闇に生き光に奉仕する男の話 (ダレン シャン)
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Prologue

リコリス・リコイルを見ていたら衝動的に書きたくなってしまった駄作です。
見切り発車のため続くかはわかりませんが許してください。

オリ主登場します。初投稿のため、おかしい部分や読みにくい等があるかもしれません。
クロスオーバー作品のため、本編とは違った展開になります。
これらが許せないという方はプラウザバックを推奨します。それでも構わないという方だけ暇つぶし程度に生暖かい目で見守ってくだされば幸いです。


 

ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!

 目覚ましの騒音で目が覚める。確認すると丁度、朝5時を示していた。

 

「そろそろ、起きるか。」

 

起床直後の重たい体にむちを打ちベッドから起き上がり、自身の部屋を出てキッチンへと移動する。

季節は春になったとはいえまだこの時間帯は肌寒い感じがするが気にしない方向で。動いていれば暖まるだろう。

 

「あの騒がしいのが起きてくる前にチャチャっと作るか。」

 

俺はそう思い朝食の準備に取り掛かる。

俺には血の繋がった家族はいない。結婚もしていないし、しようとも思わない。

ここは俺の家だがなぜかここには、俺以外の住人がいる。 

ほぼ毎日自分の家に入り浸っているその存在は現在のリコリスでトップの実力があると同時リコリス屈指の問題児である。

 

朝食であるトーストとベーコンエッグがもうすぐ出来上がるときに、自分の部屋と反対側にある部屋の扉が喧しい声とともに開かれる。

 

「おっはよ〜ございま〜す!!。今日も可愛い千束さんですよ〜。

ねぇ、ハチ!今日の朝ごはんは何かな?」

 

見慣れた赤い制服に身を包み、リコリス最強である彼女は俺に朝の献立を尋ねてくる。

 

「朝から騒がしいやつだな、おまえは。 見ての通り普通の朝食だよ。」

 

「いやいや、作ってくれるだけでありがたいとは思っていますよ。」

 

「じゃ、明日から作ってくれるのか?」

 

「それは、ムリ。だぁって〜、ハチが作ったほうが美味しいんだもん。」

 

「自分の作る料理が評価されるのは嬉しい限りだが、そもそもこの家に入り浸るのをやめてほしいんだが。」

 

「そんな固いこと言うなって〜。私とハチの仲じゃん。それに、ここがお店に一番近いし、ハチだって私と一つ屋根の下で暮らせるのは嬉しいでしょ。」

 

「そうか、OK。わかった。朝飯は要らないみたいだな。この半熟のベーコンエッグもトーストも俺が食べちゃうか。」

 

「わぁ~~!ごめん!ごめん!からかったことは謝りますから食べないで下さい。」

 

この女、少しでも隙があればからかってきやがって・・・

俺はそう思い、自分と千束の分の朝食をテーブルの上に準備する。

 

「ねぇ、ハチ?コーヒーは?」

 

「俺はコーヒーは飲まん。飲むなら自分で用意してくれ。俺は、コーヒーよりも紅茶派だ。」

 

そう言い、自身で注いだティーカップに口をつける。

 

「えぇ〜、別にいいじゃん。淹れてくれたって。お店では先生がいないときとかに代わりに淹れてお客さんからも好評なんだから。」

 

確かにうちのボス・・・ミカさんからコーヒーの淹れ方を教わり、ボス並ではないにしろお客さんからも美味しいと言ってもらっているが・・・

 

「ここには、店にあるようなコーヒー用の機器はない。諦めな。」

 

「ぶーー。」

 

ぶーたれた顔で千束は俺と同じ紅茶を啜る。

 

「ま、たまには紅茶も良いかもね。」

 

千束はそう言い、ふたりで朝食をとる。

テレビで朝のニュース番組を見ながら少々真剣な声で千束がふと言う。

 

「今日も平和であるといいね。」

 

「そうだな。そうだといいな。」

 

_________________________________________

 

10年前電波塔事件というテロが起こって以降目立った犯罪はなく、8年連続世界一治安の良い国、日本。しかし、それは仮の姿で表に出ることなく裏で暗躍する存在があるからだ。

事件は事故になるし、悲劇は美談になる。

 

平和を望む彼等のもとに厄介な事件が舞い込んでしまうことを彼らはまだ知らない。

 




オリ主の年齢は20歳位を設定しています。オリ主はリリベルではありません。本編でリリベルの立ち位置がまだはっきりしていないので・・・
恋愛に発展させるかは考え中です。

本編が折り返し地点なので辻褄の合わないところが出てくるかと思いますが、どうせクロスオーバー作品だからなと気にしない方向でお願いします。

次回から本編に入るかもしれません。


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機銃掃射した美少女がとある喫茶店に左遷された話

Prrrrrr....prrrrr....

 

目覚ましのアラームとは違う音で目が覚める。

これは、着信音?誰からだ?

そう思っても自分に電話してくる人物など限られているが・・・。

スマホの画面に表示文字は「ボス」となっている。

気だるい声で通話ボタンを押した。

 

「もしもし?」

 

「おはよう、史八。起きたばかりで申し訳ないが・・・仕事だ。」

 

電話越しの声でこちらの状況を把握したようだ

謝罪の言葉とともに、朝1番に耳にしたくないセリフが耳に入ってくる。

まぁ、できれば永遠に耳にしたくはないが・・・。

 

「随分と急ですね?そんなにヤバい状況なんですか?」

 

「あぁ、銃取引の現場でトラブル発生、セカンドのリコリスが1名人質になっている状況だ。すでに、千束も向かっている。」

 

リコリスが1名人質か。思っていたより状況は悪いようだ、しかし・・・

 

「千束が向かってるんですよね?俺いります?」

 

「楠木からの要請だ。お前にも来てもらわなければ困る。」

 

ハァ・・・。あのクソババァ今度会ったら覚えてろよ!

心のなかで大嫌いな司令官殿に文句を垂れる。

要請が来ているなら無視することは残念ながらできない。

 

「了解しました。これから向かいます。目標地点を教えて下さい。」

 

「すでにそっちの端末にひと通りのデータは送ってある。」

 

「ありがとうございます。」

 

「なるべく早く頼むよ。現場で千束と合流してくれ。」

 

「了解。」

 

まだ早朝だし道も空いている筈だ。少し位飛ばしても構わないだろう。

そう思い、愛車であるバイクに跨り現地へと向かう。

 

「朝からだるいなぁ。」

 

文句とともについたため息はまだ人通りの少ない東京の空気の中に霧散していく。

 

 

_____________________________

 

 

銃取引が行われているという件のビル付近に着くと赤い制服を着ている黄色みがかった白髪のボブカットに赤いリボンをつけてこちらにブンブンと手を振る人物を発見する。

 

「おはよう。朝から任務なんてついてないねぇ。」

 

「まったくだ。朝くらいゆっくりしたい。っと、お喋りはここまでにしよう。状況は?」

 

「ちょっと待ってね。先生?ハチと合流したよ。そっちの状況は?」

 

「思っていたより速かったな。状況はあまり変わっていないが犯人たちがいつ発砲するかもわからない。かなり興奮している。現場はビルの6階だ。すぐに非常階段で向かってくれ。」

 

「6階〜〜〜!!エレベーターは?」

 

千束が信じられないという声を出すが・・・

 

「千束、武器商人が銃取引してるビルにエレベーターなんかで上がっていったらただでさえ興奮してる犯人共がさらに興奮しちゃうだろ。」

 

「ですよねぇ〜。」

 

「俺だって嫌だよ、朝からビルの6階まで走るのは。とりあえず行こう。」

 

走って非常階段を昇って行くと2階あたりで千束が話しかけてくる。

 

「ねぇ、ハチ!良いこと思いついた!」

 

「どうせ碌でもないことだろうけど言ってみ。」

 

「ハチが私をおぶって6階まで上がらればいいんだよ!そうすれば私の体力の温存になるし!お姫様抱っこでも可!」

 

思った通り、碌でもないことだった。その作戦なら俺の体力も考慮してほしい。

すごくキラキラした目で俺を見てくるが・・・

 

「黙って走れ。」

 

「なぁんでぇ〜。いいじゃん、ケチ〜。」

 

そうこうしているうちに6階に辿り着く。

ボスにビルの内部の状況を確認しようとしたとき・・・・

 

「たきな!待っt!!」

ズダダダダダダダダダダダダダ!!!!!!!

 

ビル内部から女性の声が聞こえた瞬間、それをかき消すように一般人には聞き覚えのない騒音とガラスの割れる音が強制的に鼓膜を振動させる。

 

「うわっはっはっはぁ〜〜。」

 

「えぇ、まじかよ。武器商人は捕らえるって話しじゃなかったっけ?」

 

明らかな機銃掃射。発砲音の方角からしても現場のリコリスが発砲したのは間違いない。

武器商人生きてんの?これ?ってか人質になってたリコリスは大丈夫?

様々な考えが思考を乱すが右耳に付けていた通信機からボスの声が聞こえてくる。

 

「任務終了だ。二人とも。直ぐにその場から離れろ。」

 

「りょ~か〜い、先生。」

 

「了解しました。これより、退却します。」

 

骨折り損だな。家に帰るか・・・いや、この時間ならもう店に向かったほうがいいなと考えながら愛車を停めた場所まで向かうと何故か千束までついてくる。

 

「えっ?なんでついてくんの?千束の原付はあっちだろ?」

 

そう言いながら千束が停めたであろう原付の方を指差す。

 

「いや、そうなんだけどね。よく見てよ、あれ。」

 

千束の原付を見ると機銃掃射でバラバラになったガラスの破片が地面に散らばっており原付のほうにもかなり甚大な被害があった。 

 

「一応、乗れるだろうけどあの傷だらけの原付に乗って東京の街中を移動するのはちょっとね、あれじゃん?だからDAに回収してもらおっかなって。」

 

「なるほどな、確かにあれじゃあ目を引く。でも、それで俺のところに来るのはなんでだ?」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

お互いに素っ頓狂な声を出す。

何故だろう?話しが噛み合っていない気がする。

 

「乗せてくれないの?」

 

「歩けばいいだろ?」

 

「ここから歩いてお店まで行くのは無理があるよ~。乗せてよ〜、お願いだから〜。」 

 

どうせ、こんなことを言ってくるだろうと思って千束用のヘルメットはバイクのサイドバックに入れて持ってきている。

 

「わかった、わかったよ。店に向かうから後ろに乗れ。」

 

「イィやったぁ~〜!!」

 

バイクで風を切りながら我らが働く店もといDAの支部・・・喫茶リコリコへ向かう。

 

 

____________________________________________________

 

機銃掃射の一件から少し日が流れ、リコリコの管理者であるボスから話しかけられた。

 

「史八、少しいいか?」

 

「なんでしょう?」

 

「実は今朝、楠木から連絡が来てな、明日この店に1人リコリスが転属になるみたいだ。報告が遅くなってすまなかった。」

 

「遅くなったのは構いませんけど、転属ってまた急な話ですね。それとも、何か事情が・・・あっ」

 

気づいてしまった。気づきたくなかったことに。

 

「ボス、嘘だと言ってください。まさか、ここに転属になったリコリスってこの間の機銃掃射したリコリスじゃないですよね・・・。」

 

「君は話しが早くて助かるよ。」

 

「うっそでしょ〜。ただでさえ千束相手に苦労してるのに、その上、機銃掃射したヤツの面倒も見ろっていうんですか?」

 

これは転属ではなく、左遷なのでは?という疑問も生まれたが今はどうでもいい。

 

「そのへんは大丈夫だろう。君は千束よく見てくれているしお手の物だろう?それにこれから来る新人の相棒はもちろん千束だ。全て面倒を見なくていい。フォローする感じで構わない。任せたよ。」

 

 

「ボス、貴方は俺を過大評価し過ぎです。」

 

「君は自分を過小評価しすぎているよ。」

 

「・・・・・・・・。」

 

無言で最後の抵抗を示す。

 

「まぁ、この件はもう決定事項だ。変更はできん。よろしく頼むよ。」

 

「ど畜生!!!!!」

 

_________________________________________

 

 

DA本部にて

 

 

「転属ですか?」

 

楠木司令に呼び出されたと思ったら転属・・・いや、左遷を言い渡された。

 

「司令を無視して作戦を台無しにした責任は重い。現場指揮官からも越権行為の報告が来ている。扱いきれないとな。」

 

楠木司令の仰ることは最もだがあの場で撃たなければエリカは武器商人に撃たれていたかもしれないし、少々不満はあるが左遷先で成果を上げれば復帰できると信じて嫌々ながら左遷を受け入れる。

 

「転属先にもリコリスと協力者が1人ずついる。2人とも生意気なクソガキだが腕は立つ。得られることも多いだろう。」

 

私は自室にある荷物をまとめ楠木司令に言われたDAの支部へと向かう。

力をつけ再びこの憧れの地に戻れることを信じて・・・・。

 

 



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左遷されてきた黒髪美少女がトップリコリスと暗殺者に邂逅する話

前話とPrologueが反対になってしまって申し訳ありません。
この場を借りて謝罪します。

直し方が分からん!
まさか、直せないってないよね?

直せました。


「ここか。」

 

楠木司令から言われた通りに東京の街中を移動しているととある喫茶店に辿り着く。

 

「喫茶リコリコ?」

 

店前に置いてある看板を確認するとどうやら喫茶店のようだ。

当然だろう、裏で暗躍しているDAのその支部が表立って行動するわけがない。

喫茶店とは自分たちの存在を隠すための隠れ蓑だろう。

おそるおそるドアノブを動かすと「ガチャ」という音がなり、ドアに付いているであろう鈴が「カラン、カラン」と高い音を出しながらドアが開いた。

どうやら開いているようだ。

私は顔だけを覗かせて店内を見渡すが和洋折衷のオシャレと言われる様な店だった。

テレビが映っており、朝のニュースが流れている。

テレビから視線を落とすとカウンター席に1人の女性が何やら雑誌を見ながら唸っている。

彼女が錦木千束だろうか?

 

「はぁ~~あ、ここにも母となるべき才能が結婚という障害に阻まれているのよ!不満だわ!今すぐあたしに良い男を支援しなさ〜い!」

 

ボンジンノヤッカミデスナ。

 

「なっんだと!!!」

 

錦木千束と思われる女性がニュースキャスターのコメントに憤慨する。

あれがリコリス最強?想像してたイメージとは少し違うし、なんだかお酒臭い。とりあえず挨拶しておこう。

 

「あの。」

 

「わ!」 

 

錦木千束?はわたしの接近に気づかなかったのか驚いた表情でこちらに振り向く。

しかし、直ぐに怪訝な表情に変わり

 

「あんた、誰?」

 

彼女の疑問は最もだろう。急に知らない人物から話しかけられたら、無視をするか何者か尋ねるだろう。しかし、接近して話しかけるまでわたしの存在に気づかないとは本当に彼女はリコリス最強なのかと疑問を感じてしまう。

 

「本日、配属になりました。井ノ上 たきなです。」

 

「来たか。たきな。」

 

名前を呼ばれ声のする方向に目を向けるとカウンター裏から紫の着物を着た黒人男性がリモコンを操作し、テレビを消して現れる。

 

「あぁ、DAクビになったってリコリスか。」

 

「クビじゃないです。」

 

彼女はたった今思い出しましたと言わんばかりにわたしの神経を逆撫でする言葉を口にしたため、直ぐに否定する。

 

「貴方から学べ、という命令です。千束さん。転属は本意ではありませんが、東京で1番のリコリスから学べる機会が得られて光栄です。この現場で自分を高めて、本部への復帰を果たしたいと思っています。」

 

わたしの気持ちを吐露すると目の前の2人は顔を見合わせ少し、怪訝な表情となる。

 

「それは、千束ではない。」

 

「それって言うな!」

 

黒人男性が私が錦木千束だと思っていた人物を違うと否定する。なら誰が錦木千束なのか?

わたしはハッ!と気がつき黒人男性の方に目を向けるが・・・

 

「そのおっさんでもねぇーよ!!」

 

と、直ぐに否定される。

 

「ここの管理者のミカだ。」

 

黒人男性は、手を差し出しながら自己紹介をし、わたしも名前を告げながら握手に応じる。

 

「彼女はミズキ。元DAだ。所属は情報部。」

 

黒人男性・・・もといミカさんは女性の方も紹介してくれた。

 

「元?」

 

わたしは純粋に疑問に思った。何故、DAとして働いていたのに辞めたのか?

 

「嫌気が差したのよ。孤児を集めてあんたらリコリスみたいな殺し屋を造ってるキモい組織にぃ〜。」

 

わたしは、あまり情報部とは繋がりが無かったため知らないがリコリスとDAに対する気持ちが多少違うのだろうか?

 

デッカイイヌデスネェ。  オオカミミタイ。チョットサワッテモイイデスカ?

ハチモサワッテミナヨ。

 

リョウテガフサガッテルジョウタイデ、ドウヤッテサワレバイインダヨ。

イイカラ、ハヤクミセノトビラヲアケテクレ。

 

ハイハイ、イマアケマスヨ。

 

お店の外からわたしと歳が近いであろう男女の声が聞こえてくる。

ミズキさんにもそれが聞こえてのか

 

「ほ〜ら、喧しいのが来たぞぉ〜。」

 

次の瞬間、お店のドアが開きこの店の作業着姿であろう赤い着物姿の女性とミカさんの着物をモノクロ調にした男性が入ってくる。

 

「先生!大変!食べモグの口コミでこの店、ホールスタッフが可愛くて調理スタッフがカッコいいって〜。コレって私とハチのことだよね!」

 

赤い着物の女性は自分の存在に気づかず何やらスマホを見ている。

ミズキさんのいった通り確かに騒がしい。かなり、マイペースな人なのだろうか?

 

「あたしのことだよ!」

 

「冗談は顔だけにしろよ、酔っぱらい。」

 

ミズキさんは先程、赤い着物を着た少女に向かって否定的な言葉を発したが辛辣な言葉を返されていた。確かに、日の高いうちからお酒を飲んでいるみたいなのでミズキさんは何も言い返せない。

 

「ミズキさん、真っ昼間から酒盛りを始めないでください。後、カッコいいスタッフが俺なわけ無いだろう。その口コミのレビューはボスのことだ。」

 

白黒の着物を着た男性はミズキさんとは違った感じで否定しながら、両手に持っていた買い物袋を畳の上に置く。

 

「えぇ、そうかなぁ?」

 

赤い着物の女性はニヤニヤしながら白黒の着物の男性を見る。

彼らは何者だろうか?ミカさんたちと普通に会話しているしこの店の作業服であろう着物を着ていることからこの店の従業員であろうか?

そんな疑問を抱いていると赤い着物姿の女性と目が合う。

 

「ん?あら、リコリス?ってかどうしたのその顔?」

 

わたしの左頬に貼ってあるガーゼを見て尋ねてくる。

 

「例のリコリスか?前にボスから話しがあっただろ。千束?」

 

白黒の着物姿の男性が赤い着物姿の女性に「ちさと」と呼びかける。

 

「え!」

 

「え!」

 

驚いてしまった。だってそうでしょう。リコリス最強と言われている人物は自分より年上であると予想していたし、彼女は、どう見ても1〜2歳ぐらいしか違わない。

さらに言うと、性格もこんなに明るいとは思っていなかった。

わたしたちリコリスはマーダーライセンスを所持し殺しを生業にしている部分もある。

自分もそうだがそんな生活をしている人間は冷めていたり、クレバーな者が多い。

本部にいるリコリスもそういう人達が多かった。

そんなことをわたしが思っているとミカさんから

 

「史八の言うとおりだ、千束。今日からお互いに相棒だ。仲良くしろよ。」

 

 

「この子が〜〜!」

 

と、目を輝かせ、わたしに詰め寄り手を取ってくる。

 

「よろしく、相棒!千束でぇ〜す。」

 

自己紹介をされたためこちらも返そうとするが、

 

「井ノ上 たきなです。よろしくおn」

 

「たきな〜!!初めましてよね!」

 

想像以上にグイグイ来る・・・少し苦手かもしれない。

少し狼狽えつつも答える。

 

「は、はい。去年京都から転属になっだばk」

 

「おほぉ~、転属組ぃ。優秀なのね。歳は?」

 

ペースが速いが質問に答えていくと

 

「私の方が1つお姉ちゃんかぁ。でも、さんは要らないからね!ち・さ・とでオケ〜!」

 

終始、千束さんペースを握られっぱなしだ。マシンガントークとはこのことを言うのか。

 

「この前のあれ、すごかったねぇ。その顔は名誉の負傷?」

 

と、以前わたしが行ったであろう機銃掃射のポーズを取りながら尋ねてくる。

 

「いえ。」

 

別に話しても構わないだろうと思い左頬の傷について経緯を話すと千束さんはおもむろに電話のある方に移動する。

 

「千束、落ち着け。」

 

白黒の着物の男性が制止しようとするが

「いや!一言文句言ってやらんと気がすまん!!」と言い、受話器に手をかける。

おそらく相手は本部にいるわたしの元相棒だろう。

 

「はぁ、一言ですまないから止めてんのに。」

と、白黒の着物の男性からため息が溢れた。

 

「取り敢えずボス、井ノ上さんにコーヒーでも淹れたら?あの調子じゃどうせ長くなるだろうし。」

 

「そうだな、そこに座りなさい。たきな。」

 

「はい。」

 

席を勧められたため白黒の着物の男性と1つ席を空けてカウンター席に座る。

向こうで千束さんが受話器に向かって怒鳴っている。

正直、そこまですることでもないと思っていると1つ向こうの席の白黒の着物の男性から声をかけられる。

 

「イメージと違っただろ?」

 

わたしがそれを肯定すると男性が自己紹介をしてくる。

 

「っと、すまない。自己紹介がまだだったな。俺は、大神 史八。 この喫茶店の調理スタッフです。よろしく。」

 

「よろしくおねがいします。井ノ上たきなです。」

 

お互いの自己紹介が終わるとミカさんから「どうぞ」と、コーヒーが渡される。

ミカさんにお礼を言い、残った一つの疑問をミカさんに尋ねる。

 

「あの、楠木司令からDAの協力者がいると、伺っているんですけどその方は今どちらに?」

ミカさんにそう聞くとミカさんは右手でわたしの左側にいる人物に手を向け「あちらに」と言いながら大神さんを指す。

 

当の本人である大神さんはわたしが気づかない内に淹れたであろう紅茶の入ったティーカップに口をつけながら「こちらに」と言う。

 

大神さんが楠木司令の言っていたDAの協力者?信じられないと思った。

なぜなら、人には雰囲気というかオーラがある。私達リコリスには、相手のそれを感じ取り自分より強いか弱いか判断する必要がある。別にリコリスに限った話しではないが、裏の世界で生きていくには必須だ。わたしも、養成所で訓練を受け完璧とは言わないがそれなりに技術としては身に付いているはずだ。

そんなわたしが彼、大神さんから感じ取ったものは・・・・・・・・・弱い。

自分より遥かに弱い。確実に弱い。

彼の取る行動全てに隙があり、命令があればすでに何回も殺せている。

そんな彼がDAの協力者だとは思えないが、楠木司令やミカさんが嘘をついているとは思えない。そんな疑問を再び聞こうとしたときに

 

「うっせー!!アホっ!!!」

と、小学生並みの文句を言いながら千束さんが通話を切る。

 

「気は済んだか?」

 

「まだ言い足りないよ!だってフキずっと司令、司令って。少しは自分で考えなさいよって言ってやったわ。」

 

「一言で済ますんじゃなかったのか?」

大神さんがため息をつきながら聞くと

 

「だって、フキの言い分も聞くと言いたいことが溢れてくるんだもん。」

 

「もういいから、早くて着替えてこい。井ノ上さんとの初の仕事だろ?」

 

大神さんはため息をつきながら千束さんに手の甲を向けてパタパタと振るう。

 

「そうだった!よし、早速仕事に行こう!たきな!」

 

仕事と聞いてわたしは素早く返事をしながら席を立つ。

 

「あ、先生のコーヒー飲んでからでいいよ。凄く美味しいから。 私、着替えてくるね。ごゆっくり〜。」

といい、再び席に着こうとしたときわたしの名前を呼びながら顔だけをのぞかせる。

 

「リコリコへようこそ~。うひひひひ〜〜。」

 

満面の笑みで店の裏手へ消えていく。

 

「まぁ、千束の相手は骨が折れるだろうが腕は立つし、悪いやつではないから。よろしく頼むよ。」

 

大神さんからそうお願いされるが、わたしは1秒でも早くて本部に戻らなければ行けないのだ。と、ミカさんのコーヒーを飲みながら思った。

 

とりあえず、仕事をして成果を上げよう。

あの憧れの地に戻るために・・・。

 

 

 

 

 

 




やべぇ、ここまで書いておいてアサクリ要素がねぇ。
というか、話しが全く進まねぇ
タイトル詐欺じゃん。

次回は戦闘シーンまでいけるか?
オリ主の設定もあげるかもしれないです。


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オリ主の設定

ここではこの作品のオリ主である人物の紹介をします。

特に読まなくても大丈夫です。

それでは、どうぞ。


 

名前:大神 史八(オオガミ フミヤ)

年齢:20歳(過去の記憶がないためはっきりしていない)

身長:175センチ

体重:65キログラム

好きなもの:オレンジジュース・紅茶・オムライス

嫌いなもの:裏の仕事・楠木(単純にウマが合わないだけ)

 

 

見た目は詳しくは設定していませんが銀髪で筋肉質な体型とだけ・・

後は、お好みで考えてみてください。

リコリコでの作業服はミカさんの着物と同じタイプで白黒のモノトーン調。

裏の仕事をするときは紺色のフード付きロングコートを愛用。このコートを着ているときは基本フードも被っているので、顔の上半分は見えなくなります。

Googleでアサクリ アルノと検索すれば出てきます。

 

彼はリリベルではなく、幼少期にアニムスに強制的に繋がれて過去に存在した数人の暗殺者(アサシン)の記憶がありますがその頃の記憶が部分的に欠落しています。

アニムスに繋がれる記憶はあるがなぜ繋がれなきゃいけないのか理由がわからないなど。

 

アニムスに繋がれていたため暗殺者(アサシン)と同じ動きが出来る。壁の昇り降りやフリーラン、パルクールなど。

暗殺者(アサシン)を象徴とするタカの目に関しては作品によって壁の向こう側にいる敵が見えていたりするのでチート過ぎかなと思い出来ない方向で。

ただし、千束ちゃん相手でも模擬戦で余裕で勝てる。千束ちゃん以上の観察眼と動体視力をもっている。

千束ちゃんとともに不殺を誓っている。

欠落した記憶に関して才能を世界に届ける人との関係があります。

なにンチンドレンなんでしょうね?

 

他キャラへの呼び方

千束→千束

たきな→井ノ上さん(途中からかわるかも?)

ミカ→ボス(他作品との違いを少しでも見せるため)

ミズキ→ミズキさん(酔っ払って対応が面倒に感じたらミズキと呼び捨てになる)

最強ハッカーさんはまだ登場していませんが呼び捨てになるんじゃないですかね?

 

 

戦闘時の装備

両手首にリストブレード

左手のものはアサクリⅡのときに銃弾が撃てるようになっていたため非殺傷弾が撃てるように改造してある。

小手の部分は鋼で出来ているためハンドガンの弾なら弾くことが可能。

ブレードで暗殺すること人を傷つけることはありません。不殺を誓っているので。

 

デトニクスコンバットマスター

これは千束ちゃんと同じですね。非殺傷弾用に改造してあります。

基本はこんなもんでしょうか?

随時、追加していくかもしれません。

辻褄の合わないところが出てくるかもしれませんが見切り発車作品のためスルーしてください。

 

 

エデンの欠片とかどうしましょう?

あまりにチート過ぎて作品が壊れちゃうかもしれないので今のところは出さない方向で考えてます。



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ストーカー被害にあっている女性のボディガードをする話

 

「よーし、準備完了。たきな、行こ。」

 

赤いリコリスの制服に身を包んだ千束が井ノ上さんに話しかける。井ノ上さんは、待ってましたと言わんばかりに素早く立ち上がり千束ともに扉のほうに向かう。

千束が何かに気づいたような「あっ。」という声を出しながら俺の方に振り向く。

 

「そういえば、ハチって今日はどうするの?私達と一緒に行く?」

 

俺は特にボスから何も言われてないが、言われてないということはリコリコの業務の方だろう。

千束の問いには俺ではなく、ボスが答える。

 

「今日は、史八には別の仕事を頼むつもりだ。状況によってそっちに合流するかもしれん。」

 

「?」

 

「そっか、りょ~かい。先生。じゃ、いってきま~す。」

 

「気ぃつけろよ〜。」

俺は2人にそう声をかけるが今日の仕事は配達や日本語学校のヘルプだ。気をつけることもないだろと思い直す。

俺は、二人を見送り、先程耳にした別の仕事とやらの詳細をボスに尋ねる。

 

「で、別の仕事ってのは何なんですか。ボス?」

 

「さっき、楠木から報告があった。先日の銃取引の件だ。」

 

ボスは顔をしかめながら言葉にするが、俺は率直な疑問を口にする。

 

「いや、その銃取引は解決したのでは?確かに機銃掃射で武器商人は捕縛出来なかったですけど、肝心の銃自体は回収出来たんですよね?」

 

報告書なんかは見る習慣はないが、現場は取り押さえてたんだから解決したのでは?とも思ったが、ボスから信じられない言葉が発せられる。

 

「なかったそうだ。」

 

「は?」

 

「銃そのものが、現場から発見できなかったそうだ。あがっていた報告上では数は千丁。」

 

「は?」

 

「だから、銃自体がなk」

 

「いやいやいやいや!聞き損ねて「は?」って言ったわけじゃなく、聞こえた上での「は?」ですよ!!」

 

ボスの言った言葉を理解したくない。頭が拒絶している。あぁ〜、頭痛がしてきた。

 

「楠木からは誤情報の可能性もあると報告も受けているが。」

 

「その可能性は低いんじゃないですか?千丁なんて具体的な数字もありますし、現に当時、現場には武器商人がいたんですから。俺の意見としては2つ。まだ銃取引が行われていないか、それか」

 

「既に取引された後か、ということだな。」

 

「そう考えるのが妥当かと。出来れば、前者であってほしいところですが。」

 

「今、日本は仮初めの平和を維持しています。それはDAが良くも悪くもコントロールしてるからです。もし、取引された銃がそのへんの犯罪者や犯罪者予備軍にばら撒かれたら、DAも対応しきれない。抑圧されていたものが焼きたてポップコーンのように破裂しますよ。そうなれば、都心は一晩でゴッサムシティに早変わりだ。かの有名な蝙蝠男はここにはいない。お手上げ状態ですよ。」

 

「取り敢えず、君に頼みたいことは、」

 

「闇市場を覗いて銃が流れていないか確認するですよね。」

 

「既にミズキが確認してくれているが、全てではない。ミズキのサポートを頼みたい。」

 

「了解しました。」

 

俺は、早速行動に移り喫茶店の2階でノートパソコンとにらめっこしているミズキさんのもとに行く。

ミズキさんに進捗状況を確認方法するが

 

「ぜっんぜん、駄目。動きがまるでない。」

 

数時間、ミズキさんとともに闇市場で銃が流れていないか確認したが大きな動きはない。 

もし、銃が流れてくれば銃の価格変動が絶対に起きるはずだがそれがない。一個人で銃を所有しているのか?いやいや、数が数だ。2〜3丁なら話しがわかるが取引されたものは千丁だ。そんな阿呆がいるわけがない。軍隊を所有してるわけでもなし。

 

「ほんとに、動きがないわねぇ。画面見すぎて目がショボショボしてきたわ。こんだけ動きがないならまだ取引されてないんじゃないの〜。」

 

ミズキさんが体を伸ばしながら言うが、そんなときに喫茶リコリコの固定電話が鳴り響く。

 

「すまない、誰か出てくれ。」

 

ボスは何か作業をしているようで手が離せないみたいだ。

 

「すいません、ミズキさん。ちょっと電話対応してきます。」

 

「ほいほ〜い。あたしはちょっと休憩してるから。」

 

忙しい時でも、電話してくるのは喫茶リコリコのの大切なお客様かもしれない。丁寧に対応しなくては。

 

「はい、お待たせいたしました。こちら、喫茶リコリコです。」

 

テンプレートな言葉のあとに、受話器から聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

「もしもしもしもし〜。」

 

「なんだ、千束か。」

丁寧な対応して損した。

 

「なんだとはなんだよ〜。可愛い可愛い千束さんですよ〜。」

 

「はいはい、おもしろいおもしろい。」

 

「ひどいっ!ヨヨヨ。」

受話器の向こう側で泣き真似してるであろう姿が想像できる。

 

「で、なんか報告があって連絡してきたんじゃないのか?」

 

「そう!そうなんだよ!さっきまで、阿部さんのところに行っててね。」

 

阿部さんとは喫茶リコリコの常連客である刑事さんだ。休憩時間外にお店に来ることをあるが気の良い人だ。

 

「今、警察にストーカーの被害届を出している女の人、篠原沙保里さんっていうんだけど痴情のもつれとかで警察はまともに取り合ってくれないみたい。阿部さんも担当じゃないから手が出しづらいみたいだったからカフェで待ち合わせて話しを聞いてるんだけどね。どうやらSNSにあげた写真が原因みたいで。」

 

「ほーん、なんでそれが原因だと?」

 

「私はたきなから聞いたんだけど前の銃取引で銃が消えたってのは先生から聞いた?」

 

「聞いた。」

 

「驚かないで聞いてほしいんだけど、沙保里さんがSNSにあげた写真の背景に銃取引の現場が写ってたんだよ。」

 

「・・・はぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」

自分でもビックリするぐらい大きな声を出してしまった。何事だとボスとミズキさんが様子を伺ってくる。

 

「驚かないでって言ったじゃん!びっくりした〜。」

 

「い、いや、すまん。え、でもそんなことってあり得るの?」

 

「あり得るもなにも実際に映ってるんだからしょうがないじゃん。私もたきなと見たときにびっくりしたよ。」

 

「と、取り敢えず、ボスに伝える。俺が向かうかもしれないから今いる場所を送ってくれ。」

 

「りょ〜かい。待ってるねぇ。」

 

「どうした?」

 

受話器をおいた俺にボスが話しかけてくる。

俺は今、千束から伝えられた経緯を報告する。

 

「疑っている訳ではないが、もしそれが本当なら銃取引は既に行われていたということになるな。」

 

「ですね。しかも、この沙保里さんをストーキングしている奴は取引に関与している可能性が高い。保護しないと危険ですよ。」

 

「そうだな。史八、今すぐ千束たちと合流し、対象の護衛を頼む。後、許可が取れたらでいい、SNSにあげたという写真をこちらに送って欲しい。」

 

「了解。」

 

スマホを見ると千束から今いるであろうカフェの場所が表示されている。

ここならバイクで移動するより走ったほうが速そうだ。

更衣室から両手首に愛用している武具であるリストブレードと非殺傷弾用に改造してあるハンドガン、デトニクスコンバットマスターを装備する。

後は、防刃・防弾仕様の紺色ロングコートを上に羽織れば終了だ。フードはまだ被らなくてもいいだろう。

準備が終わり急ぎリコリコを後にする。

 

「行ってきます。」

 

「気をつけろよ。」

「気をつけなさいよぉ。」

 

2人の言葉に返事をし、千束たちが待っているであろうカフェへと向かう。

 

____________________________________________________________________________

 

 

目的地であるカフェに入るとこちらに向かって大きく手を振っている赤い制服が目に入る。

 

席に近づくとメガネをかけたら女性が軽くお辞儀をする。

俺もお辞儀をしかえし、席について自己紹介をする。

 

「初めまして、大神史八といいます。自分は、コチラにいる千束たちの先輩みたいな者です。ストーカー被害の件は千束から聞いていますが、お手数ですが、もう一度詳しく教えて頂けますか?」

 

篠原さんは嫌な顔一つせず答えてくれた。概ね千束からの情報どおりだ。

 

「では、最後に3日前にSNSにあげたという写真が残っていれば見せて頂けますか?」

 

「あ、それならさっき千束ちゃんに渡したけど。」

 

「ハチ、これだよ、これ。」

 

千束は自分のスマホを俺に見せてくる。

俺は沙保里さんに「拝見します。」と許可を取り写真を見る。

そこには沙織さんとその彼氏である男性とのツーショット写真があった。これだけ見ればどこにでもいる仲のいいカップルの画像であるが、問題はその背景だ。

画質は粗いが確かに作業服姿の男たちが数人映っていた。ん?一人は私服か?

 

「あの、申し訳ありませんがこの画像、いただいて僕たちの上司に見せても構いませんか?」

 

「えぇ、勿論いいわよ。」

 

「ありがとうございます。」

 

画像をボスに送る。

外を見れば、陽が傾きかけている。もうそんな時間か。

 

カフェを出た直後千束が沙保里さんに護衛をかねて今夜一緒にいないか提案する。

 

「いいよね!ハチ。」

 

「良いもなにも、これから提案するところだった。」

 

「やったぁ〜。沙保里さんもいいですか?」

 

「いいよ。じゃあ、うちに来てよ。」

 

「ほんとぉ!じゃあ、親睦も兼ねてパジャマパーティーなんてどうです?」

 

「良いわね。」

 

「やったぁ!」

沙織さんから了承を得られ両手をあげて千束が喜ぶ。

 

「では、僕は沙保里さんの自宅周辺のパトロールを行いますのでこれで失礼します。」

 

「私もパジャマパーティーの準備しなきゃだから1回、お店に戻らなきゃ。」

「しばらく任せるね。無茶はしないように、命大事にだからね。」

 

千束はたきなの肩に手をおきリコリコへと向かう。

 

「今夜は大いに盛り上がりましょう〜〜。」

 

護衛であることを忘れてなければいいが、そう思いながら井ノ上さんたちと別れる。

 

沙保里さんには周辺をパトロールするといったが、パトロールはしない。というか意味がない。独りでパトロール出来る範囲はたかがしれているし範囲が広ければ広いほど合理的ではない。パトロール出来る頭数が揃っていれば話しは別だが。

嘘をつくのは心苦しいが、護衛対象に「今夜一晩監視します。」と言ってしまえばストーカー被害で疲弊している精神をさらに悪化させてしまうかもしれない。

俺の記憶の中にいるあの人たちもこんな気持ちだったのかなぁ・・・。いや、無いな。あの人たちが尾行するのは八割がた暗殺対象だ。残りのニ割は殺さずに情報を引き出すだけだ。

陽も落ち、暗くなりかけている住宅地を歩く2人を少し離れた家の屋根の上から監視している。

その時2人の後ろからヘッドライトも点けずにノロノロと接近するワンボックスカーを発見する。

左耳に付けた通信機で千束に連絡する。

 

「千束、聞こえるか?」

 

「はいはーい、聞こえてますよ。どったの?」

 

「今、井ノ上さんたちにゆっくり近づいてるワンボックs・・マジかよ。」

 

「え、なに?」

 

ワンボックスカーがいる。という報告をしようとした瞬間、井ノ上さんが突然走り出した。

 

「ちょっ!嘘だろ!まさか護衛対象囮にする気か?!」

 

「えぇ!!私、準備してる最中なんだけど!」

 

「途中でもいいから、速く来い!俺も今、向かってっけど、ああ!沙保里さん、車に詰め込められた!!」

 

「私まだそっちに行くのに時間がかかるよ。ハチ!なんとかして〜。」

 

「なんとかしてって。」

屋根伝いに急いで移動する。その途中で空中にキラッと光る物体を発見する。

あれは、ドローン?奴らのものか?光ったのはカメラのレンズ部分だろう。まだ俺には気づいてないようだしあれは泳がせておくか。

それより今は沙保里さんだ。

ワンボックスカーの前に立ち発砲している井ノ上さんの元に辿り着く。

銃を抑え発泡を止めさせてから井上さんを連れて曲がり角に隠れる。

 

「井ノ上さん、何してんの?!護衛対象を囮にするなんて!」

できるだけ声を潜めながらそう聞くと、俺が急に現れてびっくりしたのか驚愕の表情を見せる。

 

「その声、大神さんですか?え、何処から来たんですか?」

あぁ、フードで顔が見えなかったから誰か分からなかったのか。

 

「そんなこと今はどうでもいい。なんで護衛対象のいる車に向かって発砲してるの?当たったらどうする気?千束が命大事にって言ってただろ。」

 

「沙保里さんには当てませんし、貴方が来なかったら既に終わってるはずでした。」

 

俺は盛大にため息をつく。

 

「千束、着くまであとどれくらいだ?」

 

「もう見えてる。あと、もうちょい〜。」

後ろを振り向くと小さな赤い点が見える。

 

「千束の到着を待っていたら沙保里さんが危険だな。」

 

あまりしたくはないのだが、背に腹は代えられない。

 

「しょうがない、俺がやる。」 

 

そんな俺の発言に対して井上さんが声をあげる。

 

「俺がやるって、大神さん一人で相手するつもりですか?!そんなの無理です。わたしがやr」

 

「井ノ上さん。」

 

「だから、わたしg」

 

「少し、黙れ。」

そう強めに言うと口をつぐんでしまった。申し訳ないことをしたが今は、時間がない。

 

「奴さんたちは、俺に任せて。ただ、射撃に自信があるなら7時の方向にいるドローンを撃ち落としれくれない?あっ、サプレッサーは外して。」

 

「何時気づいたんですか?」

と、少々小さな声で尋ねてくる。そんなにさっきのは恐かったのかな?

 

「ここに来る前。泳がせてたんだけど、特に何かするわけでもないしもういいかなって。」

 

「10秒後に撃って。発砲音に合わせて奴さんらに奇襲をかけるから。」

 

井ノ上さんにそう伝え、背にしていた塀を乗り越え屋根の上に移動する。

7・・6・・5・・4・・3・・

そろそろだな。助手席から身を乗り出している敵に狙いをつける。

相手はこちらに気づいていない。

発砲音が聞こえたため、今まで井ノ上さんに射撃されていた前方に注意を向ける。

その瞬間、屋根から飛び降り助手席に座っていた敵を馬乗りになるように地面に押し倒しエアアサシン・・・いや、リストブレードは使っていないためテイクダウンさせる。残りは、車の後ろに隠れている2人。運転手は井ノ上さんに既に撃たれているため警戒はしておくがカウントはしない。

俺は音もなく、車の前を通り車道側へ移動する。奴さんらはまだ助手席側を警戒しているため背後がお留守。そんな二人に背後から近寄りダブルアサシン・・・ではなく、ダブルテイクダウンをプレゼントする。まだ、意識があったため懐からハンドガンを取り出し、ボス印の非殺傷弾をオマケする。

さて、あとは運転手か。その前に、沙保里さんを井ノ上さんに任せよう。

 

「井ノ上さん、沙保里さんをお願い。」

 

運転手側の扉を開けて相手の傷の状態を見る。

右肩を撃たれてるが弾は貫通してるな。取り敢えず止血だな。

 

コートの裏に手を伸ばすと殺されると思ったのが「殺さないでくれ。」と懇願される。

 

「大丈夫。殺さない。肩の出血を止めるだけだ。ただ、この止血剤めっちゃしみるぞ。」

 

案の定声にならない声を上げてめちゃくちゃ痛がってた。後は、テキトーな布で固定しておけば大丈夫だろ。本来なら清潔な布であるべきだがこいつらにはこれで十分だろう。念の為四肢はワイヤーで拘束させてもらった。

 

沙保里さんの様子を見ると泣きながら井ノ上さんに抱きついていた。相当、怖かったのだろう。

そんなとき、ようやく我らのファーストリコリスが現着した。

 

「やっと、着いた〜。間に合った?ってあれ?」

 

「間に合ってるように見えるか?丁度、終わったところだ。」

 

「千束、クリーナー呼んでくれ。俺の口座から引いていいから。」

 

「了解!任せて!」

 

千束は自身のスマホから電話を掛ける。

俺は周囲にまだ敵が潜んでいないか警戒しているが、井ノ上さんから声がかかる。

 

「命大事にって敵もですか?」

 

「そうだけど?」

俺はそれがさも当然であるように答える。

怪訝な表情を見せるが今の彼女に何を言っても無駄だろう。

今度は千束から声がかかる。

 

「クリーナー、もうすぐ来るって。」

 

「そうか。じゃあ、後はクリーナーの方に任せよう。」

 

はぁ、疲れた。それにしても、あのドローンは何だったんだろう?

 

____________________________________________________________________________

 

同時刻

 

高級車に乗っているスーツを着た男性が破壊されたドローンが残した映像を見ている。

 

「この距離のドローンに気がつくとは」

声の主は車内にはいない。声もボイスチェンジャーで変えている。通話相手は世界一のハッカーと言われているウォールナット。

 

映像に映る黄色みがかった白髪の少女を見て懐かしさのあまり名前を呟いてしまう。それに、このフードの彼はまさか・・・。

名前を出したのがいけなかったのだろう。リコリスと知り合いか?と食い付いてきた。

 

「国家に仇為す者を消してまわる噂の処刑人がまさかこんな少女だったとはな。」

 

「流石、ウォールナット。博識だね。」

 

「無知であることが嫌いなんだ。だからもっと知りたいことがある。」

 

「報酬だね、依頼したDAのハッキングには満足した。十分報いる額を用意しよう。」

 

「そうじゃない。どうして銃取引なんぞに関わる?施しの女神はタブー無しなのか?それに、このフードは何者だ?」

「アラン機関。」

 

世界一のハッカーの名は伊達ではないということか。こちらの情報を渡した覚えはないのだが。

運転席に座る姫蒲に合図を送ると彼女は端末を操作し、IGNITIONの表示を押すと遠くに建っている高層ビルの一室が爆発する。

 

「無知であるほうが人は幸福なんだよ。ハッカー。」

 

 

 

 

 

 

 



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ストーカー被害にあっている女性のボディガードをする話  蒼の彼岸花side

 

千束さんの準備が整ったため、千束さんとともにお店を出る。

これから仕事だ。速く成果を上げて本部に戻ろう。

 

千束さんの後について行くように住宅街を移動していく。

 

「悪いやつじゃないんだけどねぇ。ああいう性格だから。あぁ、フキのこと。」

 

さっきも電話越しに言い合っていたがフキさんとは、仲が良いのか尋ねると、千束さんは、昨日までのわたしと同じでリコリス棟でフキさんと同室だったらしい。それを伝えると笑いながら話しかけてくる。

 

「マジで。それは、ご愁傷さま。歯ぎしり、凄いでしょ。夢でもカリカリしてるのよ。」

 

千束さんはコロコロと表情を変える。

単純に疑問に思ったのであることを尋ねることにする。

 

「千束さんはどうしてDAに居ないんですか?」

 

彼女は少し考えるように腕を胸の前で組み答える。

 

「え?ん〜、あぁ、・・・問題児、だからだよ。」

 

問題児?楠木司令からは優秀、腕が立つと聞いていたがその旨を伝えると嬉しそうな表情になる。

 

「楠木さんがそう言ってた?」

 

「あれも、千束さんの仕事だと。」

 

わたしは、傾いた電波塔を見ながらそう伝える。

千束さんも電波塔を見ながら何か思い返しているようだ。

当時の電波塔のことでしょうか?

ふと、そうわたしが思ったとき慌てて千束さんが否定する。

 

「いやぁ、壊したのは私じゃないよ!」

 

「旧電波塔をひとりで守ったリコリスは地方でも有名ですよ。」

 

千束さんは褒められて少し照れくさいのか頬を紅く染める。

 

「そう?でも、結局壊れちゃってるしねぇ。あの時は、ひとりじゃなかったし。」

1人ではなかった?聞いていた話しと違う。誰と行動していたのか?

「優秀なリコリスはDAにいる人だと思います。」

 

「わたしも、そのはずでした。」

 

「あぁ、例の銃取引?何だかんだで、証品は押さえられたんでしょ。」

 

千束さんは知らないようだったので同じリコリスと情報を共有するため事実を伝える。

 

「いや、なかったんです。」

 

「へ?」

______________________

 

「銃取引自体がなかった、って線もあるんじゃない?」

 

「そうでしょうか?」

 

千束さんは率直な意見を言うが、わたしにはそうは思えない。

そんなとき、フェンス越しに「千束〜!」や「お姉ちゃーん!」と言う元気のいい子供の声が聞こえる。

ここは、保育園であろうか?でも、なぜリコリスである自分たちがこんなところに?

疑問を抱きながら歩いていると前に園長先生だろうか?中年女性が現れる。

 

「いらっしゃい、千束。」

 

女性がそう言った瞬間に、子どもたちがワラワラとわたしたちを取り囲む。

 

「お姉ちゃん?、今日はお兄ちゃんは一緒じゃないの?」

「ハチは、今日来ないの〜?」「兄ちゃん、どこ〜?」

 

「ごめんねぇ〜。今日は、別の用事でハチお兄ちゃんは来れないんだ〜。でも!その代わり、新しいお姉ちゃんを紹介するね!たきなお姉ちゃんだよぉ〜。」

 

「「「「「たきなお姉ちゃ〜〜〜〜〜ん!!!」」」」

 

子どもたちは嬉しそうにわたしの名前を呼んでくれるが、わたしは困惑するしかなかった。

 

 

保育園での仕事を終えた後、訪れたのは日本語学校。

教室内に外国人と見られる人が確認できる。

教師である男性が生徒に向けて「Exercise ONE!戸惑っています!」と、授業をしている。

「戸惑っているのはわたしだ。」と、思いながら教室内を見ている。

千束さんは、今この日本語学校のスタッフであろう男性と話している。

 

「たきな、ロシア語は?」

 

そう聞かれたので、ロシア語で「少しなら。」と答える。

 

日本語学校の次は、絞田組といういわゆる反社会勢力のところだった。今、わたしたちの目の前に見るからに「下っ端ですよ。」と言わんばかりの坊主にサングラスの男が立っている。

 

「オラァ!!ここは餓鬼のくるところじゃねぇぞ!組長は忙しいんだ。怪我する前に帰れ。」

 

やっとリコリスらしい仕事かと身構えると、建物の奥から威厳のある男性が下っ端の男性に近づいてくる。

男性は猫のように下っ端の襟を掴み持ち上げる。

 

「客人だ。」

 

「マジっすか。」

 

下っ端の男性は冷や汗を流していたが、わたしたちが客人?どういうことだ?

疑問は増えるばかりであったが、千束さんとともに、部屋に案内される。

 

「新入りでな、許してやってくれ。千束。」

 

威厳のある男性・・・組長がそう言い、組長の隣に立っている先ほどの下っ端の男性を見ると坊主頭にキレイなコブが1つできていた。

 

「坊は、どうした?今日は、一緒じゃねぇのかい?」

 

「ハチは今日は別件で動いてますよ。」

 

「そうか、まぁ運が良かったかもしれねぇな。もし、坊にこの馬鹿がさっきみたいな対応してたらここで流血事件が起こってたかもな。ガハハハ!」

 

組長は盛大に笑いながら言う。

千束さんも笑いながら答える。

 

「ハチは、そんなことはしませんよ。」

 

「勿論、冗談だ。ただ、まぁやっぱりあっちのイメージがどうしても強くなっちまってなぁ。」

 

「そんなことより、ハイこれ。ご注文の。」

 

千束さんがバックの中から茶色い袋を取り出し、組長に渡す。

組長はそれを受け取り悪い顔になる。

 

「おぉ〜、たっぷり入ってるなぁ。」

 

「そうでしょ〜。上物ですよ。」

 

まさか、危ない薬なのでは?

わたしはそう思い、千束さんと組長を交互に観察し、

銃を構えようと背負っているバックに手を動かすが、千束さんに止められる。

なぜ?

 

「挽きたてだって、先生が。」

 

「ほぉーう、そうかい。マスターに、宜しくな。そちらは?」

 

組長は挽きたてのコーヒー豆を確認しながらわたしの方に視線を向け尋ねてくる。

 

「たきなさん、今日からウチで働く私の相棒!よろしくね。」

 

千束さんがわたしを組の人たちに紹介すると「「「「「たきなさん!!よろしく!!!」」」」」

と、一斉に挨拶してきた。

当たり前だが、保育園の子ども達のほうがまだよかった。

組の建物を出ると千束さんがしてやったりと、言う表情で、聞いてくる。

 

「ヤバい粉だと思った?思ったでしょ〜。」

 

「えぇ。」と目を細めながら答えると、千束さんは「よっしゃぁぁ!」ガッツポーズを取る。

わたしはさらに目を細める。

 

「撃ち殺すところでしたよ。」

 

「こっ?!冗〜談だよ。」

 

そう言いながら、わたしの背負っているバックを叩いて、「ただの、お店のお得意さんだから!」などと言う。ヤクザがお得意様なのか?

 

「はぁ~い、次は警察署にいきます。」

 

左手を挙げながらそう言ったあとに腕時計で現在の時刻を確認している。

まだ、ちょっと速い時間みたいなのでわたしは疑問に思ったことを伝えることにした。

 

「この部署は、一体何をするところなのでしょうか?」

 

「おぅ?」

 

______________________

 

 

 

東京にある広場のベンチにて

 

「ゴメン、先生から聞いていると思ってたよ。何するところかぁ、改めて聞かれると考えちゃうな。」

 

千束さんは先ほど買ったトマトジュースを飲みながら謝罪してくれるが、今のわたしに必要なのは謝罪の言葉ではない。

というか、このトマトジュース血圧が上がるのか。

 

「保育園、日本語学校、組事務所、共通点が見い出せません。」

 

指を折りながら千束さんに疑問をぶつける。

 

「困ってる人を、助ける仕事だよ。」

 

「個人の為のリコリス?」

 

「そそ、コーヒーの配達も外国語の先生も保育園のお手伝いも喜んで貰えるよ。」

 

そう説明されるが納得がいかない。

 

「わたしたちリコリスは、国を守る公的機密組織のエージェントですよ。」

 

「おぉ、そう言われると映画みたいですカッコいい〜。」

「けぇど!凶悪犯を処刑して回っている殺し屋って言われたりも、ねぇ。」

 

千束さんは体を伸ばし、ベンチの背もたれによりかかりながら言う。

 

「あーゆうことが起きる時代ですから。わたしたちが必要です。」

 

わたしは目の前にそびえ立つ傾いた電波塔を見ながら問いかける。

 

「そうねぇ、そうなんかもねぇ〜。」

 

「しかし、新しい電波塔が完成間近なのになぜ残してるんですかね?」

 

「壊れてできた意味もあるんじゃない?」

 

「そんなものありますか?」

彼女はよくわからないことを言う。

 

「さぁ、どぉかなぁ〜。でも、そういう意味不明なところが私は好き。」

 

「だから、意味不明なことしてるんですね。」

わからないことばかりを口にするこの人に少し苛ついてきてしまう。

しかし、わたしのセリフに対しても彼女は笑いながら答える。

 

「あっはは!言うねぇ〜。」

「まぁ、ともかく!DAが興味持たなくても困っている人達は一杯いてさ、助けを求めてる。」

「だから、たきな。力を貸して。」

 

千束さんは、ベンチから立ち上がりわたしに手を差し出してくる。

わたしの目標はここで成果を上げてDA本部に戻ることだ。

少し納得は出来ないがわたしは彼女の手を取る。

 

「なんか、質問ある?」

 

「ありすぎますね。」

 

1つずつ片付けていこう。まずは、今日行ってきたところで耳に入ってきた本日知り合ったばかりの彼のことだ。

 

「大神さんは何者なんですか?」

 

「えっ!なに、たきな?ハチが、気になるの?」

 

「今あなたが想像している感じでは決してありませんが、楠木司令から腕の立つ協力者が、居るって。」

 

「ああ。」

 

「今朝、店長からも紹介されましたが、私には彼がDAの協力者であるとは思えません。」

 

「なんでそう思うの?」

 

「だって、彼からは何も感じないし、立ち振る舞いも隙だらけというか隙しかありませんよ。こう言ってはなんですが、命令があったら数回は殺せてました。」

 

千束さんは、わたしの発言にポカーンとした表情を見せたと思ったら、次の瞬間、突然笑いだした。

 

「あははははは!!!ちょっと、たきな!笑わせないで!あはは!お腹痛い。」

 

「そんなに可笑しいですか?」

わたしは少しムッとして言い返す。

 

「あはは。いやぁ、ゴメンゴメン。笑っちゃって。でも、そうだよね。そう感じちゃうのは仕方ないよ。」

 

「どういうことですか?」

疑問から疑問が生まれ頭が痛くなってくる。

 

「んー、私から言うのは野暮ってものだし、勝手に言ったら後で怒られそうだし。」

腕を組み、唸る。

 

「ま、これだけ覚えておいて。ハチは私が1番信頼してるし、頼りになる。たきなも近いうちにきっと分かるよ!」

 

結局、わたしの疑問は1つも解決されず新たな疑問が生まれてしまっただけであった。

 

___________________________

 

丁度良い時間になったので、予定通り警察署へ向かう。

 

「こちら、新人の井ノ上たきなさん。」

 

千束さんは阿部さんという刑事の方にわたしを紹介する。

どうやら喫茶店の常連客のようだ。

 

「いやぁ、まだリコリコに行く楽しみが増えちゃったなぁ。」

 

「よろしく、警視庁の阿部です。」

 

「初めまして。」

 

「まぁ、ちょっとこっちへ。」

 

阿部さんは聞かれたくない話しがあるのか警察署の隅の方へと促してくる。

話しの内容はないですストーカー被害にあっているという篠原沙保里さんという人物についてだ。

警察はストーカー被害は手が出しにくいらしく、阿部さんも担当ではないため、手をこまねいているよう。女性同士だから話しやすいと判断されて話しを聞いてきてほしいということであった。

阿部さんからバイト代が出るということで、ホクホク顔で千束さんは警察署をでる。

 

「次はたきな向きの仕事かもよ。なんたって、ボディ!ガード!だからね。」

「えっと、待ち合わせ場所は〜。」

 

千束さんはスマホで対象との待ち合わせ場所を確認しているが、そんな彼女に話しかける。

 

「あの。」

 

「ん」

 

「こんなことをしていて、評価されるのでしょうか?」

 

「評価?」

 

________________________

 

対象との待ち合わせ場所であるカフェに移動し、飲み物だけ注文する。

 

「うーん、活躍で評価を上げてDAに戻りたいねぇ〜。・・・戻りたいのかぁ。」

 

「わたしへの人事は、正当だとは思えません。」

 

「じゃあ、・・・何で撃ったの?」

 

十中八九、この間の機銃掃射のことだろう。

返事がないため怒ったのかと勘違いしたのか少し慌てた様子で言葉を発す。

 

「ああ、いやいや、責めてるわけじゃないよ。揉めたくないなら何で命令無視したのかなぁって。」

 

「あの状況において、最も合理的な行動だと思いました。」

わたしは、当時を思い返す。

 

「合理的ぃ?」

 

「それがあんな騒動に。」

 

「なるほど。まぁ、でも騒動になんてなってないよ。多分ね。」

「普段は、そーいうの全部組織が揉み消しちゃう。」

「・・・事件は事故になるし、悲劇は美談になる。今回のもきっと、表向きには別のことになってるよ。」

 

千束さんは注文したコーヒーを飲みながら言う

「最後の大事件も、今や平和のシンボルだ。」

 

「でしたら、わたしは何をしたんでしょうか?」

あのときの私の行動は無意味だったのか?何もしなければよかったのか?仲間を・・・エリカを見捨てればよかったのか?

頭の中で気持ち悪い何かがグルグルと回る。

 

「なぁ〜に、いってんのぉ!仲間を救った!!カッコいいって!わかった!たきなの復帰に私、協力するよ。」

千束さんは指をパチンと鳴らしながらわたしに向かって言う。

その時、カフェの入口のほうから阿部さんに写真の女性が来店したのを確認する。

千束さんは対象に向かって呼びかけながら手を振る。

 

沙保里さんの話しを聞くと、彼氏との写真をSNSに投稿してからストーカー被害に遭いだしたみたいだ。

画像を見ながら千束さんも、「何処で恨みを買うか分からない時代ですからねぇ。」と口にする。

 

「このビルは。」

画像を確認すると背景に写っているのはこの間のビルだ。

 

「そうそう、ガス爆発事件のビル。窓ガラス割れて大変だったとかいう、爆発の3時間ぐらい前かな?」

 

「ガス爆発だって。随分、早くから開けてるお店なんですね。」

 

「そうなの。朝日の映えスポットで有名なのよ。」

 

わたしは、スマホを操作し、気になったところを拡大して見る。隣から千束さんも覗き込んできて口に含んでいたコーヒーを吹き出してしまう。

そこには銃取引の現場が映っていた。

 

コーヒーを吹き出してしまった千束さんを心配して大丈夫か尋ねてくる。彼女は困ったように苦笑いを浮かべる。

 

「沙保里さん、この写真私達の上司にも確認してもらいたいのでいただけます?」

 

「えぇ。」と、沙保里さんは千束さんのスマホに画像を送る。

沙保里さんにも聞こえないように小声で会話をする。

 

「取引の現場、写ってんじゃん!」

 

「知らないですよ!」

 

「銃は消えたんじゃなくてとっくに引き渡されてたんだよ。」

 

「その相手がこの写真をSNSで見て・・・。」

 

「めっちゃヤバなのに狙われてるよ。沙保里さん。」

 

「沙保里さん、ちょっと上司と電話してきてもいいですか?」

千束さんはミカさんに報告するため少し離れたところで電話を掛ける。

 

千束さんは5分程度で戻ってきた。

 

「すいません、沙保里さん。今、報告したら詳しい話しが聞きたいって私達の先輩?が来てくれるそうなので少し待っててもらってもいいですか?多分、ここから近いからすぐに来てくれると思いますけど。」

 

「待つのはいいけど、大丈夫?迷惑とかになってない?」

 

「大丈夫ですよ〜。これが仕事ですから!それに、これから来る人は私が1番信頼してる人なので安心してください。」

 

沙保里さんは、顔をしかめたが彼女のセリフを聞いてすぐに笑顔に戻った。

 

 

 

 

 

5分程度経過したところで、カフェの入り口に紺色のロングコートを着ている人が目に入る。よく見てみると大神さんであった。お店の着物の姿しか見たことがなかったため、一瞬誰だかわからなかった。

千束さんはすぐに気づいた様子で大きく手を振っている。

向こうも気づいたのかわたし達が座っているテーブルに近づいて対象に自己紹介して席に座る。

 

大神さんは丁寧な口調で沙保里さんからの情報を聞いている。

SNSに投稿した画像を見せてもらうようにお願いすると、横から千束さんが自分のスマホを差し出してくる。

 

「ハチ、これだよ、これ。」

 

大神さんは、「拝見します。」と沙保里さんに向かって言い、画像を見る。

 

「あの、申し訳ありませんがこの画像、いただいて僕たちの上司に見せても構いませんか?」と、許可を取り画像データをお店の端末に送る。

 

陽が傾いて来たのでカフェを出た直後に、千束さんが沙保里さんに護衛も兼ねてパジャマパーティーをしようと提案する。

それを、大神さんと沙保里さんは了承し、彼女を自宅へと招く。

千束さんはパジャマパーティーの準備をするためお店に戻り、大神さんは周囲をパトロールすると言って離れていった。

千束さんはわたしの肩に手を置き、

 

「しばらく任せるね。無茶はしないように、命大事にだからね。」

 

そう言って、お店の方角に向けて歩いていく。

 

「今夜は大いに盛り上がりましょう〜〜。」

 

わたしはこれから沙保里さんと沙保里さんの自宅まで同行する。

 

「テンション高い子ねぇ。不安が吹っ飛んじゃった。行きましょ。」

 

沙保里さんはそう言うが「わたしはあの人、不安ですよ。」と、沙保里さんに聞こえないように呟いた。

 

 

 

辺りも暗くなり、住宅街を沙保里さんと2人で会話しながら歩く。

 

「じゃあ、今日2人初めて会ったの?」

 

「はい。優秀な人らしいですが見えませんよね。」

 

「で、前のバイトに戻りたいと。嫌なことがあったから辞めたんじゃないの?」

 

「いえ、少し誤解があっただけです。」

 

「そんなに戻りたいの?」

 

「戻りたいです。」

わたしは食い気味に返事をする。

そんなとき道路にあるカーブミラーにヘッドライトもつけずにゆっくりと走行するワンボックスカーを発見する。

沙保里さんには悪いが囮になってもらおう。相手は画像データが目的だ。殺されることはないだろう。

 

「そっか、あたしも協力するよ。こう見えて、バイト経験豊富なお姉さんだからね。」

 

「早速ですが、いいですか?」

 

「もちろん!」

 

「ありがとうございます。では、先に行っててください。直ぐに戻りますので。」

沙保里さんにそう伝え、曲がり角に隠れ銃を手にしいつでも撃てるようセーフティを外す。

思った通り、車がどんどん沙保里さんに接近する。

沙保里さんが車に無理やり乗させられるのを確認する。

わたしは、車の前に出てヘッドライトが点いた瞬間に発砲する。まずは、ドライバーだ。ドライバーの肩を撃ち抜く。次に車のヘッドライトとタイヤを撃ち犯人側の機動力を奪う。

犯人たちが何やら騒いでいるが私は気にせず発砲しながら犯人に取引した銃の所在を聞く。

 

その時、わたしのすぐ横に人影が降ってくる。敵の増援かと判断したわたしはその人影に銃を向けようとするが途中で右手に阻まれてしまった。

フードを深く被り顔は見えなかったがその人はわたしを曲がり角まで連れて行く。

 

「井ノ上さん、何してんの?!護衛対象を囮にするなんて!」

 

「その声、大神さんですか?え、何処から来たんですか?」

謎の人物からの声で味方であることを知る。

 

「そんなこと今はどうでもいい。なんで護衛対象のいる車に発砲音してるの?当たったらどうする気?千束が命大事にって言ってただろ。」

 

「沙保里さんには当てませんし、貴方が来なかったら既に終わってるはずでした。」

 

彼にそう言うと、大きなため息をつき、千束さんに連絡をするがまだ到着は遅れそうだ。

向こうにあるあの赤い点が彼女であろう。

 

「千束の到着を待ってたら沙保里さんが危険だな。」

「しょうがない、俺がやる。」

 

彼は何を言ってるのだろか。今日、会ったばかりとはいえここで死なれては気分が悪い。

 

「俺がやるって、大神さんは一人で相手するつもりですか?!そんなのむりです。わたしがやr」

 

「井ノ上さん。」

 

「だから、わたしg」

彼はなにか言っているがわたしはそれを気にせずに自分でやるように伝えようとするが、

 

「少し、黙れ。」

彼からその言葉を聞いた途端に背筋が凍った。恐怖した。何故か体が動かない。彼の目を見ると鋭く光る眼光がわたしを捉えていた。

 

次の瞬間、彼はいつもの調子に戻っていて、7時の方角にいるドローンを音を出して狙撃するようわたしに依頼する。

わたしは、おそるおそる尋ねる。

 

「何時気づいたんですか?」

どうやらしばらく前にドローンには気づいていたみたいだから動きがないようなので狙撃するようにした。

 

「10秒後に撃って。発砲音に合わせて奴さんらを奇襲するから。」

 

どういうことか聞こうとし彼がいた方向を振り向くと、彼は消えていた。初めからそこに居なかったみたいに。

今までの会話が幻覚かと錯覚しそうになるが、指示通り10カウント後ドローンを狙撃する。

狙撃に成功し、ドローンが落下するのを確認する。

 

次に犯人の方を確認しようと曲がり角から覗き見るが助手席にいた犯人は既に倒されていた。

車の後方で人が2人倒れる音が聞こえた後、数回、発砲音が聞こえる。

 

大神さんがドライバーの相手をしようとしたとき、私に気づいて「井上さん、沙保里さんをお願い。」と言ってきたので沙保里さんを救出する。

顔に掛けられた麻袋を取り外すと涙目で私に抱き着いてくる。

 

車の前方から千束さんの声が聞こえる。なにか大神さんと話しをしているようだ。

わたしは沙保里さんを宥めながら、2人が話し終わったであろうタイミングで大神さんに話しかける。

 

「命大事にって敵もですか?」

 

「そうだけど?」

私の問いにそれがさも当然であるように答えるが、私にはそれが分からない。

 

「クリーナー、もうすぐ来るって。」

千束さんがそう言うと

 

「そうか。じゃあ、後はクリーナーに任せよう。」

 

クリーナーが来るまで待機し、クリーナーの人たちに沙保里さんと犯人を任せてわたしたちは、その場を去る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、ということでたきなちゃんサイドでした。

結局、たきなちゃんはオリ主の戦闘を直接見ていないため彼が強いのか弱いのか判断しかねている状態です。


・・・・・・・話しが進まねぇ!!!!!!


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スーツを着た男性が喫茶リコリコに来た話

 

ストーカー事件から翌日

 

喫茶店リコリコにて、ミズキさんが俺のスマホで例の写真を見ている。

なんとなく不満げな顔だ。嫉妬してるな、これは。

 

「いちゃついた写真をひけらかすからこんなことになるのよぉ。」

ミズキさんは俺のスマホをボスに渡しながら言う。

 

「僻まない。」

 

千束が軽く注意するがミズキさんは止まらない。

 

「僻みじゃねーよ!SNSへの無自覚な投稿がトラブルを招くって言ってんのよっ!」

 

「どこだ?」

 

ボスは画像が粗いためか取り引きの場所が分からずに苦労している。

メガネも外してみるがわからないようだ。

それを千束が見かねて「ここ、ここ。」と取り引きされている場所を拡大する。

ってかボスがメガネ外しているとこ久々に見たな。

 

「あの日か?」

 

「3時間前だって。楠木さん、偽の取り引き時間掴まされたんじゃなぁい?」

 

「DAの司令官殿も遂にヤキが回ったか?」

俺は、大嫌いなあの人に向かって陰口をこぼす。ホントは面と向かって言ってやりたいぐたいだ。・・・いや、やっぱいいや。そもそも、会いたくない。あのオトコオンナ。

 

「ホントに楠木さんのこと嫌いだねぇ、ハチ。」

 

「大っ嫌い!」

特に何かあったわけではないが、単純にウマが合わない。

 

「その女を襲った奴らはどうしたのよ?」

 

ミズキさんが聞いてきたので、俺が答えようとすると代わりに千束が答えてくれた。

 

「クリーナーが持ってった。」

 

「アンタたち、またクリーナー使ったの?!たっかいのよ!」

 

「DAに渡したら殺されちゃうでしょ〜。」

 

「それに、ミズキさんがそう言うと思っていたのでクリーナー代は俺のポケットマネーを使わせて貰いましたから、大丈夫です。」

 

「アンタも、クリーナー代をポンと出せちゃうあたり流石としか言いようがないわ。」

 

ミズキさんは呆れたような声を俺に向けて吐く。

 

「お金は有効活用したほうがいいでしょう?」

 

「DAも、こいつら追ってんでしょ?私達が先に見つければ、たきなの復帰が叶うんじゃない?」

 

千束はボスに向かって言う。

その後、今現在、店の裏手で店の作業服に着替えているであろう自分の相棒に声をかける。

 

「そう思わない?たきな!」

 

「やります!!」

 

反応速っ!!!

ドアを開けながら青い着物姿に身を包んだ井ノ上さんが登場する。

その姿の自分の相棒を見て千束のテンションが爆上がりする。

 

「うぉほ〜〜!かわぁぁいぃ〜〜え!なになに!ヤバヤバ!?ちょ~似合うじゃん!」

 

テンションが天元突破した千束は、井ノ上さんにハグしにいく。

井ノ上さんは千束のテンションとは反比例し、心底面倒くさそうな顔で千束に手を引かれてカウンター席に連れてこられる。

その気持ちは理解できるぞ、井ノ上さん。

俺は心のなかで井上さんに向かって手を合わせる。

 

「ねぇ、皆んなで写真取ろうよ。ほらほら、先生もミズキも寄って寄って!」

千束は自分のカメラを起動する。

 

「じゃあ、俺が撮るよ。」

 

千束からスマホを受け取ろうとするが千束はこれを拒否する?

 

「?」

 

「皆んなで!!撮るって言ったじゃん。ハチも入るんだよ。ほら、こっちきて!」

 

「俺はいいよ。写真嫌いだし。」

 

俺は昔から写真映りが悪いのだ。

千束から無理やりスマホをひったくろうとするが、伸ばした手を逆に引っ張られてしまう。

 

「おい、ちょっとまっt」

 

俺はスマホのシャッターを止めようとするがその前に千束がシャッターを切る。

撮られた写真には、中央に美女が3人とその後ろに優しげな表情を浮かべる黒人男性。

そして・・・中央の紅い着物を着ている美女に手を引かれ倒れかけながらもスマホを手を伸ばして慌てている銀髪の青年の姿が映し出されていた。

 

「さっそく、お店のSNSにアップしたわ。」

 

「君はさっきのあたしの話しを聞いてたのかね。無自覚な投稿がトラブr」

 

「だ〜いじょうぶだって。ここには向かいのビルはないよ。」

 

そんなとき、店のドアの向こう側に人が来ていると察知する。

 

「千束、井ノ上さん。本日初めてのお客さんが来たようだ。」

 

2人にそう声をかけると、「ガチャ」っと店の扉が開く。

 

「ほら、お客さん!練習通りに!」

 

千束は井ノ上さんに緊張せずにお客さんへの始めの挨拶を自分と一緒にするように促す。

 

「いらっしゃいませ〜。」

「いらっしゃいませ。」

 

この日、初めてのお客さんはパリッとしたスーツを着た背の高い男性であった。

この人、何処かで?

俺は、既視感を覚えつつもその男性に好きな席へ座るように促す。

 

「やぁ、ミカ。」

 

その男性はウチの店長の名前を呼ぶ。知り合いなのか?とボスの見るとボスは信じなれないといった表情をしていたがすぐに表情を戻す。

 

男性はカウンター席に座る。

俺は、「どうぞ、ごゆっくり。」といい、男性にメニュー表を渡す。

男性はコーヒーだけを注文する。

男性が一口飲むとボスは男性に質問をする。

 

「なぜ、ここに来た?シンジ?」

 

「君に、会いたくなったからだよ。ミカ。」

 

やはり、二人は知り合いなのか。

俺はボスの隣でこれから来るお客さんが頼むであろう紅茶や煎茶の準備を進める。

なんか、ふたりの話しを盗み聞きしているようで気が引ける。

 

俺はこの男性からなかなか既視感が拭えずチラチラ話している二人を見てしまう。

 

そんな俺に、気付いたのか男性から俺に声をかけてくる。

 

「私に、何か用かな?」

 

しまった、露骨すぎたか?

 

「すみません。気分を害されたなら謝罪します。」

 

「はははっ。別に気にしていないよ。ただ、かなり情熱的な視線を感じたのでね。」

 

情熱的って。

「ご冗談を。」

 

「確かに今のは冗談だが、私に何か話したいことがあるのではないかい?」

 

「っ、つ、つかぬことをお聞きしますが、俺と以前に何処かでお会いしませんでしたか?」

 

「・・・さぁ、君とは初めましての気がするが。」

 

表情には出さないが一瞬心が揺らいだ?いや、気のせいか?

男性はニヤリと笑い俺に向けて口を開く。

 

「ははっ。まさかこんな時間からミカの店のイケメン店員に口説かれるとは思わなかったよ。冗談のつもりだったが、そちらは本気だったのかな?」

 

口説っ!?

何いってんだ?!この人!!

まさかこの人、ソッチ系の人なのか?!!えっ!じゃあ、ウチのボスともそのような関係なのか?!さっき、会いたかったからって言ってたし?!

 

俺の驚いた顔が面白かったのか再び笑う。

 

「はははっ!冗談、冗談だよ。安心してほしい。」

「いや、本当にすまないね、君が面白い反応をするからついからかってしまったよ。」

 

「いえ、お気になさらず。」

俺は少し、ぶっきらぼうに答える。

 

「まずは、自己紹介をしよう。私は吉松シンジ。ミカの旧友だ。」

 

吉松シンジ・・・聞いたことがあるようなないような。・・うーん、駄目だ。出てこない。

 

「大神史八です。この店の調理スタッフをやらせてもらってます。よろしくおねがいします。」

 

「ん?調理スタッフということはコーヒーも淹れるのかい?」

 

「いえ、俺は軽食や紅茶や煎茶がメインです。」

 

「ワタシが居ないときや手が離せない時にコーヒーも入れてもらっている。」

 

俺とボスのがそう説明すると吉松さんは笑って、俺に言う。

 

「では、今度は君のコーヒーを、飲みに来よう。」

 

吉松さんはコーヒーの代金をテーブルに置き、立ち上がりながらそう言う。

 

「俺は店長よりコーヒーを淹れるのは上手くないですよ」

 

「それでも、だよ。」

 

吉松さんは意味深なセリフを溢し、ドアに手をかけて振り返りながら「また来るよ。」と、ボスに言う。ボスは、それに対し「ああ。」と返す。

 

「またのお越しを。」

 

吉松さんは、そう言った俺に目線を向けニコリと笑い、店を出ていった。

 

 

その後、吉松さんは月に何度か店の方に顔を出すような常連さんとなり、俺や千束と軽口を言い合う程度に仲良くなった。

呼び方も向こうが名字にさん付けは距離を感じると言ってきたが流石に年上の男性であるため、俺は「シンさん」千束は「ヨシさん」となった。シンさんからは「史八君、千束ちゃん」となった。

 

シンさんは仕事の関係上海外に行くことが多いらしく、よく、海外土産を買ってきてくれるのだが、そんなときは申し訳程度の軽食やスイーツをサービスしている。

 

 

 

シンさんが俺の失った記憶に関係してるなど、このときの俺には想像すら出来なかった。

 

 





はい、ということで、シンジさんの登場です。
ホントに、この人の目的って何なんでしょうね?
自分は気になって夜しか寝れません(笑)

そんなことより、シンジさんが登場してから三人娘?いや、ひとりはおばsっケブンゲフン、お姉さんが完全に空気でしたよね。
文才がないので絡ませられなかったです。ゴメンナサイ。


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紅と蒼の彼岸花が暗殺者に説教される話

 

俺は自室のベッドに横になりながら、先日の件を振り返る。

内容は先日に起こったストーカー被害の件だ。

俺は、他人に説教するなんて柄ではないし、あまりグチグチも言いたくない。

だが、向こうが先日の件をどう思っているか分からないし、やっぱりちゃんと伝えた方が良い気がする。

最悪、嫌われるかな?いや、まだ嫌われるまで仲良くなってもいないか。

 

俺は目を閉じ、誰に何を言うわけでもなく呟く。

 

「はぁ、嫌な役目はいつも俺だ。」

 

俺は少し笑いながら眠りにつく。

 

_______________

 

 

翌日、リコリコメンバー全員で開店準備を進めているときに俺は千束に向けて言う。

 

「千束、悪いんだが今日の業務が終わったら少し残ってくれないか?井ノ上さんも一緒に。」

 

「別にいいけど、なんで?」

 

「話したいことがある。」俺がそういうと千束は何か察したのか、心当たりがあるのかは知らないが、「たきなにも、伝えとくね。」と、真剣な声で言った。

 

「ねぇ、ハチ?」

 

「なんだ?」

 

「私は別にいいけど、たきなにはあまり言わないであげてね。」

 

「必要なことだ。善処はしてみる。」

 

______________

 

 

 

閉店後、閉店準備をしようとしたところにボスが話しかけてくる。

 

「史八、千束達に話しがあるんだろう?片付けはミズキと一緒にやっておくから、しっかり話し合いなさい。」

 

「すいません、ありがとうございます。」

 

そう言い、カウンターから出るためボスの横を通ったときに、ボスから「君が居てくれて良かったよ。」と言われる。

 

「ボスから言ってくれても良いと俺は思いますがね?」

 

「私はもう現役は退いた身だ。当日の現場にも居なかったしな。やはり、同じ現場にいた者の言葉の方が効くだろう。」

 

「こんなこと、俺の柄じゃないんですけど・・・。」

 

「とにかく、任せたよ。」

 

ボスは笑いながら、裏に引っ込んでしまう。

 

俺は、千束と井ノ上さんを呼び、カウンターの向かいにある畳の席に2人を座らせ、俺はちゃぶ台を挟んで2人の向かい側に座る。

 

「あの、話しがあると千束さんから聞いていますが、閉店準備の方はいいのでしょうか?」

 

井ノ上さんから疑問の声があがる。

 

「あぁ、ボスが気を遣ってくれてミズキさんと一緒にしてくれるらしい。」

 

井ノ上さんは「そうですか。」と答え、俺に何の話しであるか説明を求めてくる。

 

「先日のストーカー被害の件だ。2人にちょっと言いたいことがある。まずは、千束。」

 

「は、はい!」

 

千束は、話しかけられた瞬間背筋を伸ばして正座をし直す。

どうやら、これから説教されるのが分かったようだ。

 

「今回は、千束にはあまり言うつもりはない。ストーカー被害の件は当日に知ったことだし、その後の作戦の立案と実行にも直後だったから時間をかけられなかった。最後の最後で千束が間に合わなかったのも仕方がない。その作戦を許可したのも俺だしな。」

 

千束は、ホッと息を吐く。

 

「しかし、」という俺の言葉で再び千束に緊張感が走る。

 

「井ノ上さんに不殺(ころさず)の誓いを立てていることは伝える必要があったんじゃないか?2人は事件の当日に知り合ったばかりだし、お互いのことはほとんど知らないだろう?」

 

「お前の説明不足でカフェ前で言っていた「命大事に」の言葉の意図が井ノ上さんに伝わらず、車内に沙保里さんがいるにも関わらず乱射していたぞ。」

 

「もし、跳弾でもして護衛対象に当たりでもしたら元も子もないだろう?」

 

「はい、おっしゃる通りです。」

 

千束は、申し訳なさそうに言う。

 

「とりあえず、2人で次の休みでもいいから話し合え。別に全てをさらけ出せという訳じゃない。必要だと思うことだけでもいいから。」

「千束に関しては以上だ。」

 

ふ~っと千束は息を吐く。

次は井ノ上さんだ。

 

 

「次に井ノ上さん。」

 

「はい。」

 

あぁ、嫌だ。ホントにこんなこと言いたくない。

けど、必要なことだと腹をくくる。

 

「俺は褒められた人間じゃないし、こうやってあまり偉そうなことも言いたくない。けど、今の君には色々と言わなきゃならない。」

 

「?」

 

顔には出ていないが、きっと井ノ上さんの頭の上には「?」が浮かんでいるだろう。

 

「最初に、なぜ護衛対象を囮にしたのか理由を聞きたい。本来だったら、あまりとらない行動だ。でも、君はその行動を取った。何を判断してその行動を起こした?」

 

現場にしか分からない空気などもある。遠くからしか見えていなかった俺には感じられないものを井ノ上さん自身は感じたのかもしれない。

どのような理由で沙保里を囮にしたのか、それを知りたかった。

 

「沙保里さんと歩いていたらカーブミラーに不審な車が私たちに近づいてくるのが確認できました。私たちの任務は沙保里さんの護衛と犯人の確保です。」

 

「沙保里さんには申し訳ないことをしたと理解してますが、犯行グループを迅速に捕縛するために囮になって貰いました。」

 

「つまり、合理的に行動した、と。」

 

「はい。」

 

俺は両手で顔をおおう。

はぁ~、とため息をつく。

 

「ハチ、違うの。私g」

 

千束が何か言いかけるが、俺は千束に「何も、言うな。」という目線を送り、その意図が伝わったのか千束は口をつぐんだ。

 

「井ノ上さん、君がDA本部への復帰を強く願ってくことをボスから聞いてる。ここで成果をあげて本部に戻りたいというのも理解は出来る。」

 

井ノ上さんはなにも言わない。

 

「ただ、それは君の目標で、いってしまえば「私情」だ。

「悪く言えば、君は君の私情でひとりの善良な市民を危険に晒したことになる。」

 

ここで初めて井ノ上さんから否定の言葉が出る。

 

「犯人達の目的は沙保里さん自身ではなく、沙保里さんがSNSにアップした画像データです。沙保里さんを囮にしても犯人が沙保里さんを殺す必要はない筈です!」

 

井ノ上さんの口調が鋭くなるが、俺は、すぐに井ノ上さんに人差し指を指しながら指摘する。

 

「問題はそこだよ。」

 

「えっ?」

 

井ノ上さんは反論されると思わなかったのか、少し狼狽えてしまうが、俺は気にせず話しを進める。

 

「ここで、重要なのは成果をあげたいと思っている井ノ上さんと殺される必要のない沙保里さん、この2点だ。」

 

井ノ上さんは疑問の表情を見せる。

 

「もし仮に、今回のストーカー被害の件に俺たちが関与しなかったなら、沙保里さんは奴さんらに襲われて軽症を負うかもしれないが画像データのみを消されるかスマホごと盗まれただけかもしれない。井ノ上さんがさっき言ったように犯人達に沙保里さんを殺す必要はないからね。」

 

「だったら!」

 

「でも、そこには成果をあげて本部への復帰を望む君がいた。君は犯人達を確保するために発砲した。犯人達は想定外のことが起きてパニック状態だ。そんな状態の彼らが沙保里さんを人質に取らないとは考えなかったのか?」

 

井ノ上さんは視線を落としてしまった。

俺も、口調が強くなってしまっているがここは、心を鬼にしよう。

 

「殺す必要がない、ということは逆に言えば、殺してしまっても別に構わない、ということだ。」

 

「パニック状態の犯人が沙保里さんを殺したらどうするつもりだった?」

「仮に沙保里さんが殺されてしまったとき、沙保里さんの家族にどう説明する?君が遺族と面と向かって「沙保里さんを囮にして犯人達に殺されてしまいました。ごめんなさい。」と謝罪できるなら俺は、これ以上は何も言わない。」

 

「・・・すいませんでした。」

 

「何に対しての謝罪だ。謝る相手は俺じゃない。」

 

井ノ上さんは暗い表情になり、隣にいる千束は俺たちを交互に見ながらオロオロしている。

 

「今回の件を、悪くいってしまえば、君は君の私情で善良な一般市民を囮という道具として扱い、危険に晒した。それは理解できたか?」

 

「はい。」と、井ノ上さんは肯定する。

 

さて、これで言うことは言った。

井ノ上さんもだいぶ反省しているようだ。これで終わりにしたいが・・・・。

 

 

く、暗い!!!雰囲気が暗い!!

誰だよ!!こんな暗い雰囲気にしたの!!俺だよ!!!バカかよ!!!ど畜生が!!!!

心の中でノリツッコミでもしないと罪悪感に押し潰されそうだった俺はパンっとてを叩き、出来るだけ明るい声で言う。

 

「はいっ!じゃあ、この話し終わり!!2人とも遅くまで悪かった。気をつけて帰れよ。」

 

俺がそう言うと2人は立ち上がるが井ノ上さんは浮かない表情だ。少し、千束にフォローを頼むか。

 

「千束、ちょっと。」

 

千束に手招きし井ノ上に聞こえないように千束に頼み事をする。

 

「千束、井ノ上さんを慰めてやってくれないか?俺が原因である手前、俺にはどうしようもない。」

 

「大丈夫っ!分かってるよ。私の大事な相棒だからね。」

 

千束は親指と人差し指とで輪っかをつくり、帰宅の準備をするべく井ノ上さんと一緒に更衣室へと移動する。

 

俺は2人が帰るのを見届けてから畳の上に横になる。

 

「やっぱり、柄じゃねぇよ。こんなこと。」

俺は、その日最後のため息をつく。

 

 

______________

 

 

たきなと一緒にお店を出てからも、たきなの表情は相変わらず暗いままだ。私は、励ますために明るい声で話しかける。

 

「たきな!元気だして!そんなに落ち込むことないよ。結果論だけど最終的に沙保里さんは無事だったわけだし!」

 

 

「・・・私は合理的に行動しました。今回も、そしてビルでの一件も、それが正しいと信じて自分の意思で行動しました。」

 

たきなは夜空を見上げながら

 

「私はどうすればよかったのでしょうか?」

 

「たきな・・・。」

 

「すいません、こんなこと聞かれても困りますよね。ちょっと1人で考えます。また、明日お店で。」

 

たきなはそういいながら走っていってしまった。

この時、私は以前ハチが口にした言葉を思い出していた。

 

真実はなく許されぬことなどない。

この言葉を耳にしたときはあまり意味は理解できなかったが、今日少しこの言葉の意味が理解できたような気がした。

 

 

___________

 

あたしは、喫茶リコリコに備え付けてあるノートパソコンを開きながらのひとり寂しく晩酌している。

どこかにあたしと一緒に晩酌してくれる未来の旦那様は居ないのかと思いながら酒を注いでいるとパソコンから通知音がなる。

どうやら店のSNSにDMが送られてきたようだ。

 

「ウォールナット?」

 

送られてきたDMの宛名には「ウォールナット」の文字が表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、という事で今回は完全にオリジナル回でした。

最初のオリ主君のセリフは僕の大好きなあのキャラです。

真実はなく、許されることなどない。この言葉は、作品ごとに使われていますがストーリーや時代背景のこともあって、それぞれ解釈が異なっています。


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黄色いリスが仲間になる話

 

 

「で、どうする気?」

 

ミズキは私に、そう尋ねてくる。

 

「依頼人からの要望は空港までの逃走経路の確保とそれまでの護衛だ。だが、追手からの追撃が激しいらしい。これまでは、なんとかやり過ごしていたみたいだがそれも難しくなってきているらしい。そこで、コチラから1つ、提案した。」

 

「何よ?」

 

「依頼人の死を偽造する。依頼人からの了承も得られた。」

 

「なるほどね。誰も死人がどこに行ったのか調べないものね。」

 

「そこで、ミズキ。君には依頼人の代わりに敵にやられてもらいたい。」

 

「は?嫌よ!そんなこと?!ホントに死ぬわけじゃないだろうけど、史八にやらせればいいじゃない?」

 

「それは、無理だ。依頼人からの要望でリコリス2名とその協力者を護衛にほしいとの要望だ。」

 

「それでも!」

 

「それに」

 

ミズキは駄々をこねようとするが私はミズキに魔法の言葉を伝える。

 

「報酬は相場の3倍だ。」

 

「喜んで、命張らせていただきます!!」

 

ミズキは光の速さで掌を返す。

ミズキにとって、魔法()の力は絶大だ。

 

「でぇ〜、ガキ共にも伝えるの?」

 

ミズキは報酬の話しでテンションが上がりつつも聞いてくる。

 

「いや、3人には伝えない。千束とたきなには自然なリアクションで敵を欺いてもらいたい。」

 

後で、必ず何か言われるがその時は、和菓子で機嫌を取ればいい。

千束たちには悪いが敵を騙すには、まず味方からだ。

 

「史八にも、伝えないの?」

 

「あぁ、あの子なら途中で気づきそうな気がする。」

 

「なるほどね。」

 

私と、ミズキは3人には黙って今回の依頼の準備をしていく。

 

 

______________

 

元気のいい声とともに、喫茶店の扉が開く。

 

 

「お待たせ、千束が来ました。おぉ〜、ヨシさん、いらっしゃ~い!」

「一月ぶりじゃないですかぁ?」

 

ようやく来たか。

俺はボスから今回の、依頼内容を聞きあと少しで準備が終わるところだ。

それにしても、シンさんからまた、お土産をもらってしまった。

また来てもらったときにサービスしなくては。

というか、なんだコレ?太鼓か?

 

「千束、速く支度しなさい。」とボスが千束を急かすが、千束は「えぇ〜。」等と言っている。

 

「それではこれで失礼するよ。」

 

シンさんはどうやら仕事に戻るようだ。カウンター席のシンさんから声がかかる。

 

「史八君も、また来るよ。」

 

俺はカウンターの横の扉から顔を出すよ。

 

「お土産ありがとうございました。次の機会に何かサービスさせて貰いますよ。」

 

「ふふっ楽しみにしてるよ。」

そう言い、シンさんは店をあとにする。

 

シンさんが出ていった瞬間、ボスが黒いアタッシュケースを取り出す。

 

「千束。」

 

千束はマガジンに非殺傷弾を入れながら今回の敵の情報をボスから聞く。

 

「で、どんくらい急ぎ?」

 

「現在、武装集団に襲われている。」

 

「あぁ、それは大変。たきなぁ、仕事の話しもう聞いてる?」

 

「はい、一通り。」

 

井ノ上さんは簡潔に答える。

 

「おっけぃ〜。」

 

それから思い出したように、家から持ってきたであろう紙袋を今日の帰りに持って帰るように促す。

なんだろうこれは?千束セレクション?映画のDVDか?セレクションと書いてありながら10本くらいあるぞ。

井ノ上さんは紙袋を怪訝な表情で見つめる。

 

「ん?ミズキは?」

 

千束は、今この場にいないミズキさんの所在を聞いてくる。

 

「既に逃走ルート確保に動いている。」

 

「張り切ってるねぇ、めっずらしぃ〜。」

 

これには、千束と同感だ。あのミズキさんが1番に動いているとは。

だが、つぎのボスの言葉を聞き、俺も千束も納得する。

 

「報酬が相場の3倍、一括前払いでな。」

 

「どおりで。」

 

報酬が相場の3倍、しかも一括前払いとは。どうやら今回の依頼人は切羽詰まっているらしい。

無事に終われば良いのだが。

 

「敵は5人〜10人程度。プロよりのアマだ。ライフルも確認している。気をつけろ。」

 

「りょーかい。」

 

「速く行くぞ、時間もあまりない。」

 

「えぇ!ハチも一緒なの?!」

 

千束は、俺が同行することを知って何故か口角が上がる。

 

「依頼人からの要望みたいだからな。」

 

そう言って3人で喫茶店をでる。

出た直後に千束が空腹であることを訴えてくる。こいつ、俺の話し聞いてなかっただろ。

 

「途中、適当な店で買え!」

 

そう言いながら、新幹線に乗るために駅へ向かう。

 

_____________________

 

 

新幹線に乗りながら、千束は井ノ上さんから今回の依頼の流れを説明してもらっている。

さすが、井ノ上さん。真面目だ。こうゆうときは本当に彼女の性格は助かる。

横を見ると隣で千束は、駅で買った駅弁に夢中で食べている。井ノ上さんからの話しを聞いているのか?こいつ。

 

「逃走手順は以上です。羽田でゲートを潜ったところでミズキさんと交t・・って聞いてますか?」

 

「ん~、依頼主、凄腕ハッカーでしょ。どんな人かなぁ?」

 

「千束、行儀が悪いぞ。食うか喋るかどっちかにしろ。口は1つしかないんだから。」

 

俺は千束に向けて注意をする。

千束は「ごめん。」と謝ってから飲み込み、依頼主であるハッカーのイメージを予想していく。

 

「メガネで、痩せて小柄な男かな?カタカタ、タァ〜〜ン。」

 

千束は箸をつまむような動作でキーボードのタイピングのような声を上げる。

千束の声が思いの外高く、車内に響き渡る。

他の乗客は多くはないが迷惑になるので再び千束を注意する。

 

「やめろ。恥ずかしい。他の人もいるんだぞ。」

 

千束は笑いながら謝ってくるが、本当に分かっているのか心配になってくる。

 

「映画の見過ぎですね。」

 

井ノ上さんはそう言いながら、持参したゼリー飲料を口にする

それを見た千束がゼリー飲料について尋ねる。

 

「いぃや、いやたきなさん。今の状況分かってるのかなぁ?」

 

「依頼人に会うために、特急に乗ってます。」

 

確かに今まさにその状況だけど、千束が聞いているのはそうゆうことではない。 

 

「そう!その前に、お昼食べとかないとぉ〜。」

 

「今、食べてます。」

 

まぁ、すぐに降りるから手早く済ませられるようにしたんだな。

千束は駅弁食ってるけど次の駅までに食べ終わるのか?

次の駅で降りるのを知らないはずないだろう。さっき、井ノ上さんから説明してもらってたし。

千束は井ノ上さんの隣に移動し、煮玉子を彼女の口に運ぶ。いわゆる「あ~ん。」というやつだ。

井ノ上さんは煮玉子を食べ、口に手で隠しながら「美味しいです。」と少々、悔しそうに言う。

 

 

「はぁい!、おいしぃ!!」

 

俺がそんな彼女達のやり取りを見ていると千束が俺に視線を向けてくる。

 

「あぁ〜!ハチも食べたい?そんなことなら遠慮せずに言えよぉ〜。はい、あ~ん。」

 

千束はそう言いながらこの駅弁のメインであろう角煮をひとつ箸でつかんで俺の前に持ってくる。

俺は、どうやって断ろうか考えたところで車内放送が流れる。

どうやら次の駅に着いたようだ。

 

「ほら、着いたぞ。降りる準備をしろ。」

 

「えぇ!」と千束が驚く。やっぱり話し聞いてなかったな。

 

「10分足らずで乗り換えなので、ゼリーを選んだだけです。」

 

「そぉなのぉ〜。ってか、ハチは?何も食べてないじゃん。」

 

「俺は家で済ませてきた。」

 

「えぇ〜。」と言いながら千束が急いで残りの弁当を食べ、俺たち二人を追いかけてくる。

 

_____________________

 

 

「ねぇ、たきな。そのウォールナットってハッカさんと合流した後、どうやって羽田まで行くの〜。」

 

「お前、本当に何も聞いてなかったのな。」

 

俺が呆れながら言うと、井ノ上さんがこれからの説明をする。

 

「店長が駐車場に車を用意してくれてる様です。」

 

車と聞いて、千束が元気よく答える。

大方、自分が運転したいとか言い出すんだろうなと予想していたがドンピシャであった。

 

「えぇ!まじ!!はい!はい!は〜い!千束が運転しまぁ〜す。」

 

しかし、井ノ上さんが「わたしがします。」否定する。

それに対して千束がぶーたれる。

 

「えぇ、なぁんでぇ、たきな運転できんのかよぉ〜。」

 

「できなきゃリコリスになれないでしょう。」

 

ここは、2人には悪いが俺の案を受け入れてもらおう。と俺は二人に向かい話しかける。」

 

「いや、運転は俺がする。」

 

俺が発言した瞬間、井ノ上さんの表情が一瞬暗くなる。俺は、それが気になったが千束は気づいていないので俺に理由を尋ねてくる。

 

「え〜、ハチがするの?なんでぇ?」

 

「理由は2つある。1つは井ノ上さんに射撃に専念してもらいたいから。移動中に敵に襲われたら千束じゃ、当てられないだろ。」

 

「私の射撃がヘタッピみたいに言うなぁ〜!」

 

千束が軽く戯れてくるが俺は気にせず最後の理由を話す。個人的にこっちのほうが前者より重要な理由だ。

 

「2つ目の理由は・・・。」二人の視線が俺にあつまる。

「・・・俺はもう二度と千束の運転する乗り物に乗りたくないからだ。」

 

と言うと千束がその場にずっこける。

 

「なんてこと言うんだよぉ〜!私が何した〜?!」

 

「おまえ、忘れたとは言わせないぞ!ずっと昔に、千束が運転する車に乗って死にかけたこと!俺はあの時から絶対にお前が運転するものには乗らないと決めていた!」

 

千束は当時のことを思い出したのか、下手くそな口笛を吹きながらよそ見をしている。

 

「井ノ上さんもそれでいいか?」

 

井ノ上さんにも了承を得ようと尋ねるが少し上の空だったようだが了承を貰えた。

 

「は、はい。」

 

どうもぎこちない。やはり、先日の一件だよな。前まで喫茶店の業務でもわからないことがあれば俺に聞いてくれるときも少なからずあったが、最近はトンと少なくなった。仕事を覚えたといえばそれはそれでいいが、隣で作業していてもわざわざ移動してボスや千束に聞きに行くことがたまにある。

これは、あれだな。完全に嫌われたというやつだな。俺は別に嫌われても構わないが仕事に支障をきたすといけない。近いうちに話し合わないとな・・・。

あれ?おかしいな?目から汗が・・・。

 

などと思っていると、駐車場にたどり着く。

てかなにあれぇ?ボスはなに考えてんだ?スピードは出るだろうけどあれでは余計目立つだろ。

俺の目線の先には赤いスーパーカーが鎮座していた。

千束は、フェンスを掴みながらスーパーカーに興奮している。

 

「あぁ!スーパーカーじゃ〜ん!!すっげぇ!!すっげぇ!!」

 

「目立ちますねぇ。」

 

千束は俺の紺のロングコートを掴みながら運転したいとお願いしてくる。

 

「あぁ〜、やぁっぱり私が運転するぅ〜。いいでしょ!ハチ!!ね!ね!!」

 

興奮してる千束を少しでも落ち着かせるよう、手で宥めながらどうするか考える。

あの目立つ車の運転はしなくない、けど、同じくらい千束の運転する車にも乗りたくない。どうしたものかと考えていると、反対側の車道から生垣をダイナミックに飛び越えてこちら側の車道に乗用車が来た。

「えぇ!なになに?!」と千束が驚いているがダイナミックジャンプしてきた乗用車は俺たち3人の前に止まる。

ドライバーはなぜか着ぐるみの人物だった。リスか?

 

「ウォール!」

 

着ぐるみの人物は以前に決めた合言葉を口にする。

ボイスチェンジャーで声を替えているのか。

 

井ノ上さんが「ナット」と答え、着ぐるみは俺たちに速く車に乗るように指示する。どうやら追手が近くまで来ているようだ。

俺と井ノ上さんは素早く乗車するが、千束は今の合言葉に「え?カッコ悪ぅ?」とツッコミを入れている。

最後までスーパーカーに乗りたかったのか赤い車を指さしながら何か言っているが、

 

「千束、どうでもいいから早く乗れ。」俺はそう指示を出し、着ぐるみは全員乗ったのを確認して車を走らせる。

 

「スーパーカーが、いいんだけど〜。」

 

千束、時には諦めも肝心だ。

俺は、そろそろフードを被っておくか。

 

________________________

 

 

「なんで守られる側が颯爽と車で現れるのよ。普通、逆じゃない?あぁ、すぅぱぁかぁ〜。」

 

千束は井ノ上さんの肩を揺らしながら着ぐるみに向かって言う。

 

「目立つし、こっちのほうがいいですよ。」

 

井ノ上さんの言うとおりだ。なぜボスはスーパーカーなど用意したのか?と疑問に思う。

 

「予定と違ってすまない。ウォールナットだ。」

 

リスの着ぐるみから自己紹介される。その後、千束が俺たち3人の紹介を簡潔に言ったあとに尋ねる。

 

「なんかぁ、イメージしてたハッカさんとは違いますね〜。」

 

「底意地の悪い痩せた眼鏡小僧とでも?だとしたら映画の見すぎだよ。」

 

「ほら、やっぱり。」と井ノ上さんが新幹線での自分の意見を肯定するが、千束は「いやいや、だとしても着ぐるみじゃないでしょう。」と口にする。

 

「ハッカーは、顔を隠した方が長生きできるってだけさ。JKの殺し屋の方が異常だよ。フードの君もリコリスなのかい?」

 

「俺はリコリスじゃないよ。男だしね。ただ、協力しているだけ。それと、リコリスが制服を着ているのにもちゃんとした理由がある。少なくともリスのハッカーよりは合理的だと思うけど。」

 

俺は外の風景を見ながら言う。

 

「ハチ、リスじゃなくて犬だよ。」

 

そう言うがウォールナット本人から「リスで合っている。」と言われる。井ノ上は少しは驚いた表情になっていたため、別の動物を想像していたのか?

 

交差点を右折しながら、リコリスが制服を着る理由を尋ねて来たため千束が自分の制服を摘みながらそれに答える。

 

「つまり、日本で1番警戒されない姿だってことですよ、コレ。」

 

「JKの制服は都会の迷彩服というわけか」とウォールナットは納得する。

 

次に井ノ上さんが気になったのか助手席にシートベルトで固定されている黄色いスーツケースについて尋ねる。

ウォールナットがそれについて「ボクの全て」と答える。

ボクの全て?どうゆうことだ?大事な端末でも入っているのか?いや、ハッカーはパソコンなどの端末に拘りなどはあるだろうが、重要なのは端末などの機器ではなくてそこに入っている情報・・・データだ。データであればメモリなどに保存して身につけて入ればいい?

ということはバックの中に入っているのは身に付けられない何か。しかもそれはウォールナット自身の全て。

というか車に乗ってからずっと気になっていたがこの着ぐるみから、少量のアルコール臭がする。俺が、着ぐるみの後ろの席に座っているからふたりはアルコール臭に気づいていない様子。もし、この着ぐるみの中の人物が俺の飲んだくれの知り合いだと仮定すると、ケースの中の「ボクの全て」という発言に1つの可能性が生まれる。

それはケースの中には「何が」ではなく「誰が」入っているのかということだ。

とすると、最初から虚偽の任務内容をボスから伝えられたということになってくる。なぜ嘘を言う?嘘をつく必要があったからだ。俺たち3人を騙すために。俺たちが知っていると何か不都合なことがあるからか?何かが敵にバレる?聞いていた任務はウォールナットを羽田まで護衛し国外逃亡を助けるというもの。だが、虚偽の任務内容を伝えられていたということが真実なら……。

俺は頭の中でパズルのピースを順々に当てはめていき、1つの答えに辿り着く。

いや、まさかな。あくまで俺の想像だ。と思い、鼻で笑う。

 

「どうしたの?急に笑ったりして?」

 

隣りに座っている千束が俺に尋ねてくるが、俺は「何でもない。」と答える。

 

もし、俺の仮説通りならふたりには新鮮なリアクションを取ってもらわないといけない。

 

「このまま、羽田へ?」

 

「いや、車を変えるように言われています。」

 

追手がいないことを確認してから井ノ上さんは着ぐるみににスマホを見せ目的地に向かうように依頼する。

ウォールナットは了承するが高速に乗らずにまっすぐ一般道を走行する。

間違えたのか?

・・・いや、後ろのドローンせいか。

 

「あれ?高速に乗るのでは?」

 

井ノ上さんはウォールナットに尋ねるがウォールナット本人も「どうした?」と疑問の声を出す。

 

「いや、それはこっちのセリフだけど。」

 

着ぐるみはハンドルから手を離すが、ハンドルが勝手に動いている。

 

「車を乗っ取られたか。」

 

「うえぇ!!いや、ちょっと!ちょっと?!」

 

千束は、驚きながら体を前に乗り出す。

車のスピードも急に上がる。

車がスピードをあげたせいで慣性の法則に従い千束が後部座席に倒れるようになる。

 

「千束、少し落ち着け。どうやらあちらにも優秀なハッカーさんがいるみたいだ。」

 

俺はフロントミラーを指差し、ふたりも一台のドローンを確認する。

 

「ははーん、あれか。」

 

「ロボ太か、腕を上げたな。」

 

ウォールナットは相手のハッカーに心当たりがあるのか名前を口にする。

 

「知り合いか?」

 

俺はそう尋ねるが「そんなんじゃない。」と返答が帰ってくる。

 

車のスピードも徐々に上がっていき、千束がどこに向かっているかウォールナットに確認するとどうやら海のようだ。

回線の切断を井ノ上さんが提案するが、直ぐに上書きされるとウォールナットが否定する。

こちらの作業完了と同時にネットを物理的に切れればいいと希望をウォールナットが言う。

 

「えぇ。ルーター何処よ〜。」

 

千束がルーターがどこか確認しようとするがウォールナットは自分の車じゃないから知らない。

 

「おいおい、このままだと少し早いが5人で仲良く海水浴することになるぞ。ちゃんと水着は持ってきたか?ちなみに俺は持ってきてない。」

 

俺は盗聴されてる可能性もあったため、相手を少しでも油断させるためワザとふざけたセリフを言う。

そんな俺に苛立ったのか井ノ上さんが声を上げる。

 

「こんな状況でふざけている場合ですか!?」

 

俺は、口の前に人差し指を立て、どこに盗聴用のマイクがあるかわからないので千束と井ノ上さん両名に顔を近づけ、できるだけ小さい声で作戦を伝える。

 

「盗聴されてる可能性もある。井ノ上さんには、ドローンを撃ち抜いてもらう。俺と千束の使う弾だとはずれる可能性が高いからな。できるか?」

 

「はい。」

 

「千束は窓ガラスを撃って井ノ上さんが外に身を乗り出せるようにしてほしい。」

 

「りょ〜かい。」

 

「バレたら逃げられて、みんなで海水浴だ。風邪ひきたくなかったら外すなよ〜。」

 

俺はできるだけ緊張させないよう、井ノ上さんに言う。

井ノ上さんは既に集中していて俺の声は届いていない様子。

 

「着ぐるみも準備いいか、カウント3秒前から開始する。しっかり、ハンドル持っててくれよ。」

 

「カウント開始、3・2・1……」

 

俺の「撃て!」という指示とほぼ同時に千束が窓ガラスへ向けて発砲する。

井ノ上さんはひびの入った窓ガラスへ体当りし、窓ガラスを割ったあと、ドローンを狙撃する。

3発でドローンを無力化。いいセンスだ。

車は取り戻せたが、目の前には海が広がっている。

着ぐるみが素早くハンドルを右側に切り、急ブレーキで速度を落とす。

ドリフトしながら海へ近づいていくが、左側の車輪だけが落ちたところで車は止まる。

 

「お前らぁ、取り敢えず動くなよ〜。せーので出るぞ。」

 

「ス、スーツケースを〜。」

 

「わたしが。」

 

こんな時まで、スーツケースの心配か。俺の立てた仮説の信憑性が出てきたな。

 

全員、無事車から脱出し車が海へ落下する。

周囲を索敵すると上の車道に停車しこちらを観察しているグループを発見する。

どうやら千束も気付いたようだ。

 

「取り敢えず、場所を変えよう。」

 

_______________

 

 

俺たちは、廃墟となったスーパーに避難している。

井上さんがボスにスマホで連絡し、千束と一緒に奴さんらの人数と装備を確認する。

確認できたのは5人。全員ライフルを所持している。ボスの情報では10人までとあったので伏兵が潜んでいる可能性も考慮する。

あちらさんは作戦が決まったのか、各々、展開していく。

 

千束が先導し、その後に着ぐるみ、井ノ上さん、俺と続くが残念ながら敵に見つかってしまう。

千束と着ぐるみは向こうにある棚まで移動し銃弾を防ぎ、俺はまだ移動する前だったのでまだあちらには見つかっていないだろう。

移動中であった井ノ上さんは敵の集中砲火を受けるがケースを盾にして防いでいる。・・・ん?それ不味くね?

案の定ウォールナットが慌てている。

やっぱりそうか。あのスーツケースの中にウォールナット本人がいる。

 

「え、えっ!ちょっと、盾に使うのはなしだ!!!大事なものだって言っただろぉ〜〜!!!」

 

「たきなぁ!なんかそれ、駄目っぽいよ!!」

 

「無茶言わないでください!」

 

井ノ上さんは床に横になりながら相手に反撃する。

 

「ハチぃ!何とかして!!」

 

「アイヨっと!!」

 

俺はスモークグレネードを相手の足元近くに投げる。

グレネードから発煙し、一時的に砲火が止まる。

 

「中に入ってきたあのふたりは俺に任せろ。ふたりは着ぐるみを連れて通路へ急げ!」

 

三人は右側から回り込み通路へ移動していく。

 

それを見届けてから腰につけたナイフを手に取る。

これはただのナイフではなく、電流が流れるいわゆるスタンナイフと言われるものだ。

刀身を相手の首辺りにあてて柄に付いているボタンを押せばかなりの電流が流れる。若干、電力に不安があり2〜3人にしか使えないが確実に相手の意識を奪い行動不能にできる。

俺は左側から相手の後ろに回り込むように移動し、男の首筋にナイフの刀身をあてボタンを押す。

男は気絶するが、うめき声を上げたため、もうひとりの赤い帽子を被った敵が俺のいる方向に銃を向ける。

まだ煙が晴れていないため、フレンドリーファイアを恐れてか発砲はない。

通路側からも戦闘の音が聞こえる。手早く済ませる必要があるな。グレネードの音も聞こえたし不安も残るが小さく千束の声が「ほい!」とも聞こえていたので大丈夫だろう。

 

煙が晴れ、赤い帽子男と対峙する。

 

「何なんだよお前ら!なんだおまえは?!」

 

赤い帽子の男が叫ぶとライフルの銃口をしっかりと俺の方に向ける。

 

「さぁな?俺が知りたい。」

 

「ふざけるな!!」と激昂し、ライフルを発砲する。

俺はそれを、左右に移動しながら避けていく。

弾切れを起こした瞬間に男に接近し、男のみぞおち辺りに左の掌を押し付ける。男は怪訝な表情を浮かべるが、次の瞬間、男のみぞおち辺りから鈍い音がなり男は倒れる。

さっきの鈍い音は俺の左側のリストブレードから非殺傷弾が炸裂した音だ。かなり、痛いだろう。

 

二人の方も終わっただろうか?戦闘音が聞こえない。

 

「ん?」

 

倒したばかりの男を見ると右の脇腹から出血している。

止血はしとくか。

手当しようと男の服をたくし上げたとき男の意識が戻る。

 

「な、何をしている?」

 

俺は「手当て。」と簡潔に答えるが「ふざけているのか!」と男が聞き返してきたため、少し脅してみる。

 

「じゃあ、死ぬか?」

 

手当していた手を止め、右のリストブレードから「シャキンッ」と音を立ててブレードを出し相手の首に刺さりそうなくらいに近づける。

もちろん俺に、殺す気はサラサラないがそれを知らない男は「や、止めてくれ。」という。

 

通路側から千束が話しかけてくる。

 

「ハチぃ、終わった?」

 

「今、応急処置してるところだ。先に行ってろ。俺もすぐに合流する。」

 

「OK!たきな、行こ。」

 

その時井ノ上さんから声がかかる。

 

「敵の増援が来る前に脱出しましょう!囲まれますよ。」

 

「千束と先に行ってて。」

 

俺がそう言うと井ノ上さんは千束を追う。

 

「なぁ、あんた。家族はいる?」

 

「いる。」

 

「晩メシは?家族と?」

 

「そうだな。」

 

「いいねぇ、羨ましい。」

 

「?」

 

「あんたが死んだら泣いてくれる人がいるってことだ。」

 

「だが、仲間たちは、お前らに。」

 

「あぁ、そのへんは大丈夫。たぶん誰も死んじゃいないよ。激痛で気を失ってるか動けなくなってるだけだから。」

 

「!」

 

「大事にしなよ。家族も・・・仲間も・・・自分の命も。」

 

応急処置も終わったため、「肉食えよ、肉。」と言いながらその場を後にしようとしたとき、「待て」と声がかかる。

 

「そっちは止めろ!ウチのハッカーのドローンが見ている。待ち伏せしているぞ。」

 

「!!・・・千束!井ノ上さん!外に出るな!!」

 

俺は急いで二人に耳につけた通信機で指示を出すが、次の瞬間銃声が聞こえる。

 

通信機から井ノ上さんの声が聞こえる。

 

「失敗です。護衛対象は死亡です。」その後、ボスからの指示も入る。

 

「ふたりとも無事か?」

 

俺は二人の安否を確認する。

 

「私達は大丈夫。だけど、ウォールナットさんが・・・」

 

「取り敢えず、そこで待機していてくれ。」

 

俺は通信を終わらせ、男に向かっていう。

 

「これで、あんたらの任務は成功。おめでとう。」

 

俺はパチパチと男に向かって拍手を送る。

 

「逆に、お前らの任務は失敗だ。どうする?今度こそ俺を殺すか?」

 

「別に殺さないよ。だってまだ、任務中だからね。」

 

「なんだと?」

 

「まぁ、知らなくていいこともある。おたくらには、依頼主にウォールナットを確実に殺したことを伝えてくれよ?ちゃんとね?」

 

俺はそう伝え、今度こそその場を後にする。

 

__________________

 

私たちは先生が手配した救急車に並んで座っている。

目の前には撃たれて血だらけになっている着ぐるみの姿がある。

 

「すみません。」とたきなが浮かない表情で謝ってくるが、私は直ぐに「たきなのせいじゃない。」と否定する。

 

そんなとき隣りに座っているハチが、変なことを言い出した。

 

「そんな死にそうな顔すんなよ。結局は誰も死んじゃいないんだから。」

訳がわからなかったが次に、聞こえるはずのない声が聞こえる。

 

「もういい、頃合いじゃないか?」

 

「「?」」

 

たきなとふたりでハチの方を向くと私達の目の前でありえないことが起こる。

力なく横たわっていた着ぐるみが突然動き出し頭の部分を取り外したのだ。小気味よく「スポーン」となったと思ったらそこには、メガネを外したミズキの顔があった。

 

「ぷっはぁ〜〜。」

 

たきなといっしょに信じられないという顔をする。

 

「えぇ!!!」

 

「あっつぅ〜。ビール頂戴。」

 

ミズキはそんな私達とは裏腹にビールを要求すると、運転手のほうから缶ビールが投げ込まれ、ミズキそれをキャッチする。

私は今何を見ているの??

 

「ミ、ミズキ?え、あ?あっなんで??」

私は混乱しミズキに説明をするように求めるが運転席の方から先生が、「落ち着け。」と言ってきたため、更に混乱してしまう。

 

「えぇ!!先生っ!!!」

 

ミズキは喉を鳴らしながらビールを飲みこんでいく。次に、着ぐるみが防弾であることを説明するがもっと別のことを説明してほしい。

 

たきなから純粋な疑問があがる。

 

「あの、ウォールナットさん本人は?」

 

「そうだよ?!どこ行った?」と、たきなの疑問を肯定しながら聞くと、助手席にあるケースが開き女の子の声が聞こえる。

 

「ここだ。」

 

「追手からの逃げ切る一番の手段は死んだ思わせること。そうすればそれ以上は捜索されない。」

 

「では、わざと撃たれたんですか?」とたきなが聞くとどうやら先生のアイデアみたいだ。

 

ケースの中からVRゴーグルのようなものをかけた黄色の長髪の幼女が出てきた。

 

「やっぱりそこにいたか。」と、隣りに座っているハチが言う。

知ってたってこと?!

 

ゴーグルを外しながらこちらを振り向き、

 

「想定外の事態にきちんと対処して、見事だった。」

 

私は混乱し続けているが、最初に確認しなければならないことがある。

 

「ちょっと待って!色々聞きたいことあるけど、つまり、その、予定通りで誰も死んでないって、こと?」

 

ミズキが肯定すると、私は安心して体の力が抜ける。

 

「よぉかった〜〜。みんな無事で。」

 

「この子金払いめっちゃ良いから命賭けちゃったよ!」

 

私は感極まってウォールナットに抱きつく。

 

________________

 

喫茶店に戻ってから千束はカウンター席にいじけながら座っている。

 

「いい加減、機嫌直せよ。いつまでいじけてる気だ?」

 

「事前に、教えてくれても良かったんじゃないんですかね?というか、ハチは知ってたの?」

 

急に隣りに座っている俺に向かい言ってくるが俺は事実を言う。

 

「いや、俺もなにも知らされていなかったよ。車で逃走している途中で気づいただけだ。それに、言っただろ?車がハッキングされたとき、5人で仲良く海水浴することになるって」

 

「なるほど、その頃から既に気づいていたというわけか。」

 

ボスに対してその時はまだ確証はなかったことと、井ノ上さんがスーツケースを盾にしたときのウォールナットの発言で確証を得られたことを伝えると、「流石だな。」と言われた。

 

「俺には言ってくれても良かったと思うんですけど。」

 

「君なら途中で気づくと思ってたからね。」

 

報告、連絡、相談が欲しかったところだが信頼の証として受け取っておこう。

俺がボスと話していると千束とミズキさんがじゃれ合っている。

どうやらミズキさんが千束が泣いてなんとも言えない顔をしているところを隠し撮りし、千束がそれを消そうと躍起にやっていた。

 

そんなとき井ノ上さんが声を上げる。

 

「やっぱり、命大事にって方針無理がありませんか。あのとき、キチンと3人で動けていれば今回のような結果にはならなかったはずです。」

 

「目の前で人が死ぬのをほっとけないでしょう。」

 

千束がそういうが井ノ上さんの表情は険しいままだ。

 

「わたしたち、リコリスは殺人が許可されています!敵の心配なんて。」

 

「許可されているから殺すの?」俺は我慢できずに尋ねる。

 

「どういうことですか?」

 

「いや、言葉通りの意味。今の君の話しを聞いていると、敵であれば容赦なく殺すべきだって、そう聞こえるんだよね。」

 

俺は紅茶を飲みながら言う。

 

「その通りです。情けをかける必要はありません。」

 

「それがどんな善人でも?」

 

「?、善人であれば殺されることはないと思います。」

 

「そんなのわかんないじゃん。どんな善人でも生きている限り何処かで誰かの恨みを買うこともある。その恨みを持つ人が君に殺しの依頼を出し、君は殺人許可証を持っているから依頼通りその善人を殺す。あら、びっくり。悪人に加担してしまったね。」

 

「わたしは!!!」

 

井ノ上さんが叫ぶが、俺は淡々と告げる。

 

「死んだ人は生き返らない。それが世の常であり、覆らない事実だ。人を殺せば恨みが生まれる。その恨みがまた新たな恨みを生む。そうやって、負の連鎖が起きていく。だから、この世から戦争や紛争といった争いはなくなることはない。循環しているからね。まぁ、戦争がビジネスになるってこともあるけど。」

 

俺はあの記憶の中での戦いを思い出す。血で血を洗うような戦いだ。

 

「何が言いたいんですか?」

 

井ノ上さんは俺を睨みつける。

 

「今回、俺たちが相手にした奴ら。今回は敵だったってだけ次は、味方になるかもしれないし、もう会うことはないかもしれない。そして、今回は、誰も死ななかったから良かった良かったで、イイんじゃない?」

 

井ノ上はまだ不安そうだが、ボスが団子を出し空気を変えようとしてくれる。

 

「あぁ〜。先生、甘いもので買収するつもりぃ〜。」

 

「いらないか。」

 

「ううん、食べますぅ。」

 

千束の機嫌は治ったようだ。

 

「ハチ、座敷に座布団だしといて。」

 

「はいはい。」

 

せっかくボスが取った機嫌を損ねないように適当に返事をし、座布団を取り出すため襖をあける。

 

「……………。おい、誰だこんなところに黄色のリス型ロボットをおいたのは??」

 

襖の上の段が俺の知らない空間になっていた。

俺の声が気になって千束が来た。

 

下の階からミズキさんの「ウチでしばらく匿ってくれって、あんまり散らかすんじゃないよ〜。」という声が聞こえてくる。

 

「それで、君?ここに住むの?」

 

「お前らの、仕事を手伝う条件で。言っとくが、格安なんだからな。」

 

日本一のハッカーが味方になるとは。

まさか、ボス。始めから狙ってたな?

俺がそう思ってると千束がウォールナットに取引現場の写真を見せ、探してほしいとお願いする。

 

「今日から仲間ね。名前は?」

千束が聞くと「ウォールナット」と答える。

しかし、その人物は死んだことになっているから本当の名前を教えるように言う。

 

「くるみ。」

 

まぁ、相手はハッカーだ十中八九偽名だろう。

日本語になっただけだし。

 

千束は「よろしく、くるみ!」と嬉しそうにしながらウォールナットもといくるみに抱きつく。

俺は後ろに気配を察知し飛んでくるであろう物体を避ける。千束も避けてしまったため、くるみに当たる。飛んできたものは井ノ上さんのツインテールが崩れているためヘアゴムだとわかる。彼女が俺と千束のどちらを狙ったのかはわからないが、避けられたことで驚いている様子だ。

 

後ろでくるみがデコを押さえて唸っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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二輪の彼岸花と一緒に本部まで行くことになった暗殺者の話

 

わたしは、洗面台で顔を洗いながら、あの時(銃取引)のことを思い出す。

鏡を観て右頬を確認するが痣は綺麗にひけたようだ。

向こう側から千束さんの声が聞こえる。

わたしは、聞こえるように少し大きめの声で返事をする。

 

「たきなぁ~。お店開けるよぉ。」

 

「はい、今いきます!」

 

今日も喫茶リコリコは変わらずに営業していく。

 

 

__________

 

今日も無事、喫茶リコリコの営業は終了する。

後は、片付けと簡単な明日の仕込み作業だけだ。

しかし、今日は店が閉店しても店のなかには従業員と常連客が数人残っている。

なぜなら今日は、閉店後に定期的に開催される常連さんとのボドゲ大会なのだ!

リコリコの従業員はそれぞれ閉店作業をしていき、それが終わり次第、ボドゲ大会に参加していくのがいつもの流れだ。

 

千束は、店のドアに付いてる札を営業中から準備中に変えて高らかに宣言する。

 

「っというわけでぇ、閉店ボドゲ会!すたぁと!!!

 

「「「「「「いぇえ~~~~~~い!!」」」」」」

 

今日の常連さんは6人。この中には漫画家さんもいたり、刑事の阿部さんもいる。

そして、何気にクルミも混ざっている。以前参加したとき、余程楽しかったのだろうか?ボドゲ会があるときは、必ずタイマーを設定し、時間厳守で一階に降りてくる。

 

「締め切り明日って言ってたっすよね。」

「今日のあたしには関係ないし。」

「止しましょう。仕事の話しは。」

「実は、自分も勤務中で。」

「刑事さん、ワルだねぇ。」

「早く、始めましょうよぉ。」

「じゃ~、順番決めるぞ~。」

 

常連さんとクルミはちゃぶ台を囲んでゲームを始めていく。

 

「ねぇ、たきなも一緒にやろうよぉ。レジ締めなら私も手伝うから~。ハチも~。」

 

千束は俺と井ノ上さんに声をかける。

俺は勿論、参加するつもりだ。

こういってはなんだが、ゲームは少し得意だ。心理戦が絡んでくるものならば勝率はさらに高くなる。

 

「ちょい待ち、あと、10分程度で終わるから。それから参加するよ。」

 

「もう、終わりました。レジ誤差ゼロ。ズレなしです。」

 

「はや~。」

 

井ノ上さんは、淡々と作業を進めていく。

 

常連の皆さんも井ノ上さんをゲームに誘うが「いえ、結構です。」と、振り返りもせず店の奥に行ってしまう。

 

「おじさん、多すぎなのかなぁ。」

「恥ずかしのよ。お年頃。」

「店で遊ぶ方がおかしいんだけどね。」

「そうかぁ~?」

 

俺と千束は目を合わせて、千束は井ノ上さんの後を追い、俺は明日の仕込みを出来る早く終わらせるために奔走する。

 

___________

 

 

仕込みも終わり、俺も店の奥に移動する。

奥ではボスが千束に対し、健康診断と体力測定は済ませたか確認している。

千束は答えに詰まっている。

あいつ、さてはまた忘れてたな。

俺は、千束の後ろから声をかける。

 

「おまえ、また忘れてたのか?ボスも前から確認してくれてただろ?」

 

「いやぁ、あんな山奥までいくのだるいしぃ。」と、文句を言うが健康診断と体力測定はライセンスの更新に必要ということを改めてボスが千束に説明する。

この会話も聞きなれたな。

 

「うえぇ。そこは先生、上手く言っておいてよぉ。先生の頼みなら聞いてくれるでしょ~。楠木さん。」

 

「楠木さん。」という言葉に反応したのか、突然女子更衣室の扉が開く。

 

「指令と、会うんですか?」

 

その瞬間、千束は驚愕する。突然ドアが開いたことに関してではなく、井ノ上さんの格好だろう。

途中であった。何がとは言わないが。

 

「うおぉ!バカ!!ふくぅ!!!」

 

千束は器用に足で更衣室のドアを閉めてら両手で俺の両頬を挟み勢い良く90度右に回転させる。

 

「いでぇぇぇ!!!」

 

俺は思わぬ激痛にその場にうずくまってしまう。

あれ?今俺の首ついてるよね?

首を擦りながら立ち上がると千束からの謝罪の言葉が。

 

 

「ご、ごめん。急で、思わず・・・。」

 

「今の俺、悪くなくない?」

 

千束が再び「ごめん」と言ってくる。

というか、ボス。あんた目をそらしただけだったな。ずるい。これだから、大人ってやつは。

そんな風に思っていると再びドアが開く。

俺は今度こそ、自身の首を守ろうと防御体制に入るが井ノ上さんはすでにリコリスの制服姿であった。

 

「「はやっ。」」

 

俺と千束のセリフがハモる。

 

「私も連れていってください。お願いします。」

 

井ノ上さんが頭を下げてくる。

 

「お願いします。」

 

井ノ上は本部への復帰を強く望んでいると以前から知ってはいたがこれほどか。

 

「分かったよ、たきな。」と、千束も了承する。その後、ボスから「丁度良い。」と声がかかる。

 

「史八、君も明日、DA本部に行ってくれ。」

 

「嫌ですけど?」

 

俺は条件反射で返事をする。井ノ上さんには悪いが俺はDA本部などに行きたくはない。いや、正確には行くのは構わない。ただ、大嫌いなあの人(楠木)と会いたくないのだ。

 

「残念だか、そんなわけにもいかなくてな。楠木から直々だ。なんでもライセンスの件で話があるそうだ。」

 

俺は絶望で手を床につける。

そんな俺の肩に千束はポンっと手をおく。

 

「じゃ、明日三人で行こっか!」

 

俺の久方ぶりの休日が音を立てて潰れた瞬間であった。

 

_____________

 

「で、話しってなんだよ?」

 

千束から「話しがある。」ということだったため俺は家で紅茶を飲みながら千束に尋ねる。

千束は、最初、「コーヒーがいい。」と言っていたが今は黙って俺の淹れた紅茶を飲んでいる。

 

「たきなのことなんだけど。」

 

「井ノ上さんの?」

 

大体は予想できていた。千束は想像以上に優しいし、面倒見がいい。

だから、本部への復帰を願ってる井ノ上さんの力になりたいのだろう。

 

「うん。どうしたら、たきなをDAに復帰させてあげられるかなって?」

 

俺は腕を組み少し考える素振りをする。

 

「復帰ねぇ、お前はそれでいいのか?井ノ上さんが本部に復帰すれば自動的にペアは解消されるけど。」

 

「私も、たきなとは離れたくないよ。いい子だし。まだ、出会って数ヵ月だけどせっかく仲良くなったし。」

 

「ならなんで?」そう聞こうとする前に千束の口が開く。

 

「でも、たきなが望む場所はここじゃない。悔しいけど、私はたきなの居場所にはなれないし、それを提供する力もない。だから、ハチにも協力してほしいの。」

 

「協力は、勿論するが。」そう言った瞬間、千束の顔がほころぶ。だが、次の俺のセリフを聞いたとたんに暗い表情になってしまう。

 

「井ノ上さんが直ぐにDAに戻るのはほぼ不可能。いや、全くないと言ってもいい。」

 

「なんで?!」

 

千束はおもむろに立ち上がり理由を求める。

そんな彼女に座るように言ってから復帰が不可能である理由を伝える。

 

「理由は2つある。ひとつは勘違いの可能性があるから。」

 

 

「どうゆうこと?」

 

「前に、ボスから聞いた話なんだが、井ノ上さんが初めてリコリコに来たときに言ったらしい。」

「「ここで、成果を挙げ本部への復帰を果たしたい。」ってな。」

 

「これのどこが勘違いなの?」

 

「この発言自体が勘違いの可能性がある。」

 

「?」

 

「いいか、井ノ上さんは任務で命令無視をしてリコリコに左遷になった。ここまではいいか?」

 

「うん。」

 

「確かにこれだけだったらここで頑張っていけば本部への復帰も叶うだろう。」

 

「なら!」と千束が言うが、俺は2つ目の理由を伝える。

 

「ここで問題なのが2つ目の理由だ。前に、ちょっと気になってボスに例の銃取引の件の報告書を見せてほしいと頼んだことがある。」

「その報告書を見ると少し不可解な点があった。」

 

「不可解な点?」

 

「銃取引の時、セカンドのリコリスが人質になったのは覚えているか?」

 

「覚えてるよ。それで私たちに2人が呼ばれたんだよね。」

 

俺は頷きながら話しを続ける。

 

「不可解な点は、そのリコリスが人質になったところから井ノ上さんが機銃掃射するまでのことが全く記録されていなかった。」

 

「!?」

 

千束も気づいたようだ。本来、どんな会社や企業でも報告書は分かりやすく正確には記録しなければならない。勿論DAもそうだ。しかし、記録には残っていない。リコリスが一名人質になっているのにもかかわらず。

 

「分かるか?つまり、当時俺たちが現場に向かうまでに何かあったんだ。誰にも知られちゃいけない何かが。」

 

「つまり、その「何か」をDA本部は隠蔽するためにわざとたきなを異動させたってこと?」

 

「絶対ではないが、可能性は高いだろうな。しかも、成果を挙げたら戻すなんてあの人(楠木)が言うと思うか?」

 

「そんな。」

 

千束は泣きそうになりながら目を伏せる。

 

「まぁ、今のは俺が言ったただの推測であって、絶対じゃない。まったく、見当違いだって可能性もある。」

 

俺は元気づけるように千束の肩を軽く叩きながらいう。

 

「ありがと。」

 

千束は少し笑うと、急に紅茶をイッキ飲みし「よ~し!!やるぞぉ~!」と声を挙げる。

 

「やるって何を?」

 

「分かんないけど、とにかく出来ることは全部やる!!」

 

千束に気合いが入ったようだ。

やっぱりコイツはしょげてるより元気な方が良い。

元気すぎるときは大抵こっちが困るが。

 

「俺も、丁度明日の司令官殿と会うから、井ノ上さんに会ってほしいと言ってみるよ。それで、解決はしないだろうけど、せっかく、本部まで行ったのに目的の人と会えないんじゃあ可愛そうだからな。」

 

「お願いね!」

 

 

「・・・ところで。」

 

「?」

 

「千束、お前いつ帰るの?」

 

「あれっ?今日も泊まっていくって言ってなかったっけ?」

 

「・・・。」

 

千束は「てへぺろっ」っと可愛く舌を出す。

 

 

 

 

夜が今日もふけていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、ということで前回は長すぎたので今回は前回より短めに。

リコリスリコイル第8話、皆さんも見ましたか?
面白かったですよね。回を追う毎に面白くなっていく気がします。

では、とつぜんですが、皆さん目をつぶってください。
千束ちゃんが逆立ちした時に太ももに目がいき動画を一時停止した人。素直に挙手。


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雨のち晴れな話

 

翌日

 

DA本部へ向かうため俺たちは電車に乗っている。

今日は朝から雨が降っている。

千束はメモ帳に何か書き込んでいる井ノ上さんに話しかける。

 

「楠木さんに、なんて言うの?」

 

「今考えています。」

 

おそらく、楠木に言う言葉を纏めているのだろう。

井ノ上さんの性格なら昨夜から考えていると予想が出来る。

そんな、井ノ上さんに千束は「飴いる?」と制服のポケットから飴を取り出しながら尋ねるが、即座に、断られてしまう。

千束は苦笑いしながら、取り出した飴の自分で食べようと包装紙を外す。

 

「これから、健康診断だろ。止めておけよ。」

 

「一個だけだしぃ。」

 

一個でもダメだろ。と思うが、井ノ上さんからの援護射撃が入る。

 

「糖分の摂取は血糖・中性脂肪・肝機能・他の数値に影響を与えます。」

 

そう言いながら、チラッと千束の方を向くと千束は取り出した飴玉をしまう。

 

「はぁい。」

 

 

目的地の駅に到着したため、電車から降りる。

 

駅には既に黒のワンボックスカーが停車しており、DAの職員であろう女性が傘を指しながら車の前で待っていた。

 

「お待ちしておりました。錦木様、井ノ上様、そして大神様。」

 

俺はリコリスじゃないから「様」なんて付けなくてもいいのにと思いながら車に乗る。

車は本部に向かって走るが、本部に近づくとゲートの前で車が停まる。

千束は外に設置されている監視カメラに舌を「べ〜。」っと出す。

 

 

ゲートが開いてから少し奥に進むとDA本部が見えてくる。

 

DA本部に入ると身体検査のゲートをくぐるために、リストブレードを外してからゲートをくぐる。

その後、顔認証端末に自身を認証させる

特に、問題なかったため、リストブレードを再び両手首に付けフードを被る。

 

千束と井ノ上さんも特に問題なく通過して、一緒に奥に進んでいく。

 

 

「なんで、フードを被るのですか?」

 

そうか、彼女は去年まで京都にいたから知らないのか。

 

「ハチってば、昔からここ(DA)に来るときはフード付けてたから素顔を晒してると「誰?あれ?」ってなっちゃうの。」

 

「こうしていれば、「また、はぐれ(・・・)が来てる。」ってなって後々、めんどくさくないんだよ。」

 

「はぐれ?」

 

ここ(DA)での、俺の蔑称。「はぐれ」とか「ローグ」とか耳にしたことない?」

 

「いえ。」

 

「まぁ、俺もここには頻繁に来ることもないし、去年からこっちにきた井ノ上さんが聞いたことなくても不思議じゃないか。」

 

「まったく、失礼しちゃうよね。「はぐれ」なんて。ハチはDAに協力してあげてるのにさ。」

 

「まぁ、協力者なんて聞こえは良いけどリコリスからすれば俺ははぐれ者だからな。気付いたらそう呼ばれてたけど結構、的を射てるから感心したゃったよ。」

 

「ハチが、そんなこと言ってるから他のリコリス達に色々言われちゃうじゃん。」

 

「言わせたい奴には言わせときゃーいいんだよ。」

 

そのような会話をしながら道なりに進んでいくと、受付が見えてくる。俺たちは受付スタッフに話しかける。

 

「錦木さんは、体力測定ですので隣の医療棟へ。大神さんは、楠木指令から呼び出しが掛かっていますが現在、指令は会議中ですので30分ほどお待ち下さい。指令が戻り次第、棟内放送でお知らせします。」

 

あの人、人を呼びつけておいて待たせるつもりかよ。

まぁ、いいけど。

 

受付スタッフの人は井ノ上さんに話しかけて、何の要件か聞く。

 

「楠木指令にお会いしたいのですが。」

 

「先ほど申しあげましたように指令は会議中ですので。」

 

「じゃ、俺の要件が終わり次第井ノ上さんに声をかけようか?」

 

その時、俺たちの後ろを歩くセカンドとサードのリコリス数人の声が聞こえてくる。

 

「あれ、ほら味方殺しの。」

「DAから追い出されたんでしょう?」

「組んだ子みんな病院送りにするんだって。」

「おっそろし。」

「命令無視したんだってぇ。」

「えっ、なんでそんなことするの?」

 

などと、ありもしない話しを口にしている。

千束にも聞こえたのか、「なんだ、あいつらぁ。」と井ノ上さんの陰口を言っているリコリス達のもとへ向かおうとするが、無言で俺はそれを止める。

 

「なんで?!、止めないでよ。ハチ!!」

 

「お前が今、奴らに何を言ったところで焼け石に水だ。根本的な解決にゃ~ならん。」

 

「でも~。」

 

千束も分かったのかそれ以上は何も言わない。

 

「大神さん、わたし訓練所に居ますから終わったら呼んでください。」

そう言い、走って行ってしまう。

 

「どうやら、さっきのみたいな噂がDA内で流れてるな。」

 

「どうして、そんなありもしない噂が?」

 

「噂ってのは一人歩きするものだ。人の口に戸は立てられぬ、と言うことだな。」

 

「なんとか出来ない?」

 

「う~ん。努力はしてみるよ。」といい、千束と別れる。

 

___________

 

 

DA内を散歩していると、やっぱりさっきの井ノ上さんのありもしない噂が聞こえる。これ以上は噂が一人歩きすればさらにありもしない噂が産まれてしまう。そうなれば井ノ上さんがここに復帰しても肩身が狭くなってしまうだろう。

そんな時に、棟内放送が流れたため指令室へ向かう。

 

部屋の扉の前に立ちノックをする。

 

「入れ。」と了承が得られたため、扉を開き大嫌いなこの人に軽く挨拶をする。

 

「ど~も。お久しぶりです、楠木さん。呼び出されてしまったので来ましたよ。ライセンスの件でって何ですか?」

 

「ご苦労だったな、大神。早速だが、先日貴様が提出したライセンス更新の書類に不備があってな。それを修正してもらう。」

 

俺はリコリスではないので今回の千束のように健康診断や体力測定、その他諸々の検査などは受ける必要はないが、DAでライセンスは取らせて貰っているため定期的に書類上でのライセンスの更新の手続きが必要なのだ。

 

「それだったら、郵送なりで、支部のほうに送って貰えれば良かったじゃないですか?」

 

「そうか、それは思い付かなかった。次回からはそうしよう。」

 

この人、絶対にわざとだ。確信犯だ。

これは、単純に俺への嫌がらせだ。

まぁ、いい。今日は俺からこの人に用があってここに来たのだ。

 

俺は、手早く書類を修正してから提出する。

楠木はそれに目を通してからその書類を机の端のほうへ放る。

「では、これでこちらの要件は終了だ。もう帰って良いぞ。」

 

そういいながら、楠木はペンをもち何らかの作業を始める。

いつもだったら、喜んで帰っていただろうが今日はそうゆうわけにもいかない。

 

「ちょっと待ってくださいよ。少しお願いを聞いて貰ってもいいですか?」

 

「お願いだと?」

 

楠木はこちらを見ずに作業を続けるが俺は、構わずにその場から一歩後ろへ下がり両膝と両手を床につけ、頭を下げる。

所謂、土下座だ。

 

楠木は俺が自分に頭を下げている事実に多少なりとも驚いているようだ。ペンが止まっている。

 

「何をしている?」

 

「貴方にお願いをしています。」

 

「どうゆうことだ。」

 

「今現在、DA内部に流れている井ノ上さんの噂を貴方に否定してほしい。貴方が否定してくれれば、リコリス達もそれ以上何も言わなくなる。」

 

「必要性を感じないな。」

 

楠木は再びペンを走らせる。

 

やはり、この人は井ノ上さんをDAに戻す気がない。今の発言で確定した。ならば、こちらも手札を切ろう。

俺は頭を下げたまま言葉を続ける。

 

「ウォールナット。」

 

再びペンが止まる。

 

「知っていますか?ネット黎明期からいる凄腕ハッカー。」

 

今、そいつはウチでゴロゴロしているが、楠木には想像も付かないであろう。

 

「それがどうした?」

 

「いえ、そんな凄腕ハッカーならDA最強のAIであるラジアータもハッキング出来るんじゃないかと思いましてね。」

 

楠木は何も言わない。

 

「以前、うちのボスから例の銃取引の報告書を見せて貰いました。そこにはセカンドのリコリスが人質になったにも関わらず、人質になってから井ノ上さんが機銃掃射をするまでの記録がありませんでした。何があったんですか?」

「もし、この「何か」がラジアータをハッキングされ、通信障害を起こしていたら、」

 

俺は言葉を続けようとするが楠木に阻まれてしまう。

 

「たきなの左遷は理不尽だと、そう言いたいのか?」

 

俺が黙っていると「話しにならんな。」と言ってから再びペンを取る。

 

「今のは、全て貴様の妄想だ。証拠も何もない。」

 

「確かに今、俺が言ったことは俺の妄想です。証拠も証言も証人もいない。でも、綺麗に話しが繋がっていると思いませんか。」

「ラジアータがハッキングされ通信障害が起きる。それを、あなたは上層部に隠すために現場で起きた井ノ上さんのスタンドプレーに全ての責任を負わせ本部で何かしらの行動を起こす前に支部へ左遷させる。」

 

「ふっ、確かに綺麗に繋がっているな。探偵にでも転職したらどうだ?」

 

「勘違いしないでください。俺は井ノ上さんの左遷についてとやかく言うつもりはありません。貴方の立場は分かっているつもりですし、こちらに労働力を渡してくれて感謝してるぐらいです。」

 

「だったら、別に構わないだろう。」

 

「だから、最初にお願いをしているんです。身内がここに復帰したがっている。でも、ここにはありもしない噂が流れてしまっている。貴方は井ノ上さんをここに戻すつもりがないのでしょう。だったらせめてありもしない噂ぐらい消してやりたい。」

「それがダメなら、せめて今日これから井ノ上さんに会ってやっては貰えませんか?お願いします。」

 

これでもダメなら了承が得られるまでここに居座ってやる。

 

「私はそれほど暇ではない。」

 

やはりダメか。

 

「だが、このまま貴様にここに居座られても目障りだ。たきなに会いに行くとしよう。だが、会うと言っても私が意見を変えることはない。」

 

「はい、有難うございます。それで構いません。後は、彼女の問題ですので。今、井ノ上さんは訓練所に居るみたいですから行きましょう。」

 

俺はそう言って立ち上がり、楠木とともに訓練所に向かう。

 

 

___________

 

 

訓練所に近づくと、千束の声が聞こえてくる。

中に入ると千束と井ノ上さんの他にファーストとセカンドのリコリスが一人ずついて千束と何か言い争っていた。

 

「井ノ上さん、司令官殿を連れてきたよ。」と声をかけると、全員の視線がこちらに集まる。

 

セカンドのリコリスが俺に対して「誰?」と言ったが隣にいたファーストのリコリスは俺のことを知っていたのか「こいつは、はぐれだ。」と説明してくれる。

 

「へぇ、コレが。私達の協力者ですか?」

 

俺は「よろしく。」と握手をしようと手を差し出すが、パンっと手を弾かれてしまった。

ちょっと痛い。

 

「はっ!よろしくするわけねぇだろ!!雑魚が!」

 

セカンドのリコリスがそう言うと千束の雰囲気がガラリと変わる。まずい、マジギレ5秒前だ。

 

「おい、小僧。」

 

「千束、止めろ。」

 

「なんで?!あんなこと言われて悔しくないの?」

 

「別に。彼女の言っていることは本当のことだからね。俺、弱いもん。」

 

「いや、ハチは!!」

 

千束は何か言いかけるが、おれは千束の頭に手を置く。

 

「ありがとな。お前が、俺のために怒ってくれるだけで救われてるから。」

 

俺がそう伝えると千束はそれ以上は何も言わない。

 

井ノ上さんは俺たちの横を通り抜けて楠木の前に立つ。

 

「司令!わたしは銃取引の新情報となる写真を獲得し提出しました。この成果ではまだ、DAに復帰出来ませんか?」

 

「復帰?」

 

「成果を挙げればわたしはDAにもどr」

 

「そんなことを言った覚えはない。」

 

「そんな・・・。」

 

そんな時、空気が読めないのかセカンドのリコリスが煽ってくる。

 

「諦めろって言われてるの。まだ、わかんないんスかぁ。」

 

千束が、食いつくが「流石、電波棟のヒーロー様。噂通り、迫力がありますねぇ。」と、千束に対しても煽りをいれる。

ちょっとイラついてきた。

 

ファーストのリコリスはこれから訓練なのかセカンドのリコリスに話しかける。

 

井ノ上さんがファーストのリコリスの腕をつかむが、振り払われる。彼女が井ノ上さんの元相棒なのだろうか?どこかで見たことあるような気がするが?

 

「あのときぶん殴られたので理解されなかったのか。だったら言葉にしてやる。」

「お前は、もうDAには必要ないんだよ。」

 

「やめろ!フキ!!」

 

「まだ理解できないかぁ、なら、今から模擬戦でぶちのめして分からせてやるよ。」

 

「おぉおぉおぁ、いぃじゃ~ん!たきなぁ!やろう!やろう!!」

 

セカンドのリコリスは「あれぇ、ビビってんスかぁ?」と井ノ上さんを煽るが、彼女は走って何処かに行ってしまう。

 

「千束、井ノ上さんを。」

 

「うん。」

 

千束は井ノ上さんを追いかける。

千束が去るのを見て楠木が話しかけてくる。

 

「これで良いだろう?」

 

「どうも。欲を言えばもっと言葉を選んでほしかったですけど。」

 

俺は2人の後を追うために扉のほうに進むと背中からセカンドのリコリスの声が上がる。

 

「味方を殺したときの気持ち、あんたから聞いておいて貰えないっスか~?あはははは!!」

 

その瞬間、俺の中の何かがぶちギレる音がした。

 

「俺は、俺のことをどう馬鹿にされようが雑魚と罵られようがそれは事実だから特に何も感じないが、」

 

俺は振り返り、ふざけたことを言うセカンドのリコリスの前に立つ。

 

「身内のことを馬鹿にされてヘラヘラしてるほど人間出来てない訳じゃないんだよ。」

 

「へぇ、ヤる気っスか?」

 

「やらねぇよ。」

 

「?」

 

「俺がやっちまったら井ノ上さんがやれなくなっちまうだろうが。」

 

俺は再び振り返り、扉のあるほうに向かって歩き出す。

 

「あはは!結局、あんたも逃げるんじゃないッスか!!カッコ悪ぅ!」

 

「首洗って待っとけ。」

 

 

_____________

 

俺は2人を探すため歩いていると噴水広場の方が騒がしいことに気付く。リコリス達が何やら見ているようだ。

気になってみてみると千束が井ノ上さんを抱えて「嬉しい、嬉しい!」と言いながらくるくる回っていた。

俺は、それを見守る。

 

「私はいつも、やりたいこと最・優・先~!まぁ、それで失敗してハチに叱られることも多いんだけどぉ。今は!たきなにひどいこと言ったあいつらをぶぅちのめしたいのでぇ、ちょっと行ってきますよ。」

 

千束は模擬戦に向かう途中俺に気付く。

俺は千束に時間をかけるように指示を出し千束もそれにうなずく。

 

井ノ上さんが動き出す気配はなくベンチに座ったまま。

 

「井ノ上さん。」と声をかけると井ノ上さんは、顔を挙げる。

 

井ノ上さんは俺に気付くと再び顔を伏せてしまう。

 

「すいません。指令を連れてきていただいたのにお礼も言えてなくて。」

 

「いや、別に良いよ。そんな大したことでもないし。それより、大丈夫?」

 

「大丈夫です。」

 

「大丈夫そうに見えないから聞いてるんだけど?」

 

彼女は少し間を空けて「大神さん。」と言った。

 

「わたしは何がしたかったんでしょうか?」

 

「何がとは?」

 

「数ヵ月前の銃取引の件も、ストーカー被害の件もわたしは合理的に行動しました。それが一番正しいと信じて、自分の意思で行動しました。その結果が、コレです。わたしは、どこで間違えてしまったんでしょうか?」

 

俺は思っていることを口にする。

 

「君は、・・・本当に合理的に行動したのかな?」

 

「どういう・・・ことですか?」

 

「君は銃取引の時、仲間を救いたかった。ストーカー被害の時は犯人を早く捕まえて、沙保里さんを安心させてあげたかったんじゃないかな?」

 

「そうでしょうか?そこまでは考えてなかったかもしれません。」

 

「仮にそうじゃなくても、君は君の意思で行動を起こした。それは、誇らしいことだと俺は思う。」

 

「命令違反しても、ですか?」

 

「もちろん。指示されて行動するなんて小学生でも出来る。重要なのは自分でどう考えてどう行動するかだと俺は思う。」

 

「それが、間違ってても?」

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・真実はなく、許されぬことなどない。」

 

「?」

 

「これ、俺の・・・知人?達の言葉なんだけどさ。」

 

俺は、ベンチに座っている井ノ上さんに目線を合わせるため井ノ上さんの目の前にしゃがみ込む。

 

「まぁ、その人たちが生きていた国も、時代も違うから似たような解釈がいっぱいあるんだ。弱者が強者から自由を取り戻すための教義とか色々ね。」

「でも、俺はこう思うんだよ。真実なんてないからなにものにも縛られずに考えて、行動してその結果が、自分にとってマイナスなことになっても、それを自分の糧に、時には戒めとして背負い、進んで行かなければならないって。」

 

井ノ上さんは今、色々と考えているんだろう。

 

「人生は、選択肢の連続だ。でも、数ある選択肢の中には正しい選択肢は存在しない。」

 

「全部、間違ってるんですか?」つらそうな顔で俺の顔を見ながら聞き返してくる。だが、俺はそれを否定する。

 

「違う。自分の意志で選んだあとに自身の力で正しいものに変えていくんだ。」

 

「それでも、間違えてしまったら?」

 

「安心して間違えればいい。」

 

「!」

 

「今の君はひとりじゃない。千束、ボス、ミズキさん、クルミ。頼りないかもしれないけど俺だっている。もし、君が道を間違えたり間違えそうになったりしたときは一緒に悩もう。一緒に考えよう。一緒に解決しよう。」

 

「仲間なんだから!」

 

彼女の目に光が戻ったような気がした。

彼女の中で何かが吹っ切れたみたいだ。

俺は立ち上がり、言葉を続ける。

 

「さて、もちろん今の井ノ上さんにも幾つか選択肢がある。」

「今、君の相棒が君のために君の悪口を言った相手と模擬戦をしているが、・・・君はどうする?何を選択する?」

 

井ノ上は立ち上がる。

 

「ありがとうございます。大神さん!わたし、ちょっと行ってきます!」

 

どこに行くのかと聞くのは野暮ってものだろう。

 

「あぁ、気をつけて行ってらっしゃい。」

 

俺はそんな彼女を見送り、模擬戦の結果を見届けるためキルハウスブースの様子を見に行く。

 

 

模擬戦は既に始まっていて、千束が相手のセカンドリコリスを死亡判定にしたところだった。

井ノ上さんはファーストリコリスの背後から走り寄り渾身の右ストレートをお見舞いする。

落ちていた銃を拾い、千束を挟み撃ちにするような状況になるが千束は相手を見ず、井ノ上さんの射撃に集中し、それを避ける。千束がブラインドになっていたため相手は避けられない。

井ノ上さんの放ったペイント弾は相手の頭部に当たり、その後も確実に急所を撃ち抜く。

 

「ナイスショット。」パチパチと拍手を送る。

 

 

_____________

 

「これが千束ですか?動きは初めて見ます。どういう魔術ですか?」

 

「卓越した洞察力で、相手の射撃と射撃タイミングを見抜く天才だ。」

 

モニターに映った先程の戦闘を見ながら説明する。

 

「この距離からでも、千束を撃つのは難しい。が、」

 

「それ以上の化け物も居るがな。」

 

モニターには、先程の戦闘を見て拍手をするフードを被って顔を隠した青年が映っていた。

 

 

______________

 

「お疲れ、千束。あれ?井ノ上さんは?」

 

「おつかれ〜!ねぇ、私の活躍見た?ねぇ!見た?」

 

「すまん、お前がセカンドを撃ち込んだところからしか見てない。」

 

「最後のほうじゃ〜ん。」と残念がってるがどちらにしろさっきMVPは井ノ上さんだろう。

 

「そうだ、迎えが来たらしいから井ノ上さん呼んできてくれない?」

 

「おっけ〜!」

「たっきな〜!帰りの車来たって〜。置いてっちゃうぞ〜。ふふっ、置いてかないけど〜。」

 

井ノ上さんはキルハウスにいるのだろうか、下のキルハウスから「今、行きます。」と声が上がる。

何やらあのファーストと何か話していたようだった。

 

_____________

 

帰りの電車の中、もう空は紅くなっていた。

 

千束は井ノ上さんに飴玉を差し出しながら話しかける。

 

「たきなさぁ、私を狙って撃っただろ。」

 

井ノ上さんは飴玉を受け取り、答える。

 

「きっと避けると思いましたから。」

「非常識な人ですよ。千束(・・)は。」

 

千束は敢えて何も言わないのだろう。

 

「でも、スカッとしたなぁ。」

 

「えぇ。」

 

井ノ上さんは微笑みながら言う。そこには朝にあった暗くてどことなく辛そうな感情は一切なかった。

それを見ると俺も自然と笑みが溢れる。それを見逃す千束ではなかった。

 

「なぁに、ハチも笑ったりして〜。あっ!もしかして私が居ない間になにか言ったな?たきなに何したんだよぉ〜。私というものがありながらぁ〜。」

 

「いや、何も言ってねぇよ。なぁ、井ノ上さん。」

 

「いえ、してくれましたよ。」

 

「え?」

 

「ほらぁ〜、たきなもこう言ってるぅ。何て言ったんだよ〜。教えろよぉ〜。」

 

千束のダル絡みが始まったと思ったらスマホの通知音がなる。

内容は、店のボドゲ大会が延長しているようなので間に合いそうなら連絡が欲しいとのことだった。

ボスや、クルミ、常連さんの画像も付いている。

千束も同じように画像付きで返信する。

そこには「三人で行くぜ」という返信と二人の美少女たちとまたしても無理やり画角に入れられたであろう青年の顔が映っていた。

 

 

__________________

 

 

リコリコに返信したあと、千束は不意に思い出したように言う。

 

「そういえばさぁ、もうそろそろやめない?」

 

「「何を(ですか)?」」

 

俺と井ノ上さんは千束に対して尋ねる。

 

「呼び方だよ!よ!び!か!た!」

 

「なんの?」

 

「ハチとたきなのだよ。もう数ヶ月も経ってるのにまだお互いの名字にさん付けだし。この際、名前で呼んじゃえば?ほら、たきな。ぷりーずこーるひむ!ハチ!」

 

「ハチ」は名前じゃねぇ。お前が付けたあだ名だろ。

 

「俺は別にいいけど、井ノ上さんは嫌じゃないか?」

 

「え?何でですか?」

 

「だって、井ノ上さん、俺のこと嫌いだろ?」

 

「?」

 

あれっ?

 

「え?あっいや、だって店の業務でなんか迷ってる風で俺が近くに居ても、態々ボスの方に聞きに行ってみたり前の、ウォールナットの件でも俺が車を運転するって言ったら一瞬暗くなっちゃってたし、その、沙保里さんの一件で色々キツイこと言ったから嫌われてるのかなって勝手に思ってたけど?」

 

「いえ、確かに沙保里さんの一件で、わたしの悪かったところを指摘してもらいましたが、それで大神さんからの信用は失ったなと思って、確かに距離は空けてましたけど別に嫌ってはいませんよ。業務の件は指摘された翌日で話しかけづらかっただけですし、車の件は「あぁ、やっぱり信用されてないんだなぁ」って思ってただけです。」 

 

「イヤイヤイヤ!井ノ上さんのことは信用も信頼もしてるよ。」

「え?ということは?」

 

「完全に、ハチの早とちりだったわけだね。」

 

色々と気を遣ってた俺がバカみたいだ。

俺は電車の席に座りながら頭を垂れる。

 

「残念でしたね。」と冗談混じりに言う少し成長した彼女に彼女の名前を言いながら答える。

 

「強かになったね。たきな(・・・)。」

 

「お陰さまで、ハチさん(・・・・)。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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リスにお願いを聞いて貰う話



少し、設定を変更します


 

ボクがここに来てから数週間が経過していた。

ミカから依頼されていた銃取引現場の画像を分析していたらボクがいる襖のの戸を軽く叩く音が聞こえる。

戸を開けると、そこにはモノトーン調の男物の着物を着て銀髪をたなびかせた容姿の整っている青年がいた。

 

「何の用だ、フミヤ?」

 

ボクが、そう聞くと彼はボクの部屋の中を覗き込むようにして見る。

 

「ここも、すっかり変わっちまったな。前まではもっと質素だったのに。」

 

彼は皮肉めいたことを言いながら話しかける。

 

「別に良いじゃないか。羨ましいのか?」と冗談混じりにきくが「俺は、どっかの青狸じゃない。」と返してくる。失礼なやつだ。

 

「仕事しなくて良いのか?」

 

「昼休憩に入ってるから大丈夫。ちょっとクルミにお願いがあって来たんだ。」

 

お願い?こいつが、ボクに? めずらしいこともあるものだ。

 

「なんだ?」

 

「千束とたきなの戸籍とパスポートを偽造してほしいんだ。リコリスは孤児で戸籍がないって前に千束が話してただろ?」

 

確かに以前、ここ(リコリコ)に依頼して追っ手から車で逃走している際にそのような話しはした。だが、純粋に疑問に思ったためそれについて尋ねてみる。

 

「今更どうしてだ?ふたりと海外旅行に行く計画でもしてるのか?」

 

「そんなんじゃない。ちょっとした、事情があってね。それに俺も戸籍はないし。」

 

彼は笑いながらそう言った。詳しい理由は分からなかったがボクからすればそんなもの、朝飯前だ。片手間に出来る。しかし、無償でやる気はない。

 

「別に構わないが、タダ働きするつもりはないぞ。」

 

「もちろん。報酬は払うよ。おいくら万円ほd」

 

「金じゃない。」

 

ちょうどいい機会だ。以前から気になっていたことを報酬として貰おう。

 

「お前のことを教えろ。」

 

彼の表情は変わらなかったので話しを続ける。

 

ここ(リコリコ)に、依頼を出す前に事前にここにいる人間のことは調べさせてもらった。」

 

「当然だな。相手のことをなにも知らずに自分の命を預けるやつなんていない。・・・で。」

 

「DAのこともリコリスのことも勿論調べた。千束とたきなはリコリスでミズキは元DAの情報部、ミカもDAで訓練官を勤めていたことも知っている。・・・だが、明らかに一人だけ情報が少ないやつがいた。」

 

お前だ。そう伝えると当の本人は肩を竦める。

 

「どんなに調べても解ったのはお前の顔と名前といった基本情報。DAに協力し、ここ(リコリコ)で働いていること。そして、お前に関係していると思われる単語をいくつか入手しただけだ。」

 

 

「・・・「アニムス」、「流入現象」、「エデンのかけら」。」

 

3つの単語がを聞くと、初めて彼の顔が曇る。

 

「・・・・お前は一体、何者だ?」

 

「・・・・・・・・・。」

 

沈黙を貫いていたが、観念したのか「ふぅー。」息をはきながら

口を開く。

 

「確かにクルミの予想通りその3つは俺に少なからず関係している。流石、自他ともに認める最強ハッカーだ。」

 

「やはりそうか!じゃあ、教えr」

 

ボクがそう言いかけたとき、彼から待ったをかけるように彼の右手がボクの前に現れる。

 

「つまり、クルミは俺と取引きがしたいとそういってるのか?」

 

あっちの条件をこちらが飲む代わりにこっちの条件も飲んで貰わなければならない。

これは、正当な取引だ。

 

まぁ、そうだな。と肯定するとやつは「そうか。残念だ」と、一言だけ言う。

 

「?」

 

 

_______________

 

まさか、クルミからあの言葉が出てくるとは思わなかった。流石、自他ともに認める最強ハッカーだ。だが、それ以上は調べられなかったのは僥倖だ。知らない方が良いこともある。俺も、俺の過去には覚えてないことも多いが覚えている部分もある。話しても面白くない話しだ。

あまり、仲間にこのようなことはしたくはないがこれ以上調べられても困るため手札を切ることにする。

 

「クルミ、数ヵ月前に都内のビルで銃取引があったのは勿論知ってるよな。」

 

「?、あぁ、さっきまでその取引場面の画像を解析してたところだが。」

 

「あの日、DAの最強AIがハッキングされて通信障害があったみたいなんだが、何か心当たりがあるんじゃないのか?ウォールナット(・・・・・・・)?」

 

「・・・何のことだ?ボクには関係のない話しだろ?」

 

「気になって色々と調べてみたんだが、銃取引があった翌日の夜に東京にある高層マンションの一室が原因不明の爆発を起こした。」

 

クルミは何も言わない。

 

「時間からしてその数分後にウチ(リコリコ)に狙われているから助けてほしいという旨の依頼が来た。それも、依頼主は最強ハッカーと来たもんだ。なかなか、話しが出来すぎていると思わないか?」

 

「ぼくがやったという証拠がない。」

 

「証拠なんて必要ない。問題は信用の有無だよ。」

 

「?」

 

「もし、俺がこの事を明日にでも店の皆んなの前で話せば、最近知り合ったばかりの君と付き合いの長い俺、どちらの言うことを信じると思う?」

 

クルミは俺の狙いが分かったようで顔をしかめる。

 

「たとえ、俺の言ったことが店の皆んなが信じなくても君への疑惑は残る。たきなは人一倍強いだろうな。なんせ通信障害が起きたせいで現場の責任を全ての背負わされたんだから。」

 

「・・・脅しか?」

 

「脅しなんかじゃないさ。俺は最初から言っているがクルミにお願い(・・・)をしている。」

「俺のお願いを聞いてくれるんだったら俺はなにもしない、でももし、聞いて貰えないんだったら店の業務中の会話のなかで口の固い俺でも、ポロっと口にしてしまう可能性があるって話し。」

 

「それを世間一般では脅してるって言うんだよ!」

 

「で、どうする?」

 

「・・・分かったよ。結局、ボクはタダ働きということか。」

 

クルミは諦めて負けを認める。

 

「口は災いの元だと言うことを学べたな。」

 

「ずいぶんと高い授業料をふんだくられた気分だ。」

 

「はははっ!じゃ、お願いね。後、この事はふたりには秘密にしておいてくれ。出来たらクルミのほうで保管していてほしい。」

 

「はぁ、わかったよ。」

 

「じゃ、俺は仕事にもどるから。」と言って襖の戸を閉めようとするがひとつ言い忘れていたことを思い出した。

 

「あっ。」

 

「なんだよ、まだ何かあるのか?」

 

「そう警戒しないでくれ、今度はただのアドバイスだよ。」

 

「?」

 

「俺が言うのもなんだけど、出来るだけ早く、店の皆に伝えた方がいいんじゃないか?良いタイミングならダメージも少なくなると思うし。それに、」

 

「嘘をつき続けるって、思いの外しんどいからな。」

 

俺は実体験の基、クルミにそう伝えてから喫茶リコリコの業務に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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補足

 

 

アサシンクリードを知らないかたのために一応、わからないであろう単語の説明をここで行っていきます。

 

作者はアサクリはナンバリングタイトルとローグ、ユニティ、シンジケート、オリジンズはプレイ済みですが、所々やっていないタイトルがあります。

 

アサクリをプレイしている人は知っていると思いますが、なかなかにストーリーが壮大で完全に理解できていないところがあるためご了承下さい。

 

_________________

 

アニムス

対象者のDNAに刻み込まれている記憶をデータ化し、解読する装置。

作品ごとによってベッド上の物だったりリクライニングチェアみたいなものだったりする。

個人をアニムスに接続することで対象者の記憶(人生)を追体験することが出来る。

追体験したことは、接続された者にフィードバックし、その人の知識や技術を経験値として手に入れることが出来る。

 

 

 

流入現象

アニムスに長時間接続されることで起きる副作用。

初期段階では頭痛や嘔気、嘔吐が起きる。

症状がさらに進むとアニムス内で体験した記憶と現在の自分の記憶が混ざり合ってしまう。これを利用すると前述した通り、アニムス内での追体験した出来事を自らの経験値として手に入れることが出来る。

だが最悪の場合、自分と他者の精神が混ざり合ってしまい、多重人格や妄想性障害が起き、最終的に廃人となる可能性がある。

 

 

 

 

エデンのかけら

人類の創造主である「かつて来たりし者」達が人類に作らせていた黄金色の物体。「秘宝」とも呼ばれている。「かつて来たりし者」達は現在の人類より遥かに優れた文明を有している。エデンのかけらにはいくつか種類があり、各々にある能力を有している。人の脳内伝達物質を刺激し、操作することで相手に幻覚を見せたり、姿をくらませたり、身体能力を上げたり、外傷を一瞬で治したりとチート級アイテム。

 

まぁ、ここではエデンのかけらは出さない予定です。単語のみとなるので「エデンのかけら=やベー物」と思っておいてください。

ちなみに「かつて来たりし者」について語るとクソ程長く掛かってしまうためここでは割愛させてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからは文字数稼ぎと今現在アサクリプレイ中の作者の頭の中で整理されたアサクリストーリーの情報のまとめになりますので未プレイの方は読まなくても大丈夫です。

 

 

 

 

「かつて来たりし者」は「先駆者」や「古き者」「第一文明人」、「イス族」と呼ばれ神ではない。

地球上に初めて文明を築いた最古の存在。古代人?

 

「かつて来たりし者」達は労働力(奴隷)として人類を創造。エデンのかけらを利用して人類を支配、管理する。

 

奴隷であった人類の中でアダムとイヴが「かつて来たりし者」達に反逆を起こす。

ふたりは人類と「かつて来たりし者」の交配種?だったためエデンのかけらの支配から逃れることが出来た。

 

「かつて来たりし者」達と人類の全面戦争。

数で勝る人類側が優勢。

戦争中に「業火(太陽フレア?)」が発生。

いつもなら「かつて来たりし者」が、事前に気付いて持ち前の高い技術力で解決出来たが、人類との戦争中だったため気付くのが遅れた。

同時に2度目の「業火」が将来的に起こることも予知する。

 

「業火」によって両者はほぼ壊滅状態。「かつて来たりし者」のひとりのミネルヴァは生き残るために体を捨て2度目の「業火」を止める装置に自分の意識を移す。また、将来その装置を作動して貰うよう人類も「かつて来たりし者」達の姿を似せて作る。

これが現在の人類の先祖。

 

また、「かつて来たりし者」の1人であるジュノーは業火を避ける方法ではなく、「業火」に耐えられるように肉体を変える方法を考える。

その過程で夫であるアイータを人体実験するが実験は失敗しアイータは生命維持装置なしでは生きられない体となる。

その後、ジュノーはアイータを救うため人類にアイータのDNAを組み込む。アイータは転生を繰り返して何度も世界に出現。

この存在がアサクリ4から登場した「賢者」という存在。

「賢者」はジュノー復活を目論む。

 

 

その後、ジュノーは他の「かつて来たりし者」達からやベーやつ認定され幽閉されるが、自らをデジタル化し、復活を狙う。

 

 

こんな感じでしょうか?

 

 

 

 

 

 



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蒼が紺の実力を知る話

 

「仕事だ。」

 

朝、開店の準備を行おうと喫茶リコリコに出勤するとボスからそんなことを言われる。

 

「勿論、仕事をしますよ。そのために来たんですから。さ!早く、開店準b」

 

嫌な予感がプンプンするが現実逃避するために俺はしらばっくれるような言葉を吐くがそうは問屋(ボス)が卸してはくれなかった。

 

「残念だが、緊急事態だ。そんなに時間もない。それに、楠木からの直々の命令だ。」

 

ど畜生!!!と心のなかで叫ぶ。

 

「楠木曰く、「以前、こちらは貴様のお願いを聞いてやったのだから、今度はこちらの頼みを聞いてもらわなければ釣り合いが取れない。」だそうだ。」

 

釣り合い?たきなに会ってほしいと頼んだだけじゃん!リターンが重すぎだろ。

 

「これも、楠木から聞いたのだが、土下座なんてしたらしいな。本人はかなり面白がっていたぞ。いくらたきなと引き合わせるためでもお前がそこまでするなんて驚いたぞ。」

 

「その必要が合ったからやっただけですよ。たきながかなり会いたがってましたし。それに、俺の軽い頭ひとつ下げるだけで済むなら何度だってやりますよ。」

 

「やっぱり君は優しいな。」

 

「優しくないですよ。たきな風に言わせてもらうなら合理的な行動です。」

 

ボスは微笑みながら「そうか。」と一言だけ言い、俺は気恥ずかしくて咳払いをし無理やり会話を逸らす。

 

「それで!仕事内容は?時間がないのでしょう?」

 

ボスは「そうだった。そうだった。」と思い出したように言いながら今回の、仕事内容を俺に伝えてきた。

状況を纏めるとこうだ。

 

テロリスト10名が救急隊員に扮して都内にある病院に侵入し、病院内を占拠。全員ライフル持ち。警察はまだ介入していないが数人のリコリスが現場にいる。しかし、テロリストたちが病院内を占拠しているため医療スタッフや入院患者たちを人質に取られ手をこまねいている状態が続いている。この状況が進めば警察が介入してきてしまう。

つまり今回の俺の任務は警察が介入してくる前にテロリスト共を迅速かつ確実に無力化するというものだ。

 

俺が仕事の準備をしているときに、店のドアが開く。そこには見慣れた紅と蒼の制服を着たこの店の看板娘達がいた。

 

「おっはよ〜!千束が来ました〜。」

 

「おはようございます。」

 

ふたりはそれぞれ対照的な挨拶をし、店に入ってくる。

その時、ボスは俺にとって信じられない言葉を口にする。

 

「ちょうど良かった。たきな、仕事が入った。今日は史八と一緒に行ってくれ。」

 

たきなも急に任務が入り、少しだけ驚いていたが「すぐに準備します。」と言ってしまう。

そんなふたりには待ったをかけるが、ボスから反対意見が出てくる。

 

「もうそろそろ、たきなにも君の実力を知っておいてもらってもいいだろう。むしろ遅いくらいだ。」

 

「いや、別に知ってもらう程じゃn」

 

「知りたいです。お願いします。連れて行ってください。」

 

思わぬところでたきなから声が上がる。

デジャヴュ。

つい最近こんなことなかった?相手が千束から俺になっただけじゃない?

頭は下げてないけど・・・。

まぁいい、ここは折れよう時間もないみたいだし。

 

「分かった、分かったよ。ただし今回は俺の任務だ。俺がメインで動くし付いてくるなら最低限のことはやってもらうぞ。」

 

「もちろん。」

 

話が纏まり、たきなに準備するように促すが今まで蚊帳の外であった千束が口を挟む。

 

「ねぇ、私は?」

 

ボスから千束に待機命令が出されるが、千束は「嫌だ!嫌だ!」と駄々をこねはじめる。

 

「たきなにばっかりズルい!私も、ハチと仕事に行きたい!もし、連れてってくれないなら恥も外聞も捨てて全力で駄々をこねるよ!!」

 

コイツ、なんと恐ろしいことを言うのだ。世界広しと言っても自分の駄々を交渉材料に使ってくる事など千束だけであろう。

 

「たきな、お前の相棒だろ?どうにかしてくれ。」

 

「無理です。わたしの手には余ります。ハチさんのほうが千束と付き合いは長いのですからハチさんにお願いします。」

 

「ボス〜?」

 

「君に一任している。」

 

「貴様ら、もしかしなくても私を腫れ物扱いしてるな?」

 

結局、時間もないので千束も連れて行くことになった。

 

_____________

 

移動しながら千束とたきなに簡単に今回の任務の概要を伝えるが、たきなから質問がある。

 

「なぜ、楠木司令はハチさんに依頼を?リコリスが既に現場にいるなら制圧は簡単でしょう。」 

 

「すまん、説明が足りなかった。今回の問題は病院内の医療スタッフ及び入院患者が人質に取られていることと場所が病院であることだ。数人のリコリスでは対処は不可能だ。」

 

「でしたら、人数を動員すれば、」

 

「確かにリコリスを大勢動員すれば解決するが、それだと情報が何処からか漏れる恐れがある。それに、」

 

「?」

 

「リコリスのメインの戦闘は銃撃戦になる。病院内でドンパチすればどうなる?というわけで、ふたりには、射撃許可は出さない。どうしても駄目だという状況にならない限り発砲はするな。」

 

「では、どうするんです?」

 

「まぁ、百聞は一見にしかず。見てもらうほうが早い。」

 

「そうだね。たきな、見ればわかるよ。」

 

俺と千束は「見てればわかる。」といったがたきなは「?」を浮かべているようだった。

 

 

 

 

現場に到着し、千束たちに現場にいたリコリスに状況の確認をしてきてもらう。俺はリコリスから嫌われているため、俺が行かないほうがいいのだ。ここはふたりに任せよう。

そんなことを思っているとふたりが帰ってきて俺に、状況を説明してくれる。

 

「状況はあまり変わってはいないと。ですが、ひとつ問題が。」

 

「問題?」

 

「オペ中の患者がいるんだって。テロリストのせいでオペが進んでないみたい。」

 

「なんのオペだ?」

 

「詳しくは分かりませんが、開腹手術のようで、開腹状態のままみたいです。」

 

「不味いな、それだと患者が敗血症になって最悪死ぬぞ。」

 

「どうするの、ハチ?」

 

俺は通信機でクルミに聞く。

 

「クルミ、病院内のカメラをハッキングしてくれ。」

 

「もう、やってる。オペ室内の状況も分かるぞ。犯人がひとり、医者と看護師を見張っている。患者の腹は開いたままだ。」

 

「分かった。オペ室内の状況が変わり次第、逐一俺に報告してほしい。頼む。」 

 

「分かったよ。」

 

クルミとの通信を切り、俺たち3人は病院の地下にある霊安室から侵入する。

 

「さて、お仕事を始めましょうかね。」

 

俺はフードをかぶる。

 

 

 

_________________

 

 

そこからわたしは夢を見てるようだった。

 

ハチさんは1人ずつ犯人を背後から次々と無力化していく。銃器も使用せずに。複数人で固まって行動している犯人たちには、スモークグレネードで視界を奪い、煙が晴れる頃にはハチさんだけがその場に立っており、テロリストたちは意識を完全に奪われていた。

犯人たちはハチさんの存在に気づかない。否、気づけない。背後から忍びより完全に死角から奇襲していることや視界を奪っていることもそうだが、彼のあらゆるものが全く感じられないのだ。それは、足音だったり、殺気だったり、果ては彼自身の存在そのものが、そこに本当にいるのかどうか疑いたくなるほどに。

 

そんなときに、「たきな。」と隣から千束が声をかけてくる。

 

「初めてたきながお店に来て広場のベンチで休憩してたときに私がたきなの質問で笑っちゃったこと覚えてる?」

 

「もちろん。でも、今なら分かります。千束があの時、わたしを笑ったのか。」

 

「でしょ〜!だってたきな、ハチのことを何回も殺せるって言うから。思わず笑っちゃったんだよ。」

 

「でも、千束ならできるんじゃないですか?ハチさんを倒すの?銃弾だって避けられるし。」

 

「あはは!無理無理、ぜぇ〜たいに無理!だってハチに当たらないもん。弾。」

 

「えっ!ハチさんも銃弾避けるれるんですか?!」

 

「ハチもっていうか、あれ(弾避け)教わったのハチからだし。」

 

「は?」

 

「もっというと今までに何回もハチと模擬戦したけど一回も勝ったことないし。」

 

「はぁ!?」

 

「だってズルくない?こっちの攻撃は一切当たらないのに、あっちからの攻撃はバシバシ当ててくるんだよ。宝くじで3億円当てるほうがまだ当たる確率があるよ。って、どったの?たきな?」

 

「・・・いえ、何でも。」

 

情報が一気に来たため頭痛がしてきた。

このとき初めて気づくことができたのかもしれない。本当の強者とは弱者の皮を被った者だと。

敵に一切存在を悟らせず、敵も何故倒れているのか。いや、中には倒れたことにも気づいていない者もいるかもしれない。

 

「ハチさんは何者なんですか?」

 

「ん~~、私も詳しくは知らないけど、前にこう言ってたよ。」

 

「?」

 

暗殺者(アサシン)って。」

 

 

 

千束とそんな話しをしているとハチさんから声がかかる。

どうやら全てひとりで終わらせてしまったようだ。

最低限のことはやってもらうぞと言われていたが、完全に見学という形になってしまった。

 

「警察が介入してくる前に撤収しよう。」

 

わたしたちは病院を後にする。

 

______________

 

「どうだった、たきな。ハチの実力?」

 

「なんでお前がドヤるんだよ。」

 

「いえ、凄かったです。本当に。」

 

千束に指摘を入れるとたきなからお褒めの言葉をいただく。

面と向かって言われるとなんか照れるな。

横で千束がニヤニヤしてるが反応したら面倒なので無視。

 

「でも、分かりません。」

 

「何が?」

 

「あれ程の実力を持っているのに、何故DAのリコリスから軽蔑されているんですか?「はぐれ」なんて蔑称もあるし、尊敬されているならわかりますが、おかしくないですか?」

 

「そう、問題はそこだよ!流石、たきな!目の付け所が眉毛の下!!」

 

「ただの眼球の位置じゃないですか。」

 

千束のボケに冷静にたきながツッコミを入れる。いいコンビだよな、本当に。

 

「まぁ冗談は置いといて、ハチの任務は今回みたいなことが多いんだよ。」  

 

「?」

 

わかっていないようなので俺からも補足を入れる。

 

「つまり、リコリスでも何らかの理由で対処できないときに俺が駆り出される。リコリスは俺と入れ替わるように交代するからその後、事件がどうなったか分からない。少なくとも、俺が事件を解決したという風には聞かないだろうな。」

 

 

「理不尽だとは思わないんですか?自分の命を危険に晒してまで任務を遂行して。その上、尻拭いしたリコリスたちにバカにされて。」

 

「別に、DAに褒めてもらいたいから協力してるわけじゃないし、リコリスたちにもバカにされても、ねぇ。」

 

「悔しいとかないんですか?」

 

「悔しいと感じるより彼女らはそもそも知らないわけだし、俺は俺のことを身内にだけ知ってもらえればそれで充分なんだよ。」

 

たきなが俺をじっと見てくる。

あれ?俺変なこと言った?

 

「以前、千束の事をおかしな人と言いましたが・・・・・ハチさんも充分おかしな人ですね。」

 

「おい、ケンカ売ってんのか?」

 

 

俺たちは笑いながら喫茶リコリコへと向かう。

 

 

 

 

 

 





はい、ということでオリジナル話でした。
まだたきなちゃんがオリ主君の戦闘シーンをはっきり見たことがなかったためです。

次回はあのアニメ第4話を予定しております。

待っている人がいるかどうかわかりませんがお楽しみに


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まさかトランクス(男物)を履いているとは思わなかった話

 

喫茶リコリコ 地下の射撃場にて

 

千束とわたしとハチさんは自身のハンドガンで射撃練習をしている。ハチさんは時折、ハンドガンを置いて自身の左腕に着いている物を操作しているが今はこっちに集中しよう。

しかし、集中していても狙ったところに弾は当たらない。

それもそのはず。わたしが使っているのは通常の銃弾ではなく、店長謹製のゴム弾だ。

熱でゴム部分が溶け弾道がおかしくなるため、狙ったところに行かないのも当然である。

 

 

「なんですか?これ?」

 

「私も、当たんない。」

 

「だからですか。」

 

わたしは千束の今までの戦闘シーンを思い返す。

確かにこの弾では不殺(ころさず)を誓っている千束とハチさんが射撃で死者を出すことはないだろう。でも、普通に撃っても当たらない。だから、千束はわざわざ敵に近づきながら撃っていたのか。

 

「そう!近寄れば絶対当たる!!」

 

首を横に振りながら、ゴム弾から通常弾に切り替える。

 

「わたしには、無理ですね。この命中率では自分を守れない。」

 

マガジンを新たに装填し、ターゲットに向けて発砲する。

銃弾は思い描いた通りに進み、ターゲットの中心の赤い部分に命中していく。

 

「すごいね、たきな。機械みたい。」

 

「確かに、これは俺や千束にも真似できんな。実弾でそれだけ上手なら急所を避けられるだろ。」

 

「だよね、無理に先生の弾撃つことないよ?」

 

「思いの外、高いしなこれ(ゴム弾)。」

 

「急所を撃つのが仕事だったんですけど?」

 

わたしは少し笑いながら言う。

 

「もう違うでしょ。」

 

千束は振り向きながら言ってくれた。

 

「そういえば、ハチさんが使っているものが気になるんですけど。」

 

「ん?ハンドガンはお前らが使ってるものと同じだぞ。コルトガバメント。」

 

「いえ、腕に着いている方です。」

 

「あぁ、こっちか。」

 

ハチさんは袖をまくりながらわたしに見せてくれた。

しかし、見たことのない装具だ。

よく見てみると左右同じものを着けているようだが若干違う。

どちらもナイフが飛び出すような作りだが、左側の物は収納されているナイフの横に銃口が付いていた。

 

「名称はリストブレード。アサシンブレードやヒドゥンブレードと呼ばれることもある。昔から存在しているものだ。まぁ、ちょっと俺用にカスタマイズされているが。」

 

「聞いたこともない武器ですね。」

 

「だろうな、歴史あるものだとしてもこれらを使っている人物達が表に出てくることはなかったからな。」

 

「どれくらい前からあるものなんですか?」

 

「記録に残っているものだと、古代エジプト時代の第26?いや、7だったか?まぁ、紀元前460年ぐらいの頃から使われているものだ。」

 

「そんなに昔からですか?!」

 

「あぁ、広まったのはプトレマイオス朝時代の皆さんご存じ、クレオパトラが友人にプレゼントしてそこから広まっていったらしい。まぁ、その友人にクレオパトラは毒蛇の毒で毒殺されたらいしけど。」

 

「歴史に詳しいんですか?ハチさんって。」

 

「あ、い、いや?別に詳しいってことはないよ。ちょっと前に気になったから調べたってだけで。」

 

ハチさんは明らかに動揺しながらわたしに返答する。

何か隠してあるが別に聞かれたくないならば聞かない。

その方が良いだろう。

 

「そうですか。」そう言って、わたしたちは射撃場を後にする。

 

____________

 

俺は今現在、夜道を歩いている。理由は何てことはない。ただの配達だ。それも、終了しリコリコへ向けて歩いている。

目的がもう目とは鼻の先にあり、店に入ろうとしたときに千束の「勝ったぁ?っしゃぁぁぁ!!」という声が聞こえてくる。

これはまた注意せねば。どうせまたクルミのゲームでもしているんだろ。

 

「おーい、千束。喜ぶのは良いが、少し声を抑えろ。外まで丸聞こえだし、ご近所さんにも迷惑だぞ。」

 

「ごめんなさ~い。」

 

千束は何処か心ここにあらずという風な声を出す。

 

「?まぁ、いいや。そろそろ帰り支度始めろよ。たきなも。」

 

「はい。」

 

たきなは返事をしてから店の更衣室に移動するが、千束は椅子に腰掛けたまま動かずに、腕を組んで何か考えている。

 

「どうしたんだ?」

 

「あぁ、うん。ちょっと、・・・クルミ。」

 

千束はゲーム機の片付けをしているクルミに話しかける。

 

「ん~?」

 

「たきなのパンツって見たことある?」

 

「あるわけないだろ。」

 

千束の問いをクルミは即答する。

 

「ちぇ~、なんでも知りたいんじゃないのかよ~。」

 

「ノーパン派か?」

 

「いやいやいや。」

 

「ならなに履いてようがたきなの自由だろ?」

 

千束とクルミはそんな会話を繰り広げるが俺には全く話しが見えてこない。

さっきから俺の第六感が全力で「速く帰れ。」と言っている。速く帰り支度を済ませて帰ろう。

というかこいつは何てこと聞いてんだ?!俺の居ないところで話してくんない?!

そんな時、千束がおもむろに立ち上がり、更衣室のあるほうに走っていく。俺も帰り支度をすませよ。

 

 

 

 

 

俺が帰り支度を済ませて帰ろうとしたときに、カウンターにいるボスに千束が言い寄っているのを見つける。

さっき、第六感が警告したのはコレかと思いながら店を後にしようと小さく「お疲れさまで~す。」といいドアノブに手を掛けたところで肩を掴まれる。

俺の肩を掴んでいるのはもちろん最強のリコリスだ。

 

「ちょ~いちょい。何処に行く気、ハチ?」

 

千束が微笑みながら言う。

 

俺も出来るだけ微笑みを返しながら言う。

 

「いやいや、もう仕事は終わったし今日はボドゲ大会はない。いい時間だから帰ろうかなって。」

 

「私たちが何の話しをしているのか気にならない?」

 

「まぁ、気にならないと言えば嘘になるけど、明日は店は休みだし明後日にでも教えてくれ。じゃ、そうゆうこt」

 

俺はそのまま帰ろうとするが肩を掴んでいる手に更に力が込められる。

 

「帰れると思ってんの?」

 

仕方ない、もう勢いに任せるしかない。

 

「あぁ!帰るよ!帰らせて貰うよ!正直、さっきから俺の中の第六感がガンガン警告を出してんだよ!!速く帰らないと面倒ごとに巻き込まれるぞってな!以上!!!俺は帰る!」

 

「ハチ、お願いだから今だけは力を貸して。」

 

俺が言いたいことを言い終わった後に千束の顔を見るとなぜか死にそうな顔をしていた。

 

まじで何があったの?!

とりあえず、話しは聞くことにした。

 

 

________

 

 

「で、結局何があったんだ?」

 

千束の横のカウンター席に座りながら事情を聴く。

 

「あのね、」

 

「うん。」

 

「たきながトランクスを履いてたの。」

 

うん?トランクス?たきなが??ああ、なるほど。

 

「いや、別にいいだろ?」

 

「何で?!」

 

「だって、トランクスって言っても女性用だろ?俺はファッションには疎いけどそれくらいあるのは知ってるよ。」

 

「・・・男物なの。」

 

「はい?」

 

「たきなが履いてるやつ、・・・男物なの。」

 

・・・うんうん、たきなが男物のトランクスをね。

なるほど、なるほど。女性用ではなく男性用ね。レディースではなくメンズね。女物ではなく男物ね。

・・・・・・・・・なるほど、理解した。

 

「いや、おかしくね!!」

 

そんな俺の発言に千束は「でしょ~!!」と答える。

 

「えっ?なんで?最近はそういうのが流行ってんの?俺がしらないだけで。」

 

「流行ってないよ、そんなの。」

 

「たきなは先生からこれ(トランクス)が指定の下着って聞いたらいしよ。」

 

へぇ、このきっさてんのしていのしたぎってトランクスだったのかぁ。よかった、ボクサーパンツじゃなくてトランクスはで。そんなのはつみみだぁ。

・・・いかん、頭が働いていない。

 

「ど、どうしてそんな話しになったんだ?」

 

「それを今、先生に問い詰めてるところ。で、聞かせて貰いましょうかぁ。」

 

千束はバンっとカウンターを叩きながら尋問するかのようにボスに聞き始める。

 

「店の服は支給するから下着だけ持参してくれと。」

 

「どんな下着がいいか分からなかったので。」

 

ここまでの会話の流れはまぁ、一般的だ。

千束が呆れながら「だからって何でトランクスなの~?」とボスに尋ねるが悪びれもせずにボスは言う。

 

「好みを聞かれたからな。」

 

「「アホかぁ~!!!」」

 

これではっきりした。

今回の戦犯、ボス。

 

「これ、履いてみると結構開放的で、」

 

「そうじゃなぁ~い!」

 

そういいながら、千束はドアを開きながら明日の予定をたきなに伝える。

 

「たきな!明日12時!駅に集合ね!」

 

「仕事です?」

 

「ちゃうわ!!パ・ン・ツ!買いに行くの!」

 

やっと終わったか。俺も帰るか。

 

そう思ったとき、千束が話しかけてくる。

 

「あっ、ハチも明日駅前集合ね。」

 

「嫌です。」

 

俺は即答するが千束には関係なかったようだ。

 

「この前の休みの日に服を見に行ったんだけど、そのときにハチに似合いそうな服を見つけたから明日、買いに行きます。」

 

「去年、お前に選んで貰った服がまだあるし、それに先週通販でも買ったばっかだから結構です。」

 

「また、通販なんかで服買ったの?」

 

「別にいいだろ?」

 

「いいけど、出来るだけ試着してから買った方が良いって前に言ったよね。」

 

「別に服なんて着れればいいだろ?」

 

「ふ~ん、そんなこと言っちゃうんだぁ?じゃあ、明後日からのハチのここ(リコリコ)での作業服はメイド服ね。」

 

「そういう意味で言ったんじゃねぇよ!!!」

 

「あはは!じゃ、ふたりとも!明日12時に駅前集合ね。」

 

千束はそう言い、店を後にしたがすぐに戻ってきてたきなに釘を刺す。

 

「あ!制服着てくんなよぉ。私服ね、私服。」

 

そう言ってから今度こそ千束は、店を後にする。

千束が出ていった後、たきなが俺とボスに尋ねてくる。

 

「指定の私服はありますか?」

 

「指定の私服ってなんだよ。そんなん私服じゃねぇよ。」と思いながらたきなの問いには答えられずボスとともに頭を抱えた。

 

 

明日、バックレようかなとも考えたがバックレたらその後がめんどくさくなるし、最悪明日中に家に突入されるかもしれない。

 

・・・時には諦めって肝心だよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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暗殺者の両手に華がある話 前編

 

翌日 北押上駅前にて

 

俺は集合時間の、30分前に駅前に着ていた。

今の俺の服装はグレーのチノパンに白いVネックTシャツの上から黒いジャケットを羽織っている。

普段からこういう服装はしていないが、以前に千束と出掛けたときに痛い目にあったため千束と出掛けるときは彼女が選んだ物を着るようにしている。

 

スマホで時間を潰しながらふたりを待っていると、後ろから「ハチ。」と呼ばれたため振り返る。

そこには白のショートパンツに黒のシャツの上にロング丈のアウターを着ている千束がいた。

相変わらず何着ても様になる。

 

「早いじゃん、ハチ。もしかして私たちとのデートが楽しみすぎて昨日眠れなかったんじゃな~い。」

 

「デートなの、これって?」

 

「男女が一緒に遊ぶ。これをデートと言わずしてなんと言う。」

 

千束は腰に手を当ててさも当然という風に答える。

 

「それは、男女の比率が一対一の場合だろ。今日はたきなもいるんだからデートではないだろ。」

 

「うーん、それもそっか。それよりも良かったよ。今日ハチが、普通にパーカーとか着てきたらどうしてくれようかと思ってたから。」

 

「あぁ、前に痛い目に遭ったからな。」

 

そう、以前に千束と出掛けたときにパーカーを着ていったらそれに千束は呆れて、都内の洋服店をかけずり回されきせかえ人形にされたことがある。

あれは、一種の拷問だった。

まぁ、そんなことはさておき・・・

 

「やっぱり千束は赤が似合うな。」

 

俺が純粋に千束への感想を言うと、彼女は顔を赤らめる。

 

「え?!そ、そう?」

 

「あぁ、普段の制服や着物も赤だけど洋服はまた違いがあっていいんじゃないか?」

 

千束の顔が更に赤くなる。

風邪だろうか?

 

「ふっ、不意打ちは卑怯だって///」

 

「不意打ち?何のことだ?」

 

「な、何でもない!それよりもたきなはまだかな?」

 

話題の変え方が下手くそだったが、これ以上突っ込んでほしくないようなので乗ってやることにした。

 

「まだ10分前だがたきなの性格上、もうすぐ来るんじゃないか?。」

 

そんな話しをしているときに「お待たせしました。」と話しかけられる。

声がする方に顔を向けると私服姿のたきながいたが。

・・・・これは、なんと言うか、新鮮だけど「The 部屋着」という感じの服装であった。それは千束も同じだったのか

 

「お、おお~。し、新鮮だな。」

 

「問題ないですか?」

 

たきなは問題ないかと俺たちに尋ねてくるがこいつ、休みの日でも銃持ってんのかよ。まぁ、そこら辺は千束が指摘するだろうから黙ていよう。

 

「銃、持ってきたな。貴様。」

 

「駄目でしたか?」

 

「抜くんじゃねぇぞ。」

 

「千束とハチさんは、その衣装は自分で?」

 

「衣装じゃねぇ。」

 

一連のやり取りを見ていたが明らかに千束は笑っているが笑っていない。俺がパーカー着てきたときもそうだった。

 

__________

 

 

俺たちは歩きながら目的地である大型ショッピングモールに向かう。

 

「一枚も持ってないの?スカート。」

 

「制服だけですね。普通そうでしょ。」

 

「前までDAにいたから私服があまりないって理由も頷けるな。」

 

「まぁ、リコリスはそうだね。ねぇ、買おうよぉ~。たきな絶対似合う!」

 

「よく分かりませんし、千束が選んでくれたら(・・・・・・・・・・)。」

 

「え!いいの!おお~やったぁ!テンション上がるわぁ!」

 

一気に千束の機嫌が良くなる。

千束からしたら願ってもないことだろうな。

しかし、たきなはこれから自分に起こるであろうことがまだ分かっていない様子だったため、経験者として教えておこう。

 

「たきな、今の一言は余計だったぞ。」

 

「どういうことですか?」

 

「たきなよ。・・・・・・きせかえ人形になったことはあるか?」

 

「?」

 

「ねぇ、ハチ。そういうことだから先にたきなの買い物を済ませちゃってからでもいいかな?」

 

「いいぞ。本来の目的はそっちだからな。」

 

 

 

_______________

 

大型ショッピングモールに到着し、早速洋服店に入る。

有名ブランドなのだろうか?わたしたちの他にお客さんもまばらにいる。

千束は店に入るなり物色し始め、あーでもない、こーでもないとぶつぶつ言っていたが次々とわたしに服を手渡し、試着室で試着していく。

なるほど、ハチさんが言っていたのはこの事か。

 

「良い!いいねぇ!めっちゃ可愛い!」

 

「基が良いからな。何着せても似合っちゃうんだな。」

 

ふたりは誉めてくれるが普通に恥ずかしい。

わざとそっけなく返事をする。

 

「どーも。」

 

千束にエンジンがかかってしまったのか本来の目的を忘れてしまっているのか分からないがわたしにリップグロスの有無を聞いてくる。

 

「千束、そろそろ本来の目的を。」

 

「そうだった。下着だった!」

 

千束は目的を思い出したようで一緒にランジェリー売り場に向かう。

 

「じゃ、俺は適当なところで待ってるから終わったら教えてくれ。」

 

ハチさんはそう言い、わたしたちふたりと別れる。

 

 

 

___________

 

 

ハチと別行動になってからたきなと一緒にランジェリーショップに入る。

たきなの好みが分からないためたきなのフィーリングで選ばせた方がいいだろうか?

 

「どう?好きなのあった?」

 

「好きなのを選ばなきゃいけないんですか?」

 

「え?」

 

「仕事に向いているものがほしいですね。」

 

「あぁ~銃撃戦向きのランジェリーですかぁ。ってそんなもんあるかぁ~!!」

 

今の物には様々な機能が付いているものがあるが銃撃戦用のものはない。たきなのボケにノリツッコミを入れるが、たきな自身はボケているつもりはないんだろうなぁ。

 

「これ、良いんですけどねぇ。通気性もよくて動きやすい。流石店長だなって。」

 

確か、昔ハチがトランクスはボクサーパンツより解放感があって良いと聞いたことがあるが今は、そんなこと関係ない。

私はたきなに呆れながら言う。

 

「いや先生、そんなこと考えてるわけないだろ。大体、トランクスなんて人に見せられたもんじゃないでしょ~。」

 

「パンツって見せるものじゃなくないですか?」

 

「いざって時、どうすんのよ?」

 

「いざってどんな時です?」

 

私は少し考える。いざって時はもちろん男女の関係で。

ここではたきなに説明出来ないし、したくない。他の女性のお客さんもいるし。

私にもそのいざって時が来るかもしれないことを考えるとハチの顔が思い浮かぶ。

もし、ハチとそんな関係になったら・・・。

顔が紅くなるのが分かる。

 

「知るかっ!!!」

 

そう答えた瞬間、たきなに手を引かれ試着室に連れ込まれる。

 

「なに?」

 

「千束のを見せてください!」

 

「は?!」

 

「見られて大丈夫なパンツかどうか知りたいんです。」

 

「え?あっ、えぇ、ええ?」

 

「早く!!」

 

たきなが私の前で屈む。

 

この時の私の行動は完全におかしかったと思う。

たきなに試着室に連れ込まれ、自分のパンツを見せてほしいなんて言われたら正常な判断が出来なくなってもしょうがない。

そう思うことにしよう。

 

私はベルトをはずしショートパンツを少しずらしてたきなにパンツが見えるようにする。

 

「んー、これがわたしに似合うっていうと違いますよね。」

 

「その通りだよ。何で見せたの私!!!!」

 

本当にこの時の私はおかしかった。

 

その後、たきなの下着を数着買う。

 

「これで、トランクスとはおさらば。男物のパンツは全部処分するからね。」

 

「はい。」

 

「さて!次はハチの服を買いにいくぞぉ~。それが終わったら、千束さんお待ちかねのおやつタイムだぁ!」

 

私はたきなにそう言い、店を出てハチのスマホに連絡を入れるようにするとたきなが話しかけてくる。

 

「千束、あそこにいるのハチさんじゃないですか?」

 

たきなはそういうと、モール内にある椅子や机が並んでいるいわゆる休憩スペースにいるハチを指差す。

そこにいるのは別に構わない。男であるハチが私たちと一緒にランジェリーショップに入るわけにはいかない。

しかし、誰だ(・・)?その横にいる年上女性は(・・・・・)

 

 

________________

 

 

俺は千束達と別れてから休憩スペースで自販機で買ったアイスティーを飲んでいる。最近はシトラスティーがお気に入りだ。

口に含んだ瞬間、シトラスの香りが鼻腔を通り抜ける感じが堪らない。

そんな呑気なことを思っていると、1人の女性が話しかけてきた。

 

「ねえ、そこのお兄さん?」

 

「僕ですか?」

 

「そうそう、誰かと待ち合わせ中?この後何か予定ある?もしないならお姉さんとそこのカフェでお茶しない?」

 

何だ?なんかの勧誘か?それとも高い壺でも買わされんのかな?

俺はやんわりと断りを入れる。

 

「すいません、今連れが買い物に行ってまして、それを待ってる最中なんですよ。ですので折角ですが。」

 

「えぇ~、いいじゃない少しぐらい。それにお友達も買い物してるんだったらすぐには戻ってこないんじゃない?ほら、行こっ!」

 

ずいぶん、押しの強い人だな。こういう人は苦手だ。押しが強いのは千束も同じだが、あいつは決して無理強いだけはしない。けど、この人は違う。

どうしたもんかな。ふたりとも早く来ないかな。と考えていたときに不意に声がかけられる。

 

「何をやっているのかな?ハチ。」

 

そこには、何故か修羅を背負った千束がいた。

だが、これで向こうも諦めるだろう。高い壺が売れなくて残念だったな。

 

「やっと来たか。では、連れが来たので僕たちは失礼しますね。」

 

そう言い、2人を連れてその場から離れる。

 

「ふぅ~、助かったよ。良いタイミングで来てくれた。断ってもしつこかったから困ってたんだ。」

 

「その割には鼻の下が伸びてたような気がしますけど~。」

 

「? 何で俺があの人に鼻の下を伸ばさなきゃ行けないんだよ?」

 

「知~らない!でも、以外だったよ。ハチってああいう人が好みだったんだね!!」

 

「なに怒ってんだよ。どうした?俺、何か悪いことしたか?」

 

「別に!!」

 

えっ、本当に何?千束が怒ってる理由が分からない。

 

「う~ん?千束、すまん。本当にお前が怒ってる理由が分からない。何で怒っているかだけ教えてくれ。そうすれば次から直すよう努力はしてみるから。頼む。」

 

俺は頭を下げる。

千束も少し頭が冷えたのかさっきまであった怒りが少し収まっているようだった。

 

「別にいいよ、頭なんて下げなくて。これはただの・・・。」

 

「ただの、何だよ?」

 

「何でもない!!」

 

再び怒ってしまったのかそっぽ向いてしまう。

その後、たきなが口を開く。

 

「しかし、驚きました。ハチさんってモテるんですね。あれが噂に聴く逆ナンというやつですか?」

 

「逆ナン?何のことだ?」

 

「さっきの女性ですよ。違うんですか?」

 

「え~、違うだろ。確かにお茶に誘われたけどそこで高い壺とかを売る目的だったんじゃないかな?俺に逆ナンなんてあり得ない、あり得ない。」

 

俺が笑いながらそんなことを言うとふたりが目を細めてじ~っと見てくる。なんだよ?

 

「はぁ、これだから心配なんだよ。いつも通りといえばいつも通りなんだけどね。」

 

「無自覚って恐ろしいですね。」

 

「?」

 

俺にも解るように言ってくんない?

 

「とりあえず、たきなの買い物は終わったんだろ?これから甘いものでも食べに行こう。何故か千束も怒らせちゃったし、ふたりとも俺が奢ろう。」

 

「ホントに!いぃやったぁ~~!!」

 

「そんな悪いですよ。」

 

「いいからいいから、ついでだし。千束には奢ってたきなには奢らないなんておかしな話だからな。ちょっとくらいカッコつけさせてくれ。」

 

「分かりました。ありがとうございます。」

 

「よし!決まり。千束~、店は何処にする?」

 

「私が決めて良いの~!」

 

「もちろん、俺とたきなじゃあんまり詳しくないからな。だろ?」

 

「そうですね。千束が決めてください。」

 

「えぇ~、ホントにいいの~。じゃあ、どこにしよっかなぁ。」

 

千束はスマホで近くにある店を調べている。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・計画通り!!!

千束の頭の中からもう俺の服を買うということはスッポ抜けているだろう。きせかえ人形になるくらいならスイーツ代位安いものだ。

千束は店が決まったようなので俺たちを先導する。

 

「よし!ここに決~めた!じゃ、しゅっぱ~つ!!」

 

 

ここまでの俺の計画はほぼ完璧だった。そう、ほぼ(・・)完璧だった。

思わぬところから横やりが入り俺の作戦は瓦解する。

 

「・・・あの、千束?ハチさんの服はいいのですか?」

 

 

その一言は余計だぞ、たきなよ。

その後、俺がきせかえ人形になったことはいうまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 



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暗殺者の両手に華がある話 後編

 

千束のきせかえ人形にされてから数十分後、俺たちは千束が調べたカフェへと来ていた。

 

 

 

 

「フランボワーズ&ギリシャヨーグレットリコッタダッチベイビーケイクとホールグレイハニーカムバターウィズジンジャーチップス・・・ハチはどうする?」

 

「俺はこの苺ティラミスのミルクレープ、フランボワーズジャム仕立てでお願いします。」

 

俺たちがそう注文すると店員は「かしこまりました。」といい、店の中に入っていった。

というか、なんだ。この長ったらしい名前は。舌を噛みそうだった。

 

「名前からしてカロリーが高そうですね。」

 

「野暮なこと言わない。女子は甘いものに貪欲でいいのだ。」

 

「寮の食事も美味しいですけどね。」

 

「あの料理長、元宮内庁の総料理長だったらしいよ。」

 

「それってすごいんですか?」

 

たきなはこの事実がどれだけすごいことかいまいち分かっていないようだ。

 

「当たり前だろ。ガチの皇族に料理振る舞ってた人だぞ。つまり、リコリスは天皇皇后両陛下たちと同じ食事を食べてるってことだ。」

 

「そう考えるとすごいですね。」

 

「だろ?」

 

「でも、スイーツ作ってくれないからなぁ~。永久にかりんとうだから。」

 

「わたし、あのかりんとう好きです。」

「そりゃあなた、最近来たからだよ。10年あれだけは飽きるよ~。」

 

そんな会話をしていると俺たちの料理が運ばれてくる。

他のお客さんが少なかったのか思ったよりも早く運ばれてきた。

 

「お待たせいたしました。」

 

料理がテーブルに並べられると千束のボルテージが上がる。

甘いものが嫌いな女性はいない。甘いものを我慢できる女性はもっといない。

いや、これは偏見か。

 

「おほぉ~~~!美味しそう!!」

 

「これは糖質の塊ですね。」

 

「そりゃそうだ。旨いものは脂肪と糖質で出来ているといっても過言じゃない。」

 

千束はたきなに軽く頭をぶつける。

 

「たきな!人間一生で食べられる回数は決まってるんだよ。全ての食事は美味しく楽しく幸せであれ!」

 

「美味しいのは良いことですが、リコリスとして余分な脂肪はデメリットになります。」

 

「その分走る!その価値はこれにはあるよぉ~。おいひぃ~。」

 

旨そうに食うなぁ。奢ってやったかいもあるというものだ。

 

「千束の言い分も一理ある。特に俺たちのような裏側の人間なんていつ死ぬかも分からないんだ。食えるときに食いたいものを食ってもバチは当たらないさ。」

 

俺も料理を口に運んだ時に、後ろの席でフランス人のふたり組がメニューを見ながら困っていた。夫婦だろうか?

千束はそれに気付き、「ちょっと行ってくるね。」と俺とたきなに断りを入れてからフランス人たちに助け船を出しに行く。

 

「あの、ハチさん。」

 

「ん?」

 

テーブルにたきなと二人っきりになったときにたきなが尋ねてくる。

 

「前から気になってたんですけど、ハチさんと千束ってどれくらいの付き合いになるんですか?」

 

「ん~?もう10年以上になるかなぁ。あの電波塔事件よりも前からの付き合いだから。」

 

「そうなんですね。」

 

「急にどうした?」

 

「いえ、特にこれといった理由は無いんですけど。」

 

「なんだそりゃ。」

 

「もうひとつ、いいですか?」

 

「うん?」

 

「ハチさんはどうやってそれだけの力を付けたんです?」

 

「どう言うこと?」

 

「前に千束から聞きました。模擬戦を何回もしてるのにハチさんに勝てないって。あの弾避けもハチさんから教わったって。どうやって銃弾を避ける千束に当てられるんですか?」

 

「あぁ、そーゆうこと。」

 

「ひとつじゃなくね。」とも思ったが、答えられるものには答えよう。

 

「まず、弾避けだけどあれは、眼の使い方教えただけ。」

 

「眼?」

 

「そう、俺も千束以上に目がいいんだけど、それで銃口の角度や相手の目が自分のどこを見ているのか、腕の筋肉の動きなんかを見て相手の射撃タイミングと相手が何処を狙っているか予測しているだけ。」

「銃弾その物は見えていないから、まあぶっちゃけ勘で避けてるだけだし。」

 

「それでも、充分に異常なんですけど。」

 

聞き捨てならないセリフが聞こえてきたがスルーしよう。

 

「後、千束にどうやって弾を当てるってことだけど。」

 

「どうやって当てるんですか?」

 

「さっきも言ったけど、俺たちは見えてるから(・・・・・・)それを予測して避けているだけ。逆に言えば見えていなければ避けられない。つまり、死角からの奇襲やスモークなんかで視界を遮れば避けられる確率はぐんと下がる。前者に至ってはほぼ確実に当たる。」

 

「なるほど、逆転の発想。勉強になります。」

 

「ははっ、後は俺がどうやって力を付けたということだけど。」

 

たきなが真剣な目で俺を見ているがこればかりは教えることは出来ない。話したところで荒唐無稽な話しだし。この場をやり過ごすために少し嘘っぽく話してみるか。

 

「実はな、たきな。俺の記憶には世界中の裏で暗躍してきた凄腕の達人の記憶があってだな。」

 

そう言った瞬間、たきなが疑惑の目を向ける。

 

「真剣に聞こうとした自分がバカみたいです。あなたも千束と一緒で映画の見すぎなんじゃないですか?」

 

ずいぶんとご立腹のようだ。

 

「すまんな。」

 

こればかりは教えたくないんだ。

そんなときに千束が席に戻ってきた。

 

「ふたりで何話してたの?ってたきな?なんか怒ってる?」

 

「千束はハチさんがどうやって今の技術を身に付けたか知ったいますか?」

 

「えぇ~、ハチのこと~。」

 

千束は俺をチラッと見てくるが俺は首を横にふる。

俺がどうやって今の力を手に入れたのか千束は知っているがなにぶん説明した時は千束がまだ幼かった頃だ。よく理解してはいないだろう。

 

「ごめんね、たきな。それには答えられないや。少し事情は知ってるけどよく分かってないしね。」

 

「そうですか。」とたきなはこれ以上は聞いてこなかった。

少し、空気が悪くなってしまったがそれを打ち消すように千束がパンっと手を叩く。

 

「はい!この話しは終わり!食べ終わったら良いところへ行きま~す。」

 

千束はそう言って自分の料理を口に運ぶ。ホントに旨そうに食べる。

 

 

 

 

この笑顔を守るために

 

 

_____________

 

 

水族館にて

 

 

「いいとこってここですか?」

 

「うん、綺麗でしょ。ここ。私好き~。」

 

「よく来るんですか?」

 

たきなのその問いに千束はポーチから自慢げにあるものを取り出す。

 

「年パス~~。気に入ったらたきなもどうぞ。」

 

「ハチさんも?」

 

「俺は千束ほどは来ないがな。たまにクラゲを見に来る。」

 

「クラゲ?好きなんですか?」

 

「好きって訳じゃないけど、フワフワ泳いでるのを見てると色々考えていることを忘れられるから。」

 

記憶のなかで見たあの血で血を洗う血生臭い情景も。

 

「ハチも年パス作ったんだから来なきゃ損だよ?」

 

「俺の知らないところで勝手に作ったんだけどな。お前が!」

 

そんなことをいいながら、三人で水族館を回る。

そんな中で、たきなはタツノオトシゴが気になったようだ。

 

「どうしたの?」

 

「これ、魚なんですって。」

 

「まじ!ウオだったのか、こいつ。」

 

「この姿になった合理的理由があるんでしょうか?」

 

「ご、合理?り、理由?え~?」

 

「何かあるでしょ。」

 

「タツノオトシゴはまだ解明できていない部分があって諸説あるがこの姿が、一番プランクトンや小エビといった餌を捕食しやすいからだと言われているな。」

「後、タツノオトシゴはオスが出産するとよく勘違いされているが、実際はオスの育児嚢といわれるカンガルーのお腹の袋みたいなところにメスが卵を産み、卵が孵化するまでオスが卵を守っている。」

 

「そんなんですね。」

 

「ハチって無駄にそういう雑学、知ってるよね。」

 

「無駄とはなんだ、無駄とは。知識は力だ。いつどんな状況で自分の知識が生かされるか分からないだろ?知識量が手札の多さだ。手札が多ければ選択できる選択肢も増える。」

「まぁ、ここはもう良いだろ。次のところに行こう。」

 

次に見えてきたのはチンアナゴだった。たきなはまた、スマホで調べて「これも魚ですか~。」と呟く。

勉強熱心だなたきなは。俺の隣で両手をあげてゆらゆらと揺れているこいつと違って。

 

「おい、お前は何をやってるんだ?」

 

「え?チンアナゴだけど?」

 

「人が見てますよ、目立つ行動は、」

 

「なんで?」

 

「何でってわたしたちリコリスですよ。」

 

「制服来てないときはリコリスじゃありませぇ~ん。」

 

リコリス関係なく、他のお客さんがいるんだぞ。羞恥心というものがないのか?

 

「たきな、お前の相棒だぞ。あいつに羞恥心というものを教えてやれ。」

 

「ハチさん。」

 

「?」

 

「わたしはもう既にちょっと諦めてます。」

 

たきなは既に俺と同じように感じてしまうところまで来てしまっていた。

 

別の場所でも、千束はゆらゆらと揺れている。

そろそろ止めてほしい。恥ずかしいから。

たきなはそんな千束に話しかける。

 

「千束。」

 

「ん~?」

 

「あの弾、いつから使ってるんです。」

 

あの弾とは非殺傷弾のことだろう。

千束はゆらゆらするのを止めてたきなの隣に座る。

それにしても、たきなはどうしたのだろう?さっきもカフェで俺のことを聞いてきたし。

 

「なぁ~に、急に?」

 

「旧電波塔の時は?」

 

「あの時、先生に作ってもらったんだよ。」

 

「何か理由があるんですか?」

 

「なに?私に興味あんのぉ?ハチにもカフェで聞いてたし。」

 

「タツノオトシゴ以上には。」

 

「チンアナゴよりも!」

 

「茶化すならもう良いです。」

 

たきなは少し呆れたような声で返事をする。

俺がさっきカフェでちゃんと答えなかったことが尾を引いているようだ。

そんなたきなに千束は自分の気持ちを正直に話し始める。

 

「気分がよくない。誰かの時間を奪うのは気分がよくない。そんだけだよ。」

 

「気分?」

 

「そう!悪人にそんな気持ちにさせられるのはもぉっとムカつく。だから、死なない程度にブッ飛ばす!あれ当たるとめちゃくちゃ痛いのよ~。死んだ方がましかもぉ。」

 

そんな千束の答えにたきなは笑う。

 

「なぁんだよ。変?」

 

「いえ、もっと博愛的な理由かと。千束は謎だらけです。ハチさんもですけど。」

 

「mysterious girl!そうかぁ、そんな魅力もあったか私ぃ。でも、そんな難しい話しじゃないよ。」

 

「したいこと最優先?」

 

「おっ、覚えてるねぇ。」

 

「ハチさんもですか?」

 

「ん?」

 

「答えたくなければ良いのですが、ハチさんも千束と同じ理由であの弾を使っているんですか?」

 

急に話しをふられて少し驚いたが、さっきは答えてあげられなかったしここでは答えるか。隠すような話しでもないし。

 

「まぁ、千束と全く同じって訳じゃないけど、気分がよくないって意味では同じかな。」

 

「?」

 

「もう殺しはうんざりってことさ。」

 

「ハチさんも「したいこと最優先」なんですか?」

 

「ははは!俺は千束みたいに単純じゃないからしたいこと最優先には出来ないな。」

 

「なんだと~~!」

 

「では?」

 

あの人たちは教団の中でいくつかルールがあった。

「仲間を危険にさらすな」、「風景に溶け込め、」「罪なき者を傷つけるな」そして、

 

「「したいこと最優先」が千束の座右の銘なら、」

「「闇に生き光に奉仕する。」それが俺の信条(クリード)だ。」

 

「信条、なるほど。つまり、表の世界に気づかれることなく裏で悪人達を処理する。そう言うことですね。」

 

まぁ、実際には違うが説明するもの嫌だし、「そうだ。」と答える。

 

「千束はどうしてDAを出たのですか?殺さないだけならDAでも出来たでしょ?」

 

「あぁ。」

 

「それも?そうしたいって全部それだけ?」

 

「人探しぃ。」

 

「なんです?」

 

「会いたい人がいるの。大事な・・・大事な人。その人を探したくて。」

 

千束は目をつぶり首から下げている梟のペンダントに手を当てながら話す。

その後、直ぐにたきなに梟のペンダントを見せる。

 

「知ってる?コレ?」

 

 

少し話しが長くなりそうなので俺は場所を移すように提案し、人数分の飲み物を買ってくる。

休憩所で座りながらたきながネットに載っているアランチルドレンのチャームと千束が持っているものが同じであることを確かめていた。

 

「確かに、同じですね。何の才能があるんですか?」

 

「わからなぁ~い?」

 

千束は壁に貼ってあるポスターの女優と同じポーズをとる。

 

「それじゃないのはわかります。」

「恥ずかしいからさっさと座れ。」

 

俺とたきなのダブルコンボをくらって千束はテーブルに伏せてしまう。

 

「自分の才能が何とか分かるぅ~。」

 

「何かあると良いですけど。」

 

「そんな感じでしょ。」

 

「何言ってんだ。才能ならあるじゃないか。」

 

「「?」」

 

ふたりが俺に目を向ける。

 

「たきなは正確無比な射撃だろ?」

 

「あれは、訓練したからであって才能というわけでは。」

 

「いや、あれだけは正確な射撃は一朝一夕じゃ手に入らない。相当、訓練を積んだと思うし、何かに一生懸命になれることはそれ自体が才能だよ。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

たきなの顔が少し紅くなっている。

何故だ?風邪か?

 

「ねぇ、ハチ!私は!」

 

千束が目をキラキラさせて聞いてくるが、

 

「千束の才能は、千束を見てると自分の考えてることがバカみたいに思えてくることかな。」

 

「なっんだと~!さっきも私のこと単純って言ったり、まるで私が何も考えてないみたいじゃない。」

 

「違うのか?」

 

俺は少しニヤつきながら答える。

 

「うわ~ん。たきなぁ、ハチがいじめるぅ~。」と誰でも分かるような泣き真似でたきなにすがり付く。

たきなはそんな千束を突き放しながら尋ねる。

 

「で、見つかったんですか?これくれた人?」

 

「いんやぁ~。」

 

「10年も探して?」

 

「ハチにも協力してもらってるんだけどねぇ、これがぜぇ~んぜん。」

 

「ハチさんもその人を探してるんですか?」

 

「いや、俺もそれ持ってるけど記憶喪失だから会いたいとかないんだけどな。」

 

「は?」

 

「どした?」

 

「いえ、今新たにわたしの中でも新情報がふたつ更新されたので。え?ハチさんもアランチルドレン何ですか?て言うか記憶喪失って?」

 

「あぁ、ほら。」

 

俺はポケットの中から千束と同じ梟のチャームを取り出したきなに見せる。

 

「では、ハチさんにも何か才能があるんですか?」

 

「それが俺に至ってはわかんないんだよね~。記憶喪失だからいつ何処で貰ったか全っ然覚えてないし、もしかしたらどこかで拾っただけかもしれない。まぁ、千束に関してはコレをくれた人は恩人だからな。俺も一言何か言いたいから探してるんだよ。」

 

たきなは千束にチャームを返す。

 

「もう、会えないかもねぇ。ありがとうって言いたいだけなんだけど。」

 

「ごめんな。俺の力が足りないばかりに。」

 

「そんな、ハチが謝ることはないよ。これは私のワガママだし。」

 

「それでも、」

 

そんなとき、たきなはおもむろに立ち上がり、水槽の前で両手を合わせてつき出すように前にだし、片足を後ろに上げ魚のポーズをとる。

 

「さかなぁ~!!」

 

千束を励ますためだろうな。そんなたきなに千束は近づきたきなの隣でチンアナゴの真似をする。

 

「チンアナゴ~~。」

 

「ほらほら、ハチも一緒に!」

 

千束は俺に公開処刑されろと、そう言っているのか?

でもまぁ、普段は絶対にやらないがここはやってやろうじゃないか。

 

「クラゲ~~!」

 

俺は両手を広げてクラゲの真似をする。

うん、思った以上に恥ずかしいがなぜか笑みが溢れる。

千束も笑っているようだ。

 

そんな俺たちに釣られてたきなも笑顔になる。

 

「それ、隠さない方がいいですよ。」

 

「え?そう?」

 

「えぇ、めっちゃ可愛いですよ。」

 

たきなは洋服屋で千束に言われたセリフをそのまま返す。

それに千束も気づいた。

 

「あぁ~!こぉいつ~。ほら!ペンギン島いくぞぉ!」

 

「ペンギン?!」

 

千束の後にたきなは続く。

 

「ハチも~!そんなとこにいないで速くぅ~!!」

 

「今いく。」

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな日常がずっと続けばいいのに。

 

 

 

 

 

____________

 

同時刻 BAR Forbiddenにて

 

私は旧友であるミカと行きつけであるこのバーで待ち合わせていた。

 

「何故戻ってきた?」

 

ミカの問いに冗談交じりに答えるとミカは直ぐに本題を切り出してきた。

 

「ミカに会いたかったからさ。」

 

「からかうんじゃない。史八と千束だろ?」

 

私はまだ幼かった頃のあの子達の顔を思い浮かべる。

 

「史八はしょうがないにしても、千束も私を覚えていなかったな。」

 

「千束はあの時一度見ただけだ。無理もない。史八もあの時のショックで記憶を失ったままだ。シンジ、何故言ってやらない?千束はずっと君を探してるんだぞ。史八もそれに協力している。」

 

「アラン機関は支援した対象に関わることを禁じている。話したろ。」

 

「矛盾してるじゃないか。それなら店にだって来るべきじゃない。」

 

「消えろ・・・と。」

 

「そう言うつもりじゃ・・。」

 

「ミカ、約束は守れているのか?」

 

「あぁ、もちろんだ。」

 

「彼の流入現象は?」

 

「最近はめっきり減っている。史八が私に気を遣って隠していなければだが。」

 

「天才は神からのギフトだ。必ず世界に届けねばならん。類希なる・・・殺しの天才をな。」

 

私は、ミカの店で出会った成長した彼らの顔を思い起こす。

 

 

 

______________

 

 

俺は水族館からの帰り道にあることに気づく。

なんだ?リコリス?それも、サードばかりでセカンドやファーストは見当たらない。

千束とたきなの顔も険しくなっている。

 

「リコリス?」

 

「何だか多いですね。」

 

「駅が封鎖されてるな。」

 

駅が封鎖されてることで駅前に人だかりができているがその時、地下から爆発音が響く。

 

「何かあったんでしょうか?!」

 

たきなが私服のまま事件現場へ行こうとするので千束が止める。

 

「私服で銃出すと警察に捕まるよ。制服来てないときはリコリスじゃないって言ったでしょ。今日は帰ろう。ほら、戦利品も多いし。」

 

そう言い、千束は自分の持っている買い物袋をたきなに見せるように持ち上げる。

 

たきなも自分の持っている買い物袋(戦利品)に目を落とし、渋々と言った感じで千束の案を受け入れる。

 

「なぁんか、嫌な感じがするなぁ。」

 

俺の呟きはふたりには聞こえていないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ!そうだ。今日もハチんち泊まっててもいい?」

 

「帰れよ。」

 

 

_______________

 

 

翌日 喫茶リコリコにて

 

私はたきなのロッカーを漁っていた。いや、漁っているという言い方には語弊がある。たきなのロッカー内にある男物のトランクスを処分するために、朝早くから出勤し、たきなの許可も得て処分しているところだ。私は次々にたきなのトランクスをごみ袋に入れていく。

 

「はい、捨てま~す。捨てま~す。これも捨てまぁす。捨てま~す。捨てま・・・す~。」

 

最後の一枚を手に取ったときにたきなのセリフを思い出す。

 

(これ、いいんですけどね。通気性もよくて動きやすい。)

 

ただの好奇心だった。

今、はいているパンツを脱ぎトランクスを履く。

 

「おぉ~、これは!!」

 

「良い!」と言う前に更衣室のドアがミズキによって開けられる。よりにもよってミズキにだ。

 

「千束~!サボってないd」

 

私はなんとか言い訳を出そうとするが、

 

「いやあの、これは。」

 

「いやぁぁぁぁぁ!!!ハレェンチィィィィ!!!!!」

 

違うと何度も訴えるがミズキは私の首を締めて何かを吐かせようとする。

 

「おまっ!!男のとこに泊まってきたな。史八か!史八だろ!!やっぱりあんた達そう言う関係でっ!あたしへの当て付けか?!そうだろ!あたしより先には行かせないからっ!!!不潔よ~、不潔!」

 

ミズキの勘違いをどうやって解こうかと思っているとたきなが私の前に現れた。こんな時は正直に言う他ない。前にハチもそう言っていた気がする。

 

「たきなの!たきなのだから!」

 

私はそう言いたきなを指差す。

 

それを見たミズキはたきなの方に向かい遠慮なくスカートをたくし上げる。

 

「可愛いじゃねぇか。」

 

たきなは早速、昨日買った下着を付けているのだろう。それは嬉しい限りだが、この瞬間だけはトランクスを履いていて欲しかった。

 

「いや、だから、それを昨日買っt」

 

ミズキは店の方に移動してしまう。

 

「え?あっちょいちょいちょいどこへ?」

 

「みなさぁん、このお店に裏切り者の嘘つきやろうがいますわよぉ~。」

 

「うわぁぁぁぁぁ、止めろ止めろ止めろ止めろ!」

 

そう言いながら走ってミズキを止めようとするがミズキにかわされてしまい、スカートをまくられる。

 

「ひらり、らっしゃいやせぇ~。」

 

今度は羽交い締めに合い、目の前に扇風機をクルミに置かれ風でスカートが捲れる。

お客さんにも見られて恥ずかしい中、喫茶店の扉が開かれ特徴的な銀髪が見える。やはり、こういうときに頼りになるから一番信頼できるのだ。

 

「おはようございまぁす。」

 

そんな定番の挨拶をし店に入ってくるなり私たちに目を向ける。

 

「ハチ!早く助けて!お願い!!!」

 

ハチはそんな私を見て、数回瞬きした後、店に入らずにそっと扉を閉める。

 

「いや!なんで?!助けてよ!!たきなも笑ってないでさぁ~!!!」

 

 

___________

 

 

「で、今朝の一件はなんだったの?」

 

お店のピークが過ぎお客さんが減った頃に朝の奇行を尋ねる。

 

「黙れ!裏切り者その2!」

 

「裏切り者その2?」

 

ミズキさんからそんなことを言われるが身に覚えがない。

 

「だから、ミズキの勘違いなんだってぇ~。」

 

「うるさいっ!やっぱりあんた達そう言う関係だったのね、あたしが睨んだ通りだったわ!」

 

どうしよう。全く話しが見えてこない。

俺は中立であろうクルミに状況説明を求めた。

 

「千束がお前のパンツを履いていた。」

 

「は?」

 

こいつ、ついにその一線を越えやがったな。TシャツやYシャツはたまに失くなっているのに気づくと大体、千束が部屋着がわりに着ていることがある。そこは100歩譲って許そう。だが、下着はダメだろう。千束には俺の家を出禁しよう。そうしよう。

 

「千束・・・流石にそれはやベーって。」

 

「ホラ!ミズキが変なこと言うからハチも勘違いしてるじゃん!」

 

「どう言うことだ?」

 

「履いてたのはたきなのパンツ!ハチのじゃないよ!!」

 

「いや、大声で言われても、それも充分やベーって。他人のパンツ履いてる時点で。」

 

「あぁぁぁ!!ただの好奇心だったのぉぉぉぉ!!」

 

「ま、あたしの勘違いなら良かったわ。もし、あんた達が同棲でもしようものなら末代まで呪ってやるからね。」

 

「同棲ではないですけど、千束は昨日ハチさんの家に泊まったんですよね?」

 

「あ゛あ゛ん!!!」

 

たきなよ・・・それは薮蛇だ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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イケオジとお洒落なBARで話しをする話

 

今日も相も変わらず喫茶リコリコは営業中。

だが、1つだけ変わったことがあった。

 

「今夜飲みに行くぞ。史八。」

 

「はぇ?」

 

突如、ボスからの酒の誘い。

予想も出来なかった問いに俺はよく分からない返事をするしかなかった。

 

____________

 

 

ボスが「一度、家に戻ってジャケットか何かに着替えてこい。」と言うので、俺はパーカーからジャケットに着替える。

 

「飲みに行くのにわざわざ着替える必要ある?ボスはもうなんか決まってますけど。」

 

ボスはもう既に普段の紫の着物ではなく白のジャケットを羽織っていた。

 

「いいから、付いてこい。」

 

ボスと一緒にタクシーに乗り込み目的地へと向かう。

到着したのはかなり高いビル。

俺は黙ってボスに付いて行くが、ボスが壁に手をあてると壁の一部が上がり、暗証番号用のボタンが出てくる。

すっげ!映画かよ。

ボスは手慣れた様子で番号を入力すると横にある扉がゆっくりと開いていく。

 

「BAR Forbidden?」

 

俺は受付の上にある店の名前であろう文字を読む。

「禁断」とは良く言ったものだ。

 

ボスはそんな俺に構わず、受付をしている男性に話しかける。

 

「ようこそ、いらっしゃいました。会員証はお持ちですか?」

 

「あぁ。」

 

ボスはそう言い、胸ポケットから黒い会員証を出す。

 

「ありがとうございます。そちらの方は・・・。」

 

俺に振られてもここは初めてだから困るのだが。

そんな俺の変わりにボスが答えてくれる。

 

「すまない、彼はここは初めてなんだ。私の紹介で彼の会員証を作ってくれないか?」

 

「畏まりました。それではお名前を頂戴します。」

 

「大神史八です。」

 

受付の男性は「ありがとうございます。」と言って手元の端末を操作し始める。

 

「それでは次に、入会金として20万円頂きます。」

 

・・・・・俺の耳がバカになったのか?この人、今なんて言った?入会金に20万?ふざけているのか?ぼったくりバーにもほどがあるぞ。

 

「カードで。」

 

俺がそんなことを思っているとボスが隣からカードを差し出す。

 

「どうしちゃったの、ボス?こんな大金をポンっと出すなんて。」

 

「クリーナー代を平気で出す君に言われたくはないよ。」

 

受付の男性はボスにカードを返してから月会費が3万円ほど掛かることを告げる。

 

それからボスと共に店のなかに入ると、なかなかに高級感が漂う、内装だ。高い金額も頷ける。

俺達は空いているカウンター席に座る。

バーテンダーが「いかがなさいますか?」と聞いてきたため、ボスは「いつもの。」と注文する。

 

「お前はどうする?」

 

「オレンジジュース。」

 

「おい、ここに来てオレンジジュースはないだろ。」

 

「ボスも、知ってるだろ?俺は酒は苦手なんだ。」

 

そう俺は、アルコールは苦手だ。

それもこれも、あの荒くれどもと一緒に船の上や酒場で浴びるほどラム酒を飲んだ。ただでさえ苦手だったものを、記憶のなかでは自分の意思は働かないため無理やり飲まされる感覚だ。

・・・・思い出しただけで胸やけがしてきた。

 

それ(オレンジジュース)がないなら出来るだけ甘いやつを。」

 

バーテンダーは「畏まりました。」といい、準備をしていく。

 

オレンジジュースあんのかよ。

 

バーテンダーは直ぐに俺達の前に注文したものを出してくる。

 

「それじゃ、乾杯といくか。 」

 

「オレンジジュースじゃかっこ付きませんけどね。」

 

グラスを合わせ乾杯をしてから俺は、本題を話し始めた。

 

「で、俺に何の話しがあるんですか?」

 

「常日頃から頑張っている従業員を労るのは店長としての役目だろ?」

 

「だったら俺じゃなく、ミズキさんを連れてくれば良かったじゃないですか?」

 

「冗談は止めてくれ。彼女を連れてきたら店の酒と私の財布の中身が一晩で失くなってしまう。」

 

「たしかに。」

 

ボスは笑いながらそう答えると俺も釣られて笑ってしまった。

しかし、冗談はここまでにしよう。

 

「で、高い会員費を払ってまで俺をここに連れてきたのは店で話せない話しをする為じゃないんですか?」

 

ボスは俺のセリフを聞き、笑うのを止め真剣な表情になる。

 

「・・・・・君の過去についてだ。」

 

なるほど、そういうことか。

 

「俺の過去と言っても、あなたも知ってるじゃないですか?今さら話すことなんてありませんよ。」

 

「流入現象はどうだ?」

 

「・・・そうですね。最近はめっきり減りましたね。まぁ、アニムスに長い間、接続されていないからって理由が大きいんでしょうけど。」

俺は運ばれてきたオレンジジュースを飲みながら答える。

 

「本当か?もし、まだ流入現象があるなら、」

 

「本当ですよ。最近は全くない。急にどうしたんですか、ボス?」

 

「すまない。」そう言ってボスは顔を両の掌で覆ってしまう。

 

「・・・ボス、俺に何か隠し事があるんじゃないですか?」

 

ボスは「ふぅ~。」と息を吐く。何も言わないが雰囲気で分かる。

 

「まぁ、無理に聞きはしませんよ。貴方にもそれなりの理由があるんでしょうし。これでも、感謝しているんですよ。」

 

「私ではなく千束に・・・だろ?」

 

「もちろん、千束にも感謝してますよ。あの時の俺を救ってくれた。育ててくれた貴方にも感謝してる。」

 

ボスは「そうか。」と少し辛そうな表情で言った。

そんなボスは急に話題を変える。

 

「そういえば最近、千束とはどうなんだ?いつも、君のところに入り浸っているのか?」

 

「いつもって訳じゃないですけどね、大体は俺の家に居ますよ。ボスからも何とか言ってやってくださいよ。付き合ってもない年頃の男女が一つ屋根の下っておかしいでしょ。」

 

「君が言っても聞かないなら私が言ったところで変わらないよ。」

 

「いや、俺だって千束の要望は出来るだけ叶えてやりたいですよ。実際。あいつには心臓のこともありますしね。」

 

「千束が家に一緒に居ると何か不都合でもあるのか?」

 

わざと言ってるのか?こいつ?

 

「別に!!」

 

年頃の男には色々あるのだ。

俺はそっぽを向くがボスに笑われてしまう。

 

「お似合いだと思うんだけどな。」

 

「俺と千束がですか?冗談は止めてください。」

 

俺は溶け始めたグラスの中の氷を弄りながら答える。

 

「あいつは光で、俺は影だ。絶対に交わらない。それに、」

「俺は、俺の目的の為なら喜んで信条(クリード)を捨てられる汚い人間ですよ。」

 

「君の目的とは何だ。」

 

俺は少し考えてから、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自由のために戦う・・・・です。」

 

俺の言葉を最後に夜は更けていく。

 

 

 

 





はい、という事で今回もオリジナル話でした。
続きが気になっていた方がいらしたらすみません。
話しの構築を考えていくとやっぱり、こういったところでちょっとした伏線を張らなければオリ主君が活躍できないため、ご了承下さい。


リコリス・リコイル9話見ました。
以下ネタバレ注意!!






















千束ちゃんとたきなちゃんは別々の道を行くことになってしまいましたねぇ。また、再会できることを信じています。

最後に真島さんが襲撃したところも気になります。
作者は最後にヨシさんが持っていたアタッシュケースのなかに千束ちゃんの新たな人工心臓が入っていると睨んでいます。

それを千束ちゃんへの交渉材料に使おうとしてたが、真島さんに取られてしまい~、と言う流れでしょうか?

次回第10話!今から気になります!!




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ちょっと不吉な感じになってきた話

 

 

「では~、みんなぁ今回の!依頼内容を説明をしよう!とっても楽しいお仕事ですよぉ~。」

 

本日のリコリコの営業が終わり、明日の仕事内容を千束がタブレット端末を持ちながら元気良く説明する。

というか、何故千束が?

 

「ミズキさんが説明しないのですか?わたし、もう読みましたけど。」

 

「いひひひ、うふふふふ。まずね、ちょいちょいちょい

、ちょい!」

 

「今回やたら乗り気なのよ。」

 

「そこ!私語はしない!そして!そこのリス!!ゲームしてない。」

 

千束はタブレット端末で2階でゲームをしているクルミを指差す。

 

「聞いてるよ。」

 

千束は咳払いをしてから明日の依頼内容について説明していく。

 

「今回の依頼人は72歳、男性の日本人。過去に妻子を何者かに殺害され、自分も命を狙われた為、アメリカに避難していた。現在は、筋、き、きん~、」

 

千束がなれない単語に詰まったためクルミが代わりに言う。

 

「筋萎縮性側索硬化症。」

 

「あぁ、ALSか。」

 

「え、えーえる?」

 

「ALS。筋萎縮性側索硬化症の略称だ。簡単にいうと、体の末端から徐々に動きづらくなっていって最終的には自分でも呼吸できなくなってしまう病気だ。なんで依頼内容知らない俺の方が知ってんだよ。」

 

「それだと自分では動けないのでは?」

 

たきなの問いに千束は指を指して肯定する。

 

「そう!去年、余命宣告を受けたことで最後に故郷の日本、それも東京を見て回りたいって。」

 

「とどのつまり、観光したいってことか?」

 

「泣ける話でしょ~。要するに、まだ命を狙われている可能性があるため、Body guard!します。」

 

「依頼人は何で狙われてるのかわかってんのか?」

 

「それがさっぱり。大企業の重役で敵が多すぎるのよぉ。その分報酬はたっぷりだから。」

 

俺の質問にミズキさんが答える

結局、命を狙われる理由はわからずか。

 

「日本に来て直ぐに狙われるとは思えないけどねぇ。行く場所はこっちに任せるらしくて私がバッチリ、プラン考えるから!」

 

「まぁ、その辺は千束の十八番だな。」

 

「旅のしおりでも作ろうか?」

 

「それだ!」

 

クルミの提案に千束は指を鳴らしながら賛成した。

 

 

______________

 

翌日、朝早くに喫茶リコリコに一台の大型ワゴン車がやってくる。

酸素ボンベ付きの車イスに座った白髪交じりの男性が酸素ボンベから鼻カニューレで酸素投与しているが、目はどうしたのだろうか?ALSで目が見えなくなるという症状はないはずだが。

 

車イスに座りながら店に入ってきた老年の男性を俺達は迎え入れ、千束が元気良く挨拶をする。

 

「お待ちしておりましたぁ~。」

 

「遠いところ、ようこそ。」

 

ボスも今回の依頼人に挨拶をする。

 

「少し、早かったですかね?楽しみだったもので。」

 

男性からではなく、車イスについたスピーカーから声が聞こえる。しゃべれない段階まで症状は進行しているのか。

 

千束は少し戸惑いながらも直ぐにいつもの調子を取り戻し、旅のしおりを見せる。

 

「あっ、いえ!準備万端ですよ!旅のしおりも完璧でぇす。」

 

「千束、データで渡そうか?」

 

「え?あっ。」

 

千束は気づいたのか「しまった。」と言う風に自分の口をしおりで隠す。

 

「助かります。あとはこの方達にお願いするので下がっていいですよ。」

 

一緒に来た黒服の男性にそう伝え黒服の男性は店を後にする。

しおりのダウンロード中に今回の依頼人である松下さんと会話をする。

 

「今や、機械に生かされているのです。おかしく思うでしょ?」

 

そんな松下さんの言葉に千束は明るい声で否定する。

 

「そんなことないですよ。私も同じですから、ここに。」

 

「ペースメーカーですか?」

 

「いえ、まるごと機械なんです。」

 

千束は自分の胸の前でハートマークを作るとたきなとクルミが驚愕の表情を示す。

まぁ、知らなかったのは無理もない。でも、今言うことでもないだろ。

 

「人工心臓ですか。」

 

「あんたのは、毛でも生えてんだろうね。」

 

「機械に、毛は生えねぇっての。」

 

ミズキさんと千束がボケとツッコミを他所にたきなはどういうことか説明を求めようとするがタイミング悪く、旅のしおりのダウンロードが終わる。

 

松下さんの付けているゴーグルからたった今ダウンロードされたものが見えているのか松下さんは喜んでいるようだった。

 

俺は、気になっていることを聞く。

 

「松下さん。」

 

「何でしょう?」

 

「失礼を承知でお尋ねしますが、その目はなにか事故で?」

 

「え? えぇ、これはALSとは関係ありません。向こう(アメリカ)でとある事故に巻き込まれてしまって。」

 

「そうですか、すいません。突然こんなこと、謝罪します。」

 

「いえいえ、気にしないで下さい。良く聞かれるんです。」

「でも、そうですね。罪悪感を感じているなら貴方もこれからの観光に付いてきてください。」

 

「俺がですか?」

 

「はい、実は今回の東京観光の案内をしてくれるのはそこにいるお嬢さん達なのでしょう?こんなじじいが両手に華を持っていると少々、恥ずかしくてね。男性である君が付いてきてくれると嬉しいのだが。」

 

予定では今回の俺の役目は裏方だ。ボスに視線を向けると首を縦に振っているので俺の役割は誰かがやってくれることだろう。

 

「わかりました。依頼人からたってのご要望なので同行させて頂きます。」

 

「そうですか。それは良かった。よろしくお願いしますね。」

 

そして、千束の明るい声が響く。

 

「では!東京観光しゅっぱーつ!!」

 

そう言いながら千束は松下さんの車イスを押しながら店を出る。

 

「あの、ハチさん。千束の今の話し、」

 

たきなはそう俺に尋ねてくるが、千束から「早く。」と催促された。

 

「ほら、ハチも早く!ミズキ、車~!」

 

 

______________

 

 

ミズキさんの車で最初に来たのは水上バスであった。

松下さんもご満悦の様子だ。

 

「これは、予想外でしたねぇ。」

 

「墨田区周辺は、何本も川に囲まれてて都心を水上バスで色んなところを渋滞を気にせずに移動できるんです。」

 

俺とたきなは周囲の警戒をしながら千束と松下さんの様子を確認する。

 

松下さんは旧電波塔を見ながら言った。

 

「やっぱり、折れてしまってますねぇ。」

 

「折れてないの見たことはあるんですか?」

 

「いえ、東京に来るのは初めてで子供達と約束してたんです。「一緒に見上げよう、首が痛くなるまでって。」あの世で土産話が出来る。」

 

「ま~だまだ!始まったばっかりですよ~!」

 

千束は暗い雰囲気にしないようにわざとオーバーリアクションを取っていた。

 

 

水上バスを降りてから、浅草寺に来ていた。

ここでも、前日から勉強したであろう知識を松下さんに遺憾なく発揮していく。

普段からこれくらい勉強熱心だったらなぁ。

 

「正式名称は風雷神門。創建年数は西暦942年、正式名称のとおりに左に雷神、右には風神。浅草寺を災害や争いから守ってくれる神様!あっ!ガードマンですね。私とたきなと同じ。私たちは松下さん、専属ぅ。」

 

「可愛い神様ですねぇ。それでは彼は?」

 

「俺は真ん中のデカイ提灯役ですかね。」

 

俺は笑いながらそう答える。

 

次は仲見世通りを歩く。

 

「全然、進みませんねぇ。」

 

「雷門通りと浅草寺観音堂前の中間のお店で仲見世通りって言うわけ。浅草寺は1400年前にさっきの隅田川で漁師の網にかかった仏像を祀ったのが始まりなんです。それが、御本尊の聖観音世音菩薩なんです。地球上の全ての生き物を救ってくれる仏様なんですって。」

 

「全ての生き物ですか。とてもワタシには真似できないですねぇ。」

 

千束の説明を聞き、松下さんはそう答える。

全ての生き物を救うか。神様ってやつはスゴいな。

まぁ、俺は神や仏は信じちゃいないが。

歴史的に残っている神々が起こした、いわゆる神話のほとんどは「先駆者」が起こしたことだ。

 

「本当に、あんたら神様ってのが存在するなら助けてくれよ。」

 

「ハチさん?」

 

頭のなかで言ったつもりだったが口に出てしまっていたようで、たきなが尋ねてくる。

 

「すまん、何でもない。俺たちも早く行こう。」

 

そう言ってたきなと一緒に本堂を後にする。

 

_____________

 

五重塔に移動している最中に千束が反対側の歩道にいる阿部さんを見つけたようだ。何だか走っていたようで阿部さんの息が少し上がっていた。

千束は阿部さんに手を振る。

 

「阿部さ~ん!」

 

「やぁ、千束ちゃんか。」

 

「お勤めごくろ~さまで~す!」

 

「良く気づいたねぇ。!」

 

「私、目がいいのぉ~!」

 

俺とたきなも阿部さんにお辞儀をする。

この大勢人のいる前で声を上げるのは少々恥ずかしい。

 

「たきなちゃんと史八君もか。3人でお祭りかい?」

 

「今~、お客さんを観光案内してるんです~!」

 

「へぇ!偉いなぁ!」

 

「それじゃあ!お仕事、頑張ってくださぁい!」

 

そう言い、阿部さんとその部下であろう刑事と別れる。

 

それから俺達は松下さんを楽しませるため様々な所に行った。

もちろん、護衛の仕事は忘れていないが、千束はどうだろう?

千束もこの観光案内を楽しんでいるようだが、射的で景品であるぬいぐるみをほとんど打ち落とすと出禁になるぞ。

 

 

 

_____________

 

再び水上バスに乗り、次の目的地を目指す。

私と松下さんは今度は延空木を見ている。

ハチとたきなはふたりで周囲の索敵をしてくれている。

 

「あれが、延空木ですね。」

 

「11月には完成らしいです。」

 

「設計に知り合いが関わってるんです。」

 

「えぇ!すごっ!」

 

「そう。彼は未来にスゴいものを残してる。」

 

「じゃあ、完成したら見に来てくださいね。またご案内しますよ。」

 

「・・・・・・えぇ、またお願いします。君は素晴らしいガイドだからねぇ。」

 

私は嬉しくなる。そんな時に向こうにいるハチに松下さんは視線を向ける。

 

「ところで、君は彼とはどのような関係です?カップルなのかな?」

 

「えぇ!ハチですか?えぇと、どうなのかな?やっぱりそう見えちゃいますぅ?」

 

私は自分の顔が熱くなるのを感じる。多分、今わたしの顔は真っ赤なのだろう。

 

「えぇ、お似合いだと思いますよ。」

 

「もうっ!やだぁ、松下さんってば私とハチはまだそんな関係じゃありませんよ!」

 

まだ(・・)ということはいつかそうなるということですが?」

 

「え?!いやぁ~、あはは。まいったなぁ~。」

 

「なるほど、青春中というわけですか。すいません、少し苛めてしまいましたね。それにしても今日は暑いですね。ちょっと中で休ませてもらいます。」

 

そう言って、松下さんは車イスを自分で操作しながら船内に移動する。

 

自販機で買ったであろうジュースをたきなからを受け取る。

 

「喜んでもらえてるみたいですね。」

 

「私、良いガイドだって。才能あるかもぉ~。」

 

「依頼者の警護が優先ですよ。」

 

「そうだね、そうだった。」

 

そんな時にたきなから視線を感じる。

 

「なに、なに?」

 

「今朝の話し、本当なのですか?」

 

「ああ、胸のことね。本当だよ。鼓動なくてビックリしたけどスゴいのよぉ、コレぇ。」

 

人工心臓が入っているであろう箇所をトントンと軽く叩くようにしているとたきなが徐に胸を触ろうとしたので両手で胸を隠す。。

 

「ちょいちょちょいちょい。」

 

「確かめようと思って。」

 

「いいけど、公衆の面前で乳を触るな。」

_____________

 

俺は、船上から周囲に敵がいないか索敵していると向こう岸からこちらを双眼鏡で見ている怪しい人物を見つける。

念のため報告しておこう。

 

「ボス、双眼鏡でこちらを見ている怪しい人物を発見した。このくそ暑い日に真っ黒なコートを来てやがる。おまけにバイクとヘルメットも黒尽くしだ。」

 

「了解した。今クルミにドローンで追跡してもらっている。」

 

「史八が見つけたやつの名前はジン。暗殺者。その静かな仕事ぶりからサイレント・ジンとも呼ばれてる。ベテランの殺し屋だとさ。史八と気が合うんじゃないか。」

 

「冗談は止めてくれ、クルミ。話し合いに応じるような奴なのか?」

 

現在俺達はクルミが調べた情報を聞きながら敵にバレないように水上バスから降りている。上手く撒ければいいが。

 

「サイレント。」

 

「知り合いか?」

 

「15年前まで警備会社で共に裏の仕事を担当していた。私がリコリスの訓練教官にスカウトされる前だ。」

 

「どんな奴?」

 

「本物だ、サイレント。確かに声を聞いたことがないな。もっとも、史八程ではないが。」

 

「あまり、嬉しくないですよ。ボス。」

 

ミズキさんは車でサイレント・ジンを尾行しているようだ。

 

「30m先で確認。こっちは顔がバレてない。発信器付けに行くよ。」

 

ミズキさんは尾行を続けるが やつは走らせていたバイクを止め、クルミが操作していたドローンを打ち落としたようだ。

 

「くそ!バレてる!」

 

「ジンは不味いな。」

 

どうやらミズキさんが危険なようだ。

クルミからの指示が入る。

 

「予定変更。避難させてこちらからひとり打って出るべきだ。予備のドローンとミズキでジンを見つけ次第、攻撃に出る。」

 

「そっちが美術館出たら車回すよ。」

 

「わかった。」

 

「了解。」

 

俺と千束はそう答える。

チッ!慌ただしくなってきた。

松下さんと一緒に観光名所を回っているとボスからの報告が入る。

 

「ミズキと連絡が途絶えた。ジンが仕掛けてくるぞ。」

 

「俺が行k」

 

「いえ、わたしに任せてください。」

 

「俺が行く。」と言おうとしがたきなに遮られる。

そんなたきなを千束は止めようとするがたきなは走って行ってしまった。

 

「どうしました?」

 

今の状況を護衛対象である松下さんには伝えるわけにはいかず、松下さんには悪いが誤魔化せてもらおう。

 

「ちょっとトイレに行ってくるみたいなので先に行っててほしいみたいです。」

 

「そうですか。では、行きましょうか。」

 

千束と松下さんと一緒に避難行動を開始する。

相手はプロだが、たきなは大丈夫だろうか?

 

俺達は今、東京駅のホームにいる。

その時に、ボスから連絡が入る。

 

「史八、千束。」

 

松下さんにはちょっと待っててもらうようにお願いしてから松下さんに聞こえないよう少し離れた位置に移動する。

 

「ボス、状況は?」

 

「ミズキが無事だったぞ。」

 

そうか。とりあえず良かった。

千束も安心したのかほっと息を吐く。

 

「はぁ、よかったぁ~。」

 

「そっちに迎えに行ってる。松下さんと直ぐに帰ってこい。」

 

「了解しました。ミズキさんを待って電車で帰ります。」

 

ボスとの連絡が終わって千束が「松下さん。」と振り向きながら呼び掛けるがそこに松下さんの姿はなかった。

 

「え?松下さん?」

 

「どこ行った?あの人ぉ~~!」

 

俺達は手分けして松下さんを探して駅内を走り回る。

 

「千束、居たか?」

 

「ううん、そっちは?」

 

「コレだけ探して居ないってなると駅の外か?」

 

「探してみよう!」

 

千束と一緒に駅の外を探し始めると、駅の近くの広場で松下さんを見つける。そんな彼に千束が話しかける。

 

「松下さん、どうしたんですか?行きたいところがあったんですか?」

 

「ジンが来ているんだね。あいつは、ワタシの家族を殺した。確実に私を殺しに来るはずだ。」

 

コレだけ慌てていれば気づかれるか。

クルミからの通信が入る。

 

「千束、史八。たきなが撒かれた。気を付けろ。」

 

「日本にいる限り、あいつは絶対に殺しに来る。」

 

「なら、一度店に帰りましょう。避難してからどうするか考えましょう。」

 

「ワタシには時間がないんだ。」

 

千束がそう提案したとき、松下さんの背後の工事現場からこちらを狙っている男が目にはいる。

 

「千束!松下さんを安全なところに!!」

 

そう言いながら松下さんとジンの対角線上に入り、奴が撃った銃弾を右側の籠手で防ぐ。

 

「2人とも逃げてぇ!!」

 

そう言いながらたきながジンに発砲しながら近づく。

たきなはタックルをし、工事現場の2階からジンと共に落下する。

 

「たきなぁぁぁぁ!」

 

「たきなの奴、無茶しやがって!千束!早く松下さんを安全なところに!俺はたきなの所に行く!!」

 

「分かった!気をつけて!」

 

俺はたきなの後を追い、工事現場内に入る。

サプレッサーで小さくなっているが銃声が聞こえる。こっちか!

銃声のなる方に進んでいくとコンテナの側面に背中を預けているたきなを発見するが、2階からジンに狙われている。

俺は、たきなのもとにスモークグレネードを投げジンからたきなの姿を見えなくする。

たきなをコンテナの裏側に移動させジンから死角にする。

煙の中でたきなに話しかける。

 

「たきな。大丈夫か?」

 

「大丈夫です。弾が足を掠めただけです。」

 

俺は懐から応急キットを取り出したきなに渡す。

 

「なら良かった。じゃ、コレで自分で治療してくれ。後は、俺がやるから。治療がすみ次第援護射撃を頼みたい。出来るか?」

 

「もちろん。」

 

たきなは自信満々に答える。

頼もしい限りだ。

 

「さて、それじゃあやりましょうかね。」

 

俺はそう言ってフードを被る。

煙が徐々にに晴れ、俺は堂々とジンの前に立つ。

だが、奴との距離があるため近づかなければならない。

俺は、パルクールをしながらジンに近づく。ジンも発砲して近づけないようにするが俺には当たらない。

数秒でジンのいる2階に到着し、右手にスタンナイフを構える。

 

先にジンが発砲し仕掛けてくるためそれを避け更に走って近づく、スタンナイフを当てようとするがさすがにプロと行ったところか、簡単に避けられてしまった。

まぁいい。計画通りだ。今俺の右手にはスタンナイフが握られていて、奴の射撃を防いだのも右手だ。奴は今、俺の右手を警戒している。

俺は再びスタンナイフで奴の首筋を狙うが今度は確実にかわされ手首を捕まれてしまう。

勝ちを確信したのか奴はニヤついているが、俺は左手の掌を奴の鳩尾に当てるようにおき、非殺傷弾を三発お見舞いする。

鈍い音が3度鳴り、ジンは膝から崩れ落ちる。

 

ジンをワイヤーで拘束していると後ろからたきなに声をかけられる。

 

「任せてって言ったじゃないですか。」

 

「悪いな、美味しいとこだけもらっちゃって。」

 

そんな時、千束とミズキさんと一緒に松下さんがやって来た。

 

「殺すんだ。そいつは、ワタシの家族の命を奪った男だ。殺してくれ!」

 

そう言って松下さんは俺と千束にジンを殺すようにお願いする。

 

「いや、」

 

「本来ならあの時、ワタシの手で殺すべきだった。家族を殺された20年前に。君たちの手で殺してくれ!君たちはアランチルドレンのはずだ!千束、何のために命をもらったんだ。その意味を良く考えるんだ。」

 

松下さんが言っていることはめちゃくちゃだ。自分の復讐のために俺と千束に殺しを強要している。それに、何故俺がアランチルドレンであることを知っている?俺は松下さんにチャームを見せてないし、俺自身、アランチルドレンであるかどうかも分からないのにこの人は俺がアランチルドレンであることを知っているようだった。

 

「松下さん。私はね、人の命は奪いたくないんだ。」

 

「は?」

 

「私はリコリスだけど、誰かを助ける仕事をしたい。これをくれた人みたいにね。」

 

そう言って梟のチャームを松下さんに見せる。

 

「何をいっt、千束、それではアラン機関は君をその命を。」

 

遠くでパトカーのサイレンが鳴る。

ミズキさんがさっさと逃げようと俺たちに促すが、松下さんの車イスに付いていた機械が突然シャットダウンする。

 

「なっ!松下さん!」

 

俺は急いで松下さんのもとに駆け寄ると違和感を感じる。

先ほどの松下さんの会話、突然の機械のシャットダウン。

嫌な予感がし、俺は松下さんの付けているゴーグルを外す。

そこには目を閉じて眠っている老人がいるだけであった。

 

「ちょっと!ハチ!何やってるの?!」

 

突然の俺の行動に千束とたきな、ミズキさんも驚いていたが、俺は今分かった事実を三人に伝える。

 

「やられた。」

 

「やられたってどう言うこと?」

 

「俺たちが今日、話していたのは松下さんじゃないってことだ。とりあえず撤退しよう。」

 

______________

 

 

現場から少し離れたところで車を止め、ボスがジンに話しかける。

 

「ミカ!そうか。お前の部下か。」

 

「フードの彼は私の部下ではないがな。」

 

「良い腕だ。」

 

「そりゃどうも。」

 

それから、ボスとジンは俺たちから少し離れたところで話をしている。

ボスなら上手く情報を引き出してくれるだろう。

 

____________

 

帰り道の車の中でミズキさんが言う。

 

「クリーナーから連絡があったわ。指紋から身元が判明。先々週に病棟から消えた薬物中毒の末期患者だって。もう自分で動いたり喋ったり出来ないらしいわよぉ。」

 

「そんな!みんなと喋ってたじゃない。」

 

「ネット経由で第三者が千束達と話してたんだよ。ゴーグルのカメラに車イスはリモート操作で音声はスピーカーだよ。」

 

「松下さんは存在しない。」

 

「え?じゃあ、誰が?何で私とハチに殺させようとしたの?何のために?」

 

「理由は分からないが、今回の黒幕はアラン機関の関係者なのは確かだな。俺のチャームを見せていないのに俺がアランチルドレンであることを知っているようだったしな。」

 

 

どこの誰かは知らないが、やってくれたな。

 

 

__________

 

同時刻

 

 

サードのリコリスが一人、作業服を着た男を尾行していた。

横断歩道の信号が青になったため男の後ろについて歩くようにし、男に止めを刺そうと銃口を向ける。

その時に対向車線から勢い良く車が突っ込んでいき、サードリコリスを跳ねる。

罠に嵌められたと思ったときにはもう既に遅く、次々と、作業服を着た男達がリコリスを取り囲む。男達の手には銃が握られていて、銃口はリコリスに向けられる。

 

車でリコリスを跳ねた緑色の癖っ毛の男は車から出て来て誰に言うわけでもなく呟く。

 

「まずは、1人目だ。リコリス。」

 

人気のいない道路に銃声が鳴り響く。

 

___________

 

喫茶店に戻ってきたわたしは畳の上に腰を掛け隣では千束が横になっている。

 

「いっぱい話して良いガイドだって言ってくれたのもぜぇ~んぶ嘘かぁ。」

 

「良いガイドだったのは嘘じゃないと思います。」

 

「ありがとぉ。」

 

わたしは千束に本心を言うが千束の心には届いていないようだった。

わたしは徐に千束の胸に耳を当てる。

 

「ちょーいちょいちょいちょい。」

 

「今は他の人、いませんよ。」

 

「・・・・・・本当に、鼓動ないんですねぇ。」

 

「そうなの、スゴいだろ。」

 

 

 

 

 

 

 





難産でした。


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紅と蒼の彼岸花との共同生活が始まる話

 

とある日の昼下がり今日は喫茶店の定休日だったため俺は食材の入った買い物袋を手から下げ帰宅中である。

しかし、家には食材は充分にある。

では、何故俺が買い物をしていたのかというと原因は千束にあった。

今日の昼飯は暑いので素麺にしたのだが、それが気にくわなかったのか晩飯はハンバーグをお願いされた。合挽き肉が無かったためそれを断ると「やだ!やだぁ~!」と園児顔負けの駄々をこねられても困るため、こうして足りない食材の調達に出ているといるわけだ。

 

「ったく、あいつは。このくそ暑いのに買い物になんか行かせやがって。」

 

俺がそう、愚痴をこぼすとスマホの着信音が鳴る。

画面には「ボス」の文字が。

 

「もしもし、どうしました?」

 

「休日にすまないな、史八。」

 

「いえ、大丈夫ですよ。これから仕事を~何て言わない限り。」

 

「はははっ、大丈夫だ。仕事ではないよ。」

 

「なら安心しました。それで?」

 

「今、千束は君のところに居るのか?」

 

「えぇ、まだ入り浸ってますよ。俺は今夜、ハンバーグが食べたいじゃじゃ馬姫のために買い出しの帰りですけどね。」

 

「いつも、すまないな。」

 

「そう思うなら、貴方からも千束に言ってくださいよ。」

 

「少しでも君に甘えたいのだろう。」

 

「そうですかね?」

 

「そうだとも。」

 

いかん、話しが脱線してしまっている。

それに気づいたボスは話を戻す。

 

「ここ最近、リコリスが襲われているという報告があった。」

 

「リコリスがですか?」

 

「あぁ、今現在襲われたリコリスは4名。全員死亡し、犯人の目処も立っていない状況だ。遺体から判断するに複数犯のようだ。」

 

「何故リコリスが特定されるんです。」

 

「わからん。しかし、リコリスが襲われているのは事実だ。君も気を付けてくれ。」

「勿論、君なら大丈夫だと思うが念のためだ。」

 

「わかりました。気を付けます。」

 

「あぁ、それと、」

 

俺が通話を切ろうとしたときにボスは爆弾を投下する。

 

「たきなを君の(セーフハウス)に向かわせた。今頃、到着している頃だろう。」

 

「・・・・・・・・・・・何故?」

 

ボスが何を言っているのかわからない。

 

「君のところに千束が居るのだろう?リコリスが狙われている現状、出来るだけ単独行動は避けたい。そこでたきなを千束の元に向かわせた。」

 

なるほど、なるほど。つまりこういうことだ。

 

リコリスが何者かに襲われている→リコリスである千束とたきなは単独行動を避けたい→千束は俺の家に入り浸っている→たきなは俺の家に向かっているorもういる←今、ココ。

 

ふむ、理解できた。

 

「いや!おかしくね!!!」

 

「どこがおかしいと言うんだ?」

 

「いや!おかしいでしょ!普通に考えて!!年頃の付き合ってもいない男女がひとつ屋根の下で生活してる時点でおかしい!!」

 

「千束と生活してるじゃないか。」

 

「あいつが勝手に入り浸ってるだけです!!!」

 

「とにかく、さっきも言ったように君も襲われる可能性がある。出来るだけ単独行動を防ぐためにだ。分かってくれ。」

 

思うところはあるが理屈は理解できる。

 

「・・・分かりましたよ。用件はコレだけですか?」

 

「あぁ、では頼んだよ。」

 

「了解。」

 

今度こそ通話を切り、空を見上げる。

空には雲ひとつ無く太陽が輝いていた。

さっきのやり取りで熱くなってしまったためか電話がかかってくる前よりも暑く感じる。

 

「あっつ。」

 

早くクーラーの効いた部屋に入るために足早に帰宅することにする。

彼岸花が一本増えているであろう自宅に。

 

_____________

 

(セーフハウス)の扉を開けると、電気の点いていない真っ暗な部屋が広がる。それもそのはずこっちはダミーの部屋で、使っているのは下の階の部屋だ。

下の階には気配がふたつある。おそらく、たきなが既に到着しているのであろう。

 

俺は梯子を使って下の階に降りるてからリビングに繋がるドアを開ける。

 

「た~いま。」

 

「おかえり~、ハチ!買い出しご苦労様です~!」

 

「え?何故ハチさんが?」

 

千束は俺に軽い敬礼をして、たきなは俺がこの場にいることが理解できていないようだった。

ボスから聞いてるはずだが?

 

「あっつい、千束、冷たいお茶くれ。」

 

手に持っていた買い物袋を台所に置き、千束から氷と緑茶の入ったグラスを受けとる。

 

「ねぇ、ハチ?たきながいることに驚かないの?」

 

「あぁ、帰ってくる前にボスから連絡があったし、部屋のドアを開けたところから気配は感じてた。」

 

緑茶を飲みながら、千束の質問に答える。

千束は「あ~、なるほどね~。」と、返答しする。

今度はたきなから質問が来る。

 

「あの、何故ここにハチさんが?」

 

「何故ってここ俺の家だし。」

 

たきなは「え?」と言ってから顎に手を当てて何か考えている。

とりあえず、何かしらの答えは出たようだ。

 

「お二人は同棲していると言うことですか?」

 

「何故そうなる?!」

 

「だって、さっき千束が私のセーフハウスって。」

 

俺は無言で千束を睨み付ける。

当の本人は頭の後ろで手を組んで、下手くそな口笛を吹いている。

千束、吹けてねぇぞ。

 

「はあ、千束に何言われたか知らんが、ここは俺の(セーフハウス)(リコリコ)が近いからって千束が勝手に入り浸ってるだけ。」

 

「えぇ~いいじゃ~ん。同棲してるってことで!もしかして、ハチってば照れてんの~?お?照れてんのか~?」

 

「はい、今日のお前の晩飯、素麺に決定!」

 

そう千束に伝えると俺の服の裾を握りながら止めてくれと懇願してくる。

 

「というか千束、俺が買い出しに行く前に言ったよな。テーブルの上を片付けておけって。俺の目が悪くなったのか?一向に片付いてるところが見受けられないんだが。」

 

「あっ!い、いやコレは、片付けしようと思ってたときにたきなが来ちゃって~、出来なかったと言いますか・・・。」

 

「正直に言えば晩飯の素麺は勘弁してやる。」

 

流石に、昼飯と晩飯が同じなのはかわいそうだ。

 

「すいません!忘れてました!!」

 

「はぁ、たきなもいるんだから晩飯までに片付けておけよ。」

 

「はぁ~い。」

 

「たきなは千束から家の案内はされた?」

 

「あっ、はい。お風呂やトイレの場所も既に確認済みです。後は、わたしの就寝場所はソファーでも構いませんか?」

 

「ダメ(だよ、たきな)。」

 

「いえ、ですが、」

 

「部屋は余ってんだ。千束のとなりの部屋を使うと良い。それが嫌なら今日から千束と一緒に寝るか?」

 

「!、そうしよう!たきな!!」

 

「喜んでお部屋をお借りします。」

 

「なぁ~んでだよ~。」

 

千束は目を輝かせて言うが、食い気味に断られてしまった。

 

「そんなことより、お二人は家事とかどうしていたんですか?分担してやってたんですか?」

 

「いや、食事と掃除は基本俺だな。たまに千束が掃除をやってくれるときもあるが年に数回あるかないかだ。」

 

「千束。」

 

「いや、だぁってハチのご飯の方が美味しいし・・・。」

 

「そんなんだけど洗濯だけはやりたがるんだよな。」

 

「だって、下着見られるの嫌だもん。あぁ、あとトイレはたきなも下の階のあるやつを使っても良いよ。ハチが上の階の奴を使ってるから。」

 

「了解しました。でも、それだとハチさんの負担が大きくないですか?」

 

「まぁ、俺の負担が千束よりでかいのは事実だな。」

 

「では、こうしましょう。共同生活を送る上で公平な家事分担です。」といい、壁に一枚の画用紙を張り付ける。そこには家事分担スケジュールと書かれた1週間の予定が書かれている紙に千束とたきなの名前が書かれていたが、そこに俺の名前はなかった。

 

「たきな?俺の名前が書かれていないんだけど?」

 

「ハチさんには居住スペースをお借りしているため家事には参加してもらわなくても大丈夫です。わたしと千束で分担させてもらいます。」

 

いや、そんなこと気にしなくても良いのに。真面目かっ。

 

このスケジュールに不服なのか千束から「つまんな~い。」という声が上がる。

 

「つ、つまらない?で、ではジャンケン・・とかがいいですか?」

 

!たきな、それは!!

 

「いいね、それいいね!ジャンケン!!」

 

たきなの案に千束は機嫌良く乗る。

こいつ、まさか・・・。

 

それから、千束とたきなのジャンケンが始まる。

千束の元気の良い最初は、グー(・・・・・・)という掛け声から始まり一見すれば、ただのジャンケンだが俺は知っている。

これがただの茶番だということに。

これは昔俺が千束に教えてしまった手前、今現在たきなにものすごい罪悪感を感じている。

すまん、たきな。

 

彼女らは計21回のジャンケンを終えるがスケジュール表には千束の名前はなく、全ての空欄はたきなの名前で埋められていた。

たきなは信じられないという表情をし、千束は、何事もなかったかのようにストローでアイスコーヒーを飲んでいた。

 

・・・こいつ、平然と自分の相棒をカモりやがった!!!!

 

コレはかわいそうだ。罪悪感もある手前、俺は食事担当を願い出る。この願いは簡単に受け入れられた。

 

______________

 

翌日、3人でリコリコへ出勤する。

 

「おっはよう!労働者諸君!」

 

「おはようございます。」

 

「はよーっす。」

 

俺達はそれぞれ挨拶をするとカウンターで大量のスイカを切っているミズキさんに声をかけられた。

 

「きぃたよ~。えらいことになってるわねぇ。」

 

「あぁ~、私らDAじゃないから大丈夫だよ~。」

 

「可能性はゼロじゃありません。」

 

「たきなの言うとおりだ。俺だって狙われてる可能性だってあるのに。」

 

俺とたきなは千束の楽観的な感想を否定しながら店の準備をするため店の裏側に回る。

そこにはおそらく楠木と通話中であろうボスがいた。

 

「次の被害を防ぐためにもなると思うが、あぁ、そうか。分かった。」

 

「楠木さん?」

 

「指令は情報くれそうですか?」

 

「極秘だとさ。」

 

「流石、天下のDA様だ。秘密の多いことで。

 

俺は精一杯の皮肉を込めて言う。

そんな時に、座布団をふたつ織りにして枕にし座敷で寝っ転がっているクルミが「勝手に覗いちゃうから、いいよぉ~。」と言った。

 

流石、天下の天才ハッカー様だ。言うことが違う。

 

____________

 

店が繁盛するのはとても喜ばしいことだが、お客さんが多すぎても忙しすぎる。

俺は伝票を見て次に何を作れば効率が良いかと考えながら動く。

 

「はい、三色団子あがり。千束~、3番さん卓に持ってってくれ。」

 

そう言うが、千束の返事はなく、代わりにたきなが来てくれた。

 

「千束はホールにはいませんよ。調理場にいないんですか?」

 

「ん?おかしいな。こっち(調理場)にもいないけど・・・。」

 

まさか・・・。

俺は座敷に移動する。

俺の読みは正しく、千束は座敷でクルミとボードゲームで遊んでいた。

俺は気配を消しているので遊んでいる2人は気づかない。

 

「コレ、もぉらい~。」

 

「あぁ~、そのタイル持ってくなよぉ。」

 

ミズキさんは千束と遊んでいるクルミに今回の事件の調査を調べるんじゃないのかと尋ねる。

 

「情報をダウンロードして、後でゆっくり調べるんだよ。」

 

「あんた!DAをハッキングしてんの?!」

 

「流石はクルミさん、ヤバイね。」

 

「ちょろいね。」

 

クルミは俺がさっき作ったあんみつをかきこむ。

食べ終わったクルミが丁度通りがかったたきなにあんみつのおかわりを所望するが、ここは俺に任せてもらおう。

 

「ヤバイのは今、この店の状態でちょろいのはそこで遊んでるお前らふたり組だ。」

 

俺の存在に気づいた千束の顔が徐々に変わっていく。

 

「あっハチ~。そんな怖い顔しないで。折角のカッコいい顔が台無しだよ。ほら、笑顔笑顔~~。」

 

「千束、今は営業中だ。お前はいつから営業中に遊べるまで偉くなったんだ。是非、教えてほしいなぁ。」

 

「ハチ?怒ってる?怒ってるよね?」

 

「今すぐ店の営業に戻るか、次の体術訓練で俺に全力で投げ飛ばされるか、好きな方を選べ。」

 

「すぐに戻らせていただきます!!」

 

そう言ってから千束はダッシュでホールの方に移動していく。

 

___________

 

本日の営業が終わり三人で帰宅する。

食事も終わらせ、今は皿洗いなどの片付けをしている最中だ。

千束はリビングでバラエティ番組を見ているのか笑いながらテレビを見ているが、たきなは皿洗いを手伝ってくれている。

 

「ハチさん、おかしくないですか?」

 

「何が?」

 

「ジャンケンの勝率は運の要素も絡んできますが、統計的にどの手も3割なのに、千束に勝てないんです。」

 

「あぁ、それは・・・。」

 

どうしたものかと考えている時に上の階から人の気配を感じる。

尾行されたつもりはない。ドローンかなにかで監視されてたか?

 

「ハチさん?」

 

「千束~。招ないお客さんが来たみたいだ。」

 

「えぇ、マジ~。今良いとこなのに。」

 

そう言っていたら千束のスマホが鳴り響く。

この音は上の階に侵入者がいるときの音だ。

 

「おぉ~、ほんとだぁ。流石ハチ。」

 

千束だけでも大丈夫だが、こいつに任せるとまた窓ガラスが凄惨なことになってしまうため俺も行くことにしよう。

 

はしごを上がるとふたり組の男が俺達を探している様子であった。

俺は気配を消して侵入者のひとりに近づく。

 

「どちら様?」

 

「「なっ!」」

 

侵入者は俺の存在に気づくが返答を待たずに俺は侵入者のひとりに意識を失わない程度の相手の首に回し蹴りを入れる。意識を奪ってしまうと自分の足で帰ってもらえなくなるからだ。

 

もうひとりの侵入者が俺に銃口を向けるが、梯子のところに隠れていた千束が発砲する。もちろん、非殺傷弾だ。

千束はわざと外しながら犯人達を追いかけるように発砲し続け、犯人の戦意を削ぐ。

 

俺はベランダに繋がる窓ガラスを開き、千束と一緒に犯人達を外のごみ捨て場に捨てる。

 

「「せーの、でっ!!」」

 

犯人達は完全に怯えてしまっているが2度と戻ってこないように千束とふたりで銃口を向け犯人達を脅す。

犯人達は完全に怯えてしまい逃げ帰るようにその場を去る。

 

「ふぅ、今回は窓ガラスが割れなくて良かった。」

 

「そうだねぇ、前は割られちゃったし。」

 

「違う、お前の発砲で割ったんだろ?」

 

「あれぇ?そうだっけ?」

 

「ったく。」

 

千束とそんな会話をしていると「このためのセーフハウスだったんですね。」とたきなが言う。

 

「今回は、ただのチンピラだったから手早く終わって良かったよ。」

 

「昔は、リリベルも来てたしねぇ。」

 

「リリベル?」

 

「ん~?男の子版リコリス?みたいな?」

 

「それってハチさんのことじゃ。」

 

「俺をあんな奴らと一緒にするな。」

 

「リリベルって人たちは普段、何してるんですか?」

 

「知らん。」

 

「なにぃ、たきな。男の子に興味あるのぉ~。」

 

「そう言うことじゃないです。」

 

俺達は話しながら下の階の移動する。

このときの俺は窓の外にいた緑色のドローンに気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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バランスを取りたがる男と一戦交える話

 

「なんだ、こいつ?これを見せれば真島は興味持たないか?」

 

僕は先ほど撮られたドローン映像を見ながら言う。

その映像には、カーテンの隙間からしか確認できないが、僕が雇ったチンピラふたり組をあっさりと撃退するふたり組が写し出されていた。

ひとりはフードを被っていて顔と性別は確認できなかったが、真島に興味を持たせるには充分だろう。

 

そう思っているといきなり僕のアジトのドアが屈強な男達に無理矢理こじ開けられた。

 

「ドア~!!」

 

ドアの向こう側から真島がやってくる。

何故、このばアジトの場所がわかったのか?

 

「もう3日経ったぞ~。」

 

「どうして、ここが?」

 

「そんで?」

 

真島は僕の質問には答えない。

僕は真島にどう説明するか頭のなかで情報を整理するが真島は待ってくれないようだ。

 

「いや~、あ、あの。」

 

「そんで?」

 

「ちょ、ちょっと、待て。待て!い、嫌だ。なん、何だよ?!止めて!」

 

ふたりの屈強な男達に両腕を固定され無理矢理その場に座らせられる。真島はそんな僕に近づき、僕の眉間に銃口を突き付ける。

 

「ま、まて!リコリスが、」

 

先ほど手にした映像を真島に見せようとするが、真島は僕の話を聞く気がないようだった。

 

「リコリスじゃねぇよ。」

 

「待て!待て!見てほしいものがあるんだ!」

 

「他の奴らは死んでんだよぉ。」

 

怖い!死にたくない!こいつ、目が完全に逝ってる!数秒後には銃弾が僕の眉間を貫くのだろうと死を覚悟した。

折角、あの目障りなウォールナットを殺し、僕の天下だったのに!

 

「まて!スゴい映像が!」

 

「バランス取らなきゃなぁ~!!!」

 

「頼む、ビデオを見て!お願いだから!!待て!え!うわぁぁぁぁぁぁ!」

 

そんな時、僕のPCが勝手に作動し、先程のドローン映像が画面上にリピート再生される。

何故?まぁいい。動画が突然、再生され真島は画面をまじまじと見ている。

 

「こ、こいつがトップのリコリスだ!フードの方もリコリスかは分からないが、DAを襲撃前にコイツらを殺しておかないとお前らは全滅させられるぞ!」

 

少し大袈裟に言ってしまった気がするが、真島は銃を下ろし僕から離れていく。

 

「明日、そいつらを倒しに行く。直ぐに作戦を考えろ。」

 

どうやら僕の命は助かったようだ。

 

__________

 

 

翌日、喫茶リコリコで俺と千束はクルミの話しを聞いていた。

クルミがPCを操作しながら喋る。

 

「地下鉄襲撃犯とリコリス襲撃犯は例の銃を使ってるみたいだなぁ。」

 

「例の?」

 

「前の銃取引の時の銃か?」

 

「そうだ。」

 

クルミはそう言い、PCの画面に以前ストーカー被害で護衛をした沙保里さんからもらった画像を写し出す。

 

「あぁ、じゃ、あん時のDAハッキングしたのもコイツら?」

 

千束の言葉にクルミがビクッと反応する。

そう言えば、まだクルミのやつみんなに説明してなかったな。

タイミングの良いときに言っとけって言ったのに。

 

「あ、あ~、それは・・どうかな?」

 

クルミは目をそらしながら言うが、珍しくはっきりしないクルミの反応に千束も違和感を覚えたようだ。

 

「んー?」

 

「あー、いや・・もうちょっと調べてみる。」

 

「にしても、どうやらやってリコリスを識別してるのかなぁ~?」

 

「さてな、一般の女子校生が襲われたって話しもないしな。あちらさんはなにかにらの理由で判断してるのは間違いない。」

 

「はっきりとは分からんけどその制服がバレてるんじゃないのか~?」

 

俺と千束は、赤い制服を見る。

 

「「おぉ、なるほど!」」

 

流石、クルミさん。目から鱗だ。

 

__________

 

俺はその後、1人でホールに戻る。既に本日の店の営業は終わっているためお客さんはいないが、たきなが難しい顔をしていた。

 

「う~~~ん。」

 

「どったの?あんた?」

 

そんなたきなにミズキさんが尋ねる。

 

「勝てないんですよ。」

 

「え?」

 

まさか、この話しは・・・。

 

「共同生活を始めてから千束と家事の分担をジャンケンで決めたのですが一回も勝てません。」

 

そんなたきなの言葉にボスとミズキさんは顔を見合わせた後、目を細めて俺のことを見てくる。

止めて。そんな目で見ないでくれ。俺だって罪悪感を感じているんだ。

 

そんなミズキさんが俺に声をかける。

 

「あんた、まさか説明してないの?かわいそうに。」

 

「いや、俺が千束に教えてやってしまった手前、どうしても言いづらかったと言うか・・・。」

 

コレでは先程のクルミのことを強くは言えないな。

 

「え?どう言うことですか?」

 

「最初はグーでやってるでしょ。」

 

「それでは千束と史八には勝てない。」

 

「え?!」

 

「史八、説明してやれ。」

 

「了解。」

 

罪悪感を感じながら俺はたきなに説明する。

 

「いいか、たきな。俺と千束が相手の服や筋肉の動き、銃口の角度や相手の目線で、どのタイミングでどこを撃ってくるか予測して弾を避けてるのは知っているな。」

 

「はい。」

 

「コレは、ジャンケンにも応用が出来る。」

 

「?」

 

「つまり、最初はグーから始めると次の一手を変えるかどうか読めるんだ。筋肉の動きがなかったら相手はそのままグーを出すからこっちはパーを出せばいいし、もし、筋肉の動きがあったら相手の手は確実にチョキかパー。この場合こっちはチョキを出せば最悪、あいこにできる。負ける確率は0%。後はこの繰り返しだ。」

 

俺の説明を受けていると徐々にたきなの顔が絶望的なものに変わっていく。

 

いや、ホントにすまんとは思っているんだ。

 

「どうして、教えてくれなかったんですか!!」

 

当然、たきなはご立腹だ。

 

「すまん!ホントにすまなかったと思ってる!代わりといっては何だが千束にジャンケンで高確率で勝てる方法を教える!それで勘弁してくれ!」

 

「・・・どうやって勝つんですか?」

 

「逆の手を出せばいい。」

 

「?」

 

「いいか、要は千束に筋肉の動きが分からなくしてしまえばいい。」

 

「けど、手を出したら見えてしまうじゃないですか」

 

「だから、次の一手では逆の手を出すんだ。例えば右手で最初はグーのグーを出せば次は左手で次の一手を出す。そうすれば千束には、自分の出す手を読まれなくすることが出来る。」

 

「でも、それだと通常のジャンケンが成立するだけで高確率では勝てないのでは?」

 

「そこで、千束の心理的な裏を読むんだ。千束は、確実にジャンケンに勝つために必ず自分から最初はグーと掛け声を言う。これが千束の必勝パターンだからな。」

 

「はい。」

 

「そこで、たきなが無理矢理「ジャンケン、ポン!」の「ジャンケン」の掛け声を言う。そうすれば、千束の必勝パターンは崩れて千束は高確率で慌てる。」

 

「それでも、勝てる確率は五分ですよね。」

 

「いや、人は急にジャンケンを始めると高確率でグーかパーを出す。個人差はあるが、チョキはグーとパーと比べ形が作りづらいからな。」

 

「でも、そこでわたしがパーを出したとしてもあいこであったら千束の必勝パターンになってしまうのでは?」

 

「いや、この話しの肝は千束が慌てている(・・・・・)という状況だ。千束が慌てている状態で急にジャンケンをすると圧倒的にパーを出す確率が多い。100%とは言えないが、7,8割ならこの方法で勝てる。」

「今度、機会があったらやってみるといい。」

 

そんな説明を終えたところで裏から黄色いポンチョ着た千束が現れる。

そんな千束に俺達は意味深な目線を向ける。

 

「組長さんとこに配達に行くわぁ。・・・何よ。」

 

「いいえ、別に。」

 

「俺は過去の過ちを後悔してることだ。ほっといてくれ。」

 

「えぇ、なになに?」

 

「いぃから、早く配達いってきな。」

 

千束と一緒に行くため「すぐ支度します。」と制服に着替えるためたきなが立ち上がるが千束がこれを断る。

 

「あぁ~、大丈夫。制服がバレてんるだろうってクルミが。」

 

「リコリス制服ですか?」

 

「あぁ、だからポンチョを着てるのか。」

 

「そそ~、これなら~ぜったぁ~い、わかんな~い。」

 

「私服じゃ銃は使えないんだぞ」、「警察に掴まっちまえ。」とボスとミズキさんがそれぞれ指摘するがポンチョの下に制服を着ているようで千束はポンチョを軽くめくる。

 

「んなこと分かってるよ。下に着てます~。ほらぁ。」

 

「じゃあ、わたしもそれで。」

 

たきなも同じように準備しようとするが千束は、ひとりで行くようだ。

 

「あぁ、大丈夫。ハチぃ、今日の晩御飯はチキン南蛮がいいなぁ。」

 

「はいはい、作っておくから気を付けていけよ。近いとはいえもう暗いし、襲われる可能性だってあるんだから。」

 

「はいは~い、いってきまぁ~す!」

 

そう言って千束は、店を後にする。

 

このときの俺は、千束を一人で行かせたことを後悔することになるなど微塵も思っていなかった。

 

___________

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

千束が店を出てから数分後、聞きなれない慌ただしいクルミの叫び声が店内に響き渡る。

珍しくクルミが慌てている何事であろうか?

こんな慌てているクルミは初めてだ。

クルミは手に持っているタブレットの画像を俺達4人に見せてくる。

 

「見てくれ!!これは銃取引の時のDAのドローン映像!殺されたのはこの4人だ。これが犯人に流出して顔がバレてたんだ!」

 

「なんでそんなもんが流出するのよ。」

 

「あの時のハッキングか。」

 

「DAもそのハッカー見つけられていないようです。」

 

「あんたの仲間じゃないのぉ~。さっさと調べなさいよ~。」

 

3人がそれぞれの感想を言ってあるが、そのDAをハッキングしたハッカーは目の前にいる。

クルミは難しい顔をしている。どうやら今から白状するようだ。

 

「あの時のは、ボクだ。」

 

「はぁ~!!!」

 

「どういうことだ?!」

 

クルミの台詞に三人は驚きの表情をクルミに向ける。

クルミも自分の言い分を主張する。

 

「依頼を受けてDAをハッキングした。そのクライアントに近づくためには仕方なかったんだ。」

 

「ちょっと、あんたが武器をテロリストに流した張本人って訳?!」

 

このミズキさんの訴えにクルミは強くは否定する。

 

「それは違う!!指定の時刻にDAのセキュリティを攻撃しただけだ!」

 

「そぅですかぁ、おかげでぇ正体不明のテロリストがぁ山ほど銃を抱き締めてぇたきなはクビになりましたぁ。」

 

「もういい!!止めろ、ミズキ!」

 

ボスが強くミズキさんを止める。

まぁ、たきなはクビになった訳じゃないけど。

 

「映像はそれで全部ですか?」とたきながクルミに確認するが、クルミは千束の所在を聞いてくる。

 

「おい、千束はどこだ?」

 

「配達に行きました。」

 

「全部じゃないんだ。」

 

なんか嫌な予感がしてきた。止めてくれ、俺の嫌な予感は大抵当たる。

 

クルミはタブレットを操作し、別の画像を出す。

その画像にはストーカー被害の時に撮られてたであろう俺と千束が映っていた。俺はフードを被っていた顔は映ってていないが千束は違う。

 

「マジかよ。」

 

「いかんな、これは。」

 

俺はすぐに千束のスマホに電話をかける。

全員に聞こえるようにスピーカーをONにする。

頼む、出てくれ。千束!!

 

数コールした後に俺のスマホから千束の呑気な声が聞こえる。

まだ、襲われてはいないようだ。

 

「もしもしもしもし~。ハチぃ、どったの?」

 

「千束!敵がお前を狙ってる!!周囲に気を付けろ!今何処にいる?!」

 

「え?」

「う、うわぁ!!ちょっ、ちょいちょいちょいちょ~い!!!」

 

「千束!!千束!!!聞こえるか。おい!千束!!!」

 

千束の言葉の次に車のエンジン音と何かがぶつかるような大きな音が聞こえ、通話は途切れてしまった。

 

「なんかスゴい音したよ!」

 

「たきな!すぐに支度しろ!とりあえず、俺のバイクで組事務所に向かう!」

 

「了解!」

 

「こちらも千束の位置が分かり次第情報をそっちに送る!クルミ!千束を探せ!」

 

「わかった!」

 

それぞれが千束を捜索するため行動を開始する。

 

____________

 

バイクで移動するためたきなに千束のヘルメットを渡してから組事務所に向かっているとクルミが千束のスマホのGPSを捉えたのか位置情報が送られて来た。

 

そこでバイクを停め、周囲を確認するが千束の姿はない。

 

「クソッ!!どこ行ったんだよ!」

 

「ハチさん!コレ、千束のスマホとポンチョです!」

 

俺はたきなに近づくとたきなはボス達に連絡を入れる。

千束のスマホとポンチョがあった側には車のブレーキ痕などを見つけた。

 

「何処に行ったんだ、千束。」

 

その瞬間、急な頭痛に襲われる。

 

「うっ、・・・・がぁ・・・ぁ。」

 

あまりの痛さに俺は両手で目と頭を抑える。

 

なんだ?流入現象か?・・なんで、こんな時に?

・・・いや、違う。似てはいるが・何かが違う。・・・なんだ、これは?

眼が・・・熱い?

 

少し頭痛が収まったので頭から手を離し眼を開くと視えないはずのものが視えた。

 

「な・・んだ、コレ?」

 

眼を開くと、目の前に半透明になった千束が視えた。千束は俺が見えていないのか、何者かから襲われ、逃げているようであった。

まるで数分前の出来事がここで行われているような・・・。

これじゃあ、まるでタカn

 

「・・・チさん!・・・ハチさん!」

 

「あっ、・・あぁ、どうした?たきな。」

 

どうやら何回かたきなに声を掛けられていたみたいだ。

 

「どうしたじゃないですよ!急に苦しみだして。大丈夫ですか?もし、ダメなr」

 

「い、いやもう大丈夫だ。急に頭痛に襲われたがもう収まった。本当だ。」

 

「本当に大丈夫ですか?あまりの無理はしないでください。」

 

「すまない、ありがとう。でも、本当に大丈夫だから。」

 

現に頭痛は嘘のように収まっていた。

 

「それならいいですけど、依然千束の行方は分かりません。」

 

「大丈夫。多分こっちだ。」

 

俺は先ほど視た千束の後を追うようにたきなを案内する。

 

「どうして分かるんですか?」

 

「今は、説明してる暇はない。急ごう。」

 

そう言ってたきなと共に千束を追う。

 

道を進んでいくと、遠くで複数人の男の声が聞こえる。

その方角に目を向けると数台の車と複数人の男達が、千束と緑色の髪の男を取り囲んでいた。

緑髪の男が千束を殴り付けてから千束に銃を向けている。

千束は頭から出血しているようであった。

 

それを見た時、俺の中で何かのスイッチが入るような感じがした。

 

 

 

___________

 

ハチさんの後に着いていくようにすると遠くで千束が襲われているのを発見する。

 

「ハチさんどうしm」

 

ハチさんの指示を仰ごうとするが言葉が最後まで出なかった。

原因はいやがおうにも分かる。となりにいるハチさんからの殺気だ。

自分に向けられているものではないと理解しているがわたしの本能が嫌でも感じ取ってしまっていた。

以前に、沙保里さんを囮にしたときも感じたが今回はその比ではない。桁が違う。なんなのだ?本当にこの人はさっきまで一緒にいた人と同一人物なのかと疑ってしまう。

だが、その殺気は一瞬で消え、最終的には感じ取れなくなってしまった。

 

「たきな。」

 

「は、はい!」

 

「おまえは、茂みに隠れて俺の射撃開始の合図を待て。俺が千束のところに行く。」

 

わたしの「了解。」の声も待たずにハチさんはフードを被り行ってしまった。

 

わたしも足早に千束が囲まれている付近の茂みに向かい、ハチさんの射撃許可を待つ。

 

__________

 

しくじった!

相手の目潰しで避けられなかった。

ハチにも訓練の時に気を付けろって言われてたのに。

私は目の前の男に殴られ倒れたところに銃口を向けられる。

だが、もう目は見える。次は避ける。と、思ったがあることに気づいた。

私の視界に入って取り囲んでいた男達が数人、姿を消していた。

それも誰も気付いていない。

こんな芸当が出来る人物はひとりしか知らない。

良かった、来てくれた。ハチが視界に入った。でも、何だろう?いつもと雰囲気が違う気がする。

 

「あんた、後ろに気を付けた方がいいよ。」

 

「あ゛? 何言っt」

 

「おい。」

 

男は回りに自分の仲間が取り囲んでいるため、背後への警戒を怠った。

まぁ、警戒してたとしても相手が相手なので結果は変わらないが。

 

男は突然現れたハチに銃口を向けるがそれでは遅い。

ハチは自分の右足を男の足の後ろに入れるよう移動し、腕で相手の首を抑えてから思いっきり地面に男をたたきつけた。

 

地面にたたきつけられた男の肺から「かはっ」と空気が出る音がした。

あれ、痛いってより苦しいんだよね~。私はあんなに思いっきりたたきつけられたことはないけど。数秒間は、動けないだろう。

そんなことを思っているとハチが私の前で膝をつく。

 

「千束!大丈夫か?!怪我は?!頭をやられたか?!!」

 

おそらく男の目潰しで目の辺りが汚れていることで勘違いしてるのであろう。ハチはひどく慌てている。

 

「大丈夫、これは、私の血じゃない。唾かけられただけだから。」

 

「そうか、良かった。」

 

ずいぶんと心配させてしまったようだ。先程の雰囲気とうって変わりホッと息を吐く。

私の顔についた唾をコートの袖で拭ってくれた。

 

「悪いな、今タオルがないから。」

 

「いいよ、大丈夫。気にしないで。ありがと。」

 

そんなやり取りをしていたら緑髪の男が銃口をこちらに向けながらゆっくりと起き上がり、ハチが私の前に立つ。

 

「おいおい、やってくれたなぁ~!何者だ!てめぇ!!」

 

「俺が何者かはどうでもいい、お互いこの辺りで手打ちにしないか?」

 

ハチが両手を軽く挙げながら緑髪の男に提案する。

 

「ふざけてんのかぁ!てめぇ、面白くもない冗談言いやがって!」

 

「俺はこいつを連れて帰りたいだけ。お前らがこのまま引くって言うならこちらも追撃はしない。」

 

「状況が分かってねぇようだな。今のこの状況で逃げられるとでも思ってんのか!」

 

「解ってないのはおまえの方だ。・・・てめぇらごときいつでも殺せる。はっきり言わなきゃ分からないか?逃がしてやるって言ってんだよ。」

 

「あ゛ぁ゛!!」

 

緑髪の男が激昂するがハチが「交渉決裂だ。」といい、両手を下ろす。

その瞬間、男の手から拳銃が撃ち落とされた。

たきなだ!

横の茂みから正確無比な射撃を行い、次々と男達を無力化していく。

 

「千束!逃げるぞ!!」

 

ハチの言葉を聞いて落とした自分の拳銃を拾ってからハチと一緒にたきなの援護射撃を行う。

そんな時に、見慣れた赤い車がこっちに向かってくるのが見える。

車は私の近くに止まり、先生がドアを開けるのが見えた。

 

「千束!乗れぇ!!」

 

「とりゃぁぁぁ!」

 

私は勢い良く車に飛び乗る。たきなも反対側の扉から飛び込んでくる。

 

「せ、せまい。」

 

「詰めてください。」

 

「ミズキ、出してくれ!」

 

「バッチこい!!」

 

「ちょっ!ハチがまだ乗ってないよ!!」

 

「俺は殿(しんがり)だ!速く行け!!」

 

車の外で犯人の応戦をしながらハチが叫ぶ。

 

「そんな?!危険だよ。速く乗って!!」

 

「いいから行け!」

 

そんな言葉を最後にミズキは車のアクセルを踏む。ハチも犯人を1人ずつ確実に無力化してくれているが頭数が多いため対応しきれていない。

そんな状況なのに無人の車が突っ込んでくるがミズキはこれをスレスレでかわしてから通信機を介してハチの声が聞こえてくる。

 

「不味いぞ!RPGだ!車が狙われてる!!どうにかしてくれ!」

 

車内から射撃するがたきなは弾切れ、私は敵が遠くて当たらない。

 

「あぁ~、ダメぇだ!ヤバイヤバイヤバイ!」

 

「クルミ!」

 

ハチがクルミに指示を出す。

 

「しょうがないなぁ~。」とクルミの気だるげな声が聞こえた次の瞬間、クルミの黄色いドローンがRPGで私達を狙っていた男に直撃し、射線がズレ私達の車から少し後ろに離れた車に当たる。

 

私達の乗った車は現場から無事離脱するが、ハチからの連絡がない。私は心配になり通信をいれようとしたときにハチからの通信が入る。ハチも無事逃げられたようだ。

 

「よかった!ハチ、今何処にいるの?」

 

「今、バイクで移動中だ。そっちはそのまま店に戻ってくれ。俺は尾行の恐れもあるから遠回りしてからそっちに戻るよ。」

 

「了解した。何かあったらすぐに連絡してくれ。」

 

「了解しました。」

 

________

 

俺がバイクでリコリコへ戻るとエンジン音が聞こえたのか千束が店から出て抱きついてくる。

 

「よかった、ハチ。無事で!どっか怪我してない?」

 

俺は千束を引き離しながら言う。

 

「逃げるのは俺の十八番だからな。あの連中からなら余裕だ。」

 

「とりあえず、お店に入ろっ!」

 

「あぁ。」

 

そう言って千束に手を引かれながら店に入る。

 

__________

 

 

店に到着してから一息ついたところでクルミが床の上に正座をする。

そんなクルミの前にはたきなが立っており、ミズキさんはもう既に酒を飲んでいる。

ボスはカウンターでなにか作業し、俺は千束の腕についた擦り傷などの手当てをする。

千束は、消毒用のアルコールが染みるのか顔をしかめている。

 

「ハチぃ、もう少し優しくやってよ。」

 

「優しくやってもアルコールが染みるのは変わらない、我慢しろ。」

 

「う~。」

 

千束から文句を言われながら傷の手当てをし、とりあえず包帯を巻いて手当てを終わらせる。

 

千束も俺が店に到着する前にボスから今回の一連の騒動の原因を聞いていたようだ。

 

「つまり、全部こいつが原因ってこと。」

 

「何だよ、助けてやっただろ!」

 

「たきなぁ、あんたは被害者なんだから言ったれ、言ったれぃ!」

 

そんなミズキさんの悪のりに千束も乗っかる。俺も面白いから乗っかろ。

 

「どうすんのぉ、たきなぁ?やっちまうかぁ?」

 

「この時期の黄泉比良坂(よもつひらさか)は涼しいのかなぁ?」

 

「千束、史八まで~。」

 

クルミは完全に観念したのか正直に、たきなに頭を下げる。

 

「ごめん、たきな。」

 

「あれは、わたしの行動の結果でクルミのせいじゃありません。」

 

その言葉を聞いて俺と千束から笑みがこぼれる。

数か月前のたきなじゃあ今の言葉は絶対に出てこない。

最悪、クルミを撃ち殺していても可笑しくはない。

たきなは確実に、人としても成長していた。

 

「でも、あいつは捕まえる。最後まで協力してもらいますよ。」

 

たきなからの許しが出たためクルミが顔を上げる。

 

「もちろんだ!早速だが奴の名前が分かったぞ。」

 

そう言いクルミは後ろに隠していたタブレットの画面を見せてくる。そこにはドローンで撮影していたのか先程の犯人達が叫んでいるシーンのようだ。

ひとりの男が男の名前を言っている。

その音声と被らないようにクルミも今回の主犯格の名前を言う。

 

「まぁじまさぁ~ん。」

 

_________

 

同時刻 都内のとある場所にて

 

僕が今回手に入れたデータを整理していると突然、ドアが蹴り開けられた。

 

「また、ドアぁぁぁぁ!!」

 

ドアを蹴り開けた真島は全身、ずぶ濡れだ。前髪で目が見えなくなっていて表情が読めない。

 

真島が僕の座っていた椅子に座り、その後ろに部下であろう作業着姿の男達が数人立ちふさがり、完全に退路が絶たれる。

僕は真島達の前で正座をしていた。

 

「あっ、皆さんご無事でぇ。」

 

僕はこれからどうなってしまうのだろう?

 

「よぉ、ハッカァ~。」

 

「はいぃぃぃ!」

 

真島は僕に近づきながら予想外の言葉を口にした。

 

「見直したよ。」

 

「え?」

 

「面白い奴を見つけたなぁ!あれじゃなきゃ俺とはバランスが取れねぇ!」

 

「え?」

 

「これから忙しくなるぞぉ!あのリコリスとフードの奴のことをもっと教えろ!ハッカァー!!」

 

「ひぇぇええええええ!!!!!」

 

________

 

翌日

 

ここはDAの息のかかった病院。

俺は千束とたきなと共に山岸先生のいるこの病院に来ていた。

理由は千束の怪我の治療だ。俺が処置した手前、何か問題があったら不味いと思ったので千束とたきなに同行していた。

 

山岸先生が千束の傷の処置をし新しい包帯を巻く。

 

「山岸先生、傷のほうはどうでした?」

 

「あはは!心配性だねぇ!あんたは。大丈夫。うまく処置できていたから傷跡も残らないでしょ。」

 

「そうですか。」

 

俺は安心して息を吐く。

 

そんな俺に山岸先生が言う。

 

「あんたは自分の傷には鈍感だけど、他人のこととなると敏感になるからねぇ。相手が千束だとそれが顕著だ。愛されてるねぇ。」

 

「ちょっ!先生!なに言ってるんですか?!冗談は止めてください!」

 

「おや、違うのかい?」

 

「違いますよ、なぁ千束?」

 

俺は千束に声をかけるが、

おい、なぜここで紅くなる?

 

先生が気を遣って話題を変えてくれる。

 

「それにしても、怪我するなんて珍しいわね。」

 

「千束の弱点は目ですね。」

 

「いやいや、誰だってそうだろ。」

 

「ふっ、良いコンビよ。」

 

「そうでしょ~。たきなぁ、このままいれば安心だし、しばらく共同生活続けないと~。」

 

「共同生活を続けるのは良いが俺の家からは出てけよ。ふたりでやってくれ。」

 

「えぇ!良いじゃん!3人のほうが楽しいよ!!」

 

「では、ジャンケンで千束が勝ったら続けましょう。」

 

えっ!何言ってんの?!

たきなさん?!確かに昨日、千束の勝ち方を教えたがここでやるのか?!

止めてくれ!出来れば俺を巻き込まないでほしい。

 

そんなたきなを、心の中で応援する。

 

千束は、勝ちを確信しているのか笑っているが果たしてどうなるか。

 

「よぉし、いくよ~。さいしょh」

 

「ジャンケン!!」

 

「えっ?!え~~!」

 

「ポン!!!」

 

千束が出した手は俺の予想通りパー。そして、たきなが出した手はチョキであった。

たきなの勝ちだ!

 

「う、うわぁぁぁ!」

 

千束は、自分の勝ちを確信していたのか信じられないと言う声を上げる。

 

逆に、初めて千束に勝ったたきなは全身で喜びを表現していた。

そんなに嬉しかったのか。

 

 

とりあえず、これで短かった3人での共同生活は幕を閉じたが

・・・・・千束が俺の家に入り浸ることを止めることはなかった。

 

 

_________

 

病院の帰り道たきなが話し始める。

 

「でも、少し残念です。ハチさんの料理美味しかったので。」

 

「え?そう?」

 

「はい、千束が美味しいと駄々をこねる理由も頷けます。」

 

「じゃ、たきな!このまま続けようよ!そうすれば、ハチのご飯食べ放題だよ。」

 

「食べ放題な訳じゃないだろ。」

 

「いえ、確かに美味しいですがこのまま甘えてしまうと、千束のようになってしまう可能性があるので止めておきます。」

 

「「?」」

 

そんな会話をしているとリコリコに到着する。

ドアを開けるとミズキさんが俺に声をかけてきた。

 

「史八!あんた!クルミから聞いたよ!あの子がDAハッキングしてたこと、あんた知ってて黙ってたでしょ?!」

 

ミズキさんの言葉に千束とたきなが驚愕を示す。

 

「き、気づいてたって一体いつからですか?ハチさん?!」

 

俺は首をかしげ

 

「さぁ?何のことかさっぱり?」

 

と惚けることに撤した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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オリ主君のことをキャラ達に聞いてみた話

 

キャラ達にオリ主君について聞いてみた。

 

 

 

千束

「えぇ~?ハチをどう思ってるか?そうだなぁ、もう結構付き合いも先生と同じくらい長いし信頼してるよ、頼りにもなるしね。たまに、お店でしつこく口説いてくるお客さんもいるんだけどよく助けてくれるし。でも、出会った直後はちょっと恐かったなぁ。何考えてるか分かんなかった。でも、すぐに仲良くなったよ。昔はよく、りゅ?流入現象?で体調とか崩しやすかったけど、最近は頭痛も治まってるみたいだしね。れ、恋愛面?///そ、そうだなぁ。ハチは料理も出来るし、私がワガママを言っても文句を言いながら何だかんだでやってくれるし、す、好きか嫌いかで言われたら・・・す、好きなんじゃないかな///・・・・はぁい!!この話し終わり!!!」

 

 

 

たきな

「ハチさんについてですか?尊敬していますよ。初めてお店で会ったときは、彼のことを勘違いしていましたが、今は違います。わたしが色々悩んでいたときに千束と一緒に道を示してくれたことにも感謝してますしたまに、体術の訓練にも付き合ってくれるので勉強になりますが、前に聞いたことがあるのですが一体どこでこれほどの技術を身に付けたのか気になりますね。千束は、知っているようでしたが。しかし、前回の千束を捜索中に急に頭を抑えてうずくまってしまったときは驚きました。すぐに頭痛は失くなったようですが心配です。恋愛面ですか?千束と付き合っているのでは?」

 

 

 

ミカ

「史八のことか。そうだな、よくやってくれているよ。店のことも、裏の仕事のことも。彼はとても優しい人間だ。ちさとのワガママにも文句は言うが結局聞いてしまっているからね。まぁ、ちさとにはあまり時間もないから出来るだけ叶えてやりたいという思いもあるだろうが。千束とたきなのふたりのこともよく見てくれているし、彼は良い千束のブレーキ役だ。ちさとも史八がいるから迷いなく行動できているのだろう。お似合いのふたりだと思う。それにしても、あの時シンジかr・・・いや、なんでもない。忘れてくれ。」

 

 

ミズキ

「史八のことぉ~?正直に言うと、顔はめっちゃ好み!!!奴と、年齢がもう少し近ければなぁ~、絶対に逃がさないんだけど。いやでも7歳差か。今時、10歳以上の歳の差婚なんてザラだし、ワンチャンいけるか?いやでもあいつ酒飲めないからなぁ。欲を言うならお酒を一緒に飲める相手がいいわね。で、それで高身長、高収入、高学歴で有名企業に・・・」

この先はミズキの希望の男性像となっているため以下略

 

 

 

 

クルミ

「史八のことか?そうだなぁ、第一印象はヤバイ奴だ。奴を初めてドローン映像で見たときは目を疑ったよ。いくら裏の世界で生きてきたにしてもあの動きは異常だ。ボクは戦闘にはあまり詳しくはないが、あれは何十年も研鑽されてきた者の動きだと思う。異常なのは奴の情報の少なさもそうだ。奴のお願いを聞いてから何度もアニムスや流入現象、エデンのかけらについて調べてみたが、それ以上の発見はなかった。あいつは一体、何者だ?」

 

 

楠木

「認めてはいるが、生意気なクソガキだ。精々、我々DAのために働け。以上。」

 

 

 

 



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平和な日の話

 

わたしがお店に出勤すると既に他のメンバーは集合していてわたしが最後のようだった。

今日はお昼から営業開始だが、料理の下ごしらえや店内の清掃、足りない食材などの買い出しにもいかなければならないが・・・。

 

「あぁ、大丈夫。ハチが全部やってくれたみたい。だから、開店時間まで自由にしてても良いって、先生が。」

 

千束はカウンター席で何やら緑色のゼリーを食べながらそう言った。店内はを見回すと綺麗に清掃されていて、テーブル席やカウンターもピカピカだ。調理場を覗くとしっかりと下ごしらえも終わっているようだった。

この作業をひとりでやったのか?申し訳ないことこの上ない。

 

「あの、千束?ハチさんは今何処に?」

 

「ん~?そこにいるよ。」

 

そう言ってカウンター席に座っている千束は、向かいにある座敷に寝っ転がっているハチさんをスプーンで指差す。

そこには、白黒の着物の作業服を着たハチさんが寝っ転がってブツブツと何か言っている。

 

「やっぱ、今の季節に合わせて見た目が涼しげな方がいいよなぁ。そんで、映えも気にしないと。いやでも、それだと費用対効果が余計にかかる場合もあるし、今あるメニューと出来るだけ被らないようにもしなきゃだし。SNSでわざわざ遠くから来てくれるお客さんも増えてきてるからここでしか味わえないような奇抜さも必要か?いやでも、それだとリコリコのイメージを崩しかねないし・・・・・。」

 

な、なにやらとても悩んでいるようだった。

 

「ち、千束?ハチさんは一体、何を?」

 

「あぁ、たきなは確か初めてだったよね。こんなハチ見るの。」

 

「え、えぇ。」

 

「私が新メニューの発案を頼んだんだ。」

 

カウンター裏から店長が出て来て、わたしに説明する。

 

「いつまでも同じメニューばかりだとお客も離れてしまうからな。いくら贔屓にしてくれてる常連さんがいるにしても限りがある。だから新規のお客を獲得するための対策として新メニューを考えてもらっている。」

 

「なぜハチさんが?」

 

「やはり、こういうのは若者の意見を取り入れた方が良いからな。それに、史八はこの店の調理スタッフだ。」

 

とはいっても、かなり悩んでいるようだ。

 

「いつも、こんな感じなんですか?」

 

「う~ん、ハチ曰く、アイデアが出るときは出るし、出ないときは出ないだってさ。でも今回は結構、難産みたいだねぇ。ちょっと確認してみよう。」

 

千束は笑いながらそう言うが・・・確認?

 

「ねぇハチ、1+1は?」

 

「・・・・用益潜在力。」

 

「ダメだ。かなり重症みたい。」

 

「というか、ハチさんはお店の開店準備もしてくれたんですよね。少し休んだ方がいいのでは?」

 

「あぁ、たきな。来てたのか。」

 

気付かれてもいなかった?!

 

「開店準備のことは気にするな。俺も動いてた方が考えが纏まるかなぁ~と思いながらやっただけだ。まぁ、全然纏まらなかったけどな。」

 

ハチさんは起き上がったがすぐにまた、横になってしまい、今度はゴロゴロとし始めた。

 

「ていうか、何だよ映えって?インスタ映え?動画映え?何だよそれ?知らねぇよそんなこと!俺に映えを求めんじゃねぇよ!ド畜生!!」

 

ハチさんはかなり切羽詰まっているみたいであったが、徐に立ち上がる。

 

「ダメだ!わからん!全然アイデアがでない!とりあえず気分転換で何か腹にいれよう。」

 

そう言って、ハチさんは調理場にある冷蔵庫に移動する。

数秒後、「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」というハチさんの叫び声が聞こえてきた。

 

_____________

 

俺は、全然新メニューのアイデアが浮かばずに悩んでいた。

気分を変えるため、昨日のうちに冷蔵庫で冷やし固めていたサイダーかんを食べようと冷蔵庫を開ける。

大きめのタッパーに入れておいたし、みんなの分も皿に盛り付けようとサイダーかんの入ったタッパーを取り出すと何故か昨日ほどタッパーが軽くなっていた。

おかしいなと思い、蓋を開けてみると全体の1/3程度しか残っていなかった。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

何故だ!何で昨日のうちにみんなで食べようと作っておいたものが既にこんなに少なくなっているんだ!

俺はタッパーを持ちながらカウンターに出る。

 

「おい、誰だ!俺のサイダーかんを既にこんなに食った奴は?!」

 

そう言いながらカウンターに出ると千束が見慣れた緑色の物体を食べていた。

 

「・・・あれ?もしかして、それってハチのだった?」

 

「・・・千束、なぜお前がそれを食べている。」

 

「い、いや~?実はね!今日、朝ごはん抜いてきちゃってお店に来て冷蔵庫開けたら見慣れないタッパーがあって、蓋を開けてみたら美味しそ~だったから、・・・ね!」

 

「「ね!」じゃねぇ!みんなで食べようと思ってちょっと多めに作っといたのにほとんどお前が食べちまったじゃねぇか!」

 

「いや、私だって一口、二口で済まそうと思ったよ。そしたら止まらなくなっちゃって・・・てへ!」

 

千束は右手で拳を作り自分の頭を軽くこずく。

 

「「てへ!」じゃねぇ!それで半分以上食う奴がいるか?!」

 

まぁ、いいや。サイダーかんなんて何時でも作れる。

何だったら冷やす時間を除けば15分以内に作れるしな。

 

「あの、ハチさん。」

 

「どうした、たきな?」

 

「それを新メニューには出来ないのですか?」

 

「・・・・・・・・・・・・それだ!」

 

たきなからの天啓を得た。

 

「良かったじゃん、ハチ!これで解決だね!いやぁ、良かった良かった!」

 

千束はそう言うが、こいつの罪は消えないため俺は小さいホワイトボードにある文章を書き、今日の営業終了まで千束の首からかけておくように指示する。

 

___________

 

開店時間となり、お客さんが入ってくる。

そこには常連である阿部さんの姿があった。

阿部さんは私の首から下がっているホワイトボードが気になるようだ。

 

「千束ちゃん、どうしたの、それ?」

 

「いやぁ、ははは。ちょ~と今朝に色々ありまして・・・。」

 

私は苦笑いを浮かべるしかなかった。

私の首にかけられてるホワイトボードにはこう書かれていた。

 

「私は、冷蔵庫にあった物を勝手につまみ食いした泥棒です。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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自分の誕生日の話


この話しは3人が共同生活をしていたときのお話です。



 

「HAPPY Birthday~~!!!ハチぃ~!!」

 

俺が家に帰り、リビングの扉を開いたところで、一足先に帰っていた千束とたきなが迎え入れてくれる。

たきなはクラッカーを鳴らせていた。

そうだ。今日は俺の誕生日だった、すっかり忘れていた。

部屋の中も飾りつけがされていてすっかり変わってしまっていたがまぁ、今回ばかりは良いだろう。

 

「よく覚えてたな、俺の誕生日なんて。」

 

「何言ってんのぉ、毎年お祝いしてるのに忘れるわけないじゃ~ん。今日はたきなと一緒にケーキも作ったの!ほら見て!」

 

そう言われて、テーブルの上を見てみると俺の好きな苺のショートケーキが既に準備されていた。

中々の出来映えだ。

 

「スゴいじゃん!これ作ったの?!店で出せるレベルじゃないか?!これ。」

 

「スゴいだろぉ!まぁ、ほとんどたきなが作ったんだけどね。」

 

「それは知ってる。お前はこのクオリティのものを作れないからな。」

 

「なっんだと~~!!」

 

「まぁなんだ、嬉しいよ。本当にありがとな。たきなも。」

 

素直にお礼を言うとふたりは照れてしまった。

 

「ほら、ハチは今日の主役なんだから席に座って!今日は、他にも料理を準備してるんだから!」

 

俺が席に着くと千束とたきなで次々と料理が並べられていく。

食べきれるか、コレ?

準備が全て完了し千束とたきなも椅子に座る。

 

「それじゃあ!改めて!ハチ!誕生日おめでとぅ~!!」

 

「おめでとうございます、ハチさん。」

 

「ありがとう。ふたりとも。」

 

「はぁい!では~早速ですが!プレゼントがあります!」

 

そう言って千束は自分の後ろからちょっと大きめのラッピングされた袋を渡してくる。

 

「今年はなんだ?」

 

「いいから、いいから、開けてみなよ。」

 

千束から催促されたので袋を開けるとワンショルダーのボディバックが入っていた。

 

「ほんとはもっとハチにお洒落に気を遣ってほしかったからネックレスとかのアクセサリーにしたかったんだけど、ハチってそう言うの苦手じゃん。だからバックにしてみた、実用的だしね。」

 

「いいじゃん!デザインも良いし、ってかこれ革じゃん!高かっただろ?」

 

「まぁ、日頃の感謝の意味も込めてってことで。」

 

俺はバックを肩にかける。

うん、サイズ感もバッチリだ。

そんな時にたきなが申し訳なさそうに言う。

 

「すみません、ハチさん。わたしも把握しておけば良かったんですが、先日、千束に今日がハチさんの誕生日だと言うことを教えてもらって、プレゼントが用意できなくて・・・」

 

「いいよ、いいよ。ケーキも作ってくれたんだから充分だって!というかこれ(ケーキ)旨いな。店で出せるぞ。」

 

「ありがとうございます。」

 

そう、フォローを入れるとたきなにも笑顔が戻る。

 

そうして俺たちは千束とたきなが作ってくれた料理を楽しんだ。

 

一息ついたところで俺は気になったことを聞く。

 

「そういえば、たきなの誕生日っていつなんだ?リコリスってDAに登録された日が誕生日になるんだろ?」

 

「私もたきなの誕生日知らなぁい。ねぇ、いつ?たきなの誕生日もお祝いしようよ!」

 

「そうですね、わたしのは今月の2日でした。」

 

ん?でした(・・・)?今月の?2日?

俺と千束は同時に壁にかかったカレンダーを確認する。

今日は俺の誕生日。ということは8月30日。そして、たきなはさっき今月の2日といった。

ということは・・・・。

 

「「いや!過ぎてんじゃん!!!」」

 

「そうですね。」

 

「いや、「そうですね。」じゃなくて、何で言ってくれなかったの?!」

 

「だって。「今日はわたしの誕生日です。」って言うの変じゃないですか?」

 

「いや確かにちょっと変だけども!聞かなかった俺たちも悪かったけども!言ってくれても良かったんじゃないか?!」

 

「そうですか?次からは、善処します。」

 

「たきなの誕生日が過ぎてしまったのはしょうがない。」

 

「そうだねぇ。でも、プレゼントぐらいは渡したいよ。」

 

「そんな、別にいいですよ。気にしませんから。」

 

「ダメだ!自分の誕生日は祝ってもらって逆に祝わないなんて都合が良すぎる!」

 

「そうだよ!せめて、プレゼントぐらいはさせてよ。」

 

「そうだ。何か欲しいものはないか?」

 

そう聞くとたきなは少し考える素振りをみせる。

 

「・・・・・・・・世界平和?」

 

ガンディーか?おのれは?

 

「いやたきな、もうちょっとこう?何かないの?ほら!アクセサリーとか、小物とかさぁ。」

 

「ないですね。そんなに詳しいわけでもないので。」

 

困ったなぁ、たきなの好きそうなものというと・・・。

 

「銃の手入れ道具とか?」

 

「ダメだよ、ハチ。そんなの女の子にプレゼントするものじゃないよ。」

 

「だよなぁ。」

 

「でもちょっと欲しいかもです。それ(手入れ道具)。」

 

「ダメダメ!ぜぇたいダメ!」

 

結局この場では結論が出なかったが、後日千束と相談し、少しお高い化粧品とそれを入れるポーチをプレゼントした。

 

 

__________

 

翌日、朝早くから俺達は部屋の飾りつけを片付ける。

いつまでもこうしているわけにもいかないからな。

しかし、毎回思うがこういう飾りつけを片付ける時は寂しいものがある。

 

今日も店の営業があるため現在時刻を確認しようと愛用の懐中時計で確認すると、まだ時間には余裕があるようだ。

そんな時、たきなが話しかけてくる。

 

「懐中時計ですか?珍しいですね。」

 

「ん?あぁ、そうだな。俺は基本、仕事の時は腕にリストブレードを着けるから物理的に腕時計がつけられないんだ。」

 

たきなは「なるほど。」と言うとそこに千束も混ざってくる。

 

「ずっと持ってるよね、それ。使ってくれるのは嬉しい限りだけど。」

 

「千束があげたんですか?」

 

「うん。ハチと出会ってから初めての誕生日プレゼントで先生と一緒にあげたんだ。」

 

「手巻き式のやつで定期的に巻いてるんだけど、最近たまに止まっちゃうんだよなぁ。」

 

「もう10年くらい経ってるからね。寿命かな?もしかして、新しい時計の方が良かった?」

 

「あ~、いや、大丈夫。」

 

「「?」」

 

「これが良いんだ。」

 

俺はそういい、銀色の懐中時計の蓋を閉めポケットに入れる。

 

 

 

 

 

 

 





オリ主君の懐中時計の蓋の裏にはある写真が貼ってあります。
何の写真が貼ってあるんでしょうね?




出来れば高評価よろしくお願いします。


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作戦の裏で作戦が開始された話

 

DA本部とある一室にて

 

俺達は今日、楠木に呼び出され先日に対峙した真島という男の似顔絵を描かされていた。

まぁ、俺は絵心がないので描いてないのだが。楠木もそれを知っているためなにもいわなかった。

 

千束とたきなは一心不乱に一枚の紙に真島の顔を描いている。

 

「せーのぉ!」

 

どうやら書き上がったようだ。

千束とたきなは立ち上がり、楠木に自分達のの描いた真島の似顔絵を見せる。

 

「それが真島か?」

 

「「はい!これが真島です!!」」

 

ふたりは自信満々に堂々と宣言するが、どう見ても違う。

千束、何だその少女マンガの絵のタッチは?

たきなは一体誰を描いたんだ?別人か?

 

「「ね!」」

 

ふたりはお互いの絵を見る。

たきなは信じられないという表情をし、千束はたきなの絵に大爆笑だ。

ふたりは、お互いの絵を否定しあう。

 

「ぶはっ!はっはっはっは!!それはっ、はっはっは!」

 

「まっ、漫画じゃないですか!」

 

「ぜんっせん!違うじゃねぇか!!」

 

フキというファーストリコリスに俺が見た真島の情報を伝え代わりに似顔絵を描いて貰った。

フキが描いた似顔絵が壁に投影される。

 

「あ~、前髪はもうちょっと目にかかるくらい長かったな。後、目ももうちょい細くて眠そうな顔だった。あと、髪色は緑だ。」

 

「そう言うのはもっと早くいえ!!」

 

「すまん。」

 

楠木はこれ以上は不毛だと判断したのか、帰宅の許可を出す。

 

「ん~?」

 

「どったの?ハチ?」

 

「いや、真島のことなんだけど、どぉ~かで見たような気がするんだよなぁ?」

 

「え!まじ?」

 

「本当ですか?ハチさん!?」

 

俺は右手を首のところまで持っていく。

 

「う~ん?ここまでは出掛かってるんだけど、どこで見たのか、さっぱり思い出せん。」

 

「はっはっは!さっすがはぐれだ!脳ミソもミジンコ以下みたいっスねぇ!」

 

「何だと、てめぇ。」

 

「千束。」

 

千束を止めるがそれが不服のようだ。

というかいちいちこんな低レベルの煽りに反応するな。

 

「犯人の顔もまともに描けないリコリスと、どこで見たかも思い出せない雑魚。やっぱりDAには必要ないんじゃないッスかぁ?」

 

サクラというセカンドのリコリスがたきなに向かって言った。

その瞬間、俺の体が勝手に動いてしまった。

サクラというリコリスに足払いをかけ、仰向きに転倒させる。奴の両手首を自分の両足で踏みつけ固定し、自由を奪う。そして左手で奴の左目の目蓋を無理矢理開け、閉じないようにしてから右手のリストブレードを眼前に突きつける。

 

「悪いな、俺は俺のことをバカにされても特に何も思わないが、身内をバカにされるのだけは我慢できないんだ。」

 

しまった。ついやってしまった。

まぁ、ここまでやってしまったらとことんやってしまおう。

サクラというリコリスは突然のことで現状を理解できていない。

そんな彼女に質問をする。

 

「さて、サクラとやら。ここで問題だ。人体における部位で最も痛覚を感じる箇所はどこか知ってるか?」

 

セカンドのリコリスはまだ理解できていない。それもそうだろう。自分が雑魚と罵っていた相手に今現在、生殺与奪を奪われているのだから。

 

「は、は?」

 

「ぶー、おしい。歯は2番目だ。正解は眼球。正確にいうなら角膜。そして、今のお前の眼前には俺のブレードがある。今から、俺が右手を数ミリ動かすだけでお前に形容しがたいほどの苦痛を与えることが出来る。面白そうだから試してみようか?」

 

「てめぇ、サクラから離れろ!」

 

顔をあげるとフキというリコリスは俺に銃口を向けるがこの距離なら目を刺してからでも余裕で避けられる。

周りを見渡してみると千束とたきながオロオロしている。少し面白い。

そんな時に楠木から声がかかる。

 

「サクラを離せ、大神。殺す気か?」

 

「いやいや、殺しませんよ。貴方も知ってるでしょう?中にはこうやって痛みや恐怖を与えないと分からない奴も存在するんですよ。こいつ(サクラ)はその典型。」

 

「私は離せと言っているんだ。」

 

「部下のミスは上司の責任ですよね?謝罪の言葉を待ってるんですが?」

 

「・・・はぁ、早く離して欲しい。フキも銃をしまえ。撃ったところでこいつには当たらん。」

 

フキというリコリスは不満げな顔で銃口を俺から外す。

楠木には謝罪の言葉を求めたがダメだったようだ。まあ、俺もこれ以上はことを荒立てるつもりはない。

俺はサクラというリコリスから離れる。

 

「良かったねぇ、優しい上司がいて。」

 

そう言って、店へと帰るため部屋の扉へと向かう。

ドアノブへ手をやり、あることを思い出す。

 

「あっ。」

 

「「「「「「?」」」」」」

 

「そういえば、君たちって前に千束とたきなに模擬戦でボロ負けしたリコリス?今、気付いたよ。」

 

そう言って部屋を後にし千束とたきなも俺に続いて出てくる。

 

____________

 

千束達が部屋を出ていってから私は指令に聞く。

 

「指令。あいつは一体何なんですか?!」

 

「ただの化け物だ。千束以上のな。」

 

「「!」」

 

サクラもあの模擬戦以降、千束の異常さは身に染みて分かっていたため驚いていた。

指令が嘘を言うことはない。まさか、本当に?

 

「一つ、教えておこう。あの時(射撃場)、もし奴の気分が変わっていたらお前達は死んでいたぞ。」

 

指令はそう言ってから退室していった。

 

_____________

 

店への帰り道、千束はずっと俺の方を見ながらニヤニヤしている。

 

「ハァチィ~。」

 

「・・・・なんだよ?」

 

「ついにやったね、ビックリしちゃった!でも、あれだけやるなら私のこと止めなくてもよかったんじゃない?」

 

「悪いな、体が勝手に動いちまったんだ。あっ、まさかたきな、あいつのこと殴りたかった?だとしたら悪い!」

 

「い、いえ!大丈夫です。本当に。」

 

「あっそう。」

 

ならよかった。

 

 

____________

 

 

俺達は3人で店に戻り、喫茶店の営業をしていた。

この喫茶店の常連である漫画家の伊藤さんと、北村さんが帰るようなので千束と一緒にお見送りする。

 

「ありがとうございましたぁ。」

 

「またのお越しを。」

 

明日はボドゲ会があるため千束がその報告をふたりにする。

 

「明日の昼休憩に阿部さんも来ますから。」

 

「そこまでにはネーム終わってる。」

 

「おぉ!」

 

「その台詞、前にも聞いたような気がしますけど?そのときは、確かおわっt」

 

「うっ!大丈夫。まだ一晩ある。うん。」

 

この台詞も前に聞いた気がする。

 

「じゃ、明日のボドゲ会楽しみにしてるねぇ。」

 

「また明日ぁ~!」

 

そう言って扉を閉める。

 

「絶対!終わらないよぉ~。はっはっは~!」

 

俺も千束に同意。

近くで話しを聞いていたクルミが2階で作業しているたきなに声をかける。

 

「たきなぁ~、どうせダメだから準備しとけよぉ。」

 

「いや、わたしはいいです。」

 

「この前、ボロ負けしたからだろぉ~。」

 

そんな千束の簡単な煽りにたきなは反応する。

 

「違います!仕事です!日本語学校の!」

 

たきなは多少、怒りながら2階の奥の方へ行ってしまった。

 

「あぁ~、逃げたぁ~。」

 

「逃げてないです!!!」

 

「千束、お前そろそろ休憩に入れよ。お前が入ってくれないと俺が入れなくなる。」

 

「はいは~い。」

 

そんな千束にミズキさんは愚痴を溢す。

 

「さっさと戻ってきなさいよぉ~。」

 

「わぁかってるって~。」

 

しかし数十分後、千束が休憩から帰ってきたときなんだか様子がおかしかった。

ずっとなにかを考えているようだが。

 

_______

 

私が休憩に入ろうとお店の裏手に回ると充電されていた先生のスマホにタイミングよくメールが入った。

同じタイミングで先生にも声をかけられたが、一瞬でもメールの内容が見えてしまった。

 

「千束。ランチ終わりのプレートを頼む。」

 

「はぁ~い。」

 

「どうした?」

 

「あっ、あぁ、プレートね。お手洗い済んだら出しとく~。」

 

そう言ってからトイレへと向かい、先程のメール内容について考える。

メール内容は明後日の21時、BAR Forbiddenにて待つ。千束と史八の今後について話したい。であった。差出人は不明だが予想は出来た。

楠木さんだ。もしかしたらこの店のピンチなのかもしれない。

 

「ばー ふぉーびどぅん?」

 

私はトイレに座りながら色々考えるが結局答えは出ずうなり声をあげるしかなかった。

 

「うあぁぁ~あああん。」

 

通路側からクルミの声で「固いのかなぁ~。」と聞こえたような気がするが、とりあえず後でみんなに相談しよう。

 

___________

 

今日も店の営業は終了。片付けも終わって後は帰るだけ。

ミズキさんは何故か晩酌を既に始めているが。

 

「ぷはぁぁ~。」

 

「晩酌は家でやれよ。」

 

「そうですよ。早く店も閉めなきゃ行けないんですから。」

 

少し様子のおかしい千束が扉のプレートをCloseに変えてから店に入ってくる。そんな千束が気になったのかたきなが尋ねる。

 

「どうかしましたか?何か今日は変ですよ。」

 

「こいつは、毎日変だろ。」

 

そんなミズキさんの軽口にも反応せずに、千束はずっと考え込んでいる。

 

「ホントにどうした、千束?休憩から戻ってきたらずっとなんか考えてるだろ。」

 

「うーん、先生は?」

 

「さっき、買い出し行った。なにぃ?もうおっさんが恋ちぃのかなぁ~?千束ちゃんは?」

 

「ミズキさん、茶化しすぎですよ。」

 

「皆さん。」

 

「ん?」

 

「リコリコ閉店のピンチです。」

 

「「「「え?」」」」

 

何を言ってるんだ、こいつは?

 

________

 

店の奥にある一室にボスを除くリコリコメンバーが集まっていた。

話しは既に千束から説明された。

ミズキさんはボスが買い出しから帰ってきていないか確認している。

 

「スッ、クリア。」

 

「人のスマホ覗き見するんじゃありません。」

 

「だって、見えちゃったんだもん。」

 

「分かる、その気持ち。」

 

「でしょ~。」

 

「目が良いと余計なものも見てしまうんですね。」

 

「パンツとかな。」

 

クルミが笑いながら言うとたきなが持っていたお盆で頭を軽く叩かれる。

 

「うぐっ、楠木だと何で分かる?」

 

「そうですよ、指令とは限らないでしょ。」

 

クルミとたきながそれぞれの疑問を口にするが千束がそれに反論する。

 

「いぃや、先生をたらしこんで私をDAに連れ戻して、ハチも取り込む計画じゃわ。」

 

千束の発言にたきなが嫌みをこめて返答する。

 

「自慢ですか?結構ですね!必要とされてて!」

 

「あぁあ!そうじゃないよ!たきなぁ~。」

「うぅ~、違う違う違う~。」

 

千束はそう言いながらたきなにすりつく。

たきなはそんな千束を引き離そうとしない。ホントに仲良くなったな、ふたりとも。

 

「それが何で店の閉店と関係してくるんだよ?」

 

「小さいとはいえ、一応DAの支部だからねぇ。ファーストリコリスのこいつがいないと存続できないのよ。」

 

「ハチさんもいるじゃないですか。」

 

「俺はあくまでも「協力者」だからな。残念ながらあんまり関係ないんだ。」

 

「じゃあ、わたしが戻りますよ。」

 

たきながそう言うと、千束が異を唱える。

 

「えぇ~~、そんな、さびしぃぃぃぃ。」

 

「たきなはお呼びじゃないんだろ~。」

 

再びたきなのお盆がクルミの頭に直撃する。

学習しろよ。

 

「うぇ!失言だった。すまんすまん。」

 

ミズキさんはそんなふたりのやり取りをみて笑っている。

 

「でも、この店がなくなるのは困るなぁ。全員そうだろう?」

 

「まぁ、わたしは養成所戻しですし。」

 

「まだここに潜伏しないとボクは命が危ない。」

 

「あたしも男との出会いの場がなくなる!」

 

どうやらミズキさん以外はこの店の存続が重要なようだ。

もちろん俺も。

 

「そうでしょう!」

 

「「「「うん!」」」」

 

「で、どうすんだ?手っ取り早くボスを尾行するか?」

 

「じゃ、そのバーの場所を調べなくちゃね。」

 

「確か、BAR Forbiddenでしたっけ?」

 

「検索してみよう。」

 

クルミがそう言いPCを操作する。

 

「Forbidden・・・。検索エンジンにはでないな。」

 

BAR Forbidden・・・。

どこかで聞いたことがあるような?

 

「あっ!」

 

「どったの?ハチ?」

 

「ちょっと待っててくれ。」と他の4人に伝え、俺は更衣室に戻り、自分の財布を取り出してから以前作った会員証を4人に見せる。

 

「これじゃないか?BAR Forbiddenって。」

 

「会員証か?なるほど、会員制のバーか。少し貸して貰うぞ。」

 

クルミはそう言い、俺の会員証を見ながら検索をかけるとどうやら件のサイトを見つけたらしい。

 

「あった。」

 

全員でPCのサイトを覗き込むとミズキさんが俺に大声で言ってきた。

 

「あんたっ!ここ完全会員制のバーじゃない!酒飲まないあんたが何でこんなところに通ってんのよ!?ってかなんだ!入会費20万って?!」

 

「知りませんよ。俺だって一回しか行ったことないし。それもボスに連れていって貰っただけですから。」

 

そんな俺の発言に今度は千束が声をあげる。

 

「え!先生とこんなところ行ったの?!いつ!?なにもされてないよね?!」

 

「お前はボスを何だと思ってんだよ。もうちょっと信用してやれよ。それにボスも俺みたいなガキ、興味ないって。」

 

「そ、そうだよね。よかったぁ~。」

 

「でも、お店には入れるんですか。」

 

「俺は会員証があるし問題なく入れるけど、全員は無理じゃないか。出来たとしてもふたりが限界だと思う。」

 

「いやでも、こんな店で仕事の話しするかぁ?普通に逢い引きじゃないのか?」

 

「店長と指令は愛人関係ということですか。」

 

たきなの口から「愛人」という言葉が聞こえるとすごく違和感を覚える。

 

「愛人って。」

 

「あんたの口からなんっか、興奮するっ!」

 

「え?」

 

「でも、そういうことだろ?」

 

クルミが純粋な疑問をぶつけてくるが事情を知ってる俺と千束とミズキさんは声を揃えて言う。

 

「「「ないないないないないないない。」」」

 

「何でだよ。ありうる話だろ。」

 

「「「ないないないないないないない!」」」

 

 

「で、結局誰がこの店までボスを尾行するんだ?」

 

「まず、ハチは決定でしょ。残りh」

 

「ちょっと待て!俺は決定なのか?クルミがいるんだから偽造はお手のものだろ?」

 

「確かに偽造は簡単だが・・・人知れず何かを成すのはお前の十八番だろ?」

 

「・・・・・・。」

 

そう言われると何も言えない。

 

「ボクは、こっちで店のカメラをハッキングしたりするから。」

 

「じゃ、後は私とたきなね。はい!決定!」

 

「ちょっ!あたしは?!」

 

「ミズキさんが店に入ると酒飲んじゃうでしょ。酔っぱらって作戦がおじゃんになったら元も子もないですし。」

 

こうやってボスに知られず、俺達は計画を進めていった。

 

_______

 

同時刻 都内警察署付近にて

 

俺はハッカーと車の中で連絡を取り合っていた。もうすぐ、次の作戦の時間だ。

 

「おい、関係あるかもしれない情報が見つかったぞぉ。」

 

俺は銃の手入れをしたがら適当に返事をするとハッカーは勝手に喋りだす。

 

「あいつらと同じように非殺傷弾を使って戦った奴の記録というか噂があるんだ。電波塔事件は知ってるだろぅ。」

 

「あぁ、折ったの俺だからな。」

 

「え?どゆこと?」

 

ハッカーは言っていることが理解できていないようだが、今はそんなに関係ない。

 

「んで?噂ってのは?」

 

「あっ、テロリストはこいつ一人に倒されたぁとか・・。後、フードの奴は暗殺者(アサシン)なんて大層な名で呼ばれてるとかいないとか・・・。」

 

暗殺者(アサシン)?いや、あん時は1人じゃなかったし、フードで顔を隠した奴ももっと小っこかったような・・・」

 

俺は当時の記憶を呼び起こすと記憶の中のあいつらと先日に対峙したあいつらの姿が被った。なぜあの時に気付かなかったのか?

 

「ふはっ!あいつらか!!」

 

「ん?なんだ?まぁ、嘘クセぇな。こういうのには尾ひれがつくから。」

 

「まさか、同じ奴らとは・・・手も足もでなかった。こいつはぁ、運命だな。」

 

そんな時、目の前のPCからデジタル音が鳴る。多分、ハッカーから貰ったUSBメモリだろう。俺はそれを取りハッカーに尋ねる。

 

「なんで、こんなもん直接挿しに行かなきゃならねぇの?」

 

ハッカーから呆れた声が聞こえる。

 

「あのねぇ、DAのシステムは規格外のAIが制御してるんだけどぉ、入り口を物理的な手段で内側に用意しないと、アクセスするだけでこっちがバクられるわけぇ。」

 

「あ~、わかんねぇけど、ちょっくらちょちょいとやれねぇのかよ?世界一のハッカーなんだろ?」

 

俺がそう言うとハッカーが急に熱くなる。地雷だったか?

 

「これを作れるのは僕だけなんだぞぉ!DAのAIに仕掛けることが出来る奴なんてこの世界にもう一人だって居やしないんだぁ!それを為し遂げれば、僕がトップランカーとして広k」

 

「あ~、わかったわかった。お前さんの夢がかかってるわけね。」

 

俺は長くなりそうだったので簡潔に纏めてみたがハッカーは簡単に落ち着いた。

 

「僕に出来ないことは世界の誰にも出来ないと思ってくれぇ。」

 

「はっ、頼もしいこって。こいつを所長のパソコンに挿してくればいいんだな?」

 

「そ。それが君の計画を達成するためにまず必要なことだぁ。」

 

「俺達の、だろ?」

 

そろそろ時間だ。

 

「取り合えず、通信ジャミングに逃走経路の確保、頼んだぜ。トップハッカぁ~。」

 

「さぁってぇ~5分で終わらせろよぉ。」

 

ハッカーがDAにハッキングを仕掛ける。これで俺達にリコリス達の目が来ることはない。

俺は銃をもち付近にある警察署へと部下と共に歩みを進める。

 

目的地である警察署に着くと入り口で立っている警官に注意される。

 

「君たち、警察にそういうおもちゃはいかんよぉ。」

 

「おもちゃ?すまんなぁ、こんなおもちゃで。」

 

俺達は作戦を開始した。

___________

 

 

 

 

 

 

 





良ければ作者のやる気に繋がりますので高評価お願いします。


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逢い引きじゃないと思っていたらマジの逢い引きだったかもしれない話

 

喫茶リコリコにて

 

客入りのピークも過ぎ、小休憩中に団子を食べながらテレビを見ていると警察署に暴力団構成員らが発砲したというニュースが流れた。

 

そんな時に、店の扉が開き振りかえるとふたり組のリコリスが目にはいる。

こいつらは、確かこの前の・・・フキと、誰だっけ?

 

フキというリコリスは店には入りながら俺に話しかけてくる。

 

「千束はいるか?」

 

「あぁ、奥にいるよ。呼ぼうか?」

 

俺が千束を呼ぼうとしたときに声が聞こえたからか店の奥から千束が顔を出す。

 

「おぉ!フキ、いらっしゃ~い!」

 

「説明は不要だな。見せたいものがある。」

 

フキはカウンターに座ると隣にいるクルミが気になったようだ。

クルミは冷や汗を流している。

まさか、リコリスがこんなところに来るとは思っていなかったのだろう。

 

「あっ?見ない顔だな?」

 

「し、で、でぃ、ディ、DAノモノデス。」

 

クルミよ、声が震えているぞ。もうちょい隠せ。

 

「そうなのか~?」

 

「え?あ、あぁ・・う、うん。ウチのコンピューターのひと・・・。」

 

千束も相変わらず、ポーカーフェイスは苦手なようだ。

 

「ならちょっと借りるぞ。」

 

フキはそう言ってからクルミのタブレットにUSBメモリを挿す。

それからタブレットの画面に件の警察署内で撮られたであろう映像が映し出された。テレビのニュースでは暴力団がやったことになっていたが真相は例の銃取引の奴らが起こした事件のようだった。

まぁ、そんなこったろうとは思っていたが。

 

「署内の監視カメラ映像だ。」

 

「紋紋じゃねぇ~じゃん。」

 

「報道はカバーしてるに決まってるじゃないっスかぁ。」

 

「けど、行動前にやるのがあんたらの仕事でしょ~。」

 

ミズキさんの台詞にセカンドのリコリスは顔を背ける。

そんな時に、ボスが店の奥から現れた。

 

「おや、珍しいお客さんだなぁ。」

 

「団子セット、いいッスかぁ?抹茶のやつ。」

 

セカンドのリコリスはボスに団子セットを注文し、フキは顔が真っ赤になっている。

え、まさか?こいつ・・・ボスのこと・・・。

 

「抹茶団子セットね。フキ、お前は?」

 

「いえ、任務中なので・・・。」

 

フキは何かを紛らわすために横に座った千束に大声で真島がどいつか聞いてきた。

 

「あぁ~ああ、そんな大きな声で叫ばなくたって・・あっ!」

 

千束は画面を見ながら返事をすると、どうやら画面上に真島が映っていたようだ。

 

「こいつ!こいつ!ねぇ、ハチ!」

 

「そうだな。こいつだ。」

 

映像に映っている真島を見ながら、千束とたきなは以前自分が描いた似顔絵のことで言い争っている。

別にいいだろ。そんなこと。

 

「ほら、これ髪型私のじゃない?」

「色だけじゃないですか!」

「いやいや、形だって私の方が、」

 

ふたりのそんな言い争いをよそに店を出ていく。

 

「サクラ、行くぞ。」

 

「えぇ!まだ、団子がぁ。」

 

店を出ていくふたりを俺は団子を食いながらお見送りする。

 

「ありがとぉございやしたぁ~。」

 

俺が団子を食っていたためかサクラと呼ばれたリコリスに睨まれてしまった。

そんなに団子が食いたかったのか?ずいぶんと、嫌われてしまったようだ。

そんな俺にクルミが話しかけてくる。

 

「おい、史八。見てみろ。」

 

「ん?」

 

俺はクルミのタブレットを見て驚く。

そこには、署長室と思われる荒さらた部屋の壁にこう書かれていた。

 

勝負だ、リコリス!アサシン!!

 

なんとも大胆な、宣戦布告だ。

あぁ、ホントに嫌んなる。

 

________

 

今日の営業が終わり、ついに計画していた作戦を実行に移す時間が迫ってきた。

 

「腹減ったぁ~。」

 

「おうどんでも湯がきます?」

 

「いいね。」

 

「食べまぁす!!」

 

「どこにしまったっけなぁ?」

 

俺達のそんな言葉に外出する準備が整ったボスが声をかける。

 

「あ、あぁ悪いが、私は用事で外出する。」

 

「あら、そう?」

 

「どこに行くんです?」

 

俺は怪しまれないよう普段と変わらずに接する。

 

「野暮用だ。戸締まりを頼むよ。」

 

「りょ~かいです。」

 

そう言ってボスが店の後にしたと同時に俺以外のメンバーが行動を開始する。

俺はまだ、ボスが店の外にいるのが気配でわかっていたため動かない。

案の定、ボスは再び店のドアを開け顔を覗かせる。

 

「言い忘れたがガスの元栓・・・どうした?」

 

ボスは行動を開始していた俺以外のメンバーが不振な動きをしているのが気になったようだ。

しょうがない、フォローするか。

 

「あぁ、いや、うどんをどこにしまったか忘れちゃって。」

 

「ソ,ソウ!ウドンハドコカナァ?」

「ココニウドンハ,アリマセンデシタァ。」

 

千束とたきなは自分のバックの中を確認しながらうどんを探している振りをしたうえで棒読みだし、クルミはピョンピョン跳び跳ねてるだけだし、ミズキさんに、いたってはなんで、うどんを掛け声に体操してんだよ!

 

 

「うどんなら納戸だ。」

 

そんな俺達を余所にボスはうどんの場所を教えてくれる。

そう言って今度こそ、ボスは店を後にした。

数秒後、俺以外のメンバーがその場に崩れ落ちる。

 

「お前ら、誤魔化すのヘタクソすぎん??」

 

_______

 

尾行の準備を始めようと俺はジャケットに着替えようとするが千束から待ったがかかった。

 

「ちょい待ち、ハチ。そのジャケットで行くつもり?」

 

「あぁ、もちろん。ボスと行った時もこれで行ったし。」

 

「だぁめだよ!先生にバレちゃうかもしれないじゃん!私が持ってきたからこれに着替えて!」

 

千束はそう言って俺にスーツを手渡してくる。

 

「これ、スーツじゃん。嫌だよ俺。こういう堅っ苦しいの嫌いだって知ってるだろ?」

 

「たまにはいいじゃん!私だって今回このドレス着るし、せっかくだから髪の毛もワックスでセットしちゃおう!」

 

「はぁ?!そこまでやる必要ないだろ。ボスたちにバレずに行動するわけだからこんなことしなくても!」

 

「はい!ハチがこうやって駄々こねるのは知っていましたぁ。」

 

千束が、そう言って指を鳴らすと俺の両サイドをたきなとミズキさんに押さえられる。

 

「ちょっ、ちょっと?!ふたりとも?何してんの?」

 

「我慢してください。ハチさん、作戦成功のためです。」

 

「おもしろそぉだからぁ~~。」

 

俺が動けずにいると、千束が着々と俺に近づいてくる。

 

「まっ待て、落ち着け千束!いや、この状況で一番落ち着くべきは俺だがまず、話し合おう!話せば分かる!!」

 

「だぁいじょ~ぶだってぇ~、ハチが大人しくしてればすぅぐに終わるからぁ。」

 

「あ、あいや、ちょ、待ってまじ待って、あ、あ!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

そうして、俺は千束に無理矢理着替えさせられたのだった。

 

___________

 

わたし達は準備をすませミズキさんの運転する車に乗り移動している。

 

「もう、お婿にいけない。」

 

千束を挟んでわたしと逆側に座っているハチさんがそう呟く。そんなにスーツが嫌なのだろうか?似合っていると思うが。

 

「じゃあ、あたしが貰ってあげましょうか?」

 

「冗談はミズキさんの飲酒量だけにしてください。」

 

「そうだよ!ハチがミズキみたいな酔っぱらいを相手にするわけないじゃん。」

 

「なっんだと!クソガキ!!」

 

「おーい、おまえらぁそろそろだぞ。準備できたか?」

 

わたしたちはクルミの言葉にそれぞれの返事をする。

 

「はい。」

 

「はいはーい。」

 

「無理、もう疲れた。精神的に。」

 

ハチさんだけかなり参っているようだ。

 

「もう~、ハチ。しゃんとしなよぉ。お店の危機なんだよ?」

 

「いや、それは分かっているがスーツに着替えることなかったんじゃないか?というか千束、そのドレス肩と背中見えすぎじゃね。胸元も少し開いてるし。」

 

「いやん、もうハチってば!いつも私のそんなところばっかり見てるの?えっちぃ!!」

 

「・・・・・心配なんだよ。」

 

「えっ////・・・なっ!何言ってんだよぉ!ほらハチ、もうネクタイ曲がってる!こっち向いて。直すから。」

 

「ん?あぁ、悪いな。」

 

「おいコラ、バカップル。あたしの前でイチャコラするとは言い度胸だな。ケンカなら言い値で買うぞ、ああ゛ん!!」

 

「「イチャコラなんてしてねぇよ(してないよ)!」」

 

いや、してたと思うが、今のはカップルというより新婚なのでは?

 

千束はハチさんのネクタイを直してから自分の首から例のチャームを下げる。

 

「それ今朝もテレビで、なんか金メダル獲ってました。」

 

「あっそう!私にもそういう才能があっちゃうのかな?」

 

「弾丸避けるとか誰にでも出来ることじゃないですけど。」

 

「ははっ!ありゃ勘だよ。弾より速く動けたらメダル獲れるんだけどぉ。」

 

「アランさんの手違いだな。」

 

「なんちゅうこと言うんだ、貴様ぁ。まぁ金メダルとは行かなくてもぉ誰かの役には立てるでしょう。DAに戻されてる場合ではないのよぉ。」

 

「そうだな。」

 

千束の呟きにハチさんが反応する。

そんな会話をしているうちに目的地であるビルに到着する。

 

________

 

 

目的地であるビルに到着すると俺は千束とたきなと共にビル内へと入る。

 

「やべぇな、この雰囲気!」

 

千束は何故かワクワクしているようだった。

 

一回だけしか来たことはないが道は覚えているものだ。

俺が先行して進むと以前のボスと同じように壁に手を当てる。

そうすると壁の一部が開き暗証番号用のボタンが出てくる。

 

「は!すげぇぇ!」

 

どうしよう、千束が前回の俺と同じようなリアクションをしている。思考回路が似ているんだろうか?

 

俺がクルミから事前に教えて貰った番号を入力すると隣の扉がゆっくりと開いた。

 

「さて、こっからはおふざけはなしだ。」

 

3人で扉の前に立つ。

 

「ミッション、スタート!」

 

受付に近づくと受付スタッフから声がかかる。

 

「ようこそ、いらっしゃいました。恐れ入りますが、会員証をご提示していただけますか?」

 

俺は胸ポケットから前回作った会員証を手渡す。

 

「あぁ後、こっちにいるのが僕の妻でね。ここは初めてなんだが、一緒でも大丈夫だろうか?」

 

「妻!?//////」

 

千束が、何故か赤くなっているがこうした方が誤魔化しやすい。

 

「もちろん、大丈夫ですよ。それでは大神さまの配偶者会員として入会費3万円をいただきます。」

 

「カードで。」

俺はそう言ってクレジットカードを渡す。

 

「それで、そちらのスーツの女性はいかがいたしましょう?」

受付スタッフはたきなのことを聞いてくる。

 

「あぁ、彼女はウチの妻の護衛だよ。最近、何かと物騒だろ?数ヵ月前にはガス爆発事件があったり、地下鉄の脱線事故だったり、最近じゃあ警察署が襲われたりね。心配なんだよ、見れば分かるとおり、彼女は美しいからね。」

 

「美しい!?/////」

 

「どこのどいつにいつ襲われても不思議じゃない。貴方もそう思わないかい?あぁ、護衛の彼女が店に入るために別途料金がかかるならもちろんお支払するよ。」

 

「いえ、大丈夫です。当店には他にもそのようなお客様はいますので、それではごゆるりとおくつろぎください。」

 

「不意打ちはダメだってぇ!しかも2回!」

________

 

 

俺達は問題なく入店し、適当な白ワインを頼みテーブル席に座るが千束の顔が真っ赤だ。

 

「どうした千束?暑いのか?」

 

「あぁ、いやいや、な、何でもないよぉ~?」

 

「ハチさん、気にしないでください。ただ奇襲にあっただけですから。」

 

「奇襲?」

 

そんなものあったか?

たきなの言っていることがわからない。

 

「まぁ、いいや。クルミ、そっちからこちらの状況は確認できるか?」

 

通信機で車内で待機しているクルミとミズキさんに確認をとる。

 

「あぁ、既に監視カメラはハッキングした。お前らの姿も確認できているが、肝心のミカの姿が見えないな。」

 

「いや、見つけた。カウンター席だ。」

 

「うわぁ、先生なんかめっちゃ決めてんだけど。」

 

「ほらやっぱ逢い引きだ。逢い引き。楠木が来る前に撤退した方がいい。」

 

クルミはボスの格好を見て逢い引きと判断するが、相手はあの楠木だろ?それはない。

 

「だって楠木は。」

 

「女性だし。」

 

「え?」

 

たきなが声を出した瞬間、ボスに近づいてくる人物を見つけた。

その相手は、

 

 

 

 

 

 

 

 

シンさんだった。

・・・マジか~。まじで逢い引きだった。

千束もミズキさんも気付いたのかそれぞれの感想を口にした。

 

「たはぁ~~、逢い引きだな、こりゃ。」

 

「「え?」」

 

「私としたことがぁ~。」

 

「待て、ミカはそう(・・)なのか?お前らそれ、先に言えよぉ~。」

 

どうやらクルミも理解したようだ。

 

「行こう、ふたりとも。邪魔しちゃ悪い。馬に蹴られたくないしな。」

 

「そうだね、行こう。愛の形は様々なんだよ、たきなぁ。」

 

こうして俺達はイケオジふたりに気付かれないように隠れながらふたりの背後に回り店を後にしようとする。

 

しかし、ふたりに近づいたときにボスとシンさんの会話が耳に入ってしまった。

 

「急に呼び出してすまなかったな。」

 

「いいさ。」

 

「君に尋ねたいことがあってな。」

 

「改まって何だ?」

 

「手術後、私は君にあの子を託した。彼もそうだ。私のそばにいると危険だと判断したからね。その意味を忘れたのか、ミカ?」

 

俺は足を止めてしまった。

手術後、ボスに託した?千束のことか?じゃあ、シンさんが千束の探してる恩人?それに彼って誰だ?危険だと判断した?

 

何故か俺はこの話しを聞いてしまったとき、他人事とは思えないような感じがした。

 

「何のために千束を救ったと思ってる?あの心臓だってアランの才能の結晶なんだぞ。千束だけじゃない。史八だって、」

 

「!」

 

「え?ヨシさんなの?」

 

千束にもふたりの会話が聞こえているようだった。

 

「千束!出ないんですか?」

 

「ヨシさんだよ!」

 

「ちょ、ちょっと!千束!」

 

たきなは千束を止めようとするが、俺も千束と真相が気になりふたりの前に出ていく。

 

「ヨシさんなの?」

 

「千束!史八!」

 

千束がそう言い、ボスとシンさんが振り向く。ようやくふたりは俺達に気付いたようで、驚愕の表情を示す。

 

「今の話し、どういうことですか?」

 

「ミカ。」

 

「いや、違う!」

 

シンさんはボスに疑いの目を向けるがその誤解を千束とたきなが解くように説明する。

 

「ごめんなさい!先生のメールをうっかり見ちゃって。」

 

「指令と会うのかと。」

 

「お前達。」

 

「でも今の話し、ちょっとだけ、ちょっとだけヨシさんと話しをさせて。」

 

千束はシンさんに目を向けるが逆にシンさんは千束から目を背けてしまう。

 

「何かな?」

 

たきなは空気を呼んでくれたのか小声で「先に出てます。」と報告をする。

 

「ごめん。」

 

「悪いな。」

 

「まさか、ヨシさんだったなんて。あっ、すいません。吉松さんの方がいいか。ありがとうございました。貴方をずっと探してて、手術の後お礼を言えてなかったから。」

 

「それを認めることは出来ないんだよ。」

 

「え?」

 

「そういう決まりなんだ。」

 

「そう・・なんだ、そっか。私もいただいた時間でヨシさんみたいに誰かを、」

 

「知ってるよ。しかし、君はリコリスだろ。君の才能h」

 

「差別だ!」

 

シンさんが何か説明しようとしたとき、聞いたことのある声が店内に響き渡る。声のした方向を見るとクルミとミズキさんが店員と言い争っていた。

なにしてんだ、あいつら。

 

「ですから、未成年は・・・」

 

「よくIDを見ろよぉ。ちゃんと30って書いてあるだろぉ?」

 

「ですが、」

 

「でぇたぁ~。この店は見た目で人を判断するのか。」

 

しょうがないと思うぞ、クルミ。その見た目では誰も30とは思えない。俺は対応している店員に何とも言えない申し訳なさを覚えた。

 

「10代に見えるかもしれないけどこう見えて・・・ハタチ!」

 

「お前のことじゃねぇよ。」

 

何やってんだあのふたり?漫才か?

 

「あたしも飲みたい!男の金で!」

 

そんなふたりを千束が注意しようとするがシンさんは立ち上がり、店を後にしようとする。

 

「アランチルドレンには役割がある。ミカとよく話せ。」

 

そんなシンさんに声をかける。

何故か知らないがこの場ではっきりさせなければこの先ずっと俺の失った記憶についてわからなくなるような気がしたから。

 

「シンさん!」

 

梟のチャームをポケットからとりだし問いただす。

 

「あんたがこれを俺に渡したのか?!さっきのボスとの会話のなかで俺の名前も出てた。あんた、昔の俺のことを何か知ってるんじゃないのか?!店で初めてあんたと話したときあんた言ったよな。俺達ははじめましてだって!何で嘘をつく必要があったんだ。知ってるなら、教えてくれ!昔の俺に何があったんだ!!」

 

シンさんは振り返らずに答える。

 

「それを、私の口から言う義務も権利もない。」

 

「お願いd」

 

「ただし、もし君が本当にそれを望むなら、私のところに来るといい。私からは言えはしないが・・・見せる(・・・)ことなら出来るからね。私もそれを望んでいる。」

 

「何を言っt」

 

「シンジ!」

 

ボスが急に声を出す。何やら少し怒っているようだった。

 

「ではね。」

 

そう言って、シンさんは店から出ていってしまう。

俺も千束も呆然とするしかなかった。

 

「あの、ヨシさん。またぁ、お店で待ってますから。待ってますぅ。」

 

千束の声は届いたのだろうか?

 

シンさんが店を後にしてからボスにここで待つように言われ、ボスはシンさんを追いかける。

今は、千束と一緒にカウンター席に座り、なんと声をかければいいか分からずにいた。

 

「ヨシさんだったね、探してた人。」

 

「そうだな。」

 

「ハチのことも知ってる風だったね。」

 

「・・・・そうだな。」

 

「ありがとうって伝えられた。」

 

「でも、気はすんでないんだろ?」

 

「・・・うん、ちゃんと感謝の気持ちを受け取って貰えなかった気がする。・・・ねぇ、ハチ?」

 

「ん?」

 

「ヨシさん、またお店に来てくれるかな?」

 

「・・・来てくれるさ。その時ちゃんと伝えればいい。次来たときは千束の感謝の気持ちを受け取って貰えるまで帰さなきゃいい。」

 

千束は少し笑顔になり聞いてくる。

 

「そんなこと出来るの?」

 

「出来るさ、ドアに鍵をかけちまえばいい。窓から出入りしてくるシンさんなんて想像できないだろ?」

 

「あはは!確かに。そうだね、そうしよう!」

 

千束に笑顔が戻ったが、理解はしているはずだ。

こんなのは気休めであることに。

 

_______

 

私はシンジと一緒にエレベーターに乗っている。

 

「シンジ、ジンは逃がしたぞ。」

 

「ふっ、前はそんなに甘い男じゃなかっただろう。どうした?」

 

「ふたりの望む時間を与えてやろう!」

 

「ミカ、才能とは神の・・先駆者の所有物だ。人の物ではない。まして、私たちの物でもない。私たちは約束したじゃないか。そうだろう。」

 

シンジは私に近寄る

 

「止めろ!」

 

そして、シンジを突き放して銃口を向ける。

 

「だったら史八のことはどう説明する!神にでもなったつもりか?!」

 

「それも、10年前に聞かれた気がするよ。」

 

「ふざけるな!もう一度言うぞ、あのふたりを自由にしろ。私にはこの引き金を引く覚悟がある!」

 

「君の店を初めて訪れたときは、胸が弾んでいたよ。ほんとさ。10年前のあの日のように。」

 

私はシンジと出会った日のことを思い出す。

 

(はじめまして、吉松シンジです。)

(お互い、秘密が多いな。私たちはうまくやれる。)

(成功だよ!ミカ!)

(サヨナラだ。約束だぞ、才能を世界に届けてくれ。・・・類い希なる殺しの才能をね。)

 

私はもう何も言えなかった。

 

エレベーターのドアが開きシンジが出ていく。

私は自分の持っている拳銃に目を落とす。

 

「覚悟なんか・・・あるわけないだろ。」

 

_______

 

私はミカと別れ、既に私を待っている姫蒲君の運転する車に乗ろうとしたときに後ろから声をかけられた。

声の主はたきなちゃんだった。

 

「あの!」

 

「ん?」

 

「先ほどはお邪魔してしまって、でも千束喜んでいました。また、お店でお待ちしています。千束はずっと貴方を、」

 

「君なら分かる筈だ。史八と千束の居場所はここではないと。君には期待しているよ、たきなちゃん。」

 

私は彼女にそう伝え車に乗り込む。

 

_______

 

ハチと話しながら先生をカウンター席で待っているとようやく戻ってきた。

私はチャームを弄りながら先生に聞く。

 

「なんで黙ってたの?」

 

先生は目を押さえてあるため表情が読めない。

 

「はぁ~~。・・・・それが、君を助けるときの条件だった。」

 

「約束を守ったんだぁ~。その方が先生らしい。やるなぁ~千束を欺くとは。」

 

「すまなかった、千束。」

 

「いぃってぇ!気にすんなよぉ。」

 

「・・・すまない。」

 

それからハチが先生と少し話したいと言うので私はクルミ達が待つ車に向かう。

ハチも気になることがあるのだろうと思い、私は何も言わずに店を後にした。

 

________

 

千束が席に外してから無言の時間が過ぎる。

それを打ち破ったのはボスだった。

 

「・・・・・すまなかった。」

 

「別に俺は怒っちゃいませんよ。千束も貴方を許した。俺が何かを言うのはお門違いでしょ。ただ・・・」

 

「?」

 

おそらくボスは自分でも気持ちがめちゃくちゃなんだろう。

千束は先天性心疾患だ。昔から心臓が弱かった。だから人工心臓を移植した。今回の件でその提供元がアラン機関・・・いや吉松シンジさんだと言うことがわかった。

そこで、ボスとシンさんとの間に約束ごとがあったのだろう。

アランチルドレンには役割がある。シンさんの口振りから察するにおそらく、千束に何かしてほしいのか。もしそれが、千束の望まないことであったら・・・・・。

 

人工心臓も万全じゃない。千束は今の俺の歳まで生きれるかわからない。ボスはそれを知った上でシンさんと何かを約束した。つまり、当時はボスはシンさんに協力的だったということだ。

しかし、ボスの今までの行動や言動を顧みると、千束と深く接してるうちに情がわいてしまったのだろう。

 

ここまで推理してみるが、結局のところ俺のやることは変わらない。

 

「いえ、何でもないです。」

 

そう言ってから、ボスと別れた。

 

________

 

翌日も喫茶リコリコは通常営業。

しかし、もうすぐ昼休憩で常連さんはボドゲの準備をしている。

 

しかし、千束の姿はまだ見えない。やはり、昨夜のことが響いているのかと思う。

阿部さんも気になったのかたきなに「千束ちゃんは?」と尋ねるがたきなも「今日はまだ。」としか答えられずにいた。

 

ボドゲの準備をしてしているとなりの席で漫画家である伊藤さんは頭を悩ませていた。というかスマホがさっきからずっと鳴っている。

 

「伊藤さん、参加しません?」

 

「ダメ。」

 

「さっきからめっちゃケータイ鳴ってるぞぉ。編集じゃないのかぁ?」

 

「鳴ってない!」

 

「結局出来なかったんですか?」

 

俺はそう言って伊藤さんにお茶を出す。

 

「あぁ、ありがとう。ねぇ史八?やっぱりこの悪人は殺すべきかなぁ?」

 

俺は自身の感想をいう。

 

「うーん、俺は殺すのには反対ですね。」

 

「なんで?」

 

「だってキャラが死んじゃうと再登場させるのが限定的になっちゃうじゃないですか。過去編だったり回想シーンだったり。せっかく頭を悩ませて作ったキャラがあんまり登場しないなんて勿体なくないですか?殺すにしても、こう何て言うんですか?主人公のパワーアップのためだったり他のキャラの成長のために意味がある死をさせた方がいいと俺は思いますけどね。そういうのがカッコいい悪役キャラになるんですよ。」

 

「あぁ、史八と千束の方が編集より良いアドバイスくれるぅ~。編集変わってぇ~。」

 

「勘弁してください。俺はもういっぱいいっぱいです。」

 

俺は笑いながら伊藤さんから離れた。そんなときに、ミズキさんが目にはいる。

なんてかっこしてるんだ?この人は?

 

「ミズキっ!おまっ!陽の高いうちからなんちゅうかっこしとるんだ?!」

 

「ミズキさんお出掛け?」

 

「まぁねぇ。」

 

「決まってるねぇ。」

 

「どこ行くぅ。」

 

「もちろん、昨日の高級バーよ。お子様連れで入れなかったけどあたし一人で行けば入れますから、このゴールドカードで。」

 

「そのIDならもう消したわ。」

 

「なんでぇ!高級バーよ。」

 

「お前が低給だからだ。いいから座れ。」

 

「イヤだぁ!絶対行くぅ。」

 

子供みたいなワガママをいいながら店を出ていってしまった。

 

「なに?なに?野良イッヌ!メスじゃねぇか!メスはいらねぇぇぇ!」

 

あの人は・・・・もうダメかもしれん。

 

「遅いですね、千束。」

 

「今日くらいは休ませてやろう。」

 

「一人の時間も必要だしな。」

 

「そうですね。」

 

そんな会話をボスとたきなとしていたらドアの向こう側から元気な声が聞こえてきた。

 

「千束が来ましたぁぁぁ!!!」

 

そう言って千束が店に来ると一気に店が騒がしくなる。

 

たきなは千束に速く着替えるように言い、

伊藤さんは千束に漫画のアドバイスを求め、

ほかの常連さんに、ボドゲに参加するように促され、

クルミにパフェを作るようにお願いされる。

やっぱりそうだな。千束はみんなに求められる。

 

「ボス。」

 

「なんだ?」

 

「誰がなんと言おうと、ここが千束の居場所ですよ。」

 

「・・・あぁ、そうだな。」

 

ボスは微笑みながらそう答えた。

 

 

 

 

 

 





よろしければ高評価よろしくお願いします。


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暗殺者の弱点の話

 

「ハチさんって弱点とかあるんですか?」 

 

リコリコの営業終了後、たきなが突然そんなことを聞いてきた。

 

「じゃ、弱点?いきなりどうした?」

 

「いえ、前から気になっていて興味本位で聞いてみただけですけど。」

 

たきなとの会話が聞こえていたのか奥の方から千束がやってくる。

 

「なになに?何の話ししてるの?私も混ぜてよ!」

 

「千束、片付けは終わったのか?」

 

「当っ然!っで!何の話ししてたの?」

 

千束は自分の胸を叩きながら主張する。

 

「ハチさんに弱点がないか聞いていたところです。」

 

「弱点?ハチの?なんで?」

 

「ずっと気になってたんです。今までお店の業務やリコリスとしての仕事の中でもハチさんの弱点って見つからないなぁって。少し前から、体術の指導も受けてもらってるんですけど、簡単にあしらわれちゃうし、千束も模擬戦で1回も勝ったことないんですよね。」

 

「そうだねぇ、撃っても簡単に避けられちゃうし、ハチは私の動きを先読みして当ててくるし。」

 

「体術、銃撃戦。パッと見、弱点らしい弱点が見当たらなかったので。」

 

俺のこと人外かなんかだと勘違いしてませんか?たきなさん?

 

「生活面でも、家事全般できるし、あ!後っ、マッサージとかも上手いよ!私、偶にやってもらうんだぁ。」

 

「おまえ、途中で寝ちまうからその後ベッドまで運ぶの大変なんだぞ。」

 

そう、千束は「やってやって。」と駄々をこねるが始めると数分後には寝てしまう。本人は気持ち良すぎると言ってくれるが。

 

「前々から思っていたんですが、ハチさんって千束を甘やかし過ぎでは?」

 

「うん。その自覚は充分ある。でも、こいつのワガママを聞かないと恥も外聞も捨てて駄々こね始めるから後が面倒くさいんだよ。」

 

「えぇ〜。たきなぁ、ハチは私だけに優しいからそうしてくれているんだよぉ〜。」

 

「・・・千束がこうなったのもハチさんが原因じゃないですか?」

 

「その可能性も、充分ある。たきなにはすまないと思ってる。・・・・いや、割とマジで。」

 

「おい、貴様ら。私もそろそろ全力で泣くぞ。って、違うでしょ〜ハチの弱点の話しじゃん!」

 

「そうでした!それで、弱点はあるのですか?」

 

ふたりはそう言って脱線していた話しを元に戻した。

 

「弱点かぁ?ん~~?普通に苦手な物はあるけどな。」

 

「苦手なものですか?」

 

「あぁ!コーヒーとか?ハチって案外、お子ちゃま舌だから飲めないもんねぇ。オレンジジュースとかオムライスとか好きだし。」

 

「苦手なだけで飲めないわけじゃない!後、オレンジジュースもオムライスも旨いだろうが、馬鹿にすんなよ。」

 

「いやいや、馬鹿にはしてないよ。ハチが、そういうのが好きっていうのが意外ってだけ。」

 

「他には?」

 

「虫も嫌いだよね。後は、暑いのもだめ。」

 

千束の言ったことに間違いはないので特に否定もせずに俺も言葉を続けた。

 

「あぁ、たしかにそうだなぁ。夏は嫌いだ。どちらかといえば秋か冬がいい。」

 

「虫が嫌いなんですか?」

 

「うん。6本以上足のある生物は俺の敵だ。まぁ、触れるやつには触れるし、嫌悪感がするってだけだけど。」

 

「敵・・・多くないですか?」

 

「嫌いなもんは嫌いだ、しょうがないだろ?」

 

「う〜ん、コレといったものは無い感じですね。」

 

たきなは収穫なしという風な声を出す。

なんか、すまんな。

 

「たきな!諦めるのはまだ早いよ。ハチには最大の弱点がある!」

 

「本当ですか?!」

 

最大の弱点?そんなものあっただろうか?苦手なものや嫌いなものはさっきの話しに大体出ていたが。

 

俺が自身の弱点のことを考えていると千束が笑顔で近づいてきて、耳元に口を近づける。

 

その瞬間、俺の最大の弱点に気づいた・・・いや、思い出したが少し遅かったようだ。

 

「フゥ~。」

 

千束が俺の耳に息を吹きかけてきた。

 

「うわぁぁぁぁぁ!」

 

「あっははは!相変わらず、耳が弱いねぇハチ!」

 

「この野郎。」

 

俺は自分の耳を押さえて千束を睨みつけるが千束はそんなこと意にも介さずに笑ってある。

 

くそっ、やられた。

俺の顔も今はちょっと赤くなってんだろうな。

 

「分かった?たきな。ハチの弱点は耳だよ。耳元で息を吹きかければいいの!」

 

たきなは千束に目を細めて問いかける。

 

「戦闘中にどうやってそれを実行するんですか?」

 

「え〜?だから今みたいにハチに近づいて・・・あっ。」

 

「次は容赦なくぶん投げるぞ。」

 

「で、近づいてどうするんですか?」

 

たきなはまだ目を細めながら千束に問うが千束からの返答はなかったどだけ言っておこう。

 

 



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蒼の彼岸花が大活躍をする話

東京 とある場所にて

 

食事を済ませた私に姫蒲君がグラスにワインを注いでくれた。

 

「ありがとう、美味しかったよ姫蒲君。君はコックの才能があるよ。」

 

「調理の道を選んでいたら機関は支援しましたか?」

 

そんな彼女の問いに少し笑いながら答えた。

 

「選ぶ?ふっ、機関が支援する才能は神、先駆者のギフトだ。選ぶことなど出来ない。」

 

「先駆者?」

 

姫蒲君は疑問に思ったワードを口にするが私は答えるつもりはない。説明するにしても長くなってしまうからね。

 

「生まれながらに役割が示されている。」

 

「人生の意味を探す必要はありませんね。」

 

「そうだ。幸福なことだ。」

 

私がそう言うと、姫蒲君は私が頼んだ仕事の準備をし始めた。

そんな彼女にワインを傾けながら忠告する。

 

「千束の扱いは丁重にな。」

 

「状況しだいです。もし、任務中に彼が割り込んできたらお約束出来ません。」

 

「史八・・・か。大丈夫。彼はじきにここへたどり着く。彼がここに来てから千束に接触するといい。そうすれば、邪魔されることはないだろう。」

 

「何故、彼がここに来ると分かるので?それに、彼はこの場所を知らない筈では?」

 

「来るさ、彼は。」

 

ぬるま湯に長く浸かりすぎていたとしても人の本質はそう簡単には変わらない。

 

私には、もうすぐ彼がここに来ることに確信があった。

 

暗殺者(アサシン)だからね。」

 

姫蒲君が退室し、私は独り言のように呟く。

 

「あのふたりに、あんなところでいつまでもままごとをさせてるわけにはいかんのだ。」

 

__________

 

喫茶リコリコ

 

「へい!お待ち!!」

 

千束がそう言いながらテーブルの上に千束自身が最近発案した、「千束スペシャルエレガントパフェ」が置かれる。

値段1200円。ぶっちゃけた話しをするとこのパフェには色んな材料を使っているため注文を受けたところであまり、収益はない。

ただでさえ最近は赤字続きなのに!

 

常連の伊藤さんは千束の接客にツッコミをいれる。

 

「千束ちゃん、飲み屋じゃないんだからぁ。」

 

「おっ!昼から飲めるのかい?」

 

「ありますよぉ~。ミズキの飲みかけが。」

 

「阿部さん、勤務中。」

 

そんな阿部さんの返しに阿部さんの部下であろう人物が嗜める。

北村さんは、「今日のもすごいねぇ。」と感想をいっている。

 

「千束Specialだからぁ~。北村さんも食べますぅ?」

 

スペシャルなのは良いが店の利益のことも考えてほしいものだ。

 

そんなことを千束が言うと他の常連さんからも「食べたい。」との声が上がる。

 

「はい!スペシャル一丁、二丁、三丁!!」

 

そんな光景をたきなと共にカウンター裏で眺めていると千束から声がかかった。

 

「ハチ!たきな!スペシャル3つだよぉ!」

 

「ハチさん、マズイです。このままでは。」

 

「あぁ、マズイ。非常にマズイ。」

 

「え?」

 

_________

 

本日の営業終了後、座敷にリコリコメンバー全員が集合しパソコンの画面に映っている収支表を見ているが完全に赤字だった。

 

「やっぱ、変わらず赤字か。むしろ悪くなってる。」

 

「依頼から得たお金を合算してもこれです。銃弾や仕事の移動にかかる経費はどうしてるんですか?」

 

わたしの質問にはミズキさんが答えてくれた。

 

「DAからの支援金があるのよぉ。千束のリコリス活動費って名目。」

 

「完っ全に足出てますよね?」

 

ミズキさんは千束に指差しながら強めに言った。

 

「こぉ~いつが、高い弾をやたら撃つからよ!」

 

「あのパフェもな。」

 

クルミからの援護射撃も入り、千束はハチさんも自分と同じように射撃対象にしようとする。

 

「ハチだって先生の弾使ってるじゃん!私のせいだけじゃないよ!」

 

「俺は出来るだけ非殺傷弾は使わないように心がけている。お前みたいにばかすか撃たん。」

 

「そういえば、そうですね。ハチさんってあまり銃弾で無力化するよりも体術で敵を無力化してる印象が強いです。」

 

「ん?あぁ、ゴム弾って以外と作るのに金がかかるし千束が無駄に撃つから俺が少しでも節約しないとと思ってな。」

 

「新メニューもハチさんは費用対効果のことも考えてくれてます。」

 

だからといってあそこまで悩む必要はないと思うが、ハチさんにとってここはそれほど大切な場所なのか?

 

「正直、千束のあのパフェはいただけん。」

 

「独立してると言いながら、お金はDAに頼っていたと。」

 

「うぅ~、楠木さんみたいなことをぉ~。」

 

今この現状、自分の味方がいないことが分かったのか千束は苦笑いするしかないようだった。

なんとかこの現状を打破しようと思いわたしはメンバー全員の前で宣言した。

 

「分かりました。以後、私がリコリコの経理をします!!!」

 

 

 

________

 

昨日の突然の宣言通り、翌日からたきなは行動し始めた。

 

仕事の際は、千束に無駄弾を使わないように注意し、現場も荒らしすぎるとクリーナー代がかかることを再認識させるが、

 

「クリーナー代は俺が出すからいいよ。」

 

「ハチさん、そうやって千束を甘やかさないでください。」

 

「あっ・・・・・はい。」

 

食いぎみにそう言われ俺は頷くしかなかった。

ちょっと怖かったのは秘密だ。

 

次の現場ではまた、無駄弾を撃ってしまう千束をワイヤーで拘束してから、犯人達も拘束していく。

徹底してるな。

 

「ハチ!見てないでこれ、ほどいて!」

 

「はいはい。動くなよ~。」

 

俺はリストブレードで千束を拘束したワイヤーを切断しようとするが、

 

「いやん、ハチってばぁ~。それで私をどうするって言うのぉ~。」

 

「・・・・たきなぁ、このバカ(千束)ほっといて次行くぞぉ~。」

 

「そうですね、行きましょう。」

 

「ちょっ!冗談!冗~談だから!!置いていかないでぇ~~~!!」

 

 

結局、千束のワイヤーはリストブレードで切断した。

 

 

______________

 

次の現場では千束が無駄弾を使う前に、たきなが千束の銃を取り上げマガジンを確認し、「撃ちすぎです。」と注意する。

 

店で収支表とにらめっこをしているたきなに声をかける。

 

「どうだ?」

 

「う~ん、ダメですね。赤字の一途です。」

 

「そうか、やっぱ店の方にも改善が必要か?」

 

「そうですね。わたしに任せてください!」

 

やだ、たきなさん。めっちゃ頼りになる!

 

そこからたきなは店の方の改善策に力を入れていく。

冷蔵庫の開けっぱなしのミズキさんを注意し、

レジに戸惑っているボスにはたきな自身が進んでやり、

クルミが皿を落としそうになったときには皿が落ちる前に全て空中でキャッチしていた。

 

そんなたきなに労いのひとつでもかけようと思い、外の看板を拭いているたきなに声をかける。

 

「おつかれ、大活躍だな。たきな。」

 

「ハチさん。流石に疲れました。今までのこんなことやってたんですか?」

 

「はははっ!たきなほどじゃないさ。現に、たきながこうやって動いてくれてるから少しずつだが変わってきてる。」

 

「そうですかね?」

 

「そうさ。初めは機銃掃射するようなリコリスがここに来るってボスから聞いたときは嫌だと思ってたけど、たきながここに来てくれて良かったと今は、思ってるよ。」

 

「誉めてるんですか?」

 

「もちろん、最近じゃあ千束の手綱も握って貰ってるしこれでも感謝してるんだ。」

 

「・・・ありがとうございます、ハチさん。」

 

俺は言いたいことは言ったので店の中へと戻った。

 

________

 

先程、リコリスの仕事が入った。仕事内容はしかれられた爆弾の解除だったためハチとは別行動中だ。

たきなに爆弾の解除は任せ、迷いなくニッパーで導線を次々に切断していく。そろそろ終わりそうだ。

そんなときにハゲ頭の男物のチャイナ服を着た奴らが話しかけてくる。

 

「「さあ、終わったら帰るアルよ!」」

 

「報酬がまだですが。」

 

「ほれほれぇ!」

 

私は報酬を受けとるために奴らに近づく。

 

「これのことアルか?」

 

脅そうとしたのか左のハゲ頭が私に銃口を向けるが向けられた瞬間に銃を奪い取り狙いを定める。

右のハゲ頭が私に銃口を向けるが右手で射線をずらし発砲された弾は後ろに飾ってあったワイン瓶に当たる。

撃ってきたハゲ頭にはゴム弾をプレゼントした。

 

「兄者!」

 

「これはわたしたちじゃないですからね。」

 

「あいよ。」

 

奪い取った銃をハゲ頭に返すと、再び発砲してくるがそんなもの当たるわけがない。

弾は全て再びワイン瓶に当たる。

銃弾が全て当たらなかったことがわからないようだ。

 

「払いませんからね。」

 

たきなの言葉のあと、最近見たカンフー映画の決めポーズを取る。

 

「ホワァ~チャァァ~~~!!」

 

ハゲ頭は諦めたように膝をつくが本当に面白いのはここからだ。

たきなは諦めたこいつらに事実を叩きつけるようにまだ解除されていない爆弾を見せつけながら言う。

 

「皆さん!実はまだ最後の2本を残してあります。後は、ご自分でどうぞ。」

 

私とたきなは爆弾をその場に放置し、店を後にしようとすると店主らしき人から「分かった!払うよ。」と言ってきた。

報酬を踏み倒そうったってそうはいかない。

報酬を受け取ってからたきなは爆弾を完全に解除した。

 

 

「どうも~。」

 

今回の仕事をたきなに誉めて貰おう。

 

「見たぁ?見たぁ!私、撃ったの一発だけ!どうよ~。」

 

「良くできました。」

 

「誉められたぁ~。」

 

たきなとハイタッチをかわして今度こそ、店を後にする。

 

________

 

わたしは以前から考えていた喫茶店の新メニューを見て貰おうとハチさんとミズキさんに声をかける。

 

「ハチさん、ミズキさん!あの、新しいパフェ考えてきました。」

 

「えっ!見たい、見たい。作ってみて。」

 

「この前のショートケーキも良かったし、期待大だな。」

 

そうして、座敷で待っているふたりの前にに今作ったパフェを置く。

 

「寒くなってきた今の時期に美味しいホットチョコたっぷりなパフェです。」

 

「「ぁぁ!」」

 

「どうしました?」

 

「たきな。」

 

「どうしました、ハチさん?」

 

「タイム!」

 

ハチさんは両手でTの字を作ってからミズキさんと後ろで何やら小声で話している。聞こえないがどうしたのだろう?何かおかしい点でもあったのだろうか?

 

「どうするのよ!あんなの完全にうんk」

 

「皆まで言わなくてもいいですよ、ミズキさん!」

 

「たきなはあんなのを店で出す気?!正気!?」

 

「問題はたきなが気づいてないことですよね。完全に素でやってます。」

 

「こんなん店で出したらクレームものよ!」

 

「いやでも、たきなの初めての新メニューですし、現にチョコ味のソフトクリームとかもありますし。」

 

「ソフトクリームはこんなにでかくねぇだろ!」

 

「と、とりあえず店の新メニューとして出しましょう。クレームが入ってしまったら俺がうまく対応しますし、あまり言いたくはないですけど、映えを気にするこの時代では人気もでないでしょうし。今のたきなのやる気は削ぎたくありませんしね。」

 

数秒後、話し合いが終わったのかふたりがこちらを振り向くとハチさんの口が開く。

 

「そ、そうだな。季節的にも合ってるしとりあえず期間限定メニューとして出してみるか。」

 

「ありがとうございます!」

 

話しがついたところで千束が出勤してきた。

 

「ぐっどもーにんg、え、え?何コレ?」

 

「わたしが考えた新メニューです!どうです?」

 

「こ、これは、うんk」

 

「千束!」

 

「しっ!」

 

「千束?」

 

千束が何か言いかけるがハチさんとミズキさんがそれを止める。

ホントにどうしたんだろうか?

 

「ウ,ウン。イイッンジャナイカナ?」

 

「ほんとですか?!」

 

「う、うん。」

 

出す前は少し自信がなかったが3人の許可が貰えたことで自信が持てた。

こうしてわたしが発案したホットチョコのパフェはリコリコの期間限定メニューとしてメニューに並んだ。

 

_______

 

たきなから新メニューを提案され、とりあえず期間限定でリコリコのメニューに載せると俺の思いとは裏腹に爆発的な人気を博した。

たきなのパフェはSNSで人が人を呼び喫茶リコリコには大行列が出来るようになった。

 

「・・・もう映えなんて分からん。」

 

「ハチ、何独り言を言ってんの?また、パフェの注文入ったから早くしてよね。」

 

「はいはい。」

 

まぁ、店が人気なのはいいことだ。

だが、絶対に手が足りない。今はリスの手でも借りたい。

 

「千束!クルミを呼んでこい!あいつも連れてこなきゃ手が足りん!」

 

「りょ~か~い!」

 

数分後、千束に呼ばれて着物姿に着替えたクルミが調理場にやってきた。

 

「やっときたか。これ3番さんに持ってってくれ、席を間違えんなよ。」

 

「嘗めるなよ、ボクだってこれくらいは出来る。」

 

そう言ってお客さんのところにパフェを持っていくが緊張でガチガチじゃねぇか。

 

「お、お待ちどぅぅ。」

 

クルミはお客さんに可愛いと言われたり歳などを聞かれていた。

 

戻ってきたクルミは何故かニヤついていた。

そんなときに電話がなる。

どうして電話ってのはかかってほしくないときにかかってくるのだろうか。

そう思いながら受話器を取る。

 

「はぁい、こちら喫茶リコリコです。」

 

「もしもし、山岸です。千束は居る?」

 

どうやら山岸先生のようだ。まさか、

 

「すいません、山岸先生。また千束のやつ検診に行かなかったんですか?」

 

「その通りよ、今日が検診の日だけどとっくに時間が過ぎたからこうやって連絡したんだけどね、どうするの?今日来る?」

 

「申し訳ありませんけど、手前味噌な話、店が現在大繁盛中で猫の手も借りたい状況でして、勝手なんですけど千束には俺の方からきつめに言っておきますから後日~という事で構いませんか?」

 

「そっ、じゃまた、後日ね。」

 

「すいません、ありがとうございます。」

 

電話を切り、千束にきつめに言っておく。

 

_________

 

 

現在は千束とたきなの日本語学校の手伝いに一緒に来ている。

一緒に来ていると言ってもたきながメインで千束が助手だ。

だから俺は完全に手持ち無沙汰になってしまっていた。

たきなは外国人に対してスムーズに授業を進めている。

 

「ネコ!」

 

「ヌコ!ニャ~!」

 

千束はネコの物真似をしながら言うがヌコじゃねぇ、ネコだろ。

しかし、生徒の人たちはたきなより直前に言った千束の方を真似してしまう。

 

「「「「「ヌコ!」」」」」

 

たきなは諦めずに授業を続ける。

 

 

「いぬ!!」

 

「イッヌ!ワンワン、ワン!!」

 

「「「「「イッヌ!」」」」」

 

千束はさっきと同じように舌を出して犬の真似をし、

生徒の人たちも千束の真似をしてしまう。

そんなときたきなが最終手段に出た。

 

「逆立ち!!!」

 

千束はその場で逆立ちをし、俺は千束のスカートが重力で捲れないように押さえている。

 

「ハチ、覗かないでよねぇ。」

 

「なんで俺が、こんなことを。」

 

確かにこれなら千束に邪魔はされないが、俺が恥ずかしい。

千束が逆立ちしている間に先程の修正をたきなが行っていく。

 

「いぬ!」

 

「「「「「イッヌ!」」」」」

 

「No!いぬ!」

 

「「「「「イヌ!」」」」」

 

千束は足をおろしたきなの後ろに回り込む。

 

「裸締め~~~!」

 

「「「「「ハダカジメ~~!」」」」」

 

「み、皆さん!こんな大人になっちゃダメですよ。」

 

千束は裸締めでたきなの首を軽く締めるがたきなは生徒達に千束のようになってはダメだと説明する。

 

 

_______

 

日本語学校の手伝いも終わり次は保育園のハロウィンパーティーだ。

 

「さぁ、ハチ!たきな!次は保育園だよ!早く行こう。」

 

そうふたりに声をかけるがハチから予想外の返事があった。

 

「あぁ~、悪い。ここからは別行動にしよう。野暮用があるんだ。」

 

「えぇ!なんで?!子供達だってハチに会えるの楽しみにしてるよ?」

 

「うん、だから速めに野暮用はすませようと思ってるから、終わりしだいそっちと合流するよ。」

 

「野暮用ってなんですか?」

 

「ん?う~ん、探し物。」

 

そう言ってハチはどこかへ行ってしまった。

 

「でも、そうですね。千束。わたしたちも別行動しましょう。」

 

「えぇ!?なんでぇ?」

 

「そっちの方が効率的だからです。わたしは予定どおり保育園に行きますので、千束は外回りをお願いします。」

 

「えぇぇぇぇぇ!!!」

 

たきなは一人で保育園へ向かってしまった。

 

そこから私は外回りの仕事としてコーヒーの配達や迷子の捜索、人里に侵入してきてしまったタヌキの捕獲、怪しい連中の尾行および捕縛、射撃のレクチャーなどをして回った。

もちろん報酬もいただいているので私のもとに結構な大金がある。

「Wow!」

 

外回りも終わったのでたきなのいる保育園へ向かおうとした時に、ハチとばったりあった。

ハチも私に気づいている。

 

「あれ?保育園に行ったんじゃなかったのか?」

 

「いやね、たきなが効率的にぃとかいって分担したんだよ。私はこの通り、外回りね。」

 

「ははっ!まぁいいじゃん。そのお陰で報酬はがっぽりだろ?」

 

ハチはそう言って私の背負っている袋を指差す。

 

「まぁね。ハチこそ、探し物は見つかったの?」

 

「ん?あぁ、見つかったよ。思いの外近くにあったみたいで助かった。」

 

「一体、何を探してたのさ?」

 

「そんなことよりそれ()持つよ。重いだろ?」

 

「え?あ、うん、ありがと。」

 

「早く保育園に行こう。」

 

無理やり話題を変えられた気がするが気なするほどでもないだろう。

そう思い、ハチとふたりで保育園へと向かう。

 

保育園に到着すると丁度たきなが子供達にプレゼントをあげているところだった。

たきなに気づかれずに列の最後尾に並ぶと次は私の番だ。

 

「ハッピィハロウィン!いい子だよぉ~」

 

手を差し出すがたきなはお菓子をくれなかった。

 

「あ、あぁ~!私もたきなのプレゼント欲しいぃぃ。」

 

「子どもですか!!」

 

「まぁ、デカイ子供みたいなもんだろ?」

 

「ハチさん。もういいのですか?」

 

「あぁ、ありがとな。バッチリ見つかったから大丈夫だ。」

 

そう3人で話していると子ども達はハチが後ろに置いた袋の中身が気になるようだ。

 

「おっきな袋!」

「なになに?コレ?」

「何が入ってるの?」

「なんだろう?」

 

子ども達が私たちに聞いてくる。

 

「史八兄ちゃん、千束お姉ちゃん、これも貰っていいのぉ?」

 

「いぃよ~。」

 

子ども達は見たことのない大金に盛り上がっている。

 

「はっはっは!持ってけ!持ってけぇ~!」

 

「「あぁ、いけませぇん!」」

 

_______

 

本日営業終了後、再びリコリコメンバー全員が集まり収支表に目をやる。

すると今までの、右肩下がりだったものが右肩上がりになっており、見事赤字を脱却したのだった。

 

ボスとミズキさんは念願だったレコードプレイヤーと食器洗浄器を買えてご満悦のようだった。

さらに、人型ロボットも購入し、店の労働力として迎え入れたそうだ。

 

「ブンブン、ハロー。」

 

「マジか。」

 

「これがIT革命か。」

 

「安かったので。」

 

「クルミよりか使える。」

___________

 

「いやぁ、たきな様様だわぁ~。」

 

「もうたきなに足向けて寝れませんね。」

 

「ん?たきな様どこ行った?」

 

「クルミも、さっきまでいたのに。」

 

そう言ってから、私は演歌の聞こえる襖を開けるとたきなとクルミの姿があり、何かをふたりでやっているようだった。

 

「ここかぁ、なぁにしてんのよ怪しいなぁ。」

 

画面を見ると株をやっているようだった。

 

「株?」

 

「クルミさんと組んで投資したらどうかなぁって。」

 

「そこまでやるかぁ。」

 

そんなときに私のスマホからあまり聞きたくない着信音がなる。画面には山岸先生の文字が。

嫌々、出ようとするがその前にスマホをたきなに奪われてしまう。

 

「あっ!あぁ。」

 

「もしもし、山岸先生ですか?たきなです。定期検診ですよね。彼女、明日行けます。よろしくお願いいたします。」

「組員の健康管理もわたしの役目です。」

 

「組員?」

 

「行って下さい。」

 

「はぁぁい。」

 

____

 

営業終了後、私が一人になったところを見計らってたのか史八が声をかけてきた。

 

「ボス、ちょっと今いいですか?」

 

「どうした、史八?」

 

「ちょ~と、お願いがありまして。」

 

「お願い?珍しいな。どうした?」

 

「急で悪いんですけど明日ちょっと休みを貰えないかなぁって。」

 

「休み?突然だな?何か用事でもあるのか?」

 

「んー?今日の昼頃に楠木から俺のところに直接電話がかかってきて極秘の任務があるそうで。」

 

「極秘の任務だと?」

 

勿論、そんなことはすぐに嘘だということはわかった。いくら極秘とは言えここの責任者である私のところに楠木から連絡がないのはおかしい。

 

「史八、おまえ。」

 

「お願いします。そういうことにしといてください。」

 

この子が決めたことなら止めはしない、否止められない。

私にはその権利がないから

 

「わかった、みんなには私の方から上手く伝えておく。」

 

「ありがとうございます。」

 

振り向き帰ろうとする彼の背中に私は声をかけた。

 

「史八。」

 

「なんですか?」

 

「老婆心だと分かっているが、言わせてくれ。」

 

「?」

 

「君が今取り戻そうとしているものは必ずしも君のためになるとは限らない。知らない方がいいということもある!」

 

「・・・・・そう・・ですよね。」

「でも、いいんです。これは俺の目的達成には必要なことだと思うから。」

 

「君の目的とはなんだ?」

 

以前と同じ質問を再び問うがあの時とは違う答えを笑いながら彼は言った。

 

「ボス、貴方と同じですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆さん!アニメ第10話見ましたか?
僕は千束ちゃんのあの姿に尊死しました。

いやぁ、アニメも遂に最終局面ですね。次回も楽しみです。

この小説も次回からオリ主君の過去編となるかな?
ワンクッション入れようかなとも考えています。
まぁ、この小説の続きが気になっている人はいないと思いますが・・・。

良ければ高評価、ご感想お待ちしてます。


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テロリストに侵入された話

 

翌日 喫茶リコリコにて

 

開店からしばらくして、常連の後藤さんが来店した。

 

「こんにちは!たきなちゃん。」

 

「後藤さん。いらっしゃいませ。」

 

後藤さんを、店に招き入れると店に入りながら後藤さんが聞いてくる。

 

「今日、史八君と千束ちゃんは?」

 

「千束は遅番なんですけど、ハチさんは今日急に休みになりまして・・・。」

 

そう、今日出勤してきたとき店長からハチさんは休みだという報告を受けた。

今までこんなことはなかったがハチさんは働きすぎだと思っていたし、今日ぐらいはゆっくり、休んで貰いたいものだ。

 

「ヤッホー、ゴチュウモンドウゾー。」

 

千束の着物を着せたロボリコ(人形ロボット)が後藤さんに注文を取りに来た。

 

「大丈夫なのか?あれ。」

 

「千束の服じゃん。」

 

___________

 

お手洗いをすませ、座敷に移動すると襖が開いており、PCには喫茶リコリコのSNSのページが開かれていた。

興味本意で見てみるとわたしが最近発案した、パフェの感想が載っていたのだが・・・・・、その感想はわたしの心を抉るには充分過ぎるほどのものだった。

 

 

「たきなぁ!パフェできたよぉ!・・・・あ?」

 

「もう、そのパフェ止めます。」

 

「あ~。」

 

「気づいたかぁ。いぃじゃない!人気なんだからさぁ!じゃ、ロボリコこれお願~い。」

 

「ハイ,ナガシテオキマース.」

 

「あ、ちがっ!くそが!」

 

わたしは何故あんなものを嬉々として作ってしまったんだろう。

そんなことを思っていると店に電話が掛かってくる。

電話に出ると山岸先生だった。声から察するとなんだか少し怒っているようだが。

 

「あの~、お店によぉ、千束は居ます?」

 

「いえ、そちらにお伺いしてませんか?」

 

「来てないのよぉ。ケータイもでなくてよぉ。」

 

「そうですか、私も探してみます。」

 

そういい、受話器を置く。

千束は今日は検診があるため遅番だし、電話にもでないとなると寝坊か?ハチさんのところにいる可能性もあったため、休みのところ悪いが彼のスマホにかけてみたが、コール音がなるだけで出ることはなかった。

次にダメ元で千束のスマホにかけると、数コールで出た。

 

「千束?どこです?定期検診行ってないんですか?」

 

「あぁ~、ごめんごめん!急用でさ~、ちょい遅れるぅ。って山岸先生にも言っといてぇ。」

 

そう言われ通話を切られてしまった。

少し、おかしいと思ったため、店長に許可を取り、制服に着替えてから歩いて千束のセーフハウスに向かう。

 

____________

 

朝、起きたら既にハチは店に向かっていて、私も定期検診に行こうと玄関のドアを開けた瞬間に、銃を構えている真島がいた。

とりあえず、家の中に入るように促されたためリビングにある椅子に座る。そんなときにたきなから電話が掛かってきた。

 

「取っていい?」と真島に許可を取ってから電話に出る。

 

「千束?どこです?定期検診行ってないんですか?」

 

「あぁ~、ごめんごめん!急用でさ~、ちょい遅れるぅ。って山岸先生にも言っといてぇ。」

 

たきなからの通話を切ってから真島が声をかけてくる。

 

「健康は大事だぜ。体が資本だろ?俺等はさ。」

 

()って何?等って。銃を向ける相手に言うこと?」

 

「殺すにはまず生きてなきゃなぁ。」

 

そう言って、真島は発砲してくるがこの距離でも簡単に避けられる。

銃弾が後ろの照明に当たり、壊れてしまう。

そして、これで後でハチに怒られることが確定。

この野郎、どうしてくれようか。

 

「ははっ!すげぇな!どうやってんだ?」

 

「秘密。」

 

「その心臓にタネがあんのか?」

 

「何でそれを知ってる?こんにゃろう。」

 

「ふっ、秘密だ。」

「今日はあいつは居ねぇのか?」

 

「あいつ?」

 

「アサシンだよ。いつも一緒だろ?」

 

「教えない。」

 

「はっ!だよな。まぁ、アサシンが居ないのは僥倖だ。さすがの俺も化け物ふたり相手じゃ身が持たねぇ。」

 

真島はそう言ってからテーブルの上に目を向ける。

そこには私が片付け忘れた映画のDVDの山がある。

 

「ガイ・ハードじゃん、好きなの?」

 

真島の予想外の質問に驚く。本当に何をしに来たんだ?こいつは。

 

「えっ、うん。」

 

「誰が好き?」

 

「パウエル。」

 

「警官な。マクレーンと会ってもないのに相棒になるあの感じ、」

 

なかなか分かってるじゃないか。犯罪者の癖に。

 

「「そいで、ラストシーンで!」」

 

何をやっているんだ私は。

そう思い、一つ提案する。

 

「はぁ~、あ~、コーヒーいれるけど。」

 

「苦いの駄目なんだ。他のもんない?」

 

ハチと似たようなことを。その点ではハチと気が合うかもしれない。

とりあえず、真島には角砂糖を用意する。

 

私たちはコーヒーをひとくち飲むが、砂糖を入れても苦かったのか一瞬だけこっちを睨み付けてくる。

 

「で、何の用?」

 

「おまえ、俺のこと覚えてるか?」

 

「あ~ん?ツバかけられた。」

 

「もっと前だ。覚えてないのか?んじゃ、昔話をさせて貰うか。・・・・・・電波塔事件。」

 

真島は思い出すように当時のことを語るが私にはやっぱりこいつに覚えはない。

しかし、そうか。ハチが前どっかで会ったことがあるような気がすると言っていたのはこの時か。合点がいった。

 

「さっきも私たちふたりのことを化け物っていってたけど、人を怪物のように描写するな。」

 

「実際、化けもんだよ。思い出したか?」

 

「いや、おまえのことなんか知るか。」

 

「はっはっはっはっは!だよなぁ!」

 

そう言って、真島は胸ポケットを探り、何かを取り出そうとした。

 

「俺も持ってるぜぇ。」

 

真島は私に見せつけるように私たちと同じ梟のチャームを私に見せつけるように取り出す。

 

「じゃあ、何でこんなことしてんの?!」

 

「は?」

 

「それ持ってるからには何かすごい才能があるんでしょ。人を幸せにするような。あんたがやってることは逆でしょ!」

 

「お前だって殺し屋じゃねぇか。」

 

「おい、一緒にすんなぁ!私はちゃんと人助けしてるぅ!」

 

真島はチャームを再び胸ポケットにしまう。

 

「お前、アランを平和推進機関みたいに思ってるのかぁ?」

 

「あんた以外は皆そう言う結果を残してるんでしょ。」

 

「私もメダリストみたいに世界に感動を与えた~い!!!ってか、は!おめでたい奴だなぁ。」

 

真島はバカにするように言ってくる。

実際、ちょっとカチンときた。

 

「お前、アランはそんな連中じゃねぇぜ。」

 

「何て言われても私にはヨシさんとの約束がある。これはその証。」

 

私は首から下げたチャームに手を当てて言う。

 

「ヨシさん?って~アラン機関の奴か?」

 

「あんたには関係無い。」

 

「アランと接触してるのか、お前?」

 

「あんたが私よりなに知ってるか知りませんけどね、私はやりたいようにやりますぅ。ハチだって自由のために戦ってる。」

 

「いいねぇ、やっぱ俺とお前らは同じだ。」

 

「?」

 

「殺しの腕を買われて支援されたのさ。」

 

「ぜぇたい、そんなんじゃありませ~ん。」

 

「アランの連中は純粋なんだ。俺たちの殺しを肯定できるくらいにな。」

 

真島はそう言って、銃を胸ポケットにしまい立ち上がる。

 

「え?帰んの?」

 

「おまえの相棒が来たからな。」

 

「え?」

 

そう言って、真島は部屋から出ていった。

 

______________

 

 

わたしは今、ハチさんの家に向かっている。

千束が居るとしたらハチさんのところが一番可能性として高いからだ。

インターホンを押そうとしたときにドアが開くと真島がいた。

何故ここに!!

わたしはすかさず銃を取り出し、発砲するが手首を上から押さえられ射線をそらされる。足払いもかけられ体勢を崩されながらもダメ元で発砲するが当たらず逃げられてしまった。

 

「またなぁ!電波塔のリコリスぅ!アサシンにもよろしく言っといてくれよぉ!!」

 

わたしは数回発砲するが当たらない。

逃げ足の速い奴だ。

 

 

_________

 

私たちは今回のことを報告するためにリコリコへ移動する。

 

「真島が家に来たぁぁ~!」

 

今回の出来事を皆の前で報告するとミズキの声が響く。

 

「やったかぁ?たきな?」

 

「残念です。目の前に居たのに。」

 

「あいつもこれ持ってたわぁ。」

 

チャームに手を当てながら言うと皆驚いている様子だ。

 

「「「「え!」」」」

 

「あんなのにどんな才能があんのよぉ?」

 

「凶悪犯も支援されるものなんですか?!」

 

「ミカ?恋人から聞いてないn」

 

「デュクシ!!」

 

クルミが口を滑らせる前にミズキがクルミの首にチョップを入れる。すでに遅かったかも知れないが。

 

「あらぁ~、どうしたの~クルミちゃん!眠たいのかなぁ?」

 

「どっかで拾ったんでしょ~。ヨシさんがあんな奴を助けるわけ無い。ねぇ!先生?・・・・・先生?」

 

先生は何かを心ここに非ずのようだった。

 

「ん?あっ、あぁそうだな。」

 

「ん~?あれ?そういえばハチは?お店に居ないの?」

 

「えっ?ハチさんは今日お休みですよ。どこかに出掛けてるんじゃないですか?」

 

「朝起きたら居なかったからなぁ?どこ行ったんだろ?」

 

そんな私たちの疑問には先生が答えてくれた。

 

「史八は、楠木からの極秘任務中だ。場所が場所だからな、今日中には戻れないだろう。」

 

「場所ってどこ?」

 

「さぁな、何せ極秘だから私も詳しいことは分からんのだ。まぁ、史八なら大丈夫だろう。無事を祈ろう。」

 

無事を祈ろう?普段、先生が使わない言葉に違和感を覚えるが気にするほどでもないだろう。

 

「そうだね。」

 

_________

 

夜も更け、人通りも少なくなったので、店の外に置いてあるベンチに腰掛けながらヨシさんから貰ったであろう大事な愛銃を磨いているとたきなから声がかけられる。

 

「DAの銃じゃないですよね、それ。」

 

「うん。コレと一緒に貰った。」

 

チャームを店ながら答える。

 

「吉松氏に?」

 

「そう・・・だね。大切。」

 

私たちの間に無言の時間が流れる。

店のなかではまたクルミがお皿を割ったようだ。

 

「あぁ~!あんた!もういいから!押し入れ戻って、寝ろぉ!!!」

 

無言の時間を断ったのはたきなだった。

 

「寒くなりましたね。」

 

「ねぇ~、たきなが来た日は桜が咲いてた。・・・あれからぁヨシさん来ないねぇ。」

 

たきなは自分のバックをあさりなにかを探しだす。

 

「はい。」そういい、たきなは保育園の子供達に渡していたプレゼントを差し出す。

 

「おぉ、これ保育園の。」

 

「欲しかったんでしょ?」

 

「くれるの~!」

 

私は袋を開けると犬のストラップが入っていた。

 

「おぉ!イッヌ!!可愛いぃ!」

 

早速、それをバックにつける。

 

「たきなぁ、最近大活躍だね。」

 

「ハチさん程じゃないです。それに、店が潰れないようにと思っただけです。・・・大切な場所なんでしょ。」

 

私はたきなに今バックに付けた犬のストラップを店ながら気持ちを伝える。

 

「・・・たきな、ありがと。」

 

「て、定期検診行って下さいね。」

 

「う~、分かったよぉ。」

 

「何が嫌なんです?」

 

「嫌なんじゃなくて・・・。」

 

「なんです?」

 

ハチにも笑われたからあまり言いたくないのだが。

 

「ち、ちゅ、注射ぁ。」

 

注射が怖いことを告白するとたきなも以前のハチと同じように笑ってくる。

 

「注射が怖いんですか?銃向けられても平気なのに。」

 

「そうだよぉ~!だって注射避けられないしぃ!」

 

「ははははは!電波塔のリコリスが、ははは!注射が!ははっ!可愛いですねぇ。」

 

「もぉ~~~!」

_______

 

時間は遡り 真島が家に来た日の早朝

 

俺は何時もより早く目を覚まし、出かける準備をする。

どうしても、千束の顔が見たくなったため、自分の部屋を出て向かい側の千束の部屋の扉を開ける。

普段はノックをしてから開けるがどうせ寝ているだろうと思い今回だけはノックはしなかった。

千束の部屋のドアをゆっくり開けると、ベッドに無邪気な顔で寝ている千束が目にはいる。

そんな千束の頭を撫でると彼女は寝言を言う。

 

「ふふっ、ハチぃ。」

 

夢の中に俺がいるのだろうか?悪い気はしないがせめて夢の中の俺にはワガママを言わないでくれよ。

 

一通り頭を撫でてから聞こえるはずはないが眠っている千束に挨拶をする。

 

「ちょっと行ってくるよ。」

 

そういって、千束の部屋から出て目的地に向かう。

 

________

 

私は自室に戻るため今日の予定を姫蒲君から聞きながら歩く。

自室の前にたどり着いたためいつものように扉を開けると、私の椅子に()が座っていた。

 

「おはようございます、シンさん。いい朝ですね。」

 

姫蒲君が史八の存在に気付き彼に銃口を向けるが私はそれを止める。

 

「銃を下ろしたまえ、姫蒲君。ここで君を失うわけにはいかない。君には例の仕事をして貰わなければね。」

 

姫蒲君は私のその言葉に銃を下ろし、史八は、立ち上がりながら言う。

 

「失礼ですね、殺しはしませんよ。まぁ、出る杭は打たれると言いますか、正当防衛はさせて貰いますけど。それよりも俺がここにいることに驚かないんですね。」

 

「そろそろ来る頃だと思っていたし、君ならここにたどり着くと確信していた。」

 

「何故?」

 

「タカの眼を使ったんだろう?」

 

「タカの眼?なんですか、それ?」

 

「ふっ、惚けなくてもいい。君がここにいる。それがその証明だ。君は私の居場所を知らない。しかし、タカの眼を使って他者には見えない痕跡を追ってここにたどり着いた。違うかい?」

 

彼は何も答えなかったが沈黙は肯定として受け取らせて貰う。

 

「姫蒲君、史八君とふたりで話しがしたい。君は例の準備を始めてくれ。」

 

例の準備とは千束の心臓のことだ。彼女は私の言葉に頷いてから退室する。

 

私は史八がさっきまで座っていた椅子に座り、代わりに彼をソファーに座らせる。

 

「参考までに聞きたいのだがどうやってこの部屋まで?警備の者だっていただろう?」

 

「この建物の警備体勢がザルということが証明されましたね。今いる警備の人を解雇するか警備体勢を一から見直した方がいいんじゃないですか?こんなご時世ですし、要人暗殺とかもあるかもしれませんしね。」

 

彼は笑いながら答えた。

 

「はっはっは!そうだね。考えておくよ。」

 

史八は私をじっと見つめてくる。

 

「・・・シンさん、あんたが言ったとおり俺は来た。約束どおり教えてくれるんでしょう?俺の過去を・・・俺に何があったのかを。」

 

「・・・・私の口からは教えられないよ。それは機関として禁止しているからね。」

 

「嘘だったと?」

 

「違うよ。私は・・見せられる(・・・・・)と、そう言ったんだ。」

 

「見せる?」

 

「アニムスだよ。」

 

「!!、アニムスがあるのか?!ここに?!!」

 

アニムスという単語が出た瞬間、表情が代わり、立ち上がる。

そんな彼に私は説明する。

 

「君も知ってのとおりアニムスは対象者の遺伝子記憶を解析し、個人にその対象者の人生を追体験させられる装置だ。」

 

「・・・まさか。」

 

「ミカも言っていたが君は話しが早くて助かるよ。そう、今君が想像したように、まずアニムスに君の遺伝子記憶を解析させる。そのアニムスに君が接続されるだけでいい。」

「今の君の脳からは過去の記憶が消えているが、君の細胞、DNAといった遺伝子はそれを覚えている。君は君自身の記憶を見ることで失った過去を取り戻すことができる。」

 

「何でこんな回りくどいことを?あんたから話せば手っ取り早いと思うんですが。」

 

「さっきも言ったとおりアラン機関はそれを禁止している。それに・・・私の発した言葉を君は鵜呑みにするのかな?」

 

彼は何か考えているがそんなときに彼のスマホの着信音がなる。

彼はスマホを確認するが電話に出ることはなかった。

 

「出なくてもいいのかい?私に気を遣わなくてもいいんだよ。」

 

「今は・・・いいです。」

 

「そうか。」

 

彼は意を決したように立ち上がる。

 

「アニムスはどこにあるんです?」

 

「この建物の最下層だ。エレベーターでこのカードを使えば行けるようになる。」

 

私は史八に、デスクの中に保管していたカードキーを手渡す。

カードを受け取って彼が私に問う。

 

「シンさん、一つ聞いてもいいですか?」

 

「なんだい?」

 

「貴方は・・・何がしたいんですか?」

 

「・・・・・・才能を世界に届ける。それだけだよ。」

 

「そうですか。」とそう言って、彼はドアを手を掛けてからこちらを振り向かずに再び聞いてくる。

 

「もう一つ聞いてもいいですか?」

 

「答えられるものなら。」

 

「・・・・貴方は俺たちに、千束に何をして欲しいんですか?」

 

ここでその問いに答えるのは愚策だと感じ黙っていると史八は黙って部屋を後にした。

 

______________

 

俺はエレベーターの前でエレベーターが来るのを待ちながら考える。

シンさんはタカの眼がどういったものか知っていた。いや、俺に何かしら関係してるのだからアサシンのことも知っていて当然か。

・・・今、考えてもしょうがない。じきに分かる。

でももし、シンさんが千束に彼女のやりたくないことを強いるというのであれば、俺は・・・・。

 

そんな事を考えていたらエレベーターが来たので乗り込み、貰ったカードキーをボタンの横にある溝に差し込むとエレベーターが下がっていくのが分かる。

エレベーターの扉が開くと無人の研究室のような場所が広がっていた。

何故かこの場所に来てから嫌悪感が止まらない。言葉になら無い嫌な感じがする。

通路を道なりに進んでいくと部屋の中心にベッドのようなものがあるのを見つける。

 

「あった。」

 

アニムス。

俺が触るとアニムスが鈍く光る。どうやら起動したようだ。

 

「まるでパンドラの箱だな。鬼が出るか、蛇が出るか。最後に希望があるかは分からないが。」

 

俺はアニムスに横になり、アニムスから出ているコードを自分の腕に繋げる。

眼を閉じると千束の顔が浮かび上がる。

 

「千束。」

 

これは俺の目的に必要なことだと気を引き締める。

そして、アニムスが完全に起動し俺は眠るように意識を失った。

 

________

 

史八がここを後にしてから数十分後に姫蒲君から報告が入る。

 

「どうやら、彼がアニムスに接続されたようです。」

 

「そうか。」

 

「今のうちに拘束しましょうか?」

 

「拘束?そんなことはしなくてもいい。アニムスから目覚めたらそのまま帰らせるつもりだからね。」

 

「何故そこまで彼に気を掛けるのですか?」

 

姫蒲君の質問に答える。

 

「・・・・彼はね未完成なんだよ。いや、未完成になってしまったと言った方が正しいかな。」

 

「?」

 

「彼を完成させる。これにはそれ(記憶を取り戻すこと)が必要なんだよ。」

「そんなことより千束の件、よろしく頼むよ。」

 

「分かっております。明日、実行する手筈です。」

 

「そうか。」

 

姫蒲君が退室し、一人になった部屋で呟く。

 

「史八・・・、千束・・・。」

 

私は10年前のことを思い出していた。

 

 

 

 





すんません!前回、過去編を書くと行っておきながら結局、ワンクッション挟みました。
まぁ、書くかもと言っていましたから許してください。

次回は確実に過去編に入ります!


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過去の話 ①

 

私の目的は才能を世界に届けること。

 

 

 

 

 

 

 

才能とは神からのギフトであり、この世に存在する全ての人間が才能を持っている訳ではない。そして、才能を持つ者全てがその才能を発揮できる訳でもない。

病気や怪我、経済面といった様々な理由から持ち得る才能を発揮できずにその人生の幕を下ろしてしまう者もいる。

 

私はそれが歯がゆかった。

だから、才能を持つ人物にその才能を満足に発揮できるだけの支援を行う。

ただでさえ絶対数の少ない才能ある者がつまらない理由で失われるのが我慢できなかったからだ。

私は世界中を回り才能ある者を探した。その才能を失わせず世界へ届けるために。

しかし、それには限界があった。世界は広く全ての才能あるものを救うことは不可能に近い。今、こうしている間にも世界の何処かで才能は失われているのかもしれない。

 

私は考えた。

どうしたら才能ある者を救える?

数少ない神からのギフトを得た人を救うことができる?

 

 

私は悩み、悩み抜いて根本的に違う発想に辿り着いた。

・・・そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

才能を(・・・)・・・・創ればいい(・・・・・)。」

 

 

 

 

 

 

 

自分でも馬鹿なことだとは頭では理解している。

才能は神からのギフトであり、私は神ではない。

神になるつもりもない。

しかし、もし才能を創ることが出来たら今も世界の何処かで才能が失われていたとしても、才能持つ者の絶対数を増やすことができ、これまで以上に多くの才能を世界に届けることが出来るかもしれない。

では、どうやって才能を産み出せばいいのか?

私は再び頭を悩ませた。

 

 

私は世界中を飛び回り、才能ある者を探しながら才能を産み出す方法を考えた。長い間考えたが、結局答えは出なかった。

諦め掛けたそんな時、偶然訪れた国で私は不思議な遺跡を発見した。

近くに住む住民らは「昔からあるがいつ頃からあり、何のために造られたかわからない。」と言っていた。

 

気がつくと、私の足は既にその不思議な遺跡へと向かっていた。

何故かは分からない。特にこれといった理由はない。

ただ・・・・ここに私の求めた答えがあるような気がした。

 

私が遺跡に入ると見たこともない空間が広がっていた。

暗闇だった遺跡内部が淡い光で照らし出し言葉では言い表せない光景が広がっていた。

先程までは暗闇で気が付かなかったが、中央に台のようなものがあり、台の上には何かがあった。

近づいて見ると何かの文献と少量の血液のような液体が入った小瓶だった。

文献を手にとって見てみると私の口角は徐々に上がり、心が沸き立つのが分かる。

 

「これだ。私の求めていたものは。」

 

 

 

 

 

 

 

それは、後にアニムスと名付けられる装置の設計図だった。

 

__________

 

私は急ぎ日本に戻り、手に入れた文献と小瓶を知り合いの遺伝子記憶の権威と言われる人物に見て貰った。

この装置を造ることは可能かと。

 

返答は造れることは造れるが莫大な費用がかかる、ということだった。更にアニムスに接続する人物と、アニムスに分析させるDNAといった遺伝情報が必要だということ。

 

とりあえず、アニムスが完成したら小瓶の血液を解析させよう。

 

金に糸目をつけるつもりはない。どんなに金が掛かろうと才能を産み出せるなら安いものだ。

 

私は腕の立つ研究者と孤児を集め、準備に取りかかる。

 

 

 

数年後、アニムスが完成しそのアニムスに小瓶の中の血液を解析させ、集めた孤児の中から適当な子をアニムスに接続する。

もし、設計図に書かれていることが本当なら、アニムスに接続された子供を介してアニムスが分析した血液の人物の人生を見ることができる。接続された子供も数時間という短時間で人一人分の人生を追体験し、そこで得た知識と技術を手に入れることができる。

 

最初の実験の結果は残念なものだった。子供とアニムスの相性が悪かったのか、アニムスとの接続が数分で遮断されてしまった。

しかし、数分間の間にアニムスに分析させた血液の遺伝子記憶を見ることができた。

そこには暗殺者(アサシン)という存在がいた。

アサシンの調査は困難を極め、決して多くはないがある程度の情報を集めることができた。

アサシンは紀元前の時代から存在し、表の世界に一切その姿を現さず、闇の・・・裏の世界で暗躍してきたようだ。

高い戦闘能力を持ち、中には「タカの眼」と呼ばれる特殊な眼を持つ者もいたらしい。

 

私は世界中のアサシンの縁ある場所に赴いた。

空振りであることが多かったが、再び小瓶に入った血液を入手することができた。

 

 

 

 

もうすぐだ。

もうすぐ才能を創り出すことができる。

それがどんな才能でも構わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・類い希なる殺しの才能でも。

 

 

 

 

 

 

 





投稿が遅れてしまいすいません。
身内の不幸があったため執筆できませんでした。
今まで、1日1話ペースで投稿できていましたが落ち着くまで投稿ペースが遅れることをこの場でお詫びします。
出来るだけ投稿できるように頑張ります。

今回はとりあえず短くまとめました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

好評価、感想をお待ちしています。


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過去の話 ②

 

都内のとある山奥に人知れず小さな建物が建っていた。

 

ここは「おひさま園」。僕たちみたいな親のいない子供たちが集められ生活する孤児院だ。

もうすぐご飯の時間だから院長先生の声が聞こえてくる。

 

「皆ぁ~!晩御飯が出来たから席に着いて~。」

 

「「「「「「「「はぁい!」」」」」」」」

 

僕たちは院長先生に元気よく返事を返す。

おひさま園には僕のほかに7人の僕と歳の近い子供たちと院長先生のしかいない。でも、特に寂しいと思ったことはない。

だって、院長先生は怒ると恐いけど優しいし、他の皆とも仲良しで毎日楽しい。おやつの取り合いでたまに喧嘩したりもするけど数分後には喧嘩したことも忘れて一緒に遊んでいたりする。

僕はここが大好きだ。

 

「今日は皆の大好きなカレーよ。それじゃ手を合わせて、いただきますをしましょう。せ~の、」

 

「「「「「「「「いただきまぁ~す!!」」」」」」」」

 

院長先生のご飯はとても美味しい。僕も院長先生みたいに美味しいご飯が作りたくて、たまにお手伝いもしてる。

 

「皆、今日のカレーは美味しい?辛くはないかしら?」

 

僕たちは目の前のカレーに夢中になりながら院長先生に答える。

 

「美味しいよ!」

「院長先生が作ってるんだから美味しいに決まってるじゃん。」

「いつも、ありがとね。先生!」

 

「あらあら、ありがとね。皆。」

 

_________

 

おひさま園の1日は朝ご飯を食べたら午前中に院長先生が僕たち全員にお勉強を教えてくれる。その後お昼ご飯を食べて、午後は皆と遊ぶ。おやつを食べたり、お昼寝したり、基本自由時間だ。

 

おひさま園には決まりごとがある。

それは、決しておひさま園からは出てはいけない、ということだ。何故かは分からないが院長先生から絶対に駄目と言われている。おひさま園の庭までは外に出てもいいと言われているが、それ以上は駄目らしい。だから僕たちはおひさま園より外のことを全く知らない。でも、僕はそんな事どうでもよかった。

だって、ここが大好きだから。

 

________

 

僕はある時、気になったことを院長先生に聞いてみた。

 

「ねぇ、院長先生?」

 

「どうしたの?」

 

「何で僕たちには名前がないの?」

 

僕たちには名前がない。

だから、僕たちはそれぞれ同じ色の服しか着ない。それで判断しているのだ。ちなみに僕は紺色の服を着ている。

院長先生は僕の質問に困ったような笑顔で答えてくれた。

 

「名前というのはね、大事な人から贈られるとても大切なものなの。」

 

「大切なもの?」

 

「そう。本来は両親・・・家族から贈られるものなんだけど、ここにいる子たちはそういう人がいない。だから皆、名前がないの。」

 

僕は院長先生の答えを聞いていい考えを思い付いた。

 

「じゃあ、院長先生がつけてよ!」

 

「わ、私?!」

 

「うん!皆、院長先生のことが好きだし、大丈夫だよ!」

 

僕の考えを聞いても、院長先生の顔は曇ったままだった。

 

「ごめんなさい、それは出来ないの。」

 

「なんで?!」

 

「私には貴方たちに名前はつけられない。その資格もない。」

 

「どうしても駄目なの?」

 

「ごめんなさいね。でも、大丈夫。いつか貴方の家族になってくれる人が貴方に素敵な名前をきっとつけてくれるわ。」

 

「家族?」

 

「そうよ、人は成長して貴方もいつか家族として迎えられここから出ていかなくちゃいけないときが絶対にやってくる。」

 

「養子になるってこと?」

 

「そうよ、よく勉強してるわね。」

 

「僕、養子なんてやだな。ずっとここにいたい。」

 

うつむきながら僕は答えた。

 

「どうして?」

 

「ここが大好きなんだ。皆と、院長先生とも離れたくないよ。」

 

皆とお別れしなきゃいけないことを考えると涙が溢れてきた。

でも、院長先生は涙が溢れる前に僕を優しく抱き締めてくれる。

 

「大丈夫よ。離れてても、ずっとそのままっていう訳じゃないわ。」

 

「本当?」

 

「本当よ!離ればなれになったとしてもいつか必ずまた会えるから。先生が嘘ついたことある?」

 

「!、ない!!」

 

院長先生はとても暖かかった。

 

_______

 

月日が経ち、今日は皆とボール遊びをしていると見たこともない1人のおじさんが訪ねてきて院長先生と何か話していた。

皆、見たこともないおじさんの話しをしている。

 

「誰かな?」

「知らなぁ~い。」

「あたし、知ってる。あのおじさんの着てるのスーツって言うんだ!先生に前に教えて貰った。」

「スーツ?」

「え~っとね、たしか、仕事をするようの服だったかな?」

「へぇ~、なんか格好いいね。」

「そう?なんか首が苦しそうでなんか僕はやだな。」

 

皆はそれぞれの感想を言い合って数分後には飽きたのかまたボール遊びをし始めた。

 

見たこともないおじさんは院長先生との話しが終わったのか車に乗って帰ってしまった。

僕は院長先生に聞いた。

 

「院長先生、さっきのおじさんはだぁれ?」

 

「え?あぁ、あの人はねここの孤児院を建ててくれた偉い人なのよ。」

 

「あれ?院長先生が建てたんじゃないんだ?」

 

「そうよぉ。私はここで皆のお世話を任されているだけなの。」

 

「へぇ、そうだったんだぁ。」

 

________

 

あのおじさんが来てから数週間が経った頃、晩ごはん前に院長先生が皆を集めた。

 

「今日は皆にお知らせがあります。」

 

「なになに?」

「どうしたの?」

 

院長先生のお知らせが気になっている様子で皆、口々に質問していた。

そんな中で院長先生は「おいで。」と、緑の服を着ている子に自分のところに来るように促す。

院長先生は緑の服の子の肩に手をおきながら僕たちに言った。

 

「この子が新しい家族に迎えられることが決まりました。とても急だけど明日にはお別れです。だから皆!笑顔で見送ってあげましょう。」

 

僕は信じられなかった。それは他の子たちも同じだったようだ。

 

「なんで!?そんな急なの!?」

「ここから出ていくって言うのかよ!」

「もう一緒に遊べないの?」

「明日も一緒に遊ぼうって約束したじゃん!!」

 

皆、それぞれの意見を言うがそんな中で緑の服の子が口を開く。

 

「みんな、ごめん。俺が先生に頼んだんだ。今日まで黙っててくれって。俺が出ていくことになったのは2週間ぐらい前からなんだけど、皆に言ったら俺に気を遣っちゃうと思ったから、本当にごめん。」

 

その言葉を聞いて、僕も皆も泣きそうだった。

初めてのお別れが突然やって来たのだ。

僕はその時、以前に院長先生から聞いた言葉を思い出した。

 

「また、会おうよ。」

 

「え?」

 

「明日でお別れだけど、いつかまた絶対に会おう!約束!!」

 

僕は彼に右手の小指を突き出す。

彼も、笑って小指を突き出しお互いの小指を絡める。

 

「「ゆ~びき~りげ~んま~ん、嘘ついたら針千本の~ます!!ゆ~びきった!!!」」

 

その光景を見て院長先生は微笑んでいた。

その日の夜、細やかながら送別会が開かれた。

最後の夜だから皆で一緒に布団を並べて、夜遅くまでお喋りしたが院長先生にそろそろ寝るように叱られてしまった。

 

朝になり、朝ご飯を食べ終わった時におひさま園の門の前に黒塗りの車が着ていた。

とうとう、お迎えが着てしまった。

 

緑の服の子は僕たち皆に最後の挨拶をする。

 

「じゃあ皆、俺はもう行くけど元気で。先生も今まで、ありがとね。」

 

「元気で、風邪引かないようにね。」

 

院長先生は緑の服の子を抱き締めながら言う。

緑の服の子は車に乗って行ってしまうが、僕はどんどん小さくなってしまう車に向かって叫ぶ。

 

「いつかまた、絶対に会おうねぇ!!約束だよぉ~!!!」

 

緑の服の子も車の窓から身を乗り出して答えてくれた。

 

「もちろん!約束だからなぁ~!!!」

 

僕たちは車が見えなくなるまで手を振り続けた。

 

 

_________

 

緑の服の子がここから去ってから月に1,2回の間隔で子どもたちは

養子に出されるようになった。

僕は、おひさま園から出ていってしまう子全員と指切りを忘れずにした。また、会えることを願って。

 

子どもたちの数が最初の頃の半数をきったとき、前に来たことのあるスーツを着たおじさんが訪ねてきた。

 

院長先生は「大事な話しだから。」と、僕たちは外でボール遊びをしていた。でも、僕は院長先生とスーツのおじさんの大事な話しがどうしても気になり、他の子たちにトイレに行ってくると嘘をついて院長先生がいるであろう部屋の近くに行く。

何かの話しをしているようだがうまく聞き取れない。

しかし、急に院長先生の大きな声が響く。

 

「ふざけないでください!!!」

 

僕は突然の大声に驚いた。院長先生のこんな大きな声は初めて聞いたからだ。

僕は壁に耳を当てるがやはり会話の内容は上手く聞き取れなかった。

 

「今・・の子ど・たちで・してみ・・あまり、・・結果とはな・・・った。」

 

「そのような・しをしてい・わけでは・・・せん。理・しているのです・?貴方はあ・子たちを・・モットか何かだと思ってい・・・すか?!」

 

「私・・の計・を絶対に成・・・なければならない。才・を創・・・ためにね。犠・があるのはしょうがない。」

 

「しょうがない?では、あの・・・は何のため・・まれてきたんですか?!貴・の計画・・牲になる・・・とでも!?」

 

「君になんと言われようが私・・見は変わらな・・。引き続き子ど・・・の世・を・・よ。」

 

「ちょ・と待・・・ださい!今・・の子・・・ちは・事なんで・・ね?!そうで・・・!?」

 

「実験に・・られずほとん・・・だよ。」

 

「・・・そんな、そんな。」

 

院長先生は何故か泣いているようだった。

 

突然、部屋のドアが開かれスーツのおじさんが僕を見つける。

おじさんは僕を1度見るが、院長先生の方を向き、「では、引き続きよろしく頼むよ。」と、言ってから何処かに行ってしまう。

 

僕が部屋の中を覗くと院長先生は泣きながら俯いていた。

声をかけると院長先生は少し驚いていた。

 

「今の話し、聞いてたの?」

 

「ご、ごめんなさい。でも、上手く書き取れなくてあのおじさんと何のお話をしてたの?酷いこと言われたの?」

 

僕が院長先生に近づくと突然、院長先生に泣きながら抱き締められた。

 

「ごめんね。ごめんね。」

 

「何で謝るの?院長先生は悪くないよ。何があったの?」

 

僕が何があったのか問うが院長先生は「ごめんね。」と謝るだけで何も答えてはくれなかった。

 

___________

 

更に月日が流れ、ついにおひさま園には僕と院長先生だけになってしまった。院長先生は子どもが養子に出される度に涙を流していた。最初はあんなに嬉しそうだったのに、何があったんだろうか?

もう子どもは僕だけしかいないから院長先生と過ごす時間が増えた。院長先生は日に日にやつれ、涙を流すことが増えた。その度に僕は院長先生を慰めるが「ごめんね。」と答えてくれるだけだった。

 

 

そして、ついに僕も養子に出される時が来た。

僕を迎えに来たのはあのスーツのおじさんだった。

おじさんは僕に挨拶をしてきた。

 

「初めまして。私は吉m」

 

「初めましてじゃないよ。」

 

僕に突っ込まれたのが以外だったのかおじさんは少し驚いた表情になった。

 

「前に院長先生とお部屋で話してたときに会ったでしょ?院長先生と喧嘩してたの?」

 

おじさんは「あぁ。」と当時のことを思い出したような声をだす。

 

「はははっ、喧嘩じゃないよ。ちょっと意見が食い違っただけさ。それに、彼女も理解してくれた。」

 

「そうなの?」そう言って、院長先生の方を振り向くと院長先生は寂しそうな顔で笑うだけだった。

スーツのおじさんは話しを続ける。

 

「改めて、私は吉松シンジ。君を引き取りに来た。」

 

「よし、つ?しん、し?」

 

「上手く聞き取れなかったかい?呼びたいように呼んでくれて構わないよ。」

 

「じゃあ、シンさん!」

 

「え?」

 

「あっ、駄目だった?年上の人には名前の後に「さん」をつけるように言われてたけど。」

 

「あぁいや、大丈夫だよ。そんな風に呼ばれたことがなかったから少し驚いただけだ。その呼び方で構わないよ。それじゃあ、行こうか。」

 

「ちょっとだけ待って。最後に院長先生に挨拶したい。」

 

「いいよ。」

 

おじさん・・・シンさんから許可も得られたので僕は振り返り、院長先生に抱きつく。

 

「院長先生、僕も行ってくるよ。でも、近いうちに絶対ここに遊びに来るから待っててね。だから、さよならは言わない。・・・またね、先生。」

 

俺がそう言うと院長先生からも強く抱き締められるが、院長先生は何も言わない。泣いているだけだった。

 

「院長先生?」

 

「・・・・・・・。」

 

「・・・泣かないで、今くらい笑ってよ。」

 

僕の言葉に院長先生は顔をあげる。

 

「最近、ずっと泣いてばっかだったじゃん。僕、院長先生の笑った顔が好きなんだ!」

 

僕がそう言うと、院長先生は少し笑った後、覚悟を決めた様な表情をする。

 

「・・・先に行った他の子たちに伝えられなかったから貴方に全部伝えるわね。」

 

「う、うん。」

 

「貴方がこれから生きていく上で必ず楽しいことや辛いことがある。もしかしたら、辛いことの方が多いかもしれない。・・・でも、貴方ならきっと乗り越えられる。貴方は他の子よりも強くて、優しいから。」

 

「僕、そんなに強くもないし、優しくもないけど。」

 

「ふふっ。そんなことは無いわ。他の子たちの喧嘩の仲裁に入ったり、自分のおやつを分け与えたり、泣いてる駄目だった私を慰めてくれた。なかなか出来ることじゃないわ。」

 

「そうかなぁ~?」

 

「自分のことを過小評価し過ぎるのは玉に瑕だけどね。」

 

「かしょうひょうか?院長先生、難しい言葉使わないでよ。」

 

「あらあら、まだまだ勉強不足ね。」

 

「じゃ、もっと勉強して今度会ったときには院長先生をビックリさせてあげる。」

 

「そう。楽しみにしてる。」

 

院長先生に笑顔が戻ったため、僕はシンさんの方に振り向くが、後ろから手を引かれた。

 

「院長先生?」

 

「・・・何があっても絶対に諦めないで。どんなに暗くても必ず明るくなるときが来る。貴方の光が見つかる時が必ず来る。・・・絶対に幸せになりなさい。」

 

「よく分かんないよ。」

 

「今は、分からなくてもいい。いつか分かるときが来るから。それじゃあね、元気で。」

 

そう言って、院長先生は手を放す。

 

僕はもう一度院長先生にお礼を言ってからシンさんの車に乗り込む。

車が動き出す。

後ろを振り向くと院長先生が手を振ってくれていた。

僕も院長先生が見えなくなるまで手を振り続けた。

 

別れは寂しいがまた再会できることを願った。

 

だけど、この時の僕は知らなかった。

ここが僕の人生の大きな分岐点であることを・・・・・。

 

 

 





申し訳ありませんが、明日、明後日と投稿できなくなるかもしれません。出来るだけ早く投稿できるようにしますのでよろしくお願いします。

高評価、感想お待ちしております。


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過去の話 ③

 

僕はシンさんと一緒に車に乗っている。

 

「ねぇ、シンさん?」

 

「どうしたのかな?」

 

「これからどこへ行くの?」

 

これからの予定をシンさんに聞くとシンさんは少し考えた後に僕の質問に答えた。

 

「う~ん、すぐにこれからの君の住む所に案内しても良いが、君を引き取るためにこの後の予定は空けてあるからまずはお互いの親睦を深めようか。」

 

「しんぼく?ってなぁに?」

 

「あぁそうか。少し難しかったね。」

 

シンさんは困ったように笑う。

 

「親睦を深めるというのはね、一緒に何かをして仲良くなるという意味だよ。何処か行きたいところなどはあるかい?」

 

「行きたいところ?ん~?わかんない。だって今までおひさま園から出たことがないんだもん。」

 

「あぁ、そうだったね。」

 

そう言い再び考えてしまう。シンさんは数秒後何か閃いたような声をだした。

 

「では、水族館はどうかな?うん。そうしよう!」

 

「水族館?」

 

「うん。近くにちょっとだけ大きな水族館が新しく出来たんだ。たくさんのお魚やイルカショーが観れるよ。きっと気に入ると思うのだが。」

 

「イルカ?!イルカってあの跳び跳ねるやつ?!僕、図鑑やテレビでしか観たことない!」

 

「それじゃあ、決まりだ。」

 

僕とシンさんを乗せた車は水族館へ向かっていった。

 

_______

 

私は今日、孤児院で管理していた最後の被検体である少年を引き取りに来た。少年の第一印象は「明るく人懐っこい子ども」であった。

今までの被検体はアニムスの副作用である流入現象で全員死亡してしまった。

この少年は私の望みを叶えてくれるのか疑問が残るがこの少年が駄目でもどうせ孤児だ。代わりはたくさんいる。

もし、この少年がアニムスに適合できずに死亡してしまってもまたあの孤児院に新しい子どもたちを補充すればいい。

私がそう考えていると少年からどこに行くのか問われた。

 

今日はアニムスのメンテナンスのため少年をこれからの連れていってもアニムスに接続することは出来ない。それに、いつもは分刻みで詰まっている私の予定も珍しくこの後は空いていた。

 

私は少年と少しでも信頼関係を築くために親睦を深めようと少年の好きなところへ行こうと提案するが少年は孤児院から出たことがないことを失念していた。外部への接触を物理的に遮断することで情報流出を防ぐため私が孤児院に課したルールだったがここで裏目に出てしまった。

 

私は子どもが好きそうな場所が何処か考え彼に水族館はどうかと提案すると思いの外、彼から食いぎみに了承を得られたため車を最近できた新しい水族館に向かわせた。

 

 

__________

 

私たちは水族館に到着し、入り口にいる係員にチケットの購入を求めた。

 

「大人と子ども、一枚ずつ。」

 

私は代金を支払い、係員から二人分のチケットを貰い少年とともに水族館へ入る。

少年は水族館に入る前から興奮していた。

 

「すごい!すごい!水族館って大きいんだね!!おひさま園よりずっと広いし、人もたくさんいる!!!」

 

「ははっ、そうだねぇ。でも、もう少し声を小さくしてね。他のお客さんもいるし、魚たちがビックリして逃げちゃうかもしれないからね。」

 

私は口の前に人差し指を当てて彼を優しく咎めると少年へ自分の口に両手を当てて小さな声で喋るようになった。

 

「そうだね、ごめんなさいシンさん。」

 

なかなか聞き分けの良い子だ。

 

「それじゃあ、イルカショーでも観に行くかい?」

 

「うん!」と彼は小さな声で元気よく返事をして歩きだそうとした私の手を握ってきた。

私は急に手を握られたため驚いてしまった。

 

「おっと。」

 

「あっ、ごめんなさい。いつも院長先生と手を繋いで歩いてたからつい。」

 

そう言って、彼は私から手を離す。

 

「ああ、構わないよ。少しビックリしただけだから。」

 

私たちは手を繋がずにイルカショーをやっている場所に向かったが運がなかったのか丁度終わってしまったところみたいだった。

 

「残念。丁度、終わってしまったようだね。」

 

「そっか。イルカ観たかったな。」

 

彼は分かりやすく肩を落とした。

そんなにイルカを観たかったのか。私には何がそんなに良いのかよく分からないが少しでも彼を元気付けようとする。

 

「また次に来たときに観にくればいいさ。」

 

「また、シンさんが連れてきてくれるの?!」

 

彼は目を輝かせて聞いてくる。

 

「もちろん。また私とここに来よう。」

 

子どものことだ。そのうちに忘れると思い、私は彼とそんなに約束をした。

 

私の答えに満足したのか少年は元気を取り戻し、私は少年とともにいろいろな魚を観て回った。

 

「ねぇ、シンさん?何で同じ水槽のなかにいるのにあそこにいる鮫とか他のお魚を食べないの?」

 

「それは、水槽のなかにいる魚は満腹の状態を維持しているんだ。だから鮫などの魚を餌にしている生物は他の魚を食べることはないんだよ。」

 

「そうなんだぁ。」

 

彼はそう言って、今度は小さな声でショーケースにいる生物を指差しながら言う。

 

「シンさん、このタツノオトシゴっていう子も魚なの?」

 

「もちろん。そんな成りをしているが歴とした魚だよ。」

 

「へぇ、何でこんな変な形してるの?」

 

「タツノオトシゴはまだはっきりと解明できていないことが多くてね。諸説あるが、この姿が一番プランクトンや小エビといった餌を食べやすいからだとも言われているんだ。それからタツノオトシゴは雄の育児嚢といわれる所に雌が卵を産み卵が孵化まで雄の育児嚢の中に赤ちゃんがいることからよく雄が出産すると勘違いされているよ。」

 

「育児嚢?カンガルーのお腹の袋みたいなもの?」

 

「そうだね。イメージとしては近いんじゃないかな。」

 

「そっかぁ~。・・・シンさんって何でも知ってるんだね!」

 

「はははっ、何でもは言いすぎかな。私にだって分からないことはあるさ。」

 

「たとえば?」

 

私は考えた。正直に話したところで彼は理解できない。

ここでは少しぼかして答えるか。

 

「ん?ん~、形のないものの創り方とか?」

 

「形のないものをどうやって作るの?」

 

「ふっ、それが分からないんだよ。」

 

「あっ、そっか。じゃあ、僕が協力するよ!」

 

「では、君には期待しても良いかな?」

 

「いいよ!」

 

このときの私はふざけて彼とこのようなやり取りをしていたが、まさかこの少年が私の期待を遥かに越えて応えてくれるとは夢にも思っていなかった。

 

時間を確認すると思っていたより時間が経っていたようだ。心苦しいが彼を呼び寄せる。

 

「すまない、そろそろ時間だ。車に戻ろう。」

 

「そっか、もっと観て回りたかったけどしょうがないね。」

 

「観れなかったところは次回までのお楽しみだね。」

 

「!、うん!!」

 

彼は元気よく返事をして私と一緒に車に乗り次の目的地へと向かう。

 

_______

 

僕たちを乗せた車が目的地に着いたようで僕はシンさんとともに車を降り、今日何度目かも分からない気持ちになる。

 

「うわぁ。水族館も大きかったけど、このお家もおっきいねぇ。ここがシンさんのお家なの?」

 

「ここは、私の仕事場さ。ん、いや?寝泊まりするという意味では家なのかな?・・・まぁいい、今日からここが君の家になるからね。」

 

「すご~い!僕、こんな大きいお家住むの初めて!!」

 

僕がドアに近付くとドアに手も触れていないのにドアが勝手に開いた。

 

「え?!なに?!シンさんすごい!触ってもないのに、ドアが勝手に開いたよ!」

 

シンさんは僕の驚いた行動一つ一つに笑っていた。

もちろんエレベーターに初めて乗ったときも笑われた。

 

_______

 

私たちは一緒にエレベーターに乗り目的の階で降りたが彼は少々不機嫌な様子であった。

しまった。流石に笑いすぎなかな?

 

「むっす~~!」

 

「ふふっ、すまない、流石に笑いすぎたよ。」

 

「いくらなんでも笑いすぎじゃない?!シンさんにとっては当たり前のことだけど僕にとっては初めてのことだらけなんだから?!」

 

「そうだねっ。でも、ごめん。君のリアクションが面白くてね。ははは!」

 

「まぁた笑った~、もうぅ~!」

 

「ふっ、まぁお詫びといってはなんだが君のために用意したものがある。着いてきなさい。」

 

「?」

 

私はある部屋の前で立ち止まって部屋の扉を開く。

 

「さぁ!今日からここが君の部屋だ。必要そうな物は一通り揃えてあるから自由に使うといい。」

 

用意した部屋は大学生の一人暮らしのようなものだが幼い彼には充分だろう。

彼は一瞬だけ目を丸くして部屋の中を見ていたが途端に走り出しベッドへとダイブした。どうやら気に入ってくれたようだ。

 

「すっご~い!ベッドだぁ!おひさま園は皆、布団で寝てたから憧れてたんだぁ!それにここ、僕の部屋ってことは僕の自由にしていいの?!」

 

「もちろん。でも物は壊さないように、後片付けもこまめにね。」

 

「はぁ~い!」

 

「それと、トイレとお風呂は部屋の中に備え付けのものを使ってくれればいいし、掃除も定期的に清掃係の人が来てくれるから。」

 

「ご飯はどこで食べればいいの?」

 

「食事は朝昼晩と決まった時間に他の者にここへ持ってこさせよう。」

 

彼の質問に答えていくと彼は明日からのことを聞いてきた。

 

「ねぇ、シンさん?」

 

「ん?」

 

「僕は明日からここで何をすればいいの?おひさま園では院長先生に勉強を教えて貰ったり、皆と遊んでたりしたけど。」

 

「あぁ、そうだね。明日から朝ご飯を食べた後にまた、ここに私が迎えに来るからその時に、詳しく話そう。今日は疲れただろうから、ゆっくりおやすみ。」

 

私はそう言って、彼の部屋を後にした。

 

_______

 

疲れた。

普段と違うことをすると精神的に疲れる。

ましてや相手は子どもだ。私は結婚していないし、もちろん自分の子どももいない。彼は今日一日で様々な初めての経験をしていたが、私にとっても「子どもを連れて行動する。」は初めての経験だった。

世にいる親は毎日こんな大変な思いをしているのかと少しだけ尊敬の念を覚えた。

いや、彼は物わかりのいい方だろう。水族館から出ていくときも私に対して文句を一つ言わずに着いてきてくれた。念願だったイルカショーも見れないことに対してもわがままを言わなかった。彼と同じくらいの年の子どもならだいたいは駄々をこねるようなイメージがあるが彼には一切そういうのがなかった。

 

不思議と私は彼に好感が持てた。

 

________

 

朝ご飯をすませ、手持ち無沙汰となり時間を潰すため、僕は勉強机の上にあった算数のドリルの問題を解いていたら突然、僕の部屋のドアがノックされた。

 

「は~い。」

 

僕は返事をしながら、ドアを開けるとそこにはシンさんが昨日とは違う色のスーツを着て立っていた。

 

「おはよう。昨日はよく眠れたかい?」

 

「うん!ベッドも枕もフカフカだしよく眠れたよ。」

 

「それは良かった。」

 

シンさんはそう答え、僕を部屋から連れ出し一緒にエレベーターに乗る。シンさんはエレベーターのボタンを押さずにカードを差し込むとエレベーターが動き出した。

 

「シンさん?これから何するの?」

 

「これから、君に少し手伝ってほしいことがあるんだ。」

 

「手伝って欲しいこと?僕に?」

 

「そう。さぁ、着いたよ。」

 

エレベーターが開くとたくさんの白い服を着た人がいた。机や椅子もたくさんあり、その上には見たこともない機械や本がたくさんあった。

 

僕はその光景に目を奪われながら前を歩くシンさんについていくと開けた場所に出た。そこには何やら固そうなベッドがあるだけだった。

 

「シンさん、この固そうなベッドは何?」

 

「これは、アニムスという我々が造った装置だよ。」

 

「あにむす?」

 

「さぁ、アニムスに横になりたまえ。」

 

「手伝ってほしいことがあるんじゃないの?それに、まだ起きたばっかだし全然眠くないよ。」

 

「ははは、大丈夫。本当に横になるだけでいいし、直ぐに眠くなってしまうからね。」

 

「ふーん。」

 

僕はシンさんに手伝ってもらい、アニムスの上で横になる。シンさんは、変なコードを僕の腕に着けた。

 

「君には期待しているよ。」

 

「?、シンさん、どういうk」

 

シンさんの言葉の意味が理解できず聞こうとするが突然の眠気に襲われて僕は意識を失った。

 

 

________

 

「ん?ん~、ふぁ~~あ。あれ?ここは?」

 

起きたときには僕は自分の部屋にいた。

カーテンが開いていて、夕日射し込んでいた。時計で時間を確認すると午後5時を過ぎた頃だった。

 

「あれ?僕いつ寝たんだっけ?」

 

朝ご飯を食べた後にシンさんが来て、一緒に変な場所へ行って、確か・・・アニムス?っていうのに横になって、突然眠くなってそれから・・・。

 

夢を見た。

僕は滅多に夢を見ない。夢の内容は覚えていないが、はっきりと夢を見た感じがする。

 

「ん~?ま、いっか。院長先生も夢の内容は忘れちゃうものだって言ってたし。」

 

僕は深く考えなかった。そんな時、部屋のドアが開いた。シンさんだ。なんだか機嫌が良さそうだった。

 

「おや、起きたのかい?」

 

「あっ!おはよう、シンさん!ん?おはよう?もう夕方だけどおはようで合ってる?」

 

「ははは、気分はどうかな?体調が悪くなったりしてないかな?」

 

「んーん、別に大丈夫だよ。でも、変な夢を見た気がするんだ。」

 

「ほう。どんな夢だい?」

 

「う~ん、それがよく覚えてなくて。」

 

「そうか、まぁ気にしてもしょうがないことだ。お腹が空いているだろう?すぐに準備して持ってこさせよう。」

 

「ありがとう。それよりシンさん、何か良いことがあったの?」

 

「え?何故だい?」

 

「何か機嫌が良さそうだから。」

 

「・・・あぁ、あったよ。君のお陰だ。」

 

「僕、なにもしてないよ?」

 

「いいや、してくれたよ。ありがとう。」

 

「?」

 

僕はシンさんが言っている意味が分からず首を傾げた。

 

「明日も今日と同じような感じになるけど構わないかな?」

 

「また、あの変なベッドに横になるの?」

 

「そうだね。」

 

「う~ん、いいよ!シンさんがそう言うなら!」

 

「ありがとう。それではまた明日も迎えに来るよ。」

 

そう言って、シンさんは僕の部屋から出ていった。

 



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過去の話 ④

 

初めてのアニムスに接続された日から僕は週4日のペースでアニムスに接続されていた。特に苦痛は感じなかった。

だって、シンさんが本当に嬉しそうに喜んでくれるから。

シンさんが喜んでくれると僕も嬉しい気持ちになる。最近は頭を撫でて褒めてくれる。それが何よりも嬉しかった。

 

でも、最近変なことが起きる。アニムスに接続された後、僕は必ず夢を見て、相も変わらず内容は漠然としか覚えていない。しかし、嫌な夢だということは理解している。

アニムスから覚めた後には軽い頭痛が起きるが、すぐに収まる。

 

後、シンさんがずっとアニムスに横になってばかりだと体調不良になってしまうと言ったので運動するために建物内にある広場で体を動かしていると体に違和感を覚えた。

 

「どうしたんだい?」

 

「何かいつもより体が軽い気がして。」

 

「・・・少しテストのようなものをしてもいいかな?」

 

シンさんは少し驚いたような声で提案してくる。

シンさんの提案でまずは、50m走をやることになった。

記録は6.6秒。

次に壁を登るボルダリングも6秒ジャスト。

最後に障害物を避けながら走るパルクールというものもやったが特に問題もなく走りきることが出来た。

これには、シンさんも驚きを隠せなかったようだ。

シンさんは急に僕に抱きついてきた。

 

「素晴らしい!素晴らしいよ!!」

 

「シ、シンさん?どうしたのさ、急に?!」

 

シンさんは更に力を込めてくる。

 

「あぁ、ようやく・・・ようやくだ。・・やっとだ。」

 

シンさんは泣いていた。

 

「シンさん?何で泣いてるの?僕、何かしちゃった?」

 

「ん?あぁ、すまないね。悲しいから泣いてる訳じゃないんだ。」

 

「?」

 

「嬉しいんだよ。とてもね。ようやく作り出すことが出来た。いや、まだ完成ではないがほぼ完成したと言ってもいい。君のお陰だ。ありがとう。」

 

「どういたしまして?」

 

シンさんが何故、嬉しいのか理解できなかったが僕はシンさんが喜んでくれるならそれで良かった。

 

_______

 

ある日、シンさんが僕の部屋を訪れ急に「水族館へ行こう。」と言ってきたため、僕はシンさんに飛び付き、シンさんと一緒に水族館へと車で向かった。

 

「シンさん、急にどうしたの?」

 

「いいじゃないか、最近、君は頑張ってくれているからね、そのお礼だよ。以前に約束もしたしね。あっ、もしかして別のところが良かったかい?」

 

「ううん!水族館がいい!今日はイルカショー観れるかな?」

 

「大丈夫だよ。今回は時間に余裕があるしイルカショーの時間も確認してきたからね。以前、観れなかったところも観れるよ。」

 

「ホントに?!やったぁ~!!」

 

そうして、僕とシンさんは水族館を一緒に楽しんだ。念願だったイルカショーも観られたしイルカが跳び跳ねた際に水飛沫がこっちに飛んできてシンさんと一緒になって濡れてしまったがお互いに笑いあった。

 

休憩所でジュースを飲んでいるときにシンさんが話しかけてきた。

 

「そうだ。忘れないうちにこれを渡しておこう。」

 

シンさんは胸ポケットから何かを取り出し、僕はそれを受け取った。見てみると金色の梟の様な形をしたアクセサリーだった。

 

「なぁに、これ?」

 

「それは君に才能があることの証明だよ。肌身離さず持っていなさい。」

 

「才能?僕に才能なんてあるの?」

 

「もちろんさ。君には才能がある。」

 

「どんな才能?」

 

「それは教えられない。君自身で見つけなさい。」

 

「知ってるなら、教えてくれてもいいじゃん。」

 

僕は不満の声を出したが、結局教えて貰えずシンさんは話題を変えてしまった。

 

「ふふっ。そういえば君、誕生日はいつだい?」

 

「え?誕生日なんてないよ。おひさま園では皆、誕生日が分からないからお正月やクリスマスに皆でお祝いしてたけど?」

 

そう伝えると、シンさんは少し考え込んでから提案してきた。

 

「そうか・・・なら今日を君の誕生日にしよう!」

 

「え?!」

 

「構わないだろう?私が君を引き取ってから今日で1年目だ。丁度いいじゃないか!」

 

「別にそれでもいいけど・・・。」

 

「なら決まりだ。本日、8月30日が君の誕生日だ。何か欲しいものはあるかい?」

 

「欲しいもの?」

 

「そう。誕生日といえばプレゼントだろう?何かないのかい?」

 

僕にはずっと欲しかったものがある。でも、それはシンさんから貰えるかどうか分からない。もし、貰えたら嬉しいけれど断られたらと思うと怖かった。

僕は下をうつむくしかなかった。そんな僕にシンさんが声をかける。

 

「どうしたんだい?遠慮せずに言ってごらん。大抵のものは買ってあげられるよ?おもちゃ?それともゲーム機がいいかな?」

 

僕は意を決してシンさんに向かって言う。

 

「な、」

 

「な?」

 

「な、名前。」

 

「え?」

 

「名前が・・・欲しい。」

 

「名前?」

 

「うん・・・院長先生が前に言ってたんだ。名前は大事な人から贈られる大切なものだって。本来は家族がつけてくれるんでしょ。でも、僕は孤児だから名前がなくて、院長先生にもお願いしたこともあるんだけど私にはつけられないって断られちゃって。」

「あっ!嫌だったらいいよ!こんなの僕のただのわがままだから。」

 

「・・・私でいいのかい?君の言い分だと私が君の家族になってしまうが。」

 

「シンさんが良いんだ!僕、シンさんのこと好きだし。何でも知ってるし、頭を撫でて褒めてくれるし、今日だって前にした約束を守ってここに連れてきてくれたし!」

 

「そうか・・・そうか。」

 

「やっぱり駄目・・・だよ・・ね。ごめんなさい、今のは忘れて。」

 

「駄目とは言っていないだろう?」

 

「え?じゃあ!!」

 

「あぁ、私なんかで良ければね。」

 

「~~っ!やったぁぁぁ!!!」

 

「でも、今すぐにはつけられないよ。私だってしっかりと考えたいからね。」

 

「うん!わかった。」

 

「それじゃあ、そろそろ帰ろうか。」

 

シンさんは椅子から立ち上がり僕に手を差し出してきた。

 

「え?」

 

「私たちは家族なのだろう?なら手を繋いで歩いても問題ない。」

 

「うん!」

 

僕はシンさんと手を繋いで歩きだした。

 

_____

 

私は自室に戻り、頭を悩ませていた。その理由は、

 

「まさか、名前が欲しいとはな。」

 

予想外の答えだった。いくらかプレゼントの予想をしていたがまさかの回答だった。

私は自室の椅子に座り、腕を組みながら天井を見上げ、独り言のように呟く。

 

「名前、名前か。佐藤太郎なんて安直な名前では駄目だ。彼は素晴らしい才能を持っている。アニムスの副作用である流入現象を利用し、無意識的に暗殺者(アサシン)たちの技術をその身に宿している。それに、彼の見た記憶のなかで先駆者という、神の存在がいたことも確認できた。」

 

()いなる()の遺伝子を持って生まれた8()番目の被検体。

そしてアニムスで歴史を我々に魅せてくれる。確か中国では昔、文書や記録を記した役職のことを「()官」と言っていたな。

 

 

八・・・神・・八神?、いや違うな。

 

私は彼に関することを羅列し組み合わせていき、とうとう決めることが出来た。

彼の名前は・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大神 史八。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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過去の話 ⑤

 

シンさんは僕と一緒に水族館へ行ってからずっと悩んでいるようだった。やっぱり僕が名前が欲しいなんてわがまま言ったのがいけなかったんだろうか?今日、シンさんに会ったら名前はもういいと言おう。・・・そうしよう。僕のわがままで迷惑はかけたくない。

そう思っていたある日、シンさんが僕の部屋を訪れて挨拶をする。

 

「おはよう、史八。」

 

「え!」

 

「どうしたんだい?」

 

「シンさん、今何て言ったの?」

 

「おはようって、」

 

「いや、その後!」

 

「史八。」

 

「ふみや?」

 

「そう、大神史八。それが君の名前だよ。」

 

「おおがみ・・・ふみや・・・。」

 

僕はシンさんが言った単語を噛み締めるように復唱した。名前。自分の名前。僕の・・・僕だけの名前。

気づいたら僕は涙を流していた。

 

「あ、あれ?・・・なんで?なんで涙が出てくるの?」

 

「気に入らなかったかい?」

 

「・・・ううん、違う。違うんだ。悲しくなんてない。逆に嬉しいのに涙が出てきちゃうんだ。あの時、シンさんが泣いてたのはこういうことだったんだね。」

 

僕は、前に体力テストのようなものをした時にシンさんが嬉しくて涙を流していたことを思い出していた。

 

「気に入って貰えたようで良かったよ。さて、今日も頑張ろうか。」

 

「うん!」

 

_________

 

ここに来てから食事は部屋で食べていたが、その日からシンさんが一緒に食べてくれるようになった。

シンさん曰く、「家族は一緒に食事をするものだ。」とのことだった。嬉しかった。大好きなシンさんと一緒に食事が出来ることが、シンさんと過ごす時間が増えたことが、とても嬉しい。

 

前から気になっていたことをシンさんに尋ねてみた。

 

「ねぇ、シンさん?あれはなんなの?」

 

僕は窓の外に見える高い塔を指差す。

シンさんも僕が指差した方向に視線を向ける。

 

「あぁ、あれは電波塔だよ。」

 

「電波塔?」

 

「ん~、簡単に言うとテレビやラジオに電波を送信するための建物だよ。」

 

「なんであんなに大きいの?」

 

「ふふっ。なんでだろうね?考えてごらん?」

 

「えーと。」

 

僕は電波塔が高いことによるメリットと低いことのデメリットを考える。

 

「・・・電波塔が低いと周りの建物に送った電波が邪魔されちゃって正確に電波が送られないから?」

 

「そう、正解!」

 

「えへへ~、やったぁ!」

 

そう言って、シンさんは頭を撫でてくれた。

 

「でも、あんなに高いと下から見上げたら首が痛くなっちゃうね。」

 

「はははっ、確かにそうだね。じゃあ、近い内に見に行こうか。」

 

「ホントに?!約束だよ!」

 

「あぁ必ず、一緒に見上げよう。首が痛くなるまでね。」

 

僕とシンさんはお互いの小指を絡めて指切りをした。

 

_______________

 

 

 

 

 

だが、幸せな時間はそう長くは続かなかった。

最近、アニムスに接続される時間が伸び、丸一日アニムスに接続されることもザラであった。

そして、いつもはアニムスで見た夢は漠然としか覚えていないのに最近ははっきりと夢の内容を覚えている。

夢の中の僕は、別の誰かとなり、たくさんの人を殺した。着ている服は殺した相手の返り血で染まり、血だまりを歩きながら仲間の骸を越える。両手は手首に隠しているナイフを伝い相手の血で真っ赤に染まっている。

 

最初はやけにリアルな夢だと思っていたが、それは違った。

過去に実際にいた人たちの人生を僕が体験していることに気づいた。気づけた理由は院長先生やシンさんから教えてもらった世界の歴史上の出来事や人物がいたからだ。

 

ある時はアメリカの独立戦争の戦場を駆け回り、またある時は海賊となりカリブ海を荒らし回った。エジプトではスフィンクスやピラミッドを見た。

歴史上の人物にも会った。

画家にして発明家、その他複数の肩書きを持つ天才芸術家、レオナルド・ダ・ヴィンチ。

クリミアの天使と呼ばれた、フローレンス・ナイチンゲール。

アメリカで電話の特許を取得した、チャールズ・ダーウィン。

世界三大美女の一人であり古代エジプトの女王、クレオパトラ。

 

アニムスは過去に実際にあった出来事を僕に見せる装置だ。

そして僕は、先人たち・・・・暗殺者(アサシン)たちの人生を追体験し、その技術をこの身に宿している。僕の身体能力が急に上がったのもこれが理由だ。

 

アニムスから目覚めても、自分の両手に相手の首にナイフを突き刺した感触が・・・・相手の命を奪った感覚が離れない。

幻覚のようなものも見えるようになった。廊下を歩く人の足跡や暗証番号を押した指紋の跡。

もっとひどかったのは実際には手は汚れてもいないのに両手が相手の血で赤く染まっているように見えてしまったり、部屋のベッドで眠るときに目を閉じるとアニムスで見た記憶のなかで殺してしまった人たちが僕を呪うような言葉を言っている。

 

この事をシンさんには言っていない。言ってしまったら優しいシンさんに心配をかけてしまう。僕は夜のベッドで泣きながら蹲るしかなかった。

 

 

 

もう、アニムスは嫌だ。

 

_________

 

ある時から、史八の様子が変わってしまった。

アニムスは嫌だと言い出したのだ。もう少しでこの子は完成するというのに急に今まで言わなかったわがままを言い出したのだ。

相手はまだ、子どもだ。一時的なものだと思って、しばらくの間そっとしていた。しかし、どんなに時間が経とうとも彼はアニムスを拒否し続けた。私は我慢の限界であった。

 

「いい加減にしろ!!史八!!!駄々を捏ねるんじゃない!」

 

急に私が怒鳴ったせいか彼は怯えた表情になり、泣きながら首を横に振った。

 

「もう、ヤだよ。アニムスだけは本当に嫌なんだ。」

 

「どうしてなんだ!前まであんなに協力的だったのに?!後、もう少しなんだ!!才能を創り出すのは!」

 

「・・・・・・。」

 

理由を尋ねても彼は何も答えなかったため、私は強引に行動に移った。

 

「もういい!!!」

 

私は無理やり彼の腕を取り、アニムスのある研究所へと向かい、嫌がる史八を、無理やりアニムスに横にさせる。

 

「嫌だ!シンさん、やめて!!本当に嫌なんだ!」

 

「始めろ!」

 

私は研究スタッフに合図を出すとアニムスが作動し、彼は静かに眠りについた。

 

______

 

その日以降、史八の抵抗が始まった。どうしても部屋から出なかったため、食事に睡眠薬を混ぜて眠らせている間にアニムスに接続したり、食事を取らなくなったら空調から睡眠ガスを流し込み眠らせるようにした。

 

彼が日に日に弱まっていくのは見ていて分かっていたが、流入現象の副作用としては許容範囲内だ。

私は史八を、アニムスに接続させていく。

 

 

 

 

 

 

このときの私は後にあんなことになるとは想像もしていなかった。

 

 

 

 





すみません、遅れました。
過去編が思ったよりも長くなってしまっています。後、3話ぐらいかな?分かりません。アニメが進むにつれ今浮かんでいるアイデアをはしょったりまた新しいものが浮かんだら追加するかもしれませんのであしからず。

吉松氏はオリ主君が流入現象で苦しんでいますがオリ主君自身が自分の中で留めてしまっているためかなり危険な状況であることが分かっていません。報連相って大事ですよね。
次回は何故オリ主君が記憶を失ってしまったかが判明するかもしれません。お楽しみに。

ところで、皆さん!小説は買いましたか?僕は買いましたが、まだ読めてはいません。とても楽しみです。
アニメではリコリスの存在が公となったり大変なことになってきていますね。最後のたきなちゃんの3コール目からのワン切り後の登場もカッコ良かった!EDの入りも最高かよっ!!
既に何回も観ています。次回も楽しみですねぇ!


最後に大変、私事ではありますが本日ようやくps5を手に入れることが出来ました。


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過去の話 ⑥

 

シンさんに無理やりアニムスに接続され続け、数ヵ月が経ちまともに食事が取れなくなってきた。精神的に厳しく食事が喉を通らないこともあるが、また、以前のように食事の中に睡眠薬を混ぜ込まれるのが怖かったからだ。

僕が食事を取らなくなると、栄養補給のため腕に点滴をつなげられた。点滴の中にも睡眠剤を混ぜられたこともある。

 

最近になると幻覚を観ることが多くなってきた。

半透明の暗殺者(アサシン)達や、アニムスの中でも殺してしまった人たちが僕のほうを見て何か叫んでいる。

布団をかぶり耳を両手で塞ぐがその声が聞こえなくなることはなかった。

 

悪いときはアニムスから目覚めると自分が何者か分からなくなるときがある。たぶん、暗殺者(アサシン)の記憶が僕の記憶と混ざりあってしまっているからだろう。

 

「僕は・・・誰?名前は・・・。」

「そうだ、そんなことより速くあいつを殺さないと。・・・自由のために。」

「あれ?あいつって?一体誰を殺せばいいんだ?」

「そもそも、()は誰だ?・・・・そうだ、()暗殺者(アサシン)。」

「・・・・いや違う!!!僕は暗殺者(アサシン)なんかじゃない!僕は僕だ!大神史八だ!」

「・・・・シンさんからこんな良い名前を貰ったじゃないか・・・。」

 

気持ち悪かった。自分が自分でなくなるような感覚が。一人で抱え込む苦しさが。

誰にも打ち明けられない恐怖がいつも自分の中にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

孤独だ。

 

 

 

 

「もう・・・・もう嫌だよ。誰か・・、誰か助けて。」

「・・・院長先生・・・、皆・・・。」

「・・・シンさん。」

 

僕は泣きながらおひさま園の皆と優しかったシンさんに助けを求めるが、僕の声が届くことはなかった。

_______

 

私は本日も史八の部屋を訪れる。数ヵ月前は彼も協力的でこんな苦労をすることもなかったが、今ではアニムスの研究所まで移動するのにも一苦労する。

私は彼の部屋の扉を数回ノックするが返事はない。以前は私が扉をノックすると1秒以内に待ってましたといわんばかりの大きな声で私を歓迎してくれていた。

だが現在は返事もなく扉が開かれることはない。私は当時を少し懐かしみながらマスターキーで彼の部屋の扉を開ける。

部屋に入ると史八はベッド上で布団を被り蹲っていた。そんな彼に出来るだけ刺激しないように声をかける。

 

「史八、時間だよ。そろそろ起きなさい。」

 

動きはなかったため言葉を続けた。

 

「お願いだから言うことを聞いてくれ。速くアニムスに、」

 

「アニムスは嫌だ!!!」

 

目が真っ赤だ。先程まで泣いていたのか?

彼は被っていた布団から突然飛び出し、そう私に訴えてくる。

 

もう少しで私の目標が達成できるというのに、彼はそれを拒否する。いや、彼自身そのつもりはないのだろうが、彼の態度に私は憤りを覚えた。

 

「っ!何度言えば分かる!!もう少しで君は完成するんだ。」

 

「完成ってなに?!僕は人体実験のモルモットなんかじゃない!」

「そうだ!電波塔に行こうよ!前に約束したじゃない!」

 

「そんなことをしている暇はない!いいから来なさい!!!」

 

私は以前と同じように彼の腕をつかみ無理やりアニムスへと連行する。彼も抵抗するが、所詮は子供の力だ。アニムスへと連れていくことは造作もない。

 

彼を数人の研究スタッフと協力し、アニムスに接続する。

 

「止めてよ!シンさん!!止めて!!あの頃の優しかったシンさんに戻ってよ!!!」

 

「何を言っている?!私は変わってなどいない!私はもとからこういう人間だ!!」

「速く、アニムスを作動させろ!」

 

「止めて!!アニムス・・だけ・は、ほん・と・に、」

 

私の合図で研究スタッフがアニムスを作動させ、史八は眠りについた。

これで彼は更に暗殺者(アサシン)としての力を付け完成に近づく、計算では後3~4回のアニムスへの接続で彼は完全に完成する。

 

私の胸は高鳴っていた。

 

 

_______

 

 

「う、・・・あ。」

 

目が覚めた。気分が悪い。体が動かない。ここはどこだ?ストレッチャーで運ばれているのか?

 

いつもなら部屋で目が覚めるが今日は珍しく速く目が覚めたようだ。

白衣を着た研究員2名が僕をストレッチャーで部屋まで運んでいる。

研究員たちは僕の意識があることに気付いておらず会話をしていた。目が覚めたばかりで意識が朦朧としていたが彼らは信じられない言葉を口にした。

 

「そういえば、聞いたか?あの話し。」

 

「あの話しって?」

 

「この子の前の被験者7人の話しだよ。」

 

「前の被験者がどうしたんだ?」

 

「つい最近、最後の7人目の被験者が死んだんだってさ。」

 

「へぇ~、まぁ、この子以外全員気が狂って自殺したり、実験に耐えられずショック死したりしてたからなぁ~。これで、7人の全員死んだか。」

 

最悪の想像をしてしまった。

おひさま園では一緒に暮らしていた子ども達みんなの顔が浮かんだ。

 

僕より前の被験者7人が死んだ?

僕より前におひさま園を出ていった子ども達も7人。

いや、違う!絶対に違う!皆、それぞれ新しい家族に引き取られたんだ!皆きっとまだ生きてる!

それに皆と別れるときに約束したじゃないか!また、会おうって。

大丈夫。・・・・大丈夫。

 

そうして、アニムスの疲労から部屋に着くまでに意識を失ってしまった。

 

_______

 

部屋で目覚めたときは既に日付が変わろうとしているような時間帯であった。

あの研究員たちの会話の内容が気になり、それを確かめるために僕は初めてここから脱走することを決めた。

僕は、暗殺者(アサシン)の技術を使い、監視カメラなどに自分の姿が映らないように行動し、建物内にいる人に見つからないように脱走した。

シンさんとの外出以外まともに外出したことがなかったため裸足で走った。夜中に小さい子どもが裸足で走っていると通報される恐れがあったため、出来るだけ人目は避けて目的地へと向かう。目的地はおひさま園。あそこには院長先生がいるから院長先生に聞けば皆が元気に暮らしているかどうかが分かる。

院長先生はなんでこんな時間に一人で来たのかと最初は怒るだろうがきっと最後は許してくれる。あの暖かい体で優しく抱き締めてくれる。

そんな希望を持ちながら、道を思い出しながらおひさま園に向かった。

 

「はぁ、はぁ。」

 

息を切らしながら山道を上っていく。

ようやく、開けた場所に着いた。おひさま園だ。だが、おかしい。明かりが点いていない。

 

「そりゃそうか。こんな時間だから院長先生も寝てるか。」

 

もうすぐ院長先生に会えると思うと胸が高鳴った。

僕はおひさま園の入り口に向かって歩きだすと足元に違和感を覚えた。さっきまでは暗くて分からなかったが、庭に雑草が生い茂っていた。

 

「雑草?なんでこんなに。はは~ん、院長先生さては最近サボってたんだな。まぁ、しょうがないか。院長先生もいい歳だし。明日朝イチできれいにしてあげよう。」

 

そういいながら、玄関を開けるとなんだか嫌な臭いがした。嗅いだことのある臭いだがどこで嗅いだ分からない。

僕は臭いをあまり気にせずに玄関の電気を点けようとボタンを押すが電気が点かなかった。

おかしい。電球が切れてしまっているのか?

 

「院長先生~!」

 

呼び掛けるが返事はない。

 

「院長先生~!僕だよ~!帰ってきたよ~!」

 

続けて呼び掛けるが返事が帰ってくることはなかったので、ここまで歩いて汚くなってしまった足で罪悪感を覚えながら廊下を歩く。

 

「院長先生~!どこ~!」

 

おかしい。こんなに呼んでいるのな返事がない。どこかへ出掛けているのか?それになんだか部屋全体が埃っぽい。僕がここから出ていくまであんなに綺麗だったのに。まるで、僕が出ていってから一回も掃除したことがないような感じだ。

 

嫌な感じがする。

僕は不安を振り払うように頭をブンブンと横に振る。

 

「大丈夫、きっと大丈夫だから。僕の勘違いだよ。絶対そうだ。」

 

ある部屋のドアを開ける。

ここは院長先生が僕たちに勉強を教えてくれていた部屋だ。

8人分の机と椅子があり、院長先生用の一回り大きな机がある。

 

僕の机の上に見慣れない封筒があった。

宛名は僕だった。

僕はゆっくりと封筒を開けると一枚の手紙が入っていた。

 

_____

 

この手紙を読んでいるのがおひさま園から最後に出ていったあの子であることを願って私はこの手紙を残します。

あなたを含め、この孤児院にいた子どもたちはとても良い子で私のことをとても慕っていてくれました。ですが、私はあなたたちから慕われるような人間では決してありません。

私は若い頃に交通事故にあい子どもが作れない体となってしまいました。そのせいで当時、婚約していた相手からも捨てられ、ずっと一人で生きていました。ある日突然、あなたの引き取り手である吉松氏に孤児院で子どもの世話をしてほしい、という依頼がありました。給料も破格であり、怪しいと思っていましたが当時、金銭的な問題を抱えていた私は二つ返事で了承してしまいました。しかし、子どもを作れない体となった私にとって子どもという存在にに未練があったのも事実です。

貴方たちはとても元気で素直な私の自慢の子どもたちです。時には些細なことで喧嘩したりもしていましたが、すぐに仲良くなっていたことをよく覚えています。

貴方たちとの生活はとても楽しく、私にとっての光であり宝物です。でも私はそんな貴方たちを救うことが出来なかった。

吉松氏は貴方たちを使ってある実験をしています。どんな実験かは私には分かりませんが貴方たちにとって良くないことであるのは明らかです。

私がこの事実に気付いたのは4人目の子が引き取られた後でした。私はこの事実を知ってからどうにかして貴方たちを守ろうとしましたが、結局私には、覚悟も力もありませんでした。私に力がなかったために救えなかった命があると思うだけで心が張り裂ける思いがします。私は心も弱かったようです。

 

貴方はとても心の優しい人です。貴方は他人を幸せに出来ることがきっと出来ます。私もそんな貴方に救われました。ですが、気を付けてください。貴方は他人の幸せを優先するあまり自分のことを二の次にしてしまうきらいがあります。自分のことも大切にしてください。そして、貴方も私と同じように貴方自身の光を見つけ、大事にしてください。

 

貴方は私との別れの際、言ってくれましたね。「また遊びに来るから、さよならは言わない。またね。」って。ここまで折角来て貰ったのに本当にごめんなさい。

貴方のこれからの人生に幸せがたくさん訪れることを心から願っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

さようなら。

 

_____

 

手紙を読み終わったとき、部屋の窓から月明かりが差し、部屋の中を明るくする。

あることに気付いた。

人影が2つある。1つは僕の影だ。

もう1つは・・・・。

 

僕は床にある影から目線を外し、天井を見上げる。

僕が見た光景はアニムスの影響で疲弊しきっていた僕の心を壊すのには充分すぎるものだった。

 

「あ・・・、あぁ・、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

そこには床から足が離れ、紐で首を吊っていた院長先生がいた。

院長先生の変わり果てた姿を見たときに思い出した。

 

そうだ、この臭いは記憶のなかで何回も嗅いだことのある臭いだ。

死臭。

・・・・人の・・・死んだ臭いだ。

 

僕は急いで先生の机の上に置いてあったハサミで紐を切り、院長先生が床にドサリと落ちた。

 

「先生!!!院長先生!!!!」

 

先生を揺するが当然反応はなかった。とっくに院長先生の体は固くなり、あの暖かい体温も感じられなかった。

 

もう一度あの暖かい腕で抱き締められたかった。もう一度あの優しい声を聞きたかった。

それだけなのに、なんで。なんで!?

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

どうすることも出来なかった。

僕は上を向きながら今までに出したこともないような大声で叫んだ。

 

これ以上は・・・・・・・耐えられない。

院長先生も皆も・・・もうどこにもいない。死んでしまった。

優しかったシンさんも変わってしまった。

こんなに苦しいなら、こんなに悲しいならもう思い出したくない。・・・・・・・忘れてしまおう。

 

 

 

・・・・この記憶に蓋をしよう。

 

もうこれ以上、傷付かないように。

 

そうして、僕の意識はなくなった。

 

_________

 

私は再び史八の部屋を訪れようとしていた。

 

最近の私の行動を省みても、もうすぐ才能を創り出せると、少々焦っていたのかもしれない。

時間はまだたっぷりとあるんだ。焦る必要はない。

明日のアニムスは中止にして気分転換がてら、彼の要望通り電波塔にでも彼と一緒に行こう。

 

私はそう思い彼の部屋の扉をノックするが返事はない。

 

「史八、入るよ。」

 

そういいながら、彼の部屋に入るが電気が点いていなかった。

電気を点けるがいつもベッド上にいる彼の姿がなかった。

 

トイレか?

そう思い、トイレのドアをノックしたが反応がなかったためにドアを開くが彼の存在は確認できなかった。

 

 

部屋の中にいるはずの史八がいない。

嫌な予感がした。

私はすぐにビル内の警備員に命令し、監視カメラの映像を確認させた。

 

「3時間前からの映像を確認しましたがビルの中から子どもが出ていくのは確認できませんでした。」

 

「そんな筈はない!!もっとよく探せs、」

 

そう言いかけて私は気づいた。

 

馬鹿か、私は!。

彼は暗殺者(アサシン)だ。監視カメラや人の目を避けて行動できるに決まっているじゃないか!

くそっ!!

 

「あの・・・、どうしましょうか?」

 

警備スタッフが私に指示を仰いでくる。

 

「もういい。」

 

そう言って、私は部屋から出て部下に連絡し車を出させた。

 

彼はまともに外出したことはない。地理は疎いはず。そんな遠くへは行けないだろう。金銭も持たせていないからバスや電車といった移動手段もないはず。

 

私は彼の行きそうな水族館や電波塔に車を向かわせたが、彼を見つけることは出来なかった。

 

「どこに行ったんだ、史八。」

 

「次はどこに向かいましょう?」

 

車を運転する部下が私にそう尋ねてくるが、史八の行きそうな場所はもうない。

・・・・・・いや、1つだけあった。

きっと、彼はあそこにいる。

 

私は車を以前に運営していた孤児院へと向かわせる。

 

_______

 

孤児院に着くと、月明かりで孤児院全体が照らされていた。

小綺麗だった孤児院は見るも無惨な姿へと変わっていた。

庭は多くの雑草が生えていて、孤児院も全く手入れがされていないことが一目でわかった。

 

玄関のドアは既に開いていて、中に入ると酷い臭いがした。

私はハンカチを口元にあてて史八を探すため、靴のまま孤児院に入る。

 

「史八!どこにいる?!いるなら返事をしなさい!」

 

私がそう呼び掛けるが返事はない。

私が靴のまま廊下を歩くとほとんどの部屋の扉は閉まっていたが1つだけ開いている部屋を見つけた。

 

私がその開いている部屋を覗き込むと彼が横になっているのを見つける。

 

「史八!!!」

 

私が慌てて彼の元に走り寄ったとき彼は穏やかな寝息をたてていた。外傷も見られない。呼吸も安定している。

安堵した私が次に発見したのは彼の側にある死体だった。

 

臭いのもとはこいつか。

誰だ、ここを任せた院長か?

おそらく、自責の念で自ら命を絶ったのだろう。情に脆い女だ。

まぁいい、史八を育ててくれたことには感謝している。後に、丁重に弔ってやるか。

 

私は史八を抱えて車に戻る。

戻る途中に、院内が暗くて確認できなかったが彼の黒髪が月明かりに照らされて美しい銀髪に変わっていることに気づいた。

 

______

 

車内で何度も史八を呼び掛けたが彼が目を覚ますことはなかった。

私は早急に戻り、史八に精密検査を行った。

検査自体に特に問題は見られなかった。何故、髪色が急に変わったのかも不明だが、医療スタッフが言うには直に目を覚ますと言うことだったため、彼が起きてから話しを聞けばいい。

 

彼の目が覚めたらあまり今回の件は強く言わないであげよう。

そして明日、彼と一緒に電波塔へ行こう。

 

そう思い、私は疲れた体を休めるために目を閉じた。

 

_______

 

翌日、史八の目が覚めていることを願い彼の部屋の扉をノックする。

 

「はい。」

 

珍しく返事が帰ってきた。いつぶりだろうか?

しかし、扉が開けられなかったため、私はゆっくりと扉を開けた。

扉を開けると、ベッドの端に座っている彼が確認できる。

目を覚ましていることに嬉しくなったが出来るだけ、彼を刺激しないように優しく声をかける。

 

「おはよう、史八。目が覚めてくれてとても嬉しいよ。それにしても、なんで黙ってここから出ていってしまったんだい?急に居なくなるからびっくりしたよ。」

 

「あの、」

 

「ん?どうしたんだい?もしかして体調が優れないのかな?」

 

史八は戸惑っている表情で私に尋ねてきた。

 

「貴方は・・・、誰ですか?」

 

「は?」

 

「なんで・・・、()の名前を知ってるんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

史八が何を言っているのか私には理解できなかった。

ただ、これだけはわかった。

彼の表情や声色から冗談で言っている様ではないことに・・・。

 

 

 

 





追記
オリ主君達がいた孤児院は吉松氏が建設し運営をしていました。
もし、オリ主君が他の7人と同様にダメだった場合、孤児院へ追加の孤児を入れるつもりでしたが、オリ主君が吉松氏の期待に応えてしまったため、吉松氏にこれ以上孤児院を運営する必要はないなくなり、孤児院はまるごと捨てられました。
孤児院も山の中にあるため人目につくこともありません。


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とある研究員の記録

 

私は吉松氏に集められた数多くいる研究員の一人だ。

彼は「アニムス」という装置を作ろうとしていた。

 

吉松氏曰く、アニムスは対象者の遺伝子記憶を解析し、取り込ませることで第三者に対象者の人生を追体験させる装置のようだ。

 

但し、アニムスに、接続する人物は誰でもいいという訳ではない。条件が必要だった。我々は孤児である被験者を対象に研究を進めていった。

そして、研究を進めていくにつれ、被験者が見た先人たちの記憶の中に「先駆者」と呼ばれる存在がいたことを発見した。

 

先駆者は我々よりも高度な文明を持っているようでこのアニムスも彼ら「先駆者」が開発したようだった。

 

更に先駆者は我々人類と似た姿形をしているが彼らは我々にはないものを持っていた。

我々人類は、視覚・嗅覚・味覚・聴覚・触覚といわゆる五感を持っているが、彼ら先駆者はそれに加えて「第六感」というものを持っているらしい。それについて深く調べてみたが先駆者の第六感というものが何なのかは分からなかった。

そして、遺伝子配列も我々とは違う。人間の遺伝子配列は二重螺旋構造であるが先駆者の遺伝子配列は三重螺旋構造であるらしい。

 

我々人類の中にも三重螺旋遺伝子は存在するが普通の人間の場合、平均して総ゲノムの0.0002%~0.0005%の範囲に収まりごく少量であることがうかがえる。

7名の孤児の被験者達もこの範囲に収まり、アニムスとのシンクロ率は高くなったとしても精々が20~30%であり、アニムスの接続を継続してもそれ以上シンクロ率が高くなることはなかった。

 

しかし、8人目の被験者である彼だけは違った。彼は初回のアニムスの接続でシンクロ率78%という驚異の記録を叩き出した。

私を含めた研究スタッフは驚きを隠せなかった。吉松氏だってそうだ。唖然としていたのを覚えている。

仕方のないことだと思う。今まで被験者たちはアニムスとのシンクロ率が低値であったのにも関わらず彼は初回で80%近い記録を出した。

 

彼は他の7人の被験者と何かが違った。

そして、彼の体を調べた結果、驚くべき事実がわかった。

彼の中にある三重螺旋遺伝子量は0.952%という桁外れの高値を示していた。

目を疑った。何度も調べた。

しかし、結果が覆ることはなかった。

 

我々は1つの仮説を立てた。

三重螺旋遺伝子の総量でアニムスのシンクロ率が決まるのではないかと。

アニムスは先駆者が開発した。そして、その先駆者は三重螺旋遺伝子を持っている。

考えられない話しではなかった。

 

更に彼は、我々を更に驚かせた。

アニムスには副作用である流入現象というものがある。

これはアニムスで見た対象者の記憶が、自分の記憶と混ざりあい、幻覚や妄想性障害を引き起こしてしまうものだ。

7名の被験者達もこの流入現象で精神を病み、全員命を絶った。

しかし、彼だけは違った。

頭痛や嘔気などの軽度の症状は見られるがそれ以内に収まり、無意識下で流入現象を利用し、アニムス内で見た暗殺者(アサシン)の知識や技術を己のものとしていた。

これには吉松氏も歓喜していた。

 

 

__________

 

しかしある日を境に、事態は不穏になってきた。

被験者である彼がアニムスを拒否してきたのだ。

しばらく様子を見ていたが、彼はアニムスを拒否し続けた。

吉松氏もそんな彼にしびれを切らし、無理やり彼をアニムスへと接続し続けた。

 

おそらくこのときから運命の歯車は狂い始めたのだろう。

 

彼は脱走した。

しかし、数時間後に吉松氏が眠っていた彼を抱えて戻ってきた。

彼の黒髪は日本人離れした美しい銀髪へと変わっていた。

精密検査を行ったが特に問題ある箇所はなかった。

しかし、翌日になり彼が記憶を失っていることが発覚した。

 

 

 

 

 

 

 





皆さん12話見ましたか?
僕はついさっき見ました。
以下、ネタバレ注意です。












リリベルが本格的に出てきましたね。
トイレでミカと連絡を取り合っている楠木さんが7話の千束ちゃんと被っていて思わず笑っちゃいました。
吉松氏の異常すぎる行動力には脱帽ものです。自分の命をかけてまで千束ちゃんの殺しの才能を世界に届けたいのか。
この小説では記憶の戻ったオリ主君となにやら取引をするようですが・・・、その話しはまた今度。
開始約一分で拘束される真島さんでしたが、最後に出てきたのも真島さんでしたね。
次回は真島さんとの決着!
今からとても楽しみであります!!


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過去の話 ⑦

 

「自己防衛反応?」

 

「えぇ、その可能性が充分にあります。」

 

私は直ぐに医療スタッフを呼び出し診察させた。

診断結果は多大なストレスによる防御反応ということだった。

 

「格闘技をやっている人の中にも許容範囲を越える恐怖や痛みの体験は、肉体が拒否して脳が削除することが稀にあります。今回、彼に起こったのはそれと似たケースかと・・・。」

 

「・・・・彼はどれだけのことを覚えているんだ?」

 

「基本的なことは覚えているようです。自分の名前、誕生日、一般常識、ただ不可解なことが・・・。」

 

医療スタッフが口ごもる。

 

「不可解なこと?」

 

「・・・・・・、彼は孤児院でのことと貴方のことそれに加えてアニムスで見た一部の記憶を失っているようです。」

 

「それの何が不可解なんだ?」

 

「先程も申し上げた通り、彼は多大なストレスによって自らの記憶に蓋をしている状態です。考えられるストレスはアニムスによる流入現象が大きいのでしょうが彼はアニムスで見た記憶を一部しか失っていません。その代わりに貴方と孤児院のことを忘れているようですが・・・。」

 

不幸中の幸いなのはアニムスで見た記憶を一部しか失っていないことだ。彼の中には暗殺者(アサシン)として充分なものが備わっている。

 

「それで、どうしますか?」

 

「どうする、とは?」

 

「もちろん、彼をアニムスに接続するか否かです。正直、私はこれ以上彼をアニムスに接続することは反対です。」

 

医療スタッフの言葉に私は激昂し彼の胸ぐらを掴む。

 

「っ!何故だ!もう少しなんだぞ!史八はもう少しで完成するんだ!!」

 

「これ以上彼をアニムスに接続したら、流入現象が悪化する恐れがある!彼にこれ以上ストレスを与えたらどうなると思いますか?!廃人になりますよ!今までの我々の努力が水泡に帰しますよ!それでも構わないというのならどうぞご自由に!!」

 

私の体から力が抜けていくのがわかった。

 

そんな・・・せっかくここまで来たのに・・・こんなところで!!!

くそっ!何故こんなことになってしまったんだ!!

 

そんな私にスタッフは話しかけてきた。

 

「しかし、打つ手がないわけではありません。」

 

「!!」

 

「今現在、彼の精神はとても危険で不安定な状態にあります。彼の精神状態が安定すれば再びアニムスへの接続も可能となるでしょう。」

 

「・・・どれくらいで史八の精神は安定する?」

 

「最低でも10年は必要かと。それと、貴方も出来るだけ彼と関わらない方がいいかもしれません。彼は貴方のことも忘れていた。少なからず貴方にもストレスを感じていたんでしょう。」

 

ずいぶんと私は嫌われてしまっていたようだ。それにしても10年か。

長いな。しかし、史八を廃人にするわけにはいかない。

 

 

 

私は断腸の思いでこの計画を中止した。

 

_____

 

私は史八の処遇に悩んでいた。いつまでも彼をここに居させるわけにはいかない。今まで通りここで暮らせば私と遭遇しかねない。

 

妙案が浮かんだ。

信頼できる彼に預けられないかと。

 

直ぐに彼にこれから会えないかと連絡をした。

 

「もしもし今、少しいいか?」

 

受話器から愛しい声が聞こえてくる。

 

「あぁ、問題ない。それよりどうしたんだ、シンジ?」

 

「折り入って、君に頼みたいことがあるのだが今夜、いつもの場所で会えないか?」

 

「ちょうど良かった。私も君に頼み事があるんだ。」

 

「ほう?それは、とても興味深いね。では、今夜いつもの場所で。楽しみにしてるよ。・・・・ミカ(・・)。」

 

「あぁ。」

 

そう言って、通話が切られた。

 

私は以前にある機会に知り合った黒人男性である私の愛しい人といつもの場所・・・「BAR Forbidden」で会う約束を取り付けた。

 

 



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過去の話 ⑧

 

私がミカをバーのカウンター席で待っていると数分後にフォーマルなスーツに身を包んだ彼が私の隣に座る。

 

「すまない、待たせたな。」

 

「構わないさ。それよりも早速だが頼み事というのは?」

 

私は話を切り出すとミカは一台のタブレットを取り出し、動画を見せてくる。

その動画には、史八と歳の近いであろう赤い制服のような服装の少女が彼女よりも一回り大きいベージュの服を着た6人の少女達をペイント弾で無力化する動画であった。

もちろん、ベージュの服を着た少女達もペイント弾を発砲するが、走りながら近づく赤い服の少女には当たらない。少女は取り囲まれたが迅速に且つ確実にペイント弾を発砲し、無力化していった。

 

「素晴らしい。銃では彼女を殺せそうにないな。」

 

私は素直な感想を言った。

史八の他にこれ程の才能を持った子どもが居るとは。

もし、この少女が史八と共に…、

 

私がそう考えているとミカから声がかけられる。

 

「あぁ。しかし、」

 

ミカが何かを言いかけたとき動画内で少女が急に苦しみだし倒れてしまった。

 

「先天性心疾患だ。もって半年。病が彼女を殺す。」

 

「ふむ。」

 

何故才能を持つ者に限ってこのような障害があるのか。

神のイタズラか?

私はこの事実に憂いを帯びた気持ちになる。

 

「そうはさせない。」

 

私には、解決策があった。

以前から支援しているアランチルドレンの一人に「川辺楓」と名乗っている人物がいた。

彼女は完全置換型人工心臓を製作していたはずだ。機関として接触するのは御法度だがそんなことはどうでもいい。この素晴らしい才能を見捨てる方が愚策だ。

早急に彼女と連絡を取ろう。

 

そう思っていると再びミカから話しかけられる。

 

「それで?そちらの頼みというのは?」

 

「あぁ今日、相談しようと思っていたが、次に会ったときでいい。まずは、彼女の心臓の件を片付けよう。」

 

「お前が良いならこちらも構わないが…。」

 

「数週間欲しい。準備ができたらこちらから連絡させてもらう。」

 

「わかった。」

 

そう言って、この日はお互い帰路に着いた

帰路の途中で彼の・・・史八のことについて考える。

私はもう彼とは会っていない。私の存在自体が彼にストレスを与えてしまうことを危惧しての行動だ。他のスタッフも彼との接触は最低限にしている。

彼は記憶を失ってからすっかり変わってしまった。忙しないくらい元気だった性格は成りを潜め、物静かなものに変わり口数も減ってしまっているようだ。食事も最低限にしか摂らず、流入現象が起きると、頭痛や幻覚で苦しみだし頭を抱えて泣いていることが多い。部屋の前ですすり泣く声がよく聞こえる。

 

私はどうすれば良かったのだろうか?

_____

 

私は「川辺楓」に連絡を取り、人工心臓を受け取りに行く。

彼女から人工心臓の注意点を聞き、再びミカと連絡を取る。

今回はとあるホテルの一室で落ち合うことになった。

 

ベッド上に人工心臓の入ったアタッシュケースを開きながらミカに説明する。

 

「これもまた、アラン機関の支援によって生まれた才能の結晶。」

「拍動なしの完全置換型人工心臓。現在知られている技術の数世代先を行く最も実用に足る代物だ。」

「とは言え、完全ではない。」

 

「と言うと?」

 

「耐久性に問題が…、恐らくもって彼女が成人するまで。」

 

「リコリスの現役は精々18だ。それだけ生きれば充分、」

 

「充分殺すか?」

 

私がミカの言葉を遮ったため彼はこちらに目を向ける。

 

「殺しの才能であれ、世界に届けられること。それが1番重要な条件だ。」

 

「期待には応えよう。」

 

「そうか、ならばいい。」

 

私はミカと数秒見つめ合うが彼が私に尋ねてくる。

 

「それで?お前の頼み事というのは?」

 

「そうだった。1人、ミカに預かって欲しい少年がいるんだ。」

 

「おいおい、私のところは保護施設なんてやっていないぞ。」

 

「はっはっは。大丈夫、彼はもうすぐ10歳になるし、とても素直な子だよ。手はかからない。」

 

「そういう意味では、」

 

「分かっているさ。お互い秘密が多いからな。取り敢えず、これを見てくれ。」

 

そう言って、私はミカにタブレットで史八が記憶を失う前に撮影した動画を見せる。

動画を見ていたミカの顔が徐々に驚愕のものへと変わっていった。

 

「…シンジ、彼は一体何者だ?」

 

「さっき言ったじゃないか。もうすぐ10歳になる少年だと。」

 

「ふざけるな!こんな、これは…。どう考えても10歳になる少年の動きじゃない!裏の仕事をしていた私には分かる!これは、何度も死線をくぐり抜けてきた猛者の動きだ!……それも暗殺に特化した…。」

 

「流石だね、ミカ。」

 

「茶化すな。どういうことか説明しろ。」

 

「彼はね…特別なんだよ。」

 

「特別?」

 

私はミカに話した。

暗殺者(アサシン)、アニムス、流入現象、史八のこと、彼が記憶喪失になってしまったこと。

私の話しを聞きミカが尋ねてきた。

 

「才能は神からのギフトではなかったのか?」

「神にでもなったつもりか?」

 

「私は神ではない。ただの人間だよ。今までもそしてこれからもね。私はただ、彼の才能を最大限に伸ばしただけに過ぎない。」

 

「そうか。」

 

「彼を預かってくれないか?彼の力は今見た通りだ。きっと、君の役にも立ってくれると思うのだが?」

 

ミカは考えるように腕を組んで数秒後口を開いた。

 

「…少し考える時間をくれ。」

 

「わかった。しかし、出来るだけ速くしてくれ。彼が私の側にいるのは危険なんだ。」

 

そう言ってから私は部屋を後にした。

 

_______

 

DAに戻ってからも私は頭を悩ませていた。

千束の心臓の件は取り敢えず今は大丈夫だ。後は、手術の成功を祈るのみ。問題はシンジからの頼み事だった。

少年を預かって欲しいなんて想像していなかった。

普通なら断ることができた。

そう……、普通なら。

彼は普通ではなかった。動画で見た彼の動きは何十年も研鑽を重ねてきた猛者の動きだった。

彼には今現在歴代最強リコリスとの呼び声もある千束でも、倒せないだろう。

もし、彼がこれからDAに仇なす存在になるとは考えられないがもしも、彼が我々の敵として立ち塞がった時はこちらの敗北は必至。

だったらこちらで抱え込んでおくのも手か?

いや、彼の存在をどうDA本部に説明する?隠し通せるのもではない。それならばリリベルにするか?

いや、しかし…。

 

私は色々と考えていたがそんな時、聞きなれた明るい声に話しかけられる。

 

「先生!どうしたの?何か考え事?」

 

千束が私の顔を覗き込むように見てくる。

 

「千束か。今日の訓練は終わったのか?」

 

「うん!フキも終わってるよ。これから晩ごは~ん!」

 

「そうか。発作は?」

 

「大丈夫!今日は苦しくなかったよ!」

「そんなことよりなんか悩み事?」

 

この子にとって自分の命に関わることは「そんなこと」らしい。

私は千束の質問に答える。

 

「悩み事と言えば、悩み事なんだがなぁ~。」

 

「なぁにぃ~?はっきりしないなぁ~。」

 

「知人から頼まれ事をされてな、どうするべきか考えているんだ。」

 

「頼まれ事って?」

 

「それは言えない。」

 

「いいじゃん!先生のケチ~。」

 

千束はしばらく考え込む。

 

「ん~?でも、いいんじゃない?受けちゃっても。」

 

「おいおい、簡単に言ってくれるなよ。」

 

「でも結局、先生がどうするか決めるんでしょ。だったら応えてあげた方が良いんじゃないの?その知人さんの頼み事。」

 

千束の言葉に私は数秒考えてから結論を出し、シンジに連絡を入れた。

 

______

 

俺は、これからどうなるんだろう?

部屋の中で考える。しかし、考えたところで答えが出るわけでもなかった。

何をするわけでもなく、ベッドの端に座る。その時、急に頭痛と幻覚に襲われる。

また、流入現象だ。頭が割れるように痛い。死者の声が聞こえる。両手で耳を塞いでもずっと聞こえる。

もう嫌だ。

流入現象は数十分経てば自然に収まるが、ふとした時にまた発現してしまう。

 

「死にたい。」

 

流入現象が治まった頃、部屋のドアがノックされたため、「はい。」と返事をする。

 

部屋に入ってきたのは薄い赤毛で無表情な見たことない女性であった。クールビューティーという言葉が似合うだろう。

赤毛の女性は俺の引き取り手が見つかったからここから出る準備をして欲しいとのことだった。

しかし、持っていくものは金色の梟のような鳥のチャームだけだった。誰に貰ったのかも分からない、拾っただけかもしれない。

しかし、何故か分からないがこれだけは持っていかないといけない気がした。

 

「それだけで良いのですか?」

 

「はい、大丈夫です。」

 

赤毛の女性は俺がチャームをズボンのポケットに入れたのを確認してから俺を案内した。

 

到着したのは公園のある広場だった。遊具で遊んでいる俺より年下であろう少年少女達の向こうには電波塔が見えた。

 

そんなことを考えていると赤毛の女性が話しかけてくる。

 

「ここで待っていてください。じきに、引き取り人が貴方を迎えに来るはずですので。」

 

「分かりました。」

 

「それでは、私はこれで。」

 

立ち去ろうとする女性に声をかける。

 

「あの。」

 

「?」

 

「お世話になりました。」

 

俺はそう言ってから女性にお辞儀をする。

 

「私は貴方をここまで連れてきただけです。お世話した覚えはありません。」

 

「なら、俺が世話になった人に伝えてください。記憶がなくなってしまったので誰に世話して貰ったのか覚えてないんです。」

 

彼女は軽く溜め息をつく。

 

「伝えましょう。」

 

「ありがとうございます。」

 

「ご武運を。」

 

彼女は俺にそう言ってから今度こそ立ち去った。

近くに誰も座っていないベンチがあったためそこに座って引き取り人を待った。

________

 

シンジからの連絡を貰い指定された場所に向かうと既に彼はベンチに座っていた。動画でしか見たことがなかったが、彼は動画より幼く見えた。

私は彼に近づき話しかける。

 

「大神 史八君…だね。」

 

「そう…ですけど、貴方は?」

 

「私はミカ。君を引き取りに来た者だ。」

 

「そうなんですね。」

 

彼は少し驚いたような声を出した。

 

「どうかしたか?」

 

「あぁ、いえ、すみません。不快感を与えてしまったのなら謝罪いたします。ただ、外国の方だとは思ってなかったので。日本語もお上手なようで。」

 

そういうことかと私は納得した。誰だって見ず知らずの人間に話しかけられれば少なからずびっくりする。相手が外人ならなおのことだろう。

 

「ははは、ありがとう。私は仕事で日本での暮らしが長くてね。頑張って覚えたんだよ。それにしても、君は歳のわりに丁寧な言葉遣いをするね。」

 

千束とは大違いだ。

 

「いえ、これからお世話になる方に失礼は出来ませんので。」

 

彼と少し話をするためベンチに座ろうとする。

 

「隣…座ってもいいかい?」

 

「どうぞ。」

 

彼と一人分間を空けて私もベンチに座る。

 

「少し、君と話がしたい。」

 

「?」

 

なんの話しをされるかわからず彼は私の顔を見る。

 

彼をDAに連れていけばもう彼はこの先、DAの関係者として生きていくしかなくなる。DAは秘匿されている組織だ。学生のバイトのようには辞められない。その覚悟があるか彼に聞く必要があった。

 

「正直に言うと、私はまだ君を引き取ろうか迷っている。それは、私の仕事に関係しているんだ。」

 

「仕事?」

 

「私が、この仕事について君に説明すれば君は私の関係者となり、君は君の一生をそこに縛られるかもしれない。君にその覚悟があるというのなら私と一緒に行こう。」

 

「…………。」

 

彼は考えているようだった。当たり前だ。自分のこれからの人生が決まるようなものだ。

数分後、視線を下に向けたまま彼が口を開いた。

 

「……覚悟はありません。」

 

当然だろう、彼はまだ幼い。

私はシンジに連絡しようとスマホを胸ポケットから取り出すと彼は言葉を続ける。

 

「でも、どうでもいいんです。そんなこと。」

 

「どうでもいい?」

 

「これから引き取ってくれるミカさんには悪いんですけど俺はもう……、死にたいんです。」

 

「死にたい?」

 

「流入現象がひどくって…、あっ流入現象というのは…、」

 

「大丈夫だ。シン…いや、君の前の引き取り人から聞いている。」

 

「そうでしたか。あ~つまり、流入現象がいつ来るかも分からないから怖いんです。」

「俺は何のために生きているのか。何のために苦しみ続けなければならないのか分からないんです。それに、」

 

「?」

 

彼は自傷気味に軽く笑う。

 

「俺一人が死んだところで世界は何も変わらないでしょう。」

「生きる理由がない。」

 

私は驚愕した。

まだ、9歳の子どもにここまで言わせるか。

彼の精神はかなり危険なようだった。シンジからも言われている。扱いには充分、気を付けるようにと。

 

「そうか、君の気持ちはわかった。向こうに車を待たせてある。来なさい。」

 

私は立ち上がって彼にそう伝えると彼も立ち上がり、私の左側を歩くいて、車に乗り込む。

 

________

 

車でDAに向かうまでに史八君にDAについて説明した。

リコリスとリリベルの存在のこと。我々がリコリスを使って犯罪を未然に防いでいること。DAが秘匿されていること。

私は彼に全てを話した。

 

「荒唐無稽の話しで簡単には信じられないだろうが、」

 

「いえ、信じますよ。」

 

「本当か?私が君をからかっているだけかもしれないのに?」

 

「本当にからかっているだけなら自らそんなことを言わないでしょう?それに、分かるんですよ。」

 

「分かる?何が分かるというんだ?」

 

「嘘をついているか、いないか。」

 

「!?」

 

「言語は数多く存在しますが、大きく分けて2種類の言葉しかありません。」

 

「ほう?」

 

彼の言い分に興味が湧いた。

 

「真実の言葉か嘘の言葉。この2つしかありません。」

 

「それが、君には分かると?」

 

「はい。感覚的なもので、説明しろと言われたら難しいんですけど。」

「それに、世界でも裏で暗躍している組織はありますよ。」

 

嘘と真実が分かるということには少々疑問が残るが、彼の最後の言葉には妙な説得力があった。

 

____

 

無事にDAに到着し、史八君が他のスタッフにバレないようにフードで顔を隠して貰い声も出来るだけ出さないようにお願いした。

 

目指すのはDAの地下にある使われていない一室。

ここは過去にリコリスが使っていた部屋だが、新しくリコリス達の寮が出来たためリコリスたちは現在のリコリス棟へ移った。

そのため、今現在ここは誰にも使われていない。

彼を隠すにはここしかなかった。しかし、何時までも隠し通せはしないことも事実。

まぁ、楠木辺りにバレたらその時考えればいい。

 

「取り敢えず、史八君。必要なものは部屋の中に準備したが、他に必要なものがあったら言ってくれ。食事は朝昼晩と決まった時間に私が持ってこよう。」

 

「ありがとうございます。」

 

「後、分かっていると思うが…、」

 

私が申し訳なく言うと史八君は私の言葉を遮る。

 

「大丈夫です。この部屋からは無断で出ません。」

 

「すまないな。」

 

「謝らないでください。それに、ここなら流入現象が起きて大声を出してもここの人たちは聞こえないでしょうし。ありがたいです。」

 

「そんなにひどいのか?流入現象というのは?」

 

「ミカさんには関係ありません。お気になさらないでください。」

 

私は「そうか。」と言ってから彼の部屋を後にする。

 

____

 

ミカさんが部屋を出ていってから数十分後、ベッドで横になっていると流入現象が起きた。

天井に亡霊達の顔が浮かび上がり俺に呪いの言葉を吐く。目を閉じても、耳を塞いでも奴らの顔が目蓋の裏側に顔が浮かび、呪いの言葉はずっと続く。

 

「早く…早く終われ。終わって…くれ。」

 

俺は蹲るしかなかった。

言葉が聞こえなくなり、ふと目を開けると両手が真っ赤に染まっている。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

 

俺は驚いて洗面台まで走り、手に付いた血を水で洗い流すが気づけば俺の手には一滴も血なんて付いていなかった。

急激な吐き気に襲われて嘔吐する。吐くものがなくなっても胃液だけが出る。

口の中に酸っぱさが残る。

……気持ち悪い。

 

こんなことが数週間続き、アニムスに接続されていないのにも関わらず流入現象が治まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死にたい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___

 

私は午前の訓練を終えて午後の訓練に向けお昼ごはんををフキと一緒に食べている。

ここの食事は美味しい。そこに不満はないが、おやつを作ってくれない。かりんとうしか出てこない。食事が終わり正直な言葉が口から漏れる。

 

「あぁ~、プリン食べたい。パフェ食べたい。甘いものが食べた~い。」

 

「お前、まだそんなこと言ってんのか?」

 

私の愚痴にフキがツッコミを入れる。

 

「フキだってたまにはスイーツとか食べたくならないの~?」

 

「かりんとうがあるだろうが。」

 

「いやいや、そればっかりだと飽きるでしょ。」

 

「お前、この間まで旨い旨いって食べてたじゃねぇか。わたしの分までなぁ!」

 

どうやら食べ物の恨みは恐ろしいらしい。

 

「だぁから!ごめんって謝ったじゃん。」

 

「ふんっ!そんなことより、あの噂聞いたか?」

 

「えっ?噂ってなに?」

 

「わたしも他のリコリス達が言っているのが耳に入っただけだから詳しいことは分からないが、何でも旧リコリス棟から人の声が聞こえるらしい。」

 

「え!何でなんで!あそこってもう使われてないでしょ?!」

 

フキの面白そうな話しに思わず食いついてしまう。

 

「何でちょっと楽しそうなんだよ。まぁいい。確かにあそこは既に誰にも使われていないが何人ものリコリスが声を聞いたらしい。」

 

「声?」

 

「あぁ、叫び声やら死にたい、死にたいってずっと言ってるらしい。何でも、任務に殉職したリコリスの霊が住み着いてるんじゃないかってリコリスの間で今、噂になってるみたいだぞ。」

 

「へぇ~。」

 

私は妙案を思い付いた。

 

「ねぇ、フキ!それ私たちで調べてみない?!」

 

「あぁん!旧リコリス棟は先生が立ち入り禁止にしただろうが!頭湧いてんのか、てめぇ!」

 

そうだった。最近になって先生が何故か立ち入り禁止にしたんだった。

そう思っているとフキが口を開く。

 

「ほら!もう少しで休憩も終わりだ。次は座学だ、教室に戻るぞ。」

 

「ああん、待ってよ。フキぃ~。」

私たちは空になった食器の乗ったトレーを持ち片付けてから教室に向かって歩きだした。

 

_____

 

私はどうしても噂の真相を確かめたかった。こんな面白そうなイベントを見逃したくない。

しかし、真相を確かめると言っても場所は立ち入り禁止の旧リコリス棟。もしバレたら先生かフキに怒られるのは必至。

 

「むむむ~、まぁバレたときに考えればいいか。」

 

私は良くも悪くも楽観的だった。

そうと決まれば早速、行動開始!っと言いたかったが、それは出来なかった。

それは何故か?

先生が怪しい行動をしていた。食事の乗ったトレーを持ち地下にある旧リコリス棟へ向かう。

私が先生を追おうとした時に突然後ろから声がかけられる。

 

「おい、千束。」

 

急に声をかけられたためビックリしてしまう。

 

「うわぁ!なんだ、フキか。脅かさないでよ。」

 

「なんだとはなんだ。もうすぐ就寝時間だから呼びに来てやったってのに。……なにやってんだ?」

 

「え?えぇ、と。…いや別にぃ~、なにもぉしてないよぉ~。」

 

「あ?お前、まさかあのくだらねぇ噂を確かめに行こうとしてたんじゃねぇよな。」

 

フキの目が鋭くなる。フキのこういうときの勘だけは鋭い。ズルい。

図星をつかれて懸命に誤魔化そうとする。

 

「そ、そんなわけないじゃ~ん。私だって先生に怒られたくないしぃ~。」

 

口笛を吹こうとするが上手く音が出ない。

 

フキの鋭い眼光が私を貫く。

 

「…はぁ、まぁいい、早く部屋に戻るぞ。連帯責任の罰だけは勘弁だからな。」

 

「はぁ~い。」

 

フキに見つかってしまったため今日は諦めるしかなかった。

そう思って私たちは部屋に戻りベッドに横になってから眠りにつく。

 

____

 

最近、リコリスの間である噂が広まっている。旧リコリス棟から人の声が聞こえるというものだ。

十中八九、史八君のことだろう。

私も史八君の流入現象があそこまで酷いものだとは思っていなかった。以前食事を持っていったときにたまたま、見かけたが酷いものだった。彼自身も流入現象に抗う術を持っていないため蹲っているだけだと思ったが急に叫び声を上げたり、洗面台に移動したと思ったら汚れてもいない手を洗い出したりして、とても穏やかなものではなかった。

 

噂が広まってしまった以上、彼をどこかに移動させるしかなかった。しかし、どこに移動させたらいい?

そう考えながら、今日も彼に食事を運ぶ。

考え事をしていたからか、このときの私は気付かなかった。

 

 

私を尾行していたファーストの制服を着た小さな影に。

 

____

 

私は既に今日の訓練を終わらせ、晩御飯も食べた。後は、部屋に戻って明日に備えて眠るだけだが、そんなことは私自身が許さない。

 

私は今、先生を尾行している。噂の真相を確かめるためだ。

先生は食事の乗ったトレーを持ちながらある部屋に入る。

 

「食事を・・てきた。・うだ、調・・?」

 

「あり・とう・・います、ミカ・ん。流入・・は・変・らずです。すい・・ん、俺・・び声なん・・・るから噂に・ってしまっ・る・・・よね。出来るだけ、我・・るようにして・・ですが。」

 

「噂・・・は気に・な・もいい。・こは・・・り禁止にしたから私・・・来ることは・・。では、食・・ここに・・ておく。また、明・・・来・よ。」

 

「あ・が・・・ざい・す。」

 

遠くて何を言っているのが分からない。しかし、何やら会話をしているようだった。

先生は幽霊と会話しているのか?いやいや、食事を持っていってる。幽霊が食事を摂るとは思わない。いや、お供え物っていう線もあり得るのか?

 

先生が部屋から出てきたため、私は急いで息を殺し隠れる。

先生は私の存在に気付かずに出ていく。

先生が旧リコリス棟から出ていくのを確認してから先生が先ほど入っていったドアをノックした。

 

______

 

ミカさんが部屋を後にした数分後に再びドアがノックされる。

忘れ物か?先ほどミカさんはここを立ち入り禁止にしたと言っていたのでノックしたのがミカさんだと疑わずにドアを開けてしまった。

 

「ミカさん?忘れ物ですか?」

 

ドアを開け目線を上に向けるがミカさんの姿はなく、下から視線を感じたので目線を下げると、赤い制服のような服装をした黄色みがかった白髪に赤いリボンを付けた少女が立っていた。

 

「あなた、誰?」

 

少女が首を傾げながら俺にそう尋ねてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが俺、大神史八と錦木千束との初めての邂逅であった。

 

 

 

 





ようやくここまで書けました。
次回から過去のオリ主君と千束ちゃんが本格的に関わっていきます。



リコリスリコイルの小説、読み終わりました。
個人的にはたきなちゃんが頑張って作ったまかない飯を食べてごはん粒つけた千束ちゃんが可愛すぎましたね。
たきなちゃんはまかない飯をつくって貰うためだけに他の店から大将を連れてくるという予想外の行動に笑ってしまいました。
もし、そこにオリ主君がいたらミカさんと一緒に謝ってたのかなぁ~と思います。

まだ、お読みでない方は是非読んでみてください。
とても面白い作品となっております!


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過去の話 ⑨

 

赤い制服の少女が俺に何者か尋ねてきた。

俺は立ち話もなんなので彼女を部屋に招き入れ、椅子に座るように促した後に、ベッドに座る。

 

「それで?あなたが噂の幽霊さん?あっ!私は錦木 千束!千束でいいよ!」

 

彼女は元気良く自己紹介してくる。

俺は自己紹介してもいいか分からずどうしたものかと考え込む。

 

「あぁ~、えっと、」

 

「えっ!?」

 

彼女は突如驚いたような声を出した。

何かあったのだろうか?

 

「もしかして君、男の子なの?!」

 

「あ、うん。」

 

「すっご~い!私、歳の近い男の子と初めて会った!あぁ、ごめんね!綺麗な髪だから女の子かと思っちゃったよ。これからよろしくね!」

 

そう言って、彼女が手を差しだし握手を求めてきたためそれに応じる。

 

「…あぁ、よろしく。」

 

「それで?」

 

「は?」

 

「君はなんて名前なの?」

 

「…大神 史八。」

 

「史八君かぁ~。いい名前だね!」

 

しまった。いつの間にか彼女のペースに乗せられ、自分から名乗ってしまった。

 

俺は単純に疑問に思ったことを口に出す。

 

「なぁ、ここって立ち入り禁止だったと思うんだけど…。」

 

「でも、史八君もいるじゃん。」

 

「あ、いや…俺は、」

 

俺はどう彼女に説明しようかと考えていると彼女が突然大声を上げる。

 

「あぁ!!!」

 

「どうした?」

 

「今、何時?!」

 

時計を確認するともうすぐ22時を迎えようとしていた。その事を伝えると彼女は座っていた椅子から立ち上がりドアのほうに走っていく。

 

「まずい!もうそんな時間か!消灯時間だからもう帰るね!フキに怒られたくないし!」

 

そう言って彼女は部屋から出て行ったが、何故か直ぐに戻ってきた。

 

「あっ、そうだった!私がここに着たこと先生には黙っといてねぇ。」

 

「先生?」

 

「さっき、ご飯を持ってきた人のこと。」

 

「あぁ、ミカさんか。」

 

「そそっ!じゃ、またねぇ!」

 

彼女はそう言ってから今度こそ部屋を出ていった。

 

またね(・・・)?」

 

彼女はまたここに来るつもりか?

ミカさんに報告したほうがいいよな。

 

………結局、彼女はここに何しに来たんだろう?

 

________

 

翌日の朝、ミカさんがいつもの時間に朝食を持ってきてくれた。

 

「食事はここに置いておくよ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「では、これで私は行くが、他に何かあるかい?」

 

「あの、」

 

ミカさんの言葉に、昨日ここを訪れた錦木千束のことを報告しようとするが、直前になって躊躇ってしまった。

 

「ん、どうした?」

 

「あ、いえ、すみません。何でもないです。」

 

「そうか?ならば私はもう行くよ。」

 

「はい、ありがとうございました。」

 

何故、ミカさんに錦木千束のことを報告するのを躊躇った?

分からない。

でも、こうするべきだと直感的に感じでしまった。

…まぁいい、報告なんて何時でも出来る。

また気が向いたときに報告をすればいい。

彼女だってそのうち来なくなるだろうし。

 

俺はそんなことを思っていたが、彼女は頻繁に俺の部屋を訪れるようになってしまった。

 

_______

 

私はあれから何度も史八君の部屋を訪れた。

 

今日も史八君のいる部屋に向かう。

彼と知り合ってから時間に余裕が出来たら短い時間でも彼のところに行っていた。

 

史八君は私に興味深い話しを聞かせてくれる。

いやまぁ、私が無理強いをして話させていると言ってもいいが…。

 

「史八君く~ん!来たよ~!」

 

「また、来たのか?」

 

私はノックもせず彼の部屋に入る。

最初は注意されていたが私が直さなかったためどうやら諦めたようだ。

彼は気だるそうに対応するが、いつも部屋に入れて話しを聞かせてくれる。

 

興味深い話しとは海外の話しだ。

私たちリコリスは孤児のため戸籍がない。だからパスポートが作れないから海外にいくことも出来ない。

だから、史八君の海外の話しはとても興味深かった。

 

「ねぇ、前から気になってたんだけど。」

 

「?」

 

「今までにどんな国に行ったことがあるの?」

 

「イスラエルにイタリア、アメリカやカナダ、パリにイギリス、後は古代エジプトと色々と見てきた。」

「そんなに外国に行きたいのか?」

 

「もちろん!でも、私たちリコリスは戸籍がないから行きたくても行けないの。」

 

「戸籍がないのは俺も一緒だ。」

 

「え?!じゃあ、どうやって行ったの?」

 

「俺は海外に行ったことはない、見たことがあるだけだ。」

 

「え?ということは……、え、なに?テレビや本で見ただけってこと?」

 

「いや、実物を見た。」

 

「え?」

 

史八君の言っている意味が分からない。

今、彼は自分の口から戸籍がないから海外に行ったことはないと言った。

でも、同時に実物を見たことがあると言っているのだ。

つまり、彼は日本にいながらに外国に行ったことがあると言っている。

そんなこと、出来るはずがない。

右を向きながら同時に左を向けと言われているようなものだ。

 

しかし、彼の今までの外国の話しを聞いていると妙な信憑性があった。まさに、何十年もそこに居たことがあるような。

彼の話しは嘘をついているとは思えない程だった。

その国のこと細かなことを彼は私に教えてくれた。

 

「ねぇねぇ!もっと教えて!」

 

「はぁ、わかったわかっt…………うっ、」

 

史八君が突然、頭を抱え込むように蹲る。

どうしたのだろうか?頭が痛いのか?

 

「どうしたの?!大丈夫?!」

 

「…………うっ、はぁ、はぁ、悪い、今日は……もう、帰ってくれ。」

 

尋常じゃない苦しみ方だった。

 

「帰れって………そんなに苦しがってるのに放っておけるわけないじゃん!」

 

「いいから帰れ!!!」

 

「やだ!ほっとけないって言ってるでしょ!一体、どうしたの?!」

 

「……頼む。早く帰ってk、」

「うっ!うぅ、あぁ、やめて…やめてください。お願い…します。許して、もう……許して…ください。」

 

突然、史八君が空中を見ながら誰かに謝りだした。

 

「ちょっ!ホントに大丈夫?!」

 

私は彼の手を取ろうと手を伸ばすが彼の手に弾かれてしまった。

 

「うわぁぁぁ!!止めて…止めてください。もう、勘弁してください。お願いします。…………もう……もう誰も…………………………殺したく……ない。」

 

「うぅ、うっ、あぁぁぁぁぁぁ!!!

 

何も出来なかった。

そんなときに先生が部屋に入って来た。手には食事が乗ったトレーがあったので、どうやら夕食を持ってきたようだ。

 

「どうした!?史八君!大丈夫か?!」

 

私は先生に助けを求めた。

 

「先生!史八君がっ!!」

 

「千束!?何故、お前がここにいるんだ?!」

 

「そんなことより!どうしちゃったの?!話してたら急にこんなことになって、私どうしたらいいか分かんなくて。」

 

「……大丈夫だ。直ぐに治まる………。」

 

「治まるって!そんな…………この苦しみ方は普通じゃないよ!」

 

私たちがこうやって話してある最中も史八君は何かに魘されている。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。許してください。………殺してしまって………ごめん……なさ…い。」

 

史八君はその後、数十分間この場にいない誰かに謝り、魘され続け突然意識を失った。

先生は大人しくなった彼をベッドに寝かせる。

 

「先生?史八君は大丈夫なの?」

 

「あぁ、大丈夫だろう。今回はそれほど酷くなかったからな。」

 

「酷くはなかったって………、さっき以上に酷いときがあるの?」

 

「彼はずっとさっきの症状に苦しみ続けているんだ。」

 

「そんな…。」

 

「うっ、」

 

先生と話していると、史八君の目が薄く開く。どうやら気がついたようだ。

私は彼の顔を覗き込むようにして見る。

 

「史八君、大丈夫?」

 

「うぅ、なんだ、まだ……帰ってなかったのか?」

 

「あんなに苦しんでる人ほっといて、帰れるわけないでしょ。」

 

「史八君、気分はどうだい?」

 

「ミカさん、すいません。俺…また、」

 

「気にしなくていい。」

 

史八君は上半身だけを起こして私たちに言う。

 

「ご心配をおかけしてすみませんでした。もう大丈夫です。」

 

「わかった。今日はゆっくり休みなさい。千束、行くぞ。」

 

「……うん。」

 

私は先生と一緒に部屋を出る。

 

______

 

私は千束に何故彼の部屋にいたのかを問い詰める。

 

「千束、何故あの部屋にいた?」

 

「ごめんなさい!噂の真相を確かめたくって、先生の後をつけてたら先生があの部屋に食事を届けてたから……」

 

「…つけられていたのか。」

 

気付かなかった。

片手で目を覆い天井を見上げる。

 

「初めてか?彼のところに行くのは?」

 

「……ううん、ここ最近は毎日………。」

 

千束が最近、不振な動きをしてあるのは気付いていたし、同室のフキからも報告を受けていたが、まさか史八君の所に行っていたとは思わなかった。

 

「千束、この事は、」

 

「分かってる。誰にも言わないよ。それより先生、史八君のさっきのあれは何?」

 

さっきのあれとは、おそらく流入現象のことだろう。

説明してもいいが、私から言うのは野暮というものだろう。

そう思い、私は史八君が千束と接して彼の中の何かが変わることに期待して千束に再び彼のところに行くことを許可する。

 

「私の口から言うのは野暮というものだろう。明日、史八君のところへ行き彼自身に説明して貰うといい。でも、無理に聞き出すんじゃないぞ。」

 

「うん!」

 

私から彼のところに行ってもいいという許可が出されたためか千束は元気良く返事をした。

 

______

 

朝、ミカさんが持ってきてくれた食事を食べ終わり、何をするでもなくベッドに座っているとドアがノックされる。昨日の流入現象の影響でまだ体がだるかったので「どうぞ。」と返事をするとドアがゆっくりと開かれた。

 

「失礼しま~す。調子はどう?」

 

高い声が聞こえたためどうやらミカさんではないようだ。

もう見慣れてしまった、黄色みがかった白髪が目に入る。

 

「あぁ、お前か。また外国の話しを聞きに来たのか?」

 

「あっ、うん。話しを聞きに来たんだけど、今日は外国の話しじゃなくって……。」

 

「?」

 

外国の話しではない?

では、何の話だ?

 

「…お互いの話し。先に史八君から教えてよ。」

 

「俺?」

 

「うん。昨日のあれ、何だったの?」

 

そういうことか。

合点がいった。

ただ、正直に言っても良いか迷ってしまう。

 

「ミカさんは、なんて?」

 

「彼自身に聞けって。」

 

「そうか、わかった。」

 

そして、俺は彼女に話した。

アニムスのこと。流入現象のこと。そして、自分が記憶喪失であること。

まぁ、アニムスと流入現象のことを説明しているとき彼女は理解出来てなさそうな顔をしていたのであまり理解できていないのだろう。

 

「…………そうして、ミカさんに引き取られてここに来たって訳。わかったか?」

 

「そっか。……そうだったんだね。じゃ、今度は私の番だね。」

 

「?」

 

「私ね……後、半年以内に死んじゃうんだ。生まれつき心臓が弱くてね、激しい運動をすると発作が起きちゃって……先生が何とかしてくれるって言ってたんだけど。」

 

「そうだったのか。」

 

彼女の話しは自分が短命だということだった。

しかし、俺はそんな彼女を羨ましく思った。

 

「うん。だから、史八君には私の分まで生きt、」

 

「…良いなぁ。」

 

「良い?」

 

「もう少しでお前は死ぬんだろ?俺は死にたいんだ。羨ましいよ。」

 

俺の言葉を聞いて彼女は座っていた椅子から立ち上がり、右手を振りかぶる。

彼女の意味不明な行動を見ていたら突如、左頬に衝撃と痛みが走る。

 

俺は一瞬、何をされたか分からなかったが、目の前にいる彼女にビンタされたのだと気付いたとき、怒りが沸々と湧いてくるのが分かる。

 

「何するんだ!」

 

彼女にそう文句を言うが彼女は自分のとった行動に驚いていた。

 

「あっ、ごめん、思わず。だって死にたいとかふざけたこと言うから、つい。」

 

「ふざけてない!」

 

俺は声をあげる。

 

「お前に俺の何が分かる!!俺の苦しさの何が分かるっていうんだ!!今までずっと耐えてきた!これからも耐え続けなきゃいけないんだ!ずっとこの苦しみが続くんだ!!!お前にこの絶望がわかるか!!!!」

 

「………それでもダメだよ。命を粗末にしちゃ。」

 

「はっ!だったらお前にくれてやろうか?俺の心臓をよぉ!!」

 

「ダメだよ。そんなことしたら死んじゃうよ。」

 

「なんでだよ?!それで生きられるかも知れないんだぞ?!俺は死にたい。お前は生きたい。Win-Winじゃないか!」

 

「そうまでして生きたいとは思わないや。」

 

突然、声が暗くなる。

彼女は涙を流しながら言う。

 

「確かに、私はもっと生きたい。だけどね、誰かを犠牲にしてまで生きたいとは思わないよ。」

 

「なん……でだよ。それじゃあ、俺……俺は…………。」

 

 

 

 

 

 

「大丈夫。」

 

優しく抱き締められた。

 

「何してんだよ。何…やってんだよ。」

 

声が震える。怖いからじゃない。

涙が次から次へと溢れてきたから。

 

彼女は諭すように優しく言う。

 

「安心して。史八君は一人じゃない。私がいるから。私が一人にはさせないから。今はまだ辛いけど、きっとこの先、幸せになれるときがきっと来るから。」

 

「でも………それでも、俺は……。」

 

「先生に聞いたよ。生きる理由がないからって。私ね、こう思うんだ。人は人を幸せにするために生まれるんだって。」

 

「人を…幸せに?」

 

「そう。だから私はたくさんの人を助けたいんだ。」

 

彼女は俺を抱き締める腕の力を強めた。

 

「多分、史八君は優しいんだよ。」

 

「俺は…優しくなんて、」

 

「優しくなんてないって?そんなことない。君はとても…とても優しい人。」

 

「…俺にも出来るかな………?………人助け。」

 

「出来るよ。私と一緒にやろ。」

 

「あぁ。」

 

「今まで、よく頑張ってきたね。」

 

俺は彼女の胸に顔を埋める。

もう涙を我慢できなかった。

自身の感情を抑えることが出来なかった。

 

彼女は俺の涙で自分の服が汚れることを気にせずに俺を優しく抱き締めてくれた。

 

彼女の暖かさに懐かしさを覚える。まるで以前、誰かにこんな風に抱き締められたことがあるのかと思えるほど。

 

「暖かい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この瞬間から、彼女(錦木千束)が俺にとっての光になった。

 

 

 

 

 

 

 

 





本日は千束ちゃんの誕生日!
おめでとう~!

YouTubeでも、最終話の予告が投稿されていましたね。相変わらずリコリコの次回予告は次回予告になっていなくて最高でした!最後にみんなで笑っちゃうのもとてもよかったですね!

みんなで最終話に備えましょう!


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過去の話 ⑩

 

人は人を幸せにするために生まれる……か。

最初は綺麗事だと思った。

しかし、彼女なら本当にたくさんの人を幸せにするのだろう。

なんとなくそんな気がする。

一緒にやると言ってみたが、俺は彼女とは違う。俺なんかにたくさんの人を幸せに出来るはずがない。

自分一人、幸せに出来ていないのだから。

 

彼女はこれからたくさんの人を幸せにする。

なら俺は?

…そうだ。

一人、たった一人でいいから幸せにしてみせよう。

彼女のことを。

でも、何者でもない俺にそんなことが出来るのだろうか?

 

何者でもないなら、何者にでもなれる。

 

目的を達成するためには力が要る。

俺は何を持っている?

 

俺自身に力なんてない。所詮、俺はちっぽけな人間だ。

でも、俺には暗殺者(アサシン)達の記憶がある。

 

 

なんだ………あるじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は誰だ?

 

俺は自由のために闘う者。

 

 

 

 

 

俺は誰だ?

 

 

 

 

 

俺は…………。

 

 

 

 

 

 

 

俺は、暗殺者(アサシン)

闇に生き光に奉仕する者………。

 

 

 

 

 

 

 

 

______

 

目が覚める。

いつの間にか寝てしまっていたようだ。

そんなときに呑気な声が横から聞こえてきた。

 

「あっ、起きた。」

 

「あ、あぁ。」

 

「どう?まだ、気分は悪い?」

 

「いや、久々によく眠れた。」

 

俺は額に手を当てながら答える。

流入現象でずっと寝不足であったが、久しぶりによく眠れた気がした。

 

「……どのくらい寝てたんだ?」

 

「ん~、一時間くらいかな?」

 

「そうか、お前は訓練とかは大丈夫なのか?」

 

「今日はお休みだから大丈夫だよ。」

 

そうかと答えてから彼女の顔を見る。

彼女はそれに気付いたのか俺には尋ねてきた。

 

「…なぁに?じっと見て。私の顔に何か付いてる?」

 

「……すまなかった。」

 

「え?」

 

「死ねることが羨ましいとか言って。」

 

「ううん。私も頬っぺた叩いちゃってごめんね。痛かったでしょ?」

 

俺は右手で自分の叩かれた左頬に触れる。

 

「いや、おかげで目が覚めたみたいだ。」

 

「そう?ならよかった。もうあんなこと言っちゃダメだよ。」

 

「わかった。………なぁ、」

 

俺は彼女にそう呼び掛けると彼女は頬を膨らませ膨れっ面になった。

 

「前々から思ってたけど、その呼び方止めない?」

 

「?」

 

「「おい。」とか「なぁ、」とか「お前、」とか。名前で読んで欲しいんだけど。」

 

彼女は声を少し低くし俺の真似をしながら言ってきた。

 

「もしかして、私の名前忘れちゃった?」

 

「錦木 千束。」

 

「覚えてるじゃん!」

 

「じゃあ、錦木。」

 

「千束でいいって言わなかったっけ?」

 

彼女は笑顔で俺に詰め寄ってきた。

何故だろう?笑顔なのに笑っていない気がする。

 

「じゃあ、わかった。これからは史八君のことをハチって呼ぶから。」

 

「ハチ?…なんで?」

 

「だって、史八の「八」って漢数字の8じゃん。だからハチ。」

「はい!けって~い!異論は認めませぇ~ん!」

 

彼女と知り合ってからまだ短いが彼女は意外と頑固なところがある。

何を言っても無駄か。

 

彼女は手を差し出してくる。

 

「それじゃ!改めましてぇ!私は錦木千束。千束でいいよ!」

 

「……はぁ、よろしくな。千束(・・)。大神史八だ。ハチとでも呼んでくれ。」

 

そう言って俺は千束の手を握った。

 

「ふっふ~!よろしくね。ハチぃ。まぁでも、私はもうすぐ死んじゃうんだけどぉ。」

 

彼女は乾いた笑みを浮かべながら言うが、俺は思ったことを口にする。

 

「その事なんだけどさ。」

 

「ん?」

 

「多分…大丈夫だと思うぞ。」

 

「…なんで?」

 

「そんな気がするってだけさ。理由は分からないが俺の勘は当たるんだ。」

 

「ふ~ん、じゃ、期待せずに待ってようかな?」

 

「いや、そこは期待しろよ。」

 

その後は、千束の消灯時間まで色んな話しをした。

その日、流入現象が起こることはなかった。

 

_______

 

ある日、私は先生から呼び出された。

呼び出された理由は分からない。

怒られるようなことはしていない………してない…はず。…たぶん………………絶対。……………大丈夫だよね?

 

呼ばれた部屋に向かうと既に先生がいた。

 

「なぁに?先生。急に呼び出して。」

 

「来たか、千束。」

 

先生の側の机な上には見慣れないアタッシュケースがあった。

 

「大事な話しだ。こっちに来なさい。」

 

先生の指示通り、先生に近づくと先生はアタッシュケースを開ける。

そこにはよく分からないが小さな心臓のような形の機械が入っていた。

私は先生に尋ねる。

 

「先生、これは?」

 

「…お前の新しい心臓だ。」

 

「え?」

 

「今ある君の心臓を手術で取り出し、この心臓を代わりに入れる。そうすれば、激しく運動しても大丈夫だし、まだまだ生きることが出来る。」

 

私は驚愕した。

 

「…すごい。ハチの言った通りになった。」

 

「ハチ?誰のことだ?」

 

「あぁ、そっか。先生は知らなかったよね。史八君のこと。」

 

「…彼が何か言っていたのか?」

 

「うん。この前話したときにね、私の心臓のことを話したんだ。そしたらたぶん大丈夫だって。俺の勘は当たるんだって言ってた。」

 

「そ、そうか…。」

 

_______

 

彼はこの人工心臓のことは知らないはず。ただの偶然か?

それとも……。

彼は以前に嘘を見抜けるとも言っていた。

直感力に長けているのだろうか?

 

本人に聞いてみるのが早いと判断して食事を持っていく際に聞いてみた。

 

「直感力?」

 

「あぁ、以前には嘘を見抜けると言っていたし、今回の千束の心臓の件でも何故、千束の代わりの心臓があると分かったんだ?」

 

「代わりの心臓があることなんて分からなかったですよ。ただ、千束は大丈夫だろうなと思っただけです。ただの勘ですよ。」

 

「そうか。………なんと言うか…凄いな。」

 

「凄くなんてないですよ。例えば、足が悪くもないのに杖を使って歩いてる理由なんて分かりませんしね。」

 

「っ!!……………何故分かった?」

 

「杖を使っている割には重心の位置に違和感を覚えたので。あ!安心してください。理由は分かりませんが誰かに言ったりしませんから。」

 

「ふっ、君に隠し事は出来ないな。」

 

私はあることが気になっていた。それについて彼に尋ねる。

 

「そんなことよりも、史八君。」

 

「なんです?」

 

「少し………変わったか?」

 

「そうですか?」

 

「あぁ、前よりも顔色が良いし表情が柔らかくなった感じがする。食事量も増えているしな。」

 

前までは半分も食べられなかった。一口も手をつけていない時もあったが、最近は完食出来るようになってきている。

 

「自分では分からないですけど、まぁ最近、流入現象が少なくなっているからですかね。」

 

「なら、安心したよ。千束はまだ来ているのか?」

 

「えぇ、飽きもせず毎日来てますよ。俺と話して何が楽しいんだか…。」

 

「はははっ、懐かれたな。」

 

「歳の近い男が物珍しいだけでしょう。犬みたいなやつに犬みたいなあだ名もつけられてしまいましたし。」

 

「あぁ、たしか、「ハチ」だったか?」

 

「どんな教育を受ければあんなネーミングセンスになるんですか?それともリコリスはみんなネーミングセンスが悪いんですか?」

 

「さぁね。」

 

そんな風に話していると勢いよく部屋のドアが開かれる。

 

「こんちは~!千束がきましたぁ~!!!」

 

彼は目を細めて私を見てくる。

 

「ついでに他人の部屋のドアを開けるときにノックをすることも教えないんですか?それともリコリスはみんなドアをノックしないんですか?」

 

頭が痛くなってきた。

そして、彼の視線が痛かった。

 

「あれ?先生もいるじゃん!二人でなんの話しをしてたの~?」

 

「千束、ここは史八君の部屋だ。ノックぐらいしなさい。」

 

「えぇ~、私とハチの仲じゃん。ノックぐらいいいでしょ~。ねぇ、ハチ!」

 

「いや、出来ればノックはして欲しいと前から言ってなかったか?」

 

「あ、あれぇ?」

 

千束はこの場に自分の味方がいないと悟り、冷や汗を流す。

私はまだ、仕事が残っているため退出しようとする。

 

「はぁ、次からは気を付けるんだぞ。では、史八君。これで失礼させて貰うよ。」

 

「はい。ありがとうございました。ミカさん。」

 

「んん?」

 

私と史八君のやり取りに千束が声を出す。

 

「ねぇ、ふたりってまだ君付けとさん付けで呼びあってるの?」

 

「え?別に良くないか?ミカさんは年上なんだから。」

 

「いやいや、それでもだよ。ワトソン君。もう、知らない仲じゃないんだし、呼び方を変えてみても良いのではないかね?」

 

「誰がワトソンだ。」

 

千束が自分の顎に手を当ててふざけながら言った台詞に史八君がツッコミを入れる。

前までの彼なら出来なかった行動だ。

千束と接することで余裕が出来たのだろう。

私からも提案する。

 

「いいじゃないか?では、これからは史八と呼ぼう。」

 

「えぇ~、先生は普通に名前呼びぃ?先生も普通に「ハチ」って呼べばいいじゃ~ん。」

 

「悪いが普通に名前で呼ばせて貰うよ。それで?史八は私のことをなんと呼んでくれるんだ?」

 

「ミカさんじゃダメ?」

 

史八は千束に向けて言うが千束は両腕を使って×印を作る。

 

「ん~、千束と同じように「先生」?いや、ミカさんは先生じゃないしなぁ。じゃあ、似たような呼び方?「旦那」?「親方」?いやいや、そんなんじゃ………………………………、」

 

彼は色々と考えているようだった。

数秒後、何かに閃き両手をポンっと合わせた。

 

 

「じゃあ、ボスで。」

 

「……ボス?」

 

予想外の呼び方だった。

千束は大爆笑する。

 

「あははは!!!ボス!イイねそれ!!先生、なんか悪の親玉みたい!!!」

 

「いやまぁ、君がそれでいいなら構わないのだが……史八。」

 

「なんです?」

 

「君のネーミングセンスも大概だぞ。」

 

「そうですか?」

 

彼はニヤリと笑う。

どうやら千束に犬みたいな呼び名をつけられた鬱憤をここで晴らしたようだった。

確信犯か。強かになったな。

 

____

 

「訓練?」

 

ある時、ボスが訓練をしないかと言ってきた。

 

「そうだ。毎日こんなところでは気が滅入るし、体も鈍ってしまうだろう?流入現象も今は成りを潜めているようだし、体を動かしてみないか?」

 

「…ボス。」

 

「なんだ?」

 

「正直に言ってください。俺がどの程度やれるのか確かめたいのでしょう?」

 

「……はぁ、やはり君には嘘はつけないか。」

 

「バレバレでしたよ。」

「しかし、良いんですか?俺がここから出て。俺のことはここ(DA)にいる人たちには隠しているのでしょう?」

 

「大丈夫だ。訓練用の部屋を用意した。」

 

「いや、そこまでいくのにも一苦労じゃ、」

 

「用意したと言ってもここ旧リコリス棟内にあるもう使われていないものだ。誰も来ることはないさ。」

 

「では、行きましょうか。」

 

そう言ってから椅子から立ち上がったときにドアの外から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

「ふっふっふ~、話しは聞かせて貰ったよ。」

 

次の瞬間、ドアが勢いよく開かれ千束がよく分からないポーズを決めながら入ってきた。

 

「神や仏が見逃そうとも、私は絶対見逃さない。」

「その面白い話し、私もいれて貰おう!」

 

テレビで戦隊ものの特番でも見たのだろうか?

 

「ボス、誰も来ないんじゃなかったんですか?」

 

俺の言葉にボスは頭を抱えてしまった。

 

____

 

千束とボスと3人で旧リコリス棟の訓練室に移動する。

真っ暗でなにも見えなかったがボスが電気を点けるとかなり広いことが分かる。

室内を想定したであろうキルハウスがあり、隅には小さいが射撃場なども確認できた。

 

「凄いですね、ここ。」

 

「私もこんなところがあるなんて初めて知ったよ。」

 

俺と千束はそれぞれの感想を言う。

 

「今のリコリス棟が出来てから使われなくなってしまったからな。設備は古いが自由に使うといい。」

 

俺はボスに尋ねる。

 

「それで?俺はここで何をすれば良いんですか?」

 

「先ずは、これだ。」

 

そう言ってボスは、持っていたケースから銃を取り出す。

 

「ハンドガン…ですか。」

 

「君の射撃の腕を見たい。銃の扱いは?」

 

「使ったことはあります。……けどこんなに便利なものは使ったことはありません。」

 

「どういうこと?」

 

千束が頭の上に?マークを浮かべながら聞いてくる。

 

「俺が扱ったことがあるのは装弾数が2発とかの銃だからな。6~8発も連射出来るものは使ったことがないんだ。」

 

「装弾数2発って、ショットガンじゃないんだから、そんなハンドガン使えるの?」

 

「あぁ、だから一度に4丁も持ち歩いてたときもある。」

 

「ヤバ。」

 

「正直、もう二度と持ち歩きたくない。重いのなんのって。という訳でこんな便利なハンドガンは使ったことがない。ボス、使い方を教えて下さい。」

 

「そうだな。まず、」

 

ボスにハンドガンの教えを乞おうとしたときに横やりが入る。

 

「はいは~い。私が教えてあげるよぉ~。先ずはねぇ、」

 

「千束。」

 

「大丈夫だよ、先生!私だってほぼ毎日使ってるんだから。」

 

「いやしかし、」

 

俺はボスに小声で話しかける。

 

「ボス。」

 

「こうなった千束は梃子でも動きませんから、一通り千束から教わります。また後で分からないことがあったら聞きに行きますので…。」

 

「…すまないな。」

 

「いえ…、もう慣れました。」

 

小声で話す俺たちに膨れっ面になった千束が話しかけてくる。

 

「なぁに?ふたりでヒソヒソと話して~。感じ悪いなぁ。そんなに私、信用ない?」

 

「いやいや、それじゃ、千束先生、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いしますね。」

 

「っ!はいは~い!千束先生にお任せあれぇ~!」

 

千束先生という響きが気に入ったのか一気に千束の機嫌がよくなった。

……ちょろくない?

 

その後、千束にハンドガンの扱いを教えて貰った。

 

____

 

しばらくの間、史八の射撃を見ていた。

特別良くもないし、悪くもない。千束と射撃の腕はどっこいどっこいと言ったところだろう。

 

「よし、もういい。OKだ。少し休憩しよう。」

 

「次は何をするんですか?」

 

隅にあったベンチに腰を下ろし史八は尋ねてくる。

 

正直にいうと彼は射撃に関して光るものがなかった。

しかし、以前シンジに見せて貰った動画で暗殺に特化した動きを見た。

彼の真骨頂は体術であろう。

今は千束がいるし、丁度良い。

 

「そうだな、次は千束と模擬戦をしてみてくれ。」

 

「「え!」」

 

千束と史八の声がハモるが、ふたりの感情は真逆のものであった。

 

千束は目をキラキラさせて端から見ても楽しみという表情だが、対する史八は難しそうな顔をしていた。

 

「ボス、良いんですか?千束は心臓が。」

 

「大丈夫だよ、ハチ!少しくらいなら。ね!先生!」

 

「危ないと判断したら私が止めるから安心しろ。」

 

「……そうですか。」

 

彼は渋々と言った感じで了承した。

 

_____

 

今、私はハチと初めて模擬戦をしている。

お互いハンドガンを所持し、先にペイント弾を相手に当てた方が勝ちとルールだが…………おかしい。

 

私の弾が一発も当たらない。

ハチは視認できる位置にいるのに弾が当たらない。左右に激しく動いている訳ではない。真っ直ぐ私のもとに一直線で歩いてくる。

そんな彼に向かって発砲するが彼は首を傾けたり、腕を少し動かしたりなどの最小限の動きで避ける。

弾が見えているのか?

そんなことが人間に出来るものなのか?

 

先生は初めから知っていたのかとハチに発砲しながら先生の顔を確認すると驚いた表情をしていた。おそらく知らなかったのだろう。

 

私がマガジンを変えるタイミングでハチが私のもとに走ってくる。

急いで銃を構えるが彼の左手で銃を上から抑えられてしまい、銃口を額に当てられてしまった。

明らかな力の差であった。私の敗けだ。

 

「俺の勝ち………これで良いですよね、ボス。」

 

先生が私たちに近づきながら口を開く。

 

「凄まじいな。一体どんな魔法だ?」

 

「魔法?」

 

「銃弾を避けるなんて普通は出来ないぞ。」

 

「そうだよ!どうやってるの?」

 

先生と共に一体どんな魔法か尋ねるとハチは笑ってしまう。

 

「あはは、こんな(弾避け)の魔法なんかじゃないですよ。見えているから避けているだけです。」

 

「銃弾が見えてるの!?」

 

「いや?ハンドガンは秒速250~300m速度だって、さっき千束が言っただろ?そんな高速で動くものが肉眼で追えるわけがない。」

 

「え?じゃぁ、」

 

「俺が見てたのは銃弾なんかじゃない。お前だよ…千束。」

 

「「?」」

 

先生と一緒にハチに説明を求める。

 

「銃口の角度や相手の視線でどこを撃とうとしてるのかを判断して、指の掛かり具合や腕の筋肉の動きを見ていつ発砲してくるかを判断する。それだけ分かれば銃弾を避けることは可能だろ?」

 

「すっご~い!ねぇ、それ私にも出来るかな!?」

 

「出来るんじゃないか?俺でも出来るんだし。」

 

「分かった!じゃあ、これからは銃の扱い方を私が教えるからハチは私にコレ(弾避け)を教えてよ!」

 

「それいいな。」

 

「やったぁぁぁ!」

 

こうして私たちは互いに教え合うことになった。

ハチは飲み込みが早くライフル系統やショットガンなどの銃の扱いをすぐに覚えて、私は2週間程かけて弾避けが出来るようになったが、ハチと模擬戦をしても私の撃った弾は避けられ、ハチの撃った弾は私にバシバシと当たる。

なんと、私が避ける方向を逆算して撃っているようだ。

 

 

………………解せぬ。

 

 

 

 

ハチが私に当ててくる場所は指先や足といった心臓から離れた位置だった。

やはり、彼は訓練中でも私のことを気に掛けてくれる優しい人だった。

本人にその事を伝えると、「そんなことはない。」と否定されるが、私は知っている。ハチはとても優しい人だと……。

 

 

 

ある日、また先生に呼び出された。

 

………どうやら私の心臓の手術の日が決まったみたいだ。

 

先生から詳しい日程を聞いて私のなかに小さな恐怖心が芽生え、それが日を重ねるごとに大きくなるのを実感していた。

 

_______

 

俺は部屋で休んでいる。

最近は流入現象が嘘のように落ち着いていた。毎日のように起こっていたが、最近は数えるほどしか起きていない。

起きたとしても、頭痛や軽い吐き気などでずいぶんと楽になった。

幻覚や幻聴は全くと言っていいほどなくなった。

流入現象が軽くなったのはおそらく、千束のおかげだ。

彼女が俺を救ってくれた。だから今度は俺が………、

 

そんなことを思っていると部屋のドアがノックされた。

返事をすると、千束がゆっくりと入室してくる。

 

様子がおかしいことは一目で分かった。

いつもならノックをせずに無駄に高いテンションで勝手に部屋に入って来るが、今の彼女は彼女に似合わない暗い表情をし俯いていた。

きっと何かあったのだろう。

だが、俺はあえてなにも聞かなかった。

 

「お茶でも飲むか?」

 

「……うん。」

 

俺はそう提案し、ボスが持ってきてくれたペットボトルのお茶を紙コップにいれて彼女へと手渡す。

 

「ほい。」

 

「…ありがと。」

 

彼女がお茶を一口のみ、無言の時間が流れる。千束は下を向いたままだ。

 

「………。」

 

「………。」

 

そんな無言の時間を破ったのは千束だった。

 

「…聞かないの?」

 

「…そりゃ、気にはなるけど。話したくなったら話せばいい。無理には聞かないよ。」

 

「え?」

 

「誰だって、話しづらいことや話したくないことだってあるだろ。でも、」

 

俺は千束の顔を見てハッキリと言う。

 

「千束がちゃんと話してくれれば、俺はちゃんと聞くから。」

 

千束が俺の顔を見てくる。

彼女の目には少しだけ涙が浮かんでいた。

 

「…あのね。」

 

「うん。」

 

「手術する日が決まったの。」

 

「手術ってお前の心臓のやつ…だよな。」

 

「そう、それで……。」

 

千束は再び俯いてしまった。

なるほど、そういうことか。

 

「手術するのが怖くなった…と。」

 

俺の言葉に千束は俯いたまま黙って頷いた。

 

「手術が必要なんだってことは理解してる。私だってまだまだ生きたいし、やりたいこともいっぱいある。でも、もし……もし失敗しちゃったらって考えると……怖くって。」

 

千束の目から大粒の涙が溢れる。

 

俺は千束が以前に俺にしてくれたように彼女を優しく抱き締める。

 

「千束。……大丈夫、きっと大丈夫だから。気休めにもならないと思うけど、手術はきっと成功する。俺にはそんな気がする。」

 

「で、でももし……、」

 

「もしもの話しなんてするだけ無駄だよ。キリがないからな。そんなことよりも手術が成功した後の事を考えよう。」

 

「…後の事?」

 

「あぁ、手術は成功してお前はまだまだ生きられる。寿命がもうすぐだからって諦めてたことはないのか?」

 

「諦めてたこと?」

 

「何かないのか?」

 

千束は少しだけ考えてから口を開いた。

 

「……ここ(DA)から出たい。色んな人の役に立ちたい。」

 

「いいじゃん、いいじゃん。他には?」

 

「…パフェ食べたい。」

 

「ふっ、千束らしいな。」

 

「まだあるよ。」

 

「なら、一つずつ片付けていけばいい。俺も協力するから。」

 

「うん!」

 

千束は涙を自分の袖で拭う。

 

「あぁ~、そんな無理やり拭うと目ぇ赤くなるぞ。」

 

俺はタオルで千束の目を軽く押さえつけるように涙を拭う。

 

「後でちゃんと目の回り、冷やすんだぞ。」

 

「はぁ~い!」

 

千束は元気を取り戻したようだ。

 

「よっし!そろそろ部屋に戻らなきゃ!」

 

「消灯時間に遅れるなよ。」

 

「わ~かってるってぇ~!」

 

そう言って千束は部屋を後にしようとするが急に立ち止まった。

 

「…ハチ。」

 

「ん?」

 

「ありがとね。」

 

そう言って足早に部屋を後にする。

ドアの方を向いていたので千束の顔はよく見えなかったが、何故か彼女の顔が紅くなっていたように見えた。

 

____

 

 

 





はぁ~、リコリス・リコイルがついに終わりを向かえてしまいました。リコリコロスがひどいため時間があれば1話から見直しています。




リコリコはなかなか視聴者に妄想させる作品でしたね。
心臓は結局どこにあったのか?ミカさんは吉松さんを本当に撃ってしまったのか?残りの銃の行方は?真島さんのその後は?
色々と妄想できちゃいます。

この小説では今のところ2パターンのエンディングを考えていますが、まだどちらにするか迷っています。
大丈夫。どちらも千束ちゃんは生存します。

個人的に千束ちゃんがハワイで楠木さんの電話に出たときに「なぜならぁ~」と言った時の表情が堪らなく好きです。


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過去の話 ⑪

 

今日もボスの監視のもと、千束と一緒に旧リコリス棟で訓練をしている。一時間ほど体を動かしてから休憩にはいる。

休憩時間にボスが話しかけてきた。

 

「史八、申し訳ないが明日から1週間私と千束はここに来られない。」

 

「手術の関係ですか?」

 

「そうだ。丁度、1週間後に千束の手術があるから出来るだけ心臓に負担を掛けないように安静にした方が良いという話しになってな。」

 

「そうなんだよぉ~。だからごめんね、ハチ。私がいない間、寂しいと思うけど、」

 

千束はふざけて泣き真似をするが、俺は彼女の言葉を遮るように言う。

 

「そうか。なら静かになってゆっくり過ごせるな。」

 

「静かにってなんだ!まるで私がいつも騒がしいみたいな言い方じゃん!ハチは私のことをなんだと思ってるのさ?!」

 

俺は頭のなかで千束の姿を想像する。想像上の彼女の姿は頭に耳が生え、尻尾が生え徐々に犬に近づいていった。

 

「…………小型犬?」

 

「まさかの犬!?」

「なんだよ、それぇ~!」

 

俺の言葉に千束がじゃれあってくる。

そんなときにボスからごほんと咳払いが聞こえてきた。

 

「そう言うわけだからしばらくは私たちはここには来られない。食事だけは届けに来るがね。」

 

「了解しました。」

 

そう言って今日の俺の訓練は終了した。

 

 

________

 

訓練終了後、千束はあと数分で座学が始まると言って走って行ってしまった。私も残った仕事を片付けようとその場を後にしようとしたときに史八から声を掛けられた。

 

「あの、ボス。一つ聞きたいことがあるんですけど良いですか?」

 

「なんだ?」

 

「……千束の新しい心臓はどういったものなんですか?」

 

「完全置換型のものだが…、それがどうした?」

 

「………それはいつまで持つんでしょうか?」

 

やはり、鋭い。

嘘を言うか?いや、彼にはバレる。

しょうがない、正直に言おう。隠す必要もない。

 

「おそらく、千束が成人するまで……。」

 

「……そうですか。やっぱりそう簡単にはいきませんよね。」

「千束はその事を?」

 

「もちろん、了承している。」

 

「そうですか。」

 

そう言ってから史八は訓練室を後にした。

 

_____

 

…暇だ。

私は今、先生の用意した部屋にいる。先生に安静にしろときつく言われてしまった手前、激しく体を動かすことができない。

体を動かしたくてウズウズする。

最初は気を紛らわすためにテレビを見ていたが、ずっと見ていたため飽きてしまった。それにこの時間帯はニュースだけしかやっていないだろう。

 

別にやることがないわけではないのだ。

毎日決まった時間にやって来る医療スタッフに血液データを取るために採血され、CT?MRI?といったよく分からない機械に身体の中を丸裸にされている。

先生は必要なことだというが、採血だけは嫌だ。私は注射が嫌いなのだ。あの異物が体の中に入る感じが嫌だった。それに痛いし。

 

手術の日が刻々と迫る。

一日ごとに私の中にある恐怖感が強くなってくるのが感じられる。

ハチはずっとこんな恐怖と闘っていたのかと思うと素直に凄いと思う。

ハチは手術が成功した後の事を考えろと言っていたが、今は何故か彼の顔が頭に思い浮かぶ。

 

「はぁ、ハチに会いたい。」

 

そんなときに部屋のドアがノックされる。私が返事をすると先生が入ってきた。

 

「千束、調子はどうだ?」

 

「…じっとしすぎて気がおかしくなりそう。」

 

「お前自身のためだ。我慢してくれ。」

 

私は先生にダメ元でお願いしてみる。

 

「ねぇ、先生?お願いがあるんだけど…。」

 

「?」

 

私のお願いは条件付きで許可された。

 

_____

 

明日はついに千束の手術日だ。

もう夜も更け、数時間後には手術が開始されるであろうと考えると俺まで緊張してきた。

いや、俺よりも千束の方が緊張しているだろう。

 

「はぁ~、「エデンの布」があれば万事解決するかもしれないんだが。」

 

そう一人言を呟くが、そんなものはここ(DA)にはない。

 

そんなことを考えていると部屋のドアがノックされた。

ボスかと思いドアを開けると何故か枕を持った千束がいた。

 

「千束?なんでこんなところにいる?明日は手術だろ?安静にしてなくて良いのか?」

 

「あぁ~…うん、そうなんだけどねぇ。」

 

とりあえず部屋に招き入れ椅子に座らせる。

 

「それで、どうしたんだ?」

 

「えぇ~と、あ~、そのぉ、」

 

珍しく千束の歯切れが悪い。

 

「まさかと思うが…、脱走してきた訳じゃないよな。」

 

「ち、違うよ!先生から許可は取ってきてるよ!」

 

嘘は言っていないようだ。

 

「ならなんで、そんなに歯切れが悪い?言いづらいことなのか?」

 

「だから~、その……えっと。」

 

俺は千束の言葉を待った。

そして、千束が意を決したように言ってきた。

 

「ハチ!」

 

「ん?」

 

「今日、一緒に寝て!」

 

「………………。」

 

俺は彼女が何を言っているのが分からず何も言えなかった。

 

「…………ダメ?」

 

本来だったら断るべきだろう。

しかし、千束は明日手術が控えている。少しでも彼女の不安を取り除けるなら安いものだ。

 

「分かったよ。」

 

俺の言葉に千束の表情が明るくなる。

ふたりでベッドに向き合う形で横になるが今まで一人で使っていたため当然ながらいつもより狭く感じる。

 

ベッドに横になってから特にしゃべることはなかったが、千束が口を開くが、彼女の表情はまた暗くなってしまっていた。

 

「ハチ。」

 

「どうした?」

 

「やっぱり怖い、明日。」

 

「だろうな。でも、きっと大丈夫だから。絶対に成功する。それに……。」

 

「それに?」

 

「全身麻酔だろ?だったら寝て起きたら手術はもう終わってるよ。」

 

「あはは、そうだね。確かにそうだ。私は寝てるだけで良いんだもんね!」

 

千束は笑いながら俺の胸に耳を当ててくる。

 

「……ハチの心臓の音が聞こえる。」

 

「そりゃまぁ、生きてるからな。」

 

「そうだね。生きてるんだもんね。私も絶…対にまだま……だ生き……、」

 

「千束?」

 

千束の顔を覗き込むと彼女は目をつぶり小さな寝息をたてていた。

最近、ちゃんと眠れていなかったのか?

千束が寝たのを確認してから俺も眠りについた。

 

___

 

千束の部屋を訪れたときに彼女からお願いをされた。

内容は手術の前日の日に史八の部屋に泊まりたいとの事だった。

いくら歴代最強のリコリスでも怖いものは怖いのだろう。

安静を図ってからよく眠れていないのは確認していた。

彼のところに行き、手術の不安や恐怖を取り除けるなら良いだろうと許可を出した。

 

そして、手術当日。

今、私は千束を迎えに史八の部屋に向かっている。

しかし、部屋のドアをノックするが返事がない。もう一度ノックするがやっぱり返事がなかったため、ゆっくりとドアを開ける。

 

部屋の中に入るとふたりともまだ眠っていてどちらも小さな寝息をたてていた。

千束は史八に抱きつくようによく眠っていた。私の判断は間違っていなかったようだ。

千束に抱きつかれながらも史八もよく眠っていた。前までは流入現象のせいでまともな睡眠も取れていなかったがそれが嘘のように感じるほどであった。

 

そんなふたりを起こすのは少しだけ忍びないが手術時間も迫っているため、ふたりには起きてもらおう。

 

「千束、史八!時間だ!そろそろ起きなさい!」

 

私がそう言うと史八が体を起こした。

どうやら彼は目覚めが良いようだった。

 

「おはようございます、ボス。ほら、千束。そろそろ起きろ。ボスが迎えにきてるぞ。」

 

史八が千束の肩を軽く揺すると千束は大きなあくびをし目を擦りながら起き上がる。

 

「ふゎぁ~あ、もう朝?あっ先生、おはよう。」

 

「ふたりともおはよう。よく眠れたか?」

 

「はい。」

 

「うん。バッチリ!」

 

「そうか。ならよかった。もう手術の2時間前だ。そろそろ行こう。」

 

「………わかった。じゃあ、またね。ハチ!」

 

「ちょっと待った。」

 

部屋を出ようとする私と千束に史八は待ったをかける。

彼は引き出しから金色のチャームを取り出し千束に手渡す。

あれは、アランチルドレンの……。

 

「気休め程度のお守りの代わりにコレ持ってけ。」

 

「綺麗だねぇ!これくれるの?」

 

「ダメだよ。俺の大切なものみたいなものだから。」

 

「みたいなものって何さ。」

 

「しょうがないだろ。記憶喪失で俺にもよく分からないんだよ。まぁ、そういうわけだからちゃんと返せよ。」

 

「!、わかった。ちゃんと返す。じゃ、行ってくるね。」

 

「あぁ、気楽にな。」

 

そう言ってから千束は部屋から出ていく。私も彼女の後に付いていこうと部屋を出ようとしたときに史八から声を掛けられた。

 

「ボス。」

 

「?」

 

史八の方を振り向くと彼は私にお辞儀をしていた。

 

「千束を………よろしくお願いします。」

 

「分かっている。任せておけ。」

 

そう言って部屋を後にした。

 

______

 

着々と手術の時間が迫っていた。

私は既に手術着に着替えて車イスに乗って遊んでいた。

 

「うおぉ~~~。」

 

車イスも意外と乗ってみると面白いものだ。

 

通路を進んでいくと端にあるベンチに座っているスーツを着た男の人がいた。

私はあることを直感してその男の人に近づく。

 

「貴方でしょ。私を助けてくれる人!」

 

そう伝えるがその人は私の台詞を否定した。

 

「人違いだよ。私はここの職員、」

 

私はハチみたいに嘘を見抜くことは出来ないがこのときはこの男性が言っていることが嘘だとわかった。

 

「嘘!ここにそんなカッコいいスーツ着た人はいないよぉ。」

 

「ははは、ありがとう。」

 

「ううん、ありがとうは私の方。どうお礼すれば良い?」

 

「君には大きな使命がある。それを果たしてくれ。そのために、私は……、さしづめ救世主になったんだ。」

 

「救世主かぁ~。」

 

私は救世主さんに抱きついた。

 

「ありがと……私もなる。救世主。」

 

そう言うと救世主さんは優しく私を引き離す。

引き離したときに、私の手に握られていた物に気づいたのかそれについて尋ねてきた。

 

「それは?」

 

「これ?ハチからお守りがわりに預かってるんだ!綺麗でしょ!」

 

「ふっ、そうだね。……彼をよろしく頼むよ。」

 

「?、うん!」

 

私がそう言うと救世主さんはどこかへ行こうとしてしまう。

気づいたら先生がいて、すれ違いざまに先生が救世主さんに一言なにかを言ったが、小さくてよく聞こえなかった。

 

私は救世主さんに呼び掛ける。

 

「救世主さん!ちーず!」

 

私は救世主さんが振り向いた瞬間に持っていたカメラのシャッターを切る。

 

救世主さんは黙ってその場から去ってしまった。

 

____

 

手術室で横になり、顔に酸素マスクを付けられ周りには見たこともないよく分からない機械がたくさん見える。

 

「先生、怖い。」

 

「心配ない。お前は元気になる。」

 

「でも、」

 

「史八だって、大丈夫だと言っていただろう。」

「それに、彼もここ(・・)にいる。安心しろ。」

 

先生は私の右手を優しく握りながら言う。

私の右手にはハチから預かったお守りが握られている。

 

大丈夫。寝て起きたら手術は成功して終わっている。

大丈夫だ。絶対に大丈夫。

 

私は意識が薄くなりつつも彼の言葉を思い出していた。

 

「ハチ、絶対に返すから…ね………。」

 

そうして麻酔が完全に効いたのか私の意識は失くなった。

 

_______

 

俺は自分の部屋でそわそわしていた。

千束の手術が始まってから10時間は既に経っていた。しかし、ボスからの連絡はない。

手術中に何かあったのか?千束は無事なのかと気が気ではなかったところにドアがノックされる。

俺はすぐにドアを開き相手がボスであることを確認する。

 

「ボス!千束は?!手術は終わったんですか?!千束は無事なんですよね?!」

 

俺が慌ててボスに尋ねると俺の両肩に手が置かれた。

 

「大丈夫。手術は無事成功だ。千束は今、病室で寝ている。すぐに目を覚ますだろう。」

 

ボスの言葉を聞いて体の力が抜けるのを実感する。

立っているのも億劫だったため俺はその場に座り込んだ。

 

「そうですか。……はぁ~、良かった。本当に良かった。」

 

「大丈夫か?」

 

「あ、あぁすみません、力が抜けちゃって…。」

 

「ふっ、それほど千束が心配だったのか?」

 

「………千束には黙っててください。」

 

俺は恥ずかしくなり目をそらしながら言った。

 

「それよりも、さっきも言ったが千束がすぐに目を覚ますだろうから目が覚めたときに史八もいた方が千束も喜ぶと思うんだ。だからこれから君を病室まで案内しようと思うのだが。」

 

「俺は別に構わないですけど……大丈夫ですか?バレません?」

 

「大丈夫だ。これを持ってきた。」

 

そう言ってボスは横にあるキャリーバックを軽く叩いた。

 

「What?」

 

まさかキャリーバッグに入れられて移動するとは予想もつかなかった。

 

キャリーバックの中で揺すられること数分間。

千束の病室についたのか、バックが開けられ光が差し込んでくる。

 

「すまないな、こんな方法で。」

 

「いえ。でも、二度とやりませんからね。」

 

俺は軽くボスに文句を言うとベッドで横になり寝息をたてている千束を確認する。

 

「千束、よく頑張ったな。」

 

聞こえるはずもないが千束にそう言うとボスが話しかけてきた。

 

「史八、すまないが少し野暮用を済ませてくる。その間千束を見ててくれ。」

 

「了解しました。」

 

そう言うとボスは部屋から退出する。

 

俺は千束の頭を撫でながら彼女が目覚めるのを待った。

 

_______

 

私が目を覚ますと病室で横になっていた。

 

「ようやく起きたか?」

 

声のする方に首を向けるとハチがベッドのそばの椅子に座っていた。

 

「ハチ?」

 

「そろそろ、お前の寝顔を見るのも飽きてきたところだったからな。丁度よかった。」

 

「なんだよぉ~、それぇ。というかここ、病室だよね?どうやってここまで?」

 

私がそう尋ねるとハチは彼の隣に置いてある少し大きめのキャリーバッグ(・・・・・・・)に目を向ける。

 

「あぁ~、いやそれは…聞かないでくれるとありがたい……。」

 

「?、よくわかんないけど…わかった。」

「ねぇ、ハチ?」

 

「なんだ?」

 

「手術はどうなったの?めっちゃ胸が痛いんだけど。」

 

「はははっ!そりゃそうだ、手術で胸を切り開いたんだからな。痛いに決まってる。まぁ、それが千束が生きてる証って思っとけ。」

「…大丈夫、ボスから手術は無事成功したって聞いてる。」

 

「…そっか、良かった。先生は?」

 

「さっきまでここにいたんだが、野暮用があるって言って出ていっちゃったよ。多分、もうそろそろ帰ってくるんじゃないか?」

 

そんな会話をしていると先生2つのケースを持ちながらが入ってきた。

 

「おはよう。先生。」

 

「起きたか、千束。丁度よかった、お前たちに渡したいものがある。」

 

そう言って先生は私に一つのケースを渡してきた。

 

「お祝いだそうだ。」

 

「お祝い?」

 

ケースを開くとハンドガンが一丁とハチから預かっている物と同じ金色の梟のようなアクセサリーが入っていた。

 

「誰から?」

 

誰からの贈り物か先生に聞く。

 

「救世主だ。」

 

「なら、人を助ける銃だね。」

「それにこれってハチと同じ。あっ!」

 

私はまだ、ハチから預かっていたものを返していないことに気づいた。

 

「はい、これ。ハチに返すね。」

 

「あぁ。」

 

「ハチぃ、これでお揃いだね。」

 

私はケースの中にある自分のアクセサリーを取り出し彼に見せつけながら言うとハチも軽く笑いながらそうだなと言った。

 

そのあと先生がハチに向かって話しかける。

 

「史八、君にはこっちを。」

 

「えっ!俺ですか?」

 

「あぁ、これも救世主からだ。」

 

「いや、救世主って。俺その人と会ったこともないんですけど…、何者なんですか?」

 

「カッコいいスーツを着た男の人だったよ。手術前に会ったんだ!そんなことより、ハチのには何が入ってるの?早く開けてみてよ!」

 

私がケースを開けるように催促するとハチはゆっくりとケースを開けるが、ハチのケースには私と同じハンドガンが一丁と手首に付けるであろう籠手のようなものが入っていた。

 

ハチがその籠手のようなものを見たときに彼の目は大きく開かれていた。どんなものか知っているのか。

私はハチに聞いてみた。

 

「ハチ、それなに?」

 

「………リストブレード。」

 

「リストブレード?」

 

ハチはそれを手首の裏に装着しながら説明してくれる。

 

「こうやって、手首に付けて使うものだな。」

 

ハチが手首を上に向けると鋭い刃が出てきた。

 

「カっ、カッコいいぃ~!え~!なにそれ!なにそれ!私にもやらせてぇ~!!!」

 

私がそう言うとハチは素早くリストブレードを外してしまいケースへと戻す。

 

「ダメダメ!これは危険なものなんだ。誤作動を起こして薬指を切り落とした奴だっているんだ。」

 

「えっ!」

 

「まぁずっと昔の事だし、今は改良されて誤作動を起こすことはないけど…昔は予め薬指を切り落として使ってたんだからな。」

 

「よく知ってるねぇ。」

 

「そりゃ俺も、薬指切り落としたし。」

 

「あぁ、えっとなんだっけ?アニマルだっけ?」

 

「……アニムス(・・・・)な。」

 

「そうそれ!前に聞いたけどよくわかんなくって。」

 

「…わかんなくて良いよ。そんなことよりも、ボス。」

 

ハチは先生に話しかける。

 

「?」

 

「一つのお願いがあるんですけど。」

 

「お願い?」

 

これ(ハンドガン)用のゴム弾ってあります?」

 

「ゴム弾?」

 

「はい、千束はさっき人を助ける銃と言ってましたけど、結局これは人の命を奪えるものです。俺はもう人殺しはしたくないんでゴム弾なんかがあればいいなって思ったんですけど。」

 

ハチの意見に私も賛成する。

 

「はいは~い!私も欲しい!」

 

私たちの台詞に先生は一瞬だけ顔を曇らせたが、すぐにいつもの顔に戻った。

 

「わかった。用意しよう。」

 

先生が用意してくれると言ってくれたので私たちは笑いあった。

 

 

 

 

しかし、約1ヶ月後世間を驚かす大事件が起きることを私たちはまだ、知らなかった。

 

 

 

 

 



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過去の話 ⑫

前書き

結局、アニメでのDAにいた頃のミカさんの立ち位置がよくわかりませんでした。
訓練教官をしていたとは言っていましたが、OPではミカさんが楠木さんが着ていた白いコートのようなものを着ている描写もあるため司令官だったのかな?とも思います。

なのでここでのミカさんは司令官かつ訓練教官だったと想定しています。


今日分の業務を自室で片付けていると、楠木が部屋に入ってきた。

 

「指令、報告します。」

 

「どうしたんだ、楠木?」

 

「先ほどラジアータが電波塔での犯罪を検出しました。」

 

「はぁ、またか。」

 

ラジアータはDAが誇る最強AIだ。

日本中で起こる犯罪を事前に検知しすることが出来る。

私はため息を吐きながらモニタールームまで移動しようと楠木と共に部屋を出る。

 

「それで、状況は?」

 

「電波塔をテロリストがジャック。数ははっきりとはわかっておりませんが50名程度、全員武装をしています。」

 

「そうか、公安や警察は?」

 

「まだ情報は漏れてはいません。こちらで対処可能です。」

 

「では、リコリスを動員する。隊を編成し、テロリストどもを鎮圧する。」

 

「了解。」

 

私と楠木は共にモニタールームへと入る。

私たちがモニタールームに入ると下にいるスタッフの視線が私に集まる。

 

「作戦を開始する。」

 

________

 

リコリスが現着し、本格的に作戦が開始したが、状況は芳しくない。セカンドとサードのリコリスでは武装した集団相手は厳しいか。

 

状況が悪いため横にいる楠木が私に尋ねてくる。

 

「指令、どのように?」

 

この状況を打開する策はある。

それは……千束を使うことだ。しかし、彼女は1ヶ月前に心臓の手術をしたばかりでまだ本調子とはいかない。

千束を現場に行かせるわけにはいかない。

 

「…………。」

 

楠木の問いに答えずにいると入り口から普段ならここにいないはずの男の声が聞こえてきた。

リリベルの司令官である虎杖だ。

 

「状況が思わしくないようだな。」

 

「…何をしにここへ?」

 

「そんなことはどうでも良い。それにしても何故、錦木千束を使わない?彼女は歴代最強のリコリスなのだろう?何故彼女が現場にいないんだ?」

 

「貴方も知っているでしょう。千束は生まれつき心臓が弱い。1ヶ月前に心臓の手術をしたばかりだ。ベストコンディションではn、」

 

「それがどうした?リコリスは使い捨ての駒だ。孤児だから代わりなんてものはいくらでもいる。」

 

「ふざけるな!千束は!」

 

私は虎杖の言葉に激昂し胸ぐらを掴むが奴は表情を変えずに淡々と言うだけだった。

 

「彼女だけが特別なわけではないだろう?君がその司令官の椅子に就いてから何人ものリコリスが死んだ?今この瞬間もそうだ。この作戦で何人死んだ?」

 

何も言い返せなかった。

事実だったからだ。

 

「上層部からの命令だ。錦木千束を使え。」

 

「くそっ!」

 

私は部屋から出ようとする。

 

「指令!どこに行くのですか?」

 

「………千束に出撃命令を出してくる。しばらくの間、楠木お前に任せる。」

 

楠木は黙って頷き、この場は彼女に任せて、部屋を出る。

 

部屋を出てから、私は考える。どうやれば良い?何が最善だ?

 

上層部からの命令だ。千束には現場に行ってもらうほかない。しかし、現場で無理をして何かあれば……。

 

私は今まで以上に頭を回転させた。

 

 

 

 

 

娘には生きていて欲しいから。

 

千束と共にテロリストを無力化し、且つ千束の心臓に負担をかけさせないように彼女以上の実力があり、彼女以上に動いてもらわなければならない。

そんな人物、ここ(DA)には………。

 

そんな時、私の頭にあの少年の顔が浮かぶ。

 

 

 

親としては情けないが…娘の事は息子に頼るしかない。

 

_______

 

千束の手術から約1ヶ月が経とうとしていた。

俺は本日、訓練室で一人(・・)、体を動かしていた。

 

そう…、一人でだ。

今、この場には俺しかいない。

 

何故か今日はボスからの食事が届かなかった。

こんなことは初めてだ。いつもなら多少の時間のずれはあったが毎日欠かさず食事を届けてくれていた。

食事が来ないことに不満はない。一日、二日抜いたところでさほど影響は見られないからだ。

 

リコリスの訓練が忙しいのか?

そんなことを思っていると訓練室の前でボスが静かに立っていることに気づいた。

ボスは無表情で感情が読めなかった。

 

「どうしたんですか?ボス、そんなところに突っ立って?」

 

俺は流れた汗を吹きながら話しかける。

 

「史八……、君に頼みがある。」

 

そして、俺はボスから現状を全て聞いた。

電波塔に武装したテロリストがいること。リコリスを動員したが状況が芳しくないこと。千束の出撃命令。

 

「史八。私は、」

 

「ボス。」

 

ボスの言葉を遮るように言う。

 

「ありがとうございます。」

 

「…ありがとう?何故だ!?私は君を闘いに駆り出そうとしているんだぞ!それなのになんで?!」

 

ボスが泣きそうな顔でそう言うが俺は笑って答えた。

 

「もし、ボスが俺に何の相談もなく千束だけを現場に向かわせて千束に何かあったら俺は貴方を赦せなかった。でも、貴方は俺をこうやって頼ってくれた。だから………ありがとうございます。」

 

「史八。」

 

「もちろん、殺しはまっぴらですけど殺しはなしで、テロリストは無力化すれば良いんですよね?なら、大丈夫です。任せてください!」

 

「し、しかし君が電波塔に行けばDAに君の存在が明らかになる。そうなれば、」

 

「ボス、後の事は後で考えましょう。それにその件に関しても大丈夫な気がします。そんなことよりも、千束は?」

 

「…外で待機させている。」

 

「では、俺たちも行きましょう。時間が惜しい。」

 

そう言って俺はボスに背を向けて歩き出す。

 

「…ありがとう。」

 

「ん?何かいいました?」

 

「いや、何でもない。急ごう。」

_______

 

俺は部屋で装備を整えてからボスの案内で外に向かう。

久しぶりに外に出ると待機している車のそばで千束が待っていた。

 

「ふたりとも~、遅いよ!はやくはやく~!」

 

「悪い。じゃあ、行くか。」

 

「ちょっと待て、ふたりとも。渡すものがある。」

 

俺と千束は車に乗り込もうとするがボスに止められ、一つのケースを渡される。

 

「先生、これは?」

 

「以前、お前たちから頼まれていたゴム弾だ。」

 

「おほぉ~~~お!!!」

 

千束はケースを開け、目を輝かす。

 

「ただし、ゴム弾だから、通常弾とは勝手が違う。弾道がバラけるし普通に撃っても当たらないぞ。」

 

「え?じゃあ、どうやって当てるの?」

 

「近距離で使う…ですよね。近ければ弾道も関係ない。」

 

「そうだ。しかし、あまり数を揃えられなかった。大事に使ってくれ。」

 

「了解です。」

 

「ありがと、先生!」

 

「後、もう1つ、史八にこれを。」

 

そう言ってボスからの紺色のロングコートを渡された。

暗殺者(アサシン)が着ているものに酷似していた。

 

「ボス、これは?しかもちょっと重いですね。」

 

「特殊なアラミド繊維で作った防弾・防刃を兼ねたオーダーメイドだ。」

 

俺はボスの話しを聞きながらコートを羽織る。

不思議と体に馴染む気がした。

 

「どうだ?」

 

「うん。サイズも丁度良い、少し重い気もしますがすぐに慣れます。」

 

「カ、カッコいいぃ!いいな!いいな!ハチばかりズルい!先生!私の分はないの?!」

 

「お前にはその制服があるだろう?」

 

「え~、先生。ハチばかり贔屓してない?」

 

千束はブー垂れたように言うがボスが両手で俺たちの肩に手を置く。

 

「……ふたりとも、無事に帰ってこい!」

 

「大丈夫。任せて、先生!」

 

「はい。」

 

俺たちはそれぞれ返事をしてから車に乗り込もうとするが俺だけ再び止められる。

 

「史八。」

 

「?」

 

「……千束を頼む。」

 

「はい、任せてください。」

 

ボスにそう言ってから車に乗り込み、目的地へと向かう。

 

______

 

現場へと到着する。

車の中で非殺傷弾をマガジンへと詰め、準備は万端だ。

俺は電波塔を見上げる。

 

「それにしても高いな、ここ。」

 

「そうだね。その内、首が痛くなっちゃうかもね。」

 

(一緒に見上げよう。首が痛くなるまでね。)

 

千束の言葉に一瞬だけ見たこともない情景が頭の中に浮かぶ。

 

今のはなんだ?

顔は見えなかったが誰かにそんなことを言われた。

アニムスの記憶?いや、今のは……俺の?

 

そんなことを考えていると横から千束が話しかけてくる。

 

「ハチ?大丈夫?」

 

「ん?あ、あぁ、悪い。少し考え事をしてた。」

 

「集中してよ。」

 

「あぁ、そうだな。」

 

俺はそう言ってフードを被る。

 

「さて、お仕事を始めようか。」

 

千束と共に電波塔へと侵入する。

______

 

私はモニタールームで現場の映像を見ている。

状況は変わらない。しかし、このままではジリ貧だ。

時間がかかればかかる程状況が悪くなるのはこちら側だ。

そんな時にモニターに千束が映る。しかし、千束の隣にはフードを被った者がいた。

千束と歳が近いだろうが、顔が見えないため男か女かも不明だ。

 

ふたりが電波塔へ入っていくところで指令が戻ってきた。

私は今起きたことを指令に報告する。

 

「指令、大変です!たった今千束が現着しましたが、謎の人物と一緒に、」

 

「大丈夫。彼は味方だ。」

 

指令は私の言葉を遮るように言う。

 

「ここは、あいつらを信じよう。」

 

指令はそう言って黙ってモニターを見つめるだけだった。

 

_______

 

俺たちは今、電波塔内の土産売り場だった場所で訳のわからないガキと闘っている。

味方からの通信が入った。

 

「西側、どうした?学生?」

 

俺は周囲の音を広い状況を仲間に伝える。

 

「ここにも来る。…………上だ!」

 

俺が仲間にそう伝えると仲間がライフルを敵に向かって乱射する。

再び銃撃戦が始まり、流れ弾が俺の付けていたサングラスを破壊した。

そんなことより敵の増援の足音が聞こえる。

 

「大時計の下!……クロークに4人、右の売店、レジ下に3人!」

 

俺は仲間に指示し訳のわからない学生のガキを殺していく。

敵をクリアした爆弾を持った仲間がやってくる。

 

殲滅したと思われたがまだ、敵がいるようであった。

足音と心音が聞こえる。しかし、あり得なかった。それぞれが別の場所(・・・・)から聞こえてきたから。

一人は心音は聞こえないが足音が聞こえる。

逆方向から心音は聞こえるが足音が聞こえない。

 

挟み撃ちにされていた。

 

その事を伝えようとしたときに銃声が響く。

味方が撃たれた。

次々と味方が倒れていく。俺も応戦するが動きが速すぎて的が絞れない。

 

…何故だ?

得たいの知れない恐怖感を感じる。

白髪の少女とフードを被った顔の見えない子供が銃口をこちらに向けているのがわかる。

突如、腹部に激痛が走り立っていられない。撃たれたのか?

 

「真島……起爆しろ………。」

 

「……くっそぉ!」

 

俺は仲間の言葉に反応し、最後の気力を振り絞り手元にある起爆ボタンを押した。

 

_____

 

俺と千束は最後にお土産売り場にいる敵を挟み撃ちにして奇襲する。

最後に残った緑色の髪の敵に俺たちは銃口を向けた。

 

俺は千束と共に引き金を引く。

銃声に反応したのか隣で気絶していた敵が目を覚まして口を開く。

 

「真島……起爆しろ………。」

 

「……くっそぉ!」

 

起爆。

その単語に反応する。

男の手には起爆ボタンのようなものが握られていた。

情報にはなかった。完全に油断していた。

 

すぐに千束を守るため彼女に覆い被さる。

次の瞬間、ものすごい轟音と衝撃に包まれた。

 

______

 

ハチと最後のテロリストを無力化した瞬間、テロリストの手の中にある起爆ボタンが押された。

 

私が気づいたときにはハチが私に覆い被さってものすごい音と衝撃が起こる。

数秒後、ようやく音と衝撃が収まった。

 

「千束、無事か?」

 

「う、うん。ありがと。」

 

ハチが体を起こしてから私も体を起こす。

 

「むちゃくちゃだ。爆弾があるなんて情報にはなかったぞ。」

 

「だよねぇ。とりあえず先生に連絡して迎えに来て貰うよ。」

 

「あぁ、頼む。」

 

私は通信機で先生に連絡をする。

 

「先生、聞こえる?」

 

『千束!無事か?史八は?』

 

「大丈夫、ハチも無事だよ~。それよりも迎えに来てほしいんだけど。」

 

『了解した。すぐに回収班を向かわせる。その場で待機しててくれ。』

 

「りょ~か~い。」

 

数分後、DAからの回収班が到着し、私たちは車に乗ってDAに帰還する。

車内でハチが話しかけてきた。

 

「心臓はどうだ?千束。」

 

「大丈夫みたい。戦闘中も特に気にならなかったし。」

「あっ、そうだ!ハチにはまだ話してなかったよね!これすごいんだよ!音がね、全くしないの!スゴくない!?」

 

「本当か?」

 

「あぁ~、疑ってるだろぉ?耳当ててみても良いよ!」

 

「いいよ、別に。」

 

私はそっぽを向くハチをからかうように言う。

 

「あ~、恥ずかしがってるぅ~!」

 

「ちげぇよ。ただ…、」

 

「ただ…、なにさ?」

 

「…音がしないってのは千束が死んでるみたいでなんか…やだ。」

 

ハチは言いづらそうにそう言った。

 

「…かもしれないけど私はこうやって生きてるわけだし……。」

「それに今回の件だってふたりで解決できたし万々歳ってやつじゃない?」

 

「万々歳…ねぇ。俺の本番はむしろこれからがって感じがする。」

 

「どう言うこと?」

 

「DAに着いたら分かるさ。」

 

私にはハチがこのときに言っている意味がよく分からなかった。

 

______

 

電波塔爆発後、千束と通信がつながり千束と史八が無事であることが確認できた。

モニター映像も爆発時の煙でふたりの姿を確認できなかったが煙が晴れて千束と史八の姿を確認することが出来た。どうやら大きな怪我は負ってはいない様子だ。

回収班を向かわせふたりにはDAに帰還して貰う。

 

しかし、喜んでばかりはいられない。

この後にはまだ試練が残っている。

 

予想通り、虎杖が口を開く。

 

「彼は何者だ?」

 

「さっき言ったでしょう。彼は味方だと。」

 

「味方だと?彼はDAのことを知っているのか?いや、リコリスと共に行動しているということは少なからず我々(DA)の情報を持っているということだ。明らかな規約違反だ。」

 

「…………。」

 

「…まぁいい、この後直接本人から聞くとしよう。」

 

虎杖は楠木に向かって命令を出す。

 

「奴を拘束し私のもとへ連れてこい。」

 

「了解しました。」

 

楠木は私に一度だけ目線を向けたが、すぐに虎杖の命令通りに史八を拘束するため退室していった。

 

________

 

DAに到着し、車から降りると数十人のリコリスたちに銃口を向けられていた。

リコリスたちの中央には赤い髪の毛の女性が立っていたが顔を見ると男か女か判別できない。しかし、スカートを履いているということは女性なのだろう。

俺はこの人に初めて会ったし名前も知らない。だが、本能的にこの人とはウマが合わないと感じていた。

 

俺は抵抗の意思がないことを証明するために両手を挙げるが隣では千束が慌てていた。

 

「ちょちょちょちょちょい待って!待って?!なに!?なに!?なんで私たち狙われてんの?!?」

 

「狙われてるのはお前じゃない、俺だけさ。」

 

「なんでハチが狙われなきゃいけないのさ!?何も悪いことしてないのに!?」

 

「俺がこの場にいるこの事態が異常なことなの。車内で言っただろ?俺の本番はこれからって。」

「とりあえず、俺から離れろ。何されるか分からんぞ。」

 

「でも!」

 

「いいから。……俺は大丈夫だ。だから、ほら。」

 

「…ハチ。」

 

千束を俺から離れるように促すと彼女は渋々といった感じにゆっくりと離れていく。

さて…と。

 

「大勢での手厚い歓迎痛み入るが、こちらには交戦・敵対の意思はない。拘束して貰っても一向に構わない。」

 

俺がそうリコリスの中心にいる赤い髪の人物に話しかけると近くのリコリスに指示を出し、俺の身体検査をし、ハンドガンとリストブレードを回収した後、俺はひざまずき両腕を後ろを回され手錠をかけられる。

 

ハンドガンとリストブレードは赤い髪の人に手渡された。

 

「ふむ、君には幾つか聞きたいことがある。付いてきなさい。リコリスはもういい。次の命令まで待機していろ。」

 

その言葉でリコリスはそれぞれバラけて行ってしまった。

 

「ハチ。」

 

千束が俺を心配して近づいてくるがそんな彼女に静止の声がかかる。

 

「千束。お前にも色々と聞きたいことがあるがまずは自室で待機していろ。」

 

「楠木さん!なんでこんなことを?!」

 

「命令だ。早く自室へ戻れ。」

 

「楠木さん!」

 

千束が抗議してくれているがそんな彼女を俺が止める。

 

「千束。」

 

「でも、このままだとハチが!」

 

「俺は大丈夫だ。それに、このままだとお前の立場まで危なくなる恐れもある。だからここは命令に従っとけ。俺がお前に嘘付いたことあるか?」

 

「……………………分かった。」

 

千束も納得して自室へと向かう。

千束の姿が完全に見えなくなったときに千束に楠木と呼ばれた女性が話しかけてくる。

 

「…ずいぶんと懐かれているようだな。」

 

「えぇまぁ、人徳の差じゃないですか?」

 

「ふんっ、軽口を叩けるのも今のうちだ。ついてこい。」

 

俺は楠木の案内でDAの中にある一室に案内される。

楠木がドアをノックする。

 

「楠木です。」

 

「入りたまえ。」

 

ドアの向こう側から返事が聞こえた。

楠木が失礼しますと言いながら入ったため、俺もそれに続く。

部屋の中にはボスと紫色のスーツを着た見たこともないおっさんがいた。

 

 

 



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過去の話 ⑬

 

俺が部屋の中に入るとボスと紫のスーツを着たおっさんがいた。部屋の中には俺たち4人しかいない。

俺はスーツのおっさんも本能的にウマが合わないと感じた。

 

俺は部屋に入ってからどうしても気になったことがあった。

聞いても良いのかと迷っているとスーツを着たおっさんが口を開く。

 

「さて、貴様には色々と聞かなければならないことがあるが………まず、名前を聞こうか?」

 

「その前に色んな事置いといて一つ聞いてもいいですか?」

 

俺以外の三人の視線が俺に集まる。

俺は視線を気にせずスーツを着たおっさんに向けて言う。

 

「その髭なに?」

 

俺の一言で空気が凍りつくのを感じる。

ボスは目に手を当てながら天を仰ぐ。

 

いや、だってしょうがないじゃん!気になっちゃんたんだから!

なにあの髭?!上向いてるよ!重力に逆らってるよ!

なに、ワックスで固めてんの?髪の毛なら全然わかるけど髭を?おかしくないこの人?!

 

おっさんが青筋を浮かべながら俺に向けて言う。

 

「貴様は礼儀を知らないようだな。」

 

「申し訳ない。孤児な上に記憶喪失なもので教えられた記憶がないんです。……あぁでも、貴方も知らないようだから教えてあげますよ。他人の名前を聞くときはまず自分から名乗るのが普通みたいです。良かったですねぇ。次からは恥を掻かずに済みますよ。その歳で恥は掻きたくないでしょう?」

 

俺が煽るとおっさんの視線が鋭くなるがとりあえずは怒りを納めたようだ。

隣ではボスが俺に何か言いたそうな顔をしているが知らないふりをする。

 

「………そうだな。まずはこちらから自己紹介させて貰おう。私は虎d、」

 

「あぁ、いいです、いいです。貴方の名前は知りたくもないし、覚えるつもりもありませんから。あっ、因みに俺は大神史八って言います。以後お見知りおきを。」

 

目の前のおっさんのこめかみに血管が浮かび上がる。

相当頭に来ているようだ。そりゃそうだ。こんなガキにバカにされたら誰だって頭に来る。

 

俺がそんなことを考えていると隣からボスが口を開く。

 

「史八、目の前にいる男の名前は虎杖。リリベルの司令官だ。」

 

「リリベル?何ですか、それ?リコリスの仲間ですか?」

 

「いや、リリベルは男児で構成されている。リコリスとは完全に別だ。」

 

別?

ボスらしくもないあやふやな表現に違和感を覚える。

何か言いづらいことなのだろうか?

……まさか。

 

怒りを納めたであろうおっさん……もとい虎杖は俺に向かって言う。

 

「…君のような無礼なガキでも私から2つの選択肢を選ばせてやる。リリベルになるか……死ぬかだ。」

 

選択肢なんてあってないようなものだ。

明確な脅しだった。

 

「2つと言いながら1つしか選択肢がないような気がするのは俺だけでしょうか?」

 

「だからなんだ。それで?貴様の答えは?」

 

「はぁ、死にたくはないですね。俺にも目的があるので。」

 

「では、リリベルとして君を迎え入れよう。」

 

虎杖が俺に手を差しのべるが俺はそれに答えるつもりはさらさらない。

 

「勘違いしないでください。俺はリリベルになるつもりもありませんから。」

 

虎杖の目を細める。

 

「なんだと?」

 

「遠回しな言い方はやめましょうよ。あんたはこう言ってるんだ。命と衣食住は保証してやる。だから、自分のために死ぬまで働け。もしくは死ね。……ってね。」

 

「それの何が悪い。君に選択肢はこれだけしかない。」

 

「そもそも、リリベルなんてリコリスを抹殺する組織(・・・・・・・・・・・)に所属するなんてゴメンだ。殺しはうんざりなんでね。」

 

俺の言葉に楠木の表情が明らかに変わる。

カマを掻けただけだがどうやらビンゴだったようだ。

俺の確信を得た表情を見て虎杖は楠木に視線を移す。楠木は虎杖の視線には耐えられなかったのか下を向いてしまう。

 

「いや~、ずっと疑問だったんですけど謎が解けましたよ。」

 

「謎?」

 

ボスが俺に聞いてくる。

 

「なんでDAが秘匿され続けられているのか、ということですよ。」

 

俺は言葉を続ける。

 

「DAに所属するリコリスが現場に行き事件を解決する。でも、絶対に成功する訳じゃない。失敗する可能性だってある。今回の電波塔のようにプロ相手だったら殺されるか、最悪、リコリスが捕縛される可能性だってある。リコリスの装備品から特定される危険もあるし捕まれば拷問されてリコリス自身が情報を流出してしまう恐れだってある。まぁ、拷問に耐える訓練もされてるかも知れないが、所詮は子供だ。100%情報を吐かないという保証はない。だから、情報の流出を防ぐためにリコリスを抹殺する組織が必要。それが…リリベルだ。違いますか?」

 

ボスはなにも言わないが難しい顔をする。

どうやら当たっていたようだ。

しかし、ボスはリリベルの事を快くは思っていないだろう。

そう思っていると虎杖が口を開いた。

 

「リリベルがどうかなんて今はどうでもいい。リリベルにならないと言うのなら貴様には死んでもらうほかないな。」

 

そんな虎杖に俺はため息をはく。

 

「頭が固いですねぇ。歳はとりたくないものです。」

 

「なんだと?」

 

「あんたはさっき2つしか俺に選択肢がないと言っていたが他にもあるんじゃないか?」

 

「ほう?ほかにどんなものがあると言うんだ?」

 

「…協力しましょう。あなた方(DA)に。」

 

「協力だと?」

 

「えぇ、今回の件のようにリコリスで対処不可能な時には俺がリコリスの代わりに対処しましょう。人知れず何かを成すのは得意なんでね。勿論、協力関係にあるならDAの情報も流出させるつもりもありません。」

 

「話しにならんな。貴様のような一個人が我々(DA)に協力するだと?ふざけるのも大概にしてもらいたいものだ。」

 

「電波塔で力は示したつもりですが?」

 

「………。」

 

「まぁ正直、ここで話し合っても意味はないでしょう。上層部なんかと話し合ってそこで俺の処遇を決めてください。まぁ、処分するってなったら逃亡はさせてもらいますが。」

 

「逃亡などさせると思うか?」

 

「さっきも言ったでしょう。人知れず何かを成すのは得意だって。逃亡したらDAのあることないこと言わせてもらいますね。協力関係にないんですから当たり前ですよね。」

 

「情報規制は完璧だ。やれるものならやるがいい。」

 

「それはネットを介して…ですよね。だったらアナログな方法でやりますよ。ネットよりは確実に遅いでしょうが、ゆっくりとだが確実に噂は広まっていきますよ。人の口に戸は立てられないですからねぇ。」

 

俺の煽りについに虎杖が憤慨する。

 

「その小僧を独房に閉じ込めておけ!」

 

そう言って虎杖は部屋を出ていった。

虎杖の退室を確認してからボスが話しかけてくる。

 

「史八、何故あんなに煽ったんだ。君らしくもない。」

 

「煽る必要があったからですよ。」

 

「?」

 

「今回の件でボスと千束に迷惑はかけられません。出来るだけ俺に奴のヘイトを集めたかったんです。」

 

「お前と言う奴は、」

 

「指令。」

 

ボスが何かを言う前に楠木が割ってはいる。

 

「彼を独房に。」

 

「すまない、史八。」

 

「大丈夫ですよ。独房にぶちこまれるのも馴れてます。1700年代のジャマイカの牢屋よりはましでしょうし。」

 

ボスは申し訳なさそうな顔をしていたが、楠木が俺を独房へ連れていった。

 

______

 

DA本部のとある場所

 

「虎杖からの報告を聞いたか?今回の件。」

 

「勿論、電波塔でテロリスト共を一人のリコリスとおかしな少年が鎮圧した件だろう?虎杖からこの少年の処遇をどうするべきか判断を仰がれている。」

 

「殺せば良いではないか?電波塔の件は現場にいたリコリス一人で解決したことにすればいい。幸いにも生き残ったのはそのふたりなのだろう?他のリコリスに知られれば士気の低下の恐れもあるかもしれないからな。」

 

「彼を処分するのは反対だな。電波塔での映像を見ただろう?彼の実力は本物だ。リリベルにするべきではないか?」

 

「虎杖が既に強制したみたいだが断られたみたいだ。代わりに彼自身が我々(DA)に協力を願い出た。」

 

「協力だと?この少年個人が?」

 

「そうだ。リコリスで対処出来ない任務があれば自分が解決すると言っているみたいだ。」

 

「そもそも、この少年は何者なんだ?」

 

「どうも、リコリスの司令官が隠し持っていたらしい。」

 

「明らかな規約違反ではないか!だから、言ったのだ!傭兵上がりの者なぞ迎え入れるべきではないと!」

 

「リコリスの司令官の処罰は後で決めるとして、今はこの少年をどうするかだ。正直私は、彼の要求を受け入れて良いと思っている。」

 

「なぜだ?!」

 

「彼の実力を見ただろう?殺すには惜しい。だったら手中に収めて飼い殺せばいい。」

 

「奴が情報を流出したらどうするつもりだ。」

 

「勿論、これ以上彼には情報を持たせないようDAから出ていってもらう。…そうだな。都内に小さい支部を作ろう。彼にはそこで活動してもらう。」

 

「なら、リコリスの司令官もそこに異動させれば良いのでは?それが今回の処罰ということにして、情報を流出させないように少年を監視させればいい。」

 

「まだ一つ問題が。」

 

「なんだ、まだあるのか?」

 

「今回、生き残ったのリコリスなんですが心臓移植の手術をやったそうです。」

 

「それの何が問題なんだ?」

 

「移植された人工心臓がまだ世に出ていない代物であるそうなんです。そんなものどこで手に入れたのか…。」

 

「はぁ、………アランか。」

 

「アラン機関と繋がっているリコリスということか?!」

 

「確定ではありません。疑惑の段階です。」

 

「疑惑でも充分だ!殺せ!あの訳のわからん組織にこちらの情報が流れたら何をされるか………。」

 

「殺すのは不味いのではないか。何でもそのリコリスは歴代最強のリコリスなのだろう?」

 

「ふむ。……なら、そのリコリスも同じ所に異動させ監視させればよい。皆、異論はないかな。……………では、そのように。」

 

______

 

俺は今、独房の中にいる。

 

体感だと一週間ぐらいは経過しただろうか?

何せ外も見えないし、時計もない。食事も最低限にしか来ない。

暇な時間が続く。

 

千束は大丈夫だろうか?

ボスもいるし、あいつはリコリス最強だ。簡単には処分されないと思うが、やはり心配だ、俺と一緒に行動してたんだ。何かしらの罰を受けていなければ良いのだが。

…考えても仕方がない。今は信じよう。

 

そう思い、時間を潰すため目を閉じ眠りに付こうとするとふたり分の足音が聞こえてくる。

足音は俺が入っている独房の前で止まった。

足音の正体はボスと……なんだっけ?あぁ、確か虎杖だったか。

 

虎杖は不機嫌そうな顔で独房を開けながら俺に言う。

 

「…全く持って腹立たしい限りだが、DAは貴様の要求を受け入れることになった。」

 

虎杖の言葉で俺が計画していた逃亡計画を実行する必要がなくなった。

取り敢えず、第一関門は突破か。

 

「貴様は正式にDAの協力者ということになった。精々、我々のために働いてくれ。勿論、情報を流そうものなら、」

 

「分かってるさ。精々、不慮の事故(・・・・・)に合わないように気を付けますよ。」

 

「ふん。」

 

虎杖は不機嫌なままこの場を去る。

ボスが俺の手錠を外しながら言う。

 

「さぁ、これから忙しくなるぞ。」

 

「これからどうするんです?」

 

「そうだな、1つずつ説明しよう。」

 

俺はボスから説明される。

簡単に要約するとこうだ。

 

1, 俺はDAの協力者になった

2, 俺を匿い規約違反したボスはDA支部へ異動

3, 俺もボスの監視のもとDA支部へ

4, 千束も何故か支部へ異動。

5, DAの情報を他言しないこと

 

俺は純粋な疑問をボスにぶつける。

 

「何故、これから忙しくなるんです?聞いたところ俺たち三人がそのDAの支部に行くことになっただけでそんなに忙しくならないような気がしますけど……、っていうか支部なんて合ったんですね。」

 

「…支部なんてものはまだない。」

 

「え?支部に行くんですよね?」

 

「あぁ、そうだ。」

 

ん?独房生活で頭がおかしくなってしまったか?

ボスの言っている意味がわからない。

待てよ。さっきボスは何て言った?………まだ(・・)ない?

大体は察したが現実逃避したかった。

 

「……どういうことですか?」

 

「これから作るんだ、私たちで。」

 

「作る?支部を?……それに私たち(・・)って………。」

 

「私と千束と………お前だ。」

 

「……………………………マジかよ。」

 

切実にボスに冗談と言って欲しかった。

 

______

 

車でこれからDAの支部となる建物に移動してる時に俺は千束に尋ねた。

 

「ホントによかったのか?DAには友達も居たんじゃないか?」

 

千束は笑顔で返事をする。

 

「あぁ!フキとかね!いいよいいよ!別にこれから先、会えなくなる訳じゃないしね!まぁ、ちょっち寂しい気もするけど、代わりに先生とハチが居てくれるしねぇ~!」

 

車が目的地に着くと千束が建物を見て興奮する。

 

「おっほぉ~~!いいじゃん!いいじゃん!ふたりとも中に早く入ろうよ!」

 

「落ち着きなさい、千束。まずは、荷物を下ろしてからだ。」

 

「そうだぞ。ほとんどお前の荷物なんだからな。」

 

「はぁ~い。」

 

三人で協力して荷物を下ろしたあと、建物のドアを千束が勢いよく開けるが、中には何もなく、寂寥としていた。

先程まで興奮していた千束も中の様子を見て気持ちが冷めてしまっていた。

 

「これは……外観とのギャップがすごいな。」

 

「そうだね。これはリフォームが必要だよ。うん。」

 

「ふたりともそんな入り口にいつまでも立ってないでこれからの話し合いをするぞ。」

 

「話し合い?」

 

「そう。ここをどうするか……だ。」

 

「どうするってどういうこと?」

 

「そうか。DAは秘匿されている組織。だったらその支部も秘匿されなきゃいけない。この建物の表の顔をどうするかってことですね。」

 

俺は気付いたことをそのまま言った。

 

「そういうことだ。」

 

「何かしらの制限とかってあるんですか?」

 

「いや、そういうのはない。ただ、これから千束のリコリスの活動費という名目でDAからの支援金が出る。そこから現場への移動費などを出す予定なのだが……。」

 

ボスが何故か言いづらそうにする。

 

「なにか問題でも?」

 

「……非殺傷弾の製作費用もここから出すとなるととんでもない額となる。」

 

「あぁ、ということはここも何かしらで資金集めができる場所のほうが都合がいいと…そういうことですね。」

 

「話しが早くて助かる。」

 

俺がボスとそんな話していると千束が頬を膨らませている。

明らかに不機嫌ですという顔であった。

 

「むぅぅぅ~。難しい話しばっかりしてないで私にも分かるように言ってよぉ~!」

 

俺とボスはため息をして俺は千束に向き合って分かりやすくジェスチャーをしながら説明する。

 

「いいか、千束。よく聞けよ。」

 

「うん。」

 

「俺たち、金、ない。ここ、金、集める。OK?」

 

「なんで片言?!私の事バカにしてるだろぉ!」

 

千束のじゃれあいに対応しているとボスが1つ咳払いをする。

 

「ふたりともその辺にしろ。資金集めをするためのいいアイデアは何かないか?」

 

「すぐ思い付くところですと、何か物を売ったり出来れば楽なんですけど…。」

 

俺がなんとなくの意見を言ったあと千束が元気よく手を挙げる。

 

「ハイハイはぁーい!私にいい考えがありまぁ~す!美味しいものを作って売る!これっきゃないでしょ~!」

 

「レストランということか?」

 

「レストランは難しいんじゃないか?俺たち3人しか居ないわけだし。それに人を雇おうにもあくまでもここはDAの支部だから雇えない。」

 

「いやいや、レストランなんて仰々しいものじゃなくてもいいんだよ。誰でも気軽に入れてお客さんに癒しを与えるようなお店でいいんだよ。」

 

「カフェということか?」

 

「そう!どう、ふたりとも?」

 

ボスは腕を組んで考えるような素振りを取る。

 

「カフェか。」

 

「俺は良いと思いますよ。」

 

千束に聞こえないようにボスに耳打ちをする。

 

「それに、千束がやりたがってます。やらせてやりましょう。もし上手くいかなかったらそのときに考えれば良いですし。」

 

俺の言葉にボスはしばらく黙って考え込む。

 

「……わかった。やってみよう。」

 

ボスの言葉に千束が跳び跳ねながら喜ぶ。

しかし、ここでカフェをやるとなるとやらなければいけないことが山ほどある。

取り敢えず千束を落ち着かせよう。

 

「千束、落ち着け。これからやらなきゃいけないことが山のようにあるぞ。」

 

「決めなきゃいけないこと?」

 

「そうだ。建物のリフォーム・内装の整備・備品の購入・数種類のメニューの発案及び価格の設定・食材の仕入れ・エトセトラ。やることは山積みだ。」

 

「うへぇ~。そんなにあるのぉ~。」

 

「仕方ないだろう。それに、問題はまだある。」

 

「問題?」

 

「俺は簡単なものしか作れないが……ふたりとも、料理の経験は?」

 

「「あ。」」

 

千束とボスの声がハモる。

どうやらふたりとも料理をしたことがなく、俺たち3人は思った以上に前途多難なようだった。

 

______

 

それからは慌ただしい日々が続いた。

カフェをやるというのにコーヒーもまともに入れられないボス。

 

「どうだ。」

 

「不味い。泥水みたい。」

 

「右に同じく。ただ、苦いだけって感じですね。」

 

「ダメか。史八はなんであんなに紅茶を入れるのが上手いんだ?」

 

「イタリアとフランスで何度か入れたことがありますし。」

 

「アニムスか。」

 

_____

 

リフォームしたばかりの壁に絵を描く千束。

 

「おい、千束?!なんでこんなところに絵なんて描いた?!」

 

「え~、そっちの方がいいじゃん!少しはお店の雰囲気が明るくなるでしょ~。」

 

「リフォームしたばっかだぞ!ってか油性ペンで描いたな!消えねぇ!」

 

「まぁ落ち着け、史八。壁に額縁に入った絵でも掛ければ隠せるだろう。」

 

「…まぁ、ボスがそれでいいなら。」

 

_____

 

勿論、DAからの要請にも答える。

任務で千束がちょっとした負傷をしたときに行った医療施設で千束が山岸先生を紹介してくれた。

 

「ハチ、この人は山岸先生。DAの医療担当の先生なんだよ。」

 

「初めまして、大神です。よろしくお願いします。」

 

「あんたの話しは聞いてるよ。なんだい、思っていたよりも礼儀正しいじゃないか。」

 

「ありがとうございます。」

 

「ん?千束、これ自分で応急処置したのかい?」

 

「ううん。ハチがやってくれた。」

 

「あの、何か不味かったでしょうか?」

 

「いいや、完璧だよ。誰に習ったんだい?」

 

「え~と、………クリミアの天使に。」

 

「……………面白いこと言う子だね。」

 

____

 

3人で話し合い店の作業服が決定。

 

「わぁ~、着物だぁ!いいねぇ!」

 

「カフェなのに着物ですか?動きづらくないです?」

 

「店は和洋折衷にするからな。こう言うところで他の店との違いを見せないと。」

 

「なるほど?」

 

_____

 

あの電波塔事件から色々なことがあった。

そうして、ようやく店が完成した。

 

「おぉ~!ついに完成だね!ハチ、先生!」

 

そんな千束をボスがまだだ、と否定する。

 

「まだ、店の名前が決まっていない。」

 

「そうじゃん!お店の名前かぁ。何がいいかな?」

 

「千束が決めてくれ。カフェをやるって言い出しっぺはお前だ。」

 

「そうだな、千束が決めなさい。ただし、変な名前にするなよ。」

 

千束は頭を抱える。

 

「う~んと、え~とねぇ、……そうだ!」

 

千束は答えが出たのか手を叩きながら言う。

 

「喫茶リコリコにしよう!どう?!」

 

「「リコリコ?」」

 

俺とボスの声がハモる。

リコリスとかけているんだろうか。だが、シンプルな方がいいだろう。

 

「いいんじゃないか。喫茶リコリコ。ねぇ、ボス。」

 

「そうだな。ではこれより、喫茶リコリコ開店だ!」

 

「「おぉ~~!」」

 

その後、そうだ!と、千束が何か思い付いたらしい。

 

「3人で写真撮ろうよ記念にさ!」

 

「俺はいいよ、写真苦手だし。俺が撮ってやるから。」

 

「記念写真なんだから3人で撮らなきゃ意味ないでしょうが!」

「ほらほら、タイマー始めたからハチも先生も並んで並んで!」

 

千束はそう言って俺の手を引き店の前に並ばせる。

そうしてボスをふたりで挟む位置でシャッターがきられた。

 

次にボスが提案してくる。

 

「ほら、今度はお前たちのツーショットだ。並びなさい。」

 

「ちょっ!まだ、撮るんですか?!」

 

「ほら!ハチ、もっとくっついて!」

 

面白がっているボスとテンションの高い千束。

俺は諦めるしかなかった。

 

「はい、チーズ、」

 

ボスの掛け声と共にカメラのシャッターがきられる。

そこには、赤い着物を着た少女が白黒の着物を着た少年に笑顔で腕を組んでいるところが映されていた。

 

写真は苦手だが、俺はこれを見たとき不思議と気に入ってしまった。

______

 

こうして無事、喫茶リコリコは開店された。

しかし、最初は当然上手くいかない。お客さんが来ない。

来たとしても1日で数人。しかし、ボスの作る和菓子やコーヒーが良かったのか着実にお客さんの数は増え常連さんと言える人も出てきた。

まぁ、それでも経営的にはカツカツだったが俺は楽しかった。

 

たまにDAからの要請もあるが、千束がいてボスがいてお客さんの笑顔があって困っている人を助けて忙しい毎日だったが、充実した毎日だった。

 

千束が野良犬を拾ってきたときは犬の名前で一悶着起きた。

 

「この子の名前どうしよう。ハチ、何かない?」

 

「じゃあ、セヌ。」

 

「セヌ?」

 

「昔いた相棒の鷲の名前。」

 

「いやこの子、犬だし。犬に鷲の名前つける?普通。」

 

「じゃ、千束は何がいいんだよ?」

 

「ん~とね、リキ!今日からお前はリキだよぉ~!」

 

千束がそう呼ぶと犬……もといリキがワンっと、吠える。

 

「ほら!リキの方が良いって!」

 

「ハイハイ。」

 

_____

 

数年後、喫茶リコリコに仲間が1人加わる。

 

「彼女はミズキ。元DAの情報部だ。今日からここで働いてもらうことになった。仲良くしろよ。」

 

そう言ってボスが俺と千束に一升瓶を片手に持った女性を紹介してくれた。

 

「よろしく。後、そこの銀髪のガキ。」

 

「俺ですか?」

 

「顔は好みだけど、いくらあたしが美しいからって惚れるんじゃないわよ。」

 

「はぁ。」

 

俺はどう返事をしたらいいか分からずよくわからない声を出したが千束から刺のある言葉が出てきた。

 

「ハチがおばさんを相手にするわけないじゃん。」

 

「なっんだと!クソガキっ!」

 

そこから千束とミズキさんの取っ組み合いが始まり、俺とボスは同時にため息を吐く。

 

____

 

それからさらに数年が経ち。

 

「よろしくお願いします。井ノ上たきなです。」

 

たきなが喫茶リコリコに来て。

 

「クルミ。」

 

ウォールナット……もといクルミが仲間に加わり。

 

喫茶リコリコで働きながら依頼で困っている人を助けて、たまに来るリリベルを千束と共に撃退しながらDAの任務を片付ける日々が続いた。

 

そんな日々が続いて、俺は…………目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目覚めた場所は無機質な研究室のアニムスの上だった。

 

 

 

 

 

 





はい、という訳で今回で過去編終了です。
かなり駆け足で描きましたが思った以上に長くなってしまいました。
過去編が長くなってしまいましたが、オリ主君がアニムスで眠ってからまだ、1日しか経過しておりません。

次回から現代編に戻ります。
お楽しみに。


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寝て起きたら寿命が短くなってしまった話

 

永い……永い夢を見ていた感じがする。

そうだ。アニムスから目覚めた時はいつもこんな感じだった。

気だるい感じがして頭がぼーっとする。あまり体を動かしたくない。このまま目を閉じて眠ってしまいたい。

 

というか俺、なんでこんなところにいるんだっけ?

あぁ、そうだ。タカの眼でシンさん…いや、吉松さんのいるビルを突き止めて、記憶を取り戻すためにアニムスを使ったんだっけ。

速く、ここから出ないと。

何をされるかわからない。

 

アニムスの影響で思った通りに動かない体に鞭を打ちながらビルから脱出する。

 

路地裏に入り体を休める。

俺は休みながら失っていた記憶を思い出していた。

 

「なんで……なんで…こんな大事なこと忘れてたんだ。」

 

目から涙が溢れでる。

 

「院長先生。みんな…。」

 

死んでしまった彼らに顔向けできない。

座りながら蹲り泣いた。

罪悪感に押し潰されそうだった。

殺したいほど憎い奴がいる。でも、その人は俺なんかに名前をくれてとても優しい人だということも知っている。その人には死んで欲しくない。

殺したい気持ちと殺したくない気持ちの板挟みで自分自身がもうよく分からない。

いくら考えても答えなんか出やしない。

 

「………それでも、俺のやることは変わらない。」

 

俺は涙を拭い立ち上がる。

 

「自由のために戦う。……それだけだ。」

 

俺は誓うようにその言葉を口にする。

そのときに、ポケットの中にあるスマホが振るえる。

メールが届いたようだ。確認しようとするとボスから何件もの不在着信があった。今届いたメールもボスからだった。

内容はたった一言。山岸先生の所に来て欲しいとのことだった。

 

誰か怪我をしたのだろうかと急いで山岸先生のいる医療施設に向かう。

 

_____

 

医療施設に到着し、廊下を進んでいくとボスが立っていたため、話しかける。

 

「ボス。」

 

俺が話しかけるとボスが俺の存在に気付く。

 

「史八。」

 

「何があったんですか?」

 

ボスが難しい表情を浮かべながら俺が居ない間に起こったことを説明してくれた。

 

真島が自宅に現れたこと。千束が定期検診中に何者かに襲われたこと。謎の看護師に薬で眠らされ人工心臓を電流で弄られたこと。

たきなが千束の助けに入ったが人工心臓は弄られた後で、犯人も逃してしまったようだ。千束の意識はまだ戻らないまま。

 

いつもなら完全に頭に来ててもおかしくないのだがこの話しを聞いても不思議と怒りが出てこなかった。

いや、違う。記憶が戻ったことで俺の精神が暗殺者(アサシン)のそれに近づき、怒りをコントロールできてるんだ。今はこの怒りを爆発させる時ではない。

 

俺はボスに尋ねる。

 

「…千束は今どこに?」

 

「奥の病室だ。たきなが一緒にいてくれてる。ミズキとクルミももうすぐここに到着するはずだ。」

 

「そうですか。」

 

俺は歩いて千束のいる部屋に向かおうとする。

ボスを通りすぎた所で話しかけられる。

 

「史八。」

 

「なんです?」

 

俺は足を止め振り返らずに答える。

 

「大丈夫か?」

 

「……………今は俺の事より千束の心配をしましょう。」

 

俺は再び歩きだして千束のいる部屋に向かう。

 

後ろでボスが俺の名前を小さく呼んだ気がした。

 

_____

 

夕暮れ時、わたしはベッドの近くで眠っている千束を見ている。

あの看護師を撃退してから1時間以上経っているが千束が目を覚ます様子はない。

 

「千束。」

 

わたしが彼女の名を呼んだときに、ドアがノックされた。わたしが返事をするとドアが開かれる。ドアの先にいたのはハチさんだった。

 

「ハチさん。」

 

ハチさんの顔を見ると申し訳ない思いが強くなる。

自分の実力不足で千束をこんな目に逢わせてしまった。

 

「よぉ、たきな。久しぶりだな。」

 

久しぶり?ハチさんが極秘任務に行ってからまだ1日しか経過していない。ハチさんの言葉に疑問を持ったが、別の疑問を彼にぶつけた。

 

「極秘任務は終わったんですか?」

 

「極秘任務?………あぁ、確かそんな感じにしてたんだっけ。」

 

「?」

 

「いや、気にするな。こっちの話しだ。そんなことより、さっきボスから聞いたよ。…すまなかったな、大変な時に居てやれなくて。」

 

彼はそう言ってパイプ椅子をわたしとは反対側に置きそれに腰かける。

 

「いえ、わたしの到着がもっと早ければ千束は、」

 

「そんな風に自分を責めるな。千束もきっと同じようなことを言うはずだ。それにしてもよく気付いたな。千束が襲われてるって。」

 

「…千束と決めていたんです。わたしからの電話は3コール以内に出るようにと。出ない場合は危険と判断して次のワン切りで千束のもとに向かう通知にするって。」

 

「なるほどな。そして、ここに来てみたら看護師に襲われていた…と。」

 

「ごめんなさい。捕らえることが出来ていれば。」

 

自分を責めるなと言われたばかりなのにまた、わたしは申し訳ない気持ちになってしまう。

 

 

「たきな。」

 

「すみません。」

 

「謝るな。今は、千束が目覚めるのを一緒に祈ろう。」

 

「…はい。」

 

ハチさんはそう言って千束の右手を優しく握る。

その時わたしは勘違いをしていることに気付く。

この場でこの場1番辛いのはわたしではなく、ハチさんだということ。

彼は任務で何も出来なかった。悔しいのだろう。やるせないのだろう。

彼が千束になにかはわからないが特別な感情を抱いているのは一緒の時間を過ごしてきたので分かっている。千束もそうだ。

彼らは互いに何か特別な感情をもっていた。

 

山岸先生が以前言っていたことを思い出した。ハチさんは自分事には鈍感だが、千束の事になると敏感になる。

千束が真島に殴られているところを発見したときには今まで感じたこともない殺気を感じた。

だか今はそれがない。

気になってしまったため本人に尋ねることにした。

 

「あの、ハチさん?」

 

「ん?」

 

「何か…ありました?」

 

「なんで?」

 

「いえ、言葉では説明が難しいのでなんと言ったらいいか分かりませんが、いつもとなにか違う気がするので。」

 

「いつもと違う…か。」

 

ハチさんは私の言葉に苦笑いをしながら答えた。

 

「たきながそう感じたのなら…そうなのかもな。」

 

彼から返ってきた答えはよくわからないものだった。

 

_____

 

(大丈夫だ。絶対に大丈夫。)

 

ハチの声が聞こえる。これはずっと昔に言われたセリフ。

手術が怖くてハチの前で初めて泣いたときに勇気づけられた。

 

あの時確かわたしの不安を追い出してくれるようにハチが抱き締めてくれたっけ。

暖かかったなぁ。

 

 

 

そう、とても暖かかった。

 

_____

 

目が覚める。

私の目の前にはたきなが心配そうな表情で私を見ていた奥には先生とミズキとクルミもいる。

 

「おぉ…、お揃いだな。」

 

「やっと起きたか。」

 

私がそう言うと、反対側からハチの声が聞こえた。よく見るとハチは私の手を握ってくれていた。

 

「あ~、ハチぃ。楠木さんからの極秘任務は終わったの?」

 

「………あぁ。」

 

「そっかぁ。おかえり~。」

 

「ただいま、千束。」

 

ハチが無事に帰ってきてくれたことが嬉しい。

そして大体想像できるが、心臓の部分に手を当て自分の身に何が起こったのかを聞く。

 

「私、何されたの?」

 

「心臓を電気で弄られたそうだ。お前の心臓の今の状態を山岸先生が調べてくれてる。…そうですよね。山岸先生。」

 

ハチがドアのほうに向かって声をかけると山岸先生がドアを開いて部屋に入ってくる。

 

「まったく、どれだけ気配に敏感なのよ。あんたは。」

「まぁいい、千束が起きたのならちょうどいいわ。椅子に座りなさい。」

 

私は山岸先生の指示通りに椅子に座ると目にペンライトで光を当てられる。瞳孔の確認をしているようであった。

 

「眠剤の影響で暫く怠いかもだけど。」

 

ハチが私の隣に立ち山岸先生に尋ねる。

 

「先生、千束の心臓は?」

 

ハチの質問に山岸先生は目をそらして答える。

 

「あの女。急激な高電圧による過充電でハードとのアクセスが不可能になった。もう充電もできないよ。単純だけどよ、効果的な最高の破壊方法よ。」

 

「マジかぁ。後、どれくらい持つ?」

 

私は山岸先生に残りの寿命を聞く。

 

「幸い、充電直後だったから………もって2ヶ月。」

 

その言葉を聞いてたきなが口を開く。

 

「2ヶ月って?」

 

「動き回らなければもうちょっと持つわ。」

 

「なにが2ヶ月?!」

 

たきなは自分の質問に答えなかった山岸先生に再び問いかけるが先生が代わりに答えてくれた。

 

「余命だ。」

 

「えっ?」

 

「千束の余命。」

 

「………そ、…そんな、壊れたところを交換でもして!」

 

「出来ないのよ。…悔しいけどよ、あたし達の知識と技術じゃどうにも出来ないのよ。」

 

「千束の人工心臓に代わりはないんだ。」

 

先生が諭すようにたきなに説明するがたきなは走って部屋を出ていこうとしたためそれを止める。

 

「どこ行くのぉ!?」

 

「あの看護師を始末します!」

 

「いいからぁ。」

 

「いいわけないでしょ!」

 

たきなは切羽詰まった顔でこちらに振り向いてそう言った。

私は彼女を落ち着かせるように出来るだけ穏やかに答える。

 

「いいのよ。もともと、そんなに長くなかったんだから。」

 

「もともと?」

 

説明しようとしたときにハチが代わりに説明してくれた。

 

「千束は生まれつき心臓が弱かった。だから人工心臓を移植したんだ。」

 

「…ハチさんは知ってたんですか?心臓のこと。」

 

「…………あぁ、もちろんだ。」

 

「だったら!!!」

 

たきなが反論しようとするがハチがそれを遮るように口を開く。

 

「たきな、ここで千束を襲った奴を殺したところで千束の心臓は元に戻るのか?それはただのお前の八つ当たりだ。」

 

「それは、」

 

「けどもし、その看護師を殺して千束の心臓が元に戻るんだったら…………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が殺す。」

 

 

ハチから殺気が漏れでる。

この場にいる全員が萎縮してしまっていた。

目が覚めてから薄々感じていたが、ハチの様子が何か変だ。

いつもなら殺すなんて単語は彼からは出てこない。

何かあったのだろうか?

 

「ハチも落ち着いてよ。そんなんじゃ、たきなのこと言えないよ。」

 

「…すまん。少しイライラしてた。」

 

空気が悪くなってしまったが山岸先生が悪くなってしまった空気を変えるように言う。

 

「と、とにかく、千束は眠剤の効果が抜けるまで安静に。今日はここで一泊してもらうよ。何かあったときのために一人残ってもらえるとありがたいんだけど。」

 

「なら俺が。良いですよね?ボス。」

 

「あぁでは、任せよう。」

 

そう言って私とハチ以外の人は全員退室した。

私はベッドに戻り、ハチはベッドの近くに置いてあったパイプ椅子に座る。

 

数分間、無言の時間が続いたがハチが私に尋ねてきた。

 

「………聞かないのか?」

 

「なにをぉ?」

 

「何か俺の変化に勘づいてるんだろ?お前が起きる前にたきなにも勘づかれたし。」

 

「そうだねぇ。何年も一緒にいるからねぇ。なんか変だなとは思ってたよ。いつもなら使わない殺すなんて単語も出てくるしぃ~。」

 

「…………。」

 

「話したくないことなら話さなくても良いよ。」

 

私が小さいとき手術が怖くてどうしようもない時、ハチが私に掛けてくれた言葉をそのまま彼に伝える。

 

「でも、ハチがちゃんと話してくれるなら(・・・・・・・・・・・・)私もちゃんと聞くから(・・・・・・・・・・)

 

ハチは驚いた顔をしていた。

気付いたのだろう。

 

「おまえ、それ。」

 

「うん、パクった!」

 

私の言葉にハチは微笑を浮かべた後、一回だけ深呼吸をし意を決するように口を開く。

 

「…実は極秘任務ってのは嘘だったんだ。」

 

「じゃあ、何をしてたの?」

 

「………記憶を取り戻していた。」

 

「じゃあ、ヨシさんの所に行ったんだ。」

 

「あぁ、俺は昔の記憶を取り戻したけど………、ん~。」

 

「どうしたのさ?」

 

ハチは腕を組んで考え込んでしまう。

 

「いや、どっから説明したもんかと思って。……少し長くなるけどいいか?」

 

「いいよ。時間はたっぷりあるし、私もハチの小さかった頃の話し聞きたい。」

 

そう言って、ハチは話し始めた。

 

孤児院で生活していたこと。その後、ヨシさんに引き取られてアニムスでの実験をしていたがヨシさんとの生活が楽しかったこと。流入現象と厳しくなったヨシさんの間で苦しんでいたこと。

孤児院で一緒に生活していた子供たちはアニムスの実験で亡くなったと聞いたこと。それを確かめるために孤児院へ行った時、院長先生の遺体を発見したこと。

 

当時の心の支えであった孤児院全員の死と流入現象の増長、優しかったヨシさんが変わってしまったこと、その事で、自らの記憶に蓋をし記憶喪失になったことを説明してくれた。

 

「一番驚いたのは、シンさんと一緒に生活してたことかな。そうそう!俺の名前もシンさんが付けてくれたんだ!」

 

ハチは笑顔でそう言っているが、空元気というのはすぐに分かった。

その証拠に徐々に彼の顔は暗くなっていき私に涙を見せないよう顔を伏せながら目に手を当て涙を流す。

 

「……俺は自分が分からない!」

「千束には悪いが吉松は……あいつは!孤児院の皆を殺した!俺の家族を殺したんだ!院長先生を精神的に追い詰めた!………憎いんだ。殺したいほど憎い筈なのに……、シンさんは優しかった。水族館にも連れていってくれたし、勉強や色んなことを彼から教わった。俺なんかに名前も付けてくれたんだ。千束に心臓も提供してくれた。俺がお前と…千束と出会えたのはあの人の………シンさんのおかげなんだ。」

 

ハチの話しを聞いてから私は口を開く。

 

「…やっぱり、ハチは優しいね。」

 

「俺は優しくなんて、」

 

「ううん、優しいよ。とっても。だって殺したいほど憎んでる人を殺したくないって言ってるんだから。」

 

「違う!俺は、迷っているだけで、」

 

ハチは顔を上げ反論しようとするが私はそれを遮る。

 

「それでもだよ。まだ殺してない。」

 

ハチを優しく抱き締める。

 

「ごめん、ハチ。私はハチの望む答えは持ってない。だから、私は何も言えない。けどね………、ハチ自身がしっかり悩んで考えた後に取った行動なら私はそれを尊重するよ。」

 

「……いいのか?俺はお前の恩人を殺すかもしれないんだぞ?」

 

「大丈夫!多分、ハチはヨシさんを殺したりしないよ!」

 

「何でそう言いきれる?」

 

そんな気がするから(・・・・・・・・・)だよ!」

 

「ははっ、そうか。そうだな。」

 

私はハチの言葉を使いそう言いきるとハチは笑った。

 

「ありがとう、千束。おかげで決心がついたよ。」

 

「どういたしまして!…それで、ハチは今日どこで寝るの?」

 

「ん?パイプ椅子に座って寝るつもりだけど?」

 

「ダメだよ!体痛くなっちゃうよ!」

 

「つっても、他に寝る場所ないし。」

 

「なんなら私と添い寝する?昔みたいに。ついでに慰めてあげようか?」

 

「アホか!もうお互い子どもじゃねぇんだぞ。」

 

「え?なにハチぃ、まさか照れてんのぉ?まぁ、しょうがないか!こんなスタイルも抜群で可愛い千束さん相手じゃ、ドキドキしちゃうのもしょうがないよね!」

 

私はニヤニヤしながらふざけた口調でハチに言う。

 

「………………そうだよ。」

 

「えっ?」

 

「ドキドキしちゃ悪いか?」

 

「……え、あ、ううん、悪くない。」

 

ハチの予想外の返答に思考がフリーズする。

 

ハチはパイプ椅子に座りながら目を閉じた。

私もベッドに横になり毛布をかける。

 

まだ、残暑があるのだろうか?顔が熱い。

予想外のハチの言葉に、ないはずの心臓の鼓動が聞こえるような気がした。

 

 

 

 



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殺したいけど殺したくない人と取引する話

 

私は朝イチで山岸先生の診察を受け、特にこれと言った症状もなかったため今は、普通にお店で接客をしている。

今日初めてのお客さんは、常連の山寺さんだ。

山寺さんはメニュー表を見て、あることに気付く。

 

「えぇ!?あのパフェやめちゃったの?」

 

「たきなが恥ずかしがっちゃってぇ~。」

 

「まだ、食べてなかったのになぁ。」

 

山寺さんが残念そうな顔をしたためオーダーを無理やり取った。

 

「オーダー入りましたぁ!ホットチョコパフェ一丁!!」

 

私が厨房にいるハチに向けてそう言うと、ハチは厨房から顔を覗かせる。

 

「後で、たきなになんか言われても知らんぞ、俺は。」

 

「いいの、いいの。お客さん第一ぃ。」

 

ハチはそう言いながらもたきなのことパフェを作り、私がそれを山寺さんに持っていこうとするとタイミング悪く、たきなと鉢合わせてしまった。

 

「あ、あぁ~ちゃちゃちゃちゃ~。」

 

もう遅いと思うが、パフェをたきなから隠そうとするが、たきなは怒ることなく暗い表情で無言のまま私とすれ違う。

 

完全に私のことを気にしている。

出来れば今まで通り、怒って欲しかった。

 

そんな時に電話が掛かってくる。

 

「はぁ~い!リコリコ看板娘!」

 

「楠木だ。千束か?話しがある。今すぐDAに来なさい。」

 

「今ちょ~と手が離せないんで、また今度でもいいですか?」

 

「それでも来い。渡す物がある。大神もな。」

 

「ハチも?それに渡すものって?」

 

「来れば分かる。」

 

そう言われて一方的に電話が切られた。

 

_____

 

今、俺はミズキさんの運転する車に千束と一緒に乗っている。

なんでも、楠木から話しがあるそうだ。

千束は助手席で外を眺めて、俺は後部座席で横になっている。

 

「よくDAに行く気になったわねぇ、アンタたち。」

 

「なってなぁい。なんか渡す物があるから来いって楠木さんしつこいのよぉ~。」

 

「お金かな?」

 

「んな訳ないでしょ~。」

 

前のふたりがそんな会話をしているが、千束の声色がいつもと少し違う。

イライラしてるな。

 

それにしてもさっきから後ろの車がうるさい。

完全に煽られてる。

ミズキさんが気付いてないはずもないし俺は気にしないことにした。

 

千束とミズキさんも後ろの車を気にしないことにしたしたようで会話を続ける。

 

「たきな、意識しちゃってるね。」

 

「そりゃ~そうでしょ。」

 

「はぁあ、だから言いたくなかったんだよなぁ。」

 

「あんたはいつも通りねぇ。」

 

ふたりの会話をBGMがわりに聞いていると車の横から男たちの声が聞こえてくる。どうやらさっきの後ろの車のようだ。

 

「おいコラぁ!」

 

「トロトロ走ってんじゃねぇぞ!」

 

男たちの罵声にミズキから呆れた声が出る。

 

「あぁもう、クソガキ。」

 

千束が銃を取り出す音が聞こえたのでミズキさんに警告する。

 

「ミズキさん、窓開けた方がいいですよ。」

 

「えっ?」

 

俺の警告とほぼ同時に千束がミズキさんの眼前に銃をつき出す。

銃口は外に向けられていた。

ミズキさんは慌てて窓ガラスを開ける。

 

「ちょっ、待って!」

 

車内に銃声が響く。それとほぼ同時に男たちの情けない声と共に車はどんどんと離れていった。

後ろを走っている車の迷惑にならなければいいが。

 

「ちょっと千束!いきなり撃つんじゃないわよ!史八もさっきから黙ってないでなんとか言いなさいよ!」

 

確かに千束の今の行動は褒められたものではないが千束の気持ちも分かるので特に注意はしない。

 

「いいんじゃないですか?さっきみたいな奴らは一回痛い目に遭わないと分かりませんよ。」

 

「…あっそ。」

 

その後は特に会話という会話もなく、俺たちの乗った車はDAに到着した。

 

______

 

俺たちは楠木さんのいる指令室に入る。

 

「じきに死ぬにしては元気そうだな。」

 

楠木のセリフが頭に来る。

我慢だ、我慢。

 

「耳が速いですねぇ。で、なんですかぁ?」

 

「DAに戻れ。」

 

楠木の言葉を聞いた瞬間千束はわざとらしく咳き込む。

 

「もう死ぬんでちょっと体調がぁ~。」

 

そう言って千束は近くのソファに倒れ込むように座る。

 

「真島が来たそうだな。」

 

「2回会いましたねぇ。」

 

「2度取り逃がした。」

 

「それは私の仕事じゃないんで。ここに来るのは最後だと思いますしぃ、もっと楽しい話ししましょうよぉ~。」

 

千束の口から最後という単語が出た瞬間胸が締め付けられる。

その事は顔には出さず千束と楠木の会話を聞く。

 

楠木が俺たちの前のソファに座る。

 

「でぇ~、なにくれるんですか?」

 

千束の言葉に楠木は黙ってテーブルの上にカメラを置く。

千束がそのカメラを見ると勢いよく食いつく。

 

「ん?なんで楠木さんがこれ持ってんの~?!」

 

「情報漏洩阻止のため回収していた。」

 

「ずっと探してたのにぃ!ドロボ~ゥ!」

 

千束の文句を遮るように楠木が口を開く。

 

「近く、大規模な真島討伐作戦を行う。お前達も参加しろ。」

 

限界だった。

俺の体は気付いたら動いていた。

テーブルを乗り越え、奴の首にあと数mmで刃先が当たる位置にリストブレードを止めていた。

 

「指令!」

 

後ろで楠木の助手の女が声を上げる。

 

「黙れ!!!」

 

俺は楠木の方を向いたまま助手の女に指示を出し、大人しくなった。

 

「楠木、あまりふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ。」

 

楠木の表情は変わらない。

 

「千束の命が短くなったことあんた知ってんだよなぁ。知った上で千束を闘いに駆り出そうとするのか?」

 

「それの何が悪い?」

 

「ふざけるな!!!千束の残りの時間をどうするか決めるのはあんたじゃない!!千束自身だ!俺は別にいいよ!そういう契約だ!だけど千束は、あんたらDAの使い捨ての駒なんかじゃない!!!」

 

「多くの者が千束を優秀なリコリスにするために尽力したというのに…録に役割を果たさずに死ぬんだな。」

 

「それは千束が望んだことじゃない!」

 

俺は楠木と数秒間ほど睨み合うが千束から声が掛かる。

 

「ハチ、落ち着いてよ。私は大丈夫だから。」

 

「千束。」

 

千束の方に振り向くと千束は微笑んでいた。

俺は楠木から乱暴に手を離し、ブレードをしまう。

 

「千束に救われたな、楠木。」

 

俺は千束の隣に移動すると千束はソファから立ち上がりながら言う。

 

「私の思う役割は楠木さんとは違うよ。ハチ、行こ。」

 

俺たちは共に部屋から出ようとする。

 

「話しは終わっていない。座れ。」

 

俺がまた行動を起こそうとする前に千束が口を開く。

 

「たきなをここ(DA)に戻してあげて。そしたら、考えなくもなぁい。あぁ、これ(カメラ)ありがとぉ~。」

 

そう言って俺たちは部屋を出た。

ミズキさんが待っている車まで戻る途中俺は千束に話しかける。

 

「よかったのか?あんな約束しちまって。正直、たきなはもうDAに戻りたいとは思ってないと思うぞ。お前だって薄々感じてるだろ?」

 

「まぁねぇ、でも結局選ぶのはたきな自身だからさ、私はたきなの選択肢を広げただけだよ。」

 

「…………優しいな、千束は。」

 

「ふっふっふ~、ハチほどじゃ~ないけどねぇ。」

 

そんな会話をしている内にミズキさんの車に到着し乗り込む。

 

「お待たせぃ。」

 

「でぇ、なんだった?」

 

ミズキさんは缶コーヒーを飲みながら聞いてくる。

 

「ん~、泥棒が自首した。」

 

「なんだそりゃ。」

 

ミズキさんはエンジンを掛け店に向かって車を走らせる。

俺は行きと同じように後部座席で横になる。

帰り道に千束が助手席からこっちを見て話しかけてきた。

 

「そうだ。ハチぃ、ありがとね。」

 

「何かしたっけ、俺?」

 

「楠木さんに掴みかかって怒ってくれたじゃん。」

 

「あぁ、あれか。」

 

「正直、めっちゃ嬉しかったんだよぉ。あれ。」

 

「気に食わない奴が気に食わないこと言ったから噛み付いただけだ。気にすんな。」

 

「まぁ、やりすぎだとも思ったけどねぇ。」

 

「そうかい。次から善処するよ。」

 

「いやそれ、絶対にしないやつじゃん。」

 

千束が笑いながら言う。

 

もう少しで千束は死ぬ。

この笑顔を見ることが出来なくなる。

これ以上闘えば千束の残り少ない時間は更に短くなる。

出来るだけそれは避けたい。

 

 

 

 

千束は………絶対に死なせはしない。

 

 

 

______

 

昨日、千束とハチさんが楠木指令に呼び出されていたがふたりに何故呼び出されたか聞いてみてもハチさんはなにも答えてくれないし、千束に至っては「泥棒が自首した。」と訳の分からない返答が帰ってくるだけであった。

そのふたりは今、配達に行っていて、そんな時に店の扉が開く。店に入ってきたのはフキさんとその相棒のサクラさんだった。

 

わたしはいらっしゃいませ、とふたりを歓迎したがサクラさんはわたしを通りすぎ店長にパフェを注文していた。

その後、店長はフキさんに話しかける。

 

「フキも要るか?」

 

「いえ、すぐ帰りますので。」

 

「えぇ!早く、早くぅ!」

 

フキさんの言葉にサクラさんは店長にパフェの催促をする。

フキさんはわたしに手紙を押し付けてきた。

手紙はDAからのものだった。

 

「これは?」

 

「おそらく、復帰の辞令だ。」

 

「!?」

 

「真島のアジトが判明した。突入に当たって戦力がいる。」

 

「良かったなぁ、おい!」

 

「ほら、帰るぞぉ!作戦は3日後だぁ。先生、失礼します。」

 

そう言いながらフキさんはサクラさんを引っ張って出ていってしまう。

 

「もう帰るのか?また、来なさい。」

 

サクラさんは手を伸ばしパフェが食べられないことを嘆いていた。

 

ふたりが出ていったことを確認してから隠れていたクルミがカウンターから頭を出した。

 

「やったな、たきな。」

 

復帰の辞令。

前のわたしなら飛んで喜んでいただろう。

でも………、今は違う。

 

 

 

今は………千束ともっと一緒にいたい。

 

 

 

______

 

俺は早々に配達を終わらせある場所に向かっている。

ボスにも帰りは少し遅くなるかもしれないと伝えてあるため店の方は大丈夫だろう。

ボスも俺がこれから向かうところは察しているようだった。

 

目的の場所に到着した。

俺はフードを被り、あの人がいる部屋に向かう。

 

____

 

ドアがノックされた。

おかしい。今朝聞いた姫蒲君からの予定ではこの時間に来る者はいないはずだ。

姫蒲君も私の隣で怪訝な表情をしている。

 

私が返事をする前にドアが開かれた。ドアの先にはフードを被り、顔が見えない青年が立っていた。史八だ。

 

彼は「失礼します。」と言いながら部屋に入ってくる。

姫蒲君が史八に銃口を向けるが彼は一切気にせず、私の前で立ち止まる。

 

「突然の訪問、お許しください。吉松さん(・・・・)

 

吉松さん…か。

もう、前のように呼んではくれないか。

 

私は少し寂しい気持ちになったがそれは表には出ないようにする。

 

「やぁ、急に来るから驚いたよ。史八君。……いや、史八と呼んだ方が良いかな?」

 

「…どちらでも。」

 

彼はそっけなく答えた。

 

「しかし、今日はどうしてここに?もうここには来ないと思っていたのだけど。あぁ、そうだ!今回の警備はどうだったかな?前回、君が来たときにはザルと言われてしまったからね。あの後、警備会社と話し合って改善してみたのだが。」

 

「そんなに変わりませんでしたよ。」

 

「そうか。」

 

私は嬉しくなる。

史八は記憶を取り戻していて、徐々に昔の…暗殺者(アサシン)としての彼に戻りつつある。

 

「そんなことはどうでもいい。本題に入ってもいいですか?あなたもそれほど暇ではないでしょう。」

 

「確かに暇ではないが…、君との会話は面白い。雑談でもしたい気分だが……、本題に入りたいならばそれも構わないさ。」

 

史八は姫蒲君に視線を向ける。

姫蒲君はまだ史八に銃口を向けている。

私が許可を出せば躊躇なく彼女は撃つだろう。

そんな彼女の説得を試みる。

 

「姫蒲君、銃を下ろしてくれ。こんな状態では落ち着いて話すことも出来ないだろう?」

 

「それは出来ません。何をされるか分からないので。」

 

姫蒲君は珍しく私に反論するが私は事実を彼女に伝える。

 

「史八が私たちを殺すつもりなら彼がこの部屋に着いた時点で我々は死んでいるよ。でもまだ、我々は殺されていないということは何か聞きたいことがあるということだ。そうだろう?」

 

私は史八に話しかけるが彼は肯定も否定もしなかった。

姫蒲君も納得したのか、銃を下ろす。

 

「さて、これでようやく話が出来るね。それで、何が聞きたいんだい?」

 

「まず………、千束を襲ったのはその女ですか?」

 

史八は明らかな殺気を纏いながら言った。

姫蒲君も再び銃口を彼に向けるが私はそれを手で制する。

 

「確かに君の推察通り千束を襲ったのは彼女だが、それは私の指示だ。」

 

私のそのセリフに殺気が消えた。

 

「そうですか。………よかった。」

 

「よかった?…なぜ?」

 

「あるんでしょう?千束の………新しい心臓が。」

 

「驚いたな、第六感か。流石だよ。」

 

「こんなの少し考えれば誰だって分かりますよ。」

「あなたはあの時のバーでこう言いました。アランチルドレンには役割があると。千束にも役割があるんでしょう?そんな千束をあなたが見殺しにするとは思えない。おそらく、あなたは新しい心臓をネタにして取引するつもりでしょう?心臓を渡すかわりに才能を世界に届けろと。」

 

「はっはっは、全く君には何度驚かされるんだろうね!」

「君の予想通りだよ。千束の新しい心臓は準備出来ている!そして、千束と君は共にその人殺しの才能を世界に、」

 

「あなたは千束のことを全く理解していないようだ。」

 

私の言葉を遮って史八はそう口にする。

 

「千束の才能は人殺しなんかじゃない。」

 

「ほう?では、なんだね?」

 

「人を幸せにする才能だ。」

 

「人を幸せに?……バカな、そんなものは才能でもなんでもない。」

 

「あなたには理解できないでしょうね。だから、あなたは千束を理解できていない。」

 

「何が言いたいのかな?」

 

「…千束は心臓を受けとりませんよ。絶対にね。」

 

「何故だね?死んでしまうんだぞ?」

 

「あいつは、人殺しをしてまで生きたいとは言いませんよ。……ずっと昔に俺の心臓をくれてやるって言ったら断られましたからね。今もその気持ちは変わっていないでしょう。」

 

「バカな……そんなこと…、」

 

あるわけがないと反論したかった。

それより先に史八が口を開く。

 

「千束との付き合いはあなたより俺の方が長い。それに、店での千束の様子はあなたも見ていたでしょう?」

 

私はミカの店で働く千束を思い出す。

無邪気に笑い、注文したコーヒーや甘味を私に持ってくる。

 

そんな私に史八は追い討ちを掛けるように言う。

 

「千束が死ねば、俺も死にます。彼女のいない世界に生きる理由はないので。おや、そうするとあなたの言う人殺しの才能は2つとも失われますね。」

 

「脅しのつもりか?」

 

「脅すつもりはありません。俺と取引してください。」

 

「取引?」

 

「それとも俺とは出来ませんか?武器商人とはしたのに。」

 

「………取引内容は?」

 

「千束の新しい心臓を渡してください。その上でアラン機関から千束に今後接触はしないと約束してください。」

 

「…こちらの見返りは?」

 

「もし、この2つを約束してくれるなら…………、俺はあなたの望み通りこの人殺しの才能を世界に届けましょう。この身が滅ぶまでね。」

 

才能を2つとも手放すか、ひとつは手放しひとつを手中に収めるか。

だったら、私の選択肢は1つしかないだろう。

 

「約束できるか?本当にその君の才能を世界に届けると。」

 

「必ず。けど、俺が殺すのは悪人だけ。罪のない人は殺しません。暗殺者(アサシン)なんでね。」

 

それは暗殺者(アサシン)の信条のひとつ。

 

「罪なき者を傷つけるな……か。いいだろう、取引成立だ。だが、新しい心臓はまだここにはない。後日、届けるようにしよう。」

 

「出来るだけ早くしてくださいね。千束の残り時間はあとわずかなんですから。」

 

「わかっている。」

 

「では、俺はこれで。」

 

出ていこうとする彼の背中に声をかける。

 

「ひとつ聞かせてくれないか?何故そこまでする?ミカから聞いているよ。殺しはもううんざりなんだろ?」

 

彼は振り向かずに答えた。

 

「千束は俺の光であり、俺が………暗殺者(アサシン)だからですよ。」

 

なるほど。

闇に生き光に奉仕する者………か。

 

「信念を身に纏ったな。似合っているよ。」

 

私の言葉には何も言わず史八はこの部屋から出ていった。

 

 

 

 





吉松さんの最後のセリフはアサクリ4の最終暗殺目標のセリフです。
気付いた人はいましたか?


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我が儘を聞いて貰う話


やっぱり、他の人が書いてるリコリコの方が面白いんですよねぇ。


 

わたしは今、千束と共にリコリスとしての仕事をしている。

本来ならばハチさんもいるはずだったが、店長から配達が遅れているという知らせを受けたため千束とふたりで任務中である。

 

路地裏で3人の男を拘束し、千束は電話で報告している最中だ。

 

「うん。終わったらったったぁ~、うん、りょ~か~い、じゃあ、よろしく~。」

 

千束のスマホからミズキさんの声が聞こえてくるが、わたしは別のことを考えてしまっている。

今までにこんなことはなかったはずなのに。

…千束はもうすぐ、

 

「ん、たきな?後ろ。」

 

千束の声で我に返る。

後ろを振り返ると拘束していた男の一人が走って逃げていく。

 

「あ。」

 

「ここ、お願い!」

 

千束は私に指示したあと、逃げた犯人を追ってしまう。

千束にここを任されたのにも関わらず千束と共に男を追い、近くの公園で捕まえる。

 

「すみません、走らせてしまって。」

 

動いた分だけ千束の寿命は減ってしまう。

それなのに千束は走って犯人を捕まえる。

罪悪感を感じるしかなかった。

 

「ううん、向こうの奴らは?大丈夫?」

 

「あっ!」

 

「あ~、いいよいいよ、やっとく!」

 

「あ。」

 

「そいつ、よろしくねぇ。」

 

「走らないでください!!」

 

そう言うが、千束は先程の路地裏まで走って行ってしまった。

 

何をやっているんだ、わたしは。

任務中に千束の心臓のことばかり考えてしまい集中できず、挙げ句の果てに千束の仕事量を増やしてしまって、………自分が嫌になる。

 

空を見上げるとわたしの気持ちと同じような色をしていた。

 

______

 

今日は天気があまり優れず、お客さんも入ってこないため、表札を準備中に変えてからカウンター席に座り普段はあまり吸わないたばこを吸う。

 

クルミがわたしの近くにコーヒーを置きながら言う。

 

「吸うんだな。」

 

「罪悪感を覚えると吸いたくなる。……自分を痛めつけるには丁度いい。」

 

「そんな不味そうに吸うなら止めろ。」

 

クルミの言葉に軽く笑うしかなかった。

 

「調べたぞぉ。もっと早く相談しろよ。」

 

「何か分かったか?天下のウォールナットは。」

 

「今んとこ、お手上げだなぁ~。」

「…アラン機関、吉松シンジ、ネット上には彼らにまつわる情報はみな消された後しかない。」

 

「だろうな。」

 

「それと、史八に至っては情報もないし、消された後もない。」

 

「……………。」

 

「で、直接知る人間から聞こうと思って慣れない茶など淹れたわけだが……。ミカ、これは千束の為だ。気付いてるんだろう?サイレントジンの件。千束の心臓を壊した女。黒幕が……吉松である可能性に。」

 

わたしは迷った。言っていいものかと。

私はクルミのコーヒーを口に含んでから語ることにした。

 

「まず、史八はシンジと関わりがある。………いや、あったと言った方が正しいな。」

 

「あった?」

 

「人工心臓を提供して貰う代わりにシンジから引き取ってほしいと言われた。」

 

私はクルミに当時のことを全て話した。

史八が苦しんでいたこと。それを千束が救ったこと。

千束の手術への恐怖を史八が取り除いたこと。

私と千束と史八の親子ごっこが始まったこと。

あのふたりと接していく内に私の中にあった親子ごっこという感情が変わり、ふたりのことを本当の娘と息子のように思ってしまっていたこと。

 

私の説明のあとにクルミが口を開く。

 

「皮肉だな。しかし、何故千束の命を狙う?」

 

「…使命を果たさない者を処分するつもりか。」

 

「それならあの看護師が殺してるし、史八のやつも狙われるはずだ。……まぁ、分かった。僕を狙ったアランは多分吉松だし、あの日、武器を受け取った真島とも繋がってる。思想的に奴を支援する理由も理解できたしなぁ。」

 

クルミとそんな会話をしていたとき、カウンター裏から雨で濡れたであろうたきなが姿を表した。

 

 

「真島を捕らえれば千束の心臓について分かるってことですか?」

 

「聞いていたのか!?」

 

「はい、ミズキさんも。」

 

「あたしまでバラさなくてもいいじゃないぃ。」

 

どうやらミズキも聞いてしまっていたようだ。

ミズキは隠れている理由もなくなり私たちの前に出てくる。

クルミはたきなとミズキを気にせずに言葉を続ける。

 

「奴の足取りが掴めない以上、動きの派手な真島から辿るのが早い。DAの作戦に参加できるのはチャンスだ!」

 

「………断ろうと思っていました。」

 

「なぜ!望んでた復帰だろ?!」

 

「…千束の、最後の2ヶ月だもんねぇ。」

 

「…でも私、DAに戻ります。千束が生きる可能性が少しでもあるなら。」

 

たきなが意を決するように言う。

そんなたきなに話しかける。

 

「私から千束に言おう。」

 

「いえ、自分で言います。時間をください。」

 

そしてたきなは誰かにメールをしたようだった。

______

 

店への帰り道、雨が突然降ってきたのでどこかで雨宿りしようと、どこかいい場所がないかと探す。

辺りを見回すと近くに三島橋が見えたため橋の下で雨宿りしようとそこまで走る。

しかし、そこには既に先客がいた。

 

「千束。」

 

「あれぇ、奇遇じゃ~ん。ハチも雨宿り?」

 

「どうした?たきなと任務中じゃなかったのか?」

 

「うん。仕事は終わったよ!その後、たきなと別れたら急に降りだしちゃったからここに避難してきたんだぁ。」

 

「別れたって……何かあったのか?」

 

俺の問いに千束は顔を曇らせながら言う。

 

「……たきな、完全に私のこと気にしちゃってるみたいで……、ちょっとね。」

 

「…なるほど。」

 

千束の顔が暗くなってしまったため話題を変える。

 

「なに見てるんだ?それ、楠木から返して貰ったカメラだろ?」

 

「あっ!ハチも見る?昔のヨシさん!」

 

そう言って千束はカメラの画像データを俺に見せてくる。

そこには、千束の方を振り向いている吉松さんの姿があった。

 

「こう見ると10年も経ってるのにあまり変わってないな。」

 

「そう言えばそうだね!美魔女だ!美魔女!」

 

「美魔女って、この人男だぞ。」

 

俺はカメラの画像データを指差しながら言う。

 

「えぇ~、じゃあ美魔男だ!」

 

「なんだそれ?」

 

俺たちはその後、笑いながら意味もない会話をした。

会話が途切れたところで俺は真剣な表情で千束に尋ねる。

 

「なぁ、千束。」

 

「どったの?」

 

「前にも聞いたと思うけど……もし、俺の心臓をお前にやるって言ったら………お前はどうする?」

 

千束はしばらくの間、呆気にとられていたがすぐ笑顔に戻った。

 

「お断りしまぁ~す!!!」

 

俺はそんな千束の返答に微笑する。

 

「だよな。お前ならそう言ってくれると思ったよ。」

 

そんな時、俺のスマホの通知音が鳴った。

メールが届いたようだ。差出人は珍しくもたきなからだった。

なんでも、千束に内緒で相談したいことがあるということだった。

 

_____

 

その日の夜、俺はたきなを家に招いた。

千束には内緒ということだったため千束は無理やり自分の家に帰らせた。

しかし、千束が居ないとたきながここにいることに違和感を感じるが、気にしないことにしよう。

 

「すみません、ハチさん。夕飯までご馳走になってしまって。」

 

たきなは申し訳ないように言う。

俺とたきなは向かい合うように座り、テーブルには俺が先程の作った夕食が置かれている。

 

「気にするな。一人分も二人分も作る手間はそう変わらない。」

「そんなことより、相談って?」

 

たきなは言いづらそうな顔をするが口も開いた。

 

「実はハチさんが今日、配達に行っている間にDAから復帰の辞令が届きまして、真島討伐の作戦があるみたいなんです。」

 

俺は何も言わず、たきなの次の言葉を待つ。

 

「わたしはDAに復帰しようと思います。」

 

たきなの目を見ると決意は固いようだった。

 

「そうか、たきなの人生だ。俺からは何も言わないさ。念願の復帰だもんな。おめでとう。」

 

「ありがとうございます。それで、相談なんですけど。」

 

「皆まで言うな。詰まるところ、DAに戻る前に千束と思い出作りがしたい。そんなとこだろ?」

 

「本当に店長の言う通り話が早くて助かりますね。」

 

「それで?」

 

「千束が喜ぶようなところを教えて貰いたいんですが…。」

 

千束が喜ぶ……ねぇ。

俺はしばらくの考えるが、結論は1つしか出なかった。

 

「千束はたきなと一緒ならどこでも楽しいって言いそうな気がするな。」

 

たきなは俺の言葉にそういうことを聞いてるんじゃない、という顔をしてきたため、俺はまたしばらく考える。

千束の好きなものといえば……。

 

「………車かなぁ。」

 

「車ですか?」

 

「そう。クルミの護衛任務中に千束がスーパーカーでテンション上がってたの覚えてる?」

 

「そんなこともありましたね。では、自動車学校に行けば良いですか?」

 

また、頓珍漢なことを言い出したぞこの娘は。

たきなはたまに天然なところがある。

 

「いや、何でだよ!遊びに行くのに何で自動車学校だよ!自動車学校の人にも迷惑だし、スーパーカーなんてねぇよ!」

 

「では、どこに行けば?」

 

「いや、普通にゲーセンのレースゲームとかいいだろ。」

 

「ゲーセン?……ゲームセンターですか。なるほど。」

 

たきなは納得したように言う。

 

「因みに、プランとしてはどこに行くつもりなんだ?」

 

「そうですね。先に雑貨などを見て回ろうと思っていたんですが、ゲームセンターに先に行ってからにしましょう。そうすると15分ほど時間をずらして、」

 

何か嫌な予感がした。

 

「ちょっと待て、たきな。」

 

「なんです?」

 

「まさかとは思うが、分単位でプランが決まっているのか?」

 

「そうです。いけませんでしたか?」

 

たきならしいといえばたきならしい。

時間を決めて行動するのは悪いことではない。

しかし、たきなの性格上トラブルが起こり時間通りに進まないと混乱するとも思ったがそこは千束に任せるとしよう。

 

「いや、いいんじゃないか?困ったら千束に聞いてみるといい。お前らは相棒なんだから。」

 

「……はい。」

 

その後は、ふたりで夕食を食べた。

もうそろそろいい時間なのでたきなに帰り支度をするように促す。

 

「すみません。洗い物もせずに。」

 

「いいよ、もういい時間だし。気ぃつけて帰れよ。」

 

「はい。」

 

「明日は千束を迎えに店まで来るんだろ?」

 

「そのつもりです。」

 

「あっ、制服着てくるなよ。私服な。銃も禁止。」

 

「はい、分かっています。夕飯ごちそうさまでした。失礼します。」

 

そう言ってたきなは帰っていった。

 

______

 

トイレを済ませて椅子に戻ろうとすると真島が僕のアジトにまた侵入し、椅子に座っていた。

 

「い、いつの間に?!」

 

真島は僕の問いに答えずに質問してくる。

 

「奴が言ってた例のヨシさん、誰?」

 

おそらく、アラン機関の吉松のことであろう。

しかし、契約上バラすわけにはいかないのでシラを切ることにした。

 

「さ、さぁ~?」

 

真島が笑いながら銃口を向けてくる。

こいつなら本当に撃ちかねない。まだ死にたくない。

僕は吉松のことを白状した。

 

「あぁ!わかった!あいつを支援した、アラン機関のエージェントだぁ!」

 

「やはりそうかぁ。」

 

真島は銃を下ろして僕に言う。

 

「ロボ太ぁ、作戦を思い付いた。」

 

真島は不気味に笑っていた。

 

 

______

 

翌日、店は営業しているが閑古鳥が鳴いていた。

千束はふざけて手を叩きながら誰に言うでもなく客を呼び込んでいた。

そんな千束にミズキさんからの指摘が入る。

 

「いぃらっしゃいまっせ~!いっらっしゃいませ!いらっしゃいませぃ!へいらっしゃい!へいへいへい!へいらっしゃ、」

 

「じゃかぁしぃ!!」

 

「あぁ、ごめん。」

 

「ったく。」

 

千束は素直にミズキに謝る。

 

「はぁ~あ~、暇だなぁ。」

 

千束がそう言うと店のドアが開いた。

 

「あっ!いらっしゃいまs、おっ、お~、おかえり。」

 

千束は対応しようと声をかけるがそこには私服姿のたきながいたため千束は戸惑っていた。

そんなたきなは千束に近寄り口を開く。

 

「ちょっとお話しが。」

 

「へ?あ、あ~。ん~?」

 

千束とたきなはちゃぶ台を挟んで座る。

 

「何ごっこ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

千束の元気のいいセリフにたきながよく分からない声をだし、千束もそれに応じた声を出す。

たきなは自分の鞄からひとつの冊子を取り出した。

それはたきなが自分で描いたであろうペンギンの絵が書かれたあそびのしおりだった。

千束が数回瞬きをした後たきなが口を開く。

 

「出かけましょう。」

 

たきなからの初めての遊びの誘いに千束は満面の笑みを浮かべてボスに視線で確認をとる。

 

「行ってこい。」

 

ボスも笑みを浮かべながら許可を出すと千束のテンションがMAXまで上がった。

 

「よっしゃぁ~!たきな、ちょっち待ってて!準備してくるから!ハチも速く準備していくよ~!」

 

千束が俺も誘ってくるがやんわりと断りを入れる。

 

「いや、2人だけで楽しんでこい。相棒同士、水入らずでな。」

 

「えぇ、ハチも行こうよぉ。」

 

「いいから、はよ行け。」

 

そう言うと千束は大人しくたきなと共に店から出ていった。

 

 

 

ふたりが店を後にして数分後、ボスが口を開いた。

 

「この調子ならお客はあまり来ないだろうから早いがもう店を閉めてしまおうか。」

 

「えっ!まじ!じゃあ、これから飲みに行こ~。」

 

ボスの言葉にミズキさんから歓喜の声が上がる。

 

「飲みに行くって、まだ午前中ですよ?店なんて開いてないんじゃないですか?」

 

「バカね。夕方まで宅飲みして、それから夜の街に繰り出すのよ!」

 

午前中から酒を飲もうとするバカにバカと言われてしまった。釈然としない。

 

それから俺とボスとミズキさんで閉店の準備をした。

ミズキさんは終わり次第帰り支度を済ませて店から出て行ったため俺とボスだけが店に残った。

正確にはクルミもいるが、押し入れの中にいるため俺たちの会話は聞こえないだろう。

俺はボスに話しかける。

 

「上手く、ミズキさんを追い出しましたね。」

 

「なんのことだ?」

 

「あれ?俺に聞きたいことがあるのだと思っていましたが、勘違いでしたか?」

 

俺は少しおどけた風の言葉を口にしたあとボスは観念したのか本題に入る。

 

「………千束の心臓の件だ。史八、お前は、」

 

「大丈夫ですよ。」

 

俺はボスの言葉を遮る。

ボスはよく分からないという表情をしたためもう一度言う。

 

「大丈夫です。千束は死なない。」

 

「…何故だ?」

 

「何故って……そりゃ、そんな気がするからで、」

 

「嘘をつくな。」

 

今度はボスが俺の言葉を遮る。

 

「お前の直感力が異常に鋭いのは昔から知ってる。」

 

「ならなんで、嘘だと言うんです?」

 

「先程のお前の千束は死なない、という発言には何か確信めいたものがあった。…違うか?」

 

「………流石ですね。」

 

「もうお前たちとの付き合いも長い。嫌でも分かるさ。」

 

「はぁ、誰にも言わないでくださいよ。」

 

俺は観念してボスにだけ伝えることにした。

 

 

「取引をしました。」

 

「取引?」

 

「吉松さんと。」

 

俺の言葉にボスは驚愕の表情を示した。

いつもより大きな声で俺に問い詰めてくる。

俺はボスに落ち着くようにしたあと説明する。

 

「いつだ!」

 

「落ち着いてくださいよ。取引したのは千束の心臓を壊された後。俺は千束の新しい心臓の提供とと今後一切、アラン機関から千束に接触しないことを相手に要求しました。」

 

「シンジはなんと?」

 

「快く承諾してくれましたよ。」

 

「ふざけるな!シンジがそう簡単に首を縦に振る筈がない!何を差し出した?!」

 

「差し出してませんよ。……まだ…ね。」

 

「まだ?」

 

嘘をついてもいいが俺は正直に言うことにした。

 

「…俺は人殺しの才能を世界に届けることを約束しました。」

 

「史八!自分が何を言っているのか分かっているのか!?殺しは嫌だと…自由のために闘うと言っていたじゃないか!?それがお前の自由なのか?!」

 

ボスは俺に向かって震えた声で言う。

 

「…俺は、少なくとも自分の自由のために闘ったことは1度もありませんよ。」

 

「では、一体誰の、」

 

そう俺に問いかけようとするボスの言葉が途中で止まる。

どうやら気付かれてしまったようだ。

ボスは目を見開いて言った。

 

「……………千束か?」

 

ボスの問いかけには肯定も否定もせずに別の言葉を口にする。

 

「俺は千束に救われた。千束は俺の光なんです。だからそれを護るためなら…。」

「………屍を踏み越え、血溜まりを歩き、両手を血で赤く染め、相手の返り血を浴びるのも厭いません。…喜んで地獄に堕ちましょう。」

 

俺の言葉にボスは遂に目に涙を浮かべてしまう。

ボスはうつむき、絞り出した声は更に震えていた。

 

「…何故だ?………何故そんな犠牲になることを……。」

 

「そんな哀しいこと言わないでください。」

 

ボスが俺の顔を見てきたので笑顔で答えた。

 

「俺は犠牲だなんて思っていません。千束には幸せになってほしい。俺はそれだけで充分なんです。それだけで………俺は幸せだ。」

 

ボスは何も言わない。

俺はボスに罪悪感を感じつつも言葉を続けた。

 

「千束の心臓が変わって大丈夫なことが確認できたら、俺は消えます。」

 

ボスは絶望した表情をする。

 

「みんなにどんな顔して会えばいいか分からないし、悪人だけを殺すとはいえ人殺しの俺を見てほしくないんです。」

 

「……千束が知ったら、」

 

「だから誰にも言わないで欲しい。この事は、ボスの心に留めて置いてください。」

 

話しは終わったと俺は席から立ち上がる。

帰り支度をしようとボスに背を向けたとき声がかかる。

かかってきた声は涙で震えていた。

 

「…………私はお前たちを本当の子供のように。」

 

ボスの言葉に俺も泣きそうになる。嬉しかったからだ。俺もボスのことを父親のように感じていた。……シンさんもそうだ。

 

しかし、涙は流さない。

これは俺が決めた道だ。覚悟はとうの昔に決まっている。

 

「ごめんなさい、ボス。」

「でも、お願いします。これが俺の最初で最後の……………あなたへの我が儘なんです。」

 

そう言ってから俺は帰り支度を済ませ店から出ていった。

空を見上げるとまだ空はどんよりとしていた。

 

 

 

 

 

 



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紅と蒼の彼岸花がデートする話

 

わたしは千束と一緒に店を出て、街の方に向かっている。

そんな時、千束がわたしの服装が気になったのか話しかけてきた。

 

「まずはここかぁ~。ってかさ、寒くない?それ?」

 

「これ、千束が選んだやつですよ。」

 

「おぅ、夏服だろ。他にないの?」

 

「ないです。」

 

わたしは以前に千束に選んで貰った服を着ている。

当時はまだ日差しの厳しい夏だったため現在のわたしは半袖だ。

確かに千束に言われたとおり寒いが、他に着る服があっても今日はどうしてもこれを着てきたかった。

 

「よぉし!千束さんがたきなの冬バージョンを選んじゃるよぉ!」

 

そう千束から提案され、近くにあるアパレルショップにふたりで向かう。

 

店に入るなり、わたしは再び千束のきせかえ人形となり、次々と試着させられる。

 

「わっはぁ~!やっぱたきな良い素材だわぁ~!」

 

千束が選んだ服を試着したわたしを見てそう言うと、わたしが事前に設定していたスマホのアラームが鳴る。

 

「時間です。移動しましょう。」

 

「え、まだコートが買えt、」

 

千束の言葉を遮りながら次の目的地に向かう。

 

「時間がないのでこれで!」

 

「えぇ~!」

 

次はハチさんが提案してくれたゲームセンターだ。

レースゲームに誘うと千束は夢中でゲームのハンドルを握っていた。

レースゲームの後にはUFOキャッチャーなどをやり、時間が来たら別の場所に移動し雑貨などを見て回った。

 

その後少し早めの昼食をとり、再びアラームが鳴る。

千束はまだ食べている途中であったが、そんな彼女を急かして店を後にし、次の目的地である水族館に向かう。

 

水族館に向かう途中千束が話しかけてくるが、口の中には先程のパンケーキが残っているのか言葉が聞き取りづらかった。

 

「わんで、こんないほぎあふぃでまふぁるの~?」

(なんで、こんな急ぎ足で回るの~?)

 

「秘密です。あっ!」

 

そう千束に答えると水族館の前には看板が立っていた。

それを見ると臨時休館と書いてあった。

わたしが暗い顔をしていると千束からフォローが入る。

 

「人生、計画通りには行かないもんだよ~。」

「よし、たきな。着いてきんさ~い。」

 

そう言う千束に着いていくと気付いたら千束と共に釣り堀で釣糸を垂らしていた。

 

「トラブルを楽しむのが千束流だよぉ~。」

 

先程から一向に釣れない。

浮きが動く気配すらない。

 

「………釣れませんね。」

 

「釣れないねぇ~。」

 

結局、今日は千束を連れ回してしまった。

今日の計画はわたしが千束に楽しんで貰えるよう一生懸命考えたものだが、遊ぶ計画なんて初めて考えたことだった。

千束は本当に楽しめているのか、わたしの独り善がりではないか心配だった。

 

「楽しいですか?」

 

千束にそう聞くと千束は即答した。

 

「楽しいよぉ。たきなといればさぁ!」

 

(千束はたきなと一緒ならどこでも楽しいって言いそうな気がするな。)

 

千束の言葉で昨日のハチさんの言葉をふと思い出し笑ってしまった。

 

「ふふっ。」

 

「なぁにさ、急に笑い出したりしてぇ。」

 

「いえ、流石ハチさんだなって。」

 

「?」

 

千束は首を傾げたが、再びわたしのスマホのアラームが鳴る。

 

「おぉ、時間ですな。」

 

わたしと千束は釣竿を片付けてから駅に向かって電車に乗る。

千束はわたしが渡したしおりを見ながら話しかけてくる。

 

「結構、行くねぇ。どこ行くの?」

 

千束がそう聞いてくるが、わたしは窓の外を見ながらしおりに書いてある通りに答えた。

 

「秘密です。」

 

最後の場所はゆうひの丘だ。

しかし、最近は日が落ちるのが早くなり辺りは既に真っ暗で少し肌寒い。

しかし、わたしたちの眼下には街の灯りがありとても綺麗だった。

千束と一緒にベンチに座っていると肌寒いためか鼻がむずむずしてくる。

 

「へっくしゅ!」

 

「だからコート買えばよかったんだよぉ~。ほれぇ。」

 

「すいません。」

 

くしゃみをしたわたしに千束は自分の首に巻いていたマフラーをわたしの首に巻いてくれた。マフラーは千束の体温でとても暖かかった。

 

しばらく無言でふたりで座っていると千束が口を開く。

 

「なんか待ってる?」

 

「………雪。9時から。」

 

「ぁはっは!それで!」

 

「完璧なスケジュールの筈だったのですが……。」

 

こんな時ぐらい降ってくれてもいいのに…。

 

「ふっふふ、神様は気まぐれだからなぁ。」

 

「今日だけは止めて欲しかったですね。」

 

「なぁんでぇ?」

 

「………それは、」

 

「DAに戻れるのかなぁ~?」

 

わたしは答えなかったが千束はわたしの表情で察したようだ。

千束は満面の笑みで言ってくる。

 

「やっぱりぃ~!やったじゃん!いつ?」

 

「……明日。」

 

「…嬉しくないの?」

 

以前のわたしなら嬉しかった筈……。

でも、今は………。

 

「わかりません。」

 

「そっかぁ。確かに降ったら良かったねぇ~。」

 

「はい。」

 

わたしはそう言ってから立ち上がり千束に尋ねる。

 

「理不尽なことばかりです。…そうは思いませんか?」

 

「自分でどうにもならないことで悩んでもしょ~がない。受け入れて、全力!…大体それで良いことが起こるんだ。」

 

千束も立ち上がり体を伸ばしてそう言ってから言葉を続ける。

 

「それに、たきなの計画は大成功してるよぉ。今日はめっちゃ楽しかったぜ!」

「やるな。」

 

千束はわたしの目を見ながら笑顔でそう言ってくれた。

千束が拳を突き出してきたためわたしも拳を作りそれに答える。

 

「やったぜ。」

 

わたしたちは笑顔でグータッチをした後、DAに連絡しなければならないことを思い出す。

 

「あっ、今日中にDAに連絡しないと。」

 

「うん、ほら行って!」

 

千束に背中を軽く押されがマフラーを返していないことに気付く。

 

「あっ!これ。」

 

「餞別だ、持ってけぇ!」

 

「…ありがとう。行ってきます。」

 

そう千束に伝えてから階段を走って下りていくと白いものが視界に入る。空を見上げるとそれはゆっくりと降ってきた。

……雪だ。

わたしは振り向く。その先には千束がいて笑ってわたしを見てくれていた。

わたしたちは何も言葉を交わさなかったが千束がこの時何を言いたかったのかなんとなくわかるような気がした。

そして、わたしたちは別々の道を歩み出す。

 

 

…再会を願って。

 

 

______

 

しばらく歩いていると、街灯の下に立っている人物を発見する。

フードで顔が見えないが誰なのかははっきりと分かったためその人物に話しかける。

 

「ハチさん。」

 

「よう、たきな。もう良いのか?」

 

「はい、とても有意義な時間を過ごせました。」

 

「…そうか。ならよかった。」

 

この寒空の下、わたしを待っていたのだろうか?

それを聞こうとしたときにハチさんが口を開いた。

 

「なぁ、たきな。」

 

「なんです?」

 

「昨日、お前がDAに戻るって言った時にお前の人生だから俺はなにも言わないって言ったの…覚えてるか?」

 

「もちろん、覚えてますよ。それがどうかしたんですか?」

 

「すまない、いくつか……言わせてくれ。」

 

「?」

 

ハチさんはフードを外してから言う。

 

「必ず、戻ってこい。……千束にはお前が必要だ。ここ(喫茶リコリコ)がお前の居場所だ。」

 

ハチさんの言葉にわたしは笑って答える。

 

「もちろん、必ず戻ります。わたしは千束の相棒ですから。」

 

わたしは堂々とハチさんに伝えると彼は軽く微笑む。

 

「…そうか。よかった。」

 

「よかった?」

 

「千束のことを見てくれる人が多ければ多いほど俺は安心なんだよ。………いつまでも一緒には居れないから。」

 

ハチさんはそう言うとフードを再び被り、こちらに向かって歩いてくる。

一緒には居られない?どういうことだろう?

その事を尋ねようとするがハチさんがわたしとすれ違いざまに先に口を開く。

 

「千束のこと(心臓)は心配するな。大丈夫。あいつは死なないよ。だから、真島のことはお前ら(DA)に任せるよ。」

 

ハチさんは時折、よく分からないことを口にする。

一緒には居られない、千束の心臓は大丈夫、なぜそんなことを言うのだろうか?

 

「ハチさん?」

 

わたしはハチさんの名を呼びながら振り返るが、そこには街灯で照らされた道だけしかなく、既に彼の姿はなかった。

 

 

_____

 

私は史八との約束を果たすために千束の新たな心臓の入ったケースと共に車で移動している。

ミカからの着信が入るが、今は彼と連絡を取るつもりはない。

断腸の思いで彼からの連絡を断つ。

 

「……ミカ。」

 

そんな時に車を運転している姫蒲君が急ブレーキを踏む。

どうやら車道に人が立っていたようだ。

周りを見ると6人の男達が銃口をこちらに向けている。

車道に立っていたのは真島。

逃げることは不可能か…。

 

私たちふたりは大人しく車から下りて両手を挙げ無抵抗の意を示す。

そんな私に真島は声をかける。

 

「はじめましてぇ、………ヨシさん。」

 

真島は不気味に笑っていた。

 

_____

 

 

俺がたきなと別れてから自宅へ戻るとリビングの方から人の気配がした。十中八九千束だろう。

 

「た~いま。」

 

俺がリビングに入りながらそう言うと千束が出迎えてくれる。

 

「おぉ~、おかえりぃ!やっと帰ってきたぁ!ハチ、速く!ご飯作って!私もうお腹ペコペコだよぉ~。」

 

千束は自分のお腹を擦りながらそう言ってくる。

 

「腹減ってんなら外で食ってくればよかっただろう?なんで、俺のとこに転がり込んでくる?」

 

「だってぇ、ハチのご飯美味しいんだもん!」

 

そう言われると悪い気はしない。

俺もちょろいな。

 

「簡単なものしか出来ないぞ。」

 

「おぉ~!やったぁ!」

 

俺は簡単な夕食を作り、テーブルにそれらを並べ千束と共に席に着く。

 

「「いただきます。」」

 

手を合わせそう言いながらふたりで食事を食べる。

 

「ん~、おいひぃ~!やっぱハチのご飯は最高だね!」

 

「そんなに持ち上げても、食後のデザートはないからな。」

 

「え~、まじぃ。」

 

千束は本気で残念がっているようだが俺は話題を変える。

 

「で、どうしたんだ?」

 

俺の言葉に千束の表情が先程の柔らかいものから固いものへと変わる。

 

「………どうしたって何が?」

 

「惚けるな。何か話しがあるんだろ?」

 

千束は少し間を置いてから口を開く。

 

「……さっき電話で先生とも話したんだけど。お店、閉めようかなって。」

 

「…ボスはなんて?」

 

「お前達、2人で決めなさいって。」

 

「そっか。」

 

しばらく無言の時間が流れるが、千束が無理やりこの重い空気を変えるように明るく話す。

 

「ほら!お店も私のわがままでやってきたもんだし!私ももうすぐ死んじゃうからお店を続ける意味も、」

 

千束の口から死という単語が出てきた瞬間、嫌な気持ちになる。

 

「死ぬなんて軽々しく言うな!!!」

 

急に大声を出した俺に千束は驚いてしまったようだった。

 

「……ごめん。」

 

「あ、いや、すまん。俺の方こそ、………お前が言うなって話しだよな。」

 

「ううん。ハチはあの頃とは違うもん。今のはわたしが悪かった。」

 

千束は首を横に振りそう言ってくれた。

俺は気分を落ち着かせるために一度深呼吸をしてから話しをもとに戻す。

 

「…千束が決めたのなら俺はお前の意見を尊重するよ。」

 

「……いいの?」

 

「いいんだよ。……でも、そうだな。閉店するとしても売りに出すのはまだ先にしよう。」

 

「なんで?」

 

千束が最もな意見を口にすると俺はその問いに答える。

 

「そうした方がいい気がするからだよ。」

 

「なにそれ、変なの!」

 

「ミズキさんとクルミには俺から言おうか?」

 

「ううん、私が言う。」

 

「そっか。今日は泊まっていくのか?」

 

「うん、そのつもりぃ!あっ、お風呂先に入ってもいい?今日はたきなと遊んで疲れちゃった。」

 

「あぁ。」

 

その後、俺は皿洗いや入浴を済ませて、千束が今日たきなと遊んでとても楽しかったという話しを眠たくなるまで聞いた。

 

 



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それぞれの想いが交錯する話

 

喫茶リコリコ開店前にあたしはクルミと一緒に千束の心臓について調べていた。

 

「ホンットに論文から追えるの~?」

 

「あんな人工心臓なんて治験も難しいだろ。」

 

「まぁ入れてみて失敗、とか大事だぁ。」

 

「非合法に実験出来る機会をアラン機関が与えたんだ。」

 

「なるほどぉ。戸籍のないリコリスはうってつけってわけかぁ~。」

 

「アランが研究者を見つけたきっかけが何処かにある筈、」

 

あたしとクルミがそんな会話をしていると自分とは反対の襖が開く。

 

「クルミ。」

 

突然、千束があたしとは反対側の襖を開けた。

クルミと一緒に千束にモニターを見えなくするように手で隠そうとするがモニターが大きいので全然隠せない。

 

「何?」

 

あたしは頭の中にある単語を並べてどうにか千束を誤魔化そうとする。

 

「こ、これは、エロい、男の、あの、ちゅ~、ちゅちゅちゅ~。」

 

誤魔化しては見たもののモニターに映っている心臓の画像が目に入ったのか千束は難しい顔をした後、反対側へ歩いていき振り向きながら言った。

 

「やっぱ、もう終わりにしようかねぇ。」

 

「え?」

 

「リコリコは閉店しまぁす、ハッ!」

 

詳しい話しを聞くために全員でカウンター席に座る。

史八のやつは自分で淹れた紅茶を飲んでさっきから一言も喋らない。

 

「あんまり私のことでみんなの時間取るのも悪いし、このお店は最後まで!楽しい場所じゃないとね!」

 

「千束はいいのかよ、それで。」

 

クルミが千束に尋ねるが千束は明るい声で返す。

 

「もともと、そうするつもりだったのよぉ~。考えてたより長かったぐらい。ねぇ、ミズキ!」

 

千束があたしにも尋ねてくるがあたしはさっきから一言も喋らない奴に話しを振る。

 

「あんたはそれでいいの?」

 

「千束がおふざけ半分でほざいてるなら俺から一言、二言言いますけど…。」

 

史八は飲んでいた紅茶のティーカップをテーブルに置いてから言葉を続けた。

 

「千束も千束なりに考えて出した答えみたいなんで、俺からは何も言いませんよ。」

 

「そう…。」

 

納得はしなかった……いや、出来なかった。

千束も史八も明らかに無理をしていたから。

こいつらとの付き合いも長いから分かってしまう。

苦渋の決断だったのだろう。まだまだこいつらはこんなガキなのに…。

でも、本人達が決めたのならこれ以上何かを言うのは野暮というものだ。

 

あたしはミカに目線を向けるが、ミカは千束に視線を移す。

千束は笑っていた。

なんとなく重くなった空気を変えるために千束は変わらずに明るい声で話しかけてくる。

 

「さぁ!皆もたきなを見習ってぇ自分の道に戻りたまえ~。」

「Hey you!ミズキはどこへ行きますかぁ~!」

 

「えぇ!?」

 

突然の質問に驚きながらもなんとなく婚活サイトで知り合った男性の写真をスマホの画面に写しながら言う。

 

「こ、婚活サイトで知り合ったVancouverのイケメンに会いに行こうかしらぁ?」

 

「Wow!どれどれぇ?!………うっわ、ムキムキだな。Hey!クルミは?」

 

千束はあたしのスマホの画面を覗き込みながらそう言うと、次はクルミに質問した。

 

クルミは席に立ちながら返事をする。

 

「ボクは、この国じゃお前がいなきゃ命が危ない。」

 

「あんたDAに狙われてるしね。」

 

「この国からは離れるよ。」

 

「じゃあ、ドイツにしなよぉ。」

 

「ドイツ?」

 

「まぁた、ボードゲームか!」

 

「そう!本場だよ。大きなコンペもあるし。」

 

「なら、お前も来いよ。旅券くらい作ってやるよ。」

 

クルミはそう千束に提案する。

こいつも千束には甘いな。相手があたしだったらこうはならない気がする。

 

「おほぉ、それもアリだなぁ。でも、ハチと先生が寂しがるからやっぱダメぇ。」

 

千束は少しだけふざけながらクルミの提案を拒否した。

 

「いつか、ハチとたきなを誘ってあげて!」

 

「………あぁ。」

 

 

 

 

 

こうして喫茶リコリコは閉店した。

 

___________

 

現在、わたしはDAで真島討伐作戦の作戦会議に参加している。

会議室にはDA本部にいるリコリスがほとんど集められ、会議室の前にある巨大モニターには真島の画像と電波塔事件、ファーストリコリスの制服を着た幼い千束が写し出されていた。

 

楠木司令と助手の方が説明していく。

 

「4月の武器取引に始まり地下鉄襲撃、リコリス殺害、警察署襲撃、これら全ての事件の首謀者が真島と呼ばれるこの男です。」

 

「世界中を股にかける戦争屋だ。我が国でも10年前に確認されている。皆もよく知っている………電波塔事件だ。全員処刑したと思っていたが、真島は国内外複数のマフィアから依頼を受け延空朴を狙っている。」

 

「その依頼者の一人を捕獲し真島の潜伏場所が割れました。」

 

「全力で攻撃する。見つけ出し……殺せ。」

 

真島は必ず見つけ出す。

しかし、殺す前にアランの……吉松の情報を聞き出さなくてはならない。

そのために、わたしはここへ戻ってきたのだから。

 

_____

 

俺は複数あるアジトの1つである小型船に吉松と一緒にいた女を招待(・・)していた。

吉松が持っていた奴らのデータが入ったUSBをパソコンから外し投げ返す。

 

「ほ~ん、記憶と心臓ねぇ。お前らの関係は大体把握した。」

「哀しい勘違いだな。お前も罪な奴だぁ。憧れのヨシさんがこんな奴だと知ったらさぞかしガッカリするだろうなぁ。奴らに同情するぜぇ。まぁ、お陰で俺は電波塔で命拾いしたわけだが。」

 

『だから、忠告したんだ!アラン機関!僕は裏切った訳じゃないぞぉ!』

 

自分のアジトからこちらをモニタリングしているロボ太の声が聞こえてくるが吉松は気にしている様子はないようだ。

 

「でもよぉ、思いどおりにならないからって手を出すのはアランのルール違反だろう?お前、大丈夫なのか?」

 

俺はアランのチャームの見せつけながら吉松に言う。

 

「彼は私のことを既に知っているし、その才能をこれから使ってくれることも約束してくれた。……彼女はもうこちらから接触することはないだろう。そういう取引だ。」

 

「取引?まぁそれは今はどうでもいいや。…なら、俺も殺すか?」

 

「君は、優秀なチルドレンだよ。…銃は千丁で足りたか?」

 

人質に取られているというのにこの余裕のある感じが癇に触る。

自分の立場を理解させるように銃口を向ける。

 

「恩着せがましいわぁ。俺もあのリコリスと同じだぜぇ。思うままに生きてる。だから、思うままにあんたをブッ殺すかも知れねぇ。いいのかそれで?」

 

吉松から笑みは消えない。

 

「アランの理想を果たせるならば、命だろうと捧げてみせよう。それと…。」

 

「それと…なんだよ?」

 

「今ここで、私を殺してもらっても構わないが……それをした場合、君は凄惨な死を迎える。」

 

「あ゛?」

 

「……まだ、取引の途中でね。私がここで死ねばおそらく誰も想像できないような…いや、君は生まれたきたことを後悔しながら死ぬことになるだろう。」

 

「ハハハッ!脅しか?!それとも命乞いか?!」

 

「違うさ。これはただ、近い未来の………可能性の話しさ。」

 

こいつの話しに全く根拠はない。

ただなんとなくそんな未来もあるような気がしてくる。

 

俺は銃をしまい乱暴に席に着く。

 

「気色の悪いったらねぇぜ、ったく。」

「お前らDAと同じだわ。こそこそ隠せれ手前勝手なお正義様で世界を操ろうとしやがって。…DAの後はお前らだ。アラン機関。本丸はどこだ?………あ゛ぁ?」

 

吉松から笑みは消えない。

本当に気色の悪い奴だ。

 

____

 

私はクルミ達の荷物をタクシーのトランクに詰め込んでから最後に挨拶するためにタクシーの後部座席に座っているふたりに話しかける。

 

「今度はケースに入らずに空港へ行けるねぇ。」

 

冗談交じりにクルミに話しかけるが表情は晴れない。

最後は笑顔で別れたいのでクルミの頬を軽く引っ張る。

 

「どぉした?かわいい顔が台無し。」

 

クルミは私の方を一瞬だけ向く。

 

「ん?」

 

「世話になった。」

 

「なぁにぃ~、らしくないなぁ。」

「ミズキも達者でな!」

 

私はミズキにも別れの言葉を言うが、ミズキは何も言わず人差し指を軽く動かしこっちに来いと指示を出した。

指示どおりタクシーの窓に顔を入れミズキに近寄ると腕を首に回されて耳打ちをされる。

 

「人生の先輩からのアドバイスだ。あいつ(史八)に自分の気持ち伝えておきなさいよ。」

 

「…………。」

 

ミズキの言葉に返事は出来なかった。

暗い表情をした私を見て察したのか、ミズキの腕が首から離れる。

 

「…後悔してからじゃ遅いのよ。後悔のないようにしなさい。」

 

「うん。」

 

「んじゃ、千束のこと任せたから。」

 

ミズキは先生とハチにそう言う。

先生とハチはそれぞれの言葉を返す。

 

「あぁ。」

 

「おふたりもお元気で。」

 

「あんま無理言うなよぉ、千束!おっさんも歳なんだから。」

 

「へいへい。」

 

「後、史八。」

 

「なんです?」

 

「あんたは無理しないこと。何でもかんでも自分一人で背負い込もうとするのがあんたの悪いトコなんだからね。」

 

「善処しますよ。」

 

ハチがそう言ったところでタクシーの窓が閉まって、タクシーは発車していく。

私が片付けのため店の中に入ろうとするとハチから質問される。

 

「ミズキさんとなに話してたんだ?」

 

「ん~?」

 

「なんか耳打ちされてただろ。」

 

私はハチの顔を見ると、ハチは首を傾げた。

 

「ぁ、」

 

喉から言葉が出かかる。

ダメだ。これだけは、このわがままだけは聞いてもらうわけにはいかない。

 

私は出しかけた言葉とは違う言葉を口にする。

 

「だぁ~めだめ!ガールズトークの内容はTop Secretだからねぇ!ハチと先生には教えないよぉ~!」

 

私は店の方を向きながらそう言った。

 

「あっそ。」

 

ハチもそんなに気にしていないのかそれ以上聞かれることはなかった。

 

(あいつ(史八)に自分の気持ち伝えておきなさいよ。)

(後悔してからじゃ遅いのよ。後悔のないようにしなさい。)

 

先程、耳打ちされた言葉が頭の中でリピートされる。

 

後悔のないように……か。

 

多分私は後悔することになるだろう。私のこの胸の中にある気持ちも伝えないことに。

ハチはずっと私と一緒にいてくれた。助けてくれた。元気づけてくれた、支えになってくれた。私のわがままを何度も聞いてくれた。

そんなハチのことを兄のように思っていたが時期もあったがそれは違った。

私はきっと……ハチのことが好きなんだ。

恋愛なんて今まで経験したこともないけどこの気持ちはきっとそうなのだろう。

 

でも、私はこの気持ちをハチに伝えるつもりはない。いや、出来ない。

ハチにはこれからがある……、未来がある。

私がこの気持ちを伝えたら、優しいハチはきっと私のことを想い続けてくれるだろう。それはとても喜ばしいこと。ハチの中に私という存在がいつまでも居れるから。

でも、それだとハチの未来を縛ってしまうかもしれない。

手に入れる筈だった幸せを私が奪ってしまうかもしれない。

それだけは出来ない。ハチには幸せになってもらいたい。

私の……大切な人だから。………大好きな人だから。

足枷には…死んでもなりたくない。

 

もし、この気持ちを伝えるなら…それは、私にもこれからがあるあるとき。

でも、私にはこれからなんて未来はない。

だから、この気持ちは私の心の中に留めておかなければならない。

 

「さ!片付けを始めちゃお。ふたりとも。」

 

私は自分の気持ちを押し殺してハチと先生にそう促し、店の中に入る。

 

_____

 

タクシーで空港まで移動中、急にクルミが話しかけてきた。

 

「しかたないだろぉ。千束の望みだ。」

 

「何も言ってないでしょ~。」

 

「…まだ、たきながいる。」

 

「そうねぇ~。」

 

「なんだよ?」

 

あたしの気の抜けた返事が気になったようだ。

あたしはクルミに思っていることを口にする。

 

「あいつ。」

 

「あいつって史八のことか?」

 

「なんだかんだ文句を言いつつもあいつが一番千束に甘いのよ。」

 

「まぁ、千束のわがままを聞いてるのもいつものことだしな。それがどうしたんだよ?」

 

「………千束がこれからって時にあの小僧がなにもしないとは思えない。」

 

「?」

 

あたしの言葉にクルミは首をかしげる。

あたしにもハッキリとした確証はない。

一先ず、千束のことはおっさんと史八に任せるしかなかった。

 

______

 

私はDAが捕らえたマフィアから少しでも情報を聞き出そうとし、そのマフィアのいる独房に向かう。

独房には簡易ベッドに横になるスキンヘッドの男がいた。

 

「真島の依頼主か?」

 

「もう、全部話したろ。そのターゲットは延空木だ。」

 

マフィアの男は横になったまま答える。

 

「武器供与したのはお前か?」

 

「また、それかよ。銃だけあっても兵隊が少なきゃ意味ないだろ。一千丁なんて。」

 

男は横にしていた体を起こしながら言う。

次の質問だ。

 

「では、吉松か?」

 

「吉松ぅ~?誰だぁそいつは?」

 

男はだるそうに立ち上がりこちらに向かってくる。

 

「これが、リコリスかぁ。こんなガキに仲間を殺されてたとはなぁ。」

 

男は周りを気にしているようだ。

目線でバレバレだ。わたしを襲うつもりなのだろう。

 

予想どおり男はわたしに右腕を伸ばしてきたためそれを捕まえて、鉄格子を利用し肩と肘の関節を極める。

男はうなり声をあげ頭が下がったので鉄格子の間から足を入れ頭を踏みつけてから銃口を向けて脅す。

 

「や、やめろぉ!」

 

「わたしは殺しすぎてここ(DA)を1度クビになってまして、割りと外の暮らしも楽しかったんでまたクビに、なるのも言いかなぁっとおも、」

 

「吉松など知らん!ホントに知らないんだ!」

 

「なら、銃は!?」

 

わたしは更に強く銃口を押し付ける。

 

「アラン…、アランと言ってた。」

 

「アラン機関か?」

 

「知らん!!それくらいしか知らん!」

 

情報は取れたが思いの外時間をかけてしまったのでお礼に男の肩関節を外す。

 

「やはり、吉松か。」

 

後ろから男の叫び声が聞こえてきたが、わたしはそれを無視して走って独房を後にした。

 

 

 





まとめ


史八
千束の新しい心臓と今後アランと千束が接触しないことを条件に自ら自身の才能(人殺し)を世界に届けると吉松さんと取引した。人殺しはもういやだ。けど、千束のためなら…、千束が幸せになるためなら自分の気持ちなんて関係なしに人を殺す。
千束絶対助けるマン。
「千束は絶対死なせない。俺がどうなろうとも。」


千束
死んでも史八の足枷にはなりたくない。幸せになってほしいがために、自らの気持ちを伝えずに逝くつもり。史八が自らを犠牲に吉松さんと取引したことは知らない。
「ハチには幸せになって欲しいからこの気持ちは伝えないよ。」


たきな
千束の心臓の情報を手に入れるため吉松さんと繋がって
いる真島を捕まえたい。千束絶対助けるウーマン。
この一件が片付いたら適当な理由で喫茶リコリコに戻るつもりだがDAに一時復帰したため喫茶リコリコが閉店したことをまだ知らない。
以前、千束とのデート後に史八に言われた一緒には居られないと言う台詞が頭の片隅に残っている。
「千束は絶対に死なせません。真島は任せてください。ハチさん、一緒に居られないとは?」


ミカ
自分の子ども同然である千束と史八を助けたい。
リコリコメンバーの中で史八と吉松さんが取引したことを知っている唯一の人物。
取引完了で千束は助かるが史八は犠牲になり、史八を止めれば千束を見殺しにしなければならない。
取引相手の自分の愛する吉松さんも何を考えているかわからない。
作中で一番頭を悩ませているのはこの人。
「シンジ、お前はいったい……。私は……どうすればいい?」


ミズキ
喫茶リコリコ閉店で一時的に離脱。
確証はないが史八が何かを企んでいるのを長年の付き合いと女の勘で察知。
千束と史八を妹と弟のように思っていたためアドバイスをするが千束と史八の決意は固かった。
現在、クルミと共に空港まで移動しバンクーバーで待っている未来の旦那のことを考えている。
「あの子達のことは心配だけど今のあたしに出来ることはない。………待ってて!あたしの未来の旦那様!!」

クルミ
喫茶リコリコ閉店で一時的に離脱。
千束のことを考えているが頼ってくれない千束に歯がゆい思いである。それでも、自分になにか出来ないかとこれから色々調べるつもり。
「なぜ、千束はボクを頼ってくれないんだ。………こうなったら意地でも吉松について調べてやる。」

楠木
真島絶対殺すウーマン。
「真島は必ず殺す。」

真島
DA絶対潰すマン。その次はアラン機関の予定。
人質である吉松さんが気色悪くて怒り心頭。
現在、ロボ太と共に旧電波塔と延空木で悪巧みしている。
「バランス取らなきゃなぁ!」

ロボ太
吉松さんを秒で売ったのはこの人。
「僕は裏切ってないぞ!アラン機関!」


吉松
現在、姫蒲さんとともに真島に拘束中。
余裕の態度で真島を怒らせてしまうがここで自分が殺されても史八との取引は不成立となり史八の手元に人工心臓は届かない。
千束が死ぬことで史八が闇に堕ちれば万々歳だった。
千束の殺しの才能はもったいないが史八の才能を世界に届
けられれば良かった。
「史八、これは取引だ。約束は守ってくれよ。」



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喫茶リコリコ 閉店後の話

 

テレビのニュースを聞きながら私たちは3人でお店を片付けていく。

私は先程、閉店のお知らせの張り紙を入り口のドアに張ってきたところだ。

3人でとは言ったものの私はカウンター席に座って昔に撮った写真を見ているだけで片付けてはいないのだが、…どうにもやる気がでない。

閉店すると決めたのは私の筈なのに。

 

『ついに完成する延空木。その完成記念セレモニーが遂に迫る中、会場周辺の準備が着々と進んでおります。』

 

そんな時にテレビが消える。

先生が消してしまったようだ。

 

「あ~、見てたのにぃ。」

 

「もう、片付けてんだぞぉ。」

 

私はアルバムのページをめくると懐かしい写真が目にはいる。

 

「おっ、リキだぁ。可愛かったなぁ。」

 

「おぉ、また懐かしいもん見つけたなぁ。」

 

そう言ってハチもアルバムを覗いてくる。

 

「そういえば、ハチが最初にリキにつけようとしてた名前ってなんだったっけ?」

 

「セヌ?」

 

「そう、それだ!なんだっけ、鷹の名前だっけ?」

 

「セヌは鷲だ。」

 

私は更にページをめくると、開店したばかりの頃のハチとツーショットした写真が出てきた。

 

「おっ!これは、開店初日に撮った写真だよね!」

「は~、この頃の千束さんも可愛いけどハチもこうしてみると可愛かったんだね!」

 

「なんかこうして昔の写真を見返すと恥ずかしいな。」

 

「何を言ってるんだ、史八。確かお前はこの写真を懐中時計に、」

 

「だぁ~!!!ボス!ストップ!ストップ!!」

 

先生が何か言いかけていたがそれを言わせないように珍しくハチが慌てていた。

話しの内容は気になったが私は先生とハチにそれぞれ質問をする。

 

「ねぇ、先生。これからどうすんの?バイト雇ったりしてぇこの店続けたりとかさ。」

 

「そうして欲しいのか?」

 

「………。」

 

私は答えられなかった。

 

「ハチは?」

 

「………。」

 

何故かハチは上の空のようだったため再び呼び掛ける。

 

「ハチ?」

 

「ん?………あぁ、そうだなぁ。」

 

「なにさ、何も考えてなかったのぉ~?」

 

「………旅にでも出ようかと。」

 

「おぉ~!いいねいいね!海g、」

 

私が海外に行くの?と聞こうとしたときに甲高い音が店内に響く。音の発生源に目を向けると先生が手を滑らせたのか先生の足元でコーヒーカップが砕けてしまっていた。

 

「ちょっ!先生、大丈夫?!」

 

「あ、あぁ、すまない。……全く、歳には勝てんな。」

 

先生はそう言いながら店の奥から箒と塵取りを取ってきて砕けたコーヒーカップを片づける。

食器がが割れてしまうことなんてたまにあるが、その時の先生は難しい顔をしていた。

 

私はアルバムを閉じ、最後にお店を外から見たかった。

 

「ちょっと外に出るね。」

 

「あんま、遠くに行くなよ。もう遅い時間なんだ、補導されても知らねぇぞ。」

 

「へぇきへぇき、ちょっとお店を外から眺めるだけだから。」

 

そう言って私はドアの方に進み店から出ていく。

 

_____

 

千束が外に行って店内には私と史八だけになった。

 

「気持ちは変わらんのか?」

 

私の質問に史八は掃除をしている手を止めるがこちらを向くことなく答える。

 

「俺の気持ちが変わることはありませんよ。」

 

「殺しをしなければならないんだぞ!」

 

私は外にいる千束に聞こえない程度の大きな声で言う。

それに対して史八は飄々とした態度で言葉を返してくる。

 

「そうですね。」

 

「苦しむことになるんだぞ!何か他の手を考えよう。そうすれば、」

 

「ボス。」

 

史八は私の言葉を遮り、私の方を振り向いて答える。

 

「俺はこれからしたくもない人殺しをして苦しむのはわかってます。」

 

「だったら!」

 

「でもね。」

 

もう一度説得しようとするが、再び遮られてしまった。

 

「どうせ苦しむなら俺は………千束を護るために苦しみたいんです。」

 

史八は笑顔でそう言った。

その顔を見てから私は何も言えなかった。

 

「そろそろ千束を呼んできますね。」

 

そう言って史八はドアを開けて外へ出ていった。

史八……それほどまでに千束のことを。

 

彼の決意は硬い。

それでも、私はふたりとも助けたい。

私は人知れず覚悟を決めた。

______

 

「千束、そろそろ店に入れよ。」

 

お店から出てきたハチが私にはそう呼び掛けてくる。

 

「ぅん。」

 

私は気の抜けた返事を返すが、気になっていることをハチに尋ねる。

 

「ねぇ、ハチ。」

 

「なんだよ?」

 

「後悔……してない?」

 

「後悔?…なんで?」

 

「いや、だってほら覚えてる?ハチがDAに隠れて住んでた頃に、私がハチの部屋に行った時のこと。」

 

「もちろん覚えてるさ。」

 

「あれってDAに幽霊が出たぁって噂になって興味本意で先生を尾行してハチのところに行っただけなんだよね。」

 

「知ってる。」

 

私はなんとなく星空を見上げて言葉を続けた。

 

「あのときから私とハチと先生ってず~と一緒だったじゃん?」

「もし、私が興味本意でハチのところに行かなきゃもしかしたら…ハチはDAとか関係なく普通の暮らしが、」

 

「千束。」

 

言葉を遮られてしまった。

 

「俺が後悔してるって話しだが……、」

 

「うん。」

 

「………後悔だらけに決まってるだろ!」

 

「…そうだよね。」

 

言葉にされると思いの外、ショックだった。

でも、しょうがない。当時の私の軽率な行動がハチの人生を大きく変えてしまったんだから…。

 

「ご、ごめn、」

 

「俺が何度お前に手を焼いたか!」

 

「……………………え?」

 

「俺が何度帰れって言ってもぜんっぜん帰らねぇし!飯作れってねだるし!一緒に買い物に行くにしてもジュースとかお菓子とか買いまくって結局俺が荷物持つことになるし!決めたルールは守らねぇし!任務で勝手に行動するし!やりたいこと最優先なのはわかっけど、それで尻拭いするのはほぼ俺だし!あっ!思い出した!DAから出たばかりの頃ボスと3人で街に出掛けたとき、非常用ボタンの強く押すの"強く"ってどれくらいの強さなのか気になってボタン押したこともあっただろ!あのあとボスと俺が関係者に平謝りしたんだぞ!」

 

「な、あ、え………えぇ。」

 

なんか…想像してたのと違う。

と、とりあえず謝っておこう。

 

「ご、ごめんなさい?」

 

「なんで疑問系?まぁいいや、ほら店に入ろうぜ。冷え込んできたし。」

 

ハチはお店の方を向き、そう促すが私の足は動かない。

質問の意図を分からせようと説明しようとした瞬間、ハチがこちらを見ずに口を開いた。

 

「別に千束と出会ったことに後悔なんてしてないよ。むしろ逆。これでも感謝してるんだ、千束にはさ。」

 

「え?」

 

「あの頃の腐ってた俺を救ってくれた。俺に生きる意味を教えてくれた。………俺と一緒にいてくれた。」

 

ハチは私の方を向く。

 

「確かにお前には手ぇ焼いたけどそれ以上に……、ここ(喫茶リコリコ)での生活が楽しかった。千束と出会ってなかったら俺はここには居なかった。千束があの時、興味本意でも俺を見つけてくれたから俺は今ここにいるし、今の俺があるんだ。千束と過ごした時間が俺にとってかけがえのない大切な時間なんだ。それをくれたのは他の誰でもない、お前なんだよ、千束。俺()まだまだ生きる。これから先、苦しいことがたくさんあるが、ここで過ごした大切な時間が、大切なものがあるから俺はそれを耐えていける。」

「ありがとう、千束。お前と出会えて本当に良かった。」

 

ハチからの予想外の言葉に言葉が出なかった。

そんな風に思っていたなんて知らなかった。

 

私はなぜか恥ずかしくなり、それをごまかすために下を向きながらお店の方に向かう。

 

「ハ、ハチってば、たま~に恥ずかしい台詞を平気で言うよね!先生を尾行したバーの時だって。」

 

「…俺何か言ったっけ?」

 

「知らない!」

 

私はハチの横を通りすぎてお店に入る。

 

____

 

千束が店に入ったので俺もそれに続く。

千束は店内を懐かしむように見渡す。

 

「この店ともちゃんとお別れしないとなぁ。」

 

やはり寂しいものは寂しいのだろう。

ここ(喫茶リコリコ)は俺たち3人で作ったものだから。

まぁ、しばらくしたら再開するだろう。

……そのときは俺は居ないが。

 

「あまり無理するな。」

 

「あっは、先生にはお見通しかぁ。やっぱり、寂しいですよ。」

 

そんな千束にボスは気を利かせてある提案をする。

 

「コーヒー……淹れるか。」

 

ボスの提案に千束は笑顔で答える。

 

「うん~、是非!」

 

「史八もどうだ?」

 

「ボスの奢りですよ。」

 

俺が冗談交じりにそう言うとふたりとも笑っていた。

 

ボスがカウンターに立ち、俺と千束はカウンターに座ってボスのコーヒーを飲む。こうしていると懐かしい気持ちになる。

 

「なんか、こうしてると昔に戻ったみたいですね。」

 

「私も今、同じ事思ってた!昔の先生はコーヒーもまともに淹れられなかったよねぇ。」

 

「あぁ、あの泥水みたいなコーヒーな。」

 

「茶化さないでくれ。当時の私はコーヒーなんて淹れたことがなかったんだからな。」

 

「あの時はまともにコーヒーも淹れられない、食事も簡単なものしか出せない人間が集まってよく喫茶店をやろうと思ったよな。」

 

「いいじゃん!やりたかったんだから!それに、お客さんにも喜んでもらえたでしょ~。」

 

「まぁな。」

 

そうして俺たちは3人で昔話に花を咲かせた。

 

_____

 

わたしは現在、フキさんのチームと共に真島のアジトである小型貨物船に突入している。

眞島がいるであろう部屋に入るとそこは既にもぬけの殻だった。

 

「逃げられたっすねぇ、これ。」

 

フキさんの相棒であるサクラさんがそう言うと、チームリーダーであるフキさんが通信機で連絡をする。

 

「アルファ1、オールグリーン。」

 

その瞬間、設置されていたスクリーンに真島の姿が映る。

 

『おっ、おぉ~お、たくさん来やがってぇ。修学旅行かぁ?』

 

銃口を向けていたが無駄だと判断したのかフキさんから銃口を下ろすよう指示が入る。

 

「真島。」

 

フキさんの言葉の後に楠木指令が部屋に入ってくる。

 

『お?おぉ、引率の先生も一緒にいたかぁ。何者だ、あんたぁ?』

 

「お前を殺す指揮を取っている者だ。真島。」

 

『自己紹介は不要みたいだなぁ。…つまり、リコリスの親玉かぁ。』

 

「目的は金か?」

 

『へへっ、それもある。仲間の生活もあるしなぁ。…だが、それ以上に興味のある仕事だから引き受けた。』

 

「興味……マフィアに手を貸すことにか?」

 

『正義の味方気取りの悪党がどんな奴らかってことだよ。』

 

「悪党はお前らだろ。」

 

『善悪の物差しは現代においては法だ。お前らは法のもとに存在してるのか?』

 

「その法が生まれる前から我々は存在し、政治体制を越えてこの国の治安とモラルを育ててきたのだ。」

 

『ははははは、体制を越えて?お前らは何様なんよ?』

 

「それを話すつもりはない。結果としてこの国の利益は守られている。」

 

『マキャヴェリズムってやつ?古くせぇ。んなもんがまかり通ってるって知ったら世間はどう思うかねぇ?』

 

「いらぬ心配だ。真の平和とは悪意の存在すら感じない世界ことだ。お前も…誰の記憶にも残らずに消える。」

 

『お得意の情報操作かぁ。だがなぁ、悲惨な現実を知らなければ平和の意味さえ人々は忘れてしまうんじゃないのかぁ?……与えられるものではなく勝ち取るものだってこともなぁ。』

 

「賢しいことを言うじゃないか。悪党も自分が悪である認識には耐えられないか。」

 

『心配してやってるんだぜぇ。…善悪の天秤ってのはなぁ、どっちに傾くにしてもお前らみたいな存在に操られるべきじゃねぇ。バランスを取り戻さなきゃなぁ。』

 

「それが、延空木を狙う理由か?」

 

『ははっ、そこまでお見通しかぃ!両方壊れてないとアンバランスだからなぁ!』

 

「武器商人から得た銃で武装しようが結果は10年前と同じだ。」

 

『…どうかな~?今回もあいつらが助けてくれるかなぁ。そこにあの時のリコリスと暗殺者(アサシン)は居ないようだが?どうした、遅刻か?それとも迷子か?ダメだぜぇ、先生。ちゃあんと出席は取らなきゃ。』

 

「貴様には関係のないことだ。」

 

リコリスたちがざわつく。

それもそのはずだ。電波塔事件は千束が一人で解決したと聞いていた。昨日の作戦会議でもそう聞いている。

しかし、真島の話しでは、暗殺者(アサシン)も一緒だった。

電波塔事件は千束とハチさんで解決した?

そのとき、店にきたばかりの頃に千束が言っていたことを思い出す。

 

(結局壊れちゃってるしねぇ。あの時は、ひとりじゃなかったし。)

 

電波塔事件は千束とハチさんで解決した。

では、何故DAはハチさんの存在を隠したのだろうか?

気にはなったが時間が惜しいため別のことを聞こうと一歩前に出るがフキさんに肩を掴まれてしまう。

 

『じゃあな。リコリスの親分さんよ。』

 

真島との通信が切れる直前にフキさんの制止を振り切ってスクリーンの前に立つ。

 

「待ちなさい!」

 

『おぉ、黒いほう。久し振りだなぁ。お前はこっちに戻ったのか。』

 

「吉松はどこ?」

 

『なんだ、お前もヨシさんかぁ?人気者だなぁ奴は。』

 

「わたしはあなたに興味はない。吉松の居所を、」

 

『俺もお前の方には興味ねぇよ。ま、ゆっくりしてってくれ。そこにあるコーヒーもまだ暖かい筈だぁ。』

 

「待て!」

 

情報を引き出そうとするが真島との回線が切れた。

 

____

 

翌日、店の片付けが結局終わらなかったため、本日も引き続きやっていると急に店のドアが開かれる。

入ってきたのは常連である伊藤さんだった。

 

「ちょっと!これなに?!なんでよぉ~?!」

 

「い、いや~、ちょっと一身上の、」

 

私は適当な理由をでっち上げようとするが、伊藤さんは息を荒くして詰め寄ってくる。

 

「これから私はどこで漫画描けって言うのよぉ~。こんなに静かなお店は他にはないしぃ。」

 

どうしたものかと考えているとハチがフォローに来てくれた。

 

「申し訳ありません、伊藤さん。」

 

「史八!私はこれから誰に漫画のアドバイスを貰えばいいのよぉ~!」

 

「それは、伊藤さんの担当者さんから貰ってください。それに静かな店って言うほど静かでしたか?千束とミズキさんあたりが喧しかったと思うんですけど?」

 

「おっと~、言うじゃないかハチぃ!」

 

そう言いながらハチに向かって座ったままシャドーボクシング風なことをするとハチはそれを無視して伊藤さんに耳打ちをする。

声が小さくて聞こえないが、とりあえず伊藤さんは落ち着いたようだった。

 

「とにかく、近いうちに戻ってきてぇ。約束よぉ~。」

 

そう言って伊藤さんは出ていった。

 

「なんて言ったの?」

 

「ん?大したことは言ってないさ。さっ、掃除!掃除!」

 

ハチにそう促されるが今日に限って常連さんが次々に来る。

 

「ちょっと急じゃない?!マスター!」

「閉店なんてやめようよぉ~。」

「ま、まじでぇ!?」

「はっ!」

 

常連さんの対応は私とハチでやった。

どの常連さんにも最後はハチがなにやら耳打ちをして仕方ないと言う風に店を後にしていった。

 

「つ、疲れたぁ~。まぁでもぉ、なんか嬉しい。」

 

となりに座るハチにそう言うと、ハチも笑顔で言う。

 

「それだけ、この店が愛されてたってことだ。ですよね、ボス。」

 

「そうだな。」

 

先生も微笑みながら賛同してくれた。

 

_______

 

午後になってボスにあるお願いをされる。

何でも倉庫にしまってある物を取って欲しいそうだ。

目的のものは上の方にあり脚立を使わなければ取れないし、長年ここにあったためかかなり埃をかぶっていた。

 

「ごほっ、げほっ!!なんっで!店の片付けをしてんのにこんな埃かぶってるやつを取り出すんですか?!」

 

「いいだろ?大切なものなんだ。」

 

「大切なものならもっといい保管場所があるでしょ。」

 

俺がそんな文句をいいながら目的のものを探す。

 

「そこに大きめの木箱がある筈だ。」

 

「2つありますけど、どちらです?」

 

「両方だ。埃を払って店の方に持ってきてくれ。」

 

「……了解。」

 

一体これは、なんなのだろうか?大切なものだと言っていたが。

とりあえず埃を払ってから千束がいる店の方に2つの木箱を運ぶ。

 

「おぉ~、おかえ、え、え、なにそれ?」

 

「さぁな。ボスの大切なものらしいが。」

 

俺は千束の質問に答えながら木箱を2つとも座敷におく。

 

「大切なものだが……、お前たちのものだ。開けてみろ。」

 

「鍵閉める?またお客さん来るかも?」

 

仕事用のものだと思ったのか千束はそんなことを言うが、重さ的には銃器でないことは明らかだった。

 

「いや、いいんだ。武器じゃない。」

 

「「?」」

 

ボスの言葉に俺たちは顔を見合わせてから自分達の前に置いた木箱をゆっくりと開ける。

そこには、着物と羽織などが入っていた。

店の作業服として着てはいるが肌触りで、とても上等なものだと

すぐにわかった。

 

「着物?」

 

千束がそう言って気になって隣を見ると千束の木箱にも着物が入っているようだった。

 

「お前たちの晴れ着だ。史八には遅くなって悪いと思ったが千束と同じタイミングで渡したかった。まぁ、成人式にはちょっ~と早いがな。」

 

「んんん~!」

 

「おい。」

 

千束は本当に嬉しかったのかボスに抱きつく。

 

そして俺たちはそれぞれの晴れ着に袖を通す。

まぁ、俺の方は店で着ていたものとはあまり変わり映えはしないが。

変わっているのは色ぐらいだ。

店で着ていたものは白黒のモノトーン調のものだったが今着ているのは、着物の色が紺色で羽織が鉄紺色のものだった。

仕事用に貰ったコートも紺色だが、ボスは紺色が好きなのか?

まぁ、嫌いじゃないが。

 

着替え終わったので更衣室から出て座敷に移動すると誰もいない。

着付けには時間がかかるだろうからゆっくり待つかと、思いながら数分間待っていると店の奥のほうからボスが出てくる。

 

「似合っているじゃないか。」

 

「色が変わっているだけであまり変わり映えはしないでしょう。」

 

「そんなことはない。よく似合っているよ。」

 

普段、ボスから出てこない言葉を聞いて気恥ずかしくなったため話題を変える。

 

「そ、そういえば千束はどうしたんです?着付けをしてたんじゃ、」

 

そう口にした瞬間、先程ボスが出てきたドアが開いた。

視線をそちらに向けると白い振り袖を着た千束がいた。

 

「どう?ハチ。似合ってるでしょ~!」

 

「…………。」

 

千束の質問には答えられなかった。

あまりにも綺麗だったから。どう表現したらいいか分からなかった。

 

「ハチ?」

 

「…あぁ、いや、ゴメン。少し……見惚れてた。」

 

「見惚れる?!///………そ、そう、そうか…えへへ///あっ!ハチもカッコいいよ!」

 

「そうか?俺はあまり変わってないと思うけど…。」

 

「いやいや、いつもは白黒の着物だったけど、やっぱり、ハチには紺が似合うね。……あっ、もちろん白黒の着物もいいんだけどね!」

 

そんなに誉められると悪い気はしないが、少し恥ずかしい。

 

「ありがとな。」

 

俺は千束に笑いながらそう言う。

そんな会話をしてるとボスがある提案をする。

 

「ほら、ふたりとも。写真を撮るからそこに並びなさい。」

 

そう言われて千束の隣に立つ。

そんな時、千束から声が上がる。

 

「あれ?」

 

「どうした?」

 

「珍しい。ハチが写真を嫌がらないなんて。ちょっとビックリ。」

 

「まぁ、こんな時ぐらいはな。………これが最後(・・)かもしれないし。」

 

「…そうだね。最後(・・)……なんだよね。」

 

千束の顔が一瞬暗くなる。

俺たちの思っている最後(・・)はきっと違う。

千束は自分の死を覚悟した言葉だが、吉松さんとの取引が達成されれば千束はまだ生きられる。でもその時……、きっと俺は千束のそばにはいない。

俺にとってはこれが最後だった。

 

「ほら、君たち。笑って笑って。そんなんじゃ撮れないだろ?」

 

ボスがそう言うと隣に立っていた千束がいきなり抱きついてきた。

 

「お、おい。」

 

「いいじゃん!最後なんだし!」

 

まったく、お前という奴は。

俺がやれやれといった顔をした瞬間、カメラのシャッターが切れる音が聞こえてくる。

 

「どうどう?」

 

千束は写真の出来が気になりボスの方に歩いていきカメラの画面を覗き込む。

 

「あぁ、よく撮れてるぞ。」

 

「おほぉ~!いいじゃん!いいじゃん!ほら、ハチも見なよぉ~!」

 

千束がカメラの画面を俺に見せてくる。

 

……あぁ、とてもいい写真だ。

今まで撮ったなかでも最高のものだ。

………最後にいい思い出を作らせて貰った。

 

「…ありがとう。千束、ボス。」

 

俺は気づいたらその言葉を口にしていた。

その言葉はお世辞などという余計な含みを持たない純粋なふたりへの感謝の気持ちだった。

 

「こっちこそだよ!ハチも先生も、ありがと!」

 

俺たちふたりの感謝の言葉を聞いてボスの表情は暗くなる。

 

「お前たちに感謝されることなどなにも出来てないさ。」

 

「またまた~。私に名前をつけてくれたのも先生だしぃ、銃を教えてくれたのも!この店も、ハチやたきなと出会えたのもぉ~、何より、私のためにヨシさんを探してくれたのも先生じゃん!あっ!さっきの写真、ヨシさんに送ってよぉ!それくらい、」

 

「そうじゃないんだ!」

 

ボスは珍しく大声をあげて千束の言葉を遮る。

 

「な、なに、先生。大きな声だしてぇ。」

 

ボスは一度俺の方を向いてから千束に視線を移す。

 

「千束、史八。シンジのことで話すことがある。」

 

そうしてボスは過去のことを話しだす。

_____

 

わたしは現在、延空木で真島討伐作戦の真っ最中だ。

ライフルを構えながらエレベーターに乗ってこの階に上がってくる真島を待ち伏せしている。

エレベーターの上についているランプがこの階の所で光るがエレベーターのドアは開かず、上の階のランプが転倒した。

______

 

俺は旧電波塔で待機している。

今頃、リコリスどもは延空木の方にいるだろう。

 

「後は頼んだぜぇ。My Hacker.」

 

『この日のためのバックドアだ。ひひひひっ!』

_____

 

私は千束と史八に真実を伝える。

 

「あの時私がシンジにオペを頼んだのは、司令官としての利益のためた。少なくともあの時はそうだった。史八もシンジからどこまで聞いているか分からないが、お前を引き取ったもの、その技術を利用しようとしたからだ。」

 

当時のシンジとの会話を思い出しながら千束にシンジとの約束を伝える。

 

(リコリスの現役期間だけ生きればいい。)

(そういうことなら引き受けよう。だが、これだけは約束してくれ。)

 

「約…束?」

 

(彼女を最強の殺し屋として育ててくれ。…いや、最強は彼の方かな?)

 

私の話しを聞いて千束が口を開く。

史八はそんな私たちを静観していた。

 

「嘘、うそうそ、だって、自分は人を助ける救世主だってヨシさん、」

 

私は首を横に降る。

 

「お前なら分かるだろ、史八。」

 

「……………。」

 

私の問いに史八は目を伏せてなにも答えない。

いや、答えたくないのかもしれない。

史八は記憶を取り戻して、シンジがどういった人間であるかを知っている。

もしかしたらシンジのことは私よりも詳しいかもしれない。

 

「じゃあ…どうして?」

 

私は頭を抱えて罪悪感に押し潰されそうになりながら千束に伝える。

 

「言えなかった。お前の中で…どんどん大きくなるシンジに対しての憧れは…いつ終わるかわからない命を支える力となっていった。それはとても眩しくて……、儚い。」

 

「先生。」

 

「言ったほうがよかったのか!?お前の生き方は間違いだ。殺しを重ねればシンジはまたお前を助けてくれると……言えば良かったのか!?…教えてくれ、千束。」

 

千束は私に背を向けながら言う。

 

「……ありがとう、先生。私に決めさせてくれて…ありがとう。でも、……それを聞いてても私は多分変わらなかったと思う。」

 

「何故だ?」

 

「ハチがいるから!」

 

千束は笑顔でそう言った。

その言葉を聞いて史八も笑っている。

 

「もし、ハチがいなかったら多分、私は負けてた。そんで、仕方なくリコリスの仕事してたと思う。んで、嫌なこととか辛いことは全部、先生やヨシさんのせいにするんだぁ~。……それは嫌だわぁ、うん。ないない。」

「私の仕事も、このお店を始めたのも全部私が決めたこと。…それをさせてくれた先生とヨシさんへの感謝は今の話しを聞いても全然変わんない。…ふたりとも、私のお父さんだよ。」

「それが、一番嬉しいって感じするぅ。」

 

私は千束の言葉にあふれでる涙を止めることは出来なかった。

 

「すまない、すまない。」

 

「ほぉら、先生、泣かないでぇ。先生こそどうなのよ?この千束はどぉお?好き?さっきハチは見惚れちゃってたみたいだけど~。」

 

千束は全身が見えるようにその場で一回転しながら私にそう尋ねてくる。

 

「ぁぁ、あぁ、自慢の娘だ。」

 

そう答えると千束は笑い、史八が口を開く。

 

「ボスはもうちょっと自分の娘を信じてみても良かったんじゃないですか?」

 

「ふっ、そうだな。ありがとう、史八。お前も自慢の息子だ。」

 

「お、俺はなにもしてませんよ。」

 

「あぁ~、ハチってば照れてるぅ。」

 

「喧しいわ!いいだろ、別に!」

 

真実を話して私の中の問題がひとつ解決したことで体が少し軽くなるような気がする。

私はやはり、このふたりには幸せになって貰いたい。

どちらにも死んで欲しくはないし、傷付いて欲しくもない。

 

私は自慢の娘と息子を護るためなら……なんだってする。

 

私の目の前でじゃれあうふたりを見てそう決心した。

 

_____

 

外から警報が鳴っているのが聞こえる。

何事だと千束がテレビをつけると信じられないことに真島が映っていた。

 

『えぇ、繰り返します。延空木がテロリストに乗っ取られ占拠された模様です。犯人の男は30代の男性。警察は、』

 

「何これ?」

 

くそっ、なんだってこんな時に?!

 

ニュースを見ていたら突然店の電話が鳴る。

楠木か?

ボスが受話器を取るとどうやら俺の予想通り楠木だったようだ。

どうせまた、真島を討伐するために来いとでも言ってくるんだろう。

 

その次に千束のスマホが鳴る。

 

千束は画面を見た瞬間顔が強ばりる。

 

「先生貸して。」

 

そう言って、千束はボスから受話器を受け取る。

千束は楠木からの話しを聞きながらスマホを俺とボスに見せてくる。

そこには、椅子に拘束された吉松さんがいた。その横には千束の心臓が入っているであろうケースも置かれている。

 

くっそ!!!

最悪だ!

吉松さんが真島に捕まっていた。このままでは心臓は届かない。

 

千束のスマホから男の声が聞こえてくる。

 

『お前たちが延空木に近づけばこいつの命はない。一時間で起爆する。お前のようなリコリスに来られると都合が悪い。こいつの命が掛かっているんだぞ。』

 

ボスが千束から受話器を取る。

 

「楠木、また後で掛けなおす。」

 

『それでいい、下手なことをするなよ。ずっとお前らを見ているからな。』

 

その言葉で窓の外を見ると、複数のドローンがこちらを監視していた。

 

「罠だろうな。」

 

「だからって見殺しに出来ないでしょ!」

 

俺はひとつ大きく深呼吸をしてふたりに言う。

 

「ボス、千束。俺が行きます。ふたりはここで待機しててください。」

 

「ちょっ!ハチ、何いってんの?!私も行くよ!」

 

俺は千束の肩に両手を置き諭すように説得する。

 

「千束、今のお前は残り時間があるんだ。お前のその貴重な時間をこんなふざけたテロリストどもに使ってやることはない。」

 

「…ハチ。」

 

「大丈夫。吉松さんは必ず助け出す。俺の目的のためにも。千束はここでボスと一緒にコーヒーブレイクでもしてな。」

 

「……わかった。」

 

「ありがとう、千束。ボス、千束のことを」

 

「だが、断る!!!」

 

ボスに千束のことを頼もうとしたときに千束に言葉を遮られる。

俺は彼女が何を言っているのか分からなくなったため確認を取る。

 

「え?い、いや、お前、今わかったって……。」

 

「ハチの考えが分かったって言っただけだし、分かった上で断った!」

 

千束がテロリストにやられても、戦闘中に今の心臓に不具合でも出たら俺の目的が全ておじゃんになってしまう。

それだけは防ぎたかったため、どうにか説得しようとするが、ボスの手が俺の肩に置かれる。

 

「史八、知っているだろう?こうなった千束は梃子でも動かない。」

 

俺は仕方ないと深いため息を吐く。

 

「もちろん、私も同行するがな。」

 

「っ、この似た者親子め!」

 

「ははっ!お前もそのひとりだよ。」

 

悪態をついてみたがボスに笑って返され、千束もそんな俺たちを見て笑っていた。

 

「不幸中の幸いだ。武器庫の弾丸が処理できそうだ。ありったけ持ってこい!延空木はたきなやフキが守ってくれる。あのふたりも私の優秀な教え子だからな。」

 

「うん。」

 

「そうですね。」

 

俺たちはそれぞれ戦闘の準備をする。

俺はいつものコートに袖を通しフードをかぶる。

しかし、右側のリストブレードだけ普段とは違う。以前からボスに頼んでいたが最近になってようやく完成した。テストもバッチリだ。

 

ふたりも準備が出来ているようだった。

そうして俺たちはそれぞれの思いを胸に旧電波塔へと移動する。

 

 





オリ主君が常連さん立ちに耳打ちした言葉は「一時的に閉店するだけでしばらくしたら再開します。」です。

吉松さんと取引をしていて新しい心臓を受けとるだけなので今現在、オリ主君の中では心臓を受け取って手術を受けて貰うだけなので千束が手術を受け退院したらリコリコはまだ営業するつもりで言っています。
その時にオリ主君はリコリコにいるのか、いないのか……。

オリ主君の新しい装備はアサシンクリードシリーズのパルクールアクションに革命をもたらしたあの装備です。


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嵐の前の静けさの話

 

わたしは現在、真島が行動を起こしたことで作戦を変えることとなり、DAのバスのなかで楠木指令の説明を聞いている。

私のとなりにはエリカが座っていた。

 

「たきな、戻れて良かった。………あの、私ずっと話そうと思ってたんだけど!」

 

バスのモニターに延空木強襲作戦の実行部隊編成表が映し出される。わたしはalpha隊でフキさんと同じ隊であった。

しかし、わたしは編成表の中に信じられない文字を目にする。

 

charlie-6 錦木千束

 

わたしは前に移動し、備え付けられているカメラに向かって楠木指令に直談判する。

 

「千束を呼んだんですか?!」

 

『席に着きなさい。』

 

「指令!千束は!?」

 

『奴は来ない。連絡が着かなくなった。』

 

「連絡が?店長もですか?」

 

『そうだ。』

 

「ハチさんとも?」

 

『ハチ?誰だそいつは?』

 

「真島が言っていた暗殺者(アサシン)ですよ!」

 

『知らんな、そんな奴は。皆目検討もつかない。』

 

楠木指令にシラを切られる。

 

「何故です?」

 

『知らん。我々には関係ないことだ。』

 

「会議中だぞ!」

 

後ろからフキさんの注意する声が聞こえるがわたしはいてもたってもいられなかった。

 

「この状況を見て3人と連絡つかないなんて絶対変ですよ!」

 

「お、おい!」

 

「作戦までには戻ります!」

 

フキさんがわたしを止めてくるがそれを振り切ってバスから降りお店に走ってむかう。

 

_____

 

俺たちは準備が出来たため、ロボ太の指示通りスマホを店に置いて車に乗り込む。

既に車はハックされていて車内からロボ太の声が聞こえてくる。

 

「携帯は置いてきたな。」

 

「あぁ。」

 

千束が答えるが、声色からしてマジギレ5秒前と言ったところか。

 

「以降はこの通信だけを許可する。誘導にしたがえ。」

 

ロボ太の命令口調に千束は舌打ちをする。

かなりイライラしている様子だがそういう俺もかなりイライラしていた。こいつらのせいで俺の計画に大幅な修正を入れることとなってしまったから。

 

「分かったから、さっさと誘導してくれねぇか。ロボ太さんよぉ~。」

 

自分の名前を知られていることが嬉しかったのかロボ太のテンションが分かりやすく上がる。

 

「おぉ!僕のこと知ってるのかぁ!今やウォールナットわ越える最強ハッカーだからなぁ。あっははは!」

 

そうか。ウォールナットは死んだことにしてたんだっけ。

ロボ太は余裕綽々で笑っているが、真実を知らないとはいっそ哀れに思えてくる。

 

「はぁ~、ウォールナットの遺言でお前の名前を聞いただけだ。お前は全然有名になってないよ。」

 

「なっ、なんだと!」

 

「まぁ、これから有名になるかもしれないなら後でサイン貰いに行ってやるから……さっさと誘導してくれや。

 

「はっ、発進しろ。」

 

声色を変えながらそう言うとロボ太は素直にしたがった。

 

____

 

「ラウンっジ!さいっこぅだわ~。」

 

あたしは空港のファーストクラスのラウンジを満喫していた。

赤ワインの入ったグラスをテーブルに置きながら言う。

 

「初めてあんたと一緒で良かったと思ったぁ~。」

 

「もう行くからな。」

 

「はいは~い。」

 

「…ボクはともかく、お前こそ最後まで千束といるべきじゃなかったのか?」

 

妹のように思ってる千束がいなくなった時、絶対に泣いてしまう。この歳になってボロ泣きしてる所なんて他人に見られたくなかったし、…それに、千束の前ではあたしはあたしのままで居たかった。

 

それをクルミに悟られないようにクルミにも同じような質問をする

 

「充分、一緒に居たわよ。あんたこそになに遠慮してんの~。リコリコに馴染んでたくせに。」

 

クルミは意外そうな顔をしてから答えた。

 

「…あぁ、楽しかったな。」

 

「あんたとも最後かな。」

 

「そうだな。………じゃあな。」

 

「ファーストクラスのチケット、ありがとね。」

 

あたしは手に持っているファーストクラスのチケットを振りながらクルミにお礼をいった。

 

「お前のはエコノミーだ。」

 

「エコ!?!?」

 

真実を告げられファーストクラスのチケットと思っていたものを握りつぶしてしまった。

 

____

 

 

わたしはバスから降りて走ってお店に向かうが距離があったため、途中でバイクを拝借(・・)した。

 

緊急事態だ。しょうがない。

 

バイクに乗って喫茶リコリコまで向かい、お店の前にバイクを停めるとドアに張り紙が貼ってあった。

 

「閉店?」

 

鍵はかかっていないようだったのでお店にはいったが、誰もいない。

 

「どうして?」

 

何故、閉店してるのか?何故、誰もいないのか?

疑問は増えるばかりであった。

再び千束に電話をかけるが、近くから着信音がなり、何かがカウンター席から落ちた。

千束のスマホだった。バイブレーションでスマホが揺れて落ちたのだろう。

千束のスマホを拾い上げると自分のスマホが鳴る。

楠木指令からだった。

 

「はい。」

 

『あと、30分で再突入だ。戻れ。』

 

わたしは現状を司令に報告する。

 

「店に千束がいません。スマホを置きっぱなしで。」

 

『それがどうした。』

 

「なにか変です。真島が絡んでるかも。」

 

『何故そう思う。先日、真島に話した吉松とは…何者だ?』

 

「千束の恩人です。」

 

『心臓の提供者か?』

 

「はい。真島は千束が吉松を探しているのを知っていました。」

 

『真島は延空木にいる。知りたいことがあるなら本人に聞け。奴が死ぬ前にな。』

 

「………すみません、戻ります。」

 

直前まで迷ったが千束なら大丈夫だと、ハチさんも一緒なら大丈夫だと、そう思いわたしはわたしに出来ることをやるために司令の指示通り戻ることにした。

 

____

 

ボクは飛行機に乗ってから千束の心臓のことを調べていた。

 

「一番、千束の心臓に近いのどれ?」

 

ボクはそう言って検索をかける。

様々な情報が出てくるが、川辺楓という女が引っかかる。心臓血管外科の外科医で論文も様々な心臓に関する物を書いている。

 

「これの著者、洗い出して。…そうそ、どうせ名前変えてるから~。メタデータよりフェイシャルイメージ!」

 

そんな風に調べていると、不振に思ったCAが話しかけてきた。

 

「飛行機が飛ぶときはやめてね。」

 

「当分、飛ばないだろ。」

 

真島が行動を起こしたせいで全ての便が離陸を見合わせていた。

 

ボクは再びゴーグルをかけて調べる。

 

「おっ!あたりか?!」

 

川辺楓という女の着ているスーツにアランのチャームが付いているのを確認した。

 

「場所お願い!」

 

画像の女の瞳に反射している場所からどこで取られた画像なのか調べる。

 

「何もない。……10年前。」

 

映し出される画像が過去のものへと変わっていく。

 

「町工場か。」

 

残されている監視カメラの映像を確認していく。

 

「何かあるぅ?なんか吉松っぽいの。」

 

見つけた。

画像の女と吉松らしき人物。

 

「そんじゃ、振動解析。音出して。」

 

ノイズが酷いがしばらくするとノイズは消え話している内容が聞こえてくる。

 

『直接会うのはご法度では?ミスター吉松。』

 

女が目の前の男を吉松と呼んだ。

 

「ビンゴ!!この骨格でそのあと、10年照合して。」

 

10年間の吉松の足跡を辿るが。

 

「去年?」

 

『我々は手助けをしただけだ。少女の命ひとつであなたの才能が結実するなら安いだろう。』

 

『その子にこれを。救ってあげて。』

 

『君が心配すべきは、これからの幾人の患者だ。被験者のことは私に任せてくれ。君同様、アランの子だからね。』

 

人工心臓が映る。

 

「あったぁ~!!!」

 

こうしてはいられない。

ミズキを呼び戻さないと!

 

_____

 

「お客様。」

 

あたしがアイマスクをしてゆっくり眠っているとそんな声が聞こえてくる。

誰だ、あたしの眠りを妨げる不届きものは。

 

アイマスクを外し声のした方を見るとCAがいた。

 

「生き別れの娘様が~あちらでお待ちです。」

 

「むすめぇ~?」

 

このCAは何を言っているんだろう?

あたしに娘なんていないし、そもそも結婚していない。

というかCAってモテるんだろ?あたしに男を紹介しろ。

 

そんなことを思って促されるまま窓の外を見るとクルミが何やら騒いでいた。

 

「は・や・く! ミ・ズ・キ!」

 

なにをやってるんだ?あいつは。

 

なんかめんどくさそうだから惚けておくか。

 

「知らない子です。」

 

そうCAに伝えるがそんなわけにも行かないのだろう。

あたしは飛行機から降りてクルミと合流する。

 

「バンクーバーの彼に連絡しなきゃ~!」

 

あたしがスマホを取り出すとクルミに引ったくられる。

 

「まだ、付き合ってないだろ!」

 

どうやらあたしのスマホからたきなのところに連絡をするようだ。

 

____

 

わたしはチームと合流し作戦を実行中。

突然、耳につけている通信機からクルミの声が聞こえてきた。

 

『千束の心臓!もうひとつあるぞ!』

 

「っ!どこに?!」

 

『多分、吉松が持ってる。アランの支援を受けた研究者が改良した心臓を作ったんだ。それを吉松が持ち出してる。』

 

「吉松はいまどこに?」

 

『わからない。ここ数日の足取りがさっぱりだ。また連絡する。』

 

「待って、クルミ。リコリコに行ったんですが。」

 

『あぁ、閉店してたろ。すまん。千束の希望でな。』

 

「スマホだけ置いて千束とハチさん、店長も居なくって。」

 

『なにかあったか?』

 

「これ、解析できますか? 」

 

わたしは店から持ち出した千束のスマホを握りしめて言う。

 

「分かった。ちょっと待ってろ。」

 

______

 

暗殺者(アサシン)たちを誘導しているロボ太から連絡が入る。

 

『奴らが着たぞぉ。』

 

「準備はいいかぁ?ハッカぁ~。」

 

『抜かりなく~、と、と~。』

『はぁ、僕たちは絶対できるぅ。』

 

「さぁ、第2幕だ。」

 

 

 



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紅の彼岸花の相棒は蒼の彼岸花な話

 

延空木の上部にいる真島を討伐するために非常階段を使ってフキさんたちと一緒に上がる。

 

「ひぃ~、これしか方法ないんスか~。」

 

「行くぞ。」

 

延空木の中間地点とはいえ上空だ。想像以上に風は強い。

 

『各チーム選抜隊は、4つの非常階段で第2展望フロアに到達後、真島に押さえられている東西南北4つの直通エレベーターを奪還。第1展望台待機組は順次上昇。合流し殲滅してください。』

 

『慈悲は不要だ。皆殺しにしろ。』

 

通信機から司令部の指示が聞こえる。

 

「敵は目視出来ないっスねぇ。」

 

そんな時、再びクルミから通信が入る。

 

『たきな、千束のスマホを見ろ!』

 

クルミの指示通り千束のスマホを見ると、クルミが既にハッキングしたのかスマホには拘束された吉松の姿が映し出されていた。

 

「!」

 

『その画像が送られて、吉松からの着信が入ってた。今、ミカの車は押上だ。おそらく、3人は旧電波塔に向かってる。…つまり、心臓の持ち主のところに千束が行くってことだ!たきな!万事解決だぞ!』

 

「………。」

 

クルミは嬉しそうな声を出しているが、わたしは正直そうは思えない。こんな話しはうますぎる。

 

「そうでしょうか?」

 

『ん?』

 

「嫌な予感がします。罠かもしれない。」

 

『千束なら大丈夫だろう。それに、ミカと史八もいる。』

 

あの3人を信用していない訳じゃない。

しかし、あのバーでの吉松の台詞を思い出す。

 

(君には期待しているよ。)

 

あの意味深な台詞………。

 

「絶対に何かある。」

 

足を止めているわたしにサクラさんから声がかかる。

 

「さっさと来いよ~。」

 

『おい、たきな?』

 

「他チームに負けちゃうだろ?!」

 

「……すみません、わたしはここで……。」

 

「またかよぉ!お前!」

 

「たきな、どういうこと?!」

 

「千束の所に行きます。」

 

「バカがうつったか?任務中だぞ!」

 

「すみません!」

 

千束のもとに行こうと任務放棄をしようとするわたしにチームから非難の声が上がる。

しかし、わたしは決めたんだ。

…千束を守ると。

 

そんな時、エリカが口を開く。

 

「フキ、行かせてあげて!私がたきなのポジション埋めますから!」

 

「ハハハハ!無理無理ぃ、そもそもこいつがクビになったのはぁ……あんたのヘマが原因だろ!!」

 

「……そう、全部私のせいよ!」

 

エリカはわたしに抱きついてくる。

 

「あの時は本当に…、ごめんなさい。」

 

エリカは泣きながらわたしに自分の気持ちを伝えてきた。

そう言ってから階段を駆け上がっていく。

 

「な、なんスか。ホントのことっスよ~。」

 

「……この任務を降りればもうDAには戻れんぞ。」

 

 

フキさんは最終確認をしてくる。

しかし、わたしの気持ちは既に決まっている。

 

「分かってます。」

 

「最後のチャンスなんだぞ。」

 

「………此処では千束を救えない。それだけです。」

 

「……はぁ、行けよ。」

 

フキさんにお辞儀をする。

 

「行くぞ。」

 

「し、司令部になんて報告するんスか~。」

 

「アイデア募集中だ。」

 

「えぇ~。」

 

後ろからそんなふたりのやり取りを聞きながらわたしは旧電波塔へ向かう。

 

_____

 

俺達は旧電波塔に到着した。

車の中で話し合って千束とふたりで行くことになった。

 

「じゃあ、行ってくるよ。」

 

「本当にふたりで行くのか?私も、」

 

「大丈夫。店に戻ってお茶飲んでて。」

 

「…そうか、シンジによろしくな。」

 

「うん。」

 

千束は頷いてから俺たちを監視しているドローンをライフルで撃ち落とす。

 

「いってきます。」

 

「あぁ、行ってこい!」

 

「よぉし!ハチ、行くぞ~!」

 

「あぁ。」

 

俺は千束と共に旧電波塔へ入ろうとボスに背を向けたところでボスに話しかけられる。

 

「史八。」

 

「?」

 

「…必ず、千束と共に帰ってこい!……必ずだ!」

 

「…もちろん。まだ、死ぬわけにはいきませんから。千束は絶対に護り抜きます。……この件が片付いたら、千束とたきなに美味しいコーヒーでも淹れてあげてください。」

 

ボスの言葉に俺は笑って答えてから旧電波塔に入る。

 

_____

 

私は旧電波塔に入っていくふたりの背中を見つめる。

 

本当に大きくなった。心も身体も。

私のような人間にはもったいないくらいの自慢の子どもたちだ。

 

「千束とたきなにコーヒーでも淹れてやってくれ………か。」

 

私は先程、史八が口にした言葉を反芻する。

 

「史八、その時………、お前は。」

 

私は2人が入っていった旧電波塔を見上げる。

ここに……、シンジがいる。

私はもう決意した。

いや、こんなもの決意なんて高尚なものじゃない。

これはただの………私の我が儘だ。

 

 

 

やはり私はふたりとも…………助けたい。

 

 

____

 

俺は旧電波塔のドアを無理やり開けて、千束と共に侵入した。

 

「今日は押してもいいんだよね?」

 

「あぁ、好きなだけ強く押せ。」

 

「はぁい皆さぁ~ん、逃げてぇ~。」

 

千束は非常ボタンを押す前に俺に確認してくる。

昨日、俺が言ったことを根に持っているようだ。

そんな千束に許可をだし、千束がボタンを押すと警報のベルが喧しく鳴り響く。

 

俺と千束は急いでエレベーターに乗り込み、階を上がっていくが途中でエレベーターが止まってしまった。

周囲を警戒しながらエレベーターを降り、上へ向かうため階段を利用する。

 

わざと足音をたて敵をこちらにおびき寄せる。

 

「いらっしゃいませ~。」

 

千束が非殺傷弾で敵のひとりを無力化する。

まだ、上に3人ほどいるのか威嚇射撃をされるが、俺はスモークグレネードを投げる。

スモークが晴れない内に俺も千束と同様に非殺傷弾で残りの敵を無力化する。

気絶して階段から落ちないように体を支える。

 

「さっすが、ハチ!分かってるぅ~。」

 

「頭打って死なれでもしたら目覚めが悪いからな。」

 

その後、階段で行ける最上階まで行く。

 

「んじゃ、頼む。」

 

「オッケぇ~!」

 

外へ出るため千束はライフルをボルトアクション式にして、10年前に壊れて閉じたままのドアを撃つ。数発撃ってからドアを蹴り破ったが思いの外簡単に開いたようで勢い余って千束は外に飛び出そうとしてしまう。

 

「うおぉ~!」

 

「ちょっ!まっ!」

 

俺はドアにしがみつく千束を引き寄せる。

 

「お前なぁ~!転落死なんて洒落にならんぞ。」

 

「あっぶなぁ~。さんきゅっ!」

 

「ったく。」

 

そんな会話をしてから上の様子を探る。

やはり、真島もバカではない。

外にも敵が配置されていた。

 

「これじゃあ、狙い撃ちにされるな~。」

 

「どうしよっか?」

 

「ちょっと待て、今考える。」

 

こんな足場の悪いところでは千束はいつものように避けられないかもしれないし、あまり千束の心臓に負担をかけたくない。

となると………。

 

「俺が千束を背負って敵の銃撃を避けるから、千束は俺の分まで敵を無力化してくれ。」

 

「おぉ~、りょ~かい!!」

 

俺がそう提案すると、千束は目を輝かせ身を預けてくる。

 

「よし、準備はいいか?」

 

「いつでも!」

 

「よし!」

 

俺は千束を背負ったまま近くの鉄骨を足場にして縦横無尽に駆け上がる。

当然、敵に見つかるが千束が当てやすいように接敵し千束は次々に非殺傷弾を当て無力化するが、一人だけ足場から落ちてしまいそうな奴がいた。

 

「やっば!」

 

千束はそいつにもう一発お見舞いして足場に倒れさせる。

 

「ごめんちゃ~い。」

 

「千束!2時の方向に、」

 

いるぞ、と言いきる前に敵が発砲する。

当たらなかったが千束から死角だったため驚いたのか後ろの千束が暴れる。

 

「え?あっ、あ、あぁ~!!ちょちょちょちょ!」

 

「ちょっ!あまり暴れ、」

 

千束が暴れてしまったため俺は足を滑らせる。

 

「う!う、おぉ~!!」

 

俺は意地でも落ちないように外壁にある縁に掴まる。

後ろの千束の安全を確認する。

 

「すまん、千束!大丈夫か?!」

 

「ビックリした~。けど、大丈、」

 

千束が言い終わる前に敵に狙い撃ちにされる。

しかも、ライフルを落としてしまったようで千束は鞄の中からハンドガンを取り出す。

敵の射撃で外壁の一部が破壊され俺の掴んでいた縁も破壊されてしまう。

 

「ちょ!ハチ!?落ちる!落ちてる~!!!」

 

「大丈っ夫!」

 

後ろの千束が耳元で喧しいが、俺は上にある鉄骨に右のリストブレードで狙いを定める。

リストブレードからワイヤーを射出し、鉄骨に引っかけてからワイヤーを巻き上げる。鉄骨に掴まり、俺たちを狙っていた敵を千束に狙って貰う。

敵が落ちそうになるが足場に掴まり、自力で上ってきたところを俺の背中から降りた千束が眉間に一発撃ち込む。

 

「よく頑張りましたぁ~。」

 

「容赦ねぇな。」

 

「それよりもハチ!なに今の?!初めて見たんだけど!?」

 

千束が目をキラキラさせて尋ねてくるが、説明するのも面倒なので話題を変える。

 

「それよりも千束。明日からおやつ禁止な。」

 

「あぁ~!ハチが女性に言ってはいけないセリフ言ったぁ!!!」

 

「オブラートに包んだだろ?重いなんて一言も、」

 

「ほら、今言ったぁ~!!」

 

「……いや、今のは誘導尋問だろ。」

 

「いい、ハチ?私自身は重くない!絶対に!!私の持ってる装備が重いの!!分かった!?!?」

 

「分かった分かった、悪かったよ。」

 

「まったく!失礼しちゃうよ!!」

 

千束は頬を膨らませながら向こうへ歩いていく。

俺も千束に続くが彼女は中に入れそうな窓の前で立ち止まった。

 

「どうした?」

 

「ううん、またここかぁって思ってさ。」

 

「………そうだな。」

 

窓から下を見ると10年前の景色がそのままあった。

そこから旧電波塔内部に侵入するが、吉松さんの姿は見当たらない。

 

「千束、まだ敵が潜んでいるがここは二手に別れよう。敵をあらかた片付けたらまた合流するぞ。」

 

「おっけぃ~!」

 

千束と別れ、俺はわざと相手から隠れずに索敵していると反対側から5人の敵に奇襲される。

銃弾を避けながら走って接敵しハンドガンとスタンナイフで一人ずつ確実に無力化する。

しかし、1人だけまだ意識があるようだ。ちょうどいい。

銃口を男の眉間に突きつける。

 

「吉松さんはどこだ?」

 

「……お前らに教えると思うか?」

 

「そうか、じゃあいいや。勝手に探すから。」

 

眉間に非殺傷弾を撃ち込もうと引き金を引こうとするがその前に目の前の男が尋ねてきた。

 

「…何故お前らのようなガキが俺たちの邪魔をする?」

 

それはこちらのセリフだ。

お前らのせいで俺の計画に修正をいれることになったんだからな。

 

「…あんたらのような子どもみたいな考えを持つ大人がいるから、あいつらのような子どもが大人の真似事をしなくちゃいけないんだよ。」

 

男の質問にそう答えてから俺は容赦なく引き金を引いた。

 

周囲に敵がいなくなったので千束と合流する。

 

「ハチ?!どう?ヨシさんいた?!」

 

「いや、いなかった。そっちは?」

 

千束にそう尋ねるが彼女は首を横に振るだけ。

この階にはいないということはもっと上か?

千束と共に階段を使って上にあがると俺たちの足音が聞こえたのかは分からないが吉松さんの呼ぶ声が聞こえた。

俺達は顔を見合わせ声のする方に走る。

 

着いた場所は展望台。

外を見渡せば、都心が一望できる。

しばらく、展望台で吉松さんを探すと拘束された吉松さんを見つけた。吉松さんの横にはケースも置かれている。

良かった。千束の心臓もある。

 

「ヨシさん。」

 

千束から安堵した声が出る。

その瞬間、どこからかフィンガースナップの音が聞こえた。音が反響し、ハッキリした位置が特定できない。

それを合図にシャッターが降りた。

外からの光が遮断されたことで辺りが暗くなる。

 

俺達は吉松さんの両サイドに移動する。

千束はハンドガンを構え周囲を警戒する。

 

「ハチ、ヨシさんの縄を!」

 

「分かってる。」

 

俺はリストブレードで縄を切り始めるが、吉松さんの横に置いてあるケースに意識がいっていた。

そんな時に延空木にいるはずの真島の声が聞こえる。

 

「よぉ、ヒーロー。」

 

「真島ぁ!」

 

真島が発砲する。

千束はそれを避けるが、銃弾は吉松さんに当たってしまった。

 

「うわぁ!…う゛ぐ…。」

 

「ヨシさん!」

 

吉松さんはうめき声をあげながら椅子から倒れてしまいその拍子にスマホが床に落ちる。

 

「ハハハハハ!避けると大事なヨシさんに当たっちゃうぜぇ!」

 

真島に再び撃たれる前に俺は千束より前に移動し、防刃・防弾用コートで真島の銃弾を防ぐ。

真島の姿がハッキリ見えていればリストブレードの籠手で防げたが光が遮断されたことでハッキリ見えない。

隠れたのか?

 

「ハチ、大丈夫?!」

 

「あぁ、コートで防いだから多少痛いが問題ない。それよりも、吉松さんは?」

 

千束は鞄からライトを取り出し、後ろにいる吉松さんを確認するが彼は既にそこにはいなかった。横にあったはずのケースも失くなっていた。

 

ケースをもって避難したか。

ならいい、ここで真島とドンパチやって流れ弾がケースに当たったら大変だ。

 

千束は鞄を盾にして警戒しながら真島に尋ねる。

 

「あんた!なんでぇ?!」

 

「ここにいるんだってかぁ~?フフフ。」

 

俺と千束はそれぞれ左右を警戒しながら索敵する。

再び、フィンガースナップが聞こえる。

今度はそれを合図に、展望台についていた複数のモニターが起動し、映像が映し出される。

現在、放送されているニュースのようだ。

しかし、放送されているものは信じられないものだった。

 

『映像は延空木からの中継です。…武装した少女が発砲を繰り返しています!』

 

モニターには数名のリコリスの姿が映し出されていた。

たきなの姿は見られなかったが中には知っている顔のリコリスもいる。

しかし、問題はリコリスの存在が公になってしまったことだ。

これじゃあ、あいつらが動くかもしれない…。

 

「あっちのリコリスは今や全国デビュー中だぁ。ハハ、これでお前らは終わりだ。」

 

千束が真島の声のする方向に銃口を向けるが、姿が見えないのでむやみに撃てない。残弾は残り少ない。真島が発砲するが千束はすんでのところでそれを避ける。

 

千束がお返しに一発返すが当たらない。

ライトで照らし真島の姿を確認しようとする。

 

「ダメだ、千束。光は!」

 

自ら自分の位置を教えるようなものだ。

 

真島が奇襲をかけてきた。

千束の手からライトが離れ再び辺りが暗闇になる。

しかし、一瞬でも真島の姿が確認できたため、千束と真島の間に割り込み、奇襲から千束を守る。

 

「へぇ、やるじゃねぇか。流石は暗殺者(アサシン)と言ったところか?」

 

「……。」

 

敢えて、なにも答えなかった。

仮説を立てるためだ。

何故かは分からないが真島には俺たちの位置がハッキリと分かっている。

だから、迷いなく発砲できるのだ。

 

真島は再び暗闇の中に消える。

 

「見えてんの?!」

 

「聴こえるのさ。」

 

千束の後ろから真島の声が聞こえる。

千束が発砲するが真島には当たらなかった。

それよりも聞こえるか……。なるほどな。

 

「エコーロケーションか。」

 

「えころ……けー…………なに?」

 

俺のひとり言に千束が反応する。

 

「エコーロケーション。反響定位とも言われるが、…蝙蝠やイルカは自分から超音波を出し、その反響を利用して周囲の状況を把握する。それと似たようなことを真島はしているんだ。そうだろ?」

 

「ほぉ~、物知りだな暗殺者(アサシン)。それも、ヨシさんから教わったのかぁ?」

 

真島は煽ってくるがそれを無視する。

 

「ん~、つまり………どゆこと?」

 

「あいつは蝙蝠男……、だとあの有名なダークヒーローになっちまうな。……あ~つまり、真島・耳・とてもいい・真っ暗・俺たち・位置・わかる。OK?」

 

俺の説明を理解していない千束にいつかしたように分かりやすく説明するの。

 

「なるほどねぇ~。って、なんで片言!?またバカにしたなぁ~!ずっと前にもこんなやり取りしたような気がするんですけどぉ~!」

 

「気のせいだろ。」

 

そんな会話をしていると真島のいる方向から舌打ち…クリック音が聞こえる。

 

「正解だよ、暗殺者(アサシン)。」

 

シャッターが閉じて展望台が密室になっているため音が響く。

これで周囲の状況を確認できるのか。

 

「相手の微細な動きで射線と射撃タイミングを判断する…。そして、何人もの暗殺者(アサシン)たちの力をその身に宿す…。すげぇ、能力だ。アランが興味持つわけだぜ。」

 

俺と千束は背中合わせに立つ。

俺達は真島の場所を判断できない。

真島は音で俺たちの位置を判断できる。

この状況、真島に地の利がある。

後手に回るのは必至。ならば、できるだけ真島の行動を単調なものにするために俺は真島を煽ることにする。

 

「あんたはその聴覚をアラン機関に気に入られたのか?」

「10年前、あんたは目に包帯をしていたが、あれは視界を塞ぎ、限界まで聴覚を敏感にさせるためか?それとも……あんたのその目はアラン機関からの贈り物か?」

 

「ハッ!残念だがその手には乗らねぇよ、暗殺者(アサシン)。だが、まずはお前からだ!」

 

俺だけにターゲットを絞ってくれるなら願ってもないことだ。

千束に負担はかけられない。

どう攻撃されようとカウンターを取れるように迎撃体制にはいるが俺の後ろから千束のうめき声が上がる。

 

「うぐっ!」

 

しまった、発言はフェイクか!

千束を守ろうと俺は彼女の前に立つが真島の銃弾を数発くらってしまった。

 

「ぐっ!」

 

「ハチ!」

 

「コートで防いだ。出血はないが4番と5番が折れた。肺には刺さってない。大丈夫だ。」

 

俺は迅速に自分の状態を把握し、千束に簡潔に伝えるが動くと右腹部から激痛が走る。

まずいな。いや、痛みなんて関係ない。こいつを早く何とかしないと千束の命が…。

 

「ハハッ!お前ならそう来ると思ったよ!お前ひとりだけならこの暗闇の中でも俺と対等に闘えたかもしれねぇが、お荷物がいるんじゃあなぁ。お守りも大変だろ?」

 

「真島ぁ!!」

 

「落ち着け、千束。大丈夫だ。」

 

「聞いたぜぇ、ヨシさんからよぉ。つまんねえ縛りで才能を枯らしてんだってなぁ。…けど、俺はお前らのそういうとこ好きだぜぇ。人に生き方を強要されんのは俺も嫌いだ。」

 

「一緒にすんなぁ!!」

 

千束は真島の声のする方に発砲するが真島は再び姿を暗闇に消す。

 

それから真島からある提案をされる。

 

「俺たち3人でこれからのアラン機関を叩かねぇか?ヨシさんは痛め付けてもなかなか口を割らねぇんだ。お前らとなら組めるかもしれねぇ。」

 

また千束の後ろから真島の声がして千束と共に警戒する。

クソ!どうしても後手に回ってしまう。

 

「どうする、ハチ。」

 

「う~ん。」

 

打開策が思い浮かばない。

真島はさっきから千束ばかりを狙っている。背後を取るのも千束だけだ。

千束への奇襲が成功すれば俺が助けにはいる。助けにはいれば大きな隙ができる。真島はその隙を狙えばいい。

時間が経てば経つに連れ状況は悪くなる。

ジリ貧状態だ。

 

そんな時、吉松さんのスマホに着信が入る。

 

「「?」」

 

俺と千束はほぼ同時にスマホを見る。

スマホは3コール鳴った後に切られ、再び鳴ったがワン切りされた。

 

俺はその不審なスマホを見て、千束が眠っていたときに聞いた彼女の台詞を思い出す。

 

(わたしからの電話は3コール以内で出るようにと。出ない場合は危険と判断して次のワン切りで千束のもとに向かう通知にするって。)

 

「ハチ!!」

 

「あぁ!」

 

千束も気づいたようだ。

当たり前か。千束は彼女の相棒なのだから。

 

千束と共に真島から距離を取るために走る。出来るだけ足音を立てて。

非殺傷弾も残り少ないが、真島に当たらなくても撃つ。

………今からここへ来る彼女に知らせるために。

 

真島からしたら不審な動きに見えるのだろう。

だから奴は勝負をつけるために接近してきた。

 

その時、俺たちの横にあるシャッターが鈍い音をあげながら凹み始める。

凹んでいたシャッターは壊れて、そこから外界の光と共に蒼い彼岸花が舞い降りた。

 

真島は突如現れた彼女に不意を突かれ蹴りをくらっていたが自分に向けられた銃口から自分を外すようにずらす。

 

「お前には用がないって言ったろぉ。」

 

千束が相棒を守るために真島の腹部に非殺傷弾を当てる。

真島はうめき声をあげながら反撃するが姿は見えているため千束は銃弾を避ける。

 

真島は銃を奪いながら千束たちを1ヶ所にまとめ奪った銃で止めを刺そうとしたが俺がリストブレードの籠手で弾き返す。

 

「遅くなって申し訳ありません。」

 

彼女から謝罪の言葉が聞こえるが俺も千束も気にしていない。

まぁ、なぜ延空木に居るはずの彼女がここにいるのかは気にはなるが…。

 

「ううん、ありがとう。たきな!」

 

「あぁまったく、いいタイミングで来てくれた。」

 

さぁ、反撃だ。

 

 

 

 





という事で、オリ主君の新装備はロープランチャーでした。
しかし、この作品では、ジップラインは出来ないようにしています。あくまでも、ワイヤーを射出し、どこかに引っ掻けてワイヤーを巻き上げながら登るのを補助するためのものにしてあります。

シンジケートで登場し、ちゃちゃっと作られていましたが一体、このロープランチャーはどういう構造をしているのでしょうか?
とても気になります。


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一難去ってまた一難な話

 

状況を整理しよう。

たきながシャッターを突き破って突入してくれたお陰で真島のフィールドである暗闇の密室は破られた。まだ、光が差し込んでいる場所は一ヶ所だけではあるが、頭数は此方が有利。

 

「千束、たきな。真島はお前たちに任せてもいいか?俺は吉松さんを。」

 

「分かった。ここは私たちに任せて!」

 

俺の提案に千束が答える。

 

「たきな、千束を頼むぞ。」

 

「分かっています。それよりもハチさん、吉松が!」

 

たきなが何か言いかけるが、俺はたきなの前に手を突き出して答える。おそらくたきなが言いたかったのは、千束の心臓のことだろう。なぜ彼女が知っているのかは今はどうでもいいか。

 

「皆まで言うな。分かってるから。」

 

俺はそう言って吉松さんの後を追おうとするが足元に威嚇射撃が入る。

 

「おいおい、暗殺者(アサシン)。つれねぇじゃねえか。」

 

「お前の相手をいつまでもしている暇はないんだよ。こっちはお前らのせいで予定がつまってるんだ。それに、あんたの聴覚は大したものだよ。だがそれは、あんたの長所であり最大の弱点でもある。」

 

俺は千束たちに真島の弱点のヒントを与えながら真島の横を通り過ぎる。

その際、真島が射撃体勢に入るがたきなの発砲に阻まれる。

 

「ハチさん、今のうちに!」

 

「あぁ!」

 

そう言って、真島を千束とたきなに任せ、俺は吉松さんの後を追う。

吉松さんが拘束されていた場所に戻り、タカの眼を使って吉松さんの痕跡を調べる。

どうやら上へ行ったようだ。

 

俺は血痕や足跡を辿って更に上の階に向かう。

 

_____

 

「ALPHA-4が真島を押さえました!」

 

「旧電波塔です!」

 

「なに?クリーナーを向かわせろ。」

 

部下から旧電波塔に居る真島を押さえたと言う報告が入る。

クリーナーを出すように指示したとき、横から聞きたくもない男の声が聞こえた。

 

「もう、クリーナー頼りか?」

 

声のする方を向くと武装した部下を連れた初老の男性、虎杖が居る。

 

「全員、そこまで!上層部の決定だ。リコリスは処分する。」

 

「どうするおつもりですか?」

 

「リリベルで対応する。残念だがリコリスは、全員消えて貰う。」

 

リコリスを処分させるわけにはいかない。

私は助手にアイコンタクトで指示を出すがどうやら筒抜けだったようだ。

助手は銃を向けられてしまった。

 

______

 

私が避難しているところに史八が来た。

 

「吉松さん。」

 

「史八。」

 

「撃たれた腕はどうです?」

 

「あぁ、掠めただけだ。大丈夫だよ。そんなことよりも君が気にしているのは、これだろう?」

 

そう言って私はケースを史八の前に出す。

 

「……えぇ、まぁ。」

 

「私も真島に捕まるとは思っていなかった。奴を侮っていたよ。君のところへ持っていこうとしたときに捕まってしまってね、こんな場所で申し訳ないが受け取りなさい。」

 

私は史八にケースの中身が見えるように開く。

彼が心臓を確認してから簡単に説明する。

 

「これは今現在、千束の心臓に入っているものの完成品だ。一度入れてしまえば、定期的に充電する必要もない。」

 

そう言ってから私はケースを閉めて史八に渡そうとする。

彼はケースに手を伸ばすが、私は伸ばした彼の手を掴み最後の忠告をする。

 

「いいか、史八。これは取引なんだ。もし、君がこれをもって逃げたとしてもアラン機関は、」

 

「大丈夫です。」

 

史八は私の声を遮るように言ってくる。

 

「約束は必ず守ります。俺の才能を世界に届けると。悪人を処分し続けると……。だから、もう隠れてないで出てきても良いですよ。」

 

史八がそう言うと私も姫蒲君に降りてくるように指示すると彼女は上の鉄骨から降りてきた。

 

「いや、すまない。一度君には幼いときに逃げられているからね。釘を刺しておきたかったが………、杞憂だったみたいだ。良い眼だ。第六感も健在のようだね。」

 

「この人を見つけたのは第六感じゃありませんよ。ここに来てから殺気を感じてました。うまく隠しているようでしたけどね。」

 

姫蒲君は私のボディガードも兼ねているかなりの手練れだ。

殺気を隠すのにも長けているだろう。

だが、史八はそんな彼女の気配を簡単に感じ取っていたようだ。

 

「はははっ!素晴らしい!今の君は間違いなく暗殺者(アサシン)だよっ!………それで、君はこれから一体どうするのかな?」

 

「状況が状況なので、これから一件、依頼が入りそうなんですよ。それを解決してから千束の心臓を交換して、千束の意識が戻り次第…………、貴方との約束を果たそうと思います。」

 

「そうか。なら、私たちはここで失礼させて貰うとしよう。千束にも挨拶をしておきたかったが、それは契約違反というやつだ。やめておこう。」

 

そう言って、私は姫蒲君と一緒に部屋を後にしようとする。

そうすると、後ろから声がかかってきた。

 

「俺は、こんな貴方との約束よりも………昔の約束を果たしたかったです。」

 

史八は此方を見ずに言う。

 

「昔の?」

 

「延空木を一緒に見上げるっていう。…………貴方が覚えてるかどうか分かりませんが。」

 

あぁ、そういえばした記憶がある。

今まで忘れていたが、確か連れて行こうとしたが史八が脱走してしまいそれどころではなかった。

 

「……あぁ、私もだよ。」

 

史八の機嫌を損ねないようにそう言って今度こそ部屋を後にしようとする。

 

「さようなら………シンさん(・・・・)。」

 

シンさん、久しぶりにそう言われて懐かしさで心が踊るが、それと同時に私の胸にチクリとした痛みを感じた。

 

______

 

俺が吉松さんと別れてから数分後に千束とたきなが来た。

 

「あれぇ?ハチ、ヨシさんは?!」

 

「安全な場所に移動して貰ったよ。千束には悪いと思ったが、いつまでもここにいるのは危険だからな。傷も弾が掠めたようだったし大丈夫だよ。」

 

「そう…か、会いたかったな。……でも、しょうがないね!今生の別れってやつでもないし!」

 

「ごめんな。」

 

「もう、ハチが謝んないでよぉ~!いいってぇ、ホントにぃ~!」

 

違うんだ、千束。

吉松さんがこれからお前と会うことはない。お前はもう二度と吉松さんには会えない。俺が……そうしてしまった。

 

俺がそんな風に思っていると俺が左手に持っているケースが気になったのかたきなが尋ねてくる。

 

「ハチさん、そのケース。」

 

「あぁ、千束の新しい心臓だ。」

 

「えっ!?!?」

 

千束から素っ頓狂な声が上がる。

 

「というかたきな、なんでお前がケースの中に心臓があるってことを知ってるんだ?」

 

「クルミが教えてくれました。」

 

「ちょいちょいちょ~い、」

 

「はっ!流石はウォールナット。あいつが敵だったらって思うとゾッとするよ。」

 

「そうですね。」

 

「ちょいちょい、お二人さん?聞こえる?聞こえてますか~?」

 

「しかし、たきな。どうやってここまで来たんだ?」

 

「……………気合いで。」

 

どうやら教えてはくれないようだ。

 

「お~い!!ねぇ、私の声聞こえてる!?私にとってちょ~重要な単語が聞こえてきたんですけど!?」

 

「さっきからうるさいぞ、千束。」

 

「少し落ち着いてください、千束。」

 

「あっれぇ~?!もしかして私が悪いの?!ってちがぁ~う!私の心臓がなに?!」

 

正直、どうやって俺が心臓を手に入れたのか一から説明する気はない。吉松さんとの取引のことを説明しなければならないからだ。

どうやって誤魔化したらいいか考えていると窓の外にヘリが止まる。

ヘリのドアが開き、そこからクルミとヘリを操縦するミズキさんが確認できた。

 

「お~い、お前ら無事か~?ミズキがうるさいんだ。早くしろぉ!これ、風凄いな。口も目も乾くんだよ!ゴホ、ゴホっ。

 

クルミがそう急かしてくるため3人でヘリに飛び乗る。

まぁ、公になってしまったリコリス関連だろう。

 

____

 

「依頼ぃ~?リコリスの救出がぁ?誰の依頼よぉ。」

 

「それは、ミカに聞け。」

 

「先生は?」

 

「用事があるそうだ。あぁ、これ預かったぞぉ。」

 

クルミは自分の横に置いてあるケースを軽く叩き千束に渡す。

ケースには非殺傷弾のマガジンがいくつか入っていた。

 

「おぉ、マガジンだぁ!助かった~。店から持ってきた分、残り少なくなってたんだよな~。ハチはまだある?」

 

「俺はまだ余裕があるから千束が持ってな。」

 

「さんきゅ~!」

 

千束が鞄にマガジンを詰め込んだ後に俺が口を開く。

 

「今回の依頼は十中八九、九分九厘、楠木からだろうな。少なくともDAのスタッフの誰かだろう。」

 

俺がそう言うと千束が尋ねてくる。

 

「なんで楠木さんからだってわかんのぉ?」

 

「リリベルが動いている可能性があるからだ。」

 

「なんで、あいつらが?」

 

「千束、忘れたのか?リコリスの存在が真島のせいで公になってるんだぞ。」

 

「あ。」

 

千束はそんな俺の言葉にたった今思い出しましたと言わんばかりの声を出す。

 

「おい、冗談だろ?まさか本当に忘れてた訳じゃないよな?!」

 

「あははは、まっさかぁ~!」

 

千束は乾いた笑いを浮かべながらへたくそな口笛を吹く。

これは完全に忘れてたな。

 

「リリベルって前に千束とハチさんが言っていた人たちですよね?何故、その人たちが出てくるんです?」

 

「それが奴らの仕事だからよ。」

 

「?」

 

たきなの疑問にミズキさんが答えるが言葉足らずのため彼女の疑問は消えないようなので俺から説明する。

 

「リリベルの仕事は………リコリスの抹殺だ。」

 

「!」

 

俺の言葉にたきなが驚愕の表情を示す。

 

「俺もリリベルについてはそんなに詳しくはないが、奴らの仕事のひとつはリコリスの処分ってことだけは知ってる。」

 

「何故そんなことを?!」

 

「DAは世間からは秘匿されている組織だ。そして、言ってしまえばリコリスはDAの情報の塊。ネット上でのデータはラジアータが完璧に情報規制してくれるが…、」

 

「現場で第2、第3者にリコリスの存在が知られたらラジアータでの情報操作は出来ない、そういうことですね。」

 

たきなは俺が言おうとした言葉を言う。

 

「そういうことだ。リコリスが敵に捕まって、DAの情報を吐かせようと拷問する可能性もある。DAの情報を外に漏らさないようにリリベルってのがいるんだ。」

 

「昔はよく店にも来てたよぉ~。千束と史八を殺しに。」

 

「なんで来なくなったぁ?」

 

ミズキさんの言葉にクルミが反応した。

 

「おっさんと楠木が上と交渉したのよ。」

 

「良い奴じゃないか、楠木。」

 

ほぉん、そんなことしてたのか楠木のやつ。

少し見直したよ。まぁ、-100が-99程度になったぐらいだが。

 

「リリベルがリコリスを処分するのは理解できました。千束が昔襲われた理由も千束が持っているDAの情報が外へ流出するのを防ぐためですね。」

 

「その通り。」

 

「では、何故ハチさんも襲われたのですか?千束と一緒にいるからって理由ではないでしょう?」

 

「俺も一時期、DAで暮らしてた時期があってな。それに……、俺はあの髭に嫌われてんだ。」

 

「「髭?」」

 

たきなと千束が同時に尋ねてくる。

 

「リリベルの司令官のことだ。まぁ、そんなことはどうでもいい。クルミ、ラジアータのカバーはどうなってる?」

 

俺の問いにクルミはパソコンを弄りながら答える。

 

「動作不良でダウン中だ。ロボ太だな。」

 

へぇ、あいつラジアータをクラッキング出来るのか。

思いの外やるやつみたいだ。

 

「クルミ、もしロボ太とやり取りすることがあったら奴のサインを貰っといてくれ。」

 

「なんだそれ。」

 

俺の言葉にクルミはそう答えた後にたきなが口を開く。

 

「それじゃあ、どうしようも。」

 

「まだだ。」

 

クルミは千束にUSBメモリのようなものを投げ渡した。

 

「それを延空木の制御室に差してこい。後は何とかしてやる。」

 

「でも、ラジアータが動かないんじゃ。もう偽造も出来な、」

 

「あぁ、もうそんなポンコツ。」

 

たきなの言葉にクルミからやれやれという感じの声が出る。

 

「ウォールナットに任せろ。」

 

クルミは堂々と俺たち3人に向かって言う。

ホントにこいつは……カッケェな。

 

「聞いたか、2人とも。DAの最強AIをポンコツ呼ばわりですよ。……で、どうすんだ千束?この依頼、喫茶リコリコとして受けるのか?」

 

俺はそう千束に尋ねる。

 

「……よし、リコリコ営業再開だ!行こう!!」

 

「バッチコイ!!!」

 

ミズキさんの声を最後に俺たちを乗せたヘリは真っ直ぐに延空木へ向かっていく。

 

_____

 

私はスマホを耳に当てヘリが延空木へ向かって飛んでいくのを確認した。

 

「行った。お前という依頼ということは伏せといたぞ。」

 

史八にはバレているとは思うが。

 

「どうも。」

 

スマホから楠木の声が聞こえる。

 

「リリベルはどれくらいで来る?」

 

「50分程です。」

 

そう言って通話が切れる。

 

虎杖の奴、余計なことを。

私はそう思いながらみんなの無事を願い呟くように言う。

 

「無事に帰ってこい。」

 

そう言ってから私はやること成すために旧電波塔に入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千束、史八。

許してくれとは言わない。

これはただの……………、私の我が儘なんだ。

 

 

 

 

 



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二度あることは三度ある話

 

司令部からの指示はこの場で待機していること。

今回の事件の発起人である真島は旧電波塔で捕らえたという報告は既に上がっている。

後はこの場から撤退すればいいだけなのに何故、撤退命令ではなく待機命令なのか?

なにかおかしい。司令部の意図が分からない。司令部に何かあったのか?

 

そんなことを考えていたらエレベーターから第2陣のリコリスが到着した。

 

「フキ、アルファのリコリスが来たぞ。」

 

「命拾いしたなぁ、あいつら。」

 

「また、たきなに助けられたね。」

 

「そういうことじゃないっス!」

 

私の後ろでサクラたちがそんなことを言い合っている。

…………たきな。

私は以前、模擬戦であいつに殴られた左頬に触れて、当時の自分の台詞を思い出す。

 

(やっぱりお前、使い物にならねぇリコリスだよ。命令違反に独断行動。2度と戻ってくんじゃねぇ。)

 

命令違反か………。

 

「……動くぞ。」

 

私の指示にチームから声が上がる。

 

「待機命令なんでしょ。」

 

「ヒバナとエリカはサードリコリスを率いて他チームの負傷者を下に下ろせ。」

 

「命令無視は嫌っスよぉ。手柄を立ててファーストリコリスになりたいっスからぁ。」

 

私の相棒ならそう言うと思っていた。

 

「サクラは私と来い。ここに残って制御室を奪還する。」

 

「そうこなくっちゃ~。」

 

 

私とサクラは制御室へ向かう。

 

「制御室へはここ一本っスかぁ~?」

 

「そうだ、行くぞ。」

 

私たちは警戒しながら制御室への一本道を進む。

途中で真島の仲間に発見されるが、私たちは躊躇なく引き金を引く。

 

前だけを警戒していたので、後ろの敵に気づくことが出来なかった。

発砲音がし、倒れるように避けようとするがそれは味方のものだった。エリカだ。何故ここにいるのか疑問に思ったが、一瞬でも撃たれたのかと思ってしまったため体から力が抜けた。

 

それからはエリカを加え、3人で制御室へ向かっていると今度は体格のよい男2人組と出くわす。

マシンガンを乱射され、それを警戒しながら行動する。

しかし、警戒しすぎたのかマシンガンを囮にされて、サクラとエリカが襲われ、私は2人に気をとられもう一人の男に首と銃を持っている右手を掴まれ拘束される。

私は左手で鞄の中からナイフを取り出し、拘束を逃れるため男の肘関節部に突き刺す。

だか、男は手を離すことなく私を壁に叩きつけるように押さえ込む。ナイフを引き抜き、それを私に振り下ろそうとする。

私が死を覚悟した瞬間、白い煙が一帯を包み込んだ。

 

何が起こっているのか確認しようとしたとき、私の首を掴んでいる男の腕から鈍い音が鳴った。

男はうめき声をあげながら拘束を解く。男の腕を見ると見事に折られていた。

その直後、男たちのうめき声と打撃音が聞こえる。

スモークで何が起こっているのか分からない。

増援か?いや、リコリスはここにはいないはずだ。

 

煙が晴れると体格の良い男たちは倒れていて、フードを被った紺色のコートを着た男だけが立っていた。

 

_____

 

俺はケースをクルミとミズキさんに預けて千束たちと共にヘリを降りる。

延空木に着きしだい、発砲音のする方に来てみたが早速リコリスが3名襲われているとは思わなかった。

とりあえず、スモークで視界を遮り、奇襲をかけて男二人を無力化する。

俺が男たちをワイヤーで拘束していると、後ろから追いかけてきた千束とたきなが到着する。

 

「ちょっと、ハチ!速すぎるってぇ~。」

 

「ようやく、追い付きました。」

 

「って、もう終わってるし!ホントにハチってば骨、折れてんのぉ~?」

 

「骨折してるんですか?!どこです?!ちゃんと処置しましたか?!」

 

「ん、あぁ、真島に撃たれて肋骨が二本な。肺には突き刺さってないし、痛みが酷いだけだから大丈夫だ。」

 

「……骨折してるのに自分より体格の良い敵を銃火器も使わずに無力化するって。」

 

「たきな。そういうことは気にしたら敗けじゃよ。ハチだからってことにしておかなきゃ。」

 

「……そうですね。」

 

「お前ら……俺のことなんだと思ってんの?」

 

千束とたきなから心外なことを言われるが気にしないことにした。そんな時に、襲われていたファーストのリコリスが無力化した男に銃を突きつけるが千束がそれを止めている。

 

千束に任せれば大丈夫だと思いながら周囲に敵がいないか索敵していると刈り上げのセカンドのリコリスが声をかけてくる。

 

「………礼なんか言わないっスよ。」

 

表情をみる限りご機嫌斜めのようだ。

自分より下に見ていた相手に助けられるなんて屈辱だろう。

 

「礼なんかいらないよ。別にお前らに感謝してほしいからやった訳じゃない。」

 

「あ゛ぁ!!!」

 

「依頼だよ。お前らの上司(楠木)からのな。リリベルからお前らを守れってさ。」

 

「リリベル?」

 

どうやらこのセカンドはリリベルを知らないようだ。だが、説明している暇はない。

向こうでは千束がファーストリコリスの説得に成功したのか少し落ち着いたようだ。

 

そんな時、通信機からクルミの呑気な声が聞こえてくる。

 

『早くしろぉ~、お出ましだぞ~。千束ぉ、リコリスがヤバイぞ。急げぇ。』

 

俺たちは急ぎ制御室へ移動して、俺は制御室の前でリリベルが来ないか監視し、千束をはじめとするリコリスたちにクルミのUSBの差し込み口を探して貰う。

 

「えぇ~、ないないないないない、え~どこどこ~ぉ?え~、ないないぃどこどこぉ!」

 

「そんなところにUSB差すトコなんてあんのかよぉ。ったく。」

 

「ん~、ゆ、ゆー・えすびー……、って難しいこと言わないぃ~!!」

 

「お前!分からず探してんのか!んじゃ、なに探してんだよ!」

 

「これ差す穴でしょ。それくらい分かるよぉ~。」

 

そんなことを会話をしているリコリスたちを急かす。

 

「早くしてくれよぉ~。リリベルが大量にが近づいてきてんだからなぁ~。」

 

「これか!?」

 

「どれだ?!」

 

「あれだ、おめぇ!」

 

「退いて、届かない!じゃまぁ。」

 

「おまえ、寄越せ!」

 

千束たちがじゃれ会っていると封鎖した扉から音が鳴る。

どうやらリリベルがここまで来てしまったようだ。

 

「千束~、早くしろぉ。団体さんが到着するぞぉ。」

 

「ん゛~~~、あ~~、もうちょいちょちょちょちょ~、あ~!」

 

カチッという音が千束の方から鳴った。

どうやら無事にクルミのUSBを差し込めたようだ。

しかし、その瞬間、リリベルが大量に流れ込んでくる。

俺はリリベルの前に姿を現して、撃たれるが最小限の動きでそれを避ける。

さて、時間稼ぎは長くは持たない。後は頼むぞ……、クルミ。

 

______

 

「お~い、何時までも飛んでられないんだぞ!」

 

「怒鳴るな!わかってるぅ!」

 

操縦席からミズキがボクに文句を言ってくるが、モニターは依然NO SIGNALのまま。

この状態ではボクにもどうすることも出来ない。

 

「まだかぁ~。」

 

そういった瞬間、モニターがNO SIGNALからCONNECTIONに変わる。

 

「来た!!」

 

目に端末を着けて目的のものを探す。

 

「どこだぁ、どこだぁ、どこだ、どこだぁ~!………そこかぁ、ロボ太!!」

 

ロボ太を発見し、ハッキングをする。

ラジアータの所有権は奪い取った。

先ずは、現在流れているリコリスの映像を止める。

今頃、ロボ太は何が起こっているか分からずに狼狽えているだろう。

 

「見つけたぞ、ロボ太。」

 

『ウォールナット?!死んだ筈じゃ……、世界一のハッカーは僕だぁ!!!』

 

「百年速いわ!!!」

 

そう言ってロボ太の居所を特定する。

ボクは、ヘリに取り付けてある受話器を取り、ある場所に電話をかける。

 

や~れやれやれ、よっこいしょ。あ~もしもし、ポリスメェ~ン?」

 

電話で警察に匿名でロボ太の居場所を伝える。

これで数分後には警察がロボ太の所に行くはずだ。

ロボ太の部屋に取り付けられているカメラでロボ太が捕縛されるのを確認する。

しまった、史八のやつにロボ太のサインを貰っておいてくれと言われてたのを忘れていた。

…………まぁいいや、あいつもふざけて言っただけだろう。

 

『ドアぁぁぁ!!!』

 

『通報のクラッカーを確保!』

 

『なんでぇぇ?!?!』

 

「さて、次はラジアータか。世話が焼けるなぁ~。」

 

そう言って、ラジアータの機能を回復させるが、まだラジアータの所有権はDAには返さない。

これからラジアータを使って、ボクの作った力作動画を全国放送させなければいけないからだ。

 

ボクは直ぐにenterキーを押した。

 

_____

 

俺は今、リリベルを制御室に突入させないように時間稼ぎをしている。

時間稼ぎと言っても、飛んでくる銃弾を避けるだけだが。

 

リリベルにもリコリスと同様に階級があるのか、白い制服が多い。

奥の方には赤い制服のリリベルもいる。

 

あの髭から指示があったのか痺れを切らしたのかは不明だが、赤い制服のリリベルが片腕を上げる。

それに応じて他のリリベルたちもライフルを構え直す。

突入してくるか………。

俺がリリベルよりも先に仕掛けようとした瞬間、この場に似つかわしくない演歌がスピーカーを通して流れ始めた。

 

なんだ?演歌?……クルミか?

 

俺はそう思い、制御室にあるモニターに目を向けると、以前にミズキさんが着ていたリスの着ぐるみのキャラクターのアニメーションが映し出されていた。

まさかクルミの何とかしてやるってこれのことか?

それになんだ、リコリスクライシスって。

 

なにも言葉が出なかった。一気に気が抜けたような感じがする。

それは、モニターを見ている千束を始めとしたリコリスたちも同じ気持ちだったようだ。

顔を見れば分かる。みんな、同じ顔をしていた。

 

そんな俺たちを置き去りにしながら動画は進んでいく。

 

『こんにちは、ビックリした?ビックリしましたよねー。リアルで私もホントかと思っちゃいましたー。』

 

天才のやることはわからん。

 

そんなことを思っていると、制御室から千束が出て来て俺のとなりに立つ。

リリベルが再び撃ってくるが、俺たちはそれを避ける。

 

奥にいるファーストのリリベルが通信機を使って何やら喋っている。あの髭に報告でもしているのだろうか。

 

「撃ち方止め!」

 

ファーストのリリベルがそういった。

それを最後にリリベルたちは撤退していく。

 

ファーストのリリベルは俺たちを睨み付けてくるが、奴とは初対面のはずだ。なぜあんな、親の敵のような目で睨み付けてくるのだろうか?

 

たきなが制御室から出てきて、俺たちに尋ねてくる。

 

「知り合いですか?」

 

「いや、なんでぇ?」

 

「また恨みを買ってそうな目だ………と。」

 

「え~!まじぃ。smileした方が良かったかなぁ~。」

 

「千束、そのへたくそな笑顔止めろ。」

 

「ってゆうか、ハチのほうなんじゃないの~?」

 

「いや、俺は知らん。あんな奴。千束のファンじゃないか?」

 

「あ~やっぱりぃ。まぁ、こんなにぷりてぃな千束さんの男性ファンは多いからねぇ~。ハチぃ、嫉妬しちゃう?ヤキモチ焼いちゃう?ヤキモキしてもいいんだよぉ~。」

 

「取り敢えず、これで一件落着だ。早くこのバカを病院に連れていかねぇと。行こう、たきな。」

 

「そうですね、行きましょう。」

 

「無視は止めて!」

 

____

 

俺たちは下の階へ向かうためにエレベーターに向かって移動している。外を見るともう陽が落ち始めていた。

そんな時、フキというリコリスが千束に尋ねる。

 

「店にいたちっせぇ奴かぁ?」

 

「そう。めんどくさいから楠木さんには黙っててねぇ。」

 

「あっ!じゃあ、無かったことになるんスかぁ!良かったぁ~。あっしの出世に関わりますからぁ。」

 

そんなにファーストリコリスになりたいのだろうか?

そんな会話を千束たちがしていると後ろのほうでたきなともう一人のエリカというセカンドリコリスが話していた。

 

「ありがとう…、あの時。」

 

「……そんな私こそありがとう言わなきゃいけなかった。」

 

「ん?」

 

「なのに……。」

 

話しづらそうにしているとフォローするように刈り上げのセカンドのリコリスが割って入った。

 

「代わりに追い出されたお陰でまだいられるんスよ、こいつぅ。礼ぐらいちゃんと言えよぉ。」

 

「あぁ、そういうことですか。」

 

「司令にちゃんと話すべきだった。」

 

「確かに。………酷い奴だ。」

 

そんな彼女にたきなは笑って皮肉混じりにそういった。

 

「えぇ!そうだけど……、そうなんだけどぉ!」

 

「自覚の足りん奴らばっかりだ。」

 

フキが後ろの会話を聞いてひとり言のようにそう呟く。

 

「お店のユニフォームは何色が良い?」

 

「あ゛ぁ。」

 

「今回はぁ、フキも待機命令破ったのでぇリコリコ送りの可能性もぉ、」

 

「チッ、ったく。バカなこと言うなぁ。」

 

どうやら千束は昔からの友人とこれから一緒に店で働けると思っているため少しテンションが高い。

俺がそう思っていると千束からバカな言葉が聞こえてきた。

 

「ま、私の使ってくれればいいけど。」

 

「は?」

 

俺は立ち止まり思わず口を開いてしまった。

何を言ってるんだ?こいつは。

 

「おい、千束。つまらない冗談は言うな。ここまで来て心臓を交換しない気か?!」

 

「い、いや~だって私ぃついさっきまで自分の命を覚悟してたしぃ~。それに急に新しい心臓があるって言われても、」

 

「ふざけるな!!!」

 

俺が突然怒鳴ったせいで千束の足も止まる。

たきなも千束の台詞が耳に入ったのか千束に詰め寄る。

 

「千束!ハチさんの言うとおりです!せっかく、」

 

たきなが千束に何か言いかけるが俺がそれを止める。

 

「千束。お前、本当に分かって言ってるのか?」

 

「……分かってるよ。」

 

俺は千束の言葉に1つ大きなため息を吐いた。

 

「はぁ~、なら勝手にしろ。」

 

「ハチさん?!」

 

たきなが驚いて俺に声をかけるがそれを無視して言葉を続ける。

 

「やっぱり何も分かってないよ、千束。」

 

「……なにが?」

 

「お前の人生はお前のものだけど…、お前の命はお前だけのものじゃないってことだよ。」

 

「………。」

 

千束はうつむき何も言わない。

 

「お前が死んだら悲しむ人たちがどれだけいると思う。ボス、たきな、ミズキさん、クルミ、店の常連さんや、リコリスの友達。…たくさんの人たちがお前の死を悲しむぞ。たきななんてきっとワンワン泣くぞ。何せお前のためにDAに戻ったぐらいだ。」

 

たきなからちょっと睨まれたような気がするが気にしないことにして言葉を続ける。

 

「お前は、リコリスとしてたくさんの人たちを救ってきた、幸せにしてきた。千束に助けられたって人たちはたくさんいるんだ。…これからも俺たちを頼りにする人たちが店にやってくる。」

 

「だとしても、ハチとたきながその人たちを助ければ良いじゃん!!」

 

千束は顔をあげそう反論してくる。

 

「勿論、俺たちもその人たちの力になるために尽力する。でもな、千束。俺にしか出来ないこともあれば、たきなにしか出来ないこともあって、もちろん千束にしか出来ないこともある。なぁ、千束。これは前にたきなにも言ったことなんだが、人生ってのは選択肢の連続なんだ。」

 

「選択肢?」

 

「そうだ、今お前の前には2つの選択肢がある。」

「心臓を受け取らず、天寿を全うするか。それとも、これからも俺たちを頼りにして手を伸ばしてくる人たちの手を掴むか。選べ、千束!!」

 

ここで、千束が心臓を受け取らなかったら俺が今までしてきたことが水泡に帰す。

なんとしても千束には首を縦に振って貰わなければならない。

そう思っていると千束が俺に尋ねてくる。

 

「………ハチも、」

 

「?」

 

「…ハチも私が死んだら悲しい?……泣いてくれる?」

 

「…はぁ、泣くくらいじゃすまねぇよ。千束が死んだら俺も死ぬつもりだ。お前のいない世界に意味なんて無いからな。」

 

「…………ハチぃ、その答え方は卑怯じゃない?」

 

「卑怯でも何でもいいさ。千束のためならなんだってする。」

 

どうやら千束の心は決まったようだ。

 

「ふぅ~……、分かった!生きるよ、これからも!」

 

「そっか。」

 

千束の出した答えに俺は内心胸を撫で下ろす。

しかし、さっきから千束の顔が何故か紅い気がする。夕日のせいだろうか?

 

千束はエレベーターのボタンを押す。

 

「エレベーターが来ますよぉ!」

 

到着したエレベーターに全員で乗り込み千束が猫なで声でエレベーターガールの真似をする。

 

「下へ参ります。」

 

これでようやく終わりだ。これから病院に直行し、千束に手術を受けて貰う。心臓の入ったケースはクルミとミズキに預けてある。クルミのことだ、もう既に病院の手配もしてくれているだろう。

 

そんなことを考えているとエレベーターのドアがしまる直前、ここにいるはずの無いひとりの男がこちらに銃口を向けていた。

 

「伏せろぉ!!!」

 

俺はいち早く察知して、そう指示しエレベーターから出る。

真島が数発、発砲するが可能な限りリストブレードの籠手で弾くが一発だけ後ろに通してしまった。

 

「ハチ!!」

 

「ここは俺に任せて先に行け!たきな、千束を頼むぞ!!」

 

「ハチさん!!」

 

千束とたきなが俺を心配してくれるがエレベーターの扉は閉まってしまい、真島と二人っきりになる。

 

「よぉ、暗殺者(アサシン)。」

 

「………よぉ。」

 

まったく世の中ってのは、思った通りにはいかないものだ。

 

 

 

 



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灰色の世界の話

 

ハチがいち速く真島に気付いて真島の銃撃から私たちを守ってくれたけど一発だけ防ぐことが出来なく、それが不運にもフキの相棒のサクラの左脇腹に当たってしまった。

 

「エリカ、ここ押さえてて。」

 

「はい。ガーゼまだある?」

 

「私の使って!」

 

「ありがとうございます。」

 

今はたきなとエリカと呼ばれるリコリスが手当てをして、私の分のガーゼを渡す。ガーゼで止血を施すが当たりどころが悪かったのか出血が酷い。白いガーゼがたちまち赤く染まっていく。

 

「ど…、どんな感じっスか?結構、痛いっス。」

 

「ちょっと血が出てるが絆創膏貼っとくからな。」

 

たきなのことを散々煽っていたあの元気そうな声は成りを潜め、どんどん弱々しくなっている。

フキは相棒を元気付けるために声をかける。

 

「危なかったぁ……。」

 

そう言って、サクラの意識がなくなる。

 

「サクラ、こっち見て。」

 

「おい、サクラ!…司令部!!!」

 

フキは司令部に連絡して指示を仰ぐ。

 

「……ALPHA-1 了解!!おい、サクラ!下で救護隊が待機してるってよ!おいっ!!」

 

そんな時、エレベーターが止まり電気が消える。いや、延空木内の電気が止まったのだろう。

確実に真島の仕業だ。

 

「ハチ……。」

 

ハチなら大丈夫。そう自分に言い聞かせる。

しかし、この時の私には胸騒ぎがしていた。

彼が彼でなくなるような……、そんな嫌な感じがしていた。

 

____

 

千束たちをエレベーターで送り出した後、俺は真島と対峙していた。

突然、電気が消えるがここは延空木の展望台。旧電波塔の時のように窓のシャッターは降りておらず、夕日が差し込んでいるため、真島の姿ははっきりと見える。

 

何が狙いだ?外との分断か?

そう思っていると真島が口を開いた。

 

「これでしばらく二人っきりだぁ。……うぜぇハッカー共も電気がなきゃ何も出来ねぇだろ。」

 

「今日はもう疲れたから帰りたいんだけど…。お前に撃たれて肋骨折れてるし。」

 

「つれねぇこと言うなよ。わざわざここまで来てやったんだ。」

 

「頼んでねぇし。それに、俺の気持ちも考えてくれない?」

 

「あ?」

 

「ここは延空木の展望台。時間は夕暮れ時。傍から見れば結構ロマンチックな状況でJKの尻を追っかけるストーカー気質のおっさんと二人っきりなんだぜ?今の俺の気持ち分かる?」

 

俺の台詞に真島は大声で笑う。

 

「ハハハハハっ!!!そいつはわりぃことをした!でも俺は、乳クセぇガキなんかに興味ねぇよ。」

 

そもそも何故、真島がここにいる?

千束とたきなが拘束したはずだ。あの二人が簡単に外せる拘束なんてするわけがない。

俺は真島に尋ねる。

 

「それで、何の用だ?もう終わっただろ?」

 

「いいや、まだ終わってねぇ。それと、俺がここに来たのはお前に用があるからだ。暗殺者(アサシン)。」

 

「俺に?」

 

真島はそう言って、ポケットからスマホを取り出す。

真島がスマホの画面に触れると画面に映っていたタイマーが動き出す。

 

「………。」

 

俺が何も言わずに真島を睨み付けると俺の意図が伝わり説明してくれた。

 

「この塔がここに建ってる残り時間だ。」

 

「……………嘘だな。」

 

今度は真島が俺を睨み付けてくる。

 

「お前がさっき言ったことが本当なら延空木に爆弾の類いが仕掛けられてるかもしれないが、直感で分かるよ。…嘘だって。なぜそんな嘘をつく?」

 

「…………驚いたな。本当に嘘を見破れるのか。ヨシさんが言ってた通りだなぁ。」

 

やはり、吉松さんから俺と千束の情報は聞かされていたか。

 

「こうでも言わないとお前は暗殺者(アサシン)として、本気で闘ってくれないと思ったんだ。」

 

「俺との決着が目的か?なら、また今度にしない?100年後とかどう?」

 

「ハハっ!それもいいなぁ!だが、……決着は今、ここでだ。」

 

「やんのか?千束とたきなに勝てなかったお前が。」

 

俺は戦闘体勢に入り真島に向けて殺気を放つ。しかし、真島は俺に襲いかかってこず手をこちらに向けながら言う。

 

「まぁ、待てよ。お前との決着をつけるのは俺がここに来た目的の1つでしかない。」

 

「まだ何かあんの?」

 

「お前の言ったとおり、俺の仕事は終わったぁ。いくら隠蔽しても人々の疑念の種は育ち、やがてDAを滅ぼす。」

 

「で?」

 

「俺がここに来たのは俺が恐怖を感じた奴らとの……、お前との決着をつけることと…………、話しをするためだ。」

 

「話しだと?」

 

「あぁ。ヨシさんから聞いてるぜぇ。お前は色んな時代の様々な世界で生きてきた。そんなお前に聞きたい。お前には………今の世界がどう見える?」

 

世界……か。

 

「……その質問に答えてやってもいいが、まずお前から答えてくれ。……お前は一体何がしたかったんだ?」

 

「世間にモザイクなしの現実を見せる。」

 

俺は真島の答えに反応せずに奴の次の言葉を待つ。

 

「俺は世界を守ってるんだぜぇ。自然な秩序を破壊するDAからなぁ。バランスを取ってるだけだ。」

 

「……つまり、DAが気に入らないんだろう?」

 

「端的に言うとそうだな。」

 

真島は笑いながらそう答える。

 

「DAが消えれば俺も消える。先に言っとくが俺は悪者やってるつもりはねぇよ。俺はいつも弱い者の味方だ。…もし、DAが劣勢なら俺は喜んでDAに協力するぜ。」

 

「…そうか。あんたのこと勘違いしてたよ。」

 

「おいおい、まさか俺が面白半分に行動してたとでも思ってたのか?」

 

「うん。」

 

「ハッ、即答かよ。失礼な奴だ!」

 

真島にも真島なりの信念があったのか。

 

信念を持つことははるかに素晴らしい。信念を何ひとつ持たないよりは…。

 

「現実は正義の味方だらけだぁ。良い人同士が殴り合う。それがこのくそったれな世界の真実だぁ。」

 

「俺はそうは思わないな。」

 

「なんだと?」

 

「………真実はなく、許されぬことなど無い。」

 

「ん?」

 

「この世界には正義()()もない。……この世界は正しくもなく、間違ってもいないことだらけの灰色の世界なんだよ。」

 

「へぇ、正義も悪もない……かぁ。リコリスの親玉より面白ぇこと言うな。続けてくれ。」

 

「一般的には法やルールを守る人が正義。破る奴が悪だと言われる。または、自分と逆の行動を取る人間を悪と見なし、自分を正義と正当化する。……あんたとDAみたいにな。」

 

真島からの発言はなかったので俺は言葉を続ける。

 

「法やルールは言ってしまえば俺たち人間が定めた約束ごとだ。そして、人間は神じゃない。時には間違えてしまう不完全な存在だ。そんな不完全な存在が定めたルールが正しいと…、正義だと思うか?だから、この世界には正義も悪もない。……もしかしたら、あいつらなら知ってるかもしれないが。」

 

「あいつら?」

 

「先駆者………、かつて来たりし者だよ。」

 

真島は顔をしかめる。

 

「……悪いな、歴史には疎いんだ。後で勉強しておくから、もうちょっと分かりやすく説明してくれねぇか?」

 

「すまないな、話しが脱線した。それと勉強しても意味ないさ。正史には語られていない部分だからな。話しを戻そう。俺が言いたいのはこの世には正義も悪もないから自分達で勝手に決めれば良いってことさ。」

「お前は自分を正義と正当化してDAを潰したい。逆にDAは自分達の正義の名の元にお前らテロリストを潰したい。」

 

俺がそう言うと、真島は手で後頭部を掻きながら尋ねてくる。

 

「正直、お前の立ち位置がよく分からねぇんだが……。DAに所属してるんじゃねぇのか?」

 

「俺はDAの協力者だよ。」

 

「協力者だぁ?なら、お前もDAと同じように自分を正義として悪である俺と対立するのか?」

 

「言っただろ。この世に正義()()もないって。俺にとってはDAもお前も正義()でも()でもない。……どっちつかずの灰色なんだよ。」

 

「ほぉ、お前にとっては俺もDAと同じってことかい。なら、DAに協力するお前も灰色か?」

 

「そう思うなら、そう思えば良いさ。」

「でも俺は……、俺たち暗殺者(アサシン)は自分達を正義()だと正当化したことはない。………いや、中にはいたのかもしれない。だからあいつら(騎士団)に寝返る奴もいた。でも少なくとも、組織が設立した当初は自分達を正義()だとは思っていなかったはずだ。………暗殺者(アサシン)たちは人々の自由を守るために…、自分達の信条(クリード)を貫くために……、人々が定めた法を破って来た。人殺しという形でな。それは人々が定めた法に触れ、世間一般には許されざる行為だ。だから暗殺者(アサシン)は表の舞台へ立つことはない。自分達は守るべき人々からしたら裁かれるべき()だから。だからこそ、最初に自分達をこう呼称した。隠れし者(・・・・)と………。暗殺者(アサシン)という存在はあいつら……、騎士団()を裁く()なんだよ。」

 

「……俺にとってはこの世界は正しくもなければ間違ってもいない灰色の世界。でも、そんな灰色の世界で白い部分を見つけようと……、白い世界を作り出そうと懸命に生きてる奴を俺は知っている。最初は綺麗事だと思った。出来るわけがないってな。…でも、そいつとずっと一緒にいる内に本当にこいつなら出来るんじゃないかと思い始めた。そいつは光みたいな奴で……、眩しくて……、自分の命が残り少ないにも関わらず、その短い命を惜しげもなく使って自分の周りの人たちを幸せにする。…………俺にとってはそいつ(千束)正義()なんだよ。でも今、そんな光を曇らそうとする灰色の存在がいる。そして、そんな灰色の存在の相手をするのは灰色でもなく、ましてや白でもない。」

 

「へぇ、じゃあ……、誰が相手してくれるんだ?」

 

真島の銃口が俺を捉えるが、俺は気にせず真島の質問に答えた。

 

「もう分かるだろ?灰色の存在を処分するのは正義()じゃない……………………。()だよ。

 

それが開戦の合図となった。

 

_____

 

フキは司令部と連絡を取り合い、これから予備電源でこのまま降下するようだ。

しかし、私はさっきから嫌な予感がしていた。

真島がハチに勝てるはずがない。そう思うが何故か不安が拭えない。

私はハチのもとへ向かおうとエレベーターの上についた救出口から脱出しようとする。

 

「千束!?何をやってる!!」

 

「ごめぇ~ん、フキ。ちょ~っちハチが心配だから私は上に戻るねぇ。」

 

「ふざけるな、私の現場だ!私の命令に従え!!」

 

「私、フキの部下じゃないしぃ~。」

 

「おい!」

 

私とフキがそんな言い合いをしているとたきなが割り込んできた。

 

「千束。」

 

「たきな………。たきなは、このままフキと一緒に下へ降りて待ってて。すぐに戻るから。」

 

たきなにそう伝えると、たきなはフキの方を振り向く。

 

「……フキさん、わたしも千束と一緒に行きます。」

 

「たきな!お前までなに言っ………、あぁ、もう!!勝手にしやがれ!!!この問題児ども!!」

 

「千束もそれでいいですよね?」

 

「でも、」

 

「わたしは千束の相棒です。そして、ハチさんはわたしを身内と言ってくれました。わたしもハチさんを助けたいんです。それに、ハチさんに千束のことを頼まれましたし。……早く終わらせましょう。3人で。」

 

「……ありがと、たきな。」

 

そう言って私たちはエレベーターから脱出し、梯子を使ってハチのもとへ向かう。

待ってて、ハチ。

 

梯子を使って上に向かう途中で大変なことに気付く。

 

「あぁ、たきな!!」

 

「なんです?!真島ですか?!」

 

「…下からパンツ覗かないでね。」

 

「………早く登ってくれませんか。蹴り飛ばしますよ。」

 

相棒からの視線が冷たい。

 

 



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決着の話

 

俺と真島の一騎討ちが始まる。

奴がライフルの銃口を俺に向ける前に、俺は非殺傷弾で真島の腹部を狙い撃つ。

 

「うぐっ!」

 

真島はそれで怯み前屈みに倒れようとし、俺はそんな真島の意識をスタンナイフで奪おうと奴に近づいたときに真島が突然、タックルをしてきた。

油断していた俺はタックルで吹き飛ばされないようにするが、持っていたスタンナイフを手から離してしまう。

俺は真島とお互いの腕を抑え合う形になる。

 

数発、非殺傷弾を撃ち込んだのになんで動ける?

 

そう思って、真島を見てみると奴のシャツの中に黒いものが見えた。

 

「防弾ベストか。……良いの着てんじゃん。もしかしてお宅、ファッションにうるさいほう?」

 

「ははっ!ヨシさんの贈りモンだぁ!」

 

真島はバックステップで距離を取り、ライフルをこちらに向けて発砲してくる。

俺はそれを走りながら避けて、物陰に隠れる。

 

まずはあのライフルをどうにかしなきゃな。

 

「ほらよ、プレゼントだ。」

 

俺がそんなことを考えていると俺が身を潜めているところにグレネードが投げ込まれる。

 

それを真島のいる方に蹴り返すが、真島はそれを避ける。

俺はグレネードの爆発で出た煙を利用にして真島との距離を詰める。

リストブレードでライフルについているスリングを切り裂き、回し蹴りで、真島の手からライフルを飛ばす。

これで現状、真島の手に銃火器はない。俺はリフトブレードを構える。

 

腹部は駄目だ。ベストで防がれる。

狙いは頸部。

これで終わりだ。もう誰にも千束の幸せの邪魔はさせない

 

右のリストブレードで真島の頸に狙いをつけて腕を伸ばす。

 

リストブレードの刃が真島の首筋に当たりそうなところで脳裏に笑顔の千束の顔や千束との思い出がチラつく。

 

(ハチぃ~。)

(たくさんの人を助けたいんだ。)

(出来るよ。私と一緒にやろ。)

(やっぱり、ハチは優しいね。)

 

「っ!」

 

千束の言葉が頭を過り、俺の動きが止まる。

動きの止まった俺を真島が蹴り飛ばす。

不幸にも、真島が蹴った箇所が肋骨が折れた場所で体を起こせないほどの激痛が走り、俺は踞ってしまう。

 

「はぁ、はぁ!はぁ!」

 

なんとか呼吸をし、状態を確認する。

…大丈夫。嫌なところを蹴られたが肺には刺さってない。

 

踞っている俺を真島は足で乱暴に仰向けにして話しかけてくる。

 

「はぁ、しらけるなぁ。暗殺者(アサシン)。なんで、手を止めたぁ?」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、ぐっ。」

 

「痛みで答えられねぇか?まぁ、いいや。もう一度だけ聞くぜ。俺と一緒にアランを潰さねぇか。」

 

真島は俺のそばにしゃがみそう尋ねてくる。

 

暗殺者(アサシン)。俺とお前は似てるんだ。さっきも言ったが、俺は弱い方の味方だ。そして、お前ら暗殺者(アサシン)は弱者の自由のために闘うんだろ?俺とお前の違いは人殺しという縛りがあるかないかだ。」

 

俺は息を整えながらその問いに答える。

 

「お前の、」

 

「あ?」

 

「……はぁ、はぁ。お前の言葉に……はぁ、嘘偽りはない。…お前は本当に……弱い者の味方をしているつもりなんだろう。」

 

「あぁ、そうだぜぇ。俺はいつも弱い方の味方だ。」

 

「…はぁ、はぁ。ははは……、弱い者の味方?笑わせんな。じゃあ、今の状況はなんだ?お前が銃をばらまいたせいでどれだけの市民が傷ついたと思っている!その尊い命を散らしたと思っている!はぁ、はぁ……。知らないようだから教えてやるよ!お前の言う弱者の味方って言葉はな、お前が自分の正義を正当化したい理由に過ぎないんだよ!」

 

「……そうか。残念だよ、暗殺者(アサシン)。とても……、残念だ。」

 

真島はそう言って立ち上がり、数発の銃弾を俺に撃ち込む。

 

「~~っ!!」

 

撃たれた箇所から血が滲んでくる。

痛い。熱い。体から流れ出る血が温かい。

……意識が遠くなる。

 

「まだ、意識があるのか?まぁ、その傷ならじきに死ぬだろう。……まぁ、そんな寂しがることはねぇよ。直ぐにあのリコリス(・・・・・・)もそっちに送ってやっから。」

 

その言葉を最後にどんどん真島の足音が遠くなるのを感じる。

 

 

耳に残った真島の言葉を反芻する。

………あのリコリスも?

あのリコリスって誰だ?……千束か?千束のことか?

千束を殺すつもりなのか?こいつを千束のもとへは行かせない。

どうすれば奴を止められる?…どうすれば?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ。簡単じゃないか。

こいつを、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺せばいいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

_______

 

これで暗殺者(アサシン)との勝負はついた。

あのリコリスのもとへ向かおうと延空木から降りるため階段へ向かう途中、背後から音が聞こえる。

振り返るとさっきまで何も出来なかった暗殺者(アサシン)が立っていた。

 

「おいおい、こんなのヨシさんから聞いてねぇぞ。暗殺者(アサシン)ってのは不死身か?」

 

致命傷と言われるだけの傷は負わせたはずだ。なのに何故立てる?

 

「……まだ、契約外だから覚悟が出来てなかった。」

 

「?」

 

「……俺はこれから多くの人を殺す。」

 

何を言っているんだ、こいつは?

 

「お前ひとりの命がひとつ増えるぐらい………誤差だよな。」

「……真島、お前の死を俺が地獄へと向かう第一歩としよう。」

 

暗殺者(アサシン)の鋭い眼光が俺を捉える。

その眼を見たとき、理解した。……いや、理解させられた。

 

俺は踏まなくてもいい虎の尾を踏み、触れてはいけない龍の逆鱗に触れていたのだと……。

 

______

 

私は姫蒲君と共に旧電波塔の廊下を歩いている。

真島の残党がいる可能性もあるが、姫蒲君と一緒ならだいじょうぶだろう。

そう思っていると、前からロフストランドクラッチをつきながら見知った顔の男性がこちらに向けて歩いてきた。

 

「ミカ……。」

 

「シンジ……、そいつが千束を襲った女か?」

 

ミカはただならぬ雰囲気を醸し出していた。

それにあてられたのか姫蒲君は所持していたナイフでミカを襲う。

しかし、ミカは持っていた杖でナイフを弾き飛ばしてから、杖を振り回し姫蒲君を窓際まで吹き飛ばす。

距離が出来たことでミカはライフルで姫蒲君を撃つがおそらく千束や史八と同じ非殺傷弾であろう。

姫蒲君は数発、撃ち込まれ意識を失う。

ミカが杖を使わずにこちらに歩いてくる。

 

「お前………、足は?」

 

「戦士は全てを見せないものだ。愛する者には…、特にな。まぁ、史八には見抜かれてしまったが。」

 

逃げることは不可能か……。

ここまでのようだ。

 

「ははっ、流石だな。史八は。」

「……彼にお願いされたのか?……私を殺して欲しいと。」

 

「…そんなことをあの子が言うと本気で思っているのか?」

 

「…………。」

 

「あの子は……史八は強くて弱い分、厳しくて優しい子だ。だからこそ、人一倍考え葛藤し、命が尊いものだということを誰よりも理解している。……しかし、その尊いものの中に自分の命は入っていない。そして今、千束のために自分を犠牲にしようとしている。」

 

「ふっ、甘さの捨て方も教えるべきだった。…私の命ひとつで史八が本来の道へ戻ってくれればよかった。………千束も、」

 

ミカは懐から銃を取り出し、銃口をこちらに向ける。

 

「シンジ…、お前が生きていると……、あの子たちは幸せになれないんだ。」

 

「恨まれるかもしれないぞ。」

 

「…殺されてもいいさ。覚悟は出来ている。これはただの……私の我が儘だ。」

 

「………そうか。…ミカ。」

 

「なんだ?」

 

「…最期にひとつ、伝言を頼まれて貰えないか?彼に伝えるのを忘れてしまっていてね。」

 

「なんだ。」

 

「━━━━━。」

「しっかり、伝えてくれよ。」

 

「あぁ。」

 

そう答えたミカの声は震えて、涙を流していた。

 

「狂わされたな、お前も…。あの子たちに。」

 

「………そうだな。」

 

銃弾がどこに当たったのかはわからない。

だが、銃声とほぼ同時に私の意識は無くなった。

 

_____

 

「殺す。」

 

さっきとは全く違う雰囲気を纏った暗殺者(アサシン)が、走って俺との距離を潰してくる。

先程よりも段違いで疾い。奴に向かって撃つが最小限の動きで避けられてしまった。

今までに感じたことの無い命の危険を感じるが、それに比例して気分が高揚する。

 

「ハハハッ!そうこなくっちゃな!面白くなってきたじゃねぇか、暗殺者(アサシン)!!!」

 

「黙って、死ね。」

 

気付いたら暗殺者(アサシン)が前まで迫っていた。

銃口を向けようとするが、腕を抑えられ銃弾は明後日の方向に飛んでいく。

近距離は不味いため、バックステップで距離を取ろうとするが、腹部から激痛が起こる。何事だと視線を落とし腹部を確認すると奴の手首に付いていた刃がめり込んでいた。

防弾ベストを着ていたため出血こそないが、普通に刺された方がましだったと思えるほどの痛みだ。

 

俺が痛みで前屈みになった瞬間、暗殺者(アサシン)は右足で俺の左膝を踏みつけるように蹴り、俺の体は仰向けで倒れる。

体を倒された瞬間、息をする間もなく俺の頸に奴の刃が迫ってきた。

 

「俺が殺すと言った以上、お前の死は絶対だ。」

 

俺は自分の死を覚悟した。

 

_____

 

 

これで終わりだ。

俺が右のリストブレードで真島の頸を突き刺そうとした。

その瞬間……。

 

「だめぇぇぇぇぇ!!!」

 

千束の声が聞こえる。

俺は腕を止め視線を声の聞こえた方向へ向けるとそこには千束とたきながいた。

 

なんで千束がここに?!

たきなと一緒に下へ降りて病院へ向かったんじゃないのか?!

 

そんなことを考えていたら倒れている真島に中央にあるガラス張りの場所まで蹴りあげられる。

 

「がはっ!」

 

俺が倒れ込んだことで下のガラスにヒビが入る。

立ち上がろうとしたときに真島に骨折部を踏みつけられて痛みがぶり返してくる。

 

「あ゛ぁぁぁ!!」

 

「お前には、ガッカリだぜ。暗殺者(アサシン)。折角、いい感じだったのによぉ。なんでまた手を止めた?あのリコリスどもに自分が殺しているところを見られたくなかったってかぁ!?」

 

真島はそう言いながら何度も俺を踏みつける。

 

「真島ぁぁぁ!!!」

 

千束とたきなが真島に銃口を向けるが真島は落ち着いて口を開く。

 

「おっとぉ、撃たない方がいいぜ。見てみろ、下はガラス張り。ちょっとの衝撃で割れちまいそうだぜぇ。そしたらお前らの大好きな暗殺者(アサシン)はどうなると思う?」

 

ふたりが歯を食い縛っている姿が見える。音がこっちにまで聞こえてきそうだ。

血を流しすぎた。体が思うように動かない。意識が朦朧とする。遠くで千束とたきながなにやら叫んでいるがなにも聞こえない。

 

さっきから千束たちはなにを叫んでいるんだ?

そんなことより、お前はこんなところにいないで早く病院へ行けよ。

時間がないんだ。たきな、早く千束を病院へ連れていってくれ。

折角、新しい心臓が手に入ったんだ。これで千束はまだまだ生きられる。

今までに出来なかったことが………、諦めていたことが出来るんだぞ。嬉しいだろ?なぁ……、千束。

 

………なのになんで、なんでそんな泣きそうな顔してんだよ?

泣くなよ。俺が悪いことしてるみたいじゃないか。

お前には笑っていて欲しい。幸せになって欲しい。

それが俺の……、唯一の願いなんだ。

 

真島が俺に話しかけてくる。

 

「ほら、頑張れ頑張れ。あのリコリスたちの応援に応えてやれよ、期待されてんぜぇ、暗殺者(アサシン)。もしかして、立てないのかぁ?なら、手伝ってやるよ。」

 

真島は俺の髪を掴み上げる。

 

「さっきまでいい感じだったのになぁ。…腑抜けた眼になりやがって。もう一度だ。もう一度あの眼になれよ!そして、俺と闘えぇ!」

 

「たいした奴だよ、お前は。」

 

「あ゛?」

 

「地下鉄でも、警察署でも、お前は短時間で何人殺した?」

 

「さぁな、数えたこともねぇから知らねぇな。」

 

「…だよな。こっちはひとり救うので精一杯だよ。」

 

俺は左のリストブレードの銃口を下に向ける。

真島は一瞬俺の狙いが分からないような表情をするが、俺の狙いが分かった途端、表情が変わる。

 

「待て!正気か?!」

 

「わりぃな、真島。暗殺者(アサシン)ってのは………、」

 

真島に髪を掴まれたまま告げる。

 

高いところから飛び降りるのは(・・・・・・・・・・・・・・)慣れっこなんだ(・・・・・・・)。」

 

そう言って、俺は躊躇なく、下のガラスに向けてリストブレードから非殺傷弾を発砲する。

その瞬間、ガラスが割れる。足場がなくなり俺と真島は共に落下する。

 

「「ハチ(さん)!!」」

 

俺は左手で真島の手を掴み、右のリストブレードからロープランチャーを射出し、上にある手すりに引っ掻ける。

俺は延空木に宙吊りになっていて真島の体重も加わっているため、体に今まで以上の激痛が疾り、出血も少なくないため、真島の手を掴んでいる手の力が抜ける。

そんなときに下から真島が話しかけてくる。

 

「……おい、何をやってる。」

 

「見てわからない?助けてんの。……ここで見殺しにしたら目覚めが悪くなるからな。……というかあまり、話しかけないでくんない?お前に撃たれた傷がめっちゃ痛いから。」

 

「はっ!やっぱ、甘ぇな。お前は。なんだその腑抜けた眼は。俺を殺すと言ったときの眼の方が似合ってたぜ。…やっぱり、お前の本質は殺しだよ。俺が言うんだ、間違いねぇ。」

 

「…そうかもしれない。けど、まだ(・・)そうじゃない。」

 

「………そうかい。なら、仕方ねぇな。」

 

「?」

 

「そんな腑抜けたお前には、俺の生も死もくれてやらねぇよ。」

 

そう言って真島は俺の掴んでいた手を離す。

 

「っ!おい、馬鹿!!」

 

暗殺者(アサシン)………、生きてたらまたやろうぜぇ。今度は………ハナから本気でな。」

 

そう言った真島の姿はどんどん小さくなり、やがて見えなくなってしまった。

 

「……………バカ野郎が。」

 

俺がそう口にしたとき、延空木の周りの夜空に巨大な花が咲き誇る。

 

 





最後に延空木に花火が打ち上がったときに、edの「花の塔」が伏線だったのか!と思っちゃいました。


…………考えすぎか!


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我が儘の話

 

真島との決闘後、あっという間に時間は過ぎた。

3人で急いでクルミが手配した病院へ向かい、病院に到着次第千束にはオペを受けて貰った。俺はその間に真島から受けた傷の処置をした。

 

数時間後、手術が無事終わった千束は個室の病室に移される。

たきなは、真島の一件を報告するために一時的にDAへ戻っている。ボスとクルミとミズキさんは諸々の後始末に追われているようだ。

そんな中で俺は、千束が眠っているベッドのそばに立ち、オペが無事終わったことに安堵していた。

 

終わったんだ。本当に。

これで千束はこれからも生きることができる。

やっと、俺の目的を達成することができた。

 

俺は穏やかな寝息をたてている千束の頭を撫でながら呟く。

 

「ったく、呑気に寝やがって。俺がどれだけ苦労したか分かってんのか?なぁ、千束。」

 

千束はもう大丈夫だ。

ボスも居るし、ミズキさんも千束と言い合っているがあれでも千束を妹のように思っている節がある。クルミも千束に懐いているし、これからも力になってくれるはずだ。

それにたきなもいる。彼女は千束のいい相棒だ。これからも千束の手綱をしっかりと握ってくれるだろう。

 

喫茶リコリコも再開する。

これからもずっと、みんなで楽しく暮らしていける。

 

千束にはみんながいる。

もう俺は…………必要ない。

 

「さよならだ、千束。」

 

そう言って俺は後ろ髪を引かれる思いで、千束が眠っている病室から出た。

 

病室から出るとボスが待ち構えているように立っていた。

俺は千束の病室の扉を閉めてから口を開く。

 

「ボス……。」

 

「史八……、行くのか?」

 

「はい。俺がこれから約束を果たさないとまたアラン機関に……、吉松さんに千束が狙われる。……そういう取引ですから。」

 

俺はボスの目を見て最後の挨拶をする。

 

「………ボス、大丈夫だと思いますが、千束のことをこれからもよろしくお願いします。それと、長い間お世話になりました。」

 

「………そんなこと言わなくてもいい。」

 

「そ、そうですよ…ね。これから縁を断とうとしてる俺にこんなこと言われても迷惑、」

 

「そうじゃない!」

 

俺の言葉にボスは珍しく声を荒げる。

 

「どうしたんですか、ボス?そんな大声だして。らしくないですよ?」

 

「……そうじゃないんだ、史八。…………シンジは………、」

 

さっきからボスは何が言いたいんだ?

俺がそんな風に思っていると、ボスから信じられない言葉が聞こえてきた。

 

「シンジは………………、死んだ………。」

 

「…………は?」

 

「私が…………、殺した。」

 

何を言っているんだ?

吉松さんが………、シンさんが死んだ?何言ってるんですか、ボス?冗談は止めてください。

シンさんを殺した?ボスが………?

……嘘だ!!!

 

信じたくない言葉なのに、俺の直感がボスの言葉が嘘ではないと告げている。

 

気付いたら俺はボスの胸ぐらを掴み壁に押さえつけていた。

 

「ふざけるな!!!なんで、なんでシンさんを殺した?!愛していたんだろ?!あの人のことを!!なんで殺したんだ!?あんたにあの人を殺す理由なんて無いはずだ!!なんで殺したんだ!………なんで?!……なんでだ?!?!答えろ!!!」

 

俺はボスを強く睨み付ける。

しかし、ボスの表情は一切変わらなかった。

 

「私は……、今君に殺されても構わない………。」

 

「そういうことを聞いてるんじゃない!!あんたがシンさんを殺す必要なんて無い!!千束の心臓は俺がシンさんと取引して手に入れた!予定とはちょっと違ったが無事に手に入れただろ!後は俺が!シンさんとの約束を守れば!それで解決、」

 

「解決するわけないだろ!!!」

 

ボスは俺の言葉を遮るように言った。

 

俺は……、俺は………、

 

「みんなに……、生きていて欲しいだけなんだ。幸せになって欲しかっただけなんだ…。千束にも…、シンさんにも…、そうあって欲しいだけなんだ。………俺が、俺ひとりが闇に堕ちれば……、苦しめば……、それで……、よかった。…よかった筈なのに……。」

 

俺は力が抜け、ボスから手を離し近くにあった椅子へ倒れるように座る。

ボスはこちらに背を向け口を開く。

 

「史八…、赦してくれと言うつもりはない。千束にもな。私はそれだけのことをした。……これは、私のただの我が儘なんだ。」

 

「………我が儘?」

 

「お前たちふたりに幸せになって欲しい。…ただそれだけなんだ。」

 

「…結局、俺の最初で最後の我が儘は聞いてもらえなかったわけですか。」

 

「……すまない。」

 

「シンさんは……、シンさんは最期に何か言ってましたか?」

 

「伝言を預かっている。」

 

「伝言?」

 

「あの場所に墓を建てた。時間ができたら行ってみるといい、だそうだ。」

 

「そうですか………。少し…ひとりにしてください。」

 

俺がそう言うとボスは黙って俺から離れてくれた。

 

シンさんは死んだ。……もうこの世にいない。もう会うことも出来ない。吉松さんには院長先生たちを苦しめた恨みがあるが、同時にシンさんには俺を育ててくれた、様々なことを教えてくれた、俺に名前をくれた、………恩がある。

ボスは千束と俺の幸せのためにシンさんを殺した。そんな人を恨むことは出来ない。恨むつもりもない。

 

「あぁもう……、なんか色々ぐちゃぐちゃだなぁ。」

 

俺は一頻り泣いた後、誰に言うでもなくその言葉を口にした。

そして、椅子から立ち上がり千束のいる病室へ入る。何故か今、無性に千束の顔がみたい。……あの眩しいほどの笑顔が見たかった。しかし、千束は以前目を覚まさない。穏やかな寝息たてて眠っていた。

 

「どうすれば、一番よかったのかな?」

 

俺の選択は間違っていたのか?いや、俺に力が足りなかった。正しい選択に出来なかった。

俺は千束の手を握りうつむきながらそう言うと千束が起きたようだった。

 

「んん。」

 

「千束?」

 

俺は千束の顔を覗き込むようにして立ち上がる。

 

「おぉ~、ハチぃ、おはよ~。」

 

千束は寝ぼけ眼でそう口にする。

 

「気分はどうだ?麻酔の効果でまだ眠たいと思うが。」

 

「うぅ~ん、眠くはないけど……、胸がめっちゃ痛い。」

 

「そりゃそうだ。手術で胸を切り開いたんだからな。痛いに決まってる。まぁ、生きてる証ってやつだな。」

 

「それ、前の時も言ってたよね。」

 

「よく覚えてるな。」

 

「覚えてますよぉ~。千束さんだからね!…それよりも、泣いてたの?」

 

「え?」

 

「目。赤いから。」

 

迷った。千束に事実を告げるべきかどうか。シンさんは千束にとっても恩人だ。恩人が死んだと分かれば、少なからずショックを受けるだろう。

そんなことを迷っていると、千束が再び口を開く。

 

「まぁ、いいや。言いたくなったら言ってよ!無理に聞くつもりはないからさ!」

 

「…ごめんな。」

 

「謝るなよぉ~。私が悪いことしてるみたいじゃん!こういう時は、ありがとうって感謝しとくべきなんだよ!」

 

「……ありがとな、千束。」

 

「ふふふ~、どういたしましてぇ~。あっ!でもぉ~、少しでも悪いと思ってるならちょっとお願い聞いて欲しいなぁ、なんて!」

 

まったく、こいつは転んでもただでは起きないやつだ。

全く、どんな風に育てればこんな風に育つのか、親の顔が見てみたいものだ。

 

「お前の我が儘なんていつものことだ。なんだ?」

 

「ちょ~っと、旅行に行きたいなぁ~って。」

 

何を言っているんだ、このバカは?

千束からその言葉を聞いて、俺は無言で彼女の頭に軽く拳骨を落とす。

 

「いったぁ~!!何すんの?!私、病人だよ!!」

 

「だったら!病人は病人らしくベッドで安静にしてろ!!おまえ、心臓の手術したばかりなんだぞ?!わかってる?!」

 

「そんなことわかってるよぉ~。分かってるけど……。」

 

「…けどなんだよ?」

 

千束が何故か言いづらそうにしていて俺がそう尋ねる。

 

「いや、湿っぽくなるのは千束さん的にはなんか嫌だしぃ。」

 

「おまっ、そんな理由で、」

 

「そ・れ・にぃ~!今までお店の仕事とかリコリスの仕事で頑張ってきたじゃん!自分への~ご褒美ぃ~的な!」

 

あぁ~、頭が痛くなってきた。

なんか色々と考えてる俺がアホらしく思えてきた。

 

「わかった、わかった。今はみんな色々とバタバタしてるから行くなら早く行け。俺からボスたちにうまく説明しておくから。でも、定期的に連絡してこいよ。」

 

「え、何言ってるの?ハチも一緒に行くんだよ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「………what?」

 

「いやいや、私普通に病人だからね?ひとりで旅行になんて行けるわけ無いじゃん?」

 

「普通の病人は手術後すぐに旅行に行きたいとか言わないと思うんだけど…。」

 

「…………。」

 

「…………。」

 

「まぁ、そういうことはひとまず置いといて…。」

 

「いや、置いとくなよ!」

 

「いぃじゃん!いぃじゃん!いこぉ~よぉ~!ハチが協力してくれなきゃここから出ることも出来ないんだよ!それにほら!ハチだってずっと忙しかったじゃん!ちょっとぐらい休んだってバチは当たらないよ!それに、旅に出るとか前に言ってたじゃん!」

 

「言ったっけ?そんなこと?」

 

「言ってたよぉ~!覚えてないの?」

 

言ったような?言ってないような?

 

千束は梃子でも動かないモードに入ってる。

俺が折れるしかない。………いつも通りだ。

 

「わかったわかった。で、どこに行くつもりだ?わかってると思うが海外なんて無理だぞ。俺、パスポート無いし。」

 

「そ~だねぇ~、寒いし暖かいところとか良くない?!沖縄とか!どう?!」

 

「沖縄か……。」

 

沖縄なら新幹線とフェリーに乗れば行けるか……。

俺は頭の中で計画を練る。

はぁ、まぁいいか。

 

「わぁ~たよ。」

 

「おぉ!流石ハチ、話しが分かるぅ!」

 

「取り敢えず、車椅子持ってくっからその間に着替えてろ。病衣のままじゃ目立つからな。着替えはロッカーの中に入ってるはず。」

 

「りょ~かい!」

 

俺は千束にそう伝えてから病室から出て、車椅子を拝借する。

病室に戻ると千束は既に病衣から私服に着替えていた。

 

「準備はいいか?」

 

「いつでもいいよぉ~!」

 

千束は俺が拝借してきた車椅子に座る。

流石に、店のみんなになにも言わないで姿を消すのは忍びないので病室のテーブルの上にメモを残す。

 

「さぁて、まずはどうやって病院から脱出するの?」

 

「どうやってって……、堂々と出るんだよ。」

 

「えっ、見つかんない?」

 

「見つかるだろうな。…けど堂々としてれば見つかっても脱走してることはバレないもんだよ。」

 

そう言って千束の乗っている車椅子を押しながら病院の通路を歩く。時折、看護師っぽい人たちから声をかけられる。

 

「あぁ、今日で退院なんですよ!」

 

「そうなんですか。お大事にしてくださいね。」

 

以上の通り、堂々としてれば案外バレないものなのだ。

病院の出入り口から堂々と出たときに千束から声がかかる。

 

「息をするように嘘をつくじゃん。」

 

「いいだろ?出られたんだから。」

 

数時間後には病院内はパニックだろうな。

俺は病院スタッフに罪悪感を覚えながら車椅子を押す。

 

「まずはどこに行くの?」

 

「俺の家だな。資金やら着替えやらを準備しなきゃいけないしな。」

 

「カードで買えばいいじゃん。」

 

「別に新しいものを買ってもいいけど、早い段階でカードの履歴でクルミに見つかる可能性がある。スマホも俺の家に置いてこよう。GPSで居場所が特定される。この旅行を短いものにしてもいいなら別に構わんが…。」

 

「おぉ~、徹底してるねぇ。……さてはお主、少し楽しんでるなぁ?」

 

「バレた?」

 

正直、少し楽しい。

何せ旅行なんて初めてのことだ。折角なら楽しまないとな。

 

そうして俺たちは俺の家に到着し、着替えなどの準備をしていく。スマホはテーブルの上に置いていく。

 

「よぉ~し!!準備完了!じゃあ、新幹線に乗るために駅へ~Let's go~!!」

 

テンションの高い千束には悪いが俺には行かなければいけない場所がある。

 

「いや、少しだけ寄りたい場所があるんだ。」

 

「ん?それは別にいいけど……、どこに行くの?」

 

「………懐かしの我が家だよ。」

 

院長先生たちに挨拶しに行かなければ……。

 

 

 



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新しい道の話

 

俺は千束が乗っている車椅子を押しながら山の上にある俺が昔いた孤児院のあるところに向かって歩いていた。

 

「ハチ、大丈夫?疲れない?」

 

「ん、大丈夫だよ。それに手術したばかりの千束の心臓に負担をかけるわけにはいかないからな。」

 

「もぉ~、心配性だなぁ。私なら大丈夫だってぇ!」

 

「ダメ。」

 

千束はこう言っているが本来は数日間安静にしなければならないのだ。本人がその事を理解しているのか心配になる。

 

「これからお墓参りに行くんだよね?」

 

「……あぁ。」

 

「なんで、今まで行かなかったの?」

 

「墓があること事態、ついさっき知ったんだ。……でも、前々から知っていても……、行くことは出来なかった。」

 

「…なんで?」

 

「みんなにどんな顔して会えばいいのか分からないし…、それにきっと俺はみんなに恨まれてる。」

 

そんな会話をしていると千束が話題を変えるように俺たちの右側を指差す。

 

「あっ、ハチ!みてみて。私たちがある!」

 

「私たち?……あぁ、なるほど。」

 

千束の指さした方向に顔を向けるとそこにはたくさんの彼岸花が咲いていた。

 

彼岸花。

学名、Lycoris(リコリス) radiata(ラジアータ)

曼珠沙華とも呼ばれ、お彼岸の頃つまり9月中旬から下旬にかけて咲く花だが、今はもう11月。遅咲きなのだろうか?

 

俺はそんな彼岸花を見てあることに気付く。

 

「あっ、しまった。」

 

「どったの?」

 

「お供え用の花、買ってくるの忘れた。」

 

どうして俺はこういうときに抜けてしまうのだ。

自分が嫌になる。

 

「あれじゃダメなの?」

 

千束はそう言って赤い彼岸花を指差す。

 

「ん~、千束も知ってると思うけど彼岸花って毒があるし、花言葉もあまり良くない言葉だから彼岸花をお供え用にするってのはタブーって訳じゃないけど…、あんまりぃ~…、なぁ。」

 

だが、このままだと何も持たずに墓参りすることにもなるし……、背に腹は代えられない。院長先生たちに、千束を紹介するって体で許してもらおう。

 

そう思い、俺は彼岸花を8輪摘む。みんなの分と院長先生の分だ。

 

「千束、悪いがこれ持っててくれ。」

 

「おっけぇ~!」

 

千束に彼岸花を持って貰い再び、坂を登り始める。

しばらくしたところで千束が話しかけてきた。

 

「ねぇ~、ハチ。」

 

「うん?」

 

「昔のこと教えてよ。」

 

「前に山岸先生のところで教えなかったっけ?」

 

「その時は、簡単に教えて貰っただけだったじゃん!もっと詳しく知りたいの。」

 

なぜそんなに知りたいのか疑問に感じたが、別に隠すほどのことでもないか。

 

「例えば、どんなことが知りたいんだ?」

 

「そうだなぁ~。……あっ!ハチが言ってた院長先生のこと教えてよ!」

 

「……院長先生か。」

 

千束の言葉で院長先生のことを思い出す。

 

「…そうだな。優しい………、とても優しい人だったよ。院長先生が作ってくれる料理がめちゃくちゃ美味くてさ、みんなに好評だったんだ。簡単なことだけだったけど、よく院長先生の料理の手伝いとかしてたんだ。」

 

「へぇ!じゃあ、ハチの料理が上手いのってそこから?」

 

「…かもしれないな。でも、怒ると滅茶苦茶怖くてさ、俺はあまり怒られないほうだったんだけど、1度だけ院長先生に黙って夜更かししたことがあったんだ。それがバレた時には鬼の形相で怒られて、そのとき思ったもん。この人には勝てないなって。」

 

「アハハハ!ハチが勝てないって相当だね!……いいなぁ、私もその院長先生に会ってみたい。」

 

「院長先生は、きっと千束と気が合うと思うよ。」

 

「ホントに!?」

 

「…あぁ。とにかく優しい人だった。いつも自分のことよりも俺たちのことを第一に考えてくれていた。」

 

ふと、院長先生の最期を思い出す。

 

でも、優しすぎるせいで自責の念に耐えられず院長先生はあんなこと(自殺)を。

 

「一緒に暮らしていたときは分からなかったけど、今なら分かるよ。…院長先生は俺たち8人のことを分け隔てなく、みんなを平等に愛してくれていた。………でも、俺はそんな院長先生のことを……、みんなのことを忘れてしまっていた。」

 

「…ハチ。」

 

「…悪い、暗くなっちゃったな。そうだな、俺の他に7人子供たちがいたんだけど、色んな奴らがいたなぁ。やんちゃしていつも怪我してるやつだったり、本が好きなやつだったり、ボール遊びが好きなやつだったり……、本当に…、楽しかったなぁ。」

 

「ハチはさ、孤児院のみんなのことが好きなんだね。」

 

「…あぁ、そうだな。」

 

そんなことを話しているうちに開けた場所に出た。

俺の育った孤児院があった場所だ。

 

しかし、そこには昔の面影は全くなかった。

孤児院自体はもちろん無いし、みんなで遊んだ遊具も、みんなで育てた花が咲いていた花壇も、みんなで駆け回った庭も何もなかった。

 

あるのは生い茂った雑草の中にある質素な墓だけであった。

記憶の中にある輝かしい風景が見るも無残なものになっていて、胸が締め付けられる。

 

想像はしていたが思った以上にキツいな。

 

「ハチ、大丈夫?」

 

俺が難しい顔をしていたのか千束が心配してくれる。

 

「悪い、少しここで待っててくれ。」

 

「え?…あぁ、うん。」

 

千束に断りを入れてから俺はみんな()に近づく。

せめて、回りだけでも綺麗にしないと。

 

俺はしゃがんでせっせと墓の回りの雑草を抜いていると、千束が俺のとなりに同じようにしゃがみ雑草を抜く。

 

「おい、やらなくていいよ。手が汚れて、」

 

「いいの。やらせて。」

 

「……ありがとな。」

 

千束の手も借りて墓の回りだけ綺麗にしてから俺は墓の前にしゃがみ彼岸花を供えてからみんなに話しかける。

 

「ごめん、みんな。来るのが遅くなった上にお供え物も忘れちゃって……、途中で摘んできたやつだけど。」

「…………みんなは俺の顔なんて見たくないだろうけど、せめてこれぐらいはさせて欲しい。これで許して貰おうなんて思ってはないけど、これが俺がみんなに出来る唯一のことだから。」

 

言葉を口にすると涙が溢れそうになる。

 

「……ごめんなさい、みんなとまた会おうって約束も守れなくて……、俺だけが悠々と生き残って……、きっと恨んでるよな。憎いよな。……本当にごめん、ごめん……、なさい……。」

 

そうみんな()の前で贖罪の言葉を口にすると、後ろに立っていた千束が俺の両肩を掴み、俺は無理矢理、千束の向かせられる。

千束は何故か険しい表情をしていた。

 

「…千束?」

 

「……なんで?」

 

「え?」

 

「なんで、さっきからそんな事ばかり言うの!?なんで、ハチが!恨まれるのさ?!」

 

「なんでって……、俺はみんなとの約束も果たせなかった上に、忘れてたんだぞ。みんなのことを、大事なことを、忘れてはいけないことを、忘れてたんだ。恨まれてるに決まってるだろ。」

 

「恨まれるわけない!!!」

 

千束の予想外の声に一瞬だけたじろぐ。

そんな俺に千束は言い聞かせるように目をはっきりと見て、優しく言う。

 

「いい、ハチ?ハチは勘違いしてる。ハチが記憶を失ったのは事故だし、ハチが悪い訳じゃない。……私は孤児院のみんなの事はハチが話してくれた以上の事は知らないけど、でもこれだけは分かるよ。…院長先生も子どもたちも、みんなハチのことを恨んでないって。」

 

「そんなこと………、」

 

「そんなことないって?もし、私が院長先生や子どもたちの立場だったらハチのことは絶対に恨まない。だって、ハチがさっき院長先生や子どもたちの話しを私にしてたときのハチの顔、とても嬉しそうだったよ。ハチがあんなに楽しそうに話しをする人たちがハチのことを恨んでるなんてありえない。」

 

「………。」

 

俺が何も言えないでいると千束は言葉を続ける。

 

「…きっとねハチは自分の事が許せないんだよ。……優しいから…優しすぎるから自分のしたことが…、記憶を失ってしまったことが許せない。」

 

「………。」

 

「だったら、自分が納得するまで自分のことを許さなくてもいいと思う。……でぇも、これだけは覚えておいて!」

 

千束は俺の両肩に置いていた自分の手を俺の両頬へ移動させ、はっきりと次の言葉を口にした。

 

「絶対にハチは恨まれてない!」

 

「そう……だな。そうだといいな。」

 

「きっとそうだよ!」

 

俺はみんな()のほうを振り向てしゃがんでから口を開く。

 

「…じゃあ、みんなまた定期的に来るから。」

 

そうみんなに伝えてから千束の方へ向かう。

 

「…もういいの?」

 

「あぁ、もう大丈夫だ。……行こう。」

 

千束を車椅子に座らせ山を下りようとしたときに後ろから声が聞こえた。

 

 

 

 

 

『いってらっしゃい!』

 

 

 

 

 

「!!」

 

その言葉が聞こえた瞬間、後ろを振り向いた。

そこには綺麗な孤児院があり、こちらに元気よく手を振ってくれている院長先生と子どもたちがいた。

 

俺は驚いてもう一度よく見てみるがもうそこにはみんなの姿はなかった。

 

しかし、俺ははっきりと見た。

たとえ一瞬でも俺は絶対に見た。みんなが……、院長先生たちが……、笑顔で俺を見送ってくれていた。

それだけで目頭が熱くなるのを感じる。

 

「ハチ?」

 

動かない俺に千束が声をかけてきた。

 

「いや……、なんでもない。」

 

 

 

 

(いってきます!)

 

 

 

俺は心のなかで院長先生たちにそう伝えてから千束の乗っている車椅子を押しながら来た道を戻る。

 

帰り道はここへ来たときと違い胸を張って千束と共に山を下りることが出来た。

 

 

 

 





喫茶リコリコの意味深なツイート……、W963Nでクルミに関するものだっていうのは考えられましたが…………ポケベルの番号なんてわっかんねぇよ!!


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南の島で告白の話

 

俺は今、新幹線に乗り窓の外を眺めている。

ふと横を見ると駅弁にまだ(・・)がっついている千束がいる。

向かい側の席には既に空の駅弁が3つもあるというのに……。

 

「なぁ…、ちょっと食べ過ぎじゃないか?」

 

いふぁ~(いやぁ~)おふぁかふいひゃっへ(お腹空いちゃって)。」

 

空腹にしても食べ過ぎだろう。

海鮮丼に、牛めし、釜めし、今はいくらとカニが入った弁当を食べている。

本当に、俺の隣に座っているこの人物は心臓の手術後の患者なのかと疑いたくなる。

少し、頭が痛くなってきた。

 

「はぁ~、もうちょっとゆっくり食べろよ。まだ向こうに着くまで時間はあるし、弁当は逃げないんだから。」

 

「美味しかったぁ~!ご馳走さま~!!」

 

「もう食い終わってるし……。」

 

「………ねぇハチぃ、そのカツサンドひとつ貰ってもいい?」

 

「まだ食う気か、おまえ!!」

 

「えへへ。」

 

千束は自分の後頭部を擦りながら少し恥ずかしそうに照れる。

そんな千束に自分のカツサンドをひとつ手渡すと彼女の目が輝く。

 

「ありがとぉ~!!!……ハグッ………、うぅっまぁ~~!!ハチも食べなよぉ~!めっちゃ美味しいよこれ!」

 

「左様で。」

 

俺は横で美味しそうにカツサンドを頬張る千束を眺める。

その事に気付いてない千束は俺にある質問をしてくる。

 

「そういえばさぁ~。」

 

「ん?」

 

「ハチってどうやって私の心臓を手に入れたの?」

 

質問には俺の口から答えるつもりはない。

千束に吉松さんとの取引を知られたら怒られるような気がする。

俺はしばらく適当な理由を考えてから口を開く。

 

「…………落ちてた。」

 

「落ちてた!?!?いや、絶対に嘘じゃん!!!教えろよぉ~。」

 

千束が俺の肩を掴み左右に揺らしてくる。

ちょっとめんどくさくなってきたな。こういうときはあれだ。第三者に丸投げしよう。

 

「ふぅ、ボスが知ってるからボスに聞いてくれ。俺の口から言うつもりはない。」

 

「えぇ~、気になるじゃ~ん。」

 

俺がそう言うと千束は諦めたのか背もたれに身を預けてそれ以上は聞いてこなかった。

俺は心のなかで千束に謝りながら残りのカツサンドにかぶりついた。

 

______

 

新幹線から降りてからは公共交通機関を利用し目的地である宮古島を目指す。

私は既に車椅子には乗っていない。ハチが乗れと言っても自分の足で歩きたいと駄々をこねたらハチはいつも通り折れてくれた。

……盛大なため息をつかれたが。

 

フェリーに乗っているとき、ハチがアランチルドレンのチャームを眺めながら何かを考えている様子だった。

新幹線のなかでは心臓のことを聞いてみたがあまり聞かれたくないような感じだったのであえて追及はしなかった。

しかし、ヨシさんとハチの間でなにかあったのは確かだ。

私の心臓はアラン機関のものだし、ヨシさんはそのエージェント。

ヨシさんは持っていた心臓を何故ハチに渡したのか?

ヨシさんの善意で渡して貰ったと考えたいが、それならば私に直接渡せばいい筈。

色々考えても答えは出てこない。先生が知っているとハチは言っているがここに先生は居ないし、連絡を取ったら先生たちに居場所がバレてこの旅行が終わる。

 

「うう゛わぁ~ん。」

 

頭を抱えてうめき声のような声をあげるとそれに気付いたのかハチが声をかけてくる。

 

「何やってんだ、おまえ?」

 

……こやつめ、人の気も知らないで。

 

______

 

千束と史八が姿を消してから一週間が経った。

ふたりが姿を消してから居場所くらいは把握しておきたい為、直ぐにクルミにふたりを探すように頼んでみたがあまり、芳しくはないみたいだ。

 

「流石は暗殺者(アサシン)だな。徹底してるよ。スマホは家に置かれていたし、クレジットカードの使用履歴もない。町中の監視カメラをハッキングしてみたが、あいつらは見つからなかった。……おそらく、カメラの死角を上手くついているな。」

 

「そうか。」

 

「心配じゃないのか、ミカ?史八はまだしも、千束は手術したばかりなんだ。」

 

「まぁ、全く心配ではないと言えば嘘になるが、大丈夫だろう。あのふたりなら。」

 

「そうか。」

 

そんな風にクルミと話していると、ミズキの声が聞こえてくる。

 

「ったく、あんのガキ共~!こっちはこんなに忙しいってのに、旅行だなんて、いいご身分だなぁ~!!」

 

ミズキは姿を消した千束と史八に文句を言いながら忙しなく閉店の準備をしていた。

 

「ちょっとたきな!あのバカ共をそろそろ捕まえてこい!」

 

「無理ですよ。ふたりの居場所も分からないんですから。それに分かったとしても千束だけならまだしもハチさんが簡単に捕まってくれるとは思えません。」

 

「ぬあぁぁぁ!!!……あのガキ共、2人で行って3人で帰って来る様なことがあれば末代まで呪ってやる。」

 

「どういうことですか、ミズキさん?」

 

ミズキの口にした台詞の意味が理解できないたきなが尋ねるがミズキは答えずに閉店の準備を進める。

 

私はミズキの台詞で想像してしまう。

 

ふたりの子ども……か。

私にとっては孫になるのか?

ふたりとも身内贔屓なしで外見はいいし、男の子でも女の子でもルックスは保証されるだろうな。

そんな子におじいちゃんなどと呼ばれるのか。

ふむ……、悪くないな。

 

「お~い、ミカ~。戻ってこ~い。」

 

目を閉じ、私が様々な想像(妄想)をしているとクルミの声で現実へと引き戻される。

そんな時に店の扉が開いた。

 

「こんばんわぁ、宅急便で~す。」

 

宅急便?何か頼んだか?

そう思い、何を頼んだか思い出そうとするが心当たりがない。

 

「えっと、大神史八さん宛ですね。ここにサインお願いします。」

 

たきなが代わりにサインをし荷物を受けとる。

 

「はい、確かに。どうもありがとうございました。」

 

そう言って店の扉は閉められる。

 

「なになに?史八宛?どこから?」

 

「送り主は……、書いてないですね。なんなんでしょうか?爆発の危険はなさそうですが…。」

 

全員の目が送られてきた段ボールに集まる。

 

「どうするんだ?史八のやつはいつ帰ってくるかも分からんぞ。」

 

クルミがそんなことをいうとミズキが口を開いた。

 

「開けちまうか。」

 

「ちょっ、いいんですかミズキさん。ハチさん宛なのに勝手に開けてしまって。」

 

「いぃのよ。ど~せ大したものじゃないんだし。いつまでもここに置いとくわけにもいかないでしょ。」

 

そう言ってミズキは少々乱暴に段ボールを開けるとそこには黒いアタッシュケースが入っていた。

 

_______

 

ボスたちのもとから離れてしばらくが経った。

俺と千束は宮古島に滞在している。

今は海辺の近くにあるカフェでバイトをしながら近くにある民宿を借りている。

 

今日はバイトは休みで俺は浜辺に座りシンさんから貰ったチャームを眺めながら考え事をしていた。

そのため背後から近づいてくる存在に気付かず右頬に冷たいものが当てられる。

 

「うわ!」

 

ビックリして後ろを振り向くと麦わら帽子を被って白い無地のワンピースを着た千束がいた。

頬に当てられたのはペットボトルのアイスティーだった。

 

「ほぉ~ら、ちゃんと水分補給しないと倒れちゃうよ~。」

 

「ありがと。」

 

千束にお礼を言ってからペットボトルを受け取ると、千束が俺の隣に座る。

 

「なぁ~に考えてたの?」

 

「え?」

 

「たまぁにそれ(チャーム)見て、心ここにあらずみたいだからさ。」

 

「……うん。」

 

俺は自分のチャームに視線を戻す。

 

「ヨシさんのこと?」

 

「………俺は結局、約束を果たせなかった。シンさんとの約束も……、吉松さんとの約束も……。まぁ、後者の約束は果たす必要がなくなったからここにこうやって居れるわけだけど…。」

 

俺はその場から立ち上がり、持っていたチャームを海へ思いっきり投げる。

遠くで小さくぽちゃんと音が聞こえてきた後に千束が尋ねてきた。

 

「よかったの?大事なものだったんでしょ。」

 

「いいんだ。俺にあれを持つ資格はない。俺はシンさんの望んだ通りにはならなかったからな。」

 

「そっか。……じゃ、私も!」

 

千束がそう言うと彼女も立ち上がり、自分の首から下げていたチャームを外して俺と同じように海へ投げ捨ててしまった。

 

「千束まで捨てることなかったのに。」

 

「いいの!これでお揃いだねぇ。」

 

千束が気付いているか分からないが彼女はDAで初めてのチャームを受け取ったときと同じようなことを言った。

 

「私のなかではヨシさんは救世主さん。そこは変わらない。でも、お店で先生からヨシさんの話を聞いて私に殺しを強要しようとしてた。それはヨシさんにとって私の幸せの為なんだと思う。ヨシさんは私に殺しをさせたかった。…本人から聞いてないしホントにそうかは分からないけど……、もしそうなら今の私はヨシさんの望む私じゃない。」

 

「千束……。」

 

「だからいいの!……それよりも、ハチ。」

 

千束は先程までの微笑みを隠し、真剣な表情になる。

 

「ずっと気になってることがあるの。」

 

____

 

知りたかった。

 

ずっと気になっていたハチの信条のことが。

 

「ずっと気になってることがあるの。」

 

「?」

 

「"闇に生き光に奉仕する。" "自由のために戦う。" それが、ハチの信条でしょ。なら、私の信条は"命大事に。" "やりたいこと最優先。" 」

 

「それが、どうしたんだよ?」

 

「私が聞きたいのはハチの自由って何?ってこと。ハチが自分の自由のために戦ってるとは思えないんだ。いつだって自分のことは後回しでさ、DAから嫌な任務も引き受けて、昔はDAから抜けたいのかな?って思ってたけどそんな素振りもないし。」

 

ハチはしばらくなにも言わなかった。

ハチがその場に座り込んだため、私も彼のとなりに座る。

 

「………以前、ボスに似たようなことを言われたことがある。」

 

「先生に?」

 

「…俺は、俺自身の自由のために戦ったことなんで一度もない。俺は……………、俺は自由のために………、千束の自由のために戦ってきた。」

 

「え。」

 

「覚えてるか?…人は人を幸せにするために生まれるって、だから人を助けたいんだって。」

 

「うん……、覚えてる。」

 

「千束は今までたくさんの人たちを救ってきた。幸せにしてきた。それが、お前の才能だと俺は思う。俺にとってのお前は光なんだ。灰色の世界を照らしてくれる光だ。」

「…でも、俺はそうじゃない。千束とは違う。俺にはお前のようにたくさんの人たちを幸せにすることなんてできない。だったらせめて、たった一人。たった一人の人を幸せにしようとした。………それが千束、お前なんだ…。」

 

「…なんで私なの?いつもハチに迷惑ばかりかけてるのに?」

 

「救ってくれたからだ。俺のことを。苦しみから解放してくれた。暖かさをくれた。…生きる意味をくれた。分かるか?当時の俺がどれだけ千束に救われたか。」

 

「えっと、ちょっと待って。じゃ……、じゃあ、今まで私の為だけに生きてきたってこと?……なんでそこまで?」

 

「好きだからだよ。千束のことが。」

 

好きだからだよ。千束のことが。

好きだからだよ。千束のことが。

好きだからだよ。千束のことが。

 

さっきのハチの台詞が頭のなかでこだまする。

ん?幻聴かな?それともいきなり耳が悪くなったのかな?

こんな都合のいい言葉が聞こえてくるなんてあり得ない。

 

「ごめん、ハチ。もう一回言ってくれない?」

 

「好きなんだよ。」

 

「……誰が?」

 

「俺が。」

 

「……誰のことを?」

 

「千束のことを。」

 

「……なに?」

 

「好き。」

 

なるほど、なるほど。ハチは私のことが好きだったのかぁ~。

うんうん。幻聴でも、私の聞き間違いでもない。

ハチは私のことが好き…………と。

 

「………………………………ふぇ///」

 

顔がとんでもなく熱くなるのを感じる。

急に恥ずかしくなってハチに背を向けてしゃがみこむ。

この状態ならハチからは私の顔が見える筈はないが、念のため紅くなった顔を見られたくないので両手で顔を覆う。

 

ちょっと待って、ちょっと待って!落ち着け私。顔がとんでもなく熱いがこれは気温のせいだ。ここは本州より気温が高い。そうだ。そういうことにしよう!しかも、こういうのは昔読んだ少女漫画に似たような展開があった。ハチは今、私のことが好きと言った。好きと言っても家族愛に近いものでしょ!危ない危ない、勘違いするところだった。ハチが私を好きになるなんてことはない。…そりゃハチが私のことを好きになって告白してくれれば泣くほど嬉しいけど………、いや、そんなことよりもまずは事実確認だ。

 

私は平静を装い、立ち上がってからハチの方を向き尋ねる。

気恥ずかしくて目は合わせられないけど!!

 

「へ、へぇ~。ハチって私のことす、好きなんだねぇ~。」

 

「うん。」

 

「で、でも~、それってぇあれでしょ~。あ、あの~、あれあれ、家族愛的なやつでしょ~?」

 

「いや、一人の女性として千束のことが好きだ。」

 

一人の女性として千束のことが好きだ。

一人の女性として千束のことが好きだ。

一人の女性として千束のことが好きだ。

 

再びハチの台詞が頭のなかでこだまする。

更に顔が熱くなるのを感じる。

 

「えっと、それは~、ハチからは私への………、あ、愛の告白ってことでOK?」

 

「だから、最初からそう言ってるだろ。」

 

しばらくお互いに沈黙の時間が続く。

それを破ったのは私自身だった。

 

「…………いや、照れろよ!!!なんで!?なんで照れないの!?なんでそんな堂々と告白できるの?!せめて顔くらい紅くしろよぉ~!!!」

 

「なんで怒られてんの俺?」

 

「私も!なんで怒ってるのか分かんないぃ~!!!」

 

「まぁ、落ち着けって。」

 

「落ち着けるかぁ!!今!たった今!私にとって超重要なことを言われたんだよ!!!逆になんでハチはそんなに落ち着いてんの?!」

 

「いやこれ、ポーカーフェイスだから。今俺の心臓、バクバクよ。こんなところで暗殺者(アサシン)の技術に助けられるとは思わなかったけど。……まぁ、返事は返さなくてもいい。」

 

「え?」

 

「ただ、俺の気持ちを伝えたかっただけだ。それに、千束は俺にはもったいなさすぎる。千束にはこれからっていう未来ができたんだ。お前はこれから自由に生きればいいさ。」

 

これから。未来。

ハチの言葉でリコリコを閉店しタクシーでミズキとクルミを見送る前にミズキに言われたことを思い出す。

 

(人生の先輩からのアドバイスだ。あいつ(史八)に自分の気持ち伝えておきなさいよ。)

(…後悔してからじゃ遅いのよ。後悔のないようにしなさい。)

 

「ほら、もう陽が傾いてきた。そろそろ戻ろう。」

 

そう言ってハチは歩き出す。

私はそんなハチの背中を見つめる。

ここで私の気持ちを伝えなければこの先一生、伝えられないような気がした。

 

「ハチ!!!」

 

「ん?」

 

ハチが私の方を振り向いた瞬間、ハチの唇に自分の唇を押し当てる。

 

「…返事は要らないって言われたから、行動で!示しました!………これが、私の気持ちです。」

 

「あ………、うん。」

 

私が今した行動を思い返すと、顔が更に熱くなる。

ハチは目を見開いていて、顔も徐々に紅くなっている。

 

「えっと……、じゃあ、これからもよろしく。」

 

「う、うん。よろしく…、お願いします。」

 

私たちはそう言って借りている民宿へ手を繋いで帰っていく。

その日の夜はお互いに気恥ずかしくてなかなか寝つけなかった。

 

 

 

 



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幸せの話

 

「ん~。」

 

今日は朝から千束の様子が少し変だ。

朝食を摂りながら千束に尋ねる。

 

「どうしたんだ、千束?」

 

「……ねぇ、ハチ。今日バイト休みだよね?」

 

「あぁ、明日の午前中からだからな。それがどうした?」

 

「今日、買い物に行きます!!」

 

「いいんじゃないか?行ってこいよ。」

 

「ちっがぁ~う!ハチも一緒に行くの!」

 

_____

 

ハチと結ばれてしばらくが経った。

初恋は実らないと言われているが、私は今幸せの真っ只中にいる。

しかし、不満が一つだけあった。

それは、あれ(キス)を除いて恋人っぽいことが全くできていない。

付き合った当初は恥ずかしくてまともに目を合わせられなかったが最近になってようやく慣れてきた。

そして、本日ハチと恋人らしいことをしようと計画している。

 

……という訳で今、私はハチと一緒に街中を歩いていた。

 

「で、何を買うんだ?」

 

「ん~、別に買いたいものはないんだけどねぇ。……折角、こ…、恋人になれたんだし、それらしいことをしてみたい………というか、なんというか………。」

 

「あぁなるほど。そういうことか。……でも、恋人らしいことってなんだ?」

 

「え?そりゃ~……、名前で呼び合ったりとか。」

 

「呼んでるじゃん。」

 

「手料理を振る舞うとか。」

 

「年がら年中、食ってるよな俺の手料理。」

 

「お、お泊まりする!」

 

「入り浸ってんじゃねぇか。」

 

「一緒に旅行!」

 

「今してる。」

 

「あとは……、あとは……。」

 

あれ?おかしいな。ほとんどしてるぞ。デートだって一緒に買い物して遊ぶって意味なら何回もしてるし……、あれ?もしかして、私たちが自覚してないだけだったのではないか?

 

私が頭を悩ませているとハチが口を開く。

 

「ま、そんなに慌てることも無理することもないだろ。気楽に、これから一緒に考えていこう。取り敢えず、簡単なことから始めようか。」

 

「あ。」

 

そう言ってハチは私の手を繋いでくる。

指を絡める……、所謂恋人繋ぎというやつだ。

 

「こういう簡単なやつでも、気分は変わるもんだろ?」

 

「そ、そうだね///」

 

それから私たちは海中公園など色々なところを歩き回った。

歩き回っているとある店が視界に入る。

私はハチにダメもとであることを提案する。

 

「ハチ、あれ。」

 

「ん、アクセサリーショップがどうした?何か欲しいものでも見つかったか?」

 

「欲しいといえば欲しいんだけど……、」

 

「珍しく歯切れが悪いな。」

 

「あ~、だから~、その~、この前、ヨシさんから貰ったチャーム捨てちゃったじゃん。」

 

「あぁ。」

 

「私、ずっと首から下げてたからなんかあれがないと違和感があるんだよねぇ~。」

 

「なるほど、代わりのやつが欲しくなったのか。いいじゃん。新しいのを買って、」

 

ハチが店に入ろうとするのを止める。

 

「そうだけど!そうじゃなくて……、ハチにも買って欲しいの。……ハチがアクセサリーとかジャラジャラしたのがあまり好きじゃないのは分かってるよ!……でも、その~……、」

 

「お揃いのやつが欲しいってことか?」

 

ハチの察しの良さはこういうときに頼りになる。

私は恥ずかしくなってしまい、黙って頷く。

 

私の頷きにハチはため息をはく。

やっぱり、ダメか。

 

「最初からはっきりとそう言えばいいのに。変なところで気を遣うよな。」

 

「えっ!いいの!」

 

「いいよ、それぐらい。ちょっと恥ずかしいけど、指輪とかブレスレットじゃなきゃ仕事の時に邪魔にはならないしな。」

 

「じゃあ、ネックレス!ネックレスなら良いよね!」

 

「あぁ。」

 

それから私はハチと共に意気揚々とアクセサリーショップに入り、ネックレスを選んだ。選んだのはダブルリングのネックレス。

お互いのものを買い、それをプレゼントし合った。

 

その後、昼食を適当なところで摂り、私たちは現在与那覇前浜ビーチにいる。

季節がらか人がまばらであった。

しかし、今日の気温は少し高いので今ハチに近くにあるキッチンカーで売っていたアイスを買いに行って貰っている。

私は浜辺に立ち、先程買った貰ったネックレスを見つめる。

 

まさかハチからペアルックをOKして貰えるとはなぁ~。

ダメもとでも、言ってみるもんだね、こりゃ。

今、ハチもこれと同じやつを着けてるんだよねぇ。

あっ、ダメだ。そう思うと顔がにやけちゃう~。

 

私は勝手に上がってくる口角を懸命に下げようとする。

そんな時に後ろから肩を叩かれた。

 

「あっ!ハチ、」

 

ハチだと思って振り向くが、そこにはハチの姿はなく、大学生くらいのふたり組の男達がいた。

 

「おっ!やっぱ、めっちゃカワイイじゃん!ほら見ろ、俺の言った通りだったろ?」

 

「あぁ、確かにすげ~美人!ねぇ、君!ここで何してるの?もし暇ならこれから俺達と遊ばない?」

 

なんだこいつら。ナンパか?

さっきまで気分が良かったのに一気に気分が下がってしまった。

この手の相手はめんどくさいんだよなぁ。

その眉間に先生の弾をぶちこみたい衝動に駆られるが、残念ながらそれはできない。

はぁ~、ミズキを生け贄にしたい。

 

「いえ、今彼氏を待ってるので。」

 

おぉ~、彼氏か……。

自分で言った台詞だがちょっと気分が良くなった。

 

「えぇ~、そんなつれないこと言わないでよぉ。」

 

「そうそう!君みたいな美人さんを待たせる彼氏なんて最低じゃん!オレならそんなことしないけどなぁ~。」

 

こいつら、ハチのことを知らないくせに好き放題言いやがって!

いくら千束さんの心がユーラシア大陸よりも広いからって我慢できないものがあるぞ!!

 

私は目の前のふたり組に少し痛い目に遭わせようとした瞬間、ふたり組の後ろからハチの声が聞こえてきた。

 

「えっと、どちら様?」

 

そこには両手にアイスクリームを持ったハチがいた。

 

「うおっ!ビビった!」

 

ふたり組は気配なく近づいたハチに驚いていたが、次第にハチに強気に出ていく。

 

「なんだぁオメー、邪魔すんじゃねぇよ。」

 

「今、取り込み中だ。どっか行けよ。」

 

取り込み中じゃねぇよ。お前らがどこか行け。

 

「いや、申し訳ないんですけどその人、俺の彼女なんですよ。」

 

彼女だって!今!ハチが私のこと!彼女って言った!!!

 

「ハハハハハ!!お前がこの子の彼氏か!?笑わせんなよ!!」

 

「そうだよ!なんだぁ、このヒョロい体は?髪色もジジイみたいな色しやがって。気持ちわりぃ!」

 

……おい、いい加減やっちまうか?このふたり。ハチの方が貴様らより体引き締まってんぞ。着やせするタイプなんだよ!髪色も綺麗だろうが!なんだお前ら、登録者数100人未満のYouTuberみたいな髪色しやがって。

 

私はハチに絡んでいるふたり組の後ろでハチにやっちまえ!とジェスチャーを出すが、それに気付きつつもハチはあくまでふたり組に下手に出ていた。

 

「俺の髪色で不快を感じさせたのなら謝ります。申し訳ございません。」

 

「謝るくらいならさっさとどっか行ってくんない?」

 

「すいません、それは出来ません。」

 

「ちっ、めんどくせぇ………なっ!!」

 

そう言ってふたり組のひとりがハチに殴りかかった。

ハチは顔を殴られ後ろに勢い良く倒れてしまう。

 

「っハチ!大丈夫?!」

 

私は倒れたハチに駆け寄り安否を確認する。

ハチは顔をしかめながら大丈夫と言うが、私の我慢が限界であった。

私がふたり組に手を出そうとした瞬間にハチに肩を掴まれ、制止させられる。

 

「ここら辺でやめにしておきませんか?」

 

「あ゛?何言ってんだ?」

 

「周りを見てくださいよ。少ないですけど、他の利用客に見られてしまっていますよ。ことを荒立てるつもりはこちらにはありません。ここら辺で手打ちにしませんか?」

 

私も熱くなってしまっていたため気付かなかったが、周りの利用客がこちらを見てヒソヒソと何か言っている。それにふたり組も気づく。

 

「ちっ、……シラケた。もう行こうぜ。」

 

「………おう。」

 

そう言ってふたり組は私たちから離れていった。

 

「ちょっと、ハチ。何でやっちゃわなかったの?あんな奴ら小指で倒せるでしょ~。」

 

「いや、流石に小指だけじゃ倒せねぇよ。それに周りの目もあるしこうするのがベストだったんだよ。」

 

ハチはそう言って服についた砂を払いながら立ち上がる。

 

「それよりも……、あ~ぁ、もったいない。折角買ってきたのに。」

 

ハチはあいつらに殴られたときに砂浜に落としてしまったアイスに視線を落とす。

 

「アイスよりもハチだよ!なにも殴られることはなかったんじゃない?」

 

「ん?あぁ、確かに殴られたけど直前にうまい具合にしたから痛くもないよ。……それに、俺はあのふたり組を助けたんだぜ。」

 

「……どういう意味?」

 

「トップリコリス様があいつらの頭に弾をブチ込む前に助けたって意味。」

 

「言ったなぁ~、こいつぅ~!………えいっ!」

 

冗談を言うハチに私は足だけを海の中へ浸からせ軽く水面を蹴り、ハチに水をかける。

 

「ちょっ、!おまっ、やめて、濡れるから!」

 

「嫌ですぅ~!イジワル言うハチなんかこうしてやるっ!」

 

私はハチに水をかけ続け、彼はそんな私を止めようとするがそれをヒラリと避ける。

 

「止めたかったら捕まえてみてぇ~。うふふ、捕まんないけどぉ~。」

 

「こいつ……。」

 

私は笑いながら追いかけてくるハチに捕まらないように走り出した。

 

_____

 

ハチとのデートが終わり一緒に借りている民宿へ帰る。

 

「先に風呂貰うぞ。誰かさんに水をぶっかけられたからな。」

 

「はいはぁ~い。ごゆっくりどぉ~ぞ~。」

 

そう言ってハチはポケットから懐中時計をテーブルの上に置いてからお風呂に入りに行った。

ハチは夏でもお風呂に浸かりたいタイプの人だからしばらくは出てこないだろう。

 

私はテレビを見ていたがふとした時にハチがたった今テーブルの上に置いた懐中時計が気になった。

これは、ハチの初めての誕生日プレゼントで先生と一緒に選んで贈ったものだ。

今思えば10歳にも満たない子どもに何故、懐中時計なんてプレゼントしてしまったのかとも思う。

ハチはずっと愛用してくれているから見るからにボロボロだ。所々凹んでいたりしている。そういえば以前にたまに動かなくなると言っていたような気がした。

 

ハチはこれが良いって言ってるけど、次の誕生日に新しいのを贈ってあげようかな?

そういえば、ハチってこれを私にあまり触って欲しくなさそうだったけどなんでだろ?

 

そう思いながらハチの懐中時計を触っていると懐中時計の上についているポッチを押してしまい懐中時計の蓋が開く。

蓋の裏にはお店が出来て初めてお店の前で撮った幼い私たちのツーショット写真が貼ってあった。

 

「……………。」

 

私はそれを見てからしばらく思考回路がショートする。

手に持っている懐中時計の蓋をゆっくり閉めてからテーブルの上に置く。

 

「……………。」

 

ちょっと待って!ちょっと待って!!ちょっと待って!!!

え!何?!あの写真見られたくなかったから私に触らせないようにしてたの?!?!可愛くない?可愛すぎじゃない?!私の彼氏!!ヤバイって!ヤバイって!!コレ!ハチってば、私のことめっちゃ好きじゃん!!!まぁ、私もハチのことを同じくらい好きだけどぉ~~!!

 

私が両手で顔を抑えながら身悶えているとお風呂から上がったハチから声がかかる。

 

「出たぞ~………、って何やってんだ、千束?」

 

「え!……あぁ~、いや!何でもないよ!そう、別に!全然、何でもない!あっ、そうだ!私も、お風呂入っちゃうねぇ!」

 

「?」

 

そう言って私は誤魔化すためにお風呂場へと直行する。

 

_____

 

夜、私は中々寝つけずに布団に横になりながらとなりの布団で同じように横になっているハチに声をかける。

 

「ハチぃ、もう寝た?」

 

「……寝た。」

 

「起きてるじゃん。」

 

「なんだ?明日はバイトなんだから早く寝ろよぉ。」

 

「いやぁ、中々寝つけなくてねぇ。……今日は楽しかったね。」

 

「そうだな。楽しかった。」

 

「お揃いのネックレスも買ったし、今思うと、浜辺でおいかけっこしたのってなんかドラマみたいじゃない?」

 

「…そう思うとそうだなぁ~。」

 

「………ねぇ、ハチ。そっち行っても良い?」

 

「は?」

 

私はハチの返答を聞かずに彼の布団に潜り込み、ハチの胸に自分の顔を埋める。

 

「お、おい。もう子どもじゃないんだから、こういうのは……。」

 

「いいじゃん別に。…それに、ハチの心音を聞くとなんか落ち着くんだぁ。」

 

「…左様で。」

 

「あっ、心臓の音が速くなってきた。千束さんにドキドキしちゃってる?」

 

「せっかく、ポーカーフェイスでバレないようにしてんのに心拍数で俺の感情を読み取るのやめてくんない?」

 

「アハハ。次からこうしよ~っと。」

 

「まったく……。」

 

「……ハチ。」

 

「ん。」

 

「その………、私って……魅力ない?」

 

「はい?」

 

「だって、こんな状況でも全然手ぇ出してこないじゃん。……不安にもなるよ。」

 

「千束は充分、魅力的だよ。……今すぐ手を出したいぐらいだ。」

 

「だったら、」

 

「でもな………、その~、なんだ。こういうのは計画的にした方が良いと思うんだ。」

 

「計画的?」

 

「…悪く言っちゃえば、男側は気持ち良くなって出してはい、おしまい。いやもちろん、千束との子どもが出来れば嬉しいし、出来るだけ協力もしていくけど、女性側は違うじゃん。……子どもを身籠って、体が徐々に重くなっていって、つわりとかきついことがあってから最後に一番つらい出産をするわけじゃん?明らかに女性の方が負担が重いんだよ。」

「…だから、千束にはあまりそういう負担を感じて欲しくない。出来るだけ減らせるようにしたいんだ。……だから、今は千束に手を出さない。たとえ、ヘタレと言われようとも。」

 

「そ、そう。そうなんだ……、そっか……。」

 

いや、めっちゃ私のことが考えてくれてるじゃん!えっ、男の人ってみんなこんな風に考えてるの?!違うよね?ハチがマイノリティーなだけだよね。昼のあのふたり組にハチの爪の垢を煎じて飲ませてあげたいよ!ヤバイよ~、想像以上に大事にされてるぅ~!しかも、先のことまで考えてくれてるぅ!私だけじゃなかったぁ!めっちゃ嬉しいんだけどぉ!あ~、ドキドキするぅ~。心臓の音めっちゃ速くなるぅ~!

………あ、これ前のやつと同じで鼓動ないタイプやつだ。

 

この日の夜はお互いにあまり眠ることができず翌日のバイトはふたりとも遅刻しそうになってしまった。

 

 

 



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恩人からの最後の贈り物の話

 

『セレモニーの悪役だった俳優の個人名は未だ明かされておらず、各芸能事務所が関係を否定しており、警察では……、』

 

『次のニュースです。全豪オープン三連覇を達成したアランチルドレン。スティーブン・ウェルズ選手が婚約を発表。』

 

「ちっ、ど~せすぐに別れるわよぉ~。」

 

ミズキはテレビを消しながらたった今放送されていたニュースに対しての文句を言う。

 

「人を呪わば穴二つだよ。ミズキちゃん。」

 

「うっせぇな!その穴を埋める男を探しとんじゃあ!!!」

 

ミズキが常連さんとそんな風に会話をしていると、上の階のクルミに声をかけられる。

 

「ミカ!友達がやっと喋ったぞ!あんみつセットB ブレンドだ!」

 

「お~う。ほら、ミズキ。」

 

「はいはぁ~い。」

 

ジンからの注文を受け目の前のカウンター席に突っ伏しているミズキに注意を促と、やる気のない返事が帰ってくる。

上の階ではクルミがジンをおちょっくっている様子が聞かれる。

 

「その二つ名自分で付けたのぉ~?……なぁなぁ、サイレントジィ~ン。」

 

そんな時に店のドアが開かれる。

ドアの方へ視線を移すとフキとサクラが来店した。

サクラから元気な声が聞こえてきたのでもう傷の具合は良いようだった。

 

「ちぃ~っす!」

 

「いらっしゃい。」

 

「こんにちは、先生。」

 

フキとサクラはカウンター席へ座り、クルミが注文を取りにくる。

 

「注文は?」

 

「あれ!スペシャルのや~つ!」

 

「はいよ~。」

 

「やっと食べれるっス~!!」

 

カウンター席の後ろの座敷に座っている常連さん達はフキとサクラの制服を見て制服を見てどうやらずっと店にいないあの子達の心配をしているようだった。

 

____

 

ボクはたった今受けた注文をミズキに伝える。

 

「千束スペシャルだ。」

 

「受けんじゃねぇ!儲からないってたきなに怒られんだぞ!」

 

「しょうがねぇだろ~!みんなあいつらが懐かしいんだ。」

 

「かっ飛ば!!!」

 

ボクがそういうとミズキは持っていた果物ナイフを壁に貼ってある写真に向けて投げる。

写真には浜辺で笑顔で走っている見慣れた男女が映っていた。

 

「~っ!……あの、バカ共。」

 

____

 

サクラが念願のパフェに夢中になっているときにフキから質問される。

 

「先生………、たきなは?」

 

「……仕事だ。」

 

たきなには私の子ども達を迎えに行って貰っていた。

 

____

 

わたしは飛行機で宮古空港に到着し、そのままタクシーを使い今回のターゲットのいる目的地まで移動する。

移動中に店長から報告された今回のターゲット達の情報を思い返す。

 

(ターゲット達は正午から19時30分まで勤務。15時の休憩時を狙え。…慎重にな。)

 

目的地周辺に着いたためわたしはタクシーを降り、地域住民に聞き込みを行いターゲット達の位置を特定する。

 

とある森林でターゲットの一人を発見する。

周囲を索敵するがもう一人のターゲットは近くにはいないようだ。

ターゲットが単独であるのは好都合。流石に2対1は条件が悪すぎる。

 

わたしは木の影に隠れながらターゲットに接近する。

まだこちらには気づいていないようだが、ふとしたときにターゲットの足が止まった。

 

気づかれたと思ったときには既に遅く店長から受け取った非殺傷弾を使うがターゲットには隠れられてしまった。

横から発砲音が聞こえ、体を仰け反らせて避けることに成功する。

その後、ターゲットと平行に走りながら撃ち合いになるがお互いの弾は当たらない。

 

このままでは埒があかないのでワイヤーを使い拘束しようと隠れていた木の影から出た瞬間、向こうも同じ事を考えていたのかお互いの利き腕と両足を拘束し合ってしまった。

 

____

 

千束に頼まれていた飲み物を両手に待ち合わせている場所に向かおうとしたときに銃声が聞こえる。

 

「あぁ、そろそろだと思ってたけど、今日来たのか。」

 

俺は舗装されていない道を走るより木の上を移動した方が速いと判断し、木の枝を足場にして銃声の聞こえた方角へ進む。

 

というか、もう喧嘩してんのか、あのふたりは?

仲良かっただろ。

 

そう思いながら移動しているとじゃれあっている彼岸花達の声が聞こえてきた。

 

「た、たきなぁ~?!」

 

「なんで、逃げるんですか?!」

 

「い、いや!撃ってくるからだろぉ!!」

 

「逃げるからっでしょ!!」

 

「一発かなり当たったよ!ってぇなぁ~!!」

 

「鈍ってるっ証拠ですよ!!」

 

「声かければいいでしょ~!」

 

「そんな訓練はしてないんで!」

 

「アホかぁ~!」

 

「アホはそっちでしょ~!!」

 

俺は木の枝に座り言い合っているふたりに声をかける。

 

「お前ら……、なんでもう喧嘩してんの?」

 

「「ハチ(さん)!!」」

 

「喧嘩するほど仲が良いとよく言うが…、再会そうそう銃撃戦とは…。脱帽ものだよ。」

 

木から降りてそう言うと千束から声がかかる。

 

「ちょっと、聞いてよハチ!たきなってばいきなり撃ってきたんだよ!!酷くない?!私、相棒だよ!?一発かすったんだよ!」

 

「当たらないくせによく言いますよ!そもそも千束が逃げなければ撃つつもりはありませんでした!!!」

 

「なにをぉ~!!」

 

「やりますか!!」

 

「はいはい!取り敢えずストップ!!ふたりとも熱くなりすぎ。少し、落ち着け。」

 

あぁ~、なんか喧嘩してる奴らを宥めると孤児院にいた頃を思い出す。

こうやって喧嘩してるみんなを宥めたことがあったっけ。

……あのときも大変だったなぁ~。

 

俺がそんな風に昔を懐かしんでいるとたきなから声がかかる。

 

「ハチさん、ひとまずこの拘束を解いて貰えませんか?」

 

「ん。」

 

そう言ってたきなを拘束しているワイヤーをリストブレードで切断すると千束から文句が飛んでくる。

 

「あっ!ハチ、普通私からでしょ!こういうときは!!」

 

「順番だ順番………っと、よし切れた。」

 

たきなのワイヤーが切れたため千束の方に向かおうとたきなに背を向けた瞬間、俺の体にワイヤーが巻き付いた。

 

「………………あれ、たきな?いや……………、たきなさん?これはいったい?」

 

「今回の私の任務はお二人の捕縛です。ハチさんをどうやって捕まえようかと直前まで考えていましたが……、油断してくれてよかったです。」

 

たきなはそう言うと近くの木に俺と千束を縛りつけスマホで写真を撮り始めた。

_____

 

「千束ちゃん達がいたぁぁぁぁ~!?!?」

 

たきなから送られてきた画像を確認し、常連さんやフキに達に伝える。

常連の皆さんはどれだけ心配したかとあのふたりにに文句を言いつつもふたりが無事であることに安堵した様子だった。

フキも千束のことを心配いていると思い、たった今たきなから送られてきた画像を見せる。

 

「直に帰ってくる。」

 

私のスマホの画面には、仏頂面の千束と呆れながら笑う史八が木に縛り付けられていた写真が映し出されていた。

______

 

「さて、たきな。ここまで来て疲れたろ。バイトしてる店に案内するからなんかご馳走するよ。」

 

俺はここまで迎えに来てくれたたきなを労うために店に案内しようとするが、たきなは何故か俺を睨んでくる。

何かしただろうか?

 

「………ハチさん。」

 

「ん?」

 

「なんで、いつの間に拘束を解いてるんですか?!わたし、そんな甘い拘束した覚えがないんですけど!?」

 

「え?いや、こう………、ちょちょいと。」

 

「………もしかして拘束されたのもわざとですか?」

 

「…悪いな。俺のは"油断"じゃなくて…、"余裕"なんだ。」

 

俺の台詞にたきなは頭を抱えてしまう。

 

「俺が言うのもなんだけどまぁ、あまり気にすんな。」

 

「……はい。」

 

たきなはあまり納得していないような返事を返すが、そんな彼女をバイトしている店に案内しようとする歩みを進めると、後ろから声がかかる。

 

「ちょっと!ふたりとも!!私のこと忘れてるでしょ!!早くこれ(拘束)解いてぇぇぇ~!」

 

____

 

千束とハチさんがバイトしているお店に案内され、千束と向かい合うようにテラス席に座る。ハチさんは向こうでこの店の店長のような男性と話しをしている。

 

わたしは海が気になり、眺めていると千束が声をかけてきた。

 

「綺麗でしょ。」

 

「…海の色が、」

 

「スゴいよねぇ。…………何故、ここが分かったん?」

 

千束がわたしにそう質問してくるとハチさんがわたしたち人数分のドリンクを持ってきて千束のとなりに座りながらドリンクをわたしたちの前に置く。

 

「それは、俺も気になってた。ここにはネットもカメラもないのにどうやって見つけた?結構、気を付けてたつもりなんだけど…。」

 

わたしは黙って、今回ふたりを見つけられたきっかけの画像を見せるためにスマホを千束に渡す。

スマホの画面には以前、依頼で護衛をした沙保里さんがSNSに上げた彼氏とのツーショット写真が映し出されていた。

 

「おっ、沙保里さん。彼氏と続いてるのねぇ。」

 

「ホントだ。微笑ましいな。でもこれがどうした?」

 

 

「「……………あ!」」

 

ふたりとも当時の武器取引のことを思い出したのだろう。

ふたりは顔を見合せ、その直後に千束は画像を背景をズームする。

 

「まさか!………ったはぁぁぁ。沙保里さんその内、宇宙人とか撮っちゃいそうだな。」

 

「これ、俺が千束に水ぶっかけられて追いかけてた時のやつだよな。……撮られてたとは……、気付かなかった。」

 

「そんなことよりも………、なんで消えたんですか?千束だけならいざ知らずハチさんまで。」

 

わたしはふたりが姿を消した理由を問い詰める。

 

「だぁってぇ、ハチが私と旅行に行きたいって言うから~。」

 

「おい、呼吸をするように嘘をつくな。」

 

「えへへへ。」

 

夫婦漫才なら他でやって貰えないだろうか?

それにしてもなんだろう?先ほどから違和感を感じる。

いつものふたりとなにか違う。少し会っていなかったからそう感じるだけなんだろうか?ふたりの距離が以前よりも近いような?

そう思っているとハチさんが口を開いた。

 

「ちゃんとメモは千束の病室に残しておいただろ?」

 

「"ちょっと、旅行に行ってきます。"と一言残されただけで納得できると思いますか?」

 

「時間がなかったんだ。悪いとは思ってる。……すまん。」

 

ハチさんから謝罪の言葉が出てくるが、今度は海の方を向きながら声をあげる。

 

「あっ、見て!」

 

千束の声でわたしとハチさんも海を見る。

丁度、夕日が水平線に沈んでいた。

 

「この時間が一番好きぃ。」

 

三人でしばらく海を眺めているとハチさんがわたしに尋ねてくる。

 

「ずっと気になってたんだけどさぁ……、それなに?」

 

ハチさんはわたしの足元に置いてあるアタッシュケースを指さす。

わたしはアタッシュケースをハチさんに渡す。

 

「ハチさんにです。」

 

「俺に?」

 

「ふたりが姿を消してから一週間ぐらいでしょうか?店に宅急便で届いたんですよ。ミズキさんが勝手に段ボールを開けたらコレが入っていました。………安心してください。爆発物がないことは確認済みです。」

 

「お、おう……、流石だな。たきな。」

 

「なになに?通販でなんか買ったの?」

 

「ん~?いや、こんな仰々しいアタッシュケースに入るような物、買った覚えはないと思うけど……、なにが入ってるんだ?」

 

「いえ、ハチさん宛に届いた物なので中身までは……。」

 

「段ボールは勝手に開けといて?」

 

「それは、ミズキさんに言ってください。」

 

そんな会話をしてから、ハチさんはアタッシュケースをゆっくりと開ける。

 

「………これは。」

 

ケースの中身を確認した瞬間、ハチさんの目が見開かれた。

どうやらケースの中身は所々に赤色が入った黒を基調とするフード付きのコートのようだった。

 

「おぉ~、黒のコートだぁ!すっごぉい!カッコいいね!誰から届いたの?」

 

「いえ、それが送り主は不明で……、」

 

「いや、大体の予想はつく。いや違うな。あの人しかいない。」

 

「「?」」

 

「すまない、ふたりとも。……一人にしてくれ。」

 

「ハチ、大丈夫?」

 

「あぁ、大丈夫だ。ただ少し……時間をくれ。」

 

「………わかった。たきな、行こう。」

 

「え、えぇ。」

 

どうやらハチさんにはあのコートの送り主が分かったようだったが急に神妙な雰囲気になってしまったため何故か少し罪悪感を覚えながら千束と共に浜辺へ向かう。

 

____

 

「ん、ん~。」

 

千束と史八の晴れ着を地下の倉庫に片付けているときにクルミが声をかけてきた。

 

「なんだぁ、それ?」

 

「なぁに、早とちりして開けたもんだ。」

 

史八の晴れ着は開けるのが遅くなってしまったが。

 

私は脚立から降りて杖を使いながら一階への階段に向かう。

 

「杖、まだ使うのかぁ?」

 

「………………………黙ってろよ。」

 

クルミとのすれ違いざまに一応、釘を刺しておく。

 

「………あぁ、お前が一番怖ぇからなぁ。」

 

「よっこらしょ。」

 

私は杖をつきながら一階へ登り、喫茶店の仕事へと戻る。

 

____

 

俺はケースの中に入っていた黒のコートをテラス席のテーブルの上に広げる。

その時、ケースの中に一枚の二つ折りになったメッセージカードがあることに気付いた。

俺はメッセージカードを開いて読む。

 

〝おめでとう。これは、私から君への最後のプレゼントだ。私は君のこれからの活躍と数ある幸せを心より願っている。〟

 

「シンさん……。」

 

結局、あの人とは最後まで分かり合えなかったな……。

 

俺がこの黒いコートに袖を通すことはないだろう。

だが、自分への戒めとしてこのコートはありがたく受け取っておくことにした。

 

_____

 

千束と一緒に浜辺で海を見ていると、彼女の首から下げられていたものが別のものに変わっていることに気づいた。

 

「どうしたんですか、それ?」

 

「あぁ、これ?いいでしょ~!ハチとお揃いなんだ!」

 

「前のやつはどうしたんですか?」

 

「あぁ~、ごめんねぇ。……捨てちゃった。」

 

「何故わたしに謝るんです?」

 

「めっちゃ可愛いまで言われてたしぃ。」

 

「………誰にです?」

 

「え?」

 

「ハチさんにですか?」

 

「えぇっ!!!お前だ、お前!」

 

千束に指を指され指摘されるが、そんなわたしが千束にめっちゃ可愛いなんて言った記憶はない。

千束の記憶違いだろう。

 

「わたし?言わないですよ、恥ずかしい。」

 

「たきなぁ、そういうトコだぞぉ~!ハチは言ったこと覚えてるのにぃ~!!」

 

そう言って千束はいつかのようにわたしを抱き上げる。

 

「知らないですよ~!言ったのは多分、ハチさんですよ!」

 

「ハチはいつも言ってくれるもん!それに、たきなも言いましたぁ!!!」

 

千束はわたしを抱き抱えたままぐるぐると回ろうとするが浜辺で足場が悪かったのか、わたしが暴れてしまったのかは分からないが千束はバランスを崩し、倒れてしまいふたりしてずぶ濡れになってしまった。

 

千束に文句を言おうとした瞬間、後ろから声がかけられる。

 

「…いくら暖かいと言ってもそのままだと風邪引くぞ、ふたりとも。」

 

そこにはアタッシュケースを持ったハチさんが立っていた。

 

「たきな、悪いんだが今日はこっちで一泊して貰えないか?バイト先の店長に最後の挨拶もしたいし。」

 

「そうだね!あっ!先生達のお土産も買わなきゃ!どんなやつがいいかな?」

 

「ミズキさんには泡盛でいいんじゃね?」

 

「はいそれは決定!」

 

「常連の皆さんもお二人のことをかなり心配しているので常連さんの分もお願いしますね。」

 

「マジか~。それは悪いことしたなぁ~。…となるとかなり大荷物になりそうだから明日、空港で揃えればいいか。」

 

「それで、これからはどうするんですか?」

 

わたしの質問に千束とハチさんは一度だけ顔を見合せてから、千束が口を開く。

 

「ふっふっふ~、実はもう決めてあるんだなぁ~。ほらぁ、行くぞぉぉ~!」

 

「行くってどこにです?!」

 

「ワイハだ、ワイハぁぁぁ~!!!」

 

千束はそう言って走っていってしまった。

相変わらずわたしの相棒はマイペースのようだ。

そう思っているとハチさんから声がかかる。

 

「これからも、千束のことよろしく頼むな。」

 

「仕方ないですね。……相棒ですから。でも、ハチさんの手も貸してくださいよ?」

 

わたしたちは肩を竦めながら千束のあとを歩いて追いかけた。

 

 

 





吉松さんからのプレゼントはシェイの衣装にしました。



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最後の話

 

たきなに迎えに来て貰った日の翌日、3人で羽田行きの飛行機に乗っているときに思い出したようにたきなが口を開いた。

 

「そういえば、おふたりに伝え忘れていたことがあるのですが…。」

 

「ん~なぁに、たきな?」

 

「真島のことです。」

 

「真島がどうかしたのか?」

 

「はい、あの延空木の事件の後、真島が落下したと思われる周囲をリコリスが捜索したみたいなのですが……、確認できなかったそうです。……奴の遺体が。」

 

「なにそれ?!えっ、じゃあなに!まだ真島は生きてるってこと?!」

 

「遺体が確認できなかったのでその可能性が高いかと……。」

 

俺はふと真島の最後の言葉を思い出していた。

 

(暗殺者(アサシン)………、生きてたらまたやろうぜぇ。今度は………ハナから本気でな。)

 

真島はまだ生きているかもしれない。

でも、今回あいつは俺たちの敵だったってだけだ。もし次に会うときは敵じゃないかもしれない。

いや、会わないに越したことはないが……、それにしても、

 

「あの高さから落ちて生き延びるとはな…。下に藁山はなかったはずだけどな………。」

 

「藁山?……クッション代わりということですか?もしあったとしても普通、死にますよ。」

 

「いやまぁ、普通……は、そう…なんだけどさ……。」

 

「?」

 

俺が口にした言葉にたきなは首を傾げたため、俺は話題を変えることにした。

 

「まぁ、真島は今や全国的なお尋ね者と言っても過言じゃない。軽率な行動はできないだろう。」

 

「あぁ、そういえばニュースで言ってたよね。警察が色んな芸能事務所に確認を取ってる~って。………そんなことよりもさぁ、ハチぃ。」

 

「ん?」

 

「この窓……、開けてもいいかな?」

 

「殺す気か?」

 

そんな調子でおしゃべりをし、3時間ほどで飛行機は羽田空港に到着した。空港からタクシーを利用し、喫茶リコリコまで向かう。

店の前に到着する頃には完全に日が落ちてリコリコの閉店時間を過ぎていたが、まだ店の明かりは点いていた。

 

懐かしの店に千束は堂々と入っていく。

そんな千束に俺も続く。

 

「千束、帰還~!!やぁやぁ、労働者諸君!元気にしてたかねぇ~?」

 

「ただいま戻りました~。」

 

「おかえり、ふたりとも。たきなもご苦労だったな。」

 

「おぉ、思ったよりも元気そうじゃないか。」

 

そんな俺たちをボスとクルミが出迎えてくれた。

 

「あれっ?ミズキはいないのぉ~?」

 

千束がそう言うと、千束の声が聞こえたのか厨房の方からミズキさんが勢いよく走ってきた。

 

「おぉ~、ミズキも相変わらず元気そ、」

 

千束は走ってくるミズキさんにも声をかけるが言い終わる前にミズキさんは両手で俺たちの胸ぐらを掴む。

 

「よぉ~やく、帰ってきやがったな!!こんの、バカどもがぁぁぁ!!!なんだっ!テメェら!!ふたりして旅行か?!こっちは毎日仕事で忙しいってのに、いいご身分だなぁ!嘗めてんっのか!ああ゛ん!!!良かったなぁ!子ども引き連れて帰ってきやがったら末代まで呪い殺すトコだったぞっ!!!」

 

「お…、おおう。ずいぶんと手厚い歓迎だな。……子ども?」

 

「落ち着いてください、ミズキさん。」

 

「落ち着けるかっ!はよ、泡盛寄越せや!!!!」

 

「そういうと思ってちゃんと買ってきましたよ。はい、コレ。」

 

そう言って俺はミズキさんにお土産の泡盛を渡す。

 

ミズキさんは予想外だったのか言葉を詰まらせた。

 

「こ、こんなことであたしが許すと思わ、」

 

「今度、仕事終わりにリクエストしてくれればそれ(泡盛)に合う肴でも作りますよ。」

 

「…………。」

 

俺がそう言うとミズキさんは軽く俺と千束を睨み付けながら厨房の方へ戻っていった。

 

「流石は暗殺者(アサシン)だな。あの暴走機関車状態になったミズキを止めるとは。」

 

暗殺者(アサシン)関係なくね?まぁ、小一時間ほど飛行機で頭を悩ませた甲斐があったよ、クルミ。」

 

「あれでも、お前達のことを心配してたんだ。後で、ちゃんと言っておけよ。」

 

「はぁ~い、先生。あっ、そうだ!みんなにもいろいろ買ってきたんだよっ!え~っとねぇ、ちんすこうでしょ~、マンゴークランチでしょ~、バナナケーキにぃ、あ~!そうそう、これもお店で使えないかなってさとうきびシロップとこくとうみつも買ってきたんだ!!」

 

「すいません、ボス。時間があまりなかったんで全部食材になってしまって……。」

 

「いや、無事に帰ってきただけで充分だ。改めて…おかえり。千束、史八。」

 

「ただいま、先生!」

 

「はい。」

 

それからしばらく久しぶりのメンバーで話し合ってから、リコリコ女性陣はそれぞれ自宅に帰宅する。

まぁ、クルミは店の押し入れに……だが。

 

俺とボスはそれぞれ紅茶とコーヒーを飲みながらカウンター席で話していた。

 

「どうだったんだ、初めての旅行は?」

 

「いいもんでしたよ。ゆっくり、羽も伸ばせましたし。」

 

「そいつは良かった。お前は働き詰めだったからな。」

 

「それは俺だけではないでしょう?」

 

「あぁだが、千束相手は疲れるだろう?」

 

「もう、慣れましたよ。」

俺たちは笑いながらそんな会話をしていると急にボスの表情が暗くなる。

 

「史八、千束は……、シンジが死んだことを知っているのか?」

 

「……知らないと思いますよ。でも……、千束もバカじゃない。俺との会話で薄々、勘づいてると思います。」

 

「そうか…。史八……、お前は、」

 

「俺はあなたのことを恨んじゃいません。」

 

ボスの言葉を遮るようにハッキリと言葉を口にした。

 

「俺は俺の選択をして、あなたはあなたの選択をした。そして、あなたの選択が選ばれた。」

 

「史八……。」

 

「たまに考えてしまうんです。もし、ボスの選択がなかったら今頃俺はどうなっていたんだろうって。ボスが選択し行動してくれたお陰で、今、俺はここにいられる。…千束の側にいられる。だから、俺はボスのことを恨んじゃいません。」

 

「そうか……、ありがとう……。」

 

俺は暗くなってしまった空気を少し和らげようといつもより少し大きな声で話す。

 

「はぁ~あ、今日は疲れました。俺も帰りますね。」

 

「……あぁ、また明日な。」

 

「はい、また明日。」

 

俺はそう言って店を後にした。

 

_______

 

千束とハチさんがお店に戻ってきてからしばらく経った頃、千束が閉店後メンバーを集めた。

 

「諸君!集まっていただきありがとう!これから、喫茶リコリコについての重大発表があります!!!はい、たきな!ここでドラムロール!」

 

「ドラムなんてここにはありませんよ。」

 

「なぁんだよぉ~、ノリが悪いなぁ~。」

 

「わたしが悪いみたいに言わないでください!」

 

そう言ってわたしが千束の首を軽く締め上げているとクルミが口を開く。

 

「なんだよ、重大発表って?」

 

千束はわたしの腕からするりと抜け出しクルミの問いに答える。

 

「うん。前にハチと話し合って決めたんだけどね。なんと!喫茶リコリコがついに!!海外進出をしまぁ~す!!!」

 

「「「「は?」」」」

 

千束の思わぬ発表に千束とハチさん以外のリコリコメンバーの声が重なる。

シンと静まり返った空気を断ち切ったのはミズキさん。

 

「いや、海外進出って……、あんたとたきなはリコリスだからパスポートないでしょ。」

 

ミズキさんの最もな意見に千束が慌てる。

 

「あぁぁぁ、そうじゃん!!どうしよう、たきな!!!」

 

「いや、わたしに聞かれても……。」

 

「考えてなかったのか?」

 

「いや~、考えてなかった。ど~しよ~。」

 

「思い立ったらすぐ行動だからね、あんたは。」

 

「もう少し、落ち着いてほしいです。」

 

千束の抜け具合にわたしたちは呆れてしまっていたが、今度はハチさんが口を開いた。

 

「いや、千束とたきなのパスポートはあるぞ。ずっと前にクルミに頼んだから。なぁ、クルミ。」

 

「あぁ、ボクが持ってる。」

 

「なぁんだ、あるのかよぉ~。無駄にドキドキしちゃったじゃん。まぁ、ドキドキする心臓ないんだけどぉ~。」

 

「千束…、その自虐ネタ止めてください。でも、そうなんですね。あるんですか。わたしたちのパスポート。」

 

「じゃあ、パスポートの心配はないのか。」

 

「「「「……………………ん?」」」」

 

今度はハチさんとクルミ以外のメンバーの声が揃う。

 

「「「「ある(の)(んですか)(のかよ)(のか)!?!?」」」」

 

「あるよ。」

 

「だから、最初からそう言ってるだろぉ。」

 

ハチさんとクルミは当たり前のように言うが、千束がそんなふたりに問い詰める。

 

「えっ!いつ?!いつから私とたきなの戸籍があるの?!」

 

「あ~、クルミがここに来てからすぐに脅し……、ゲフン…お願いしたから、結構前だな。」

 

「おい、史八。お前ついに脅したって言おうとしたな。」

 

「まさか、空耳だろ?」

 

クルミがハチさんを睨み付けるがハチさんは惚ける。

 

「じゃあ、私たちも問題なく海外に行けるってことだよね!!やったぁぁぁ!ワイハだ、ワイハァァァ~!」

 

「だがそれだと、千束とたきなのパスポートがあるだけだろう?お前の分はどうするつもりだ、史八?」

 

店長の指摘に千束も気づいたようだ。

 

「そうじゃん!なんで一緒に作って貰わなかったんだよぉ~。」

 

「いやだって、千束は昔から海外に憧れてたし、相棒のたきなと一緒に行ければ喜ぶかなって思って…、俺は海外に興味はあまりなかったし……。」

 

「じゃ~、ハチはどうするのさ?」

 

「ん~、留守番?」

 

「安心しろ。史八の分もついでに作っておいた。」

 

「……弁当を追加で作るような感じで偽造するなよ。」

 

「ボクにとってはこんなの朝飯前だ。」

 

「さっすが、ウォールナット。ヤバイね。」

 

「ちょろいね。という訳で史八、あんみつパフェ。大至急な。」

 

「ウォールナットに貸しを作るのは怖いからな……、畏まりました。暫し、お待ちを。」

 

ハチさんはそう言って厨房の方へ移動していった。

 

_______

 

cafe リコリコでカフェオレを淹れているときに一通の電話が入ってくる。

 

「千束~、電話出てくれ。ちょっと手が離せん。」

 

「ほいほ~い。はぁ~い!cafeリコリコ!………あぁ、その節はどぉも~。」

 

千束が元気よく電話に出るが、相手が分かった途端明らかにテンションが下がった。

 

「あ~、残念ながら仕事は受けられませぇ~ん。なぜならぁ~…、今!ハワイだからぁ~!!」

 

そう、我々は今東京から離れ、ハワイにいる。常連さんには申し訳ないが暫くはこちらにいる予定だ。

 

「パスポート?…んな、野暮なこと聞かないでくださいよぉ。あっ、リリベルけしかけないでね。」

 

そう言って千束は電話を切る。

たきながそんな千束に話しかける。

 

「誰ですか?」

 

「え?千束のファンからぁ~。」

 

たきなの質問に千束は猫なで声で答える。

たきなはジーっと千束を見つめている。

 

「……なんだよ。」

 

「どうせまた、変な人でしょ。」

 

「おっ、言うようになったなたきな。多分、相手はお前らの上司の楠木だぞ。」

 

俺はたきなをからかうように言うとたきなが慌てふためく。

 

「えっ!ホントですか?!嘘ですよね千束?!」

 

「えぇ~、どうだったかなぁ~?」

 

千束は俺の悪ノリに乗っかり共にたきなをからかい始めた。

 

そんな時にキッチンカーの運転席に座っているミズキさんから声がかかる。

 

「千束~、史八~、凍えたペンギ~ン。」

 

依頼者か。

 

「ほんじゃま、行くか。千束。」

 

「おぉう。待ってました~。」

 

俺と千束はキッチンカーから降りて依頼者の話しを聞きに行く。

 

_______

 

その日の夜、再び依頼者の男性に会うために私はハチ、たきな、クルミと歩いている。

 

たきなは私の服装に疑問の声を上げてくる。

 

「なんで着替えたんですか?」

 

「コレがワイハの迷彩服だろぉ、たきなもハチも着ろよ。」

 

私は今、リコリスの制服の代わりに少し、露出度の高いハワイアンドレスを着ている。

 

「いや、俺がそのドレス着たらおかしいだろ。」

 

「え~、案外似合うかもよぉ~?」

 

ハチは今、私が選んだ白無地の七分袖のシャツの上に黒の袖無しロングカーディガンを着ている。…もちろんフード付きだ。

 

……ヤバい、かっこよすぎ。流石は私。

 

「勘弁してくれ、確実にアウトだ。それにしても、あんまりあーだこーだ言いたくはないが…、少し肌見せすぎじゃないか?」

 

ハチが私の服装を指摘してきた。

そういえば、先生を尾行するときに着たドレスの時も同じようなことを言われたような気がする。

 

「ほほぉ~。千束さんのあまりのセクシぃ~さに悩殺されちゃう?」

 

「いや、確かにセクシーだけど……、その、」

 

「なぁに~?」

 

「……あんまり、他の男に……、その……なんだ、見られたくない……というか、なんというか。」

 

「…………………。」

 

ふぁぁぁぁぁぁ!!!独占欲!!独占欲だよね、コレって!!!

もぉ~う!なんだよっ!!可愛すぎかよっ!私の彼氏!!ポーカーフェイスで隠してるけど、今絶対に胸に顔押し付けたらめっちゃドキドキしてんだろうなぁ!でも、そっかぁ~。ハチって結構、独占欲強かったのかぁ~!あぁ~なんか嬉しい~!!ハチ好き~!!!

 

そんなことを思っているとハチが私の顔を覗き込んでくる。

 

「千束、どうした?」

 

「あぁ!な、なんでもない!なんでもない!」

 

「……たきな、ボクたちはなにを見せられているんだ?」

 

「……奇遇ですね、クルミ。わたしも同じ事を思っていました。」

 

後ろからたきなとクルミの会話が聞こえてくるがもう先生達と一緒にいる依頼者が確認できる距離のため、気分を落ち着かせることに徹した。

 

「Here she comes.」

 

「ゴアンシンクダサァ~イ!」

 

先生とミズキが顔を伏せている依頼者を慰めてあるようだ。

そんな彼らに声をかける。

 

「お待たせぇ!」

 

「ウデハァ、イチリュウデェス!」

 

「ハァイ!Are you in trouble(お困りですか)?」

 

私は淑女のように摘まんで挨拶をする。

私の後ろではクルミがヒモを引っ張ると付いている花がピョコピョコと左右に揺れるカチューシャを付けて場を和ませようと?してくれている。

 

「アロォ~ハァ。」

 

暫し、私たちの間に静寂の時間が訪れるが、それはミズキによって断ち切られた。

 

「………浮かれてんじゃねぇぞ、テメェら。」

 

 



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日常
赤ん坊のお世話は想像以上に大変な話



本編のハワイから帰ってきた後のお話になります。

気軽にお読みください。

※喫茶リコリコの常連のお客さんはオリ主君と千束ちゃんが付き合ってる事は知りません。


 

「ホンット~にありがとうございます!」

 

そう言いながら常連の伊藤さんが俺たちに対して手を合わせながら頭を下げる。

 

「いえ、責任をもってお預かりします。」

 

頭を下げる伊藤さんにボスがそう答えると今度は千束が口を開く。

 

「そうですよ!私たちにお任せあれぇ~!」

 

「本当にごめんねぇ。私の弟夫婦から預かったんだけど、私がすっかり仕事の取材で一週間ほど留守にすることを忘れたせいで……。」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ~。伊藤さんは取材に専念してくださ〜い!」

 

千束が伊藤さんに向けてそう言うが彼女の目はゆりかごの中にある小さな命に向けられていた。

 

ここら辺で話しを整理しよう。

伊藤さんは弟夫婦から赤ん坊を預かった。伊藤さん本人からすれば姪っ子だ。名前は華。生後4ヶ月。

預かったのは良いが伊藤さんは漫画の取材のため一週間ほど家を空けなければならない。預かった姪っ子を仕事に連れていくわけにもいかず、どうしたものかと考えたときに白羽の矢が立ったのが我ら喫茶リコリコだ。

伊藤さんが取材から戻るまで甥っ子のお世話を依頼された。

しかし、ボスは断ろうと考えたらしい。

妥当な考えだろう。ひとつの未来ある命を預かるのだ。無責任なことは出来ない。

そんな時に異を唱えたのが千束だ。どこでこの話しを聞いたのかは分からないが猛反対してきた。

 

『え~!いいじゃん、いいじゃん!受けようよぉ~。私、赤ちゃんのお世話したいぃ~!ねぇ先生、いいでしょ?!?、ねぇねぇ!先生、ねぇってば!…それともなに?いつもお客さん第一ぃ~とか言ってるけどホントはそんなこと思ってないんじゃないの?あ~、先生ってば口だけの人だったんだぁ~!』

 

『わぁかった!受ければいいんだろ!』

 

『えへへ、ありがとぉ~先生!』

 

と、俺が一連の出来事を思い返していると伊藤さんは店から出ていくところだった。

 

「じゃ、そろそろ時間だから私はこれで。……今度、弟夫婦も連れてきてお店に貢献するから。」

 

「はぁ~い、お待ちしてまぁ~す!」

 

伊藤さんが店を後にしたあと、俺は盛大なため息をつく。

 

「はぁ。」

 

「どうしたのさハチ?そんなヘビー級のため息ついて?幸せ逃げちゃうよ?」

 

「悩みの種がなんか言ってらぁ。」

 

ミズキさんがそう言うと千束がヒートアップしてしまう。

 

「その分私は、ハチを幸せにしますぅ〜!ミズキと違って私達はラブラブですからねぇ〜!!」

 

「こんのガキゃ〜!チョーシ乗ってんじゃねぇぞ!!!」

 

「悔しかったら彼氏の一人でも紹介してみなさいよぉ!」

 

「あ゛ぁん!!!」

 

売り言葉に買い言葉。

千束とミズキさんは取っ組み合いを始めてしまうがそんな彼女たちを無視してたきなとクルミから声がかかる。

 

「何がそんなに不安なんです?」

 

「そうだぞ、ミルクとかの必要なものは受け取ってるし困ったらいつでも連絡してくれって言ってたじゃないか。」

 

「俺が不安なのはもっと根本的なことだ。」

 

「「?」」

 

ふたりが首を傾げたため俺は一人ずつ指をさしながら確認するように口を開く。

 

「ボスは元傭兵のカフェのマスター。ミズキさんは絶賛旦那募集中の呑んだくれ店員。クルミは年齢不詳の天才ハッカー。千束とたきなはファーストとセカンドのリコリス。そして、俺は暗殺者(アサシン)。…………この中で一人でも今までにちゃんと赤ん坊の世話をしたことがある奴がいると思うか?」

 

「「………。」」

 

俺の問いにふたりが黙ってしまう。

そんな時、ゆりかごの中でさっきまで寝ていた赤ん坊が突然、泣き出してしまった。

千束とミズキさんの取っ組み合いの声が原因であろう。

 

赤ん坊の鳴き声で千束はミズキさんから離れ、赤ん坊を抱き上げ宥めようとする。

 

「おぉ~、よちよちよち、ごめんねぇ華ちゃ~ん。うるさかったよねぇ。あのおばさんが怖かったんだよねぇ~、もう大丈夫だよぉ。」

 

「お姉さんだ!!!誰がおばさんだ!誰が!!」

 

千束が赤ん坊をあやすがなかなか泣き止まない。

 

「う~、どうしよう。泣き止まないよ。」

 

「はっ!小娘には無理無理ぃ。あたしのように溢れ出る母性がないとっ!」

 

「母性?ミズキに?」

 

「年齢不詳ハッカーはだまらっしゃい!」

 

「むぅ~、ならやってみろよぉ。」

 

そう言って千束はミズキさんに赤ん坊を手渡す。

ミズキさんは自信満々に赤ん坊を抱っこし宥めようとするが赤ん坊の泣き声が一回り大きくなってしまっただけだった。

 

その事実に千束とクルミが茶々を入れる。

 

「あっはっは!ミズキも全っ然だめじゃ~ん!」

 

「酒臭いからじゃないか?」

 

「まだ、呑んどらんわ!」

 

歯を食いしばりつつも今度はクルミに赤ん坊を手渡す。

 

「なら、あんたがやってみなさいよ。」

 

「ボ、ボクか?……ボクも赤ん坊の世話なんて一度も……。」

 

クルミがそう言いながらぎこちない手で赤ん坊を抱っこするが泣き止まない。

 

「…………たきな、パス。」

 

「わたしですか!?こんなこと養成所では習っていませんよ!」

 

「まぁ、リコリスは習わないだろうなぁ。」

 

「たきな、ファイト!」

 

たきなは千束達の見よう見まねで赤ん坊を抱っこするが泣き止まない。

 

「…………店長。」

 

そう言いながらたきなはボスに赤ん坊を渡す。

 

「お、おぉ、次は私か。」

 

ボスはたきなから赤ん坊を受け取る。

 

「先生、今こそ先生の今までに温めてきた母性の出番だよ!!!」

 

「……私は男なんだが。」

 

赤ん坊はボスに抱っこされるがこれでも泣き止まなかった。

 

「はぁ、私でもダメか。ほら、今度は史八だ。やってみなさい。」

 

「えっ、俺ですか?いやいや、試すこともないですって。女性陣が全滅した挙げ句、ボスもダメだったんですから俺がしたところで…、」

 

「いいから、ものは試しだ。」

 

「えぇ……。」

 

「ハチ、期待してるよ!」

 

期待されても困るのだが…。

まぁいい。取り敢えず、抱っこだけでもしてみよう。

 

そう思いながら俺は赤ん坊の首は座っていると聞いているが一応、首を支えながら赤ん坊を横抱きに抱っこするとさっきまでの泣き声がウソのように静かになる。

なんで????

 

「…………うせやん。」

 

「おぉ、さすがハチ!どうやったの?」

 

「いや、普通に抱っこしただけなんだけど?」

 

俺が首を傾げているとボスが口を開いた。

 

「ふむ、そういえば、赤ん坊は親の体温や心臓の音で落ち着くという話しを聞いたことがある。」

 

「えっ!なにそれ先生?!じゃあ私、絶対ダメじゃ~ん。くっそぉ~、心臓の高性能さがこんなところで裏目に出るとはぁ~。」

 

それ(人工心臓)、鼓動がありませんもんね。」

 

「でも、ならなんで史八の時だけ泣き止んだんだ?」

 

「恐らくだが、史八の体温や心音がこの子に一番合ってるのだろう。」

 

「へぇ~。」

 

「あぁ~、それ分かるかも。私もハチの心臓の音聞くとよく眠れるんだよねぇ~。」

 

「「「……は?」」」

 

千束の台詞に彼女以外の女性陣が声を揃える。

確かに今の台詞だけ聞くと俺と千束は一緒に寝ているように感じるが実際のところ付き合いだしたからといってまだ一緒には寝ていない。

 

「千束、ハチさんと仲睦まじい事は分かりますがこのタイミングでのカミングアウトはちょっと………。」

 

「そうだぞ、ほら見ろ。ミズキが面白いことになってるぞ。」

 

「アタシ,リアジュウ,コロス.コロス,コロス,」

 

「え?……………あっ!」

 

ここでようやく、千束は勘違いを与えてしまったことに気づいて弁明しようと顔を紅くしながら口を開いた。

 

「いや、違うよ!?小さい頃!小さい頃の話し!!DAにいた頃、心臓の手術が怖くて前の日にハチに添い寝して貰ったことがあるの!それだけだから!!」

 

そういえばそんなこともあったなぁ。

俺は懐かしみながら、泣き止み眠ってしまった赤ん坊をゆりかごの中に戻そうとすると再び泣き出してしまう。

 

なんだ、ミルクか?オムツか?

そう思い確認しようとするがミルクの時間まではまだかなりあるし、特に何も臭わない。

ならなぜまた泣き出したのか?俺が理由を考えているとボスが口を開いた。

 

「恐らく、史八のこと気に入ったのかもしれないな。」

 

まさかと思いながら俺があやすように横抱きにしてゆっくりと揺らすとすぐに泣き止む。

その後、何回か他のメンバーに手渡してみるがどうしても泣き出してしまう。

俺が抱っこして落ち着いているときにミズキさんが口を開いた

 

「やっぱり女の子ねぇ。お世話されるのはやっぱりイケメンが良くて、女やオッサンじゃ嫌なのよ。」

 

「関係あります?後、俺はイケメンじゃないです。」

 

俺がそう否定するとミズキさんから「まぁた、こいつは…。」みたいな顔をされた。

別に間違ったこと言ってなくない?

 

その後、千束が手を上げて言う。

 

「純真無垢な華ちゃんにミズキみたいな邪な存在の考えを押し付けるのは良くないと思いまぁ~す!」

 

「誰が邪な存在じゃあ!!!」

 

再び千束とミズキさんが取っ組み合いを始めるが赤ん坊が泣き出すことはなく、俺の腕のなかでスヤスヤと眠っている。

そんな時に、たきなは伊藤さんが持ってきたバックの中からあるものを取り出し俺に渡してきた。

 

「どうぞ、ハチさん。」

 

「何これ?」

 

「抱っこ紐です。ずっと両腕で抱えているわけにはいきませんから、仕事中はこれで。」

 

「………ちょっと待って。俺、この子(赤ん坊)を抱えながら仕事すんの?」

 

「史八から離れると泣き出してしまう現状、そうする他ないだろう。」

 

ボスが諦めた表情でそう言うが俺はまだ納得できない。

 

「さぁ、そろそろ開店時間だ。千束、ミズキ。いつまでも言い争ってないで準備を始めてくれ。」

 

「はぁ~い。」

 

「へいへぇ~い。」

 

「ちょっと!こんな状態で仕事なんて、」

 

「人手不足なんだ…、頑張ってくれ。」

 

「ド畜生!!!」

 

俺の言葉に反応して赤ん坊が腕のなかできゃっきゃっと笑っていた。

 

________

 

俺は抱っこ紐で赤ん坊を背負いながら店の厨房で調理をしている。

この子はオムツが汚れたときやミルクの時間になると泣き出すことがあるが、俺と一緒にいる間はほとんど泣かない。

現に店が開店してから店が騒がしくなるがこの子が泣き出すことはあまりなかった。

 

この分なら問題なく仕事も出来るなと思い始めたとき、後ろでちょろちょろと動く存在に気を散らされる。

 

「なぁ、さっきからなんだよ千束。俺の後ろをちょろちょろと。」

 

「だぁ~ってぇ、華ちゃんが気になるんだもん!」

 

「仕事をしろ。」

 

彼女にそう言ったとき、ホールからカウンターからボスが顔を覗かせる。

 

「史八、そろそろ華ちゃんのミルクの時間じゃないか?」

 

ボスの言葉に反応し、時計を見ると確かにそろそろ時間だ。

粉ミルクを準備しようとすると横から千束に掠め取られてしまう。

 

「ここは、この千束さんに任せなさ~い!!」

 

「人肌の温度だからな。」

 

「わ~かってるって~。」

 

そう言って千束は鼻歌交じりに粉ミルクを溶かすためのお湯を沸かし始める。

 

「はい!完せぇ〜い!」

 

ミルクの準備が出来たようなので俺は背中に背負っていた赤ん坊を横抱きにして千束がミルクを飲ませようとする。

 

「はぁ~い、ミルクでちゅよ〜。たくさん飲みましょ~ねぇ~。………おっほぉ!見てみてハチ!華ちゃん、めっちゃ飲んでるよぉ。」

 

「そりゃ、飲むだろ。むしろ飲んでくれなきゃ困るわ。」

 

千束が哺乳瓶を赤ん坊の口に当てるとごくごくと飲み始める。それも見て千束のテンションが上がる。

数分後、哺乳瓶の中身が無くなり、赤ん坊の口からケプっという声が聞こえた。

どうやら満足したようだ。

 

_____

 

私たちはホールから厨房で華ちゃんにミルクをあげる史八と千束を見ていた。

 

「なんだあれ?」

 

「もう、恋人通り越して新婚にしか見えませんね、わたしには。」

 

「けっ!」

 

クルミの一言にたきなとミズキが反応する。

ミズキだけは面白くなさそうだが、私にとっては微笑ましい光景だ。私の子ども達が一緒に赤ん坊にミルクをあげている。

近い将来、ふたりの腕のなかにいる赤ん坊はあのふたりの子どもかもしれない。

そう思うと目頭が熱くなってくる。

私は涙がでないようにメガネを外してから熱くなった目頭をおさえる。

 

「え?何泣いてんだ、オッサン?怖っ。」

 

______

 

伊藤さんから赤ん坊を預かって数日が経った。

分かっていたことだがやはり育児は大変だった。

数時間後とのミルクとオムツ交換、夜泣きによるこちらの寝不足、言葉が使えないためなんで泣いているのか分からない、……etc。

世の母親はこんなにも苦労をしているのかと尊敬すら覚えてくる。

 

……院長先生。ごめん、大変だったよな。

 

俺は心のなかで院長先生に謝りつつ、ゆりかごの中で眠っている赤ん坊を見る。

赤ん坊は数日経って俺たちに慣れたのか俺から離れても泣かなかったし、俺以外が抱っこしても泣き出すこともなくなった。

現在はたきながミルクをあげるのを千束と俺が見守っている。

 

「やっぱりこうやってお世話をしてみると大変ですけどやっぱり赤ちゃんって可愛いですよね。」

 

「でしょ~。……あっそうだ、たきな。華ちゃんの手のひらに自分の指当ててみて。」

 

「…こうですか?」

 

たきなが千束に言われたとおりにすると赤ん坊がたきなの指をぎゅっと握る。

 

「こ…、れは、胸が……、なんと言いますか……、」

 

「きゅんきゅんすんだろ~。」

 

「そうですね。でも、なんで握るんです?」

 

「あ~、なんだっけ?………そうだ!握手反射だ!!」

 

「握手反射?」

 

千束がたきなに間違った知識を植え付けようとしたため修正するため俺が横から口を出す。

 

「握手じゃねぇ。把握だ、把握反射。」

 

「それだ!」

 

千束が指をパチンと鳴らしながら言うが、昨日教えたことをもう忘れたのかこいつは?いや、ちゃんと聞いてなかっただけか。

 

そんな会話をしているとカウンターからボスが声をかけてくる。

 

「史八、千束と一緒に華ちゃんの外気浴がてらに配達に行ってきてくれ。」

 

「いいですけど、なんで千束も?」

 

「帰りに買い出しも頼みたい。少し、量が多くなりそうだからな。」

 

「了解。………でも、外気浴が必要なのはクルミも同じじゃないですか?いつまでも引きこもってたらそろそろ頭からキノコとか生えますよ。」

 

「なら、クルミと一緒に行くか?」

 

「……止めましょう。帰りの荷物が多くなるだけだと思いますし。」

 

「そうだな。」

 

「それじゃあ、行こう!ハチ!」

 

「ん。」

 

「じゃ、先生行ってきまぁす!」

 

「気を付けていけよ。」

 

そう言って俺は赤ん坊を抱っこ紐で背負いながら千束と共に店を出る。

 

______

 

ふたりが店を後にした直後、ホールにクルミが顔を出す。

 

「あれ?ミカ、千束はどこだ?」

 

「千束なら史八と一緒に配達と買い出しを頼んだが……、なにか用事でもあったか?」

 

「いや~、手が空いてるようだったらボドゲで遊ぼうかと思ってただけだ………って、ちょっと待て、史八と行ったのか?」

 

クルミが何故か顔をしかめる。

何故だろう?千束と史八がふたりで買い出しに行くのは別に珍しくもない。

 

「…そうだか、何か問題か?」

 

「史八は赤ん坊を背負ってるんだよな?」

 

「あぁ。」

 

「…………そうか。」

 

クルミはそう言って押し入れに戻っていった。

何か不味いことがあるのだろうか?

 

______

 

押し入れに戻り、千束と遊ぼうとしたボドゲを片付けながら思う。

 

史八と千束の奴らがふたりで買い出しに行くことなんて珍しくもない。それこそ、日常的にあることだ。

しかし今、史八の背中には赤ん坊が背負われている。ボク達は、赤ん坊を預かっているということを知っているが、この事を知らない地域住民達が見たらどう思うだろう?

買い出しはいつも通り近くの商店街で済ます筈だし、商店街の人たちは挨拶程度はする顔見知りだ。そんな奴らが今のあいつら(千束と史八と赤ん坊)を見たらどう思うか?

ミカは気づいていないようだったが、まぁいい。ボクには関係ない。…………後で面白そうなことになりそうだ。

______

 

俺たちは配達を済ませ、千束と近くの商店街まで買い出しに来ている。

特に代わり映えのない配達と買い出しだ。

しかし、いつもと変わっていることが一点だけある。それは、周りの人たちからの視線だ。

周囲の人たちから何故か暖かい視線を感じる。

もちろんその視線は千束も気づいている。

 

「ハチぃ、なんか周りの人たちの視線がくすぐったいんだけど……。」

 

「我慢しろ。冷たい視線よりはいいだろ?」

 

「そうだけどぉ。え、なんで?なんで私たちこんなに見られてるの?ハチ、何かした?」

 

「何かしたって言うなら千束の方じゃないか?絶対なんかしただろ。思い出せ!」

 

「完全に犯人扱いされてる?!もうちょっと自分の彼女を信じろよぉ~。」

 

千束と小声で話すが結局答えが出ぬまま足早に買い出しを済ませ帰路にもどる。

帰り道でも、周りからの暖かい視線は変わらずにあり、そんな視線を気にしていないのは、俺の背中で飛んでいる蝶々に手を伸ばし、きゃっきゃっとはしゃいでいる赤ん坊だけだった。

 

_______

 

僕は仕事場である警察署から喫茶リコリコに向かって歩いている。

今は休憩時間でもないし、仕事のために喫茶店へ行くわけでもない。

ならなぜお店へ向かうのか?とどのつまり、サボりだ。

喫茶リコリコはとても良い喫茶店だ。

内装もお洒落だし、従業員たちも仲が良い。何よりもマスターの淹れるコーヒーは絶品だ。甘味も甘すぎず甘いものが苦手な人でも美味しく食べられるように工夫が施されている。

 

そんな心のオアシスである喫茶リコリコに足を伸ばすために商店街を素通りしようと歩いていると商店街にいる人の口々から同じような言葉が聞こえてくる。

 

曰く、仲の良い男女が赤ん坊を連れて買い物をしていた。

曰く、その男女はこの商店街の近くにある喫茶店のスタッフ(・・・・・・・・)である。

曰く、その男女は着物、和装(・・)をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………落ち着こう。まずは落ち着こう。

僕は刑事だ。推理をしよう。

 

 

仲の良い男女が赤ん坊を連れて買い物していた?

特に珍しくない。新婚さんなのかな?

 

その男女は商店街の近くの喫茶店のスタッフ?

うんうん、職場が同じで結婚するということも珍しくない。社内恋愛みたいなものだ。しかし、この商店街付近の喫茶店はいくつかある。どこのお店だろう?

 

その男女は着物、和装をしていた?

 

 

…………………………………………………………。

 

 

 

気づいたら走り出していた。

向かう場所は既に向かっていた場所、喫茶リコリコ。

走り出したは良いが運動不足のためすぐに息が切れる。しかし、僕の足が止まることはなかった。早く真実を確かめなければならない!

はっ!先に他の常連さん達にも知らせなければ!

 

そう思い、スマホを使い情報を共有する。

 

仲の良い男女。

喫茶リコリコのスタッフはみんな仲が良い。互いに憎まれ口を叩くこともあるが端から見ていても悪意がないのはすぐに分かる。

 

マスターは足が悪いから買い出しにはあまり出ないと言っていた。僕が店にいるときもしばしばマスターから史八君や千束ちゃん達に買い出しを頼んでいたところも目にしたことがある。つまり、男性の方は史八君ということになる。

では、次は女性だ。

喫茶リコリコの元気印、天真爛漫な千束ちゃんか、クールでしっかり者のたきなちゃんか……、まさかのクルミちゃん!?いや、ここはまさか大穴のミズキちゃんという線もあり得る!!

 

僕は息を切らしながら喫茶リコリコの扉を勢い良く開ける。

いつも通り、マスターが出迎えてくれるが、彼はいつもとは違い息を切らした僕を案じてくれる。店の様子を見てみるがどうやら他のお客さんはいないようだった。

 

「いらっしゃいま……、どうしたんですか?!そんなに急いで!なにかあったんですか?!」

 

「い……っ、史……はぁ、はぁ、けっこ………。」

 

息を切らしながらそれに答えようとするが上手く言葉が出てこない。

マスターはそんな僕に落ち着くように水を一杯くれる。

 

「まずは、落ち着いてください。何があったんですか?」

 

僕は水を一気飲みし意を決して噂の真相を尋ねる。

 

「史八君が結婚して、しかも子どもまでいるって本当ですか!?」

 

「え?」

 

僕の言葉にマスターが目を丸くする。

まさか知らないのだろうか?いやいや、知っている筈だ。それに隠す必要はない。

……いや、待てよ。僕の予想の対抗のたきなちゃんは今年17歳。最近になって民法が改正され女性の婚姻可能年齢が18歳に引き上げられた。そして、僕は刑事。もし、史八君の相手がたきなちゃんであれば法に触れることになりマスターは僕に隠す必要がある………。つまり、史八君の相手はたきなちゃんということに!

 

僕がそんなことを考えていると先程の僕の声が大きかったのか奥の方からマスター以外のスタッフが出てきた。

 

「何なのよ~、おっきな声でぇ。」

 

「店長、どうしたんですか?」

 

「俺がどうかしました?」

 

出てきたのはミズキちゃんとたきなちゃんと史八君。

その数秒後千束ちゃんが出てくるが………、千束ちゃんの腕には可愛らしい赤ちゃんが横抱きになって抱えられていた。

 

「ねぇ、ハチ。華ちゃん眠っちゃってミルクあげられないんだけど………。」

 

「哺乳瓶の先っぽを唇に当ててみな。そしたら勝手に飲み始めるから。」

 

「…………おぉ!ホントだぁ!飲み始めたぁ!さっすがパパぁ~。」

 

「誰がパパだ。」

 

僕の前でそんなやり取りが行われる。

 

そうか、そうか。

やっぱりそうだったんだな。

 

自分のなかで結果を出したところで史八君に話しかけられるが僕はそれどころではなかった。

 

「阿倍さん?」

 

すぅ~……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり本命だったぁぁぁ~!」

 

 

 

 

僕は腹の底から今日一、大きな声を出した。

 

______

 

「……本命ってなんです?」

 

ハチは状況を確認するように阿倍さんに尋ねる。

 

「え?その子、史八君と千束ちゃんの子どもでしょ?」

 

「「はい?」」

 

ハチと声が重なる。

 

「え?なんでそんなことになるんです?」

 

「だって、そこの商店街で噂になってたよ?和装の喫茶店の男女が赤ん坊を連れて歩いてたって。」

 

「やっぱり、そんな感じになってたかぁ~。」

 

ハチの問いに答えた阿倍さんに対して押し入れからいつの間にか出てきたクルミが口を開いた。

そんなクルミに尋ねる。

 

「どうゆうこと?」

 

「別にお前らふたり(千束と史八)が一緒に買い出しに行くなんて珍しくはないが、今日は赤ん坊も連れていたんだろ?なら、変な噂が立ってもしょうがないということだ。」

 

なるへそ~…………って!

 

「ちょっと待って!じゃあ、私とハチが結婚してしかも子どもがいるって噂が流れてるの!?!?」

 

「まぁ、それに近い噂が流れてるだろうな。人の口に戸は立てられんということだな。」

 

クルミは悪い笑顔を浮かべながら言う。

 

なんだろう?顔が熱くなってきた。え?私はハチと結婚してるって噂されてるの?しかも子どもまでいるって……………?

は、恥ずかしい///!

さっきの配達と買い出しの時の周りからの暖かい視線はこの事だったのか///

特に意識はしていなかったけど、周りの人たちからはそうみられていると思うと嬉し恥ずかしだよ///

 

私は両手で顔を覆い指の隙間からチラッとハチの方を向くと、私の視線に気づいたのか彼もこちらを見てくるがすぐに目をそらしてしまった。

私から目をそらしたハチは顔の紅さは隠せても耳までは隠せていなかった。

 

そんな時に、状況を勘違いしている阿倍さんに対して先生が誤解を解くように説明する。

 

______

 

「なぁんだ!伊藤さんの姪っ子かぁ~!」

 

阿倍さんは座敷でコーヒーを飲みながら言う。

どうやら無事、誤解は解けたようだ。

 

「すまない、ふたりとも。私の配慮が足りなかった。」

 

ボスから謝罪されるがこちらにも落ち度はあった。

 

「いえ、俺も気付くべきでした。なぁ、千束。」

 

「私は、別にぃ~…。ち、近い将来…、そう…なるかも、だしぃ~。」

 

「ちっ!!!」

 

千束の台詞に対しミズキさんから舌打ちが聞こえてくる。

そんな時にたきなが口を開いた。

 

「でも、いいんですか?今、商店街におふたりの噂が流れてるってことですよね?」

 

「まぁ、それに関しては別に良いだろ。めんどくさいけど、聞かれたら勘違いを解くようにしてけば。人の噂も七十五日って言うからな。」

 

「ハチ、考えること放棄してない?」

 

「……ちょっとな。」

 

その瞬間、店の扉が再び勢い良く開けられた。

扉の方に目を向けると常連さんの皆さんだった。

 

「誰と誰が結婚したって!?!?」

「おめでと~!」

「式はいつだ?!もうやったのか?!」

 

なんだろう?前に閉店するときにも似たようなことがあった気がする。……今日は一気に人が来たが。

 

俺はもう考えることを完全に放棄し今回の騒動の説明をボスへ丸投げした。

 

______

 

勘違い騒動から三日が経ち、今日の午後に伊藤さんが華ちゃんのお迎えに来るという連絡が来た。

今、ハチと一緒に華ちゃんの散歩に来て公園のベンチで休憩中だ。

華ちゃんはハチの腕の中できゃっきゃと笑っている。

 

「まったく、呑気な奴だ。お前のせいでこっちはたいへんだったんだぞぉ。」

 

ハチは冗談交じりにそう言って、華ちゃんの体を高く掲げる。

 

「しょうがないでしょ~、まだ赤ちゃんなんだから。しっかり、お世話しないと。」

 

「分かってるって。」

 

私は華ちゃんをハチから受け取り横抱きにする。

そんな時に私たちの前を通りかかった一人のおばあさんに話しかけられる。

 

「あら、家族でお散歩?いいわねぇ。その子はいくつ?」

 

「あっ、いや、俺たちは、」

 

誤解を解こうとするハチを遮るように私はおばあさんの問いに答える。

 

「4ヶ月です!」

 

「あら、なら一番大変な時期じゃない?」

 

「そうですねぇ、自分で動き始められるようになってから大変ですねぇ。夜泣きとかもありますし。」

 

「そうなの!私もねぇ同じくらいの孫がいるんだけど……、」

 

私がおばあさんと話し始めると横からのハチの視線を感じる。

おばあさんと会話を終えてからハチが話しかけてきた。

 

「おい、誤解を生んだじゃないか。」

 

「いいでしょ~、今日で最後なんだし!」

 

「はぁ、まったく。」

 

ハチはやれやれという感じで立ち上がる。

 

「ほんじゃ、そろそろ時間だ。店戻ろうか。お母さん(・・・・)

 

「そうだね、お父さん(・・・・)!」

 

______

 

「ホンっト~にありがとうございました!」

 

時間通りに伊藤さんが来店し、その腕には既に赤ん坊が抱えられている。

 

「いえいえ、お気になさらず。」

 

「このお礼は次に、お店に来たときに…。」

 

「またのご来店をお待ちしてますよ。」

 

伊藤さんがボスとの会話が一段落ついたため店を後にしようとしたときさっきまで寝ていた赤ん坊が泣き始めて手足をバタバタと動かす。

 

「さっきまで寝てたのに、みんなとのお別れが寂しいのかな?」

 

伊藤さんがそう言うと千束が赤ん坊に近づく。

 

「華ちゃん、またね。」

 

千束がそう言うと赤ん坊はすぐに泣き止み笑顔になる。

 

それから伊藤さんと赤ん坊は店を後にする。

本日の閉店準備のときに千束が話しかけてきた。

 

「ねぇ、ハチ?気になってたんだけどさ?」

 

「ん~?」

 

「なんでハチって華ちゃんの名前、呼んであげなかったの?」

 

ハチは片付けの手を止めて口を開く。

 

「……だって名前を呼んだら感情移入しちゃって別れづらくなるだろ。」

 

俺がそう言うと千束は笑い出す。

 

「そんな理由で名前呼んであげなかったの?可愛いかよ、私の彼氏!」

 

「喧しいわ!」

 

「あ~、そういえばハチって涙脆いもんねぇ。」

 

「そうなんですか?意外ですね。」

 

俺たちの会話が聞こえたのかたきなが会話に入ってくる。

 

「そうなんだよ!たきなぁ~。泣ける映画とか見ると高確率で泣いてるし、可愛いでしょ~!」

 

「可愛いですね。」

 

「おまえら、さっさと片付けをしろよ!帰れねぇぞ!」

 

 

 

 

 

 

その日以降、時々伊藤さん経由で赤ん坊の動画や写真が送られてくるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





投稿が遅くなりました。
理由としましては、リアルが忙しくなったとかそんな理由ではありません。

神様になって九界を冒険したり、パルデア地方を旅したりなどして時間があまり取れませんでした。

………正直に言いましょう。サボってました!すんません!!!

しかし、そのかいもあり昨日スカーレット図鑑コンプしました。


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極めて危険で難しい任務の話


短いですが、いつも通り暇潰し程度に読んでみてください。


 

私の名前は錦木千束。

今までに数多の危険な任務をこなしてきたファーストリコリスだ。

ここでいきなりだが話しをしよう。

あれは今から3年前………いや、10年前だったか。

まぁいい、私にとってはつい昨日の出来事だが……。

 

私は昨日、ハチの家に泊まった。

彼は昔からの眠りが浅く、話しかければ直ぐに起きるし、ほんの僅かな物音でも目を覚ます。

昔はもっとひどかった。流入現象のせいであまり睡眠は取れず、良くなったらと思ったら、片目を開けて眠っていたりもした。

何故そんなことをするのかと聞いたみたことがあるが本人曰く、クセのようなものだと言っていた。

先生にも聞いてみたところ、半球睡眠というらしい。

主に野生動物が行う睡眠方法で寝ている間に天敵の動物に襲われるのを防ぐために片目を開けて片方の脳半球に寝ずの番をさせながら、他方の脳半球を眠らせる。

簡単に言ってしまえば半分寝て、半分起きているということだ。

 

私は当時のハチにしっかり睡眠を取ってほしかったのでちゃんと寝るときはしっかりと両目を閉じて寝るように促した。

そのかいもあり、今ではちゃんと自分の家で寝るときは両目を閉じて寝ている。しかし、物音を立てるとすぐに起きてしまうのは変わらずだが…。

 

現在、私はハチの部屋の前に立っている。

時刻は午前4時ジャスト。ハチは毎日必ず朝食の準備をするため午前5時半から6時の間に起きる。

時間はあまりない。早速任務を開始しよう。

 

そう、今回の私の任務とは………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハチ(彼氏)の寝顔を観察すること!!!

写真が撮れればなおよし!!!

 

 

 

 

…………………。

 

おぉっと~、お巡りさんは呼ばないでくれよ。

これは盗撮じゃない。盗撮なんかじゃない!断じて違う!!

そ、そもそもハチとは恋人同士だしぃ~、私が私の彼氏の写真を持っててもおかしくないじゃん!

まぁ、そんな早まりなさんなって。まずは、話し合おうじゃないか。その手に持っているスマホを置きなさい。

 

…………すいません。冗談です。お願いですから通報だけはしないでください。後で、先生や楠木さんに怒られるのが火を見るより明らかなんで。お願いします、私の話しを聞いてください。

 

そもそもの話し、ハチが悪いんです。

ハチがいつも私より早く起きるからちゃんと彼の寝顔を見たことがないんです。まぁ、彼が早く起きるのは私の分の朝食を作るから私より早く起きるんですけどね。

自業自得だろって?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも!私は!見たいんですよ!!ハチの!私の彼氏の!!寝顔を!!!

 

 

 

………コホン、ちょっと熱くなりすぎちゃいましたね。ごめんなさい。

 

話しを戻しましょう。

私はハチの寝顔が見たい。だから、今から彼の寝ている部屋へ侵入する。

分かっているとは思うがこれはとても危険な任務だ。

勝手に部屋へ侵入したことがバレたら出禁ということもあり得る。そして、ハチは少しの物音でも起きてしまう。

もう一度言おう。これは大変、危険な任務だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………私は誰に何を言ってるんだろう?

 

私は少しだけ緩んでしまった気を締め直し、意を決してハチの部屋のドアノブに手を掛ける。

 

「よし、ミッションスタート。」

 

ドアノブがガチャリと音がならないようにゆっくりとドアを開ける。

予想通り、ハチはまだ部屋の隅にあるベッドで寝ている。毛布が規則的に上下に動いているため問題なし。

 

実際、私がドアを開けた瞬間ハチが起きていても、『サプライズで起こそうと思ったのに~☆』とでも誤魔化せばミッション自体は失敗に終わるが最悪の展開(出禁)は免れる。

 

私は今までに培った技術を総動員してハチが眠っているベッドへ近づく。

しかし、ハチは私がいる場所と反対側を向いて眠ってしまっているため肝心の寝顔が見えない。

スマホの内カメラを利用すれば寝顔が見れるのではと思い、ポケットからスマホを取り出そうとした瞬間………。

 

「んん…。」

 

「!!!」

 

ハチがこちらを向いた。

バレたと思った。しかし、隠れる場所もないため何も出来ずにいたが、どうやら体の向きを変えただけのようだ。ハチはまだ起きていない。

 

「び、びっくりしたぁ~。終わったかと思ったぁ。」

 

だが、神は私を見放さなかった。こちらを向いたということは好きなだけハチの寝顔を見れる……と…、いうこ……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁ!!!ん可愛いいぃぃぃ!!!!

 

 

え?やばいやばい。これマジでヤバイ。これハチ?これが私の彼氏ってマジ?!?!マズいんだけど!ヤバイんだけど!!

無理むりムリ無理ぃ~!いつもの凛々しい顔と違ってあどけないというか幼くて可愛いいんだけど!!もうヤバイってぇ~。というか鎖骨えっろ!はぁ~、首筋ぃ~。甘噛みしてもいいですか?!……いや、落ち着け私!そんなことしたら確実にハチが起きる!

 

「はっ、写真!」

 

私はスマホを構えてハチの寝顔を撮る。

音で起こさないようにもちろん無音カメラで時間が許す限り撮影する。

それから私は音を立てないようにハチの部屋から撤退し、扉を閉めてから撮影した画像を確認する。

しっかり撮れていることを確認してからスマホをしまい自分の部屋へ入る。

 

「ふぅ、ミッションコンプリート。」

 

______

 

千束が完全にいなくなったのを感じてから両目を開ける。

 

「…………なんだったんだ?」

 

 

 

 

 

 





オリ主君は千束ちゃんが部屋に入ってきて直ぐに気付いていましたが自分に何をされるのか分からず寝たふりをしていました。


図鑑埋めてから今日だけで色違いポケモンを2体入手しました。
俺の運がいいだけなのか?
こんなに簡単でいいのか!?ゲーフリ!

※剣盾では色エンニュートを孵化厳選していた俺は廃人なのでしょうか?


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GirlでTalkな話

 

本日の喫茶リコリコの営業も無事終了。

しかし、わたしたちは千束に大事な話しがあると呼び出され、ちゃぶ台を囲んで座っている。わたしたちと言っても女性メンバーだけが集められたようであり、店長とハチさんはすでに千束が帰らせてしまった。

最後にわたしたちを呼び出した張本人の千束が席に着いたため尋ねることにした。

 

「千束、それで大事な話というのは……?」

 

「うん、たきな。それはね………………。」

 

千束はいつものおちゃらけた雰囲気とはうってかわって真剣な表情だ。こんな千束は見たことがない。これから話す話しは相当大事なものみたいだ。そんな千束の雰囲気が伝わったのかクルミとミズキさんも真剣な表情になる。

私はごくりと唾を飲み込み千束の次の言葉を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これより、第238回喫茶リコリコGirl's talk会を開っ催しやす!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千束は場を盛り上げるためにフゥ~とか言ってるが今はそんなことはどうでもいい。さっきまでのシリアスな雰囲気はどうした。返してほしい、わたしのシリアスな感情を。

忘れていた。私の相棒はこんな(変人)だった。

どんな大事な話しかと思って身構えてしまった自分が恥ずかしいことこの上ない。

 

「千束…。」

 

「なぁに、たきなぁ。たきなは何を話してくれ、」

 

「ちょっと強めに小突いてもいいですか?」

 

「………小突く?」

 

「ぶん殴ってもいいですか?」

 

「いや、なんか強くなってない?!絶対、強くなってんじゃろ?!」

 

()~ろ、()~ろ。」

 

「ボクはそんな暇じゃないんだ。」

 

そう言って帰ろうと席を立つミズキさんとクルミを千束が止める。

 

「ちょ~ちょちょちょっ!まぁ、待ちなさいって!どぉせミズキは帰ってお酒飲む位しかないし、クルミだってパソコン、カタカタするだけでしょ~。」

 

「そんなことないわ!!!」

 

「まぁ、千束の言うとおりだが……。」

 

ミズキさんは否定するが、きっと晩酌するしかないんだろうなと私が思ったときに千束が口を開く。

 

「ほら、私たちって今までこういう類いの話しとかってしたことないじゃん!?だから、してみようかな~って。」

 

「千束、今までしていないなら何故238回なのでしょうか?」

 

「分からないのか、たきな?」

 

クルミにそう聞かれてしばらく考えるが思い付かない。

 

「ミズキさんは分かります?」

 

「けっ!」

 

ミズキさんは分かっているのか分からない反応を示した。

 

「まぁまぁ、そんな細かいことどうでもいいでしょ~。早速、始めまっしょう!」

 

「始めると言っても、何を話すんです?」

 

「え?そりゃあ………ガールズトークって言うぐらいだから先生やハチに聞かれちゃいけないような話しを……。」

 

「………それは、今までに何人殺したとか、そんな話しですか?」

 

「ちゃうわ!!!cuteでcharmingなガールズトークにそんな血生臭い話しを持ってくるな!それに私は殺したことないわ!」

 

「そうですよね。では、一体どんな話しを?」

 

「ほらぁ、あれだよ。化粧水とかシャンプーはなに使ってる~?とか恋バナとかさ、そう言う感じのやつぅ。」

 

「恋バナ?……恋愛面の話し…ですか?」

 

「そう!それだよ、たきな!」

 

「と言っても、わたしたちはリコリスですし、そんな色恋沙汰なんて……。」

 

「いやいや、たきなさぁ~ん。恋したことなくても好きなタイプの男ぐらいいるでしょ~。テレビに出てくるイケメン俳優とか~アイドルとかさぁ。」

 

千束にそう言われるが今まで考えたこともなかった。

そもそもわたしはテレビはニュース位しか見ない

わたしが答えあぐねていると千束は標的をわたしからクルミに変更した。

 

「じゃあ、クルミはどんな男の人がタイプ?」

 

「ボクかぁ?そうだなぁ………ん~、」

 

クルミは腕を組んで考えてから答える。

 

「バカな奴…と、プライドだけが高い奴は嫌だなぁ。」

 

「アッハッハ!天才ハッカーのクルミに比べたら世の男性はほとんどおバカさんになっちゃうよ!」

 

「ですね。」

 

「ほぉ~、あんたにもそう言う感情があったんだぁ。なんか安心したわぁ。」

 

「なんだと、ミズキ。」

 

「因みに、クルミちゃんはぁ~今まで付き合ってた男の人っているのかなぁ~?」

 

千束が話しの流れにのってそんな質問を猫なで声でする。

もし、答えてくれたらわたしがずっと気になっていたクルミの年齢も答えてくれるかもしれない。

 

「秘密だ。」

 

………まぁ、そうですよね。

予想通りの答えが帰って来て逆に安心しました。

 

「ちぇ~、なんだよ~。減るもんじゃないだろ~。……まぁ、いいや、じゃ次はミズキね。」

 

「あたしぃ~?」

 

「やっぱり高身長、高収入、高学歴の人がいいの?」

 

「そうねぇ、そこが最低ラインね。」

 

「ていうかさ、前に婚活サイトで知り合ったっていうバンクーバーのイケメンとはどうなったのよ?あの筋肉ムキムキの人。」

 

千束のそんなさりげない質問でミズキさんから少しばかりの殺気が漏れる。

 

「他のメスとくっついたわ!!!あいつSNSにイチャコラした画像載っけやがってぇ!あたしへの当て付けか!!こいつもテロリストの取引現場を偶然撮って命狙われればいいのよ!いや、むしろあたしがぶっ殺してやる!」

 

「そのバンクーバーのイケメンもとんだとばっちりだな。」

 

「だよねぇ。」

 

クルミの言葉に千束が苦笑いで答えてからわたしは気になったことを尋ねた。

 

「でも、ミズキさんって見た目もスタイルも良いんですから少し位妥協すればすんなり相手が見つかると思うんですけど…。」

 

「あたしみたいな良い女が妥協なんてするわけないじゃない!そもそもなんであたしが妥協しなきゃいけないのよ!?」

 

「ミズキ、そんなんだからだぞぉ。」

 

「なっんだと!」

 

「まぁ、ミズキはお天道様が高い内からお酒飲むし、そこもマイナスになるよねぇ。」

 

ミズキさんがクルミの頬を引っ張るが、千束はクルミに助け船を出すことなく、わたしに話しかけてくる。

 

「はい!じゃあ、次はたきなだよ!」

 

「すいません、先程から考えてはいるのですがあまり思い浮かばず……。」

 

「う~ん、そうだなぁ………。じゃあ、彼氏にするなら年上?それとも年下?」

 

「う、う~ん………。そうですねぇ、そんなこだわりはないので、どちらでも……。でも、あまり歳が離れているのは嫌かもしれないです。」

 

「ほぅほぅ、なるへそなるへそぉ~。じゃあ、次はどんな性格の人が良い?」

 

「性格?」

 

「そ、性格。何かないの?優しい人~、面白い人~とかさ。」

 

「そうですね、優しい人………頼りになる人が良いです。後は………、」

 

わたしは自分の相棒を見る。

 

「ん、どした?」

 

「……常識を持ってる人ですかねぇ。」

 

「おい!なんで私の方を見ながら言った?!まるで私が非常識人みたいになるじゃろがい!!」

 

「違うんですか?」

 

「ちゃうわ!!千束さん嘗めんな!」

 

わたしがそんなことを千束と喋っているとクルミが口を開く。

 

「優しい……頼りになる…常識人……なぁ、たきな?」

 

「なんですか、クルミ?」

 

「それって史八のことじゃないか?」

 

クルミにそう言われて初めて気がつく。

確かにそうだ。わたしが今言ったポイントにハチさんが当てはまる。でも、気にしたこともなかったし、そういうつもりで言ったわけではない。

 

そう思っていると千束が力強くわたしの両肩を掴んで激しく揺すってくる。

 

「だ、駄目だよ!たきな!!いくら大事な私の相棒でもハチは私んだから!!!」

 

「お、落ち着いてください、千束。そういうつもりで言ったわけではないですし、ハチさんにそんな感情は抱いていません。」

 

「あっ、そうなの?……よかったぁ~。初めてたきなとのケンカが勃発するトコだったわぁ~。」

 

わたしは千束を落ち着けるように言い、それに納得した千束はわたしの肩から手を離し自分が座っていた位置へと戻り、次はミズキさんが口を開く。

 

「というかさぁ、あの小僧は言うほど良い男か?」

 

「は?」

 

ミズキさんの言葉に、反応した千束は壊れたブリキの人形のような動きでミズキさんがいる方を向き彼女を睨み付ける。

それに怖じけつつもミズキさんは再び口を開く。

 

「い、いや、顔が良いのは分かるよ。贔屓目なしにイケメンなのは理解できるし、家事もできる。でも、そこまで入れ込むような男?」

 

「はい、ミズキが言っちゃいけないこと言った~!!人が好きな男によくもまぁそんなこと……、そこに直れ!!不調法者!!!第一彼氏もいないミズキにそんなこと言われる覚えはありませぇ~ん!あっ!男を見る目がないのかぁ~。だから、彼氏が出来ないんだねぇ。」

 

「ぐっ………、は、はん!ど~せあんたらなんかお互いに奥手すぎて、いざって時にチキンになってんだろ?!」

 

「はぁ~!?イチャイチャできますけど!!好きな人と思う存分イチャイチャしますけど!?ハグとかいっぱいして貰いますけど!?お、お風呂にだってこれから一緒に入っちゃいますけど!///あっ……、そうだった……。ごめんねぇ!?ミズキにはそう言う相手も居ないんだったねぇ!?そんなミズキに私ってばなんて惨い……、あっ別にマウントを取ってるわけじゃないんだよ?!そもそもミズキは…、」

 

「その辺にしといてやれ、千束。」

 

「クルミ。」

 

ヒートアップした千束をクルミが止める。

 

「見てみろ。ミズキのライフはもうゼロだ。これ以上はオーバーキルになる。いや、もうすでになってる。」

 

「ミズキさんの傷口に塩ではなくキャロライナ・リーパーを塗りたくりましたね。」

 

「そこまで酷かった!?」

 

「はい。」

 

ミズキさんは千束の猛攻に堪えきれなかったのかどこからか取り出したお酒を涙を流しながら飲んでいる。

そんなミズキさんを無視してクルミがニヤニヤしながら千束に質問した。

 

「まぁ、千束が史八のやつにお熱なのは分かっているが一体奴のどこに惚れたんだぁ?」

 

「え、えぇ?!そ、そうだなぁ?…………全部?」

 

「抽象的すぎる。もっと具体的に。」

 

「そりゃ~……、優しいところとか、好きとか恥ずかしい台詞を平気で言うし、ずっと私のことを想っててくれるし……。」

 

千束は顔を少しだけ紅らめもじもじしながら答える。

なんだろう、ちょっと可愛いと思ってしまったことが悔しい。

 

「あ!後、ハチってめっちゃ気が利くの!女の子の日に辛そうにしてるとブランケットとかココアとか持ってきてくれるの!」

 

「あれ?千束、コーヒー好きじゃなかったでしたっけ?」

 

「あぁ、女の子の日にねカフェインってあまり良くないみたいで、ココアのほうが良いらしいの。食物繊維もあるらしいし。」

 

「そういえば、わたしも前に店の空調が効きすぎて寒いなって思ってたときに、ハチさんが一言わたしに言ってくれれて店の空調を調節してくれたことがありました。」

 

「でしょ~!流石、私の友達以上且つ恋人よりも遥か上の人!!」

 

「それって夫しかないのでは?」

 

「お、夫って///ま、まだ早いよぉ~///もうたきなってば!気が早いんだからぁ!」

 

なんだろう。少しイラッとしてきた。

 

「千束。」

 

「なぁに、たきなぁ?」

 

「やっぱりぶん殴って良いですか?」

 

「なんで?!」

 

 

________

 

「クシュン!」

 

帰り道、ボスと共に歩いていると急に鼻がムズムズし始めくしゃみをする。

 

「風邪か?」

 

「ですかね?おかしいな、バカは風邪ひかない筈なんですけど…。」

 

「ハハハ、ならバカではないということだ。良かったじゃないか。誰かがお前の噂でもしているんだろう。」

 

「俺のですか?誰がするんですか、俺の噂なんて。」

 

「さぁ?」

 

その後、ボスと別れてからもしばらくくしゃみは止まらなかった。

 

 

 

 



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勘違いで早とちりな話


タヒんだと思った?
残念!生きてました!

すみません、サボってました!


今日も今日とて喫茶リコリコは営業中。

いつもと何も変わらない風景がそこにあった。

 

開店前にハチに頼み事をする先生。

 

「史八、すまないが、電球が切れていたから換えてきて貰っても良いか?」

 

「了解しました、ボス。」

 

「ありがとう。」

 

営業中、調理中のハチへお願いをするクルミ。

 

「史八~、あんみつパフェ~。」

 

「もう少しで手が空きそうだからもうちょっと待っててくれ、クルミ。」

 

「わかったぁ~。」

 

閉店間際、ハチに要求する呑兵衛ミズキ。

 

「ねぇ~、酒の肴作りなさいよぉ~。」

 

「ミズキさん、おつまみは後で作りますから晩酌は家でやってください。後、まだ営業中ですよ。」

 

「へぇ~い。」

 

閉店後、ハチに依頼するたきな。

 

「ハチさん、すみません。レジのお金がどうしても合わないのでチェックお願いしても良いですか?」

 

「わかった、後で確認しておく。」

 

「ありがとうございます。」

 

私は一日の風景を見て思う。

これは、マズイかもしれない……と。

 

_____

 

翌日、私は閉店後にリコリコメンバー全員をちゃぶ台を囲むように集めた。少しだけ長くなりそうだから人数分のお茶とお茶請けの煎餅を用意する。メンバー全員と言っても今日はハチが休みであったためハチだけ不在だがこれで良い。

 

「どうしたんですか?また前みたいにふざけた内容で集めたのだとしたら怒りますよ。」

 

「残念ながら今日は真面目な話しだよ。」

 

「「「「?」」」」

 

私がたきなにそう言うとみんなの視線が私に集まる。

そして私は、両肘をちゃぶ台につき、指を口の前で絡めて真剣な表情で言う。

 

「…皆さん、最近ちょっとハチに頼りすぎじゃない?」

 

「「「「…………。」」」」

 

私以外の女性メンバーが顔を見合せと思ったらおもむろに私のほうを向き声を揃えながら言う。

 

「千束(アンタ)(お前)にだけは言われたくないです(わよ)(ぞ)。」

 

「ちょっと?!それじゃあまるで私がいつもハチに頼ってるみたいになるじゃん?!」

 

「そうですよね?」

 

「そうじゃない?」

 

「そうだろ?」

 

「うわ~ん、先生~、たきな達がいじめる~。」

 

私が隣にいる先生にすがりつくと先生が頭を撫でてくれる。

この場に私の味方は先生しかいない。

 

「先生~。」

 

「千束。」

 

「なぁに、先生?」

 

「……悪いがフォローの仕様がない。」

 

「まさかの味方がいなかった!?」

 

私は自分の席に戻り皆に尋ねることにした。

 

「そ、そんなに私、ハチに頼ってる?」

 

「「「「……………。」」」」

 

「いや、そんな『マジかよ、こいつ……。』みたいな目で見なくても。」

 

まぁ、思い当たる節はある。

ご飯はハチに作って貰ってるし、家事のほとんどはハチにやって貰ってしまっている。リコリスの仕事でもよくフォローして貰ったりもしているし。

………あれ、おかしいな。もしかしなくても一番ハチを頼ってるのって私?

 

「た…、確かに私もハチに頼りすぎてるところがあるかもだけど、それは皆もじゃない?」

 

私がそう言うと先生とたきなが賛同してくれる。

 

「ふむ…、確かに千束の言うことも一理ある。」

 

「そうですね、わたしもハチさんに頼りすぎているところがあるかと思います。」

 

先生とたきながそう言うとミズキとクルミも自覚があるのか顔をしかめ始める。

 

「でしょ~!こんなんじゃいつハチに愛想尽かされちゃうか分かんないよ。」

 

「でも、あいつ無自覚な世話焼きみたいなトコロがあるし、人に尽くしてなんぼみたいなタイプでしょ~。好きにやらせときゃ~いいのよ。」

 

「あぁ~、分かるかもしれん。」

 

ミズキの台詞にクルミも同意する。

 

「だから、いいんじゃない?好きに世話焼かせておけば…。」

 

ミズキはお煎餅を齧りながらそう言って彼女の言葉に私もそうかもと思い始めたときに、BGMがわりにつけていたお店のテレビの音が耳に入ってきた。

テレビに目を向けるとプライバシー保護の為か顔にモザイク処理をされた30歳くらいの成人男性がインタビューのようなものを受けていた。私に釣られて皆もテレビに目を向ける。

 

『では、何の前触れもなく奥さまは家から出ていかれたと…。』

 

『はい。本当にある日突然でした。でも、今思い返せば家内には家のことを何もかも任せっきりでろくにいたわることもしませんでした…。もしかしたら、もうずっと愛想を尽かされていたのかもしれません………。』

 

テレビの内容を見て私を含めた全員が無言になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    そ、そうでもないかも………。

 

それは、私たちの心の声が揃った瞬間だった。

今この場にいる全員が白目になっていたような気がする。

 

そんな静寂を破ったのはミズキ。

 

「………だ、大丈夫よ。あいつがここから出ていったりなんかしないって。」

 

ミズキは狼狽えながらそう言うが、手に取った湯呑みが激しく揺れている。どうやら、動揺は隠せないようだった。

そんなミズキをよそに今度はクルミが真剣な表情をしながら口を開く。

 

「いや、むしろボク達が解放してやるべきじゃないか?史八を野生に帰してやったほうがやつにとっては幸せかもしれんぞ?」

 

「おいなんだ、あたしゃら悪徳サーカス団ってか?!」

 

「というか、クルミは人の彼氏のことをなんだと思ってるの?!」

 

ハチのことを野生動物かなにかだと思っているクルミにツッコミをいれるとたきながいつもより一層真剣な表情と声色で言う。

 

「でも、確かにここにいる全員がハチさんに頼ってることが多いのは確かです。いつわたしたちに愛想を尽かされてもおかしくありません。今見たテレビのように出ていかれることがあるかもしれません…。これには、早急な対策が必要です。」

 

おぉ、流石私の相棒。こんな時でも頼りになる!

 

「じゃ!私たちは何をしたら良い?」

 

私がたきなにそう尋ねるとたきなは自分の顎に手を当てて考える。

 

「そうですね…、簡単に言ってしまえばわたしたちがハチさんに頼りっきりになっていることが問題なのですから、まずは……。」

 

たきなは名指しで私たちに指示を出す。

 

「ミズキさんは、営業中に飲酒を控えてください。後、ハチさんにおつまみをねだるのもダメです。」

 

「ちぇ~、まぁ、しょ~がないかぁ~。しばらく控えるよぉ。」

 

ミズキはちゃぶ台の上に突っ伏しながら答える。

 

「クルミはハチさんに言われる前にお店に出て来て簡単なことでもいいのでお店を手伝ってください。」

 

「……ホントに簡単なことでもいいんだな?」

 

「えぇ、それだけでも作業がなくなる分とても助かりますので。」

 

「分かったぁ。」

 

「店長は明日から配達などの頼み事はハチさんではなく、わたしか千束にお願いします。」

 

「了解した。」

 

「ねぇねぇ、たきなぁ。私は?」

 

「千束は………。」

 

私が自分は何をしたら良いのかたきなに尋ねるとたきなは再び顎に手を当てる。

 

「………取り合えず、ハチさんに甘えないでください。」

 

「私だけなんかアバウト過ぎない?!」

 

「では、明日から各自その様にお願いします。それと、当たり前ですが真面目に仕事することが大前提ですので。」

 

「はぁ~い。」

 

「へぇ~い。」

 

「ほぉ~い。」

 

私とミズキとクルミがそれぞれ返事をするとたきなは疑惑の目を私たちに向けてから大きくため息をはく。

 

「それでは、解散!」

 

たきなの掛け声で先生達が席を立ち、各々帰宅の準備を始めるが……、あれ?ちょっと待てよ?

 

「ねぇ、たきな?今回の話し合い、私が仕切ってた筈なんだけど……、なんでたきなが締めくくった感じになってんの?」

 

「………気のせいじゃないですか?」

 

「……そっか~、気のせいか。」

 

「そうですよ。」

 

「そっかぁ。」

 

なんか釈然としないが、相棒がこう言っているのなら私の気のせいだろう!

 

______

 

私は自宅への帰り道、今回の話し合いのことを思い出していた。

話し合いの内容は私たちがあの子(史八)に頼りきりなせいで彼がここから離れてしまわないか、という内容だ。

確かに千束の言うとおり、私たちは史八に頼りきってしまうところがある。他のメンバーも思い当たる節はあるようだった。しかし、もしそうならとうの昔に逃げられてると思う。

少し考えれば分かりそうなことなのにあの場では私以外、気づかないようだった。

 

_____

 

昨日は休みであったため、今日は喫茶リコリコへ出勤する。

店にはクルミが住んでいるが起きるのは遅いため店の中は真っ暗。そして大体、俺が一番乗りのため店を開けるのはいつも俺なのだが……。

おかしい。もうすでに店の中には明かりがついていて中から声が聞こえてくる。

何事だと思いながら店のドアを開ける。

 

「おはようございま~す。」

 

「おはよう、史八。」

 

「あ~、ハチ遅いよぉ~!もう開店準備終わっちゃうよ!」

 

「おはようございます、ハチさん。」

 

「お~う。」

 

「やっと来たか。」

 

俺が店に入るとメンバー全員が既に店の作業着に着替えて開店の準備をしていた。

……そう、もうすでに全員(・・)いるのだ。ボスとたきなは分かる。毎日真面目に働き、遅刻・欠勤などはしたことはない。

しかし、他のメンバーがもうすでに店にいることが異常なのだ。

あの自由奔放・不真面目・飲んだくれの3人が俺より早く店にきて開店準備をしている。

もう一度言おう。これは異常なのだ。言ってしまえば太陽が西から昇ることくらい異常だ。

 

俺は夢でも見ているのか?

 

そう思い、試しに自分の頬を抓ってみるが痛いだけで夢から覚めることはなかった。

そんな俺の行動に対して千束から声がかかる。

 

「も〜う、なにしてんの〜。夢じゃないよ。ほら!早くハチも着替えてきて手伝ってよねぇ〜。」

 

「千束。」

 

「どったの?」

 

「なんか変なものでも食べたのか?それともどっかに頭でもぶつけたか?」

 

「ぶつけてもいないし食べちょらんわっ!」

 

俺は真剣に心配になり、そう尋ねたが千束から否定の言葉が返ってくる。

 

「クルミは何だ?店の備品壊したとかなんか悪いことしたのか?怒らないから言ってみ?」

 

「失礼なやつだな。」

 

「ミズキさん?あなたは本当にミズキさんですか?いつもの一升瓶はどうしたんですか?一升瓶は装備しないと意味ないんですよ?」

 

「疲れてんの、アンタ?」

 

だっておかしいだろう。

いつも仕事をサボっているあの3人が真面目に仕事をしている。

ホントにどうしたんだ!?天変地異の前触れか?!

 

「ハチ?なんか失礼なこと考えてない?」

 

______

 

閉店後、今日の賄い担当は俺だったことに気付く。

 

「なんか食べたいものとかあります~?今なら希望きけますけど?」

 

俺が皆に向けてそう言うと千束が少し慌てて声をかけてくる。

 

「あっ!い…いやいや、いいよいいよ!今日は疲れたでしょっ!もうレジ閉めも終わったし速めに帰っちゃえば?!」

 

「いや、でも俺、」

 

俺が言い終わる前に今度はたきなが口を開いた。

 

「そうですよ!最近のハチさんは働きすぎです!たまにはゆっくり羽でも休めてきてください!」

 

「そ、そうだよっ!たきなの言うとおりっ!たまには何処かで遊んで来てもいいんじゃないかなっ?!」

 

「?……いやでも、」

 

「そうだぞ、二人の言うとおりだ。」

 

「ボス…。」

 

「こういう日もあってもいいだろう。休むのも仕事の内だぞ。」

 

「はぁ……、じゃあお言葉に甘えて……、あっでも、明日の賄いは、」

 

「いぃいぃ!明日の当番はアタシだし!アタシがやるからっ!」

 

「正直、ボクはミズキの賄いより史八の賄いのほうが、」

 

「喧しい!」

 

「アギャッ!」

 

クルミが何か言い終わる前にミズキさんが持っていたお盆でクルミの頭を叩く。

 

「じゃ、じゃあ、今日はもう帰らせて貰いますね。後はよろしくお願いします。お疲れ様です…。」

 

「はいはぁ~い!おつかれぇ。っそうだ!明日も私たちが速く来て開店準備やっておくからハチはゆっくり来てもいいからね!」

 

「はい!ハチさんが居なくても大丈夫ですので!ねぇ!」

 

たきながそう言うと皆がうんうんと頷いた。

 

「えっ…あ、あぁ、うん、了解。」

 

千束とたきなにそう言われ俺は店を後にする。

______

 

史八が店を後にしてから千束たちがその場に崩れ落ちた。

 

「はぁっ!いつも通りに出来てたよね?」

 

「た、たぶん…、大丈夫だと思いますが…。」

 

「大丈夫よ……、たぶん、きっと、メイビー。」

 

「それ、お前らの願望込みだろぉ。」

 

「………………。」

 

というか、お前ら誤魔化すの下手くそすぎじゃないか?

 

______

 

仕事が終わり、今日という異常な一日を振り返ってみた。

おかしい、本当におかしい一日だった。

ボスは何故かいつも俺に頼んでくる配達を千束かたきなにお願いしてたし、たきなはいつもより俺のフォローに入ってくれていたのでとても仕事が楽だった。

仕事が楽だった理由が他にもある。それはあのミズキさんが勤務中に飲酒してなかったし、クルミはホールの手伝いをしてくれていた。千束に至っては常連さん達との長話を控えて、さらには勤務中にボドゲの誘いを断っていた。

 

………いや、分かっている。世間一般ではこれが普通だということは。

だが、喫茶リコリコは普通ではない。DAの支部という意味でも…、カフェという意味でも…。

 

大体、何故急にあの三人(千束・ミズキさん・クルミ)が真面目に働き出したのかが分からない。

ボスもたきなもいつもと感じが違った。

何かあったのかと考えるのが普通だ。では、何があったのか?

 

今日は皆がいつもより真面目に仕事してくれていたのでいつもより余裕があった。

 

今日は配達はボスが千束とたきなにお願いしてたし、たきなはレジ誤差の確認とかをミズキさんのほうへ行っていた。ミズキさんは飲酒してなかったし、クルミは俺が何も言わずともホールのほうで働いてくれていた。千束も他のメンバーと同じようにいつも以上に働いてくれていた。

 

そして、閉店後のみんなのあの慌て様……。

 

「俺が居なくても大丈夫………か。」

 

店を出る前にたきなに言われた台詞が頭をよぎる。

 

もしかしなくても……俺って皆に嫌われた?

なんか今日はみんなの様子がおかしかったし…。

俺って結構、ウザいのか?!

思えばお節介すぎたかもしれない……。

 

_____

 

翌日、リコリコに向かう俺の足取りはいつも以上に重かった。

 

そうだよなぁ。みんな子供じゃないんだし…。

俺、お節介すぎたかもなぁ…。みんな、内心うんざりしてたのかもなぁ…。

 

「はぁ。」

 

そんなことを思いながらため息をつく。

いつの間にか店の前に立っていた。

 

あぁ、店に入りたくねぇ!

あったかハイムが待ってねぇよ!

どうしようこれから。休憩時間に俺の悪口大会が開催されてるところに出くわしたら…。

 

「お…おはようございまぁす…。」

 

控えめに朝の挨拶をしながら店に入ると俺とは正反対の反応が帰って来た。

 

「おっ、ハチおはよぉ~。今日も一日頑張りまっしょう!」

 

「おはようございます、ハチさん。」

 

「おはよう、史八。」

 

「遅いぞ、クソガキ。」

 

「やっときたかぁ。速く手伝ってくれぇ。」

 

みんなは笑顔で出迎えてくれるが、それが偽りのものかと思うと気分が沈む。

この際、ハッキリ言ってしまおうか。

 

そんなことを考えていると千束が声をかけてきた。

 

「ハチ?」

 

「みんな、無理して笑わなくていい。俺は分かってるから…。」

 

「……藪から棒にどったの?」

 

「だってみんな俺のこと嫌いなんだろ?……俺なんて居なくてもいいんだもんな…。」

 

「はぁ~?なんでそうなるの?」

 

「おい、なんか昨日のことで誤解してないか?」

 

「?」

 

「あっ、あれはわたしたちが最近ハチさんに頼りきりだったからで…たまには、羽を伸ばして貰おうと……。」

 

「へ?それこそなんで…?」

 

まるで意味が分からない。なんで急にそんなことを…。

 

俺は考えがまとまらず困惑していると千束が口を開いた。

 

「ハチっていつも頑張ってくれてるでしょ?…ご飯作ってくれたり、リコリスの仕事もフォローしてくれたり。だから少しでも、休んでほしくて……。」

 

そうか、そういうことだったのか…。

 

「そんなの…、そんなの俺が好きでやってんだからいいんだよ。」

 

俺がそう言うとみんなが安心したような表情になる。

 

「ほぅらね!アタシが言ったとおりじゃない!こいつがこっから出ていったりしないって!」

 

「その割にはめちゃくちゃ動揺してたけどな。」

 

「ですね。」

 

「だまらっしゃいっ!」

 

ミズキさんの言葉にクルミとたきなが反応する。

 

「ほら君たち、そろそろ開店時間だ。持ち場に付いてくれよ。」

 

ボスの言葉にみんなが行動を開始する。

 

「それにしても、改めてハチの偉大さを知ったよぉ。今度から出来るだけ手伝うからね!」

「アタシも、如何にアンタに任せっきりだったのか痛感したわぁ。」

 

「ボクもたまには、店の手伝いをしてやる。」

 

千束とミズキさんとクルミからそんな言葉を聞くことが出来て少し感動する。

千束たちに内心感心しつつ、俺も準備をしようとしたとき千束たちが再び口を開く。

 

「「「というわけで、」」」

 

「?」

 

「今日の晩ごはんはハンバーグがいいなぁ!」

「店終わったら肴作れ。」

「あんみつパフェ~。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………俺の感動を返してくんない?

 

ボスとたきなが頭を抱えていた。

 

「取り敢えず、お前らは『自重』の言葉の意味を辞書で調べて赤線引いてこい。」

 

 

 

 

 



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口は災いの元な話

 

今日も喫茶リコリコは営業中。

しかし、千束とたきなはリコリスの仕事をしているため店には居ない。

もうそろそろ帰ってくるだろうと思ったときに店のドアが勢いよく開けられる。

 

「はぁ〜い!みんなの千束が戻りましたぁ〜!」

 

「ただいま戻りました。」

 

対象的な挨拶をする看板娘たち。

今日も無事に仕事を終わらせてきたようだ。

そんな二人を見ると俺はあることに気づく。

 

「おい千束、それどうした?。」

 

「それ?」

 

「肩のとこ。」

 

「ん〜?」

 

俺が千束の肩の方を指差すと千束は自分の肩に視線を落とす。

俺の指摘で1stリコリスの制服の肩の部分が少しほつれていることに気づく。

 

「あ〜、さっき行方不明のヌコちゃん捕まえたときに茂みに入ったからその時に引っかけちゃったのかも。」

 

「新しいやつを用意してもらったえば?」

 

「えぇ~、いいよいいよこれくらい。まだ別のやつもあるしぃ。」

 

千束がそう言うとたきなが口を開いた。

 

「駄目です。」

 

「うぇ?」

 

「駄目です。リコリスの制服は普通の制服と違うんですよ。千束も1stリコリスなら知ってるかもしれませんが敢えて言わせてもらいます。この制服は防弾仕様なんです。言ってしまえばコレはわたしたちリコリスを守ってくれる防具なんです。その防具のメンテナンスを怠るとどうなると思いますか?確かに千束には銃弾を避ける驚異の動体視力がありますが絶対に避けられるという保証は何処にもありません。これからハチさんのような手練と遭遇するかもしれませんし、真島の様に策を弄してくる相手がいるかもしれません。そんな連中と中途半端な装備で勝てると本気で思いますか?思いませんよね!そもそも千束は1stリコリスとしての自覚が足りません!仮にも1stなんですからフキさんのような2ndや3rdのリコリスを牽引していく存在でないと困ります。この際だから言わせてもらいますが、私生活から千束はだらしないんですから。そもそも…、」

 

………すっげ、一発でたきなのエンジンがかかった。

千束に対して鬱憤でも溜まっていたのだろうか。

……まだ続いている。もうそろそろ止めてやれよ、たきな。

あの千束がシュンってなっちゃってるじゃん。

 

縮こまった千束が不憫に思ったためフォローを入れる。

 

「た、たきな。その辺で勘弁してやってくれ。千束もたぶん分かってると思、」

 

「ハチさんもハチさんです!」

 

「俺も?!」

 

あれ、おかしいな。矛先が俺のほうに向けられてない?

さっきまで千束がターゲットだったじゃん!なんで急に狙いを変えんの?!

 

「ハチさんが千束を甘やかすから千束の傍若無人さが助長するんです!大体、おふたりが付き合いだしてからそれが顕著になった気がします!仲がいいのは大変喜ばしいことですがこれとそれとは話しが別です!」

 

あれ、おかしいな?

なんかいつの間にか座敷に千束と一緒に正座してたきなの説教を受けてんだけど?

そもそもなんで今日のたきなはこんなにあたりが強いの?

 

俺は正座をしたきなの説教を右から左に受け流しながら小声で隣に正座している千束に話しかける。

 

「おい、千束。お前絶対たきなを怒らせるようなことしただろ!」

 

「ちょっと待ってよ!私がクロだって決めつけるの止めてよ!」

 

「たきなを怒らせるのなんてお前ぐらいだろうが!ほら、思い出せ!何やったんだ?!そして速く謝れ!」

 

「ちょっとだから……、いや待って。あれかな?いやそれともあっち?……あぁ!もしかしてあれかもしれ……………、コホンとにかく私じゃないよ。」

 

「いや無理だよ。誤魔化しきれてねぇよ!お前マジで何やった?!そんなんでよく自分はクロじゃないって言えたな?!」

 

千束とそんな会話をしていると説教中のたきなの怒鳴り声が響く。

 

「おふたりとも、ちゃんと聞いてるんですか!!」

 

「「はい!聞いてます!!!」」

 

たきなのあまりの気迫に千束と声を揃えて返事をする。

自然と背筋も伸びてしまっていた。

 

「大体、おふたりは……………、」

 

あぁ、これ終わんねぇやつだ…。

 

俺と千束は諦めて素直にたきなからの有難い言葉を頂いた。

 

____

 

「んぁ~?」

 

たきなの怒鳴り声で業務中なのに眠ってしまっていたミズキが起きる。起きた直後だと言うのに一升瓶からお猪口に酒を注ぐ。

 

「まだ呑む気なのかミズキ?」

 

「ケケケ、いいじゃない。アタシの勝手でしょ~。なんだか旨そうな肴もあるしぃ~。」

 

どうやらミズキはたきなの説教を受けている千束と史八を酒の肴にするようだった。

しかし、いくらお客が居ないからといってこのままというわけにはいかず各々に声をかける。

 

「ほら、ミズキ。まだ業務中だ。酒は仕事が終わってからにしてくれ。」

 

「えぇ~。」

 

「えぇ~じゃない。ほら、千束とたきなも店の服に着替えてきなさい。千束の制服は私から楠木に連絡して新しいものを用意させておく。今着ているやつは座敷にでも置いてくれればいい。史八、お前は厨房に入ってくれ。そろそろお客が来る頃だぞ。」

 

「はぁ~い、先生~!」

 

千束はそう言い更衣室へと走っていく。

たきなはそんな千束を追う。

 

「ちょっ!千束!まだ話しは終わってません!」

 

今日も変わらず喫茶リコリコは営業中である。

 

____

 

翌日

 

「おっは…、およ?」

 

店のドアを開けると誰も居なかった。ドアの鍵は開いていたし、店の電気もついているから、オッサンか史八あたりが既に来ていて着替え中といったところだろうか。確かにいつもより早く来てしまった。

 

店に入り、アタシも店の服に着替えようと更衣室のほうに向かおうとするといつもなら座敷にないものがあることに気付く。

 

「千束の服じゃん、なんでこんなところに?」

 

千束な服といっても店の着物ではない。リコリスの制服だ。

………そういえば昨日オッサンがなんか言っていた気がする。

 

ふむ……。

 

アタシはおもむろに千束の制服を手に取る。

 

JKの制服……。

着る機会がなかったから憧れがないと言えば嘘になるが、この歳になってJKの制服と言うのも……………、まぁ誰も見てないし、パッと着てパッと着替えればいいでしょ!

オッサンか史八が居るかもしれないけどめんどくさいしここで着替えちゃお!

 

千束の制服に袖を通して、窓ガラスに自分を見る。

 

「………おぉ~、あれぇ?思ったよりイケるじゃない?ちょ〜っち胸のあたりがキツイけど、…………中原ミズキ☆ピッチピチのJKでぇ〜っ…」

 

「あれ?ミズキさん珍しいですね。もう来たんで……、」

 

_____

 

【急募】着替えが終わり更衣室から出たらアラサーの身内がJKの制服を着てポージングしていた場面に遭遇した時の反応について。

 

………どうしよう。何これ?どんな状況?!なんか着替えを終えて座敷のほうに来たらミズキさんが千束の制服を着ながら『きゃぴっ☆』という擬音が出るようなポージングをしていた。

つーかなんでミズキさんが千束の制服を着てんの?!歳考えろよ!

いや、もうその事はいい!こういう時どんな言葉をかけるのが正解なんだ?!教えて神様!…あっ、神様なんていねぇや。教えて先駆者たち!……いや、流石の先駆者もこの場面の答えはもってねぇよ…。いや待てよ。こういう時こそ平常心であるべきだ。いつも通り。そう、いつも通り声をかければいいんだ!

 

なにしてるんですか?ミズキさん。

 

「キッッッッツ…。」

 

俺はこの時、自分の無力さを後悔した。

いつも通り話しかけようとしたがあまりの動揺に本音と建前が逆になってしまったことを……。

そうして、この時の俺が最後に見た光景はミズキさんの有らん限りの力が籠められた拳だった。

 

_____

 

「おっはよぉ~!千束が来ましたぁ!………ちょっとハチぃ、一緒に住んでるんだから起こしてくれてもよくない?おかげで遅刻………うわぁぁぁ!!!どうしたのその顔!!」

 

朝の挨拶のあと、起こしてくれなかったハチに軽く文句を言おうとしたらハチの顔がギャグマンガのように中心から渦を巻くようになっていた。

 

「気にするな……。」

 

「いや、気にするなって……。というかそういうのって自然に戻るもんじゃないの?ってかホントにどうしたのそれ?」

 

「……朝から理不尽な暴力にあっただけだ。」

 

「?」

 

 

 

 

 

 





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あり得ない話

 

「おっはよう、諸君!今日も元気にお客さんに笑顔を振り撒いていくよぉ~!」

 

私がそう言いながら店に入ると先生たちが何故かカウンターまわりに集まっていた。

 

なんだろう……、いつもと雰囲気が違う?

 

そう思っているとみんなが困惑した表情で私を見てきた。

 

「およ?ど~したのさぁ、みんなでそんな顔してぇ。」

 

「千束……。」

 

「おうおう!どぅした私の相棒!なんか悩みでもあんのか?ん?千束お姉さんにぶっちゃけてみ?解決できそうなら解決しちゃるぞっ!」

 

「悩みと言えば……、悩みなんですけど…。」

 

「ん~、ハッキリしないなぁ。ズバッて言っちまえよぉ~。」

 

「…わたしたちから説明するより見て貰ったほうが早いと思います。」

 

「?」

 

たきなはそう言うと自分の体をずらして私にカウンター席が見えるようにする。

どうやらカウンター席に誰かが座っているようだ。

その誰かはクルミより背が低くカウンター席に座っていて足が見事に浮いていた。パッと見4~5才程度だろう。

まだ、後ろ姿しか見えないがこの後ろ姿……私は何処かで見たような気がする。

 

私の気配に気付いたのかその誰かが私のほうを振り向く。

 

「お姉ちゃん、だぁれ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………ハチっ!?!?!??!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______

 

「んんん~!可愛い゛ィィイいぃ゛ぃ゛!!!」

 

私は少年を膝の上に乗せ後ろから抱き締めるように座る。

先生に聞いてみるとどうやら朝から店の前に居るのを先生が見つけ保護したみたいだ。少年から色々と聞いていたときに私が来たらしい。

今も、みんなで集まっていた少年から事情を聞いている。

 

「すまない、もういちど聞かせてほしいのだが君の親御さんは何処にいるか分かるか?」

 

「親はいないよ!僕、孤児ってやつだから。院長先生とみんなと一緒に暮らしてるんだ!」

 

「………じゃあ、その院長先生は何処にいるのか分かるか?」

 

先生の問いに首を横に振りながら少し寂しそうに答える。

 

「わかんない…。僕も気付いたらこのお店の前にいて…、院長先生から外には出ちゃダメって言われてたのに……。これからどうしよう…。」

 

「大丈夫だよ!きっとすぐに見つかるよ!院長先生が見つかるまでここに居れば言いし。ね!先生っ。」

 

私が慰めるようにそう言うと少年の顔に笑顔が戻った。

 

「ホントに?!いいの?!………えぇと……。」

 

「あっ、自己紹介がまだだったね。私の名前は錦木千束。ち・さ・と、だよ。わかった?」

 

「うん!千束お姉ちゃん!!!」

 

・・・ズキュ~~~~~ン!!!!!

 

えっ?なに今の?お姉ちゃん呼びなんて保育園の子どもたちにいつも言われてるのに、ハチに似たこの子に言われると、えっなにこの気持ち?!分かんない!分かんないけどなんかこう……、私の中の何かが目覚めそうな感じがする!?!?

 

その後、先生たちが順番に自己紹介していき、この子の番になった。

 

「では、最後に君の番だ。名前はなんて言うんだ?」

 

先生がそう尋ねるとこの子はハッと何かに気付いたように自分の両手で自分の口を塞ぐ。

 

一体どうしたんだろうか?控えめに言って可愛すぎるっ!

こんなことを私の膝の上でやらされたらお持ち帰りしたい。

なんでこんな可愛い存在が私の膝の上にいるの?!

まぁ、膝の上に乗せてるのは私が勝手に乗せてるんですけどね!

 

「どうしたんだ?」

 

この子の行動を不審がった先生が尋ねると口の前に当てていた両手を少し緩めて小さな声で答えた。

 

「今更なんだけど、知らない人と喋っちゃダメって、院長先生が……。」

 

「大丈夫だよ!そ・れ・にぃ~もう自己紹介したから知らない人じゃないでしょ?」

 

「っ!千束お姉ちゃんってもしかして天才なの?!」

 

「えっへん!そこに気付くとは中々、」

 

「千束、子どもに煽てられて天狗にならないでください。」

 

うちの相棒は今日も辛辣だぜぇ~。

 

「それで、貴方のお名前は?」

 

たきながそう聞くとなにやら言いづらそうに答える。

 

「……ないの。」

 

「え?」

 

「名前は…ないの。」

 

「名前がない?」

 

「うん。」

 

「どうして?」

 

「前に一回だけ院長先生に付けてってお願いしたんだけど、名前っていうのは大事な人から贈られるとても大切なものだからって言ってた。……でも、院長先生にはその資格がないからって断られちゃって。」

 

「そっかぁ~でも、名前がないと不便だよねぇ。なんて呼べばいいか分かんないし……。それじゃ!あだ名を付けてあげよう!」

 

「あだ名?」

 

「そう!あだ名。それなら良いでしょ?」

 

「それならボクに言い考えがあるぞ。」

 

「クルミ?」

 

「顔が史八(ハチ)に似てるし、名前がないってことなら『ナナシ』でいいだろ。」

 

「ク、クルミぃ~。それはちょっと、ねぇ君も……、」

 

「いいよ!」

 

それでいいの!?

 

そんなことを思っていたらおもむろにミズキが尋ねてくる。

 

「そういえば史八のやつはどうしたのよ?アンタと一緒に来るんだと思ってたんだけど。」

 

「えっ?もう家には居なかったからお店に来てるんじゃないの?」

 

「そういえば朝から姿を見ないな。千束、ちょっと連絡して見てくれ。」

 

「オッケー。え~っと、ぴ・ぽ・ぱっと。」

 

先生に頼まれ私がハチのスマホに電話をかけると私たちの近くから着信音がなる。昨日の夜お店にスマホを忘れたのだろうか?

まったく、ハチってばたまに抜けてるところがあるんだから……、まぁ、そういうところも可愛いんだけどね!

 

ハチのスマホの行方を探しているとナナシ君は自分のズボンのポケットに手を入れてあるものを取り出した。

 

「なんだろ、これ?」

 

ナナシ君が取り出したのはハチのスマホだった。

 

「えっ?!なんでナナシ君がハチのスマホ持ってるの?!」

 

「分かんない…。いつの間にか僕のポケットに入ってた。コレ、そのハチ?っていう人のなの?」

 

「そ……、そう…だね。私から返しておくから私に預けてくれる?」

 

おかしい……、何かおかしいな。

ハチに似てるナナシ君。そんなナナシ君がハチのスマホを持っていた。

それに名前がないって言ってたけど、そんなことありえる?

それに院長先生とみんなと暮らしてるって言ってたけど…。

………………まさか、いや、まさかな……。ドラマや映画じゃないんだし……。

一応、確認しよう。そうだ、そうしよう。

 

「ねぇ、ナナシ君?」

 

「なぁに、千束お姉ちゃん。」

 

「ナナシ君、さっき院長先生とみんなと暮らしてるって言ってたじゃない?お家はどの辺にあるの?ここから近い?」

 

「近いかどうかは分かんない。でも、山の中にあるんだ!『おひさま園』ってところ!」

 

「………………ナナシ君、ちょっと悪いんだけどお姉ちゃんたちあっちでとても大切な話しをしなくちゃいけないからちょっとここでケーキでも食べて待ってて貰ってもいい?」

 

「ケーキ!?ならショートケーキ!イチゴのやつがいい!」

 

 

______

 

私たちはナナシ君にカウンターで待ってて貰い、厨房のほうで話しをする。

どうやら、不審がっているのは私だけではなかったようだ。

最初に口を開いたのはクルミ。

 

「なぁ、やっぱり何かおかしくないか?名前がないこともそうだし、なんで史八のスマホを持ってたんだ?……それにあの顔。他人の空似ってレベルじゃないぞ。」

 

「あいつの隠し子だったりして。」

 

「ハチはそんなことしません~!私というものがあるんだからね!」

 

ミズキが冗談目かして言ったセリフを直ぐに否定する。

 

「結局、本人に聞くのが一番速いんじゃないですか?ハチさんが来るのを待てば良いのでは?」

 

「問題はそこだよ、たきな。」

 

「どういう意味ですか?」

 

「ナナシ君自身がハチかもしれないってことだよ。」

 

「いつもの悪ふざけ………と、いう感じではありませんね。」

 

「ハチに聞いたことがあるんだけど、ハチってば昔、院長先生っていう人と当時のハチと歳の近い子どもたちと一緒に暮らしてたんだって。」

 

「どこで暮らしてたんだ?」

 

クルミの質問に答える。

 

「山の中にある………、『おひさま園』っていう孤児院。」

 

私の言葉にみんな驚いたような表情となって、ミズキが慌てて否定する。

 

「で、でも、髪の色が全然違うじゃない!あの子は黒髪だけど、史八は銀髪じゃない!」

 

「いや、史八は昔は一般的な黒髪だったと聞いている。ある事件があって今のような髪の色になってしまったんだとか。」

 

先生からフォローが入りミズキがクルミが再び尋ねる。

 

「ある事件って?」

 

「……私の口からは言えない。」

 

「はぁ~。つまりなに?あいつだけタイムスリップしたってこと?」

 

「理屈は分からんがな。」

 

「ど、ど、ど…どうしよう!どうにかなんないのクルミ?!」

 

「お前は、ボクをなんだと思ってるんだ。完全に専門外だ。どうしようも出来ない。」

 

「いつ戻るかも分からないとなると不味くないですか?お店の営業もリコリスの仕事も……、そもそもDAに報告したとしても信じてくれませんよ。」

 

「え~、DAに報告しなくたって良いんじゃない?クルミのことだって言ってない訳だし。……取り敢えず、ナナシ君はここで保護するって感じで良いでしょ。」

 

「そうだな。本当に史八自身か分からないが目の届く範囲にいて貰ったほうがいいだろう。」

 

私の提案に先生が許可を出す。

他のみんなも首を縦に振っていた。

そうと決まればっ……!

 

「先生っ!ハチが昔着てた着物!どこにしまってある?!」

 

「ちょっと待ってください、ナナシ君を働かせる気ですか?本人に確認したほうが……、そもそも着物だって、」

 

「残ってるぞ。奥のほうにしまったから少し手間取るかもしれないが。」

 

「さっすが、先生っ!じゃあ、ナナシ君に説明してくる~!」

 

「ちょっと千束!」

 

______

 

私がナナシ君にお店の手伝いをお願いしたら二つ返事で了承してくれた。取り敢えず、お客さんに聞かれたらハチの従弟だという設定にして口裏も合わせて貰った。

今日は幸いにしてリコリスの仕事が入ってないのでお店のホールの簡単なことを手伝って貰おう。

 

_____

 

「可愛い゛ィィイいぃ゛ぃ゛!!!」

 

昔の着物を着たナナシ君。

もう髪の毛の色が違うだけで当時のハチそのものだった。

 

「コレ、カッコいいね!…少し動きづらいけど。」

 

「でも、良いでしょ~?コレで私たちとお揃いだよ!」

 

「ホントだ!でも、千束お姉ちゃんはカッコいいってより綺麗だね!」

 

「ナナシ君~~!」

 

私は喜びのあまりナナシ君を抱き締める。

そんな私にたきなが話しかけてくる。

 

「千束、時間がないんですから速くすることをしちゃってください。」

 

「たきなお姉ちゃんも綺麗だよね!僕、知ってるよ。たきなお姉ちゃんみたいな人を『くーるびゅーてぃー』って言うんでしょ!」

 

「………あ、ありがとうございます。…………千束。」

 

「ん?どしたの、たきな?」

 

「この子はわたしが育てます。」

 

たきなに母性が目覚めちゃった?!

 

「だ、ダメだよ、たきな!いくらたきなでもそれはダメ!」

 

「………冗談です。」

 

ホントに冗談だったのか?

冗談だったらさっきの間はなに?

そんな私たちのところにクルミが来た。先程までパーカー姿だったが着物に着替えているのでどうやら、クルミも働くようだ。

 

「お前ら、ボクが働いてるんだから速く準備しろよ。」

 

「あっ!クルミちゃんも着替えたんだ!クルミちゃんもよく似合ってるね。可愛いよ!」

 

「…おい、どうしてボクだけ、『ちゃん』付けなんだ?」

 

「え、だってクルミちゃん、僕より少し年上でしょ?背も一番近いし。」

 

「………もう好きに呼べ。」

 

クルミが不満の声をあげるが、最終的にめんどくさくなったのか直ぐに折れてしまった。

 

「お~い、そろそろ店を開くぞ。」

 

そう先生が話しかけてきたのでナナシ君に先生について聞く。

 

「ナナシ君、先生はどう思う?」

 

「先生ってミカおじちゃんのこと?カッコいいと思うよ!だんでぃーって感じで!」

 

「くっ。」

 

ナナシ君がそう言うと先生は胸と目頭を抑える。

きっと嬉しかったのだろう。

 

「なに泣いてんだ、オッサン。」

 

「あっ!ミズキお姉ちゃんも着替えたんだ!ミズキお姉ちゃんの色は緑なんだね!」

 

「!」

 

「ミズキがお姉ちゃん?」

 

「でこっぱちは黙ってなさい!…おい、ナナシ。」

 

「なぁに、ミズキお姉ちゃん?」

 

「私と結婚するか?」

 

「ちょっと、ミズキ!!!」

 

「相手は子どもですよ?!」

 

「血迷ったか?!?!」

 

「じゃりんこ共は黙ってなさい!今の私なら…………私なら…………、母乳が出そうな気がする!!!」

 

ミズキが珍しくお姉ちゃん呼びされたから壊れた~~~!!!

 

「ナナシ君!速くこっちに!ミズキから離れて!!」

 

私は急いでミズキからナナシ君を離そうとするが、ミズキに抱き締められてしまって不可能となってしまう。

 

「ミズキ!ナナシ君を離して!!!」

 

「ミズキさんまだ間に合います!冷静になってください!!」

 

「やだ!アタシはこいつと結婚するぅ!」

 

そんな暴走機関車状態になったミズキを止めたのはこの場で一番小さい存在だった。

 

「ミズキお姉ちゃん、ミズキお姉ちゃんみたいな美人さんはね、僕には勿体ないから結婚は出来ないけど、きっと僕よりミズキお姉ちゃんを幸せにしてくれる人が出来ると思うよ。」

 

「くっ!穢れを知らない純粋な言葉が心に刺さるっ!」

_____

 

その後、荒ぶるミズキを抑えて、無事今日もリコリコは開店した。

業務のほうも最初はたどたどしかったナナシ君も要領を得たのかとてもよく働いてくれていて、常連さんたちにも好評であった。

 

閉店後、ナナシ君は私が預かることとなり一緒に私のセーフハウスにいる。

 

「今日はよく頑張ったねぇ~、ナナシ君。慣れないことばっかりで疲れたでしょ?」

 

「うん!でも、楽しかったよ。お客さんも面白い人ばっかりだったし!」

 

「そうだねぇ~!」

 

私が頭を撫でているとふとした瞬間に表情が曇ってしまった。

 

「どうしたの?」

 

「……院長先生、見つからなかったから。」

 

私は雰囲気を変えようとナナシ君に質問する。

 

「ねぇ、ナナシ君。院長先生ってどんな人なの?」

 

「院長先生はね、スゴいんだよ!いつも僕たちのご飯を作ってくれるんだけど全部美味しいんだ!」

 

「そうなんだねぇ、他には?」

 

「他にはね、う~んと……、あっ!千束お姉ちゃんに似てるかもしれない!」

 

「私に?」

 

「うん!優しいところとかねぇ、雰囲気?っていうのかなぁ?千束お姉ちゃんと話してると院長先生とおしゃべりしてる気がするんだ!だから千束お姉ちゃんのこと大好きだよ!!!」

 

っ!、………………もう我慢できない。

 

私は小さくなったハチをソファーベッドに押し倒す。

 

「え、どうしたの?千束お姉ちゃん?目がちょっと怖いよ。」

 

「ハチが悪いんだよ。綺麗だとか、大好きだとか私が我慢できないセリフばかり言うから…。」

 

「ハ、ハチ?僕、ハチさんって人じゃないよ?」

 

「大丈夫、ハチが小さくなったって私の気持ちは変わらないから。ハチはハチだもん。私の大切な人だもん。」

 

「千束お姉ちゃん?」

 

「千束って呼んで。」

 

「ち、千束?」

 

ハチのセリフで私は既に感情のコントロールが出来なくなってハチを襲ってそれから………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_____

 

「はっ!!!」

 

目が覚めた。

視界に広がるのは私の部屋の見慣れた天井。

 

「あ………、あぁ、はいはい、OKOK、理解した。」

 

そういうことね…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢オチかよぉぉぉぉ!!!!!

 

私は枕に自分の顔を埋める。

 

くっそ~、もうちょっと夢から覚めるのが遅ければ………ってなに考えてるンだ、私ぃ~!!!

落ち着け、まずは落ち着かなければ…、ひ、ひ、ふぅ~。

……よし、落ち着いた。

 

「………にしても、小さい頃のハチってばあんなに可愛かったっけ?」

 

当時はカッコいいと思ってたけど、あんなに可愛かったならもったいないことしたぁ~!

それにしても…………………、

 

「千束~。」

 

「ひゃいっ!」

 

いきなり部屋にハチが入ってきたから変な声が出てしまった。

 

「っ!ちょっと、ハチってば!いきなり入ってこないでよ!親しき仲にもなんとやらっていうでしょっ!」

 

「礼儀あり、な。後、ちゃんとノックはしたぞ。お前の反応がないから入ったらだけで、というか起きてるなら返事くらいしてくれ。」

 

「あ、あれ?そ、そうだったんだ?ごめんね?」

 

「なぜ疑問系?……ん?」

 

そう言うとハチはおもむろに私に近づき私のおでこに掌を当ててくる。

 

「ちょちょちょっ!!!」

 

「熱は………無さそうだな。」

 

「何してんの?!」

 

「何って……、熱計っただけだよ。なんか顔が赤いし。どうした?風邪か?」

 

「だ、大丈夫だって!これは………あれよ!運動!運動してたの!」

 

「なんで朝から自分の部屋で運動を?」

 

「そーゆー気分だったの!あるでしょ!!!」

 

「ねぇよ。……まぁ、いいや。朝飯出来てるから速く顔洗ってこいよ。」

 

「分かったから!速くでてって!着替えるから!!」

 

「はいはい。」

 

私の無理矢理な理由に怪訝な表情を浮かべつつもハチは部屋から出ていったが、私はしばらくベッドに座り動けなかった。

 

「言えるワケないじゃん………、ハチとの子どもを想像してたなんて…。」

 

そうして私は再び枕に顔を埋めるのだった。



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出来れば自分の話しは自分のいないところでしてほしかった話





 

「う~ん……。」

 

店にある休憩室のちゃぶ台でノートパソコンを使い唸りながらデータ入力を行う。

 

やっぱ最近、売り上げが右肩下がりになってるなぁ。前はたきなのうんk………ホットチョコパフェがバカ売れしたからどうにかなったけど…、またなにか対策を考えなきゃいかんか?

 

そんなことを考えていると千束とたきなそれにクルミが部屋に入ってきた。3人はたきなが自動販売機を今まで使ったことがないと言うので千束が使い方を教えるためにたきなに同行し、クルミはおもしろそうだからという理由で付いていったが、帰ってきたようだ。

 

「ねぇ~、ハチ聞いて!たきなってば当たり付きの自販機のデジタル音を爆弾のカウントダウンと勘違いして自販機の前で防御したんだよ!面白くない?!」

 

「千束っ!恥ずかしいから言わないで下さいって言いましたよねっ?!なんでそんな舌の根も乾かぬうちに言っちゃうんですか!」

 

「あっれぇ~、そうだったっけぇ~?」

 

「口に潤滑油でも塗ってあるんじゃないかぁ?」

 

3人はそんなことを言いながら部屋に入ってくる。

俺がまだ、仕事をしていることに気がつくとクルミがニヤニヤしながら話しかけてきた。

 

「おっ、今日もよく働いてるじゃないか。その調子できりきり頼むぞぉ~。」

 

「…お前も居候なら少しくらい手伝ってくれてもバチは当たらないと思うんだが…。データ入力なら得意分野だろ?」

 

「それはそうだが……、それはミカがお前に任せた仕事だろ?任された以上、責任を持ってするのが社会人ってもんじゃないのかぁ?」

 

「はいはい、そ~ですね。」

 

俺がそう返答すると、クルミは俺の向かい側に座る。

どうしたのだろうか?いつもなら直ぐに押し入れに戻るのに。

 

「どうした?秘密基地に戻らないのか?」

 

「史八、ちょっとボクのことバカにしてるだろ。」

 

「まさか。」

 

そう言ってデータの入力作業に戻ろうとする。

 

「いい機会だ。前から聞きたかったことを聞こうと思ってな。」

 

コレ(データ入力)しながらでもいい?」

 

画面を見ながらクルミに尋ねると今度は千束が俺の膝を枕に横になる。

 

「おい、千束。」

 

「もうすぐお店も終わるから良いでしょ~?そ・れ・にぃ~昨日はハチがなかなか寝かせてくれなかったじゃ~ん。だから今、とっても眠いの~。」

 

「ほう?」

 

クルミがオモシロイ話題を見つけたような声をだす。

 

「おい、誤解を生むような発言をするんじゃない。」

 

そんなクルミに弁明するように事情を説明しようとするとたきなが話しかけてきた。

 

「おふたりで昨日、何かしてたんですか?訓練ですか?」

 

「「「たきな、そのままのお前でいてくれ。」」」

 

「……?、はい。」

 

たきなの純粋な心から自分達の心がどれだけ汚れているのか自覚した。

その後、千束の発言による誤解を訂正する。

 

「そもそも、仕事終わりに映画を5作品も観ようとしたのはお前だろ千束。眠くなって当たり前だ。」

 

「えぇ~、良いじゃん!面白かったでしょ~。」

 

「………お前が先に寝堕ちて、ベッドまで移動させたの俺なんだけど?」

 

「………。」

 

「…しかも今朝、お前を起こしたのも俺だし。朝食は…まぁいいとして、俺が居なかったら今日完全に遅刻してたからな。」

 

「………zzz」

 

「こいつっ……。」

 

「甘やかしすぎですよ、ハチさん。」

 

「……自覚はしてる。」

 

「ボクが聞きたかったのはそこだよ。」

 

「ん?…あぁ、なんか聞きたいことがあるんだっけ?」

 

「あぁ、千束には前に聞いたんだが。」

 

「?」

 

「お前は、千束のどこに惚れたんだ?」

 

千束に惚れた理由?

 

説明するには昔話を踏まえて説明しなければいけないので少し面倒だと感じていると、ふと千束の顔に目がいく。どうやらさっきまでは狸寝入りしていたが、本当に眠ってしまったようだ。

 

そんな千束の頭を撫でながら昔を懐かしみつつ言葉にする。

 

「どうせクルミのことだから俺が昔、DAにいたことは知ってるんだろ。」

 

「あぁ。」

 

「その頃、アニムスの副作用の流入現象で色々と精神的に参っててな。自暴自棄になってたんだ。」

 

「アニムス?流入現象?副作用ってハチさん、病気だったんですか?」

 

聞き慣れない単語を耳にしたためかたきなが尋ねてきたが説明すると長くなってしまうため割愛させて貰う。

 

「まぁ、そのことは一旦こっちに置いといて…。」

 

「ボクも詳しくは知らないから教えてくれてもいいんだぞ。」

 

「やだよ、めんどくさい。……まぁ早い話しが当時、色々と腐ってた俺を救ってくれたのが千束なんだよ。」

 

「その時から、千束のことを好意的に思ってたんですか?」

 

改めてそう聞かれると悩んでしまう。

 

「……そうなのかなぁ?」

 

「違うのか?」

 

「う~ん、千束のことを幸せにしようと思ったのがその時だけど……、好きかどうかって聞かれると…。」

 

「そんなこと思ってたのに好きじゃなかったのか?」

 

「ん~、そうかもなぁ。気付いたら好きになってた感じ?」

 

「なんで疑問系なんですか?」

 

「ガキの頃からずっといるからなぁ。いつ千束のことを好きになったのか自分でももう分からん。」

 

「そんなものですか。…今更ですがハチさんは本当に千束でいいんですか?この人しょうもない嘘つきますよ?」

 

「確かにあの嘘は酷かったな。自販機でおでんを買おうとしたたきなに鍋って。」

 

自販機のおでんに鍋?どういうことだ?

そんなことを思っているとたきながクルミを睨み付ける。

 

「クルミ。貴方も知っていた上で黙っていたのなら同罪です。」

 

「分かった、黙ってればいいんだろ。」

 

「話しの内容が一切見えてこないんだが………、まぁ、いいじゃないか。…しょうもない嘘しかつけないバカ正直なところがこいつの長所だ。」

 

俺は膝の上で眠りについている千束の頭を撫でながら答える。

 

「……まぁ、それもそうですね。嘘が得意で人を騙すことをなんとも思わない。そんな千束は千束じゃありませんから。というかそんな嫌な千束は想像できません。」

 

「嫌な奴でもいいじゃないか。嘘が上手いのは頭が良いからだ。人を騙して心が痛まないのは、そうしてでも遂げたい目標や目的があるからだ。………俺は良い奴の千束が好きなんじゃない。千束の個性である『良い奴』が好きなんだ。だから、こいつの悪いところもそれが千束の個性なら受け入れられる気がする。…まぁ、何て言うか………、たとえ千束がどんな悪人でも、きっと俺はこいつのことが好きなんだと………そう思う。」

 

俺の膝の上に頭を乗せながら眠っている千束の頭を撫でながらそう答えるとたきなとクルミは黙ってしまう。

なにか変なことでも言ってしまったのだろうか?

 

______

 

ミ、ミスったぁぁぁぁぁ~!!!

完っ全に起きるタイミング見逃したぁぁぁぁ!

 

どどどど、どうしよう、確かにハチの膝枕が思った以上に快適すぎて一瞬だけ意識がなくなってたけど、たきなたちが面白そうな会話をしてるから寝たふりして盗み聞きしてやるかぁって安直な考えをしてたらいつの間にかとんでもない会話になってたぁ!

 

というか、こういう話って普通本人が居ないところでするんじゃないの?!いくらご本人が寝てるからって普通する?!しないよね?!えっ、しないよね……。

 

っていうか、クルミもクルミだけどハチも何答えてるんだよぉ…。

いや、嬉しいけど、嬉しいけど!ハチの心が少し覗けたようでGood jobクルミ!って正直思ったけども!なぁんで私の彼氏はこんな恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなくスラスラ言うの?羞恥心どこ行った?記憶と一緒にどっかにやっちまったのか?おっ?

まぁ、知ってましたけどね。ハチが恥ずかしいセリフを言うのは今に始まったことじゃないですから…。

 

「ハチさん……、よくもまぁそんな恥ずかしいセリフをスラスラ言えますね。こっちが恥ずかしくなってきました。」

 

そうっ!流石、相棒っ!!!これぞまさに以心伝心!私の気持ちを代弁してくれるたきな、ホント好きぃ~。

よぉし、たきな!その調子でこの空気を変えてくれ!そして私が起きるタイミングを作ってくれ!!

たきななら出来るって信じてるっ!

 

「そうか?そこまで恥ずかしくないだろ。俺の気持ちを言っただけだし。」

 

「普通、そういう気持ちは隠すようなものなんですよ。まぁ、ハチさんがそれで良いなら良いですけど……。そろそろ私は向こうで店長の閉店作業を手伝ってきますね。では。」

 

「あぁ、頼む。」

 

「頑張れよぉ~。」

 

そう言ってたきなは休憩室から出ていきそれをハチとクルミが見送る。

 

…………ちょっと待って?!

なんでたきな出てっちゃうの?!コレじゃあ私、いつ起きれば良いか分かんないじゃん?!?!まだ、ミズキだっているし先生とミズキに任せればいいじゃんっ!いや、ちょっと待てよ。どうせミズキはお酒飲んでて戦力にならない。ということは先生ひとりじゃ閉店作業もままならない。つまり、何時までたっても閉店できない!そしてこの状況を作り出した諸悪の根元は真っ昼間っからお酒を飲んでいたミズキということになるっ!………くっそ~ミズキめっ!

 

 

「で?コレでお前の疑問には答えられたか、クルミ?」

 

「あぁ、充分だ。想像以上に面白い話しが聞けた。千束に聞いたときはお前が優しいところ~とか抽象的な話しか聞けなかったからな。にしても………、ふぅ~熱い熱い。こっちまで熱くなったきた。」

 

クルミがそう言うと押し入れに戻る音が聞こえてくる。

 

「まったく。」

 

ハチがそう言うとキーボードを叩く音が速くなる。

その後、私が寝たふりをしているため特に会話もなく時間だけが過ぎていく。

 

き、気まずい!

私は何時まで寝たふりをしてればいいの?!

寝たふりって思いの外しんどいんだよ?!

もう誰でも良い!誰か!誰かこの状況を何とかしてくれぇ!!!

 

そんなことを思ってると数分後、キーボードを叩く音が止みハチが上半身を伸ばす。

 

「うぅ~ん。終わったぁ。……お~い、千束。そろそろ起きろぉ。」

 

あっ、普通に起こしてくれるのね…。

 

 

 

 

 

 

 

 





「そういえば、史八。さっきの話だが。」

「ん、どうしたクルミ?」

「絶っっっっっ対、ミズキには言うなよ?」

「まぁ、聞かれなきゃ答えないけど………なんで?」

「多分、ミズキが聞いたら嫉妬で半狂乱するから。」

「………なんで???」

_________________


この話しにはリコリスリコイル 公式コミックアンソロジーリピート2のたきなvs自販機の話しが面白かったので組み込みました。

自販機のおでんに鍋のくだりが気になった方は是非、購入して読んでみてください!

よろしければ感想、評価のほうもよろしくお願いします。



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酒は呑んでも飲まれるなの話


久々の投稿で書き方を忘れて時間がかかりました。
話しのネタも思い浮かんでは消えての繰り返しで…。




それでは、どうぞ。


 

喫茶リコリコの営業時間終了直後、まぁたミズキさんが晩酌を始めてしまった。まぁ、営業中も呑んではいたが。しかも、今日は既に出来上がってしまっているようだ。

 

「ぷっはぁぁぁぁ~~!あぁ~今日も酒が旨い!五臓六腑に染み渡るわぁ~。」

 

「ミズキさん、まだ閉店作業が終わってないんですから酒盛り始めないで貰えます?」

 

「いいのいいの、アタシぃ~明日休みだからぁ。」

 

「それは明日が休みで、今日の業務が終わった人が言うことのできるセリフですからね。」

 

「あぁ~ん?………分かったぁ~、肴作ってぇ!」

 

「会話のキャッチボールしてくんねぇか?ドッジボールじゃなくて…。」

 

ミズキさんの対応にイライラしてしまい言葉遣いを砕いた。

______

 

「ねぇねぇ、たきな。」

 

「なんです?」

 

「今、唐突に気になったことがあるんだけどさ。」

 

「?」

 

営業時間が終わり、千束と一緒に厨房を片付けていると、急に尋ねてきた。

 

「蛍ってさ……なんで光るの?」

 

「ホントに唐突じゃないですか…。そんなの番を見つけるためでしょう。一般常識ですよ。」

 

「そんなことは、私でも知ってるよ!」

 

「千束なら知らない可能性も考慮しまして…。」

 

「たきなは私のことなんだと思ってるの?!このヤロ~、おりゃ~!」

 

「ちょっと、止めてください!」

 

そう言いながらじゃれてくる。

千束を落ち着かせてから私は千束に尋ねる。

 

「そもそも、なんで知ってることをわざわざ聞いてくるんですか?!」

 

「ゴメンゴメン、聞き方が悪かったね。どうやって光ってるのかを知りたいんだよ。」

 

「あぁ、メカニズムのほうですか。」

 

「そそ、あいつらってお尻が光るでしょ。光ってるのに熱くないのかなぁって。たきなは知ってる?」

 

「光るメカニズムまでは流石に……、リコリスにはいらない知識ですし、養成所でも習いませんよ。」

 

「だよねぇ。」

 

千束とそんな会話をしているとホールのほうからハチさんの声が聞こえてきた。

 

「会話のキャッチボールしてくんねぇか?ドッジボールじゃなくて…。」

 

どうしたんだろうか?

ホールのほうにはミズキさんとハチさんしかいない。

ハチさんがミズキさんに対して敬語を外すなんて珍しいこともあるようだ。

 

「……よし、ハチに聞きに行こう!」

 

「ハチさんにですか?流石に知らないんじゃ、」

 

「ねぇ~ハチぃ、教えてぇ~!」

 

「ちょっ、千束!?」

_______

 

「ねぇ~ハチぃ、教えてぇ~!」

 

ミズキさんに呆れていると厨房のほうから千束が話しかけてきた。

後から来たたきなも顔をこちらに覗かせる。

 

「どうした千束。」

 

「蛍ってなんで光るのかなぁってふと思ってさぁ。たきなに聞いても分かんないみたいだからさっ。」

 

「その言い方だとわたしが悪いみたいな感じじゃないですか?!」

 

ふたりがそんな会話をしながらじゃれ合う。

もう見慣れた光景だ。

 

「なにがどうしてそんな会話になったのかは知らんが、蛍は番を見つけるために、」

 

「じゃなくてっ!光る………なんだっけ、たきな?」

 

「メカニズム。」

 

「そそっ、光るメカニズム!」

 

「あぁ、そっちかぁ。」

 

「お尻が光って熱くないのかなぁ~って思うんだけど。」

 

「ホタルの光ってのは発熱を伴わないから熱くはないんだ。所謂、『冷光』って言われる光なんだけど………、う~ん…。」

 

「どったの?」

 

「いや、専門用語とか出るから理解できるかなって…。」

 

「おいおい、千束さんなめんなよ。こちとら天下のファーストリコリスぞ?多分、分からんと思うけど取り敢えず説明してみ?」

 

「なんでちょっと偉そうなんだよ…。まぁ、いいや。だいぶかいつまんで説明すると、さっき言った冷光ってのはルシフェリン・ルシフェラーゼ反応で起こる光なんだ。」

 

「る、るし…?」

 

「簡単に言うと、ルシフェリンがルシフェラーゼとMg2+の存在下で酸化され、そこでオキシルシフェリンと二酸化炭素に分解される。」

 

「お、おき?……おしる?さ、さんか?」

 

「そのオキシルシフェリンのカルボニル基が電子的に励起された状態にあって、それが基底状態に戻るときに光が放出されるんだ。だから、光ったり消えたり……、分かったか?」

 

「……………あ~なるほどなるほど、OKOK!完全に理解した!」

 

「千束…、それは理解していない人が言うセリフですよ。」

 

「……そういえばこの間ジョニー・ディップ主演の海賊映画やってたじゃん?」

 

「急に話題転換するじゃん。」

 

「千束ですからね。」

 

「そこのカウンターに倒れてるへべれけミズキ見て思ったんだけどさ、どうして海賊にはラム酒ってイメージがあるの?」

 

千束たちと話していて気づかなかったがいつの間にかミズキさんがカウンターで潰れていた。

まぁ、静かになったから丁度いいか。

 

千束の疑問にたきなが抽象的に答える。

 

「それは……、ラム酒ばかり飲んでるからでは?」

 

「だったら、ラム酒だけじゃなくて他のお酒でもいいじゃん。それに、そればかりだと飽きちゃうでしょ~。」

 

「ラム酒じゃなきゃいけない理由がある……とか。」

 

「その理由って?」

 

「それは知りませんけど……、何かしらあるんじゃないですか?」

 

「たきなぁ~、そんなあやふやな答えじゃ花丸はあげられないよ?」

 

「なんで千束がそっち側なんですか!知らないんですよね!?」

 

「えへへへ~、ハチはどう?知ってるぅ?」

 

「海賊たちが闊歩していた所謂大航海時代っていうのは、」

 

俺が話し始めようとしたら千束とたきなは俺に背を向けてヒソヒソ声で話し始める。

 

「千束、普通に話し始めましたよ?なんで知ってるんですか?」

 

「たきな、こういう時はハチだからってことにしとかなきゃ。」

 

おい、いくら声が小さくてもこの距離なら余裕で聞こえてるからな。

コイツらはまじで俺のことをなんだと思ってるんだろう…。

 

「はぁ…、遠くの大陸に移動する遠洋航海の時代であって、当時の帆船がせいぜいが7ノット……時速12km程度の速度しか出ないから遠くの陸地に着くのに数ヶ月かかってたんだ。勿論、長旅になるし船を動かすには人手もいる、そして当然食糧が必要になってくる。肉や芋は干して、ある程度の保存は効くがこの時代には冷蔵庫なんて便利なものはなかったし、消毒技術もままならなかった。お前たちも知ってると思うが、人間てのは食事をしなくても2~3週間は生きれる。……が水は別だ。水がなければ人間は1週間と持たない。いくら新鮮な水を大量の樽に入れて積んだとしても数ヶ月の航海中にあっという間に腐って飲めなくなっちまうんだ。」

 

千束とたきなは真剣に俺の話しを聞いていた。

 

「そこで、当時の人達は考えた。水の代わりになるものがないかってな。始めはビールやワインが飲まれていたんだが、熱帯地域なんかにも行くと腐って飲めなくなっちまう。そんなときに重用したのがラム酒なんだ。ラム酒は焼酎と同じ蒸留酒でアルコール度数が40~50%と高く、長い航海中でも保存がきいた。後、ヨーロッパでお菓子が作られるようになってからラム酒はまさに飛ぶように売れたんだ。」

 

「どうして?」

 

「ラム酒の元になるサトウキビが大量に生産されるようになったからだ。お菓子に必要なのは砂糖だけだから、残ったサトウキビの糖蜜を安く仕入れることが出来て、ラム酒を今まで以上に作ることが出来た。だから、他の酒より安いから手に入りやすくなる。船員分買えるし、航海中に腐らない。さらに、水にラム酒を少量混ぜることで水の保存期間が伸びる。これらの理由があって当時に良く飲まれるようになって海賊=ラム酒ってイメージが付いたんだろうな。」

 

「ハチさん………。」

 

「どうした、たきな?」

 

「なぜそんな詳しいんです?」

 

「そりゃ~、その時代にいたからな。海賊やってた時期もあるし…、そのときに俺は一生分の酒を飲んだ気がするよ。…正直、もうラム酒……というか酒の類いはもう飲みたくない。」

 

「?」

 

たきなは意味が分からないという表情をしたが、俺の過去を説明するのは正直面倒くさいのでここではしない。

 

そんなことを思っているといつの間にかクルミが来ていたようだ。

 

「おっ、史八先生の歴史の授業かぁ~?」

 

クルミがニヤニヤしながらからかってくる。

そんなクルミに千束が話しかける。

 

「あっ、ねぇねぇクルミ!蛍がなんで光るか知ってる?!」

 

「ルシフェリン・ルシフェラーゼ反応だろ?」

 

千束が身につけた知識を自慢しようとするが、そんな千束の思惑をクルミが両断する。

 

「ちぇ~、なんだよ~、知ってたのかよぉ~。」

 

「常識だろ?それにボクは無知であることが嫌いなんだ。だから・・・、」

 

クルミはそう言いながら俺のほうを振り向く。

 

「知らないこと・分からないことがあると知りたくなる性分なんだ。・・・さぁ、教えて貰おうか史八。アニムスと流入現象・・・エデンの欠片とは何なのか。」

 

「まぁだ、そんなこと言ってんの?教えないよ。めんどくさいし。それに・・・、話して楽しいモンでもないしな。」

 

「教えてくれたっていいじゃないか、減るもんじゃあるまいし。」

 

断る俺にクルミが喰い下がろうとしたときにカウンター席で潰れていたミズキさんがいきなり大声を出す。

 

「それはアタシん男だ!!!・・・あ?」

 

どうやらミズキさんは夢でも見ていたようだった。ミズキさんは寝ぼけたような状態で俺たちの顔を順番に見ている。

どんな内容の夢かは知ったこっちゃないが、これを機に話題を変えさせてもらおう。

 

「ほら、クルミ。俺の話しを聞く暇があるならミズキさんを介抱してやってくれ。」

 

「そんなこといくら金を積まれたってやってやるもんか。」

 

「でも、クルミがミズキのこと介抱してる姿見てみたいかも!」

 

「それは確かに見てみたいですね。」

 

「そんなことごめん被る。じゃあ、ボクはもう戻るぞ。」

 

「あれ?そういえばクルミぃ~、なんで秘密基地から出てきたの?なんか私たちに用があったんじゃない?」

 

「いや、ただの気まぐれだ。」

 

「そ。」

 

クルミが戻ろうとしたときに酔っぱらったミズキさんが口を開く。

 

「なぁ~にを~~!!!こんな顔も良くておっぱいもおっきい美女を介抱できる権利を不意にするとはぁ~!きさまらぁ~!…人生の殆どを無駄にしたなぁ〜。アッヒャッヒャッヒャ!!!」

 

「ミズキさん、もうそろそろお酒は止してください。すぐお水持ってくるので。」

 

「あらぁ~ん、きょうは~、たきなチャンが介抱してくれるのぉ~?」

 

ミズキさんがたきなにダル絡みをするとたきなは顔をしかめながら厨房のほうに消える。

 

もう今日は飲ませないように一升瓶は取り上げるか。

 

そう思って俺がカウンターに置いてある一升瓶を手に取るとミズキさんも不満な表情をしながら一升瓶を掴む。

 

「何するんですか?」

 

「アンタが~なにするのよぉ~?あぁ~、もしかしてぇ~アタシとナニ(・・)したいのぉ~?えっちぃ~~~!」

 

ブチッッッ

 

「あれクルミ、今なんか聞こえた?」

 

「あぁ、なんか千切れるような音が…。」

 

「安心しろ二人とも。ただ俺の堪忍袋の緒が切れた音だ。」

 

「全っ然安心できない!?!?ダメだよ!?いくらミズキでもグーはダメだからね!せめてパーに…、」

 

「千束、グーとかパー以前に止めてやれよ。」

 

「ミズキならしょうがないかなって。」

 

「………それもそうだな。」

 

千束とクルミが俺の後ろでそんな会話をしているが流石に手は出さない。こんなのでも(・・・・・・)ミズキさんは女性だ。

 

俺は一旦落ち着いてミズキさんから酒を取り上げようとするが結構な力で抵抗してくる。

 

「いい加減にしてください、ミズキさん!離せ!ちょっ!?力強っ?!。」

 

「やだ!!!これはアタシんだ!アタシの命の水なんだ〜!!!」

 

「駄々こねんな!」

 

俺とミズキさんの酒の奪い合いが始まる。

それをしばらく続けていくとミズキさんがニヤリとしていることに気づく。

 

「そんなにぃ欲しいならぁ〜……、くれてやるわよぉ〜!!!」

 

次の瞬間、俺の口に一升瓶の注ぎ口が突っ込まれる。

 

「むぐっ?!」

 

瓶の中に入っていた液体が俺の口腔内に侵入してくる。突然のミズキさんの行動にパニックになってしまった俺は侵入してきた液体を嚥下してしまう。その時、俺の中に侵入してきた酒の味は甘いのか渋いのか少し酸っぱいのかよく分からない味だったが、その時にはもう既に俺の意識は失くなっていた。

 

_____

 

ミズキさんのために水の入ったコップを持っていこうと準備していたときカウンターのほうから声が聞こえてきた。

 

「どぉだ~、アタシの酒は旨かろぉ~。」

 

「ちょっとなにしてんのさミズキ?!」

 

「え?だぁってぇ~欲しそうにしてたからぁ~。」

 

「取り上げようとしてたんだよ!……ちょっと大丈夫?!」

 

何かあったのだろうか?

水の入ったコップを手に移動して、状況を確認する。

 

「何かあったんですか?」

 

「あぁ、たきな。…なに、そこの酔っぱらいが無理やり史八のやつに酒を飲ませただけだ。」

 

「なるほど。」

 

クルミが簡潔に説明してくれた。

ハチさんのほうを向くと床に膝を付き無理やり飲まされたためか軽く咳き込んで千束はそんな彼の背中を擦っている。

 

「ちょっとミズキ、いくら酔っててもやって良いことと悪いことぐらい、」

 

千束がミズキさんに文句を言おうとしたときに千束の側から声が聞こえてくる。

 

「ちしゃと?」

 

ちしゃと?

そんな舌足らずな言葉遣いをする人はここにはいないはずだ。

そもそも、千束の側から聞こえてきたが、千束の近くにはハチさんしかいないはず……。

いったい誰が…。

 

声の主を確かめようと声のしたほうを向くとそこには顔をほのかに赤くし、目元がトロンと下がった………今まで見たこともない表情をしたハチさんがいた。

 

 

 

 

……………いや、誰?

 

 

 

_____

 

私たちは全員で座敷へと移動していた。

たが、私を含めた全員が今この状況を上手く飲み込めずにいた。

いつも冷静であるクルミでも、現在自分が目にしている現状を信じられずに目を見開いている。

では、そこで問題です。デデン!クルミでも信じられていないこの状況はどんな状態でしょうか?…………正解はぁ~、

 

「ちしゃと~~。」

 

ミズキのお酒で酔ったハチが、私に抱きついているからでした~!

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

 

どうしてこうなった?

………もう一度言おう。

 

 

 

 

 

どうしてこうなった?

 

いや、ホントにちょっと待って???

ハチって酔うとこんなんなるの???

そういえば、ハチがお酒飲んでるところなんて見たことないし、前に先生とあの洒落乙なバーに行ったときもジュース飲んでたとか言ってたし………。

いくら付き合いが長いと言ってもちょっとこの現状はまだ飲み込められない。

酔うと性格が変わる人はいるけど、ハチの場合はここまで変わっちゃうんだ…。

………いやまぁ、めっちゃ私に甘えてきてめっっっちゃ可愛いんだけどねっ!!!

 

私がそんなことを思っているとクルミが口を開いた。

 

「まさかここまで変わるとはなぁ。前もって教えろよ、お前ら。」

 

「私だって知らなかったんだよぉ~こんなんなっちゃうなんて。」

 

「わたし、一瞬誰だって思っちゃいました。」

 

「アタシも~。」

 

「ん?おい、ミズキ。正気に戻ったのか?」

 

「こんなことが起きれば酔いも覚めるわ。」

 

「ちしゃと〜〜〜。」

 

私達を現在進行形で困惑させている当の本人は私に寝っ転がりながら抱きついたままだ。

ハチの顔が私のお腹に埋められる。

 

あっ、どうしよう、何コレ、何この可愛過ぎる生物。反則だろ!こんなの!!!

 

そんなハチに我慢できずに頭を撫でながら声をかける。

 

「はいは〜い、あなたの可愛い彼女の千束ですよぉ〜。」

 

「ちしゃと〜〜〜。」

 

どうしよう………、ぐうかわっ!!!

 

「それにしても、ハチさんがお酒にこれほど弱いとは意外ですね。なんとなく強いイメージがありました。」

 

「ボクもだ。人は見かけによらないということだな…。」

 

「ねぇ、アンタ達。」

 

そんな会話をしているとミズキがとある提案をしてきた。

 

「この際だから、コイツに色々聞いちゃわない?」

 

「どういう意味ですか、ミズキさん。」

 

「言葉のとおりよ。酒ってのわねぇ…その人の本性をさらけ出すモンなのよ!」

 

「ミズキが言うと信憑性があるな…。だからお前、あんな女を捨てたような行動をしてるのか…。」

 

「っんだと!!このでこっぱち!!!捨てとらんわっ!!!」

 

「まぁ、ミズキのことは置いといて、」

 

「置いとくんじゃねぇよ!!」

 

「今の史八に色々聞くのは確かに面白そうだ。何かと秘密のある奴だからな。」

 

「ハチもクルミにだけは言われたくないと思うよ?」

 

「アンタ達だって気にならない?自己評価の低いこいつが自分やアタシたちのことをどう思ってるだとか。それにこいつ、こんな顔がいいのに自分のこと顔面偏差値が中の下とかほざいてるのよ?内心では自分のことイケメンだとか思ってたら次から弄れるじゃない〜。」

 

ハチに限ってそんなことはないと思うけど………、正直気になる。ハチが私達のことをどう思っているか……。はっ!もしかしたら私の嫌なところとかあるかもしれない!ここで聞いて次から気をつけなくては…。

 

「じゃ、まずはたきなからだな。」

 

「わたしですか?!普通千束からじゃ、」

 

「千束は大トリだ。」

 

クルミがそう言うとたきなも諦めたのかそれ以降黙ってしまい、それを肯定と受け取ったのかクルミがハチに尋ねる。

 

「おい、史八。」

 

「ん〜?」

 

「お前、たきなのことどう思ってる?」

 

「たきなのこと〜?」

 

ハチがそう言うとハチは少しだけ天井の方を見ながら考える。

 

「たきなはねぇ、がんばっへるよぉ〜。ちしゃとのこともよくみへくれてるしぃ、みせのことだってたいせつにおもってくれてるとおもうしぃ〜。いい子だよぉ、たきなはぁ〜。」

 

「あ、ありがと…ございます…。」

 

おやおや、たきなサン。顔を背けたって赤くなってるのがバレバレですよ?照れてるのかなたきなちゃんは?

カワイイでしゅねぇ〜!!

 

「…そうか、じゃあ次はミズキだ。ミズキのことはどう思ってる?」

 

「ミズキしゃんはぁ、ミズキしゃんはねぇ………、もったいらい!!!」

 

「「「「勿体ない?」」」」

 

ハチの思いもよらない発言に私達の声が重なる。

 

「だぁって、そうでしょ〜?こんらにびじんでスタイルだっていいのにぃ、ちょ〜っときをつければすぅ〜ぐかれしとかできそうなのになぁ〜………っていつもおもっへるぅ。」

 

「その気をつけるトコってどこよッ!!!」

 

ビックリしたぁ!

ミズキが、大声でハチの言葉に食いつくからちょっと耳がキィーンってなっちゃったじゃん!

 

でも、ハチはそんなことに慌てずに再び天井の方を見て考える素振りをする。

 

「えっとねぇ〜。」

 

「うんうん…。」

 

「んっとねぇ~……。」

 

「早く言いなさいよ。焦れったいわね!」

 

「………アハハ、わかんらい!」

 

「おいコラふざけんなっ!!そんなに引っ張っておいてわかんないって何よ!アタシャにゃ男なんてできないってか!?一生、独り身ってか?!自分で言ってて悲しくなってきてわ!!!」

 

「お、落ち着けミズキ!なにもそこまでコイツも言ってないだろ?!」

 

「落ち着いてられっか!!じゃあ、このでこっぱち娘はどうなのよ!?」

 

「クルミぃ〜?うぅんと〜、クルミはねぇ……、たよりにしてるよぉ。らんだかんだでクルミにはいつもたひゅけられてるひぃ、まじまのけんでもぉ…クルミがいなしゃったら、ヤバかったからなぁ〜。」

 

「確かにそうですね。クルミがいなかったらDAやリコリスの存在が世の中に知れ渡ってしまいましたから。」

 

「ふっ、ボクにとってはあんなの朝飯前だ…。チョロいね。」

 

「フッフッフ、最後は私だねっ!ねぇ、ハチぃ?」

 

「どぉした〜?」

 

「ハチは私のことどう思ってるの〜?」

 

「ちしゃとはねぇ……。」

 

「うんうん。」

 

「ちょっとだけれもいいからぁ、だらひにゃいところをなおしてほしぃかなぁ〜。」

 

あれっ?思ってたのと違う…。

 

「いえのリビングちらかすのは大体ちしゃとだしぃ、かじにもっときょうりょくてきでもいいとおもいましゅっ!メシだっておれがいつもつくっれるけど、おれだっておとこだよ?ちしゃとのてりょうりをたべてみひゃいしょぞんれすっ!」

 

「あっ、はい……。」

 

全部、事実だからなにも言い返せない…。

 

「なかなか、辛辣だな。もっと、砂糖を吐き出しそうな惚気でも出てくるモンかと思ったんだが。」

 

クルミは私達のことをどう思ってるのさ?!

 

そんなクルミに文句の一つでも言おうとしたときにハチが口を開いた。

 

「でもねぇ、おれはぁそんなちしゃとがだいすきらんれすっ!」

 

うぇ?

 

「ほれたよわみっていえばいいかなぁ?ほかのなによりもたいせつなんれす!どんなことよりもちしゃとのことがだいじなんれすっ!おれなんかにはもったいないぐらいいいかのじょなんれすっ!わかりましたかぁ?」

 

え、どうしよう?私の彼氏が今日もちゃんと彼氏してるんだけど?…………そうか、これが幸せか…。

 

「私もハチのことが大好きだよぉ〜!!!」

 

「えへへ〜。」

 

「…ミカにコーヒーでも淹れてもらうか。」

 

「そういえば店長は、」

 

「呼んだか?」

 

超絶タイミングのいいところで先生が部屋の中に入ってきた。

先生はハチの普段とは違う様子に顔をしかめる。

 

「どうしたんだ史八は?酔っているのか?」

 

「あぁ~、先生。実はかくかくしかじかでねぇ~。」

 

先生にことの顛末を説明する。

説明しているうちに私の膝を枕にハチはどうやら眠ってしまったようだ。規則的な寝息が聞こえてくる。

 

「なるほどな…。」

 

「ミカ…、お前も知らなかったのか?」

 

「あぁ、初耳だ。…確かに今思い返してみればこの子が成人しても酒を飲んだところは見たことないし、飲もうとしたこともなかったからな。………それにしても、困ったな。」

 

「何が困るの?」

 

「いや、この状態では千束と2人に帰るにしても難しいだろう?」

 

「あ。」

 

確かに、私もリコリスとして一般人よりかは筋量が多いとしても、ハチは私よりも大きいし重い。私一人でハチを移動させるのは無理がある。

 

「じゃ、どうすればいいの先生?」

 

先生はしばらく考えた後に口を開く。

 

「………仕方ない。史八には今日ここに泊まってもらおう。クルミもそれでいいか?」

 

先生はお店で匿っているクルミに許可を求めるとクルミもため息をつきながらそれに応じる。

 

「ま、しょうがないだろ。こんな状態じゃ仕方ない。」

 

「よし。たきな、向こうの押し入れに布団がしまってあるはずだ。出してきてもらえるか?」

 

「了解しました。」

 

それから、たきなが準備してくれた布団にハチを横にさせるときに起きてしまったようだ。

 

「や~。…まだ、ねりゃい。」

 

「でも、ハチ。明日もお店の仕事があるんだから…。」

 

「じゃあ、ちしゃともいっしょにねりゅ~。」

 

そう言ってハチは私を抱き枕がわりにして布団へ横になる。

 

…………えぇぇぇぇ!!!ちょっと待ったハチ!家じゃないんだよ?!皆いるんだよ??!こんなところで、

 

 

「スピー。」

 

あ、もう寝てますわこいつ。

この野郎。私の純情を弄びやがって……。

そんな気持ち良さそうな寝顔されたら何も言えなくなるじゃん。

取り敢えず、写真とらせろ。それでもチャラにしてやる。

 

そんなことを思っていると。

 

「千束、史八のことは任せたからな。」

 

「え?」

 

「では、千束。お疲れ様です。」

 

「バイバァ~イ!」

 

そう言って、先生とたきなとミズキが帰り支度を始めてしまう。

 

「ちょっと待ってよみんな、」

 

そんな三人に何か言ってやろうとしたときにクルミに声をかけられる。

 

「千束。」

 

「なに、クルミ?」

 

「……分かっているとは思うが。」

 

「うん。」

 

「ここにはボクもいるからな?」

 

「分かってるよ、クルミはここにいないと危ないもんね。……それがどうしたのさ?」

 

「……………。」

 

「なに?」

 

「夜の大運動会なんてするなよ。」

 

「しないよ!!!何言ってんの?!?!」

 

「そうか、それならよかった。まだ、防音の類いは整備されてないからな。」

 

「防音仕様があろうとなかろうとすぐ近くに知り合いがいるところでしようとも思わねぇよ!!!」

 

「知り合いが近くにいなかったらするのか?」

 

クルミがニヤニヤしながら聞いてくるが、コメントは控えさせてもらおう。

そんな私たちの会話を聞いていたたきなが近くにいたミズキに尋ねる。

 

「ミズキさん、夜の大運動会ってなんですか?」

 

「それはねぇ~、」

 

「そんなこと言わんでいい!!!!!」

 

たきなに無駄な知識を与えようとするミズキを止める。

全くミズキは。油断も隙もない。私の大切な相棒に何を教えようとするのか。たきなにはピュアのままでいて欲しい。

……こんなことを言うと私がピュアじゃないような言い方になるかもしれないが………、まぁ気にしない方向でいこう!

 

______

 

「んん…。うん?」

 

カーテンから差し込む光で目が覚める。

いつもと違う天井。…だが、知らない天井ではない。

 

「店?……なんでこんなところで寝て、」

 

なんでこんなところで寝てるんだ?

 

そう思いながら起き上がろうとすると隣で千束が着物のまま寝ていることに気づく。

そして次に自分も着物姿でいることに気づいた。

 

どういうことだ?ここで寝ていたことも着物姿のままなのも疑問が残る。

昨日のことを思い出そうとするが上手く思い出せない。

 

そんなとき隣で千束の体が動く。どうやら目を覚ましたようだ。

 

「おはよう、千束。」

 

「おぉ~、おはようハチぃ。今日もいい朝だねぇ。ふぁ~。」

 

目が覚めたばかりで可愛いあくびをしながら千束が朝の挨拶を返す。

そんな千束に昨日のことを尋ねることにした。

 

「なぁ、千束。なんで俺たちのここで寝てるんだ?昨日なにかあったんだっけ?」

 

「なにがぁ~?いつもどおりじゃ~ん?」

 

「寝ぼけてんのか?ここは店だぞ。」

 

「お店ぇ~?…………はっ!!!」

 

ようやくここが俺たちのセーフハウスではなく喫茶リコリコであると気づいたらしい。

千束は急に俺の両頬に手を当ててくる。

 

「ハチ、大丈夫?!」

 

「大丈夫って、何が?」

 

「私の名前は?!」

 

「千束。……なぁ、どうしたんだよ?なんか変だぞ…。」

 

「変なのはハチのほうだよ!………え、まさか覚えてないの?」

 

「覚えてないって?」

 

「……ハチ、昨日のことどこまで覚えてる?」

 

「昨日……。」

 

先程もそうだったが昨日のことが上手く思い出せない。

 

「悪いが、上手く思い出せないんだ。……確か、ミズキさんの酒を取り上げようとして、急にミズキさんが俺の口に一升瓶を突っ込んで来てそれから……、ダメだ。ここから全然、思い出せない。」

 

「…そっか、そうなんだね。」

 

「なんかあったのか?」

 

「イヤ,ナニモナカッタデスヨ。……ホントダヨ。」

 

相変わらず嘘が下手くそだな。

そんな千束に追求しようとするが、先に千束が口を開く。

 

「ハチ、世の中には知らなくてもいい事実ってのがあるのさ。」

 

「そういうのがあるのは知ってるが……。」

 

なんか何時にもまして説得力があるような…。

ホントに何があったのだろうか?

 

「そんなことよりも約束して!」

 

何故か千束が何時もより力強く言ってくる。

 

「?」

 

「ハチは今後私のいないところでお酒飲んじゃダメだからね!!!」

 

「???」

 

ホントに何があったんだ?

 

 

 

 

 





評価、感想、ここ好き、時間があればよろしくお願いします!


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家族で初めての買い物の話


皆さん、お久しぶりです。
待っていられた方がいるかどうかは分かりませんが取り敢えず初手言い訳をさせてください。
内容は更新が遅れてしまった理由についてです。

何故か保存していた4,5話分の下書きが消えてしまい、失意のドン底に落とされたことがひと~つ。
再び気力を振り絞って書いた3話分の下書きが知らん間に失くなってたことがふた~つ。
みぃ~t…………えっ?前置きが長い?分かりやすく端的に言え??


分かりました。簡潔に言いましょう……。
















マジ、すんませんでした!!!!




……コホン、話を変えましょう。

今話は、喫茶リコリコが出来る直前のお話しです。
なので、時間軸は原作の10年程前……完全に捏造です。
苦手な方は回れ右をしていただくと無駄な時間を過ごすこともありません。
捏造でも構わないよという方は下にスクロールしていただき、少しでも暇が潰せたら幸いです。



それでは、どうぞ。




 

カーテンの隙間から朝の日差しがあたり眠りから覚める。

上半身を起こして欠伸をひとつ。周りを確認すると、どうやら俺が一番乗りのようだ。

まだ眠っている同居人の2人を起こさないように階段を降りてから厨房に向かう。

厨房の壁にかけてある時計を確認すると現在時刻は5時30分。

 

「ほんじゃ、ちゃっちゃと支度をしましょうかねぇ。」

 

寝間着から着替えた服の袖を捲り、眠気覚ましにコップ一杯の水を飲んでから朝食を作り始める。

冷蔵庫の中身と相談をして本日のメニューを決める。

 

「取り敢えず、ご飯と鮭の塩焼きと味噌汁………、後はだし巻き玉子でも作るか。」

 

今朝のメニューを決めて慣れた手つきで朝食を作り始める。

ここの厨房は小さい千束のために水道などが少々低く設計されているが、今のところはそんなに気にはならない。

……数年後にどうなっているかは分からないが。

 

そんなことを思っていると、厨房の出入り口のほうから足音が聞こえてくる。どうやら同居人の一人が起きてきたようだ。

 

「おはよう、史八。」

 

「おはようございます、ボス。」

 

同居人の一人のボス…もとい、ミカさん。ここの管理者だ。もともとは傭兵で日本の独立治安維持組織『DA』のリコリスの司令官や教官もやっていた??……俺もよくは知らないし、改めて本人に聞かないが……まぁ、なんやかんやあって今はこうして同居している。

 

「いつもすまないな。朝食を作ってもらって。」

 

「いえいえ、別に気にしなくてもいいですよ。苦に感じてませんし、まともに料理できるのは最初、俺だけでしたし。」

 

「しかしだな…、」

 

ボスが何か言いかけると彼の後ろからドタドタとこちらに走って来る音が聞こえる。

どうやら最後の同居人が来たようだ。

 

「おっはよ!センセ!!あっ、ハチもおはよ!」

 

寝癖でアホ毛が一本だけぴょんと立っている彼女が最後の同居人である錦木千束。

見た目は幼い少女だが、その正体は銃器を用い犯罪者を処分することを任務とするDAの実働部隊『リコリス』の一人である。

まぁ、彼女は俺と共に不殺を誓い、DAからのはみ出し者なのだが……、その実『リコリス』で歴代最強という声もある。

 

こんな俺の作ったありふれた朝食に目を輝かせて腹の音を鳴らしているのが歴代最強リコリスだなんて………、人は見た目によらないな。

 

「なにさ、ハチ?何か変なこと考えてない?」

 

「気のせいだろ?ほら、もう出来てるから冷める前に腹に入れよう。皿を並べてくれ。」

 

「ほっほほぉ~い!」

 

千束が持ってきてくれた茶碗や皿に料理を盛り付けていく。

厨房の真ん中にあるテーブルの上に並べて三人で手を合わせる。

 

「それじゃ!いっただきまぁす!!!」

 

「「いただきます。」」

 

俺と千束とボス。いつものように三人で朝食を食べる。いつの間にかこれが普通になっていた。

 

「いや~、やっぱハチのご飯が一番だね!一番最初に先生が作ったのが、アレだったからさ。」

 

「千束…、それを言わないでくれ。」

 

「そういうお前だって、味噌汁に出汁入れるの知らなくて味気ない味噌汁だっただろ?具もよく分かんなかったし。」

 

「ギクッ!…いや、だってしょうがなくない?!お味噌汁なんだからお味噌入れればいいと思うでしょ普通?」

 

「どっちもどっちってこった。」

 

俺は味噌汁を啜りながら答える。

うん、味はまぁまぁかな。

 

そう。最初はローテーションで朝食を作ろうという話しになったのだが、いかんせんこの二人……、立場上今まで料理をすることに縁がなかったため、ロクなものが作れなかった。ボスは泥のようなコーヒーを淹れるし、千束は千束で自分のインスピレーションに頼って料理をする。…流石、『やりたいこと最優先』。だが、時と場所は考えて欲しい。

 

「いやでも、やっぱり卵焼きは甘いのに限るよ。ね!先生もそう思わない?!」

 

「私は甘くない方が好みだが…。」

 

「えぇ~、砂糖が入ってないなんて邪道だよ、邪道!」

 

「邪道かどうかはいいとして、今日のやつには砂糖は入ってなくないか?」

 

「え!いやいや、入ってるでしょ!!だって甘いよ!ちょっと先生大丈夫?!」

 

千束がボスに辛辣な台詞にボスは怪訝な表情を見せるが、実はこれ、二人とも正しい。

 

「千束のにだけ砂糖を入れました。前に作った時に砂糖が入ってる方が好きって言ってたんで。」

 

答え合わせをすると、千束は両手を頬に添えてわざとらしく体をくねくねとさせる。

 

「もう、ハチってばぁ///私のこと好きすぎかよっ///」

 

「いや、後で文句言われるのがめんどくさいだけだ。」

 

「ちょいちょ~い!?!?」

 

俺が食いぎみに言ったのを千束がつっこむ。

それを見て笑うボス。

 

そうこれが、今の俺たちの日常だ。

 

______

 

「「ご馳走さまでした。」」

 

「お粗末様でした。」

 

二人の挨拶に答えてから後片付けをする。あらかた終わったあとにボスから声がかかった。

 

「ふたりとも少しこっちに来て座ってくれ。」

 

「どったの先生?」

 

ボスは店のカウンター前の座敷に座っていたため俺も千束とともにちゃぶ台を挟んで座布団の上に座る。

なにやら真剣な表情だ。

 

「これからの話しをするぞ。勿論、知っていると思うがここはDAの支部。しかし、表の顔はカフェにするという千束の案に決まった。」

 

「そうですね、大々的に言うわけにはいきませんしね。リリベルも黙ってないでしょうし……、そもそもあいつらどうにかなりません?最近そろそろうざったく思えてきたんですけど。」

 

「あぁ~、確かに。こないだお店にまで来たときは苦労したよ。」

 

話しがそれてしまうが俺は最近の不満を口にした。それは千束も同じようだった。

不満というのはDAを出てから、リリベルをけしかけられることがたまにある。

リリベルの司令官………たしか虎杖?とかいうヒゲはDAの情報が外に漏れることを恐れているためか知らないが、リリベルを使って俺と千束を殺そうとしている。

 

俺たち二人の不満を聞きボスが申し訳ないという表情になってしまった。

 

「すまないが、それはもうちょっと待っててくれ。その件で今、楠木と話し合ってはいるんだ。」

 

「はぁ…、楠木ですか。あの人、千束はともかく俺は殺されてもいいとか考えてません?………まぁ、俺はリコリスじゃないし別にいいですけど。すみません、話しの腰折っちゃって。続けてください。」

 

「…えぇと、どこまで話したかな?」

 

「千束の案でここをカフェにするというところまで。」

 

「そうだったそうだった。千束と史八の協力もあって店内もリフォーム出来たし、メニューも大体出来て、後は煮詰めるだけだ。」

 

「そうですね。価格設定とかも他店と比べる必要もあったし少しめんどくさかったですけど、なんとか形になりましたしね。」

 

「ただ…。」

 

「ただ?」

 

そういってボスは腕を組み考え込んでしまう。そして顔をあげて店内を見渡す。

俺も釣られて見渡してみるが何かおかしなところでもあるのだろうか?

 

「何か……寂しくないか?」

 

寂しい………。確かに言われてみるとそうだ。ここで暮らしているから、今のこの風景が当たり前になってしまっているのだろう。外から来たお客さんが見たらここがカフェなのかどうなのか分からないかもしれない。

 

「物が少なすぎるんだよ。空いてるスペースに小物とかを置いて……後、そこの階段の上!今まで物置にしてたけどテーブルとイスを置けばお客さんもまだまだ入れるよ!」

 

っ!!!

千束が珍しくまともなことを言ったことに驚くと千束はこちらを目を細めてじっとみてくる。

 

「また、何か失礼なこと考えてたでしょ?」

 

「いやまさか。千束が珍しくまともなことを言ったこと以外は考えてないよ。」

 

「ほらぁもぉぉぉ!!!」

 

千束のじゃれあいを鎮めていると今度はボスが口を開く。

 

「でも、確かに千束の言うとおりだ。物置場は見た目も悪くなるし、和洋折衷の店な訳だからテーブル席もあった方がいい。席が増えればお客の回転率も上がるからな。」

 

「俺も同意見です。でも、客席が増えるなら事前に買った食器類も足りなくなる可能性もありますよ。買い足します?」

 

「そうだな、そうしよう。」

 

意見がまとまったため行動しようとした矢先。

 

「ねぇ、それならさ!みんなでここ行ってみない?」

 

千束はボスが読み終わった今朝の朝刊に入っていたであろうチラシを見せてきた。

 

「あぁ、これってアレじゃん。最近、出来た大型ショッピングモール。」

 

「そう!ここならぁ、新しいテーブルとイスはもちろん、足りなくなった食器類も小物も買えるよ!ねっ!行ってみようよ!!」

 

「いや、でもなぁ。」

 

リリベルの件もあるし、なるべく目立つ行動は避けた方がいいとも思う。

 

俺と同じ事を考えているであろうボスに目線を飛ばし意見を乞う。

 

「………千束、すまないがやはり目立つ行動は…、」

 

どうやらボスと俺の意見は同じのようだ。

 

「そ・れ・にぃ~、今なら開店記念セールってのやってるみたいだよ!」

 

「行ってみるか。ショッピングモール。」

 

ボスっ?!?!?!

 

開店記念セールって単語だけで考えが540度変わったぞ!?!?

 

「ちょっと!?いいんですか?!」

 

「すまない…史八。」

 

「?」

 

「我々は………金欠なんだ。」

 

あっ…。

 

千束のリコリスの活動資金という名目でDAから資金援助があるが、それも無限ではない。非殺傷弾の作成や店のリフォーム、メニューの開発・試作、調理器具や店の光熱費その他諸々……。

 

うっ!考えただけで頭が…。

 

_________

 

「と、いうわけでぇ!やって来ました!!ショッピングモォル!!!」

 

ここについてから千束のテンションがハイになってやがる。

周りにいる家族づれの目線が痛いっ!恥ずかしいぃぃ!!穴があったら入りたいっ!!!

 

「すごいすごい!ホントにおっきいね!ねぇハチ!!」

 

「そりゃ、ショッピングモールだからな。」

 

「見て見て!お店の中にお店がある!」

 

「そりゃ、ショッピングモールだからな。」

 

「人もいっぱいいるねぇ!」

 

「そりゃ、ショッピングモールだからな。」

 

「ホントに大っきい!!DAとどっちが、」

 

「ちょ~っと!あっちに行こうかぁ千束!!!」

 

「えっ!なになに!!あっちになにかあるの?」

 

千束は目を輝かせているが、こいつ今なに口走ろうとした?!?!

 

人混みから外れ人のいないスペースに移動する。

 

「おい、千束。ここに来る前にした三つの約束…、もう忘れたか?」

 

「ハ、ハチ?なんか後ろに般若みたいなのが見える気が……。笑顔なのになんか怖いよ?」

 

「忘れたのか???」

 

「も、ももも、もちろん覚えてるよ!千束サン嘗めんなよ?これでも私はファースト、」

 

「言ってみ?」

 

「え、ええ、えぇと……。ほら、あれだよ…。国民主権、平和主義……、基本的人権の尊重……だっけ??」

 

「違う!全く違う!誰が憲法の三原則言えって言ったよ?!」

 

どうせ千束のことだ。約束ごともここに来るのが楽しみすぎで話し半分も聞いていなかったのだろう。今までDAから出たことがないみたいだからしょうがないとも思えるが……。

 

「……はぁ。もう一度言うぞ。はぐれない・目立たない・余計なことはしない、だ。」

 

「そうそう!それそれ!」

 

「ホントに頼むぞ、千束。」

 

まだ来たばっかりなのにどっと疲れた。

 

「それでは、そろそろ行こうか。」

 

「りょ~かい!センセっ!」

 

何故だろう、もう既に嫌な予感がする……。

 

______

 

それから俺たちは店内をまわり必要なものを買った。

時間も昼頃になっていたため現在はフードコートで各々好きなものを食べている。

 

「でも、良かったねぇ。テーブルとかイスとかおっきい荷物はお店まで届けてくれるようになって!」

 

「そうだな、まぁ持って帰るってなっても千束が持つだろうから大丈夫だ。」

 

「えっなにハチってば、私みたいな非力でか弱い女に荷物持たせる気だったの?」

 

「本当に非力でか弱い女性は自分でそんなことは言わない。そもそも歴代最強のリコリスがなに言ってんだ。」

 

「今は制服着てないのでリコリスじゃありませぇ~ん。」

 

「はいはい、そうでしたね。」

 

そんなに俺たちの会話をボスが微笑ましく見ている。

こんなのの何が面白いのだろうか?

 

食べ終わったので俺は立ち上がる。

 

「すみません、ちょっとトイレに行ってきます。」

 

「じゃあ、ここで待ってるぞ。場所は分かるか?」

 

「大丈夫です、把握してます。」

 

俺はそう言って席を離れた。

 

______

 

トイレで用をすませてフードコートに戻ると千束の姿が見えなかった。

 

「あれ?ボス、千束は?」

 

「ん?トイレに行ったが途中で会わなかったか?」

 

「いえ、会ってないですけど?もしかしたら別の場所のトイレに行ったのか?」

 

「そうかもしれないな。もう少し待ってみよう。」

 

ボスとそんな会話をしたが10分経っても、15分待っても千束が戻ってくる気配はなかった。

ボスも様子がおかしいと感じたようだった。

 

「おかしい。流石にそろそろ戻ってきてもいいと思うのだが…。」

 

「もしかして……、」

 

「……なんだ?」

 

俺は最悪の状況を想像してしまう。

 

「リリベルが関わってるんじゃ…。」

 

「まさか……、千束だぞ?」

 

「俺もいつもの千束だったら心配もしませんよ。でも、今のあいつは丸腰ですよ?頭数揃えられたら取り押さえられるかもしれない…。」

 

俺の言葉でボスの表情が変わる。

 

「史八、千束を探すぞ!」

 

「了解!」

 

ボスと同時に立ち上がりあらかじめ集合場所を決め、別々に千束を探し回った。

数十分間探したが千束の影も形も見当たらない。

 

集合場所でボスと合流し、どうだったか聞いてみたが首を横に振るだけであった。

 

くそっ!本当にどこに行ったんだ千束!

 

「ボス!俺はもう一度上の階から探してみます!ボスは下から、」

 

俺が走りだしながらそう言った時…。

 

ピンポンパンポーン

 

なんだ?館内放送??

 

『本日も当店にお越しいただき誠に有難うございます。お連れ様のお呼び出しを申し上げます。喫茶リコリコからお越しのせ、先生様、ハチ様? 7歳の女の子、千束ちゃんをお預かりしております。至急本館4階総合案内所までお越し下さいませ。繰り返し申し上げます……、』

 

ズコーーっ!

 

盛大にこけてしまった。……というか。

 

 

 

 

 

「迷子かよっっっ!!!」

 

______

 

ボスと共に4階にある総合案内所を訪れると、そこのスタッフに奥の部屋へ案内された。

部屋の中に入ると、千束がお菓子を食べながらここの職員であろうお姉さんと楽しそうに喋っていた。

視線に気付いたのか千束がこちらを向く。

 

「あっ、はひ(ハチ)へんへぇ(先生)やっほひは~(やっと来た~)おふぉかっふぁふぇ~(おそかったねぇ~)。」

 

千束はお菓子を口に詰め込んでいるためなんと言っているか分からないが………取り敢えず、

 

「お前、なに呑気に菓子食ってんの?!どれだけ心配したと思ってる?!」

 

俺がそう言うと先程まで千束と喋っていたお姉さんが話しかけてきた。

 

「まぁまぁ、お兄ちゃん落ち着いて。千束ちゃんだって好きです迷子になった訳じゃないんだから。」

 

「は、はい……。申し訳ございません。お手数をお掛けしました。」

 

というか、俺は千束の兄じゃないんだけどな…。端から見るとそう見えるのか…。

 

「あら、そんな難しい言葉を使えるなんてスゴいのね。」

 

「えぇ、まぁ。」

 

俺は乾いた笑みで答える。

 

こちとらアニムスで人生何周したと思ってる。

精神年齢だけならこのお姉さん……、ましてやボスより上だぞ。

 

「千束ちゃん、もうここに来ちゃダメだよ。今度からしっかりお父さんかお兄ちゃんと手を繋いで歩いてね。」

 

「先生もハチも、別にお父さんとお兄ちゃんじゃな」

 

「さぁ、千束!そろそろ帰るぞぉ!お世話様でしたぁ~!」

 

千束が口を滑らす前に慌ててその場を後にする。

 

_____

 

無事、千束と合流して時刻は午後の4時。買い物も終わってる。後は帰るだけだ。

 

「はぁ、疲れた……。」

 

「おつかれだな。お前がいてくれて良かったよ。私だけだったら心労で倒れてたかもしれん。」

 

「もう帰りましょう。今日は速く寝たい…。」

 

「そうだな。」

 

いざ帰ろうとすると、再び千束の姿が見えない。

 

「あの、バカっ!また、」

 

鈴でも付けてないと直ぐにどこかに行く!

 

「落ち着け史八。千束ならあそこだ。」

 

ボスが指差した方向へ顔を向けると千束がいた。

何故か壁のほうを向いている。何してるんだ??

千束に近づき声をかける。

 

「なぁ、千束?何してるんだ?もう帰るぞ。」

 

千束は壁のほうを向きながら答える。

 

「ね、ねぇハチ?」

 

「ん?」

 

千束はようやくこちらを向く。

 

「こ、この『強く押す』の強くってどのくらいの強さなのかなぁ~???」

 

千束は壁に備え付けられた火災報知機(・・・・・)のボタンを指差しながら言う。

 

っ!!!

 

「ま、待て!待ってくれ千束!!押すなよ。絶対に……押すなよ。」

 

「………………。」

 

「………………。」

 

俺たちの間を長い沈黙が通りすぎる。

自分の唾を飲み込む音がゴクリとやけに大きく聞こえる。

 

「………………………。」

 

「………………………。」

 

「………………………………フリ?」

 

「違う!いいか、まず落ち着こう。そして考えてみてくれ。例えばペンキ塗り立ての貼り紙が貼ってあるベンチにお前は座ろうと思うか?」

 

「一回だけなら座ってみたいと思ってる!」

 

「あぁ!ダメだ!こういうやつだった!!……頼む千束、ここは俺の指示に従ってくれ。」

 

俺は出来るだけ千束を刺激しないように説得を試みる。

 

「まずは、そのボタンに向いている右手をゆっくり下ろしてくれ。いいか?ゆっくりだ。そして、」

 

「でもさ、ハチ?」

 

「どうした?」

 

「気になっちゃったんだ。」

 

おい、なんだ。そのなにかを悟ったような顔は。

 

「気になっちゃったら…さ………、しょうがないよね。」

 

「おい、止めろ。止めてくれ、まだ間に合うから戻ってこい!」

 

「いっけぇぇぇぇ!!!」

 

「やめろぉぉぉぉ!!!」

 

 

次の瞬間大きなサイレンの音がショッピングモール内にけたたましく鳴り響いたのは言うまでもない………。

 

____

 

現在、俺とボスは周りのお客さんや周囲の店の職員に平謝りを続けていた。

職員さんから厳重注意をボスが受けてようやく帰れそうだと思ったところに一人の男性が近づきボスに話しかけてきた。。

 

「失礼。」

 

「あ、はい。」

 

「私、こういうものですが。」

 

男性は懐からメモ帳のようなもの…警察手帳を取り出し、軽く開いて中身をボスに見せる。

そう、ドラマでよく見るあれだ。

 

「け、警察のかたでしたか。」

 

「生で初めて見た。」

 

「千束、うるさい。」

 

「警視庁の安倍です。一応、通報があって来てみたのですが…、今回はそこにいるお嬢ちゃんがいたずらにボタンを押してしまった……という事で間違いないですか?」

 

「えぇ、全くもってその通りです。私の責任です。」

 

「申し訳ございません。」

 

俺も頭を下げ謝罪をしてから、千束の頭を無理矢理下げさせる。

 

「ごめんなさぁい。」

 

「あぁ、いえいえ。責めている訳じゃないんですよ。何事もなくてホッとしました。ただ……、」

 

阿部さんは千束の前にしゃがみこんで目線を合わせる。

 

「いいかい、お嬢ちゃん。今回は大丈夫だけど次からは気を付けてね。悪戯にあのボタン押しちゃうといろんな人に迷惑がかかっちゃうから。」

 

「はぁ~い!」

 

千束が元気よく返事をすると阿部さんは千束の頭を軽く撫でてから立ち上がり、ボスのほうへ向き直る。

 

「ところで……、」

 

「?」

 

「この二人はあなたのお子さんですか?」

 

………………。

 

………………。

 

………しょ、職質されてるぅぅぅぅ!

 

 

いや、でも普通に怪しいもんな!大柄の黒人男性が顔も似ても似つかない子どもをふたりも連れて歩いてたら!

俺だったら2度見ぐらいする自信があるねっ!うん!

 

あっ、やべぇ。ボスが予想外のことで軽くパニックになっちゃってる。流石のボスも今までに職務質問なんてされたことがないか…。

どうしよう、助け船出した方がいいかな?

 

「最近、この辺りで子どもが誘拐される事件がありましてね。その件は既に犯人も捕まり、解決しましたが、一応ね。」

 

あぁ、今朝のニュースでなんかやってた気がする。

 

「あっいや、この子達は……その……、」

 

いや、めっちゃ動揺してんじゃん!!!

ほら!警察の人も疑いの目向けちゃってんじゃん。

事実無根なんだから堂々とバレない程度に嘘付いちゃえばいいのに。

 

このままだと帰るのが更に遅くなりそうなため、助け船を出すことにした。

 

よし、出来るだけ子どもっぽく行くぞ。

 

お父さん(・・・・)、早く帰ろ?」

 

ボスの袖をつまみ軽く引っ張りながらそういうとボスが驚いた顔をこちらに向けてきた。

 

そりゃそうか。いきなりお父さんなんて呼ばれたら驚くよね。

 

そして今度は警察の阿部さんに声をかける。

 

「ねぇ、お巡りさん。」

 

「なんだい、ボク?」

 

「お父さんは、最近僕達ふたりをじどーよーごしせつ?ってところから引き取ってくれたんです。だから、悪い人じゃないんです。」

 

俺は阿部さんに見えないように腕を体の後ろに回し、千束にフォローをいれるように手招きをする。

俺の意図が伝わったのか、千束が口を開いた。

 

「そうだよ!お巡りさん!先生は悪い人じゃ、」

 

「先生?」

 

「あっ!」

 

千束は両手で口をふさいだが吐いた唾は飲めないし、もう後の祭り。

 

「児童養護施設から引き取った子どもに先生なんて呼ばせてるんですね?」

 

「あっいや、それは……。」

 

阿部さんが再び疑惑の目をボスに向けてしまったため俺は再びフォローをいれる。

 

「勉強を教えてもらってるんです!今通ってる学校が今まで通ってた学校より進んでて…。勉強教えてもらってるときに千束がふざけてお父さんのこと先生って呼んでるだけなんです。なっ!千束!」

 

「そっ、そうそう!そうなんです!!」

 

「………なるほど、そういうことでしたか。疑ってしまい申し訳ない。」

 

「あぁ、いえ。私のような人間が子どもを連れていたら疑われるのは当然です。」

 

「そうだ、お巡りさん。」

 

「ん、どうしたボク?」

 

「もうすぐこの近くのところに喫茶店を開くんです。もしよかったら来て下さい。サービスしますよ。」

 

「はははははっ。その年で商売上手だね。…わかった。機会があれば寄らせてもらうよ。」

 

「お待ちしてます。」

 

「では、私はこれで。」

 

阿部さんはボスにひとつお辞儀をしてから帰っていった。

姿が見えなくなるのを確認してから素に戻る。

 

「ふぅ~、やっと行ったか。」

 

「助かったよ、史八。しかし、店のことは言わなくても良かったんじゃないか?相手は警察だぞ?」

 

「身元もわからない不審者疑いの人物とどこで何をやってるか分かってる不審者疑いの人だったら後者の方を信用するはずです。この場はこうするのが一番だと勝手に判断しちゃいました。………いけませんでした?」

 

「いや、君の判断が正しい。」

 

「それじゃ今度こそ帰りましょうか。」

 

「えぇ~!もう帰るの?!もうちょっと遊んでこぉよぉ~。ねぇ~ってばぁ~。」

 

「ダメ。帰ったら説教だから。」

 

「なんで?!」

 

「当たり前だ!!」

 

______

 

今日は買い物に来ただけだったのに濃密な1日になってしまった。

買い物も既に済んでいる。後は帰るだけで出入り口に差し掛かったところで史八がふと足を止めとある店を見つめていた。

その店はペットショップのようだった。

 

犬か猫が欲しいのか?

こういうところは年相応なのかとほっこりして聞いてみた。

 

「どうした、ペット飼いたいのか?」

 

「ボス、……あぁいえ、そっちじゃなくて。」

 

「ん?」

 

史八は犬猫の赤ちゃんが入っているガラスケースではなく、その横にあるペット用品の方を見ていた。

 

ペット用品?

何かほしいのだろうか?いやまさか、ペットもいないのにペット用品は必要ない。

 

「やっぱり、」

 

「?」

 

「今回の騒動で分かりました。」

 

「何がだ?」

 

「帰ったら千束には鈴を付けようと思ってたんですけど、」

 

「ハチ?!」

 

「多分、鈴だけを付けてもどっかに行っちゃいます。だから……、犬用のリード付ければ良いのかなって。でも、千束は動き回るから長くなるリードにした方がいいと思うんですけど、そっちはどうしても値段が高くなっちゃって。」

 

「ハチさん?!?!」

 

息子の言葉が真剣な分、涙が出そうになった。

 

「史八。」

 

「なんです?」

 

「せめて…、ハーネスにしよう。」

 

「先生まで?!?!」

 

 

 





おまけ小話

お店でくつろいでいると、先生がハチに話しかけた。

「そうだ、史八。これを渡しておこうと思ってたんだ。」

先生はそういってあるものをハチに渡す。
あれは……。

「通帳と……、印鑑?誰のです?」

「お前のだ。」

「えっ?俺の!?あっ、たしかに俺の名前が書いてある。でも、誰が?」

「君の前の身元保証人……つまり、私の前任者だな。前に預かってたのを忘れてしまっててな。確かに渡したぞ。」

「渡すのが遅れたのは別にいいですけど…、参ったな。」

「何が参るの?」

「いやだって、記憶喪失なんだぞ。前の俺の身元保証人の人の顔も名前も思い出せないのに、お金だけ貰うなんて……。」

「あぁ、なるほど。……使いづらいよねぇ。」

「シン……、前の保証人はそんなことは気にしない。自由に使うといい。ただし、無駄遣いはダメだぞ。」

先生は何か言いかけたが、何を言おうとしたのだろうか?
不思議に思ったが考えても仕方のないことなのでハチに声をかけようと彼の方を向くと、手帳の中身を見て何故か固まっていた。

「ボス?」

「なんだ?」

「俺の前の身元保証人って………。」

「「?」」

「アラブの石油王かなんかですか?」

「…………。」

「…………。」

「……いや、私も詳しくは知らないが少なくとも石油王なんかではないはずだが………、何故そんなことを聞く?」

ハチは無言で先生に通帳の中身を見せる。
私も見ようとするが、先生に見せているため身長的に中身が見えない。
通帳の中身を見た先生が頭を抱えてしまった。

「・ンジ………お前・言・・つは。」

小声だったためよく聞こえなかったが、今はハチの通帳の中身が気になる!
懸命に手を伸ばしてようやく掴んだ。
さてさて、中身はぁ~~、




「わぁ、すごい!0がいっぱいある!!!」










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喫茶リコリコ 仁義なき戦いの話

 

夜も更け、丸い月が夜空を美しく照らしている。

ここは喫茶リコリコ。地域住民のかたや常連のお客さんの憩いの場であるどこにでもあるなんの変哲もない喫茶店。

しかし、その実態はDA…、日本の平和を守るためリコリスという少女を使い、国の裏側で暗躍する組織の支部である。

そんな喫茶リコリコでとある少女たちがそれぞれ紅と蒼の着物を着ながらちゃぶ台を挟んで向かい合って座っている。

 

紅の着物を着た少女の名前は錦木千束。彼女はDAに所属するリコリスの中でも歴代最強のファーストリコリスと言われるほどのトップリコリスである。

その所以はなんといっても弾丸もを回避することができる類い希なる動体視力であろう。

 

蒼の着物を着た少女の名前は井ノ上たきな。現在は錦木千束のバディであるリコリスだ。彼女はセカンドリコリスであるが、射撃に関しては現在のファーストリコリスと比較しても同等かそれ以上のものであろう。

 

そんなふたりが真剣な表情で向かい合い、俺たちはそんな彼女たちを見守っている。

 

「まさか…、たきなとこんなふうに戦うことになるなんてね。」

 

「そうですね…。ですが、これは真剣勝負!さあ、来なさい千束!!!」

 

「むむむむむ………。よし!コレだぁぁぁぁ!…あぁぁぁぁぁぁぁ、またかよぉぉぉ〜!!!!」

 

千束はたきなの手にある2枚のカードのうちの1枚を引き抜くが、カードの内側を見た瞬間にその場に崩れ落ちた。

 

「くぅ~、またジョーカーだよぉぉぉ…。」

 

感のいい人ならもう気づいただろう。

彼女たちが戦っているのは、そう…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ババ抜きである。

 

 

 

 

 

 

 

_____

 

なぜこんなことになっているか一から説明していこう。

今日の仕事終わり、例に漏れずに急に千束がみんなでボドゲやりたい!とか言い出したのだ。まぁ、千束のこのような発言は今に始まったことではないから別にいいのだが、そこで何をするという話しになり初心に帰ってババ抜きをしようということになった。

そして、現在絶賛絶不調のふたり。それが千束とたきなだ。

今現在、5戦目の最終局面。ふたりとも2敗ずつ。

4戦目の最後にボスからもういい時間だから次で最後だからなという言葉で負けず嫌いのふたりはすっかりヒートアップしてしまっていた。

 

先程も言ったが千束とたきなは今日は絶不調だ。今もお互いにジョーカーを引き合っている。最初は楽しんでいたクルミも飽きてしまったのか、タブレット端末を手にゲームをし始めてしまっている。

 

「こっちです!………ぐっ。」

 

今度はたきながジョーカーを引いてしまったようだ。

 

「へっへ~ん!そっちはジョーカーですよ~。たきなチャンは~ババに好かれてるのかなぁ~?」

 

「うるさいですよ!千束も同じようなものでしょう!!」

 

千束の煽りにたきなが更に熱くなってしまう。

こりゃまだまだかかりそうだ…。

 

そんなときにクルミが話しかけてくる。

 

「おい、史八~。あのふたりまだかかりそうだからコレやらないかぁ~?」

 

クルミはそういいながら手に持ったあるボドゲを見せてくる。

それはXENOというカードを使ったボードゲーム。プレイヤーがふたり以上いればできる心理戦が肝のゲームなのだが……。

以前、これで痛い目を見たことがある。

 

「やだよ。それクルミが勝つまで終わらないやつじゃん。」

 

「当たり前だ、勝ち逃げなんて許さん。」

 

「こっちがわざと負ければそれはそれで怒ってくるじゃん。」

 

「それこそだろう?ボクが求めるのは完璧な勝利。勝利ってのは譲ってもらうものじゃない、自分で勝ち取るものなんだ!」

 

格好いいことを言っていると思うが、実際はそうじゃない。

このハッカー、まじで自分が勝つまで何回も再戦を要求してくる。それが2回とか3回とかなら俺も許容範囲だが、勝つまで何十回も再戦を要求してくると俺も正直めんどくさくなる。

 

俺はXENOが正直に言って得意だ。まぁ、第六感のおかげもあるかもしれないが…。だから、クルミにも気づかれないようにわざと負けてやったときこのめざとい天才ハッカー様はそれを見抜いて、見た目相応な反応を示してきた。

 

やんわりとクルミに断りを入れると彼女も諦めたのか千束たちのほうに目を向ける。

 

「お~い、ボクはもう寝たいからさっさとどっちでもいいからビリ決めてくれぇ~。」

 

その言葉を聞いたとき千束とたきなはほぼ同時にクルミのほうを睨み付ける。

 

「ビリじゃない!ファイナリスト決定戦と呼べ!!!」

 

「そうですよ!!それにわたしたちはジョーカーを死守しているだけ!むしろジョーカーのカードを守れていない皆さんが敗者なのでは?!」

 

おいたきなよ、ヒートアップし過ぎだ。落ち着いてくれ。熱くなりすぎてルールを根本から否定するんじゃねぇ…。

 

「でも、もう確かにいい時間だし…、ここら辺で勝負を着けようじゃないか……、相棒?」

 

「出きるんですか?今の千束に負ける気はさらさらありませんよ?」

 

たきながそう言うと千束は不適な笑みを浮かべる。

 

「ふっふっふ。ずっとDAにいたたきなは知らないと思ってたけどね。」

 

「?」

 

「このババ抜きには……、必勝法がある!

 

「必……勝…法!?」

 

たきなは一瞬だけ信じられないという表情をしたがすぐに余裕のある表情に戻る。

 

「その手には乗りませんよ、千束。」

 

「ほう?私の言葉がハッタリだとでも?」

 

「だってそうでしょう?もし本当に必勝法なんてものがあるなら初めから使えば良かったじゃないですか。」

 

「甘いねぇたきな。たきなのうんk……じゃない。ホットチョコパフェ以上に甘いよ。」

 

たきなに一瞬だけ睨まれてすぐに言い直した千束。

そんな彼女は必勝法の説明をしていく。

 

「私がさっきまで必勝法を使わなかったのは使えなかったからだよ。」

 

「使えなかった?」

 

「この必勝法はね、ある条件が揃わないと使えないんだよ。」

 

「では、その条件が揃ったと……、そういうことですか?」

 

「まぁね……、このターンで終わらせるよ!!」

 

「勝負です!千束!!!」

 

千束とたきなは決戦に挑むような表情をしている。

あれ?コレババ抜きやってるだけだよね??

なんか頭がバグりそうな感じであるが、そんなことを露ほどにも思ってないであろう千束が俺に話しかけてくる。

 

「ねぇ、ハチ?」

 

「ん?」

 

「たきなが持ってるカード、どっちがババだと思う?」

 

たきなが訳が分からないという表情を見せるがこのとき、あまり考えてなかった俺は直感で自分の答えを口にしてしまった。

 

「左。」

 

「よっしゃ。」

 

「えっ、ちょっ、」

 

狼狽えているたきなからカードを抜き取るとようやく絵柄が揃ったのか千束は手札を二枚同時に捨てた。

 

「うぉっしゃ~~~!ビリ回避ぃ~~~!!!」

 

なるほど、必勝法とは俺のことだったのか。そして、条件とは俺が暇をもて余していることか。

確かに俺なら第六感による直感でどっちのカードを引けばいいのか分かる。

 

千束は腕を高々と突き上げ、たきなは自分の残った手札を茫然としながら見つめる。

暫くしてたきなが再起動した。

 

「ちょっと待ってください千束!ズルじゃないですか?!?!」

 

「ズル?なにがぁ?」

 

「なにがって………、ハチさんに答えを聴いてたじゃないですか!?」

 

「それは違うよぉたきなぁ~。私はハチの意見(・・)を聴いただけであって、他のプレイヤーの意見を聴いちゃいけないなんてルールはありませぇ~ん!」

 

「うっ……。」

 

千束が煽りぎみにたきなにそう言うと何も言い返せない。

そんな彼女に千束が更に煽る。

 

「もし仮にハチがたきなの手札の中身が解ってた上で聞いたら、それは確かにルール違反だけど、ハチは私の後ろにいるからたきなの手札は絶対に見えない。……ハチが透視能力があれば別だけど。」

 

「…ハチさんなら……もしくは、」

 

「あってたまるかそんなもの。」

 

お前は俺をなんだと思ってるんだ?!

 

「とにかく、勝負アリだねぇ!じゃ、ババ抜きよわよわのたきなチャン、後片付けヨロシク!」

 

「ぐっ。」

 

たきなが何も言い返せないのをいいことに千束がたきなの横で体を横に揺らしながら更に煽る。

 

「残念だったねぇ、相棒!でも仕方ないよねぇ!相手が悪かったんだよ!だってボドゲつよつよの私だもん!しょうがないしょうがない!まぁ!私のほうが強かったというか?勝利の女神に愛されてるというか?私こそが勝利の女神というか?!だから、あまり気にするなよ!たきなクン!!!」

 

最後にたきなの肩をポンと軽く叩いてから千束は帰り支度をするためか更衣室へと移動していく。他の皆もいつの間にか居なくなっていた。

 

たきなのほうを振り向くと彼女は黙ってトランプを片付けていた………が、なんだろう?たきなの後ろからどす黒いオーラのようなものが見える気がする。

 

確かに今の千束の煽りは目に余るものがあった。後で注意しておこう。

 

そう思ったときにたきなが口を開く。

 

「ハチさん。」

 

「な、なんでしょう?!」

 

いつもと違う声色に敬語になってしまった。

 

「千束の土手っ腹に風穴開けていいでしょうか?」

 

「ホンットにすいません!!!」

 

これ程怖いたきなは見たことがない。

 

「あなたに謝られてもわたしの気は済みません。」

 

「な…なら、こういうのはどうだ?」

 

「?」

 

俺はたきなにあるアイデアを出した。

 

_____

 

「千束。」

 

お店の開店前にたきなが私に話しかけてきた。

昨日の夜はテンションが上がってしまいちょっとたきな怒ってるかなぁ~と思ってたけど、どうやらそんなこともないようだ。

見たところいつもどおりのたきなである。

 

「なになに~どったの、たきな?」

 

「問題です。」

 

「お、おおう。ホントにどうした?」

 

「うるさいです。では、問題。赤くて綺麗なのは夕日。青くて綺麗なのは海。では、黒くて汚いものは?」

 

「えぇ~、赤くて綺麗なのは私で、青くて綺麗なのはたきなでしょ~。」

 

私が冗談めかして言うと、

 

「そういうのいいんで。」

 

「あっ、はい。」

 

「あっ、もしかして解らないんですか?トップリコリスとあろう人が?そうですよね?注射もまともに打てない人ですもんね?」

 

おっと、コレは?

 

 

「た、たきなぁ?もしかして昨日のやつ気にしてる?」

 

「いえ、他意はありませんよ?」

 

めっちゃ笑顔でいうじゃん、コイツ!!

絶対、引きずってるじゃん!

 

「ほら、千束。早く答えを。」

 

「え…えぇと、黒くて汚いものだよね?………あっ!」

 

「解りましたか?」

 

そういえば、この前ミズキが自分の肌のことを気にしていた気がする。…ということは答えは……。

 

「黒ずみだ!」

 

「残念、違います。」

 

「えぇ~、じゃあ解んねぇよ~。答え教えてぇ~。教えてくんなきゃ気になりすぎて夜しか眠れなくなるよぉ。」

 

「ヒントはわたしの目の前にあります。」

 

たきなの目の前って……。

 

「おいおい、たきな。このperfectな千束サンに黒くて汚いところなんて、」

 

「千束の根性とお腹です。」

 

「たきなサン!?!?!?」

 

「あっ、根性の部分は意地でも良いですよ。」

 

たきなサン!?!?!?!?

なにいってんの?!?!ホントなに言ってくれちゃってンの?!?!?

しかもめちゃくちゃいい笑顔だね?!?!

穏やかな笑顔がめちゃくちゃ怖いよ!恐怖だよ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうたきなには必要以上に煽らないと決めた瞬間であった。

 

 

 





黒くて汚いもの。

根性が汚い、意地汚い、腹黒い、ということですね笑


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離反ルート
嘘の話 前編



この話しはオリ主君の離反ルートです。
本編のアニムスを利用し、記憶が戻ったところから始まります。

オリ主君は千束ちゃん絶対助けるマンなのは変わりませんが、それと同時に吉松絶対殺すマンであります。

鬱ルートです。
結構、スッキリしない終わり方だと思いますが、暇潰しに読んでみてください。

それでは…どうぞ。


 

アニムスから目覚めた俺は覚束ない足取りでビルから脱出する。

人目につかないよう路地裏に入り、一つずつ失っていた記憶をを確認していく。

 

「…………嘘だ。嘘だ嘘だ。シンさんが……、あんなことするはずない。シンさんがみんなを殺して…、院長先生を追い詰めて…。俺は……、それを忘れて……、くそっ、なんで、なんでこんな大事なことを忘れてたんだ。」

 

信じたくなかった。あの優しい笑顔で笑うシンさんが孤児院のみんなの仇だと……。自分はその事を一切覚えていなかったことを。

だが、アニムスで見た俺の記憶は過去にあった事実で変えられようのない真実だった。

 

………吉松(・・)は孤児院みんなの仇で、俺と千束で何か企んでいる。

…なら、俺のすべきことはもう決まっている。

俺が…………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吉松を殺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______

 

千束が謎の看護師に襲われ、目を覚ました数時間後私は一人店にいた。そんな時にスマホに電話がかかってくる。

画面には千束が襲われてから何度も電話をしたが繋がらず連絡を寄越すようにメールを残した相手の名前が映し出されていた。

 

『もしもし。』

 

「史八!ようやく繋がった。良かった、無事か?」

 

『えぇ、それよりもどうしたんです?何度も電話をかけてくれてたみたいですけど?』

 

「史八、落ち着いて聞いてくれ、不味いことになった。」

 

『?』

 

「お前の不在中、千束が山岸先生のところで謎の看護師に襲われた。」

 

『襲われた?…千束は無事なんですか?』

 

「…今のところはな。しかし、千束の心臓が破壊されて、千束の残り時間が短くなってしまった。」

 

『………。』

 

「史八?」

 

『千束はどれくらい持つんでしょうか?』

 

「山岸先生曰く、2ヶ月。動かなければ、それから少し伸びるそうだが…。」

 

『……そうですか。』

 

なんだ?さっきから何か史八の様子がおかしい。

シンジのところで記憶を取り戻したからか?

それにしても、今の彼に違和感を覚えた。

 

「史八……、大丈夫か?」

 

『ボス……、千束を襲った看護師に心当たりがあるんじゃないですか?』

 

「!」

 

『…俺は暫く単独行動します。これから俺に連絡はつかないかもなので、店のみんなには極秘任務が継続してると伝えておいてください。』

 

「なっ!ちょっと待て、」

 

『では。』

 

「史八!」

 

引き留めようとするが無理矢理、通話を切られてしまった。

記憶を取り戻した彼が何を考えているか分からない。

 

「史八……、お前は何をしようとしているんだ?」

 

私は切られてしまったスマホの画面に視線をおとしてそう、呟くしか出来なかった。

 

_______

 

最近、良いことがない。

たきなに心臓のことがバレてなんかギクシャクするし、そんな時に限って楠木さんに呼び出され、真島討伐作戦に参加しろと言われた。それはたきなをDAに戻すことを条件に了承したが……、

 

「ハチ、今どこにいるのかなぁ?」

 

まだ、ハチは帰ってきていない。

先生からは極秘任務中であるということしか聞いてない。

 

あ~、失敗したなぁ。DAに行った時に楠木さんに聞いとけば良かったぁ~。

 

そんなことを思いながら楠木さんから返して貰ったカメラで撮った画像を見ている。

 

「おぉ~、ホントにヨシさんだぁ。」

 

画像を見ていると当時の懐かしい記憶が思い出される。

 

ハチとの出会い。ちょっとしたケンカもしたこと。手術を怖がっている私を元気付けてくれたこと。安心させてくれたこと。

DAから出てからも先生と一緒に………、ずっといてくれたこと。

 

「………ハチ、寂しいよ。早く……、早く帰って来て…。」

 

_____

 

わたしはフキさんからDAへの復帰の辞令を受け取り、千束の心臓の情報を手に入れるため吉松と繋がっている真島と接触しようと一時的にDAに戻ることを決意する。

そのため、千束との思い出を作るために現在、千束と街へ遊びに出ている。

予定では水族館の予定だったのだが閉まっていたため、千束の提案でわたしたちは釣り堀に来ていた。

 

「楽しいですか?」

 

「楽しいよ!…たきなと居ればさ!」

 

千束はそう言ってくれているが、ふとしたときに彼女の顔が暗くなるときがある。

おそらく、彼のことだろう。

 

「………ハチさんのことですか?」

 

「えっ。」

 

「いえ、ここ最近千束の表情が暗くなるときがあるので…。」

 

「あ、あぁ~。………うん、ちょ~っち心配。」

 

「大丈夫だと思いますけどね、ハチさんなら。」

 

「うん…、先生も便りがないのは無事な証拠って言ってくれてるけど、こんなに長い間居ないのは初めてだから……。」

 

千束は自分のスマホの画面を見る。

おそらく、何度もハチさんに連絡を取ろうとしているのだろう。

店長からハチさんの極秘任務が長引いていることを知ってから千束はスマホの着信音に敏感になっている。

 

そんな時にわたしのスマホのアラームが鳴る。

 

「おぉ、時間ですな。」

 

それからわたしたちは一緒に電車に乗って、ゆうひの丘で雪が降るのを見届けてからそれぞれ別の道を歩きだした。

 

千束と別れてからDAに連絡した後、自宅へ帰るために人混みのなかを歩いているときに、ここに居ない筈の人の声が耳には入ってきた。

 

「千束のことをよろしく頼む。」

 

わたしはその場で振り返り、声の主の姿を確認しようとするが彼の姿は確認できなかった。

 

「ハチさん?」

 

彼は楠木指令からの極秘任務でここには居ないはずだ。

帰ってきたのか?…なら何故姿を隠す?

わたしの気のせいだろうか?

 

考えても、結局答えは出ずそう結論付けてわたしは自宅へ歩みを進めた。

 

_____

 

クルミと一緒にリコリコの開店前に千束の心臓について調べている時に千束がお店を閉店すると言い出した。

最初は冗談で言っていると思っていたがどうやら本気のようだ。

 

あたしはバンクーバーにいる未来の旦那に会いに行くためにクルミと一緒にタクシーに乗っている。

 

「まだ、たきながいる。」

 

延空木を見ながらそう呟くクルミに尋ねる。

 

「……あのバカの居所、まだ掴めないの?」

 

「あぁ、情けない話だが見つけられそうにない。…本当に史八が存在しているの疑いたくなってくるくらいだ。」

 

あの天下のウォールナットでも匙を投げるレベルか…。

 

「あのクソガキ(史八)…、バカなこと考えてなきゃいいけど…。」

 

あたしは窓から見える風景を見ながらそう呟いた。

 

_____

 

ミズキ達を見送ってから、お店の閉店のため掃除をしていたがいつの間にか夜になってしまっていた。

先生ときりの良いところで本日は終了とし、残りは明日へと回した。

 

カウンター席で先生のコーヒーを飲みながら尋ねる。

 

「………ねぇ、先生。」

 

「……なんだ?」

 

「…ハチから連絡とか来てないの?」

 

そう尋ねると先生は一瞬だけ体を硬直させるが、すぐに普段通りになる。

 

「いや、来ていない。………心配か?」

 

「…心配だよ~。こんなこと、今までなかったじゃん。」

 

私はカウンターに突っ伏しながらそう言った。

 

「何度も、電話とメールしてるんだけど、一切返事がないし……。」

 

「便りがないのは、」

 

「無事な証拠って言うんでしょ。……でも、不安だよ。便りがないのは……。」

 

「…………………そうだな。」

 

「もう、私は永くない。ハチが無事に帰ってきてくれればそれで、」

 

「千束、史八の前でその言葉を言うなよ。」

 

「分かってるよ。こんなこと言ったらハチに怒られることぐらい。」

 

でも、怒られてもいいからハチに会いたい。

最期の時まで会えないなんて嫌だよ。

 

………どこにいるの?ハチ。

 

______

 

翌日、真島が行動をおこし、以前に、取引された銃が都内にばらまかれ、ヨシさんも囚われてしまった。

私はロボ太の指示に従い、延空木はたきな達リコリスに任せ、旧電波塔にいるヨシさんを救出しに行く。

しかし、延空木にいるはずだった真島と遭遇し、地の利を活かされピンチになるが、たきなが助けに来てくれた。

 

たきなと協力して真島を拘束した後に、私はヨシさんを探しに行く。

階段を上がって上の階に到着するとヨシさんがいた。

 

_____

 

千束の後を追い、階段を上がったところで千束と吉松の声が聞こえた。

わたしは隠れてふたりの会話を聞く。

 

「君は分かっていないようだ。人生の役割が明確な人間は少ない!だが、君にはある。これ程幸せなことはない。」

 

「幸せ………?殺しが私の幸せなの?」

 

「君だけじゃない……、彼も、史八もそうだ。彼は記憶を取り戻し完全な暗殺者(アサシン)となった。そして、君たちはその殺しの才能で人類と世界に貢献できるのだから。」

 

「……私は結構、幸せだった。出来れば誰かの役に立ちたかったんだけど…、あなたが私にしてくれたみたいに!」

 

「私はそんなことのために死にかけの人形のぜんまいを巻いたわけじゃないよ。」

 

「…………人形。……人形…か、上手いこと言うなヨシさん。」

 

わたしはもう限界だった。

クルミ曰く、吉松……、いやあいつは千束の新しい心臓を持っている。おそらくあのケースだろう。ここであいつを殺して奪う。

千束に恨まれようとも関係ない。

 

わたしは手に持っている銃のセーフティーを外す。

 

「君にその銃は相応しくない。返してくれ。」

 

千束は俯きながら奴に銃を渡してしまう。

奴は千束の銃から店長の弾の入ったマガジンを抜いて実弾の入ったマガジンを代わりに入れる。

 

「君には、実弾が相応しい!」

 

そう言って千束に向けて発砲するが、千束はそれを避ける。

 

「素晴らしい!」

 

わたしは奴に威嚇射撃をしながらふたりの前に出る。

 

「動くな。次は眉間に撃ち込みますよ。」

 

「たきな、銃を下ろして!」

 

千束にそう言われるが、千束を助けるためにもう手段は選んでいられない。

 

「吉松、お前が真島と共謀して、千束をここに誘い込んだのは分かっている。いや…、真島も利用したんでしょう。真島に武器を渡したのもお前、ウォールナットにラジアータをハックさせたのも殺したのもお前……!あぁ後、松下もお前だ。そして…、千束の心臓も壊したのもお前。………だけど、そんなことはもうどうでもいい。そのケースさえ手に入れば。」

 

わたしはそう言いながら、千束が射線から外れるように移動する。

 

千束が吉松の足元においてあるケースに目を向ける。

 

「クルミが掴みました。そのなかに千束の命がある。」

 

「ハハハ!物知りだねぇ、たきなちゃん。」

「千束。」

 

吉松はそう言うと、ネクタイを緩め、シャツのボタンを外して胸部を露にする。

そこには、皮膚が赤黒く変色した傷跡があった。

 

「お前を生かす心臓は今は…ここにだよ。私を撃って手に入れなさい。」

 

そう言って吉松は実弾を込めた千束の銃を彼女の手に握らせ、銃口を自分の額に突き当てる。

 

「これで、君はまだまだ生きられる。さぁ!躊躇うな。史八の様に君自身の価値と人生を取り戻すんだ!そのためなら、私は命を捧げるよ!」

 

「狂ってる。」

 

「千束!!!」

 

「バカにしないで!!撃てるわけないでしょ!!!」

 

千束にはもう時間がない。この狂人の茶番には付き合いきれない。

わたしは千束に近づき、彼女の肩を掴み退けてから吉松に向けて撃つが千束にそれを阻まれてしまう。

 

「なにしてんの?!」

 

「千束が出来ないなら、わたしがやります!」

 

「そういうことじゃな、」

 

「ハハハハ!千束の前で君が私のことを撃つことなどできないよ、たきなちゃん。」

 

いちいち癇に触る奴だ!

 

「その心臓、私が引きずり出してやる!!!」

 

心臓に手を伸ばすが千束に止められ届かない。

 

「離して、千束ぉ!!!」

 

心臓の愉快そうな笑い声が頭に来る。

わたしにあの人のような……、ハチさんのように力があればこんな奴!!!

 

そんな時、わたしと千束の眼前をナイフが通りすぎる。

上を見ると鉄骨の上に千束を襲った女が立っていた。

 

「お前ぇ。」

 

わたしは女の蹴りを腹部に二発喰らい窓際まで吹き飛ばされる。

衝撃で後ろのガラスがひび割れる。

次に女の膝蹴りに当たった瞬間、後ろのガラスが完全に割れ、わたしは運良く、下にある鉄骨にぶら下がる。

 

女がナイフを振り下ろそうとするが、千束がそれを阻む。

その後、ワイヤーで女の片腕を拘束が、吉松が上からわたしに向かって発砲してくる。

 

「やめてぇ!ヨシさぁん!!!」

 

次の瞬間、千束の方から銃声が聞こえる。

どうやら千束が実弾を発砲してしまったようだ。

 

「あぁぁぁぁぁあ゛ぁぁぁぁぁ!」

 

千束の悲痛な叫びが聞こえる。

そんな彼女にわたしは声をかける。

 

「行って!」

 

千束は目を涙を浮かべながら、心臓のもとに走って向かう。

 

あの傷では自力でまともに動けないだろう。

後は、わたしが千束を襲った女を何とかすればいいだけだ。

 

____

 

私はヨシさんのもとに走って向かい、壁を背に座っている彼の傷を確認する。

 

「…良かった。弾は抜けてる。」

 

こんな時にハチがいてくれれば完璧に処置してくれるのに…。あぁ、もっとちゃんと教わっとけばよかったぁ!

 

私がそんなないものねだりをしているとヨシさんが口を開く。

 

「これじゃあ、死なんぞ。」

 

ヨシさんは私の手を取り銃口を自分の胸に当てる。

そんな彼に私は我慢できなくなって彼の頬を叩く。

 

「命を粗末にする奴は嫌いだ!」

「………嫌いだよ…。ヨシさん。」

 

私はヨシさんの胸に額を当てる。

 

「君の為なんだ。…何故分からない。」

 

「違う!世界の為なんでしょ!?」

 

「同じ…事だ。」

 

「私には世界よりも大切なものがいっぱいあるんだ。」

 

いつも首から下げていたチャームを外す。

 

「ヨシさんがくれた時間でそれに気づけた。…これは返す。」

 

私はそう言ってヨシさんの手にチャームを置く。

 

「…ヨシさんにはホントに感謝してる。…だから、私の代わりに元気でいて。……あぁ、先生の弾は返して貰うね。」

 

私はマガジンを実弾のものから先生の弾のものに変え後ろの気配に向かって撃つ。

 

後ろを振り向けば床に女がうずくまっていた。

 

「たきなはどうした?」

 

女にそう聞くとガラスの割れる音がしてそちらに目を向けるとたきなが立っていた。

頭から血が流れているが無事なようだ。

 

「良かった。」

 

たきなが助けにこちらに向かって歩いてくる。

速度がどんどん速くなり、たきなの狙いが分かった瞬間、女にヨシさんを任せてここから離れるように指示する。

 

「行って!!!」

 

たきなはヨシさん達に向けて躊躇なく発砲するが私がそれを止める。

 

「たきな、もういい!」

 

「離して!心臓が逃げるぅ!!!うわぁ゛ぁぁぁぁぁ!!!

 

ヨシさんを殺して生きても!!!それはもう、私じゃない。」

 

私がたきなを静めるように抱き締めると、たきなの体から力が抜ける。

 

「嫌だ。」

 

「ヨシさんの代わりに生きるのは私には無理だよ。」

 

「……嫌だ、千束が死ぬのは嫌だ。」

 

「ありがとう。……でも、私はもう居ない筈の人。ヨシさんに生かされたからたきなにも出会えた。…私だけじゃない。お別れの時はみんなに来るよ。でも、それは今日じゃない。」

「そうでしょ。」

 

私がそうたきなに伝えると彼女は顔をあげる。

その時、窓の外にヘリが止まり中からクルミが出てきた。

 

____

 

私は姫蒲君の肩を借りながら通路を歩いている。

そんな時、前から足音が聞こえてくる。姫蒲君がナイフを構え警戒するが、紺色のコートに身を包みフードを深く被り顔の見えない暗殺者(アサシン)だった。

 

「やぁ、君か。こんなところでどうしたんだい?………史八。」

 

私の問いには答えずに史八は口を開く。

 

「傷…………痛そうだな。誰にやられたんだ?」

 

「ふふっ、千束だよ。……と言っても君は信じないだろうが。」

 

「いや、今のあんたは嘘をついていない。事実なんだろう。」

 

「第六感か……。素晴らしい。君は遂に暗殺者(アサシン)として完成された!…それで、先程の私の問いに答えて貰っても良いかな?」

 

「……さっきあんたが言ってたじゃないか。」

 

「?」

 

「俺は暗殺者(アサシン)。…………あんたを…、ここで殺す。」

 

彼がそう言った瞬間、姫蒲君が史八に向かってナイフを突き刺そうとするが、彼は容易に彼女からナイフを奪い取り、彼女の顎を殴り付けて意識を狩り取る。

 

「貴様が千束を襲った看護師か?殺してやりたいところだけどあまり時間がないんだ。……少し寝てろ。」

 

そう言って史八は私に歩いて近づいてくる。

私は痛みで立っていられず座りながら史八を見上げると彼のフードの下から彼はフードの下から鋭い眼光を覗かせる。

 

「ハハハ…、いい眼だ。君は遂に完成された。完璧な暗殺者(アサシン)だ。……それで、なぜ私を殺す?あの孤児院のためか?それとも無理矢理君をアニムスに繋げた私が憎いからか?」

 

「……暗殺者(アサシン)は私怨では殺さない。自らの信条(クリード)のもとに殺す。……ずっと見ていた。記憶を取り戻してから。…あんたを。ずっと肌身離さず持ち歩いていたそのケース、そのなかに千束の心臓があるんだろう?」

 

「千束のために私を殺す…か。」

 

私は史八に自分の胸の傷を見せる。

 

「だが、君は私を殺せるか?千束の心臓はここ(私の中)にある。」

 

「関係ない。」

 

「…関係ない?」

 

「心臓がケースの中にあろうと、あんたの中にあろうと……、俺はあんたを殺す。そのためにここに来た。あんたが生きてると………千束は幸せになれないんだ。」

 

そう言ってから史八は左手からリストブレードを出して私の肋骨の間を通すようにゆっくりと刃を進ませ、刃は私の柔らかい心臓を貫いた。

 

_____

 

俺と吉松は白い不思議な空間にいる。

俺は倒れた吉松を抱き上げるようにしてしゃがんでいる。

 

「…良いものだな。自分の創り上げた才能に自らの命を終わらせられるというのも。」

 

「俺はあんたの欲望から生まれた。しかし、欲望から価値あるものが生まれることはない。」

 

「君の存在に価値がないと?……違うな。君には価値がある。だから、君はその才能を世界に………、いや、ここでの問答はやめよう。どうせ私はここまでだ。向こう(地獄)で………君の活躍……を楽し……みに…。」

 

言葉を言い終わる前に彼は旅立った。

俺は彼の目を指で閉ざす。

 

「汝、誇りを抱きて逝け。そは意味なきものなれど…眠れ、安らかに。」

 

俺は旅立った彼に向けて最期の言葉を贈った。

 

 



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嘘の話 後編

 

俺は吉松の最期を看取り、ケースの中に千束の新しい心臓があるのを確認してから汚れていない右手でケースを持つ。

来た道を戻ろうと振り返るとそこには、見知った人物がいた。

 

「………ボス。」

 

「史八………、お前が…やったのか?」

 

ボスはこの場の惨状を見て信じられないという風な声を出す。

しかし、俺はそんなこと関係なしに手に入れた心臓の入ったケースをボスに渡そうとボスの前に出る。

 

「ちょうど良かった。これ…、千束の新しい心臓です。早く病院を手配して千束に、」

 

「お前がやったのかと聞いているんだ!!!」

 

ボスの言葉に俺の言葉が遮られる。

 

「だったらなんだと言うんです?」

 

「っ!……、言ってたじゃないか。殺しはもううんざりだって。それなのに………、どうして?」

 

俺は足元に転がっている吉松に視線を落とす。

 

こいつ(吉松)が生きている限り千束は一生、幸せにはなれない。」

 

俺はボスに汚れていない右手に持ったケースをボスに手渡し、心臓をボスに任せてボスの横を横切る。

 

「これから……どうするつもりなんだ?」

 

「……最後にみんなに挨拶してからみんなの前から消えます。………もう俺は、ただの人殺しですから。迷惑もかけたくありません。」

 

俺は吉松の血で汚れた左手を見ながらボスにそう伝える。

 

「人殺しなら私もやった!!!今までに何人も殺した!お前だけじゃないんだ。お前がいなくなる必要なんてどこにも、」

 

ボスの言葉を今度は俺が遮る。

 

「そういうことじゃないんです。…何人殺したとか、俺には関係ない。俺が俺を許せないんだ。ぶっちゃけた話し、みんなにどんな顔して会えばいいかも分かってない。」

 

「……史八。」

 

俺は自嘲気味に笑ってからその場を後にした。

 

____

 

目が覚める。知らない天井。

どうやら私はさっきまで眠っていたようだ。あれ?いつ眠ったんだっけ?

確か、リリベルを撃退してから真島が延空木に現れて、爆発しようとするのを止めようと戦って。

 

「ダメだ、思い出せん。」

 

何故か頭がスッキリせず、考えが纏まらない。

ここはどこだろうと周囲を確認しようとしたときに横から声がかかる。

 

「ようやく起きたか?この寝坊助。」

 

「………おぉ~う。ようやく帰ってきたかぁ~、おかえりハチ。」

 

「………。」

 

「ハチ?」

 

「……ボスから状況は聞いてる。なんか、俺がいない間大変だったみたいだな。」

 

「そうだよ~。ハチだけなにもしてないんだからこれは私の我が儘の一つや二つ聞いて貰わなきゃ…、って冗談だよ~。……無事に帰ってきてくれただけで嬉しい。」

 

私は体を起こそうとするが、胸に痛みを覚えて顔をしかめる。

 

「何これ?」

 

「千束が真島と戦ったあと、たきなが急いで千束をこの病院に運んだ。その後、お前の新しい心臓を手に入れたボスが現れて、心臓を交換する手術を行った。……だから、お前はまだ死なない。しわくちゃのばぁさんになるまで長生きしろよ。」

 

「そっかぁ……、先生たちは?」

 

「みんな後始末に追われてるよ。たきなは今回の報告のために一度DAに行ってるそうだが、みんな揃うにはまだしばらくかかる。」

 

「そっか……そう………な…んだ。」

 

目蓋がまだ重い。意識が遠くなる。

 

「麻酔がまだ抜けきってないだろ。もう大丈夫だから安心して眠ってろ。」

 

「ねえ…、ハチ。」

 

「なんだ?」

 

「私が次に起きたときもそばに居てくれる?ハチが居てくれるとなんか知らないけど安心するから。」

 

「…………………あぁ、約束する。」

 

「やっ……たぁ、約……束だ…からね。」

 

____

 

千束が再び眠りについたのを確認して、彼女の左手に俺がずっと持ち歩いていた大事なものを握らせる。

 

「……ごめんな。その約束は守れない。」

「さよなら千束。」

 

俺はそう言って千束の病室から出るとそこには、ボスが立っていた。

 

「…ボス。」

 

「行くのか?」

 

「えぇ、もう決めたことなので。」

 

俺はボスに背を向けて歩き出すと後ろから銃を構える音が聞こえる。

 

「なんの真似ですか?」

 

振り返るとボスがこちらに銃口を向けていた。

 

「お前を行かせはしない。お前が闇に堕ちるつもりなら私がここでお前の四肢を撃ってでも止める。」

 

「…ボス。」

 

「気づいてくれ、史八。今の道を進み続けるならばお前は孤独になる。だから頼む。……行かないでくれ。私たちには……千束にはお前が必要なんだ。」

 

ボスに涙を浮かべながら懇願される。

 

「孤独になることは理解しています。でも、俺は人を殺した。少なくとも世界からゴミ()を一人減らせる。俺は孤独になっても構いません。それが千束の幸せに繋がるなら……、千束が幸せになってくれるのなら……、俺はもう…何も望まない。」

 

俺はボスの方を向き頭を下げる。

 

「千束のことをこれからもよろしくお願いします。」

 

「やめろ、言うな。……そんなこと言わないでくれ。頼む。私はお前達を本当の子どもの様に、」

 

「だから貴方に頼んでるんです。………父親である貴方に。」

 

俺の言葉にボスは銃を落としその場に倒れるように座る。

そんな彼に最後の挨拶をする。

 

「さようなら、父さん。」

 

_____

 

あたしはクルミと共に店にいる。

一通り、後始末が片付いたのでこれからも車で千束のいる病院へ向かおうとしたときに店のドアが開く音がする。

間違って入ってきた客に開いていないことを伝えようとホールに顔を出すとそこには、見知った顔の人物がいた。

 

「お疲れ様です、ミズキさん。なんか、大変だったみたいですね。」

 

「史八!おまっ!やっと帰ってきたのか!おっせぇんだよ!!!もう終わっちまってるよ!」

 

「帰ってきたのか?史八。」

 

あたし達の声が聞こえたのかクルミもホールに顔を出す。

 

「大まかな事はボスから聞いてます。千束の手術も無事終わったみたいなのでひと安心ですよ。」

 

「これからクルミと車で病院に行こうとしてたからあんたも乗ってく?」

 

「いや、楠木から極秘任務の報告をしに来いって言われてるんですよ。」

 

「そうなの?なら、あたしが送ってあげましょうか?」

 

「大丈夫です。DAからの迎えの車が来るみたいなのでそれで、行くつもりですから。ふたりは千束に付いていてあげてください。」

 

「お前も早く来いよ~。千束はお前に会いたがってだぞ~。」

 

「………ミズキさん。」

 

「なによ?」

 

「お酒はほどほどにしてくださいね。休肝日を作って可哀想な肝臓を少しでも休ませてあげてください。アルコール量を抑えればミズキさんならすぐに良い相手が現れますよ。」

 

「余計なお世話よ!!!」

 

私が文句を言うと史八は笑いながら次にクルミに話しかける。

 

「それからクルミ。」

 

「なんだ?」

 

「お前がこれからどうするのか俺は知らないけどもし、ここに残るなら出来る限り、千束の力になってやってほしい。頼むよ。」

 

「あ、あぁ、もちろんだ。」

 

「それじゃあ、ふたりとも俺はこれで。」

 

そう言って史八は店から出ていった。

 

「なんだったんだ?」

 

「さあ?」

 

____

 

わたしはDAへの報告を終わらせ千束のいる病院へ向かい走っている。その途中で、見慣れた紺色のコートを着た銀髪の人物を見つける。

 

「ハチさん!」

 

「よう、たきな。元気そうだな。」

 

「司令からの極秘任務は終わったんですね。よかった、千束がずっと心配してたんですよ。ハチさんが居なくなってから色々あって。」

 

「みたいだな。ボスから一連の出来事は聞いたよ。良く頑張ったな。」

 

「はい、ありがとうございます。ハチさんも、おかえりなさい。」

 

「…………。」

 

「ハチさん?」

 

「………たきな、これからも千束のことよろしく頼むな。千束のことで困ったらボスに相談すれば良いし、ミズキさんもクルミもいる。みんなでまた喫茶リコリコでたくさんの人を助けてくれ。」

 

「は、はい……。それは…もちろん……。」

 

なんだろう、この違和感は?

 

ハチさんはそう言うとわたしに背を向けて歩き出してしまう。

 

「えっ、ちょっと!ハチさん?!どこに、」

 

「野暮用だ。」

 

彼は右手を軽く挙げ行ってしまった。

 

____

 

私が目を覚ますと私が寝ているベッドの周囲にたきなとミズキとクルミがいた。

 

「千束!目が覚めましたか?!気分は悪くないですか?!」

 

「お…、おおう、急に質問責めするじゃん。私の相棒。まぁ、落ち着きんさい。」

 

私は周囲を確認するがハチの姿が見当たらない。

 

「ねぇ、ハチは?」

 

「帰ってきてますよ。なんか、野暮用があるとかでまたどこかへ行ってしまいましたが…。」

 

「あの遅刻ボウズなら、DAに報告しに行くって行ってたわよ。」

 

「遅刻ボウズって…、史八は任務で居なかったんだからしょうがないだろ。ミズキが仕事中に酒呑みながらサボってるのとは違うぞ。」

 

「でも、あいつだけ今回の真島の件に関して何一つやってないじゃない。いいのよ、それで。」

 

全く、ミズキは。

でも、起きたときに居てくれるって約束したのに居ないとは…、これはイジってやらなければ。

どういう風にハチをイジろうか?

ミズキに乗っかり遅刻ボウズと呼んでやろうか?いや、それじゃ、芸がない。

DAと私、どっちが大事なの?とウソ泣きしながら言おうか?

…うん。これだな。これがいい。

 

そんな風に考えていると先生が部屋に入ってくる。

 

「遅いぞぉ、オッサン。」

 

ミズキが先生にそう話しかけるが、先生から反応がない。

次にたきなが口を開いた。

 

「千束、実はあの後店長が新しい心臓を持ってきてくれたんです。それで、千束が寝ている間に手術をさせて貰いました。」

 

「あぁ、うん。知ってる。ハチに聞いた。」

 

「なんだ、あのガキもう来てたの?」

 

「うん。一回起きたときにハチしかいなくてその時に聞いた。」

 

「ったく、あのガキ。今回は何もしてないから今度、酒の肴でも作らせるか?」

 

「じゃ、ボクは甘いものでも作って貰おう。」

 

「いいねぇ、ふたりとも!たきなはどうする?」

 

「い、いえ、わたしは……。」

 

「いいじゃん、いいじゃん!この際だからみんなの我が儘を聞いて貰おうよ!ねぇ、先生!」

 

私たちがワイワイ話しているとさっきから一言もしゃべらなかった先生が口を開く。

 

「千束、みんな………、話さなければいけないことがある。」

 

先生は泣きそうなぐらい悲しそうな表情をしていた。

 

「な、なに、どうしたのさ先生?そんな泣きそうな顔して。」

 

「史八は……、もう………。」

 

珍しく歯切れの悪い先生にみんなは首を傾げる。

 

「史八はもう……、戻ってこない……。」

 

「えっ?」

 

先生が何を言っているのか理解できない。

ハチが戻ってこないってどういうこと?なんで?

 

私は情報を整理しようとするが、まったく進まない。

麻酔がまだ効いているのか?いや、違う。本当に先生が何を言っているのか理解できていないのだ。

 

「や…、やだなぁ~、先生!そんな冗談、面白くないよ~!そんなバレバレの嘘じゃ酔ったミズキぐらいしか騙せないよ~。」

 

「……………。」

 

「ねぇ、先生。嘘だって言ってよ。」

 

「……………。」

 

「ねぇってば!!!」

 

私がベッドから立ち上がろうとするとたきなに止められる。

 

「千束、落ち着いてください!」

 

「落ち着いてられないよ!!どういうこと?!ハチが戻らないって!!ちゃんと説明して、先生!ハチに何があったの?!」

 

「………。」

 

「先生!!!」

 

何も言わない先生に今度はミズキが口を開く。

 

「おい、オッサン。だんまり決め込んでんじゃないわよ。…いったい何を隠してる?説明できないことなの?千束には説明するってのが筋じゃないの?」

 

「……千束の心臓を手に入れたのは私じゃない。……史八だ。」

 

「どういうこと?」

 

「私は史八から心臓を受け取っただけだ。」

 

「じゃあ、どうやってあいつは心臓を手に入れたんだ?」

 

クルミからの最もな意見が出てきた。

私の新しい心臓はヨシさんが持っていた。

たきながヨシさんを殺して奪おうとしたが私がそれを止めた。結局心臓はケースの中にあったのか、ヨシさんの中にあったのか分からないが…。

心臓は2つあったのか?2つ目をハチが手に入れて先生に渡した。

自分の中でそう予想すると先生が私を方を向き言いづらそうにしながら口を開く。

 

「………………シンジを殺した。」

 

は?

 

「史八が……シンジを殺して奪ったんだ。」

 

なぜだろう?なぜ今日はこんなに先生の言葉が理解できないのか。

ハチがヨシさんを殺した?あのハチが?あの…誰よりも優しいハチが?

 

「嘘だ。……嘘だって、先生。ハチがそんなことするはずない。先生も知ってるでしょ!ずぅっと一緒にいたじゃん!ハチがヨシさんを殺すなんて、」

 

「嘘じゃない!!!」

 

「!」

 

「嘘じゃないんだ、千束………。」

 

信じられない。ハチがヨシさんを殺すなんて……。

じゃあ、なに?ハチは私の心臓を手に入れるためにヨシさんを殺したの?なんで?なんでそこまでして?!

殺しは嫌だって言ってたのに。私と一緒に不殺(ころさず)を誓ってたのに…。

 

「ごめん………、みんな。しばらく…一人にして。」

 

私が俯いたままそう言うとたきなたちは黙って病室を出ていく。

 

「……千束、明日も来ますから。」

 

たきなは帰り際にそう言ってくれたが今は何を言われても耳に入ってこなかった。

 

私はふと左手に何かを握っていたことに気づく。

握っていたものを確認するため手を開いてみると、そこには、私と先生がハチの誕生日に初めて贈った銀色の懐中時計があった。

時計の蓋を開けると蓋の裏にはリコリコ開店当初に店前で先生に撮って貰ったハチと私のツーショットの写真が貼ってあった。

 

「約束……したじゃん。……起きたらそばにいてくれるって………約束…………したのに………。」

 

なぜハチはこの懐中時計を私に持たせたのか、その理由がはっきりと分かった途端、涙が溢れてきた。

 

これは、リコリコのみんなとの……私との完全な………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決別だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____

 

俺は今、何者かに追われている。

 

なんで!?、なんでだ?!なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ!!!

俺がなにしたってんだよ!!

数日前にテレビのニュースで流れてた緑髪の男がばらまいたって言ってる銃を偶然拾っただけだ。

俺は金に困ってた。だから、たんまりと金を溜め込んでるジジババのいる家に奴らが外出してる間に侵入して金を盗んだ。

でも、すぐに帰ってきちまったから、拾った銃で脅した。

脅すだけだ。撃つつもりはなかった。

けど、ジジィが抵抗してくるもんだから思わず撃っちまった。

ババァがそれで騒ぎだしたから黙らせるためにババァも撃った。

俺は悪くない。抵抗してきたジジィと騒ぎだしたババァが悪い。

いや、もとを正せば会社の金をちょっと横領したぐらいで俺をクビにした会社が悪い。

クビにならなければ妻と娘にも逃げられることはなかったし、安月給だったがこんなに金に苦労することもなかった。

悪くない!俺は悪くない!!!

悪いのはこの世の中だ!!!俺は絶対に悪くない!!!!

 

気づくと俺は廃工場に逃げ込んでいた。

行き止まりで逃げ場はなく、走って苦しくなった肺に酸素を取り込むためにゆっくりと呼吸する。

振り向くとそこには誰もいなかったがわかる。俺を追っている奴がここにいる。

 

「誰だよ!誰なんだよ!!俺がなにか悪いことしたって言うのかよ!!!」

 

その言葉を口にした瞬間、俺のすぐ目の前にフードを被った人間が現れる。顔が見えなかったため男が女かも分からない。

 

「何なんだよ、おま、え?」

 

突如腹部に痛みと違和感を覚える。

手を当てるとベットリと生暖かいものが手に付いた。

これ俺の血か?

 

足に力が入らずその場に倒れるように崩れ落ちるがすんでのところで体を目の前にいる人物に支えられる。

 

「いやだ………、嫌だ。まだ……死にたくない。助け……て。」

 

自分の死を悟り、目の前の人物に懇願する。

しかし、目の前の人物に俺の懇願は届かなかった。

 

「汝、来世を渇望するより今の生に満足すべし。眠れ、安らかに。」

 

 

 





はい、ifルート終わり。
終わりったら終わり。
スッキリしない終わりかたですが、勘弁してください。

書いてて辛くなってきた。
ホントなら退院した千束ちゃんが張り付けたような笑顔で働いて店のみんなに慰められる描写も書きたかったけど可哀想だから止めました。


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