リコリス・リコイル 竜胆の花は彼岸の花に何を見る? (タロ芋)
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1

描きたくなって書きなぐる。二次創作ってそういうものでしょう?


「あー……疲れた」

 

「それについては同意だねー」

 

 宙へと登り、溶けていく紫煙。瓦礫に背中を預けて脱力する少年と瓦礫に座る幼女。

 少年は煙草を咥え、静かに煙を吸って吐き出すことを繰り返す。甘い香りのする煙が宙へと解けていく様を静かに見つめていた。

 

「ねっ、君はどうすんのこの後? 逃げようとしても多分、別働隊がいるけどね」

 

 幼女が問いかければ。少年は煙を吐き出し、しばし考えれば重々しく答える。

 

「強行突破……は無理だな。さすがに消耗しすぎた」

 

 持ってきた武器弾薬は尽き、唯一と言っていい武器は傍らに立てかけてある刀1本。精も根も尽き果て、こうして意識を保っているだけでも精一杯だ。

 

「さすがに最強のリリベル、リッパーもお縄につく時かなぁ?」

 

「うるせぇクソガキ。ぁ〜あ……なんでバカ真面目に付き合ってんだ俺?」

 

 ヒビがはいり用途の成さない鬼を模した仮面を投げ捨て、少年はぐしゃりと前髪の形を崩して唸る。

 

「(似てるからか?)」

 

 自分を人間にしてくれた存在とこの幼女は酷くダブって見えた。少年は苦い顔で考えを振り払い、ゆっくりと立ち上がる。

 

「命令違反に次ぐ命令違反。そんでもってコレだ。どうせ戻っても俺には居場所がない。お前のその態度、どうせなにか案があるんだろ?」

 

「ふっふっふ、モチのロンってとこかな! ねっ、君って手先器用?」

 

「突然なんだ薮から棒に……。まぁ、大抵のことならできるがな」

 

「なら良し! ネッ! 喫茶店の店員ってやつになろっか!!」

 

 極東の島国、日本。それを象徴とする花を象った塔の最上階で幼女は満面の笑みで言い放つ。少年はしばし言葉を失い、咥えていた煙草の先端部分からは燃え尽きた灰がコンクリートの地べたへと落ちていく。

 

『んー、もしもだけどさ……。私とどっかの田舎に逃げて平和に喫茶店とか経営するっていったら一緒に付き合ってくれる?』

 

「はは……。んだよ、ソレ……。馬鹿じゃねぇの……」

 

「あ、ひっど!! 私は大真面目ですぅ!! ……って、どうしたの、泣いてるけど? どっか痛いとこある?」

 

『いきなり何言い出してんだよ……。つか、俺はお前を殺そうとしてるんだぞ?おまけに逃げるったって戸籍もねぇのにどこ行くんだよ』

 

『もしもの話! それで、どう?』

 

 遠い昔、どこかの海岸で交わした会話。少女の問いかけに少年は抱いていた刀を弄びながら空を見上げて答える。

 

『まぁ、いいんじゃねぇの? つっても、お前みたいに家事全般が終わってるんじゃ客なんて来ねぇかもだけどな』

 

『なんだとコノヤロウ! 私だって本気出せばお茶の一つや二つくらい……多分きっとできる!!』

 

『そこは断言しろよ……』

 

『ふーんだ! 最強のリコリスなめんなよー!数年もしたらあの子に追い抜かされるけど!!』

 

『頭撫でんな!やーめーろー!!!?』

 

 少女に揉みくちゃにされ、堪らず叫ぶ少年はもがきながらも女の言った未来を想像して見る。

 自分がメニューの料理を作って、女が接客してそれを出す。自分をもみくちゃにするコイツは普段はアレだが見てくれは悪くは無い。そうして色々と想像を膨らませていき、少年は気がつけば口に出していた。

 

『でもまぁ……。もしも出来るなら』

 

「悪くないかも、な」

 

 かつて、叶えられなかった夢想のもしも。少年が忘れていた願いは何の因果かこうして現れた。それを示したのも同じような彼岸花というのも運命とも言えよう。

 

「フフ、じゃあ契約成立ってことで! ハイ握手!」

 

「警戒心もへったくれもねぇな……。一応、俺はリリベルでリコリスのお前を殺すために来てたんだが?」

 

「今は違うでしょリッパーさん?」

 

「……りつは」

 

「うん?」

 

竜胆(りんどう)律刃(りつは)だ。リッパーじゃねぇ」

 

「〜!! よろしくね律刃さん! あ、あと私はちさと。錦木千束だよ」

 

「お前がっ……? ハハハ、そうか。お前が千束か……納得だよ。通りで似てるわけだ」

 

 幼女の名を聞き、少年は笑う。どうやら、自分はとことん彼女と縁があるらしい。差し出され手を生身の左手で握り、少年は小さな手を優しく握る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでその喫茶店って煙草吸ってもいいのか?」

 

「ダメだよ! ダメったらダーメ!!」

 

「…………クソめ」

 

 

 ◎

 

 

「こちら律刃。ポイントに着いたが待機でいいのか? 人質の頭が今にもぶち抜かれそうだが、ミカさん?」

 

 耳につけたインカムを小突き、ビルの屋上の縁に立ち視線の先にある廃ビルでの出来事を律刃は静観していた。

 頭目らしき男は人質にした青服(セカンド)のリコリスの後頭部に銃口を押し付け、仲間らしきリコリスたちに向けて怒鳴り散らしている。

 

『ああ。とりあえずは楠木からは現状維持ということで頼む。もう少しで千束も来そうだからな』

 

「ほーん。あんたがそう言うならそうするが、本当にやばそうなら突っ込んでも構わないか? 目の前でガキが殺されるのは見過ごせねぇし」

 

『そうなったら好きにやって貰って構わない。お前のことだからリコリスに攻撃されても問題はなさそうだからな』

 

「信頼が高うござんすねぇ……」

 

 元とはいえ敵対していた組織の構成員だぞこっちは? やはり、変人の元には変人が集まるというのか。律刃はそのようなことを考えつつも煙草を吸おうと、懐へ手を伸ばそうとして。

 

『吸ったら千束がまた怒るぞ?』

 

「…………」

 

『今度は長いだろうな』

 

「……………………」

 

『ご機嫌取りは面倒臭いぞ?』

 

「…………………………チッ!!」

 

『利口な判断だな律刃』

 

 懐へと伸ばしていた手を舌を打って下ろし、ニコチン不足によるむしゃくしゃした気持ちを発散しようと売人連中へ突撃するため足に力を込めようとした。その時、

 

『ザッ……ザザッ…………』

 

「ん? ミカさん? おーい……トラブル? って、やばいなアレ」

 

 インカムからノイズが聞こえ、チャンネルを何度も変えるが一向に繋がる気配がない。そして、商人の男がついに痺れを切らしたか人質のリコリスをうち殺そうと引き金に力を込め始める。

 それを見た律刃はベルトに取り付けていたホルスターから艶消しされ、投擲に適した形のナイフを引き抜いた。

 

「ラァッ!!」

 

 人間離れした腕力で掴んだナイフを投げる。空気を引き裂き、ナイフは銃を持った売人と手を凶器諸共粉砕、貫通しコンクリートの地面へと深く突き刺さる。

 汚い悲鳴をあげ、堪らず男が人質から離れれば待っていたとばかりにいつの間に調達していたのか青服のリコリスが機関銃をぶっ放したでは無いか。

 

「おいおいおい、人質を殺す気か?」

 

 驚きを禁じえず、律刃がチームのリーダーらしき赤服(ファースト)へと視線を向ければ目を丸くしており、件のリコリスの独断だというのが容易く理解することが出来た。

 

「あれじゃあ生き残りはいなさそうだな」

 

 銃撃による煙幕が晴れ、終わったことを察知。出番のなかった刀を足元に転がしていたギターケースに仕舞えば、もう一度廃ビルへと視線を向ける。

 丁度赤服が命令違反の青服へと拳を振り抜いた所で最後に視線を切り、律刃は屋上を後にした。

 

「あ〜、煙草吸いてぇ……」

 

 懐から棒付きキャンディを取りだし、口に含めばそのように呟き空を見上げる。朝焼けに染る空は実に腹ただしいくらいの美しさで悪態のひとつもつきたくなる。

 

「あ〜! 律刃また煙草吸ってる!!」

 

 ゆっくりと階段を降りていくと頭に響く叫びが鼓膜を震わせる。胡乱げな目で見ればそこには何にも考えてなさそうなあほ面の馬鹿(錦木千束)がこちらに指を向けていた。

 

「飴だ飴。つか、遅ェぞ千束。もう終わっちまったぞ?」

 

「知ってる! 出遅れちゃったかぁ。これでも急いだんだけど!」

 

「そいつぁご苦労さん。俺も、とんだ無駄足だったよ」

 

「まったく、律刃ってば起こしてくれても良かったのにさぁ〜」

 

「起こして二度寝決め込んだ阿呆はお前だろ……。ちゃんと俺は起こしたんだからな?」

 

「そうなの?」

 

「そーなの」

 

 会話をしつつ路肩に停めた自分のバイクを見つけ、シートにまたがると千束は当然のように後ろへと乗ってくる。

 

「おい、お前自分のスクーターあるだろ?」

 

「べっつにいいじゃーん! たまには良いでしょ?」

 

「はぁ……。ミズキのアホに回収頼んどくか」

 

「じゃ、リコリコにしゅっぱーつ! ついでに朝ごはんもよろしく! あ、目玉焼きの黄身は半熟ね?」

 

「ったく、このガキンチョは好き勝手いいやがる。ヘルメットちゃんとつけろよー」

 

「りょうかい!」

 

 鍵を捻ればエンジンがけたたましい駆動音を響かせ、ご機嫌な咆哮と共に後輪が勢いよく回転し赤い軌跡を描いて一通りのない街並みを勢いよく走り出した。

 

「あははは! 速いやはーい!!」

 

 楽しそうにはしゃいで騒ぐ様は年相応なのに、戦場へ出れば一騎当千ともいえるような活躍をするのだから人は見かけには寄らないとも言えよう。千束が速度をあげるよう催促し、律刃は律儀に付き合ってアクセルスロットを回せば簡単に速度は制限を突破していく。

 

「悪くないな」

 

「なんかいったー!?」

 

「なんでもねーよ! きちんと掴まってろよ!!」

 

「誰にものいってんのさー!!」

 




感想、待ってます


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2

よろしくね


「はよーっす」

 

 武器の入ったギターケースを片手に扉を開け、中へと入っていき朝の挨拶をすれば先にいた住人がそれへと返す。

 

「おはよう、律刃。千束は?」

 

 和服姿の黒人男性、本名不明のナイスガイことミカがおり律刃は肩を竦めて答えた。

 

「2回ぐらい起こしたけどダメでしたね。まぁ、開店前には来ると思いますよ?」

 

「フッ、すっかり同居生活が板についているじゃないか律刃」

 

「勘弁してくださいよミカさん……。何が悲しくて小便臭いガキと同棲しなきゃいけないんすか。つか、いいんですか? 一応あいつあんたの教え子でしょうに。間違いが起きたらどうするんすか?」

 

「10年も過ごしていてよく言う。ほら、着替えて仕込みを手伝ってくれるか?」

 

「へぇい」

 

 ミカに言われ、慣れた足取りで喫茶店"リコリコ"の店内を進みスタッフルームへと入り衣服を脱ぎ始めた。

 

 姿見に映る自分の姿を見つめれば、何となく首から下げられたソレを摘む。才ある者に送られる梟を模したチャーム。

 

「……俺は俺の願いで生きる。他人から与えられた使命なんざクソ喰らえだ」

 

『自分のために生きなさい。私との最後の約束よ?』

 

 握りしめ、かつての誓いを思い出しながら律刃は誰に聞かせるでもなく呟く。

 

「さて、今日も働くか」

 

 顔を上げロッカーにあった自分の制服である青紫色の作務衣へと着替えて律刃は厨房へと向かうのであった。

 

 

「おはようございまーす」

 

 慣れた手で仕込みを済ましていれば、間延びした声で店内に入ってくるのは亜麻色のゆるふわヘアーに眼鏡をかけた女"中原ミズキ"であった。

 

「おはよう」

 

「はよーさん」

 

 入口に目を向けずに返せば、ミズキが顔を輝かせながら律刃へと語りかけた。

 

「今日も男前じゃない律刃〜。結婚しない?」

 

「悪いな。素直にタイプじゃないんだわ。ケツとタッパでかくなってから出直してくれ」

 

「畜生! あとセクハラだぞバッキャロー!」

 

「ブーメラン乙」

 

 最低でも170後半は欲しい、何度目かも分からないやり取りを済まして準備を進める。

 仕事がないためにのんびりと進めていけば、ふとミカが思い出したように2人へ告げた。

 

「そう言えば今日は新しいリコリスが入ってくるぞ。律刃は問題は無いだろうが……ミズキ、ちゃんとやるように」

 

「ちょっとー、それってどういう意味よ〜」

 

「へー、どんな子ですか?」

 

 作務衣姿の律刃は作業の手を止めず、聞いてみればミカはざっくりと説明をしてくれた。ミズキはテレビに視線を向けたまま講義の声を上げるが当然としか言えない。

 

「命令違反で機関銃を乱射した子だ。名前は"井ノ上 たきな"」

 

「あー……。あの子か。赤服にいいの貰ってた」

 

 彼はその教えてくれたことからつい最近のあの出来事を思い出した。そういえば、殴られそうな直前、目線があったような気がしていたがどうでもいいことだ。

 律刃は新しく来るリコリスのことを思い浮かべ、1人呟く。

 

「まぁ、ここに来るんなら変人なんだろうな」

 

 ミカ、ミズキ、自分、そして千束(バカ)。物の見事に変人の巣窟たるリコリコのメンバー。自分を加えてることに何故か目頭が熱くなってくるが、気の所為だろう。どうか気の所為であってほしい。

 

「フッ、どんな子かはお前が見て確かめるといい。いずれお前たちと肩を並べるのだからな」

 

「まぁ、気楽にやりますよっと。かんせぇい」

 

 そうして律刃は完成した和菓子をトレーに並べていき、出来に満足して微笑むと同時に勢いよく店の扉が開け放たれる。

 

「おっはよー! 律刃ァ! まぁた私を置いていったなぁ!?」

 

 騒がしく店内に入ってくるのは自分がリリベル(クソッタレな組織)を辞めることとなった原因で、東京最高最強のリコリス。お人好しの馬鹿野郎(錦木千束)であった。

 

「2回くらい起こしたのに起きずに寝てただろうがバカタレ」

 

 げんなりとした様子で千束に向けて告げれば、千束は首を傾げる。

 

「あれ、そうだっけ?」

 

「そうだっつの。つか、朝飯食った後きちんと水につけといたか?」

 

「もちろん! あと美味しかったよ!」

 

「なら良し」

 

「かぁ〜! 朝からイチャコラしやがってよぉ!! 当てつけかぁコノヤロウ!」

 

「普通だろ?」

 

「普通だよね〜」

 

「ミカァ!! 二人がいじめるぅ!!」

 

「ハハハ、もう開店の時間だ。律刃、看板を外に出してくれ。千束は早く着替えなさい」

 

 千束が来て一気に店内が騒々しくなるが、この時間は律刃にとっては嫌いではない。堅気とはいえない者達だが、この瞬間は何よりも変え難い事なのだと思いながら喫茶店リコリコはその扉を解放する。

 

 

 ◎

 

 

「ねぇ〜律刃ぁ〜。なんかいい感じに行き遅れてる男の子紹介してくんなァい? あとイケメン!」

 

「最後の注文さえなけりゃ幾らでも紹介できたんだが無理になったな。諦めろ」

 

「ぢくしょぉ〜!!」

 

 居たとしても真昼間から酒をかっ食らうような女と交際してくれるような聖人がいるとは思えないが。現在、ミカは裏に周り千束は外へ買い出しへ。そうなれば、律刃はミズキの戯言を聞くだけの案山子に徹することになる。

 

「ここにも母となるべき才能が結婚という障害に阻まれているのよぅ! くぅ〜、不満だわー! 今すぐいい男を私に支援しなさ〜い!」

 

「ウンウン、ソウダナ-……ん?」

 

 ミズキの戯言に相槌を打ってると、店の外に誰かが来たことを察知する。気配の消し方が上手く、堅気の人間ではないことが分かり僅かにそちらへと殺気を飛ばしてみる。

 

「外にいるのもなんだ。入ってきたらどうだい?」

 

 そして、声をかけてみれば驚いたような雰囲気と間の後に店の扉がゆっくりと開かれる。頬に湿布を貼っているが10人に聞けば10人が綺麗と答える整った凛々しい顔立ち、つややかな黒髪、セカンドの証である青い制服の美少女がそこにはいた。

 少女は一定の足音で店内を進み、カウンターの前に立てば凛々しくも可愛らしい声を出す。

 

「本日付で配属となりました。井ノ上たきなです」

 

 よく通る声で名乗る少女、たきなを見て律刃は神妙な顔でじっと見つめた後に厳かな声で言うのだった。

 

「…………思ったよりもまともなのが来たな」

 

「張り倒しますよ?」

 

「済まない。ちょっとここって変人が多くてな」

 

「来たか、たきな」

 

 具体的に言えばミズキとか千束とか。律刃の言葉に真顔で返すたきなに律刃は謝罪を行えば、いつの間にか近くにいたミカがテレビを消して彼女を歓迎した。

 ミズキはようやく合点がいったのか、手を打って言い放つ。

 

「あ〜! DAをクビになったていうリコリスか!」

 

「クビじゃないです」

 

 初対面で言うにはあまりにもあんまりなセリフに思わず律刃は額へと手を当てて呆れ果て、それに食い気味に否定するたきなと苦笑いをするミカ。そうしてると、たきなはこちらへと向き直り口を開いた。

 

「あそこで気が付かれるとは思ってもいませんでした」

 

「そいつはどうも。気配を消す時のコツは完全に消そうとするんじゃなくて周囲に紛れ込むようにやるのがコツだぜお嬢ちゃん」

 

「了解しました。転属は本意ではありませんが、東京で1番のリコリスから学べる機会を得れて光栄です。この現場で自分を高めて本部への復帰を果たしたいと思います。千束さんよろしくお願いします」

 

 言いながらたきながミズキに視線を向けだが、残念ながらそこで酒を飲んでる残念美女は人違いだ。

 

「それは千束ではない」

 

「それっていうな」

 

 ミカが訂正する。この中で女なのがミズキだけだから仕方ないとはいえなくもない。すると、たきなはミカのほうへ驚いたように目を向けた。

 

「いや、そのおっさんでもねーよ!」

 

「! まさか!!」

 

「ソイツでもないわ!!」

 

 ははーん、さてはコイツ変人だな? ミズキの渾身のツッコミを受けてこちらを見るたきなへ律刃は思う。ミカが自己紹介と共に握手を交したところで各々が名乗り出した。

 

「彼女はミズキ。元DAで所属は情報部だ」

 

 普段の行動でだいぶアレな印象があるが、意外にもミズキは優秀なのが世界の不思議なところだ。

 

「"元"?」

 

「嫌気がさしたのよ、孤児を集めてあんたらリコリスみたいな殺し屋作ってるきもい組織にね」

 

 言い方はともかく、ミズキにはおもうところがあったらしい。

 

「彼は"竜胆(りんどう)律刃(りつは)"。元々は裏の仕事人ではあったが、今は理由あってココで働いている。外部協力者というやつだ」

 

「宜しく」

 

「宜しくお願いします竜胆さん。それで、千束さんは?」

 

「あいつなら今は買い出しに行ってるよ。もう少しで帰ってくると思うからまぁ席に───

 

 律刃がたきなに席を進めようと最後までいい負えぬうちに、外が騒がしくなり始める。どうやら、この店の看板娘のお帰りらしい。

 

「先生たいへ〜ん! 食べモグの口コミでこの店のホールスタッフがかわいいって、これ私のことだよね!?」

 

「私のことだよ!!」

 

「「冗談は顔だけにしろよ酔っぱらい」」

 

「あ、ついでに言うならイケメンの厨房スタッフもいるって写真付きで書いてあったよー。良かったね律刃〜。あんなに可愛かったのがこんなに凛々しくなってお姉ちゃん嬉しい〜!」

 

「暗殺者が目立ってどうすんだよ……。つか、年齢的にはお前が妹みたいなもんだろ?」

 

 一気に騒々しくなり、千束はいつものメンツに知らない顔があることに気がついた。

 

「あら? リコリスだね。私というものがいながら二股だなんて!! 酷いわ律刃! 私のことは遊びだったのね!?」

 

「んなわけあるか! 俺はもっと全体的に大きいの好みだっつの」

 

「え、つまり私?」

 

「シャラップ!! お前は引っ込んでろアル中!」

 

 どうしてこうも女連中の頭の中はおめでたいのか? 連続して押し寄せるボケの連撃に律刃は思わず天を仰ぎみた。神はどうやら自分のことが嫌いらしい。

 

「例のリコリスだ。話しただろう? 千束」

 

「え!?」

 

「お前も忘れてたのかよ」

 

「今日からお互い相棒だ。仲良くしろ」

 

 どうしてこうもあんぽんたんが多いのか、律刃がツッコミを入れるが聞く耳を持たない千束はミカの言ったことに表情を喜色に染めていく。

 

「この子がぁ〜!? よろしく相棒! 千束で〜す」

 

「井ノ上たきなです。よろし──「たきな! 初めましてよね?」──はい……去年京都から転属になったばかりの

 ──「ほ〜! 転属組ぃ! 優秀なんだね。歳は?」──16で──「ほぉ! 私がひとつお姉ちゃんか〜! でも"さん"はいらないからね! ち・さ・とでおk〜?」──はあ……」

 

「それまでにしてやれ千束。井ノ上がお前の押しに困惑してるぞ?」

 

「あぁん! もっとお話しようよ〜!! 律刃のいけずぅ〜」

 

「変な猫なで声出すんじゃない」

 

 鳥肌が立っただろこの野郎。

 

「あ、ところで私がたきなと組むと律刃が1人だけどどうするの先生?」

 

「律刃は優秀だからソロでも大丈夫だろう」

 

「だ、そうだ」

 

「そうなんだ…………律刃ってばぼっちなんだね?」

 

「喜べ。今日の晩飯は麻婆豆腐な」

 

 心底哀れみを込めて言い放ったこのガキにキレ気味に言う。大人気ない? 知ったことか。

 

「ちょ! それはさすがに酷くない!? 堪忍してくださいよ〜律刃さぁ〜ん!! あんな劇物食べたら私死んじゃう!!」

 

「なんでだよ麻婆豆腐美味いだろ麻婆豆腐」

 

「あんな食べ物通り越して最早兵器のどこに美味しさなんてあるのさ〜!」

 

「ハッ! お子ちゃま舌はこれだから! ミカさんミズキ! 美味いよな俺の麻婆豆腐?」

 

「「…………」」

 

 律刃の視線にそっと2人は視線を逸らし、沈黙してしまう。過去に彼特製の麻婆豆腐を振舞ったことがあるのだが、その時に3人は暫く寝込みリコリコが休業を余儀なくされたことは苦い記憶として刻み込まれている。

 

「あ、そういえばこの前のアレ! 凄かったね〜! 顔のそれは名誉の負傷?」

 

 千束はたきなの頬の湿布を指摘すれば、僅かにたきなは気まずい顔をしながら視線を横に向ける。

 

「いえ……」

 

「チームリーダーの赤服にやられたんだよ。見てたけどいいのが入ってたな」

 

「え、誰に?」

 

「確か…………誰だっけか。お前とよく喧嘩してた子だよ。目付きの鋭い」

 

 律刃の話の内容に千束は記憶の引き出しを開け始め、その特徴に合致する人物を探さ始め、合点が言った様子で張り上げた。

 

「フキかぁ〜!!」

 

 案の定、千束はその少女に電凸したのは言うまでもない。



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3

ストックはこれで終わりだから初投稿です。
ジワジワとお待ちしててください


「殴らなくたってもいいでしょ!」

 

 カウンターの裏に回り、犬猿の仲の人物に向けて電話でがなる千束を横目に律刃はたきなへ珈琲を出す。

 

 あっけに取られてる様子のたきなに律刃は僅かに苦笑しながら語りかけた。

 

「想像と違ったか?」

 

「いえ、そんなことは……すみません。聞いていた話との違いように驚いています」

 

「へぇー。例えばどんな感じなんだ?」

 

「そうです、ね……。悪人のアジトに乗り込んでバッタバッタと切り倒したり、二人だけで1個大隊を壊滅させる、任務があまりの過酷さに1週間と経たずにほかのメンバーは死んでいくなどでしょうか」

 

「え、なにそれ知らん……怖っ」

 

「流石に面倒だからそんなことはやらねぇぞ」

 

「できないって言わないところで十分バケモノよアンタ」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 ミズキの指摘に肩を竦めながら律刃はたきなへ珈琲のお供として彼岸花と鈴蘭を模した練り切りを出した。

 

「……とっても綺麗です」

 

「だろう?」

 

「これは貴方が作ったのですか?」

 

「ああ。ここのメニューは基本的には律刃が調理したものを出している。常連客にも好評なんだ」

 

 ミカが説明し、律刃は誇らしげに腕を組む。そして、用が済んだのか千束は「うっせぇ、アホ!」小学生のような捨て台詞を残して受話器を叩きつけた。

 

「よし。早速仕事に行こうたきな! あ、お菓子と珈琲食べてからでいいから! 律刃のお菓子はとても美味しいよ! 珈琲はともかく。 それと、リコリコにようこそ〜!」

 

「一言余計だバカタレ。はよ行け」

 

 だが、事実なのでそれ以上は言い返さず千束が着替えるために2階へと向かっていくのを見送る。いつかはミカの淹れる珈琲を超えることが律刃の最近の目標だ。

 

「やっと少しは静かになったか。ほら、千束が来る前に食べてくれ」

 

「あ、はい」

 

 律刃はたきなに勧めれば、思い出したようにたきなが出されたものに口をつけ始める。

 

「……おいしい」

 

「お、お気に召したようだな。自信作なんだよソレ」

 

「器用なんですね竜胆さんは」

 

「まぁな。と、まぁ、こんな感じ緩い空気だから肩の力を抜くといいさ。千束はあんなんだが面倒みがいいから男の俺とミカさんに言い難いことがあったら存分に頼ってやってくれ」

 

 そして着替え終えた千束はたきなを連れて仕事へ向かうのであった。

 

 

 ◎

 

 

「銃が1000丁……ねぇ」

 

 ミカが通話していた内容を聞いていた律刃は胡散臭そうにカウンターへ寄りかかって呟く。

 

「ミカさん、どう思います?」

 

 難しそうに顎へと手を添えているミカに尋ねれば、重々しく口を開いた。

 

「まだ何も言えないな。誤情報を掴まされた可能性がある……というのもある」

 

「有り得ます? あのラジアータが」

 

「難しいところだ」

 

「たきながここに来たのってそういう責任を押し付けてのってことでしょう? 連中、昔と手口が何一つかわっちゃいねぇ」

 

 忌々しい記憶を思い出し、咥えていた飴を噛み砕いて胸の内に抱いた思いを吐き捨てた。

 

「落ち着け律刃。ここで文句を言ってもどうにもならない」

 

「すいませんミカさん。はぁ、面倒くさいことになったもんです」

 

「だな……。こちらでも色々と調べてはおくがあまり期待はしない方がいいだろう。荒事になった時は頼むぞ?」

 

「了解です。にしても遅いっすね千束たち」

 

 店内から窓越しに見れば、外はもうお日様が傾いてる時間帯だ。いつもならもう終わってるはずなのだがと思っていれば裏にいたミズキがこちらへ顔をだけ出して声をかけてきた。

 

「律刃〜、千束から応援要請だよ」

 

「おん? なんでまた」

 

「なんかSNSに取引現場が写った自撮りを上げちゃったんだとさ。その護衛」

 

「嫌な偶然もあったもんだな……。了解、すぐに行く」

 

 苦い顔で呟き、足早に2階へと向かう。

 

 

 

 ◎

 

 

 

「お、いたいた」

 

『どんな感じ〜?』

 

 物陰の裏、たきなと一人の女性を見つければ耳につけたインカムから千束の声が聞こえる。

 そのまま2人を見守りながら千束と会話を続けた。

 

「今ん所は異常はない。だが、後ろなら怪しさ満点のバンがゆっくりと着いてきてる。処理するか?」

 

『んー、沙保里さんがいるから余り大事にはしたくないかなぁ。たきなが護衛にいるしもう少しで私も着くからそのまま感じをお願い。あ、でもそれ以外での問題があったらやっちゃってね!』

 

「へいへい」

 

 千束に現状維持と言われ、それに従い律刃は次の物陰に移動しようと視線を外そうとして驚愕に声を上げる。

 

「はぁ? なんで護衛が護衛対象ほっぽり出してんだ?」

 

 何故かたきなが護衛対象を置き去りにし、どこかへ去っていってしまった。

 すぐに千束へ通信し、律刃が説明すれば同じように千束が驚きの声を漏らす。

 

「おい千束! 井ノ上のやつ護衛対象囮にしてどっかいったぞ?」

 

『ちょ、ちょ、ちょぉい!? まだ私付かないんだけどぉ! なんとかして律刃ぁ!?』

 

「なんて無茶言うのかねこの子は……」

 

 といっても堅気の人間が無闇に傷つくのはこちらとしても本意ではない。体勢を低くして地面を滑るように走り、女性が車の中に引きずり込まれた所でベルトのホルスターからナイフを三本引き抜き、無言で投擲する。

 ナイフは容易く後部ドアのガラスを貫通。何かに突き刺さる鈍い音と共に車内からくぐもった悲鳴が聞こえた。

 

 ゆっくりと車に近寄り、律刃は佩いた刀の柄へと手を添えた瞬間右腕がブレる。済んだ音と共に一筋の銀閃が走りゴトリと音を立てて後部ドアが断ち切られ、車内が外気へと触れた。

 車内には居たのは運転席と助手席に1人ずつに頭に麻袋を被された護衛対象と彼女を抑えた男2人に彼女の持ち物であろうスマホを持った男の計6人。放ったナイフは丁度女性を抑えていた2人に刺さったようだ。

 

「なッ……アッ!?」

 

「よぉクズども。女性引きずり込んで1晩のアバンチュールってかァ? ハハハ、反吐が出る」

 

 口角を歪め、ズカズカと車内に入っていく。そして固まっていた一人が動きだし、懐から銃を取りだしたところで。

 

「な、なんだてめェ!!? ゲフゥ!」

 

「寝てろ」

 

 男の顔面を掴んで床に打ち付ける。床が埋没し金属のひしゃげる音と汚い悲鳴が車内にひびき、手を離して次の獲物へと目を動かす。

 

「このっ───ギャッ!」

 

 真横にいた1人に刀の収まった鞘を振るい、横殴りにぶつける。こめかみに当たったことにより、男が車内で半回転して沈黙。ようやく状況が呑み込めたのか残りが銃を抜こうとしたがあまりにも遅すぎる。

 

「おっとあぶねぇ……なぁ!!」

 

「んな!? ゲハァ!!」

 

 既に銃を持っていたスマホのもつ男が3発ほど発砲したが、右手を盾にして防ぐ。金属どうしがぶつかる甲高い音が連続して響いた。弾丸を防がれるとは思わず、あまりの出来事に硬直した男の顔面に拳がめり込んだ。

 顔面が陥没するほどの衝撃と勢いで運転席と助手席の間からフロントガラスへと吹っ飛んでいき、勢いそのまま車外へと吹っ飛んでいく。

 

「ば、バケモンがァ!!」

 

「そいつはどーも。あとんな事言う暇あるなら撃った方がいいぞ? 意味ねぇけど……なぁ!!」

 

「ギャッ!!?」

 

 あっという間に半数が制圧され、残った男は恐怖に引きった声で運転席から銃口をこちらに向ける。しかし、銃弾を放とうとしても既に律刃はその銃をもった手を左手で掴んでいた。

 グシャリ、鈍い音と何かの碎ける音。銃の残骸と赤い液体が散らばる中で右腕が残像が見えるほどの速さでワンツー。

 パァン!! 空気の弾ける音と運転席の男のグラサンが砕けフロントガラスを突き破り意識を刈り取る。

 

「はい最後〜」

 

「ひ、ひぃ〜!!?」

 

「お、逃げんのかァ?」

 

 リーダー格のアフロが慌てて外へ飛び出るが、外にはたきながいる為、特に焦ることはなく女性を優しく抱え外へと出る。

 案の定、外に出てみればたきながアフロを捕縛し銃口を眉間に押し付けて尋問していたではないか。

 

「取引した銃の所在を言いなさい!」

 

「あんまりやりすぎんなよ、井ノ上」

 

「っ、竜胆さん。どうしてここに?」

 

 声をかければ肩を僅かに震わせ、たきながこちらへと視線だけを向ける。銃口だけは逸らさないのはプロとしてだろうか? 

 

「本来なら見てるだけに留めておこうと思ったが、お前……護衛対象囮にしてただろ?」

 

「っ……合理的な判断をしたまでです」

 

「合理的ってお前なぁ……。人質になったらどうするんだよ?」

 

 女性を下ろしながらたきなの主張に苦い思いを隠すとはできず、追求しようとしたが。

 

「やっと着いたァ!! 沙保里さんは無事!? 無事だね! 流石律刃! 相変わらずの馬鹿力! 誰も殺してないよね?」

 

 息を切らした千束がやってくる。

 

「やかましい。セリフと顔がうるさい。誰も殺してねぇよ多分」

 

「よくやった! お姉ちゃんが褒めたげる! ……多分?」

 

「誰が姉だっつの!」

 

 駆け寄って人の頭を撫でようとしてくる千束をあしらい、護衛対象の縛っていた紐を引きちぎって麻袋を外す。

 

「ち、千束ちゃ〜ん!! 怖かった〜! って誰!?」

 

「おー、よしよしもう大丈夫ですよ〜。怖いやつらは律刃が追っ払ってくれたので!」

 

 熱い抱擁を交わす二人に千束が説明をすれば、女性はおずおぐといった様子で律刃を見る。

 

「こ、この人が?」

 

「どうも。怪我は……ないな」

 

「目つき悪いし言葉も悪いし性格悪いけど危険は無いですからね〜。刀もってるけど」

 

「お前、人の事バカにしてんのか?」

 

 出番の無かった愛刀の柄を握り、抜きかけることにはなったが一般人の前では自重することにして苛立ちを抑えるために飴を取り出して舐めずに噛み砕く。

 

 そして千束が女性を自宅へと送っていくのを見送り、2人で後始末をすることになる。

 

「もしもし、俺。ああ、仕事を頼みたい。ワンボックスカー1台に5人。ああ、地点はここだ。宜しく。じゃ」

 

 顔なじみと言ってもいい様子でクリーナーとの通話を終え、携帯をしまえばたきなのほうへ胡乱気な視線を向けた。

 

「知らないなんて信じられるわけないでしょう!? 言いなさい! あんな大量の銃火器を用意して何をするつもりなのですか!?」

 

「あぐっ! 誰が死んでも言うかよッ!!」

 

 襟をつかみ、前後に揺らしながら意識のあるアフロに問い詰めるがアフロはテコでも言う気は無いのか口を閉ざしてしまう。

 

「ッ……! ならお望み通りに!」

 

「おっと、タンマタンマ。あまり熱くなるなよ女子高生。つか千束からも言われてるだろ『いのちだいじに』って」

 

 危うく引き金を引きかけたたきなの銃を抑え、律刃が頭に血の昇ったたきなに言いつける。だが、納得いってないのかたきなは律刃へと吠えた。

 

「その対象は敵も含まれてるというのですか!?」

 

「そうだ。俺とあのバカは10年間やってきた。敵も味方も殺さずに、な」

 

「ッ、意味がわかりません!! 敵を殺せば確実に任務を遂行できるというのに──ムグッ」

 

「ほい、あんまり起こると血圧あがるぞ。飴でも舐めてリラックスってな」

 

「…………あまり美味しくないですねコレ」

 

「日本人の口には合わないフレーバーだからな」

 

 口に飴を突っ込まれ、不承不承たきなは銃を下ろす。

 

「さて、と。何故標的を殺さないかってか……そうだなぁ。確かにお前の言うことも間違いじゃない。というか合ってるだろうな」

 

「なら、なぜ?」

 

「『気分が悪いから』……かね」

 

「意味がわかりません」

 

「フッ、だろうな」

 

 幼い頃から殺すための技術を叩き込まれ、自分がそのように育てられていた。機械的に遂行していたそんな意識を変えるきっかけになったのが彼女とあの千束(バカ)だ。

 彼女には人間らしさを。千束には殺しへの忌避感を。

 

「なぁにお前さんはまだ若い。少しずつ分かっていけばいいのさ」

 

「ちょ、頭を撫でないでください。髪が崩れます」

 

「おっと、悪い悪いだいぶ加減したんだがな」

 

 手を離し、不貞腐れた様子のたきなに苦笑して律刃はそろそろかと思う。

 

「もう撃っちまっていいぞ。目障りだ」

 

「了解しました」

 

 言うやいなや、振り返るとたきなは手にもつ拳銃でこちらをずっと監視していたドローンを打ち落とす。正確な射撃に律刃は拍手を送った。

 

「上手いもんだ」

 

「どうも。それとなぜ放置を? 気づいていたのならすぐに消せば良いものを」

 

「残しとけば何か知ってるのが来るかもしれないだろ? ほれ、お前のためにな。結局無駄骨だったが」

 

「……そうですか。クリーナーがそろそろ来るので店に戻りましょう」

 

 素っ気ない返事に肩を竦め塩対応に仕方ないかと割り切る。千束みたいに距離感がバグったように行けるほど自分器用ではないのだ。

 返事を待たず、歩き出したたきたの後ろをゆっくりと歩み始めた。

 

 

 ◎

 

 

「いちゃついた写真をひけらかすからこ〜んな事になんのよ」

 

 次の日、騒動の原因となった写真をみたミズキがそのように言う。彼女の言うとおり、この写真をネットに上げなければ起きなかったのだが内心ではカップルに対しての嫉妬やらなんやらの醜い感情が大部分を占めているのだろう。

 

「僻まない」

 

「僻みじゃねーよ! SNSへの無自覚な投稿がトラブルを招くっていってんのよ!」

 

 千束の言葉に内心同意しつつ、ミカに手渡されたスマホを律刃も覗き込む。ラブラブなカップルが写り、どこに原因の取引現場が写ったのかひと目では分からない。

 

「どこだ?」

 

「ここ、ここ」

 

 千束が画面をズームすればぼやけているが、確かに映っていた。

 

「あの日のか。にしても、よくこんなのに気がついたな。どんだけバレたくなかったんだ?」

 

「3時間前だってさ。楠木さん偽の取り引き時間掴まされたんじゃなあい?」

 

「その女を襲ったヤツらどうしたのよ律刃」

 

「俺がボコしてクリーナーに頼んだ」

 

「んなっ!? アンタまたクリーナー頼んだの!? アレ高いのよ!?」

 

「DAに渡したら殺されちゃうでしょ〜? だから私の指示!」

 

 不殺の誓いを立てている千束。それを尊重している律刃。それを知っているミズキはそれ以上は言及せず、酒を一気に煽るのだった。

 

「そ、れ、に! DAもこいつら追ってるんでしょう? 私たちが先に見つければ、たきなの復帰が叶うんじゃない? そう思わない? たきな〜!」

 

「やります!!」

 

 着替え終えたたきなが食い気味に答える。リコリコの和テイストの制服と下ろしていた髪を2つに縛って纏めてるのはかなり似合っている。

 

「おっほ〜! か〜わいい〜! くぁwせdrftgyふじこlp;@:「」!!!」

 

 当然、テンションが即座にふりきった千束が彼女に飛びかかり意味不明な言語を喋りながら引きずってくる。

 

「ほら、先生も律刃もミズキも寄ってよって!」

 

「へいへい」

 

 ミカの隣に立ち、5人で写真を撮る。即座にSNSへアップするのであった。

 

「悪くない」

 

 転送された写真を見て、律刃は僅かに微笑めば懐から飴を取り出し包装を解いて口へと運ぶ。

 独特な風味と甘みのあるソレを味わいつつ、スマホを操作して画像を新しい待ち受けにするのだった。



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4

初投稿です。最後ら辺殺されそうです


「…………あの竜胆さん」

 

「んー、なんだぁ?」

 

「何してるんですか?」

 

「刀の手入れ。お前らだって銃の整備とかするだろう?」

 

「それはそうですが、いいんですか? お店でそんなことをしてて」

 

「客来ないから暇なんだよ。ミカさんからは許可もらってるしな」

 

 閑散とした店内、2階のスペースで愛刀を畳の上に敷いた布に広げ律刃はあぐらを書いてたきなは正座をしてお茶を飲みながら様子を見ていた。

 

「んで、なんだっけか話って?」

 

 鞘から抜かれた刀身を膝と肘で抑え、目釘抜きを使い柄の留め金を外しながら続きを促せばたきなは僅かに頷いて口を開く。

 

「はい、竜胆さんはなぜ銃を使わないのですか?」

 

「近づいて切った方が早いからな」

 

「このまえは殴ってませんでしたか?」

 

「そりゃお前……街中で刀抜くのはダメだろ?」

 

「……銃を使うリコリスの前で言いますかそれ?」

 

「それもそうだな。使う場面がなかったってのもある」

 

 刀身に塗られた古い丁子油を拭紙で拭い取り、刀身に打ち子をポンポンと当てていく。

 

「そうだな。俺がどうやって戦ってたか覚えてるか?」

 

「どう、ですか?」

 

 唐突な質問にたきなが首を傾げるが、言われた通りにこの間の出来事を思い出す。

 

「超至近距離での肉弾戦闘でしょうか?」

 

「そうだな」

 

「普通に車の車体に穴を開けてましたもんね。どんな身体能力してるんですか?」

 

「素手でくまと殴り会えるくらいには」

 

「……本当ですか?」

 

「本当だぞ。俺の家にクマの頭の剥製あるし。見たいなら見せるが」

 

「いえ、結構です」

 

「そっか……。千束のやつはすげーって言ったんだけど」

 

 即答され、僅かにしょんぼりとさせた律刃。たきなが何となくその様子が千束に似てると思った。

 

「んじゃまあ、話は戻すが俺の戦い方な。簡単に言えば俺は身体能力が五感含めて常人よりもかなり高いんだよ」

 

「一昨日、エンストした軽トラ引っ張ってましたね1人で」

 

「んで、それに伴って考えたんだよ。『銃持って撃ち合いやるよりも斬った方が早くないか?』ってな」

 

「何故そうなるんですか?」

 

「何故って……やむを得ず? 昔はお前らみたいに銃使ってたんだが弾無くなったらかさばるし邪魔だし当たらないしでいっその事って感じで。あと大抵の弾丸より殴った方がダメージ与えられたからな」

 

 僅かに遠い目になりながら言う律刃を不思議そうにたきなは見る。

 

「……」

 

「…………」

 

 無言が訪れ、律刃がむき出しの状態で(なかご)部分を掴み、持ち上げれば刀身に歪みがないか細かくチェックしていく。そんな中で。

 

「そういえば」

 

「なんだー?」

 

「何故竜胆さんはこの場所に?」

 

「それ聞いちゃう〜?」

 

「あまり詮索されたくないようならこれ以上は追求致しませんが?」

 

「いや、別に隠すようなことではないが割とグイグイくるのな。千束みたいだぞ?」

 

「それはないです」

 

「即答かよ」

 

 噛み殺すように笑いつつ、律刃はたきなの疑問を何度か頭の中で反芻しながやネル布に丁子油を染み込ませて塗りすぎないよう丁寧に刀身全体に塗り込んでいく。

 

「夢……かねぇ」

 

「夢……ですか?」

 

「そ。昔世話になった人がさ言ってたんだよ。『どこか平和な場所で喫茶店をやりたい』って」

 

 たきなはその時浮かべた律刃の寂しいような、悲しいような、それでいて誇らしげで嬉しそうな笑顔がやけに記憶に残った。彼女は思わずと言って様子で尋ねてしまう。

 

「その人は竜胆さんにとってどんな方なのですか?」

 

「……恩人、かな。これ以上は秘密だ」

 

「そう、ですか。すみません出過ぎた真似を」

 

「別に構わねぇさ。とにかく、俺はその人の夢を叶えるために千束の提案を受けてここにいるってことさ」

 

「何故そこであの人が?」

 

 手入れの手を止め、顔をあげれば疑問符を頭にうかべるたきなに律刃が説明する。

 

「ん? 言ってなかったか? 10年前、あの塔で俺がアイツと取引したんだよ。DAと協力する代わりに見逃してくれってな」

 

「初耳ですね」

 

「……あ、そう言えばこれ割と秘密だったんだ」

 

「ええ……」

 

 言ってしまったものはしょうがない。律刃はそう思い、拝みながら言うのであった。

 

「出来ればこれオフレコで頼むわ」

 

「…………なにか美味しいものが食べたいですね」

 

「ふっ、この俺を脅すとはなかなかやるじゃないかお嬢ちゃん……。赤服までもうすぐか? 少し待ってな」

 

 丁度刀の手入れも終え、手早く戻せば愉快げに口角をニヤケながら下の階へと降りていくのだった。

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

「お粗末さまでしたってな。食後の甘味はいるかい?」

 

「いただきます。それにしても、喫茶店なのにさば味噌定食が出てくるもは思いませんでした」

 

「この前、ふるさと納税での返礼品でいい鯖を貰ってな。ちょうどいいと思って出したんだよ。千束には内緒な? バレたら食わせろってうるさいから」

 

 空になった食器を片し、自分とたきなの分の抹茶アイスを用意し席に着く。

 

「……どうして皆さんはここまで良くしてくれるのですか?」

 

 ふと、たきながそう零した。

 

「どうしたいきなり」

 

 アイスをスプーンで掬い、緑色のソレを口に運び甘さの中にある抹茶の風味と苦さに舌鼓を打ちながら続きを促す。

 

「私はDAに戻りたいと公言しています」

 

「しつこいくらいにな」

 

 たきながここに来てから半月、その間になんど言われたかも数えてはいないがかなりの数いっていたはずだ。

 

「なのに、皆さんは私を冷遇せず寧ろ歓迎してきます。千束さんは少々過剰とも言えますが」

 

「どんな形であれここにいる間は仕事仲間だからな。わざわざ関係を悪くするようなことをしてどうする?」

 

 ここにいるのはどいつもこいつもお人好しのお節介焼きばかりだ。なんだかんだ言いつつも放っておくことが出来ず、つい構ってしまう。

 

「そりゃあ冷酷になるのが殺し屋として正しいんだろうな。けど、人としてそれが正解か? と聞かれたら違うだろ?」

 

「まぁ、千束のやつは単純にお前と仲良くなりたいだけなんだろうけど」

 

 口直しの珈琲を飲み、たきなは波紋に映る自分の顔を見つめながら律刃の言った内容を反芻しながら抱いた思いを口にした。

 

「竜胆さんの方がよっぽど千束さんに似てますよ?」

 

「え、マジ?」

 

「マジです」

 

「そうかー……」

 

「なんでそんなに嫌そうなんですか?」

 

「いや、だってそら千束(アレ)だぞ? 人のプライベート関係なくずかずか入ってくるデリカシーの欠けらも無いクソガキだぞ?」

 

「でも、嫌ってはいませんよね?」

 

「…………そこをつかれると痛いな」

 

 嫌いな奴と10年間共に暮らせるほど律刃は人間はできてない。それに。

 

「こんな俺を好いてくれる奴を嫌いになんて出来ないだろ? お前は違うのか?」

 

 その問いにたきなは答えに喉を詰まらせる。律刃は彼女の様子に微笑みながら珈琲を煽った。

 

「……竜胆さん。私はあの時。あの取引現場で命令違反を起こし、銃を乱射したのは間違っていたのでしょうか?」

 

「仲間を見捨ててでも商人を生かして捕縛することが正解だったのでしょうか?」

 

 どこか絞り出す声色の問いかけ。損害に対しての利益。律刃の脳内では即座にその計算をはじき出す。

 リコリスはいわば消耗品だ。減れば増やす。情報というのは価値だ。両者を摂るなら圧倒的後者である。1人の命で複数の命を救うならそちらが正しい。

 

「うんにゃ、まったく」

 

 頭に浮かんだソレを蹴り飛ばし、律刃は笑って言い放つ。

 

「え?」

 

 どこか惚けたような顔をうかべるたきなに律刃は堪らず笑いだす。

 

「ハハハハ。お前はその時、正しいと思って行動したんだろ? ならそれでいいじゃないか。命令違反? 上等だよんなもん。仲間を見捨てないといけないなんてクソ喰らえだ。お前は人として正しいことをしたんだ。それを誇っても決して恥じるな。誰がなんと言おうともな」

 

 律刃の答えに不満なのか、何か言いたげな様子だが彼は口角を緩ませながら飴を口に咥える。

 

「任務なんざより仲間の命だ。それに、よくよく考えりゃあの時はイレギュラーも多かった。お前の転属もだいぶ怪しいしな」

 

「でも……」

 

「でももヘチマもねぇよ」

 

「痛ッ!?」

 

 左手でたきなの額を弾き、でこぴんというには可愛くない音と衝撃にたきなが思わず仰け反る。痛む額を押えて涙目で下手人を睨むが、顔が整ってるだけに寧ろ微笑ましいと律刃は思う。

 

「仲間や友達が死んだらもう二度と会えないんだぜ? それに比べたら今回のはたかが銃1000丁と黒幕連中をぶちのめせば済む話だ。んで、それを持ってDAに帰って『私がやってやりましたが貴方たちは随分と手際が悪いのですね?』って嫌味のひとつでも言ってやれ。絶対、楠木のやつは面白い顔になるからな」

 

 悪戯小僧っぽく笑って言い放ってやれば唖然としていたたきなが不意に吹き出し、笑い始める。

 

「……ここにいると私が非常識なのではないかと思ってしまいます」

 

「安心しろ。俺が通った道だ井ノ上」

 

「たきなです」

 

「おん?」

 

「苗字ではなく名前で呼んでください。私も律刃さんと呼ぶので」

 

「……おう!」

 

 仲が縮まったことを理解し、たきなの願いに律刃は嬉しそうに笑うのだった。

 

 

 〇

 

 

「ん〜♪ ん〜♪ んん〜♪」

 

 なにやら帰ってきてたら律刃のやつが妙に上機嫌だ。タオルを首にかけて風呂上がりのいっぱいをするためにキッチンに入れば鼻歌交じりに晩御飯を作っているではないか。

 好奇心旺盛で眉目秀麗、まさに美の化身たる千束はその様子にとても気になってしまった。気になったからには突撃あるのみである。尚、律刃の迷惑については考えない模様。

 

「おらおら〜! なに上機嫌に鼻歌歌ってんだよ〜。この千束様にも教えろよ〜!」

 

「おい、いま火の近くにいるんだからじゃれるんじゃねぇっつの!」

 

「うお〜! 言うまでこの千束ホールドからは逃さんぞー!」

 

「ったく、子供かっての。これでも食べてろ」

 

「おほ〜、食べる食べる〜」

 

 お腹に手を回して抱きついて問い詰めるが、即座に律刃はひっつき虫をひっぺがして小皿に盛り付けた唐揚げを押し付けた。扱いが完璧に幼子のそれである。

 

「ねえ律刃〜。たきなどうだった〜?」

 

 唐揚げを頬張り、リスみたいに程をふくらませながら千束が尋ねれば同じように唐揚げをひとつまみしてる律刃は答える。

 

「食べながら喋るんじゃありません。問題なかったな。教えたことはすぐに覚えて優秀な子だよたきなは。うん、美味い」

 

「へ〜、それはよかった〜……ん?」

 

「ほれ、もう出来上がるから皿出してくれ」

 

「ほ〜い。ごっはん〜ごっはん〜♪」

 

 なにやら違和感があったような気がする千束。しかし、それには気が付かずに晩御飯に舌鼓をうつのであった。

 

 そして、翌日。律刃とたきなが互いに名前呼びしていることに気が付き、何があったのか問い詰めるが2人して顔を見合わせて『秘密です(だ)』と言って口を噤んでしまうのでリコリコがいつもより少し騒がしくなってしまうのであった。



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5

直ぐに消えたけどランキングに乗ったので初投稿です。


「ウォールナットの暗殺ゥ……?」

 

「うひ、うヒヒヒ〜」

 

「おっと、起こすところだったアブねぇアブねぇ」

 

 幾つかネットにばらまいていた暗号を解いたら1度だけ使える秘匿のメール回線、PCの画面に映るそれを見ていた律刃は訝しげな声を上げる。

 

「えーと、依頼人は"ロボ太"……誰だ?」

 

 ブリキのロボットのようなアイコンを見つめ、依頼者の名前を呟く律刃。ウォールナットは知っている。ネット黎明期からいる凄腕のハッカーで日本一ともくされるほどの大物。

 リリベルだった頃に数回ほど奴の暗殺を実行したことあるが、その度に偽物でリリベルのクソ上司に叱責された苦い記憶がある。

 

「偽物だろ絶対?」

 

 律刃は顎に手を添えて考え事をしていれば、手元に置いていたスマホの着信音が鳴り響く。ソレを手に取り見ればどうやら『酔っ払い』との文字。どうやらミズキからの電話だ。

 

「もしもしコチラ律刃。どした?」

 

『あ、もしもし律刃〜。ちょっと依頼入ったんだけど来れる?』

 

「へ〜。実は俺もなんだよ」

 

『え、そうなの? どんな内容?』

 

「ウォールナットの暗殺」

 

『え?』

 

「え?」

 

「んふふ〜、律刃〜。サルミアッキは鼻に詰めたらダメだってば〜」

 

 律刃の膝を枕にして寝ている千束の意味不明な寝言が響くのであった。

 

 〇

 

 

「なるほど。そう来たか……」

 

 定休日のリコリコ。その店内にて私服姿の律刃、ミズキ、ミカの3人は顔を合わせて眉根を寄せる。

 

 リコリコは時折だが、護衛などの依頼を受け付けており今回きた依頼が『ウォールナットの護衛』。

 そして、律刃はリッパーではく別の名を使い暗殺者として偽装してダークウェブなどで来た依頼をリコリコやDAに流しているが、今回まさかの依頼が『複数によるウォールナットの暗殺』といったものだったのだ。

 

 もちろん、律刃は暗殺などはする気はない。仕事を遂行したように見せて依頼人を突き出すつもりであった。

 

「どうしますミカさん? ウォールナットの方は受けるつもりなんですよね」

 

「ああ、そのつもりだ」

 

「あったり前でしょ〜? 相場の3倍で一括前払い! こんな上客逃す手はないわ!!」

 

「こっちの方は成功すれば相場の5倍か……」

 

「どんだけ殺したいんすかねこのブリキ野郎」

 

「とりあえず言えることは……」

 

 ミズキに頼み、依頼人のロボ太というやつのことを調べてもらったのだが経歴はウォールナットに比べれば見劣りするが、相手が悪いだけで十分なものだ。律刃が抱い感想としてはウォールナットを目の敵にするコンプレックスマシマシのクソガキだろうか。

 

「「「赤字だから受けざるを得ない……」」」

 

 喫茶店リコリコの経営状態は割と火の車なのである。切実な叫びに大人3人は苦々しく言葉を絞り出し、ため息を吐いた。

 

『随分とお困りのようだな』

 

「ッ──! 誰だ?」

 

『ここさ。随分とザルな障壁だったからね。楽に侵入できたさ』

 

「んな!? 誰がザルよ!」

 

 唐突に聞こえてきた耳障りな声。変声機を用いているのかザラザラとした質感の声が聞こえてくるのはミズキのPCからだ。自分の組んだ障壁をザル呼ばわりされたミズキはキレるが無視される。

 律刃はPCを睨みつけると、くぐもった笑い声と共に画面にノイズが走ればひとつのアイコンが表示され、下手人は名乗る。

 

『ウォールナット、と言えばわかるかな? どうやら困っているようだから僕が君たちを手助けしよう』

 

「なんだと?」

 

『ああ。もちろん、キミたちをハメるつもりなんて無いさ。そんな余裕もないしね』

 

 律刃はそっとミカに向けてアイコンタクトを行えば、頷いた為に警戒を解きひとまずは話を聞く態度へとなる。

 

『さて、初めまして……かなリコリコ。改めて僕はウォールナット。ハッカーだ』

 

「……ミカだ」

 

『そうか。ではミカ、僕からの提案だがそこにいるスーツ姿の君だ。君がリッパーだな?』

 

「どうやってその名前を?」

 

『今はどうだっていいさ。ロボ太からの暗殺依頼、それを受けるんだ。受けて僕を殺せ』

 

「は? どうやって────あぁ、そういう事か」

 

「ちょっと、どういう事よ。私にも説明なさいよ」

 

 何かを察した律刃。分からないミズキは教えよう求め、次に気がついたミカが説明を行ってくれた。

 

「律刃に依頼を出した人物、ロボ太の依頼内容は複数人でウォールナットを殺せというものだ。彼が言いたいのはその雇ったヒットマンたちの前、もしくはロボ太の目の前でウォールナットが死んだと見せかければいい。影武者を、用意してな」

 

「影武者ァ? そんなのどうやって用意すんのよ。ウォールナットは顔も正体もふめ……い…………あぁ! なるほど!!」

 

 そこまで言ってミズキは気がつく。そう、そうなのど。ウォールナットの正体は誰も知らない。誰も知らないからウォールナットは自分を殺せというのだ。

 

『ハッカーは顔を知られない方がいい。今回はそれを利用させてもらう』

 

 リスのアイコンが表示された画面越しだが、その向こうでは彼(もしくは彼女)がニヤリと笑ったように感じることができた。

 

 

 〇

 

 

 

『よーし、来たな。早速だがターゲットの説明を──』

 

「必要ナイ、サッサト始メヨウ」

 

『───チッ、つまらん奴だ。いいだろう標的を絶対殺せ。失敗は許さないからな!』

 

「アア」

 

 小憎たらしい声が耳に当てていたスマホのスピーカーから聞こえなくなり、インカムを小突く。

 

「うし、作戦開始だ。頼むぞミズキ」

 

『はいはいっと。そっちも頼むわよ律刃』

 

「おう。……千束のやつ怒るよな絶対」

 

『仕方ないでしょ〜。これもお金のためよ!!』

 

「うーん、この守銭奴……。怪我、するなよ?」

 

『はいはいっと。そっちこそ怪我しないでよー? 千束慰めるの面倒なんだから』

 

「ハハ、誰に物言ってやがる。んじゃ始めるぞ! まずはお前の後ろにいるヤツらを処理する」

 

 軽口を最後に通信を切り、足元に転がしていたヘルメットをつま先で蹴りあげ頭上高く跳ね上がったそれを掴んで被れば律刃はコンクリートへと突き刺していたモノを引き抜く。

 長さはおよそ3m程で先端が尖り一定間隔で節目のようなものがある槍のようなものだった。律刃は右手に握るそれを体を捻らせながらゆっくりと持ち上げ、振り絞っていき手が自分の頭より後ろへと運ぶ。次に左腕を突き出し、指でL字を作り、目標との距離を図る。

 

 常人では捉えられないほど遠く、ウォールナットに扮したミズキの乗る車とそれを追う殺し屋たちの車両。それらを律刃の両目は鮮明に捉えた。

 

 ──敵の車両数……3台。距離およそ4.63km。幸いにも民間車両はなし。そして、風速やや南より…………

 

「スゥゥゥゥ…………ふぅぅ…………ッ、今っ!!!」

 

 槍投げの如く、勢いよくコンクリートの地面を踏みしめ全身の超密度の筋肉を稼働。己自身を投擲機へと変化させ、砲弾を投擲する。踏みつけられたコンクリートが僅かに埋没し、放射状にひび割れていたことから途轍もない力が込められていたことは容易く理解ができるだろう。

 

 ドォオォン!!! 

 

 容易く空気の壁を引き裂き、街中に一筋の流星が走る。そして、その砲弾は1台の車へと着弾した。車のボンネット部分へと突き刺さり、道路へと縫い付ければ即座に槍のギミックが作動。節目部分が開閉すると内部から外気に触れれば即座に硬化する特殊薬品が放出されエンジンが爆発する可能性を消し去った。

 

「もう1発!!」

 

 当たったことを確認せずに2本目の槍を引き抜き、先程と同じように投擲。

 

 ドォオォン!!! 

 

 2台目の車も同じ運命に辿り、間髪入れず3射目へ。

 

『お見事だリッパー。その距離から狙撃を成功させるとはな。いや、この場合は砲撃かな? どんな身体能力をしているんだ。むしろ人間なのか君は?』

 

 ウォールナットの賞賛の声。まゆひとつ動かさず律刃は手首を揺らしながら答える。

 

「正真正銘人間さ。とりあえず数は減らした。残りのグループはそっちでどうにかしてくれよ?」

 

『そのために君らを雇ったんだ。せいぜいこき使わせてもらうさ。そっちも上手く殺してくれよ?』

 

「はいよ。んじゃ、通信終わるぞ」

 

 インカムを小突き、律刃は自分のいたビルの屋上から非常階段を数段飛ばしで降り、数分も経たずに高層ビルの最下層へと降り立ち路肩に止めて居たバイクに飛び乗る。

 挿したままのエンジンキーを捻り、熱の入った騎馬を走り出せば律刃は打ち合わせをしたポイントへと走り出す。

 

『クソ! 訳が分からないぞ!? 雇ったグループのひとつがやられた!!』

 

「所詮ハアマチュア。無理モナカロウサ」

 

 苛立った声がインカムから響き、変声機によって声が機械的になった律刃がロボ太へと返す。まさか、それをやった犯人が雇った自分だとは思わないだろう。ほくそ笑みながら律刃は尋ねた。

 

「ソレデ、目標ハ追イ込ンデイルノカ?」

 

『ああ。なにやら女二人が合流したが問題ない。今奴の乗ってる車の操作を奪って海にぶち込んでやるさ!!』

 

「ソレハ上場。ソノママ私ノ出番ハ無サソウカ?」

 

『ハッ! 所詮は老害! 僕にかかれば楽───うぉあ!?』

 

「ドウシタ?」

 

『ドローンを撃たれて驚いただけだ! チッ、奴ら逃げやがったな。行先は……スーパーの跡地か。ポイントを送る、直ぐに向かえ! もうひとつのグループも向かっている!』

 

「了解」

 

 一方的な通信が切られ、内部がディスプレイになっているヘルメットに千束たちと合流したウォールナット(ミズキ)が向かっているだろう地点までのナビが表示された。

 それを確認し、アクセルを捻って加速させる。




感想待ってます。


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6

書き直しまくってたらこうなっちゃいました。それと、刀を使う描写が全くないと言うね。そんな訳で初投稿です

追記、9月29日に1部修正


「…………クリア。先に進めます」

 

 壁の影に隠れ、周囲をクリアリング。敵影を確認せずたきな後ろにいる人物に報告する。

 

「ふぅ、流石にこうも歩き通しだと疲れてしまうな」

 

 妙に圧の強いリスの着ぐるみを着た人物ウォールナットの緊張感のないつぶやきにたきながため息を吐きたくなる衝動を抑えつつ、出口の入口を開いた。

 軋んだ音を出て扉が外へと開けば、たきたは気がつく。鼻を突くような鉄の匂いが。

 

「…………ッ」

 

 銃を構え、慎重にたきなは外へ出れば、目の前の光景に言葉を失う。

 周囲に転がる人、人、人。一応は生きているようで、時折呻き声と身動ぎをする様が見えた。

 

「遅カッタナ。待チクタビレタヨ」

 

 ふと、背後から不快な合成音声が聞こえた。

 たきなは壊れたブリキの人形のように、ゆっくりと首を後ろへと動かす。見た。見てしまった。見たくない光景を。

 自分の背後にいたはずのウォールナットは胸、腹に大型のククリナイフが刺さり、あるべき頭部がそこには無い。どこをどう見ても即死といった有様が。何故? どうして? いつの間に? 

 

「うっ……ぁあ…………」

 

 そして、自分を見下ろす存在を。

 顔を隠すためのゴテゴテとしたフルフェイスヘルメット、全身を隙間なく覆うライダースーツ、右手には鈍い輝きを放つ湾曲した大型のククリナイフ。

 暗がりに溶け込むように全てを黒に統一した格好のソイツの右手にはボタボタと鉄臭い粘土の高い液体を垂らす物体が握られていた。

 

「オヤ、随分ト顔ガ真ッ青ジャアナイカ」

 

 気がつけばたきなの体が震えていた。何人もの悪人を目にし、撃ち殺してきた彼女にとって目の前の存在は初めてだった。コイツに勝てるビジョンが何一つ浮かばない。

 

 怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖!!!! 

 

 いつもは簡単に引けるはずの引き金が、今だけは固定されたかのように動かない。

 

「……アレ、モシモーシ?」

 

 息を吸っているのか、吐いているのかも分からない。そもそも自分は立っているのか? 倒れているのか? 

 

「カヒュ……コヒュ……」

 

「ア、過呼吸ニナッテンジャン。ヤベェ」

 

 最後にたきなの目が映すのは、こちらに向けて手を振り下ろす姿だった。

 

 

 〇

 

 

「ドウシタンダイキナリ?」

 

「うぅ……」

 

 首筋に手刀を当て、意識を奪ったたきなをゆっくりと床に下ろして律刃は首を傾げる。

 魘されてはいるが、とりあえずは無事なので放置することにして着ぐるみの頭部を持って外に出るとスマホを取り出して電話をかける。

 

「仕事ハ終ワッタ」

 

『あ、ああ……こっちからもお前が頭を持ってるのが見えてる。確かに死んでるんだな?』

 

 簡潔に告げれば、戸惑った声が聞こえてくる。自分で殺せと命令して何を戸惑っているのだろうか? 

 

「確認シタイナラ残リモ見セルゾ?」

 

『い、いやいい! 頭が切られて死なないやつなんて居ないからな。ヨシ、ヨシ……いきなり残りの傭兵共に襲いかかった時はどうしたものかと思ったが、ウォールナットさえ殺してくれればこっちのもんだ』

 

「奴ラガイレバ、流レ弾ニ気ヲツケナケレバナラナイカラナ。デハ、報酬ハ指定ノ地点ニ頼ム」

 

『了解した。もし、また何か用があれば頼むぞ"リーパー"』

 

「機会ガアレバナ。ジャア切ルゾ────オット」

 

 通話終了ボタンを押そうとした瞬間、律刃は僅かに顔をずらす。それと同時に右手に持っていたスマホが下半分を残して砕け散った。

 

「ヤァ、遅カッタナリコリス。オ友達ハ無事カイ?」

 

 使い物にならなくなったソレを握り潰し、パラパラと残骸がこぼれるのを横目に振り返る。裏口にいたのはこちらに銃口を向け、険しい顔つきの千束その人であった。

 

 

 〇

 

 

「お陰様で。良くもウォールナットさんをやってくれたね……」

 

「ソウ怒ルモノデモナイダロウ? 美人ガ台無シダ」

 

 おどけた様子で言う殺し屋を前に千束は周囲に転がる傭兵たちを盗み見る。

 全員の外傷は恐らくウォールナットの死体に刺さっていたククリナイフのものであろう。そして、道中にあった真っ二つに切り裂かれた弾丸からして犯人もこいつ。

 

「(……接近戦に持ち込まれたらヤバいかな。律刃を相手するみたいにやろう。あークソ、間に合ってくれててらなぁ! 律刃のあんぽんたん!!)」

 

 今はここにはいない頼れる存在を思い浮かべ、気を引き締める。気を抜いたら確実に殺られると思え。

 

「……ヤル気ノヨウダナ。イイダロウ、付キ合ッテヤル」

 

 殺し屋は順手で持っていたククリナイフを逆手に持ち替え、右足の太ももに巻かれたホルスターから大型拳銃"デザートイーグル"を右手に持ちクロスさせるという所謂CQCの構えをとる。

 

「「……」」

 

 両者は睨み合い、空気が沈んでいく。互いに緊張の糸を張り詰め、開戦の合図を待った。

 何秒経っただろうか、永遠にも感じられる時間。それが訪れる。

 

「うっ……」

 

 気絶していたたきなが漏らした呻き声、微かにしか聞き取れぬほどの小さなその音は両者の緊張の糸を断つには大きすぎるほどだった。

 

「ッ……!!」

 

 先手は千束が取った。牽制の意を込めた射撃を2発。

 

「シッ───」

 

 迫り来る弾丸を暗殺者は身を沈みこませて回避、疾駆。

 足元にいる傭兵たちをものともせず、縦横無尽に漆黒が走破する。千束が狙えないよう緩急をつけた走りは正に獣のようだった。

 

 ジグザグの疾走の最中、右手のデザートイーグルが動き重々しい発砲が3度轟く。

 3方向からの射撃を千束は飛び跳ね、左手を軸にして弾丸を回避。腕の力だけで体を跳ねあげ、空中で身体を捻らせながら正確無比の射撃を放つ。

 

「────ッ! コレヲ対応スルトハナ!」

 

「それはどうも!」

 

 直撃弾をククリナイフで切り払い、両者は走る。戦場を廃スーパーの向かいにある廃墟の中へ移した。

 

 柱に背を預け、千束は空となったマガジンをリリース。背中のカバンの底へ手を添えれば弾丸の込められたマガジンが排出され、リロードを済ます。

 

「フッ!」

 

 息を整え、柱から飛び出ると同時に向こうも反対方向へ走り時計回りのように走りながら銃口を互いに向けて引き金を引く。

 ノズルフラッシュが薄暗い空間を照らし、背後の柱や壁に弾痕を作り出す。

 

「シィ!!」

 

 暗殺者は柱を蹴り上げ、空中に躍り出たかと思えば天井を蹴り弾丸のような速度でククリナイフを振りかぶる。

 

「っぶな!!」

 

 顔を逸らし斬撃を回避するが、完璧とはいかずに頬を浅く切り裂かれてしまう。

 返す刀で逆手から順手に持ち替え、横薙ぎに振るう。

 

「ツゥ!」

 

 千束はその手が振り切られる前に、相手の手首に自分の手の甲を当てて刃の軌道をそらす。自分の頭上を銀閃が通り過ぎ、空気を割く音が鼓膜を震わせながらがら空きとなった胴体へ非殺傷弾を放った。

 

「グゥ!!」

 

 赤い塗料が飛散し衝撃に暗殺者は呻き距離をとる。

 再び両者は対峙する。

 千束は銃口を向けながら頬から流れる血を拭い、暗殺者はククリナイフを構え直した。

 

「「…………」」

 

 無言の圧力。そのまま2人は構えたままだったが、唐突に暗殺者はククリナイフを握っていた手を下ろす。

 

「ッ、どういうつもり?」

 

「コレ以上、ヤルノハ割ニ合ワナイ。ソレニ、子供ヲイタブルホド私ハ鬼デハナイノデネ。ソロソロ、君ノ友達モ目ヲ醒マスンジャナイカ?」

 

 千束の問いかけに暗殺者は肩を竦めて返し、ゆっくりと顔をこちらに向けたまま後ずさりし始めた。

 

「デハ、サヨウナラ」

 

「逃がすと───」

 

「残念、逃ゲサセテモラオウカ!」

 

 暗殺者はそう言い残し、懐から円筒型の物体を地面に投げつけ破裂させる。即座に室内に白い煙が充満し視界を奪い去った。

 

「この、待ちなさいっての!!」

 

 千束は銃を乱射するが、当たった気配はなくどこか遠くからバイク特有の走り去る音を聞き取り、奴が逃げおおせたことを理解する。

 

「ッッッ!!」

 

 誰もいなくなった廃墟の中、千束は悔しげに地団駄を踏みつけた。

 

 

 

 〇

 

 

 救急車の車内、千束とたきなは無言だった。

 護衛すべき対象を殺され、犯人には逃げられる。踏んだり蹴ったりといった有様。

 お通夜とも言えるような静寂を破ったのはたきなの震えた声だった。

 

「すみません……。護衛対象のそばにいながら」

 

「たきなのせいじゃないよ。……律刃が間に合わなかったのが悪いんだよ」

 

「ですが……」

 

 担架に乗せられた斬首死体、たきなの胸中にぐるぐるとした感情が渦巻く。ウォールナットを殺され、敵の前で気絶など余りにもお粗末だ。

 

 空気がさらに死んでいく中、耐えかねたかのようにククリナイフの刺さったままの着ぐるみの頭部が喋り出す。

 

「もういい頃合いじゃないかな」

 

「「え?」」

 

 ムクリと目の前の死体が起き上がり、何も無い首の断面が盛り上がったこと思えば中からニョキリと頭が生えてきたでは無いか。

 

「「えぇ!!?」」

 

「ぷっはぁ! あっづ〜! ビールちょうだい!!」

 

 生き返ったウォールナット……ではなくミズキを見て目を点にする2人。それを横目に投げ渡されたビールの封を開けて流し込むミズキ。

 

「み、ミズキィ!? え、な、なんで!?」

 

「落ち着け千束」

 

「先生ィ!?」

 

 そこから始まる怒涛のネタばらし。護衛していたと思っていたウォールナットは影武者のミズキで、本物は彼女が持っていたキャリーバッグの中に入っていたのだ。オマケに外見はでこの広い幼女(ロリ)である。

 

「えっと、つまりウォールナットは追っ手から逃げるためにわざと殺されたってこと?」

 

「そういうことになるな。見事な仕事ぶりだよ彼は」

 

「……そうだ! あの暗殺者!!」

 

 停止した車内、千束はにっくき暗殺者を思い出す。ここに居るのはミカ、ミズキ、ウォールナット、自分とたきなの計5人。1人足りないのだ。つまり……

 

「呼ンダカ?」

 

「「!!」」

 

 救急車の助手席から聞き覚えのある合成音声が聞こえてきた。2人は即座に身構え、声は続ける。

 

「ウォールナット暗殺ノ依頼ヲ受ケ、見事完遂シタ殺シ屋"リーパー"」

 

 助手席からゆっくりとその人物は姿を現した。ゴテゴテとしたフルフェイスヘルメット、全身を覆うライダースーツの長身痩躯の男。

 

「ソノ正体ハ……」

 

 各々を見下ろし、リーパーと名乗った男はヘルメットへ両手を添えればゆっくりとソレを脱ぐ。

 はらりと落ちる艶やかな黒髪。

 キメ細かく、絹のような白い肌。

 全体的に幼さを感じられる顔つき。

 軽いつり目がちな目には、意思の強さを感じられる青みがかった紫の瞳が納まっていた。

 

「この俺、竜胆律刃でし──バンッ! ──(いて)っ……」

 

 リーパーもとい律刃が正体を明かした瞬間、千束は即座にやつの眉間に向けて発砲。見事にど真ん中に命中すれば僅かに身動ぎした律刃は恨めしげに千束を見やる。

 

「いきなり何すんだバカヤロウ。痛えじゃねーか」

 

「何すんだはこっちのセリフだっての馬鹿律刃!! 刃物振りかぶって、たきな気絶させちゃって、傭兵の人たち蹴散らしてさ! おまけに私に怪我させてさ!」

 

「はぁ? お前さすがに言いす……ぎぃ…………」

 

 千束の叫びに律刃は言い返そうとしたが、目尻に涙をうかべて肩を震わせる様子を見て声が段々としりすぼみになっていき、最後にはバツが悪そうに頭を掻きながら小さく呟た。

 

「……悪い、やりすぎた」

 

「パンケーキ」

 

「ん?」

 

「今度パンケーキ奢って!! たきなの分も! ついでに買い物付き合って!!」

 

「……了解。すきなだけ奢ってやる」

 

「ん。後、晩御飯はハンバーグがいい」

 

「はい、突然目の前で繰り広げられるラブコメ劇場を見られた気分の人の感想をどうぞ〜! 私はキレそう!」

 

「青春だな」

 

「甘ったるいな」

 

「とりあえず1発殴らせてください律刃さん。あと何故私も行くことになってるんですが?」

 

 上から順にミズキ、ミカ、ウォールナット、たきなの順に各々の言葉が続く。

 律刃は自分のやったことに気が付き、顔を僅かに赤くしながら叫んだ。

 

「うっせ! 野次馬は散れ! あと、たきなはマジで悪かったなゴメン!!」

 

 〇

 

 その後、我らのリコリコに帰還した一同。リコリコの制服に着替えればミズキはPCに映る帳簿を酒を飲みながらニヤニヤと眺め、ミカは千束のご機嫌取りの団子を作り律刃は結んでいた髪を解いて椅子に座り、その髪を好き勝手いじり出す千束。

 

「なぁ、そんなに楽しいソレ?」

 

「楽しいねー。私も髪伸ばそうかな」

 

「やめとけ。手入れがめんどいだけだ」

 

「なら切ればいいじゃんかよぅ」

 

「普通のハサミだと刃の方が負けるんだよ。知ってんだろ?」

 

 そんなことを言いながら好きにさせる律刃。それはそれとして男なのに三つ編みはどうなんだ? と思うが。

 

「にしてもさぁー、事前に教えてくれても良かったんじゃないですかねー」

 

 口をとがらせ、ぶーたれる千束。それに対し、ミズキは人の悪い笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「だって、アンタ芝居下手だし〜。寧ろ、たきなと一緒に自然なリアクションしてもらったほうが良いじゃなあい? ほら、こ〜いう〜」

 

「あ〜! いつの間に!! 何撮ってんのさぁ!!」

 

「アハハハ、律刃も見てみる〜?」

 

「アン? 何をだよ……」

 

「ギャー!! 見るなー!」

 

「へぶっ!?」

 

 ミズキが律刃に見せようとしたスマホの画面を、千束が座布団を顔面になげつけて律刃の視界を塞ぐ。そんなわちゃわちゃとした中で、置物のように動いていなかったたきなが口を開いた。

 

「やっぱり、『いのち大事に』って方針無理がありませんか?」

 

「んぇ?」

 

 険しい顔つきのたきなは今回の任務で思うところがあったのか、千束の心情としていることに対して不満があるようだ。

 

「あの時、きちんと2人で動けば今回のような結果にはならなかったはずです」

 

「でも〜、そうされると私が困っちゃうのよね〜」

 

「目の前で人が死ぬのほっとけないでしょ」

 

 どうやら、あの時千束はたきなの銃撃により負傷した傭兵の治療のため別行動をとっていたらしい。そのおかげで律刃は手早く仕事をこなせたのだが、あえて言うことはしなかった。

 そして、千束はその言葉で心情を変えるほどヤワではない。

 

「私たちリコリスは殺人が許可されています! 敵の心配なんて……」

 

「あの人たちも、今回は敵だっただけだよ。誰も死ななかったのは良かった良かった」

 

「……そういう話じゃないと思います」

 

 たきなはこう言いたいのだろう。敵を案じ、そのせいで仲間や自分が死んだらどうするのだ? と。

 律刃は拳を握るたきなを見て、優しい子だと思う。彼女が命令違反を起こした理由もおそらくはそこにあるのだろう。仲間を助けるために命令すら無視して行動できる優しさが。

 

「まぁ、落ち着けよ。そうならない為に俺がいるんだ。見てただろ俺の動き?」

 

「それとこれとは別です。あと、私も怒ってることをお忘れなきように。わざわざあんなホラーのようなやり方ではなくてもいいんでは無いのでしょうか?」

 

「……スッ」

 

 たきなにジト目で見られ、堪らず小さくなる律刃。少しだけ驚かすつもりだったのだが、まさかあれほどまでとは思っていなかったので完全に非はこちらにあるので何も言えないのだ。

 

「ほら、もうやめろ。私達も騙すような作戦をして悪かった」

 

 ミカがそう言い、カウンターに団子を3つ置く。

 

「あー! 先生甘いもので買収するつもりー?」

 

「いらないか?」

 

「あ〜! 食べますぅ!」

 

「あっさりご機嫌になったらお前……」

 

 満面の笑みで団子を頬張る千束を横目に律刃は飴を咥える。それと、千束は思い出したかのように律刃へ言う。

 

「あ、律刃〜。座敷に座布団出しといて〜」

 

「りょーかい。俺のも残しとけよ〜」

 

「へへーん! 早い者勝ちだもんね〜」

 

「この糞ガキ……」

 

 口角をひきつらせながらも拒否はせず、大人しく従って2階へと向かう。変に機嫌を損ねさせるのも面倒なのだ。

 

「よっ、居心地はどうだ」

 

「なかなか悪くない。お前もどうだ?」

 

「体格的にきついからやめとくよ」

 

 座布団の入っている押し入れを開けば、某ネコ型ロボットのように上のスペースを占拠している幼女がいた。違うところはメカメカしい機械に囲まれているというところだ。

 

「……え、なんでいるの?」

 

 すると、団子をもった千束がこちら驚きの表情を浮かべながら現れる。口に物をくわえたまま出歩くんじゃないと律刃は思った。

 ついでに、その様子からミカとミズキが伝えてないことに気が付く。

 

「ウチで暫く匿ってくれだってよ」

 

「えぇ〜!? 座敷わらしかと思った! というか、もっとこうマシな所なかったの?」

 

「この無駄にでかいのを入れとく場所がここしか無かったんだよ。運び込むのめんどくさかったんだからな?」

 

「その分、お前たちの仕事の手伝いをしてやるんだ。言っておくが格安だからな?」

 

「へぇー……。じゃあ今日から仲間なんだね。なんて呼べばいい?」

 

「ウォールナット」

 

「ちょ、ちょちょーい! ソイツは死んだんでしょ? 本当の名前を教えなさーい」

 

「……クルミ」

 

 千束の言葉にウォールナットは少し考え込むと、そう名乗った。ウォールナットを和訳しただけだが、呼びやすいので良しとしよう。

 

「日本語になっただけじゃん! そっちの方がよく似合ってるよ。よろしくクルミ」

 

「……よろしく千束。リッパーも」

 

「律刃な。よろしくクルミ」

 

 ウォールナット改め、クルミに抱きつく千束を横に座布団を運ぼうと振り返れば、こちらに向けてヘアゴムを向けるたきなの姿が。

 

「おっと」

 

 軽く横へ移動すればゴムの弾が飛んでいき、後ろにいた千束は無意識に避け、気が付かなかったクルミの広いおでこにクリーンヒットするのだった。




・・・・たきなに失禁させるか迷ったのですが殺されそうな気がしたのでなしにしました。
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7

UA7000突破〜。嬉しいですね。初投稿です。


「フッ、この勝負俺の勝ちだな」

 

「なんだとぅ……」

 

「さぁ刮目しろ愚民ども! これが俺の切り札だぁ!」

 

「な、なにぃ!!? あんなクソみたいな手数でこれを用意していただとう!」

 

「……俺の、勝ちだ(ドヤァ)」

 

「うぎゃー! 負けたー!!!」

 

「いや、最下位決めるにどんだけ熱くなってるんだお前らは……」

 

「2人は顔に出やすいからね〜」

 

「だいたいこういう心理戦のあるゲームだと2人がビリ決めになるのよね」

 

「反射神経つかうのだとほぼ2人が勝つんだがなぁ」

 

 リコリコ恒例のボードゲーム大会、天高くカードを掲げ机の上に叩きつける律刃。それを見てカードを空中にばら蒔いて絶叫する千束と冷静に突っ込むクルミ。対象的な二人を見て微笑む常連客一同。

 無駄に白熱した勝負だったが、内容がビリッケツと最下位2番手を決める戦いだというのが中々にアレである。

 

「はい俺の勝ちー! お前の負けー!! 焼きそばパン買ってこい」

 

「はぁぁあ!? まだ3回勝負です〜! いい気になんなよな、ガキンチョフェイスめ!」

 

「あ、お前言っちゃいけないこと言ったな!? 童顔なの気にしてんだぞ!」

 

「シャー!!」

 

「フシャー!!」

 

 千束を煽る律刃(ワースト2)と悔しげに唸る千束(ワースト1)。逆に煽り返され、両者は威嚇し合う。どちらも精神年齢が小学生の馬鹿みたいな光景が繰り広げられる。

 そんなバカみたいなことを横目に、たきながレジ締めを終えたようだ。

 

「レジ誤差ゼロ。ズレ無しです」

 

「お、てことはたきなも参加出来るってことー? なら一緒にやろう! そんでもって律刃をボコボコにしようぜ!」

 

「ハッ! かかってこい返り討ちにしてやるぜ」

 

「いえ、結構です」

 

「「…………」」

 

 取り付く暇もない、と言った様子であっさりと拒否されてしまう。たきなが更衣室に行くのを見送る。

 即答に思わず固まる律刃と千束。

 

「おじさん多すぎなのかな?」

 

「恥ずかしいのよ」

 

「そもそも、まだ勤務中の人らが集まってゲームしてるのがアレなんじゃないんですかね」

 

「おっと律刃くん。この場においてその言葉は禁句だよ?」

 

 そう言って苦笑いをうかべる刑事の阿部さん含む常連客一同であった。

 

「ちょいちょい律刃さんや」

 

「……りょーかい」

 

 千束は律刃を手招きし、意図を察した彼は仕方なく立ち上がれば後を追う。

 

「た〜きな、一緒にゲームやろー?」

 

「……もう帰るので」

 

「まぁ、そう言わず少しだけ付き合ってみるってのどうだ?」

 

「大丈夫です」

 

「ダメか……」

 

 更衣室の戸を開き、千束がたきなをゲームに誘う。律刃も声をかけてみるが拒否されてしまったため、仕方なしに厨房にいたミカの元へと近寄る。

 

「たきなのやつどうです?」

 

「少々焦っているな」

 

「あー、やっぱりですか。爆発しなけりゃいいですけど」

 

「時間の問題だろうな……」

 

 たきながリコリコに来てからひと月と少し、未だにDAに戻る手段に目処がついておらず、たきなには余裕が無いように見える。

 そう言い、2人は更衣室のほうへ視線を向ける。

 そこにななんとかたきなを誘おうとする千束であるが、たきなは断固として頷くことは無い。

 

「明日お休みだから皆で集まってボドゲ会やりたいんだけど〜……」

 

「結構です」

 

 扉が閉じられて尚たきなを誘おうとする千束。流石に見てられなくなったので様子を見ていたミカが彼女へ声をかける。

 

「千束、健康診断と体力測定は済ませたのか?」

 

「あ……あ〜…………まだ。あんな山奥まで行くのダルいしぃ」

 

「明日は最終日だぞ?」

 

「お前まだライセンス更新してなかったのか……? 俺、この前行けって言ったよな?」

 

「うぇ〜……だってぇ……」

 

「だってもなにもないっつうの。ったく、困るのはお前なんだぞ?」

 

「仕事を続けたいなら行ってきなさい」

 

 バツが悪そうに顔を逸らす千束。それを呆れたように額へ手を当てて顔を伏せる律刃とミカ。

 リコリスにとってライセンスはとても大事なものだ。それがないと銃器の所持や車両の運転全てが違法となる。

 

「そこは先生上手く言っといてよぉ〜。先生の頼みなら聞いてくれるでしょ〜、楠木(……)さんならぁ!」

 

「司令と会うんですか?」

 

「「!!?」」

 

「うぉお!? 馬鹿ァ服ゥ!!」

 

 千束の声に更衣室の扉を開けるたきな。千束は持ち前の反射神経で扉を閉じて男二人を睨みつけた。

 

「ンッ、ンンッ!」

 

「ふぉ、ふぉ〜……」

 

 見てない。見てない。淡い青の下着なんて見てないです。

 

「私も連れていってください」

 

「はやっ……」

 

 わずか数秒で着替えおてたきなが更衣室から出てくる。彼女は深々と頭を下げた頼んでくれば、3人は彼女を見て視線を合わせる。

 

「お願いします」

 

 律刃は肩を竦めてミカへ視線を送り、その視線を受け取っとミカは千束に判断を委ね、千束は二人の意思を汲み取り頷いた。

 

「わかったよ、たきな。行こ?」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 

 〇

 

 

 

「んで、なんで律刃もいんの?」

 

「……リコリスに戦闘訓練をつけんだよ。たまたま教官として予定が被っただけだ」

 

 電車の車内、千束は景色を見ながら隣に座る仏頂面の律刃に問う。それに対し律刃は気だるげに答えればポケットから飴を取りだして口へと運ぶ。

 過去に取引をし、律刃の所属はリリベルからDAへと移った。その過程でリコリスに戦闘訓練をつけるという契約もあり今回はその仕事なのだ。

 

 2人の前の座席にはたきなが座り、メモにペンを走らせ何かを書いていれば千束は話しかける。

 

「楠木さんになんて言うの?」

 

「今考えてます」

 

「……たきな! 飴いる?」

 

「結構です」

 

「えへへ……」

 

「お前、これから健康診断だろ?」

 

「1個だけだしぃ」

 

 律刃の注意を受けても構わず包装を解いて食べようとすれば、こちらに視線を向けないたきなが口を開いた。

 

「糖分の摂取は血糖、中性脂肪、肝機能、ほかの数値に影響を与えます」

 

「あ、は、はぁ……い」

 

「フッ」

 

「笑うなこんにゃろう」

 

「うげっ」

 

 鼻で笑った律刃の腹に強烈な肘打ちが炸裂。そんなことがありつつも寂れた駅に3人は降りた。

 外はまだ雨が降り、厚い雲からして晴れる気配は見えなかった。

 

 駅の外に出ると、そこには既に迎えの車がおり傘を指したDAの制服を纏う女性職員がこちらを見れば。

 

「お待ちしておりました。錦木様、井ノ上様、竜胆様」

 

 車に乗り込み、しばらく揺られること数十分。『この先国有地につき立ち入り禁止』の警告と仰々しいゲート前についた。

 

「んべ〜」

 

 過剰とも言えるほどの監視カメラに向けて舌を出す千束。それだけ彼女がここを嫌っているのかを理解出来、そんなに嫌ならさっさと済ませればいいものを、と律刃は思う。

 

「(ホント無駄に広いよなココ。嫌なとこを思い出すぜ)」

 

 自分が元いたリリベルの施設を思い出し、顔をしかめる律刃。かつて自分が半壊させたリリベルの本部は今どうなってるのだろうか? と思いつつ、だだっ広い敷地をさらに10分ほど走り、ようやく目的地のDA本部へとたどり着く。

 

 顔認証を済まし、金属探知機に置いていた武器の入ったギターケースを回収。

 自分や千束は顔を知られているのだから、顔パスで済ませてくれても良いではなかろうか? と律刃は思う。

 

「錦木さんは体力測定ですので、隣の医療棟へ。竜胆さんは戦闘訓練のため30分後に訓練棟へお願いします。井ノ上さんは……」

 

 受付の職員に要件を伝え、案内を行えばたきなを見るが彼女は本来ならいないため情報は無いので言葉を詰まらせた。

 

「楠木司令にお会いしたいのですが」

 

 そうすると、予めわかっていたように要件を告げるたきな。職員が手元の機会を見れば。

 

「司令は現在会議中です。お戻りになるのは2時間後ですが……」

 

 律刃と千束の普段の態度からあまり実感はわかないが、普通に楠木は偉いのである。つまり、それだけ多忙なので時間が取れるかは分からないのだ。

 そんな折、

 

「あれ、ほら味方殺しの……」

 

「DAから追い出されたんでしょ?」

 

「組んだ子みんな病院送りにするんだって」

 

 そんな声が聞こえてきた。

 

「(チッ、ド三流が)」

 

 ろくに真偽を確認せず、嘲笑の籠った声色。律刃は内で舌を打って後ろをとおりすぎていくリコリスに侮蔑の感情を向けた。

 

「……何だ、あいつらぁ」

 

 案の定、千束も頭にきたのか人畜無害な表情を険しくさせて件のリコリス立ちを睨みつける。それだけ人が不快なるということだ。

 注意しなければならないのだろうが、逆の立場だったら殺気を飛ばしていたかもしれないので、咎めることはしない。

 

「お待ちになりますか?」

 

「……あ、はい」

 

 職員からの問にたきなは僅かに間を開けて答える。当たり前だ。あんなことを言われて応えない者はいない。

 あまり感情を出さないが、たきなだって1人の人間だ。悪口を入れたりすれば怒るし悲しくもなる。機械ではないのだ。

 

「私、訓練場に行ってきますから」

 

「あ、ちょ、たきな〜!」

 

 脇目も振らず、掛けていくたきなを千束が静止の声を向けるがその背中は止まることなく遠くなっていく。

 

「あの子は……」

 

 ふと、律刃は振り返れば何処かで見た顔のリコリスが今にも泣き出しそうな顔で佇んでいたのが見えた。

 彼の視線に気づいたのか、そのリコリスは直ぐにどこかへ行ってしまう。

 

「ねぇ、何とかならない?」

 

「……その場合、ここが更地になるぞ」

 

「それは……うーん、またの機会に」

 

 困ったように尋ねてくる千束に対し、律刃は腕を組んで答える。そして、八つ当たりのように飴を噛み砕いた。

 

 

 

 〇

 

 

「それで、何か用かリッパー? 訓練はどうした」

 

「んなもん10分で片付けてきたっての。年々質が落ちてんじゃないのか楠木司令? この程度でへばりやがって」

 

 椅子に座りこちらに向け背を向けていた楠木が問えば、壁に背を預けていた律刃が皮肉混じりに答える。

 DA本部、予定していた戦闘訓練を想定よりもだいぶ早く終了させた律刃は司令室に訪れていた。室内には律刃と楠木、その秘書の3人がいた。

 

「30人を相手にその言い草か。相変わらずの化け物ぶりだよ」

 

「そいつはどーも。今はンなことどうでもいいんだ。たきなのやつ、どうにかなんないのか?」

 

「どう、だと?」

 

「ああ。アイツがやったことに関しては仕方ないにしても余りにも処置が重すぎる。オマケにあの噂は何だ? 何もかも全てをあの子になすり付けやがって。……聞いてて虫唾が走る」

 

「組織を守るためだ」

 

「そのために1人を悪者にってか? 巫山戯んな。それに、あの時に偽の取引時間を掴まされたお前らが悪いんだろうが」

 

 組織、組織、組織、実に腹立たしい。

 淡々と告げる目の前の存在に、律刃は自分の手を砕きかねないほど力を込める。

 

「何をお前が気にする必要がある? 井ノ上はお前にとって赤の他人だろう」

 

「今は仲間だ。それと、全て解決したらたきなは戻れるんだろう?」

 

「さて、……そのようなことは一言も言ってはいないが」

 

「…………ッ、本当にたきなを見捨てたってことかよ」

 

 苦虫を噛み潰したように表情を歪め、律刃は絞り出すかのごとく吐き出した。

 楠木は感情の見せない瞳で見つめ、やがて呆れを含んだように言う。

 

「お前がそこまで人間らしく変えたのは彼女(・・)のおかげか?」

 

「…………オ前ガアイツノコトヲ口ニスルナ」

 

「リッパー、何を!」

 

「黙レ」

 

「ッ!?」

 

 気がつけば手刀が楠木の眉間の1歩手前にまで迫っていた。

 律刃の目は黒く、深く、憎悪の炎があり目の前の存在を殺すことに躊躇がないように見える。黙っていた秘書はようやく口を開いたが、律刃の一言に強制的に沈黙させられた。

 あと少しで殺されるという楠木の目は凪いでおり、その目を見た律刃は手を下ろし、舌を打てば背を向けた。その背を鬱陶しそうに楠木は見送り、最後に口を開く。

 

「お前たちの役目を忘れるな。甘さを見せれば刈られるということをな」

 

「だったらそれごと踏み潰してやるよ。俺はもう二度と、俺の光を失わせない」

 

 自分の手で冷たくなっていく体の温かさ。雨に打たれる自分の体。命の灯火が消えていくのに最後まで自分のことを案じていた存在。

 誰に言うでもなく、律刃は司令室を後にした。

 

 

 

「……いいのですか司令、行かせてしまって?」

 

「構わん」

 

「リッパー……。最強のリリベルですか。初めて見ましたが、何故あのような危険な存在を野放しに?」

 

「19と32と53人」

 

「?」

 

「過去に奴を始末しようと送り込んだ赤服(ファースト)青服(セカンド)白服(サード)たちの人数だ。それを全て奴は単独で撃破した」

 

「なっ……!?」

 

 楠木の明かした情報に秘書は絶句した。

 余りにもデタラメな数。それだけの人数のリコリスをアレ1人で撃破したなどと言われて信じることなどできようか? 

 

「本来ならあんな猛獣を野放しにするのは不味いが、アレを手なずけたリコリスがいた」

 

「錦木千束ですか?」

 

「いいや。千束の前に1人いたのさ。あのバカと同じくらい馬鹿なヤツがな」

 

 楠木はそう言い、机の中から一枚の写真を取り出す。

 写真には嫌がる少年を無理やり掴んでいる笑顔の少女がいた。

 

「……撫子(なでしこ)

 

 複雑な思いを込めた声色で楠木はその名前を紡ぐ。

 

 

 〇

 

 

「あー、くそムシャクシャする」

 

 施設内を歩き、剣呑な空気を隠そうともしない律刃。道行く職員やリコリスはそんな彼の様子を見て即座に道を開けていく。

 つい先程、圧倒的な暴力でリコリスたちを蹴散らした事と漏れ出る殺気のせいで誰も彼を咎めようとすることが出来ない。

 

「あ、あの!」

 

「ア"?」

 

「ヒッ!?」

 

 すると、背後から声をかけられドスの効いた声出を出しながら振り返れば、純朴そうな顔を真っ青にした青服(セカンド)のリコリスがいた。

 しばらくその顔を見つめていれば、律刃はようやく思いだす。受付の時にいた子だと。

 

「君は確か……あの時の。悪いな、怖がらせて。何か用か? えーと」

 

「あ、えっと、エリカです。"蛇の目エリカ"」

 

「了解、蛇の目さんな。俺は竜胆律刃だ。それで何か用か?」

 

「あ、……うっ、その、えっと…………」

 

 漏れ出ていた殺気を霧散させ、律刃は少女に問えば何度か言葉を詰まらせた様子を見つめればその肩に手を置いた。

 

「とりあえず、座れるところ行こうやお嬢ちゃん」

 

「あ、はい……」

 

 

 

「ほら、ぶどうジュースでいいか?」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

「よっこいせっと。……それで、たきなのことかい?」

 

「っ、はい……。その、竜胆さんはたきなと一緒に来たんですよね?」

 

「俺じゃなくて千束のやつの付き添いな。まぁ、変わんないか」

 

 自販機のあるスペース、ベンチに隣合うように座る2人。律刃はブラックの缶珈琲を。エリカは律刃から投げ渡されたジュースを受け取り、頷く。

 

「その、たきなは楽しくやってますか?」

 

「いいや、まったく」

 

「そう、なんですか……」

 

 即答した律刃に沈黙してしまうエリカ。そのまま短い時間無言が続き、律刃は苦い液体をちびちびと飲みながらやがて口を開いた。

 

「たきなは後悔してたよ。あの時、君を見捨てれば良かったのか? ってね」

 

「ッ!」

 

「まぁ、即座に否定してやったが。仲間見捨てて任務遂行だなんてバカバカしいだろ?」

 

「でも、それが無ければたきなは左遷されることも……」

 

「そうしたら蛇の目さんはここにはいないだろう?」

 

「それは! ……それは、そうですけど」

 

 否定しようと一瞬語気を強めるが、直ぐにか細くなっていく。小さい体躯がより小さく見えるほど縮こまらせる彼女を横目に、律刃は穏やかな言う。

 

「人ってさ。残されるのは結構きついんだぜ? それが自分の手でやったことなら尚更な」

 

「え……?」

 

「たきなは優しい子だ。君自身も恐らくわかってるんだろ? 聞こえてくる噂にだって君が泣きそうになってることくらい俺が分からないと思うか?」

 

「……」

 

「もし、君が『あの時死んでればたきなはここにいたかもしれない』って思うのは勝手だ。だが、そんなことを言われたたきなはなんて思う? 

 本気でそんなことを思ってるならそれはたきなに対する侮辱だ」

 

「でも、なんて言えばいいのか」

 

「別に複雑に考えることなんてねぇさ。単純でいいんだよ単純で」

 

 そう言って律刃は隣にいる少女の頭を優しく撫でる。

 

「『助けてくれてありがとう』って伝えたら喜ぶと思うぜ? たきなのやつ、普段は仏頂面だけど誰か褒められたり感謝されたりしたら結構分かりやすく柔らかくなんだよ」

 

「……そう、なんですか?」

 

「おう。見たいならリコリコに何時でも来てくれよ。歓迎するぜ?」

 

「……じゃあ、機会があれば行きますね」

 

「あいよ。……にしても遅いな千束たち。もうおわってもいいころなのに」

 

 立ち上がり、時間を見れば千束の検査が終わっている頃合いだ。なのに連絡ひとつない。そんなことを思ってると。

 アナウンスが流れ、14時から模擬戦が始まるらしい。

 

「あ、いたいた〜。エリカ、たきながフキと模擬戦するんだって……誰?」

 

 すると、物陰から背の高いカチューシャをつけたリコリスがやってくる。エリカの名を呼んだことから知り合いらしい。

 

「ヒバナ……。この人は竜胆律刃さん。たきなと一緒に来てた人だよ」

 

「ああー……って、この人さっき戦闘訓練で30人相手に無双してた人じゃん!」

 

「え?」

 

 ヒバナというリコリスの叫びにエリカはギョッとして律刃を見る。

 

「おいおい人を化け物みたいに見るのやめてくんないか?」

 

 肩を竦めて言うが、事実なのでそれ以上は何も言わず律刃はゆっくりと歩く。

 

「んじゃ、またな蛇の目さん。あとコレやるよ」

 

「あ、はい竜胆さん。ありがとうございました」

 

「いいってことよ。ああ、あとこういう事をやってたらいつ死ぬかも分からないんだ。早めにたきなと話し合えよ〜」

 

 そう言い残し、片手を揺らしながらその場を去っていく律刃。その背を見送り、小さく片手を振るエリカと怪訝な顔のヒバナ。

 

「ねぇ、エリカ。あと人と何話したの?」

 

「秘密! それよりも早く模擬戦見に行こうよ」

 

「? はいはい」

 

 律刃に渡された飴をポケット入れ、エリカはヒバナを連れて走り出した。その後、模擬戦の結果を見て自分の事のように喜んだりしたとか、してないとかを

 

 

 〇

 

 

 壁に背を預け、待っていれば律刃は聞こえてきた足音に目を開き顔を向ける。

 

「よう、おつかれさん。結果は……聞くまでもないな」

 

「ふっふっふー、圧勝です!」

 

 いぇーい、と両手を上げてくる千束に付き合って小さくハイタッチ。

 後ろにいるたきなを見遣れば、どこかすっきりとした面持ちだ。

 

「1発かましてきてやりました」

 

「ハハハ、そいつはいい。溜め込むのは毒だからな。定期的に発散するのが健康にいちばんさ」

 

「じゃ、終わったことだし帰ろう!」

 

 と言ったところで。

 

「オイ」

 

 声をかけられ、振りえればたきなに殴られた傷とあちこちにペイントの汚れをつけた目つきの悪い赤服がいた。律刃はその顔見て呟く。

 

「おー、誰だっけ?」

 

「フキだ! "春川フキ"いい加減名前覚えやがれ竜胆律刃!!」

 

 こめかみに血管を浮き上がらせ、地団駄を踏む赤服もとい春川フキ。今回の模擬戦の対戦相手となった人物がいた。

 

「ハハハ、俺弱いやつに興味無いし」

 

「コノッ!! ……チッ!」

 

 律刃の物言いにフキは盛大に舌を打つがそれ以上は噛み付こうとはせず、たきなを睨みつけ指を向けた。

 

「お前、模擬戦なんだぞ。後ろから撃てばよかったのに、後ろから突っ込んできて殴るなんてバカげてる」

 

「……これでおあいこですね」

 

「ハハハハハハ!! たきな、お前言うなぁ! いいねぇ! そういうの大好きだぜ? 俺は!」

 

 薄ら笑いをうかべ、言い放ったたきなに律刃は盛大に笑う。鋭い切り返しにフキは顔を更に赤く染めて吐き捨てた。

 

「チッ! やっぱお前使い物にならねぇリコリスだよ! 命令違反に独断行動、二度と戻ってくんじゃねぇ! あといつまでも笑ってんじゃねぇぞヤニカスが!」

 

 肩をいからせて去っていく背中を見送り、たきなと律刃は互いに目を合わせてクスリと笑いあう。外に出れば、すっかり空は晴れて綺麗な夕焼けが空を彩っていた。

 

 

 

 

「律刃〜、なんかちょうだい」

 

「どら焼きならあるぞ」

 

「ムグムグ、たきなさあ……」

 

「なんです?」

 

「私を狙って打っただろ?」

 

 帰りの電車の中、律刃が持っていたどら焼きを頬張りながらそんなことを言い出す。

 たきなが乱入してきた時、確かに彼女は千束を狙っていたように見えた。

 

 たきなは千束から渡された飴を受け取り、外を見ながら言う。

 

「きっと避けると思いましたから」

 

 詳しいことは律刃にはわからない。けれど、随分と信頼が高まったなと思う。

 

「非常識な人ですよ千束(・・)は」

 

 そう言い、飴を口に運ぶたきな。

 千束の呼び方にさんが無くなり、心境の変化があったことを察して微笑む。

 

「でも!」

 

 千束が

 

「まぁ……」

 

 律刃が

 

「「スッキリ、したな?」」

 

 2人が問えば、

 

「ええ」

 

 イタズラ小僧のような笑み浮かべ、答えるたきな。

 

 それと同時に千束のスマホが鳴りだし、通知を見ればボドゲ大会のメッセージだった。

 もちろん、返事は参加の言葉。

 3人で笑う写真を送り、電車の中で笑い会うのだった。




律刃
ふたりが仲良くなってよかった。それはそうとボドゲ大会ではビリだった

千束
たきなが呼び捨てでご満悦。それはそうとボドゲ大会ではワースト2位だった。

たきな
信頼が高まった。ついでに律刃から痛い殴り方を伝授された。ボドゲ大会ではワースト3だった。

感想待ってます〜


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8

ここの話を描きたかったので初投稿。


 リコリコの地下には射撃場が広がっている。

 そこには千束とたきなが銃を構え射撃の訓練をしており、後ろから律刃はそれを眺めていた。

 

「……なんですか、コレ」

 

「私もあたんなぁい」

 

 ふたりが使っていたのは普段、千束が使っている非殺傷弾だった。正確な射撃ができるたきなはそれをつまみ、あまりの命中率の悪さに眉をしかめる。

 

「だからですか?」

 

 たきなはそう言い、千束の戦闘スタイルを思い出した。

 

「そう! 近寄れば絶対当たる!」

 

「フッ、下手くそだな」

 

「ハン! 所詮は近寄って殴る斬るしか出来ない脳筋にゃ無理でしょうね〜」

 

「ハァ? この律刃様をなめんなよ〜。おら、銃を貸せ」

 

「はいはいっと」

 

 千束に煽られ、律刃は千束から銃を受け取り弾丸を装填すれば片手で構え、堂に入った様子で引き金を連続して引く。

 

 ダンッ!! 

 

「フッ……ダメだ、千束。当たらん」

 

「へったくそだねぇ……。知ってたけど」

 

「やっぱり使いにくいですね。私には近づいてやるなんて無理です」

 

 律刃の射撃はもの見事に的に当たるどころが全弾外れており、ニヒルに笑う律刃に千束は呆れた様子で肩をすくめる。

 たきなはそれを横目に実弾へと交換し、一斉射撃。

 

 結果は全弾中心にヒット。見事な命中率だ。

 

「凄いねたきな。機械みたい」

 

「実弾でそれなら実戦でも急所を外して撃てるな」

 

「うんうん。無理に先生の弾を撃つことないよ」

 

 その腕前を賞賛するが、たきなはなんとも言えない表情で言うのだった。

 

「急所を撃つのが仕事だったんですけど?」

 

「もう違うでしょ?」

 

「だな。俺も無理して銃使う必要ねぇ……し、なっ!」

 

 右の指の間に挟んだ三本のナイフを投擲した後、左に挟んだものを投げる。それらは先に投げたナイフの刀身を当てて軌道を逸らし、次のナイフに当たれば6本全てが急所を外した場所に突き刺さる。

 

「これのほうがよっぽど当たる」

 

 そうやって振り返れば感嘆とした様子で拍手を行う千束とたきながいた。

 

「お見事」

 

「律刃さんは射撃能力はそこまで高くないのにこういったものに対しては上手ですよね。あの時の取引現場で売人の手をやったのも律刃さんですよね」

 

「お、バレてたか? その気になりゃ5キロくらい離れててもブツによっては当てられるぜ〜」

 

「……冗談ですか?」

 

「いんや、本当だよたきな。律刃の身体能力なめたらいけないって」

 

 千束はそう言うと、なんの脈絡もなしに律刃へ発砲。

 

「────ッ」

 

「弾丸を……受け止めた?」

 

 律刃の指の間には3つの弾丸が挟まり、漫画のような出来事を目にしたたきなに律刃は受け止めた弾丸を投げ飛ばした。

 

「ね、やばいでしょ? 私、動きは目で追えても体が反応できないんだよね」

 

「デタラメですね。2人は」

 

 ライセンス更新の時、律刃が30のリコリス相手に無双した話を聞いていたたきなは弾頭を見つめながら改めて目の前のふたりを人外認定する。

 

「「人を怪物扱いするのやめない()?」」

 

 解せぬ、律刃と千束は思うのだった。

 

 

 〇

 

 

「ぐわぁ!! 負けた!」

 

「へっへっへ、下手くそじゃのう律刃さんや。この千束大せんせーに任せんしゃい」

 

「うし、やったれ千束! 俺の仇をとれ!!」

 

「熱くりなりすぎだろお前ら……」

 

「ふっ、この最強無敵の千束様にかかれば楽勝よ」

 

 営業時間外となり、VRのオンライン対戦ゲームに興じていた律刃、千束、クルミの3人。

 最初に律刃がやっていたのだが、対戦相手がなかなかの強敵であっさりやれてしまう。

 千束の出番となり、意気揚々とゲームを始めるのだが。

 

「ぬぁぁぁぁぁあ!! ん悔しいぃ!!」

 

「負けてんじゃねーか!」

 

「ムキになりすぎだろ……」

 

 律刃と同じようにあっさり敗北。ダミ声を上げて悔しがる千束に律刃は突っ込んだ。

 そんな汚い悲鳴を聞いたのか、買い出しから戻ってきていたたきなが急いだ様子で店内に入ってくる。

 

「あ、たきな! いい所に〜! これやって! これやって!」

 

「え、ちょ……」

 

「うし、やったれたきな!」

 

 にべも言わさずたきなを巻き込み、ゲームをやらせる。

 

「お、おぉ……おお? リアル、ですね。なにこれ?」

 

「ハイハイこれ持って〜」

 

「俺と千束の仇取れよ〜! それじゃあ」

 

「「スタートォ!!」」

 

 コントローラーを渡し、たきなを囃し立てる。

 そしてゲームが始まれば操作になれていなかったたきなだったが、スグに動きに慣れキレキレな動きで敵の攻撃をかわして反撃を始める。

 

「うわわぁ、ぶつかるぅ!」

 

「あっぶね!」

 

 激しく動くたきなに慌てた周囲のものをどかし始める一同。しゃがみ、交わし、そして宙返り。スカートがめくれ上がる。

 そして軽快な音ともに勝敗はたきなの勝ちであった。

 

 

 

 

「ふーむ……」

 

「見た?」

 

「なにをだよ?」

 

 ゲームを終えて難しい顔をしていた千束に問われるが、分からない律刃。

 今度は器具を片していたクルミに声をかけた。

 

「クルミ、たきなのパンツって見たことある?」

 

「ブフッ!?」

 

「あるわけないだろ」

 

 何を言ってるんだこいつは、イカれてるのか? クルミの心の声が聞こえてきたような気がした。ついでに律刃も思った。

 

「ちぇー、なんでも知りたいんじゃないのかよー」

 

「ノーパン派か?」

 

「いやいや」

 

「ならいいじゃねーか。たきなが何を履こうともアイツの自由だろ?」

 

「……ふむ」

 

 律刃の声に何を血迷ったのか、千束はたきなのもとへと走っていってしまう。そして何するか理解した律刃はアホを見る目で見送るのだった。

 

 

 

「いや、履いてくる下着を聞かれて答えるのいいですけど何でトランクス?」

 

「好みを聞かれたからな」

 

「なぜそうなる!? 犯人アンタか!!」

 

 ミカに突っ込む律刃。

 

「これ履いてみると結構開放的で……」

 

「そうじゃなぁい!」

 

 聞いてもいないたきなの感想を遮り、千束は突っ込む。

 来た当初は真面目なキャラだと思ったが、たきな割と天然キャラらしい。

 

「たきな、明日12時駅に集合ね!」

 

「仕事ですか?」

 

「ちゃうわ! パーンーツー! 買いに行くの! あ、制服は着てくるなよ? 私服ね私服〜」

 

「んじゃ、お疲れしたー。頑張れよたきな」

 

 そう言い終えれば千束は店を出ていく。後を追って律刃も外へ出る。

 

 2人を見送れば、たきなはミカに問うのだった。

 

「指定の私服はありますか?」

 

「…………」

 

 流石に沈黙せざるを得ないミカだったとさ。

 

 

 

「あ、律刃も一緒だからね!」

 

「わっざふぁっく!?」

 

 何故か律刃も同行することになった。まるで意味がわからんぞ。

 セーフハウスで律刃は叫ぶ。

 




律刃
銃なんか使ってんじゃねぇ!おら!近づいて殴る!これ最強!←脳筋
トランクス派

千束
近寄れば当たるんじゃい!おら!近づいてブッパ!これ最強!←脳筋
スタンダード派

たきな
普通に弾を撃てばいいんです。これが最強←クレバーに見せ掛けた脳筋
とりあえず履けるならトランクス派


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9

UA11000突破ですって奥さん。ということで初投稿です


『……ごめん、こうなっちゃった』

 

 泣きそうな顔で彼女は言う。

 

『いや、別にいいさ。いつかはこうなるって思っていた。それが、たまたま今日だっただけだ』

 

 少年は気にした様子もなく言えば、少女はくしゃりと顔を歪めてその銃口を向けた。

 少年はその様子に苦笑し、鞘から刃を抜き切っ先を向ける。

 心のどこかで永遠に来ないのではないかと思っていた別れの時。少年は淡い思いを奥底にしまい、雨に打たれ、体を濡らしながら目の前にいる彼岸花たちへとゆっくりと歩んで行った。

 

 

 

『どうして────なんで、お前は俺を庇った!?』

 

『げほっ……フフッ、なんで、だろう……ね?』

 

 胸を赤く染め、少年が叫べば少女は口から赤い塊を吐き出し、弱々しく笑いながら言う。

 

『クソッ、待ってろ今止血してやる!!』

 

『うう、ん……いい、よ。早く、君は逃げ、て』

 

『喋るな! いいか、お前を殺すのはこの俺だ! 勝手に死んだら殺してやるぞ!?』

 

『なに、よ……それ。フ、フ……ゴホッ、ゲホッ』

 

 少年は手を尽くした。だが、いくらやろうとも血は止まらず刻一刻と時は迫る。

 

『ねぇ……私、君と出会えて……幸せだった、んだ』

 

『黙れ……』

 

『わた、し……みたい、な人殺しが、ゴホッ……誰かを、救え、たんだ……て』

 

『……』

 

『で、も……わた、しね。恋も、……したかっ、たん、だ』

 

『……』

 

『ね、え…………さいご、に、お……ね、が、い』

 

『ッ……なん、だ』

 

 少年はか細い声を聞き逃さぬよう、少女の口元へと顔をちかづける。

 

『────ッ』

 

『!!!』

 

 唇が何かと触れる。少年は目を見開き、少女の顔を見ればイタズラが成功した時みたいな笑顔を浮かべていた。

 その笑顔がとても儚くて、綺麗で、絵画のようで、少年は目を奪われる。

 

『律刃……大好き』

 

 少年、律刃の頬へ手を添えてゆっくりと撫でた。

 

『貴方の瞳の色が好き』

 

『貴方の髪が好き』

 

『貴方の声が好き』

 

『貴方の不器用な優しさが好き』

 

『貴方のぎこちない笑顔が好き』

 

『そして、私を愛してくれて。私を好きになってくれて、ありがとう』

 

『あなたと過ごした日々は、私とって大切な宝物だったよ』

 

 

 

 〇

 

 

 

「うっ……あッ……! なで、しこ……ぉれはッ!!」

 

 叫び、体を起こす。

 伸ばした手は空を切り、気がつく。さっきまで見ていた光景は己と夢だと。

 

「朝……か」

 

 ゆっくりと視線を横に向ければ朝日が昇り、街並みを明るく照らす様子がカーテンのレース越しに見える。

 頬に流れる涙を乱雑に拭い、律刃は部屋を出た。

 

 

 

 シュ……ボッ

 

「……フー」

 

 ベランダに出れば煙草に火をつけ、ゆっくりと吸った後に煙を吐き出す。ぼんやりと朝焼けに照らされる街並みを見つめ、律刃は煙を吸って吐くという作業を繰り返し続ける。

 

 今もこの時間の中、リコリスたちはこの目の前の街のどこかで悪人たちを人知れず殺しているのだろう。

 それが正しいか否かなどとは律刃には断じる気は無いし、関わりのない事だ。

 でも、ひとつ言えることはその活躍は誰にも知られることは無い。何も知らない人々の日常を少女たちの犠牲の上で成り立っていることを知っているのは、それこそ彼女たちと同じリコリスだけだ。

 

「律刃」

 

 ふと、声が聞こえた。後ろへ視線を向ければ腰に手を当てて自分を呆れたように見ている寝巻き姿の千束がそこにはいた。

 

「千束か……。今日は早いな」

 

「まあねー。今日なたきなと出かける日だし早起きなのサ。隣空いてる?」

 

「…………」

 

 無言を肯定と受け取ったのか、千束は律刃の隣に移動しベランダの手すりに肘を乗せて同じように街並みを眺める。

 数秒、数分経っただろうかふと、千束が問いかけた。

 

「またあの夢?」

 

「……いいや」

 

「嘘。律刃ってあの夢見た時はいつもここで煙草吸ってるの知ってるんだから。それに、涙のあと残ってるよ?」

 

 千束は律刃の頬を撫でればそっと、隣に何も言わず外を見つめ続ける律刃に寄り添う。同じ景色を見ながら彼女は安心させるよう、言い聞かせるように呟く。

 

「私は消えたりしないよ」

 

「……」

 

「律刃は寂しがり屋だからね。私が居なくなると絶対泣いちゃうもん」

 

「千束」

 

「んー?」

 

「……ありがとうな」

 

「フフン、いいってことよ」

 

 その言葉に千束は薄く笑い、律刃は千束から伝わる体温を確かめるのだった。

 

 

 

 

「……それはそうと煙草吸ってるのは許さんからな?」

 

「……誠に申し訳ない」

 

「荷物持ち宜しく〜」

 

 

 〇

 

 

 待ち合わせの時間まであと少し。地下鉄の駅前で壁に背を預け律刃は道行く人々を眺め、千束はスマホを弄っていた。

 

「わぁ……あの人かっこいい」

 

「ねぇ、声掛けなよ?」

 

「えー、でもぉ」

 

 律刃は格好いい。童顔ではあるが凛々しい顔立ち、引き締まった体躯に高い身長。今は飴を咥えているが、その姿も様になっており伊達メガネを掛けた彼は道行く女性の視線を集め続ける。

 

 千束はなんだかソレに対して無性に腹が立った。なんだなんだお前たちは? 律刃の見てくれだけでキャーキャー言いおってからに。脱いだら凄いんだぞ律刃は。

 

「ムー……」

 

「どうした?」

 

「べっつにー!」

 

「飴いるか?」

 

「……貰う」

 

 差し出された飴を貰い、棒の着いたそれを口へと運ぶ。

 独特な風味と甘さ。律刃が好んで食べるフレーバー。

 

「……あんまり美味しくないねコレ」

 

「まぁ、日本人の口には合わないやつだからな」

 

 外国ではメジャーなフレーバーだが、千束は海外には行ったことないため本当かどうかはわからない。

 この飴は律刃がわざわざ個人で輸入しているのだ。

 

 他愛のない会話を律刃と行い、時間を潰していれば約束の5分前に待ち人がやってくる。

 

「お待たせしました」

 

 律刃と千束は視線を向けた。

 そこにはTシャツにジャージのズボンという休日の部屋着スタイルのたきな少女がいたではないか。

 

「お……おぉ、お? なんか新鮮だ、なぁ」

 

「よっ、たきな。…………いや、まぁ予想はしてた」

 

「問題は無いはずですが?」

 

「いや、まぁそうなんだが、なぁ……」

 

 試しに周囲を見渡せば、オシャレな人々が沢山。ウン、問題は無いのだが、なぁ? 

 

「まぁ、そんなことより。銃持ってきたな貴様?」

 

「ダメでしたか?」

 

「抜くんじゃねぇぞ?」

 

 律刃は察した。千束のやつ、おこである。まさか銃の入ったリコリスの鞄を持ってきてるとは思わず、律刃は笑顔(怒)の千束の横で空を仰ぎみる。

 

「ところで、おふたりのその衣装は自分で?」

 

「衣装じゃねぇ……」

 

「んな、訳あるか……」

 

 なんだろう、始まる前から疲れてきた。

 

 

「ねぇ、1枚も持ってないのスカート?」

 

「制服だけですね。普通、そうでしょう?」

 

「まぁ、"リコリス"はそうだね。ねぇ、買おうよー! たきな絶対似合う!」

 

「よく分かりませんし……。千束と律刃さんが選んでくれたら……」

 

「え、いいの? ヤター!!」

 

「なぜ俺も……?」

 

「律刃さんも見たところセンスがいいのでは? と思ったので」

 

「そうかぁ?」

 

 たきなはそう言い、律刃の私服を見る。

 顔には伊達メガネをかけ、髪は折りたたんで一つにまとめ、白い無地のTシャツの上に淡い青のシャツを羽織り。下にはスラックスと腰に巻いたポーチというカジュアルな格好である。

『怪力乱神』という文字の印刷をされたTシャツを着ようとしたら千束に張り倒されたことはどうでもいい事だ。

 

「まぁ、期待してくれてんのなら応えてみせるさ」

 

「ええ。楽しみにしておきます」

 

 

 

「おお! これいいねぇ!」

 

「これとかどうだー?」

 

「ムムム! そう来たかー。律刃ってば清楚なのが好きなのかなー?」

 

「物静かなたきたになこれがいいだろ。お前と違って」

 

「オォン、それどういう意味じゃワレェ?」

 

「……ガラ悪いなコイツ」

 

 代わる代わる持ってくる服やズボン、スカート。次々と試着させる。

 千束と律刃は顎に手を添えてたきなのファッションショーを行う。

 

「おほぉ! めっちゃ可愛い!!」

 

「写真撮っとけ」

 

「ほいほいっと!」

 

「……どうも」

 

 頬を朱に染めて照れるたきなは可愛らしかった。

 ついでにとばかりに買った服に着替えさせたたきなを引き連れ、コスメショップにはいれば2人はあーでもない、こーでもないと化粧品を手に取り話し合った。

 

「これとかどう?」

 

「まだそういうのはいいだろ。素材がいいから手はあまり加えない感じでな」

 

「素材言うなし。あ、たきなってリップグロス持ってるー?」

 

「千束、律刃さん……そろそろ、本来の目的を」

 

「「あー……」」

 

 そこでようやくたきなは本題を出す。2人はここに来た目的を思い出し、気まずそうに顔を逸らすのだった。

 

「んじゃ、俺は適当にぶらついてるわ」

 

「りょー。終わったら連絡するね」

 

「? 律刃さんも来ないのですか?」

 

「わっざふぁっく!? 行かないよ!?」

 

 きょとんと首を傾げて聞いてきたたきなに律刃は大声で拒否した。

 何故ランジェリーショップに男である自分が同行せねばならぬのだ。新手の拷問かなにかか? 

 

「あー、とりあえず言えるのは肌に合ったものと洗濯のしやすい物な。あと値段についてはケチらないこと。じゃ!!」

 

 捲し上げるように律刃は告げると、そそくさとその場から立ち去る。

 たきなはそれを見送り、ふと口を開く。

 

「そんなに一緒に行くのが嫌だったのでしょうか?」

 

「…………誰だって来ないと思うよー?」

 

「そうなのですか?」

 

 千束は苦笑するしかなかった。

 

 店内に入り、様々な下着を見る2人。色んな柄や生地のそれを見るがたきなには何がいいかはよく分からない。

 助け舟を出すように千束はたきなへと尋ねる。

 

「どう、好きなのあった?」

 

「好きなの……を選ばなきゃいけないんですか?」

 

「え?」

 

「仕事に向いてるものがいいですね」

 

 つまり、本業(リコリス)に使えるものだ。

 

「あー! 銃撃戦向きのランジェリーですかぁ? そんなもんあるかァ!!」

 

トランクス(これ)いいんですけどね。通気性も良くって動きやすい。さすが店長だなって」

 

「いや、先生そんな事考えてるわけないだろ。だいたい、トランクスなんて人に見せられたもんじゃないでしょー?」

 

「パンツって見せるものじゃなくないですか?」

 

「いざって時どうすんのよ?」

 

「"いざ"って時ってどんな時です?」

 

「そりゃあ! 異性に見せる……た……め………………」

 

 顔を真っ赤にし、押し黙る千束。

 その異性と言った瞬間に何故かここにはいない律刃の姿が思い浮かんだのだ。冷静になんてなれるわけがねぇのである。

 

(ちょっと待て。なんで今アイツのことを!? あんな、口の悪いガキみたいな性格で、負けず嫌いで、いつも自分のことよりも私の事を気にかけて、ピンチになったら体を張って助けてくれて、美味しいご飯作ってくれて、なんだかんだ言いながら構ってくれて、それで、それで…………)

 

「ふぉぉおおおおお…………!!!」

 

 そんでもって今朝の事である。いや、だって仕方ないでは無いか。普段は堂々としてるくせしてふとした時に見せる弱った顔を見せられたら……こう、ね? 

 というか、もし自分が求めたら律刃は断るのだろうか? 

 

『あの、ね律刃。その……』

 

『俺もその、初めてだから…………うん』

 

「ウオオオオオアアア──ーッ!!」

 

 ブンブンとヘドバンし始め、千束は桃色なそれをかき消した。

 

「…………」

 

「うわ、ちょ!?」

 

 使い物にならなくなった千束をたきなは引っ張り、試着室へと引きずり込む。

 

「え、な、なに!?」

 

「千束のを見せてください」

 

「わっざふぁっく!?」

 

「見られて大丈夫なパンツかどうか知りたいんです!!」

 

「え、えぇ、えええ……?」

 

 しゃがみ、たきなは千束の下半身へしなくてもいい注視をする。困惑を隠せない千束。むしろ、困惑するなと言うのが無理である。

 

「早く!」

 

「は、はぃぃぃい……」

 

 迫真の声で急かされ、千束は気圧されながらもズボンを抜いで下着をたきなへ見せるのだった。

 

「……これが私に似合うと言うと違いますよね?」

 

「その通りだよなんで見せたの私!? 律刃ァ! ヘールップ!!」

 

 悲痛な叫びは店内に木霊する。お客様、店内ではお静かに。

 

 

「へくちっ!!」

 

Ты в порядке, старший брат? (おにいちゃんだいじょうぶ?)

 

Да, я в порядке.(あー、うん平気) Ты нашел свою маму? (ママさん見つかったか?)

 

непонимание(わかんない)

 

Правильно. (そっかぁ)Тогда мы останемся с вами,(それなら見つかるまで) пока не найдем их.(一緒にいようか)

 

Правда? Да!!! (本当? やった!!)

 

 千束がたきなに下着を見られている間、適当にぶらついていた律刃は迷子らしきロシア人の女の子をみつけ一緒に親御さんを探していたのであった。




律刃
迷子の親御さんを探してる。飴あげたら喜ばれた

千束
たきなにパンツ見られた+妄想で恥ずか死にそうになる

たきな
無知ゆえセンスが終わっていたが、この度見事にお洒落さんとなる。でもやっぱりトランクス良くないですかね?

迷子
優しいお兄ちゃんと一緒で嬉しい。飴貰ってもっと嬉しい。ついでに言うと初恋をしてしまった


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10

最新話を見て見事に殺られた自分がいます。いやー、メイドインアビスに並んでヤベぇですね。そんな気持ちになったので初投稿です。


「これでもうトランクスとはおさらば。男物のパンツは全部処分するからね!」

 

「……はい」

 

「よーし、じゃあ終わったことだし律刃の奢りでおやつタイムだ〜!」

 

「目的なら完遂しましたよ?」

 

「完遂て……仕事じゃないんだからぁ! 今日は付き合ってよ〜! ってなわけでお電話っとな! もしもし律刃ァ?」

 

『うぃ、なんだ、千束?』

 

「うん用事終わったから来てね〜。場所はさっきのとこね!」

 

『はいよ、さっきの店な─────ッ!!』

 

「? 律刃? おーい、律刃さーん?」

 

 

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 迷子を親元へ届け、律刃は千束たちの元へ歩いていた時に背筋を刺すような粘土の高いへばりつく悪寒を感じた。

 咄嗟に振り返り、律刃は人混みを見渡す。そして見つけた。黒いコートについたフードを目深に被りコチラへ歪んだ笑いを向ける存在を。

 

『? 律刃? おーい、律刃さーん?』

 

 ──なんだ、この不快な感覚は? 俺はこれを知っている? 

 

 手に持った携帯から聞こえる千束の声が酷く遠くに聞こえる。

 律刃とその存在は視線を交差させ、そしてソイツは声は出さずに口だけを動かし始めた。

 

『 見 つ け た 』

 

「ッ!」

 

 コイツは不味い。コイツは消さなければならない。

 本能が警鐘を鳴らし、刀を握ろうとしたが今の自分が丸腰だと気がつく。されど、警戒は緩めずに律刃がいつでも対応できるようにしていれば向こうから視線を逸らし、何処かへと歩き出す。

 その後ろ姿はすぐに人の流れに飲み込まれ、律刃の視界からも消え失せる。

 

「…………ハァ」

 

 重い息を吐き出し、律刃はようやく肩の力を抜けば遠かった音が耳に入ってきた。

 

『こんにゃろう。3秒以内に出なかったらお前の恥ずかしい過去をランキング形式でたきなに言うからなー?』

 

「おい、何勝手に暴露しようとしてんだ。お前がその気なら俺にも考えがあるぞ」

 

『あ、出た! たくよー、いきなり黙りこくっちゃうんだから心配したぞー?』

 

「ああ、悪い。……少しな」

 

『……何かあった?』

 

「いいや、何も」

 

 騙せたかはは自信が無い。自分でもそう思ってしまうほど、出た声は平坦だった。

 普段はガサツな面が目立つが、千束はこういう時は変に勘が鋭い。律刃は至って平静を装い短く切り上げる。

 

「とにかく、すぐ向かえばいいんだろ。切るぞ」

 

『んー……わかった』

 

「ああ」

 

 通話を切り、律刃は最後にもう一度人混みへと視線を向ける。

 だが、道行く人々の中に先程の存在は見えず、律刃の胸の内には言いようのない不安だけが残った。

 

 

 

 〇

 

 

「相変わらずハイカロリーなもん頼んでんな。俺はティラミスとコーヒーのブラックで」

 

「かしこまりました」

 

「名前からしてカロリーが高そうですね」

 

 千束がやけに長ったらしい名前のスイーツを頼み、それを呆れた目で見る律刃とたきな。

 

「野暮なこと言わなーい! 女子は甘いものに貪欲でいいのだ」

 

「寮の食事も美味しいですけどね」

 

「お前らはいいよな。元宮内庁の総料理長が朝昼晩の飯作ってくれて……」

 

「律刃さんは昔はどんな所にいたのですか?」

 

「……聞きたい?」

 

「……やめときます」

 

 たきなは律刃の濁りきった目を見て追求するのを辞めた。何故か、聞いてはいけない気がしたのだ。

 そんな隣で千束が腕を組んでしみじみとつぶやく。

 

「いやー、律刃って今でこそプロ顔向けのご飯作れるけど昔は酷かったんだよ〜」

 

「仕方ねぇだろ。俺にとっての美味いってアレだったんだから」

 

「律刃さんは昔から料理などが得意ではなかったのですか?」

 

「まぁ、料理はできたよ。料理はウン」

 

 今度は千束の目が濁った。そしてたきなに問いかける。

 

「たきなってご飯に何かお供つける?」

 

「唐突ですね……。時折ですがつけますね」

 

 たきなの回答を聞き、千束は苦々しい過去を思い出して口に出す。

 

「昔の律刃はね……手当り次第に唐辛子やらなんやらの辛いものをぶちまけてたんだよ。酷い時にはパフェにデスソースだもん」

 

「え……?」

 

 聞き間違いだろうか。たきなは律刃を見ればバツが悪そうに、視線を逸らしながらつぶやく。

 

「今はあまりやってないだろ」

 

 どうやら本当らしい。あまり、ということは今もやってるということに戦慄を隠せなかった。パフェにデスソースだなんて味覚イカれてるのか? 

 

「お待たせしました。ご注文の品です」

 

「おほー、キタキタ!!」

 

「これは糖質の塊ですね」

 

「たきな! 人間、一生で食べられる回数は決まってるんだよ? 全ての食事は美味しく幸せであれ〜!」

 

 なんとも言えない空気の中、店員がスイーツの乗った皿を持ってやってくる。

 千束はテーブルに置かれたそれを見て目を輝かせ、たきなが言えば頭突きをして黙らせた。

 

「いたた……。美味しいのはいいことですが、リコリスとして余分な脂肪はデメリットになります」

 

「その分走る! その価値がこれにはあるのっほぉ〜、おいしい〜♪」

 

「あんま食いすぎて晩御飯が入りません〜は許さねぇからな」

 

「わかってますぅ〜! だっ!」

 

 そんな会話をしていれば。

 

「『写真がない?』」

 

「『まあ……ウェイターを呼ぼうか?』」

 

「『これをもう一度、言ってみようか?』」

 

「『ごちそうさま……様?』」

 

 後ろからそのようなフランス語が聞こえてきた。千束が2人に目配せをすれば、律刃はいってこいと手を揺らしたの見て千束は後ろのフランス人の男女の元へ向かう。

 律刃は流暢にフランス語を喋る彼女を見つめ、穏やかなひと時を堪能してれいれば。

 

「律刃さんは千束が好きなのですか?」

 

「ブフッ……! ゲホッ! ゴホッ! いきなり何言い出してんだ!?」

 

 突如、たきながそんなことを聞いてきた。その質問に律刃は飲んでいた珈琲で噎せ、咳き込みながらたきなへ叫ぶ。

 律刃の叫びに首をかしげ、たきなは言う。

 

「いえ、ただ、律刃さんの千束を見る目がとても穏やかだったので」

 

「はぁ……。別にそんなんじゃねぇよ。ただ」

 

「ただ?」

 

「こんな時がずっと続けばいいなぁって思ったんだよ」

 

 ゆっくりと空を見上げ、綺麗な青空を見つめる。

 律刃と同じようにたきなも空を見つめ、微笑んだ。

 

「続きますよ。きっと」

 

「ハハ、だな」

 

 たきなにはその時の律刃の苦笑気味の顔は何処か楽しそうで、悲しそうに見えた。

 その意味を知るのは少し、先の未来だ。

 

「お待たせー! これ食べたらいい所連れて行ってあげよう!」

 

「おう、おかえり。どうせお前のことだからアソコだろ?」

 

「律刃、ネタバレ禁止!!」

 

「へいへい」

 

「?」

 

 

 

 〇

 

 

「いい所ってここですか?」

 

「んふ〜、綺麗でしょ? 私好き〜」

 

「よく来るんです?」

 

 たきなに聞かれ、千束はバックから長方形のカードを取り出した。

 

「年パス〜! 気に入ったらたきなもドーゾ?」

 

 それは水族館の年間パスポートであった。千束が連れてきたのは都内にある水族館で、千束のお気に入りであった。

 

「律刃さんも持っているんですか?」

 

「おん? ああ、持ってるぜ〜。ほら」

 

 たきなに聞かれ、小さな魚を見ていた律刃は視線をこちらに向けてポーチから千束と同じものを取り出す。

 

「いやー、律刃に初めて連れてこられた時に気に入っちゃってね〜。年パスのことも律刃から知ったんだ〜」

 

「意外ですね。律刃さんはこういうのに興味ないのかと」

 

「まぁ、たきなの言いたいことは分かる。私もそんな感じだったし」

 

「お前らは俺の事をなんだと思ってんだよ……。別に俺も自分からここを知ったわけじゃねぇさ。昔、知り合いに無理やり連れてこられてここを知ったって感じだし」

 

 2人の物言いに肩を竦めながら館内を自由に歩く。

 

「これ魚なんですって」

 

 タツノオトシゴの水槽を覗き込み、たきながスマホで調べた情報を伝える。

 

「「マジ?」」

 

「こんなナリで"ウオ"だったのかコイツ」

 

「この姿になった合理的理由はあるのでしょうか?」

 

「え、合理? 理由? どーだろうなぁ……」

 

「なにかあるでしょう」

 

「流石に素人だからわかんねぇ」

 

 千束と律刃は困惑気味に答えるしかできなかった。

 

「これも魚ですか……」

 

「チンアナゴだな。なにかあったら砂の中に引っ込む。こうやってな」

 

 水槽を軽く小突く。すると、チンアナゴたちがいっせいに砂の中に潜りこんでいきたきながおぉ、と声をあげる。

 そのまま観察していれば。

 

「ところで、何やってるんですか千束?」

 

 水槽のそばで何やらくねくねと変な動きをしている千束がいた。訝しげにたきなが問えば千束は変な動きを止めずに言う。

 

「チンアナゴの真似〜」

 

「人が見てるんだからやめろっての」

 

「そうですよ。目立つ行動は控えたほうが……」

 

「なんで?」

 

「なんでって、私たちリコリスですよ?」

 

「制服着てない時はリコリスじゃありませ〜ん!」

 

「諦めろたきな。馬の耳に念仏ってやつだ」

 

「はぁ……」

 

 ああ言えばこう言う、長年の付き合いで律刃は分かっているので優しい顔でたきなを慰める。

 

「たくさんいるな」

 

 水槽を見てチンアナゴの真似をする千束の隣で律刃が感想を漏らす。たきなも同じように水槽を見つめながら千束へと問いかけた。

 

「千束」

 

「んー?」

 

「あの弾、いつから使ってるんです?」

 

「なぁに、急に?」

 

 千束はたきなの座るベンチに腰かければ、ずいっと距離を詰める。

 

「旧電波塔の時は?」

 

「あの時先生に作ってもらったんだ〜。その時に律刃とも出会ったんだ」

 

「そうなんですか。それで、何か理由があるのですか?」

 

「なにぃ? 私に興味あるのぉ?」

 

「タツノオトシゴ以上には……」

 

「チンアナゴよりも?」

 

「茶化すならもういいです」

 

「ごめんって! そうだねぇ……強いて言うなら──「気分が良くない、からですか?」──おろ? 誰から聞いたの?」

 

 たきなの言葉に千束は問う。

 

「前に律刃さんが似たようなことを仰ってたので」

 

「あー、そういや言ってたな」

 

 数ヶ月前、たきなの初仕事で自分が彼女に言ったことを思い出し律刃は言う。千束はそれなら話が早いとばかりに続けた。

 

「そっ。付け加えるなら誰かの時間を奪うのは嫌だからね」

 

「悪人にそんな気持ちにさせられるのはもーっとムカつく! だから、死なない程度にぶっとばす! アレ、当たるとめちゃくちゃ痛いんだよォ? 死んだ方がマシかも!」

 

「ほんと、あれって当たると痛えんだよ。痣がしばらく消えないし」

 

「この前、眉間に当たっておいて『痛っ』で済ましてませんでした?」

 

「それは律刃げんてーい!」

 

「ふふっ」

 

「なぁんだよ変ー?」

 

 唐突に笑いだしたたきなに千束は体を軽くぶつければ、笑いながらたきなは言う。

 

「いえ、もっと破壊的な理由かと。千束と律刃さんは謎だらけですね」

 

「mysterious girl!? そっかぁ、そんな魅力もあったか私ぃ〜。でも、そんな難しい話じゃないよ〜」

 

「したいこと、最優先ですもんね」

 

「おっ! 覚えてるねぇ〜」

 

「DAを出たのも?」

 

「え?」

 

 その問いかけに千束は虚をつかれた顔になる。

 

「殺さないだけならDAでできたでしょう?」

 

「あ〜……」

 

「それも? そうしたいって、全部それだけ?」

 

「人探し、だってよ」

 

「え?」

 

 律刃の言葉にたきなは疑問符を浮かべれば、千束は自分の胸元へ手を当てる。

 

「そう。人探し。会いたい人がいるんだ。大事な。大事な人。その人を探したくて……知ってる? コレ」

 

 千束は言い、隠していた梟のソレをたきなへと見せる。

 

 

 

「確かに、同じですね。アラン機関のものと」

 

 たきなはニュースサイトでアラン機関のことを調べ、画像と同じものを見比べる。

 

「なんの才能があるんです?」

 

「わからなぁい?」

 

「それじゃないのはわかります」

 

「フッ……」

 

 後ろにあるナイスバディなポーズを真似る千束を即座に否定するたきな。鼻で笑う律刃。

 

「鼻で笑ったなこんにゃろう……。はぁ、自分の才能が何とかわかるぅ?」

 

「なんかあるといいですけど……」

 

「そんな感じでしょ?」

 

「簡単だろ。たきなは射撃のセンス。千束はその目。んでもって誰かのために行動できる優しさってな。そこら辺はすごく難しいもんだ。俺は素直に尊敬する」

 

 悩める2人に律刃はことも無く言う。言うのだが。

 

「「……ど、どうも」」

 

「なんで顔赤くなってんだよ?」

 

 たきなならまだしも、なぜ千束まで? 

 

「な、なんでもないです。ンンッ、それでコレをくれた人は見つかったんですか?」

 

「いんやぁ〜」

 

「10年も探してですか?」

 

「もう、会えないかもね……。ありがとうって言いたいだけなんだけど」

 

 たきなからチャームを返され、それを受け取った千束は寂しげに水槽を見つめる。

 たきなはその様子に複雑な顔をうかべ、律刃は何も言わずに口を噤む。

 

「……よしっ」

 

「どうした、たきな?」

 

 何を思ったか、たきなは席をたつ。

 

「………………さかなー!!」

 

 そして行う不思議なポーズ。もとい魚のポーズ。

 どうやらしょぼくれていた千束を励まそうとしたようで、効果は見るまでもないだろう。

 

「おおー! さかなかぁ! ふふっ、チンアナゴ〜!」

 

「何してんだよお前ら……」

 

 2人の行動に苦笑する律刃。

 

「律刃もやるの! ほらっ!!」

 

「俺はいいって。やめ、引っ張んなよ!」

 

 律刃の手をグイグイ引っ張り、振りほどこうにも怪我をさせかねないので振り解けない律刃はすぐ側まで連れてこられる。

 

「ほらほら、律刃もやって! チンアナゴとかさかな以外にー!」

 

「はぁ!? えぇ……ちょっとまて……えー……」

 

 咄嗟に言われ、律刃は悩む。悩んで悩んで、浮かんだそれを実行した。

 

「う、うみねこ……にゃ〜!」

 

 手をはためかさ、鳴き声を真似する。千束とたきなはその真似を見つめて無言の後にダムが決壊したように笑いだした。

 

「アハハハハハ! うみねこ!」

 

「にゃー! って、にゃー!! って!!!」

 

「っ〜! 帰る!!」

 

「あー! ごめんごめんって!! 可愛かったようwみwねwこwwww」

 

 プルプルと震わせ、叫ぶ律刃。慌てて引き止めるが、ツボったのか笑いながらやってるのでどうにも力が出ない。

 ズルズルと千束を館内で引きずりながらいれば。

 

「フフッ。それ、隠さない方がいいですよ」

 

「ん?」

 

「え? そう?」

 

 立ち止まり、たきなを見る2人。

 

「ええ。めっちゃかわいいですよ」

 

「あー、こいつぅ! ほら、ペンギン島行くぞー! ついでに律刃のウミネコの真似をさせてやる〜!」

 

「ペンギン!」

 

「おいこら待て! もうやるなんて言ってねえからな!?」

 

 2人で駆け出し、慌てて追いかける律刃。

 3人は笑顔をうかべ、楽しそうに進むのであった。

 

 

 

 〇

 

 

 

「……リコリス?」

 

「多いな」

 

「ですね……」

 

 買い物も終え、デパートを出た3人は目の前に広がる光景に違和感を覚えた。

 白服(サード)と呼ばれるリコリスたちが人混みの中で異様なほど多くいる。一般人からすれば女子高生が多い程度にしか思わないが、3人はあいにく一般とは程遠い存在だ。だからこそ、この光景の異様さに気がついてしまう。

 

「ッ!!」

 

 そして律刃の聴覚は捉えた。くぐもった爆発音と微かな振動を。

 

「あ、律刃!」

 

「律刃さん! どこに!?」

 

 二人の分の荷物を持っているとは思えないほどの俊敏さで人混みの間を縫うように駆け、すぐに2人の視界から消え失せる。慌てて2人は追いかけ始めた。

 

 

 

「チッ、遅かったか」

 

 駅を黄色いテープで塞がれ、誰も通らないように黒服が警備しているのをみつけ律刃は舌を打つ。

 

「ぜぇ、ぜぇ……はっや!」

 

「はぁ、はぁ……いき、なり走り出し、から、驚きまし、た…………」

 

「千束、たきなか。アレ、見てみろ」

 

 息を切らして追いついた2人に律刃は指を向ける。2人は首をかしげるが、すぐにソレを見て顔を険しくさせる。

 

「アレは……何かあったんでしょうか!?」

 

 リコリスとして向かおうと来たたきなの手を掴んで千束は引き止めた。

 

「私服で銃出すと警察に捕まるよ?」

 

「制服を着てない時はリコリスじゃないって言ったでしょう? 律刃も突っ込んじゃダメだからね」

 

「分かってる……はぁ、むず痒いな」

 

 千束からの注意にバツが悪そうにする律刃。

 

「ん。それに今日は戦利品も多いんだし。帰ろうか」

 

「……はい」

 

 駅から視線を逸らし、歩き出す。しかし、律刃の胸中にはデパートの中で出会ったあの存在とこの事件が無関係にはどうしても思えなかった。

 

 

 〇

 

 

「はい捨てまーす。捨てまーす。これも捨てまーす。捨て……」

 

 翌朝、宣言通りたきなのトランクスを次々ゴミ袋に投げ込んでいく千束。どんどんとゴミ袋のなかがトランクスで埋まっていくなかで、ふと、手に持ったトランクスを見つめた。

 

『これ、いいんですけどね。通気性も良くて動きやすい』

 

「……」

 

 誰もいないよね? いないな? いない……な。よし。

 キョロキョロと周囲を見渡し、千束は自分の履いてた下着をおろし、いざパイルダーオン! 

 

「おぉ……! これはぁ───」

 

「千束ぉ! サボってないで……」

 

 履き心地を堪能していれば無慈悲に開かれる扉。ミズキは見てしまう。トランクスを履いている千束の姿を。

 

「いや、あの、これは違ry」

 

『ギャァァァァアァ!!!! ハレンチィィい!!』

 

「うお、なんだ!?」

 

 突如店内響く絶叫。肩を震わせて律刃は持っていた包丁を危うく落としそうになったが、床に落ちる寸前に下駄の先端で上手くで蹴りあげてキャッチ。

 訝しげに覗き込めば。

 

「うわぁ! 違う、違う、違う! ねぇ、あぁぁぁあ!!」

 

「こんのガキィ! 律刃と遂にやりやがったなぁ!? 私への当てつけかぁ!!?」

 

「ちゃうねん! これたきなのやねん!! ほら、たきなのやってー!!」

 

「え、あの……」

 

 ミズキに羽交い締めにされ、何故か関西弁になった千束がたきなに指を指し、突然名指しされ困惑してるたきなのカオスな光景が。

 そして、メガネを煌めかせたきなに詰め寄るミズキ。有無を言わせずそのスカートを捲りあげたではないか。

 

「ブッ!?」

 

「可愛いじゃねぇか」

 

「いや、だからそれ昨日買ったの……え? あ、ちょちょい何処に!?」

 

 顔を真っ赤にしていくたきなの横をとおりすぎ、店内に出ていくミズキと追いかける千束。

 

「み、見ました……?」

 

ヴェッ、マリモ(いえ、なにも)!!!」

 

「黒……」

 

「いや、白かったんじゃ? ……あ」

 

「やっぱり見たんじゃないですかァ!!」

 

「いや、あれは不可抗力ってやつで……ほんっっっとにすんません!!」

 

 即座にDO☆GE☆ZAを敢行。完璧にとばっちりだが男は女性のパンツを見たら悪いのは完全に男である。悲しいね……

 

「みなさぁ〜ん! このお店に裏切り者の嘘つき野郎がいますわよォ〜!」

 

「うわぁー!! やめろやめろやめろォ!!」

 

「ほらぁ〜、いらっしゃっせ〜!」

 

「うぎゃあー!!!?」

 

 ミズキを止めようと飛びかかる千束であったが、ひらりと交わして逆に捕まえればスカートを捲って中身を見せびらかす。

 クルミにミズキが扇風機を持ってくるよう指示すれば、律儀にもってきたソレで千束のスカートをはためかせはじめたでなないか。

 

「ほい、これたきなの団扇」

 

「え? ええ?」

 

「何してんだお前ら……」

 

 すると、回復したたきなと律刃が出てくればクルミは手に持った団扇を手渡し、渡れさたたきなは困惑を隠せずに手元と目の前の光景を行ったり来たりさせる。

 

「見てないでたーすーけーてー!!」

 

「……フフッ。アハハハハッ!」

 

 だが、段々と面白くなってきたのか腹を抱えてたきなはわらいだす。律刃も釣られ、笑いだした。

 

「ハハハハッ! あほくせ!!」

 

 

 

 

 〇

 

 

 

「いてて、ちっきしょー。まーた俺だけ残ったのかよ」

 

 路地裏、ボロボロなコート姿の男はゆっくりと立ち上がりながら悪態を着く。

 

「よぉ、手酷くやられてみたいだな」

 

「おー、お前か。ったく、どこいってたんだァ? おかげでこのザマだ」

 

「ハッ、おかげでいいもん見られただろ?」

 

「ハハハッ。たしかにな。アイツらが日本のバランスを狂わせてる奴らか。面白い」

 

 その男に声をかけるフードをかぶり、顔を隠した男。そいつの言葉に笑いながら緑色のくせ毛は自分の手にもったスマホへと視線を落とした。

 

「あ? 事故、事故、事故……なんだこれ?」

 

『リコリスの存在は情報統制されるのさ』

 

 突然聞こえてくる声、くせ毛は周囲を見渡せばフードが手元をゆびさす。

 

「あんだテメェ?」

 

『お前が"真島"だな? 僕はロボ太! お前を手助けする世界一のハッカーだ。リコリスを倒すには僕のような頭の良い奴が必要だ。僕の頭脳とお前の力を───ブツリ』

 

「最後まで聞かなくてよかったのか?」

 

「必要ねぇさ。結局、嘘をつけねぇほどもっとすげぇことをすりゃいいのさ。だろう? "フェイカー"」

 

 くせ毛、真島は不敵に笑い己の共犯者を見る。フード、フェイカーはその口元を歪ませフードの奥にある青みがかった紫色の瞳を爛々と輝かせ、静かに頷くのだった。

 そして、二人の背には半ばからへし折れて電波塔の姿が朝日に照らされていた。




律刃
昔にはなんにでもタバスコやデスソースをぶちまけていたが、リリベルはDAと違って食事は栄養を摂る作業のようなものだったので、味はほぼ考えてない豚の餌のようなものだったから仕方ないのである。ただし今は千束の胃袋を掴んでる模様。どうでもいい事だが好きな子は肥やすタイプ

千束
昔に律刃のデスソースぶちまけに被害にあった可哀想な奴。なお現在は胃袋を掴まれてる模様。今日の晩御飯は夏野菜たっぷりのカレー

たきな
律刃の所業にドン引きした子。好きなふりかけはのりたま(捏造)。リコリコで出される律刃のまかないにココ最近胃袋を掴まれかけている。


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11

オリ話ですねー。
アニメでも2人が祭りを楽しむお話欲しかったけど、無かったので描いたので初投稿です。



「今日はやけに賑やかですね」

 

 茹だるような陽の光が降り注ぐ日、たきながクーラーの効いた店内で浴衣姿の客たちを見ながら零す。

 

「そういば今日は祭りの日だったね」

 

 たきなの言葉に千束は思い出したようにカレンダー見る。

 

「祭りですか?」

 

「ほら、コレ見てみ」

 

 そう言い、千束の方を見るたきな。頷き、カウンターの裏にあったチラシを手に取って彼女へと見せる。

 

「……知りませんでした」

 

「まぁ、それもそっか。……よし。律刃〜!」

 

「なんだ〜?」

 

「ちょい、こっちきて」

 

「?」

 

 何を思ったか、千束は裏にいた律刃を呼ぶ。ひょっこりと顔を出してこちらを見る彼に手招きし、首を傾げながらこちらへやってきた。

 

「良し、デートしようぜ!!」

 

「「何故に?」」

 

「お祭りだから!」

 

「いや、それはわかるけど何故に俺も? たきなと2人で遊んでこいよ」

 

「……別に私も行きたいとは言ってませんよ?」

 

 2人して言えば、千束は唇をとがされ子供のように駄々を捏ね始める。

 

「ブーブー! 別にいいんじゃんかよー! それとも私と一緒じゃいや?」

 

「いや、別にこういうわけじゃ……」

 

「……別に嫌じゃないですけど」

 

「じゃいいよね! 決まり!!」

 

 上目遣いで言われ、思わずたじろぐ律刃とたきな。そうなってしまっては話のペースは千束のものとなり、即座に参加は決定され、千束は店の裏へと言ってしまう。

 

「「……はぁ」」

 

 2人は目を見合せ、肩を落とすのであった。

 

 

 〇

 

『たきなが来てからの初めての祭りだ。せっかくなんだしいってくるといい。どうせ客はあまり来ないからな』

 

 と、ミカからの有難いお言葉を貰い3人は外へ出ることになった。ミズキは。

 

『ひとついいこと教えたげる。祭りの魔力に女は勝てないのよ……』

 

 と、荒んだ目で言われ留守番に。クルミは。

 

『こんな暑い日に僕を外に連れ出すなんて殺す気か?』

 

 と、こちらの正気を疑う目で言ってきた。尚、屋台飯は食べたいのか食べたいものリストを書いて渡してきた。

 

「お待た〜」

 

「お待たせしました」

 

「おう、ようやっと来たか。……ふーむ」

 

 カウンターで待っていれば、浴衣に着替えた千束とたきなが出てきた。

 千束は赤を基調に錦木の模様の入った浴衣。たきなは青を基調としたギボウシの模様の浴衣で、下ろしていた髪をポニーテールにしていた。

 律刃は2人を見て、神妙な顔となれば千束がポージングをとりながら口を開く。

 

「お、なになに〜。浴衣姿の私に目を奪われちゃったー?」

 

 律刃は至って真面目な顔で答える。

 

「いや、お前浴衣の着付け出来たんだなって」

 

「張り倒すぞこんにゃろー!」

 

「ハハハ、悪い悪い。似合ってるよ。可愛い可愛い」

 

「なんか納得できないけど、よし! たきなもどーよ」

 

「……どう、でしょうか?」

 

「お、ポニーテールにしたのか。浴衣も似合ってるぜ」

 

「あ、ありがとうございます。えっと、律刃さんも浴衣なんですね」

 

「流石に夏用っていってもスーツは暑苦しいからな」

 

 瞳と同じ青みがかった紫色の浴衣に竜胆の模様の浴衣の袖を揺らし、律刃は笑う。

 

「よーし、着替えたことだししゅっぱーつ!」

 

「お祭りってどんな感じでしょうか」

 

「どんちゃん騒ぐことだと思えばいいさ」

 

 律刃はケラケラと笑い、千束が先導してリコリコを出るのだった。

 

 

 

「すごい人と熱気ですね」

 

「毎年毎年よく集まるもんだ」

 

「それだけ楽しんでる人がいるってことだよ!」

 

 道行く人たちを見てたきなが圧倒されたように呟けば、律刃は呆れながら言い、千束は楽しそうに笑顔をうかべる。

 

「こうも人が多いと暴力沙汰や事故などおきかねないのでは?」

 

「ていッ」

 

「痛ッ」

 

 たきなの言ったことに千束はかるくチョップをかます。突然のことにたきなが千束を見やると、腰に手を当てて千束は言い放つ。

 

「たきな! 今は仕事より楽しむことを考える! OK!?」

 

「えっと……わかり、ました」

 

「よし! ということで律刃! 食べ歩きだー!」

 

「へいへい。たきなは何食べたい?」

 

「そう、ですね……じゃあ、あの雲みたいなものがいいです」

 

 たきなはそう言い、わたあめの屋台を指さす。

 

「わたあめな。りょーかい」

 

「おー! わたあめかー。やっぱりお祭りと言ったらわたあめだよねー」

 

 たきなの手を引っ張り、屋台に向かって注文する。

 

「おじさん! わたあめ3つ頂戴!」

 

「はいよ、わたあめ3つね」

 

 屋台のおっちゃんからわたあめを貰い、代金は律刃が支払う。千束からわたあめを受けとり、たきなは1口齧る。

 

「……甘い」

 

 口に含んだ瞬間、優しい甘さが口に広がる。たきなは目を丸くして小さく微笑んだ。

 その様子を見て2人は頷き、笑う。

 

「よーし、じゃあたきなのために食べ歩くぞ〜! 律刃の奢りで!」

 

「しょうがねぇなぁ〜」

 

 可愛い後輩のためなのだ。己の財布が軽くなる程度、安いものだ。

 千束はたきなの手を取り、色んな屋台を回る。ベビーカステラや焼きそば、唐揚げにケバブ。りんご飴にたきなが驚いていたりもした。

 

「律刃さん、さすがにそれは盛りすぎでは? もう赤しか見えないのですが……」

 

「ばっかお前、辛くなきゃ美味くないだろ?」

 

「えぇ……」

 

 律刃の辛党ぶりを目の前にしてドン引きしたり。

 

「これ銃身曲がってない!? 全然当たんないんだけど!!」

 

「もう5000円使ってんのにひとつも落ちないってぼってるだろ?」

 

「よし」

 

「お、お嬢ちゃん上手いね〜!」

 

「「ずるい!!」」

 

 千束と律刃がたきなの射的の上手さに嫉妬したり。

 

「よし出来たァ!」

 

「…………パキッ……あ!」

 

「うわっ……パキッ……のお!?」

 

「「……」」

 

「えっと、その、ごめんね?」

 

 型抜きで千束が叫び、それにより手元が狂い失敗してジト目で見れば申し訳なさそうに千束が謝る。

 

「いやー、遊んだ遊んだ!」

 

「律刃さんが輪投げで景品全て乱獲していた時はさすがに大人気ないような気がしましたが……」

 

「祭りなんだからいーんだよ。射的じゃぼろ負けしたからな」

 

「屋台のおじさん涙目だったのは少し笑っちゃったねー」

 

 3人の手には屋台で手に入れた景品の入った袋が沢山あり、笑いながら道を歩く。

 他愛のない会話をしていれば。

 

「……綺麗」

 

「そういや花火大会もあるんだったなー」

 

「忘れてた!」

 

 空高く咲き誇る色とりどりの満開の花。赤だったり緑だったりの極彩色。

 

「…………人が多くてよく見えない〜!」

 

 なのだが、通行人たちが壁となって背の低いたきなと千束はよく見えないのだ。どうにか背伸びをして見ようとしても、ギリギリ視線が届かない。

 律刃は2人のその様子を見て、かすかに笑えば荷物を足元におろして2人をかるやかに持ち上げまる。

 

「よっこいしょっと!」

 

「うわわっと!」

 

「きゃっ!」

 

「もー、いきなり何すんのさ!」

 

「ははは、こうすりゃよく見えるだろ?」

 

「そうだけどさぁ。事前に、一声かけてよねー」

 

「悪い悪い。それで、たきな。どうだ、見えてるか?」

 

「はい。とってもよく見えてます。とっても、とても綺麗です……!」

 

 目を輝かせ、空に広がる花を見つめ興奮しながらたきなは言う。年相応にはしゃぐ姿を見て律刃は微笑み、同じように空を見上げる。

 

「……来年もまた来れますかね」

 

「……来れるよきっと」

 

「……あぁ。今度はきちんと場所取りしてな」

 

 ビルの明かりにすら負けない輝きを見つめ、3人は笑い合う。

 いつまでも続けばいい。そんなことを思いながら。




律刃
見事に財布がスッカラカンになったけど、ふたりが楽しめたのでOK。輪投げみたいな体を使う屋台を荒らし回った。屋台のおじさんを泣かした。

千束
律刃の財布をすっからかんにした。たきなが喜んでくれたので嬉しい。金魚すくいで1匹も取れなかった。千束が泣いた。

たきな
初めてのお祭りで楽しかった。来年も行きたいと思った。
射的で景品を全て回収した。屋台のおじさんは泣いた。


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12

誤字脱字のご報告感謝です。お気に入り有難いです。感想はもっと嬉しいです。てなわけで初投稿です。


「ん?」

 

 キラリ、と視界の隅で何かが光る。たきなは着替えていた手を止めて光ったそれへと近づいた。

 

「これ、千束の……ですか?」

 

 アラン機関が支援を行った人物に送られる梟を模したチャーム。それが更衣室の隅に転がっていた。

 たきなはそれを摘み、微笑んだ。

 

「いつもは肌身離さずにいるのに、千束はおっちょこちょいですね」

 

 ハンカチで丁寧にチャームを包めばたきなは更衣室を出る。

 

 

 

「千束、これ落ちてましたよ」

 

「おん? ありがとーって……これ私のじゃないよ?」

 

「え? でも、確かに千束のものだと……」

 

 たきなは千束のものだと思っていたら違かったことに驚き、思う。では、これは誰のなのだろう。更衣室にあったということは客のものではない。なので、従業員のものだ。

 千束は除外。ミカも無い。クルミだろうか? いや、それも無い。ミズキは……絶対ない。ということは……

 

「どうしたんだお前ら?」

 

「あ、律刃〜。ちょいちょいこっち来て」

 

「? なんだよいったい藪から棒に……」

 

 そんな時に後ろから声がかかる。振り返れば何時もの作務衣姿の律刃が立っていた。千束の手招きにに律刃は胡乱な目をしながらこちらに来る。

 

「律刃さん。ひょっとして、これは貴方のものでしょうか?」

 

 たきなはそう言い、ハンカチに包んでいたソレを彼へと見せる。律刃な怪訝な顔をしていたが、それを見た瞬間に合点が言ったように声をはりあげた。

 

「あー、確かにこれ俺のだな。どっかいってたかと思ってたけどどこにあったんだ?」

 

「更衣室の隅っこに落ちてましたよ?」

 

「そっか。ありがとなたきな」

 

「いえ。それにしても……、律刃さんもアランチルドレンだったんですね」

 

 たきなが感慨深く呟く。まさかの2人目のアランチルドレンがこんな身近にいたのだ。

 

「あれ、言ってなかったか?」

 

「言ってないね」

 

 たきなからチャームを受け取り、雑に懐にしまいながら言えば千束の言葉に頷き、テレビへ視線を向ける。

 

「そうか。まぁ、別にどうでもいいことだ。……にしても、まだやってるのかアレ」

 

「脱線事故のやつねー。もう1ヶ月だっけ?」

 

「ええ、あの社長の人も災難ですね。何も知らされていないんですから」

 

「……ココ最近物騒になってきたな」

 

 テレビに映るのはひと月前に起こった列車の脱線事故……という体にした本当はテロが起きたことを隠すためのニュース。

 犠牲者はゼロといっているが、実際はどうだろうか。

 たきなはテレビを見つめる律刃の横顔を見て、気がついた。いままでは気が付かなかったが、彼の青みがかった紫色の瞳が光の加減によって右の瞳が左の瞳よりも僅かに色が淡いことに。

 

「ん、なんか顔についてるか?」

 

 じっと見つめていれば、視線に気がついた律刃が問いかける。たきなはそれに少し慌てながら答えた。

 

「あ、えーと律刃さんがアランチルドレンならどんな使命があるのかな……って」

 

「んー、秘密♪」

 

「律刃、男なのにウィンクは気色悪いよ?」

 

「ハッハッハ、こやつめ。ハッハッハこやつめ」

 

「うぎゃー!!? たきな助けて〜!!!」

 

 たきなの質問に律刃は片目を瞑って言えば、千束のツッコミに満面の笑みでアイアンクローを放つ。

 ミシミシと割と洒落にならない音が聞こえるが、ほぼ千束の自業自得ということなのでたきなは止めずに優しく見守るのであった。

 

 

 

 〇

 

 

「と、いうことで今回の依頼の概要を説明しま〜す! 楽しいお仕事ですよ〜!」

 

「ドンドンパフパフー。なぁ、これ必要?」

 

「必要!!」

 

「そっかぁ……。にしてもこの太鼓どこにあったんだ……」

 

 タブレット片手にテンション高く声を張る千束。隣に無駄に大きい太鼓を持った律刃。心なしか目が死んでるように見えるが気のせいだろう。

 それを見るたきなとミズキ。律刃は邪魔くさい太鼓を床におろし、椅子へと座った。

 

「ミズキさんは説明しないのですか? 私、もう把握してますけど」

 

「なんかやたらやる気なのよー」

 

「そこ! 私語は慎む! それとそこの栗鼠! ゲームしてない?」

 

 千束は2階でVRゴーグルをつけてゲームをしていたクルミへ注意を送る。

 

「聞いてるよ〜」

 

「ならよし!」

 

「いや、いいのかよ……」

 

「えー、おっほん! 依頼人は72歳、男性、日本人。過去に妻子を何者かに殺害され、自分の命を狙われた為にアメリカへ長い間避難していた。現在は……き、きん……?」

 

「筋萎縮性側索硬化症だ。症状は段々と全身の筋肉が痩せていくっていう病気だな。現在も治療法は見つかってないやつだ」

 

「おー、律刃よく知ってるね。意外だ」

 

「そいつはどーも」

 

 飴を咥え、律刃はおざなりに返す。

 

「……自分では動けないのでは?」

 

「そう! 去年余命宣告を受けたことで最後に故郷の日本。それも東京を見て回りたいって」

 

「観光……ですか?」

 

「泣ける話でしょ〜? 要するに! まだ命を狙われてる可能性があるため、body guardします!」

 

 無駄に流暢に喋り、えへん! と胸を張って千束は説明を終えたきなは疑問をなげかけた。

 

「なぜ命を狙われているのですか?」

 

「それがさっぱり! 大企業の重役で敵が多すぎるのよ〜。その分報酬はたっぷりだから!」

 

 ミズキは目をお金のマークに変えて笑う。結局のところソコである。

 

「まぁ、敵が来ても俺らがどーにかすればいいがな」

 

「日本に来てすぐ狙われるとも思えないけどねー。行く場所はこっちに任せるらしくて、私がバッチリプランを考えるから!」

 

「旅のしおりでもつくろうか?」

 

 クルミの提案に千束は指を鳴らし、その提案を歓迎した。

 

「それだ!!」

 

「あ、なんか嫌な予感が……」

 

 律刃は逃げようとした。

 

「挿絵、頼んだ!!」

 

 しかし、千束に回り込まれてしまった!! 

 

 ということで急遽決まった旅のしおり作り。絵心がわりと残念な千束に変わり、彼女のやけにふわっとしたアイディアをどーにかこーにか形にして律刃は絵を描くのであった。尚、頻繁に仕様変更が起こったためにその度にアイアンクローと汚い悲鳴が炸裂したのは言うまでもない。

 

 

 〇

 

 

「お待ちしておりました〜……っあ……」

 

 リコリコの扉が開かれ、千束は店内に入ってきた人物を見て呆気に取られた様子で目を丸くする。

 

「遠いところ、ようこそ」

 

 その人物は車椅子にのり、目をゴーグルで覆い至る所にチューブが繋がれ正に機械に生かされているという有様のやせ細った老人であった。

 そして、口は動かずに機械で合成された音声がスピーカーから聞こえてくる。

 

『少し、早かったですかね。楽しみだったもので』

 

 千束は惚けていたが、その声に反応し用意したしおりを手に持って口を開く。

 

「……あ、いえ! 準備万端ですよ! 旅のしおりも完璧です!」

 

「千束、データで渡そうか?」

 

「え? ……あっ!」

 

 クルミの提案に千束は気付く。老人、松下の枯れ木のような手は既に用途の意味をなさず、この紙のしおりを持つことが出来ないことに。

 

『助かります。あとはこの方たちにお願いするので、下がっていいですよ』

 

 松下は護衛をしていた黒服たちに告げ、彼らを下がらせる。

 

『今や機械に生かされてるのです。おかしく思うでしょう?』

 

「いやいや、そんなことないですよ! 私も同じですから(・・・・・・・・)。ココにね」

 

 千束は松下にそう言い、己の胸元へ手を当てる。

 

『ペースメーカーですか?』

 

「いいえ。丸ごと機械(・・・・・)なんです! ついでに律刃の腕と目(・・・)が!」

 

「え?」

 

 突然の告白。たきなは困惑を隠すことが出来なかった。

 

『人工心臓ですか。そして、そこの方は義眼、義手と……』

 

 松下は座敷に座っていた律刃へ向けば対して気にした様子もなく、その右手をひらひらと揺らす。

 

「アンタらのは毛が生えてるけどねー」

 

「「機械に毛ははえねーっての」」

 

「あの、それってどういう───」

 

「出来たぞ〜」

 

『おお、これは素晴らしい!』

 

「では、東京観光しゅっぱーつ!」

 

「あんまし走んなよー」

 

 車椅子を押し、外へと出る千束の後を追うように律刃も立ち上がる。

 2人の背を見ながらたきなは問う。

 

「あの、今の千束と律刃さんの話って……」

 

「たきな行くよー!」

 

「あ、はい!」

 

 だが、聞こうにも千束の呼び掛けにより叶わなかった。

 その様子を見ながら、ミズカはミカへと尋ねる。

 

「言ってなかったの?」

 

「……2人に任せればいい」

 

「僕にも説明しろよ」

 

 千束の心臓が機械だということ。律刃の目、腕、足もそうだということを知っているのはミカ、ミズキ、当人たちだけだ。

 クルミは僅かに視線を険しくさせながらミカへと言うのだった。

 

 〇




律刃
今明かされる真実(特に隠してない)
絵は上手

千束
今明かされる真実(特に隠してない)
画伯

たきや
今明かされた真実×2
画伯


貴方たちの感想、評価がモチベとなります。


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13

どれだけ確認しても誤字脱字が出てしまう。それは何故なのだろうか?と思いながら初投稿です


『これは予想外でしたね』

 

「墨田区周辺は何本も川に囲まれてて、都心を水上バスで色んなところに渋滞を気にせず移動できるんです!」

 

 移動に水道バスを選択し、千束が松下と共に広がる街並みを見ている後ろで律刃は壁に背を預け、たきなはその横で周囲を警戒していた。

 

「……今のところ周囲に敵影はありません」

 

「狙撃手も今のところ5キロ圏内には見えねーな」

 

「……あの、律刃さん」

 

「なんだ?」

 

「……いえ、なんでもありません」

 

「そうか」

 

 たきなは抱いた疑問を問おうとしたが、途中で止めてしまう。聞くのが怖かったというのもあった。

 

 千束の心臓のこと。律刃の腕と目のことが。

 

『……やっぱり折れてしまってますね』

 

「折れてないのを見た事があるんですか?」

 

『いえ、東京に来るのは初めてで。娘と約束してたんです。……「一緒に見上げよう。首が痛くなるまで」って。あの世で土産話ができる』

 

「まだまだ始まったばかりですよ〜!」

 

 千束は言う。観光は始まったばかり。ならば、思う存分に見て回るとしよう。

 

 

 

 

「相変わらずすげー人」

 

「全然進みませんね……」

 

 仲見世通り、人混みの中で揉まれながら律刃は呟きたきなは言う。

 

「浅草での1番の観光スポットだからね。っとと……」

 

「よっと。大丈夫か?」

 

「うわっ、ちょ、だ、大丈夫だから!!」

 

「いいってことよ。たきなも人混みに流されるなよ」

 

「は、はい!」

 

 松下を囲うように動く3人。たたらを踏む千束の腰へと手を回しながら律刃はたきなへと声をかける。

 千束は顔を赤くしていたが、律刃はそれには気が付かず松下へ僅かに眉を伏せながら謝罪した。

 

「申し訳ありません松下さん。このように人混みの中を移動することになってしまい」

 

『いいですよ。こうして人が多いと観光をしている、と思えますからね』

 

「そう思っていただけるのなら幸いです」

 

 松下の言葉に淡く笑い、律刃は頭を軽く下げた。

 松下の言う通り、観光地だというのに人がいなければ寂しく感じられる。だからこその言葉なのだろう。

 

「じゃあ、次は五重塔にいきましょう!」

 

 そして、参拝を終え一同は場所を移動し近くでやってきたお祭りにも参加する。

 屋台ではこの前のリベンジとばかりに千束が射的で景品を獲得しまくり、阿波踊りを見たりもした。

 

 お面屋では千束が買ってきたひょっとこの面を松下につけて写真を撮り、ついでとばかりに律刃の分もと般若のお面を渡され軽く引き攣ったりしたのは余談だろう。

 

 

 

「これだけ動いても問題のない人工心臓とほぼラグのない動きを可能とする義手と義眼ねぇ……。DA技術開発局のサーバーを覗いてみたいな」

 

 ドローンから送信された映像を見つめ、クルミは感想を述べる。

 画面の中には激しい運動をして息一つ切れてない千束と、飴細工職人の動きを一目見ただけで完全にトレースした律刃が映っていた。

 

「覗いても無駄だよ。DAの技術じゃないんだ」

 

「フッ、やっぱりコレかぁ?」

 

 ミカの言葉にクルミは笑い、画面を拡大。千束の首から下げられたチャームが映し出される。

 

「噂のアラン機関」

 

「君には秘密は通じないか……」

 

「つまり、命と引き換えに世界への使命を与えられた……。2人の使命はなんだい?」

 

 その問いかけにミカは憮然とした様子で告げる。

 

「それは2人が決めることだ」

 

 

 

『あれが延空木ですね』

 

「11月には完成らしいです」

 

 再び水上バスへと乗った一行。その視線はたまたま見つけた新しい電波塔へと向かっていた。

 かつて電波塔事件で折れたものとは別に建造された新しい日本の平和の象徴だ。

 

『設計に知り合いが関わっているんです』

 

「ええ!? 凄い!」

 

『そう。彼は未来にすごいものを残している』

 

「じゃあ、完成したら見に来てくださいね! また、ご案内しますよ!!」

 

『…………ええ。またお願いします。君は素晴らしいガイドだからね』

 

 千束へと向き、松下は告げる。

 その言葉は頑張った千束にとって何よりのご褒美なのだろう。事実、はにかむように千束は笑っていた。

 

『今日は暑いですね。ちょっと、中で休ませてもらいます』

 

「なら、俺が運びますが宜しいですか?」

 

『ええ、お願いします律刃さん』

 

「これも仕事の一貫ですよ」

 

 車椅子のハンドルを握り、松下を室内へと運んでいく。

 2人の背中を見送り、たきなは椅子に座る千束へ自販機で買ったジュースを手渡した。

 

「どうぞ」

 

「ありがとー」

 

「喜んでもらえてるみたいですね」

 

「私、いいガイドだって! 才能あるかもー?」

 

「依頼者の警護が優先ですよ?」

 

「……そうだね。そうだった」

 

 千束は僅かに体の力を抜いて寛ぎ、そのようすをじっとたきなが見つめる。

 

「なになに? 私がどうかした?」

 

「……今朝のこと本当ですか?」

 

「ああ、胸の事ね。本当だよ。鼓動なくてビックリしたけど。凄いのよーコレ!」

 

「……律刃さんの腕と目は?」

 

「んー、それについては私の口からは言えないかなー。けど、普通に生身と変わんないくらい凄いからね律刃のは。触ってみればびっくりすると思うよ」

 

「……」

 

「ちょ、ちょ、ちょーい! いきなり何しようとしてんのさ!?」

 

「いえ、触って確かめてみようかと」

 

「だからって公衆の面前で乳を揉むな! というか触っていいって言ったのは律刃の腕ね!!」

 

「俺がどうした?」

 

「「わっ!?」」

 

 突然聞こえてきた声。千束とたきなは驚いて抱き合えば、自分たちを胡乱げな目で見てる律刃がそこには立っていた。

 

「って、律刃かぁ。驚かせないでよー。松下さんは?」

 

「自分のことはいいからお前らと話してくるといいだってさ」

 

 律刃はそう言い、近くの自販機で缶ジュースを買って封を開けて1口飲む。

 

「んで、俺がなんだって?」

 

「たきなが私の胸のことや律刃の腕と目のことが気になるんだってー」

 

「なんだそんな事か。ミカさんかミズキに聞いてなかったのか?」

 

「いえ、まったくなにも聞いてません」

 

「……まーた報連相が出来てないのかー。まぁ隠すようなことでもないか」

 

「お陰でたきなに乳を揉まれかけたよ」

 

 意地の悪い笑みを浮かべ、千束が言えばたきなは申し訳なさそうに眉を下げる。

 そのさまを見ながら律刃は景色を見ていると、とある存在に気がついた。

 

「……なんだアイツ」

 

 バイクがずっとこの船を尾けているのだ。そのまま律刃は観察を続けていれば。

 

『3人とも聞こえているか?』

 

 耳のインカムからクルミの声が聞こえてきた。3人は即座にインカムへと手を当て、律刃が問う。

 

「何だクルミ。あのバイクのことか?」

 

『なんだ分かっているのか?』

 

「尾いてきてることだけはな」

 

『なら話は早い。その尾行している奴だが正体が判明した。名前はジン。その静かな仕事ぶりからサイレント・ジンと呼ばれてるベテランの殺し屋だ』

 

「「「!」」」

 

 クルミからの報告に、素早く目配せを行い気を引きしめる。

 

「サイレント・ジンか。面倒なのが来たな……」

 

 リリベルにいた頃、データベースの中にその存在の名があった。実際に会ったことは無いが閲覧した記録から律刃は一筋縄では行かない相手と理解する。

 

「たきなは到着次第松下さんを頼む」

 

「了解しました」

 

「気をつけてねたきな。あと、できる限り松下さんには気づかれないように」

 

 たきなは松下を迎えに行き、たきながいない間も2人は情報を聞くことに専念をした。

 

『……サイレント』

 

『なんだ、知り合いがミカ?』

 

『15年前、警備会社で共に裏の仕事をしていた。私がリコリスの訓練教官にスカウトされる前だ』

 

『どんなやつだ?』

 

『"本物"だ。サイレント……その名の通り、確かに声を聞いたことは無いな』

 

 そして、水上バスから降りた3人は移動中も警戒を弛めることない。

 ミカの話では相手はベテランの殺し屋。油断などできようはずも無い。

 

『今はドローンとミズキが追跡中だ。……上から見えないな────あ』

 

「どうした?」

 

『ドローンを破壊された。オマケにミズキの追跡もバレてるみたいだな。予定変更だ』

 

『3人とも聞こえてるな。作戦変更だ』

 

『依頼人を避難させて1人が打って出るんだ。予備のドローンとミズキでジンを見つけ次第攻勢に出る』

 

『そっちが美術館に出るところで車を回すよ』

 

「わかった」

 

「了解、ジンは俺が相手をする。千束とたきなは松下さんを頼む」

 

「りょーかい」

 

『了解しました』

 

 律刃は2人に指示を出し、その場から離れようとする。

 

『どうされましたか?』

 

「少し野暮用ができたので俺はここを離れることになりました。最後までお付き合いができず申し訳ありません」

 

『いえいえ、こちらこそ。どうかお気をつけて』

 

「では、失礼します」

 

 松下に謝罪し、律刃は人混みの間を縫うように移動する。

 その背中を見送り、千束は胸元へ手を置き案じるように呟いた。

 

「…………気をつけてね律刃」

 

 

 

 

「ミカさん、装備は?」

 

『地点Cのロッカーだ。暗証番号は962』

 

「了解。場所はアソコか……遠いな」

 

 送られてきた座標を見て僅かに舌を打つ。しかし、文句を言っても仕方ないために足を動かした。

 

 目的地に到着し、律刃はロッカーの管理をしている端末に触れ暗証番号を入力。そうすれば自動的にロッカーの鍵が外れその扉を開く。

 ロッカーの中にはボストンバッグと長方形のケースが入っており、周囲を確認した後にそれらを手に取り近くの関係者以外立ち入り禁止の部屋へとはいれば中身を確認する。

 

 バッグの中には普段使っている投擲用のナイフの入ったホルスターに防弾仕様のスーツ。ケースの中には刀ではなく金属製の棒が入っていた。

 

 着ていた普通のスーツを脱ぎ、バッグの中のスーツへと着替えベルトへホルスターを取りつける。棒を手に取れば、ズシリとした重さを感じ何度か手首の動きで回転させた後に棒の両端部分を捻った。

 

 すると、丁度3等分するような長さの部分が外れ、1本の棒がワイヤーによって繋がれた三節棍へと姿を変える。

 

「……よりにもよって三節棍(これ)かぁ。使いにくいんだよなぁ」

 

 微妙な顔をしながらも三節棍を元の形にもどし、ケースへと納めればインカムからミカの声が入る。

 

『聞こえるか、律刃』

 

「なんですかミカさん?」

 

『ミズキと連絡が取れなくなった』

 

「ッ!」

 

『落ち着け、まだ死んだと決まったわけではない。恐らくジンは仕掛けてくる。たきなが依頼人を千束に任せたからそちらに合流するはずだ』

 

「了解、合流次第打って出ます」

 

 ケースを手に持ち、律刃は千束から貰っていた般若の仮面を付ける。




律刃
基本的に近接武器ならなんでも扱える。

千束
一応律刃から素手での格闘術も習ってはいる。

たきな
近接戦もできるようにしようか迷っている

貴方の感想や評価などがモチベとなります


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14

UA2万突破。加えてお気に入り400突破ですって。
誤字脱字の報告ありがとうございます。
それと、ようやく本編5話はこれで終わりです。律刃さんが少し本気を出すということで初投稿です。


「律刃さん!」

 

「ッ! ……たきなか」

 

 声の聞こえてきた方向へ視線を向ければ、腰のホルスターへと添えていた手を下ろし正体がたきなと気づいた律刃は警戒を解く。

 

「その手に持っているのは? それと、顔のは……」

 

「今回の武器だ。刀だと周囲の目があるからな。あとは身バレ防止だ」

 

 手に持った三節棍の入ったケースを揺らし、律刃が説明をすればインカムを小突いて通信を行う。

 

「たきなと合流した。ジンの居場所は?」

 

『屋内の監視カメラの映像を顔認証にかける。野外は予備のドローンを向かわせたから10分後に解析を始められる』

 

「ミズキさんは?」

 

『500メートル離れた場所で連絡がとだえたままだ。美術館の入口はデパートの通路側だから館内のカメラを確認する。2人は出口側に向かって目視で監視をしてくれ────ちょっと待て!』

 

「どうした?」

 

 クルミが突然声を貼り上げれば、律刃の問に弾んだで答えた。

 

『ミズキがジンに発信機をつけてた! 死んでもこっちに情報を残した!!』

 

「「オイ」」

 

 あまりにもあんまりな発言に律刃とたきなは同時に突っ込む。呆れ用にミカが注意した。

 

『まだ死んだと決まってはいないだろ』

 

『えーと、場所は……もう美術館に来ている』

 

「外ですか? 中ですか?」

 

『あ……』

 

「───ッ、たきな伏せろ!!」

 

「!!?」

 

 律刃の指示にたきなは反応し、身を低くさせる。律刃は彼女の前に出れば右腕で顔をガードし足の隙間へケースを置いた。

 次の瞬間、律刃の腕と腹、ケースに4発の弾丸が突き刺さる。

 

「ッ!!」

 

 だが、防弾性の高い材質のスーツは律刃の肉体の強靭さもあわさり弾丸は通ることはなく、ケースにも僅かに弾丸がめり込むだけとなる。

 

「たきな!」

 

「ハイッ!!」

 

 律刃の背後からたきなは銃を構え、引き金を引く。

 3発、発砲しジンに命中はするが奴の身につけていた外套は律刃同様に防弾性の高い材質であったためか、弾丸は全て弾かれ通路へと逃げ込んだ。

 

「追うぞ!」

 

「ハイッ!」

 

 2人はジンを追い、通路を上る。

 

「コートは防弾! 弾が効きません!!」

 

『そのまま千束たちから引き話せ。今はとにかく殺されないことが最優先だ』

 

「「了解!」」

 

 クルミの通信に返答し、ジンの背中へたきなが銃口を向けようとするが。

 

「っぶねぇ!!」

 

「キャッ!?」

 

 即座にたきなの首根っこをつかみ、近くの遮蔽物へと飛び込んだ。

 それと同時に壁の一角が削れ、弾痕が作られる。

 

「チッ! こっち見てねぇくせしてよく狙いやがる……」

 

「ケホッ……律刃さん!」

 

「悪い! けどすぐ追うぞ!」

 

 たきなの恨めしそうな視線を受けながらも、壁から飛び出てたきなが威嚇射撃を行いながら再び追跡を行う。

 

『扉を出て右に走っていった』

 

「おう! 俺が先に出る。援護任せた!」

 

「はい!」

 

 律刃はたきなに指示を出し、ケースから棒を取り出し屋上へと通じる扉を一気に蹴りあけた。

 

「……左、クリア」

 

「こっちも見えねぇ。油断はするな」

 

「……はい」

 

 足音を殺し、屋上を見渡す。人の気配はせずジンの所在をクルミに問う。

 

「やつは今どこにいる?」

 

『……15mの室外機のそばにいるぞ。……ちょっと待て』

 

「……なんだ、問題発生か?」

 

『可笑しい。なぜ1歩も動かない?』

 

「まさかッ!!」

 

 その報告に律刃がジンのいるであろう室外機へと駆け寄り、裏を覗き込めば先程までジンが来ていたはずのコートがパイプに掛けられており、発信機をがバレていたことを律刃は理解する。その後ろを着いてきていたたきなが直ぐにクルミへと連絡を入れる。

 

「クルミ!」

 

『分かっている! 今ドローンで索敵を……いた! 速いぞ!!』

 

「たきな!」

 

「了解!」

 

 やつの狙いは千束と共にいる松下だ。律刃とたきなは二手に分かれて追跡を開始する。

 

 

 〇

 

 

「みつけた!!」

 

 視線の先、建築途中の建物の足場に立つジンを見つけた。

 そして、やつの構えた銃口の先には千束と何かを話している松下の後ろ姿が。

 

「千束! 逃げて!!」

 

 たきなは叫び、ジンに向けて発砲しながら走り出す。

 弾丸はジンの持つ銃へと当たり、狙いのズレた弾丸は松下の車椅子のグリップ部へと当たる。それにようやく千束が狙われていことに気がついた。

 たきなはそのまま二射目を防ぐため、ジンへと体当たりを敢行。そのまま両者は工事現場へと落下していく。

 

「たきなぁぁあ!!!」

 

 千束の悲痛な叫びが響く。

 

「ぉぉぉぉおおお!!!」

 

「律刃さ───」

 

 そして、追いついた律刃が弾丸のように飛び降りればたきなの体を抱き、空中で体勢を入れ替えて自分をクッションとする為に背中を地面に向けて墜落した。

 大きな煙があがり、いくつもの鉄パイプの落下する音が響き渡る。

 

「グッ、ゥウ……無事、か、たきな?」

 

「うっ……えぇ、お陰様、で…………って、律刃さん!!?」

 

 たきなは律刃がクッションとなったおかげで無事だったが、律刃の方は無事ではなかった。

 彼の落下地点には丁度先端のとがった杭があり、ソレが律刃の横腹部分を引き裂いていたのだ。傷口からは血がこぼれ、律刃の顔は苦痛に歪み、額には脂汗がでていた。

 

「止血しなきゃ!!」

 

「俺は、いい! この程度で動けなくなるほどヤワじゃねぇ。とにかく今は逃げる、ぞ!!」

 

 即座にたきたは止血へと移ろうとするが、それを律刃が静止した。

 先の落下でたきなの銃はどこかへ消え、律刃の武器は近くには転がってはいるがこの傷ではいつものようには動けないだろう。

 近くにはうずくまっているジンが居り、たきなは律刃の言葉に不承不承ながらも頷けば、2人は走り出す。

 だが、それをジンは見逃すことはなくその背中へと狙いを定めた。

 

「チッ!」

 

 それをわかっていた律刃は右手に持った棒を振るい、自分たちにあたる弾丸を払い落とす。

 

「律刃さん!?」

 

「いってぇー!! 問題ないっ。早く、行くぞ!!」

 

「ッ、ハイ!」

 

 全部を捌けず、律刃の頬を弾丸が撫でればそこから赤い液体が垂れる。加えて足元にボタボタと血溜まりが作られた。

 悪態をつきながらもたきなに指示を出し、ジンからは距離をとるだとにかく走る。

 

「な、なんだ!?」

 

「大きな音が聞こえたぞ!」

 

「あんた怪我してんじゃねぇか! 救急車呼ばねぇと!」

 

「うわぁ! 銃持ってやがるぞ!!」

 

「け、警察呼べ!!」

 

 すると、現場にいた作業員たちが現れ負傷した律刃に声をかけようとするが、後ろにいたジンに気が付きパニックとなって逃げ始める。

 ジンは標的では無い彼らを無視し、障害である自分たち排除のためにその後を追う。

 

「チッ! しつけぇなアノ不健康ロン毛野郎!」

 

 ホルスターからナイフを引き抜き、手首のスナップでジンへと投げる。だが、それらは最小限の動きで躱されお返しとばかりに銃弾が放たれた。

 

「あぶねぇ!」

 

「キャッ!?」

 

 咄嗟にたきなを抱え、横へと飛ぶ。一瞬前までいた場所を弾丸が通り過ぎ律刃は舌を打つ。

 まだ余裕はあるが、明らかに動きが精細を欠いている。オマケに左手の手首に違和感があり、どうやら変な捻り方をしたらしく、少し動かせば鈍い痛みが感じられる。このままではジリ貧だ。

 

「こっの!!」

 

 近くにあった棚を殴りつける。その拳は容易く棚を破壊し、中にあったものを引きずり出した。

 それはなにかの粉が入った袋で、律刃はその袋を投擲する。しかし、ジンではなくそのすぐ近くにあった鉄骨に当たれば、袋は破け中の物が周囲にぶちまけられた。

 その粉の正体はセメントの粉で、空気に漂うそれは即席の煙幕となりジンの視界を潰した。

 

「千束! 松下さんを安全なとこへ運べ!」

 

『わかった! あんまり無茶しないでね!』

 

「わーてるよ! たきな、いくぞ!」

 

「はい!」

 

 千束へ連絡を送れば、2人は走り出す。

 視界が制限されていたとしても、所詮は目くらましだ。すぐに晴れてしまうだろう。

 

「あっ、ぐぅ……!」

 

「律刃さん!?」

 

 だが、数歩走っただけで律刃は横腹の痛みに呻き足をもつれさせてしまう。たきなは駆け寄り、彼の手を自分の肩へと回せば自分を杖のようにしてどうにか律刃を立たせて動き出す。

 

「悪い、たきな……」

 

「"命大事に"ですから!」

 

「ハハハ、そうかいよ……」

 

 たきなの言葉に律刃は笑みを零す。

 

 ───だが、背後からの発砲音が響き律刃の目に鮮血が宙へと舞うのが映った。

 

「あっ……つぅ!?」

 

 苦痛に顔を歪めるたきな。その肩は赤く染まり、彼女は体勢を崩し床へと倒れていく。

 

「たき、な──────」

 

 その瞬間、ガチリと律刃の右目の奥でナニカとナニカが嵌め込んだような音が響く。

 

 

『律刃、貴方だけでも生きて……』

 

 

 脳裏に過ぎる過去。

 

 

 

視界ガ赤ク染ル

 

 

 

「ガッ、アッ!?」

 

 気がついた時にはジンの体は宙を舞っていた。

 いくつもの壁をぶち抜き、地面を何度も転がりながらもなんとか体勢を整えて着地を成功させ、即座に視線を下手人へと向ける。

 

「チッ!!」

 

 律刃はジンへ蹴りを放った体勢のまま固まっており、ジンは銃口を律刃に向けて引き金を引いた。

 

「───、─────」

 

「な、に……!?」

 

 律刃の腕がぶれ、金属どうしのぶつかる音と彼の足元に転がる複数の弾丸。

 ジンは目の前の攻撃を疑った。弾丸を撃ち落とされたという現実離れした光景に。

 

「お前、一体なん───」

 

 最後までいい終えぬうちに、ジンの視界にはこちらに向けて棒を振りかぶる律刃の姿が映る。仮面越しにジンはその目と視線があった。

 

「チィッ!!」

 

 舌を打ち、咄嗟にバックステップで距離をとれば自分が先程までいた場所に棒が叩きつけられ、金属のひしゃげる音と床が大きく陥没する。

 

「化け物めッ!」

 

 悪態をつき、マガジンを交換。一定の距離を保ちながら連続して発砲。

 

「────」

 

 律刃は棒の両端を捻れば、三節棍へと姿を変えた武器を振るう。蛇のようにしなったそれは銃弾の軌道を阻むように移動し、金属音がぶつかる音を立ててあらぬ方向へ弾丸は飛んで行った。

 

 足を屈ませ、足全体が膨らみ足場がヒビ割れ自身の体を砲弾のように打ち出す。

 その速さは音を置き去りにし、ジンの懐へ飛び込めば驚愕に染まる奴の顔へと三節棍を叩き込んだ。

 

「ガッ……ハッアァ!!?」

 

 ミシミシと音を立ててジンの体が真横へと吹っ飛んでいく。だが、それだけでは終わらずに吹っ飛んでいくジンと並走した律刃はその顔面を掴んだかと思えば勢いよく床へ振り下ろす。

 

「ゲッボッ……アァッ!!」

 

 途轍もない轟音と金属製の床がかなりの深さまで陥没し、その中心には血反吐を吐くジンの姿と、瀕死の状態のジンを見つめる律刃の姿が。

 

 三節棍を棒へ姿を戻しゆっくりとその先端で床を叩けば石突部分から杭が飛び出る。律刃はジンの心臓へと切っ先の狙いを定め始めた。

 

「───死ネ」

 

 意思の感じれぬ声。そのまま凶器が振り下ろされようとした直後、

 

「駄目ぇぇえええええ!!!!」

 

「────ッ!」

 

 (千束)の声が聞こえ、腰へと衝撃が伝わる。振り下ろされた杭はその衝撃により僅かに狙いが逸れるとジンの脇の間に深く突き刺さった

 

「ち、さ、と…………?」

 

 壊れたブリキ人形のように首を動かせば、律刃の腰に抱きつく千束の姿が。

 

「殺しちゃダメ律刃!!」

 

「おれ、は……なに、を…………」

 

 視界がぼやけ、全身の力が抜けていく。

 

「律刃? ねぇ、どうしたの? 律刃……?」

 

「だい、じょ、うぶだ。少し、疲れただけだ……」

 

 律刃は何とかそう言うと同時に、倒れた。

 

 〇

 

 

 

 

「よかった……」

 

 ボロボロな姿のジンの横に倒れた律刃の首筋に指を当て、脈拍を図る。どうやら気絶しているだけのようだ。

 

「いっつ……ちさ、と。律刃さんは?」

 

「たきな! って、怪我してるじゃん!」

 

 たきながやってくるのが見えたが、肩と太ももから血を流すのを見て千束はすぐに彼女に駆け寄る。

 

「私は大丈夫です。それよりも律刃さんの応急処置を……。負傷しながらかなり激しい動きをしていましたから」

 

「本当!? って、マジじゃん! 律刃のバカ! そんな大怪我してんのに!!」

 

 たきなからの報告に千束は律刃の傷の具合を見て怒れば、即座に鞄から止血道具一式を取り出して律刃の応急処置へと取り掛かった。

 千束が治療を施しているのを見ながら、たきなは先程の律刃の様子を思い出す。

 

『────殺ス』

 

 たきなが負傷した瞬間、普段からは想像できないほどの感情のない声。そして、普段よりも遥かに出鱈目な身体能力を行使する姿。極めつけには。

 

「(あの()()()は?)」

 

 右目が鮮血のように赤く染まり、残光を伴いながらジンを蹂躙していった律刃。

 そのまま思考に没頭していれば。

 

『殺すんだ!』

 

 松下の声が聞こえた。考えることを中断させられたたきなはそちらに向ければ、そこには松下と疲労困憊な様子のみずきが居た。

 

『ソイツは私の家族の命を奪った男だ。殺してくれ!』

 

「……で、でも」

 

 律刃とはまた違った松下の豹変ぶりには流石にたきなも困惑は隠すことは出来ず、千束も彼の言葉にはたじろいでいた。

 

『本来なら、あの時私の手でやるべきだった。家族を殺された20年前に!』

 

『君の手で殺してくれ。君は()()()()()()()()の筈だ! 何のために命を貰ったんだ? その意味を考えるんだ!!』

 

「松下さん……」

 

 千束は律刃の治療の手を止め、立ち上がる。

 

「私はね、人の命は奪いたくないんだ……」

 

『……は?』

 

 千束は首から下げられたチャームを松下へ見せる。

 

「それにね、昔に律刃が言ってくれたんだ。『俺はお前の救世主だ』って……。だから、私は決めたの。リコリスだけど、誰かを助ける仕事をしたい」

 

「これをくれた人みたいにね」

 

『何を言って─────千束……』

 

『それでは……アラン機関が……君を、その命を───』

 

 松下が言い終えぬうちに、サイレンの音が響き渡る。

 

「あらら……面倒なことになる前に逃げちゃお。ほら、ほら!」

 

「あの、とりあえず場所を変えて1度落ち着い……あ、あれ? 松下さん? ……あれ、松下さん!」

 

 ミズキが急かし、千束が慌てたように松下へと話かける。

 だが、その声に反応を示さず無言を貫く松下。それを示すかのように機器のモニターは暗転していた。

 

 

 〇

 

 

「…………ここ、は?」

 

 ゆっくりと瞼が上がれば、ぼやけた視界が段々とクリアになっていけば視界全体には自分を心配そうに覗き込む千束の顔が映る。

 

「あ、律刃! みんな! 律刃が目を覚ましたよ!!」

 

「おれ、は。────ッ、そうだ! 殺し屋、依頼は……イッヅゥ〜!!?」

 

「あー、ほらあんまり動かない! ちょうどその話をしてたところだよ!」

 

 どうやら自分はミズキの運転する車の中におり、千束とたきなの間に座らされているようだ。

 

「起きたか律刃。傷の具合は?」

 

「ミカさん……えー、と多分平気です。すぐ、治ると思うんで。誰が治療を?」

 

 律刃は包帯の巻かれた傷口を撫でる。

 

「千束がやってくれましたよ」

 

「そう、か……悪いな、千束。たきなも無事でよかったよ」

 

「いーってことよ。あんまり無茶しないでよー?」

 

「律刃さんのお陰で軽傷で済みました」

 

「あぁ……なら、よかった」

 

 シートに身を預け、ゆっくりと息を吐く。

 

「んで、話は戻すけどクリーナーからきた連絡だけどね。指紋から身元が判明、先々週に病棟から消えた薬物中毒の末期患者だって。……もう自分で動いたり喋ったり出来ないらしいわよ?」

 

「そんなぁ! みんなで喋ってたじゃない!」

 

『ネット経由で第三者が千束たちと話してたんだよ。ゴーグルのカメラに車椅子はリモート操作で、音声はスピーカーだよ』

 

「松下さんは存在しない……?」

 

「え、じゃあ誰が殺させようとしたの? 何のために……!?」

 

 千束は困惑を隠せずに言う。

 律刃はぼんやりとその話を聞きながら、懐から飴を取り出しゆっくりと口へと運んだ。そして、視線はなにかに気づいた様子のミカの顔が映るガラスに向けながら…………

 

 

 

 〇

 

 

 

「…………あの2人を使う計画を進めてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 とあるオフィスの中、PCに表示された写真を見る男は近くにいた秘書へと指示を送る。

 

「やはり、君だったのか……」

 

 PCに映る千束、たきな、律刃の3人の写真を見ながら男、吉松シンジのその手には古くなった写真が握られていた。

 律刃とよく似た幼い2人の少年の映る写真を感慨深く撫で、シンジは呟く。

 

「君はどう足掻こうとも、運命からは逃れることは出来ないよ。リッパー……」

 

 

 〇

 

 

「あんまり無茶しないでよねー。心配したんだからー」

 

「……分かったからそろそろ離れろって」

 

 セーフルームのリビング、ソファに寝そべる律刃の上に同じように寝そべる千束。その耳は律刃の胸に当てられており、どこか律刃の顔は面倒くさそうであった。

 

「……律刃の心臓はうるさいね〜」

 

「心臓だからな。楽しいか?」

 

「……んー、なんていうかこの鼓動を聞いてると眠くなるんだよねー」

 

「俺の心臓は子守唄かっての……」

 

 ドクン、ドクンと一定の鼓動を刻み、生きてるということを教えてくれる証。

 千束にとって、ずっと身近に聞いてきた音。不安なことがあればこの音を聞けば何故だか安心させてくれる。

 

「……居なくならないでよね律刃」

 

「なんか言ったか?」

 

「なんでもなーい! お休み〜」

 

「……人の体をベッドにすんじゃないよこの子は」

 

 そう言っても、律刃は千束を退かすことはなく彼女の背へ手を置いてゆっくりと叩く。

 

「お休み千束」

 

 律刃はそう言い、目を閉じる。今日は酷く疲れた。暫くはゆっくりさせてもらうとしよう。




律刃
頑丈とはいえ、高所からの落下での衝撃と先端の尖ったものはダメージが通る模様。
千束のベットになるし、心臓が彼女専用のASMRになってる。
三節棍はやっぱり使いにくいと思いましたマル。

千束
律刃がボロボロですごく不安になった。
彼の心臓の音がお気に入りのASMR。

たきな
律刃にたすけてもらったけど、少し怖かった。

ミズキ
気絶した律刃を車に運んだ。死ぬほど疲れたしめちゃくちゃ重かった。今回のMVP

ミカ
今回の犯人に目星が着いてる。

クルミ
律刃の動きに驚いてる。

ジン
律刃にボコボコにされたけど命に別状はない。別状は無いが全治数ヶ月の大怪我を負っているが、律刃には悪感情はない。殺しているんだ、殺されもするだろうさの仕事人。今回は命は助かったので儲け。


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15

アニメ本編が凄いですね。一体どうなるのか気になって夜しか寝れません。てな感じで初投稿です。
短めです。

評価をつける際に一言欄をなしにしていたのですが、無言低評価が割とメンタルに来るので今回の話か機能をオンにさせてもらいましたことをご理解お願い致します。てなわけで本編どうぞ


「ハァ、ハァ……ッグゥ……!」

 

 薄暗い路地裏を走る。逃げなければ。逃げて逃げてとにかく逃げなければ。

 

「クソッ、クソッ、クソッ、クソッ! なんなんだよアイツ!!」

 

 少女は走るのは辞めず、悪態をつく。少女はリコリスだ。いつものように悪人を極秘裏に処理をする簡単な任務のはずだった。

 だが、今はベージュ色の白い制服と肌のあちこちに切り傷や擦り傷で薄汚れ、極めつけには脇腹にある大きな裂傷だ。

 手で押えてはいるが、指と指の隙間からは血液が零れていき、足元には点々と血の跡を作っている。

 

「おいおいおい、そんなに愉快にケツ振って誘ってんのかぁ〜?」

 

「クソッ、もう追いついてきた……!」

 

 背後から聞こえてくる声。忌々しい雑音にリコリスは顔を恐怖にゆがめ、どうにかして歩き出す。しかし──

 

「はい、残念」

 

「なっ……アグッ!?」

 

 鈍い音。そして体内から聞こえてくる何かの折れる音と吹き飛んでいき、路地裏に放置されていた段ボールやゴミ箱を巻き込んでボールのように汚い地面を転がっていくリコリス。

 

「ゴボッ、ゲホッ…………!!」

 

 喉奥からせり上がってくるモノを吐き出し、リコリスは自分をこうした存在を地べたに這いつくばりながら睨みつける。

 

「おーおー、死にかけてんのにいい目付きだァ」

 

 男は目深に被るフードのせいで顔は見えないが、僅かに見える口元は加虐的な感情に歪み、耳元まで裂けているかのような錯覚を覚えた。

 

「この、クソ野郎……」

 

「おいおい、人聞き悪ぃなぁ。俺の方が殺されかけてんのにセートーボーエーってやつだよ。分かる? 分かんねぇか!」

 

 ゲタゲタと笑い、男はユラリと手に持ったソレを空高く掲げる。

 ソレは斧だった。斧と言っても、木こりやキャンプに使われるような手頃なサイズのものでは無い。柄の部分で男の身長近くまであり、加えて斧頭部分も刃は肉厚で如何にも重そうだ。

 その戦斧を男は断頭台のごとく、緩やかに宙へと掲げ鈍い輝きが刃を照らす。

 

「んじゃ、相方がいうにはバランスのためだから死んでくれや」

 

 路地裏に風が吹く。

 

「な──────」

 

 フードが外れ、顕になった男の顔を見てリコリスは絶句した。

 

「何で、貴方(・・)がッ…………!!?」

 

「──────」

 

 

 ザンッ

 

 

 男、フェイカーはその瞳に苛立ちの色を滲ませ斧に付着した血糊を払う。

 

「チッ、人違いだっての」

 

 外れたフードを被り直し、フェイカーは足元に転がるソレを跨いで路地の奥へと進む。

 

「待っていろリッパー。貴様を殺し、俺が贋作(フェイカー)などという烙印を間違いであると証明してやる」

 

 もう一度風が舞えば、そこには何もおらず空虚な風の音だけが響くだけだった。

 

 〇

 

 

『え、リコリスが?』

 

「ええ。5人のうち4人が単独任務中に複数人で襲われた模様です』

 

『最後の1人は?』

 

「単独犯だそうです。死因はなにか大きな刃物による斬首……とのことです」

 

『うへぇ、悪趣味……。なんで特定されてんだー?』

 

「わかりません。例のラジアータのハッキングと関連があるのかも……。ああ、あと───」

 

 たきなは通話中のスマホを片手に道を歩く。もう片方の手には生活品の入ったキャリーケースが握られていた。

 

 ───しばらく単独行動は控えなさいよ。それと、今月の健診、昨日よ──

 

「と、担当の山岸先生が」

 

『あー……そうだった』

 

「行かなかったんですね……。律刃さんは何も言わなかったのですか?」

 

『いやー、だってぇ……律刃に行ったって嘘ついてお菓子食べまくってたなんて言えないし

 

「何か言いました?」

 

『いや、なにもー!?』

 

「? まぁ、とにかく。早速、今日から常にペアで行動しようと思います」

 

『? いや、ペアって毎日お店で一緒じゃ……』

 

 インターホンを鳴らし、しばらくして扉が開かれる。するとそこには、サイズのあっていないシャツを羽織りスマホを耳に当てて呆気に取られた様子の千束がいた。

 

「夜は交代で睡眠をとりましょう」

 

「へ?」

 

「安全が確保されるまで、24時間一緒にいます!」

 

「うちに泊まんの〜!?」

 

 心底嬉しそうにいう千束なのであった。

 

 

「……プロの部屋だ」

 

 とりあえず室内にあがり、内装を見たたきなはそんな感想を漏らす。私物どころか家具ひとつない部屋は、映画などで見る正しく仕事人の部屋。

 と思ったのだが、

 

「あ、そっちじゃないよ〜。こっち〜」

 

 千束はそういい、部屋の奥へ進んで壁紙を押すと、忍者屋敷のようにその壁が回転して下へと続く小部屋が現れる。

 

「え、えぇ〜……」

 

 想像の斜め上を行った出来事に言葉を失うたきなだが、直ぐに持ち直してハシゴをおりていく千束に続きてハシゴをおり、先に進めば先程の部屋とはうって違う非常に生活感溢れる空間が拡がっていた。具体的には机の上にある大量のお菓子やアイスの空箱が。

 

「その辺座って〜。アイスコーヒーで良いでしょ? そういえば足の怪我平気?」

 

「ええ……」

 

「よかったー」

 

「なんなんですかコレ(・・)

 

「長く仕事してると色々あるのよ〜。これはセーフハウス1号! 他に4つあるんだ〜」

 

「……セーフハウス?」

 

「そ!」

 

 たきなはぐるりと見渡す。すると、壁にかけて合ったソレに気づく。ゴワゴワとした毛皮、つぶらな瞳、鋭い歯、丸い耳の今にも動き出しそうなクマの頭の剥製が。

 

「……クマの剥製ホントにあるんだ」

 

 以前律刃の言っていた(具体的には第4話)クマの剥製がそこにはあった。そこまで思って、違和感を覚える。

 確か、彼はこういっていた筈だ。

 

俺の家(・・・)にクマの頭の剥製あるし』

 

 そう、そうだ。彼は自分の家にあると言っていたのだ。それが何故、千束の部屋に────

 

「おい千束、勝手に俺のシャツ着るなって言ってんだろ!」

 

 そんな怒声とともに、恐らく脱衣所らしき場所に続く扉が開かれ、下半身にタオルを巻き惜しげも無く裸体を晒す律刃が出てきた。

 

「なっ……!?」

 

 髪の毛は湿っており、ついさっきまでシャワーを浴びていたのだろう律刃はその顔を憤怒に染めており、千束を探すために部屋の中を見渡していれば、ようやく異変に気がついた。

 

「……あれ、何でたきながいんだ?」

 

「ほぁあ……」

 

 大事な部分はタオルで隠れてはいる。隠れてはいるのだが、それ以外の部分がモロだしである。具体的には首筋から肩にかけてのライン。鎖骨の形。引き締まった体躯。水滴に濡れる胸筋。見事に割れたシックスパック!! 

 前に千束はたきなに言っていた。

 

『律刃はね。脱ぐとすっごいぞ〜……』

 

 たしかに凄い。言葉では言い表せないほど、なんというかこう、凄い。

 筋肉がついていることは知っていた。というか何度か抱き抱えられた時に伝わる感触で理解はしていた。しかし、それは服越しであったのだ。改めてこの目で見て理解する。

 筋肉の付き方がテレビなとで出てくるボディビルダーのような魅せる筋肉ではなく、どこまでも動きやすく、しなやかに、強靭に、細く、高密度な戦闘に特化した筋肉なのだ。

 何だこの芸術作品のような肉体は。けしからんぞコノヤロウ。

 

「あの、たきなさん?」

 

「ふむ……なるほど」

 

「いや、なにが……?」

 

 胸筋は割と弾力があるらしい。腹筋はカチカチであった。

 まるで品評家が作品を見るかの如く、たきなは目の前の芸術(律刃の肉体)を観察を続ける。

 

「何してんの律刃さん……」

 

「それは俺が聞きたい……」

 

 なにか奇妙なものを見るかのような千束と、困惑を隠せない律刃、気づかないで1人筋肉を見るたきなというカオスな光景が出来上がっていた。




律刃
脱いだら凄いやつ。細マッチョ

千束
律刃のシャツを勝手に着ていた。彼シャツと言ってはいけない。律刃が脱いだらすごいのを知っている。

たきな
筋肉(マッスル)ってすごい・・・・。でもなんで千束と一緒に律刃さんが?オマケになぜシャワーを?疑問が尽きない様子。


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16

台風が凄いらしいですね。自分の住んでるところは台風のせいで温度がえぐいかんじになっててきついです。となりながらの初投稿です。
すぐ消えましたが、またランキングに乗りました〜。今度は20位でしたよやりました。感想や評価、誤字脱字ご報告ありがとうございます。励みになります。
てなわけで本編どうぞ。真島たちとドンパチやり合うのは次だと思います。


「なるほど。そんな事がなぁ……」

 

 半裸から『万夫不当』というプリントのされたシャツに下は短パンという簡素な服に着替え、律刃は椅子に座れば珈琲を啜りながら呟く。

 

「ええ。安全が確認されるまでは千束とペアで寝食を共にすることになりました」

 

 彼と対面する形で椅子に座るたきなはそんな言葉に頷いた。その手元にはアイスコーヒーとお茶菓子として出されたクッキーが。

 

「ヒィン〜……」

 

 そして、すぐそばに頭に大きなたんこぶを作り首から『私は律刃に嘘ついて検診に行かなかった悪い子です』という看板を下げ、床に正座させられている半泣きの千束。

 

 そんな千束をなんとも言えない目で見ながらも、たきなは疑問に思っていたことを聞くことする。

 

「ところで、なぜ律刃さんが千束の家に?」

 

「言ってなかったか? 俺とコイツ、同棲してんだよ」

 

「どう、せい…………?」

 

 たきなは思う。同棲とはつまりあれか? ひとつ屋根の下男女が過ごしてるという。ふむ、つまり……

 

「おふたりはそういう関係と……?」

 

「「え?」」

 

 ハモる2人。たきなの言ったことが飲み込めず、首を傾げてその意味を考えて生き漸く合点がいったのか、ほぼ同時に2人は顔を朱に染めて叫ぶ。

 

「ちゃ、ちゃちゃ……ちゃうわ! どうやったらこいつとそんな関係に至るんだよ!?」

 

「そうだよ! なんでそう考えたのかなたきな!? 別にまだそこまでいってからね! せいぜい一夜を共にしたくらいで……」

 

「え、したんですか?」

 

「このおバカ!」

 

「あいたぁ! 叩かなくてもいいじゃん!? というか、本当のことでしょ!? あと、変な意味じゃないし!!」

 

「本当のことだとしても言い方があるでしょうが! ……いや、そもそも変な意味はなくてもどうなんだ?」

 

「ちょっと、急に冷静になるのやめてくんない!?」

 

 たきなは神妙な顔つきで考え込む律刃に突っ込む千束の2人を見ながら、持ってきた荷物の荷解きを始める。

 

「ちょ、ほんと違うんだってたきな! ねぇ律刃も何か言ってよ!」

 

「ちょっと待て、今色々と考えてるから……」

 

「もぉぉお!! 肝心な時に役立たないんだけどぉ!」

 

 千束は頭を抱えはじめ、混沌とした室内でたきなは平和だなーと思うのだった。

 

 

「共同生活を送る上で、公平な家事分担を行います」

 

「つまんなーい。というか律刃のが見えないよー?」

 

「つ、つまらない……? ンンッ、律刃さんは以前の仕事で片手を負傷したままですからね。悪化してはいけません」

 

「ハハハ、悪いな。医者からは暫く安静にしとけって言われたんだわ」

 

「本来なら入院していてもおかしくない大怪我のはずなのですがね」

 

 前回の護衛依頼で律刃はたきなを庇って脇腹と手首を負傷した。脇腹の傷はかなり深いところまで行っているのだが、優れた身体機能に負けず劣らずの治癒能力で普通に過ごす分くらいには回復はしている。

 問題なのは左手首の方で、どうやら捻った時に洒落にならないダメージが筋に与えられたので、激しい動きをしたら使い物にならなくなると医師からきつく言われているのだ。

 

「まぁ、あと数日もすりゃ治るから問題ねぇよ」

 

「ならいいけどさぁ。……やっぱりコレつまんないよー」

 

 一日おきに交代する家事分担のスケジュール。ブーたれるズボラな千束と違い、しっかり者のたきなからしたら困ってしまう。

 

 ちなみに、いつもは炊事洗濯掃除は基本的に律刃が行ってたりするのはどうでもいい事だろう。

 

「むぅ……では、じゃんけんとかが、いいですか?」

 

「いいねぇ……それいいね、じゃんけん!」

 

「いや、たきな千束相手にそれはあくry「はーい、おくちちゃくー」ムグッ!?」

 

 余計なことを言いそうになった律刃の口に皿に盛られていた大量のクッキーをねじ込み黙らせる。

 律刃は恨めしげに見ながらも、口の中のクッキーを処理することに専念しはじめた。

 たきなはそれに首を傾げるが、特に問題ないと思って手を構えて千束と向き合う。

 

「? それでは行きますよ」

 

「よーし、やるよー!」

 

「「さいしょはグー! じゃんけん────」」

 

 

 

「なん……ですって…………」

 

 スケジュールにかかれたたきなの名前。その中にはひとつも千束の名はなく、物の見事に全敗したことを物語っていた。

 たきなの背中はなんとも哀愁が漂っており、漸くクッキーを食べ終えた律刃は乾いた口内を珈琲で湿らせながらほら見た事か、と千束に突っ込む。

 

「少しは手心ってもんがないのか?」

 

「フッ、勝負というのは弱肉強食なのだよ律刃くぅん」

 

 少なくともズルするのは反則ではなかろうか? 律刃はそう思いながら最後のクッキーを食べる千束をジト目で見た。

 

 

 

 

「おはよう、労働者諸君!」

 

「はよーっす」

 

「おはようございます」

 

 リコリコの扉を開き、千束、律刃、たきなの順で中へと入る。

 

「聞いたよ〜。偉いことになってるわねー」

 

「あー、私らDAじゃないから大丈夫だよ」

 

「可能性はゼロじゃありません」

 

「だな。石橋は叩いて渡れとも言うし警戒するに越したことはねぇさ」

 

 千束のお気楽な言葉に2人が咎め、千束が更衣室に入ろうとしたところでミカが誰かと連絡をとっていることに気がついた。

 

「次の被害を防ぐためにはなると思うが……。ああ、そうか。わかった」

 

「楠木さん?」

 

「司令は情報をくれそうですか?」

 

「極秘だとさ」

 

「相変わらずDA様は秘密が多いことで……」

 

「情報の共有は大事だってのにアホか。それで不備があったら世話ねぇな」

 

 ミカが肩を竦めてスマホを懐に仕舞えば、その困った顔を見て千束と律刃の2人はDAの頭の硬さに呆れを隠そうともしない。

 その会話を聞いていたクルミは座敷で寛ぎながらいれば。

 

「勝手に覗いちゃうからっ、よ〜」

 

 そう言い、PCのある押し入れへゴロゴロと転がっていくのだった。

 

 

 

 

「……うーむ、やることねぇな」

 

 手首を負傷しており、厨房の仕事ができない律刃は手持ち無沙汰になっていた。

 仕方なく接客をやろうとしたのだが、

 

『律刃さんは怪我人なんですからゆっくりしていてください』

 

『これくらいなら問題ない。今日くらいのんびりしておくといい』

 

『あー、別にいいわよ。あんた無理するなって医者に言われてんでしょ?』

 

 物の見事に言われてしまい、律刃は裏に回り掃除をしていた。していたのだが、常日頃から清潔に保っているのですぐに掃除は終えてしまいやることが無くなってしまった。

 

「ありゃ、律刃暇そうだね〜」

 

「千束か。そうなんだよやることねぇんだよなー」

 

「ならゲームしよう! クルミも暇してたし」

 

「……そういやクルミに連敗中だったな」

 

「リベンジ、いっちゃう?」

 

「いっちまうか」

 

「「よし、やろう」」

 

 サムズアップする2人。ということで同盟を組んで打倒クルミを行うこととなった。なったのだが。

 

「ほい、じゃあこれもーらい」

 

「あぁ! そのタイル持ってくなよー」

 

「あっれぇ? 気がついたら持ちタイルがゴミなのしかねぇぞ……」

 

 割と劣勢になっていた。おかしいな。序盤は優勢だったのに……

 

「調査するんじゃなかったのアンタら? 律刃はともかくとして……」

 

「情報をダウンロードして後でゆっくり調べるんだよ」

 

 ミズキがそのように言えば、クルミの発言に頬を引き攣らせる。

 

「アンタ、DAをハッキングしてんの……!?」

 

「流石はクルミさん、やばいねぇ?」

 

「ついでに楠木の突っ込まれたらやべー情報も抜いちまえ。いざって時に脅してやろう」

 

「お、いいねそれ〜」

 

「ふっ、ちょろいね」

 

 あくどい笑みを浮かべる律刃。あの憎たらしい奴には一泡吹かせるのに千束は同意する。

 

「ハグッ、ハグッ!! たきなおかわり〜!」

 

「……むぅ」

 

 すると、餡蜜を口の中へとかき込んだクルミがたまたま廊下を通りかかったたきなにオカワリを要求したのだった。

 

「あ、そういや千束、たきな。仕事終わったら買い物付き合ってくれ」

 

「はい律刃せんせー! お菓子はどれくらいまでいいですか?」

 

「1000円までな」

 

「やたー!」

 

「買い物ですか?」

 

「おう。お買い物」

 

 首を傾げるたきなに律刃は言い、手元に置いていた羊羹を頬張った。

 

 

 〇

 

 

「悪いな、冷蔵庫の中身が少なかったんだ」

 

「律刃沢山食べるもんね〜」

 

「そういう事でしたか」

 

 スーパーの中を歩く3人。律刃の説明にたきなは合点がいき、千束は笑う。

 元々大食漢の律刃の為に大量に食料などを買い込んではいたのだが、ココ最近のゴタゴタにたきなが泊まりに来たことも含めて暫く過ごすには貯蓄していた食料が心許なかった。そのため、他の日用品含めて補充のためこうしてスーパーへと足を運んできた。

 

「では律刃さん、何を買うのでしょうか?」

 

「そうだな。今日は特売日だから肉類と野菜、魚は確保だな。あと卵も安い。おひとり様2つまでだからたきな含めて6個は手に入るぞ。

 他には洗剤とかトイレットペーパーもだ」

 

 細かいのはチラシに丸つけてるからそれを見てくれ、律刃に渡されたチラシをたきなが受け取り目を通す。

 

「……かなりの量ですね」

 

「いつもなら俺一人でも良かったんだがこの通り左手は使えねぇからな。んで、ちょうどいい所にってわけだ」

 

「なるほど。そういうわけでしたか」

 

「フッ、私を荷物持ちに使うたぁ高くつくぜ?」

 

「そのためにお菓子は1000円までOKしただろ」

 

 千束のセリフに律刃は肩をすくめる。

 

「あぁ、たきな。千束が余計なもん入れようとしたら容赦なく引っぱたいていいからな」

 

「ちゃんと予算内に納めますぅ!」

 

「そういってこの前千円以上オーバーしてただろおバカ」

 

「ブー! 贔屓だ贔屓〜!」

 

「贔屓じゃありません〜。普段の信用の差です〜!」

 

 まるで駄々をこねる子供のような千束に、父親のように怒る律刃の姿は完全に親子その物である。たきなが呆れたのも無理はなかった。

 

 

 

「律刃さん、お肉確保しました」

 

「おう、ありがとう」

 

「律刃さん、次は鮭の切り身です」

 

「了解」

 

「律刃さん、玉ねぎはこれでいいですか?」

 

「……ああ。確かにこれの方がぎっしり詰まってるな。たきな、目利きの才能あるじゃないか」

 

「恐縮です」

 

「…………」

 

 次々と食材をカートの中に入れていく律刃とたきな。その様を静かに見ていた千束はそろりと姿を消せば、どこからともなく回収してきたお菓子の袋をそーっとカートに入れようとして。

 

「千束」

 

「……なぬ!?」

 

 後ろに目をついてるかのように千束を察知した律刃が窘める。千束は即座に撤退していき、今度は別のものをカートに入れようとすれば。

 

「千束、予算オーバーです」

 

「た、たきな!?」

 

 たきなが割って入り、千束は手に持ったアイス(ガリ〇リ君コーラ味&ソーダ味)とシュークリームを回収してしまう。

 

「ならばこれこそ……!」

 

「千束、ダメだぞ?」

 

「でも律刃、これ新しい玩具着いてくるよ?」

 

「…………仕方ないか」

 

「律刃さん!?」

 

「いや、だってたきな。この玩具の曲線がいいんだよ曲線が……」

 

「経費で玩具を買おうとしないでください!」

 

「「そんな殺生な、たきなママ!」」

 

「誰がママですか!」

 

 勝手に買おうとする律刃と千束を窘めるたきな。その姿は完全に妻に尻に敷かれる夫に見えたのは気のせいではないだろう。

 

 

 

「律刃さん、味見をお願いできますか?」

 

「おう、構わねぇよ…………んー、ちょっと味付けが薄いな。醤油を小さじ2杯ほど入れてみてくれ」

 

「分かりました。調味料はどこに?」

 

「右から二番目の棚だな。そう、そこ」

 

 たきなが晩御飯を作っている間、千束と共に映画を見ていた律刃は飲み物を取りにキッチンにくればたきなに味見を頼まれた。

 小皿を受けとり、アドバイスを行えば指示通りに料理に手を加えるたきなを見ながら律刃は冷蔵庫から瓶のコーラを取り出しせば、上部分を指で弾けば綺麗に吹き飛び、よく冷えたそれを飲む。

 

 そして、千束もキッチンの中へと来たのだが。

 

「……ねぇ、たきな」

 

「なんですか、千束」

 

「私も味見できるよ?」

 

「……千束は抽象的すぎて参考にならないんですよ」

 

 たきなが不服そうな千束と言えば、心外だとばかりに唇をとがらせる。

 

「うっそだぁ! 私のグルメっぷりをなめたらいけないよー?」

 

「……」

 

 たきなは無言で千束へ小皿を渡す。

 

「……ふむふむ、こうぶわーっとしてジューって感じだね!」

 

「律刃さん」

 

「砂糖を小さじ半分くらいいれてくれ」

 

「わかりました」

 

「あっれぇ?」

 

 千束の余りにも酷いボキャ貧にたきなはそっと千束に頼るのを辞めた。律刃は首を傾げる千束に呆れたように半分残ったコーラを一気に流し込んだ。

 

 その後もたきなに適宜アドバイスを行ったのだが、何故か不機嫌になる千束に律刃は訳が分からずたきなに助けを求めるのだが、それが余計に機嫌を損ねてしまったのはどうでもいい事だろう。

 

「「ご馳走様でした」」

 

「お粗末さまでした」

 

「いやー、食べた食べた! 律刃以外の人が作るご飯も久しぶりだな〜」

 

「他人が作る飯を食うのもたまにはいいな」

 

「……普段、律刃さんの作ってくれるものに比べたら烏滸がましい出来だと思いますが、喜んでくれたなら幸いです」

 

「ハハハ、謙遜するなって。充分美味かったよ。たきなは将来いい嫁さんになると思うぜ?」

 

「えっと、ありがとうございます」

 

 律刃の褒め言葉にたきなは頬を僅かに朱に染める。その様子に千束は再びご機嫌ナナメになってしまう。

 

「むー、私だって料理くらいできるし〜!」

 

「はいはい。なら、今度は千束も一緒にやりますか?」

 

「……やる!」

 

 ということで、今度は2人でご飯を作ることになる、

 たきなが食後の珈琲を持ってきたところで、千束のスマホにアラートが鳴り響くと同時、律刃は近くに立てかけていた軟質素材のバットを手に取る。

 

「おー、チンピラがまたきた。律刃〜」

 

「おう、準備できてるぞ〜」

 

「え? どうしたんですか……?」

 

 どっこらせ、と重たい腰を上げて立ち上がった2人にたきなが状況が呑み込めてない様子で尋ねる。

 

「「野暮用」」

 

 困惑する彼女に2人が言えば、上の部屋の隠し扉をゆっくりと開けて闖入者を伺った。

 

「おー、いるいる」

 

「数は2人か」

 

 何も無いダミーの部屋をうろつく2人のチンピラAB。確認した律刃は千束に問いかけた。

 

「どうする?」

 

「そうだねー。私は手前のやるから律刃は奥の宜しく♪」

 

「OK」

 

 顔を合わせて2人はニヤリと笑えば、

 

「うぎゃあぁぁぁあ!!」

 

「ヒィ!? 何だこの化け物!!」

 

「ほらほら、逃げないと死んじゃうぞ〜!」

 

「わるいごはいねが〜!」

 

 拳銃を持った千束が1人を追いかけ回し、もう1人をナマハゲのお面をつけた律刃がバットを振り回してチンピラたちのケツを引っぱたく。

 

「なんでナマハゲがいんだよ!? ──スパ-ン! ──いてぇ!!」

 

「そんなの知るか! コイツらいかれてる!! ──スパ-ン! ──ぉごぉ!?」

 

「律刃〜、そっち任せた〜」

 

「わるいごみっけたー!」

 

「!?」

 

 こっちにやってきたチンピラAの顔面にバットをフルスイング。いくらやわかい素材でも、人間離れした膂力で放たれれば面白いくらいに一回転をすれば後頭部から床に墜落した。

 更に、倒れたチンピラAの襟首を掴めば、窓辺にいたチンピラBに向けてチンピラAを投擲する。

 

「グハァ!!?」

 

 直撃したチンピラABは窓を突破って落下する。ちょうど落下地点にはゴミ捨て場があったのでゴミ袋がいいクッションとなってチンピラ2人を受け止めた。

 

「「…………」」

 

 ゴミ捨て場でもがいてるチンピラを無言で睨み付ければ、すっかり怯えきった連中はしっぽを巻いて逃げていく。

 

「フン!」

 

「アビャ!?」

 

 その背を見送りながら律刃は手に持ったバットを投げつける。綺麗に後頭部にクリーンヒットし汚い悲鳴を上げれば、鼻を鳴らして部屋へと戻る。

 

「また窓注文しなきゃ〜」

 

「ったく、タダじゃねぇんだぞ」

 

「……この為のセーフハウスでしたか」

 

 一連の流れを見ていたたきなに千束を肩を竦めて言う。

 

「ああいうチンピラならいいんだけどね〜。昔はリリベル(・・・・)も来てたから」

 

「フン、あんのクソどもまた来たら半殺しにゃ済まさねぇ」

 

「……リリベル?」

 

 千束のいった聞きなれない名前にたきなが首を傾げる。

 

「律刃ってばあの子たち来た時ガチギレしてたもんねー。古巣を1人で半壊させてきた時は笑ったよ」

 

「……え?」

 

 また新しい情報が来た。しかも割とデカめのやつが。

 

「あ、あの律刃さん。リリベルって? それに古巣って……?」

 

「ん、言ってなかった? 律刃ってリリベルなの。そしてリリベルっていうのは男の子版リコリスね」

 

「せ、説明を求めます律刃さん!!」

 

「おう!? わかったから落ち着けって! する! 説明するから!」

 

 すごい剣幕で寄ってきたたきなに律刃はたじろぎ、素直にゲロった。

 自分の経歴、10年前の電波塔事件、そこでDAと取引を行いリリベルを脱走しリコリコの預かりとなったことなど。ついでに10年間千束と同居生活を送ってることも。

 

「……私、何も聞いてませんでした。あと千束と律刃さん付き合ってないんですよね?」

 

「いや、悪かったな。てっきりミカさんから聞いてるもんだと。あとそういう関係じゃないから」

 

「ごめんって。いじけないでよたきな〜。あと付き合ってないし」

 

 本当かなぁ? 

 

「……ところで、リリベルというのは普段何をしているんですか?」

 

「え〜、詳しいことは私は知らないかなぁ。……もしかしてたきなってば男の子に興味あるの〜? 今朝みたいに律刃の裸ガン見してたし!」

 

「そういう事じゃないです」

 

 食い気味に否定するたきな。それと、あれは不可抗力である。

 

「とりあえず窓塞がねぇとな。ダンボールとガムテ持ってこないと」

 

「りょうかーい。とっとと塞いで映画見よう!」

 

「……そうしましょうか」

 

 律刃の一声で下へと向かう一同。その途中で律刃は立ち止まり、窓の外を見る。

 

「……誰が何のために襲撃したんだ?」

 

 リコリスである千束とたきなを狙っての犯行か。若しくは自分か。

 

「……どちらにせよ、叩き潰せばいいか」

 

「律刃〜、はやく降りてきなよ〜!」

 

「はいよー」

 

 考えを打ち切り、視線を窓から切れば律刃は下のセーフハウスへ降りていく。

 そして、彼らを監視するドローンには気づくことはないのだった。

 

 

 〇

 

 

「……なんだ、コイツら。…………これを見せれば真島の奴ら興味持たないか!?」

 

 とある一室、モニターに映る動画を見ているロボットの被り物をした少年ことロボ太が声を漏らす。

 

『おっじゃましま〜す!』

 

 

ドゴォ!! 

 

 

「ドワァ!!?」

 

 そんな軽快な声と共に扉が粉砕され、壁に巨大な戦斧が突き刺さる。

 

「よぉ、ハッカー。お仕事の具合はどうかなぁ?」

 

「もう3日経ったぞ〜?」

 

 残骸を踏み砕きながら室内に入ってくるのは、フードで顔を隠したフェイカーと緑のパーマの真島の2人であった。

 

「ど、どうしてここを!?」

 

「……そんで?」

 

「あ、いや、あの!?」

 

「そ、ん、で?」

 

「ま、待って! ちょ、待て!! うわ、何するんだ、やめて! 待ってくれリコリスが───」

 

 2人の後ろからガタイのいい2人が表れ、ロボ太を拘束する。

 そして、真島は拳銃を眉間に。フェイカーは壁から引き抜いた戦斧の刃を首筋へと当てた。

 

「捨て駒はどーでもいいんだよハッカー。わかる?」

 

「待って、待て! 見て欲しいものがあるんだ!!」

 

「他の奴らは死んでんだよ?」

 

「待て!! ほんとにすごい映像が!」

 

「バランスを取らなきゃなぁ!」

 

「ハハハ! ド派手に首、行っとくかぁ!?」

 

「頼む! ビデオ見て! お願いだ! うわぁぁあ!!!?」

 

 真島が引き金を引き、フェイカーが戦斧を振り被ろうとした直後。モニター一面に先程の動画がループ再生された。

 千束が発砲をしてチンピラを追いかけ回し、ナマハゲの仮面をつけた律刃がそのケツを引っぱたく動画が。

 

「あん?」

 

「おん?」

 

「こ、コイツがトップのリコリスだ! ケツを引っぱたいてるナマハゲは分からないが……とにかく! DAを襲撃するにはこいつらを殺しておかないとお前達は全滅させられるぞ!?」

 

「おいハッカー」

 

「な、なんだ!?」

 

「あのナマハゲの仮面の下、映ってる?」

 

「あ、あぁ……。この映像の続きにある」

 

「映せ」

 

「は、はぃ!!」

 

 フェイカーはロボ太に命令をすれば、拘束を振りほどいた彼は即座にPCを操作して録画の続きを流す。

 

「ハハハハハ!!!! 見つけた! 見つけた、みつけた、みつけた、見つけたァ!!! 

 またお前はそいつら(・・・・)といるのか!? どうせ守れないくせになぁ!! 滑稽だ! 実に滑稽じゃねぇか!!」

 

 ナマハゲの仮面を外した律刃の素顔を見た瞬間、フェイカーは狂ったように笑いだした。暫くの間、室内に笑い声が響く。

 

「ハハハハハハハハハハハハハ───────!!!!!」

 

 数分もの間笑い続けたフェイカーの笑い声が突然、ピタリと止まれば真島へと語りかけた。

 

「相棒」

 

「りょーかいっと」

 

 真島は銃をおろし、部下を引き連れ部屋の外へと向かい歩き出す。

 

「あ、お、おい!」

 

「明日、こいつらを倒しに行く。すぐに作戦を考えろ」

 

 ロボ太に向けていい放てば、真島たちは部屋を後にした。

 

「……ど、どういうことなの?」

 

 彼らを見送り、1人床に座り込んだロボ太は呆然と呟いたのだった。

 

 

 

 〇

 

 

「…………おかしくないですか、その体勢?」

 

「「そう(か)?」」

 

 順に風呂を終えれば、映画鑑賞会を行っていた時にふと、たきなが零す。

 たきなの視線の先には座椅子の上で胡座をかく律刃と、その膝の間に座り、ジュースを飲む千束の2人がいた。

 

「ええ」

 

 首を傾げる2人にたきなは頷く。寧ろおかしく思わないのだろうか? 

 

「……いつもこんな感じだよね?」

 

「そうだな」

 

 どうやら日常的にしていることらしい。

 

「(……これで付き合ってないって言ってるんですから世の中不思議ですね)」

 

 とりあえず言えることは、もしこの光景をミズキが見たら血涙を流して怨嗟の叫びをあげるのは間違いないだろう。

 たきなはそう思い、1人コーラを飲むのだった。よく冷えたコーラはとても美味しかったとだけ言っておく。




律刃
百合と百合の間に挟まる大罪人。そのうち罰が下される。
映画を見る時は千束が膝の間に座ってくる。付き合ってない

千束
たきなとお泊まり出来てテンション上がってる子。映画を見る時は律刃の膝の間が定位置。付き合ってない

たきな
お泊まりを実行した子。
すぐ隣でイチャイチャする二人を見て世の中不思議と思ってる。ほんとに付き合ってないんですか?(付き合ってないです今のところ)

感想、評価を待っています〜。


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17

UA3万突破〜!そしていよいよアニメ本編最終回ですね。長いようで短い。そんなことを思いながらも初投稿です。
時系列的にはアニメ6話はこれで終わりです。折り返し地点に来ました〜。
ではどうぞ。

追記、10月2日に加筆修正


「…………」

 

 ふと、たきなは目が覚めた。上体を起こして視線を下へ落とせばふにゃふにゃと寝顔を晒す千束が見える。

 そっと、その柔らかそうな頬を触れる。スベスベとした手触りに軽く指を押し込めばぷにぷにと弾力がある。

 

「えへ、えへへ〜……」

 

 すると、実に幸せそうに千束が頬を緩ませれば釣られたようにたきなも淡く微笑んだ。

 

「トイレ……」

 

 尿意を催し、たきなは千束を起こさないように静かにベッドから降りるとトイレへ向かうのだった。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 手を洗い、用を済ませたたきなはトイレの扉を閉じ寝室に向かおうとした時。

 

「……甘い、匂い?」

 

 微かに鼻腔をくすぐる甘い匂い。たきなは首を傾げれば視線を上げる。

 その先にリビングを仕切る扉が僅かに空いており、その隙間からは光が差し込んでいた。

 

「んー……」

 

 眠気で回らぬ頭でたきなは扉を開き、リビングへ出る。ぼんやりと見渡すとリビングの中央に置かれた机の上に何かが散らばっていた。

 どこかのメーカーの商品のロゴが刻印された長方形の物体と焦げ茶色の細長い紙、なにかを刻んだ葉、数本の細長いスティック状の物体。水の入れられた小鉢。飲みかけの珈琲の入れられたマグカップ。

 どうやら紙と葉のそれらは手巻き煙草と材料の類らしい。事実、その傍らに置いてある灰皿の窪みにある、もみ消され、微かに煙の登る煙草が何よりの証拠だ。

 

 ソファへ視線を向ければ、タンクトップ姿で作業の途中で寝落ちしてしまったのかソファに仰向けで目を閉じ、規則正しい寝息を立てる律刃の姿があった。

 油断しきり、あどけない寝顔を晒すのを見てたきなはぼんやりと頭に感想が浮かぶ。

 

 ──寝顔は結構可愛いんだなぁ

 

 そのまま何秒か見つめていたたきなは何を思ったか、おもむろに彼に近づくと投げ出されていた右手に触れてみる。

 

「んん……」

 

「ッ……」

 

 律刃がうめき声のような寝言を漏らす。

 咄嗟に手を離して律刃を見てみればどうやら起きる気配はなく、たきなは僅かに息を吐いた。

 そして、恐る恐ると再び右手を触る。

 彼の言うところでは右腕は義手らしいのだが、触ってみる限りでは殆ど人の皮膚と変わらない。それどころか僅かに暖かく、聞いていなければ生身と思ってしまうだろう。

 思い切ってたきなは指を押し込んで見ることにした。すると、指先はほんの少し沈めば直ぐに硬質的な感触が指を阻む。

 

「ほんとに義手なんだ……」

 

 呟き、触っていた箇所を手の甲から段々と上へと上がっていき気がついた。肌の色合いが肩口から違うのだ。おそらくはそこから義手と生身の境となっているらしい。

 

「きゃっ……!?」

 

 そのまま観察していたのが行けなかった中、唐突にたきなはグイッと何かに引っ張られるような感覚が襲う。

 

「な、な……!」

 

 気がつけば自分は律刃の腕の中に収まり、抱きしめられていた。抜け出そうとしても力が強くピクリとも動かない。

 心臓が早鐘を打ち、顔へと血が集まっていく。顔を朱に染めてパクパクと口を開くことしかできず、たきなはどうしようと思っていると。

 

「……れ、が……る……ら」

 

「……?」

 

 寝言だろうか? 微かに律刃の声が聞こえ、少しだけ聞き耳を立ててみれば何を言っているのか分かってきた。

 

「俺、が……まも……る、か……ら」

 

 自分を抱く手が強くなる。まるで、もう二度と離したくないとばかりに。

 

「もう……ひと、り…………は、いや、だ」

 

「律刃さん……」

 

 律刃の閉じられた左目から涙がこぼれ、ソファを微かに濡らす。

 普段からは想像できないほどか細い声にどれほどの想いが込められているかはたきなには分からない。だけど、分かるのは彼がそこまで言うほどの何かがあったということだ。

 たきなは顔を僅かに上げ、魘されている律刃へと手を伸ばすとその涙を指で拭う。

 

「……大丈夫ですよ。私も千束もここに居ますから」

 

 そう呟き、たきのは同じように律刃の背中へと手を回す。

 その言葉が伝わったかどうかは定かではない。けれど、安心したように彼は苦しげな様子から安らかな寝顔へと変わり、寝息を立て始めた。

 

「……おやすみなさい」

 

 たきなはそう言うと、同じように目を閉じる。気がついたころにはあれほどうるさかった心臓はゆっくりと鼓動を刻み、意識は微睡みへと消えていくのだった。

 

 

 

 

 起きたらたきなと一緒に寝ていた。付け加えれば抱き合ったかのような格好で。何を言ってるか分からないだろうが以下略。

 

「……どーいうことなの?」

 

 とりあえずたきなには毛布を掛けてやり、律刃は訳が分からないと吐き出す。

 

「…………とりあえず片すか」

 

 机の上に散らばる手巻き煙草の材料を千束に見られたら五月蝿いに違いない。律刃は両手で道具類を片そうとして気がついた。左手の手首の違和感と動いた時に走る脇腹の痛みが無くなってることに。

 

「……治癒速度がまた上がってるな」

 

 忌々しい右腕を触り、律刃は眉をしかめる。

 

「ジンと戦った時だよなやっぱり……」

 

 目の前が真っ赤に染まるアレは過去に何度も同じことがあった。ひとつ言えることは、あの現状が起こったあと(・・・・・・・・・・)自分の体は強くなる(・・・・・・・・・)

 リリベルであった時は何一つ疑問には思わず、寧ろ有難いと思っていた現象だがマトモな思考回路を得た今からしたら不気味以外の何物でもない。

 いつか、必ずこれの代償があるかもしれない。いや、寧ろ───

 

「既に起きている。……かもしれないか」

 

 右腕を動かし、ゆっくりと右の拳を握りしめ呟く。

 

 

 〇

 

 

 リコリコ店内、クルミの作業部屋兼私室の押し入れでクルミがパソコンを操作する横で画面を覗く律刃と千束。

 

「地下鉄襲撃犯とリコリス襲撃犯は例の銃(・・・)を使ってるみたいだな」

 

「例の?」

 

「アレだろ。あの取引の」

 

「ご明察」

 

「ああ〜……あの時のか」

 

 パソコンの画面に表示されるいつかの画像。それを見る律刃と千束の2人。

 

「じゃあDAをハッキングしたのもこいつら?」

 

「さぁ?」

 

「ギクッ」

 

 何気なく発した千束の言葉に何故か肩を震わせるクルミ。律刃はなんとなく指摘した。

 

「どうしたクルミ?」

 

「あ、あ〜、ナンデモナイ。モシカシタラチガウカモナァ〜……なんて?」

 

「「うん?」」

 

 目線を逸らすクルミに揃って首を傾げる。

 言えない。あの時、ラジアータをハッキングしたのがクルミ……もといウォールナットだというのが。もしバレたら……

 

『よし、東京引きずりの刑』

 

『試し打ちの的にする?』

 

『サンドバッグがいいのでは無いでしょうか?』

 

 言えるわけねぇだろ。クルミは冷や汗をダラダラと流して早くこの話題が終われと祈りながらパソコンへと向き直る。

 

「あ〜、いや。もうちょっと調べてみる……」

 

「にしてもどうやってリコリスを識別してるのかなー?」

 

「さぁ?」

 

「……僕の見解だとその制服がバレてるんじゃないか?」

 

「おお、なるほど!」

 

「あー……、確かに有り得るかもなぁ。お前らの制服デザイン同じだし」

 

 都市型迷彩服の機能を持つリコリスの制服。何も知らない者からすればただの女学生の制服だとしか思えないソレは知ってるものからすれば格好の的だ。

 

「その発想はなかったぁ〜」

 

 基本、リコリスの目撃者というのは口封じで文字通り消される。つまり情報が流れないということだ。

 だから、誰もその発想には至らなかった。

 

「……別の意見としては顔が割れてるとか?」

 

 律刃は考え込みながら言う。

 

「それは無いでしょ〜」

 

 千束は否定するが、過去にリコリスを襲撃してる身としては苦笑いしか返せない律刃なのであった。

 

 

 

「ドゥルルル♪ ドゥルルン♪ ドゥルルルッルッドゥルルルルン♪」

 

 某奇妙な物語のBGMを口ずさみながら林檎を見事な刀捌きで整形していく律刃。その様を見ながらミズキが突っ込む。

 

「あれ、怪我どったの律刃」

 

「ドゥル……。治ったこの通り」

 

「もうか? 早いな……」

 

「お陰様で。ほれ、林檎食うかミズキ?」

 

「貰うもらう〜……ってなんだこれ!?」

 

「兎」

 

「私の知ってるウサギの林檎じゃない……。よくそんなポントウで出来たわね」

 

「慣れ」

 

「……世界探してもこんなことが出来るのは律刃だけだろうな」

 

 皿に盛られた精巧な兎に斬られた林檎を見てミズキとミカは感嘆としたようなドン引きしたような声を上げる。まさに無駄のない無駄に洗練された無駄に凄い無駄な技術である。とりあえずミズキは記念に写真を撮ってリコリコの宣伝アカウントに投稿した。いいね&RTが速攻で4桁を超えていった。

 

 刀身に付着した果汁を拭い、鞘に納めていればふと座敷で何やら唸っているたきなを発見する。

 

「どうした、たきな? 林檎食うか?」

 

「えっ、あっ、律刃さん……!?」

 

 声をかけられ、たきなはその相手に気がつくと顔を赤くする。

 その様子に律刃は首を傾げる。風邪かな? と今朝起きたことを覚えてないのかコイツ、といわんばかりに鈍感を発揮する馬鹿を前にたきなは何とか冷静になると咳払いをして考えていたことを伝えた。

 

「えっと、家事分担をする時に千束とジャンケンをしたじゃないですか? それで、1回も勝てなかったので何故なんだろう? と考えていたんです。あと林檎は大丈夫です」

 

「「「ああ……」」」

 

 その悩みを聞いた年長組は察する。

 

「"最初はグー"でやってるでしょ?」

 

「それじゃ千束に勝てない」

 

「え?」

 

 ということで入る説明タイム。

 

「千束が相手の服とか筋肉の動きで次の行動を予測してるのは知ってるな?」

 

「グーから始めちゃうと次の手を変えるかどうかを読まれちゃう。変えずにグーだと当然パー。変えると分かればチョキを出せば絶対負けないでしょ?」

 

「つまり、あいこでできる確率が3割」

 

「勝つ確率はゼロだ」

 

アイツ(千束)に勝つには"最初はグー"をやめて最初の勝負で勝つしかない。あいこになったらもう勝てねぇ。それどころかあいこになったらもう一生勝てない……という訳だ」

 

 いつか使ったホワイトボードにデフォルメされた絵を描き、説明の終えた3人。唖然と聞いていたたきなは震えた口で声を出す。

 

「……マジですか?」

 

「「「マジ」」」

 

 3人は頷く。

 

「ついでに言えば俺も似たようなことが出来るな。つっても、予測するんじゃなくて相手が手を動かすよりほんのちょっとだけ遅れて手を出す方法だけどな」

 

 つまりは後出しのようなことだ。どっちもズルだが。

 そして、片方は動きを予測可能。片方は後出しができる。もしその2人がジャンケンをすれば待ち構えているのは一切手を出せない不毛な睨み合いの時間だ。

 

「大人気なくないですか?」

 

「逆に聞くが千束が大人しくやると思うか?」

 

「いいえ、まったく」

 

 性格がまさにクソガキなのを知ってるたきなはミカの問いかけに頷くことしか出来なかった。盛大にため息を吐けば律刃を胡乱げに見ながら少し不貞腐れた様子で言う。

 

「知ってたなら教えてくれても良かったじゃないですか……」

 

「いやー、言おうとしたらアイツ口塞いでくるからな」

 

「……アレはそういう事でしたか」

 

 千束が律刃の口にクッキーを突っ込んでいたことを思い出し、合点が言ったとばかりに手を打つたきな。

 同棲生活でのアレはそういうことなのだ。

 

「組長さんところに配達行くわ〜……って、なにさ?」

 

 扉の奥から黄色のポンチョを装備した千束が出てくれば一斉に視線が向けられる。思わず尋ねると。

 

「いいえ、なにも」

 

「えー、なになに……」

 

 どこか不貞腐れた様子のたきなに千束は首を傾げる。

 

「いーから、配達行ってきなー」

 

「すぐ支度します」

 

「俺もするわ」

 

「あー、大丈夫。制服がバレてるだろーってクルミが言ってたから」

 

「リコリス制服がですか?」

 

「そそ。これなら〜、絶対〜、わかんな〜い♪」

 

 自慢するようにポンチョを広げる千束。

 

「私服だと銃は使えねぇだろ?」

 

「警察に捕まっちまえ〜」

 

「んなことわかってんのよ〜。下に来てますぅ〜! ほらぁ」

 

「……動きズラくないかそれ?」

 

 ポンチョを捲る千束を見て突っ込む律刃。

 

「いつもスーツで刀振り回してる律刃が言う〜?」

 

「…………ノーコメント」

 

「いや、認めちゃってると同じじゃないですかソレ」

 

 目線をそらす律刃に今度はたきなが突っ込む。

 仕方ないでは無いか。アレも言わば都市型迷彩服のひとつなのだから。アレがないと警察にしょっぴかれるのだ。加えて防弾性能のある繊維のせいでちょっと重いのは内緒だ。

 

「……私もそれを着ていきます」

 

「あー、大丈夫! たきな、今日の夕飯楽しみにしてるからね〜♪」

 

「俺がバイク乗せていってもいいんだぞ? サイドカー付けたからたきなも乗れるし」

 

「大丈夫だって〜! 組長さんのところ近いし私がそこらのチンピラに遅れをとるわけないでしょ〜?」

 

「いや、だけどな……」

 

「もう、律刃は心配性だなぁ。そんなに私が大事?」

 

「ああ、大事だ。お前が傷つくのは嫌だ」

 

「…………お、おう///」

 

 どこか茶化すように言った千束に対して、心底真面目な声と顔で言い放った直球ドストレートのどシンプルな律刃の言葉。まさかのカウンターに千束は予想していなかったのか絞り出すような声を出し固まった。

 

「どうした千束? どっか具合が悪いなら俺が変わりに行くが……」

 

「だ、だだだた、だいじょーぶだから!! じゃっ、いってきまー!!」

 

「あ、おい! ……行っちまった」

 

 千束の様子に律刃は近寄ろうとすれば、両手をバタバタと振り回すと慌てたように店の外へと出ていってしまった。突然の暴れように律刃は呆気に取られたように空を切った右手を下ろし、振り返ると。

 

「……なんだよ?」

 

 三者三葉の様子で見てくる3人。律刃が尋ねると。

 

「青春だな」

 

 優しい目で言うミカ。

 

「ケッ!」

 

 妬ましそうに吐き捨てるミズキ。

 

「……甘ったるいですね」

 

 ジト目のたきな。

 

「……なんなんだよいったい」

 

 訳が分からず、そういうしかできない律刃だった。

 

 

 

「…………遅いな」

 

「いつも通りよ」

 

 しばらくして時計を見て律刃が呟くとミズキが突っ込む。

 

「…………まだか?」

 

「いつも通りだ律刃」

 

 今度はミカが。

 

「…………やっぱり何かあったんじゃ?」

 

「……何も起きてませんよ律刃さん」

 

「ぬぅ……」

 

 たきなに指摘され、律刃は手に持ったコップを磨きながら唸る。まだ1時間も経っていないのにソワソワと落ち着かない様子の律刃に3人は顔を合わせた小さく囁きあう。

 

「(律刃さん、千束のことが大好きすぎでは?)」

 

「(そりゃあ、好きじゃなかったらあんなこと言わないでしょー)」

 

「(セーフハウスでも似たようなことをしてただろう?)」

 

「(映画見てる時、律刃さんの膝の間に千束が座ってたり、膝枕されてましたね。千束が)」

 

「(え、なにそれ聞いてないんだけど? ほぼカップルじゃないそれキレそう)」

 

 

「あぁぁぁぁああっ!!!?」

 

「「「「!!!?」」」」

 

 奥の押し入れからそんな悲鳴とともに、某国民的アニメのキャラのごとく襖を突き破ればクルミが両手でタブレットを持ちながらやってくる。

 

「どうしたクルミ。餡蜜なら後で用意するが……」

 

「それは後で貰う! ……じゃなかった! これだ! これを見てくれ!!」

 

 そう言うとクルミはタブレットの画面を拡大させながら4人へと見せた。

 

「これは銃取引の時のDAのドローン映像だ! 殺されたのはこの5人だ!! これが犯人に流出して顔がバレてたんだ!!」

 

「なーんでそんなもんが流出すんのよ!?」

 

「おい、俺の言ったことが当たってんぞ……」

 

「あの時のハッキングか?」

 

「DAもまだその犯人のハッカーを見つけられてないようです!」

 

「アンタの仲間じゃないの? さっさと調べなさいよー!」

 

「う、うぅ……」

 

「なによ?」

 

 ミズキに問い詰められると、クルミは言葉が詰まりバツが悪そうに視線を逸らす。だが、そんなことをすれば当然ミズキは怪しむ。

 

「……あの時の犯人は僕だ」

 

「はぁ!?」

 

「ッ!?」

 

「どういうことだ!?」

 

 衝撃のカミングアウトに4人は驚愕の声を上げる。ミカは慌てて尋ねれば。

 

「依頼を受けてDAをハッキングした! そのクライアントに近づくにはそうするしか無かったんだ……」

 

「ちょっと待って。つまり、アンタがテロリストに大量の銃を流した張本人って理由(ワケ)ェ!?」

 

「ッ、それは違う! 指定の時刻にDAのセキュリティを攻撃しただけだ!!」

 

「そ・う・で・す・か! お陰で正体不明のテロリストがァ? 山ほど銃を抱きしめてたきなは首になりましたァ!」

 

「もういい! やめろミズキ!」

 

「映像は! 映像はそれだけなんですか!?」

 

 ミズキを窘めるミカの横でたきなはクルミを問い詰める。

 ふとクルミが1人足りないことに気がついた。

 

「おい、千束はどこだ!?」

 

「配達に行きました……」

 

「全部じゃないんだ……!!」

 

 そう言い、クルミはタブレットの画面を切り替えて4人に見せる。それは沙緒里を護衛した時、律刃と千束がたきなに対して揉めていたことの映像だった。

 つまりは、対象(ターゲット)の中に千束が入っているといことだ。

 そして、この中で何よりも騒がしくないといけない人物が静かなのに4人は気がつく。気がついてしまった。

 

 

 ─────パキッ

 

 

「ヒッ!?」

 

 小さな音が聞こえ、クルミが悲鳴を漏らし顔を真っ青に染め上げる。たきな、ミズキ、ミカの3人は背筋に冷たい汗が流れながら恐る恐る音のした方へと首を動かした。

 

「…………」

 

 そこには顔を俯かせ、無言で佇む律刃がいた。だが、触れれば切れてしまうのではないかと錯覚してしまうほど、鋭利な気配が全身からは漂い右手に握られていたグラスは無く、代わりのガラス片がその足元に転がってるのが見える。

 

「ミカさん」

 

「なんだ、律刃……」

 

「少し、出てきます。すぐに終わるので」

 

「あ、ああ……」

 

 律刃はミカに言えば、4人に背を向けて店の奥へと行くと作務衣からスーツに着替え、左手にバイクのヘルメット、背には大きなギターケースが抱えられていた。

 律刃は店先に止められていたバイクへ跨がれば、サイドカーにギターケースを固定。ヘルメットを被ればキーを差し込み捻る。眠ってい鉄の騎獣がけたたましい嘶きを上げ、アクセルレバーを一気に振り絞れば甲高い駆動音と後輪が回転し地面を削りながら赤いテールランプの軌跡を描きながら走り去っていった。

 

『もしもし、もしもーし?』

 

「千束! 敵はお前を狙っているぞ!!」

 

『え? ……ちょ、ちょ、ちょいちょーい!!?』

 

「千束? 千束ォ!!」

 

 律刃が走り去ったすぐあとにミカは千束へと電話をかけた。千束が電話に出たかと思えばスピーカーからは車の走る音と何かがぶつかる音が響きわる。

 

「なんかすごい音がしたよ!?」

 

「とりあえず組事務所に向かいます!!」

 

 制服へ着替え終えたたきなはそう言い残し、外へと飛び出していく。

 

「クルミ! 千束を探せ!!」

 

「わかった!」

 

 

 

 〇

 

 

 

『どうだ!? 今回は被害ゼロだろ!? これで文句は無いな!? ないよね!?』

 

「わかったわかった。いい作戦だ」

 

「にしてもコイツだけか?」

 

 千束を引いたパーマの犯人はインカムから聞こえてくる声におざなりに返し、隣にいたフードの共犯者は地面に転がる千束を見てつまらなそうに呟けば足でその体を転がした。

 

「あ? ふぅーん……」

 

 フードの男が転がし、見えた梟のチャームを見て合点がいったようにパーマの男が声を漏らす。

 直後、轢かれたように見せかけていた千束は起き上がれば着ていたポンチョを投げつけ、犯人たちの視界を奪った。

 

「おらぁ!」

 

「「ッ!?」」

 

「がっ!?」

 

「うごっ!」

 

「ぎゃあ!?」

 

 千束は即座に愛銃を発砲。主犯格らしき2人の配下の連中を狙ったそれは命中し、確認はせずに逃げ出した。

 

「チッ! 追え!!」

 

「逃がすなてめぇら!」

 

「ちくしょうポンチョ盗られたァ!」

 

『おいおいおい! 目の前まで追い詰めたのに! 僕のせいじゃないぞこれは!』

 

「……あ? なんだこれは」

 

「死んでねぇぞ?」

 

 部下たちが指示通りに千束をおっていく中で、パーマは倒れている部下の作業着に付着したソレを手に取り困惑した声を漏らす。

 その横で別の部下が息のあることに気がついたフードは首を傾げた。

 

「おい相棒。コレ見てみろ」

 

「なんだよって……んだこりゃ?」

 

 手に持った赤い破片を渡され、同じように困惑する。

 千束の放った非殺傷弾が着弾した時に発生する正体だった。

 

 

 

 始まる逃走劇。しかし、数の上では相手が多いことに加えて敵にはドローンとハッカーがいる。千束はすぐに補足され追いかけ回されることとなる。

 

「はぁ……はぁ、ここまで来ればって……もう来た!?」

 

「また吹っ飛ばしてやる!」

 

「しっつこいなぁ!」

 

 車で追いかけてくる襲撃犯達を見て千束は悪態をつく。

 いい加減ウンザリしてきた千束は即座に転身、愛銃を構える。

 パーマは車から体をさらけだし、同じように銃を構えれば引き金を引いた。

 

「なに!?」

 

 しかし、その弾丸は千束にかわされお返しとばかりに車へと非殺傷弾を叩き込む。

 窓ガラスを割り、続けて自分を狙った男へと発砲。そのうちの1発が男の頭部へと着弾。

 

「がはっ!?」

 

 衝撃により車から落とされ、男は地面の上に転がる。車はコントロールを失い横転した。

 千束は銃を構えたまま地面に転がっている男へと近づき、問いかける。

 

「アンタが一連の襲撃犯?」

 

「ひでぇじゃねぇか……いってぇ。相棒みてぇに治りが早いわけじゃないんだぜ?」

 

「うっわ……」

 

 落ちた時に頭を打ったのか、盛大に血を垂らすショッキングな姿にドン引きする千束。男の後ろに回って手を上げるようにした。

 しかし、普通ならそこで手を挙げて降参をするのだが男は千束がどんなものを使っているのか知っていた。

 殺意がなく、自分を殺すことが無いこと。なら、あとは簡単だ。

 

「ブッ!」

 

「うわっ!?」

 

 男は千束の両手を掴み、先程拾った赤い破片。塗料の欠片を口内で噛み砕き、唾液に溶けたソレを千束の両目へと吐き出した。

 視界を奪えば、その整った顔へと拳を叩き込む。

 

「ハハハァ!!」

 

「いっ!?」

 

 そして、後からほかの仲間たちがやってきた。

 

「おーおー、やってるなぁ」

 

 車から降りたフードは自分の相棒が千束を殴ってる様を見て愉快そうに言う。

 

「にしても、アイツは来ねぇのか?」

 

 肩にかついだ戦斧を揺らし、フードの男は呟いた。

 

「オラァ!」

 

「あぐっ!?」

 

「いいぞ、やれ真島さん!」

 

「ハハハ、逃げねぇと死ぬぜー!」

 

 自分たちのリーダーが少女をいたぶる様を見て野次を飛ばす男たち。

 

「ゴム弾じゃなく!」

 

「ッヅ!」

 

「実弾にしておけば、良かった……なぁ!」

 

「ゴフッ!?」

 

 真島と呼ばれた男は殴り飛ばされた千束へと近づき、その眉間へと銃口を向ける。

 

「いったぁ……あ」

 

 普段なら避けられるような距離。だが、今は視界を封じられ好き勝手殴られふらついている。まさに絶体絶命の状況。

 千束は己の死を予感した。

 

(これは、死んだかな? ……ごめん、律刃。って、なんでアイツの顔が浮かんだ?)

 

 そんな時、脳裏によぎる彼の顔。苗字とおなじ華の色と同じ綺麗な瞳の彼。

 思わず苦笑しながら、ようやく気がついた。

 

「そっか……やっぱり、私……」

 

お前の使命はなんだ(・・・・・・・・・)?」

 

「────え?」

 

 唐突な問いかけ。千束が顔をあげれば、真島は胸元を叩いて指摘する。

 

ソレ(・・)だよ。ソレ(・・)

 

「っ、これは───」

 

「アランのリコリスかぁ。面白いなお前───」

 

 まぁ、関係ねぇか。真島はそう言い、引き金をひこうとした瞬間────

 

「なんだ!?」

 

「チッ!」

 

「うわっ!?」

 

 遠雷の如く、空気をふるわせる嘶き。

 車の間から飛び出れば地面を削り、バイクを横滑りさせ真島と千束の間にソレは止まる。

 

「誰だ!!」

 

 真島が叫ぶ。

 そして、突然乱入してきたヘルメットにスーツ姿の存在の背を見つめ千束は呆気に取れたように呟いた。

 

「りつ、は?」

 

「すまない、千束。待たせたな」

 

 バイザーを上げ、竜胆色の瞳が優しく千束を見つめる。千束は鼓動がないはずの人工心臓が高鳴るかのような錯覚を覚えた。

 

「えっと、その……」

 

「今は喋らなくていい」

 

 安心させるような声色で律刃は言うと、千束から視線を戻しバイクから降りればサイドカーにのてられていたギターケースから愛刀を取り出す。

 

「よくも、俺の光を奪おうとしたな」

 

 ヘルメットを脱ぎ捨て、仕舞っていた髪の毛が宙を舞う。

 

「よくも、千束を傷つけたな」

 

 鯉口を切り、右手が柄を握れば緩やかに刀身が鞘から放たれる。磨き上げられたかのような刃は車のライトにより、妖しく光を放つ。

 

「俺は今、あの時と同じくらいに機嫌が悪い」

 

 1歩ずつ足を動かし、刀を横へと振るえば右の瞳が段々と赤みを帯びていく。

 

「殺しはしない。だが───」

 

 どこまでも平坦な声の中に果てない程の激情の込められたソレはまるで、自分の喉元に刃が突きつけられたかのよう感覚に襲撃犯たちは襲われた。

 

「死よりも辛い目には合わせてやる」

 

 今、ここに鬼が現れた。

 

 

 

 〇

 

 

 

「やっべ!?」

 

 真島は即座に体を沈みこませた。最早条件反射に等しいそれは確かに真島の命を救う。

 先程まであった自分の首の位置に銀閃が走り、遅れて空気の裂かれた音が響いた。

 

「おいおいおい、殺さないんじゃなかったのかァ?」

 

「1人2人、気にしてどうする?」

 

「ゴアッ!?」

 

 そんな声とともに、真島は後ろへと吹っ飛び車体へとその体を沈みこませる。

 追撃のために、律刃は真島へと突撃し刀を振りかぶると。

 

「おっと、やらせねぇよ!」

 

「ッ……!」

 

 その間に割り込むようにフードの男、フェイカーが戦斧の柄で斬撃を受止め金属どうし特有の甲高い音と火花が飛び散った。

 

「いってぇ……相変わらずの馬鹿力だな」

 

「誰だ、お前?」

 

 鍔迫り合いから律刃とフェイカーは視線を交差し、額が触れ合うほどの距離で両者は睨み合う。

 

「……やっぱり俺のことは記憶にないってか」

 

「何を訳の分からないことを…………」

 

「すぐに分かるだろうさぁ!!」

 

「ッ!」

 

 フェイカーは叫び、戦斧を振り上げる。ギャリギャリと音を立て斧頭にある湾曲した刃が刀を引っ掛ければ律刃の腕ごと上方向へはね上げた。

 

「ラァ!!」

 

 律刃は驚愕しながらも振り下ろしてきた戦斧の刃先を強引に体を逸らし、僅かな距離の所を巨大な刃が通過する。

 地面に斧刃が半ばほど沈み、砕かれた破片が律刃の体を叩き砂塵が舞い上がった。

 

「チィッ!」

 

 堪らず律刃は距離をとると、フェイカーは砂塵を引き裂いて律刃に肉薄する。

 

「ハハッ!」

 

「……ッ!」

 

 明らかに常人が振るうことが叶わないような戦斧をフェイカーは軽やかに操り、律刃は真っ向から打ち合う。

 戦斧と刀が互いにぶつかりあうごとに空気の弾ける音と膨大な火花が飛び散り、剣戟を重ねていった。

 

「お前たちはなぜリコリスを襲った?」

 

「バランスさ!」

 

「バランス?」

 

 ひときわ強くぶつかり、互いに弾かれたように距離を取り目線は動かさず切っ先を向けたままでありながら、フェイカーのいったことに律刃は眉をしかめる。

 

「相棒が言うにゃこの国をむちゃくちゃにするのにリコリスは邪魔だ。バランスが悪いから殺す。それだけだ」

 

「その言い分だとお前は違うというのか?」

 

「ああその通りだ。俺の目的はお前だリッパー」

 

「……どういう意味だ」

 

「ハハハ、やっぱりテメェは覚えてねぇか。当たり前だよなぁ? そういう奴だよなテメェは」

 

「…………」

 

「「ッ!!」」

 

 全く同時に踏み込み、つんざく金属音が響いたかと思えば気がつけば離れた場所に移動した2人は次々と己の獲物を振りかぶる。

 肉薄したフェイカーの一撃を受け止め、律刃はカウンターのように拳を放ち、フェイカーは柄を動かし受け止めれば戦斧を両手で回転。槍のように構えれば突撃し、怒涛の連撃が始まった。

 

 切りおろし、突き、切り払えば勢いを利用して片足を軸に回転し、踵落としが律刃の頭を砕くために落とされる。

 

「ラァ!」

 

「フッ!」

 

 それを体を僅かに逸らせば頭ではなく地面を砕いた。しかし、かわしきれずに頬に裂傷が作られ、少量の血液を流すが拭わずにフェイカーの胴体へと蹴りを放った。

 

「ゴッ……!?」

 

 フェイカーの体はくの字に折れ曲がり、足に肋骨をへし折る感触を感じながら律刃はそのまま蹴り抜いた。

 口から血反吐を吐きながらフェイカーは吹き飛び、何度も地面を転がりながらも戦斧の柄の石突部分を地面に突き刺して勢いを殺す。

 

「ゲホッ、ゴホッ……!」

 

「無理に動けば折れた骨が内臓を刺すぞ?」

 

「だから……どうしたァ!!!」

 

「なっ……!」

 

 口元を血の混じった涎で汚しながらもフェイカーは負傷をものともせずに律刃へと肉薄する。自身のダメージを勘定に入れない行動には流石の律刃も面食らう。

 

「■■■■■■■ァァァア!!!」

 

 獣のような雄叫びを上げ、跳躍し空中で縦方向に回転しながら勢いよく戦斧を振り下ろす。

 ソレを律刃は愛刀で受け止めるが、斧刃が轟音と共にぶつかりとてつもない衝撃に思わず膝を折る。

 

「グゥッ……ぉぉおお!!!?」

 

「ハハハハハハハッ!!!」

 

 ギチギチと軋む音が響き、なんとかして戦斧を押し返そうとするが力の方向的にはフェイカーが有利なために少しずつ刀が押されていく。

 

「テメェを殺せば俺が贋作(フェイカー)と呼ばれることはなくなる!! アランのクソ共が間違っていたことを証明出来る!!!」

 

「アランだと……!?」

 

「ああ、そうさ!」

 

 フードの奥から覗く2つの青みがかった紫の瞳を爛々と輝かせ、フェイカーの言葉に呼応するように左目の色彩が青色へと変化していく。

 

「その目……お前も!?」

 

「そうだ! お前と同じ、俺はあの連中にこの目(・・・)を埋め込まれた!!」

 

「ヅゥ!!」

 

 ひときわ強く押し込まれ、遂に斧刃が僅かに律刃の肩へと突き刺さり苦痛に律刃は顔を歪めた。

 

「ほんとムカつくよなぁ? アイツらに体を切り刻まれ、訳のわかんねぇもんを植え付けられた。挙句には!!」

 

「うぐっ!?」

 

 頬に蹴りが突き刺さり、真横へと吹き飛ぶ。

 地面を転がるが勢いを利用するように地面を拳で叩き、着地すればフェイカーへと肉薄する。

 

「お前と違って望んだデータを得られなかったから失敗作として贋作(フェイカー)と烙印をつけられた! 

 おかしいだろう? もとは同じ存在だってのに!!お前と俺が何が違う?違わねぇさ!」

 

「ッ!」

 

「効かねぇなぁ!!」

 

「ガァ!?」

 

 フェイカーへ律刃は一閃。胴体を斜めに切り裂かれ、フェイカーは大量の鮮血を流す傷口をものともせず、律刃へと拳を叩き込み地面に叩き伏せられる。

 

「でも、それも今日で終わりだ。お前をこの手で殺し、俺こそが成功例と証明してやろう。

 貴様が劣り、おれが優れていると!」

 

「……ッ」

 

 緩やかに戦斧を掲げ、フェイカーは狂笑共に振り下ろそうとすれば────

 

「律刃から離れろクソ野郎!」

 

「あ? ───ガッ!?」

 

「千束!?」

 

 爆走する車の窓から身を乗り出した千束が銃を乱射し、体のあちこちに非殺傷弾が突き刺さるフェイカーは堪らずたたらを踏めば、そんなフェイカーを赤い車体の車が跳ね飛ばした。

 

「律刃さん無事ですか!?」

 

「たきな!? どうしてここに……」

 

「そんなことはいいから早く乗るんだ律刃!」

 

「ミカさん!?」

 

「ほら早く!!」

 

 律刃のすぐ目の前に止まったかと思えば、車の後部ドアが開きたきなが自分を案じるような声をかける。律刃は目を見開けばミカと千束がこちらに向けて手を伸ばした。

 

「ッ、あぁ!」

 

「よいしょお!」

 

 伸ばされた手を掴めば、千束とミカの2人によって律刃は車の中に引きずり込まれる。そこまで広くない車内に押し込まれれば当然、

 

「せ、狭いぃ!」

 

「つ、つめてくださ……」

 

「うぉお!?」

 

「ミズキ、早く出してくれ!」

 

「ばっちこーい! 舌ァ噛むんじゃないわよ!?」

 

 おしくらまんじゅう状態になる。そんな中でミカは冷静にミズキへと指示を出し、ミズキはギアを入れアクセルをベタ踏みすれば車は勢いよく走り出す。

 

「待てゴラァ!!」

 

「逃げんなぁアランリコリスゥ!!」

 

 それを追うフェイカーと復活した真島。

 配下の連中が銃を打つが、防弾性の高い材質の車体とガラスには傷を作るだけで有効打にはならない。

 そのまま逃げようとするリコリコの面々だったが、それを妨害するかのように無人の車が対向方向から突っ込んできた。

 

「あっぶな!?」

 

 だが、上手いことハンドル操作で正面衝突は免れ車体側面を擦るだけに留めるミズキ。

 

「ハッカー! その車は俺が使う!!」

 

 真島は停車した車へと駆け寄った。

 

「ミズキ! オレのバイクのとこ行ってくれ!!」

 

「はぁ!? ンなもん放っておきなさいよ!」

 

「いいから早くしろ!」

 

「ッ……わかったわよ!」

 

 そんな折、律刃は言う。突然ミズキは拒否しようとするが律刃の真剣な声色に押され従うことにした。

 そして、スピードを落とさぬまま車は律刃の乗ってきていたバイクに近寄れば律刃は後部ドアの車窓から身を乗り出してサイドカーに載せられていたギターケースを掴むのだった。

 

「よしっ!」

 

「そんなの何に使うの律刃!?」

 

「見てからのお楽しみだ!」

 

 千束の疑問を有した声に、律刃はギターケースを持ったまま車の屋根へとよじ登る。

 

「ちょ、律刃さん!? ……この!」

 

 突然の奇行にたきなは驚き、止めようとするが敵の銃撃に阻まれ仕方なく牽制射撃を行う。

 

「チッ! 弾切れです!」

 

「ヒィ〜!? あー、ダメだやばいやばいやばい!」

 

 こちらを狙うロケットランチャーを構える男に一同は引き攣った悲鳴を漏らした。

 

「安全装置はコレだな!」

 

 ギターケースの側面にあった出っ張りをひねると、カチリと音が聞こえればケースの先端部が外れ穴が現れる。まるで、銃口のような穴が。

 

「さぁ、鉛玉パーティだ!!!」

 

 ケースを構え、律刃はそんな叫びとともにグリップにある引き金を引いた。

 

 ガガガガガガガガガッ!!! 

 

 けたたましい銃撃音。ギターケースの先端からは激しいノズルフラッシュが生まれ、側面からは大量の空薬莢が排出される。

 

「「えぇええぇえ!!?」」

 

「ヒャッハァ!! 汚物は消毒だァ!!」

 

 千束とたきなは目を見開き、驚愕の声を上げる。

 打ち出された弾丸は見事に敵や車に突き刺さるが、血しぶきの代わりに赤い塗料が舞うのが見えたことからソレらは千束のものと同じ非殺傷弾というのが分かる。

 

「撃たせっかよ!!」

 

「なぁ!?」

 

 ロケットランチャーを構える男を見つけた律刃は銃口をソイツにむけ、その体に非殺傷弾を叩き込んだ。

 その男はバランスを崩したまま引き金を引いてしまい、発射された弾頭は律刃のすぐ側を通り過ぎていったかと思えば、乗り込もうとしていた真島の車へと着弾。激しい音を立てて爆発した。

 

「ヒュ〜、たーまやー」

 

 背後の爆煙を見ながら律刃は口笛を吹き、懐から煙草を取り出し口に咥えるとマッチを擦り火をつけてゆっくりと煙を吐き出すのだった。

 

 

 〇

 

「いて、いてててて!!」

 

「ほーら、じっとして!」

 

 なんとか帰ってきた一同。特に怪我の酷い律刃は上半身を晒し、千束にあちこち手当をされていた。

 そして床には正座をさせられているクルミとソレを仁王立ちで睨んでるたきな。

 

「はい、これでOK!」

 

「いてぇ!? 叩く必要は無いだろ!」

 

「はいはい。それでー?」

 

「つまり、クルミ(こいつ)が原因ってこと!」

 

「なんだよぅ、助けてやっただろう!?」

 

 ミズキの言葉に抗議するクルミ。

 

「たきな〜、あんたは被害者なんだからいったれいったれ!」

 

「どうすんの〜、たきな〜? やっちまうか〜?」

 

「千束〜・・・・り、律刃もなんか言って・・・・・・なんでもないです。ごめんなさい」

 

「まだなんも言ってねぇぞ? つか、謝るのは俺じゃないだろクルミ」

 

「・・・・ごめん、たきな!」

 

 律刃の言葉にクルミはたきなに対して土下座を行う。

 たきなはクルミの謝罪を受け、無言で見ていたがすぐに柔らかく微笑んだ。

 

「あれは私の行動の結果でクルミのせいじゃありません。でも、アイツらは捕まえます。最後まで協力してもらいます!」

 

 その言葉に千束とミカが微笑み、律刃は呆れたように肩を竦める。ミズキはやれやれと言ったように首を振る。

 

「もちろんだ! ・・・それと、早速だが奴の名前がわかったぞ」

 

 クルミはタブレットを取りだし、5人は画面をのぞき込む。

 

『真島さぁ〜ん!』

 

「真島さぁ〜んってね」

 

 

 

 

「・・・・・まじキッつい」

 

「頬骨骨折、内出血多数、肩の切り傷に肋の罅に肉離れ。数え上げたらまだ増える。良くもまぁ、こんだけ痛めつけたもんだね?」

 

「ッス。すいません、迷惑かけて」

 

 ベッドに寝そべり、呆れたように自分を見つめる山岸女医に律刃はバツが悪そうに頬をかく。

 近くのパイプ椅子には手当をされた千束と付き添いのたきなが座っていた。

 

「別にいいのよ。怪我人や病人を治すのが医者の仕事だからな。けど、暫くは安静にしなさいよ? いくらアンタみたいな人間離れした治癒能力をもっていても、重症をおったら治療に専念なさい」

 

「…………ッス」

 

「それにしても、アンタらが怪我をするなんて珍しいわね」

 

 律刃と千束を見て山岸女医は言う。

 

「千束の弱点は"目"ですね。律刃さんは身近な人ですか」

 

「いや、誰だって目は弱点だろ」

 

「…………誰だって大切な人を傷つけられるのは嫌だろ」

 

 たきなの言ったことに、2人が突っ込む。

 

「いいトリオじゃないアンタたち」

 

 3人の仲睦まじい様子に山岸は柔らかく微笑む。

 

「…………こんな猪娘らの手綱を握る身にもなってくださいよ」

 

「おぉん? なんだとコノヤロウ! 誰よりも猪なのは律刃でしょ〜! それと、嬉しそうにしたらどうなんだ〜コノコノ〜」

 

「肋はやめろっっっ…………!!」

 

「あ、ごめん!」

 

 千束につつかれ、思わず唸る律刃に千束は慌てて謝る。肋骨にヒビが入っているので、少し刺激を与えられたらかなり痛いのだ。

 

「…………それでさ、たきなも一緒にいれば安心だし暫く3人で同棲続けない?」

 

「…………ではジャンケンで千束が勝ったら続けましょう」

 

 たきなは言うと、律刃をチラリと見る。その視線を受けた律刃は肩をすくめてベッドへと体を沈みこませた。

 

「お、いいねー! 律刃もいいー?」

 

「お好きにどーぞ」

 

「よーし、律刃から許可も出たしやるぞ〜! 千束さんの無敗伝説がさらに続いちゃうなぁ! いくよ〜最初は───

 

「じゃんけん!!!」

 

「うぇぁあぁぁあ!!?」

 

「ポン!!」

 

 千束の言葉を遮り、食い気味に大声で叫ぶたきな。突然の大声に驚いた千束は咄嗟にパーをだす。たきなが出したのはチョキだった。

 

「うわぁぁあ!!? 負けたぁぁあ!!」

 

「〜〜〜!! よっし、よしよし、よし!」

 

「残念だったな千束」

 

「り、律刃! たきなにバラしたでしょ!?」

 

「大人気なくズルするお前が悪いんだろ?」

 

「ぐぬぬぬゆぬぅ〜!!」

 

 律刃の正論に黙り込む千束。ようやく勝てて嬉しいたきなを横目に律刃は懐から飴を取り出し、口へと運ぶのだった。

 

 

 〇

 

 

「チッ、せっかくの機会だったのにあのリコリス…………!!」

 

 苛立たしげに悪態をつくフェイカー。

 

「12年前も殺せそうだったのに邪魔をされた。それも同じリコリスにだ!!」

 

 右手がコンクリートに叩きつけられ、血が飛び散る。

 

「クソ、クソクソクソクソッ!!」

 

 何度も何度も拳を叩きつけ、その度に血が飛び散り遂に拳が砕け常人なら叫ぶほどの怪我をおってもフェイカーは手を停めない。

 まるで何も感じてない(・・・・・・・)ように。

 数分にも及ぶ自傷行為が終わり、フェイカーは右手をだらりと下げる。しかし、その拳は見るも無惨な姿となっており皮膚は裂け、所々には筋肉の中に白い物体が見え隠れしていた。

 しかし、数秒後に異変が起こる。傷口の筋肉が盛り上がり、脈打ち凄まじい速度で修復を始めて行ったのだ。ジュクジュクと音をたてたかと思えば、右手は無傷のままにそこにはある。

 

「今度こそ、お前を殺すぞリッパー!!」

 

 風が強く吹き、フードが外れる。

 童顔な出で立ち。青みがかった紫の瞳。黒い髪。律刃と瓜二つの顔を憤怒にゆがめ、フェイカーは左の瞳が青く光らせながら怨嗟の声をあげるのだった。




律刃
17話にしてようやく刀を使った。
千束を殴られて激おこプンプン丸になったし、今度真島会ったら殺すと思ってる。
それはそうと千束が無事でよかった。
フェイカー?誰だお前

千束
本気で死ぬかと思ったけど、律刃に助けられて乙女メーターが跳ね上がった。

たきな
ふたりが無事でよかっと。それはそうと律刃と一緒に寝た(健全な意味で)
千束にじゃんけんで勝てて凄く嬉しい。

クルミ
だいたいこいつが原因。もし千束が死んでたらそれはもう酷いことになっていたので命拾いした。

真島
千束の厄介オタク。律刃に今度あったら殺すリストに入れられた。

ロボ太
不憫枠。頭のおかしいテロリストに神経をすり減らし、パワハラみたいなことをクライアントからされてる可哀想なやつ。でも、それはそうとやらかしたことはやらかした事なので律刃と遭遇したらもれなくぶっ血killされる。

フェイカー
律刃に対して並々ならぬ執着を抱いてる追っかけ。
尚、律刃は記憶にないしなんだてめー、気持ち悪いな。と思われてる。


感想、評価が励みになります。
誤字脱字のご報告、感謝です


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18

アニメ最終回見ました。最高でしたね。神アニメをありがとう。ちさたきが尊い。皆がみんな最高のキャラでまさに神アニメとしか言えません。
では、短めですが本編どうぞー。


「「せーのぉ!!」」

 

 千束とたきな、2人は勢いよく手に持ったそれを掲げる。

 

「……それが真島か?」

 

「「はい!! これが真島です!!」」

 

 紙に描かれた似顔絵の出来を見て楠木が問えば、2人は元気よく頷けば互いの似顔絵を見せあった。

 

「「ね? ……ん?」」

 

 千束はたきなのを見て笑い、たきなは千束のを見て頬をひきつらせた。

 どちらもあまりにもあんまりな出来に騒ぎ出し、見るに見兼ねたフキがプロジェクターでモンタージュ写真を投影して叫ぶ。

 

「ぜんっぜん違うじゃねぇか!!」

 

「だって全然似てないしソレ」

 

「似てません」

 

「チッ! だからお前らを呼んだんだろうが! つか竜胆律刃はどうした!? アイツも真島を見てんだろ!」

 

「律刃は山岸先生のところ〜」

 

「なので来れないそうです」

 

「肝心な時に使えねぇ……。フェイカーとかいう奴の情報は無いのか?」

 

「全然、全く。これっぽっちもない! というか、律刃の報告書見てるでしょ?」

 

 千束は気だるげな様子で言う。

 

 "フェイカー"

 

 竜胆律刃が交戦した巨大な戦斧を武器にする真島の相方らしき存在。あの律刃とも互角以上に渡り合い、それどころか彼をあと一歩まで追い詰めたと聞いた時は流石のフキも何かの悪い冗談かと思いたかった。

 だが、彼の提出した報告書と戦闘の一部始終を録画した映像を見せられては信じざるを得ない。

 

「……リコリス襲撃に続いてのこのテロリスト共。

 面倒なことになったな」

 

 フキと吐き捨てるような声が室内に木霊し、今の今まで傍観に徹していた楠木が口を挟んだ。

 

「…………竜胆律刃の調子はどうだ?」

 

「えー、楠木さんどしたの? 律刃のこと聞くなんてめっずらしい〜」

 

「千束、茶化さない」

 

 たきなに窘められ、千束は少しだけバツが悪そうにしながら楠木へと話した。

 

「はぁい……。今朝見た限りは至って健康体だったよ。怪我もほとんど治ってたけど、一応ってことで検査だって」

 

「……そうか」

 

 千束の報告に楠木は短く答えれば、僅かに思案した後に背中を壁から離すと千束とたきなの2人に告げる。

 

「もうお前たちは帰っていいぞ。その似顔絵は対して参考にはならなさそうだからな」

 

「たきなのより似てますぅ!」

 

「待ってください司令! 千束のよりも私のがクオリティに自信があります! 司令! ちょ、司令!?」

 

 

 

「これがこの前のやつ」

 

 ディスプレイに1枚のレントゲン写真が貼られる。

 

「それで、これが今月のやつね」

 

 続けて隣にもう1枚、新しくレントゲン写真が貼られる。

 内蔵された蛍光灯が光ると、2枚のレントゲン写真を後ろから照らし全体像が浮かび上がった。

 2枚のそれは正しく"異様"と評せるようなものだった。2枚のレントゲン写真はつま先から頭部にかけて侵食するように葉脈状の黒い線が走り、見るものが見れば不穏に駆られるそんな悼ましさ。

 

 だが、そんな線に触れられていない箇所がいくつかあった。それが胴体の中央と頭部、心臓と脳だった。

 2枚のレントゲンはどちらも同じに見えるが、左のものに比べて右の方が心臓と脳に近づき、全体的な密度と濃さが多く見える。

 

 自分の体内に巣食う存在を見つめ、律刃は大して気にした様子もなく呟くのだった。

 

「広がってますね〜」

 

「……軽いわね律刃くん」

 

「そりゃあコレとは長い付き合いですからね」

 

 朗らかに笑い、律刃は己の右腕を軽くあげるが医者としての山岸には笑えないセリフだ。

 

「千束の心臓と言い、その右腕や右目といい……。得体の知れないモンを良くアランはやってくれるわね」

 

「でも、そのおかげで千束は生きていられる。俺は見ての通り……元気いっぱいって感じですね」

 

「だからこそ医者として言わせてもらうわ。異常よアンタのその体は」

 

「はっきり言いますね」

 

「遠回しに言っても意味無いでしょ?」

 

「違いない」

 

 山岸の言葉に律刃は苦笑を返す。

 いくら治りが早く、身体能力が高いといっても限度がある。律刃の体は人間という枠組みからは外れているのだ。だからこそのこの言葉。

 数多くのリコリスを診て、千束の心臓を知り、そして律刃の体を知った山岸だから言えるのだ。

 

「原因はこのやっぱり右腕と眼ですよね」

 

「ええ。それはもう間違いなく」

 

 黒い線は律刃の義手の接続部を起点に広がっていた。原因は分かっている。それを取り除けば恐らくは、この得体の知れない存在がこれ以上律刃の体を蝕むことは無いだろう。

 

「やっぱりコレの中身わかんない感じですか?」

 

「手を尽くしてるけど、芳しくないわ。詳細なデータを取ろうにもその右腕と右目にアクセスしても深いところにはかなり厳重なプロテクトがかけられている……。千束の心臓と同じブラックボックスね」

 

 しかし、どんなものかも分からないのでは取り除くことは出来ない。もし、取り除いたとして本当に律刃の体を蝕むことが無いのかという確証がない。

 

「とりあえずは現状維持……ですかね」

 

「歯がゆいけど、仕方ないわ。ごめんなさいね律刃くん不甲斐ない医者で」

 

「いやいや、山岸先生は良くしてくれてますよ。貴方のお陰で千束も俺も健康でいられるんですから」

 

「……コレのことを千束は知ってるの?」

 

「………………いえ。コレを知ってるのはミカさんと楠木だけです」

 

 長い。長い沈黙だった。律刃は人工皮膚に覆われた義手の表面をなぞり、静かに言う。

 

「千束には余計な心配をかけたくないんです。これは俺の問題だから……。もし、アイツがこれを知ったら絶対に放っておかない。

 アイツの限られた時間を俺なんかのために使わせたくないんです」

 

「……そう。アンタがそう言うなら私は尊重するわ。けど、本当に具合が悪くなったら言いなさいよ?」

 

「わかりました。じゃあ時間なんで俺は帰りますね」

 

「ええ。お大事に。それと、これ診断書とカルテにレントゲン。ミカに渡しておいてちょうだいね」

 

 ディスプレイに貼られていたレントゲンといくつかの書類を束ね、大きめの書類に入れれば山岸はそれを律刃へと渡す。

 それを受け取れば席を立ち、診察室の外へと律刃は向かう。

 

「律刃くん」

 

「はい?」

 

「隠し続けるっていうのは辛いものよ」

 

「……肝に銘じておきます」

 

 それでは、と律刃は会釈し診察室の扉をくぐれば背中が閉じた扉により見えなくなる。足音が遠ざかっていき、完全に聞こえなくなったところで山岸は椅子の背もたれに体重を預け、万感の思いを込めたため息を吐き出す。

 

「はぁぁぁぁあ…………」

 

 山岸は机の引き出しを開けば、その奥にしまっていた物体を取り出す。

 コンビニに行けば買えるありきたりなメーカーの煙草を、本来なら室内で吸うのは禁止されているが、今の彼女には吸わなきゃやっていられない気持ちだった。

 

「…………フゥー」

 

 苦い紫煙を吐き出し、空調へと吸われていく煙を見つめ吐き捨てるように呟く。

 

「ほんと、ままならないわね。二十歳(ハタチ)にもなってない子がなんて目をしてるのよ……」

 

 瞳の奥に宿した光を思い出す。あれば世界全てが敵に回ったとしても、自分だけは彼女のために刃を振るってみせると誓った光だった。

 

 まだ、大人と子供の中間とも言えるほどの齢でそれだけの事を考えてしまのを許してしまう世界の残酷さに反吐が出そうだ。

 

 だから、考えるのだ。もし、彼と彼女が安心して過ごせるようになることを。

 二度と、銃を剣を振るわないで済むこと。

 彼らはもう既に十分に自分を犠牲にしてきた。だというのに、そんなささやかな幸せすら奪おうと言うのか? 

 そんなこと、あってはならない。あってはいけないのだ。だから、どうか。もし、神様がいるのだというのなら。

 

「……あの子たちを放っておいて」

 

 絞り出す声は誰にも聞こえない。煙と一緒に、その声は狭い室内に溶けて消えていく。




律刃
お前が笑って最後を迎えるのなら、俺はどうなってもいい。と考えてる奴だが、彼自身が傷ついて千束がソレに対してどんな思いを抱くかは考えてないバカ。
ついでにまだ未成年だと言うのがようやくでてきた模様。

千束
かなり画伯。たきなより上手いと思ってる。

たきな
かなり画伯。千束より上手いと思ってる。

感想、評価がモチベーションに繋がります。
誤字脱字のご報告、ありがとうございます。


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19

祝!UA4万突破!お気に入り650突破!ランキング上位に連なってる方々には遠く及びませんが嬉しいですね。
お友達にも宣伝してくれてもいいのよ?そんな乞食心に思いながら初投稿です。
では本編どうぞー。

追記、10月7日メール内容を1部削除修正


「ただいまー……って、誰もいねぇ」

 

 リコリコの扉を開き、中へ入れば店内には誰もいない。試しに外に出て見れば『CLOSED』の看板が下げられていた。本来なら掃除やらなんやらしていてもおかしくないのに、誰もいないことに律刃は首を傾げながらいると。

 

「おろ、律刃だったか。おかえりー」

 

 千束の顔がひょっこりと店の奥から出てきた。律刃は片手を上げながら問いかける。

 

「ただいま。千束、他のみんなは?」

 

「みんななら更衣室だよ」

 

「何故に……?」

 

「まぁ、そんなことは置いといて。律刃もちょい更衣室きて!」

 

「? 了解」

 

 千束にそう言われ、疑問符が頭に浮かぶも大人しく律刃は従った。

 千束の背を追って更衣室の扉を開ければ、既に中にいたであろうミカを除いたリコリコのメンバーの視線が入ってきた千束と律刃に向けられる。

 

「……ほんとに集まってたな。よいしょっとミズキ、これツマミ」

 

 律刃は軽く呆れながらも左手に持っていたコンビニのレジ袋から数種類のツマミが入ったギフトをミズキに手渡す。

 

「お、気が利くじゃなぁい! キスしたげようか?」

 

「結構です」

 

「ガチトーンだと……!?」

 

「ほい、残りの娘っ子たちには新作のコンビニスイーツをくれてやろう」

 

 ミズキを適当にあしらいつつ、ほかのメンバーにもコンビニスイーツを渡していく。

 

「ほほう。僕が気になってたやつじゃないか。ありがとう律刃」

 

「ありがとうございます律刃さん」

 

「おほー! サンキュ律刃!」

 

 ということで、椅子を用意して各々渡されたものを食べ始めたのだが。

 

「って、ちがーう! なんで和やかにスイーツ食べてんのさ!」

 

 右手にコンビニスイーツを左手にはフォークを持ち、千束は椅子から立ち上がって叫ぶ。ちゃんと座って食べなさい。

 

「……ハッ、あまりにも律刃さんが自然に渡してきたので流されてしまいました」

 

 言われて気がつくたきな。君も結構ここに順応してきたよね。最初来た時の優等生さはどこに行ったんだい? 

 

「それで千束。さっきの話マジなのか?」

 

 頬にクリームをつけるクルミが千束に聞けば、同じく頬にクリームを付けて律刃に拭われてる千束が小さく頷き、肯定した。

 

「マジだよクルミ」

 

「何がまじなんだ? たきなも頬にクリームついてるぞ」

 

「あ、どうも……」

 

 律刃の疑問の声に、4人は同時に口を開く。

 

「「「「リコリコ閉店の危機(だ)(です)(よ)」」」」

 

「……なんて?」

 

 よく聞こえなかったのか律刃はもういちどに聞きかえす。

 なにやら不穏なことが聞こえたような気がしたが気の所為だろう。気の所為だよね? 律刃はそう思い込んだ。

 

「リコリコ」「閉店」「危機」「OK?」

 

 順にミズキ、クルミ、たきな、千束の順に告げられる。

 律刃は暫し、目を瞬かせた後に天を仰いで言う。

 

「なんでやねん……」

 

 

 

 

 とりあえず事情を聞き、律刃は呟く。

 

「目がいいと余計なもん見ちまうから仕方ないかぁ……」

 

「何時かのパンツとかな───アダっ!?」

 

 律刃の呟きにクルミが茶化すように言えば、たきなの無言のお盆が炸裂。自業自得である。

 

 話の内容としては、昼頃律刃が検査を受けてる時に千束が休憩のために裏に行こうとした時にたまたまミカのスマホのメールの着信内容を見てしまったのだ。

 

『明後日21:00

 BAR Forbidden にて待つ。

 千束の今後について話したい』

 

 という内容のメールを。

 

「いてて……。それで、なんで楠木だとわかる?」

 

「そうですよ。司令とは限らないでしょう?」

 

「いいや、司令を垂らしこんで私をDAに連れ戻す計画じゃわ」

 

「自慢ですか? 結構ですねぇ! 必要とされてて!」

 

 千束の無自覚な煽りにたきなキレる! 

 

「どうどう、落ち着けたきな。ほら、飴ちゃんあげるから機嫌直せ。な?」

 

「ごめんねたきなぁ! そんなつもりじゃないんだよ〜!」

 

「むぅ……」

 

 怒れるたきなに千束は抱きつき律刃は宥めるが、当の本人は頬をむくれるのみである。

 

「……それで? なんでそれが店の閉店と関係してくるだよ」

 

「小さいとはいえ、一応DAの支部だからねぇ。ファーストリコリスの千束(コイツ)がいないと存続できないのよ」

 

「……忘れそうになるけど、千束ってばエリートだったんだよな」

 

「普段の行いで忘れそうになるけど、意外とコイツって優秀なのよ。意外と」

 

 そう。普段は馬鹿やってるが千束はリコリスの階級でトップの赤服なのだ。この店でミカの次に偉いのである。普段は馬鹿やってるが、優秀なのだ。

 

「じゃあ私が戻りますよ」

 

「うぇ〜ん、そんなさーびーしーいー! 律刃も何か言ってよ〜!」

 

「そうだなぁ。たきなが居なくなるとメニューの味見役が居なくなるから困るな。みんな美味い美味いって言うけど、全体的にボキャ貧だから改良するところが分かりにくいんだよ」

 

「「「張り倒すぞフィジカルゴリラ」」」

 

「なんで俺罵倒されんの……? まぁ、それ以外だと千束と同じになるが、たきながいなくなるのは少し、寂しくなるなぁ……」

 

「そうだよたきなぁ! 律刃が寂したのあまり孤独死しちゃうからね?」

 

「そこまではいかねぇよ」

 

 ほんのりと悲しげに言いえば、千束が我が意を得たりとばかりにたきなの胸へ頬擦りを行う。

 

「……仕方ないですね。なら、やめておきます」

 

「まぁ、たきなはお呼びじゃないからな」

 

「フンッ」

 

「ぐぇ! 失言だった……スマン、スマン」

 

「も〜! みんなだってお店無くなったら困るでしょ!?」

 

 千束がそういえば、ようやく問題と深刻さに気がついたのか一同は真剣な顔つきになる。

 

「……まぁ、私は養成所戻しでしょうし」

 

 たきなが言い。

 

「まだここに潜伏しないと僕の命が危ない……!」

 

 クルミが。

 

「私も男との出会いの場が無くなるぅ!」

 

 ミズキが。……いや深刻なことかそれ? 

 

「俺はここが無くなると皆と離れ離れになるのは嫌だな。結構気に入ってるし今の雰囲気」

 

「よし、やるぞー!」

 

「「「「おおー!!」」」」

 

 律刃も続き、リコリコが閉店しては困る一同の心はひとつとなった。

 でもやろうとしてることがことなので、割とバカみたいだといツッコミはしてはならないのだ。

 

 

 

「"Forbidden"……。通常の検索エンジンには引っかからないな……。これなら……よし。見つかった。にしても"Forbidden(禁断)"か。密会にはもってこいの名前だな」

 

「お高そうなバーねー。……入会費20万!? たっっっか!!!」

 

「あれ、このバーどっかで見たことあるな」

 

「本当ですか律刃さん?」

 

「チョイ待ち。今記憶漁ってるから……えーと、確かァ……あぁ! 俺がリリべルだった時にクソ上司の護衛としてついて行ったんだ。確か会員制のバーだったはずだ」

 

「会員制……。入れるんですか?」

 

「そこはコンピューターの人の出番でしょ!」

 

 千束はクルミの肩を叩き、画面からは視線を外さずにクルミは答える。

 

「偽造はなんでもないが……」

 

「アンタもたまには働きなさいよ〜?」

 

「いや、こんな店で仕事の話するかぁ? 普通に逢い引きじゃないのかぁ? 律刃もそのクソ上司について言った時どうだったんだ?」

 

「ほとんど覚えてねぇや。ひたすら暇つぶしにダーツやってた記憶しかねぇ」

 

「店長が司令と愛人関係という訳ですか」

 

 ふと、たきなの零した言葉に千束、律刃、ミズキがなにか含んだような半笑いの表情をうかべた。

 

「愛人って……」

 

「流石にそれは……」

 

「アンタの口から……何かコーフンするッ」

 

「でもそういう事だろ?」

 

「「「ナイナイナイ」」」

 

「なんでだよー。有り得る話だろ?」

 

「「「ナイナイナイナイナイ!」」」

 

 ないったら無いのである。

 

 〇

 

 

『お昼のニュースです───』

 

「警察署が襲撃ィ?」

 

「うっわ、モンモンすっげぇな。今どき珍しい〜」

 

 テレビに流れるニュースの内容を聞き、律刃は声を僅かに張りミズキは犯人を見てそんな感想を呟くと同時に入店を知らせるベルの音が店内に響く。

 

「いらっしゃ───なんだ、リコリスか」

 

 律刃は振り返り、客に向けて営業スマイルを浮かべ挨拶をしようとしたが店内に入ってきた存在を見て引っ込める。

 1人はどこか犬っぽい雰囲気をした快活そうな青服(セカンド)のリコリス。もう1人は小柄だが目には強い意志を宿らせた赤服(ファースト)のリコリスだった。

 

「千束はいるか?」

 

 赤服のリコリスは歩み、店内を一瞥した後にそう言った。

 律刃はそのリコリスの顔を見て見知った顔だと気がつく。たしか、千束と顔を合わせば喧嘩してる小生意気な奴だったな。名前は確かはる、はる…………。

 

「あぁ! 春雨フキノトウだ!!」

 

「春川フキだ! 喧嘩売ってんのかテメェ!!?」

 

 指を鳴らし、律刃が言えば春雨フキノトウ……ではなく春川フキは目尻を釣りあげて吠えた。

 それに対して律刃は鬱陶しそうき右手を揺らして相手をする。

 

「あー、はいはい。んでー、なんか用かハルキゲニア*1?」

 

「テッメェ……! いいだろう、今ここで決着つけてやる表出ろやゴルァ!!」

 

「おいおいあんまりキレんなってハルク・ホーガン。*2飴ちゃんあげようかー?」

 

「ッッッ!!!」

 

 フキは律刃の対応に青筋を浮かべ、今にも銃を抜きそうな雰囲気を醸し出してるが当の本人は実に自然体で益々それがフキをイラつかせていた。

 そして、マジでぶっ殺す五秒前(MBG)になりそうだったところで店の奥から騒ぎを聞き付けたのか、千束が姿を現した。

 

「おー、フキィ! いらっしゃあい。あっ、また律刃におちょくられてんの〜? ウケる〜」

 

「コ・イ・ツ・ラ!!!」

 

「はいはい! 喧嘩はそこまでっすよフキさん!! 話進みませんから!」

 

「チッ!」

 

 と、そこでフキの連れらしきリコリスが手を叩いて場の空気を入れ替える。

 フキはそれにより自分が来た目的を思い出したか、盛大に舌を打った後にズカザカとカウンター席に座り要件を切り出す。律刃はリモコンを手に取ってテレビの画面を切った。

 

「説明は不要だろ。お前らに見てほしいもんがある……って見ない顔だな」

 

 席に座り、ふとフキは横を見ればクルミの存在に気が付いた。

 

「(あ、やっべ)」

 

 その場にいたリコリコ従業員の頭の中に浮かんだのはそんな言葉だった。

 フキに聞かれた当のクルミは盛大に冷や汗を流し目線を泳がせながら言う。

 

「でぃ、でぃでぃでぃDAノモノデスゥ……」

 

「(オバカァー!! そんな怪しさ満点で言うか普通!?)」

 

 アウトである。絶対怪しまれる。律刃は頭のうちで叫ぶ。

 もしここで突っ込まれてクルミの正体がバレたら即☆殺である。マジやべーのだ。

 

「……そうなのか?」

 

 訝しげにフキは千束に問いかけた。

 

「えっ!? あっ、あっーうん! ウチのコンピューターの人ォ……」

 

「ならちょっと借りるぞ」

 

 千束の咄嗟の説明にフキは納得したのかどうかは分からない。それとも対して興味が無いのかクルミの使っていたタブレットPCを引き寄せUSBを接続させる。クルミはそそくさとフキから距離を取り始めた。

 

 そして、タブレットPCの画面にはとある場面の録画が流れるのだった。

 

「署内の監視カメラ映像だ」

 

「モンモンじゃねーじゃん!」

 

 銃を乱射する何時か見たツナギのグラサン野郎たち。

 ニュースの報道ではヤのつく連中であったが、明らかに画面の奴らはそれとは別物に見える。事実、ミズキは叫んでいた。

 

「報道はカバーしてるに決まってるじゃないっすか〜」

 

 それに対して呆れたように言うのが、フキの連れの青服のリコリスだ。

 

「それもそうか……。そういやお前さん誰だ?」

 

「おっと、そーいや貴方とは初対面でしたね! 自分、そこにいる人の後釜の"乙女サクラ"っていうっす!」

 

 律刃の問に、青服リコリスことサクラはたきなを一瞥した後に元気よく答える。尚、見られたたきなは僅かに機嫌が悪くなる。どうやら、このリコリスとは前に何かあったらしい。

 律刃はそれに対して特に突っ込もうとはせず、自分を名乗るのだった。

 

「そーかい。俺は竜胆律刃だ。元気のあるお嬢ちゃんには団子をくれてやろう」

 

「おぉ! マジっすか! 有難くいただくっす!!」

 

 たまたま作っていた3種類の団子にサクラは目を輝かせ、それを受け取れば串を手に取り1口食べる。

 てらてらと艶やかな光を放つみたらしタレ。白く真珠のような丸い餅。口に含んで咀嚼すれば餅特有の弾力が伝わった。しかし、その弾力は強すぎず。かと言って弱くは無い絶妙なバランスで、噛めば噛むほどみたらし特有のあまじょっぱさに団子の甘さがお互いを引き立て合う。

 市販では味わえないそのハーモニーにサクラは目を見開き叫んだ。

 

「うっっっま!? なんすか、この団子!? めっちゃ柔らかいしなんて言うか優しい甘さ? っていうのが口いっぱいに広がるっすよ〜! お兄さんめちゃくちゃこの団子美味しいっす!」

 

「ハッハッハ。よせやい褒めすぎだ。ハッハッハ。オカワリはいるかね?」

 

「是非!!」

 

 お気に召したのか、サクラの絶賛の声に作った律刃は朗らかに笑う。

 

「あー、ずるーい! 律刃〜、後で私にもちょーだいよー!」

 

「へーへー。後でな〜」

 

「やたー! たきなもどう?」

 

「……おねがいします律刃さん」

 

「しゃーねーなー。やったるよ」

 

 サクラのグルレポを聞いたのか、千束も要求し始め、たきなも少しだけ恥ずかしそうにしつつお願いする。と、そこで。

 

「おやぁ、珍しいお客さんだな」

 

 奥から杖を着いたミカが出てくれば、フキを見てそんな声を出す。

 

「せ、せせ、先生! お、おおお、お久しぶりです!!」

 

 声をかけらたフキは椅子から立ち上がり、背筋をピーンと伸ばしてミカへと挨拶をする。

 

「ああ、久しぶりだな。フキ、なにか注文するかい?」

 

 ミカは微笑み、フキに何を頼むか聞くが顔を真っ赤にしたフキはブンブンと横に顔を振って断ってしまう。

 

「い、いいいえ。任務中ですから。おい、千束!」

 

「いきなり大声出さないでよフキィ……。なに?」

 

「どうだぁー! ドイツが真島だァー!?」

 

「うっさ……!? そんな大きな声で叫ばなくても……あ」

 

 フキに怒鳴られ、やかましそうに千束が画面を見れば不意にとある一場面に気づき、そこを一時停止で巻き戻す。

 

「コイツコイツ! ねぇ、たきな!」

 

「ですね」

 

 画面にはつい最近、地下鉄を銃撃しリコリスを襲い、千束を狙った犯人の真島が映っていた。

 

「コイツが……。おい、フェイカーはどいつだ?」

 

「ちょっと待て。ここにゃ映ってねぇな別のは出せるか?」

 

「ああ、可能だ」

 

 続けてフキは律刃に聞けば、画面を後ろから覗いていた彼はフキに別のところを映し出すよう頼み、フキは千束さらタブレットをひっぺがして操作し始めた。

 

『ハハハハ! たかが鉛玉で俺を殺せると思ってんのかァ!?』

 

 と、いくつか画面を切り替えていたところでコートに着いたフードで顔を隠し、軽やかに戦斧を操り署内の警官たちを蹂躙している1人の人物が映し出させる。

 

「コイツだ。この戦斧を持ってるのがフェイカーだ。……おかしいな」

 

「どうした?」

 

「コイツ、なんでこんなに動けるんだ?」

 

「は?」

 

 律刃の疑問の声にフキは首を傾げる。

 その様子に律刃は顎へと手を当て、この前の戦闘の出来事を思い出しながら説明した。

 

「俺は確かにコイツの肋を蹴り砕いた。オマケに刀でこう……ズバッと切り裂いた」

 

 左鎖骨から斜めに右へと指でなぞる。話が確かならばおかしな話だ。肋を蹴り砕かれ、そんな大きなな切り傷を作られれば人間はまず助からないし、助かったとしても殆どベッドの上でおネンネだ。

 なのに、画面の中にいるフェイカーは苦痛を感じたら素振りを見せないどころか派手に動き、戦斧を振るっていた。

 

 加えて、奴はすぐに動きだしたが車にもはね飛ばされていた。

 

 タフ、と片付けるには余りに違和感がある。律刃も大概治癒能力は高いがそんな大怪我を負えば流石に動くことは出来ない。

 

 それに、やつは言っていた。

 

『もとは同じ存在だってのに!! お前と俺が何が違う? 違わねぇさ!』

 

 画面の奥にいる存在を見つめ、律刃は問いかける。

 

「……お前は俺のなんなんだ?」

 

*1
約5億年前のカンブリア紀の海に生息した葉足動物の一属。細長い脚と7対の発達した棘をもつ。

*2
アメリカのプロレスラー。ジョージア州オーガスタ生まれ、フロリダ州タンパ出身




律刃
サクラに団子を褒められて嬉しい。
なお、作り方は拳でもち米をワンツーコンボしまくって作ったハンドメイド。
フキの名前は未だに覚えてない。

千束
このあと律刃に団子をついて貰った。とても美味しい。
律刃のパワークッキングは見慣れてる。

たきた
このあと以下同文。流石に杵ではなく文字通り拳でもちをつくとは、このリハクの目を持ってしても以下略。

フキ
律刃に全く名前を覚えて貰えない子。ミカ大好き。名前を覚えないどころか間違えまくる律刃はいつか殺すと思ってる。

サクラ
初登場からフキの忠犬ぶりを発揮するが、たきなを煽り散らかしたりしてる割とクソガキな面がある。
律刃の団子を大絶賛して見事、律刃に名前を覚えて貰えた模様。


真島陣営の視点が全く書けねぇ・・・。というか勢いに任せてフェイカー出したのはいいけど正直持て余してます(大バカ)
やはりプロット無しで行き当たりばったりにやるのは馬鹿な行為なのでは?文才が!文才が欲しい!!


感想、評価お待ちしております。
誤字脱字、ご報告ありがとうございます。
お友達にも本作の宣伝、しろくだかい(クソ乞食)


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20

お気に入り700突破!!やったね!
感謝感激雨あられと思いながら、気温の高低差に死にかけながらの初投稿です。
どうでもいいですけど、男性が女装して印象がガラリと変わるの良くない?いや、どうでもいいんですけどね。




 その後、フキはオカワリをせがむサクラの首根っこを掴んでDAへ帰っていくのを見送り(律儀に団子代を払いに1度、フキは戻ってきた)、その後は特に問題なくリコリコは営業を終える。

 

「ハラヘッター」

 

 店内の清掃を終え、カウンターに座っていたミズキがふとそんなことを零す。

 

「おうどんでも湯掻きます?」

 

「お、いいねぇ」

 

「食べマース!」

 

 夕ご飯を食べていてもおかしくない時間帯。たきなの提案に千束と律刃は賛同する。

 そんな折、ミカは少しだけ申し訳なさそうにしながら口を開いた。

 

「あー、悪いが私は外出する」

 

「あら、そう?」

 

「行ってらっしゃいミカさん」

 

「戸締りを頼むよ?」

 

 そして、ミカは言えば外へと出ていく。

 

「「「「「…………」」」」」

 

 彼がいなくなったのを確認。残った面々は慌ただしくミカを追跡するための準備をし始めれば、

 

「───言い忘れていたが、ガスの元栓……どうした?」

 

 そんな言葉と共にミカが顔を覗かせるが、首を傾げ尋ねる。

 クルミは何度もジャンプし、ミズキは体操。千束とたきなは鞄を覗いて何かを漁り、律刃はカウンターの戸棚を開け閉めしている。

 誰がどう見ても不信がり、何してんだ? となるのは当然である。

 

「イヤァ……うどんはどこかなーっと? 律刃知らなーい?」

 

「アッレー、ミツカンネー?」

 

「ここにうどんはありませんでしたー」

 

「あ、ない……かぁ〜?」

 

「うどんなら納戸だぞ」

 

「そ、そうだったそうだった! ミカさんあざーっす!!」

 

 もう一度、ガスの元栓を閉めることとうどんの在処を告げれば今度こそミカは扉を閉めて去るのだった。

 律刃は聞き耳を立て、完全に気配が遠ざかっていくのを確認しOKのサインを出せば全員はその場で脱力する。

 

『た、助かった……』

 

 一同の頭にはそんな事な浮かび、そそくさと準備に入る。

 

 千束は大胆なデザインのドレスに身を包み、たきなはスーツを。その後に律刃が更衣室に入り潜入のための変装へ着替えた。

 

「どうよ?」

 

 更衣室から出たきた律刃はそんな声とともに、ヒラリと着物の袖を揺らす。

 スーツや作務衣と違い、普段では見られない女物の和服姿の律刃を見た千束とたきなの2人は思わずと言った様子で感嘆の息を漏らした

 

「「わぁ…………」」

 

 背中まで伸ばした黒髪を編み、団子状にまとめ。顔には淡い化粧が施されていた。

 体格を隠すために着た和服も実に似合っており、その佇まいも併せて古き良き大和撫子然に彼が男だと言うのを忘れ2人は目を奪われた。

 

「似合ってるじゃないか」

 

「様になってんじゃない律刃〜」

 

「男としちゃ、女の格好が似合うのは複雑なんだがね……」

 

 2人がフリーズしている横でクルミとミズキが愉快そうにしながら律刃の格好を褒めれば、当人は複雑そうな顔で腕を組んで唸る。こら、写真撮るんじゃない。

 

「……ハッ! 自然体すぎて流されそうになった! なんで律刃女装してんの!?」

 

 ようやく戻ってきた千束が当然のように突っ込めば、同じく戻ってきたたきながコクコクと頷く。

 聞かれた律刃は小股で歩くことしか出来ない着物に違和感があるのか、落ち着かなさそうにしながらも千束とたきなの方に向いて答える。

 

「なんでって……。変装ならバレにくいのがいいだろ?」

 

「それはそうですが、声でバレないのですか?」

 

「その不安は最もだな。ちょいまち……」

 

「?」

 

 律刃は右手を喉に添えれば、何度か咳払いを行えばあー、とかいー、とか声を出した後に頷けば妖しく微笑み、口を袖で隠しながらクスクスと笑って胡乱げな視線を向ける千束とたきなに語りかけた。

 

これなら問題あらへんやろ? 潜入任務には声を変えるのんはお手の物や。千束はん、たきなはん。お手並み拝見させてもらうけど。かわへんどすか?」

 

「「!!?」」

 

 少し声質は低いが、確かに律刃の喉からは女性の声が出力された。オマケに京都弁である。

 まさかの返答に2人は再びフリーズした。まるで蕩けるような声と妖しい雰囲気に当てられたのか。

 

「「おお〜……」」

 

 ミズキとクルミは拍手を送り、律刃は雅にお辞儀する。

 

「と、まぁこんな感じだから問題ないはず…………どした?」

 

 千束とたきなに振り返れば、2人は熱に浮かされたようにポーっとしており律刃は小首を傾げて聞けば聞き取れはするが、やけにか細い声で千束は答えてくる。

 

「……なんでもないでしゅ」

 

「……です」

 

「そうか? ならいいが……。ミズキ、車頼む」

 

「はいよー」

 

 律刃はそういい、ミズキが車を撮ってくるのを見送ればクルミと雑談に興じ始めた。

 

「あの千束……」

 

「なに、たきな……」

 

「律刃さんのさっきの声聞いてどう思いました?」

 

「……ちょっと、うん。ヤバいね。たきなは?」

 

「……ヤバいですね(語彙力)」

 

 先程の律刃の声ははっきりいって思春期真っ只中の女子2人には刺激がどちゃクソ強かった。

 大人の女ではミズキも入るのだが、あれはギャグ枠だ。

 千束はもともとボキャ貧であったが、たきなも同じくらい語彙力が低下しているのだから、先程のそれの破壊力は推して知るべきだ。

 あともう少しあの声で話しかけられてたらいたいけな少女ふたりの性癖がねじ曲がっていただろう。

 

 だが、タダでは転ばないのが喫茶リコリコの看板娘(自称)の千束である。たきなの腕を引っ張り、律刃に声をかける。

 

「り、律刃!」

 

「どした?」

 

「どうよ! 私たち!?」

 

「……どう、でしょうか?」

 

 胸を反らせ、右手を腰に当て左手を胸へ添えればドヤ顔で千束は律刃へと見せびらかす。

 たきなは僅かに照れくさそうにしつつ、律刃へお披露目をふる。

 

 何度か目を瞬かせつつ律刃は淡く微笑めば彼女たちに向けてなんの含みもない賞賛をなげかけるのだった。

 

「ああ、似合ってるよ。うん、千束は綺麗だしたきなは凛々しさに磨きがかかってるな」

 

「……そ、そっか〜。綺麗か〜! えへ、えへへへへへ〜」

 

「あ、ありがとう……ござい、ます」

 

 純粋な褒め言葉に2人は照れれば、いつの間にか戻ってきていたミズキが心底腹立たしいとばかりに舌を打つ。

 

「……ケッ、見せつけやがって爆ぜろっての」

 

「いつの間に戻ってたんだミズキ?」

 

「ついさっきよ!」

 

「そうか。あと僻むなよ」

 

「僻んでねーし! アンタたち! 時間押してんだからはよしなさい!!」

 

 クルミの発言にミズキはガー、と吠えて反論をするが目の前でイチャイチャされたらそうなるのも無理はないだろう。

 

「っと、ミズキもああ行ってるし行くとしようか」

 

「おうとも!」

 

「はい」

 

 千束を挟んでの記念撮影を終え、3人は車へと乗り込むのだった。

 

 

「そろそろだぞ。準備できたか3人とも?」

 

「はい」「はいはーい」「おう」

 

 クルミからの問いかけに、たきな、千束、律刃は答える。

 千束が梟のチャームを首にかけていたところ、偶然目に着いたたきなが今朝のニュースを口にする。

 

「ソレ、今朝のテレビで……。なんか金メダルとってました」

 

「あ、そーう? 私にもそういう才能があっちゃうのかなー?」

 

「弾丸避けるとか誰にもできることじゃ無いですけど?」

 

「ありゃ勘だよ。ソレみたいに弾より速く動けたらメダル取れるんだけど〜」

 

「人のことソレって言うんじゃありません」

 

 千束の言ったことに、律刃は左手に持ったコンパクトミラーを覗きながら唇をリップをつけた右手の薬指でなぞりながら突っ込む。

 傍から見れば化粧直しをしてる女にしか見えないと突っ込んではいけない。

 

「そこはアランさんの手違いだな」

 

「なんちゅうこと言うんだ貴様!」

 

「そこを右だ」

 

「コホン。まぁ、メダルを取れなくても誰かの役には立てるでしょ。DAに戻されてる場合じゃないのよ」

 

 そして、目的地へと到着した。

 

「おー、やべぇなぁこの雰囲気!」

 

「まさに隠れ家って感じだ」

 

「ここでしょうか?」

 

「ビンゴだ」

 

 建物の中を歩き、たきなが壁の1部を触る。すると、壁の1部から数字を入力する端末が中から現れた。

 

「わー、すげぇ!」

 

 それを見て千束が目を輝かせ、たきなは予めクルミから伝えられていた番号を手早く入力。軽い電子音と共に近くにあった扉がゆっくりと開いた。

 

「通りましたね」

 

「流石ウォールナット!」

 

「じゃ、行くとするか?」

 

「だね。───ミッションスタート」

 

 千束の合図に、律刃の雰囲気は一変すれば歩き方も男のものから女のものへと変化し3人は受付の元へと歩いていく。

 

「ようこそ、いらっしゃいました。恐れ入りますが、お名前をお聞かせ願いますか?」

 

 受付の問にたきなが胸ポケットから1枚のカードを取りだし、会員証であるソレを受付へと渡す。

 

「山葵のり子」

 

「蒲焼太郎」

 

こざくら餅子さかい。宜しゅう

 

 3人が偽名を名乗れば、耳につけたインカムからクルミのバカ笑いが聞こえてくるが、それを無視して受付の確認が終わるまで待つ。

 

「……確認しました。蒲焼太郎様、ご案内致します」

 

 受付はそう言い、3人を案内する。

 

ほな、行きましょか。エスコート、頼みはるわ旦那はん? 

 

「……ええ。任せてください」

 

 律刃はたきなの腕に自身の腕を絡ませて頼めば、たきなは平常心を保って小さく頷く。

 

「……私もエスコートを頼めるかしらぁ太郎さん?」

 

「ちょ、ちさ……ンンッ! 仕方ない子だな紀子は」

 

 すると、何を思ったかニヤリと笑った千束がもう片方のたきなの腕に自分の腕を絡ませればそんなことを言ってくる。たきなはソレを注意しようとするが、ここで変に怪しまれてはいけないと思い受け入れて歩き出すのだった。余談だが、律刃からはいい匂いがしたとかなんとか。

 

 

 指定した席にたどり着き、3人が座ればそれぞれのグラスにシャンパンが注がれる。

 

「では、ごゆっくりお寛ぎください」

 

案内おおきに〜

 

 店員に向けて律刃が微笑みながら手を振れば、それに会釈をして店員は去っていく。

 

「……落ち着いた雰囲気ですね」

 

「……だねー。大人って感じ。わっ、水槽ある」

 

あんまりキョロキョロしてはると、おのぼりさんにみられるで? 

 

「「……はい」」

 

 律刃はやんわりと目立つマネはするなと告げれば、2人は小さく頷いた。

 

「……それにしても、このお酒どうしましょうか?」

 

 少しして、たきなが机に置かれたグラスを見て困ったように眉根を寄せる。

 拳銃をぶっぱなしたり、車を運転したりしてる癖して今更というがやったことの無いことをするというのはなかなかに勇気がいるものなのだ。

 

「……そうだね。全員未成年だし」

 

「……え? どういことですか?」

 

 千束も同意するように言えば、たきなは困惑した。

 

「あれ言ってなかった? 律刃って19歳なんだよ〜。もう少しで20歳になるけど」

 

「この感覚、デジャブを感じます……」

 

 また、初耳情報である。ずっと成人してると思っていた律刃がまさかの未成年。たきなは何度目かも分からない驚きに目眩がしてきた。

 

 たきなが空を仰いでるのを横に、律刃が躊躇いもなくシャンパングラスを手に取れば、何度かグラスを回しジャパンの匂いを嗅いだ。

 その後に口へと運び、傾かせると透明な液体が彼の口の中へと流れていく。

 

「……うん、3種のブドウの個性がバランスよく調和し、フルーティーな輝き、魅惑的な味わい、エレガントな熟成が感じられるな。実に、不味い」

 

「いや、不味いんかい」

 

「酒嫌いなんだもん」

 

 舌の上でシャンパンを転がし、その数秒後に飲み込めば微笑みを浮かべて感想を零せば千束が突っ込み、空となったグラスを机に置いて律刃は肩をすくめる。

 

「お前らの分も適当に俺が処理しとくから置いとけ」

 

「はいはーい。相変わず律刃ってお酒不味そうに飲むよね」

 

「酔えねぇもん飲んだって仕方ないだろ?」

 

「そういえば、この前ミズキがネタで買ってきてたスピリタス5本くらい一気してても平気だったね」

 

「す、スピ……? 肝臓どうなってるんですか?」

 

 スピリタスと言えばアルコール度数が90を超えるという酒というよりほぼエタノールのような酒だ。ほんの少し飲めば人によっては急性アルコール中毒になるような劇物を5本。それも一気とは蟒蛇にも程がある。

 律刃の酒豪っぷりにたきなが戦慄しつつ、酒を処理しながら適当に時間を潰していればカウンター席にミカがやってくる。

 

「店長来ましたよ?」

 

「それでね、律刃ってばにゃんこ達に囲まれてオロオロしてぇ……わぁ、先生なんかめっちゃ決めてんだけど」

 

「酒ってまっずい……。マジモンの逢引かやっぱり?」

 

 3人の視線の先には普段の着物ではなく、黒いシャツの上にシミ一つない白のスーツジャケットにネックレスを掛けたお洒落な格好をしたミカがいた。

 どこからどう見ても気合いのいりまくったコーデのミカに千束と律刃の2人は驚きを隠せなかった。

 

『ほら、やっぱりそうだ。楠木が来る前に撤退した方がいい』

 

『いや、だって楠木は───』

 

「「女性()だし」」

 

「『───え?』」

 

 ミズキから引き継ぐようにボヤけば、たきなとクルミが驚いた顔を浮かべてそれぞれの顔を見る。

 

「お、来た!」

 

「誰か来ましたね」

 

「……あれ、あの人って?」

 

「ヨシさん!?」

 

 ミカの約束の相手、ソレは吉松シンジであった。

 

『たぁ〜……、こりゃ逢引だな』

 

「『え?』」

 

 千束、律刃、ミズキの反応に状況の読み込めないたきなとクルミは困惑した様子を見せ、千束は額へと手を当てて顔を伏せる。

 

「あちゃ〜……。私としたことが」

 

『まて、ミカはそう(・・)なのか!? お前ら、それを先に言えよー』

 

「あとでいくらでも謝ってやるから今はさっさとお暇するぞ。ほら、邪魔じゃ悪いから静かに行くぞ?」

 

「ほいほーい」

 

「え、あ。は、はい?」

 

 クルミは事情が呑み込めたようだが、たきなは何が何だかといった様子のまま席を立てばミカ達にバレないようにコソコソと移動を始める。

 

「愛のカタチっていうのは様々なんだよ、たきな」

 

「律刃さんと千束の関係みたいにですか?」

 

「「いきなり何言い出すのかね君は……!?」」

 

 突然のたきなのボケに千束と律刃は突っ込むが、慌てて口を抑えミカとシンジを見る。

 2人はグラスを乾杯し合ってるところから、どうやらバレていないらしい。

 

「ンンッ……、こっちこっち!」

 

「お店の常連なんですから、挨拶をしても……」

 

「いいから! 後で教えたげるから!」

 

「早くお前ら行けって……!」

 

 先頭を千束、真ん中にたきな、後方に律刃という順でインテリアとして置かれていた植物に隠れて出口に向かっていた時、シンジからの口から出た言葉が千束の足を止めた。

 

「手術後、私は君にあの子を託した。その意味を忘れたのかミカ?」

 

「…………え?」

 

「んむ……!? ちょっと、千束!?」

 

「何止まってるだ……!? 早く行けって……!」

 

 たきなと律刃が急かす声を出すが、千束の耳にはシンジの声しか聞こえなかった。その言葉の意味を千束が理解してしまったからだ。

 

「何のために、千束を救ったと思っている? あの心臓だって、アランの才能の結晶なんだぞ?」

 

「……ヨシさん、なの?」

 

「千束! 出ないんですか……!?」

 

「ヨシさんだよ!」

 

「ちょっと、千束!?」

 

「おい、バカ、何して……!?」

 

 千束はそう言ってミカとシンジの元へと向かってしまう。たきなと律刃の2人が引き留めようとするが、興奮した彼女は制止を振り切り2人に声を、話をかけてしまう。

 

「ヨシさん、なの……?」

 

「ッ!? 千束!?」

 

 聞こえてくるわけのない声が聞こえ、ミカは振り返り驚愕に目を見開く。シンジも僅かに驚いた後に、ミカを睨んだ。

 

「ミカ……」

 

「いや、違うッ!」

 

 ただ、間が悪かった。陳腐な表現になるがそうとしかいえなかった。

 ミカにはなんの落ち度はない。ただ、偶然が重なりこうなった。それだけなのだ。

 

「ごめんなさい! 先生のメールをうっかり見ちゃって……」

 

「司令と会うのかと」

 

「すみませんミカさん……。俺が止めるべきだったのに……」

 

「お前たち…………」

 

 目を伏せて心の底から謝罪をする3人を見て、悪気があったのではないとミカとシンジは悟る。

 

「でも……今の話。ちょっとだけ、ちょっとだけヨシさんと話をさせて?」

 

 千束はミカへ頼み、吉松シンジへと向き直る。

 

「なにかな?」

 

 シンジは視線を千束とは合わせず、カウンターへと体を直す。

 律刃はここからは自分たちはおじゃま虫になるだろうと悟った。

 

「悪いけど、俺たちは先に出てるよ」

 

「すみません、後はどうぞ」

 

「うん、ごめんね律刃、たきな」

 

「じゃあ、あとはゆっくり話せよ」

 

 律刃は最後に千束の肩を叩き、たきなを連れてバーを出ていく。

 

「あ、すみません……。吉松さん、の方がいいか。ありがとうございました────」

 

 背後から聞こえる千束の感謝の声。2人は何も言わず、通路を進みエレベーターへと入る。

 

「千束の思っていた人が出会えて良かったですね」

 

「ん、……そうだな〜」

 

 たきなが言えば、エレベーターから見える外の景色をぼんやりと見つめていた律刃が間延びした声で返した。

 

「? なんだか、嬉しそうじゃないですね律刃さん」

 

「そう見える……?」

 

「……はい」

 

 律刃からの問にたきなは頷けば、景色を見ていた律刃の肩が小刻みに震える。どうやら、笑っているようだ。

 

「たきなってさ。なんのために生きてる?」

 

「唐突ですね。なんのために生きる……ですか?」

 

「そ」

 

 こちらを見ずに聞いてきた律刃にたきなは面食らうが、なんて答えるべきか考えてみたが直ぐに首を横へ振り答える。

 

「……ダメですね。分かりません」

 

「だろうな。それでいいんだよ」

 

「はぁ……」

 

 律刃の言っていることの意味が理解できず、たきなは首を傾げることしかできない。

 

『人ってさ。誰かから与えられた使命のために生きるなんてバカみたいでしょ? 

 それじゃあまるで人形みたいじゃん。人は自分のしたいこと。心のそこからそうでありたいと願って、そのために生きれば初めて人は生きてるっていえるんだよ。

 だから存分に頭を捻って悩んで考えて不器用に生きてみな律刃』

 

 綺麗な夕焼けを見つめ、いつの日か少女は心無い機械に教えた。

 

「……俺は自分の心に従ってるよ撫子」

 

 千束の為なら自分は彼女の盾になろう。

 その魔の手を伸ばす存在の首筋に牙を突き立て食いちぎろう。

 彼女の忘れ形見、それを守るためなら自分は喜んで鬼と成ろう。

 

 その後、たきなはエントランスで待ち律刃は一服をするために外へ出ていれば、吉松シンジが建物の中から出てくる。

 

「君は……竜胆律刃くん、だね? その格好では気が付かなかったよ」

 

「ええ、はい。変装のためにって感じで……っと、すみません、消しますね」

 

 律刃が煙草を消そうとすれば、シンジをそれを制止して彼の隣に立つ。

 

「いや、そのままで構わないよ。……私にも貰えるかな?」

 

「構いませんよ吉松さん。どうぞ」

 

 律刃は袖の中に仕舞っていた金属製のシガーケースを取り出せば、蓋を開いてシンジに差し出す。

 等間隔に並んだ煙草のうちシンジは1本取り出すと、律刃はマッチを擦りシンジの咥えたソレに火をつける。

 

「甘い……? それにこの舌触りは……。ペーパーと煙草葉(シャグ)はリコリス、甘草だね?」

 

「ええ。市販だと売ってないので自作です」

 

「いい腕だ律刃くん」

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

 シンジからの賞賛に微笑み、2人は暫し無言で紫煙をくゆらせた。

 口火を最初に切ったのは律刃だった。

 

「吉松さん」

 

「なんだい?」

 

「アイツを……、千束を助けてくれありがとうございます」

 

「……何度も言うようだが、私にはそれをやったと言うことは出来ないんだよ」

 

「それでも、です。俺は貴方に感謝をしてもしきれない。本当に、千束を、彼女をありがとうございます」

 

 律刃はシンジとは目線を合わせず、律刃は感謝の念を伝える。

 

「……律刃くん」

 

「はい」

 

「千束の居場所がここではないことは君ならわかっているはずだろう? 

 ……リッパーと呼ばれた君ならば」

 

「……千束の使命、ですか?」

 

「────」

 

 無言は肯定と受けとり、律刃は壁から背を離せばシンジを見据えて右手を掲げる。

 

「俺は化け物だ。俺の手ならいくらでも汚れてもいい。けど、千束は……あの子は手を汚すには余りにも優しすぎる。

 それでも、貴方がアイツをそうさせるのなら俺は……、吉松さん。貴方を、アランを俺の全てを使ってでも止めさせてもらう」

 

「そう、か……。君はそう来るというんだね」

 

「ええ。俺の恩人に報いるために。彼女の忘れ形見を守るために俺はここに居ます」

 

 微笑み、律刃は告げる。

 シンジは僅かに眉根を寄せれば、煙草を握り潰して律刃の肩を叩き傍を通り抜けた。

 

「煙草、美味しかったよ律刃くん。では、また」

 

「吸いたくなったら何時でもリコリコに来てください。千束が喜ぶんで」

 

 律刃からの声にシンジは片手を上げて答え、迎えに来ていた車に乗り込む。

 走り出した車のテールランプを見つめ、律刃はそれが見えなくなるまで見送った。

 

 

 〇

 

 

 無事帰宅し、遅めの食事もとって風呂を終えてさぁ寝ようといったところ、律刃はなんともいない顔でソファに寝そべり、自分の胸元に顔を埋めるひっつき虫の対処に困っていた。

 

「なぁ、千束。元気出せよ?」

 

「むぁ〜……!」

 

「ほら、明日も仕事だから寝ようぜ?」

 

「んぼぼぉぼぼぉ〜……!!」

 

「何言ってっかわかんねぇ」

 

 帰宅してからずっとこの調子の千束に律刃はどうすりゃええねんと思う。

 殺しの技術は学んでいても、こうした場合の対処の仕方なんぞ全く知りもしないのだ。

 一日で知るにはあまりにも大きすぎる情報。自分の恩人が店の常連だったなんて予想もできない。

 

 感謝を伝えたかったのに袖にされてしまっては仕方ないのだろうが。

 

「(困ったなぁ。こうなって嬉しい俺がいるのに困惑を隠せねぇや)」

 

 自分に甘えてくる千束に愛しいという感情を抱いてる自分に律刃は自己嫌悪を覚える。

 

「(ほんと、人間らしくなったよな俺は……)」

 

 思い出すのは真っ白な天井と壁に囲まれた四角い部屋。その中心でナイフを片手に頭からつま先まで血で真っ赤に染めた幼き自分の姿。

 

「(俺はこんな資格なんてないのにな)」

 

 小さな背を抱くことも出来ず、かといって振り払うことも出来ない己の弱さに少年はただ宙を仰ぐ。

 

「(撫子、俺は……)」




律刃
千束を救った相手、シンジに大してジェラシーを覚えていた無自覚系執着強め面倒くさ主人公。
女装には対して抵抗ないし、もし千束が頼めば普通にやるしむしろ喜んでやる。
なお、理由としてはリリベルの頃に潜入暗殺任務のために教えられたのと、上司の慰安(意味深)任務のための模様。
声質も変えることできCVイメージは酒呑童子を演じてる悠木碧さん。
ついでにスピリタス5本を一気してもシラフのままという恐るべき酒豪。なお、酒は風味が苦手なので嫌い。あと酔えないので。

千束
自分を救ってくれた人がまさかの相手に驚いているし、律刃の女装に脳が破壊されかけた。
多分、律刃にあれで迫られてたら「お姉様!」って言ってたかも。

たきな
千束の恩人が見つかってよかったが、それはそうと律刃に性癖がまた歪まされそうになった。



貴方の感想、評価がモチベになります。
誤字脱字、毎度ありがとうございます。


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21

ふざけて書きました。頭空っぽにしてお読みください


 山盛りに盛られた、タレを絡め炒めた豚こま肉を箸でつまみ口へと運ぶ。

 舌の上にあまじょっぱさと生姜の風味、肉の油の甘さが広がり、堪らず頬を緩ませれる。

 だが、そればかり食べてはバランスが悪い。そのために、今度は茶碗に盛られた艶々と白く輝き、湯気の昇る炊きたての白飯へと狙いを定めた。

 主菜の豚のしょうが焼きを摘めば、そのご飯の山の山頂へと載せる。

 肉汁とタレがご飯へと染み込めば、ご飯の香りと合わさりますます食欲を増幅させる。

 ジュワリと口の中に唾が溢れれば、一気に生姜焼きとご飯を小さな口いっぱいに掻き込んだではないか。

 

「ハグッ、ハグッ、ハグッ……!!」

 

 傍から見れば行儀が悪いと注意されてしまうような食べ方。だが、この食材たちにはなによりもこの食べ方が合っている。むしろ、お上品に食べるのなんて失礼にあたるのではないか? 

 そして、口いっぱいの白飯と生姜焼きをきっちり30回以上噛んで飲み込み最後まで味わいつくしてゴクリと飲み込む。

 

「んん〜♪」

 

 ポヤポヤと幸せそうなオーラが体全体から放出され、少女は堪能する。

 

 今度は口直しに付け合せの浅漬へと箸を伸ばしてキュウリを口に運べばポリポリとした食感に丁度いい塩加減で口の中の肉汁がリセットされれば、再び肉の山へと戻っていく。

 

「たきなってば本当に美味しそうに食べるよね〜」

 

「作った側からしたらあれを見れば料理人冥利に尽きるな」

 

 カウンターで今日の賄い(生姜焼き定食)を食べるたきなを眺め、千束と律刃は会話する。

 たきながリコリコに来てから半年近く経つ。最初の頃の優等生ぶりはなりを潜め、今や何だか妙にユルっとした感じになっていた。

 つっけんどんしてるよりは十分今の方が接しやすいし、年頃の女の子らしく可愛いものだ。

 

「律刃さん、おかわりお願いします」

 

「はいよ。ついでに生姜焼きも追加するか?」

 

「お願いします」

 

「はいよ」

 

 たきなが言えば、律刃は朗らかに笑って茶碗と食器を受け取り厨房へと向かっていくが、ふと足を停めれば振り返って千束へと告げる。

 

「千束もそろそろ休憩だしついでに食っとけ」

 

「りょうか〜い。あ、人参の漬物いらないよ!」

 

「…………」

 

 

 

「ぬおぉぉおお、人参いらないって言ったのにぃ!」

 

「好き嫌いしては大きくなりませんよ千束。こんなに美味しいのに」

 

「そうだけどぉ……!」

 

 山盛りに盛られた人参の浅漬を見て唸る千束に、たきたは幼子に言い聞かせるかのように告げる。

 律刃の料理が美味しいのは朝昼晩作ってもらってる身としては既に知っている。だが、苦手なものは苦手なのだ。

 だが、もし残したら……

 

『……そっか、うん、千束には好き嫌い克服して欲しかったんだけど余計なお節介だったよな。……悪い』

 

 と、しょんぼりとした様子で言うのだ。これがまた罪悪感が凄いのだ。

 で、食べたら食べたで。

 

『凄いな千束、嫌いなもの食べれたのか? こりゃ今日はお祝いだな!』

 

 と、我がことのようにはしゃぐのだ。何だこの策士っぷりは? こんなの見せられたら頑張るに決まってるだろ全く。

 

「やったらぁ!」

 

 たかだか人参食べるだけでこの気合いの入れようバカみたいだが、千束には大事なことなのだ。たきなはアホを見るような目で見ながら生姜焼きへと手を伸ばすのであった。

 

 

 

「たきな」

 

「なんですか?」

 

「……なんていうか、さ。ここに来た時よりもこう…………、ふっくらしてない?」

 

 ある日の昼下がり、千束は椅子に座り神妙な顔でたきなへと話しかける。

 彼女の視線の先には着替え途中のたきなが居た。

 たきなはリコリスの制服を脱いでいた手を止めれば、千束へ失笑しながら答える。

 

「ふっ、何をデタラメな。私は常に適正体重ですよ千束。千束のように不摂生をしてる訳では無いのですから」

 

「…………」

 

 その返答に千束はカチンと来たのか、スンと真顔となったがすぐに意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「ハハハ、言うねたきな〜。そんなことを言うくらいなら体重計怖くないよね?」

 

「ふっ、愚問ですね。たかが体重計程度に臆してはリコリスなど務まりませんよ?」

 

「へー……。の、割には全く体重計に視線を向けようとしないのはなんなのかなぁ?」

 

「千束、何が言いたいのですか?」

 

「いやー、べっつにー? たきなちゃんってば体重が増えたことを知られて恥ずかしいのかなーってお姉さん思っただけだからぁ〜。

 あっ、でもリコリスは体重計なんて怖くないんだもんね〜?」

 

 そ・れ・と・も、と千束は続ける。

 

「自分の体の管理すらできないのかな?」

 

「できらぁ!!」

 

 たきなキレる! 

 

「ぁぁぁぁぁぁあ!!!?」

 

 そして、リコリコに響く悲鳴。

 

「どうしたお前……らぁ?」

 

 スパーン! と更衣室の扉が開かれ、律刃が入れば視界に写った光景に段々と声はしりすぼみとなっていく。

 体重計のまえで膝をつき、この世の終わりだとばかりに慟哭するたきな。その後ろで満足そうにガッツポーズをしてる千束という何が何だかという光景。

 

「えっと……、何があったんだ?」

 

「律刃、女の子にはね。どんなに辛くても向かい合わなきゃいけない問題があるんだよ……。たきなは今、その重大な問題に直面しているのさ」

 

「へ、へぇ……そうなの、か?」

 

「そうなんです! ……ブフッ」

 

「いや、笑ってんじゃんお前」

 

「笑ってないです」

 

 笑ってないったら笑ってないです。

 律刃はとりあえず怪我がないならいいや、と思い首を傾げながら更衣室を後にするのであった。

 

「たきな、元気だしなって。律刃のご飯が美味しいのは仕方ないよ。ここにいる限り、避けられない運命だから……」

 

 律刃のご飯は美味しい。それはもう、何度もオカワリを要求するくらいには。

 その度に体重計が無慈悲に告げる数字には慣れっこである。いや、慣れちゃいけないのだが。

 

「千束はいいですよねぇ! その胸の脂肪が吸ってくれるんですからッ!!」

 

「いやー、辛いわー! 育ちすぎて私辛いわー!!」

 

「ッッッ!!」

 

 たきなはこの時ばかりは恐ろしくなだらかな己の装甲を呪った。

 そして決意する。この邪智暴虐な千束をいつか泣かすと。

 頑張れたきな! 負けるなたきな! でも、平らな子が好きな人もいたりするから気にしない方がいいよ。

 



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22

そろそろ律刃の過去話を挟むかどうかと迷い始める中での初投稿です。
アバンタイトルですが、どうぞ。


 とある一室、シンジは出された食事を完食すればそれを作った人物に対して礼を言う。

 

「ありがとう、美味しかったよ姫蒲(ひめがま)くん。君は料理人の才能があるよ」

 

「調理の道を選んでいれば、機関は支援しましたか?」

 

 シンジの秘書兼ボディガードのようなことをしている姫蒲が聞けば、シンジは薄く笑い肩をすくめる。

 

「"選ぶ"? フッ、機関が支援する才能は神のギフトだ。選ぶことなどできはしない。生まれながらに役割が示されている」

 

「なら、人生の意味を探す必要はありませんね」

 

「そうさ。幸福な事だ」

 

 生きる意味を最初から示されている。それがなんと幸運な事か。シンジは頷き、ワインを煽る。

 

 

 姫蒲が準備をしているのを横目に、シンジはグラスに注がれたワインを味わいながら彼女に対して釘を指しておく。

 

「千束と例のモノ(・・・・)扱いは丁重にな?」

 

「状況次第です。それに、彼女ならまだしも彼を相手にすれば私では勝ち目が薄いのでは無いのでしょうか?」

 

 姫蒲の手には2枚の写真があった。1枚は千束の写真。もう片方は律刃のが。

 千束単体はそこまで脅威ではない。だが、リッパー(律刃)がいればその限りではない。千束を守る為ならば、彼はまさに無双に等しい活躍をする。

 

「出来るよ君なら。そのためにソレ(・・)を預けたのだから」

 

「……確証はあるのでしょうか?」

 

 姫蒲は写真を仕舞えば、つい先程シンジに渡された物を手に取る。

 手の中に長方形の箱が納まり、意外と重さがあるのか持った瞬間に手が僅かに沈む。

 

「もちろん。中にあるソレ(・・)を使えば、彼の中の"フレイヤ"に干渉することが可能だ。

 起動さえすれば、彼は指ひとつ動かすことすら出来ない。そうすれば、回収も容易い」

 

「なら安心ですね」

 

「……あんな所でいつまでもままごとをさせてはいかんのだよ。

 それに、役目を放棄した器には必要のないものだ。与えていたものをアランに返させてもらうとしよう」

 

 背もたれに体を沈み込ませ、シンジは月を見上げれば呟きは空に解けて消えていく。

 

 

 

 

 〇

 

 

「へいお待ち!」

 

 喫茶店に似つかわしくない声とともに、常連客の1人で千束と律刃をモデルにした漫画を描いてる(本人たちには無許可)作家の伊藤の前に置かれる巨大なパフェ。

 

「千束ちゃん、飲み屋じゃないんだから……」

 

 それに対して伊藤は苦笑気味に指摘する。

 

「お、千束ちゃん。昼間から飲んでいいのかい?」

 

「ありますよ〜。ミズキの飲みかけなら!」

 

「阿部さん勤務中……」

 

真昼間から酒をかっ喰らう刑事がいたら懲戒ものである。案の定、後輩から窘められる阿部刑事。

と言っても、本人は軽い冗談のつもりだし千束もそれがわかっていてフッたのだ。

 

「今日のは凄いね」

 

「千束specialだらか! 北村さんも食べます?」

 

「食べる!」

 

「じゃあ、俺も!」「私もー!」「はいはい、ワシも!」

 

「はーい! 千束スペシャル、一丁、二丁、さんちょーう! 律刃〜!」

 

「んなコスト度外視のもん作らせんな!! 3つな!? 少し待ってろ!!」

 

『いや、作るんかい!』

 

 厨房から響く怒声。それに突っ込む常連客一同。

 

「うーし、できたー。たきな、これ頼む」

 

「…………律刃さん」

 

「どした? 余り物でいいならお前の分も作るけど」

 

「……それは後で貰いますが。コホン、このままでは不味いです」

 

「……へ?」

 

 神妙な顔でいうたきなに、律刃は首を傾げる。

 

 

 

 客足がひと段落すれば、店裏の座敷にリコリコの一同は集まった。

 その中心でたきながダブレットPCを操作すれば、画面にはリコリコの経営状況が映し出される。

 画面の数字のえぐさに既に知らされて律刃を除いた一同は息を飲んだ。

 

 グラフ上に表したデータ。それは右に行くにつれて下に下がっていき、明らかに経営状況は赤字であることを指し示す。

 

「……赤字だな」

 

 クルミが苦々しく言えば、たきなは小さく頷く。

 

「ええ。依頼から得たお金を合算してもコレです。銃弾や仕事の移動にかかる経費はどうしてるんですか?」

 

「DAからの支援金があるのよ〜。千束のリコリス活動費って名目でね」

 

「完全に足出てますよね?」

 

「……白状するなら、俺の活動費用も支援してもらってプラスアルファ俺の懐から出してもこれだ」

 

「…………店員のお金を経営に回すのってどうなんですか?」

 

「………………悪いとは思っているのだが、な」

 

 それでも足りないのである。悲しい現実にミカはそっと目を伏せる。律刃は熱くなった目頭を抑えた。

 

「え!? 律刃、何処にそんなにお金あるの!? あったらあの映画のプレミアBlu-rayBOX買ってよ!!」

 

「店の経営を維持するために何が悲しくてパチンコしなきゃいけねぇんだよ! 

 つか、お前そう言って前買った映画まだ積んでるだろ!? せめてそれを見終わってからにしなさい!」

 

 ママさんのように千束を叱る律刃。

 彼女程では無いが、十分化け物レベルの動体視力を持っている律刃にとってスロットの絵柄を目押しで当てまくるのは難しくはない。難しくは無いのだが、ギャンブルで稼いだ金を店に入れるなどと書いてみれば字面があまりにも悪すぎる。

 

 そんな横でミズキがズビシと千束へ指を突きつけた。

 

千束(コイツ)が高い弾やったらめったら撃つからよ!」

 

千束スペシャル(あのパフェ)もな」

 

「俺があくせく仕入れを安く済ませようとしてんのにこれじゃ水の泡だしなぁ」

 

「独立してると言いながらお金はDAに頼り。挙句には律刃さんにも出してもらっていた……と?」

 

 たきなが言葉を区切れば、ミカを除いた全員からジットリとした視線が千束へと突き刺さる。

 何対何と聞かれれば、10対0の数え役満。千束の1人負けである。

 

「う〜……、楠木さんみたいなことぉ。だってぇ……」

 

 両手の人差し指を付き合わせてイジける千束を見て、たきなは重く。長く。これでもかとため息を吐き出せば、決意を表明するのであった。

 

「はぁぁぁぁぁあ…………。分かりました、以後私がりこりこの経理を行います!!」

 

「頑張れたきな応援してるぞ!」

 

 目指せ脱赤字。目指せ黒字。目指せV字回復! である。

 

「律刃さんも手伝ってもらいますからね?」

 

「ア、ハイ」

 

 笑顔で言われ、律刃は有無を言わずに首を縦に振るのであった。

 彼は後に語る。その時のたきなの顔がめちゃくちゃ怖かったと……。

 




律刃
採算度外視のメニュー作るのやめれと千束に思ってる。
弾丸を見切れるんだからスロットくらい簡単やろってことでパチンコで無双してる模様。才能の無駄遣いと言っては行けない。
千束に無理やりサメ映画を見させられ、辟易としてる模様。
なんでサメが砂地や雪原を泳いだり、巨大竜巻に乗って街の上から落ちてきたり、悪霊となって市街地に現れるんだよ!?と、見る度に新鮮なツッコミと反応を提供するから面白がって千束に次から次へとサメ映画を見させられてるのだ。(拒否すればいいとか言ってはいけない。)

千束
詰んでる映画が沢山ある。そのランクはAからB。挙句にはZ級まで。今回律刃に強請ってたのはAよりのB級映画の模様。
ほら律刃!今度はこのサメ映画見よ!!サメとエイリアンが戦うやつ!!

たきな
リコリコの経営を回復させるため、あの手この手を尽くす。サメ映画?ジョー〇なら知ってますよ。え、シャーク〇ード?サメが巨大化してワニと戦う?何言ってるんですか?頭大丈夫ですか?


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23

何がとは言いませんが、いいですよね。田舎の転校生が気がつけば求婚されたり百合婚約したりするの。何がとは言いませんが


『律刃、そっち逃げたー!』

 

「りょーかいっと。来たか」

 

 作戦通り、自分の待ち構えていた所にやってきた男二人を見て律刃が浅く笑えば。

 強面の男たちが怒鳴り散らかし、律刃に対してピリついた殺意を向ける。

 

「なんだテメェ!」

 

「どかねぇとぶっ殺すぞ!」

 

 それに対し、律刃は馬鹿にするような表情を浮かべれば緩やかに右手を前に、左手を曲げ腰下へと運ぶ。

 

「あんまり強い言葉を言うなよ。弱く見えるぜ?」

 

「「……ッ!!」」

 

 誰が聞いても安い挑発といえるその言葉に、沸点の低い男たちは血管を浮き上がらせ手に持った銃を構えた。

 だが、

 

「フッ……!!」

 

 短い気合いを零し、圧力を込めてコンクリートの地面を踏み抜けば、律刃の体がぶれる。

 

「なぁっ!?」

 

 相手からすれば突然、目の前に律刃が現れたように見えただろう。

 驚愕に顔を染める男は迎撃をしようと銃を構えるが、既に律刃は懐の中へと飛び込んでいる。

 銃を持つ右手に対し、律刃が左手の甲を手首に軽く当て狙いを上方向にずらせば、乾いた発砲音が響く。

 しかし、弾丸は誰にもいないところに飛んでいった。

 

「セイッ!」

 

 その場で膝を軽く曲げてしゃがめば、踏み出す。発生した運動エネルギーを澱みなく伝達させ、上体を僅かに逸らし背中を向ければ男に向けて体当たりを放つ。

 

「ゴァッ!?」

 

 俗に言う鉄山靠(てつざんこう)と呼ばれるソレをくらった男は、重々しい衝撃音と共に吹き飛んでいき壁へと叩きつけられる。

 背中を強かに打ち、肺の中の空気全てを吐き出された男は少し呻けばそのまま意識を落とす。

 

「なぁ……!? テメッ……!」

 

「遅い!」

 

 自分の相方をやられたもう1人の男が引き攣った声で弾丸を放とうとするが、残心を解いた律刃は前傾姿勢で滑るように移動。

 右手を腰下へと運び、肘を曲げれば握り拳ではなく緩く指を折り掌部分を接近した男の顎に向け、下からかち上げるように打ち出した。

 空気の弾ける音、男の潰れたカエルのような悲鳴。

 

「へぶぁ!?」

 

 顎を思い切り掌底で撃ち抜かれた男は垂直に飛び上がり、天井付近まで跳ねたところで重力により背中からコンクリートの地面へと叩きつけられ意識を落とす。

 

「よし、仕事完了。お前らの方は……何してんだ?」

 

 この間、約10秒。手早く伸びてる男たちを拘束すれば、律刃が振り返るとそこに居たのはワイヤーにより拘束され地面へと転がる千束。憮然とした様子のたきなであった。

 これに律刃は困惑。

 

「千束が余計に弾丸を使いそうでしたので止めさせてもらいました」

 

「あ、そう……」

 

 説明を聞き、律刃は納得。

 この仕事の前に千束が無駄弾プラス現場を破壊し、出費が嵩んでいたので、たきなの行動に律刃は何も言えなかった。

 

「わかったから、これ早く解いて〜!?」

 

 そんな2人の横で陸に上がった魚のように跳ねる千束であった。

 尚、その後の仕事でも弾を撃ちすぎそうになった為に、たきなに首根っこをつかまれ千束は説教されることになる。律刃は呆れた。

 

 

 〇

 

 

「うーむ……。上がらんな」

 

「……微増ですね」

 

 損失はある程度回復した。それでもまだまだ黒字には程遠い。たきなと律刃はパソコンの画面とにらめっこして頭を悩ませる。

 一体何が悪いのか? あーでもない、こーでもないと議論をしつつ問題解決に勤しむたきなと律刃の2人。

 

「おいゴルァ! 原因の一つお前かミズキィ!」

 

「冷蔵庫の開けっ放しは電気の無駄です!」

 

「ヒエッ、メンゴ……」

 

 原因のひとつにミズキが冷蔵庫の開けっ放しによる電気の無駄遣い。

 

「えーと、3……7……?」

 

「交代します」

 

「うん? ああ、頼むよ。……早いな」

 

 会計の速度があまりにも遅すぎたミカに見ていられなかったたきなが変われば、レジ打ちをものの数秒で片付けた。

 

「うわわ、わぁ!?」

 

 その後ろでは、皿を片付けていたクルミがバランスを崩す。

 

「あっぶね!?」

 

 あわや大惨事、といったところで律刃が残像が見えるほどの速度で全ての皿を回収。ほっと一息ついた。

 

「おお、ナイスキャッチ……」

 

「そりゃどーも……」

 

 クルミに対し、疲れたように律刃は肩をすくめる。

 

 

 

「どうだー?」

 

「もうちょっとー」

 

「この配線を切って、と」

 

 人には言えない酒場にて、仕掛けられた爆弾を解除するたきなと千束。律刃はすることが無いのでカウンターにもたれ掛かり、作業の行く末を見守っていた。

 

「……これをやれば」

 

「だ、そうだ。無事終わりそうだから、金もらおうか?」

 

「何を言ってるアル! 終わったらサッサと帰るアル!!」

 

「そうアル! 痛い目見ないうちに────」

 

「フンッ!」

 

「ゲブラッ!?」

 

「な、何するアルッ!!」

 

「ラァッ!!」

 

「ギャァァアアッ!!?」

 

 無事仕事を終え、報酬をもらおうとする律刃であったが追い返そうとするゴロツキに対し、O☆HA☆NA☆SHIで黙らせる。

 律刃はニンマリと笑って依頼人の肩へと腕を回す。

 

「ひぃぃい!?」

 

「なぁなぁ、依頼人さんよぉ。仕事には対価が必要だ。分かるよな? 分・か・る・よ・なぁッ!? 

 あー、分かってくれたらいい。突然大声出してごめんな? うん、話を戻すか。そう、仕事には対価が必要って話だった。

 そう、アンタは俺らに爆弾の処理を頼んだ。俺らはそれを引き受けた。そう、然るべき手順。然るべき手続きでアンタは仕事を頼んだんだ。

 言いたいことわかる? 逃げようとしてない? してない? そう、ならいい。

 んじゃ、アンタはちゃんとお金を払って俺らはそれを受けとってみんなハッピー。それのはずだ。な・の・に? 

 アンタはきちんと仕事を終えた俺たちに金を払うならまだしも、払おうとせず逆に追い返そうとした。それじゃあ駄目だ。物事にはきちんと双方の合意が必要だ。そうだろ? 

 うん、うん、そうだ! 同意してくれて嬉しいよ♪ 

 これは一時の間違いだもんな? そうだよなぁ、うん誰にでも間違いはある。でも、俺たち信用されてると思ったのにさっきの傷付いたんだよ。これはもっと色をつけてもらわないと困るなぁー? 

 え、これだけしか出せない? ハハハ、あんた依頼出す時に見てないのか? 依頼内容の不備、不測の事態が発生した時は追加報酬を貰うってあったろ? 

 どんな契約もきちんと隅々まで見る。社会人の鉄則だよなぁ? あー、困ったなぁ! ちゃんと全額貰えないのならここにいる意味ないなぁー。たきな、千束、帰るぞー。

 あー、最後の2本切ってない? いいよ別に。後はこいつらがどうにでもするらしいし。

 ……あ? 払う? なら先に言えよ? 俺は言ったよな? 

 チッ、最初から大人しく渡せってんだダボハゼが。

 ……ぶねぇなぁ! 何! 人が! 話してる! 時に! 邪魔! してん! だぁ!? 

 ……よし、千束ありがとうな。うん、ひーふーみー……確かにあるな。

 あ、天井の修理? 知らねーよ。そこのハゲどもが勝手にイヤッフーって叫んでコイン目当てに飛び跳ねて出来たんだろ? 

 誰にだって赤い配管工のオッサンみたいになりたくなんだよ。察してやれよ。知らんけど。請求してきたらわかってるよな? 

 よし、分かればいい。あ、あとあの酒は払わねぇからな? 勝手にぶっぱなしたハゲどものせいだからな? んじゃ、邪魔したなー」

 

 首が天井に突き刺さり、愉快な前衛的オブジェになったごろつきをバックに歩いていく3人。

 

「いやー、想定より多く貰えたねー!」

 

「ですね。収支はプラスです」

 

「そいつは良かった」

 

「あ、そういえば見た? 見たー? たきな、律刃! 私撃ったの1発だけ! どうよ〜」

 

「へーへー、見てましたよー。よく出来ましたねー。飴ちゃんあげよう」

 

「えー、なんか雑ゥ! たきなぁー!」

 

「ええ、よく出来ましたね。花丸です」

 

「えへへー、褒められたぁ!」

 

「たきな、あんまり褒めると調子乗るぞコイツ」

 

「なんとぅ!? 私は褒められて伸びるタイプなんですぅ!!」

 

「はいはい、すごいすごーい」

 

 褒めろ褒めろとじゃれつく千束に、律刃とたきなが適度に相手するのであった。

 

 

 〇

 

 

「かっっっっっっらぁ!!!?」

 

 ビリビリと空気を震わせる悲鳴が轟く。

 

「はぁ!? これのどこが辛いんだよ! めちゃくちゃ甘口だろ!」

 

「何処が!? めっちゃ辛いんだけど!!?」

 

 机の上に置かれるグツグツと煮立つ物体。

 鼻を突くような香辛料の香りの中に確かな旨味の感じる匂い。真っ赤な粘土の高い液体にはひき肉や白い絹ごし豆腐が沈む、中国の料理。麻婆豆腐がそこにはあった。

 そして、それを見てなんとも言えない顔のミズキとたきな。顔を真っ赤にして牛乳をがぶ飲みする千束と憤慨する律刃というカオスな光景が広がっていた。

 

 この集まりは経営回復のための新メニュー開発会議で、最初の一発目は律刃の作った麻婆豆腐だ。

 

 過去にたきなやクルミがまだいなかった時、律刃は千束、ミズキ、ミカの3人に渾身の麻婆豆腐を振舞った。振舞ったのだが、その時の感想が。

 

『麻婆かとおもったらただの爆弾だった』

 

『口の中とお腹が焼け爛れたようにズンガズンガして汗と震えが止まらない』

 

『ラー油と唐辛子を百年間ぐらい煮込んで合体事故のあげく、『オレ外道マーボー今後トモヨロシク』みたいな料理』

 

 という、散々なものであった。これに律刃は激怒した。こんなにも美味しい麻婆豆腐を食べて美味しさが分からないなんて。こいつらはなんて馬鹿舌なんだと。(とても失礼)

 その時から律刃は試行錯誤を繰り返した。

 

 律刃からしたら些か以上に物足りない辛さまで落としながらも、旨みはそのままの渾身の出来の麻婆豆腐。

 そもそも喫茶店なのに麻婆豆腐とかどうなの? という突っ込みが出そうだが気にしてはいけない。

 

 そんな麻婆豆腐を千束が試食した結果が前述の牛乳がぶ飲みという結果である。

 

 とりあえず、千束だけの評価だけではなんとも言えないので、一応辛さをやわらげる牛乳を用意した後。

 たきなとミズキはおっかなびっくりと言った様子でレンゲにほんのちょびっとだけ律刃の特製麻婆を掬えば口へと運ぶ。

 

「辛ッ……! あ、だけど美味しい! けど、やっぱり辛っ!?」

 

「うーん、まぁあの時のに比べたらだいぶ食べやすいわねぇ。でもやっぱりこれでも辛すぎるわね……」

 

 舌を刺すような刺激の後に来る確かな旨み。これはたしかに美味しい。美味しいが、やはり辛い。

 千束よりは辛いものに対して耐性のあるたきなは少しは耐えたのだが、すぐに根を上げ牛乳へと手を伸ばす。

 過去にこれよりやばい劇物を経験しているのと大人のミズキは普通にしてられるが、それでも一般的な麻婆豆腐に比べれば些か辛いと言えるものだった。

 

「そんなに辛いか?」

 

「「「辛い」」」

 

「むぅ……」

 

 律刃の確認に3人は頷く。多数決の結果、あえなく律刃の麻婆豆腐は新メニューに入ることは無かった。

 流石にここまで言われては律刃は無理に騒ぐことなく、名残惜しそうに、実に名残惜しそうに麻婆豆腐を下げるのであった。

 

「チックショー、本命だったのになぁ……。ムグムグこんなに美味いのに」

 

「その口ぶりだとまだあるの?」

 

 せっかく作ったのに捨てるのは勿体ないので、麻婆豆腐に追加で七味をぶち込みながら頬張る律刃。

 そんな様子にドン引きしながらも千束が聞けば、まだ辛みか足りないのかさらに七味を倍プッシュしながら律刃は言う。

 

「ああ。これ作る片手間にって感じだけどな」

 

 と言い、律刃は厨房の冷蔵庫からトレーに乗せられたケーキを持ってくる。

 

 まずひとつは王道のショートケーキにストロベリーソースを掛けたもの。

 2つ目は透き通った青いゼリーのタルト。

 3つ目は抹茶などを使ったスポンジに餡子を練りこんだクリームを乗せた和風ケーキ。

 4つ目はレモンやオレンジなどの柑橘系などを使ったタルト。

 5つ目は紫芋とさつまいもを使ったタルトという、5種類の鮮やかなスイーツだった。

 

「わぁ、綺麗! それに美味しそう!!」

 

「ですね。それにこの色ってもしかして……」

 

「私たちイメージした感じ?」

 

「お、せいかーい。どうだー?」

 

 そう。このスイーツはリコリコのメンバーをイメージしたものだ。上から千束、たきな、ミズキ、クルミ、ミカの順だ。と、そこで気がつく。

 

「あれ、律刃のは?」

 

「……ほんとです。律刃さんが足りませんね」

 

「たしかに。あんたのがないわね」

 

「いや、俺は別に必要ねぇだろ?」

 

「「「いや、いるでしょ(う)」」」

 

「麻婆豆腐じゃだめ?」

 

 ダメに決まってんだろ、3人のそんな視線で律刃は肩を落として七味だらけの麻婆豆腐を平らげれば自分をもしたスイーツを作るのだった。

 甘さ控えめなチョコケーキにブルーベリーソースをかけたケーキを追加。鮮やかな6種のスイーツが新たなメニューとして出されることが決まる。

 

 

 

「実は私も新しいメニューを考えてきたんです」

 

「えー、たきなもー? 見せて見せてー!」

 

「分かりました。あっと驚かせてみせます!」

 

 そんなことで、たきなも新メニューを持ってくる。持ってくるのだが、そのあまりのインパクトに3人は見事に度肝を抜かれてしまう。

 

「「ウンッ────!? 」」

 

「コォン!!?」

 

 余りにもあんまりな見た目のソレを見て、千束とミズキの言いそうになった口を目にも止まらぬ早さで塞ぐ律刃。確かに連想するのも無理はない。無理は無いが、少し黙ろうか? 

 たきなはそんな様子に可愛らしく首を傾げる。どうやら気がついてないようだが、ちょっと心配になってしまう。

 

「どうでしょうか? 寒くなってきた今の時期に美味しい、ホットチョコたっぷりのパフェです! 

 律刃さん、厨房担当として忌憚ない意見をお願いします」

 

「うぇ!?」

 

 たきなに聞かれ律刃は葛藤する。こんな明らかに見た目がアレなモノをメニューとして出して良いのだろうか? 確かにインパクトはある。これを見たらまず間違いなく記憶領域に深々と刻まれるだろう。

 冷や汗を浮かべ、視線が泳ぎまくる律刃。

 そして意を決して重々しく口を開いた。そうだ。こんな明らかにアレなモノを出すのはダメだと言うのだ。

 

「たきな……」

 

「はい!」

 

「……イイトオモウヨ!!」

 

 無理だった。だって仕方ないじゃないか。キラキラと純新無垢な目を向けられては『これ、完全に■■■(聖三文字)だからやめよっか?』なんて言えるわけねぇーのである。

 

「そう思うだろお前ら!? ナッ!?」

 

 律刃は千束とミズキに投げれば。

 

「え!? う、うん! とってもいいんじゃないかしら! 独特で奇抜って感じ!」

 

「そうそう! バズり間違いなしってね!」

 

「そ、そうですか!? いやぁ、私ってばこういうのに才能あっちゃったりすんですね! えへへ……」

 

 3人の褒めっぷりにたきなが嬉しそうにはにかめば、3人は顔を突合せて話し合う。

 

まぁ、たしかにある意味才能だけどさぁ

 

静かに! 

 

でもあれ、本気でメニューとして出す気? 

 

仕方ねぇだろ! あんなキラキラした目で見られてて本当のこと言えると思うか!? 俺には無理だ! 

 

いや、だけどさぁ……

 

 尚、結局メニューとしてソレを出すこととなるのだがネットでバズり大盛況となる。

 余談だが、こっりとメニュー表の端の端に麻婆豆腐も追加したらやみつきになる人が少数だが出てくることとなった。

 

 

 〇

 

 

 

 客足がある程度落ち着き、喫茶店の仕事ではなく人助けの方をたきな、千束、律刃の3人でこなしていた時。

 千束と律刃が外回りの依頼を片付けるため、街中を歩いていた時に律刃が唐突に立ち止まった。

 

 千束は首をかしげ、彼に声をかける。

 

「…………」

 

「律刃〜、どしたのー?」

 

「ん? あー、千束。悪いが用事思い出したからちょっと先いっててくれ」

 

「? 別にいいけど早く来てね!」

 

「へーへー」

 

 元気よく走り出す千束の背を見送れば、完全にその背が見えなくなったかを確認すれば律刃はとある店の中へと入っていく。

 

「いらっしゃいませ。なにか御用でしょうか?」

 

「すいません、ちょっとオーダーメイド頼みたいんですけどいいですか?」

 

「ええ、構いませんよ。デザインについては────」

 

「そうっすね。こういう感じで───」

 

 店員と話している彼の横顔はどこか楽しげに見えた。




律刃
麻婆豆腐最高!麻婆豆腐最高!さァ、お前も麻婆豆腐最高と言いなさい。

千束
律刃の作るご飯は好きだが、麻婆豆腐だけは無理。作ったらまじビンタするくらいには嫌い。

たきな
辛党なのは知ってたが、七味唐辛子の瓶を二三本一気に使うとは思わないじゃないですか・・・・


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24

前回書いた話に加筆させてもらいました。無断で消したことをお詫びさせて頂きます。申し訳ありませんでした。

zREXz様、ハルカ様、Ssuga様、BAKA様、久しぶりのバイオレンス様、キヨシ様高評価ありがとうございます!


 あれから売上は順調に回復し、久しぶりに律刃たちはゆっくりしていた。

 店の雰囲気を良くするため、ミカが前から欲しがっていたレコードプレーヤーを購入したり。

 食器洗いの手間を減らすために食洗機を導入。

 安かったからか、ついでにロボット店員のロボリコもメンバーに加えた。

 

「ここ数日は大変だったなぁ」

 

「そうねぇ……。ほんとたきな様様だわ」

 

 しみじみと呟く律刃とミズキ。

 

「ヤッホー、ゴ注文ドウゾ」

 

「……大丈夫なのか、アレ?」

 

「千束の服じゃん」

 

「一応、動いてて問題は無いっすよ。今のところ」

 

 定期検診により、今はいない千束の制服を着せたロボリコが接客をしているのを見て、そんな会話するミカを含めたリコリコ年長者3人。

 そして休憩に入った律刃が店の奥へ引っ込んだところで、なにやら気まずそうなクルミと固まってるたきなの2人を見つけた。

 

「……どした?」

 

「律刃か……。あー、えーと、その、なんだ」

 

 声をかければ、なにやら歯切れの悪いクルミ。

 律刃は首を傾げながらそばを通り、たきなの背後に回れば彼女の見ているものへ視線を向けた。

 

 どうやらクルミが席を外しているところ、PCの画面がSNSを開いたままだったらしい。

 ユーザーが投稿している内容を見てみれば、リコリコに関するもののようだ。律刃はいくつかその投稿を見てみれば。

 

「……ア、フーン(察した顔)」

 

 スン、能面なような表情が抜け落ちた顔で全てを察してしまった。

 

『見た目が完全にう〇こだけど、味は美味しい』

 

『それを持ってその仕草は完璧に確信犯なのよ』

 

『すごく、アレですね』

 

『麻婆豆腐頼んだ人が一口食べてから皿に顔を埋めたまま動かないけど大丈夫?』

 

『給仕の子にセクハラしようとした客の鼻先にどこからともなく包丁飛んできたわ。ウケル』

 

 たきなが作ったアレの感想。

 それを見て自分の作ったものがどんなものかを、気がついたたきな。律刃は優しくたきたの肩を手を置いて慰める。

 

「気にすることないってたきな」

 

もう、このパフェ辞めます……

 

「いや、ほら見た目はちょっとアレだが美味いし売れ筋だから。な? 

 カナちゃんも面白がってたし」

 

律刃さんはいいですよね。ケーキが好評ですから……

 

「俺的にゃ麻婆豆腐に力入れてたんだけどな」

 

「むー……」

 

 渾身の出来の麻婆ではなく、片手間に作ったケーキが評判がいいのは些か不本意な律刃。しかし、その反応が良くなかったのかたきなが頬を可愛らしく膨らませてしまう。

 どうやらマウントを取られたと感じたらしい。

 

「あー、えーと……」

 

 年頃の少女の相手は難しいな、律刃は半ば現実逃避気味に思ってると電話のベルの音が聞こえてくる。

 

「電話だな! ちょっと取りいってくる!!」

 

 断じて逃げたくなったからではない、律刃は誰に対して言い訳をするでもなくそそくさとその場から離れるのだった。

 

「もしもし、喫茶リコリコで───」

 

『山岸よ』

 

「山岸先生? 律刃です。なにか御用ですか? 

 千束なら行ってるはずですけど……」

 

『その千束に用があるのよ』

 

「え? そっちに行ってないんすか……?」

 

『来てないのよ! 携帯にも出ないし……』

 

「うぇ〜……?」

 

 変な声を上げる律刃。その頭には疑問符が浮かび上がっていた。

 千束は病院が嫌いだ。それはもう、犬や猫のように逃げ回るくらいには。それでも、きちんと約束とその後にご褒美を用意すればきちんと行くくらいには分別はある。

 これまでもそうしてきたからサボるとは考えにくい。律刃が腕を組んで唸ってると、電話が長いことに気がついたたきなが様子を伺ってきた。

 

『千束 病院 居ない 連絡 頼む』

 

「わかりました」

 

 ハンドサインでたきなに伝えれば、意を汲み取った彼女は自分のスマホで千束に連絡を取り始める。

 

「わかりました。こっちで探してみますね」

 

『頼んだわよ?』

 

 受話器を置いて律刃はたきなのもとへと向かう。

 

「千束? どこです? 定期検診行ってないんですか? 

 律刃さん、カンカンですよ?」

 

『あー、ごめんごめーん! 急用でさ〜。ちょっと遅れるって山岸先生に言っといて! 

 あと律刃にはいい感じに言い訳よろしく!!』

 

 早口でまくし立てれば、通話の切れた電子音がスピーカーから聞こえてくる。

 たきなはスマホから視線を外して律刃へと向ければ。

 

「……だ、そうです」

 

「怪しいな。……たきな」

 

「はい。30秒で支度します」

 

 指示を出さずとも、真意を汲んだたきな。

 2人はそれぞれの仕事服に着替え、千束のいるであろうセーフハウスへと向かうのだった。

 

 

 

 〇

 

 

 

「おいおい、健康は大事だぜ? 

 体は資本だろ。俺ら(……)はさ」

 

「ら、ってなに。らって。銃を向ける相手に言うこと?」

 

 セーフハウス内、ソファに座る千束。銃を彼女に向け軽薄な笑みを浮かべる真島。

 

「殺すにはまず生きてなきゃなぁ?」

 

 ダンッ!! 

 

「ハハッ! すげぇな! どうやってんだ?」

 

 真島は躊躇いもなしに発砲したが、千束は当然のようにそれを避ける。

 彼女の後ろで壁に飾られていた一振の刀が半ばからへし折れ、鈍い音を立てて床へと落下した。

 

「秘密。それと、あの刀高かったんだけど? 

 律刃に殺されても文句言えないよ〜」

 

「おー怖い怖い。んで、その心臓に種があるのか?」

 

「なんでソレを知ってんだコノヤロウ」

 

「ハッ! ……秘密だ」

 

 不敵に笑う2人。そのまま撃ち合いに発展するかと思えば。不意に真島が机の上に広げられていた複数の映画を見つけ、そのうちの一つを手に取る。

 

「お、シャーク○ードじゃん。しかも第1作から最新作まで……好きなのか?」

 

「頭空っぽにして見れるからね。律刃は突っ込みまくってたけど」

 

「ハハハ、だろうな! 相棒も突っ込みまくってたが、その反応が楽しくってなぁ。オマケに3作目で主人公がラストで鮫の口に突っ込んで」

 

「「大気圏を突入するところ!!」」

 

 同時に映画のラストでテンションをあげるが、千束は固まり目の前の存在がどんな奴かを思い出す。

 

「はぁ……。珈琲いれるけど?」

 

「俺苦いのダメなんだ。他のない?」

 

「……」

 

 こいつなかなかに図々しいぞ? 

 千束はそんなことを思いながら、キッチンへと向かい慣れた動きで棚からマグカップを2つ取り出す。

 ひとつは来客用。もうひとつは自分のを……と取ろうとしたところでその隣のマグカップを取れば、コーヒーメーカーから作り置きしていたソレを注ぎ砂糖とミルク、お茶菓子を用意して千束は戻る。

 

 

 そして、2人は話す。

 過去、真島たちテロリストグループが旧電波塔を占拠したこと。

 その鎮圧にリコリスが出動し、その中にいた千束が1人でテログループを相手取り壊滅させたこと。

 

「人の事化け物みたい描写なすんなし。あと、私一人じゃなくってそこには律刃もいたからなー?」

 

「実際バケモンだろ? あと、律刃っつうと……ああ、相棒がお熱のリッパーか!」

 

「相棒って……フェイカー?」

 

 顔をフードで隠し、戦斧を操る正体不明の存在。

 真島にその名を言えば、ニヤリと笑って懐からある物体を取り出した。

 

「ソレは……!?」

 

「面白い偶然だよなぁ? こんな身近にコレを持ってるのが3人(……)もいるんだ」

 

 アラン機関に支援を受けた証。

 千束が人助けをしようと決めたソレを、なぜこの男が? 

 

「じゃあ、なんでこんなことをしてんの!?」

 

「は?」

 

「ソレ持ってるからには、なんかすごい才能があるんでしょ!? 

 人を幸せにするような! アンタがやってる事は逆でしょ!?」

 

「……お前だって殺し屋だろ?」

 

「アンタと一緒にすんな! 律刃も私も人助けしてるし!!」

 

「ハハッ!! お前はまだしもリッパーの過去は知ってんだろ? 

 それに、アランが本当に平和推進機関とでも思ってんのか?」

 

「今の律刃はちがう! 

 それに……アンタ以外はそういう結果残してるんでしょ?」

 

「私もメダリストみたいに世界に感動を与えたァい!! ってかぁ? ハハッ、おめでたいやつだなぁ」

 

「……」

 

 真島の心底呆れ返った様子に、千束は憮然とした様子で珈琲を飲む。

 

「お前、アランはそんな連中じゃねぇぜ? 

 なにより、その負の遺産ってのが相棒だからな」

 

「……前から気になってたんだけど」

 

「あん?」

 

「なんで、フェイカーは律刃を目の敵にしてんの?」

 

「…………お前、ナーンも知らねーのな。リッパーからひとつも聞かされてないのか?」

 

 その問いかけに千束は何も答えられなかった。

 千束は律刃の過去を知らない。彼が自分と出会った10年より前のことは聞いていない。

 知りたくない、と言ったら嘘になる。

 

 そんな千束の内心を察したのか、真島はミルクと砂糖を大量に入れた珈琲を飲みながら語り始める。

 

「いいか、あの二人はな、造られた天才なんだよ」

 

 

 〇

 

 

 廃ビルの屋上。フェイカーと律刃は対峙していた。といっても、互いに手に持っているのは武器ではなく煙草であったが。

 

 本来なら律刃はたきなと共に千束のいるであろうセーフティハウスへと向かっているはずだった。だが、道中で以前も感じたことのある粘ついた殺気を感じた彼はたきなを先行させ、殺気の発生源たる廃ビルの屋上へ向かえば、そこには手すりへもたれ掛かるフードで顔を隠すフェイカーがいた。

 律刃は即座に刀を抜き、切りかかろうとした。だが、

 

『まぁ、落ち着けよリッパー。一服でもしながら話でもどうだ?』

 

 そう言い、フェイカーは刀の柄へ手を添えていた律刃を制して懐から煙草を取り出すのだった。

 律刃はそれに対し警戒を示すが、自然体のフェイカーを前にして仕方なく刃を収め、渋々その煙草をとる事にした。

 

「……おい、この銘柄重すぎだろ」

 

「はぁ? 煙草はこれくらいガツンと来るのが美味いんだろ」

 

 フェイカーから受け取ったそれを口に含み、火をつければ律刃が吸う煙草とは違い、パチパチと音がなりオマケに大量の煙とキツイ匂いに堪らず顔を顰めて苦言を呈す。

 対してフェイカーは片方の眉を上げ、紫煙を吐き出した。

 

「……それで、俺に何の用だ? こうして仲良くヤニを吸ってはい解散なわけないだろ?」

 

「なんだ、随分とせっかちだな? ……だがその通りだな」

 

 ニヤニヤと笑みを深くするフェイカーに律刃は問いかけた。

 

「お前は一体なんなんだ?」

 

「そうだなぁ……。説明するよりもこうしたほうが早いか?」

 

「─────ッ!?」

 

「ハハハハ! その顔が見たかったぜ?」

 

 フードを下ろし、顕となったフェイカーの素顔に律刃は息を飲む。

 同じ色の瞳に愉悦の色を滲ませ、フェイカーは腹に溜まる重い煙を吸い込みながら律刃へと幼子に対してのような声で言い聞かす。

 

「そうだな、話をしてやろう。始まりは1人の科学者が作り出したモノだった。

 ソレはとあるナノマシンで、適合すれば人間の限界を超えた力を与える夢のようなヤツだ。

 だが、作ったはいいがそのナノマシンはとんでもない欠陥品でな。適合する確率は数千万に一人の割合で、挙句にゃ適合したとしても起動するかはさらに低い確率。よくて起動したとしても、負荷に耐えきれず体がパァンと弾けるってな。

 科学者は困った。どうすればいいんだ? ってな。

 攫ってきた検体(モルモット)も無限じゃねぇ。それに、バレないようにしているから数も多いわけじゃない。

 警察も馬鹿じゃねぇ。このままじゃ豚箱にぶち込まれるのも時間の問題だ。

 だが、そんな科学者のナノマシンの噂をどこで聞いたのか知らねぇが、都合のいいことにみんなご存知のクソッタレなアラン機関が科学者の前に現れ、自分たちが支援をするとを申し出た。

 科学者は二つ返事で了承。アランに対してナノマシン……"フレイヤ"に完全に適合するスペックの高い検体の提供を要求した。

 そして、アランは検体を提供した。それが」

 

「……俺たちか?」

 

「ご明察〜。といいたいところだが、半分外れだ」

 

「もともと、検体は1人だけだった。だが、その検体はとある事情により既にこの世にはいなかった」

 

「は? なら、どうするっていうんだ。死んでたんじゃ意味ないだろ」

 

「アランの奴らはソイツに痛く執心してたみたいでなぁ。どんな手を使ってでもその才能を世界に送り出したかったのさ。

 ソイツはまさに神の寵愛を受けた存在だった。1を教えれば100を学ぶ。1を見れば100を覚える。

 コイツに比べれば他の奴らはゴミクズだ。だが、ソイツは何よりも体が弱かった。手を尽くしたがソイツは成人する前に死んじまった。だから、造ったのさ」

 

「……え?」

 

 造った? なにを? 律刃の思考は1拍だけ白く染まる。

 何を言っているか理解が出来なかった。

 

「傲慢だよなぁ? 死んだ人間ってのは生き返らないもんだ。

 それを手前の勝手な都合で複製品(コピー)を大量に作りだした」

 

「だが、所詮は紛い物の複製品だ。才能は確かにあったが、オリジナルに比べたら見る影もないとんだ粗悪品だった」

 

「そんな時にアランのヤツらの目にその科学者が止まった」

 

「こいつのナノマシンなら粗悪品をオリジナルに近づけることが出来る。今度こそ神をこの手で作り出せるってな」

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 夜の街並みを見下ろし、セーフハウスのベランダで律刃は手すりに肘を乗せていた。

 飴を咥え、ゆらゆらと棒の部分を揺らし何をするまでもなくじっとしていれば。

 

「な〜にしてんの?」

 

「外見てる」

 

 背後から千束の声が聞こえ、律刃は振り返らずに言う。

 簡素な返答に千束は僅かに肩を竦め、彼の隣へと移動して同じように手すりに肘を乗せて外を眺め始めた。

 

 数分ほど2人は何かを言うでもなく、じっと外の景色を見ていたが千束は彼に言う。

 

「律刃」

 

「どうした〜……」

 

「……真島から律刃のこと教えられたんだ」

 

『リッパーとフェイカーの2人はある人物の細胞から造り出されたクローンだ』

 

 真島が千束に言った律刃の出生の秘密。

 

「……そうか。俺もフェイカーから聞かされたよ」

 

 

「驚いたなぁー。まさか俺とアイツは同じ人間の細胞から造り出されたクローンだってさ! 

 いやー、映画みたいなことってあるんだな? 

 まさか自分がそんな立場に……! だなんて思わねーもん」

 

「…………」

 

「ほんと、事実は小説よりも奇なりってやつか? 

 この目も声も顔も髪も体も! ぜーんぶ俺のものじゃなくて……俺の、俺の知らない俺のオリジナルのもんなんだ……ってさ!」

 

「…………」

 

「ハハハ、最初っから、俺のものなんて……何一つ無かったんだよ。

 全部、ぜーんぶ、何も……無かったんだよ。

 アイツが好きだって言ってくれたものは全部、どこの誰ともしれない俺のオリジナルのおさがりだったんだよ。

 笑っちまうよなー。バカ、みたいだよ」

 

「ほんと…………バカみたいだ…………」

 

 最初はおどけたようにしていたが、段々と声は震え最後には絞り出すように言う。

 千束は何も言わず、彼の独白を聞いた。

 

「……俺って、なんなのかな?」

 

「…………律刃は律刃だよ。どこの誰でもない、ね。

 確かに、律刃はクローンだよ。だけど、ここに居る今の律刃は貴方でしょ? 

 私はここに居る律刃しか知らない。律刃のオリジナルの誰かなんて興味無いよ」

 

 千束は頬へと手を添え、ゆっくりと胸元へと抱きしめれば、優しく頭を撫でる。

 

「私はね先生やミズキ、クルミ。それにたきなたちと一緒にいるリコリコが好き。

 もちろん、そこには律刃も私もいる! 

 だから、あんまり自分を追い詰めないでよ。どれだけ辛くっても律刃なら乗り越えられるもん。なんてたって律刃は強いんだから!」

 

「……」

 

「私はあと少ししか時間が残ってないけど、律刃は違うでしょ? 

 だったら、いっぱいいーっぱい! 楽しい時間を過ごしてその知らない誰かさんやフェイカーの言ったことなんてどうでもいいって言えるくらい思い出作ろうよ。

 私、手伝ったげるよ?」

 

「ちさ、と……」

 

「大丈夫。律刃がどんな過去でも私は律刃のことを嫌わないよ」

 

「…………やっぱり、敵わないなぁお前と撫子には」

 

 どれだけ人間離れした身体能力でも。腕の一振で簡単に殺せるような華奢な体でも。この少女と彼女には勝つことが出来ないだろう。

 律刃は泣いてるような笑を浮かべながら言う。

 

「何か言った?」

 

「なんでもねーよ。……それより、いつまでこうしてるんだよ…………」

 

「んふー、もうちょっとー! それにこの世界四大美女たる千束さまのハグだぞ〜? もっと喜べよー!」

 

「喜ぶも何もこの身長差だと割と腰がきついんだよ。それに……」

 

「それに……?」

 

「……柔いものが当たってるんだよ。さっきから」

 

「…………あ゜っ゜」

 

 千束は自分のやってることに気がついたらしく。どうやって発音したのかわからない声を上げ、慌てて律刃の顔を引き剥がす。

 

「あいたぁ!?」

 

「うわぁごめん!?」

 

 勢い余ってこめかみが手すりにぶちあたり、律刃は叫べば千束が慌てて謝る。

 

「フッ……ハハハ」

 

「プッ……フフフ」

 

「「ハハハハッ!!」」

 

 堪らず、2人は笑い出す。

 

「ほんと、くだらない事で悩んでるのが馬鹿らしいな」

 

「そーそー、人生は短いんだし楽しんですごしたもん勝ちだよ!」

 

「そうだな……。ああ、そうだよなー。辛気臭く悩むよりそっちがいいよな」

 

 飴を噛み砕き、よっこいしょと律刃は立ち上がる。

 

「明日こそ定期検診いけよ〜?」

 

「うぇー、たきなと同じこと言ってるぅ!」

 

「ったく、注射の何が怖いのかねぇ?」

 

「ふーんだ! 避けられない怖さが律刃にはわかんないんだもんね!」

 

「へーへー。さっさと部屋ん中入るぞー。寒くなってきたし」

 

「ココア飲みたーい!」

 

「はいはい」

 

 部屋の中へと入っていく千束見送り、律刃は淡く微笑めば。

 

「……ケホッ、コホッ」

 

 軽く咳き込み、喉奥から鉄錆臭い液体が溢れ出た。

 

「…………まさか、こんなのが俺の代償とはな」

 

『いいことをひとつ教えてやる。フレイヤは確かに力を与える。だが、それには必ず代償があるのさ。

 それらは一貫して長くは生きられないものだ。お前の寿命は何年だろうなぁ?』

 

 フェイカーが最後に言い残した言葉を思い出し、手のひらにこびり付いた血液を握りしめ律刃は呟く。

 

「……お前だけは死なせないさ千束」

 

 自分の大切な光。眩しい星。自分のような薄汚れた存在とは違い、彼女は誰かを照らすことの出来る温かな道標だ。

 彼女のためなら喜んでこの心臓を捧げよう。

 

「撫子。君の残した光は必ず護るよ」

 

 

 

 雨が降る空の下。

 

「うぅ、まだ? まだ? 終わった? 終わったよね? ねぇ?」

 

「まだだから少し待ってろって……」

 

「うー、なんで私がこんな目にぃ」

 

「定期検診サボりまくってたツケだろ」

 

 左手で律刃の服の裾を摘み、顔を埋めて怯える千束に律刃は気だるげに珈琲を飲みながら答える。

 現在2人は定期検診のために山岸医師の病院に来ており、律刃は千束の付き添いと護衛のために同行していた。

 

 千束は注射が怖いのか、ブルブルと身体を震わせており仕切り看護師に尋ね続ける。

 

「でもぉ、やっぱり怖いぃ!」

 

「へーへー。すいませんねぇ看護師さん。うちのバカがお手数かけて」

 

「いえ、聞けば其方方にはトラブルが起きていたようですので気にしてはいませんよ」

 

「そいつはどうも。ところで……」

 

 律刃はそこで区切り、チラリと看護師を見る。

 

「見慣れない人っすね。新しい人ですか?」

 

 茶色い髪を頭頂部に団子のようにまとめ、目つきは鋭いが整った顔立ちの看護師。

 今回の定期検診では山岸医師ではなく、彼女が担当しており律刃は何となく彼女の顔を見て違和感を覚えた。

 

「ええ。数ヶ月前からここに配属になりました。姫蒲と申します」

 

「へー……。なぁ、姫蒲さん」

 

「はい?」

 

「俺とあんたってどこかで会った?」

 

「…………何故、そう思うのですか?」

 

 その問いかけに少し間を開けて答える姫蒲。

 律刃から見た彼女の顔はどこか強ばっているように見えた。

 

 その様子からなにか彼女の気を障ったのかと律刃は思い、慌てて謝罪する。

 

「いや、気を悪くしたなら謝るよ。ただ、何となくアンタの顔をどこかで見たことあるんだよなぁ」

 

「ちょっと律刃〜、何私の前でナンパしてんの? 

 馬鹿なの? 死ぬの? 髪の毛引っこ抜くよ?」

 

「いだだだ、なんでお前が怒ってんの? 

 つか、暴れんじゃないよ……」

 

 そんな彼に対し千束がバシバシと背中を叩いて怒り出し、律刃は彼女の突然の行動に目を白黒させてしまう。

 

 そんな彼らの様子に姫蒲は何も反応は示すことも無く、千束の手に注射器を押し当てれば中の液体を注入する。

 

「あいたぁ! 不意打ちはダメじゃない!?」

 

 意識外からの痛みに千束は叫び、作業を終えた姫蒲は道具を片しながら答える。

 

「恐らくは他人の空似でしょう。それと、毎回こんなに怖がってるんですか? 貴方に付き添いを頼むほど」

 

「やっぱり気のせいかー? あー、俺は今回だけっすね。ちょっと色々とあったんで」

 

「痛いのもあるけど、体に異物入れられるってのがいやなの! 

 山岸先生が言うには『ただのビタミン剤』って言うけどぉ……」

 

「今日のは違いますよ」

 

「「え?」」

 

 姫蒲の言葉に、2人は声を上げると同時に視界がブレる。

 

「なん、だ……れは…………?」

 

「きさ、間……やまぎし、せんせ…………」

 

 平衡感覚が崩れ、今が座っているのか倒れているかも分からない。

 だが、分かってるいることは一つだけある。目の前のこいつは敵だということに。

 

「ッ!!」

 

「無駄ですよ」

 

 律刃は体をふらつくのを強引にねじ伏せ、姫蒲に向けて拳を放つ。

 だが、その動きはいつもの精彩を欠き、おまけに速さも見る影もない。

 

 姫蒲は容易くその拳をいなし、懐へと踏み込めば隠し持っていたソレを突き立てる。

 

「ガっ……!?」

 

 拳にはめる形のスタンガンは律刃の胸の中心にめり込み、激しい電気を放つ。

 律刃の体が電流により震え、声にならない悲鳴をあげればドサリと鈍い音を立てて硬い床に倒れた。

 

「ふぅ……。珈琲に入れて置いた麻酔は、本来ならインド象ですら数秒で動けなくなるモノなのですがね。

 流石はフレイヤの効果といったところですか?」

 

 手に嵌めたスタンガンを外し、姫蒲はベッドに身を預ける千束へと近づいていく。

 

「ち、さ……と」

 

 姫蒲が千束へと歩み寄る様を霞む視界の中で律刃は何とか手を伸ばす。だが、指ひとつ動かない腕は芋虫のように動くだけだった。

 

 視界が落ちていく。

 

 自分の体が深く、くらい水底へと落ちていくような感覚がする。

 

 聞こえてくる雨音が。

 

 自分の無力さを告げる嫌な音が。

 

 雨音が聞こえる。

 

 どれだけ足掻いても。どれだけもがいてもお前は何も出来ないと告げるようで。

 

 雨音が聞こえる。

 

 あの時はこんなに激しい雨音だったな……。

 

 そして、竜胆 律刃は意識を完全に手放した。



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25

あけおめ♡

エタったと思った?私もそう思った(オイ)


 初めて自分が目を覚ましたのは半透明の液体で満たされた大きなガラス容器の中だった。

 巨大な部屋の中に等間隔で並べられたガラス容器。自分と同じく、そのなかでいくつもの管やコードにつなげられ、胎の中にいるかのようなものがいくつも見える。

 

 そんな容器の中に入れられてるうちの一つに自分がいた。

 

「コレが例の?」

 

「ええ。フレイヤは完全に定着に加えて規定値以上の励起率を確認しています」

 

「ふむ、アレの方は?」

 

「アレもこの型番にはには多少は劣りますが十分以上でしょう」

 

「そうか。ならばいくつかの試験の後、あの組織へ送る検体を決めるとしよう」

 

「了解しました」

 

 自分を見上げる形で容器の中の自分を覗く二つの影。

 何を言っているかは聞こえないが、唇の動きで何を言っているかは自分は理解出来た。

 

 ───眠いなぁ……

 

 まどろむ意識のなかちょうどいい温度の溶液に包まれ、自分は他人事のように思う。

 

 

 

 

「おはよう。今日はよく眠れたかい122号?」

 

 眠っていればそんな声が聞こえてきた。

 けだるげに目を開け、体を起こして視線を巡らせる。四方を継ぎ目の見えない白い壁で囲い、天井にある無機質なライトが照らし角には机に椅子、空きの目立つ本棚。離れた場所には壁で仕切られた排泄場所があるという簡素な空間。

 その中心にあるベッドに自分が寝そべり、めんどくさそうに声のしてきた方向に視線を向ければ胡散臭い笑みを浮かべる白衣の男がガラス越しに見えた。

 思わず眉を顰め、ただでさえ無いようなテンションがさらに下回るような感覚に陥る。

 

「…………」

 

「ハハハ、そう嫌そうにしないでくれたまえよ。これも仕事でね、起きたのなら着替えて検査だ。そのあとはいつも通り学習装置(テスタメント)を使用しての座学。それが終われば戦闘訓練だ」

 

 生まれてから同じことの繰り返し。

 二度寝をしたい誘惑を押し殺し、着ていた貫頭衣を脱ぎ捨て下着姿になれば白い壁に近づけば右手を押し当てる。ひんやりとした感触が伝わり体温を奪い、内蔵されてるセンサが脈拍、体温、血圧の測定をした。

 それが終われば登録されてる生体データでこの部屋の外に通じるロックが解除され、壁の一角に溝ができ丁度人一人入れるくらいの出口が開かれる。

 生ぬるい通路を歩き、一定ごとにに配置されら機械にスキャンされ体感で五分ほどの通路を抜ければ、さっきまで部屋の外から自分を覗いていた胡散臭い白衣の男とその後ろでせわしなく歩きまわる部下らしき科学者たちがいた。

 

「うん、時間通りだ。学習装置の準備はもう終えるから、いつものようにヘッドギアをつけたら待ってるといい」

 

「……」

 

 男が指を向けた先には小説の中でありそうなSFチックなチェアがあり、ヘッドレストに当たる部分にごてごてとした機械があった。

 その機械には無数のコードが繋げられ、束になったそれを辿れば大小無数のモニターの点ったサーバーに接続され、似たような格好の科学者がモニタリングをしてるのが見える。

 

 男に言われた通り、体に対してサイズがが少々不釣り合いなチェアに座れば待機していた科学者が慣れた手つきで頭に機械を下ろすと丁度顔の上半分をすっぽりと覆われ、視界が闇に染まった。

 

 ───これ、好きじゃないんだよな

 

 電気信号を使い、強制的に脳に技術や情報を流し込むこの座学はいつも終わった後は脳を直接掴まれたかのような圧迫感があるし、一時間は平衡感覚が狂い世界が可笑しくなった感覚になる。

 どうせ嫌だといって暴れても薬で大人しくさせられて強引にやられるくらいなら大人しく従ってたほうが楽だ。

 そんな諦めにも似た感覚に身を預けながら、すぐに来るであろう脊髄にゴキブリが走り回り脳をミキサーでかき混ぜられる不快感がせめて早く終わることを祈りながら僅かに息を吐く。

 

 

 

 

 ふらつく体を壁に預け、ぐわんぐわんと耳鳴りのひどさにたまらず顔をしかめ何度も頭を振るう。

 けれど一向に耳鳴りは収まらず、視界のゆがみは余計にひどくなる一方だ。はきりいって今すぐにでもあの白い部屋のベッドに倒れこんで寝てしまいたい気分だ。

 まあ、したくても出来ないわけなのだが。

 

「ふむ……失敗作とはいえフレイヤが励起し、身体能力を異常発達させた個体をこうもたやすく屠るか。かなり耐久性もあったはずなのだが…………アレともどもデータを上方修正する必要があるな」

 

 グロッキーな自分を視界に収めながら、男は手に持った端末に何かを記入していく。

 その後ろには元が何だったのか判明が付かないほど身体が膨張し、皮膚を破りその下のピンク色のぶよぶよしたナニカや白くかたい物体を露出させた物体がいた。

 ソイツはいたるところに刃物や鉄骨が突き刺さり、強引に引きちぎられたような箇所がいくつもあり、床を流れ落ちる体液で汚している。

 

 座学の後はこうしてふらつく体でもとが何の生き物かわかないほど変異した化け物と戦わされていた。

 これの前は異様にすばしっこいやつと戦い、さらに前では体液を圧縮し高速で発射する面倒な奴と戦わされた。

 今回のはとにかくタフに加えてパワーがあった。刃渡りの短いナイフでは筋肉の表面しか切れないし場所によっては通りもしなかった。かといって刀身の長いもので切ろうにも必然的に大振りにしなければならないことに加えて何度も同じ場所を狙わなければならなかった。

 幸いなことに力が強いだけの案山子だったおかげで難なく屠れはした。屠れはしたが。

 

 ───絶対、こいつはいつか殺す

 

 出来もしないことを思いながら、体を汚す生暖かい液体に顔をしかめて息を吐く。

 

 

 その日はいつもの実験とは違った。

 いつもなら銃と刃物を渡され、大型の獣や無人兵器、気色の悪い異形とを相手をすると思っていた。

 かなりの広さを誇る白い空間。この場所にいるのは二つの存在。

 

「あぁ……? 今日はいつもみてぇなキモイやつとヤんじゃねぇのか?」

 

 離れた位置にいるのは自分と姿かたちがほぼ寸分たがわぬ存在だった。唯一違うのは向こうのほうが感情豊かなことだろうか? 

 相手は自分に気が付いたのか訝し気に何度か周囲を見当たした後に見ているであろう連中に尋ねる。

 

「そうだ。欲しいデータはあらかた手に入れたからね。最終試験というやつだ。終了条件はどちらかが死ぬか行動不能なほど損傷を受けることだ」

 

「は~……狩ったら何があんだよ?」

 

「自由だ」

 

「へえ……」

 

 スピーカーからその答えが出された瞬間、自分と相手の床がせり出した。

 腰の高さまで伸びたオブジェからはいくつもの銃火器や刃物の武器類があり、立て続けに音を立てて広い空間の床が次々とせり上がったかと思えば周りはコンクリートの建築物が屹立してたではないか。

 

「では君たちの健闘を祈る。有意義なものを期待しているよ」

 

 

 

 ───疲れた……

 

 右半分が欠けた視界、肩口から先のない右腕を抑えて息を零す。

 

「くそ、くそくそくそくそ!! もう一度だ。もう一度やらせろ! 俺が勝ってたんだ!」

 

 やかましい声が聞こえる。四肢を貫き、心臓をえぐり、脊髄をへし折り、脳天に何度も鉛玉をぶち込んだはずだというのになぜ生きているんだ? 

 わめき続けるオブジェと絶えず神経を伝って脳を突き刺す激痛に顔をゆがめていれば。

 

「ふむ、やはりお前が勝つか……。分かってはいたがシミュレーションでは五体満足だったがこれは計算が外れたかな?」

 

 自分を見下ろし、興味深そうにつぶやく白衣の男。

 

「それにしても、よくそれだけダメージを与えられて生きているものだな。だてに122号の次にフレイヤを励起させているわけではないか」

 

 男がそう言えばインカムを小突き、喋り出す。

 

「ああ、私だ。122号に例のモノを移植した後に学習装置で記憶封印措置を行い、件の組織に送ることにしよう。

 もう一人のほうはまだサンプルとしては使い道がありそうだから廃棄はしないことにする」

 

 

 

 

 

 

 

「リッパー、このターゲットを殺せ」

 

 気が付けばここにいた。リッパ―というただ編別のためにつけられた記号。変わらぬ日常。自分の上司という男から言い渡される仕事(殺し)

 何も言わず、その男の言われた通りに仕事をこなす。

 殺せと言われたら例えどんなに困難と言われても遂行し、ターゲットをその刃で切り裂く。

 変わらず、無表情に声を出さず、感情を見せず、ただ硝子玉のような目で。

 

 でも、その日は違った。いつものように影から陰へ。死角から最速で最短の首を断ち切るつもりでそのターゲットへと刀を振るった。

 

 だが、

 

「アハハ、残念でした少年。私には不意打ちは聞かないんだにゃ〜♪」

 

 首を切った。確かにそう思った。だって、ずっとそうだった。自分は強い。

 相手がどんなに強いと言われた暗殺者でも自分は平気で殺すことが出来た。

 相手がどんなに強力な軍隊に護られていようとも、自分ならそれすら突破して殺せた。

 

 それがなぜ、こうして組み伏せられている? 

 

 ザーザーと雨が降りしきり、雨粒が体をうつがそんなことが気にならないほど脳内には幾つもの疑問が浮かんでは消えていく。

 自分の体は水浸しの地面に倒れ伏し、マウントポジションいう形で馬乗りになって足裏で刀の握る手を踏むことで地面に縫い付け、左肩は膝で抑えられ動きたくても関節が封じられかなわない。

 自分を見下ろし、その整った顔をニヤニヤとした笑みに歪めている様が癪に障り仮面越しに睨みつけた。

 

 鮮やかな深紅の長い長髪を一つにまとめ、強い意志を内包した赤い瞳。

 整った顔にシミひとつない綺麗な肌。

 バランスのいい体躯をリコリスの証である赤の制服で纏い、その右手には不釣り合いな無骨な大型リボルバーが眉間に押し当てられている。

 

「にしても何者なの君? いろいろと恨まれてる自覚は有るけど、君みたいな子に狙われるようなことしたっけ? 

 その制服も私のこれと似てるし…………」

 

 ソイツは笑い、顔を覆っていた仮面を銃口でずらし隠されていた素顔を顕にさせる。

 まだ幼い顔立ちに、少しだけつり上がった青みがかった紫の瞳。

 きめ細かく白い肌。着飾れば人形と間違えてしまうような綺麗なわずかに険しい目つきでこちらを睨みつけていた。

 

「─────綺麗……」

 

 その奇麗な色に目を奪われた。

 はじめて抱いた感情だった。

 だから、自然と口からそんな言葉が滑りおちたのかもしれない。

 

「ッ……!!」

 

 伽藍の瞳に色がともる。

 無の内を焦がすは初めての激情。

 気が付けば叫んでいた。

 

「うわっ!?」

 

「覚えていろリコリス。この屈辱は忘れない。必ず貴様を殺すッ!!」

 

 見た目にそぐわぬほどの怪力で少女の拘束を振りほどけば、少年は顔を手で覆いながら呪うような叫びをあげる。

 手の隙間から覗く右目は爛々と紅く輝き、憎悪とも憤怒ともとれる捨て台詞を残して建物の壁を縦横無尽に蹴りあげ夜の闇へと姿を消して行った。

 

「ひゃあ〜、すっご……。あっちゅう間に見えなくなった〜」

 

 リコリスは尻もちを着いた状態で空を見上げ、ついさっきまで自分を殺そうとした小さな暗殺者の姿を思い出しながら立ち上がる。

 

「うひー、雨でびちゃびちゃじゃーん……。下着まで濡れてるし」

 

 水滴を払い、ため息を零しながら少女は近くの雨を凌げそうな物陰に移る。

 

「あー、もしもし〜? 申し訳ないけどこの地点に迎えきてー。あっ、替えの服もよろしくね。じゃ」

 

 手短に通話を終えれば少女は懐から金属製の小箱を取り出し、ふたを開いて中に納まっていた自作のたばこを一本つまみ咥える。

 幸いなことに湿気ていなかったマッチで加えた煙草に火をつけ、甘ったるい煙を吸い込み慣れたように吐き出した。

 

「あの子、また会えるかな?」

 

 頬を僅かに朱に染めて、リコリス″常夏 撫子″のつぶやきは紫煙とともに雨降る夜空に消えていく




そこまで過去話は長くはしないつもりです。


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26

何ヶ月も更新できてなかったアホがいるってまじー?


 人気のない廃ビル内、その中でいくつもの乾いた発砲音と何かの崩れる音が響く。

 

「がっ……!!?」

 

 脳天を突く衝撃。視界が明滅し、平衡感覚がブレる。

 ジクジクと顎が痛みことからどうやら自分は思い切り下顎の部分を蹴られたのだとリッパーは理解した。

 

 体が宙へと浮かび、景色が流れていく中で強引に体制を整えて地面に着地して前をにらみつければ。

 

「ッッッ!!」

 

 眉間へと飛んでくる弾丸。

 硝煙の昇る銃口に自分をまっすぐに見つめる深紅の瞳。

 

「舐め……るなぁ!!」

 

 叫び、肉体を全力で稼働させる。

 呼応するように右目が一瞬だけ深紅に染まり、体を沈み込ませれば舞う髪の毛の中を弾丸が通過していくのを感じ取りながら前進した。

 

「まじか! これ避ける!?」

 

「いい加減に死ねリコリス!」

 

 楽しそうに笑うリコリスに袈裟斬りに刀を振るう。

 音すら置き去りにするほどの速さで降ろされた刃はリコリスの体を切ることはかなわず、額が触れ合うほどの顔をこちらに近づけたリコリスは不満げに言う。

 

「リコリスじゃなくて名前で呼んでよ~」

 

「ッソが!!」

 

「あはは! あっぶねぇ!」

 

 刃の向きを下から上へと持ち替え、振り上げる。

 楽しそうに笑いながら上体を逸らすことで刃が顎先を掠め、紙一重で避けた。

 無論、出来た隙を見逃すリッパーではない。追撃をしようとするが。

 

「ごっ……がっ──ァ……!?」

 

 腹部に強烈な衝撃。余りの痛みに視界がチカチカと眩み、喉の奥から悲鳴とも呻きとも取れない音が漏れ出る。

 

「生憎、さしでやりあうならこの撫子さんは負けなしなのさ!」

 

 視線を下に向ければ彼女の爪先が己の腹部に突き刺さっていた。

 体の力が抜け、手から刀が零れ落ちる。勝利を確信し、足を下ろそうとしたリコリスだったが次の瞬間にその顔は驚愕に染まることになる。

 

 

 膝から崩れ落ちかけたとき、リッパ―のその小さな手がリコリスの足首を掴んだのだ。

 

「ツカ、マエタァァァアッ……!!!!」

 

「なっ……! いっつッッ!?」

 

 壮絶な笑みを仮面の下で浮かべ、リッパーはようやく出来た千載一遇の好機を逃がさぬようにした。

 リコリスは拘束を解こうとするが、その小さな手から想像できないほどの力の強さで足を捕まれておりピクリと動きもしない。

 

 今まで辛酸をなめさせられ続けた憎たらしい笑顔が今は焦りにより歪んでいるのを見てリッパ―は歓喜に震えながら刀を振りかぶろうと……

 

「な~んてね!」

 

「は…………?」

 

 体の力が抜ける。

 そして腹部に違和感を覚えて視線を下に向ければ、腹部に浅く突き刺さった刀身のみのナイフが見える。

 リコリスの手にはバネの飛び出た円筒形の物体があり、ソレがスペツナズナイフだと理解できた。加えてこの不自然な脱力感にリッパ―は刀身に何か薬品か毒物が塗られていることにも。

 

 完全に毒が体に回りきる前にこの存在の首を断ち切ろうとした。

 

「あらよっと!」

 

 ミシミシと体の内側から響く嫌な音。胃の内容物がせり上がり、舌の付け根が痙攣して喉が焼ける感覚が来たかと思えば、こめかみに衝撃が突きつけた。

 

 自分の小さな体が横方向へと吹き飛び、何度もコンクリートの地面を転がりようやく停止する。

 

「ゲホッ、ゴホッ……カヒュ……コヒュッ……」

 

 咳き込み、震える喉で何とか息を吸い込みながらもリッパーは体を起こし、刀を握ろうと手を伸ばそうとした。

 しかし、

 

「はいぼっしゅ~」

 

 既のところで指先が刀の柄に触れようとしたところで、気の抜けた声と共にリコリスの足が刀を蹴り、視界と外へと滑っていってしまった。

 

「……ク、ソ」

 

 空を切った手を握り締め、殺意のこもった眼で怨敵を睨みながらリッパ―は意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

「う、んん……」

 

「お、起きたー?」

 

 微かに鼻につく甘い匂い。リッパーはうめき声を漏らせばそんな声が聞こえてくる。

 

「んぅ……」

 

 はっきりしない頭でリッパ―は瞼を開くと入ってきた明るい光に視界が白く染まり、何度か瞬きを行い目のピントを補正させれば、視界に自分に対して優しく微笑む顔が映り込んできた。

 

「…………ぇあ?」

 

「どったの? 鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔して」

 

 おそらく今の自分の顔を鏡で見ればたいそうな間抜け面をさらしていると確信できるだろう。

 自分が殺そうとしたはずの相手にいいようにあしらわれ、おまけに敗北したかと思えば殺されるどころか膝枕をされ、頭を撫でられるという介抱されているという冗談かと疑いたくなるありさまだ。

 

『また失敗しただと? 何のためのファーストだ? お前のためにどれだけ時間と費用を使っていると思っている? 

 いい加減リコリスの1人くらい殺してこい無能が!』

 

 上司はそう言い、ベッドのシーツを自分になげつける。

 部屋から体液をシャワーで流せず、アザだらけの体で叩き出された。

 

 施設の中を歩いていれば。

 

『ハッ、天下のリッパーさんもたかだか1人に手を足も出ねぇのか?』

 

『おい聞いたか、またあいつ失敗したらしいぞ?』

 

『ハハハ、あれだけ自分はお前たちみたいなのは違うんだーっていう顔してた草してこのザマじゃ笑えるな』

 

 任務に失敗したことを報告すれば上司からはネチネチと叱咤され、ろくに情報を調べずに結果だけを見て自分のことをあざける同僚たち。

 最初は無視を決め込んでいた。だが、何度も何度もされれば幾ら感情の希薄なリッパーも限界らしく、今の状況がとどめとなり、ジワジワと瞳が潤みはじめたではないか。

 

「ふっ……ぐっ、うっ、ぅ〜っっっ!!」

 

 遂に感情のダムが決壊してしまったのかボロボロと涙を流す。だが、最後の意地でリッパーは下唇を噛んで大声を上げてみっともなく泣くことはしなかった。

 それでも、呻き声は隠せず涙を拭っても拭っても止まることは無い。

 

「あ、アレ泣いちゃった? ちょ、どーしたのさいきなり〜……? 

 ぽんぽん痛い? 痛いのいたいのとんでけーする?」

 

「うっさいアホォ……! 気味悪いんだよぉ……! 大人しく殺されろよぉッ……!! 

 なんなんだよお前ぇ……! 意味がわかんないんだよォッ……! いっつも笑顔で気味悪いしッ! 刀当たらないしッ! 気味悪いし! 

 なんで、殺そうとした俺を助けてるんだよぉ……!! 

 どいつもこいつも勝手に言いやがって……! クソ上司はキモいし、同僚は雑魚で無能なくせして……!! 

 ふぐぅぅぅっっっ~~~!!!」

 

「さ、3回も気味が悪いって言われた……」

 

 傷ついたようにいう撫子にますますリッパ―は惨めな気持ちになるのだった。




リッパー
リリベルとして現役バリバリだった頃の律刃。
何度も何度も撫子に挑んではボコされて帰ってはボロクソに言われた可哀想なショタ。

撫子
何度もいたいけなショタを容赦なくボコったヤツ。
悪気は一切ない模様。ショタコン


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27

お待たせ☆


 今思えば、あの日からこの女とは変な関係が続いていたのかもしれない。

 殺し殺されという血なまぐさい関係だと言うのに。

 

「君の名前はなんて言うの?」

 

 ふと、何度目かも分からない襲撃を行い斬り掛かる。

 そんな時にコイツは不意に聞いてきた。

 

「……名前?」

 

 銃撃をかわし、脚に僅かに力を貯めて肉薄。

 袈裟斬りをかわされ、刀を手の中で逆手に持ち替えて切り上げる。

 

 体を僅かに横へとずらして避けられるが、構わずに蹴りを放てば当たる瞬間に後方へとバックステップ。

 それに対して空いた手に握られていた投擲用のナイフを3本を指の間に挟み、手首のスナップで投げつける。

 

 だが、ナイフは全て正確無比な射撃で撃ち落とされ少しの間だけ沈黙が訪れた。

 

 数刻ほど考え、リッパーは質問の意図を測ろうとしたが分からず答えた。

 

「リッパー……そう呼ばれている」

 

「何それ人の名前じゃなくない? 君も(リコリス)みたいな組織にいるなら登録する時名前決めてるはずでしょ?」

 

「知らん。俺は目覚めときには既にこう呼ばれていた」

 

 他には鬼火(ウィル・オ・ウィスプ)悪霊(ブギーマン)と呼ばれることもある。

 リッパーのその声に撫子は何処か不服そうなのか眉根を寄せていた。

 これがおかしくなったところだ。なぜ律儀に答える? 

 

「はー……なんかやる気無くしちゃった」

 

 そう言い、撫子は銃を下ろす。

 

「何のつもりだリコリス……?」

 

 怪訝な顔でリッパーは刀を構え直し、油断なく見据えて言う。

 これもだ。無視して攻撃すればいいのに。

 

「リコリスじゃないよ!」

 

「わひゃあ!?」

 

 ギュンッ! 音として表すならそんなふうにリッパーの視界を埋めるように映れば悲鳴を上げて尻もちを着く。

 そんな彼を見下ろすように立ち、撫子は胸をそった言い放った。

 

「この日は暇? 暇だよね!」

 

「おい、人の話を聞け!」

 

「どうせ君この後帰ったって嫌いな上司に怒られるだけなんだからいいでしょ、別に? 

 この前みたいにお姉さんお膝の上で泣きたくないでしょ?」

 

「ぐぬぅ……!!」

 

 苦虫を百匹ほどまとめて嚙み潰したかのような渋面を作る。自分自身にとっての忌々しい過去を思い出してしまう。

 そうだ。あの日、あの時。この女にあの醜態を見られて以来、頭を撫でられて以来、自分はおかしくなってしまった。

 

「じゃあ、この日の昼前にハチ公前ね!! じゃ、バイバーイ!」

 

「おいっ! 待て!! まだ行くなんて……足速いなアイツ」

 

 何で、自分は約束(こんなこと)を無視すればいのに律儀に守ってしまったのだろう? 

 

 

 

 

 翌日、リッパーは制服ではなく数少ない私服でハチ公の前に来ていた。

 リリベルの本部を出る時、二三言交わす程度の間柄の警備員には酷く驚かれたが彼本人はさほど気にするようなことでは無い。

 

「…………人が多い」

 

 ハチ公前は待ち合わせ場所としてよく使われ、今日も人混みがたくさんだった。

 リッパーは整った眉を寄せ、早くも帰りたくなってきたがそれだと何故か負けたような気持ちになるので我慢することにする。

 

 肩から下げた竹刀袋を背負い直し、リッパーは何度目かも分からないため息を零しながら歩みを進めれば漸く件の人物を見つけた。

 

「おい」

 

「ん? おー、思ってたよりも早かったね……って、そう来る〜?」

 

「……なんだその目は」

 

 撫子の"マジかこいつ? "という目にリッパーは僅かに眉根を寄せれば、彼女はため息を零しながら言う。

 

「君さぁ、流石にその格好とソレはダメでしょ?」

 

 撫子は無遠慮にリッパーの頭からつま先を見て、やれやれと首を横に振るう。

 リッパーは言われた通りに来てやったというのに勝手にダメ出しをされ軽くイラッときたが、冷静に流してやることにした。肩にかかる紐を握る力が強まってような気もするがきっと気のせいだろう。

 

「まぁ、この際その格好はよしとしよう。問題なのは……なんでポン刀持ってきてんのさッ!」

 

「…………?」

 

「うっわ、心底不思議そうな顔してるよこの子! 絶対抜かないでね!」

 

「ふん。無意味に抜くわけないだろう。……お前のその衣装は自前なのか?」

 

「衣装って言うのやめてよねー。どうよ、このオシャレっぷり?」

 

「動きにくくないのか?」

 

「お仕事じゃないのでカンケ―ないのです! じゃあ、服屋さんに行くよ!」

 

「勝手に行ってこい」

 

「私じゃなくて君のだよ!!」

 

 撫子はそう言い、リッパーの手を握れば歩き出す。

 現在の撫子はリコリスの赤い制服ではなく、頭に帽子をかぶり白のブラウスに下を黒のズボンという洒落た格好だ。

 それに対してリッパーはというと上にはでかでかと"金剛力士"と書かれたTシャツに下は白のラインの走った黒いジャージに″如来坐像″というお洒落なんて知らねーと言わんばかりのThe部屋着であった。

 

 これには流石の撫子も激怒した。予定を変更し、目の前の瞳孔に光の点ってないどころか開き気味のレイプ目常時ダウナーのショタを徹底的に着せ替えてやろうと。

 撫子には不細工な相手は苦手である。されど、可愛いものには人一倍敏感であった。

 撫子は唯の超天才最強完全無敵の超人リコリスである。妹分に尊敬されたいし、美少女や美少年のような可愛いショタやロリが大好きだ。

 されど、人一倍オシャレには敏感であった。断じてショタを自分好みに着せ替え出来るぜひゃっほぅなどと思ってないのだ。

 

 と、何処ぞの牧人みたいなことを思いながら撫子は鼻息荒く行きつけの服屋へと急ぐのだった。

 当のリッパー本人は『なんでこいつはテンション高いんだ?』と若干の困惑を隠せなかったが。

 

 

「これとかどう?」

 

「わからん」

 

「これはー?」

 

「無駄にベルトがあるが意味あるのか?」

 

「なんでだろうね?」

 

「……俺に聞くな」

 

「どう?」

 

「何故こんなに穴が空いてる?」

 

「ダメージジーンズだからねー。ほらほら、これとかどう?」

 

「……ヒラヒラしてる。落ち着かん」

 

「試しにスカート着せてみたけど思った以上に似合ってるわね。それに手慣れてたし……着た事あるの?」

 

「クソ上司がスるときに『こうした方がさらに盛り上がる』って着させられなことが何度かある。どうせ最後は脱ぐのに理解できん」

 

「!!?」

 

 突然のカミングアウトに撫子は驚いたようにリッパーの顔を見る。だが、当の本人はよくわかっていないのか僅かに首を傾げるのみだ。

 スるというのはつまりそういう事か? 

 その上司はなんてやつだ。YesショタNOタッチを知らんのか? 

 

「……おい、なぜ頭を撫でる?」

 

「なんというか、この世の不条理を嘆いているところかな……」

 

「意味がわからん……」

 

 思わず抱きしめ、撫子が頭を撫でることをリッパーは困惑を隠せないが抵抗はせずに好きにさせる。

 ここで騒いで無駄にことを大きくするより、終わるのをじっと待つほうがストレスは少なく済むからだ。

 理由としてはそれもあるが、なによりも。

 

(……優しい手つき)

 

 押さえつけるような激しい力加減ではなく、寧ろ、こちらを慈しむような穏やかな力加減。

 

 嫌い……ではない。寧ろ───

 

 そこまで思った瞬間、咄嗟にリッパーは撫子の手を払う。

 

「あっ……ゴメン。馴れ馴れしかったかな?」

 

「…………さっさと会計を済まるぞ」

 

 短く会話を切り、リッパーは試着室を出ていく。

 

 忘れろ。あんなものは気の迷いだ。だって、自分は──―

 

化け物だ

 

 言い聞かせるよう、リッパ―は呟く。

 その背を撫子は払われた手を胸元で抱きながら見つめていた。

 

 

 

「うん、やっぱりあんなダッサイ服よりこっちのがよっぽど似合うね! さっすが私!!」

 

「…………落ち着かん」

 

 会計を済ませ、部屋ぎスタイルから着替えて頭には帽子、シャツにアウター、短パンとなったリッパ―を見てしきりに写真を撮ってほめる撫子。

 基本制服のリッパ―にとってこうした着飾ることを目的とした衣服には経験がほとんどなく落ち着かない様子だ。

 そんな折、

 

 くぅ~……

 

 という可愛らしい腹の音が聞こえてきた。

 

「あ……その、これは、ちがっ……!!」

 

 音を出した自分の腹部を抑え、耳まで顔を主に染めたリッパーが弁明をする。

 

「ふふ、そろそろいい時間だしご飯にしよっか?」

 

「…………ッ〜別にいい。俺にはコレがある」

 

「? なにそれ」

 

 リッパーはまだ顔を赤くしながらバッグの中から飾り気のない銀の包装紙に包まれた長方形の物体を取り出した。

 撫子は見慣れない物体に首を傾げて尋ねれば、どこか自慢げにリッパーは物体のことを教える。

 

「これはリリベルの戦闘糧食だ。これ一つで一日に必要な栄養素やカロリーの大半を補うことが出来る。

 それに長期保存が可能だし、なによりも嵩張らず手早く食える」

 

「へー。で、味は?」

 

「あ、味?」

 

「うん。美味しいのソレ?」

 

 撫子に言われ、リッパーは目を点にしてしまう。

 リッパーにとってというよりも、リリレベル食事など単に栄養補給程度の作業にしか思っておらず味など二の次三の次だ。

 

「か、考えたこと無かった……」

 

「ふーん。じゃ、ちょっと味見しよ」

 

「あ、おい勝手にとるな!」

 

「イージャン1個くらい!」

 

 リッパーの手からひったくり、撫子は吠えるリッパーをなだめながら包装紙を破いて現れた物体にかぶりつく。

 ガリッという硬質な音の後にバキリという割れる音。

 

「んー…………ん、んん、んんん〜…………?」

 

 初めは何ともなかったのだな、咀嚼する度に口内からはゴリッ、ガリッ……という音と共に撫子の表情が曇っていく。

 きちんと30回噛んだ後に嚥下すれば、ありありと"不味い"と言った様子の表情を浮かべて撫子は残りの分を離れたゴミ箱に投げ入れた。

 

「何これ……食べた瞬間に口の中の水分全部持ってかれるし、噛めば噛むほど旨みなんて出てこないし、食感のせいで石ころとか壁を食べてる気分だよ。

 よく君はこんなの食べれるよね……超まずい。こんなの毎日食べてるなんて心配なるよお姉さんは」

 

「そ、そんなにか……?」

 

 あまりの酷評にリッパーは狼狽えた。

 確かに彼女の言うとおり無駄に硬いし、食べれば口の中がパサついて飲み込むのにも一苦労。かと言って味もいい訳でもないがそんなに気にすることか? 

 慣れれば結構美味しいんだが……、そんなことを思うが無味無臭の固形物など一般的な感性からしたら不味いのだが、生まれてこの方まともな食事などとったことのないリッパ―は気が付かなかった。

 

「じゃあお姉さんが本当のご飯を食べさせてあげる!」

 

 

「お待ち」

 

「ありがと~」

 

「……なだこれは……?」

 

 カウンター席に横並びで座り、目の死んだ店主の置いた物体を一目見てリッパ―は聞いてみた。

 底の深い皿にはぐつぐつと煮えたぎる粘度の高い液体。鼻を突くような香辛料の香り。

 液体の中には四角形に切られた小さな物体や、何かのひき肉が沈んでいる。

 

「麻婆豆腐だよ~。ここのはめっちゃ絶品でさぁ~。休みの日はよく来て食べてるんだよね~」

 

 撫子は笑い、レンゲでその麻婆豆腐なる物体を掬い口へと運べば……

 

「ッッッッッッ……!! ふぅぅぅぅ────!!! ハグッ……ハグッ……!! ハァッ……!」

 

 にじみ出る汗、爛とした目、不気味な笑い。それでもレンゲが止まらなかった。

 端的に言えばきもかった。

 

 え、これほんとに食い物? 兵器だったりしない……? 

 

 短い間沈黙し、麻婆豆腐を見つめていたら……

 

「怖いのかね少年?」

 

「は?」

 

 そんな声が聞こえてきた。

 思わずリッパ―は顔を上げて声の主をにらみつけた。

 視線の先には頭にタオルを巻き、鍛え抜かれた肉体をおそらくこの店の制服に身を包んだ先ほど料理を運んできた店主の男だった。

 死んだ目に無駄にイケボで店主は言う。

 

「君は今、岐路に立たされている。ここでおとなしく尻尾を巻いて逃げるか。果敢に立ち向かい、見事この麻婆豆腐を平らげ凱旋するかという選択肢に。

 むろん強制はしないとも。だが、ここでおめおめと逃げ帰れば君はこの麻婆豆腐にすら勝てない臆病者となるだろう……」

 

「お前、今この俺を弱者といったのか……?」

 

「おや、違うというのかね?」

 

 その言葉にリッパ―は激怒した。自分は最強だ。今までだってどんな敵も屠ってきた。これまでもこれからも。

 それがこんな麻婆豆腐なんてものに敗北するだと? ふざけるな。そんなことなどあっていいはずがない。

 現にこうして隣にいるやつが食っているのだ。ならば、自分にできぬ道理などない!!! 

 

「吠えずらを書かせてやる!!」

 

 レンゲを手に取りリッパ―が吠える。

 小さな挑戦者が奮起したのを見て店主の男は笑う。

 

「では見させてもらうとしよう」

 

「いくぞ!!」

 

 奮い立たせるように叫びながらレンゲを握り、リッパーはグツグツと煮立つ麻婆豆腐を掬いあげれば口の中へ─────

 

 

 

 

「くちがいだい……」

 

「ふぅ~食べたたべた~」

 

 お腹をさすり、道を歩く撫子とその後ろをトボトボと歩くリッパ―。

 その小さな唇は赤くなっており、歩みもどこか頼りない。

 

「いったいなんなんだアレは……明らかにまともな辛さじゃなかったぞ……? 

 それをなんで何杯も食べれてるんだ……」

 

「最初は無理だっけの慣れてけば癖になるんだよね。あそこの麻婆って。

 寧ろ君が完食できたことに驚いたね〜」

 

「……お前、最初から食えないと思ってたのにアレを俺に出したのか…………?」

 

「…………フッ」

 

「ブッコロ」

 

 竹刀袋の封を解き、リッパーは表情筋1つ動かさず。だが、内心は怒髪天を衝きにっくきコンチクショウを三枚に下ろしてやろうとする。

 

「わー! ごめんごめん! 謝るから! 良いとこ連れていくから! ね?」

 

 ガチの殺気を感じ取ったのか、即座に撫子は平謝りを続けどーにかしてリッパーを宥め、彼女のセリフにリッパーは聞き返す。

 

「…………いい所?」

 

「うん! 私のお気に入りの場所だよ! きっと気にいるから!!」

 

 だから物騒なものは下ろそうや、言外に語ればリッパーは少し逡巡した後に鯉口を切っていたのを戻して竹刀袋の封を閉じた。

 一応の命の危機を去ったことに撫子は安堵し、ため息をこぼして懐から棒状の何かを取りだした。

 

「とりあえずこれ、お詫びね」

 

「……なんだこれは?」

 

「飴だよ〜。私がわざわざ外国から仕入れて貰ってるやつ! 口直しにどーぞ」

 

 リッパーは渡されたそれを尋ねれば、撫子の説明を行う。

 何度か訝しげな視線を彼女と飴に行ったり来たりしながらリッパーはおっかなびっくりと飴の包装を解き、何度か匂いを嗅ぐ。

 独特な甘い匂いが鼻腔をくすぐり、先程食べた劇物とは違い今度はまともそうなモノにひとまず安堵してリッパーはその小さな口に飴を入れた。

 

「……変な味だな」

 

 甘いは甘いが、なんというか薬品のような甘さだ。

 今の今までこうした甘味を食べたことの無いリッパーにとって何だか新鮮な気持ちになった。

 

 

 

「ここがお前の言ってたいい所か?」

 

 薄暗い空間にいくつも見える水の注がれた容器。

 申し訳程度の光源が照らし、リッパーは小さな魚の泳ぐ水槽を覗きながら尋ねる。

 

「そうだよ~。綺麗で気に入ってるんだー」

 

「よく来るのか?」

 

 聞けば、撫子はポーチから安っぽいデザインのプラスチックのカードを取り出した。

 

「年パスを作るくらいにはね〜。君もどう?」

 

「いらん」

 

 取り付く暇もない、と言った様子のリッパーに撫子は肩を竦めながら彼の手を引いて館内を歩む。

 

「……なんでこいつらはこんなに色が鮮やかなんだ?」

 

「え、考えたこともなかったなぁ……」

 

「こうなったのなら合理的な理由があるはずだろう?」

 

「え、え〜……素人だからお姉さん分からないかな〜」

 

 カラフルな魚を眺め、パンフレットにのってる情報を見ながらリッパーは質問する。

 その問いかけに撫子は困惑気味に答えるしかなかった。

 

「この細長いのは……」

 

「チンアナゴだね〜。こうやって驚かしたら砂の中に引っ込むんだ〜」

 

「おー……」

 

 撫子がガラスを小突けばチンアナゴたちが砂の中へと潜っていく。

 リッパーは思わず声を上げ、興味深そうに観察する。

 年相応の反応に撫子は微笑ましく思いながら次のコーナーへと進んだ。

 

「クエ? クエェエェ!!」

 

「クェエア!!」

 

「…………」

 

「なんだか凄く威嚇されてるね〜」

 

 ペンギンたちに吠えられ、なんとも言えない顔のリッパー。それを見てベンチに座りケラケラと笑う撫子。

 そんな折、

 

「おい、リコリス」

 

 不意にリッパーが声をかける。

 

「ん、なぁにー?」

 

「お前はなんなんだ?」

 

「どーしたのさ急に〜」

 

 近づき、見下ろすような形で撫子を射抜くリッパー。

 見上げる形だが、その飄々としたような微笑みは消えず余計にリッパーを苛立たせる。

 

「お前は認めるのは実に……実に癪だが俺よりも……ほんの少しだけ強い。

 あの時もお前は俺に銃弾を撃てば良かったくせにしなかった。挙句には何度も俺を殺せるはずだったが、その尽くを見逃した。

 俺はお前を殺そうとしてるのにだ」

 

 理解できなかった。殺し殺される。そんな関係だと言うのに、何故こうも違う? 

 なぜ、自分のような存在に笑いかける? 

 なぜ、殺意ではなく、友好を向けてくる? 

 

 理解できない。納得できない。認識できない。

 

 自分の知識の中に撫子のような存在はいなかった。

 

「俺はお前が分からない」

 

 だから、知りたい。

 初めての感情だ。今まで他人に意識を向けたこともなかった。

 全て自分にとってどうでもいい路肩の石程度の有象無象でしか無かった。

 リッパーは純粋に目の前に自分を見つめみる深紅の瞳の存在に尋ねた。

 

「だから、教えろ」

 

「それって私に興味があるってこと?」

 

「……あぁ」

 

「チンアナゴよりも?」

 

「あぁ」

 

「ペンギンよりもー?」

 

「茶化すな」

 

「んふふ、ごめーんー! そっかー、知りたいのかー!」

 

 なにが嬉しいのか撫子はふにゃふにゃと笑う。

 

「じゃあ、まずは私の名前ね!」

 

 ベンチから立ち上がればリッパーの傍をとおりすぎれば、向き直して胸元に手を当てる。

 

「私の名前は常夏 撫子! 好きなものは可愛いものを愛でることに辛いもの! 

 そんでもってリコリスで最強やらせてもらってるね。

 そ・れ・と」

 

 撫子はゆっくりとリッパーへ近づき、その手を握る。

 

「私も君のことが知りないんだ」

 

「……俺の?」

 

「そう。名前も知りたいし。好きなこと、嫌いなこと。趣味とか色々ね」

 

「……リッパー」

 

「それは君の二つ名みたいなものでしょ?」

 

「だが、俺はこれしか表す記号はない」

 

「じゃあ、私が君の名前をつけてもいい?」

 

「名前を?」

 

「うん」

 

 膝を折り、目線を合わせて真剣味を帯びた目で撫子は頷く。

 

「……好きにしろ」

 

「うん。君にピッタリの名前考えてあげるね! じゃあインスピレーションを得るために今日は遊びまくるぞー! おー!」

 

「お、おー?」

 

 立ち上がれば撫子は片手を上げて言えば、真似するようにリッパーも片手を緩くあげるのだった。



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