艦隊これくしょん ~受け継がれる想い~ (擬態人形P)
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第1話 ~怠惰艦、岸波~

遥か南西のリンガ泊地。

その桟橋にて真っ昼間から艦娘としての訓練時間であるにも関わらず、海に釣り竿を垂らしている存在がいた。

背丈はそこそこで、ダークオートミールのショートの髪を持っているその娘は、夕雲型15番艦の岸波。

彼女はこの泊地で一番の「怠惰艦」と揶揄される位には、訓練を真面目に行おうとせず、ひたすら趣味のF作業………釣りに没頭していた。

そこに、肌や顔に白粉を塗った黒髪の、同じ黒色の陸軍の制服を着た艦娘がやってくる。

リンガ泊地の秘書艦であり、揚陸艦であるあきつ丸だ。

 

「………また、訓練をさぼってF作業を行っているのでありますか?」

「あら、あきつ丸。また私を独房に放り込みに来たの?」

「それでその性根が治るのならば、とっくに放り込んでいるであります。」

「だったら放っておいて頂戴。それに、私がいない方が、夕雲や朝霜はやりやすいわよ。」

「………そうやって何時まで姉妹とすら距離を置いているのでありますか。」

 

いつもの問答を繰り返した所であきつ丸は溜息を付き、別の言葉を投げかける。

 

「提督殿が呼んでいるであります。執務室に来い………と。」

「提督が………?左遷かしら?」

「そこは転籍………と言うであります。」

「ここからお払い箱になるのは事実なのね。」

「詳細は提督殿から聞くでありますよ。」

 

釣り竿を回収した岸波は、あきつ丸に連れられてリンガ泊地の提督の元へと向かった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

執務室といっても、僻地の泊地だけにそんな大きな庁舎では無い為、すぐに辿り着いた。

これでも以前に比べれば改修工事がなされて拡張された方なのだが、それでも狭かった。

あきつ丸に連れられた岸波は、リンガ泊地の提督に軽く挨拶をする。

 

「来たか岸波。相変わらず投げ槍だな。」

「………で、何処に左遷になったのですか?」

「あきつ丸が既に言ったと思うが転籍という言葉を使え。それに、移るのは鎮守府だ。」

「鎮守府?私が?」

 

意外な言葉に岸波は眉をひそめる。

彼女は如何にも消極的の様に述べているが、艦娘の転籍自体はそこまで珍しい物では無い。

実力のある艦娘を深海棲艦………人類の敵との最前線である泊地に置いたり、逆に最終防衛ラインである鎮守府に置いたりするのは至極当然の事だ。

その中で、その実力のある艦娘が「嚮導艦」として未熟な艦娘を鍛えて戦える状態にしていく取り組みも常に行われている。

だから、駆逐隊等が諸事情で一時的に解体されたり、逆に再結成されたりする事も十分あり得るのだ。

 

「提督。厄介払いを鎮守府に押し付けるのはどうかと思いますが。」

「生憎、その鎮守府がお前を欲しがっている。しかも、横須賀だ。」

「訳が分かりません。横須賀は一番大きな鎮守府ですよね………。」

「その為の迎えも来ている。そこに並んでいる第六駆逐隊だ。」

「益々意味が分かりません。怠惰艦の為に何故………。」

 

岸波は壁際に並んでいる4人のひと際小さな駆逐艦娘達を見る。

紺色のロングストレートの髪を持つ少々ませている艦娘。

腰まである銀髪の髪をもつ冷静そうな艦娘。

癖のある茶色のボブヘアーの元気そうな艦娘。

茶色い長髪をアップヘアーにして束ねている大人しそうな艦娘。

それぞれ暁・響・雷・電という熟練の艦娘達で構成された第六駆逐隊の面々であった。

これでも暁は「改二」と呼ばれる艤装の改造を受けているし、響は特殊な改造を受けて実際にはヴェールヌイと呼ばれる実力艦である。

また、雷も改二にこそなっていないが練度がかなり高い艦娘であったし、電に至っては「初期艦」と呼ばれる、最初に艦娘となった面子の1人であった。

正直、リンガ泊地で一番怠惰な艦娘の為に護衛を担うような存在とは思えなかった。

 

「ま、詳しくはあっちで聞いてみろ。出立は明日早朝だ。今日の内にヘビの肉でも堪能しておけ。」

 

リンガの提督は頭にクエスチョンマークを浮かべる岸波に対し、ニヤリと笑みを見せた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

翌日、艤装を付けた岸波は第六駆逐隊の面々が待つ桟橋へと向かっていた。

見送りはリンガの提督とあきつ丸のみ。

本当は、もっと艦娘はいるのだが、誰もこんな怠惰艦に対して名残惜しいと思う娘はいなかった。

むしろ、居なくなって清々するといった所か。

 

(ま、当然よね。)

 

妥当だろうと自身で思いながら装備の状態をチェックしながら桟橋へと歩いていった岸波だったが………。

 

「岸波さん!」

「………夕雲?」

 

そこに、庁舎の中から緑の長い三つ編みの駆逐艦娘が走ってくる。

岸波と似た制服を着ているその娘は、同じ夕雲型の1番艦夕雲であった。

 

「良かった………間に合いましたね。」

「怠惰艦との別れにわざわざ来てくれるなんて、夕雲も変わり者ね。」

「「夕姉」とはもう呼んでくれないのですね。」

「………どう呼ぼうとも私の自由でしょ?」

 

寂しそうな顔をする長女に対し、しかし敢えて岸波は冷たい態度を取る。

その理由を知っている夕雲は申し訳なさそうな顔で言う。

 

「本当は朝霜さんも連れて来たかったんですけれど、駄々をこねてしまって………。」

「構わないわ。朝霜は私の事、嫌っているから。」

「………お互い、素直にはなれないのですね。」

「夕雲には関係ない話よ。」

 

岸波はそれだけを言うと、これ以上はもう問答する気は無いと言わんばかりに桟橋へと再び歩き出す。

その後ろから夕雲は声を掛ける。

 

「私は願ってます!いつか岸波さんの心の氷が溶ける事を!」

「……………。」

 

岸波は何も言わず、後ろに手を振りながら桟橋まで歩くと抜錨する。

そのまま第六駆逐隊の4人と混じりながら、リンガ泊地を後にした。

 

「………行ってしまいましたね。提督………本当に、良かったのですか?」

「岸波という艦娘の将来を左右しかねないでありますからな。」

「横須賀のヤツは変な性癖は持っているが優秀だ。アイツの手腕に任せるとしよう。」

 

夕雲とあきつ丸が問う中、リンガの提督は静かに帽子を取り5人を見送った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

海へと抜錨した岸波は、第六駆逐隊の面々に対し最低限の挨拶をしていた。

一応は自分の護衛の為に来てくれた艦娘達なのだ。

失礼な事があってはいけない。

 

「横須賀までの間ですが、艦隊のお世話になります。旗艦は………。」

「それだけれど、岸波がやって。」

「………はい?」

 

本来の旗艦であるはずの暁の言葉に岸波は首を傾げる。

この中では間違いなく自分が一番未熟であるはずだ。

それなのに、旗艦として4人に指示を出せというのだ。

 

「失礼ですが、私は先輩達よりも練度は優れては………。」

「私達の連装砲は右肩に付いてるから深海棲艦に接近されると弱いのよ。右手に装着した貴女に先頭で戦って貰った方が、効率がいいわ。」

「しかし………。」

「旗艦の経験あるんでしょ?いいからやって。」

「………分かりました。」

 

暁の説明に岸波は渋々だが承知する。

確かに暁型の連装砲は右肩に付いており至近距離への砲撃が出来ない。

だが、それに備えた対策や艦隊運動も彼女達ならば十分訓練をしているはずだろう。

岸波は昨日から疑問符を抱く事が多いな………と思いながら艦隊の前に出た。

 

「単縦陣。」

 

その言葉で、艦隊が岸波、暁、ヴェールヌイ、雷、電の順番に並ぶ。

岸波は電探やソナーの状態を調べながら周りへの警戒を欠かさないようにする。

 

「電先輩。」

「電でいいのです。他のみんなも呼び捨てで構いません。」

「じゃあ、電。背後は任せるわ。他のみんなも索敵は厳重に。」

 

しんがりの電を始め、第六駆逐隊の面々に指示を送りながら岸波は警戒をしていく。

その様子をすぐ後ろの暁はチラリと確認する。

視線を感じたのか、岸波は振り返らずに言う。

 

「何か付いてますか?暁先輩。」

「私も暁でいいわよ。………怠惰艦と言われている割には隙が無いわね。」

「一応、艦娘として最低限の能力は備えているので………。」

「人を寄せ付けない物言いは貴女なりの防衛術かしら?」

「元からの性格よ。………後、ふざけている暇は無いわ。」

 

岸波は空を見上げる。

空に羽虫のような攻撃機が飛んできていたからだ。

どうやら敵艦隊がこちらを見つけたらしい。

間もなく岸波達もギリギリだが目視できるようになる。

 

「重巡リ級2隻、軽巡ツ級2隻、軽空母ヌ級2隻。全部エリート級ね。」

「攻撃機はヌ級の物ね。6機いるけれど、どうするの?」

 

決して楽とは言えない敵艦隊の構成に、しかし岸波は臆する事無くすぐさま指示を出す。

 

「道中は長いから魚雷は使わない。輪形陣で増速して敵攻撃機や主砲の狙いを狂わせて、一気に距離を詰める。」

「脳筋だな。だが、悪くない。」

 

ヴェールヌイが言葉と共に連装砲を上に向け輪形陣の中心へと動く。

前に機銃と連装砲を空に向けた岸波、右に暁、左に雷、後ろに電だ。

 

「増速のタイミングは?」

「私が指示を出す。」

 

電探を通して聞こえてきた雷の通信に応えながら岸波は空を見上げる。

そして、羽虫の攻撃機を見る。

その目が鈍く光った瞬間………。

 

「増速!対空戦闘!」

 

一斉に空中に狙いを定めながら一気に岸波達5人は主機を唸らせ加速する。

それによって敵の攻撃機が放った魚雷は岸波達の後ろに着弾し狙いが外れる。

そして、すれ違い様に対空砲火が炸裂し、岸波が2機、他4人は1機ずつ撃ち落とす。

 

「こちらの増速でリ級が照準を見誤っている。次の指示は?」

「単縦陣!面舵!T字有利で先頭の1体に集中砲火!」

 

そのまま右に舵を切った5人は横に並び、先頭の敵重巡に連装砲を一斉射していく。

慌ててリ級は硬い腕で身を守ろうとしたがその前に次々と砲火が炸裂し悲鳴を上げて沈んでいく。

 

「このまま速力を活かして後ろに回り込む!ヌ級2隻を沈めろ!」

「急に口調が荒々しくなったのです。」

 

最後尾の電が素直な感想を述べるが、速度は緩めない。

小形の駆逐艦は敵を翻弄してこそ意味があった。

敵艦隊が混乱している内にあっという間に背後に回ると、攻撃機を発艦させようとしているヌ級のその口に連装砲を叩きこみ纏めて誘爆させる。

これで、軽空母2隻も沈んだ。

 

「残りは3隻………!」

「2隻よ。リ級が慌てて反転して撃ってツ級1隻を誤射して沈めたわ。何やってるのかしら?」

「ならば、突撃する!ヴェールヌイ、雷、電はツ級を沈めて!」

「暁は?」

「リ級の脚を止めて!私が接近してトドメを刺す!」

「了解なのです。」

 

限界まで主機を加速させた岸波が突撃する中、ヴェールヌイ達3人は立ちはだかろうとするツ級に対し言われた通りに集中砲火を浴びせて沈める。

暁もリ級の脚と腕を狙い、バランスを崩して左胸をさらけ出すように砲撃をする。

その急所に向けて、零距離まで接近した岸波が連装砲を突き付けた。

 

「沈め。」

 

至近距離からの連射により、最後のリ級も悲鳴を上げながら沈んでいく。

その姿を冷ややかな目で見ながら岸波は連装砲を下ろした。

 

「随分、勇ましい怠惰艦なのね。」

「別に………貴女達が優秀だから私でも色々と楽だっただけよ。」

「そう。」

 

海戦を終えて暁が感想を述べる中、岸波は淡々と答える。

彼女は敵の沈んだ海面を見つめていた。



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第2話 ~疑うべき実力と使命~

こうして幾つかの海戦をこなし、5人の艦娘は、予め所持していたドラム缶の燃料を補充して休みながら北東に進んでいき、翌日には横須賀へと辿り着いた。

元々第六駆逐隊は実力も兼ね備えたベテランの艦娘達の集まりであったのもあり、重巡はおろか夜戦ならば戦艦クラスを沈める事も出来た。

そして、岸波も怠惰艦という割には的確に旗艦の役目をこなした為、5人に大した損害は無かった。

 

「ここが横須賀………一番大きな鎮守府だけあって随分大きな所ね。」

「最初に出来た鎮守府ですからね。庁舎の他に、艦種によって各寮が分かれているのです。」

「咲いているのは………桜かしら?」

「今は春ですからね。この前はお祭りもあったのです。」

 

一番古参である電の案内で横須賀鎮守府の中を歩く過程で、岸波は周りに咲く桜を見渡す。

海戦の勇ましい時とは違い、何か物想いに更けている感じであった。

その様子に第六駆逐隊の4人は妙な物を感じながらも、共に歩いていく。

そうこうしている内に装備品保管庫へと辿り着き、衛兵の許可を貰って艤装を置いて庁舎へと向かう。

そして、庁舎の中の長い廊下を歩いて行き、中央に配置されている執務室へと辿り着く。

第六駆逐隊の旗艦である暁が代表して扉を叩くとコホンと咳払いをして報告をした。

 

「第六駆逐隊、リンガ泊地より駆逐艦岸波を連れて只今帰還しました。」

「ご苦労様です、さあ入ってきてください。」

 

女性の声に暁が扉を開き、5人の艦娘は部屋に入る。

そこには横須賀の提督と共に、長い黒髪の眼鏡の艦娘が立っていた。

背丈などから見るに、駆逐艦の指導をする事の多い水雷戦隊の親玉である軽巡洋艦だろうか。

 

「駆逐艦岸波、着任しました。これからお世話になります。」

「詳しい事はリンガのヤツから聞いている。こっちは秘書艦の大淀だ。こちらもこれからよろしく頼む。」

「早速ですがお聞きしても宜しいでしょうか?私はリンガでは怠惰艦と呼ばれています。その私を横須賀に呼び寄せた理由は何ですか?」

 

岸波の言葉に、提督は顎に手を当てて言う。

 

「俺に靴下を提供して欲しい。」

「はい?」

「流してください。」

 

間髪入れず笑顔で会話に割って入った大淀の言葉に横須賀の提督は軽くため息を付きながらも、真剣な顔になって言う。

 

「冗談だ。岸波………「第十四駆逐隊」の話を知っているか?」

「噂だけは。昔、嚮導艦である陽炎の元に集った実力のある艦娘達ですよね。霰、長月、皐月、潮、曙………まだ改二による強化もあまり進んでない中、様々な海域で戦果を上げていたと聞きます。」

「そうだ。彼女達は問題児達の寄せ集めであったが努力をして実力を付け、輝かしい戦果を残した。今でこそ解体されて第十四駆逐隊は欠番となっているが、その名は伝説となっている。」

 

当初は実力も性格も問題のある駆逐隊であったが、陽炎を筆頭に修練を積んだ事で、様々な艦娘達から注目を集める事になった伝説の駆逐隊。

実は岸波の艦種である夕雲型の娘の中にも訓練の過程でお世話になった者達がいるから、彼女もその話はそれなりに知っていた。

 

「それで、その第十四駆逐隊の話が私とどう関係して………。」

「欠番の駆逐隊は他にもある。「第二十五駆逐隊」、「第二十六駆逐隊」等がそうだ。」

「だからどういう関係が………。」

「岸波、お前には今から第二十六駆逐隊の嚮導艦になって貰う。」

「………はい?」

「欠番の第二十六駆逐隊をお前の為に解放する。」

 

横須賀の提督の言葉に岸波は流石に固まる。

怠惰艦の自分がいきなり嚮導艦になれというのだ。

 

「失礼ながら言わせて下さい。提督の目は節穴ですか?」

「心配するな。すぐに嚮導艦として駆逐艦娘を従えろとは言わん。お前に嚮導艦のノウハウを教える艦娘を付ける。その娘の元で修練を積め。」

「………お断りしたいのですが。」

「命令だ。そもそも第六駆逐隊を従えてここまで来る事が出来たという事は旗艦としての能力は持っているという事だろう?」

「確かに私は旗艦を務めました。しかし、それは第六駆逐隊の面々が優秀だったからです。それに私は昔、旗艦として………。」

 

そこで、岸波は苦虫を潰したような顔になる。

嫌な過去を思い出してしまったからだ。

もうずっと記憶の片隅に封印しておきたいとある出来事が………。

 

「……………。」

「部屋を案内させるから今日はもう休むといい。明日から訓練開始だ。」

「はい………。」

「部屋割りをしないとな。嵐、入って来い。」

 

提督の言葉に執務室の出口に控えていたのか、燃えるような赤い髪の艦娘が入って来る。

 

「陽炎型駆逐艦16番艦の嵐だ。しばらくお前と同じ部屋の住人になる。仲良くしろ。」

「宜しくお願いします。」

「敬語はいらねえよ。呼び捨てで構わねえ。」

「分かったわ………宜しく、嵐。」

 

そのまま岸波は嵐に連れられ執務室を後にする。

扉が閉められたのを確認した後で、横須賀の提督は、背後にある自身の机に向かって言う。

 

「………どうだ?見た感じの印象は?」

「人を寄せ付けない雰囲気を持っていますね。怠惰艦として振る舞う事で、提督を含め他の人達と距離を取りたいのでは無いでしょうか?」

 

その影から若干背の低い紫の髪のサイドテールの艦娘が出てくる。

彼女は嘆息しながら答えると、手に持った紙を………岸波に関する履歴を改めて見る。

 

「トラウマ持ちだったあたしが言うのも何ですが………過去の出来事故に1人の方が、気が楽だと思っているのでしょうね。………暁達はどう感じた?」

 

その艦娘は壁際に並んでいた、岸波と共にリンガから来た第六駆逐隊の4人に意見を求める。

 

「考えている事は貴女と同じよ?実際に間近で見たから分かるけれど、旗艦としての実力は確かね。」

「私も暁と同じ意見だ。あの判断力ならば、嚮導艦としてもやっていけるだろう。………本人が意地を張らずに納得すればだが。」

「岸波はあくまで怠惰艦として振る舞うつもりでしょうからね。貴女の指示に果たしてちゃんと従うか………。」

「どうするのです?何とか彼女の力を引き出す為の秘策は考えているのですか?」

 

最後に聞いてきた電の言葉を受け、資料を見ていたサイドテールの艦娘はニヤリと笑う。

 

「そこは駆逐艦の流儀でどうにかするわ。只………ちょっとそれに伴って、みんなの力も借りたいけれどね。」

「やる気満々ですね。」

「そりゃそうですよ、大淀さん。ああいう艦娘は鍛えがいがありますから。」

 

そう言うとその艦娘は資料を机に置くと腕まくりをして気合を入れた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「ここが俺達の部屋だ。荷物は適当に置いておけばいい。」

「そう………お世話になるわね。」

 

一方、嵐に部屋に案内された岸波は、部屋で荷物を置くとベッドの上に寝転んだ。

その様子を横目で見ながら嵐は言う。

 

「もう寝るのか?望月さんじゃないんだし。」

「私は釣りと寝る事が好きなの。別にいいでしょ。」

「ふん………。」

 

嵐を軽くあしらった岸波は、目を閉じる。

いきなり自分が旗艦どころか嚮導艦になれだなんてどうかしていると思った。

ここの提督は何を考えているのだろうか?

 

(どうでもいいわ………。)

 

考えるのも億劫だと思った岸波は、しばらく仮眠を取った後、食堂で食事をして本格的に眠りに付いた。

同部屋の嵐も含め、最低限の事以上は喋ろうとはしなかった。

これまでもこれからもずっと………そのつもりだった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

翌朝、嵐の案内で艤装を背負い、訓練海域へと出た岸波は妙な物を感じる。

横須賀の訓練海域は幾つかに分かれており、事前申告制で割り振りが決められており、場合によってはデザートなどの物々売買で取引される事がある程の物だ。

しかし、今日に関しては横須賀の提督の計らいなのか、岸波は一番良い海域を押さえて貰っていた。

正直彼女には、その理由が分からなかった。

 

「………怠惰艦に一番良い訓練海域を使わせるなんてどういう神経をしているのかしら?」

「俺に聞くな。こういう事例は俺達も経験した事無いんだよ。」

「俺達?」

「お前が嚮導艦としてのノウハウを教わる艦娘の人は、今は俺達第四駆逐隊の嚮導も担当してくれているんだ。」

「貴女以外に誰がいるの?」

「今は………野分と舞風だ。」

 

何処か言いよどむような嵐の言葉であったが、彼女の後ろから2人の艤装背負った艦娘が来た事で岸波の意識はそちらに向く。

やって来たのは銀髪の男装の麗人のような艦娘と金髪の短めのポニーテールの艦娘。

 

「夕雲型15番艦岸波よ。貴女達は………?」

「陽炎型15番艦の野分。宜しく頼むわ。」

「同じく陽炎型18番艦の舞風だよ!踊るの大好き!」

 

きっちりと敬礼をする野分と、海上で舞うように踊る舞風という正反対の対応を見せる2人にとりあえず軽く会釈をした岸波は、横目で嵐の方を見る。

彼女は昨日、最初に出会った時からずっとイライラしているような様子である気がしたのだ。

怠惰艦である自分が同部屋の住人になったからだろうか?

 

(まあ、私には関係無いわね………。)

 

他人にあまり興味を示さない岸波は、軽くため息を付くが………。

 

「待たせたわね。今日から新入りが1人増えたけど、いつもと変わらずビシバシやっていくわよ!」

 

反対側から掛かってきた声に岸波は反応して振り向く。

そして………固まった。

その艤装を装備した艦娘は、紫の髪のサイドテールの艦娘であったからだ。

 

「貴女は………。」

「あら、知っているの?光栄ね。」

「知っているも何も………噂は何度も聞いています。確か第十四駆逐隊所属であった………。」

「今は第七駆逐隊に戻っているけれどね。………とはいえ、一応自己紹介しておくわ。」

 

その艦娘は腕を組むと自信ありげな表情を見せて岸波に言う。

 

「あたしは綾波型8番艦曙。アンタを第二十六駆逐隊の嚮導艦として鍛えてあげるから楽しみにしていなさいよ、岸波!」

 

伝説の欠番の駆逐隊の中でも2番目に海戦のセンスがあり、3番目に指揮能力が高いハイスペックな艦娘であった………そう曙の事を記憶していた岸波は、無意識の内に彼女に対して答礼をしていた。



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第3話 ~決闘~

「どう?あたしがアンタの嚮導のような立場になった感想は?」

「理解できません。」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべる曙の問いに対し、岸波は正直に答える。

自分は怠惰艦。

それに対し、伝説の駆逐隊の艦娘が嚮導。

これは、人事としては無駄があり過ぎるのではないか?というのが彼女の率直な想いなのだ。

 

「成程ねぇ………。あくまで、怠惰艦であり続けたいわけか。」

「あり続けたい………以前に、私は性根が腐っていますので。」

「へぇ………。」

 

割とネガティブで失礼な事を平然と話す岸波であったが、そこまでは曙にとっては予想の範疇だったのだろうか。

彼女は表情を崩さずに手持ちの大型のショットガンを模した連装砲を持ち上げると岸波に突き付ける。

 

「じゃあ、駆逐艦の流儀で決めない?今からあたしと決闘をしてアンタが勝ったら、ここでぐーたらするのを許してあげる。」

「………貴女が勝ったら?」

「アンタはあたしの舎弟。色々と言う事聞いて貰うわよ?」

 

強気の笑みを浮かべる曙は負けるつもりは微塵に無いと言わんばかりの表情だ。

勿論、岸波は断るという選択肢もあった。

だが………一応は駆逐艦として、堂々と決闘という条件を突き付けられた以上、そこから逃げるのは果たして良い事なのかとも思ってしまう。

 

(私は………ん?)

 

気付けば、他の訓練海域や鎮守府の方角からザワザワとした声が聞こえてくる。

誰が広めたのか、いつの間にか今から始まるのでは無いかと思われた決闘の様子を観戦しようと色々な艦娘達が興味を抱いていた。

 

「………そこまでして決闘がしたいんですか?」

「逃げてもいいわよ?性根が腐ってるんならば、尻尾を巻いたって罰は当たらない。」

「そうですね。」

「でも………その制服を着ている限り………夕雲型の艦娘が腰抜けだって思われるわね。」

「……………。」

 

その言葉を聞いて岸波は心の中で嘆息した。

駆逐艦は小柄な身体で敵艦の中に突撃していくだけの丹力と勇気を持った艦娘だ。

それは夕雲型の艦娘も同じであり、その勇猛果敢さは大型艦すら認めてくれる。

だからこそ、曙は岸波に言ったのだ。

もしもこの決闘から逃げたら、他の夕雲型はどう思われるのかと?

 

「はあ………。」

「観念したかしら?」

「約束………守ってくれますよね?」

「女に二言は無いわ。」

「分かりました。」

 

岸波は腹を括ると、静かに右手の手持ちの連装砲を曙に向ける。

これで決闘の条件成立である。

ギャラリーの艦娘達から拍手が巻き起こり、場所によってはどちらが勝つか賭け事を始める艦娘もいた。

嵐達はというと、いきなりの展開に驚きながらも彼女達を邪魔しないように訓練海域の端まで下がる。

 

「使用武装は?」

「何でも使ってもいいわよ?どうせ模擬弾やペイント弾だもの。」

「了承しました。」

 

そう言うと岸波は多少後ろに下がって足を軽く開き、横に動けるようにする。

その様子を見て、曙も同じように足を開く。

お互いの連装砲がギリギリ届く間合いなので、最初から砲撃による攻撃が可能になった。

 

「先攻は………。」

「そちらからどうぞ。」

「意外と自信あるわね。じゃ、遠慮なく………。」

 

曙は独特な形の連装砲を持ち上げると、岸波の方向に向ける。

そして、指のトリガーを引くと………山なりの軌道で砲撃を放った。

その狙いは寸分外れず岸波の方へ飛んでいき………。

しかし、岸波はギリギリの間合いで上半身だけを動かしてその模擬弾を避ける。

 

「……………。」

「へえ、上手いじゃない。」

 

曙は更に模擬弾を連射するが、岸波はほとんど動かず回避をしていく。

弾をギリギリまで引き付けて最低限の動きで避けていっているのだ。

その様子を見て曙は感心する。

 

「目を使ってあたしの動きや模擬弾の軌道を読んでいるのね。そのコツ、誰に教わったのかしら?」

「姉である高波から………。」

「あの子、もうそんな芸当を身に着けているのね。」

「いいんですか?そんなのんびりと感慨にふけっていて。」

 

岸波は静かに言うと、左右の脚の4本の魚雷発射管から1本ずつ撃ち出す。

連装砲が届くと言う事は、高速で撃ちだされる魚雷は射程が十分届くという事だ。

それに対して、曙は魚雷を左右の脚の魚雷発射管から1本ずつ撃ちだす事で正面からぶつけて相殺する。

それによって2人の間で派手な爆発による水柱が立つ。

 

(普通に魚雷を撃ったら相殺される。でも………。)

 

岸波はその水柱で視界が封じられている内に大きく横に移動をする。

そして、視界が確保されると共に再び魚雷を2本発射。

即座に反応した曙は同じ要領で対処し、再び水柱が立つ。

 

(こちらの魚雷は4連装。あちらの魚雷は3連装。)

 

3度魚雷を相殺させた所で、岸波は勝機を見出す。

曙の魚雷が空になったのに対し、岸波は後2本残っている。

これならば………。

 

「決めます。」

「やっぱり最初からそれが狙いね。でも、これならどうかしら?」

 

岸波が最後の魚雷を発射したのに対し、曙は腰のポーチに入っている爆雷を数個掴み、魚雷の方向に向けて投げつける。

 

(爆雷………?)

 

曙の行動に岸波は疑問符を浮かべる。

爆雷は投擲武器であるが、一定の水圧に反応して爆発を起こす対潜水艦用の武装だ。

魚雷を撃ち落とせるものではない。

だが………水に沈んだ爆雷は「即座に」派手な爆発を起こし、岸波の放った魚雷を誘爆させる。

 

(っ!?………やられた!?)

 

その様子を見て岸波は思わず息をのむ。

曙は予め爆雷を調整しておいて、水に落ちた瞬間に起爆するように水圧設定を変更していたのだ。

この場合、海に転覆した時や派手に水を被った場合に爆雷が誘爆する危険性があるが、操艦に自信のあるベテラン艦娘なら攻撃の幅を広げられる為、リスクに対するリターンも大きかった。

 

「最初からこれを狙って………!」

「連装砲は避けられたけど………これはどう?」

「くっ………!」

 

曙は前進しながら手持ちの艤装の爆雷投射機を使い、2個の爆雷を岸波に向かって投げつけてくる。

岸波は、今度は大きく動いて回避行動をとる。

連装砲と違い、曙の爆雷は着水した瞬間に爆発を起こして波を起こすので、身体のバランスを崩してしまうからだ。

反撃の隙を封じられた岸波に対し、曙は次々とポーチから爆雷を取り出して爆雷投射機で飛ばしていく。

 

(魚雷はもう無い………!爆雷の設定を変更する暇もない………!ならば………!)

 

連装砲のグリップを口で銜え、側転で次々と撃ちだされる爆雷を何とか回避した岸波は、曙がポーチを漁っている瞬間を狙い、一気に主機を前に加速させる。

 

「へえ、更に距離を詰める気?その意味分かってるんでしょうね?」

 

只でさえ射程の短い駆逐艦娘の距離を更に詰めたら、メイン武装の連装砲は山なりに構える必要も無く、直接撃ち込める。

それだけ互いに危険な距離なのだが、曙はポーチごと爆雷を後ろに投げ捨てると、こちらも加速し、更に距離を詰める。

そして、減速せずに高速で突っ込むと………何とその勢いのまま両者共に頭突きを繰り出した。

 

「ぐっ!?」

「くーっ!来るっ!!」

 

頭に火花が散るような衝撃を受けた岸波と曙は、倒れそうになる身体を何とか踏ん張って耐える。

先に動けたのは僅かだが背丈のあった岸波だった。

彼女は連装砲を、右手を守る小手のように掴むと、そのまま曙の顔面に殴りつける。

派手な衝撃を受けた曙はバランスを崩す………ように見せかけて大型の連装砲を両手で掴み、1回転する勢いでハンマーのように岸波の頭に叩きつけてなぎ倒す。

そのまま曙は飛び掛かるが、海に倒れていた岸波は素早く腹を蹴飛ばし体勢を立て直す。

そして、お互い起き上がると連装砲同士を思いっきり何度もチャンバラのように叩きつける。

何度目かの激突で曙の連装砲の一撃で岸波の連装砲のグリップが外れてすっ飛んでいくが、

即座に岸波が曙の連装砲を蹴り上げて弾き飛ばし、互いに手持ち武器が無くなってしまう。

 

「引き分け………?いや………。」

「駆逐艦ならば、最後まで戦うものでしょ?………行くわよ!」

 

曙の言葉と共に、2人の駆逐艦は再び互いに飛び掛かる。

殴る蹴るといったいわゆる「殴り合い」での決着を行おうとしたのだ。

ギャラリーからの歓声が盛り上がる中、岸波と曙の取っ組み合いが始まった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

ガチンコで殴り合う様子を一番近くで観戦する事になった嵐達第四駆逐隊の3人は、呆然としていた。

まさか、歴戦の曙に対し、改二艦でも無いのに怠惰艦と噂の岸波が善戦するとは思わなかったからだ。

 

「す、すっげーな………岸波のヤツ。もしかして、俺達より練度高いのか?」

「みたいだね………。のわっち………私、あそこまで楽しそうな曙さん初めて見たかも。」

「のわっちは止めてって………。でも、確かに野分達と反応は違っている………。」

 

まるで好敵手を相手にしたみたいだ………と言わんばかりの野分の反応を見て、嵐は1人、俯き拳を握りしめる。

そして、ぼそりと呟いた。

 

「俺がアイツのようにもっと強ければ………萩は………。」

 

その言葉は風に流されて舞風や野分にも聞こえなかった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

鎮守府の方向の波止場には、2人の駆逐艦娘が静かに観戦をしていた。

片方は高めの身長に腰まである黒髪ロングのストレートヘアの赤目の艦娘。

もう片方は岸波と似た制服の同じく腰まであるウェーブの黒とピンクの髪の艦娘である。

陽炎型12番艦の磯風と夕雲型4番艦の長波である。

 

「………まさか、岸波が横須賀に来ていたとはな。」

「リンガでの様子は夕雲からの手紙で把握してるけど………実際に見た気分はどうだ、磯風?」

「練度が落ちてない所は安心している。怠惰艦と呼ばれる原因を作った1人として心苦しいが………。」

「磯風が悪いわけじゃねえよ。勿論、浦風、浜風、谷風………第十七駆逐隊の誰の責任でも無い。アレは………仕方なかったんだ。」

 

言葉を濁しながらも気遣う長波に対し、磯風は無言で岸波と曙の決闘を見つめる。

そして、最後に小さな声で呟く。

 

「………曙達との接触で、何か変わってくれれば。」

「そうだな。曙さんに任せようぜ。」

 

長波はそう言うと、磯風の肩を叩いた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「ぐっ………!何てタフなの………!?」

「小さいからって舐めて貰っちゃ困るわ!」

 

岸波と曙の殴り合いはまだまだ続いていた。

何とか曙をノックアウトさせようとする岸波であったが、相手は喧嘩の技術に関しても相当熟練なのか、岸波の腹や顔を的確に殴ってくる。

その為、数度目かの攻防で岸波は後ろにふらつく形になった。

 

「勝負あった?………ん?」

 

だが、そこで曙は後ろに数歩下がった岸波の右手に左腰の艤装に装備していた爆雷が握られている事に気づく。

金属を握る事で殴る威力を上げるつもりかと思ったが、そうでは無く岸波は曙に向かって放り投げる。

そして、僅かに右を向くと同じ場所に装備されている機銃を撃ってきた。

 

「喰らえ!」

「マジ!?」

 

岸波の思惑を悟った曙は初めて仰天する。

機銃は放り投げられた爆雷に当たり、信管を作動させる。

それにより曙の頭上で派手な爆発が起き、彼女を強烈な爆風と煙で包み込む。

 

「はああっ!」

 

トドメにはならないが、不意を突いて隙は出来ると思った岸波は、煙に包まれた曙のいる空間に向けて右の拳を殴り込みに行く。

その踏み込んだ必殺の拳は………しかし空振りに終わった。

 

「!?」

 

上手く屈まれたかと思い、続けて足も蹴り出したがそれも空振り。

煙が晴れた時、曙は完全に消えていた。

 

「どこ!?まさか………っ!?」

 

バッシャアッ!!

 

曙のいる所に岸波が気付いた時、彼女の顎に水中から拳を突き上げた曙の一撃が炸裂していた。

思いっきり隙だらけになった急所にアッパーを喰らった岸波は、脳震盪を起こし後ろに倒れ込む。

 

「艤装の浮力を切って、敢えて水に潜って………。」

「危なかったわね。いい作戦だったけど、こっちの対応が一枚上手だったかしら?」

 

海水でビショビショになりながらも、強気の笑顔を見せる曙は腰に手を当てて楽しそうであった。

その様子に、ギャラリーから今までで一番の拍手喝采が巻き起こる。

 

「アンタ、色んな意味で面白いわね。こんなに清々しいのは久しぶりよ!」

「それは良かったですね………。」

「でも、勝負は勝負だから言う事は守って貰うわよ?」

「もう好きにして下さい………。」

 

完敗だ………と思った岸波は、大の字に海に寝転び空を見上げる。

こうして白熱した決闘は、曙の勝利となった。



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第4話 ~曙の流儀~

脳震盪が治り起き上がった岸波は、周りから惜しみない拍手を受ける事になった。

一応、手を上げて応えた彼女は、曙から決闘中に落とした連装砲を渡して貰う。

どうやら、岸波が倒れている間に潜水艦娘に回収して貰ったらしい。

 

「人脈………あるんですね。」

「昔は無かったけどね。ま………人も艦娘も変わる物よ。」

「……………。」

 

曙はそう言うと岸波の反応を気にせず、隅で観戦していた嵐達を呼ぶ。

 

「さあ、今から訓練再開するわよ!」

 

そして、早速横須賀での訓練が始まった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

訓練は的当てや陣形練習等、基礎的な事を中心に行った。

岸波は決闘での疲労はあったが、元々の練度の高さもあり問題なく付いていけた。

そして、昼食の後に午後の訓練を行い、艤装を装備品保管庫にしまった彼女達は、第一士官次室(ガンルーム)で反省会を行い、風呂に入り部屋で眠りに付く事になる。

寝間着に着替えた岸波は、さっさと布団に潜り込んだ。

 

「………なあ、岸波。」

「………何?」

 

そこで同部屋の嵐から声が掛かって来る。

彼女は岸波と同じく布団に潜り込みながら問う。

 

「何でお前………そんな練度高いんだ?」

「高かったらいけないの?」

「リンガじゃ怠惰艦だったんだろ?………これでも大淀さんが呉に行っている時は秘書艦だった経験もあるんだ。………記録簿に記されている情報だと、艦娘としての就任時期は俺達より遅かったはずなのに。」

「貴女達よりセンスがあったからよ。」

「また突き放す気か?その手には乗らないぜ。………真面目に答えてくれよ。俺ももっと強くなりたいんだ。」

 

懇願するような嵐の言葉を受け、岸波は僅かに黙り………そして話し始める。

 

「………主に前線の泊地にいる事が多かったからかしら。それに、よく組む艦娘達がリーダー向きじゃなかったから、若輩者でありながらも旗艦を務める事も多かったわ。」

「そうか………旗艦だと早く色々な経験を積めるからな。………って、俺も第四駆逐隊じゃ一応旗艦だけど………なんでだ?」

「貴女は曙先輩の元で修業していたからでしょ?つまり実質的な旗艦は曙先輩。………私はリンガで本当に旗艦として働いていたのよ。」

「成程な………他には何かあるか?」

「後は………怠惰艦になる前は、具体的な憧れがいたの。」

「憧れ………?」

「第十四駆逐隊嚮導艦陽炎。リンガのあきつ丸からその武勇伝をよく聞いたわ。」

「第十四駆逐隊!?」

 

思わず飛び起きた嵐は岸波の方を見てびっくりしたような顔をする。

 

「待て待て!?だったら、曙さんと出会った時にもっと喜ぶだろ!?それを除いても陽炎さんと同じように欠番の駆逐隊を再生して貰えるんだから………。」

「繰り返すけれど全ては怠惰艦になる前の出来事よ。………色々と事情があるの、艦娘にもね。」

「………そっか。」

 

他人に言えない過去があると暗に述べた岸波の言葉に、嵐はそれ以上詮索しなかった。

昨日からの様子を考えると、もしかしたら彼女も何かしらの事情を抱えているのかもしれない。

岸波にしてみれば興味はなかったが………。

 

「岸波、嵐、いる?」

「………この声は、曙先輩?」

 

就寝時間が過ぎたはずでは?と思った岸波は部屋の扉を開ける。

するとそこには、制服を着て腕組みで待機していた曙が待っていた。

彼女は声を潜めると岸波達に告げる。

 

「急いで制服に着替えなさい。今から倉庫に向かうわよ。」

「倉庫って………そこで何を?」

「決まってるでしょ?」

 

曙はさも当然のように岸波に言ってのける。

 

「ギンバイよ、ギンバイ。趣向品を箱ごと頂きに行くわよ。」

 

あまりに自信有り気な様子に、岸波は開いた口が塞がらなかった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

ギンバイとは駆逐艦娘達が盛んに行っている泥棒のような行為だ。

艦種故に、刹那的な毎日を送っている彼女達にしてみれば、こういったスリルのある行為は刺激的であり、バレた時の罰を差し引いてもやめられない楽しみでもあった。

 

「岸波、アンタはギンバイの経験ある?」

「リンガでは食糧事情故に無いです。泊地に行く前に舞鶴では………姉妹達に引っ張られる形で多少ありましたが………。しかし、倉庫で箱ごと盗んで行くのはやり過ぎでは?」

「業者の仕業だってとぼけられるからいいのよ。勿論、厨房の人には賄賂を渡して口封じをしてあるわ。後は見張りを任せた嵐達から無線連絡を貰って運搬開始ね。」

「どこまで用意周到なんですか………。」

 

曙と共に倉庫に侵入した岸波は、彼女の事前に行っている準備の良さに嘆息してしまう。

そもそも指導をしている第四駆逐隊の面々にこういう事をやらせていいのか?とも思った。

 

「アンタも学んでもらうわよ。何しろ舎弟だものね♪」

「分かりました。ご教授宜しくお願いいたします、ぼの先輩。」

「………アンタ、結構嫌味な性格ね。」

 

口で会話をしながらそろりそろりと倉庫に忍び込んだ2人は、周りに積まれた木箱の山に注目する。

どれもこれも、駆逐艦娘にしてみれば宝の山であった。

 

「さてと………どれを頂こうかしら?」

 

美味しそうな缶詰が入っていてなるべく運びやすそうなものがいい………と思った曙は、奥に脚を踏み込んでいくが………突如その脚に紐が引っかかる。

 

カラン!カラン!!

 

「!?」

「ブービー………トラップ?」

 

いつの間にか倉庫に仕掛けられていた紐と接続した鐘が鳴り響き、辺り一面に音が鳴る。

その様子に、岸波達は驚く事になる。

そして、そんな彼女達の前に黒髪の長髪の駆逐艦娘が箱の影から飛び出してくる。

 

「侵入者発見!当方に迎撃の用意有り!今すぐ投降しなさい!」

「げぇ!?朝潮!?」

 

驚いた曙の言葉に、岸波は彼女が確か週番の朝潮型1番艦の朝潮である事を思い出す。

しかし、それよりも驚きなのは、朝潮は艤装を背負っているという点だ。

 

「降参しないならば………撃つわよ!」

「な、何で艤装をわざわざ持ってくるのよ、バカ!?」

「ギンバイを行おうとする輩に言われたくないわ!」

「訓練海域売買の市場を開いて、そのおこぼれで得してるようなヤツが言ってもブーメランよ!」

 

曙の行動は素早かった。

積み重なった箱を崩すと自分達と朝潮の前に壁を作る。

 

「撤退するわよ、岸波!」

「逃がすか!大潮!」

「はーい!」

 

すると、反対の箱の山から今度は薄群青色の髪をツーサイドアップで纏めている艤装を背負った艦娘が出てくる。

小柄なその容姿は朝潮型2番艦の大潮だ。

 

「大潮まで!?朝潮、賄賂で引き入れたわね!」

「戦略と言って!大潮、足止めして!」

「分かりました~!砲撃もアゲアゲでー!」

 

そう言うと大潮は模擬弾の入った連装砲を撃ってくる。狙われた岸波は慌てて木箱の後ろに隠れる。

それにより、箱の1つが砕けて中の趣向品が撒き散らされる。

 

「ちょっと、大潮!?積み荷に何してるの!?」

「だ、だって足止めをしろって言ったのは朝潮ですよね!?」

「隙あり!」

「………って、わー!?」

 

曙がその動揺した大潮に向けて木箱を崩す。

崩れた山に埋もれる事になった大潮を後目に岸波と2人で逃げようとするが………。

 

「島風!絶対に倉庫から出さないで!」

「了解~!連装砲ちゃん、ペイント弾乱射!」

「島風まで!?ってうわ!?」

 

うさ耳リボンに超ミニスカートに見せパンツといった独特過ぎる装備をした島風型1番艦である島風が、自立行動型旋回砲塔である「連装砲ちゃん」3匹からペイント弾を発射していく。

それは曙の顔に当たり視界を封じられる。

 

「め、目が!?目がーーー!?」

「チャンスです!曙、覚悟!」

 

動きを封じられた所で艤装を付けた大潮が箱を押しのけてのしかかってきて曙は動きを封じられる。

岸波も何とか隙を見て逃げようとはするが、いつの間にか箱の山を越えて距離を詰めてきた朝潮が飛び掛かってくる。

 

「くっ………重い………!?」

「これで………侵入者確保!」

 

生身の身体で艤装付きの艦娘を押しのける事も出来ず、岸波と曙は御用となった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「………って、何で大潮達も罰を受けているんですかーーー!?」

「大潮が砲撃で積み荷を破壊したからだよ!」

「島風………貴女もペイント弾を撒き散らしていたでしょ?」

『艤装を持ってきた事含めて全部、朝潮の命令だ(です)よね!?』

 

翌日、御用になった岸波達はギンバイの罰として艤装を背負って横須賀鎮守府を3週する事になった。

罰の対象になったのは、岸波・曙・嵐・野分・舞風・朝潮・大潮・島風。

朝潮達が入っているのは、勝手に夜間訓練の手続きをして艤装を借りてきて派手に倉庫を散らかしたからである。

艤装が自立行動型である島風は、鉛の石を代わりに背負う形になり一番苦労している様子であった。

 

「お~も~い~………。しまかぜは速さが命なのに~………。」

「はいはい、口を動かす暇があったら足を動かしなさい!」

 

手をパンパンと叩いて岸波達の罰を見張っているのは金髪の青い制服の艦娘である。

駆逐艦と違い、明らかに大人びた身長と胸部装甲、そして雰囲気を纏うその艦娘は重巡洋艦だ。

彼女は高雄型2番艦愛宕。

昔から横須賀の秘書艦を担当しており、今でこそ事務からは離れている事が多いが、大淀等の手が回らない時はこうして秘書艦補佐を担っていた。

………とまあ、ここまで書くと非常に真面目で有能そうなのだが、実際には駆逐艦娘達にお姉ちゃんと呼ばせたがる「ぱんぱかぱ~ん!」が口癖のどこか不思議な癖のある艦娘である。

 

「走るのが辛くなったら、お姉ちゃん100回呼びに切り替えてもいいのよ?」

「遠慮しておきます。」

「もう!岸波ちゃんったら………来たばかりで緊張しているのかもしれないけれど、お姉ちゃんにもっと甘えていいんだから!」

「出来れば常に真面目でいて下さい………。」

 

鎮守府を2週して愛宕の前を通り過ぎた時に声を掛けられ岸波は嘆息する。

何というか怠惰艦の自分が言うのもなんだが、この鎮守府は変わった艦娘ばかりでは無いのか?と思ってしまう。

 

「ぼの先輩、愛宕さんは常にあんな感じなんですか?」

「その呼び名、あくまで貫くつもりなのね………。でもそうね。姉妹というブレーキ役がいなくなった寂しさもあるんじゃないかしら?」

「………どういう意味ですか?」

「あ、悪い意味じゃないわよ。姉の高雄さんは新しく出来た泊地に出張する形になってるし、妹の摩耶や鳥海は改二艦になったから、出撃が多くなったのよ。」

「そうなんですか………。」

 

何処かホッとする様子の岸波の姿を曙は横目で見ながらも、周りに人がいないのを確認して走りながら懐から何かを取り出す。

それは、みかんの缶詰だった。

 

「あーーー!?曙、それ!?」

「大潮が砲撃で趣向品を吹っ飛ばした時にくすねておいたのよ。………只では転ばないのが駆逐艦流よ。1切れずつ分ければ今走っている全員分はあるわね。」

 

驚く朝潮に対して、してやったりの表情を浮かべる曙は器用に素手で缶詰の蓋を開けて全員に配り始める。

 

(色んな意味で先が思いやられるわね………。)

 

曙の流儀を肌で感じた岸波は、みかんを頬張りながら溜息を付いた。



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第5話 ~魂の眠る場所~

曙の元での岸波の訓練は更に続いた。

まだ基礎訓練の段階だったが、岸波の指示で曙と第四駆逐隊を陣形練習等で操艦する事も行ったし、旗艦としての役目は確実に担っていった。

 

「お前………本当に凄腕なんだな。」

「何?嵐………急に私に興味持つようになったわね。」

「別にそういうわけじゃねえけどよ………。」

「でも、まだ実戦に赴いたわけじゃないわ。というか、私としてはそろそろ近海に出るべきだと思ったけれど………。」

 

休憩時間に嵐から言葉を掛けられた岸波は、彼女と共に曙を見る。

曙は訓練での反省点を野分や舞風に説明しながらも、岸波の疑問に答えた。

 

「明日の休暇明けに沖合に出るわ。その時は岸波に旗艦やって貰うから復習しておいて。」

「分かりました。」

「それと………明日はあたしと桟橋で釣りでもしない?リラックスは必要でしょ?」

「………ぼの先輩、F作業好きなんですか?」

「意外とハマってるのよね。釣った魚で海鮮パーティが出来ると得した気にならない?」

「まあ、そうですけれど………。」

 

正直、曙が釣り好きだとは思っていなかった為、岸波は少しだけ興味を抱く。

F作業は怠惰艦になる前から彼女の趣味であった。

だからこそ、共通の趣味を持つ娘が横須賀にいるとは思わなかったのだ。

その様子に気づいたのか、曙はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「F作業ガチの駆逐艦娘は他にもいるわよ?ヴェールヌイや大潮もそうだし、佐世保から帰って来た村雨も専用のジャケットと釣り用具を持っているわ。秋になったら提督からみんなで大湊に秋刀魚漁に行く任務を受ける事だってあるわね。」

「そ、そんなに………。」

「明日会わせてあげるから楽しみにしてなさい♪」

 

F作業という言葉に珍しく心を掴まれた岸波に対し、曙はウインクをしてみせた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

こうして翌日、岸波は曙に連れられ、桟橋で釣り竿を垂らす事になる。

隣に並ぶのは専用のジャケットを着た艦娘達。

サビキ釣りの豪華な竿を所持している曙に、大切な品なのか煙突帽子を被った大潮。

何故かワカサギ釣りのような寒冷地仕様のヴェールヌイ、そして、芦黄色の長いツインテールの艦娘………岸波が初めて出会う村雨が、彼女の周りで釣りを楽しんでいた。

 

「こんなにF作業を愛する駆逐艦娘の先輩達がいるとは………。」

「流石のアンタも興奮を隠せないみたいね。みんなで釣ればより大物が釣れる確率が上がるから止められないのよ!」

「曙………舎弟が出来てからよりハッスルするようになりましたね。大潮以上にアゲアゲかもしれません。」

「私は僅かの間とはいえ共に艦隊を組んだ岸波がF作業ガチ勢だという事に驚きを隠せないがな。これならもっと早く親交を深めておくべきだった。」

「今からでもいいんじゃない~?村雨、岸波の事もっと知りたいな~。」

「………流石にそれは。」

 

各艦娘達が色々と自由に語る中、村雨の言葉に岸波の顔が曇る。

その表情に何かを感じた村雨は一瞬、曙を横目で見ながら岸波の顔を覗き込む。

 

「言いたくないならば、まだいいよ。でも、いつか話せる時が来たら教えてね。これでもみんな結構艦娘歴長いから、相談に乗れるし。」

「すみません………。」

「謝らなくていいって。じゃ、気を取り直して大物を………!」

 

こうして気合を入れなおした村雨の言葉を皮切りに、釣りバカ艦娘達によるF作業の奮闘は夕方まで続く。

岸波を含め、皆それなりに戦果を上げる事が出来た。

 

「釣った魚はどうします?」

「鳳翔さんの店に提供しましょ。お店を利用する戦艦や重巡の人達も喜んでくれるわ。」

 

鳳翔とは鳳翔型1番艦の軽空母だ。

かなり古参の艦娘であり、今では余程の事が無い限り前線には出ない。

その代わり、この横須賀で店を開いており、艦娘達の憩いの場になっている。

曙は最初から、その店に釣った魚を渡す事を考えていたらしい。

 

「ここら辺、意外と大らかですね。」

「意外とは何よ!意外とは!………これでも昔は荒れてたからね。だから、色々とお世話になった人達に少しでも恩返しはしたいのよ。」

「……………。」

 

少し寂しげな表情を見せる曙の横顔から、岸波は第十四駆逐隊に入っていた彼女にも色々な過去があったのだろうか?と考える。

それを感じ取ったのか、曙は4人に言う。

 

「ちょっと鳳翔さんの店に行く前に寄り道したい場所があるんだけれど、いいかしら?」

「大潮は構わないです。」

「私もだ。」

「村雨も。………岸波は?」

「私も大丈夫ですが………。どこに?」

 

岸波の質問に、釣った魚をクーラーボックスに仕舞った曙は、岬の方角を見ながら答える。

 

「墓地よ。」

 

その顔は、いつも以上に悲しそうであった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

横須賀の岬は、水平線から登る朝日を拝める格好の場所だ。

その岬の隣には、共同墓地が備えてある。

そこは、艦娘やそれに関連した者達の魂が眠る場所であった。

岸波達は、曙に案内される形で墓地の中を歩いていく。

 

「ここは………。」

 

岸波は辺りの墓に刻んである名前を見ながらどんどん中に歩いていく。

そして、とある場所で止まる事になった。

 

「……………。」

「最初に謝っておく。あたしは資料でアンタの過去とトラウマを知っていた。だから、怠惰艦として振る舞う理由も分かっていたし、他者と距離を置きたいのも納得できたわ。」

 

曙の謝罪の言葉を聞きながら、岸波はとある墓を見つめる。

そこにはこう書いてあった。

「夕雲型駆逐艦14番艦「沖波」」と………。

 

「沖姉………。」

「何らかの理由で轟沈したり戦死したりした艦娘や提督、鎮守府関係者達はここの墓地に名が刻まれるのよ。その生き様を忘れないようにって………ね。言いたい事は色々あると思うけれど………まずは祈ってあげて。」

 

曙の言葉に、岸波が先頭になって沖波の墓地に手を合わせる。

彼女の最も親しい姉である夕雲型の艦娘に………。

 

「………私の過去を知っているのならば、何故構うのですか?」

「あたしも似たようなトラウマを持っていてね。放っておけなかった。………でも、だからと言って村雨達に告げ口しようとは思わないわ。沖波の事は、アンタが話したくなった時に話せばいい。」

「分かりました………。」

「じゃ、あたしの用にも付き合って頂戴。」

「ぼの先輩の用とは?」

「言ったでしょ?トラウマを持っていたって。今からそこと向き合うわ。」

 

曙はそう言うと墓地を更に進んでいく。

すると、3つほど墓が並んでいた。

そこに書いてあったのは、「吹雪型7番艦「薄雲」」、「綾波型5番艦「天霧」」、「綾波型6番艦「狭霧」」。

 

「この3人は………。」

「あたしの………正確にはあたしや潮といった第七駆逐隊の嚮導艦を務めてくれた先輩達の墓。」

「殉職したのですか………?」

「船団護衛中に轟沈してね………。その時の出来事があたしのトラウマになって、陽炎が横須賀に来るまで潮達に当たってばかりだったわね。」

 

何処か遠くを見つめるような顔で呟いた曙は先頭になって手を合わせてお祈りをする。

そして、墓を見たまま呟く。

 

「厳しいけれど、凛々しくて優しい先輩達だったわ。あの海戦から結構長い時が経つけれど、実は最近、少しだけ安心しているの。」

「………どういう意味ですか?」

「それぞれの艤装の新たな適正者が見つかったのよ。それはつまり、先代の先輩達が無事に眠りに付けたって事でしょ?」

「眠りに付けないと………どうなるのですか?」

「一説だと轟沈した艦娘は深海棲艦になるって話があるからね。勿論、運良く何処かで生きているって可能性もあるとは思うけど………。」

「ぼの先輩………。」

「まあ、だから困っている事柄も少しあるんだけれどね。」

「それは一体………?」

「気になる?………だったら付いてきて。」

 

曙はそう言うとまた墓地の中を別の方向に向かって歩いていく。

だが、その途中でとある場所で手を合わせてしゃがんでいる枯草色のショートボブの右の頬に絆創膏を付けた艦娘とそれを気遣う様子のピンクのツインテールの艦娘を見かける。

 

「朧、漣………。」

「!?」

 

曙の言葉にしゃがんでいた艦娘………綾波型7番艦の朧は立ち上がると、走り去っていってしまう。

その顔が涙に濡れていたのを岸波達は見逃さなかった。

そして、取り残される形になった綾波型9番艦の漣は溜息を付くと曙達にペコリと頭を下げる。

 

「ごめんね、朧ちゃんがいつもあんな様子でさ。」

「いや、あたしこそ………昔、散々迷惑掛けたのに、今は同じ第七駆逐隊なのに力になれなくて………。」

「ぼのぼのが落ち込む必要は無いって。………只、ちょーっと、事情が事情だからさ。」

 

落ち込む曙に珍しいと思いながらも、岸波は墓に刻まれている名前を見る。

そこに書かれていたのは艦娘の物ではない。

「第2代宿毛湾泊地提督」であった。

 

「宿毛湾泊地………確か、前に深海棲艦の襲撃で………。」

「岸波。悪いけれど………朧の事情は今、置いておいてくれる?」

「ぼの先輩が見せたい物では無いのですか?」

「違うわ。ちょっと偶然間が悪くて遭遇しちゃっただけ。」

 

漣は曙達に再び例をすると朧を追いかけて走っていく。

その様子を心配そうに見送りながら、曙は更に墓地を歩いて行った。

ある程度進んだところで、彼女は岸波達に対し、自分の指を口に当てて静かにするように指示を出す。

そして、墓石の影に立つとそっと岸波だけを呼ぶ。

その向こうから声が聞こえてきた。

 

「萩………萩っ………!」

 

(あれは………。)

 

その声の主に岸波は聞き覚えがあった。

同部屋の住人である嵐であったのだ。

こっそりと墓石の陰から曙と共に頭だけ覗かせた岸波は、地面に拳を叩きつけて肩を震わせている赤髪の艦娘を視界に入れる。

その後ろには野分と舞風が立っており、嵐を心配しているようであった。

 

「嵐………そろそろ日が暮れる。寮に戻ろう。」

「そうだよ。萩風も嵐がいつまでも自分の事で泣いてると悲しむって!」

「俺がミスしなければ………!アイツは………!」

「厳しい事を言うけれど、誰だってミスはある。沈んだ萩風の為にも嵐は………。」

「………違う!違うっ!!」

「うわ!?」

「ちょ、嵐!?」

 

影で見守っていた岸波の目が見開かれる。

嵐がいきなり野分の胸元を掴み上げたのだ。

その目は充血していたが、それ以上に怒りに満ちていた。

 

「萩は生きている!生きて俺達の助けを待っている!沈んだなんて言うな!!」

「げ、現実を受け入れて、嵐!いつまで過去から目を背けているの!!」

「や、やめてよ嵐ものわっちも!ここは墓地だよ!?」

「俺は認めない!絶対に認めないからな!!」

 

嵐は野分を突き飛ばすと走り去っていく。

その様子を見ていた野分は溜息を付き、心配そうにする舞風を制すると憮然とした表情で反対側を………影に隠れていた岸波や曙達を見る。

 

「………いつまで覗き見をしてるんですか?」

「流石にアンタは気付いていたか。………悪かったわね。」

 

曙に続いて岸波、大潮、ヴェールヌイ、村雨が影から出る。

舞風は気付いていなかったのか、大人数の先輩の登場に思わずびっくりしている様子だ。

一方、岸波は嵐達が見ていた墓石に注目した。

そこに刻まれていた名は………。

 

「陽炎型17番艦「萩風」………。」

「萩風は私と舞風、それに嵐と共に訓練に励んでいた第四駆逐隊の仲間よ。………今はもう、轟沈してしまったけれど………ね。」

 

嘗ての仲間の墓石を見ながら野分は静かに呟いた。



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第6話 ~第四駆逐隊の影~

「轟沈………嵐は自分のミスって言っていたわね。」

「曙さんが第四駆逐隊の嚮導になる前に、4人で任務に赴いた際に近海の任務で潜水艦の群れと遭遇したの。その時旗艦だった嵐は爆雷の使い方が上手で次々と撃沈していったんだけれど………慢心から1隻落としそこなったのよ………。」

「それで………残った深海棲艦の魚雷が萩風を直撃して………。」

 

俯いた舞風の言葉に、岸波は事情を察する。

その萩風という艦娘は恐らく嵐と仲が良かったのだろう。

だからこそ、嵐は罪の意識に呑まれ、同時に現実を受け入れられなくなってしまった。

 

「………ぼの先輩、萩風の艤装の適正者は?」

「まだ見つかって無いわ。だから嵐はまだ萩風が生きていると思い込んでいる。もう理解していると思うけれど、岸波………アンタが来る前に嵐の同部屋だったのが萩風なのよ。」

「だから怠惰艦である私が来た時に苛立っていたし、強さを求める為に何か秘訣を聞き出そうとしていたのですね………。」

 

岸波は日が沈みかけ、薄暗くなってきた墓地で嘆息する。

トラウマになるような過去を経験した艦娘。

そういう意味では嵐は自分と似ているとも岸波は思ってしまう。

問題は萩風が沈んだという現実をどうやって受け入れさせるかであるが………。

 

「思い浮かばないでしょ?」

「はい………そもそも私が言った所で説得力があるかどうか分かりませんし。」

「とりあえずあたしが言いたいのは、それぞれの艦娘にそれぞれの事情があるって事よ。」

「……………。」

「曙、差し出がましいですが、アレは言わなくていいのですか?」

「アレ?」

 

後ろの大潮が告げた言葉に岸波はまた疑問を抱く。

まだ、曙は何か重要な事を抱えているのだろうか?

だが、彼女は静かに首を振るとこう告げる。

 

「アレはあたしが何とかするべき問題よ。とりあえず、暗くなってきたから早く鳳翔さんの所に魚を持って行きましょ。」

「そうだな。………野分と舞風は来るかい?今なら美味しい海鮮パーティが楽しめる。」

「いえ、ヴェールヌイ先輩………お誘いは嬉しいですが、私達は遠慮しておきます。」

「嵐が心配だから………ごめんなさい。」

 

それだけ言うと、野分と舞風は曙達に頭を下げて去って行く。

流石にあの様子では、他人に無関心を貫いてきた岸波も心配になってしまう。

 

(らしく無いわね………。)

 

変に曙達の影響が出てきたのだろうか?と思った岸波は、溜息を付きながら墓地を後にした。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

鳳翔はダルグレーの瞳とポニーテールを持つ母親のような艦娘だ。

彼女の所に魚を持って行った事で上手に捌いて貰い、噂を聞きつけて集まった戦艦娘や重巡洋艦娘達等と一緒に海鮮パーティを楽しんだ。

意外にも料理が得意であった岸波は、曙と共に忙しそうな鳳翔を手伝う事になり、ばらちらし等を作って披露する事になった。

 

(ぼの先輩と出会ってから、色んな艦娘と繋がりが出来てきたわね………。)

 

パーティが終わった後、後片付けを手伝った岸波は、鳳翔のお店のテーブルで1人サイダーを飲み、今日何度目かの溜息を付いていた。

他人と関わりを持ちたくなかったのに何故かその意図に反して関わりを持つ事になってしまっている。

もしかしたら、曙が自分を舎弟にしたのは、そうした友好関係の中で怠惰艦としての振る舞いを卒業して欲しかったからなのかもしれない。

彼女は自分の過去を知っているのだから………。

 

「岸波さん、今日はありがとう。」

「………いえ、鳳翔さんが忙しそうだったので。」

「うふふ、あんなばらちらしが作れるなんて、良いお嫁さんになれそうね。」

「私は艦娘だから嫁とは関係無いと思いますが………。」

「あら、世の中にはケッコンカッコカリという言葉もあるわよ?」

「それは本当に一部の艦娘だけに適用される言葉ですよね?」

 

ケッコンカッコカリとは、艦娘が提督と永遠の契りを結ぶ事だ。

基本、艦娘は世の中では異端の存在と思われがちなので、人間である提督と契りを交わす事は異端と思われている。

だから、岸波もその言葉には特に興味は湧かなかった。

鳳翔はしみじみと昔を思い出した様子でカウンターに肘をつき顎に手を当てる。

 

「私も昔、提督と色々あったっけ………。」

「あの提督とですか?」

「今の提督では無いわ。………うふふ、この話は曙さんにもしたわね。」

「ぼの先輩はここで悩みを相談していたんですか?」

「そうよ。だから、岸波さんも何かあったらここに来てもいいから。」

「………覚えておきます。」

 

思わず顔を背ける岸波の様子を特に気にする事無く、鳳翔は冷蔵庫からサイダーを2本取り出すと彼女に渡す。

 

「曙さんに渡しそこなったのを思い出したわ。悪いけれど、駆逐艦寮の彼女の部屋に持って行ってくれないかしら?」

「2本あるのは………?」

「同部屋の子の分よ。不公平でしょ?」

「分かりました。」

 

岸波は鳳翔の店を後にすると駆逐艦寮に戻り、曙のいる部屋へと向かう。

 

(そう言えば同部屋の人は誰かしら?)

 

確か第十四駆逐隊にも入っていた潮が荒れていた時期の曙の面倒を見ていた………という話を彼女はしていた。

だから、今も曙と潮が同部屋で過ごしているのだろうか?と思い、岸波はその部屋の前に立ち、扉を叩く。

 

「すみません、ぼの先輩。宜しいでしょうか?」

「あ、ごめんなさい。曙ちゃんは今、お風呂に入りに行っているんです。」

 

扉が開かれ出てきた人物を見て、岸波は首を傾げる。

その人物は銀灰色の髪色の少女であり、岸波の知る潮の特徴とは異なっていた。

 

「失礼ですが貴女は………?」

「もしかして、貴女が岸波さん?私は薄雲って言うの。一応、吹雪型7番艦………ね。」

「薄雲………?」

 

墓地での事を思い出した岸波は、彼女が2代目艦娘の薄雲だという事を知る。

どうやら潮は別の鎮守府か泊地に出張中であるらしく、代わりに彼女が曙と同部屋になっているらしい。

 

「それで、曙ちゃんに何か用かな?」

「あ、サイダー………。鳳翔さんからぼの先輩と貴女の分です。」

「まあ、嬉しい!ありがとう、岸波さん。あ、曙ちゃんが戻ってくるまで部屋でゆっくりする?」

「いえ………私も風呂に入ってきますので。失礼します。」

「また遊びに来てね。」

 

薄雲に見送られて岸波は部屋を去って行く。

まさか曙の先輩だった薄雲の艤装を受け継ぐ艦娘が、その同部屋の住人だったとは思わなかったのだ。

 

(何でぼの先輩、話題にしなかったのかしら………?)

 

明日聞いてみるべきかもしれないと思い、自室へと戻っていく。

昼間荒れていた嵐は先に風呂を済ませたのか、もう寝間着に着替えて布団に潜りこんでいた。

寝息を立てていたので、邪魔しないようにする。

 

「………萩………。」

「……………。」

 

寝言が聞こえてきたが、自分にはどうしようもない事だと岸波は割り切り、着替えを持って風呂場へと向かった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

翌朝、早起きをした岸波は、近海警備の出撃に備え復習をしようと思ったが、その前に沖波の墓石に花を添えておこうと思い、岬へと向かった。

そして、献花をして自分の用を終わらせると………どうしても気になってしまったので、萩風の墓石へと向かう。

嵐はまだ起きていなかったので、人はいないと思ったが………そこには金髪の短いポニーテールの艦娘が立っていた。

 

「舞風?」

「うわ!?な、何だ………岸波か~。」

「昨日からそうだけれど………あまり注意力散漫なのは良く無いわよ?」

「う………だよね~………。」

 

岸波の指摘に第四駆逐隊の舞風は肩を落とす。

野分と違って、舞風は嵐に気を取られてしまい、岸波や曙達には気付いていなかった。

どうもそういう部分では抜けた所があるのでは無いのかと思ってしまう。

 

「今日の出撃では気を付けて。………で、野分を連れずに1人で何を祈っていたの?」

「え?あ~う~んと………我ながら恥ずかしい事ではありますが………。」

 

両人差し指をツンツンと突き合わせながら、舞風はボソボソと言う。

 

「萩風に、どうか沈まないように見守って下さいってお願いしてたんだよね………。」

「沈む………?轟沈の事?確かに、私の指揮で艦隊行動をするのは不安だとは思うけれど………。」

「ああ!そうじゃないの!只………その、沈むのがトラウマで………。」

「………どういう事?」

 

注意力が散漫になっているのは、それが原因なのかもしれない。

そう感じた岸波は、次の言葉を促す。

旗艦として振る舞う以上、出撃前に問題点は出来る限り解消しておきたかったのだ。

 

「ほら、艦娘って元となった「船」の記憶も背負うじゃん。私………あんまり良い記憶無いんだよね………。」

 

艦娘は艤装を装備する事で、その名となった艦の記憶を少なからず引き継いでしまう。

勿論、艦娘としての生は死活問題である以上、気にするだけ無駄だと割り切る者が大多数ではあるのだが、中にはデリケートな娘もいる。

舞風は恐らくその部類で、トラウマとなっているのだろう。

 

「………答えられる範囲で話して貰ってもいい?」

「わ、笑わない?」

「笑わないわ。」

「えっとね………。」

 

舞風は答えていく。

空母赤城の雷撃処分を担当した事。

同じく空母加賀の壮絶な最期を見た事。

練習巡洋艦香取から脱出した乗組員達が全員戦闘機の機銃斉射で戦死した事。

舞風自身も戦艦や重巡等の集中砲火を受け船体が真っ二つになり轟沈して、乗組員も全員戦死した事。

 

「……………。」

「今の舞風自身には関係の無い事だって思うかもしれないけど………たまに夢でフラッシュバックしちゃってさ。今日も………目が覚めてしまったからここに来て………。弱い艦娘だよね………。」

「………弱く無いわ。」

「無理に言わなくても………。」

「本当よ。貴女は私と違って、海から逃げていない。それだけでも十分強いわ。」

 

岸波はそう言うと、舞風に近づき自分の肩に彼女の額を当てる。

 

「岸波………?」

「只でさえ怖い中で萩風が実際に沈んだ。次は自分の番かもしれない。そう思うのは、おかしい事では無いわ。」

「………そうだよ。私………次は私がもしかしたら………もしかしたらぁ………!」

 

泣いていいという岸波のサインに、舞風は今まで堪えていたものを吐き出す。

萩風の轟沈により、嵐も野分も余裕の無い状態だったのだ。

甘える事も控えていたのだろう。

もしかしたら、普段踊りが好きだというのも、そんな本心を隠すための鎧だったのかもしれない。

わんわん泣く舞風の頭を撫でながら、しばらくの間、岸波は彼女を支えていた。

 

「………ゴメンね。何か情けない所見せちゃってさ。」

「気にする必要は無いわ。実戦でおかしくなったら困る。そう思っただけだから。」

 

ひとしきり泣いてようやく離れた舞風に対し、岸波は軽く肩をすくめる。

そんな岸波を覗き込むようにして舞風は意外そうに言ってくる。

 

「でも………岸波にこんな母性………って言えばいいのかな?優しい所があるなんて思って無かったな。」

「母性が欲しいならば、次からは鳳翔さんの所に行けばいいわ。………というか、ぼの先輩だって、正直に言えば甘えさせてくれたんじゃないの?」

「曙さんは、薄雲の事で手一杯だからさ。岸波のような強い舎弟が出来る前は、あんな楽しそうな姿、舞風達もあんまり見た事無かったんだよね。」

「………それ、どういう事?」

 

昨日出会ったばかり薄雲の名前が出てきた事で、岸波は怪訝な顔をする。

 

「あ!そうだ、知らなかったんだ!………ご、ゴメン。だったら、私の口から詳細は言えないかも………。」

「多分、大潮先輩が気にかけていた事ね………。まあ、いいわ。舞風、そろそろ朝食の時間だから栄養を取ってきなさい。」

「うん!ありがとね、岸波!貴女、思った以上に優しい艦娘よ!」

 

笑顔でお礼を言った舞風は走り去っていく。

その様子を見送りながら岸波は嘆息した。

 

「………やっぱり注意力はもう少し補った方がいいわね。貴女もそう思うでしょ?」

 

岸波は振り返ると墓石の影に話しかける。

その後ろから銀髪の娘………野分が出てくる。

 

「ゴメン………。舞風が迷惑を掛けて。」

「別にいいわよ。甘やかし方は夕雲から教わっているし。………貴女も泣く?」

「………ううん、流石に2人分は重いだろうから遠慮しておくわ。」

 

野分はそうかぶりを振ると真剣な目で岸波を見る。

 

「お願いをしてもいいかしら?岸波。」

「出来る範囲でいいならば………という制約は付くわよ。」

「それでもいいわ。………舞風を守ってあげて。」

「………だったら貴女も沈まないように気を付けて。」

 

岸波は静かに言うと萩風の墓石の方を見る。

残された第四駆逐隊の3人は、誰もが不器用ながらももがいている。

自分はどうだろうか?

過去の出来事故に、同じ夕雲型姉妹達と一方的に縁を切ろうとしている自分は………。

 

(ぼの先輩が本当に見せたかったのは………この姿かもしれない。)

 

そう思った岸波は心に痛みを感じていた。



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第7話 ~実戦、そして………~

朝食を取った岸波は、装備品保管庫から艤装の準備を整え、桟橋へと向かう。

天候は曇り空であった。

天候と深海棲艦の関係は不思議なもので、天候が悪ければ悪いほど、強力な深海棲艦が出現する傾向がある。

念には念を入れる形で電探やソナーの調子を確認している所に、少し遅れて嵐、野分、舞風の第四駆逐隊がやってくる。

そして、更に遅れて曙が、黒髪の外はねのショートボブが印象的な艦娘を連れてきた。

 

「その人は………。」

「提督が呉からパクって来てる吹雪型4番艦の深雪よ。6人編成にしたかったから協力を求めたわ。」

「深雪先輩、宜しくお願いします。」

 

岸波と第四駆逐隊の面々が礼をした事で、深雪はニカニカと笑いながら手を横に振る。

 

「深雪でいいって。ま、この深雪さまがいれば百人力だから安心しな!」

「深雪………悪いけど、アンタはサポート。メインで鍛えるのはそこの4人よ?」

「分かってるって!………じゃ、お手並み拝見させて貰うぜ、旗艦岸波!」

「了解しました。」

 

岸波はもう一度礼をすると桟橋の端に立つ。

そこで、1つ疑問が浮かんだので無線のテストも兼ねて曙に問う。

 

「私は何処の艦隊を名乗ればいいのですか?」

「何言ってるの………。自分の艦隊開放して貰ったでしょ?」

「でも、ぼの先輩は第七駆逐隊ですし………。」

「今はアンタの艦隊に入ってるから遠慮しなくていいわよ。」

「そうですか、では………。」

 

岸波は息を吸うと、勇ましく声量を出して叫ぶ。

 

「第二十六駆逐!抜錨!!」

 

これが岸波の第二十六駆逐隊としての初めての号令になった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

陣形はとりあえず複縦陣という形を取って航行を始めた。

左前から野分・舞風、岸波・曙、嵐・深雪の順番だ。

潜水艦や偵察機等に注意をしながらどんどん海域を進んでいく。

 

「近海警備だから海戦が起きない可能性もあるわね………。」

「ぼの先輩、深海棲艦と遭遇しないのが一番良い事なのでは?」

「それはそうだけど、逆に言えばあたし達が見逃す事で、別の艦隊に苦労を押し付ける可能性もあるわ。」

「成程、勉強になります。」

 

無線で流れてくる曙の言葉のうち、ためになる物は積極的に頭の中に刻みながらも、岸波は注意を欠かさない。

そんな岸波を横目で見ながら曙は静かに告げる。

 

「昨日、薄雲に会ったみたいね。サイダー美味しかったわ。」

「それは何よりです。お礼は鳳翔さんまでお願いします。」

「彼女の事、気になると思うけど今は頭の中から取り除いて貰えるかしら。」

「ぼの先輩がそう言うなら。」

 

深雪を含め他の4人が何も言わない所を見ると、曙が今の薄雲に対して何かを背負っているのは横須賀では周知の事実であるらしい。

昨日の墓地で出会った朧の事といい、曙は色々と背負い過ぎているな………と感じた岸波はここで、敵艦の気配を察知する。

それは、先頭の野分と舞風も察知したらしく無線で情報が伝わってくる。

 

「敵艦発見!エリート級重巡リ級1隻、エリート級雷巡チ級1隻、エリート級軽巡ト級1隻、駆逐艦ニ級改3隻!」

「単縦陣だよ!こっちに気づいて面舵を取り始めた!T字有利にするつもりかも!」

「魚雷を撃つ可能性が高い!複縦陣のまま取舵で同航戦に移行!敵の雷撃を回避後、こちらも魚雷を撃つ!」

 

岸波の指示で艦隊が左にカーブする。

敵影もこちらから見て左にカーブした事で並ぶ形になる。

 

 

「魚雷は誰に来る!?」

「分からないならば、囮を作ればいいわ!」

「囮!?」

 

驚く嵐に対し、岸波は敢えて陣形を無視して右方………つまり、敵から見て前方に飛び出す。

恰好の的の出現に敵6隻は全て岸波に対し魚雷を放つ。

だが………。

 

「対処方法は曙が教えてくれたわ!」

 

岸波は爆雷を取り出すとそれを魚雷に向けてばら撒く。

その爆雷は着水した途端に爆発を起こし、敵の魚雷を次々と誘爆させていく。

僅かだが、敵艦が驚きざわついた気がした。

 

「アンタ………あたしが決闘でやった時みたいに爆雷の水圧設定を変更していたの?」

「雷撃戦用意!野分と舞風と曙は雷巡チ級を!私と嵐と深雪はニ級改を1隻ずつ!味方同士で魚雷をぶつけないように1本ずつ撃って!」

 

すぐさま陣形の中に戻った岸波は、曙の呆れたような言葉を無視して指示を出す。

全員言われた通りに魚雷発射管を準備する。

 

「雷撃戦………開始っ!!」

 

岸波の指示で各々が魚雷を発射する。

敵が岸波の奇策で動揺していたのもあり、放たれた魚雷は回避する暇もなくチ級1隻とニ級改3隻に吸い込まれて行き、派手な爆発を起こして沈める。

 

「やったやった!大当たり~!」

「舞風!リ級に狙われている!深雪はト級に!回避行動!!」

「………って、うわ!?」

 

敵艦を撃沈して喜んでいた舞風は岸波の警告で慌てて身をよじるようにリ級の放った砲撃を回避する。

一方で深雪はベテランであるらしく、涼しい顔でト級の砲撃を回避していた。

 

「この隙に敵前方に回り込む!最大船速!」

 

更に岸波の指示が飛んできた事で、野分と舞風が先頭になってリ級の前に回り込む。

T字有利になった所で、今度は岸波達が主砲を構える。

 

「時間差砲撃!曙と深雪で敵の腕を弾け!確認後、すぐさま残りの4人でトドメを刺す!」

「考えてるわね………深雪!」

「おうよ!深雪スペシャル見せてやる!」

「砲撃………撃てーーーっ!!」

 

岸波の言葉で曙と深雪が先に撃つ。

その砲撃はリ級の堅い腕に阻まれるが、バランスを崩してしまう。

続けて岸波達4人が砲撃を放った事で左胸に砲が突き刺さり、黒い血をまき散らしながらリ級は沈んでいく。

残ったト級は思わず反転して逃げようとするが、その前に素早く反応した岸波が魚雷を1本発射し、命中させて沈めていく。

これで海戦はひとまず終了した。

 

「………各艦、損傷確認。周りへの警戒も怠らないで。」

「岸波………お前、いつもと海戦の時とテンションに差があり過ぎるな………。」

「嵐………それはどうでもいいでしょ?それより、1つ。舞風………敵艦撃沈後が一番危ないんだから油断しないで。」

「ご、ごめんなさい………。」

 

すぐさま今の海戦時の反省を促す岸波は、同時に自身も艦隊の損傷を確認する。

幸いどの艦も魚雷を消費した事を除けば無事であった。

只、ポツポツとであるが雨が降ってきたのが気がかりであった。

 

「………嫌な予感がするわね。ぼの先輩、帰還しましょうか?」

「妥当な判断ね。このまま無暗に消耗して集中力を切らしたら被害は出るでしょうし。」

「いや………その前に、何か来るぜ?」

 

深雪の言葉に電探が敵艦を捕捉している事に気づく。

 

「隊列変更。………いつでも逃げられる状態を作っておくわ。」

 

主に偵察を務める駆逐艦の役目として、敵艦の組み合わせだけは把握しておこうと、岸波は前に出る。

前から岸波・曙、深雪・嵐、舞風・野分という複縦陣だ。

ソナーに反応が無い事から潜水艦はいない。

偵察機が飛んでこない事から空母もいない。

只、岸波の直感で何かしら嫌な予感がした。

やがて、視界の向こうに敵艦が見えてくる。

重巡ネ級が2隻、エリート級戦艦ル級が2隻、エリート級軽巡ツ級が1隻、そして………。

 

「フフフ………アハハハハハ!!」

『!?』

 

まるで海の底から響き渡るような声と共に白いロングヘアの娘が登場する。

深海棲艦と分かる真っ白な肌を持っているが、一番異形であるのは背負っている艤装のような物から生えている巨大な腕。

右腕は手の甲に連装砲が付いており、左腕は指が魚雷になっている。

そして、生身の手には………何故かボロボロになった紫の紐が握られていた。

 

「新種?………岸波、意見具申するわ。撤退しましょ。」

「賛成です。取り巻きも厄介なのに、「姫」か「鬼」クラスがいたら………。」

「おい、どうした!?おい!?」

 

深雪の叫びに岸波は横目でちらりと背後を見て………そして驚愕する。

この状態の中、嵐が棒立ちになっていたのだ。

いや、嵐だけじゃない………野分も舞風も呆然としている。

 

「萩………なのか?」

「え?」

「萩なんだろ!?その姿、その髪留めのリボン!?」

「何言って………。」

「ヤット会エタ………。嵐、野分、舞風………。」

『!?』

 

今度こそ岸波も曙も深雪も驚愕する羽目になる。

敵の姫か鬼クラスの深海棲艦は、第四駆逐隊の事を知っている。

そして、嵐………いや、野分と舞風も含め、彼女達はその深海棲艦が萩………萩風だと特定している。

 

「やっぱり………!やっぱり萩は生きてたんだ!良かった、帰ろう萩!横須賀へ!さあ!!」

「ソウネ………オ前達ヲ沈メタ上デナァッ!!」

 

萩風と呼ばれた深海棲艦の目が怒りによって見開かれる。

それによって5隻の僚艦も不気味な笑みを浮かべ、それぞれの砲門を開く。

 

「は、萩………!?待ってくれ!俺達は………!」

「ちょっと、黙って貰うぜ!」

「ガ………ッ!?」

 

唖然とする嵐に対し、隣にいた深雪の判断は早かった。

彼女は嵐の腹に主砲を潜り込ませ、鉄による一撃を喰らわせると気絶させる。

そして、後ろで驚きの表情を浮かべた野分と舞風に嵐を渡す。

 

「横須賀まで曳航していってくれ。」

「で、でも………。」

「死にたいのかっ!?いいからさっさと連れてけっ!!」

「は、はい………!」

 

いきなり駆逐艦なのに軽巡クラスの眼光と怒声を放った深雪に、舞風と野分は、なすがままに嵐を連れて一目散に逃げていく。

 

「アンタ、今の怒声を「深雪スペシャル」って言った方がいいんじゃないの?」

「冗談はここまでにしてくれよ。………ここからどうする岸波?」

「どういう原理か知らないけれど、敵艦はあの旗艦に呼応しているわ。曙、爆雷の水圧設定は?」

 

先程の海戦で爆雷を使い切った岸波が曙に問う。

 

「2個だけ着水時に爆発するようにしているわ。………どこにぶつける?」

「投射機で旗艦が魚雷撃つ瞬間に当てて。………他の魚雷は各々が自力で回避して貰う事になるけれど。」

「分かったわ………任せなさい!」

 

曙が後ろに隠した連装砲の爆雷投射機に爆雷をセットする。

敵旗艦が巨大な艤装の左手をこちらに向けた。

その瞬間………。

 

「喰らいなさい!」

 

曙が素早く爆雷投射機を放つ。

それは、指から放たれた魚雷の傍に着水し爆発を起こし、艤装の左手を吹き飛ばす。

 

「アァァァァーーーッ!?」

 

焼けつくような痛みを感じたのだろう。

敵旗艦は絶叫して左腕を押さえる。

だが、その巨大な手が徐々に再生していくでは無いか。

 

「再生能力付き!?」

「魚雷来るぞ!!」

 

続けて重巡ネ級2隻と軽巡ツ級1隻から放たれた魚雷が3人を狙う。

陣形はもう作れない状態だったので、個々の能力で回避するしかない。

岸波は回避。

深雪も回避。

だが、敵旗艦を狙っていた曙だけ僅かに回避が遅れた。

 

「まずっ!?」

 

咄嗟に魚雷を破棄し爆雷の入ったポーチを捨てた曙のつま先に魚雷が命中し、彼女は派手な炎に包まれる。

ダメージはそこまででは無かったが、左脚の主機が吹っ飛び、思うように航行出来なくなった。

 

「深雪!魚雷残り全部!後、しんがりお願い!」

「任せな!」

 

岸波が残り6本の魚雷を敵旗艦に放ち、そのままバランスを保てなくなった曙を曳航していく。

更に時間差で深雪が残り5本の魚雷を纏めて敵旗艦に放つ。

最初の6本は艤装の巨大な右腕でガードされるが、それで連装砲ごと手の甲が吹き飛び、再び悲鳴が上がる。

続けて放たれた5本は軽巡ツ級が庇った。

 

「オノレ、オノレーーーッ!!」

 

痛みと庇ってくれた仲間を沈められた事で更に怒りに火がついたのか。

敵旗艦の命令で、戦艦や重巡から砲撃が残った深雪に飛んでくる。

 

「写真だけは頂いとくぜ。」

 

その砲撃を躱しながら、深雪は懐に仕舞っていた大型のカメラで敵旗艦の写真を撮ると、一目散に逃げだした。



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第8話 ~深海棲艦と艦娘~

横須賀に帰投した岸波達は、予め長距離通信で報告していたのもあって、桟橋で艦隊や提督、秘書艦の大淀と出会う形になる。

艦隊は横須賀への防衛ライン形成の為に、迎撃を即座に行う為に作られた艦娘達であって、

長い黒髪の赤い胴着の赤城、同じく長い黒髪に青い胴着の加賀といった空母に、火力と速力が自慢の重巡の愛宕、それにお団子ヘアが特徴的な横須賀での軽巡の親玉的な存在の那珂が入っていた。

更には機動力も考慮したのかショートボブの黒髪が特徴的な素朴な少女と、長い黒髪を先端で縛ってある青い鉢巻を巻いた駆逐艦の少女が組み込まれている。

 

「よう、吹雪!初霜!出撃か?那珂さん達を困らせるんじゃねぇぞ?」

「深雪ちゃん、そんな呑気な事言っている場合じゃ無いって!」

「そうですよ。敵旗艦の容姿を早く現像してきて。」

「任せろって!磯波のお古を貰ったかいがあったぜ!………司令官、悪いが即行で頼む!」

「分かった。大淀、すまんが………。」

「はい。」

 

どうやらその2人は、吹雪型1番艦である吹雪と初春型4番艦である初霜であるらしい。

片方は初期艦、もう片方は経験豊富なベテラン艦だと岸波は記憶していた。

深雪が大淀と共に写真を加工している間に、岸波に捕まって帰投した曙は、野分と舞風に気絶した嵐を連れて部屋に戻るように指示する。

2人は何か言いたそうであったが、海戦中の深雪の怒声と眼光も頭に入っていたのか、素直に従った。

 

「簡単な説明だけは聞いたけれど、敵旗艦は………。」

「第四駆逐隊全員が認識できる程、萩風の容姿に近かったらしいですね。」

「それだけじゃなくて、敵艦の方も彼女達を認識していたとか………。」

「うーん、これはほぼ敵旗艦=萩風っていうのは当たってるんじゃないんでしょうか?」

 

赤城、加賀、愛宕、那珂が冷静に会話をするのを聞いていた岸波は、曙を見る。

掠った程度とはいえ、魚雷で中破状態までいってしまったのだ。

早く船渠(ドック)入りをして、高速修復材(バケツ)の使用許可を貰った方がいいかもしれない。

 

「ぼの先輩………。」

「大丈夫よ、こういうのは何てこと無いわ。それより提督、仮にアレが萩風だとして………重要な判断を迫られると思いますが。」

「沈めろ。」

「即決ですね。」

 

冷酷に言ってのけた提督の言葉に、曙は嘆息する。

だが、それが当然の決断なのだ。

発見された敵旗艦はもう横須賀のすぐ近くまで来ている。

このまま進軍されたら、港はおろか、一般市民の居住区すら砲の射程に入ってしまう。

 

「何かあってからでは遅い。人類の危機に際して誰かが業を背負わなければならないのならば、それは提督である俺だろう。出撃する艦隊には汚れ役を任せる事になるが………。」

「………せめて、私達の手でトドメを刺して、魂が安らかに眠れるといいですね。」

「あの………ちょっと宜しいでしょうか?」

 

祈りの言葉を呟く初霜に対して、岸波が問いかける。

皆の視線が集まった中で彼女は話し始める。

 

「曙先輩から萩風が轟沈した事は聞いています。ですが………沈んだ艦娘が深海棲艦になるのは、根も葉もない噂話ではないのですか?」

「岸波さんでしたね。実は、古参からいる艦娘の中には、沈んだ後に怨念のような深海棲艦の姿で出現する者も存在します。」

「い、言い切りましたね………。」

「貴女が知らないのも当然です。私達も最近知ったばかりですから。」

「でも、何で艦娘が深海棲艦に………?」

「そこは実は誰にも解決されてないんだよね。だから、今は沈めるしかない………っていうのが唯一の策になってしまってるんだけれど………。」

「……………。」

 

言葉を受け継いだ吹雪の説明に、岸波は黙り込んでしまう。

艦娘と深海棲艦の間にそんな関係があるなんて考えてもいなかった。

いや、もしかしたら頭の片隅で何か考えていたのかもしれないが、無意識の内に取り払っていたのかもしれない。

 

(沈んだ艦娘が深海棲艦になるかもしれないのならば………沖姉は………。)

 

思わず墓地での出来事や過去のトラウマを思い出した岸波は被りを振る。

そうしている内に写真を加工した深雪と大淀が走ってくる。

彼女達の手にはこちらを睨み付けるような深海棲艦の写真と、その姿に瓜二つの萩風の顔写真が握られていた。

 

「決定的だな。これより敵旗艦を「駆逐水鬼」と命名。赤城、加賀、愛宕、那珂、吹雪、初霜。………頼む。」

『はい。』

 

帽子のつばをおろした提督の言葉で、迎撃艦隊である6人の艦娘達が抜錨していく。

その後ろ姿を静かに見送りながら、岸波はいたたまれない想いを抱えた。

 

「高速修復材(バケツ)の使用許可を出す。曙は船渠(ドック)入りを済ませておけ。深雪と岸波は補給を済ませたら執務室に来てくれ。場合によっては敵艦の攻撃手段を知っている者として再出撃も念頭に入れる。」

「了解、行くぜ岸波。」

「分かりました………。」

 

大淀と共に去って行く提督の姿を見送った岸波は、深雪と共に曙を連れてまずは船渠(ドック)へと向かった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

帰投してから数時間が経ち、夕刻を執務室で過ごしながら、迎撃艦隊からの報告を待っていた岸波・曙・深雪の3人は、駆逐水鬼の事情もあって落ち着きが無かった。

それは提督も同じであったらしく、彼は椅子に腰かけながらも足をトントンと鳴らしていた。

 

「遅いな………。もしもの為の艦隊の再編成はどうなっている?」

「扶桑や山城、摩耶や鳥海等、別の任務に出た艦娘達には既にこの状況を伝えてあります。只………。」

「そう簡単に帰投できれば苦労しないか。今、鎮守府にいる艦娘で何とかするしかないな。」

 

提督は色々とプランを練っていたが、そこで無線を通じて連絡が届く。

声の主は那珂であった。

 

「………どうだった?」

「見つかりません。」

「何?」

「岸波ちゃん達が遭遇したポイントを中心に探してみたのですが、駆逐水鬼はおろか、随伴艦すら見つかりません。」

「念の為に聞くが、場所を間違えた可能性は?」

「それも違うと思います。遭遇ポイントの海上で、深雪ちゃんが撃沈したと思われるツ級の残骸を見つけました。」

「つまり敵艦は岸波達が遭遇した後、横須賀に向かったわけではないという事か………?」

「どうします?一応、蛇行しながら横須賀近くまで戻ってきましたけれど、霧が濃くなってきました。夜偵は積んでないので、夜になったら赤城さんと加賀さんが無防備になります。」

「分かった。一旦帰投してくれ。」

 

那珂との無線連絡を終わらせた提督はふうと溜息を付く。

どうやらすぐに横須賀が狙われる事態は避けられそうである。

時間さえ稼ぐ事が出来れば、艦隊の再編成が出来る。

 

「お互いに命拾いをした………という事か。」

「その割には顔色が優れませんね。」

「1つ懸念があってな。岸波、電探に残された駆逐水鬼と艦娘達の音声を再生してくれないか?」

「はい………。」

 

提督の言葉に、部屋の壁に立っていた岸波は、持ち込みを許された艤装の電探を起動させて通信履歴をチェックする。

 

「「萩………なのか?」」

「「え?」」

「「萩なんだろ!?その姿、その髪留めのリボン!?」」

「「何言って………。」」

「「ヤット会エタ………。嵐、野分、舞風………。」」

 

「そこじゃない。もっと後だ。」

 

提督の指示を受け、岸波は電探をいじっていく。

そして………。

 

「「やっぱり………!やっぱり萩は生きてたんだ!良かった、帰ろう萩!横須賀へ!さあ!!」」

「「ソウネ………オ前達ヲ沈メタ上デナァッ!!」」

 

「っ!?まさか、これって………!?」

 

提督の懸念に気付いた岸波は、思わず動揺してしまう。

駆逐水鬼………萩風は、嵐・野分・舞風の第四駆逐隊を沈めた上で横須賀を攻撃すると宣言している。

逆に言えば、それ以外の艦娘が来た時は身を隠してやり過ごすつもりなのだ。

 

「深海棲艦が破壊本能に満ちているというのは良く聞く話だが………、まさか自分を沈めた原因を作った者達への憎悪による復讐本能の方が強いとはな。」

「この事、嵐達には………。」

「伝えるべきじゃないわ。というか、あの様子じゃしばらく出撃禁止よ。部屋に軟禁しておいた方がいいわ。」

 

曙の言葉に、岸波は今更ながらに疲れを感じた。

艦娘と深海棲艦という謎の関係性故に、親しい者から復讐の念を向けられてしまっているのだ。

そう考えるといたたまれない。

 

(でも仕方がないわよね………。)

 

彼女達が出撃したら、高確率で沈められてしまうのだ。

ここは我慢して貰って………。

 

「す、すみません………提督!」

 

だが、その執務室の扉がノックもせずに急に開かれて薄雲が飛び込んでくる。

本来ならば許されない行為だが、ただ事ではないと感じた提督は発言を促す。

 

「どうした?」

「嵐さん達が………!第四駆逐隊の人達が部屋にいないんです!」

「何ですって!?」

 

驚く曙に対し、薄雲は続けて言う。

 

「ここに来る時、訓練を終えた漣ちゃんと出会ったんですが、桟橋から堂々と抜錨していったって聞いて!?」

「嘘でしょ!?出撃するには………!」

「曙!アイツら、帰投した際に艤装を返して無かったんじゃないのか!?」

「あー………っ!しまった、あたしのミスかっ!!」

 

中破していたとはいえ、最後まで確認しておくべきだったと………頭を抱えた曙はすぐさま艤装を装着する。

続けて深雪が装着するのを見て、岸波も装着を始める。

 

「うぐっ!?」

「え………?」

 

ところが、そこで執務室に飛び込んできていた薄雲が急に自分の胸を押さえる。

その様子を見た曙の目が見開かれ、咄嗟に飛び掛かる。

しかし………。

 

「う………あああああああああああああっ!?」

 

普段の彼女からは想像できない位の絶叫を上げたと思いきや、何と艤装を付けた曙を、拳を振り上げ弾き飛ばす。

その目は急に濁り提督を睨みつけて襲い掛かろうとするが、そこに艤装を装備し終わった深雪が咄嗟に横合いから飛び掛かり押さえ込む。

更に体勢を立て直した曙が別の角度から飛び掛かり、暴れる薄雲を2人掛かりで止めに入る。

 

「な、何が………?」

「岸波!今すぐ提督を連れて執務室を出て!あたし達は薄雲をまずどうにかするから、とにかくアンタが先に追いかけて頂戴!」

「わ、分かりました!いつか説明してください!………提督!」

「大淀、速吸を呼んで来てくれ。まだ訓練中だったはずだ。」

「はい。」

 

艤装を装備した岸波は、薄雲の様子に疑問を抱きながらも、提督と大淀を連れて執務室を飛び出した。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

執務室を出た岸波と提督は桟橋へと向かう。

丁度、駆逐水鬼の迎撃艦隊が帰って来た所であり、彼女達は岸波達の様子からただ事では無い事を察知する。

岸波は簡潔に嵐達の事と薄雲の事を説明した。

 

「もう、これはお仕置きが必要だねー。鎮守府10週位は走らないといけないかも。」

「那珂、すまないが今はそういう場合ではない。駆逐水鬼に夜戦を挑むのは今の第四駆逐隊では危険すぎる。海戦は行って無いな?」

「海戦は行っていませんが、燃料の消費はしちゃいましたよ?」

「今、どうにかする。………と来たみたいだな。」

 

見れば、訓練海域から大淀に連れられ、黒い短髪のジャージ姿の艦娘が必死に走ってくる。

彼女が改風早型1番艦の速吸であった。

 

「て、提督さん!お待たせしました!」

「早速だが愛宕と那珂と吹雪と初霜の給油をしてくれ。」

「よ、4人分ですか!?えーっと………。」

 

速吸は自分の給油用の重油タンクのメモリと各艦娘の艤装を見比べながら言う。

 

「ゴメンなさい………。給油の訓練もしていたので今は満タンじゃないんです。」

「何人分給油できる?」

「最大人数ならば3人。重巡の愛宕さんを除けばギリギリ割り振れます。」

「嵐達が抜錨してから時間が経つ………。補給の時間が惜しい。このまま那珂・吹雪・初霜・岸波の4人編成で行く。那珂………それでいいか?」

「いいですけれど、この場合旗艦を岸波ちゃんにして下さい。一番この中では駆逐水鬼の事を知っているんで。」

「………だそうだ。行けるか、岸波?」

 

提督と那珂の視線を受け、岸波は思わず背筋が伸びる。

一時的とはいえ、まさか軽巡洋艦を自分の駆逐隊に入れる事になるとは思わなかったのだ。

だが、そんな事で臆している場合でも無い。

 

「分かりました。海戦中は呼び捨てになりますが………。」

「構わないよ。吹雪ちゃんと初霜ちゃんもそれでいいね?」

「任せて下さい!」

「皆さんを守ってみせます!」

 

会話をしている間にも速吸から補給を受けた3人の艦娘は岸波の後ろに並ぶ。

4人いる為、輪形陣以外の基本的な陣形は取る事が出来た。

 

「単縦陣!岸波・吹雪・初霜・那珂で!」

『了解!』

 

(嵐、野分、舞風………勝手に沈まないで。沈まれたら寝覚めが悪いわ!)

 

岸波は唇を噛むと息を吸って号令を発する。

 

「第二十六駆逐隊………抜錨!!」

 

大音量で響いた声と共に、4人の艦娘は再び夜の海へと抜錨していった。



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第9話 ~闇の中での願い~

嵐・野分・舞風の3人は霧の中、夜の海を航行していた。

当然、命令違反での無断出撃である事は把握している。

だからこそ………野分は言った。

 

「嵐………やっぱり戻ろう。こんなのは良く無いよ。」

「ダメだ。昼間の萩の言葉、のわっちも聞いただろ?アイツは、俺達を沈めたがっている。だからこそ、俺達が………俺が何とかしないといけない。」

「だったら、みんなの力を借りよう。岸波とか曙さんとか、横須賀のみんなとか………。」

「他の艦娘に頼んだら萩を沈めてしまうだろ!?萩は助けを求めてるんだ!萩を………救わないと!」

 

頑なに首を振って撤退を拒む嵐の姿を見て、野分は溜息を付く。

その様子を見ながら舞風は思う。

今の嵐は狂っていると。

でも、それを止められない自分達もいる。

何故ならば、舞風や野分にとっても萩風は大事な第四駆逐隊の仲間だから。

望みは薄くても助けたいと願っている自分達が心の何処かにいる。

 

(私達も………狂ってるのかな………。)

 

こんな姿を嚮導艦になってくれている曙に知られたら握り拳でぶっ飛ばされるだろう。

いや、帰還したら確実にぶっ飛ばされる。

それでも………。

 

(止められないよ………私達………嵐を………。)

 

心の中で泣きたくなった舞風は、電探に何かの反応を察知する。

 

「フフ………フフフフ………。」

『!?』

 

深海の底から響き渡る声と共に重巡ネ級が2隻、エリート級戦艦ル級が2隻、そして萩風………いや、駆逐水鬼が現れる。

その顔は何処か滑稽な物を見るように嵐達を嘲笑っていた。

 

「は、萩………悪かった。俺の不注意でお前をこんな姿にしてしまって………。」

「嵐………反省シテクレテイルノ?」

「当然だ!だから戻ろう、萩!もうこんな事をする必要は無いんだ!」

 

手持ち武器の高角砲を降ろし、両腕を広げて必死に説得をする嵐に対し、駆逐水鬼は笑顔を浮かべ………艤装の右腕に付いた連装砲を嵐に向けた。

 

「ダッタラ………オ前ガ沈メ、嵐!」

 

ドゴンッ!

 

しかし、その右腕に砲弾が当たり、嵐に向けた砲撃が邪魔をされる。

駆逐水鬼はその主を燃えるような瞳で睨みつけた。

 

「の、のわっち………?」

「ゴメン、嵐。流石にこれ以上はもう許容出来ないわ。そこにいるのは萩風じゃない。」

「野分………オ前ハ私ヲ沈メルノカ!?」

「お前はもう深海棲艦だ。仲間を沈めようとするのならば………やってやる!」

 

手持ちの高角砲だけでなく、右のアームの高角砲と左のアームの魚雷を向ける野分に、嵐だけでなく舞風も動揺する。

 

「だ、ダメだ!のわ………!」

「お前のせいで嵐は狂った!第四駆逐隊はおかしくなった!その償い、してもらう!!」

 

止めようとする嵐を無視して野分は主機を唸らせる。

周りの護衛は強力だが、旗艦である萩風もどきを沈めればチャンスがあると考えたのだろう。

しかし、そこでパチンと駆逐水鬼は指を鳴らす。

すると、野分の右方から何かが波を立てて来る。

 

「のわっち!魚雷!?」

「な!?」

 

舞風の警告に咄嗟に反応したのか、野分は魚雷を破棄するがそれが精一杯だった。

魚雷は野分の主機に当たり、火柱が彼女を包む。

大破させられた彼女はアームをボロボロにして片膝を付く。

 

「のわっち!?」

「せ、潜水艦………!?昼間から増援を呼んでいたなんて………。」

 

舞風が咄嗟にソナーで調べると、エリート級カ級が潜んでいた。

索敵ミスに落ち込む前に、駆逐水鬼の笑い声が響き渡る。

 

「アハハハハハ!暗イデショ!?見エナイデショ!?怖イデショ!?」

「止めてくれ!萩!………頼むから!頼むからっ!」

「嵐………オ前ハ最後ニシテアゲル。マズハ………。」

「………ひっ!?」

 

懇願する嵐を無視して駆逐水鬼は舞風の元に向かう。

恐怖で棒立ちになった彼女に対し、敵艦はゆっくりと傍まで進んでくる。

 

「に………逃げて、舞風!」

 

動けなくなった野分が必死に叫ぶが、舞風は蛇に睨まれた蛙のように動けない。

駆逐水鬼は左腕の魚雷発射管を舞風に向ける。

もしもそれを喰らったら………。

 

(わ、私………!)

 

舞風の頭の中に「艦」としての………トラウマになっている記憶がフラッシュバックする。

轟沈という名の恐怖。

それが………舞風を呑み込んだ。

 

「い………いやあああああああああ!?」

「ギャアアアーーーーーーーーーッ!?」

「え………?」

 

我に返った時、舞風は呆然としていた。

駆逐水鬼は、魚雷が誘爆して炎上する左腕を振り回して、必死に火を消そうとしている。

舞風は悟った。

死にたくないという本能から、彼女は咄嗟に手持ちの高角砲で駆逐水鬼の魚雷発射管を撃ちぬいてしまったのだと。

 

「あ………ああ………。」

 

舞風には嵐のように何が何でも萩風を救おうという想いは無かった。

野分のように何が何でも萩風を沈めようという覚悟も無かった。

中途半端な気持ち故に………次の行動が取れなかった。

 

「舞風ーーーーーッ!!」

 

怒りに燃える駆逐水鬼の巨大な右腕が振りかぶられる。

それは、舞風の顔面に炸裂しそうになり………。

 

ゴキッ!!

 

「ぐ………ああああああっ!?」

「!?」

 

その鉛のような拳は、割って入った影の咄嗟に防御用にかざした左腕に当たり、あらぬ方向にへし折ってしまう。

舞風を咄嗟に庇ったのは………岸波であった。

 

「き、岸波!?」

「こ………攻撃開始!撃てーーーっ!!」

 

焼けつくような痛みを堪える岸波の叫びに、様々な砲が駆逐水鬼に炸裂する。

見れば、岸波の後方から吹雪・初霜・那珂の3人が一斉に砲撃を開始していた。

 

「間に合った!?」

「今から加勢に入ります!」

「3人とも、後でお仕置きだからねー!」

「ジャマヲスルナーーーッ!!」

 

煙を上げながら怒りに燃えた駆逐水鬼の指示で、5隻の随伴艦が一斉に動き出す。

岸波が動けなくなってしまった為に陣形を保てなくなってしまったが、3人共臆する様子は無かった。

水中からカ級が先制で魚雷を放つが、3人のベテランの艦娘達は夜の海に発生した高波を利用して華麗にジャンプ。

魚雷を飛び越えて回避し、潜水艦の上を通り過ぎていく。

 

「爆雷、投下します!」

 

そして吹雪だけが反転すると、背中の艤装から爆雷を撃ち上げ水中へと落としていく。

たちまち、派手な爆発が起き、潜望鏡や髪の毛が浮き上がって来た。

 

「さー、握手の為にも整列してね!」

 

那珂は左腕の4門の単装砲から、動きを制限させる夾叉弾を重巡ネ級2隻に放ち、真っ直ぐに整列させて動きを止めると、電光石火の如く接近して、先頭の巡洋艦の顔面に、零距離から右肩の高角砲を炸裂させて沈めていく。

 

「覚悟は………出来ていますね!」

 

初霜は戦艦ル級から繰り出される砲撃を蛇行して回避しながら1隻に肉薄し、両手に持った高角砲を交差させて至近距離から盾のような腕を砲弾で弾き飛ばすと、下がりざまに右腰の3門の魚雷を無防備になった急所に叩きこんでいった。

あっという間に減っていく僚艦の姿に、駆逐水鬼から完全に余裕が消える。

敵旗艦は、舞風の前でうずくまる岸波を睨みつけて叫んだ。

 

「貴様、貴様、貴様ーーーッ!!」

「………悪いわね。舞風を守ってくれって、野分と約束したのよ。」

「岸波………!?」

 

脂汗を滲ませながらも不敵な笑みを浮かべた岸波は痛みを堪え立ち上がる。

駆逐水鬼は左の魚雷発射管を再生させながら、もう一度右の巨大な拳を振るおうとする。

岸波は、今度は右手に備えた連装砲で迎撃しようとするが………。

 

「ッ!?アアアアアアーーーッ!?」

「何………?」

 

だが、ここで駆逐水鬼に変化が起きた。

敵艦は生身の両手で頭を抑え込むとぶんぶんと左右に振る。

そして、その手が離れると………その吊り上がった目が下がり、見る見るうちに悲しみに満ちる。

 

「………シテ。」

「え?」

「………私ヲ殺シテ。」

「!?」

 

岸波は見る。

その駆逐水鬼の表情は、写真で見た萩風の優しい顔にそっくりだったのだ。

何処か奥手で困ったような………しかし、今は涙を流し悔恨に満ちている表情。

それは嵐も野分も、そして舞風も分かったのだろうか?

呆然とした顔で各々が呟く。

 

「萩………風………?」

「私………モウ殺シタクナイ。デモ、モウ戻レナイ………。」

「貴女………。」

「オ願イ………私ヲ殺シテ………。私、大切ナミンナヲ殺シタクナイ………。舞風ヲ………野分ヲ………嵐ヲ………殺シタクナイ………!」

「……………。」

「オ願………ウァァァアアアーーーッ!?」

「萩!?萩ーーーっ!?」

 

嵐が思わず涙を流しながら叫ぶが、再び萩風は………駆逐水鬼は苦しみだす。

その姿を見た岸波は、右手の連装砲のグリップを口に銜えると、右手で骨が折れた左腕を掴み引っ張る。

 

「ちょ!?岸波!?」

 

ベキッ!!

 

「ーーーーーっ!!」

 

岸波は何と、折れた左腕の骨を無理やり「直して」くっつけたのだ。

あまりに無茶苦茶な即興の治療方法に、傍で見ていた舞風は思わず腰を抜かして尻餅を付いてしまう。

 

「沈メ!沈メーーーッ!!」

「っ!!」

 

また目を吊り上げ狂気の顔をさらけ出した駆逐水鬼は、今度は再生した艤装の左腕の魚雷発射管で殴りかかろうとする。

それに対し、岸波は咄嗟に直した左腕で、後ろの舞風の魚雷発射管のアームを艦娘の怪力でへし折ると、ハンマーのように振り回し相手の艤装の左腕に叩きつける。

 

「ギャアアアアアーーーッ!?」

 

舞風の4発分の魚雷と自身の魚雷発射管の魚雷の爆発を一度に受ける事になった駆逐水鬼はまた腕が吹き飛び、接続部から激しい黒煙を噴き上げる。

岸波はゆっくりと舌を噛まないように銜えていたグリップを右手に再び持ち直すと静かに駆逐水鬼に………萩風に告げた。

 

「萩風………貴女は私が沈めてあげるわ。この………「姉殺し」の岸波が!!」

 

そう叫ぶと岸波は主機を全開にして駆逐水鬼に突っ込む。

駆逐水鬼は下がりながら艤装の右腕の連装砲を撃ってくるが、岸波はジグザグに回避をすると左膝にセットされた魚雷発射管を左手で掴み、敵艦の右腕に投げつける。

そして、即座に連装砲を叩きこんで起爆させる。

 

「ガァァァーーーッ!?」

 

右腕が吹っ飛んだ駆逐水鬼は絶叫しながらも左腕の魚雷発射管を再生させようとする。

だが、その発射管は中途半端にしか再生しなかった。

度重なるダメージで再生能力が失われていたのだ。

 

「喰らえっ!」

 

岸波は右膝の魚雷発射管も左手で掴み、中途半端に再生した駆逐水鬼の左腕に投げつけると同じように連装砲で起爆させる。

再び絶叫が起こり、駆逐水鬼の艤装の腕が完全に吹き飛んだ。

 

「もう………もう、止めてくれ!岸波!萩はもう………!」

「ダメだよ!時間が経てば再生能力は復活する!みんなを………何よりも萩風ちゃんの心を守る為にも、ここで終わりにしないといけないよ!」

 

思わず高角砲で止めに入ろうとする嵐を、吹雪が背後から羽交い絞めにして動きを封じる。

那珂と初霜は残りのネ級とル級を撃沈させており、舞風や野分のカバーに入っていた。

岸波は逃げようとする駆逐水鬼に対し爆雷を投げつけ、機銃を乱射して空中で起爆させて動きを止める。

そして、飛び掛かるように左手でその頭を掴むと、右手に持った連装砲を心臓に突き付けた。

 

「ア………!?」

「終わりに………してあげる。」

 

一瞬だけ………ほんの一瞬だけ悲しい顔を見せた岸波は、唇を噛みながら心臓に向けて連装砲を乱射する。

 

「グァアアアーーーーーッ!?」

 

黒い血が派手に岸波に掛かるが、彼女はトリガーを引く事を止めない。

そして、弾を撃ち尽くした所で………ようやく駆逐水鬼の頭から手を放す。

敵艦の顔は力尽きたのか、何処か呆然としたものになっていたが、やがてゆっくりと微笑み岸波を見た。

 

「あ………りがとう………岸波………。私………貴女のお陰で………大切な………みんなを………守れて………。」

「……………。」

「ゴメンね………舞風………野分………嵐………。みんな………大好きよ………。」

「萩………。」

 

最後に涙を流す嵐の姿が視界に入ったのか、身体が沈んでいく中で駆逐水鬼………萩風は彼女に微笑み………水底へと消えていく。

 

「萩ーーーーーっ!!」

 

撃沈という現実を認識した嵐の絶叫が、夜の海にこだました。



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第10話 ~泥を被る覚悟~

「何よ………これ………。」

 

それから約30分後であろうか。

遅れて深雪や第六駆逐隊と共に援護にやって来た曙は、事態が呑み込めないでいた。

海上には大破した野分と戦意喪失して座り込んでいる舞風がいた。

更に、誰かに殴られたのか顔に傷を残している吹雪と初霜と那珂の3人。

そして………。

 

「お前のせいでっ!お前のせいで萩はーーーっ!!」

 

怒りに任せて岸波を何度も殴りつけている嵐の姿であった。

異常事態だと感じた曙はすぐさま一番近くにいた吹雪に説明を求める。

彼女は援軍が何とか間に合い、敵艦隊を沈めて駆逐水鬼も撃沈させたと話した。

だが………。

 

「駆逐水鬼を沈めた岸波ちゃんに対して、嵐ちゃんがぶち切れちゃって………。」

「何で止めないの!?」

「止めようとしたんだけど、鎖が外れた獣のような状態なんだよね。軽巡である那珂さんですら頭に血が上ってぶっ飛ばしちゃっているし、それに………。」

「それに!?」

「岸波ちゃんが………抵抗しないから。」

 

吹雪の言葉に曙がハッとして見てみれば、岸波は本当に殴られるがままだ。

 

「何で萩を沈めた!何で萩を殺した!萩は、萩はーーーっ!!」

「……………。」

「萩は仲間だったんだぞ!?大切な仲間だったんだぞ!?それを、それをーーーっ!!」

「……………。」

「仲間を殺して………!仲間殺しをしやがってーーーっ!!」

「いい加減にしなさい!この大馬鹿艦娘っ!!」

 

エスカレートしていく様子に耐えられなかった曙は、横合いから思いっきり拳を叩きこんで嵐を殴り飛ばす。

水面を何度か転がった嵐は起き上がろうとするが、脳震盪を起こしたのか海面にうつぶせになったままだ。

 

「一体、どれだけの人に迷惑を掛ければ気が済むのよ!?人に当たる位なら、自分の無力さをまずどうにかしなさい!!」

 

曙の叫びを受けて、嵐は水面に拳を叩きつけながら涙を流す。

少しだけ冷静さを取り戻したのか、悔恨の言葉を呟き始めた。

 

「………ゴメン。………本当にゴメンよ、岸波。でも………でも………萩は戻れたかもしれないんだ………元に………艦娘に………!」

「何を言って………?」

 

嵐の言葉が理解できない曙に対し、初霜が更に補足説明をする。

海戦中に駆逐水鬼は萩風としての意識を取り戻す瞬間があったのだと。

だが………その願いは自身を沈めてくれという事であり、岸波が敢えて泥を被ったのだと。

 

「だったら………だったら猶更殴られる必要は無いでしょ!?岸波!?」

「………いいんですよ、ぼの先輩。」

 

水面に仰向けに倒れながら、ボロボロになった岸波は虚ろな表情で呟く。

 

「私、慣れてますから………。こういう役目………。」

「アンタ………。」

「これでいいんです………。これで………。」

「……………。」

 

何も言えなくなった曙に対し、横須賀鎮守府と長距離通信を取っていた那珂が顔の傷を気にしながら喋る。

 

「とりあえず戻ろっか。私が先導するから、みんなで倒れている子達の曳航を手伝ってね。」

「はい………行くわよ。」

 

曙はそう言うと、岸波を起こすのを手伝った。

任務は無事完了し、横須賀への危機は去った。

だが………全員、心は晴れなかった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

朝日が昇る頃、横須賀へと戻った艦娘達は、提督によって船渠(ドック)入りと高速修復材(バケツ)の許可を貰った。

本来ならば、第四駆逐隊の面々は重い罰を受ける事になるのがセオリーだ。

しかし、3人共心神喪失状態であった為、とてもじゃないがそれすら難しいだろうと判断した提督によって、しばらくそれは保留する事になった。

傷を治した岸波は、那珂と吹雪と初霜と共に、執務室に呼ばれる事になる。

 

「………横須賀を救ってくれた事に対し、礼を言わせて欲しい。特に岸波………汚れ仕事、ご苦労であった。」

「気にしないでください、何度も繰り返しますが、慣れていますから。………只、部屋はそろそろ変えて貰った方がいいですね。」

「………分かった。」

 

今は軟禁という状態になっている、同部屋の嵐の事を気遣ったのだろう。

岸波の申し出を提督は受けた。

 

「しばらくは1人で過ごせるように部屋を手配しよう。」

「感謝します。」

「それでは………。ん?」

 

そこで、無線が繋がった事で提督は確認を取る。

 

「こちら朝潮です!」

「どうした?宿毛湾泊地復興の為の遠征を頼んでいたはずだが………。」

「実は………。」

 

ボソボソ声になった朝潮からの連絡を聞いた提督の目が見開かれる。

彼は、大淀に素早く指示を出す。

 

「大至急、第四駆逐隊や曙達を桟橋に連れてきてくれ。」

「了解しました。」

 

大淀が素早く歩いていく様子を見た岸波達は、立ち上がった提督の言葉を聞く。

 

「さて、お前達も桟橋に集合だ。」

「どういう………?」

「行けば分かる。」

 

それだけを言うと提督は岸波達4人を伴って執務室を出た。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

桟橋には嵐・野分・舞風・曙・深雪・暁・ヴェールヌイ・雷・電・赤城・加賀・愛宕といった艦娘達が既に集まっていた。

 

「こんなに艦娘を集めて何を………。」

「そろそろ朝潮達が見えないか?」

「え………あ、見えました。アレは………。」

 

岸波は見る。

何故か先頭で興奮気味に手を振る朝潮の後ろには、大潮と村雨が同じく笑顔でいる。

そして、更にその後方では、気怠そうな顔をした2人の艦娘が頭まで毛布にくるまれた艦娘を気遣いながら曳航していた。

片方は、癖のある緑色の長い髪を高い位置でハーフアップにして黒いリボンで結んだ艦娘。

もう片方は、ロングヘアの明るめの茶髪に赤のアンダーリムの眼鏡をした艦娘。

確か岸波の記憶が正しければ、佐世保から出向してきている、改白露型2番艦山風と睦月型11番艦望月である。

 

「何で毛布にくるむほどケガをしているのに笑顔で………。」

 

そう言いかけた嵐の目が見開かれる。

その後ろにいた野分と舞風も………である。

提督はそんな3人の後ろに立つと静かにしゃべり始める。

 

「俺は基本的に神の存在という物を信じない。提督ならば、何処の腐った性根の持ち主でも同じ事を言うだろう。」

 

毛布にくるまれた人物は、かなり遠慮気味に手を振る。

何か恥ずかしい様子で。

 

「だが………艦娘と深海棲艦という実態が暴かれていない存在がいる限り………、「奇跡」という言葉は稀にだが存在するのかもしれないな。」

 

その様子がじれったいと感じたのか、山風が思い切って頭に被っている毛布を取る。

中からは古代紫色のセミロングの髪を持った艦娘が顔を覗かせた。

 

「アレは………!?」

 

その姿に、岸波を始めとした他の艦娘達も目を見開く。

見間違えるはずがない、彼女は………あの写真の………。

 

「萩っ!!」

「萩風!!」

「萩風ーーーっ!!」

 

嵐・野分・舞風の3人が涙を流しながら喜ぶ中、陽炎型17番艦萩風は帰投する。

桟橋に付いた途端、3人は一斉に萩風に抱き着いた。

 

「これ………どういう事?」

「宿毛湾からの帰りに………横須賀の近くの海岸で漂着しているのを見つけたの………。」

 

驚いた曙の質問に、山風が答えていく。

 

「何故なのかは、分からない………。でも、間違いなく萩風だった………。」

「轟沈してからかなりの日が経つのよ?服とかは………。」

「着てないよ、裸だった………。だから毛布にくるんでるの。でも………。」

「これを大事そうに手に持ってたんだよね。」

 

言葉を受け継いだ望月が、何かを取り出す。

それは、ボロボロの紫色の髪留め用のリボンであった。

そう、駆逐水鬼が持っていた………。

 

「萩風、まさか………。」

「ゴメン………なさい………。」

 

曙の言葉に抱き着かれて困惑していた萩風は、顔を落とす。

 

「沈んだ所から記憶があやふやだけれど………あの戦いだけは覚えているんです。みんなを苦しめて………そして………。」

「司令………この後、萩風はどうなるんでしょうか?」

 

僅かながら駆逐水鬼としての記憶がある萩風の様子を見て、野分が提督に問う。

彼は包み隠さず答えた。

 

「鎮守府を含め、艦娘の台所事情があるからな。極刑にして一から艦娘候補を見つけて育て直すという無駄な時間を食うよりは、艤装の適正検査をもう一度行って再び艦娘として起用させる方が現実的だろう。」

「じ、じゃあ………萩風は………!」

 

野分の言葉に、提督は咳払いをしてハッキリと告げる。

 

「言っておくが、楽な道のりでは無い。艦娘に再び戻る事を強いられるのだからな。曙、引き続き第四駆逐隊の面倒を見て貰う事になるがいいか?」

「誰に言っているんですか、提督!一度引き受けた事は貫きますよ!」

 

奇跡を目の当たりにした曙は、興奮気味に力強い声で応える。

その頼もしい様子を見て萩風は思わず涙を流す。

 

「ありがとうございます………司令、皆さん!これも岸波のお陰よね。」

「そうだ!俺、岸波に謝らないと!本当にゴメン!岸波………?」

 

振り返った嵐は困惑する。

さっきまでそこにいたはずの岸波が、大淀と共にいなくなっていたからだ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「………感謝や謝罪の言葉は素直に受けるべきでは無いですか?」

「いいんですよ。萩風が帰投出来た事で、第四駆逐隊が再び活気を取り戻すんですから。」

 

その頃岸波は、大淀と共に駆逐艦寮の自室で荷物を整えていた。

この部屋は再び萩風が戻ってくる事になるだろう。

これで嵐も過去の罪から解放されて道を間違う事も無くなるはずだ。

 

(良かったのよ………この結末で。)

 

岸波は心の中で感情に整理を付けると、大淀に連れられ新しい部屋へと向かう。

そこは提督の言った通り、まだ誰も使っていない部屋であった。

岸波はその入り口の表札入れに自分の名前のネームプレートを付けると、中に入って適当に荷物を置き、布団に寝込む。

思えば昨晩は出撃をしていたので眠っていなかったはずだ。

久々に何も考えずにゆっくりと眠りに付ける………そう思った岸波はゆっくりと目を閉じた。

だが………。

 

「何で萩を沈めた!何で萩を殺した!萩は、萩はーーーっ!!」

 

「萩は仲間だったんだぞ!?大切な仲間だったんだぞ!?それを、それをーーーっ!!」

 

「仲間を殺して………!仲間殺しをしやがってーーーっ!!」

 

(ダメ………か。)

 

数時間後、目を閉じていた岸波は、洋上での嵐の怒声が耳から離れず額を手で押さえる。

嵐が悪いわけじゃない。

誰が悪いわけでもない。

全て覚悟の上で沈めたのだ、駆逐水鬼を………萩風を。

それでも………割り切れなかった。

 

「私は………沖姉………。」

「失礼しま~す!本日より、舞風!この部屋の住人になりま~す!宜しくね!」

「……………。」

 

扉が開かれ掛かって来た元気な声に、岸波は不機嫌そうな顔をして起き上がる。

見れば、入り口の方で舞風がくるくると回りながら踊りを披露していた。



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第11話 ~甘えられる場所~

「………何やっているの、舞風?」

「自己紹介で~す!何せ、第二十六駆逐隊の一員として活動するからね!嚮導艦には挨拶しないと!」

 

部屋に押しかけてくるなり、陽気に踊りを披露する舞風を見て、岸波は非常に迷惑そうに言葉を紡ぐ。

しかも、彼女はいつの間にか岸波の為に開放して貰った………というか無理やり編成させられる事になった第二十六駆逐隊に転属したと言っているのだ。

 

「貴女は第四駆逐隊でしょ?同部屋の野分はどうしたのよ?」

「のわっちとはちゃんと話したよ!嵐や萩風とも!それで、曙さんや提督とも話して第二十六駆逐隊に転属させてもらったわけ!」

「何で一応嚮導艦扱いである私の関係ない所で話が進んでいるのよ………。そもそも、貴女がこの艦隊に転属する根拠が無いわ。」

「根拠ならあるよ。」

 

いかにも五月蠅そうに言う対応する岸波に対し、舞風はハッキリと言うと、踊りを止めて真剣な顔で彼女を見る。

 

「岸波は、自分の腕を折る事になったのに舞風を助けてくれた。のわっちとの約束があったからかもしれないけど………岸波がいなかったら、本当に沈んでいた。」

「借りは返すのが駆逐艦流だから来たって事?それならば………。」

「それだけじゃないよ。昨日、墓地で私の事泣かせてくれたじゃない。それに、海から逃げてないとも言ってくれた。岸波はやっぱりとても優しい艦娘だった!」

 

彼女は笑顔を見せると自信満々な顔で自分の胸を叩いた。

 

「だからね………岸波の傍でならもっと強くなれる気がしたんだ!強くなれば沈む可能性も減るし、何よりみんなを守れるようになるもんね!」

「貴女は………間違っているわ、舞風。」

 

期待に満ちた舞風の姿を直視できなかった岸波は、少し目を逸らしながら言う。

 

「洋上での嵐の言葉………アレは全て事実よ。私は貴女達の仲間を殺せるような冷血漢。」

「………嵐が言ってたけれど、そうやって突き放そうとするんだね。」

「突き放すも何も………。」

「萩風に挑む時に言っていたよね、「姉殺し」って。それが関係してるの?」

「……………。」

 

岸波は黙り込む。

沈黙は肯定と同じであった。

舞風は再び真剣な顔をして覗き込む。

 

「私は岸波の過去を知らないよ?でも………岸波の今は知っている。どんな過去があっても、岸波が私を………私達の第四駆逐隊を救ってくれた事に変わりは無いよ!」

「………だったらどうだっていうの?貴女は私に何かしてくれるっていうの?放っておいて。」

「ヤダ!」

「即答!?」

 

頑なに突き放す岸波に、しかし舞風はひるまない。

彼女は再び自分の胸に手を当てて言う。

 

「嵐を見てたから何となく分かるんだ。そうやって拒んでばかりいたら狂ってしまうって。私は………それを見過ごして間違いを繰り返したくない!」

「それは貴女の事情で………。」

「だから岸波の事情も少しずつでいいから知っていきたい。押しかけ女房みたいなのは謝るけれど、1人より2人の方がいいに決まってる!」

「舞風………。」

「まずはさ………私や萩風、嵐の事で辛かったし痛かったと思うからさ………。」

 

舞風はそう前置きをすると腕を広げる。

 

「墓地でのお返し!私の胸に飛び込んできて思いっきり泣いてよ!」

「………はぁ。」

 

あくまで真っ直ぐな舞風の態度に、岸波はとうとう観念したように嘆息する。

そして、苦笑すると告げる。

 

「私が言うのも何だけれど………貴女に飛び込めるだけの胸は無いと思うわよ。」

「あ、ひっどーい!結構気にしてるのに!というか、またそうやって突き放して………。」

「眠れないの。膝枕、してくれない?」

「え?うん………。」

 

舞風は窓辺に進み床に座り込むと、岸波の頭を自分の膝の上に乗せる。

岸波は、後頭部にその柔らかさと温かさを感じながら、静かに呟いた。

 

「懐かしいわね………。昔、眠れない時も………沖姉………沖波がこうしてくれたわ。」

「沖波っていうのが………お姉さんの名前?」

「ええ………。私と一番近しかった姉の名前………。何処か頼りなかったけれど………私にとっては甘えられる姉さんだったわ………。」

「岸波………。」

「思えば私も………もう一度………甘えられる場所………欲しかったのかもね………。ねえ………また眠れない時………こうしてくれるかしら………?」

「うん、岸波が望むなら………。」

「ありがとう………ふふっ………心の底からお礼を言ったの………いつ以来かしら………。私………は………。」

「……………。」

 

やがて寝息を立て始める岸波の姿を見ながら、舞風は考える。

多分、沖波と岸波の告げた「姉殺し」という言葉は密接に関係しているのだろう。

だから岸波は他人と距離を取りたがる。

それでも………。

 

(岸波は命の恩人だから………。だから私も………絶対に見捨てない。)

 

静かに眠る岸波を見ながら、第二十六駆逐隊の最初の一員となった舞風は、心の中で誓った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

数日後、舞風が転属された事で、2人とはいえ第二十六駆逐隊は本格的に始動する事になる。

岸波はその嚮導艦として、とりあえずは舞風と共に訓練を行う事になった。

舞風の練度はある程度は高かったが、岸波に比べるとまだ物足りない部分があり、また第四駆逐隊にいた時に指摘されていた通り、注意力が時たま欠ける事があった。

 

「まずは根本的な練度向上を目指しましょう。2人だからしばらくはタイマンで模擬戦を行って実戦に適応できる身体を作った方がいいわ。」

「そ、それって毎日決闘を行うようなものじゃん!?」

「踊りが得意ならば回避行動は得意でしょ?それに注意力が養われれば被弾率は大幅に減るわ。私も参考にさせて貰うから、遠慮なく舞って頂戴。」

「き、岸波の鍛え方って脳筋だよ!?」

 

こうして訓練の度に舞風はペイント弾によってベトベトにさせられる羽目になる。

日によっては岸波自身が練度向上を求める為に、軽巡以上の大型艦に演習をお願いして、文字通り砲弾の雨を回避していくような過酷なメニューも舞風は体験する事になった。

 

「岸波………こんな滅茶苦茶なメニューを無傷で突破できる艦娘っているの?」

「姉の高波がやってのけたって話を夕雲から聞いた事があるけれど………。」

「どうやって!?」

「彼女、改二になった時に目がかなり良くなって、相手の行動を先読み出来るようになったのよ。私はその際に彼女から色々とコツを教わったわ。」

「あら………その制服を見てもしかして………って思ったけれど、あの子と同じ夕雲型だったのね。」

「高波には最初、同じような訓練をして面食らう羽目になったわ。通りで貴女は被弾が少ないはずよ。」

 

身体に付いたペイント弾を拭き取っている岸波と舞風の元に、2人の艦娘が近づいてくる。

1人は巨大な砲門を背負った、腰まで在る黒髪ロングの大人びた女性。

もう1人は同じく巨大な砲門を背負った、黒髪がボブカットになっている大人びた女性。

今回の訓練に協力してくれた扶桑型航空戦艦の扶桑と山城である。

何と攻撃力の高い彼女達の十字砲火を一定時間躱し続けるという、鬼のような訓練を岸波から提案してずっと行っていたのだ。

 

「協力ありがとうございます。高波は、今は何処に………?」

「トラック泊地よ。南東の対深海棲艦の最前線だった時に、新しいショートランド泊地の建設を行う為に、護衛に来てくれたわ。」

「私達もそこに一時的に転籍になった事があったのよ。………でも、姉妹なのに手紙等は送ってないの?」

「すみません、色々とあったもので………。とにかく勉強になりました。」

「私も………もっと精進します~………。」

 

岸波はまだしも、ペイント弾をほぼ全身に受けてボコボコになった舞風は、次はこうならないようにしようと誓う。

そして、扶桑型姉妹に改めてお礼を言って別れると、岸波達は海水でペイント弾を落とし、的当て等の訓練を引き続き行って、夕食前に反省会を行う。

 

「そもそも………弾着観測射撃ってどうやって避けるの?1発目の着弾位置を観測機が読み取って2発目を当てて来るんでしょ?逃げられないじゃん!」

「2回目の砲撃直前に、観測機の機首がこちらを向くわ。その瞬間に相手の砲塔の角度や砲口の向きに注意すれば被弾は避けられるはずよ。」

「ええ………それ、その高波に教えて貰った避け方なの?」

「そうよ。あ、深海棲艦の場合は実はもっと楽なのよ。航空機が生物的でしょ?これは攻撃機にも言えるけれど、攻撃や観測直前に目が鈍く光るの。それを合図にすると面白い程避けられるわ。」

「へー………何か岸波といると、今まで知らなかったイロハが学べてためになるなぁ。」

「駆逐艦は限りある武器で敵艦を撃沈する事も大事だけれど、生き残って情報を持ち帰る事も大切な仕事よ。」

 

持てる限りの知識を舞風に植え込んでいった岸波は、とりあえず彼女のペイント弾の汚れが酷かったので、先に風呂に入れてもらえるようにお願いした方が良いと言う。

それに従った舞風を見送りながら、岸波は1人で第一士官次室(ガンルーム)に向かい、テーブルに座り食事を取り始めた。

 

「隣………失礼するぜ。」

「どうぞ。」

 

そんな岸波の隣に、トレーを持った艦娘が1人座って来る。

嵐であった。

彼女は懐から何かを取り出すと、岸波の方を見ずに渡した。

 

「これは………付箋?いや、チケット?」

「読んでみてくれ。」

「「艦隊決戦支援」………これは何?」

 

艦隊決戦支援とは、姫クラスや鬼クラスとの決戦を行う際に、駆逐艦が中心となって遊撃隊となり、支援砲撃を行い本隊の援護をする事だ。

只、それは提督の命令で行われる物で、こうして艦娘個人同士で約束する物では無い。

 

「……………。」

「色々と考えたんだよ。俺がお前にやってしまった事は謝って許される事じゃないってな。」

「別に気にしてないわ。そもそも萩風の事は運が良かっただけだもの。」

「だとしても、何かしらの形で償わなければ俺の気が済まない。勿論、野分や萩風も同じ意見だ。だから、話し合って決めたのがそのチケットだよ。もしもお前や舞風が何かしら危機に陥った時は、第四駆逐隊が命令違反をしてでも駆けつける。………まあ、流石にしばらくは練度向上を待って貰う形になるけれどな。」

「そう………分かったわ。遠慮なく貰っておく。」

 

岸波はポケットの中にチケットをしまうと嵐に問う。

 

「そう言えば萩風の適性検査は?」

「何の異常もなかった。しばらくは経過観察が続くけれど、多分艦娘として問題なく復帰できるってさ。」

「良かったわね。………でも、経過観察なんて慎重ね。深海棲艦としての名残は無いんでしょ?」

「実は不味い前例があるんだ。………悪いけど、それは俺の口からは言えない。」

「成程ね………。」

 

夕食を食べながら岸波は考える。

その不味い事例というのはもしかして………。

 

「しかし、お前も嚮導艦として振る舞うようになってから交友関係が更に増えたな。初めて俺の部屋に来た時の怠惰ぶりがウソのようだ。」

「別に………嚮導として振る舞う以上、舞風には沈んで貰ったら困るから、色んな艦娘に頼んでいるのよ。」

「有り難い限りだぜ。今度コツを俺達にも教えてくれよ。もう間違えたく無いからな。」

「そうね………。」

 

そうしている内に岸波は夕食を食べ終わって席を立とうとする。

そこで嵐が問いかける。

 

「でも、夕雲型姉妹とは関係を持とうとしないんだな。過去に何があったか知らないけど………。」

「今、横須賀には誰もいない以上、関係は持てないでしょ?」

「ん?お前知らないのか?第二十五駆逐隊の事?」

「第二十五駆逐隊………?」

 

岸波が旗艦の第二十六駆逐隊と同じく欠番の駆逐隊であるはずだ。

そう言えば、最初に横須賀に来た時は特に気にしていなかったが、何故提督が、第二十五駆逐隊を抜かして第二十六駆逐隊を開放したのか、今になって気になりはした。

その答えを嵐は教えてくれる。

 

「お前がここに来る前に、第二十五駆逐隊が開放されたんだ。一から強くなりたいって志願する艦娘がいて転籍してきてな。嚮導艦が呉から来た陽炎型の磯風。補佐が夕雲型の長波で………。」

「磯風と長波がいるの!?」

「め、珍しくびっくりしてるな………!?ていうか、知らなかったのか?曙さんと決闘して目立っていたし、そうでなくても特に長波はあの髪だから第一士官次室(ガンルーム)とか風呂とかにいたら目立つだろ?」

「今までは他の艦娘との関わりを避けていたから………他に第二十五駆逐隊に配属された艦娘はいるの?」

「今はまだ2人だけのはずだ。部屋も一緒のはずだから風呂の後探してみるといいんじゃないのか?」

「分かったわ、チケットの件も含めてありがとう、嵐。」

 

岸波はそう言うとトレーを持って片付けて、風呂への支度をしに自室に向かう。

その様子を見ながら嵐は1人呟いた。

 

「アイツの「ありがとう」って言葉、初めて聞いたな………。」

 

岸波が来た事で、何か色々な事が少しずつだが好転してきているのだろうか?と嵐は感じた。



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第12話 ~もう1人の怠惰艦~

風呂を済ませた岸波は、自室で支度を整えると駆逐艦寮を回り、磯風・長波のネームプレートが入った部屋を見つける。

 

「ここが………長波達の………。」

「岸波、ガンバって!」

「ねえ、何で貴女まで付いてきているの………?」

 

岸波の隣には風呂と食事を終えた舞風がいた。

どうやら第一士官次室(ガンルーム)で嵐に事情を聞いたらしく、風呂を済ませた岸波を部屋で待ち構えていて、こうしてくっついてきたのだ。

 

「だって、岸波だけじゃ会わずに終わりそうだもん。今だって、相手が会いたくないから止めた方がいいんじゃないかって思ってるんじゃないのー?」

「………貴女、意外と直感に優れているわね。」

 

図星であった。

他者を避けていたとはいえ、岸波が今まで気付かなかったという事は、長波達も彼女が気付かないように振る舞っていたという事になる。

そういう意味では、部屋の前まで来たとはいえ遠慮するべきでは無いか?と思ったのは事実なのだ。

会うべきか、会わぬべきか………。

 

「岸波こそ、意外と勇気無いよね。ノックしないなら、私がするけれど?」

「分かったわよ………。」

 

舞風が来た時点で、腹を括る場面なのだろう。

そう思う事にした岸波は、平静を装って扉をノックする。

すると、中から声が聞こえた。

 

「ん~、誰だ?長波サマに用があるのは?」

「長波………岸波よ。貴女と磯風が横須賀に居ると知って挨拶をしに来たわ。」

「……………。」

「会いたくないならばこのまま帰るわ。磯風が中にいるのならば、相談して決めて。」

「………ちょっと待ってくれ。」

 

長波はそう言うと、部屋の中で何やら会話を始める。

結構長い時間、話が繰り広げられた。

 

「………長波って威勢のいい性格のはずだけれど、結構悩んでるね。」

「私に会うのに抵抗があるのは、2人の中だと磯風の方なのよ。」

「そうなんだ。磯風姉さんも武勲艦って言われる程の人なのに………。」

 

舞風と会話をしている内に、やがて部屋の扉が開き中から腰まであるウェーブの黒とピンクの髪の艦娘………長波が出てくる。

彼女は何処かバツの悪い顔をすると岸波に言う。

 

「入れよ。磯風が………って舞風もいるのか?」

「第二十六駆逐隊の押し入り女房よ。多分、待っていろと言っても聞かないと思うわ。」

「随分賑やかなヤツが艦隊に入って来たな。………ま、じゃあ2人で入って来いよ。」

「お邪魔しまーす!」

 

長波は少しだけ笑みを浮かべると手招きする。

岸波はなるべく感情を出さずに、舞風はなるべく明るく振る舞いながら部屋に入っていく。

基本的には岸波達の部屋と変わらなかったが、布団等の散らかり具合でどちらが使用しているか分かりやすかった。

 

「磯風………。」

「岸波か………第二十六駆逐隊嚮導艦への就任おめでとう。本当は………もっと早くこちらから会いに行くべきだったのだが………。」

 

窓辺に黒の長いストレートヘアの艦娘………磯風が俯いて座っていた。

普段は凛々しい姿を見せる為に、実は隠れファンも多い彼女であったが、岸波の前に居た彼女は、その振る舞いからは信じられない程に小さく見えた。

 

「い、磯風姉さん………どうしたの!?」

「すまないな、舞風。不甲斐ない姉で………。」

 

そのネガティブな姿に、何か悪いものでも食べたのではないか?と舞風は心配になり、思わず声をかけてしまう。

岸波はそんな舞風の肩に手を置き、少し黙って欲しいと無言で頼むと、磯風に言う。

 

「磯風………私は貴女を恨んではいないわ。むしろ貴女に………いえ、貴女達にトラウマを残してしまった事を後悔している。」

「その根本的な原因を作ったのは私だ。私の無謀な行動が無ければ………。」

「だから、長波と共に第二十五駆逐隊の開放を提督にお願いしたんでしょ?でも、私に会えなかったから、長波にもお願いして身を隠して貰った。」

「そうだ………私はまだ………心が弱いままだ。」

「大丈夫よ、少なくとも私よりは強いから。」

 

岸波はそう言うと、今度は舞風の頭に手を置く。

舞風はうわっと声を上げるが、気にすることなく岸波は発言した。

 

「1つ決めた事があるの。私………この押しかけ女房の嚮導になるわ。」

「っ!?舞風の………か?」

「ええ。萩風不在だったとはいえ、第四駆逐隊の中では一番危なっかしかったから。彼女が一流になるまでは、第二十六駆逐隊の旗艦でいようと思う。」

「岸波、お前は………。」

「これでも逃げてばかりの私を受け入れてくれた艦娘だから………ね。だから磯風も長波と共に、貴女を包んでくれる艦娘………探してみて。」

 

それだけを言うと、岸波は磯風の返答を待たず、舞風の手を取り部屋の出口に向かう。

最後にこれだけ伝えた。

 

「後、これからは食事とか風呂とか身を隠さなくていいから。長波も辛いだろうし。」

「……………。」

 

そして、部屋を出ると自室へと戻ろうとする。

すると………部屋から長波が出てきて岸波達の横に付いた。

 

「待ってくれ。せめて送らせてくれよ。」

「長波………。」

「「長姉」って呼び名………結構気に入っていたんだけどな。」

「ゴメンなさい。そこまではまだ………。」

「まあ、いいさ。」

 

そう言うと、長波は先導していく。

どうやら岸波達の部屋は前から把握していたらしく、道を間違えずに駆逐艦寮内を進んでいく。

 

「舞風も悪かったな。陽炎型の姉の情けない姿を見させて。」

「え?い、いいんだけれど………。何であんなに………?アレじゃまるで………。」

 

言い方は悪いが、まるで岸波に負い目を感じているかのように、彼女に対して弱くなっている。

そんな磯風の姿を見た後なのか、舞風の方は只々困惑する。

長波は頭の後ろで腕を組むと嘆息する。

 

「一時期の嵐みたい………か?まあ、人それぞれ事情やトラウマはあるのよ。」

「えっと………長波は………磯風を支えてあげてるんだよね?」

「これでも夕雲型だと四女だからな。鳳翔さんとかにも頼って対応を考えてるんだけれど、やっぱり最後は本人次第になってしまって………ね。」

「……………。」

 

舞風の頭に、沖波という艦娘と「姉殺し」という岸波の過去を形容した言葉が浮かぶ。

磯風もまた、そこに関係してくる艦娘という事なのだろうか。

出来ればこの機会に長波に色々と聞いてみたかったが、素直に過去話をしてくれるわけが無いと思ったし、何より自室に付いてしまったので、彼女とはそれで別れる事になる。

部屋に入った舞風は布団の準備をする岸波を見て質問する。

 

「膝枕………またする?」

「今は大丈夫よ。只、明日はまた早朝訓練をするからちゃんと寝ておいて。」

「……………。」

「それとも………磯風と何があったか、聞きたい?」

「………ううん、今はいいよ。岸波も辛くなりそうだし。」

「ありがとう。じゃ、お休み。」

 

岸波はそう言いながら寝間着に着替えると、眠りに付く。

舞風もまた、眠る準備をして部屋の電気を消した。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

翌朝、舞風と共に早起きをした岸波は、早朝訓練を行う為に準備運動をする。

そして、部屋を出て駆逐艦寮を進んでいった所で………妙な物を見る。

癖のある緑色の長い髪を高い位置でハーフアップにして黒いリボンで結んだ不機嫌そうな艦娘が、ロングヘアの明るめの茶髪に赤のアンダーリムの眼鏡をした制服を着たままいびきをかいている艦娘の首根っこを掴みながらずるずると引っ張っていっているのだ。

 

「アレは………。」

 

岸波は2人の顔に見覚えがあった。

確か、不機嫌そうな艦娘が山風。

いびきをかいている艦娘が望月である。

2人は前に萩風が帰投した際、彼女を曳航してきていたはずだ。

 

「山風先輩………望月先輩………何をやっているんですか?」

「貴女達は………岸波と舞風?見ての通り………ねぼすけを引っ張ってる………。」

「むにゃむにゃ、もう5分~………。」

「……………。」

 

この時間に引っ張っていくって事は、岸波達と同じく早朝訓練でもしようと思ったのだろう。

だが、恐らく同部屋の住人である望月が一向に眠ろうとする為、仕方なく着替えさせた彼女を曳航?しているようだ。

 

「うわ~、岸波以外にも怠惰艦っているんですね。」

「舞風………流石に私はああいう怠惰ぶりは見せないわよ?」

「でも、嵐が初めて岸波を見た時は望月さんみたいだって言ってた気がするけど………。」

「……………ところでどんな早朝訓練を行うのですか?」

 

後ろから覗き込むように素直な感想を言った舞風に対して誤魔化し気味に答えた後、岸波は山風に訓練内容を問う。

もしかしたら参考にできるかもしれないと思ったのが正直な気持ちだ。

只、そこで山風から反って来た答えは意外なものだった。

 

「朝潮や島風と共に、新人研修をするの………。だから本当は………もっとしっかりした所を見せないといけないけれど………そろそろ………えい。」

「ふぎゃ!?何するんだよ!?暴力反対!!」

 

流石に引っ張っていくのが面倒になったのか、山風は望月の顔を軽く踏みつけ強引に覚醒を促す。

最悪の目覚めを体感した望月は、ギャーギャー喚くが、首根っこを掴んだ手が離された事で今度は床に後頭部を打ち付け、あいたっ!?と押さえ込む。

 

「文字通り踏んだり蹴ったりじゃないかよ~………。」

「いいから………後輩達に、しっかりした所を見せて………。あたし、望月のお母さんじゃないし………。」

「んあ~………?何だ、岸波に舞風もいたんだ。じゃあ………そろそろ起きるか~………!」

 

起き上がり思いっきり伸びをするマイペースな望月に山風は大げさに溜息を付く。

とてもじゃないが、早朝訓練に向いているタイプでは無い。

しかし、岸波はそれを置いておくと望月に質問をする。

 

「望月先輩、新人研修とは………?練度の低い駆逐艦に講習を行うのでしょうか?」

「お、岸波達も教える側で参加する?あたしは負担が減るから大賛成だけど?」

「また、そうやってサボろうとする………。でも、朝潮の負担は色々な意味で減るかも………。」

「あ、いえ………私達も早朝訓練をしようと訓練海域は抑えているのですが………。」

「どれどれ………あ、丁度あたし達の海域と繋がってるじゃん。じゃあ、共同で使おう、そうしよう!」

「はあ………。」

 

余程人手が欲しいのか、望月の提案で強引に決まる。

結局岸波達は4人になり、装備品保管庫で艤装を準備して、訓練海域へと向かう。

 

「ちなみに新人の艦娘の名前は?」

「御蔵と屋代だね。」

「変わった駆逐艦娘の名前ですね。」

「岸波………勘違いしてるみたいだから言うけれど………、2人は駆逐艦じゃないよ?」

「え?」

 

驚いた岸波に対し、望月と山風と舞風はそれぞれ顔を見合わせると言う。

 

「ねえ、岸波。海防艦って知らないの?」

「海防艦?………リンガでは見なくて。舞風?どういう艦種なの?」

「幼い艦娘。」

「………幼い?」

「んー、睦月型のあたしよりも見た目は幼いね。というより実際に見た方が早いと思うよ?」

「駆逐艦よりも幼い艦娘とは一体………?」

「遅いですよ!講師役が遅刻してどうするんですか!?」

 

そんな4人に怒声が掛かる。

見れば、訓練海域には既に朝潮と島風がいた。

 

「悪かったって。その代わり訓練海域の拡張と講師の増援を掴んだから我慢してよ。」

「岸波達を巻き込んだのですか?………まったく、望月さんは………。」

 

就役の時期に関しては望月が大先輩なのか、朝潮は彼女に対してかなり丁寧な口調だ。

怠惰な様子に反して大ベテランなのだろうな、と思った岸波は見る。

島風と共に訓練海域に抜錨している、艦娘達を。

片方は長い銀髪を後ろでツインテールに結んだ艦娘。

もう片方は桃色がかった茶色のロングヘアと太眉が特徴的な艦娘。

そして何より驚きなのは、駆逐艦娘達よりも小さな………明らかに幼過ぎる容姿であった。

 

「貴女達は………。」

「初めまして、御蔵型1番艦海防艦御蔵です。小さな身体ですが、力の限り務めます。」

「御蔵型6番艦海防艦屋代です。どんな辛い訓練でも頑張り抜きます。」

 

彼女達が、駆逐艦よりも幼い海防艦と呼ばれる艦娘達。

岸波はその姿に只々呆然とするばかりであった。



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第13話 ~海防艦娘~

「朝潮先輩………。艦娘の適性検査って、その………身体の成長が未成熟であっても可能なのですか?」

「可能であるらしいわ。………あの子達がその証明でもあるんだし。」

 

思わず小声で問いかけて来た岸波の言葉に、朝潮は返答しながらも肩をすくめる。

艦娘というのは志願制である。

只、その事情は個人によってかなり様々で、裕福な家庭だと人類を深海棲艦から守るという崇高な使命に駆られて志願をする事が多いが、貧困だと文字通り日々の生活で食べていく為に志願する事が多い。

しかし………どの選択にしろ、一定の年齢に達して身体が成長していないと、十分に艤装を扱えないという問題を抱えてしまう為、大抵は駆逐艦娘の年齢が最低ラインとされるのが暗黙の了解だ。

ところが、そのラインを下回る海防艦という艦種が本土では出現していた。

彼女達がどういう事情で艦娘に志願という形を取ったのかは分からない。

実は捨て子で生活に困った結果なのかもしれないし、そうでなくても家庭環境に問題があって艦娘という身体を張って給料を稼げる生活を目指さざるを得なかったのかもしれない。

1つ言えるのは、どういう選択肢であったとしても、少女としての青春を謳歌する前から生死の境をさまよう生活を強いられるのは、普通では無かった。

 

「あまり、艦娘の黒い部分を考えるのは止めましょう。今はとにかく、戦う事になった以上は、轟沈しないようにしっかりと鍛える事を第一に考えないと。」

「はい………。ちなみに海防艦の装備は?」

「爆雷がメインよ。後は手に持った単装砲と付属の迫撃砲、そして対空用の連装機銃ね。」

 

朝潮の言葉に岸波が改めて御蔵と屋代の装備を見てみると、確かに手持ちの単装砲の後部には迫撃砲が備わっており、右太ももには小型の連装機銃が備え付けてあった。

そして、スカートにはベルトがまかれており、左側には幾つもの爆雷が装備されていた。

 

「魚雷は無いのですか………?」

「無いわ。………調べてみたのだけれど、海防艦は対潜水艦専門らしいの。」

「潜水艦専門!?じゃあ、普通の深海棲艦は………。」

「基本的には小型の単装砲で対処するしかないみたい。と言っても、駆逐艦と違って速力も無いから近づくのも困難みたいだけれどね。」

「……………。」

 

ここまで来ると、岸波は絶句するしかない。

幾ら潜水艦に強いと言っても、一般的な深海棲艦に対してここまで弱かったら、轟沈の危険性も高くなる。

何の考えも無しに、海に連れて出るわけにはいかない。

朝潮もそれは分かっているのか、どうしたものかと考えてしまっていた。

 

「司令官は、強力な水雷戦隊や駆逐隊等の艦隊に組み込んで練度を上げるのが一番安全だって言っていたわ。私達も対潜水艦の露払いは、役目の1つだもの。」

「朝潮先輩も大変ですね………。」

「他人事じゃないわよ?出撃する時は色んな艦隊を回していくって言っていたから、第二十六駆逐隊も彼女達を教育する役割を担うかもしれないわ。」

「そうですか………。では、今回の機会に参考にさせて貰います。」

 

とりあえずは協力して陣形練習や的当てを行う事になり、朝潮を中心にして早朝訓練が始まる。

御蔵と屋代は彼女達の指導の下、単装砲や迫撃砲の使い方、敵の配置に伴った陣形の使い方を叩きこまれていく。

だが………ここで幾つかの問題が出てくる。

 

「おっそーい!主機をもっと加速させないと付いていけないよ?」

「ご、ゴメンなさい!」

「でも、これでも主機は全開なんです!」

「うーん………しまかぜ、一応、速力抑えてるんだけど………。」

 

まず、速力が遅い為に航行した際に遅れが出て陣形が乱れてしまう。

駆逐艦と比べる方が悪いという考え方も出来るが、大きく艦列が崩れると即座に陣形の変更が出来なくなる上に、場合によっては戦闘への参加が遅れるという致命的な弱点がある。

こうなると、速い方が遅い方に合わせるしかなくなってしまう為、必然的に艦隊全体の動きが後手に回ってしまい、被弾率が上がってしまう。

 

「輪形陣や複縦陣になる時も、遅れが出てるねー。これじゃ、下手したら衝突するよ?」

「慣れてないのもあると思うけど………即座に陣形を変更できないと………、敵航空機が来た時に対処が遅れる………。主機は?」

「ひ、悲鳴を上げています。」

「悔しいですが、苦しいです。」

「どれどれ………あちゃー………島風みたいに加熱し過ぎてる。何か身体も辛そうだし、マジで休んだ方がいいね。」

「すみません………。」

「不甲斐ないです………。」

 

それでも御蔵と屋代は文句を言わずに必死に訓練に励んでいたが、ここで2つ目の問題点。

幼い容姿故にスタミナが駆逐艦よりも無く、すぐに疲労が溜まって体力の限界を迎えてしまうという弱点があった。

こうなると集中力も下がってしまう為、訓練も休み休み行わなければならず、効率が下がる。

だからといって、無茶をしながら行うと艤装も含め耐えられなくなってしまうのだ。

 

「根性や負けん気の強さがあるのは認めるけれど………色々な意味で脆いわね。」

「ねえ、岸波。それだけどさ………あの子達、耐久力はどれだけあるんだろ?」

「少なくとも駆逐艦よりは無いでしょうね。身体が未成熟な所を見ると、下手したら潜水艦娘よりも脆いかもしれないわ。」

「それ、一発で轟沈しちゃうよ………。」

 

3つ目の問題点は、艤装と生身の耐久力の低さ。

当然ながら、被弾したら危ういのは言うまでも無い。

駆逐艦娘ならばそれを補う機動力があるし、潜水艦娘ならば水中に隠れるという技があるのだが、海防艦娘にはそれを補う方法が無かった。

むしろ、身体に大量の爆雷を巻き付けている以上、誘爆の危険性がある為、速力が遅いのに被弾出来ないというジレンマを持っていたのだ。

 

「朝潮先輩、全体的な評価はどうですか?」

「初日だもの。根性以外は全部下の下の下よ。ここからどう上げていくか………ね。」

「んー、とりあえず朝飯食わない?食べた後で今度は岸波達の訓練を参考にさせて貰おうよ?」

「そうですね、望月さんの言う通り、岸波の訓練を参考にしようと思います。」

「………それ、貴女達も私と舞風の訓練に参加するって事ですか?」

 

怪訝な顔をした岸波に対して、朝潮達は顔を見合わせて至極真面目に頷く。

実は、朝潮達も本格的に嚮導艦になった岸波の訓練方法には興味があったのだ。

だから、聞いてみたのだが………。

 

「分かりました、午前の訓練を一緒に行いましょう。」

 

岸波が言う中で、舞風だけが何とも言えない表情で虚空を眺めていた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

『……………。』

 

朝食を食べた一同は、訓練海域に戻って唖然とする。

その空にはこれでもかという程、訓練機が飛び交っており、空を覆いつくしていた。

海上では赤城と加賀が、次々と弓に矢をつがえて発艦させていっているでは無いか。

 

「赤城さん、加賀さん。訓練を受けるメンバーが増えましたが、本日は宜しくお願いします。」

「大丈夫よ、岸波。でも、本気でいいのよね?」

「はい。全員、覚悟は出来ていますから。」

「分かったわ。容赦はしないのでそのつもりで。」

 

岸波が2人の空母に挨拶をする中、思わず朝潮達が舞風に問う。

 

「舞風、まさか………あの航空機の中を逃げ回るつもりなの!?」

「はい………。岸波曰く、対空戦闘でヌ級やヲ級、姫クラスや鬼クラスに負けない為の訓練が必要だって………。」

「い、嫌だよ………あたし!?あんな中逃げ回れるわけないって………!?」

「流石にしまかぜも遠慮したいかなぁー………って。」

「山風、島風………腹括ろうよ………もう赤城さんも加賀さんもやる気満々みたいだ………。」

 

久々に鍛えがいのある生徒が来たと思ったのか、赤城も加賀も静かに闘志を燃え上がらせている。

岸波はというと、自分の機銃や連装砲の調子を確認して、自身が企画した鬼のような訓練への対処法を考えている所だ。

 

「だ、大丈夫ですよ!岸波曰く、攻撃機は狙う瞬間に自分に機首を向けるらしいから、先読みをして全周囲を見渡せば爆撃でも魚雷でも先読み出来るって!」

「そ、それで………躱せる物なの?」

「後、高確率で背後から狙ってくるから、自分を迂回しようとしている航空機には要注意ですって!」

「………ちなみにそれを成し遂げた艦娘っているの~?」

「あ、姉である高波さんが無傷でやってのけた事があるって言ってました!」

 

必死に岸波譲りの前向きなアドバイスをする舞風であるが、他の面々はゲンナリである。

しかし、一度頼んだ以上今更断れるわけもない。

結局覚悟を決めて挑むことになる。

 

「御蔵と屋代は見学していて。対空戦闘がどういう物か、よく分かるわ。」

「は、はい!」

「き、気を付けて下さい!」

 

こうして訓練海域の端で見学する事になった2人の海防艦は数分後、恐ろしい光景を見る事になる。

次々とペイント弾を撃ち込まれて、苦しむ駆逐艦娘達の姿を………。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

『あ、ありがとうございました………。』

 

数時間後、全身ペイント弾まみれになった6人の艦娘達は赤城と加賀に礼をする事になる。

一番覚悟のあった岸波が、結果的に一番被弾が少なかったが、それでもかなりベトベトにさせられていた。

舞風は腕を組んで何がいけなかったのか気にしている様子であり、朝潮は真面目に振る舞いながらも流石に嘆息しており、山風はべとついた髪がかなり嫌な様子であり、望月は眼鏡を海水に付けてペイント弾を落としており、島風は自身と共に被弾した対空迎撃用の連装砲ちゃん達を気にかけていた。

 

「少し………やり過ぎたかしら?かなり本気で行ってしまったから………。」

「訓練ですからこれくらいがちょうどいいです。沈んでからじゃ、遅いですし………。」

「そうね、岸波の言う通りだわ。しばらく海水で汚れを落とすといいわ。………貴女達も早くこんな先輩達になれるといいわね。」

『は、はい!』

 

加賀が思わず直立不動になってしまっていた御蔵と屋代を気遣った事で、2人は思わず敬礼をしてしまう。

それだけ凄惨な物を見せつけられた為に、衝撃が隠せないでいたのだ。

だが、それと同時に改めてこんな困難を乗り越えようとする先輩駆逐艦娘達に憧れを抱く。

 

「正直、凄かったです。航空機の脅威に立ち向かっていくなんて………!」

「私達も様々な経験をして、いつか皆さんと同じ舞台に立ちたいです!」

「朝潮先輩、カッコよかったみたいですよ?」

「今回は岸波でしょ………?でも、貴女は嚮導として魅力的ね。」

「………そうでしょうか?」

「ええ。脳筋だけれど、何というか絶対に仲間を沈めないという強い信念が見えるわ。」

「……………。」

「今は海防艦の面倒を見ているけれど、第八駆逐隊の旗艦をやっている私が言うのだから確かよ。舞風を大切にね。」

「はい………。」

 

まだ自身の嚮導としての才能に実感が無いような感じの岸波であったが、朝潮はニコリと笑みを浮かべるとポンと彼女の肩に手を置いた。

こうして岸波達は、午後は朝潮達と別れて訓練を行う事になる。

横目で隣の訓練海域を見てみると、朝潮達はやはり御蔵と屋代の教育に苦労している様子であった。



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第14話 ~もっと生きる為に~

それから数週間後であろうか。

岸波は舞風と共に考え付く限りの様々な訓練を行い、練度向上を目指した。

場合によっては、曙の元で嚮導の訓練を受けていた時に紹介された駆逐艦娘達の伝手を使って、様々な艦種の艦娘達の力も借りた。

勿論、流石に一朝一夕では上手くは行かなかったが、それでも繰り返し行う事で確実に上達はしているように思えた。

そんなとある夜の事であった。

ベッドで眠っていた岸波は、何かの物音で目を覚ます。

横目で見れば、舞風が窓際の机に座り、必死にメモを取っていた。

 

「舞風………早く寝ないと明日に影響するわよ?」

「あ、ゴメン起こした?大丈夫、これを確認したらもう寝るから………。」

「そう………。」

 

身を起こさず岸波は、ノートの厚みを見てみる。

かなりのページに、メモが書き起こされていた。

それだけ舞風が、真面目に取り組んでいるという事だ。

 

「そのノート………復習用に書いてるの?」

「うん………嵐や萩風、のわっち達にも伝えられる部分もあるかもしれないし。」

「真面目ね………。」

「真面目じゃないよ。只、轟沈が怖いだけ。もっと生きたいから私、色々と最善を尽くしたいんだ。」

「……………。」

 

岸波は、ここ最近の舞風の姿を思い起こす。

彼女は岸波の提案した鬼のような訓練をこなす度に、自分に足りない物を見つけようとしていた。

元々は「艦」の轟沈のトラウマを抱えている艦娘だが、海から逃げずこうして向かい合っている。

舞風が第四駆逐隊に所属している時から、岸波はその様子を見て素直に感心したものだ。

 

「舞風………貴女、私と違って良い艦娘になれるわ………。」

「え?何?ゴメン、よく聞こえなくて………。」

「お休み………明日も頑張りましょ。」

「あ、お休みー。」

 

岸波は、再び眠る。

磯風に宣言した通り、朝潮に言われた通り、第二十六駆逐隊の舞風は大切に鍛えていこうともう一度考えながら。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

休暇になると、必ず岸波は岬に隣接してある墓地に向かい、沖波の墓に献花をする。

舞風も時たま黙って付いてくる事があり、今日はその日であった。

2人で墓に祈りを捧げると、墓地の中を進んでいく。

すると………とある場所で、とある人物を見つけた。

 

「ぼの先輩………。」

「岸波に舞風、元気にしてるみたいね。」

 

第四駆逐隊の嚮導的役割を果たしている、曙である。

最近は訓練海域の違いから出会う事は少なかったが、彼女もこうして休日は墓参りに訪れている事が多いみたいであった。

そして、今回は彼女にも同伴者がいた。

今の曙と同部屋である、薄雲である。

 

「先輩達の墓ですか。」

「そう。初代薄雲、天霧、狭霧の墓に献花してたの。」

「薄雲先輩も………ここに来るのですか?」

「ええ。曙ちゃんに連れられてたまに………。あ、私は薄雲でいいわ。初代の方と違って、そんな先輩って程の経歴は無いし。」

「じゃあ、薄雲………改めて宜しく。」

 

岸波は薄雲に会釈をして………そこで思い出す。

以前、第四駆逐隊が暴走した際に執務室に飛び込んできた時の事を。

あの時は提督達に連絡をしてくれたが、そこで突如変貌して………。

 

「やっぱり………気になるよね、岸波さん。」

「え、まあ………。」

 

岸波の表情から何かを察したのか、薄雲は曙を見る。

曙は、そこは薄雲の話せる範囲で話していいとジェスチャーを送ると、彼女は説明を始めた。

 

「実は私、興奮するとたまにあんな感じで意識が無くなるの………。」

「意識が………無くなる?自分のやっている事が分からなくなるの?」

「うん、我に返っていたら、周りを破壊していてみんなに迷惑を掛けていて………。」

 

何ともおかしい話だ。

これでは、何かに憑かれたように狂ってしまうという事では無いか。

そもそも艤装を付けてないのに、あり得ないパワーを発揮している時点で尋常ではない。

当たり前だが、岸波達はこんな事例を聞いた事が無かった。

 

「何か心当たりは無いの?暴走を起こす原因になった事………。」

「………ゴメンなさい。あるけれど………。」

「そう………分かったわ。」

 

ここら辺、言えない事情があるのだろうと分かった時点で、岸波はそれ以上の詮索を止める。

言えない過去があるのは、岸波も同じである。

無理に、踏み込むべき場面でも無い。

 

「ぼの先輩は知っているんですよね?」

「ええ。だから同部屋になってるわ。」

「じゃあ、それなら安心ね。」

 

それだけを言うと岸波は、落ち込む薄雲に対して優しく微笑む。

気にしなくていいという、岸波なりのサインであった。

 

「ぼの先輩にちゃんと相談すれば安心だから。」

「ありがとう………ふふっ、ぼの先輩………か。可愛いニックネームだね。」

「岸波………アンタ、その呼び名をいつまで続けるの?」

「………そう言われても、ずっと慣れ親しんだ呼び名なので。」

「はぁ………まあいいわ。」

 

曙は溜息を付くと、薄雲を連れて墓地を後にする。

軽く手を振ってくれた2人に対して手を振り返した岸波は、同じく手を振っていた舞風に、もう1つ寄りたい墓があると言う。

 

「何処?流石に萩風の墓は撤去されたよ?」

「違うわ。」

 

気がかりな様子の舞風を、連れたって歩いていった岸波は、ある墓の前で止まる。

それは………第2代宿毛湾泊地提督の墓であった。

 

「ここって………。」

「最初にぼの先輩に連れられて来た時にここで朧先輩と漣先輩に会ったの。朧先輩はすぐに逃げて行って、漣先輩も軽く挨拶をして追いかけていったから、本当にちょっとしか2人には触れてないけれど………どうしても気になっちゃって。」

「岸波………。」

 

岸波は舞風と共に、その亡き提督の墓でも手を合わせる。

そして、お祈りを済ませると岸波は喋りだす。

 

「宿毛湾泊地は深海棲艦の襲撃で破壊されたのよね。今は復興作業が進められているけれど………。」

「うん………。本土の泊地だったから、青天の霹靂だったよ。みんな、深海棲艦に対する恐怖に駆られて………艦娘に対する評価も厳しくなったな………。」

「私はリンガにいたからそこら辺の事情には疎いけれど、かなり大変だったのね。」

「すぐに情報統制が敷かれたから、細かい状況に関しては艦娘である私達も分からず仕舞いだけれどね。曙さんのようにガッツリと秘書艦の経験のある艦娘は、ある程度は分かってるんじゃないのかな………ん?」

 

話している最中に、舞風は誰かの気配に気づく。

それは岸波も同じで、墓石の影から誰かが花を持ってこちらをうかがっていた。

枯草色のショートボブの右の頬に絆創膏を付けた艦娘は………。

 

「朧先輩………?」

「貴女は………?」

 

何処か虚ろな瞳でこちらを見つめる朧に対し、岸波はまだ自己紹介をしていない事に気づき、なるべく穏やかに話し始める。

 

「初めまして。リンガから転籍してきた夕雲型15番艦の岸波です。ぼの先輩………いえ、曙先輩には、ここに来た時に色々とお世話になりました。」

「そっか………ぼのぼのの………。アタシ、朧。挨拶が遅れてゴメンね。」

 

何処か足取りが不安定そうな朧を見て、岸波はしっかり栄養を取っているのだろうか?と心配になる。

よくよく見れば朧は目の下にクマを作っており、眠れていないようにも見えた。

同じ事を思ったのだろう………舞風が駆け寄り、つまずき転びそうになった朧を咄嗟に支えてあげて事なきを得る。

そして、朧を提督の墓の前まで運んでくると花を添えるのを手伝ってあげた。

朧は舞風に礼を言うと、静かに祈り始める。

そして、祈りを終えると墓を見たまま問いかけて来る。

 

「………ねえ、岸波ちゃん。ぼのぼのはアタシに対して怒っていた?」

「いえ………むしろ漣先輩に対し、第七駆逐隊なのに役に立てなくて申し訳ないと言っていました。」

 

ウソを付く場面でも無かったので、岸波は正直に答える。

朧はその言葉に深く溜息を付くと、立ち上がり岸波に言う。

 

「アタシね………色々あって、ぼのぼのに一方的に八つ当たりしちゃって………ダメな艦娘だよね。」

「そう………なんですか。」

 

曙に出会った時に思わず逃げてしまったのは、会わせる顔が無かったからであろうか。

岸波は他にも聞きたかったが、そこで朧がまたふらついたので、慌てて舞風と共に両側から支える事になる。

 

「………部屋まで送ります。その状態では墓地の中で倒れてしまいますよ。」

「ご、ゴメン………。」

「食事や睡眠はとれてないんですか?」

「ご飯は受け付けなくて………睡眠も取れてなくて………。」

 

艦娘は、身体が資本だ。

それが上手くいっていないのは、相当重症のように思えた。

 

「おかゆでもいいから、何か温かい物を食べてよく眠れるようにして下さい。」

「分かった………。ありがとう、色々と気遣ってくれて………。」

「今度からは、必ず同部屋の漣先輩と一緒に墓地に来て下さいよ?」

「う、うん………。漣ちゃんとも………あまりうまくいってないからなぁ………。」

 

どうやら、見かけによらず相当仲間達とはこじれてしまっているらしい。

岸波は心の中で溜息を付くと、思い切って朧に話しかける。

 

「分かりました。それでは、これからは休暇の日に朧先輩の部屋に行きますから、一緒に墓参りをしましょう。それでいいですね?」

「え?い、いいの………?」

「というか、潮先輩は横須賀にいないですし、曙先輩や漣先輩と墓参りが出来ないんじゃ、そうするしかないじゃないですか。」

「そ、そう………だよね、多分。ゴメン………何か会ったばかりなのに負担増やしちゃって………。」

「その代わり、しっかりと栄養と睡眠を取って下さい。」

「う、うん………岸波ちゃん、それに舞風ちゃんも、ありがとう………。」

 

岸波は舞風と共に朧を支えながら墓地を後にすると、ゆっくりとではあるが、駆逐艦寮へと歩いて行く。

このような状態でも何故、宿毛湾泊地の提督の墓に行きたがるのか。

勿論気になりはしたが、岸波達は、今はまだ聞かない事にした。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

一方その頃、横須賀の庁舎にある提督の執務室に1人の艦娘が入って来て、背筋を伸ばして敬礼をする。

それは、朝潮であった。

 

「朝潮です。何か御用でしょうか、司令官!靴下の匂いを嗅がせる事以外ならば、何でも聞く覚悟です!」

「ピンポイントで俺の好みを潰すのは艦娘達の間で流行している嫌味なのか………?」

「提督の趣味が悪いからでは無いでしょうか?」

 

隣に立っていた大淀が、笑顔で毒を吐く。

提督は溜息を付くと、6枚の命令書を朝潮に見せる。

それは、宿毛湾泊地跡を往復する作業船の護衛任務であった。

書かれている名前は、朝潮・島風・望月・山風、そして………。

 

「御蔵に屋代………?海防艦に実戦をさせるつもりですか、司令官?」

「そろそろ海防艦がどれだけ使えるかデータが欲しいんだ。」

「………司令官の意見では無いですよね、それは。」

 

真っ直ぐ見つめて来る朝潮に対し、提督は肩をすくめて頷く。

当然ながら、提督の「上」にはより偉い将校達がいる。

その者達が意見をすると、基本的に提督は逆らえないのだ。

 

「海防艦がどういう任務をこなせるか………上はそこら辺に興味があるみたいでな。現場の意見なんてお構いなしだ。」

「司令官はやはり、まだ早いと思うのですね。」

「早いも何も対潜水艦に特化した艦娘だ。練度は上がって来ているとはいえ、まだ駆逐艦との連携は取りにくいだろう?」

「正直、速力を考えれば、戦艦クラスに庇って貰いながら、潜水艦の露払いをしてもらうのが妥当な運用方法では無いかと思い始めた位です。」

「俺もそういう考え方もあると思って先延ばしにしていたんだが………遂に強制命令だ。」

「……………。」

 

現場に対して責任を持たない癖に、何かと難癖をつけて来る存在が上にいる。

しかも、彼らは艦娘に情け等は持ってはいない。

所詮は………特に駆逐艦に関しては使い捨ての駒なのだ。

だが、それは艦娘になる時点で、ある程度の覚悟をしておかなければならない事でもある。

朝潮はだからこそ、命令を強いられた提督の言葉に文句を言うつもりはなかった。

 

「言って下さい、司令官。朝潮………どんな任務も受けて立つ覚悟です。」

「第八駆逐隊………といっても今は大きく編成を変えているが、作業船の護衛任務を命じる。出撃は明日の朝だ、準備をしてくれ。」

「はっ!」

 

朝潮は力を入れて返事をすると、改めて敬礼をした。



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第15話 ~的中する悪い予感~

朧を部屋に送った後でベッドに休ませて、眠った事を確認した上で部屋を出た岸波と舞風の2人は、第一士官次室(ガンルーム)で夕食を取る事にした。

しかし、そこで隣のテーブルに見知った6人の艦娘が、真剣な顔で話し合いをしているのを確認する。

朝潮・島風・望月・山風………そして、今は駆逐艦寮でお世話になっている海防艦の御蔵・屋代であった。

朝潮は命令書らしき物を配ると、色々と作戦内容に付いて説明を始める。

どうやら、宿毛湾泊地復興を担う作業船の護衛任務であるらしく、初めての命令書の内容に、海防艦の2人はかなり緊張している様子であった。

 

「任務開始は早朝。特に望月さん、絶対に寝坊しないで下さい。」

「はいはーい。じゃ、今日は早めに寝るとしますかねー。」

「御蔵と屋代も緊張していると思うけれど、訓練通りにやればいいだけだから。」

「わ、分かりました。」

「頑張ります!」

「じゃあ、解散!」

 

朝潮の言葉に艦娘達は、一斉に立ち上がり部屋へと戻る。

その様子を確認した朝潮は、軽く息を吐きもう一度命令書を見つめる。

 

「朝潮先輩、あの子達を連れて任務に出るんですか?」

「あ、岸波と舞風?………ええ、司令官はともかく上の偉い人達がもう待てないみたいで。」

「そうなんですか。朝潮先輩も大変な任務を受けましたね。」

「これは、旗艦の宿命だから。」

「でも、朝潮さん。こう言ったら何ですけれど、軍船と海防艦を同時に守らないといけないのは大変じゃないですか?」

「上手くみんなと協力して対処していくわ。心配してくれてありがとう。あの子達の無事を祈ってあげて。」

 

それだけを言うと、朝潮は去って行く。

岸波はその後ろ姿を見ながら考え込むと、舞風に言う。

 

「何もないといいのだけれど………。」

「岸波って朧さんの事といい、結構心配性だよね。………まあ、こないだ近くに萩風………駆逐水鬼が出たから分からない事も無いけど。」

「後で大潮先輩に、もうちょっと詳しい事を聞いておこうかしら。」

 

岸波達は、そう話しながら静かに食事を続けた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

翌日の天候は、雨天。

その中を、朝潮達は抜錨していく。

資材を宿毛湾泊地跡に運ぶ軍の作業船は、既に横須賀に到着しており、いつでも護衛できる状態であった。

 

「複縦陣。作業船を囲むように進んでいくわ。」

「何か気を付ける事はありますか?」

「潜水艦の潜望鏡に気を付けて。また、速力を出し過ぎない事。順調に作業すれば、8割の力で往復しても夜までには横須賀に帰れるわ。御蔵と屋代には途中、休憩を多めに作るからしっかり休んでね。」

「分かりました。」

 

御蔵の質問に、朝潮は的確に答えていく。

陣形は左前から朝潮・島風、御蔵・屋代、望月・山風だ。

波は高かったが、横須賀で高波の中の訓練もこなしていた為、海防艦達が転覆する事は無かった。

仮に何かあっても、後ろの望月達が対処できるように事前に話し合っている。

 

「各艦、何か問題はある?」

「こちら望月、昼ご飯の内容を船長に聞いてよ?」

「………望月さん、ふざけてる場合じゃないでしょ?」

「ん~?固まってたら失敗するよ~?もっと肩の力を抜かないと。」

「望月はリラックスしすぎ………。朝潮、後方は異常無いから………。」

 

作業船の中にいる船長との通信は、旗艦である朝潮が行う事になっている。

その為、隊内通信による連絡と合わせて、朝潮の作業量は他の艦娘に比べて格段に多かった。

全てを的確にこなす事ができるのは、第八駆逐隊の旗艦だからだろうか。

やがて、時間が経つにつれ、作業船と共に艦隊は西南西へと進んでいく。

 

「これは………。」

 

宿毛湾泊地跡に、半分位近づいて来た頃だろうか?

周りに、過去に深海棲艦に沈められた船の残骸が見えてくる。

思わず御蔵や屋代が身震いをする中で、突如朝潮が隊列から離れていく。

 

「あ、朝潮さん!?」

「ソナーに反応有り!潜水艦カ級が1隻!私が対処するわ!」

 

朝潮は敢えて直線では無く、作業船や御蔵に流れ弾の魚雷が当たらないように、面舵を取り右から回り込むように動く。

すると、水中からカ級がその魚雷を朝潮に向けて発射。

しかし、動きを完全に呼んでいた朝潮は魚雷の左側を迂回して敵潜水艦の頭上を通過すると、背中の艤装から爆雷を投下した。

 

「この海域から出ていけ!」

 

撒かれた爆雷はカ級に炸裂し、髪の毛や潜望鏡が浮かんでくる。

朝潮は尚も敵艦の様子を確認するが、どうやら他にはいないらしい。

一安心した朝潮は、作業船の傍まで戻ると各艦と船長に状況報告をする。

 

「少し船速を上げて貰うようにお願いしたわ。この海域は早く通り過ぎた方がいいわね。御蔵、屋代、付いてこれる?」

「あ………は、はい!」

「御蔵姉さん、どうしたの?」

 

少し呆けていた御蔵を、反対側の屋代が無線で心配する。

どうやら先程の、隙の無い朝潮の海戦が衝撃的であったらしい。

確かに、対潜水艦に特化した海防艦が見れば、改めて憧れを抱くのも無理はないだろう。

 

「どうすれば、あんな感じになれるでしょうか?」

「こればかりは慣れと練度向上ね。………とにかく、周囲の警戒は怠らないで。繰り返すけれど、少し飛ばすわよ。」

「はい!」

 

こうして作業船は船速を上げ、宿毛湾泊地跡へと到着する事になる。

そこは、過去の襲撃で崩壊しており、辺り一面に折れて焼け焦げた鉄骨等が散乱していた。

 

「こんな所が本土にあったなんて………。」

 

屋代の素直な呟きに、他の5人の艦娘達もいたたまれない想いを抱く。

復興作業は深海棲艦の妨害や政府の投資の出し惜しみもあって中々進まず、まだ資材を運搬している段階であった。

 

「ここに来るのは初めてじゃないけど………、やっぱり………何か………怖い………。」

「しまかぜも気味悪いかも………。」

「そりゃそうだよ、泊地の墓とも言われてるからね~。」

 

各々が感想を告げる中、資材の搬入作業が始まる。

朝潮は、船長に告げて簡単ではあるが6人分の昼飯を用意して貰った。

停泊している作業船は無防備なので、見張りも兼ねて洋上で食事を取る。

そして、代わる代わる船内で手洗い等を済ませると、帰路に付く作業船の周りに再び複縦陣に並ぶ。

今度は右前から朝潮・島風、御蔵・屋代、望月・山風であった。

 

帰りは資材を置いたからなのか、船速はそれなりに上げる事が出来た。

朝潮は、あの船の残骸の跡地を通り過ぎる所で、また増速するように船長と艦娘達に頼んだ。

 

「朝潮、嫌な予感でもするの?」

「実際に潜水艦がいたからね。………帰りに待ち伏せがあっても不思議では無いわ。」

「望月じゃないけど石橋を叩いて渡る癖、あんまりよくないよ?」

「これ位、慎重であった方が旗艦には向いているのよ。」

 

どちらかといえばマイペースな島風に対し、朝潮は真面目に答えると御蔵や屋代を気にする。

宿毛湾泊地跡に付く頃は若干疲れも見られたが、昼休憩を取った事で再び調子を取り戻していた。

朝潮は、現時点では問題ないと判断すると、再び索敵に集中し始める。

そして、再び船の残骸が残る区域を通過する事になる。

 

「各艦、監視を厳に。」

 

船長にお願いして船速を上げて貰うと、一気に通過しようとする。

何も起きない事を願った。

だが………。

 

「こちら望月。………右後方に敵偵察機確認!迎撃する!」

『!?』

 

望月の言われた方角を見てみると、一つ目の鬼火のような深海棲艦の偵察機がこちらに向かって飛行してきていた。

すぐさま望月が反転して、器用に手持ちの単装砲を高々と掲げて砲撃して、一撃で撃ち落とす。

 

「望月………意外と上手い?」

「意外とは何だよ~?これでも睦月型だから結構経験豊富なんだぞ~?………でも、ちょーっと不味いかな、これは。」

「どういう事………?」

 

問いかけて来る山風に対し、望月はのんびりとした声で………しかし、目は笑っていなかった。

 

「偵察機………いつもの羽虫じゃなくて、たこ焼きだった。」

「え?え?」

「た、たこ焼き………いえ、鬼火だとどうなるんですか!?」

 

一転して低い声で呟き始めた望月は、戸惑う御蔵と屋代に説明する。

 

「一般的な深海棲艦は羽虫のような偵察機や攻撃機を使うんだ。だけど、強力な………それこそ姫クラスや鬼クラスになると、あの面倒なたこ焼きのような物を使う事が多いんだよ。」

「じゃ、じゃあ………!?」

「朝潮、意見具申。………作業船の船速最大。あたし達は船の後方に回った方がいい。」

「………採用します。各艦、船の後方のエンジン部分に回って!」

 

嫌な予感がした朝潮の素早い指示で、作業船はエンジンを全開にしてスクリューを回す。

朝潮達はその波に呑まれないように注意しながら、船の後方に移動する。

すると、その時であった。

 

「………後方!大量の攻撃機確認!朝潮、来るよ!」

「な!?」

 

振り返った朝潮達は、驚愕する。

明らかに10機を超える数の敵爆撃機が、こちらに迫ってきたからだ。

偵察機を望月が撃ち落としたからか、明確な目標は定まっていないようでバラバラに飛行していたが、朝潮達を視認できた攻撃機が次々と迫って来る。

 

「輪形陣!船は絶対にやらせないで!!」

「無茶言わないでよ!?あたし達が先に沈むよ!?」

「無茶でも何でもやるしかないのよ!!」

 

不利な状況に思わず山風が叫ぶが、朝潮がそれ以上の大声で黙らせると複縦陣から輪形陣に切り替える。

速力の遅い御蔵と屋代が両翼のままで、前から朝潮、島風、山風、望月だ。

とにかく全員、爆弾を落とそうとして来る一つ目の鬼火に対し、機銃や主砲を撃ちまくる。

望月は睦月型だけあってかなりのベテランであるし、右腕に盾となる装甲版を備えているので対処しやすかった。

朝潮と山風は改二艦であるので、火力も実力もしっかりしたものを持っていた。

島風は速力が自慢な上に、連装砲ちゃんの対空迎撃能力が高かった。

だが、御蔵と屋代は………。

 

「きゃあっ!?」

「くぅっ!?」

 

海防艦娘達から上がった悲鳴を聞いて朝潮はハッとする。

必死に機銃や単装砲で敵攻撃機の爆撃を回避しようとしたが、十分に対処しきれなかったのだろう。

幾つかの爆発を至近距離で受けてしまい、艤装や制服が焼け焦げ、単装砲は砲身が折れ曲がりボロボロになっている。

爆雷に至っては、誘爆を防ぐ為に破棄している状態だ。

 

「御蔵、屋代、しっかりして!」

「だ、大丈夫です………。」

「これ位は………。」

 

元々の耐久力もあって、明らかに海戦継続が難しい大破状態に陥った2人を見て、朝潮は内心焦って来る。

しかも、そこで追い打ちのように望月からの警告が告げられる。

 

「こちら望月!今度は後方に巨大な深海棲艦の影有り!」

「何が………来るの!?」

 

思わず弱気になり始めた山風を始め、艦娘達は見た。

海の上を、巨大な深海棲艦独特の形をした顎のような玉座に腰かけて、文字通り疾走してくる長い白髪の深海棲艦の姿を。

砲塔と飛行甲板が備え付けてあるその姿に、朝潮達は心当たりがあった。

 

「空母棲鬼………!?」

「何度デモ………何度デモ沈メテアゲル………。」

 

空母棲鬼は不気味な笑みを見せると、右手を回転させて鬼火のような攻撃機を複数出現させる。

そして………。

 

「イケ!」

 

その深海から響くような声と共に、再び攻撃機を発艦させた。



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第16話 ~囮~

「不味い………!このままじゃ………!」

 

空母棲鬼が放った鬼火達を視認した事で、朝潮は思わず弱音を吐いてしまう。

先程と違い、敵はこちらがよく見えているだろう。

つまり、第一波で大破した御蔵と屋代の姿や無防備な作業船もその目に入っているはずだ。

敵の攻撃機が、その好機を逃すとは思えない。

 

「沈め……られる………!?」

 

御蔵、屋代、そして作業船の轟沈といった最悪のシナリオを朝潮は想定したが、だからといって回避できるものではない。

もうダメだ………と思った時であった。

 

「こらこら~、旗艦がそれじゃダメだって~。」

「望月………さん!?」

 

敵の攻撃機が、近づいてきた瞬間であった。

突如最後尾の望月の艤装から、黒煙が上がる。

咄嗟に機転を利かせて、煙幕を張ったのだ。

それは突っ込んできた敵攻撃機を包み、攻撃目標を一時的にではあるが見えなくする。

 

「旗艦はちゃんと約束を守らないといけないよ?果たすべき役割は作業船と海防艦を守る事、違う?」

「それは分かっていますが………どうすれば!?」

 

あまりに不利な事態に、指揮が取れなくなっている朝潮は思わず望月に聞いてしまう。

その朝潮や他のみんなを落ち着かせる為に、望月は敢えてゆっくりと落ち着いた声で言った。

 

「島風、両腕空いてるね。速力が更に落ちている御蔵と屋代を抱えて、限界までスピード上げて。連装砲ちゃんは後ろから来る攻撃機の迎撃に集中させる事。」

「そんな事したら、艤装がオーバーヒートするかも。」

「この事態だから、作業船から横須賀に援軍の要請はもうしているだろ?合流まで耐えきればいいよ。」

 

望月の言葉に島風は少し悩んだが、やがて黙って御蔵と屋代を強引に両脇に抱え込み先頭に立って加速し始める。

2人の海防艦娘は突然の事に驚いたが、島風は少しでも軽くする為に手持ち武装を捨てるように言って、更に望月の指示を仰ぐ。

 

「………分かったよ。でも、幾ら連装砲ちゃんでも、攻撃機が次来たら庇いきれないよ?しまかぜと一緒に沈んじゃう。」

「まあ、待てって。次は朝潮。電探はまだ生きているよね?」

「は、はい!」

「作業船と密に連絡を取りつつエンジンを絶対に守る事。山風と2人なら何とかなるだろ。そして、横須賀に連絡を取って援軍を必死に要請する事。」

「ま、待って下さい。望月さんは………?」

 

冷静な指示を聞く中で、嫌な予感がした朝潮に対し、望月はいつもの軽い声で言う。

 

「ちょーっと、あのお姉さんと遊んでこようかね?上手く撒いたら追いかけるよ。」

「それって、望月さんが囮になるって事じゃ!?」

「おっと、そろそろ煙幕が切れそうかな?お互い生き残ろうよ。………んじゃ。」

 

望月は止めようとした朝潮の言葉を聞く前に、反転して黒煙の中に消えていく。

思わず手を伸ばす形になった朝潮であったが、やがてグッと握りしめて堪えると前を向き島風達の後を追いかけていく。

山風がびっくりして、衝突しそうな位な距離まで傍に並んだ。

 

「あ、朝潮………!?望月を置いてくの………!?このままじゃ………!?」

「悲しいけれど………、これが………これが今出来る最善よ!望月さんを信じ………っ!?」

 

その瞬間、朝潮は頬に痛みを感じる。

山風が、思いっきりはたいたのだ。

その顔には涙が流れていたが、瞳には怒りが宿っていて精一杯睨みつけていた。

朝潮も思わず睨み返す。

 

「朝潮の………バカ!最低っ!!」

「じゃあ………どうすれば良かったの!?教えてよ!………案があるなら教えてよっ!!」

 

一転して悔しそうに涙を流し始める朝潮に対し、山風はしばらく黙って睨みつけて………そのまま黙って踵を返して、望月を追いかけて行った。

 

「山風………?」

 

旗艦失格。

そう態度で示された事で、朝潮は呆然とする。

ふらついたまま、思わず山風の後を追いかけようとするが………。

 

「朝潮、しっかりして!横須賀にこの状況を伝えないと!」

「……………。」

「朝潮っ!!」

 

島風が叱咤の声を上げた事で、ようやく朝潮は作業船の後を追いかけていく。

そして、電探を使うと声の限りに叫んだ。

 

「助けて………!司令官!みんな………!誰か、助けてーーーっ!!」

 

感情がグチャグチャになった朝潮の絶叫が、海に響き渡った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

同時刻、横須賀鎮守府の訓練海域では、相変わらず岸波と舞風が切磋琢磨していた。

今日はより練度の高い駆逐艦娘達と演習を行っており、それによって2人はペイント弾で被弾していた。

 

「うわ~、岸波もペイント弾でベトベトだね………。曙さんだけじゃなくて、村雨さんやヴェールヌイさんにも弱いの?」

「舞風、貴女………私を何だと思っているの?この横須賀には私達より練度の高い艦娘が沢山いるわ。逆に言えばそういう強い艦娘と演習を行う事でより練度が上がるのよ。」

「演習というよりもう決闘だけどね………。岸波ってやっぱり脳筋だよ。」

「とにかく………村雨先輩、ヴェールヌイ先輩、ありがとうございます。」

 

岸波はペイント弾の汚れを落とすと、演習に付き合ってくれた2人の釣り仲間でもある艦娘に頭を下げる。

村雨は笑顔で、ヴェールヌイは至極落ち着いた顔で答える。

 

「村雨達も無傷じゃなかったから自信持っていいと思うよ?岸波だけじゃなく舞風もね。」

「確かに………最近舞風の練度は向上しているな。その脳筋の訓練が功を奏しているんじゃないのか?」

「ほ、本当ですか!?何かそう言われると照れるかも………。」

「村雨!!ヴェールヌイ!!岸波!!舞風!!」

 

舞風が、照れそうになった途端であった。

突如大声が響き渡り彼女達だけでなく、近くの訓練海域にいた艦娘達もびっくりする。

見れば、大潮が艤装を背負い血相を変えて走ってきていた。

 

「ど、どうしたの大潮?何か様子が………。」

「ゴメンなさい!今すぐ、4人共装備品保管庫で実弾装備に切り替えて、桟橋に来て下さい!抜錨します!」

「落ち着け、大潮。どうしてそうなった?経過を教えてくれなくては………。」

「走りながら話します!とにかく時間が一刻も惜しいです!」

 

只事じゃない大潮の気配に、岸波達は艤装を装着したまま言われた通りに付いていく。

その途中、大潮は朝潮が護衛している作業船から鬼クラスの深海棲艦に襲われ、援軍の要請が来た事を話した。

更に………。

 

「遅れて朝潮お姉さん………朝潮から錯乱した様子で通信が来たんです!何とか落ち着かせて話を聞いたら、御蔵と屋代が大破して、望月さんと山風が、船と2人を守る為に残ったらしいんです!」

「っ!?それ、本当なんですか!?」

 

大潮の言葉に反応したのは岸波だった。

それはつまり朝潮は………。

 

「提督と大淀先輩は!?」

「別の訓練海域にいる曙と第四駆逐隊を呼んでいます!余裕が無いので駆逐艦9人で抜錨します!すみませんが、力を貸して下さい!!」

 

大潮は朝潮型2番艦だ。

1番艦の朝潮に一番近い妹であるだけに、彼女の危機に一番過敏になっているのだろう。

 

(今の朝潮先輩はまるで、「あの時」の私みたいに………。)

 

記憶の奥底に眠っている過去を思い出しかけた岸波は、被りを振る。

今は、そんな干渉に浸っている場合ではない。

朝潮達を、救いに行かなくてはならないのだ。

そうこうしている内に、岸波達は桟橋に付く。

もうすでに曙、嵐、野分、そして萩風が艤装を背負って準備していた。

更に、提督と大淀も立っていた。

 

「曙達もありがとうございます!司令官、状況は!?」

「変わらずだ。………一番嫌な事が当たったな。」

「とにかく行ってきます!全力疾走しますんで、付いて来て下さい!」

 

挨拶もほどほどに、大潮は抜錨する。

他の駆逐艦娘も、それに続いていく。

単縦陣で、2つの駆逐艦娘達が並んだ。

 

「……………。」

「岸波?どうしたの………?何か………?」

「いえ………大丈夫、大丈夫よ。」

 

岸波は必死に無線で船や朝潮と連絡を取る大潮の姿を見ながら、唇を噛む。

艦隊は最大戦速で、西南西へと向かっていった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「さーて、そろそろ本気出すっ!」

 

一方、1人で空母棲鬼へと向かっていった望月は、右手で眼鏡を上げ直すと左手の単装砲を敵艦に向ける。

望月の役目は敵の撃沈では無く足止めだ。

とにかく1秒でも長く、敵をその場に釘付けにしておかなければならなかった。

 

「落チロ………!」

「そうは問屋が卸さないんでね!」

 

敵艦の攻撃機は当然望月を狙うが、彼女は最大戦速まで加速して半時計周りに回り込むように動くと、自分の直上に来た攻撃機だけを単装砲で狙い落としていく。

 

「ジャマダ!!」

「おっと………!」

 

簡単に当たってくれない望月にヤキモキした空母棲鬼は、玉座である巨大な顎を開き、喰らいつこうとしてくる。

しかし、望月はそれを飛びのくように下がって回避すると、左腰の爆雷をその口の中に放り込み、更に単装砲を撃ち込む。

 

「はい、爆破ーっ!」

「何ッ!?」

 

玉座である口の中で爆雷を起爆させられた事で思わぬダメージを受けた敵艦は、一時的にだが動きを封じられる。

その隙を狙って、望月は周り込みながら、足首に備わった6本の魚雷を1本ずつ叩きこんで行き、更に玉座のバランスを崩していく。

 

「コ、コンナ駆逐艦ニ!?」

「ほいほい、失礼するよー。」

「!?」

 

望月は玉座が前に傾く隙を狙い、思い切って高波を利用してジャンプし、何とその上に飛び乗る。

そして、彼女はニヤリとあくどい笑みを浮かべると、呆然とした敵艦の生身の身体に向けて思いっきり単装砲を連射する。

 

「それそれそれそれーーーっ!!」

「ギャアアアアアアアアアッ!?」

 

ドス黒い血を流しながら悲鳴を上げる空母棲鬼に対し、望月は笑顔でトリガーを引いていく。

だが、空母棲鬼は再生能力を備えているのか、傷を無視して右手を伸ばすと、何と望月の単装砲を怪力でへし折る。

 

「あ、ありゃ?」

「オノレーーーッ!!」

「うわっ!?」

 

砲撃能力を封じられた望月に対し、そのまま怒りに任せて蹴りを喰らわせる空母棲鬼。

望月は咄嗟に右腕の装甲版で防御するが、吹き飛ばされて海面に派手に着水する。

 

「いってーーー!?マジかよ!?」

「敵機直上………!急降下!!」

「げ!?」

 

起き上がろうとした望月であったが、空母棲鬼は即座に攻撃機を飛ばし、望月に爆弾を落としていく。

使い物にならなくなった単装砲を捨てて、慌てて装甲版で全身を防ぐ望月であったが、爆撃に耐え切れず、ボロボロになる。

主機にもダメージを受け、航行が上手く出来なくなった。

 

「トドメダ!」

「ええい、貰ってけ!!」

「グハッ!?」

 

最後の抵抗と言わんばかりに、ボロボロになってギザギザになった装甲版を左手ではがし、手裏剣のように放り投げて敵艦の胸に突き刺す望月。

しかし、それでもトドメにはならず、空母棲鬼は怒りの形相で爆撃を放ってくる。

 

「だ、ダメかー………これはもう万事休すかな………?」

 

他のみんなが逃げるだけの時間は稼いだかな………と空を見上げながら考えた望月であったが………。

 

「望月!」

「え………?」

 

そこに山風が、手を伸ばしながら突っ込んで来て………。

直後に多数の爆弾が落下し、2人を包んで爆ぜた。



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第17話 ~フラッシュバックする記憶~

約1時間後………最大戦速で飛ばした岸波達の前に、横須賀へと逃げようとする作業船の艦影が見えて来た。

見た限り、船自体に損傷は無い。

しかし………。

 

「島風!?御蔵!?屋代!?………朝潮お姉さん!?」

 

先頭にいた大潮が、驚愕した声を上げる。

作業船の後ろにいた島風は、ボロボロの状態に大破した御蔵と屋代を両腕で抱えていた。

更に、海防艦娘とはいえ2人を抱えて飛ばした為か、背中の艤装にかなり無茶が掛かっており、プスプスと白煙が上がっていた。

朝潮は連装砲ちゃん達と共に、周りを警戒していたが、大潮達を視認した途端、大粒の涙を流してその場に座り込んでしまう。

 

「曙達は島風達を頼みます!………しっかりして下さい!朝潮お姉さん!」

「大潮………私、失格だ………。」

「あ、朝潮………?」

 

うわごとを呟きながら涙をこぼしていく姉の様子を見て、大潮は愕然とする。

恐らく、普段の朝潮の様子からは信じられない程、精神的に不安定になっているのだろうと岸波は推測した。

そんな朝潮は、大潮以外は視界に入って無いのか、手で顔を覆いながら彼女に呟く。

 

「私………旗艦としてやっちゃいけない事やっちゃった………。望月を………山風を………置いてきちゃった………。」

「しっかりして、お姉さん!」

「私は2人を沈めてしまって………。」

「っ!?………勝手に仲間を沈めるな!朝潮っ!!」

 

そこで大潮の………とてもいつも礼儀正しい大潮の物とは思えない怒声が響く。

岸波達すら怯ませる叫びには、ネームシップを支える2番艦としての力強さがあった。

 

「簡単に諦めるな!朝潮型ネームシップは周りの手本になるような艦娘だろう!?陽炎型や夕雲型にも負けない力があるだろう!?違うのか!?」

「で、でも………電探で通信を送っても………もう反応が無くて………!」

「だから沈んだと決めつけるのか!?お前は!?」

 

混乱している朝潮と、瞳に怒りが宿る大潮との会話は続く。

その様子を見ていた岸波は………突如頭痛に襲われた。

 

「うっ………。」

「岸波!?」

 

舞風が心配して駆け寄るが、岸波の意識は一瞬、彼方に飛んだ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

(私は………。)

 

気付けば、岸波は1人海上に突っ立っていた。

目の前には、1人の少女が同じように立っている。

少女は自分とよく似た艤装と衣服を纏っており、何故かずり落ちそうな眼鏡を付けていた。

 

(まさか………!?)

 

少女の名を呼ぼうとした岸波であったが、その艦娘は何処か泣きそうで………しかし、はにかんだ優しい笑みを浮かべると、反転して虚空の影を睨みつける。

そして、そのまま最大戦速で前に向かっていき………。

 

(待って………!待って………!)

 

岸波は追いかけようとする。

だが、足が金縛りにあったみたいに動かない。

手だけを必死に伸ばし、やがて少女は見えなくなり………。

 

(待って………!沖姉ーーーっ!!)

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「………波!岸波!」

「舞………風?」

「どうしたの!?急に海上にうずくまって!?」

「ゴメンなさい、何でも無いわ。それより………。」

 

岸波は、再び大潮達を見る。

大潮は朝潮から、望月と山風が確実に轟沈した所を見ていないという事を確かめると、電探を使い横須賀の提督に無線で連絡を取っていた。

 

「今すぐ、望月と山風の捜索許可を下さい、司令官!………ダメ!?何でですか!?」

「空母棲鬼は強敵だ。恐らく交戦するとしたら夜戦になるとはいえ、駆逐艦娘だけで対処できるものではない。」

「じゃあ、本当に見捨てろって言うんですか!?今ならまだ間に合うかもしれないんですよ!?」

 

電探の無線越しに聞こえてくる横須賀の提督の冷静な声に、大潮は叫び返す。

確かに今から行って、2人が見つかる可能性は低い。

だが………確率はゼロでは無いから、大潮は進軍の許可を取ろうとしている。

しかし、提督から見れば博打なのだ………今の状況での進軍は。

だからこそ、岸波は大潮の元に行く。

 

「貸して下さい、大潮先輩。」

「岸波?」

「………提督、本土沿岸部周辺に被害の報告は何か入ってきていますか?」

「岸波か、今は無いな。」

「それはつまり、望月先輩と山風先輩がまだ敵の気を引いてくれているという証拠では無いですか?」

「だから捜索するべきだと?危険すぎる。その代償で駆逐艦娘が大量に失われれば、それこそ取り返しがつかない。」

「成程………分かりました。」

 

岸波は無線から耳を離すと………静かに西南西の方角を見つめて言い切る。

 

「勝手に行きます。命令違反は鎮守府何週ですか?それとも独房ですか?」

「………本気か?」

 

岸波の言葉に、朝潮や大潮の瞳が見開かれる。

提督は、ほんの少しだが驚いた様子で岸波に言った。

 

「敢えて聞こう。この鎮守府に来た時に、人との関わりを避けたいと考えていたお前が、人を救う為とはいえ、命令違反を犯してまで人と関わろうとするのは何故だ?」

「このまま2人が沈めば、朝潮先輩は取り返しのつかない罪を抱えて生きないといけない。私はそれが、見過ごせないだけです。」

「そうか………。」

 

何処か納得をしたような提督は軽く嘆息をすると、岸波にハッキリと言う。

 

「条件付きだ。連れてく面子は志願制で旗艦はお前が務めろ。そして、必ず全員で帰って来い。」

「………だそうですけれど、行きたい人はいますか?」

 

岸波は自分の装備を確認しながら言うが、そこで舞風が驚いたような声を上げる。

 

「アレ!?岸波、そのメンバーに舞風含んでない!?」

「志願制って言ったでしょ?第二十六駆逐隊強制ってわけじゃないと思うけれど。」

「む~!アレだけ脳筋の訓練をさせといて、今更それは無いじゃん!」

 

舞風が膨れた顔をすると、岸波の後ろに付く。

どうやら、何と言われようと付いていくつもりらしい。

 

「………萩風の時とは見違えるようになったわね。」

「どこかの誰かさんのお陰だよ!」

「他は………。」

「大潮!勿論、参加します!」

 

それまで朝潮を叱咤していた大潮が、舞風の後ろに並ぶ。

2番艦として、やはり1番艦の心を救いたいという想いは人一倍強いらしい。

その姿を見ていた村雨とヴェールヌイも互いに顔を見合わせながら、互いに笑みを浮かべて後ろに並ぶ。

 

「はいはーい!村雨もちょっといい所見せるよ!」

「私も行こう。今の岸波の姿を見ると、安心感がある。」

 

これで、5人艦娘が揃う。

そして、最後尾に曙が当然のように並んだ。

 

「アンタは舎弟なんだから、断れないわよね?」

「それ、まだ続いていたんですか………。嵐、野分、萩風………貴女達に3人に護衛の続きを任せちゃうけれど………。」

「大丈夫だ、船と朝潮さん達はしっかり横須賀まで送る。頼んだぜ、岸波!」

「舞風の事もよろしく頼むわね。貴女達ならば、何かを起こせる気がする。」

「お願い………もう、私の時のような悲劇は起こさないでね。横須賀で待っているわ!」

「ええ………宜しく頼むわ。」

 

岸波は3人にそれだけを言うと、最後に座り込んでいる朝潮の前に進み、屈んで優しく言葉を発する。

 

「流石に絶対って言葉は使えない。でも………最大限努力するから。だから朝潮先輩………朝潮も、横須賀で私達全員を待っていて。」

「岸波………。」

 

呆然としていた朝潮は、岸波・舞風・大潮・村雨・ヴェールヌイ・曙の6人を見渡し………その自信のある顔を見て涙を拭くと立ち上がり、敬礼をする。

 

「望月さんと山風の事、お願いします!」

 

答礼をした6人は、岸波から順に単縦陣で進んでいく。

横須賀の提督から、無線で連絡が入る。

 

「呉のドロボウが、軽巡や重巡を中心とした艦娘を組み込んで、空母棲鬼討伐の為の艦隊を出撃させた。」

「それは有り難いです。」

「だが、速力の問題でお前達が足止めをしなければならない。………絶対に無茶はするな。」

「了解。」

 

岸波は簡潔に答えると、主機を最大戦速に切り替え本格的に進軍を始める。

脳裏に浮かぶのは、あの眼鏡の少女の顔………岸波の一番親しかった姉である沖波。

 

(もう繰り返させない………。私は、絶対に!)

 

岸波は1人、心の中で誓いを立てた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「ん?ここは………。」

 

何処かひんやりとした空気を感じ、望月は目を覚ます。

海の上では無く、何処か固い床の上に自身がいる事を確認すると、身体の状態をチェックしていく。

手足は、問題なく動いた。

只、身体の至る所が痛く、制服も傷ついている。

よくよく細部を見れば、包帯替わりに布が巻かれて、出血が止められていた。

 

「確かあの時………。」

 

望月は思い出す。

空母棲鬼の爆撃を受けそうになって、万事休すだと思った瞬間、山風が飛んできたのが目に入ったのを。

 

「気絶している間に山風が安全地帯へ………恐らく近くの廃船の中に運んでくれた………と考えるのが正解かな?」

「ご明察………。」

「お?」

 

別の言葉に反応して見てみれば、山風がいつもの気怠そうな顔で歩いて来ていた。

制服が所々破けているのはダメージだけでなく、望月の治療の為に自ら破いたからだろう。

そして、両腰に付いているはずの爆雷と魚雷が無くなっていた。

 

「武装が減っているのは?」

「爆雷は捨てた………。魚雷は捨てるついでに敵に全部当てたら………、ひっくり返りそうになってその隙に隠れた………。只、爆撃で電探が壊れた………。」

「成程ねぇ………。」

 

状況を大体理解した望月は、横に置かれた眼鏡をチェックする。

少しヒビが入っていたが、使えそうだったので掛ける。

 

「朝潮達は上手く逃げたの?」

「逃げた………と思う。」

 

若干、苦虫を噛み潰したような顔をしたのを見て、ケンカをしてきたのかもしれないと望月は思ったが、とりあえず護衛対象は守れたみたいであるとホッとする。

しかし………。

 

「じゃあ、本題。………何であたしを追いかけて来たの?」

「逆に聞くけれど………あたしがいなかったら沈んでたよ?寝坊した時以外でも、望月を引っ張っていくとは思わなかった………。」

「そりゃそうだけどさ………山風、夜も沈むのも怖いんじゃないの?」

「……………。」

 

山風は艦としての記憶から、天敵である潜水艦の見えない夜が嫌いであった。

轟沈にトラウマを持っている艦娘としては、舞風と一緒であろうか。

 

「夜は嫌い………。沈むのも嫌………。でも、望月1人が犠牲になるのも嫌………。」

「だから朝潮とケンカしてまで助けに来たの………?有り難いけど、ここからどうするのさ?」

 

飛んで火にいる夏の虫だと、望月は思った。

申し訳ないが、山風の選択は間違っていると彼女は感じたのだ。

それに対し、山風は望月の傍まで来ると言った。

 

「望月………生きたくないの?」

「そりゃ、生きられるのならば生きたいさ。だけど、御蔵や屋代を犠牲にしたいとも思わないね。勿論、朝潮も島風も山風も。」

「………助けに来た事、迷惑だったって言いたいの?」

「そりゃ迷惑だよ。今からでもいいから1人で逃げたら?折角あたしの伝説級の活躍がパーじゃん。」

 

我ながら心にも無い事言っていると、望月は感じた。

だが、山風の主機は、まだ問題なく動きそうであった。

このまま自分を置いていけば、まだ生きられる可能性は高かった。

その言葉を聞いた山風は、望月を睨みつけ………言い放つ。

 

「分かった………。じゃあ、絶対、望月のジャマをし続ける。」

「え?」

「横須賀に連れて帰ってボロボロの姿をみんなに見せて、朝潮達に対して頭を下げさせる。」

「おいおい………状況分かって………。」

「いつも寝坊した望月を、引っ張っている分のお返し。」

「………バカ………言うなよ!」

 

望月は、思わずドンと床を叩いて叫ぶ。

自分はもう、主機が使い物にならない状態だ。

それなのに、この臆病者の艦娘は今の状況すら理解せずに、何で意地を張っているのかと思った。

 

「いいから見捨てろよ!沈むの怖いんだろ!?」

「怖いよ!でも、だから分かる………!望月だって本当は怖いんだって!」

「じゃあ、2人で沈むか!?それこそ馬鹿げてるだろ!?1人だけでも………!」

「強がらないでよ!駆逐艦娘ならば、最後まで醜くても、もがいて生き抜こうとしてよ!望月の意気地なしっ!」

 

ドンッ!!

 

『!?』

 

思わず声を荒げた2人であったが、そこに砲撃音が響き渡る。

敵艦が、こちらを見つけたのだ。

どんどん集中的に、砲撃音や爆撃音が響き渡る。

 

「どうする?強がりを言っている場合じゃ無くなった。」

「望月を引っ張って帰る。」

「………どうして、こんな時だけ鋼の意志を持つかなぁ?」

 

片手で頭を押さえる望月であったが、山風は再び望月を睨みつけると………一転して悲しそうな顔で言う。

 

「ケンカをしたけれど………、朝潮、悔しくて悲しくて泣いていた………。謝らないと………あたしも、望月も………。」

「………そっか。そうだよな。」

 

朝潮の事だから、それこそ死ぬほど後悔しているのだろうと思った望月は腹を括る。

もう少し、あがいてみようと。

 

「じゃ………やってみますか。」

「望月………!」

「その為には情報収集からだね。」

「?」

 

首を傾げる山風に対し、望月は静かにするように指を口に当てた。



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第18話 ~逃走劇~

ドォン!ドォンッ!

 

「……………。」

 

敵艦から廃船への砲撃や爆撃が続く中、望月は静かに目を閉じて何かを聞き取り始めた。

早くしないと船ごと沈められると思った山風は怪訝な顔をするが、望月はやがて小声で呟きだす。

 

「睦月型を長くやってるとさ………砲撃音で大体の艦種は読み取れるようになってくるんだ。」

「え………?」

「砲弾の口径は音の大きさに直結するし、敵艦の砲門数はそのまま一度の着弾数を表す。」

「じゃ、じゃあ………敵艦の構成、分かるの?」

 

驚いた様子の山風に対し、望月はコクリと真面目に頷く。

 

「若干、勘で当てる部分も出てくるけどね。………例えばほら、今の7発の連続した音。16inch三連装砲と16inch連装砲と12.5inch連装副砲だから………。」

「タ級………?」

「流石にどのタイプかまでは分からないけどね。恐らく敵艦は、空母棲鬼1隻、戦艦タ級2隻、軽巡ト級1隻、後は駆逐艦が2隻。」

「速力に優れた敵艦ばかりですか………。」

「やっぱり怖気づいた?」

 

肩を落とす山風であったが、一転顔を上げて艤装から何かを取り出すと、手早く組み立てていく。

 

「勿体ないけど………これ、使う。」

「お?それは………。」

 

山風の作り出した物を見て、望月は感心する事になった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

強力な深海棲艦出現の影響か、洋上では夜になっても雲が広がり雨は止まず、月が見えない状態が続いていた。

廃船の前では、空母棲鬼が僚艦と共に絶え間なく爆撃や砲撃を浴びせ、望月と山風を誘い出そうとしていた。

船は少しずつではあるがヒビが入っており、このままでは一緒に沈むだろう。

その時であった。

 

ドゴンッ!!

 

船の影から砲撃が1発飛んで来る。

よくよく見れば、2隻の影が船体から顔を覗かせていた。

 

「沈メ!」

 

散々駆逐艦にコケにされた空母棲鬼は、攻撃機を飛ばして廃船ごと影に向かって爆撃の雨を落としていく。

更に僚艦達も、我先に獲物を仕留めようと好き勝手に砲撃をしていく。

やがて、派手な爆撃と砲撃の雨は、影2隻と共に船にもトドメを刺す形になり、廃船は嫌な音を立てながら海中に沈んでいく。

 

「……………。」

 

一転静かになった海を見て、空母棲鬼は眉をひそめる形になった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「へー、大発動艇をデコイに使うとは考えたねー。」

「あたしの場合は特型内火艇だけどね………。製造コストが高いから………、提督に知られたら雷が落ちる………。」

「あー、その時はあたしも謝ってあげるって。………ま、生きて帰る事が出来たらの話だけど。」

「だから、必ず連れて帰る。」

「ほんと、頑固だねー。」

 

その頃、山風は望月の肩を担いで曳航しながら、沈む船の反対側から脱出していた。

大発動艇というのは、簡単に言えば遠征で物資を乗せる為の小型の船である。

この船には、戦車等を乗せて対地攻撃に特化させる事が出来て、その内、「特二式内火艇」と呼ばれる通称「カミ車」を乗せた物を特型内火艇と呼ぶ。

山風は機転を利かせて特型内火艇を2隻即席で作り、それを敢えて深海棲艦が砲撃している側から出す事で、しばらく囮として時間を稼いで貰うという案を取ったのだ。

 

「それに、油断しないで………。もう特型内火艇は無いし隠れる場所も無い………。主機の航跡波(ウェーキ)が見つかるまでの時間稼ぎにしかならないから………。」

「横須賀から援軍が、こっちに来ている事を願うしかないかねぇ。」

 

東北東へと進路を取りつつ、ひたすらに進んでいく。

出来るだけ敵から遠くへ。

しかし、望月を曳航している関係で、主機を一杯にしても山風の速力は落ちていた。

 

「来た………!?」

 

そんな2人の元に、鬼火のような偵察機が蛇行してこちらを探しながら飛んで来る。

山風は、素早く右手に構えた連装砲を掲げると撃ち落とす。

だが、どちらにしても敵に察知されたのは間違いないだろう。

 

「攻撃機………、飛んで来るかな………?」

「いや………こっちの状態を考えれば、確実に射程に入るのを待つだろうね。」

「せめてもうちょっと………、横須賀に近づければ………!」

 

だが、出来る限りの船速で飛ばす2人の後ろに、無情にも敵影が見えてくる。

望月が予想した通り、エリート級戦艦タ級が2隻、フラッグシップ級の軽巡ト級が1隻、エリート級ニ級が2隻、そして………。

 

「絶対ニ………逃ガスカ!」

 

こちらを睨みつける空母棲鬼の姿。

敵鬼クラスは、鬼火を模した攻撃機を作り出すと発艦させていく。

 

「不味いね。」

 

防御用に廃船の装甲を拝借するという手段も考えたが、重くて更に速力が落ちるので止めていた。

だから、山風の連装砲で迎撃するしか、爆撃を防ぐ手段が存在しない。

ところが、ここで山風が懐から何かを取り出した。

 

「望月………、これ使える?」

「お!いいもの持ってるじゃーん!」

 

望月は山風から何かを受け取ると、頭上に迫って来た鬼火の集団に向けて投げつける。

すると、花火のような爆発的な閃光を放ち、鬼火達の照準を狂わせる。

それは本来、この夜空を照らして敵を見えやすくするのが用途であるはずの照明弾であった。

 

「目くらまし成功!」

「気を抜かないで!砲撃は来るよ!」

 

射程に入ったのだろう、2隻のタ級がそれぞれ7門の砲塔を全て山風達に向けて砲撃してくる。

山風はジグザグに蛇行しながら回避していくが、周りに上がる派手な水柱に、背筋が凍る物を覚える。

だが、それでもこの自己犠牲精神の強い、本当に迷惑な駆逐艦娘は横須賀に連れて帰らなければならない。

生きて帰って朝潮に2人で頭を下げて謝らなければ、彼女に一生後悔を背負わせてしまうだろう。

 

「帰る………絶対に………!」

 

「敵機直上………!」

 

「次の爆撃が来る!?後、使える物は!?」

「もう無い!連装砲だけ!」

 

「急降下!!」

 

空母棲鬼が作り出した鬼火達が、再び山風達の頭上に展開し、爆撃を仕掛ける。

山風は必死に連装砲を撃ちまくるが、改二の彼女の技量を持ってしても、望月に落ちて来る分と合わせて、全てを撃ち落とす事は出来なかった。

落とし損ねた攻撃機から放たれた爆弾が山風の上に落ちて来たので、咄嗟に連装砲を盾にして防ぐが、砲身があらぬ方向に折れ曲がってしまい使えなくなる。

 

「そんな………!?うあっ!?」

 

ここで更に追い打ちと言わんばかりに、射程に入ったト級の砲撃が飛んで来る。

山風は身をよじって回避しようとするが、何と眉間に砲弾が掠り、血が噴き出して目に入り、視界が塞がる。

 

「痛いっ………!痛いっ!?」

「山風!?しっかりしろ!?」

 

視界を奪われた事で、山風は痛みと共に恐怖に包まれる。

轟沈というトラウマが思い出される。

それでも………。

 

「もうダメだ!主機が動く内にあたしを置いてけ!」

「ヤダ!」

「沈む前にハチの巣になって死ぬぞ!もう十分だ!置いてけ!!」

「絶対にヤダッ!!」

 

視界が見えない中でも、望月だけは離さずひたすら主機を動かし逃げる山風。

だが、無情にも更に敵攻撃機が空に展開する音が聞こえる。

 

「もう無理だ!山………うわ!?」

 

絶対に、望月にだけは被弾させられない。

そう思った山風は歯を食いしばり、自分よりも更に小柄な望月を抱きしめ庇う。

もうそれしか、思いつく事が無かった。

 

「沈メ!!」

 

そんな2人に、爆撃が降り注いでいく。

 

(ああ………あたし、死ぬんだ………。)

 

何処か呆然と死ぬ事を考えた山風は………熱波を受けて………意識が飛んだ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「……………え?」

 

幾ばくか、時が止まっていたように感じた。

しばらくして、山風は意識を取り戻す。

何も防御する手段も無いまま爆撃を受けたはずなのに、自分は轟沈していない。

それどころか、何か温かい物に包まれていた。

 

「何で、お前が………?」

 

望月の声も聞こえてくる。

どうやら、彼女も無事であるらしい。

山風は慌てて海水をすくって自分の顔を洗い、視界を確保する。

すると、そこには自分達を抱きしめるようにして抱えていた第三者の姿があった。

ダークオートミールのショートの髪を持っているその艦娘は………。

 

「岸波………?」

「良かった………。」

 

岸波の声は心の底からホッとしているようで、抱きしめてくれている身体と同じく温かいものであった。

彼女は呆然としている山風達を見ると、もう一度力強く抱きしめて言う。

 

「ありがとう………2人共生きていてくれて。」

『……………。』

 

そこで、山風達は気付く。

岸波は両肩に、ボロボロになった白い装甲版のような物を装備していた。

どうやらそれで、爆撃を防いでくれたらしい。

誘爆を防ぐ為に自身の魚雷や爆雷は破棄していたが、装甲版のお陰で庇った岸波も中破位のダメージで済んでいた。

岸波は顔を上げると、何とか形を保っていた電探で無線を送る。

 

「ヴェールヌイ、装甲版を貸してくれて助かったわ。お陰で、中破で持ちこたえられた。」

「それは何よりだ。私達も交戦状態に入ったから、2人を連れて下がってくれ。」

 

山風と望月は、周りを見渡してみる。

タ級2隻に対しては、大潮とヴェールヌイが砲弾の雨の中を小柄な体を活かして突撃しており、ト級に対しては、村雨が左腕に巻き付けた錨付きの鎖を振り回しながら牽制している。

ニ級2隻には、曙が数での不利を物ともせずに魚雷を回避して揺さぶりを掛けている。

そして、空母棲鬼に対しては………。

 

「本当に任せていいのね、舞風!」

「高角砲を直撃させるのが丁度いい相手だもん!それに、私だって強くなった所を見せるから!任せて、岸波!」

 

この中では一番練度が低いはずの舞風が、しかし、自信を持って1人で鬼クラスの大将と対峙していた。

 

「み、みんな………。」

 

山風達は理解した。

横須賀から援軍が、ちゃんと来てくれたのだと。

そして、自分達はその援軍到着まで持ちこたえられたのだと。

 

「あ………。」

 

山風は、思わず力が抜けそうになる。

自然と涙が流れた。

恐怖に支配されても絶対に生きる事を諦めずにいた結果が、この援軍の到着に繋がったのだと。

 

「良かった………。うう………。」

「まだ本当の海戦は始まったばかりよ。仲間達が勝つ事を望月と信じて、山風。」

「うん………良かったね、望月………。」

「あはは………こりゃ、帰ったら相当高く付きそうだねぇ。」

 

岸波に支えられながら苦笑いを浮かべる望月に対し、山風は泣きながらも笑顔を見せた。



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第19話 ~訓練の成果~

「マタ、駆逐艦共ガ………!ソンナニ沈ミタイカ!屑メ!!」

 

(相当頭に来てるね………。これは、望月さん達が結構弄んでくれたのかな?)

 

空母棲鬼と対峙する舞風は、敵艦がこちらの増援にかなりイライラしているのを感じた。

周りでは頼もしい駆逐艦達が、敵大型艦等に負けない勢いで奮戦している。

そして何より自分の駆逐隊の嚮導艦は、身を挺して望月と山風の轟沈を防いでくれた。

だったら、自分も今出来る事をやるべきだ。

だから、舞風は敢えて強気に言ってやった。

 

「残念だけど、この舞風が目の前に立った時点で、お前は負けてるんだよね!」

「何………?」

「勝負ありって事!沈むのはそっちだって事だよ!お・ば・さ・ん!!」

「貴様………ッ!」

 

挑発を真に受けたのか、空母棲鬼は燃えるような視線を舞風に送る。

そして、怒りに任せ鬼火の攻撃機を大量に作り出すと、舞風に向かって発艦させる。

 

「矮小ナ駆逐艦ガ強ガリヲ………!海ノ底にオチロ!!」

 

本来ならば、高角砲で撃ち落としていく場面。

だが、舞風は敢えてそのベルトを首に掛けて両手から離す。

そして、じっと空を見つめた。

 

(羽虫じゃないけれど………基本は鬼火も同じ!だから………!)

 

こちらを取り囲むように回って来る鬼火達の群れを見上げながら、舞風はその一つ目の部分を全部無駄なく凝視する。

そして、その攻撃機の内の1機がこちらを向き………鈍く目を輝かせたのを逃さなかった。

 

「ステップ………。」

 

舞風は、右に1歩だけ舞うように飛ぶ。

すると、先程までいた地点に爆弾が1つ落ちて水柱が巻き起こる。

更に、鬼火の目が鈍く3つ輝く。

内、こちらに機首を向けた攻撃機は中央の1機だけ。

 

「ワン、ツー………!」

 

今度は軽く、後ろに1歩分飛びのく。

すると、水柱が先程いた地点に1つ、その左右に2つ上がった。

 

「ナ、何………!?バカナ!?」

 

自分の攻撃機を撃ち落としたわけでもないのに、平然と爆撃を回避された事に空母棲鬼は衝撃を受けた。

恐らく偶然だと思ったのだろう。

今度は、5機の攻撃機から爆撃を仕掛けるが、舞風はそれも華麗に飛んで回避する。

まるで、自分の周りに落ちて来る爆弾の軌道が全て分かるかのように。

 

「ソ、ソンナ偶然ガ………!?」

「じゃあ………本当に偶然かどうか試してみる?」

 

舞風はそう言うと首に掛けていた高角砲を取り出し、右アームの高角砲と共に敵攻撃機に向ける。

すると、こちらに機首を向けた鬼火だけを的確に砲撃で射抜いていく。

攪乱の為に敢えて外して落としてきた爆弾が、周りで爆ぜて水柱が巻き起こり、波が四方八方から襲い掛かるが、舞風は、今度は足をしっかりと海面に付けバランスを保ち、回りながら次々と自分の直上を狙ってきた攻撃機だけを構わず撃ちぬく。

 

「当タラナイ!?何故!?」

「芸が無いなぁ………。実は赤城さんや加賀さんに比べると、数に任せた航空戦を仕掛けているんだね。それじゃあ、攻撃機がかわいそうだよ。」

「貴様ハ………!?一体、何ダ!?何者ナンダ!?」

「そうだねぇ………。」

 

正直に言えば、舞風自身も内心驚いていた。

何故、自分がここまで敵の攻撃機の軌道を冷静に見切る事が出来るのか。

何故、自分がここまで敵の爆撃を避けられるのか。

何故、自分がここまで波が荒れる中で敵の攻撃機を正確に撃ちぬけるのか。

答えがあるとすれば、1つしか無いだろう。

散々、鬼のような訓練を提案してきた脳筋な嚮導艦。

彼女の元ならば、強くなれると思ったのは正しかったのだ。

だからこそ、舞風は動揺している敵艦を見て、力強く言ってのけた。

 

「私は舞風!第二十六駆逐隊嚮導艦岸波の………押しかけ女房だよ!」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「舞風………。」

 

目を丸くする望月と山風を支えながら、岸波は離れた場所でじっと舞風を見ていた。

実は前兆はあった。

今まで周りの気配に鈍感だった彼女が、ここ最近敏感になり始めているのを。

墓参りに行った時、彼女は朧の気配に鋭く気付いていた。

それだけでなく、ふらつく彼女の危機にもいち早く察して支えに行っていた。

 

(まだまだ粗削りな所はある………でも、確実に貴女は………!)

 

メキメキと強くなっていく第二十六駆逐隊の………岸波自身の艦隊の一員を見て、彼女は感慨深い物を感じる。

もう、あの艦娘は駆逐水鬼に遭遇した時のような、戦意を喪失する艦娘では無い。

彼女は………舞風は、立派な駆逐艦魂を持った力強い艦娘になったのだと。

 

(貴女は………もう、昔の私を超えているわ!)

 

その純真な姿に、過去の自分を重ねた岸波は、心の中で思わず叫んだ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「嘘ダ………!?コンナ事ガ、アリ得ルハズガ無イ!?」

「いい加減、動揺してないで受け入れたら?それと、私ばかりに構っていていいの~?」

「何………?グワァッ!?」

 

舞風に爆撃を当てようと必死になっていた空母棲鬼は、突如玉座を襲った衝撃に大きく揺さぶられる。

両翼からヴェールヌイと曙が隙だらけの装甲に魚雷を全弾放って炸裂させたのだ。

タ級等、空母棲鬼を守っていたはずの頼もしい深海棲艦達は、鬼クラスの旗艦が舞風に気を取られている内に、あっという間に沈んでいた。

 

「ワ、ワガ精鋭達ガ!?」

「それじゃあ、今度は村雨の番ね♪」

 

驚愕した空母棲鬼の一瞬の隙を突き、煙を上げる玉座の口に村雨が長い左腕の錨付きの鎖を巻き付けると、そのまま下に引っ張り込もうとする。

 

「大潮!どうぞ~!」

「任されましたよー!!」

 

玉座の前の部分が海水に浸かった事により、大潮が正面から飛び乗って来る。

そして、玉座にしがみつくように座る鬼を見下ろすとその心臓に連装砲を突き付けた。

 

「マ………!?」

「朝潮達の分も………持ってけーーーっ!!」

「グァアアアアアアアアッ!?」

 

責任感の強い1番艦を泣かせた分の怒りもあったのだろう。

容赦なく鬼女の生身の身体に………それこそ再生能力が無くなり、ぐったりと倒れ込むまで徹底的に砲弾をぶち込んでいく。

そして、後ろに飛びのくと村雨が錨付きの鎖を外すのと同時に、両膝に付いた魚雷を玉座に全弾叩きこみ、鬼女と共に炎に包んだ。

 

「お、大潮………アンタ、怒ると意外と怖いのね………。」

「これでも、大潮も駆逐艦ですから!」

「ともかくこれで、ミッションクリアー♪岸波や舞風もお疲れ様!」

「待て………何か変だ。」

 

ヴェールヌイの言葉に艦娘達は見る。

炎に包まれた玉座が一向に沈まないのに。

 

「これって………。」

「火ノ…塊トナッテ…沈ンデシマエ……!」

『!?』

 

玉座の上から響いてきた声に、艦娘達は空を見上げる。

望月や大潮の砲撃で衣服を兼ねた装甲を砕かれながらも、真っ赤に身体を燃やしながら降下してくる鬼女の姿を。

そして、炎に包まれた玉座もまた、ヒビが入り赤い炎を漏らしながらも、再び出現するのを。

 

「あの姿………アレは「空母棲姫」じゃない!?変化したの!?」

「変化っていうより進化だな………。こういう繋がりがあるのは驚きだが………。」

 

まさか、形態変化を起こす深海棲艦がいるとは思っていなかった為に、艦娘達は戦慄する。

空母棲鬼………いや、空母棲姫は再びボロボロの玉座に座ると静かに鬼火の攻撃機を作り出す。

 

「………村雨、舞風。魚雷は持っていますか?」

「村雨、今回は爆雷を中心に持ってきたから………。」

「えっと私は………4発だけなら………。」

「正直撃破には足りないな………。」

 

明らかに火力不足である今の状態を鑑みて、援軍に駆け付けた面々は、望月と山風を連れて逃げる選択をするべき時かもしれないと考え始める。

だが、今の状態だと2人はもちろん、岸波もダメージで速力が落ちている為、逃げ切れる保証が無かった。

 

「………困ったわね。あのクソ提督の懸念はこういう事か。でも、全員で帰るって約束した以上、囮作戦は使いたくないし。こうなったら敵攻撃機を迎撃しながら持久戦に持ち込んで………。」

 

曙の言葉に、皆が覚悟を決めた時であった。

 

ドゴンッ!!

 

「何ッ!?」

『え!?』

 

突如、空母棲姫の左側で爆発が起きる。

海中から、何かがぶつかり炸裂したのだ。

驚く空母棲姫は振り向くが、更に海中から勢いよく波をかき分ける物体が………魚雷が顔を出し、また玉座を直撃していく。

 

「セ、潜水艦カ!?」

 

空母棲姫は魚雷が撃ち出された地点に向けて攻撃機を飛ばし、集中的に爆撃を落としていく。

すると、小さな爆発が起き、水中から黒い煙が立った。

だが、それは潜水艦娘の物と比べると遥かに小さい。

 

「まさか………。」

 

遠くでそれを見つめていた岸波は、その存在に心当たりがあった。

魚雷を備えており、敵艦の近くに肉薄した時に遠隔操作で発射するその武装は………。

 

「甲標的………?」

 

「間に合ったみたいだね。良かった!」

「あ!その声は………由良さん!?」

 

電探を通して聞こえて来た声に、真っ先に反応したのは村雨。

すると、甲標的が爆発した場所から更に西南西へと目を向けた遠方から、夜を照らす光が見えてくる。

それは単縦陣に並ぶ6人の艦娘になり、各々が電探を使ってこちらに通信を発する。

 

「こちら由良!佐世保から出張しちゃったら、今回の任務に適しているって言われて旗艦になっちゃった。宜しくね、岸波さん!」

 

そう優しい声で通信を送って来るのは、薄い桃色の髪をポニーテールが印象的な軽巡洋艦娘。

これでも四水戦を率いている、長良型4番艦の由良である。

 

「いや~、最初任務内容を聞いた時はビックリしたよ!鬼クラスの迎撃なんてねー!………でも、何か姫クラスになってる?ま、変わらないか!」

 

明るく元気な声で通信を送って来るのは、鈍い赤色のボブヘアーを持つ由良と似たような制服の軽巡洋艦娘。

こちらは二水戦旗艦である、長良型5番艦の鬼怒だ。

 

「鬼怒ちゃん、笑いごとじゃないよ。………だけど、本当にみんな無事で良かった。呉の提督も横須賀の提督も、密かにみんなの事心配してたんだから。」

 

落ち着いた声で通信を送って来るのは茶髪のボブヘアーを持ち、義眼なのか左目が探照灯のように輝いている重巡洋艦娘。

古鷹型1番艦の古鷹である。

 

「ふああ~………。あたしはさっさと仕事を終えて寝たいんだけどね。ま、今日は電探越しに良い叫びを聞けたぜ。どんな時でも生き抜こうとする駆逐艦の雄姿をよ!」

 

眠そうな声で通信を送って来るのは、黒い髪を束ねているのか一部分だけ後ろに伸ばしている重巡洋艦娘。

彼女は古鷹型2番艦の加古だ。

 

「全く………どいつもこいつも惨めでも生き抜こうとするんだから………。ほんっと駆逐艦らしいバカばっかりだわ!」

 

怒りながらも何処か誇らしげに通信を送って来るのは、緑色のリボンで銀髪をサイドテールに結った勝気な瞳の駆逐艦娘。

朝潮や大潮と同じ、朝潮型10番艦の霞である。

そして………。

 

「曙………。これは貸しにしておくね………。横須賀に出張したら、返して貰うから………。」

 

静かな声で通信を送って来るのは、黒髪に、大潮が釣りをしていた時に被っているような煙突帽子を付けている駆逐艦娘。

朝潮型9番艦であり、昔、岸波が憧れていたあの第十四駆逐隊に所属していた霰だ。

 

「もしかして………呉からの援軍!?」

「ええ。何故か佐世保の由良が旗艦になっちゃったけど、今は関係無いわよね。だって………。」

 

そう言うと由良は、後ろの鬼怒と顔を見合わせて頷き、空母棲姫を見つめる。

 

「駆逐艦娘達を散々色んな意味でいじめてくれたみたいだし………ね!」

「貴様等ーーーッ!!」

 

怒りに満ちた雄たけびを上げる空母棲姫に対し、呉からの援軍である由良達は突撃を開始した。



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第20話 ~長い夜が明けて~

「ウオオオオオオオオオッ!!」

 

更なる増援の出現に、空母棲姫は鬼火の攻撃機を発艦させるだけでなく、砲門による砲撃も交えていく。

古鷹の放つ探照灯のお陰か、もはや敵艦の眼中には岸波達の姿は無い。

逆にその分、由良の艦隊が狙われるが、彼女達は魚雷等をここまで消費していなかった。

 

「複縦陣!先頭から霞・霰、由良・鬼怒、古鷹・加古で!」

『了解!』

 

主砲の射程に応じて艦列を変えた6人は、一直線に突っ込んでいく。

輪形陣でないので敵の爆撃を回避しにくいのではないかと思ったが、古鷹と加古は主砲から、直上に迫って来た攻撃機に対し、何かの特殊弾頭を放つ。

それは実は対空迎撃用の三式弾であり、空中で爆ぜて一気に攻撃機を纏めて撃ち落としていく。

更に残った攻撃機を、残りの4人が油断せずに主砲や機銃で迎撃して、自由に航空戦をさせない。

 

「雷撃戦行くよ!よく狙って……てーぇ!」

 

そのまま敵艦に近づいた6人は、由良の号令で一斉に魚雷による雷撃を玉座に叩きこんでいく。

 

「ウアアアアアアアアッ!?」

 

今までで一番凄まじい業火に包まれてしまったからか、空母棲姫は攻撃機を発艦させる余裕もなくなってしまうが、そんなの知った事では無い。

散々、駆逐艦娘達の心と体を痛めつけてくれた敵なのだ。

情けを掛ける義理も無かった。

 

「T字有利!みんな、この一撃で沈めるよ!砲撃………時間差で開始!!」

 

トドメと言わんばかりに、由良達は各主砲を玉座の上でのたうち回る鬼女に向ける。

最初に霞と霰が撃ち、動きを止める。

次に由良と鬼怒が撃ち、黒い血を噴かせる。

そして、最後に古鷹と加古が2人合計12門の重巡の砲火を玉座と合わせて叩きこむ。

 

「バ、カナ………!?ワ、タシハ………!?」

 

強力な一撃を貰った事で力を失った空母棲姫は、今度こそ玉座の上に倒れ込み、炎に包まれながら沈んでいく。

姫クラスの深海棲艦がいなくなったからなのか、これまで降り続いていた雨が止み、雲が晴れ、月明かりが出て来た事で、艦娘達は長い海戦の終わりを悟った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「お、終わった………?」

「みたいだね~。いや、本当に生き残れるとは………。」

「……………。」

 

遠くで海戦を見つめていた岸波達の元に舞風達が合流し、更に由良達の艦隊もやってくる。

岸波は、両腕で山風と望月を抱えていたので敬礼する代わりに頭を深々と下げた。

 

「この度は救援に来て下さりありがとうございます。何てお礼を言えばいいか………。」

「ううん、由良達がスムーズに敵艦を撃沈できたのは、みんなが頑張って空母棲鬼の再生能力を奪って、空母棲姫にまで追い込んだからだよ。それに………。」

「わっ!?」

「きゃっ!?」

「え!?」

 

由良はそう言うと、いきなり望月と山風、そして岸波の頭を優しくわしゃわしゃと撫でていく。

驚く3人であったが、由良は構わず纏めて抱擁する。

 

「大切な仲間達は何があっても絶対に沈めない。………その貴女達の強い想いが、誰も轟沈しない海戦にしたんだよ?」

「……………。」

 

ポロリ………。

 

優しい軽巡洋艦の心に染み渡る言葉を受けて、1粒海上に涙が落ちた。

だが、望月や山風の物では無い。

意外にも、涙を流したのは岸波であった。

その姿に、舞風を始めとした他の横須賀の面々は驚かされる。

 

「き、岸波………!?」

「わ、私………どうしたのかしら………?何で………涙が………?」

 

拭おうにも、両腕で望月達を支えている為にどうしようもない。

一度溢れた涙は、中々止まらなかった。

 

「ふふっ、安心したんだね。望月さんと山風さんが無事でいてくれたから。………いいんだよ、今は。貴女は………「今度は」守れたんだから。」

「まさか、由良先輩は………?」

 

最後だけそっと岸波だけに聞こえるように耳打ちしてきた由良に対し、彼女は驚きの顔を見せる。

 

「由良、佐世保で秘書艦経験をしていて、その時に提督さんから貴女の話を教えて貰った事があるの。だから………ね?」

「……………。」

 

この軽巡洋艦娘も、曙のように岸波の過去を知っているのだ。

だからこそ、身体を張ってでも「繰り返さなかった」岸波に対して、素直に良かったと思ってくれたのだろう。

岸波は、ようやく自分が涙を流してしまった理由を悟る事になる。

あの時の………トラウマになっている………沖波のような事にはならなかったのだから。

 

「私………。」

「さあ、とりあえずみんなで横須賀に行こう!由良達の艦隊で護衛するから、舞風さん達は曳航していってね!」

 

こうしてみんなで協力して、望月・山風・岸波の3人を連れて横須賀へと進路を取る事になる。

その途中、岸波を曳航していた曙の元に霞と霰がやって来る。

 

「曙、その子が第二十六駆逐隊嚮導艦の岸波?」

「そうよ。どう?あたしの教育のお陰で、怠惰艦って言われていたのが見違えるようになったでしょ!」

「曙は………見た目に反して、教えるのは上手いから………。」

「なーんで、アンタはトゲのある言葉を使うのかしら?」

「……………。」

「何か付いてる………?岸波………?」

「あ、いえ………。」

 

無意識の内に霰をじっと見ていた岸波は、思わず指摘されて戸惑う。

色々と迷ったが、彼女は正直に答えた。

昔は、霰が所属していた第十四駆逐隊の、嚮導艦陽炎に憧れていたと。

 

「へ~、それは初耳ね。じゃあ、あたしの舎弟になったのも何かの縁かしら?」

「それはぼの先輩が決闘してきたからで………。でも、昔だったら手放しで喜んでいたかもしれません。」

「ふーん、ぼの先輩ねー。………ま、アンタにどんな過去があったかはツッコまないけど、命令違反をしてでも仲間を想う姿は、陽炎にそっくりな所があるんじゃないかしら?」

「そうなんですか?霞先輩。」

 

こう見えて霞は、元々呉で第十八駆逐隊を率いていた艦娘だ。

霰や陽炎、そして不知火という屈強な艦娘達のリーダーでもあるので、彼女達に付いては詳しかった。

 

「そもそも陽炎は天才ってわけじゃなかったわ。最初は砲撃を、2回に1回は外していたような艦娘だもの。神通さんの元で、鬼のような修業を積んだ事で強くなったのよ。」

「努力の天才………だったんですね。あきつ丸から聞いた話とはまた違っていて新鮮です。」

「陽炎は………、第十四駆逐隊になった後は、色々な所で秘書艦もやっていた………。これも、努力で色々と学んでいった………。」

「夕雲型の姉妹達からある程度は聞いていましたが、秘書艦としても敏腕を振るっていたんですね。凄いです………。」

 

霞や霰から聞く新しい陽炎の話に、岸波は思わず目を輝かせてしまっていた。

その姿を、ひっそりと微笑ましく見ながら曙は言う。

 

「アンタもその内、そんな艦娘になれるわよ。………まあその前に、まずは帰ったらお仕置きをこなさないといけないだろうけど。」

「今回ばかりは、なるべく穏便な物にして欲しいです………。」

 

その後も、岸波は陽炎に関する話を色々と聞かせて貰う事になる。

彼女にとって、この時間は本当に有意義な物となった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

横須賀へと帰投した岸波達は、桟橋でずっと待っていたのだろう。

提督に連れられた朝潮や島風、御蔵や屋代。

そして、彼女達を曳航して来た嵐・野分・萩風と再会を果たす事になった。

望月と山風は素直に頭を下げて彼女達に謝ったが、朝潮はそんな事には構わず、大粒の涙を流しながら2人を思いっきり抱きしめ、置いてきてしまった事を、何度も謝罪した。

そしてその後に、岸波達に対して、満面の笑顔で感謝の言葉を述べてくれた。

 

(これで、朝潮は罪を背負って生きなくて済むわね………。)

 

丸く収まったという事で、岸波は由良達と共に、順に船渠(ドック)入りをして、高速修復材(バケツ)を使わせて貰う事になる。

そうしている内に長い夜が明けて、艦娘達は清々しい朝を迎える事になった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「……………。」

 

日が昇り、午前の訓練時間を迎えて、岸波はかなり不機嫌な顔をしていた。

由良達の艦隊はその日の始発列車で呉に帰り、朝潮達は提督と共に今回の空母棲鬼に関する戦闘詳報を纏めている。

その中で、岸波と舞風が所属する第二十六駆逐隊は、秘書艦補佐の愛宕の元、艤装を背負って鎮守府5週の罰を与えられていた。

別に、そこまではいいのだ。

罰を受ける事を前提で命令違反をしたのだから。

只………。

 

「あの、何で貴女達がいるのですか………?」

「第二十六駆逐隊に………、転属したから………。」

「右に同じく~。」

 

岸波と舞風の後ろでは、同じように艤装を背負った山風と望月が鎮守府の外周を走っていた。

何でも帰投した後、朝潮や提督達と話し合って、岸波の第二十六駆逐隊に移ったらしい。

いつの間にか部屋も岸波達の隣に移動していた。

 

「舞風の時もそうでしたが………どうして嚮導艦である私に黙って物事が進むんですか!?」

「まあまあ落ち着いてって。後、あたし達の事呼び捨てでいいよ~?これから苦楽を共にする仲間だし。」

「だからどうして私の所に!?」

「岸波に救って貰った命だし………、だったら岸波の元で戦うのも有りかなって思ったの………。」

「こういう時に、必ず借りは返すっていう駆逐艦の流儀にとらわれなくても………。」

 

飄々と答える望月と気怠そうに答える山風に対し、思わず頭を押さえる岸波。

どうやら頑としても第二十六駆逐隊としてこれからやっていくつもりであるらしい。

 

「全く、何で………。」

「まだ………ちゃんとした理由はあるよ?」

「え?」

 

真面目になった山風の言葉に、岸波は振り向く。

望月と共に真剣な顔で2人は岸波を見つめていた。

 

「岸波は………あたし達を庇ってくれた時………心から安堵してくれた。生きている事を………喜んでくれた。」

「だから、ここに居れば沈まないと思ったわけ?でも、私は………。」

「何か後悔を背負っているみたいだね~。………だから、あたし達は思ったんだ。岸波がもう、そんな想いをしないような手伝いが出来ないかって。」

「そう言われても………。」

 

岸波は思わず立ち止まり、言いよどむ。

そう思ってくれる事自体は有り難い事だ。

だが、岸波の頭に、過去に自分がやってしまった事が思い起こされ、自信を喪失してしまう。

果たして嚮導艦として、3人も引っ張っていけるのかと。

その手を山風と望月がそっと握った。

 

「多分ね………岸波はこれからも誰かを助けたくなると思うんだ………。でも、その時に都合よく大潮達がいるとは限らない………。だから、第二十六駆逐隊として、あたし達はその助けになりたい………。岸波の心を守る手伝いを………したい。」

「山風………。」

「人助けなんて柄じゃないけどさ~、只でさえ刹那的に生きる駆逐艦なのに、岸波のような艦娘が1人でいたら危ないじゃん。そういう時は、あたし達を頼ってくれればいいよ。」

「望月………もう、貴女達が言っても説得力無いわよ。」

『中破してまで庇いに来た駆逐艦に言われたく無いよ。』

「そうね………ふふっ。」

「あ、岸波笑った!」

 

思わず笑みを見せる岸波に、それまで様子を見ていた舞風が笑顔で手を叩く。

岸波はその言葉に、そう言えばここ最近、自然に笑った事がほとんど無い事に気づかされる。

もしかしたら本当に変わってきているのだろうか?

こんな「罪深い」艦娘でも………。

 

「………最初に言っておくわ。私は確かに今回みたいな行動を起こして、みんなを危険に晒すかもしれない。それでも………付いて来てくれる?」

 

岸波の言葉に、舞風も望月も山風も優しく頷く。

1人より2人、2人より4人。

その包んでくれる艦娘達の想いの力を噛みしめながら岸波は笑顔を見せた。

 

「ありがとう。これから宜しくね、舞風、望月、山風!」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「全く………まだ鎮守府5週の罰の途中なのに………でも、いい笑顔ね。」

「はい………。」

 

その遥か先の建物の影で、愛宕は何処か満足したよう笑みを浮かべていた。

傍には、訓練中に偶然通りかかった磯風が座っていた。

 

「「あの事件」が起きた後で、岸波の満足そうな笑顔を見たのは初めてです。磯風も………変われるでしょうか?」

「変われるわよ。磯風ちゃんが、変わろうと思えばきっと………ね。」

「そうですね………きっと。」

 

愛宕に言われて磯風は立ち上がる。

彼女は何か振り切ろうと首を振ると、しっかりと前を見つめた。



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第21話 ~手紙に想いを込めて~

「ねえ~………。岸波が脳筋なのは今に始まった事じゃないけどさ~………。」

「何?訓練内容に問題でもある?」

「文句も何も………。」

 

梅雨に入り、じめじめとした暑さが出て来たある日の事。

舞風は岸波の提案した訓練内容にゲンナリとしていた。

彼女だけでは無い、望月や山風もそうだ。

というのも、岸波が本日行っている訓練というのは………。

 

「駆逐艦同士でチャンバラを行うのは訓練なの!?」

 

思わず舞風が叫ぶ中、望月と山風もそうだそうだと頷く。

「チャンバラ」というのは、主砲に弾を込めずに打突武器として敵艦を叩く訓練であり、岸波曰く、これは弾や魚雷を失った際の、肉薄した零距離での言わば最終手段であるとの事。

 

「いつも主砲や魚雷に十分な装弾数があるとは限らないわ。何もかも失った時に頼りになるのは深海棲艦相手でも肉弾戦なのよ。」

「その考えを持ってるのは岸波だけだよね~。まあ………だから、あたし達も岸波流を叩きこまれているんだろうけれど。」

「だからって………今日の臨時コーチに………叢雲を連れてくるのは反則………。」

「あら?だったらアンタ達も私と同じようにマストのような槍を使ってもいいわよ?」

 

そう答えるのは、腰まである毛先の切りそろえられたモイストシルバーの長髪を持つ艦娘。

吹雪型5番艦である叢雲で、彼女もまた電や吹雪等と同じ「初期艦」の仲間だ。

こう見えて艦娘としての経歴は長く、秘書艦としての経験もあるらしい。

只、今問題なのは、叢雲自身が近接武装として、マスト状の槍を携えて対応しているという点だ。

これではリーチ等を含め、挑むこちらが不利なのは目に見えている。

 

「大丈夫よ、主砲は思った以上に頑丈に作られているから。握って殴りつければ相手を怯ませる事だって普通に可能よ!」

「舞風は両手持ちの高角砲なんだけど!?どうやって殴ればいいの!?」

「何の為の左右のアームなのよ。遠心力で右の高角砲や左の魚雷発射管で殴れば敵艦は吹っ飛ぶわよ。」

「だから、そんな考えを持てるのは岸波だけだよ~!?」

「ホラホラ、口を動かす暇があるならば手を動かしなさい!私は容赦しないわよ!」

 

こうして、第二十六駆逐隊の艦娘達は、朝から昼までの間、叢雲に散々蹴散らされる事になる。

初期艦である上に改二艦である叢雲の力量は高く、今の岸波達では4人がかりでも中々敵う相手では無かった。

 

「はい、終了。アンタ達、何だかんだ言って結構タフね。」

 

昼休憩を迎える頃には何度も転覆させられてしまい、第二十六駆逐隊の面々は水浸しになる。

そして、整列すると、付き合ってくれた叢雲にお礼を述べる事になった。

 

「訓練ありがとうございます、叢雲先輩。練度向上の為に、また役に立つと思います。」

「思いますじゃなくて役に立てて貰わなければ困るわ。私の手を煩わせたもの。………でも、リンガで怠惰艦をやっていたって聞いてたけど、見違えたわね。あきつ丸も喜んでいたわ。」

「そう言えば………叢雲先輩って、あきつ丸と知り合いなんでしたっけ………。」

「そうよ?第十四駆逐隊のみんなにも世話になったわ。」

 

岸波は、今更ながらにあきつ丸の語っていた武勇伝を思い出す。

叢雲は昔、まだリンガ泊地が拡張される前で小さかった頃、あきつ丸と2人でリンガ泊地に在籍していたという事を。

その時彼女は、長年苦楽を共にしてきた定年間近の老提督と共に、第十四駆逐隊とも関わりを持った事があった。

 

「元リンガ泊地の老提督は?」

「まだまだ元気よ、呉で畑仕事をやっているわ。出張した時はなるべく寄るようにしている。」

「人との繋がりを大事にする叢雲先輩は、人間が出来ていますね。」

「あら?その言葉だと、自分はもう遅いと思ってるんじゃないのかしら?」

「私は………向こうでは本当に怠惰艦で嫌われていたので………。」

 

目を背ける岸波に対し、叢雲は肩をポンと叩く。

若干長身の艦娘を見上げてみると、彼女は笑みを見せながら言った。

 

「アンタの過去は知らないけど、怠惰艦になるまでの経緯を知っている人達ばかりなんでしょ?横須賀での奮闘ぶりは届いているだろうし………ダメ元で手紙、送ってみたら?」

「ですが………。」

「駆逐艦として生きているんだから、やらないで後悔するより、やって後悔しなさい。ちょっとでも前に進もうと思うんならば艦隊の仲間に手本を見せるのが嚮導艦………違う?」

「そう………ですよね。」

 

もしかしたら、叢雲もあきつ丸からそこはかとなく岸波の事情を聞いているのかもしれない。

だから、先輩として背中を後押ししてくれているのかもしれないのだ。

言葉の端々にその力を感じた岸波は、思い切って踏み出してみようと思った。

 

「分かりました。今夜、リンガのみんなに手紙を書いてみます。結果がどうなるかは分かりませんが………。」

 

そしてその夜、岸波はリンガにいる一人一人に手紙を送る事になる。

提督、あきつ丸、夕雲………そして朝霜に。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「そうなんだ。手紙か………。岸波ちゃんも心の中では怖いと思うのに、偉いね。」

 

手紙を書いて1週間後の休暇の日。

岸波の部屋では、穏やかな話し声が聞こえていた。

声の主は朧。

何らかの事情で人間関係かこじれて体調不良に陥っていた彼女は、岸波や舞風達が一緒に墓参りに付きそうようになってから持ち直していた。

流石にまだ漣や曙とは、上手くコミュニケーションを取れてはいないが、こうしてたまに岸波の部屋に遊びに来てくれるようになっていたのだ。

今日も彼女は、実は密かに育てていたアジサイを持って来てくれて、その際にリンガへの手紙の話題が出た。

 

「本格的に嚮導艦になった以上は、いつまでも後ろを向いていたらいけないですからね………。正直、まだ過去を清算する事は出来ませんが………出来る事はやってみようかなと。」

 

そのアジサイの鉢植えに水をやりながら、岸波は答えていく。

本当は手紙を送った所で、返って来る自信は1つも無い。

特に朝霜に至っては過去の出来事からかなりこじれてしまっているのだ。

手紙を即破り捨てられていてもおかしくはないだろう。

 

「ねえ、聞いていい?岸波ちゃんは………仲直りできるならば、みんなと仲直りしたいの?」

「……………。」

 

しばらく沈黙が続いた。

岸波は朧の方を見ると、躊躇いがちに頷いた。

 

「したいです。みんながどう思っているかは分からないですが、私は、嫌いなわけでは無いですから………。」

「そっか………そういう所はアタシと同じだね。」

 

朧はそう言うと顔を上げて何かを思い出そうとする。

 

「多分、岸波ちゃんはリンガで、凄く楽しくて大切な時間を送っていたんだと思うんだ。でも、突如それを理不尽に壊されて………。だから、急に周りと関わるのが怖くなっちゃったんだと思う。」

「朧先輩………どうしてそれを………?」

 

朧の言葉に岸波は衝撃を受ける。

彼女の言葉は、岸波の過去を的確に表していたからだ。

すると、朧は寂しそうに笑いながら言った。

 

「一応、先輩としての勘………かな?私も色々と経験あるから………さ。」

「……………。」

 

岸波の脳裏に、第2代宿毛湾提督の墓が思い起こされる。

薄々そういう気がしていたが、朧は………。

 

「あの、朧先輩はもしかして………。」

「岸波、リンガから手紙来たよーーーっ!!」

 

そこで舞風が封筒を持って部屋に飛び込んで来る。

岸波は思わず言いそびれたと思いながらも、舞風から封筒を受け取り開いてみる。

入っていた手紙は1通であった。

だが………。

 

「宛名は………朝霜!?」

「朝霜さんって………岸波が、一番関係がこじれているって言っていた艦娘じゃなかったっけ?」

「ええ………怨嗟の文章でも書いてあるのかしら?」

「読んでみたら?」

 

朧に言われて、岸波は手紙を開いてみる。

そこにはこう書いてあった。

 

 

第二十六駆逐隊嚮導艦の岸波へ

 

よう。

………って手紙ってどう書けばいいか分からないから、拝啓とか敬具とかは使わないでおくぜ。

本当は夕雲が書く予定だったんだけど、どうしてもあたいに書いて欲しいって泣きだしたから仕方なく書いている。

いいか、本当に仕方なくだぞ。

まあ、前置きはこの位でいいか。

 

まず、最初に言っておく。

あたいは「あの日」の事を許していないし、これからも許す気は無い。

岸波がその事実から目を逸らして怠惰艦なんかになったのもな。

 

でも………横須賀で自分の駆逐隊を結成して、沈みそうになった仲間を助ける為に、鬼や姫に立ち向かっていったって話は、耳に入ってる。

どうしていきなり、そんなに行動的になったのかは分からねえ………いや、絶対に沖波の事が頭に入ってるのは確かなんだろうな。

 

だから、そこだけはあたいも認めなければならねぇ。

………一度しか言わねえぞ。

第二十六駆逐隊の嚮導艦への就任、おめでとう。

 

だが、これが罪滅ぼしだから………とか言ったら横須賀まで行ってぶっ飛ばす。

岸波、もう絶対に「繰り返す」なよ。

お前の大切な仲間達の為に、その力を振るい続けてくれ。

じゃ、こんな所で締めさせてもらうぜ。

 

追伸:横須賀にいる長波や磯風にも宜しくな。

 

                              リンガ泊地を代表して朝霜より

 

 

「朝………ちゃん………。」

「一歩踏み出して良かったね………岸波。」

 

舞風が優しい顔で微笑んでくる。

岸波はコクリと頷くと、目頭が熱くなるのを感じた。

和解………とまではいかなくても、朝霜はちゃんと自分の功績や意志を感じ取り認めてくれていた。

叢雲の言う通り、踏み出した事で岸波は朝霜の心の内を知る事が出来たのだ。

 

「良かった………。私、いいのかしら?こんなに幸せで………。」

「少しずつだけれど踏み出しているのは岸波ちゃんだよ。幸せを破壊された後でも、もう一度踏み出そうと思ったから、新しい幸せを見つけられているんだよ。」

「朧先輩………ありがとうございます!」

 

笑みを浮かべてくれた朧の言葉に、岸波はお礼を言う。

だが、その朧の顔が少しだけ寂しそうな顔をしているのを岸波は逃さなかった。

ここまで他人を褒められるのに、彼女は、岸波と違って新しい幸せを見つけられないのだろうか?

 

「じゃあ、叢雲ちゃんにも報告に行こう。お礼、言わないと!」

「あ、はい!そうですね!」

 

朧の提案に岸波はまた、聞きそびれてしまう。

彼女の心に根深く支配している悲しみを………。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「失礼します。提督、今度は性懲りもなくあたしの靴下の匂いを求めに来たんでしょうか?」

「………だとしたらどうする?」

「「クソ提督」と叫んで、セクハラとして訴えざるを得ません。」

「はあ………ここの艦娘達は愛想が悪い。」

 

一方、横須賀の庁舎の執務室では、大淀を伴った提督が曙を呼んでいた。

彼女は適当に提督の面倒な性癖を受け流すと、要件を聞いてくる。

 

「………で、何があったのでしょうか?」

「お前宛に電話が掛かっている。直接聞いてくれ。」

「電話………?」

 

曙は机の上の電話の受話器を取ると、何処かからっとした口調の艦娘の声が聞こえてくる。

 

「お、曙!元気してる?」

「その声は大湊秘書艦の涼風?一体、あたしに何の………?」

「ちょっと悪い知らせがあってね。………アレから薄雲の様子はどうだい?」

「間が悪い時に暴走して、提督に襲い掛かろうとしたわ。」

「やっぱりか………。」

「?」

 

真剣に考え込む電話の主………ここから北の大湊警備府で秘書艦をやっている涼風の声に、曙は嫌な予感を覚える。

薄雲の暴走を真っ先に聞いて来たという事は………。

 

「まさかと思うけれど………。」

「さっき出撃してきてね。出たんだよ………「深海千島棲姫」が。」

「そんな!?アイツは………!?先輩の魂はあたし達が眠らせたのに!?」

 

涼風からの報告を聞いた曙は、嘗てない程の衝撃を受ける事になった。



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第22話 ~暴走~

その日の夕方、曙の部屋では同部屋の薄雲が布団で眠っていた。

だが、その額には大粒の汗が流れており、うなされている。

 

「う………あ………あ………。」

 

何か悪夢を見ているのだろうか?

嫌な喘ぎ声を出す薄雲であったが、突如その彼女の頭が軽く叩かれた事により、覚醒して飛び起きる事になる。

 

「うわ!?………はあ………はあ………。」

「大丈夫?随分とうなされていたけど?」

「あ、曙………ちゃん?」

 

声の主は、部屋に戻って来た曙。

彼女は洗面所でおしぼりを絞って来てくれたらしく、薄雲に渡してくれる。

 

「ゴメンね………何か最近、悪い夢ばかり見て………曙ちゃんに心配ばかりかけて………。」

「別にいいわよ。只、明日から少しの間、大湊に遠征に行くことになるから、その間は部屋の留守をお願いね。」

「大湊………?」

 

顔の汗を拭った薄雲は、驚いた顔を見せる。

そして気付く。

曙の顔が若干ではあるが、青ざめている事に。

 

「大湊って確か、前に涼風さんが秘書艦を勤めているって言っていた所だよね?一体、何が………?」

「ゴメン、遠征とはいえ任務だから内容までは言えないの。とにかく、明日から外出するから。」

 

疲れたような雰囲気の曙は、そう言うと風呂の支度を始める。

恐らくその遠征という任務を聞く為に、庁舎の執務室に行った帰りに、第一次士官室(ガンルーム)で食事を済ませていたのだろう。

彼女は書類の束を自分のベッドの上に置くと、さっさと風呂へと向かう。

 

「……………。」

 

薄雲は、曙が部屋から完全に去って行ったのを確認すると、そのベッドの上の書類の束を漁り始めた。

そして、1枚の出撃命令書を見つける。

書いてある文字を彼女は凝視した。

 

「「深海千島棲姫」討伐任務………。やっぱり遠征じゃない。曙ちゃんは大湊に行って決着を付ける気なんだ………。」

 

受領印が押してある事を確認すると、薄雲は意を決した顔をしてペンを取り出し、素早く内容を書き換えていく。

更に艤装使用許可書も探し出すと同じく内容を書き換える。

そして、それらを持ちだすと、自分の布団に掛けてあるバッグの中身を確認し、その2枚の書類を入れる。

 

「こんな事をしてゴメンね。でも、これはきっと、私が決着を付けないといけない事だから。」

 

バッグのチャックを閉じて準備をした薄雲は、隣の曙のベッドを改めて見て頭を下げる。

 

「後で死ぬ程恨んで、曙ちゃん。それに………岸波さんも!」

 

彼女は部屋を素早く飛び出すと、なるべく違和感の無いように、堂々とした足取りで駆逐艦寮の廊下を歩いて行った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

日が沈んでいつもの墓参りから帰って来た岸波・舞風・望月・山風、そして朧の5人は、様々な場所を周っていた。

折角、朧がアジサイを育ててくれたのだ。

色々な人達に寄付した方がいいと言った舞風の提案で、鳳翔の店に行った後に装備品保管庫に寄っていた。

ここにはいつも衛兵が立っており、艦娘達の艤装を管理してくれていたから、彼にもアジサイの鉢植えをプレゼントしようと思ったのだ。

やがて、鎧に槍を構えた古風な屈強な男が見えてくる。

 

「おう、岸波か。どうした?」

「アジサイのプレゼントです。朧先輩が大事に育ててくれた物なんですよ。」

「有り難い、家族も喜ぶ。朧もありがとう。」

「い、いえ………喜んで貰えたのならば幸いです。」

 

朧が思わず照れる中、衛兵は岸波を見て装備品保管庫の入り口を開ける。

 

「さて………あんまり無駄話をしている暇も無いだろ。さっさと持って行きな。」

「え?どういう事ですか?私達は、艤装を取りに来たわけでは無いのですが………。」

「ん?何だ?第二十六駆逐隊は、休日を返上して大湊に出張して、深海棲艦を退治しに行くんじゃなかったのか?」

「はい………?」

「何………?」

 

ここで岸波と衛兵の間に認識の違いがある事を悟った一同は、思わず互いの顔を見合わせて事実確認を行う。

 

「第二十六駆逐隊にはそのような命令は来ていません。そもそも誰も出撃命令書や艤装使用許可書は持っていませんし………。」

「艤装使用許可書を少し前に薄雲が持って来たんだ。何でも第二十六駆逐隊に編入した途端、出撃命令が下ったと。出撃命令書も持っていたから許可を出したんだが………。」

「ちょっとその書類、見せて下さい!?」

 

衛兵から書類を受け取った岸波は、その内容を見て目を見開く。

確かに、第二十六駆逐隊の薄雲に対して、艤装使用許可書が出されている。

だが、所々ペンで塗りつぶされた跡があったので、元々別の艦娘への許可書である可能性もあった。

それがスムーズに通ったのは、受領印が既に押されていたからであろう。

 

「だ、誰の命令書を………?」

「ぼの先輩だ………。」

「え?」

「普通に考えれば同部屋の曙先輩しかありえないわ!薄雲は、曙先輩の出撃命令書と艤装使用許可書を書き換えて、勝手に第二十六駆逐隊の任務にすり替えたのよ!」

「何で、わざわざ第二十六駆逐隊に?朧、分からないんだけど………。」

「随時駆逐艦娘を募集している艦隊だから、新規に編入したという理由を付けても、誰にも気付かれないと思ったんです!」

「ちょっと待っていろ。………どうやら、当たりみたいだ。」

 

無線を使って執務室と連絡を取っていた衛兵が、岸波に渡してくれる。

声の主は、横須賀の提督であった。

 

「先程、曙が血相を変えて飛び込んで来た。どうやら風呂の間に薄雲がやらかしたらしいな。」

「すぐに出撃して回収してきますので、口頭で許可を貰えないでしょうか?」

「いいのか?休暇中だぞ?」

「曙先輩は、明日の本来の出撃に備えないといけません。そもそもどんな形であれ、第二十六駆逐隊に編入したのならば、私達が探しに行くのが妥当だと思います。」

 

恐らく、岸波は事後処理の面も考えたのだろう。

薄雲の暴走を第二十六駆逐隊が止めるのが、一番スムーズにいくと思ったのだ。

一応、舞風・望月・山風にも確認を取ろうとするが、彼女達は既に岸波の指示に従う様子を見せていた。

 

「やれやれ、早速岸波のお人よし癖が出たね~。」

「夜は怖いけど………みんなで出れば大丈夫だよね。」

「舞風も準備万端でーす!行こう、岸波!」

「ありがとう、みんな。………というわけでお願いします、提督。」

「分かった。残りの休暇は大淀に頼んで後に精算して貰おう。では………。」

「待って!」

 

岸波の意見に同調した提督が出撃命令を出そうとした時であった。

それまで後ろで状況を見つめていた朧が、いきなり手を上げて前に出て来たのだ。

 

「その艦隊………朧も入れて!」

「朧先輩………?でも………。」

「多分、ぼのぼの………じゃなくて、曙ちゃんは今凄く混乱していると思うの。今まで迷惑を掛けた分、少しでも助けになりたい!」

「一時的とはいえ、指揮下に入るのならば呼び捨てとため口になりますよ?」

「大丈夫!………それで宜しいでしょうか、提督?」

「朧………アンタ、本当にいいの?あたし、アンタに対して何も出来て無いのに………。」

 

通信を送って来たのは、提督でなく曙であった。

かなり混乱しているのか、涙声であった。

朧は頷くと、曙に対して言った。

 

「今まで言えなかったけど………ぼのぼの、出会った途端に逃げてばかりで、本当にゴメンね。今更、仲良くして………なんて言えないけど、朧も頑張るから!」

「……………お願い………あの子を助けてあげて!」

 

これで提督と曙、そして衛兵の許可を貰った5人は艤装を装着して桟橋へと向かう。

出撃許可を口頭で貰った分だけ、時間は短縮できているはずだ。

岸波は捜索用の探照灯を持つと、単縦陣で舞風・山風・望月・朧と並ばせた。

 

「第二十六駆逐隊、抜錨!捕まえに行くわよ、薄雲を!」

 

そして、大声で号令を出すと、夜の海に抜錨していった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「はぁ………はぁ………。」

 

薄雲は、夜の海を北東に向けて最大戦速で航行していた。

我ながら、物凄く身勝手な事をしたものである。

曙の命令書と許可書を勝手にくすねて書き換えて、岸波の駆逐隊を巻き込んでしまったのだから。

 

「後で………思いっきり殴られるかな………。う………。」

 

少し自嘲気味に笑った薄雲は、夕食の代わりに取った乾パンを思わず吐き出す。

実は、薄雲は艤装を付けると体調不良に陥る。

その原因は検査をしても不明で、明らかにされていない。

いや、実際には何となく自身の心の中で分かっているのだが………。

 

「曙ちゃんにその内容を言った時には驚かれたな………。同時にあんなに心配を掛けちゃって………。ん………?」

 

1人呟いていた薄雲は気付く。

前から何かが、水飛沫を上げて飛んで来るのが。

それが魚雷だと気付いた時、彼女は反射的に取舵を取って左にカーブをして回避していた。

 

「し、深海棲艦!?………うぷ!?」

 

再び吐き気に襲われて残りの乾パンも胃の中から吐き出した薄雲は、口を拭いながらも敵の編成を確認する。

軽巡洋艦ホ級1隻と駆逐艦イ級2隻だ。

エリート級やフラッグシップ級では無いから、本来ならば駆逐艦娘でも楽勝の相手のはずだ。

………薄雲が今1人でなく、また体調が万全の状態であるのならば。

 

「参ったな………。でも、ここで苦戦しているようじゃ………!」

 

敵艦の放ってきた砲撃を蛇行して回避しながら、薄雲は6本ある魚雷を1本ずつ撃っていく。

だが、蛇行する度に派手な頭痛に襲われて、中々敵に狙いが定まらない。

3発目でようやくイ級1隻に当たり爆発させて、5発目で更に別のイ級1隻を撃沈する。

 

「後は………ホ級!でも、魚雷は残り1つだから慎重にいかないと!」

 

最後の魚雷を撃とうとするが、そこでホ級が再び口から魚雷を発射してくる。

遠近感が狂っていて、距離が思った以上に近づきすぎていた事に気付いた薄雲は、回避できないと悟り、反射的に魚雷を撃って相殺させてしまう。

 

「わ!?」

 

派手な水柱が目の前で立ち、視界が塞がる。

その隙を狙ってか、ホ級は、水柱の中からその石のような図体で薄雲に体当たりして来て、のしかかる。

 

「ひ………!?」

 

そのまま巨大な口で薄雲に噛みつこうとするホ級の姿に、ガチガチと歯を震わせた薄雲は、咄嗟に手持ちの連装砲を口内に突き付け乱射する。

深海棲艦の黒い血と悲鳴が飛んで来るが、そんなのに構っている暇はなかった。

とにかく、敵艦が力を失うまで乱射した薄雲は、その図体を、力を入れて押し飛ばす。

ホ級はそのまま海の底へと沈んでいった。

 

「……………。」

 

海戦が終わっても、薄雲は起き上がれなかった。

深海棲艦は運よく片付けられた。

だが、次があって、より強い艦種が出て来たら………。

 

「これじゃあ、先が思いやられるなぁ………。」

 

力を使い果たした薄雲は、そのまま海上で気絶した。



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第23話 ~奥底に沈む記憶~

「それにしても………岸波~、薄雲ってこんな思い切りのいい艦娘だったっけ?あたしの知る限りだと、大人しいイメージがあるんだけど。」

 

約1時間後、海上を北東の大湊方面に進みながら、岸波達第二十六駆逐隊は薄雲を捜索していた。

その最中に、望月はふとした疑問を投げかけてくる。

どうやら睦月型である彼女は、こういう所でも情報通であるらしい。

 

「佐世保から出張して来ている割には、横須賀の事情にも詳しいのね。」

「「艦」が横須賀の近くの浦賀出身なんだよ。つまり、岸波と同郷。だから、横須賀の事もちょーっと調べていてね。」

「望月ってぐーたらしなければ………補佐として優秀なのに………。」

「別にいいだろー?仕事する時に仕事していればー。なー、岸波!」

 

肩をすくめる山風の言葉に、ブーブー文句を返す望月。

実は、第二十六駆逐隊に正式に配属された艦娘が4人になった事で、岸波は一番知識量が多い望月を補佐に据えていた。

朝潮から聞いた話だと、自身が混乱した際も、艦隊に対し的確な指示を送ってくれたらしい。

それが、自己犠牲ともいえる行動に繋がり、山風の怒りを買ったともいえるが………。

 

「望月はやっぱり、今回の薄雲の行動に違和感を覚えているのね。」

「曙が話さない部分もあるからだと思うけど、薄雲の過去って案外意味不明じゃん。朧は何か知ってるの?」

「ううん………。多分、アタシが関係をこじらせた後の出来事だと思うから………。」

「舞風は?曙の下にいたんだろ?」

「私を含めて横須賀のみんなも詳細までは………。」

「とにかく、何か重大な命令違反を犯してでも、大湊に行きたかった理由がある。そういう事に………。」

「あ、岸波!あそこ!」

 

岸波の付けていた探照灯の光を見て、2列目の舞風が叫ぶ。

海上に、気を失った艦娘が浮かんでいた。

それが薄雲だと気づいた岸波達は、速力を徐々に緩め微速まで遅くすると、慎重にその周りを囲む。

少女は気を失っており、海面を浮かんでいた。

魚雷を失っている所と深海棲艦の黒い返り血を浴びている所を見ると、海戦があったのだろう。

かなりの無茶をしたのだと思った岸波は、残りの4人に四方を警戒して貰うようにお願いすると、薄雲の頬を何度か叩き、彼女の覚醒を促す。

 

「あ………れ………岸波………さん………?」

「意識はあるみたいね。とにかく、まず生きていて良かったわ。」

「そっか………。私、二十六駆逐隊の名義で身勝手な事しちゃったから、みんなの手を煩わせる事になっちゃったんだね。ゴメンなさい………。」

「謝るよりも、先に言わなければならない事があるでしょ?」

 

探照灯を切った岸波は、薄雲の身体を起こし、座り込んだ自分の顔に向けると、静かに問う。

 

「教えて。貴女がここまで暴走してでも大湊に向かいたかった理由を。」

「そうだね。でも、何から説明すればいいのかな………。」

「ゆっくりでいいわ。全部教えて。」

 

岸波の言葉に、薄雲は自分の肩に耐水性のカバンが掛けられている事を確認すると、その中から注意深く紙を取り出す。

それは、薄雲自身がすり替えた曙の出撃命令書であった。

 

「「深海千島棲姫」討伐任務?聞いた事のない深海棲艦ね。貴女は知っているの?」

「信じられないかもしれないけれど………その深海棲艦は、轟沈した初代薄雲さんなんだ。」

「ええっ!?」

 

思わず驚きの声を上げたのは朧。

初代薄雲は、初代天霧と初代狭霧と共に、曙達第七駆逐隊の教育に携わっていたと聞いている。

 

「朧、貴女はその深海棲艦に心当たりは無いの?」

「繰り返すけど、その頃はアタシ、ぼのぼの達とは関係がこじれていたから………。でも、後から先輩の魂は、ぼのぼのが責任を持って眠らせたって漣ちゃんから聞いたよ?」

 

朧の言葉と最初に墓地に連れられた時の曙の言葉、そして萩風が深海棲艦化した駆逐水鬼の事例と照らし合わせ、岸波は情報を整理する。

恐らく船団護衛任務で轟沈した初代薄雲は、その後、深海千島棲姫となって人類に牙をむいたのだろう。

曙は、その先輩が変貌した深海棲艦を撃沈した。

その結果、艤装の新たなる適合者が見つかる事になり、今ここにいる2代目薄雲が存在している。

ところがその先輩………深海千島棲姫はまだ生きており、討伐任務が曙に下される事になった。

 

「大体その深海棲艦に付いては理解して来たけれど………猶更貴女が、ぼの先輩の任務を横取りしてまで大湊に向かおうとした理由が分からないわ。」

「私ね………「薄雲」の艤装と適合する事は出来たけれど、中途半端なんだ。」

「どういうこと?」

「艤装を装着して海に出ると、猛烈な頭痛と吐き気に襲われて思うように航行出来ないの。」

「つまり………艤装を付けて実戦が出来ないって事じゃない。」

 

そう言えば、薄雲が出撃している所を見た事は無かったな………と今更ながらに岸波は気付く。

仮に訓練が出来ても実戦が無理であるのならば、今回の暴走はより危険な物であると言える。

 

「益々大湊に向かいたい理由が分からないわね………。」

「この症状が出たのは、最初に近海警備の任務に出撃しようと抜錨した時なの。急に自分の知らない記憶がよみがえってきて………。」

「知らない記憶………?」

「そう………初代薄雲が轟沈する時の記憶と、深海千島棲姫が曙ちゃんに撃沈される時の記憶だよ。」

『!?』

 

一瞬、空気が固まる。

どういう原理かは分からないが、2代目薄雲の頭に初代薄雲に関係した記憶が降り注いできたというのだ。

 

「それ以降、艤装を外していても悪夢として見る事が多くて………。私はね、何かしらの原因によって初代薄雲と未だに艤装を通して繋がっているから、こんな現象が起こるんだって考えている。」

「まさかとは思うけれど、貴女が興奮すると自我を失って暴れそうになるのは………。」

「深海棲艦である初代薄雲の意識に乗っ取られるのかもしれない………。」

 

嘗て艤装を付けた曙を殴り飛ばした薄雲の姿を思い出し、岸波は何か尋常でない物に支配されていたのかと納得してしまう。

よく考えれば、あの時は濁った眼で横須賀の提督を襲おうとしていたし、それは深海棲艦としての初代薄雲の本能であったと考えれば不思議と辻褄が合った。

 

「………その2つの記憶、どういう物か聞いてもいい?」

「うん………。1つ目の記憶はあまり気分のいい物じゃないけれど………。」

 

薄雲は説明を始める。

船団護衛をしていた初代薄雲は、主機と艤装の缶をやられて海上で動けなくなってしまった。

深海棲艦達は、そんな無防備になった艦娘の手足を食い千切り、絶望と恐怖と激痛を与えながら沈めていったのだと。

 

「そ、それ………酷過ぎる………。」

「悪夢で見るんだろ?大丈夫なのか?」

「慣れたから平気。勿論、全身をバラバラにされるような感覚はあるけれど………。」

 

山風と望月が思わず身震いする中で、薄雲は少し荒く息を吐きながら答える。

想像を絶するような痛みを、眠る度に味わう危険性があるというのだ。

無論、好んで見たい夢ではない。

 

「もう1つの深海棲艦としての記憶は………?」

「よく分からないけれど、苦しみ悶えながら戦っているんだ。目の前には曙ちゃんや、多分、潮ちゃんかな?そんな艦娘達が動揺していて………。」

 

気付けば、深海棲艦である自分に、徹底的に砲撃等が注がれていた。

最後は物凄く辛そうな顔をした曙が魚雷を叩き込んで来て、熱波に包まれて燃え上がり、激痛にのたうち回りながら沈んでいった。

 

「し、深海棲艦の立場とはいえ、見たくない夢だね………。曙さんはその事を知ってるの?」

「知ってるよ。最初、海上に出た時に一緒にいたから、真っ先に説明しないといけなかったもの。」

「………という事は、提督や大淀先輩も知っているって事ね。」

 

岸波は成程………と思った。

曙が薄雲を同部屋にしていたり、妙に彼女に対して過保護な傾向があったりしたのは、そういう事情があったからなのだろう。

墓地で大潮とかが知っていたのは、どうすればいいのか彼女達に相談をしていたからだと言える。

そんな岸波の顔を見て、薄雲は更に説明をする。

 

「ここからは、曙ちゃん達も知らない事。実は、今日3つ目の悪夢を見たの。」

「3つ目………?」

「うん………また、深海棲艦になって襲っている夢なんだけど、相手が違うの。潮ちゃんはいるんだけれど、曙ちゃんはいなくて………代わりに大湊の秘書艦である涼風ちゃんがいたんだ。」

「つまり………深海千島棲姫が復活した事が予測できたって事?だから、ぼのぼのが大湊に行くって聞いて、反射的に決着を付けに行こうとしたって分かったんだ………。」

「はい………それで、曙ちゃんの出撃命令書を見て、居てもたってもいられなくて………。」

「無茶をするわね、本当に………。」

 

岸波はそう嘆息すると、ここまでかかった時間と横須賀から大湊までに必要とする予測時間を頭の中で計算してみる。

大体、半分位の距離であるはずだ。

つまり、ここから引き返すのも、逆に大湊に向かうのも、同じ位の時間を要する。

 

「ねえ、岸波………もしかして………。」

 

岸波が考えている事を悟った舞風が、思わず聞いてくる。

彼女は薄雲の顔を見ると、自分達の任務内容を告げる。

 

「当たり前だけれど、私達は貴女を横須賀に連れ戻す任務を受けて出撃してきたわ。こんな身勝手な事、許されないもの。」

「そうだね………、でも、私は………この任務だけは私の手で決着を付けたい。初代薄雲とのねじれた繋がりは………私の手で絶たないと。」

「ぼの先輩に聞かれたら、殴り飛ばされるわよ?」

「元々その覚悟だよ。でも………曙ちゃん達だけに辛い真似をさせたくない。私は………私の手で過去の因果を絶ち切る!」

「……………。」

 

力強く答えた薄雲の顔を………その真剣な瞳をしばらくじっと見ていた岸波は、深く溜息を付くと電探を弄り出す。

この距離では、横須賀と無線で会話する事は出来ない。

だが、長距離通信を飛ばす事は辛うじて可能であった。

 

「岸波………さん?」

「1つ約束して。どんな理由であれ、貴女は第二十六駆逐隊に正式に転属した。だとしたら、因果は貴女の手で絶ち切る物じゃないわ。」

「それって………。」

「貴女だけでなく、私達の………第二十六駆逐隊の手で絶ち切る。それが、艦隊として………駆逐艦娘としての決まりじゃない?」

 

岸波はそう言いながら、長距離通信を送っていく。

薄雲を………大湊に連れて行くと。

 

「岸波~、今度は艤装を背負って鎮守府何週するつもり?」

「10週位は必要じゃないかしら?だから、強制はしないわ。」

「うーん、この時期、横須賀はじめじめして暑いんだよね~。過ごすなら涼しい場所がいいかな~?山風は?」

「夜の暗い中………横須賀まで1人で帰るのは怖いから岸波にくっついていくしかない………。」

「もー、望月も山風も素直じゃないなー!ここは、仲間だから付いていく!って素直に言えばいいのに。」

「え?え?」

 

マイペースに艤装のチェックを始める望月・山風・舞風の3人の第二十六駆逐隊の艦娘達を見て、薄雲は驚く。

臨時で加入していた朧は、その様子を見ながら笑みを浮かべた。

 

「何だかんだ言って、みんな薄雲ちゃんの覚悟と岸波ちゃんのお人好しに付き合う気満々なんだよ。それがきっと、第二十六駆逐隊なんだから。」

「お、朧さんは………?」

「アタシも、今は第二十六駆逐隊。それに、一応第七駆逐隊の一員だよ?今の話を聞いて、薄雲ちゃんと同じ気持ちは持ったよ。」

「……………。」

 

思わず固まった薄雲に対し、岸波は立ち上がると手を伸ばし、しっかり掴む。

それにつられて立ち上がった艦娘を見ながら、第二十六駆逐隊の嚮導艦は言った。

 

「じゃあ改めて………ようこそ、第二十六駆逐隊へ。歓迎するわよ、共に行きましょう………大湊へ!」

「………はい!」

 

満面の笑みで応える薄雲の声を聞き、岸波達は進路を北に取る。

大湊へ………過去との因縁に決着を付けようとする艦娘の姿をその目に焼き付けながら。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「随分、アグレッシブになったねぇ………曙の舎弟も。」

「アグレッシブになり過ぎよ………とはいえ、半分は隠し事をしていたこっちの責任だけども。」

 

その頃、岸波の長距離通信を執務室で受け取っていた曙は、提督の許可を貰って大湊の涼風へと電話をしていた。

なるべくならば、薄雲を巻き込みたくは無かったが、こうなった以上は仕方がない。

 

「あたし達も準備してそっちに向かうわ。まずは出迎え宜しくね。」

「任せなって。こっちには潮もいるからね。朧と共に積もる話もあるだろ?」

「折角だし、漣も連れてくわよ。美味しいコロッケを待ってるわ。」

 

そう言うと、曙は肩を鳴らして新たに用意された命令書と許可書を秘書艦の大淀から受け取る。

提督が、若干ニヤニヤしながら語りかけて来た。

 

「どうだ?岸波の成長っぷりは?」

「色々と教えていたつもりが、教えられる立場になりました。………全く、誰があんな影響を与えたんだか。」

「面白いジョークだ。」

「今度はパワハラで訴えますよ?」

 

曙は提督に軽く牽制しておくと、大淀と共に執務室を後にした。



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第24話 ~コロッケを頬張りながら~

夜が明ける頃、岸波達第二十六駆逐隊は大湊警備府へと到着する事になる。

最初こそ艤装装着の影響で具合が悪そうな薄雲であったが、不思議な事に大湊に近づけば近づく程、持ち直してきていた。

それ自体は喜ばしい事なのだが、これが大湊に潜んでいるという深海千島棲姫と関係しているというのならば、危惧しないといけない事であった。

 

「まあ、分からない事を考えても仕方ないんじゃない?あたし達にだってまだまだ上から知らされていない事があるんだし。」

「そうね………さて、まずは命令違反を犯して来た以上、どうやって提督や秘書艦に挨拶をするかだけど………。」

「岸波、桟橋の方に誰かいるよ?」

 

舞風が指し示す方角に従って、岸波は桟橋に注目してみる。

見れば、2人の艦娘が出迎えをしてくれていた。

1人は少し青緑がかったかなり小柄の青髪のショートヘアの艦娘で、若干キツイ表情で腕組みをしている。

そして、もう1人は長い青髪の、背丈の割にはスタイルのかなり良い艦娘で、笑顔でこちらに手を振っていた。

 

「あの人達は………?」

「潮ちゃん!手を振っているのは潮ちゃんだよ!」

「あの人が潮先輩!?」

 

手を振り返した朧の言葉に驚いた岸波は、やがて桟橋へとたどり着く。

そこにはニコニコ顔で綾波型10番艦の潮が………あの第十四駆逐隊の一員であった潮が出迎えてくれた。

 

「皆さん、大湊へようこそ!久しぶりですね、朧ちゃん。元気そうで本当に良かった………!」

「あ、うん………ゴメンね。色々あって心配掛けさせちゃって………。」

 

朧の言えない過去を知っているのか、こうして大湊までやってきてくれた事を素直に喜ぶ潮。

その姿を思わず直視できず、朧は頭を下げるが、潮はその手を掴んでぶんぶん振る。

 

「生きていてくれるだけでいいですよ!………紹介しますね、こちらの子は海防艦娘の福江ちゃん。」

「択捉型10番艦の福江だ。大湊を守れる艦娘になれるように頑張っている。秘書艦の涼風さんが、横須賀から電話で第二十六駆逐隊の今回の命令違反を聞いて笑っていたよ。曙さんは、勇猛な駆逐艦を育てたって。」

「………これは、私もぼの先輩に会ったら一発覚悟しておかないといけないわね。で、提督に会いたいのですが………。」

「提督は諸事情で会えないけれど………秘書艦の涼風さんなら大丈夫ですよ?案内しますね。」

 

岸波が頼むと、潮達はまず、装備品保管庫へと案内してくれる。

そこで各々の艤装を仕舞うと、専門の業者がチェックしたり、魚雷等失われた装備を補充してくれたりする流れになる。

そして、庁舎へと案内されると、廊下を歩いていく事になる。

 

「ねえ………岸波。最初の挨拶は任せて………。」

「山風………?珍しいわね、貴女が積極的に前に出るなんて。」

「山風は、涼風とは第二十四駆逐隊で海風と江風と一緒に組んでいたんだよ~。だから顔見知りってわけ。」

「こういう時は、知り合いの方がスムーズにいくと思うから………。」

 

そういうわけで、山風を先頭にして岸波達は秘書艦室に入っていく事になる。

中では、濃い青髪のロングヘアーを、紫色のリボンで二つ結びにしている艦娘が、書類仕事に没頭していた。

 

「久しぶり………涼風。秘書艦室に真っ先に案内されたって事は、大湊の提督は相変わらず寝込んでる………?」

「お、山風か。噂は聞いてるよ。心無しか顔つきが変わったねぇ。………そうそう、もうすぐ夏だから大丈夫だって言って、寒中水泳を長時間やっちゃって。お陰であたいは書類仕事に編成に出撃にてんてこ舞いだよ。」

「す、凄いバイタリティですね………。」

 

平然と滅茶苦茶な事を言ってのけた涼風に、岸波は思わず感嘆の声を漏らす。

秘書艦業務をこなしながら………と思いきや、提督代理や艦娘としての出撃までやっているというのだ。

正直、敏腕ってレベルの話では無い。

 

「まあ、流石に出撃する時は秘書艦代理を誰かに任せるから、大湊ががら空きになる事は無いさ。で………そっちの駆逐艦娘が岸波かい?」

「はい、第二十六駆逐隊の嚮導艦を務めています。今回はご迷惑をお掛けしました。」

「いいっていいって。イキがいいのは大歓迎だからね!岸波のお陰で山風や望月がやる気を出してくれたし、それに大湊の対深海棲艦に対する戦力も充実する!いい事だらけじゃねーかい!」

「そう言って貰えると幸いです。」

「ま………積もる話は、食事をしながらでもしようじゃないか!あたいも早朝に書類を纏めた関係で、丁度朝飯が欲しくなった所だからね。その間に福江に頼んで、部屋を準備させるよ。」

「宜しくお願いします。」

 

ハイテンションな秘書艦に対し、岸波はあくまで淡々と答えていく。

もう少し砕けた口調でも良かったのかもしれないが、一応嚮導艦としてのスタンスは貫く事にした。

 

「じゃ、外出許可書。」

「………警備府の中で食べるのでは無いのですか?」

「美味しいコロッケの店があるんだよ。………今の時間なら人もほとんどいないからね。」

「成程………。」

 

恐らく、薄雲の事を詳しく聞きたいのであろう。

涼風達の事情を理解した岸波達は素直に従い、彼女達に連れられて庁舎を後にする。

程なくして目的の店に辿り着いた一向は、人のいない食堂に入り、コロッケの定食を注文する。

食事が来るまでの間、岸波は薄雲の事情について一応小声で説明していく。

先代薄雲の事、そして深海千島棲姫との繋がりの事。

 

「自分でケリを付けるなんて、漢気のある話じゃないかい。………まあ、艦娘は女だけど。」

「あの後、深海千島棲姫はどうなっていますか?」

「今の所、報告は無い。只、最初に出会ったのが夜だから、駆逐艦としての力を最大限活かせる時間帯を狙っているのかもしれないね。」

 

薄雲の質問に、涼風は一転、冷静な顔で答える。

敵味方を含め、駆逐艦が本当の力を発揮できるのは夜戦だ。

小さな体で大型の敵艦すら沈めるその姿は、味方からすれば惚れ惚れする物である。

逆に夜戦だと空母等は夜偵を積まないと航空戦が出来ないので、そういう意味では役割分担がしっかりと出来ていると言えた。

だから岸波は問う。

 

「深海棲艦の艦隊に空母はいるんですか?」

「それが、あの黒い一つ目のたこ焼きのような夜偵を積んだヌ級がいるんだよねぇ。お陰でこっちの編成も、対空装備を考えないといけないから面倒なんだけど………。」

「………失礼ながら、もう涼風先輩が提督業も兼任した方がいいのでは?」

「ま、今の提督にくっついてきた時に覚悟してた事さ。………と、コロッケが来たね。」

 

お待ちかねのコロッケ定食が来た事で、一同は会話を中断して食べていく。

秘書艦が美味しいと言うだけあって、確かに満足のいく味であった。

 

「どうだい?うまいだろ?」

「はい………で、続きですが、敵の規模はどれ位ですか?」

「そーだねぇ………最初に見つけた時は、まだ本土から離れていた所だったし、すぐに気付いて逃げられたから良かったんだけど………。」

 

涼風はそう言うと、再度周りに人がいない事を確認した上で、小声で呟く。

 

「艦隊3つ分………18隻以上は軽くいるみたいなんだよね。」

『!?』

 

思わずむせそうになる一同に対し、涼風は落ち着くのを待ってから言う。

 

「だから、艦娘の数に余裕のある横須賀の鎮守府から、艦隊を募っている所なんだよ。今回、岸波達が命令違反をして来てくれたのは、ホントラッキーだったんだよねぇ。」

「た、対抗策は考えてるんですか?例えば連合艦隊とか………。」

 

連合艦隊とは、2つの艦隊を特定の艦種を混合して組み合わせる事で作る12人の艦隊だ。

こうする事で、より大規模な作戦を行う事が出来る。

只、涼風が考えているのは、もっと別の方法であった。

 

「連合艦隊だと、あまり自由に陣形を組めないからねぇ。ここは思い切って、敵艦隊と同じく、独立した艦隊を3つくらいつぎ込んで、互いを支援しながら連携を取り合うのがいいんじゃないかなって思ってんだ。」

 

これまた中々興味深い海戦の方法だと、岸波は感じた。

練度の高い通常の艦隊を複数つぎ込む事で、敵の艦隊を翻弄しようという作戦は、チームワークさえ取る事ができれば理に適っていると思えた。

後は、岸波達以外の2つの艦隊がどんな編成になるかだが………。

そこで、彼女の意図を察してくれたのか、涼風が先に答えてくれる。

 

「後2つは、大湊に所属する潮とかがいる艦隊と、曙が率いて来る予定の艦隊。………確か、曙は漣を巻き込むって言ってたっけ。」

「大湊ですが………久しぶりに第七駆逐隊が揃いますね。」

「うわー………何かそう考えると壮大な作戦のような気がしてきたな………。」

 

嬉しいような申し訳ないような、そんな複雑な顔を見せるのは朧。

彼女の過去に関してはまだ分からないが、これを機に仲間達との縁が回復出来ればいいと岸波は思った。

それと同時に………。

 

「第七駆逐隊全員が、嘗ての嚮導艦と対峙するのは………何かしらの因果を感じさせますね。」

「むしろ、この機に立ち会えるのを幸運だと思うしかないね。さてと………そろそろ福江が部屋の準備をしてくれているだろうから、行こうとしよっか!」

 

全員が食事を終えたのを確認した涼風の言葉で、一同は食堂を後にする事になる。

涼風はまだ書類仕事があるから………と言って、庁舎前で別れる事になり、潮に連れられて寮へと案内される。

流石に横須賀と違い、艦種はごちゃ混ぜであったが、その分様々な面々がいるような気がした。

 

「今更だけど、岸波の姉妹はいるの?」

 

歩いている途中、舞風が問いかけて来る。

その声を聞いて、岸波は困った顔をする。

というのも………。

 

「実は姉妹と距離を取るようになってから、誰が何処に転籍になって散らばったのか全然分からないのよね………。夕姉と朝ちゃんがリンガにいる事しか知らなかったのよ。」

「そう言えば嵐に指摘されるまで、長波が横須賀にいる事も知らなかったんだっけ。後は確か、扶桑さん達がトラック泊地で高波を見たって言っていたよね。」

「帰ったら、長姉に聞いてみるのも手ね………。とりあえず、潮先輩………この大湊警備府に夕雲型は………。」

「やっぱ、分からなくなってたんだね~、岸波。」

「まあ、仕方ないでしょ。事情が事情だったんだから。」

 

確認しようとした岸波の耳に、2人の艦娘の声が聞こえてくる。

廊下の先を見渡してみると、スケッチブックらしきタブレットを携えた栗毛に近い茶色の長髪をポニーテールにした艦娘と、かなり長身で黒味がかった茶色の長髪をポニーテールにした艦娘が立っていた。

 

「秋姉………風姉………?」

「おお!?岸波の独特のお姉ちゃんの呼び方、久々に来たーーー!?これはレア物だよ!表情スケッチしとこ!」

「だからアンタは………、でも、私も少し嬉しいな。岸波がまた私達の事、そう呼んでくれて。」

 

立っていたのは夕雲型に近いと言われている陽炎型19番艦の秋雲と、夕雲型3番艦の風雲であった。



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第25話 ~大湊の主力艦達~

「秋姉、風姉………横須賀に居ないと思ったら、大湊に転籍していたのね。」

「そうそう、秋雲達はここで夏と冬のコミケに備えて………痛っ!?」

「再会していきなり何を言ってるのよ!?………ゴメンね、秋雲が相変わらずで。」

 

会って早々、自分の趣味を自慢する秋雲にチョップを叩き込む風雲。

実は、毎年のように秋雲は、横須賀周辺で行われている同人誌即売会に有休を使って突撃をして、自身の作品を売ったり他者の作品を買ったりしている。

………アシスタント兼売り子として、風雲を巻き込んで。

 

「変わっていないようで安心したわ。………秋姉も散財癖が治っていないみたいだけれど。」

「必要経費だって!スケッチするには耐水性で丈夫で繊細な物じゃないとダメなんだよ!」

 

その為には最高級のタブレット等を使う必要があるというのが、秋雲のポリシーというわけであり、実は危険手当も合わせて、それなりに高額である艦娘の給料をつぎ込んでいるのだ。

これは、刹那的に生きる駆逐艦ならではのお金の使い方とも言えるらしく、例えば前に深雪に聞いた話だと、呉の磯波は撮り鉄の趣味がある為、高額カメラを衝動買いしてしまう事があるらしい。

尤も、磯波のカメラにしろ、秋雲のタブレットにしろ、海戦で敵の詳細な情報を持ち帰るのに役立つのだから、あまり文句は言えない。

だからこそ、岸波は聞いてみた。

 

「ねえ、秋姉。いきなりで悪いんだけど、深海千島棲姫を大湊の近くで見つけた時、貴女は艦隊にいたの?」

「いたよ。風雲と一緒に涼風さんや潮さんの艦隊に入っていたからね。」

「じゃあ、その姿………スケッチしている?」

「勿論。………成程、確認しておきたいんだね、ちょっと待ってて。」

 

秋雲はタブレットを弄り、深海千島棲姫の姿を出す。

そこには、長い白髪の鬼女が映し出されていた。

両手には深海棲艦を模した単装砲を構えており、背中には煙突型の艤装があり、両腰には3連装の魚雷が備え付けられていた。

その鬼女の緑の瞳を見た岸波は、同じく覗き込んでいた朧に確認を取る。

 

「どう………?」

「うん、先輩だ………。間違いなく、初代薄雲先輩だよ。」

「ん?どういう事?」

 

ここで秋雲達が首を傾げたので、岸波は潮に確認を取った上で説明をしていく。

深海千島棲姫、初代薄雲、そして今ここにいる2代目薄雲との関連性を。

 

「随分、深い因縁が貴女にもあるのね………。」

「うん。この深海棲艦が、私達が倒すべき敵………いえ、救うべき人なんだ。」

 

タブレットを見つめながら呟く薄雲の声に、秋雲と風雲は顔を見合わせると黙り込む。

多分、彼女達も艦娘と深海棲艦の関係に付いて考えているのだろう。

だが、上からの情報統制で謎に包まれている部分がある以上、そう簡単に答えが見つかる物では無い。

 

「憶測で色々と話すべき場面じゃないか………。それはともかく、遅くなったけれど第二十六駆逐隊のみんな、岸波が色々とお世話になっているわね。姉としてお礼を言わせて………ありがとう。」

「あ、いや………私達も岸波にお世話になっているし。」

「脳筋の訓練で………鍛えられている………。」

「あたし達もいつかはマッチョになるのかもねぇ?」

「私も助けられた以上は、マッチョになっても文句言えないかなぁ………。」

「朧は、実は腹筋とかは自信あるんだよね。」

「貴女達………私の姉達への挨拶がそれ?」

 

結構辛辣な評価をする第二十六駆逐隊の面々の言葉に、思わず振り返って睨みつける岸波。

その様子を見て秋雲と風雲と潮は笑った。

 

「あはは!岸波もいい仲間に出会えたね!こりゃ、冬のテーマに………あだっ!?」

「だーから、アンタは!………でも、岸波を変えてくれて感謝しかないわ。」

「いいチームですよね。岸波さん、みんなを大切にして下さいね?」

「大切にしますよ………こんな面々でも、纏める立場である嚮導艦をやっていますから。」

 

ふうとため息を付く岸波。

その様子を満足そうに見た潮は、皆を部屋に案内すると告げる。

 

「曙ちゃん達は、艦隊の速力の関係で到着するのが夜遅くになりそうです。まずは夕方までゆっくりと休んでください。その後、夜間訓練の様子を見ながら待ちましょう。」

「何故、わざわざ夜間訓練を………?」

「敵深海棲艦が夜に出没する傾向があるので、みんな夜に合わせた訓練をしているんです。そこで、この大湊の現在の主力艦の皆さんを紹介します。」

「分かりました、ではお言葉に甘えて………。」

 

そう言うと、岸波達は部屋に入る。

岸波は舞風にお願いして、大湊にいる間だけは薄雲と同部屋にしてもらうようにした。

従って、岸波と薄雲・望月と山風・舞風と朧という部屋割りだ。

 

「薄雲、何かあったらすぐに言って頂戴。」

「ありがとう、岸波さん。………迷惑掛けたのに、ここまで付いて来てくれて。」

「さっきも言ったけれど、第二十六駆逐隊に入った以上は沈まれたら困るわ。まずは生きる事を考えて。」

「うん………そうだね。」

 

薄雲に言葉が伝わったのを確認すると、岸波はさっさと眠りに付いた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

夕方に目を覚ました岸波達は、夕食と風呂を取った後、潮と秋雲と風雲によって訓練海域へと案内される。

夜の薄暗さが目立ってきた中、そこでは奇妙な光景を目の当たりにする事になる。

航空機が飛んでいるのだ。

 

「夜偵………?」

「珍しいねぇ。「烈風改二戊型」じゃん。製造コストが滅茶苦茶高いから、滅多にお目に掛かれないよ。」

「望月、そういう装備関係にも詳しいのね。」

「まあね。睦月型は、知識量でスペックを補う………ていうのがあたしの流儀だからね。誰かさんが「睦月型は世界一の船だから、各自が自慢出来る事が必ずあるはずだ」って言うから仕方なく探したのさ。」

「ふふっ、その「誰かさん」には心当たりがあるかもしれません。………あ、神鷹さーん!」

 

望月に対して何処か含みのある言葉を告げた潮は、訓練海域でひたすら集中しながら夜偵を飛ばしていた金髪碧眼の艦娘を呼ぶ。

その娘の肌は白く、岸波達は何処となく違和感を覚えた。

もしや彼女は………。

 

「潮さん、こんばんは。あ………貴女達が第二十六駆逐隊の方ですね。私は神鷹。呉から来た大鷹型4番艦である軽空母神鷹です。」

「宜しくお願いします、神鷹さん。………つかぬ事をお聞きしますが、貴女はもしかして………。」

「はい………お察しの通り私は日本人ではありません。私はドイツ人。日本式の適性検査を受けて艦娘になったのでこの名が与えられました。」

 

神鷹は夜偵を飛ばしながらも、胸に手を当てて説明する。

外国人が艦娘になれない…という制限は無いらしく、また改造によって特殊な力を持つ艦娘もいる。

代表的なのがヴェールヌイ。

彼女は元々響という艦娘であるのだが、ロシア式の改造で改二になった事でヴェールヌイと名付けられる事になった。

神鷹はその逆であると考えられるだろう。

 

「「艦」の記憶の関係でドイツ人の私が神鷹の名に相応しかったんです。ここら辺に付いては正直、私も分からない部分が多いですが………。」

「夜偵を飛ばしているのは、夜間の出撃に備えてですか?」

「ええ………。昼とかなり感覚が違うので、こうして夜間訓練で慣れていっているのです。深海千島棲姫の引きつれているヌ級も夜偵を飛ばす事が出来ますし、色々と慣れておいた方がいいかなって………。」

 

駆逐艦娘である岸波達には、あまり理解しにくい感覚であったが、昼戦と夜戦とでは、航空機を発着させる所から、妙な違和感を覚えるらしい。

だから、こうして何度も慣れる事で夜戦に備えようとしているのだ。

 

「真面目ですね。」

「いえ、そうでは無いんです………。恥ずかしい話ですが、私は………、夜と潜水艦が苦手で………。」

「貴女も………苦手なんですか………。」

 

少し身震いする神鷹に対して、思わず同意してしまったのは山風。

艦娘の中には、夜と潜水艦が苦手という者が結構いる。

それだけ「艦」の記憶として、囚われている現象なのだろう。

 

「深海千島棲姫との決戦では私も精一杯頑張りますので………、宜しくお願いしますね。」

「こちらこそ。ベストを尽くしましょう。」

 

神鷹と挨拶をして別れた岸波達は、今度は別の訓練海域へと向かう。

そこで目にしたのは、何故か艦娘なのにバランスを保つのに四苦八苦している様子である2人の軽巡洋艦であった。

1人は黒髪のロングに肩出しのセーラー、紅色のスカートといった風貌で、もう1人は海鼠色のショートボブに同じような衣服である。

 

「あの風貌は阿賀野型?………って、髪の短い方は4番艦の酒匂先輩じゃ………?」

「髪の長い方は1番艦の阿賀野さんだね~。立つのに苦労しているのは、「増設バルジ」を艤装の両サイドに装着しているからじゃないのかな?」

「そう言えば、あの2人は佐世保にもいたのよね?酒匂先輩は、舞鶴にいた事もあったから私にとっては恩師だけれど………。」

「ねえ、あの増設バルジって暁型の装甲版みたいな物なの?」

「増加装甲っていうのが正式な解答だけど、感覚としてはそれでいいと思うよ~。」

 

岸波や舞風の質問に博識の望月がどんどん答えていく。

増設バルジは艦艇側面を増設する物で、バランスの悪化を招く代わりに上手く活用する事で、強力な深海棲艦からの攻撃を防御できるという利点がある。

本来は重巡以上の装備になるが、阿賀野型のような軽巡の他、実は風雲のような一部の改二駆逐艦も装着が出来るのだ。

 

「私も1回付けた事があるから分かるんだけど、結構扱うのは苦労するのよ。………と、そろそろ挨拶しましょう。阿賀野さん!酒匂さん!こんばんは!」

「あ、こんばんはーっ!風雲達も元気ー!?………アレ?その見かけない艦娘達って………。」

「ひゃ~!?岸波ちゃんだ!………って事は、涼風ちゃんが言っていた第二十六駆逐隊?」

「酒匂先輩お久しぶりです。………それに阿賀野先輩は初めまして。第二十六駆逐隊嚮導艦の岸波です。」

 

挨拶をした事で、2人共跳ねながらこちらに向かってくるが、増設バルジの事を忘れていたのか、バランスを崩して海上で共に1回転んでしまう。

慌てて立ち上がって、身体や艤装を振って水気を落とすと恥ずかしそうにやって来る。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「い、今はこんな状態だけれど、最新鋭の阿賀野型だからちゃんと使いこなしてみせるわ!深海千島棲姫だっけ?強力な砲撃や魚雷を使う相手でも、このバルジがあれば百人力よ!」

「そうそう!夜偵を使う神鷹ちゃんを守って敵さんをぴゃっ!?と驚かせちゃうんだから!」

「は、はい………。」

 

基本、軽巡洋艦は歴戦の猛者というオーラを備えている。

しかし、何故かこの2人は余りそういうのを感じない。

声が高く、ふわふわした雰囲気を持っているのが原因だろうか。

 

(まあ、由良先輩も平時は優しさの塊だったし、海戦では頼りになる軽巡洋艦の先輩よね。実際に酒匂先輩は、舞鶴時代にお世話になったし。)

 

能ある鷹は爪を隠す………そう思った岸波は、2人に海戦では宜しくお願いしますと伝えると、潮達に連れられて桟橋に向かう。

今度は毛布を包んで温まって座っている、かなり長い銀髪とスカイブルーの瞳を持つ艦娘がいる。

その艤装には2体の自動砲塔が付いていて、どうやらその砲塔も温めているらしかった。

 

「貴女は………?」

「初めまして………だな。私は秋月型防空駆逐艦である8番艦である冬月だ。この砲塔は「長10cm砲ちゃん」だ。」

「こちらこそ初めまして。大湊に来る前は………?」

「岸波、冬月は舞鶴出身よ。貴女がリンガに移った後に、艦娘になって配属されて、私達と一緒のタイミングで大湊に転籍したのよ。」

「そうなの………。」

 

風雲の説明に、岸波は南から北に移って来て大変だと感じた。

秋月型というのは、「長10cm砲ちゃん」と呼ばれる対空装備に特化した駆逐艦だ。

その特殊な仕様故に、各鎮守府や警備府では1人は欠かせない艦娘になっている。

実際、横須賀にも2番艦である照月がいて、特に空襲を行う深海棲艦が近くにいる時は、桟橋で対空監視を欠かしていない。

恐らく、冬月という艦娘が生まれた事で、上は鎮守府だけでなく警備府である大湊にも配備したくなったのだろう。

 

「本当は涼月と一緒に佐世保に居たかったがな。だが、住めば都だ。新天地で楽しみを見出すのも悪くない。」

「貴女も今回の作戦に参加するの?」

「いや………私は、福江達と共にここで最終防衛ラインの形成を行う。街を空襲の危険に晒したら意味が無いからな。」

「それが冬月の………いえ、秋月型の戦いなのね。」

 

実際、敵が夜偵を持っているから、こうして日が沈んだ時間でも見張りを続けているのだろう。

どんな状況でも、街や警備府を守る使命を担う………それが、秋月型に課せられた使命なのだ。

 

「私達がいる限りは、後ろの心配はしないで大丈夫だ。遠慮なく自分に課せられた役目を果たしてくれ。」

「ありがとう、冬月。」

「さて………どうやら、その作戦を担う艦隊が、揃いそうだな。やって来たぞ、横須賀から。」

 

冬月の視線の先を見てみると、そこにはゆっくりとこちらに向かってきている艦隊がいた。

曙・漣・扶桑・山城の他、よく似た服装をしている茶髪のショートボブの艦娘と黒髪ロングの眼鏡を付けた艦娘がいる。

どうやら改二艦である高雄型3番艦の摩耶と4番艦の鳥海みたいだ。

 

「これが深海千島棲姫に挑む艦隊………。決戦の為の………。」

 

近づいてくる艦隊を見ながら、薄雲が静かに呟いた。



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第26話 ~装備を見直して~

横須賀からの艦隊は左前から曙・漣、鳥海・摩耶、扶桑・山城という複縦陣でやってきていた。

この場合、特殊な場合でない限りは、旗艦は位置的に重巡の鳥海という事になる。

その岸波の予測通り、桟橋に辿り着くと、鳥海が号令を掛けて6人が敬礼をする。

 

「横須賀より鳥海率いる第八艦隊、深海千島棲姫討伐の任務を受け、着任を報告します!」

 

それに対して岸波や冬月等、その桟橋にいた全員が答礼をした。

重巡に戦艦といった派手な構成であると思ったが、深海棲艦の姫クラスに挑むには、これ位の戦力が無いと危ないと言える。

特に摩耶は、対空装備をこれでもかという程積んでいる防空巡洋艦だ。

夜偵を積んでいるヌ級との海戦では、貴重な戦力として期待できるだろう。

また、その摩耶の能力に関しては、特に秋月型として前々から気になっていたのだろうか。

冬月が個別に摩耶に近づき礼をする。

 

「貴女の対空能力の高さは様々な所に届いています。参考にさせて下さい。」

「おう!任せろよ!アタシがいる限り、ここ大湊や艦隊はやらせねえからな!」

 

竹を割ったような姉御肌の摩耶の言葉に冬月達を始め頼もしさを感じるが、妹の鳥海にしてみれば、もうちょっと大人しくして欲しいらしく溜息を付いている。

一方で何故かメイド風にアレンジした制服に身を包んでいた漣は、朧に歩み寄っていた。

 

「どう?久しぶりに籠から飛び出した気分は?」

「えっと………何て言えばいいか分からないけど………とりあえず、ホントにゴメン!」

 

目を泳がせた挙句、結局は思いっきり頭を下げて謝る朧に対し、漣は止めるように促す。

ゆっくりと頭を上げた朧に対して、彼女は目を閉じて静かに首を振った。

気にしなくていい………と。

 

「第二十六駆逐隊のみんなに感謝かな。朧ちゃんが体調を持ち直して、こうして大湊だけど第七駆逐隊が揃う事になったんだから。」

「うん………本当にいい駆逐隊だよ、岸波ちゃん達は。アタシは………。」

 

何か言いよどむ朧に対し、漣は無理して言わなくていいと口にチャックをする。

過去のトラウマを持っている岸波にしてみれば、本心は真っ直ぐである朧が、ここまで仲間達とこじれてしまう事になった理由に付いて、かなり気になってしまっていた。

勿論、無理に聞き出すつもりは無いが………。

 

「さて………最後にこっちだけど………覚悟は出来てるんでしょうね?」

「うん。」

 

腕を腰に当てながら曙は薄雲を見る。

薄雲は、曙の出撃命令書等を勝手に書き換えて、こうして大湊まで第二十六駆逐隊を巻き込んで来てしまったのだ。

当然、一発や二発は殴られる覚悟はしておかないといけない。

実際、薄雲自身はもう覚悟は出来ているらしく、いつでもどうぞと言わんばかりに立っていた。

その様子を見て曙はゆっくりと近づくと………本当に軽く頬を手でポンと叩くと、そっと抱きしめた。

 

「曙ちゃん………?」

「悪かったわよ………アンタを一端の駆逐艦扱いしなくて。その心には、紛れもなく駆逐艦魂が眠っている事、忘れていたんだからおあいこよね。」

「……………。」

 

申し訳なさそうな顔をする薄雲に対し、曙は頭を撫でながら(と言っても曙は背が低めなので傍から見ると珍妙な構図になるが)笑顔で言う。

 

「ここまで来たからには逆に逃がさないわよ!覚悟、ちゃんと出来ているんでしょうね?」

「うん、私達も………決着を付ける為に戦うから。」

「じゃあ、岸波達も頼んだわよ!」

「はい!」

 

話を振られた事で、岸波達も力強く頷く。

こうして決戦用の艦隊が揃った事で、秘書艦である涼風の元へ、着任報告をする事になった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「本当に素っ裸で来るとはねぇ。あたいはビックリだよ。」

「あの、その言い方だと語弊があるんだけど………。」

 

福江によって、曙達に就寝用の部屋が割り振られている時間を利用して、第二十六駆逐隊の面々は、涼風・阿賀野・酒匂・神鷹に連れられて装備品保管庫に来ていた。

というのも、決戦に備えて薄雲の装備を整える為である。

実は、彼女は捕まる前に飛び出して来たのもあって、主砲と魚雷という最低限の装備しか整えておらず、海戦で魚雷も使い果たした以上、涼風の言う通り「素っ裸」に近い状態であったのだ。

 

「とにかく、あたいの予想だと、今回の決戦で重要な役割を担う事になりそうだからねぇ。装備に関してはもう、「もってけドロボー!」って感じさ。」

「そんな在庫セールみたいな発言しなくても………、でも、何かいい装備はあるかな?」

「貴女に似合った物を探せばいいんじゃないの?」

 

岸波達は、大体いつもの海戦に使う装備を備えていっている。

睦月型故に武装が一番弱いのでは無いか?と思える望月も、下手に重量を増やすと動きに支障が出るから………という事で、本当にいつも通りの最低限だけだ。

その分、山風にまた照明弾を持ってくれと言われて、使い方をチェックして装甲版の裏に装備している。

 

「私も装備を下手に弄ると、第二十六駆逐隊の艦隊行動に支障が出そう。」

「はいはーい!じゃあ、阿賀野のおすすめ!これ、どう?」

「それは何ですか?」

 

阿賀野が持ってきた円形の台座に四角い網が付いたような装備を見て、薄雲は疑問符を浮かべる。

彼女はそれを艤装に乗せると起動させ台座を回したり、網の部分を上下に動かしたりした。

 

「これはね、「12cm30連装噴進砲」って言うんだよ。簡単に言えば艤装や連装砲に付けて使う、艦載用対空ロケットランチャー!」

「ろ、ロケットランチャー!?」

「そう!脅威の弾幕で肉薄する敵の攻撃機から味方艦を守る素晴らしい装備!神鷹さんも実は持ってるんだよね。」

「はい………。艦載機だけじゃ、どうしても不安な部分もあるので………。」

「だから、薄雲もこれを背中の艤装に装備すれば、パワーアップ間違いなし!」

「ぎ、艤装って!?バランスが悪いし、重すぎますよ!?」

「駆逐艦等が使えるように、紐で肩から括りつけて持ち歩いて、手に装着して撃つ、台座にグリップの付いたタイプの物もありますけれど………?」

「どちらにしても、重量過多です!」

 

過重装備は、速力の低下を招く。

元々身軽さが売りの駆逐艦娘にとって、これは致命的なパワーダウンだ。

だから、薄雲は断ろうとするが………。

 

「だったら、装備の重さに耐えられるように、艤装の出力を上げてみたらどう?」

「出力?」

 

変わった形の缶を持ってきたのは、朧と酒匂。

首を傾げる薄雲に対し、朧はそれを艤装にセットしてみると、近くに置いてあった鉄筋コンクリートに手を掛ける。

 

「よっと!」

『!?』

 

すると、何とそのコンクリートが軽々と持ち上がるでは無いか。

艦娘は、元々艤装を付けると怪力になるとはいえ、このパワーは異常であった。

 

「これは「強化型艦本式缶」って言うんだ。機関部を強化する「改良型艦本式タービン」と合わせる事で、艤装その物の出力を上げて、速力を強化する事が出来るんだよ。」

「だ、だとしても、朧さんのその怪力は説明できないんじゃ?」

 

思わず朧の力に畏縮した薄雲(と岸波達)に対し、朧は腕を曲げる。

すると、結構な力こぶが出来た。

 

「秋雲ちゃん達に挨拶する時も言ったけど、朧、昔から結構癖で鍛えているんだよね。腹筋も第七駆逐隊の中では自信あるし。」

 

朧はそう言うと、制服を少しまくって見せる。

確かに自分で言う通り、無駄なぜい肉が無い綺麗で筋肉質な腹筋が見えている。

この筋肉が艤装で強化されて、あのような芸当が出来たというのだ。

 

「ぴゃあ………阿賀野ちゃんもちょっと見習わないとね。」

「酒匂、どういう意味?………でも、この方法ならば確かに速力低下は避けられるわね。ロケットランチャーは、撃ち尽くしたら捨てればいいんだし。缶とタービンは、他のみんなも付けてみたら?」

「涼風先輩、借りてもいいのでしょうか?」

「まあ、大湊を守る為だしな!女に二言はねぇ!おまけも含めてもってけドロボー!」

 

涼風の許可を貰った事で、第二十六駆逐隊の面々は、何と6人分+1人分の缶とタービンを貰ってしまう。

 

「ついでだ。薄雲はこれも持っておきな。」

「これは………コンバットナイフ?」

「岸波曰く、最終手段は接近戦なんだろ?だったら、こういうのも必要になるんじゃないのかねぇ?」

「分かった。とりあえず付けとくね、ありがとう!」

 

薄雲は制服のポケットにナイフを仕舞う。

そして、噴進砲は駆逐艦でも装備できるタイプである、手に装着出来る物を選別して貰う。

それでも元々の大きさと合わせて、重装備(フルウェポン)のような姿になった。

 

「秋姉に見せると絶対にスケッチしようとするわね。とにかく、新装備の感覚を試してみましょう。」

 

こうして岸波達は、翌日、訓練海域で強化された艤装のチェックをする事になる。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「うわあ!?艤装が嬉しそうな声を上げている!?イヤッホー!」

「望月………急にテンション上がり過ぎ………。でも、本当に凄い………!」

「何かアグレッシブになったような気分!舞風、くるくるー!」

「あまり調子に乗ったらダメよ。速力が上がった分、艦隊運動等はより繊細さが求められるんだから。付いて来て、薄雲。」

「はい!この装備を使いこなして、みんなの練度に追いつきます!」

 

早速、大湊で朝練を始めた岸波達は、薄雲や朧も交えて6人で訓練を行う。

出力の上がった艤装は、想像以上に艦娘達の動きを良くしてくれるが、その反面、慣れるまでは衝突寸前になる等、危ない場面も幾つかあった。

別の海域では、鳥海率いる艦隊と、神鷹をリーダーにした艦隊も訓練を行っている。

艦隊全体の速力の関係で、岸波達の艦隊は、その中でも特に目まぐるしく動いているようであった。

 

「アンタ達、本当に怖い物知らずね。それだけ速力が上がると色々と大変でしょ?」

 

これは昼休憩での曙の言葉。

彼女から見たら、目まぐるしく動き回る岸波達の訓練は相当恐怖を煽られる物であるらしい。

まあ、それで怯んでいたら駆逐艦娘失格ではあるのだが。

 

「ぼの先輩達も装備してみたらどうです?」

「駆逐隊とかだったら装備するわよ。でも、あたし達の艦隊には今、戦艦の扶桑さんと山城さんがいるもの。下手に速くなり過ぎたら陣形を保てないわ。」

「高速戦艦もいるにはいるけれど、私達は防御力と速力が無いのよねぇ、山城。」

「無い物ねだりをしても仕方ないですよ、姉さま。その代わり、攻撃面では期待して。」

「ありがとうございます。神鷹さん達は………?」

「私が実はあまり速力が無いんです………。だから、潮さん達が、私を守る形になってしまって………。」

「大丈夫ですよ。敵艦の攻撃は阿賀野さん達が増設バルジで防いでくれますから、遠慮なく夜偵を飛ばしてください。」

 

何気ない会話だが、こうやってお互いの艦隊の特徴を掴んでいく。

こうする事で誰がどういう動きをして、どんな支援が出来るのかを把握する事が出来るのだ。

午後も訓練をした後、夕食の時にまたお互いの動きを確認して、夜間訓練を行う。

こうして程よい疲れを感じた後、岸波達は眠りに付く事になった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「う………うう………。」

「………ん?」

 

その日の夜中、岸波は呻き声で目を覚ます事になる。

見れば、薄雲が大量の汗を流しながらうなされているでは無いか。

 

「薄雲!しっかりして!」

 

慌てて同部屋の住人の覚醒を促した岸波は、ハッとして起き上がった薄雲の顔を見る。

彼女は荒く息を吐くと、岸波の袖を何とか掴み言う。

 

「く、来る………。」

「え?」

「深海棲艦の艦隊が………深海千島棲姫が………大湊に向かって来る!」

 

その発言を皮切りに、大湊警備府は、急に慌ただしくなった。



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第27話 ~襲撃~

大湊に深海棲艦警報が鳴り響き、夜の街に次々と明かりが灯る。

騒ぎ声が聞こえる中、艤装を装備した艦娘達は、桟橋から抜錨していった。

 

「惹かれ合っているって言うべきか………まさか、薄雲が深海千島棲姫の侵攻を予測できるとはねぇ。」

「夢に出て来たんです。様々な深海棲艦を連れて、東から大湊へと近づいてきているのを。」

 

電探で、大湊で指揮を取る涼風と、岸波の艦隊の後方にいる薄雲が会話をする。

岸波達は最大戦速で(と言っても扶桑姉妹や神鷹に合わせてだが)、まず西に向かい、陸奥湾の出口に回り込む。

大湊防衛用の対空装備を積んだ冬月や福江等も後ろから付いて来ており、かなりの大艦隊になっていた。

その中で漣が、無線のチェックも兼ねて薄雲に聞いてくる。

 

「薄雲ちゃん。何かヤバそうな敵艦はいた?」

「軽空母ヌ級の他、駆逐艦、軽巡、重巡、雷巡、輸送艦、戦艦………色々といましたけれど………航空戦艦のレ級が見えました。」

「レ級?………まさか、エリート級?」

「エリートです………厄介かも。」

 

思わず眉を潜めたのは朧。

レ級というのは、パーカー付きのレインコートを着たヒューマノイド型の深海棲艦だ。

常に屈託のない笑顔であるのが印象的なのだが、巨大な長い尻尾を携えており、その中から羽虫の攻撃機を飛ばしたり、魚雷をばら撒いてきたりする。

また、周りに装着している砲塔から、強力な砲撃も駆使してくる強敵だ。

更に言えば、夜戦で鬼クラスや姫クラス等のように、航空戦も仕掛ける事が出来るのも特徴であった。

 

「嫌な敵が混じってるね………。」

「朧はレ級が嫌いなの?」

「深海棲艦に好き嫌いは無いと思うけど、ハッキリ言えば大嫌いかな。」

「そう………。」

 

もしかしたら言えない過去に関係しているのかもしれないが、今は置いておく事にする。

やがて陸奥湾の出口を抜けた所で、冬月や福江が言ってくる。

 

「すまないが、私達はここまでだ。ここで防衛ラインを形成する。」

「大湊を頼む。信じているぞ!」

「任せて。じゃあ、進みましょう。」

 

冬月達と別れた岸波達第二十六駆逐隊は、3列の艦隊の中央に並ぶ。

そして、鳥海と神鷹に確認を取りながら東に進んでいく。

やがて、夜偵を飛ばしていた神鷹から報告があった。

 

「見えました………。敵艦24隻………。フラッグシップ級の軽空母ヌ級の他に、エリート級の駆逐艦ハ級や後期型ロ級。フラッグシップ級のヘ級に、エリート級の雷巡チ級。フラッグシップ級の重巡ネ級にフラッグシップ級の戦艦タ級、フラッグシップ級の輸送艦ワ級に………エリート級の航空戦艦レ級!そして、深海千島棲姫です!」

「ぴゃあああああ!?敵さん多すぎー!?」

「大丈夫よ、酒匂!こっちだって18人はいるもの!」

「艦隊発艦します………!皆さんも海戦に備えて下さい!」

 

神鷹の左腕のカタパルトから、次々と夜偵を含めた攻撃機が飛んでいく。

それに合わせて、中央の岸波率いる第二十六駆逐隊が加速。

薄雲を中心とした輪形陣になって、目測でも測れるようになってきた敵陣を見る。

先頭の岸波は、前方にヌ級を中心とした3つの艦隊が並んでいて、その後ろに深海千島棲姫やレ級がいる親玉達の艦隊がいる事に気付いた。

 

「前3つは壁役って事ね!………切り込むぞ!各艦続け!」

 

射程に入った事で、ヌ級の攻撃機やタ級やネ級の砲撃が飛んで来る。

しかし、それを面舵と取舵を駆使しながら岸波達は回避して、まず中央の艦隊に突撃する。艤装を缶とタービンで強化したお陰か、敵の目測が全然合わず、あっという間に接近出来てしまう。

 

「んじゃ、一番槍もーらい!」

 

気付けばヌ級の傍まで肉薄していた舞風が、手持ちの高角砲を叩き込む。

これによって1隻が悲鳴を上げて撃沈していく。

この艦隊にはもう1隻ヌ級がいたが、右翼にいた望月が単装砲で軽く沈めてしまう。

岸波達は敢えて中央の艦隊を全滅させず、続いて神鷹側の右の艦隊へ突撃。

 

「この距離なら………!沈め!」

 

チ級やハ級等の魚雷を躱しつつ、こちらの艦隊のヌ級も山風が連装砲を叩き込んでいく。

 

(ここまでうまくいくなんてね………!)

 

左翼を担う鳥海の艦隊も交戦状態に入ったという事を無線で確認した後で、岸波は事前の打ち合わせがうまく働いていると感じていた。

実は街への被害も考え、航空戦を有利にする為に、先にヌ級を優先的に沈める選択を取ったのだ。

その為に切り込み隊長を担う事になったのが、中央を任せられた速力に優れた第二十六駆逐隊の面々である。

彼女達が敵陣をかき乱す事で、ヌ級を含めた敵の動きを封じる選択を取ったのだ。

実際、ヌ級の攻撃機は目に見えて減少しており、神鷹の夜偵による攻撃を有利に働かせている。

 

「こちら扶桑。山城達と一緒に左側のヌ級を落としていくわね。」

 

射程に入った扶桑と山城、鳥海と摩耶の4人が残ったヌ級に砲撃を浴びせて爆発させていく。

このままならば、深海千島棲姫と有利に戦えるそう思った時だった。

 

「各艦、次は左の艦隊に………。」

「レ!」

「っ!?」

 

岸波は一瞬、心臓が口から飛び出るかと思った。

何と右を向くと、いつの間にかレ級がその笑顔がはっきり見える程、肉薄する距離にいたのだ。

速力を上げた駆逐艦の隣に………である。

 

「いつの間に!?」

「レレレー!」

「ぐあっ!?」

 

そのまま凶悪な力を持つ右の拳で殴り掛かられる。

咄嗟に小手の役割も兼ねる右手の連装砲で防御するが、余りの威力に吹き飛ばされる。

 

「岸波ちゃん!?」

 

左翼を担っていた朧が慌てて回り込んで受け止め、岸波の後ろにいた舞風や薄雲が主砲を撃ち込むが、レ級は器用にトビウオのように軽く数回バク転をしながら下がると、海に這いつくばりながら尻尾を上げて、魚雷を扇状に撃ち出す。

だが、その数がとんでもない量で、とてもじゃないが回避出来ない。

 

「各艦隊、魚雷を撃ち落とせ!何でもいい!!」

 

痺れる右腕を抱えながら起き上がった岸波の警告で、各艦隊が一斉に魚雷を相殺していく。

第二十六駆逐隊は、右翼の望月が魚雷を6発全部扇状に発射して相殺した。

右翼の神鷹の艦隊は、阿賀野や酒匂が増設バルジで盾を作った。

左翼の鳥海の艦隊は、全員が主砲で狙う事で相殺していく。

いずれも派手な爆発が起こり、水柱が上がる。

 

「不味い………!?」

 

レ級が水柱に隠れた事で、岸波達は行動を予測できなくなる。

すると、5発の主砲と副砲が岸波の進行方向………左翼の鳥海の艦隊へと飛ぶ。

 

「鳥海!そっちに砲撃!!」

「え!?」

「不味いわ!摩耶!」

「仕方ねえ!」

 

咄嗟の判断だったのだろう。

山城が扶桑を、摩耶が鳥海を庇う。

そのお陰で鳥海と扶桑は無事だ。

海上にうつ伏せになった曙と漣も回避できた。

だが、山城と摩耶は………。

 

「ああっ!?」

「ぐああ!?」

 

悲鳴と共に、山城の砲塔が半分吹き飛ぶ。

摩耶に至っては、左舷の主砲等がある艤装が木っ端みじんになった。

更に、レ級の爆撃機が神鷹達の方へと飛ぶ。

 

「烈風改二戊型が………!?」

 

それらは確実に神鷹の夜偵を器用に爆撃で破壊していき、彼女の夜間での航空戦力を奪っていく。

 

「ギャハハハハ!」

「い、一瞬で戦力バランスが!?」

 

たった1隻で味方の戦力を奪っていく凶悪な敵艦に、岸波は唖然とさせられる。

武装のレパートリーが多い分、下手な鬼クラスや姫クラスよりも厄介だと思えた。

とにかく後ろに引かせようと山風と朧、更に薄雲が魚雷を撃つが、レ級は笑いながらまたバク転で下がっていくと、攻撃機を発艦させる。

 

「鳥海!摩耶と山城は!?」

「攻撃続行不可能………!私の計算がここまで狂うなんて!」

「致命傷になる前に引かせて!神鷹は!?」

「夜偵の残りが少ないです………!下手にレ級には挑めません!」

「阿賀野と酒匂は神鷹を守って!曙!漣!潮!秋雲!風雲!ヌ級はもういないから、ル級やネ級を集中的に狙っていって!」

「アンタ達はどうする気なの!?」

 

曙の叫びに、岸波は奥の敵艦隊を見つめる。

そこにはレ級の他、ル級2隻、ネ級2隻、そして深海千島棲姫がいた。

 

「親玉を潰す!突撃するから可能ならば援護して!」

 

そう言うと、岸波達は単縦陣に切り替え突撃をしていく。

艦列は岸波・舞風・薄雲・望月・山風・朧の順だ。

ネ級やル級、更にはレ級まで砲撃してくるが、ジグザグに動いて狙いを絞らせない。

逆に第二十六駆逐隊は適正距離まで近づくと、主砲を構える。

だが、ここでまたレ級が魚雷を発射。

今度は扇状じゃなく、集中的に岸波達を狙って撃ってくる。

 

「こいつっ!」

 

とにかく8本の魚雷を1本ずつ撃って相殺していく岸波であったが、水柱が派手に立って視界がまた封じられる。

取舵を取って砲撃に備える岸波達であるが………。

 

「ドケ!」

「な!?」

 

そこに飛び込んできたのは、深海千島棲姫。

敵姫クラスは、何と飛び蹴りを岸波に喰らわせる。

今度は防御が間に合わず、派手に腹に一撃を貰い転がる。

 

「岸波!?ってわぁ!?」

 

舞風が助けようとするが、レ級の尻尾の巨大な口に右アームの高角砲を喰われ、そのまま振り飛ばされる。

 

「舞風さんまで!?」

「オ前サエ!」

「うぐっ!?」

 

あっという間に歴戦の艦娘達が手玉に取られた事で、怯む薄雲であったが、その首根っこに深海千島棲姫の冷たい左手が伸びて来る。

そのまま首を掴まれると、持ち上げられてしまう。

 

「が………っ!?」

「苦シメ!悶エロ!死ヲ味ワエ!」

 

空気を吸えず、力が抜けていく薄雲。

連装砲を必死に向けようとするが、そうはさせまいとした敵の至近弾で、肩から掛けたベルトごと吹き飛ばされてしまう。

魚雷は先程、全部レ級に使ってしまった。

 

(みんな………は………。)

 

岸波と舞風は、飛ばされた衝撃で動けなくなっている。

後ろの山風達には、レ級やル級、それにネ級が襲い掛かっており、援護が出来ない。

薄雲の視界が狭まっていく。

このままでは、自分は目の前の深海棲艦に………。

 

「苦シイカ!?苦シイダロ!?モット、苦シメ!!」

 

(私は………。)

 

「返シテ貰ウゾ………!」

 

(返………す………?)

 

「ソノ名ヲ………!「薄雲」ノ称号ヲ!!」

 

(……………。)

 

ぼんやりした頭で薄雲は考える。

この深海棲艦は………薄雲の名に拘っている。

それが何故かは思い出せない。

その名を明け渡せば楽になるのだろうか?

 

(違う………。)

 

薄雲は右手をポケットに突っ込む。

 

「その………名前は………!」

 

そして、力を振り絞り、中にあった刃物を………涼風が持たせてくれたコンバットナイフを、握りしめた。

 

「薄雲は………!私だぁっ!!」

 

ザクッ!!

 

「ガァッ!?」

 

その刃が、薄雲の首を掴んでいた冷たい左手に深々と刺さる。

黒い血が噴き出し、手が離される。

 

「キ、貴様………!?」

「渡さない………!」

「何ダト!?」

「絶対に渡さない!今は、私が薄雲なんだから!!」

 

薄雲は力強い瞳で、初代薄雲の鳴れの果てを………深海千島棲姫を睨みつけた。



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第28話 ~私の名前と貴女の名前~

「新米ノ癖ニ………!失セロ!!」

 

深海千島棲姫は薄雲に対して、再び首根っこを掴もうと飛び掛かって来る。

薄雲の手には、主砲も魚雷も無い。

だが………。

 

「まだ、これがある!」

「ナ!?」

 

薄雲は咄嗟に12cm30連装噴進砲を左手で構え………計30発の対空迎撃用のロケットランチャーを全弾一斉に発射して、深海千島棲姫に直撃させていく。

 

「ギャアアアアアアアアアアア!?」

 

幾ら対空迎撃用の小型の物とはいえ、流石に30発のロケットランチャーを全身に撃ち込まれれば、相当のダメージになる。

飛び掛かろうとした深海千島棲姫は、その噴進砲の雨をまともに受けてしまい、全身から煙を噴き上げながら転がる。

 

「後は………!?」

「薄雲………!」

 

声に薄雲が振り返ってみれば、倒れていた岸波が何とか身を起こし、自分の連装砲を投げつける。

 

「岸波さん!?」

「それで………自分の手でケリを付けて!」

「はい!」

「オ前ハーーーッ!!」

 

前を見たら、起き上がった深海千島棲姫の傷が再生すると共に、目が見開かれ、真っ赤に肌が染まる。

そして、手持ちの単装砲と魚雷を乱射してくるが、薄雲も空になったロケットランチャーを捨てて軽くなり、機動力を活かして避ける。

 

「アアアアアアアアッ!」

「たあああああああっ!」

 

自分の存在を賭けた、初代薄雲と2代目薄雲の激しい戦いが始まった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

一方、レ級達と対峙していた山風・望月・朧の3人は、魚雷等を使い果たした事で、追い込まれていた。

ル級2隻とネ級2隻はそれなりにダメージを与えていたが、レ級は回避能力も高く、文字通りピョンピョン跳ねていた。

 

「何か………良い物があれば………。」

「やっほ!どうやら苦労してるみたいだね!」

「お、阿賀野さん達じゃん!そっち片付いたの~?」

「うん!夜偵が全滅したから神鷹さんは下がらせたけど、これ貰って来たよ!」

 

酒匂の言葉に見てみれば、それは薄雲も装備していた、左手で撃ち出すグリップ付きの12cm30連装噴進砲。

それを見た望月は1つ突破口を見出す。

 

「山風、もしかしたらイケるかも!?」

「待って!?残弾数10発しかないよ!?そもそもロケットランチャーなんかでレ級が吹き飛ぶの!?」

「そこは頭を使ってだね………。」

 

直接、朧と山風に耳打ちをすると、望月は他の艦隊の戦力を再確認する。

岸波は脳震盪を起こしているみたいで、まだ動けない状態だ。

こういう時こそ、補佐の力を発揮する場面だった。

 

「こちら鳥海!扶桑さんと支援出来る距離に入ったわ!曙と漣は突撃できるって!」

「ほいほい!じゃあ、潮と秋雲と風雲と一緒に、ル級とネ級どうにかしてよ。」

「こちら風雲!レ級は3人で大丈夫なの!?」

「ちょっと思いついた事があってね。ま、何でもやってみるべきかなって!」

「分かったわ。じゃあ、山城達の分もぶっ飛ばしてね。」

「了解~!じゃ、朧!」

「OK!」

 

扶桑達の砲撃が一斉にル級とネ級に炸裂し始め、レ級と分断される。

勿論、それだけで怯むレ級では無いが、朧が執拗に連装砲で砲撃を始める。

レ級は今までと同じようにバク転で華麗に回避していくと、海に這いつくばり、尻尾を振り上げる。

 

「望月ちゃん!」

「そ~れっと!」

 

望月は右腕の装甲版の裏から照明弾を取り出すと、レ級に投げつける。

 

「レ!?」

 

それは完全に油断しきっていた深海棲艦の顔面にヒットし、爆発的な光を巻き起こす。

目くらましになったのを確認した望月は、敢えて山風に口頭で叫ぶ。

 

「今だ!山風!!」

「両舷一杯!」

「レガ!?」

 

山風が接近するのを感じたレ級は、大きく尻尾の口を開く。

それは、魚雷発射のポーズ。

だが、そこで山風は急ブレーキを掛けて、肩に掛けて紐を垂らしていた、12cm30連装噴進砲のグリップを握り、残弾を全て発射する。

沢山の魚雷を蓄えた、その巨大な口に………。

 

ドゴォオオオン!!

 

「レギャアアアアアアア!?」

 

ここで初めてレ級の絶叫が響く。

ロケットランチャーが、尻尾の中のレ級自身の魚雷の信管を作動させて、派手に誘爆させたのだ。

それを確認した上で、山風は再度肉薄し、隙だらけになったレ級の頭に連装砲を突き付ける。

 

「レ………?」

「貴女も………沈む?」

「レガアアアアアアアアアッ!?」

 

そのまま冷たい目で見下した山風が、トリガーを引いて連装砲の弾を撃ち込みまくり、レ級を沈めていく。

3つの艦隊を苦しめた強敵がやっと倒れた。

その様子を遠目で見ていた扶桑が、驚いた様子で通信をしてくる。

 

「まさか、本当にぶっ飛ばすなんてねぇ………。」

「望月………、本当にいつも真面目なら、優秀な補佐なのに。」

「夜が怖いって言っている癖に、冷徹にトリガーを乱射する山風も相当な物だと思うけどな~。さて、後は………。」

「あの戦いは………どうしよう?」

 

とりあえず、舞風と共に岸波を引っ張って回収してきた朧は、彼女に問う。

 

「邪魔は………出来ないわね。」

 

ひたすら闘志を燃やしながら激突する1人と1隻の様子を見て、岸波は頭を何とか動かしながら呟いた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「はああああああああ!」

 

艤装を常に最大船速で動かしながら、薄雲は深海千島棲姫に挑んでいく。

装備は魚雷がある分、敵艦の方が上だ。

だが、艤装を強化した分、スピードでは薄雲の方が上だった。

ひたすらに攻撃を避けながら、岸波から渡された連装砲をどんどん叩き込んでいく。

再生能力は、先程のロケットランチャーによって奪われたのか、傷は回復しない。

だが、その分戦意が満ち満ちていた。

 

「許サナイ!私ノ名前ヲ………奪ッテ!!」

 

(この深海千島棲姫………いや、初代薄雲さんは………。)

 

戦いながら薄雲は思う。

深海棲艦は「薄雲」の名前を奪われた事を恨んでいた。

自分に返せと叫んで薄雲に襲い掛かった。

 

(思えば、散々だったから………。)

 

その辛さは、薄雲が夢の中でずっとシンクロしていて味わっていた。

手足を食い千切られながら轟沈して、深海棲艦としても教え子達に1度沈められて、そして今度は………。

 

(でも、だったら猶更もう譲れない………!)

 

薄雲は、射出されそうになった深海千島棲姫の右腰の魚雷を撃ちぬく。

悲鳴を上げる敵艦に対し、容赦なく左腰の魚雷も撃ちぬく。

 

(終わらせる………因縁を………この人の悲しみと苦しみを!)

 

敵艦が、燃えるような瞳で単装砲を構えて突撃してくるのを見た。

連装砲の残弾を密かに確認して、残り僅かだと悟った薄雲は、敢えて真っ向勝負に出る。

 

「沈メ、薄雲ーーーッ!!」

「この想い、届いてーーーっ!!」

 

艦娘と深海棲艦。

2つに運命が分かれてしまった娘達の想いを込めた一撃が必中の距離で炸裂する。

しばらく1人と1隻は、至近距離で互いの顔を見合わせたまま固まっていた。

 

「う………。」

 

先に倒れたのは薄雲。

見れば、左腰に単装砲が炸裂しており、血が流れていた。

しかし………深海千島棲姫は………。

 

「ア………。」

 

首の左から血を流して仰向けに倒れる。

急所を砲撃された事で、手に持っていた単装砲が滑り落ち、赤く染まった肌も再び元に戻る。

 

「……………。」

 

何かを呟く深海棲艦を見て、薄雲は起き上がり傍に屈みこむ。

深海千島棲姫は、ゆっくりと手を掲げて薄雲の頬を触ると、涙を流しながら彼女に小声で何かを呟いていく。

薄雲も、静かに涙を流すと何かを伝えた。

そして、急いで近くに集まってきた朧・曙・漣・潮の第七駆逐隊の面々を見ると、少しだけ微笑み………ゆっくりと目を閉じて沈んでいった。

 

「………薄雲、深海千島棲姫………いえ、先輩は何を言っていたの?」

「……………。」

 

曙の言葉に、薄雲は涙を拭いながら呟く。

 

「名前を………艦娘でなく、人間としての本名を交換したんだ。………私の事、ずっと覚えていて欲しいって。」

「……………。」

「そして………感謝していたよ。教え子の………第七駆逐隊の皆さんの事………。」

「……………。」

 

薄雲の言葉に、自然と曙達4人の瞳から涙が出て来る。

これで良かったはずなのに………それでも、やり切れない想いがあったからだ。

 

「………初代「薄雲」の魂に、敬礼。」

 

深海千島棲姫が沈んだ海を見ながら立ち上がり、肘を曲げ、指をこめかみに付ける薄雲を見て、自然と集まって来ていた艦娘達が、全員同じように敬礼をする。

艦娘としての負の側面を背負いながら殉職した、駆逐艦娘「薄雲」。

その想いが今………戦いを通して、新たな薄雲に引き継がれた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

大湊に戻った岸波達は、いつものように船渠(ドック)入りをして高速修復材(バケツ)を使う事になった。

その後、派手にパーティを開いて祝う事になったが、岸波達は元々命令違反で来ている事もあり、海戦を共にした仲間達と別れて横須賀に戻る事になる。

帰りは涼風が、列車を手配してくれた。

 

「また、大湊に遊びに来てくれよな!みんな待ってるし!岸波達なら大歓迎さ!」

 

わざわざ忙しい上にパーティがあったのに、駅まで見送りに来てくれた秘書艦涼風の人の好さに感謝しながら、岸波達は大湊を立つ。

曙や漣を含めた鳥海の艦隊は、帰りに寄りたい所があるらしく、海路を使うらしい。

 

「アンタ達には、いつの間にか借りを沢山作っちゃったわね。」

 

そう曙が言っていたのを、岸波は思い出す。

思えば色々な人々に導かれ、岸波も大きく変わった物だ。

そして、岸波の影響を受けて、また周りの人々も変わっていく。

その流れが、第二十六駆逐隊という艦隊を作り出しているのかもしれない。

 

「………ねえ、岸波ちゃん。」

「何ですか、朧先輩?」

「あ、名前戻ってる………。」

「第二十六駆逐隊に在籍したのは一時的ですよね?」

「それなんだけどさ………正式に転属したらダメ?」

「………第七駆逐隊は?」

「実は3人には相談済みで………。」

 

どうやら、曙達からは許可を貰ったらしい。

しかし、岸波にしてみたら、折角第七駆逐隊との絆が良くなって来ているのに、何で第二十六駆逐隊に移るのか分からなかった。

そこに関して、朧は説明を始める。

 

「今のままじゃ………沈んだ先輩に顔向け出来ないからさ、アタシ。」

「過去の事ですか?」

「うん………。アタシも、前を向かないといけないって思ったから………。でも、どうすればいいか分からなくて………。もしかしたら、岸波ちゃんの所ならば、変われるかもしれないって考えて………。」

「ハッキリ言いますけれど、嚮導艦である私も似たような物かもしれませんよ?」

「だからこそ、一緒に歩みたいかなって。………お願い!」

 

手を合わせて頼み込んでくる朧を見て、岸波は嘆息する。

周りを見渡してみると、舞風は素直に喜んでいて、山風は相変わらずちょっと戸惑っていて、望月は眠るふりをして実は片目を開けて見ていて、薄雲はちょっと嬉しそうな笑顔でいた。

要するに、各々反応は違うが了承しているという事だ。

 

「分かったわ、見つかるかは分からないけれど………答えを一緒に探しましょう。」

「ありがとう!これからもみんな、宜しくね!」

 

手を掴みぶんぶん振る朧に対し、岸波は穏やかな笑みを見せる。

こうしてまた1つ、みんなが変わっていくのだろうと感じながら。



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第29話 ~来訪者~

季節は梅雨から初夏に移る。

雨量が減ってきて、いよいよ本格的な暑さを迎えた中でも、艦娘達の活動は変わらない。

汗をかきながら訓練に臨み、出撃に備える日々。

そんな中、岸波は夜の時間を利用して、少しずつだが文書を書いていた。

 

「岸波、それ手紙?」

「ええ。大湊に行った時に、秋姉や風姉に姉妹の大体の居場所を聞いたから、手紙を送っているのよ。」

「確か朝霜さん達を含めたリンガの人々にも、文通をしているんでしょ?」

「そうよ。怠惰艦だった分、せめて近況を報告はしたくて………。」

 

ベッドにうつ伏せに寝転んで聞いてくる舞風に対して、岸波は頷く。

泊地を含め、あれから色んな所に彼女は手紙を送っている。

特にリンガでは、朝霜だけでなく、あきつ丸や夕雲等が交代で手紙を返してくれていたので、向こうの近況も手に取るようにわかった。

 

「岸波も本当に変わったよね。他者と関わらないって決めてたのに………。」

「その壁をこじ開けてきたのは、ぼの先輩や貴女よ。………ホント、初めてこの部屋に押しかけて来た時は何事かと思ったわ。」

「押しかけ女房ですいませーん。………でも、岸波も結構失礼な事言ったよね。」

 

自分の胸を両手で触りながら、舞風は憮然とした顔を見せる。

その様子を見て苦笑しながら、岸波は改めて言う。

 

「感謝しているわ、本当に。貴女が来なかったら、多分………本当に変わる切っ掛けを手に入れられなかったから。」

「岸波………。」

「ちなみに、胸には牛乳って相場が決まっているわね。」

「だーかーらー!岸波には言われたくないって!………もう。」

 

そのままそっぽを向いて不貞寝をする舞風の姿に、クスクスと岸波は笑いかける。

すると、部屋の入口で音がしたので、外に出て郵便受けをチェックする。

返信されてきた手紙が、複数枚届いていた。

 

(みんな、色々と送って来てくれているわね。本当、嬉しいわ。)

 

部屋に戻った岸波は、1枚1枚チェックしていく。

しかし………その内の1枚を見て、固まる。

 

「………舞風、まだ起きている?」

「うん?何?」

「お願いがあるんだけど、朧と薄雲の部屋に行って、朧を連れて来てくれない?」

「え?」

「それで、申し訳ないんだけど………私が呼びに行くまで薄雲と一緒にいて欲しいの。」

「わ、分かった………。」

 

岸波の真剣な目を見て、何かあるのだと感じた舞風は急いで起き上がると、言われた通り朧を連れて来た。

そして、舞風が去った後で、岸波は朧を見て言う。

 

「ごめんなさい、急に呼び出して。」

「だ、大丈夫だけど………えっと、どうしたの?」

 

岸波は立ち上がると手紙の封筒を見せた。

それは、夕雲型2番艦巻雲からの物だった。

 

「巻雲ちゃんって………岸波ちゃんのお姉ちゃんの1人だよね。」

「ええ。秋姉や風姉の話だと、今はブルネイ泊地に在籍しているらしいわ。それで、もう1人私の妹がいるんだけれど………。」

 

そこで一旦間を置き、岸波は朧自身を見る。

正直躊躇う部分はあったが、思い切って告げる。

 

「朧………貴女、早ちゃん………早霜と知り合いなんでしょ?それも、この横須賀でなくて………旧宿毛湾泊地で。」

「……………。」

 

岸波の言葉に、朧は若干俯いて沈黙する。

そこまでショックでは無かったのは、岸波達第二十六駆逐隊と、何度も第2代宿毛湾泊地提督の墓参りをしていたからだろうか。

恐らく誰も言わなかっただけで、全員が悟っていたのだろう。

朧が、嘗ての宿毛湾泊地に在籍していたという事を。

そして、恐らくは………。

 

「………全部書いてある?その手紙に。」

「いえ、貴女に関する事はほとんど書いてないわ。只、ある意味それ以上に、厄介な事が書いてあった。」

「厄介………?」

「巻姉の話だと、ブルネイ泊地に来た早ちゃんは、かなりの精神不安定な状態に陥っていたらしいの。」

「!?」

「その原因の詳細は、姉妹の巻姉だけに教えてくれたらしいけれど、貴女に対してかなりの負い目があるらしいわ。」

「早霜………ちゃんが………。」

 

今度こそ朧は、明確なショックを受けた。

崩れそうになる彼女を咄嗟に支えながら、岸波は落ち着かせると、最後に一番伝えないといけない事を述べた。

 

「その早霜に、横須賀に戻って来るように転籍命令が出たわ。第六駆逐隊が今、迎えに行っていて、明日の朝には着く予定らしいの。」

「じゃあ………早霜ちゃんは………。」

「貴女に謝りたいって。多分、混乱していると思うけれど………お願いだから彼女に会ってあげて。」

 

岸波の告げた現実を受けて、朧はかなり動揺していた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

次の日の午前の訓練は、軽く事情を話して補佐である望月に代理を頼んだ。

朧の気持ちも考えると、最低限の人数であった方がいいと思ったからだ。

桟橋には、岸波と朧の他に、提督と第二十五駆逐隊の磯風と長波もいた。

ここ最近の磯風には、心に少し余裕が生まれているようであったが、それでも今は少し険しい顔をしていた。

 

「長波は、早霜の事を知っていたのか?」

「………悪い。巻雲とは手紙のやり取りはしていたけど、最近までは磯風にも岸波にも言える状態じゃないと判断したから黙ってた。………でも、現実はそう待ってはくれないか。」

「この磯風が偉そうに言える立場では無いが………いつか、過去には向かい合わないといけないのだな。」

「……………。」

 

岸波は黙って朧を見ている。

彼女はかなり心配そうな顔で南西の方角を見ている。

まもなく早霜と第六駆逐隊が見えてくるはずだ。

だが………一向に見えてこない。

 

「遅いな………暁、どうした?………何?ここに来て怖気づいている?」

 

提督が第六駆逐隊の旗艦である暁と連絡を取り合っている。

聞こえてくる会話を聞く限りだと、あまり早霜の状態は良くないらしい。

 

「司令、大丈夫なのか?早霜の事は余り知らないが、正直、春の磯風ととんとんだ。この状態で岸波や朧に会わせるのは………。」

「ここで過ごす以上は、向き合って貰わなければ困る。早霜、お前が不調を見せる度に朧達は傷つく。覚悟を決めろ。」

 

その通信が効いたのか、やがて第六駆逐隊の姿が見えてくる。

4人の輪の中心にいた、先を切りそろえた腰まであるダークグレーの髪を持つ艦娘………早霜は、海戦で被弾したのか中破をしていた。

だが、それ以上に顔色が優れないのが遠くからでも分かった。

やがて、桟橋に辿り着くと、朧を確認した途端、着任報告をする間もなく膝から崩れる。

 

「早霜ちゃん!?」

「ごめん………なさい………。私の………せいで………。」

 

慌てて朧が支えるが、早霜はがくがくと震えており、かなりの精神不調に陥っていた。

その間に提督が暁達に確認をしているが、ブルネイを立つときからこうであったらしい。

 

「早霜は船渠(ドック)入りをさせる。」

「提督、高速修復材(バケツ)は?」

「しばらく静かに眠らせてやった方がいいだろう。ここまでだったとはな………。」

 

眉を潜めた提督の言葉に、全員やり切れないものを感じる。

恐らく早霜は、朧の過去に密接に関わっているのだろう。

そして、後悔という形で今まで引きずってしまっている。

 

「アタシ………自分の事しか考えて無くて、早霜ちゃんの事全く考えてなくて………。」

 

雷と電に連れられて行った早霜を見送りながら、朧は俯く。

岸波は何も言えなかった。

彼女もまた、怠惰艦として振る舞っていて、朝霜を始めとした姉妹達の事等、全く気にかけていなかったのだから。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

早霜が横須賀に来て数日が経ったある日、岸波は彼女に割り当てられた部屋へと向かう事になる。

本当は午前の訓練時間ではあるのだが、早霜はとても訓練が出来る状態では無かった。

そこで、様子を見る為に、補佐の望月に訓練を任せて、こうして長波と分担をして部屋に行っているのだ。

………と言っても、早霜は無口である事が多いので、ほとんど黙ってばかりなのだが。

 

「早ちゃん、失礼するわね。」

「岸波姉さん………?来てくれたのね………。」

 

実は、夕雲型17番艦である早霜は、元々山風に近いダウナー系の艦娘だ。

その為、言動も何処か覇気の無い感じの物が多い。

しかし、今はそれ以上に彼女からは力が感じられなかった。

 

「横須賀は慣れた?」

「……………。」

 

とりあえず、適当な話題を割り振ろうとするが、早霜は黙り込んでしまう。

人と絡むのが苦手そうな性格故に、こういう時は猶更会話に困ってしまうのだろう。

普段ならば、このまま互いに無言の時間が経過する事になる。

だが、今日は違った。

 

「ねえ、岸波姉さん………。」

「何?」

「朧さんは………、横須賀ではどんな状態だったの?」

「春まではかなり危うい状態だったわ。私達と関わるようになってから、持ち直して来て………大湊に行く事になって、第七駆逐隊のみんなとも絆を取り戻していって………、そして変わりたいって言って、第二十六駆逐隊に入ったの。」

「そう………。岸波姉さん達が、何とかしてくれているのね………。」

 

窓の外を見ながら、ほんの少しだけ………安堵の息を吐く早霜を見て、岸波は思い切って踏み込んでみる。

 

「早ちゃん。貴女は朧の過去を知っているの?」

「知っているも何も………、私のせいで朧さんは………おかしくなったから。」

「おかしくなった?朧が危うい状態になった原因に、貴女が関係しているって事?」

「ええ………。」

 

俯く早霜の姿を見て、岸波は考える。

もう、朧の過去は隠し切れない所にまで来ているのかもしれない。

頃合いを見て聞いてみるべきであるのだろうかと思ったが………。

 

「岸波さん!」

 

そこで扉が開き、艤装を背負った薄雲が飛び込んでくる。

何事かと思った岸波は、彼女の発言を聞こうとするが………。

 

「大変なの!朧さんが………朧さんが初霜さんとケンカを始めてしまって!」

「ええ!?」

 

薄雲から伝えられた衝撃の内容に、岸波は思わず叫んでしまった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

装備品保管庫へと動き、事情を説明して艤装を借りて来た岸波は、訓練海域に赴く。

すると、そこでは本当に朧と初霜が取っ組み合いの乱闘をしていた。

 

「どうなってるのよ、これ………?」

 

初霜は、第四駆逐隊が暴走した時に岸波に付いて来てくれた行儀のよい艦娘だ。

仲間を守る事を第一に考える心優しさを持っており、ケンカを仕掛けるような性格では無いはずだ。

それなのに、今は朧と共に眉を吊り上げて、我を忘れて派手に殴る蹴る等をしている。

明らかに異常事態である。

 

「どうして、受け入れてあげないの!?」

「貴女には関係無い話じゃないですか!?」

 

叫んでいる言葉を聞いても、岸波には事情が読み込めない。

望月達はどうしているのか?と思い見渡してみたが、どうやら止めようとして派手にぶっ飛ばされたらしく、海上で倒れている。

 

「岸波さん、どうするの!?」

「とにかく止めるわよ!望月達も起きて!」

 

周りでは白熱したガチンコの殴り合いを見て、ギャラリー達が沸いている。

この勢いを止めるには第二十六駆逐隊でどうにかしないといけない。

そう思った岸波達は、艤装の怪力に任せて飛びかかった。



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第30話 ~大切な………~

「止めさせて貰うわよ!」

「邪魔しないで!」

「手出ししないでください!」

 

まず、岸波と薄雲が、それぞれ朧と初霜に後ろから飛び掛かり、押さえ込もうとする。

しかし、朧はそのまま怪力で岸波を投げ飛ばし、初霜は薄雲の腹に肘を叩き込む。

山風は朧の後ろから足払いを仕掛けるが、踏ん張られると回し蹴りを喰らう羽目になる。

望月は初霜に体当たりをするが、防御されると殴り飛ばされる。

舞風は思い切って2人に対し、左右のアームをぶん回しながら回転して突撃をするが、同時に捕まれると思いっきり放り投げられる。

とにかく朧は艤装が強化されている事もあってパワーが違い過ぎるし、初霜はその朧に対等に渡り合える位のスピードとテクニックを持っている。

5人がかりでも、押さえ込む事は不可能だった。

 

「………っ!」

「ちょ、岸波!?何、連装砲持ってるの!?ペイント弾でもそれはヤバいって!?」

 

歯ぎしりをしながら主砲を手に取った岸波に舞風は思わず青い顔をする。

一方、頭に血が上った岸波は、薄雲に叫ぶ。

 

「薄雲!肩から紐で垂らした12cm30連装噴進砲には、今模擬弾が入っているわよね!?」

「え!?確かに大湊から装備しているし、ちゃんと模擬弾に切り替えているけれど………!?」

「ぶっ放せ!」

「模擬弾でも痛いよ!?」

「それ位やらないと、あの2人の頭は冷えないわ!」

「お、落ち着いて!岸波がヒートアップしたら、もう止められないって!」

 

舞風が思わず岸波を止めに入るが、彼女からしてみれば、何としても止めてやるという、半ば意地になっている部分もある。

だが、そこに………。

 

「お願いだから!もう止めてーーー!!」

『!?』

 

大声が響き渡った事で、朧も初霜も、岸波達も、そしてギャラリーも動きが止まる。

振り返れば、そこには早霜が立っていた。

涙を流しながら………彼女は訴えていた。

 

「お願いだから………!お願い………だから………!」

「早霜………ちゃん………?あ………。」

 

その悲しむ様子を見て、呆然としていた朧は、やがて自分の手をわなわなと震わせながら見る。

散々相手や仲間達を殴り飛ばした自分の手を………。

 

「変わってない………、アタシ………。」

 

すると、朧もポロポロと涙を流し始める。

 

「アタシ、アレからやっぱり全然………、変われてないよぉ………!」

 

怒りに任せて散々殴りつけてしまった事に悔恨を感じた朧は、顔を押さえ膝を付き泣き出す。

初霜も、散々暴走してしまった自分の行いを悔い、歯を食いしばっている。

ようやくケンカが収まったのを確認した岸波は、自分の頭を軽く数回叩いて、憤怒に支配されかけたのを反省すると、望月に何が起こったのかを聞く。

 

「岸波流で強い艦娘と訓練をした方がいいって事で、今日は初霜を招いたんだ。」

「それがどうして大ゲンカに発展するの?」

「まあ、順番に説明するからさ。………どうやら、初霜は横須賀に来る前は、ブルネイ泊地で秘書艦やっていたみたいなんだよ。」

「秘書艦?早ちゃんや巻姉と同じ出身って事?」

「うん………しかも、そこの司令官とケッコンカッコカリしているみたいで………。」

「ケッコンカッコカリ!?」

 

これは、前に鳳翔から聞いた事のある話だ。

艦娘と提督が、永遠の契りを結ぶ行為を、一般的にケッコンカッコカリと言う。

しかし、それだと初霜がその提督と別れて横須賀に出張している理由が分からない。

 

「それが、初霜は断った………いや、正式には保留にしたんだ。」

「想いを受け入れなかったって事?」

「これには、初霜の「艦」の記憶が関わっていてね。ずっと仲間が轟沈する記憶ばかりしかないから、今はその仲間達を助ける日々に従事したいんだってさ。だから、指輪を貰いながらも、ケッコンカッコカリは保留にしちゃったんだ。」

 

岸波は、改めて初霜を確認する。

良く見れば、彼女はペンダントにして指輪をぶら下げていた。

それは、綺麗に輝いており、大切に取ってあるのだと理解できた。

 

「でも、そこで朧がキレたんだよ。愛してくれる人がいるのに、何で想いを受け入れてあげないのかって。そしたら初霜もカチンと来ちゃってさ。貴女には関係ない話だっていう事で2人が口論になって、そして………。」

「乱闘に発展しちゃったのね………。」

 

確かに初霜からしてみれば、他人にとやかく言われる問題では無いだろう。

だが、皆の推測が正しければ、朧が初霜を許せなかった理由も何となく分かる。

多分、彼女は………。

 

「とにかく訓練は中止。今日は座学に切り替えましょう。」

 

とてもでは無いが、このまま訓練を続行する事は出来ないと思った岸波の提案によって、第二十六駆逐隊は、トボトボと訓練海域から引き揚げていく。

 

「ごめんなさいね、初霜先輩。」

「いえ………こちらこそ申し訳ありません。」

 

最後に訓練海域に立っていた初霜に岸波は謝罪をした上で。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

その日の夕方、一応提督や大淀に事の顛末を報告した岸波は、厳重注意を受けた。

仕方ないとはいえ、指揮下に置いている艦娘が暴走したのだ。

嚮導である岸波の責任でもある。

部屋に戻って来た岸波は、第一次士官室(ガンルーム)で食事を取って風呂に入ろうとするが、その前に部屋の中で舞風が待っていた。

 

「ねえ、岸波。さっき朧が来てね。風呂を済ませたら岬に集まって欲しいんだってさ。」

「岬って墓地の隣の所よね?」

「うん、他の第二十六駆逐隊の面々と、初霜さんにも声を掛けたみたい。」

「………分かったわ。」

 

多分、何か心の中で決心した事があるのだろう。

そう感じた岸波は急いで食事と風呂を済ませ、星々が見えている岬へと向かう。

舞風の他に、望月・山風・薄雲、そして初霜が集まっていた。

そして、夜風が気持ちいい岬には、朧が寂しそうな笑顔をしながら立っていた。

 

「昼間はみんなゴメンね。特に初霜ちゃん………人の事情も知らず、勝手な事ばかり言って………。」

「いえ………私こそ、我を忘れてしまって………ごめんなさい。」

「ねえ、朧………あたし達を呼んだって事は………過去を話す決心が出来たの………?」

「うん。………でないと、本当に前に進めないと思って。」

 

山風の質問に朧は頷く。

彼女は、自分の胸に手を当てると話し出す。

 

「アタシね………旧宿毛湾泊地の秘書艦やっていたんだ。それで………その時の2代目提督と、ケッコンカッコカリしていたの。」

 

初霜を含め、特に驚きの声は上がらなかった。

ずっとその提督の墓参りをしていた事は横須賀中に広まっていたのだから、誰でも予測は立てられた。

それだけ、大切な人物だったって事も。

 

「やっぱり、そこはみんな分かっていたんだね。」

「ええ。………でも、他に何を貴女は抱えているの?」

 

岸波は問う。

それだけでは早霜の不調等は説明できない。

朧には、まだ秘密があるのだと感じていた。

 

「実はね………あの人とケッコンカッコカリをしてからも思い出作り、いっぱいしたんだ。」

「思い出作り?」

「そう………えっと………。」

 

急に朧が赤面をするのを見て、岸波達は奇妙な物を感じた。

彼女は自分の胸に置いていた手をそっと………お腹の方へ移動させた。

 

「え!?朧さん、まさか………!?」

 

いち早くその事情を悟った薄雲が驚く。

岸波達も朧の告げたい事を見抜き、目を見開いた。

 

「アタシ………あの人の子供、産んだんだ。」

『……………。』

 

一瞬、岬に夜風が吹き、静寂に包まれた。

朧以外の面々は、文字通り絶句せざるを得なかった。

艦娘が提督と永遠の契りを結ぶ事は、一般的に知られている話だ。

だが………まさか、その提督と子供を持つ艦娘がいるなんて、誰も思っていなかったからだ。

 

「えっと………可能なんだ?」

「うん………妊娠が発覚した時は、アタシ達もビックリしたっけ。」

「しょ、証拠はあるの!?あたし達に説明できる範囲で!」

「あの人はアタシの腹筋を間近で見た時、とても綺麗だって言ってくれたよ。」

『……………。』

 

舞風や望月の質問に答えていく朧の姿を見て、岸波達は再び絶句する。

これは、もう疑いようが無い。

朧は、第2代宿毛湾泊地提督の子供を産んでいたのだ。

 

「流石にそこまでは予測出来なかったみたいだよね、みんな。」

「予測も何も………これまで、前例が伝えられていませんでしたから………。」

「多分だけど、情報統制を敷いていたんだと思う。ほら、艦娘が子供を作れるって話が広まったら色んな意味でショックだし。」

「……………。」

 

急に大人びて見えて来た朧の説明に、初霜を始め皆は考え込む。

恐らく朧の子供に関する事情を知っていたのは、艦娘に限定すればほんの一部なのだろう。

早霜を始めとした旧宿毛湾泊地に所属していた者に、一番親しい第七駆逐隊の面々。

逆に言えば、それ以外の面々には秘密にされていたのだ。

 

「懐かしいな。赤ちゃんが生まれる時、宿毛湾は大変だったっけ。早霜ちゃん達は準備に必死だったし、ぼのぼの達は慌てて応援にやってくるし。………そんなみんなの力のお陰で生まれたのが、たまのような女の子だったんだ。」

 

夜空を見上げながら朧は、目を細める。

当然ながら、岸波達は出産をした事が無いので、彼女の気持ちを正確に理解する事は出来ない。

だが、朧にとっては本当に大切な思い出なのだろうという事は、理解できた。

 

「朧………。貴女は、前に私に前に言ったわよね。怠惰艦になる前は、本当に幸せな時間を送っていたんだって。それが貴女の経験に基づくものであるのならば………。」

「あの人は提督業で大変なのに、アタシと子供を一生大切にするって言ってくれた。その言葉を聞いた時、とても嬉しくて………世界一幸せ者なんだなって思った。アタシは不安だらけだったけれど、この人と娘を一生愛していこうって決めたよ。」

「……………。」

「ぼのぼの達は、艦娘から退役する事を勧めてくれたっけ。アタシは改二艦じゃないから、今の内ならば普通の人間に戻れるからって。」

 

少しだけ過去を思い出して、幸せそうに笑う朧。

本当に彼女は沢山の大切な人達に囲まれて、思い出を作っていたのだ。

それこそ、岸波が過去を思い出してしまう位に。

だからこそ………。

 

「朧………貴女は私にこうも言ったわよね。それを突如理不尽に壊されたんだろうって。宿毛湾泊地は………。」

「………岸波ちゃん達は、フラッグシップ級のレ級って知ってる?」

「フラッグシップ級………?」

 

振られた話に、思わず全員、知識量が豊富な望月の方を見るが、彼女は首を横に振る。

一般的に深海棲艦のエリート級は赤く、フラッグシップ級は黄色に輝いているのが特徴で、後者になればなるほど強力になる。

しかし、レ級はこの間大湊で見かけたエリート級までしか、一般的には知られていない。

尤も、その海戦能力の高さは、岸波達は十分肌で感じてきたが………。

 

「昔の泊地には、中々戦力を回す余裕が無くてね………タイミングによっては、ほとんどの艦娘が出払っている事もあったんだ。そんなある日………退役の書類を準備していたアタシと、早霜ちゃんだけが泊地に待機していた時に、あのフラッグシップ級のレ級が襲い掛かって来たの。」

 

幸せそうな顔から一転、声のトーンを落として遠い目で空を見つめる朧に、岸波達は想像してしまう。

エリート級ですら、たった1隻で百戦錬磨の艦娘達を手玉に取ったあのレ級だ。

駆逐艦2人でどうにか出来るとは思えない。

 

「そこからが………悪夢のような時間の始まりだった。」

 

朧の声は、不気味な程静かで落ち着いていた。



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第31話 ~理不尽な破壊~

無意識の内に身構える岸波達に対し、朧の過去話は続く。

 

「魚雷………砲撃………爆撃機………。あのレ級は、ありとあらゆる手段でアタシ達の思い出の地を破壊し始めた。」

「そんな中で………どうしたの?貴方達は………。」

「嘗てない脅威をもたらす敵深海棲艦の姿を見たあの人は、私に赤ちゃんを連れて逃げるように言ったんだ。敵艦は、提督である自分を狙っているだろうからって………。」

「早ちゃん………早霜は………?」

「心配するアタシを安心させる為に、提督を守るって言ってくれたの。最後に分かれる際に、あの人はアタシに何度も愛してるって言ってくれた。アタシの………人間の本名を名乗ってくれて。」

 

朧は竹を編んで作った籠に赤子と………お守り代わりに箱にしまった自身の指輪を入れて必死の思いで泊地から逃げたらしい。

だが………。

 

「爆撃機の猛威は、逃げるアタシ達にも襲い掛かった。何とかアタシは逃げようとしたけれど………結局、爆撃を受けちゃって………気を失っちゃったんだ。」

 

朧は下を見つめる。

辛い過去を思い出して、涙を流しているのだろうか。

それでも空をもう一度見上げると、再び告げる。

 

「気付いた時、アタシは洋上に浮かんでいた。子供と指輪の入った籠は………消えていた。」

 

消え入るような声を聞いて、思わず舞風が両手を口に当てる。

何となく予想出来ていたとはいえ、やっぱり実際に事実を聞いてしまうとショックであった。

朧の独白はまだ続く。

 

「頭が真っ白になったアタシは………、残骸になった泊地へと戻った。そして、そこで何かに憑かれたように、愛するあの人を必死に探した。でも………見つけたのは、腰を抜かしていた早霜ちゃんと………変わり果てた姿のあの人だった。」

 

制服や艤装によって砲撃に耐性を持つ艦娘と違い、提督は生身の人間だ。

爆撃1発で原形を保てなくなる。

その娘と指輪を失った矢先に、愛する者の衝撃的な姿を見た、朧の当時の心境は想像を絶する物だろう。

 

「早ちゃんは………貴女の夫を守れなかったのね。そして………。」

「横須賀から慌てて応援に来たぼのぼの達が見たのは、怒りに任せて涙を流しながら、邪鬼のような形相で早霜ちゃんを殴り倒している、アタシの姿だったんだって。そして、我を忘れていたアタシは、ぼのぼの達にも襲い掛かったみたい。」

 

何で大切な人を守ってくれなかったのか。

何でもっと早く来て助けてくれなかったのか。

理不尽だが、当時の朧からは、理性が吹き飛んでいたのだ。

実際、屈強な艦娘であっても、この結末はあんまりであった。

 

「………以上が朧の昔話。アタシが………ずっとみんなに黙っていた過去。」

『……………。』

 

やっと全てが分かった。

朧が、ケッコンカッコカリをしているにも関わらず、指輪を持っていない事も。

朧が、曙を始めとした第七駆逐隊の面々と、関係がこじれていたのも。

朧が、岸波の過去を何となく察する事が出来たのも。

朧が、レ級が大嫌いであるのも。

朧が、極度の精神不調や体調不良を起こしていたのも。

そんな朧に対し、早霜が負い目を感じていたのも。

そして………、朧が、未だに過去を振り切る事が出来ないのも。

 

「朧………。」

「ゴメンね………辛気臭い話で。」

「そんな………事………。」

 

岸波も、舞風も、望月も、山風も、薄雲も、初霜も、みんな何も言えない。

昼間のケンカを受けて、何かしらの形で朧の力になれればいいと思っていた。

だが………、今の朧の話を聞く限りでは、とてもじゃないがそれは無理だ。

安易に過去を忘れろ………なんて言葉も使えるわけがない。

 

「ゴメンなさい、朧………。私は………私じゃ………。」

「岸波ちゃん達が、気にする事無いよ。只、ケジメとして話しておきたかっただけだから。でも………どうしようかな、早霜ちゃんを縛っているのは、どうにかしたいな………。」

 

朧は、涙を流しながら空を三度見上げる。

夜空の星は寂しく輝いており、夜風は初夏なのにいつも以上に冷たく感じた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

翌日、第二十六駆逐隊は、前日の分を取り戻す為に早朝から訓練を行った。

朧の気を紛らわせる為という理由もある。

あの凄惨な話があった後だからか、珍しく望月も山風に引っ張られるわけではなく、自発的に歩いて訓練海域にやって来た。

一方初霜は、その日は休暇であったので、第一次士官室(ガンルーム)に向かう途中の廊下で出会った、吹雪と深雪と一緒に朝食を取る事になる。

 

「初霜ちゃん、何かあった………?」

「え!?」

 

食事中に問いかけてくるのは吹雪。

どうやら、初霜は無意識の内に溜息を付いていたらしい。

 

「昨日、珍しく朧とケンカしたんだろ?何か引っかかる事でもあるのか?」

「い、いえ………大丈夫です。心配してくれてありがとう。」

 

そのケンカしていた場所にいたのか、左上を向いて箸を回しながら、思い出すように言う深雪に対し、初霜は曖昧に答える。

流石に、朧の過去に関して、安易に話題に出すわけにはいかない。

だが、とてもじゃないが平静を保てる程、昨日の話は軽い物では無かった。

 

「………私は。」

「ん?アレは早霜か?」

 

深雪の指摘に初霜が振り向くと、食事のトレーを持ってうろうろとしている艦娘がいた。

どうやら席が埋まっているらしく、早霜は座れないらしい。

 

「あのままじゃかわいそうだから、こっちに呼ぶね。いいよね、初霜ちゃん。」

「あ、はい。」

「おーい、早霜!こっちに来いよ!」

 

深雪が声を掛けると、早霜はビックリした様子でこちらを見る。

そのまま固まってしまったので、吹雪が席を立ち、連れて来る。

そして、初霜の隣に座らせる。

 

「あ、ありがとうございます………。」

「あの、早霜さん。昨日はごめんなさい。貴女を困らせてしまって。」

「謝らないでください。私が勝手に大声を出しただけですから………。」

 

初霜の謝罪に対し、早霜は静かに首を振る。

今の彼女は、心を閉ざしがちだ。

昨晩の朧の言葉もあって、早霜をどうにかしたいと初霜は思ったが、方法が思いつかない。

ところが、そこで吹雪がポンと手を叩く。

 

「ねえ、早霜ちゃん。私達、今日は休暇なんだ。良かったら一緒に鎮守府を周らない?」

「え?でも、鎮守府旅行は、横須賀に転籍してきた時に、陽炎さん達に………。」

「その頃から随分、在籍している艦娘のみんなの顔ぶれは変わっているんだ。本当は朧ちゃん達と行くのがいいと思うんだけど、なんか会うのを怖がっているみたいだから………。」

「ええ………。でも、それだと3人の休暇が………。」

 

自分の為に折角の休暇を潰していいのか?と早霜は言いたかったらしいが、深雪がニカニカ笑うと言ってくる。

 

「遠慮するなよ。深雪さま達にとっても気晴らしになるし。こういう時は甘えておくもんだぜ。」

「は、初霜さん………。」

 

思わずこれでいいのか?と見て来る早霜の弱々しい視線を受けて、初霜はニコリと笑う。

 

「私も賛成です。色んな艦娘に会っておけば、困った時に力になってくれるかもしれませんから。狭い世界に閉じこもっているよりは、そっちの方がいいわ。」

「分かりました………。じゃあ、一緒に付いていかせて下さい。」

 

少しだけ嬉しそうな顔をした早霜を見て、初霜はこっそり吹雪達にだけ分かるように頭を下げる。

多分、2人は事情が分からないなりにも、初霜や早霜を気遣ってくれたのだ。

それが初霜にとっては非常に有り難かった。

彼女のサインを受け取った吹雪と深雪は、笑みを浮かべて、こっそりと手を振って応えてくれた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

訓練海域では、いつものように様々な艦娘達が訓練に励んでいた。

十人十色の訓練を見ながら、岸辺を初霜・吹雪・深雪・早霜の4人は歩いていく。

 

「各艦!輪形陣に!右方に敵航空機の群れ!機銃………撃てー!!」

「お、アレは朝潮率いる第八駆逐隊じゃねえか。」

「ホントだ、御蔵ちゃんと屋代ちゃんを鍛えているんだね。」

 

深雪と吹雪の視線の先を見てみれば、朝潮の命令で、大潮等の艦娘達が素早く陣形を組み替えていた。

艦隊には、栗色の髪のお団子ヘアの勝気な艦娘と、薄い煉瓦色のふわっとしたセミロングの癖毛が特徴の艦娘が混じっている。

朝潮型3番艦の満潮と4番艦の荒潮だ。

2人共、望月と山風が抜けた後で第八駆逐隊に戻って来た艦娘であり、島風と入れ替わりで大潮が入った事により、これで本来の八駆が揃っていた。

 

「よう!満潮に荒潮!2人共佐世保に行ってたんだろ?どうだった?」

「あら、深雪?………まあ、一応、悪い所じゃなかったわ。只、何故か長月に旗艦の才能がありそうだからって、色々な睦月型と組まされたけど。ホント、信じられなかったわ。」

「うふふふふっ。それよりも、大潮ちゃんに聞いたけど、朝潮ちゃんが大変だったんでしょ?もっと早く横須賀に戻りたかったわ。」

 

深雪の登場に一時的に訓練を中止して答えていく第八駆逐隊の面々。

どうやら満潮も荒潮も、佐世保では色々あったらしいが、それ以上にその間に起こった空母棲鬼との戦いの事が気になったらしい。

それもそうだろう。

下手したら、第八駆逐隊の旗艦である朝潮は、一生の後悔を背負わないといけなかったのだから。

だからこそ、横須賀の提督は半ば強引にではあるが、満潮と荒潮を呼び戻したのだ。

 

「もう………2人共恥ずかしいから、あまり掘り起こさないでよ。」

「でも、朝潮お姉さん。望月や山風が帰投した時、号泣していましたよね。」

「そ、それは………!?当然でしょ!?大潮もいつまでも引っ張らないで!」

 

ギャーギャーと第八駆逐隊の面々が騒ぎ出す中で、吹雪や初霜は、海防艦である御蔵と屋代に話しかける。

 

「どう?新しい装備は?」

「はい!凄く使いやすいです!」

「「25mm三連装機銃 集中配備」………。希少な対空兵装を貰ったんですね。」

「この機銃のお陰で、敵の攻撃機にも耐えられるようになりました。」

 

「25mm三連装機銃 集中配備」とは、簡単に言えば艤装に装着する、ハリネズミのように対空気銃が張り巡らされた装備だ。

前と横に向けて三連装の機銃を撃ちまくる事が出来る為、迎撃能力は非常に高い。

貴重な海防艦を沈めていいのか?と提督が上に掛け合って配備させたらしい。

 

「横須賀の提督って、優秀ですよね。」

「私達にセクハラをしたがる所を除けば、かなり考えてくれているよ。」

「それは、それでどうかと思いますが………。」

 

提督の手腕に感心する早霜に対して、吹雪が正直な感想を答える。

現場にいるからこそ、苦労を強いられる艦娘の事を、第一に考えてくれる。

勿論、提督よりも上の存在からの命令には従わないといけないが、それでも出来る限りの譲歩はしてくれていた。

 

「そう言えば、早霜。あんたは横須賀で、何処の駆逐隊に所属してるの?」

「私ですか?まだ、所属は決まっていないですが………。」

「じゃあ第八駆逐隊に入っちゃう?遊撃部隊編成にしちゃえば、7人で艦列を組むことも可能よ?」

「遊撃部隊編成………ですか。」

 

遊撃部隊編成とは、連合艦隊とはまた違った形の、決戦に備えた艦隊の運用方法だ。

警戒陣と呼ばれる特殊な楔形の陣形を組む事が出来る他、輪形陣も、中心の艦に対して周りの6人が六角形に陣取る形になる。

上手く活用する事で、深海棲艦に対して絶大な威力を発揮するが、その分艦娘1人に必要な練度も高くなるのだ。

だが早霜は、嘗て陽炎達、第十四駆逐隊に鍛えられていた事もあり、練度は十分であった。

満潮や荒潮は、そういう所を加味して誘ってきたのだ。

 

「お誘いは嬉しいですが、今はまだ………。」

「大丈夫よ。遊撃部隊を編成するには、まだ御蔵と屋代を鍛えないといけないし、答えは焦ってないから。いつでも来てね。」

「ありがとうございます。この後は何処に行きましょうか………。」

「あ!だったら、今日は休暇を取っているはずの、第二十五駆逐隊に挨拶をしに行ったらどうですか?」

「長波がいる艦隊ですか?そう言えば、あの2人、休みの日は何をしているんでしょうか………?」

「行ってみれば分かるわよ。確か島風も今日はそこに行っているらしいし、場所を教えるから4人で行ってみて。」

 

最後に朝潮達は、初霜達に丁寧にあいさつをすると訓練を再開する。

 

「じゃあ、行ってみますか?」

「はい、お願いします。」

 

初霜が優しく呼びかけると、早霜は頷いた。

その顔は、少しだけ明るさを取り戻していっているようであった。



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第32話 ~悪夢を乗り越えるには~

朝潮達に言われた場所は、駆逐艦寮の前であった。

そこでは、何故か立て札や旗を掲げた磯風と長波がいて、その姿を、体育座りをした島風がジッとメガホンを持って見ていた。

 

「えー、第二十五駆逐隊に加入してくれた者には、この磯風自らが手に入れた桃の缶詰を渡そう!」

「ダメダメー!ギンバイ品じゃ駆逐艦は興味を示さないよ!しまかぜ的にはパフェがいいな!」

「パフェ!?そ、そうか………な、ならばこの磯風自らが手に入れた………。」

「………何をしているの、磯風?」

「な!?は、早霜か!?」

 

何故か島風の指示を受けながら、しどろもどろに演説の真似事をする磯風に対し、冷ややかな目を投げかける早霜。

長波は、磯風の後ろで思いっきり肩を落として嘆息している。

 

「いや………そろそろ岸波を見習って、第二十五駆逐隊も募集してみようかと思ってな。こうしてアピールというものをしているのだが、一向に集まらんのだ。」

「それで編入してくれる艦娘がいれば、苦労はしないわ。」

「だが………他に方法が思いつかなくて………、島風にも助言を求めているのだが………。」

「長波はどうして止めないの?」

「一応、嚮導艦は磯風だからなぁ………。これでも最初は自分の作った飯のフルコースを提供するって言っていたから、随分修正できた方なんだぜ?」

 

呆れ果てたような長波の言葉を聞いて、初霜を始めとした面々は思わず同情する。

磯風は武人肌の艦娘であるのだが、料理がとにかく下手だ。

その為、フルコースを提供されるのならば、確実に腹を痛めるだろう。

とはいえ、ギンバイ品やパフェで釣った所でどうにかなる話では無い。

 

「根本が間違っているか………。なあ、島風。この磯風達が仲間を集めるにはどうすればいい?」

「うーん、趣向を変えてみるとか?例えば、仲間を集めるんじゃなくて、依頼を求めてみるとか。」

「依頼………?」

「そうそう。助けて欲しいと願う艦娘達の力になるの!岸波もそうやって仲間を増やしていったって聞いたよ?」

「成程………。」

 

この島風の提案には、磯風だけでなく、長波や初霜達も納得する。

駆逐艦娘は、なんだかんだ言って仲間の絆を大切にする。

だからこそ、仲間を集める前に、艦娘の信頼を勝ち取る事が重要なのだ。

 

「しかし、艦娘からの信頼というのは、打算で勝ち取る物では無いだろう?」

「そうだよ。だから、下手に焦って求めるよりは、成り行きに任せてみるのも手かなって。」

「島風からそんな言葉が出るとは思わなかったな。」

「オウ!?………しまかぜだって冷静に分析できるんだよ!?」

 

抗議する島風の姿を見ながら、初霜は思う。

確かに岸波が第二十六駆逐隊を大規模な物に出来たのも、半ば成り行きだ。

しかし、その仲間達を大切にする心は、初霜自身も惹かれる物がある。

だからこそ、5人の仲間達も岸波を大切に想っているのかもしれない。

 

(でも、岸波さんは、今は悩んでいる………。)

 

岸波は、第二十六駆逐隊の一員となった朧の心を救う事が出来ない。

どうすればいいのかも分からない状態だ。

いや、朧だけでない。

今、隣にいる早霜も………。

 

(私も力になりたいけれど………。)

 

初霜はこっそり指輪を付けたペンダントを取り出して握る。

こういう時、この指輪をくれたブルネイの提督は何てアドバイスをするのだろうか?

まだ仲間の為に戦いたいと保留にした、自分自身のわがままを許してくれた、あの愛する人は………。

 

「とにかく島風、ありがとう。磯風達ももう少し考えてみるさ。………しかし、今更だが1人でいて寂しく無いのか?」

「大丈夫だよ。今日の夕方、呉から帰って来る予定の第九駆逐隊にしばらく転属する予定だから。」

「第九駆逐隊?確か、朝雲・山雲・夏雲・峯雲の4人の駆逐隊だったな。陽炎型が多い呉に行く際に、若干朝雲がごねていたが………。」

 

第九駆逐隊も、第六駆逐隊や第八駆逐隊と同じように、元々は横須賀の駆逐隊だ。

ところが、横須賀と呉の間では艦娘の貸し借りが多発しており、それによって提督同士がいがみ合っている状態であった。

その影響で第九駆逐隊は長い間、呉に行っていたのだ。

特に艦娘になったばかりの夏雲にとっては、いきなりの転籍命令で、かなり驚いていた様子であったはずだ。

 

「もう少ししたら桟橋に来る時間になるから、しまかぜは行くね!」

「待て、1人での出迎えでは寂しいだろう。アドバイスの分の礼だ。磯風達も行こう。長波もいいか?」

「ああ。………とりあえず、この無駄に目立つ立て札や旗を片付けてからだな。」

「あ、手伝うよ。私も出迎えをしたいし。」

「待てよ、吹雪。深雪さまも行くぜ。呉の様子も聞きたいからな。」

「私も行っていいでしょうか………?」

「いいと思いますよ?みんなで行きましょう。」

 

こうして、7人の艦娘達は片付けをした後、夕方に桟橋へと向かう事になった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

桟橋に立った初霜達は、丁度、こちらに向かってくる艦娘達を見つける。

栗色の長い髪を水色と白のツートンカラーのリボンでツインテールにまとめている艦娘。

癖のある灰色のセミロングの髪に薄緑色のカチューシャを付けた艦娘。

短めの前髪に毛先が広がった白色の髪のボブヘアの艦娘。

芦黄色の長いツインテールを三つ編みにした艦娘。

この4人が、それぞれ朝雲・山雲・夏雲・峯雲だ。

だが………。

 

「何か様子がおかしく無いか?」

 

磯風の声で、初霜達も注視する。

朝雲達は血相を変えており、最大戦速ではなく、それ以上の速度で艤装に負荷の掛かる、一杯でこちらに向かってきている。

そのまま器用に一気に減速をして桟橋に辿り着くと、艤装に無理をさせた影響か、出迎えの面々の前で膝を付く。

 

「どうしたんですか、朝雲さん!?わざわざ急いで戻って来るなんて!?」

「し、司令の所に連れてって!早く!」

 

只事では無いと思った一同は、4人を庁舎の執務室へと連れて行こうとする。

しかし、庁舎の様子がおかしかった。

入口には豪華な車が止まっており、扉が開け放たれていた。

何者が入り込んでいるのかと思った初霜達であったが、執務室の前に来て、その真相を知る。

 

「遅かったか………。」

 

朝雲は頭を押さえる。

執務室の扉も開け放たれており、中には複数の偉そうな人達が、提督と秘書艦の大淀に詰め寄っていた。

 

「早く艦隊を編成しろ!」

「出撃をさせるのが提督の仕事だろ!?」

「横須賀の艦娘達は何をやっている!?」

 

矢継ぎ早に文句を言っている上の者達の姿を見て、初霜は朝雲に問う。

 

「何があったのですか?」

「呉から帰る途中、作業船とすれ違ったの。宿毛湾泊地跡地が深海棲艦に占拠されたって。」

「!?」

「それで、慎重に遠くから双眼望遠鏡(メガネ)で泊地跡を見たら、そこには集積地棲姫と………黄色に輝くレ級が親玉として陣取っていて………。」

「黄色の………レ級!?」

 

初霜の脳裏に、昨晩の朧の話が思い起こされる。

それは、朧の因縁の相手であったはずだ。

いや、朧だけでなく早霜にとっても………。

 

「早霜ちゃん………え?」

 

そこで初霜は気付く。

ついさっきまで一緒にいたはずの早霜の姿が、何処にもなかったからだ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

その頃、訓練を終えた岸波と朧は、鳳翔の店に寄っていた。

昨晩の事があったので、何か良い答えが見出せないかと思ったのだ。

実際、鳳翔も困った時は相談に乗ってくれと前に言ったので、素直に岸波達が来てくれたのは嬉しかったらしく、サイダーをごちそうしてくれた。

とはいえ………。

 

「でも、ごめんなさい。多分、私がどんな答えを出しても朧さんは納得しないと思うわ。」

「そう………ですよね。」

 

鳳翔の出した素直な言葉に、朧はもちろん、岸波も肩を落とす。

皆の母親役を務めている鳳翔でも、出産はおろかケッコンカッコカリもした事は無い。

夫と赤子を失った朧の気持ちを、理解できるわけが無いのだ。

 

「だったらアタシは………どうすれば、過去を振り切れるのでしょうか………。」

「果たして振り切る必要はあるのかしら?」

「え?」

 

サイダーを継ぎ足していく鳳翔の言葉に、朧は目を見開く。

店主である彼女は、朧の目を見つめるとゆっくりと話し始める。

 

「確かに朧さんの過去は、艦娘にとって誰にも理解できない程苦しい物よ。でも、それは、絶対に忘れてはいけない物じゃ無いのかしら?」

「忘れては、いけない………?」

「貴女は愛する家族の事、忘れたい?」

「……………。」

 

朧の脳裏に自分を愛してくれた宿毛湾泊地の提督の姿が思い起こされる。

更に、その提督との間に生まれた女の子も。

 

「いやです………。忘れたくない。でも………でも、アタシはこの過去に縛られる限り、みんなに迷惑を掛けてしまう。これじゃあ、沈んだ先輩にも顔向けできない………。」

 

握り拳を作り、カウンターの上で震わせる朧。

その手をそっと握りながら、鳳翔は告げる。

 

「どうしようもない事はね………時間の経過でしか、心の整理が付けられない事もあるわ。朧さんは真面目だから、何とかしたいって焦ってしまうのだろうけど、もっとゆっくりと、周りに甘えてもいいとは思うわよ。」

「甘える………第二十六駆逐隊のみんなに………。」

「そう。例えばそこにいる岸波さんは嚮導艦なんだから、貴女の事を考えてくれているわ。気持ちを理解して貰う事は不可能でも、甘える事は出来るはずだから。」

「……………。」

 

色々と考え込んでしまった朧は、黙り込んでしまう。

その手を優しく握っていた鳳翔であるが、ふと何かを感じ、裏口から外をうかがう。

夜が更けて来た中であるが、庁舎の方が騒がしい。

 

「何かあったのかしら?こんな時間に………。」

 

その時であった。

店の入り口が開け放たれて、初霜を筆頭に舞風・望月・山風・薄雲が走って来たのは。

彼女達は、岸波達の姿を確認すると、青ざめた顔で話しかける。

 

「大変です、岸波さん!早霜さんが………暴走しました!」

「早ちゃんが!?どういう事ですか!?」

「とにかく朧も落ち着いて聞いて!じ、実は………!」

「舞風、まずは貴女が落ち着きなさい!」

 

岸波は、鳳翔にお茶を持ってきてもらうようにお願いすると、5人に飲ませて落ち着かせる。

初霜達は鳳翔に感謝しながらも、簡潔に説明する。

宿毛湾泊地跡に深海棲艦………集積地棲姫と、あのフラッグシップ級レ級が占拠してしまったという事を。

そして、その話を知ってしまった早霜が、暴走してしまったと。

 

「まさか、1人で抜錨したの!?」

「そのまさか………!装備品保管庫に行ったら衛兵が昏倒していて、中から早霜の艤装が無くなっていた………!」

「は、早霜ちゃんが………!?」

 

顔を真っ青にした朧を見て、岸波は何とか支える。

すると、そこに今度は店に男の人物………横須賀の提督が現れる。

 

「アレ、司令官?あの沢山の人達の対処は?」

「庁舎の食堂でディナーを楽しんで貰っている。状況としては、既に呉から艦隊が出撃しているし、佐世保からも艦隊が支援に向かっているそうだ。」

 

望月の質問に対し、慣れっこだと言わんばかりに落ち着いて答えた提督は、鳳翔の店を後にして装備品保管庫に向かいながら、岸波に言う。

 

「ここに来たのは、第二十六駆逐隊に抜錨して貰う為だ。横須賀からの距離では、駆逐隊でなければ間に合わないだろうからな。」

「分かりました、直ちに準備に………。」

「待て、話は最後まで聞け。空母棲鬼の時とは状況が違う。何としても敵艦を撃沈しなければならない以上、駆逐隊を3つは編成して投入するつもりだ。」

「大掛かりな作戦になりますね………。」

「他人事のように言うな。その全体のリーダーをお前に任せる。」

「私………ですか?」

「そうだ。鳥海に聞いたが、大湊では咄嗟の時の指示役として優秀だったと聞く。」

 

確かに岸波はレ級の猛攻を受けた時に神鷹や鳥海の艦隊にも指示を出していた。

恐らく鳥海は、そこを評価してくれたのだろう。

 

「………分かりました。では、第二十六駆逐隊の6人が中心になって………。」

「待ってください!」

 

後ろから声が掛かったので、岸波達は思わず止まって振り向く。

見れば、初霜が手を上げていた。

 

「私も………初霜も第二十六駆逐隊に入れてくれませんか!」

 

彼女は真摯な瞳で手を上げていた。



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第33話 ~7人の戦乙女~

「初霜先輩、既に私達の艦隊は6人で定員が………。」

「遊撃部隊ならば、7人でも組めますよね?」

「そうですが………流石に転属理由を聞きますよ?」

「力になりたいんです。早霜さんや朧さんの!」

「初霜ちゃん………。」

 

真っ直ぐな初霜の言葉に、朧が思わず目を伏せる。

しかし、岸波は簡単には首を前に振らない。

 

「艦隊は3つあるんです。初霜先輩の力を考えると、別の艦隊の旗艦や補佐を務めて貰った方が………。」

「旗艦候補ならば、今衛兵さんを介抱している吹雪さんや深雪さんがいます!これでも対空砲火による航空機の迎撃には自信があります!皆さんを守るのに役立てるはずです!」

「後悔しても………知りませんよ?」

「後悔しません!岸波さんは………私が嫌いですか?」

「ふう………。」

 

岸波は考え込む。

初霜の力は、駆逐水鬼の時の事を考えれば、是が非でも欲しかった。

只、遊撃部隊編成を即興で試す事になるだろう。

仲間達に、負担が掛かるかもしれない。

 

「ねえみんな………。」

「岸波さん、悩んでいる暇は無いよ。」

「薄雲………覚悟はあるの?」

「前に大湊で涼風さんが、強化型艦本式缶と改良型艦本式タービンを7人分持っていっていいって言った時から何となく思っていたんだ。きっと、遊撃部隊を組む事になった時に備えてくれていたんだって。」

「言われてみれば確かに………。」

「それに、これは岸波さんが前に私に言った事。問題は1人の力で解決する物じゃないよね?」

「……………。」

 

第二十六駆逐隊の問題は、第二十六駆逐隊全員で解決するものだ。

思えば朧と派手にケンカをした時から、初霜は既に駆逐隊の一員だったのかもしれない。

岸波は、舞風・望月・山風・朧を見渡す。

 

「他のみんなも覚悟はある?」

「勿論!その為の脳筋訓練!」

「まあ、これでも一応初霜並みのベテランだから艦列は気にしなくていいよ~?」

「咄嗟に対処できなければ………、駆逐艦じゃないし………。」

「アタシは………、初霜ちゃんの意見を尊重したい!ガチンコで殴り合った者同士として!」

 

4人共、既に初霜の加入に同意であるようであった。

その声を聞いて、岸波は少しだけ笑みを浮かべる。

 

「………分かったわ、初霜。その代わり、私達に合わせる為に、缶とタービンを付けて艤装を強化するわよ。ぶっつけ本番で艦隊に付いて来て。」

「はい!新参者ですから、何でも言って下さいね!」

「全く………ベテランの新参者って何よ。でも………、ありがとね。」

 

再び走り出した岸波達は、やがて夜のとばりが降りたころに、装備品保管庫に辿り着く。

保管庫の前では、吹雪・深雪・島風・磯風・長波・朝雲・山雲・夏雲・峯雲が艤装を背負って待機していた。

衛兵は頭を押さえていたが、意識を覚醒させており、何とか起き上がっていた。

岸波は衛兵に頭を下げる。

 

「衛兵さん、大丈夫ですか?ごめんなさい、妹が暴走して………。」

「いや、隙を見せたこっちの責任だ。………とはいえ、やはり駆逐艦はやんちゃな物だ。」

 

衛兵はむしろ、よく気配をあそこまで消せたものだと感心していた。

一方、横須賀の提督は、岸波に対して、その場にいる面々の情報が書かれた紙を取り出して見せる。

 

「とりあえず、駆逐隊は居合わせた面々と、泊地跡の情報を持っている第九駆逐隊を中心に組み合わせたい。残りのメンバーは岸波に任せよう。」

「分かりました。………後3人は欲しいわね。舞風、ひとっ走りして、これを嵐達に渡して来てくれない?」

「「艦隊決戦支援」?嵐、いつの間にこんなの作ったんだ。」

「これで、嵐と野分と萩風も加わるから、駆逐隊を3つ組めるわ。」

 

早速駆逐艦寮に向かった舞風が戻って来るまでに間に、岸波達は艤装の準備を整える。

特に初霜は缶とタービンを交換する事になったので、第二十六駆逐隊の面々で協力して行う。

そうしている内に、舞風は第四駆逐隊の面々を連れて来てくれた。

 

「待ってたぜ、岸波!ようやく1枚目のチケットを切ってくれたか。」

「初っ端から激戦区だから気を抜かないで。装備は最大限整えていって頂戴。」

「おう!」

 

力こぶを作る嵐を始めとした3人も艤装を整える中、岸波は編成を決める。

 

「缶とタービンを強化した第二十六駆逐隊の7人が先行するわ。その後を宿毛湾泊地跡の情報を整理しながら、吹雪・深雪・朝雲・山雲・夏雲・峯雲の艦隊が付いて来て。」

「じゃあ、私と深雪ちゃんは、今は第九駆逐隊ですね!」

「初期艦の吹雪さんが旗艦かー。緊張するわね………。」

 

意気込む吹雪の笑顔を受けて、思わず背筋が伸びる朝雲。

第九駆逐隊の他の面々も、朝雲と同じように緊張した面持ちだ。

何処かのんびりしていそうな雰囲気を持つ山雲だけは、マイペースに笑顔を返していたが。

 

「そして、最後尾に長波・磯風・島風・嵐・野分・萩風の艦隊を。早霜を見つけた時に回収する役目も担ってもらうわね。」

「磯風達は、第四駆逐隊に一時的に編入か。だが、久々に腕が鳴る。」

「長波サマは改二艦として、出来る所、妹に見せてやらないとな!」

「………って、ん?旗艦は長波の方か。まあ、過去の事を考えれば、磯風に信用が無いのは仕方ないが。」

「違うわ、磯風。実は、長姉に「精鋭水雷戦隊 司令部」を持って行って欲しくて。」

 

岸波は、電探に似たような変わった機材を取り出して長波の艤装に装着していく。

「精鋭水雷戦隊 司令部」とは、水雷戦隊の旗艦である軽巡や駆逐艦に装備できる物で、これがあると、深海棲艦の追撃を躱し、大破等をした艦娘を、1人だけ単艦退避させる事が出来る。

つまり、早霜を回収した時、彼女の状態によっては、そのまま逃げさせる事が可能になるのだ。

非常に便利な装備だが、使用できる条件と装備できる艦娘がかなり限られる為に、岸波は、今回は長波を旗艦にしたのだ。

 

「ちなみに初霜も装備できるはずだから、本当は、今だけは第二十六駆逐隊の旗艦を変わって欲しいけれど………。」

「それだと艦隊の皆さんから、文句が出るんじゃないのでしょうか?」

「………というわけだから、みんな腹括ってね。」

 

最後に岸波は、各自が備えた装備等を確認した上で、提督も含めた19人を引き連れて桟橋に向かう。

正直、怠惰艦としてリンガから横須賀に来た時は、こんなに沢山の艦娘達を率いる立場になるなんて、全く予想出来なかったものだ。

 

(本当に変わったわね、私………。)

 

今ならば、ハッキリ言える。

様々な艦娘達との出会いを通して、岸波という艦娘は明らかに変わった。

過去を振り切れたわけでも、清算できたわけでも無い。

でも………確実に一歩一歩前に歩んで行って周りの艦娘達に影響を与えていっている。

だからこそ………。

 

(早ちゃん………何が何でも、貴女は連れて帰るわ。過去から変われる可能性を残す為に………!)

 

先頭で桟橋に立った岸波は、後ろに並ぶ艦娘達をもう一度見渡して、更に提督に告げる。

 

「私らしくない台詞かもしれませんが………行ってきます。」

「呉のヤツには詳細は伝えておいた。どうやら、由良の艦隊も出ているらしい。」

「それは、益々無様な所は見せられませんね。」

「敵の力は未知数だが………必ず20人全員で戻って来い。」

「分かりました。」

 

岸波は大きく息を吸うと、隣に立った吹雪と長波を軽く見て、号令を発する。

 

「第二十六駆逐………抜錨!」

「第九駆逐隊、抜錨します!」

「第四駆逐隊、出るぞ!」

 

勇ましい声が響き渡り、3つの艦隊が単縦陣で出撃していった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

翌日の明け方………宿毛湾泊地跡は、激戦区と化していた。

敵味方の航空機が飛び交い、様々な艦種が入り乱れる総力戦。

その中を、鬼怒・古鷹・加古・霞・霰を連れて、由良が滑走していた。

 

「数が多いってレベルじゃないわ………ね!特に、あの艦隊!」

 

戦場を縦横無尽に動き回るのは、屈託のない笑みを浮かべる、黄色に輝くフラッグシップ級航空戦艦レ級。

その艦隊には、冷徹な瞳を持つ、最高峰の深海棲艦の重巡と認識されている重巡ネ級改が2隻。

脅威の対空迎撃能力を持つフラッグシップ級軽巡ツ級。

そして、攻撃機をこれでもかという程飛ばすフラッグシップ級ヲ級が2隻入っていた。

他にも駆逐艦、雷巡、輸送艦、潜水艦。

それに巨大な尻尾の上に乗って、長い三つ編みをマフラーのように被った、力強そうな腕を振りかざす集積地棲姫もいたが、由良達が戦って一番厄介だと思っていたのは、間違いなくレ級の艦隊であった。

とにかく動きが素早く、攻撃が急所に当たらない。

 

「レレレ~!」

「この!」

 

正面に回り込んで魚雷を発射しようと、尻尾の口を開いたレ級とネ級改2隻に対し、一斉砲撃を叩き込む由良達。

その内、古鷹や加古の放った砲撃はレ級やネ級改達の尻尾の魚雷に引火して纏めて吹っ飛ばすが、すぐにその尻尾がメキメキと復活していく。

 

「何で再生能力付きの敵がこんなにいるんだろうね?」

「深海棲艦だから………で片づけるしかないんじゃないのかしら?」

 

敢えて肩を竦めてみせる鬼怒の言葉に、由良は適当に答える。

実は、この6隻の深海棲艦は、全て再生能力付きなのだ。

強力な個体が艦列を組む例なんて、由良達は聞いた事が無い。

集積地棲姫も再生能力を持っていた為、かなり敵戦力を削るのに体力と精神力を使った。

 

「そっちは大丈夫?敷波さん?」

「こちら十九駆、全員健在だよ。でも、あんまりみんな、対空砲火は得意じゃないから千歳さんと千代田さんを守るのに必死だけどね。」

 

電探で答えるのは、別の艦隊と戦っていた栗茶色の長髪を黒いリボンでポニーテールにしている駆逐艦娘。

綾波型2番艦の敷波であり、呉から出たもう1つの艦隊の旗艦を担っていた。

 

「敷波、由良さん達を困らせたらダメですよ~?あ、重巡リ級1隻や~り~ま~し~た~!」

「流石ソロモンの鬼神ですね………。軽巡ト級撃沈です!」

「磯波姉さんも凄い!………負けないですよ!駆逐艦ロ級2隻沈めました!」

「みんな燃え過ぎだって………。潜水艦ヨ級爆破っと!」

 

敷波の艦隊には、彼女に似た栗毛の長髪を黒く細いリボンでポニーテールに結い上げた綾波型1番艦の綾波と、黒の長い2本の三つ編みをピンクのリボンで結んでいる吹雪型9番艦の磯波、やや太めの眉に1本の三つ編みを垂らしている吹雪型10番艦の浦波がいた。

この4人が第十九駆逐隊であり、実は全員改二への改造を完了していて、海戦能力は非常に高かった。

 

「千代田。十九駆のみんなが奮闘している内に!」

「はい、千歳お姉!やってやるんだから!」

 

そして、この艦隊には、銀色の髪に凛々しい表情をした千歳型軽空母1番艦の千歳と赤茶色の髪の艦娘である2番艦の千代田が組み込まれている。

彼女達は、右手側に置いた木製のからくり箱のようなものから、マリオネットのようなヒモがくっついた航空機をひたすら発艦させていた。

 

「長月さん、佐世保のみんなはまだ元気?」

「こちらも呉の面々に負けないように猛攻を仕掛けています。火力支援は任せて下さい!」

「文月も、まとめて………やっちゃうよ~?」

 

丁寧に答えていくのは、緑色のセミロングヘアを持つ睦月型8番艦の長月。

小さな軍曹を思わせるこの娘は、曙や霰と同じく、あの第十四駆逐隊にいた事で有名だ。

その長月と関わりが深いのは、膝くらいまである長い茶髪をポニーテール状に纏めた睦月型7番艦の文月。

改二である上に、北のキス島に第十四駆逐隊の面々を助けに行った事もある、実力者だ。

その後ろで、主砲や副砲による支援砲撃をガンガン撃ち出しているのは、妙高型艦娘の4人。

 

「各艦、余裕が出来たら呉の艦隊に対して砲撃支援を!三式弾も活用して!」

「任せてくれ!いい所を見せてやろう!」

「古鷹達にも、負けていられない物ね!」

「全砲門………思い切って開きます!」

 

太眉とパッツンの前髪が印象の1番艦の妙高、左から長く垂らしたサイドテールが特徴の2番艦の那智、黒茶色のセミロングの髪と八重歯がポイントの3番艦の足柄、肩までのボブカットの髪型が拘りになっている4番艦の羽黒。

由良の転籍前の所属である佐世保からの援軍は、指揮系統を担う長月、対空砲火に特化した文月、そして火力支援に特化した妙高型4人という分かりやすい艦隊で構成されていた。

 

「これでも押し切れないなんて敵艦は本当に厄介ね………。あら?」

 

そこで、由良に対し、電探を通して呉からの通信が届く。

現在秘書艦を担当しているのは、陽炎型の雪風だ。

 

「どうしたの、雪風さん?」

「司令官から伝言です!………いいニュースと悪いニュースがあります。」

 

由良は、雪風から伝えられた事を確認すると、冷静に敷波や長月にも情報を拡散していく。

 

「由良さん、何があったの?」

「まず、いいニュース。横須賀からこちらに向けて、岸波さんが率いる駆逐隊が抜錨しているわ。その数19人。」

「悪いニュースの方は………?」

「その前に1人、暴走して飛び出しちゃった子がいるみたいなの。早霜さんなんだけれど………。」

「え………!?」

「早霜が!?」

 

驚いた声を上げるのは霰と長月。

早霜は、第十四駆逐隊が教育した夕雲型の1人なのだ。

だからこそ、今回の暴走を思わず疑ってしまったのだ。

 

「何かの勘違いじゃ………?」

「どうやら、正しいみたいだよ。」

 

由良達は、東の海域から単艦で突撃してくる艦娘を見る。

左手に連装砲を構える駆逐艦娘は、目が吊り上がっており、周りが見えていない。

彼女は………早霜は、フラッグシップ級レ級に突撃していった。



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第34話 ~分かるからこそ~

その頃、岸波・吹雪・長波の艦隊は速力を上げて飛ばしながら、宿毛湾泊地跡へと向かっていた。

一応、その気になれば、艤装を強化した岸波達の艦隊が先行する事も可能であったが、道中での襲撃等のリスクが高かった為、敢えて3つの艦隊で速度を揃えていた。

そんな中、横須賀から長距離通信が、岸波の電探に届く。

 

「再生能力付きが7隻?」

「ええ。由良達の話だと、集積地棲姫の他、フラッグシップ級レ級の艦隊6隻が全てその力を持っているみたい。」

 

近くの呉の提督伝いに横須賀へと電話で伝わった情報が、回り回ってこうして伝わってくるのだ。

流石に再生能力に関しては、朝雲達の第九駆逐隊は知らなかった為、この情報は有り難かった。

 

「重巡ネ級改2隻・フラッグシップ級軽巡ツ級・フラッグシップ級空母ヲ級2隻………レ級の他にも厄介な敵艦ばかりね、なっちゃん。」

「はい………でも、やるしかないんですよね。その為の艦隊ですから………。」

「2人共もっとリラックスしましょう~。海戦の前から力を入れていたら~、疲れてしまうから~。」

 

後ろでは、峯雲や夏雲、山雲が会話を繰り広げている。

確かに山雲の言う通り、海戦前から力を入れ過ぎたらいけないだろう。

だが、嘗てない実力を持っていそうな強敵がいる上に、早霜が暴走している状態なのだ。

決して状況は良いとは言えない以上、全員が彼女のように、豪胆に振る舞えるとは思えなかった。

 

「山雲は力を抜きすぎ。………ゴメンね、私の艦隊こんなので。」

「気にしなくていいわ。それだけ丹力があるのはいい事だから。」

 

気遣ってくれた朝雲に対して、岸波は笑みを向けると、こっそりと無線のチャンネルを第二十六駆逐隊の物に切り替えて、朧に聞く。

 

「………で、貴女は大丈夫、朧?」

「早霜ちゃんが沈んだらって思うと気が気じゃないかな………。特に、敵対するのがアイツだっていうのならば………。」

「現場に急行するまでは、私達を助けに来てくれた、由良達を信じるしかないわね。」

「そうだね。………正直に言えばアタシ、今は復讐とかそんな感情、余り沸いてないんだ。むしろ、また大切な人達を奪われるって思ったら………。」

「だったら、今度こそ守ってみせるって想いを持って行きましょう。その為に、第二十六駆逐隊に貴女は踏み出したのだから。」

「うん………ありがとね、岸波ちゃん。それに………みんなも。」

 

周りを見渡した朧に対し、舞風も、望月も、山風も、薄雲も、初霜も、無言で力強く頷いた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

一方、早霜はあの因縁の………目の前で朧の最愛の人を奪ったレ級を目の当たりにして、主機を一杯にまで加速させていた。

この敵艦だけは、生かしていてはならない。

更なる破壊を巻き起こす前に、葬らなければならなかった。

 

「早霜、聞こえるか!?その艦隊は6隻とも再生能力付きだ!君が単艦で突っ込んでどうにかなる相手では無い!引くんだ!」

 

無線を通して誰かの声が聞こえてくるが、そんなの知った事では無い。

とにかく、何が何でも落とさなければならない敵なのだ。

 

「今度は………やらせないわ!」

 

実は、反応が怖くて、朧にどうしても言えない事がある。

第2代宿毛湾泊地提督は、爆撃で戦死した。

だが、本当はよりにもよって、早霜を………庇ったのだ。

最愛の人がいるのに………、自分よりも遥かに大切な人がいるのに………、そんな事等関係無く、早霜を突き飛ばして、彼は炎に包まれた。

ブルネイ泊地に転籍した後も、その光景がずっと目に焼き付いて離れなかった。

だからこそ………ここで目の前の宿敵を沈めなければ、朧に会わせる顔が無かったのだ。

 

「沈める………!」

 

肝心のレ級は、早霜を見て不敵な笑みを浮かべていた。

攻撃を仕掛けようともせず、むしろ彼女に対し、やってみせろと手招きをしていたのだ。

それが、早霜の怒りを更に増幅させた。

 

「その罪を………償いなさい!」

 

魚雷発射管から、8発全ての魚雷を放つ。

更に連装砲による砲撃も放ち、フラッグシップ級レ級を業火に包む。

 

「やった………?」

 

あまりに呆気ない幕切れに、早霜は身構えた姿勢を解かない。

だからこそ、炎の中から繰り出されてきた砲撃を、彼女は咄嗟に躱す事が出来た。

 

「!?」

「レ?レレレ?」

 

中から出て来たレ級は、ぴんぴんしていた。

魚雷の後も、砲撃の後も、全然残っていない。

全く防御する素振りも無かったのに、全て、驚異的な再生能力で防ぎきってしまったのだ。

 

「嘘!?」

「物資ハヤラセハシナイ!」

「な!?」

 

動揺を隠せない早霜は、右方から掛かってきた叫び声に気付き、振り向く。

そして、思わず目を見開いた。

集積地棲姫は、泊地跡にあった巨大な鉄筋コンクリートを掴むと、それを早霜に対して投げつけてきたのだ。

 

「ああ!?」

 

思わず後ろに倒れ込むように、早霜は回避をするが、左手の連装砲のグリップが切れて、コンクリートの塊に持って行かれてしまう。

起き上がった時には、手持ち武器はもう無くなっていた。

 

「……………。」

「レ!レレ!」

 

立ち上がった早霜は、もうどうする事も出来なかった。

前には砲塔をこちらに、向けるレ級とネ級改2隻の姿。

計10門以上の砲門から繰り出される砲撃を受ければ、駆逐艦である自分は簡単に沈むだろう。

いや、沈む前にハチの巣になって死ぬ。

 

(私………何がしたかったのかしら。)

 

冷静に考えてみれば、予測できた展開なのに。

1人で何も出来ない事なんて、分かりきっていたのに。

無力だけど、動かずにはいられなかった。

 

(バカみたい。)

 

早霜は、空を見上げる。

こんな愚かな艦娘の気持ちなんて、分かってくれる人はいないだろう。

結局、自分は朧の心を救う事も出来ずに、彼女にまた傷を残してしまう。

許して欲しいとは思わないけれど、彼女の性格を考えると、きっと一生悔いるだろう。

 

(ごめんなさい………。)

 

今まで支えてくれた人物の事を想い、一粒だけ涙を流した早霜は前を見る。

レ級達は、一斉に砲門を早霜に向けてその砲口が赤く光り………。

 

ドンッ!!

 

「え?」

 

砲撃の瞬間だった。

早霜の左肩が掴まれ、後ろに投げ飛ばされる。

倒れ込んだ彼女は見る。

自分のいた位置で仁王立ちをして、笑みを向けている綺麗な艦娘の姿を。

薄い桃色の髪をポニーテールに結んだその娘は………。

 

「由良さん………!?」

 

ドォンッ!!

 

次の瞬間、敵艦から滅茶苦茶に繰り出された砲撃は、自分を庇う為に手足を広げて立った由良の体や艤装に吸い込まれていく。

腕や脚から血を噴き、艤装を爆発させた由良は炎に包まれてゆっくりと後ろに倒れていく。

スローモーションのような速さで、その様子を見てしまった早霜は叫ぶ。

 

「由良さーーーん!?」

 

まるで、あの提督のように、自分を庇って倒れた由良の身体に必死に縋りながら、早霜は叫ぶ。

 

「由良さん!由良さんっ!?何で!?何で!?」

「逃げ………て………。」

「何で私なんかの為に!?」

「知っていた………から………。佐世保の………秘書艦時代に………提督さん………から………。早霜ちゃんの気持ちも………分かる………から………。」

「あ………ああ………。」

 

これは、早霜の知らない話だが、由良は岸波の過去を知っていた。

だからこそ、同じように朧や早霜の過去も知っていたのだろう。

余りにも優しすぎる軽巡の言葉と慈愛の精神に、早霜は涙を流す。

本当に、何て事をしてしまったのだと………。

 

「早霜ちゃん!早く由良姉を連れて逃げて!鬼怒達じゃ、庇いきれない!!」

 

鬼怒の叫び声が、電探を通して早霜に届く。

臨時で彼女を旗艦とした5人の艦隊は、ツ級とヲ級2隻にジャマをされている。

航空機がガンガン飛んで来るので、古鷹や加古は三式弾での迎撃に回るしかないのだ。

だが………駆逐艦が、体格の違う軽巡を引っ張っていくのは難しい。

それに、レ級とネ級改2隻はもう、傍にまで来ていた。

 

「レレレ~?」

 

(ああ、私………また1つ罪を犯してしまったのね。)

 

結局、身勝手な空回りが、由良を巻き込む事になってしまった。

早霜は由良の前に立って両手を広げて庇うが、無理だろう。

一緒に海の藻屑になってしまうのが、オチだ。

それでも、こうするしか選択肢が無い。

 

(ごめんなさい………みんな。)

 

「諦めるな!早霜!!」

「!?」

 

だが、ここで新たな怒号と共に、横合いから雨のような小型の砲弾………ロケットランチャーが飛来してくる。

いきなりの攻撃に、レ級達は一瞬怯むが、すぐに体勢を整えると、レ級はトビウオのようにバク転をしながら下がり、ネ級改は丈夫な尻尾で防御行動を取る。

 

「これは!?」

「間に合わなかった!?いや………!」

「岸波姉さん!?」

 

目の前に疾走してきた艦娘………岸波の姿に、早霜は驚く。

それをきっかけに、次々と第二十六駆逐隊の艦娘達が早霜達の前に飛び出し、レ級達に向けて、砲撃を始める。

先程のロケットランチャーは、薄雲が装備していた12cm30連装噴進砲であるらしい。

 

「みんな………私………!?」

「反省は後!早霜ちゃん、由良さんの様子を確認するよ!」

「は、はい………!」

 

朧の叱咤を受けて、早霜は彼女と共に由良の状態を見る。

ヲ級が攻撃機を多数飛ばしてくるが、舞風と望月と初霜が迎撃をしていく。

特に初霜は、対空電探と高射装置に加え、右手に単装高角砲を持ち、左手に連装高角砲を持っていた為、凄まじい対空迎撃能力を備えていた。

 

「こちら、横須賀からの駆逐隊!これより戦闘に入る!!」

 

山風と薄雲と共に、レ級やネ級改の牽制をしていた岸波は、鬼怒や敷波、長月に対し力強く言葉を発した。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「こちら吹雪!対空迎撃は任せて下さい!磯風ちゃん、そっちはお願い!」

「分かった!とにかく、片っ端から撃ち落としていく!」

 

ワンテンポ遅れて到着した吹雪の第九駆逐隊と長波の第四駆逐隊も、戦場に勇ましく殴り込んでいく。

その中で、初霜に匹敵する対空迎撃能力を持つ吹雪と磯風が、ヲ級や集積地棲姫の攻撃機を、文字通り一網打尽にしていく。

航空戦力のパワーバランスが変わった事で、千歳と千代田の攻撃機がより動きが良くなる。

彼女達は、再生能力を持つヲ級を中心に狙い始めていく。

当然、ツ級が妨害に入るが、それによって動きを封じる事が出来る為に、妙高達や古鷹達が砲撃支援をしやすくなった。

 

「さて、俺達は他のジャマが入らないようにするか!」

 

嵐は器用に爆雷を複数掴むと、水中に放り込み、吹雪や磯風達を狙おうとした潜水艦ヨ級を2隻沈めていく。

野分と萩風も駆逐艦をどんどん撃ち落としているし、島風は連装砲ちゃんに輸送艦ワ級を集中砲火させて、派手に爆発させている。

一方で、深雪と長波は朧達と連絡を取っていた。

 

「朧!由良さんはどうなんだ!?」

「………艤装と中の缶がボロボロになっている。出血も多いし………。」

「「精鋭水雷戦隊 司令部」は軽巡には使えないぞ!どうにか復帰させられないのか!?」

「これじゃもう………私、また罪を………。」

「だから諦めるなよ!お前を庇ったんだろ!?庇われたお前が最初に………!」

「あ、あの………!」

 

深雪の怒声が響く中、別の声が割って入った。

その主は、夏雲であった。

 

「いきなりどうしたんだ?」

「わ、私と峯雲さんを、由良さんの傍まで連れていって下さい………!」

「え?」

 

無線越しではあったが、夏雲は唾を飲むとハッキリと告げる。

 

「私が………修理します!」

 

その発言に、朧や早霜だけでなく、岸波達も驚く形になった。



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第35話 ~夏雲の力~

戦場のパワーバランスが変わったとはいえ、未だに砲撃や攻撃機が飛んで来る中での治療や修理は、非常に危険だ。

しかも、夏雲は駆逐艦で、とてもでは無いが修理に特化しているとは思えなかった。

それでも、由良にはもう一刻の猶予も無いと判断した朧達の言葉を受けて、岸波は思い切って鬼怒達に説明する。

 

「というわけでイチかバチかになるけれど………。」

「待って、夏雲ちゃんがいるの!?だったら、彼女に任せてみて!」

「え!?鬼怒、夏雲は工作艦のような事が出来るの!?」

「呉で、明石さんに弟子入りしてたんだよ!鬼怒が保証するから、早く!」

 

意外な事に、鬼怒からお墨付きを貰った事で、岸波は決断する。

レ級達の相手を、しばらく長波達の第四駆逐隊や鬼怒達に任せると、吹雪達の第九駆逐隊に、岸波達の第二十六駆逐隊の近くまで来てもらう。

そして、しばらく指揮を、吹雪と補佐の望月にお願いすると、岸波も朧や早霜の所に行って、由良の状態を確認する。

 

(これは………。)

 

確かに由良は目の焦点が合っておらず、顔は青くなっていた。

意識はほぼ無い状態で、砲撃の影響で左腕と右足、左の脇腹からの出血が酷かった。

艤装に至っては、中の缶が見える程にボロボロになっており、その缶もほぼダメな状態であった。

何とか口には出さなかったが、ある意味轟沈よりも絶望的な状況である。

 

「まず、早霜さんは少し離れて下さい。」

「わ、私も手伝いをさせて………!」

「気が動転しているからダメです。離れて下さい。」

「は、はい………。」

 

最初に夏雲は、冷静な判断力を失っている早霜を、由良から離れさせる。

押しの弱い大人しい性格であるのが、岸波の夏雲に対する印象であったが、このハッキリとした物言いは何かを期待させた。

 

「岸波さんは足側に。朧さんは頭側に回って下さい………。峯雲さん、1つ目のドラム缶を開いて。」

「分かったわ。」

 

そう言えば、岸波は今回の出撃で装備を整える中で、峯雲に妙な物を感じていた。

彼女は何故か、輸送用に使うドラム缶を、わざわざ2つ装備していたのだ。

夏雲は、彼女と共に由良の左側に回ると、そのドラム缶の中身を岸波達に見せる。

そして、岸波も朧も驚かされる。

海上に浮かべる関係で、中身はほとんど入ってなかったが、その底には、応急処置に使う用具が備えてあったのだ。

まず、岸波達も装備している強化型艦本式缶と改良型艦本式タービン。

更に、金属板が複数枚に、ネジに電動ドリルドライバー。

耐水性の包帯等、治療用の救急セットまで入っている。

 

「な、夏雲………この状況、最初から想定していたの!?」

「いえ、いつも峯雲さんにお願いして、持参しているんです。私は小柄であまり持てないので………。」

 

夏雲は手持ちの魚雷発射管と連装砲を、朝雲と山雲に渡して手を自由にする。

峯雲にはドラム缶を押さえて貰って、波で中身がこぼれないようにした。

そして、真剣な顔で岸波達に言った。

 

「今から一度、艤装を外します。由良さんは瀕死ですから、激痛に悶えて暴れるでしょう。上下から押さえ込んで動かさないでください。」

「わ、分かった………!岸波ちゃん、脚をお願い!」

「ええ………。」

 

朧が後ろから羽交い絞めにして、岸波が両脚をしっかりと押さえ込む。

その状態を確認した上で、夏雲は由良の艤装を外す。

 

「う………うああああああああああ!?」

「由良さん!?しっかり!?」

 

夏雲の言う通り、艤装を外され………人間に戻って瀕死の傷の影響で、ガクガクと震え出した由良の絶叫を受けて、朧が怪力を発揮し、耳元で叫んで何とか落ち着かせようとする。

その間に夏雲は素早く、艤装から破損した缶とタービンを取り外して捨てて、新しく強化された物をセットしていく。

そして、由良を再度強く押さえ込むように岸波達に言うと、艤装を付け直した。

 

「あ………ああ………。」

 

震えが軽減されてきた由良の様子を見て、ホッとする岸波達。

夏雲はすぐ傍に敵の航空機が落下するのも気にせず、今度は金属板と電動ドリルドライバーを取り出す。

そして、今度は朧に対して、由良をうつ伏せにして、正座をした膝に顔を乗せるようにお願いする。

こうする事で、破損した艤装が見えやすくなるし、由良が海に沈んで窒息する事も無くなる。

その上で、岸波に対し、破損した艤装に金属板を固定して貰うように頼んだ。

 

「………それ、全部工作艦の明石さんに習ったの?」

「はい………。鬼怒さんの言う通り、夏雲は呉で明石さんに弟子入りしました。」

 

岸波の質問に、夏雲は丁寧に答えてくれた。

但し、その間も手を動かす事を止めない。

艤装と金属板に電動ドリルで穴を開けてネジ穴を作ると、ネジを取り出して、今度はドライバーに切り替えて締めていく。

不格好だが、こうやって金属板を複数繋ぎ合わせる事で、艤装の応急処置を施すのだ。

 

「夏雲は………、何の特技も無い艦娘です。自慢出来る能力も無いですし、個性もありません。リーダーシップも無ければ、丹力も備わっているとは思えません………。」

「だから………明石さんに、修理の方法を学ぼうって決めたの?」

「悩んでいる時に、その様子を見かねた敷波さんが紹介してくれたんです。何でも、曙さんを始めとした他の艦にも、簡単な応急処置の仕方を教えていたらしくて………。」

「それは知らなかったわね。でも、ここまでガッツリと習おうと思ったって事は、相当な覚悟だったのでしょう?」

「何でもいいから、誰かを守る術が欲しかったんです。駆逐艦失格かもしれませんけれど………。」

 

夏雲は自嘲しているが、次々と慎重な手付きで、艤装と金属板を繋ぎ合わせていく姿は、一端の工作艦であった。

やがて、艤装の全ての破損個所に金属板が取り付けられ、応急処置が終わる。

チグハグに金属板を繋ぎ合わせた形だが、交換した缶とタービンが隠れ、艤装の形が何とか保たれて浸水する事が無くなった。

すると………。

 

「う………ぁ………アレ………由良………?」

「由良さん!?」

 

意識が覚醒した由良の声を聞いて、離れて見ていた早霜が思わず歓喜の声を上げる。

岸波と朧も顔を見合わせて、思わず笑顔が弾けた。

瀕死の状態であった由良が、駆逐艦娘の機転で文字通り蘇ったのだ。

ある意味、とんでもない奇跡である。

だが、それでも夏雲は気を抜かない。

 

「動かないでください、由良さん。艤装が無ければ貴女は死んでいますから。………今度は治療をします。」

「は、はい………。」

 

思わず大人しくなってしまった由良の左腕と右足、そして左の脇腹に薬を塗って、夏雲は耐水性の包帯を巻いていく。

自分の傷が塞がっていく様子を見ながら、由良は呆然としていた。

そうしている内に治療は完了し、夏雲は由良に慎重に起き上がってみるように言う。

由良はゆっくりと身体を起こし………、そして立ち上がる事も出来た。

 

「身体の痛みはどうですか?」

「正直、全身が痛いけれど………これ、全部夏雲さんが治してくれたの?」

「あくまで応急処置をしただけです。繰り返しますが、艤装を外したら死にますから。船渠(ドック)入りをするまで絶対に外さないでください………。」

「う、うん!」

 

余りにストレートに告げて来る夏雲の言葉に、由良は肌寒い物を感じたのか、思わず背筋が伸びる。

もしかしたら、この話術も明石から習ったのかもしれない。

 

「早霜さん、もういいですよ。でも、抱き着かないでくださいね。」

「ゆ、由良さん、ごめんなさい!」

「あ………、早霜さん………。」

 

近づいてきて、思いっきり頭を下げる早霜に対し、由良はバツの悪い顔をする。

庇わなければ早霜は沈んでいたとはいえ、彼女に負い目を感じさせたのは事実なのだ。

正直、由良の方も、どう応えればいいか分からない状態だった。

そこに、夏雲がまた助け船を出す。

 

「じゃあ、早霜さん。今から由良さんの分も働いてもらいます。峯雲さん、2つ目のドラム缶を。」

「これ、持って行って。」

『!?』

 

峯雲が明けたもう1つのドラム缶の中身を見て、今度は早霜と由良も驚かされる。

そこには、夕雲型の連装砲や魚雷発射管等、艦娘の装備が、多数入っていたからだ。

 

「アフターケアもバッチリね………。でも、何で夕雲型の連装砲がピンポイントで?」

「小型で持ち運びのスペースを取らないからです。早霜さんは、装備を整えて鬼怒さんの艦隊に入って支援をして下さい。」

「あ、ありがとう………!」

「その言葉は由良さんに。後、また1人で突貫したら、今度は私が後ろから撃ちます。」

「き、気を付けます………。」

 

工作艦である明石は、実は、とんでもない駆逐艦娘を教育してしまったのではないか?と岸波は思ったが、ここでは黙っておく事にする。

とにかく、体勢を立て直す事には成功したので、レ級達を足止めしてくれていた長波の第四駆逐隊を呼び戻し、由良の護衛をして貰う事をお願いする。

吹雪の第九駆逐隊はまだ魚雷等に余裕があったが、夏雲のこの力を見た後だと、前線に突撃させるわけにもいかないと岸波は思ったので、後ろから支援をしてもらう事にする。

だとしたら、自分達………第二十六駆逐隊が行くしか無いだろう。

 

「夏雲、12cm30連装噴進砲の予備はある?」

「薄雲さんが愛用しているみたいなので、1つ予備を入れておきました。」

「助かるわ。………後、貴女は特技の無い艦娘じゃないわ。奇跡を起こすことが出来る、とっても、素敵な艦娘よ!」

「え………。」

 

満面の笑みを見せた岸波の姿を見て、一瞬だが、夏雲は呆ける。

岸波は、彼女の返答を聞かずに、噴進砲の予備を峯雲から受け取った薄雲や、朧達と共に前線へと進んでいった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

由良の修理や治療が完了し、彼女が復活した事を伝えたら、海戦中であるにも関わらず、鬼怒達から夏雲への喝采が巻き起こった。

 

「夏雲ちゃん、マジパナイ!これで持ち直せるかも!後、敷波ちゃんもナイスファインプレー!」

「いや、アタシは只、夏雲を明石さんに紹介しただけだし………。」

「遠慮するな!しかし、夏雲は将来大成するぞ!」

 

敷波や長月からも様々な言葉が出る中で、岸波は鬼怒に早霜の事を任せると、集積地棲姫の事を問う。

 

「大発動艇や特型内火艇による対地攻撃は出来ないのですか?この面々ならば、使える艦娘は多いと思いますが………。」

「ずっと試しているよ。只、あのレ級とかの妨害が激しくて、上手くいってないの。」

 

岸波の質問に、鬼怒は溜息を付きながら答えていく。

集積地棲姫のような、陸上に陣取る深海棲艦は、対地攻撃に非常に弱い。

その為、戦車を積んだ大発動艇や、特型内火艇による攻撃を仕掛けるのがセオリーだったのだ。

だがその前には、魚雷を扇状に、大量に撒き散らせる力を持つフラッグシップ級レ級が陣取っている。

上手く深海棲艦同士が連携を取って、互いへの攻撃を妨害しているのだ。

 

「あの集積地棲姫………手癖が悪いのか、泊地の物をガンガン投げつけて来るんだよな………。」

 

そう通信を送って来たのは、足止め役を担っていた嵐。

見れば、辺り中に海底に突き刺さった大型の鉄筋コンクリートや鉄板等が顔を出しており、破壊の惨状をはっきりと物語っていた。

 

「何かあってケガをしたり、補給をしたくなったりしたら、夏雲達の所まで下がって。逆に彼女は、絶対にやらせてはダメよ。」

 

実際に敵艦も、夏雲は厄介な存在だと分かったのか、集積地棲姫は、彼女や由良の方に向けて、鉄筋コンクリートを投げつけて来る。

 

「やらせない!」

 

それには古鷹が素早く反応して、三式弾で破壊する。

更に、レ級が魚雷を全て夏雲に向けて放ってくる。

 

「1セット目、残弾全部撃つよ!」

 

今度は、薄雲が横合いからロケットランチャーを全弾、海面に撃つことで起爆させて対処。

そして、空になった噴進砲を捨て、補給で貰った物を新たに左手にセットする。

 

「突破口が何か欲しいわね。集積地棲姫かレ級のどちらかを、まず落としたいけれど………。」

 

岸波は考える。

再生能力を持った、特に強力な攻撃を仕掛ける相手が2隻いる状態では、攻撃も上手くいかない。

航空戦力を削ぐという意味でも、攻撃機を飛ばせるどちらかを先に仕留めたかった。

 

「………ねえ、岸波ちゃん。」

「何、朧?」

「アタシ………1つだけ閃いたかもしれない。」

「突貫したら、夏雲に撃たれるわよ?」

「只の突貫じゃないよ?アタシだから出来る事………あるかもしれない。」

「?」

 

朧は岸波に簡潔に説明する。

その言葉を受けて、岸波はギョッと目を見開く。

 

「本気………!?」

「うん。お願い、みんなの力が必要なの。………やらせて。」

「……………。」

 

真剣な朧の目は、復讐とかで濁ってはいないようであった。

もしかしたら、鳳翔にアドバイスを貰った事で、彼女なりに甘えてくれているのかもしれない。

岸波は目を伏せると、通信で各艦に指示を出していく。

勿論、驚きはあったが、その朧の覚悟を受けて、全員が了承してくれた。

 

「じゃあ、いくわよ!第二十六駆逐隊、警戒陣!」

 

主力艦隊を何としてでも送り届ける為の陣形である、楔形の警戒陣を岸波は選択する。

両翼に薄雲と初霜。

後ろから、望月・山風・舞風・岸波。

そして、先頭は………。

 

「朧………行きます!」

 

宿敵を前に朧が立つと、何と主砲のベルトを首にかけて、手ぶらになった。



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第36話 ~あの人が愛してくれた………~

朧の前には、あのフラッグシップ級のレ級が、ネ級改を2隻引き連れて立っていた。

レ級は朧の姿を………あの時、泊地を襲撃した時にいた駆逐艦だと認識したのか、早霜の時と同じく手招きをして、やってみろと挑発する。

朧はその挑発を見て………敢えて無視すると、警戒陣で後ろに陣取っている岸波達に注意を任せて、左に少しだけ移動する。

 

「レ?」

 

レ級が首を傾げる中、朧は集積地棲姫が投げつけて来たであろう、海底に斜めに突き刺さっている巨大な鉄筋コンクリートの傍に行く。

 

(そう言えば………昔は、コンプレックスだったっけ。)

 

朧は、その鉄骨を右手で撫でるようにして状態を確認しながら、少しだけ笑う。

筋肉質の体を持つ自分は、第七駆逐隊の中でも並ぶと、かなり腹筋が目立っていた。

水着等を着ると、それはよりハッキリとしてしまい、正直女らしくないと思った物だ。

 

(でも………あの人は、あの夜に綺麗だって言ってくれた。)

 

今は亡き夫である、宿毛湾泊地の提督と寝た時、彼は近くで見た朧の腹筋をむしろ美しいとほめてくれた。

それ以来、朧はもっと綺麗な腹筋や力こぶを作って、より艦娘として力強い姿を見せようと鍛え始めた。

 

(だからかな?あの人や赤ちゃんが亡くなった後も………筋肉を鍛える事だけは、続けていたんだよね。)

 

あの悪夢の日を迎えて、身体的にも精神的にもボロボロになってしまった後でも………。

朧は、自分の日課だけは無意識の内に続けていた。

それしか、過去の思い出にすがるものが無かったとも言えるが、鍛え続けたからこそ、今、役に立つ。

 

(お願い、「あなた」………。もしも何処かで見守ってくれているのならば………。)

 

確認作業を終えた朧は、その鉄骨を腹に当てて固定し、両手で握りしめて足を開く。

そして………。

 

(貴方が愛してくれたこの力………今は第二十六駆逐隊の一員になっているアタシの………大切な仲間達を守る為に………使わせて!)

 

「はああああああああああああああっ!」

 

大きく息を吸うと、朧は腹の底に力を入れて叫んだ。

艤装にセットされた、改良型の缶やタービンをフル稼働させて、思いっきり鉄筋コンクリートを引き抜こうとする。

大湊で見せた、強化された艤装による怪力を発揮しようとしているのだ。

だが、あの時よりも鉄筋コンクリートは更に大きい。

それでも………朧の渾身の気合によって少しずつ、メキメキとコンクリートが引き抜かれようとしている。

 

「レ………レガァッ!」

「やらせないよ!」

「止まって!」

「守ってみせます!」

 

朧のやろうとしている事を悟ったレ級は、素早く叫び、ネ級改達と共に砲撃をしようとする。

しかし、舞風がレ級に2つの連装高角砲を、薄雲と初霜がネ級改達に手持ちの武装を叩き込む。

傷は再生能力で回復されるが、砲撃は阻止する事が出来た。

その隙に、朧が遂に巨大な鉄骨を引き抜き、海面を薙ぎ払うように左から右に振り回す。

 

「でりゃあああああああああああっ!」

「レゴァァアアアアアアアアアアッ!?」

 

巨大な鋼の一撃を、もろに横っ腹に受けたレ級とネ級改2隻は、思いっきり横にぶっ飛ばされる。

しかし、朧はレ級達に構う事無く、遠心力でふらつきながらも、何とか自分の右側に、鉄骨を腰だめに据えて固定すると、後ろの岸波達に指示を出す。

 

「突撃開始っ!」

「押せーーーっ!」

 

朧の後ろから、岸波が、舞風が、山風が、望月が、艤装をフル稼働させて4人掛かりで押していく。

狙いは、泊地に陣取っている集積地棲姫。

姫クラスの深海棲艦に向かって、鉄筋コンクリートを突撃槍のように構え、仲間達の力を借りて、一直線に突貫する。

 

「その泊地………返して貰うよっ!」

「ク………クルナッ!?」

 

狙いが自分だと気づいた集積地棲姫は、慌てて鬼火のような攻撃機を作り出して発艦させる。

だが、飛来する攻撃機は、薄雲の12cm30連装噴進砲によるロケットランチャーと、初霜の二丁の高角砲による砲撃で、朧達に近づけさせない。

 

「カ、カバエ!」

 

集積地棲姫は、今度は周りに浮遊している赤く燃える球体………浮遊要塞に指示を出す。

一部の姫クラスは艦列を作らず、自分の意志で動くこの球体を複数浮かべている。

基本的に、敵の攻撃から親玉である深海棲艦を庇う性質を持つ為、艦娘にとっては非常に厄介な物である。

だが、驚異的な勢いで突撃してくる鉄骨の前には、弾かれるか粉々に砕かれるかのどちらかであった。

それを見た集積地棲姫は、慌てて内陸に逃げようとするが、時すでに遅く間に合わない。

鉄骨は海面から振り上げられ、泊地跡を陣取っている傲慢な姫クラスに突っ込んでいく。

 

「たあああああああああああああっ!!」

「ガハアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

鋼の巨大な槍は、朧の咆哮と共に、集積地棲姫の左胸に勢いよく突き刺さり、貫通する。

青黒い血が敵艦の胸と口から噴き出し、痙攣させるが、朧の一撃はそこで終わらなかった。

彼女は、艤装や全身の筋肉に思いっきり力を籠めると、艦隊ごと左に方向転換しながら、鉄骨ごと集積地棲姫を持ち上げ、振り上げる。

 

「とあああああああああああああっ!!」

「グァァアアアアアアアアアアアッ!?」

 

そのまま海へとぶん投げられた集積地棲姫は、頭から水面に叩きつけられて沈んでいく。

こうなってしまっては、再生能力も関係なかった。

 

「朧、大丈夫?」

「ぜ………全身が千切れるかと思った………でも!」

 

思わずしゃがんだ事で、すぐ後ろの岸波に心配される朧だったが、強気の笑みを見せる。

厄介な深海棲艦が1隻減るだけでも、相当効果は違うはずだ。

実際、敵艦の中には姫クラスの無残な塵際を見せられ、戦意を失い逃げだす者まで現れ始めた。

 

「レ………レガァアアアアアアアッ!!」

「あはは………相当キレているね。」

 

そこで響き渡る、レ級の咆哮。

今一度、深海棲艦の艦隊の士気を高めようとしているのかもしれない。

ところが、そこで更に爆発が起こる。

見れば、それまで驚異的な対空砲火を見せていた、再生能力を持つフラッグシップ級軽巡ツ級が、佐世保の妙高達4人の砲撃に耐え切れずに沈んでいったのだ。

 

「こちら妙高です。大分苦労しましたが、ツ級を仕留めました。これよりヲ級も攻撃していきます!千歳さん、千代田さん!」

「千歳です!任せて!対空砲火が無ければ!」

「千代田だよ!こっちも、一気に決める!」

 

ツ級の妨害が完全に無くなった事で、呉の千歳と千代田が、次々と艦載機を飛ばしていく。

フラッグシップ級ヲ級2隻も攻撃機を飛ばしていくが、古鷹と加古が、迎撃用の三式弾を集中的に放つ為、上手く攻撃機を運用できていない。

気付けば、あっという間に近くの駆逐艦や軽巡と共に集中砲火を受けて、悲鳴を上げながらこちらも沈んでいった。

 

「……………。」

「どう?後は、貴女達だけみたいだよ?」

「レ………ギギギギギギ………!」

 

次々と大将クラスが落ちていく事によって、パワーバランスが大きく傾く。

フラッグシップ級レ級の顔からは、完全に余裕が無くなり、苛立ちを露わにするようになったので、朧は逆に挑発してみる。

真に受けた敵艦は、歯ぎしりをして………。

 

「レゴァッ!」

 

そのまま朧に対して、燃えるような怒りの瞳を向けたレ級は、素早く魚雷を喰らわせようと海面に這いつくばり、尻尾の巨大な口を持ち上げる。

だが、魚雷を撒き散らそうとしたその口が、突如、爆発を起こし吹き飛ぶ。

岸波が尻尾の口の中に砲撃を喰らわせたのだ。

 

「悪いわね。その攻撃………大湊で散々見たのよ。対処は望月や山風から教えて貰ったし。」

「………ッ!」

 

冷たく言い放つ岸波を睨みつけるレ級。

ネ級改が支援をしようとするが、今度は、多数の砲撃が後ろから飛んで来る。

軽巡である鬼怒を筆頭に、霞・霰・早霜・敷波・綾波・磯波・浦波・長月・文月と、速力のある駆逐艦娘達が、砲撃範囲に入っていたのだ。

もはや、他の雑魚の敵艦達は、古鷹達の砲撃や千歳達の攻撃機の前に、逃げるか沈むかという状態であり、3隻の再生能力持ちの敵艦達は、逃げ場すら無くなっていた。

 

「哀れね。でも、私達は貴女達を許す気は無いわ。貴女達は、私の大切な仲間達を傷つけた。駆逐艦はね………そんな奴らを放っておく程、薄情じゃないのよ。」

 

代表して岸波が、レ級達に最後通達をする。

フラッグシップレ級は、朧の夫と赤子と思い出の地を奪った。

それだけでなく、ネ級改と共に早霜や由良も傷つけたのだ。

駆逐艦娘でなくても、絶対に許してはいけない事であった。

 

「沈みなさい、レ級!」

「レ………ゴアアアアアアアアッ!!」

「な………!?」

「コイツ!」

 

追い詰められたレ級は、尻尾を復元させると、何と一直線に朧へと突進して生身の腕で掴み掛かる。

山風と望月が、装備していた魚雷を全部喰らわせようとするが、レ級は、主力武器が搭載してあるはずの尻尾をわざわざ盾にして防ぐ。

派手に爆発した尻尾は、もう再生しない。

ネ級改は、滅茶苦茶に砲撃や魚雷を撒き散らすが、鬼怒を始め落ち着いて対処された事で、逆に各艦から次々と魚雷を撃ち込まれて、再生能力を失い沈んでいく。

だがレ級は、朧だけは道連れにしようと気迫を見せてくる。

 

「朧!?」

「大丈夫!………そっか………そんなにアタシが憎いんだね。いいよ!」

 

朧はのしかかってきたレ級に対し、主砲を側頭部に叩きつけて怯ませると、腹を蹴り飛ばす。

そして、仰向けに倒れたレ級に、逆にのしかかると、主砲を首に喰らわせようとする。

だが、レ級はその砲身を怪力で折ると、朧の顔を殴り飛ばす。

 

「やる………ねっ!」

 

アドレナリンが溢れてきた朧は、後ろに転がるように受け身を取って立ち上がり、使い物にならなくなった連装砲を捨てると、少しだけ左にずれて、また飛び掛かって来たレ級の喉元に右腕でアームハンマーを喰らわせ、逆に痛烈なダメージを与える。

そして、拳を握るとフックを連続で腹に叩き込んでいく。

 

「オ………ガ………!?」

「でも、初霜ちゃんとケンカした時に比べれば大した事無いね!………ううん、早霜ちゃんや由良さん達、みんなが受けた痛みに比べれば!」

 

レ級は右ストレートを朧の顔に叩き込もうとするが、彼女は素早く躱すと、逆に顎に右拳でアッパーを喰らわせる。

更に右膝蹴りを腹に当てて、左回し蹴りで蹴り飛ばす。

転がったレ級は、黒い血を吐きながら朧を睨みつけた。

 

「モ………ラナイ………!」

「ん………?」

 

ここで、初めて片言とはいえ、人に理解できる言葉を喋り出したレ級に、朧は、思わず注目する。

レ級はニヤリと笑うと言ってのけた。

 

「モドラ………ナイ!オマエノ………カコ!ナグッテモ………ナグッテモ!」

「……………。」

 

その内容に、朧は思う。

この目の前の敵は、意外と知性があるのだと。

 

「そうだね。貴女を何度殴った所で、アタシの過去は変わらない。失った人達は戻ってこない。愛するあの人も、赤ちゃんも………。」

「ダッタラ………シズメーーーッ!!」

 

俯いた朧に対し、レ級は隙を見出したと思い、飛び掛かる。

だがその顔面に、思いっきりカウンターで左ストレートが炸裂して再び転がる。

 

「ゴ………ゴガ………!?」

「でもね………!ケジメは付けないといけないんだ!それがどんなに愚かに見えても!どんなに意味が無いように思えても!」

「オ………オマ………!?」

「だから早霜ちゃんは動いた!アタシも動いた!………決着を付けるよ、レ級!!」

「グ、グギギギギギギーーー!!ガアアアアアアア!!」

 

這いつくばったレ級は、派手に血反吐を吐き出す。

すると、尻尾が再生していく。

 

「何!?体を壊してでも、無理やり再生能力を復活させて………!?」

「舞風!左アーム、また借りるわ!」

「あ!」

 

岸波の言葉の意味を理解した舞風は、魚雷発射管の付いた左アームを伸ばす。

駆逐水鬼の時のように、艦娘の力でアームの根元を無理やりへし折った岸波は、朧に投げ飛ばす。

 

「朧!ぶち当てろ!!」

「っ!」

 

アームを受け取った朧は、素早くレ級に近づく。

敵艦は、再生させた尻尾から砲撃を朧に繰り出した。

しかし、彼女は身を屈めて、海面を滑るようにダイブして紙一重で躱す。

そして………。

 

「これで………決まりだーーーっ!!」

「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

起き上がった朧は、這いつくばっているレ級の脳天に、舞風の魚雷発射管をハンマーのように叩き込む。

派手な爆発が上がり、レ級は咆哮を上げる。

やがて炎が収まると、敵艦は尻尾をだらんと下げて………それでも、朧に不敵な笑みを見せて呟く。

 

「オマエ………イッショウ………フコ………ウ………!」

 

只の負け惜しみだ。

だが、的を射た発言であった。

だから、朧はこう返した。

 

「いいよ、不幸でも。その代わり、みんなが………幸せになれるのならば。」

「……………。」

 

強気の顔を崩さない駆逐艦娘の言葉を受けて………、レ級は笑みを浮かべたまま、静かに沈んでいく。

再生能力付きの敵艦が全て撃沈した事で、丁度、海戦は終わりを告げる事になる。

 

「朧………。」

「大丈夫だよ、岸波ちゃん。アタシは………。」

 

後ろから心配そうな顔をして近づいてきた岸波に対し、朧は振り向き、困ったような笑みを見せて………静かに空を見上げた。

まるで、亡き夫達との思い出を思い起こすように。



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第37話 ~少女~

「そっか………あの人がね………。」

「ごめんなさい………今まで黙っていて………。」

 

海戦の後、破壊の後が残る宿毛湾泊地跡に上陸した朧と早霜は、岸波を始めとした艦娘達を引き連れて、提督の亡骸が発見された場所に足を踏み入れていた。

本当は、夏雲の診断を受けた結果、由良を早く呉に連れて行った方が良かったのだが、その由良本人が朧達に気を使ってくれたので、こうして全員で見て回っている。

そこで、早霜は朧に今まで言えなかった過去を………朧の夫であった宿毛湾泊地提督が早霜自身を庇って戦死した事を白状したのだ。

 

「私、守るって言ったのに………え?」

 

その亡骸の跡が染みついた………爆撃によって戦死した提督の惨状を物語っている、地面の焦げた跡を見ながら、頭を下げて謝る早霜の頭を、朧はそっと撫でる。

彼女は、優しい笑みを浮かべていた。

 

「ゴメンね、気付いてあげられなくて。」

「そんな!だって………だって、本当に悪いのは………!」

「アタシ………少しだけ安心しているんだ。あの人は、最期の瞬間まで、アタシの愛する優しい人だったんだなって。早霜ちゃんを守ってくれるような………そんな人だったんだなって。」

「朧………さん………。うう………。」

 

辛いはずなのに、健気に笑みを見せてくれる朧に対し、早霜はダメだと思いつつも泣き出してしまう。

その身体を優しく抱きしめながら、朧は静かにもう一度、夫の亡骸の跡を見る。

最期まで誇りに思えた、その夫の姿を………。

 

「あの、朧さん………。」

「じゃあ、そろそろ行きましょうか。由良さんを早く治療しないと!」

 

初霜が思わず話しかけるが、朧は鬼怒達に明るい声で言う。

無理をしているのは分かったが、それでも当事者がしっかりとしている以上、周りがとやかく言うわけにはいかなかった。

様々な想いを抱えながら、岸波達は宿毛湾泊地跡を後にして、呉へと向かった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

昼前に到着した呉では、提督が船渠(ドック)入りと高速修復材(バケツ)の準備を整えており、すぐさま由良から治療を行う事になった。

岸波達を始めとした横須賀や佐世保からの援軍で来てくれた艦隊は、次の日の始発列車で元の鎮守府に帰る事になる手筈になった。

だが、順番に船渠(ドック)入りを終えて日が沈んだ頃、呉には意外な人物がやって来ていた。

 

「全員で帰って来たか。無事で何よりだ。」

「提督!?」

 

岸波は驚く。

そこには、横須賀の提督が待っていたのだ。

どうやら、岸波達を送り出した次の日、始発列車を使って、呉鎮守府までわざわざやって来たらしい。

 

「あの、横須賀は………?」

「大淀に任せてある。お前達をこのまま、呉の奴にパクられたら困るからな。」

「えぇ………?」

「まあ、半分は冗談だ。………実は、呉と佐世保と舞鶴の提督と電話で話し合った結果、お前達に公表しようと決めた事がある。」

「それは………どういう?」

 

首を傾げる岸波に対し、横須賀の提督は船渠(ドック)入りを終えた全ての艦娘達を案内する。

呉の敷地はしっかりと把握しているのか、迷う事無く装備品保管庫の近くに来た。

 

「来たか、みんな。」

「衛兵さん!?」

 

そこでは、呉の衛兵達に交じり、横須賀の衛兵が立っていた。

但し、いつもの鎧や兜等は付けていない為、刈り上げられた黒髪がハッキリとしている。

 

「あ、あの………ごめんなさい、私………。」

「おっと、早霜。すまないが謝罪はダメだ。別に気にしていないし、用があるのは朧だからな。」

「え?」

「アタシ………ですか?」

 

無断で艤装を取る為に気絶させた事を早霜は謝るが、衛兵は手で制すると、朧を呼ぶ。

よく分からないが、前に進み出た朧に対し、衛兵は………頭を下げた。

 

「まず、今日まですまなかった。諸事情で話せなかったとはいえ………お前を苦しめてしまったんだからな。」

「???」

「順番に話す。まずは紹介しよう。俺の妻だ。」

 

横須賀の衛兵が告げると、物陰から別の呉の衛兵達に連れられて、長い黒髪の二十代後半の女性が出て来る。

そう言えば、この衛兵は前にアジサイをプレゼントした時、家族が喜ぶと言っていた。

結婚していても、おかしくは無いだろう。

 

「でも、それ………が………。」

 

そこで、朧は固まる。

ロングスカートをはいた母親の陰から、幼い少女が顔を出したのだ。

年齢は、5歳にも満たないだろうか?

しかし、ここで岸波達は気付く。

少女の髪色が両親の黒では無く、枯草色である事に。

 

「ま………まさか………!?」

 

思わず薄雲が、父親の衛兵を見る。

衛兵は、一瞬目を伏せると話し出す。

 

「俺の妻は、元々は宿毛湾泊地の近くに住んで、素潜りで生計を担っていたんだ。あの日の空襲によって深海棲艦警報が出た時、慌てて海岸から避難しようとしたんだが………その時、浜辺に漂着した赤子を発見してな………。」

 

竹で編んだ籠に、大切に入っていた赤子が、衰弱した状態で眠っていたらしく、このままではいけないと思い、連れて行ったというのだ。

 

「そ、その赤ん坊って………!?」

「衰弱した赤子は、妻の必死の看病によって回復をした。実は、元々妻は子供を産めない体質で………俺達は、天からの贈り物だと思い、大切に育てようと誓った。その後、俺が横須賀に転籍するのに合わせて、妻も子供と一緒に横浜に移ったんだ。」

「待って!?待ってよ!?じゃあ………!?」

「………横須賀の提督に、その事を話したらとんでもない顔をされたよ。そして、そこで朧達の話を聞いたんだ。」

 

衛兵は慌てて、成長した子供を横須賀の提督に会わせたらしい。

そして、提督は確信したのだ。

 

『……………。』

「以上がずっと黙っていた事だ。」

 

告げられた過去に、皆が絶句する。

つまり、この衛兵夫妻が天からの贈り物だと思い育てていたのは、宿毛湾泊地提督と朧の………。

 

「何で………ですか?」

 

震える声が聞こえる。

だが、それは朧では無い。

早霜でも無い。

初霜であった。

彼女は、怒りを顔に出すと衛兵に向かって叫ぶ。

 

「何で黙っていたんですか!?あの一件の後、朧さんが心身共に打ちのめされていたのは知っていたでしょう!?」

「初霜、衛兵夫妻に当たるな。これは、提督達の話し合いの末に決まった事だ。黙っていた責任は俺にある。」

「だったら何で!?もっと早く話してあげれば、朧さんはっ!!」

「ダメ………!初霜ちゃん!」

「え!?」

 

横須賀の提督にも叫び始めた初霜であったが、何と朧がその両肩を押さえて止めに入る。

この事実を知らされて無かった事で、一番被害を被ったのは彼女であるのに。

もっと早く知っていればよかったのは、朧自身であるのに。

 

「何で………!?」

「子供が怖がるから………。それに………アタシは、艦娘だから。」

 

俯きながらも、朧はハッキリと言う。

基本、艦娘というのは任務に応じて様々な場所に出張して、命がけで深海棲艦と戦う。

朧にしてみれば、艦娘として戦いながら、子育てをする事は不可能だったのだ。

退役するという道もあったが、夫を失った以上、働きながら赤子を育てる方法も無かった。

 

「それに………あの時のアタシの状態だと、あの人を追いかけて、子供と一緒に後追いをしたかもしれなかったから………。」

「……………。」

 

事実を淡々と述べる朧に対し、初霜は黙ってしまう。

提督達は、そこら辺の彼女の事情も鑑みてくれたのだろう。

だからこそ、朧は衛兵夫妻を見て言う。

 

「その子供と………話をしてもいいですか?」

「ああ………。」

 

父親の衛兵が頷き、母親に連れられる形で、少女は前に出る。

きょとんとしている姿は、まだ深い事を理解出来ていないのだと感じさせた。

恐らく、これから様々な事を学んでいくのだろう。

 

「……………。」

 

朧は両膝を付き、少女と同じ目線まで屈む。

目の前に、あの人との愛の結晶がある。

その気になれば、両腕で思いっきり抱きしめる事も出来た。

少なくとも、朧にはその権利がある。

 

(アタシが今からこの子供を育てたいって言えば、きっと衛兵夫妻は譲ってくれる。多分、提督もいい働き場所を紹介してくれる。だから、今公表してくれたんだし………でも………。)

 

彼女は、自分の手を見た。

その手は、朝、深海棲艦の親玉と殴り合った物だ。

子育てをして汚れた手では無い。

朧は目を閉じ………静かに考え込むと、その両手を………そっと、子供の両肩に優しく置いた。

 

「ねえ………君は、今………幸せ?」

「しあわせ?しあわせだよ?どうして?」

「お父さんとお母さんは………素敵?」

「うん!おとうさんはつよくて、おかあさんはやさしいから!」

 

無垢な瞳で見て来る少女に、愛する人の面影を感じながら、朧は優しい笑みを向ける。

そして、決断する。

この少女には、戦いを知らない世界で生きて欲しいと。

だから………朧は告げる。

 

「そっか。じゃあ………これからも、お父さんとお母さんを大切にしてね。」

「わかった。ありがとう、おねえちゃん!」

「………バイバイ。」

 

優しさを保ったまま………しかし、僅かに寂しさを露わにして、少女から両手を離すと、朧は右手を振る。

少女も右手を振りながら、母親の元に戻っていった。

その姿を見送りながら、朧は立ち上がると、母親に頭を下げる。

母親も深く頭を下げた事で、少女を連れて、呉の衛兵に連れられて去って行く。

 

「その………良かったのか?」

「今のアタシじゃ………あの子を幸せにできませんから………。その代わり………。」

「愛するさ。あの子の事は一生。妻と………お前や亡き提督に誓って。」

「お願いします。」

 

父親の衛兵にも頭を下げた朧に対し、彼は頭を下げながら、懐から何かを取り出す。

それは、半分炭化した箱であった。

 

「それは………?」

「あの籠に入っていた物だ。こんなにボロボロなのに、あの時の赤子は無事だった。まるで、この箱が持つ不思議な力に守られていたように………な。」

 

衛兵は、朧にそっと渡す。

彼女は慎重になって、箱を開いてみる。

中には奇妙なオブジェのような形のリングが顔を覗いていた。

 

「指………輪………。」

「ロマンチックな事を言うみたいだが………案外、亡き提督が、お前と赤子だけは絶対に守ってみせると身体を張った証なのかもしれん。」

 

朧は、震える指でそっと指輪を取り出す。

奇妙なオブジェのような形になったのは、熱によって溶解したからだ。

2人の名前を刻んだ刻印も消えてしまっている。

それでも………その指輪は、朧の左の薬指に………しっかりと収まった。

 

「あ………。」

 

夜空には月が出ており、朧の指の中で、穏やかに指輪は輝いている。

まるで、あの愛する提督が優しく見守ってくれているみたいに。

 

「あ………あああああああああああーーーっ!」

 

愛する者との永遠の誓いを結んだ時に、その証として贈られる指輪が戻って来た。

その嬉しさが、今まで押さえ込んで我慢していた様々な感情と共に爆発する。

涙を堪えきれなくなった朧は、胸に両手を当てて、その場に泣き崩れてしまう。

 

「朧さん!しっかりして………!」

「初霜………ちゃん………。」

 

思わず支えに入った初霜に対し、朧は震える声で呟く。

 

「ねえ………今度、休暇が取れたら………みんなで、ブルネイ泊地に行こう………!」

「朧さん………。」

「そこで………初霜ちゃんの………ケッコンカッコカリ………みんなで祝おう………!」

「あ………。」

「思い出………沢山………作ろう………!幸せな………思い出を………!」

「はい………ありがとう、朧さん………!」

 

朧は初霜に抱きつき、ひたすら大粒の涙を流す。

初霜も涙を流しながら、黙ってその身体を支える。

舞風は両手を顔に当てて泣きじゃくっているし、望月は眼鏡のフレームを上げて空を見上げている。

山風は震えながら俯いているし、薄雲は静かに目を伏せていた。

そして岸波は………朧の取った選択を見て、複雑な感情を持っていた。

他の集まった面々も、それぞれ朧達を見守っていた。

ずっと、娘の幸せを願う「母親」でいようと決めた、艦娘の姿を目に焼き付けながら………。



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第38話 ~過去への扉~

朧が重大な決断を下した夜、呉の提督に許可を貰った岸波は、皆が寝静まったのを確認した後で、敷波の案内で外に出ていた。

実は、横須賀に帰る前に、どうしても見ておきたい所があったのだ。

 

「岸波が興味を持つなんてねぇ………。しかし、何だかんだ言ってみんな付いて来ちゃったね。」

「はい………。私1人で十分だと思ったんですけれど………特に朧、大丈夫なの?」

「アタシは第二十六駆逐隊の一員だよ!………仲間外れは嫌だし。」

 

今回の岸波の行動を珍しいと思ったのか、数時間前に人生を左右するような決断を下した朧を始め、第二十六駆逐隊の面々が全員、一緒にやって来ていた。

もしかしたら、何かしら重い雰囲気を払う為の気晴らしにしたかったのかもしれない。

 

「ごめんなさいね、夏雲。大人数になっちゃって。」

「私は大丈夫です………。ふふっ、何か楽しいですね。」

 

更に、第九駆逐隊の夏雲が、岸波達に付いて来ていた。

正確に言えば、岸波達が、敷波と夏雲に付いていっているのが正しい表現か。

とにかく、彼女達が向かったのは、夜更けでも明かりが灯っている呉の工廠(こうしょう)である。

 

「明石さーん!夏雲が久しぶりに顔を出しに来たよ!後、第二十六駆逐隊の岸波が話をしたいって!」

「あら!敷波に夏雲、いらっしゃい!………へー、貴女が岸波なのね。」

 

工廠(こうしょう)では、ピンク髪で横髪をおさげ風にまとめた工作艦の明石が出迎えてくれた。

彼女が、呉に出張中に弟子入りを志願した夏雲に、工作艦としてのイロハを叩き込んだ艦娘だ。

 

「夏雲の話は聞いてるわよ!まずは由良を助けてくれてありがとう!私も鼻が高いわ!」

「えへへ………。」

 

ポンと頭を撫でて褒める明石に対して、余程嬉しかったのか、満面の笑みで喜ぶ夏雲。

そして、その姿を見て微笑ましい物を感じながらも、岸波は明石に頭を下げる。

 

「明石先輩、ありがとうございます。貴女が夏雲に修理や治療の技術を教えていなければ、由良先輩は死んでいました。」

「そんな丁寧に話さなくても………。それとも、恩人かなんかなの?」

「個人的には………。」

 

空母棲鬼の時に援軍に来てくれた由良は、岸波を温かく包んでくれた。

その為、岸波にとっては、実は、彼女は軽巡の中でもある意味特別な存在なのだ。

だから、瀕死になっていた彼女をまじまじと見た時は、絶望感も少し覚えたものだ。

 

「由良は優しいっていうか、母性あるからね~。で、私には、夏雲を鍛えてくれてありがとうって、お礼を言いたかったわけ?」

「それもあります。」

「それも………?じゃあ何?まさか、夏雲みたいに、私に弟子入りしたいとか~?」

「いけませんか?」

「あれ………?」

 

至極真面目に答えた岸波の言葉に、手の中で器用にレンチを回転させていた明石は、思わず取り落としそうになる。

そして、一転真面目な顔になると岸波に告げる。

 

「………工作艦ってのは、余興でやっているわけじゃないわよ?」

「分かっています。………でも、夏雲は私に奇跡を見せてくれました。人の命を救うという、素敵な奇跡を。」

「岸波。一応ね………私、今は横須賀に居る大淀とも仲がいいから、貴女の過去を知っているわ。貴女………修理が出来ればもう「間違えない」とでも思っているの?」

「少なくとも、旗艦として出来る選択肢は増えます。勿論、全てがうまくいくとは限りませんが………この力があれば、今度こそ救える命があるかもしれないと感じました。だから………お願いします!」

 

岸波は、じっと真剣な目で明石を見る。

他の面々は、まさか岸波の目的が、明石への弟子入り志願だとは思っていなかった為、少々驚いていた。

明石は、その目をみたまま一言告げる。

 

「誠意は?私、豪華なスイーツとか結構好きだし………。」

「土下座します!」

「わー!ストップストップ!これじゃ、周りから見たら私がパワハラしてるみたいじゃないの!?」

 

膝を付き、額を地面にこすり付けようとした岸波に対し、慌てて明石が止める。

岸波が顔を起こしたのを確認すると、立膝を付き、はあ………とため息を付いて言う。

 

「貴女の熱意と誠意は分かったわ。………でもその話、第二十六駆逐隊の仲間の顔を見る限り、この場で初めて話した事なんでしょ?私、呉の提督が離してくれないから、修行するならば、横須賀から転籍しないといけないわよ?」

「確かに………まず、横須賀の提督に掛け合わないといけないですね。」

「言っておくけれど、そう簡単に首を縦に振ってくれる提督じゃないから、私の何十倍は力を入れないといけないからね。それに………私は仲間を信頼しない人は、お断りしているわ。」

「え?信頼………ですか?」

「そう。………貴女、まだ大切な事を仲間に伝えて無いでしょ?」

「大切な事………?あ………。」

 

明石に促されて立ち上がった岸波は、考え込む。

まだ自分は、仲間達に過去を話していない。

そしてまた、自分も朧みたいに、いい加減に自分の根底を支配しているものを、第二十六駆逐隊の皆に話さなければならないタイミングが来ているのかもしれないと。

その過去を受け入れて貰えないと、この熱意は理解して貰えないのだと。

 

「そうですね………順番を間違えました、申し訳ありません。」

「謝るならば仲間達に。………というか、いっそのことここで過去を全部話したら?」

「え?」

「早かれ遅かれ話さないといけないのだから、ここで全部話した方がいいんじゃないの?」

「そうですが………ちょっと仲間は今、重い雰囲気を払いたいので………。」

「朧はいいよ?」

 

思わず言葉を濁す岸波であったが、一番の当事者である朧が真っ先に許可を出す。

振り返ってみれば、仲間達はみんな真剣な顔をしていた。

 

「多分………重い話よ?」

「私は、岸波さんが過去を話す事で心が軽くなるのならば、話して貰いたいです。」

「薄雲も賛成かな。岸波さんの根底にある物は、前々から気になっていたし。」

 

初霜と薄雲は、岸波が時折熱くなって、誰かを救いたいと必死になる姿が気になっていた。

 

「………失望するわよ?」

「だったら余計に気になるじゃん。あたし達を助けてくれた時の言葉の意味、知りたいし。」

「岸波………、辛い事は第二十六駆逐隊で分かち合うって言っていたよね………。アレは嘘?」

 

望月と山風は、岸波が助けに来てくれた時の、心の底から出た安堵の言葉が耳に残っていた。

 

「幻滅するわ………。」

「沖波の事が関係しているんでしょ?それと、姉殺しって言葉と………。」

「ええ。舞風も知ったら………。」

「確かに受け入れられるかどうかは人それぞれだと思う。でも、乗り越えないと第二十六駆逐隊として、本当の意味で纏まらないと思うんだ。」

 

舞風は、怠惰艦でありながらも、自分を助けに来てくれた岸波の放った叫びの意味を知りたかった。

 

「……………。」

「教えて、岸波。私達は………もう覚悟が出来ているから。」

「………分かったわ。」

 

代表して促してきた舞風の言葉を受け、岸波は一瞬だけ目を伏せると皆の覚悟に応える決意をした。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

岸波は、工廠(こうしょう)の外のベンチに皆を座らせた。

敷波と夏雲は席を外そうかと言ってくれたが、同席して貰う事にする。

というのも、岸波にしてみれば、彼女達に後で確認したい事があったからだ。

 

「私は最初、舞鶴鎮守府に配属になって、酒匂先輩を始めとした軽巡の元で修練を積む事になったわ。沖姉………沖波は、その時に親しくなった、私のすぐ上の姉に値する駆逐艦だったの。」

 

静かな口調と共に、数年前からの岸波の過去話が始まった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

舞鶴に配属された当初、新人艦娘である岸波は、2人の軽巡洋艦に自己紹介をする事になった。

1人は、大湊でも世話になった酒匂。

そして、もう1人は、黒のショートボブのサイドテールに鉢巻を巻いた艦娘………長良型1番艦の長良である。

 

「ヒュウ、岸波ちゃん!艦娘として1歩を踏み出した気分はどう?」

「はい!私自身が、人々を守れる力を持ったと思うと感慨深いです。今はまだ小さな力ですが………いつか大成してみせます!」

「しっかりしているわね。………で、将来どんな艦娘になりたいの?」

「実は、憧れの駆逐艦娘がいるんです。あの、第十四駆逐隊の嚮導艦になったと言われている陽炎先輩………彼女のような存在になりたいんです!」

 

純粋に目を輝かせる岸波の姿に、長良は過去を懐かしむ。

というのも、彼女は昔、陽炎に会った事があったからだ。

 

「陽炎かー。前に佐世保の大規模攻勢の時に秘書艦だった姿を見たけれど、強い艦娘だったわ。最初こそ戸惑っていたけれど、立派にその壁を乗り越えていたし。」

「本当ですか!?長良先輩!その話、後で聞かせて下さい!」

「ぴゃあ!食いつきがいいよ!?………話したの、朝霜ちゃんだよね?どんな事を言ったの?」

「くくく………!いや、事実を語っただけですよ?「あたい達を育ててくれた最高の先輩だ」………って言っただけですから。」

 

岸波の隣に座って腹を抱えて笑うのは、長く伸ばした銀髪の束で右目が隠れている艦娘。

ギザ歯が特徴的なのは、夕雲型16番艦の朝霜だ。

彼女は夕雲達と共に、第十四駆逐隊の元で訓練を積んで基礎のイロハを叩き込まれたのだ。

その時の出来事を、岸波にたっぷりと話してあげたのだろう。

 

「しかし、岸波は憧れる対象が素晴らしいですよ。沖波に話した時は、反応薄かったのになー。」

「え、えっと………私なんかと比べたら、理想が高すぎて。岸ちゃんみたいにしっかりしていないからなぁ………。」

 

岸波の反対側に座って、自信なさげに答えるのは、濃いめの臙脂色とピンクの髪を持つ艦娘。

その髪型はかなり独特でサイドが肩まである代わりに、前髪と後ろ髪はショートしかない。

何より、青いフチの半月眼鏡をややずらして付けているのが特徴であった。

彼女が、夕雲型14番艦の沖波である。

 

「長波姉さんも、陽炎さんの元で力を付けたんですよね?やっぱり素晴らしかったですか?」

「この長波サマが力を付けられたのは、陽炎さん達のお陰と言っても過言じゃねえ。生きる為の色々なテクニックを、マスターしていったからな!」

 

後ろに立って、そう答えるのは夕雲型4番艦の長波。

岸波が配属された事で、この4人で第三十一駆逐隊を結成する事になっていた。

 

「じゃあ、早速だけど旗艦決めちゃおっか!岸波ちゃん、やってみる?」

「え?いいんですか?長姉も沖姉も朝ちゃんもみんな、改二艦ですよ?」

「岸波、陽炎みたいになりたいんでしょ?だったら、最初から旗艦として修業積んだ方が効率いいんじゃないの?」

 

酒匂や長良の言葉を聞いた岸波は、周りの3人を見てみる。

 

「いいんじゃないの?岸波しっかり者だし。」

「あたいも!あたいはリーダーじゃなくてエースだかんな!」

「私は………あまり旗艦向けの性格じゃないから。」

 

それぞれ対応は異なるが、岸波に任せていいという姿を見て、彼女は両手に力こぶを作り、立ち上がる。

 

「分かりました!岸波、第三十一駆逐隊の旗艦として、陽炎先輩のような艦娘を目指します!」

 

これが、岸波の艦娘としての1歩目であった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

『……………。』

「分かっていたけれど、全員、目を丸くしているわね。」

「いや、だって岸波、舞風に最初会った時、そんな熱い性格していたっけ!?」

「まあ………私は、人類を守るって義務感で艦娘になったから。最初は、こんなにハイテンションだったのよ。」

 

工廠(こうしょう)の明かりを受けながら、驚く一同の姿を見て、岸波は軽く溜息を付く。

そして、少し懐かしむような顔をすると、再び過去話を始める。

 

「とにかく、私は第三十一駆逐隊の旗艦として、最初から経験を積む事になったの。充実していて………楽しいとすら感じたわ。」

 

純真だった頃。

そう思えた位に、明るい未来を予測していた岸波の思い出が………紡がれ始めた。



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第39話 ~回想・守りたい仲間~

「輪形陣で迎撃!………続いて、単縦陣!突撃!!」

「き、岸波!?何か性格、荒っぽくなってないか!?あたいでも、そこまで酷く無いぞ!?」

「口答えする暇があったら動け!………潜水艦来るぞ!単横陣!」

 

旗艦になった岸波は、メキメキと実力を付けていった。

訓練では、普段の姿からは想像できない位の勇ましい姿を見せて仲間を驚かせ、実戦では、酒匂や長良の補助を受けながら、着実に強くなっていった。

その姿に、朝霜だけでなく、長波と沖波も目を丸くするばかりだ。

 

「あたし達は、とんでもない旗艦を育てているのかもしれないな………。」

「岸ちゃん、海戦に集中すると長良さん達にも怒号飛ばしていますからね………。」

 

そんな旗艦として振る舞う岸波の姿は、舞鶴でも噂になり始めて様々な艦種の艦娘が注目するようになった。

この艦娘は、将来大物になるかもしれない。

そんな期待すら、背負わせてくれた。

 

「重巡リ級だ!追い込むぞ!酒匂、長良!援護射撃!それに合わせて雷撃だ!」

「ぴゃああああ!?脳筋だよ!?岸波ちゃんのスタイル凄い!?」

「粗削りねー。でも、そこら辺を上手く修正していくのが、軽巡の見せどころよ!」

 

こうして、岸波の練度はぐんぐんと伸びる事になった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「軽巡でも、使える物は使えのスタイルは、昔からだったんだ………。」

「舞風………いつも思うけれど、私を何だと思っているのよ………。でも、必死だったわね。憧れの嚮導艦は、こんなものじゃないってずっと感じていたもの。」

「背中………、追いかけていたんだね………。でも、失敗とかは無かったの………?」

「勿論、未熟者だから、調子に乗って大破する事はあったわ。その時は………沖姉の膝で泣いていた。」

「あ………。」

 

岸波の言葉に、舞風は思い当たる事があった。

彼女が第二十六駆逐隊に転属した時に、眠れないからと言われて、膝枕をした事。

確かあの時、岸波は、沖波も同じようにしてくれたと語っていた。

 

「アレは、私が大破して、気を失って船渠(ドック)入りをしたときの事だったわ。」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「ぁ………れ………?」

「………大丈夫、岸ちゃん?」

 

岸波が目を覚ました時、船渠(ドック)で沖波に膝枕をされていた。

 

「沖姉………?そっか、私………。」

 

そこで海戦で失敗した時の事を思い出し、岸波は思わず目を右腕で覆う。

長良の注意を無視して突撃していった結果、返り討ちにあってしまったのだ。

旗艦なのに、イージーミスをした結果、皆に迷惑を掛けてしまった。

 

「悔しいわね………。陽炎先輩は、こんなミスしない筈なのに………。」

「そうかな?誰だって、最初から失敗をしない人はいないと思うよ?」

「沖姉………。でも………!」

「焦っちゃダメだよ、岸ちゃん。あなたは私と違って、陽炎さんみたいになれる素質があるんだから………もっとゆっくりと、みんなを頼って………ね?」

「………………。」

 

自嘲気味な所を除けば、姉としての優しさを持つ沖波の言葉を受けて、岸波は思わず涙を流す。

沖波は何も言わず、ひとしきり泣かせてくれた。

 

「ごめんなさい………情けない所を見せてしまって………。」

「いいよ。甘えられるのは、妹艦の特権だから。」

「改二だったら………こんな事にはならなかったのかな………?」

 

岸波は考える。

残念ながら、岸波の改二への改造はまだ出来ない状態だ。

その為、海戦能力はどんなに鍛えても、長波達3人には劣ってしまっていた。

 

「改二じゃなくても力があるのは、長良さんや酒匂さんが教えてくれているよ?それに………改二になるとコストが掛かる分、退役できなくなるから軽くおススメは出来ないかな?」

 

沖波の言っている事は、事実だ。

改二の力が、海戦を左右する全てでは無い。

そして、改二になるという事は、それだけの国の資産を費やす事になる為、文字通り艦娘から一生逃れられない可能性が高かった。

だからこそ、岸波は気になる事があった。

 

「ねえ、沖姉。長姉や朝ちゃんは、陽炎先輩達に憧れて改二になったって以前言っているのを聞いたけれど………沖姉は何で、改二になる道を選んだの?」

「わ、私!?………そうだね、私は………その、家庭環境が悪くて………それで、艦娘になるしか道が無かったんだ。」

 

影の掛かった沖波の寂しそうな笑みを見ながら、岸波は質問が不味かったかもしれないと後悔する。

恐らく沖波は、両親の不仲とかそういう関係で、仕方なく艦娘になるしか無かったのだろう。

そして、もうその環境に戻りたく無かったから、改二になる道を選んだのだ。

 

「あの、その………。」

「後悔はしてないよ?ここで、長波姉さんや朝ちゃん、それに岸ちゃんっていう「家族」に出会えたんだから。だから………私は、幸せかな?」

「沖姉………。」

 

笑顔を見せる沖波の姿を見て、岸波は、自分とは違う強さを見つける。

それでも、彼女は自嘲気味に………しかし、ハッキリと言う。

 

「私は臆病者で引っ込み思案だけれど………、艦娘としてずっと生きたい。そして最期は………艦娘として死にたいかな。」

「だ、ダメよ、沖姉!?沖姉が死んだら、長姉も朝ちゃんも私も悲しむわ!それだけは絶対にダメ!」

「ありがとう、そう言ってくれて。そうだね………私もみんなとずっと一緒に居たいかな?」

 

沖波は顔を上げる。

すると、視線の先には長波と朝霜が心配そうに覗き込んで来ていた。

 

「あー、邪魔したか?悪い。」

「でも、あたい達も………その、いなくなったら寂しいし。」

「………だそうよ?沖姉。ずっと、みんなで一緒に居ましょう。第三十一駆逐隊みんなで。」

「うん………!」

 

デコボコしていながらも、第三十一駆逐隊は、居心地の良い場所であった。

だから………この場にいる皆が、思ったものだ。

ずっとみんなでこの駆逐隊を守って行こうと。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「膝枕にそんな思い出があったなんて………。」

 

岸波の思い出話を受けて、舞風は感慨深い物を覚える。

沖波は、自分に自信がなさそうであったが、とても優しい姉である気がした。

彼女だけでない。

岸波の過去で語られる朝霜や長波も、凄く良い雰囲気を持っていた。

まだまだ未熟である頃の岸波が落ち込んだ時は、そうやって支えてくれる仲間として、振る舞ってくれたのだ。

彼女はその頃の思い出を振り返っているのか、目を細めながら呟く。

 

「あの頃は、ずっと思っていたわ。私の居場所は第三十一駆逐隊にあるって。改二じゃないけれど、その旗艦としてずっと過ごしていきたいって。」

「何ていうか………岸波は舞鶴で幸せを噛みしめていたんだね~。」

「ええ。だから、この大切な仲間は、何が何でもやらせないって思ったわ。その為に、みんなを守れる艦娘になろうって思ったの。だから、高姉を始めとした、時々舞鶴に訪れる姉妹艦達を中心に、色々と教えを請いて学んでいったわ。」

「でも、その………岸波さんは………。あの、貴女にとっての幸せな時間はどの程度まで続いたの?」

 

躊躇いながらも聞いてきた薄雲の言葉に、少し目を伏せ、岸波は答える。

 

「まだ続いていたわ。舞鶴で実力を付けた私達は、泊地の防衛強化の為に、リンガへ転籍する事になったの。」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「リンガ泊地に転籍………ですか?」

「そうみたい。最も西南の泊地だけれど大丈夫。今の貴女達ならばやっていけるわ。」

「酒匂も立派に育ってくれて嬉しいよ!岸波ちゃん、長波ちゃん、沖波ちゃん、朝霜ちゃん!頑張ってね!」

「先輩………!」

 

鍛えてくれた軽巡の2人からお墨付きを貰った事で、岸波達は新たな地に心を躍らせる。

立派になった自分達の実力と連携を、見せるべき時が来た。

きっと辛い事も多いけれど、この4人ならば大丈夫だという自信があった。

 

「長良先輩!酒匂先輩!ありがとうございます!第三十一駆逐隊………立派に戦ってみせます!」

「あたし達の新天地での活躍、楽しみにしていてくださいね!」

「不安が無いと言われれば嘘ですけれど………みんながいれば大丈夫ですよね。」

「あたい達全員が、エースで活躍してみせますから!」

 

こうして、岸波達の第三十一駆逐隊は、堂々とした足取りでリンガ泊地へと転籍していった。

まだ見ぬ艦娘達との出会いを、楽しみにしながら。

そして、1日掛けて海路を進み、舞鶴からリンガ泊地へと移動した4人は、転籍の報告をする為に、執務室で提督に挨拶をする事になる。

 

「岸波以下、第三十一駆逐隊!リンガへ到着しました!」

「よく来てくれた。お前達の噂は、舞鶴から届いている。強い意志とリーダーシップを持つ旗艦に、強力な力と信頼関係を持つ改二艦。全く………提督としての経歴の浅い俺には、勿体ない位の戦力だ。」

 

答えてくれたのは、まだまだ若さが残っている提督。

元々リンガは、定年間際の老提督が管理していたらしく、その後の2代目を任される事になったのが、今の提督であるらしい。

 

「提督………お言葉ですが、第三十一駆逐隊はまだまだ完成された存在ではありません。未熟な部分も多いので、ここでご指導ご鞭撻をお願いします!」

「そのハングリー精神も立派だな。ならば、ここで更に力を付けてくれ。………と、まずはここで共に暮らす仲間を紹介しないといけないな。」

 

リンガの提督は、付いて来るように言うと、岸波達4人を庁舎から連れ出し、外を案内する事になる。

 

「このリンガでは、現場の艦娘に聞いたところ、楽しみが3つあるらしい。」

「1つ目は何ですか?」

「休暇の際は、ほぼ年中の間、水着を着て海水浴が楽しめる事だ。艦娘にとって海水浴が楽しい事なのかどうかは、微妙だが。」

「確かにあたい達、いつも泳いでいますからね………。」

 

朝霜が何とも微妙な顔をする。

艦娘は常に海水を被るような職業故に、素直に海水浴を楽しめない者もいる。

中には、艤装を付けないと落ち着かない者もいる始末だ。

 

「2つ目は、あの第十四駆逐隊の活躍が聞けるって事だな。」

『本当ですか!?』

「食いつきがいいな………。」

 

即座に食い入るように反応した岸波、長波、朝霜の3人の反応を受け、提督がため息を付く。

何でも老提督時代のリンガ泊地に、第十四駆逐隊がやって来て、危機を救ってくれた事があるらしい。

その時代からリンガに勤務していた艦娘がいるので、その時の話を存分に聞けるとの事だ。

 

「それはあたし達にとっては何よりの財産だ。後で紹介してくれ!」

「秘書艦だから、後で嫌でも紹介する。3つ目は、その秘書艦がヘビの肉で絶品料理を作ってくれる事だ。」

「ヘビ!?」

 

今度は沖波が思わずショックで叫ぶ。

流石にこれは、好き嫌いが分かれるだろう。

 

「大丈夫だ、毒は無い。食べて死んだ娘はいないから安心しろ。」

「いやいや、そういう問題じゃないですよ!?何でヘビの肉で!?」

「泊地だから、貴重な資源は何でも使わなければダメだ。俺も最近は、そいつに料理を教わっている。」

「え………えぇ………?」

 

ある意味、深海棲艦よりも恐怖の対象に出くわしたような反応を見せる沖波であったが、確かに本土からの支援が届きにくい泊地である以上、とくに肉は重要であった。

 

「意外と食べてみたら美味しいぞ?」

「た、確かに美味しいかもしれませんが、ヘビは………きゃあっ!?」

 

俯きながら草むらの近くを歩いていた所で、沖波が悲鳴を上げて腰を抜かす。

見れば、林の中から力尽きたヘビが顔を出してきたのだ。

そして、それを手に持った、肌や顔に白粉を塗った黒髪の艦娘が出て来る。

変わっているのは、来ている黒い軍服が陸軍の物である事だろうか?

 

「おや?提督殿。ひょっとして、その艦娘達が舞鶴から来た、新たな娘ですかな?」

「そうだ。………紹介しよう、リンガの秘書艦で揚陸艦のあきつ丸だ。」

「あきつ丸であります!………って、そこの方、大丈夫でありますか?」

「だ、大丈夫ですぅ………。」

 

敬礼をした際に地面に落としたヘビの死骸を見せつけられて、泡を吹きそうになった沖波を気遣うあきつ丸。

沖波は、何とか手を取って貰い起き上がる事が出来たが、意識は混乱しており、足がガクガクと震えていた。

一方で、岸波達3人は、目を輝かせてあきつ丸を見ていた。

彼女が、陽炎達の世話になった艦娘であったというのは、長波や朝霜は第十四駆逐隊に鍛えて貰っていた時に教えて貰っていたし、岸波は、その2人から自慢話として伝えられていたからだ。

 

「あきつ丸先輩!陽炎先輩達の事、教えて下さい!」

「い、いきなり何でありますか!?後、自分は揚陸艦でありますから、呼び捨てで大丈夫であります!?」

「じゃあ、あきつ丸!あたい達に、陽炎さん達の武勇伝を教えてくれ!」

「ひょ、ひょっとして!?第十四駆逐隊に鍛えられた夕雲型の仲間ですか!?」

「ん?待ってくれ。その言い方だと………。」

「ふふっ。長波も朝霜も元気そうね。沖波さんや岸波さんも強くなっていてよかった。」

 

声に振り返ってみれば、そこには緑の長い三つ編みの駆逐艦娘が笑みを浮かべて立っていた。

 

「夕雲!?」

「え、夕姉………?」

 

思わずびっくりする朝霜に、岸波は思わず呟く。

夕雲型1番艦………長波や朝霜と同期であり、ネームシップである夕雲もまた、リンガ泊地に所属していたからだ。



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第40話 ~回想・愉快な家族~

「成程なぁ、夕雲もリンガであきつ丸から陽炎さん達の話を聞いていたんだな。」

「流石に夕雲は、朝霜達みたいに喰いついては来ていないでありますが………。」

「でも、やっぱり陽炎さん達の事は気になったから、沢山話を聞かせて貰ったわ。」

「いいなぁ~、あたい達も早く知りたいぞ。………な、岸波。」

「ええ。あの第十四駆逐隊がどうやって強くなっていったかは気になるもの。」

 

夕雲が来た事で、ヘビの存在に混乱している沖波はともかく、岸波や長波、朝霜は和気あいあいと会話をする。

特に、夕雲と長波と朝霜は、同期だけあってかなり仲が良い感じであった。

 

「本当はリンガに移った時に、もうちょっと早く手紙を送る事が出来れば良かったんだけど………急な転籍だった上に、最近は出撃が多くて。ゴメンね。」

「ん?リンガは、深海棲艦の活動が活発なのか?」

「第十四駆逐隊が来た頃に比べればまだマシだが、活動が活性化しているのは事実だ。その為に第三十一駆逐隊を呼んだのだからな。」

 

朝霜の疑問に答えてくれたのは、提督であった。

どうやら、纏まった休暇を取れない位には、忙しくなってきたらしい。

 

「今も出撃中の艦娘はいる。それに、他にも何処かの駆逐隊等を呼べないか、鎮守府に呼び掛けている所だ。………怖気づいたか?」

「いえ、むしろ燃える所です。私達はその為に頼りにされているのだって、分かったのですから。………って、沖姉。いい加減、大丈夫?」

「だ、大丈夫!そうですね………この泊地をやらせるわけにはいきませんから!」

「頼もしい限りだ。ならば、遠慮なく働いてもらうぞ。」

『はい!』

 

提督の発言を受けて、岸波を始め、第三十一駆逐隊の艦娘達は勇ましく答礼をした。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「第十四駆逐隊に憧れていた岸波が、その思い出の地に派遣されるっていうのは、何か運命を感じるよね~。」

「それに………、話を聞いている限りだと………、岸波は、本当に陽炎ラブだったのかなって………。」

「陽炎ラブってねぇ………。まあ、否定はしないけれど。」

 

工廠(こうしょう)から金属を叩く音が聞こえる中、望月や山風から出た言葉を受けて、少々恥ずかしそうに、頭をかきながら答える岸波。

あの頃の自分の陽炎達への憧れは、振り返れば、いささか過剰だとも思った。

 

「でも、あそこには陽炎先輩以外にも、頼もしい艦娘達がいたわ。そして、その艦娘達とも、あの頃は仲良く出来ていたっけ………。」

 

岸波はそう言うと、再び過去話を続ける。

仲間………いや、「家族」達と楽しく過ごした頃の思い出を。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

第三十一駆逐隊が転籍して数週間が経った時。

久々に、リンガにいる全員で夕食を取る事が出来るようになった為(と言っても電探で常に気配を察知するために艤装を装備した状態であったが)、賑やかな夕食の準備に入る事になった。

ところが………。

 

「へ、ヘビのカレーーー!?」

「おいおい、沖波。何情けない悲鳴上げてんだよ。もう散々慣れたんじゃないのか?」

「うう………でも、あの肉は何度食べても慣れない………。」

「ごめんなさいね。本土から豚や鳥の肉が来れば、まだいいんだけど………。」

「ほら、白雪も困ってるだろ?観念して食べろ。」

「はい………。」

 

どんよりとしたオーラを纏う沖波に謝りながら、ヘビの肉が入ったカレーの鍋を運んで来るのは、茶髪のセミロングを後ろで2つ括りにした駆逐艦娘である。

彼女は吹雪型2番艦の白雪。

大人しそうな外見ではあるが、こう見えてベテランの艦娘の1人だ。

特に対空砲火には拘りがあるのか、重量が増えてでも、手持ちタイプの12cm30連装噴進砲を肩から紐で括りつけて、しかも艦隊行動に支障をきたさない器用さを持ち合わせている。

 

「白雪先輩………いつも思うんですが、どうして重い噴進砲を持ち合わせているんですか?」

「主砲だけじゃ、上手く弾幕を張る事が出来ないから。」

「いやいや………。連装高角砲とかならばともかく、普通の主砲で弾幕を張れる物なんか?」

 

対空砲火に特化している朝霜が腕を組んで疑問を抱くが、白雪は特に気にした様子もなく、カレーの鍋をテーブルの上に置く。

その鍋から、ご飯の乗った皿を持った長身の艦娘が、カレーをすくって分けていく。

腰まである黒髪のロングヘアーを、後頭部に一房だけ白いリボンでポニーテール状にまとめており、前髪は左右に分けてあるのは、雲龍型3番艦の葛城だ。

明るくサバサバとした性格の空母で、瑞鶴に憧れを持っているらしい。

海戦では、式神の付いたボウガンで艦載機を飛ばすのが特徴的であった。

 

「ま、私も最初は戸惑ったけど、慣れたら意外と美味しいわ。特に白雪のカレーは絶品なんだから文句言わない。」

「うう………私は、葛城さんみたいに度胸は無いんです………。」

 

とはいえ、折角の食事だから残さず食べなければならず、沖波はグッと堪えてヘビの肉入りカレーを頬張っていく。

大変だろうな………と思いながら、岸波は魚介類やサラダ等もバランスよく取って行って、偏食が無いようにしていく。

しばらくの間、提督やあきつ丸、夕雲も交えながら談笑していくが、その中で只1人黙っている艦娘を見る。

薄紫色の髪をもみ上げの長いボブヘアーにした艦娘は、睦月型3番艦の弥生であった。

 

「……………。」

「弥生、どうしたのでありますか?まさか、沖波と同じくヘビカレーがダメだとか?」

「別に………苦手じゃない………。弥生、怒ってないよ………只………。」

「弥生さん、気にしなくて大丈夫ですよ?貴女のペースで話して会話に参加して下さい。」

「あ、ありがとう………。」

 

あきつ丸や夕雲が気にしてくれた事で、思わず赤くなって俯く弥生。

どうやらコミュニケーションが苦手であるらしく、岸波達とも中々波長が合いにくい艦娘であった。

それでも、海戦では闘争心を発揮する、睦月型の中でも勇猛果敢な少女である。

 

「弥生………、あまり盛り上げられなくて………ゴメン。睦月型だから海戦でも脆いし………。」

「あ、気にしなくて大丈夫ですよ。弥生さんの海戦での闘争心は、私が見習う部分も多いですから。」

「そ、そう………?」

 

カレーを何とか完食した沖波が、弥生に話しかける。

確かに気弱な沖波からしてみたら、勇猛な弥生は良い先生なのかもしれない。

 

「確かに勉強になる部分も多いよな。あたいも、白雪の対空砲火の器用さにはビックリだったぜ。」

「そう言って貰えると、私も嬉しいわ。」

 

朝霜は、主砲や噴進砲を駆使して敵の攻撃機を撃ち落としていく白雪の姿が、印象的であったらしい。

訓練の際は、何かしら参考に出来ないか、聞いている事もあった。

 

「ねえ、葛城は!?私は何が魅力的!?」

「いや………葛城さんは駆逐艦じゃないですし。」

「そんなぁ!?空母でも学べる所があるでしょ!?」

「葛城先輩は、焦り過ぎ………?」

「ああ、それは言えるかも。」

「ちょっと!?岸波!長波!」

 

頬を膨らませて怒る葛城を見て、皆が笑う。

ひとしきり艦娘達の笑顔を見た所で、提督が話を始めた。

 

「ひとまず、この度はご苦労だった。だが、日に日に深海棲艦の圧力が強まっているのは事実だ。だから、本土からもう1つ駆逐隊を要請する事が出来た。」

「そうなんですか?じゃあ、また3、4人程、新たな艦娘が来るんですね。」

「ああ。明日の昼頃到着する予定だから、皆で挨拶してくれ。」

 

そう言うと提督は、カレーのおかわりがいるか聞いてみる。

沖波以外は、手を上げて希望した。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「白雪さん、リンガにいるんだね。しかも、私以上に噴進砲使いこなしている感じだし………。」

「弥生がいるのも驚きだな~。意外とみんなから愛されてるじゃん。」

 

リンガにいる同型艦の存在を知った事で、薄雲や望月が思わず反応する。

岸波は頷くと、ハッキリと言う。

 

「いい家族だったわ。あきつ丸も、白雪先輩も、葛城先輩も、弥生先輩も。私が勝手に縁を切るまでは優しくしてくれたんだもの。夕姉に至っては、怠惰艦になっている間も、世話を焼こうとしてくれていたし………。」

「本当に岸波ちゃんにとっては、幸せな時間だったんだね。………で、ここで新しく艦娘が来たって話だけれど。」

「それが、第十七駆逐隊………磯風達の艦隊だったのよ。」

 

朧の疑問に答えながら、岸波は、第十七駆逐隊の事を思い出す。

彼女達もまた、家族の一員だった時間の中での出来事を。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「第十七駆逐隊!陽炎型12番艦、磯風、推参!司令、共に進もう。」

 

皆でカレーを食べた翌日の昼、腰まである黒髪ロングのストレートヘアと深紅の瞳が特徴的な艦娘………磯風が、リンガで着任の挨拶をする。

岸波が磯風に対し最初に受けた印象は、その武人肌の佇まいもそうだが、長身で体格が良く、異性も同性も惹きつけそうだな………という所である。

また、背中に装備した艤装は、陽炎型の中でもかなりの重武装である事にも驚かされた。

黒に赤のラインを基調とした横に長い艤装には、左側に大型のアームが伸びており、その中に大量の爆雷や4連装の魚雷の魚雷が備え付けられている。

また、秋月型が愛用している「長10cm砲ちゃん」と呼ばれる対空砲と4連装の魚雷も右側に埋め込んでおり、右手にはそれを模した連装高角砲を、左手には対空特化用のピストル型の連装機銃を持っていた。

 

「第三十一駆逐隊旗艦の岸波です。随分………大型の艤装ですね………。」

「ほう、君が………。そうだな、この通り体格に恵まれているから比較的大型の艤装でも扱いやすいのは利点だと思っている。」

「自分を分析して装備を選べるのは、素晴らしいと思います。」

「対空砲火ならば、任せてくれ。………後、私達は呼び捨てで構わないぞ?下手に気を遣わなくていい。」

「そう………ありがとう、磯風。」

 

仲間を紹介しよう………と言って次に出て来たのは、青髪の髪を両サイドで団子状に纏めた大胆に制服をノースリーブにした艦娘。

 

「陽炎型11番艦の浦風じゃ、頼りにしてくれ。」

 

何処か母性が強そうな声音を持つ艦娘………浦風は、これまた大型の艤装を付けていた。

黒を基調に赤のラインが基軸であるのは磯風と一緒だが、こちらは大量の爆雷が備え付けられている。

魚雷発射管が太ももに移動した代わりに、連装高角砲が1つ乗っている。

手持ちの連装高角砲は、左手の方が磯風と同じ物である、対空に特化したピストル型の機銃になっていた。

 

「変わった改二艦だな。あたいと同じ対空特化か?」

「いや、改二じゃないんじゃ。磯風が「乙改」、うちが「丁改」っていう、改二前の改装なんじゃ。乙改は、火力をちいと犠牲にした代わりに、対潜水にも特化させとる。」

「何かややこしいけど、変わった改造もあるんだなー。とにかく、宜しくな!」

 

その次に前に出て来たのは、磯風に似たような艤装を縦に背負った、綺麗な銀髪を金の髪留めで左右非対称にしているスタイルのいい艦娘。

 

「陽炎型13番艦の浜風です。宜しくお願いします。ちなみに私は、乙改です。」

 

浜風の艤装は、磯風と違い大型のアームで接続されているわけでは無いので、魚雷発射管は浦風と同じく太ももに括りつけている。

しかし、背中側に爆雷と長10cm砲ちゃんが埋め込まれており、右手には長10cm砲ちゃんを模した連装高角砲、左手には機銃があった。

いずれにしろ、大型の艤装である事には変わらなかった。

 

「凄い………ここまで色々と武装を積んでいると、色んな状況に対応できそうだね。」

「そう言って貰えると有り難いです。第十七駆逐隊は、陽炎型の中でも、状況に応じた武装の選択が可能である事が自慢なのですよ。」

「メガネも状況に応じて色々と変えた方がいいような物なのかな?」

「え、ええ………そうかもしれないですね?」

 

最後に出て来たのは、墨色のおかっぱ頭に白いカチューシャ、金色の目を持つ若干(他の3人と比べて)小柄な艦娘。

 

「よっ!陽炎型14番艦の谷風さんだよー。丁改で対空と対潜特化だねー!」

 

浦風が艤装を斜めに背負っているのならば、谷風は浜風のように艤装を縦に背負っているのが特徴。

大量の爆雷と太ももの魚雷、そして艤装の連装対空砲と、右手の連装対空砲、そして左手のピストル型の機銃が武器だ。

第十七駆逐隊の4人は、磯風を始め、全員が豊富な武装を扱っているのであった。

 

「本当、色々ありだよなー。陽炎型ってアームとかで色々制御できるから、夕雲型と違った魅力があるし。」

「そうそう!流石、陽炎に育てて貰っただけあって、詳しいねぇ!谷風さんも、鼻が高いよ!」

「何ていうか………本当、色々な性格の艦がいるんだな。谷風は陽気そうだ。」

「むーどめーかーっていってくれよな!」

 

こうして自己紹介が終わった所で、第十七駆逐隊も、正式にリンガ泊地に所属する事になる。

彼女達もまた、すぐにリンガの戦力となってくれる精鋭達であった。

………流石にヘビの肉に慣れるには、時間を必要としたが。



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第41話 ~回想・禁じ手~

「磯風姉さん達が、ここで登場か。………でも、確か姉さんは、横須賀で最初に岸波と会った時に、凄く過去を悔いていたよね。」

「ええ………。でもそれは、厳密には磯風の責任では無いのよ。それは、明らかに私の責任。」

「庇いあっているのでは、無いのですか?」

「いいえ………そうじゃないわ。………話の続き、するわね。」

 

初霜の疑念に首を振りながら、岸波は淡々と説明していく。

まるで、敢えて感情を出さないように気を付けているような感じで………。

 

「第十七駆逐隊が来た事で、泊地の戦力は増強したわ。それでも、深海棲艦側の勢力もまた、どんどん増していっていたのよ。」

 

岸波は工廠(こうしょう)の明かりでも照らしきれない夜空を見上げた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

第十七駆逐隊が配属されて数週間。

ある日、リンガで艤装を付けて、出撃準備を整えていた岸波に、磯風が語り掛けて来る。

 

「岸波、君の旗艦としての能力は素晴らしいな。」

「何、磯風?いきなり、そんなことを言って………。」

 

泊地では、他にも沖波、浦風、浜風、谷風の4人がいつでも抜錨できる準備をしている状態で待機していた。

ここ最近は、深海棲艦の攻勢が強まっており、夕雲・葛城・白雪・弥生・長波・朝霜のグループと交互で出撃をして、深海棲艦を少しでも減らそうと努力をしている状態だ。

その為、岸波と沖波は第十七駆逐隊の戦闘を間近で見る機会に恵まれていた。

 

「私達は、勇ましく戦う磯風さん達の方が凄いと思うけれど………ねえ、岸ちゃん。」

「ええ。自分の役割をしっかり考えながら戦う姿は、立派じゃないかしら?」

「ははは、強力な改二艦と、そんな私達をまとめ上げる旗艦に褒められるとは光栄だ。だが………私達も、君達2人から学び取る事が多い。」

 

磯風はリンガに来て良かったと呟き、空を見上げ、顔を少ししかめる。

今日の泊地は珍しく霧に包まれており、辺りが見えにくい状態であった。

 

「沖波は自身を気弱だと思っているかもしれないが、海戦での砲撃や雷撃の正確さは見事だ。」

「そ、そう………かな?」

「岸波は………今更、言う必要はないかもしれないが、敵に臆する事無く、皆を引っ張っていくリーダーシップがある。」

「私は、磯風が旗艦を担った方がいいと思う事があるけれど………。」

「嬉しいな。だが………。」

「磯風はこう見えて、岸波以上に脳筋だからねー。」

 

呑気に伸びをしながら会話に混じって来たのは、谷風。

彼女は、そのままストレッチを始めながら岸波達に言う。

 

「何かあったら、すぐに単縦陣!って言うんだよ?もうちょっと、他の陣形を多用すればいいのにさ。」

「それは………困るわね。」

「し、仕方ないだろ!攻撃は最大の防御という言葉を………!」

「状況に応じて使わなければ、意味は無いですよ。」

「爆撃に対して単縦陣を指示した時は、流石に頭を叩いたわ。」

「うぐぐぐぐぐ………し、仕方ないだろう!」

 

更に浜風と浦風も会話に混じって来た事で、珍しく慌てる磯風。

もしかして彼女は天然なのか?と岸波と沖波は密かに思ってしまう。

 

「とにかく………だ!そんな私だからこそ、岸波や沖波を始めとした艦娘達の力は頼りになる!これからも勉強させてくれ!」

「………だそうじゃ、岸波、沖波。悪いけれど、面倒見ちゃって。」

「磯風の悪い癖も治るかもしれないからねー。」

「ええい!だから人の揚げ足を取るな!」

『あははははは………!』

 

完全に仲間に遊ばれている磯風の姿に、思わず笑顔になる岸波達。

しかし、そこでふと時計を気にした浜風が首を傾げる。

 

「それにしても、夕雲達が遅いわね。………何もないといいのだけれど。」

「岸波、沖波、磯風、浦風、浜風、谷風!抜錨は可能でありますか!?」

 

そこに泊地の庁舎から、あきつ丸が走って来る。

基本、揚陸艦であり秘書艦である彼女は、出撃をせず泊地内で提督と作戦指揮を取る。

彼女が慌てているという事は、何か良くない事が起こったのだろう。

岸波が確認に向かう。

 

「実は、重巡のネ級改に出くわしたらしいのであります。」

「ネ級改!?状況は………!?」

「いや、果敢に攻めた結果、撃沈には成功したのですが、5隻の随伴艦に逃げられたらしいのであります。こちらは葛城殿が中破、弥生がトドメを刺した代わりに大破。」

「戻ってこられるの!?」

「曳航していると連絡が来たであります。只、随伴艦達の追撃を行って欲しいのであります。」

「了解!みんな、今の言葉聞いたわね!」

「聞いたし、その夕雲達も見えてきたよ!」

 

谷風の言葉に全員が双眼望遠鏡(メガネ)で見てみれば、確かに夕雲達が戻ってきている。

葛城がボウガンを破壊されており、弥生に至っては艤装や主機がボロボロになっており、長波と白雪に支えられていた。

 

「大丈夫ですか、葛城先輩、弥生先輩!?」

「私より弥生の方を見てあげて………!」

「弥生さん!」

「だ、大丈夫………。ゴメン………無茶してしまって………。」

「ゆっくり休んで。後はうち達に任せてくれ。」

 

沖波や浦風が弥生を気遣う中、岸波は夕雲に確認を取っていた。

 

「随伴艦は、エリート級の重巡リ級2隻、エリート級の軽空母ヌ級、エリート級の軽巡ホ級2隻です。ごめんなさい、尻ぬぐいをさせてしまって………。」

「大丈夫!………倒せない敵では無いわね!第三十一駆逐隊、抜錨するわよ!」

『了解!』

 

岸波の言葉で、沖波、磯風、浜風、浦風、谷風の順で抜錨する。

すぐさま複縦陣になり、左前から磯風・浜風、岸波・沖波、浦風・谷風と変わる。

 

「全艦、北へ!仲間を傷つけた敵は許すな!!」

 

この時、戦意を高揚させた岸波は思いもしなかっただろう。

これが、第三十一駆逐隊として最後の号令になるなんて。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「最後の………号令?」

「……………。」

 

薄雲の疑問に、岸波は軽く息を吐く。

そして、少し俯くと静かに呟く。

 

「もしも、過去に戻れるならば………私はあの抜錨の瞬間に戻りたい。そう………あの抜錨が、私の間違えの始まりだったのだから。」

 

感情を殺しているはずなのに、無意識なのか両拳を震わせ始めた岸波を見て、皆が息をのむ。

恐らく、この先に語られる事が、彼女にとってのターニングポイントだったのだろう。

だからこそ、舞風は思い切って言った。

 

「………教えて、岸波。貴女の一番辛い部分を。」

「ええ………。」

 

岸波は舞風を、望月を、山風を、薄雲を、朧を、初霜を、敷波を、夏雲を見渡すと言葉を何とか紡ぎ始める。

彼女が絶対に許せないと感じている………最悪の第三十一駆逐隊旗艦としての行為を。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「見つけた!アレが例の随伴艦の群れね!」

 

霧の中、沖へと抜錨して1時間程航行した岸波達は、電探で逃げているその敵艦5隻を見つける。

単縦陣で、先頭からリ級2隻、ヌ級、ホ級2隻だ。

とはいえ、夕雲達が先にダメージを与えてくれていたのか、リ級やヌ級からは煙が上がっており、ホ級は傾いている有様だ。

それ故に速力のある艦隊に追いつけたとも言えるし、仕留めるならば今しか無かった。

敵艦は、こちらに気付いたヌ級が、羽虫のような攻撃機を発艦させたが、他の艦は砲撃よりも撤退を優先させていた。

 

「突撃するぞ!輪形陣でヌ級の攻撃機を掻い潜る!」

 

岸波の荒々しい声で、磯風を中心とした輪形陣に切り替わる。

敵攻撃機は爆撃を仕掛けようとするが、慌てなかった。

何故なら、岸波や沖波は舞鶴時代、長良や高波の教えで、攻撃機が爆撃の瞬間に、艦首をこちらに向けて、目が鈍く光る事を知っており、対応が容易だったからだ。

 

「撃ち方ぁー、始め!」

 

岸波の号令で、機銃や主砲、対空砲が一斉に火を噴く。

特に第十七駆逐隊の砲火は強力で、あっという間に攻撃機を全滅させてしまった。

 

「再び複縦陣!最後尾のホ級を狙え!」

 

ここで、敵艦が逃げ切れないと判断したのか、反転して砲撃を放ってくるが、岸波達は面舵で右に動きながら、砲撃を避ける。

そして、最後尾の浦風と谷風がホ級に狙いを定めた。

 

「ぶっ飛ばしちゃる!」

「貰っちゃうぜー!」

 

2人の砲撃は的確に2隻の敵艦に炸裂して、爆発させる。

更に左に取舵を取る間に、沖波が慌てふためくヌ級に狙いを定める。

 

「よーく狙って………撃てぇー!」

 

右手に持った連装砲は、見事にヌ級に当たる。

浮力を失った敵艦は、海の底へと沈んでいくだけだった。

この惨状を見て、砲撃を出鱈目に撃っていたリ級は、艦列すら無視して別れて一目散に逃げていく。

 

「逃がすな!磯風!浜風!」

「任せろ!」

「勝負!」

 

先頭の2人が素早く砲撃を放ち、撃沈を狙う。

浜風の砲撃はリ級の背中に直撃して、沈めていく。

しかし………磯風の砲撃は、咄嗟に反転したリ級の堅い腕で弾かれてしまう。

 

「防御したか!?岸波、単縦陣だ!増速して一気にトドメを刺すぞ!」

「ええ!!」

 

思えば………ここが岸波にとっても、そして多分、磯風にとってもトラウマの元凶になってしまった部分だったのかもしれない。

2人は、もっと慎重になるべきだったのだ。

この霧の中、陣形を変える事に対して。

艦列を変える際、駆逐艦と言っても、必ず隙は出来る。

だから………無暗に単縦陣になってはいけなかったのだ。

 

「ぐわあああああああっ!?」

「浜風っ!?………ぐぅっ!?」

「浜風さん!?岸ちゃん!?しっかりして!?」

 

陣形変更をしている最中、突如、霧の中から紅蓮の長距離砲撃が飛んできて、浜風に直撃し、続いて岸波にも命中する。

見えない所からの攻撃に、防御する暇が無かった浜風は、背中の艤装が爆雷ごと派手に爆発して大破してしまい、海上に倒れて沈みかけ、慌てて浦風と谷風に支えられる。

岸波は咄嗟に魚雷と爆雷を投棄する暇があったが、それでも艤装が火を噴き、中破してしまった。

 

「あ、新手だと!?何が起こった!?」

「フフフフフフ………。」

『!?』

 

突然の出来事に混乱する磯風の耳に、深海の底から響き渡るような声が聞こえて来る。

艦娘達は、リ級が逃げた方向に巨大なシルエットを見る。

それは少しずつ、全身を布で巻いた、炎のようなリボンを纏った長いツインテールの女の姿へと変わる。

特徴的なのは、肩より先の厳めしい艤装であろうか。

両方の腕部と鉤爪の手甲から口から砲身を伸ばした砲塔ユニットが生えており、腰部にも機銃ユニットが接続されている。

強気の笑みを浮かべながら、獲物を前にして舌なめずりするその深海棲艦は………。

 

「南方棲戦姫………!」

 

強力な航空戦艦の姫クラスだという事を聞いた事がある岸波は、立て膝を付きながら、その恐ろしい姿を目の当たりにして悟る。

ここ最近、深海棲艦の勢いが増していたのは、この南方棲戦姫がいたからだと。

 

「ネ級改の裏に、こんな親玉が………!?」

「しっかりしろ!浜風!浜風っ!!」

「う………うううう………。」

「!?」

 

岸波は後ろを振り返る。

大破状態に追い込まれていた浜風は仰向けに倒れながら苦痛で呻いており、磯風が必死に呼びかけていた。

破壊された艤装は、もうほとんど機能を果たしておらず、火傷の跡が酷く、顔は青ざめていた。

早く泊地に戻って、船渠(ドック)入りさせないと危ない。

だが………。

 

「ココカラハ………通シマセン。」

 

重たげな主砲の付いた腕を回しながら、こちらへと向かって来る南方棲戦姫は、6人全員を逃がす気は無かった。

いつでも主砲を向けて沈めるつもりであった。

 

(どうする………!?)

 

岸波は旗艦として考える。

自分は中破している上に、魚雷等は捨ててしまっている。

浜風は大破状態で、最低2人には曳航して貰わないといけない。

磯風は自身の発言で起こった事態の為か、気が動転してしまっている。

 

(どうする………!?どうすればいい………!?)

 

このままだと、6人全員轟沈してしまう。

何とか泊地まで、無事に帰さないといけない。

だが、その為の方法が思いつかない。

 

(岸波!?思いつけ!?岸波!!)

 

「岸ちゃん、大丈夫!?」

「!?」

 

いつの間にか、頭を抱えてうずくまっていたのだろうか。

岸波の元に、沖波が心配そうにやって来る。

 

「沖………姉………?」

 

岸波は、改めて沖波をまじまじと見た。

彼女は改二艦だ。

被弾は特にしていない。

主砲の弾もほとんど使ってないし、何より魚雷が残っている。

 

「……………。」

「岸ちゃん………?」

 

岸波の頭の中に………1つの考えが浮かぶ。

だが、その瞬間に自分の頭を思いっきり拳で叩きつけて、吹き飛ばそうとする。

しかし、一度閃いた「最善策」は脳裏にこびりついてしまう。

 

「違う………!一番いい方法は………!」

「岸ちゃん………。」

「こんなの正しくないわ!本当に正しいのはっ!」

「……………。」

「私は………!これじゃあ………!」

「岸ちゃん………浜風さんを助けられる方法、思いついたんだね。」

「え?」

 

岸波は見る。

沖波は強大な敵艦が近づいて来るのにも関わらず、前に出て後ろを………岸波の方を見て少しだけ笑みを見せる。

まるで、岸波の思いついてしまった最善策の意味を分かっているかのように。

 

「ち………違うわ!私は………!」

「旗艦は常に状況を把握しなければならないよ?このままだと全滅する。じゃあ、どうしなければいけないかな?」

「それは………!」

 

思わず岸波は立ち上がり、沖波の両肩を掴む。

その優しい顔を見た瞬間、妹艦として甘えたくなってしまう。

だが、甘えてはいけない場面だ。

しかし、敵は、残っている艦娘で戦って勝てる相手では無い事も、岸波は理解してしまっている。

 

(言うな………!言ったらダメだ………!言ったら………でも………!)

 

喉元までこみ上げている言葉を………旗艦命令を、必死に仕舞おうとする岸波であったが、その周囲に砲火が飛んで来る。

恐怖を煽る為に、南方棲戦姫が敢えて夾叉弾を撃ってきたのだ。

タイムリミットを痛感した岸波は………遂に口に出してしまう。

 

「………駆逐艦沖波、旗艦命令だ!敵深海棲艦を………単騎で足止めしろ!」

『!?』

 

その岸波の冷徹で非情な命令に、背後の第十七駆逐隊の面々が絶句した。



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第42話 ~回想・失望の事件から今へ~

「捨て艦」という言葉がある。

その名の通り、艦娘を使い捨てのように扱う非道の戦術の事だ。

岸波は、今この瞬間、沖波を捨て艦として認識した。

実の姉のように甘えていた………長波と朝霜と共に、絶対に生きようと誓った第三十一駆逐隊の家族である駆逐艦娘を。

 

「岸ちゃん………。」

「……………。」

 

思いっきりぶん殴られても、文句は言えない場面だった。

岸波は、俯きその瞬間を待った。

だが、沖波は………その岸波の頭を優しく撫でて来た。

 

「沖姉………?」

 

見上げた岸波が見たのは、泣きそうな表情で………しかし、はにかみながら笑みを見せて来る駆逐艦娘の姿であった。

 

「ありがとう、岸ちゃん。最後まで………私を頼ってくれて。」

「あ………。」

 

沖波は岸波から離れると、振り返って南方棲戦姫を睨みつける。

そして、息を吸うと………今までに無いような怒号を発して一直線に突撃していった。

 

「たあああああああああああっ!!」

「……………。」

 

その後ろ姿に手を伸ばしかけた岸波は、拳をギュッと握りしめると振り向き、第十七駆逐隊の元へと向かう。

そして、絶句したままの彼女達に告げた。

 

「今の内に撤退する。」

「………な、何を言いよるんだ、われは!?」

 

何とか喋る事が出来た浦風が、怒りの言葉を投げつけて来る。

 

「沖波を置いていくのか!?」

「このままだと浜風が死ぬわ。手遅れになる前に行くわよ。」

「何、馬鹿言いよるんだ!?われは鬼か!?悪魔か!?」

「じゃあ、他に誰が足止め役をやるのよ!?私は中破!貴女達は改二じゃない!沖波が一番、適任なのよ!!」

「………っ!?」

 

信じられないような物を見る浦風に対し、正論で黙らせる岸波。

一方、瀕死の浜風を支えている谷風が、何とかしようと考えを巡らせる。

 

「と、とりあえず、みんなで戦えば………!」

「それで勝てる相手ならば、とっくに指示を出してるわ!」

「で、でもよ!ここで諦めたら沖波が………!」

「貴女は、第十七駆逐隊の仲間を殺したいの!?」

「だけど!元々の原因は………岸波がっ!?」

「違う………!!」

 

思わず岸波を非難しかけた谷風に対し、真っ青な顔をした磯風が海面に手を付きながら震える声で叫ぶ。

 

「私が………私が単縦陣を指示しなければ………!私が、全て………!」

「………立ちなさい、磯風。時間が惜しい。全ての責任は私が負うから、一直線に泊地に帰投するわよ!」

「……………。」

 

それだけを言うと、岸波は先頭に立ち、主機を一杯にして撤退を始める。

浦風と谷風は唇を噛みながらも、浜風を担ぎ、岸波を追いかけて行った。

最後に磯風が青ざめた顔のまま、追いかけていく。

背後で派手な爆発音が何回も響き渡ったが、岸波達は一度も振り返らなかった。

絶対に………沖波の事は見ずに………逃げ帰った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

リンガ泊地では、船渠(ドック)入りを終えた艦娘達が、信じられない顔をして待っていた。

岸波から無線を通じて伝わってきた内容が、提督やあきつ丸を通して、全て広まっていたからだ。

最初は、何かの冗談かと思った。

岸波が、第三十一駆逐隊の仲間で最も慕う姉である沖波を、捨て艦として利用して逃げ帰ったなんて、誰も想像できないからだ。

だが………報告通りに、5人の艦娘が帰って来た事で、最悪の報告が事実である事になる。

それでも、艦娘達は問わずにはいられない。

 

「ね、ねえ!?沖波は!?」

「置いてきたって、嘘よね!?」

「そんな………、ねえ、岸波………!?」

「岸波さん!沖波さんは今………!?」

「正しい報告をして欲しいであります!?」

 

その全ての質問に答えず、岸波は陸に上がると、後ろの第十七駆逐隊の面々に、浜風を船渠(ドック)に向かわせるように指示を出す。

億劫そうに淡々と指示を出す様子に、皆が絶望感を覚える。

岸波がやった事は、事実なのだと。

それでも………。

 

バキッ!!

 

「何やってんだよ!岸波ぃっ!!」

 

事実を受け入れられずに、いきなり岸波の顎に、思いっきり拳を叩き込んだ存在がいた。

第三十一駆逐隊の仲間である朝霜だ。

彼女は怒りの形相で拳を振るわせており、更に殴り掛かろうとした為、後ろから長波に羽交い絞めにされて止められていた。

それでも、手足をジタバタさせながら叫ぶ。

 

「お前にとって、沖波はそんな存在だったのかよ!?捨て艦で犠牲にしてしまうだけの存在だったのかよ!?姉のような艦娘じゃなかったのかよぉっ!!」

「……………。」

「落ち着け、朝霜!旗艦の苦しみが分からないヤツが、状況も理解できずに非難を………っ!?」

 

だが、そこで長波と朝霜が、まとめてぶっ飛ばされる。

岸波が急に起き上がり、反撃の拳を思いっきり朝霜の顔面に叩き込んだのだ。

朝霜は、思わず凝視してしまった。

悪鬼のような顔をしながら、大粒の涙を流している岸波の姿を。

 

「ええ、そうよ………!」

 

握りしめた爪の力で掌から血が出る程、拳を握りしめた岸波は、咆哮する。

 

「私は沖波を、捨て艦として使い捨てにした最低最悪の「姉殺し」の艦娘よっ!!所詮、私にとって第三十一駆逐隊は、その程度の存在でしかなかったのよ、朝霜ぉっ!!」

「こんの………大馬鹿がーーーっ!!」

 

あまりの2人の威圧感に、誰も止められる者はいなかった。

岸波と朝霜は、派手に取っ組み合いをして、もめにもめて、こじれまくって、絶縁する程にまでなった。

沖波に関しては、葛城達が慌てて助太刀に行ってくれたが、現場に駆け付けた彼女達が持って帰って来たのは………沖波のもがれた左腕だけであった。

 

(沖姉は………私の事をどれだけ恨んだのだろう………。)

 

たった1人で戦い、どれだけの絶望を味わい、どれだけの恨みを持って沈んでいったのだろうか。

 

(何が旗艦よ………。何が陽炎先輩みたいになる………よ。)

 

自分の実力も知らずに夢ばかり追い求めて、最終的に知ってしまった現実は、岸波から全てを奪った。

夢も自信も家族も信頼も己の意志も全て………。

 

(もう………どうでもいいわ………。)

 

これが、後に「怠惰艦」と呼ばれ、忌み嫌われるようになる岸波のトラウマであった。

彼女は………旗艦として振る舞う事等、もう一生無いと思った。

だが………今………。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

『……………。』

 

夜が更け、呉の工廠(こうしょう)の音もまばらになって来た中、全てを話し終えた岸波は、深く溜息を付く。

仲間達は皆、只、静かに黙っていた。

それを確認した後で、岸波は静かに頭を下げる。

 

「ごめんなさいね。第二十六駆逐隊の嚮導艦が………姉のように慕っていた艦娘を、捨て艦として使った………「姉殺し」で。」

「岸波………。」

 

覚悟して言ったとはいえ、ドス黒い物を吐き出してしまった………そう思った岸波は、仲間達を直視出来なかった。

きっと、みんな失望しているだろうと思ったからだ。

だが、最初に飛び出した言葉は意外な物だった。

 

「成程ねぇ。岸波の過去はよーく分かったよ。………でも、それがどうしたの?」

「え!?」

 

驚いた岸波は、思わず顔を上げる。

発言者は望月であった。

彼女は眼鏡のフレームを上げ直すと、岸波の目を見て喋る。

 

「岸波は、誰かに断罪して欲しいの?それとも逆に許して欲しいの?悪いけど、それはここにいる誰にも出来はしないよ?」

「わ、私は………。」

「ついでに言えば、その権利は朝霜や長波にも無い。リンガのみんなにも無い。出来るのは只、1人………岸波が命令した、沖波だけじゃないの?」

「で、でも沖姉は………!?」

「そう、この世にいない。………だから、あたしは過去話を聞いた上で、これだけを宣言するよ。第二十六駆逐隊補佐として、「今の岸波」に付いていく。」

「!?」

 

いつものダウナーのような雰囲気が信じられない位に力強く喋る望月の姿を見て、岸波はたじろぐ。

この過去話を聞いて、自分の意見を全く変えない仲間がいるとは思わなかったからだ。

 

「わ、私は………捨て艦を使ったのよ!?」

「つまり、あたしも捨て艦として使うかもしれないって脅してるわけだ。………上等。岸波がいなければ、あたしは生きていないからね。」

「え、ええ………!?」

 

それだけを言うと、自分の意志を示すように望月は前に進み出て、岸波の両手を強引に包み込むように掴む。

すると、その上から両手が被せられる。

山風であった。

 

「あたしは死ぬのは嫌だけど………、望月と同じで、岸波に救われた命だから………。」

「そ、そんなのでいいの!?また、私は………!?」

「逆に安心かな………。岸波はもう、絶対に捨て艦は使わないって意志が………伝わるから。」

「何処にそんな保障が!?」

「朝潮に「繰り返させない」と誓った所。提督の命令にも逆らった姿は、信頼できる………。」

 

ずるい考えだけれどね………と少しだけ舌を出して笑うと望月と一緒に横を振り向く。

次に重ねられた手は薄雲であった。

 

「岸波さんは、私の我儘を許してくれたよね。出会ってなかったら、私は艦娘としての一歩を踏み出せていなかった。」

「アレは………元々は、ぼの先輩が………。」

「曙ちゃんも感謝してたよ?岸波さんは、元々お人好しで素敵な艦娘なんだから、薄雲は一緒に居たいかな。例え、それで最期を迎える事になったとしても。」

「………貴女達、おかしいわよ?」

「だとしたら、岸波さんの嚮導のせいだよ?ね、朧さん。」

 

更に朧の手が重ねられる。

彼女は力強く言う。

 

「アタシは救われたとか、そういうレベルじゃない恩恵を岸波ちゃんに貰ったよ。」

「成り行きでしょ………?」

「運命だと信じたいかな。岸波ちゃん達と歩もうと思えたからこそ………大切な物を失わずに済んだんだし。」

「朧………。」

「咎人だって言うならばアタシも同じだから、悩んだら気軽に聞いて甘えてよ。………朧にも恩返しをさせて。」

 

母親らしい笑みを見せる朧の横から初霜が手を入れて来る。

身長が低めだったので、若干重ねにくそうだったが、何とか乗った。

 

「私が最初に岸波さんと出撃した時は、衝撃的な事をしましたよね?」

「えっと………舞風を庇って腕を折って、無理やり骨を繋ぎ直した事?」

「アレだけの強い意志を持っている岸波さんが、次に見た時には仲間を沢山増やしていました。貴女は、やはり旗艦の資質があるのでは無いのでしょうか?」

「それは………考え過ぎよ。」

「では、そんな貴女を最初から見てくれていた人に聞いてみるのが一番ですね。」

 

最後に、初霜の反対側から舞風が手を一番上に重ねる。

彼女は満面の笑みを見せると労わるように言う。

 

「ありがとう、岸波。やっと、私達に全てを話してくれて。」

「………聞いていて、気持ちのいい話じゃないでしょ?」

「始めに言ったよ?第二十六駆逐隊が、本当の意味で結束するには必要だって。」

「でも………。」

「心の内をさらしてくれただけでも、嬉しいかな。岸波は自覚してないかもしれないけれど、私にとっては、それだけ知る事が出来るまで長かったんだから。」

「みんな、本当に………本当にこんなのが嚮導艦でいいの………?」

 

岸波の辛そうな言葉に、一番付き合いの長い舞風が、また代表して答えた。

 

「覚悟はしていたって言ったじゃん。………後は、岸波が私達に対して、覚悟を決められるかどうかだよ。私達6人を、信じる覚悟。」

「信じる………覚悟?」

「岸波が、あの時失ってしまって、今一番必要な覚悟。………出来る?」

「……………。」

 

望月、山風、薄雲、朧、初霜、そして舞風。

こんなに温かく力強い手に包まれた自分は、幸せ者だと岸波は感じてしまった。

沖波は多分、こんな自分を許しはしないだろう。

だが………、それも含めて、岸波は覚悟を決めるべきなのかもしれないと感じた。

この6人の命を、担いでいく覚悟を。

いや………今度こそ、この7人で助け合っていく覚悟を。

 

「繰り返しになるけれど言うわね。私のやった事は決して許されない。それでも、私は………やっぱり、前に歩んでいきたい。多分、みんなに出会って、私は変われているから………これからも、もっと変わっていきたい。」

『……………。』

 

静かに岸波の目を見てくれた、仲間達の顔を見渡すと、彼女は決意と共に話す。

自分の覚悟を………望みを。

 

「だから………お願い!第二十六駆逐隊の一員として、改めて力を貸して!」

 

その言葉を受けて、仲間達は皆、笑みを見せてそれぞれハッキリと答える。

 

「モチ!」

「うん………!」

「勿論!」

「OK!」

「はい!」

「行こう、岸波!」

 

言葉はバラバラでありながらも、各々の最高の返事をしてくれた第二十六駆逐隊の面々の対応を受けて、岸波はやっと笑みを浮かべる。

 

「………本当にありがとう、みんな!」

 

過去を知り、今をどう生きるか決め、未来への意志を示し、新たに絆を深めた7人は、力強く重ねた手を、星空の輝く夜空へと掲げた。

これが、岸波にとってのリスタートになる事を願って。



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第43話 ~支え続けるという事~

「何ていうか………アタシ達はもしかしたら、後に伝説として語り継がれるような場面に立ち会ったのかもしれないねぇ。」

「はい………。今日は、色々と凄い話ばかりです………。」

 

岸波達第二十六駆逐隊が、新たに結束する場面を見て、同席を許可された敷波と夏雲が感慨深そうな顔で眺めていた。

しかし、頃合いを見て敷波が岸波に話しかける。

 

「………で、岸波。アタシ達に、その絆を自慢する為に同席させたわけじゃないでしょ?何を聞きたいの?」

「はい。敷波先輩はもちろん、夏雲も呉に長い間居たから聞きたいのですが、第十七駆逐隊の行方を知りたいのです。」

 

岸波は説明する。

自分が怠惰艦として振る舞い始めた後、深海棲艦の攻勢が弱まったのも有り、彼女達と長波は、転籍してしまったのだ。

だが、全てに興味を失せてしまった岸波は、5人の行方を知らずにいた。

 

「私は浜風と浦風、谷風にも謝りたいんです。彼女達の居場所を知りたくて………。」

「磯風に聞けばいいんじゃないの?」

「………一緒にいない時点で、少し聞くのを躊躇ってしまって。呉にはいないのですか?」

 

申し訳なさそうに質問をしてきた岸波に対し、夏雲が何か言おうとして前に出ようとするが、それを敷波が制する。

そして、彼女は静かに岸波を見て言った。

 

「悪いけど、言えない。」

「言えない………とは?」

 

眉を潜める岸波に対し、敷波は淡々と答えていく。

 

「アタシ、嘘が下手だから正直に言うけどさ、3人は呉に戻って来た後、別の泊地に転籍してしまったんだよ。でも、それが何処かはアタシ達の口からは言えない。ついでに言えば、磯風も行先は把握してないよ。」

「その場所を、教えてはくれないのですか?」

「まだ、言う時じゃないって思ったからね。だから悪いけど、3人の事は一時的に置いておいてくれないかな?」

「………分かりました。すみません、難しい質問をして。」

 

多分敷波は、気を使ってくれているのだと岸波は思った。

ここは下手に詮索しない方がいいだろう。

 

「どうやら、ちゃんと話はまとまったみたいね。」

「明石先輩。」

 

このタイミングで、工廠(こうしょう)から明石が出て来る。

就寝の前に岸波達の所に寄った彼女は、岸波に何かを渡してくれる。

 

「これは………?」

「推薦状よ。どれだけの効果があるかは分からないけれど、横須賀の提督に渡してみるといいわ。」

「ありがとうございます、明石先輩!」

「しばらくは夏雲に色々と教わるといいわよ。あの子にイロハを叩き込んでいるからね。」

「………夏雲、師匠って呼び慕っていい?」

「ええ!?ふ、普通に呼び捨てでいいですよ!?」

 

思わずたじろぐ姉弟子の姿を見ながら、岸波は考える。

今、浜風達は何処で何をしているのか。

恐らく敷波と夏雲は、その答えを知っている。

でも………まだ、そのタイミングで無いのならば、後に少しでも語って貰えるような艦娘になる為に、己を高めるだけだろう。

それが、自分の意志でハッキリと歩んで行こうと決めた、岸波の考えであった。

 

「じゃ、戻ろっか。………明日の始発列車で帰るんだから、睡眠は十分取らないとね。」

 

敷波は、またいつでも来てよ………と言って話を終わらせた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

駅にて、横須賀への始発列車が来た際、岸波達は、霞と霰の紹介で、敷波とは別の艦娘と語る機会を得た。

佐世保から増援としてやってきた、長月である。

以前、岸波が第十四駆逐隊に憧れていたという話を聞いて、彼女達が気を使ってくれたのだ。

その場には、第二十六駆逐隊の面々や、過去にお世話になった長波と早霜もいた。

信頼できる仲間達に語った事で、ある程度吹っ切れたのか、岸波はその場で長月達にも自分の過去を話した。

 

「そうか………リンガでそんな辛い過去があったのだな。」

「長月先輩は、私の事を嫌悪しないのですか?」

「恥ずかしい話だが………私は横須賀に転籍したばかりの時は、己の技術の未熟さを隠すために、霰を守ると言って逆に依存していたんだ。逃げたい気持ちは、それなりには分かるつもりだ。」

 

腕組みをしながら考え込む長月は、岸波の目を真っ直ぐに見ながら話してくる。

その姿を見て、横合いから霰が多少呆れた顔をして聞いてくる。

 

「長月………もしかしてその話、第十四駆逐隊の事を聞かれる度に話しているの………?」

「ん?勿論だ。自分の弱さを乗り越えてこそ、駆逐艦としての強さが手に入ると、陽炎達に習ったからな。もっとも、岸波の場合は重みが違うが………。」

 

長月は少し目を瞑り、考えを纏めると、早霜を見て言う。

 

「早霜の場合は、朧がその亡き提督の言葉を代弁してくれた事で、救われたんだよな。」

「はい。感情を整理するには、まだまだ時間が掛かりそうですけれど………。」

「岸波の今後に必要なのは、沖波の言葉を代弁してくれる者の存在では無いか?」

「残念ですけれど、そんな存在は………。それに、沖姉は私の事、許さないですよ。」

「そこだ。」

「え?」

 

ビシっと指を刺された事で、思わず岸波はのけぞる。

長月は、真剣な顔で彼女に言う。

 

「岸波は自分で自分を許せないでいる。それが悪い事では無いが、過去の全てを、沖波のせいにするのは、また筋違いだという事を自覚したほうがいいかもしれない。」

「長月先輩………。」

 

正論を言われた岸波は、思わず俯く。

確かに自分は、何でもかんでも沖波は許さないだろうという事で、殻にこもっていたかもしれないのだ。

そんな彼女に対して、長月は肩を叩いてきた。

力強く優しい笑顔で。

 

「時間が掛かってもいい。いつか、自分で自分を許せるように歩めるといいな。」

「自分で自分を………許す………ですか?」

「その為の仲間だ。………大丈夫だ。君は昨日の夜、その為の一歩を踏み出した。ゆっくりでいい。」

「はい………分かりました。」

「………さて、そろそろ出発の時間だな。皆のこれからの旅路がより良い物になる事を願う、駆逐艦万歳!」

「万歳!」

 

敬礼をした長月、霰、霞の姿を見て、岸波達は答礼をする。

長月の言葉はしっかりと覚えておこうと、彼女達は心に留めた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

走り出した列車の中で、横須賀からやって来た艦娘達は、ほぼ貸し切りの車内で、思い思いの時を過ごす。

岸波は、早速工作艦としてのイロハを習おうと、夏雲の所へと行って熱心に話を聞いており、同席している第九駆逐隊や島風達を驚かせている。

アクティブになった嚮導艦の姿を眺めながら、第二十六駆逐隊の面々は、少し離れた座席に6人が座っていた。

窓側から望月、山風、舞風。

反対側には、薄雲、朧、初霜だ。

 

「……………。」

「ねえ、望月………。何を考えてるの………。」

「んあ?」

 

その中で、窓辺で只、静かに外の景色を黄昏ながら見ていた望月の姿に、山風が怪訝な表情で聞いてくる。

というのも、望月は列車の中では、大抵は寝ているからだ。

実際、大湊から横須賀に戻ってくる列車の中でも、彼女は半分眠っていた。

しかし………今は何か物思いに更けている。

 

「いやね………昨日のあたし自身の発言と、長月の言葉を合わせて考えていたのさ。」

「………本心じゃなかったの?カッコいい事を言っていたのに。」

 

舞風が眉を潜めて、顔を覗かせて来る。

望月は、静かに首を横に振ると、改めて仲間達だけに聞こえる声量で喋り出す。

 

「本心さ。今の岸波の元でなら、補佐は担おうって思ったし、捨て艦で使われるなら覚悟はある。只ね………。」

「只………?」

「岸波を断罪できるのも、許すことができるのも、それは沖波1人しかいないって言ったじゃん。アレ………本当はもっと、どうにかできないのかなって。」

 

望月は眼鏡を取り、ポケットからメガネケースを出して、レンズを磨きながら話していく。

 

「沖波は、十中八九轟沈している。でも、助かっているかもしれないパターンもある。」

「けれど、それは………。」

「そうだよ、初霜。駆逐水鬼………萩風と同じように深海棲艦の仲間入りをしているケースだ。もしかしたら、岸波もそれを懸念しているのかもしれないのかもね。」

「………望月さんは、沖波さんがそんな事をする人だと思っているのですか?」

「違うとは言い切れないね。実際に、萩風でも深海棲艦になってしまったんだから。」

 

萩風は、仲間想いの優しい艦娘だ。

それでも嵐の不注意で沈んだ時は、第四駆逐隊への復讐に思考が染まってしまった。

彼女だけでない。

先代薄雲に至っては、かなり長い間、深海棲艦として振る舞う事になった。

 

「私の前の薄雲さんは………艦娘に戻れなかったからね………。」

「岸波はね………沖波は自分を許さないだろうって言いながら、結局は自分で自分を許せないでいる。それが無意識での考えだったって事は、さっきの長月の発言で分かったはずだ。」

 

長月は、岸波が沖波という存在に縛られている事を見抜いていた。

そして沖波でなく、岸波自身が何とかしないといけない問題であるという事も、彼女は指摘してくれた。

岸波が己の過去にケジメをつけて、自分自身を許す事が出来なければ、一生解決できないと。

 

「あの発言………何で、長月ちゃんはあの場でしたんだろうね?」

「これは、あたしの憶測での会話になるから100%あてにできないけれど………、長月は沖波が復讐しに来た時、今の岸波だと戦えないって分かっていたんだよ。」

「あ………。」

 

舞風が思わず声を発する。

萩風が復讐しに来た時、自分達はどうする事も出来なかった。

結果的に岸波が、全ての泥を被る決断をして沈めてくれたのだ。

 

「だから、あたしはね………もしも沖波が牙を剥いてきたら、岸波に代わって沈めようと思った。」

『!?』

 

思わず大声を出しそうになった望月以外の面々は、慌てて自分の口を塞ぐ。

一通り、落ち着くのを待ってから、望月は意見を促す。

 

「恨まれるよ………?」

「別にいいさ。岸波に100回ぶん殴られても、かまわない。………あたしの命は、岸波のお陰で存在しているからね。憎まれ役を担ってもいい。」

「そういう時だけ………、カッコいい事を言ってずるい………。」

「山風だって、岸波は沈められたく無いだろ?」

「……………。」

 

俯く山風は無言であったが、望月の言葉にこくりと首を縦に振った。

他の面々も、最初は戸惑ったが、自分達の嚮導艦を沈められるのならば、代わりに自分達が泥を被ろうと思った。

しかし、ここで望月は嘆息した上で、180度変わった意見を出してくる。

 

「でもね、沖波の人となりを聞いたら、本当に岸波を恨んでいるのかって疑問も生じたんだよね………。だから、長月もわざわざ言ったんだろうし。」

「それこそ、岸波さんの卑下した考えが、勝手に沖波さんのイメージを損なっていっているって事?」

「そうそう。案外………草葉の陰で、岸波の幸せを願ってるんじゃない?」

「いい言葉だけど、今の岸波ちゃんには届かないよね、それ。」

 

朧のツッコみに、望月も頷く。

長月の言葉も、岸波が、どの程度まで受け止められているのか分からないのだ。

何か彼女を根本から変える機会が無いと、この罪の意識を変えていく事は出来なかった。

 

「沖波さんが、普通に生きていてくれればいいんですけれどね………。」

 

無理だという事は分かりながらも、思わず初霜は言ってしまう。

沖波は姫クラスを相手に1人で奮闘し、左腕しか残っていなかったのだ。

生存は絶望的とも思えた。

 

「とにかく………だ。あたし達は、あの「最高の嚮導艦」を失わないように、最善を尽くす努力をする覚悟を決める必要があるって事だよ。」

 

岸波が自分達を信じてくれる覚悟を決めてくれたように。

自分達もまた、新しく嚮導艦に応える覚悟を持つべきであったのだ。

 

「望月………、今日は補佐モード、全開だね………。」

「たまには頭、回さないとね。第二十六駆逐隊の一員として、岸波を信じ続けたいし………さ。」

 

この発言に、舞風も、山風も、薄雲も、朧も、初霜も静かに頷いた。

このどうしようもない素敵な嚮導艦をこれからも支え続ける為に。

それが、駆逐艦流であり、仲間であり、家族であるのだから。

列車はそんな駆逐艦娘達を乗せて、横須賀へと走って行っていた。



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第44話 ~束の間の休息~

季節は初夏から、夏真っ盛りへ。

盛夏と呼ばれる真夏の日々を過ごす艦娘達は、より沢山の汗を流しながら訓練に励み、実戦に向けて準備を整えていく。

そんな中、岸波達第二十六駆逐隊は、纏まった休暇を取る事が出来たので、南西のブルネイ泊地へと旅行に行く事になった。

何故、この時期により暑い泊地へ赴く事になったのかというと、前に朧と約束した、初霜のケッコンカッコカリを改めて祝う事になったからだ。

沢山の艦娘達で盛り上げたかったので、休暇の駆逐艦娘達を全員連れて行こうと前々から決めていたのだが、他に連れていけたのは嵐・野分・萩風の第四駆逐隊と、磯風・長波の第二十五駆逐隊だけだった。

 

「本当は、早ちゃんや吹雪先輩達、ぼの先輩達も連れて行きたかったんだけど………。」

「仕方ありませんよ。横須賀の防衛役も、残しておかないといけませんもの。むしろ、私としては、これだけの艦娘達に祝って貰えるだけでも感謝しかありません。」

 

2つの複縦陣でブルネイ泊地へと向かう中、岸波は初霜と会話をする。

初霜の方は、久々に愛する提督に会えるからか、嬉しそうな顔をしていた。

そんな彼女に、望月が聞いてくる。

 

「ちなみに初霜の愛する人って………イケメン?」

「ふえ!?な、何をいきなり聞いているんですか!?」

「あ、それは、朧も気になる。意外とダンディなおじ様タイプかも?」

「ちょ、ちょっと!?」

「あ、ここで賭け事?薄雲はどっちにしようかな?」

「うーん、舞風も悩むー。」

「あたしは………、イケメン派で………。」

「ひ、人の夫で遊ばないでくださいーーーっ!!」

『夫と言いますか。』

「あう………。」

 

仲間達に弄ばれた初霜は、赤面しながら俯いてしまう。

心なしか、艤装がオーバーヒートしているわけでも無いのに、湯気が出ているようであった。

 

「あんまりいじめないの。………見えて来たわね。」

 

岸波がパンパンと手を叩いた所で、ブルネイ泊地が見えて来る。

よくよく見れば、桟橋に2人の人影が見えた。

手をパタパタ振っているピンク髪の眼鏡の艦娘は、夕雲型2番艦の巻雲であろう。

送られてきた手紙では確か、現在秘書艦をしていたはずだ。

そして、隣にいる若そうな男は、かなり顔立ちが整っている優しそうな人物であった。

 

「よっしゃ、イケメン系!朧、パーティのチキン!半分分けろよ!」

「えー、賭けの対象言っていない時点で無効だよー。」

「だ・か・らーーー!!」

 

愛する人を勝手に賭けの対象にされた初霜は、珍しく両手の高角砲をぶんぶん振って、子供のように抗議する。

そうこうしているうちに、ブルネイ泊地に到着する。

 

「第二十六駆逐隊、第四駆逐隊、第二十五駆逐隊、ブルネイ泊地に到着しました!」

「よく来てくれたね。こんなに沢山の艦娘が祝福してくれるなんて、僕は幸せ者だな。」

「………声も優しいですね。初霜の男を見る目は、相当洗練されていると見ました。」

「岸波さんまでーーー!………って、わ!?」

「おっと。」

 

また抗議しようとした初霜は、後ろから望月と山風にドンと押されて前に飛び出し、ブルネイの提督にすっぽりと抱きしめられる形になる。

皆が見ている前だったので、思わず初霜は逃げようとしたが、提督は彼女を離さなかった。

そのまま彼女の頭を撫でながら、優しく言う。

 

「よく戻って来てくれたね、初霜。会えない時間が長く感じたよ。」

「わ、私も………です………。」

「手紙を見た時は、思わず嬉しくなったな。きっと不安だと思うけれど、僕は君と添い遂げる覚悟があるから。」

「………ありがとう。」

 

最終的には、ブルネイの提督の温かさに身を任せる形になった初霜は、ギュッと抱きしめてこちらも愛しているというサインを送る。

提督は初霜を抱きしめたまま、朧を探して言う。

 

「正直、君が、僕達を祝いに来てくれる日が来るなんて、あの時は思って無かったな。」

「アタシを知っているんですか?」

「君と宿毛湾の提督の結婚式に、出席したんだ。彼は、僕の先輩だったから………。」

「そうなんですね。その時は、ありがとうございます。」

 

頭を下げる朧を見て、ブルネイの提督は聞いてくる。

 

「その………もう、大丈夫なのかい?君達の事情は、横須賀の提督から通知が来たんだ。だから………。」

「大丈夫ですよ。………娘が無事だと分かったし、あの人との愛の証もちゃんと取り戻しましたから。」

 

朧は、デコボコになった指輪を見せながら、笑顔で言う。

 

「だから、次は貴方達の番です。浮気をしたら、鉄筋コンクリートで叩き潰しますから!」

「ハハハ………それは、迂闊な事は出来ないな。ありがとう。」

 

ここで、ようやく初霜を解放した提督は、彼女の顔を見ながら言う。

 

「事前に、横須賀の提督が連絡をくれたから、準備は整っているよ。巻雲と一緒に庁舎に行って、ドレスに着替えて欲しい。」

「はい………?ドレスというのは………?」

「ウエディングドレスの事ですよ?初霜さんの結婚式、ちゃんと行おうって司令官様は決断しているんですから。」

「……………。」

 

ここで初めて口を挟んできた巻雲の言葉に、固まる初霜。

彼女の頭に、煌びやかなドレスがイメージされる。

それと同時に、どれだけ高価であるかという事も………。

 

「えぇーーーっ!?」

 

自分がそのドレスを着る事になったという事で、思わず初霜が悲鳴に近い叫びをあげた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「う、うう………まさか、私がドレスを着る事になるなんて………絶対に似合わないわ………。」

 

庁舎の控え室で、初霜は顔を赤面させながら、ウエディングドレスを着た自分の姿を鏡で見て、落ち込んでいた。

背が低く、お世辞にもモデル体型とは言えない自分では、不釣り合いだと思ったからだ。

一方、その周りでは、朧と薄雲が巻雲に協力する形で、化粧等の準備を進めていた。

 

「そのセリフ、アタシも自分の時に同じことを言ったなぁ………。ほら、朧は腹筋が自慢だし。」

「でも、ウエディングドレスは、艦娘以前に女としての憧れなんだから、堂々と着ればいいよ。」

「そうです!初霜さんは、たまには司令官様との甘い生活を堪能すればいいんですよ!………というか、ああ見えてあの人、秘書艦の私に、初霜さんとの甘々な話ばかりするんですよ?」

『それは、興味ある!』

「やめてーーー!?」

 

一体、自分が横須賀に行っている間に巻雲に何を吹き込んでいるのか、初霜は心配になって仕方が無かった。

とりあえず、そんな彼女の新しい姿を見て、ひとしきり笑った後で、朧は言ってくる。

 

「ま、初霜ちゃんは堂々としていればいいんだから。これからもっと、色んな事を経験する事になるよ?」

「け、経験って………!?」

「差し当たっては、みんなの前でのキスかな?」

「キスーーー!?」

「………って、予測してなかったの?」

 

肝心な事を忘れていた初霜は、完全に頭から湯気を出してしまい、気絶しそうになる。

海戦ではベテランの彼女も、恋愛に関しては素人同然であった。

 

「後は提督と寝て………。」

「も、もういいです!それ以上はーーー!」

 

いけない想像を膨らませそうになった初霜は、両手をブンブン振って朧の言葉を止める。

朧は、そんな初々しい初霜の様子を何処か懐かしそうに見ながら、優しく言ってくる。

 

「とにかく………どういう形になっても、一生に一度にしか経験出来ない事なんだから、思い出としてしっかり噛みしめて………ね。」

「お、朧さん………。」

 

恋愛の先輩からのメッセージを受けて、初霜はグッと拳を握り、改めて愛する人の想いを受け止める覚悟を決める。

そして、そこにその提督が顔を出してきた。

 

「準備はいいかな?」

「は、はい………!初霜、全力でぶつかっていきます!」

「………何がどうして、そうなったのかな?」

 

何故か過剰に気合を入れる初霜に対し、経緯を知らない提督はきょとんとする。

朧達は、苦笑いを浮かべていた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

外には、設置されたテーブルに食事が乗り、いよいよ提督と花嫁が来るのみとなった。

そして庁舎から、綺麗なドレスを着た初霜を、お姫様抱っこしながら提督が登場する。

 

「ケッコンカッコカリおめでとーーーっ!」

「幸せになってねーーーっ!」

 

様々な艦娘が祝福の言葉を投げかける中、提督と初霜は、皆に手を振って応える。

そして、神父役を受け持つ事になった秘書艦の巻雲の元で、指輪の交換を行い、そして………誓いのキス。

 

「キャーーー!」

「いよっ!この円満夫婦!」

 

会場が派手に盛り上がり、艦娘達が、ヒューヒューと口笛を吹く。

そこに向けて、ブーケトス。

艦娘達が取りあい、ブーケが様々な方向に飛んでいく中、最後にすっぽりと手の中に納まったのは磯風であった。

 

「何?この磯風が、次の花嫁………なのか?」

「意外と可能性はあるかもな。」

 

磯風本人が首を傾げる中、そのスタイルを見て、冷静にツッコみを入れる長波。

こうしてケッコンカッコカリが無事に終わったブルネイ泊地で、パーティが行われる。

派手に遊んで、食べ物を食べて、酒を飲んで、皆、束の間の幸せを噛みしめた。

この瞬間が永遠に続けばいいのに………と思う艦娘もいるほどだ。

それだけ、幸せな時間であった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「そうか。第二十六駆逐隊には、そんな複雑な事情があったんだな。」

「はい。特に岸波さんは………本当に色々とあったのだと思ったわ。」

 

その夜、ブルネイの提督と同じ布団に潜った初霜は、それまでの思い出話や、仲間達の過去を語る。

加入時期だけを見れば、初霜が一番新参者だ。

しかし、岸波が曙の舎弟になっていた時に、一度第四駆逐隊を救う為に海戦に参加した為、彼女の変化には一番敏感だった。

 

「怠惰艦として振る舞いたくなるだけの過去を経験して………それでも、前に進もうとする姿………私もある意味、みんなと一緒で彼女に惹かれている部分があるのかも。」

「そうだね。岸波には、本当に嚮導艦としての魅力が備わっているのかもしれない。」

「………私、今悪い事を考えています。」

「いいよ。」

「え?」

 

言い辛そうに顔を背けた初霜に対し、提督は優しい笑顔を向けて来る。

思わずきょとんとする彼女の頬を優しく触りながら、彼は言った。

 

「岸波に………第二十六駆逐隊に、これからも付いていきたいのだろう?」

「でも………それじゃあ、貴方と………。」

「僕は君が想いを受け入れてくれただけで、今は十分だよ。指輪という証もあるからね。」

「………任務先で、轟沈するかもしれないわよ?余り言いたくないけれど、貴方を守れないかもしれない。」

「それは、ここにいても同じさ。僕は君らしい君に惹かれた。だから………君は君であり続ければいい。それでも、もしも疲れた時は………。」

 

提督はそう言うと、初霜を改めて抱きしめる。

 

「こうして、ここに来てくれればいい。勿論、第二十六駆逐隊の仲間達と共に………ね。」

「貴方………。」

 

初霜の意志を優先してくれる、愛する夫の瞳を見て、初霜は、本当に自分は幸せ者なのだなと痛感する。

 

「ありがとう、愛してるわ。」

 

初霜は、改めてそう言うと、夫と接吻をした。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

ジリリリリリ!!

 

「うーん、何ですか?こんな時間に………。」

 

深夜のブルネイの執務室に電話が鳴る。

机に突っ伏して眠っていた巻雲は、ずり落ちそうになっていた眼鏡を直し、電話を取る。

 

「はい、もしもし。祝電ならば、もうちょっと早く………。」

 

そこで巻雲は固まる。

幸か不幸か、タイミング良く岸波が執務室に入って来た。

 

「巻姉、水が何処にあるか知らない?望月が飲みすぎちゃって………って、巻姉?」

 

顔を凍ばらせて固まる姉の姿を見て、只事じゃないと岸波は即座に悟る。

巻雲は、岸波の方を見ると呟く。

 

「今、あきつ丸から連絡があって………、リンガが………深海棲艦の襲撃にあってるって!」

「!?」

 

突如告げられた大切な地の危機に、岸波は戦慄した。



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第45話 ~リンガ急行~

「リンガが襲われているっていうのは、ホントなのか!?」

「ええ、このブルネイ泊地に救援を求める位には、不味いらしいわ。」

 

ケッコンカッコカリパーティの跡が残る夜更けのブルネイで、外で偶然出会った嵐と手分けをしながら、岸波は仲間達を起こして、事情を説明していく。

巻雲からの話だと、ブルネイ泊地には最低限の戦力しか置いていない故に、防衛に回さないといけないらしく、救援に向かう事は出来ないらしい。

つまり、このタイミングであきつ丸から電話が来たという事は、横須賀からの救援………岸波達が頼りであるという事だ。

 

「………で、岸波は行くのか?」

「当然でしょ?………おかしいの?」

 

さも当然のように答える岸波出会ったが、嵐は眉を潜めて言う。

彼女は、岸波が宿毛湾泊地跡から帰って来てから今日までの間に、過去話を聞いていた。

だから………。

 

「正直に言わせてくれ。俺はリンガの奴らが、身勝手だと思ってる。散々、お前を怠惰艦扱いしておいて、ピンチになったら助けてくれって言ってくるんだからな。」

「実際に怠惰艦だったんだから、仕方ないわよ。」

「それを除いても………だ。お前の姉を守れなかったのは、お前だけの責任じゃない。俺からしてみれば、リンガの奴らはお前に責任を押し付けた最低な奴らだ。」

「優しいのね、嵐。」

 

岸波は愚痴る嵐の言葉に答えず、代わりに寂しい笑顔を見せて言う。

 

「あの後も、リンガからみんなの手紙が来たわ。………読んでいると、みんな沖姉を守れなかった事を悔いていた。朝ちゃんは、まだ強情だったけれど………みんな悪く無いのに私に謝ってくれた。」

「……………。」

 

仲間達を一通り起こした岸波達は、装備品保管庫に向かいながら、嵐の方を見ずに話す。

 

「でも、嵐の言う事も周りから見たら事実なのかもしれないわね。だから、今回は、艦隊決戦支援チケットは無視していいわ。行きたく無ければ、それでも………。」

「バカ言え。それこそ、駆逐艦としての流儀に反する。お前がいいって言うならば協力するさ。………それでいいか、のわっち、萩。」

 

多少羽目を外して酒を飲み過ぎた影響か、水を飲んできた望月の付き添いをしてくれていた野分と萩風は、頷く。

 

「岸波には色々と助けて貰ったものね。少しでも貴女の役に立ちたいわ。」

「リンガにはどんな深海棲艦がいるかわからないし、仲間は多い方がいいもの。」

「ありがとう。朧の時から、フル回転でごめんなさいね。」

 

そして、第二十六駆逐隊の仲間と第二十五駆逐隊の仲間も集まり、艤装を装備する。

初霜がいなかったが、仕方ないと思った。

彼女は………。

 

「あら?もしかして、私を置いていくつもりですか?」

『初霜!?』

 

しかし、そこで制服を着てトレードマークの青いハチマキを巻いてきた艦娘の登場に、皆が目を丸くする。

 

「おいおーい、まさか行くつもりなのかよ?今日位は………。」

「私は第二十六駆逐隊の一員です。仲間外れは止めて下さいね。」

 

望月が気を遣う中、ニコリと笑って言ってのけた初霜は振り返り、外に出て来た提督に手を振る。

提督はケッコンカッコカリ直後にも関わらず、初霜を送り出してくれるらしい。

寝ている間に2人がどういう会話をしたのか分からないが、戦力としてはこれ以上に有り難かった。

 

「じゃあ、単縦陣で第二十六駆逐隊は出るわよ。磯風、第二十五駆逐隊として第四駆逐隊を率いて………。」

「いや、第四駆逐隊である嵐の方を旗艦にしてくれないか?」

「ん?何でだ?旗艦の経験は、磯風ねえの方が上だろ?」

 

疑問を投げかけて来る嵐に対して、磯風は非常に言いにくそうな顔をする。

その彼女の言葉を代弁するように、長波が言った。

 

「磯風は単縦陣が使えないんだよ。」

「え?」

「まさか………。」

 

岸波は、磯風を見る。

過去に艦隊が半壊し、沖波を捨て艦にした原因。

それは、元をたどれば、磯風が岸波に単縦陣を具申した事も間違いなくある。

彼女はそれ以来………。

 

「情けない話だ。アレから、自分の一番得意な陣形が使えなくなってしまった。………怖いんだ、防御が脆くなる事で、また艦隊が半壊するのではないかと思ってな。」

「磯風………。分かったわ………嵐、頼める?」

「あ、ああ………。」

 

ブルネイの提督と秘書艦の巻雲に送られる形で、2列の単縦陣になり、岸波と嵐を先頭に桟橋に立つ。

艤装は燃料が補充されており、ブルネイからリンガまでの距離ならば、補給無しでも十分大丈夫であった。

 

「恐らく、今からだと君達が付くのは日が昇ってからになる。駆逐艦にとって昼戦は辛いとは思うけれど、リンガを頼むよ。」

「分かりました。初霜をやらせるわけにもいけませんからね。」

 

リンガの提督に岸波達が軽く挨拶をすると、抜錨する形になる。

岸波達は、より大きな声を出して気合を入れた。

 

「第二十六駆逐隊、抜錨!目指すはリンガへ!」

「第四駆逐隊と第二十五駆逐隊も抜錨だ!追いかけるぞ!」

 

岸波・舞風・薄雲・初霜・朧・山風・望月。

嵐・萩風・野分・磯風・長波。

この艦列で、最大戦速で西に向かっていく。

 

(リンガには大切な仲間達がいる………。)

 

盛夏の夜の生ぬるい風を受けながら、岸波は脳裏に共に過ごした家族の事を思い浮かべる。

 

(提督、あきつ丸、白雪先輩、弥生先輩、葛城先輩、夕姉、そして………朝ちゃん!)

 

もう、沖波の時のように家族を失うわけにはいかない。

だから………。

 

(絶対にやらせはしない!………絶対に!!)

 

最高の仲間達と共に、岸波はリンガへと飛ばしていった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

夜が明けたリンガの海は、深い霧に包まれていた。

しかし、霧を吹き飛ばすような勢いで、艦娘と深海棲艦による激しい海戦が繰り広げられている。

その海岸線を横切っていくように滑走しながら、エリート級の軽巡ヘ級に左手の連装砲を当て、エリート級の重巡リ級に魚雷を喰らわせる艦娘がいた。

夕雲型のネームシップである夕雲である。

彼女は今回の海戦で、リンガの艦娘を纏める旗艦を務めていた。

………と言っても、敵の数が多く乱戦になってしまっている為、艦列は意味を成していない。

だから、彼女は電探を絶えず駆使しながら周囲の仲間達の状況を確認していた。

 

「旗艦、夕雲から各艦に伝達。現状の報告をお願いします。」

「こちら葛城!攻撃機はそろそろ半減って所!手持ち式に改良された噴進砲はまだ20発位はあるけれど………。」

「葛城さん、貸して下さい!………白雪よ。重巡ネ級に魚雷を使い切ったわ。噴進砲は自前の分を使い切ったから捨てて、葛城さんの物を貰った。引き続き対空砲火等で守っていく!」

 

夕雲が遠目で確認すれば、フラッグシップ級ヌ級の放つ羽虫のような攻撃機を、派手なロケットランチャーで撃ち落とす白雪の姿が映った。

彼女に守られる形で、艦載機を式神の宿ったボウガンの矢で撃ち出した葛城が、ヌ級を沈めていく。

 

「弥生さんと朝霜は?」

「弥生………。現在………小破。魚雷はまだ5発持ってる。でも、エリート級戦艦ル級が中々沈まない………!」

「無理すんな、弥生!あたいと挟み込むぞ!エースの実力見せようぜ!」

 

反対側を見ると、ル級2隻の砲撃を躱しながら、弥生が正面からジグザグに動いて回避に徹している内に、朝霜が後ろに回り、連装砲を至近距離から1隻の後頭部に突き付け、連射して撃沈していく。

驚いたもう1隻は朝霜を狙おうとするが、別方向から飛んできた航空機の体当たりを喰らい、悲鳴を上げながら爆発する。

………と言っても、これは葛城の攻撃機では無い。

あきつ丸の観測機だ。

 

「あきつ丸さん、無茶をしますね………。リンガに攻撃する敵艦は?」

「輸送艦がいない以上、上陸の心配は低いであります。海戦より陸戦の方が得意なのは、自分ぐらいでありますからね。むしろ、海上からの直接砲撃や爆撃の方が恐怖であります。」

 

あきつ丸は揚陸艦であるため、抜錨せずに桟橋から直接観測機を飛ばして援護をしている。

とはいえ背中には、前に叢雲に貰ったマスト型の槍を携えており、いつでも海戦もする覚悟は整えていた。

 

「しかし、これだけ敵艦が多いと、こちらの残弾や航空機が尽きるのが先であります。ブルネイからの援軍に頼るしかないのが………。」

「ん?あきつ丸。ブルネイに援軍を頼んでも、余裕が無いんじゃねえのか?」

「ああ、朝霜は知らなかったでありますね。昨日、ブルネイにはパーティの為に、第四駆逐隊、第二十五駆逐隊、第二十六駆逐隊が来訪しているんであります。」

「ちょっと待て!?よりにもよって、岸波達に援軍を頼んだのか!?」

 

朝霜の大声にキーンと音を立てた無線に、夕雲を始めとした艦娘達が、思わず顔をしかめる。

今回の援軍に関しては、朝霜に言ったら絶対にごねると思ったから、敢えて伝えていなかったのだ。

 

「来るわけねぇだろ!?岸波は………!」

「散々怠惰艦扱いしたから?だったら、その時は、私達の自業自得ね!」

「葛城さん………。」

 

葛城のハッキリとした物言いに、朝霜の声のトーンが落ちる。

意固地になっている彼女ではあるが、心の何処かでは岸波に対して負い目を感じているのだ。

そして、その罪は今、リンガにいる全ての艦娘に当てはまる。

 

「あたいは………。」

「ずるいわよね。岸波の大切な地が危ないって言って、協力を強制しているもの。それで、彼女が怒って拒否したら、恨む権利は無いわ。」

「白雪………。」

 

業が巡り巡って自分達を襲っているのならば、それはそれで仕方ない。

そう割り切っている白雪の考えもまた、リンガの艦娘達の総意であった。

しかし、テンションを落とす朝霜に、夕雲は優しく問いかけた。

 

「朝霜は岸波が来てくれると思う?」

「来るわけ………。」

「私は来てくれると思うわ。」

「………白雪がずるいって言ったばかりじゃねえか?」

「私、結構ずるい性格だもの。」

 

夕雲は敢えて笑みを浮かべると、駆逐艦ナ級を複数落としながら言葉を紡ぐ。

 

「岸波の成長は、手紙を見て分かるでしょ?彼女はやり直そうと努力している。もがいているもの。」

「………だったら、猶更来ねえよ。あたいは………あの頃から変わらずだ。」

「そうかしら?手紙で真っ先に岸波の変化を認めてあげたのは誰?」

 

朝霜は黙る。

夕雲は皆に対して敢えて大声で叫んだ。

 

「だから、みんな耐えて!援軍が来るまで!私達のリンガを守る為に!」

 

その激励に、皆が改めて奮闘しようとした時であった。

 

「電探に新たな反応………!大きい………!?」

「何!?」

 

朝霜と共に奮闘していた弥生が、叫ぶ。

 

ゾクリ。

 

「来るっ!?」

 

艦娘の直感と言えばいいのだろうか………反射的だった。

夕雲は咄嗟に海面に突っ伏す。

その上を、紅蓮の砲弾が紙一重で通過した。

 

「夕雲!?何だぁ!?あの砲撃は!?」

「フフフフフフ………。」

「っ!?」

 

朝霜は霧の向こうに巨大なシルエットを見る。

全身を布で巻いた、炎のようなリボンを纏った長いツインテールの女の姿。

肩より先の厳めしい艤装。

両方の腕部と鉤爪の手甲から口から砲身を伸ばした砲塔ユニット。

腰部の隙の無い機銃ユニット。

それは………。

 

「アイツは………!?」

 

あの事件の跡、磯風達から特徴は嫌という程聞いた。

泊地の資料を読み漁り、その特徴を嫌という程調べた。

間違えるわけが無い、その姫クラスは………。

 

「ココカラハ………通シマセン。」

「南方棲戦姫………!?」

 

重そうな腕を回しながら舌なめずりをしながら獲物を狙う深海棲艦の親玉。

今回は護衛要塞と呼ばれる黒い球体に炎が宿った、姫を守る騎士を5機連れていたが、それ以外は、磯風の………いや、岸波の時と全く同じであった。

 

「………悪ぃな、岸波。」

 

その燃えるような強気な瞳で見下してくる南方棲戦姫を、凄みのある笑みで睨みつけながら、朝霜は様々な感情を抱えて、ここにいない岸波に告げた。

 

「沖波の仇………あたいが、奪っちまうぜぇ!!」

 

主機をフル稼働させた朝霜は、姉を沈めた敵艦に向けて、猛々しく突貫していった。



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第46話 ~再会~

「待って、朝霜!?単独で挑むのは危険よ!」

「分かってる!でも、これ以上、提督のいる泊地に近づけるわけにはいかねぇだろ!ちょっとビビらせてやる!援護してくれ!」

 

夕雲が注意喚起をするが、朝霜は接近を止めない。

当然、南方棲戦姫は腕部と手甲の砲塔ユニットから紅蓮の砲弾を朝霜に向かって放つが、改二の練度を持つ彼女に、そう簡単に当たるわけが無かった。

 

「どうしたぁ!?もっと来いやぁ!」

「ナマイキナ!」

 

接近する駆逐艦娘に対し、今度は砲塔ユニットから魚雷を8つ取り出すと、何と左の手甲で殴り飛ばして撃ち出してくる。

更に同時に周りの護衛要塞が口を開き、一斉に砲弾を飛ばして来た。

 

(まずは、あの厄介な護衛要塞を片付けねぇとな!)

 

魚雷と砲撃を両舷一杯の速度で、蛇行しながら回避した朝霜は、左太ももの4連装の魚雷を1本撃ち出す。

普通ならば、護衛要塞が1体庇って爆発する場面。

しかし、意外な事に南方棲戦姫は、護衛要塞を使わずに自らの身体で受け止めた。

 

「ん?」

 

相手の対応に疑問を覚えながらも、そのまま反時計回りに回り込むように今度は、腰に付けた4連装の魚雷を1本撃ち込む朝霜。

こちらも直撃して派手な炎を上げる。

傷は再生能力で回復されるが、折角の護衛要塞を使わない事に違和感を覚えた。

 

「お前、もしかして頭悪い?だったら、容赦しねぇぜ!」

「フフ………フフフフフ………!」

 

朝霜の挑発に、まるで狂ったように笑い出した南方棲戦姫であったが、それがハッタリでない事をすぐに悟る事になる。

 

ガシッ!

 

「何!?」

 

突如、足を取られ、朝霜はバランスを崩しそうになる。

何事かと思い、足元を見れば、フラッグシップ級潜水艦ソ級が水中から朝霜の左脚を掴んでいたのだ。

 

「こ、コイツ!?」

「ツカマエタ………!」

 

動けなくなった朝霜は、慌てて連装砲ソ級に連装砲を撃ちまくるが、中々沈んでくれない。

そんな朝霜に向けて、南方棲戦姫は舌なめずりをする。

 

「朝霜!待ってて!」

 

葛城が攻撃機を飛ばし、上空から爆撃を姫クラスに仕掛けるが、このタイミングで護衛要塞1機が庇って爆発を起こす。

 

「沈メ!」

「味方ごとやる気かよ!?」

 

そのまま魚雷を撃ち出して来た南方棲戦姫を見た朝霜は、とにかく連装砲をソ級に連射する。

その手がようやく破壊されて潜水艦は沈んでいったが、魚雷への回避は間に合わなかった。

咄嗟に自分の爆雷や残りの魚雷を破棄するが、足元に着弾した雷撃は派手な爆発を起こし、朝霜を炎に包む。

 

「ぐ………はぁ!?」

「朝霜!?しっかり!?」

 

思わず夕雲の悲鳴が聞こえてくるが、朝霜は何とか大破で耐えきっていた。

それでも主機がボロボロになり、言う事を聞かない。

後は敵の砲撃でハチの巣になるだけだった。

 

「ちぃ!?………あたいも、焼きが回ったか!?………って、わ!?」

「逃げるよ………!」

 

そんな朝霜の腕を掴む艦娘の存在がいた。

見れば、弥生が残りの魚雷を南方棲戦姫に撃ち込み、その隙に艤装から煙幕を出しながら、朝霜を曳航していく。

だが、敵艦はその姿を追い回すのが楽しいのか、弥生達のいる煙幕の中に向けて、護衛要塞と共に、出鱈目に砲撃を撃ってくる。

弥生はジグザグに動いて回避をしようとするが、朝霜が自分より大きい事と(というより弥生が小柄である事と)、砲撃の嵐が激しい事が悪影響し、全てを躱しきる事が出来ない。

 

「ぐう………!?」

「弥生!?」

 

紅蓮の砲弾の一部が弥生の艤装に掠ってしまい、炎が上がる。

中破した弥生は思わず朝霜を離してしまい、共に海面に倒れ込んだ。

 

「フフフ………!」

「待って下さい、今援護に………!邪魔よ!!」

 

夕雲が援護に向かおうとするが、フラッグシップ級戦艦タ級に妨害され、中々向かう事が出来ない。

葛城も、白雪も、あきつ丸も手が回らなかった。

仰向けに倒れながら、朝霜は考え込んでいた。

 

(あたいは………結局あのままだったなぁ………。)

 

謝る事も出来ず、心の傷を深めてしまった姉に値する艦娘。

業が巡り巡って来たのならば、こうなるのは必然だったのかもしれない。

 

(沖波は天国にいるのか、それとも地獄か………。)

 

結局、最後まで第三十一駆逐隊はバラバラだったなぁと思いながら、朝霜は何とか身体を起こす。

南方棲戦姫は、相変わらず舌なめずりをしながら砲塔ユニットをこちらに向けて来る。

紅蓮の砲弾に貫かれれば、当然身体が持つわけが無い。

 

(最後に言いたかったなぁ………。あたいも………悪かったって。………岸波、ゴメンって。)

 

そう観念した朝霜に南方棲戦姫の砲口が向けられ………しかし、その瞬間に、その姫クラスの身体に魚雷が8本まとめて飛んできて派手に大爆発を起こす。

何が起こったのか?と驚く朝霜は見た。

ダークオートミールの髪の艦娘が、自分を庇うように立っているのを。

 

「何しているのよ………。」

 

その声は、憤怒に震えていた。

声の主である駆逐艦娘………岸波は、大声で吠えた。

 

「朝霜達に、何しようとしているのよ!南方棲戦姫!!」

 

嘗てない怒号と共に第二十六駆逐隊旗艦である岸波が、戦場に殴り込んできた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

怒りに震える岸波の周りには、舞風と望月、山風が集まって来ていた。

驚く朝霜と弥生は、怪力の朧が2人纏めて引っ張って、あきつ丸のいる泊地の方へと運んでいる。

噴進砲を持つ薄雲と、対空砲火に長けている初霜は、白雪と一緒に葛城の周りに集まって敵攻撃機を撃ち落とし始めていた。

夕雲に張り付いていたタ級は、磯風と長波が魚雷を4発ずつ撃ち込んで沈めており、援護をしようとした敵潜水艦や敵駆逐艦等は、嵐・野分・萩風が爆雷や連装砲等で沈めていっていた。

ブルネイから文字通り全速力で駆け付けた援軍は、間一髪のところで犠牲を出さずに済んだのだ。

その雄姿を見ながら、朧に引っ張られる朝霜が岸波に言う。

 

「岸波………。」

「ずるいわね、朝ちゃん。私も仲間に入れて頂戴よ………。沖姉の仇討ちにね!」

 

岸波は朝霜の方を見ずに叫ぶと、左胸の爆雷を思いっきり南方棲戦姫の眼前に投げつけて連装砲を撃ち込み、空中で信管を作動させて、派手に爆発を起こす。

 

「………何ダ、アノ時ノ無様ナ艦娘カ。」

「ええ………貴女に会う為に戻って来たわよ。海の底に、沈める為に!」

 

爆発は、残っていた4機の護衛要塞が壁を作る事で防がれてしまう。

煙を上げて自身を守る要塞の様子を横目で確認しながら、南方棲戦姫は岸波を挑発する。

その挑発に敢えて応えながら、岸波は連装砲を心臓めがけて連射。

南方棲戦姫は、堅牢な砲塔ユニットのある右腕で防御しつつ、左腕の砲塔ユニットから、攻撃機の役割を果たす羽虫を3機飛ばす。

 

「やらせないよ!」

 

舞風が叫び、手持ちの高角砲と右アームの高角砲で素早く撃ち落としていく。

3機ぐらいならば、輪形陣でなくても今の彼女ならば十分に対処する事が出来た。

 

「オ前モ………アノ娘ノ後ヲ追ワセテアゲル!」

 

ならばと、南方棲戦姫は魚雷を撃ち出してくるが、岸波達4人は、単縦陣で面舵を取って右に動き、回避行動を行う。

 

「主砲連射!隙を与えるな!!」

 

岸波の怒号に近い号令で、反時計回りに回る形で、南方棲戦姫に向けて、主砲による砲撃を喰らわせていく。

南方棲戦姫はニヤリと笑みを見せつつ、右腕で上半身を守りながら、左腕の砲塔ユニットによる砲撃を、残り4機の護衛要塞と共に撃ち込んでくる。

 

「当たり前だけど………再生能力付きだね!」

「それでも無限じゃない!………絶対に落とせ!!」

「ちょっと、岸波、ヒートアップしすぎ!仇だからって、冷静さを失うと轟沈するよ!」

「分かってるわよ!!」

「分かって無いじゃん!」

 

舞風が思わず注意するが、憎悪故に頭に血が上った岸波は、そう簡単にクールダウン出来ない。

尤も敬愛する姉であった沖波を苦しめて沈めた敵が、すぐ目の前にいるのだ。

その敵を前にして、冷静さを保てという方が無理なのだ。

しかし、怒りの燃える岸波の頬を、何と後ろから放たれた弾丸が掠める。

望月が単装砲で撃ってきたのだ。

 

「も、望月!?」

「嚮導艦に冷静さを取り戻させるのも補佐の仕事だからね~。………いいから、少し落ち着けよ。もしかしたら、今までの動きで、突破口を開けるかもしれないかもしれないんだから。」

「………どういう事?」

 

ある意味ベテランでなければ出来ないような望月の行動と言動に、岸波の狭まっていた視野が少し広まる。

望月は山風や舞風と何かを話すと、岸波に見ていてくれと言う。

 

「まず、魚雷。」

「撃つよ………!」

 

1週して、泊地側に回った艦列から、山風が8本の魚雷を一斉に放つ。

南方棲戦姫の足元に炸裂して派手に炎を上げるが、防御はせず、再生能力で治してしまう。

 

「次、空中での爆雷起爆。………ほい!」

 

次に望月が腰の爆雷を投げつけて、単装砲を使い、空中で信管を作動させて起爆し、南方棲戦姫の眼前で派手な爆発を起こす。

すると、護衛要塞がまた4機壁になるように盾を作る。

1機は先程のダメージと合わせて耐えきれなかったのか、それでバラバラになる。

 

「最後、主砲。」

「行けっ!」

 

そして、舞風が2種類の高角砲を、南方棲戦姫の心臓めがけて撃ち込む。

姫クラスは、右腕の砲塔ユニットで防ぎ、左腕の砲塔ユニットから多数の紅蓮の砲弾を放って来る。

 

「何度ヤッテモ無駄ダ!」

「無駄って言う割には………行動パターンが一緒だよね?」

 

南方棲戦姫の勝ち誇ったような言葉に対し、砲弾を回避しつつ望月は疑問を提示してみる。

今度こそ、岸波は彼女の言いたい事を理解した。

どういうわけか、相手は強力な魚雷を、再生能力を犠牲にして受け止め、眼前で爆発を起こした、本来の用途から外れた使用法をしている爆雷を、護衛要塞を展開してまで全力で守らせている。

主砲による砲撃に至っては、駆逐艦クラスの物とはいえ、わざわざ強固な右腕でガードをしている。

その行動パターンを振り返った朝霜は、電探で岸波に伝えていく。

 

「岸波………。思えば、あたいの時もそうだった。魚雷は全然、護衛要塞を使わないのに、葛城さんの爆撃はしっかり防御させていた。まさかと思うが………。」

「「上半身」に何か触れてほしくない物でもあるのかしらね………?葛城!」

「任せなさい!」

 

敵の弱点を感じ取った艦娘特有の直感により、葛城が攻撃機を、次々と南方棲戦姫に集中させていく。

 

「コノ………!」

「させねえよ!」

 

明らかに嫌な顔をした姫クラスは、対空砲火に優れる軽巡ツ級を呼び寄せようとするが、嵐達が砲撃や魚雷を放ち、妨害する。

次々と落ちて来る爆撃に対し、右腕を上に掲げてガードする他、残り3機の護衛要塞も、全て盾に使って爆散させてしまう。

 

「やっぱり、何かあるわね!全艦、南方棲戦姫の上半身を狙え!!」

「グ………ゴアァアアアアアアアアアッ!!」

『!?』

 

岸波がイケる………と思った瞬間であった。

南方棲戦姫は思いっきりのけぞり咆哮する。

深海の底から響き渡る、地鳴りのような叫びに、思わず海域にいた艦娘達は、反射的に怯んでしまう。

 

「し、しま………!?」

「ガァアアアアアアアッ!!」

「がはっ!?」

 

南方棲戦姫は、そのまま憤怒の形相で岸波に突っ込み、腹に膝蹴りを喰らわせて海面に倒すと、踏みつけて右腕の砲塔ユニットを顔面に向ける。

 

「岸波!?」

 

舞風達が援護をしようとするが、強烈な咆哮をまともに受けた影響で、すぐには動けない。

勝ち誇った顔で、南方棲戦姫は舌なめずりをしながら岸波を見下した。

 

「マズ………ヒトツ………!」

「ぐっ………!?」

 

必死に右手の連装砲を敵艦に向けるが、間に合わない。

眼前に突き付けられた敵の砲塔がスパークする。

 

(私は………死ぬ………!?沖姉の仇も討てずに………!)

 

最悪のシナリオを前に、絶望に顔を歪めた岸波であったが………。

突如、その意識が………いや、岸波だけでなく、海域にいた全ての艦娘の意識が、彼方に飛んだ。



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第47話 ~感謝~

意識が彼方に飛んだ艦娘達は、雲の中を高速で飛んでいるような感覚を抱く。

しばらく飛行していたその目は、やがて霧の中へと降下し、海上で1人と1隻が相対している所を映し出す。

深海棲艦側は、強力な砲塔を駆使して、獲物を舌なめずりする南方棲戦姫だ。

そして………もう片側は………。

 

「参った………なぁ………。」

 

(!?)

 

ダイレクトに流れ込んでくる声と感情を受けて、岸波を始めとした艦娘達は驚きを抱く。

ずり落ちそうな眼鏡を掛けて、荒い息を吐きながら単艦で姫クラスを見上げているのは、沖波であった。

他に仲間はいない。

武装は爆雷も魚雷も無くなっており、右手の連装砲だけだ。

それに加えて所々傷だらけで、左腕に至っては、制服が破けておびただしい血が流れており、指先はもう動かなくなっていた。

 

「あはは………感覚、もう無いわね………。船渠(ドック)入りしても………治るかしら?」

 

(この状況は………。)

 

使い物にならなくなった左腕を、だらんと下げて苦笑いを浮かべる艦娘を見て、岸波達は悟る。

沖波は、浜風達を助ける為とはいえ、岸波に捨て艦扱いされた後、たった1人で戦い、こうして自分の身を犠牲にしてでも足止めをしていたのだ。

 

(沖姉………あんな滅茶苦茶な命令をわざわざ………っ!)

 

その健気な姿を見て、岸波を始め、リンガの艦娘達は悔恨を抱く。

そして、その姿は、敵深海棲艦にも何か思わせたのだろうか?

最初こそ舌なめずりをしていた南方棲戦姫は、やがて真顔になり、沖波に問いて来る。

 

「哀レダナ。」

「そうかしら………?」

「深海棲艦ノ私ガ言ウノダカラ、哀レダ。味方ガ逃ゲル為ニ「捨テ艦」ニサレテ、ボロボロニナッテモ、誰モ助ケニ来ナイ。哀レ以外ノ何ダト言ウ?」

「そうかも………ね。」

 

(……………。)

 

艦娘達は、初めて南方棲戦姫の言葉に賛同してしまった。

岸波が………いや、岸波達リンガの艦娘達が彼女にした仕打ちは酷過ぎる物だ。

それを本気で哀れに思った姫クラスは、感傷的になって沖波に問いかけて来た。

 

「………コチラ側ニ来ナイカ?」

「え………?」

「沖波、コッチニ来テ、艦娘ニ復讐ヲシナイカ?」

 

(!?)

 

本気で心配している敵艦の言葉を受け、岸波達に電気が走る。

南方棲戦姫は、沖波を深海棲艦に引き込もうとしている。

萩風………駆逐水鬼の時に、岸波が1つの可能性として恐怖をした選択肢を。

それに対し、沖波は奇妙な顔で聞いてくる。

 

「私が………復讐を?」

「痛イノダロウ?腕ガ………身体ガ………心ガ………。」

「………嘘じゃないかも。」

「全テハ、岸波ヲ始メトシタ艦娘ノ仕業ダ。コチラニ来レバ、身体モ治ルシ、心モ楽ニナル。」

「……………。」

「コッチニ来イ、沖波。オ前ハ、艦娘ヲ呪ウ権利ガアル深海棲艦ダ。私ト共ニ………。」

「あ、あの………!」

 

本気で心配しているのだろう。

様々な誘い文句で勧誘しようと敵艦の言葉が飛んで来る。

しかし、沖波はそれを遮ると言う。

 

「沖波………?」

「あのね………ありがとう。でもね、その言葉には応えられないの。」

「何故ダ?」

「……………。」

 

怪訝な顔をする南方棲戦姫に対し、沖波は静かに目を伏せると顔を上げて言葉を紡ぎ始める。

 

「まずね………リンガの提督は、武骨だけどしっかり者で私達の事を考えてくれるんだ。」

「何?」

「それでね………あきつ丸さんは、秘書艦で事務仕事をテキパキとこなして………夕雲姉さんは、大人っぽくて落ち着いていて………葛城さんは、度胸があって私にとっては頼りがいがあって………白雪さんは、ヘビの肉を使ったカレーがとっても美味しくて………弥生さんは、小さな身体なのに闘争心が豊富で私の先生なんだ。」

 

(沖姉………?)

 

急に笑みを浮かべながらリンガの艦娘達の良い所を話し始める沖波に対し、岸波達は唖然としており、南方棲戦姫はジッとその顔を見ている。

 

「磯風さんは、勇ましいのに私を褒めてくれるし………浦風さんは、母性があってみんなを包み込んでくれるし………浜風さんは、みんなの事を良く見ていて緊張をほぐしてくれるし………谷風さんは、盛り立て役のムードメーカーなんだよ。」

「ソレガ………ドウシタ?」

 

南方棲戦姫は苛立ち始めるが、笑顔で話す沖波の口調は変わらず優しい。

彼女は、一旦息を吸うと最後に取っておいた3人に付いて喋る。

 

「そして、第三十一駆逐隊。長波姉さんは、お姉さんとして強いし、私達の事を一歩下がって見てくれる良さがある………朝ちゃんは、カッコいいエースで、どんな時でも前向きで勇気をくれるよ!」

「ダカラ、ドウシタ!?」

「最後に岸ちゃんは………!第三十一駆逐隊の尤も頼れる旗艦!常に最善を考えて、大切な仲間を守る為に何をすればいいのか、ちゃんと判断してくれる!悩む事も多いけれど、夢に向かって真っすぐ歩いてくれるんだよ!」

「正気カ!?オ前ヲ捨テタ外道ダゾ!?」

「……………。」

 

沖波による、リンガの艦娘達の自慢話を聞かされ、思わず海面を砲塔ユニットで叩いた敵艦は、怒りに満ちた顔で叫ぶ。

もしかしたら、深海棲艦は深海棲艦なりに、彼女を正気に戻そうとしてくれているのかもしれなかった。

だが、そこで沖波は、もう一度目を伏せ俯くと、真剣な顔で姫クラスを見ながら言った。

 

「だから………貴女には悪いけど、私の「家族」を侮辱するのは許さない。」

 

(沖………姉………!?)

 

もしも岸波達がその場にいたら、泣き崩れていたかもしれない。

沖波は右手の連装砲を、南方棲戦姫に向けた。

 

「敢えて貴女の言葉を使わせて貰うよ。「ここから先は通さない」。泊地をやらせはしないし、家族のみんなに手出しもさせない。」

「ソレガ………オ前ノ馬鹿ゲタ答エカ!」

 

敵艦は両腕の砲塔から、羽虫の攻撃機を3匹ずつ6匹出して飛ばす。

 

「駆逐艦如キデ、何ガ出来ル!?頭ノネジガ狂ッタママ沈メ!」

 

攻撃機が爆撃を始めると共に、沖波は、主機を機関一杯にして、最大まで加速して攻撃を躱す。

南方棲戦姫は、続いて魚雷を左腕の砲塔ユニットで叩き飛ばして来る。

 

「沈む前に撃てば!」

 

沖波は、魚雷が海面から見えなくなる前に連装砲を連射して、正面から襲ってきた物を起爆させる。

派手に波が立つ中、姫クラスは仕上げに両腕の砲塔ユニットから、有りっ丈の紅蓮の砲弾を放つ。

魚雷が爆発した時の水柱で視界が封じられた沖波に、回避する手段は無い。

いや、最初から回避するつもりは無かった。

 

「左腕は………あげるよ!!」

 

右手の連装砲を防御に使うと、壊れる可能性が高かった為、それは考えなかった。

彼女は、もう動かなくなった左腕を眼前に掲げ、より主機を加速させる。

紅蓮の弾丸は、沖波の左肩を吹き飛ばし、左腕を明後日の方向に持って行った。

他にも脇腹や太ももを掠って更に血が噴き出す。

だが、艤装が奇跡的に生きてくれたので、彼女は止まらなかった。

 

「チィッ!?運ノイイ奴メ!?」

 

南方棲戦姫は、後ろに下がりながら、もう一度両腕の砲塔ユニットを沖波に向ける。

紅蓮の砲弾を、今度こそ急所に喰らわせて、終わらせようとしたのだ。

 

「一発だけでも………いいからぁっ!!」

「終ワレ!哀レナ駆逐艦!!」

 

至近距離まで接近して、右腕の連装砲を振りかざす沖波と、砲塔ユニットで迎撃を狙う南方棲戦姫。

次の瞬間、肉薄する距離で砲撃が飛び交った。

 

(沖姉ーーーっ!?)

 

全ての一部始終を見ていた岸波達は絶叫する。

沖波は砲弾によって腹を貫かれ、背負っていた艤装が大爆発を起こしたのだ。

だが、姫クラスは………。

 

「アガァアアアアアアアアアッ!?」

 

左の肩口に連装砲を受け、血が噴き出していた。

これでは、重い左腕は持ち上がらず、海戦能力は半減するだろう。

 

「貴様、貴様、貴様ーーーッ!?最初カラ、コレヲーーーッ!?」

「こ………れで………泊地………行けない………ね。良………かった………。」

 

口から大量の血を吐きながらも、満足した表情の沖波は、痛みに暴れる敵艦の右腕に突き飛ばされて、仰向けに倒れて沈んでいく。

そのまま轟沈していく艦娘の声が、何故か岸波達に聞こえて来た。

 

(良かった………。私でも………みんなの役に立つ事が出来て。リンガや………第三十一駆逐隊のみんなを………守れて………。ああ、でも………もしも、願いが叶うならば………。)

 

その沖波の感情を聞き取った瞬間、壮絶な光景を目の当たりにした艦娘達の意識が、また彼方へと飛んでいく。

雲の間を突き抜けて空へと飛びあがった岸波達は、雲海の上に備わった、光の粒子で出来た円形のサークルの上に立っていた。

丁度岸波を中心に、海戦で戦っている艦娘達がまばらに散っている形だ。

 

「こ………こは………。」

 

膝立ちになりながら、涙を流していた岸波は、空から光が舞い降りて来るのを見る。

それは人の姿を成し、やがて、岸波の前に立つ。

大人しそうな外見をした眼鏡の艦娘は………。

 

「沖………姉………!?」

「良かった!ちゃんと岸ちゃんと会話できてる!海の神様に感謝だね!………本当は長波姉さんや朝ちゃんとも会話をしたかったけれど、1人しかダメだって言われたから………。」

 

岸波を含め、誰もが見間違えるはずがない。

それは、先程まで海戦で死闘を繰り広げていた沖波であった。

だが、その失われたはずの左腕は付いており、身体は少し光っていた。

幻想的な姿ではあるが、逆に艦娘達は、もう沖波が存命していないという事を実感させられる。

 

「なん………で………。」

「ん?」

「何で………私と会話をするって決めたの………?朝ちゃんとかの方が………!」

 

涙が止まらない岸波に対して、沖波はちょっと困ったような表情を浮かべると、少しずつ言葉を話していく。

 

「岸ちゃん………気にしているかなって思って。」

「気にしてるって、沖姉を捨て艦にした事?………当然よ!私のせいで………私のせいで、沖姉はあんな痛みと苦しみを!!」

「わ!?落ち着いて、岸ちゃん!そんな床?を拳で叩いたらケガしちゃうよ?それに、ここに来たのは、私の話を聞いて欲しいって思ったから………。」

 

サークルの上に何度も拳を叩きつけて、肩を震わせて泣く岸波の姿を見て、沖波は慌てて支える。

そして、ゆっくりと立ち上がらせると、彼女は笑顔を向けた。

 

「まず、岸ちゃん………強くなったね。」

「強く………?私は………。」

「強くなったよ。第二十六駆逐隊の嚮導艦になって、こんな立派になったんだから。」

「……………。」

 

岸波は、沖波の顔を見る事が出来ない。

彼女の優しい姉としての目を、見る事が出来ない。

どうしても、自分のやらかした事が頭によぎる。

 

「やっぱり、強く無いわ………。私は………。」

「そんな岸ちゃんだからこそ、伝えたい言葉があるんだ。」

「呪いの言葉でも怨嗟の言葉でも、何でも言って!」

「………じゃあ、遠慮なく言うね。」

 

思わず叫んでしまった岸波に対して、沖波は少しだけ真面目な顔をすると、ハッキリと告げた。

 

「私は、貴女を許します。」

「え………?」

 

第二十六駆逐隊を始めとした艦娘達の目が見開かれる。

岸波も思わず、沖波を見てしまった。

彼女は、やっと目が合ったと笑みを浮かべながら告げる。

 

「岸ちゃんを、許すって言ったんだよ?」

「なん………で?」

「岸ちゃんが、私を捨て艦にした事、ずっと気にしているから。でも、半分は私自身の意志だったし、そもそも恨んでないからね。」

「……………。」

「だから、もう囚われなくていいんだよ?私の存在に。私に出した命令に。岸ちゃんは、岸ちゃんらしく………。」

「嘘よっ!!」

 

岸波は思わず大声で叫んだ。

頭を押さえ、再びうずくまってしまう。

 

「これは夢よ!私の抱いた都合の良い夢よ!許されるはずのない夢なんだわ!!」

 

折角の許しの言葉を………岸波自身は受け入れられなかった。

ここで岸波は、初めてハッキリと自覚してしまう。

沖波の存在は、関係無かったと。

自身が怠惰艦になり、駆逐隊結成に消極的になり、憧れの陽炎のような存在になる事が許されないと思ったのは、沖波が岸波を許していなかったからではない。

岸波自身が、岸波を許すことが出来なかったからなのだと。

 

「私は………最低最悪な艦娘よ!長月先輩が言っていた!沖姉を………言い訳に使って、沖姉が許してくれないからって、勝手に決めつけてごまかしていた!私は………本当は………!」

 

魚雷を受けて派手に沈みたいと、本気で岸波は思った。

だが、膝立ちになり、岸波と同じ目線に立った沖波は、本当に軽くその頬を叩くと彼女に告げた。

 

「誰だって、罪からは逃げたいんだよ?だから、岸ちゃんが逃げたいのは、本当に仕方ない事。でも、そうだね………もしも、今の私が信じられないのならば………身近で信じられる事を思い出そう?」

「え………?」

 

大粒の涙を流す岸波は、沖波の言葉に思わず顔を上げた。



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第48話 ~英霊からの贈り物~

「私の信じられること………?」

 

沖波の発言を受けて、岸波の目が見開かれる。

光に包まれた沖波は笑うと、指を1本ずつ立てながら言う。

 

「まず、岸ちゃんは、第四駆逐隊の絆を取り戻しました。特に、舞風さんが沈みそうになった時、腕を折ってでも庇いました。………無理やり腕を「直した」のは流石にビックリしたけれど。」

 

駆逐水鬼の時の事だ。

萩風の怨念が深海棲艦となった時に、岸波は泥を被った。

その結果、舞風は第二十六駆逐隊の最初のメンバーになった。

 

「次に、岸ちゃんは、朝潮さんが自分と同じ過ちを繰り返しそうになった時に、身体を張って望月さんと山風さんを庇って轟沈を防ぎました。あの時、命令違反を犯してでも助けに行こうって決めたよね。」

 

空母棲鬼の時の事だ。

朝潮が、状況的に仕方が無かったとはいえ、捨て艦を使ってしまった時に、岸波は大潮達と救いに行く選択肢を取った。

その結果、望月と舞風も仲間に加わり、岸波は久しぶりに心から笑う事が出来た。

 

「そして、岸ちゃんは、薄雲さんが艦娘として、初代薄雲さんの存在に縛られていると知った時、第二十六駆逐隊の一員として協力する道を選びました。悲しかったけれど、大湊で彼女の因縁に決着を付ける事に成功したよね。」

 

深海千島棲姫の時の事だ。

薄雲が、命令書を偽造して第二十六駆逐隊に入ってしまった為、成り行きになったとはいえ、彼女の為に必死に動いた。

その結果、薄雲はその後もメンバーとして力を振るってくれている。

 

「更に、岸ちゃんは、朧さんが苦しんでいる時からずっと手助けしてあげました。早ちゃんが苦しんでいる時も協力して、最終的には朧さんに娘と出会わせて、指輪も取り戻させました。夏雲さんに憧れたのも、あの時だったっけ。」

 

フラッグシップ級レ級の時の事だ。

朧が、旧宿毛湾泊地提督との子供と指輪を失って消沈していた時に、彼女なりに色んな手段で奔走した。

その結果、朧にとっては、ただの悲劇で終わらせる事が無くて済んだ。

 

「最後に、岸ちゃんは、初霜さんのケッコンカッコカリもエスコートしました。紆余曲折あったけれど、ブルネイ泊地で、パーティを開く事に成功しました。最初の岸ちゃんを知る彼女が加わったのは、成長を感じるよね。」

 

そして、昨日の事だ。

初霜がケッコンカッコカリの価値観の意見の相違で、朧とケンカをした事が切っ掛けであったが、彼女にも変化をもたらす事になった。

その結果、初霜は愛する提督と思い出を作る事に、消極的でなくなった。

 

「みんな、岸ちゃんがいたから変われた新しい「家族」。今ここにいる、私の事が信じられなくても、岸ちゃんが紡いできた家族の存在は、絶対に変えられない真実だよ?」

「私の………家族………。」

「さて、そんな岸ちゃんの家族は、岸ちゃんの昔話に対して、何て言っていたかな?」

 

穏やかな笑みを見せる沖波の言葉に、岸波は思い出す。

望月は、捨て艦にしても恨まないから補佐でいると言った。

山風は、今の岸波は、捨て艦は使わないって判断してくれた。

薄雲は、岸波とならば、最期の瞬間まで一緒にいていいと決めた。

朧は、もっと甘えて欲しいと、母親らしい笑みを浮かべた。

初霜は、最初の岸波の時から、素敵な仲間が揃う気配があったと告げた。

そして、舞風は、やっと全てを話してくれた岸波に、素直に感謝をしてくれた。

 

「岸ちゃんは、私の言葉を信じなくていい。でも、岸ちゃんを信じてくれる家族達の言葉は、これからも信じて欲しい。」

「沖姉………。」

 

立ち上がった岸波は、見る。

沖波を包む光が、強くなっていくのを。

 

「あ………!?」

「ゴメンね、そろそろ時間みたい。岸ちゃんにとっては、甘い夢だったかもしれないけれど………、私は、岸ちゃんともう一度話せて嬉しかった!」

 

涙を浮かべながら天に昇っていく沖波を見ながら、岸波は手を伸ばし叫ぶ。

 

「信じる………!大切な家族をこれからも信じるわ、沖姉!勿論、沖姉の事も!沖姉がウソを言うわけがない!全てを見てくれていた沖姉を、私も信じるから………!だから………!沖姉は、最高の家族だからーーーっ!!」

「ありがとう、岸ちゃん………!」

 

満面の笑顔を見せて、沖波は光と共に消えていき、同時に、雲の上の円形のサークルが弾け飛んだ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

光が消えた時、岸波は南方棲戦姫に踏まれている所だった。

仲間達も、ハッとしている。

 

「ナ、ナンダ!?今ノ記憶ハ!?」

 

沖波の残留思念は、深海棲艦にも影響を与えていたのだろうか。

砲塔を向けた状態で、至近弾を喰らったかのように驚く敵艦の隙を、岸波は見逃さなかった。

 

「沖姉!貴女の戦いと想い………無駄にはしない!!」

 

素早く連装砲を左肩の肩口………、沖波が付けた古傷に………必死に姫クラスが隠していた急所に向けて砲撃する。

 

「ギャアアアアアアアッ!?」

 

血が噴き出し絶叫する南方棲戦姫。

その砲塔が揺れ、踏みつけていた足の力が弱まった隙を狙い、舞風が素早く岸波を掻っ攫っていく。

 

「これも持ってけ!」

 

そのついでに右アームの高角砲を、更に肩口の傷に喰らわせた事で、敵艦は痙攣する。

 

「よーし、山風!追撃!」

「あたし達の嚮導艦を踏みつけた………お返し!」

 

山風が爆雷を投げつけ、左の肩口の近くで、連装砲の砲撃で信管を作動させて起爆させる。

 

「コイツラメーーーッ!!」

 

驚異的な再生能力で何とか古傷を治した南方棲戦姫は、砲塔ユニットを向けて来るが、望月が煙幕を発して狙いを絞らせない。

 

「みんなで生きるんです!その為にも………!」

「ガァッ!?」

 

更に葛城の護衛を白雪に任せた初霜が、両手の高角砲を連射しながら、姫クラスの左側から接近してくる。

肩口を次々と正確に射貫く砲撃に、南方棲戦姫は、右腕の砲塔ユニットだけで反撃を仕掛けるが、小柄な初霜には中々当たらない。

その隙に薄雲が、背面に回り、一気に接近する。

 

「涼風さん、これを使わせて貰うよ!」

 

そして、大湊で貰ったコンバットナイフを古傷に突きつけると、そのまま深々と刺していく。

 

「グガアアアアアアアアアアッ!?」

 

敵艦は、必死に薄雲を振り払おうとするが、絶対に離れまいと彼女は踏ん張る。

そこに、あきつ丸から叢雲のマスト型の槍を借りて来た朧が、前から接近する。

 

「薄雲ちゃん、離れて!」

 

ナイフを引き抜き、倒れるようにして下がった薄雲と入れ替わりで、朧が、大上段から槍を振り回し、肩口に振り下ろす。

 

「ギエエエエエエエエエッ!?」

 

更に、血が派手に噴き出した深海棲艦の傷は治らない。

急所を散々攻撃された事で、再生能力が失われたのだ。

 

「グ………ゴアァアアアアアアアアアッ!!」

「だめっ!」

「舞風!?」

 

追い詰められた事で、あの身を竦ませる咆哮を放ってきた南方棲戦姫だが、舞風が咄嗟に反応し、岸波の耳を両手で塞ぐ。

それによって、彼女だけは動くことが出来た。

 

「き、決めろ!岸波!」

「ええ!」

 

ふらつく望月の叫びを受けて、岸波が連装砲を構えて主機を一杯まで加速させる。

左の肩口から血が噴き出している深海棲艦は、右の砲塔ユニットを構えながら下がり、彼女に向けて砲撃をする。

だが、岸波の缶とタービンが強化されている事が、ここで吉と出た。

駆逐艦以上の速力を発揮した岸波の前に、敵の砲撃は狙いを定め切れずに、彼女の艤装と腰を掠るだけだった。

岸波は、有りっ丈の力を込めて、敵の顔面に連装砲を突き付ける。

 

「オ、オ前ニ負ケタワケデハ無イ!コレハ………!?」

「私達全員の………勝利だーーーっ!!」

 

 

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ドゴンッ!!

 

急所に連装砲を叩き込んだ事によって、南方棲戦姫は仰向けに倒れ、沈んでいく。

その撃沈した親玉の姿を見た残存艦は、我先にと逃げていく。

だが、岸波は、その追撃をする余裕が無かった。

 

「沖姉………。」

 

舞風、望月、山風、薄雲、朧、初霜………。

第二十六駆逐隊の仲間達が集まって来る。

その輪の中で、岸波は、ぺたんと座り込むと、手を振るわせながら、空を見上げる。

そして………。

 

「う………ああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

周りの目も気にせず、大声を発しながら泣き叫んだ。

それが仇を取った事の嬉しさなのか、姉の最期を確信してしまった事のやるせなさなのか。

岸波自身にも、分からなかった。

只、グチャグチャの感情の中で、虚空に向けて吠えた。

仲間達は、そんな嚮導艦の初めての姿に、何も言えなかった。

今は………心行くまで泣かせてあげる事しか出来なかった。

 

「ねえ、嵐………。私、今だから分かる事があるの。」

 

その姿を遠目で見ていた第四駆逐隊の萩風が嵐に言う。

 

「私が駆逐水鬼になってしまったのは、もう一度、絶対に嵐達に会いたいと願ったからだったんだって。でも、沖波は………もう二度と会えなくてもいいから、絶対に家族を守りたいと思って力を振るった。だから………海の神様が、最期に応えてくれたのかもしれない。」

 

その言葉に海戦を共にした面々は、只々、家族思いの駆逐艦娘の事を、想う事しか出来なかった。

いつしか、リンガを包んでいた霧は無くなり、雲の隙間から陽光が刺し込んで、慟哭する岸波を包み込んでいた。

まるで彼女に優しく微笑む、沖波の祝福であるかのように。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

海戦は、南方棲戦姫が沈んだ事もあって、間もなく終結した。

船渠(ドック)入りをして、高速修復材(バケツ)を使う所までは同じであったが、その後は疲弊した艦娘達に対して、リンガの提督が夕食としてスープを作ってくれた。

艦娘達は、思い思いの事を考えながら、静かな時を過ごしていた。

 

「……………。」

 

そんな中、岸波は、今だけは1人になりたいとお願いをして、海の見える浜辺に座ってスープを飲んでいた。

 

(沖姉は………最初から最後まで沖姉だった………。)

 

昔から、自嘲気味な発言が多かったが、裏を返せば自分を犠牲にしてでも他者の良い所を見つけようとしてくれていた。

それは、最期の海戦でもそうだったし、岸波に別れの挨拶をしに来てくれた時もそうだった。

最後の最後まで………岸波達の味方でいてくれた。

 

「よう。」

「………沖波の事、思い出してるのか?」

「長姉、朝ちゃん………。」

 

そこにスープを持った長波と朝霜がやってくる。

邪魔するぜ………と言って、2人は両隣に座ると、しばらく黙って海を見つめていた。

 

「………ゴメンな、岸波。」

「え?」

 

ふと、朝霜の言った言葉に、岸波が横を見る。

朝霜は岸波を見ると、思い切って頭を下げる。

 

「あたいは、岸波に責任を押し付けていた。謝る事もせずに、意固地になってた。………だから、ゴメン。」

「朝ちゃん………。」

「朝霜は、自分なりにケジメを付けたかったんだよ。」

 

長波が振り向かずに、ここに来た理由を静かに言う。

第三十一駆逐隊の仲間として、彼女も沖波の壮絶な最期を思い出しているのかもしれない。

 

「沖波は………最後にあたし達を繋いでくれたと思うんだ。第二十六駆逐隊だけじゃなく、第三十一駆逐隊やリンガのみんなの心も………。」

「そうね………。私の罪も………許してくれた。みんなの事も、家族だってずっと思ってくれた。本当に優しい………艦娘だわ。」

「ああ。………出来過ぎた姉だよ。あたい達は幸せ者だ。」

 

そんな姉の為に、これから出来る事は無いだろうか。

ようやく未来の事を考え始められた3人に対し、男の人物がやってくる。

リンガの提督だ。

 

「ブルネイの提督から、電話で伝言が届いた。1週間後、第六駆逐隊に率いられて、横須賀から新たな艦娘がやって来ると。」

「え?戦力増強か?」

「いや、違う。やらなければいけないのは、新人教育だな。」

「新人?………まさか。」

 

何かに気付きかけた長波の発言に、提督は軽く首を縦に振ると、3人に告げた。

 

「新たな艤装の適合者が見つかったらしい。………第2代駆逐艦沖波の………な。」

「沖姉の………?」

 

その伝えられた内容に、岸波は過去に曙が言った言葉を思い出す。

記憶が確かならば、それは………。

 

「そうですか………。沖姉、ちゃんと眠れたのですね。」

 

ずっと岸波の事を見ていてくれた英霊は………、彼女達に未来を託して、ようやく休む事が出来たのだ。

 

「今更俺が、こんな事を言うのもなんだが………覚えていてやって欲しい。アイツの………最後までの生き様を。」

『はい。』

 

もう自分に縛られることなく、一歩一歩踏み出していってほしいと願った………第三十一駆逐隊の誇れる艦娘の姿を思いながら………4人は静かに夜の夏空を見上げていた。



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第49話 ~第二十六駆逐隊~

「ほ、本日よりリンガに就任します、駆逐艦沖波です!宜しくお願いします!!」

『……………。』

 

1週間後、暁・ヴェールヌイ・雷・電の第六駆逐隊に率いられてやってきた第2代沖波は、眼鏡の艦娘だった。

髪型や目の色等も、初代沖波にそっくりで、若干顔つきが子供っぽい所を除けば、妹だと言われても納得する程には似ていた。

 

「世界には、同じ容姿の人物が3人いると聞くけれど、それか?」

「あー、あたいもそれを思い出していた。ある意味これも、初代沖波からの贈り物なのかもしれないな。」

「え?え?」

 

長波と朝霜が首を傾げて会話をする中、1人意味が分からない新人沖波が戸惑う。

提督はそんな2人も含め、リンガに集まっていた艦娘達を見ながら告げる。

 

「………で、誰が教育係になる?横須賀の変態は、敢えて舞鶴の長良ではなく、こっちに送って来た。旗艦経験ならば………。」

「あたいがやる。」

 

そこで、真っ先に声を上げたのは朝霜であった。

彼女は緊張感でガチガチに固まった沖波の傍まで来ると、その両肩に手を置いて聞く。

 

「なぁ、沖波。どんな艦娘になりたい?」

「ど、どんな艦娘ですか………?その、私がこんな事を言うのは恐縮ですが………。」

 

沖波はそう前置きしたうえで、俯きがちになりながら朝霜に答える。

 

「この名を持っていた、先代の沖波さんは、とても勇猛果敢で仲間想いの艦娘だったと聞きます。まずは、その名に相応しい艦娘になれるように、努力していきたいです!」

「そっか………。そうだよな。うん、いい答えだ。」

 

最後はしっかりと顔を上げて答えた沖波を見て、朝霜はギザ歯を見せながら、ニカっと笑う。

そして、リンガの提督の方を振り返った。

 

「岸波が出来たんです。あたいも嚮導艦っての、やってみますよ。」

「大丈夫か?俺は不安で仕方ないが………。」

「ちゃんと教育しますって!………じゃあ、他に誰がやるんですか?」

「あたしだ。」

 

別の言葉に振り向いてみれば、長波も前に出てきていた。

 

「長波?第二十五駆逐隊は放っておいていいのか?」

「どうせお前が名乗りを上げると思ったから、事前に磯風に相談して、転属許可を貰った。………岸波みたいな艦娘になりたいんだろ?」

「まあ………あたいなりに、これからどう進んで行こうか考えたからな。」

「だったら、どうせならば第三十一駆逐隊で、またビッグになろうぜ。今の岸波はまだ混じれないが………せめて元居た駆逐隊が、元気に活動している姿を見せてやりたいからな。」

 

長波はそう言うと、もう一度磯風の方を見る。

長い間、横須賀で世話になった艦娘の元を去る決意をしたのだ。

当然磯風の負担も大きくなるが、彼女はそれを許可してくれた。

 

「長波、達者でな。」

「磯風も。第二十五駆逐隊もビッグになれよ。」

「ああ。」

 

最後の挨拶をして、長波が沖波の方へ歩いていく。

すると、小柄な艦娘もまた、速足で沖波の元へと駆けていった。

弥生である。

 

「ねえ………、貴女さえ良ければ、私も先生やっていい………?」

「ふえ!?………も、勿論ですけれど。」

「ん?弥生も混じるのか?」

「先代沖波は………私の事、最後まで先生って言ってくれた。だから………私も、協力したい!」

 

珍しく力強く言ってのけた弥生に続いて、葛城や白雪もやってくる。

 

「じゃあ、私も参加決定ね!空母なりの鍛え方、してあげる!」

「私も噴進砲の使い方を教えてあげないとね。腕が鳴るわ。」

「おいおい、まさかと思うが………。」

 

長波や朝霜は、残ったあきつ丸と夕雲を見る。

2人も、さも当然と言わんばかりに、笑顔で歩み出て来る。

 

「陸戦の戦い方を、説明しなければならないであります。」

「夕雲型なんだから、夕雲型のネームシップは必要でしょ?」

「なぁんだ、結局リンガにいる全員が先生かよ。………ま、それがあたい達らしいけどな。」

 

朝霜はそう言うと、沖波の肩をポンポンと叩いて、各艦娘達の紹介を始める。

その様子を微笑ましく眺めながら、岸波はリンガの新たな家族の誕生を喜んでいた。

しかし、そこに雷がこっそりと話しかけに来る。

 

「ねえ、岸波。司令官から、貴女に伝言があるんだけれど………。」

「何ですか、雷先輩?第二十六駆逐隊の帰投命令ですか?」

「それもあるわ。後ね………遂に貴女の熱意に根負けしたって。」

「え?それは………!?」

 

驚く岸波に、雷は笑って見せる。

 

「おめでとう!呉に転籍して、明石さんの弟子入りの許可、貰えたわよ!」

「そうですか………!これで、私も………。」

 

誰かを助ける力を手に入れる為に、未来に進んでいく。

その岸波の夢が、適う事になったのだ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

岸波は、朝霜や長波と別れて横須賀に戻った後、ある日の夜間に、皆に内緒でこっそりと部屋の片づけをしていた。

夏雲の時のパターンを考えると、最低でも半年は、呉に入り浸りになるだろう。

そこで、明石から工作艦としてのイロハを習う事が出来ると考えると、嬉しい物があったが、その間は、第二十六駆逐隊の嚮導艦としての役割を果たせなくなってしまう。

新しい旗艦候補として望月を提督にお願いしたから、即座に解体というわけでは無いが、しばらくは6人とは別の道を歩む事になる為、後ろ髪を引かれる思いは強かった。

 

(ありがとね、舞風。………ううん、望月も、山風も、薄雲も、朧も、初霜もみんな。)

 

いつの間にか信じられる家族になった駆逐隊の仲間達に心で感謝を送りながら、眠っている舞風の机の上に手紙を残していく。

そして、他の第二十六駆逐隊の面々の部屋のポストにも、それぞれの艦娘に当てた手紙を入れると、岸波は荷物を持って、部屋を後にした。

本当は直接挨拶をしたかったのだが、そうすると本当に呉へ行けなくなる気がしたので、こうして夜中にこっそりと抜け出す事にしたのだ。

事前に提督に許可を取って、艤装は整備して貰ってある。

後は、それを装着すれば、横須賀から立つ事が出来た。

 

「思い出の詰まった場所よね。ここも………。」

 

寮の廊下を静かに歩きながら、岸波は思い出す。

春先に怠惰艦として来た時は、嵐に渋々案内されたものだ。

それから色々な変化を経験して、彼女は確かな絆を手に入れた。

 

「ありがとう、横須賀のみんな………。」

 

そうして、駆逐艦寮を後にして外に出る岸波であったが………。

 

「遅いじゃん、岸波。」

「……………。」

 

彼女は固まる。

外には、荷物をまとめ、艤装を装着していた望月・山風・薄雲・朧・初霜が並んで待っていたからだ。

 

「貴女達………何してるの?」

「何って………転籍許可が認められたから、岸波に付いていく気でいるんだけど?」

 

更に後ろから、舞風が荷物を纏めて現れた事で、岸波は益々分からなくなる。

横須賀の提督は、艦娘を借りパクする事で有名だ。

その提督が、岸波を含めて7人もの艦娘を手放すとは思えなかった。

 

「というか、何で堂々と外に出られているのよ。今日の週番、朝潮先輩でしょ?」

「岸波にはお世話になったからね。それに、司令官の嫌がらせみたいよ?」

 

舞風の後ろで、入り口にもたれかかりながら、手を組んで嘆息している朝潮の姿を見て、岸波はこの第二十六駆逐隊の面々が、何をやらかしたのかと思い、不安になって思わず問う。

すると、全員が笑いながら、2つの許可書を取り出した。

1つは、呉への転籍許可願い。

もう1つは………。

 

「退役願い!?」

「望月の機転で………、6人揃って、この2つを提督に出した………。」

「2択に1択を選べって突き付けたの!?山風や初霜は改二艦でしょ!?そんな事をしたら、提督が泡吹くわよ!?」

「実際に、カニさんみたいに泡吹きそうだったね。」

「でも、仕方ないですよ。私達も散々岸波さんに、付いていきたいってお願いしたのに、ダメの一点張りでしたから。」

「いや、でも駆逐隊を解体するわけじゃないし………。」

「第二十六駆逐隊は第十四駆逐隊みたいにまだ、伝説になったわけじゃないわ。それに、沖波さんの言葉を忘れたの?」

 

岸波の信じられる新たな家族を、引き続き大切にして欲しいと、沖波は言った。

あの言葉で、過去の楔から解き放たれた岸波は、ようやく「本来の岸波」としての姿を振るえるようになったのだ。

なのに、彼女が1人で呉に行ってしまっては、その姿を仲間達は見る事が出来ない。

だから、第二十六駆逐隊の6人は、博打を打ったのだ。

 

「滅茶苦茶よ………。」

「全くだ。泡を吹く所か、失神して大淀にしがみつきそうになったぞ。」

「そこは、素直に床に倒れて下さい。」

「て、提督………。」

 

頭を抱えた岸波の所に、しかめっ面の横須賀の提督とクスリと笑った秘書艦の大淀がやって来る。

岸波は、自分を思っての行動だったとはいえ、無理を強いた仲間達の博打を謝罪した。

 

「申し訳ありません。命令違反は、今から鎮守府何週で………。」

「常習犯だからもういい。その代わり約束しろ。必ず7人で横須賀に戻ってくるんだぞ。絶対になっ!」

「………空母棲鬼の時や宿毛湾泊地跡に行った時よりも、言葉に力が入っていませんか?」

「いいから舞風と共に準備をしろ。朝潮、こうなったら派手に送り出してやれ。眠っている駆逐艦娘を全員起こして来い。」

「ハッ!」

 

とんでもない事になったな………と思いながら、岸波は舞風と一緒に装備品保管庫に向かう。

保管庫の前では、朧辺りから事情を聞いていたのか、あの衛兵が笑って待っていてくれた。

 

「夢を再び持てるのはいい事だ。行ってこい!」

「はい………私達が言っている間、「彼女」の事もお願いしますね。」

「おう!」

 

そして、装備品保管庫から桟橋へと走って来た岸波は、本当に沢山の艦娘達が待ってくれているのを見る。

嵐・野分・萩風の第四駆逐隊、暁やヴェールヌイ達の第六駆逐隊、曙や漣の第七駆逐隊、朝潮や大潮達の第八駆逐隊、朝雲や夏雲達の第九駆逐隊。

他にも、村雨に早霜、深雪に吹雪、叢雲に磯風、御蔵に屋代、愛宕に那珂、扶桑に山城、赤城に加賀、摩耶に鳥海、速吸に鳳翔。

島風も、連装砲ちゃんを連れて待機してくれていた。

 

「駆逐隊1つにこんなに沢山の見送り、本当にありがとうございます。」

「それだけアンタ達も立派になったって事よ。あたしも鼻が高いわ。」

 

皆を代表して、曙が岸波に歩み寄り、固く握手を交わす。

 

「クソ提督じゃないけれど、第二十六駆逐隊が、横須賀に戻って来る日を待っているわよ。」

「ぼの先輩………すみません、秋は秋刀魚漁に連れて行ってくれると言っていたのに………。」

「来年以降もあるから心配しなくていいわよ。………只、修行に疲れたら、遠慮なく羽休めに来てもいいからね。ここも、もうアンタの立派な故郷なんだし。」

「はい!」

 

満面の笑みで応えて手を離すと、岸波は後ろの仲間に指示を出して敬礼をする。

曙や提督を始めとした面々が答礼をすると、いよいよ第二十六駆逐隊は、月が出ている夜の海に飛び出していく事になる。

 

「第二十六駆逐隊、呉に向けて………抜錨!!」

 

最後に勇ましく掛け声を発した岸波は、単縦陣で飛び出し、後ろの駆逐隊の仲間達を見る。

嘗て第三十一駆逐隊の旗艦を務めていた彼女は、運命の悪戯によって、全てをバラバラにされた。

しかし、こうして新たに踏み出した結果、第二十六駆逐隊という最高の家族との絆を結ぶことが出来た。

だから、岸波は改めてその家族達にこう言った。

 

「横須賀ではああ言ったけれど………付いて来てくれて、本当にありがとう!これからも、宜しくね!」

「モチ、あたし補佐だし!」

「みんなでいれば………、怖く無い………!」

「私達は、世界の果てまで一緒だよ!」

「朧も、岸波ちゃん達とこれからも戦い続けるから!」

「岸波さんも、守って見せます!」

「えへへ………みんなとまた一緒に居られて良かった!………ね!」

「ええ!本当に!この先の海の困難も、協力して乗り越えて行きましょう!」

『おおっ!!』

 

手を上げて応えた一同の顔を改めて見まわし、心の底からの笑顔を浮かべた岸波は、新たな地へと旅立った。

 

 

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――――――――――――――――――――

 

 

「………行ってしまったな。」

「はい。これで、第二十六駆逐隊は大丈夫でしょうね。」

「お前はどうなんだ、磯風?」

「そうですね………支えてくれた長波は抜けましたが、不思議と不安は無いんです。」

 

横須賀の桟橋で、提督と会話をする磯風は、海風に髪をなびかせながら呟く。

その目には、水平線の彼方へと消えゆく第二十六駆逐隊の姿があった。

 

「あの海の向こうには、恐れずに向かえば、新たな出会いがある。それを、岸波や沖波が教えてくれましたから。」

 

そして、夜空を見上げて磯風は言った。

 

「だから………次は私の番です。地道にですが、第二十五駆逐隊の絆を結んでいきますよ。」

 

彼女は、静かに………しかし、力強い笑みを浮かべた。

 

 

                               ~第1部 完~



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第50話 ~磯風、始動~

季節は、盛夏の熱さから徐々に涼しさが増し、秋へと移っていく。

毎年恒例となっている秋刀魚漁が大湊で行われる事になる為、一部の艦娘は有休を使ってでも出稼ぎに行く者が出て来る。

紅葉も見頃を迎える中で、艦娘達は、それぞれの秋を堪能していた。

その中で………。

 

「………今日も来ないか。」

 

横須賀の駆逐艦寮の前に置いた椅子に座り、テーブルの上に1人頬杖を突くのは磯風。

第二十五駆逐隊の嚮導艦である彼女は、仲間を欲していた。

しかし、仲間になって貰うには、まずは信頼を勝ち取らないといけない。

そこで、前に島風がしてくれたアドバイス通り、休暇の日はここで困っている艦娘達の相談に乗る事にしていた。

 

「まあ、こんな怪しい駆逐艦に近づく者は、そう簡単にはいないか。」

 

何故か、たまに赤面しながら握手を求める駆逐艦娘がチラホラいたが(磯風は自分の外見的な魅力に気付いていない)、基本的に相談に乗って欲しいと願い出る艦娘はいなかった。

だが、そんな磯風の元に、今日は2人の駆逐艦娘が様子見にやって来てくれた。

早霜と夏雲であった。

 

「磯風、調子はどう?」

「し、失礼します………。」

「ああ、2人共応援に来てくれたのか。見ての通り相変わらずだが、ゆっくりとしてくれ。」

 

磯風は椅子を用意すると、2人を座らせる。

そして、駆逐艦寮の第一次士官室(ガンルーム)から持ってきたお茶を取り出すと、紙コップに入れた。

早霜と夏雲は感謝しながらそれを飲み、話しかける。

 

「岸波姉さん達が呉へと旅立ってから季節が変わったけれど、中々磯風の方は状況が変わらないわね。」

「焦りはしないさ。時には流れに身を任せるのも、艦娘として大事だからな。」

「凄い、カリスマです………。流石、磯風さんですね。」

「いや、偉そうに言っているが、今年の梅雨に入るまでは、私はネガティブの塊だったのだぞ?昔の自分の失態で、第十七駆逐隊の仲間と離れ離れになっただけでなく、岸波に会わせる顔が無くて、どうすればいいのか分からなかったのだからな。」

「……………。」

 

1人自嘲気味に笑う磯風に対し、夏雲は何か言いたそうな顔をして………しかし、堪える。

その姿を見た磯風は静かに告げる。

 

「情けない艦娘だろう?」

「い、いいえ!そんな事は………!でも………1人で辛いって気持ちは分かる気はします。」

「ん?第九駆逐隊に所属しているのだろう?朝雲達は………?」

 

同じ駆逐隊の仲間達の事を問うと、急に夏雲は憮然とした表情をする。

そして、一転寂しそうな顔をすると、溜息を付きながら言う。

 

「朝雲さんは、基本的に山雲さんの面倒を見るので手一杯です。何か、かなり仲がいいですし。峯雲さんも、村雨さんにお熱なんです。」

「そ、そうなのか………。第九駆逐隊は今、島風も………。」

「島風さんは、休暇の時は、基本的に連装砲ちゃんの手入れをしています。」

「つ、辛いな………。」

 

どうやら、特に休日の行動では、仲間同士と波長が合わないらしい。

こっそり、磯風は早霜の目を見てみる。

コクリと僅かに頷く彼女の姿を見て磯風は悟る。

早霜は1人である夏雲を見かねて、休暇を共に過ごそうと誘ったのだ。

実際、フラッグシップ級レ級の件で、早霜は夏雲に多大な貸しがあったのだから、気遣うのも分かる気がした。

 

「折角だから、今日は3人で語らうか?岸波では無いが、工作艦としてのイロハを習うのも、悪くはない。」

「そうね。夏雲………色々と教えてくれない?」

「は、はい………!私で良ければ………!」

 

頼りにされた事で、パァっと顔を輝かせる夏雲を見て、磯風達は、夏雲が呉で明石から学んだ事を聞いていく。

艦娘自身と艤装の、傷や状態についての把握。

それに対する、周囲の精神状態の把握。

最優先で、何をしなければならないかの判断。

治療者を安心させたり、動転している者を落ち着かせたりする話術。

そして、アフターケアとして何が必要かを正確に把握する方法。

 

「由良さんの時で予測は立ったけれど………、相当深く教えられているわね。」

「それだけの事をしないと、工作艦はやっていけないのだろうな………。」

「はい。だから、私は明石さんの事を誇りに思いますし、教えてくれた事に、感謝しかありません。」

「いい事だ。他には………ん?」

 

このまま工作艦談義を続けたいと思った磯風であったが、そこに人影を察知する。

別の艦娘が、こちらへゆっくりと歩いて来ていたのだ。

 

「お聞きしたいのですが………艦娘の相談を受け付けているというのは、ここでしょうか?」

 

その落ち着いた雰囲気の艦娘は、変わった制服を着ていた。

大正時代の女学生風の着物に身を包んでおり、手には緋色の和傘を持っている。

着物の配色は梅色で、翡翠の帯、袴は小豆色。

赤みを帯びた髪を後で紅のリボンでまとめ、縦ロールにしていた。

 

「君は………見ない顔だな。横須賀の者か?」

「はい、わたくしは元々横須賀の者です。ですが………諸事情でここ最近、北の単冠湾泊地にいました。………そちらにいる夏雲さんとは、お見知りおきです。」

「そうなのか?」

「あ、えっと………はい………。単冠湾(ひとかっぷ)泊地は、大湊よりも更に北方に新設された泊地です。幌筵(ぱらむしる)泊地よりは南ですが………。」

 

磯風は隣の夏雲に聞くが、急に彼女の対応がしどろもどろになっていた。

その様子に違和感を覚えながらも、磯風はその艦娘に単刀直入に問う。

 

「名前を教えてくれないか?それと相談内容を………。」

「わたくしの名は春風。神風型3番艦の春風です。相談内容は………決闘に協力して欲しいのです。」

「………何?」

 

最後の相談内容に、思わず磯風は聞き返す。

春風は真剣な表情を見せると、磯風達にハッキリと告げた。

 

「決闘を。わたくしと共に、第六駆逐隊の方々と戦って欲しいのです。」

 

とんでもない依頼内容に、磯風は勿論、早霜も夏雲も絶句して固まってしまった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「暁が、君を含め4人分の艤装使用許可書を出した所を見ると、本当に決闘は有りなんだな………。」

「はい。ここら辺は、しっかりと準備を整えてくれて有り難い限りです。」

 

神風型の艤装は、他の駆逐艦娘の艤装とは大きくタイプが異なる。

まず、艦橋から煙突が生えたような基部ユニットを腰のあたりで接続しており、煙突の前にはマストが一本屹立しているのが特徴だ。

基部ユニット両側には上向きに2連装魚雷発射管が装備されており、発射する際は何と後方を向かないといけないらしい。

そして、一番異質とも言えたのは、基部ユニット底部に、体を挟みこむように凹型フレームが付いている事だ。

その先に艦側面を模した台座が接続されており、前方に単装砲が1基ずつ、後方に3連装機銃が1基ずつ乗っていた。

その大型とも取れる艤装を装備品保管庫で装着しながら、春風は左手にピストル型の単装砲を握り、装填された弾を確認していた。

その様子を見た磯風は、ギョっとする。

 

「待て!?それは、実弾だぞ!?ペイント弾や模擬弾を使って、決闘をするのでは無いのか!?」

「決闘の条件が、4人対4人での実弾装備なのです。磯風さん達も実弾を装着してくださいませ。」

「ぎょ、魚雷とかもか!?」

「勿論です。」

 

あくまで海戦と同じ条件で決闘をしようとする事になった磯風は、なし崩し的に巻き込む形になってしまった早霜と夏雲と顔を見合わせる。

特に夏雲には、こっそりと春風はあんな物騒な性格なのか?と聞いたが、彼女は首を横にぶんぶんと振る。

 

「は、春風さんは、元々は凄く穏やかで落ち着いた方ですよ………?」

「確かに物腰は落ち着いているが………やる事がぶっ飛んでいるぞ?」

 

とにかく言われた通り実弾装備を整えて、春風に率いられる形で、磯風達は訓練海域へと歩いていく。

そこには、暁・ヴェールヌイ・雷・電の第六駆逐隊の4人が抜錨しており、周りには今から始まる決闘を見ようと、駆逐艦を中心に、ギャラリー達が沸いていた。

 

「本当に協力者を揃えてくるとはねぇ………。」

「これで、条件は整いました。………約束、守って貰いますよ?」

 

呆れる暁に対し、春風は静かに………しかし、目力を込めて睨みつけながら、ピストル型の単装砲を左手で向ける。

これは、相手に対する決闘の申し込みの合図だ。

挑戦状を叩きつけられた艦娘は、同じく自前の主砲を向ける事で決闘が成立する。

暁型は連装砲が右肩に付いているので、片手をかざす形になるが………。

 

「………ちょっと待ってくれないか、春風?」

「どうしましたか?」

 

しかし、その前に磯風が待ったをかけた。

春風は視線を移さず、磯風の質問に答える。

明らかに視野が狭まっているな………と磯風は思いながら、慎重に言葉を選んでいく。

 

「済まないが………「約束」とは何だ?」

「知らない方が、身のためです。磯風さん達は、決闘に集中してくださいませ。」

「そうはいかない。君は実弾での撃ち合いに、私達を連れてきている。特に早霜と夏雲は巻き込まれる形だ。君の抱える事情を、知る権利はあるはずだ。」

「……………。」

 

相手を気遣いながらも、正論で諭して来た磯風の言葉を受け、春風は彼女を見る。

その顔には、先程までの穏やかさは無く、冷たく神経を研ぎ澄ましていた。

どうやら、彼女はもう、今から始まる戦いに没頭したいらしい。

磯風はその視線を受け止め、静かに見つめ返してハッキリと告げる。

 

「君の態度次第によっては、この決闘から早霜と夏雲を外す。私ですら、納得が出来ない状態なんだ。このまま危険な艦娘同士の戦いに2人を巻き込みたくない。」

「臆病者とののしられますよ?」

「夏雲の言葉が確かならば、君はもっと穏やかな艦娘のはずだ。………何を焦っている?何を苛立っている?」

「………っ!貴女には関係の無い事です!そもそも、貴女が私の何を知っているのですか!?」

 

激昂する春風の言葉を受け、磯風は思ったより彼女の心情が危険な状態であると察する。

怒りに染まる余り、磯風達の事を協力者として見る事が出来ていない。

言い方は悪いが、とにかく数合わせをする為の駒としか、考えられていなかった。

 

「逃げるならば、勝手に逃げて下さいませ。決闘が始まったら、陸に逃げればいいでしょう!最悪、わたくし1人でも何とか………!」

「春風ちゃんは、姉妹を助ける仲間が欲しいのです。」

「な!?」

 

磯風が欲していた答えは、意外な所から掛かった。

見かねた電が、春風の事情を話し始めたのだ。

 

「現在神風型は、春風ちゃんを含め5人います。でも、今「動けるのは」、春風ちゃんだけなのです。だから、春風ちゃんは姉妹を助ける為に、第六駆逐隊に協力を要請してきたのです。」

「姉妹を助ける………という具体的な意味までは分からないが、第六駆逐隊にしてみれば無理な話である為に、決闘という形で対処しようとしたのだな。実弾装備と4対4という条件は、諦めて貰う為の無理難題というわけか。」

 

分かりやすい電の説明に、磯風は状況を把握する。

その無理難題を、何とかクリアしようとする焦りもあったのだろう。

春風は協力者を求め、噂を辿り、藁をもつかむ思いで磯風の所に来たのだ。

しかし、初めて会ったばかりの即席の協力者を、その無理難題に巻き込もうとする時点で、上手くいくわけが無い。

そこも考慮したのだろうか………電は春風に優しく言葉を伝える。

 

「春風ちゃん。姉妹艦が大切な気持ちは、みんな分かるのです。でも、無理やり他の艦娘を巻き込んだら、可哀そうですよ。今ならまだ間に合います。決闘は無しにして、正規の手続きで司令官さんに相談して………。」

「ふざけないでください!」

 

しかし、ここで唇を噛んでいた春風が激怒し、電に単装砲を向けて叫ぶ。

 

「姉妹達が揃っている貴女に、わたくしの気持ちが分かるわけ無いでしょう!?神風御姉様!朝風さん!松風さん!旗風さん!皆さんの苦しみが分かるのですか!?」

「わわ!?お、落ち着くのです!感情を暴走させたらダメなのです!」

「幸せに過ごせる者が、あの「島」の実態を知る事が出来るわけ無いでしょう!?「初期艦」だから何なのか知りませんが、苦しみも悲しみも知らない者が、偉そうに言わないでください!」

 

激情に任せて一気に言い切った春風であったが、彼女は己のミスに気付くべきだったかもしれない。

電に対し、初期艦の称号を侮辱する事が、どれだけ危険であったのかを。

 

「………今、何と言いましたか?」

『!?』

 

急にトーンが落ちた言葉と、それまでの慌てるような愛らしい感情を一気に消した表情を見せる電の姿に、春風だけでなく磯風達も気圧されてしまう。

ギャラリーの中にも、今まで見た事のない電の姿に、ざわついていた。

 

「分かりました。」

 

小さな初期艦の称号を持つ艦娘は、左腕をかざして決闘を了承する。

しかし、前に進み出たのは電1人だ。

他の3人は、溜息を付きながらさっさと陸へと上がる。

 

「受けましょう、その決闘。でも………貴女達の相手は、電1人で十分なのです。」

 

威圧感を放ちながらベテランの駆逐艦娘は、堂々と言ってのけた。




大変、お待たせしました。
第2章磯風編開始です!
またしばらくは2日に1話投稿する予定ですので、宜しくお願いします。


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第51話 ~ハンデマッチ~

(とんでもない事になったぞ、これは………。)

 

静かに左手をかざし、こちらに冷静………いや、冷徹な視線を向ける電の姿を見て、磯風は内心、春風の怒りが、度を超えた挑発になってしまったのだと痛感する。

左翼に構える彼女は、ちらりと横目で右翼にいる早霜と後方にいる夏雲を見る。

早霜は静かに目を伏せ、夏雲はコクコクと頭を縦に振っている所を見ると、抱いている感情は磯風と同じらしい。

 

「どうする………?」

 

早霜と夏雲だけに聞こえる声量で呟いた磯風に対し、早霜は冷静に、夏雲は慌てた様子で答える。

 

「なめられている………わけでは無いわね。あのオーラと冷静な言葉………多分、電さんは、明確な真実だけを告げているわ。」

「い、今からでも春風さんを説得して、決闘を止めさせるとか………。」

「ここまで来たら、もう無理だろう。………だが、正直に言おう。私は、4対1でも勝てると豪語した電の実力に、興味が出て来た。」

「え………?」

 

磯風は腕を組みながら少しだけ笑みを見せる。

思えば電とはまだ、共に艦隊を組んだ事も、こうして決闘をした事も無い。

早霜が、ブルネイから横須賀に来る時に共に組んだが、あの時は周りを気に出来る精神状態でなかった故に、彼女の優秀さを実感できなかった。

つまり春風を含め、ここにいる4人はみんな、電の力を把握できていないのだ。

 

「どうやら私は、まだ腐っても駆逐艦であるらしい。………束になって掛かって来ても勝てると言ってのけた電に、一泡吹かせてやりたいと思っているのだからな。」

「確かに………そう言われると、このまま引き下がるのも癪よね。」

「はあ………2人共、好戦的ですよ。この中で私1人だけ逃げたら、第九駆逐隊の格好がつかないじゃないですか。」

「工作艦の資格を持っているのだ。私達に何かあった時の為に、後方で待機していてもいいんだぞ?」

「一応は、駆逐艦です。こうなったら………私にも意地があります。」

 

何だかんだ言って、ここまで馬鹿にされたら逆に反骨心は芽生えてしまう。

自分達は、本当に駆逐艦なのだな………と実感した磯風達はそれぞれの武器を構える。

一方で、春風は本当に余裕が無くなっており、電を精一杯睨みつけながら、歯ぎしりをしていた。

逆に格上のオーラを放つ電は、かざした手の向こうから静かに春風達を覗き込んでおり、いつでも対応可能という姿勢を見せていた。

 

「……………っ。」

「どうぞ、そちらから仕掛けて来て下さい。」

「………後悔………しますよ!」

「それは、どちらなのですかね?」

「このっ!」

 

電の挑発に触発された春風は、左手の単装砲と凹型フレームの両側の台座の単装砲の3つを使い、一斉砲撃する。

磯風達3人はそれに合わせて、主砲を放ち、電の逃げ道を防ぐ。

特に、右手の長10cm砲ちゃんを模した連装高角砲と左手のピストル型の連装機銃、それに艤装に埋め込まれた長10cm砲ちゃんを持つ磯風の計6発の一斉砲撃は、夾叉弾として有効に機能した。

しかし………。

 

「忘れたのですか?暁型には、両肩に装甲版があるという事を。」

 

電は両肩の盾の角度を調整し、自分に飛来する砲弾を全て弾き飛ばして、砲撃を全部防御していた。

そして、おもむろに右肩の連装砲を放ってくる。

狙いは、一番後ろの夏雲。

 

「ひゃっ!?」

 

砲撃の硬直直後を狙われた夏雲の右腕の連装砲が、明後日の方向に吹き飛ばされる。

驚く彼女は、反射的に左腕の4連装魚雷を撃とうとするが、これも連射してきた電の砲撃で接続部のベルトが千切れ、遥か彼方に飛んで行ってしまう。

 

「う、嘘………!?」

「まず1人。」

 

一斉砲撃を受けたにも関わらず、あっという間にカウンターで夏雲を無力化してしまった電の砲撃の正確性に、思わず磯風達は唖然とする。

 

「どうしたのですか?遠慮していたら、全滅しますよ?」

「くっ………!」

「みたい………ね!」

 

春風が尚も砲撃を繰り返しているのを見て、右翼の早霜が横合いから魚雷を撃ち出す。

ベテランの電には、1発では心許なかったので、両ふとももの2発ずつだ。

しかし、電は腰に備わった6発の魚雷で相殺するのではなく、小柄な体を活かし、装甲版を構えながら、素早く左にスライドするように移動しながら回避していく。

外れた魚雷が訓練海域の端で爆発を起こし、ギャラリーの一部から悲鳴が出るが、気にしている余裕は無い。

 

「少し、電の本気を見せるのです。」

 

電は装甲版を構えたまま主機を前に加速させて、砲撃を続ける春風に、正面から盾による突撃を喰らわせる。

 

「きゃっ!?」

「それ、借りるのです。」

 

盾が攻撃用で無い事が幸いし、春風は少し後退させられるだけで済むが、何と左手で持っていたピストル型の単装砲を奪われてしまう。

電は、磯風に対して牽制砲撃を数発撃って感覚を掴むと、春風が立ち直る前に、左右の台座の単装砲と機銃を素早く撃ちぬいて無力化してしまう。

 

「ま、まだ………!」

 

主砲3つが全て失われた事で、基部ユニットの右側に備えていた傘を取り出した春風は、開いてバランスを保ちながら後方を向き、左右計4発の魚雷を放つ。

だが、隙だらけの雷撃が当たる程、電は甘くない。

奪った単装砲を水面下に連射し、浮上してきた魚雷を起爆させると、自身の目の前に派手な水柱を作る。

 

「何を………えっ!?」

 

横から回り込もうとした早霜は仰天する。

水柱が収まった時、電は鎖付きの身の丈もある錨を、頭上で振り回していた。

本来は、艤装の背部に備わっているバランサーの役目を果たすものだ。

 

「行くのです。」

「か、躱せ!?」

 

後ろに倒れながら磯風が警告する。

最大まで鎖を伸ばして、右から………磯風達からしてみれば左からぶん回して来た電の巨大な錨は、その磯風の真上を通過して、同じく倒れ込んだ春風の傘を弾き飛ばす。

問題は、回り込もうとした早霜。

攻勢に回ろうとした分、対応が遅れてしまい、咄嗟に左腕の小手の役割も果たす連装砲でガードするが、遠心力を最大まで発揮した一撃は、防御越しに彼女を吹き飛ばし、海上を転がして気絶させる。

 

「夏雲、早霜を頼む!春風も下がって………!」

「まだです!」

 

何とか起き上がりながら指示を出していく磯風であったが、余裕の無い春風は聞いてくれない。

主砲も魚雷も失った彼女は、懐から爆雷を取り出すと、電の足元に向けて、野球のボールを投げるように、全力で投擲していく。

水圧設定は変更していないので、着水した途端に爆発するわけでは無い。

だが、水深で爆発を起こせば、少なくとも海面の波は荒れてバランスを取りにくくなる。

そうすれば、錨は振り回せないと踏んだのだろう。

実際に、揺れる海面を前に、姿勢を制御する為に電は、錨を仕舞う。

 

「駆逐艦娘ならば………!」

 

電はまだ主砲も魚雷も健在であったが、春風は構わず一気に接近をする。

そして、左拳を握ると、その鉄拳を電の顔面に叩き込もうとし………。

 

「ご………はっ!?」

 

素早く身を屈めて、奪った単装砲を捨てた電の左ストレートが腹にめり込む。

余程強烈だったのか、春風の口から胃の中の物が吐き出されていく。

それでも何とか足を動かそうとしたが、電は右手で春風の顔を掴むと、そのまま海面に仰向けに押し倒す。

 

「は、速………!?」

「少し………頭を冷やして貰うのです。」

「が!?あ!?うあ!?」

 

電は表情を崩さず………しかし、相変わらず冷徹な視線で春風を見下ろすと馬乗りになり、何度も顔を殴りつけていく。

これには流石のギャラリーも、一部から悲鳴が上がった。

 

「春風!?電、やり過ぎだ!………くっ!」

 

磯風は援護がしたかったが、春風が密着してしまっている為、魚雷どころか砲撃も出来ない。

彼女は思い切って接近すると、重装備が備わった巨大な艤装を回転させて電にぶつけようとする。

残念ながら飛びのいた彼女には当たらなかったが、春風から引き離す事は出来た。

 

「春風、しっかりしろ!?」

「わた………くし………は………。」

 

痛みよりも、手も足も出ない悔しさに涙を流しながら、うわ言を呟く春風の様子を見ながら、磯風は電を睨みつけた。

彼女は、相変わらずの無表情で磯風に語り掛けて来る。

 

「磯風ちゃん、降参して欲しいのです。」

「………何?」

「流石に磯風ちゃんまで相手をする事になると、魚雷まで使わざるを得ません。そうしたら、大怪我に繋がります。」

「……………。」

 

磯風は理解をした。

電が主砲や魚雷をなるべく使わないようにしていたのは、磯風達をなめていたからではない。

彼女達が火器の直撃で大怪我をしないように、不殺を心得ていたからなのだ。

だが、重火器を備えた磯風を無力化しようとするとなると、そうはいかない。

 

「親切に警告してくれているというわけか………。」

「依頼主の春風ちゃんが気絶した時点で、磯風ちゃんが戦う理由はもうありません。」

「確かにそうかもしれないな。」

「もしも、これ以上戦うのならば………大破は覚悟して貰わなければならないのです。」

「大破か………確かにさっきまでの電の戦いぶりを見れば、そうなるのかもしれない。」

 

激情に支配されながらも、電は同時に冷静さをしっかりと保っていた。

侮辱をされながらも、圧倒的な実力を見せつつ、相手の事を気遣える余裕のある艦娘。

これが初期艦である電の、本当の資質なのだろうと磯風は思った。

だからこそ、今の自身の実力では敵わないと悟る。

しかし、同時に………。

 

「電、私はバカみたいだ。1対1になったからこそ、君と全力で手合わせをして、何処まで通用するか試したい自分がいる。」

「敢えていいますよ。愚行なのです。」

「分かっている。だが、駆逐艦らしいと言えないか?」

「……………。」

 

電は黙って、連装砲を動かすと磯風に向ける。

魚雷発射管も動かしている所を見ると、本気であるらしい。

磯風も、手持ちの高角砲と機銃の状態を確認した。

そして、艤装の長10cm砲ちゃんや計8本の魚雷を電に向けると、再び戦闘体勢に入る。

 

「すまないな。わざわざ警告してくれたのに。」

「いえ………。」

 

そして、2人は、主機を加速させて主砲を構え………しかし、突如その間に、別の角度から多数の砲弾が降り注ぎ、決闘が止められる。

 

「新手!?」

「この砲撃は………?」

「危険な実弾を使って、なにやっているのかな~?」

 

陽気な声に振り向いてみれば、そこには横須賀の提督を連れて来た、軽巡のボスである那珂の姿があった。

どうやら異常事態を前にして、止めに入ったらしい。

提督は、嘆息しながら電に告げる。

 

「………らしく無いな、電。お前ほどの艦娘ならば、実弾の消耗の重みや危険性は人一倍分かるだろうに。」

「司令官さん………申し訳ないのです。頭に血が上っていました。」

「磯風も闘争心を見せるのはいいが、鎮守府の財源を枯渇させる真似は控えて欲しい。」

「………すまない、司令。そこまで頭が回っていなかったです。」

 

頭を下げた2人は、わざわざ抜錨してきてくれた那珂と協力して、今回の決闘の負傷者達を抱えるなり背負うなりして、船渠(ドック)へと運んでいく。

提督の登場に、ギャラリーは散っており、訓練海域は静かになっていた。

その中で、磯風は敢えて提督に聞く。

 

「そう言えば司令。春風は姉妹を助けたいみたいでしたが、直接、司令には相談して来なかったのですか?」

「してきてないな。………そもそも、春風は単冠湾泊地を、無断で飛び出してきた艦娘なんだ。向こうの提督の話によれば、姉妹に異常事態が発生して、焦った彼女が独断で横須賀に出向いてしまったらしい。」

「そうだったのですか………。」

 

余程、姉妹が大切だったのだろう。

春風の艤装を外し、お姫様抱っこで運んでいた磯風は、涙を浮かべている彼女の姿を見て、悲しさを感じた。

仲間と散り散りになる痛みは、磯風には痛い程分かるのだから。




というわけで、ある意味、電が暴れ回った今回の話。
第2部では、可能な限り後書きも積極的に活用していこうと思っています。
この空間で、皆様とコミュニケーションを取る事が出来れば幸いです。
感想等も受け付けていますので、気軽に書き込んで貰えると嬉しいですね。
意外と投稿者って、感想1つでモチベーションがグーンと上がりますから。


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第52話 ~初期艦の悲哀~

提督は、船渠(ドック)入りこそ許可をしてくれたが、高速修復材(バケツ)の使用は、流石に今回は許可をしてくれなかった。

また、結果的に3人の艦娘を無力化して艤装をダメにした電には、罰として自身の艤装を背負っての鎮守府3週が言い渡された。

磯風は、不公平だから自分も罰を受けると言ったが、それよりも船渠(ドック)で早霜や春風の面倒を見て欲しいと提督は告げてきた。

そんなわけで彼女は今、夏雲と共に、気絶している2人の前に座っている。

 

「うーん………。」

「こ、ここは………?」

 

やがて、夕方になり日が傾いた所で、気絶していた2人が覚醒する。

磯風が軽く状況を説明すると、特に春風は下を向いて、何とも言えない顔になった。

 

「わたくし………怒りに染まる余り、電さんを侮辱してしまって………。それだけでなく………。」

「電の性格だから、そこまで気にしてはいないだろう。………それよりも、冷静になってくれたのならば、次は逆鱗に触れないように気を付けてくれ。」

「はい………申し訳ありません。」

 

磯風は、とりあえず春風の暴走は収まりそうか………と思い心の中で嘆息する。

そこに、2人の艦娘がやって来た。

先程磯風達を止めた軽巡那珂と、初期艦の1人である漣である。

 

「那珂さん、先程は申し訳ありませんでした。」

「あー、いいよ。休みの日位は、敬礼しなくても。」

 

咄嗟に………というか反射的に敬礼をしてしまった4人を止めながら、那珂は磯風達に真剣な顔を見せる。

 

「暁ちゃん達から聞いたけれど………春風ちゃん、初期艦の称号を持つ艦娘である、電ちゃんを侮辱しちゃったんだって?」

「はい………後で、電さんに謝りませんと………。」

「そうだね。でも、謝る前に、何で電ちゃんがキレちゃったか、少し知っておいた方がいいかなって思って漣ちゃんを連れて来たんだ。」

「確かに………そもそも私達は初期艦の事を余り知らないですからね。」

 

磯風が考え込む。

初期艦というからには、最古の艦娘であるのだろう。

艦娘がどういった経緯で誕生したのかについては、正確な話が伝わっていない。

とりあえず、巨大な軍船では、突如現れた深海棲艦に全く歯が立たなかったので、生み出されたのが艦娘………という事が一般的な常識だ。

 

「まず、春風ちゃんに聞きたいけれど………単冠湾泊地には、確か五月雨ちゃんがいるよね?彼女は何も話してくれなかったの?」

「いえ………過去に付いては全く伺っておりません。その………そんなに聞くと不味い物なのでしょうか?」

 

恐る恐る聞いた春風の言葉に、那珂は肩を竦め、隣の漣を見る。

漣は困ったように右の人差し指で頭を押さえると、話し出す。

 

「うーんと………まず、最古の艦娘は吹雪ちゃんなんだけれど………深海棲艦に対抗するために、人のサイズに合わせた船の装備を付ければ、どうにかなるかもしれないって、半ばヤケクソでやってみた事が成功したのが艦娘。」

「え………?ヤケクソって、そんな適当な感覚で………?」

「まあ、最初はそんな物だよ。それで、その実験を繰り返している内に、何故か人間の女に適性があると分かったから、次々と採用していって………、それで成功したのが初期艦。」

「ま、待って下さい!実験と成功って今、言いましたよね?まさか………。」

 

早霜の問いに漣はコクリと答えると、きっぱりと言う。

 

「そりゃ、昔は何も無かったからね。老若男女関係無しに、様々な人間が艤装を付ける形になって、適性が無ければ最悪廃人。人間様を救う為に、マジヤバい検査とか沢山あったんだから。」

「じ、人道とか無いじゃないですか!?そんなのに進んで参加する人なんて………!?」

「ほとんどいないよ。だって、世間から溢れた人間なんて山ほどいるじゃん。若いのが欲しければ、孤児や捨て子を連れてくれば良かったんだからさ。………というか、夏雲ちゃんや春風ちゃんは「あそこ見てるから」まだ分かるよね?」

「……………。」

 

何か意味深な発言をする漣の言葉を受け、夏雲は押し黙る。

磯風にとっては「あそこ」の意味も気になったが、今は初期艦の過去話の方が気にはなった。

 

「つまり………そうした非人道的な試験を乗り越えて、晴れて艦娘になったのが、吹雪・叢雲・漣・電・五月雨の5人なのか。」

「いやー、それも間違い。最初は、5、6倍はいたよ?」

「何?じゃあ、何で今は5人しか………。」

「みんな沈んじゃったからね。」

『っ!?』

 

少しトーンを落とした漣の瞳には、影が掛かっていた。

初期に生まれた艦娘は沢山いた。

それなのに、ほとんどが沈んでいった理由は………。

 

「今は陣形とか武装とか敵の知識とか色々あるけどさ………昔は、ホント手探り状態だったわけよ。その度に犠牲になる艦娘がどんどん出てきて………轟沈率って言えばいいのかな?今の比じゃなかったんだよね。」

「あの………当時、退役は許されなかったのですか?」

「そりゃ、人間様を守る為だもん。許されるわけがないよ。………この際だから、電ちゃんの為に言うよ。あの頃は、文字通り生きた心地がしなかった。常に艦娘というモルモットにされている状況で………明日沈むのは自分かもしれないもん。」

「………………。」

 

漣の言葉に、熱がこもってくるのを感じた春風は、俯き悟る。

艦娘にされたからって、強靭な精神を手に入れられるわけでは無い。

それなのに、日々無理やり戦場に送られて身近な仲間が沈んでいくのを見せられて、心が正常でいられるわけも無い。

只々、抜錨という恐怖に縛り付けられながら、何日も何十日も何百日も耐えなければならなかったのだ。

途中で、精神が崩壊した艦娘が出ても、おかしくないだろう。

 

「その………漣はどうやって耐えていたんだ?」

「漣はずるい艦娘だからね。御覧の通りメイドになりすまして、お偉いさんの機嫌取りに従事したの。そして、特別扱いして貰ってたんだ。」

「電は………。」

「うーん、真面目だったからねぇ………。誰かが沈む度に泣いて、お墓を作ってたっけ………。ここだけの話、横須賀の共同墓地の礎になったのは、電ちゃんのお手製のお墓なんだよ。」

「そうか………。」

 

最後まで質問をしていた磯風も、黙り込む。

春風は自身の状態の焦りもあって、怒りに任せて電達初期艦を、何の苦しみも悲しみも知らないと言ってしまった。

仲間想いの電にとっては、沈んだ者達の事も含め、最悪の侮辱であったのだろう。

故に、冷静さを保とうとしながらも、ぶち切れてしまったのだ。

 

「わたくしは………本当に………何て事を………。」

「まあ、春風ちゃんには春風ちゃんの事情があるんだろうけどね。只、この機会に初期艦ってどんな艦娘なのか、覚えておいて貰えると漣は嬉しいかな?」

「はい………ありがとうございます。漣さん。」

 

正座をして深く頭を下げる春風の姿を見て、磯風はようやく少し落ち着けたのだろうと思い、安堵する。

………と、そこに罰で鎮守府外周を1人で走って来て、頭を冷やした電が戻って来た。

 

「あ、夏雲ちゃん、早霜ちゃん、春風ちゃん、大丈夫なのですか?先程は、ごめんなさい。頭に血が上ってやり過ぎてしまって………。」

「そ、そんな!?わたくしが元々はいけなかったのです!電さんが謝る必要はありません!」

 

即行で頭を下げて来る電に、春風が戸惑ってしまう。

彼女らしい行動ではあるが、そうされると春風は土下座をしても立場がなくなってしまう。

早霜と夏雲も合わせて、何とか電の頭を上げさせて、春風が仲直りをして欲しいとお願いする事で、挑発からの決闘で続いていた悪い空気を、改善する事が出来た。

 

「電も春風も、芯は強いみたいだな。それ故に、何とかしてあげたい物だが………。」

「それに付いて提督から、今いる全員が揃ったら、執務室に来るように言われてるよ?」

「そうなのですか?分かりました。」

 

那珂の言葉を受け、磯風は互いに交互に頭を下げている電や春風の元に歩んでいった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「単冠湾泊地に出向………?」

「向こうの提督が、春風の無茶ぶりを考慮してくれたみたいだな。正式に横須賀へ、協力の電話を掛けてきてくれた。」

「正直、最初は良いイメージは無かったですが、柔軟に艦娘の事を考えてくれる方みたいですね。良かったです。」

 

磯風は、後ろを向いて穏やかな笑顔を見せる。

自分の願いが思わぬ形で叶った春風は、手を口に当てて驚いていた。

 

「それで………誰が出向するのですか?私がこうして応じているという事は、少なくともこの磯風は含まれているみたいですが………。」

「状況がまだ不透明である以上、流石に各駆逐隊丸ごとというわけにはいかない。そこで、今回の決闘………というか、乱闘に関わった艦娘達を第二十五駆逐隊に一時的に転属させる。」

「つまり………私と春風・早霜・夏雲・電、後は………。」

「漣にお任せ!」

 

ここぞと言わんばかりに明るく申し出た漣の申し出を受け、磯風は怪訝な顔をする。

 

「何、漣の事が嫌なの?」

「い、いや………そうではない!只、いきなり第二十五駆逐隊が一時的な転属とはいえ6人の艦隊になったから驚いただけだ。それに………同じ形式が1人もいないし………。」

「岸波ちゃんは、全員バラバラの形式で遊撃部隊作ってたじゃん。」

「確かにな………。」

 

今更ながらに岸波が嚮導艦を務める第二十六駆逐隊の異常性を実感させられる。

夕雲型の岸波・陽炎型の舞風・睦月型の望月・改白露型の山風・吹雪型の薄雲・綾波型の朧・初春型の初霜。

これだけ違った形式の艦娘達をまとめ上げた岸波は、脳筋とか仲間達に言われているが、あの第十四駆逐隊の陽炎並のカリスマは備えているのかもしれない。

 

(私はどうだろうな………。)

 

歩みを進めた事で、過去の楔から解き放たれた彼女と比べ、少しだけ磯風は自嘲してしまう。

磯風は未だに過去を引きずっている。

実戦ではなるべく単縦陣を使おうとしているが、過去にやらかした恐怖のあまり、未だに上手くいかず悩まされる。

それだけでなく、第十七駆逐隊の仲間達とは引き離されてしまい、彼女達が何処にいるのかも分からない。

こんな自分が嚮導艦で本当にいいのかと感じる事もまだあるのだ。

 

「情けない………。沖波は、私の事を勇ましいと褒めてくれたのに………。」

「おーい、口から感情が駄々洩れだぞー。………で、ご主人様。あの事は言わなくていいんですか?」

「夏雲、説明してやってくれ。」

「?」

 

漣と提督の会話の意味が分からず、磯風は夏雲を見る。

夏雲は、意を決したような顔で頷くと、真剣な顔で磯風を見た。

 

「磯風さん。実は………単冠湾泊地には今、貴女の姉妹艦………浜風さん、浦風さん、谷風さんがいます。」

「何!?第十七駆逐隊の仲間が揃っているのか!?」

 

磯風は思わず春風も見るが、彼女も首を縦に振った。

間違いない。

離れ離れになってしまった仲間達が、そこにいる。

だが………。

 

「待て、夏雲。という事は………だ。今まで私に会う度に不自然な仕草があったのは、そういった隠し事があったからか。何故、言えなかったのだ?司令の命令か?」

「それもあります。只、前の状態の磯風さんに、会いに行かせるのは危険だと判断したので………。」

「それはどういう………?」

「磯風さんは、「PTSD」という言葉はご存じですか?」

 

PTSD。

別名、心的外傷後ストレス障害は、死の危険に直面した後、その体験の記憶が自分の意志とは関係なくフラッシュバックのように思い出されたり、悪夢に見たりすることが続き、不安や緊張が高まったり、辛さのあまり現実感がなくなったりする状態の事だ。

磯風も艦娘とはいえ、海戦の中に身を置く為に知っている用語である。

だが、まさか………。

 

「私は呉で、明石さんの元で修業している頃、敷波さん達、第十九駆逐隊に連れられて単冠湾泊地へと赴きました。そして、第十七駆逐隊の3人にも会ったんです。」

「……………。」

「そこで………浜風さんが重度のPTSDに掛かっている事を知りました。あの泊地には、そういった悩みを持つ艦娘達が、極秘に集められているんです。」

 

工作艦として診察をするかのように、冷静に言葉を紡ぐ夏雲。

その内容は、磯風に衝撃を与えるには十分すぎた。




この作品内での初期艦が、どんな感じで生まれたのかを語る回です。
最初は、本当に何も無い所から艦娘という存在が生み出されたと思うんです。
その際の犠牲も、半端無かったのでは無いのかなぁと。
きっと、漣も電も、他の初期艦達も生きた心地はしなかったでしょうね。
ちなみに、漣はまだ語っていない事があります。
それが明らかになるのは、ずっと後になりますが………お待ちください。


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第53話 ~トラウマを抱えて~

「浜風ちゃん、イ級が1隻行きましたよ!」

「はい………!」

 

北の泊地特有の寒さが身に染みる海上で、浜風は抜錨していた。

右手に連装砲を、左手に機銃を持っていた彼女は、こちらに向かってくる小さな深海棲艦に向ける。

敵艦は中破をしており、魚雷を撃つ力は残っていない。

後、もう少しで互いの砲門の適正距離に入る。

 

(仕留めなければ………!)

 

生き残る為には、確実に撃沈しなければならない。

だが、幸いにも、浜風はそれだけの練度を十分備えている艦娘だ。

近づいた所で、撃てばいい。

いつも、頭を使わなくてもいいくらい、繰り返して来た単純作業。

ところが………そこで敵艦が適正距離を誤って、ヤケクソで撃ってくる。

 

(!?)

 

口から放たれた砲弾は、遥か手前で着弾して水柱を立てる。

何の変哲もない、海戦の上では愚行とも言える行為。

しかし………「今の浜風」にとっては、ボディブローのように一番効いてしまう行為であった。

 

「あ………ああ………!?」

 

砲弾が着弾した途端、彼女の脳裏に、「あの時」の記憶が思い起こされる。

その瞬間、北方の海は、南方の霧の中の海に書き換えられ、紅蓮の砲弾が自身を呑み込み、爆発する映像が何度も流れる。

 

「違う………違う!アレは南方棲戦姫じゃない!只の駆逐艦よ!!」

 

首を振って苦い記憶を吹き飛ばそうとするが、トラウマは連鎖していき、自身の周りに多数の紅蓮の砲弾の幻が降り注がれる。

そう思った瞬間、夾叉弾に縛り付けられるかのように、恐怖が巻き起こり、浜風から冷静な判断能力を奪っていく。

 

「浜風ちゃん、適正距離!撃って!」

「うあっ!?」

 

浜風は見た。

前方から再び主砲を撃とうと口を開いた駆逐艦が、舌なめずりをする姫クラスの………南方棲戦姫の幻に置き換わるのを。

浜風は見えてしまった。

目の前にもげた左腕が………自分を逃がすために捨て艦という道を選んだ、沖波の左腕が無残に転がるのを。

 

「わ、私は………嫌ぁああああああ!?」

 

感情が滅茶苦茶になった浜風は、戦意を喪失し、後ろを向いて逃げ出す。

イ級にとっては背中が隙だらけであったが、横から砲弾が素早く飛んできて、爆発させられる。

不思議な透明感のある、青髪のロングヘアの艦娘が、素早く砲撃をしたのだ。

彼女は敵艦が全滅したのを確認すると、海面に手を付き胃液を吐き出している浜風の元に向かっていって、状態を確認する。

 

「大丈夫、浜風ちゃん?」

「う………うあああぁ………。」

 

PTSDによる恐怖と、自身の情けなさに思わず涙する浜風を労わりながら、その艦娘は電探で通信を送る。

 

「高雄さん、こちら五月雨です。浜風ちゃんは………今日もダメでした。」

「そう………やっぱり、中々上手くいかないわね………。とにかく、お疲れ様。提督から話があるから、彼女を連れて帰投してきて。」

「はい。………浜風ちゃん、行こう。」

 

そう言うと通信を送った艦娘………五月雨は、浜風を担ぐようにしながら帰投していく。

北方に出来た泊地………単冠湾泊地に………。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

磯風達は、途中の大湊までは、船の定期便を使って行く事を横須賀の提督に許可された。

というのも丁度、秋刀魚漁に行く艦娘達が、この船を使っていた為、ついでに同乗させて貰えたからだ。

秋刀魚漁に行くのは、曙・ヴェールヌイ・村雨・大潮の4人。

彼女達は、大湊で潮や阿賀野、神鷹等の艦娘達を誘って、秋刀魚漁を行う漁船の護衛をする代わりに、自身も釣りを堪能しようという契約を毎年結んでいる。

もしも、岸波が呉の明石に弟子入りをしていなければ、釣り好きの彼女も連れていく計画を立てていたらしい。

そんな10人の艦娘が集う漁船に揺られながら、磯風は船室で何度も溜息と付いていた。

 

「はぁ………。」

「何よ、いきなり辛気臭い顔しちゃって。アンタ、姉妹艦に会いに行くっていうのに、それは無いでしょ?」

「すまない………。」

 

同じ船室で、ライフジャケットを着て、釣り竿の手入れをしていた曙に言われ、磯風は謝りながらも、また溜息を付く。

その様子を見て、曙も嘆息してしまう。

 

「変な癖、伝染させないでよね。………浜風の件、そんなに気にしてるの?」

「気にしない方が、おかしいだろう。まさか、あの時の後遺症で、重度のPTSDに掛かっていたなんて、予想していなかったからな………。」

 

思えば、南方棲戦姫の砲撃が直撃した時点で、察するべきだったのかもしれない。

その後、彼女を逃がすために沖波を捨て艦にしてしまい、岸波を中心にトラウマを残してしまった事も。

そして、何より………その沖波が遺したのが、もげた左腕だけであった事も。

 

「トラウマを残すだけの素材は、沢山あった。だけど、それに気付けなかった時点で………。」

「自分を責めるのは否定しないけど、過去は変わらないわよ?あたしも、先輩達が轟沈した件で、似たような症状に陥っていたから分かるけど、結局の所は、今を変えるしかないんだから。」

「そうだな………。」

 

このままではいけないと思い、話題を切り替えようとした磯風は、春風を見る。

横須賀の提督達の配慮のお陰で、本来の落ち着きを戻す事が出来た彼女は、お茶を丁寧な佇まいで、電達に配っていた。

 

「春風。姉妹達の異常事態というのは、どういう物なのだ?」

「そうですね………上手く説明しにくいのですが、神風御姉様も、朝風さんも、松風さんも、旗風さんも、昏倒してしまっているのです。悪夢を見ているのか、かなり苦しそうに呻いていて………。」

「………その原因は分かるか?」

「詳細は、分からないのです。昏倒する直前に、単冠湾泊地から抜錨していたのですが………4人共小破して戻って来た数日後に、次々と倒れてしまって………。」

「その時春風は?」

「わたくしは、船渠(ドック)入りしていたので、抜錨していなかったのです。」

「成程………。」

 

今の話を整理すると、春風以外の4人が抜錨して海戦をした時に、何かが起こったという事だ。

………とすると、戦った深海棲艦が関わっているのかもしれない。

 

「何か手立てがあれば、いいのだが………。」

「あると思いますよ?」

「何?」

 

意外にも腕を組んで考え込む磯風に対し、電が応えた。

彼女は、春風に入れて貰ったお茶を飲みながら、静かに答えていく。

 

「その根拠は何処にあるんだ?」

「電達みんなで、単冠湾泊地に赴いている事が根拠なのです。何の考えも無しに、向こうの司令官さんは、横須賀から艦隊を要請しません。無駄足になってしまいますからね。」

「つまり………討伐すべき対象が分かっているという事か。でも、それなら、真っ先に春風に伝えていれば、暴走も無かったはずなのだが………。」

 

磯風は頭を捻る。

何というか提督含め、単冠湾泊地の環境が、どうなっているのか分からない。

その考えを察したのか、春風が再び磯風に告げて来る。

 

「あの、磯風さん。誤解の無いように言いますけれど、わたくし、あの泊地の司令官様を、信頼していないわけでは無いのですよ?」

「ん?黙って出て行ったのにか?」

「それは、その………単冠湾泊地が司令官様だけの意志だけで、運営できる場所では無いので………。」

 

急に口ごもる春風に、磯風は益々分からなくなってしまう。

提督の意志だけで運営出来ないという事は、その上の存在が干渉して来ているという事だろうか?

クエスチョンマークを浮かべまくる磯風の姿を見て、曙が少しだけ笑って言う。

 

「ま………実際に会ってみて、聞いてみるのが一番よ。百聞は一見に如かずって言うでしょ?」

「分かった。そうする事にしよう。」

 

ここで悩んでいても仕方ないと思った磯風は、姉妹艦の居る泊地へと少しでも万全の状態で赴けるように、艤装の準備をし始めた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

曙達とは大湊で別れる事になり、そこからは自力で航行して北上していく。

複縦陣を取った磯風達は、左手前から漣・早霜、磯風・電、春風・夏雲の順番で並んでいる。

その中で、後方の春風が電探で聞いてきた。

 

「あの………横須賀から気になっているのですが、何故、わたくしの艤装には、ドラム缶が2つ付いているのですか?」

「夏雲が、修理をする為の用具が入っている。もしもの時に、彼女が応急処置を施してくれるから、大切にしてくれ。」

 

峯雲がいないため、誰かが夏雲の修理用具と補給用具が入っているドラム缶を持たないといけなかった。

それで悩んだ挙句、神風型の凹型フレームに括りつけるのが一番だという結論になったのだ。

括りつける為の錨付きの鎖は、秋刀魚漁に赴く村雨から、予備を2つ借りて対処している。

 

「雷が酷いな………。」

 

天候は暗雲。

雷雨が鳴っており、余り宜しくない。

これが訓練ならば、最高の天気だが、実戦だと潜水艦等が見えにくい為、非常に危険だ。

その為、常に電探だけでなく、ソナーも起動しながら、敵艦の動向を探っていた。

 

「そう言えば磯風ちゃん。」

「どうした、漣?」

「単縦陣が使えないのは、事実なの?」

「………ああ。」

 

磯風は素直に答える。

旗艦でありながら、一番攻撃力の高い単縦陣が使えないのは、致命的ではあった。

しかし、彼女もまた過去のトラウマに悩まされているのだ。

自身の不用意な具申によって、沖波の命を奪い、岸波や浜風に傷を残した事に………。

 

「他の艦隊との共同訓練でやってみようとするのだが、どうしても口から言葉が出ない。恐怖と悔恨に駆られ、代わりに胃の中の物をぶちまける事もある。………私は、まだ弱い艦娘だ。」

「うーん、陣形に制限があるのは確かに致命的だよね。旗艦を電ちゃんとかに交代したら?」

 

嫌味とかそうではなく、漣は真面目に言ってきている。

仲間の命を預かる以上、もしも命取りになったら後悔してもしきれない。

しかし、そこで電が言ってきた。

 

「漣ちゃん。気持ちは分かるのですが、第二十五駆逐隊の旗艦は磯風ちゃんなのです。その場しのぎをしていては、いつまで経っても彼女は伸びないのです。」

「まぁねぇ、旗艦って色々と経験しないといけないからねー。でも本当にヤバい時は、交代も視野に入れといてよ?」

「分かった。………ん?迎えか?」

 

雷雨の中を、不思議な透明感のある、青髪のロングヘアの艦娘が航行してきた。

彼女は、笑みを浮かべながら手を大きく振ると、磯風達の艦隊の前で止まる。

 

「初めまして!白露型6番艦の五月雨です。宜しくね!」

「五月雨………君が初期艦の1人か。横須賀から出向してきた第二十五駆逐隊の旗艦、磯風だ。宜しく頼む。」

 

挨拶をした五月雨は反転すると、付いて来て………と言い、艦隊を単冠湾泊地へと導いてくれる。

磯風達は、彼女に従いながら航行して、やがて夜に到着した。

その頃には雷雨は晴れていたが、月の見え無い新月の夜であった。

 

「流石にこの季節になると、北方は肌寒いか。」

 

特有の寒風に、身を震わせながら上陸した磯風達は、建物を見て回る。

新設された泊地だからか、他と比べると建物が立派で、幾つも立っていた。

装備品保管庫に艤装を置いて、庁舎へと案内された磯風達は、執務室の前に立つ。

 

「提督、五月雨帰投しました。第二十五駆逐艦隊の方も一緒です。」

「あ、お疲れ様ー!入って来て!」

 

随分気さくな女の声が聞こえたので、磯風は違和感を覚える。

ここは女性提督が、管理をしているのだろうか?

そして、五月雨が扉を開ける。

 

「ん………?」

 

磯風は妙な光景を見る。

執務室には、机が置いて有り、横に青を基調とした服を着た、黒のボブヘアーに赤眼の女性が立っていた。

横須賀の愛宕と服が同じという事は、もしかして………。

 

「貴女は………高雄さんですか?」

「ええ。高雄型1番艦、重巡高雄よ。この単冠湾泊地の秘書艦をやっているの。………とりあえず、まずここの提督に挨拶をして。」

「はい、宜しく………。」

 

高雄から机の向こうに座っている提督に目を移した磯風は固まる。

狐色のセミロングの髪を、大きな白いリボンでツインテールにした少女が、不格好な提督の白い帽子を被りながら座っていたからだ。

その提督の正体は………。

 

「ヤッホー、磯風。久しぶりね。」

「………何をやっているんだ?陽炎?」

「何って………提督よ、提督!」

 

陽炎型ネームシップ陽炎。

あの第十四駆逐隊の嚮導艦を務め、数々の鎮守府で秘書艦を務めた艦娘が………何と提督として君臨していた。




第1部の岸波編で謎に包まれていた、残りの第十七駆逐隊の居所が明らかに。
そして、まさかの形での、岸波の憧れの陽炎の登場です。
全体的に、PTSDの厄介さを語る回になりました。
どんな勇猛な艦娘でも、ふとした事で戦えなくなる。
その可能性は、常に秘められてる………そう私は思っています。


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第54話 ~艦娘提督~

「艦娘が提督………?そんな事例、聞いた事が無いぞ?」

「そりゃそうよ。私が初めてだもの。」

 

机に置いた書類を束ねて揃えた陽炎は、怪訝な顔を見せた磯風の疑問にあっさりと答える。

秘書艦だけでも困難な仕事であるのに、その上の提督という職を、艦娘が担う事になるなんて、前代未聞だ。

それだけ陽炎が様々な経験をこなして来たという事なのだが、磯風にしてみれば、わざわざ貴重な戦力になるはずの艦娘を提督業に専念させる理由が分からなかった。

 

「訓練は行っているのか?」

「やーねえ。ちゃんと、必要な時は、高雄さんに任せてやってるわよ。練度は落ちてないから安心して。………と言っても、駆逐艦提督なんて初めてだから不安になるのも仕方ないか。」

 

笑みを浮かべながら手をひらひらさせた陽炎は、一転して両肘を机に付いて、組んだ手の上に顎を乗せると、真剣な顔で話し始める。

 

「私は実験台なの。艦娘に提督をやらせる事で、どれだけのコストを削減できるか………っていうね。」

「提督1人分を用意するコストの削減か。私としては、駆逐艦とはいえ艦娘1人を無駄に消費するコストの方が心配だが………。」

「それだけじゃないわ。宿毛湾泊地の提督が殉職した話は知っているでしょ?あの件を受けて、上は、艤装を付ければ丈夫な艦娘を提督にした方が、安全じゃ無いかと考えたのよ。」

「宿毛湾泊地………か。」

 

磯風は、後ろで俯いている早霜をちらりと見る。

朧とケッコンカッコカリをして、彼女との子供を授かった提督は、フラッグシップ級レ級の侵攻を受けて、戦死した。

当時、泊地に所属していた早霜を庇って………である。

それ以来、深海棲艦の侵攻に脅かされやすい泊地に、艦娘を提督として育てておく事で、戦死する確率を減らそうとしているわけである。

只、いきなりぶっつけ本番で採用するわけにもいかないため、最初に任命されたのが、秘書艦経験豊富な陽炎であったのだ。

 

「悪いわね、早霜。嫌な事思い出させちゃって。」

「いえ………でも、陽炎さん。この泊地は、色々と特殊だと聞きました。その………体調とかは大丈夫なのですか?」

「高雄さんからいい胃薬を貰ったから、持ちこたえてるわ。でもまあ、他の泊地の常識が通じる場所じゃないから、出歩く時は気を付けた方がいいわね。」

 

そう言うと、陽炎は春風に視線を移す。

 

「本当は、すぐにでも姉妹艦を救う準備がしたいだろうけど、磯風や早霜は何も知らない状態だから、順序立てて説明していくわね。………いい?」

「はい………。その、申し訳ありません。勝手にわたくしが暴走して………。」

「いいのよ、思わず身体が動いてしまう事なんて、誰にだってあるんだから。」

「提督もやんちゃだったものね………。」

「高雄さーん、それは言わない約束。………さて、付いて来て。今ここにいる艦娘達を紹介するわ。」

 

陽炎は机から立ち上がると、まずは高雄も引き連れて食堂へと向かう。

流石に泊地というだけあって、大きくても艦種はごちゃ混ぜであるらしく、第一次士官室(ガンルーム)のような部屋は存在しないらしい。

食堂も風呂も寝室も全て一緒で使っているとの事だ。

 

「ついでだから、夏雲には改めて診察をして欲しいの。神風達のように、前に明石さんと一緒に来てくれた時から、変化をしている艦娘もいるから。」

「分かりました………。ここに来ると、修理よりも診察が多いですね。」

「仕方ないわよ、そういう所だから。」

 

陽炎は庁舎を出て、寮へ入り、そのまま廊下を歩いて食堂へと入室していく。

この時間は皆、食事を取っている状態であったが、提督である陽炎を見ても、誰も敬礼をしなかった。

むしろ、磯風等、見慣れない艦娘達の登場に、警戒心を露わにする艦娘の方が多かった。

その様子を察知してか、陽炎は笑みを見せる。

 

「大丈夫よ、悪い艦娘達じゃないから。とりあえず、浜風、浦風、谷風、こっちに来なさい。」

 

陽炎は食堂の端に座っている3人に声を掛ける。

3人は磯風を認識したが、どういう顔をすればいいか分からないのか、磯風の元に歩んでこない。

嫌われているのか?と思った磯風であったが、あまりネガティブになるのは良くないと思い、自分から3人の元に歩んでいく。

 

「久しいな、浜風、浦風、谷風。」

「ええ………。」

「久しぶりじゃのぉ………。」

「まー………会えて嬉しいよ。」

「……………。」

 

何となく余所余所しい3人の態度を見て、磯風は突如、思いっきり頭を下げる。

その行為に、3人は思わず驚き、食事の乗ったトレーをテーブルから取り落としそうになる。

 

「すまなかった!私の不注意で、浜風を始め、皆に迷惑を掛けて!」

「ち、違う!違うんじゃ!只、うち達は磯風に会わせる顔が無うて………!」

「そ、そうそう!別に谷風さん達は、恨んでいるとかそんな事は無いんだって!本当だよ!」

「むしろ謝らなければならないのは、こちらです………!私が………PTSDにならなければ………!」

 

最後に言葉を紡いだ浜風が、歯を食いしばる。

何だかんだ言って、4人共、後悔を背負っているのだ。

それ故に、よりを戻したいと思っても、上手くいかないのだろう。

そんな不器用な十七駆逐隊の姿を見た陽炎が、助け舟を出す。

 

「積もる話は後回しにして、他の艦娘の紹介を始めるわね。まずは、この泊地の主力艦。五月雨!不知火と浜波、択捉に龍鳳さんも連れて来て!」

 

陽炎の言葉に、五月雨に連れられて、ピンクのセミロングの髪を、水色のリボン型プラスチック飾り付きのゴムでポニーテールに纏めた艦娘が歩んでくる。

その後ろからは、スカイブルーのロングヘアを三つ編みにしている目を隠した艦娘がやって来る。

更に、後ろ髪の先端が前向きに跳ねたクセのある朱色のボブカットの幼い艦娘。

そして、癖のある紺のセミロングの髪に赤い瞳の垂れ目が特徴の艦娘が歩んできた。

順番に、陽炎型2番艦不知火、夕雲型13番艦浜波、択捉型1番艦択捉、改龍鳳型航空母艦龍鳳である。

 

「まずは不知火!私の呉時代からのパートナー!とっても強くて頼りになる、駆逐隊のリーダーなの!」

 

その髪をわしゃわしゃと撫でながら、陽炎は不知火を紹介する。

不知火は特に気にした様子もなく、磯風達に敬礼をして、ハキハキと喋る。

 

「不知火です。ここで陽炎達の、訓練面での補佐的な役割を担っています。宜しくお願いします。」

「不知火もいるのか………。何というか、相変わらずの眼力だな………。」

「………磯風、それはどういう意味で?」

「いや、何でも………。」

 

磯風のポロっと出た本音に、その眼光で睨みつけて来た不知火に対し、皆が首をブンブンと横に振る。

それに構わず(日常茶飯事なのだろう)、陽炎は次の艦娘を紹介する。

 

「次は浜波!早霜は同じ夕雲型だから良く知っているでしょ?コミュニケーションは苦手だけど、だからこそ、この泊地の艦娘達に寄り添える子なの!」

 

陽炎の紹介に(またわしゃわしゃと髪を撫でられながら)、浜風は俯きがちに話し出す。

 

「は、浜波です………。はやちゃん、久しぶり………。せ、戦力としては自信無いけれど………、みんなの気持ち………、分かってあげたいな………。」

「浜風姉さん、上手くいかない事が多いって手紙で言っていたけれど………、この泊地で頑張っているのね。」

「う、うん………。み、みなさん、よろ、宜しくお願いします。」

 

軽く頭を下げた浜波の肩を叩きながら、陽炎は、隣の背丈の低い艦娘に一歩前に出るように言う。

 

「この子は海防艦の択捉!小さな身体だけど、しっかり者よ!対潜水艦ならば、負けないんだから!」

 

流石に小学生のような姿の子に対し、髪をわしゃわしゃとはしなかったが、陽炎は自信満々に紹介をしていく。

択捉は、ペコリとお辞儀をすると自己紹介を始める。

 

「只今、司令に紹介された択捉です!海防艦の務めは、敵潜水艦から艦隊を守る事だと思っています。期待に応えられるように頑張りたいです!」

「小さい身体なのに逞しいのです。きっと将来、大物になれますよ。」

「しょ、初期艦の電さんに褒めて貰えるのは光栄です!」

 

択捉の前向きな言葉に満足げな表情を浮かべた陽炎は、最後の艦娘に前に出るようにお願いする。

今までと態度が違うのは、その艦娘が若干小柄であるとはいえ、駆逐艦や海防艦では無いからだ。

 

「軽空母の龍鳳です。陽炎さんにスカウトして貰って、この泊地の航空戦力として配備されました。」

「スカウト?何かの基準があったのですか?」

「私、元々は大鯨という艦娘で………自身の弱さも心得ているからって理由で抜擢されたんです。」

 

漣の質問に丁寧に答えた龍鳳も、お辞儀をする。

陽炎は、うんうんと頷くと、更に択捉と龍鳳にお願いして、2人の艦娘を連れてきてもらう。

択捉が引っ張って来たのは、同じく低身長の紺色或いは深い青紫のロングの髪を持つ弱気な艦娘。

一方で、龍鳳が押して来たのは、車椅子に乗っている、ピンク髪を左側頭部で黒紐にて片括りにしたサイドテールの艦娘である。

択捉型2番艦の松輪と、白露型5番艦の春雨である。

2人の様子を見た夏雲が、前に進み出る。

どうやら、彼女の「診察」対象の艦娘であるらしい。

 

「松輪さん、最近どうでしょうか?」

「ど、どうって………艦娘は………怖くて………でも、辞めても居所が無くて………。」

「そうですか………。それでも、必死に頑張っていますね。」

「ほ、本当………でしょうか………?」

「本当です。生きようとする事が、まず一番なのですから。」

 

夏雲と松輪が会話をしている中で、高雄がそっと磯風達に耳打ちをする。

 

「択捉ちゃんと松輪ちゃんは捨て子なのよ。それを、上が無理やり艦娘にしてしまったの。」

「そうなのですか………。松輪にしてみれば、いきなり戦いの場に放り込まれてしまったわけなのですね………。」

 

誰しもが、艦娘としての闘争心を持つわけでは無い。

松輪のように臆病な艦娘がいたっておかしく無いのだ。

しかし、戦力を確保する為に、上は適正のある娘ならば、誰だって有無を言わさず艦娘にする。

それが捨て子であるのならば、猶更だろう。

 

「退役をしても………捨て子では養って貰えるはずもないですよね。」

「残念だけれどね。だから、この泊地で預かっているのよ。択捉ちゃんは、自分と同じ境遇の松輪ちゃんを気遣ってくれているわけ。」

「……………。」

 

2人共、幼いのによく頑張っていると、本当に磯風は思った。

そうしている内に、夏雲は松輪とカウンセリングを終えて、春雨の方に向かう。

 

「前回こちらに来た時はいませんでしたね。足は………どうしたのですか?」

「深海棲艦に噛みつかれたの。そうしたら、動かなくなってしまって………。」

 

ちょっと失礼します………と夏雲は言うと、その動かない春雨の脚を丁寧に触って何かを確かめていく。

磯風達が首を傾げる中、彼女は春雨に質問をした。

 

「動かなくなったのは………いつ頃ですか?」

「2ヶ月前くらい………かな。それで、この泊地に船で送られる事になって………。」

「その割には筋肉があります。普通は、運動をしない脚の肉は衰えるはずなのに………。」

 

夏雲の診察に、磯風達も確かに妙だと思った。

春雨の脚は、しっかりと肉が付いており、その気になれば、すぐにでも立って歩けそうであった。

 

「後で調べてみる必要がありそうね。………さて、磯風達も、自己紹介を兼ねて食事!みんなで色んな話をして栄養補給をしたら、ある場所に案内するわ。」

「ある場所?」

「食事を終えたら教えてあげる。」

 

詳細を教えてくれなかった陽炎の対応に、妙な物を覚えつつも、磯風は久しぶりに、第十七駆逐隊の面々と共に食事を取る。

しかし、残念ながら会話は弾まなかった。




単冠湾泊地所属艦娘の、紹介回になりました。
陽炎が提督をやっている理由は物語内で語った通りです。
この物語内では、艤装を付ける事で、艦娘は耐久力も上がるという設定になってます。
そのお陰で、砲撃や魚雷を受けても、ある程度は耐えられるのかなと。
ちなみに皆様は、艦娘に提督をやらせるのならば、誰を選びますかね?
ここら辺は、個性が出そうです。


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第55話 ~単冠湾泊地の裏の顔~

食事を終えた後、磯風達は陽炎と高雄に連れられて、一旦寮を後にする事になる。

何となく重苦しい空気が漂っていたが、磯風は黙って付いていく。

やがて彼女達は、単冠湾泊地に立っている立派な建物の内の1つに近づく。

飾り気の無い建物の入り口には、黒い頭巾が付いている外套を纏った女性が退屈そうに立っていた。

 

「神州丸。元気にしてる?」

「提督殿か。見ての通り、本艦には何の変化も無い。………そちらの2人は新入りか?」

 

そう言うと、そのくすんだ茶色の髪を後ろで二房の三つ編みにしている女性………揚陸艦である艦娘の神州丸は、磯風と早霜に目を向けて来る。

2人は自己紹介をして、横須賀から出向してきた事を伝えた。

 

「成程な。貴様達は、神風達の異常事態を受けて来たという事か。ならば、用があるのは「あの女」………か。」

「あの………神州丸さん。わたくし、この建物には入った事が無いのですが、この中には、一体何があるのですか?」

 

そう聞いてきたのは、春風。

その言葉に、磯風は驚いた顔を見せる。

 

「春風はこの泊地に在籍しているから、知っているのでは無いのか?」

「いえ………基本、この建物は立ち入り禁止なのです。艦娘も衛兵も、誰も入れないのですよ。」

「陽炎、どういう事だ?」

 

磯風はすぐさま陽炎に聞いてみるが、彼女は肩を竦めて言う。

 

「機密レベルが極めて高い場所なのよ。ほら、神州丸の傍に艤装が置いてあるでしょ?この中に無断で入ろうとしたら、彼女が装備して迎撃を行うわけ。」

「物騒だな………。だが、衛兵でなく艦娘を置くという事は、本当にそれだけ何かがある場所という事か。」

「この建物の中の事を知っているのは、提督である陽炎、秘書艦である高雄。後は、初期艦である五月雨と、あの女を診た明石と夏雲。後は、不知火等、その周りの親しい面々だな。」

 

神州丸は無表情のままでそう言うと、何故か艤装を装着していく。

よく分からなかったが、磯風は後ろを見て確認を取る。

 

「今の話が正しいのならば、電や漣は知っているって事か?」

「はい。昔、入った事があるのです。」

「漣も。初めてなのは、磯風ちゃんと早霜ちゃんと春風ちゃんの3人だね。」

 

電と漣は淡々と答えるが、あまり良い表情はしていない。

夏雲の方も見てみたが、彼女は深呼吸を何度もしていた。

 

(この中には何がある………?)

 

見張りが艤装を装着する事を合わせて、異様な雰囲気を出している事を感じ取った磯風は、警戒心を露わにする。

あまり好ましい場所では無さそうな雰囲気だ。

 

「じゃ、入るわよ。」

 

神州丸に案内される形で、陽炎が歩いていく。

その後ろに磯風達が続き、最後に高雄が扉を閉めてカギを掛ける。

先頭の神州丸が電灯を付けると、地下への階段が続いていた。

彼女は決して広くはない階段に艤装をぶつけないように気を付けながら、慎重に下りていく。

 

「まるで、独房に入っているみたいだな………。」

「ある意味、間違いじゃないわね。」

「何?」

「磯風。あんたは疑問に思った事はある?何故、沈んだ艦娘の怨念が、深海棲艦になるって事実が分かったのか。」

 

階段を下りながら、陽炎が聞いてくる。

磯風は、駆逐水鬼になった萩風や、深海千島棲姫になった先代薄雲の事を言っているのだろうかと思い、考えを巡らせる。

確かに、外見はそっくりではあるが、普通に考えれば、人類の救世主が人類の敵になるなんて考えは持ちにくい。

では、何が基準となって、そのような考えに至ったのか。

 

「これは、五月雨達の方が詳しいんだけれど………、艦娘の誕生に伴って、人は、彼女達をどうすれば勝利に導けるのか模索を始めたわ。同時に、脅威となる深海棲艦の生態にも興味を持ち始めた。」

「何が言いたいんだ………?」

「当時高かった轟沈率を少しでも減らす為、貴重な戦力である艦娘を失わない為、侵略者の素顔を暴く為、そして、人としての知的好奇心を補う為………あらゆる手段を人類は使う事を選んだ。」

「だから、何が………?」

「その答えの1つが、この扉の先にある。」

 

やがて、地下の階段を下りた所に、窓の無い扉があった。

陽炎は磯風の問いを無視して神州丸の方を見ると、扉に手を掛ける。

 

「最終確認。………いい?この先にある物を見ても、気絶しないでね。運ぶの大変だから。」

「わ、分かった………。」

 

思わず唾を飲んだ磯風は、早霜と春風を見渡して頷く。

その言葉に頷いた陽炎は、扉を開けた。

すると………。

 

「タ………スケテ………。」

『!?』

 

声が聞こえて来た。

それも、助けを求める声が。

しかし、それは人間の物では無い。

海の底から響き渡るような………そう、深海棲艦の。

 

「ま、まさか!?」

 

扉の先に入った磯風は青ざめた。

真っ直ぐの通路の左右に、独房と変わらぬ格子が並んでおり、その1つ1つに、黒を基調とした化け物達………深海棲艦が入れられていた。

海水から離れているからか、皆、弱り切っており、中には干からびているイ級等もいた。

助けを求めて、硬い鉄格子を揺らしている鬼クラスや姫クラスも、中にはいる。

 

「陽炎………これはどういう事だ!?」

「さっき説明したでしょ?艦娘を勝利に導くために、深海棲艦の「鹵獲」も、昔から密かにやっていたのよ。」

「よくも、こんな馬鹿げた真似を!!」

 

思わず怒りに任せて、磯風は陽炎に拳を振るいそうになるが、その手を高雄に止められる。

 

「落ち着きなさい!姉妹艦なら、提督が好んでこんな事をするわけ無いって分かるでしょ!?もっと上の存在が、命令しているのよ!」

 

高雄は説明する。

昔は、横須賀を始めた鎮守府等でも積極的に行われていたと。

只、艦娘の増加に伴い深海棲艦の置き場が無くなった為に、新しく作ったこの泊地に纏めて入れているのだ。

当然、提督とはいえ、陽炎にその拒否権は存在しない。

 

「貴女達の為に、汚い部分を被っているネームシップに、八つ当たりをするのはよしなさい!」

「………この深海棲艦達はどうなる?」

「上が派遣した、化学者達の研究材料になるわ。」

「モルモットじゃないか………。」

「その研究成果を受けて、新しい武装が開発されたり、有効戦術が編み出されたりするのだから、一概に文句は言えないわ。それに………海で出会ったら沈めるでしょ?」

「……………。」

 

高雄の言葉で頭を冷やした磯風は、落胆する。

色々と疑問があった単冠湾泊地であるが、こんな裏の顔も持っているとは思わなかったからだ。

その泊地を表面的には治めている陽炎は、敢えて感情を表に出さないようにしている感じだ。

 

「殴りたければ、後で殴っていいわ。私自身も、胸を張って誇れる行為じゃないって分かってるから。」

「………私達を、ここに連れて来た理由は何だ?ここに、春風の姉妹艦を救う手立てがあるのか?」

 

磯風は、後ろを見る。

早霜も流石に真っ青になって俯いており、春風は足の力が抜けて腰を抜かした所を電や漣に支えられている。

夏雲も、何度も深呼吸をして落ち着こうとしている感じだ。

 

「ちょっと、もしかしたらカギを握っているかもしれない人物がいてね。………と、噂をすれば来たわ。」

 

陽炎の言葉に、磯風達は見る。

通路の向こうから、艤装を付けて歩いてくる人影を。

だが、その人物は肌とロングヘアが深海棲艦のように白く染まっており、異様な雰囲気を纏っていた。

顔は左半分を中心に鱗のような浸食が進んでおり、左手は甲殻類のような硬い皮膚と爪に覆われていた。

額には白と黒の角が数本生えており、目は片方が赤く染まっていた。

 

「君は………?」

 

磯風は、その人物に見覚えがある気がした。

 

「誰だ………?確か………。」

「磯風。望月さんが持っていた写真に………。」

「あ!?」

 

磯風は、早霜の呟きで気付く。

昔、第二十六駆逐隊が横須賀にいる時、望月の部屋で彼女が所属していた時期があった、第三十駆逐隊の写真を見た事があったのだ。

同じ物をリンガの弥生も持っていた為、磯風はより鮮明に覚えている。

映っていたのは、2人に加え、卯月、睦月、そして………。

 

「如月………なのか?」

「あら?………ふふ、私の事を知っているのね。」

 

そう答えた少女は、少し笑みを浮かべる。

意外とお淑やかな仕草を受けて、磯風は驚きを露わにする。

如月の姿は明らかに深海棲艦だ。

しかし、艦娘としての理性をしっかりと保っていた。

 

「どういう事だ………?」

「私、前に深海棲艦に左腕を噛みつかれちゃってね。そしたら、浸食されちゃって………新月の夜に、こんな姿になるの。」

「だから………幽閉されているのか?」

 

磯風は、今度こそ陽炎を睨みつける。

だが如月は、穏やかな笑みを浮かべながら、彼女を諭した。

 

「司令官に言われたわけじゃないわ。私が、自分で閉じこもっているだけ。こんな姿見られたら、大騒ぎでしょ?」

「……………。」

 

磯風は自嘲気味に呟く如月の言葉を聞くと、彼女の元へと進んでいく。

何をするのか?と首を傾げた如月に対し、彼女はいきなりその左手を………硬い鬼のような手を自身の両手で握る。

 

「貴女………。」

「辛くは無いのか?望月や弥生に連絡は………。」

「うーん、今の状態じゃ出来ないかしら?それに、睦月ちゃんや卯月ちゃんが私を治そうと、必死になって色んな所を駆け巡っているみたいだから。………私の手、怖く無いの?」

 

冷たい自身の手を温めるように握る磯風の姿を見て、如月は疑問を覚える。

多分、今の自分の事を「化け物」だと思っているのだろう。

その姿勢が、言葉の端々に見えて取れた。

だから、磯風は言う。

 

「この私の手、何だと思う?」

「温かい人間の手だと思うけれど………。」

「実際は違う。私の手は………家族同然の仲間にPTSDを植え付け、トラウマを植え付け、そして沈める直接的な原因を作った手だ。」

 

それぞれ浜風、岸波、沖波の事だ。

磯風は、状況的に仕方なかったとはいえ、それだけの罪を犯した。

 

「血塗られた手なんだ、私の手は。それに比べれば、君の手には、この泊地の者達に迷惑を掛けないような優しさがある。」

「……………。」

「それに陽炎は言った。君が、春風の姉妹艦達を救うカギになるかもしれないと。………いきなりで無粋だが、私達に協力してくれないか?」

「い、磯風さん………。」

 

驚く春風の前で、頭を下げる磯風。

電と決闘をした経緯で、磯風は、春風の気持ちを痛い程分かっていた。

だからこそ、何とかしたいと思っているのだ。

 

「どうしようかしら………そこまで素直に言われると意地悪したくなるわね。3回周ってワンって言ったら………。」

「分かった!」

「ちょ!?冗談、冗談だってば!………もう、ここまでこの姿の私に頭を下げて来たのは、陽炎ちゃんや高雄さん達以外にいないと思っていたわ。」

 

如月は溜息を付くと、陽炎達を見渡した。

 

「せめて、夜が明けるまで待ってくれないかしら?姿が戻ったら、協力してあげるわ。」

「あ、ありがとうございます!」

 

春風が頭を下げるのを見て、如月は優しく微笑むと、今度は神州丸を見る。

 

「地上まで、送ってあげてくれないかしら?」

「分かった。戻ろう、提督殿。」

「ええ。………悪いわね、如月。」

「いいのよ、それだけで。」

 

如月は、陽炎にも笑みを向けると手を振って磯風達を送り出してくれた。

外に出た磯風は、再び神州丸が待機している扉の方を見る。

モルモットのような深海棲艦と、その容姿に近い姿を持ってしまった如月。

深海棲艦と艦娘の闇が、この泊地には潜んでいた。




劇場版の艦隊これくしょんのアニメは、皆様ご存じでしょうか?
新月の夜の如月の姿は、左手以外はその時の姿に近い感じになっています。
深海棲艦の鹵獲と実験は、有効な武装の開発の為に、積極的に行われてた気がします。
勿論、鹵獲を担当していた艦娘にしてみれば、辛い物だったと思いますが………。
では、誰が担当していたのか?というのは………また後々語る時までお待ちください。


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第56話 ~憑依(ポセッション)~

如月からの言葉もあり、今日は眠った方がいいと寝室を案内された磯風であったが、彼女は眠る前に陽炎から、第十七駆逐隊の3人の部屋を教えて貰う。

どうしても、浜風達に言いたい事があったのだ。

まず、浦風と谷風がいる部屋にノックをする。

 

「磯風だ。すまんが、浦風と谷風に伝えたい事がある。」

「………伝えたい事?何があったんじゃ?」

 

浦風が顔を覗かせるが、磯風は浜風の部屋に付いて来てくれってお願いをする。

そして、部屋で眠る準備をしていた谷風も連れて、浜風の部屋へと向かう。

浜風は、浜波と一緒の部屋を使わせて貰っていた。

磯風は同じようにノックをすると、浜風を呼ぶ。

 

「浜風。………すまないが、私の話を聞いてくれないか?どうしても、伝えておきたい事があるんだ。」

「伝えたい事………?」

「部屋の中で、語らせてくれ。」

 

磯風の言葉が、気になったのだろう。

浜風がドアから顔を出すと、磯風達3人を招き入れる。

同部屋の浜波が、2つだけ置いてあった椅子を用意してくれた。

数に限りがあったので、浜風と磯風が座り、浦風と谷風は近くで立つ。

浜波は部屋から出て行こうかと聞いたが、磯風は彼女にも関係ある事だと伝えて、部屋に留まって貰うようにお願いした。

 

「単刀直入に言う。リンガで………岸波達第二十六駆逐隊が、あの南方棲戦姫を討った。」

『!?』

 

磯風は回りくどい言い方が苦手だったので、ストレートに事実を語る。

その言葉に浜風を始め、皆が驚く。

 

「そして、その時に私を含め、リンガにいた全員が沖波の残留思念を見て、彼女の最期の想いを読み取った。………彼女は岸波を始め、私達全員を許してくれたよ。」

「……………。」

 

磯風の回想を受けて、浜風は固まる。

勿論、浦風も谷風も、更には夕雲型の仲間の浜波も固まる。

 

「沖波は私達全員を家族だと思っていた。そして、最後の最後まで、私達を守る為に戦った。駆逐艦の誇りだ。だから………。」

「………違うんだ、磯風。」

「………何?」

 

割って入った浜風の言葉に、磯風は顔をしかめる。

浜風は辛そうに彼女を見ると、喋り始める。

 

「私にとっては、南方棲戦姫の生存は関係ないんだ。沖波の許しも関係ないんだ。」

「何故だ?縛られる物はもう無いって事だから………。」

「私自身が怖いんだ!また、南方棲戦姫のような深海棲艦に殺されかけるんじゃないかって!沖波みたいにむごい死に方をするんじゃないかって!」

「浜風………。」

 

磯風の袖を掴んで思いっきり叫んできた浜風の姿を見て、彼女は何とも言えない表情になる。

こんなに乱れた浜風の姿は、見たことが無い。

それだけ彼女は、精神状態が不安定なのだ。

 

「私は最低だ………。駆逐艦なのに、その勇気がこの身にはもう無い。敵艦と対峙する度に、あの姫クラスの幻が思い浮かんでしまう………。治らないんだ。治そうと思っても………!」

「そうか………。すまなかった。」

 

頭を抱える浜風を見て、磯風は頭を下げて立ち上がる。

すると、浦風と谷風を見渡すと、ある言葉を告げた。

 

「磯風さんは、勇ましいのに私を褒めてくれるし………浦風さんは、母性があってみんなを包み込んでくれるし………浜風さんは、みんなの事を良く見ていて緊張をほぐしてくれるし………谷風さんは、盛り立て役のムードメーカーなんだよ。」

「ん?何だ?その言葉は………。」

 

磯風らしくない口調に、谷風が首を傾げる。

彼女は目を伏せると呟く。

 

「最期に沖波が、家族だと思っていた私達の事を、褒めてくれていた言葉だ。リンガの皆や、第三十一駆逐隊の面々の事も喋ってくれていた。色々と思う事はあるだろうが………せめて、沖波の心情だけは正しく理解してやってくれ。」

 

磯風はそう言うと、浜波にも頭を下げて、部屋を後にしようとする。

その背中に向けて、浜風が言う。

 

「磯風は………私を情けないと思わないのか?」

「思わないさ。岸波の復活ぶりを見るまで、私も情けなかったからな。………浜波、邪魔したな。浦風と谷風も、付き合ってくれてありがとう。」

『……………。』

 

磯風はそれだけを告げると、部屋を後にした。

そして、自室に戻るとベッドに潜り、身体を休めた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

起床して朝食を食べ終えた磯風達は、陽炎と高雄に案内されて、再び神州丸の所に向かった。

すると、そこには彼女の予備の黒い外套を被った如月が待っていた。

だが、肌は白くなく、髪は栗色で、角も生えて無く、瞳も両側が紫であった。

しかし、左手だけはまだ甲殻類のような鬼を模した皮膚と爪を持っているらしく、手袋を付けていた。

 

「新月の夜じゃなくても、治らないのか?その左手は?」

「ええ。これは、仕方ないわね。さてと………じゃあ、早速向かいましょう、陽炎ちゃん。」

「待たせたわね、春風。あんたの姉妹艦の所に向かうわよ。」

「は、はい!」

 

緊張した面持ちの春風であったが、陽炎達は建物の1つに向かう。

どうやら、船渠(ドック)がある場所らしく、病棟も兼ねていた。

衛兵に身分証を見せて、その建物の中に入ると、陽炎はある部屋の前で止まる。

 

「ここに、春風の姉妹艦がいるわ。如月には、彼女達が苦しむ大本を調べて欲しいの。」

「分かったわ。じゃあ、入りましょうか。」

 

2人の会話に、どうやって大本を調べるのか疑問に思った磯風達であったが、とりあえず従う事にする。

そして、中に入ると………春風によく似た大正風の制服を着た艦娘が4人、ベッドで寝ていた。

彼女達が、神風・朝風・松風・旗風なのだろう。

安静に寝ているのかと思いきや、時々、うわ言を呟いたり、うめき声をあげたりしながら、苦しそうに脂汗を掻いている。

 

「神風御姉様………朝風さん………松風さん………旗風さん………。」

「昏倒してからずっとこんな状態なのか?」

「はい………。」

「そうか………。」

 

春風が暴走して、横須賀まで向かったのも無理はないと磯風は思った。

こんな苦しむ姉妹艦の姿を見せられたら、自分が何とかしなければならないという葛藤に悩まされるだろう。

 

「春風ちゃん、少しだけ貴女のお姉さんの事、調べさせて貰うわね。」

「あの………どうやって調べるのですか?」

「この左手を使うのよ。」

 

春風の疑問に対し、如月は左手の手袋を外して鬼のような手を出す。

そして、慎重になって神風の元の傍に行くと、その額の上に優しく手を置く。

 

「あの………?」

「昨日の姿を見たから、分かると思うけれど………私は、深海棲艦に噛みつかれた影響で、その領域に脚を踏み入れているわ。」

「磯風さんも言いましたが………そんな自嘲しなくても………。」

「ふふ、ありがとう。………でもね、そのお陰で手に入れた力もあるの。」

「力………ですか?」

「そう、深海棲艦の手を持つ故に、その敵艦の思考って言えばいいのかしら………艦娘に宿ってしまった思念や怨念、呪いのような物を読み取る力が付いたのよ。」

「えっと………。」

「実際に見てみた方が早いかしら。怖く無かったら私の右手、繋いでみて。」

『……………。』

 

如月が差し出した右手を、春風・磯風・早霜・夏雲・電・漣が繋ぐ。

そして、如月が目を閉じるのに合わせて、6人も目を閉じる。

すると………脳裏に景色が映り始めて来た。

 

「これは………神風達が海戦をしている所か?」

 

暗雲の天候の中、大正風の制服を着た4人の艦娘が、敵艦隊と戦闘を繰り広げている。

とはいえ、敵はイ級等の駆逐艦ばかりだ。

群れになって、何度かしつこく砲撃をしてくるが、神風達は、駆逐艦としての敢闘精神と、鍛え上げた技術で乗り切っていく。

相手も何発かかすり傷を負わせていくが、それで怯む神風型では無い。

やがて、敵艦は全滅して、海戦が終わる事になる。

 

「ここまでは………神風御姉様達が言った通りですが………。」

「問題はこの後ね。」

 

如月の言葉と共に、場面が海の中へと移っていく。

潜水艦くらいしか見ない新鮮な光景に、磯風達が僅かに驚きを露わにする。

すると、そこに先程の海戦で沈められた駆逐艦達が水底へとゆっくりと落ちていく様子が映る。

だが………その内の1隻のイ級がニタリと笑みを浮かべた。

1隻だけでない。

他にも………3隻の駆逐艦が………笑った。

その瞬間であった。

 

「何だ!?」

 

思わず磯風が叫ぶ。

その笑みを浮かべた駆逐艦達の姿が、まるでガスの入った風船のように膨らみ始めたのだ。

幾つも体内に球体を作り膨らませ、海中で変形していく様子に、艦娘達は異様な物を覚える。

その姿はやがて原形を留めず、完全な繭のような巨大な球体へと変わってしまう。

 

「卵………?」

 

訝しげに呟いた早霜の言葉が示す通り、それは深海棲艦の卵。

そして、その繭はゆっくりと海面へと上がり、暗雲の下に顔を覗かせる。

ヒビが入り出した。

 

「何が………出るんでしょうか?」

 

夏雲が思わず警戒する中、繭が割れ、中から人の姿の深海棲艦が出て来る。

灰色の和服と膝丈の袴に身を包んでおり、傍から見れば色の白い人間だ。

だが、その左腕が巨大な艤装になっており、無数の砲身を備えている。

 

「アア………ヤット………ヤット、生マレ変ワレタ!」

 

その深海棲艦は喜びの声を上げながら、同じ姿の3隻の艦と祝福し合う。

もはや駆逐艦ではなく、姫クラスとなった己の姿を、ひとしきり喜び合った敵艦の元に、別の艦娘がやってくる。

角の生えた帽子に、リボンで片括りにしたサイドテール。

脚は失われているのか、艤装で補強されていた膝から下が無くなっていた。

新手の艦娘もまた姫クラスと言える姿で、深海棲艦とは思えない笑みを見せると、また4隻の仲間を祝福する。

 

「オメデトウ。歓迎スルワ、新タナル同胞達。」

 

5隻の深海棲艦は笑顔を見せあい、暗雲の向こう側へと消えていく。

そこで、映像は途切れた。

 

「………どういう事だ?敵駆逐艦が、姫クラスに進化しただと?鬼クラスが姫クラスに強化される事例は聞いた事があるが、これは………。」

「憑依(ポセッション)。」

「何?」

 

途中から、如月の右手に自分の手を重ねていた陽炎が呟く。

磯風にとっては、初めて聞く単語であった。

 

「横須賀だと薄雲が艤装を付けた途端、しばらくの間、深海千島棲姫に意識を乗っ取られる事があったでしょ?ああいった感じで、何かしらの呪いを受けた艦娘が、深海棲艦とシンクロしてしまう現象を、憑依(ポセッション)と呼ぶの。」

「聞いたことが無いのですが………。」

「そりゃ、そうよ。最近になって、その薄雲の事例などを見て、上が命名したんだもの。」

 

陽炎は、説明する。

深海棲艦の中には、稀に呪いを込めて攻撃してくる物がいるらしい。

例えば、砲撃をしたり、噛みついてきたり、とにかく様々な方法で。

その結果、艦娘の力を奪って、強力な力を得て進化をする事例があるらしい。

 

「つまり………だ。神風達は、呪いの砲撃を受けた事で力と意識を乗っ取られたという事だな。目覚めさせるには、その進化した姫クラスをどうにかしなければいけないが………。」

「今の映像じゃ、どこに向かったのか分からないわね。如月さん、ここら辺は分かりますか?」

「残念だけれど、そこまで万能な力じゃないのよね。でも………。」

 

磯風や早霜の声を受けて、如月は陽炎を見る。

彼女が頷くと同時に、部屋がノックされた。

 

「高雄よ。春雨ちゃんを連れて来たわ。」

『あ!』

 

いつの間にかいなくなっていた高雄の扉越しの言葉に、磯風達はハッとさせられる。

最後に4隻の姫クラスを引っ張っていった脚の無い姫クラスは、振り返れば、春雨によく似ていた。

その春雨は、今、足の筋肉が衰えていないのに動かない。

 

「入って来て下さい、高雄さん。春雨、ちょっと覚悟して貰うわよ。」

「はい………!」

 

高雄に車椅子を押されて、緊張した面持ちで部屋に入って来た春雨は、如月に対し頭を下げる。

如月は微笑むと、鬼のような左手を、今度はなるべく優しく春雨の膝に置く。

磯風達6人は陽炎と共に如月の右手を掴むと、また目を閉じた。

映ったのは、また海戦の図。

その中で春雨の脚に噛みついてきた駆逐艦の姿があり、咄嗟の反撃で沈められる。

しかし、水中で繭を作り、海上で孵化をする。

予想通り、中からあの足の無い姫クラスが出て来た。

そして、その深海棲艦は笑みを浮かべて、また消えていく。

今度は、満月の光を受けながら北に向かって………。

 

「春雨、あんた………噛みつかれたのは、何処?」

「沖ノ島沖です。本土近くの南の海ですから………。」

「神風達と遭遇したのが単冠湾泊地近くだから、北上していってるわね。………としたら、今はキス島辺りが怪しいわ。」

「幌筵泊地………か。」

 

更に北方の、この季節だともう流氷が流れ始めている海域を思い、磯風は考え出す。

次なる戦地は、極寒の地になりそうだと。

 

「一応、提督権限で、名前を付けてあげないとね。神風達の方は「駆逐古姫」、春雨の方は「駆逐棲姫」でどう?」

「駆逐古姫と駆逐棲姫………。」

 

陽炎の提案を受け、磯風は討伐対象の名をしっかりと心に刻んだ。




深海棲艦の領域に足を踏み入れた事で、得られる力もある。
艦娘と深海棲艦の関係性が曖昧である世界であるからこそ、こういうのも有りかなと。
劇場版でも、深海棲艦化した如月が、凄まじい火力を発揮してましたからね。
余談ですが、ネ級のアイアンクローをいつ静で足柄がやり返していたのは、ビビりました。


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第57話 ~氷の世界と海外艦~

如月の力によって、神風達や春雨の力を乗っ取っている姫クラスが、キス島方面にいる事を確認した磯風達は、翌日の朝、艤装を付けて幌筵泊地に出発する事になる。

但し、陽炎から、明石の弟子入りをしていた関係で、艦娘の診察にも長けている夏雲を、しばらく置いていって欲しいとお願いされた。

彼女に、浜風達のカウンセリングをさせたいのだろうと感じた磯風は、後を託す事にする。

代わりに艦隊に入る事になったのは………。

 

「ふふ、宜しくね。嚮導艦さん。」

「如月………いいのか?勝手に単冠湾泊地から出て行って?睦月達を待っているのだろう?」

「たまには、私もあそこから外に出ないと、やっていられないわ。………司令官も、そこを考えて送り出してくれたんだし。」

 

右手首の単装砲と左手首の連装高角砲を確認していた如月は、笑顔で海に抜錨する。

その左手は、未だに深海棲艦の呪いで鬼のような手になっており、手袋で隠している状態だ。

だが、自ら申請して籠っていたとはいえ、あの牢獄のような地下室から久々に出られた事で、解放感も得られているようであった。

 

「司令官………好・き・よ。」

「変な誤解されるような言葉は、止めなさい。睦月辺りに知られたら、ハチの巣にされるわ。」

 

投げキッスをする如月に、陽炎はやれやれと両腕を広げる。

そして、磯風達を見ると真剣な顔で話し始める。

 

「幌筵泊地に行ったら、提督と秘書艦の阿武隈さんを頼りなさい。」

「陽炎、阿武隈さんは確か………?」

「軽巡よ。見た目は頼りないかもしれないけれど、一水戦を率いていた経験のある猛者よ。かなりの手練れだから、侮らない事ね。絶対に!」

「か、陽炎?昔、何かあったのか?」

 

やたら力を入れて話す陽炎の言葉を受けて、磯風は思わず聞いてしまう。

陽炎は、肩を落とすと少しトーンを落として言う。

 

「私、あの泊地にいる阿武隈さんと雷巡の木曾さん、そして潜水艦のまるゆに頭上がらないのよね。多分、第十四駆逐隊全員がそう言うんじゃないのかしら?」

「そんなに恩義のある方々なのか?」

「文字通り、彼女達がいなければ、私、今生きて無いから。」

「な、成程………。」

 

多分、ここでは言い表せないようなドラマがあったんだろうな………と思いながら、磯風は出発しようとする。

しかし、そこで陽炎が、大事な事をまだ1つ伝えていないと言って止めて来る。

磯風が振り向くと、彼女はこう言ってくる。

 

「磯風は、「海外艦」って知ってる?」

「海外艦?海外の技術で改装を施された艦娘か?」

「というよりは、海外出身者が、その国の技術で改装を施された艤装を付けて誕生した艦娘の事を指すわね。」

「つまり………例えば、ドイツ人がドイツの艤装を付けているという事か?」

 

似たような事例は、磯風は見ているし、岸波辺りから聞いた事がある。

例えば、ヴェールヌイ。

彼女は、日本の艦娘でありながら、ロシア式の改装を施されている。

例えば、神鷹。

彼女は、ドイツ人でありながら、日本式の改装を施されて艦娘になっている。

だが、海外艦と呼ばれる存在は、日本以外の自身の国の艤装を装着した艦娘の事を示すらしい。

 

「深海棲艦の侵攻によって、幸か不幸か今、各国が結託をしていてね。幌筵泊地とか、外れの泊地には、色々な国の艦娘達が集まって、共同で守っているのよ。」

「皮肉な話だな………。しかし、これから向かう所には、そういった理由で、様々な国の海外艦がいるのだな。」

「ええ。異文化交流は大変だと思うけれど、旗艦としてしっかり頼むわね。」

「分かった。日本の食卓がどういう物かを………。」

「あんたのそれは、絶対に危ないから止めなさい!!」

 

念を入れて止められた事で、磯風は落ち込みながら単冠湾泊地を後にする。

そして、ぶつぶつと呟く彼女を筆頭に、第二十五駆逐隊は、複縦陣で北上していく。

夏雲が抜けた事で、彼女の修理用具や補給用具の入ったドラム缶も置いていっているので、運搬係を担っていた春風は、身軽になって海戦にも参加しやすい状態になっていた。

陣形としては、左前から、漣・早霜、磯風・如月、春風・電の順番で航行していっていく。

 

「陽炎も昔は料理下手だったじゃないか………。私だって努力は………。」

「おーい、いつまでボヤいてるんだー………。少しずつ流氷が出て来たな。」

 

先頭の漣が、手をかざして見る。

彼女の言う通り、北上するに連れ、氷の塊が所々浮かんできた。

季節は秋だが、北方はもう冬景色だ。

流氷は見た目が小さくても、海面の下が大きい場合もある為、油断はできない。

慎重に見極めながら、磯風達は合間を縫ってジグザグに進んでいく。

 

「ここまで鬱陶しいと、魚雷で爆破したいな………。」

「それは、最終手段なのです。」

「で、電さん。否定はしないのですね。」

「穏便に済ませるべき時と、強引に進むべき時があります。海戦中に邪魔だったら意味が無いのです。」

「た、確かに………。」

 

意外と大胆な事を言ってのける電に、春風と早霜は感心させられる。

こういう寄せ集めの艦隊である時、漣や電のような熟練の艦娘の存在は頼りになる。

確か、岸波の第二十六駆逐隊も、望月という熟練の艦娘が補佐に付く事で、危機を乗り切った事が何度かあったと聞いている。

 

「如何に、ベテランから吸収出来るかも大切か………。」

「あら?望月ちゃんがベテランならば、私もベテランよ?」

「そういえば、如月は同じ第三十駆逐隊だったな。………しかし、本当に流氷が多い。こう航行が困難だと………っ!?」

 

そこで磯風達はハッとする。

上空を、羽虫のような偵察機が飛んでいったのだ。

 

「近くに空母がいる!?不味いな、流氷の中だと………!」

「悩んでいる時間は無いよ、磯風ちゃん。敵さんのお出ましだ!」

 

漣の言葉に、前方から攻撃機が複数飛んで来る。

深海棲艦の群れが、前方から襲撃してきたのだ。

 

「早霜、敵の編成は!?」

「エリート級重巡リ級2隻、エリート級戦艦タ級2隻、エリート級軽空母ヌ級2隻!長射程の編成!」

「地形を利用して来たか!?不味いな………!?」

 

攻撃機の迎撃の為に輪形陣になろうとしたが、左右の流氷が邪魔で身動きが取れない。

それを見越しての、襲撃であったのだろう。

敵艦達はニヤリと笑みを浮かべると、駆逐艦の射程外から砲撃を飛ばしてくる。

一発でも急所に当たれば、轟沈させられるような強力な砲撃だ。

それに加えて、ヌ級の攻撃機が襲ってくる。

 

「迎撃開始だ!」

 

輪形陣になれない分は、対空砲火に優れる磯風が、とにかく両手や艤装に備わった高角砲や機銃を、空中に撃ちまくって撃ち落としていく。

そうしながら、敵艦に近づこうとするが、目の前に流氷が立ちはだかってしまう。

 

「くっ………!」

 

仕方なく、流氷を避けながら近づく為に、右に面舵を切ったが、相手も右に………磯風達から見て左に面舵を切る事で、近寄らせてくれない。

そのまま遠距離から、一方的に砲撃を繰り返してくる。

 

「漣!早霜!魚雷を流氷に叩き込め!」

「ほいさ!」

「了解!」

 

このままでは埒が明かないと、前の2人が、流氷に魚雷を撃ち込み破壊する。

しかし、すぐに別の流氷が流れてきて、再び艦隊の前を立ちはだかってしまう。

 

「何でこんな上手い具合に流氷が………!?」

「磯風さん、ヌ級の攻撃機が!」

「!?」

 

春風の言葉を受けて、磯風は驚愕する。

ヌ級の1隻は、磯風達を攻撃せず、彼女達の左右前後の流氷を魚雷や爆撃で狙っていた。

それによって発生する波や衝撃で、流氷を動かして、動きを妨害して来ているのだ。

 

「頭が良すぎるだろう!?あの深海棲艦共!?」

「文句を言っている場合じゃないのです。………この状況を打破する方法が1つだけあります。ですが………今の磯風ちゃんでは、厳しい方法です。」

「何!?一体それはどういう事だ!?」

「単縦陣。」

「な!?」

 

いきなり電の口から発せられたトラウマ用語に、磯風は動きを止めそうになる。

だが、冷静に考えれば縦1列になる単縦陣は、狭い流氷の間を抜けるには一番効率の良い手段だ。

先頭の1人が魚雷で氷の塊を破壊しながら最大戦速で進めば、敵艦の懐に近づく事も出来るだろう。

しかし、磯風は過去のトラウマから、その陣形の選択が出来ない。

 

「私は………。」

「選択の時なのです。トラウマを堪えて陣形を変更するか、旗艦を電か漣ちゃんに譲り渡すか。」

「そ、それは………!?」

「時間が無いのです!」

 

電の言葉を受けて、磯風は思わず、胃の中から朝食べた物がこみ上げそうになる。

第二十五駆逐隊の旗艦は自分だ。

だが、それが仲間達を危機にさらしている状態だ。

磯風の取るべき選択は………。

 

「く………そ………!」

「待った!状況がおかしい!?」

「え………?」

 

漣の言葉に顔を上げて見れば、アレだけ優位に立っていた敵艦が、右往左往し始めていた。

ヌ級の攻撃機も、何故かこちら側だけでなく、反対側にも飛んで行っている。

 

「何………だ………?」

 

異変を感じた磯風達は見る。

敵艦の後ろの流氷が、突如爆発を起こすのを。

更に続けて、近くの流氷が爆発を起こし吹き飛んだ。

 

「甲標的!?誰だ!?」

「良かった。様子を見に行って!」

 

何処か幼くて明るい声が無線で響き渡って来た為、磯風達は驚く。

真っ先に反応したのは、電だった。

 

「その声、阿武隈さんですか!?」

「電ちゃん、元気にしてる?今、助けるからね!」

 

すると、遠くから明るい茶髪を複雑に結い、スカイブルーの瞳を持った艦娘が先頭でやってくる。

彼女が陽炎の言っていた長良型6番艦の阿武隈である。

リ級とタ級が阿武隈の艦隊を狙いに行くが、手練れの集まりなのか、そう簡単に当たりはしない。

代わりに無線で、別の強気の声が聞こえて来た。

 

「ほう………この私に砲撃戦を挑むか!いいだろう!相手をしてやろう!」

 

癖の強い銀のロングヘアーに琥珀色の瞳、そして左頬の傷を持つ長身の戦艦らしき艦娘は、阿武隈から魚雷を投げ渡されると、何とそれをアンダースローで放り投げて、流氷を更に破壊する。

その上で、砲撃を山なりに放つ。

戦艦クラスの12門の強烈な砲撃は、戦艦タ級2隻を瞬く間に爆破するばかりか、残りの進路を阻害していた流氷にも当てて、吹き飛ばしてしまう。

 

「自己紹介がまだだったな!私は戦艦ガングート!一応はロシア所属!日本の艦娘よ、その雄姿を見ておけ!」

 

完全に流氷によって塞がれていた道が、がら空きになった事で、敵陣に阿武隈を含めた5人の艦娘が殴り込みに行く。

ヌ級2隻が、思わず攻撃機を飛ばすが、水兵のような服装の艦娘達が、機銃を上空に連射して攻撃を許さない。

片方は、灰色のショートカットに碧眼の艦娘。

もう片方は、赤毛のショートボブで、眼は赤みを帯びた茶褐色の艦娘。

 

「僕はレーベレヒト・マース。レーベって呼んでよ。」

「私はマックス・シュルツ。………マックスだ。出身はドイツだな。」

「僕らは君達と同じ駆逐艦なんだ。」

 

その機銃の雨に守られながら、紺色の髪に長い下睫毛のあるワンピース風のコートを着た背の高い艦娘が艦載機を飛ばしながらヌ級に砲撃をする。

1発目は避けられるが、それは次の砲撃の為の伏線。

艦載機を用いた弾着観測射撃により、2発目を急所に当てて沈めていく。

 

「私、ゴトランド!スウェーデンから来たの!軽巡よ、宜しくね!」

 

軽くウインクしてみせたゴトランドの横から、磯風並に背丈の高い艦娘が飛び出す。

フレンチベージュのロングヘアを白い帯の入った黒いリボンで結ったツインテールが特徴で、変わった形の暖かそうな帽子を被っている。

彼女は、空色が特徴な艤装の、右側に備わった4門の砲門から砲弾を飛ばし、驚いていたヌ級の残りをあっという間に撃沈してしまう。

 

「同志諸君!嚮導駆逐艦のタシュケントだよ!出身はとりあえず、ロシアで!………阿武隈さん、後宜しく!」

「OK!」

 

あっという間に戦力を奪われた重巡リ級が、ヤケクソ気味に砲撃を仕掛ける。

だが阿武隈は、それをジグザグに縫うようにして距離を詰めると、1隻の至近距離から、右手の連装高角砲を撃ち込み爆破。

更に、もう片方のリ級が振り向く前に、一直線に突撃して、左手の連装高角砲を叩き込んで撃沈する。

海外艦達を含めた驚異的な戦力を前に、瞬く間に海戦は終わる事になった。




実は第2部磯風編が始まって、初めての本格的な海戦です。
流氷を壁にするというギミックは、前々から考えてました。
ですので、今回はかなりノリノリで書きましたね。
海外艦の登場回にもなりましたが、彼女達もかなり個性的です。
一方で磯風のトラウマは………まだ解決せずです。


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第58話 ~旗艦に必要な事~

自分達の危機を颯爽と救ってくれた、阿武隈を始めとした艦娘達の存在。

その海戦の様子に唖然とする磯風達の前に、彼女達が笑顔でやってくる。

 

「大丈夫だった?陽炎ちゃんから、妹艦の磯風ちゃん達が来るって聞いて、迎えに来たんだけれど………。」

「い、いえ………助かりました。阿武隈さん、ガングートさん、レーベ、マックス、ゴトランドさん、タシュケント。礼を言わせてください。」

「もう、堅苦しい真似はしなくていいよ!付いて来て!」

 

思わず敬礼をする磯風達であったが、阿武隈は軽く仲間達と頷き合うと、流氷の間を航行していく。

海戦での身のこなしといい、ここまでの姿は陽炎に念を押された通りであった。

一見すれば軽巡らしくない軽い性格の艦娘だが、その身に秘められた戦闘能力は、水雷戦隊の親玉に相応しいものがある。

正に、鉄砲玉とも言えるような大胆さが、海戦では見て取れた。

しかも、国の違う海外艦とのコミュニケーションも出来ているらしい。

それに比べて………。

 

「いや………今は幌筵まで付いていこう。」

 

咄嗟に単縦陣を選択できなかった自分の情けなさを悔いながら、磯風は幌筵泊地まで向かって行った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

幌筵泊地に付く頃には、日が暮れようとしていた。

磯風は、北方の小さな泊地だと予想していたが、少なくとも施設はかなり立派な状態であった為、到着して早々、驚かされる羽目になる。

 

「そう言えば、前に陽炎さん達が教えてくれたわね。幌筵泊地は、2人部屋の寮が広くて伸び伸びと過ごせるって。」

「ほう、それはいいな。呉や横須賀よりも広いのは助かる。」

「という事は、佐世保よりも広いのかしら?あの地下室の鉄格子よりも狭いものねぇ………。」

 

早霜と磯風の会話を受けて、如月がため息を付く。

鎮守府の駆逐艦寮の2人部屋は、言ったら悪いが牢屋並に狭い。

この泊地は広さに加えて、専用のロッカーもあるとの事だ。

 

「他にも、装備品保管庫がハイテク化されているとか。自分の手を認証させる事で、衛兵がいなくてもロック出来るんだって。」

「つまり、早霜みたいに衛兵を卒倒させて、暴走する心配も無いという事か。」

「………反省しているんだから、思い出させないで。」

 

嘗て、自分の所属していた泊地が因縁の深海棲艦に襲われた事で、先走ってしまった事を思い出し、早霜は肩を落とす。

流石にブラックジョークが過ぎたか?と磯風は思ったが、彼女は被りを振って顔を上げると、他にも知っている事を話す。

 

「これからの鎮守府を変える為のモデルケースで、艤装の自動装着化等も検討しているらしいわよ。………でも、まだまだうまくいかないみたい。」

「阿武隈さん、そうなのですか?」

「うん。前は水中から鎖で艤装を引っ張って装着する方法を考えていたんだけれど………、軽巡以下だと爆雷の起爆が怖いでしょ?重巡以上だと艤装がそもそも重すぎて引っ張れないって。」

「………難航していますね。」

 

前を歩く阿武隈達に聞いた磯風は、軽く嘆息する。

艤装は艦娘によって、かなり種類や形状が異なる事が多い。

特に駆逐艦だと、初春型や陽炎型等は、かなりややこしい形状をしている。

磯風が所属していた第十七駆逐隊に至っては、個別に艤装の装着設定をしなければならないのだから、難航して当然であった。

とりあえず装備品保管庫で、その近未来の仕組みを体感して、提督のいる庁舎へと歩いていく。

 

「でも、悪い事ばかりじゃないよ。業者の方が来てくれたから、駆逐艦寮の第一次士官室(ガンルーム)を共同で使う形だけど、料理は作って貰えるようになったし、温泉も本格的に稼働したから。」

「陽炎さんが聞いたら、絶対に幌筵に行く!………って言いそう。」

「前に電話でその事を伝えたら、真っ先にそう言ったよ。」

 

艦娘は風呂を好む者が多い為、温泉は最高の褒美だ。

早霜曰く、陽炎達第十四駆逐隊が来た時は、冷たいシャワーしか出なかった為、このサービスは本当に有り難いらしい。

実際、如月や漣は、珍しく目を輝かせていた。

 

「さて、着いたよ。………阿武隈、只今帰投しました。」

 

そうしている内に、庁舎へと着いた阿武隈は、部屋をノックして中に入る。

机には、中年の男性が座っていた。

背は高くてがっしりとしており、顔の彫りが深く、何処か得体の知れない雰囲気だ。

イメージとしては、ドラマに出て来る私立探偵のような感じだろうか。

机の左には、緑みがかった黒髪の、右目に眼帯を付けた艦娘。

右には、黒いショートヘアの、白い水着を着た潜水艦娘が立っていた。

恐らく、この2人が陽炎の言っていた木曾とまるゆであろう。

 

「第二十五駆逐隊、嚮導艦………磯風、着任しました。」

「単冠湾泊地の陽炎から話は聞いている。いいタイミングで来てくれたな。」

「いいタイミングとは………?」

「キス島方面に、例の深海棲艦………駆逐古姫と駆逐棲姫が目撃された。………まるゆ。」

「はい。」

 

まるゆは、スケッチブックに描いた絵を見せる。

どうやらキス島の近くまで偵察をした際に、発見したらしい。

描かれた4隻の左腕が異形な姫と1隻の脚の無い姫は、あまり上手では無かったが、如月の力で見た討伐対象を正確に捉えていた。

 

「キス島に向かうって事は、羅針盤の影響を受けますね。確か………駆逐艦しか受け付けないのでしたっけ。」

「最近は軽巡1人を盛り込んで抜けるルートも、見つかったけれどな。どちらにしろ、ガングートのような大型艦は使えない。」

「厳しいですね………。」

 

磯風は眉を潜める。

羅針盤とは、艦娘の航行に影響を及ぼす謎の力だ。

艦種や速力等の力によって影響を受けるらしく、場合によっては目的地にたどり着けない事もあるらしい。

 

「ガングートさんの火力が使えないのは、正直言って痛いです。」

 

ガングートの力は、前の海戦で存分に見せて貰っている。

敵艦だけでなく、進路を塞ぐ流氷すら砕く力は、戦力としては欲しかった。

只、その様子を見た幌筵の提督が、少し顔をしかめながら言う。

 

「そんなにネガティブになるな。そういう時の為にお前達を招集したんだから、もっと胸を張れ。」

「ネガティブには………いえ、申し訳ありません。」

 

磯風は、その時の海戦の影響で、知らぬ内に弱気になっているのだと痛感する。

気持ちを切り替えなければならない。

だが………。

 

「………出撃はいつでしょうか?」

「明朝だ。今日は飯を食って風呂に漬かって、ゆっくりと休め。宗谷、部屋を案内してやれ。」

 

幌筵泊地の提督の言葉に、背後の扉がノックされて開く。

ダークブラウンで三つ編みの、少し垂れ目気味の女性が入って来た。

変わっているのはその服装で、上は白襟の濃茶セーラー服、下は白スカートと白タイツ、その上から、アラートオレンジと白襟のジャケットをまとっている。

一見、磯風達は、彼女が何の艦種なのか分からなかった。

 

「失礼ながら、君の艦種は………?」

「えっと………私、南極観測船です。」

「な、南極………?」

「はい。海戦はダメですが、流氷の爆破や、大型バルジによる盾役には自信があります。………逆に言えばそれだけしか取り柄が無いので、この泊地にいるのですが。」

「そうなのですか………。とにかく宗谷さん、宜しく頼みます。」

「では、付いて来て下さい。」

 

変わった艦種の艦娘の案内によって、磯風達は駆逐艦寮へと案内される。

早霜の言った通り、寮の部屋は広く、伸び伸びと過ごせそうであった。

部屋割りは、磯風・早霜、春風・如月、電・漣で決まった。

他にも寮には、レーベ・マックス、タシュケントがいるらしい。

彼女達に挨拶をした磯風達は、夕食と温泉を楽しみ、充実感に包まれたまま眠る事にした。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「………ダメだな。」

 

夜中に、磯風は目を覚ます。

色々娯楽を楽しんだつもりであったが、やはり心はあの流氷の中での海戦に囚われていた。

もっと言えば、更に昔に岸波達と出撃した………あの南の海での霧の中での海戦に囚われていた。

 

「単縦陣が使えなければ、話にならないと言うのに………。浜風の事をとやかく言えないじゃないか………。」

 

額に手を当てた磯風は、気分を変える為に、同部屋の早霜を起こさないように寮を出る。

何となくキス島を見ようと、北東の桟橋へと向かった。

だが、そこには先客がいた。

 

「やあ、磯風………だったね。同志諸君、君も飲むかい?」

「君は、タシュケントだったな………。何を飲んでいるんだ?」

「ウォッカ………と言いたい所だけれど、ウイスキーしか無いんだ、ここ。阿武隈さんがくれたものだけれど、温まるよ?」

「じゃあ、1杯だけ貰おう。」

 

タシュケントはグラスも持っていてくれたので、それにウイスキーを入れて飲む。

味はともかく、飲むと温まるのは間違いなかった。

だが、悩みがあるせいなのか酔えない。

 

「何か、重いものを抱えているみたいだね。酔えない位に。」

「ああ………。タシュケント、確か海戦の時、嚮導駆逐艦だと言っていたな。少し聞いてもいいか?」

「相談事かい?何かの縁だ。話してみてよ。」

 

どうせ、隠せるものではないと思った磯風は、思い切ってタシュケントに問う。

気さくなロシア艦は、磯風の悩みを聞いてくれた。

過去に、自身の軽率な具申によって、艦隊に犠牲を出してしまった事。

それがトラウマになっており、単縦陣が使えないという事。

 

「一番良い選択肢は、第二十五駆逐隊の旗艦を、熟練者の電や漣に譲る事だろう。だが………曲がりなりにも嚮導艦を務めているのだ。なるべくならば、自分自身で解決したい。」

「中々、難しい悩みだね。単縦陣を使おうとすると、トラウマが呼び起こされるわけだ。………金縛りにあったみたいに、喋れなくなるのかい?」

「それもある。後は、胃の中の物を吐きそうになる。」

「じゃあ、いっそ全部、海の上に吐き出してしまったらどうだい?」

「………真面目に、私は聞いているのだが?」

「だから、あたしは真面目に答えているよ?吐きそうになって喋れないなら、いっそ全部吐き出してしまった方がスッキリする。違うかい?」

 

タシュケントは、ウイスキーを飲みながらのんびりと喋る。

確かにとんでもない極論ではあるが、吐きそうになって邪魔になる位ならば、全部吐き出した方が楽なのかもしれない。

 

「………旗艦をするにはね。時には吹っ切れる事も必要だよ。仲間に無様な所を、見せるかもしれない………なんて言っていられないのは、重々承知しているだろう?」

「そうだな………今度、海戦で誰かの命が失われたら、私はもう、艦娘として生きていけない。だからこそ………。」

「おっと、そう自分に負荷を掛け過ぎたらいけないよ。今の君は、自己嫌悪に陥って自滅しそうな感じに見えるからね。」

「そ、そうか………。確かに、この磯風の今までの姿を見ている者達は、そう思っているのかもしれないな………。」

 

俯く磯風の肩を叩きながら、タシュケントは笑顔で喋る。

酔っているように見せかけて、優しい瞳で。

 

「大丈夫、才能は有りそうだから………後は覚悟だよ。」

「その意見は、何処から来るんだ?」

「嚮導駆逐艦の勘さ。」

「勘か………。」

 

その勘が本当に何処から来るのかは、磯風には分からない。

もしかしたら、タシュケントなりの気遣いなのかもしれない。

だが、お世辞でもそういうさっぱりとした言葉を投げかけられた方が、有り難い時があるのかもしれないと磯風は思う。

少なくとも、今この状況では、タシュケントに相談して良かったと思えた。

 

「ありがとう、タシュケント。残り時間は少ないが、もう少しだけ考えてみるよ。」

 

磯風はしばらくの間、タシュケントと共に海を見つめていた。




海外艦との交流回。
タシュケントは嚮導駆逐艦という別名を持つので、今回相談役を担って貰いました。
お酒を登場させたのは、あの艦これ公式漫画の影響もあります。
艦これの公式漫画やラノベは、色々と個性的でいいですよね。
皆様が好きな物は、何かありますか?


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第59話 ~見守る者達~

「磯風………少しは肩の荷が下りるかしら?」

 

海を見つめる磯風とタシュケントの様子を、駆逐艦寮の窓から早霜が眺めていた。

………と言っても、自分が割り当てられた部屋からでは無い。

レーベとマックスの寝室からだ。

 

「本当に、お邪魔して良かったの?」

「気にしなくていいよ。僕らも、あの海戦の時から彼女の事は気になっていたし。」

「艦娘………とりわけ駆逐艦娘は、態度に出やすいものね。」

 

早霜は、実は布団に潜る時から磯風の様子がおかしかったので、眠れていなかった。

だから、彼女が出ていく時に寝たふりをしてやり過ごし、追いかけようとしたが、そこでレーベ達に呼び止められたのだ。

嚮導駆逐艦である、タシュケントに任せてみようと。

ちなみにこの部屋には、同じように密かに心配していた春風も招かれている。

 

「春風、如月さんは?」

「少し前に、電さんと漣さんに呼ばれて部屋を後にしました。恐らく司令官様の所では無いでしょうか?」

「そう………。」

 

恐らく、如月自身の左手の事か、磯風の変調の事に付いて、幌筵の提督に聞いているのだろう。

早霜もまた宿毛湾泊地にて、目の前で惨劇を見ているので、時折自嘲気味になる如月や磯風には、早く立ち直って欲しいと願ってしまう。

駆逐艦娘は互いにふざけ合う事も多いが、それ故に互いの絆を大切にする傾向もあるのだ。

特に磯風は、宿毛湾泊地解放戦に参加してくれた恩義もある。

今度は、早霜自身が力になりたかった。

 

「そういえば、陽炎さん達もキス島で危機的状況に陥って、曙さんや漣さん達に助けられたって聞いたわね。」

「意外な話ですね。こう言ったら何ですが、第十四駆逐隊は、無敵であるイメージがありましたわ。」

「………そんな所に明日の朝になったら向かうのだから、磯風が気にしてしまうのも当然なのかもしれないわ。」

「その………ごめんなさい、わたくしの姉妹の事で、皆さんを巻き込んでしまって。」

「あ、違うの。春風が悪いわけじゃないわ。只………何て言うのかしら………。磯風も、艦娘の宿命として、何処かでこういう壁に当たるんだなって。」

 

どんなに誤魔化そうとしても、過去を乗り越えなければ、今を進む事は出来ない。

これは、早霜が朧と共に、少し前に経験した事だ。

あの時は夏雲がいなければ、更なる後悔を背負う事になり兼ねなかったが………それでも、朧に向かい合う切っ掛けにはなった。

だからこそ、磯風もこの戦いを乗り越えれば、自分を変える事だって出来るのだろうと思った。

 

「レーベ、マックス、それに春風。本来の磯風は、もっと武人肌で豪胆な艦娘よ。その彼女があそこまで追い詰められている。私は………今は黙って力になるだけね。」

「早霜さん………。分かりました、わたくしも磯風さん達を、最後まで信じます。」

「……………。」

 

2人の覚悟を聞いていたレーベは、黙って自分のロッカーからウイスキーを取り出す。

マックスも、同じようにグラスを持ってきた。

 

「1杯だけならば、バチは当たらないよね。明日の抜錨前に、僕らも飲もう。」

「いいの?お酒、高いと思うんだけれど?」

「駆逐艦が細かい事を気にしたら負けよ。ほら、春風も。」

「は、はい………。では、お言葉に甘えて1杯だけ………。」

 

駆逐艦4人は、乾杯をして、ウイスキーを1杯、一気に飲み干す。

温かさが身体に充満した所で、レーベが言った。

 

「明日の朝、僕らも後方支援が出来ないか、提督に聞いてみるよ。駆逐艦と軽巡1人ならば羅針盤に嫌われないから、4人は行けるはずだし。」

「そうね。少しでも安心できる要素は、増やしておいた方がいいわ。逃げられない運命ならば、少しでも良い方向に動くようにしておくといいし。」

「ありがとうございます、レーベさん、マックスさん。でも、どうして初対面のわたくし達にそこまで………?」

『駆逐艦だから(だ)よ。』

「フフフ………そうね、ありがとう。」

 

国の垣根を超えた絆に感謝しながら、日本とドイツの艦娘である4人は、しばらく語り合った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「そうか。自分自身の事は、その左手で調べられないのか。」

「はい………。思ったより万能な手じゃないみたいですね、これ。」

 

一方、執務室では、提督の机を囲んで、艦娘達がウイスキーを飲んでいた。

居るのは、提督の他に、阿武隈・木曾・まるゆ・ガングート・ゴトランド・宗谷・電・漣・如月。

流石に人数が多すぎたので、椅子には座らず、皆立っている。

 

「じゃあなんだ?お前自身に呪いを掛けた深海棲艦の位置とかは、分からないって事か。」

「そうなります。………だから、睦月ちゃんとかが頑張ってくれているんですけれど。」

「大変だよな、探す方も………。」

 

その中で、会話をしているのは、如月と木曾。

木曾は、如月の左手の力を使って、自身に呪いを掛けた存在を探し出せないかと聞いてみたのだが、そう上手い話は無いらしい。

あくまで彼女の左手は、他人にしか効果が無いらしく、それ故に、治す手段が見つからない状態なのだ。

 

「睦月ちゃんと卯月ちゃんも心配だけれど………、変に気を使ってくれている陽炎ちゃん達も、倒れないか心配しちゃいますね。」

「あー………アイツの性格を考えると有り得ない話じゃないからな………。秘書艦だけでも大変なのに、提督業なんてやらされていたら、胃潰瘍になりかねないし。」

「あの娘ならば、どうにか乗り越えるだろう。………その左手が解決できないのならば、現状考えないといけないのは、明日の作戦だ。磯風は、嚮導艦として行けそうなのか?」

 

もう先にウイスキーを飲み干してしまい、手持無沙汰な提督が、電や漣を見る。

磯風の資料は、当然ながら彼の元にも届いており、単縦陣が使えない事は周知の事実となっていた。

 

「正直、使えないじゃ困るんですよねぇ。漣達からしてみれば、命を預ける相手なんですから。………まあ、それは本人も重々承知しているんでしょうけれど。」

「漣さんは、磯風さんを信用していないんですか?」

「性格的には旗艦向けだと思うけれど、実際にここまで複縦陣しか使えて無いからね。自分で殻を破らないと、どうにもならないよ。………これも本人は分かっているだろうけど。」

 

まるゆの質問に、漣は冷静に答えていく。

嚮導艦を務める以上は、軽巡並の畏怖と慈愛を持って接していかなければならない。

見本になれない以上は、旗艦を変わった方がいいのは当然の意見だった。

とはいえ………。

 

「磯風ちゃんのこれからを考えるのならば、彼女を旗艦にして作戦を遂行するべきなのです。旗艦交代は最終手段なのですよ。」

「それは、彼女を成長させる為?」

「はい。これからの激しい戦いに対応するには、いつまでもトラウマ持ちでいたらいけないのです。」

「第二十五駆逐隊………だっけ?欠番である駆逐隊の今後も左右しそうだものね。」

 

少しだけウイスキーで頬を赤く染めた電は、ゴトランドに対し、持論をはっきりと言う。

トラウマがこのまま悪化するようでは、磯風も単冠湾泊地でリハビリ生活を送らなくてはいけない。

第二十五駆逐隊の未来を考えるのならば、彼女は壁と共にトラウマを乗り越えなければいけないのだ。

 

「何にせよ、磯風に関しては、現場で色々と対応するとして、当初の作戦通りに行くしかあるまい。提督、貴様の特異な博打としてのプランは、何かあるのか?」

「今の状態では、明日の朝、レーベ辺りに具申されそうだから、後方支援艦隊を結成する事にしている。」

 

愛用のパイプを指で回し始めたガングートは、提督に説明を求めた。

彼は、自分の考えを説明していく。

キス島方面突入艦隊として、第二十五駆逐隊の他に、阿武隈・レーベ・マックス・タシュケントで後方支援を行うと。

更に、北方には、ガングート・木曾・ゴトランド・宗谷・まるゆを送り込んで、敵の逃げ道を塞ぐと。

 

「幌筵に、誰もいなくなりますが………。」

「全員が真面目に任務を遂行すれば、大丈夫だろう。」

「本当に博打好きですね………。」

 

宗谷が、呆れたように提督に言う。

彼は特に気にした様子も無く、阿武隈にサインを書いて貰い、書類を作成する。

そして、ここにいる全員に言った。

 

「敵は、未知の姫クラスが5隻。どんな戦術を使ってくるかは分からないが、全員で協力して対処すれば、勝てない敵ではないはずだ。健闘を祈る。」

 

提督が敬礼をすると共に、全員が答礼をする。

出撃は朝。

流石に夜更かしは出来ないが、少しばかりはこのウイスキーの味を楽しもうと各艦娘達は思った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

そして、翌朝の明朝。

曇り空と霧に包まれる中、艦娘達は艤装を装着していた。

目指すはキス島方面。

 

「流氷は………流石に無くならないか。」

 

磯風は、手をかざして遠くを見てみる。

ここに来るまでの時と同じく、氷の塊が所々に浮かんでおり、艦娘達の航行を邪魔する存在と化していた。

その冬景色を見て、磯風の頭の中に、どうしても行きの海戦での失態が浮かんでしまう。

 

(………いや、ダメだ。出撃前からこんな状態では。)

 

空元気でもいいから、何とか仲間と自分を鼓舞しなければならなかった。

それが旗艦の役割であり、前を向く為の1歩になるのだから。

 

「磯風ちゃん。」

「どうした、電?」

 

その様子を見て何かを思ったのだろうか、磯風に電がささやいてくる。

旗艦交代の事を言われるのかと考えたが、電は違う言い回しを使った。

 

「電達は、見守っているのです。だから………困った時は頼って欲しいのです。」

「………分かった。ありがとう、電。」

 

即席の仲間達であったが、駆逐艦同士だ。

前に補佐を務めてくれていた長波がよく、寄せ集め最高!………と言っていたのを思い出す。

それだけ駆逐艦は、仲間を大事にする存在なのだから、もっと気軽に頼ってもいいはずだ。

磯風は深呼吸を数回すると、桟橋に立つ。

そして、霧に包まれた北東の島を睨みつけると、思い切って叫んだ。

 

「第二十五駆逐隊………抜錨だ!」

 

そして、海上で複縦陣になり、左前から、漣・早霜、磯風・電、春風・如月の順で航行していく。

更に、その後ろから阿武隈達の後方支援艦隊と、ガングート達の北方に回る艦隊が抜錨していく。

寒さが身に染みる中、作戦は静かに始まろうとしていた。




海外艦との交流回その2。
磯風のトラウマに関する相談が、主なテーマになりました。
ちなみにこの世界だと、艦娘達になると身体の成長が止まるという設定があります。
ですので、一見子供に見える電でも、お酒を嗜みます。
初期艦の実年齢は、様々な書籍でも謎が多いですよね。


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第60話 ~彼女なりの強硬手段~

北方に回るガングート達の艦隊と別れた磯風達は、複縦陣になりながら進んでいく。

その後ろには、阿武隈率いる後方支援艦隊が、単縦陣になって少し距離を離して航行してくる。

無線で連絡がやって来た。

 

「如月、どうだい調子は?」

「ええ、タシュケントさん。良好よ。」

「………何かして貰ったのか?」

「ちょっとね。」

 

詳細までは教えて貰えなかったが、如月はタシュケントと出撃前に何かやり取りをしていたらしい。

磯風は、首を傾げながらではあったが、とりあえず前に進む事に集中しようと思った。

 

「早霜、漣………前方はどんな感じだ?」

「こちら早霜。今の所、羅針盤には嫌われて無いわよ。」

「漣。んー………でも、キス島に近づくに連れて流氷は目立ってくるね。」

 

羅針盤の影響を、自然も受けているのだろうか。

流氷が波に乗ってせわしく動く。

その中には、磯風達に近づいて来る物もある為、本当に油断できない。

中には流氷同士がぶつかって、派手な音を立てて砕けるような事もあった。

 

「あんな物に挟まれたら轟沈じゃ済まないな………。」

 

思った以上に、威力を持っている氷の塊に背筋が凍る物を覚えながら、磯風達は蛇行しつつ進んでいく。

気温が低い為、艤装に出来た氷を取り払うのも忘れてはいけない。

特に重装備の磯風や春風は、その作業が大変であったので、電や如月に手伝って貰う。

そうしている内に、キス島に近づいていくが、左右に動く氷の量が見るからに増えていく。

 

「………なあ、電。流氷が、羅針盤の影響を受けるって事はあり得るのか?」

「電の知識でも、羅針盤自身の謎が解明されてないから、明確には分からないのです。」

「だが………、何か明らかにおかしく無いか?レーベ、マックス。後ろから見てどうだ?」

 

後方支援艦隊に聞いた磯風に対し、通信から聞こえて来た声は、疑念に包まれていた。

 

「レーベだよ。………磯風、君の予測通り明らかに異常だ。流氷がまるで意志を持っているかのように、君達を阻害している。」

「マックスよ。………というか、遠目から見ると、貴女達の周りに氷が集まって来ているわ。これ、まさか………。」

 

マックスが言い切る前に、磯風はソナーを起動した。

左右から流れて来る流氷の向こう側を、調べてみる。

すると………。

 

「っ!?潜水艦ヨ級だ!?こいつ等、流氷を押している!?」

「漣!前も同じような状況だよ!」

「春風です!後方にも潜水艦と氷が………!」

 

第二十五駆逐隊の面々は、驚愕する。

敵潜水艦達は、得意の魚雷を撃たずに、静かに流氷を押して磯風達を挟み込もうとしていたのだ。

 

「何でここの深海棲艦共は頭がいいんだ!?阿武隈さん、すみません!後ろから援護を………!」

「ゴメン!こっちにも潜水艦が襲撃してきて、交戦に入っちゃった!片付けるまで待って!」

 

阿武隈の声に振り向いてみれば、確かに多数の魚雷を避けながら、阿武隈達が爆雷を投下していっている。

だが、4人しかいない事もあり、すぐに援護出来る状態では無いだろう。

そうしている間にも、流氷はいつの間にか磯風達の逃げ道を塞ぎ、氷の壁を作り出していく。

 

「挟まれるな!早霜、漣!もっと近くに寄れ!」

 

複縦陣である一同は、とにかく艦娘同士が近寄る事で、氷との衝突を回避しようとする。

だが、敵潜水艦は上手く氷を動かし、艦娘達を流氷で圧死させようとして来る。

 

「爆破するか………!?とはいえ、何処を………!?」

 

魚雷で爆破をしても、くぐり抜けられる空間を作らなければ、意味はない。

艦娘の艤装は、意外と大きい。

突破に失敗して挟まれでもしたら、一貫の終わりだ。

 

「このままでは………!」

「磯風ちゃん。」

「電………!?」

 

磯風は、電の言葉にハッとして振り向く。

その意味を理解した磯風は、途端に寒さとは違う悪寒に襲われる。

単縦陣を使え………と電は言いたいのだ。

確かに、艦娘1人分ならば、氷と氷の間を爆破して、機関一杯で一気に抜ければ、この壁から脱出する事は出来る。

しかし、ここで磯風のトラウマが出て来る。

 

「何で………こんな時ばかり………!」

 

胃の中から再びこみ上げる物を感じた磯風は、急に失語症になったかのように、言葉を発せ無くなる。

霧に包まれた空間だからか、より、あの南の海での海戦が思い起こされてしまう。

岸波に単縦陣を具申して、浜風が重症を負ってPTSDにしてしまったあの海戦が………。

沖波を犠牲にしてしまった、南方棲戦姫との戦いが………。

 

「ぐ………あ………!」

「磯風ちゃん、悩んでる暇は無いぜ!旗艦を電に譲るか、殻を破るか、どちらかしか無い!」

 

連装砲を撃ち込んで何とかしようとしている漣の様子を見て、磯風は何度も陣形変更をしようと試みる。

だが、どうしても肝心の言葉が出ない。

出す事が出来ない。

 

(私は………これでは………!)

 

もう自分は旗艦としてダメなのだろうか………と磯風が思った時であった。

ふと、頭の中に言葉が降り注いでくる。

 

(磯風さんは、勇ましいのに私を褒めてくれる。)

 

(これは………。)

 

磯風の頭に浮かんだのは、沖波の最期の海戦での言葉。

彼女は言った。

磯風は勇ましいと。

弱気な自分からも学ぶべき所があると言って、常に褒めてくれると。

それだけ、磯風という艦娘は、素晴らしいと。

その言葉を思い浮かんだ時、磯風の脳裏に、リンガでのある出来事が思い起こされた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「磯風さん………折り入って頼みがあります!」

「な、何だ、沖波?いきなり敬語になって?というか、その決戦に臨むような意気込みの頭の白いハチマキは何だ?」

「私に………磯風さんのような勇ましさを学ばせて下さい!」

「え………?」

 

ある日の夜、磯風の寝室に、何処かの海域に決戦に行くような姿で入って来た沖波から、いきなり弟子入りを志願された事があった。

状況が分からなかったので、冷静になってくれと言って、とりあえず詳しく事情を聞く事にする。

 

「わ、私………三十一駆逐隊の中でも臆病で………。白雪さんのヘビカレーも未だに直視できないし、弥生さんみたいに闘争心を発揮しようと思っても空回りで………。」

「それで、今度は私を真似たくなったのか………。といっても、自分の性格を変える事は、そう簡単には出来ないからなぁ………。」

 

口には出さなかったが、磯風は自分が豪胆な艦娘だとは思っていなかった。

只、自然体で振る舞っているだけのつもりであるのだ。

それが、元来の性格を作り出しているのだから、どうすれば沖波の望む姿を教えられるかは、分からなかった。

 

「逆に私としては、沖波の繊細さが羨ましい事があるけれどな。隣の芝生は青く見えると言うだろう?それじゃないのか?」

「でも………私は駆逐艦娘だから、もっと勇ましくありたいな………。」

「うーん………浜風はどう思う?」

 

磯風は同部屋の………今は二段ベッドの上で、ひっそりと含み笑いを浮かべていた浜風に問う。

彼女は、これだから磯風といるのは飽きませんね………と訳の分からない事を言うと、降りてきて、2人を見て言う。

 

「私としては、沖波は勿論の事、磯風もそのままでいいと思いますよ?」

「何故、磯風も含まれている?………いや、とにかくそれはどうしてだ?」

「駆逐艦は………いえ、人は助け合う事が出来るからです。」

「え………?」

 

浜風の言葉が理解できなかった沖波であったが、浜風は彼女の顔を見ると、真剣な顔になって、静かに話し出す。

 

「いいですか、沖波。眼鏡の種類が千差万別であるように、人の性格もまた千差万別。だからこそ、得意不得意が存在します。」

「だったら、不得意な事が多い私は………。」

「そう考えるのでしたら、得意な事を伸ばしてみて下さい。沖波にとって、いつも共に戦う私達は、どう映っていますか?」

「えっと………恥ずかしいけれど、家族かなって。」

 

沖波は、思わず赤面して俯いてしまう。

だが、磯風は中々良い言葉だと感じた。

同時に、沖波の優しさが顕著に表れているとも思えた。

 

「磯風達の事をそう認識して貰えるのは、非常に光栄だな。」

「はい、浜風もそう思います。………では、沖波。こう考えてみてはどうですか?貴女自身が弱虫だと感じるのは、治しようが無いでしょう。でも、家族への想いを強める事は、出来ると。」

「家族への………想い?」

「私達だけでなく、リンガや第三十一駆逐隊の大切な家族を守る為に、貴女は戦い続けようとしている。それを、誇りにするのです。家族を傷つける者は、絶対に許さないと。貴女には、その力があります。」

「家族を守る為に………それが、私の力………。」

 

浜風や磯風を交互に見ながら、何かを考える沖波を見て、2人は笑みを浮かべた。

だが、この時点では彼女達も想像できなかっただろう。

この家族を守る為の力が………、沖波最期の決死の海戦に繋がったのだから。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

(そうだよな………。)

 

磯風は少しだけ目を閉じ、リンガで沖波の残留思念が見せてくれた光景を思い起こす。

命を賭けて第十七駆逐隊を守ってくれた、誇り高い艦娘。

自身しか満足に戦えない故に、捨て艦になる道を選びながらも、守り抜いた家族の事は最後まで否定しなかった優しすぎる艦娘。

その純粋な想いを裏切る事が、どれだけ重罪であるか………磯風は改めて認識した。

 

(沖波は片腕を失ってでも、南方棲戦姫に一撃を加えて皆を守ってくれた。それに比べれば………!)

 

磯風はもう一度、陣形変更の指示を叫ぼうとする。

だが、やはり胃の中からこみ上げる物があって上手く喋れない。

ならば………。

 

「電、頼みがある………!」

「何なのです?」

「私の腹を、思いっきりぶん殴ってくれ!」

『!?』

 

てっきり旗艦交代を頼むかと思っていた一同は、斜め上の願いを聞いて、思わず磯風の方を向く。

 

「い、磯風さん!いきなり何を………っ!?」

 

ドゴォッ!!

 

春風が驚きの声を上げたが、それより早く電の拳が、文字通り磯風の腹にめり込んだ。

問答無用で炸裂した衝撃が、磯風を痙攣させる。

 

「が………は………。」

 

痛烈な一撃により、胃の中の物が一気に吐き出される。

拳を叩き込んだ電の右腕にも掛かったが、彼女は気にしなかった。

その代わり、ずっと磯風を見ていた。

 

「ふ………ふふ………。」

 

思わずふらついた磯風は漣に後ろから支えられるが、その顔は笑っていた。

その様子に、早霜や春風は思わず引いてしまう。

 

「成程、確かにぶちまけてしまった方が、楽だな。感謝するぞ………電、タシュケント。」

「磯風ちゃん!」

「………ああ!」

 

電の言葉を受けて、磯風は大きく息を吸い込み、そして、今までにない威圧感を持って叫んだ。

 

「単縦陣だ!!この氷を吹き飛ばして、敵潜水艦に一泡吹かせてやる!!第二十五駆逐隊、付いてこい!!」

 

力強い言葉と共に先頭になった磯風は、氷と氷の境目に、右舷の艤装に備わった4連装の魚雷を1本ずつ叩き込んでいく。

魚雷は、迷いを吹き飛ばした磯風の意志を示すかのように、流氷を打ち砕いた。

その間に出来た隙間を、縦1列の艦隊が、両舷一杯で一気に通過し、氷の壁から脱出する事に成功する。

 

「次は、単横陣!ふざけた事をしてくれた潜水艦を、片っ端から片付ける!」

 

氷の檻から逃げられたヨ級達は、慌てて魚雷を撃って迎撃しようとする。

しかし、焦った分、自らが引っ張って来た流氷に当たり、上手く狙えていない。

磯風は、最初に目に入った潜水艦に、左舷のアームに繋がれた爆雷を落としていき、木っ端みじんにしていく。

仲間達も、それぞれ爆雷を使って、潜水艦達に反撃をしていった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「あははははは!………まさか、本当に全部吐いちゃうなんてね!最高だよ、磯風!」

「タシュケント………。貴女、何を吹き込んだのよ………。」

「一瞬、気が狂ったかと思ったよ。でも………。」

「うん!磯風ちゃんは、過去を乗り越えたね!」

 

後方支援艦隊の4人は、潜水艦達の迎撃が完了していた。

正直、磯風達の援護が間に合うか心配であったが、彼女自身が自分のトラウマを克服する事で、対処してくれた。

もう大丈夫であろう。

 

「それよりも………潜水艦達をここまで上手く率いるって事は、「親玉」は更に遠距離からあたし達の事、見ているって事だよ?」

「レーダー兵器を備えているって事ですね。………という事は、逆に言えば意外と近くにいるって事か。」

「磯風、聞こえる?その付近に貴女達の探している敵がいるわ。」

「電探で確認はできるかい?」

「ああ………。しっかりと見つけた!駆逐古姫と駆逐棲姫を!………逃すものか!!」

 

豪胆さを取り戻した磯風は叫ぶ。

潜水艦を全滅させた彼女達の視界に、左腕が巨大化した和装の駆逐古姫と、膝から下が無い小柄な駆逐棲姫が確認できた。




磯風のトラウマ克服回。
突破口になったのは、沖波の言葉と思い出でした。
この場面を描く為に、ずっと待っていたと言っても過言では無いです。
そして、磯風の回想で出て来た浜風が、本来の彼女でもあります。
浜風もまた、リンガでは磯風達との生活を楽しんでいました。


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第61話 ~反撃の狼煙~

潜水艦を使った氷の檻を破られた駆逐棲姫達であったが、その顔に焦りは無かった。

何故ならば、5隻の深海棲艦は、姫クラス。

駆逐艦如きの群れに敗れる程、甘くはないと自負しているのだろう。

だからこそ、接近する磯風は、漣に聞いた。

 

「漣。敵艦は、再生能力を備えていると思うか?」

「そーだね、駆逐棲姫はともかく、駆逐古姫は姫クラスになってから、時間が経って無い。可能性は低いだろうね。」

「ならば、あの見下した笑みを浮かべる深海棲艦共に、吠え面をかかせてやるか。………1対1で勝てる算段がある者はいるか?」

「吹っ切れてから、いきなり当然の如くとんでもねー事言うな。でも………。」

 

磯風の質問に、反応が来た。

算段があると具申したのは………4人。

 

「決まりだな!阿武隈さん達は南に回って甲標的等を駆使しながら追い込んで下さい!早霜、付いてこい!各艦、散開!」

 

磯風の強気の指示で、艦隊が分かれる。

彼女は早霜と共に、一番奥に鎮座している駆逐棲姫を狙いに行く。

 

「ヤラセル物カ!」

 

そこに、素早く駆逐古姫達4隻が道を塞ごうとするが、分散した漣・電・如月・春風がそれぞれマークしに向かう。

駆逐古姫の1隻が、それを見て思わず笑った。

 

「駆逐艦ガ、1対1デ勝テルトデモ!?」

「やってみなければ、分からないのね!」

 

しかし、それに負けない勝気な笑みを浮かべながら、漣が艦娘側を代表して答えて見せる。

春風、如月、電、漣………。

駆逐艦娘の意地を見せる戦いが各所で始まった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「先手………いただきます!」

 

駆逐古姫の1隻と相対した春風は、凹型フレーム両脇の単装砲と、左手に備えたピストル型の単装砲を、連射していく。

しかし、駆逐古姫にとっては急所に当たらなければ、豆鉄砲であるらしい。

気にせずに左手の口のような大型の艤装を開くと、禍々しい光を発する口内から魚雷を扇状に発射してくる。

 

(単艦で応戦する事を提案したメリットは、こういう事なのでしょうね………。)

 

磯風も勢いだけで1対1を命じたわけじゃない。

単縦陣等では、大量の魚雷を放たれた時に、全員が回避出来ないから、このような方法を取ったのだ。

実際に春風は、落ち着いて魚雷を回避して、駆逐古姫に近づいていく。

 

「チョット!避ケルナンテ、ヒドイジャナイノ!」

「その口調は朝風さんですね。………奪った艦娘の力だけでなく、言葉遣い等も真似ますか。」

 

春風は更に機銃も合わせて連射しながら距離を詰めていく。

だが、駆逐艦である春風が敵艦に命中させられるという事は、敵艦も狙いを定められるという事だ。

艤装上部と側面に備わった計4門の5inch連装砲を、春風に対して向けて放って来る。

春風は、今度は回避行動を取らない。

 

「終ワリヨ!沈ンデナサイ!」

 

放たれる砲撃。

4門の砲撃は春風の急所に向かって飛んで来るが………そこで、春風は基部ユニットの右側に備えられていた、お手製の傘を取り出し、開く。

 

カキィンッ!!

 

「………ハ?」

「申し訳ありません。この傘は弾避けとして使えるように、堅牢に作られているのです。姫クラスとはいえ、駆逐艦程度ならば弾けます。」

 

意外な秘密兵器で敵の砲弾を弾いて見せた春風は、そう言いながら反転し、後ろの左右の連装魚雷4本を全て発射していく。

 

「マ、マジ!?………ッテ、アアアアアア!?」

 

魚雷は隙だらけの駆逐古姫の脚に当たり、派手な炎を上げて全身を包み込む。

漣の予想通り、再生能力は備えていないらしく、火傷は回復しない。

慌てた姫クラスは、魚雷をもう一度撃とうとするが、その見え見えの行動を逃すほど、春風の練度は低くない。

今度は3つの単装砲を口内に全て撃ち込み、魚雷の信管を作動させて誘爆させる。

再び響き渡る、深海棲艦の悲鳴。

 

「その腕では………接近戦は苦手でしょう!」

「!?」

 

春風は更に傘を閉じて敵艦に向けると、機関一杯で突っ込んでいき、打突兵器として敵艦の顔面に炸裂させる。

傘は先端部が平たく、槍のような形状はしていない為、大したダメージにはならない。

しかし、押し倒すには十分だった。

倒れた駆逐古姫に馬乗りになり、その顔に春風は単装砲を向ける。

 

「チョ、マ!?」

「問答無用!返して貰いますよ!朝風さんから奪った力!」

「ウァアアアアアアアアアア!?」

 

そして、トリガーを引き、何度も乱射していく。

単装砲とはいえ、急所に何度も攻撃を受けた駆逐古姫は、黒い血を流しながら沈んでいく。

 

「思ったより時間が掛かりました………。他の皆さんは?」

 

立ち上がった春風は、意外なギミックで助けてくれた自身の傘に付いた氷を払いながら、周りを見渡した。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「マ、守レナカッタ!?ソンナ!?」

「あらあら、春風ちゃんやるわねぇ。私もおしゃれを兼ねて、傘を持ってみようかしら?」

 

別の駆逐古姫と対峙する如月は、のんびりと言いながら、両腕の単装砲と連装砲を敵艦に向けて放っていた。

当然、姫クラスも魚雷や連装砲で反撃を試みるが、ベテランの如月には中々当たらない。

 

「ク………落チ着ケバ!」

「そうそう、ごめんなさい。貴女に謝らなければならない事があるの。」

「エ………?」

 

突如、困ったような顔をする如月に対し、敵深海棲艦は嫌な物を覚えたように顔が強張る。

彼女は呑気に呟くと、自身の艤装をポンポンと叩く。

 

「実はね、私、強化型艦本式缶を持っているの。」

「ダ、ダカラソレガ………?」

「それでね………出撃前に、タシュケントさんに予備でストックしている、改良型艦本式タービンを貰っちゃって。つ・ま・り………。」

 

そう笑顔で言った瞬間、如月の動きが変わった。

いきなり俊敏になり、敵艦から見れば、ようやく捕えようとしていた砲撃と雷撃が定まらなくなったのだ。

これは、岸波達第二十六駆逐隊の時もそうであったが、缶とタービンが強化された事で、速力が上昇したのである。

………いや、もっと的確な表現をするのならば、出撃前には既に上がっていた速力を、この場まで「隠していた」のだ。

 

「エエ!?速イ!?」

「うふふ、目が慣れた後だと、余計に速く感じるでしょ?」

 

素早く動き回る如月は夾叉弾を放ち、狼狽している敵艦の動きを更に制限すると、そのまま身を低くして至近距離まで突っ込む。

 

「如月が今、楽にして上げるわ!」

 

そして、左腕の連装砲を顔面に、右腕の単装砲を心臓に、それぞれ叩き込むとそのまま急停止。

最後にふとももの6本の魚雷を叩き込んで、悲鳴を上げる間も与えず片付けてしまう。

 

「ちょっと、過激だったかしら?」

 

右手で熱のこもった艤装をチェックしながら、如月は満足げに笑みを浮かべた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「さて、電も続くのです。」

「ボクハ、簡単ニハ行カナイヨ!」

 

駆逐古姫は、暁型特有の前傾姿勢で近づいてくる電の動きを見ながら、下がっていく。

何をするかと思えば、近くにあった流氷の後ろに隠れて、それに向けて魚雷を発射したのだ。

 

「成程………有効手段なのです。」

「潰レテ貰ウヨ!」

 

魚雷の爆発で押し出された流氷が、巨大な質量兵器となって電に迫る。

しかし、彼女は左右への回避行動を取らず、むしろ自ら増速して突っ込んでいく。

そして、左手で錨を取り出すと、それを流れて来た氷の塊に叩きつけて支点とし、勢いを利用しつつ、自身の身体を腕の力だけで氷の上に持ち上げる。

 

「何!?」

 

流石に氷の上でバランスを取って、スケートのように滑る事は出来なかった為、左肩の装甲版を上手く使い、氷の上に右半身を上げた状態で、左半身を付けて横滑りするように滑走していく。

 

「クッ………!?」

 

これには、駆逐古姫も予想外であった為、慌てて連装砲を放とうとするが、その前に電が、横になりながら右肩の連装砲を撃ち出し、敵の連装砲を2門破壊。

それでも放たれた残り2門の砲は、右の装甲版を前にかざして受け流してしまう。

 

「電の本気を見るのです。」

 

氷の上を疾走し、上手く反対側に飛び降りた電は、バランスを取りながら再び砲撃。

残りの連装砲も、見事に破壊してしまう。

 

「ド、ドウイウ技術ヲシテイルンダイ!?」

「貴女達は、艦娘を侮り過ぎなのです。」

 

涼しい顔で腰の魚雷を5本撃った電は、駆逐古姫を豪快な炎に包む。

尚も魚雷を放とうとした姫クラスに対し、電は懐から何かを取り出す。

 

「響ちゃんから貰った物ですが………。」

 

取り出したのは、ウイスキーとライター。

彼女はアルコール濃度の高いウイスキーを口に含むと、ライターの火に吹きかける。

たちまち、簡易の火炎放射となり、敵の駆逐古姫の魚雷発射管を起爆させて、左腕を破壊する。

 

「本来はここで降参して貰いたい所ですが………、素直に奪った物を返してはくれませんよね。」

「ヒ、ヒイ!?」

 

完全に武装を無力化してきた電の圧倒的な力に、恐怖心を覚えた駆逐古姫は、尻尾を巻いて逃げ出そうとする。

だが、電は溜息を付くと、最後の魚雷を撃ち出して沈めていく。

 

「長い事海戦をしていると………本音を言えば、沈んだ敵にも情は移るのです。」

 

最後に本音を呟くと、こっそりと沈んだ敵に対し敬礼をした。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「さあて、漣も仕上げと行きますか!」

「シ、沈ムモンカ!」

 

漣は、フリルのメイド服に改造した制服を煌びやかに見せながら………しかし、その顔は、飢えた獣のように野性味あふれる笑みを浮かべていた。

最後の駆逐古姫は、慌てながらも魚雷を扇状に放ってくる。

 

「駆逐艦ノ実力ハ、スペックジャナイノヨ!」

「ほいさっさ………っと!」

 

漣にしてみれば、目をつぶっていても簡単に避けられる雷撃。

しかし、駆逐古姫は、敢えて回避コースを予測する事で、次の手を用意していた。

巨大な左腕を掲げ、上部と側面の5inch連装砲を放つ。

だが、全部を直撃弾にするつもりでは無かった。

側面から放たれた2門を夾叉弾として漣の横に着弾させる事で、上部から放たれた残り2門の砲撃を回避する手段を封じて来たのだ。

 

「……………。」

「終ワリヨ!何ノ特徴モ無イ癖ニ!」

 

勝ち誇ったように叫ぶ、深海棲艦。

 

(4隻の中では一番、総合的な実力が高いのかもしれないわね………。)

 

真顔になった漣は、心の中で悟る。

実際、彼女には、春風の傘や電の装甲版のような防御手段は無い。

如月のように缶やタービンを、強化しているわけでも無い。

他の3人のような戦い方は出来ないのだ。

だから………漣は手に構えていた連装砲を何気ない顔で撃った。

………飛来してきた5inch連装砲の弾丸に向けて。

 

バゴンッ!

 

「………エ?」

 

姫クラスとは思えない程の、素っ頓狂な声が聞こえてくる。

それは、そうだろう。

飛来する弾丸を、「自身の主砲の弾丸で撃ち落とした」のだから。

漣は、涼しい顔で更に連装砲を連射。

2発目と3発目で、側面の連装砲を。

4発目と5発目で、上部の連装砲を。

6発目で禍々しい光を放つ左腕の中心部に命中させて、中の魚雷ごと起爆させる。

 

「ド、ドウシテ………?」

「艦娘の事を、どう思っているか知らないけど………。」

 

一番手練れの駆逐古姫に対し、雷撃を一切使わず、最低限の砲撃だけで無力化させた漣は、呆然とする敵深海棲艦に何食わぬ顔で零距離まで近づき、心臓に連装砲を突き付ける。

そして、一転、獣のような笑みを浮かべながら、ヘビすら竦んでしまうような鋭い眼光で、敵艦を射抜く。

 

「初期艦っていうのを………舐めるなよっ!」

「ア………アア………!?」

「沈むのね!!」

 

もしかしたら、この駆逐古姫は一番不幸だったのかもしれない。

一番、慈悲も容赦も無い、無敵とも思えた相手と対峙してしまったのだから。

その猛者の砲撃を至近距離から受けた事で、最後の神風型から能力を奪った敵艦も撃沈する。

 

「ふー、久しぶりに本性見せちゃったかも。………漣の目、誰も見てないよね?」

 

普段演じているメイドの姿(と本人は思っている)から、掛け離れた眼光を見せた初期艦は、慎重に周りをキョロキョロと見渡していた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「ア、 有リ得ナイ!?私ノ仲間達ガ、ドウシテ簡単ニ!?」

「即席とはいえ、第二十五駆逐隊に入ってくれた仲間達を侮り過ぎたな!最後に春雨から奪った力も返して貰うぞ!」

 

4人の艦娘達が駆逐古姫を相手にしてくれた事で、早霜と共に駆逐棲姫に近づく事が出来た磯風は、豪胆な笑みを見せる。

 

「ク………沈メ!沈メ!」

 

敵艦は、左手の5inch連装砲と膝の艤装の5inch連装砲の計4門による砲撃を、磯風に向けて放つ。

だが、彼女は機関一杯まで主機を加速させて、砲撃を潜り抜けると、お返しに両手と艤装に備わった連装砲と機銃を撃ち出していく。

 

「どうした?磯風を沈めたいのではないのか!?」

「ウッ………!?」

 

距離を取りながら、今度はバラバラに魚雷を放つ駆逐棲姫。

しかし、磯風と早霜は、これも蛇行する事で回避してしまう。

 

「磯風。魚雷はこっちの方が多いから、先に放つわ!」

「頼むぞ!砲撃支援は任せろ!」

 

夾叉弾を撃って敵の気を引いた磯風の隣から、早霜が両太ももの計8発の魚雷の内、4発を敵艦に放つ。

 

「ウァ………!?」

 

足が無い分、簡単に全身が炎に包まれる敵艦であったが、叫びと共に回転して炎を振り払う。

かなり酷い火傷を負わせたはずが、傷が癒えてしまっていた。

 

「再生能力付き………。厄介そうね。」

「ふ………でなければ、やりがいが無い!私のトラウマを吹き飛ばしてくれた礼は、たっぷりしないとな!!」

「ナ………何デ笑ッテラレル!?」

「磯風………貴女、テンションが振り切れているわよ?」

 

思わず苦笑する早霜に対し、磯風は相手の艦が気圧される程度には、強気の表情を保っていた。

不謹慎かもしれないが、磯風は久々に心の底から海戦に没頭できていた。

それだけ過去のトラウマから解き放たれた感覚は、痛快なのだ。

 

「さあ、駆逐艦達による反撃の砲火………たっぷりと味わって貰おう!!」

 

彼女は、北の海の寒さを吹き飛ばす程の熱さを持って、深海棲艦に向けて叫んだ。




トラウマを吹っ切った、本来の磯風の豪胆さ爆発の回。
それに呼応して、各艦娘達が様々な海戦を見せてくれる回でもあります。
特に春風は、日傘を利用したトリックを披露してくれました。
アーケードで伊達や酔狂で持っているとは思えなかったので、防弾性能を備えました。
こういう細かい設定の付加は、結構楽しいです。


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第62話 ~謝罪と許し~

「只ノ駆逐艦ノ癖ニ!何故、強気デイラレル!?」

 

駆逐棲姫は、近づいてくる磯風や早霜を沈めようと、とにかく砲撃や雷撃を仕掛けてくる。

だが、2人はそう簡単にやられる程、甘い鍛え方をしてきたわけでは無い。

早霜は、ルーキーの時に、陽炎達の第十四駆逐隊にみっちりと鍛えられている。

磯風も、呉で修業に明け暮れていたし、何よりトラウマを振り切った事で、豪胆さを取り戻していた。

 

「早霜!夾叉弾による妨害は任せろ!奴の顔面に熱い鉛玉を直撃させてやれ!!」

「やっているわ。冷静さもしっかり持っているみたいで、安心するわね。」

 

面舵で敵の右側に回り込みながら、磯風は重装備の中にたっぷりと用意された砲弾や機銃を、惜しみなく敵艦に撃ち出していく。

出鱈目に撃っているようで、きっちりと左右ギリギリの所に着弾させて水柱を上げる姿は、深海棲艦にしてみても怖いだろう。

………というより、それ以前に相手からしてみれば、彼女の眼光と笑顔が怖くて、思わず震えあがってしまう。

その隙を、早霜が冷静に見極め、連装砲を直撃させていく。

 

「フ、フザケルナ!コッチニハ、傷ヲ癒ス力ガ………!」

「だったら、出来なくなるまで雷撃と砲撃を当てて行くだけだ!」

「ウグッ!?」

 

駆逐棲姫はとにかく距離を取り、北西に逃げながら雷撃を撃ち込んでくるが、その分、動きのパターンが単調になる。

磯風達からしてみれば、それぞれ残り4本ずつ残された魚雷を撃ち込む、絶好のチャンスであった。

 

「喰らえ!!」

 

機関一杯まで加速しながら撃ち込む、雷撃の嵐。

後退しか出来なかった故に、8本の魚雷を順番に直撃させられた駆逐棲姫は、また豪快な火柱に包まれ、悲鳴を上げる。

 

「ギョ、魚雷ヲ撃チ尽クセバ、火力ハ………!?ガハッ!?」

 

只、逃げるだけではどうしようもないと思った敵艦は、反転して攻勢を仕掛けようとするが、その身体がまた炎に包まれる。

いつの間にか磯風達の後ろまで回り込んでいた阿武隈が、甲標的を放っていたのだ。

 

「ク、クソッ!」

 

2発目は阻止しようと、何とか駆逐棲姫は砲撃で甲標的を破壊する。

しかし、その隙に阿武隈達は磯風達に合流出来た。

 

「どう、磯風ちゃん?あたし達と6人で単縦陣になる?」

「そうしたい所ですが、相手の雷撃が厄介ですので、各艦、自由行動で接近してください。………魚雷の残り本数は?」

「あたしが6本。レーベちゃんとマックスちゃんも6本。タシュケントちゃんが4本。」

「十分過ぎる量ですね。私が夾叉弾を放って、早霜に砲撃支援をさせます。各々が確実に撃ち込んで行って下さい。」

 

最後に、笑みを浮かべるとこう言ってのけた。

 

「丁度、秋刀魚漁の時期ですし、追い込み漁をしましょう!!」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

それから、10分位海戦が続いた。

駆逐棲姫は、とにかく逃げながら攻撃を当てようとする。

だが、距離を取れば自分の砲撃が当たらなくなるし、雷撃も躱されやすくなってしまう。

再生能力を備えているとはいえ、阿武隈を始めとした艦娘達の魚雷の雨にさらされると、いつ力尽きるか分からず、恐怖心が芽生えた。

 

「ダカラ………何デ、笑ッテラレルンダ!?」

 

それ以上に、敵艦にとって恐怖を煽ったのは、豪快な笑みを崩さない磯風の表情であった。

彼女のトラウマとその払拭の経緯を知らない深海棲艦にしてみれば、海戦に没頭している磯風は、駆逐艦なのに威圧感すら与える存在であった。

だから、姫クラスは次第に闘争心を失っていき、やがて混乱してしまう。

折角、強力な力を手に入れた自分が、失われることに。

 

「イ、嫌ダ!嫌ダーーーッ!!」

 

最後は意味も無く爆雷をばら撒いて、一直線に逃げていく。

あの磯風から逃れる為に。

あの駆逐艦の笑みから逃げる為に。

そして………。

 

「ア………。」

 

深海棲艦は絶望する。

逃げた先に待ち受けていたのは、更に強力な戦艦達だったのだから。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

磯風達が南東に回り込み、駆逐棲姫を北西に逃がしたのは意味があった。

羅針盤に嫌われて、キス島近くに近づけない木曾やガングート達の所へ、追い込む為である。

まんまとその罠にはまってしまい呆然とする敵艦を見て、木曾は嘆息する。

 

「指揮官が無能だとどうしようもないが………、付いてきた駆逐古姫達が哀れだな。」

「シ、沈メ!」

 

思わず反射的に砲撃を仕掛ける敵艦であったが、距離感を間違えてしまい、砲撃が届かない。

 

「おい、届いてないぞ?」

「ウ、五月蠅イ!」

 

手に持ったキセルを回しながら煽って来るガングートの声を受け、姫クラスは、今度は魚雷を扇状に放って来る。

今度こそ避けられないと思ったが、その前に1人の艦娘が立ちはだかり、派手な水柱が起こる。

1人轟沈させたかと、一瞬駆逐棲姫に笑みが見えたが………。

 

「艦隊は………やらせませんよ?」

 

そこから出て来た、ほぼ無傷の艦娘の姿に、更なる絶望を味わう。

大型バルジを艤装に複数取り付ける事によって、要塞並の防御力を得た宗谷が、文字通り艦隊の盾となったのだ。

その未知なる力を前に、姫クラスはまた震えあがる。

 

「完全に呆然自失しているな。さて、まるゆ。雷撃の準備は出来ているな?」

「はい!まるゆもいつでも撃てます!」

「じゃあ………ガングート、ゴトランド。誰がアイツを沈めるか競争といこうか!」

「いいな。何処の国の力が一番か試してみるとしようか!」

「負けませんよ?攻撃機………発艦!」

 

ゴトランドがスウェーデン製の攻撃機をカタパルトから発艦させる。

更に、木曾が艤装を展開し、まるゆと一緒に大量の魚雷を放つ。

そして、ガングートが、戦艦の主砲を一斉に放った。

 

「ギャ、ギャアアアアアアアアッ!?」

 

爆撃、雷撃、砲撃。

凶悪過ぎる三重奏を一度に受けてしまった駆逐棲姫の傷は、もう回復しない。

大破状態の姫クラスは、反転して逃げていく。

 

「結果は引き分けか。」

「………みたいだな。まだまだ私達も精進が足りんか。」

「阿武隈、そっちに逃げたわよ。トドメお願い。」

 

駆逐棲姫の行方を見たゴトランドが、阿武隈に通信を送った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「ゴトランドさんの言う通り、こっちに戻って来たけれど………。何か策でもあるのかしら?」

「ヤケクソなんでしょう。戦艦達よりはこちらの方が抜けられると判断したんでしょうね。」

 

鬼気迫る表情で、右手で魚雷を持ち、左手の連装砲を構えてこちらに迫る駆逐棲姫を見て、阿武隈と磯風は溜息を付く。

艦娘の能力を奪って進化した姫クラスとはいえ、仲間を失い、様々な攻撃を受けて、ボロボロにされて沈む運命だと考えると、哀れだと思えた。

 

「でも………容赦は出来ないけどね。魚雷、誰か持ってるかな?」

「私と早霜はもう使い切りました。」

「僕も無いよ。」

「私もよ。」

「あたしもだね。」

「どうする、磯風ちゃん?」

「仕方ないですね。ならば、砲撃の雨を浴びせて沈めて………。」

「おーい!漣達を忘れるんじゃないぞ!」

 

魚雷は使い果たした事を確認した一同であったが、そこに後方から駆逐古姫を仕留めた漣・電・如月・春風の4人がやって来る。

先頭に立つ漣には、まだ6本の魚雷がしっかりとあった。

 

「漣………介錯を任せる。」

「オッケー。じゃ、砲撃支援ヨロシク!」

 

漣はそう言うと、1人増速して磯風達を追い抜いていき、敵艦へと迫る。

駆逐棲姫は、砲撃や雷撃で迎撃しようとするが、一斉に飛来してきた磯風達の攻撃の前に怯み、魚雷を落とし、砲撃を外してしまう。

 

「コ、コンナ所デ!?ソンナ!?」

「悪いね!漣はしつこいから、逃がさないよ!」

 

改めて照準を定めようとする深海棲艦であったが、その前に漣の魚雷が発射される。

次々と炸裂した雷撃は駆逐棲姫を火柱に包む。

 

「アアアアアアアアアアアアッ!?」

 

遂に力を失った姫クラスは、がっくりと項垂れ力尽き、沈んでいく。

最後の敵艦の撃沈により、北方の海戦は終わりを告げた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

同時刻………単冠湾泊地の桟橋では、車椅子に乗った春雨が、黒い雲に包まれた空を見上げていた。

その椅子を押しているのは、提督を務めている陽炎。

何故、2人がここにいるかというと、春雨が急に何かを感じ取ったかのように、桟橋に行きたくなったからである。

一応、何か危ない事が無いように、陽炎は艤装を付けている。

 

「春雨~。あんた、ここに何があるっていうの?私には、打ち寄せる荒波とどんよりした空しか見えないんだけれど。」

「ご、ごめんなさい。でも………何かあるような気がしたんです。」

「ああ、提督だからって、無理に敬語使わなくていいわよ。………って、何かって何?」

「えっと………何だろ?」

 

春雨曰く、とにかくここに来なくてはいけない気がしたらしい。

互いに首を傾げる中、急に波が静まり返った。

そして………。

 

ピチャッ!

 

『!?』

 

2人は驚く。

青白い腕が突如海から出現し、桟橋を掴んできたのだ。

 

「深海棲艦!?」

「ま、待って!?」

 

咄嗟にベルトで垂らしていた連装砲を構えて、迎撃しようとする陽炎であったが、春雨がそれを止める。

よく見ると、その手は半透明であり、今にも消えそうであったのだ。

その腕は桟橋を掴むと、姫クラスの上半身を起こしてくる。

春雨とよく似た姿である、駆逐棲姫の………。

 

「コイツ、春雨から能力を奪った………!」

「タス………ケテ………。」

「助けて?………何をふざけた事を言ってるのよ!あんたのせいで、春雨がどれだけ不自由な生活を強いられたか分かってるの!?」

「ウ………ウウ………。」

「さっさと消えなさい!怨念は!!」

 

艦娘の直感であろうか。

北方で磯風達に沈められて、思念だけが春雨に助けを求めに来たのだと悟った陽炎は、怒りの言葉を投げる。

それだけ、彼女は提督として、艦娘としての能力を奪われた後の春雨の絶望感等を知っていた。

立てなくなり、戦う力も自由も奪われた彼女の悲しみを………。

 

「ここに来た当初、春雨がどれだけ沈んでいたか………!どれだけ辛い思いを抱えていたか………!」

「待って!陽炎さん!お願い、怒らないであげて!」

「何言ってるのよ、春雨!あんたはコイツに………!」

「この子………泣いてる………。」

 

春雨の言葉に、陽炎はよく見る。

桟橋に這うようにしていた駆逐棲姫は、泣いていた。

両手を震わせ、涙を落としていた。

 

「ゴメン………ナサイ………。ユル………シテ………。」

「あんたね………世の中、謝罪で許されることと許されない事が………。」

「キエタクナイ………タスケテ………。」

「………はあ。」

 

陽炎は深く溜息を付くと、自分の連装砲を春雨に見せた。

 

「春雨………あんたに任せる。苦しんだのはあんたなんだから、あんたが決めなさい。」

「陽炎さん………。」

「撃って欲しいと言えば、私は躊躇いなく撃つわ。あんたの望む通りにやりなさい。」

「………もうちょっと、あの子に近づいて貰ってもいいですか?」

「……………。」

 

陽炎は、黙って………しかし、慎重に車椅子を深海棲艦に近づける。

もう、ほとんど消えかけていた駆逐棲姫は、弱々しかった。

春雨は、息を呑むと、思い切って右腕を伸ばす。

 

「おいで。」

「エ………。」

「貴女も辛いんだよね………?一緒に………行こう?」

「ア………ア………。」

 

駆逐棲姫は、ゆっくりと右腕を伸ばした。

春雨は、笑みを見せながらその手を取った。

深海棲艦も………涙ながらに笑みを見せた。

 

「アリガトウ………。」

 

そして、眩く輝き、春雨の右手の中に光が吸収されていく。

一連の流れを見た陽炎は、春雨に聞いた。

 

「春雨………どう?」

「……………。」

 

春雨は、静かに足を踏みしめると、立ち上がる。

そして、右、左と片足に力を入れながら、その感触を確かめていく。

 

「立てる!………治った!立てるよ!」

「悪いけど、あんたが「春雨」だって証拠は………?」

「えーっと、陽炎さんが最後に隠れてイチゴパフェを食べたのは、2日前の………。」

「OK、紛れもない春雨だわ。………おめでとう!」

 

陽炎は笑みを浮かべると、春雨の髪をわしゃわしゃと撫でる。

その感触を確かめながら、彼女は嬉し涙を流した。

 

「ありがとう、陽炎さん!………あ!」

 

春雨と陽炎は見た。

分厚い雲が風に流され、晴れていくのを。

単冠湾泊地に太陽が照り付け、1つの事件が解決した。




フィニッシャーは第1部であまり活躍出来て無かった、漣になりました。
第1部の由良や今回の阿武隈のように、甲標的を使ったギミックは結構好きです。
もしかしたら、私は搦め手が、好きな傾向があるのかもしれません。
また今回は、深海棲艦との共存の可能性を、描いてみました。
春雨の選んだ道も、また1つの艦娘としての道だと思いたいですね。


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第63話 ~取り戻したもの~

数日後、単冠湾泊地から出向してきていた磯風達は、幌筵泊地から帰路に付こうと、桟橋に立っていた。

見送りには、秘書艦の阿武隈を始めとした様々な種類や国籍の艦娘達に加え、提督も現れていた。

 

「あの海戦を得て、随分顔が変わったな。」

「提督が私を信じて、作戦を決行してくれたからです。………それに、ここにいる全ての艦娘達のお陰でもあります。」

「俺には女を見る目は無いが………、これだけは言える。これからのお前は、これまでのお前とは確実に違う。取り戻したものを、大切にしろよ。」

「はい!」

 

提督の敬礼に合わせて、磯風・早霜・春風・如月・電・漣が答礼をした。

そして、磯風は阿武隈達にも順番にお礼を言っていく。

皆、彼女達のこれからの旅路の無事を祈ってくれた。

 

「磯風ちゃん、何かあったらあたし達を呼んでね。みんな駆け付けるから。」

「みんなって………提督を1人で放っておいていいのですか?」

「ここの提督は博打好きだからね~。」

「言ってくれる。」

「あはは………。」

「まあ、あたしは無理でも、木曾さんとかゴトランドさんとかガングートさんとか、駆け付けられる人はいっぱいいるからね。」

「分かりました。いざという時は、頼りにさせて貰います。」

「仲間を大切にしてね!」

「勿論です!」

 

そして、まるゆや宗谷、レーベやマックス、タシュケントにも見送られながら、磯風は幌筵泊地を旅立つ。

彼女が得意とする………本来の力を発揮できる、単縦陣で航行しながら。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「仲間………か。」

「磯風、どうしたの?私達の事、仲間だと思っていないとか?」

「あ、いや………そうじゃない。少し、沖波達の事を思い出していただけだ。」

 

単冠湾泊地に帰投する最中、磯風は、訝しげに聞いてきた後ろの早霜に説明する。

あの氷の檻に閉じ込められた際に、脳裏にリンガでの沖波の残留思念が浮かび、そこから彼女との思い出が蘇ったのだと。

 

「昔、沖波は私や浜風に、仲間の事を「家族」だと思っていると言っていた。その意志は彼女に根付き、最期の誇り高い海戦でも、己を奮い立たせる力になった。」

「そうね………。夕雲型として………いえ、艦娘として、彼女の事は私も誇りに思うわ。」

「その家族としての定義は、岸波率いる第二十六駆逐隊にも引き継がれる事になった。駆逐隊が家族………っていうのは変わっているかもしれないが、あの7人を見ていると間違っていないようにも思える。」

「つまり………何が言いたいの?」

「私にとっての仲間は、何と定義できる存在なのかと………考えてしまってな。」

 

第二十六駆逐隊の岸波にとって、仲間は家族同然のような存在になった。

では、第二十五駆逐隊の磯風にとって、仲間はどのような存在だろうか?

家族という表現は、何か自分に合わない気がする。

ならば、どういう表現を使うのが、一番適切なのか。

 

「答えは………出たの?」

「その………何だ?恥ずかしいのだが………「戦友」って呼ぶのはおかしいだろうか?」

 

頭をかきながら無線で告げた言葉に、5人は静まり返る。

その反応を見て、磯風は思わず赤面してしまう。

 

「や、やっぱり変か。すまない、忘れて………。」

「いえ、電は素晴らしい表現だと思いますよ?磯風ちゃんらしいです。」

「そ、そうか?」

 

初期艦の1人である電の言葉を受けて、磯風は思わず嬉しそうに振り向く。

どうやら、幌筵にいる間、ずっと悩んで付けたネーミングであるらしい。

 

「武勲艦である磯風ちゃんに相応しい言葉なのです。………電達も戦友ですか?」

「も、勿論だ!………第二十五駆逐隊の一員として、私のトラウマ克服に、協力してくれたからな。」

 

磯風は、本当に心の底から感謝するように、丁寧に話す。

特に電は、強引なやり方とはいえ、トラウマをぶち壊す突破口を作ってくれたのだ。

感謝してもしきれない。

只、そこで漣が腕を組みながら話してくる。

 

「いい話だけど………磯風ちゃん。夏雲ちゃん含め、漣達は、あくまで一時的な加入だって事、忘れて無いか?」

「う………そうなんだよな。第二十五駆逐隊に、正式加入をしているわけでは無いのが何とも………。」

 

残念ながら、全員、第二十五駆逐隊に正式に転属しているわけでは無い。

結局の所、磯風は単冠湾泊地に帰投し、横須賀鎮守府に戻ったら、仲間の集め直しである。

それでも………。

 

「だが、幌筵の阿武隈さん達を含め、皆が戦友だって事には変わりはない。何かあったら、私は駆けつけるし、逆に頼む事もあるが、構わないか?」

「そこは勿論、駆逐艦だからね~。任せて頂戴!………ね、春風ちゃん!」

「あ、はい………。」

 

フリルのエプロンを振りかざしながら器用に1回転して見せた漣に対し、春風は何かを考えている様子であった。

磯風は、それを気にする事無く、如月に目線を向ける。

 

「それで、早速なのだが………如月、1つ頼まれてくれないか?」

「何かしら?」

「実は………。」

 

磯風は、自身の考えている事を説明する。

その内容を受けて、如月は成程と考え込み、頷く。

 

「やってみる価値はあるわね。いいわよ、貴女のお陰で、いいストレス解消になったもの。」

「感謝する。………と、春風。いつまで俯いているんだ?そろそろ、見えて来るぞ。」

「本当だわ。あの4人、眠っていた姉妹じゃないかしら?」

「え………?」

 

早霜の言葉に、顔を起こした春風は見る。

桟橋には、彼女と同じような制服を着た4人の艦娘が笑顔で手を振っていた。

毛先が春風と同じくロールに巻かれた栗色の髪の艦娘。

黒のショートヘアにグリーンの瞳の艦娘。

亜麻色のロングヘアーに青い大きなリボンを付けている艦娘。

そして、紅のロングストレートの髪の艦娘。

 

「旗風さん!松風さん!朝風さん!神風御姉様!」

 

それぞれ自分の姉妹艦の無事を確認した春風は、艦隊の輪から外れ、1人桟橋へと向かい、神風型艦娘達の輪に入って泣いて喜ぶ。

桟橋には、無事に立てるようになった春雨や、提督の陽炎、残ってカウンセリングをしていた夏雲、それに、浜風・磯風・谷風達もいた。

使う事の出来なかった単縦陣で戻って来た磯風を見て、状況を悟った彼女達は、一斉に笑顔で手を振る。

 

「おーおー、凱旋じゃん!磯風ちゃんも隅に置けないねー。」

「いや、そこまでの事は………。」

「凱旋なのです。………この泊地の人達に勇気を与える行動を取ったのですから。」

「そうね………。ふふ、磯風ちゃん。もっと喜んでいいのよ?」

「そ、そうか………とりあえず、手を振るか。」

 

漣や電、如月に急かされ、磯風も大きく手を振って応える。

こうして、過去を克服した1人の艦娘が、単冠湾泊地に戻って来た。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「これは………何ですか?磯風。」

 

艤装を外した磯風は、自分の借りている部屋に、浜風・磯風・谷風を集めた。

陽炎と如月もいる中で、浜風は思わず磯風に疑問を投げかける。

彼女は、静かに腕を組むと如月を見て頷き合い、説明を始める。

 

「如月は、深海棲艦に呪われていてな。左手が甲殻類のように硬くなっている代わりに、深海棲艦の記憶を読み取る事が出来るんだ。」

「そ、そうなのですか………。」

「ああ。で………少し考えたんだが、その力を応用すれば、私の中に眠る南方棲戦姫の記憶を引き出す事も、可能では無いのかと思ったんだ。」

「ま、待って下さい、磯風!」

 

突然、磯風から語られた情報量に加え、トラウマの深海棲艦の名前まで出て来た事で、思わず浜風は止める。

磯風のやろうとした事を、悟ったのだろう。

思わず身を震わせながら、浜風は言う。

 

「まさかとは思いますが………、その記憶を私に見せるつもりですか!?」

「そうだ。」

「何故!?」

「私の口からでは、やはり岸波や沖波達の想いを、完全に伝える事は出来ないと思ったからな。」

「や、止めて下さいよ!?」

 

思わず浜風は、頭を押さえて座り込む。

やはり、極度の精神不調に悩まされているのだろう。

その姿は、PTSDに陥る前の彼女の姿からは、かけ離れていた。

磯風は浜風と同じ目線まで片膝立ちの状態になると、静かに言う。

 

「浜風………私が北方で危機に陥った時、最後の最後で助けてくれたのは、やはり沖波の残留思念だった。私達を命懸けで守ってくれた彼女の想いを裏切る事が、どれだけ重罪か改めて知った。だから………。」

「無理です!今の私には………受け入れる覚悟が無い!浦風も谷風も………!」

「ごめん、浜風。うちゃ磯風の案に乗ってみよう思う。」

「え………?」

 

ビックリしたように顔を起こす浜風に対し、浦風は静かに磯風を見る。

 

「うちゃ多分、心の奥底では岸波や磯風を、まだ許せとらん。じゃけぇ………沖波がどがいな気持ちじゃったのか、確かめたい。」

 

沖波が元々沈む原因になったのは、岸波と磯風の甘い戦況判断だ。

だから浦風は、やむを得ないとはいえ、岸波が沖波を捨て艦にする選択を選んだ時、罵倒してしまった。

その時の記憶があるから、磯風に対しても、チグハグな会話しか出来ていないのだと、実感したのだろう。

彼女は進み出ると、強い瞳で磯風を見た。

更に、谷風もふーっと溜息を付くと、浦風と同じように前に出る。

 

「谷風さんも………結局は、割り切れてないんだろーね。そして、前に進むには、磯風の案に乗るっきゃないんだよ、浜風。」

「谷風まで………。」

「踏み出そうぜ。大丈夫だ、谷風さん達も、一緒にその記憶を辿ってみる。第十七駆逐隊の絆を………取り戻そう。」

「……………。」

 

谷風の最後の言葉が、後押しになったのだろうか。

浜風は自分の頬を叩くと、唾を飲みながらではあるが、磯風に近づく。

磯風は腕を伸ばすと、自分の右手に3人の手を重ねるように言った。

一方で、如月は自信の手袋を外して呪われた左手を出すと、磯風の左手に重ねる。

 

「行くわよ………4人共、目を閉じて。」

 

如月の言葉に、第十七駆逐隊の4人は、言われた通りに目を閉じる。

次の瞬間、浜風は、霧の中で自分の身体を紅蓮の砲火が貫く幻を見た。

 

「うわ!?」

「浜風!恐れるな!これは、全部磯風の中に眠る記憶だ!逃げないでくれ!」

「あ………くっ………!」

 

必死に唇を噛み、堪える浜風は見る。

南方棲戦姫が現れ、舌なめずりをしながら重傷を負った浜風自身に近づくのを。

中破状態の岸波が悩みに悩んだ挙句………沖波に単艦で足止めを命じる瞬間を。

沖波が腹の底から叫びながら応戦する中、怒りに満ちた浦風と谷風が、岸波を責めるのを。

その横で、磯風が自分の責任だと後悔するのを。

そして、沖波を置いて5人だけでリンガに帰投するのを。

 

「この先を………この夏に起こった事を、しっかり見届けて欲しい。」

 

磯風の言葉に、浜風達は集中して見る。

場面が移り変わって、朝霜や弥生が被弾をする中、岸波が怒りながら南方棲戦姫の前に立ちはだかるのを。

奇妙な行動パターンを見せる姫クラスを前に善戦するが、岸波が轟沈の危機に陥るのを。

しかし、そこで意識が飛び、あの沖波と南方棲戦姫の海戦の場面に切り替わるのを。

沖波が深海棲艦化の誘いを断り、リンガにいる全ての「家族」の良さを語るのを。

そして、その家族達を守る為、左腕が吹き飛んでも、自らが致命傷を負っても、深海棲艦の左の肩口に傷をつけたのを。

更に意識が飛んで、雲の上の光のサークルで、沖波の残留思念が、岸波を許したのを。

それでも罪の意識に囚われる岸波に対し、今の家族………第二十六駆逐隊との歩みを沖波は語り、彼女を縛る楔を解放してあげたのを。

最後に、沖波が付けた古傷から、起死回生の一撃を撃ち込んだ岸波達が、協力して南方棲戦姫を撃沈するのを。

 

『……………。』

「これで………終わりね。」

 

能力を発揮し終わった如月が告げた事で、第十七駆逐隊の4人は目を開ける。

磯風はともかく、浜風と浦風、谷風は自然と涙を流していた。

沖波が誇り高い駆逐艦だったという事は、磯風から聞いてはいたが、実際に映像でその覚悟と死闘、そしてその想いを見たら、泣かずにはいられなかった。

 

「広すぎる………。沖波の心は広すぎるよ………。」

「それだけ………岸波が………いや、うち達家族が大切じゃったんじゃのぉ………。」

「私は………私はどうすればいいのですか、磯風………。」

 

全ての事実を正確に知った浜風は、懇願するように磯風を見る。

彼女は、静かに少しだけ笑みを見せると答えた。

 

「簡単では無いって事は分かっている。だが………、切っ掛けになればいいと思った。そうでなくても………いい加減、岸波は許してやってくれ。」

「私達は、磯風に対しても………。」

「時間はあるんだ。陽炎がいるこの泊地で、しばらく考えてくれ。只、岸波も、朝霜も、長波も前に進み始めている。私も………進み始めたつもりだ。」

「……………。」

「無責任な発言で申し訳ないが、信じているからな。浜風ならば、PTSDを克服できると。………如月もありがとう。その左手、役に立った。」

「ふふ、いいのよ。さてと………私はそろそろ、地下室に戻って………。」

 

その時であった。

磯風のいる部屋に、扉が開け放たれる。

秘書艦の高雄が、不知火を連れて現れたのだ。

 

「高雄さん!?どうしたんですか!?そんな慌てて!?不知火まで………!?」

「提督、急患よ。深海棲艦の攻撃を受けて倒れた艦娘が、船渠(ドック)入りをしても目を覚まさないって!?」

「今、五月雨と夏雲が診ています。陽炎も早く。」

「え!?待ってください!何でこの泊地に来るんですか!?それなら、まずは明石さんのいる呉鎮守府の方が………!?」

 

驚く陽炎に対し、高雄と不知火は如月を見た。

視線を浴びた如月は、嫌な物を覚える。

まさか………。

 

「その急患が………睦月ちゃんだからよ!」

『!?』

 

高雄の告げた言霊を受け、如月を始めとした艦娘達は衝撃を受けた。




岸波が選んだのが「家族」という言葉ならば、磯風が選んだのは「戦友」という言葉。
トラウマを解消した後は、本来の彼女らしさを表現するように心がけています。
一方で、如月の持っていた能力で、沖波の記憶を共存した第十七駆逐隊の4人。
これで、浜風達もリンガでの記憶が根付く事になります。
無事に解決と思いきや………まだまだ安心は出来ない展開が続きます。


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第64話 ~陸上戦闘~

「睦月ちゃん!?」

 

単冠湾泊地の船渠(ドック)も兼ねた病棟に、如月を筆頭に磯風達は走って来た。

そこには、茶髪のショートヘアーの髪の小柄な艦娘が眠るように横たわり、五月雨のサポートを受けた、夏雲の診察を受けていた。

彼女が、睦月型1番艦の睦月だ。

その横には、緋色のクセのある髪を、兎のアクセサリーで纏めた艦娘が、落ち込んだ顔で座り込んでいた。

 

「君は………4番艦の卯月か?」

「うーちゃんだぴょん………。宜しく頼むぴょん………。」

 

元々は独特の口調が自慢の、快活な娘なのだろう。

だが、今はネームシップである睦月の昏睡により、かなり精神的に参っているようであった。

 

「卯月ちゃん!誰がこんな事をしたの!?何で守ってあげなかったの!?」

「落ち着け、如月!今の卯月には酷だ!」

「で、でも………!?いえ、ごめんなさい………。私、動揺して………。」

 

アレだけ北方では余裕を持っていた如月が、冷静さを失うほど、睦月の存在は大事であるのだろう。

その如月を抑えると、磯風は冷静に卯月に問う。

 

「卯月。一体、何が起こった?説明してくれないか?」

「そ、その………宿毛湾泊地跡を航行している時に………深海棲艦に襲われて………それで………船でここまで………。」

 

歯切れの悪い言葉を受けて、磯風も如月も違和感を覚える。

真っ青な顔をする卯月は、明らかに様子がおかしい。

 

「教えてくれ。何者が睦月を昏倒させた?」

「そ、それは………っ!?」

 

何とか語ろうとした卯月であったが、その首根っこ突如掴まれ、思いっきりぶん投げられる。

壁に叩きつけられて座り込む卯月を、慌てて夏雲と五月雨が介抱しようとするが、彼女達は驚愕した。

投げ飛ばしたのは、さっきまで眠っていたはずの、睦月だったからだ。

 

「睦月ちゃん!目を覚まし………!?」

「如月!?」

 

如月が喜んで近づくが、思いっきり腹をぶん殴られて、卯月と同じように吹き飛ばされる。

胃の中の物を吐き出さずには済んだが、いきなりの睦月の行動に、更に動揺を隠せないでいた。

その如月の前に、庇うように立った磯風は見る。

睦月の瞳はぼんやりとしており、濁っている事に。

 

「これは………!?」

 

この現象を、彼女は横須賀で知っている。

岸波が来る前に、曙の部屋の前でよく見かけた………。

そう、深海千島棲姫に意識を乗っ取られた薄雲と、全く同じであったのだ。

 

「憑依(ポセッション)か!?深海棲艦に乗っ取られている!?不味いぞ!?」

 

睦月はぼんやりとした顔のまま、おもむろに自身の眠っていたベッドを持ち上げようとする。

その様子を見た磯風は、咄嗟に睦月に体当たりをした。

 

「陽炎!全員、部屋から避難させてくれ!今の睦月は深海棲艦の力で、艤装なしでも怪力を発揮できる!」

「不知火、高雄さん!如月をお願い!五月雨と夏雲は卯月を!」

 

陽炎の言葉に、部屋に入っていた面々は、倒れた卯月や如月を連れ、一斉に外に逃げる。

その間も、磯風は体格を生かし、睦月の動きを封じようとするが、彼女のパワーが尋常でない上に、激しく抵抗してきたので、腹を蹴り飛ばされる。

壁際に追い込まれた磯風は、見た。

濁った瞳を持つ睦月が、ニンマリと邪悪な笑みを浮かべながら、ベッドを持ち上げたのを。

 

(やられる………!?)

 

艤装を付けてない艦娘は、只の少女だ。

鍛えているとはいえ、一般の人間と変わらない。

一巻の終わりかもしれないと悟った瞬間、後ろから3人の艤装を付けていない艦娘が一斉に飛びかかった。

浜風・浦風・谷風の3人だ。

 

「避難したんじゃなかったのか!?」

「すみません、放っておけませんでした!」

「今までの分があるけぇな!」

「ちょっと第十七駆逐隊のイイ所、見せないと!………って、うわ!?」

 

比較的小柄な谷風が、真っ先に吹き飛ばされる。

尻餅を付いた彼女は、投げ出されたベッドの毛布を見つけると、それを後ろから睦月に被せる。

 

「今の内に!」

 

第十七駆逐隊の4人は睦月が怯んだ隙に、とりあえず部屋を出る。

病棟の廊下では、備えてあった無線を使って、陽炎が指示を出していた。

 

「浜波!春雨!艤装を付けて来て!択捉は、松輪達の避難を!急いで!」

 

あくまでこの病棟内で何とかしようと考えているのだろう。

次々と指示を出しながら、近くの部屋から机等を並べて出口から逃げないように、即席のバリケードを作っていた。

脱出した4人は急いでバリケードの内側に避難するが、後ろからベッドが飛んできて、派手な音を立てて壊れる。

睦月が部屋にあった物を、投げ飛ばしてきたのだ。

 

「陽炎!憑依(ポセッション)された艦娘を抑えるには、どうすればいい!?」

「気絶させるしか無いわね!」

「起きてないぞ!?」

「脳震盪を起こして身体を動かなくするのよ!だから、結局は近づくしかないんだけれど………。」

 

とにかく近くにある物をぶん投げてくる睦月の姿を見ながら、陽炎は歯ぎしりをする。

当たり前だが、憑依している相手は、睦月の体の事等、使い捨ての駒としか思っていない。

だからこそ、アレだけの力を発揮できるわけで………逆に言えば、あんまり睦月を暴れさせると彼女が壊れてしまう。

 

「時間が無いわね………っと来た!」

 

陽炎は、艤装を付けた浜波と春雨が来た事で、2人に何とか睦月を止めさせられないか、聞いてみる。

 

「や、やって………みる。」

 

何とか返事をしてバリケードから飛び出した浜波は、ペイント弾を撃って牽制しようとする。

だが、所詮操っている者からしたら、使い捨ての身体であるからか、睦月は避ける気配が無い。

 

「意味………無い………。こ、こうなったら………!」

 

浜波は突撃すると、左手の連装砲を小手に見立てて、腹に喰らわせて、睦月を昏倒させようとする。

春雨も同じように身を低くして、突進していく。

浜波の鉄の一撃が先に炸裂し、更に、春雨と2人掛かりで押さえ込む。

だが………。

 

「う………うあああああああああああああああ!?」

「う、うわ!?」

「きゃ!?」

 

いきなりの悲鳴と共に、睦月が更なる力を振るった。

艤装を付けているにも関わらず、浜波も春雨も吹き飛ばされてしまう。

 

「このままじゃ………。」

 

何とか春雨は起き上がれたが、浜波は打ちどころが悪かったのか、すぐには起き上がれそうになかった。

睦月は邪悪な笑みを浮かべながら、どんどん近づいてくる。

小柄な彼女の元々の体力も考えれば、このまま、長時間放っておいて良いとは思えなかった。

 

「春雨、浜波を連れて下がって!こうなったら、みんなで艤装を付けて外で………!」

「いえ………私が何とかする!」

「え………?」

「「あの子」に協力して貰えば、きっと………!お願い、力を貸して!」

 

最初、磯風達は、春雨の言っている事が分からなかった。

だが、彼女は黙って目を閉じた。

すると………桃色の髪が光り、白く変化していく。

それは、春雨の物でなく………。

 

「駆逐棲姫………?」

「行きます!」

 

睦月はまた、近くに置いてあった机を、思いっきり投げ飛ばしてくる。

しかし、春雨は質量弾とも言えたそれを、何と右手1つで掴んでみせる。

艤装を付けているとはいえ、片手である。

 

「春雨の力じゃない!?どういう事だ!?」

「成程ね………「一緒に行こう」ってそういう事か。」

「何?」

 

1人納得をする陽炎の態度を見て、首を捻る磯風であったが、今はそれどころではない。

春雨は机を置くと攻勢に出る。

鎖で艤装の左側に巻かれたドラム缶を取り出すと、それを右手で振り回し、遠心力を付けて思いっきり投げ飛ばしたのだ。

しかし、操り人形である睦月は回避をしない。

春雨もそれが分かっていたからなのか、ドラム缶は命中させず、睦月のすぐ手前に落下させる。

だが………そのドラム缶に気を取られている隙に、春雨は駆けた。

陸上なのに、それこそ駆逐艦が海の上を滑走する程のスピードで。

 

「たあああああああああ!」

「!?」

 

投げつけられて来たドラム缶に気を取られていた睦月は、その春雨の認識が遅れた。

僅かな隙を狙い、彼女は思いっきり飛び膝蹴りを腹に喰らわせる。

蹴り飛ばされる睦月は床を転がり、起き上がろうとするが、春雨が更に飛び掛かり押さえ込む。

 

「本当は………こんな事はしたくないけれど………ゴメン!」

 

相変わらず濁った眼で自身を見上げる睦月を見て、春雨は罪の意識を覚えながらも、その後頭部に、思いっきり手刀を叩き込む。

 

「う………あ………。」

 

与えられた衝撃によって、睦月は脳震盪を起こし気絶する。

静まり返った一同の目の前で、春雨の髪が元のピンク色に戻った。

 

「止まった………のか?春雨。」

「うん、大丈夫だと思う………。でも………。」

「陰湿な敵よね………。睦月に潜んで艦娘達の同士討ちを誘ってきたんだから。」

 

用心深く睦月の元に向かった磯風達は、彼女がしっかり呼吸をしているのを見て安心する。

その上で、陽炎達に説明を求める。

 

「さっきの春雨のアレは、何だったんだ?」

「私も初めて見るから何とも言えないけれど………多分、磯風達が幌筵で沈めた駆逐棲姫の力じゃないかしら?」

 

陽炎は沈んだ深海棲艦の怨念とも言える意識が、春雨に助けを求めに飛んできた事を語った。

勿論、陽炎は反対したのだが、春雨はその意識を受け入れたのだ。

一緒に生きようと。

 

「その力は気軽に使っても大丈夫なのか、春雨?」

「流石に何度も気軽には使えないけれど………副作用は特に何とも無いよ?」

「そうか………とにかく助かった以上は、文句は言えないな。それと………。」

 

磯風は後ろにいた浜風達に、頭を下げる。

 

「浜風、浦風、谷風………さっきは助かった。ありがとう。」

「いえ………その、繰り返しますが放っておけなかったんで。」

「さっきも言うたけど、今までの分があるけぇのぉ。」

「まずは、役に立てて何より何より。………とみんな、無事か?」

「な、何とか………。」

「うーちゃんも………。」

「……………。」

 

谷風の呼びかけに、起き上がった浜波と卯月が応える。

だが、如月だけは、黙って険しい顔で睦月の所にやって来ると、呪われた左手を出して、彼女の額に置いた。

睦月を昏倒させ、あまつさえ操った外道の深海棲艦の正体を、突き止めようとしているのだろう。

 

「あ、待つぴょん!如月、ダメ!?」

「待て、如月!私も見る!」

 

青ざめる卯月の表情から何かを悟った磯風が、慌てて如月の右手を掴み、目を閉じる。

最初に映ったのは、夜景であった。

その中で、睦月は両腕の砲門を構え………隣の卯月と共に、固まっていた。

何故ならば、目の前にいた敵は、肌とロングヘアが白く染まっていたからだ。

顔は左半分を中心に鱗のような浸食が進んでおり、左手は甲殻類のような硬い皮膚と爪に覆われていた。

額には白と黒の角が数本生えており、目は片方が紫で、もう片方が赤く染まっていた。

そう、その姿は………。

 

「如月………ちゃん!?」

 

睦月の声が聞こえる。

だが、その瞬間に如月を模した深海棲艦は邪悪な笑みを浮かべ、睦月に深海棲艦独特の顔を模した艤装による砲撃と雷撃を喰らわせる。

 

「む、睦月ちゃん!しっかりするぴょん!?」

「フフ、如月ニ伝エナサイ。」

「!?」

 

その深海棲艦は、如月の声で、卯月に言い聞かせる。

まるで、お前は伝達者として見逃してやると言わんばかりに。

 

「睦月ヲ目覚メサセタケレバ、私ノ所ニ来ル事ネ。フフ………アハハハハハ!!」

 

如月のものとは思えない笑い声と共に、如月の姿をした深海棲艦は、何処かに去って行く。

全ての記憶を読み取った途端、如月は力無くぺたんと座り込んだ。

 

「なに………これ………。」

「落ち着け、如月………!奴は………!」

「睦月ちゃんを撃ったのは、私?如月が、睦月ちゃんを………?」

「違う!アレはお前じゃなくて………!」

「そんな………!そんなーーーっ!?」

 

錯乱した如月は、涙を流して意識を失った睦月にしがみ付く。

わんわんと泣くその姿に、磯風はしばらく、声を掛けられなかった。




第1部では薄雲が一時期陥っていた、深海棲艦に操られる症状。
今回は、睦月がそれを担う形になってしまいました。
そして、それを押さえる為の、珍しい室内戦闘です。
第十七駆逐隊の絆が、少し回復したのは不幸中の幸いでしょうか。
ここから、また新しい物語が展開されますので、お待ちください。


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第65話 ~帰投命令~

その日の夜更けに磯風は、病棟の中にある睦月の眠っている部屋へと、足を踏み入れる事になる。

彼女は如月を模した深海棲艦の憑依(ポセッション)により操られた為、やむを得ず、布団に縛り付けられていた。

その様子が、とても痛々しく、磯風は思わず目を背けそうになった。

そして………そのベッドに縋りつくように、如月が座り込んでいた。

 

「如月………いい加減に眠らないとダメだぞ?」

「……………。」

 

黙っている彼女を見て、梃子でも動かないと思った磯風は、持って来た物を置く。

それは、如月の艤装であった。

 

「陽炎から伝達だ。………次に何かあった時にすぐ止められるように、全員艤装を装着しておいてくれと。」

「……………。」

 

艦娘は艤装を付ける事で、見かけの少女からはあり得ない力を発揮する事が出来る。

耐久力等も向上する為、緊急時は提督権限で、常時の装着が認められていた。

実際、磯風も自身の艤装を装着する事で、重い如月の艤装をこの病棟に持ってこられたのだ。

 

「それと如月………これは、私個人の言葉だ。」

「……………。」

 

ずっと黙っている如月の事は気にせず、磯風は告げる。

彼女を労わるように、優しい言葉で。

 

「私にとって、君は戦友だ。トラウマを克服する手伝いをしてくれた、大切な。だから………何かあったら、私に頼ってくれ。」

「……………。」

「失礼する。繰り返しになるが、しっかり眠るんだぞ。」

 

磯風はそれだけを言うと、部屋を出る。

如月に艤装を届けた事を、庁舎の執務室にいる陽炎達に伝えなければならない。

彼女は、後ろ髪を引かれる思いであったが、敢えて前を向き、しっかりと廊下を歩き出した。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「横須賀への帰投命令だと!?」

 

執務室に報告をしに行った磯風が陽炎から聞いたのは、単冠湾泊地から横須賀鎮守府に戻れという、横須賀の提督からの命令であった。

部屋には同じく横須賀に帰投命令が出た、電・漣・早霜・夏雲がいる。

他には、提督の陽炎、秘書艦の高雄、そして、睦月の事情を彼女達に教えていた卯月がいた。

 

「ふざけるな!如月を放って、ここを離れろというのか!?」

「こちらの事情は、伝えたわよ。でも………貴女達がここに派遣されたのは、春風の件があったからでしょ?それが解決した以上、ここにいる必要は無いって言っていたわ。」

「どうにか、延長は出来ないのか!?」

「交渉はしてみたけれど………磯風、今のあんたの第二十五駆逐隊は、他の駆逐隊から借りている艦娘達ばかりじゃないの。いい加減、元の駆逐隊に戻して欲しいってさ。」

「くっ………。」

 

陽炎に当たった所でどうしようもないのは、磯風も分かる。

横須賀の提督が、今まで最大限譲歩してくれていたのも分かる。

だが………それでも、今の如月や睦月の問題を見ていると、まだ問題が解決したとは到底思えなかった。

 

「如月は………大切な戦友なのに。」

「………ありがとね、ここにいる仲間の事を考えてくれて。でも、とりあえずは横須賀に帰投して頂戴。あの深海棲艦に付いては、こっちでも色々と調べているから。」

「分かった………。」

 

本当は納得出来ていなかったが、駄々をこねた所でどうしようもないのも分かっていた。

だから、磯風は大人しく引く事にする。

陽炎は、申し訳なさそうに彼女を見た。

 

「繰り返しになるけれど、今まで本当にありがとう。横須賀でも頑張ってね。………高雄さん、桟橋まで案内してくれませんか?」

「いいわよ。さあ、行きましょうか。」

「陽炎………悪いが、外で卯月とも会話をしてもいいか?」

「ええ。卯月………あんたも磯風と話したら、休みなさい。」

「感謝する。」

 

卯月を連れたって執務室を出た磯風達は、部屋の外で彼女と相対する。

そして、横を見て高雄に言った。

 

「高雄さん。申し訳ありませんが………今から話す内容は、只の世間話という事で流してくれませんか?」

「………駄々をこねられなかったから、悪だくみか入れ知恵をするの?あんまり、陽炎ちゃんを困らせないで欲しいわね。」

「お願いします………「その時が来たら」、陽炎に伝えてもいいですから。」

「はあ………分かったわ。」

 

磯風の意志が固いと思った高雄は、溜息を付きながらも容認してくれる。

静かに礼をして感謝をした磯風は、首を傾げる卯月に対しある事を告げる。

 

「………そんな事が、ある………ぴょん。でも、可能性は………。」

「睦月を操って同士討ちを狙うような深海棲艦だ。私の勘だと、十中八九有り得ると思う。悪いが、注視してやってくれ。」

「OKだぴょん。旅の無事を祈るぴょん!」

 

敬礼をした卯月に対し、答礼をする磯風達。

そして、彼女と別れて、高雄に案内されて月の出ている桟橋へと向かったが………。

 

「ん?」

 

そこには、単冠湾泊地の艦娘達が集まっていた。

何事かと見てみたら、春風が神風達や五月雨達と、抱擁をしたり、握手をしたりしていた。

 

「あ………来て下さったのですね、磯風さん!」

「ああ、今から横須賀に帰投する予定だが………これは一体?」

「わたくし………色々と悩みましたが、1つ決断しました。」

「決断?」

「はい………わたくしの大切な姉妹を救ってくれた磯風さんに、付いていく事にしました!」

「………え?」

 

驚いた磯風は、高雄を見る。

彼女は少し笑みを浮かべると、彼女に告げた。

 

「陽炎ちゃん………提督は、もう了承しているわ。春風ちゃんは、今この時より、第二十五駆逐隊に転属よ。」

「い、いいのか!?まだ、正規メンバーは私しかいないんだぞ!?」

 

磯風と同じ、欠番の駆逐隊に入ると決めた春風に対し、彼女は思わず動揺してしまう。

しかし、春風の覚悟は本物であった。

 

「本当は、神風型全員で加勢したい所ですが、昏睡していた神風御姉様達には、リハビリ期間が必要です。ですから、わたくしだけでも、一緒に行かせて欲しいのです。」

「しかし………何故、姉妹の元を離れて、私の駆逐隊に?」

「わたくし達は………戦友でしょう?」

「春風………。」

 

春風は、もう荷物も纏めており、いつでも単冠湾泊地を出られる準備を整えていた。

磯風は、静かに目を伏せると顔を上げ、彼女の元へと歩いた。

そして、右手を出して握手をする。

 

「根負けだな。宜しく頼む、春風!」

「はい。宜しくお願いします、磯風さん。」

 

そして、磯風は集まった面々の中から、浜風と浦風と谷風を見つける。

彼女達にも、同じように握手を求めた。

 

「浜風………PTSDの克服、辛いと思うが乗り越えてくれ。」

「はい………!沖波達の戦いを無駄にしない為にも!」

「ああ。浦風、谷風………これからも、支えてやってくれ。」

「ええよ!」

「任せとけって!」

 

再会した時のぎこちなさが、幾分かは晴れた3人は、しっかりと磯風の握手に応じてくれる。

そして、また会う事を誓うと、磯風は抜錨していく。

その後を、春風・早霜・夏雲・電・漣と単縦陣で続いていった。

彼女達は、横須賀に戻る為に南西へと航行していく。

新たなる仲間を得て………更なる試練へと向かって行くために。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

その頃、執務室の椅子にもたれかかっていた陽炎は、書類の束を見る。

今回の如月を模した深海棲艦の情報を、各鎮守府や警備府、泊地や基地に、共有しなければならなかったからだ。

提督業は、想像以上に難しい。

基本、上の方針には逆らえないのだから、現場の艦娘達の怒りを買う事だって少なくは無い。

勿論、武装の開発に必要だとはいえ、地下室に深海棲艦を飼うなんて、もってのほかだ。

 

(昔は提督って、雲の上の存在だと思ってたんだけれどね………。)

 

実際になってみれば、板挟みの中間管理職だ。

栄養と休養をしっかり取らないと、精神的におかしくなってしまう。

 

(リンガの老提督は、普通の精神で提督業は行えないと言っていたっけ。)

 

今ならば、その気持ちはハッキリと分かる。

自分も、高雄や不知火を始めとした艦娘がサポートしてくれなかったら、とっくの昔に潰れていただろう。

………と、ここで磯風達を見送った彼女達が執務室に戻って来る。

 

「無事に出発しましたか?」

「………したわよ、春風ちゃんと一緒に。」

「卯月とは、どんな会話をしていましたか?」

「悪だくみ。」

「そうですか。」

 

真顔で言ってのけた高雄を見て、陽炎は無理に詮索しなかった。

ネームシップである自分だって、提督になる前は色々とやんちゃだったのだから、磯風の事をとやかく言う権利は無いと思ったのだ。

その様子を見て、不知火が声を掛けてくる。

 

「陽炎………何故、もっと怒らなかったのですか?貴女は、提督なのです。もっと厳しい態度で接してもよかった。」

「ふんぞり返った所で、得られる物は何も無いわよ。それに私、磯風には期待しているの。」

「期待………ですか。それは、貴女と同じ欠番の駆逐隊を率いようとしている所からですか?」

「そうそう………岸波の事も合わせてね。」

 

嘗て、欠番の第十四駆逐隊の嚮導艦を担当した陽炎だからこそ、分かる物がある。

第二十六駆逐隊の嚮導艦になった岸波は、過去を乗り越え、新たな家族を手に入れた。

そして、第二十五駆逐隊の嚮導艦になった磯風は、トラウマを克服し、戦友を得ている。

みんな、マイナスからのスタートをプラスに変えていっているのだ。

 

「私は欠番の駆逐隊を解放して、嚮導艦の経験を積ませようとしている横須賀の提督の考えを尊重するわ。流石に、靴下の匂いは嗅がせられないけれど。」

「そうですね。でも………そうした経験を積んだ貴女でも、今は、辛そうに見える事があります。」

「……………。」

 

笑みを浮かべていた陽炎は、不知火の言葉に俯く。

もしかしたら、自分もそろそろ感覚がマヒして、狂いだしているのかもしれない。

 

「神州丸さんに守らせている地下室の件もあるとは思いますが、この特殊な泊地を守るには、正直、荷が重すぎます。」

「………上に抗議したって、次の提督になった別の艦娘が、被害を被ってしまうだけだから、仕方ないわよ。」

「貴女が本気でおかしくなったら、不知火は、曙を始めとした第十四駆逐隊の面々を連れて、上に砲撃しに行きます。」

「物騒な冗談はやめなさいって。………でも、ありがとね。」

 

多分、冗談ではなく本気で言ってくれているのだろうと思った陽炎は、敢えてそう答える事で、不知火に自制を求める。

そして、なるべく睡眠時間を確保するために、再び書類と格闘する作業に戻る。

一方で不知火は、高雄と顔を見合わせると、黙ってその手伝いに入った。




というわけで、正式に春風が第二十五駆逐隊に加入です。
ここまでかなり長かったと、自分でも思っています。
一方で、陽炎の心労も語られる回でもありました。
不知火の最後の言葉は、勿論冗談では無いです。
それでも上には逆らえないのが、提督の辛い所だと思っています。
勿論、陽炎にも今後活躍の場面はあるので、お待ちください。


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第66話 ~目指すべきは………~

磯風が単冠湾泊地を去って数日間、如月はずっと睦月のいる部屋にいた。

満足のいくまで居させてやればいいという陽炎の方針があったので、食事などは春雨が用意してくれた。

その中で、壁際にある椅子に座りながら………如月はうとうとと仮眠を取っていた。

本当は布団でしっかりと寝なければならないのだが、睦月を昏睡させてしまったという罪悪感故に、とてもじゃないが潜れる気にはなれなかった。

そして………ある日の夜、彼女はふと目を覚ます。

 

「これって………。」

 

自分の脳裏に描かれた物を何度も確かめた如月は、意を決した表情で立ち上がると、神州丸から借りている外套を羽織って、傍に置いてある艤装を静かに装着する。

そして、睦月の元に行き、彼女の手を握って無事を祈る。

 

「………ゴメンね、睦月ちゃん。ちょっと行ってくるから。」

 

部屋の扉を慎重に開けて、廊下に出る。

この時間は、病棟でも流石に人通りは少なかった。

誰ともすれ違わないように気を配りながら、外に出る。

目指すべきは桟橋。

そう………如月は、抜錨しようとしていた。

提督である陽炎や、他の艦娘達に黙って。

脱走の罪状に問われる行為だが、それでも如月は我慢できなかった。

睦月は自分のせいで、今もまだ苦しんでいるのだから。

 

「ゴメンなさい、陽炎ちゃん………。睦月ちゃんや卯月ちゃんのケア、宜しく頼むわね。」

「うーちゃんが、どうしたんだぴょん。」

 

だからこそ、如月は固まった。

桟橋では、如月が罪悪感を抱いているもう1人の艦娘………卯月が、堂々と胡坐をかいて、串に刺して焼いた秋刀魚をかじりながら、座っていたからだ。

 

「う、卯月ちゃん………?」

「こんな時間に、堂々と脱走だぴょん?罰則で、泊地を何週する気だぴょん?」

「うぅ………お願い、卯月ちゃん!見逃して!」

 

流石に誤魔化せないと感じた如月は、卯月に対して思いっきり頭を下げる。

ここで、抜錨の邪魔をされてはいけない。

昏倒させて行こうにも、卯月も艤装を装着していた。

殴り合いになってしまっては、その間に他の艦娘に気付かれてしまうだろう。

だが………卯月の行動は、予想外のものであった。

彼女は静かに立ち上がると、右腕を腰に当てて如月に近づき、左手で鍵爪のように持っていた串付きの秋刀魚を1本、如月の口の中に突っ込んできたのだ。

 

「も、もごご!?(う、卯月ちゃん!?)」

「とりあえず、栄養補給をするぴょん。うーちゃんが何でここにいるか、説明をしないといけないぴょん。」

「もがが………。(はい………。)」

 

そう言えば、最近食事もまともに食べられて無かった事を思い出した如月は、言われた通りに秋刀魚を食べていく。

卯月は、その様子を仁王立ちになって見ながら、静かに聞く。

 

「まず、単刀直入に聞くぴょん。如月………あの「偽如月」の行方が分かったんだね。」

「え!?どうして………?」

「さっき「夢」を見たから。………あってるぴょん?」

「え、ええ………。」

 

睦月を昏倒させた上に、操って暴走させた原因である、如月を模した深海棲艦の行方。

実は、如月は仮眠を取っていた時に、夢でその深海棲艦の居場所を知ったのだ。

だから、抜錨して追いかけようとしたのだが………。

 

「な、何で卯月ちゃんが、そこまで詳しく………?」

「ここを去る時に磯風が、親切に教えてくれたんだぴょん。前例があるって。」

 

これは、薄雲と深海千島棲姫が、憑依(ポセッション)で繋がっていた時の事だ。

彼女は、深海千島棲姫とシンクロして、その行動を夢に見る事があった。

その為に、深海千島棲姫が大湊警備府の近くに出現した時に、いち早く察して、暴走する切っ掛けになってしまったのだ。

磯風はその時の話を、薄雲の探索に行った岸波から聞いていた為、それを卯月に伝えてくれていた。

 

「磯風は言っていたぴょん。うーちゃんをメッセンジャーに使い、睦月を操るような陰湿な深海棲艦ならば、夢で如月をおびき寄せるような真似をすると。」

「そう………ね。」

「敵艦の狙いは、如月を沈めて完璧に能力を吸収する事じゃないか………ぴょん?だったら、余計に1人での暴走は危険だぴょん。うーちゃんは、それを抑える為にここにいたぴょん。」

「ありがとう………、貴女の言う通りだわ………でも………。」

 

卯月の冷静な言葉により、勢いだけで突っ走ろうとした如月は、落ち着きを取り戻す。

しかし、それでも抜錨したい気持ちは消えなかった。

 

「卯月ちゃん。私、この泊地では呪われている存在だから、あまり表立って行動できないの。陽炎ちゃんは許してくれても、他の鎮守府とかの提督は許してくれないわ。」

「ケジメは………自分でつけたいのかぴょん?」

「ええ。深海棲艦如月は………私の不注意で生まれた存在だもの。」

 

せめて、偽如月を沈める為の海戦には参加したいと思った如月であったが、その為には自力でその地まで行かないといけない。

だが、ここで卯月は如月を睨みつけると、1つ質問を投げかけて来る。

 

「如月………ちなみにその偽如月のいる地は、どこだぴょん?」

「鹿屋基地(かのやきち)の近く。」

「………呆れたぴょん。南西の端っこだから、燃料が持たないぴょん。」

「あ………。」

 

嘆息する卯月を見て、如月は完全に失念していたことに気付く。

ここは、本土から北方に外れた場所にある泊地だ。

鹿屋基地は、本土の南西の端にある。

1人で行ったら、確かに途中で燃料が尽きてしまっていた。

 

「ど、どうすればいいかしら………。」

「まずは、横須賀の磯風の所に転がり込むぴょん。」

「え?」

「直接、言っていなかったぴょん?困った時には、力になるって。」

 

如月は思い出す。

磯風は確かに、自分にそう言ってくれた。

自分のトラウマを克服する手伝いをしてくれた如月を、今度は自分が助けるって。

それと同時に………。

 

「う、卯月ちゃん。私を………止めないの?」

「誰も最初からそんな事言ってないぴょん。只、出かけるなら、うーちゃんを置いていかないで欲しかっただけぴょん。コケにされて黙っている駆逐艦はいないからね!」

 

言葉と共に、仁王立ちで腰に手を当て、卯月はドヤ顔の笑みを浮かべる。

その頼もしい姿を見て………自分には味方がいるという事を再認識した如月は、思わず卯月に泣きついてしまう。

 

「本当にありがとう………卯月ちゃん………!」

 

卯月はひとしきり如月が泣いた後に、桟橋の端に置いてあった耐水性の荷袋から(最初如月は焦るあまり視界に入って無かった)、深い青色のTシャツを取り出す。

 

「それって………確か、毎年卯月ちゃんが秋刀魚漁に行く時に「さんま」って白のペンキで書いている物よね?」

「今年は行けなかったけれどね………ぴょん!」

 

実は、卯月も秋刀魚漁が大好きな艦娘の1人だ。

釣りスキルはあまり無いが、その代わりに両脚にダブル探照灯というスタイルで、漁船の最先端に立ち、漁師や艦娘達の援護をしていた。

その時に着ているのが、この深緑のTシャツである。

 

「流石にペンキは無いけれど、白ペンはあるぴょん。えっと………「かのやきち」………と。」

「置き手紙代わり?そんなので、分かるの?」

「高雄さんに、磯風とうーちゃんとの「世間話」を、聞き流して貰ったぴょん。これで、一発で分かるぴょん。」

「あらら………。」

 

どうやら、自分の知らない所で、様々な艦娘達が気を使ってくれていたらしい。

そのありがたみを感じながら、如月は一度だけ泊地に向けて頭を下げる。

そして、卯月を再び見ると、彼女は拳を突き上げ、音頭を取った。

 

「さあ、行くぴょん!睦月達をコケにした深海棲艦を、ギッタギタにしてやるぴょん!」

 

こうして北の泊地から、2人の駆逐艦娘がひっそりと抜錨していった。

横須賀に向けて………磯風に助けを求める為に。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「………で、2人して彼女の所に行っちゃったんですね。」

「ごめんなさいね、黙ってて。」

 

単冠湾泊地の執務室では、陽炎が溜息を付きながら、高雄が桟橋から拾ってきた卯月のTシャツを眺めていた。

自分が把握していない所で、色々と事が運ぶのは困るが、如月1人で暴走されて沈まれるよりは、余程マシだろう。

 

「こう言ったら何ですけれど、高雄さんも丸くなりましたよね。」

「駆逐艦娘のやんちゃぶりには、ある程度は慣れたつもりよ。それに、この泊地にいれば、気持ちも変わるわ。」

「そうですね。さてと………。」

 

陽炎は、電話の受話器を取る。

まずは横須賀の提督に、事情を説明しないといけない。

きっと、話を聞いたら泡を吹くだろう。

以前、第二十六駆逐隊の転籍の件で、かなり参っている様子であったが、仕方ない。

 

「まあ………最悪、大淀さんが何とかしてくれるでしょうね。」

「セクハラをされない事を、願うばかりだわ。」

「あの人ならば、大丈夫だと思いますよ。んじゃ………。」

 

陽炎は密かに反応を楽しもうと、悪趣味な事を思いながら、各鎮守府の提督達に電話を掛け始めた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「磯風………お前には、陽炎や岸波の悪い所を真似ろとは言ってないぞ。危うく、大淀にまた倒れ込む所だった。」

「そこはまた、床に倒れ込んでいてください。」

 

翌日、横須賀鎮守府の執務室では、提督と秘書艦の大淀が、いつも通りの会話をしていた。

………といっても、横須賀の提督にしてみれば、波乱が転がり込んで来た事で、溜息を付きたくなる思いだったが。

部屋にはその原因を作った磯風と春風の第二十五駆逐隊の2人と、横須賀に無事に付いた如月と卯月が入っていた。

 

「まず、如月………夢の内容だけ伝えて、単冠湾泊地で待っている選択肢は無かったのか?」

「ごめんなさい、司令官。でも、これは如月が目を背けたらいけない問題だと思ったので。」

「そうか………。」

 

多分、怒鳴っても帰ってはくれないと感じたのだろう。

提督は、磯風の方を見る。

 

「磯風、お前は提督業の苦労を一度知るべきだ。脱走を出向に変える作業は、想像以上に大変なんだぞ?」

「申し訳ありません。ですが、これが現場の意向です。後で鎮守府何週でもしますから、今回は多めに見て下さい。」

「そうやって岸波も以前、俺に何度も言って来たんだがな………。しかし、仮に鹿屋基地周辺にその偽如月がいるとして、いつ襲撃をしてくるか………。」

「予測は出来ますよ?」

「何?」

 

磯風の言葉に、提督だけでなく、部屋にいた全ての人物が注目する。

彼女は一通り周りを見渡すと、話し始める。

 

「恐らくは、新月の夜です。この時間帯だけは、如月は呪いによって深海棲艦の姿になります。………つまり、艤装以外は偽如月と瓜二つになるんです。」

「成程………敵と味方の区別がつきにくくなるって事か。だが、それならば余計に如月は連れて行くべきでは無いのでは?」

「逆ですよ。如月が行かなければ、敵の襲撃タイミングが読めなくて、被害が出る可能性が一気に上がります。きちんと防衛準備を整えた上で、如月を交えた艦隊で迎撃すべきです。」

「お前………そんなに頭が良かったか?」

「私だって成長します。」

 

最後は少しだけ不機嫌そうに言った磯風は、提督の指示を仰ぐ。

勿論、彼女や春風は、如月達に協力するつもりであった。

それを踏まえた上で、提督は静かに告げる。

 

「結論から言おう。仮にそんな厄介な深海棲艦がいるのならば、下手に横須賀から艦隊を連れ出す事は出来ない。」

「駆逐隊でも、ダメですか?」

「遠征が可能で、小回りが利いて、夜戦で強力な一撃を叩き込める駆逐艦を、俺自身は侮ってはいないぞ?貴重な防衛戦力だ。」

「では、私達4人だけでも出撃命令を………。」

「待て。「横須賀から」と俺は言った。………愛宕、もう外にいるな。その3人を連れて、入って来い。」

 

提督が扉の外に指示を出す。

大淀が扉を開けると共に、重巡の愛宕が、3人の駆逐艦娘を連れて入って来た。




秋刀魚バルログ持ちクソダサTシャツダブル探照灯ガイナ立ちドヤ顔秋刀魚モード卯月。
個人的には、心の中でこう呼んでいますが、かなり好きな季節限定イラストです。
流石にそのまま海戦はさせられないので、悩んだ結果、こんな形での登場になりました。
皆様も、大好きな季節限定イラストはあるでしょうか?
私はF作業&秋刀魚系イラストが全体的に好印象です。


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第67話 ~信頼できる加勢者~

入って来た3人の艦娘は、それぞれ特徴があった。

最初の艦娘は、水色のような蒼色のセミロングの髪で、先を切りそろえたいわゆるぱっつんな髪型である。

2人目の艦娘は、腰まであるロングストレートの銀髪を側頭部後方で二房ツーサイドアップにし根本に紅白の吹き流しを付けているのが印象的。

そして、最後の艦娘は、ダークブラウンのショートボブで、もみあげが長く、鎖骨くらいまで伸びているのがポイントであった。

 

「初風!天津風!時津風!」

 

磯風はこの3人を知っていた。

というのも彼女達は、磯風の故郷である呉で、雪風を交えて第十六駆逐隊を結成していたのだ。

その内の3人がこの横須賀にいる理由は………。

 

「確か、第二十六駆逐隊の7人が、纏めて呉に転籍になった際に、補強で入れ替わりとして来たんですよね。」

「あの呉のドロボウ………幸運艦の雪風だけは手放そうとせず、秘書艦に据えていたがな。だが、実力を考えれば、この3人だけでも十分だろう。」

「ありがとうございます!」

「すぐに列車を手配するから、まずは7人で、鹿屋基地に近い佐世保鎮守府に向かえ。如月達にとっては故郷だから勝手が分かるだろう?」

「はい………。」

「次の新月の夜までは、そう日は無い。そこの提督の指示を仰いで、どうするか決めろ。」

「了解です!」

 

磯風達は、感謝の想いと共に執務室を出ようとする。

だが、彼女達を提督は止めた。

 

「待て待て。まだ、話は終わってないぞ。………如月、そのお前を模した深海棲艦は、何と名乗ればいいんだ?」

「如月で結構です。」

「何?」

「如月です。………私の不注意で、皆様に迷惑を掛けているのですから、戒めとして。」

「………分かった。では、「深海如月」と呼称しよう。各提督に伝達しておくから、準備を整えてくれ。」

 

磯風は、如月が気負い過ぎていると思いながらも、とりあえずは佐世保に向けて、準備をする事にした。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

佐世保へと向かう列車内は、現時点では昼であったが、ほぼ貸し切り状態であった。

というのも、艦娘が乗車する際は、一般市民とのトラブルを防ぐ為に、1両貸し切りにするのだ。

その為、各座席前等、かなり広いスペースを自由に使う事が出来た。

 

「ぶーーーん!」

 

そのスペースを自由に駆け回っているのは、時津風。

彼女は、何故か犬っぽい雰囲気を持っている。

これでも提督の言う通り、海戦では少なくとも磯風に匹敵する位の練度は持っているのだから、艦娘は見た目で判断してはいけない。

座席は1つのスペースに付き、6人までしか入れなかった為、窓際から如月、卯月、春風………反対側に、磯風、初風、天津風と座っていた。

 

「すまないな、初風、天津風、それに時津風も。いきなりになるが、協力してくれて。」

「別にいいわよ、命令だもの。」

 

そう返すのは初風。

彼女はサバサバしており、ぶっきらぼうな印象があった。

しかし、そこで磯風は懸念している事を話す。

 

「………佐世保には、妙高さんがいるぞ?」

「あーーー!ヤダ!意識しちゃったじゃない!バカ!!」

 

いきなり頭を抱えて叫ぶ初風に5人だけでなく、走り回っている時津風も一瞬動きが止まる。

宿毛湾泊地跡解放戦で、岸波や磯風達と共闘した妙高は、実は初風にとってはトラウマだ。

というのも、艦の記憶だと、彼女は激突して艦首を折られた所に集中砲火を受けて、轟沈してしまっているのだ。

別に艦娘の妙高が悪いわけでは無いのだが、初風にとっては恐怖の対象となってしまっていた。

 

「天津風………佐世保に着いたら、初風のカバー頼む。」

「ま、まあ………大丈夫じゃない?「新型高温高圧缶」のテストもしたいし………。」

 

天津風は、若干初風の様子に引きながらも、承諾してくれる。

ちなみに、彼女の言う新型高温高圧缶とは、簡単に言えば強化型艦本式缶の更なる強化版だ。

改良型艦本式タービンと組み合わせる事で、更に速力を強化できる為、駆逐艦にとっては、喉から手が出る程欲しい代物でもあった。

それを天津風が持っているのは、彼女が次世代型駆逐艦のプロトタイプだから。

素早さなら誰にも負けない、あの島風の艤装は、彼女が元となって作られた。

その為、彼女も「連装砲くん」と呼ばれる砲塔を持っているのだ。

 

「結果的に収穫のある旅になれば、万々歳よ。………その割には、1人で背負い込んでいる人がいるみたいだけれど。」

 

天津風は、窓の外を虚ろな瞳で見ている如月を見て言う。

僅かな時しか共に過ごしていない彼女達も、如月が何処か気負い過ぎているのを感じた。

いや、正確には………。

 

「あなた………あたし達を怖がってないかしら?」

「え………?」

「いえ、違うわね。怖がっているのは自分自身。自分が何処か他人とは違う存在だって恐れている。」

「……………。」

 

如月は、無言で静かに左手の手袋を取る。

そこには、呪われた影響で、甲殻類のような殻に包まれた鬼のような手があった。

 

「あなた達は、これを見ても何にも………。」

「うわー、すごーい!ゴツゴツしてるー。深海棲艦に呪われるとこうなっちゃうんだ。あたし達も気を付けないとねー。」

 

思わず如月の目が見開かれる。

その手を、何の躊躇いもなく、時津風がわしゃわしゃと掴んで来たからだ。

子犬のように振る舞うその目には、何の恐怖心も無い。

 

「ね、ねえ………あなた………怖く無いの?」

「えー?あたしも、髪が犬っぽいとかよく言われるからなぁ。それに、そんな事を言い始めたら、艦娘自体が異質だよー?」

 

そう言いながら、好奇心旺盛な目で触って来る時津風の目に、嘘を付いている様子は無い。

金縛りにあってしまったような如月を見ていた初風と天津風は、互いに顔を見合わせると、時津風と同じように手を伸ばし、如月の手を掴む。

 

「あ、あなた達まで………?」

「如月、あなたは私達を勘違いしているわ。そんな左手1つでビビる程、駆逐艦が………第十六駆逐隊が腰抜けだと思っているの?」

「そ、それは………。」

「だとしたら、如月………あなたは、人を見る目が無いわね。あたし達の駆逐艦魂を、少しは見直して欲しいわ。」

「そうよ!こんなの妙高姉さんに比べれば全然!」

「初風………あなたのそれは、ある意味異常よ。」

「……………。」

 

3人の温かい手の感触を確かめながら、如月は彼女達に何て言っていいか分からなくなる。

そこに、様子を静かに静観していた磯風が話しかけて来る。

 

「如月………、私は血塗られた手を持っているから、周りと接するのが怖くなるのは、少なくとも分かる。だが………この面々は、信頼してもいいのでは無いのか?」

「磯風ちゃん………でも………。」

「踏み出さなければ、手に入らない物だってある。私は北方で、改めて君や春風達に教えて貰った。だから、君を助けたいとも思っている。春風だって、似たようなものだろう?」

 

磯風は反対側に座っている、春風にも聞く。

彼女は、穏やかな笑みを浮かべながら答えた。

 

「勿論です。わたくし達の姉妹艦が目を覚ます事が出来たのは、如月さん達のお陰です。その恩返しが出来るのならば、誠心誠意、如月さんのお手伝いをします。」

 

当然のように言ってのけた春風の言葉を受けて、如月は俯いて、ぼそりと呟く。

 

「私、本当は凄く怖いの………。深海棲艦化した自分の姿や深海如月の姿を見て、みんなが私に恐怖するのが………。その目が嫌だから私………。」

 

幌筵泊地での戦いは、自分に関係しない事であったし、何より出会った時に、磯風が自分の左手を真っ先に握ってくれたために、自然と艦隊に入る事が出来た。

しかし、今回は自分の為の戦いなのだ。

背負う物が違っていた故に、如月は無意識の内に、1人殻に閉じこもっていたのだ。

それを見越してなのか、今まで黙っていた卯月が、如月の肩を抱いて言った。

 

「如月、甘えるぴょん。駆逐艦はふざけ合って、いがみ合うような関係だけれど、いざという時は協力し合えるような関係だぴょん。」

「……………。」

「まずは自分との戦いに勝って………しっかりと準備を整えるぴょん!如月なら、それが出来るぴょん!」

「………そうよね。」

 

如月は頷くと、力強い顔で初風・天津風・時津風を見た。

そして、敢えて呪われた左手を伸ばし、握手を求めた。

 

「初風ちゃん、天津風ちゃん、時津風ちゃん。………協力してくれますか?」

「バカね、誰に物を言っているのよ。」

「心配しなくても、いい風が吹いているから大丈夫よ。」

「楽しい旅にしよー!」

 

三者三様の言葉であったが、しっかりと左手で応えてくれたのを見て、如月は涙ながらに答えながら、笑顔を浮かべた。

 

「ありがとう………!みんな………好きよ!」

 

信頼の出来る仲間の存在に、如月は心から安堵した。

だが、彼女はまだ知らない。

佐世保にて、更なる試練が待ち受けている事に………。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

同時刻、鹿屋基地近くの海上では、艦娘と深海棲艦による海戦が繰り広げられていた。

黒い5機の浮遊要塞を引き連れるのは、上半身が艶めかしい人間の身体でありながら、下半身が機械と一体化している鬼クラスの深海棲艦。

多数の砲塔を携え、赤く光るコアを獣のような口の中に光らせているその機械の船は、長髪の髪をなびかせ、甲高い声を上げる人の容姿と相まって、かなり異質だ。

この敵艦には、艦娘側からは「装甲空母鬼」と呼ばれていた。

 

「オホホ………!」

 

鬼クラスは手をなびかせ、羽虫のような攻撃機を発艦させていく。

すかさず、旗艦を務める緑のセミロングヘアをなびかせる艦娘………睦月型の長月は輪形陣を指示する。

 

「金剛さんを中心に!三式弾を頼みます!」

「任せなサーイ!」

 

両サイドにお団子を結った、ブラウン色のロングヘアの、巫女服を着た大人の艦娘である高速戦艦金剛が、16門の砲塔から赤い色の弾丸を空中に放つ。

それは、爆発して拡散すると、次々と敵攻撃機を撃ち落としていく。

 

「オホホ………!」

 

だが、装甲空母鬼はすぐさま次の手を打ってくる。

金剛が迎撃している間に、魚雷を多数掴むと、一斉に放ってきたのだ。

先頭に立っていた癖のあるセミロングの黒髪に金色の瞳を持つ艦娘………睦月型の三日月が、後ろの長月に警告する。

 

「長月!敵艦の雷撃よ!」

「そう来るか!三日月は瑞鳳さん!巻波は金剛さん!私は妙高さんの壁だ!酸素魚雷で、直撃コースのものを相殺する!」

「了解っ!」

 

長月の指示に勢いよく返事をしたのは、ダークグレイを基調とした金剛によく似たお団子ヘアーを持つ駆逐艦………夕雲型の巻波である。

3人は、それぞれ割り当てられた艦娘の前に立つと、1本魚雷を放ち、自分達に直撃するものだけを撃ち落とす。

魚雷同士が爆発した事で、海面から派手な水柱が上がる。

その向こうから、今度は浮遊要塞と共に、鬼クラスの砲撃が一斉に飛んできた。

 

「伏せて!」

 

高身長故に、いち早く気付いた妙高の警告で、6人は咄嗟に海面に伏せて回避する。

 

「キリが無い!瑞鳳さん、もっと攻撃機を発艦させて下さい!金剛さん、妙高さん、コンビネーションで!」

「分かったわ!」

 

セミロングの茶髪を一房だけポニーテール状にまとめ、紅白縞模様の鉢巻をした軽空母である瑞鳳が、防御を前にいる三日月に任せ、どんどん攻撃機を発艦させて、爆撃を喰らわせていく。

更に、金剛と妙高が艤装から魚雷を発射した。

 

「改装された金剛型………侮らないで欲しいデース!」

「やるからには、本気で行きますよ!」

 

放たれた強力な雷撃は、2機の浮遊要塞に庇われて届かない。

だが、同時に2人は全砲門から砲撃も放った。

こちらも残り3機の浮遊要塞がガードしようとするが、威力が凄まじかった故に、貫通して装甲空母鬼にダメージを与えていく。

 

「オホホ………!」

 

しかし、鬼クラスは、再生能力を備えているのか、傷を癒していく。

依然、不敵な笑みを浮かべている所を見ると、かなり余裕であるらしい。

 

「シット!キリがありまセーン!………長月、近隣の地域に深海棲艦警報は出ていますカ?」

「避難は進んでいるらしいですが、まだ完了してはいないそうです。」

「佐世保から増援の状況はどう?」

「白露や時雨が、血相を変えた比叡さん達を連れてきていると言っています。避難状況も合わせて、それまでは6人で粘らないといけませんね。」

「耐えられる自信はある?」

 

最後に聞いてきた瑞鳳の言葉を受けて、長月は艤装の左側にマウントしていた単装砲を取り出すと、右手の単装砲と合わせて二丁で持つ。

そして、不敵な笑みを浮かべて見せた。

 

「これ位、第十四駆逐隊時代に比べれば、何てこと無いですよ!………三日月、巻波、まだいけるな!」

「ええ………見てらっしゃい!」

「左腕はまだ「動く」から、やったげる!舞鶴魂ぶちかますっ!」

「それでこそ駆逐艦だ!………さあ、金剛さん達も、踏ん張りますよ!」

 

長月はそう艦隊を激励すると単縦陣に切り替え、先頭になって装甲空母鬼に向かって行く。

そう………鹿屋基地近辺での激しい攻防戦は、もう既に始まっていたのだ。




舞台は北から南へと移って、続々と新艦娘&第1部以来の久々の艦娘の登場回です。
初風・天津風・時津風は、実は以前から登場させたかったので、感無量です。
また今回、長月が単装砲を二丁で持っていますが、実はこれ元ネタがあります。
公式ラノベ「陽炎、抜錨します!」の表紙で、このスタイルを披露してるんですよ。
ですので、火力増強の術として採用させて貰いました。


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第68話 ~やり場のない感情~

夕方に佐世保に着いた磯風達は、ホームが騒がしいのに気づく。

 

「何があったんだ………?」

 

その異様な雰囲気を感じた磯風は、周りの一般市民の声を聞く。

 

「………鹿屋に深海棲艦が出たそうよ?」

「深海棲艦警報が出て、避難指示が………。」

「また、爆撃されるんじゃ………?」

 

「まさか………!?」

 

その内容を聞いて、磯風は最悪のシナリオを考えてしまう。

昔、艦娘が少なかった頃は、よく地上は爆撃をされたものだ。

その度に被害が出て、深海棲艦は市民の恐怖心を煽ってきた。

佐世保も例外ではなく、あの陽炎が秘書艦を務めている時に、空母棲姫が攻撃をしてきている。

今回も、あの深海如月が………。

 

「落ち着け。「本命」はまだ確認されていない。只、鹿屋基地近辺で警戒任務に当たっていた姉貴達が、鬼クラスに遭遇してしまったらしい。」

「君は………?」

 

動揺する磯風達に対し、ホームで白銀の長髪に赤みを帯びた茶色の瞳の娘が話しかけて来る。

睦月型の制服を着ているので、艦娘であろう。

卯月が真っ先に反応した。

 

「菊月、何があったぴょん?佐世保は厳戒態勢なのかぴょん?」

「簡潔に言えばそうだ。………後は、庁舎で話をする。」

 

何というか、寡黙な軍人である様子の菊月の案内で、磯風達は足早に佐世保鎮守府の庁舎へと向かう。

鎮守府内では、艦娘達が慌ただしく動いていた。

艤装を装着している者もいる所を見ると、これから出撃をする艦娘もいるのだろう。

庁舎に入った菊月は、磯風達に状況を説明していく。

 

「長月率いる艦隊が、鹿屋基地近辺で装甲空母鬼と遭遇した。」

「攻撃機、砲撃、雷撃とバランス良く駆使する敵だな………。深海如月はいないのか?」

「まだ、身を隠しているみたいだ。只、再生能力を持つ上に、本土を爆撃されてはいけないから、姉貴達は不退転の覚悟で海戦に挑んだらしい。」

「ぶ、無事なの………?」

「白露率いる、金剛型主体の支援艦隊が向かった。だが、現時点では全員帰投していない。………執務室だ、開けるぞ。」

 

豪華な扉の前に辿り着いた菊月は、第二十五駆逐隊が来た事を報告する。

間もなく扉が開かれ、提督が入って来るように言った。

 

「秘書艦は………?」

「ああ、私だ。緊急事態だったから、私自らが直接迎えに行った。艦隊の指揮や管理の方は、軽巡の川内さんが回してくれている。」

 

菊月はそう言うと、提督の傍に歩いていく。

佐世保の提督は精悍な顔つきであったが、所々髪に白い物が混じっていた。

 

「よく来てくれた。私が、佐世保の提督をしている。」

「磯風、以下7名着任しました。深海如月でなく、装甲空母鬼が出たと聞きましたが………。」

「どうやら、敵もバカでは無いらしい。こちらが大規模攻勢に出る前に、先手を打って来た。」

「すみません………私の計算違いでした。」

「いや、本格的に動くのが、新月の夜という有益な情報をもたらしてくれただけでも、有難い。」

 

佐世保の提督はそう言うと、磯風達を一通り見渡す。

そして、静かに告げた。

 

「すまないが、明日の夜………一度出撃をして貰う。7人の遊撃部隊に、慣れてはいないだろう?そのテストも兼ねてだ。」

「分かりました。その………長月達の艦隊は………?」

 

無事なのか?と確認を取ろうとしたところで、失礼します………という声と共に、茶髪のセミロングをツーサイドアップにした髪の艦娘が、艤装を背負って入って来る。

彼女が軽巡洋艦であり、第三水雷戦隊の長である川内だ。

磯風達は、反射的に敬礼をする。

 

「あ、今はいいよ。………っと、提督。支援艦隊の白露から、無線が届きました。装甲空母鬼を、撤退させる事に成功したと。」

「鹿屋で警戒体勢に当たっていた長月達は?」

「轟沈した艦はいません。只………全員大破しています。特に旗艦の長月は、意識不明の状態に陥っており、早期の船渠(ドック)入りが必要とされます。」

 

その言葉に、磯風達の目が思わず開かれる。

応援が来るまで無茶な海戦をして、本土への被害を防いでいたのだろう。

特に如月は、自身がこの状況に影響している為か、青ざめており、心配をした時津風に手を握られていた。

その様子を、提督も察したのだろう。

素早く指示を出す。

 

「菊月、船渠(ドック)と高速修復材(バケツ)の手配を。川内、夜間偵察を任せる。那智や駆逐艦娘を連れて、抜錨準備を。」

「了解しました!」

 

川内が素早く下がると共に、提督が立ち上がる。

 

「桟橋へと向かうぞ。状況を、確かめないといけない。」

「はい………。」

 

磯風は、以前、共に戦った仲間の事を心配しながら、提督に付いていった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

磯風達が桟橋に付いた時、丁度艦隊が戻って来るのが分かった。

提督は、予め呼んでおいた救急隊員に、担架の用意をさせる。

先頭では、ショートヘアの巫女服の艦娘………比叡が、金剛を曳航していた。

金剛の艤装は爆撃や砲撃を受けた影響か、砲身が曲がり、所々艤装が欠落して火を噴いていた。

その後ろで、腰まで伸びる灰色がかった黒髪ロングの艦娘………榛名が、金剛と似たように、艤装からバチバチと音を立てている妙高を支えている。

更に、黒髪のボブカットに、フレームが緑色のオーバル型の眼鏡を付けた艦娘………霧島が、艤装がほぼ破壊され、血を流しながら気絶している長月を抱えて戻って来た。

4列目には、何とか自力で航行出来たのか、三日月がふらつきながら付いて来ている。

5列目は、小柄な文月が艦載機をほぼ失った瑞鳳を、危ない足取りで引っ張ってきていた。

そして、6列目では………。

 

『!?』

 

磯風達全員が、驚愕してしまう。

明るい茶髪のロングヘアーの艦娘………白露型ネームシップの白露が曳航してきた巻波は、左腕が半分無くなっていた。

深海棲艦の攻撃を受けて、吹き飛んだのかと思ったが………。

 

「安心しろ、アイツは元からああいう腕だ。」

「え………?」

「義手………いや、「義腕」なんだ。詳しい事は、後でアイツ自身から聞いた方が早いだろう。」

 

提督はそう言うと、最後に、背後から来る敵に備えて最後尾に付いていた、外ハネのあるセミロングの黒髪を後ろで一つ三つ編みにした艦娘………時雨を見る。

桟橋に、順次艦娘達が帰投してくるのを確認すると、提督は真っ先に彼女と三日月に聞いた。

 

「帰投早々辛いと思うが、報告してくれ。まず、三日月………長月の代わりに頼む。」

「思ったより避難に時間が掛かったから、魚雷も弾薬も、ほとんど使い切りました………。」

「相当激しい戦いを、強いてしまったみたいだな………。」

「防御を捨てて切り込んでいった長月は………見ての通りです。金剛さん達も………同じく。私だけ………。」

 

三日月からは、痛みや疲労による辛さよりも、自分だけ曳航なしで帰れるだけの体力が残っていた事に対する許せなさがある様子であった。

………と言っても、彼女も防御用の装甲版はボロボロだし、制服や艤装も見る影もない姿であったから、とてもじゃないが、誰も責める事は出来ない。

それでも鉄砲玉を担う駆逐艦にしてみれば、己を責めたくなる気持ちだったのだ。

提督は、落ち込む三日月の頭にポンと手を置くと、時雨にも聞く。

 

「時雨達が来た時までは、しっかり鹿屋周辺を守れていたのだな。」

「はい。ボロボロになっていた金剛達を見て、頭に血が上った比叡達が、弾薬を惜しまずに一斉に撃ち込んだ事で、状況を悟った装甲空母鬼は撤退しました。しかし、それを確認した途端、長月が倒れて………。」

「旗艦として、気力だけで持ちこたえていたのか………。昔、佐世保にいる駆逐艦の模範になれとは言ったが、本当に無茶をする………。」

「ところで提督………後ろにいる如月は大丈夫ですか?」

 

時雨の言葉で、磯風達は振り返る。

如月が荒く息を吐きながら、左胸を押さえていた。

あまりに凄惨な艦隊の現状を見て、過呼吸症候群に陥ってしまったらしい。

 

「私の………せいで………。」

「落ち着いてー。大丈夫だからー。」

「でも………!」

 

時津風が背中をさするが、如月は首をブンブンと振ってしまう。

その様子を見た初風が、正面に回り、彼女の首を押さえて自分の目を合わせた。

 

「目を背けちゃダメよ。この光景自体が深海如月による、あなたを苦しめる為のものなんだから。負けちゃダメ。」

「初風ちゃん………。」

「あたし達も途中で逃げだすつもりは無いから、怖くなったら頼りなさい。」

「そーそー、我慢は体に毒だからねー。」

「天津風ちゃん、時津風ちゃん………。」

 

第十六駆逐隊の3人が如月を労わる中、卯月が軽く三日月と時雨に事情を説明してくれた。

それを聞いた2人は、敵深海棲艦の陰湿さに深く溜息を付く。

 

「そうなんだ………どうやら、一筋縄ではいかない敵みたいだね。」

「精神的に追い込むなんて………最低だわ。」

「直接出てきたら、うーちゃんが、ギッタンギッタンのバッキバキにしてやるぴょん!」

「色々と迷惑を掛ける。私達も出撃する時は、最大限援護するからよろしく頼む。」

「こちらこそ、よろしく頼むわね………っと。」

 

磯風が頭を下げた所で、三日月がふらつく。

一番軽傷とはいえ、それでも大破している身だ。

早い内に、船渠(ドック)入りさせるべきではあった。

 

「順番待ちになるけれど、とりあえず船渠(ドック)に向かおうか。高速修復材(バケツ)の使用許可が出ているから、そんな時間は掛からないはずだし。」

 

時雨の提案で、磯風達は、4つ備えられている佐世保の船渠(ドック)へ向かう。

如月の足取りは重かったが、それでも初風達に支えられながら、ふらふらと歩んでいく。

目を背けないように………逃げないように………そう、何とか意識をしながら。

しかし、幾らベテランでも、心の許容量には限界があった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

船渠(ドック)では、先に高速修復材(バケツ)を使った金剛達と、彼女達を曳航してきた比叡達が、話し合っていた。

提督は、三日月に船渠(ドック)入りをして高速修復材(バケツ)を使うように促すと、彼女達の会話に混じる。

 

「何があった?」

「ヘイ、提督!………長月が、まだ目を覚ましません。」

「高速修復材(バケツ)は使ったのですが、昏倒したままなんです。」

「………誰か、似た前例を知っているか?」

「ハイ!」

 

提督の言葉に真っ先に手を上げたのは白露。

彼女は昔、ここで秘書艦を務めた事もある陽炎から、似たような事例を聞いたことがあると説明した。

何でも、彼女はリンガや幌筵で轟沈に近いダメージを受けた際、長時間昏倒していた事があるとか。

 

「もしかしたら長月も、今日の海戦の無茶がたたってしまったのかも………。」

「だとしたら、しばらくは目を覚まさないかもしれんな………。」

「し、しばらくって………どの位!?」

 

考え込む提督に、心配そうな顔で覗き込んできたのは文月。

彼女は、長月と同じ第二十二駆逐隊だ。

それ故に、一番に長月を心配するのは、当然と言えた。

 

「嫌だよ………!?皐月ちゃんも水無月ちゃんも南の泊地に出向しているのに、長月ちゃんまでいなくなっちゃうなんて!?」

「落ち着くんだ、文月。永遠に、目を覚まさないわけでは無い。しばらくすれば………。」

「ごめん………なさい………。」

「え………?」

 

震える声に全員が振り向けば、如月が涙を流していた。

ここに来る前、彼女は自分にとって呪われているのは、左手や新月の時の姿だと思っていた。

だから、列車内で皆を信頼していいと気づいた時、心の底から安堵し大丈夫だと感じた。

だが………その考えは甘かった。

呪われているのは、自分自身の存在そのもの。

自分の不注意で生み出された陰湿な深海棲艦が、この大切な佐世保の艦娘達を、あらゆる手段で苦しめている。

それに気付いた瞬間、如月は本当に全てが怖くなってしまった。

信頼の目を向けてくれる艦娘達まで………自身の放つ呪い故に、苦しめてしまうのが。

 

「ごめんなさい!ごめんなさいっ!!」

「如月!?」

 

錯乱した如月は、完全に余裕を無くしてしまい、逃げ出してしまう。

磯風達は慌てて追いかけようとするが、彼女は想像以上に素早かった。

辺りが夕闇に包まれている事もあり、完全に見失ってしまう。

 

「ど、どうしよう………あたし………!?」

「文月のせいではない………!手分けして………!」

「待て。下手に分散しては迷うだけだ。鎮守府内で見つけたら、私に伝えて貰うように各所に頼む。探しに行くのは、それからだ。」

「くっ………!」

 

磯風は、思わず近くの壁を叩く。

もっと、気を配るべきであったと。

仲間達が皆、やり場のない感情を覚える中、日は完全に沈んでいった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「ハアッ!ハアッ!」

 

如月は走った。

とにかく無我夢中で。

完全に混乱した彼女は、あの場から逃げる事しか出来なかった。

 

「う………うう………。」

 

如月は思う。

呪われた自分はやっぱり「化け物」だと。

皆に不幸をもたらす存在だと。

睦月もそう、三日月もそう、長月もそう、文月もそう………他の艦娘達だってそう。

 

「結局、私………!私ぃ………!」

「うわ!?」

「きゃっ!?」

 

やがて、泣きながら前を見ずに走り続けていた如月は、ある建物の前で人影とぶつかる。

 

「ご、ごめんなさい!」

「ん~、何?うわわ!?どうしたの!?泣いちゃって!?」

 

ぶつかったのは、比較的高い声を出す艦娘であった。

顔を起こした如月は、思わずその全身を見て青ざめる。

その艦娘の艤装は煙を吹いていて、制服はボロボロであった。

そして、その左腕は半分無くなっていた。

 

「ぁ………ああ!?」

「おっと、逃走禁止!………成程、あんたが如月だね。捜索依頼が、提督から出ているよ。」

 

咄嗟に逃げようとした如月の襟を、右手で掴んだ艦娘………巻波は、首を動かして、近くの建物………佐世保の工廠(こうしょう)を見た。

 

「とりあえず、ちょっと休んで落ち着こっか。………私も左腕を「直したい」からね。」

 

巻波は如月に対し、ニカっと笑って見せた。




如月にとっての試練回。
人生を生きていれば、自分自身が疫病神に思える事はありますよね。
今回の如月の感情は、それに近い物だと感じて描きました。
艦娘達それぞれの心情を表現するのは苦労しますが、同時にやりがいも感じます。
創作者としての、性なのかもしれませんね。


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第69話 ~艤装の応用技術~

佐世保の工廠(こうしょう)の中は、所々熱気がこもっており、秋が暮れるこの時期は過ごしやすい場所だ。

夜更けにも関わらず、金属を叩く音が響き渡るのは、金剛や妙高を始めとした艦娘達が艤装をボロボロにして帰投していた為、作業員達が急ピッチで修理を進めていたからである。

その中を、巻波に左手を引っ張られながら(手袋越しとはいえ彼女は呪われた手を気にしてはいなかった)、如月は工廠(こうしょう)の中を進んでいく。

時々巻波が、作業員達に挨拶をするので、必然的に如月も頭を下げる事になった。

そして、奥にいる女性の所に到着する。

 

「あなたは………。」

 

その女性は、緑がかった銀髪で前髪ぱっつん、セミロングをポニーテールにして大きな緑のリボンで留めるというヘアスタイルをしている。

制服はへそ出し半袖の黒いセーラー服にオレンジのリボンと緑のミニスカートという専用の組み合わせであった。

そう、彼女は如月も知っている艦娘………兵装実験軽巡の夕張であった。

 

「夕張さーん!左腕、海戦でぶっ壊れちゃった!忙しい所悪いけど、予備のちょーだい!」

「んー?うわ、巻波ちゃん!?派手にやっちゃったわねー………。船渠(ドック)入りは?」

「順番待ち!だから、先にコッチ済ませようと思ったんだけど………。」

 

ここで巻波は、おどおどとしている如月を見る。

夕張は成程………と納得すると、巻波と一緒に、近くに置いてある椅子に座るように指示する。

 

「少し提督に伝えるのは、待ちましょうか。何か、困った事があるみたいだからね。」

「こ、困った事と言っても………。」

 

如月は迷いながらも、自分自身が呪われた存在故の化け物であり、それで巻波を含めた様々な艦娘達を不幸にしている事を告げた。

このままだと、故郷である佐世保の全ての艦娘や、自分を信頼してくれている磯風達も不幸にすると。

 

「それが逃走理由ってわけか。まあ自分だけ異端だと、周りの目は怖いよねー。」

「……………。」

 

軽い口調で言ってのける巻波であったが、機械化された左腕を持っている所を見ると、想像以上の苦労をしているのだろうか?と如月は思ってしまう。

その視線を感じとったのか、巻波は少しだけ笑みを見せながら如月を見る。

 

「少し………私の過去、話そっか。」

 

そう言うと、彼女は自身の生い立ちに付いて話し始めた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

夕雲型5番艦巻波は、元々は舞鶴で鍛えられた艦娘だ。

岸波が参入する前に、第三十一駆逐隊の旗艦を担った事があり、艦娘としては上々の滑り出しであった。

改二艦にはなれなかったが、仲間達と経験を積む事で、確かな経験を手に入れていたのだ。

だが………。

 

(ある遠征に行った日………だったかな。遭遇した姫クラスの深海棲艦の爆撃をまともに受けた影響で、左腕が吹き飛んだんだよね。)

(そんな………。)

 

応急処置と船渠(ドック)入りと高速修復材(バケツ)で何とか一命は取り留めたが、吹き飛んだ左腕は戻ってこなかった。

勿論、これを機に退役する事も考えた。

だが、巻波は、元々ストリートチルドレンだった所を、艦娘にスカウトされた経緯があったのだ。

その為、片腕だけで生活をしていく事も考えると、一般市民に戻るのは困難であった。

 

(結局は、艦娘として隻腕で過ごすしかなかったんだよね。夕雲型で利き腕は残ってたから、海戦にあまり支障は無かったけど、奇異の目で見られる事も多かったっけ。)

(あ………。)

(後は、日常生活で過ごしにくくてさー。大好きなカレーも満足に作れないし、趣味のF作業も出来ないのは苦痛だったなー………。)

(そう………なのね………。)

 

そんな折であった。

舞鶴の提督の推薦によって、佐世保へと転籍する事になったのは。

そして、そこで彼女は夕張を紹介して貰った。

 

(佐世保にいた如月は詳しいと思うけど、夕張さんは、呉の明石さんと仲が良くてさ………、よく艤装の改造とかで談義をしていたんだ。)

(そこで………その経験を活かして、義腕を作って貰ったの?)

(上からの実験も、兼ねてね。艤装なんだ………この左腕は。)

(艤装………?)

 

艦娘は、艤装を背負う事で、本来ならば有り得ない力を発揮する事が出来る。

例えば、魚雷発射管を自分の意志で操り、魚雷を自由なタイミングで放つ事が出来るのは、それが艤装だからである。

脳で考えた事が、そのまま体の一部のように動かせる仕組みを、何とか応用できないかと夕張達は考えたのである。

そして、苦心した結果、義腕を艤装の核となる缶と連動させる事で、艦娘の意志で自由に動かせるようにしたのだ。

 

(艤装を背負っている事前提だけど、まるで魔法が掛かったみたいだったよ。もう永遠に失われたと思っていた腕が、返ってきたんだからさ。)

(奇異の目で見られる事は………。)

(勿論、まだあるよ。でも………それでも腕が無い時に比べれば、100倍マシだって感じた。カレーも作れる!F作業も出来る!諦めていた事が出来るだけで、もう最高だからね!)

(……………。)

 

そして、新たな腕を手に入れた後は、恩を返す意味でも、この佐世保で奮闘しているのだ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「………とまあ、さらりと言うとこんな感じ。如月が感じたように、ちょっとは苦労してるかもね。」

「ちょっと………ってレベルじゃないわよ。そんな簡略化していい過去じゃないわ。」

 

飄々と語った巻波の姿を見て、如月は悲しみを覚える。

如月自身も、左手が呪われた当初は、上手く扱えず生活面で苦しんだ。

隻腕でずっと過ごしていた巻波は、それ以上の苦労をしていたのは明白だ。

周りからの奇異の目も、そうだ。

人は自分と違う存在に、様々な視線を投げかけてしまう。

好奇心、軽蔑、不憫………そんな色々な目で、ずっと見られていた巻波の精神が、どんな状態だったのか如月には想像が付かない。

いや、それは機械の義腕を手に入れた現在も、まだ続いているのかもしれないのだ。

 

「あなたは………強いのね。」

「いやー、ベテランの如月に言われるなんて、照れるなー。でもさ………私、こういう経緯あるから、夕張さんを始め、色んな人に迷惑掛けてきてんだよねー。」

「艤装としてのデータを取る為なんでしょ?だったら………。」

「それは、提督達にしてみれば建前なんだよ。ホントは、落ち込んでた私をどうにかする為に、頭を使ってくれてたんだ。だから………ね。」

 

巻波はここまで言うと、少しだけ困った顔をして、天井を見上げて言う。

 

「ある日、佐世保の提督に思い切って言った。提督の愛人になるって。」

「!?」

 

思わず如月は椅子から転げ落ちそうになり、慌ててバランスを取る。

佐世保の提督には、実は一般女性と結婚と離婚を繰り返すという、悪い一面がある。

艦娘に手を出すだけの度胸は無いらしいが、新しい女と出会う度に、色々とその事すら冗談として利用するだけの開き直りがあるらしい。

確か、如月が昔、重巡の那智に聞いた時は、その時点でも5回は離婚歴があったらしいが………。

 

「あ、あなた………。」

「本気だったよ。私にとっては恩人だし、何度も頭下げてくれたのは、分かっていたからね。」

「へ、返事はどうだったの!?」

「断られた。………珍しく真剣な顔で怒られたよ。「最前線で危険と戦う駆逐艦娘が、一々周りへの迷惑を気にするんじゃない!」………ってね。」

「っ!?………巻波ちゃん。」

「そーいう事!」

 

巻波の言いたい事を理解した如月は、思わず目を見開く。

彼女は如月に、鉄砲玉として奮闘する駆逐艦なのだから、その分、幾らでも迷惑を掛ければ良いと言いたかったのだ。

しかし、それで如月が納得出来るはずがない。

 

「でも、私が迷惑を掛けたら………。」

「仲間が沈む?佐世保が滅ぶ?………だったら、信頼無いなぁ。」

「う………。」

「いいんだって、迷惑掛けちゃったっても。納得いかないのならば、何処かで利子付きで、恩を返してくれればいいんだから。」

「あなたは………平気なの?」

「駆逐艦はいがみ合っていても、いざという時は団結するものじゃん!それに、私の舞鶴魂は、こんな所で燃え尽きないって。………如月の仲間だって、そうでしょ?」

 

右手をひらひらさせて………しかし、最後の部分は真面目に答えた巻波の様子に、嘘を付いている気配は無い。

如月の脳裏に、磯風や初風達の姿が浮かぶ。

彼女達は単冠湾泊地の地下室や、佐世保に来る電車内で、如月を受け入れてくれた。

しかし、それに対する安堵が、逆に今、如月を追い詰める事になってしまった。

だが………言い換えれば、勝手に豹変してしまったのは如月で、彼女達に変化は無いのだ。

 

「謝らないと………。」

「じゃあ、提督達を呼んでも大丈夫ね。」

「夕張さん………。」

 

恐らく、ずっと話を聞きながら整備をしていた夕張が、巻波の義腕を1本持ってくる。

そして、彼女の破損した義腕を外すと、新しいものを取り付けた。

 

「どう?巻波ちゃん、動く?」

「あまり動きは良くないですね。多分、海戦のダメージで、艤装の缶の調子が悪いんだと思います。」

「だったら、予備の艤装を渡すから、しばらくはそれを付けてね。」

 

左手の指を開いたり閉じたり、腕を上げたり下げたりして動きを確認する巻波の様子を見ていた如月は、目を伏せ頷き立ち上がる。

 

「夕張さん………お手数を掛けますが、お願いします。」

「ちょっと待っててね。」

 

如月の目に強さが戻るのを確認した夕張は、無線で執務室に連絡を取る。

秘書艦の菊月が対応してくれたので、間もなく提督達がやって来るだろう。

相対する事に対する恐怖心が無いと言えば、嘘になる。

それでも如月は、今の自分の素直な想いを伝えようと決めた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

工廠(こうしょう)の中を進んでいった磯風達は、巻波と夕張を連れ立った如月を見た。

彼女は前に出ると、全員に頭を下げた。

 

「まず………本当にごめんなさい。私の身勝手な行動で、みんなを心配させてしまって。」

 

そして、顔を上げると真剣な表情で告げる。

 

「深海如月は、間違いなく私の不注意で生まれた存在です。私に瓜二つの深海棲艦が、佐世保のみんなを苦しめている。私自身がみんなを不幸にする呪いその物だと思うと、それは正直、とても怖いんです。」

「如月………。」

「でも、私はもう逃げたくない!だから………皆さん、深海如月討伐に向けて、改めて協力して下さい!」

 

もう一度深々と頭を下げた如月。

例え、投げかけられたのが暴言だとしても、受け入れる覚悟でいた。

しかし、そうした所で、頭を撫でられるのを彼女は感じる。

見上げれば、金剛が如月に対して、笑みを浮かべていた。

 

「如月。磯風がユーに、言いたい事があるそうデース!」

「磯風ちゃんが………?」

 

如月は、いつの間にか提督よりも前に立っていた磯風を見る。

彼女は如月を見ながら、意を決した顔で言う。

 

「如月からの連絡を待っている間、卯月や春風達とも相談してな………。それで、決めた事があるんだ。」

「?」

「如月………私達の戦友として、正式に第二十五駆逐隊に入ってくれ!」

「え!?」

 

磯風がハッキリと告げた内容に、如月は流石に驚かされた。




「義腕艦娘」というのは、艦これの世界で一度出してみたかった要素です。
適正のある艦娘が、艤装を自由に操れるのならば、その技術の応用もあるのでは?
そう考えてみた結果思いついたのが、艤装と義腕の接続です。
艦これの世界は、どの年代のどの位の文明なのかは明らかになっていません。
しかし、少なくともこういう技術はあったのかな?と感じて描きました。
巻波を採用したのは、後の話の後書きでまた………。


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第70話 ~駆逐艦の絆~

「ど、どういう事なの………?」

 

勝手に目を背けて逃げ出した事を謝った如月は、磯風の発言に混乱する。

それはそうだろう。

彼女は突拍子に、正式に第二十五駆逐隊に入ってくれと言って来たのだから。

 

「勝手に、第三十駆逐隊から引き抜く形になる事は謝る。只、私がどんな時でも如月の味方であるという事を示すには、どうすればいいかを考えたんだ。」

「だ、だから………自分の駆逐隊に正式に転属させようと?」

「そうだ。………しかし、困った事があってな。その私の考えを提示したら、待ったが掛かった。」

「それはそうでしょ!?勝手な転属は………。」

「ああ。どうせ転属させるならば、初風や文月、三日月や時雨が、自分達の所に欲しいと言い始めた。」

「え!?」

 

更に、如月が驚かされる。

磯風は苦笑しながら話す。

彼女や春風が所属する欠番の第二十五駆逐隊。

初風達が所属する第十六駆逐隊。

文月達が所属する第二十二駆逐隊。

三日月や菊月の所属する第二十三駆逐隊。

そして、白露や時雨のいる第二十七駆逐隊。

そこで、如月の取り合いが発生したのだと。

 

「勿論、卯月も第三十駆逐隊に、まだ居て欲しいって言っているし、出撃していった初春達の第二十一駆逐隊や海風達の第二十四駆逐隊にもこの事を話したら、確実にスカウトが来るだろうという話だ。」

「え?え?おかしくない!?何で私のいない所で、勝手に私の取り合いが発生しているの!?」

 

動揺する如月に対し、皆が顔を見合わせながら言う。

 

「あら、おかしい事かしら?どの駆逐隊も、強い艦娘は欲しいわよ?特に、あなたのように鍛えがいもある艦娘はね。だから如月、私達の第十六駆逐隊に来なさい!」

「あー、ずるーい!さっきも言ったけれど、あたし達の第二十二駆逐隊は、皐月ちゃんと水無月ちゃんが南に出向しているから、寂しいんだよ?如月ちゃんが来るなら、こっち!」

「それなら、私達の第二十三駆逐隊だって、もっちが第二十六駆逐隊に行っちゃったから、如月のような艦娘は欲しいわ!譲ってくれない?」

「第二十七駆逐隊だって、今佐世保にいるのは僕と白露の2人だけなんだから、如月に是非とも転属して欲しいんだけどなぁ………。」

「むむむ………みんな、如月を何だと思っているぴょん!大体、卯月達が、如月を渡すわけ無いぴょん!如月は第三十駆逐隊で、これからも仲良くするぴょん!」

 

そのまま、ワーワーギャーギャーと、初風と文月と三日月と時雨と卯月で、もめ始める。

ポカンとしながら、ケンカまでし始めた面々を見ていた如月は、我に返ると思わず叫ぶ。

 

「み、みんな!私を何だと思ってるの!?私は市場で叩き売りされる魚じゃないのよ!?」

「そうだな、申し訳ない。だが………これが、「私達の総意」だ。」

「あ………。」

 

最後に頭を下げた磯風の言葉に、如月はハッとする。

そう、駆逐隊に勧誘したいという事はつまり………どの艦娘達も、彼女の事を邪険に思ってはいないのだ。

 

「そんな………私はだって、呪いをみんなに………苦しめて………。」

「では、今回はこの磯風が代表して言わせてくれ。………そんなの知った事か!」

 

敢えて磯風は、言い切って見せる。

そして、結構派手にもめていた5人を止めると、6人全員で、真剣な顔になって彼女に言う。

 

「深海如月は、私達が如月に苦しめられていると思わせて、仲間割れを狙っているつもりだろうが………だとしたら、認識が甘いな。」

「そもそも駆逐艦の絆って、そう簡単に崩れるものじゃないでしょ?電車内でも言ったけれど、あなたが最初に罠にはまってどうするの?」

「さっきは、傷つけちゃってごめんね。でも………きっと眠っている長月ちゃんも、如月ちゃんの事、全然怒って無いと思うよ。」

「如月は如月らしく、余裕を持っていつも通り、みんなをおちょくっていればいいのよ。………辛い時だからこそ、マイペースにね。」

「僕達は、佐世保の仲間である睦月を目覚めさせる為に、戦おうとしている。それだけで、運命共同体になるには、十分な理由だよ。」

「勿論、うーちゃん達にとって、如月も絶対不可欠な仲間だぴょん!………それでも怖くなったのならば、この中の誰かに抱き着いて、思いっきり泣けばいいぴょん!」

 

磯風、初風、文月、三日月、時雨、そして卯月の言葉を受けて、如月は辺りを見渡す。

状況を見守っていた春風も、天津風も、時津風も、菊月も、白露も、金剛達も。

全員、如月に恐怖は抱いていなかった。

勿論、怒りの感情も。

彼女を共に戦う1人の駆逐艦娘として、受け入れる覚悟が全員にあった。

 

「……………。」

 

最後に、提督が前に出ると如月に手を出した。

敢えて、左手の方を………。

 

「皆の中に混じるのが、怖いのは分かる………と言えば嘘になるだろう。だが、私達には、お前が必要だ。戦力として、仲間として。こちらこそ、協力してくれないか?」

 

如月は震える左手で、提督の手を握る。

彼が、硬くその手を握ってくれた。

 

「ずるいですよ………。」

 

もう何と罵倒されても泣かないと決めていた如月の目から、雫が落ちる。

ここまで呪いを放っている自分が必要とされているなんて、思っていなかったからだ。

いや………本当は単冠湾泊地で、磯風が力になると言った時点で、気付くべきだったのかもしれない。

駆逐艦娘達の………いや、艦娘達の絆は、こんな陰湿な深海棲艦の嫌がらせでは、揺らぎはしないと。

艦娘だけではない。

横須賀の提督だって、色々言いながらもこうやって佐世保に導いてくれた。

そして、佐世保の提督は、こうして認めてくれている………。

みんな、みんな………。

 

「私………本当に馬鹿じゃないですか………。本当………に………。」

 

結局、如月は、手を握ってくれた提督に泣きついてしまう。

彼は、父親のように如月の頭を撫でてくれた。

 

「うわあああああああああん!」

 

その様子を、磯風は他の面々と共に優しく見守る。

そして、こっそりと彼女は頭を下げた。

如月の後押しをしてくれたであろう、夕張と巻波に。

これを機に如月は、前を向く事になる。

呪いによる恐怖を言い訳にせず、信頼できる艦娘達と共に進んでいく事を誓って。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

佐世保鎮守府は、装甲空母鬼の再出現や深海如月の出没に備え、その日の夜も次の日の日中も慌ただしかった。

提督は、鹿屋基地周辺に偵察艦隊を交互に入れ替わりで送り出したが、2隻の深海棲艦は、残念ながら見受けられなかった。

只、本土に爆撃等の攻撃がされたという報告も無い。

その代わり、皆、様々な艦種の深海棲艦に遭遇して海戦をしてきていた。

 

「明らかに、私達を待ち伏せしている感じだったね。」

 

そう磯風達に話すのは、夜間偵察に赴いた軽巡の川内。

彼女は、重巡の足柄率いる艦隊と入れ替わりで戻って来た時に、提督に報告をした。

そして、船渠(ドック)入りをする前に、磯風達の所に寄って、情報を教えてくれたのだ。

 

「防衛に回らないといけないこちらを、嘲笑っている感じでしょうか………?」

「というより、装甲空母鬼が傷を癒して力を蓄える時間を確保しているんじゃない?」

「え!?そうなの………ですか?」

「本土を積極的に攻めるならば、長月達が佐世保に引き返してから私達が到着するまでに、好き勝手にやっているはずだよ。」

「確かに………。つまり、それが出来ないのは、想像以上に装甲空母鬼が追い込まれているから………。」

「長月達の奮戦は、意味があったって事だよ。」

 

川内が、磯風に対して笑みを浮かべる。

まだ近くに装甲空母鬼がいる以上、鹿屋基地近くの住民は家に戻る事は出来ない。

だが、人々の帰る場所がしっかりと守られているのは、艦娘達にとっては何よりの戦果であった。

同時に、その艦隊の旗艦を務め、気力を振り絞って戦った長月は、駆逐艦娘達にとっては誇りである。

 

「ありがとう………長月ちゃん。」

「でも、その傷もそろそろ癒える頃だからね。敵艦が復活するなら、私の予測だと今夜になると思う。」

「彼女達の戦いを………無駄にしたらいけませんね。」

「そういうこと!だから、こっちもしっかりと準備しないとね。」

 

静かに長月に感謝をした如月が、力強く頷きながら、川内を見る。

今夜の戦いには、磯風達7人以外にも、川内率いる艦隊が一緒に出撃する予定となっていた。

 

「私も、遊撃部隊を結成する事を許可されたからね。14人みんなで夜戦だよ!」

「ちなみに編成は………?」

「私以外は、比叡さん、羽黒さん、瑞鳳さん、白露、時雨、巻波。」

「戦艦、重巡、夜偵を積んだ軽空母………それに夜戦に強い駆逐艦………。かなり本格的ですね。」

「これでも提督は、編成を結構悩んだみたいだよ?仲間をやられて黙っていない艦娘はいないからね。立候補制度にしたら、多分、全員手を上げただろうし。」

 

川内はそう言うと、真剣な顔で頷く7人を順に見渡す。

 

「そういうわけだから、まずはしっかり休む事!夜の海は、思った以上に危険だからね。眠くて轟沈なんてシャレにならないから。」

「分かりました!」

 

敬礼をして去って行く川内を見て、磯風達は答礼をした。

こうして、各自が夜に備えて、仮眠を取る事になった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

第二十五駆逐隊が、佐世保の部屋で仮眠を取る時の部屋割りは、提督によって決められていた。

故郷であり情勢に詳しい卯月は、各所への情報収集に回って貰う事にした為、彼女が1人部屋だ。

残りは、色々と考えた結果、磯風・春風、初風・天津風、時津風・如月になった。

如月と同じ部屋に時津風が入る事になったのは、この面々の中だと一番新天地に対する適応能力が高そうだと、初風が言ったからである。

後は、犬っぽいというのもあって、如月が逃走してもすぐに追いかけられそうだから………という冗談のような理由もある。

………後で初風が如月に、自由奔放なのは、実は時津風の方だから、面倒を見てくれとこっそり彼女の方にお願いをしていたが。

そういうわけで、如月の部屋では、二段ベッドの上で時津風が自由に過ごしていた。

 

「呉も横須賀もそうだったけれど、佐世保は狭いねー。駆逐艦寮も、もっと広々と出来ればいいのにー。」

「寝室があるだけでも、有り難いわよ。それに、眠る前に談笑するのも楽しいわよ?」

「ふーん。………もしかして佐世保時代は、そうやって、睦月と過ごしていたの?」

「そうね………。週番がいるから、あんまり騒がしくは出来なかったけれど、睦月ちゃんとのお喋りは楽しかったわよ?」

 

ベッドから身を乗り出し、逆さまに顔を覗かせて如月を見て来た時津風は、興味津々であった。

如月はその様子を微笑ましく思いながら、身支度を整えつつ話す。

 

「睦月ちゃんとは、同期なの。改二になれるようになったのも同じタイミングだったから、2人で相談して改装して貰ったわ。」

「へー。じゃあ、息もピッタリだったんだねー。」

「ええ。………だからかしら。如月ちゃんが倒れてしまった時、余裕を失ってしまって。それをずっと、引きずってしまう事になって。」

 

今思えば、あの時から完全に余裕を無くしてしまっていた。

卯月に当たってしまったし、磯風の言葉も半分しか耳に入っていなかった。

単冠湾泊地での事を、時津風に話すと、彼女は途端に不快感を露わにした。

 

「あたし、深海如月は嫌いだな。駆逐艦の絆をおちょくるような真似をするんだもの。見つけたら、魚雷をたっぷり撃ち込んでやる。」

「ふふ、ありがとう。………いいものよね、駆逐艦って。」

「今更、何言ってるのー?」

「改めて、実感しただけよ。そろそろ眠りましょ?」

「はーい!」

 

時津風は逆さまの姿勢から、身軽に二段ベッドの上に自分の体を持ち上げると、そのまま布団を被る。

如月も、ゆっくりと布団を被ると眠りに付こうとするが………。

 

「ねえ、もう1つだけ聞いていい?」

「何かしら?」

 

時津風の声が聞こえて来た事で、如月は答える。

少し悩んだ挙句、彼女は聞いてきた。

 

「如月の心は、今は第三十駆逐隊なの?」

「そうね………まだそうかしら?」

 

工廠(こうしょう)での事を言っているのだと気付いた如月は敢えてぼかす。

実は、熱いアピール合戦を受けて、彼女自身も心は揺れていた。

 

「睦月ちゃんが目覚めたら、彼女とも相談するわ。」

「むー。それじゃあ、第三十駆逐隊決定じゃん。」

「ふふ、そうかもね。お休み、時津風ちゃん。」

「お休みー。」

 

声と共に、すぐに寝息が聞こえてくる。

その適応能力の高さに如月は苦笑しながら、自身も眠りに付いた。




如月のトラウマ克服回です。
このような熱いドラマも、駆逐艦の物語ならではかな?と個人的には思っています。
今回の話の中だと、最後の如月と時津風の会話が、実はお気に入りかなと。
一見自由奔放な時津風ですが、その心は仲間を気遣える優しい艦娘。
その性格を、少しでも表せたのならば、嬉しいですね。


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第71話 ~内陸での別の戦い~

その夜、磯風達は、川内達の艦隊と共に、佐世保鎮守府を抜錨した。

7人構成の遊撃部隊を2つ送りだしたのだから、それなりに艦隊全体の規模が大きい。

数だけで言えば、連合艦隊よりも立派であった。

 

「改めて言うけれど、こんな大人数で夜戦が出来るなんて、思ってもみなかったよ。」

「川内さん、比叡さん、羽黒さん、瑞鳳さん、力をお借りします。」

「磯風………そんなかしこまらなくても大丈夫だって。正直に言うと、私達も心の中ではメラメラと炎がくすぶってるんだ。」

「そうそう、川内の言う通り、金剛お姉様達をボロボロにした深海棲艦を、ぶっ飛ばしてやりたいって気持ちがね!」

「私も比叡さん達も、砲門も魚雷もしっかりと整えてきました。いざとなったら、この羽黒、全部ぶっ放しますから、躊躇わず言って下さい!」

「装甲空母鬼の特徴が知りたくなったら、私か巻波ちゃんに聞いてね。………今度は簡単にはいかないんだから!」

 

南下するに伴って、気合を入れ直す川内達の姿を見て、磯風は頼もしさを感じた。

仲間をやられて黙っていられないのは、艦娘共通の仲間意識故だ。

だからこそ、今回は絶対に負けないという意気込みがあった。

 

「白露、時雨、巻波………。川内さん達の護衛、宜しく頼む。」

「任せて!白露型ネームシップとして、腕が鳴るわ!」

「僕達も頼ってくれて嬉しいよ。眠っている長月にも吉報をもたらさないとね。」

「私は1戦慣れてるから、動きとかも参考にしてくれると嬉しいかな。」

 

夜に強い駆逐艦娘達も、みんな強気だ。

水雷戦隊に組み込まれている以上は、鉄砲玉になって敵艦に突撃する覚悟があった。

もしかしたら佐世保の提督は、そういう士気向上の意味も含めて、戦艦である比叡でなく、軽巡である川内を旗艦に据えたのかもしれない。

ここら辺の采配は、見事だと思った。

 

「もうすぐ例の地点ですね。………足柄姉さん達が見えてきました。」

 

羽黒の言葉に前を見ると、昼に偵察をしていた足柄達が、合図を出しているのが分かった。

艦隊は、彼女の前で止まると状況を確認する。

 

「正直、何も無かったわね。つまんない位に静かだったわ。」

「姉さん達に恐れをなしたか、単純にまだ傷が癒えて無いのか………。」

「前者だと嬉しいけれど、確実に後者でしょうね。………気を付けてね。敵の考えが分からないから。」

「はい。」

 

羽黒と数回会話をした後、足柄の艦隊は佐世保へと戻っていく。

その様子を確認した後、磯風の艦隊と川内の艦隊は、夜間の当直に入る。

明朝に、那智の艦隊がまた来てくれる予定だから、それまでの辛抱だ。

瑞鳳が偵察機を飛ばした後は、ひたすら警戒に当たる事になった。

 

「敵艦がいないと暇だねー。磯風、今の内に聞いておきたい事はある?」

「内陸の情勢はどうなっていますか?」

「やっぱり不満は出ているよ。インタビューに答える人の中には、「佐世保の提督は、鹿屋の人々を見殺しにする気なのか?」という声もあったみたいだし。」

「………え?インタビュー?それは、鎮守府お抱えの記者からの情報ですか?」

「何言ってるの?こういう時、呉の青葉さんが市民に紛れ込んで取材をしてるんだよ?磯風、知らないの?」

「青葉さんが!?」

 

磯風は思わず驚いて、初風達を見る。

呉出身の磯風や初風達は、重巡の青葉の事を知っている。

彼女は取材をする事が好きで、よく戦艦から海防艦まで、様々な艦娘達にインタビューをしているのだ。

そして、新聞にその記事を纏めて、「艦隊新聞」という名で、呉の鎮守府に掲載しているという変わった一面があった。

しかし、だからといって、そんな彼女が緊急事態の時に、本当に新聞記者として紛れ込んでいるなんて、思ってもみなかったのだ。

川内の説明は続く。

 

「青葉さんって、艦娘になる前の職業は、新聞記者だったんだよ。だから、艦娘になった後は、こういう情報が欲しい時に、市民に成りすまして集めているってわけ。………ほら、艤装さえ外せば、区別付かないじゃん。」

「か、カメラマンとかは………って、磯波か!?」

「そうそう、撮り鉄マニアの磯波………というか、第十九駆逐隊ごと借りて、取材に赴くんだよ。綾波と浦波は楽しそうだったけれど、敷波は愚痴が多いって話だったっけ。」

「し、知らなかったです………。」

「最近になって、各鎮守府の提督が許可を出して本格的に始めた事だから、無理も無いよ。」

 

肩を落とす磯風の背中を、ポンポンと叩きながら川内は笑う。

艦娘は艤装を付けて海戦を行うのがメインだと思っていたが、そうやって内陸で別の戦いを繰り広げている者もいるのだ。

武人気質の磯風は、そういう情報には疎かった。

 

「今は、青葉さん達5人は避難民の近くで取材を行って、情報を送ってくれてるよ。………私達がやられて、空爆が行われてしまった時の最後の砦も兼ねてね。」

「人的被害が出てしまったら、取返しが付かないですからね………。」

 

ここで後ろにいた如月が、そっと巻波を見た。

常に明るさを保っている彼女にしては、珍しく目に影があった。

 

「巻波ちゃん………。」

「あ、何?如月。」

「無理しなくていいのよ?」

「何言ってんの!大丈夫だって!」

「そう………。」

 

過去に深海棲艦の爆撃で片腕を失った彼女にしてみたら、やはり内陸にもたらされる被害は、気がかりであろう。

如月も、錯乱した自分を落ち着かせ、諭してくれた彼女の事は、気になってしまった。

だから、敢えて如月は聞いた。

 

「川内さん………。青葉さんと連絡って取れませんか?」

「取れるよ?というか、私に無線で報告してくれてるよ。」

『え!?』

 

意外な言葉に、全員が驚かされる。

どうやら、逐一で青葉から連絡が来ているらしい。

 

「チャンネルを教えるから、繋いでみてよ。」

 

川内の言われた通り、磯風達は無線のチャンネルを繋いでみた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

鹿屋基地から少し離れた、避難所の学校。

その近くにトラックが数台止まっており、その内の1台の前では、コートを着た見張りの敷波と浦波が会話をしている。

一見何の変哲もないトラックであるが、荷台の中では、グレイッシュピンクの短いポニーテールの髪の艦娘がいた。

襟と袖が青いセーラー服を身に着け、胸には黄色のスカーフを締めているのが特徴で、重巡らしい重そうな艤装の前で胡坐をかいている。

彼女が、青葉型1番艦である青葉だ。

周りでは、綾波と磯波が覗き込むように、その電探を眺めている。

 

「………ジジ………青葉さんですか?磯風です!」

「あ、磯風達とも繋がりましたよ、青葉さん~。」

「その声は、綾波か!?避難所はどうなっている!?市民は無事か!?」

「磯風ちゃん、そんな焦らなくても大丈夫だよ?長月ちゃん達のお陰で、敵はまだここまでやって来て無いんだしさ。」

「そ、そうですか………。」

 

思わず早口になってしまった磯風を落ち着かせるように、青葉は笑顔で喋る。

一見、その陽気な性格から呑気そうに思われる事もある彼女だが、取材をする上では、人を安心させる事は重要である。

ある意味、この喋り方と言い回しは、職業病とも言えた。

 

「避難民達は、今の所はまだ落ち着いているよ。只、別のテレビの取材局が、ちょっとしつこく取材しようとして、もめそうになった事はあるかな。」

「もう………心情的にデリケートなんだから、もっと気を付けないといけないのに………。」

「まあまあ、初風ちゃん。マスコミっていうのは、こういう時に駆逐艦並に突撃するものだからね。」

 

あくまでマイペースさを保つ青葉であるが、無線の向こうの磯風達の心配は尽きないらしい。

実際に市民の声を届けられればいいのだが、主砲の付いた艤装を背負って、電探で声を届けるわけにもいかないのだ。

だから、青葉達は焦る事なく質問に応じていく。

 

「他にも、困っている事は何かありますか?」

「沿線の鉄道や飛行機が止まっているみたい。道路も軒並み封鎖されていて、交通が不便になっているから、そういう不満も出ているみたいだよ?」

「この声は磯波だな。………仕方ないとはいえ、これは問題だろうな。食料などの物資は?」

「さっき、配給用の車が届いていたから、大丈夫だよ。只、長期戦になると良くないのは、確かかな。」

 

少しだけ声のトーンを落として、青葉は言った。

深海棲艦との戦いは、時間との戦いでもある。

敵側が意識しているか分からないが、如何に一般市民の恐怖や不満を煽るかで、鎮守府や泊地に対する信頼の落ち具合が変わる。

パニックに陥った人間が何を起こすかは、自分自身も予測が出来ない。

仮に鎮守府等への暴動に発展してしまえば、艦娘達へのモチベーションの低下にも繋がるのだ。

 

「………敵の第一波は長月達が封じてくれた。だが………このまま第二波以降が本格的に続けば………。」

「安心してよ、その為の青葉達なんだからさ。少なくともそれとなく、避難民達の不安や不満は解消するように努めるし………最悪、この避難所になってる学校だけでも守るよ。」

「青葉さん………。」

 

最後の………少しだけ力を込めた青葉の言葉に、磯風達は悟る。

青葉達は川内の言った通り、最後の砦だ。

逆に言えば、それは逃げる事が許されない立ち位置なのだ。

そうでなくても、不安や不満を抱く市民と直接対応する立ち位置なのだから、自分のモチベーションの管理が難しい。

そんな難しい戦いを、青葉や第十九駆逐隊の4人は担ってくれているのだ。

佐世保管轄の戦いであるにも関わらず、呉出身の5人が………。

 

「………ありがとうございます、青葉さん。でも、青葉さん達の手は煩わせませんよ。」

「そうしてくれると、助かるかな。取り越し苦労が丁度いいし。」

「はい………引き続き、お願いします。………どうやら瑞鳳さんの偵察機が、艦影を捉えたみたいですので、失礼します。」

「健闘を祈るよ。ちゃんと、生きてね。」

 

最後まで明るい声を保った状態で、青葉は電探に喋るのを止める。

遠くで深海棲艦警報が鳴り響くのを感じた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

2つの輪形陣を作った磯風達と川内達は、それぞれ磯風と比叡を中心にして、対空砲火に備える。

今日は珍しく雲がほとんど無く、遠くが良く見えた。

これは逆に言えば、深海棲艦側にとっても、こちら側がよく見えるという事だ。

やがて、羽虫を模した攻撃機が、幾つも飛んで来る。

 

「瑞鳳航空隊、発艦します!」

「比叡、三式弾装填完了!………磯風!」

「こちらは、対空砲火用意完了です!」

「じゃあ、夜戦始めよっか!………撃てーーー!!」

 

瑞鳳が弓につがえて、どんどん矢を飛ばす。

それは攻撃機に変化して、敵の攻撃機と空中戦を繰り広げる。

更に、比叡と羽黒が赤い三式弾を撃ち出し、磯風や川内達が一斉に対空砲火を放つ。

夜空に複数の爆発が起き、羽虫の攻撃機が墜落していく。

だが………。

 

「!?」

 

夜空に映る巨大なシルエット………装甲空母鬼の前で、一斉に爆発が起きたかと思うと、瑞鳳の攻撃機が、複数爆発する。

 

「軽巡ツ級ですか!?」

「いいえ………それだけじゃないみたい………。」

 

春風の質問に応じた瑞鳳は、冷や汗を流しながら如月を見る。

それで、一同は理解してしまった。

この夜空に映える海を、滑るようにやってきたもう1つの敵艦隊の長を………。

 

「フフ………。」

「あれは………!?」

 

如月を始め、艦娘達は戦慄する。

2隻のフラッグシップ級軽巡ツ級と3隻のフラッグシップ級戦艦タ級を引き連れ、装甲空母鬼の前を滑走する深海棲艦が目に入ったのだ。

白い髪をなびかせながら、まるで、その振る舞い1つ1つを楽しむようにやってくる敵の親玉を。

そう、あれは………。

 

「深海如月………!?」

「アラ?面白イ名前、付ケルノネ?」

 

如月の声を模して、鬼の姿をした深海如月が、彼女と全く同じ笑みを浮かべながら現れた。




青葉と第十九駆逐隊の、密かな活躍?を描いた回です。
記者である青葉の「戦い」って何なのだろうか?と考えた結果が今回の話。
取材をして現場の声を届けつつ、いざという時は艦娘として内陸で戦う。
そんな変わった姿を持つ艦娘も、居ていいとは思うんですよね。
むしろ、情報統制をされる中では、一番重要かもしれません。
ちなみに私は、劇場版青葉の戦闘シーン、カッコよくて好きです。


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第72話 ~怒りの如月~

「オホホ………!」

 

5機の浮遊要塞を連れた装甲空母鬼は、魚雷を取り出し、扇状に撃ち出していく。

魚雷は深海如月達の艦列を飛び越えて着水し、磯風と川内の艦列に猛スピードで近づいていく。

しかし、距離がある分、磯風達は単縦陣になって、魚雷と魚雷の間を抜けて回避する余裕があった。

だが、その間に深海如月の艦列が、魚雷の後ろから接近してくる。

 

「この段階で出て来るとは………墜とさせて貰う!」

 

左翼に陣取る磯風達は、一斉に先頭の深海如月に向けて砲撃を放つが、その速力が尋常じゃない。

まるで、如月の強化型艦本式缶までコピーしているかの如く、こちらを嘲笑うように取舵を取って左カーブをし、右翼の川内達の艦列へと向かって行く。

 

「白露、巻波!川内さん達の邪魔をさせるな!」

「了解!」

「やったげる!」

 

すぐさま狙いが軽巡以上の大型艦だと分かった時雨が、駆逐艦娘達に指示を出して前に出る。

時雨は、艤装のギミックを展開し、両腕それぞれに付いた大型単装砲と機銃を連射。

白露は、右腕の連装砲と、艤装左舷に取り付けられた連装砲を乱射。

巻波は、右手の小手と一体になった連装砲を、何発も撃ち込もうとする。

 

「ドォコ、狙ッテイルノカシラ?」

 

しかし、深海如月には、まるで小さな小鬼群と対峙しているかのように、攻撃が当たらない。

 

「ちょっと!どうして当たらないの!?」

「落ち着いて、白露。どんな形であれ、僕らは壁になればいいんだ。」

「ああ、成程!」

 

時雨の言葉の意味を理解した白露は、夾叉弾を放つ。

だが、それは、速力に優れる深海如月には潜り抜けられてしまう。

 

「何処ヲ狙ッテ………。」

「あなた………艦列意識してる?」

「アラ?」

 

次の瞬間、深海如月の背後で爆発が起こる。

白露の夾叉弾は、親玉には当たらなかったが、背後を必死に追走していた5隻のフラッグシップ級には効果をもたらしていたのだ。

その隙を狙って瑞鳳が、対空砲火が厄介なツ級2隻を、夜間攻撃機で一気に爆破したのである。

 

「モウ、使エナイワネ!」

「僕らを侮り過ぎだよ!」

 

時雨はそう言うと、魚雷を一気に8本撃ち出す。

次の狙いは、深海如月に必死に付いていこうとしていた、戦艦タ級であった。

足の速い親玉は軽く回避してしまうが、タ級はどうしようもなく、2隻一気に吹き飛ぶ。

 

「ガンガン行くよ!」

 

更に、その隙を狙って、巻波が連装砲を残りの1隻に叩き込む。

これで、深海如月の連れている随伴艦は、あっという間に全滅した。

 

「アラ………ドウシヨウカシラ?」

 

夜の駆逐艦達の力を見て、わざとらしく肩を竦めてみせる深海如月。

その間に、川内達4人の大火力組は、装甲空母鬼に攻勢を仕掛けていた。

羽黒は、三式弾で敵攻撃機を破壊して隙を作る事に従事。

更に、比叡が徹甲弾を撃ち込み、庇おうとした浮遊要塞ごと、装甲空母鬼にダメージを与えていく。

川内は指示を出しつつ、背中にマウントされている魚雷を抜き放ち、投擲していく。

瑞鳳は、邪魔するツ級がいなくなった事で、より攻撃機を運用しやすくなった。

 

「第二十五駆逐隊、一斉砲火!」

 

更に、比叡の攻撃で浮遊要塞を失い、丸裸になった鬼クラスに対し、磯風達が主砲をガンガン喰らわせていく。

明らかに、パワーバランスが傾いた事で、装甲空母鬼の表情には焦りが出始めていた。

 

「悪いけど、沈んで貰うよ。………君は、少し僕らを怒らせ過ぎた。」

「ソウネ。流石駆逐艦ナノカシラ?デモ………。」

 

時雨の最後通告を受けて………しかし、ここで深海如月は邪悪な笑みを浮かべて告げる。

 

「忘レタノ?私モ「駆逐艦」ナノヨ?」

「!?」

 

次の瞬間だった。

敵深海棲艦が、消えた。

気付けば、白露の前に現れていて、彼女に向けて、両腕の顔を模した艤装から、砲撃を撃ち込んでくる。

 

「うわわ!?」

 

慌てて右手の連装砲を盾に使ったが、破壊され、吹き飛ばされて海面を転がる。

 

「沈ンデ。」

「だめだ!?」

 

そのまま足首の魚雷発射管から、6本の魚雷を放ち追撃をしてきたので、時雨が白露の襟を掴んで強引に掻っ攫い、直撃コースから退避させる。

だが、深海如月の攻撃はそれだけでは、終わらない。

今まで、最大の速力を隠していたらしく、鉄砲玉のように突っ込むと、装甲空母鬼を狙っていた比叡の前に立ち、顔面にまた砲撃を叩き込む。

 

「くぅっ!?」

 

何とか身を捻り急所への一撃は避けた比叡だが、魚雷を装填していた艤装の右半分に炸裂し、爆発を起こし吹き飛ぶ。

更に雷撃の追撃を容赦なく仕掛けてきたので、近くにいた羽黒が自身の魚雷を投棄して庇い、炎に包まれる。

 

「うああ!?」

「比叡さん!?羽黒さん!?」

「ドコ、ミテルノ?」

「ええ!?」

 

一瞬の隙を突かれ、あっという間に背後に回られた瑞鳳は、飛行甲板を破壊され、艦載機の発着が封じられる。

僅かな時の間に、1隻の駆逐艦に艦隊全体の火力が大幅に削られてしまった。

 

「この………!」

「遅イ、遅イ!」

 

自身の艦隊が軒並み大破した事で、川内が焦って砲撃を仕掛けるが、深海如月には当たらない。

水雷戦隊のボスである彼女の砲撃すら避ける親玉の速力は、もはや異常であった。

 

「川内さん!?」

「磯風!装甲空母鬼に集中して!対空砲火を欠かしたらダメだ!」

「くっ………!」

 

比叡や羽黒、瑞鳳の戦闘能力が封じられた事で、制空権が完全に装甲空母鬼に傾いてしまった。

鬼クラスの表情には、また余裕が生まれ、この機を逃すまいと、攻撃機をどんどん発着させる。

 

「磯風を舐めるなぁ!!」

 

手持ちの連装砲と機銃、更には艤装の砲門と、全てを空に向けた磯風が、砲撃をガンガン叩き込んで羽虫の形をした攻撃機を叩き落としていく。

当然、攻撃機は磯風を集中的に狙おうとするが、春風が背中合わせに陣取ると、機銃と単装砲全てを迎撃に使い、彼女の援護に回る。

 

「春風、その傘で爆撃は防げないか!?」

「無理です!防げるのは昼の駆逐艦の砲撃と機銃位です!」

 

とにかく全力で撃ち落とし、本土への爆撃だけは避けようとする2人。

 

「如月、卯月、2人の護衛宜しく!………行くわよ、天津風、時津風!」

「魚雷発射管には異常は無いわ!」

「同じくー!」

 

その護衛を如月と卯月に任せ、初風を筆頭に天津風、時津風が装甲空母鬼に迫り、魚雷をどんどん撃ち込んでいく。

派手な爆発が起こりかなりの傷を負わせるが、再生能力によって傷が一瞬で癒されてしまう。

そして、一撃離脱をしようとする初風達を狙って敵艦は、巨大な砲門から砲撃を嵐のように放ってくる。

 

「何で、こんなタフなのよ!?………ぐう!?」

「初風!?」

 

高角砲が付いた右アームや艤装の一部が吹き飛んだ初風は、バランスを崩しそうになり、天津風に支えられる。

どんどん各自に焦りが出てきて、思うような海戦が出来なくなっていく。

 

「まだ駄目か!?というか、私より素早いなんて………わあっ!?」

「川内さん!?」

 

正面から砲撃をされた川内は、腕をクロスさせて身を庇った事で、4門の単装砲が吹き飛び海面を転がる。

巻波が慌てて前に出るが、旗艦である川内も、遂に中破してしまっていた。

 

「ソロソロ、詰ミカシラ?惨メニ命乞イシテミル?」

 

如月の声を発しながら、敵艦は巻波を見た。

攻撃能力が奪われた艦娘が多い以上、戦略的に見ても、このままだと艦娘側の全滅は、目に見えているだろう。

そうなれば、装甲空母鬼は好き勝手に本土へと爆撃をして、鹿屋基地の近くの民家等を破壊しつくす。

下手すれば、青葉達が最後の砦として待ち構えている避難所の学校にまで………。

 

「……………。」

 

巻波は、狡猾な深海棲艦を睨みつけた。

そして、彼女は手を突き出した。

連装砲を持った右手ではなく………機械化された左手を。

 

「何カシラ?ソノ手ハ?アナタ、気ガ狂ッタ?」

「如月の身体を手に入れて、好き勝手やってるみたいだけど………。」

 

巻波は目を見開き、深海如月に言い放った。

 

「艦娘を………馬鹿にするな!!」

 

次の瞬間だった。

突き出した手のある左腕の関節部分から、火が吹く。

何事かと思ったら、その腕がいきなりロケットランチャーのように一直線に深海如月に向けて飛び、その顔を掴んだのだ。

 

「!?」

 

これには、流石の深海如月も意表を突かれたらしく、完全に無防備であった。

しかも、移出された腕は、丈夫なワイヤーで上腕部と繋がっているらしく、巻波が引っ張る事で、敵深海棲艦の動きが封じられる。

 

「ナ!?何!?アンカー!?」

「つっかまえた!!川内さん!今!」

「雷撃を深海如月に!砲撃を装甲空母鬼に!!」

 

立ちあがった川内が、魚雷を深海如月に向けて、残りの力を振り絞り投げつける。

更に、左側の艤装が生きている比叡が、残っている魚雷を撃つ。

時雨に支えられた白露も、雷撃戦を仕掛けた。

 

「嫌ァアアアアアアアッ!?」

 

派手な炎が上がり、制服が焼けこげ、悲鳴を上げる深海如月。

更に、艦娘側の攻撃は止まらない。

比叡と羽黒がふらつきながらも、強力な砲撃を装甲空母鬼に喰らわせる。

手の空いていた時雨と如月、卯月と時津風も更に続いて砲撃をその上半身に当てる。

 

「アアアアアアアアアッ!?」

 

夜戦で威力を発揮する攻撃が一同に炸裂した事で、装甲空母鬼はたまらず痛みにもがく。

 

「春風!」

「はい!」

 

攻撃機の発艦が収まった事で、余裕が出来た磯風と春風も、魚雷を遠慮なく喰らわせる。

台座が紅蓮の炎で燃え上がり、装甲空母鬼は遂に、焼け焦げながら一目散に逃げていく。

 

「チィッ!」

 

余裕を失い、一気に不利になった深海如月は、左手の甲殻類のような鬼の爪で、巻波の腕のワイヤーを切り裂くと、自分の顔を掴んでいた手を強引にはがし、海面に叩きつける。

そして、巻波を睨みつけると思いっきり吐き捨てた。

 

「コノ………「化ケ物」メ!!」

「………何ですって?」

 

地の底から響くような冷たい言葉は、巻波から発せられたものでは無かった。

同じ声を深海棲艦に真似されている、如月である。

 

「今、あなた………巻波ちゃんに対して、何て言ったの?」

「「化ケ物」デショ!?何ガ艦娘ヨ!?化ケ物ノ癖ニ出シャバッテ!!」

「ふざけ………ないでよ!!」

 

明らかに、巻波に嫌悪の目を向けた深海棲艦に対し、如月は怒りの声を発した。

彼女は、艦列を無視して飛び出すと、敵深海棲艦に6本の魚雷を全て発射する。

それは、敵艦に避けられてしまうが、何度も何度も両腕の砲門を向けて攻撃を仕掛ける。

 

「あなたに、彼女の何が分かるのよ!?あなた達深海棲艦のせいで!彼女はっ!!」

「フン!」

 

深海如月は一瞥をくれてやると、砲撃を躱しながら一目散に逃げていく。

尚も如月は追撃をしようとしたが、その襟首を、慌てて追ってきた天津風に捕まれた。

 

「如月、周りを見て。追撃できる状況じゃないわ。」

「でも………!」

「落ち着いてって言ってるのよ!被害を考えて行動しなさい!」

「うぅ………っ!」

 

歯ぎしりする如月は、思わず下を向いて俯くが、そこに巻波本人がやって来て如月に言う。

 

「気にしてないから大丈夫だよ。………それより、那智さん達に速く来てもらおっか。この状態じゃ、朝まで持ちこたえるのも大変だし。」

「巻波ちゃん………。」

「でも………ありがとね。」

 

如月は見逃さなかった。

慰めようとした巻波の表情に、僅かな陰りがあったのを。

何かを言いたかったが、結局何も言えず………磯風にポンと肩を叩かれる。

とりあえず、佐世保に帰投する準備を整えようと。

 

「様子見だったのか、深海如月は私達を侮って来てくれていた。だが………次は新月の夜までに傷を癒して、もっと本気で来るだろう。佐世保でそれに備えよう。」

「ええ………。」

 

如月は、納得がいかなかったが、とりあえず磯風の言葉に従うしかなかった。




如月の姿を真似た深海棲艦………深海如月との第1ラウンド。
この敵艦の厄介な所は、やはりスピードでは無いかと思ったのが、今回の海戦です。
艦これアーケードの駆逐棲姫も、相当なスピードで駆け巡るので、それを元にしました。
サブタイトルの回収は、最後の部分の会話ですね。
自分の声で、自分の恩人を愚弄されたら如月でも怒るのは当然だと思って書きました。


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第73話 ~睦月型の誇り~

装甲空母鬼と深海如月を撤退させてから、勝負の新月の夜まで、気付けば残り3日となっていた。

鹿屋基地の近くでは、その後も、昼でも夜でも様々な艦種の深海棲艦が出現し、偵察艦隊は、いずれも海戦を強いられて来た。

中破や大破をして戻って来る艦娘もチラホラといて、その度に、破損し過ぎた艤装の修理を行う工廠(こうしょう)や艦娘の傷を癒す船渠(ドック)は、大忙しになった。

しかし、幾ら高速修復材(バケツ)という便利な物があるとはいえ、無尽蔵に艦娘の全てを治せるわけでは無い。

それは、当初決戦メンバーに据えられていた、第二十五駆逐隊にも当てはまってしまった。

 

「艤装が直らない!?どういう事ですか!?」

 

新月の夜の日の朝、工廠(こうしょう)で夕張に話があると言われた磯風達は、彼女から伝えられた言葉に衝撃を受ける。

何と、装甲空母鬼の砲撃で被弾した初風の艤装が、夜までに直らないというのだ。

 

「初風ちゃん自身は、そんな大した傷じゃないと思うんだけれど………艤装が、缶をやられてしまっているのよ。これじゃあ、主機の出力が上がらないわ。」

「交換用の缶は無いんですか!?」

「佐世保にある駆逐艦用の缶は、さっきの交換で全部無くなってしまったの。………ごめんなさい、発見が遅れて。」

「い、いえ………それだけ皆さん忙しいですから………。」

 

本来自分達を鍛える立場である軽巡の夕張に、頭を下げられてしまった事で、初風は思わず自分も頭を下げてしまう。

度重なる海戦が続けば、こういう見落としも出てしまう事はある。

現場だけでは、どうしようもない問題がある事は、予め艦娘達は理解していなければならなかった。

しかし、夕張は更に厄介な事があると告げる。

 

「実はね………金剛型の4人の缶も全滅したのよ。」

「ええ!?」

「更に、妙高型の4人は疲労が出始めている。………提督はこの8人は決戦メンバーから外そうって考えているらしいわ。」

「ほ、本当に………?」

「だから、今日の朝から最後のひと踏ん張りで、妙高型は4人揃って出撃して貰ってるのよ。」

「……………。」

 

戦艦と重巡の三式弾による対空砲火は、心強かっただけに、この決定は痛かった。

だが、実は今回の作戦で厄介なのは、攻撃機を飛ばす装甲空母鬼よりも、深海如月の方なのだと夕張は語る。

 

「比叡さんも羽黒さんも、深海如月の動きに全く追いつけなかったでしょ?それどころか、瑞鳳さんや川内さんまで、対応出来なかった。動きに何とか追いつけたのは、駆逐艦だけ。」

「つ、つまり………。」

「つまり………私は、駆逐艦主体の決戦メンバーを結成しようと考えている。」

『提督!?』

 

背後から現れた提督の存在に、磯風達は全員振り返る。

その後ろには、帰投してきたばかりの駆逐艦娘が5人。

足元まではあろうかという藤色の髪をポニーテールにした、扇子を持った艦娘。

1本の三つ編みに束ねたピンク髪が特徴の、黒インナーを着た艦娘。

ハネた茶髪のショートヘアに、キリッとした眼差しをしている艦娘。

銀色の髪を足首まで届きそうな長さの1本の三つ編みにしており、その先端を緑色の小さな珠で止めている艦娘。

そして、鮮やかな赤紅色の髪をヘアバンドで抑え、後ろは紅いリボンでおさげ髪にしてある艦娘。

それぞれ、初春、子日、若葉、海風、江風であり、これまで磯風達とは違う艦隊で活躍してくれていた面々だ。

 

「この5人に、夜間攻撃機を積んだ飛龍と瑞鳳の護衛をさせて、海岸線ギリギリで後衛を担って貰う。これで、前線で戦う艦隊は、後ろの本土を気にせず戦う事が出来るだろう。」

「な、成程………で、前線は?」

「お前達第二十五駆逐隊の6人に加え、川内に、文月と三日月と菊月と白露と時雨、それに巻波を率いて貰う。本当はもう1人、熟練の駆逐艦が欲しいが………。」

「その1人………私を加えてくれないか?」

『!?』

 

更に文月に支えられて後ろから現れた存在に、今度こそ一同の目が見開かれる。

今まで昏倒していた長月が、目を覚ましてやってきたのだ。

流石に制服はまだ着ていなかったが、その瞳には力が宿っていた。

提督は、静かに問う。

 

「病み上がりで、大丈夫なのか?」

「むしろ寝すぎて、早く身体を動かしたい所です。それに、駆逐隊主体の21人で戦うなんて、華じゃないですか。この機を逃したくは無いですね。」

「そこまで軽口を叩けるのならば大丈夫か。………だとしたら、川内の艦隊から、1人第二十五駆逐隊に移って貰う必要があるが………。」

「あ、あの………。」

「ん?」

 

ここで皆の目が、それまで黙っていた如月に集中する。

彼女は、意を決した表情で言った。

 

「その1人………巻波ちゃんでは、ダメですか?」

 

如月の心の中に、深海如月に化け物と蔑まれた、巻波の僅かな陰りの表情が焼き付いていた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

その夜、抜錨前の時間に、艤装を付けた巻波は、桟橋に座って夜空を眺めていた。

今夜も遠くが見える為、お互い、夜間攻撃機は目視できる状態だ。

きっと、激しい戦いが予想されるだろう。

 

「……………。」

 

巻波は、静かに自分の機械化された左腕を眺める。

いざという時の隠し兵器として搭載していたとはいえ、アンカーのように飛ばせる自分の腕を。

 

「化け物………か。」

「やっぱり気にしているのね。」

「ん?」

 

振り向いた巻波は、外套を纏った白い肌と髪の、角を付けた姫クラスの深海棲艦が歩いてくるのを見る。

その人物は、艤装以外は深海如月とそっくりで………。

 

「ああ、成程。それが、如月の「呪われた姿」ってわけね。」

「ええ。………隣に座っても、大丈夫かしら?」

「いいよ。」

 

如月の姿を見ても、巻波は特に警戒する事はなかった。

その様子に安心感を覚えながらも、如月は彼女を見て言う。

 

「変に思う事無いわよ。貴女は………化け物じゃないわ。」

「………どうだろうね?奇異の目で見て来る人がいるのは事実だし。それに、深海棲艦からしてみれば、機械の腕は異端じゃん。」

「あんな「化け物」の言葉なんて、気にしなくていいの。」

「自分の写し鏡のような姿の存在を、化け物って言っちゃっていいの?」

「いいの。「本当の私」を分かってくれる人が、ここには沢山いるんだから。」

「本当の私………ね。」

 

巻波は、少しだけ笑みを浮かべた。

その笑顔の内に抱えている不安等を、完全に解消する事は出来ないだろう。

如月はそれでも、自分の想いを伝えた。

 

「本物の私は………あなたを化け物だと絶対に思わない。どんな時も、あなたの味方でいるわ。」

「何、告白?睦月が泣くよ?」

「戦友だって言いたいのよ。磯風ちゃんが前にそう表現したの。第二十五駆逐隊に関わる全ての艦娘の事を、そう思っているって。」

「あはは、いい表現だね。でもさ………。」

 

ここで、巻波は意地悪そうに笑みを浮かべて言う。

 

「仮の話………もしも、私が突然、佐世保から失踪したらどうするの?」

「追いかけるわ。」

「夕雲型は素早いよー?睦月型で追っかけられるの?」

「可能よ。睦月型は世界一の船だもの。」

「え、そうなの?」

 

如月は笑って説明する。

嘗て、長月がそう言っていたと。

脆くて性能も良くない睦月型でも、世界一と誇れる部分はあると。

長月は、自身は「模範」となって、その姿を示そうと思っていると言った。

 

「如月は何なの?」

「世界一の………色仕掛け?」

「成程。」

「もう!冗談だってば。………でも、そうね。こんな姿も経験したから、姿形に囚われないものを大事にしようって思っているわ。」

「それは………?」

「世界一の………「戦友」でありたい。睦月ちゃんや卯月ちゃんとも。磯風ちゃん達とも。そして、巻波ちゃん………あなたとも。」

 

如月は、呪われた左手を差し出した。

巻波は少しだけ迷ったが、機械化された左手を出した。

静かに握手をした途端………その手に6つの手が重ねられる。

 

「うわ!?………あ。」

「抜け駆けはずるいぞ。」

「わたくしも、参加させて下さい。」

「うーちゃん、これでも実力はあるぴょん!」

「私は出撃できないけれど………戦う意志はあるわ。」

「あたし達は、駆逐艦仲間だものね。」

「そうそう。頑張ろー!」

 

磯風、春風、卯月、初風、天津風、時津風の6人であった。

彼女達の想いと温かさを受けて、巻波は穏やかな笑みを浮かべる。

 

「ありがとね………みんな。」

「心の準備は出来た?それじゃあ、出撃しよっか!」

「はい………!」

 

第二十五駆逐隊の面々は振り向く。

川内達や瑞鳳達の艦隊は、もう出撃準備を整えていた。

この21人で抜錨し、深海如月と装甲空母鬼との決戦に赴く事になる。

戦艦や重巡はいないが、それでも夜戦に強い面々で構成された強力な艦隊だ。

 

「行くぞ、第二十五駆逐隊………抜錨だ!」

 

その先陣を切るように、磯風の言葉で第二十五駆逐隊から順々に艦娘達が抜錨していく。

鹿屋基地近海でのラストダンスが、始まろうとしていた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「行ってしまいましたね………。」

「すまないな………。本当は、全員で出たかっただろうが………。」

 

桟橋には、提督と、缶の修理が終わっていない初風と金剛型の4人が残っていた。

見送るしかないという立場は、正直辛いものがある。

しかし、仲間を信じるのも1つの戦いであるのだ。

 

「………聞いてもいいですか?提督。」

「何だ?」

 

そんな中、初風は提督に対し、気になっている事を話す。

 

「巻波は自分の過去を、かなり簡略化させて如月に伝えたと聞きました。でも………それは、裏を返せば、彼女は何か隠し事をしているのでは無いのですか?」

「隠し事………か。例えば、どういう事が気になっている?」

「そうですね………トラウマ………とか。」

 

初風の言葉に、提督は嘆息する。

その様子から、半分当たりで半分外れだと初風は直感で悟る。

しかし………。

 

「安心しろ。単冠湾泊地に送る程のものじゃない。だが………お前の考えている通り、簡略化する事で、上手く隠している過去はある。」

「爆発の可能性は………。」

「上手く立ち回ればしないさ。………尤も、今回だけに限った話だがな。」

 

提督は、眉間にしわを寄せると考え込む。

 

「正直な話、巻波も、心の底から落ち着ける場所があるといいのだが………。」

「……………。」

 

初風はその言葉を聞いた瞬間、密かに磯風の頼もしい顔が脳裏に浮かんだ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

数時間後、鹿屋基地近海では、磯風達の艦隊と川内達の艦隊が待機をしていた。

その遥か後ろでは、瑞鳳達の艦隊が、本土への爆撃に備えている。

 

「来たか………。」

 

磯風は呟く。

前から、また羽虫の攻撃機が沢山飛んで来るのが分かった。

そして、装甲空母鬼は、獣のような口を横に開いて下半身を完全に出し、新たなる姿………「装甲空母姫」となって、浮遊要塞を5機従えていた。

更に、その前には焼け焦げた制服を着た深海如月が、不快な表情で深海棲艦を従えている。

今回は、対空迎撃用の2隻のフラッグシップ級軽巡ツ級。

そして、凶悪な力を持つ、立派な角が自慢の3隻の重巡ネ級改である。

 

「化ケ物共メ………ヨクモ私ヲ汚シテクレタナ!」

「あら?素敵になったじゃないの。………そんなに気に入らないのならば、如月達が楽にしてあげるわ!」

 

静かに闘志を燃え上がらせながら、艦隊と深海棲艦達は、それぞれ攻撃命令を出す。

 

「オホホホホ………!」

「沈メナサイ!不快ナ奴ラヲ!」

「この夜戦で終わらせるよ!行けーーー!」

「決着を付ける!始めるぞ!全艦砲撃開始!!」

 

魚雷が、攻撃機が、そして砲撃が、夜空の下で海上を飛び交い始めた。




睦月型は世界一の船………という言葉は、公式ラノベでの長月の台詞からですね。
「陽炎、抜錨します!」を読んでいる人ならば、ピンとくると思います。
あの台詞はかなり好きなので、自作小説でも使いたかったんですよ。
こういう展開を作れると、自分でもテンションが上がります。
後、巻波の義腕には、コブラのように単装砲を搭載する案もありました。
でも、排熱の関係や装弾数の関係で実用的じゃないと思い、アンカーにしました。


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第74話 ~世界一の………~

「サア、行キナサイ!」

 

深海如月の号令で、装甲空母姫や随伴艦が、一斉に砲撃を始める。

前回と違い、今回の深海如月は、自分から積極的に前線には飛び出そうとはしなかった。

金色のオーラを放つ軽巡ツ級2隻を対空迎撃用に眼前に配置。

更に、鋭い眼光を光らせながら、不気味な赤黒いオーラを放つ重巡ネ級改3隻を壁にしていた。

 

「あら?前みたいに積極的に出てはこないのね?残念だわ。」

「挑発ニ乗ルトデモ?大体、睦月型バカリノ艦隊デ………!」

「何だ?睦月型の如月をトレースした割には、睦月型その物の恐ろしさを何も分かってはいないのだな。」

 

完全に睦月型を格下に見ている相手の様子を理解した後、少し考えた長月が、旗艦である磯風や川内に具申する。

 

「磯風、川内さん。………深海如月とその随伴艦は、私達睦月型に、少しの間任せてくれませんか?」

「長月、何か考えがあるのか?」

「何故、提督が今回、初春型や改白露型を前線に入れず、私達を投入したのか、あの敵艦に教えてやろうと思ってな。」

「成程………分かった。その間に私達は装甲空母姫に痛い目を見せてやろう!」

「こっちもOKだよ。………水雷戦隊の矜持、見せてやってね!」

「ありがとうございます。では………!艦列変更!」

 

相手の一斉砲撃を躱した隙を使い、3つの艦列に更に分かれる。

磯風、春風、天津風、時津風、巻波。

川内、白露、時雨。

そして、長月、文月、菊月、三日月、卯月、如月。

磯風と川内の艦隊が左右から囲い込むように装甲空母姫を狙いに行くのに対し、長月の艦隊が、正面から深海如月の艦隊に迫る。

 

「さて………睦月型を理解していないお前に、特別に教えてやろうか。」

 

マウントしてあった単装砲を取り出し、両手に二丁構えながら、長月はわざとらしく呆れたように、深海如月に対して肩を竦めてみせる。

そして、豪胆な笑みを浮かべて言い放った。

 

「睦月型は、世界一の船だという事を………な!」

「何ヲ言ウカト思エバ………!寝言ハ寝テ言イナサイ!………纏メテ空爆シロ!」

「オホホ………!」

 

命令を受けた装甲空母姫が、羽虫のような攻撃機をどんどん発艦させる。

装甲の脆い、長月達の睦月型を集中的に爆撃する算段なのだ。

しかし、それに対して、彼女達の中で動いたのは………文月1人だけ。

 

「さーて、今まで睦月ちゃんや如月ちゃん達含め、みんなをコケにした分………やっちゃうよ~?」

 

彼女は左手の連装砲と両腰の三連装機銃と左足の対空電探を駆使すると、夜空へ嵐のように砲撃を放っていく。

その派手さは対空砲火に特化した磯風と同等かそれ以上であり、一気に敵攻撃機が墜落していく。

 

「ナ、何ナノ!?対空砲火ガ尋常ジャナイ!?」

「まず文月。彼女は改二になった事で、対空迎撃能力に特化している。故に、世界一の「対空番長」になりたいそうだ。」

「アノ小娘ヲ、集中砲火ダ!」

 

ネ級改3隻が文月を一斉に狙うが、小柄ですばしっこい彼女は、滑るように回避行動を取る為、中々砲撃が当たらない。

それどころか、その隙を狙って逆に長月が二丁の単装砲を、集中的に1隻のネ級改に叩き込みながら、説明を続ける。

 

「ついでに言えば、回避にも優れていてな。世界一の「回避盾」にもなりたいそうだ。」

「ド、ドウナッテイルノヨ!?」

「おっと。まだ、世界一である睦月型の紹介は終わってないぞ?文月、如月、三日月!」

『了解!』

 

長月の号令で、文月と如月が、艤装から小型の船を出す。

それは、大発動艇と呼ばれる物で、今回は戦車を積んでいた。

2人で2隻ずつ取り出した大発は、三日月の所へと集まる。

彼女は、自身が取り出した大発と合わせて6隻並べると、更に左腕の装甲板の裏に固定してある2隻と、自身の左手の単装砲を合わせてネ級改に向ける。

 

「此間のようにはいかない。今から、この全てを………私がコントロールするわ!」

「ハァ!?」

「1人時間差砲撃よ!」

 

単装砲しか無かった三日月の武装が、一気に計9門の砲塔へと増える。

彼女は勝気な笑みを浮かべながら、ネ級改に向けてタイミングをずらしつつ、集中砲火を喰らわせ始めた。

 

「ソ、ソンナノ有リ!?」

「有りだ。三日月は大発動艇の扱いに長けていてな。世界一の「大発屋」になりたいと宣言した。」

「常識ガナッテ無イワヨ!?」

「誉め言葉だな。………だが、まだまだ残っているぞ!」

 

砲撃戦を繰り広げる長月の言葉に呼応して、菊月が突撃をする。

彼女は、今回の海戦に挑むにあたって、身の丈以上もある巨大な大剣を携えてきていた。

 

「コノ!」

「おっと。」

 

嫌な予感がした深海如月は、菊月に向けて砲撃を放つが、その砲弾は何と彼女が振り払った大剣に弾かれてしまう。

 

「夜戦ノ駆逐艦ノ砲弾ガ!?」

「この刀………実は、軽巡の天龍さんから貰った物で、切れ味がとても鋭いんだ。」

 

そのまま菊月は、長月達の攻撃に苦戦していたネ級改1隻に対して振り下ろす。

咄嗟にネ級改は両手で白羽取りをして防ぐ。

そのまま左右に曲げてへし折ろうとするが、力を入れてもヒビすら入らない。

 

「特注品だ。そう易々と折れはしない。………三日月!」

「全砲門………開いて!………てーーーっ!」

 

菊月が敵の気を引いている隙に、まるで戦艦のように、一度に大発の戦車と合わせて放った三日月の砲火が、ネ級改の1隻を火だるまにしてしまう。

敵艦は悲鳴を上げながらのたうち回り、倒れて沈んでいった。

 

「ウ、嘘デショ!?睦月型ナンカニ………!?」

「菊月が目指すのは、世界一の「剛剣使い」だ。さて………世界一の「模範」を目指す私も、そろそろ本気を出さねばな!卯月、頼む!」

 

長月はそう言うと、卯月を見る。

彼女は器用に、両手でタワーのように爆雷を山積みにしながら、お手玉のように振るっていた。

 

「ぷっくぷく~。うーちゃんは、世界一の「爆雷マスター」を目指すぴょん!それ~!」

 

卯月が一度に爆雷を複数、長月達と深海如月達との間に放り投げる。

海中に落下した爆雷は一気に起爆し、海面を膨れ上がらせる。

 

「キャア!?」

「さあ、飛び越えるぞ!」

 

長月、菊月、そして三日月の3人が、その膨れ上がった海面の山を、主機を加速させて身軽に飛び上がる。

ネ級改とツ級が慌てて狙おうとするが、バランスを崩してしまい上手くいかない。

 

「睦月型は………経験も豊富なんでな!」

 

一方で高々と飛び上がった長月は、空中で二丁の砲門を2隻目のネ級改の顔面に向けて同時に放ち命中させる。

更に、着水と同時に痛みに悶える敵艦に肉薄し、遠慮なくその心臓をぶち抜いた。

 

「私も続くぞ、姉貴!」

 

一方で菊月は、ジャンプの勢いを利用しながら自身の体ごと縦回転をし、大剣を大上段から3体目のネ級改に振り下ろす。

そのまま着地と同時に横に斬り裂いた事で、3隻目の重巡も、十文字に真っ黒い血を噴き出しながら、仰向けになって海底に沈んでいく。

 

「何ヲヤッテイルノ!?砲撃ヲ!雷撃ヲ!」

「遅いわ!」

 

更に、慌てて魚雷を放とうとした2隻のツ級の巨大な手が爆発を起こす。

三日月と共に飛び上がった大発が、空中でバランスを取り砲撃を喰らわせたのだ。

そして、彼女自身が着水をすると、無防備であるツ級に肉薄し、その顎に大発を固定した左腕の装甲板を突き付け、零距離砲撃をして撃沈。

トドメに空いている右手をパチンと鳴らし、残りの6隻の大発で、もう1隻のツ級に砲撃の雨を当てて炎に包む。

 

「ア………アア………。」

 

前回よりも強力な布陣で来たにも関わらず、深海如月の随伴艦は、ほとんど何も出来ないまま沈められてしまった。

睦月型達の、恐ろしく個性的な、艤装や武装を駆使した特技の前に。

 

「侮り過ぎたな。悪いが………これが、睦月型の本気ってものだ!」

「ク………。」

 

空爆………と装甲空母姫に指示を出そうと背後を振り向いたところで、深海如月は固まる。

長月達、睦月型が奮戦している間に、装甲空母姫は炎に包まれて混乱していた。

まだ再生能力が残っているので撃沈はしないでいるが、その巨体故に、磯風達や川内達の、砲撃や雷撃を、まともに受けてしまっている。

5機の浮遊要塞も、全て庇って力尽きたのか、もはや残っていなかった。

 

「何ヲヤッテイルノ!?」

「基本、爆撃は自分自身以外のものを気にする必要が無いのでな。大分楽になった。」

「!?」

 

磯風が魚雷を4本放って、装甲空母姫の鬼女に、更なる炎をくべながら言う。

本土への爆撃は、後方の瑞鳳達に任せておけばいい。

更に、睦月型への爆撃は、文月が全て落としてくれていた。

これが、磯風達の行動をスムーズにしてくれていたのだ。

勿論、磯風も、春風も、天津風も、時津風も、巻波も、川内も、白露も、時雨も、この外道達に遠慮をする気は、全く無かった。

 

「……………。」

「長月の言う通り、睦月型を侮り過ぎた結果だな。このまま、貴様も沈む運命だ。受け入れろ!」

「………フッザケルナーーーッ!!」

 

自身の想像していた展開とは全く異なる状況を前に、深海如月はキレた。

いや………もっと言えば、内に秘めていた本性を現したと言った方がいいだろうか。

 

「随分、乱暴な姿を見せるのね………。私を模倣しておいて、嫌になっちゃうわ。」

「ガァアアアアアアアッ!!」

 

如月が落胆の声を上げるが、怒りに包まれた深海如月の耳にはもう届かない。

敵艦は獣の如く咆哮をすると、主機を限界まで加速させる。

深海棲艦独特の生物的な物とは言え、オーバーヒートをする可能性はあったが、そんなのもうお構いなしだ。

深海如月は、その爆発的な加速力で肉薄しようとしていた長月に接近すると、彼女の右手の単装砲を左手の鬼の手で掴み、強引にへし折る。

 

「やっと本気を出したか!そうでないと困る。でないと………。」

 

しかし、長月は焦らなかった。

咄嗟に右手を離した彼女は、左手の単装砲を、遠慮なく同胞の偽物の顔にぶち込んだ。

 

「アガァアアアアアアアアッ!?」

「如月達の受けた苦しみを………貴様に存分に返す事が出来ないからな!」

 

そのまま、連射をする長月は怯んだ隙を見逃さず、魚雷を一気に6本撃ち込む。

酸素魚雷は、寸分違わず深海如月に吸い込まれて行き、爆炎を上げる。

深海如月は傷を再生させるが、もはや様々な意味で、如月の持つ美しさは無くなっていた。

 

「ヨクモォオオオオオオッ!!」

 

醜さを全開にした敵艦は、攻勢に移ろうとする。

下がった長月に代わり、三日月が大発を駆使した砲撃を放つが、敵艦は再生能力に任せてそのダメージを無視する。

 

「強引に行こうっていうの?そんなので………。」

 

だが、ここで彼女達はミスに気付く。

深海如月は、如月をコピーした駆逐艦だ。

つまり、敵艦は砲撃と雷撃以外にもできる遠距離攻撃がある。

………駆逐艦十八番の、爆雷だ。

そして、深海如月はもはや見境が無くなっていた。

その為、敵艦は爆雷を数個掴むと、放り投げた。

長月達の方では無く、装甲空母姫と対峙していた左翼の磯風達の艦列に向けて。

 

「磯風さん達の方に爆雷です!伏せて!」

「何!?」

 

警告は、僅かに遅れた。

装甲空母姫に集中していた磯風達は、投げつけられた複数の爆雷の視認が遅れた。

そして、深海如月は、その投げ込まれた爆雷に向けて、両腕の連装砲を乱射して信管を作動させて起爆させる。

 

「う、うわー!?」

「時津風!?」

 

その爆発を背中からもろに受けてしまったのは、時津風。

無防備だった彼女は、爆発の勢いで前に吹き飛び、海面に倒れ込む。

 

「時津風、大丈夫!?」

「だ、大丈………アレ?」

 

幸い、魚雷発射管は無事だ。

だが………起き上がった時津風は、自身の動きが鈍い事に気付く。

 

「缶が………やられたー………。」

「捕まって!」

 

缶に傷がついたらしく、主機の出力が落ちた時津風を天津風が抱える。

だがそこに、睦月型全員の猛攻を振り切った深海如月が、突っ込んでくる。

 

「何!?睦月型に敵わないからって、あたし達を狙いに来たわけ!?」

 

慌てて新型缶をフル稼働させて、その突進を回避する天津風は思わず愚痴を言う。

そこに、長月達から通信が来る。

 

「すまない、時津風、天津風!今援護を………!」

「いや、長月達は今の内に、装甲空母姫を狙ってくれ!川内さん!」

「艦隊再編成!元に戻すよ!白露、時雨!付いて来て!卯月と如月は元に!」

「はい!」

「分かったよ!」

「了解ぴょん!」

「今、行きます!」

 

川内が号令を出し、水雷戦隊を再編成して装甲空母姫に挑む。

その中で深海如月は、鬼の爪を振りかざし、次に春風を狙ってくる。

 

「しつこい方は、嫌われますよ!」

 

春風はマウントしていた防弾性の傘を取り出すと、その爪を敢えて食い込ませる事で、動きを止める。

 

「残っている魚雷を当てて下さい!」

 

春風が作った隙を見逃さず、磯風と天津風と如月と卯月が、残っていた魚雷を、全て深海如月に四方八方から炸裂させていく。

 

「アアアアアアアアアアッ!?」

 

春風が手放した傘ごと業火に包まれた敵艦は、もだえ苦しむ。

しかし、まだ再生能力で傷を回復していく。

 

「本当にしつこい奴だ!いい加減に………!」

「ウァアアアアアアアアッ!!」

「!?」

 

磯風が思わず悪態をつくが、ここでまた深海如月が予想外の行動に出る。

敵艦はなりふり構わず、飛びかかったのだ。

同じ姿の如月に。

 

「如月!?」

 

巻波が、思わず連装砲と残っていた魚雷で狙おうとするが、動きが止まる。

もみくちゃになって乱闘を繰り広げる2人は密着しており、容姿も相まって区別が付かない。

幾ら、如月の美しさが消えているとはいえ、偽物の顔は如月そっくりである事に変わりはないのだ。

 

「ど、どうし………。」

「気にしないで、巻波ちゃん!!」

 

如月の叫びが聞こえる。

彼女は、覚悟を持って叫んだ。

 

「私ごと、撃って!!」

 

その言葉に、巻波達は戦慄した。




如月の姿を真似た深海棲艦………深海如月との第2ラウンド。
敢えて、総合性能の劣る睦月型を、前線部隊に組み入れた理由が判明する回です。
各艦の特技はアーケードのモーションや、季節台詞、更に装備特性から決めました。
尚、第1部のメインを張った望月は、世界一の「頭脳」を一応目指しています。
こうやって個性的な特技を付加できるのが、小説の楽しい所ですね。


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第75話 ~鏡だからこそ~

「纏めてやれって!?馬鹿言わないでって!」

 

自分ごと深海如月を撃てと言ってきた如月に対し、巻波は当然躊躇する。

深海如月には再生能力があるが、如月にはそんな物は備わっていない。

下手に誤射してしまった結果、巻波自身のように、腕が吹き飛んだら取返しが付かない。

だが、ここで更に面倒な事が起こる。

川内達の砲撃や雷撃を受けてもはや再生能力を失い始めていた装甲空母姫が、砲門を全て如月達に向けて来たのだ。

 

「アハハハハハ………!」

「不味い!?味方ごとやる気だ!?深海如月の方は、まだ自己修復できるから!?」

「磯風、どーするの!?これ!?」

「どきなさい!………如月、あなたの覚悟、本物ね!」

「天津風!?」

 

天津風が新型高温高圧缶をフル稼働させて、主機を加速させて突撃していくのを見て、巻波は驚く。

主砲の連装砲くんは、狙いを定めていた。

 

「ええ!私ごと………!」

「馬鹿ね!覚えてなさい!こういう時は、こうするの………よ!!」

「きゃあ!?」

 

天津風は限界まで加速すると、もみくちゃになっている2人の内の片割れに、強烈な飛び蹴りを喰らわせて、強引に引きはがす。

海面を転がっていったのは、本物の如月。

それを確認した天津風は、叫ぶ。

 

「時津風!」

「ぶっと………べーーー!!」

 

魚雷発射管から、残っていた魚雷を撃ち出し、その場に転がっていた偽物の深海如月に浴びせる。

強引に分断した事が吉と出て、敵艦はまともに炎に包まれて、海面を更に転がる。

だが、起き上がって咆哮を上げると、天津風と如月に向けて、魚雷を撃ち出す。

 

「くぅっ!?」

「天津風ちゃん!?」

 

咄嗟に天津風は、如月を庇う。

炎に包まれて背中の艤装が大破し、缶が壊れる嫌な音がした。

更に深海如月は、既に缶に傷が付いている時津風も連装砲で狙うが、こちらは春風が咄嗟に引っ張って行き、難を逃れる。

 

「な、何で私を庇って………!?」

「あなたの偽物でしょう………?決着はあなたが付けなければ意味が無いじゃない。」

 

大破して動けなくなった中でも、天津風は笑ってみせた。

如月を苦しめた張本人は、如月自身が決着を付けろと言いたいのだ。

その意味を理解した如月は、卯月に天津風を任せると、深海如月へと向かって行く。

その後ろから、磯風と巻波が続いた。

 

「魚雷は………残っているのは、巻波の1本だけか。」

「流石に夕雲型の魚雷を睦月型は撃てないよ?」

「じゃあ、先にぶっ放しましょう。………磯風ちゃん!」

「任せろ!タイミングを合わせるぞ、巻波!」

「了解!ぶちかますっ!!」

 

磯風が夾叉弾を放つと同時に、巻波がその間を縫うように最後の魚雷を放つ。

左右に巻かれた砲弾故に、回避しきれなかった深海如月は更に炎を上げる。

その焼け焦げた肌は、もう治らなかった。

 

「アアアッ!?ヨクモ!?ヨクモ!?コノ美シイ肌ヲ!?」

「私、そんなナルシストじゃないつもりだけれど………ね!」

 

苦しみながら涙を流す敵艦に、如月は容赦無く左右の単装砲と連装砲を放つ。

顔面を狙ったそれは、身をよじられる事で回避されてしまう。

 

「オマエモ、醜クシテヤル!!」

「お断り………よ!」

 

深海棲艦を模した連装砲から、反撃の砲撃を放ってきた深海如月の攻撃を、同じように躱した如月は、下がりながら磯風と巻波と位置を入れ替える。

 

「1つだけ言わせて。私とあなたは違う。………私にはね、頼りになる戦友がいるのよ!!」

 

磯風と巻波が、それぞれ連装砲を嵐のように放つ。

深海如月の様々な所から血が噴き出し、もう勝負はあったように思えた。

ふらふらと力なく海面に手を付く、深海如月。

それを見た如月は、ゆっくりと前に出て、トドメを刺す為に主砲を頭に向けるが………。

 

「オマエモ………道連レダァァァッ!!」

「!?」

 

何処にその力が残っていたのか、その身体が獣のような瞬発力を発して如月にもう1度飛びかかる。

その喉元に、鬼の左爪を突き付ける為に。

 

「させるかぁーーー!!」

 

だが、その進路上に巻波が立ちふさがる。

彼女は、自分の機械化された左腕を盾にしてその爪を防ぐ。

腕がバラバラに吹き飛んだ代わりに、深海如月の一撃は空振りに終わる。

 

「バケ………モノ………!?」

「この………!さっさと沈んでっ!!」

 

時津風、天津風、更に巻波と、大切な戦友達を傷つけられた如月は、遂に堪忍袋の緒が切れた。

彼女は、巻波と深海如月の間に割り込むと、その深海棲艦の顔面に、単装砲と連装砲を突き付け、容赦なく残りの全弾を叩き込む。

深海如月は、断末魔の咆哮を上げる間もなく、今度こそ撃沈してうつ伏せに倒れて沈んでいく。

如月は、慌てて巻波を振り返り、彼女の腕を見た。

 

「大丈夫!?ケガは!?あなた自身は………!?」

「もう………大げさだってば。それより、自分の変化に気付いてよ。」

「あ………。」

 

あくまで壊されたのは、機械化された部分だと示した巻波は、如月に笑いかける。

如月の身体は、金色の光に包まれていた。

その全身の肌や髪が、白から色が付いていく。

左目の色も赤から紫色に戻り、角もボロボロと崩れた。

そして、甲殻類のような左手にヒビが入ったかと思うと………パリンと割れて、元の綺麗な如月の手が現れた。

 

「呪いが………。」

「おめでとう!これで………睦月も目を覚ますね。」

「巻波ちゃん………。」

 

自分の事など気にせずに、ポンポンと右手で肩を叩く巻波を見て、如月は思わず彼女に抱き着く。

その直後、彼女達の向こう側で爆炎が上がった。

装甲空母姫が、川内達の手によって倒れたのだ。

 

「これで………如月の因縁が、全て終わったんだな。」

 

磯風は、如月の傍に行って笑顔を見せる。

他の仲間達も集まり、彼女の呪縛からの解放を称えた。

 

「ありがとう………みんな。」

 

如月は、皆を見渡して、涙を一粒流しながら笑顔を見せた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

佐世保に戻った艦娘達は、次の日、祝勝会を開く事になった。

青葉達からの通信だと、鹿屋基地から避難をしていた住民達も、家に帰れる事を喜んでいると言っていた。

交通の便も回復して、皆、元の生活に戻れるようになるだろう。

磯風達は、頼もしい戦友達と凱旋を果たした事で、一躍英雄の1人となっていた。

様々な艦娘達から活躍した時の話を求められる中、その合間に、ワインを片手に春風や初風達、それに如月達と会話をした。

 

「そうか………。初風達は、一度呉に戻らないとダメか。」

「また、横須賀の提督が泡を吹くわね。でもまあ、缶を修理するだけだから、明石さんがすぐ何とかしてくれるわよ。場合によっては岸波も手伝うんじゃない?」

 

深海如月との海戦で、艤装の缶を傷つけられた初風・天津風・時津風とは、一度別れる事になってしまった。

呉で修理をした後は、横須賀に戻る約束であったが、それでも一時的とはいえ、第二十五駆逐隊で共に戦ってくれた戦友だ。

名残惜しさはあった。

 

「ありがとう。あなた達がいなければ、私………自分を取り戻せなかった。」

「何を言っているのよ………。如月は如月だったから、自分を掴み取れたんでしょう?」

「そうよ。あたし達はほんのちょっと背中を押しただけだもの。………ね?」

「感謝してくれるなら、あたし達と一緒に付いて来て欲しいけれどねー。」

「あらら………本当、どうしようかしら?」

 

何処まで本気か分からない時津風の言葉に、如月は苦笑する。

そして、彼女は磯風達に聞いた。

 

「そういえば、巻波ちゃんの姿が見当たらないけれど………。」

「あ、夕張さんの所で腕を直して貰っているらしいですよ。海風さんが見てくれているはずです。」

 

答えたのは春風。

どうやら、彼女は事前に提督から情報を入手してくれていたらしい。

春風は、ワインの匂いを嗅いだだけで酔っ払っている卯月を支えながら、笑顔を見せる。

 

「修理が終わったら、いつも通りの笑顔を見せてくれますよ。」

「そうね………良かった。全てが丸く終わって………。」

「これで、あの地下室に籠る必要も無い。如月は佐世保で睦月や卯月達と一緒に、第三十駆逐隊で、共に戦える。」

「磯風ちゃん………。」

 

少しだけ目を伏せた如月は、何かを言おうとしたが………。

「た、大変だよーーー!?」

 

その祝勝会の会場に、艦娘が慌てた様子でやってくる。

確か、執務室で留守番を任せていた子日だ。

彼女は、提督に何かを伝えようとするが、上手く言葉に出せず、身振り手振りで表そうとして焦ってしまう。

 

「何じゃ、子日。折角の祝勝会を邪魔してはいかんぞ?」

「それどころじゃないんだよ!?佐伯湾(さいきわん)泊地から緊急の入電があって………!」

「………何があった?」

 

初春と子日の会話を聞いていた提督が異様な物を感じ、言葉を待つ。

そこに、子日と一緒に執務室で留守番をしていた若葉が遅れてやってくる。

 

「落ち着け、子日。緊急入電だ、提督!佐伯湾泊地南方の日向市で、深海棲艦の爆撃が行われた!」

『!?』

 

その言葉に提督だけでなく、艦娘全員が戦慄する。

更に若葉が続けて発した言葉に、衝撃が走った。

しかも、続いて工廠(こうしょう)にいたはずの海風が、祝勝会の会場へと入って来る。

 

「提督!大変です!」

「姉貴!テートク達には、今、若葉達から伝わったって!」

 

思わず江風が待ったをかけようとするが、海風は首を振ると伝える。

 

「そうじゃないのよ!………爆撃の情報は工廠(こうしょう)にもテレビのニュースで伝わったのですが、それを見た巻波が………いなくなっちゃったんです!」

「何だと!?」

 

巻波は左腕を動かすために、艤装の着用を特別に許可されている。

その彼女が勝手に鎮守府を脱走したとなれば、非常事態だ。

 

「司令官!?巻波ちゃんの行方は………!?」

「アイツ………勝手に抜錨して、日向市に向かったな!?」

「え?どうして分かるんですか!?」

「過去を聞いたお前なら分かるだろう!トラウマなんだ!アイツにとって、本土への爆撃は!」

 

如月は、改めて思い出す。

巻波は、過去に爆撃で片腕を失ったという事を。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

その数時間前………丁度、磯風達が祝勝会で祝っている最中、九州地方東部にある日向市の北を、門川町に向けて北上していっているトラックがあった。

鹿屋基地近くでの役目を終えて、呉へと帰投しようとしている青葉と第十九駆逐隊である。

彼女達は、故郷に戻れる人々の喜ぶ顔を見て、満足していた。

 

「何ていうかさ………人々の笑顔って力になるよね。」

「あれ~、敷波?あんなに愚痴を言っていたのに、この仕事、結構満足してません~?」

「い、いいじゃん!艦娘なんだから、普段はもっと、らしい事をしたいの!」

 

荷台の中で、何となく壁にもたれかかっていた敷波が、揺れるトラックの中であるにも関わらず、正座をして呑気にお茶を飲んでいた綾波に茶化される。

その様子を笑いながら、荷台の前の窓を開けて運転席を覗いた磯波が、ドライバーを担当している浦波に聞く。

 

「運転、そろそろ変わろうか?」

「いえ、まだ大丈夫ですよ。磯波姉さん達は休んでいて下さい。それとも何か興味でもあるんですか?」

「隣に線路があるから、電車が見えるかなって………。」

「運転が危ないので、浦波がずっと担当します!」

 

撮り鉄マニアである磯波は、興味深そうに左隣の鉄道を見る。

余所見運転をさせたら、何を起こすか分からないので、浦波は必死に制する。

 

「あはは………第十九駆逐隊といると飽きないなぁ。」

「それは良かったです~。」

「綾波………青葉さんの今の言葉は、真に受けたらいけないと思う。」

 

自分の艤装とカメラの手入れをする青葉を見て、敷波はやれやれと溜息を付く。

ここら辺、天然ではあるが、綾波は「ソロモンの鬼神」と呼ばれている程の武勲艦だ。

第十九駆逐隊の中では、こう見えて一番練度が高い。

まあ、青葉の方も「ソロモンの狼」と呼ばれているのだが………。

 

「ソロモンが泣くよ………。」

「まあまあ、とにかくお疲れ様。みんなのお陰で、今回は取り越し苦労で済んだんだしさ。」

「確かに、平和が一番ですね~。」

「はい。本土への爆撃も無くて………。」

 

何気なく、運転席に顔を覗かせていた磯波が、右方………海を見た瞬間だった。

 

「………え?」

「どしたの?」

 

敷波の疑問に答えず、磯波は急いで荷台の中の双眼望遠鏡(メガネ)を取ると、また運転席に顔を覗かせ、右方を見る。

そして………叫んだ。

 

「し、深海棲艦の攻撃機多数!!」

『!?』

 

その言葉に、浦波以外の全員が、双眼望遠鏡(メガネ)を持ち出し、運転席から顔を覗かせて海を見た。

彼女達は目撃する。

数多くの一つ目の鬼の深海棲艦が、低空飛行でこちらに迫ってきているのを。

 

「な、何で!?装甲空母姫は倒されたはずじゃ………!?」

「逆だ………!」

「え?」

 

浦波の疑問に、青葉が咄嗟に答える。

 

「装甲空母姫達が鹿屋基地近くにいて暴れていたから、他の場所での、別の姫クラスの深海棲艦の動きを把握しきれなかったんだ!」

「防衛網をすり抜けられて内陸に入ってしまったって事ですか!?」

「………そうとしか考えられないよ!浦波ちゃん以外は、全員艤装を装着して!対空戦闘用意!!」

 

青葉の指示で、第十九駆逐隊の動きが慌ただしくなる。

圧倒的な数の攻撃機を前にして、たった5人の艦娘達の戦いが始まる事になる。




如月の姿を真似た深海棲艦………深海如月との最終ラウンド。
………密かに時津風がベッドで如月に言っていた事を、有言実行した回でもあります。
沢山の戦友と共に、トラウマを克服して戦って来た如月。
姫に成り上がって、周りを見下す事しか出来なかった深海如月。
その差がある時点で、結末は決まっていたのかもしれませんね。
さて、喜びも束の間、とんでもない展開になりますが、次回はかなり力を入れました。
宜しければ、まだまだお楽しみください。


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第76話 ~青葉と十九駆決死の攻防~

「対空戦闘って………何処でやるんですか!?」

「浦波ちゃん、助手席側の扉開くよ!みんな、上に登って来て!」

「トラックの荷台の上で、やるつもりですか!?」

 

艤装を装着した青葉達は、引っ掛からないように荷台から運転席側へと、慎重に身を乗り出す。

そして、助手席の扉を開き、上へと伝って行く。

当然ながら、幾ら艤装で身体が頑丈になっているとはいえ、道路に落下したら危ういので、4人共、細心の注意を払う。

そして、風圧で身体が飛んでいかないように、重心を低くし、トラックの荷台に片手の指を食い込ませる。

何とかトラックの凸凹に指を引っかけながら、磯波が青葉に聞いた。

 

「青葉さん、敵攻撃機は何処を爆撃するつもりなのでしょうか!?」

「分からない。無差別だったら危ないからね。綾波ちゃん、照明弾!こっちに挑発して!」

「はい!」

 

綾波が、荷台の中から持ってきた照明弾を、低空飛行で迫る一つ目の鬼火の攻撃機の群れの中心へと投げつける。

昼故に、そこまでの効果は無かったが、派手な花火は敵機の注意を引き付けるには十分だった。

鬼火の攻撃機が、トラックを狙おうと集中していく。

 

「浦波ちゃん、加速!」

「分かりました!振り落とされないでください!」

 

運転手である浦波がアクセルを踏み、スピードを上げていく。

これにより、鬼火の攻撃機が斜め後ろから追いかける形になる。

 

「三式弾を使うよ!………取りこぼしお願い!」

 

青葉の艤装は、右肩に背負って構えて、4門の主砲をロケットランチャーのように放つタイプだ。

彼女は、三式弾を装填すると角度を調整して撃ち出す。

放たれた拡散弾は、複数の鬼火を一気に爆破していく。

しかし、走る車の後ろから斜め後ろに撃つと、どうしても砲弾の軌道が変に曲がり、初弾では当たらない場所が出来てしまう。

ここは、何度も調整しながら撃っていくしかないのだが、重巡の砲撃は連射出来ない。

 

「十九駆!砲撃開始!」

 

そこに敷波の指示で、駆逐艦3人の連装砲等が放たれる。

只、綾波と敷波はあまり対空迎撃が得意でない上に、片手で身体を固定しているので、片方の連装砲しか使えない。

その為、頼りになるのは磯波だ。

彼女は左腕に固定されている高射装置を使い、取りこぼしを丁寧に迎撃していく。

その間に青葉が三式弾を再装填して、再び放つ。

 

「何とかこの繰り返しで、数は減らせそうだけど………。」

「待って、青葉さん!敵攻撃機の一部の動きがおかしい!?」

 

敷波の言う通り、攻撃機の一部が青葉達を無視して別の方へと向かっている。

深海棲艦が本土を爆撃する時は、民衆の恐怖心を煽る為、一番効果的な「的」を選ぶ傾向がある。

この場合、最も被害が甚大になりそうな物を狙っていると思えた。

 

「一体何を………?」

「青葉さん、後方から電車が来ます!」

「ええ!?」

 

運転席からバックミラーで確認をした浦波の言葉に、磯波が思わず驚く。

見れば、確かに背後から電車が来ていた。

スピードはかなり上がっており、敵攻撃機を振り切ろうとしているのが分かった。

 

「不味い………!電車を爆破して、人的に甚大な被害をもたらす気だ!」

 

当然、電車の中には乗客が沢山いるだろう。

その客を纏めて爆撃に巻き込み、電車を破壊する事で、深海棲艦側の恐怖を植え付ける気なのだ。

 

「よりにもよって電車を爆破しようとするなんて………!許せない!!」

「磯波姉さん、変な私情が出てますよ!?………でも、放っておいたら!」

「浦波ちゃん!トラックを電車の先頭部分に近づけられる!?」

「やってみます!」

 

浦波は少しだけブレーキをかけると、電車の左隣に付けようとする。

電車は何度も加速しようとしている為、トラックの速度を合わせるのは難しい。

 

「もうちょっとだけ寄れる!?」

「これが限界ですよ!?………って、まさか飛び移る気ですか!?」

「そのまさか!」

 

青葉はトラックの上でクラウチングスタートを切るような体勢になり、身体を固定する。

見た所、電車は4両編成であった。

中の乗客はそれなりに多く、やはりパニックになっているようであった。

 

「浦波ちゃん………何人残った方がいい?」

「………1人で大丈夫ですよ。最悪、艤装を付けて、トラックを捨てて逃げます。」

「じゃあ、青葉達全員が飛び移ったら、スピードを思いっきり上げて振り切って!健闘を祈るよ!」

「それはこちらの台詞です!」

「じゃ………行きますか!」

 

覚悟を決めた青葉は、艤装で強化された脚力を活かし、思い切って、電車の屋根へと飛ぶ。

慣性が働き、左に流れた彼女は、先頭車両に何とかしがみつこうとするが失敗。

 

「うわわ!?」

 

そのまま転がっていくが、1両目と2両目の連結部の窪みに何とか身体が収まり、固定される。

 

「痛たた………。時間がない!ここで受け止めるから、順番に飛んできて!」

 

電探で指示した事で、まず磯波が飛んだ。

青葉と同じように先頭車両の屋根を後方に転がるが、連結部に身体を固定した彼女に受け止められる。

続いて綾波………最後に敷波が同じように飛んできた。

 

「浦波ちゃん、無事でいてね………!」

 

全員が飛び移った事で、浦波がトラックのスピードを上げて逃げていく。

3機程、鬼火の攻撃機が追って行ったのが気がかりだが、こればかりは無事を願うしかない。

 

「さてと、迎撃!………の前に、磯波ちゃん。この電車の乗客を満タンに詰め込んだら、何両位に収まりそう?」

「そうですね………。荷物を捨てれば2両位………って、青葉さん!?」

「背に腹は代えられないって事!敷波ちゃん!」

「了解です!後ろでしばらく迎撃、宜しく!」

 

後方へと這いながら移動する3人と別れ、敷波は1人、先頭車両の屋根を前方へと向かっていく。

そして、運転席を右から逆さまに覗き込むと、軽く挨拶。

 

「どーも。」

『うわあ!?深海棲艦!?』

 

運転席では、右側に車掌が、左側に運転手が並んでいて、両者がシンクロして驚きのポーズを見せる。

深海棲艦に間違われたのは、正直ムッと来たが………状況を考えれば仕方ないと思ったので、敷波は右手の連装砲を見せながら、改めて言う。

 

「文字通り、空から降って来た系の艦娘だよ。死にたくなかったら、今から言う事を聞いて。」

「は、はい!?」

 

敷波の指示を聞いた車掌が、電車内にアナウンスを送る。

 

「じょ、乗客の皆さま!艦娘が助けに来てくれました!ですので、今から言う事をよく聞いてください!」

 

突然の出来事に、混乱していた車内全体が更にざわつくが、次の言葉に皆が驚かされる。

 

「荷物を捨てて、すぐに2両目より前に詰めて来て下さい!後方より車両を順次切り離します!!」

『!?』

 

別の意味で、車内が慌ただしくなった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「は~い、慌てないで下さいね~。あ、荷物は置いていって下さい~、下手したらみんな死にますよ~?」

 

3両目から4両目の連結部付近では、綾波が敷波と同じように顔を覗かせながら、我先にと前に移動する乗客に、指示を送っていた。

のんびりと安心させるようで、殺伐とした言葉を投げかけるのは、流石ソロモンの鬼神と言ったところか。

その後ろでは、青葉と磯波が屋根に這いつくばりながら、三式弾と高射装置で迫り来る鬼火の攻撃機を次々と撃ち落としていた。

やがて、車掌が綾波に、敬礼をしながら言う。

 

「4両目、避難完了しました!」

「青葉さん!磯波!」

 

青葉が三式弾を放って牽制した瞬間に、身を低くしながら2人は、3両目へと渡る。

それを確認した綾波は、ちょっとはしたないけど………と言いながら、足を広げる。

そして、3両目と4両目に片足をそれぞれ付けると、連装砲を両手で構えて下の連結部に何度も砲撃をした。

砲撃は連結部とその下の連結器を破壊して、車両を切り離す。

 

「そ~れ!」

 

綾波は3両目の青葉の手に捕まりながら、切り離した4両目を思いっきり両脚で押した。

車両はみるみる内に遠くなり………そこに敵攻撃機が群がり、次々と爆撃をしていく。

 

「あー………貴重な電車が………。」

「それは言わない約束!これで少しは爆撃機も収まって………くれないか。」

 

基本、爆弾を落とした攻撃機は攻撃手段が無くなる為、母艦へと帰投する。

その性質を利用して、磯波には悪いが、切り離した電車をデコイとして使わせて貰ったのだ。

だが、鬼火の攻撃機はまだまだこちらに向かってくる。

 

「綾波ちゃん、3両目からの移動を急がせて!磯波ちゃん!」

「分かりました!徹底的にやってやります!!」

 

撮り鉄故の性か、珍しく闘争心を露わにした磯波と共に、青葉は再び、追って来る攻撃機を撃ち落とす作業に入る。

だが、そこで急にブレーキが掛かり、バランスを崩しそうになる。

電探で、先頭で運転手とやり取りをする敷波の声が、聞こえて来た。

 

「青葉さん、この先カーブが多いです!難易度上がるけど、何とかして!」

「無茶言うなぁ………!」

 

速度が落ちる上に左右に振られては、砲撃の正確性は段違いに下がる。

危険だが、出来るだけ引き付けてから青葉は三式弾を放ち、磯波は高射装置を撃ちまくる。

ギリギリの所で撃ち落とすが、いつ3両目も爆撃に巻き込まれるか分からない。

思わず青葉は叫んだ。

 

「綾波ちゃん、早くして!」

「乗客が多い分詰めるのが………あ、完了しました!」

「行くよ、磯波ちゃ………!」

「この先、トンネルっ!」

『!?』

 

敷波の叫ぶような指示で、3人は慌てて屋根に伏せる。

トンネルが迫って来て、そのまま電車は侵入し、暗い穴を潜り抜けていく。

入口では幾つかの攻撃機がぶつかり、爆発を起こすのが見えた。

青葉達はというと、艤装もあって、狭い中を動けず、移動を封じられてしまう。

特に、磯波は3両目から2両目にまだ飛び移れていなかった。

 

「とりあえず、出口まではこのまま我慢で………!」

「………3両目、切り離して下さい!」

「え!?」

 

驚いた青葉は振り向き、事態を悟る。

トンネルに上手く入り込めた攻撃機が、赤黒く輝いていた。

爆弾をその身に仕舞い、突貫覚悟で突っ込んで来ているのだ。

 

「そんな事をしたら、磯波まで!?」

「追突されたら、爆発の勢いで脱線して、全員命を落とします!………大丈夫、私は艤装を背負っているから死にません!綾波ちゃん、早く!」

「………っ!」

 

屋根に這いつくばりながらも、敢えて笑みを見せる磯波を視界に入れた綾波は、歯ぎしりをする。

そして、覚悟を決めて2両目から身を乗り出し、連装砲を連射した。

連結部と連結器が破壊された車両を、身体を反転させて蹴り飛ばす。

 

「後は………任せます!」

 

珍しく強気の笑顔を見せた磯波を乗せた車両は、そのまま暗闇の中に消えていき………次の瞬間、大爆発を起こして紅蓮の炎に包まれた。

その黒煙を浴びながら、電車はトンネルを抜ける。

 

「磯波………っ!」

「………まずは目の前の事を片付けて………って、まだ!?」

 

悔やむ綾波と慰めようとした青葉は、驚愕する。

トンネルの中から、攻撃機がまだ出て来たのだ。

その数、残り7機。

全機、赤黒く輝いており、真後ろから突貫する気だ。

 

「だから、多いんだってば!!」

 

そろそろ本気で苛立って来た青葉は、三式弾を撃ち込もうとするが、撃ち出されない。

 

「弾切れ!?」

 

ずっと撃ちまくっていた影響が、ここに来て出てしまった事に、思わず舌打ちをした彼女は弾丸を切り替え、慌てて右肩の4門の主砲から砲弾を撃ち出す。

しかし、撃ち落とせたのは2機。

綾波も狙うが、高射装置を持つ磯波のようにはいかず、1機だけ。

状況を悟り、運転席側から慌てて駆け込んできた敷波も砲撃するが、落とせたのは1機。

残り3機の攻撃機は、こちらに突貫してくる。

 

「敷波ちゃん、連装砲借りる!」

『青葉さん!?』

 

ここで電車を爆破されたら、浦波や磯波に顔向けできない。

そう思った青葉は、敷波がベルトに掛けていた連装砲を力ずくでぶんどると、何と………電車から後ろに飛んだ。

 

「1機目………!」

 

先頭の1機は主機を付けた足で思いっきり線路に蹴り落とし、そのまま足場にしてさらに宙に飛び上がる。

 

「2機………目!!」

 

続いて迫って来た1機は、敷波から拝借した左手の連装砲を撃ち込み爆破。

 

「3機目は………!!」

 

使い慣れてない連装砲は、砲身を向ける余裕が無い。

自身の主砲は、装填が間に合わない。

だから、青葉は最後に「自分自身」を使った。

咄嗟に右肩の艤装を向けて盾代わりにするが、爆発に巻き込まれたら、ほとんど意味が無いだろう。

それでも迷わず、青葉は体当たりするという道を選んだ。

 

(海じゃなくて陸地で爆沈する艦娘………笑い話にもならないなぁ………。)

 

呑気にそんな事を考えながら、青葉の艤装と特攻する最後の敵攻撃機がぶつかる。

その瞬間、派手な爆発が巻き起こった。

 

『青葉さーーーんっ!?』

 

綾波と敷波の叫びが空しく聞こえる中、電車は空爆範囲から、ようやく逃れる事が出来た。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「何だ………これは?」

 

佐世保にて、テレビの臨時ニュースを見ていた磯風は、思わず呟く。

映っているのは、破壊されたトラック、燃え広がる電車の車両の一部、崩れたトンネルの入り口。

テレビ内では、鎮守府や泊地の警備の怠慢………等と専門家達が話し合っているが、そんなのはもう、耳に入ってこなかった。

彼女達は、見てしまったのだ。

救急隊員に運ばれて行く、艦娘達の姿を。

浦波、磯波、そして青葉………。

いずれも意識が無く、大怪我をして担架で運ばれていく様子が分かった。

そう、鹿屋泊地近海での攻防戦で、避難所を守ってくれていた大事な呉の仲間達が………。

 

「何なんだ!?これはーーーっ!?」

 

磯風は、床に拳を叩きつけて絶叫した。

それは、この場にいた全ての艦娘達の代弁でもあった。




サブタイトル通りの、青葉と第十九駆逐隊による決死の攻防戦。
艦娘が陸上戦闘どころか、ハリウッド顔負けのアクロバティックな戦闘を繰り広げます。
こういう奇想天外な戦闘シーンも、1回描いてみたかったので筆が動きました。
ちなみに気付いた方もいるかもしれませんが、青葉の艤装は劇場版仕様。
つまり、設定画でしか公開されていない、改二仕様になっています。
こういう細かい設定も、活かしていきたいですね。


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第77話 ~感情の渦~

テレビで流れて来た青葉達の凄惨な様子に、愕然と床に膝を付いていた磯風。

しかし、しばらくして春風が立て膝を付いて、彼女の肩を抱きながら言う。

 

「磯風さん………嘆いている場合では無いです。まずは、彼女達の安否を確かめに行かなければ。」

「そう………だな。私達も、至急呉に!」

「焦るな。………日向市からならば、恐らく呉鎮守府でなく、近くの佐伯湾泊地の船渠(ドック)に運ばれているだろう。」

 

佐世保の提督が、説明する。

佐伯湾泊地は、近年出来たばかりの泊地である故に設備が整っているらしく、船渠(ドック)は4つ解放されているとの事だ。

深海棲艦の攻撃で倒れた3人は、そこに収納されただろうと。

 

「では………わたくし達は最初に、日向市に向かったであろう、巻波さんを追った方が宜しいですね。そこから佐伯湾泊地に向かえばいいはずです。」

「司令、第二十五駆逐隊に、抜錨の許可をくれませんか!?」

「だから、落ち着け。今から海路を頼っていては、夕雲型のアイツには追い付けないだろう。それよりは、陸路で九州半島を横断して、近道をした方が速い。」

「陸路って………。」

「トラックを手配する。これでも、駆逐艦娘では、海風や江風が運転を出来るんだ。佐伯湾の提督には、こちらから話を付けておこう。では………。」

「待て。如月が、磯風達に話があるみたいじゃぞ?」

 

佐世保の提督が、動こうとした時であった。

初春が、古風な喋りで彼らを制する。

愛用の扇子で指す先を見れば、時雨や文月、三日月や卯月等の前で、如月が磯風達を見ていた。

 

「如月………?」

「磯風ちゃん、春風ちゃん。………私も行くわ。」

「行くって………?」

「私も………第二十五駆逐隊に入る!」

「何!?」

 

覚悟を決めたような如月の発言に、磯風は驚く。

そして、慌てたような顔で聞いてきた。

 

「どうしてだ!?深海如月を倒した事で、単冠湾泊地で眠っている睦月が、目を覚ますだろう?共に第三十駆逐隊で………。」

「睦月ちゃん達とは、佐世保に帰郷すればたっぷりと話せるわ!でも………約束したの!どんな時でも巻波ちゃんの味方でいるって!逃げたら追いかけるって!」

 

如月は、深海如月との決着を付ける最後の出撃前に、巻波と話をした。

機械の腕を持つ彼女を、絶対に化け物を見る事は無いと。

深海棲艦に片足を突っ込んでしまった如月を………皆に呪いを撒き散らす存在だと自暴自棄になってしまった如月を、優しく導いてくれた巻波の味方で居続けると。

 

「それに、磯風ちゃんや春風ちゃんにも、恩をたっぷり作っちゃったもの。返す機会を頂戴!」

「そ、そう言って貰えるのは有り難いが………司令、宜しいのでしょうか?」

「その様子だと、卯月達も納得しているとは思うが………。」

「司令官、お願いします!転属の許可を!」

 

頭を下げる如月を見て、佐世保の提督は軽く肩を竦めると、秘書艦の菊月に命じる。

 

「菊月、転籍用の書類を至急作ってくれ。如月と巻波の分だ。2人を第二十五駆逐隊へ正式に転属させる。」

「分かりました。」

「待って下さい!?巻波も、転属させていいんですか!?」

 

更に驚く磯風に対し、今度は提督の方が頭を下げて来た。

 

「巻波は強がっているが、やはり定住する場所を探して苦労している。………私は、第二十五駆逐隊でならば、彼女の居所が見つかるのではないか?………と思うんだ。」

「それは、買いかぶり過ぎですよ。」

「切っ掛けは、何処から始まるか分からない。これも何かの運命であるのならば、私は賭けてみたい。………お願いできないか?」

 

磯風は、提督と如月の両方を見る。

両者とも、強がりや嘘を言っているようでは無かった。

だからこそ、彼女は目を伏せ考える。

こんな立て続けに、戦友が加入してくれるとは思っていなかった。

本当に、これは何かの運命によって、導かれているのかもしれない………と。

 

「第二十六駆逐隊を結成した岸波に言ったら、笑われそうだな………。」

「でも、わたくしの事も含め、ここまでの道のりを作ったのは、磯風さん自身ですよ?………乗ってみたらどうですか?」

「春風………。そうだな………如月、こちらこそ宜しく頼む。」

「ありがとう!世界一の戦友として………宜しくね!」

 

磯風と如月が固く握手を交わした事で、会場内では、様々な艦娘から拍手が沸き起こった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

日向市に向かうトラックの前では、初風・天津風・時津風を始めとした数々の艦娘達が、見送りに来てくれた。

佐伯湾泊地に向かうのは、磯風・春風・如月の第二十五駆逐隊。

運転役も担ってくれる海風・江風。

そして青葉達の艤装の修理役が欲しいと佐伯湾の提督に言われた為、軽巡の夕張が乗り込んだ。

佐世保の提督は言う。

 

「呉からも佐伯湾泊地に、艦隊が向かっているらしい。協力して乗り切ってくれ。」

「ありがとうございます。初風達も………元気な顔で横須賀に戻って来てくれ。」

「まあ………こうなった以上は、本当に呉の提督次第ね。正直、悔しいんだけれど。」

「本当は、あたし達も加勢をしたかったものね………ごめんなさい。」

「あーあ、本当に悔しいなー。巻波は………あたし達にとっても、戦友なんだからさ。」

 

三者三様の言葉で悔しがる初風達を見て、トラックの後部から如月が顔を覗かせる。

彼女は、感謝の気持ちを込めて頭を下げた。

 

「その気持ちだけで十分よ。………じゃ、後はお願いね。」

「気を付けてね、如月。折角元の姿に戻れたんだから、親友の睦月と再会する前に、沈むんじゃないわよ!」

「勿論!」

 

最後に如月が笑顔を見せて手を振った事で、トラックの扉が閉まり、海風の運転で発進していく。

その様子を、提督や初風達は、見えなくなるまで見送った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「何なの………これ………。」

 

一方、佐世保を抜錨してひたすら南下し、鹿屋基地近くをぐるりと迂回して、九州半島東部を北上した巻波は、日向市へと何とか辿り着いていた。

電探をラジオのチャンネルに合わせていた事で、色々な情報を仕入れていた彼女は、電車が爆撃された地点へと辿り着き、海岸から上陸して呆然としていた。

日が沈みそうになる時間ではあったが、車両に付いた火は、まだ完全に消し止められていなかった。

周りでは、マスコミが集まっており、その姿を必死に取材している。

ほとんど原形を留めていないその姿は、どれだけの惨状であったのか、理解するのに十分であった。

 

「これ………全部、爆撃で………。」

「艦娘ですか!?一言インタビューをお願いします!」

「え!?」

 

巻波は驚く。

彼女を視認したテレビ局や新聞記者が集まって来て、マイクを向けて来たのだ。

 

「爆撃は、回避できなかったのでしょうか!?」

「御覧の通り、甚大な被害を被ってしまいましたが、何故守れなかったのでしょうか!?」

「艦娘は、人類の守護者では無かったのですか!?」

「……………。」

 

容赦なく、テレビの画面やシャッターのフラッシュを向けられるが、巻波は何も答えられない。

確かに、この被害は鎮守府や泊地の失態だ。

だからといって、巻波1人にその責任を追及するのは、問題外であった。

それでも遠慮なくマイクを向けて来るのは、艦娘という異質の存在を前に、興奮状態の記者達の心理が、悪い方向に働いているからである。

 

「答えて下さい!」

「この惨状を見て、何も思わないのですか!?」

「わ、私は………。」

 

エスカレートする言葉に、巻波は俯く事しか出来ない。

そして、その顔に突如石が投げつけられた。

 

「え………?」

 

周りを見ると、近隣の住民達であろうか。

目を吊り上げた人々が、集まっていた。

 

「何で、守ってくれなかったんだ!?」

「艦娘は、私達を皆殺しにする気なの!?」

「爆撃で恐怖に陥れるのが、お前らのやり方かよ!?」

「……………。」

 

深海棲艦に対する恐怖に支配された市民達は、その反動によって、艦娘への怒りが集団心理で膨張していた。

そして、何も言わないのをいいことに、巻波に対し、一斉に石を投げつけてくる。

 

「……………。」

 

痛くは無かった。

艤装を付けているから。

でも………心は痛かった。

爆撃を止められなかったのは、本当だから。

そして………、艦娘側が市民に手を振り上げてはいけないという、暗黙の了解があるから。

 

「人でなし!」

「薄情者!」

「化け物の仲間め!」

 

言葉の暴力が、心に突き刺さる。

暗い感情の渦の中に呑み込まれているような気がした巻波は、泣く事も出来ずに只々、俯く。

マスコミはその様子を、カメラやテレビにひたすら収めている有様だ。

誰も、巻波に味方をしてくれる存在はいない。

 

(私は………このまま押しつぶされるのかな?)

 

悲しさを自覚した巻波は、棒立ちになっているしかなかった。

だが………そこに激しいクラクションと共に、トラックが突っ込んできた。

 

『!?』

 

そのトラックは、巻波と、市民やマスコミの間に割り込む。

そして、彼女を荷台の影に隠すと、助手席から銀髪の娘………海風が降りて来る。

同時に、荷台が開き、磯風と夕張が降りて来た。

………重武装の艤装を付けた状態で、目で市民達をけん制しながら。

 

「な、何だ!?貴様等!?」

「佐世保から、応援に駆け付けた艦娘です。提督からの指示により、今から情報統制が掛けられる事になりました。同時に自宅待機命令も。」

「何だと!?」

 

冷静な海風の言葉に、マスコミ達は驚愕する。

市民は、海風にも石を投げつけるが、艤装を付けた磯風が射線上に割り込んで防ぎ、睨みつける。

 

「誠に申し訳ありませんが、マスコミの方々は引いてください。一般市民の方々も、自宅に帰宅願います。」

「ふざけるな!化け物の同胞め!」

「我々を、どうする気だ!?」

「見捨てる気か!?」

 

様々なライトやシャッター等も浴びせ掛かるが、海風は怯む様子も無く、淡々と告げていく。

そして、その一方的な発言に対し、市民達が暴動を起こしそうになった所で、海風は無表情で告げた。

 

「では………皆様の信頼を勝ち取る為に、「今この場で」艦娘の能力の高さを披露します。特とその目でご覧下さい。」

『っ!?』

 

海風が横眼で磯風を見る。

彼女は手持ちの左手の機銃を連射し、軽く足元の海岸の砂を巻き起こす。

………散々、巻波にシャッター等を向けてくれたマスコミ達に降りかかるように。

 

「ぶわ!?」

「な、何をする!?」

「失礼しました。ですが、皆様を納得させるには、艦娘の武装の力を見せるのが一番だと思いまして。他にも、より強力な主砲を披露する事も出来ますが………。」

「ひ、ひぃ!?」

 

敢えて感情を出さない海風の言葉に、ヒートアップしていたマスコミ達の頭が冷え、後ずさりを始める。

海風は次に、横で固まっていた、暴動を起こしかけた市民達を見た。

 

「市民の皆様も、間近で体感してみますか?」

『う、うわーーー!?』

 

敢えてここで笑顔を向ける事で、恐怖を煽った海風の策は絶大だった。

正気に戻った市民は我先にと逃げ帰り、マスコミ達も車へと引いていく。

その様子を、海風・磯風・夕張の3人は、最後まで眺めていた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「よ、良かったの!?下手したら、問題になるんじゃない!?」

「いいンだよ!こーいうのは、テートクに後処理任しとけば。それに、少し頭冷やさねぇと、巻波、どーなってたか分からねぇぜ?」

 

トラックの反対側で、海風達のやった行為を問題視していた巻波は、運転席から降りて来た江風に思わず問う。

だが、彼女は、きひひっと笑いながら、痛快そうに歩いてくる。

 

「それよりも………お前が佐世保から脱走したから、ちゃんとアイツ………「約束を守っちまった」ぞ?」

「え?」

 

江風が顎で指した方向を見て、巻波は目を見開く。

トラックの荷台から、春風と共に如月が降りて来たのだ。

 

「何で………。佐世保で睦月を待っているんじゃ………?」

「言ったでしょ?私は、あなたとも世界一の戦友でありたいって。それに、絶対に追いかけるって。」

 

信じられない光景を見ているような巻波に対し、如月はそっと彼女の身体を抱きしめる。

そして、静かに言った。

 

「提督は言っていたわ。巻波ちゃんにとって、本土への爆撃はトラウマだって。だから………辛い時は、如月達に甘えていいのよ?」

「で、でも巻波は………勝手に脱走した身だし………。」

「あ、ゴメンなさい。その罰じゃないけれど、私達2人共、第二十五駆逐隊に転属になったから。」

「無茶苦茶だよ………。」

「いいの、無茶苦茶で。今度は如月達に………戦友達に、あなたを助けさせて。」

 

如月はそう言うと、巻波の顔を自分の肩に付ける。

 

「………っ!」

 

巻波は肩を震わせると、如月の肩で静かに涙を流す。

1人で感情の渦に呑まれ、怖い経験をした艦娘を癒しながら………如月は、優しくその身体を抱いていた。




かなり長かったですが、如月と巻波、正式に第二十五駆逐隊に加入です。
人々の負の感情を描く回になりましたが、強ち空想で無いのが厄介な所。
集団心理に呑まれた人々は、何をやるか分からないのだから、恐ろしい物です。
今回の海風達の対応は、かなり過激でしたが、提督への信頼の裏返しでしょうね。
尚、巻波は、前々からメイン艦娘にしたかった想いがありました。
ハーメルンで検索したら、ヒットする件数が当時0件だったので………。
だったら、私が最初にタグを入れてやる!って気持ちでしたね。


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第78話 ~面倒な秘書艦~

巻波を加えた第二十五駆逐隊を始めとした一行は、その日の夜、佐伯湾基地へと到着した。

単冠湾泊地と同じく、比較的最近、新設されたばかりの基地というだけあって、施設は綺麗な建物ばかりであった。

その入り口のゲートを、江風が運転しているトラックが入っていく。

施設内の駐車場に止めた所で、3人の艦娘が迎えにやって来た。

先頭でやって来たのは、赤みがかった茶髪で、太い三つ編みを左右に作っているおさげが特徴の、真面目そうな艦娘。

2人目は、長い茶髪をポニーテールに纏め、前髪左を赤い髪飾りで耳後に留めた、タレ目気味の瞳を持つ大人しそうな艦娘。

そして、3人目は、前髪はぱっつんと言える形に切りそろえている一方、後ろ髪を肩あたりから膝くらいまで長い三つ編みにしてまとめている、若干気弱そうな艦娘であった。

 

「君………いえ、貴女方は?」

「横須賀出身の軽巡能代よ。改阿賀野型2番艦。宜しくね、第二十五駆逐隊嚮導艦磯風。」

「雲龍型正規空母2番艦、天城です。どうぞよろしくお願いします。」

「本船は、給油艦山汐丸です………。宜しく………であります!」

「失礼しました!」

 

軽巡が含まれていた事で、磯風達は慌てて敬礼をする。

周りを見れば、他の駆逐艦娘達も、緊張した面持ちでこめかみに手を当てている。

軽い調子でいるのは、同じ軽巡の夕張くらいだ。

その様子を見て、能代は少しだけ笑いかける。

 

「そんな畏まる必要は無いわ。………でも、この状況下だと、緊張感は持った方がいいわね。」

「能代さんが、秘書艦なのですか?」

「違うわ。」

「え?違うンですか?」

 

海風と江風が驚きを見せる中、矢矧達は少し困った表情をする。

秘書艦が出迎えに来ないのは、何か問題があるのだろうか?

そんな彼女達に向けて、山汐丸が前に出て来る。

 

「能代殿と天城殿は、警戒任務があります。本船が執務室まで案内するので、付いて来て下さい。」

「分かりました。」

 

磯風達は、2人と別れ、山汐丸に連れられ庁舎の中に入り、執務室へと案内されていく。

そして、ノックをして入ってみると………。

 

「不幸だわ………。」

 

30代位であろうか?

女性の提督が、まるで横須賀の扶桑姉妹のように薄幸ぶりを嘆きながら、書類の山に埋もれていた。

その両隣では、2人の艦娘が必死に手伝っていた。

片方は、銀色の髪のショートボブの髪を持ち、大人っぽい雰囲気を持った駆逐艦娘。

もう片方は、緑青色の髪を持ち、横髪の一部と、後ろに回した前髪を後頭部でまとめた駆逐艦娘。

両者とも、制服は夕雲型であった。

 

「玉波!涼波!」

「巻波さん、お久しぶりです!手紙を読みましたが、お元気そうで安心しました。」

「よっ!巻波!スズ達は見ての通り、爆撃の後処理で大変さ。………提督、磯風達が来ましたよ?」

「あら………ごめんなさい。よく、来てくれたわね。」

「はい、磯風以下7名着任しました。………司令、状況はどうなっていますか?」

 

早速状況を確認しようと、磯風が問う。

提督は溜息を付くと、彼女達に呟くように言う。

 

「呉から………衣笠・古鷹・加古の艦隊がやって来たわ。後、無事だった第十九駆逐隊の綾波と敷波が合流したの。」

「そう………ですか。」

 

爆撃から人々を守って昏倒しているのは、青葉・磯波・浦波。

故に、青葉型2番艦の衣笠や、綾波と敷波にとっては、かなり長時間の間、辛い時間を過ごしている事だろう。

 

「………敵の正体は分かりましたか?」

「生憎、まだ不明よ。何か確認できる物があればいいんだけれど………。」

「分かってはいましたが………中々、進展が無いですね………。」

 

磯風は思わずため息を付いてしまう。

その空気を取り除こうとしたのか、巻波が別の質問をする。

 

「秘書艦は、玉波と巻波のどっちなの?」

「私でも涼でも無いわ。秘書艦はもっとベテランの艦娘よ。」

「え?能代さんよりも?」

「そうだねぇ………。経歴だけならば、トップクラスじゃないかな?只………。」

 

涼波が腕を組んで、何かを言おうとした時であった。

 

「ふっざけんなよっ!!」

「敷波!お願い、落ち着いて!!」

『!?』

 

隣の部屋であろうか?

秘書艦室と思われる場所から、凄まじい怒号が響き渡って来たのだ。

 

「こ、この声は敷波か!?………って、あんなに大声出すヤツだったか!?」

 

どちらかといえば、ぶっきらぼうな性格である敷波の物とは思えないような声に、磯風達は、提督を見る。

彼女は、頭に手を抱えながら呻くように呟いた。

 

「やっぱりこうなるわよね………アレ見たら………。」

 

玉波と涼波も同じように深く溜息を付いている所を見て、何事かと思った磯風達は、隣の部屋………秘書艦室へと向かう。

そして、部屋の中に入って………絶句した。

 

「何だ………これは?」

 

最初に目に入ったのは、顔を真っ赤にして、今にも部屋の住人に殴り掛かろうとしていた敷波と、それを背後から必死に押さえ込んでいた綾波である。

普段の両者の性格を考えると、立場が完全に逆転してしまっている。

そして、何より驚かされたのは、その部屋の住人の様子だ。

まず、部屋の真ん中に置かれていたのは、時期尚早のコタツ。

次に、娯楽番組が流れているテレビ。

最後に、横に肘を付いてコタツの中に寝っ転がりながら、テレビを見てせんべいをポリポリと食べている艦娘………だ。

前髪がぱっつんであるロングヘアと、眠たげな表情が特徴的で、服装は吹雪型。

彼女は………吹雪型3番艦の初雪は、敷波の方を見ずに面倒そうに呟いた。

 

「さっきから言ってるじゃん………。不相応の事するから、面倒な事になるって………。」

「初雪!その言葉!青葉さん達の前でも言えるのかっ!?」

「言わなくても………不相応な事した結果、眠ってるんでしょ………?自業自得………。」

「何だと!?もう一度言ってみろぉっ!!」

「落ち着け、敷波!」

 

もはや完全に堪忍袋の緒がぶち切れている敷波の前に立って、手で制した磯風は、初雪に声を掛ける。

 

「初雪………だったか?君が、秘書艦か?端的に言葉を聞く限りだと、人々を救う為に身を犠牲にした艦娘達に対して、あまりにも無礼では無いか?」

「じゃあ、聞くけど………。その守った人々っていうのは、艦娘に感謝したの………?」

「何?」

「違うでしょ………?人間は………艦娘に責任、全部押し付けて………、身勝手に石を投げてくる存在だって………。ニュースでみたよ………あの酷い惨状。」

「……………。」

 

恐らく、情報統制がされる前の、巻波が石を投げつけられた時の映像を見たのだろう。

一通り話を聞いた磯風は、この全てに興味を持たない艦娘に、心当たりがあった。

岸波や望月のような、怠惰艦だ。

だが、岸波は心を抉られるようなトラウマがあったし、望月はやる時はやるような艦娘であった。

彼女の態度を見る限り、どちらのタイプなのか、それとも根本的に違う理由があるのかは分からない。

只、確かなのは、艦娘が守るべき、市民という存在に否定的であるという事だ。

駆逐艦娘として………いや、艦娘として必要な要素が欠けている。

しかし、そこで後ろから声が掛かった。

 

「初雪さん………だよね?」

「ん………?」

「私だよ………巻波だよ!初雪さんが昔、助けてくれた巻波だよ!」

「あー………、大変だったね………石投げつけられて。」

 

知人なのか?と気になった磯風達を他所に、初雪の態度は、巻波相手でも変わらない。

その様子を見た巻波は、泣きそうな顔になって言う。

 

「どうしたのさ!?初雪さん、いつからそんな性格になっちゃったの!?」

「いつからって………昔からだし………。」

「違う!初雪さんは、「あの時」、私を助けてくれた!必死になってくれた初雪さんは………私の恩人は………そんな人じゃないはずだよ!?」

「それは巻波の勝手な夢想じゃん………。私は、元々こんなのだし………。いいから、ひきこもらせて………。」

 

そう言いながら突き放して、コタツに潜りこもうとする初雪。

巻波は、信じられない物を見る瞳で叫んだ。

 

「初雪さんの………バカーーーっ!!」

「巻波ちゃん!?」

 

秘書艦室の扉を開けて、走って庁舎の外に飛び出して行く巻波を、咄嗟に如月が追っていく。

迷子になったら困るのか、遅れて山汐丸も慌てて追いかける。

磯風も思わず追いかけたくなったが、春風に止められた。

 

「ここは如月さん達に任せましょう。わたくし達は、まず青葉さん達の様子を!」

「そうだな………。敷波、悪いが船渠(ドック)へと案内してくれないか?」

「分かった………。」

 

巻波と初雪の対応を見た敷波は、悔しさを滲ませながら秘書艦室を出ていく。

磯風はもう一度、初雪を見る。

彼女は、一度もこちらを見ようとはしなかった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

佐伯湾泊地の船渠(ドック)へと案内して貰った磯風達は、ベッドに死んだように眠っている3人の艦娘を見る。

順番に青葉、磯波、浦波だ。

そして、青葉のベッドの近くの椅子に、薄紫の髪を下ろして左側に小さくサイドテールを結った艦娘が、疲れた顔で座っていた。

彼女が衣笠だ。

その近くには、心配そうに見つめる古鷹と、腕を組んでいる加古もいた。

 

「衣笠さん、古鷹さん、加古さん………3人の様子はどうですか?」

「あ、磯風………。ゴメンね、何か佐世保で大変だったのに、急にこっちに来る事になって。」

「いえ………。」

 

申し訳なさそうに手を合わせる衣笠に対し、磯風は俯く。

改めて間近で昏倒している3人を見せつけられると、辛い物を感じる。

間近で重傷を負う瞬間を、見ている事しか出来なかった敷波達にとっては、猶更だろう。

だからこそ、初雪の発言にぶち切れる気持ちも、分かる気がした。

実際、敷波はずっと歯を食いしばっており、綾波が彼女を心配そうに気遣っている。

そこに………。

 

「あ………う………。」

「浦波!?」

 

反対側のベッドで眠っていた浦波が………僅かだが、目を開いたのだ。

そして、ぼやけた視界の中に、敷波と綾波を認識すると、彼女はゆっくりと聞いてきた。

 

「綾波………敷波………乗客………は………磯………波姉さん………達は………?」

「………ゴメン、浦波。乗客は守れた。でもその過程で………磯波と青葉さんが重傷を負って………本当にゴメン!」

「……………。」

 

限界が来てしまったのか、涙を流しながら頭を下げる敷波の姿を見た浦波は、すぐに頭で理解が出来て無いのか、しばらくボーっとした後で、また呟き始める。

 

「カ………メラ………。」

「え?」

「カメ………ラ………姉さんの………大切………な………。」

「あ、それなら!」

 

綾波がベッドの近くのテーブルに置かれていたカメラを取って見せる。

首を傾げる磯風達に、そっと古鷹が耳打ちをして教えてくれる。

浦波は、艤装を背負って爆撃されるトラックから逃げる際に、この磯波の大切なカメラだけは、必死に抱えて脱出したのだと。

それだけ、浦波にとって磯波は大切な存在なのだろう。

彼女のカメラを確認した浦波は、安心したような顔で呟く。

 

「良か………った………。姉さん………カメ………ラ………海………仇………を………。」

「浦波!?」

 

再び力無く目を閉じた浦波の姿を見て、綾波は慌てて脈を確認する。

幸い、再び眠りに付いただけであるらしく、彼女はホッとした表情で、周りを見渡す。

 

「磯波………カメラを大切にしていたから………。だから、これだけは守ろうって………。浦波………。」

「それだけじゃ………ない。」

 

声は、敷波達の背後から聞こえて来た。

気怠そうな顔で、船渠(ドック)に入って来た初雪が、面倒くさそうに………しかし、鋭い表情で呟く。

 

「どういう事?何でアンタが………?」

「司令官に………蹴り起された。面倒だけど………仕方ない………。それより、浦波は、カメラで海を撮影したんじゃないの………?」

「海?………まさか!?」

「姉さんの仇………そのカメラの中に、爆撃を仕掛けた深海棲艦の姿を、収めてる可能性がある………。付いて来て………現像するから。」

 

初雪はそう言うと、敷波達や磯風達を引き連れて、船渠(ドック)の外へと案内をした。




登場時から、一癖も二癖もありそうな艦娘である初雪。
むしろそれよりは、過去最高にブチ切れる敷波の方が、印象的だったでしょうか?
磯風編では意識して、なるべく多くの駆逐艦娘との絆を描くようにしています。
初雪や敷波を始め、今回から登場した艦娘達との関係も、その内の1つです。
磯風にとっては皆戦友………になるのでしょうか?


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第79話 ~変わり果てた恩人~

「これは………。」

 

コタツの転がる秘書艦室で、写真を現像した磯風達は、皆注目した。

おぼろげだが、浦波が撮った東の海の写真には、巨大な深海棲艦のシルエットが映っていた。

ヌ級やヲ級といった既存の空母系では無い所を見ると、姫クラスであろうか?

 

「もう少し姿が浮き出れば、艦種が絞れそうですけれど………。」

「水母棲姫………。」

「え?」

 

顔をしかめた春風に対し、初雪は艦種を特定出来たらしく、戸棚から資料集らしき書類を幾つか取り出す。

そして、それを数枚めくると、一枚の紙を磯風に渡した。

 

「これが、その水母棲姫なのか?」

 

磯風や春風はまだ、実物を見た事が無かった。

資料に描かれていたのは、長い黒髪と胸の下で結ばれた大きなリボンが特徴の女である。

異質なのはその下半身で、上半身の人型の腕とは別に大型の怪物のような腕を持っていた。

そして、巨大な下顎からは舌が伸びており、人外の存在である事を示している。

トドメに、背部からは、巨大な鎖が伸びていて、鞭のように自在に操っていた。

 

「……………。」

「艦種は………水上機母艦。あの鎖で、水中から大量の攻撃機を吊り上げて、発艦させてくる………。他にも、水中から魚雷の束を取り出して雷撃をしてきたり、口の中から砲撃をしたりする。」

「攻撃のバランスがいいって事か。」

「後、速力は低いけれど………、砲撃は対空砲火に長けているから、空母は攻めにくい。」

「詳しいんだな?」

「別に………何度か出会った事があるだけ………。一説では、過去に沈んだ水上機母艦の怨念が形になったとも、言われてる………。」

 

初雪は気怠そうに持っている知識を話すと、磯風から資料と写真を取って歩いていく。

 

「司令官に、伝えておく………。玉波と涼波に寝る場所、案内して貰うから、適当に部屋割りして………寝て。」

「済まない、手間を掛ける。」

 

磯風の感謝の言葉を受けて………しかし、彼女の顔を見ずに、初雪は呟くように言う。

 

「………同一個体かは分からないけど、巻波にとっては因縁の敵だから。」

「何?」

「詳しくは本人に聞いて………。じゃ………。」

 

初雪はそれだけを言うと、執務室へと歩いていく。

磯風達は、とりあえず入れ替わりで出て来た玉波達に、巻波の所に案内して貰う事にした。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

巻波は、庁舎の壁にもたれかかって泣いていた。

如月が隣で座り込み、彼女を必死に慰めている。

山汐丸は、どうすればいいのか分からず、手持無沙汰な様子だった。

 

「巻波、大丈夫か?」

「あ………磯風………ゴメン………。」

「気にするな。それよりも、思わぬ所から敵の正体が分かったんだが………。」

 

磯風は巻波に、初雪の言っていた話を説明する。

本土に爆撃を仕掛けようとした敵艦が、水母棲姫である事。

そして、彼女が言うには、巻波と因縁のある艦種であるという事。

 

「そっか………。参ったなぁ………。」

「ねえ、巻波ちゃん。初雪ちゃんが恩人って、どういう事なの?」

「……………。」

 

横に座る如月の質問を受け、しばらくの間、黙り込んだ巻波は、皆を見渡すと呟き始める。

 

「私………ストリートチルドレンって言ったじゃん。両親はね………水母棲姫の爆撃で、命を落としたんだ。」

 

巻波は説明する。

艦娘の質も量も見劣りして、今よりも本土への爆撃が活発であった頃、彼女の一家は、避難所に逃げていた。

だが、そこに水母棲姫の爆撃が降り注ぎ、両親は火だるまになってしまったらしい。

 

「幼かった私も………ああなって死ぬのかな?って思って絶望したんだ。だけど………その時、初雪さんがやって来てくれて、私を抱えて逃げてくれたの。」

 

巻波が言うには、その時の初雪は、本当に必死な様子であったとの事だ。

死の恐怖に混乱する自分を、絶対に守って見せると何度も励ましてくれた。

 

「信じられないと思うかもしれないけれど………、初雪さんは、生きていく手段を失った私を、しばらくの間、養ってくれたんだ。自分の給料を私の口座に振り込んでくれて………ね。」

「へー、イイ所有るンじゃねえか。」

「もしかして、巻波が艦娘になろうと思ったのは………。」

 

海風の質問を受けて、巻波はコクリと頷いた。

 

「あの人を見たから、私は将来艦娘になろうって決意をした。最高の駆逐艦………とまではいかなくても、みんなを守れる駆逐艦になろうって………。」

「その………左腕を失った経緯は………?」

「実は、遠征先で出会ったのも、水母棲姫だったんだ。だから、両親達の仇を討とうとして………返り討ち。」

「そうだったのですか………。」

 

春風の問いにも答えた巻波は、再び悲しい顔をする。

片腕を失っても、機械の腕を付ける事になっても、艦娘を続けようと思ったのは、きっと初雪という先輩の存在があったからなのだろう。

だが、その初雪はどういう経緯があったのかは分からないが、変わり果ててしまっていた。

艦娘としての誇りすら失っている彼女の姿を見たら、佐世保で如月を支え続けるだけの強さを持っていた巻波でも、落ち込むのは当然だと思えた。

 

「山汐丸さん………ああなった、経緯は分からないのですか?玉波と涼波も………。」

「ご、ごめんなさい………。本船が来た時には既に………。」

「私も、巻波さんが描いているような初雪さんの姿は、初耳です。」

「スズもかな。………というか、巻波を養っていたなんて、初めて聞いたよ。」

 

どうも初雪には、何か秘密がありそうであった。

とはいえ、今の問題はそこでは無いだろう。

 

「巻波………辛いとは思うが、今は本土への空爆を防ぎつつ、水母棲姫を撃沈する事が最優先だ。それに備えて………今は休もう。」

「そうだね………うん!休養は大事だからね!」

 

空元気であるのは誰にも分かったが、今は触れないでおこうと彼女達は決めた。

そして、寮で部屋割りを決めて、ゆっくりと休む事になった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

第二十五駆逐隊は、磯風と春風、如月と巻波で別れて、部屋の中の2段ベッドを使う事になった。

思えば、装甲空母姫と深海如月を討伐してから、磯風達は満足な休息を取っていなかった為、いつ襲撃をされてもいいように、万全な状態にしなければならなかった。

 

(巻波の事は気になるが、自分もペースを乱されたらいけないからな………。)

 

磯風はさっさとベッドを登り、布団に潜りこむと眠りに付こうとする。

しかし、そこで下から春風の声が掛かって来た。

 

「………巻波さんは、あのような性格の艦娘に心当たりはありますか?」

「初雪か?私が、トラウマを植え付けて怠惰艦にしてしまった艦娘ならば、よく知っている。」

「あ………ご、ごめんなさい。」

「いいんだ。岸波は、皆の支えのお陰で、過去の楔から解き放たれたんだからな。」

 

今頃は、呉で信頼できる「家族」と言える艦娘達と警戒任務に当たっているであろう、岸波の姿を思い浮かべながら、磯風は考える。

岸波も、横須賀に来る前は、皆と壁を作って信頼関係を作ろうとしなかった。

初雪と出会った時にも考えたが、彼女は何か市民に不満を持つだけの何かを抱えていたのではないか?と思ったのだ。

とはいえ………。

 

「本人が話したがらない以上、今は仕方ない。悲しいが、やる気の無い艦娘に、期待はしたらいけないだろう。」

「そうですね………。わたくしの愚痴に付き合ってくださって、ありがとうございます。お休みなさいませ。」

「お休み、春風。」

 

軽く挨拶をした事で、電気が消される。

磯風達は、すぐに寝息を立てた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

その次の日、しっかり休みを取った磯風達は、提督と、水母棲姫が出て来た時の対策を考えた。

更に、海上で訓練を行い、陣形練習なども集中的に行った。

速力をなるべく合わせる為に、艦隊を2つに再編して、輪形陣や警戒陣といった特殊な形もこなしていく。

磯風の艦隊は、春風・如月・巻波・海風・江風。

衣笠の艦隊は、古鷹・加古・綾波・敷波・夕張。

速力を重視した艦隊と、火力を重視した艦隊に分かれて、連携を深めていく。

その中で巻波は、何度か庁舎の方を見ていたが、初雪が出て来る事は一度も無かった。

更に、その後は、磯風達は抜錨して警戒任務を。

衣笠達は、佐伯湾泊地の工廠(こうしょう)で夕張を筆頭に、何かあった時の為に破壊された青葉達の艤装の修理を、急ピッチで行っていく。

近いうちに来る次の襲撃に向けて、少なくとも磯風達は、確実に準備を進めていった。

 

「ねえ、夕張さん………ちょっといいですか?」

「ん?どうしたの、改まって?」

 

夕方になって、警戒任務を再び能代達に代わって貰った後に、磯風達が、工廠(こうしょう)に戻った時の事であった。

ふと艤装の修理の手伝いをしていた敷波が、夕張に問いかける。

彼女は、修理しなければならない山積みの艤装や武装………爆撃で焦げた物の中から、ある連装砲を取り出すと、夕張に見せる。

幾つもの艦娘の装備を修理してきた夕張は、即座にその武装を解析した。

 

「これは………吹雪型の武装じゃないわね。トリガーで発射するタイプの主砲だから、その気になれば誰でも扱えるけど………綾波型の物。まさか………。」

「アタシのなんです。」

「爆撃から身を庇ったの?」

「いいえ。」

 

敷波は説明する。

電車の屋根で砲撃戦を繰り広げた際に、最後の自爆覚悟の敵攻撃機の特攻を防ごうとして、青葉が勝手に拝借していったものなのだと。

この装備のお陰で特攻は防げたが、青葉を守る事は出来なかった。

彼女と一緒に爆発に巻き込まれて、このように焼け焦げてしまったのだ。

 

「初雪にはああやって文句言ったけど………本当はアタシも、青葉さんの事を過小評価してたんです。艦娘なのに、新聞記者の真似事をしていたから………。」

「敷波………。」

「ゴメンなさい、衣笠さん。重巡の事、馬鹿にしていたつもりじゃなかったけど………それでも、どんな形であれ、あの時の青葉さんは戦う艦娘でした。」

 

衣笠に深く頭を下げる敷波を見て、磯風も思わず彼女に倣いたくなる。

自分は、青葉の記者としての側面を、十分に把握してなかったのだから。

だが、それを見た衣笠は、少し考えると敷波の傍に行ってそっと頬を撫でる。

 

「………ねえ、敷波。もし、貴女が青葉の仇を討ちたいって考えているのならば、止めて欲しいのが衣笠さんの正直な想いよ。どんな形であれ、青葉は自分の意志で乗客を庇ったんだから。」

「衣笠さんは、初雪の言う通り、市民を庇ったのは自業自得だって言いたいんですか?」

「見方によっては、それも否定できないわ。只、青葉は………いえ、青葉達は、その覚悟も全て受け入れて、あの行動を起こした。」

「だったら、アタシも同じです。その青葉さん達の覚悟に応える為に………青葉さんが使ったこの連装砲で戦いたい。青葉さん達の想いと共に………戦いたいんです。」

 

感情論で戦うのは愚かかもしれない。

だが、敷波の言葉には、力があった。

 

(駆逐艦とは本来、こういう生き物だからな………。)

 

磯風は考える。

駆逐艦とは、ケンカし合いながらも、仲間との絆を大切にして戦う鉄砲玉。

それ故に子供っぽい所もあるかもしれないが、いざという時は共に協力し合えるのだ。

 

「衣笠さん………アタシは愚かでもいいです。それでも………青葉さん、磯波、浦波のように勇ましくありたい。バカでもいいから………敵討ちをさせて下さい!」

 

再び、衣笠に頭を下げる敷波。

呉の艦娘にとってみれば、ここまで真剣な彼女は、中々見られないだろう。

初雪に叫んでいた時といい、それだけ、内心に熱い物を宿しているのだ。

敷波も、立派な駆逐艦なのだから………。

 

「全く………ここで否定したら、この場にいる駆逐艦娘、全員否定しちゃうわね。」

「あ、いやそんな事は………。」

「夕張………衣笠さんからもお願いしていい?」

「任せて下さい。………貸して、敷波。急いで直すから!」

「ぁ………えっと、2人とも、ありがとうございます!」

 

思わず敬礼をした敷波に、ずっと見守っていた綾波も少し笑いかける。

磯風達も、笑みを見せて少しだけ和やかな雰囲気になった。

 

(後は、敵がどのタイミングで動くかだが………。)

 

磯風の懸念はそう遠くない内に当たる事になる。

その夜遅く………再び深海棲艦警報が、佐伯湾泊地の近くで鳴ったのだから。




巻波の更なる過去が明らかになる回。
同時に、初雪との関係も明らかになる回です。
個人的に、書いていて印象的だったのは、衣笠と敷波の会話ですね。
愚直でも貫きたい物があるのが駆逐艦娘………それも1つの考え方かもしれません。
余談ですが、私は初雪も敷波も好きなタイプではあります。


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第80話 ~罠~

「近くで水母棲姫が出現したんですか!?」

「はい。夜偵がその存在を把握しました。只、敵艦に更に近づいた際に撃ち落とされてしまったので、随伴艦の編成は分からなかったですが………。」

 

急いで艤装を装着してきた磯風達に説明をしながら、天城は攻撃機を次々と発艦させていく。

敵の攻撃機の爆撃を防がなければ、市民に被害が出てしまう。

それはつまり、青葉達の決死の戦いの意味を無くしてしまう事にも繋がるのだ。

隣では、能代が玉波と涼波、それに山汐丸に指示を出しながら言う。

 

「とにかく私達は、防衛ラインを作るわ。先陣は任せるわね!」

「了解です!………って、初雪はまだ引きこもってるんですか………。」

「仕方ないわ!今戦える面々でどうにかしましょ!」

 

衣笠の言葉を受け、頷いた磯風達は抜錨していく。

上空に、大量の攻撃機が迫るのが分かる。

 

(訓練で分かったが、海風も江風も対空砲火はあまり得意ではない………。私が中心になるしかないな。)

 

磯風の指示で、彼女を中心として輪形陣が作られる。

一方で、衣笠の艦隊は、古鷹も加古も合わせて重巡3人で、対空迎撃用の三式弾を詰めている。

それに加えて、夕張は、12cm30連装噴進砲を2つ大型の艤装に詰め込んでいた為、対空砲火には長けていた。

申し訳ないが、敵機の迎撃は衣笠達に任せるしかない。

 

「砲撃、開始!!」

「撃てーーー!!」

 

磯風達の号令で、夜空に様々な砲撃が放たれる。

磯風の派手な対空砲火が鬼火の攻撃機を撃ち落としていき、三式弾による散弾が敵機を纏めて破裂させていき、噴進砲のロケットランチャーが攻撃機を爆散させる。

秋空に広がる花火のような砲火は、こんな生死の間での戦いでなければ、美しくすら感じてしまう程に多種多彩であった。

 

「よし、迎撃完了!弾薬が無くなる前に、このまま水母棲姫の顔を拝みに行きましょ!」

「分かりました!古鷹さん、探照灯の準備をお願いします!」

「了解!青葉達を痛めつけた敵の親玉の姿、この目に焼き付けてあげる!」

 

2つの艦隊が、単縦陣になり、増速していく。

古鷹が「目」という表現を使ったのは、彼女の左目その物が探照灯であるから。

実は彼女は、過去の海戦の影響で左目が義眼になっており、艤装を付ける事で、自分の意志で眩く照らす事が出来るのだ。

感覚としては巻波の義腕と同じであるらしく、こちらは呉の明石に整備して貰っているらしい。

 

「その義眼って………他にも何か出来るんですか?」

「望遠レンズのようにズームにしたり、カーソルを出して狙いを付ける補助をしたり、色々出来るよ。前は夏雲ちゃんが整備してくれた事があったし、今は岸波ちゃんが整備してくれている。巻波ちゃんと同じだね。」

「すっごいですね!整備出来る艦娘達も、素晴らしいです!」

 

同じく機械の身体を宿している身だからか、巻波が古鷹に興味津々であった。

やはり同じような苦労を知る者同士だからこそ、共感出来る事も多いのだろう。

変わり果てた恩人である、初雪に対するやり切れない感情を、少しは軽減出来ればと磯風は密かに思った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「………まだ、こんな所にいたの?」

 

一方その頃、佐伯湾泊地の提督は、秘書艦室をノックもせずに開けて足を踏み入れていた。

中にいる初雪は、相変わらずコタツに寝っ転がって、せんべいを食べながらテレビを見ている状態だ。

違う所があるとすれば、深海棲艦警報が鳴った事で、テレビ番組が緊急ニュースに置き換わっている所であろうか。

画面内では、安全な東京のスタジオから、学者達がまた好き勝手に鎮守府や艦娘に対する文句を投げかけて、更なる不安を煽っていた。

 

「みんな………おかしいよ。人間様は、艦娘にこれっぽっちも感謝の念なんて抱いてない………。むしろ、深海棲艦と同等の存在にしか見ていない………。」

「そうかもしれないわね。でも、その人々を助けようとしない時点で、貴女は本当に深海棲艦と変わらないわ。」

「……………。」

 

冷徹にハッキリと事実を告げる提督に対し………初雪は無言で寝返りを打ち、彼女を睨む。

しかし、深く溜息を付くと、自暴自棄になる形で告げた。

 

「もう、それでもいいよ………。私は散々………助けた。私だけじゃない………最初の………磯波も、深雪も、白雪も………。みんな、あの地獄の中で………無理やり………人間様の為に戦った。」

「貴女………。」

「そして、みんな沈んだ………。それなのに、待ってたのは………賛美の声じゃない。何で守ってくれなかったっていう………身勝手な暴言だった………。」

「……………。」

 

自然と力が入っていったのか、初雪の持っていたせんべいにヒビが入る。

 

「人間様にとって、艦娘は都合のいい道具だ………!どんな結果になっても………命を落としても………誰も、何も、称賛してくれない!使い捨ての道具を褒める事なんて………無い!みんな無駄に、命を落としたんだ!!」

 

昔の仲間の事を想ったのだろうか?

叫ぶような言葉と共に、初雪のせんべいが遂に木っ端みじんに割れた。

提督は、嘆く初雪の様子を見て、悲しそうに溜息を付くと、問いかけを変えた。

 

「分かったわ、貴女に期待するのは止める。でも………1つだけ教えて。何で、巻波を助けたの?人間様に期待しないならば、あの子を見捨てる選択肢だってあった。」

「………気まぐれだよ。」

「じゃあ、何で給料をつぎ込んででも養ったの?貴女は、何だかんだ言っても、艦娘である自分を捨てられていないんじゃないの?」

「だから………気まぐれだって!」

 

苦しそうに叫ぶ初雪を後目に、提督は秘書艦室を後にしながら言う。

 

「巻波は、貴女の背中を追って艦娘になったわ。その彼女が沈んだら………貴女は、また後悔するわね。」

「……………。」

 

それだけを言って、扉が締められる。

初雪は、無言でみかんを取って食べようとして………思わず握りつぶしてしまった。

 

「何なんだよ………何なんだよ………!」

 

どうしても、初雪の心にモヤモヤが残ってしまう。

やり切れない感情は、いつまでも続いていた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「水母棲姫、確認!このまま直進!」

「よっしゃ!いっちょ、やってやろうじゃねえか!」

 

一方の磯風達は、望遠レンズの役割を果たす古鷹の左目が敵の母艦を捉えていた。

そのまま探照灯で照らし、闇夜に黒い半人半獣の女の姿を映し出す。

親玉とようやく対面出来た事で、加古を始め艦娘達の士気も上がる。

だが………。

 

「待って!周りを囲い込む影多数!これは………「PT小鬼群」!?」

「はぁ!?」

「綾波ちゃん、前方に照明弾投げて!」

「はい!」

 

古鷹の指示で、綾波が照明弾を投げつけ辺りを照らす。

照らされた範囲を見渡せば、小さな小鬼達が魚雷を抱えながら、高速で磯風達を囲い込むように航行してきている。

 

「キャハハ!」

「厄介な………!」

「モット黒ク染マル………?」

「不味い!?」

 

巻波の言葉に前方を再び見渡すと、水母棲姫が鎖を水中に垂らし、再び大量の攻撃機を取り出していた。

そして、それを一斉に発艦させていく。

 

「ゴメン、磯風以外の駆逐艦のみんなは小鬼達をお願い!衣笠さん達は、対空迎撃!」

『了解!』

 

対空砲火が自慢の艦娘達だけが、集中的に鬼火の攻撃機を撃ち落としていく。

その間に迫ってくる小鬼達に対して、春風・如月・巻波・海風・江風・綾波・敷波が砲撃を喰らわせていく。

とにかく小さい敵を撃ち落としていく為、手数の多さが役に立つ。

この場合は、春風と如月、綾波と敷波が頼りだ。

 

「落とします!」

「如月が近寄らせないわよ!」

「よーく狙ってー!」

「悪いけどっ!」

 

4人を中心に砲撃をばら撒いていった事で、小鬼達は次々と爆発していく。

接近して魚雷を撃った小鬼もいたが、海面にもしっかり目を向けていた古鷹が回避の指示を出す事で、難を逃れる事が出来た。

 

「キャハハ………ゲハ!?」

「よーし、最後の小鬼撃破!どーだ、水母棲姫!舐めるンじゃねーぞ!」

 

最後の小鬼を撃ち落とした江風の言葉に対し………しかし、敵の姫クラスは笑って見せる。

そして、磯風達を見下ろし、こう言って見せたのだ。

 

「掛カッタワネ………罠ニ!」

「何………?」

「っ!?磯風ちゃん!左舷90度に魚雷!!躱してっ!!」

「な!?」

 

古鷹の警告に、左に目を動かした磯風は見る。

水中から、巨大な魚雷が迫ってきている事に。

 

「磯風さん!!」

 

咄嗟に一番近くにいた春風が、マウントしていた日傘を掴み、投げ飛ばした。

魚雷は磯風のほんのすぐ傍で、春風の投げ込んだ傘にぶつかり火柱を起こす。

だが、爆発が近すぎた事と、魚雷と爆雷を投棄する余裕が無かった事が仇となり、磯風の艤装の左半分………アームで繋がれた部分が吹き飛ばされる。

 

「ぐああっ!?」

「磯風ちゃん!?」

「磯風!?」

 

如月や巻波が慌てて火が付いた部分に海水を掛けて消火を行う。

艤装と制服を焼かれた磯風は、大破の痛みを堪えながらも状況を整理する。

 

「こ、これは………まさか!?」

「潜水艦!フラッグシップ級カ級が多数!?」

「何だと!?」

「アハハハハハ!」

 

艦娘達の中で混乱が巻き起こる。

その状況と痛みに悶える磯風の姿が滑稽に映ったのか、水母棲姫が笑い声をあげる。

攻撃機と小鬼達に構っている間に、潜水艦達が、いつの間にか磯風達を囲い込んでいたのだ。

 

「罠とは………この事か!?」

 

艤装の左右の重量バランスが崩れたのもあり、ふらつく磯風を支えるように、左側に春風が付く。

 

「ごめんなさい………守れませんでした………。」

「いや、轟沈しないだけ助かった………。幸い対空砲台は全部生きている。只………少し艤装に身体を預けさせてくれ………。」

 

春風の艤装の、凹型フレームにもたれかかった磯風は、内心かなり不味いと思っていた。

夜の潜水艦は視界の確保が難しく、爆雷を使っても撃沈が相当難しい。

ベテランの艦娘ですら、夜の潜水艦はなるべく逃げろと言われているのだ。

その強敵が複数いるのだから、絶望的と言っても過言では無かった。

実際、すぐさま他の駆逐艦娘達が爆雷で迎撃を始めているが、1隻も落とせていない。

水母棲姫は、この罠に掛かった滑稽な艦隊達を落とす事を優先したくなったのか、爆撃でなく魚雷を放ち始めた。

ふらつく磯風は、春風に引っ張られながら、何とか魚雷を躱せている状態だ。

 

「いい加減に………しなさいよっ!」

「趣味が悪いんだよっ!」

 

衣笠が加古と共に主砲を構えて水母棲姫を狙うが、射程が僅かに足りない。

近づこうにも、潜水艦に邪魔をされて上手くいかない状態だ。

 

「姉貴、どーすンだ!?」

「何とか潜水艦を落とすしか………!」

「爆雷足りないぞ!?」

「他に方法が無いでしょ!?」

 

江風と海風の会話も、聞こえてくる。

このままでは、本当に危ない。

磯風も何とか策を考えるが、頭が回らない。

 

「春風ちゃん!そっちに魚雷撃たれた!?」

「磯風さん、動き………っ!?」

 

夕張の警告で魚雷が迫ってきている事を感じた磯風は、春風の動きが止まるのを感じる。

自分の艤装が重すぎたのか?と彼女はぼんやりとした頭で考えたが、実際は違う。

2方向から同時に撃たれた事で、逃げる空間を失ったのだ。

春風は何とか3つの単装砲を連射して浮上してくる魚雷を何とか撃ち落とすが、別方向からの魚雷はどうしようもない。

 

「こんのーーーっ!!」

 

咄嗟に巻波が、アンカーになっている義腕を射出した。

その飛ばした腕は、魚雷を殴り飛ばして爆発させて、磯風の轟沈を防ぐ。

だが、その分、今度は巻波に多大な隙が出来てしまった。

 

「巻波ちゃん、避けてーーー!?」

 

如月が悲鳴を上げるが、巻波は義腕を失った事による痺れもあって、動けなかった。

更なる魚雷が迫って来て………。

 

「あ、まず………。」

 

今度こそ死ぬのかな?と思った巻波は、別方向から伸びて来た手によって思いっきり突き飛ばされる。

 

「う、わわ!?」

「巻波ちゃん!?」

 

海面を転がった巻波を如月が助けに行く。

その時、2人は見た。

雷撃による火柱に包まれながらも、冷静な瞳でこちらを見ていた人物を。

気怠そうな顔をしながらも、ふうっと溜息を付けていたその「艦娘」は………。

 

「初雪………さん?何で………。」

「気まぐれ。後、中破で済んでるから………。魚雷も爆雷も持ってきてないし………。」

 

風によって炎が消し飛び、焦げた連装砲と主機の調子を確認していた初雪の元に、慌てて敷波と綾波がやってくる。

 

「ちょ!?大丈夫なの!?」

「だから中破だって………。というか、あんなに怒ってたのに、優しいんだね………。」

「いや、別にそんなんじゃないし………。」

 

思わず顔を背ける敷波を他所に、初雪は、無線で海風と江風も呼び寄せる。

何事かと思ってやって来た2人も合わせて見た彼女は、順番に問いかけていく。

 

「まず、綾波と江風………雷撃得意だよね。狙った魚雷を、自分の魚雷で撃ち落とせる………?」

「勿論、出来るけど………?」

「そりゃ、鍛えられてるからな。」

「次、敷波と海風………対潜水艦得意だよね?」

「え、まあ………。」

「一応は………。」

 

何を言っているんだ?と感じた4人に対し、初雪はシンプルに告げた。

 

「じゃあ、綾波と敷波、海風と江風………。2人で1組になって………私の真似をして。」

「ん?爆雷無いんじゃ………?」

 

思わず疑問を抱いた敷波に対し、初雪は自分の連装砲と主機を指さしながら言った。

 

「昔は、魚雷も爆雷も機銃も無かった………。覚えておいて………主砲と主機だけで、潜水艦倒す方法………。」

 

彼女はそう言うと、綾波から探照灯を拝借して、正面から向かって来る潜水艦に鋭い視線を向けた。




夜の潜水艦達の恐ろしさを描く回。
艦娘達にしてみれば、夜の複数の潜水艦程、厄介な物はないかもしれません。
ちなみに、初雪が述べている磯波・深雪・白雪は、このシリーズに出ている艦娘では無いです。
では、一体誰の事を指しているのか?
申し訳ありませんが、今後の話をお待ちください。
それにしても、春風の日傘は本当に便利です。


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第81話 ~熟練の技~

探照灯は敵艦を把握しやすくする代わりに、自身の位置をさらけ出すという諸刃の剣だ。

巻波を庇った事で中破状態になった初雪が、夜戦での潜水艦をどうやって倒すのかは、全員疑問であった。

そもそも、彼女は磯風達の為に急行してくれたのか、魚雷も爆雷も持ってきていない。

これでは、万全の状態でも倒せるはずが無いのだ。

だが………。

 

「手順1………。突っ込む。」

「ンな!?」

 

思わず江風が叫ぶ。

初雪は探照灯で敵艦を発見すると、光らせた状態で一直線に主機を加速させたのだ。

当然ながら、敵潜水艦は魚雷を初雪に当てようとしてくる。

放たれた魚雷の束は、扇状になって初雪に迫る。

 

「死ぬ気!?」

「手順2………。飛び込む。」

「え………?」

 

次に初雪の取った行動は、流石に敷波達も面食らった。

魚雷がぶつかる直前に、両舷一杯まで速度を上げた初雪は、水面を思いっきり跳んだのだ。

基本、水面を跳躍するのはかなり難しい。

足に付けている主機が、そのような用途の為に作られていないからだ。

だが、駆逐艦位の軽さと加速力ならば、ギリギリ多少跳ねる事は出来る。

それでも、高速で接近する魚雷を飛び越えるのは、相当タイミングがシビアだ。

加えて体勢を前かがみにして、頭から飛び込むようにしないと、体の何処かが魚雷に触れてしまう。

 

「危険よ!?海面に頭をぶつけて、隙が出来る!?」

「手順3………。そのまま潜る。」

「嘘!?」

 

海風達は、見た。

魚雷を飛び越えた初雪は、空中で前傾姿勢になり、左手を伸ばし、右手で連装砲を抱え、脳を駆使して主機を弄った。

そして、何と、その浮力を切って頭から潜水したのだ。

敵潜水艦であるフラッグシップ級のカ級も、驚愕したであろう。

魚雷で爆散するはずの駆逐艦娘が、それを飛び越えて、海中にいる自分の眼前に迫っていたのだから。

そのまま、初雪は伸ばした左手で敵艦の首を思いっきり掴むと、器用に体勢を整え、両足を下に動かす。

そして、浮力を再び発生させると一気に敵艦を掴んで、水面に浮上する。

 

「ま、まさか………?」

「手順4………。ぶち抜く。」

 

ドゴンッ!

 

離れようともがいていたカ級が、力なく腕をだらんと垂らす。

初雪は、綾波達が見ている前で、連装砲で敵艦の顔を撃ちぬいたのだ。

夜の水中ではほぼ無敵の潜水艦も、海面に連れ出されてしまえば、駆逐艦の夜戦火力の方に分がある。

初雪は、その性質を利用したのだ。

とはいえ、熟練の技としか言いようが無い事を、涼しい顔でやってのけた駆逐艦娘を見て、水母棲姫を含む全員が絶句する。

何とか敷波が、言葉を紡いでくる。

 

「初雪………アンタ、何者なの?」

「………初代。」

「初代?」

「初期艦が出来た直後に………、追加招集された孤児の1人。その生き残りで………「初代初雪」と言われている。」

「初代初雪………。」

「………ア、アイツヲ、沈メロ!」

 

息絶えた潜水艦を海に捨てながら冷静に答えた初雪に対し、水母棲姫が思わず叫ぶ。

途端に、恐怖心を煽られた敵潜水艦達が、一斉に初雪を狙い始める。

 

「初雪!?」

「コツは2つ………。1つ目は、水中に飛び込む事を恐れない事………。魚雷発射直後ならば、敵艦の水深は意外と浅い………。」

「わ、私達が、即興で真似出来る物なの!?」

「2つ目は、敵艦を掴んだら………慌てず水中でちゃんとバランスを整えてから、浮上する事………。焦ったらダメ。」

 

初雪に魚雷が集中する中、彼女は主機を動かし回避に専念する。

そして、彼女は敷波と海風を見ると、少しだけ………ほんの少しだけ優しい顔で言った。

 

「大丈夫………魚雷さえ何とかして貰えば、難しく無い。」

『……………。』

 

敷波と海風、それに綾波と江風は顔を見合わせた。

そして、4人は頷き合うと、敵潜水艦2隻に狙いを定め、単横陣になって主機を加速させる。

潜水艦は、新たな敵を前に、魚雷を放ってくる。

 

「行きますよ、敷波!」

「姉貴、準備はいいな!」

 

雷撃戦を得意とする綾波と江風が魚雷を1本放ち、対潜水艦を得意とする敷波と海風の前に迫る魚雷と相殺させて、派手な水柱を巻き起こす。

 

「思い切って………!」

「飛び込む!」

 

水柱に突っ込む勢いで、敷波と海風は思いっきり跳躍した。

そのまま前傾姿勢で、主機を操作して水の中にダイブ。

幸い、フラッグシップ級である為、敵艦は水中でも輝いていた。

2人は、そのまま敵艦の首を無理やり掴む。

抵抗はされたが、初雪の言う通りに、落ち着いてバランスを整えて主機の浮力を復活させる。

艦娘の怪力もあったからか、思った以上に、簡単に敵艦を掴み上げる事が出来た。

 

「水面にさえ出てしまえば………!」

「思いっきり、撃ちぬける!」

 

ドゴンッ!!

 

夜の海に、敷波と海風の主砲の音が響き渡る。

顔面を撃ちぬいた事で、カ級は絶命する。

 

「チィッ!」

 

その様子を見ていた水母棲姫は、空母を発艦させようとするが、そこに砲撃が降り注ぐ。

 

「何ィッ!?」

「随分、衣笠さん達に好き勝手してくれたけれど………!」

「やられる覚悟は出来てるんだろうな!?」

「今回ばかりは、磯風ちゃん達の分も返させて貰うよ!」

「纏めて持って行きなさい!」

 

姫クラスは驚く。

いつの間にか、衣笠・加古・古鷹・夕張が迫って来ていた。

敵潜水艦が少なくなって来た事で、接近する余裕が出来たのだ。

 

「邪魔ヲスルナ!」

「それはこっちの台詞!みんな、残り3隻も沈めちゃって!」

 

衣笠の激励を受けて、今度は初雪も合わせて5人で単横陣を作る。

3隻の潜水艦達は慌てて魚雷を撃ち出すが、綾波と江風が、初雪達3人の進路を作り出す。

そして、飛び込んで素潜りをした3人は、残りの敵潜水艦を海面に引きずり出し、トドメを刺す。

夜戦でほぼ無敵と言われていた潜水艦6隻が、たった1人の駆逐艦の機転で、全滅させられてしまった。

 

「まさか………1発で成功するなんてね………。意外と才能あるんだ………。」

「………じゃあ、アタシ達が失敗したらどうするつもりだったのさ?」

「私が1人で………何とかした………。」

「可愛くないヤツ!………で、でも………ありがと。」

「ふふ、私からもお礼を言わせて、ありがとう。」

 

潜水をした事で、海水でびしょぬれになっていたが、初雪と敷波と海風が、それを気にする様子も無く会話を繰り広げる。

特に敷波と海風にとっては、こちらを侮った深海棲艦達に一泡吹かせられた事で、達成感もあった。

 

「それよりも………水母棲姫。巻波、磯風………戦える?」

「え?あ、もっちろん!」

「はは………対空砲火は生きているから、大丈夫だ。」

 

艦隊を救ってくれた初雪の存在に、心の中で感謝しながら、巻波は如月に、磯風は春風に支えられながら合流する。

一方で、随伴艦を失った水母棲姫は、歯ぎしりをしながら抵抗するが………。

 

「ココハ、一旦引コウゼ?今ノママナラバ、マダ、痛ミ分ケダ。」

『!?』

 

攻撃をしていた全員が、驚かされる。

水母棲姫の背後から声が響いて来たかと思ったら、後ろから3隻の深海棲艦が新たに出現したからだ。

だが………その衣服を見た瞬間、意識が朦朧としていた磯風すら、覚醒させられる。

深海棲艦独特のアレンジがあるが、その衣服は………吹雪型であったからだ。

更に、驚くべきなのは、その顔だ。

1人は、やんちゃそうな顔で、外はねのショートボブの白髪の娘。

1人は、やや気弱そうな顔で、長い2本の三つ編みを垂らした白髪の娘。

1人は、真面目そうな顔で、セミロングの髪を後ろで2つ括りにした白髪の娘。

頭に2本の角を付けて目が赤く染まっているが、その顔は………。

 

「深雪………?磯波………?白雪………?」

 

若干大人っぽい容姿である事と髪色等が違う事を除けば、彼女達に近い姿であった。

一瞬、磯風の頭に、深海棲艦が艦娘の能力を奪う、憑依(ポセッション)という能力が浮かんだ。

しかし、深雪は横須賀で働いているはずだし、白雪はリンガで元気にしているはずだ。

磯波に至っては、佐伯湾泊地で未だに眠っている。

 

「どういう事だ………?何故、3人が?」

「そっか………。3人共、そうなってしまったんだね………。」

「何?」

 

寂しそうな声は、初雪から聞こえて来た。

彼女は、悲しそうな瞳で3隻の深海棲艦を見ていた。

一方で深海棲艦達も、初雪を見ているようであった。

 

「初雪………あの敵艦は一体………?」

「安心して………。磯波達とは関係無いから………。あの3人は………昔、沈んだ「初代深雪」、「初代磯波」、「初代白雪」………。」

「初代だと………!?」

 

確か、さっき初雪も自身が初代だと言っていた。

艦娘は、轟沈したり退役したりする度に、次の適合者に艤装が譲られていく。

一見、普通に存在する艦娘でも、2代目、3代目である可能性も十分あり得るのだ。

基本は上や提督が口外しない為、誰が何代目なのかは分からない。

磯風自身も、自分が初代であるとは限らないのだ。

更に、初雪は驚くべきことを告げた。

 

「あの3人は、私の同期………いや、艦娘になる前に私とつるんでいた捨て子仲間。昔の海戦で………みんな沈んだ。でも………。」

「ソウ………私達ハ、水底デ素晴ラシイ力ヲ手ニ入レタ。傲慢ナ人類ニ復讐出来ル力ヲ。」

 

深海初代磯波………と呼べばいいだろうか?

敵艦の1人が、呟くように初雪に告げる。

 

「熱クテ、痛クテ、辛カッタ想イ………コノ力ガアレバ、全部返ス事ガ出来ルンダゼ?」

 

深海初代深雪が、続いて初雪に手を広げて語り掛ける。

まるで、彼女を歓迎しようとするように。

 

「オ願イ、初雪チャン。私達ノ仲間ニナッテ。アナタダッテ人間ハ嫌イデショ?ダカラ………。」

 

深海初代白雪が、願うように初雪に言った時であった。

突如、砲弾の雨が3隻の中に降り注いだ。

磯風達は驚く。

初雪が、無言で………とても悲しい顔をしながら、連装砲を向けて砲撃したのだ。

そして、砲門を向けながら、静かに呟く。

 

「ごめん………。私が出来るのは、3人を楽にする事だけだから………。」

「ソウカ………ジャア次ハ、力ヅクデ、仲間ニスルカラナ。」

 

深海初代深雪もまた、悲しそうに言いながら、スピードを活かして去って行く。

深海初代磯波と深海初代白雪も、続いていく。

そして、水母棲姫も、3隻を追って消えていった。

その姿を眺める初雪に、敷波が聞く。

 

「追わなくていいの?」

「追える状態じゃないから………。磯風を、船渠(ドック)入りさせないと………。」

「そうですね。………衣笠さん。綾波、撤退する事を具申します。」

「分かったわ。とりあえず、佐伯湾泊地に戻りましょ。」

 

綾波の言葉を受け入れた衣笠は、磯風や巻波といった負傷者を協力して運んでいく。

中破状態の初雪は、敷波と海風が両側から肩を担いで、曳航していった。

泊地に戻るまで、彼女はずっと無言であった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「そう………初雪の同期がいたのね。」

 

一方、泊地近くにて、無線で初雪達の状況を知った提督は、先に帰投した能代達の前で、溜息を付いていた。

今回、初雪に発破を掛けた事で、磯風達や衣笠達は無事であったが、彼女には、辛い現実に直面させてしまった。

その責任を感じてしまっているのだろう。

 

「あの3隻の深海棲艦化した初代駆逐艦達は、何者なのですか?」

「聞いた通りよ。初雪の言った通り。」

 

能代の質問を受けた提督は、首を振りながら答えていく。

 

「何だかんだ言って、初期艦に近い経歴を持つのが初雪だもの。私達なんかよりも、よっぽど深い過去を持っているわ。それがあんな怠惰な姿に繋がっているんだけれどね………。」

 

提督は立ち上がると、玉波と涼波に指示を出す。

 

「とりあえず、高速修復材(バケツ)用意して。次の襲撃までに、磯風達の傷と艤装を治すわよ!」

 

艦娘達の帰投に合わせて、佐伯湾泊地が慌ただしくなっていった。




初雪の秘められた実力が、思う存分に発揮された回。
夜の潜水艦をどうやって倒すか考えた所、思い浮かんだのがこの素潜りです。
主機の浮力を切った事によるギミックは、実は第1部の第3話以来になります。
潜水艦が水面の艦娘に魚雷で狙える時は、浮上して来ているのでは?
そう考えた結果、だったら潜って首掴んでやればいいんじゃない?と思いました。
こういうスペックに囚われない技を表現するのも、個人的には好きですね。


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第82話 ~初雪の回想・勧誘~

「はぁ………。」

 

帰投した翌日の日中に、工廠(こうしょう)の中で磯風は嘆息していた。

隣では、夕張が難しい顔をしながら、半壊した彼女の艤装を急ピッチで修復していっている。

 

「直りますか?」

「幸い、缶が無事だから直るわよ。只、磯風ちゃんの艤装って独特なのよね。」

「すみません………。」

 

艤装が独特な陽炎型の中でも、磯風の物は更に面倒な形をしている。

しかも、ここは佐伯湾泊地。

横須賀や呉から離れてしまっているので、予備が無い為、破損部分はほぼ一から作り直しだ。

それが、夕張に余計な苦労を掛けてしまっており、磯風としては申し訳ない気持ちになっている。

また、すぐには艤装が復活しないので、本日の警戒任務には赴けなかった。

第二十五駆逐隊の旗艦は、現在如月に代理を任せて対処して貰っている。

 

「体がなまってしまうな………。」

「だったら、帰って来る艦娘達の為に、料理を作ったら?」

「炭しか作れないんです。陽炎からは、深海棲艦の魚雷で焼いて貰った方が美味いと言われました。」

「……………。」

 

冗談ではない磯風の言葉を受けて、夕張は無言になる。

そして、少し時間を置いて話題を変えた。

 

「そう言えば、初雪ちゃん。提督と色々と事務作業しているみたいよ?流石に敵が知人である事と、姫クラスが増えた事で、グータラは許されなくなったみたい。」

「アレから何か変化があるといいですが………。ここにいても役に立ちませんし、様子を見て来ます。」

「ありがとう。」

「………ちなみに夕飯は?」

「カレーがいいかな?巻波ちゃんが得意なはずよ?」

「言っておきます。」

 

磯風はそう言うと、庁舎へと向かって歩いていった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

初雪は秘書艦室にいた。

過去の事例を調べているのか、資料を漁っており、部屋に置かれたコタツには潜っていない。

テレビは敢えて情報収集の為に付けているのか、報道番組が相変わらず流れている。

ノックはしたとはいえ、その部屋に入った磯風はタイミングが悪かったか?と思い、聞く。

 

「すまない、初雪。邪魔だったか?」

「ん………?別にいいよ………。進展は、あまり無いし………。」

 

相変わらず磯風の方は見ずに、初雪は資料を色々と調べていく。

恐らく、鬼クラスや姫クラスの深海棲艦の戦闘詳報等を見ているのだろうが、良いデータは見つからないらしい。

 

「秘書艦は、大変そうだな。」

「経験無いの………?」

「まだ無いんだ。その………提督への食事の準備がダメ過ぎるからな。」

「そう………。」

 

磯風に対し、特に興味を持つわけもなく、淡々と調べて行っている初雪の姿を見て、磯風は少しだけ近づいて告げる。

 

「ここに来たのは、様子を見に来たからでもあるが、1つ大切な事を話していなかったからだ。初雪………昨日は、助けてくれてありがとう。お陰で轟沈しなくて済んだ。」

「……………。」

「それじゃあ、私も司令に掛け合って、何か手伝えないか聞いてみる。」

 

そう磯風が去ろうとした時であった。

初雪が、初めてこちらを見て問う。

 

「………聞かないんだね、あの3人の事。」

「昨日出会った深海棲艦達の事か?………無理に人の過去を聞こうとは思わんさ。」

「変なの………。誰も聞こうとしないし………。」

「話したがらない雰囲気を、出しているからでは無いのか?」

 

遠慮しているのは、自分だけでは無いのだな………と思った磯風は、初雪に向き直って言う。

 

「私も、それなりには人に言えないような過去を経験しているつもりだ。トラウマ、PTSD、轟沈………様々な罪に繋がる浅はかな行為をした。」

 

岸波やリンガの艦娘達は、かなり長い間、苦しめる事になった。

浜風は、海戦で重傷を負った事から、深海棲艦と戦う事自体に苦労している。

そして沖波は………、愛する「家族」達の為に、捨て艦という道を選ばせてしまった。

磯風の独白は、続く。

 

「それでも、みんな前を向いて生きている。その姿を見て、いつまでも自分が閉じこもっているのはいけないと思って、自分なりに足掻いている。そんな私の「戦友」になってくれる艦娘がいる時点で、幸せ者だよ。………だから、余計に沈むわけにはいかない。」

 

死んで、償える罪では無い。

嚮導艦として慕ってくれる艦娘がいる時点で、生きないといけない。

いや………純粋に磯風は生きたいと願うようになっている。

 

「磯風は………人間に絶望してないんだね。」

「したくはないな。艦娘でまだありたいのだから。只、この考えを強要するつもりは無い。」

「……………。」

「それでも、私や巻波を助けに来てくれた初雪には、感謝しかないさ。………だから、改めてありがとう。」

 

笑みを見せる磯風を直視出来なかったのだろうか?

初雪は、顔を背けると静かに告げた。

 

「夕飯の時に話すよ………。」

「何?」

「私と3人の過去………。知らないと………みんな、混乱するだろうし。」

「そうか………。帰投したみんなに伝えておくよ。」

 

初雪は、それで事務仕事に没頭していく。

磯風は、秘書艦室を後にした。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

その日の夕闇が迫る中、提督と艦娘達は海岸で、巻波が作った夕飯のカレーを楽しんでいた。

何でも、憧れの金剛直伝のレシピであるらしく、色々と調味料等にコツがあるらしい。

磯風が聞いても、チンプンカンプンであったが………。

とにかく、天城の偵察機が警戒を行う中で、カレーを皆で食べていた。

 

「カレーならば、私に任せといて!1日3食カレーでも大丈夫だから!」

「いや、それはそれで問題だと思うが………。」

 

海風や江風曰く、意外と偏食である傾向がある巻波には注意が必要と言われたので、磯風は今後、春風や如月に食事を頼んだ方がいいな………と密かに思った。

そんな中、初雪は静かにカレーを頬張っていた。

意外と食欲旺盛なのか、おかわりもしている。

 

「よく食べるなぁ………。」

「栄養は取らないと………何も出来ない………。」

 

敷波の言葉に、そう返した初雪であったが、一通り食事を堪能すると、少しだけ暗い顔をして言う。

 

「それに………私、昔は食事も満足に食べられなかったから………。」

『……………。』

 

それが、あの3隻の深海棲艦との過去を話すタイミングなのだと分かった磯風達は、静かに黙る。

初雪は、顔を上げると、ゆっくりと語り始めた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

今から10年位前であろうか。

深海棲艦が出現して間もない頃、人々は対抗手段を持たずに危機に瀕していた。

海からは、敵の爆撃が降り注ぎ、特に沿岸部の街では自由に暮らせない生活が続いていた。

只、そんな街でも暮らそうとする者達はいた。

街に思い入れのある者達、深海棲艦と何とか戦おうとする軍人達、そして………他に行く当てが無い者達。

爆撃の影響で、瓦礫も所々転がっている街中で、根暗そうな少女が歩いていた。

 

「今日は………無いなぁ………。」

 

少女が探しているのは、爆撃の影響であの世に行った人々の亡骸であった。

同じく深海棲艦によって親を失った彼女は、食べる当てが無く、亡骸から財布を頂くのを日課としていた。

たまに携帯食料品を持っていたら、かなりの幸運だ。

そんなストリートチルドレンの日々を送る程、少女の置かれた環境は、治安が悪かった。

 

「無理………か………。」

 

結局、目的の物が見つからなかった少女は、仲間達の元へ戻る。

そこには根暗な少女と、同年代か少しだけ年上の少女達が、瓦礫の山に集まっていた。

山の一番上で胡坐をかいている、リーダー格のやんちゃそうな少女が聞く。

 

「よう!何かあったか?」

「ごめん………無かった………。そっちは?」

「へへっ!見てみろよ!」

 

やんちゃそうな少女が取り出したのは、札束の入った財布。

そのとんでもない戦利品を見た、根暗そうな少女の目が見開かれる。

 

「ど、何処にそんな………?」

「街を太ったおっさんが歩いていたから、盗んできた!」

「え………?生きてる人から盗んだの………?」

「ポケットから半分財布を出していたんだから、仕方ねぇだろ?」

 

見つかったらどうなるか分からないのでは?と思った根暗そうな少女であったが、やんちゃそうな少女は、どこ吹く風で口笛を吹きながら、財布の中身を確認している。

一方、その傍では、気弱そうな少女が、何かの機械を修理していた。

 

「出来た………。」

「お、やるじゃん!ラジオ、早速聞かせてくれよ。」

「うん、待ってて。」

 

気弱そうな少女がチャンネルを弄ると、こんな声が聞こえて来た。

 

「もう………深海棲艦に怯える日々は終わった!我々は………「艦娘」という救世主を作り出した!艦娘がいれば………深海棲艦と戦える!奴らに………復讐を………!」

 

「「かんむす」………?どういう意味だ?」

「多分、「かん」が戦艦の「艦」で、「むす」が………「娘」だと思う。」

 

首を捻るやんちゃそうな少女に対して答えたのは、いつの間にか、根暗そうな少女の隣に戻って来ていた、真面目そうな少女。

彼女は、続けてこう言った。

 

「港で式典を開いていたわ。そしたら、変な機械を背負った女の子達が並んでいて、その子達をみんなで称えていたの。」

「えっと………「しんかいせいかん」っていうのが、私達の親を奪った敵だよね?艦娘になれば、その敵に復讐できるって事?」

 

気弱そうな少女が、珍しく言葉に力を入れた。

このような荒んだ生活の原因を作った敵を、艦娘になれば倒せるというのだろうか?

一方、やんちゃそうな少女は、ポンと手を叩き立ち上がる。

 

「それだけチヤホヤされるって事は、メシも保障されてるってわけだよな!生きていくのに不自由しないって事じゃないのか!?」

 

仲間達からは、おお!って感嘆の言葉が響き渡る。

しかし、そこで根暗そうな少女は問いかける。

 

「じゃあ………艦娘になるには………どうすればいいの?」

『……………。』

 

どうすればいいか分からない少女達は、全員黙り込む。

自分達は、艦娘の事を全然理解していないのだ。

まず、誰に掛け合えば、いいのだろうか?

そもそも、自分達のような身分で受け入れて貰えるのだろうか?

 

「やはり………艦娘に興味があるか。」

「ゲッ!?」

 

皆で悩んでいた所に、男の声が響き渡る。

やんちゃそうな少女が思わず嫌そうな顔をして見た先には、恰幅の良い中年男性が、多数の銃を持った兵士を引き連れながらやって来ていた。

 

「も、もしかして………。」

「な、何の事かな~?」

 

気弱そうな少女が、思わずやんちゃそうな少女を見る。

間違いない………この男から、財布を盗んだのだ。

 

「ああ、財布の件はいい。何せ、「わざと盗ませた」からな。」

「あ?………どういう事だ?」

「この横須賀で、提督に指示を出しながら、艦娘の管理をしている者だと言えばいいだろうか。「大本営」と呼ぶ者もいるが………まあ、好きに呼んでくれて構わない。」

「じゃあ、おっさん。」

「ハハハ!流石、いい根性をしている。」

 

思いっきり笑う中年男性であったが、やんちゃそうな少女は油断なく睨みつけていた。

その視線に満足したのか、中年男性は銃を構えようとする後ろの兵士達を抑えると、手を広げて言う。

 

「では、私も建前を捨てて、本音をズケズケと言わせて貰おう!君達は、社会の底辺で暮らしている現状に満足しているか?満足していないだろう?」

「………何が言いたい?」

「君達は、深海棲艦に復讐したいと思っている。しかし、出来るのは死体荒らしをして財布をくすねるだけの無様な暮らしだ!その暮らしを変えたいとは思わないか!」

「まさか、おっさん………。」

 

やんちゃそうな少女の中年男性を見る目が変わった。

少しだけ希望を見つけたような目。

そう、この男に付いていけば………。

 

「あたし達も艦娘になれるのか!?」

「この際だ、私も正直者になろう。なれるかもしれないし、なれないかもしれない。」

「は?何でそんな曖昧な………?」

「何故ならば、君達がなれるのは、艦娘適合試験の「実験体」だからだ。」

「実験体!?」

 

中年男性は、なるべく言葉を分かりやすくして説明していく。

艦娘の適合試験は、想像以上に困難な物だ。

港で祝福されていた「初期艦」が生み出される際にも、老若男女問わず、様々な人々が実験体に選ばれた。

だが、その適合者に選ばれたのは、ほんの僅かな人物だけ。

その適合試験に失敗した者は、最悪、廃人になるか死ぬかのどちらかであったのだ。

 

「なんだよ、それ………。」

「多大な犠牲を払った実験の結果、若い女性や少女ならば、適合する可能性があると分かった。だから、言い方は悪いが、君達のような社会から溢れた者を集めている。」

「つまりなんだ………?今の生活に満足しているか、命を賭けてより良い生活を堪能するか選べって事か!?」

「そういう事だ。只、艦娘になった暁には、その盗んだ財布以上の見返りがある事は、約束できるぞ。」

『……………。』

 

リーダー格のやんちゃな少女を含め、皆がまた黙り込む。

明らかに人間として扱われない実験に飛び込んでみるか、今の底辺での生活に満足しているか………。

 

「………上等だ。あたしは、やるぞ!」

 

最初に答えたのは、リーダー格のやんちゃそうな少女。

彼女は、瓦礫の山を飛び降りると中年男性の前に出る。

 

「どうせここにいても、いつ死ぬか分からないんだ。だったら、艦娘になってやる!」

「ま、待って!私も………!」

 

次に反応したのは、意外にもラジオを直した、やや気弱そうな少女であった。

彼女も瓦礫の山を下りると、やんちゃそうな少女の後ろに付く。

 

「お父さんとお母さんの仇………この手で討てるなら!」

「私も行きます。」

 

更に、港を見て来た、真面目そうな少女も歩いて、男の元に進んでいく。

彼女もまた、胸に手を当てて静かに告げる。

 

「ギャンブルはあまり好きではありませんが………するのならば、こういう時だと思います。実験体、引き受けます。」

「私も………やる。」

 

最後に進み出たのは、根暗そうな少女。

彼女は最後尾に並ぶと、ぼそりとだが、呟く。

 

「こんな生活する位ならば………華やかな暮らし………したい。」

「ハハハ!いい覚悟だ!………では、行こうでは無いか!」

 

踵を返す男に、4人の少女達は覚悟を決めた瞳で付いていく。

こうして、彼女達は実験体となり、艦娘の適合試験を受けていく。

意志が強かったのが幸いしたのか、恐ろしい事に、4人共艦娘としての道を歩める事になった。

やんちゃそうな少女は、「深雪」として。

やや気弱そうな少女は、「磯波」として。

真面目そうな少女は、「白雪」として。

そして、根暗そうな少女は、「初雪」として。

それぞれが、人間としての名前を捨て、艦娘として名前を与えられたのだった。




前回、「同期の深海棲艦」と出会った、初雪の過去の回想に入ります。
今まで提督の上の組織は、曖昧に答えていましたが、ここで「大本営」の名を使いました。
深海棲艦が現れた頃は、対抗手段が無く、荒んだ生活を送っていた人々。
そんな中で艦娘という存在は、希望の象徴であったと思います。
勿論、その裏には、相当な犠牲があったと考えますが………。
数話程度になりますが、「初代艦娘」に選ばれた4人の物語は続きます。


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第83話 ~初雪の回想・初戦~

「正直、その大本営とかに騙されて、艦娘になったと思っていたが………。一応の説明は受けていたのだな。」

「うん………みんな、今の暮らしを変えたかった。その先に待っている物は、流石に分からなかったけど………それだけの暮らしをしていたから………。」

 

初雪の話を聞いて、磯風はカレーを食べながら考える。

初期の艦娘の現状がとても酷かったのは、漣から既に聞いていた。

人として扱われない、モルモットのような生活。

轟沈率も高いと言われた艦娘の世界に………その4人の初代艦娘達は飛び込まざるを得なかったのだろう。

明日すら保障されなかったのは、何処でも同じだったのだから。

 

「続き………話すね。」

 

初雪は更におかわりのカレーをすくいながら言った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「こんな………生活………聞いてない………。」

 

これは、艦娘になった当初の、「初雪」の名前を与えられた根暗そうな少女の口癖であった。

晴れて艦娘になった彼女達は、早速、鎮守府………後に「横須賀鎮守府」として定義される場所で、艦娘としての訓練を受ける事になった。

だが、その内容は過酷であり、しかも、ひたすら主砲と呼ばれる連装砲を的に当てる訓練と、主機と呼ばれる足に付ける水面を滑走する為の装備を操る訓練ばかりであった。

厳しい内容の訓練をこなす羽目になった初雪は、その辛さを前にして、思わず愚痴る事が多くなった。

そんなある日の夕食の機会に、食事のトレーいっぱいの皿に、ご飯もおかずも装った初雪と食事を取りながら、深雪は笑顔で言う。

 

「まあまあ、いいじゃねえか。こうして腹いっぱいメシが食えるんだからよ!それに、鍛えれば、深海棲艦ってヤツをぶっ叩けるんだろう?」

「そうだね。お父さんとお母さんの仇をいよいよ討てるようになるんだ………。」

「磯波………お前、そればっかりだな。………優しい親だったのか?」

「うん………。でも、深海棲艦の爆撃で、目の前で………。」

「そっか………。」

 

隣で箸を握る手を震わせる磯波を見て、深雪は嘆息する。

捨て子と言っても千差万別だ。

文字通り、家庭の理由により、両親に捨てられた者。

深海棲艦の攻撃によって、奪われた者。

深雪は前者であったが、磯波のように後者の者も少なくは無かった。

 

「敵討ちが出来れば最高だと思うけれど、まだ段階を踏まないといけないわ。ここの提督は、急ピッチで進めているようだけれど、一朝一夕で叶う物でないもの。」

「いっちょういっせき?」

「一日で成し遂げられる事じゃない………でいいかしら?」

「白雪………お前のように頭のいいヤツが、何で艦娘なんて道を選んだんだ?他に行く当てなんて幾らでも………。」

「博識でも捨て子という時点で、人々は私達を蔑むわ。だから、根本から変えるだけの博打を踏まないといけなかったのよ。」

 

深雪の前………初雪の隣で食事を取る白雪は、人間観察や分析力に長けていた。

しかし、それも捨て子という身分に落ちれば活かされる物では無い。

だから、彼女は艦娘という道を客観的に見て選び取ったのだ。

 

「何か………みんな、信念?みたいなのがあっていい………。私と違って………。」

「初雪ちゃんだって、華やかな暮らしがしたいからって言っていたじゃない。だから、艦娘にもなれたんだから、自分を卑下しないで。」

「う、うん………ありがと。」

 

思わずネガティブになる初雪に対し、白雪が的確にフォローを入れる。

何だかんだ言ってこの4人は、相性が良かった。

初雪にとっては、深雪、磯波、白雪の3人は姉のような存在であったのだ。

もしかしたら、運命の神は、そこも見てくれたのかもしれない。

 

「さてと………メシ食ったら、夜間訓練ってヤツだ。何か………えーっと………。」

「初期艦。」

「そうそう、その初期艦の1人と一緒に、海に出るそうだぜ。いよいよ深海棲艦とご対面ってわけだ!」

 

白雪のフォローを受けて、腕まくりをした深雪が勝気な笑みを浮かべる。

その姿を見た磯波が、質問してくる。

 

「どんな名前の人だったっけ………?」

「ん?確かふ………ふぶ………。」

「吹雪だよ。」

「そうそう………って、アレ?」

 

深雪は声の掛かった方を見て、驚く。

今度声を掛けたのは、白雪じゃなかった。

ショートヘアの同年代の艦娘が笑顔で立っていたのだ。

 

「まさか、あんたが吹雪?」

「そう、みんな宜しくね!あ、無理に敬語使わなくていいから!」

「じゃあ、吹雪………宜しく………。」

 

初雪がペコリと挨拶をする中、笑顔の吹雪は食事のトレーを持ってきて、座っていいか聞く。

先に食事を終えた磯波が立って席を譲り、吹雪がそこで説明を始めた。

今回の訓練は、横須賀鎮守府近海を周って、遭遇した深海棲艦を討伐していくものだと。

敵の規模は不明だが、やる事は簡単である。

主機を操り、敵の砲撃を避けて近づいて、主砲で撃ちぬく………それだけである。

 

「あの………何で夜に出るの?昼の方が、見通しが良さそうだけれど………。」

「何故か夜の方が、私達の攻撃が通用するんだよね。闇に紛れて接近しやすいから………って言われてるよ。」

「おお、カッコいいじゃん!じゃあ、あたし達もそれを披露する時が来たって事か!なあなあ、カッコいい必殺技はあるか!?」

「開発中だって。」

「な、何だよそれ………。」

「あ、でも敵は必殺技を持っているよ。「魚雷」っていう、当たると火柱に包まれて危ない物。」

「こちらは使えないの?」

「だから、開発中なんだよ。私達が攻撃に使えるのは、主砲のみ。」

「なんか………ずるい………。」

「そうだね、でも………やるしか無いんだよ。みんなを守る為にね!」

 

吹雪が力強く言った事で、説明は終わる。

4人は食事を終えた彼女に続いて、艤装を装備しに行く。

そして、5人で抜錨していく事になった。

初雪達にとって、初めての実戦に………。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「そうか、吹雪も初期艦だから顔見知りなのか。しかし、海戦中に言っていた、「昔は、魚雷も爆雷も機銃も無かった」というのが、ここで早速難題になるとはな………。」

「ついでに言えば、陣形も無かったから………みんな自由行動だよ。ピクニックに行くような感覚で………敵地に向かって行ったな………。」

 

磯風の言葉を受けて、カレーを食べながら初雪は答えていく。

駆逐艦としての夜戦火力のみを頼りに、深海棲艦に挑んでいくのは、今じゃ予想が出来ない。

しかし、それをやり遂げるしかなかった当時の状況を思うと、いたたまれなくなる。

轟沈率が高いのも、何となくだが納得が出来た。

 

「初めての実戦は………どんな感じだったのですか?」

「そうだね………今聞いたら、信じられない物だと思うよ?」

 

春風の質問に、初雪は暗くなってきた空を見上げながら、答え始めた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「見つけたよ!アレが、深海棲艦!」

 

鎮守府近海を周っていた吹雪が、深海棲艦の群れを指さす。

この頃は、まだ電探すら開発されていなかったので、口で叫んで伝える事になっていた。

初雪達は、その異様とも言える姿を見て、思わず固まる。

怪物のような物から、人に近い物まで、様々だったからだ。

 

「ラッキーだね!今日は、爆撃を仕掛けるヌ級はいないみたい!」

「………って、事は砲撃と魚雷に気を付ければいいってわけだな!」

「そう!まず、相手は魚雷を撃ってくるから、それを避けて!その上で一気に近づいて撃ちぬくの!」

「分かった!やってみるぜ!行くぞ、白雪、磯波、初雪!」

「はい!」

「い、行きます!」

「うん………!」

 

最後尾で突っ込んでいく形になった初雪は、敵艦の群れを確認する。

座学で習った事が確かならば、駆逐艦イ級が2隻、軽巡洋艦ホ級が2隻、そして、重巡洋艦リ級が1隻だった。

1人で1隻ずつ対処すれば、丁度良い。

………と、ここで、迎撃態勢に入った敵艦がこちらに横1列に並んで口や手から黒い棒………魚雷を放ってくる。

実は、この陣形、T字不利と呼ばれる物で、非常に危険であるのだが、当時の初雪達には、まだそこまでの知識は無かった。

 

「アレに当たったら………!?」

「死にたくなかったら、主機を動かして躱して!」

「は、はい!」

 

吹雪の叫びを受けて、磯波を始め、初雪達4人は主機を必死に弄り、敵の魚雷のコースから自分の体を移動させる。

幸運にも、味方同士で激突する事は無かった。

 

「まずは1隻!」

 

その隙を見計らって、吹雪が突撃をする。

主砲を構えると、一番近くにいたイ級をその主砲で撃ちぬく。

敵艦は思った以上にあっさりと絶命して沈んでいった。

 

「飛び込む時は敵の動きを良く見て!反撃を喰らわないように!」

「了解………うわ!?」

 

次にもう1隻のイ級に飛び込んでいった深雪は、敵艦が苦し紛れに噛みつこうと飛びかかって来るのに驚く。

慌てて主砲を撃った事で、撃沈に成功するが、危うく噛み砕かれる所であった。

 

「うああああああ!!」

 

その隣ではホ級に対して、磯波が叫びながら一直線に迫っていた。

敵艦は、主砲を撃ってくるが、幸いにも鬼気迫るその迫力を前に、砲撃コースが逸れた。

 

「お父さんと!お母さんの分!!」

 

至近距離まで接近した磯波は、そのままホ級に何発も主砲をぶち込んで撃沈させていく。

絶命してもまだ砲撃を止めない所は、素人丸出しであったが、それ以上に威圧感が違った。

更に白雪がもう1隻のホ級に迫るが、こちらは安全に敵の砲撃を1回冷静に躱していた。

そして、飛び込むと、主砲を数回放つ。

 

「これでいいはず!」

 

深雪や磯波と違って、安全に撃破した白雪の動きは、今後の参考になりそうであったが、本人は流石にそこまで余裕が無かった。

最後に初雪であるが、彼女は同じようにリ級に砲撃を仕掛けるが、ここで驚くべきことに気付かされる。

敵艦は魚雷発射管にもなっている腕で、防御をしたのだ。

 

「あの腕………硬い………。どうすれば………!?」

 

一旦離脱した初雪の後ろから、リ級はまた魚雷を放とうとするが、咄嗟に吹雪が後ろから撃ったので、敵艦は対処しきれず右往左往する。

 

「こじ開けて!私達で砲撃支援するから!」

 

吹雪の言葉で反転して戻って来た初雪は、ヒューマン型の重巡洋艦を見て、どうすればいいかを考える。

本来ならば、夾叉弾等を使えばいい場面であるのだが、残念ながらそこまでの戦術は、まだ確かな物になっていなかった。

だから、初雪は頭を使った。

吹雪に対し砲撃をするリ級に迫った彼女は、両腕で咄嗟に防御する敵艦を見て………至近距離で、思いっきりその股間を主機で蹴り上げた。

深海棲艦とは言え、人体の弱点は変わらないらしく、思わず崩れそうになるのを見た初雪は、その顔面に主砲を突き付ける。

そして………。

 

「沈め………!」

 

数発連装砲を連射。

これにより、最後に残っていた重巡リ級も倒れる事になった。

 

「はあ………はあ………。」

 

初めての海戦を終えた初雪達は、しばらくその海上で息を落ち着かせていた。

そして、ようやく磯波がぼそりとしゃべり出す。

 

「もしかして、私達………深海棲艦に勝った?」

 

自分達のやった事実を確認するように呟いた彼女の腕を、急に持ち上げて深雪が喜ぶ。

 

「勝ったんだよ!あたし達は、深海棲艦に勝てたんだ!どうだ、ざまーみろだぜ!!」

 

かなり興奮している深雪に、優しい笑みを向けながらも、白雪が諫める。

 

「吹雪ちゃんが支援してくれたからだよ。それを忘れたらダメだから。」

 

話題をふられた吹雪は、笑顔で4人を見渡す。

 

「私はちょっとだけ先輩だったから、少しだけサポートしただけだよ。今回勝てたのは、みんなのお陰。特に初雪ちゃん、上手く頭使ったね。」

 

話題を振られて、一番疲れていた初雪は、何とか呟く。

 

「お腹空いた………。夜ご飯を食べたい………。」

 

こうして、初雪達は初戦を勝利で飾る事が出来た。

しかし、危なっかしさがあった為に、結局訓練がより厳しくなるが………。

とにかく、こうして4人は翌日から積極的に海戦に出るようになって、戦果を稼ぐ事になる。

もしかしたら、力を手に入れた彼女達は、この時は忘れてしまっていたのかもしれない。

深海棲艦が牙を剥いたら、恐ろしいという事実を。




昔の艦娘の装備を考えた事はあるのですが、最初に開発された武器は、主砲だけかなって。
だから、魚雷等の武器は深海棲艦が使っているのを見て、開発が進んだのだと思いました。
敵の使用している武器を真似して、強化を図るのは良い事です。
でも、その為に出た犠牲を考えると、手放しには喜べませんよね。
危ういながらも、初戦を勝利で飾った初雪達の過去話は………まだ続きます。


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第84話 ~初雪の回想・敗戦~

もう暗くなってきた海岸でカレーを食べつくしていた磯風達は、初雪を含む、初代艦娘達の武勇伝を聞いて、不思議な気持ちになっていた。

武装も陣形も不十分な中で、ほとんど個人プレーだけで、どうにかしようとする艦娘達は、今とは全く違う戦術を見つけていた。

もしかしたら、初雪の対夜間の潜水艦との戦い方も、そうした経験の中で見つけざるを得なかったのかもしれない。

 

「初雪さん………昔はそんな大変な状況だったんだね………。」

「ん?まあ、生きようと思えば生きられたよ。只………私達は、実際はそこまでは恵まれて無かったのかな………。」

 

巻波の言葉を受けて、初雪自嘲気味に語りながら、過去を振り返る。

少しずつ彼女の瞳から、光が消え失せてきていた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「どうだ!このカッコいい装備は!」

 

ある日の事、装備品保管庫で新装備を受理された深雪は、カッコよくクルクルと回りながら、初雪・白雪・磯波の3人に見せびらかしていた。

彼女達4人が手に入れる事が出来たのは、「魚雷」。

深海棲艦が使っていた兵器を参考に、新しく作られたのだ。

 

「これが有れば、今まで以上に活躍できる事、間違いなしだな!」

「う、うん………でも、他の艦隊の話を聞いていると、轟沈だっけ………。やられて沈む艦娘も多いって聞くよ?」

「何だよ、怖気づいたのか?弱肉強食………だっけ?白雪が言っていた言葉。あたし達は、強いから生き残ってるんだ!弱気になったら自分が沈むぜ!」

「そうだけど………。」

 

磯波が不安そうにしながら言うが、深雪は聞く耳を持たない。

実際、深雪自身の言う事は尤もなのだが、磯波の言う通り、艦隊の轟沈率に付いて、少しは考えるべきであったのかもしれない。

しかし、次の言葉には、流石に深雪も驚くことになる。

何故ならば………。

 

「私、聞いたんだ………。何か市民の艦娘に対する不満が、最近、爆発しそうになっているって。」

「ん?何でだ?艦娘のお陰で深海棲艦を潰せているんだろ?むしろ、感謝されて当然なんじゃないのか?………白雪、何か分かるか?」

 

すっかり艦隊の補佐………というより、頭脳として気を配る事になった白雪に、深雪は問う。

彼女は、珍しく腕を組みながら答えていく。

 

「艦娘がいるから………だと思う。今までは、対抗手段が無かったから、政府とかに八つ当たりをするしかなかったわ。でも、艦娘という対応できる存在が生まれた事によって、どんな敵からも、彼女達が守ってくれると考えるようになったのかも。」

「つまり………艦娘は市民を守って………当然って事………?」

「そうなるわね。」

 

初雪の言葉に、白雪は頷く。

その2人の様子を見た深雪は、納得がいかないように地面を蹴る。

 

「何だよ!だったら、自分達も艦娘になればいいだろ!?自分勝手だな!」

「み、深雪ちゃん………市民の半分は男の人だから………。」

 

思わず磯波が諫めようとするが、彼女自身も納得はいって無かった。

勿論、初雪や白雪も。

思わず下を向いた3人を見て、深雪は溜息を付きながら、腰に腕を当てて言う。

 

「まあいいや。とにかくその文句も、あたし達が活躍すれば収まるんだろ?今夜の抜錨もやってやろうぜ!」

「そうだね………まだ、足りない物!」

「単純だけど、深雪のいい所だわ。」

「私も………ついていく………。」

 

リーダーシップに優れる深雪を筆頭に、新しい武装の感覚を確かめながら、4人は抜錨していく。

彼女達は、危険な状態だった。

もはや自分達にとって、深海棲艦は怖くない。

少なからず、全員そう考えていたのだから………。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「………よーし、敵影発見!全員付いて来い!」

 

抜錨して早速、敵艦の群れを発見した深雪の号令で、4人は主砲と同時に魚雷が動くかを確認する。

基本、魚雷も確実に当てるには接近しないといけない。

だから、1人計6本ある魚雷を上手く駆使しようと試みていた。

ところが………。

 

「ん?何だ?」

 

深雪は違和感に気付く。

敵影は5隻であったが、いつもと違っていた。

重巡リ級が2隻、空母ヲ級が3隻。

それだけでもかなり強力なのだが、5隻とも、その身体が黄色く光っていたのだ。

 

「おかしいわ。あんな個体見た事無い。」

「どうなって………え!?」

 

白雪と磯波が会話をしていた所で、皆が驚かされる。

こちらに気付いたヲ級が見た事も無い、黒い攻撃機を飛ばして来たのだ。

更に、その数がいつもの倍くらいあるのだ。

 

「主砲で弾幕を張って!?」

 

白雪の言葉は滅茶苦茶のように思えたが、機銃が無い以上、主砲に頼るしかない。

しかし、元々の数に加え、後にフラッグシップ級と呼ばれる強化されたヲ級の力の前には、1人1機落とすのがやっとだ。

更に厄介な事に、攻撃機は初雪達を狙っていなかった。

一斉に鎮守府方面に………横須賀への爆撃を行おうとしていたのだ。

 

「おい、行ってしまったぞ!?どうするんだ!?」

「どうしようも………!」

「白雪ちゃん!避けて!?」

「え………!?」

 

珍しく言いよどむ白雪に、磯波の警告の悲鳴が響き渡る。

何処から敵が来たのかと思ったら………その手は水中から伸びて来た。

後にカ級と呼ばれる新しい敵………潜水艦が、その爪で、彼女の腹部を斬り裂いたのだ。

 

「が………っ!?」

「白雪………!?」

 

深く斬り裂かれた事で、白雪が口から血を吐き出し倒れる。

慌てて初雪が、彼女を曳航しようと起こすが、その顔は真っ青に染まっていた。

斬り裂かれた腹部からは、血が大量に滴り落ちており、危ない状態だ。

 

「深雪………!白雪が………!?」

「くそっ!?新手かよ!?あんなの見た事も聞いた事も無いぞ!?磯波、魚雷だ!」

「この………当たって!」

 

磯波が魚雷発射管を操作し、カ級に向けて6発一斉に放つ。

だが、潜水したカ級に魚雷は届かず、逆に相手が大量の魚雷を放ってくる。

 

「駄目だよ………!このままじゃ………!」

「くっ………逃げろ………磯波、初雪!」

「え!?」

「あたしが何とかする!先に逃げろ!!白雪を早く鎮守府へ!」

 

深雪が、磯波と初雪に叫びながら、主砲を乱射しまくる。

重巡リ級2隻と潜水艦カ級が迫ってくる中、深雪は敢えて突撃していった。

 

「白雪を頼むぞ!早………うわあああああああ!?」

 

初代深雪の最期はあっけなかった。

接近しすぎた故に、リ級とカ級の魚雷を避けられず、自分の魚雷の引火と合わせて、派手に火柱に包まれて、絶叫と共に轟沈したのだ。

その凄まじい最期を見た初雪は、固まる。

 

「み、深雪………。」

「逃げよう、初雪ちゃん!!」

 

しかし、そこに磯波が駆け付けると、反対側から初雪と一緒に瀕死の白雪を曳航していく。

リ級が砲撃を仕掛けてくる中、とにかく磯波は初雪ごと白雪を引っ張っていく。

 

「に、逃げるって………深雪が………!?」

「逃げないと………!逃げないと深雪ちゃんの死が無駄になるよ!!魚雷を捨てて!白雪ちゃんを庇って!!」

 

いつもの気弱な姿がウソのような剣幕で、初雪に命令をする。

そして、元々機械に強い能力を活かし、白雪の魚雷発射管も解体して海に捨てる。

 

「死………深雪が………。」

「ボーっとしないで!早………ぐっ!?」

「磯波………!?」

 

磯波が痛みに呻く。

リ級の砲撃が、足の主機を掠めて血が出たのだ。

それを見た初雪は、我に返り、無我夢中で進みだす。

だが、砲撃は彼女にも襲い掛かる。

背中の艤装に砲弾が当たったと思ったら、嫌な音と共に、煙が噴き出す。

 

「か、艤装の缶が………く………!」

 

磯波と初雪は、それでも白雪を曳航しながら進んでいく。

敵艦はもう、砲撃も雷撃もしなかった。

目的は達成していたし、それに………どの道、3人に待つのは死しか無かったのだから。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

夜の海を、必死に鎮守府に向けて進んでいた磯波・初雪・白雪の3人は、どんどんスピードダウンしていた。

速く鎮守府に付かないと白雪が危ないのに、どうしようもない。

磯波は主機がダメになってきているし、初雪は艤装その物がダメになって来ているのだ。

 

「あ………。」

 

やがて、初雪が海面にうつ伏せで倒れる。

艤装に限界が来て、力を失い始めていたのだ。

このままでは、やがて彼女も沈むだろう。

 

「もう………駄目だ………ごめん、磯波………白雪を………。」

「………私も、もうダメみたい。」

 

磯波の方を見たら、彼女の脚が沈み始めていた。

曳航している白雪の主機が無事だったので、彼女にしがみ付く形で持っているが、もう進む事は出来ない。

彼女もまた、暗い海の上で最期を迎えようとしていた。

 

「じゃあ………このままじゃ………3人共………。」

「深雪ちゃんと同じ運命だね………はは………。」

「磯波………?」

 

少しずつ沈んでいっているのに、磯波は笑っていた。

笑うしか無かった………とも言えたのかもしれない。

 

「何か………もう悲しさや悔しさを通り越して、自分が馬鹿みたいだよ。お父さんとお母さんの仇、討ちたかったのに………出来た事なんて、深海棲艦をちょっと沈めただけ。」

「そう………だね。華やかな生活………待っているなんて………甘い考えだった………。」

「どこで道を間違えたのかな?艦娘になろうとした事?違うよね………深海棲艦さえ出なければ………私達はもっと………!」

 

呪詛の言葉を吐く事しか出来ない磯波であったが、その行為すらも、人生の敗者である事を痛感させてしまう。

初雪に至っては、もうどうでも良くなっていた。

只、艦娘になる前からのこれまでの人生全てに、疲れてしまっていた。

このまま目を閉じたら、安らかに眠れるのだろうか?

そう思った時であった。

 

「じゃあ………少しだけでも………運命に逆らって………みる………?」

「白雪ちゃん!?」

 

もう膝まで海水に浸かっていた磯波は、見た。

棒立ちになりながら、腹から血を流していた白雪が、血を吐きながらであったが、喋り出したのだ。

彼女は、ゆっくりとだが………話し出す。

 

「以前………資料で見たの………。吹雪型の………艤装は………吹雪型で………替えが効くって………。」

「それって………。」

「磯波ちゃん………機械直すの………得意でしょ………?私………もう助からないから………。だから、私の主機………磯波ちゃんに………渡せば………。」

「生きられるって事!?」

 

一瞬だが、磯波の顔に光が差した。

だが、すぐに彼女は考え込む。

そして、何かを白雪に耳打ちする。

彼女は………しばらく迷ったが、頷いた。

 

(何の話をしているんだろう………?)

 

艤装の力を失っている事で、意識が朦朧としていた初雪は、まどろみに包まれる。

いよいよ自分の最期が迫っているのだろうな………と思った。

 

「いいよ………「選択権」は………磯波ちゃんに………あるから………。」

 

それが、意識を失う前に、最後に初雪が聞こえた言葉であった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「………ちゃん!初雪ちゃん!」

「ん………?」

 

揺り起こされる感覚と共に、初雪は目を覚ます。

彼女は、夜の海上に突っ伏していた。

顔を上げれば、そこには吹雪が必死になって彼女を起こそうとしていた。

 

「吹雪………?」

「良かった!目を覚ましたんだね、初雪ちゃん!」

「何で吹雪が………?吹雪も沈んだの………?」

「え?何を………。」

 

首を傾げる吹雪を見て、初雪は起き上がって周りを見渡す。

そこには、初雪と吹雪の2人しかいなかった。

白雪も、磯波もいない。

 

「ねえ、初雪ちゃん。今鎮守府が大変な事になっていて………。何があったの?深雪ちゃんは?磯波ちゃんは?白雪ちゃんは?」

「えっと………。」

 

訳が分からなかった初雪は、吹雪に事情を話した。

一通りの説明を受けた吹雪は、しばらく黙り込んだ。

そして、初雪の両肩を掴むと説明を始める。

 

「初雪ちゃん………落ち着いて聞いて。多分、白雪ちゃんも磯波ちゃんも………もう、轟沈している。」

「え………?何で………?だって………磯波は、白雪の主機で………。」

 

呆然とした初雪の言葉に、吹雪は目を閉じて首を振って背中の艤装を指す。

 

「缶が直っている感覚があるよね?その缶は………多分、白雪ちゃんの物だよ。」

「どういう………。」

「磯波ちゃんは………白雪ちゃんの缶と、初雪ちゃんの壊れた缶を交換したんだよ………。」

「缶を………!?でも、だったら磯波だって………!?」

「沈んでいく磯波ちゃんに………2人分の艤装を交換している余裕は無かったんだよ………。」

「……………。」

 

選択権。

気絶する前に、そう白雪が言っていたのを初雪は思い出す。

仮に磯波が、自分の主機から交換しようとしたら、その間に白雪は海の底に沈んで、缶を取り出す事は出来なかっただろう。

そして、初雪の缶から交換した場合、壊れた缶を移された白雪も沈む運命なので、主機を交換している余裕なんて無い。

つまり磯波は、あの瞬間に天秤に掛けたのだ。

自分の主機を直して、自分が生き残るか。

或いは、初雪の缶を直して、初雪を生かすか。

彼女が選び取った道は………後者であった。

 

「何………で………。」

 

初雪の目から、涙が出て来る。

初代白雪と初代磯波は、初雪を生き永らえさせて、共に初代深雪の元に沈んでいった。

3人共、結果的に初雪だけは沈めまいとして、自ら犠牲になったのだ。

それを自覚した瞬間、初雪は顔を掻きむしる。

 

「うわあああああああああああ!!」

「は、初雪ちゃん!?」

 

制止しようとする吹雪の声も聞かず、初雪は海の上で暴れる。

そして、寡黙な彼女としては、信じられない位の大声で、叫んだ。

 

「深雪っ!白雪っ!磯波っ!………何で!!私を!!生き残らせたんだよおおおおおおっ!!」

 

その言葉に答えてくれる友は………もういなかった。




変に思うかもしれませんが、小説を書いていると筆が勝手にひとりでに動く事があります。
その結果、自分の想像以上の展開に、無意識に持ち込む事も有り得るんですよね。
今回の話は、最初から想定していた内容でしたが、あまりの話に自分で涙が出ました。
初雪にしてみれば、3人の初代艦娘達の犠牲の上で生きている事になります。
どうも自分は、生死を分かつ要素や、死生観を描く事が多いみたいですね。
過去話は、後ちょっとだけお付き合い下さい。


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第85話 ~初雪の回想・絶望~

初雪は吹雪に連れられて、何とか横須賀の港へと戻って来た。

3人の友を失い………失意に包まれて………だが………。

 

「あ………れ………?」

 

初雪は信じられない物を見た。

戻って来た鎮守府は、所々、炎に包まれていた。

鎮守府だけでない、横須賀の町も。

そして、混乱する鎮守府には、人が………市民がなだれ込んでいた。

 

「どういう………?」

 

そこで、初雪は思い出す。

あのヲ級達が、鎮守府に向けて、攻撃機を飛ばしていた事を。

 

「アレは………爆撃の跡………?じゃあ、あの市民達は………?」

「それは………。」

 

「いたぞ!役立たずの艦娘だ!」

 

言いよどむ吹雪に対し、罵声は、桟橋に集結してきた市民達から聞こえて来た。

彼らは初雪達を見つけると、石等を投げつけて来る。

艤装を付けているから痛くは無いが、同時に言葉の暴力が飛んで来る。

 

「お前たちのせいで、家族が!」

「何で、守ってくれなかったんだよ!?」

「何が艦娘だ!?グズ鉄が!」

 

「ちょ、止めて下さい!?痛っ!?」

「……………。」

 

慌てて初雪を庇おうとする吹雪であったが、誰が投げたのか、金属の板を額に受けて転倒する。

初雪は、只、棒立ちになって、黙って信じられない物を見ていた。

だが、何故、この状況が起こったのかを、理解してくる。

出撃前に、磯波が、市民の不満が爆発しそうになっていると言っていた。

その不満が、今回の爆撃を受けた影響で、遂に鎮守府を襲う暴徒を作り出してしまったのだ。

 

「……………。」

 

初雪は、飛来する物を避けなかった。

避ける元気も、無かった。

彼女には、まだ幸運な事が2つあった。

1つは、海上でもう叫び疲れていて、必要以上に市民を刺激する事が無かったという事。

もう1つは………暴徒鎮圧のために、銃声が響き渡ってきたこと。

たちまち、我に返った市民達は、逃げ惑うように散っていく。

その様子を見た吹雪が、額の血を拭きながら、話しかけて来る。

 

「大丈夫………初雪ちゃん?」

「醜い………。」

「え?」

 

初雪の顔は冷めていた。

只、全てに絶望した顔で、呪詛の声を呟いていた。

アレが、自分達が命懸けで守ろうとしていた人間なのだと。

あの人間達の為に、3人の友は散ったのだと………。

 

「醜い………醜い………醜い………。」

「初雪ちゃん………。」

 

吹雪はその呟きをたしなめる事は出来なかった。

人間という存在に絶望した初雪の姿に………ほんの僅かでも共感してしまっていたからだ。

艦娘は身勝手な人間という人種を守る為の使い捨てのモルモット。

その傷は初雪の中に深く刻まれ、この時からずっと冷めた目を持つ事になった。

そう、それは10年程経った今も………。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

『……………。』

 

夜も更けた海岸で、カレーの片づけをしていた磯風達は、語り終わった初雪を見た。

彼女は、目に光を持たず、適当な石に座り込んで俯いてしまっている。

 

「それが………君と彼女達の過去だったんだな。」

「うん………。」

 

海上で出会った深海棲艦となった初代艦娘3人を思い起こし、その場に集っていた全員がやり切れない想いを抱く。

初雪は友を失っただけでなく、海底で人間への復讐心に染まってしまった彼女達と、対峙する事を強いられているのだ。

どうしようもなく辛いのは、確かだろう。

 

「ねえ………初雪ちゃん、1つ聞いていい?」

「何………?」

 

そこに………如月が静かに質問をしてくる。

初雪はゆっくりと顔を上げると、彼女を見た。

 

「貴女は人間に絶望したって言ったわよね?だから、人間の為に戦うのを拒んでいた。でも………幼い艦娘じゃ無かった頃の巻波ちゃんを助けたのは、何故?」

「気まぐれ。………本当にそうなんだ。何故かは………分からない。只………。」

「只………?」

 

初雪はそこで、巻波の方を見て静かに呟く。

 

「あの時………艦娘が陸地にいたのは………敷波達の時と同じで………海では、爆撃の迎撃が間に合わなかったからなんだ………。その時に偶然、親を目の前で失った………幼い子供を見て………磯波を………私の友達だった方の磯波を、思い出したんだ………。」

 

両親の仇を討ちたいと散々言っていた、初代磯波。

最期の最期で、自分でなく初雪を生かす選択肢を取った艦娘。

その姿が重なった瞬間………初雪は無意識の内に、使命感に囚われたのだ。

 

「どんな手段を取っても………この子を生かさないといけない………。ちっぽけな善意なんて意味が無いって………もう、分かっているのに………それでも、身体が勝手に動いていた………。」

「初雪さん………。」

「私に憧れて艦娘になって………、吹き飛んだ腕を艤装化してでも………戦おうとしたのは、予想外だったけれどね………。」

 

初雪は巻波を見て、力なく笑った。

それを近くで見ていた磯風は、思う。

初雪にとって、本当に3人の友が大事だったのだと。

だからこそ、聞いた。

 

「初雪………これから君はどうしたい?」

「………選択肢は無いんじゃないの?相手は深海棲艦だよ?」

「君自身には、選択肢がある。出撃するかしないか。その手で、討つか討たないか。目の前で再び沈むのを、見るか見ないか。」

「私は………。」

 

初雪は再び目を落とす。

明らかに迷っているのは、誰にでも分かった。

あの時は、初雪は自分の手で楽にするとは言ったが、やはりどんな姿になっても、友は友なのだ。

その手で簡単に討つなんて、普通は、出来はしない。

だから、初雪は初めてこの台詞を使った。

 

「ごめん………。」

「………いいさ。迷わない艦娘なんて、いないのだから。」

 

磯風は初雪の所まで行くと、肩を叩いた。

それで、夕食を終えた艦娘達は、解散となった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

その夜、警戒任務を衣笠達に任せた磯風は、佐伯湾泊地の提督にお願いして、電話を借りた。

掛ける場所は、呉。

と言っても、提督に用があるわけでは無い。

彼に、ある艦娘を呼び出して貰っていたのだ。

 

「………珍しいわね。磯風が電話を使ってでも、私と話したいなんて。」

「どうしても、君に相談がしたかった。今から言う事は、なるべく内密にしてくれると助かる。」

 

磯風は、その艦娘に初雪関連の事情を、一通り説明する。

しばらく、電話の先が………静かになった。

 

「………貴女は、こう言いたいわけね。初雪先輩とその深海棲艦達は、私と沖姉の………有り得た可能性だって。」

「そうだ。だから、君に相談したかった………岸波。」

 

磯風は、電話の先で静かに答える艦娘………岸波の反応を待つ。

今は、磯風と同じく欠番の、第二十六駆逐隊の嚮導艦であり、呉の明石の元で工作艦としての修行をしている岸波。

磯風と同じく、やむを得ぬ事情があったとはいえ、姉として親しんでいた沖波を、捨て艦として使ってしまった為に、ずっと怠惰艦として振る舞っていた艦娘。

そんな彼女だからこそ、磯風は、初雪の今の気持ちに寄り添える気がしたのだ。

 

「過去をぶり返して悪いが、沖波が深海棲艦として復讐しに来たら、どうしたんだ?」

「黙って、討たれたわ。」

「即答だな………。」

「今だから、ハッキリと言える事だもの。私に沖姉は討てなかった。」

 

岸波の言葉に、磯風は考え込む。

家族を大切にする岸波だからこそ、家族の死を招いた罪は、償おうと考えていたのだろう。

例え、それが救われない道で終わるとしても………。

 

「でもね、今ならば、また言える事があるの。」

「何だ?」

「私の新しい家族達は………第二十六駆逐隊のみんなは、全員こう言ってくれたわ。私が沈む位ならば、自分が泥を被るって。何百回殴られても、未来永劫恨まれても、自分達の嚮導は沈ませないって。」

「……………。」

 

岸波には、大切な仲間………家族がいる。

舞風、望月、山風、薄雲、朧、初霜。

彼女達は、この立派な嚮導に少なからず恩義がある。

だから、何かあったら自分達が汚名を背負ってでも、守ろうと誓っているのだ。

 

「いい家族だな。」

「ええ。だから、私は貴女に聞くわ、磯風。貴女はどうしたいの?」

「そうか………そういう事か。」

 

磯風は、納得する。

岸波と磯風は同じ罪を犯している。

だからこそ、岸波には磯風の事が分かる。

目の前で苦しむ艦娘を実際に見ている磯風が、心の底で何をしたいのか。

それは………。

 

「ありがとう、岸波。私の心の中の霧が、晴れた気分だ。」

「初雪先輩から、目を離さないでね。」

 

それで、岸波との電話は切れる。

磯風は決意を新たに、自分の胸に手を当てた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

翌日の昼は、能代や天城達が、警戒任務を行っていた。

とはいえ、磯風達、第二十五駆逐隊は休息を取っているわけでは無い。

夕張が、急ピッチで修繕した艤装を、磯風自身が、仲間達に見守られながら、桟橋で装着していたのだ。

とはいえ………。

 

「感想は?」

「正直に言います。………不格好です。」

「そうよねぇ………。」

 

素直な磯風の言葉に、夕張も溜息を付く。

磯風の艤装の吹き飛んだ左舷のアーム部分は、応急処置用の鉄板を数枚括りつけて、バランスを取れるようにしているだけで、爆雷や魚雷と言った武装が戻ったわけでは無い。

ついでに言えば、元の重武装の艤装のバランスの悪さもあって、完全に平衡感覚が取り戻せているわけでも無かった。

試しに海に出て、少し旋回とかをしてみるが、やはり実用面でもうまくいって無かった。

 

「佐伯湾じゃ、どうしてもパーツが足りないのよね………。一応、呉から艤装を丸々、取り替えられないか聞いているけれど………。」

「右舷の本体にある長10cm砲と手に持っている機銃が無事だから、対空砲火には困らないですが、魚雷が半分しかない所を見ると、海戦能力はお世辞にも………。」

「これじゃあ、泊地の前で、迎撃要員でいるのが精一杯よね………。」

「うーむ………ん?」

 

腕を組んで頭を悩ませていた磯風は、ふと沖合の東側の空を見る。

何か豆粒のような物が多数大きくなってきているように思えたのだ。

 

「まさか………!?」

 

仲間達も、次々と気付く。

各々が双眼望遠鏡(メガネ)で確認を取った結果、理解した。

それは、一つ目の鬼火の深海棲艦の攻撃機………水母棲姫の攻撃機であると。

 

「て、敵襲です!爆撃が来ました!」

 

電探を通じて、警戒任務に赴いている山汐丸の声が聞こえてくる。

同時に前方で対空砲火や攻撃機が飛び上がって、派手な空中戦が繰り広げられるのが分かった。

能代・玉波・涼波が対空砲火を放ち、天城が攻撃機を飛ばしているのだ。

だが………。

 

「お、おかしいです!?前と数が違います!?」

 

混乱している山汐丸の言葉の通り、攻撃機の数が半端じゃない。

明らかに水母棲姫以外にも、攻撃機を発艦させている存在がいるのは、明らかだった。

 

「ヌ級やヲ級を連れて来たのでしょうか!?」

「それだったら、最初の襲撃の時に出し惜しみをしていないはずよ!?」

「え、じゃあ………アレはどの艦が!?」

 

後ろで春風達が抜錨してきながら、機銃や主砲を上に向ける。

新しく攻撃機を発艦している敵艦に思い当たる節があるとすれば………。

 

「「あの3人」の………誰かなのか!?」

 

初代深海深雪、初代深海磯波、初代深海白雪。

この3隻に、空母としての能力があるとしか思えなかった。

だが、今は………。

 

「とにかく迎撃だ!衣笠さん達にも起きて貰って支援を………!?」

「磯風っ!初雪さんが!?」

「!?」

 

巻波の指さす方を見て、磯風は驚く。

艤装を背負った初雪が抜錨していって、沖合へと向かっているのだ。

爆撃は彼女にも降り注ぐが、最低限の主機の動きだけで躱していた。

 

「一体、何を………!?」

 

そこで、磯風の頭に、昨晩の岸波との電話が思い起こされる。

もしも、想像している通りならば、彼女は………。

 

「追いかける!」

「追いかけるって、この爆撃の雨の中をどうやって!?」

「磯風の対空砲火は、伊達じゃない!………すまないが、如月!臨時でまた、旗艦を頼む!」

「ちょっと待って!磯風ちゃん1人でも………!?」

「街に被害を出したら、元も子もない!衣笠さん達の準備が整うまで、ここで耐えてくれ!」

 

磯風は言うや否や、沖合へと両舷一杯で加速していく。

爆撃を行おうとする攻撃機は、自分が観測できる範囲の物は、1つ残らず破壊していった。

 

(初雪………早まるな!)

 

途中で驚いた顔の能代達と出会ったが、軽く電探で事情を話すと、対空迎撃を続けて欲しいと頼んで、一気に駆け抜ける。

そして、更に進んでいくと、巨大な影………水母棲姫の影が見える。

あそこに、初雪はいるはずだ。

 

(お前のその行動は………悲劇の繰り返しだ!)

 

嘗ての自分を………霧の中での不甲斐ない自分を思い出した磯風は、歯を食いしばりながら、不完全な艤装を背負い、ひたすら突き進んでいった。




ここに来て、第1部主人公である、岸波の再登場です。
第1部でも、磯風が出る場面があったので、逆も有りかと思って登場させました。
磯風と岸波は、同じ罪を持つ者同士、語らなくても通じ合う部分があるように感じます。
そんな2人の欠番の嚮導達が危惧した、初雪の行動の真意は次回を待ってください。
余談ですが、開幕で多数の攻撃機の群れが飛んで来るのは、艦これのお約束ですよね。
対空カットインの有難みが、ヒシヒシと伝わってきそうです。


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第86話 ~もう繰り返すのは御免だ~

(あそこに………いるはず………!)

 

最低限の主機の動きと、主砲の迎撃だけで爆撃から逃れていた初雪は、いよいよ水母棲姫の元へと辿り着いた。

そして、彼女の思っていた通り、そこにはあの3人の………3隻の深海棲艦がいた。

 

「深雪………白雪………磯波………。」

 

深海初代深雪は、雷巡の如く魚雷を太ももや腰、背中に沢山装填していた。

その姿はチ級よりも、昔、大規模攻勢で出会った事のある北上や大井、木曾といった重雷装巡洋艦娘に似ている。

深海初代白雪は、両腕に大型の噴進砲を巻き付けて、両手にはガトリング砲を思わせるような大型の機銃を装備していた。

その姿は、軽巡ツ級を思わせるような、威力よりも手数を優先した、迎撃優先にしたサポート型であり、重量を補う為に、足の魚雷発射管は巨大なホバー装置に置き換わっていた。

深海初代磯波は、特に自身の強化はされていないが、周りに船………大発動艇に乗った、砲台小鬼と呼ばれる砲撃支援のトーチカや浮遊要塞、そして、一つ目の鬼火の攻撃機を従えていた。

その姿は、敢えて例えるならば、航空戦艦レ級になるのだろうか。

とにかく、深海初代深雪と深海初代白雪に守られるようにして、深海初代磯波が、水母棲姫と共に、攻撃機を陸地に向けて飛ばしていた。

 

「何………やってるの………?」

「何ッテ………人間ヘノ復讐。初雪チャンモ、参加スル?」

 

両舷一杯でやってきた為か、息を切らす初雪に対し、深海初代磯波は、赤く輝く純真そうな眼を彼女に向ける。

初雪は、僅かに俯いて告げた。

 

「止めようよ………。磯波のような子供………増えるよ?」

「私ノ両親ハ、モウ居ナイヨ?ソレニ、コンナ環境ニ追イ込ンダ人間ニ復讐シテ、何ガイケナイノ?」

「私は………!磯波自身が、磯波のような子を作り出すのを………見たく無いの!」

 

会話をしている間にも、次々と水中から、水母棲姫と同じような鬼火の攻撃機を取り出して、陸へと飛ばしていく深海初代磯波を見て、思わず初雪は叫ぶ。

その初雪に対し、深海初代深雪と深海初代白雪も話しかけて来る。

 

「初雪………オ前、人間嫌イナンダロ?邪魔シタイノカ?」

「私達ハ………初雪チャントハ、戦イタク無イワ。」

「じゃあ何………!?前に言った「力づく」って、こういう事………!?私が深海棲艦にならない限り………陸地への爆撃を続けるの………!?」

 

初雪は、思わず地団駄を踏んだ。

だとしたら、自身はとんだ疫病神だ。

人間は嫌いだが、全員を殺したいとは流石に思っていない。

そう………初雪は、あの幼い巻波のような子供を見たいとは、思っていなかった。

 

(何だよ………この面倒な感情は………!)

 

それまで抱いていた憎しみや諦めと相反する感情を持っている事を、こんな形で否が応でも自覚させられた事に、彼女は苛立った。

どうすれば、この感情を収められるのか?

どうすれば、この爆撃を止められるのか?

どうすれば、この悲劇を無くす事が出来るのか?

頭の中で考えを巡らせた時、こんな言葉が深海初代磯波から聞こえた。

 

「ジャア………爆撃ヲ止メレバ、初雪チャンハ仲間ニ、ナッテクレルノ?」

「え………。」

 

初雪は見た。

深海初代磯波が………いや、深海初代深雪と深海しょぢ白雪も、彼女に対して期待の眼差しを向けているのを。

 

(ああ………そうか………。)

 

初雪は納得する。

3人は、深海棲艦としての負の感情………人間への復讐心に囚われながらも、それよりも、初雪に対する仲間意識が強いのだと。

自分自身が、彼女達の友情を捨てきれないのと同じように。

だから、初雪は静かに右手を伸ばした。

 

「約束………して。ここにいる艦娘達は強いから………。私は………、3人が沈むのを見たくない………。4人一緒に………静かな所で暮らそう………。」

『初雪(チャン)!』

 

3人の友が、喜びと共に、初雪に手を伸ばしてくる。

その手を取れば、もう戻れないだろう。

だが………どうせ、自分も彼女達も似たような感情を持っているのだ。

自分1人が深海棲艦になる事で、全てが丸く収まるのならば………。

 

「エ………何?」

 

その時だった。

手を掴みかけた深海初代磯波が、空を見上げる。

見れば、空を覆う鬼火の攻撃機の群れの一部が、一気に吹き飛んでいくでは無いか。

その爆発の軌跡はやがて、どんどん近くなり………。

 

「避ケロ!?」

 

深海初代深雪の言葉に、3隻の深海棲艦が一度に下がる。

その直後、まるで初雪を守るように、彼女の周囲に砲弾の雨が降り注いできた。

振り返った初雪は、見る。

限界までスピードを上げながら、こちらに迫る磯風の姿を。

 

「い、磯風………!?何………をごぉっ!?」

 

言いかけた初雪は思いっきり吹き飛ぶ。

そのトップスピードのまま、磯風は初雪の腹に、思いっきり膝蹴りを仕掛けてきたのだから。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「な、何する………ぶへぇっ!?」

 

海面を転がった初雪は、更に素っ頓狂な悲鳴を上げる。

磯風は、手持ちの武装を背中の艤装にマウントすると、初雪の胸倉を左手で掴み、更にその顔面を右の拳で思いっきり殴りつけた。

トドメと言わんばかりに頭突きまで喰らわせてきたので、初雪は一瞬、目の前に星が飛ぶ事になった。

 

「ほ、本当に………。」

「これだけ殴れば………目が覚めるか?」

「殴るって………深海棲艦になろうとした事!?じゃあ、どうやって解決を………!?」

「まだ目が覚めて無いみたいだな!?アレがお前の友だと、本当に思っているのか!?」

 

磯風は胸倉を掴んだまま、初雪を凝視して叫ぶ。

その気迫と言葉に、彼女は思わず目を見開く。

 

「初代深雪はどんな艦娘だった!?自分が囮になってでも、お前を逃がそうとした艦娘だぞ!?初代白雪はどんな艦娘だった!?自分を犠牲にしてでも、お前に生きる道を示してくれた艦娘だぞ!?そして、初代磯波はどんな艦娘だった!?自分が沈む選択を選んででも、お前の轟沈を防いでくれた艦娘だぞ!?」

「それは………深海棲艦になって人間への復讐心に染まっているからで………。」

「その憎しみに染まる前の3人の想いを、無駄にする気か!?って磯風は言っているんだ!!」

「ぁ………。」

 

一気に言いたい事を怒声で言ってのけた磯風に対し、初雪は押し黙ってしまう。

自身の轟沈と引き換えに、初雪を生かしてくれた艦娘達。

しかし今は、彼女達は、初雪を沈めようとする深海棲艦だ。

 

「私は………初雪ほど、艦娘はやってはいない。だが………それでも、君達4人が、こんなバカバカしい生涯で終わるのを、黙って見ていたくはない!」

「それは、磯風の勝手な見方じゃないか………!?」

「そうだな!だから、私は勝手にやらせて貰う!下がってろ!!」

 

磯風は初雪をドンと後ろに突き飛ばすと、艤装にマウントした手持ち用の長10cm砲と機銃を取り出し、水母棲姫と3隻の深海棲艦へと向ける。

 

「邪魔ヲシナイデクレナイ………?」

 

深海初代磯波の周りに、大発に乗った砲台小鬼と浮遊要塞、更には鬼火の攻撃機が集う。

 

「オ前ニ遠慮ハシナイゼ?」

 

深海初代深雪は、大量の魚雷が装填された各部の魚雷発射管を動かす。

 

「初雪チャンヲ、渡シテ貰ウワ。」

 

深海初代白雪は、両腕を持ち上げ、ガトリング砲と噴進砲を構えた。

そして、僅かな沈黙の後、大量の砲撃や雷撃が、磯風に襲い掛かって来た。

 

「舐めるな!」

 

磯風は主機を動かし攻撃を躱していく。

そして、魚雷を1本、攻撃機を飛ばしている深海初代磯波に向けて放ち、更に砲撃も一斉に放つ。

しかし………。

 

「サセルカヨ!」

「主砲デ、弾幕ヲ張リマス!」

 

魚雷は深海初代深雪の放った大量の雷撃で相殺されてしまい、主砲の弾丸は、深海初代白雪のガトリング砲の雨の前に、叩き落とされてしまう。

 

「何て物量だ………!?くっ………!」

 

磯風はその隙を狙い、動きながら更にもう1本魚雷を撃つ。

だが、今度は深海初代磯波の操る浮遊要塞が盾となり、届かない。

よくよく見れば、浮遊要塞の数はまだ4機残っていた。

 

(全部突破しなければ、水母棲姫の動きは止められない………!?)

 

磯風の目的は、水母棲姫を何とか止める事にあった。

姫クラスの攻撃機さえ抑える事が出来れば、今頃、後ろで踏ん張っている能代達や衣笠達、そして第二十五駆逐隊の仲間達が、援軍に駆け付けてくれるはずだ。

しかし、その思惑を読み取られているのか、水母棲姫はこちらを無視して、ひたすら攻撃機を飛ばしている。

 

「このままだと………!?」

「ぴーーーっ!?」

「なっ!?」

 

磯風の顔に、焦りが出て来た所で、突如艤装から悲鳴が聞こえる。

見れば、大発に乗った砲台小鬼の砲撃が右舷の艤装を抉り、埋め込まれていた長10cm砲が、悲鳴と共に吹き飛んだのだ。

途端に艤装の動力が落ち、主機が鈍くなる。

 

「逃サナイワ!」

「喰ラエ!」

「行ッテ!」

「不味い!?」

 

正面から深海初代白雪の噴進砲、左から深海初代深雪の魚雷、右から深海初代磯波の一斉砲撃。

それぞれが、一度に飛んで来る。

磯風は咄嗟に右舷の残りの魚雷を破棄して爆発を防ぎ、左舷アーム部分の代用品だった金属板で魚雷を受け止め、手持ち武装を交差させる事で、ロケットランチャーから急所を守る。

奇跡的に中破で済んだが、右舷の艤装はボロボロになって缶が壊れ、左舷アーム部分の金属板は吹き飛んでバランスが崩れ、手持ちの長10cm砲と機銃は手からすっぽ抜けていった。

 

「くそ………!」

「い、磯風………!?」

「初雪、主砲借りるぞ!」

 

煙を吹きながらも後退した磯風は、初雪から主砲を奪い取ると、深海初代深雪へと放つ。

だが………。

 

「無駄ダ。近ヅカナイデ陽炎型ガ、吹雪型ノ武装ヲ急ニ当テラレルカヨ。癖、強インダゼ?」

 

敵艦の言う通り、砲撃はあらぬ方向へと飛んで行ってしまう。

尚も、磯風は砲撃を放つが、狙いが定まらない。

 

「い、電はどうやって、春風の単装砲をあんな簡単に扱ったんだ!?」

 

改めてあの決闘の時の初期艦の技量の高さを思い知った磯風は、尚も諦めずに砲撃を放つ。

だが、やがて呆れたように溜息を付いた深海初代白雪のガトリング砲が炸裂し、初雪の主砲も破壊されてしまう。

これで、磯風には、攻撃手段が完全に無くなってしまった。

 

(どうする………?深海初代深雪から魚雷を奪い取って、ぶん投げてみるか?)

 

客観的に見れば絶望的な状況なのだが、思わず磯風から笑みが漏れる。

彼女はまだ、諦めて無かった。

いや、正確に言えば、諦めるわけにはいかなかった。

 

「何でだよ………。」

 

そんな磯風の後ろから、声が聞こえて来る。

初雪のものだった。

彼女は俯きながら、磯風に言う。

 

「何で………私なんかの為に………そんなバカバカしい戦い………出来るんだよ?」

「………ハッキリ、言っておけば良かったな。私が昔にやらかしてしまった最も愚かしい事は、信頼する戦友に、その姉と言える存在を「捨て艦」にする命令をさせてしまった事だ。」

 

今でも、あの霧の中での南方棲戦姫との遭遇戦の事は、思い出してしまう。

自身の不注意な具申が切っ掛けとなって、艦隊は崩壊。

結果的に、その時旗艦であった岸波に、一番練度の高かった沖波を「捨て艦」として戦う命令をさせてしまった。

沖波は、文句を言わなかった。

只、岸波や磯風を含む家族達を守る為に、文字通り死闘を繰り広げて沈んでいった。

 

「信じられないかもしれないが………その捨て艦として切り捨てた沖波の残留思念に、私達は出会ってな………。彼女は私達を、恨んでもいなかったし、むしろ前に進むために背中を押してくれた。」

「磯風は………私のやる事………捨て艦だって思ってるの?」

「正確には、君達4人のやろうとしている事だ。君がここで深海棲艦になれば、君の………君達の生きた証は、全て無駄になる。それこそ、捨て艦と言えるほどに。」

「……………。」

「私は、それを見たくないから、ちっぽけな使命感で動いているだけだ。………もう繰り返すのは御免なんだ。誰かが、誰かの犠牲になる為に轟沈したり、壊れたりするのは………。」

 

それは、磯風の弱さなのかもしれない。

だが、同時に彼女の培ってきた強さなのかもしれない。

岸波、沖波、朝霜、長波、浜風、浦風、谷風………。

様々な艦娘の運命を狂わせて来た代償に身に着けた確かなる想い。

だからこそ………。

 

「私は、君達4人の想いは無駄にはしたくない。エゴでもなんでも!………その為に、まだ死ぬわけにはいかないのでな!繰り返すが、死んで償える罪でも無い!だから、生きる!!」

 

磯風は、力強く叫ぶ。

だが、そんな彼女に無情にも、深海初代磯波の手が上がる。

多数の鬼火の攻撃機が舞い上がり、磯風に向けて爆撃を行おうとする。

 

「磯風………!駄目だぁ………!磯波………っ!!」

「これ位でぇーーー!!」

 

磯風は腕を交差させて顔を覆う。

焼けつくような熱波が吹き荒れるかと思いきや………。

突如、その攻撃機と爆弾に向けて、多数の砲撃が炸裂した。

だが………それは、如月達のいる、後ろの西側からでは無い。

左側………北側からだ。

 

「ん………?何か変だぞ………?」

「流石、新型高温高圧缶ですね!改良型艦本式タービンと合わせて、文字通り最速で駆け付けられました!」

「!?」

 

新たな声を受け、磯風は交差させた腕を解いて、前を見る。目の前に、自身よりも小柄な艦娘が立っていた。

長い黒髪に、蒼い鉢巻が印象的な………。

そう、磯風に匹敵する対空砲火能力を備えたその艦娘は………。

 

「初霜!?何で、君が!?」

「呉の提督からの伝言です!水母棲姫が北上する前に、足止めに行ってこいって!みんないますよ!」

「何!?」

 

初霜の言葉と共に、大発に乗った固定砲台のトーチカや浮遊要塞が、一気に複数吹き飛ぶ。

見れば、山風、舞風、薄雲、朧が砲撃と共に、猛スピードで殴り込んできたのだ。

 

「海風姉や江風に………久しぶりに会えると思ったら………大変だなぁ………。」

「まあまあ、いいじゃん!舞風、華麗に、踊りまーす!」

「援軍として、やってきたよ!磯風さん!」

「さあ、朧達も………思いっきり暴れちゃうから!ね、岸波ちゃん!」

 

朧が電探で確認するのを聞いた磯風は、左手を見る。

そこには望月と共に、巨大な荷物を背負ったダークオートミールのショートの髪を持つ艦娘………岸波が、僅かに遅れてやって来ていたのだ。

 

「岸波ぃー。戦力的に見て、あたしが、荷物持ちの理由は分かるけどさー。これ………かなり重く無い?」

「重武装だから仕方無いでしょ?………とにかく、みんなが奮戦している間に始めるわよ。」

 

磯風の元に向かいながら、第二十六駆逐隊嚮導艦である岸波は言う。

 

「岸波の………私達、第二十六駆逐隊の「新しい戦い方」をね!」

 

そう言うと、腰に掛けていた工具を取り出して、力強い笑みを浮かべた。




今回のサブタイトルは、初雪と磯風のそれぞれの想いを形にしてみました。
………と言っても、同じ言葉でも、意味合いは全く違いますけれどね。
過去のトラウマがあるからこそ、ある種の使命感を持つ。
それは、弱さと言うのか、強さと言うのか………多分、人それぞれだと思います。
確かなのは、積み重ねて来た物は無駄では無い………そう信じたいって事でしょうか。
そして、いよいよ第一部のメインである、第二十六駆逐隊が再登場です。
パワーアップした彼女達の強さにも、ご期待下さい。


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第87話 ~悲しみの勝利~

「岸波!?一体、何を………!?」

「大体の状況は読めているわ!まずは、そこで大人しくしてて!初霜、薄雲、朧、対空迎撃!山風と舞風は、あの3隻の深海棲艦を攪乱して!」

「相変わらず………あたし達の嚮導は脳筋………!」

 

愚痴を言いながらも、山風は、砲撃を深海初代白雪に当てに行く。

だが、狙いはガトリング砲や噴進砲ではない。

彼女は身を低くして、駆逐艦としてはあり得ない加速をすると、時計回りに周り込みながら、その右足のホバーを撃ちぬく。

 

「シマッ!?」

「再生能力………備えてない?舞風、そっちの魚雷発射管………容赦なく撃ちぬいていって。」

「任された!」

 

バランスを崩され、深海初代白雪がもたついている隙に、2人は深海初代深雪へと向かう。

敵艦は、大量の魚雷を放ってくるが、2人の機動力が速すぎて狙いを絞れていない。

逆に高角砲や連装砲で、背中や腰の魚雷発射管を破壊していく。

 

「アチッ!?ド、ドウナッテルンダヨ!?」

「ふふーん!私達自慢の嚮導艦のお手製の、「新型高温高圧缶」によって、第二十六駆逐隊はパワーアップしてるの!タービンも強化しているし、そう簡単に捉えられないよ!」

 

焦る深海初代深雪を庇うように、深海初代磯波が、固定砲台の乗った大発や浮遊要塞を飛ばしてくるが、2人の駆逐艦は、その合間を縫うようにしながら、至近距離で急所を撃ちぬいて、容赦なく沈めていく。

 

「朧ちゃん!12cm30連装噴進砲の扱い、大丈夫だよね!?」

「任せて、薄雲ちゃん、ダブルで行っちゃうよ!!」

 

一方、薄雲と朧は、対空迎撃用の「12cm30連装噴進砲」を撃ち出し、水母棲姫や深海初代磯波の攻撃機を片っ端から破壊していく。

特に朧は、いつの間に薄雲から習ったのか、鍛えられた怪力を活かし、両腕に噴進砲を括りつけて、60発ものロケットランチャーを装備している。

偶然にも、初代深海白雪と似たような恰好になっているのは、皮肉か。

とにかく、初霜の両手に備えた高角砲と合わせると、その破壊量は半端なく、あっという間に空が綺麗になっていく。

 

「ナ、何ガ起コッテイル!?コンナ奴ラ聞イテ無イ!?」

「トニカク、攻撃機ヲ飛バシテ!援軍ガ着クヨ!?」

「ソノ援軍ガ来テイルジャナイノ!?」

 

只、攻撃機を飛ばしながら戦況を見守っていた水母棲姫も、この状況は予想外だった為に、思わず深海初代磯波ともめてしまう。

たった1つの駆逐隊で、パワーバランスを変え始めている第二十六駆逐隊の奮戦ぶりを見て、磯風は思わず唖然としてしまった。

 

「はは………完全に活躍の場を取られたな。」

「アレだけカッコつけたのだから、まだ働いて貰うわよ。望月、そっち持って!」

「りょーかいっと。」

「何………?って、わ!?」

 

磯風は驚く。

小柄とはいえ艦娘としての怪力を持つ望月が、正面から彼女の体を持ち上げたのだ。

その間に、後ろから岸波がボロボロになった磯風の艤装を外し、近くにいた初雪に強引に渡す。

そして、荷物として担いでいた重そうなバッグのチャックを開くと、出て来たのは………。

 

「っ!?磯風の艤装!?」

「水母棲姫の北上を阻止する役目もあったけれど、呉から、これを運んで来ていたのよ。装備させるわよ!」

 

多分、明石の元で習ったのだろう。

岸波は決してバランスの良い物とは言えない重武装の艤装を取り出すと、器用に磯風に装着していく。

その瞬間、磯風自身に、今までにない力がみなぎるのを感じた。

 

「こ、これは………!?」

「ついでだから、新型高温高圧缶と改良型艦本式タービンも、セットで付けておいたわ。」

「見違えるようだ………。いや、その2つの装備を除いても、艤装その物が生き生きとしているぞ!?」

 

僅かではあるが、性能が強化されているようにも感じた。

思わず感嘆としている磯風の元に、初霜がやってくる。

 

「手紙で第十七駆逐隊の話を知った岸波さんが、自分の手で、みんなの艤装を強化したいと、明石さんに頼み込んだんです。その為に、霞さんや私の艤装で色々と実験を行っていましたが………上手くいったのならば、何よりです!」

「最初は逆に性能がダウンしてしまって、霞や初霜には迷惑を掛けたけれど………、ぶっつけ本番でうまくいった?」

「バッチリだ!むしろ、今すぐこの力を試したくなるくらいには!!」

 

主機も交換された後、望月によって海面に降ろされ、岸波から手持ち用の武装を受け取った磯風は、ニヤリと笑みを浮かべると、初霜を見る。

 

「そうだな………初霜も艤装を強化して貰ったのだろう?だったら、勝負しないか?」

「勝負ですか?………いいですよ?負けませんから!」

 

初霜も珍しくいたずらっ子のような笑みを浮かべると、2人は背中合わせになり、自身の高角砲や機銃等を全て上に向ける。

そして、凄まじいとしか言いようの無い砲火を空中に撃ち上げ、空に飛んでいた攻撃機の群れを1つ残らず撃ち落としていく。

 

「攻撃機ガ!?モット、飛バシテ!」

「ム、無茶言ウナ!?」

 

固定砲台や浮遊要塞も操る関係で、攻撃機ばかりに構っていられない深海初代磯波が、水母棲姫に命令をするが、姫クラスも余裕が無くなってきている。

何故ならば、水母棲姫の視点からは、もう見えてきているからだ。

こちらに近づいてきている能代率いる艦隊と、衣笠率いる艦隊。

そして、如月に旗艦代理を任せている第二十五駆逐隊。

第二十六駆逐隊や磯風が、発艦した攻撃機の群れを、その場で粉砕したお陰で、前線が繰り上がってきていた。

 

「磯風さん………あの方が、貴女と同じ業を背負う………、岸波さんなのですか?」

「そうだ………。過去の罪とトラウマを乗り越え、「家族」と共に歩む、力強い艦娘だ!」

 

目視でも確認できるようになったからか、春風が磯風に聞いてくる。

岸波は、流石に缶の入った艤装を、海に投棄するのはいけないと思ったのだろう。

初雪に持たせていた、古い磯風の艤装をバッグにしまった彼女は、望月と共に煙幕や照明弾を撒き散らしながら、仲間達の援護をしていた。

バッグの分、重量がかさばっているが、強化された缶とタービンのお陰で、動きに問題は無かった。

練度も、呉でしっかりと上げてきていた。

 

「そして………磯風にとって、大切な………「戦友」の1人だ!」

 

磯風は、戦友を自慢するように、第二十五駆逐隊の面々に紹介した。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

(ああ………何て、眩しいんだろう………。)

 

初雪は、静かに海戦を眺めていた。

3人の友であった深海棲艦は、加勢に入った欠番の駆逐隊の前に、全ての計画を狂わされた。

初雪を、深海棲艦に引き込む事も。

人間に、復讐をする事も。

その艦娘達の力強さは、何故か眩しく感じた。

 

(私は………何で………動けないんだろう………。)

 

初雪は、思わず俯いてしまう。

あんな姿になっても、友を討つ事なんて出来ない。

本当に幸せな道は、彼女達を安らかに眠らせる事だって分かっているのに。

 

(もう………私の知る3人は………いないんだろうな………。)

 

磯風の言う通り、初雪を沈めたい時点で、それはもう自分の知る友の姿では無い。

本当の友は、もう戻ってはこないのだ。

そう思った時点で、涙が出そうになった。

 

(これから………私、どうしたらいいのか………。)

 

「初雪さん!避けてっ!避けてーーーっ!!」

「え………?」

 

巻波の悲鳴を受けて、初雪は目の前に、水母棲姫の多数の雷撃が迫ってきている事に気付く。

そして、そこで思い出す。

急いで抜錨してきた自分は、魚雷も爆雷も持ってきていない事に。

そして肝心の主砲は………さっき、磯風に奪われて破壊されてしまった事に。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「しまった!初霜!」

「迎撃します!」

 

初雪に、攻撃手段が無い事を今更ながら思い出した磯風は、心の中で己のミスに気付く。

今まで彼女が狙われて無かったのは、恐らく深海棲艦となった初代3人の艦娘達の言葉があったからだろう。

しかし、焦りが水母棲姫に生じた事で、もうそんな事に構っていられなくなったのだ。

 

「主砲も魚雷も全部使え!!1本も当てるな!!」

 

今、初雪の近くにいたのは、初代3人と丁度対峙をしていた磯風と初霜のみ。

2人が、装填された魚雷を全部放ち、両手の主砲や機銃も、全部海面に放つ。

派手な水柱が幾つも上がるが、その中から新たな雷撃が複数、初雪へと迫っていく。

 

「次発装填は………って、磯風さん!?」

 

慌てて初霜が右膝に備えていた予備の魚雷を装填しようとするが、全弾魚雷を撃ち尽くした磯風は、別の行動に出ていた。

何と、魚雷が迫る初雪の元に全力で駆け付けると、爆雷を投棄し、その身体を抱きしめ、庇ったのだ。

 

「磯風………!?」

「絶対に沈めるものかぁっ!!」

 

直後に磯風の背後から包まれる、爆発の衝撃と熱波。

交換したばかりの艤装なのに、岸波には悪い事をしたと思った磯風であったが………奇妙な感覚に包まれる。

自身が轟沈していく感覚が、全然無いのだ。

 

「………奇跡が2度も起きるのか?」

「なん………で………。」

「え?」

 

目を見開いていた初雪が見えたので、背後を振り返った磯風は、呆然とする。

そこには、炎に包まれながらも、互いに肩を組んで雷撃から2人を守っていた、3人の人影があったからだ。

それは、見間違えるはずもない。

深海初代深雪、深海初代白雪、深海初代磯波であった。

 

「な………んで………また………。」

「い、磯風は関係無いだろ!?何故わざわざ………!?」

 

「ツイデダ………。後、身体ガ勝手ニ動イテイタ。」

 

何処か満足したような顔で、空を見上げる深海初代深雪と、互いに頷く、深海初代白雪と深海初代磯波。

その姿を凝視していた初雪は、思わず叫ぶ。

 

「何で………!?だから何で………!?私だけを生かすんだよ………!?磯波は………みんなは………なんでっ!?」

 

信じられないような初雪に対して、3人は笑顔で………不思議な事に、その時だけ深海から轟く声ではなく、人としての声で語り掛けた。

 

「妹のような初雪には、前を向いて歩いてほしいからだ。」

「妹のような初雪ちゃんには、前を向いて歩いてほしいもの。」

「妹のような初雪ちゃんには、前を向いて歩いてほしいから………。」

 

それだけ言った途端、炎が燃え盛り、3人の姿が見えなくなる。

炎が収まった時には、3隻の深海棲艦は………いや、3人の艦娘は、轟沈していた。

 

「ぁ………ああ………。」

「………くっそおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

愕然と両膝を付いて手を伸ばす初雪に対し、磯風は凄まじい怒号と共に、主砲も機銃も艤装の高角砲も、全て水母棲姫に喰らわせていく。

あんなに繰り返さないと豪語していたのに………結局は、目の前で悲劇を作り出してしまった。

その自身への怒りと情けなさを抱えながら、磯風は敵艦に突撃していく。

 

「ウオオオオオオオオオ!!」

 

水母棲姫ももはや、ヤケクソになり、砲撃や雷撃を繰り出してくるが、能代達や衣笠達が合流した事により、再生能力を持ってしても、沈むのは時間の問題であった。

だが、それでも………この悲しみを消す事等、出来はしなかった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「初雪………。」

 

水母棲姫を撃沈して海戦を終えた後、磯風は、未だに海面に座り込み俯く初雪に、語り掛けようとする。

だが、どう話せばいいのか分からない。

しかし………。

 

「う………。」

「初雪?」

「うああああああああああああああ!!」

「ぐあっ!?」

 

初雪は突如、怒号と共に磯風を殴り飛ばし、馬乗りになって何度もその顔を殴ってくる。

彼女は、泣いていた。

只、間接的に友を沈める原因になってしまった磯風を、八つ当たりと言われようとも、許せなかったのかもしれない。

いや………もっと言えば、殴る対象は誰でも良かったのかもしれない。

感情のコントロールが、もう出来なくなっていたから。

それを近くで見ていた敷波が、綾波に自分の2つの連装砲を黙って渡す。

 

「敷波………?」

「ゴメン、それ持ってて。」

 

敷波は、そう言うと………磯風を殴っている初雪に対し、思いっきり横合いから殴り飛ばす。

海面を転がった初雪に対し、敷波は、静かに拳を握りながら言った。

 

「初雪………今の磯風に手を出すのは、卑怯だよ。だから………アンタの八つ当たり、アタシが付き合うよ。」

「う………あ………。」

「気に入らないけど………青葉さん達の想いをくみ取ってくれた恩義があるからねっ!!」

「ああああああああああああああっ!」

 

そう言うなり、2人で取っ組み合いのケンカを始める。

更に、その様子を見ていた海風が、江風に自分の連装砲を渡す。

 

「お、おい姉貴………それは、江風さんの役目じゃ………。」

「あの夜、初雪は、私と敷波を信じてくれたわ。だから………!」

 

江風の制止も聞かず、海風は勇ましく突撃をすると、敷波をぶっ飛ばした初雪に、強烈な回し蹴りを喰らわせる。

また何度も海面を転がった初雪を見て、海風は宣言する。

 

「私も付き合うわ、初雪。改白露型の長女として………、御礼も兼ねて、気が済むまで取っ組み合いをしてあげる!」

「敷波ぃ………!海風ぇ………!!」

 

言葉と共に、普段の礼儀正しさがウソのような猛攻を喰らわせて、彼女もまた、初雪とケンカを始める。

敷波も含めて、しばらく3人は、獣のように吠えながら殴り合った。

 

「うああああああああああああ!!」

「たああああああああああああ!!」

「はああああああああああああ!!」

 

駆逐艦にしか分からないような、取っ組み合いの大喧嘩を前にして、誰も何も言えなかった。

3人が疲れ果てるまで………誰も止める事は、出来なかった。




今回もまた、筆が勝手に動いたというパターンです。
初雪の友は、最期の最期に戻って来てくれて、答えも教えてくれました。
しかし、その代償は、彼女にとっては余りにも大きな物となりました。
本来ならば、久々に強化された第二十六駆逐隊が大活躍をする場面。
サブタイトルもそれに見合った物が良いかと思ったんですが、悩んだ末にこれです。
ちなみに、この話を書いたのは年明けなので、年末の能力修正を反映させてます。
磯風・初霜・霞がそれぞれ艤装を強化しているのは、その影響ですね。


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第88話 ~覚えてあげて~

「そう………私達が眠っている間に、そんな事があったんだね。」

 

数日後………初代深雪、初代初雪、初代磯波が沈んだ海の上で、皆に見守られながら、花束を浮かべる艦娘がいた。

船渠(ドック)でずっと眠っていた磯波………現在、「磯波」という名前を受け継いでいる艦娘である。

水母棲姫を撃沈し、初雪と敷波と海風が大喧嘩を終えて夕方に帰投した際に、丁度、青葉や浦波と共に、目を覚ましたのだ。

意識を回復させた彼女達は、文字通り飛び起きる羽目になった。

何故ならば、敷波を始め、海戦よりも大喧嘩でボロボロになった艦娘達が複数人いたのだから。

とにかく、船渠(ドック)を譲った事で、全員、身体的な傷は癒す事は出来た。

心の傷は………埋まらなかったが。

 

「磯波は………「私の友達の磯波」の事、どう思った………?」

 

献花をした磯波の後ろから、その心の傷を一番抱えている艦娘である、初雪が静かに聞いてくる。

振り返った彼女は、正直にこう答えた。

 

「とても純粋で、勇敢だと思ったよ。」

「本当に………?」

「うん、本当に。勿論、初雪ちゃんの友達の、深雪ちゃんや白雪ちゃんも。」

「………ありがとう。」

 

嘘偽りの無い言葉を受け、初雪は素直にお礼を言う。

その上で、彼女は後ろに控えていた青葉に聞いた。

 

「青葉さん………3人の事は、どうなるのでしょうか?」

「青葉達全員、事情聴取は受けるだろうね。でも、機密レベルが高いから、秘匿されるかな。横須賀の共同墓地にあるお墓は撤去されないと思うよ?」

 

新聞記者としての一面を持つ青葉は、深海棲艦になってしまった3人の扱いが今後どうなってしまうのか、素直に自分の意見を答えた。

幸か不幸か、3人が艦娘の根幹を揺るがすような存在になった為に、一部の提督や上………大本営で隠蔽される事になると、青葉は考えたのだ。

 

「悲しいけど、世の中、知らない方が得する事も多いからね。そこに駆逐艦並に果敢に挑んでいくのは、マスコミの恐ろしさなんだけど。」

「そうですか………。」

「まあ、まずは目の前の事から解決するべきだよ。初雪ちゃん………青葉達が起きてから、磯風ちゃんとまともに会話してないよね?」

「鋭いですね………。」

 

実は、今回の献花には、磯風率いる第二十五駆逐隊は同行していない。

彼女達は、今頃、泊地防衛という名目で、岸波率いる第二十六駆逐隊と共に、佐伯湾泊地で留守番をしていた。

初雪と磯風は、あの海戦からまともに会話出来ていない。

両者共に、気まずいのだ。

 

「一応、新聞記者の側面があるからね。観察眼は、少しは持ってるつもりだよ。で………さっきの話を聞く限りだと、一方的に殴っちゃった為に、会わせる顔が無いわけだ。」

「はい………。」

 

海戦が終わった後、感情のコントロールが出来なくなった初雪は、滅茶苦茶に磯風を殴りまくった。

敷波と海風のお陰で、最悪の事態だけは避けられたが、それでも引きずってしまっているのだ。

 

「助けに来てくれたのに………八つ当たりして………一応、謝ったけれど………怒っているのか………逃げて行って………。」

「あー、それは、多分怒ってるんじゃなくて、磯風も初雪に会わせる顔が無いと思っているんだ。」

「どういう事………?」

 

初雪は、声の主………敷波を見る。

彼女は、少し悩まし気に腕を組んで曖昧に答える。

 

「磯風にもさ………トラウマとかあるから………。」

「もしかして………それって………。」

 

周りの目を気にした初雪は、そっと敷波に近寄り、耳打ちをする。

あの海戦の時に、磯風が初雪に打ち明けた内容を。

過去に犯してしまった業を。

 

「うん………多分、それで合ってる。」

「……………。」

 

本来、磯風の罪は、今泊地にいる艦娘の中だと、第二十五駆逐隊で同部屋である春風や、第二十六駆逐隊の面々しか知らないはずだ。

しかし、敷波は以前、呉で岸波からその罪の内容を聞いていた。

だから彼女は、沖波関連の事を、全て把握していたのだ。

 

「まあ………ぶん殴られる覚悟で、思い切って話しかけてみたら?大喧嘩になったら、また気のすむまで加わってあげるからさ。」

「そう………だね………。ありがとう、敷波………。」

「何か随分、素直になったなぁ………。」

 

海風と共に大喧嘩をした影響なのか?と考える敷波に対し、初雪は静かに顔を上げて泊地を見据えた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「はぁ………。」

 

一方、磯風はというと、ここ数日、ずっと海岸に座り込み溜息を付いていた。

明らかに、いつものような覇気が無い。

これでは、横須賀に来た当初のような状態に逆戻りであった。

 

「磯風………貴女の気持ちは痛い程分かるけれど、過去は戻ってこないわよ。初雪先輩の事は………。」

「分かっている、分かっているんだ………!だが………私は………私の力では結局………!」

 

岸波がやって来て、隣に座って話しかけるが、磯風は頭を抱えて呻いてしまう。

どうしても、あの泣きながら殴り掛かって来た初雪の顔が、思い出されるのだ。

やり切れない表情をした、あの顔が。

 

「私は悔しい………!初雪を救えなかった事が!あの4人の想いは………これでは………!」

「やっぱり………優しいんだね………。こんな艦娘の為に………苦しんでくれるなんて………。」

 

前から掛かって来た声に、磯風はハッとなって顔を上げる。

そこにはいつの間にか、敷波に背中を押される形で、優しい顔をした初雪が戻ってきていた。

 

「うわっ!?」

「ストップ。」

 

思わず、反射的に磯風は逃げ出そうとしてしまうが、色々悟った岸波が、強引に肩を押さえつけてその場に押し留める。

結果的に腰を抜かす形になった磯風の前に、初雪が片膝を付いて視線を合わせる。

 

「まず、ゴメン………詳しい経緯は、敷波から聞いた………。」

「………だったら分かるだろう?磯風が………只の口先だけの艦娘だった事。」

「ううん………そうは思わない………。磯風のお陰で………あの3人は………最期に艦娘に戻れたから………。」

 

磯風の身を挺する行動があったからこそ、初雪の友である3人は、最期に本当の姿に戻れた。

自身を犠牲にしてでも、初雪を生かしたいと願った、あの誇り高い姿に。

 

「磯風………3人は、私に答えを教えてくれたよ………私に前を向いて欲しいから生かしたって………。だから………アレが最善だったんだよ………。」

「……………。」

「磯風は………満足しないかもしれないけれど………これだけは言わせて………。本当にありがとう………。」

「私………は………。」

 

磯風は膝を抱えて、顔を埋める。

初雪の言葉を聞いて、磯風はようやく理解する。

納得していないのは、結局の所、自分なのだと。

嘗て、岸波が沖波の残留思念と邂逅した時と同じで、自分自身への許せなさが、尾を引いているのだと。

 

「私は………迷ってばかりだな。」

「私もだよ………。艦娘って………難しいね………。」

 

「じゃあ、その艦娘がどう思われているか、再確認してみる?」

 

泊地の方から聞こえて来た声に、磯風や初雪達は立ち上がる。

見れば、佐伯湾の提督が、1組の親子3人を連れて来ていた。

 

「すみません………。この子が、どうしても艦娘に会って、言いたい事があるそうで。」

 

頭を下げた父親が、息子である子供の背中を押す。

子供は、物珍しそうに艦娘を見ていたが、やがて輪の中心にいた初雪達の元へとやってくる。

 

「ねーねー、おねえちゃんが、わるいしんかいせいかんをやっつけてくれたの?」

「私………?それは………。」

 

言いよどむ初雪の反応を待つ事無く、子供はニンマリと笑って、言葉を発する。

 

「ありがとう!ぼくたちをまもってくれて!ぼく、しょうらい、つよいかんむすのてつだいをしたいんだ!」

「そう………そうだね………。」

 

初雪は、なるべく優しい顔をすると、子供の傍に行き、身を屈め、視線を合わせる。

そして、静かにこう告げた。

 

「じゃあ………覚えてあげて………。君達を守る為に………とても強い艦娘達が、居たという事を………。」

「おねえちゃんたちのほかにも?」

「うん………。ずっと昔から………私達はそうやって協力して………皆を守って来たから………。」

「わかったよ!おぼえておく!」

 

本当の意味は、多分理解していないだろう。

それでも、初雪は少しだけ笑みを浮かべると子供の頭を撫でた。

子供は親の元に戻って行き、親は初雪達に頭を下げて、提督に連れられて戻っていく。

その姿を見送りながら、初雪は呟いた。

 

「意味………あったんだよね………。青葉さん達の奮闘も………磯風達の戦いも………私の友達の犠牲も………全て………。」

「初雪………。」

「私………もう少しだけ………本当にもう少しだけど………人間に希望を持っていいかな………?艦娘として生かしてくれた、みんなの為にも………前に進んでも………いいよね。」

「ああ………。私も………そうしたいな。」

 

初雪と磯風は、沖合を見る。

静かに波が打ち寄せる青い海は、艦娘達を、優しく見守っているようであった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

その夜、執務室には明かりが灯っていた。

中では提督が、今回の襲撃に関する資料を纏めていた。

いつも手伝いをしてくれている玉波や涼波は、もう休んでいる時間だ。

その部屋が、ノックされた。

 

「どうぞ。」

「失礼します………。」

 

中に入って来たのは、初雪。

秘書艦である彼女は、静かに提督を見た。

その目線を受け、佐伯湾の提督も書類仕事を止めて、初雪を見る。

 

「………決めたのね。」

「まだ………何も言ってないけど………。」

「一応、それなりに長い付き合いだから、言わなくても分かるわよ。みんなには言ったの?」

「能代さん達には、もう伝えた………。迷惑ばかり………掛けていたけれど………みんな、送りだしてくれた………。」

「そう、なら私からは何も文句は無いわ。」

 

佐伯湾提督は、初雪の元に行くと敬礼をする。

初雪も答礼をした。

 

「今までありがとう。つまみ出されたら、戻って来なさい。」

「こちらこそ………ありがとうございます、司令官。行ってきます………。」

 

初雪はそう言うと、「最後の仕事」として、提督の書類仕事を手伝いだした。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

翌日、磯風達は共に戦った仲間達に、別れを告げようとしていた。

岸波、舞風、望月、山風、薄雲、朧、初霜の第二十六駆逐隊の7人は、近海警備も兼ねて、海路で呉まで戻る事になった。

一方で、衣笠、青葉、古鷹、加古、綾波、敷波、磯波、浦波は、病み上がりの青葉達の都合もあり、海風、江風、夕張が運転してきたトラックで呉まで送られる事になっていた。

3人は、その後に佐世保まで戻るらしい。

見送りには、提督を始め、能代、天城、山汐丸、玉波、涼波が出てきてくれていた。

だが………。

 

「ん?見送りに、初雪の姿が居ないな?寝坊か?」

「初雪ならば、もう来るわ。」

 

振り向いた能代の視線の先を見て、磯風達は驚く。

彼女は、荷物を海風達に渡して、トラックに詰め込んでいた。

 

「何だ?佐世保に転籍になったのか?」

「んー………。転籍はするけれど、佐世保じゃなくて横須賀かな………?どうせ、如月や巻波の荷物も移すんでしょ?だったら、ついでにって………。」

「そうか。横須賀………ん!?」

 

そこまで来て、磯風は思わず固まる。

まさかとは思うが………。

 

「お、おい………初雪………!?」

「私なりに色々考えたけどさ………、第二十五駆逐隊に厄介になろうって思ってさ………。司令官には転籍の手続き、もう済ませて貰ってるから………。」

「待て待て!?嚮導艦の知らない所で、勝手に移って来るのは、欠番の駆逐隊の伝統行事か!?」

 

思わず身を引いた磯風に対し、トラックに乗っている敷波や海風はクスクスと笑っており、その伝統行事を何度も味わっている岸波は、思わず大袈裟に溜息を付いていた。

一方、トラックに荷物を詰めた初雪は、磯風の元に行くと真剣な顔で告げる。

 

「磯風はさ………トラウマを抱えている自分の事、弱い艦娘だって思ってるんだろ………?」

「ま、まあ、違わないが………。」

「だったら、支える仲間………多い方がいいじゃん。恩返し………させてよ。」

「……………。」

 

最後の言葉が本音だと理解した磯風は、思わず後ろを振り返り、艦隊の戦友達を見る。

春風は優しく笑みを浮かべており、如月はいたずらっぽく含み笑いを浮かべており、巻波は目を輝かせている。

この短期間に、一気に4人も戦友が増えるとは思っていなかった。

だが………。

 

「責任は………取らなければならないか。」

「そういう事………じゃあ、宜しく。」

 

初雪は、グータッチをしてくる。

彼女と拳を合わせた磯風に、自然と笑みを浮かんだ。

絆とは、こうやって培っていくのだと。

戦友とは、こうやって増えていくのだと。

自身はトラウマを克服しきれない弱さを抱えた艦娘ではあるが………、それでも、皆と一緒に前に進んでいこうと、改めて思った。

そうやって生きて覚えてくれる者がいる限り………居なくなった者達の想いも、ずっと消えはしないのだから。




初雪が、正式に第二十五駆逐隊に加入です。
これで、艦隊が5人になって、ようやく輪形陣が使えるようになりましたね。
6人目のメンバーは既に決めていますが、それが誰かなのかは、まだ秘密です。
この話を書いている時は、丁度艦これアニメの2期の5話を見ていた頃になります。
ですので、最後の文章は、アニメの磯風と浜風の会話を元に書き上げました。
生きている者と失われた者との死生観を描く上では、大切な事ですよね。
余談ですが、書いてるとより好きになる艦娘が出て来るって、執筆者あるあるかも。


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第89話 ~雪が降る中で~

晩秋を過ぎた本土は、枯葉が落ち、やがて厳しい冬がやって来る。

美しい黄色や橙色の景色は、やがて地方によっては、降りしきる雪によって白化粧に包まれた。

そんな中、北方の単冠湾泊地では、近海の深海棲艦の討伐任務が行われていた。

 

「浜風ちゃん!重巡リ級が行ったよ!」

「……………。」

 

五月雨の無線が響く中、浜風は雪の中を進んでいた。

目の前には腕を振りかざし、砲撃を仕掛けてくる深海棲艦の姿。

一瞬、目の前の景色が、霧の海の中で嘲笑う姫クラスと重なった。

だが………。

 

「参ります!」

 

首を振った浜風は、加速を止めなかった。

身を低くし、砲撃の下を疾走すると、両手の主砲と機銃を敵艦に放つ。

リ級は、慌てて硬質の腕で防御をするが、そこに隙が生まれた。

すかさず浜風は、太ももの魚雷を放ち、リ級に炸裂させて火柱に包み込む。

敵艦は、悲鳴を上げながら撃沈していった。

 

「敵艦を沈めました………。残存艦は………?」

「無いよ。お疲れ様、浜風ちゃん!」

 

前から、他の敵艦を片付けた五月雨が笑顔でやってくる。

一方、浜風の後ろからは、浜波に連れられて、択捉と松輪がゆっくりとやって来ていた。

その海戦の様子を見ていた松輪は、思わず憧れの声を上げる。

 

「ふぇぇ………凄い………。浜風さん、見違えるように強くなってます………!」

「ま、松輪ちゃん………せ、正確には、アレが浜風さんの本当の力………。」

「そ、そうなんですか………!?艦娘って………あんなに勇ましいんだ………。」

 

浜波の指摘を受けて、松輪は、ますます目を輝かせる。

その視線を受けて、浜風は苦笑した。

 

「まだまだですよ。今は五月雨に単艦にして貰っているから、対処出来るだけです。それに、相手が鬼クラスや姫クラスだったら、私はまだ怯んでしまうでしょう。」

「それでも………PTSDを克服していっているのは、凄いです!」

 

択捉の言葉を受けて、松輪がコクコクと頷く。

浜風は、深海棲艦に侵食されていた頃の如月の力によって、沖波の残留思念を感じ取ってから、少しずつではあるが、PTSDを乗り越えていっていた。

最初は駆逐艦から一段ずつステップアップしていって………。

焦る事無く、リハビリを続けて、艦娘としての本来の力と姿を少しずつ取り戻していた。

 

「上手くいったみたいだな。」

 

そんな浜風の元に、もう1人艦娘がやって来る。

第二十五駆逐隊の嚮導艦である磯風であった。

 

「私も、この短期間にこれだけ力を取り戻せたことは、誇っていいと思うぞ。」

「岸波が送ってくれた、艤装のお陰です。磯風の表現を借りるわけではありませんが、生き生きとしていますね。」

 

今の浜風の艤装は、呉で工作艦としての修業をしている岸波が送ってくれた物だ。

磯風の時と同じく、基礎性能が上がっている他、缶とタービンも強化されていた。

この背中を後押ししてくれる艤装の存在が、浜風にとって力になっている事は確かであった。

 

「それにしても、驚きました。この時期に、磯風がまたこの泊地にやって来るなんて。嚮導の仕事はいいのですか?」

「秋は、春風の件から如月達の件、そして初雪の件と、ほぼ休み無しで動いていたからな。たまにはのんびりした方がいいと思って、纏まった休暇を申請したんだ。だから、ここに来ているのは、私と春風だけだ。」

 

思えば、秋は北から南まで、色々な所に行った。

この単冠湾泊地に始まり、幌筵泊地、佐世保鎮守府、鹿屋基地、そして佐伯湾泊地。

仕方ない事情があったとはいえ、働き過ぎたと言ってもいい。

だから、自身も含め、5人全員好きな所に休暇を取りに行っていいと告げたのだ。

 

「春風は今頃、姉妹達と団らんをしているだろう。如月と巻波は佐世保に戻って、睦月とかに挨拶をしているだろうな。初雪は………横須賀で墓参りがしたいと言っていた。」

 

どうせならば、この休暇で思いっきり羽を伸ばして欲しいと思ったので、制限は無しにしている。

磯風も折角ならば、第十七駆逐隊の面々と久々に過ごしたいと考えたのだが………。

 

「こんな時に、浦風と谷風が居ないとはな。何処に行ったんだ?」

「呉ですね。岸波の所です。」

「何?」

「私のこの強化された艤装を見て、直談判をしに行くと言っていましたよ。」

 

浜風が笑顔で自分の艤装を指さしながら、磯風に告げる。

磯風は、何を頼みに行ったのだろうか?と首を傾げた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「根本的な強化………ね。」

「そうだ。どうにかならんか?」

 

呉の工廠(こうしょう)では、岸波に対し、浦風と谷風が、自分達の艤装を見せていた。

周りには、岸波の師匠の明石の他、第二十六駆逐隊の面々が集まっている。

単冠湾泊地の2人は長期休暇を貰うと、この機にと、岸波の元に今までの事を謝りに来た。

事前連絡が無かったので、岸波本人にしては青天の霹靂とも言える出来事だったが、更に彼女達は、続けてこう頼み込んだのだ。

艤装を「根本的に」強化して欲しいと。

 

「無茶言ってるのは、分かってんだ。でもねぇ、谷風さん達にしてみれば、偉そうかもしれないけれど、只、「強化」するだけじゃ満足いかないのよ。」

「つまり、艤装に何かしらの「装備」を追加して欲しいって事よね………。」

「そうそう。粋な改装を、期待したいんだよねぇ。」

「……………。」

 

谷風の言葉を受け、岸波は無言になる。

搭載可能な装備を追加するというのは、艤装を強化する事よりも数倍は難しい。

何せ艤装その物に、装備追加用の空間やネジ穴等を追加しないといけないし、総合的なバランスも見直さないといけない。

更に言えば、第十七駆逐隊の艤装は、全員がバラバラの作りをしている為、ほとんど応用が効かない。

根本的に強化をする事は、根本的に艤装を作り直す事に匹敵する事だと、岸波はこれまでの修行の中で思っていた。

 

「浦風、谷風………悪いけれど、これは私の手に負える物では無いわ。頼むならば師匠に………。」

「時間が掛かってもええ。うち達は、岸波に改装を頼みたいんじゃ。」

「でも………。」

「沖波の件………うち達は、自分達の不甲斐なさを岸波達のせいにしとった。」

 

浦風は僅かに俯きながら、悔しそうに呟く。

谷風も頭をかくと、肩を落とす。

 

「情けないねぇ………。あの時、海戦での判断能力すら鈍ってたのに………。」

「それは貴女達のせいでは無いわ。沖姉に命令したのは………。」

「そうさせたのは、5人全員の実力不足だからだよ。」

「……………。」

 

岸波、磯風、浜風、浦風、谷風。

沖波を捨て艦にした責任は、あの場にいた5人全てにある。

そう谷風達は、言いたかったのだ。

 

「もう繰り返しとうないなぁ、うち達も同じだ。じゃけぇ、岸波………われに頼みたいんじゃ。」

「谷風さん達と同じ想いを持っている岸波だからこそ、頼みたい………。いや、岸波じゃなきゃ、ダメなんだ。」

「浦風………谷風………。」

『頼む!』

 

頭を思いっきり下げた2人の家族を見て、岸波は感じる。

守る為の力が欲しいのは、誰だって変わらないのだと。

その2人の熱意を改めて受け取った岸波は、明石を見る。

 

「師匠………やってみてもいいでしょうか?」

「多分、最初は失敗ばかりだと思うわよ?それでもいいなら………ね。」

「構わん!何百回だって付き合うさ!」

「沖波や浜風の辛さに比べれば、余裕よ!」

「じゃあ………やってごらんなさい。」

「ありがとうございます!」

 

優しく語り掛けた明石の言葉を受けて、岸波は改めて2人の艤装を見てみる。

元々バランスの悪い重武装であるのが、第十七駆逐隊の艤装の特徴だ。

逆に言えば元々の体積が大きい分、拡張性はあるとも言えた。

岸波はじっと、その艤装を見つめ………そして、おもむろに山風と初霜を呼び寄せて、何か相談をする。

そして………。

 

「難しい改装だけれど………こういうのはどうかしら?」

 

その話を聞いた、浦風と谷風の目が見開かれる。

彼女達は、たちまち笑顔になった。

 

「そがいな事が可能なのか!?岸波、天才じゃ!?」

「勿論、最初は文字通り、何百回も失敗すると思うけれど………。」

「構わないさ!谷風さん達もとことん付き合うから、思う存分、やってくれい!」

「分かったわ。じゃあ………早速始めるわよ!」

 

握り拳を作って喜んだ2人と、固く握手をした岸波は、腕まくりをして艤装に必要なパーツのリストを作っていく。

浦風と谷風にとって、大きな一歩を踏み出す為の、改装が始まった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「雪………か………。」

 

横須賀では、共同墓地で初雪が、空から降る白い結晶を眺めていた。

彼女は、自分の友の3人の墓に献花をしていた。

更に、普段は磯風が代わりにやっているという、第二十六駆逐隊関連の墓への献花も同時に行っていく。

「第2代宿毛湾泊地提督」、「初代薄雲」、そして「初代沖波」………。

これまでに、磯風から、岸波達の軌跡を聞いていた初雪は、感慨深い物を覚えながら、手を合わせて行く。

 

「そう言えばこの墓地………「あの3人」の墓もあるのかな………?」

 

思い出したように初雪は、共同墓地の中を歩いていく。

彼女の思い描いた3人は、友の事では無い。

墓の中を進んでいった彼女は………その墓と、献花をしている艦娘に出会った。

 

「電………。」

「あ………初雪ちゃんも、お墓参りなのですか?」

 

小柄な………しかし、「初期艦」の称号を持った熟練の駆逐艦娘は、少しだけ笑みを浮かべて、初雪を見た。

初雪にしてみれば、電は、吹雪と同じく顔見知りの関係だ。

しかし………その「特殊な経歴」故に、古参の艦娘ほど、彼女には近寄りがたい雰囲気を持っていた。

同期に近い艦娘で普通に接する事が出来るのは、第六駆逐隊の仲間や、叢雲や漣と言った………同じ「初期艦」の称号を持つ者くらいであろうか?

だからこそ………敢えて初雪は、踏み込んでみた。

 

「電………3人の事、忘れられないの?」

「………忘れられるわけ無いのです。」

「そうだよね………電にとっても仲間だから………。」

「違うのです。」

 

電の絞り出すような言葉を受けて、初雪は彼女の目を見る。

その目からは、光が無くなっていた。

彼女は、悲しそうに笑みを見せながら呟いた。

 

「電は………忘れるわけにはいかないのです。だって………恨まれているのですから。」

「電………。」

「失礼するのです。」

 

会話を打ち切り、電は去って行ってしまう。

その普段の姿からは想像できないような寂しさを見て、初雪は白い息を吐きながら、3つの墓を見上げて、静かに手を合わせる。

その墓標にはこう書いてあった。

「初代睦月」、「初代時雨」、「初代大潮」と。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「雪………か………。この佐世保では珍しいのう。」

 

佐世保鎮守府近海では、初春が白い息を吐き、風流だと思いながら、空を見上げていた。

今年は寒い冬が訪れるのかと思った中、電探ではしゃぐ声が聞こえてくる。

 

「わーい、雪だー!」

「ふにゃー!雪だー!」

 

後ろを見れば、子日と文月が揃って騒いでいた。

陣形が乱れているので、思わずその後ろの若葉が注意を促す。

 

「はしゃぎ過ぎだ、陣形を戻せ。」

「まあ………たまにはいいじゃないか。子日はともかく、文月は久々に第二十二駆逐隊が揃ったからテンションが上がっているんだろうし。」

 

そう声を掛けるのは、若葉の後ろにいる長月だ。

彼女の後ろには、青色のショートカットを右側のもみあげ付近のみを長く伸ばしたアシンメトリーな髪型の艦娘と、膝まである長く癖っぽい金髪の艦娘が並んで笑っている。

彼女達が、南へ出張していた水無月と皐月だ。

 

「さっちんと、この季節に戻れてラッキーかな?水無月、南だと雪は見られないもの。」

「ボクも!………でも、幌筵を思い出してちょっと嫌かなー………。」

 

それぞれが、感想を漏らす中………先頭にいた初春が空を見上げて眉を潜める。

 

「何じゃ………アレは………?」

「え?」

 

初春が空に、大量の点を発見する。

子日がすかさず、双眼望遠鏡(メガネ)を掛けて空を見上げる。

そしてギョッとした。

大量の羽虫と鬼火の攻撃機が、迫ってきているのだ。

 

「複数種類の敵機だよ!?狙いは佐世保鎮守府だよね!?」

「すぐに、涼月を始めとした防衛組に伝えるんじゃ!わらわ達も、輪形陣で少しでも撃ち落とすぞ!」

「よーし!ボクが、世界一の「懐刀」としての力、見せてあげる!」

「水無月はえーっと………まだ、世界一の要素見付けて無い!?」

「言うとる場合か!?はよ、輪形陣に………!?」

「待て!?海からも、何か近づいてくるぞ!?」

 

長月の言葉で、初春達は反応する。

雪の中を敵艦が近づいて来ていたのだ。

そして………。

 

「アレは………!?」

 

その姿を見た7人は、思わず驚愕した。




章と章の間を挟む、間章とも言える今回の話になりました。
色々と、今後に向けての伏線を撒き散らしています。
特に、浦風と谷風に関しては、年末の強化がヒントになっています。
只、磯風と浜風の強化に比べると、方向性がかなり違うと思ったので、今回の流れです。
そして、電が献花をしていた墓の3人の名前。
艦これに詳しい方ならば、ピンとくるかもしれませんね。
次回から、新章突入です。


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第90話 ~緊急事態~

初春や長月達が攻撃機を発見する少し前、佐世保鎮守府の庁舎にある食堂では、提督が4人の艦娘を招いて食事を行っていた。

秘書艦の菊月、睦月、如月、そして巻波である。

義腕を動かす関係で、巻波は特別に艤装を背負っていたが、睦月型の3人は勿論生身だ。

豪華な昼食を前に、如月は礼儀正しく食べているつもりであったが、上手くいっているかは不安である。

また、菊月は秘書艦でありながらも未だに慣れない感じであり、睦月はいつもの砕けた調子でありながらも手が震えており、巻波に至っては、おっかなびっくりと言った様子であった。

 

「そんなに緊張するな。折角の食事だ。しっかりと味わうと良い。」

「司令官………多分、みんな、今の気分は金塊の山を目にして、震えている冒険者のような感じですよ?」

「素直に喜べないのか?」

「喜べたら苦労しません。」

 

人も艦娘も、とんでもない物を目撃すると、思考が狂ってしまう。

今はそんな状態であった。

 

「まあ………確かに、真面目な話をする時に食べる食事では無いのかもしれないな。」

 

佐世保の提督は、軽く溜息を付いた。

4人が招かれているのは、この秋に起こった事件を纏める為だ。

深海初代艦娘等、様々な言葉が出た為に、詳しい事柄を提督が知りたかったのである。

既に、海風や江風は食事会という事情聴取を受けており、二重の意味で苦しかったという感想を貰っている。

 

「提督………睦月、そろそろリタイアしてもいいですか?秋はほとんど寝ていたから、話せる事が無いんだけどぉ………。」

「あ、睦月ちゃんずるい!司令官、如月も悪いけれど………。」

「わ、私も!もうお腹いっぱい!」

 

睦月、如月、巻波がそろそろ限界に近づいてきているのを見て、提督は執務室に移ろうかと、ベルを鳴らそうとした時であった。

 

「………何だ?この音は?」

 

その提督の声に、全員が椅子から立ち上がる。

何かが飛んで来る音が大きくなって………食堂に………破壊しそこなった、深海棲艦の攻撃機が着弾し、爆発を起こした。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「う………うう………。」

「大丈夫、如月!?」

 

瓦礫の山に埋もれていた如月は、左腕を痛めながらも、何とか巻波に引っ張り出されていた。

不幸中の幸いと言えばいいのか、巻波が艤装を装着していたので、即座に怪力を発揮し、瓦礫の撤去を行う事が出来て、救出が可能になったのだ。

 

「み、みんなは………?」

「大小傷を負ってるけれど、船渠(ドック)入りすれば治るレベル!………艦娘は。」

「司令官!?」

 

如月は腕を抑えながらも起き上がると、部屋の中央で倒れている者を見る。

そこには、睦月や菊月、それに扉の外にいた事で難を逃れた給仕達に囲まれている、佐世保の提督がいた。

菊月は、右腕をだらんと下げている所を見ると、どうやら折れている感じだ。

睦月は、比較的軽傷で、提督の傷を注意深く眺めている。

 

「左腕と右足に骨折の跡あり!火傷の跡多数!救急車、急いで!!」

「は、はい!」

 

睦月の声に、給仕達が連絡を取り合い、すぐさま救急隊員の手配が行われていく。

提督は、何処か呆然とした顔で上を見上げていた。

 

「やれやれ………愛人を作り過ぎたツケが今頃来たか?」

「冗談、言ってる場合じゃ無いにゃぁ!安静にして!」

「………私よりも、佐世保と街を守れ。」

「え………?」

「聞こえないのか?まだ攻撃機は飛んでいる。」

 

提督の言葉の通り、周囲に耳を向けると、確かに攻撃機と対空砲火がぶつかり合う音が聞こえていた。

 

「こんな大規模な攻撃機の数、何処から………!?」

「巻波ちゃん!提督を見ていて!攻撃機が来たら、機銃や主砲も使っていいから!」

「わ、分かった!任せて!」

「如月ちゃんと菊月ちゃんは、港に行くよ!涼月ちゃん達がどうなってるか、確認しないと!」

「確かに艤装を付けない事には、何も出来ないな………。行こう!」

 

その場を巻波に任せた如月達3人は、庁舎を飛び出す。

すると、空には多数の攻撃機が今も海の向こうから迫っていた。

 

「あ!居た!睦月ちゃん達も早く艤装を!」

「夕張さん!?」

 

如月達は驚く。

艤装を付けた夕張が噴進砲を撃ちながら、前線の討ち漏らしを片付けていた。

近くには、工廠(こうしょう)の人達が、3人の艤装を準備して運搬して来ていた。

すかさず、如月と睦月は装備をして単装砲と連装高角砲を空に向けて、夕張の援護に入る。

だが、菊月は右腕を骨折している関係か、艤装を付けて貰う事は出来ても、単装砲の狙いが定まらない。

 

「くっ………これでは、足手まといでは無いか!?」

「落ち着いて、菊月ちゃん!………夕張さん、前線の様子を見に行ってもいいですか!?」

「分かったわ、睦月ちゃん。菊月ちゃんはここで一緒にいましょう!2人は涼月ちゃん達をお願いね!」

「すまん………佐世保を頼む!」

 

夕張に菊月を任せた如月と睦月は、更に前へと進んで桟橋へと向かう。

そして、その光景を見て、また驚く事となった。

抜錨していたはずのセミロングの銀髪に青灰色の瞳を持つ艦娘………涼月達が、桟橋の上にまで後退していたのだ。

近くでは、時雨や海風達がとにかく空に向かって機銃等を乱射しており、金剛達や妙高達が、三式弾を何度も放っている。

それだけ圧倒的な攻撃機の前に、前線が押し戻されていたのだ。

如月は睦月に続き、涼月の元に行き、対空砲火に加勢する。

 

「睦月さん、如月さん!街は!?鎮守府はどうなっていますか!?」

「街はまだ無事だよ!でも、提督が重傷を負って………!」

「くっ………守れなかったとは!」

「救急車は呼んだから、これ以上の侵攻は防いで!とにかく、睦月の目が黒いうちは、街も鎮守府もやらせない!如月ちゃんも!」

「ええ!」

 

睦月は、睦月型ネームシップだけあって、リーダーシップに優れていた。

だからこそ、こういう時の励まし方もしっかり心得ている。

その激励を受けて、如月も負傷した左腕は痛んだが、それでもとにかく高角砲を撃ちまくった。

佐世保の艦娘達の、長い戦いが続いた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

約1時間後、何とか攻撃機の山を全て迎撃した艦娘達は、その場にへたり込んでいた。

皆、疲労困憊であり、冬空の中、砲身からは熱気で煙が出ていた。

 

「い、一体、沖合で何があったのかしら………?」

「初春ちゃんや長月ちゃんの艦隊が戻ってこない限りは分からないにゃ………。菊月ちゃん、街や鎮守府は?」

 

電探を使って、後方に控えている菊月と連絡を取った睦月は、彼女の答えを待つ。

菊月は、静かにこう答えた。

 

「街に被害はない。鎮守府も無事だ。提督も無事に病院に搬送された。」

 

その言葉を受け、涼月を始めとした艦娘達に僅かながらホッとした表情が見られた。

とりあえず、一般市民に被害が出るという最悪の事態だけは避けられた。

だが………。

 

「そうか………ならば、電話も使えるのじゃな?至急、横須賀に繋げてくれ。」

『!?』

 

その電探に乗った初春の声に、皆が沖合を見て驚く。

近海警備に出かけた7人の艦娘達は、皆大破や中破をして帰って来ていた。

前回の長月のように意識不明の艦娘は居なかったが、改二艦の初春や文月、皐月も、かなりの傷を負っていた。

 

「菊月ちゃん!至急、船渠(ドック)入りと高速修復材(バケツ)の手配を!」

「構わん、睦月。それより電話じゃ。………わらわ達は、即座に横須賀の提督に、この目で見た事と、耳で聞いた事を伝えんといかん。………緊急事態じゃ。」

 

初春の真剣な言葉と負傷した様子に、如月は、思わず息を呑んだ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

その30分後、横須賀の執務室には、かなりの数の艦娘が集められていた。

と言っても、重巡の摩耶と鳥海意外は、全員、駆逐艦娘だ。

まず、暁・ヴェールヌイ・雷・電の第六駆逐隊。

朝潮・大潮・荒潮・満潮の第八駆逐隊。

若干、人数が欠けていたが、曙・漣の第七駆逐隊。

更には、吹雪・初雪・深雪・叢雲の第十一駆逐隊が居た。

 

(何が始まるんだろう………?)

 

その中で初雪は、深刻な顔をする横須賀の提督と大淀を見て、只事では無いと思っていた。

やがて、静かに提督は話し出した。

 

「簡潔に言う。佐世保が爆撃を受けて、ピンポイントで提督が負傷して病院に搬送された。」

『っ!?』

 

静粛にしないといけないと思いながらも、その衝撃に思わずその場にいた全員が驚かされる。

そして、提督は更にこう加えた。

 

「近海警備に赴いていた初春によると、その攻撃機を飛ばしている艦隊に遭遇したそうだ。」

「………空母ヲ級ですか?」

 

朝潮の質問に、提督は首を振る。

 

「航空戦艦レ級だ。エリート級が、複数確認されたらしい。」

「数倍厄介ですねぇ………。」

 

荒潮が思わず考え込む中、提督は………何故か大潮を見た。

目を向けられた大潮は、首を傾げながら聞く。

 

「大潮の顔に、何か付いていますか?」

「いや………もう1隻、空母を飛ばしていたのは、大潮に瓜二つだったらしい。」

「え………?」

 

大潮はどういう事なのだろう?と考え込む。

その上で、提督は更に言う。

 

「そして、それを護衛する駆逐艦が2隻いたが………佐世保の睦月と時雨にそっくりだったらしい。」

 

ガタンッ!

 

誰かが膝から崩れる音が響いた。

初雪達が振り返ると、それは電であった。

彼女は、急にガクガクと手足を震わせながら、青ざめた顔で床を見ている。

慌てて暁や雷が支えながら、提督に聞く。

 

「し、司令官!?それって………!?」

「………「彼女達」は、初春達にこう言って去って行ったそうだ。自分達は、「初期艦」だと。」

「初期艦!?じゃ、じゃあまさか………!?」

 

何か思い当たる節のある雷が、電を見る。

電は冷や汗を床に垂らしながら、恐怖に満ちた表情をしている。

こんな電の姿は、誰も見た事が無かった。

そんな中、提督は最後にこう告げた。

 

「自分達は、電に復讐しに来たと。電の大切にしている物全てを………滅茶苦茶に破壊してやると………初春達をメッセンジャーにして、見逃したらしい。」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

体調不良に陥った電を、暁と雷が、執務室から連れだした後に、提督は立ち上がり、初雪達に告げる。

 

「今からここに集った面々は、予備を含めた艤装を持参し、羽田空港に向かって貰う。そこで、佐世保の攻勢作戦を管理して貰う代理提督と合流して、戦力として即座に働いて欲しい。」

「ひ、飛行機に乗るんですか!?」

「それだけ、時間が惜しいという事だ。」

 

思わぬ待遇に驚く深雪に対し、提督は静かに話す。

どうやら、想像以上に、かなり切羽詰まった状況であるらしい。

その提督に、叢雲が聞いてきた。

 

「………その「代理提督」は誰ですか?実績のある人でしょうか?」

「今回の奇襲を受けて、上は生存能力を重視する時が来たと言っていた。よって、本作戦では、初めて「艦娘提督」を起用する選択を取った。」

「え………まさか?」

 

曙が、驚いた顔をする。

提督は頷くと、静かに告げた。

 

「代理提督は、単冠湾泊地を収める………駆逐艦娘陽炎だ。」

 

その言葉に、思わず艦娘達からどよめきが起こった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「佐世保の提督が負傷して、陽炎が代理だと!?」

 

単冠湾泊地では、突然の事態を受けて、磯風が仰天していた。

陽炎は、秘書艦の高雄や不知火に色々と引継ぎをしながら、対応をしている。

 

「あそこには、今、如月や巻波がいるでしょ?だから、磯風と春風も連れてくわ。補佐は五月雨ね。本土まで抜錨して、4人で飛行機に乗って東京に向かうわよ。」

「だ、大丈夫なのか!?」

 

磯風は、思わず心配になって聞いてしまう。

泊地を管理している陽炎だが、いきなり鎮守府で攻勢作戦を行うのは、勝手が違うだろう。

秘書艦の経験が無い磯風でも、それだけは十分に分かった。

だが、それに対して陽炎はこう答える。

 

「不安が無いと言えば嘘よ。でもね………佐世保の人達は優しいわ。その場所を、深海棲艦に壊されるわけにはいかないの。」

「だ、だが………その深海棲艦は………。」

「十中八九、電の知り合いね。だけど、身勝手な主張と爆撃から街を守りたいって想いは、艦娘みんな一緒のはずよ。………違う?」

「陽炎………。」

 

磯風は電に恨みを持っている深海棲艦の話を聞いた時、初雪の友であった初代艦娘達を思い出した。

陽炎も提督なのだから、そこら辺の事情は知っているだろう。

だが、それを踏まえた上でも、彼女は立ち止まるわけにはいかない。

今、佐世保を統べられる者は、陽炎しかいないのだから。

 

「陽炎、私は………。」

「磯風、この手を見て。」

 

陽炎は、自分の手を差し出して言った。

その手は………細かく震えていた。

 

「ハッキリ言って怖いわ。私の手腕で街の運命が掛かってる!投げ出せる物ならば投げ出したい!」

「………そうだな。」

「だけど、私が投げだしたら、それで佐世保はお終いよ!みんなが火に包まれる未来しか見えない!だから、お願い………。」

 

最後は消え入るような声で、陽炎は妹艦に言う。

磯風は、静かにその手を………震える手を握った。

 

「すまない、陽炎。………私は提督がどういう物かを、理解しきれていないみたいだ。」

「ええ、全くね。」

「それでも………この緊急事態を乗り切るために………、私達で良ければ協力する。遠慮なく言ってくれ!」

 

その手を力強く温めるように両手で包んだ事で、陽炎の震えが僅かながら落ち着く。

彼女は、ふうと溜息を付き、心を落ち着かせると、磯風に告げた。

 

「………ありがと、磯風。食事以外は、頼りにさせて貰うわ!行くわよ!」

「一言余計だ!………付いていくぞ、佐世保に!」

 

2人は執務室の外に出て艤装を付けると、先に抜錨準備をしていた春風と五月雨と合流する。

そして、泊地の皆に見送られながら、南下していった。




というわけで、事態が大きく動き出しました。
前回の話と照らし合わせて考えると、謎の敵の正体が少し分かるかもしれません。
この小説では、艤装を背負っていると筋力等に補正が掛かる設定があります。
そのお陰で、あの食堂の面々では、巻波だけは即座に動けたわけです。
さて………皆様の応援のお陰でこの話も90話です。
まだまだ話は続きますが、お付き合いして貰えると有り難いです。


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第91話 ~飛行機の旅~

「こ、これが空港か………。何ていうか、凄く広い所だな………。」

「羽田はもっと広いから、覚悟しておいた方がいいわよ?」

 

単冠湾泊地を南下し、本土………北海道に上陸した磯風達は、提督である陽炎を出迎えに来た車や、艤装等を運搬するトラックと合流する事になった。

そして、近くの空港へと走っていき、夕方前には着く事になる。

当然ながら、磯風や春風は、空港に来るのは初めてだ。

だから、その大きさには思わず面食らう事になってしまった。

 

「か、陽炎は乗った事があるのか?」

「提督は、たまに東京で会議に参加しないといけないの。だから、何度か乗っているわ。」「そう言えば………五月雨さんを、連れて行った事もありましたよね。」

「うん、だから私も飛行機は初めてじゃないよ?」

 

空港のロビーを堂々と進んでいく陽炎や五月雨を追いかける形になった磯風達は、思わず周りの視線が気になった。

市民達が、自分達を艦娘だと分かっているのかは謎だが、順番を無視して、フリーパスで訳の分からないゲート等を潜り抜けて行く姿を見たら、それは違和感を覚えるだろう。

とりあえず、先頭の2人にならって、失礼しますと、挨拶をして飛行機へと乗る。

席に座ってシートベルトのような物を付けた上で、周りに関係者以外いない事を確認した磯風は、静かな声で陽炎に問う。

 

「艤装は?」

「荷物として別の場所に運ばれて行くわ。それと、今回の攻勢作戦に付いての簡単な概要を話すわね。」

 

陽炎が、佐世保での簡単な艦娘達の役割を説明する。

気軽そうに振る舞いながらも、真剣な言葉を受けて、磯風と春風は身構える。

 

「今回、敵艦が、大量の攻撃機を飛ばせる関係で、呉と舞鶴からは、ほとんど戦力を派遣出来ないわ。防衛に必要な艦娘を確保しておきたいもの。」

「確かに………しかし、厳しいな。」

「その代わり、佐世保に飛龍さんがいる関係で、呉から蒼龍さんが十九駆逐隊を護衛にしながら来てくれるそうよ。二航戦が揃うのは有り難いわね。」

 

赤城と加賀の一航戦や、翔鶴と瑞鶴の五航戦と同じように、有名なコンビが飛龍と蒼龍の二航戦だ。

気心の知れた空母2人がいるのは、防衛や索敵、攻撃面等、様々な面で有り難かった。

また、磯風や春風にしてみれば、佐伯湾泊地で共に戦った、敷波や綾波のいる十九駆逐隊が来てくれるのも、嬉しい情報であった。

陽炎の説明は、まだ続く。

 

「その分、横須賀から、対空砲火に優れる摩耶さんと、相棒の鳥海さんが派遣される。後は、駆逐隊が複数参加する事になってるわ。」

「全員対空砲火を重視した防衛用か?駆逐艦ばかりなのは、正直………。」

「以前、鹿屋基地付近で戦った、深海如月との戦いを教訓にした結果よ。佐世保には、高速戦艦の金剛型や、重巡の妙高型が揃っているけれど、その速力でも駆逐艦の深海棲艦には付いていけなかったでしょ?」

「確かに………。」

 

如月の力を取り込んだ深海如月との戦いでは、夜戦だった事もあって、1隻に翻弄されてしまった。

その反省を活かす為に、横須賀からの援軍は、思い切って機動力を重視したらしい。

 

「とりあえず、昼は金剛さん達や妙高さん達に任せて、夜は駆逐艦を中心に揃えて行くってわけ。電話だと川内さんが、腕が鳴るって言ってたらしいわ。」

 

軽巡であり、佐世保の水雷戦隊のボスである川内にしてみれば、腕の見せ所だろう。

実際、陽炎にとっても、ベテランの軽巡である川内は、有り難い存在であった。

 

「他に、質問はある?」

「………作戦参加メンバーに、大潮や電はいるのか?」

「いるわ。第八駆逐隊や第六駆逐隊もね。他に、吹雪や漣、叢雲もいるから、初期艦は全員揃うわね。」

「そうか………。」

 

初期艦を名乗った敵艦の内の1隻であり、攻撃機を飛ばしている大潮に瓜二つの深海棲艦。

睦月や時雨を模した敵艦と同じく、電に復讐する事を目的としていた。

その舞台に、役者と思われる艦娘は、全員連れて行くらしい。

 

「陽炎、もう1つ聞いてもいいか?あの初期艦を名乗る3隻は、何者なのだ?何故、電を恨んでいる?提督なのだから、知っているのだろう?」

「そうね………でも、悪いけど言えないわ。」

「五月雨は………知っているのか?」

「私を含めた初期艦のみんなや、初雪ちゃんくらいまで古参の艦娘は、初期艦睦月、初期艦大潮、初期艦時雨を、知っているよ。でも………ごめんね、私からも言えない。」

 

深く考え込む仕草を見せる陽炎や、少し悲しそうに笑みを浮かべる五月雨を見て、磯風達は思考を巡らせる。

言えない理由があるとすれば、それは………。

 

「電の口から、直接言わなければならないという事か………。」

「それもあるけれど………、本当に3人が、私達の思い描いた存在なのか、確認が取れていないから。」

「……………。」

 

磯風達は悟る。

どうやら、今回の件に関しては、内容を話すには、かなり慎重にならないといけない事柄であるらしい。

こうなっては仕方ないので、磯風は、一生に何回乗れるか分からない飛行機の乗り心地を体験しておこうと決める。

春風も同じように、静かに佇もうとする………が。

 

「ああ、そうそう。そろそろ飛ぶけれど………離陸時と着陸時は、慣れないと辛い場合があるから気を付けてね。」

「何………?」

「はい………?」

 

その直後、2人は初めて、飛行機の乗り心地を体験する事になる。

海を駆ける時とは違う、身体が不気味に浮き上がるような感覚は………しばらくトラウマになった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「つ、着いたか………。何だ?あの飛行機という乗り物は………?」

「まだ半分よ。今から横須賀のみんなと合流するから、しっかりしなさい。」

「は、はい………気を付け………ます………。」

 

夜も暗くなる頃、羽田へと到着した4人は、その広すぎるロビーを歩いていた。

磯風と春風は、飛行機の洗礼を浴びる事になり、しばらく空が怖くなりそうであった。

敵も味方も、航空機目線だと、あんな感じなのだろうか?と考えると、恐ろしくなってしまう。

 

「ほら、見えて来た!おーい、みんな元気にしてたー!」

「何が元気よ………。こっちは大変だったんだから………。」

 

敢えて明るく手を振る陽炎であったが、飛行機に乗る前から疲れ果てた様子で応える曙を見て、何かあったのだと察する。

そのまま挨拶もそこそこに、艦娘達の目線の先を見て驚愕する。

電が、暁と雷に、両肩を支えられた状態でゆっくりと歩いて来ていたからだ。

その姿には、いつもの優しさも初期艦としての力強さも全く見えない。

 

「電………大丈夫?」

「……………。」

「アンタ、まさか………。」

「……………。」

「声、出なくなったの………?」

『!?』

 

陽炎の言葉に、五月雨、磯風、春風は驚く。

電という艦娘の強さは、秋に嫌という程実感している。

1対4のハンデマッチを余裕で勝利に近い戦績を収め、幌筵での激戦区でも圧倒的な力量を見せつけた艦娘だ。

その電が、嘗ての磯風と同じように、トラウマから声が出なくなっている。

磯風にしてみれば、その時の恩人であっただけに、ショックが大きかった。

 

「何が………あったんだ………?」

「司令官から佐世保の現状を聞いた後、こうなっちゃったの。」

「こうなったって………あの電がだぞ!?」

「それだけ………抱えている物が大きすぎるのよ。」

「大きすぎるって………こんなに力強さが失せてしまう位にか!?」

「ええ。」

 

暁のハッキリとした物言いに、本当に過去に何があったのか、磯風は今すぐ確認を取りたくなった。

だが、初期艦の面々は、頑なに口を閉じていた。

仕方なく、初雪に聞く。

 

「初雪………電は、一体………?」

「提督は………確認を取る事が先決だって………。本当に、電の過去に関係しているかどうか………。」

「そんな………。」

「磯風………。今すぐ知りたい気持ちは分かるけど、今は電を………落ち着かせてあげよう………。」

「分かった………。」

 

一方、陽炎は摩耶と鳥海に改めて挨拶を終えた後、大潮の所に行っていた。

彼女に対して、一応確認を取っておきたかったらしい。

 

「大潮、何かモヤモヤした物を抱えさせてゴメンね。電を除けば、アンタが一番、悩んでるでしょ?」

「大丈夫です。大潮自身が「一代目の大潮」じゃない可能性は、十分に考えられる事ですから。只………やはり、電の様子は気になります。」

「仮に相手が自分に瓜二つの存在だったとして、討てる?」

「そこは大丈夫だと思いますが………。」

 

結局の所は、電次第になる………というのが、大潮の意見なのだろう。

その上で、彼女は言った。

 

「横須賀の司令官は、この状態の電でも連れていけ………と言っていました。だとしたら、今回の件は、大潮よりも電にとって、乗り越えないといけない事柄なのかもしれません。」

「確かにね………本当にゴメンね、付き合わせちゃって。」

「いえ………。」

 

頭に引っかかる物を覚えながらも、戦う決意はしてくれている大潮に安堵を覚えながら、陽炎は提督として、場の纏め役を務める。

 

「それじゃあ、行きましょうか。飛行機の旅、存分に楽しんでね!」

 

こうして艦娘達を乗せて羽田から飛行機は飛び立つ。

佐世保方面に向かう便は、横須賀の初めての面々は勿論の事、磯風や春風にとっても、また地獄のフライトとなった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

夜遅くに、陽炎達は迎えの車に乗って佐世保に着いた。

門の前には、前回の爆撃で不安になった民衆や、何処から情報を聞きつけて来たのか、カメラを沢山持ったマスコミ達が控えていた。

その前を、堂々と通過した陽炎達は、とりあえず桟橋近くまで運んでもらい、状況を確認する。

桟橋には、秋月型である涼月と共に、橙色の着物と緑の袴姿のショートヘアの女性と、緑色の着物と暗緑色の袴の短いツインテールの女性が敬礼をして待っていた。

彼女達が二航戦の飛龍と蒼龍だ。

 

「お疲れ様、涼月。夜遅くに悪いわね。」

「いえ………わざわざ陽炎さん………提督の手を煩わせる事になってしまい、申し訳ないです。」

「やーねぇ、そんな畏まらなくてもいいわよ。飛龍さんと蒼龍さんも、夜偵による偵察ありがとうございます。」

「陽炎提督、私達より立場は上なんですから、遠慮なく命令してくださいよ!」

「そうそう!街と人々と鎮守府を守るのも役目ですが、提督を守るのも使命ですから!」

「もう………からかわないでください。でも、今回は頼りにさせて貰いますよ!」

 

そう言うと、陽炎はトラックに乗って来た横須賀の工廠(こうしょう)の関係者に指示を出し、艤装を降ろして貰う。

降ろされた艤装を、艦娘達は順番に装着していき、陽炎もまた同じように装備する。

磯風達もそれに習って艤装を付けていると、庁舎の方から秘書艦の菊月、如月、巻波が走って来た。

先頭の菊月を始め、3人が同じように敬礼をする。

 

「陽炎提督!待っていました!」

「ねー、みんな………。普通に私の事は、呼び捨てでいいって。こっちのペースが乱れるから。」

「分かった、じゃあ陽炎。佐世保の面々は全員、事前連絡通り、庁舎前に並べた。」

「ありがと。………アンタも大変だったでしょ?挨拶が終わったら、少し眠っていいから。」

「………すまない。だが、姉貴達が助けてくれたから、まだまだ大丈夫だ!」

「いい姉妹を持ったわね。流石、睦月型。」

 

陽炎はそう言うと、対空砲火に優れる摩耶と、相棒の鳥海を、その場に待機させて、庁舎へと向かう。

磯風は、如月と巻波と話をして、襲撃に関する情報を纏めながら、彼女に聞く。

 

「演説でもするのか?」

「まあ、まずは士気を高める為にね。………というか、相手側に先手を取られた以上、大根役者でも、それなりの振る舞いをしなければ、外の市民とマスコミが納得しないわ。」

「成程な………。」

 

今よりも戦況が悪い時であったが、初雪の昔話だと、市民が暴徒と化した事があった。

陽炎はそれを防ぐ為に、敢えて大仰な事を言ってのけるつもりなのだ。

但し、それは諸刃の剣になる。

失敗した時の反動は、凄まじく大きいだろう。

 

「陽炎………無茶はするなよ。」

「悪いけど、今回は無茶をするわ。だから、いざという時は宜しくね。」

 

陽炎は、隣に立って話しかけて来る磯風に、敢えて笑みを見せると、庁舎の前へと進んで行った。




今回の話は、海を駆ける艦娘が、空を飛ぶ飛行機に乗るという奇妙な構図になりました。
私個人の話ですが、あの独特の浮遊感は中々慣れない物です。
多分、初めて乗る方は感じる傾向が強いと思ったので、こんな話に………。
電のトラウマに関しては、しばらくお待ちください。
喋れなくなる位には、衝撃的な物を抱えている予定ですので………。


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第92話 ~陽炎推参~

「こ、これは………!?」

 

庁舎の前まで来た磯風は、その雰囲気に思わず呑まれそうになる。

そこには、佐世保の艦娘達や、呉から来た第十九駆逐隊が、皆、真剣な顔で、代理提督である陽炎を待っていた。

彼女達の前には、ひな壇が設けられており、その上に、マイクが堂々と立てられていた。

 

「舞台としては、十分かしらねぇ。」

 

呑気にそう言いながら、五月雨と磯風に頼んで、マイクの高さ等を調整して貰った陽炎は、ひな壇の上に立ち、こちらを真剣に見つめる艦娘達を見渡した。

皆、艤装を装着しており、いつでも抜錨できる体勢だ。

これだけの艦娘達が陽炎に期待している………そう考えると、磯風は思わずネームシップの名前を持つとはいえ、姉艦が心配になってしまった。

だが、そうしている内に、横須賀から来た駆逐艦娘達も並び終わったので、演説が始まる。

 

「あー、マイク、テステス。………初めての人は初めまして!ほとんどのみんなは、久しぶりかな!」

 

そんな軽い挨拶をして手を振った陽炎は、敢えて鎮守府の外………不安な市民や、興味を持っているマスコミを相手に会話をする。

 

「まずは、この場に集まった市民の皆様、マスコミの皆様、夜間遅くに申し訳ありません。この度、到着が遅れた事を謝罪させて下さい。」

 

一応、外に頭を下げる事で、礼をする陽炎。

如月達との会話で分かった事だが、実は、今回の演説は、事前連絡をして磯波達、第十九駆逐隊に、カメラやビデオを回して貰い、市民やマスコミの要求を叶える事で、とりあえずの不満を抑える役目を果たして貰っているらしい。

今頃、門の外では、マスコミ達は映像の編集の為に、大忙しであろう。

 

「さて、皆様。艦娘が提督という重要な職を担う事になって、不安を抱いている方も多いとは思います。でも、ご安心下さい。この陽炎、泊地にてしっかりと提督としての経験を積んでいます!」

 

少しずつ語気を強めていく陽炎の姿を見て、磯風は思わず熱い物を感じる。

ここまでしっかりとした姿を見て、陽炎型ネームシップの名は、伊達では無いと感じた。

陽炎の大仰な演説は続く。

 

「更に、私は横須賀、呉、そしてこの佐世保と秘書艦の経験も務めた経験があります!その為、その重要な役職の重大さは噛みしめています!勿論、私達を支援して下さる佐世保の人々の優しさも身に染みる程、感じています!」

 

明らかに対外的な演説になりつつあったが、もしかしたら、それが陽炎の狙いなのかもしれないと磯風は思った。

同時に、この姉艦は強いのだな………と痛感した。

これが提督としての経験を積んだ者だけが得られる、信念なのかもしれないと。

 

「我々艦娘にとって、佐世保の皆様は家族同然です!故に!何があっても、深海棲艦の毒牙から、皆様を守り抜く事をこの場で誓います!この陽炎………絶対に逃げ出しはしません!どれだけ傷ついても!大切な地である佐世保は………やらせはしません!!」

 

門の外から、歓声が響くのが分かった。

陽炎の力強い言葉は、確実に市民達に勇気を与えている。

演説の効果は、絶大であった。

陽炎は、最後にこう言った。

 

「故に、皆様!どうか、この私に………いえ、私達に協力して下さい!食料等、何でも構いません!艦娘に戦う為の力を!鼓舞する力を!皆様の勇気を、ほんの僅かでもいいから、分けて下さい!宜しくお願いします!!」

 

更に大きな歓声が沸いた。

爆撃の影響で、食料の供給が上手くいっていないのは事実なので、陽炎はこう言う事で、市民からの協力も得たのだ。

上手い演説だと磯風は、本当に感心させられた。

しかし、陽炎がマイクを降ろし、再び外に礼をした所で、磯波達がカメラやビデオを止める。

同時に、陽炎が何か手で艦娘達にサインを出した。

それは、よく艦娘達の間で使われる、彼女達だけに通じる電探のチャンネルを開いて欲しいというサインであった。

 

(艦娘だけに言いたい事がある………?)

 

磯風を始め、艦娘達はすぐさま電探のチャンネルを合わせていく。

全員と通信が取れるようになった所で、陽炎は、再び彼女達だけに聞こえる声量で言う。

 

「あー、マイク、テステス。………どう?私の一世一代の大根役者っぷりは?」

「建前はよく分かったわ。………で、本音は?」

「ぶっちゃけると、吐きそう。」

「一言目がそれ………?」

 

曙のツッコみを受けて、陽炎は本当に軽く肩を落として言う。

だが、冷静に考えれば、沢山の守るべき市民達の前で、失敗が許されないような発言を、堂々と言ってのけたのだ。

磯風は、単冠湾泊地で陽炎が、震えていたのを思い出す。

無茶をして、精神的に参らない艦娘がいないわけが無いのだ。

 

「外にいるみんなの為に、あんな大仰な事言ったけど、今からみんなだけに正直に言うわね。私のやって来た事なんて、細々と泊地を管理する事だけよ。」

「まあ………艦娘が提督代理をして大規模攻勢を行うなんて、前代未聞よねぇ。」

「秘書艦経験のある叢雲も、やった事は無いんでしょ?」

「ええ。………大丈夫なわけ無いわよね。」

 

最後だけ、少し心配するような叢雲の言葉に、陽炎は素直に頷く。

正直、ぶっつけ本番で上手くいくとは思えなかった。

だが、やらなければ佐世保が火の海になるのだから、やらなければならない。

理不尽かもしれないが、それが陽炎に与えられた使命なのだから。

 

「提督を替われ!って駄々をこねるつもりは無いわ。でも、私1人じゃ力不足なのは、事実よ。だから、みんなにお願いがあるの。」

「ボク達にお願い?」

「そう………助けて欲しいの、こんな情けない提督を。」

「具体的にはどんな形で?」

「まず、料理の上手な人は、栄養のある食事を作って欲しい。頭が回る人は、参謀に立候補して欲しい。励まし上手の人は、私をおだてて欲しい。子守歌が上手な人は、ぐっすり眠れるように枕元で歌って欲しい。踊りの得意な人は、執務室で元気の出るダンスを………。」

「何か滅茶苦茶じゃない?」

 

皐月が思わずやれやれといった仕草を見せる中で、陽炎は、まあね………と答えながらも、ハッキリと言う。

 

「とにかく、どんな形でもいいから、私に勇気を分けて欲しいの。その代わり、私はみんなを沈めないように、善処するわ。」

「成程………皆で、陽炎を支えるという事か。」

「多分、佐世保の提督がいない事で、みんな不安だと思うし、怖いと思う。その代理を私が務められるとは、到底思っていない。でも………。」

「信じて欲しい。………そう言いたいんだろ?」

「そう。すぐには納得出来ないだろうけれど………。」

 

長月の言葉に、陽炎は少し寂しい笑みを浮かべる。

代理提督の為に命を賭けられるかと言われれば、すぐには無理だろう。

だからこそ、一瞬、皆が静まり返った。

しかし………。

 

「………陽炎提督、万歳!」

「え、金剛さん………?」

 

そこで、高速戦艦である金剛が右手を突き上げながら、敢えて周りに聞こえるように、大声で音頭を取り始めた。

彼女は後ろを見渡す。

その意図を感じたのか、比叡、榛名、霧島の3人も笑みを浮かべ、同じように音頭を取る。

 

『陽炎提督、万歳!』

「……………。」

『陽炎提督、万歳!』

 

更に音頭は妙高型重巡洋艦の4人にも広まり、軽巡の川内や夕張や、軽空母の瑞鳳にも広まっていった。

自分よりも大人である艦娘達が積極的に音頭を取る姿を見て、駆逐艦達も勇気を貰ったかのように、右手を突き上げ、大声で音頭を取り始める。

 

『陽炎提督、万歳!』

『万歳!』

『万歳っ!!』

「ええっと、あの………。」

「最高ですヨ、陽炎。貴女は貴女の思っている以上ニ。」

「金剛さん………。」

 

音頭が何度も響き渡る中、笑顔になりながら、電探で金剛が話しかけてきてくれた。

もしかすれば、佐世保の決戦兵器となっている彼女は、提督の立場を背負う陽炎と、似たような視点を持ち合わせてくれているのかもしれない。

 

「困ったら、私達を遠慮なく頼って下さい!その為の仲間デス!」

「………はい!」

 

陽炎はそう言うと、同じく右手を突き上げて叫んだ。

 

「全艦!この佐世保を、絶対に守り抜くわよ!!」

『おーーーっ!!』

 

艦娘提督の攻勢作戦が、この時より、本格的に始まる事になった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「敵艦の攻勢は、夜の可能性が高い?」

「あくまで、可能性だけれどね。レ級は、夜でも攻撃機を飛ばせるでしょ?」

「深海初代大潮………と言えばいいか?その敵艦も夜に攻撃機を飛ばせると思うのか?」

「その3隻が、鬼クラスや姫クラスの性能を備えているのならば、可能な気がするのよ。」

 

次の日の昼、執務室にて、陽炎は今までの資料を参考にしつつ、磯風を始めとした第二十五駆逐隊に伝えていた。

確かに、鬼クラスや姫クラスの空母系は、夜間も攻撃機を平然と飛ばしてくる艦種が多い。

そこまで予想をした上で、相手の旗艦が駆逐艦だという事を考えると、夜戦を仕掛けて来る可能性が高いと踏んだのだ。

 

「勿論、初春達の時の事を考えると、昼に仕掛けて来る可能性も否定できないわ。でも、相手だって、今度は金剛型や妙高型といった重火力と重装甲が来る事は分かってるんだから、最大限の力を発揮できる夜を選ぶ可能性が高い。」

 

どうせ戦うのならば、自分達の出来る限り有利な場で戦いたいというのは、艦娘も深海棲艦も同じである。

この経験は、以前、鹿屋基地付近に、深海如月が襲って来た時の事も生きてきていた。

基本、駆逐艦は夜戦が好きなのだと。

 

「ではなんだ?磯風達は、夜に備えればいいという事か?」

「あ、ゴメン。悪いけど、艦隊の負傷具合によって、昼と夜、どっちに回すかは違ってくるから、上手く睡眠を取って欲しいの。」

「大規模攻勢作戦の宿命とはいえ………仕方ないか。」

 

四六時中敵が襲ってくる可能性がある為、艦娘達は常に出撃に備えなければならない。

場合によっては寝間着に着替えずに、制服のまま寝床に入る艦娘もいる程だ。

それだけ、緊迫した状況であったのだ。

 

「鎮守府の防衛は、昼は摩耶さん、夜は涼月や文月を筆頭にメンバーを選んで貰うから、磯風は、とりあえずは、どちらでも加勢出来るようにして欲しいわね。」

「つまり………しばらくの間、磯風は第二十五駆逐隊の旗艦を外れて貰うと………。」

「これも、大規模攻勢作戦の宿命よ。………アンタの対空能力は、摩耶さんも褒めているんだから。」

 

乙改の改装をした磯風の対空迎撃能力は、今までの戦いでも切り札になって来た。

だからこそ、陽炎は彼女を今の所は、鎮守府に残しておきたかったのだ。

 

「とにかく、情報が少ないわ。まずは、敵の寝床が何処にあるのか探さないと。それまでは、川内さんも待機して貰う予定。」

「夜間に、駆逐艦だけで探すわけか。」

「そう。艦隊を3つ作ってね。………で、その内の1つの旗艦をお願いしたいんだけど。」

 

陽炎の視線が、とある艦娘に向く。

それに合わせて、磯風達の視線も集中した。

………最後尾に控えていた、初雪に。

 

「え………?冗談だよね………?」

「大丈夫!残り2つの旗艦は、敷波と海風だから!ガチンコで殴り合った者同士、連携は取りやすいでしょ!」

「………この提督、鬼だ。」

 

一応、初雪は経歴から、第二十五駆逐隊の補佐に磯風から指名されていた。

だが………だからと言って、いきなり旗艦代理を任される羽目になるなんて、思っていなかった。

 

「嫌ならば無理強いはしないけど………。」

「はぁ………いいよ、どうせ行くのは変わらないんだし。」

「本当!ありがと、初雪!」

 

笑顔で手を握って来る陽炎を見て、初雪は、陽炎型はこんな艦娘が多いのかな?と疑問に思った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

その日の夜、桟橋に並んだ18人の艦娘を、陽炎と磯風は送り出す事になる。

中央の臨時第一艦隊が、初雪、春風、如月、巻波、睦月、皐月。

右翼の臨時第二艦隊が、敷波、綾波、磯波、浦波、白露、時雨。

左翼の臨時第三艦隊が、海風、江風、親潮、大潮、荒潮、満潮。

この3つの艦隊で、敵の出所を探る事になっていた。

見つけ次第、綾波の探照灯と、磯波と浦波のカメラで敵艦の姿を撮る事になっている。

 

「また、こういう形で………肩を並べるなんて思わなかった………。」

「それはアタシの台詞だって!陽炎、何か恨みでもある!?」

「ふふっ、これも何かの因果なのかもしれないわね。」

 

旗艦3人が、三者三様の感想をもたらす中、陽炎と磯風が注意を促す。

 

「いい、あくまで偵察だって事、忘れないでね。」

「不味くなったら、迷わず撤退してくれ。」

「分かってる………。とにかく、何とかやってみる………よ。」

 

そう答えた初雪を筆頭に、駆逐艦娘達は抜錨していく。

 

「臨時第一艦隊………抜錨!」

「臨時第二艦隊、出るよ!」

「臨時第三艦隊も、行きます!」

 

初雪、敷波、海風の号令と共に、駆逐艦達は、夜の沖合に抜錨をしていった。




岸波編で、彼女の憧れの存在として語られていた陽炎。
その名前が92話に来て、ようやくサブタイトルになりました。
冷静に考えれば、艦娘が鎮守府の提督代理になるなんて、前代未聞の出来事です。
しかし、ネームシップである彼女ならば、やってのけると思ったのでこの配役でした。
今回留守番になった磯風は、対空砲火にとても優れるステータスです。
なので、鎮守府防衛戦になった場合は、これが正しい運用方法かもしれません。
思えば、今までもその対空迎撃能力で、皆を救ってきましたからね。


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第93話 ~破壊者(デストロイヤー)~

冬の夜の佐世保の沖合は肌寒く、南方であるにも関わらず、雪がちらついていた。

この調子だと、北方は降雪量が今年は多いだろう。

その中を注意深く航行しながら、初雪達は会話をして役割を確認する。

ちなみに、敵に傍受される可能性があるので、電探は使っていない。

 

「対空砲火は………皐月が得意だから、最悪の場合は私達を中心とした輪形陣で。………と言っても、本土で涼月や文月、磯風が待機してくれているから………そこまで気にする必要は無いけど………。」

「こっちは撮影があるから、探照灯役の綾波、カメラ役の磯波と浦波はあまり突撃させられないかな?」

「磯波はともかく、浦波も自前のカメラを持ってるのね?」

「一応あるにはあるんですが、そこまで高価な物じゃないので、青葉さんに借りたんです。………だから、壊したら雷が落ちるので、なるべく無茶は勘弁して下さい。」

「あ、ごめんなさい。とりあえず、今の内にご飯食べる?江風達と、おにぎり握って来たの。」

 

海風の提案で、海上で艦娘達は食事を取る。

初雪はツナのおにぎりを頬張りながら、ソナーを働かせて、更に空を見上げる。

今の所、水母棲姫の時のように、潜水艦が近くにいる気配は無い。

敵の偵察機や攻撃機が、空を飛ぶ気配も無かった。

完全に敵の本隊は、身を潜めている状態であった。

 

「下手に自分の居所をばらす真似はしない………か。」

「そう言えば………初雪は、電と、大潮達を模しているとされる深海棲艦達の過去を知っているんですよね?」

 

質問は、大潮から来た。

その言葉を受け、関係者である睦月と時雨も興味を示す。

初雪は振り返らずに、正直に答えた。

 

「端的には知ってる………。只、私の口から言えるような物じゃないよ………。」

「うーん、正直、睦月達にしてみれば、引っ掛かるものが多いのです。」

「僕も。あの電が、喋れなくなる位に衝撃を受ける出来事なのも、引っ掛かるし………。」

「朝潮、電………まだ、喋れなくなったままなの?」

 

時雨の言葉を受けて、初雪が質問で返す。

出撃前は、第六駆逐隊や第八駆逐隊の面々が様子を見てくれていた。

だから朝潮に、初雪は確認を取るが、帰って来た答えは、あまり良い答えでは無かった。

 

「今は………寝込んでしまっているわ。事情を知っている第六駆逐隊の面々も、その様子を見て非常に辛そうだった。」

「そっか………。」

 

電が本調子ではない以上、今は、出撃の強要は出来ないだろう。

只、向き合わなければならない時が近いのは、事実であった。

 

「それにしても、静かね。夜の海って感じだわ。」

「そうだね………静かすぎる程にね。」

「……………。」

 

先頭の3人は、呑気そうに言葉を発しながら………後ろに目を向ける。

艦娘の直感と言えばいいだろうか………誰もが、静かに武装の状態を確認し、電探を起動させた。

最初に気付いたのは、左翼の艦隊にいた江風であった。

 

「姉貴!後期型フラッグシップナ級Ⅱ2隻!軽巡フラッグシップト級2隻!重巡フラッグシップリ級改2隻!複縦陣だ!」

「向こうも速力重視の夜戦特化型!?各艦隊、取舵!」

「江風………!そのままソナーと電探を欠かさないで………!戦力の逐一投入をしてくるとは思えない!まだいる………!」

 

そう初雪が更なる警戒を呼び掛けた時であった。

敵艦隊の更なる遠方から、強力な砲撃が幾つも飛んで来る。

 

「当たりだ!エリート級戦艦レ級4隻!フラッグシップ級戦艦タ級2隻!フラッグシップ級ネ級4隻!浮遊要塞5機!それぞれ、単縦陣3つで………アンノウンが率いている!」

「ちょっと、アンノウンって何!?例の3隻!?」

「もっと、近寄らねえと分かンねえ!」

 

満潮の苦情に江風が回答をしながら、武装を水中に向ける。

後期型ナ級Ⅱは、先制雷撃を使ってくる。

一応、レ級も先制雷撃は使えるのだが、味方に当てる真似は流石にしないので、今は控えている状態だ。

 

「突破するしか無いですねぇ………。まずは、魚雷を撃ち落としましょうか!」

「初雪、海風!まず、アタシ達が前に出るよ!」

 

敷波率いる臨時第二艦隊が砲火の中を前に出る。

レ級達の砲撃は脅威だったが、遠くにいる分、まだそこまでの正確性は無く、回避する余裕があった。

後期型ナ級Ⅱ2隻が、面舵で横を向き、背部に備え付けられた4連装の魚雷を一斉に撃ち出してくる。

8本の雷撃が、初雪達の艦隊へと近づいて来た。

 

「来るよ!綾波!磯波!浦波!」

「では………、「ソロモンの鬼神」の力、見せましょう!」

 

各自が真剣な顔をする中、綾波だけは何と、迫りくる魚雷を前に不敵な笑みを浮かべていた。

そして、彼女は水中に両手の連装砲を1回ずつ砲撃すると、一気に2本の魚雷を起爆させる。

 

「よく、そんな正確な砲撃が出来るよ………ね!」

「敷波ちゃん、そういうのは後で!」

「叩き落とします!」

 

敷波は両手の連装砲を連射して、何とか2本の魚雷を起爆させる。

磯波は高射装置を水中に連射する事で、更に2本。

浦波が主砲で1本。

その間に、綾波は最後の1本も起爆させた。

 

「白露、僕たちは突撃しよう!」

「了解!いっちばーんに、撃沈しちゃうよ!」

 

時雨と白露は蛇行しながら、後期型ナ級Ⅱに一気に近づいていく。

ト級とリ級改がそれぞれ魚雷を放つが、今度は回避運動を取りながらなので避けられた。

そのまま離脱を図ろうとするナ級の後ろに迫り、2人は魚雷を1本ずつ放ち、しっかりと命中させて爆散させる。

 

「臨時第三艦隊、ト級とリ級改を狙います!」

 

海風と江風が、ト級の1隻に対して、砲撃を放つ。

ト級は海風に砲撃をばらつかせるが、その分、江風が肉薄する隙が出来た。

 

「沈ンじゃえよ!」

 

そのまま連装砲をぶっ放して、ト級を貫く。

更に、もう1隻のト級に対しては、第八駆逐隊の4人が、スピードを活かし、包囲して四方八方から砲撃を放つ。

 

「あらあら~、背中が丸見えよ!」

 

最後は大潮を狙おうとした所で、荒潮の魚雷を背中から受けて爆発した。

そして、そのままリ級改も狙おうとする一行であったが………。

 

「ストップ!レ級の魚雷が来るわよ!」

 

注意深く奥に控える敵艦の様子を見ていた満潮の警告で、臨時第三艦隊の3人が一斉に下がる。

見れば、レ級達が扇状に時間差で魚雷の束を放っており、艦娘達を狙っていた。

素早く単縦陣に戻った一同の判断で、回避には成功するが、リ級改達は、その隙に離れて砲撃と魚雷を更に放って来る。

 

「臨時第一艦隊………突撃!」

 

ここで、今度は臨時第三艦隊と入れ替わりで、初雪達が前に出る。

皐月が「25mm三連装機銃 集中配備」の高威力の機銃装備を水中に向けて、魚雷を一気に破壊していく。

 

「今の内に!やっちゃってよ!」

「りょうかーい!初雪さん!私は如月と右側を!」

「では、わたくしは初雪さんと左側のリ級改を!」

 

艦隊が生きているように分かれ、第二十五駆逐隊で鍛えた4人が突っ込んでいく。

その後ろから、睦月が夾叉弾を連続で放ち、2隻のリ級改の動きを封じる。

 

「便利な時代になったよね………ホント!」

 

ヤケクソになった敵艦の砲撃の嵐が降り注ぐ中、初雪がまず1体のリ級改に突っ込み、連装砲を顔面に叩きつける。

砲撃は腕でガードされるが、初雪の斜め後ろから、日傘を開いてバランスを取り、背面を向けた春風が4連装の魚雷を動きの止まったリ級改に叩き込んで燃え上がらせた。

 

「まずは1隻!」

「続いていくわよ!」

 

もう1隻のリ級改は、如月が両腕の主砲を連射して顔や心臓を集中的に狙っていく。

防戦一方になった敵艦に対し、素早く横に回り込んだ巻波が、8発ある魚雷の内の4発を放ち、沈めていく。

これで、前線に出ている艦隊は全滅させた。

 

「じゃ、敵大将の顔を拝みに行こうかね!」

「気を付けて!敵の砲撃範囲には入っているから!」

「フラッグシップ級ネ級改は、魚雷を使わない………。その分、レ級とアンノウンに注意して………!」

 

再び単縦陣になった18人の艦娘達が、一斉に奥の3つの艦隊へと迫る。

そして、綾波が探照灯で、先頭にいる深海棲艦達の顔を照射した。

 

『!?』

 

初春達の報告で事前に告げられていたとはいえ、事前に戦っていた皐月以外は、全員驚く事になった。

そこにいたのは、2本の角と赤い目と白い髪を持つ姫クラスであったが、佐伯湾で出会ったような深海初代艦娘とそっくりの外見であったからだ。

 

「僕達ヲ見タネ………。デモ電ハ、イナイミタイダ。」

 

1隻は、セミロングの髪を後ろで一つ三つ編みにし、先っぽを赤いリボンで括っている深海棲艦。

 

「電チャンハ、佐世保カナ?ジャア、爆撃スルシカ無イカニャ?」

 

1隻は、ショートヘアーに、憎悪に染まってなければクリっとした瞳が綺麗な深海棲艦。

 

「ソノ前ニ、コノ艦娘達ニ思イ知ラセテヤリマショウカ?」

 

1隻は、髪をツーサイドアップで纏めている。薄萌黄の髪留めのリボンで纏めている深海棲艦。

………間違いない。

「初期艦」を名乗っていた彼女達は、「深海初代時雨」、「深海初代睦月」、「深海初代大潮」と呼んでも差し支えない存在であった。

 

「僕達に瓜二つ………って言ってもいいね………。」

「でも、睦月達よりも少し年上かもにゃ。」

「微妙に装飾品も違っています………。」

 

只、睦月や大潮の言う通り、微妙に違う姿はしていた。

まず、全体的に大人っぽい姿であり、艤装は深海棲艦独特の顔で出来ていた。

深海初代時雨は、髪飾りが無かったし………深海初代睦月は、艤装に花が付いてなかったし………深海初代大潮は、古い煙突帽子を被っていた。

彼女達との交戦経験がある皐月が、初雪に聞いてくる。

 

「………どう、初雪?ボク達の見た3人は、電の………。」

「うん………当たりだよ。」

初雪は静かに答える。

 

「あの3隻は………電が最も出会いたくなかった3人だ。」

 

そう言う初雪の額には、いつの間にか冷や汗が滲んでいた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「……………。」

 

佐世保鎮守府の駆逐艦寮で眠っていた電は、夜中であるにも関わらず目が覚めて、起き上がる。

そして、自分の額に置かれているおしぼりを取ると、かなり嫌な汗をかいていた事を悟る。

 

(横須賀を立ってから………ずっとこんな調子なのです。)

 

敵艦が、自分の封印していた過去にまつわる艦娘が関係していると勘づいた瞬間、極度の精神不調と体調不良に陥ってしまい、声すら出なくなった。

そのまま佐世保に来たものの、陽炎の演説にもまともに参加できず、こうして寝込んでしまっている。

 

(このままではダメなのです。確かめないと………。)

 

意を決した電は立ち上がると、部屋を出ようとして………丁度部屋に入って来ようとした、同部屋の雷と激突する。

 

「うわ!?電………大丈夫なの?」

 

声が出なかったので、頭を下げて謝罪をしながら、電は身振り手振りで桟橋に向かいたいと伝えた。

その意図が伝わった雷は、静かに肩を抑えながら言う。

 

「じゃあ、まずは服を脱いで身体をしっかり拭いて、悪い汗を拭って。暁じゃないけれど、レディの嗜みよ?その後で、一緒に艤装を取りに行きましょう。」

 

電は少し悩んだが頷き、言われた通りに行動する。

新しい制服に着替えた彼女は、部屋の入り口で待っていてくれた雷と共に、洗濯物を、風呂場にある洗濯機に入れて、工廠(こうしょう)へと向かう。

そこでは、夕張を始めとした艦娘や技師達に心配されるが、雷が事情を説明すると艤装を渡して貰えた。

 

「桟橋にいる涼月達が、出撃していった駆逐隊と話をしているはずよ!」

 

雷から現在の状況を聞いた電は、桟橋へと走っていく。

そして………そこで、電探で状況を確認する、佐世保の防衛艦隊を見る。

涼月に文月、飛龍に蒼龍、磯風に陽炎まで居る。

 

「ねえ、どんな状況!?」

「雷!電………!」

 

磯風が2人に気付く。

走って来た電の姿に、一瞬だけ笑顔を見せて………しかし、すぐに気難しい顔をする。

その姿を見た雷が、思わず問う。

 

「何か………あったの?」

「初雪から………通信が来た。」

 

その言葉だけで、雷も電も悟ってしまう。

事態は、彼女達が最も想定したく無い方向に動いたと。

磯風は、なるべく感情を表に出さないように告げた。

 

「初雪、敷波、海風率いる駆逐隊が………「深海初代時雨」、「深海初代睦月」、「深海初代大潮」と交戦を開始した。」

 

自分に復讐する時点で、予測はしていた。

自分に復讐する時点で、予測しなければならなかった。

それでも………すぐには、全てを受け止めきれなかった。

3隻の深海棲艦は、電に対する「破壊者(デストロイヤー)」なのだと。




駆逐艦は、英語でデストロイヤーと言いますが、同時に破壊者という意味も含みます。
今回は、その二重の意味を込めて、サブタイトルを設定してみました。
深海初代艦娘達は、駆逐艦でありながら、大切な物の破壊者である。
深海棲艦である以上、当たり前ですが、駆逐艦を舐めてはいけないって事ですね。
そして、それは艦娘にも当てはまるわけで………ここが今後のポイントになります。
詳しい意味合いは、次回以降をお待ちください。


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第94話 ~高速戦闘~

「皐月………!1回戦ったのならば、相手の特徴は、正確に教えてよ………!」

「ボク達の時は、あんな動きしなかったんだよ!?………ああ、もう!舐められてたんだ!」

 

3隻の深海初代艦娘の特徴を見て、初雪は文句を言って、皐月は悔しがる。

初春達と交戦した時は、レ級等がいた為、強化された駆逐艦と空母の機能を備えた駆逐艦という程度の認識でしか無かった。

しかし、今回3隻の深海棲艦達は、レ級やタ級、ネ級に混じり、それぞれの個性を見せつけている。

その中で、初雪達の臨時第一艦隊は、深海初代睦月と戦っていた。

 

「砲撃開始………!当たれ………!」

 

初雪の号令で、一斉に深海初代睦月を中心に砲撃が飛んでいく。

だが、速力がかなり強化されているらしく、6人一斉に砲撃を行っても、全然当たらない。

更に厄介な事に、かすり傷を負わせることが出来ても、すぐにその傷が塞がってしまう。

 

「再生能力付きですか!?」

「アレもボク達の時は披露して無かったよ!悔しい!!」

「落ち着いて、皐月ちゃん!だったら、缶を強化した睦月達が!行くよ、如月ちゃん!」

「ええ!」

 

睦月が如月と共に追いかけようとするが、深海初代睦月の艦隊にいるレ級2隻が、攻撃機を飛ばしてくる。

更に、タ級1隻とネ級2隻が、長距離砲撃を仕掛けて来た。

 

「邪魔しないでよ!」

 

色々と憤慨していた皐月が、レ級の攻撃機を破壊し、ついでに砲撃を躱しつつ両足首の魚雷を6本全て撃ち出す。

雷撃はタ級やネ級に吸い込まれて爆発を起こすが、その傷が癒されてしまう。

 

「ええっ!?随伴艦も再生能力持ちなの!?」

「かなり厄介ですね………!」

 

艦隊6隻全てが、再生能力付きであるという現実を突きつけられ、巻波が驚き、春風が戦慄する。

一方、深海初代睦月を追い回そうとした睦月と如月であったが、2人の強化された速力を持ってしても、追いつけない。

 

「何!?あの深海如月より速いの!?」

「睦月ニ追イツコウナンテ100年早イニャ!」

 

そのまま後ろを向いて航行しながら、器用に加速した深海初代睦月は、睦月と同じような装備を操り、砲撃と雷撃を同時に放つ。

だが狙いは、睦月でも如月でも無かった。

 

「皐月ちゃん!そっち行った!」

「え!?待って!レ級から砲撃も来て………うわぁ!?」

 

それが、同じくトビウオのように跳ねながら自由に動き回る、レ級との連携だという事に気が付いた時には、皐月は雷撃の火に包まれていた。

爆雷を咄嗟に投棄したから轟沈にはならなかった物の、対空迎撃の出来る彼女が大破してしまった影響は大きい。

 

「皐月………!大丈夫!?」

「き、機銃は何とか守ったけど………!海戦参加自体は、厳しいかも………。」

「無理しないで下がって………!他は!?」

「こちら敷波!臨時第二艦隊、敵艦の撮影完了!でも………離脱困難!」

 

そう答えるのは、敷波率いる臨時第二艦隊。

深海初代時雨の艦隊と相対していた彼女達も、かなり面倒な事態に陥っていた。

一見すれば敵艦の装備は、独特な顔のモチーフさえ除けば、改二艦である時雨と同じだ。

ギミック式で展開される大型単装砲2丁とそれに備わった機銃と爆雷、手持ち式の単装砲に、両太ももに備わった8本の魚雷。

だが、その大型単装砲の最大射程が駆逐艦の物では無かった。

 

「喰ラエ!」

「レ級………いや、フラッグシップ級ネ級に匹敵している!?」

 

いわゆる艦娘達の間で、「超長」と呼ばれる射程を持つ深海初代時雨の砲撃は、簡単に敷波達の撤退を許してくれない。

深海初代睦月ほどでは無いが、十分な速力もある為、随伴艦の能力と合わせて非常に面倒だ。

とにかく、カメラを持った磯波と浦波だけは被弾させられない為、2人を最後尾に置いて、敷波達は砲撃や雷撃を放っていく。

だが、こちらの艦隊も、全艦が再生能力付きだ。

 

「どうする………!?」

「隙を作りましょう!綾波、突撃を具申します!」

「………しか無いか!近づけば条件は五分に近づくし!」

 

磯波と浦波を後退させつつ、敷波、綾波、白露、時雨が、敵艦の群れに反転して接近する。

これには意表を突かれたのか、慌ててレ級2隻が海面に這いつくばって魚雷を撒き散らす。

しかし、呼吸が合わず、互いの魚雷をぶつけてしまい、逆に隙を作ってしまう。

 

「チャンス!」

 

敷波が深海初代時雨や、タ級とネ級を巻き込み夾叉弾を放つ。

怯んだレ級に向けて綾波が突撃すると、1隻の顔面を遠慮なくぶち抜いた。

 

「それーーーっ!!」

「レガァーーーッ!?」

 

顔を抑えて怯むレ級は、砲撃を撒き散らすが逆に隣の同型艦に当ててしまい、連携が崩れる。

その隙を狙い、白露と共に時雨が、自分と瓜二つの姿の敵艦に向かって行く。

 

「その気味の悪い艤装、破壊させて貰うよ!」

「ソレハ、コッチノ台詞ダヨ!」

 

時雨は艤装を展開すると、大型単装砲を2丁、敵艦に向けて放つ。

だが………同じく砲撃体勢を取った深海初代時雨の狙いは、別の所にあった。

彼女は、時雨の砲撃に合わせて、彼女の脚………主機を狙ったのだ。

 

「な!?」

「時雨!?」

「ナブラレテ沈メ!」

 

慌てて脚を開いて回避しようとしたが、砲弾が主機に掠ってしまった時雨は、航行不能になり、白露に支えられる。

深海初代時雨は、大型単装砲を破壊されるが、すぐに再生能力を使って復元してしまう。

そして、タ級やネ級と共に、時雨や白露を狙い始めた。

 

「敷波!時雨達を助けないと!」

「海風!援護できない!?こっちはかなりヤバい!」

「………こちら、臨時第三艦隊!それどころじゃないわ!」

 

そして、深海初代大潮と対峙する海風率いる臨時第三艦隊は、かなり不味い状況に追い込まれていた。

ほとんどの艦が、小破や中破に追い込まれていたのだ。

深海初代大潮の艦隊には、浮遊要塞が5機いるだけでレ級もタ級もネ級もいない。

だが………。

 

「何でそっちの大潮は、そんなにアゲアゲで色々出せるんですかねぇ!?」

「大潮ノ方ガ、優レテイルカラデス!」

「ああ、そうですか!!」

 

珍しく、かなり苛立った様子を見せるのは大潮。

深海初代大潮の装備は、大潮の改二装備と大して変わらない。

だが、敵艦は次々と新たな護衛として、雷撃を仕掛けて来るPT小鬼群とトーチカである砲台小鬼を呼び出しているのだ。

しかも、砲台小鬼は、佐伯湾で戦った深海初代磯波の時のように、大発動艇に乗っているわけでは無い。

何と騎馬戦の大将のように、PT小鬼群の小鬼達の上に乗っかっているのだ。

そして、一番厄介なのは………。

 

「何で呼び出すもの全てが、再生能力付きなのよ!?」

 

思わず叫びながら、満潮が連装砲を連射する。

それは、1組の小鬼達を吹き飛ばすが、傷を再生させると、再びチームで組体操のように器用に陣形を整える。

 

「浮遊要塞も、再生能力付きみたいね~っ!」

 

荒潮も顔をしかめながら、連装砲を放つ。

主を守る騎士の役目を果たす浮遊要塞は、深海初代大潮を庇うだけでなく、自らも傷を復元させるから、攻撃が中々敵艦に届かない。

当然、妨害が出来なければ、砲撃や雷撃だけでなく、攻撃機の発艦とかも自由に行えるので、攻撃が激しくなるわけであった。

 

「クッソ!どうすりゃいいンだ!?このままだとジリジリと削られるぞ!?」

「何とか、突破口を見いだせればいいのだけれど………!」

 

江風や朝潮が頭を使う中で、海風は初雪を見る。

 

「初雪………この3隻が、貴女の知り合いならば、弱点も知っているんじゃ無いの?」

「弱点って言われても………。」

 

初雪も正直、そこまで言われても困るのが本音だ。

敢えて、答えるとすれば………。

 

「生前、3人は仲が良かったと思うんだ………。だから………、1隻でも怯ませられれば、何とかなる………んじゃないかな?」

「一番脆そうな、深海初代睦月をどうにか出来ない?」

「出来れば………苦労しない。」

 

前に深海如月と対峙した時は、巻波がアンカーのように機械化された左腕を撃ち出して、掴んで動きを止めた。

だが、今回の敵艦はそこまで慢心していないし、何より動きがあの時以上なので、そもそも巻波の攻撃そのものが当たらない。

頼りになりそうなのは、何とか速力を活かして追いかけている、睦月と如月であったが、逆に言えば2人が速い分、他の面々の攻撃が誤射する可能性があった為、下手に援護が出来なかった。

 

「どうします?もう魚雷を持っていない人たちも多いです。このままでは………。」

「とにかく大将に重傷を負わせればいいんだよね!?だったら、ボクがやる!」

「え………皐月………!?」

 

驚いた事に大破した皐月が、一直線に深海初代睦月に迫っていく。

魚雷も爆雷も無い中で、主機の状態もあまり良くないのに、何を考えているのか分からなかった。

 

「睦月ヲ、侮ッテル?」

「睦月型の弱点は、知っているつもりだよ!お互い、脆いって所がね!」

 

皐月はそう言うと、敢えてこちらに向かって来た深海初代睦月に、残していた機銃を乱射する。

だが、敵艦は回避しようとせず、再生能力で受け止めると、砲撃を撃ち込み、皐月の機銃を破壊してしまう。

 

「!?」

「コレデ、丸裸………ニャ?」

 

だが、皐月は突進を止めなかった。

彼女はそのまま一直線に突き進んでいくと、左手で、背中に隠し持っていた白鞘に仕舞われた刀を………守り刀を取り出す。

そして、それを抜き放った。

 

「散々コケにしたお返しだーーーっ!!」

「ニャギャアッ!?」

 

その隠し武器とも言える刃は、深海初代睦月の喉元を斬り裂き、彼女を痙攣させる。

更に、刀を振り上げた皐月は、力いっぱい敵艦を袈裟斬りにする。

黒い血が大量に噴き出し、深海初代睦月は倒れた。

 

「睦月ッ!?」

 

その光景を見ていた深海初代時雨がターゲットを変更し、皐月に砲門を向ける。

だが、皐月はすかさず艤装から煙幕を出し、自身と深海初代睦月を隠す。

これで、下手に遠距離からの援護は出来なくなった。

 

「クッ………!?シッカリシロ、睦月!?」

「浮遊要塞ヲ、飛バシマス!」

 

深海初代時雨が近づき、深海初代大潮が自身に纏っていた浮遊要塞を飛ばして来た事で、残りの2つの艦隊も逃げる隙が出来た。

海風率いる臨時第三艦隊は、中破に陥った艦娘達を曳航しながら離脱を図る。

敷波率いる臨時第二艦隊は、航行不能になった時雨と彼女を庇って大破にまで陥った白露を、敷波と綾波が曳航していく。

そして、初雪率いる臨時第一艦隊は、煙の中から睦月と如月が皐月を抱え出して曳航していった。

初雪がしんがりになり、駆逐艦特有の速力を活かして、一直線に佐世保まで逃げていく。

後ろから、深海初代時雨の声が聞こえた。

 

「電ニ伝エロ!僕達ハ、絶対ニ君ヲ許サナイト!………絶対ニ!!」

 

初雪は答えず、海域を離脱していった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

『……………。』

 

佐世保の港では、ヘトヘトに疲れ果てた初雪達を、磯風や陽炎が迎え入れた。

今回の海戦による主な大破艦は、白露と時雨、それに皐月だ。

中破艦はもっと多く、魚雷等を使い果たした艦も多いので、武装等の補充も必要だった。

疲労は、旗艦である初雪や敷波、海風にも及んでいたので、比較的安全圏にいた磯波と浦波が報告をする。

 

「陽炎提督………臨時艦隊、只今帰投しました。敵艦の撮影も無事に終わりましたよ。」

「大破艦、中破艦が多数いるので船渠(ドック)入りと高速修復材(バケツ)の使用をお願いします。勿論、写真の現像も………。」

「お疲れ様。みんな。ゆっくり休むと………電?」

 

提督代理の陽炎が指示を出そうとしたところで、それまで俯いていた電が、前に出る。

彼女は、静かに疲れ切った様子の艦娘達を見渡すと、その中で一番重傷を負っていた皐月に近寄った。

 

「……………。」

「ああ、ボクなら大丈夫だよ?これ位の派手な戦いは、慣れてるからさ!」

 

笑って見せる皐月であったが、火傷の跡が酷い所を見ると、やせ我慢なのは、誰にでも分かった。

その様子をまじまじと見つめた電は、思わず彼女を抱きしめた。

 

「……………。」

「痛た………で、出来れば抱き着くのは、後にして欲しいかな………。その、傷が何か痛いや………。」

「………のです。」

「え?」

 

静かに………しかし、少しずつではあるが、電の口から絞り出されるような声が出た事で、皆が驚く。

思わず磯風が聞いた。

 

「電!?声が出るように………!?」

「電は、覚悟を………決めないといけないのです。」

「電………?」

 

電は皐月を離すと、陽炎に向き合って真剣な瞳で話し始める。

 

「司令官さん………皆を集めて欲しいのです。」

「………決めたのね。」

「はい。」

 

陽炎の言葉を受けて、電は頷き、周りを見渡すとハッキリ告げた。

 

「私と………あの3隻の深海棲艦との過去………お話しするのです。」

 

その様々な感情を堪えたような物言いに、磯風は、何故か緊迫した物を感じた。




初期艦を名乗る深海初代艦娘との、最初の海戦回。
様々な艦娘を登場させている以上、色々な場面で活躍させたいという想いがあります。
今回は、皐月が、意地を見せる場面が印象的だったでしょうか?
改二の彼女は、守り刀を持っている為、最後の切り札なのかと思いました。
それにしても、駆逐艦が入り混じった夜戦は、目まぐるしい物になりそうですよね。
艦娘達にしてみれば、近づいて必殺の一撃を叩き込む華の舞台ですから。
さて、次回からは謎だった電の過去編です。


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第95話 ~電の回想・8人の………~

磯波や浦波によって現像された写真を見ながら、磯風達は夜の桟橋に集まっていた。

その深海棲艦の正体を映したものは、電達にも配られており、陽炎によって確認作業が行われていた。

そして、全ての合点がいった所で、電は1人、立ちながら説明を始める。

近くには、同じ初期艦仲間の吹雪、叢雲、漣、五月雨が集まっていた。

 

「まず………あの3隻が何者かについて説明しないといけませんね。もう知っているとは思いますが、3隻の深海棲艦は、生前の出来事から、電に憎悪を抱いています。」

「何故………電ともあろう艦娘が、そこまでの憎しみを………?」

「その説明に入る前に、簡単にですが、電達5人との関係に付いて話さないといけません。」

 

電は静かに目を伏せると、ゆっくりと言葉を絞り出すように言った。

 

「磯風ちゃんや春風ちゃんは聞いた事があるとは思いますが、初期艦は、初期の頃はもっと沢山いました。でも、戦術が確立されておらず、武装も劣っていた中で轟沈を防ぐのは、難しかったのです。」

 

これは、春風が姉妹達を救う為に、半ば強引に横須賀にやって来た時の事だ。

漣から、彼女達は初期艦に付いての過去を聞かされた。

人間様を救う為に集められ、逃げる事も許されず、モルモットのような生活を過ごしていたという、初期の頃の艦娘。

常に轟沈と隣り合わせで過ごし、生きた心地がしなかったという地獄のような日々。

確か、漣はメイドの姿をして高官………恐らくは大本営に取り入り、電は誰かが轟沈する度に、お墓を作っていたと聞く。

 

「初雪ちゃんのように、追加の艦娘を招集する程、艦隊の消耗率が激しい中、ふるいに掛けられた初期艦は………8人いました。」

「8人?吹雪に、叢雲に、漣に、五月雨に、電に………まさか………。」

「はい。残りの3人の名前が、睦月、時雨、大潮。………そう、あの3隻は元々………電達の仲間だったのです。そして………電達8人には、特別な任務が課せられていました。」

 

電は深海棲艦化した友がいるであろう、雪が舞う海の向こう側を見つめて、静かに呟いた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

約10年前の夜、横須賀沖にて、電は抜錨していた。

暁型と呼ばれる彼女の装備は変わっており、主砲は手持ちタイプでは無く、右肩に固定されるタイプの物だ。

その分、両手には色々と物を持つ事が出来る為、今回はある任務の為に、マスト状の長槍を携えていた。

これは、とある仲間のスペアの装備である。

電のいる海域では、戦闘が繰り広げられており、彼女の他には3人の艦娘達が、縦横無尽に海を駆けながら、敵艦に何度も砲撃を浴びせて撃沈していた。

1人は、睦月型の艤装を持ちながら、身軽さを活かし、挑発と回避に徹する睦月。

1人は、両手で構える連装砲による、強力な砲撃と神がかった身体センスを見せる時雨。

1人は、アームガードを兼ねた連装砲による、攻防一体の攻めを見せる大潮。

彼女達は、初期艦と呼ばれる存在であり、電と同じく厳しい海戦の中を、何とか勝ち残って来た強者だ。

 

(今日のターゲットは………重巡リ級………!)

 

そんな中で電は、事前の作戦の内容を何度も思い出す。

今回の作戦は、只、敵を全て倒すだけではダメであった。

「ある条件」を満たさないといけなかったのだ。

 

「電!ターゲットが、そっちに行ったよ!」

 

電探はまだ開発されて無かったので、時雨の叫びが聞こえてくる。

巨大で硬い腕を持つ重巡リ級が、電に向かって近づいて来ていた。

既に他の仲間は時雨達によって沈められており、もはや道連れ覚悟であった。

 

「迎撃するのです………!」

 

右肩の連装砲を連射する電。

だが、いつも持っていない武装を携えている分、狙いが付けにくく、初弾が外れてしまう。

 

「カバーに入るにゃ!」

 

すかさず、睦月がスピードを活かし、敵艦の後ろに回り込みながら、単装砲による砲撃を喰らわせていく。

敵艦は右腕を後ろに向けると、睦月に対して魚雷を放とうとするが、彼女の身軽さの前に外れて隙が出来る。

 

「チャンスです!電、突撃しましょう!」

 

電の前に回り込んだ大潮が、両舷一杯で敵艦に近づく。

リ級は左腕で大潮の砲撃を防ごうとするが、彼女は右手のアームガードで、盾のような腕を弾くと、そのまま懐に潜り込み、顎を叩きあげた。

 

「決めて、電!」

「分かったのです!」

 

電は槍を構えると、大潮と入れ替わりで一直線にリ級へと突っ込む。

リ級は砲撃をしようとするが、大潮の顎への一撃により、力が入らない。

そのまま電は、槍を敵艦に突き刺した。

顔でも、喉でも、心臓でも無く………右腕に。

 

「ごめんなさい………なのです!」

 

急所に槍を刺さなかった電は、そのままドス黒い返り血を浴びながらも、手を抜かない。

すかさず左腕にも突き刺し敵の攻撃能力を封じると、両脚にも丁寧に突き刺していく。

四肢を封じられた敵艦は、巨大な盾を支えられず、海面に仰向けに倒れた。

静かに、その倒れた敵艦を見つめていた電の元に、3人の初期艦が集まって来る。

 

「……………。」

「終わった………みたいだね。」

「睦月達の勝利にゃ!」

「じゃあ、信号弾を撃ち上げます。」

 

大潮が左手で信号弾を撃ち上げると共に、遠くから軍用のタンカーが近づいてくる。

その艦橋に立っていた恰幅のいい男………大本営から派遣されてきた将校が、マイクを使って、4人の艦娘に大仰に話しかける。

 

「ご苦労であった!この深海棲艦の研究を進める事で、更なる武装の開発が進むであろう!回収をする間、しばらく護衛を引き続きお願いしたい!」

 

そう………電達が行っていたのは、深海棲艦の「鹵獲」であった。

海兵達が、縄や鎖を持ちながら、動けなくなったリ級の元へとやって来る。

時雨達が、敵艦が何かをしないか警戒をする中で、海兵達は電を見て、ビクリと恐怖する。

それはそうだろう………電は敵艦の黒い返り血で、染まっていたのだから。

しかし、電本人は、それを気にする事無く(というより気付く余裕もなく)、これから実験に使われるだろう深海棲艦の顔を見る。

その顔にあったのは、恐怖。

深海棲艦も恐怖するのだな………と何となくであるが、電は思い、心を痛めた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

リ級を回収した軍のタンカーが撤退した後で、別の4人の艦隊が、合流して来た。

電と同じ槍を携えた叢雲を筆頭に、吹雪、漣、五月雨という艦娘達だ。

 

「やあ、叢雲達の方も上手くいったかい?」

「お陰様で雷巡チ級を鹵獲できたわ。これで、新しい武装は開発出来るんじゃないかしら?」

「やったにゃ!武装が増えれば、睦月達はもっとパワーアップ出来るよ!」

「そうだといいよね。………って、電ちゃん!?身体汚れてるよ!?」

 

驚いたような吹雪の言葉を受けて、電はその時になって、ようやく自分の姿を認識する。

 

「………気付かなかったのです。」

「あの大本営のご主人様方………タオルくらい、用意してくれないんかね?」

「とりあえず、私、持っているから拭くね。」

 

五月雨がタオルを取り出すと、電の返り血を拭き取ってあげた。

只、電の頭には、先程恐怖に包まれていたリ級の顔が印象深く残っており、ボーっとそれを考えていた。

 

「深海棲艦に………心はあるのでしょうか?」

「どうしたの、電ちゃん?」

 

血を拭き取った五月雨は、海水で濡らして完全に落とした上で聞く。

電は、ポツポツと静かにしゃべり出した。

 

「あのリ級は………これからの自分の運命に絶望して、恐怖の感情を抱いていました。深海棲艦に心があるのならば………。」

「電ちゃん、それは危険な考えだよ?」

 

意外にも、厳しい言葉で制したのは、吹雪であった。

彼女は続けてこう言う。

 

「私たちの仲間は、その敵艦に沈められていった。罪の無い人間達も、沢山死んだ。その敵艦に同情していたら………やられるのは私達だから。」

「………ごめんなさい。」

 

正論を告げる吹雪に、電は余計な事は考えない方がいいと感じた。

そんな彼女の肩を叩きながら、漣は告げる。

 

「ま、何にせよ、新人教育に加えてこんな事やってたら、気がおかしくなるわな。」

「むかつくけど、あの大本営様の言う通り、鹵獲して生態調べて、有効な武装を開発しないとどうしようも無いのがねぇ………。」

「とりあえず、戻ろうよ。このままもたついてたら、提督にも迷惑を掛けちゃうし。」

 

五月雨の言葉に、皆が頷き、協力しながら夜の横須賀に帰投する。

8人の初期艦、全員で………。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「電達が………深海棲艦の鹵獲を………していたのか?」

「はい。」

 

驚きを抱いた磯風の言葉に、電は視線を逸らさず答える。

流石に何とか口に出す事を避ける事は出来たが、磯風や春風は、単冠湾泊地の地下牢で、鹵獲された深海棲艦の群れを見た。

あの鹵獲行為を元々行っていたのは、電達初期艦だったというのだ。

だが………。

 

(冷静に考えれば、一番有り得た選択なのか………。)

 

磯風はむしろ、何故その考えに至らなかったのかと後悔する。

初期の時点で一番練度が高くなるのは、普通に考えれば最初に作られた初期艦だ。

叩きあげで強くなった彼女達に、深海棲艦の鹵獲を頼まなければ、艦娘の歴史はここまで続いていなかっただろう。

 

「大本営が電達初期艦に指示をして………、電達はそれをこなしていた………と。」

「そうです。」

「魚雷も爆雷も機銃も無い時代で………困難では無かったのか?」

「困難でした。」

「気が………狂わなかったのか?」

「多分、狂ってました。」

「……………。」

 

嘘偽りなく答えていく電に、磯風は閉口してしまう。

他の艦娘達も、深海棲艦の鹵獲というとんでもないパワーワードが出てしまった事で、若干ではあるが、ざわついていた。

電は、そんな艦娘達の様子を特に気にする事も無く、次の話題に入る。

 

「そんな電達には、まだ安らぎの場がありました。当時の司令官さんと………秘書艦を担当していた、初の空母クラスである鳳翔さんです。」

 

そう言うと、電は再び、雲に包まれ始めた夜空を見上げた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「あー、やっぱり熱燗だよねー!生き返るわー!」

「漣………いつものメイド口調はどうしたのですか?」

「んあー?いいのいいの、大潮!どうせ見ているのは、初期艦の仲間と鳳翔さんとご主人様だけなんだし!」

 

夜の更けた鎮守府の秘書艦室で、8人の艦娘達は熱燗を飲みながら、温まっていた。

その部屋には、寡黙な白い軍複に身を包んだ提督………後の初代横須賀鎮守府提督と呼ばれる男と、秘書艦を務める初の空母である鳳翔がいた。

熱燗は、鳳翔が用意してくれた物で、過酷な任務を強いられている8人に対する、せめてものご褒美であった。

 

「本当は、もっと色々な物を用意出来ればいいのだけれど………ごめんなさいね、他の艦娘達には内緒だから………。」

「気にしなくていいよ、鳳翔。僕達をこうして想ってくれている艦娘がいるだけで、満足だからさ。」

「時雨ちゃんの言う通りです。鳳翔さんが謝る事では、ありません。」

 

鳳翔が頭を下げる中で、時雨や五月雨が気を遣う。

そんな中、顔を紅潮させながら叢雲は提督に聞く。

 

「ねぇ、司令官。実際問題、新武装の開発っていうのは、上手くいってるの?まさか、このまま何も無いなんて事があったら、只じゃ済まないわよ!?」

「すまないな、みんな。上からの話だと、魚雷の開発が大至急で進んでいるらしい。特に駆逐艦にとっては、有り難い装備になるだろう。」

「にゃ~………敵艦が散々使って来た魚雷を、こっちで使えるのは強力なのです!これで、睦月達ももっとパワーアップですよ!」

 

かなり酔いが回っているのか、夢見心地の表情で、睦月がふらつきながら握り拳を作って高々と上げて見せる。

その姿に苦笑しながら、吹雪は電に言う。

 

「新しい装備が入れば、みんな喜ぶね。深雪ちゃんなんか、必殺技が欲しいって言ってたし!」

「吹雪ちゃんが教育している艦娘達は、活きがいいのです。電も早く、仲間が欲しいなぁ………。」

「大丈夫ですよ、電。電にもきっと、信頼出来る仲間が沢山見つかります。そうでなくても、大潮達がいるじゃないですか!」

 

大潮の言葉に、少しだけ俯いた電は、周りを見渡す。

皆、電を見て、十人十色の表情ではあったが、らしい笑みを浮かべていた。

 

「ありがとうなのです!」

 

その眩い笑顔を見て、電は微笑む。

今の鎮守府の生活は辛いけれど、それに見合った仲間は既にいた。

この仲間達とならば、どんな事があっても歩んでいけるだろう。

艦娘として、人々を救う道を歩んでいけるだろうと。

だから、電は考えなかった………その純粋な想い故に、運命によって歪められてしまう可能性を。




電の過去編その1です。
もう気付いている方は多いとは思いますが、敵艦3人の初期艦設定は艦これ改からです。
艦これ改は駆逐艦だと、睦月・時雨・大潮も初期艦として選べます。
色々と過去の謎が明らかになりながらも、その場の小さな幸せを噛みしめる電達。
只、この幸せが、逆に仇となる展開も有り得るというわけで………。
しばらくは、こうした初期艦達の純粋な想いが続きます。
ちなみにこの回想で出ている提督は、今の横須賀の提督とは別人で、若干寡黙な人物です。


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第96話 ~電の回想・純粋さ故に~

「何ていうか………厳しいなりにも、幸せな空間は見つけていたんだな。」

「はい………電は間違いなく幸せ者でした。」

 

初期艦8人の独特の絆を聞いた磯風は、電が紡ぐ偽りの無い話を受けて、疑問に思う。

それだけの絆を持った艦娘が、深海棲艦になったとはいえ、電を憎悪する理由が。

初雪の時も、敵になった初代艦娘達は、仲間意識は失っていなかったというのも、磯風の頭にあったからだろう。

純粋な想い故に歪められる可能性………それが、磯風には分からなかった。

 

「でも、どういう事なんだ………?電達が疑わなかった………その、ヤバい可能性っていうのは。」

 

同じ事を想ったのだろう。

深雪が電に対して、聞いてくる。

彼女は、軽く被りを振ると、深雪の方を見て、寂しげに呟く。

 

「1つの起爆剤になったのは、他ならぬ初代深雪ちゃん達の事なのです。」

「初代の深雪さまの事って………初雪が話していた轟沈話?」

 

深雪が言っているのは、初雪が以前、極度の人間不信になった出来事の事である。

吹雪の元で修業していた同期の仲間達を、強力な深海棲艦の猛攻によって失った初雪は、本土への爆撃を阻止できなかった。

そのせいで、不甲斐ない鎮守府の艦娘に対して溜まっていた市民の不満が爆発し、暴徒となって押し寄せて来たのだ。

当然ながら、命を賭けて戦った大切な仲間達の事を想った初雪にしてみれば、人間の醜さを再確認するには十分だった。

 

「あの暴動は、衛兵達が発砲した為に鎮圧されましたが、市民に犠牲が出て、艦娘達の心に影を落としたのです。」

 

電は、そう言うと、空からひらひらと落下してきた雪の結晶を手の上に乗せ………溶けていくそれを眺めながら、続きを話し出した。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「あ………吹雪、お疲れ様。………どうだった?」

 

朝になり、暴徒となって暴れた市民達の後始末をしている鎮守府の秘書艦室に、初期艦達は集まっていた。

と言っても、鳳翔はいない。

提督と共に、後始末の状況を確認しているのだ。

そんな中、秘書艦室に戻ってきた吹雪は、目の下にクマを作りながら疲労が溜まっている様子であった。

心配する時雨の言葉が耳に入っているのか、いないのか………少しだけ笑みを浮かべると全員に告げる。

 

「司令官にも、鳳翔さんにも、大本営の人にも、全員に告げて来たよ?魚雷は扱いに気を付けないと、諸刃の剣だね。新しい艦種は潜水艦って名付けるって。専用の装備も開発するって………。」

 

そこまで言うと、吹雪は睦月に差し出された椅子に座る。

そして………やがて、静かに俯くと………涙を流し出した。

 

「沈んじゃったよ………。深雪ちゃんも、白雪ちゃんも、磯波ちゃんも………!初雪ちゃんも壊れちゃったし………!私の指導がダメだったんだっ!!」

「お、落ち着いて下さい吹雪!貴女が悪いわけでは!?」

「違う!私がしっかりしていなかったから!?魚雷を身に着けた時点で、もう一度、一緒に近海警備に出るべきだったんだ!私のせいで………私の………っ!!」

 

一度泣いたら、止まらなかったらしい。

そのまま感情が爆発するままに暴れそうになり、慌てて大潮が止めようとする。

しかし、思った以上に吹雪は力があった為、素早く叢雲が後ろから後頭部に手刀を入れて、気絶させる。

 

「や、やりすぎじゃない!?叢雲ちゃん!?」

「これ位が丁度いいの、漣。………しばらく、ここで眠らせてあげた方がいいわ。五月雨、額におしぼりお願い。」

「うん………分かったよ。ちょっと待ってね、吹雪ちゃん。」

 

五月雨が優しく笑みを浮かべると、洗面所へとタオルを持って行く。

その間に、鳳翔を連れた提督が部屋をノックして入って来て、状況を悟る。

 

「………すまなかった。どうやら、ひと悶着あったみたいだな。」

「だったら、少しは吹雪ちゃんを休ませて上げて欲しいにゃ。」

「そう言っていられない事態だったからな。………上は、魚雷の信用度を確かめる為に、これから初期艦による近海警備を行いたいそうだ。」

「待ってよ、提督!?この状況なのに、まだ艦娘達を酷使する気なの!?」

「………疲労した艦娘への休暇を具申したが、聞き入れて貰えなかった。」

 

頭を下げる提督の姿を見て、時雨は歯を食いしばる。

ここで提督に当たった所で、事態は何も変わりはしない。

それに、轟沈した艦娘が出た以上、艦隊の再編をしないといけないのも事実であった。

 

「………どーする?吹雪は流石に今の状態じゃ出せないぞ?漣がご主人様達に取り入って来ようか?」

「漣が色仕掛けを使った所で、初期艦以外の他の艦隊がこき使われるだけですよ。下手したら更なる轟沈に繋がります。」

「じゃあ、どうするのよ、大潮!?だったら誰が………!?」

「電が………出るのです。」

「え?」

 

皆がざわつく中で、それまで黙っていた電が挙手をする。

 

「電が抜錨するのです。叢雲ちゃん達は、ここで吹雪ちゃんを診ていてほしいのです。」

 

電は少しだけ笑みを浮かべると艤装を取りに向かおうとする。

その背中を見て、慌てて時雨、睦月、大潮が追った。

 

「待って、電!僕らも向かう!」

「1人で行かせられないにゃ!」

「大潮達も抜錨します!」

 

提督達や残された艦娘達は、何も言えないまま静かに黙っていた。

だが、今思えば、この4人をこのまま抜錨させてはいけなかったのだ。

4人がこの後招いてしまう事を、想ってしまえば………。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「4人が招いた事って………轟沈と関係あるの?」

 

雪が深々と降って来る中、今度質問をしたのは曙。

電は頭に積もり始めて来た雪を、振り払おうともせず、俯きがちになる。

余程辛い経験を体験したのかと磯風達は思ったが、電の反応は違った。

 

「繰り返しますが………電は、3人に恨まれて然るべき事をしてしまったのです。少なくとも、3隻の深海棲艦となって復讐をしに来るくらいには。」

「どういう事………電に非があるの?」

「はい。………あの時ほど、電は自分の未熟さを呪った事はありませんでした。」

「未熟さを………?」

「電は………自分が思っていた以上に、醜く我儘で………そして生きる事に執着していました。それが………罪だったのです。」

 

電は、そう言うと………極寒の中、息を吸い核心部分を話し始めた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

潜水艦の生態を調べるには、潜水艦の鹵獲をしなければならない。

その為、電達4人に課せられた任務は、潜水艦を何としてでも探し出す事であった。

電の手には、叢雲から借りた、スペアのマスト型の槍が握られている。

また、新装備である魚雷も、全員に取り付けられており、火力は増強されていた。

しかし………。

 

「吹雪の話だと、潜水艦は魚雷の下を航行しているらしいね。………どうやって武装を当てるんだろう?」

「素潜りで海上に引っ張って来て、主砲で撃てばいいのでは無いのでしょうか。」

「電ちゃん………自分で言っている事の難易度の高さ、分かっているのかにゃ?」

「難易度が高くても、やらなければ艦娘に被害が出ます。航行している一般の船舶も。下手したら、一般市民の方々にも。」

「………電、ちょっと話があるのですが、宜しいでしょうか?」

「はい?」

 

後ろから付いてくる艦娘達の言葉に答えていた電は、大潮に呼び止められて減速する。

すると、時雨を始めとした3人が、注意深く周りを見渡す。

何事かと思った電に対し、時雨達は顔を見合わせると、彼女に告げる。

 

「電………率直に言うよ。僕らは、傍若無人な大本営を止めないといけない。」

「………え?」

 

時雨の言葉を、最初、電は理解出来なかった。

そんな彼女に、睦月と大潮も話し出す。

 

「大本営は、艦娘を使い捨ての手駒としか考えてないにゃ。このままだと、艦娘は使い潰されて轟沈が加速するよ?」

「それだけではありません。昨日の暴徒達を見たでしょう?彼らは、艦娘が深海棲艦を倒せることをいいことに、役に立たなければガラクタ扱いです。大本営は助けてくれません。」

「大本営は、僕らを都合のいいデコイに使っている。命懸けで戦っている艦娘を、市民の不満の捌け口にして、自分達はその罪からうまく逃げているんだ。」

「えっと………まさか………。」

 

次々と投げかけられる言葉を受けて、電は寒気がしてきた。

自分と苦楽を共にした初期艦の仲間達。

彼女達が考えている事は………。

 

「し、時雨ちゃん達は………軍にクーデターを起こす気なのですか!?」

「そうだね………その考えで間違ってないよ。」

 

あっさりと認めた時雨の言葉を受けて、電に衝撃が走った。

艦娘のクーデターというのは、一番やってはいけない行為だ。

何故ならば、艦娘が戦いを放棄して、指揮系統の一番上を破壊してしまっては、海戦その物が成り立たなくなる。

つまり、人類を深海棲艦から守る存在が居なくなってしまうのだ。

 

「だ、ダメなのです!そんな事をしたら、他の艦娘のみんなに迷惑が掛かるのです!」

「逆だよ、電ちゃん。睦月達、さっき吹雪ちゃんを見て来たばかりだよね?誰かが沈む度に、あんな風に苦しんで、自分を壊しそうになる艦娘が出て来るんだよ?」

「そ、それは………。」

 

真剣な顔をする睦月の言葉を受けて、電は即座に答えられない。

確かに、大切な仲間である吹雪は、自分の指導している艦娘達が失われ、生き残った初雪もおかしくなってしまった事で、心に多大な傷を受けてしまった。

このまま大本営の言いなりになって、轟沈を繰り返せば、次に傷つくのは誰になるか分からない。

だが、電は何とか言葉を出す。

 

「し、司令官さんと鳳翔さんの立場が危ないのです!」

「だから、大潮達は、司令官達に黙って行動を起こそうと決めたのですよ。この話を知っているのは、ここにいる4人だけです。司令官も、鳳翔さんも、吹雪も、叢雲も、漣も、五月雨も巻き込みません。」

「で、でも………そんな博打をしなくても、司令官さんに言えば………。」

「………悲しい話ですが、今の司令官に大本営を止める力はありません。このままでは、将来的に鳳翔さんも辛い目に合うでしょう。」

「あ、う………。」

 

冷静に正論を述べる大潮に、電は閉口していく。

確かに今の提督は、上の言いなりだ。

艦娘を気遣うだけの優しさは持ち合わせているが、上に逆らうだけの権力は持ち合わせていない。

このままでは、将来的に鳳翔も、空母の指導を行う際に、轟沈の悲しみを背負ってしまうだろう。

それでも、電は3人の暴走を止めようと必死になる。

 

「か、考え直して欲しいのです!艦娘が大本営に逆らったら、一般市民が深海棲艦によって、酷い目に合うのです!死者が沢山出て、悲しみが広まるのです!」

「電………君は、艦娘に全ての罪を押し付ける人々を、助けたいと思うのかい?」

「へ………?」

「彼らは暴徒となって鎮守府を襲い、提督や艦娘を襲った。深海棲艦から、命を賭けて守っている艦娘達を………だよ?」

「でも、でも………。」

 

時雨の、全てに失望したような言葉に、電は恐怖する。

先日の暴徒達の襲撃は、艦娘達の心を挫くには、十分過ぎる出来事であった。

只でさえ、死と隣り合わせの過酷な日々を送っているというのに、生きていたら人々にガラクタ扱いされるのでは、たまったものではない。

その感情が分かる………いや、少なからず同情している部分があるからこそ、電は反論が出来なくなる。

気が付けば、涙を流して彼女は懇願していた。

 

「嫌………だよ。」

「電………。」

「睦月ちゃんも、大潮ちゃんも、時雨ちゃんも仲間だから………そんな危ない事………して欲しくないよ………。」

 

泣けば何か変わるわけでは無い。

でも、電はそうするしか出来なかった。

そんな彼女の傍に、睦月がやって来て、優しく両肩を押さえる。

 

「ゴメンね、電ちゃん。無理に巻き込もうとしちゃって………。ここから先は、睦月達が勝手にやるにゃ!」

「そ、そんな!?3人だけじゃ………!?」

「大丈夫、僕らは艦娘だから簡単には死なないよ。大本営に乗り込んで、電達の待遇改善を絶対に約束させるから!」

 

時雨も頷きながら電に笑みを見せる。

そして、大潮がポケットから信号弾を取り出す。

 

「手始めに軍のタンカーに砲撃をして、あの大本営の高官を人質に取ります。電は無関係で………只、見ているだけでいいですから。」

「い、嫌………!」

 

電は青ざめる。

大潮が信号弾で合図を取ってしまったら、もう戻れない。

彼女を凝視した電の脳裏に、8人の初期艦と提督と鳳翔と共に、苦楽を共にした日々が思い浮かばれる。

ここで3人を止められなければ、もう、電が幸せだと思えた空間はバラバラに壊れてしまうだろう。

彼女の脳裏に、時雨と、大潮と、睦月と、吹雪と、叢雲と、漣と、五月雨の笑顔が浮かぶ。

 

(やだ…………。)

 

もしも、時雨達の行動を認めてしまえば、彼女達は確実に帰ってはこない。

仲間を守りたいと思う故に………不退転の決意をしているのだ、あの3人は。

 

(やだやだやだやだやだ………!)

 

クーデターを、起こして欲しくない。

守るべき人々を、傷つける立場になって欲しくない。

何より………電達初期艦の小さな幸せを奪って欲しくない。

そんな我儘な思考が、電を支配した瞬間………彼女は思わず叫んでしまった。

 

「やめてーーーーーーーっ!!」

 

ドゴンッ!!

 

「うあああああああああっ!?」

 

「………え?」

 

一瞬、何が起こったのか、電は分からなかった。

気付けば、視線の先にいた大潮は、左肩からおびただしい血を流して、信号弾を海に落としていた。

砲撃された………というのは、誰にでも分かった。

では、何者に?

近くに、深海棲艦の反応はない。

時雨の主砲は背中に背負われており、必死に大潮に、応急処置を施そうとしている。

睦月は、両手を電の肩に置いている為、主砲を構えようが無い。

 

(ま、まさか………。)

 

電は、恐る恐る自分の右肩を見てみる。

その連装砲の砲門からは、煙が出ていた。

 

「な、何で………!?何で、大潮ちゃんを撃ったの!?電ちゃん!?」

 

睦月の怒号が、近くで響き渡る。

その言葉が、決定打であった。

大潮を撃ったのは………電自身であった。

 

(なん………で………!?)

 

電の思考が、今度は、自身の行った行為への恐怖に縛られ始める。

基本、暁型の主砲は右肩に備わっている。

その為、他の駆逐艦のような手持ちタイプの主砲とは異なり、艤装と連動している。

だから、砲門は、電の思考………脳による考えとシンクロしてしまったのだ。

何が何でも大潮を止めたいという………純粋で我儘な思考に。

3人に幸せを壊されたくないと願った電は………皮肉にも、自分でその幸せを壊してしまったのだ。

 

「電ちゃんの………!仲間殺しっ!!」

 

4人の友情が、この瞬間………バラバラに砕け散った。




電の過去編その2です。
時系列としては、初雪の過去話である85話の翌日になりますね。
暁型の武装は、主砲が艤装と連動しているという設定が、この小説にはあります。
その為、まだ未熟だった電は、感情を制御出来ずに、砲撃をしてしまったと………。
仕方ないとはいえ、流石に今回の話は、書いていて気持ちが沈んでしまいました。
時雨達も、電も、善意で行おうとした行為である為、猶更ですね。
確かなのは、色んな意味で、まだみんな、弱かったという事なのかもしれません。


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第97話 ~電の回想・返り血~

「あ………ああ………あ………!」

 

自身のやらかした事と、それによって招いた結果に、電は混乱する。

睦月の言う通り、電の行った事は仲間殺しだ。

明確な理由があったとはいえ、電は大潮に、大怪我を負わせてしまったのだから。

そして、自分の手で自分が欲していた友情を、粉々に破壊してしまったという事実に、彼女は耐えきれるほど、まだ強くは無かった。

電の顔は蒼白になり、歯をガチガチと鳴らす。

そんな彼女の顔に、右手で睦月の単装砲が突きつけられる。

 

「答えて!どうして大潮ちゃんを撃ったの!?どうして、そんな真似したの!?」

「ひ………いい………!?」

 

怒りに燃えた睦月の目を受けて、電は正常な判断が出来なくなる。

只、目の前の存在に、死の恐怖を突き付けられていると考えてしまう。

 

「だ、駄目です、睦月!?今の電を、刺激してはいけません!落ち着いて下さい!」

 

遠目でも、今の電の精神状態を理解できたのだろう。

被弾して血をダラダラと垂らす大潮が、必死に睦月を止めようとする。

 

「大潮は………大丈夫です!まだ、死んでいません!とにかく睦月は離れて!頼みますから!!」

 

今の状態ならば、まだ関係の修復は出来る。

大潮は、そう思ったのだろう。

だが、派手に血を流す大潮自身の状態が、皮肉にも、時雨からも、睦月からも、何より電からも、真面な思考を奪っていってしまう。

 

(電は………死ぬ!?)

 

自身の死生観に対して達観出来る程、電はまだ長くは生きていなかった。

凶器を突き付けられて、平然としていられるほど、彼女はやはり強くは無かった。

 

(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!?)

 

混乱していた電の思考は、もう睦月を友として見ることが出来なかった。

同じく、激昂していた睦月の思考も、もう電を友として見ることが出来なかった。

だから………。

 

「電ちゃんが今やった事は………!?」

「っ!?睦月!離れてっ!!」

「え………?」

 

ドゴンッ!

 

大潮の警告と共に、派手な砲撃音が響き渡る。

電は最初、何が起こったのか分からなかった。

只、睦月がビクリと震えると、派手に何かの液体が彼女に掛かった。

続いて、睦月は電の顔に向けていた単装砲を取り落とす。

 

(……………。)

 

只、歯を震わせながら、電は自分の右肩を見た。

そうであっては欲しく無いと、必死に願った。

だが………次の瞬間、絶望する。

右肩の連装砲は、また煙を発していた。

今度は………睦月の胸を貫く形で。

 

「睦月………死ぬの………?い………やだ………よ………。」

 

最後に電が耳にしたのは、睦月の弱々しい声。

彼女の吐血は電の頬を濡らし、そして………仰向けに倒れていく。

反射的に、電は手を伸ばした。

だが、届かなかった。

睦月はそのまま海面に音を立てて、沈んでいく。

轟沈。

いや………違う。

電が撃沈したのだ。

電が………殺してしまったのだ。

 

「う………ぁ………ああああ………。」

「む、睦月………うわああああああああ!?」

「時雨!?」

 

この決定的な事実が、電の人格を壊し、時雨の人格も壊す。

大潮は、まだ正常な判断を保っていたが、左腕を痛めていた故に、自身を庇うように立っていた時雨を、もう止める事が出来ない。

 

「睦月ぃーーーっ!!」

「止めろ、時雨ーーー!?」

 

大潮が懸命にしがみつこうとする事で、反射的に電に向かって放たれた魚雷は、逸れていく。

だが、その雷撃は、電に更なる恐怖を植え付けるには十分であり、彼女は錯乱したまま魚雷を時雨に向かって放ってしまう。

 

「あああああああああああ!?」

「電!?」

「くっ!?」

 

大潮は、咄嗟に時雨を突き飛ばした。

それによって、彼女は海面を転がり直撃コースから免れるが、大潮はどうしようもない。

彼女は、そのまま魚雷の火に包まれて、海に消えていく。

また1人、電は撃沈してしまった。

 

「睦月………!?大潮………!?何で!?何でこうなるんだよ!?」

 

錯乱した時雨は、電に向けて、背中の連装砲を取り出し、砲撃をしていく。

 

「ひ………い………い!」

 

大潮も沈んだ事で、この惨事を止められる者はもういなくなった。

電はしゃっくりを上げながら、時雨に向けて砲撃を放って行く。

艦娘同士による実弾を使った応酬。

だが、熟練の艦娘による訓練では無く、未熟な艦娘同士による生死を賭けた争いだ。

その砲撃戦は、時雨の方に分があった。

彼女の砲撃が、電の右肩の連装砲を破壊したのだ。

 

「あ………ああ!?」

「電………!沈めっ!!」

 

だが、時雨はここで止まる事が出来なかった。

大切な仲間を2人も殺した電を、もう友とは認められなかったから。

そして、悲しい事に、電もまだ止まれなかった。

彼女には、もう1つ武器があったから。

そう………叢雲から借りた、鹵獲用のマスト型の槍が。

 

「う………ああああああああああああ!!」

「!?」

 

電は槍を取り出すと、構えながら、一直線に時雨に向かって突進する。

もう、頭の中はグチャグチャで、只、生きたいとしか思っていなかった。

時雨は、連装砲を何度も放ち、電を沈めようとするが、彼女の両肩の装甲板が正常に作動する。

その板は、電への迎撃を止めてしまう。

 

「く、来るなぁ!?」

「いやああああああああああああ!?」

 

もはや悲鳴と雄たけびが入り混じったような声で、電は槍を思いっきり時雨の胸に突き刺す。

電は、また全身に、派手に返り血を浴びる事になった。

深海棲艦の黒ではなく、艦娘の赤い血を。

 

「電………。」

 

時雨は血を吐き出しながらも、槍を掴みながら、電を睨みつけた。

荒い息を吐く電は、もうその殺意を躱す気力も無い。

 

「君は………後悔する………よ。僕………達を殺………して………のうのうと………生き………られると、思う………な………。」

 

その怨嗟の声と共に力を失った電は、槍を離す。

時雨は仰向けに倒れて、海に沈んでいく。

電は生き残った。

3人の仲間を犠牲にして。

クーデターも阻止した。

3人の友との絆を………自ら破壊して。

 

「う………ああああああああああああああああああああああ!?」

 

自身のやった取り返しのつかない事を思い出した電は、目を押さえ涙を流し、とにかく叫んだ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

流石に不自然に思ったのだろう。

軍のタンカーが、電の元にやって来た。

いつもその艦橋の上で大仰に艦娘に指示を出す、大本営から派遣された将校は、今は腰を抜かしていた。

何故ならば、電の全身は、真っ赤な返り血で染まっており、その瞳からは光が失われていたからだ。

海を彷徨う幽霊の類では無いか?と言われても、不思議ではない。

そんな将校に対し………電は笑いかけた。

 

「クーデターを………未然に防いだのです。褒めて………欲しいのです。」

「ひ、人殺しーーーっ!?」

 

その姿が凄惨に映ったのか、将校は素っ頓狂な声を上げて艦内へと逃げていく。

やがて、タンカーも反転し、電の元から去って行った。

 

「……………。」

 

虚ろな瞳で海の上に浮かんでいた電は、ふと横須賀の港を見る。

彼女は、静かに鎮守府へと帰って行った。

人殺しの汚名を受けながら………。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

鎮守府の桟橋では、艦娘達がざわついていた。

真っ赤な返り血を浴びた電の姿は、艦娘達にとっても奇異な存在であり、とてもでは無いが、近寄れるものでは無かったからだ。

それは、吹雪、叢雲、漣、五月雨にも言える事で、彼女達にしてみれば、時雨達の姿が見当たらない事が、最悪の想像を掻き立てた。

電は桟橋に立った状態で、只々俯いている。

そんな彼女の元に………提督と鳳翔がやって来た。

 

「……………。」

「駆逐艦、電………。軍上層部へのクーデターを………未然に防いだのです。」

 

何とか敬礼しようとした電に対し、提督は鳳翔からタオルを受け取ると、自分の白い服が真っ赤に染まるのも構わず、彼女の全身の血を拭いていく。

もう力を半ば失っていた電は、呆然とした表情で提督を見上げると、笑いかけようとする。

 

「司令官さん………電は………市民の皆さんを守ったのです。だから………褒めて欲しいのです………。」

「すまなかった。」

 

だが、褒めて欲しいと願った電に対して、返って来た回答は謝罪。

事情を察した提督は、申し訳なさそうに彼女に告げたが、それが彼女の逆鱗に触った。

 

「だから、褒めてほしいのです。………褒めてよ!褒めてって!!何で………何で誰も褒めてくれないの!?電は………!電は!!」

「本当に、すまなかった………。」

 

電は思わず提督に叫んでしまう。

勿論、彼女のやった事を褒めてはいけない。

褒められる事では無いのだ。

どんな理由があるとはいえ、人を殺す事なんて。

しかし………もう電は壊れてしまっていた。

只、誰かに自分のした事を、認めて欲しかったのだ。

 

「嫌だよう………もう、艦娘なんて………電は………もう………!」

「ごめんなさいね………電ちゃん。」

 

代わりに、鳳翔が優しく抱き留めた。

その胸の温かさを受けて、電は赤子のように泣きじゃくる。

周りの艦娘達は、誰も何も言えなかった。

この日から、電は「味方殺し」という言葉を背負って生きていく事になる。

ずっとずっと………今もずっと………。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

『……………。』

「以上が………電とあの3隻の深海棲艦との過去なのです。」

 

雪化粧に染まりながら、淡々と告げた電の言葉に、いつしか磯風達は閉口していた。

頭や肩に降り積もった雪は、たまに五月雨が払ってあげるが、電の瞳からは光が完全に失われていた。

何か声を掛けてあげればいいのだろうが、事態が事態故に、何て言えばいいのか分からない。

互いの純粋な善意が狂わされ、殺し合いに発展したなんて、前代未聞だからだ。

只、だからこそ、その中で………、磯風は気になった事が出来たので、電に告げてみた。

 

「変な事を聞く。電は………あの3隻に沈められたいとは、思っていないだろうな?」

 

彼女がそう聞いたのは、前に初雪が、間違った道を選びかけたからだ。

嘗ての仲間である友と一緒に、深海棲艦の仲間になった方がいいという考えに。

しかし、電は静かに首を横に振った。

 

「思っていませんよ。電の罪は………そんな事で償える物では無いのですから。」

 

電の言葉を受けて、磯風は何とも言えない気持ちになる。

間違えた考えを抱いていないのは有り難いが、それが前向きな思考による物では無い事が、気に掛かった。

彼女は、贖罪の気持ちだけで、あの3隻と戦おうとしている。

それが気がかりであった。

しかし、そこに提督代理である陽炎が出て来て告げる。

 

「とりあえず、次からは電にも出て貰うわ。」

「まだ万全の状態とは思えんが………。」

「それでも、敵の気が電に向いている以上は、積極的に前に出て貰わないと困るのよ。敵も言っていたでしょ?電をおびき寄せる為ならば、爆撃もするって。」

 

確かに、初雪達が遭遇した時に、深海初代睦月と深海初代時雨が、そんな事を告げていた気がした。

佐世保を危険に晒すわけにはいかない以上、陽炎の判断は妥当だと言えた。

 

「電………覚悟はいい?」

「もう、大丈夫なのです。電の手で………決着を付けます。」

「………あんまり、気負い過ぎたら危ないわよ。とにかく、次の夜に向けて艦隊を組むからね。」

 

陽炎の言葉と共に、艦娘達は解散していく。

去ろうとした磯風に対して、初雪が耳打ちをしてきた。

 

「磯風………。」

「何だ、初雪?」

「電は………、あの後、積極的に前線に出る事が多かった………。前に見せた対潜水艦への素潜りも、元々は彼女が考えた術だよ………。」

「まさか………死に場所を求めているって言うんじゃ無いだろうな?」

「そこまでは分からないよ………。只、本当の電の気持ちは、電にも分からないんじゃないのかなって………。あの時の私みたいに………。」

「……………。」

 

磯風は振り返って、電の様子を見る。

彼女は、未だに陽炎と何か念入りに打ち合わせをしていた。

何かに没頭する事で、自身の迷いを振り払おうとするみたいに。




電の過去編その3。
互いを思いやっていたはずの善意は、最悪の結末を生み出す事に………。
電達が好きだからこそ、軍の待遇改善の為のクーデターを起こそうとした時雨達。
時雨達が好きだからこそ、小さな幸せでもいいから、一緒にいたかった電。
その4人の想いが、こんな形で狂ってしまうのは悲劇の一言で片づけていいのか?
只、初期の頃の、初期艦達の待遇を考えれば、こんな可能性もあった気がしました。
分かっていたとはいえ、書いてて辛いのは、事実ですよね。


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第98話 ~ネームシップの勘~

「この磯風も、電達と出撃か。」

「ええ。電を連れて行く以上、爆撃は艦隊に集中すると思うの。だから、佐世保の守りは涼月達に任せて、貴女は前線に出向いてくれない?」

「任せろ。………って、他の第二十五駆逐隊の仲間は留守番か?」

「流石に、連夜の出撃はなるべく避けたいからね。」

 

翌日の夕方。

起床した磯風は、執務室に呼ばれて提督代理の陽炎から指示を受けていた。

今度、敵陣に乗り込む艦隊は、前夜と同じく3つであるが、遊撃部隊の許可を貰った為、7人編成を3組作る事が出来た。

また、夜戦に優れている纏め役として、軽巡の川内も、いよいよ夜戦に乗り込む形になっており、本人は腕が鳴るとの事。

他にも艦隊の特徴としては、渦中の人である電を始めとした初期艦仲間や、第六駆逐隊の仲間も入っている。

 

「他に何か質問はある?」

「電の状態はどうなっている?」

「………やっぱり、みんなそれを聞いてくるのね。」

 

陽炎は軽く嘆息すると、説明をする。

彼女の話だと電は、ヴェールヌイと共に、砲撃訓練を念入りに行っているらしい。

 

「悪いけれど、今は話しかけちゃ駄目よ。ヴェールヌイ曰く、本人は集中したいらしいから。」

「そ、そうか………しかし………なぁ………。雷や暁はどうしている?」

「雷は電の代わりに部屋の整理をしてあげているわ。暁は本人なりに情報収集しているみたいだったから………何か質問があるならば、彼女に聞いたら?」

「確かに、第六駆逐隊の旗艦だし、ネームシップだからな………。」

 

駆逐艦の中でも更に小さな外見故に、お子様扱いされる事が多い暁であるが、実際には第六駆逐隊を取り仕切っている。

更に、あの電の事情を知っていた上で、しっかりと旗艦の役目を果たしていると考えれば、実は相当なやり手なのかもしれない。

 

「今は、桟橋近くで夕食を食べているはずよ。今日の当番は巻波だったかしら?」

「じゃあ、またカレーか。何かこういう時に限って、アイツが食事当番だな………。」

 

とりあえず、陽炎に対し、ありがとうと言うと、磯風は去ろうとする。

しかし、そこで待ったが掛かった。

 

「あ、そうそう………。1つ言い忘れていたけれど、初春も何か色々とみんなに聞いていたわ。気掛かりな事があるみたいで、昼に出撃している金剛さん達の所に今行っている。」

「初春が?アイツ、そんな自分から積極的に動くタイプだったか?」

「ネームシップの勘みたいなのが、働いているのかもしれないわね。」

「………それは何処から分かるんだ?」

「ネームシップの勘からよ。」

 

濃い面々の中で忘れがちになりそうだが、初春も陽炎も、ネームシップだ。

妹艦達を率いている故に、姉御肌としての力を持ち合わせている。

それ故に、いざという時は妹艦達から見れば、心強い面もある。

只、どの艦もやや抜けている所も持ち合わせている故に、たまに忘れる事があるのだ。

完璧超人はいないと言えば、その通りなのだが。

 

「まあ、初春にも会ったら何か聞いてみる。すまないな。」

 

今度こそ、磯風は執務室を去り、桟橋へと向かって行った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

桟橋では、巻波が完成したカレーを、紙皿に載せて、皆に分け与えていた。

磯風は彼女に、とりあえず電の事を聞いてみる。

 

「先に食事を取って、またヴェールヌイと一緒に砲撃訓練に行っちゃったね………。」

「そうか………。まあ、昨日の今日では、まだ艦娘の輪に入り込めないのは当然か。」

 

とりあえず、巻波からカレーを貰った磯風は感謝をすると、暁を探す。

彼女は、綾波や白露、朝潮と一緒に会話をしていた。

 

(今日は、ネームシップと出会う事が多いな………。)

 

1番艦同士で苦労を分かち合えるのだろうか?と思った磯風は、少し抵抗があったが、その輪に混じっていいか聞いてみる。

 

「あ、磯風も一緒に食べます~?今夜の暁達の出撃に備えて、色々と情報共有しているんです~。」

「ありがとう。磯風も、参加させてくれ。」

 

意外なほど簡単に許可を貰ったので、磯風も座り込みカレーを食べる。

暁はというと、熱心に敵艦の特徴を聞いて、知識に取り込んでいた。

 

(暁は、海戦時は真面目だが………ここまで真剣な姿は、横須賀でもあまり見ないな。)

 

余程、電の為に力になりたいと思っているのだろうか?

そう考えた磯風は、敢えて聞いてみる。

 

「なあ、暁………。敢えて聞かせてくれ。電と第六駆逐隊を組む事になって、抵抗は無かったのか?」

「え!?な、何言ってるの!?………そりゃ、大人のレディだから………!」

「すまない、真面目に答えてくれないか?」

「………最初は、そりゃ嫌だったわよ。味方殺しの艦娘と組むなんて。でも、形式上仕方なかったし、何より………。」

「何より………?」

「組んでいる内に、色々と相手の本質は分かるじゃない。………電が本当に、味方を殺して喜ぶような艦娘だったら、改二になる前に退役しているわ。」

 

頬を膨らませながら、顔を背ける暁の姿を見て、自分達には把握出来ないような様々な事情があったのだと磯風は推測する。

実際、味方殺しという汚名は、沖波の轟沈に関わった磯風自身にも関係している。

直接的であるかと間接的であるかという違いであって、沖波を捨て艦にする状況を作り出した磯風も、間違いなく咎人なのだ。

その咎人と付き合っていく過程というのも千差万別であり、それを乗り越えた絆があるというのも、磯風は知っていた。

 

「悪かったな………。第六駆逐隊の絆を疑ったわけじゃないんだ。無礼を許して欲しい。」

「べ、別にいいわよ………。ゴメンね、みんなに心配掛けて。」

 

謝る暁の姿を見て、磯風は思わず頭を撫でたくなったが、そしたら確実に怒られるのでそれは止める。

しかし、場を暗くしてしまったので、どうした物かと磯風は悩んでしまう。

だが、そこに、意外な人物がやって来た。

 

「なんじゃ?皆で暗くなって。折角のカレーが不味くなるであろう。さっさと温かい内に食べんかい。」

「初春?」

 

磯風達の姿を見かねて話題を変えに来てくれたのか、初春がカレーを紙皿に持ちながらやって来た。

彼女は遠慮なく磯風達の輪に割って入ると、カレーを食べ始める。

 

「確か………陽炎の話だと、金剛さん達の所に行っていたと聞いたが………。」

「うむ。わらわには、今の電をどうにかする事は出来ぬからのう。じゃから、少し確認をしとった。」

「確認?」

 

独特の古風な喋り方をする初春は、金剛達の戦況を確認していたと磯風達に説明する。

そして、一転真剣な顔になると、磯風達を見渡し、少し顔を寄せる。

どうやら、あまり周りに聞かれたくない話であるらしい。

 

「まさか………何かあったのか?」

「ああ、金剛殿達は大丈夫じゃ。小破・中破・大破いずれも出とったが、轟沈した艦はおらん。すぐに船渠(ドック)入りがされるじゃろう。」

「なーんだ、ビックリした………。」

 

白露が胸を撫でおろす中、朝潮が怪訝な顔をして聞いてくる。

 

「じゃあ、何を確認してたの?」

「被害状況の詳細じゃ。小破艦や中破艦は、深海初代大潮の小鬼達や艦載機にやられたらしい。すばしっこく動くみたいじゃからのう。」

「暁達も、戦う時は気を付けないといけないわね………。」

「後は、大破艦じゃな。いずれも、深海初代睦月と深海初代時雨にしてやられたらしい。」

「確かに、あの機動力と射程は脅威ですね~。」

「………何が言いたいんだ?」

 

特に小声で話す内容でも無いのでは?と思った磯風であったが、カレーを食べ終わった初春は、顔をしかめると、扇子を取り出し火照った顔を仰ぐ。

 

「鈍いのう………。気付かんのか?」

「気付くって………何に?」

 

本気で首を傾げる白露を見て、初春はゲンナリした顔で、自分の電探を弄り出し、磯風達にこっそりとチャンネルを合わせるように言う。

 

「昨日の夜戦の状況を説明するぞ?まずは、深海初代時雨の発言じゃ。」

 

「僕達ヲ見タネ………。デモ電ハ、イナイミタイダ。」

「ソレハ、コッチノ台詞ダヨ!」

「ナブラレテ沈メ!」

 

流れて来た深海棲艦の荒っぽい発言を聞いて、磯風達は訳が分からなくなる。

初春は何を言いたいのだろうか?

そんな中、彼女は次の深海棲艦の発言内容を振り返る。

 

「これが、深海初代睦月じゃ。」

 

「電チャンハ、佐世保カナ?ジャア、爆撃スルシカ無イカニャ?」

「睦月ニ追イツコウナンテ100年早イニャ!」

「睦月ヲ、侮ッテル?」

 

続いて聞こえて来た内容を、注意深く確認するが、初春の意図はまだ分からない。

彼女は最後に、残った1隻の音声記録を再生する。

 

「最後じゃ、良く聞け。深海初代大潮。」

 

「ソノ前ニ、コノ艦娘達ニ思イ知ラセテヤリマショウカ?」

「大潮ノ方ガ、優レテイルカラデス!」

「浮遊要塞ヲ、飛バシマス!」

 

「……………?」

「まだ分からんか?」

「そもそも、何でいきなり深海棲艦化した初代3人の発言内容を………?」

「殺意が足りていませんね………。」

「ん、何っ?」

 

ここでいきなり綾波が小声で物騒な発言をしたので、磯風は思わず大声を出しそうになり、慌てて口を押さえる。

初春は、うむという感じで首を前に振ると、更に小声で言う。

 

「おかしいと思わんか?金剛殿達の被害状況は、昨夜の被害状況に酷似しておる。小破艦や中破艦は、深海初代大潮に出されているのに、大破艦は深海初代睦月と深海初代時雨にしか出されていない。」

「それって………。」

 

確かに昨夜の海戦も、深海初代大潮の操る浮遊要塞や小鬼群、そして攻撃機によって、海風の艦隊は小破艦や中破艦が続出した。

しかし、大破艦は、深海初代睦月による皐月と、深海初代時雨による時雨と白露だけだ。

 

「冷静に考えれば………戦術がおかしいんじゃよ。もしも、わらわが敵の立ち位置で、再生能力を持った浮遊要塞を盾に自由に攻撃機を使えるのならば、小破艦や中破艦を多量に出すより、まずは大破艦を1人作って、連携を封じる。」

「言われてみれば………。よくよく考えれば、敷波の艦隊だと、時雨が航行不能になっていた上に、白露が庇って大破していたのだから、レ級達と一緒に、まずはそこを叩くわよね。」

「白露達が舐められていた?いえ………違う。電を苦しめる為ならば、本来ならば轟沈艦を作ってもおかしくない。それに………。」

 

白露の目線に合わせて、艦娘達が空を見上げる。

空には、攻撃機の群れは見当たらない。

最初こそ、物量に任せた敵の爆撃に苦しめられたが、それ以降は音沙汰がない。

 

「レ級を含めた航空戦力を管理しているのは、深海初代大潮ですよね。でも、電探の記録音声を聞く限り、明らかに殺意が他の2隻に比べて低いです。」

「艦娘を沈めたい深海初代時雨や、佐世保への爆撃を推奨する深海初代睦月がいるのに、ここまで何も動きが無いのは………。」

 

暁達は、電の昔話を思い出す。

彼女に恨み節を告げたのは誰だったか?

彼女に憤怒の目を向けたのは誰だったか?

そんな中、彼女達を最後まで止めようとしたのは誰だったか?

 

「初春………君はまさか………。」

「あくまで予想じゃ。それ故に、皆の者………特に電には、まだ告げられぬ。じゃが………。」

「もしも、その予想が合っていたとしたら………。」

 

全てを理解した磯風は、思わず息を呑む。

傍で聞いていた他のネームシップの艦娘達も、一斉に初春に注目した。

 

「深海初代大潮は、電に恨みを抱いておらぬ。………それどころか、あやつは………深海棲艦になりながらも、正気を保てとるぞ。」

 

彼女の推理を前に、磯風達は、只々衝撃を受けるばかりであった。




出撃前の、各ネームシップ達の会話。
実は吹雪や睦月を含め、1番艦が沢山集まっていたので、今回の話を作りました。
各ネームシップ達の鼓舞の仕方や妹艦の引っ張り方は、多種多様だと思います。
そんな中で、一癖も二癖もありそうな初春に、推理をして貰いました。
その推理が当たっているかどうかは、今後の展開次第になります。
只、次回からはまた激戦ですので、宜しくお願いします。


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第99話 ~想いと行動~

「臨時第一艦隊、出るわよ!」

「臨時第二艦隊、夜戦だ!」

「臨時第三艦隊、出撃する!」

 

その夜、雪がしんしんと降る中で、駆逐艦中心の水雷戦隊が佐世保を抜錨していく。

中心を疾走する臨時第一艦隊は、暁、ヴェールヌイ、雷、電、初春、子日、若葉。

右翼を担う臨時第二艦隊は、川内、長月、文月、水無月、三日月、菊月、卯月。

左翼を担う臨時第三艦隊は、磯風、叢雲、吹雪、深雪、曙、漣、五月雨。

昨日の艦隊とは、総替えした上に、それぞれ7人で組んだ遊撃部隊から構成されている。

それぞれ、深海初代時雨、深海初代睦月、深海初代大潮の艦隊と交戦する手筈であった。

3つの艦隊は、単縦陣で進みながら、敵陣へと向かっていく。

 

「……………。」

「なんじゃ?頭や艤装に雪が降り積もっておるぞ?取り払わんのか?」

「あ、ああ………すまない。」

 

無言で何かを考えていた磯風は、横に来た初春の言葉を受けて、慌てて艤装の雪を払おうとする。

だが、艤装が大型化されている磯風は、そう簡単に手で雪を払う事が出来ない。

 

「旗艦がそれで、どうするんじゃ………。仕方ないのう、わらわの扇子のスペアをくれてやろう。意外と痒い所に手が届くから、便利じゃぞ?持っておけ。」

「あ、ああ………ありがとう。」

 

初春の特徴的な扇子を貰った磯風は、雪を取り払う。

そんな中、彼女は小声で磯風に言った。

 

「………深海初代大潮の事は、あくまで可能性じゃ。もしも牙を剥いてきたら負けるから、油断はするな。」

「分かっているさ。只………、電の心理状態と合わせて考えるとな………。」

 

前を進んでいる電の様子を見た磯風は、考える。

彼女は、自分の手でケリを付けるとハッキリと言った。

だが………言葉と実際の行動は必ずしも一致はしない。

それが、磯風にとってとても心配であった。

 

「ま、出来る限りサポートするから任せておけ。さて………そろそろかのう?」

「海域的には、近づいて来てる。………速力の高い面々を集めると、夜偵を飛ばせないのが辛い。」

 

夜戦に特化した川内や、索敵に優れる暁がいるが、後手に回るのは辛かった。

当たり前だが、敵艦もバカでは無い為、無駄に夜偵を飛ばしたり、電探による会話をしたりはしない。

ここは、前述の2人が頼りだった。

と、ここで………。

 

「………各艦、戦闘準備をして。」

「お、夜戦の気配かな~?」

「来た………のですか?」

 

暁の索敵能力の高さに感心した磯風は、自身の艦隊に武装を構えるように言う。

川内もウキウキしていそうで………その顔は真剣になっていた。

 

「正面、深海初代時雨とフラッグシップネ級らしき艦が、砲撃体勢!各艦、回避行動!」

 

暁の叫びと共に、艦隊全体が増速。

同時に正面から砲撃音が響き渡り、後ろに超長射程の砲弾が落ちる。

磯風は、深海初代睦月の艦隊が突撃を開始し、深海初代大潮の艦隊が攻撃機を飛ばすのが見えた。

それと同時に、深海から響き渡るような声が聞こえてくる。

 

「来タ………!電ガ来タ!僕ラヲ沈メタ憎キ電ガ!!」

 

深海初代時雨が砲撃を繰り返しながら、呪詛の声を叫ぶ。

 

「吹雪、五月雨、漣、叢雲モ居マスネ………。初期艦勢揃イデスカ。」

 

深海初代大潮は、冷静に小鬼や浮遊要塞達を呼び出して隊列を作っていく。

 

「沈メルニャ!ミンナ、沈メテ地獄ヲ見セテヤルニャ!!」

 

深海初代睦月が、狂気の笑みを浮かべながら怨嗟の声を上げて迫って来る。

 

「時雨ちゃん、大潮ちゃん、睦月ちゃん………みんな、おかしくなっちゃったんだね。」

「気持ちを考えれば仕方ないよね。でも………!」

「これ以上、佐世保のみんなや電を苦しめるのなら!」

「覚悟は出来ているんでしょうね!」

 

吹雪、五月雨、漣、叢雲の4人が苦々しい顔を浮かべながらもそれぞれの武装を手に取る。

更に電が3人を見据えながら右肩の連装砲を向けた。

 

「3人は………電が決着を付けるのです!」

 

彼女の叫びと共に、各艦隊は攻撃行動に入った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「深海棲艦化した艦娘が、復讐の狂気に染まらず正気を保っている………ね。これ、有り得るとしたら、相当な精神力を持っているって事になるわよ?」

 

その頃、陽炎は執務室で、海戦の様子を電探で確認しながら、綾波から夕食時の会話の事を聞いていた。

綾波自身は、佐伯湾泊地での海戦で、初雪の友であった深海棲艦化した艦娘の最期に立ち会っている。

あの時も、最初こそ彼女達は人類への復讐に囚われていたが、初雪の轟沈の危機を前に、身を挺して庇うという、自己犠牲精神の行動を取っていた。

その事実を把握しているからこそ、彼女は他の艦娘よりも、深海初代大潮の心理状態に敏感になっていたのだ。

 

「深海棲艦だから、みんな狂っている………というのは、おかしい気がするんです。陽炎も提督ならば、その情報を入手しているとは思いますが………。」

「そりゃ、ちゃんと知っているけれどさ………だったら、猶更難しい事があるのよね。」

「難しい事というと?」

「………何が目的で、深海初代大潮は敵対しているか………って事よ。むざむざ沈められる為?それとも………。」

「そうですよね………。」

 

少なくとも、深海初代時雨と深海初代睦月とつるんでいる時点で、彼女達の意志は、ある程度は尊重しているだろう。

つまり、完全にこちらの味方として行動しているわけでは無いのだ。

もしかしたら、暴走する2隻を抑える役目を担っているのかもしれないが、爆撃等を行っている時点で、彼女も破壊本能が消失しているとは思えなかった。

 

「行動が読めないっていうのはね………一番厄介よ?ある意味、一番の不確定要素だもの。………とりあえずその事は、電は知らないのよね?」

「はい。知っているのは、一部のネームシップと磯風だけです。」

「磯風か………。何も無いといいのだけれどね………。」

 

陽炎は、何となく妹艦の事が心配になった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「グガアアアアッ!!」

「よーし!タ級1隻撃沈!再生能力があると言っても、昼間に金剛さん達がかなり削ってくれたみたいだね!集中砲火なら数は減らせるよ!」

 

その頃、深海初代艦娘達との海戦では、丁度、川内が両腕の単装砲の雨を至近距離から喰らわせて、深海初代睦月艦隊のタ級を沈めていた。

勿論、無理に接近した分、彼女も中破位までは追い込まれていたが、それに対する見返りを獲得する所は、流石水雷戦隊の親玉だ。

それに、この朗報は、無敵とも思えた深海棲艦達にも弱点がある事を明確化した為、艦娘達のモチベーションを上げるのに役に立った。

 

「やりますね、川内さん!コツは!?」

「とにかく急所に集中砲火かな!只、欲張りすぎて、この海戦での全滅を狙わない方がいいよ!いつでも、撤退出来る用意はして!」

「分かりました!文月!聞こえたな!」

「OKだよ~!」

 

電探で、川内から的確な指示を受けた臨時第三艦隊旗艦の磯風は、深海初代大潮の飛ばす攻撃機を、とにかく撃ち落としていく。

1人では輪形陣を使わない対空砲撃は大変な作業だが、臨時第二艦隊にいる文月と協力すれば、ある程度の爆撃を防ぐ事は出来る。

勿論、その間にPT小鬼の騎馬に乗った砲台小鬼に狙われる危険性があったが、そこは叢雲達が対処してくれていた。

 

「大潮、忘れたの?私は槍を持ってるのよ!」

 

言葉と共に、砲撃の雨を潜り抜けながら、叢雲がマスト型の槍で小鬼達の騎馬を薙ぎ払うように迎撃していく。

この小鬼達も再生能力を持っていたが、タ級やネ級、レ級達に比べれば微細な物だ。

騎馬を崩してのたうち回っている間に、主砲や機銃の集中砲火を食らわせれば、思った以上に簡単に撃沈できる。

場合によっては、自分の抱える魚雷が爆発して自滅するPT小鬼や、騎馬に助けて貰えず沈んでいく砲台小鬼もいた。

 

「深雪ちゃん!魚雷を使うよ!」

「了解!深雪スペシャルってな!」

 

そして、深海初代大潮への道が開いた所で、吹雪と深雪が雷撃を試みる。

只、ここは再生能力を持った浮遊要塞が立ちはだかった事で、直接攻撃は失敗に終わる。

 

「あー、失敗か!」

「諦めるんじゃないわよ!浮遊要塞だって、無敵じゃないんだから!漣と五月雨も隙を見て雷撃を叩き込むわよ!」

「合点承知!」

「分かったよ!」

 

深雪が悔しがるが、曙の激が飛んできた事で、戦意を保つ。

深海初代大潮の攻撃機は磯風と文月に任せれば、いずれ相手の方が再生能力を失うはずであった。

敵艦もそれを把握したのだろう。

だからこそ、他の仲間に援護要請をする。

 

「コチラ、大潮。押サレテイマス。援護ヲ。」

「無理ニャ!何カ、大発ヲ沢山撃ッテ来テイル艦娘ガ居ルニャ!?」

「あら………?世界一の「大発屋」を目指す私の事、褒めてくれて嬉しいわ!」

 

焦るのは、三日月の戦車の乗った大発動艇による砲撃が、どんどん飛んできている深海初代睦月。

三日月は、大発を操る自身の能力を活かし、計7台の大発を操って、1人で敵旗艦を狙っていた。

勿論、速力に優れる深海初代睦月には、そう簡単には当たらないが、反撃の隙が中々出来ない。

その間に、天龍譲りの剛剣を振りかざした菊月を中心に、レ級やネ級に襲い掛かっていた。

 

「菊月だ!フラッグシップネ級1隻を叩き斬った!残りのネ級とレ級が焦り出している!姉貴!」

「長月、了解!水無月、卯月!とにかくレ級にダメージを与えるぞ!」

「うん、任せて!」

「うーちゃんの本気を見せてやるぴょん!」

 

決して無傷では無かったが、長月や水無月、卯月も、仲間達の奮戦を見て、闘志を燃やしていた。

時間差で砲撃を受けている深海初代睦月は、混乱する艦隊を立て直す事が出来ていない。

削るならば、今であった。

 

「時雨チャン!助ケテーーー!」

「シバラク、粘ッテ!電ヲ仕留メル、チャンスナンダ!」

 

一方、深海初代時雨は、目をギラギラさせながら、電に砲撃を集中させていた。

しかし、電にしてみれば、必ず自分に砲撃が飛んで来ると分かっている為、回避行動に専念していればいい。

その間に、暁等の艦隊の仲間達が勝手にダメージを与えてくれる。

実際、深海初代時雨はともかく、艦隊のタ級、ネ級、レ級は砲撃の雨を受けていた。

タ級に至っては、それまでのダメージが積み重なっていたのか、再生能力を失って煙を吹いている。

 

「時雨!頭ニ血ガ上ッテマスヨ!一旦下ガッテ!」

「僕ハ、仇ヲ討ツンダ!睦月ト大潮ノ!!」

 

深海初代大潮が、冷静になるように指示を出すが、深海初代時雨の怒りは収まらない。

ひたすら電に照準を定めて背中の2門の大型単装砲を向ける。

だが、どうしても当たらない為、敵艦は焦ったのだろうか。

その狙いが、明後日の方向に飛んでいく。

 

「シマッタ!?」

「ケリを………付けましょう!」

 

その隙を見逃すほど、今の電の練度は低くはない。

一気に増速すると、深海初代時雨の懐にまで接近する。

 

「ナ………!?」

「終わり………なのです!」

 

そのまま電は、深海初代時雨の顔面に右肩の連装砲を撃ちまくる。

 

「グァアアアアアアアアア!?」

 

飛び散る黒い血を受けながら、電はひたすら急所に撃ちまくる。

だが………そこで、返り血を浴びる彼女の脳裏に、過去の記憶が蘇って来た。

死にたくないと願った睦月。

自分を止めようと必死だった大潮。

そして………元々は自分達の待遇改善の為に動こうとした時雨。

 

(電………は………。)

 

「電!?何してるの!?」

「!?」

 

雷の悲鳴に近い叫びに気付いた時には、電は首を掴まれ、海面に倒されていた。

目の前には、憤怒の顔でこちらを見つめる深海初代時雨。

電の砲撃は止まっていた。

自身の意志がダイレクトに反映される、暁型の艤装の主砲が………。

 

(ああ………電は………やっぱり………。)

 

首を絞められた電は、嘗ての仲間を討てなかった。

倒すべき深海棲艦を、艦娘として倒せなかった。

事情があったとはいえ、自分が一度は殺してしまった艦娘達を手に掛ける事なんて………。

 

(ごめんなさい………。)

 

「シズメ………電!!」

 

目を閉じた電に向けて、深海初代時雨の右の大型単装砲が向けられた。




口にした言葉と、心の底に秘めている想いは別物。
思考がダイレクトに反映される武装を持つならば、猶更ですよね。
私の艤装設定だと、暁型の艤装はかなり厄介な物だと思っています。
手で扱う主砲武装と違い、トリガーを引けば弾が出るわけじゃないですからね。
撃つんだ!って念じないと撃ち出されないのは、諸刃の剣に感じました。
逆に言えば、その武装を扱う第六駆逐隊の精神力は、凄まじいのかもしれません。


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第100話 ~悲痛な願い~

深海初代時雨の右の大型単装砲が向けられた事で、電は死を覚悟した。

いや………もしかしたら、最初から心の奥底では、自分はこれを望んでいたのかもしれない。

自分は、絶対に許される事の無い咎人なのだから。

そう思った瞬間、電は審判の時を前に安らぎすら感じた。

だが………。

 

「エ!?」

 

砲撃しようとした深海初代時雨の右の砲門が、突如爆発を起こす。

何事かと思った敵艦は、再生しようとした砲門が、上手く形を成さない事に気付かされる。

見れば、細かい鉄の板のような破片が、至る所に突き刺さっており、艤装の再生を邪魔していた。

 

「ナンダ、コレ………ガァ!?」

 

その深海初代時雨が、思いっきり蹴り飛ばされる。

倒れている電が身を起こしてみれば、傍に初春が立っていた。

何時も手に持っている扇子は、今は無い。

 

「マ、マサカ………!?」

「すまんのう………その投げつけた扇子、鋼鉄製の特注品なんじゃ。後、わらわの「さまーそると」は華麗じゃったかの?」

「キ、貴様!?」

「子日!」

 

初春が砲撃体勢を取ると同時に、子日が横から倒れている電を掻っ攫って行く。

 

「ま、待つのです!?電は………!?電はこのままでは………!?」

「ごめんね、今は黙ってて!」

 

子日は電が抵抗すると見るや、迷わず鳩尾に拳を叩き込む。

完全に意表を突かれた電の目から、光が消えて気絶する。

 

「撤退する………川内さん、頼む。」

 

若葉が反対側から子日と共に電を曳航していき、川内に具申。

彼女は迷わず電探で撤退命令を出した。

 

「逃げるよ!負傷艦を曳航しつつ急いで!」

「サセルカ!」

 

気絶している関係で、遅れている電達だけは何としても沈めようと、深海初代時雨は残った左の大型単装砲で砲撃を仕掛けようとするが、立ちはだかった初春が煙幕を発した。

 

「クッ!逃ゲルナンテ!電ノ卑怯者メ!………ッ!?」

 

レ級達と共に煙幕の中を突き進もうとした敵艦だったが、そこに、突撃する影を見る。

その白い影は、煙幕を突き破ると、肩の連装砲を深海初代時雨の左の単装砲に叩き込み破壊する。

 

「クッ………誰ダ!?」

「ヴェールヌイ。………いや、今は第六駆逐隊の響だ。」

「味方殺シノ電ニ、付キ従ウ愚カ者カ!?」

「悪いね。完全撤退まで時間を稼がせて貰うよ。後………仲間を侮辱されて憤らない駆逐艦はいないんだ。」

 

静かな怒りと共に、ヴェールヌイが単騎で深海初代時雨に対して、雷撃を叩き込む。

再生能力で左の大型単装砲を復元させていた敵艦は、更なるヴェールヌイの猛攻を防げず悲鳴を上げる。

見れば、追いかけようとした深海初代睦月に対しては、雷が足止めをしており、攻撃機を飛ばそうとしていた深海初代大潮に対しては、暁が砲撃を集中させていた。

第六駆逐隊の仲間達が、電を逃がすために、敢えてしんがりを務めていたのだ。

 

「ソコヲドクノデス!」

「嫌よ!雷様を侮らないで!せい!!」

「ニャガ!?」

 

最速で迫ってくる深海初代睦月の勢いを逆利用し、雷が装甲板を構えてそのまま体当たりを喰らわせる。

体当たり勝負は、覚悟があった分、雷の方に軍配が上がり、転がった敵艦にそのまま雷撃を喰らわせていく。

 

「OKよ!暁、響!」

 

深海初代睦月が炎に包まれてのたうち回っている間に、暁とヴェールヌイが反転して一気に離脱を図ろうとする。

 

「ソウ上手クイクト………思ウナーーー!!」

 

ところが、ここで深海初代時雨の怒号が響き渡ると同時に、残っている4隻のレ級と3隻のネ級、1隻のタ級と共に一斉に砲撃を浴びせる。

強力過ぎる戦艦の砲撃を掻い潜る第六駆逐隊であったが………。

 

「ぐっ………!?」

「響!?」

 

激しい砲撃で、荒波が立った影響であろうか。

運悪く、バランスを崩したヴェールヌイが、右の装甲板を弾き飛ばされ、右腕を負傷する。

そのまま敵艦は、彼女に集中砲火を喰らわせていく。

 

「絶対ニ貴様ハ、沈メテヤル!電ニ絶望ヲ!!」

「逃げるわよ、響!掴まって!」

 

雷が何とかヴェールヌイを曳航していくが、滅茶苦茶に飛んで来る敵艦の砲撃を前に、完全に回避する手段が無くなる。

だが、そこに2人を横切り砲撃や機銃を乱発する影が出て来る。

 

「磯風!?」

「無茶をする!今の内に引け!」

「貴女ね!沈むわよ!?」

「電には、恩義があるんだ!借りを返す場をくれ!」

 

磯風はそう言うと、魚雷を残弾全て撃っていく。

しかし、雷撃は当たらず代わりに長射程の砲撃が幾つも飛んで来る。

 

「何とか第六駆逐隊だけは………!」

「てやああああああああああああ!!」

「あ、暁!?」

 

ここで磯風は、仰天する事になる。

深海初代大潮から逃げていた暁が、突如反転すると増速し、何と正面から身を投げ出すように敵艦にぶつかっていったのだ。

思わず手を伸ばした磯風は、電探で確かに、暁の………泣きそうな声を聞いた。

 

「お願い………電は必死に罪を償おうとしてるから………もう奪わないであげて………!」

「!?」

「ウ、ウワアアアアアア!?」

 

突然の体当たりにパニックに陥ったのか、深海初代大潮の飛ばしていた攻撃機が、至る所に爆撃を落としていく。

それは、敵味方関係無く、追撃しようとした深海初代時雨や深海初代睦月にも炸裂する。

 

「大潮!?シッカリ!?」

「危ナイヨ!?」

 

混乱し始めた敵艦であったが、尚も深海初代大潮の無差別爆撃は続く。

 

(これは………まさか!?)

 

磯風は、ある1つの可能性を抱きながらも、四方八方から滅茶苦茶に降り注がれる爆撃に困惑する。

文月が撤退した以上、彼女だけで耐えられる物では無かった。

やがて、爆撃の炎を受けて………磯風は気を失った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「………ここは………。」

 

目を覚ました時、磯風は壁に背を預ける形で座り込んでいた。

そして、驚愕する。

目の前には、深海初代艦娘達を含んだ敵艦が、多数存在していたのだから。

 

「何が………!?暁!?」

 

更に、磯風は驚愕する。

右には自身にもたれかかるように、暁が倒れ込んでいた。

その目は開いていたが、光を失っていた。

 

「貴様等!!暁に何をし………!?」

「落チ着イテ下サイ。彼女ハ、錯乱スルノヲ防グ為ニ、自分ノ思考ヲ封ジテイルノデス。」

 

思わず怒りのままに立ち上がろうとした磯風は、眼前に深海初代大潮の砲門を突き付けられ、動きを止められる。

そのまま睨みつける形で再び座り込んだ磯風に対し、深海初代大潮は、立て膝を付き、説明を始める。

 

「下手ニ暴レラレテモ困ルノデ、私達ノ知ッテイル情報ヲ提供シマス。質問ヲドウゾ。」

「ここは………何処だ?」

「アノ海域ノ近クノ、廃船ノ中デス。佐世保攻略ノ為ノ、根城ニシテイマス。」

 

質問をしながら、磯風は自分達の装備を確認する。

手持ちの高角砲と機銃、艤装の埋め込み式の高角砲は外されていた。

爆雷は、多分爆撃を喰らう瞬間に、咄嗟に投棄したのだろう。

暁も同様に右肩の2門の連装砲が外されていた。

2人の電探は壊れたのか壊されたのか、何処にも見当たらなかった。

 

「みんなは………どうなった?」

「貴女達以外ノ撤退ハ、成功シタト思ワレマス。」

 

武装が何処にあるか確かめようと目を動かすと、部屋の角に集められているのが分かった。

再生能力を失ったタ級が門番を務める形で立っており、取る事は不可能であるらしい。

 

「私は………どれ位眠っていた?」

「4時間程。」

「その間、暁は………。」

「拷問等ハシテイマセン。………静カニ泣イテ………ヤガテ、心ヲ閉ザシマシタ。」

「……………。」

 

磯風は、呑気に気絶していた自分を殴りたくなった。

その間、暁は敵艦の群れの中に1人でいて、絶望に近い恐怖を感じていたのだから。

もっと早く目を覚ましていれば、彼女が心を閉ざす事も無かっただろうに。

そんな磯風の元に会話が聞こえてくる。

 

「大潮チャン!ヤッパリ、首ヲ狩ッテ、電チャンニ見セビラカスニャ!」

「彼女達ノ亡骸ヲ見セテ、絶望ヲ覚エサセタ方ガ………!」

 

ゾッとする会話をするのは、深海初代睦月と深海初代時雨だ。

暁はこんな恐怖に耐えていたのか………と思うと、磯風は猶更申し訳なく感じた。

そんな中、深海初代大潮はこう言う。

 

「コノ2人ハ、人質デス。2人ガ居ル限リ、電ハ、マタヤッテキマス。………恐ラク、今夜マタ。」

 

深海初代大潮は、2人にそう言うと、他の深海棲艦に休むように告げた。

 

「2人ハ、大潮ガ見テイマスノデ、少シデモ体力ヲ回復サセテ下サイ。特ニ、時雨。艤装ガ直ラナイ以上ハ、今マデト同ジ動キハ出来マセンカラ、注意ヲ。」

「………分カッタヨ。」

 

深海初代時雨を始め、他の深海棲艦達がぞろぞろと去って行く。

その様子をじっと見ていた磯風は、静かになるのを見計らって、思い切って告げる。

 

「深海初代大潮………いや、初期艦大潮。貴様は………君は、本当に深海棲艦なのか?」

「深海棲艦デス。少ナクトモ、アノ2人ト同ジク、電ニ沈メラレタ初期艦ノ仲間デス。」

「だったら………何故、暁の願いを聞いてくれたんだ?パニックになって、無差別爆撃をしたわけじゃないだろう?」

 

暁の悲痛な願いは、確実に、この初期艦大潮に届いたはずだ。

でなければ、都合よく初期艦時雨や初期艦睦月の足止めがされるわけが無い。

第六駆逐隊のヴェールヌイと雷は、確実に沈んでいたであろう。

 

「………興味ヲ持ッタカラデス。」

「興味?」

「暁デスカ………。彼女ガ………イエ、貴女達ガ、自分ノ身ヲ犠牲ニシテマデ、電ヲ救オウトシタ理由ガ。」

「………私は、電のお陰で過去を乗り越える事が出来たからだ。」

 

初期艦大潮の言葉を受け、磯風は思い切って説明する。

幌筵で自分が過去に縛られ、単縦陣が使えなかった時、電は強引ではあったが、自分を立て直す切っ掛けをくれた。

そうでなくても、彼女は厳しいながらも、磯風を鼓舞してくれていた。

 

「今回の事を聞くまでは………私は、電は強い艦娘だと思っていたよ。だが………実際には、彼女も辛い過去を抱えている。だから………力になりたいと思っただけだ。」

「………暁ハ、ドウナンデショウネ?」

「実は、そこまでは聞いてなくて………。」

「………庇って貰った事があるの。」

「暁!?」

 

磯風は驚く。

それまで、思考を閉ざしていた暁が、少しずつではあるが喋り出したのを。

もしかしたら、今までの事から、目の前の深海棲艦………初期艦大潮は安心できる存在だと感じたのかもしれない。

彼女は、僅かに笑みを浮かべると、静かに話し始めた。

 

「まだ私が彼女の事を味方殺しだと思っていて信頼していなかった頃………、任務で油断しちゃって………。そしたら、庇われていた。背中に傷を負って、血を吐いて重傷を負ったのに………、あの子、最初に何を言ったと思う?」

「………何ダッタノデスカ?」

「「味方殺しの返り血を浴びせて申し訳ないのです」。………それ所じゃないのにね。」

「……………。」

 

暁に気を配っているのだろうか?

手に備え付けられた連装砲を後ろに隠して、立て膝を付いて彼女の目線の高さにまで静かに座り込む初期艦大潮は、悲しそうな顔をしていた。

磯風は本能的に察する。

この初期艦大潮は、間違いなく艦娘としての情を持ち合わせていると。

それにしても、電の精神力は恐ろしい物だ。

逃げたくなる罪を抱えながらも、約10年間、ずっと贖罪の為に艦娘として戦う道を選んでいたのだから。

 

「電は………第六駆逐隊の絆を大切にしているのだな。」

「ええ………。でも………だからこそ、私は不安なの………。私が捕まった事で、きっと電はまた壊れそうになる………。第六駆逐隊の絆を壊した自分を責めるわ………。」

「………電ハ、モウ立チ直レナイト?」

「立ち直れるさ。」

「………磯風?」

 

不安に陥る暁と初期艦大潮であったが、磯風は真剣な表情で告げた。

 

「この磯風が、情けないどん底から立ち直れたんだ。岸波だって、姉を捨て艦にした罪から立ち直る事が出来た。………電だって、立ち直れるさ。」

「信ジルノデスネ。」

「それも、電から強さだと学んだ。第二十五駆逐隊の旗艦として………必要だって事を。」

「そうね………あの子ならば、きっと………。」

 

今度は磯風達が、電の奮起を期待する番である。

絶望のような寒さを感じる中で、磯風達は信じる決意をした。




祝・100回目の投稿達成です。
………ですが、それ故にこんな話の内容で申し訳ありません。
さて、今回は初春が扇子を飛び道具で使って、敵艦の砲撃を封じていました。
春風の時もそうでしたが、伊達や余興で遊具?を持っているわけでは無い。
だからこそ、きっと初春の扇子も鋼鉄製の特注品なのだな………と感じています。
きっと海戦では、打撃武装として扱う………って設定も面白いかなと。
尚、艦娘の近接戦闘に関しては、漫画「水雷戦隊クロニクル」を元に構想しました。


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第101話 ~今だけでいいから~

磯風と暁が捕まっている頃、佐世保の港では、陽炎が様々な艦娘から情報を収集し、同時に皆を励まして回っていた。

未帰還の艦娘を出してしまった事で、出撃組だけでなく、留守番組も精神的ダメージが大きく、メンタルケアが必要であったからだ。

特に川内は、中破のダメージを受けたにも拘らず、申し訳なさで、提督とはいえ駆逐艦である陽炎に頭を下げてばかりであった。

 

「私がもっとしっかりしていれば………!これじゃあ………水雷戦隊旗艦失格だ!!」

「落ち着いてください、川内さん!………轟沈している所は、誰も見て無いんですね?」

「でも、捕まったのは確かだと思うの………。何も出来なかった………私達………。」

 

そう陽炎に告げながら肩を落とすのは、雷だ。

右肩から出血をしていたヴェールヌイは、強制的に船渠(ドック)入りをさせている。

 

「………電の事を考えれば、簡単に沈める真似はしないと思うけれど。」

「電さんをおびき寄せる為に、人質にしている可能性が高いのですか?」

「ええ。少なくとも、今日の夜の出撃までは、待ってくれると思うわ。」

 

陽炎の元には旗艦が捕まったという情報を聞いて、第二十五駆逐隊の春風達が集まっていた。

春風は勿論、巻波、如月、初雪………いずれも磯風の事を想うと、不安で仕方が無かった。

 

「磯風………これ以上、無茶していないといいんだけれど………。」

「暁ちゃんを守る為に、変な考えを持ってそうだし………。」

「……………。」

 

各々が自分達の旗艦を心配する中、初春が陽炎の元に走って来る。

 

「初春、まさかと思うけれど………。」

「目覚めた電が、暴走仕掛けておる!子日と若葉を殴り飛ばして、強引に再出撃しようとしておるわ!」

「分かった。ちょっと見て来る!」

 

陽炎と初雪達が走っていくと、電は文字通り大暴れをしていた。

艤装を外されていた為、そんな怪力は発していなかったが、止めようとした子日や若葉を同時に相手にして、振り払える位の大乱闘を繰り広げていた。

 

「離すのです!早く………早く暁ちゃん達を取り戻さないと!!」

「電!少し落ち着きなさい!子日や若葉に当たっても、何も変わらないわよ!?」

「邪魔しないで欲しいのです!電のせいで………電のせいで、第六駆逐隊の仲間が!?磯風ちゃんが!?」

 

完全に錯乱している電には、何をしても聞く様子が無かった。

陽炎は、溜息を付くと、一旦、自分の艤装を外して、付いてきた雷に持って貰うと、今にも飛び出しそうであった雷の顔面に強烈な拳の一撃を叩き込んだ。

 

「か、陽炎………ちゃん?」

「今は提督だけれどね。………でも、それも関係無いわ。そんなにケンカがしたいなら、私が付き合うから掛かって来なさい!」

「ち、違うのです!電は………電は………撃てなかったから………。」

「撃てなかったなら、猶更行くのは自殺行為じゃないの!?」

 

恐らく自分でも、何を言っているのか分からないのだろう。

敢えてファイティングポーズを取り、ケンカを受けて立つ姿勢で立ちはだかった陽炎を前に、少しだけ正気を取り戻した電は、青ざめた顔で辛そうに言う。

 

「電は、撃たなければならなかったのです!でも、撃てなかった!もう絶対繰り返さないと誓ったのに………!第六駆逐隊の絆も壊して………!電は………電はもう………!」

「電………。」

 

雷が辛そうな顔をする中、電の目からは涙が出て来る。

 

「深海棲艦を撃てなければ………電は深海棲艦なのです!そんなの許されないのです!守りたかったものも守れず………!」

 

電はそこで止まった。

拳を握っていた陽炎が、静かに近づき彼女を抱きしめたからだ。

まるで泣く子をあやすように、頭を撫で始める。

 

「電………アンタは少し、甘える事を覚えなさい。」

「ふ、触れたら………ダメなのです!電は………味方殺しで………許されなくて………!」

「贖罪も大事だけれど、今のアンタは視野が狭くなりすぎているわ。それじゃあ、ヴェールヌイも雷も居たたまれないじゃないの。」

「でも、でも………!」

 

電は完全に罪の意識に囚われて、そこから抜け出せなくなっていた。

また同じ過ちを繰り返すのではないかと、恐怖を抱いていた。

このままでは、電の人格が本当に壊れてしまう。

それを後ろで黙って見ていた初雪は、意を決した表情で、涙ぐむ電に語り掛ける。

 

「電………暁は絶対大丈夫だよ。」

「どこにそんな保障が!?」

「磯風がいるから………。磯風は………電の罪の意識を理解できるから。」

「無理なのです!幾ら磯風ちゃんでも………!」

「………そうやって、殻に閉じこもっているな!電!!」

「!?」

 

初雪は息を吸うと、普段の寡黙さがウソのような大声を上げる。

その言霊の威力を前に、一瞬だが、電が呆ける。

 

「電………!自分だけが咎人だと思うな!磯風も、私も大切な仲間を沈めている!それでもやり直す事は出来るし、まだ希望がある内は諦めてはいけないんだ!」

「初雪ちゃん………でも、電はもう………。」

「それでも………それでも、第六駆逐隊失格だって言うのならば!………第二十五駆逐隊で罪を償え!電!」

「は、初雪さん!?」

 

いきなりの言葉に巻波が仰天するが、初雪は後ろの3人を振り返ると頭を下げて、しかし力強い瞳で言った。

 

「ゴメン………みんな。でも、磯風なら、絶対にこうする………!電の気持ちが分かるから………!電の過去を知っても、戦友だって言い切る!!」

 

最初こそ唖然としていた第二十五駆逐隊の面々であったが、やがて春風も頷き、陽炎に抱えられている電の傍まで行き、手を差し出す。

 

「わたくしは………電さんの手が、赤い血で汚れていても構いません。」

「何で………?」

「電さんの過去は清算できませんが、今の貴女は、よく分かるからです。わたくしと出会った時、貴女は初期艦を侮辱した事に、激昂しました。」

「でも、実際は………。」

「その想いを胸に、わたくしの姉妹艦を救ってくれました。それは、過去の贖罪の精神からなのかもしれませんが………わたくしの歩みを進めてくれた事に変わりはありません。」

 

秋に春風が暴走して横須賀に来た時から、電は彼女に道を示してくれた。

そういう意味では、掛け替えの無い戦友なのだ。

今更、それを疑う理由は無いはずだ。

その話を静かに聞いていた如月も、同じように前に出て、手を出す。

 

「あの地下室にいたから、電ちゃんが辛い過去を抱えているのは、手に取るように分かるわ。だからね………他の初期艦のみんなにも言える事だけれど………泣きたい時は泣いていいと思うの。」

「そんな資格無いのです………。電は迷惑を掛けてばかりで………。」

「もう!それを言ったら、如月だって、佐世保のみんなや初風ちゃん達、それに磯風ちゃん達にどれだけ迷惑を掛けたか。………でもみんな、元の姿に戻るのに、付き合ってくれた。深海棲艦に片足を突っ込んでいた私を。」

 

如月はそう笑みを見せると、最後に巻波を見た。

だが、彼女は困ったように頭をかいて悩んでいた。

それもそうだろう。

初雪のように、共感出来るような過去を抱えているわけでも無いし、春風や如月のように海戦を共にした経験も無いからだ。

それ故に、ある意味、一番ニュートラルな目線で電を認識できる存在であった。

 

「……………。」

「嫌ですよね………味方殺しの艦なんて。」

「うーん………抵抗が無いって言えば、そりゃ、嘘だけれど………。」

 

正直に答えつつ、悩みに悩んだ巻波は、雷を見て言う。

 

「でも、それってさ………。ずっと仲間でいてくれた第六駆逐隊のみんなに失礼じゃない?」

「う………。」

「あと………電ってさ。機械の腕は嫌?」

「嫌って、何が………です?」

「そっか。」

 

本気で首を傾げる電の姿を見て、自分の機械化された左腕を見せていた巻波は、何処か安心した顔をする。

 

「私は味方殺しじゃないけれど………こんな腕だし、その前は隻腕だったから、奇異の目でよく見られてたんだ。ほら、人って自分と違う異端の存在は、同じじゃないって言いたくなるじゃん。」

「その通りならば、巻波ちゃんは電の事………。」

「勿論、すぐには納得できないよ?でも、私、間違える事もよくあるから………。」

 

そもそも片腕を無くしたのは、過去に水母棲姫に無謀な突撃を試みた事が原因なのだ。

身から出た錆で苦しむ点で言えば、自分と電は案外同じなのかもしれないとも、巻波は考えていた。

そして、だからこそ………。

 

「私は知ってるよ?みんなで協力すれば、一からやり直す事が出来る事も。」

「人を殺した電も………ですか?」

「それ言っちゃったら、今度は磯風に失礼だよ。後、暁達を取り戻すチャンスはまだあるのに、電が無策に走ってどうするのさ。」

「それは………。」

「だから!」

「わわ!?」

 

ポンと器用に、生身の手と機械の手を合わせて叩いた巻波は、陽炎から電を強引に奪うと………初雪、春風、如月が重ねた手の上に彼女の手を置き、自分の手を重ねる。

 

「磯風を含めて他のみんなは、何か電に恩義があるみたいだし、その分、甘えちゃおう!初期艦で色々苦労してたんだから、ここで我儘言ってもいいんだって!」

「そ、そんな………!?」

 

思わず電は手を抜こうとするが、巻波が一番上から機械の左手を強引に重ねた為、駄目だった。

そんな彼女の正面にいた初雪が言う。

 

「電………怖がらないで。前を向けば………、きっと見つかる事があるから。」

「……………。」

「今だけでいい………。私達、第二十五駆逐隊を………信頼して。」

 

電は恐々と顔を上げて、回りの面々の顔を見てみる。

初雪も、春風も、如月も、巻波も、力強い瞳で電を見ていた。

 

「電は………皆さんを利用するだけなのかもしれないのです。それでも………付き合って下さいますか?」

「言い出しっぺだからね………。」

「構いませんよ。」

「遠慮なく言って頂戴。」

「渡りに船だからね。」

「………ありがとう………本当に、ありがとうなのです………。」

 

遂に、感情が堪えきれなくなったのだろう。

涙が本格的に止まらなくなった電は、何度も感謝を述べた。

今これより、取り戻す為の戦いが始まる………大切な仲間達を。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

廃船の中では、時の経過が分からない。

只、親切に初期艦大潮が、大体の時間を教えてくれたので、磯風は困る事は無かった。

食べ物は流石に無かったが、水分は積もった雪を溶かして持ってきてくれたので、1日くらいなら、耐え忍ぶ事が出来た。

そして………。

 

「出撃シマス。」

「………情が移ったかな。君には、逃げて欲しいと思ったが。」

「ソウモ行キマセン。決着ヲ付ケナクテハ。」

「……………。」

 

初期艦大潮………深海初代大潮は、深海初代時雨と深海初代睦月と一緒に深海棲艦を引き連れて出撃していく。

部屋にはタ級が1隻残った。

 

(何とか外の状況が分かればいいが………ん?)

 

そこで、磯風は気付く。

右隣で思考を封印していた暁が、こっそり左人差し指で磯風の背中を小突いているのだ。

その独特の叩き方が、モールス信号だと気づいた彼女は、暁が索敵に優れている事を思い出し、暗号を読み解く。

 

(交戦開始………か。昼に何もなかった所を見ると、陽炎達は、この夜に戦力を整えて来たのかもしれない。)

 

だとしたら、自分達も用済みにされる前に、行動を起こすべきだろうと思った磯風は………タ級が余所見をした一瞬の隙を見計らって………バネのように飛びかかった。

 

「ガァ!?」

「磯風!?」

 

飛び掛かった磯風を長身から発せられる力で押し戻し、髪と一体化した主砲と副砲を喰らわせようとするタ級であったが、磯風も無策では無かった。

彼女は懐に仕舞っていた鉄扇………出撃時に、雪避けとして初春から貰ったスペアを首筋に突き刺し、黒い血を溢れさせる。

タ級は抵抗したが、意表を突かれた事で、成す術もなく倒れた。

 

「む、無茶苦茶よ………!」

「このまま囚われの姫になっているつもりは無いのでな。………脱出するぞ。武装を急いで付けてくれ。」

 

磯風は、暁に連装砲を渡すと、自身の装備も整えていった。




思えば、磯風の元には特殊な経歴の艦娘達が集まった感じです。
姉妹艦を救う為に、最初から暴走していた春風。
深海棲艦に呪われて、そちらの世界に片足を突っ込んでいた如月。
片腕を義腕に変えて、奇異の目で見られていた巻波。
過去に仲間を失い、人間に絶望していた初雪。
味方殺しの汚名を背負い、贖罪の為に生きていた電。
これも全て、磯風の経歴と、そこから培った力故なのかもしれませんね。


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第102話 ~奪還戦~

「じゃ………みんなお願いね。大変だと思うけれど、この夜戦でケリを付けるわよ!」

『了解!』

 

磯風達が、廃船の脱出を試みる数時間前。

提督代理である陽炎の指示で、決戦用の艦隊が3つ作られていた。

深海初代時雨艦隊と戦う決戦第一艦隊は、時雨、初雪、春風、如月、巻波、電、初春。

深海初代睦月艦隊と戦う決戦第二艦隊は、睦月、吹雪、五月雨、白露、磯波、浦波、雷。

深海初代大潮艦隊と戦う決戦第三艦隊は、大潮、叢雲、漣、朝潮、荒潮、満潮、ヴェールヌイ。

旗艦を、2度目の交戦で己の深海棲艦化した姿と対峙した3人にして、初期艦やネームシップ、第六駆逐隊や第二十五駆逐隊の面々を中心に構成していた。

また、陽炎から気合を入れ直すという意味で、決戦によく使われる白鉢巻を各艦が受け取っていた。

 

「何か馴染みが、無いですね………。この髪型ですから………。」

「まあ、これも陽炎なりに、皆のモチベを上げる為の案なのじゃろう。」

 

慣れない鉢巻姿に、不思議な気持ちになる春風や初春であったが、今回はそれを受け入れる事にする。

何故ならば、決着を付けるという事以上に、大切な駆逐艦の仲間を取り戻す戦いであるからだ。

だから、敢えて軽巡の川内を外すというリスクを負ってでも、駆逐艦だけにして、結束力が大事だという事を強調した。

陽炎は、出撃メンバーに対してハッキリと告げる。

 

「相手は色んな事情のある元駆逐艦。でもね………売られたケンカは3倍以上にして消してやらないと、駆逐艦っていうのはやってられないわ!」

 

力強い彼女の言葉に、皆がうんうんと頷く。

駆逐艦娘は普段、いがみ合ったり、ケンカしたりする関係だ。

しかし、いざという時の仲間意識は、他の艦娘達を唸らせる程の力がある。

 

(電は………忘れていたのかもしれないのです………。)

 

その中で渦中の人である電は、艦列に並びながら思う。

第二十五駆逐隊の面々によって、視野の広さを取り戻した事で、彼女は改めて、駆逐艦の素晴らしさを噛みしめる事が出来た。

どんな事情があっても、仲間の為ならば、奮闘出来るその精神。

自分もまた、その誇り高い艦娘の1人なのだと。

 

(罪は消えない………。許される事ではない………。けれど………それでも………今の電を見てくれる人たちはいるから………!)

 

電は拳に力を入れる。

それと同時に、陽炎は拳を突き上げ、叫んだ。

 

「取り戻すわよ!暁を!磯風を!平和を!全てを!!」

『おお!!』

 

仲間達と一緒に、電も拳を高々と突き上げた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

3つの単縦陣で出陣した決戦艦隊は、速力を発揮しどんどん加速していく。

その中で、決戦第一艦隊の旗艦を任された時雨は、電や初春に確認を取っていた。

 

「基本、あの敵艦は電を狙うんだね。」

「電が憎いですからね………。当然と言えば当然ですが………。」

「これこれ、ここまで来てネガティブになるでない。………で、策はあるのかのう?」

緊張をほぐしてくれているのか、敢えて電の頭をわしゃわしゃと撫でながら、初春が時雨に聞いてくる。

それに対して、時雨は2人に笑みを見せた。

 

「1対1の状況を作る事が出来れば、今度は負けないよ。それまでレ級達を抑えればだけれど………。」

「そこは、電に任せてほしいのです。もう………皆さんはやらせません。絶対に!」

「頼りにしてるよ。」

「………な、なのです。」

 

敢えて、初春と同じように電の頭をわしゃわしゃと撫でる事で、時雨もふざけてくる。

電にはそれが、有り難かった。

………かなり恥ずかしかったが。

 

「睦月ちゃんも準備は大丈夫だよね?」

「はい!考えてみれば単純だったのです!今度は睦月、負けないよー!」

 

決戦第二艦隊旗艦を務める睦月は、吹雪と会話をしながら胸を張っていた。

彼女の方も、何かしらの策はあるらしく、自信満々の顔をしている。

 

「問題は、耐える事だね。作戦の成功の可否は………。」

「大丈夫だよ、みんな根性はあるし。それに、陽炎ちゃんは、それを信じてくれて送り出してくれたんだもの。」

「そうにゃ!」

 

笑みを見せる五月雨の言葉に、睦月もうんうんと頷き賛同する。

考え込んでいた吹雪も、同調しながらも、小声で2人に言う。

 

「本当はね………私もあの3人や電ちゃんに付いては責任を感じてた。私が初代白雪ちゃん達の轟沈で錯乱したのが決定打になっちゃったからね………。」

「吹雪ちゃん………。」

「でも、電ちゃんが立ち直ったんだから、私も頑張らないと!」

「………うん、私も。」

 

少なからず初期艦仲間は、電達に負い目を感じていた部分はあった。

しかし、彼女達も前向きに進む時が来ているのだ。

 

「全く………自分勝手よね、みんな。」

「自分勝手でも、進むしかないのが艦娘………いや、人間だからね。」

「漣………そんな知的な事を言うキャラでしたっけ?」

「おいこら、大潮!漣を何だと思ってる!?ここら辺のツッコみは、初期艦の方と変わらないな!?」

 

決戦第三艦隊では、叢雲と漣、そして旗艦である大潮が話をしていた。

いい話をしていた漣は、大潮に鋭いツッコみを入れられて憤慨する。

 

「全く………!姿も昔の初期艦と変わらなくなってるし………!漣達に対する当てつけか!?」

「ああ、すみません。大潮なりの策として今回敢えて、改装前の装備を身に着けているんです。」

 

大潮は、前回戦った時と違い、連装砲と魚雷発射管が備わったアームガードを両腕に付けていた。

更に、頭には煙突帽子を被っていた為、初期艦仲間にしてみれば、余計に初期艦大潮を思い起こさせてしまう恰好になっていたのだ。

 

「ま………その策が外れたら笑ってあげるわ。」

「フォローも入れて貰えると有り難いです。」

「考えてあげる。………さて、無駄口もここまでかしら。」

「………ですね。じゃあ、行きましょうか!」

 

正面から、深海初代時雨とフラッグシップ級ネ級3隻の超長クラスの砲撃が飛んで来る。

戦闘体勢に入った艦娘達と深海棲艦達が、交戦を始めた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

廃船の中は思った以上に入り組んでいた為、磯風と暁は脱出に、想定以上の時間を要する事になった。

何とか外に出た2人は、裏手から回り込み、砲撃や雷撃を繰り返している艦隊達を見る。

 

「暁、状況は分かるか?ここまで遠いと………。」

「不味いわ………押されている。武装の復元が出来る深海棲艦の方に分があるみたい。」

 

暁が目を凝らしながら、状況を確認していく。

基本、艦娘側は魚雷や砲弾の数に限りがある。

だが、深海棲艦側はその定義に当てはまらない。

特に、再生能力を備えた姫クラス等は、自由に武装を蘇らせる事が出来た。

 

「暁………今の君の破損状況は?」

「中破よ。」

「私とあまり変わらんか………。こうなったら背後から強襲して………!」

「逆に足手纏いになるだけよ!?主機だって本調子じゃないんだし!?」

「だが………!?」

「アレ………?」

「ん?」

 

論争に発展しそうになった所で、暁が再度目を凝らす。

その姿に磯風は首を傾げたが、彼女は驚いた顔で言う。

 

「これ………もしかして………。」

 

直後に出た言葉に、磯風も目を見開く事になった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「沈メ!電ッ!」

 

決戦第一艦隊は、中央で、憎悪に燃える深海初代時雨の艦隊と戦っていた。

敵艦達は、電に向けて砲撃を集中させる。

だが………。

 

「そう簡単には………沈まないのです!」

 

電は装甲板を斜めにかざす事で、深海初代時雨やネ級、そしてレ級の砲撃を弾いていた。

 

「ドウナッテイル!?」

 

その電の防御力の強化に、敵艦達は驚きを隠せない。

何故ならば、普通は超長射程のある砲撃等は、駆逐艦の装甲板では防ぎきれないからだ。

だが、電はその砲撃の嵐を、装甲板を壊す事無く弾いていた。

 

「強度ガ違ウノカ!?」

「正解です。今回の海戦の為に、3枚程、装甲板を溶接して貰いました。………電はもう、誰もやらせないのです!」

「ダッタラ、砕ケルマデ撃チマクルダケダ!」

 

攻撃よりも仲間達を守る為に、防御行動を重視する電に対し、深海初代時雨達は、より砲撃を集中させていく。

だが、その間に時雨や初春、第二十五駆逐隊を始めとした面々は、ネ級やレ級に肉薄し、砲撃や雷撃を浴びせていく。

特に、深海初代睦月の艦隊と合わせ、4隻いるレ級の内の1隻は、再生能力を奪われたのか、巻波の砲撃を受けた所で、煙を吹いて沈んでいった。

 

「レ級1隻撃沈!この調子で!」

「やるね、巻波………!みんな、撃ちまくるよ………!」

「ソンナ簡単ニ行クト思ウナ!」

 

初雪の指示に苛立ちながらも、電に砲撃を続けながら深海初代時雨は、憤怒に燃えていた。

 

「大丈夫、当タラナケレバ、ドウトイウ事ハ無イニャシイ!ソノ内ニ魚雷ヤ砲弾ガ尽キテ、自滅スルノガ目ニ見エテイルヨ!」

 

右翼の決戦第二艦隊に対して深海初代睦月は、得意の機動力を活かして一撃離脱を繰り返していた。

こちらは、同じように装甲板を組み合わせた雷が盾役に回っているが、徐々に押されているのは確かである。

磯波に至っては、機銃に値する高射装置を使い始めているほどだ。

しかし、それでも当たらない程、敵艦は速かった。

 

「隙が無いなぁ………。浦波ちゃん、大発は?」

「2艇の戦車付きの大発と共に砲撃していますが、こちらもそう上手くいきません。三日月さんみたいに、もっと扱えればなぁ………。」

「ニャシイ!睦月達ノ勝利ハ目前ナノデス!」

 

とにかくスピードの速い深海初代睦月は、磯波や浦波の変則攻撃を避けながら早くも勝利宣言をする。

いつまでもこの集中力が持つわけでは無い。

だが、防御役の雷を含めて牽制している内に、白露がネ級を1隻落としていた。

 

「雷!1隻おとしたよ!頑張って!」

「こっちはまだ持つから焦らないで!………雷様を怒らせたらどうなるか教えてあげるわ!」

 

装甲板を徐々にボロボロにしながらも、雷は強気の表情で敵艦達を見据えていた。

 

「………何ヲ考エテイルノデスカ?勢イニ任セテ無策デ来タトハ思エナイ。」

「残念だけど、君に語る理由は無いよ。私達も必死なんでね。」

 

一方、左翼で決戦第三艦隊を迎え撃つ深海初代大潮は、小鬼達や浮遊要塞、攻撃機を上手く使いながら、ヴェールヌイを追い込んでいた。

ここでの盾役は彼女だ。

だが、こちらも同じく装甲板は強化しているらしく、そう簡単には崩れない。

その上で、ヴェールヌイや第八駆逐隊の面々は、戦車付きの大発動艇や特型内火艇を使い、敵艦に数で負けないようにしていた。

それでも、総合的な数では深海初代大潮の方が上だ。

だが………。

 

「貴女達ノ目ハ不利ニナッテモ曇ッテハイナイ。何カ切リ札ガアルノデハ?」

「五月蠅いわね、あったらどうだって言うのよ!?」

「撤退シマス。」

「あらあらあら………意外と素直ね。でも………。」

「もう、遅いわ。」

「ッ!?」

 

朝潮が告げた瞬間、深海初代睦月が戦っている右翼の方から………凄まじい量の砲撃が飛来してくる。

その圧倒的な質量は、ネ級とレ級を1隻ずつ沈めるだけでなく、動き回っていた深海初代睦月の主機を破壊し、動きを鈍くする。

 

「ニャ、ニャギャア!?ナンニャ!?」

「アレハ!?」

「………ソノ手ガアリマシタカ!?」

 

敵艦達が驚きを見せる中、右側の遥か向こうで艦隊が………艦隊決戦支援にやって来た6人の艦娘達が、集中的に砲撃を喰らわせている。

金剛、比叡、榛名、霧島、綾波………そして………。

 

「悪いわね………!今、一番元気なの、私なのよ!!」

 

陽炎型ネームシップであり、提督代理を務めている陽炎が援護に駆け付けていた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

磯風達が捕まっているという事で、昼に金剛や妙高達を下手に出撃させられなかった分、この夜の海戦で遺憾なく力を発揮する方法を陽炎は考えた。

だが、幾ら高速戦艦や重巡と言っても、夜の駆逐艦のスピードには翻弄されてしまう。

そこで、彼女が考えたのが、艦隊決戦支援という手段だ。

本隊が海戦を繰り広げている間に、気付かれないように側面から近づき、一気に砲撃支援を行ったのだ。

実際、その奇襲はかなりの効果があった。

 

「陽炎も無茶しますね~。提督なのに、前線に出ちゃっていいんですか~?」

「確かに綾波の言う通りデース。提督は佐世保にいないとダメじゃありまセン?」

 

綾波や金剛に問われるが、当の陽炎は、高角砲を連射しながら、頬を膨らませて言う。

 

「私だって駆逐艦です。それに、いい加減に戦力にならないとやってられませんよ!」

「こんな破天荒な提督で、榛名は心配です………。」

「確かに今から敷波とかと交代してもいいんじゃないかしら?」

「榛名さんはともかく、霧島さんには言われたくありません!」

「………って、待ちなさい、陽炎!?それ、どういう意味!?」

「あのー、レ級が飛び出してきましたよ?」

 

軽く口論になりそうになったが、比叡が止める。

確かに1隻レ級が飛び出して来ていた。

それを見て、陽炎がニヤリと笑みを浮かべる。

 

「こういう時の為の陽炎よ!………綾波、金剛さん、比叡さん!雷撃準備!」

 

そう言うと、陽炎は両側4門ずつの8門の魚雷発射管を起動させる。

陽炎のような改二タイプは、魚雷発射管を沢山備えており、しかも次発装填装置がある為、実質16門の魚雷を放つ事が出来る。

魚雷の本数が限られる海戦において、このアドバンテージはかなり大きかった。

 

「綾波、準備出来ました!」

「金剛、OKデース!」

「比叡、いつでも行けます!」

「雷撃支援………開始!!」

 

陽炎の叫びで強力な魚雷が幾つも飛んでいく。

軽く20発以上は超える魚雷を、怒りに任せて突進してきたレ級は躱す事が出来ず、再生能力を発揮する間もなく撃沈する。

 

「こちら榛名です!敵艦、攻撃機を発艦!」

「榛名さん、霧島さん、三式弾用意!対空戦闘で耐えるわよ!」

「了解。………あら、頼もしい援軍も来てくれたみたいね。」

「あ、ホントですね!」

 

霧島の言葉に陽炎が振り向いてみたら、ゆっくりと脱出してきた磯風と暁が合流をしようとしていた。




何か今までで一番カッコいいサブタイトルかもしれないと思った、今日この頃。
やっぱりサブタイトルが良いと、盛り上がりますよね。
ネームシップ達が活躍する中、陽炎もちゃっかり参戦になりました。
実は彼女達のような、次発装填付きの魚雷発射管は面白いと思っています。
雷撃戦に特化した組み合わせですし、構造がメカメカしいですからね。
それ故に、アーケードで採用するには、ギミックが難しそうですが…。
個人的に排熱機構とかがあると、勝手に盛り上がります。


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第103話 ~最後の最後に………~

陽炎や金剛達が支援砲撃をしてくれているお陰で、戦局は大きく変わった。

深海棲艦側からしてみたら、下手にレ級やネ級を突撃させようにも、近づいたら陽炎と綾波、更には無事に合流した磯風と暁に足止めをされる。

その間に金剛型4姉妹に撃ちぬかれてしまっては意味が無い。

 

「フニャア!?時雨チャン!睦月ノ主機ガ、不意打チデ煙ヲ吹イテルンデスケレド~!?」

「この瞬間を、睦月達は待っていたのです!」

 

特に動揺していたのは、深海初代睦月であった。

実は陽炎達が敢えて彼女達の艦隊の方から突撃していったのは、支援砲撃の1発目で、その厄介な主機を破壊して機動力を封じる為だ。

勿論、再生能力を備えている為、時間さえあれば敵艦は主機を復元させられる。

しかし、それを逃すほど、睦月達は甘くは無かった。

 

「磯波ちゃん、浦波ちゃん!足を集中的に狙うよ!」

「分かりました!撃ちます!」

「戦車による砲撃を再開します!」

 

睦月が機銃を、磯波が高射装置を、浦波が戦車の乗った大発による砲撃を一斉に深海初代睦月の脚に当てていく。

実は、再生能力も無敵の代物では無い。

勝手に復元してしまうという事は、意図しなくてもダメージ部位が復元してしまうという事。

つまり、本人が望まなくても、限りある再生能力を消費してしまうという事だ。

 

「アワワワワワワ!?」

「睦月ッ!?ネ級とレ級ヲ送リ込ムヨ!」

「全ての浮遊要塞ヲ盾ニシマス!」

 

咄嗟に深海初代時雨が2隻残っているレ級の内の1隻と、最後のネ級を深海初代睦月の艦隊に送り込む。

深海初代大潮も、浮遊要塞を全て飛ばしてくるが、そこにまた陽炎達の援護砲撃が飛んで来る。

 

「レガアアアアアア!?」

「ボ、防御ガ間ニ合ワナイヨ!?」

 

強烈過ぎる金剛型の砲撃を、まともに受けたレ級と浮遊要塞の一部が爆散し、ネ級は怯んでしまう。

その隙を見計らって、吹雪と五月雨が突撃した。

 

「私達が守るんだから!」

「だから………落とすよ!」

 

先陣を切った吹雪にネ級は砲門を向けるが、彼女は即座に取舵を取って左にカーブを切り、砲撃を躱す。

派手に水柱が上がった中から五月雨が飛び出し、二丁の連装砲を集中的に顔面に叩き込んでいく。

更に、顎を思いっきり蹴り上げた所に、後方から吹雪が連装砲を後頭部に何度も叩き込んで、再生能力持ちのネ級を、あっという間に沈めていく。

 

「フ、吹雪チャンも五月雨チャンモ、昔ト練度ガ違ウ!?」

「睦月達も忘れないで欲しいにゃ!」

 

完全に動揺した深海初代睦月は、とにかく主砲を連射して接近を防ごうとするが、苦し紛れの砲撃は、雷が強化した装甲板で全部弾いてしまう。

何とか軸をずらして砲撃をするが、その後ろから白露が飛び出して、尚も敵艦を守ろうとする浮遊要塞を主砲で破壊。

その上で、磯波と浦波の援護を受けながら、睦月が突撃してくる。

 

「モウ、モウ………!?睦月ハ何デマタ、沈メラレルノ!?」

「………今一度、じっくりと思い出すにゃ。最初に沈められた瞬間を!電ちゃんの立場に立って!!」

「エ………?」

 

睦月の叫びの意味に茫然とした深海初代睦月に、彼女の単装砲が連続で撃ち込まれる。

足に、腕に、艤装に………撃ちぬかれた所は、もう再生しなかった。

 

「……………。」

 

海面に仰向けに倒れ込んだ深海初代睦月は、空を見上げていた。

相変わらず空には雪が舞っており、晴れ間は見えない。

そんな中で、睦月は彼女の片腕を掴み、引っ張り始めた。

 

「ドコニ………連レテ行クノ?」

「この海戦に赴く前に、約束した事があるにゃしい。その約束を………果たすのです。」

 

睦月はそう言うと、未だ海戦中の他の艦娘達の様子を見ていた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「朝潮姉さんから、貴女の事はこっそり聞きました。………何故、戦うのですか?」

「………デハ、逆ニ聞キマス。大潮達ニ出来ル事ハ、他ニアッタノデスカ?」

 

一方で、大潮は深海初代大潮に、戦う理由を聞いていた。

深海棲艦でありながら、狂気に囚われず、仲間2隻の暴走を抑えていた元艦娘。

その存在理由を考えると、大潮は悲しい物を覚えた。

 

「簡単ニ、分カリ合エルト思ッタノナラバ、甘イデス。深海棲艦ニサレタ悔恨ハ、ソンナ軽イモノデハ無イ。」

「そうですか………。」

 

大潮は溜息を付くと、後ろの艦隊の仲間達に目線を送り、宣言する。

 

「では………せめてもの手向けで、大潮達がケリを付けます。もう、貴女が苦しまなくて済むように………!」

「ナラバ、ヤッテ見テ下サイ!勝ツノハ、大潮デス!」

 

深海初代大潮は、騎馬を組んだ小鬼達に一斉突撃を命じる。

だが、それに対して大潮達は、個々に蛇行しながら主機を加速させる。

 

「叢雲に聞きました!槍で騎馬を崩せるのならば、もっと簡単な手段があったと!」

「簡単ナ手段?」

「それは………!」

「蹴りよ!」

「ナ!?」

 

敵艦は驚かされる。

朝潮型で構成された第八駆逐隊は、それぞれ小鬼達の群れに突進すると、その騎馬を思いっきり蹴り飛ばした。

駆逐艦とはいえ、最大まで加速した主機による蹴りは、更に小さな小鬼達にとっては脅威だ。

 

「何ていうか………こんなに軽く飛んでいくと気持ちいいわよね。」

「少々、みっともない気がするけれどね。」

「それでも、勝つ為ならば………!」

 

それぞれ思い思いの蹴り方で、砲台小鬼やPT小鬼の騎馬を崩していく。

後は、崩れた所で主砲や機銃を連射すれば、再生能力があっても簡単に沈んでいった。

 

「仕方アリマセン!艦載機デ………!」

「それも封じさせて貰います!」

 

大潮はそう叫ぶと、被っていた煙突帽子を何と深海初代大潮に向けて投げ飛ばした。

 

「一体何………ッ!?」

 

弧を描いて飛んで来るその帽子の中に、何かが詰め込まれている事に気付いた敵艦は、慌てて連装砲で帽子を破壊する。

しかし、その途端………中で割れた液体の入った瓶………火炎瓶が炎を噴き、濁流となって深海初代大潮に襲い掛かった。

 

「クッ!?コレデハ、艦載機モ魚雷モ………!?ウワァ!?」

 

膝に取り付けていた魚雷が、纏わりついた炎で誘爆した事もあり、深海初代大潮の再生能力もゴリゴリと削れて行く。

何とか小鬼達に取り払うように指示を出すが、叢雲と漣が妨害していく。

 

「残念だけど、やらせないわよ!」

「漣達は、しつこいんだから!」

 

どうしようもなくなった敵艦は、目の前に大潮が迫るのを見て、咄嗟に連装砲を撃ち出す。

だが、今回の大潮は、攻防一体のアームガードを備えていた。

右腕の連装砲を備えたガードで砲弾を弾くと、左腕の魚雷発射管を備えたガードを向けた。

 

「大潮の名は………私が受け継ぎます!」

 

トドメの4連装の魚雷を受けて、深海初代大潮は倒れる。

 

「………大潮ヲ、ドウスルツモリデスカ?」

「電が………話があるみたいですので。」

「電ガ………?」

 

深海初代大潮が首を傾げる中、睦月と同じように、大潮は敵艦の腕を引っ張っていった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「睦月!?大潮!?ヨクモ、電ーーーッ!!」

 

仲間達が次々と倒れた事で、深海初代時雨の憎悪は更に深まる。

彼女は、電に次々と砲撃を叩き込もうとするが、3枚重ねにした装甲板によって全て弾かれてしまう。

その間に、第二十五駆逐隊を始めとした他の仲間達は、最後のレ級を仕留めに掛かる。

 

「レレーーー!!」

 

味方が少なくなった事で、レ級は海面い這いつくばり尻尾の口から魚雷を撃とうとする。

しかし、その巨大な口が初雪の砲撃を受けて爆発を起こす。

 

「集中砲火………!」

「やらせて貰います!」

「如月を舐めたら痛いわよ!」

「やっちゃる!」

「レギャアアアアアアア!?」

 

全ての武装がある尻尾の再生に時間を掛けている内に、初雪、春風、如月、巻波の砲撃が至る所に炸裂し、レ級も耐え切れずに沈んでいく。

これで、残りは深海初代時雨のみ。

 

「何故ダ!?何故負ケル!?僕達ハ………!?」

「苦しんだのは………君達だけじゃないんだ!!」

「黙レ!!」

 

電や初春と一緒に攻撃を繰り出していた時雨に対して、敵艦は逆上する。

彼女に向けて左の大型単装砲を向けるが、砲弾が放たれる前に爆発を起こす。

 

「シマッタ!?」

「同じミスをするとは相当焦っているのう………。わらわがいる時点で警戒すべきじゃろう?」

 

初春の鋼鉄製の扇子を砲門の中に投げ込まれた事で、時雨の大型単装砲は機能を失う。

勿論、再生しようとはするが、扇子の破片を巻き込んでしまう為に、使い物にならなくなっていた。

 

「ダ、ダッタラ………!?」

「そこだぁっ!!」

 

咄嗟に深海初代時雨は、膝に備えられた魚雷による雷撃を喰らわせようとする。

しかし、その瞬間に時雨が、両腕に構えた大型単装砲に備えられた機銃を放つ。

機銃は魚雷の信管を作動させ、敵艦を自爆させた。

 

「クッ………マダァッ!!」

 

再生能力が消費されていく中で、それでも闘争心を失わない深海初代時雨は、手持ち用の大型単装砲を握り時雨に撃とうとする。

だが、その砲撃は割って入った電に弾かれる。

 

「電ーーーッ!?」

「だから、やらせないと言ったのです!!」

「いい加減に………終わらせるよ!」

「はい!」

 

時雨と共に、主砲を嘗ての仲間に向けた電は、今度こそ躊躇わなかった。

大切な物を取り戻す為に………こんな自分を信頼してくれる者達の為に………。

電は、歯を食いしばり、撃ちまくった。

 

「グァァァァァァァァッ!?」

 

砲撃の雨を受けた事で、深海初代時雨は絶叫する。

その悲鳴は電の耳の中でこだましたが、塞ぐ真似はしなかった。

やがて敵艦は、全ての感情が抜けきったような顔で倒れた。

ダメージを受けた部位はもう回復しなかった。

 

「終ワッタノ………?」

「………いえ、まだなのです。」

 

静かに電が呟く中で、睦月と大潮に運ばれて、深海初代睦月と深海初代大潮も連れてこられる。

3人は、彼女の前に綺麗に並べられた。

支援砲撃を行っていた、陽炎や磯風、暁も合流してくる。

 

「電………。」

「貴女………。」

「磯風ちゃん、暁ちゃん………ごめんなさい。電のせいで、怖い思いをさせてしまって。」

 

深く頭を下げる電の姿を見て、磯風も暁も首を横に振る。

 

「別にいいんだ。無事に………海戦が終わったんだから。」

「でも電………本当に、何をする気なの?」

「……………。」

 

電は、呆然とする3隻の深海棲艦を見ながら、静かに右肩の連装砲を向けた。

その姿を認識した深海初代時雨が、呟く。

 

「マタ………僕ラヲ、殺スンダネ。」

 

その敵艦の言葉に、電は只………感情を押し殺して頷いた。

 

「この一連の騒動は、電によって起こされた物です。だから………最後の決着は電がつけたいのです。」

「いいのか………それで?」

 

思わず磯風が声を掛けるが、電は敢えて寂しげに笑ってみせた。

 

「電は………やっぱり我儘で傲慢なのです。大切な仲間だったからこそ………トドメを誰にも譲りたく無いのです。」

 

そして、電は連装砲を3人に向けた。

後は、頭の中で念じれば、艤装を伝わり引導を渡す事が出来るだろう。

10年前、過ちを犯してしまった時と同様に………。

 

「……………。」

 

磯風は、何も言えなかった。

同じ深海棲艦化した艦娘が相手とはいえ、初雪の時とは状況が違う。

ここは、電に任せるしかなかった。

彼女は、3隻の深海棲艦に話しかける。

 

「最後に………最後に何か言いたい事がありますか?呪詛の言葉でも、怨嗟の言葉でも、何でもぶつけて下さい。」

 

多分、恨みの言葉を受けようと思ったのだろう。

電の言葉に対し、最初に喋ったのは………深海初代睦月だった。

 

「………ごめんね。」

 

不思議な事に、その言葉は深海棲艦の発する海の底から響き渡るような声では無かった。

深海初代睦月は………初期艦睦月は、涙を流しながら呟くように言った。

 

「ごめんね………電ちゃん。睦月が怒りに任せて砲門を向けたせいで………10年間、ずっと苦しめる事になって………本当に………ごめんなさい………。」

 

最後の最後に呟かれた言葉は………恨みでも呪いでもなく………10年越しの謝罪であった。




長かった佐世保の海戦…決着編です。
只、もうちょっとだけこの話は続きます。
最後の初期艦睦月の言葉の真意は、果たして何か?
そして、それに対して電達の下す決断はどうなるのか?
今回の話は、全体的に悲しいものでしたが、有り得ないと言い切れないのがまた…。
歪んだ艦娘の歴史が起こした悲劇は、今を生きる彼女達を支えている。
これは、いつまで経っても、皆が忘れてはいけない事なのだと思います。


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第104話 ~決断~

「ごめんね………電ちゃん………。本当にごめんね………。」

「どう………して………。」

 

深海初代睦月………初期艦睦月の涙ながらの謝罪に、電は砲身を向けたまま、困惑………いや、動揺していた。

てっきり10年分の、怨嗟の声をぶつけられると覚悟していたのだ。

しかし、それが全く違う物であったのだから、彼女にしてみれば、衝撃を受けるのは当然であった。

 

「何で………何で………!?」

『……………。』

 

震える電に対し、磯風も陽炎も、静かに主砲を初期艦睦月に向ける。

電には失礼であったが、敵艦の罠だと思ったからだ。

だが………その敵艦は、電に奇襲を仕掛けようとはしていなかった。

只の醜い、命乞いにも見えなかった。

 

(どうなっている………?)

 

初期艦睦月は、本当に心の底から後悔している。

そう分かった時、磯風も砲身を向けたままではあったが、疑念を浮かべた。

今の彼女からは、憎悪の感情すら消えているように見えたからだ。

その様子を感じたからだろうか?

元々正気を保てていた深海初代大潮………初期艦大潮が、横たわりながら話し始める。

 

「瀕死になった事で………深海棲艦として根付いていた憎悪が、一時的に取り払われたんだと思います………。」

「深海棲艦としての破壊本能や復讐本能が、消えたという事か?」

「そうです………あくまで一時的ですが………。」

「……………。」

 

初期艦大潮の説明を聞いた磯風は、電を見る。

彼女は青ざめており、しっかり向けていた砲身がぐらついていた。

そして………初期艦睦月の謝罪の言葉が、逆に癪に障ったのだろうか。

彼女は、震えながら思わず叫ぶ。

 

「何でっ!………今更謝るんですか!!元々は、電が悪いのに!?電が3人を殺したから!3人は………!!ずっと………!!」

「違うよ、電………。これは、僕らの自業自得なんだ………。僕らが勝手に人に絶望して………僕らが勝手に電を追い詰めたんだから………。」

 

涙すら流し始める電に対し、深海初代時雨………初期艦時雨もまた、負の感情が消えた状態で、己の罪を認める。

もしかしたら、3人が憎悪を抱きながらも電に固執していたのは、心の何処かで電に謝りたかったからなのかもしれない。

そう考えた時、磯風は、運命というのはとても残酷だと感じた。

 

「電は………電は………また、初期艦の仲間を………。」

「………変わろうか、電。」

「え?」

 

いつしか涙は号泣へと変わり、ポロポロと海面に雫を落とす電を見て、磯風が聞く。

この3人の初期艦に対する介錯を、替わろうというのだ。

 

「で、でも………。」

「初期艦大潮の話が正しければ、この状態は一時的だ。時間が経って深海棲艦としての再生能力を取り戻してしまえば、再び人間や艦娘の敵となるだろう。」

「……………。」

「だから、電が撃てないというのならば、私が………恨まれてでも介錯を………。」

「嫌………です………!」

 

絞り出すような声であったが、電はハッキリと言った。

この3人は、電が仕留めなければならない。

10年越しの狂った運命に、ケジメを付けなければならない。

例え、それがとても辛い道であったとしても。

 

「電は………譲りたくない………だから………。」

「撃ってくれると助かるかな………。もう、間違えを繰り返さない為に………電の手で………引導を渡して欲しい。」

「ありがとうございます、電………。大潮達は、自分で自分を終わらせる事も、出来ないみたいですので………。」

「本当に………ごめんね………。最後の最後まで………苦しめちゃって………。」

 

三者三様の言葉で電に感謝をする初期艦仲間に対し、改めて電は、砲門を向ける。

今度こそ、しっかりと………。

 

「睦月ちゃん。大潮ちゃん。時雨ちゃん。電は………ずっと友達でいたかったっ!」

「僕も………。」

「大潮もです………。」

「睦月も………。」

「忘れないから………絶対に!だから………さよならっ!!」

 

電は決断を下す。

右肩の砲門を3発、しっかり瀕死の3人の心臓を撃ちぬく。

安らかな笑みを浮かべた3人の初期艦仲間は、静かに海の底へと沈んでいく。

 

「ありがとう、電………。僕らを撃ってくれて………。」

 

最期に、初期艦時雨の言葉が聞こえてくる。

 

「でも、僕達は陽動なんだ………。本隊はずっと北に………大群で単冠湾泊地を狙って………。」

 

それで、声が聞こえなくなる。

トドメを刺した電は、右肩の砲身から煙を出しながら、ひたすら静かに泣いていた。

暁が静かに彼女の元に行き、自分の胸を貸す。

電はその中に飛び込み、狂ったように泣いた。

声を殺して………ずっと………。

 

「………色々な意味で、勝利を祝える雰囲気では無くなったな。どうする、陽炎?」

「どうするもこうするも、事後処理で私、佐世保を離れられないわよ。でも、まずは帰投して………いえ、電探で菊月辺りに事情を説明して、電話でこの事を、単冠湾泊地のみんなに伝えて貰わないと。」

 

陽炎は、そう言うと電探を使い、佐世保鎮守府と連絡を取り始めた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

一方その頃、豪雪が降る単冠湾泊地の遥か遠方で、3隻の大型姫クラスが動き出していた。

1隻は、長い黒髪と胸の下で結ばれた大きなリボンを持つ鬼女で、下半身は人型とは別に巨大な腕を持つ異形の艤装を持っている。

1隻は、同じく長い黒髪を持つ鬼女を抱えるように、猛獣さながらのような巨人のような艤装が独立しているのが特徴。

最後の1隻は、角は羊のように太く曲がったものが生えており、髪は白の長髪で、頭にはペンネントを鉢巻代わりに巻いている。

それぞれ、水母棲姫、戦艦棲姫、そして防空棲姫であった。

敵艦達は、それぞれ笑みを浮かべると、様々な深海棲艦を、主のいなくなった単冠湾泊地へと侵攻させ始めた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

佐世保から緊急連絡が来た単冠湾泊地では、秘書艦であり、現在は提督代理である高雄が、艦娘達を集めて急ぎの伝達をしていた。

複数の姫クラスの敵が、わざわざ大量の深海棲艦を伴って泊地を狙うのは、おかしな事ではあるが、ここに関しては納得できる理由があった。

地下に捕獲している、深海棲艦達の存在だ。

恐らく敵艦達は、泊地を潰して、その深海棲艦達を救出しようと試みているのだ。

だから、高雄や不知火は、正直に在籍をする艦娘達にその事情を告白した。

 

『……………。』

 

当然ながら、その事実に、艦娘達は唖然とさせられる。

重要な理由があるとはいえ、深海棲艦を飼っているなんて、思ってはいなかったからだ。

 

「………以上が、敵の本隊が佐世保に陽炎提督を引っ張り出してでも、この泊地を狙いたかった理由よ。」

「あ、あの………いいでしょうか?」

 

真っ先に聞いてきたのは松輪。

彼女は恐る恐る手を上げると、高雄に言う。

 

「それなら………その深海棲艦を逃がしてあげれば、敵の大軍は引いてくれるんじゃないのですか?」

「残念だけど………そう単純じゃないのよね………。」

 

正論を受けた高雄は、深く溜息を付き片手で頭を押さえる。

不知火が前に出ると、冷静に話し出した。

 

「地下の深海棲艦を逃がせない1つ目の理由として………その敵艦達は、艦娘の新装備を開発する為の実験材料だからです。」

「つまり、逃がしてしまうと艦娘を補助する装備の開発に影響が出るわ。………そんな事態になる事を、上が………大本営が許してくれるわけもないの。」

 

言葉を引き継いだ高雄の言葉を受け、集まった艦娘達が、ざわざわと騒ぎ出す。

確かに艦娘に有用な装備の開発に影響するというのならば、確実に待ったが掛かるだろう。

深海棲艦は日々、新種も登場している以上、新しい武装の開発も滞りなく行われなければ、何処かで誰かが苦しむのは、目に見えていたからだ。

 

「2つ目の理由は、運ぶ手間ね。あの地下室から深海棲艦を動かすには、特殊なクレーンとかで時間を掛けなければいけないわ。」

「つまり、全て運び終える前に、確実に泊地は占拠されてしまいます。」

 

続いて2人が語った理由は、逃がす為に必要とされる時間。

溜め込み過ぎた深海棲艦を全て運び出すには、数週間は必ず必要とする為に、その間に泊地の防衛機能は失われてしまう。

言葉や意志の通じない深海棲艦相手に、待ってくれと言って待ってくれるはずも無いのだ。

 

「最後の理由として………、素直に逃がした所で、そのまま引いてくれる可能性は皆無に等しいという事です。」

「深海棲艦が、こちらの要求を、素直に聞いてくれるわけは無いでしょうね。それこそ「バカめ………!」と言われるのがオチだわ。」

『……………。』

 

最後のごもっともな理由を聞いた事で、全員が静かに黙り込んでしまう。

敵の艦隊が、仲間である深海棲艦達をモルモットにしていた泊地を、許すはずが無い。

必ず復讐を果たすために、更地へと変えてしまうだろう。

 

「………戦うしか………無いんですね。」

「ごめんなさいね、そうなっちゃって。」

 

意を決したような春雨の言葉に、高雄は素直に謝る。

こうなった以上は、今残っている全員で戦って、泊地を守るしかない。

 

「正直戦力は心許ないわ。陽炎ちゃんに五月雨ちゃん、春風ちゃんは佐世保。浦風ちゃんと谷風ちゃんも呉。人数も少なくなっている。でも、守らなければ彼女達が帰る場所が失われる。」

「そ、それじゃあ………あんまりだから………。」

 

浜波が俯きながらも、両拳を握り呟く。

他の面々も、うんうんと頷いた。

その中で、神風が前に出て、手を振りかざして言う。

 

「司令官がいないからって舐めている奴らは、許さないわ!いいわね、朝風、松風、旗風!」

「勿論よ!この日の為に、再トレーニング苦労したんだから!」

「久々にボクも腕が鳴るよ!鍛えた練度、見せる時さ!」

「神風型の力………見せるときですね、神姉様!」

 

朝風も松風も旗風もやる気満々だ。

駆逐艦だから、元々、それだけの闘争本能を持ち合わせているのだろう。

高雄は、今はその頼もしさが有り難いと思った。

そして………少し申し訳なさそうな顔をすると、真剣な顔をしていた浜風に告げる。

 

「………それじゃあ、浜風。悪いけれど、泊地で択捉と松輪を見ていてくれないかしら?」

「え………?」

 

浜風は、彼女から告げられた事を受け、思わず驚く。

だが、冷静に考えれば当然だとも思った。

海防艦の松輪は、無理やり艦娘にされた経歴があり、恐怖心から海戦で実戦を行った事が無い。

同じく海防艦の択捉も、恐怖心こそ松輪よりも無いものの、練度はお世辞にも高くは無い。

そして、浜風はまだ、PTSDを完全に克服出来てはいなかった。

とてもでは無いが、現時点では、今回の実戦に赴ける力量は持ってはいない。

 

「私は………。」

「あ、あの………!私も出撃させて下さい!」

「松輪!?」

 

突如響いた幼い声に、択捉が驚いたような声を上げる。

思わず叫んでいたのは、松輪であった。

彼女は皆の視線が集中した事で、一瞬尻込みするが、それでも高雄を見る。

高雄は、身を屈めて松輪を覗き込んだ。

 

「松輪ちゃん………気持ちは嬉しいけれど………。」

「わ、私………この泊地の事は何にも分かって無いし………敵艦と戦うのは怖いです………。でも………!」

「でも?」

 

涙ぐみ、口をへの字に曲げながらも、松輪は視線を逸らさなかった。

 

「私………この泊地が好きです!みんなが優しくしてくれる………この場所が………!だから、守りたい………!」

「………敢えて、厳しい事を言うわ。死ぬかもしれないわよ?」

「そ、それでも………自分だけ、何もせずに隠れているなんて………嫌です!」

 

松輪の正直な言葉に、高雄は溜息を付く。

だが、ネームシップである彼女にしてみれば、何が何でも役に立ちたいという松輪の気持ちは、痛い程分かった。

故に、彼女をどうするべきか悩む。

その間に、彼女の言葉に触発されたのか、択捉も具申してくる。

 

「高雄さん。択捉も………択捉も出撃させて下さい!」

「貴女達ねえ………。」

「松輪は、私が見ています!私達も………戦わせて下さい!」

「……………。」

 

こうなると、安易に否定できなくなる。

海防艦だって、闘争本能を持ち合わせているのだ。

それを否定したら、艦娘の否定に繋がる。

 

「………高雄。彼女達を艦隊に組み込んだらどうだ?」

「神州丸?」

 

そして、そこに意外な所から後押しが入った。

泊地の中では、最も冷静に判断を下すはずの神州丸が、松輪達の味方をしたのだ。

 

「貴女がどうして………?」

「本艦は揚陸艦だ。水上偵察機等は使えるが、陸の者故、お世辞にも戦力になれるとは言えない。だから、松輪や択捉の気持ちは分かるつもりだ。」

「でもね………死んだら元も子も無いわよ?」

「陸から本艦が、水上偵察機を飛ばして援護をしよう。長期戦になる以上、艤装を付けて船渠(ドック)を管理している者も必要だからな。」

 

神州丸の言葉を受け、高雄はまた溜息。

ここまで真剣に複数人に具申されたら、断るわけにもいかない。

高雄は最後に、浜風を見る。

彼女は笑みを浮かべながら、松輪達の頭を撫でていた。

 

「ここまで来たら、貴女も出るって言うでしょうね………。」

「はい。PTSD云々と、言っている場合ではありませんから。」

「悩む時間自体が無駄ね………。」

 

根負けした………と言わんばかりに、高雄も少し苦笑を浮かべると、すぐに真剣な顔になる。

深海棲艦警報が鳴ったからだ。

敵の艦隊は、もうそこまで近づいている。

決断の時であるだろう。

 

「艦隊を2つに分けるわ!1つは、龍鳳、春雨、神風、朝風、松風、旗風!もう1つは、私………高雄、不知火、浜風、浜波、択捉、松輪!神州丸は陸から援護して!」

『了解!!』

 

艦娘達は、出撃の為に庁舎を飛び出し、工廠(こうしょう)で艤装を装備して、海を見る。

しきりに降り注ぐ雪によって、視界は白く染まっていた。

浜風は、まるであの時の霧の中の海戦に近いと感じた。

 

「龍鳳航空隊………発艦します!」

 

その中を、龍鳳が弓に矢をつがえて、次々と艦載機を飛ばしていく。

一方で他の面々は、順番に海に抜錨していった。

 

「各地の鎮守府や警備府、泊地に援軍の要請はしているわ!増援が来るまで耐えて頂戴!」

「さて………不知火達を怒らせるとどうなるか………思い知らせてやりましょう。」

 

艦娘達が、その奥底に秘めた闘志を燃やす。

単冠湾泊地での………決戦が始まった。




佐世保での海戦の完結。
そして、新たなる単冠湾泊地での決戦の始まり。
最後の最後で謝られてしまったら、誰でも錯乱はするでしょう。
それでも、電は最後まで譲りたくなかった。
優しさ故か、傲慢さ故か、はたまた両方なのか…。
とにかく確かなのは、1つの海戦が終わって、新たな海戦が始まる事。
長かった磯風編も、いよいよ最終章に移ります。


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第105話 ~ちょっとした魔法~

一方その頃、佐世保鎮守府では磯風や陽炎達が帰投していた。

………と言っても、勝利を祝える状態では無かったので、彼女達はすぐに菊月に、状況の確認を取る事になる。

 

「神州丸から電話で伝わって来た話だと、交戦を開始したらしい。幌筵泊地、大湊警備府、佐世保鎮守府、呉鎮守府から増援が来てくれるらしいが………。」

「………それまで、どれだけ耐えられるかよね。参ったわね………私も本当ならば、帰りたいけれど………。」

 

大規模な海戦が行われると、その為の事後処理にも時間が掛かる。

特に今回は、最初だけとはいえ、佐世保鎮守府に爆撃が行われたのだ。

提督代理を務めている陽炎は、被害状況等を纏めないといけない。

本来の提督を管理している単冠湾泊地の事は気になったが、すぐに帰られる状況では無かった。

 

「行きと同じで、飛行機には乗れないのか?アレならば、速いと思うのだが………。」

「チケットを取るのが大変なのよ。荷物も極秘に運ばないといけないし………。」

「そこに関しては心配ない。お前達が戻って来るまでの間に、私が手回しをしておいた。」

「え………?」

 

磯風と会話をしていた陽炎は、驚く。

別の所から響いた男の声に振り向いてみれば、何とそこに、佐世保の提督がタクシーから降りてきていたからだ。

当然、爆撃の傷は残っており、ギブスに松葉杖、包帯と痛々しい状況だ。

 

「し、司令官!?大丈夫なのですか!?」

「これ位、心配はいらない。痛くないと言えば嘘になるが………まあ、事後処理くらいはやらせてくれ。」

「司令官………。」

「よく佐世保を守ってくれた。大きな借りを作ってしまったな………。」

 

父性に満ちたその目を受け、陽炎は思わず照れ臭くなる。

この提督は、女性に対する悪癖さえなければ、立派な親になれると思う位には、父親としての力を持っていると彼女は思った。

そんな彼は、陽炎に飛行機のチケットを渡す。

 

「残念ながら、今からだと8枚が限界だった。連れて行く面々は、お前が決めてくれ。」

「はい!じゃあ、私と五月雨と、後6人は………。」

 

陽炎は、後ろを見る。

その視線は、磯風達に集中していた。

 

「………いいのか?磯風達で。」

「第二十五駆逐隊は今、丁度6人でしょ?春風にとっても黙っていられない事態だし、いいと思うんだけれど?」

「ん?6人?」

「そうでした。磯風さんは、まだ知らないのでしたね。電さんが、この奪還戦から、第二十五駆逐隊に転属したのです。あ、でも………。」

 

そこまで言って、春風は言いよどむ。

確か、電の転属は一時的な物であったはずだ。

つまり、正式加入では無い。

暁達が戻って来た以上は、第六駆逐隊に戻るべきかもしれなかった。

実際に電本人も、俯きながら悩んでいる様子であった。

しかし………。

 

「………行ってきなさい、電。」

「雷ちゃん………?」

 

雷の言葉を受け、電は驚いたような顔を見せる。

彼女は、優しい顔をしていた。

 

「でも、電は………。」

「気持ちが揺れ動いているのだろう。だったら、奥底の本音に従うのが一番だ。」

 

ヴェールヌイも、穏やかな笑みを見せながら、電の背中を後押しする。

その様子は、決して電を邪険に扱っているわけでは無い。

 

「いいの………でしょうか?」

「いいじゃないの。第六駆逐隊兼、第二十五駆逐隊って事にしておけば。………私達の分も、舐めた真似をしてくれた敵の本隊をぶっ飛ばしてきて頂戴。」

「暁ちゃん………。」

 

最後に暁が、電に対して満面の笑みを見せながら、ハッキリと言った。

電の初期艦仲間である友を、陽動に使ったような本隊なのだ。

だったら、電自身もケリを付けに行くべきであろう。

彼女は僅かに俯き………しかし、顔を上げて磯風を見ると、手を伸ばす。

 

「過去を含めて………電を受け入れて………くれますか?」

「………どうやら、私の戦友達は、私の思った以上に私を理解しているらしい。歓迎する、電。宜しく頼む。」

 

静かにしっかりと手を取った事で、周りから拍手が起こる。

その様子を満足そうに見ていた陽炎は、すぐさま指示を出した。

 

「船渠(ドック)入りを終えたら、すぐに出発するわよ!ここから先は時間との勝負!一刻も早く、単冠湾泊地に向かいましょう!」

 

力強く頷いた第二十五駆逐隊の6人は、すぐに準備を始める。

目指すは、磯風にとって思い出の深い北の泊地。

その地を救う為に、彼女達は行動を始めた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「落ちなさい!!」

「沈め!」

 

その単冠湾泊地では、豪雪の中、艦娘達の必死の交戦が続いていた。

重巡故に火力のある高雄の砲撃や、陽炎と同じく雷撃戦に長けた不知火の魚雷が、叫びと共に飛んでいく。

前者は近づいてきたエリート級リ級を2隻纏めて吹っ飛ばし、後者はエリート級雷巡チ級を3隻爆破した。

2人が次の弾や魚雷を装填している間に素早いエリート級軽巡ト級やエリート級軽巡ニ級が接近してくるが、浜波が択捉や松輪と共に弾幕を張り、近づけさせない。

その隙に、浜風が素早く動き、敵を射抜いていく。

 

「ト級とニ級撃破!………皆さん、残りの弾数は?」

「高雄よ。まだまだ弾数はあるけれど、三式弾を撃っている余裕は無いわ。悪いけど、対空迎撃を任せてもいいかしら?」

「不知火です。………魚雷を半分使いました。消耗戦だと不利ですね。」

「は、浜波………。みんな弾はあるけれど………そ、そろそろ………択捉ちゃんと松輪ちゃんが辛そう………。」

「事態はあまり好転してませんね………。」

 

質問に対して返って来た様々な報告を受け、浜風は思わず頭が痛くなった。

まず、ヌ級やヲ級の攻撃機が飛んで来る以上、対空迎撃は、磯風と同じく乙改の浜風が何とかするべきだが、そうなると物量戦を仕掛けてきている敵艦の迎撃が間に合わない。

今の所は、神州丸の水上偵察機で、上手く攪乱して貰うしかなかった。

次に、駆逐艦の生命線とも言える魚雷の残り。

不知火は次発装填装置を付けて16門の魚雷を持っていたが、それでも残り8門。

全部使い切るのも、時間の問題であった。

そして、海防艦である択捉と松輪のスタミナ。

ここまでは、浜波と一緒に牽制役として貢献してくれていたが、そろそろ一旦休ませてやりたかった。

だが全て、敵の圧倒的な数の中だと許されない。

 

「龍鳳さん、しばらく任せられないですか?」

「ごめんなさい。こっちも精一杯で………。春雨や神風達も、魚雷が残り少ないみたい………。」

 

電探越しでも疲労が溜まっているのが分かる龍鳳の言葉を受け、更に浜風は、頭が痛くなる。

これでは押し切られて全滅するのも、目に見えていた。

まだ、敵の大将の姿もまだ見えないのに、どうしようもない。

元々敵の大規模攻勢の前には、無謀であったのかもしれないとすら思った。

 

「じわじわと削られているわね………疲労が溜まったらあっという間よ。」

「順番に船渠(ドック)入り出来るだけの、サイクルが組み立てられればいいのですが………。」

 

高雄や不知火も、苦い顔をしながら悩む。

これ以上長期戦になるのならば、海戦中でも船渠(ドック)入りをしなければならなかった。

しかし、味方の増援が来ない事には実質不可能であった。

その増援………恐らく最初に来るのは幌筵泊地と大湊警備府だが、要請からまだ時間が経って無いので、そう簡単に到着するとも思えなかった。

 

「防衛ラインを下げますか?」

「これ以上下げたら魚雷が泊地を直撃するわ。これが限界よ。こうなったら多少強引でも………。」

「待って下さい。北側で何かが………!?」

 

万策尽きたか?と思われたが、その時、不知火の言葉と共に北側で爆発が起き、複数の深海棲艦が吹き飛ぶ。

そして、電探に新たな声が聞こえて来た。

 

「楽しい事になっているじゃないか。俺達も混ぜな!」

「木曾………貴女、今はそんな好戦的になっている場合じゃ無いでしょ?」

「貴女達は………?」

 

驚いたような言葉を呟く高雄。

甲標的を喰らわせた幌筵からの増援………木曾は、水色の偵察機を飛ばして、ヌ級に対し弾着観測射撃を試みるゴトランドと共に、この海戦に殴り込みをして来ていた。

5人で、単縦陣でやって来ていた彼女達は、気合十分である。

しかし、ここで不知火が疑問を提示する。

 

「到着時間が、予測よりも明らかに速いです。両舷一杯で来たとは思いますが、どうやってここまでの時間短縮を………?」

「そこは、ちょっとした魔法だよ。まあ、缶とタービンを強化して、無理やり飛ばして来ただけだけどね。」

「そちらは、かなり疲労していると思ったから、装備の出し惜しみをしなかったのよ、幌筵の提督は。」

 

レーベとマックスが、機銃で対空迎撃をしながら説明する。

つまり、最初から速力を強化する装備を優先的に付けて、急いでやって来てくれたのだ。

この単冠湾泊地を救う為に。

 

「有り難いですが………そちらの泊地の防衛は大丈夫ですか?」

「同志ガングートと阿武隈さんと宗谷さん、それにまるゆがいるから、大丈夫だよ。後、この助言は大湊警備府とかにも伝えていたから、恐らくそろそろ………。」

 

魚雷をヲ級に対して放つタシュケントの言葉と共に、南側でも砲撃が起き、複数の戦艦ル級や重巡リ級が撃墜されていく。

振り向いて見れば、そちらにも5人の艦娘達が、手を振りながらやって来ていた。

 

「こんにちはーっ!バルジ生活卒業!缶とタービンを強化して、スリムになった阿賀野でーす!」

「ぴゃあ………阿賀野ちゃん、お腹のバルジは取れてないよね?」

「余計な事言わないの、酒匂。………じゃ、みんなやるわよ!」

 

阿賀野と酒匂が軽い気持ちで挨拶をするが、その目は笑っていなかった。

こう見えても、水雷戦隊を束ねる軽巡。

それも、最新鋭の阿賀野型なのだから、実力は備わっていた。

その後ろから、風雲、秋雲、潮の3人が付いてくる。

彼女達に対して、不知火が聞いた。

 

「急いできてくれたのは嬉しいですが………こんなに沢山、警備府の艦娘が来て、大湊は大丈夫なのですか?」

「冬月や神鷹さん達が居てくれるから、守りに関しては大丈夫よ。………さて、お返しと行きましょうか!」

「いや~、この機会、駆逐艦として腕が鳴るね~。スケッチしたいくらいだよ!」

「秋雲………アンタは、少しは真面目にやりなさい!」

「け、ケンカしている場合じゃ無いですよ!とにかく、高雄さん達は、一旦船渠(ドック)入りを!」

 

潮の言葉を受けて、高雄や龍鳳達は、これで船渠(ドック)入りのサイクルが何とか出来ると踏んだ。

しかし、来てくれたばかりの増援艦隊に、いきなり防衛線を丸投げしてしまっていいのか?と思ってしまう。

だが………。

 

「うーん………ちょっと迷っている暇はなさそうですよ?」

 

阿賀野の軽そうで………しかし真剣な言葉を受けて、単冠湾泊地の面々はハッとする。

龍鳳の放っていた攻撃機が、突如複数吹き飛んだからだ。

 

「あれは………!?」

 

龍鳳が目を凝らしてみれば、そこには得意の対空砲火で攻撃機を軽々と撃ち落としている、水母棲姫と防空棲姫の姿が。

更に、艤装部分の巨人の咆哮を上げながら、戦艦棲姫が近づいて来ていた。

 

「強力な姫クラスが………複数………ですか………。」

 

敵艦の親玉の登場に………嘗ての霧の中での海戦の記憶が刺激された浜風は、知らぬ内に冷や汗を流していた。




遅くなりましたが、これで電が正式加入です。
磯風編の最初から登場していた彼女の転属は、紡いできた物語の長さを感じさせます。
それだけ私も、色々とありましたが、投稿を続けて来たという事ですからね。
さてさて、決戦という事で、様々な艦娘達が再登場を果たしています。
磯風編で出た艦娘だけでなく、岸波編で出た艦娘達も。
彼女達が必死に戦う中で、磯風達は果たして間に合うのでしょうか?
また、浜風に関しても、試練の時になりそうですね。


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第106話 ~弱さを受け入れられる自分~

一方その頃、電車を伝って大湊まで到達した横須賀と呉からの増援は、駅に降りると、すぐさま荷物運搬用のトラックと共に、東の海岸線まで移動していく。

ここからは海路である為に、艤装の出力が肝心になる。

幌筵の提督からの提案は、鎮守府にも届いており、全員が缶やタービンを強化しており、両舷一杯で飛ばせば、その日の夕方までには単冠湾泊地に着く計算であった。

 

「随分、滅茶苦茶な任務だよなー………。」

 

その1つのトラックの中で、艤装を付けながら装備を確認するのは横須賀からの増援の1人である嵐。

彼女は、萩風と野分と共に、第四駆逐隊として出撃を命じられていた。

缶とタービンを強化する以上、どうしても遠方からの増援は、駆逐艦中心になってしまう。

守りに関しては、横須賀は、扶桑姉妹や愛宕、那珂等が居るから心配は無かったが、ここまで駆逐艦娘を東西に送り込む事は珍しいと感じていた。

 

「愛宕さんは、高雄さんの事を心配していたから、私達で何とかしないといけないわね………。」

「それもそうだけれどよ………、俺としては何というか………。」

「あら?私が行ってはいけなかったのでしょうか?」

「い、いえいえ!?そんなわけありません!」

 

響いてきた大人の声に、野分が慌てて嵐の口を塞ぎ、乾いた笑みを見せる。

舞風が第二十六駆逐隊にいる関係で、3人になった第四駆逐隊に混じる形で、今回、ある「特別な艦娘」が一緒に同行していた。

彼女が行く事になった時は、流石に提督も含め皆が止めようとしたが、今回ばかりは参戦させてくれと聞かなかったのだ。

そのある意味大物がトラックの荷台に一緒に乗っているのだから、3人は緊張していた。

やがて、萩風がその人物に対し、恐る恐る聞いてみる。

 

「あの………何で今回、提督に無理を言ってまで………?」

「許せなかったからでしょうか?」

「許せなかった………ですか?」

「はい。電ちゃん達の想いを弄んだ深海棲艦が………。」

「何ていうか………色々な事情があるんすね………。」

「ごめんなさいね、無茶言っちゃって。」

『い、いえいえ!』

 

両手を振って慌てふためく3人の駆逐艦娘に対し、その人物はただ静かに笑みを見せながらも………集中力を高めていっていた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

佐世保では、磯風達が飛行場に辿り着き、搭乗手続きを終えて飛行機に乗り込んでいた。

いきなり増えた訳の分からない乗客の姿に、周りの視線は釘付けになっている。

特に、義腕を装備していた巻波は、こういう所では、必ず目を向けられていた。

 

「………大丈夫?」

「慣れっこだから大丈夫。それより………今どんな状態だろ?」

 

心配する如月の言葉に、ケロッとした様子を見せた巻波は、今頃激戦が繰り広げられているであろう、単冠湾泊地を思い浮かべる。

………と言っても、彼女は実際に赴いた事が無いので、その具体的な姿が分からない。

 

「詳しい事が分からない以上、祈るしか無いわね………。何も出来ない自分が、歯がゆいけれど………。」

 

陽炎が歯ぎしりをしながら、フライトの時間を待つ。

無茶ではあるが、早く飛び立たないかと思ってしまう程だ。

そして、それは磯風達全員の願いでもある。

やがて、飛行機はゆっくりと滑走路に向かい………まずは東の羽田空港に向けて飛び上がった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「阿賀野型には、こういう戦い方もあるのよ!」

 

単冠湾泊地では、大湊組の旗艦である阿賀野が、左足から観測機を飛ばして戦艦棲姫に対し、弾着観測射撃を狙っていた。

しかし、速力に優れる防空棲姫がそれに気づくと、素早く前に出て迎撃をしてくる。

 

「何ヲシタイノ?」

「相変わらず面倒ね~………でも!」

 

阿賀野はその間に酒匂と共に、「前に引きずり出した」防空棲姫に高速で接近すると、副砲も交えながら、砲撃をガンガン喰らわせていく。

 

「痛イ想イヲ………シタイノネ!」

 

至近弾を受けて、防空棲姫は一瞬怯むものの、すぐさま怒りを露わにして、下がりながら艤装の口部から大量の魚雷を放つ。

更にどうやら入れ替わりで潜水艦カ級が3隻ほど加勢に現れたらしく、その本数は明らかに多い。

 

「………仕方ない………わね!!」

 

躱しきれないと悟った阿賀野は、単縦陣を指示。

自身を先頭にして敢えて1本の魚雷に突撃すると、何とバルジも無いのに腕を交差させて盾になる。

当然、自身の魚雷や爆雷は投棄するが、それでも阿賀野は一気に大破する。

だが、後ろにいる仲間達は無傷だ。

 

「あ、阿賀野さん!?」

「げ、げほげほ!………気にする暇あったら、潜水艦落として!」

「は、はい!」

 

思わぬ行動に潮が心配をするが、阿賀野の号令を受けて、素早く風雲や秋雲と共に前に出る。

 

「沈めます!!」

「やってくれたわね!!」

「覚悟してもらうからねっと!!」

 

3人が爆雷を落としていった事で、カ級は撃沈するが、阿賀野を船渠(ドック)入りさせなくてはならない。

彼女を支えに行っていた酒匂が、思わず心配の声を掛ける。

 

「ぴゃあ………阿賀野ちゃん無茶しすぎ………。」

「げほ………一応はネームシップだもの。旗艦として、皆を守るのは当然でしょ?」

 

血反吐を吐きながらも、阿賀野はまだまだ戦う意思を見せる。

酒匂はその姿を見て、木曾に電探で確認を取る。

 

「木曾ちゃん、そっちの状況はどう?」

「あまり良く無いな………。敵がとにかく多いから、魚雷がそろそろ底をつきそうだ。後、水母棲姫の攻撃機で地味にダメージが積み重なっている。」

 

酒匂が目を凝らして見てみれば、確かに木曾達の幌筵組は、水母棲姫に苦戦していた。

水中から攻撃機を鎖で引きずり出している敵艦は、まだまだ余裕がありそうだ。

どうやら姫クラス3隻は、再生能力を備えているらしく、傷を与えてもすぐ復元してしまうらしい。

そこで、単冠湾泊地から通信が聞こえてくる。

 

「こちら龍鳳です。艦載機の補充と船渠(ドック)入りを終えました!すぐに再出撃します!」

「お、速いな!」

「工廠(こうしょう)の人達が、危険なのに色々と頑張ってくれているんです!艦載機を出来る限り飛ばしますんで、その間に一度、木曾さんや阿賀野さんも船渠(ドック)入りを!」

「そうさせて………貰うわね!………高雄さんは?」

「こっちも今終わったわ。待たせてごめんなさい。」

 

泊地から大量の攻撃機が飛んできた事で、防空棲姫や水母棲姫の注意はそちらに向く。

更に、龍鳳や高雄達の艦隊が出て来た事で、木曾や阿賀野達が入れ替わりで引いていく。

横須賀や呉の増援が来るまでは、このサイクルを繰り返さないといけない。

地味に辛い作業であったが、それでも、耐えないといけなかった。

 

「……………。」

「浜風、大丈夫ですか?やはり、姫クラスと遭遇してから、かなり辛そうに見えます。」

 

再出撃した時に、冷や汗を流している浜風に気付いたのだろう。

高雄の艦隊にいた不知火が、声を掛けてくる。

浜風は笑おうとして………思わず吐きそうになった。

 

「浜風!?」

「だ、大丈夫です………。正直に言えば、やはりあの、霧の中の海戦が蘇ります………。」

 

分かってはいる。

もう、浜風自身に瀕死の傷を負わせた南方棲戦姫はいない。

あの戦いの傷も、沖波の残留思念が皆を癒してくれている。

でも一方で、またああなってしまったら………?という恐怖もある。

その感情を振り払えない限り、浜風は前に進めない。

 

「浜風ちゃん………。貴女はここで散々努力をしてきたわ。」

「高雄さん………。」

 

前に出ている高雄が主砲で、深海棲艦の群れと、こちらを狙い始めた戦艦棲姫に反撃をしながら言う。

 

「貴女は、隠れて震えていたわけじゃない。前に進む為の準備を、確実にして来た。後は気持ちの持ちようよ。」

「分かっています。ですが………。」

「………もしも、本当に怖かったら私を盾にしなさい。出撃を許可したのは、私だから。」

「そ、そんな………!?」

 

高雄の覚悟を決めた言葉に、浜風は思わず動揺する。

確かに重巡の高雄は、駆逐艦の浜風よりも肉体も艤装も強靭だ。

だが、それでも安易に盾にしていいわけが無い。

 

「い、嫌です!何でそんな事言えるんですか!?」

「情が移ったのかしらね?この地で、自分と戦い続ける艦娘達に。」

「情って………。」

「確かなのは、神風ちゃん達も、春雨ちゃんも、松輪ちゃんも、そして、貴女も………自分に打ち勝てるだけの強い艦娘って事よ。」

「自分に………?」

 

空中から襲ってきた攻撃機を三式弾で落とした高雄は、一瞬だけ振り向く。

その顔は、少し笑っていた。

浜風は自分が本当に強いのか、分からなかった。

 

「弱さを素直に受け入れられる自分は………明らかに強いわ。………大丈夫。身近で見て来た私が保障する。きっと、磯風ちゃんや浦風ちゃん、谷風ちゃんも同じ事を言うわ。」

「私は………。」

「さて………悩んでいる時間も終わりね………来るわよ!」

「あ!?」

 

高雄の警告で、遠距離から飛んできた砲撃を、浜風は咄嗟に躱す。

戦艦棲姫が、巨人の艤装から砲撃を繰り出しながら、迫って来ていたからだ。

鈍重な動きであったが、装甲の厚い艤装を従える鬼女の笑みが、あの南方棲戦姫の邪笑に重なる。

途端に動きが鈍りそうになるが、首を振って浜風は突き進む。

潜水艦や駆逐艦が妨害をしようとしたが、前者は択捉と松輪が、後者は不知火と浜波が、油断なく沈めて行く。

 

「雷撃………放ちます!!」

 

面舵を切った事で、T字有利になった艦隊の駆逐艦娘達が、一斉に魚雷を放っていく。

その雷撃の束は、戦艦棲姫に吸い込まれ、大爆発を起こす。

しかし………ここで、予想外の事が起こった。

 

「ゴアァァァァァァァァァァァァッ!!」

『!?』

 

戦艦棲姫の、生物的な艤装による咆哮。

吹雪のカーテンが吹き飛び、空気が震える程の振動が艦娘達を襲ったのだ。

その強力な振動を受け、皆が一瞬動けなくなる。

 

「シ・ズ・メ!!」

 

鬼女の指示を受けた巨人が、そのまま無防備な艦隊に向けて砲撃を放つ。

 

(不味い………!?)

 

その狙いが、隙だらけになった択捉や松輪だと気づいた浜風は、自身の記憶を刺激される。

海防艦に敵戦艦の砲撃が炸裂したら、どんな無残な事になるか。

身を持って経験していた浜風は、吠えた。

 

「う………あああああああああああ!!」

 

無理やり身体を動かし、海防艦娘2人の前に立つと、そのまま両腕を広げて盾となる。

恐怖心が、消えたわけでは無い。

だが、それ以上に………あの時の自分の繰り返しになるのが嫌だったのだ。

弱さを自覚しているからこそ芽生えた………悲劇を繰り返したくないという想いが、浜風にあった。

 

(これが………高雄さんの言っていた………私の強さだったのかしら………?)

 

あの時と同じく自身に迫る砲撃が、今回はやけにスローに見えた。

高雄が、不知火が、浜波が、択捉が、松輪が何かを叫んだが、それも聞こえない。

只、走馬灯というのは、こういうものなのか?と感じた。

 

(死ぬ間際というのは………こんなにも静かなのね………。)

 

浜風は、静かに目を閉じる。

その砲撃は着弾して………爆発を起こした。

 

(……………?)

 

だが………幾ばくかの時が経ち、浜風はまだ、極寒の寒さを感じていた。

砲撃が着弾した時に起こる、熱さや焼け焦げた匂いも。

 

「私は………生きてる?」

「われも、無茶をするなぁ………。」

「ホント、危ない事をするねぇ………。」

 

そこに、慣れ親しんだ声が響き渡る。

姉御風の広島弁と、明るい江戸っ子口調。

その声を聞いた途端、浜風の目が見開かれた。

 

「あ………ああ………!?」

 

そこには、こちらを向いて、背中の艤装から炎を出しながら浜風を庇っている、2人の艦娘が立っていた。

見間違えるわけが無い。

大事な第十七駆逐隊の仲間の、浦風と谷風。

 

「何で………何で………!?」

 

浜風に、悲劇は繰り返されなかった。

だが、代わりに呉から舞い戻って来た2人に、残酷な一撃が………。

 

「何で貴女達が、犠牲にならないといけないのですかーーーっ!?」

 

衝撃を受けた浜風は、思わず泣き叫んでいた。




現代社会において、鬱病などの精神的病気を抱えている人は多いです。
その病気を抱えるのは、弱さからではなく優しさからとも言われています。
そして、時間の経過と共に、いつかは向き合っていく事が出来るものだと。
この泊地の浜風は、自身の病気と闘ってきました。
高雄はそれを知っているからこそ、浜風達を強いと感じたのかもしれません。
余談ですが、この話を書いている時点で、地道にですが次回作も考えています。
今度の主役は「あの艦娘」で考えていますので、宜しくお願いします。


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第107話 ~凶弾~

「う………うぅ………。」

 

自分の代わりに砲撃を受けた2人の仲間を見て、浜風は泣いていた。

これでは、沖波の時の繰り返しだ。

浜風自身の為に、また、大切な仲間が犠牲になってしまった。

 

「これじゃあ、あの時と………私は、何も………。」

「………浜風………何か勘違いをしとらんか?」

「谷風さん達を、勝手に沈めてもらっちゃあ、困るよ。」

「へ………?」

 

俯き涙を流す浜風の両肩に、2人の手が置かれた事で、彼女は思わず顔を上げる。

そう言えば、2人の艤装の背中部分は火を噴いていたが、いつまで経っても浮力が失われる気配が無い。

 

「何が………?」

「もう、沖波の二の舞を繰り返してはいけんけぇのぉ。」

「この時の為の………岸波特製のパワーアップってヤツよ!」

「ええ!?」

 

浦風と谷風の自慢するような言葉を受け、思わず浜風は手持ちの主砲と機銃を仕舞い、海水を2人の背中の艤装に掛ける。

そして、そこでようやく気付く。

浦風の艤装の右から左に掛けて。

谷風の艤装の上から下に掛けて。

丁度、基部を守るように、二振りのバルジが括りつけられているのを。

 

「ば、バルジ!?そんな装備、貴女達は付けられないんじゃ!?」

「じゃけぇ、岸波特製のパワーアップだって。」

「遅くなってしまったけど………谷風さん達も、前に進む時が来たってわけよ!」

「そがいな事!」

 

浦風と谷風は、説明する。

呉に行って根本的な強化をする為に、明石の弟子入りをしている岸波に対し、装備の追加を頼んだのだ。

そこで、彼女が2人に施した追加装備の1つが、基部を守る為の中型バルジであった。

更に、足首に補助動力としても使える、対地攻撃用の小型船舶も追加したらしい。

浦風は、特型内火艇。

谷風は、戦車付きの大発動艇。

今回、この補助動力を駆使し、缶とタービンの強化と合わせて、先行して浜風の危機に急行してくれたらしい。

 

「き、岸波は、呉で何を学んでいるんですか!?滅茶苦茶ですよ!?」

「まあ、ここまで上手ういくまでに、文字通り数百回は失敗したけどのぉ。」

「辛抱強く付き合ってくれた岸波には、感謝しかないねぇ。」

「………な、成程。」

 

苦労して増設した、自慢の装備を見せびらかす浦風と谷風。

浜風にしてみれば、2人が沖波の悲劇を繰り返さなくて済んだという安堵でいっぱいだった。

そこで、また彼女は気付く。

自分の背中の艤装にしがみ付く形で、同じように泣いている存在がいる事を。

浜風自身が庇った、択捉と松輪だった。

 

「うええええええ………!」

「ごめんなさい………怖い思いをさせてしまって………。」

「ち、違うんです………浜風さんが………無事で良かったって………!」

「え………?」

 

泣きながら答える松輪の言葉に、浜風は驚く。

確かに、自分は死にそうになった。

………というか、浦風と谷風がバルジで庇ってくれなければ、確実に轟沈していた。

今更ながらに、その真実が浜風を身震いさせる。

 

「まだ………乗り越えられてないですね。死の恐怖から………。」

「………完全に乗り越えられんでもええんじゃ。」

「浦風?」

「死ぬ恐怖を抱えていないと、無謀な行動に繋がるからねぇ。」

「谷風………でも、私は………。」

「ま………だから、その時の為の「家族」であり「戦友」ってわけよ。」

「家族で………戦友………。」

 

谷風の笑みを見て、浜風は考え込む。

掛け替えの無い「家族」を手に入れた岸波。

何にも代えがたい「戦友」を手に入れた磯風。

思えば2人共、完全に沖波の悲劇を振り払えたわけでは無いだろう。

そもそも過去や罪を、忘れていいわけでは無い。

そういう意味では、浜風のPTSDは、一生付き合っていくべき物なのかもしれない。

 

「いつか………私も、この「罪の証」と付き合いながら………変われるのでしょうか?」

「心配しんさんな。その為のうち達じゃし………岸波達じゃ。」

「岸波………?」

「浜風………安堵しすぎだって。気付いてないのかい?」

「あ!?」

 

浜風は今更ながらに、自分を狙っていた戦艦棲姫の事を思い出して、慌てて前を向く。

見れば、巨人の艤装を従える鬼女は、こちらを狙う余裕を失っており、7人の駆逐艦娘達に振り回されていた。

 

「みんな、覚悟はいい?仲間のやられた分は?」

「はーい、やり返す………だね!燃えて来たー!」

「はあ………豪雪地帯だと眠い。」

「望月………参報なんだから、それらしく振る舞ってよ………。」

「あはは………あ、高雄さん!みんなで加勢に来ましたよ!」

「今はとにかく、厄介な姫クラスを撃退しないとね!」

「対空砲火も欠かしません!腕の見せ所ですね!」

 

それは、岸波、舞風、望月、山風、薄雲、朧、初霜………第二十六駆逐隊の面々だ。

彼女達は、敵艦の周りを高速で回りながら、砲撃を躱し、逆に雷撃などを撃ち込んでいた。

一方、対空砲火で龍鳳の相手をしていた防空棲姫に対しては、突如中距離から、強力な砲撃が飛来してくる。

 

「敵艦、捕捉したよ!砲撃開始!………って、加古!?」

「望月じゃないけど、眠いんだよなぁ………。」

「いや~、盛り上がりますね~。こりゃ、新聞の記事も良い物が手に入りそうです!」

「青葉………貴女も相変わらず、マイペースね。」

 

古鷹、加古、青葉、衣笠の強力な重巡勢である。

口では呑気な事を言いながらも、砲撃は容赦が無い。

更に、水母棲姫に対しても、機動力の高い駆逐艦がかき回していく。

 

「島風じゃないけれど、遅いわね。こんなの妙高姉さんに比べれば、大したもの無いわ。」

「初風、貴女はいつもそれよね………。」

「でも、あたし達にも出番あって良かったね~!」

「島風も速さなら負けないよ~!」

「陽炎型とかって………個性的よね。」

『夕雲型に言われたくない!!』

 

こっちは、初風、天津風、時津風、島風、そして早霜だ。

敵艦を嘲笑うかの如く、くるくると舞いながら対空砲火を妨害して、龍鳳の攻撃機の援護をしていく。

そして、浜風達の下には、駆逐艦娘が4人集まった。

 

「修理が必要な艦娘は、ここに来て!」

「夏雲が、何とかしてくれますからね~!」

「予備の装備品も持ってきました!」

「応急処置を施しますから、遠慮なく来て下さい!」

 

朝雲、山雲、峯雲、夏雲の第九駆逐隊である。

彼女達は、修理兼護衛役としての役割を任されているらしい。

最後に………南の方角から、龍鳳の物とは別の攻撃機が、幾つも飛んで来る。

 

「これは………空母や軽空母も来てくれたのですか?」

「あー………悪い、龍鳳さん。俺達止めたんだけれど………。」

「本人は、何かやる気満々で来るって聞かなくて………。」

「本当に、ごめんなさい!」

「え………?」

「うふふ………貴女と一緒に飛べる日が来るなんて、嬉しいわ。」

「は、はいーーーっ!?」

 

電探で、嵐、萩風、野分が必死に謝るのを見て、何事かと思った龍鳳は、聞こえて来た母性溢れる声に、思わず素っ頓狂な悲鳴を上げる。

それは艦娘ならば、誰だって守りたい存在であり、海戦に出てくるのを躊躇う、軽空母だったからだ。

横須賀で皆の憩いの場となる酒場を経営しており、最古の秘書艦として振る舞っていた存在。

そう、その艦娘は………。

 

「忘れたの?私も改二なのよ?」

「ほ、鳳翔さーーーん!?」

 

誰にでも、直立不動で敬礼をしているのが分かる位には、緊張した声を上げる龍鳳の姿を思い起こし、思わず浜風達は頭を抱えた。

そう、軽空母鳳翔。

電達、初期艦の面倒を見ていた艦娘。

彼女達の辛さを文字通り初期の頃から知っており、それ故にその心を弄んだ存在に、静かな怒りを抱いたのだ。

だから、横須賀の提督に無理を言って、わざわざこんな北の僻地までやって来たのである。

そんな彼女は、電探で龍鳳にちょっと困った声で聴く。

 

「それとも………迷惑だったかしら?」

「滅相も無いです!若輩者ですが、ご一緒させて下さい!!」

 

今度は誰にでも、気分が高揚しているのが分かるような声で、ハッキリと言った龍鳳の姿を思い浮かべながら、浜風は苦笑する。

どうやら、横須賀や呉の援軍は、無事に来てくれたらしい。

 

「どうやら、うかうかしてられなくなったわね、浜風ちゃん。」

「はい………って、わ!?」

 

高雄の苦笑に応えた浜風は、両腕を左右から握られる。

浦風と谷風が、両側から優しい笑みを見せていたのだ。

怖かったら、さっきみたいに、自分達を頼りにしろと………。

弱くても、協力し合えば、何でも乗り越えられるのだから。

 

「………行きましょう、浦風、谷風!私も………私達も戦いましょう!!」

『勿論!!』

 

いつの間にか日が暮れていた単冠湾泊地の激闘は、まだまだ続いていた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「な、何なんだ、これは………!?」

 

その夜遅く、磯風達は、飛行機を乗り継ぎ、トラックで内陸を走り、そして海を渡った事で、ようやく目的地へと辿り着いていた。

最悪の光景すら思い浮かべていた彼女達であったが、実際は違っていた。

相変わらず続く猛吹雪によって、景色は分からないが、深海棲艦の多くは撃沈しており、3隻いると思われる姫クラスは、皆、艦娘達の猛攻の前に苦戦をしていた。

 

「神風御姉様達が、勇ましく戦っておられます………!?」

「木曾さん達や初風ちゃん達までいるわ………!?」

「あれ、水母棲姫だよね?何か、みんなが凄い猛攻で追い込んでいる………!?」

「岸波達もいる………。どうなってるの………?」

「鳳翔さんまで参戦しているなんて………信じられないのです!?」

 

第二十五駆逐隊の仲間達が、次々と驚きの声を上げる中、陽炎と五月雨が、電探で確認を取ろうとした。

すると………。

 

「遅いですよ、陽炎!」

「わ!?不知火!?お、大声を出さなくてもいいじゃないの!?」

「出したくなります!早く泊地内に戻って、指揮を取って下さい!神州丸さんがヘトヘトです!」

 

どうやら、みんな疲弊しているらしく、次々と船渠(ドック)入りを繰り返しながら、耐え続けているらしいのだ。

かなり苦労を掛けている事を自覚した陽炎は、磯風達に言う。

 

「悪いけれど、泊地までまず送ってくれない?どうやら、私、海戦に参加しちゃダメみたい。」

「まあ、陽炎提督だからな。とりあえず送ろう。」

 

不満そうに口を尖らせる陽炎に対し、磯風達は苦笑しながら、彼女を泊地へと護衛する事になった。

 

「マ、マタ増援ダト!?」

「何デ、コチラガ、痛ミヲ、知ラナイトイケナイノ!?」

「オカシイ!?オカシイ!?」

 

一方で、敵艦達は、姫クラスを中心に混乱していた。

最初こそ、圧倒的な物量で押し切れると思っていたのに、何故か次々と増援がやって来るのだ。

戦力の逐次投入が有効手段で無いのは分かっていた為、逆にこの増援のタイミングが深海棲艦達には理解できなかったのかもしれない。

しかも、駆逐艦中心の増援である為、深夜になればなる程、砲戦は不利になる。

その焦りもまた、姫クラス達を混乱させる原因になっていた。

 

「コイツ等ハ、何デ………ギャアァァァァアアアア!?」

 

ここで、一番鈍重だった戦艦棲姫の再生能力が尽き、抱えられている鬼女に、第二十六駆逐隊の一斉砲撃が炸裂する。

その砲撃を受け、遂に姫クラスの一角が撃沈する。

 

「ガ………ガァァァァァァァァァァッ!!」

 

しかし………生物的な艤装は沈みながらも、最期の抵抗をした。

断末魔の叫びと共に、砲撃を放ったのだ。

何処に向けて撃ったのかは、沈みゆく戦艦棲姫にすら分からない。

只、確かなのは、この猛吹雪の中で視界不良に陥っている為、飛来する紅蓮の砲撃の軌道が読み取れないという事なのだ。

そして、それは「運悪く」………。

 

「え?」

 

磯風は、呆然とする。

轟音と共に振り向いた途端………その凶弾が、彼女の腹部を貫いたからだ。




今回のサブタイトルは、最初の浦風と谷風の事…に見せかけて、最後にドゴンです。
PTSD等の精神的病気は、簡単には克服できず、それこそ一生付き合うべき物。
だからこそ、皆と協力して、少しずつ乗り越えていく必要があると思いました。
そして、満を持して改二が実装された鳳翔さんも、戦場に殴り込みです。
普段温厚そうな彼女を本気で怒らせたら、どうなってしまうのでしょうかね?
それこそ、神通や龍田といった強者すら、乾いた笑みを浮かべる程なのかも。
さて、物語も終盤…驚愕の次回を、お待ちください。


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第108話 ~もしも女神がいるならば~

「磯風さん!?」

「磯風ちゃんっ!?」

「磯風!?」

「磯風………!?」

「磯風ちゃん!?」

 

沈みゆく戦艦棲姫の凶弾を腹にまともに受けた磯風は、仰向けに倒れる。

初雪は慌てて手からこぼれ落ちそうになった主砲と機銃を拾い、如月と巻波が支える。

春風は鋼鉄製の日傘を開いて即席の盾にして、電は両腕の装甲板を展開して、それぞれ飛んで来る深海棲艦の砲弾を防ぐ。

 

「夏雲ちゃん!今すぐ来て!!」

「は、はい!!」

 

五月雨の通信を聞いた事で、夏雲が第九駆逐隊の面々と共にやって来る。

そのまま応急処置をしようとして………固まる。

 

「夏………雲………?」

「………………。」

 

そのままじっと磯風を見ていた夏雲の顔が、見る見るうちに青ざめて行く。

陽炎は、まさか………と思い、彼女に聞く。

 

「ねえ………磯風は………?」

「………瞳孔が開いています。息もしていないです。」

「で、でも………艤装は無事じゃん!?」

 

巻波が思わず叫ぶが、夏雲は被りを振るとハッキリと告げる。

 

「艤装が無事でも………当たり所が悪ければ、艦娘は………人は、死ぬんですよ!」

「そ、それって………つまり………。」

 

支えていた如月が、震えながら思わず夏雲に聞く。

今、彼女は何を言った?

認めたくない事実が、第二十五駆逐隊を駆け巡る。

春風も、如月も、巻波も、初雪も、電も、事実を受け入れられていない。

だから夏雲は、敢えてもう一度、ハッキリと言った。

 

「即死です………。磯風さんは、もう………死んでいます!」

 

第二十五駆逐隊の戦友達は、夏雲の診断に絶望を受けた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

暗い暗い闇の中………。

光りの無い空間を、当てもなく磯風は彷徨っていた。

何処に向かって、歩いているのかは分からない。

只、1つだけ分かる事がある。

自分は死んだのだと。

 

「磯風の物語が………こういう形で締めくくられるとはな………。」

 

自嘲気味に呟きながら、彼女は進んでいく。

………と言っても、その暗黒の先に何があるのかも分からない。

進んで行った先は、天国か地獄か、はたまた別の何処かであるのか。

だが、もしも望むならば………。

 

「行きつく先は、沖波の所がいいな………。死んだら、直接彼女に謝りたいと願っていたのだから………。」

「何を勝手な事を言ってるんだよ、お前は。」

「うおっ!?」

 

しかし、そこで磯風の腹に強烈な膝蹴りが炸裂し、彼女は転がる。

死んだ後に痛みを味わう事になるとは思わなかった………と考えながらも、一体誰が死者に鞭打つ行為をして来ているんだ?と不快に感じながら起き上がると………そこには艦娘がいた。

ショートボブの髪を持つその吹雪型の制服の娘は………。

 

「深雪………?いや、その顔は………「初代深雪」なのか!?」

 

今を生きる深雪よりも、少しだけ大人っぽい顔つきの初代深雪………。

佐伯湾泊地の海戦で深海棲艦化した彼女と対峙し、最期は艦娘としての意志を取り戻して、初雪と磯風を庇って轟沈していった存在。

何故、彼女がここにいるのだろうか?

その回答をしようとしたのか、その両脇に、初代白雪と初代磯波も現れる。

 

「ここは、「死んでも死にきれない者」が彷徨っている空間よ。現世に未練がある者達がいる所と言えば、いいかしら?」

「現世に未練?………まあ、確かにこんな呆気なく死んだら流石に、未練がましいが………。」

「私達は轟沈した後も、初雪ちゃんの事が心配で………眠れなかったの。貴女が支えてくれていたから、少しは安堵していたんだけれど………。」

「………すまない。どうやら、希望には応えられなかったみたいだな。」

 

磯風は、自身のミスを素直に認め、3人に頭を下げる。

それを見た、初代深雪が嘆息する。

 

「謝っていたら世話無いぜ。向こうの3人も、似たようなものだしさ。」

「向こう?」

 

振り向くと、そこには初期艦時雨と初期艦睦月、そして初期艦大潮がいた。

初期艦時雨は、状況を説明する。

 

「僕達は、轟沈して間もないっていうのもあるけれど………やっぱり電が気に掛かったんだ。僕等が………ずっと傷つけてしまったから。」

「それで、眠れなかったんだな………って、わ!?」

 

そこで、磯風は驚く。

初期艦睦月が、しがみ付いて来たからだ。

彼女は鼻をすすりながら、涙を流していた。

 

「お願い………電ちゃんを、助けてよぉ………!折角………折角、電ちゃんも新しい1歩を踏み出せるようになったと思ったのに………!」

 

懇願してくる初期艦睦月の様子を見て、磯風は思わず困惑する。

即死した自分にしてみれば、今の状況が分からない。

自分の戦友達は、何をしているのだろうか?

そんな磯風の悩みを察したのだろう。

初期艦大潮が、上を指さしながら、告げる。

 

「今の貴女の亡骸と仲間は………ああいう状況になっています。」

「あれは………?」

 

磯風がその指を追って上を見上げると、遥か上に、上下反転した状態で、僅かに画面のような物が映っていた。

そこには、死んだ事によって浮力を失いかけている自分の体を、如月と巻波、初雪が一生懸命沈めまいと支えていた。

春風と電は、日傘と装甲板で簡易のシールドを作り、敵艦達のヤケクソの猛攻を防いでいる。

夏雲を始めとした第九駆逐隊は、第二十五駆逐隊の面々の懇願を受け、無理だと分かっていても、応急処置を施して、蘇生を試していた。

そして、戦艦棲姫を沈めた第二十六駆逐隊の面々は、とにかく磯風に近づく敵艦を手当たり次第に沈め、夏雲の妨害を防いでいたのだ。

 

「みんな………そんな事をしても、無駄なのに………。」

「磯風………君は、あの声を聞いても、まだ同じ事を言えるのかい?」

「声………?」

 

初期艦時雨の言葉を聞いて、磯風は耳を凝らす。

すると、必死な声が聞こえて来た。

 

「磯風さん!貴女は、こんな所で終わる人物ではありません!目を覚まして下さい!貴女がいたから、わたくしは自分の道を進み始める事が出来たんですよ!?」

 

日傘で敵駆逐艦の砲撃を防ぎながら、春風は普段のお淑やかさがウソのように懸命に叫ぶ。

 

「そうよ!磯風ちゃん!貴女が居なければ、私もあの地下室から出てこられなかった!覚えている!?私の呪われた手!?貴女は即座に受け入れてくれたのよ!?」

 

磯風の頬を叩く如月は、涙を流しながら、奇跡が起きてくれと言わんばかりに呼びかけていた。

 

「私のこの機械の左腕だって、磯風は全然気にしていなかったじゃん!?ゾンビでも何でもいいから、早く起きてみんなを安心させてよ!」

 

如月の反対側から、巻波は磯風を揺すりながら、今すぐに起きて叱って貰えるような冗談を思わず言う。

 

「磯風………!それは無いよ!生きて罪を償うのが、磯風の生き様だって、ハッキリ私に伝えたよね………!磯波達に庇って貰ったのに、このまま無駄死にに終わっていいの!?」

 

いつもの寡黙さからは想像も出来ないような大声で、歯ぎしりをしながら初雪は磯風に懇願する。

 

「思い出して下さい、磯風ちゃん!全ての罪を受け入れてくれて尚、共に前に向かって進む道を作り上げてくれたのは貴女ですよ!?貴女の物語は、ここで終わっていいわけないのです!」

 

装甲板をボロボロにしながらも、電は決してその場から動かず磯風が蘇生される事を願っている。

 

「春風………如月………巻波………初雪………電………。」

「貴女の仲間………いえ、戦友達は、まだ貴女の死を受け入れられていません。呼びかければ、貴女は帰って来てくれると願っています。」

 

戦友達の懸命の言霊を受けて目頭が熱くなった磯風は、初期艦大潮の言葉を受けて、しかし、悲しそうに俯く。

 

「私は………まだ、誰かに必要とされているのだな。」

 

最初は、欠番の駆逐隊………第二十五駆逐隊を解放して貰い、沖波や岸波の件に関する贖罪をしたかった。

だが、そのスタートは中々切れず、横須賀で、長波に支えられる形で落ち込んでいた。

しかし、岸波が第二十六駆逐隊としてのスタートを切り、家族を手に入れて行った事から、徐々に磯風の運命も変わっていった。

いつの日か、その想いは希望に繋がり、そして彼女もまた、掛け替えの無い戦友を手に入れる事になったのだ。

その充実した日々を自覚した途端、急に磯風に生きる事への渇望が、再び芽生えてくる。

 

「………戻りたいなぁ。」

「戻ってよ!お願い、睦月達の為に戻って電ちゃん達を助けて!………睦月の、「魂」使っていいから!!」

「な、何!?」

 

縋りついて泣く初期艦睦月の言葉を聞いて、磯風は驚く。

今彼女は、魂という言葉を使った。

しかし、磯風にとっては、その意味が分からない。

 

「魂って………待て待て、命を落とした以上、下手に使ったらその………消滅するんじゃないのか!?」

「確かに今の私達は、魂によって成り立っている以上、それを手放すという事は、今の姿の消滅に繋がるわ。」

「だったら、駄目だろう!?君達は………!?」

「でも、その私達の魂を集めれば………6人分の魂を集めて強く願えば、貴女は戻れるかもしれない。」

「………その間、君達はどうなる?」

「ま………多分、お前が本当の最期を迎えるまで、お前の中で眠る事になるだろうな。」

「……………。」

 

初代白雪、初代磯波、初代深雪の言葉を受け、磯風は黙り込む。

明らかに責任重大だ。

自分の今後の行動に、文字通り6人分の魂が圧し掛かるのだから。

 

「私は………。」

「責任は、感じなくてもいいよ。僕達も咎人なんだ。むしろ、罪を償う場所を与えてくれる事に感謝している。」

「大潮達は、許されない身故に、ここにいましたからね。」

「睦月達にも………償いをする道を歩ませて!」

「そうか………。」

 

初期艦の3人も、また覚悟を決めていた。

最初から、彼女達は磯風を救おうと決めていたのかもしれない。

自分達の大切な仲間を、戦友として受け入れてくれた彼女を。

だからこそ、磯風はもう迷わなかった。

 

「私はまた、罪を背負う事になるのかもな………。」

「でも、本当は、ここで終わりたくないのよね?」

「ああ。やっと、簡単に死にたくないと思えるようになったんだ。我儘でも傲慢でも………生き延びたいと願える程には………な。」

 

初代白雪の言葉を受け、磯風は正直に告げて笑みを浮かべる。

そして、一転真剣な顔をすると、頼むと言った。

彼女の前に、初代磯波が立った。

 

「手を………出して。」

「こうすればいいか?」

 

磯風は初代磯波の手を取る。

そして、そこに円になった初代白雪、初代深雪、初期艦時雨、初期艦睦月、初期艦大潮の手が重ねられる。

手を重ねた6人が笑みを浮かべると、その姿が輝きだした。

その暖かな光は磯風へと包まれて行き、漆黒の闇の空間を照らしていく。

 

「磯風は、君達の事を忘れない。君達「艦娘」の事を。だから………生きる為の力を………貸してくれ!!」

 

やがて、光は漆黒の空間は眩い光に包まれて………全てが真っ白に染まった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「な、何………これ………?」

 

突如磯風に起こった現象に、巻波は呆然としていた。

いきなり彼女が暖かな光に包まれたかと思ったら、浮力が回復し、貫かれた腹部の傷が癒えて来たからだ。

 

「呼吸が………呼吸が、聞こえるわ!」

 

磯風の口元に耳を近づけた如月が、思わず喜びの声を上げる。

即死したはずの彼女が、文字通り復活を遂げようとしているのだ。

 

「凄い………でも、どうして………?」

「「応急修理女神」………。」

「え?」

 

その奇跡に疑問を抱いた春風に対し、夏雲が磯風を見ながら呟く。

彼女は説明する。

これは、師匠である明石から聞いた事のある話だが、艦娘が轟沈しそうになった時、何かしらの奇跡が起こり、傷が一瞬で癒される事があるらしい。

だが、その原理は未だ解明されておらず、どういう時にそれが起こるのかは、明石ですら未だ分からないのだ。

 

「その現象を、師匠は応急修理女神と呼んでいます。実際に、この目で見られるなんて………。でも、本当にどうして………?」

「成程な………女神、か………。」

『うわ!?』

 

その場にいた艦娘達は、思わずビックリして引く。

それまで眠っていた………というか、死んでいた磯風が、急に目を覚まして起き上がったからだ。

失礼だが、巻波の言葉を借りればゾンビに近かった為、思わず皆、磯風を凝視してしまった。

だが………。

 

「アレ………?磯風………なんか………。」

「懐かしい気配が………気のせい………なのでしょうか?」

 

初雪と電が、磯風の中に何かを感じて思わず目を細める。

磯風は、穏やかな笑みを浮かべながら、2人に言う。

 

「案外、その女神というのは………身近な知り合い………いや、戦友達なのかもしれないな。」

「そ、それって………!?」

「まさか………!?」

 

2人が何かに気付きかけて思わず目を見開いたが、磯風は軽く両者の肩を叩くと立ち上がり、周りの5人に叫ぶ。

 

「反撃するぞ!第二十五駆逐隊………改めて出陣だ!!」

『り………了解!!』

 

その勇ましい声に………死の淵から戻って来た嚮導艦の頼もしい姿に、戦友達は思わず笑顔を見せて、しっかりと応えた。




艦これの作品の中で屈指の謎の装備である「応急修理女神」。
文字通り死の淵から戻ってこれる力を持つ、究極の装備ですよね。
この装備に付いて、どんな力が働いているのか自分なりに考えたのが、今回の話です。
そして、ここまで散々積み重ねて来た、6人の深海棲艦化した艦娘達の存在と生き様。
この話で、伏線を回収する為と言っても、過言ではないですね。
今回のサブタイトルも、ずっと温存して使える日を楽しみにしていました。
艦娘の魂…それは、きっと暖かな物に違いないと感じています。


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第109話 ~第二十五駆逐隊~

「何故………!?何故!?生キ返ッタ!?」

「死ンダハズナノニ!?死ンデ無イ!?」

 

不可思議な現象………応急修理女神と呼ばれる奇跡によって、現世に戻って来た磯風の姿を察知したのだろう。

水母棲姫と防空棲姫は、明らかに混乱していた。

深海棲艦側からしてみれば、折角沈めたはずの艦娘が死の淵から蘇って来たのだ。

動揺しない方がおかしい。

 

「有リ得ナイ!?沈メ!」

 

当然ながら、水母棲姫は幻では無いかと思い、攻撃機を第二十五駆逐隊に飛ばしてくる。

しかし磯風は、初雪から、彼女が拾ってくれた主砲と機銃を受け取ると、輪形陣を指示する。

そして、自身がその真ん中に立つと、砲門を全て、空中の攻撃機に向ける。

 

「悪いな。今の磯風は、「磯風だけの魂」で成り立っているわけでは無い!!………撃てっ!」

 

号令と共に放たれた対空砲火は、迎撃を得意とする磯風がいる事も有り、その全てが吹き飛び、第二十五駆逐隊まで届かない。

その能力を見た水母棲姫は、更に錯乱する。

 

「ナ、何ナンダ!?アノ、艦娘ハ………アアアアアアアアアッ!?」

「隙を見せすぎです!」

「容赦はしませんよ!」

 

響き渡る絶叫。

無理に第二十五駆逐隊に狙いを絞ってしまった事で、水母棲姫は得意の対空迎撃を疎かにしてしまい、逆に無防備になった所に、龍鳳と鳳翔の沢山の攻撃機の爆撃を許してしまった。

 

「神風さん!雷撃戦行きます!」

「了解!みんな、いいわね!」

「勿論!この為の駆逐隊よ!」

「ボク達も、見せ場を作らないとね!」

「嵐さん達も宜しいでしょうか?」

「おう!俺達もやらせてくれ!」

「萩風、狙いを定めました!」

「さあ………トドメよ!」

 

更に、炎を上げた所に、春雨、神風、朝風、松風、旗風、嵐、萩風、野分が一斉に残った魚雷を全て叩き込む。

これには水母棲姫も耐え切る事は出来ず、派手に爆発をしながら沈んでいく。

 

「嘘ヨ!?各艦、トニカク、アノ駆逐隊ヲ!」

「あら、随分焦っているのね?悪いけれど、邪魔はさせないわ!」

「連装砲くん!ぶっ飛ばしてあげて!」

「魚雷もサービスするよー!」

「攪乱は、島風にお任せ!」

「古鷹さん、お願いします!」

「任されました!三式弾を撒き散らします!」

「ふああああ………さて、いっちょやるか!」

「すみませんねー、ちょっと加減効きませんので!」

「衣笠さん達の力、見ちゃってよね!」

 

初風、天津風、時津風、島風、早霜が軽巡ツ級を掻きまわしながら迎撃。

そこに、古鷹、加古、青葉、衣笠が三式弾の雨を振りまき、纏めて沈めていく。

 

「雷巡の力も見せる時だな!本当の雷撃ってヤツを見せてやる!」

「軽巡もいい物よ?スウェーデン製の砲撃力、喰らいなさい!」

「じゃあ、あたしは、ロシア製の一撃を!」

「僕達は、ドイツ製だね!マックス!」

「ええ、レーベ。私達も駆逐艦だものね!」

「うーん、いいわね!阿賀野型も張り切っちゃおうかしら!」

「ぴゃあ!何かみんな盛り上がってるもんね!」

「仲間を傷つける人は………潮が許しません!」

「秋雲、今回ばかりは本気を出しなさいよ!」

「風雲ー。秋雲は、そんなふざけてないよー?やる時は………やるからね!」

 

重巡ネ級の雷撃を躱した木曾、ゴトランド、タシュケント、レーベ、マックスが得意の攻撃を叩き込んで怯ませる。

その隙を逃さず、阿賀野、酒匂、潮、風雲、秋雲が一斉砲撃を当てて撃沈する。

 

「置いていかれるわけにはいかないわね!」

「陽炎、特別に加勢を許可します。」

「不知火ー、何か立場逆転してない?ま………いっか!」

「択捉ちゃんや松輪ちゃんも付いて来て!」

「は、浜波達に合わせてね!」

「はい!砲撃を仕掛けます!」

「みんなと一緒なら………頑張れます!」

「こちら、神州丸。陸より援護をする!」

「陽炎型と組むとは………負けられないわね!」

「朝雲姉、燃え過ぎよ~?でも、本気は出さないとね~!」

「第九駆逐隊も負けていられないもの!」

「夏雲、応急修理だけでない所を見せます!」

 

雄たけびを上げながら近づく戦艦タ級には、高雄、不知火、陽炎、五月雨、浜波、択捉、松輪、神州丸がそれぞれの持ち味を出して追い込んでいく。

そして、朝雲、山雲、峯雲、夏雲が連携して、左のアームガードから魚雷を撃ち出し、爆発させる。

 

「浦風達も、ここが一番力を入れる所じゃのぉ!」

「磯風を傷つけた罪は、大きいからねぇ!」

「ホント、ビックリしましたよ………お返しです!」

「第二十六駆逐隊………一斉攻撃用意っ!」

「はーい!舞風も、成長してるからね!」

「………んじゃ、老練の睦月型の力、見せますか!」

「やっと、やる気になったの………?薄雲、望月の姿勢どう思う………?」

「うーん、私達は、私達のペースでいいんじゃないのかな?」

「朧達は、どう転がっても朧達だからね!」

「私達も同じように、岸波さんに惹かれたって事実は変わりませんから!」

 

複数の軽空母ヌ級に対して、浦風、谷風、浜風が砲撃を次々と叩き込んで爆沈する。

空母ヲ級が最期の抵抗をするが、岸波、舞風、望月、山風、薄雲、朧、初霜の第二十六駆逐隊が、発艦した攻撃機も纏めて破壊して、海の藻屑にする。

数々の仲間………戦友達の援護によって、もう、残った防空棲姫は裸の王様と化していた。

 

「道が開いたな。さて、単縦陣で突撃するぞ!」

「磯風ちゃん………。」

「………どうした、電?」

「初期艦の方の時雨ちゃん達は………。」

「何が何でも、電を助けてくれって言っていた。だから、私に生きる力を貸してくれたよ。それだけ、前に進み始めた君の事を心配してくれていたんだ。」

「………ありがとう、なのです。」

 

不安そうに声を掛けてきた電に対し、磯風は笑いながら話す。

その顔に、本来の3人の初期艦達の気配を感じ取った電は、思わず泣きそうになり………しかし、我慢をして前を向く。

 

「初雪に関しても同じだ。初代艦娘の方の深雪達は、君の助けにずっとなりたかった。」

「そう言ってくれると………嬉しいな。そして、磯風を救ってくれた事も………。」

「本当に、いい「艦娘」だ。私は彼女達………戦友達に出会えた事を、誇りに思う。」

「いい言葉だよね………、その戦友。」

 

少しぎこちなく笑みを浮かべながらも、初雪も喜びを見せる。

そして、彼女は心の中で改めて、大切な嚮導艦である磯風を生き返らせてくれた友に、感謝を述べた。

 

「何か艦娘の絆っていいよね!………磯風は、昔はダメダメだったんでしょ?それを乗り越えた今、どんな気分?」

「そうだな………過去は変えられないが、全てを糧にして今があると考えると、何一つとして無駄では無いと思えるようになった。」

「………うん、私もその考え、大事だと思う。私は会った事無いけれど、沖波も喜んでくれるんじゃないのかな?」

「そうだといいな。磯風も祝福してくれるような艦娘なのだから………。」

 

嘗て過去に隻腕になり、そして今、機械の義腕になって辛い目にあった事を、色々と思い出しているのだろうか。

巻波もしみじみと考えながら、磯風の言葉に賛同する。

 

「ふふ!磯風ちゃんも岸波ちゃんに負けないくらいには、いい艦娘になったわよ。プレイガールかも!」

「プレイガールって………磯風も岸波もそんなふしだらな艦娘であるつもりは無いが………。」

「いい意味で言ったのよ。貴女………本当に前向きになったのだから。」

「確かに北方で過去を乗り越えるまでは、この単縦陣も使えなかったからな。自分でも不思議なくらいだ。」

 

冗談めいた事を言いながらも、磯風の成長を見て来た如月は、優しい笑みを浮かべる。

今思えば、深海棲艦に片足を突っ込んでしまっていた自身を、包み込んでくれた彼女を見た瞬間から、変われる兆候があったのかもしれない。

 

「磯風さんは………皆様との出会いの中で、本当に色々な壁を乗り越えて来たのですよね。………少しだけ妬いてしまいますかも。」

「春風。………その切っ掛けを作ったのは、他ならぬ君だぞ?君が暴走して横須賀に来なければ、全ては始まらなかった。」

「あ、あら?確かにあの時は、焦りのあまり………本当にすみません。」

「いいんだ。あの頃の磯風を知る者として、電と共にこの駆逐隊にいてくれれば。」

 

思わず春風は、顔を赤らめて俯いてしまう。

彼女の存在から、磯風の物語が始まったのだから、運命とは不思議な物である。

磯風は、そんな春風の頭を軽く撫でると、防空棲姫を見据える。

 

「さて………仕上げと行こうか!砲撃、雷撃用意!!」

 

防空棲姫は、もう滅茶苦茶に叫びながら攻撃を繰り出してくるが、周りの戦友達が攪乱してくれている。

第二十五駆逐隊は、面舵を取ると、一斉に砲門や魚雷を向ける。

死を悟った防空棲姫が、最期に叫んだ。

 

「オマエハ………!?オマエハ、何ナンダ!?」

「私は………第二十五駆逐隊嚮導艦、磯風だ!!」

 

最後に放たれた攻撃が、極寒の地での海戦の終わりを告げた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

厳しい冬が過ぎると、春の訪れを迎える。

麗らかな春の日差しが刺し込み、積雪は解け、桜のつぼみが花開こうとしていた。

横須賀鎮守府では、祭りのシーズンを迎えようとして、戦いの合間に艦娘達が準備を始める。

そんなある日の事………磯風達、第二十五駆逐隊の面々は、艤装を背負って桟橋に立っていた。

 

「結局………幻の戦になったか。」

 

そう海を見据えた磯風が、静かに呟く。

佐世保や単冠湾泊地の海戦は、艦娘や深海棲艦の重大事項に繋がる為、あの後、情報統制が敷かれる事になった。

電の友であった深海棲艦化した艦娘の事や、武装開発の為に保管されている鹵獲された深海棲艦の事は、一般市民までには噂が流れる事にはならなかったのだ。

当然と言えば当然であるし、元新聞記者である青葉の言葉を借りれば、生きる上で世の中には知らなくても良い事があるというわけだ。

 

「浜風達も、元気にしているみたいで良かった。」

 

横須賀の駆逐艦寮で受け取った沢山の手紙の内の1つを見て、彼女は少しだけ笑みを浮かべる。

浜風は、あの後も単冠湾泊地で、浦風と谷風と一緒に、PTSDの克服をしようと奮闘している。

完全には払拭する事は出来ないが、幻と消えた海戦を機に、軽減をしていく事は出来るだろう。

彼女は、その手紙を防水性の袋にしまう。

 

「そろそろ時間だな………。」

「本当に行くのね、南に。」

「ああ。」

 

振り返れば、そこには岸波達、第二十六駆逐隊の姿があった。

今は呉にいる彼女達だが、今日だけは見送りの為に、横須賀にやって来ていたのだ。

そう、磯風達、第二十五駆逐隊の新たなる旅立ちの見送りに………。

 

「本土や北方は、色んな場所を駆け巡ったからな。ならば、南に行くのも悪くない………って話をみんなでして、司令に転籍許可を貰ったんだ。」

 

移動範囲だけで見れば、岸波達に匹敵する磯風達は、更に練度を高める為に遥か南のパラオ泊地へと出向する事になった。

これまでに、共に戦ってきた皆との一時的な別れの挨拶は済ませている。

後は、岸波達が最後であった。

だから、横須賀の提督に代わって、第二十六駆逐隊に出向いて貰う形になった。

岸波は、力強く笑みを見せる磯風を見て呟く。

 

「本当に変わったわよね、磯風。」

「岸波も、それを言うか?………いや、確かに横須賀で最初に出会った時とは雲泥の差だと、自分でも思うが。」

 

過去の罪の意識から、長波に頼んで、岸波から隠れて過ごしていたような磯風なのだ。

それが今、数々の仲間………磯風の言葉を借りれば、戦友と共に、充実した日々を過ごしている。

 

「貴女も私も、陽炎先輩みたいに欠番の駆逐隊を解放して貰って………色々と変わっていって………。」

「待て。勝手に物語が完成されたようにしないでくれ。」

「あら?」

 

ここで、磯風が手を出して止めた事で、岸波は首を傾げる。

磯風は、戦友達を見渡すと、改めて言う。

 

「岸波はまだ、明石さんの元で修業を積んでいるんだろう?」

「そうね………。そういう意味では、私達はまだ伝説になって無いわ。」

「私達もそうだ。そもそも、そちらの「家族」は7人であるのに対し、こちらの「戦友」は6人。まだ、1人足りないじゃないか。」

「そういう所で張り合わなくても………。」

「まだまだ新しい出会いを、楽しみにしているという事だ。」

 

磯風は、思い描く。

次に出会う艦娘達は、どんな存在なのだろうか?

もしかしたら、何かしらの闇を背負っているのかもしれない。

だが………1人でいるのならば、戦友達と過ごす良さを教えてあげたかった。

その磯風の意図を、察したのであろう。

岸波は、前に出ると静かに右手を出した。

 

「貴女達の旅路に、海の英霊達の加護がある事を。」

「ああ。そっちも、達者でな。」

 

磯風も右手を出し、固く握手を交わす。

海の英霊達が誰なのかは、もう言う必要は無い。

彼女達は、その罪や想いを、纏めて背負って生きていくのだから。

握手を交わした磯風は、桟橋から抜錨し、戦友達に言う。

 

「第二十五駆逐隊、出航する!単縦陣だ!!」

「ふふっ………分かりましたわ!」

「行きましょう!」

「任せてよっ!」

「みんなと一緒に………ね!」

「はい………なのです!」

 

応えた戦友達と共に、第二十五駆逐隊は、第二十六駆逐隊に見送られて、海を疾走していく。

この先の海での出会いを、皆で楽しみにしながら。

 

過去に大事な仲間を沈める原因を作った事で、岸波も磯風もトラウマを背負ってしまい、マイナスに振り切れてしまった。

だが、岸波は、舞風、望月、山風、薄雲、朧、初霜という掛け替えの無い「家族」と出会った事で、怠惰艦としての自分を変えられた。

磯風は、春風、如月、巻波、初雪、電という掛け替えの無い「戦友」と出会った事で、ネガティブな自身を乗り越えられた。

欠番の駆逐隊に揃った家族と戦友。

それは、今後の彼女達の人生にも良い影響を与えるであろう。

彼女達、艦娘は………人は、掛け替えの無い存在と共に、己と戦えるのだから。

 

 

                                         ~完~




長きに渡る岸波と磯風の物語も、この109話で完結です。
今回の話を書くにあたり、サブタイトルに「最終話」という表現を使おうか迷いました。
しかし、本文でも書いた通り、岸波達の物語も磯風達の物語もまだ完結していません。
その事も踏まえ、敢えて「109話」…続きが記せる状態で終わらせました。
振り返れば、岸波も磯風も、マイナスからのスタートを切る事になりましたね。
それがここまで、立派になったのを思うと、ちょっと目頭が熱くなりました。

最後に何で、この話を書こうと考えたのかを、話しておきます。
実は、ハーメルンを見てみた時に、岸波の長編話が無い!?という事に気付いて…。
だったら、自分が最初に書いてやろうと思い、作り始めたのが切っ掛けです。
磯風編も含め、ここまで楽しんでくれた方がいるのならば、作者冥利に尽きます。
では…また、次回作で会いましょう!
本当にありがとうございました!


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