と歩けるのは地味にドキドキするな」

「少しだけ分かる。心なしか、普段と違う景色に見える」

 

 いつもなら即座に警察官に怒られるところだけど、今日だけはフリーダム!

 因みに、前に警官に補導された時、普通に子供扱いされて親の事や学校の事を聞かれた。

 ムカついたので運転免許証を見せたら凄い謝られたけど。

 

「もうそろそろ、さっきモニターで見つけた場所だが…」

「うーむ…ファラ。ガリィ。レイア」

「急にどーしましたぁ?」

「三人はここで街中に散開して他の連中を捕縛してくれ。無駄にプライドだけは高いアイツ等の事だ。仮にピンチになっても味方に助けなんて求めないだろうし。だからと言って、この後にまた他の場所に移動するのは明らかに効率が悪い」

 

 出来れば全員捕まえて情報を絞り出したいしな。

 ま、最も重要なのは情報じゃなくて、アイツ等がここに来た『理由』なんだけど、それもまた大体の見当はついている。

 アイツ等が自分の口から『証言』する事が大事なのだ。

 

「了解しました。では、私は西の方に派手に向かいます」

「ならば、こちらは東に向かいましょう」

「となると、必然的にガリィちゃんは南って事になりますねぇ~」

「頼むぞ、お前達」

「分かってるとは思うけど、決して殺すなよ~。幾ら雑魚でも、貴重な情報源である事には変わりないんだからな~」

「「「了解!」」」

 

 三人それぞれに素早く散開し、ターゲットとなる奴等の元に向かった。

 オートスコアラーなら、仮にアルカノイズを差し向けられても問題はないし、ある意味で奴等にとって最強の天敵とも言える。

 

「行ったか。では、こちらも急ぐとしよう」

「そうだね。と言っても、もうすぐだけど」

 

 まず間違いなく、アイツ等は私達と出会ったらアルカノイズを呼び出して来るだろう。

 果たして、私の『研究成果』がどこまで通用するか…だな。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 お。見つけた。

 さっきモニターで見た超絶変装が下手な錬金術師(笑)だ。

 よし。ここは一つ、先に話しかけて先制するか。

 

「ちょいとそこ行くお兄さ~ん? 私達とあ・そ・ば・な・い~?」

「なに? き…貴様等はっ!?」

 

 あ。気が付いた。

 つーか、一目見ただけで私達が分かるって、私とキャロルってこいつらの中じゃ割と有名人だったりする?

 サインとか求められたらどーしよー。

 

「キャロル・マールス・ディーンハイムとアリア・サクライ!! 我ら錬金術師の面汚し共!! ようやく見つけたぞ!!」

「開口一番酷い奴だな。面汚しだって。私達、何かしたっけ?」

「さぁな。全く身に覚えがない」

「だよね~」

 

 全く…初対面の女性に言う言葉じゃないよ。

 少しは錬金術よりも女性の扱い方を勉強してきな。

 お前らの『ボス』の方がまだマシだぞ?

 

「黙れ!! 錬金術を用いて世界を分解しようとした大罪人が!!」

「それに関しては否定はせん。確かにしようと『した』な」

「うんうん。実際には何もしてないもんね~。だからキャロルは無実デ~ス!」

 

 私の一番の親友に向かって大罪人なんて酷い奴だ。

 『これ』を使う前に、まずは必殺の飛鳥文化アタックでも喰らわせてやるか?

 

「っていうか、私ってばマジで何かした? 錬金術師でもないんだけど」

「確かに亞里亞はれっきとした科学者だが、僅か数年でこいつ等を遥かに凌駕する錬金術を身に付けたからな。コイツらの無駄に高いプライドを粉々にしてしまったんじゃないか?」

「あ~…なるへそ」

「だ…黙れ!!」

 

 図星っぽい。

 うわーハズカシー。

 

「にしてもさ、京都くんだりまでよくもまあぁ来たもんだよ。碌に観光もせずに街中を徘徊するなんて、お前達ってよっぽど暇なのね」

「言ってやるな亞里亞。どうせ、オレ達がここにいる事を何らかの形で突き止めてから来たんだろうしな」

「その通りだ! この地に密かに入り込んでいた我等が同胞が、貴様ら二人がこの街を歩いている姿を目撃し、それで…」

「「わぁ…」」

 

 マジか…自分から言いやがったよコイツ。

 こいつはあれだな。

 尋問耐性が皆無に違いない。

 少しはスネークを見習え。

 

「にしてもさ、ここまで見事に釣れると今までの苦労も報われるってもんだね」

「そうだな。釣れるまでは随分と時間が掛かったが」

「釣れる…だと? どういう意味だ!?」

「そのまんまの意味だよバカヤロー」

「このオレ達が、自分達の立場も弁えずに、間抜けにも堂々と街中を歩くと本気で思っていたのか? もしそうだとしたら、オレと亞里亞の事を見縊り過ぎだ」

「なん…だと…? では…まさか…!?」

 

 ここまで言って、ようやく気が付いたんかい。

 冗談抜きで間抜けだな。

 流石に呆れるわ。

 

「私達はワザと、街中で目立つように行動をしていたんだよ。お前らの事を誘き出すためにな」

「そ…そんな馬鹿なっ!?」

「事実だ。今のこの状況こそが、その確固たる証拠だとは思わんか?」

「この状況…?」

 

 キャロルに言われて間抜けは辺りを見渡す。

 やっと気が付いたのか?

 街中から自分達以外の人間がいなくなっている事に。

 

「民間人が一人もいない…だと…? いつの間に…」

「ウチらのパトロンがお前らを見つけた瞬間に部下を使って街の住民たちを避難させたんだよ。割と堂々と避難させてたんだけど…それに気が付かないってどんだけ…」

「よっぽどオレ達を見つけるのに夢中だったようだな」

「くっ…!」

 

 でも、その間抜けさがあったからこそ、こっちも堂々と動けるんだけど。

 いやー…本当に助かりますわー。

 おや? なんか慌ててスマホを取り出して通話してる?

 

「な…何故だ!? 何故に誰も出ようとしないッ!?」

「そりゃそうでしょ。そんな暇が無いんじゃない?」

「オートスコアラーが一緒にいない時点で、少しは疑うべきだったな」

「ま…まさか…他の奴等の所に…!」

「そ。オートスコアラーの皆を送りました。今頃はボッコボコにされてるんじゃない?」

 

 私の知ってる『アイツら』ならいざ知らず、名も知らぬザコザコな下級錬金術師連中程度ならば一方的に無双できるでしょ。

 ちゃんと手加減はするように言ってあるから生きてはいるだろうけど。

 ギャグ漫画みたいに顔はボコボコになってるかもね。

 

「これで見事に目出度く孤立無援になった訳だ。どーする? こっちとしては別に無抵抗で降伏してくれてもいいんだよ? その方が余計ない手間は省けるしね」

 

 なーんて言ってるけど、本当は挑発に乗ってさあっさとアルカノイズを出してほしい。

 じゃないとこっちも実施試験が行えないし。

 

「こ…こうなったら…!」

 

 お? 来るか?

 

「来い!!」

 

 錬金術師が地面に何か小さな結晶みたいのをぶつけて砕いた。

 すると、地面から這い出るように複数のアルカノイズが出現した。

 

「はははははははは!! どうだ見たか!! これが我等の切り札の『アルカノイズ』だ!! これに触れられれば、いかに貴様等と言えども只では済むまい!!」

「「知っとるわい」」

 

 おっと。キャロルとハモった。

 ちょっぴり嬉しい。

 

「そのアルカノイズを最初に産み出したのは、他でもないこのオレだぞ? 研究資金を稼ぐ為に少しだけ『そっち』にデータを提供したがな。つまり、お前らは単にオレの猿真似をしているに過ぎないんだよ」

「ま、キャロルの作るアルカノイズの方が高性能だけどね。ちゃんと言うこと聞くし。その気になれば、周囲に被害を出さずに雑用もしてくれるし」

 

 因みに、私もアルカノイズは作れます。

 まだ実際に作った事は無いけどね。

 

「しかし、このオレのちょっとした小遣い稼ぎが貴様等に力を与えたのもまた事実。ならば、ちゃんとケジメは付けなくてはなるまい」

「私の一番の大親友であるキャロルがやるって言うのなら、私も手伝わない訳にはいかないよねー。ってことで…ほい」

 

 ここでようやく、ずっと首からぶら下げてた青いシンフォギアペンダントのご登場。

 この時をずっと待ってた。本当に待ってた。いやマジで。

 

「そ…それは…噂に聞くシンフォギアのペンダント…? だが、どうして青い? 情報に寄れば確か、奴等の物は赤かった筈だが…」

「だってこれ、アイツ等の持ってるのとは別物だし」

「別物…だと…?」

「そ。これは私が私自身の為だけに作った『試作品』。そして、キャロルも同じのを持っている。これが意味することが分かる?」

「オレ達にとって、ノイズなど何の脅威でもないと言うことだ」

 

 本当に…こっちが望むような行動ばかりしてくれるな。

 ここまで理想通りに進むと、流石に戸惑ってしまう。

 

「そもそも、どうして私が専門外である錬金術を勉強してたと思う? 全ては自分の研究の為。こいつを生み出す為だったんだよ」

「フッ…お前達には未来永劫、理解出来んだろうがな。亞里亞の真の目的を。その信念を」

 

 やっと始まるんだな…私の『世界平和』への第一歩が。

 ここまで本当に長かった。

 けど、もう私は止まらない。

 否、止まれない。

 姉として、妹の仕出かした事へのケジメを付ける為に。

 古代の巫女の血を引く者として成すべき事を成す為に。

 

「ま…まさか…貴様等はそれの起動実験をする為に我々を…!」

「半分当たり。それはついでだ。お前達をこの街に誘き寄せたのには別の理由がある。お前を叩きのめした後にゆっくりと教えてやるよ…私達の研究所でな。キャロル」

「あぁ。いつでも行けるぞ」

「じゃあ…やりますか」

 

 私とキャロルはペンダントを握りしめてから目を瞑って精神を集中させる。

 イメージするのは、このペンダントの元となった『人工聖遺物』。

 

「大和!!」

「武蔵!!」

 

「「抜錨!!」」

 

 

 

 

 



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