ねぇルフィ、海賊やめなよ (とあるルウタ復権派)
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ねぇルフィ、海賊やめなよ

FILM REDのネタバレがついに解禁されたので投稿します。


 

 

 

※※※

 

 ――――富、名声、力、この世のすべてを手に入れた男、海賊王ゴールドロジャー

 

 彼の死に際に放った一言は、人々を海へ駆り立てた。

 

「おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやる。探せ! この世のすべてをそこに置いてきた!」

 

 男達は、グランドラインを目指し、夢を追い続ける。

世はまさに、大海賊時代!

 

※※※

 

 ――――しかし、そんな時代の荒波に適応できない"弱き者達"も多く存在した。

 

『うわあああ!! やめてくれぇ! それは俺たちが暮らしていくのに必要なお金で……』

 

『お母さん!!! お母さん!!! 目を覚ましてぇぇぇぇ!!』

 

『また海賊にやられた……! あいつら最悪だ! なんの罪もない子供まで攫っていきやがった!』

 

『誰か助けてぇ!』

 

『この日々から誰か救い出してくれぇ!』

 

 ――――誰が彼らを救うのか? 彼らはただ奪われることしかできないのか? この荒れ狂う時代の中、絶望して死んでいくしかないのか……?

 

『UTA! UTA! UTA! UTA!』

 

『ウタの曲にはいつも救われてるよ! あの娘の曲を聞いてると元気が出るんだ!』

 

『ウタ最高! 彼女はこの狂った時代に現れた救世主よ!』

 

『そうさ! だから俺たちはあの娘の事をこう呼ぶのさ!』

 

 ――――否、そこには確かに苦しむ人々を励ます天使の歌声を持つ()()が居た。

 

『――――"歌姫"と!!』

 

「みんな! ウタだよ! さあ、今日もみんなで楽しんじゃおう!!」

 

 

※※※

 

「じゃあ、今日の配信はこれでおしまい! みんなありがとね! また明日!」

 

 そう告げると、ウタは『SSG』と殻に刻まれた電伝虫の電源を切った。この電伝虫は世界中に歌声を届かせる事の出来るスグレモノだ。これを拾ったことで始めた配信はもはや日課になっている。

 

「配信はもう終わったのかい? ウタ」

 

「うん、今日はもうおしまい」

 

 そんなウタを気づかって声をかけるのはフランケンシュタインのような見た目をした大男――顔に似合わず優しい――、ウタの父親代わりの男、ゴードンだ。

 

「そうか。……疲れているだろう。あとはゆっくり休みなさい」

 

「いつも通り海辺でちょっと休んでから寝るよ」

 

「わかったよ。もう夜遅いから、気をつけるんだぞ」

 

「うん、ありがと。ゴードン」

 

 寝る前に海辺で過ごすのはウタのルーティンとなっていた。自身でも理由はよくわからない。ただ、どうしようもなく寂しくなるといつも海に行くようにしていた。まるで、そこで待っていれば()()()()()が迎えに来てくれるんじゃないかとそんな気がして……

 

「(ううん、そんなハズないよ。私がここを歩くのはなんとなく、うん、"なんとなく"なんだから!)」

 

 そうして、いつものように海辺を歩くウタであったが、そこでいつもとなにか景色が違うことに気付く。

 何か落ちている。遠目からでしか分からないが、それは紙のようであった。

 

「ん?なにこれ……?」

 

 それを躊躇なく拾い上げるウタ。普段なにも流れ着いたりしないこのエレジアの海岸において、こういった漂流物は非常に珍しい。

 その漂流物はどうやら新聞のようであった。(後に知ることになるが、どうやら海賊用の新聞として防水加工がされていたらしい)

 ただの興味本位だったが、ここまでくると中身も気になってくる。ついていた砂を払うと、内容に目を通していく。

 

 しかし、1ページ目に描かれていたことがあまりにも衝撃的でそのまま読み進める手が止まってしまう。

 

『モンキー・D・ルフィ、初頭懸賞金3000万ベリーの大悪党!』

 

「ルフィ!?」

 

 そこに載っていたのは自身の幼馴染が海軍から指名手配されているという情報だった。

 幼い頃によく()()()の船に乗せてもらおうとして自分と勝負していたあの男の子、その成長した姿が指名手配の写真として写し出されている。 

 

「この麦わら帽子、もしかして……」

 

 そして、その少年が被っていた麦わら帽子にウタは見覚えがあった。

 いや、『見覚えがある』なんて言葉で済まされる程度ではない。その帽子はウタにとっても非常に重要な意味を持つある種の"マーク"であった。

 

 それを見た彼女の最初の感情は一言ではとても言い表せないものだった。

 ――――嫉妬、羨望、怒り、喜び、悲しみ、そしてなによりも"失望"

 

「やっぱり海賊になったんだね、ルフィ」

 

 海賊。

 それはウタのファン達を苦しめ続ける邪悪な存在。海にのさばり罪のない人々から略奪し、女や子どもであろうとも容赦なく殺す。そんな血も涙もないような連中。

 愛おしくも憎らしい()()()の職業。

 

「やめさせなきゃ……ッ!」

 

 それは紛れもなくウタの本音だった。

 幼馴染がこんな悪人になっているのに放置してなんておけない。

 

「私はみんなの"救世主"なんだから……!」

 

 

※※※

 

 

「エレジアを出ていくだって!?」

 

「うん、こいつを止めなくちゃいけないの」

 

 新聞を読んだウタは早速、ゴードンに直談判をすることにした。彼はウタをエレジアから出さないようにしてるフシがあった。

 それをなんとかして許可を貰って、ルフィを止めにいかなければならない。

 その説得材料としてまずは自身が拾った新聞を見せることにした。

 

「彼は……?」

 

「こいつは、モンキー・D・ルフィ。私の幼馴染。昔からどうしようもないバカだとは思ってたけど、ついに海賊になっちゃったみたい」

 

「それをどうして……?」

 

「幼馴染の好だよ。あいつをみんなを苦しめる悪い海賊なんかにするわけにはいかない。なんとか説得して海賊をやめさせるの」

 

 次に行ったのは自分が外に出たい理由の説明だった。

 外に出るためにはゴードンの協力が必要不可欠だ。故に、そんな彼には自身の目的を知っておいて貰う必要がある。

 

「だが、彼には彼の……」

 

「おねがい! ゴードン! 私の幼馴染が私のファンを傷つけたりしたら申し訳なくてもう配信なんてできないよ!」

 

 それもまたウタの偽らざる本音だった。

 普段の配信でウタは常に苦しむ人々の声を聞いていた。

 もし、ルフィがそんな風に人々を苦しめる海賊になってしまったのだとしたら……

 想像するだけで恐ろしい。

 

「(だが、この娘を外に出すわけには……)」

 

 一方、ゴードンはウタの意思表示に戸惑っていた。それもそうだ。こんなふうにウタが意思表示をするのは今まで一緒に過ごした九年間で初めてなのだ。

 

「(いや、私はただ臆病で恐れていただけなのかもしれない。あの日の悲劇が繰り返されてしまうかもしれないと)」

 

 そして、これもまたゴードンがウタを外に出すのを渋る理由の一つだった。

 九年前にエレジアを襲った悲劇。そのことが半ばトラウマとなっているゴードンにとって、彼女を外に出すといのはかなりの精神的負担だった。

 

 ――――しかし、

 

「(私の臆病さが、娘同然に育てたこの女の子をこのエレジアに閉じ込めてしまっている……!)」

 

 ゴードンはその事実に気づいてしまった。この九年間、ウタを恐れるあまり、彼女を自分以外誰とも接することなく育ててしまった。

 それは消え去らないゴードンの罪だ。

 この年齢の子どもにとって、周りからの関係を一切断つというのがどれほど人生に影響を与えてしまうか?    

 その罪を直視できないほど、ゴードンは愚かではなかった。

 

 

 

「…………分かった。君をその幼馴染のところへ連れて行こう」

 

「本当!? ゴードン、ありがとう!」

 

「ただし! 身の危険を感じたらすぐに私に連絡すること! 約束できるかい?」

 

「うん! 約束する!」

 

 それは親代わりとして最低限の一線だった。彼女を()から預かっている身として、絶対に彼女を危険な目に合わせるわけにはいかない。

 

「それで、どこに向かえばその彼に会えるか分かるのかい?」

 

「……………あっ」

 

 どうやら、彼女は今回の一件を突発的に思いつき行動に移したらしい。

 行き先すら決まっていないとは想像していなかった。

 しかし、ここは大人として彼女を導いてあげる場面だろう。

 

「分からないか……どれ、彼は、"東の海(イーストブルー)"にまだ居るんだろう?」

 

「うん、新聞にはそう書いてた」

 

「では、彼は必ず"偉大なる航路(グランドライン)"を通る前にローグタウンへと向かうはずだ」

 

「ローグタウン?」

 

「始まりと終わりの街。かの海賊王ゴールドロジャーの最後の場所だ。その少年がこの海に夢を見るならば、きっと立ち寄るだろう」

 

 それは所詮ゴードンの勘でしかない。しかし、ゴードンはそうあるはずだと確信していた。

 それはウタの幼馴染だという少年が被っている麦わら帽子が()のものであったからだ。

 

「(きっと、彼も素晴らしい海賊なのだろうな)」

 

「わかった。ゴードンがそう言うならそこに向かうよ」

 

「では、ローグタウン行きの船は私が用意しよう。それで良いかい?」

 

「なにからなにまでありがと! ゴードン! きっとルフィを改心させて連れてくるから待っててね!」

 

 そう伝えると、ウタは寝室へと去っていってしまった。もう夜も遅い。それを引き止めることはしない。

 しかし、親心としてその不安な内心を吐露せずはいられなかった。

 

「気をつけるんだぞ、ウタ。この海にはどうしようもない悪意が数多く存在する……!」

 

 

※※※

 

 その処刑台の周りには大勢の人が集まっていた。一口に"処刑台"と言っても、ただの処刑台ではない。

 かの海賊王ゴールド・ロジャーが処刑された処刑台だ。

 そんな場所で今まさに殺されようとしている少年が居た。

 

「最期に一言何か言っとくか? せっかく大勢の見物人がいる」

 

「おれは! 海賊王になる男だ!!」

 

 彼の名は――モンキー・D・ルフィ。

 トレードマークはシャンクスから貰った麦わら帽子。赤いベストに青い半ズボンを身に着け、いつも不敵な笑みを浮かべている益荒男。

 そしてゴムゴムの実を食べたゴム人間である。

 

『か、海賊王だと……!?』

『よりによってこの町で……』

『なんて大それたことを……!』

 

 彼のあまりにも大きく無謀な夢を聞いた人々は、口々に彼を非難する。

 それだけ、このローグタウンでその言葉を口にする意味は重かった。

 

「言いたいことは……それだけだなクソゴム!!」

 

 彼をまさに殺そうとしてる男――道化のバギーはもう堪忍ならないといった風に今にも手に持った剣を振り下ろそうとしている。

 

「その死刑待て!!」

 

 それを止めようと格闘している男が二人。

 一人はロロノア・ゾロ。ルフィの仲間であり、剣士の男。

 そして、もう一人はサンジ。彼もまたルフィの仲間であり、麦わらの一味のコックを担当している。

 

「サンジ、ゾロ、助けてくれぇ!!」

 

 そんな二人に必死に声をかけるルフィ。

 まだ夢を叶えていないのだ、こんなところで死ぬわけにはいかない。

 

 ――しかし、抵抗もむなしく、剣が振り下ろされる

 

「ゾロ! サンジ! ウソップ! ナミ!」

 

「わりい、おれ死んだ」

 

 

 ――そうして、誰もが諦める中、その()()はいつの間にか処刑台の上に立っていた。

 

 

「〜〜〜♪」

 

「何だあの女!」

 

「バギー船長の耳元でなにか歌ってるぞ!」

 

 その少女――ウタは、バギーの耳もとでそっと歌う。一見すると、こんな場面で何をしているのかと咎められかねない行為だ。

 

「な!?」

 

「バギー船長が倒れたぁ!?」

 

 しかし、ウタに関しては事情が異なる。

 彼女はウタウタの実を食べた歌唱人間。彼女の歌声を聞いた者はたちまち眠りにつき、"ウタワールド"と呼ばれる異世界に精神を飛ばされてしまう。

 

「あの女、いったい何をしやがったぁ!?」

 

 あまりに突然の出来事に周囲がざわめく。突然現れた女の子によって、確実に行われると思われていたルフィの処刑が中断されたのだ。それに反応するなという方が無理だろう。

 

「誰だか知んねぇけど、助けてくれてありがとう! おれは――」

 

「――ルフィ、久しぶり!」

 

「……んん? お前、おれのこと知ってんのか?」

 

 そのルフィの態度にウタはムッとする。自分は一人ぼっちになってからずっと彼のことを想っていたのに、彼はようやく再会した自分の事に気付きすらしない。

 これは面白くない。

 

「私のこと忘れたの?」

 

「いや、だから知らねぇって……ん? ああ!! お前、お前、もしかしてぇ〜!!」

 

 しばらくジーーっとウタの顔を見つめたルフィはようやく思い至ったようで声を上げた。

 

「ウタか!?」

 

「おそい!」

 

「イテッ! なにすんだ!?」

 

 あまりの遅さについ殴ってしまった。

 しかし、これも仕方のないことだろう。いくら海賊になってしまったとはいえ、かつて不本意に別れてしまった幼馴染。それなりに彼女はルフィとの再会を楽しみにしていたのだ。

 

「私のことをすぐに分からなかった罰!」

 

 ぷりぷり怒る彼女にどこか納得いかないような顔をしていたルフィは、すぐに表情を切り替えて、再会を喜び始めた。

 

「にしても、本当に久しぶりだなぁ〜! 元気にしてたか?」

 

「…………」

 

「……ウタ?」

 

 しかし、なにやら様子が変だ。せっかく久しぶりに会えたのにウタはやたら神妙な顔をしている。

 さっき殴ってきたのは自分たちの間柄だからまだ分かるにしても、この態度は流石に変だ。

 そういった違和感をルフィが感じていると、彼女は口を開いた。

 

 

「ねぇ、ルフィ、海賊やめなよ」

 

「…………はぁ?」

 

 これは未来の海賊王と未来の歌姫の物語。

 その序章。

 はたしてどんな物語になるのか、それは誰も知らない。

 

 

             to be continued……



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ねぇスモーカー、ルフィ追うのやめなよ

 

「……はあ?」

  

 ウタの突然の言葉に心底意味がわからないという顔をするルフィ。海賊をやめる? 冗談じゃない、何を言ってるんだ。

 そもそも、あれほど、"赤髪海賊団の音楽家"として誇りを持っていたウタがどうしてこんなことを言うのかも納得できなかった。

 

「だから――」

 

 尚も言葉を続けようとするウタだったが、ルフィは諸々の疑問も吹っ飛ぶような事態に気付く。

 倒れたバギーが持っていた剣の刃先に電流が迸っている。このままだと自分たちの上に雷が落ちてくる……!

 

「あぶねぇ!!!」

 

 咄嗟にルフィはウタを押し倒し、その上に覆いかぶさる。自分はゴム人間だから雷だって効きはしない。その自分の身体を盾にしてウタも雷から守れるだろう、そう思っての判断だった。 

 

『バリバリバリッッッッ!』

 

 そんな轟音とともに二人のもとに雷が落ちる。処刑台はあまりの衝撃で焦げて崩れ落ち、なんの防御もしていなかったバギーは「あがッ……!」とうめき声をあげながら、黒コゲになってしまっている。

 

 

「(私を庇ってくれたんだ……)」

 

「よし、生き残った! もうけっ!」 

 

「ルフィ、ありがとう」

 

「ん? あぁ、いいよ。おれはゴムだからへっちゃらだ」

 

 なんでもないかのように、元通り笑っているルフィを見て、ウタはどこか安心していた。

 海賊なんてものになってしまっても、こいつの根っこは変わってない。自分を身を挺して守ってくれるなんて……!

 

「おい、ルフィ、その麗しいレディーはお前の知り合いなのか?」

 

 処刑台から脱出した船長を見て駆け寄ってきたサンジが、そんな疑問を口にする。  

 先程の会話からして、なにやら親しげな二人の関係を聞き出さずには居られなかった。

 なんたって超美人のレディーだ。出来るならお近づきになりたい。あわよくば密接な仲になりたい。超仲良くなりたい。

 そんな欲望を秘めての質問だった。

 

「うん、おれのともだちだ」

 

「お・さ・な・な・じ・み、ね。ただの友達じゃないでしょ、私達は」

 

 ただの友達では満足できないらしい。

 

「えっと、あなた達もルフィのお友達? 私はウタ。こいつの幼馴染! よろしくね!」

 

「(ウタちゃん……♥ なんて美しい名前なんだ……! このアホ船長にこんな美人の幼馴染が居たなんて! なんでおれには居ねぇんだよ、畜生!)」

 

 ウタの美貌に見惚れつつ、ルフィへの嫉妬が募っていく。

 幼少期の大半を男しかいない、否、男臭くて仕方ないバラティエで過ごしたサンジにとって、『美人の幼馴染』なんて概念は羨ましくて仕方がなかった。

 

「おい、んな事どうでも良いからさっさとずらかるぞ」

 

「どうでも良いだとぉ!? こんな美しいレディを差し置いて何言ってんだ、テメェ!」

 

「あぁ!?」

 

 一連の会話を至極どうでも良さそうに聞いていたゾロは、案の定サンジと口論を始める。

 だが、どうやらそんなことをしている暇はないらしい。

 

「広場を包囲!! 海賊どもを追い込め!」

 

 いつの間にか、自分たちの周りを海軍が囲っている。しかも、全員が既に臨戦態勢であり、「いつでもお前たちを逮捕できるぞ」と睨みを利かせている。

 

「やっべ…!」

 

「逃げろォ!!」

 

「え!? ちょっと待ってよ! ルフィ!」

 

 即座に逃亡を開始した麦わらの一味。そして、それに置いてかれまいと必死に付いていくウタ。更にそれを追跡する大勢の海兵達。 

 場は異様に混乱していた。

 

「(あのモンキー・D・ルフィという男、何故笑っていた……? あの女が助けに来るのを分かっていたのか? それとも雷が落ちるのに気づいていたのか……?)」

 

 そんな中、ローグタウンに潜入していた海軍大佐"白猟のスモーカー"は『麦わらのルフィ』という男の恐ろしさに慄いていた。

 彼は目撃したのだ。道化のバギーに剣を振り下ろされ、まさに死のうという瞬間、彼が確かに笑っていたのを!

 

「(いや、そんなわけねェ!あいつは…、あいつは、死を受け入れて覚悟して笑っていやがったんだ! 22年前にあの死刑台で笑ったゴールド・ロジャーと同じように……!)」

 

 更に恐るべきことに、"偶然"はつづく。

 彼らの向かった西の港で待機しているはずの海兵部隊は、突然の雨で火薬類が全てやられ、装備の仕直しのために派出所へ向かい不在。

 そして、吹いてる西風は彼らにとって追い風。

 なにからなにまで彼らにとって都合の良すぎる展開だった。

 

「これが全て"偶然"か……!?」 

 

 これらの現象をただの"偶然"で済まして良いのか?

 いや、もはや、こう表現するしかないのだろう――――

 

 

「――――まるで天があの男を生かそうとしてる様だ……」

 

 そう認めた瞬間、スモーカーは即座に『モンキー・D・ルフィ』という男への警戒度を引き上げた。

 この男は厄介だ。放置すればいずれ誰にも手を付けられないほどの大悪党になる。そう確信していた。

 

「このスモーカーの名にかけて、あの男は絶対に逃さねぇ!!」

 

 

※※※

 

 

「なんだ! 誰かいる!!」

 

「来たな、麦わらのルフィ」

 

 逃亡を続けるルフィの前に立ちはだかる男、それはまさに先程ルフィに慄いていた男、スモーカーである。

 モクモクの実の能力者である彼は、自身の身体を煙にして飛ぶことができる。

 そうして、ルフィ達に対して先回りをすることに成功していた。

 

「お前誰だ!!」 

 

「俺の名はスモーカー、"海軍本部"の大佐だ。お前を海へは行かせねぇ!!」

 

 そう宣言したスモーカーは即座に身体を煙へと変換し、ルフィとサンジへと襲いかかる。

 悪魔の実の能力者との戦闘に未だにあまり慣れていない二人はその光景に驚愕した。

 

「!?」

 

「何だ何だ何だ!? バケモンか!?」

 

 だが、二人とていつまでも呆然とはしていない。すぐに立ち直ったサンジはスモーカーへと蹴りを一発入れようとする。

 

「このぉ!」

 

「ザコに用はねェ」

 

 しかし、スモーカーに全く効いている様子は無い。

 覇気も会得していないサンジの蹴りなど、自然系(ロギア)のモクモクの実の能力を持つスモーカーにとっては、暖簾に腕押し同然だ。

 

「ホワイト・ブロー!!」

 

「ぐわぁああ!!」

 

 そのまま、返り討ちにあったサンジは遠くの壁へと

叩きつけられてしまう。

 あまりにも実力が違う。それでも立ち向かおうとするルフィだったが――

 

「サンジ!! んニャロ……」

 

「ルフィ、どいて!」

 

「ウタ!? お前いつの間に!?」

 

 突然現れた(ようやく追いついただけ)ウタに、遮られてしまう。

 ルフィの前に立ち、スモーカーに対峙するような姿勢を見せたウタはすぅっと息を吸うと、ルフィの耳元で呟いた。

 

「ルフィ、耳塞いでてね!」

 

「あっ、まさかお前……!」

 

 

「〜〜〜〜♪」

 

 突然、大きな声量で歌いだしたウタに警戒の姿勢を崩さないスモーカー。

 しかし、()()()()。彼女の歌声を聞いてしまった時点でスモーカーは()()()()()()()()()

 

「なにをする気……ん、がっ」

 

 たちまちスモーカーは姿勢を崩し、眠ってしまう。

 体力消費が凄まじい代わりに、こんなふうに初見殺し的に一撃で敵を無力化出来てしまうのがウタウタの実の能力の恐ろしさだ。

 一つ留意しておいて欲しいのは、けっしてここで眠ったスモーカーが弱いというわけではない、ということだ。

 ヘッドホンをつけるなどして、事前に対策をしておかなければこの能力に対処するのは海軍大将ですら難しいだろう。

 

「なんだァ!? 雨の音で上手く聞き取れなかったが、あの娘が歌ったら、あのバケモンみたいな海兵が一瞬でやられちまいやがった……!」

 

「よしっ! 今のうちに逃げるぞ!」

 

「あっ、置いてくな! ルフィ!」

 

 スモーカーが倒れたのを見て、走り出すルフィとそれを追うサンジ。もう二人を阻む敵は居ない。このまま行けば、仲間たちが待つメリー号へと帰れるだろう。

 

「はぁ…、はぁ……はぁ」

 

 一方、ウタウタの実の能力を使用したウタは体力をかなり消耗し、今にも倒れそうだ。  

 しかし、ここで倒れるわけにはいかない。こんな大嵐の中で眠ってしまえば風邪を引いてしまうし、なにより、ルフィに置いてかれてしまう。

 

「わた、しも……、行か、ないと……ッ!!」

 

 ゆっくりとだが、彼女も二人を追って歩き始める。

 ルフィには海賊をやめて欲しいけど、海軍に捕まってほしくもない。そんな感情と先程助けてもらった恩も相まって、つい、能力を使ってしまった。

 けれど、それで目的を達成できなくなったら本末転倒だ。

 そう思いながら、一歩一歩、彼女は進んでいくのだった。

 

「助太刀は無用だったか……」

 

 そして、そんな様子を見守る男が一人。

 彼の名はモンキー・D・ドラゴン。"世界最悪の犯罪者"として知られる革命家で、ルフィの父親である。

 

「海賊か……、それも良い」

 

 彼を一目見るついでに少しだけ助けてやろうとも思っていたドラゴンだったが、どうやら必要なかったらしい。

 息子には随分と頼もしい仲間たちがついているようだ。

 

「フフ……行ってこい! それがお前のやり方ならな!」

 

 男は笑う。息子の船出を祝うかのように。そして、その道を応援するかのように。

 そうして、また、誰にも知られずこの街を去るのだろう。

 

 

※※※

 

 なんとかローグタウンを脱出した一行は嵐で荒れ狂う海の中を進んでいた。

 船内はギシギシと揺れ、雨風も凄まじい。

 そんな中で、彼ら五人は外に出て、行き先を見つめていた。

 

「あの光を見て」

 

「島の灯台か?」

 

「あれは"導きの灯"。あの光の先に、"偉大なる航路(グランドライン)"の入口がある」

 

 そこにあったのは一筋の光だ。大嵐の中にあるそれはまさに『導き』と冠するに相応しい輝きを放っていた。

  

「どうする?」

  

 その言葉は麦わらの一味"航海士"ナミからの覚悟を問う言葉だった。

 偉大なる航路(グランドライン)。多くの海賊がその先で散り、帰らぬ人となった。生きて帰ってきても、その海に絶望し、もう立ち上がれなくなった者達も多い。

 実際、彼らはドン・クリークというその海に敗れた男だって目撃している。

 この海は甘くない。覚悟もなしに入って良い場所などでは決してないのだ。

 そんな場所にこれからたった五人で入る。とても正気の沙汰でない。

 

「しかし、お前何もこんな嵐の中を……! ……なァ!! なァ!!」

 

「よっしゃ、偉大なる海に船を浮かべる進水式でもやろうか!」

 

「オイ!!」 

 

 しかし、"狙撃手"ウソップ以外は、まるで歯牙にもかけていない。まるでその海を超えるのは当たり前であるかのように。

 やがて、周りの反応を見て、覚悟を決めたウソップも進水式に大人しく参加した。

 

「おれはオールブルーを見つけるため」

 

「おれは海賊王!」

 

「おれァ大剣豪に」

 

「私は世界地図を描くため!」

 

「私はルフィに海賊をやめさせるために」

 

「お、お、おれは勇敢なる海の戦士になるためだ!」

 

 

「「「「「いくぞ!"偉大なる航路(グランドライン)"!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「……………って誰だあああああ!?」」」」」

 

 

 覚悟の儀式に突然乱入してきた少女に皆が驚く。

 出港直前になんとか追いついて、こっそり船の中に隠れて乗ったウタはいつ出ようかと機会を伺っていた。

 そんなときに、いかにもな儀式を始めるものだから、つい悪戯心で参加してしまったのだ。

 完全に悪ノリである。

  

「ん?こいつァ……」

 

「ウタ!? おまえ、なに勝手におれの船に乗ってんだ!?」

 

「ちょっとあんたら! この娘知ってんの!? どういうことなのか説明しなさいよ!」

 

「ウタちゃ〜ん♡♡♡ キミもこの船に乗るのか!? 賛成、賛成、大賛成!」

 

「ってオイ! 話を勝手にすすめるなよ! というか本当に誰なんだ〜!?」

 

 次々と反応を口にするクルー達のせいで、船内は半ば狂乱状態だ。 

 それをウタは満足気に見ている。

 

「ふふっ、ルフィのお友達はみんな面白い人なんだね。楽しそう」

 

「ししし!! そうだろ!? こいつら超面白ェんだ! おれの仲間だからな!」

 

「「言っとる場合か!!」」

 

 ウソップとナミのピッタリ息の合ったツッコミをこれまた楽しそうに見ていたウタは宣言する。

 

「改めて私の名前はウタ! ルフィに海賊をやめてもらうまでしばらくこの船に乗せてもらうつもりだから、よろしく」

 

「「「「「はぁ〜〜〜〜!?」」」」」

 

 

 旅はまだ始まったばかりだ。

 



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ねぇみんな、海賊やめなよ

 

「「ルフィの幼馴染ぃ!?」」  

 

 ウタと初対面であるウソップとナミの二人は彼女の正体をサンジから聞き(ルフィとゾロは役に立たなかった)、驚愕する。

 

「そんなの居たのかよ……」

 

「当たり前だけど、こいつにも子供の頃なんてものがあったのね……」

 

 随分とルフィに失礼な言い回しだが、どうしても彼の子供時代というものが彼らには想像できなかった。

 ルフィのバケモノじみた強さをいつも目の当たりにしてる分、『子供』というか弱い存在とイメージが結びつかないのだ。

 

「ね、ね! 子供の頃のこいつってどんな感じだったの!? 昔からこんなに強かったの?」

 

 故に、こんな質問が飛び出すのも当然だった。特にナミは興味津々だ。

 

「昔のルフィはねぇ、すぐに泣いちゃう弱虫だったんだよ! 私にも一回も勝ったことないし」

 

「嘘……全然想像できないわ」

 

「こいつが一回も勝てねェだって!? アンタどんなバケモンなんだ!?」

 

 それは驚愕的な話だった。()()ルフィが一度も勝てない? いったいなんの冗談だ?

 もしかして、このウタという少女はその可憐な外見に反してインナーマッスルムキムキなのだろうか? 

 だが、そんなウタの言葉にムッとした表情でルフィが反論する。

 

「嘘つけ! おれが183連勝中だ! おれは一回も負けてねぇ!」

 

「はぁ? 嘘つかないでよ! チキンレースなんていっつもぶっ飛ばされて泣いてたじゃない!」

 

「あれはお前がズルしてたから、お前の負けだ!」

 

「出た! 負け惜しみぃ〜!」  

 

 お決まりかのように、テンポよく展開していく二人のやり取りに周りの仲間たちは置いてけぼりをくらう。

 幼馴染の息の合った漫才にまるでついていけない。

 

「(なんなんだ、このやりとり! クソ羨ましいぃぃぃぃぃぃ)」

 

 それを今にも血涙が出そうなほどに羨む男、サンジ。強く生きてほしい。

 

「チキンレース? それどんな遊びなんだ?」

 

 一方、ゾロは二人が昔やっていたゲームの内容そのものが気になるようだった。

 もしかしたら、そこにルフィの強さの根源があるかもしれない。そう思っての質問だった。

 

「後ろから猛犬が迫ってくる中で大食い競争していっぱい食べれたほうが勝ち。ただし、途中でその犬に噛まれたら負けってゲームだよ。ルフィはバカだから、すぐ私に騙されて負けてたけど」

 

「だから負けてねェって!!」 

 

「なんちゅー危ない遊びを……」

 

「そんな遊びしてて親は止めなかったのかしら?」

 

 至極当然の疑問がナミから飛び出す。子供がそんな危ないことをしているなら止めるのが普通の親というものだろう。それでも止めないのはよっぽどイカれてる親だけだ。

 

「親? シャンクスなら笑って見てたぞ?」

 

 ルフィはいったいなにが問題なのか分かってなさそうに、そう呟いた。

 それが"爆弾ワード"であるとも知らずに。

 

「……………………シャンクス? 今、お前、シャンクスって言ったか?」

 

 その言葉に真っ先に反応したのはウソップだ。

 その名前(シャンクス)は彼にとっては聞き流せない名前だったからだ。

 

「あれ、言ってなかったか? こいつ、シャンクスの娘だぞ」

 

「えええええ!!??」

 

 なんでもないかのように言うルフィであったが、これはとんでもない大ニュースだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、聞いたことがなかった。 

 

「…………」

 

「(……なんだ? こりゃあ、親の話聞いてる顔じゃねェな?)」

 

 しかし、そんな衝撃的な暴露の中であっても冷静なゾロは、ウタの表情が一瞬曇ったのを見逃さなかった。

 しかし、何事もなかったかのように表情を切り替えたウタはルフィとウソップの会話に参加しはじめた。

 

「ってことはおれの親父のことももしかして知ってるのか!?」

 

「親父?」

 

「あぁ、こいつ、ヤソップの息子なんだよ」

 

「ヤソップの!? ってことは、あなた、ウソップ!?」

 

「おれのことも知ってんのか!?」

 

「だって耳にタコが出来るほど自慢話を聞いたもん……」

 

 ヤソップはよく、ウタとルフィの二人に自分の息子の自慢話を聞かせていた。"海がおれを呼んでいる"という理由で置いていったわりには、息子のことをかなり想っているようだった。

 まぁ、ウタは何度も聞かされる話にウザいと思っていたし、ルフィはウソップの名前すら覚えてなかったが。

 

「自慢……そっか、そっかぁ……」

 

 しかし、その言葉はウソップにとってこの上なく嬉しいことだった。

 あの偉大な親父が自分のことを自慢してくれていた。

 それがどれだけ励みになるだろうか。

 遠く離れている父親に確かに親子の絆を感じていた。

 

「おれのことを自慢に思ってくれてたのかぁ……」

 

 我慢ならないといった様子で目頭を抑え、声を震わせてそう言うウソップ。

 どうやら感極まって少し泣いてしまったらしい。

 それを微笑ましく見守る仲間たちであった。

 

 

 

※※※

 

「それで? どうしてルフィに海賊やめろなんて言うんだ?」

 

 なんとか立ち直ったウソップは、そんなことをウタに問う。そう、なんやかんやで脱線していたが、これが本題なのだ。

 しかし、その言葉をウタは訂正した。

 

「ううん、ルフィだけじゃないよ」

 

「あ?」

 

 ルフィ()()()()()()。その言葉になにか不吉なものを感じ取った周囲の空気が重くなる。

 

「ねぇみんな――」

  

 そんな入りから一呼吸入れて彼女は言い切った。

 

「――海賊やめなよ」

 

 しかし、その言葉を聞いた周りの反応は芳しくない。

 当然だ。彼らは"海賊"として覚悟を決めて海に出たのだ。それを「やめろ」などと言われて「はい、そうします」とはならない。

 無類の女好きであるサンジですら渋い顔をしていた。

 

「ウタちゃん、それは……」

 

「おい、その言葉は諸々の覚悟をしたうえで言ってんだろうな?」

 

「ちょっと、ゾロ……」

 

「黙ってろ。そんな軽々しく言っていいようなもんじゃねェだろ、こういうのは」

 

「でもよぉ」

 

「でももへったくれもねェ」

 

 物騒な言葉を使うゾロを咎めるナミとウソップだが、ゾロはまるで取り合わない。

 この一味において、もっとも冷静に物事を考えているのがゾロだった。 

 なんとか空気を変えようとナミは疑問を投げかける。

 

「もしかして、あなた、海賊が嫌いなの?」

 

「うん、大嫌い」

 

 即答だった。これにはナミも唖然とした。  

 彼女の父親は海賊のはずだ。にもかかわらず、ここまで海賊嫌いを公言するのは只事じゃない。

 

「なんだとォ!?」

 

 ウタの言葉に激昂したのはルフィだった。  

 あのウタが海賊嫌いだなんて信じられないし、信じたくない。自分が人生で初めて会った海賊がシャンクスとウタだったのだ。そんなウタがこんな事を言うのが許せなかった。

 

「お前、あんなにシャンクスのことが、赤髪海賊団のことが大好きだって言ってたじゃねぇか!?」

「私はシャンクスの娘なんだっていっつもおれに自慢してきたじゃねェか!? 赤髪海賊団の音楽家は自分なんだって――」

 

「――アイツは、私のことを娘だなんて思ってないよ」

 

 ルフィの言葉を遮るようにウタはそう言い捨てた。その表情は怒りに満ちており、まるでルフィを睨みつけているようだった。

 

「…………はぁ?」

 

 その言葉をルフィはしばらく理解できなかった。ムスメダナンテオモッテナイ? 何を言ってるんだ?

 それほど、それは"ありえない"話だった。

 

「あいつはね、私を捨てたんだよ。九年前にね」

 

「そんなわけねェだろ!?」

 

「いいよ、話してあげる。九年前に何があったかを――」

 

 そうしてウタは語り始めた。九年前に起きた忌まわしき事件――"エレジアの悲劇"を。

 

 

※※※

 

 そこはまさに地獄だった。

 燃え盛る街、崩れた建物、人々の死体の山。

 そこら中から肉の焦げたような嫌なニオイがした。

 

 そんな地獄に二人は残された。

 エレジア国王ゴードンと赤髪海賊団音楽家ウタ。

 生存者はこの二人だけだった。

 

 犯人は赤髪のシャンクスとその仲間たち。

 彼らは略奪の限りを尽くしたあと、街に火を放ち、人々を殺し、そして去っていった。

 

 泣き叫び、なぜ自分を置いていくのかと問い続けるウタの言葉を嘲笑うかのように大声で笑いながら奴らは去っていった。

 どうして?

 なんで?

 なんで、私を置いていくの?

 そんな疑問に答えてくれる人は誰一人として居なかった。

 

 

 その日、ウタは家族を失った。

 

 

※※※

 

「ひどい……ッ!」

 

「国民皆殺しって……」

 

 その話を聞いたナミはあまりの内容に少し涙目になりながら、赤髪海賊団を非難した。

 ウソップも顔が引きつっている。

 国王と一人の女の子を残して、それ以外の国民は皆殺し。はたしてそんなことがあっていいのか。

 サンジとゾロもこれには神妙な顔をしていた。

 

「嘘つけ! シャンクス達がそんなことするわけねェだろ!?」

 

 しかし、ルフィだけは違う。彼はシャンクスとその仲間たちを知っている。

 だからこそ言える。こんな話は嘘なんだと。絶対にありえないのだと。

 

「信じないのは勝手だけど、少なくとも私がそうやって捨てられたのは事実だよ」

  

 しかし、ウタにその言葉は届かない。少なくともそれはウタが確かに実際に目にした()()だったからだ。

 

「みんなはさ、この大海賊時代をどう思う?」

 

 続いて、ウタはそんなことを問いかける。

 『大海賊時代』。その是非を問いかける言葉。それは麦わらの一味にとって考えたこともない事だった。

 

「どう、って……?」

 

「私はね、ハッキリ言って、"最悪の時代"だと思うよ」

 

 そう言うと、おもむろにウタは懐からSSGの電伝虫を取り出す。

 旅に出たときに、これだけは持ってきていたのだ。なにせ、"救世主"であるウタとしては、配信を辞めるわけにはいかない。いつでもどこでもかかさず配信できるように肌身離さず持っていたのだ。

 

「これは?」

 

「これは私がいつも配信で使ってる電伝虫。世界中から声を聞くことができる」

 

「なにそれ!? そんな凄い電伝虫があるの!?」

 

「すげェ!?」

 

 電伝虫のあまりの高性能さに驚く一同。

 ここに居る誰もが知らないことであったが、海軍の最高機密レベルの道具であるので、高性能なのは当たり前なのだが。

 

「配信ってェのは?」

 

「私はいつもこれを使ってライブをしてるの。この時代に疲れちゃったみんなのために」

 

「ライブ?」

 

「そ、最初は歌うだけだったけど、今は雑談とかもしたりしてる。それで、私は外の世界を知ったの」

 

 幼い頃から、エレジアの外に一切出ずにゴードンとだけ過ごしていたウタにとって、電伝虫から語られるその惨状は、彼女にとっての"外の世界"の全てだった。

 

「いつもみんな言ってるよ、大海賊時代は最悪だって」

 

 それは紛れもなく、虐げられた弱き者たちの嘆きだった。

 

「なんの罪もないのに殺された人、奪われた人、泣いてる人がたくさん居る」

 

 人々が夢とロマンも追い求め大冒険を繰り広げる時代。それが大海賊時代の光の面だとするならば、いわばこれは闇の面だ。

 誰もが幸せハッピーな時代ではないのだ。

 

「みんなは心当たりがない?」

 

「それは……」

 

 そう問いかけられて言葉に詰まったのはナミだった。

 なにせ、彼女は『海賊嫌い』を公言するほどに海賊を憎んでいたのだから。

 海賊に親を殺され、村を乗っ取られ、その村を救うための金を集めるためだけに書きたくもない海図を書かされ続けた人生前半。

 ルフィがぶっ飛ばして解決してくれたとはいえ、そんな苦い時代を忘れるはずがない。

 

「ねぇみんな、もう一度言うよ」

 

「海賊やめなよ」

 

 

 

 

 

「やだ」

 

 

 

 あまりに清々しい拒否に、つい、ウタは声が漏れる。

 

「はぁ?」

 

「おれは海賊を絶対にやめねェ」

 

 それは明確な拒絶だった。ルフィが()()と言った以上、それは何が起ころうとも曲がることはない。それは幼馴染であるウタが一番分かっていた。

 

「それなら――」

 

「あと、おれ決めた」

 

 だが、ルフィの言葉はそれだけでは終わらなかった。

 

「……? 決めたってなにをよ?」

 

 

 

「ウタ、おまえ、おれの仲間になれ」

 

 

 

「…………え?」

 

「ちょっと、ちょっと、何言ってるのルフィ!?」

 

「お前、今の話聞いてたか!? ウタちゃんは海賊を憎んでて……」

 

「そんなの知らねェ」

 

「おいおい」

 

 ルフィの言葉に呆れ返る一同。こいつはウタの話を聞いてなかったのか?  

 海賊の父親に捨てられ、大海賊時代の負の面をこれでもかと知り尽くしてる少女。

 そんな彼女に「海賊の仲間になれ」だなんて、正気の沙汰ではない。

 だが、ルフィは止まらない。

 

「けどなァ、これだけは言える。シャンクスは絶対にお前を捨ててなんかない!」

 

「何言ってるの……?」

 

 ルフィの言葉にウタは怒りと困惑の二つの感情が湧いていた。

 その感情はもう抑えられそうにもない。

 

「きっと事情があったんだ。お前を置いていかなきゃならねェような、なにか理由が」

 

「そんなわけない! アンタにシャンクスの何が分かるの!? アンタに私の何が分かるの!? アンタに何が――」

 

「――シャンクスはおれを助けてくれた!!」

 

「……!?」

 

 大声でそう言い切ったルフィの迫力に周りはしんとする。誰もなにも言うことができない。それだけ真に迫った言葉だった。

 それからルフィはぽつりぽつりと話し始めた。

 

「シャンクスはな、おれを助けてくれたんだ。おれが山賊に拐われて溺れて死にそうな時に必死に」

 

「そんときにシャンクスはでけェ魚に腕を喰われちまったけど、それでもおれが無事でよかったって言ってくれた」

 

 それは始まりの日の記憶。

 ルフィがシャンクスに憧れるキッカケとなった事件。カナヅチであったルフィのために身を挺して近海の主から守ってくれたシャンクス。

 それはウタの知らないシャンクスの一面だった。

 

「……嘘」

 

「嘘じゃねェ」

 

「…………嘘だッッッ!」

 

「嘘じゃねェ!!!」

 

 

 

「そんなに信じられないんだったらよ、確かめに行こう」

 

「確かめに……?」

 

 未だにシャンクスを信じきれないウタにそんな提案をするルフィ。

 そんな彼の瞳は優しさに満ちていた。

 この一連のやり取りでウタの傷ついた心を感じ取っていたのだ。

 

「おれはいつか立派な海賊になったらこの帽子をシャンクスに返す約束してんだ」

 

 それはルフィにとって、最も重要な約束。なんとしてでも叶えたい夢であった。海賊王を目指す理由と言っても良い。

 彼は海賊王になって、初めてシャンクスと再会する事ができるのだ。

 

「だからさ、お前も一緒に来いよ。そんで、おれが帽子返す時にさ、ついでにシャンクスに置いていった理由を聞けばいいじゃねェか」

 

「…………ッッッ!」

 

 その提案はあまりに魅力的だった。

 本当はウタだって、()()()()()()()()()()()()。やっぱりシャンクスがあんなことをするだなんて、どこかでは思えてない自分が居ることから目を逸らしていた。

 実はシャンクスは悪い海賊で、だからこそ、自分は捨てられてしまったのだと納得しようとしていた。

 

 けれども、ルフィの船に乗っていれば、またシャンクスに会える?

 そうしたら、聞けるのだろうか?

 どうしてあの日、自分を置いて去ってしまったのか

 どうしてあの日、私を連れて行ってくれなかったのか

 

 

「どうだ? おれの船、乗るか?」

 

 シシシ、と笑いながらウタに問いかけるルフィ。

 その表情は今まで見てきた中でも一番優しい表情だった。

 彼はこんな顔もするようになったのか、とどこかぼんやり思いながら返事をした。

 

「…………うん」

 

「ししし! じゃあ今日からお前もおれたちの仲間だ!」

 

「仲間……」

 

 "仲間"。

 その言葉はウタにとって非常に新鮮なものだった。同年代の友達なんて今までルフィしか居なかった。  

 ゴードンは親であっても、友達にも仲間にもなってはくれなかった。

 そう、これは、彼女にとって、初めての"仲間"なのだ。

 

「へっ、一時はどうなることかと思ったが、どうやら丸く収まったみてェだな」

 

「まぁ、女の子の仲間が増えてよかったわ。これからよろしく!」

 

「……こいつ、役に立つのか?」

 

「何言ってやがんだ、クソ剣士! レディーはなァ、居るだけで目の保養となり、安らぎを齎してくださるんだよ! ウタちゃ〜ん♡ 仲間入り記念に食べたいものがあったら何でも言ってくれていいからね〜♡ おれがなんでも作るよ〜♡」

 

「チッ、色ボケコックが」

 

「ああん?」

 

「やんのかコラ」

 

「ちょっとアンタら、ウタが困ってるじゃない、辞めなさいよ」

 

「はぁ〜い♡ ナミさ〜ん♡」

 

「凄まじい切り替えの早さだなオイ」

 

 凄まじいテンポの良さで行われる麦わらの一味のやりとりからは、彼らの仲の良さと、新しい仲間を歓迎しようという気遣いが感じられた。

 

「アハハハ! みんなありがと! じゃあ今日から私はみんなの仲間! よろしくね!」

 

「うん、よろしくね!」

 

「おうともよ! このキャプテンウソップ様が乗ってる船に乗るんだ、なんの心配もすることはねェよ!」

 

「ウタちゃ〜ん♡これからよろしくね〜。特にこのイケメンコック、サンジをよろしく〜♡」

 

「こいつ強ェのか?」

 

「お前、それしか言うことねェのか、クソ剣士……」

 

 

 

「それはそれとして――」

 

「?」

 

「ねぇみんな、海賊やめなよ」

 

 

 

「「「「「はああああああ!?」」」」」

 

 まさかのウタの再びの「海賊やめなよ」宣言。流石のこれには普段冷静なゾロさえも叫んだ。  

 この流れでそれはないだろ。何考えてんだ。  

 

 

「おい、どういうことだよ!? ウタ!?」

 

「仲間になったんじゃないの!?」

 

「なったよ?」

 

 なんの問題が?と言わんばかりに胸を張ってそういうウタに少し周りはドン引きはじめた。

 この娘はどうしてしまったのだ。頭がおかしくなってしまったのか?

 

「じゃあなんで!?」

 

「いや、仲間にはなるつもりだけど、特に海賊になるつもりはないもん」

 

「…………?」

 

「それにみんなには海賊をやめてほしいって気持ちも、海賊が嫌いって気持ちにも変わりはないし」

 

 その言葉を聞いたナミはしばらく考え込んだあと、ようやく噛み砕いて要約することに成功した。

 要するに、彼女はこう言いたいのだ。

 

「つまり、"海賊"ではないけど、私達の"仲間"ではある……ってこと!?」

 

「うん! それであってるよ!」

 

「はああああああ!?」

 

 滅茶苦茶だ。何を言ってるんだ、この娘は。

 自分たちは海賊団なのだ。その仲間なのに、海賊ではない?

 じゃあ、お前の役割は何なんだ。

 

「これからもみんなには海賊をやめるよう説得していくつもりだから、よろしくね♡」

 

「よろしくね♡……じゃねーよ!!」

 

「おい、ルフィ……」

 

 ここまでの事態は流石に船長に投げざるを得ない。そう判断したゾロはルフィに投げかけるが……、

 

「なっはっは、面白ェ! これからよろしくな!」

 

「いや、『面白ェ!』じゃなくて……!」

 

「なんだよ、どうせ海賊やめたりしねェんだから良いじゃねェか」

 

「いや、そうだけれども!」

 

 

「海賊やめたくなったらいつでも言ってね! 私と一緒にバンド組もう!」

 

「組むかあッッッ!!!」

 

 

 麦わらの一味は新たな仲間(海賊ではない)を加えて、嵐の中を進んでいく。

 目指すは海賊王と赤髪のシャンクス!

 

 

            to be continued……





こんな事を言っているウタですが、四十億巻での設定通り、エレジアの真相を知ると「私には海賊を嫌う資格すらない」にレベルアップします


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ねぇナミ、難しいこと言うのやめなよ

 

 一通りの自己紹介を終えた一行は、航路を決めるための会議を行っていた。司会進行役は天才航海士、ナミである。なお、船長は早々に戦力外通告をなされている。

 

「"偉大なる航路(グランドライン)"の入り口は山よ」

 

「山!?」

 

「そうよ、"導きの灯"が指していたのは間違いなくここ、リヴァースマウンテン」

 

 そう言って、机の上に広げた地図の"リヴァースマウンテン"と記された場所を指差すナミ。

 男衆はそれを囲って見てみるが、どうにも難しい記号やらが多くて分かりにくい。

 "山から海に入る"とはいったいどういうことなのだろうか?

 

「アハハ、バカだなぁナミは! 海の入り口が山なワケないじゃん!」

 

 訂正。男衆だけでなく、ウタもよく分かってないらしい。

 

「……ウタ、一応聞くけど、航海術はどれくらい勉強した?」

 

「こうかい……じゅつ?」

 

「あ、もう分かったわ。うん、大丈夫」

 

 ナミはそう言うと、はぁ、とため息をついた。女子が増えたのは良いが、もしかしたら常識枠は自分だけのままかもしれない。これは先が思いやられる。 

 

 ちなみにウタは航海術なんてものは勉強していない。エレジアに居たときは最低限の勉強をゴードンが見てくれていたが、そういった海賊的というか海に繋がる知識はあえて避けていた。

 また、赤髪海賊団時代は航海に関してはすべてビルディング・スネイクという男が取り仕切っていたためウタは何一つそこから学習していない。

 というかそもそも航海中は非常に過保護だったため、外にすらほとんど出たことがなく、航海に関する知識はゼロと言っても過言ではない。

 

「ウタは置いておくにしても、山にぶつかれってのか? いくらなんでもそりゃあ……」

 

「違うわよ、ここに運河があるでしょ」

 

 そう言って、今度は運河を指差すナミ。しかし、どうにも分からない。運河とは人工的な水路のことだが、山を登る運河なんてものは聞いたことがない。

 

「アハハ! やっぱりナミはバカだなぁ! 運河があったってそれに乗って船が登れるワケないじゃん!」

 

「うん、ウタ、あなたはちょっと黙ってましょうね」

 

 もはやウタはスルーする方向にしたようであるナミは、そのまま他の船員の顔を伺う。

 

「いや、でも、おれもウタの意見に賛成だ。いくらなんでも運河で登るってのは無理があるんじゃねェか?」

 

「でも、そう書いてあるんだもん」

 

 ウタに同調したウソップの意見に反論するナミだったが、いまいち説得の決定打が欠けているようだった。どうにも麦わらの一味には地図に従うという意識があまり無いようだった。

 

「そうだぞお前らナミさんの言うことに間違いがあるかァ!」

 

「えっ、じゃあ、私が間違ってた……ってコト!?」

 

「ウタちゃんの言うことにも間違いなんてない!」

 

「いや、どっちだよ」

 

 二人のレディーの板挟みになって、手のひらを高速回転するサンジというなかなか面白いものは見れたが、状況はいっこうに改善せず、行き詰まったままだ。

 

「その海図、バギーから奪ったやつだろ? 当てになんのか?」

 

 ゾロはそもそも地図の正当性から疑っており、

 

「船で山登んのか!! "不思議山"か! おもろーーっ!」

 

 船長に関してはもはやなにか考えているのかどうかすら謎だった。というか、多分考えてない。

 

「だいたい何でわざわざ入り口から入る必要があるんだ? 南へ下ればどっからでも入れるだろ」

 

 そんな根本の質問をしたのはゾロだった。

 そう、そもそも、広い海において"入り口"なんてものに従う必要がどこにあるのだろうか?

 それこそ、方角さえ合っていればどんなとこから入っても同じだろう(まぁ、その方角すら間違える極度の方向音痴がこれを言っているわけだが)。

 

「それは違うぞ、お前っ!」

 

「そうだよ! それは違うよ!」

 

「そう、ちゃんとわけがあんのよ」

 

「入り口から入ったほうが気持ち良いだろうが!」

 

「入り口から入らないと怒られちゃうもんね!」

 

「違うッッッッ!!!」

 

 この幼馴染バカコンビに少し期待した私がバカだったとナミは頭を抱えた。 

 なんだ、入り口から入ったほうが気持ち良いって。気持ち良いか気持ち悪いかで航路が決まってたまるか。

 入り口から入らないと怒られるってなんだ。いったい誰が怒るんだ。

 しかし、そんなフザけたやり取りをしている中で事態は急変する

 

「……おい、嵐が突然止んだぞ」

 

 その()()に最初に気付いたのはゾロだった。

 そう言って窓を見るように促す彼に従って覗いてみれば、外には雲ひとつない快晴の空が広がっていた。

 先程まで大嵐の中にいたはずなのにだ。

 

「え!? そんなまさか!? 嵐に乗って"入り口"まで行けるはずなのに……」

 

「わーーっ! すっごい良い天気!」

 

 そう嬉しそうに反応するウタだったが、この状況の意味を悟ったナミの表情は焦燥に満ちていた。

 この表情を航海士がする意味。

 それは今置かれている状況が非常に危険なものだと指し示している。

 

「しまった……! "凪の帯(カームベルト)"に入っちゃった……」

 

「なにそれ?」

 

 気の抜けた感じにナミに問う一同だが、お互いに漂っている緊張感がまったく違った。

 今すぐにでも行動を開始しないと手遅れになるとナミだけが分かっているのだ。

 

「ノンビリしてる場合じゃない! 男ども、あんたたち早く帆を畳んで船を漕いで! 嵐の軌道に戻すの!」

 

「せっかくこんな晴れてんのにか?」

 

「だからよ! それが問題なの! ここは無風の地帯。つまり――」

 

 そうナミが言いかけると、船が大きく揺れ始めた。否、()()()()()()()()()。窓から見える景色がものすごいスピードで下から上へと流れていく。

 そう、船が確かに()()()()()()

 

 

「――海王類の巣なのよ!!!」

 

 

 メリー号の現在地、超大型の海王類の頭上。

 周りには、これまたおよそ40匹以上の超大型海王類たち。あっ、今そのうちの一匹と目が合った。

 状況――非常に悪シ。命ノ危機アリ。

 SOS信号機能はこの船には搭載されていない。

 

「うわあああああああ!!」

 

「どうすんだ、これ!?」

 

「もうダメだ〜! おれたちはここで死ぬんだ〜!」

 

「うわぁ! おっきいお魚! すごいね!」

 

「言っとる場合か!」

 

 一人だけやけにテンションの高いウタを除いて、船内は阿鼻叫喚地獄絵図だった。それはそうだ。普通の航海であれば海王類との遭遇はそのまま死を意味する。

 

「流石にアンタも海王類ぐらいは知ってるでしょッ! 超危ないのよ今の状況!」

 

「いや、でも、初めて見たから」

 

「そういう問題じゃない!」

 

 ナミと漫才を展開するウタだったが、そんなウタですら危機感を覚える自体が発生する。

 

「おい、あの海王類、口開けて近付いてきてないか!?」

 

「やべぇ!!」

 

「喰われるぅぅぅぅ!!!」

 

「えっ、ちょっと、これは私も予想外……」

 

 大口を開けた一匹の海王類がメリー号に気付き、そのまま口にしようとしている。

 流石に、いくら常識がないウタでもこれは普通に怖い。

 

「あっ、船が……」

 

 しかし、間一髪のところで海王類の頭の角度がズレて、メリー号が滑り落ち、なんとか避けることが出来た。

 海に着水したのを確認した男たちは、ナミの指示通り、死ぬ気で漕いだ。エンジンを搭載した船と見紛うほどのスピードで進んだメリー船は、無事、嵐の中へと舞い戻った。

 

 

 

「……ウタ、なにか言うことある?」

 

「ごめんッ! 私が間違ってた!」

 

 ナミはバカなどではなかった。むしろ彼女の言うことを疑っていた自分がバカだったのだと反省した。これからは航海士の言葉は疑わないことにしよう。

 

 なんとか危機を乗り越えた一行はひと息ついて、再び会議を始める。まぁ、もうみんなヘトヘトで床に寝っ転がっての開催だったが。

 

「これで分かった? 入り口から入る理由」

 

「ああ……」

 

「それじゃあ理由も分かったところでどうやって"偉大なる航路(グランドライン)"へ入るか説明してあげるわ」

 

「よっ! 待ってました!」

 

 どうやら、この休憩タイムの内に、ナミはどう進むべきかの答えを出したらしい。本当に有能な航海士である。

 

「分かったのか?」

 

「えぇ、なんとかね」

 

「流石ナミさん! 天才的!」

 

「ナミはすごい!」

 

「あんたら調子良いわね……」

 

 口々にナミを褒め称える他の面々に苦笑しながら、ナミは再び地図を机に広げる。

 全員がそこに視線を向けているのを確認すると、深呼吸してひと息で解説をし始めた。

 

 

 

「それじゃあ解説するわね。やっぱり海図は間違ってなかったのよ。つまり山を登るの。現在はこのローグタウンとリヴァースマウンテンの間にあるこの辺の海を航海してるわけだけど、そのまま真っ直ぐ行けばさっきも言った通り、運河に辿り着くわ。グランドラインの上下を挟んでいるカームベルトを避けつつ迂回航路でここに向かうべきね。現在地がカームベルトを少し北に行ったところだから、こっちの方向に進み続けるだけで大丈夫よ。肝心の運河だけれど、これはおそらく北の海、南の海、西の海、東の海の四つの大きな海流が、全てあの一つの山――リヴァースマウンテンに向かっているんだと思う。その四つの海流は運河をかけ登って頂上でぶつかり、船さえも山を超えさせる超巨大な海流となり、"偉大なる航路(グランドライン)"へと流れ出る! もうこの船はその海流に乗っちゃってるからあとは舵次第ね。まぁ、航海士の私の判断に従ってれば問題ないわ。さっきのウタみたいに言葉を疑ってかからないことね。だいたい海で航海士に意見するなんて自殺行為同然よ。あんたらそういうの分かってるの? 今度からは何も言わずに信じて従いなさい。ちょっと話が脱線してズレたわね。えっとどこまで話したんだっけ……。そう、リヴァースマウンテンの海流まで話したんだったわね。それで、リヴァースマウンテンは"冬島"だから、ぶつかった海流はその温度差によって表層から深層へと潜る。もし誤って運河に入り損なえば船は大破。つまり、海の藻屑になるってわけ」

 

「わかった?」

 

 

「ねぇナミ」

 

「なに?」

 

「難しいこと言うのやめなよ」

 

 あまりの早口にウタは置いてけぼりをくらった。今度はちゃんと話を聞こうとしたのにも関わらず、半分以上、何を言ってるのか分からなかった。

 ウソップも理解度で言えば半分くらいだ。ゾロとサンジはほとんど把握した。

 ルフィは……語るまでもあるまい。

 

 

「ははーん要するに"不思議山" なんだな?」

 

「まぁ、あんたは分かんないでしょうけど……」

 

「ナミさん、すげーぜ♡ 天才!」

 

「うん、こっちもいつも通りね……」

 

 ちょっとした罰も兼ねて、あえて理解しにくいように解説したナミだったが、少しイタズラが過ぎたかな、と反省し、要約した内容を話すことにした。

 

「悪かったわよ。つまり言いたいことはこうよ」

 

「おう」

 

「私の指示に従え!」

 

「おう……」

 

 それで良いのか?

 

 

 

※※※

 

 そのまま航海を続けること二時間ほど。ついに、目的地へと近づいてきた。遠目からでも巨大な陸地が見える。

 

「おい、不思議山が見えたぞ!!」 

 

「おい、待て、それだけじゃねェ! 後ろのバカでけェ影はまさか"赤い土の大陸(レッドライン)"か!?」

 

「すごい! 雲でてっぺんまで見えないよ! この光景で一曲書けそう!」

 

 初めての光景に興奮するウタ。

 シャンクスもよく航海に連れて行ってくれたが、航海中はあまり外に出してもらえなかった。故に、こうやって陸地に近付いていく感覚は新鮮だった。

 

「舵しっかりとって!」

 

「まかせろォ!」

 

 ここの舵取りに船員全員の命がかかっている。もし少しでも運河からズレれば壁に衝突し、海の藻屑と化す。それだけはなんとしてでも避けなければならない。

 

「ズレてるぞ! もっと右! 右だ右!」

 

「右!? おもかじだァ!」

 

「もっと右だよ!」

 

「もっと右!? おらァアアアア!」   

 

 その時、『ポキッ!』とイヤな音がした。

 一瞬で全員の顔が蒼白になった。

 

「あ」

 

 もうそんな間抜けな声しか出なかった。というかもう語る余裕すらなかった。

 案の定、コントロール不能となったメリー号は壁へとドンドン近づいていく。

 

「ぶつかる、ぶつかる、ぶつかるーーっ!!!」  

 

 このままでは本当に壁にぶつかって沈んでしまう!

 その危機に真っ先に動いたのはルフィだった。

 

「ウタ、これ持っててくれ!」

 

 そう言って、麦わら帽子をウタに預けたルフィは船から飛び降りた。

 そして大きく息を吸うと、

 

「ゴムゴムの風船!」

 

 彼の身体が大きく膨らみ、技名の通り、風船のような形となる。 

 そして、そのままメリー号と壁の間に挟まり、ぶつかりそうな船を跳ね返し、押し戻した。

 彼がクッションとなることで、衝撃もかなり少なく済んだ。ゴムゴムの実様々である。

 

「助かった!」

 

「すごい、ルフィ!」

 

「おいルフィ、捕まれ!」

 

 差し伸べられたゾロの手を、腕を伸ばして掴んだルフィはなんとか船の上へと戻る。

 本当に便利な身体だ。

 

「よっしゃああああ 入ったァーーッ!!!」

 

 無事に運河を登り始めたメリー号は斜めに傾きながら、どんどん加速していく。さながら遊園地のボートアトラクションのようなその景色はウタにとって衝撃だった。

 

「すごいすごいすごい楽しい!」

 

「…………しししっ!」

 

 少しずつ、船が頂上へと近づいていく。

 いつこの船は落ちるのだろう? 

 そのワクワク感とスリルがよりこのひと時を楽しいものにしていた。

 やがて頂上へと達した船はそのまま急下降を始める。

 

「落ちるううううううう!!!」

 

 そう叫びながらも、乗っている船員はみんな笑顔だった。怖がりのウソップですらこの状況を楽しんでいる。

 このシチュエーションそのものの楽しさも勿論あったが、"みんなで危機を乗り越えた"という体験と一体感が何よりも気持ちの良いスパイスとなっていた。

 

 勢いよく水面へと叩きつけられ、大きな水しぶきが上がる。

 当然、それがかかり、船上は水浸しだ。

 

「うわ、もうビショビショ……」

 

「アハハ! こんなに楽しいの初めて! この船に乗って良かった!」

 

 船員たちの服も海水に濡れてしまった。

 当然、女性陣もであり、少し服が透けてしまっている。

 それを嬉しそうに見つめる男が一人。そう、サンジである。

 

「おれもこの船に乗って良かった♡♡♡」

 

「やめんかッッッ!」

 

「グハッ」

 

「お〜い、サンジ〜大丈夫かよ?」

 

「ナミさんの蹴りもまた素晴らしい……ッ!」

 

「懲りねェなお前も……」 

 

 その視線を敏感に感じ取っていたナミに蹴り飛ばされるサンジだったが、ただでは転ばない。

 女性陣に蹴られることにすら快感を見出したようだった。

 …………一応、彼の名誉のために言っておくが、普段の彼はここまでカッコ悪くはない。ちょっとテンションが上がってしまっただけなのだ、多分。

 

「どう? 海賊やめてほしい気持ちは変わった?」

 

 覗きをする悪を成敗したナミはそんな疑問をウタに投げかける。

 先程の様子からして自分たちとの冒険を彼女は楽しんでいるようだし、"海賊やめなよ"からも卒業してほしいものだが……、

 

「いや、それは変わらないけど」

 

「な〜んだ」

 

「でも」

 

 言葉を区切ったウタはこう続けた。

 

「みんなと一緒にいるのは悪くない、かな?」

 

「ふふふ、そりゃあ良かった!」

 

 今日一番の笑顔でそう笑いかけるナミにつられて、ウタも笑顔になる。

 これが仲間というものなのだろうか。

 はじめて芽生えた不思議な感情に戸惑う反面、悪い気はしなかった。この気持ちを糧にしてなにかいい曲が書けそうだ、そんな気すらした。

 

 

「おお……」

 

「おおっ!! あれが!」

 

「見えたぞ〜! "偉大なる航路(グランドライン)"〜!」

 

 今までの冒険はまだほんの序章だ。

 ここからが本番。

 

 海賊王への第一歩。

 大剣豪への第一歩。

 世界地図への第一歩。 

 勇敢なる海の戦士への第一歩。

 オールブルーへの第一歩。

 ――――、そしてあの人(シャンクス)への第一歩。

 

 一味はついに冒険の本格的な舞台へと突入する!

 



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ねぇラブーン、頭ぶつけるのやめなよ

評価・感想、大変励みになっております。
いつも読んでくださっている皆さん本当にありがとうございます。


 無事、リヴァースマウンテンを乗り越えた一味だったが、障害はそれだけでは終わらない。

 本来なら、もう多数の海があるだけのはずだが……、

 

『ブオオオオオ!!』

 

 ()()()の叫び声のようなものが大音量で、辺り一帯に響き渡る。それは川を下れば下るほど、大きくなっていった。

 

「おい、なんか聞こえねェか?」

 

「風の音じゃない? 変わった地形が多いのよ、きっと」

 

 しかし、肝心の航海士であるナミにさして気にした様子はない。実際、風が特殊な地形にぶつかって生き物の鳴き声のように聞こえる現象は多々あるので、彼女のこの判断を責めるのは酷だろう。

 

 ただ、なにやら様子がおかしい。音だけではなく視界にも異常が現れ始めた。

 

「おい、なんだありゃ……」

 

「ナミさん! 山だ! 山が見えるぜ!」 

 

 メリー号の前に立ちはだかるように黒い大きな山がそびえ立っていた。その大きさは、先程目にした赤い土の大陸(レッドライン)に引けを取らない。

 更に近づくにつれて先程の音がどんどん大きく、近く、鮮明に聞こえるようになっていく。どうやらここらに響き渡る音の発生源はその山にあるようだった。

 

「山? そんなハズは……」

 

「山じゃないよ! あれは――」

 

 

 

「「「――クジラ!?」」」

 

 

 その正体は山などではなく、超巨大なクジラであった。何故か額の部分が傷だらけなことを除けば、ただただ巨大なだけのいたって普通のクジラであるように見えた。

 ただし、その()()という要素が、そのクジラをまったく普通じゃない存在へと昇華させているのだが。

 

「すごい! こんな大きなクジラが居るんだ!」

 

 海王類の時と同様に、超巨大生物を初めて見ることに大喜びのウタ。しかし、彼女とて、ただアホというワケではない。すぐに事態の緊急性に気付き、引き締まった表情に変わる。

 

「いや、言ってる場合じゃねェ! 進路を塞がれてる! このままじゃ激突するぞ!」

 

「どうする!? 戦うか!?」

 

「そんなレベルじゃないでしょ!? 舵いっぱいとって、あの隙間を通るわよ!」

 

 一味の脳筋担当であるゾロが戦うことを提案するが、当然ナミが却下する。いくらバケモノじみた強さを持つゾロとて、あのクジラには敵うはずもない。

 ここは、クジラの体と陸地の間にある非常に狭い隙間をなんとか通る方が、まだ現実的と言えるだろう。

 

「舵折れてんぞ! どうすんだ!」

 

 しかし、それもまた非常に厳しい提案だった。舵はリヴァースマウンテンを登る際に折れてしまっている。つまり、船のコントロールがとれない状態の中で、そんなか細い道を通らなければいけないわけだ。

 

 そして、案の定、マトモに曲がりきれなかったメリー号はクジラの体に激突し、その船首が『ポキリ』と折れてしまった。

 

「おれの特等席がッ!!」

 

「羊さんの首が折れちゃった!?」

 

 その事態にショックを受けたのはいつもの幼馴染コンビだ。ルフィはいつも船長特権で座っている特等席が壊されてしまったことに。ウタは羊の首が折れるという割とショッキングな光景に。それぞれ独自の理由で精神的ダメージを負っていた。

 

「気づかれてねェし、今のうちに抜けるぞ!」

 

 しかし、今はそんな事でイチイチ反応している暇はない。なんとかして、このクジラから離れなければならない。そのためにはこのクジラを()()()()()()()()()()()()。バレないようにこのまま進もう。

 そう他のクルー達は冷静な判断で動いていたのだが――、

 

「お前……! おれの特等席に何してくれてんだッ!!」

 

「ブオオオオオオオオオ!!!」

 

 

「「「「アホーーーッ!!!」」」」

 

 モンキー・D・ルフィという男にそんな器用なことはできない。怒りのままに巨大クジラの目玉をぶん殴った。

 

「いいぞ〜ルフィ! やっちゃえ!」

 

「任せろ!」

 

「「「「お前も乗せるなッ!!!」」」」

 

 更に、もうひとりのアホ(ウタ)が彼を応援するものだから、周りとしては気が気じゃない。

 だが、その心配ももはや無用だ。ルフィの行動が最悪の結果で返ってきた。

 

「うわああああ!! 吸い込まれるうぅぅ!!」

 

 巨大クジラが周囲の海水を呑み込み始めたのだ。それによって引き起こされた巨大な海流に乗ってメリー号はクジラの口の中へと吸い込まれていく。

 

「死んでたまるかッ!!!」

 

 ただ、ゴムゴムの実の能力でクジラの牙へと腕を伸ばし、そこから頭頂部へと登っていたルフィを除いて、麦わらの一味は全滅してしまったのだった。

 

 

「どうしよう……」

 

「みんな食われちまった……」

 

 一人ぼっちになったルフィは途方に暮れていた。せっかく集めた仲間たちが一人残らずクジラの腹の中へと消えてしまったのだ。

 こんなの許容できない。あいつらとはこれからまだまだ冒険をするつもりなのだ。こんなところで終わってたまるか。

 「吐き出せよ!」と叫びながら、頭上で暴れまわるルフィ。

 そんな中、彼の視界には不思議なものが映った。

 あれは――扉?

 

「……は?」

 

 なぜ生物の上に扉が?

 そんな好奇心と共に彼はその扉を開け、中へと飛び込むのだった。

 

  

※※※

 

「ブオオオオオオオオオ!!」

 

 そう叫びながら、頭を赤い土の大陸(レッドライン)にぶつけ続けるクジラ。その体内に住んでる男――クロッカスは巨大な注射を胃袋に刺しているところだった。

 

「やめろ、ラブーン! もう自分を傷つけるのはやめろ!」

  

 その必死な声には、たしかにそのクジラ――ラブーンへの心配する感情が籠もっていた。響き渡る叫び声に、ずっと続く大きな振動。そんな最悪の状況下においても、彼はラブーンへの気遣いをやめない。

 

「鎮静剤もあとわずかか、新しいのを作らねば……」

 

 注射したのは鎮静剤。強制的に動物を大人しくさせる特別製の薬だ。しかし、その在庫も尽きかけている。

 いや、薬は作って足せば良い。問題はその前にラブーンが頭をぶつけすぎて死んでしまう可能性が高い事だった。

 

「その壁は世界を分かつ壁。お前が死ぬまでぶつかろうと砕けはせんのだ……! ラブーン!」

 

 そんな嘆きもラブーンには届かない。いずれ鎮静剤が切れたらまた暴れ出すだろう。ただ一時しのぎしか出来ないこの状況に、クロッカスはただただ歯噛みして悔しがることしか出来なかった。

 

※※※

 

一方、巨大クジラの中で暗躍する怪しい影が二つ。

 

「よし、ここまでは潜入成功だ。いいか、ミス・ウェンズデー? 扉の向こうにはおそらくあのジジイがいる。我々は奴を抹殺せねばならん!」

 

「ええMr.9、私達の町にとってこのクジラは大切なスイートハニーだもの」

 

 ミス・ウェンズデーと名乗る女とMr.9と名乗る男のコンビだ。どちらも武装しており、物騒な雰囲気を醸し出していた。

 

「ところで、ミス・ウェンズデー。なにか聞こえないか?」

 

「なに、Mr.9? なにも聞こえないけど……」

 

「あああああああ!!!」

 

「ほら、聞こえるだろ!?」

 

「えぇ、Mr.9、聞こえたわ、これって……」

 

「あああああああ!!!」

 

「近付いてきてる!?」

 

「いや、これはひょっとして!?」

 

「ああああああ!!」

 

「「ああああああああ!?」」

 

 ぶっ飛んできたルフィに突き飛ばされ、思いきり開いた扉から落っこちる二人組。

 ルフィが扉を開けた先は通路になっており、その通路に入った彼は度重なる揺れのせいでバウンドを繰り返しここまで吹っ飛んできたのだ。

 

「マズイぞ! 下は胃酸の海だ!」

 

「いやあああああああ!!」  

 

 ぶっ飛ばされた二人はそのまま着水し、胃袋の底へと沈んでいく。

 一方のルフィはそこに留まっていたメリー号と仲間たちを発見する。

 

「ルフィーーーッ!?」

 

「よぉ!! ウタぁ! お前らァ、無事だったのか!?」

 

 無事合流したルフィ達は、一応、先程の二人組を救出し、船に乗せてやった。

 あからさまに武装してて怪しいので、一応縛ってはいるが。

 

「……で? お前らはなんなんだよ?」

 

「(Mr.9、こいつら海賊よ……)」

 

「(分かってるよ、ミス・ウェンズデー。しかし話せば、分かるはずだ)」

 

 ゾロからの質問には答えず、ヒソヒソと話し合う二人組に若干イライラしていると、胃袋に付いている扉から出てきた男――クロッカスが嫌悪の表情でその二人組を睨みつけて話しかける。

 

「私の目が黒いうちはラブーンには指一本触れさせんぞ!」

 

「あっ、さっきのお爺ちゃん!」

 

 ゾロ、ナミ、ウソップ、サンジ、ウタの五人は既にクロッカスと交流済みだ。

 そんなクロッカスにいつの間にか縄から抜け出した二人組が銃を突きつける。

 

「オホホホホ!! 無駄な抵抗はよしなさいっ!」

 

「そんなに守りたきゃ守ってみろ! このクジラは我々の食料にする!」

 

 ものすごくチンピラくさい台詞と共に二人は発砲する。それはクロッカスが身を挺して庇ったが、もし仮に当たってしまっていたら、胃袋に穴が開いてラブーンは死んでしまっていただろう。

 …………とてもアラバスタの心優しい王女様の姿には見えないが、まぁ、この時は役に入り込んで変なテンションになっていたのだろう。きっと。

 

「えぇ!? そんなの可哀相だよッ!?」

 

 ラブーンを殺すだなんて可哀想と非難するウタだったが、二人はまるで取り合わない。

 

「ええいッ黙りなさいッ! 攻撃されたくなければ……」

 

 しかし、それを見過ごせない男が一人。我らが船長、麦わらのルフィである。

 いつの間にか背後側に回っていた彼は、思いっきり二人組の頭をぶん殴った。

 

「「ぐはッ!」」

 

「何となく殴っといた」

 

「ナイス!」

 

 これで暴れまわる輩は消えた。  

 それを機に、ウタは先程から気になっていたことをクロッカスへと尋ねる。 

 

「ねぇ、お爺ちゃん、どうしてお爺ちゃんはこのクジラを守るの?」

 

「良いだろう、教えてやる。このクジラはな――」

 

 

※※※

 

 そこから語られたのはあまりにも悲しい話だった。

 

 クジラの名はラブーンであること。

 ラブーンは世界一デカい種類のクジラである"アイランドクジラ"の一匹であり、その肉を近くの町のゴロツキが狙っているということ。

 

 ラブーンは元からこんなに大きかったのではなく、元はある海賊団に付いてきた小さなクジラであったこと。

 ラブーンは"仲間"として、その海賊達に非常に懐いていたこと。

 ここから先の危険な航海を思って、ラブーンはここに置いてかれたこと。

 『必ず世界を一周してここへ戻る』と約束したこと。

 その約束がもう50年も前のものであるということ。

 

 ――――そして、おそらくその海賊団は既に全滅してしまったのだということ。

 

 クロッカスはひと息でそんな話をしたのだった。

 

 

※※※

 

「んん! よいよ! これがおれとお前の戦いの約束だ!」

 

 結局、ルフィ達はラブーンの問題を解決した。ラブーンと喧嘩したルフィは「この勝負は引き分けだ!」と宣言。続きはルフィ達が偉大なる航路(グランドライン)から帰ってきたらまたしようという約束をした。

 こうして約束を上書きすることで、ラブーンの自傷行為を止めたのだ。

 

 そして、現在ルフィは約束の印としてラブーンの額に麦わら海賊団のマークを書いている。(※ド下手クソ)

 

「私にもなにか出来ることないかな……?」

 

 サンジは料理を作り、ウソップはメリー号の修理。ナミはクロッカスに航海についての話を聞いている。

 手持ち無沙汰のウタもなにか役に立つ仕事をしたい気持ちになっていた。

 

「歌えば良いじゃねェか」

 

「う〜ん、それ役に立ってるって言えるのかな?」

  

 ウタの役職は音楽家なのだから、ルフィの言うことはもっともなのだが、周りが実用的な仕事をしている中で歌うのは少し気が引けた。

 作業用BGMとか一応そういう方面での活躍はあるかもしれないが、やはりもっと分かりやすい活躍がしたかった。

 

「そういえば、元・赤髪海賊団音楽家って言ってたな」

 

「あぁ、こいつ、滅茶苦茶歌上手ェんだ!」

 

 嬉しそうにウタの長所を語るルフィ。彼は基本的に好きな奴は褒めて伸ばすタイプの男である。

 実際、ウタの歌声は"天使の歌声"と称されるレベルなので、別に褒め過ぎという程でもないのだが、やはり真正面から褒められるとちょっと照れる。

 それを誤魔化すためにも話題を少し逸した。

 

「歌うにしても何を歌えば良いんだろう……? そもそもクジラが音楽分かるのかな?」

 

「なんでもいいんじゃねェか? おれたちもどんな曲でも良いから一回聞いてみたいし」

 

 ウソップは作業をしながらそう提案した。

 しかし、「なんでも良い」というのが実は一番困るのだ。この曲が良い、とリクエストしてくれた方が実は楽だったりする。

 

「そうだ! ラブーンを置いてった海賊達もあの歌を歌ってたんじゃねェか!?」

 

「あの歌?」

 

「シャンクス達がよく歌ってたあの歌だよ! お前もよく歌ってたじゃねェか!」

 

 ルフィが指し示す曲タイトルを理解したウタは非常に嫌そうな顔になる。()()()はウタにとってもかなり特別な曲であり、同時に強制的に昔を思い出させてしまう曲でもある。

 

「え〜……、あの歌ぁ……? でもなぁ……」

 

「なんだよ! おれも久しぶりに聞きたいぞ! あの歌!」

 

「だって、アレは海賊の歌じゃん……」

 

「だから良いんじゃねェか!」

 

「いや、だから、私はみんなに海賊やめてほしいんだってば!」

 

「えー……歌ってくれよォ」

 

「スゲェ不満そうな顔だなオイ」

 

 絶対に歌いたくないウタVSどうしても歌ってほしいルフィ。

 実はこの対戦カードの行方はもう決まっていたりする。なんやかんや言って、ルフィのリクエストにウタは甘いのだ。 

 

「そんなに聴きたいってどんな曲なの?」

 

「『ビンクスの酒』って曲。海賊の代表的な歌だよ」

 

 " ビンクスの酒" は海賊達の中でもっとも有名で伝統的な歌だ。その陽気さとどこか漂う物悲しさが混ざり合って不思議な感情を呼び起こすこの曲はまさに海賊の十八番。定番中の定番だ。当然、赤髪海賊団の音楽家だったウタは飽きるほどこの曲を歌ったし、歌詞だって未だに暗記している。

 

「おれはウタちゃんの美声が聞けるならどんな歌でもいいぜ」

 

「なになに、ウタが歌うの?」

 

「嫌だ! おれは"ビンクスの酒"が良い!」

 

「う〜ん、おれもルフィがそこまで推す"ビンクスの酒"がちょっと気になってきたぞ」 

 

「ブオ?」  

  

 平常運転のサンジ、興味津々でやってきたナミ、変わらず意見を曲げないルフィ、そのルフィを見て同じくらいにビンクスの酒を希望するようになったウソップ。

 そして、それを不思議そうに見ているラブーン。

 それを見て、ウタは覚悟を決めた。たしかにちょっと嫌な思い出を想起するかもしれないけど、曲のリクエストを断るようじゃ、"歌姫"の名折れだ。(※ちなみに、ゾロは寝ています)

 

「はぁ、もう、仕方ないなぁ」

 

 そう呟くと、ウタはおもむろに船に積んでいた荷物から音響機器や楽器を取り出した。

 元々音楽最先端の国であったエレジアの中でもトップクラスの演奏道具たちだ。当然、お値段もトップクラスの超貴重品である。

 

「すっげえええ! なんだそれ!」

 

「演奏道具! ルフィ、アンタ、絶対触んないでね!! 100%壊すから!」

 

「え〜」

 

「『え〜』、じゃない! 触ったらもう二度とアンタの前で歌わないからね!」

 

「わかった、じゃあやらねェ」

 

 "ウタが歌ってくれなくなる"。その脅しが効いたようで、ルフィは素直に引き下がった。

 それに他人が大切にしているものなら意外と気を遣ってくれる優しさがルフィにはある。普段の態度で気付かれにくいが、そういった繊細な思いやりも本当にごくたまに行うのだ。

 

「じゃあ、いくよ?」

 

 諸々の機器の設定を終えたウタは周りの顔を伺う。初めてウタのちゃんとした歌声を聞くことになる一味はどこかソワソワしている。

 それを確認したウタは思いっきり息を吸うと、歌い始めた。

 

 

「ビンクスの酒を 届けにゆくよ

海風 気まかせ 波まかせ〜♪」

 

「!?」

 

 その曲を聴いた瞬間、ラブーンの脳裏に思い出が溢れ出してきた。それはあの人たちと過ごした記憶。50年以上も前の大切な大切な記憶。

 

『ラブーン!! よーしみんな歌えーあの唄を!』

 

『ビンクスの酒だな!?よーし! いくぞー!』 

 

 

「手をふる影に もう会えないよ

何をくよくよ 明日も月夜〜♪」

 

「ブオオオオオ!!」

 

 ラブーンは叫ぶ。それは喜びとも悲しみとも言えない複雑な感情の発露だった。

 想起される思い出はより鮮明になっていく。

 

『ラブーン!? お前ついてきたんですね! なんて……』

 

『おい、ブルック! あの歌を歌おう!』

 

『ラブーンお前も好きだよな! あの曲が!』

 

『ブオオオオオ!』

 

『ヨホホホ ヨホホホ〜♪』

 

「どうせ誰でも いつかはホネよ

果てなし あてなし 笑い話〜♪」

 

 いつも、どんなときでも、あの歌は自分と共にあった。

 再会の時も、別れのときも、嬉しいときも、悲しいときも、あの歌を歌った。

 あの人たちは、『プオオオオ!』としか鳴けないラブーンといつも一緒に楽しそうに歌ってくれた。

 

『分かってください、今度のようには行きません。グランドラインは厳しすぎます、小さな体のお前でもとても無理です。これから行く海はとても予想が出来ないんです』

 

『私だってお別れするのは嫌です……!』

 

『でもッ……!』

 

『別れやしねェよ』

 

『船長!?』

 

『ラブーン、待っててくれよ。俺達はただまっすぐ進む! そうしたらここへ戻ってくる! ほんの二、三年の辛抱だ。そうしたらまたみんなに会える! なぁ、ブルック?』

 

『ええッ! 私達、必ずお前を迎えにいきます!』

 

『ラブーンおれたちはここへ必ず戻ってくる! 待ってろよ!』

 

『プオオオオ!』

 

『よく分かってくれました……ありがとう、ラブーン』

 

『じゃあ、みんな、一時のお別れの歌はもちろんアレだよな!?』

 

『あぁ、再会を誓う歌だ! 特別気持ち込めて歌わねぇェとな!』

 

『『『ビンクスの酒〜〜〜!!』』』

 

 歌声はより鮮明により大きく過去から響き渡ってくる。

 誰もそこには居ないのに、約束の日はまだなのに、まるであの頃のように歌は響き渡る。

 

「ヨホホホ ヨホホホ〜♪」

 

『ヨホホホ ヨホホホ〜♪』

 

 やがて、現在の歌姫の美しい歌声と、過去の彼らの楽しそうな歌声がどこか重なり始めた。

 それにラブーンも乗っかって歌い始める。わからない人にはただクジラが叫んでるようにしか見えなかっただろう。だが、確かにラブーンは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「『ヨホホホ ヨホホホ〜♪』」

 

 

「ブオオオオオオオ!!!!!!」

 

 

 歌姫の歌声が繋いだ過去と現在。

 その記憶はラブーンの長い命の中に確かに刻まれたのだった。

 

 




今回は大分諸々のシーンをカットして進めさせていただきました。
これからもあまり原作と変更がないシーンはこんなふうにカットしていくつもりです


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幕間:ウタの配信日記①

 

 赤い画面に、『UTA』のエンブレム。

 ただそれだけのものをどれだけ待ち望んだだろうか? "歌姫"ウタの配信。実に二週間ぶりの開催だった。

 

「みんな、ウタだよ! 久しぶり!」

 

 画面の中央に満面の笑顔で映る少女――ウタは、分かりやすい身振り手振りでみんなに挨拶をする。

 "見られる"ということを徹底的に意識し、磨かれたその動きからはそのプロ意識の高さが伺える。

 

 そうだ、これこそウタの配信だ! 日々の労働に、責め苦に、苦痛に、ただただ耐え抜いた我々が待ちわびたウタの配信なのだ!

 

『ウタちゃんだ! ウタちゃんの配信が始まったぞ!』

 

『ウタ! 最近どうして休んでたの!?』

 

『ようやく歌姫の声を聴ける……』

 

『あれ? いつもと居る場所違くない?』

 

 口々に喋るウタのファンたち。普段の配信はウタ側からの一方通行であるが、今回は皆が喋れる形式のようだ。  

 これは特殊な雑談枠なのだろうか?と疑問に思うのもつかの間、視聴者たちはある違和感に気付く。

 撮影場所がいつもの白を基調とした明るいスタジオじゃない。むしろどちらかと言えば暗い印象のある木材の建物の中にウタは立っていた。

 

「やっぱりそういう質問が来るよね! じゃあ問題! ここはどこでしょう? ヒントはね、()に注目!」

 

 そんな視聴者たちに、彼女はクイズ形式で尋ねる。こういった些細なことも視聴者参加型企画にしてエンタメにしてしまうのだから流石と言わざるを得ない。

 

『音……?』

 

『そういえば、なんかギシギシって、音がするような……?』

 

『分かった! 船だ! 船の上にいるんだね、ウタ!?』

 

 そう答えたのは、ウタの大ファンの少年、ヨルエカだ。普段は羊飼いの仕事をしており、その関係で何度か船に乗ったことのある彼は正解を引き当てた。

 

「せいか〜い! 分かった君はすごい! そう、現在私は、船の上で配信をしてま〜す!」

 

 大袈裟に手を叩きながらヨルエカを褒め称えるウタ。件の少年はストレートに褒められたことに若干照れながら、そのまま続く言葉を待つ。

 

『船って、……どこかに行くの、ウタ?』

 

「ううん、どこかに明確に向かってるわけじゃないよ」

 

 どこかに行くワケでもないのに、船に乗る?それは不可解だ。そもそも配信者かつ歌い手であるウタがどうして船になど乗る必要があるのだろうか?

 

『じゃあ、なんで船に乗ってるの?』

 

「うん、その質問に答える前に、みんなに聞きたいことがあるんだけど良いかな?」

 

 ウタはあらたまった様子で、視聴者にそう問いかけた。それを聞いた彼らの反応はとても良好なものだった。

 

 

『いいよ!』『もちろんだよ!』『どんな質問でもいいよ!』『僕らに答えられることならなんでも答えるよ!』『私も!』『ウタにはいつもお世話になってるもんね!』『大好きなウタのためだもん!』

 

 次々と、普段の感謝の気持ちとこれからどんな質問にも答えるという決意を述べる視聴者たち。そこには異論を唱える者など誰一人として存在していなかった。誰もが辛い人生をウタの歌声によって救われていたからだ。

 

 そんな皆の反応を嬉しそうに見ていたウタは、興奮して喋り続けている彼らを宥める。このままではマトモに喋れない。

 それらが静まったのを見届けると、そのままウタはとびきりの笑顔でファンへの感謝の言葉を述べた。

 

「みんな、ありがとう! 私もみんなのこと大好き!」

 

 そして、そのまま本題である"質問"も続ける。

 

「じゃあ質問、みんなは海賊のことどう思う?」

 

 その問いかけを聞いたファン達の空気は一瞬凍りついた。当然だ。今の時代、これほどデリケートな話題も他にないだろう。

 しかし、ある者が一言ポツリと海賊への不満を口にすると、まるでダムが決壊したかのように、怒りの感情が殺到しはじめた。

 

『最低!』『大嫌い!』『僕のお母さんを返して!』『絶対に許せない!』『犯罪者! 人間のクズ共!』『あいつら僕のお家を焼いたんだよ! 信じられない!』『あんな奴ら居なくなれば良いのに!』

 

 その怒りは留まることを知らない。大海賊時代についていけない者たち――弱者。彼らはただ一方的に虐げられる普段の日々に絶望して生きている。

 そんな彼らの憎悪が溢れ出した結果がこの反応だった。

 

「うんうん、そうだよね」

 

 それを当たり前であると言わんばかりに、うんうんと首を振りながら肯定するウタの様子に、更に熱狂が高まる。

 やっぱりウタは自分たちの味方なんだ!自分たちのこの辛い気持ちを彼女は分かってくれるんだ!

 そんな歓喜に満ちていた。

 

『どうしてウタはそんな質問するの?』

 

 暴走気味の人々の興奮状態の中で、そんな質問をしたのはロミィという少女だった。

 彼女だけでなく、多くのファン達はウタの"質問"の意図を測りかねていた。

 

「……ねぇ、みんなはさ、もし大切な友達がそんな海賊になっちゃったらどうする?」

 

 ウタの質問は続く。しかし、こちらは先程と違ってあまり反応が芳しくない。  

 「もし友達が海賊になったら」、それは想像するだけで恐ろしい話だった。

 

『それは……』

 

『どうするって言われても……』

 

 多くのファンがなにも答えることが出来ない。実際、どうすれば良いか分からない。解決策などとてもじゃないが思い付かない。

 だが、勇気ある少女の言葉で空気が一変した。

 

『やめさせる! 友達ならそんな事してほしくないもん!』

 

『そうか……、そうだな! お嬢ちゃんの言うとおりだ! 大切なダチなら、引っ叩いてでも正しい道に戻すべきだよな!』

 

『うん! 海賊なんかやめさせて、罪を償ってもらって、一緒に生きてほしい!』

 

『海になんて出るべきじゃないよ! 危ないことだっていっぱいあるし!』

 

 続々と集まる賛成意見。

 そうだ、友達が海賊になってしまったのなら、それを正しい道へと戻してやるこそが我々のやるべきことなのではないか!? そう彼らは思い直した。

 

「みんなありがとう! そうだよね、みんなもそうするよね! おかげで私は正しいことをしているんだって自信がついたよ!」

 

 ウタは彼らの言葉を聞いて、そんな事を言った。

 "している"? つまり現在進行系? それが指し示す意味を多くの視聴者が察した。

 

『その言い方は……』

 

『ウタの友達、海賊になっちゃったの!?』

 

『もしかして、今乗ってる船も海賊船!?』

 

「正解! 私は海賊なんかになっちゃった友達を悪い道から()()()()ために船に乗ってま〜す!」

 

 そんなウタの言葉に彼らの血の気が一気に引いた。確かに友達が海賊になったら引き戻すべきだろう。しかし、海賊の船に乗る? 正気じゃない。そんなことをしたら殺されてしまう。このままではウタの身体が危ない。

 

『いくらなんでもそれは……』

 

『そんなの危ないよ! ダメだよ、ウタ!』

 

『ウタがそこまでする必要なんてないよ!』

 

「みんな、心配ありがとう! でも大丈夫! だってみんないつも言ってくれてるでしょ? 私は()()()だって!」

 

『……ッ!?』

 

 気丈に振る舞う彼女の言葉を聞いた瞬間、人々は瞬時に手のひらを返し始めた。

 そうだ! 何を考えているんだ! ウタはこの時代から自分たちを救い出してくれた救世主、そんな彼女に不可能なんてあるはずがない!

 彼女の歌さえあればみんなが幸せになれる! きっとその歌声を聞けば、どんな悪党も改心してしまうに違いない。

 

「そう、私はこの大海賊時代を終わらせて新時代を作る救世主! 歌姫のウタ! 友達一人くらい海賊をやめさせてみせるよ!」

 

『そうだッ……! おれたちは何を勘違いしてたんだ!? 心配!? そんなものは無用だったんだ! ウタなら出来る! 絶対に!』

 

『ごめんよ、ウタ! 疑ったりして! ウタなら問題ないよね!』

 

『うおおおおおおお! 感動した! そうだ、ウタなら出来る! ウタなら海賊だって敵じゃないんだ!』

 

『そのお友達だって、ウタの歌声を聞いたら絶対改心するに違いないよね!』

 

『UTA! UTA! UTA! UTA! UTA!』

 

『UTA! UTA! UTA! UTA! UTA!』

 

『UTA! UTA! UTA! UTA! UTA!』

 

 それは集団心理なのかなんなのかそこに居る彼らの誰にも分からなかった。冷静に考えたら何からなにまでおかしい理屈――、否、理屈にすらなっていないこんな言葉を彼らは()()()()()()()()

 海賊に歌を聞かせれば改心する? そんなわけあるはずがない。というか、そもそもなぜ歌える前提なんだ? 歌う前に攻撃されたら? 喉を潰されたらどうする? 

 海賊船に乗る? そんな事をしていたらいずれ保護にしろ指名手配にしろ海軍のお世話になること間違いなしだろう。

 だが、そんなマトモな判断を誰一人としてしていなかった。誰もがその場の空気に呑まれてしまっていた。

 

「みんな応援ありがとう! それじゃあ今日の配信はここまで! これからも応援よろしくね!」

 

 そう言って、ウタは映像電伝虫の電源を切る。

 今日の配信は大成功だ。こんなにも皆の反応が良かったのは久しぶりだ。それにみんなのウタへの"期待"も分かった。

 

「(そう、きっと私ならルフィに海賊をやめさせられる)」

 

 彼らの言葉に自信をつけたウタはそう確信した。

 『ルフィに海賊をやめさせる』。既に二週間近く経過しているのに、未だに海に出た理由であるその目的を達成できていない。しかし、それもきっと時間の問題なのだ。自分に不可能なんて無いのだから。

 

「――だって、私は()()()だから、ね?」

 

 

 

※※※

 

 

「サー・クロコダイル、何を見ているの?」

 

「ニコ・ロビンか……」

 

 アラバスタ王国のとある場所にて。

 王下七武海であるクロコダイルとその腹心である悪魔の子ニコ・ロビンが密会をしていた。

 彼が見ていたのは配信――歌姫ウタの久しぶりのライブ映像だ。それを見たロビンはからかうようにクロコダイルを挑発した。

 

「あら、そういう娘がシュミなのかしら?」

 

「バカ言え。おれが興味があるのは女の方じゃない。どちらかと言えば、歌姫ウタの配信、それに群がるアホ共を見ようと思ってな」

 

「あら、性格が悪いのね」

 

 クロコダイルが興味を持ったのは音楽だとか配信者だとかそういった下らないモノではない。

 人々の個人への熱中とそれによっと引き起こされる信仰。そこに興味があった。 

 

「ふん、"救世主"か、くだらねェ。自分の力でなにも出来ねェクズ共が、一人の小娘を盲信して煽てて持ち上げて盛り上がってやがる」

 

「あなたがそれを言うのかしら?」

 

 現在、アラバスタ王国の"英雄"として、まさに盲信されて持ち上げられているクロコダイルがこんな言葉を言うのだ。なんて酷い冗談なのだろうか。

 アラバスタの国民も、まさか彼が内乱を引き起こして国を乗っ取ろうとしているなどとは夢に思ってもいまい。

 

()()()()()だ……おい、それよりさっさと――」

 

「"ミス・ウェンズデー"のことでしょう? 分かってるよ」

 

「チッ……」

 

 部屋から出ていったらニコ・ロビンを面倒そうに見ながら舌打ちをするクロコダイルは、再び映像へと目を移す。

 歌姫ウタ。市民の扇動の際の参考になるかと思って目をつけた女だったが、まさかここまで信仰されているとは思わなかった。しかし――――、

 

「哀れな女だ、バカ共が作り上げた()()から逃げられなくなるとはな」

 

 

※※※

 

 一方、メリー号内、ウタが配信してる部屋の前でのひと悶着。 

 なんとしてでも部屋に入れないように守るサンジVSよく分かっていないルフィの攻防が起きていた。

 

「おい、サンジ、そんなところでなにやってんだ?」

 

「静かにしやがれ! 今、中でウタちゃんが配信してんだよ!」

 

 ウタに誰にも入ってこないように部屋の前で守っていてほしいと頼まれ、二つ返事で了承したサンジ。

 当然だ。レディーの頼みを断るわけがない。

 

「…………はいしん?」

 

「世界中にウタちゃんの美声を届けてんだよ。なんて素晴らしい心意気なんだ♡」

 

「ヘェ〜、面白いのか?」

 

「(興味持たせて乱入されたらマジィな……)ほら、机の上に作り置きしておいたクッキーがあるからさっさと去りやがれ!」   

 

 ルフィの対策をあらかじめしておいたサンジの有能さが光る。こうなることは予測済みだったので、お菓子で彼の行動を誘導する作戦だ。

 

「ホントか!? あんがとな〜! サンジ! おれ行ってくる!」

 

「おう、味わって食えよ」

 

 それはそれとして、クッキーはちゃんと渾身の出来のものを提供している。コックとしてそこはまったく妥協できない。ルフィをここに近づかせないために作ったものだったが、後で味の感想は聞いておこう。

 

「ふぅ……」

 

 にしても、疲れる仕事である。

 ウソップとナミには普通に事情を説明して、ゾロとはボコボコの殴り合い。ルフィはこんなふうに対策と作戦を立てて……。 

 しかし、そんな重労働も気にならない。

 

「(これで、ウタちゃんからの好感度はバッチリだなッ!!!)」

 

 何故ならレディー(とそのレディーに好かれたい自分)のためだから!!

 

 




モチベーションになりますので、もしよろしければ感想と評価をよろしくお願いします(露骨な乞食)


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