この世界の結末は? (ありくい)
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1つ目の結末と一回目のやり直し

 

人類と魔族の何年にも渡る大戦争。両者に尋常じゃない被害を出したこの戦争が、遂に終わりを迎えようとしていた。

 

「お前が魔王だな!人類の平和の為、ここで死んでもらう!」

「良く来たなあ勇者よ。本当なら少し話をするんだが…貴様らは我らが魔族を殺しすぎだ。後を追って、謝罪させてやる」

 

憎悪の篭った目で睨み合う両者は、互いの愛剣を抜き、一気に肉薄した。

 

勇者が持つ聖剣と魔王が持つ魔剣がぶつかり合った衝撃で周囲に甚大な被害を出しながら二人は殺し会う。戦いの舞台となった魔王城は崩壊を初め、瓦礫が降り注ぐもなお、彼らは互いに切り結ぶ。

 

「死ね!よくも仲間を、家族を殺してくれたなぁ!」

 

「貴様だって我らの同胞を何万人も、それに、私のリースはお前に…!」

 

二人は感情を爆発させて、それに答えるように二人の愛剣は力を増していく。

 

「「お前さえ居なければあああああああああああああああ!!!!!!」」

 

光と闇がぶつかり合い、星を揺るがす程の衝撃が発生し、魔王城は光と闇に飲み込まれた。

 

 

 

≪魔王視点≫

 

 

「魔王様」

 

懐かしい声に呼びかけられて、私は目を覚ました。私は、魔王の業務をするときに使用していた執務室にいた。そして、

 

「リース?」

 

目の前には、部下から勇者に討ち取られたと報告を受けたリース…私の、魔王の側近がいた。

 

「どうかなさいましたか?」

 

なんでリースがいる?というか、勇者はどこに?

 

「いや、なんでもない。勇者は?」

 

「勇者ですか?まだ何の情報もないはずですけど…。少し諜報部隊の方に掛け合ってみます」

 

そう言って、リースは私の執務室から出て行った。

 

どういうことだ?私は助かったのか…?

違う。あの勇者の攻撃はよくて相打ち。少なくとも、私が生き残る事は不可能と断言出来るほどの威力があった。それに、リースが生きている説明がつかない。彼女は確実に死んだ。確かに実際に見てはいないが、忠実な部下だったリースが一年間に渡り音信不通となっているのだ。死んでいるとしか考えられない。

 

そんな事を考えていると、足音が響いてきた。

 

「魔王様。流石です!たった今諜報部から勇者が生まれたという報告がありました!」

 

勇者が…生まれた?

 

「ちょ、ちょっと待て。それは本当に今すぐなのか?」

 

「え、あ、はい。ちょうど10分前、ココサ村で生まれた15歳となった少年が神殿にて勇者であることが確認されました。名前はライガ、家名はまだないそうです」

 

私が二年前に聞いた勇者についての報告と全くもって同じだ。それはつまり…。

 

ここは、二年前の魔王城?

 

 

 

≪勇者視点≫

 

「貴方の職業は…ん!?こ、これは…ゆ、勇者!?」

 

周囲の人の歓声のようなざわめきで俺の意識が覚醒した。

 

「勇者だって!凄いじゃんライガ!」

 

「え…」

 

俺に声をかけてくれたのは、リュア。俺の幼なじみであり、魔王軍との戦いで殺された少女だ。ついつい腕を伸ばして、彼女の肩に触ってしまう。

 

「わっ。どうしたの?」

 

突然の行動にあわてふためくリュア。手から伝わって来る体温も、リュアの反応も、全てが彼女が生きていることを伝えてくれる。

 

「ぁ…ごめん。ちょっとまってて…」

 

どうしても涙が出てくるのを防げなくて、俺は地面にうずくまってしまった。

 

「え、どうし…。わかった!そんなに嬉しかったの~?勇者になったこと~!」

 

調子のいいリュアの声を聞けたことが、俺にはとても嬉しかった。

 

人類は神によって十五歳になったとき、天職を教えられる。そして今日は、俺が天職を神によって告げられる日であり、魔王軍との戦いに巻き込まれる事が確定した日だ。

 

俺は今、二年前の教会にいる。

 

 

 



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二回目の最初の行動

 

≪魔王視点≫

「魔王様。どうなさいますか?今すぐ軍を向かわせる事は可能です」

 

私は二年前、どうしていただろうか。確か勇者が生まれたという事は知っていたはずだ。だが、勇者が生きていた事から別の何かをしていたはず…。あっ。そうか。

 

「いや、いい。それよりも確かいくつかの村で食料不足という報告があったな。おそらく人類側の工作かなにかだろう。そちらの対策に軍を使え。勇者はまだ気にしなくていい」

 

食料不足等の民からの信頼を失う可能性のある事態の解決は急務だ。一揆が起こる可能性もあるし、人類の付け入る隙にもなる。それに勇者は人類の戦力となるまでまだ時間がかかるし、今もこれでいいだろう。

 

「ではそのように。ところでこの後の会食はどうなさいますか?」

 

うわ。そんなのあったな。確かあの時の会食はめんどくさい老人どもの昔話に付き合わされるだけだし、一回聞いているのだから無視でいいだろう。

 

「私は少し急用ができた。また後日とでも言っておいてくれ」

 

「承知致しました」

 

そう言って、一度礼をすると、リースは部屋を出て行った。それを確認し、服を着替えて帽子を深く被る。

 

さて、勇者の元へ行くとしよう。

 

「【転移 ココサ村】」

 

 

≪勇者視点≫

教会にいる人達から勇者についての説明を受ける。それも一度聞いたものなので適当に流しておき、リュアと共に家に帰った。

 

「いや~明日にはもうばいばいかぁ~。こんな早く学園にいっちゃうなんてねぇ」

 

「仕方ないよ。勇者の使命だからね」

 

勇者は戦い方を学ぶために学園に行くことが義務づけられている。本当は後からリュアも来るけど、今は黙っておいた方がいいだろう。

 

「もぉ~!私と離れるのは悲しくないわけ~?なんでそんなにあっさりしてるんだよ~」

 

「そりゃ寂しいけど、たった一年間だし、休暇だってちゃんとあるんだよ?一番近い休暇は一ヶ月後だしね」

 

「そうだけど~!」

 

納得いかない様子のリュアに苦笑しながら、俺は立ち上がった。

 

「リュア。俺はちょっと出てくるよ」

 

「え?どこに行くの?」

 

「う~ん。秘密!じゃあね!」

 

そうして、俺はリュアが到底追いつけない速度で飛び出した。

 

「ここらへんでいいかな?【転移 魔王】っと。いらないみたいだな」

 

ココサ村の転移ポイントに到達し、リュアがついて来ていない事を確認して魔法を唱えようとすると、目の前の空間が揺らいだ。俺の記憶の限り、ここに転移して来る奴なんてどこにもいない。つまり…

 

「よっ。魔王お前にも記憶が残っているようだな」

 

「ほう。勇者よ。この様子だと、貴様にも記憶が残っているのか」

 

この世界だと初めての、俺達にとっては二度目の、勇者と魔王の出会いだ。

 

 

 

 



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魔王と勇者の作戦会議

ちょっと遅れました(7:00に出す予定だった)


 

魔王と勇者は互い腰に付けた剣に手をかけ、放り投げた。

 

「さあ。話し合おうか。テーブルと椅子は…ここにだそう」

 

「おう、助かる」

 

二人は苦笑しながら、椅子に座り、足を組んで向かい合った。

 

「私個人としては、この戦争は平和的に終わらせるつもりだ。たった二年で数えきれないほどの民が死んだ。捕虜として捕まり、奴隷となった者達もいた。それを繰り返すつもりは毛頭ない」

 

「それについては同意だ。こっちだって大量に人は死んでいる。それに奴隷だって「待て」なんだよ?」

 

「奴隷というのは本当か?私は一応奴隷とするのは辞めるよう言っていたはずだが…」 

 

「それはない。俺は奴隷となった人々をこの目でしっかりと見てきた。まあ、魔族の奴隷も見たがな」

 

「ふむ…。それはすまなかった。まあそれはこちらで何とかする。まあそれはそれとしてこの戦争をどうやって終わらせる?」

 

「そうだな…」

 

魔王も勇者もこの戦争が二年前のこの時点で出した被害を知っている。だからこそ、簡単に終戦とはいかないことを理解しているのだ。それゆえに生まれた沈黙だった。

 

その沈黙を最初に破ったのは…勇者でも、魔王でも無かった。

 

「いた~!ライガ。なんでどっかいっちゃうのさ!」

 

「リュア!?なんでここが…?」

 

「村中回ったんだよ~?ほんとに大変だったんだからぁ~!」

 

リュアが息を切らした様子で現れた。

 

「おい。勇者。その娘は確か…」

 

「すまん。ちょっと戻して来る」

 

「え~!ライガ酷い!」

 

「いや、待て」

 

ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるリュアの首根っこを引っつかみ連れていこうとする勇者を魔王が止めた。

 

「第三者の意見も必要だろう。居させてやれ」

 

「…感謝しろよ。リュア。この魔……えっと「将軍とかにでもしておけ」この将軍様にな」

 

「はいっ!ありがとうございます将軍様~!」

 

調子よく頭を下げるリュアを見て、二人は苦笑した。

 

「では…リュアと言ったな?貴方はこの戦争はどうすれば終わると考える?」

 

「えっ!私ですか?そんなの決まっています!魔族を滅ぼせばいいんです!」

 

「ちょっ!リュア!」

 

「いい。それは想定通りだ。さて、リュアよ。では、魔族を人族として考えてみろ。それでも滅ぼすか?」

 

「えっ。それは…どうにかして話し合います。で、どっちも一緒に謝って仲良くします」

 

「成程。まさに理想論だな。どうだ?勇者。可能か?」

 

「…可能では、あると思う。一年前…違うな。一年後は…ちょっとリュアを戻して来る」

 

「えっ」

 

「そうだな」

 

「ええっ!」

 

そのまま、問答無用でリュアを戻してきた勇者は口を開いた。

 

「一年後、俺がリュアを失ったとき、弱音を吐いた。もう戦争を辞めたい。戦いたくないってな。その時は、俺はもうかなりの有名人で、沢山の人を救っていたからな。共感してくれる人が多くて革命が起きる直前にまでいった」

 

「ほう?」

 

「まあ、その前にお前らが攻めてきて、そんなこと不可能だって事になってその計画は白紙になったよ」

 

「つまり、一年後に限らず、実績があればということか…。それはこちらとしては困る。革命無しではダメなのか?」

 

「無理だ。政治に深く入り込んでいる教会は人類至上主義を掲げているからな。何なら政治に参加している奴等はだいたい人類至上主義だ」

 

「…成程。それでは、少し提案があるのだが良いか?」

 

「なんだよ?」

 

「互いにガセを流すのはどうだ?」

 

「ガセ?」

 

「そうだ。人類には人類が滅亡間際だと。魔族には魔族が滅亡間際だと。そういった噂を流すのだ。そうすれば、互いに終戦を望むのではないか?」

 

「それはそうかも知れないけど…どうやって?」

 

「組織を作る。魔族と人類共同、代表は私と勇者だ。戦争終結のため、茶番をする」

 

「茶番…。国境近くの村でも取り合うのか?」

 

「そうだ。一度奪い取ったという事実を作り、その情報が流れたら元にもどす。それを繰り返せば、いやがおうでも、力が弱まっていると判断出来るだろう。奪い取っても守れない軍なんて、必要ないからな」

 

「人類と魔族共同の組織なんて作れるか分からないが…」

 

「勇者だろう?そのくらいやってみせろ」

 

「うーん。まあ考えてみるよ」

 

「では一定間隔で連絡を取り合う事にしよう。私はこの方向で進めて行く。良い返事を待っている」

 

「そうさせてもらう」

 

勇者と魔王は席を立ち、見つめ合う。

 

「最後に一つ」

 

「奇遇だな。俺もだ」

 

示し合わせたかのように、二人は同時に口を開いた。

 

「私は貴様を殺す」

「俺はお前を殺す」

 

「リースを殺したお前を許さない」

「リュアを殺したお前を許さない」

 

「「全てが終われば、殺し会おう」」

 

互いに剣を拾い、二人はその場を去った。

 

 



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魔王と勇者の仲間探し①

誤字報告ありがとうございましたm(_ _)mまさか勇者と魔王を間違えるとはね…。二視点初めてなので勇者サイドと魔王サイドがごっちゃになっちゃう事が多分これからもあります。その時は、よろしく!


 

≪魔王視点≫

勇者との話し合いの後、執務室に行くと、リースがいた。

 

「お待ちしておりました。魔王様。ところで、本日はどちらに?」

 

「勇者と会ってきた」

 

簡潔にそう表すと、リースは時が止まったように固まり、目の前にまで距離を詰めてきた。

 

「どういうことですか!勇者なんて貴方様の天敵でしょう?お怪我をしたらどうするのですか!」

 

まくし立てるリースに苦笑しながら、

 

「勇者は心優しい者にしかなれないと言うだろう?今回の話し合いはそう物騒な物ではない。むしろ、勇者、いや、心優しい者になら協力したいはずの話だ」

 

「そんなの迷信かもしれないじゃないですか!魔王様は我々を纏めてくださるお方!そんな魔王様に傷一つでもついたら…」

 

「あーもうわかったわかった!悪かった!次からはリースを連れていくから!」

 

「分かれば良いのです」

 

帰ってきてそうそう、どっと疲れた体を椅子に預けながら、リースから報告を受ける事にした。

 

「今日の報告は?」

 

「魔王様のお考えの通り、少数ですが、入り込んでいる人類側の部隊を発見いたしました。殺すことも可能でしたが、一度捕らえ、現在、魔王城の拘置所に拘束しています」

 

少し意外な報告に目を見開く。以前は問答無用で殺していたはずだが…。

 

「殺さなかったのか?」

 

「はい。どうやら昨日までの魔王様とは別の魔王様のようですから、対応も保留とさせて頂きました」

 

固まる私を尻目に、リースは報告を続ける。

 

「また、勇者の力が現時点で歴代勇者の最盛期と並ぶほどの力を有しているという報告がありました。部下には遭遇したら即座に撤退しろと命令を出しています。本日の報告は以上です」

 

「そ、そうか。よくやった。捕虜については少し話し合いたい事があるから置いておけ。後は…人類を奴隷として扱っている者がいるらしい。それについての調査を頼む」

 

「承知致しました。失礼します」

 

リースが執務室から出て行って、私は頭を抱えた。

 

ばれてる!確かに私と勇者の力は以前と同じだ。とはいえ見た目は同じだから見た目では気付かれないと思っていたのだが…。違いといえば、リースがいなくなってから手に入れたこの魔剣だ。リースを失った恨みから戦場へ出るようになり、多くの人間を殺しているうちに手に入った魔剣。勇者の聖剣にも匹敵する。これが、二年後からついて来た。もしかしたら、リースにこれを見られたのかもしれないな。

 

「これをどうするか、か」

 

自身の体から一メートル以上離せないこの魔剣を見て、私はため息を吐いた。

 

まあでも、人類の駒は手に入りそうだし、終戦への道は見えてきた。リースにはばれてるみたいだが、あいつはどちらかというと終戦派だったはず。問題はないだろう。だから、勇者との密会に来ても…

 

大丈夫か?

 

 

 

 

≪勇者視点≫

魔王との話し合いの後、家に帰り、家族との別れの時間を過ごしていると、教会から使者が来た。確か聖剣を渡しに来る使者だったはずだが…俺もう持ってんだけど。

 

ぱっと教会で目を覚ました時、当時は素振りのための木の剣を入れていた鞘の中に、思いっきり聖剣が入っていた。適当な場所で素振りしてみると、魔族を殺して強化した二年後の聖剣と同じ性能だった。どうやらついて来たらしい。

 

「えーこちらが、勇者に与えられる聖剣でございます。後に、王によって授与式が学園で行われますが、学園までの道のりで襲撃があるかも知れません。そのため、今与えます。学園についたら、係のものを送ります故、そのものに預けて頂ければ」

 

「分かりました」

 

というわけで…増えちゃった。

 

目の前には二本の聖剣。性能は当然ついて来た聖剣の方…旧聖剣の方が強いが、新聖剣も育てれば同じくらいにはいく。

 

「二刀流にでもしようかな」

 

これまで聖剣一本で戦ってきたが、せっかく二本あるのだからそうしてもいいかもしれない。聖剣は魔族の血は付かないのだが、人類の血はこれ以上ないほどこびりつくので、少し黒くなっている。これでも必死に落としたんだけどね…。

 

まあつまり、見た目は結構違うから二本使っているのを見られても何も言われないだろう。学園では剣術の型を練習出来るので、そこで学ぶのもいい。

 

「そろそろか…」

 

馬車は明日の早朝に来るが、王都からこの村までの道中で人間側に紛れ込んだ魔族の家族との戦闘になったはずだ。馬車の護衛の人が一人犠牲になりながら、その家族を全滅させたと言っていたのを思い出す。

 

うまくいけば、魔族の協力者が手に入って、うまくいかなくても、護衛を助けたという名声が手に入る。

 

俺は、深夜にこっそりと家を出た。

 



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魔王と勇者の仲間探し②

べ、別に前回のタイトルつけ忘れてたとかじゃないんだからね!後このタイトルは考えるのが面倒くさくなったわけじゃないんだからね!


 

≪魔王視点≫

魔王城地下にある拘置所。罪を犯したという疑いのあるものを一時的に留めて置ける場所。簡易的なベッドとトイレがある牢屋の中には、手足は拘束され、猿ぐつわを嵌められている人間がいた。 

 

これが、リースの言っていた人類の部隊だろう。全部で20人。よくもまあ、こんなにも侵入されていたものだ。もう少し国境警備を念入りにしないといけないな。

 

牢屋の監視をしている看守に中にいる人を一カ所に集めて貰った。その時の反応は様々で、諦めて素直に従うもの、少しでもと力を振り絞って抵抗するもの、焦点のあっていない目で何かを見つめるもの。私はその中で、リーダー風の男の猿ぐつわを外すように命じた。

 

「さて、貴様がリーダーか?」

 

「……」

 

反抗的な目から察するに、情報を与えないよう黙っているという所だろう。それならばと、看守達に命令して、全ての人間を個室に分けさせた。そして、尋問するようにと命令する。

 

「お前は、仲間を信じているのか?」

 

「……」

 

「このくらいは答えたっていいだろう。私個人の見解としては、何人かは裏切りそうに見えたのだが。どう思う?」

 

「…言うわけがない。俺達は固い決意の元集まった同士だ。裏切りなんてあるわけがない」

 

その後、私も適当に尋問しながら一人、別の命令を出した看守を待つ。およそ10分ほど、その看守がやってきて耳打ちした。

 

「魔王様。ご命令の通り魔王城を一周しましたが、これでいったい何がしたかったのですか?」

 

どうやら、この看守はこんな変な命令を律儀に遂行してきたらしい。何も考えず指示に従ってくれる部下は部下として素晴らしいので、リースに給料アップを命じておこう。

 

「それは気にしなくていい。お前はまだ尋問を受けていない人間の尋問をしてこい」

 

「はっ!」

 

そうして去っていく看守を見送りながら、リーダー風の男の方に向き直った。

 

「さあ、裏切り者が一人出たな」

 

「っ!そんなわけがない!出鱈目を言うな!」

 

前回では殺してしまっていたため、尋問で吐くのかは分からなかった。しかし、前の世界の諜報部隊が得たこの人間の部隊に関する情報があるので、こういう手段を取ることが出来る。

 

「出鱈目かどうかは貴様に教えてもらおうと思ってな。商業都市トルサの自警団代表トーニックよ」

 

「な、何故それを…。そうか、吐いたのか…」

 

トーニックは全てを察したような表情になってうなだれる。

 

「ここでいいことを教えてやろう。ここで、正しい情報を吐けば全員処刑を無しにしてやる」

 

そういって、一枚の紙をトーニックの前に置いた。

 

「これは…」

 

「魔法契約書だ。そちらでも使われているだろう?商業都市なのだから知らないなんて事はないはずだ」

 

魔法契約書には契約書の内容を破ると死に至るというこれ以上なくシンプルな魔法がかかっている。ただ、死ぬときに走馬灯の代わりに地獄の苦しみを味わうと言われている。真偽は不明ではあるがだいたいが恐怖に染まった顔をして死ぬので正しいのだろう。

 

「腕の拘束を外してもらってもいいか?」

 

「ほう。いいだろう」

 

抵抗されても殺せばいいので許可を出す。

 

トーニックは契約書を隅々まで見て、そして、契約のため、血を一滴契約書に垂らした。

 

「契約成立だな」 

 

私も血を一滴契約書に垂らす。

 

「どこから話せばいい?」

 

トーニックは契約通りに話そうとしているが、私はそれを制止した。

 

「それは後でいい。それよりも、一つ。貴様はこの戦争を終わらせたいか?」

 

契約書には質問には答えるとあるので絶対に答えないといけない。だか、これについては差別主義者でもないかぎり、意見は一致するはずだ。

 

「…当然だ。これ以上被害を出したくない」

 

「ふむ。それは人類も魔族も等しく被害の中に入っているか?」

 

「当たり前だろう!戦争のおかげで利益は出ているが、魔族からの注文がなくなったのは一部産業において致命的なのだ!」

 

「そこまで聞ければ十分だ。後はそこで看守の質問に答えておけ」

 

「は?お前は看守じゃ…っておい!どこに行くんだよ!」

 

トーニックを置いて、私は出て行った。後は、勇者を連れていけば協力者になってくれるだろうと確信を持って、私は寝室に向かった。

 

≪勇者視点≫

夜の森を駆け抜ける馬車が不意に足を止めた。そして、護衛の騎士が外に出てきた。

 

「そこのやつ!何をしている!」

 

彼が声をかけたのは、馬車の前に立つ魔族の家族。

 

「お願いします。どうか、どうか食料を我等に恵んでください!」

 

「ん?魔族ではないか!そんな奴らの戯言に惑わされるな!どうせ襲撃者だ!殺せ!」

 

そうして、戦いが始まった。 

 

騎士は馬車に人を残しながら一人が突っ込み、魔法で援護する。それに対して、魔族は全員が魔法で迫って来る騎士を集中狙いする。

 

「小癪な!」

 

魔法を剣で掻き消しながら進もうとするが、魔法の数が多くて中々うまくいかない。そんな中、隠れていた子供の魔族が影から突っ込んでいる人間に向けて魔法を撃った。

 

「リュート!」

 

魔法を撃っていた騎士が、突っ込んでいる騎士の名前を叫ぶ。しかし、リュートと呼ばれた騎士はそれには気づけず、既に魔法は目前にまで迫っていた。

 

今だな。

 

俺は飛び出て、新聖剣を見せつけるように使い魔法を切った。

 

「な、なんだ!…もしや貴方は!?」

 

驚く騎士を見ながら、魔族の家族へと旧聖剣を振るう。新聖剣はまだ慣れていないからね。怪我をさせないのにはこれが一番だ。

 

旧聖剣は魔法を纏わせられる。風魔法を纏わせて、魔族を木の枝に引っ掛けるよう吹き飛ばした。ちゃんと膨大な光のエフェクトも忘れずに。

 

あの後、軽く言葉を交わして騎士の人達には村に行ってもらった。そして、木の枝に吊している魔族を回収する。

 

「おーい、大丈夫かー?」

 

「お願いします、どうか、どうか命だけは!勇者様!」

 

おや?騎士が言ってたこと覚えてたのかな?

 

「なんでここに来たの?」

 

「食料が無くなってしまって…。森に逃げてきました」

 

「ふーん。生きたい?」

 

「生きたいです!」

 

「何をしても?」

 

「はい!」

 

生きるためならなんでもしますって感じかぁー。これは…いいね。

 

「いいよ。じゃあちょっとだけ我慢してね!」

 

「へ?」

 

俺は、旧聖剣の中に魔族を閉じ込めた。

 

この聖剣にはアイテムボックスという機能がある。アイテムを聖剣の中に入れておけるっていう機能なのだが、進化するうちに弱い生き物なら入れられるようになってしまった。

 

これほんとに聖剣か?

 

 

 

 

 



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働き者の魔王様と勇者様

 

≪魔王視点≫

すやぁ

 

ばんっ!

 

「おはようございます魔王様!」

 

「喧しい!」

 

気持ち良く寝ているところに煩い奴が入ってきた。

 

「そろそろお仕事のお時間です。さっさと起きてください」

 

「うん…?まだ一時間前だろう!リース!朝早いのにも程があるぞ!」

 

「逆にお尋ねするのですが、寝惚けた頭でお仕事をするつもりですか?」

 

リースの正論パンチ!魔王は20のダメージを受けた!

 

 

 

朝食を済まし、執務室に入ると書類の山が築き上げられていた。うん。いつも通りだ。

 

「リース。これで最後か?」

 

「いえ、まだ内容確認前の書類が多数あります」

 

「…分かった。じゃあさっさと済ませろ」

 

「承知しました」

 

積み上げられた書類を見る。

 

天井近くまで積み上げられているのだが、これでもリースのおかげで少なくなっているのだ。

 

「やるか…」

 

二年前の内容なんて覚えているわけがない。でも、やらなければこの国は回らないので、仕方なく私は書類を手に取った。

 

 

 

十二時間後。

 

終わった…。ベッド、ベッドが恋しい。早く寝たい。

 

「魔王様。会食のご予定が入っています」

 

「は?いますぐ中止しろ!」

 

「出来ません。前回と違い、今回は人類との戦争の最前線の拠点となっている都市の権力者です。ここを蔑ろになされますと全体の指揮に悪影響が出ます」

 

…はぁ。  

 

勇者よ。済まない。私はしばらくそっちには行けなさそうだ。

 

 

≪勇者視点≫

魔族の家族を聖剣に閉じ込…保護した後、俺は馬車に乗って学園のある王都へと行った。

 

王都はこの国の中心なだけあってココサ村とは比べられないほど発展している。大通りには店が建ち並び、たくさんの人で賑わっていたので、昔は余りの雰囲気の違いに立ち尽くしたものだ。

 

「おや?勇者様は王都に来たことがあるのですか?」

 

「無いですけど…」

 

「そうですか。いやはや、王都に来たことが無いのにも関わらず、王都を見て驚かないとは。勇者様は肝が据わっておられるのですなぁ!ハッハッハ!」

 

あっ、成程。確かに田舎者が王都を見て驚かないなんて可笑しいか。

 

でもまあ、このおっさんが言ったように肝が据わってるって事でいっか!わざわざ昔の俺を演じる必要も無いだろうしね!

 

「えっと確か、すぐに聖剣の儀式でしたよね?」

 

「はい。その通りですぞ!しかし、勇者様もお疲れでしょう?どうしますか?予定通り今すぐ始めてもいいですし、明日でも構いませんよ!」

 

確か、前回はここでびびって明日にしたんだけど、今回はやりたい事もあるし、今日でいいだろう。

 

「おっ!ほんとに肝が据わってらっしゃる!ではでは、そうさせて貰いますね!」

 

 

 

「ここに、新たな勇者の誕生を宣言する!勇者よ!この聖剣と共に魔族から我等を守るのだ!」

 

王の宣言と共に、周囲の人々が立ち上がり、普段は厳粛な雰囲気の教会が歓声に包まれた。

 

聖剣を受け取り、教会を後にすると、さっきのおっさんが後からついて来た。

 

「勇者様、お疲れ様でした。ところで、この後はどうなさいますか?もしご予定が無いのでしたら、学園について教えてさせて頂こうと思っているのですが」

 

学園…。最後に通ったのは一年前だっけ?その後からすぐ戦場に出たからルールとか全部覚えているか不安だな。

 

「じゃあお願いします」

 

「よしきた!それではついて来てください!実際に見ながらご説明致しましょう!」

 

そうして俺は、おっさんの説明を受けることにした。

 

「それでは勇者様!ここが学園です!勇者様にはこれから一年間、この学園で戦い方を学んでもらいますぞ!」

 

おっさんは、一つの建物の前に降りると、それを指差した。

 

「こちらが基本的に勇者様がお学びになる校舎です!強くなるための施設は、全てこちらに揃っております!」

 

次に、その校舎の横に立っているマンション風の建物を指差す。

 

「そして、こちらが寮です!生活に必要な施設は全てここに揃っており、一人一人に部屋が与えられます!施設はこれで以上です!」

 

「成程…。ルールとかはありますか?」

 

「はい!校則の事ですね!それはもう単純!一つ。卒業まで、学園の敷地内から出ないこと!二つ。戦闘は校舎内の戦闘ルームのみ!それ以外での戦闘は禁止!」

 

「これにて、学園についてのご説明は以上となります!質問はありますか?」

 

「いや、いいです」

 

「そうですか!もし後からご不明な点ができましたら、誰でも良いので職員にお聞き下さい!寮は今日から入れますがどうなさいますか?もし入られなくても別の宿がありますが…」

 

「ほんとですか?ぜひお願いします!ちなみに、施設なんかも使えますよね?」

 

「ええ。ええ!入学式は明後日!私が伺いますので寮にてお待ち下さい!」

 

「はい。ありがとうございました」

 

さぁ!入学までに、やれることやってやるぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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冒険者の勇者様!

 

≪魔王視点≫

………仕事

 

 

≪勇者視点≫

さぁ!前はやれなかった事どんどんやってくぞー!

 

校則で学園に縛り付けられるせいで、学園では勉強と訓練漬け、外に出られるのは実習で戦場にだされる時だけ。でも、今は違う!【転移魔法】で自由に出られるのだ!

 

というわけで、外出時の変装用グッズをまず買おう。…金がねえ。まあ入学式までに手に入れられればいいから、今日稼ごう。そのためには、ここ、冒険者ギルドだ。

 

 

冒険者ギルドは世界中に溢れる人類と魔族の共通の敵、魔獣を対処する組織だ。魔獣は人も魔族も等しく襲い掛かるため、始めは人と魔族が手を取り合って作られた組織だったのだが、戦争によって分裂。今や人類のみ、魔族のみ、そして中立の三つに分かれてしまった。

 

そしてここは、当然の如く人類のみの冒険者ギルドである。

 

ちりんちりんと鈴がなるドアを開けると、中にいた数人の冒険者がこちらを一斉に見た。屈強な男が勢揃いでじっと見つめて来る。

 

俺はその視線を受けながら受付へと向かった。

 

「すいません。冒険者の登録をしたいんですけど」

 

「畏まりました。では、こちらをどうぞ。このくぼんでいるところに血を一滴、垂らしてください」

 

そうして渡された板はいわば冒険者という証明書である。血を垂らすことでこの銅板は俺を認識し、出てこいと念じれば、その時どこにあっても呼び出せる。また、俺が倒した魔獣の数によって色が変わり、それが冒険者のランクとなる。今は銅色だが、倒していく内に銀色、そして金色へと変化する。金色にまで行くと、人も魔族も尊敬の対象となるのだが、だいたいは銀でやめるか死ぬ。それほどまでに、この冒険者というのは危険なのだ。

 

「これにて登録は以上です。依頼を受けるときはそこの依頼ボードに貼ってある依頼の中から適当に選んで持ってきてください」

 

そうして俺が受付から離れると、俺をじっと見ていた冒険者達が立ち上がり、こっちに来た。

 

「おい兄ちゃん。ちょっといいか?」

 

ムッキムキのおじさんが低い声で話しかけてきた。

 

「はい?なんでしょう」

 

「あのなぁ。もし、依頼を受けるなら、俺達と一緒にいかねえか?」

 

それは、パーティーのお誘いだった。

 

「いや、申し訳ないのですが、今日は簡単な物を受けるだけなので…」

 

「ちょっと待て兄ちゃん!その様子だと初心者みたいだから教えてやるが、簡単な物なんてねぇ。どんな依頼にも死の危険性はあるんだ」

 

例えば…とおじさんは紙をちぎった。

 

「これを見ろ。薬草を取りに行くだけだが、この薬草は魔獣の生息する森に入らないといけねぇ。運が悪けりゃ囲まれてパクっ…となっちまう。一見簡単そうでも、万全の準備をしねえと死んじまうんだ。悪いことはねえ。一緒にいかねえか?」

 

このおじさん達はどうやら初心者である俺を気遣かってくれているらしい。俺は勇者だし、このおじさんよりは遥かに強いけど、冒険者としては完全な初心者だ。手伝って貰おう。

 

「分かりました。よろしくお願いします」

 

頭を下げた俺を見て、おじさん達はホッとしたような優しい顔を浮かべていた。

 

 

 

おじさん達に進められるがまま、依頼を受けて森へとやってきた。

 

「お前らぁ!警戒任せたぞぉ!」

 

あの誘ってきたおじさんはリーダーだったみたいで他のおじさん達に俺の周辺を守るように指示した。そして、そのリーダーおじさんは俺の横に着き、森について色々と教えてくれる。

 

魔獣の潜みやすい場所はどんなところか。薬草はどうやって見分けるのか。本当にたくさんの事を惜しみなく教えてくれる。

 

「あの、どうしてそんなにも詳しく教えてくれるのですか?」

 

「ん?ああ、この業界はな、入れ代わりが激しいんだ。ほんとに、朝いた奴が夜にはいなくなっているなんて当たり前だ。そのくらい、危険なんだ。でも、この仕事をする奴がいねえと魔獣にたくさんの人が殺されちまう。だからこそ、新人がすぐに死んじまう事が無いようにちゃんと教えてやってるんだよ」

 

何だこのイケおじ。かっこよすぎる。

 

「そうなんですね!ありがとうございます」

 

そうお礼を言った瞬間、周りのおじさんが険しい顔をした。

 

「おいリーダー!魔獣だ!多いぞ!」

 

「なに?この森は魔獣が少ないはずだが…。兄ちゃん、ちゃんと周り見とけよ」

 

そうしてすぐに、周囲の草ががさがさと揺れる。そして、大量の狼が飛び掛かってきた。

 

「全員!背中を他の奴に任せて正面の魔獣に集中しろ!絶対にここから離れるなよ!」

 

すぐにおじさん達は互いに背中を合わせて、剣を抜いた。

 

「魔法が使える奴はさっさと使っちまえ!少しでも数を減らすんだ!火は使うなよ!」

 

「【水魔法 ウォーターボール】」

 

おじさんの内の一人が水を生みだし、ぶつける。当たった狼は吹き飛び、木にたたき付けられる。

 

それからもおじさん達は魔法を撃ち、飛び掛かってくる狼を剣で切り落とし、少しずつ、だが安全に狼を倒していく。順調かと思えたその時、誰もが予想しなかった事が起きた。

 

「誰かたすけてえええ!」

 

子供の声。今、俺達はかなり森の奥深くまで入ってきている。それゆえに、森の外の声が聞こえるとは思えない。

 

「くっ!子供がいる!俺が助けに行く!」

 

「リーダー!?危ないぞ!」

 

リーダーおじさんは警告を無視して一人で声の方向へと飛び出す。そしてその横から、待ち構えていた狼が飛び出してきた。

 

「ぐっ!」

 

完全に隙をつかれ、横腹を少しえぐられる。そしてあふれた血がさらに狼を呼び寄せた。

 

行かないと、おじさんが死ぬ。

 

俺は旧聖剣を持って、おじさんに群がる魔獣へと突っ込んだ。

 

まず、一体の狼が俺に涎を垂らしながら飛びかかる。コースを予測し、通る場所へ旧聖剣を起き、なぞるように狼を両断する。

 

それを見て、今度は三体一気に飛びかかってくる。焦らず、旧聖剣で対処しようとしたとき、悪寒がした。

 

ばっと下がった途端、俺がさっきまでいた場所が大きくえぐれた。

 

「ちっ!魔法か!」

 

さらに飛んで来る魔法に近づく事ができなくなる。さらに、じりじりと忍び寄る狼が逃げ道を潰していく。

 

「でも、魔法はそっちだけのもんじゃねえんだよ!【雷魔法 ライトニング】」

 

紫電が木々の間を縫うように走り去り、魔法を撃っていた狼を丸焦げにした。即座に逃げ道を潰していた狼に旧聖剣を振るい、叩き切る。

 

休んでいる暇はない。まだおじさんの方にも狼はいるし、その奥の子供も助けなくてはならない。

 

「【雷魔法 ライトニング】」

 

さっきより威力を強めた紫電で直線上にいる全ての狼を一掃する。そうしてできた隙間に入り、横から狼を切り刻む。そうして、狼に囲まれて泣いている女の子と、おじさんを視界に入れることができた。

 

おじさんの方は木を背にしてなんとか持ちこたえているようだが、女の子の方は完全に囲まれている。俺はおじさんの方の狼に紫電を当ててから女の子の方に飛び込んだ。

 

「うえええええん!!たすけてえええ!っえ?」

 

囲い込んでいる狼を切り飛ばし、女の子を抱き寄せる。その間に大量の狼が逃げ道を塞いだ。

 

「だれ?」

 

「助けにきたぞ。もう大丈夫だ」

 

女の子を宥めている間に俺を脅威だと認識した狼が一斉に飛び掛かってくる。この場は開けていて、火を使っても引火する事はなさそうだ。

 

「【火魔法 ファイヤーボム】」

 

俺を中心に炎の爆発が発生し、近くにいた狼はすべて灰となった。

 

おじさんの方を見ると、ちょうど仲間によって助けられていた。怪我は負っているがそこまで酷そうでも無いし、多分大丈夫だろう。

 

「お兄ちゃんすごいね!バーンってかっこいい!」

 

涙が引っ込み、興奮した様子を見せる女の子とおじさん達で俺達は王都の冒険者ギルドへと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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かわいそうな魔王様と楽しそうな勇者様

 

≪魔王視点≫

べ、ベッド…

 

「今日は軍の訓練の視察が入っています」

 

 

≪勇者視点≫

冒険者ギルドに到着して、依頼達成の報酬を貰った後、俺はおじさん達に食堂で奢ってもらう事になった。

 

「兄ちゃん。助かったよ。ありがとうな」

 

「どういたしまして。ところで、この子はどうしますか?」

 

冒険者ギルドに帰る途中、この子に家を聞いたのだが、分からないと言っていたため、どうすることもできずここまでついて来ていた。

 

「このこじゃない!みゅー!」

 

「みゅーちゃんはどうしますか?」

 

「そーだなぁ。そういうの、ギルドじゃ対応してくれねえんだよなぁ。懇意の孤児院があるから、そこに連れていってみるか」

 

「分かりました」

 

「みゅーはおむらいす!」

 

「ハッハッハ。いいぞ。今日は怖かったもんな。好きなもん食べな」

 

「ありがとー!」

 

やっぱりこのおじさん親切過ぎないか?前の世界だと、多分死んでいたんだろうな。

 

「おい兄ちゃん?どうした?そんな辛気臭い顔して」

 

「いえ、何でもないですよ。みゅーちゃん。お家に帰れるといいね」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

「ここだ。この孤児院。たまに迷子の子供を探しに親が来たりするんだよ。おい!マール!」

 

「はーい。ってなんだ。カミルさんじゃないですか」

 

おじさんが孤児院の扉を叩くと女の人が中から出てきた。教会の服を纏っていて、大人びた雰囲気を醸し出している。この人がマールさんなんだろうけど、おじさんがカミルという名前だった事にもびっくりだ。

 

「おっ?また迷子かい?」

 

「そうなんだが…ちょっと耳貸してくれ」

 

カミルさんはマールさんの近くに行くと、俺達に聞こえないように事情を話した。まあ?俺には聞こえちゃうんですけどね!

 

「まあ迷子なんだけど…こいつ、森で魔獣に襲われてたんだよ。その様子だと親も来てねえんだろ?」

 

「まあそうですけど…あっ!なるほど、捨てられたか死んだかですね」

 

ほー。カミルさんはそこまで考えていたのか。流石だな~。

 

「ねー。なにはなしてるの~?」

 

「みゅーちゃんはこっちで遊んでよっか!」

 

近づきそうだったみゅーちゃんを抱き抱えて引き寄せる。喜ばせる方法なら昔練習したからね。親のいない子供なんてたくさん見てきたから、その子達のために…ね。

 

「ほらみゅーちゃん。【土魔法 クリエイトソイル】【風魔法 ウインドフライ】!」

 

土で作り上げた人形を風でいい感じのところに固定する。

 

「わぁー!おにんぎょうさんだー!」

 

みゅーちゃんが人形を捕まえようと追いかける。でも、人形はふらふらと揺れるのでなかなか捕まらない。

 

「まてー!」

 

みゅーちゃんは笑顔で追いかける。楽しんでくれてよかったよ。まだ遊びのストックは沢山あるから、滑っても大丈夫だけど、安心した。

 

そんなことをしていると、カミルさんとマールさんがやってきた。

 

「事情は分かりました。じゃあ、みゅーちゃんは一度、孤児院で預からせて頂きますね」

 

「はい。お願いします。あの、お金とかはいくら払えばいいですか?」

 

「代金は保護者が見つかればその方に払って頂きますので、今はいらないです」

 

「分かりました。みゅーちゃんをお願いしますね。みゅーちゃん!」

 

「みてみて!おにんぎょうさんつかまえた!」

 

みゅーちゃんは満面の笑みで人形を俺に見せびらかす。うーん、かわいい。

 

「お、すごいね。でね、みゅーちゃん。お兄ちゃんとはここでお別れなんだ。今日はマールさんと孤児院の子供達と一緒に過ごすんだ」

 

「…うぇ?」

 

こてっと首を傾げるみゅーちゃん。でも、俺は学園の寮に行くことが決まっているのでついて来ることはできない。

 

「じゃあみゅーちゃん?一緒にいこっか」

 

マールさんがみゅーちゃんに目線を合わせるように屈んで、手を出す。それをみゅーちゃんは…意外にも、ごねずに手を握った。

 

「おにいちゃん。あしたはきてくれる?」

 

「おお。来てやるぞ!」

 

「ほんと!?わかった、やくそくだよ!ゆびきり!」

 

みゅーちゃんが小指を出してくるので俺もそれに重ねてあげる。

 

「ゆーびきった!」

 

そうして、俺はみゅーちゃんと別れ、学園のおっさんの案内の元、寮に入った。

 

ふっかふかのベッドは俺をすぐに眠りに誘ってくれる。魔王はなんか来なかったので、そのまま眠りに入った。

 

 

 

 

 



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呪いのアイテムの性能は良い(偏見)

 

≪魔王視点≫

「り、リース。や、休みはいつなんだ…」

 

「えー、少々お待ち下さい」

 

ぺらぺらと手持ちの手帳をめくり続けるリース。10分ほど経過して、やっと手が止まった。

 

「半年後ですね」

 

 

≪勇者視点≫

朝、寮から出てきた俺は一度みゅーちゃんとお話した後、冒険者ギルドに向かった。

 

「あれ。カミルさんはいないんですか?」

 

「えーっと、ライガ様ですね。カミル様から伝言を預かっています」

 

そうして、手紙を一枚渡された。

 

『よお兄ちゃん!いや、ほんとはな。今日もギルドにいるつもりだったんだが、新しい初心者冒険者がいたんでよ。そっちの手助けをすることにしたんだ。兄ちゃんは俺より強いみたいだからな。気をつけて頑張れよ!』

 

わお。約束なんてしてなかったのに、ここまでしてくれるとは。カミルさんやっぱ聖人だよ。

 

「じゃあえっと…。この依頼でよろしくお願いします」

 

「分かりました。その地域の資料はあちらにありますので、必ず目を通してから、ご依頼をお受け下さい」

 

今回も森での仕事であるが、その前に雑貨屋等色々な店を見て回った。冒険者用の装備を買うためだ。

 

「ふんふんふーん」

 

なるべく性能良し、見た目悪しくらいの装備を見繕う。勇者としっかりと区別できれば、学園から抜け出してもばれずにいられるはずだ。いやマジで学園で校則破ったときのペナルティー怖いしね。

 

「なあ。そこのお兄さん?」

 

ふらふらと歩いていると、路地裏からヒョッコリと顔を出した怪しげな男に声をかけられた。

 

「うわっ。怪しい」

 

「クククッ。んなこと言うなよ、お兄さん。ところでこれ、買ってかねえか?」

 

男は、なんかやけにまがまがしいペンダントを投げてきた。受け取り、眺めてみたが、触っただけじゃ何も起こらない。

 

「ほー。いくら?効果は?」

 

「クククッ。そうですねぇ。10ゴールドくらいでどうです?効果は着けてみれば分かりますよ。お兄さんなら呪いとか関係ないでしょ?」

 

「そーだけど」

 

いかにも呪いありそうな言い方だなー。いや確かに効かないけどさー。

 

「いいや。安いし、貰ってくよら、ほいっ10ゴールド」

 

「まいどありぃ。それでは」

 

そういうと、男はふらっと消えた。

 

「逃げやがった。えー?一応被害出ないように森の入口辺りで着けてみるか」

 

 

 

森に着いたので、ペンダントを取り付けてみる。

 

「ぐっ…!」

 

ペンダントから暗い闇があふれ出てくる。それは首元に纏わり付き、ゆっくりと首を絞めはじめた。

 

「あ、ががが…ぐっ…」

 

震える手で聖剣を引っ張り出す。それを首元に当てて、唱える。

 

「【聖魔法 ディスペル】」

 

息苦しさが消え、闇が晴れた。

 

「くっそが!騙された!」

 

やっぱり呪いの装備だったよ。もうマジふざけんなよ。ぜってえあいつ許さねえからな。いやでも、一般人の手に渡らなかっただけ万々歳か。

 

「さてさて、効果はどんなも…え、なにこのチート」

 

引っかけられたから期待してなかったけど、効果やばい。魔力無限回復とかダメでしょ。いくらか想像も着かないんだけど。

 

魔力は魔法にも魔道具の使用にも必要だから、こんなもん誰でも欲しがる。いろんなところで使われている魔道具を使い放題となれば、えぐいくらい生活が楽になる。魔道具なければ手動になるしな。特に家事。

 

「いい買い物した!よかったよかった」

 

ウキウキ気分で、俺は魔獣退治に乗り出した。惜しみなく魔法が使えたから、狩り尽くす勢いでやっちゃって、カードはもう端っこが銀色になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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さあ!君も労働しよう!一日中ね!

 

≪魔王視点≫

あーおしごとたのしー。ワッハッハッ。

 

「魔王様。申し訳ありません!追加です!」

 

「え…」

 

 

≪勇者視点≫

朝、部屋でのんびりとお金を数えていると、扉がノックされた。

 

「勇者様。起きておられるでしょうか?入学式のお迎えに上がりました」

 

「あ、はーい」

 

扉を開けると、またあのおっさんがいた。

 

「それでは、こちらの学生証を首におかけ下さい!ご案内いたしましょう!」

 

おっさんの後をついていくと、個室に案内された。式と言うと、大掛かりなものを想像するが、学園は一人一人の入学時期がバラバラだ。いちいちそんなものはやっていられない。

 

そんな入学式はとても簡素で、書類を受け取り、学園長からのありがた~いお言葉(一分)を聞くだけである。とても呆気ない。ほんとに。

 

「お疲れ様です。勇者様。早速授業を受けましょう。授業はあちらの魔道具を操作すれば、その教室に転位できます!もし魔力が尽きているなら、あちらの地図に教室の位置が記されております!」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

「いえ!お礼を言われるような事ではありません!それでは、魔王討伐頑張って下さい!」

 

「はい!」

 

魔王は絶対倒すから、強くならないとね!

 

 

 

 

 

というわけで、二刀流を学びに剣術教室へと向かう。

 

「剣術っと!」

 

魔道具に表示されたボタンを押すと、視界が一瞬で切り替わる。剣術教室の扉を開けて、教室を見回すと、なぜかにこにこと微笑む教師が目に入った。

 

「ようこそ!勇者様!それでは模擬戦を始めましょう!」

 

「「「おおおおおおおおおおお!!!!!」」」

 

歓声を上げる生徒と思われる若い男女達。

 

これ、前もあったなぁ……。

 

 

 

 

「それでは、第三百五十八回目、始め!」

 

「やああああああああああ!!!!!」

 

盾を前に構え、距離を詰めてくる男子生徒。速度は遅いが、隙がなく、木刀じゃ手を出しづらい。

 

「でも、パワーがあれば関係ないっ!」

 

大きく振りかぶり男子生徒を横殴りにするように剣を振るう。即座に盾を合わせるが、力を流しきれず、吹き飛ばされた。

 

「うおおおおおおお!!!!!!」

 

歓声が上がり、吹き飛ばされた男子生徒の周りに人が集まる。

 

「そこまで!誰かそこの奴を保健室に連れていってやれー。はい次ーお前だ」

 

「はいっ!」

 

こ、これでやっと半分…。簡単に倒せる奴もいれば、普通に強い奴も紛れ込んでいるし、たまーに複数人で攻めてくるのもいるし、もうほんと疲れる。しかも休憩なしっていうね。前の俺はどうやって切り抜けたんだ…?

 

「オラアアアア!!!」

 

速度に任せて突っ込んでくる奴もいれば、

 

「……」

 

ガン待ちしてくる奴や、

 

「【火魔法 ファイヤーボム】」

 

魔法でチクチクと削り、ガン逃げする奴もいる。

 

多種多様な戦い方で強者に立ち向かえる。それは確かにいい経験となるだろう。でもさ…。俺の負担も考えてよ!聖剣なし、魔法なし、何なら木刀を装備のない場所に当てるのも禁止である。死ぬ可能性があるからね。ステータスあげすぎってのも考え物だね。

 

「はい次!」

 

「ちょ、休憩…」

 

「え、何ですか勇者様!聞こえませんなぁ!そんなことより、まだまだいますよ!」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

「ちなみにですが…。勇者様は既にこれまでの勇者様と同じくらい強いご様子!一週間に一回はこのような機会を取らせて貰いますぞ!実戦じゃ学べないことなんて星の数ほどありますからな!」

 

これが、あの、伝説の社畜?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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魔王様と勇者様の大事なお休み①

 

≪魔王視点≫

「魔王様。今日はどうなさいますか?」

 

朝食を済ませて執務室に向かおうとすると、リースに奇妙な事を聞かれた。

 

「どうもなにも、仕事だろう」

 

なに言ってんだこいつ感を全力で醸し出しながら言うと、盛大にため息を吐かれた。

 

「今日はお休みですよ?」

 

お休み?なにそれ?え?

 

「あの、知らない言葉を聞いたような反応しないでください。言ってたでしょう?二ヶ月後が休みだと」

 

……。

 

……………。

 

「よ」

 

「よ?」

 

「ヨッシャアアアアア!!!」

 

「魔王様!?」

 

私は全力で自室へと戻りベッドに飛び込もうとして……止まった。

 

「あれ?私はせっかくの休みになにを…?」

 

この忙しさはなんなの?それは戦争のせい。で、あるならば、こんな時に普段できない事をしてこの戦争の終わりを加速させるべきなのでは?

 

いやでも、せっかくの休みなのに働くなんて…。

 

扉を開いて、待機しているリースの肩を持つ。

 

「リース」

 

「魔王様?どうなさったのですか?」

 

「リース!少し聞きたい事があるのだが、よいか?」

 

「なんなりと」

 

「お前は、どこまで知っている?」

 

「…魔王様が時折勇者を監視していること。夜、仕事が終わると勇者と会っていること。後は…捕らえた人間や魔族によって戦いを演じる組織を作っている事ですかね」

 

え、一つ目と二つ目はともかくとして、最後はいつ漏れた?まだなんの活動もしていないはず。いや、落ち着け、ばれたとしても組織は勇者と私で分けている。どうなっても壊滅はしない。

 

「あ、後その組織は人間側にもあることですね。他はー、いえ、以上です」

 

……。

 

「それについてなにか思うところは?」

 

「ありません。魔王様の意思に従うまでです」

 

「そうか…。なら、私がこの戦争の解決を望んでいることは分かるだろう。確か、お前は妹がいたな?」

 

「メルの事でしょうか。現在魔王城へ就職するために勉学に励んでおります」

 

なるほど、確か前の世界ではリースの後釜となっていたな。

 

「連れて来い。仕事を与える」

 

「承知しました」

 

 

≪勇者視点≫

あれから二ヶ月くらい経って、今日はなんとなんと休みの日なのだ。

 

この鬼畜学園にはちゃんと休みがある。一ヶ月に一回はある二日間に及ぶ休暇の他に、なんと申請すればいつでも休みを取れるのだ。10日だけ。ちなみに休みの時は学園の生徒とは見なされないので校則は適用されない。施設も使えない。

 

そんな貴重な休みを今日使ったのは他でもない。魔王から長い話があると言われたからだ。…夜に。

 

はい、うそでーす。ほんとは昨日交流授業かなんかでいつもとは三倍もの人数と戦わされたからでーす。ふざけないでくださーい。なにが時間ないから100対1なんですかー?俺は世界の敵かなんかですか?

 

「ライガー!!!」

 

寮の扉が勢いよく開けられて、リュアが入ってきた。

 

リュアは、最近この学園に入学した。少し前の誕生日で聖女とか言うどう考えても不釣り合いな職業を神から告げられたのだ。やはり、これからを考えてもリュアが聖女なのは疑問を感じざるを得ない。

 

「ねえねえライガ!早く食堂行こうよ!」

 

「いや、俺今日休みだから食堂使えないよ。お前は授業だろ。頑張れ」

 

「いやー!!頭痛くなるぅ~」

 

体を丸めていやいやとだだをこねるリュアの耳元で、呟く。

 

「じゃ、ペナルティー受けないといけないね」

 

「あっ」

 

一瞬リュアの表情が消えたが、すぐに立ち上がり、俺の部屋を出て行った。

 

「はぁ~。昨日はほんとに疲れた。時間はあるし、みゅーちゃんと話したら寝るか」

 

一度冒険者用の服に着替えて、みゅーちゃんと軽く話した後、俺はすぐにベッドに向かった。昼から寝るなんて、ほんと、いつぶりだろうなぁ。

 

 

 

 



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魔王様と勇者様の大事なお休み②

 

夜、魔王城に二人の人間と三人の魔族が集められた。

 

「…えー。言われるがままに来たのはいいんだが…、これは?」

 

勇者の視線の先には姉妹であろう二人の魔族と、ベッドの上でパジャマ姿で爆睡する聖女がいる。

 

「私がばれたので、これを機に大きく動こうと思う」

 

「いやでも、リュアにはなにも言ってないんだけど…。しかも覚えているだろ?こいつ、普通に魔族殺せるぞ」

 

「ひっ!」

 

小さい方の魔族が軽く飛び跳ねる。

 

「その時は私か勇者が止めればいいだろう。というか、枕元に立って結構強引に連れてきたのに起きていないのはなんなんだ?」

 

「いや、学園結構きついから。この前なんて100対1させられたんだぜ…?ふへ、ふへへへへへ」

 

「え」

 

なぜか顔を真っ青にする小さい方の魔族。

 

「そ、そうか…。しかし、それは勇者だからだろう?安心するといい。メルよ」

 

そんなやり取りに、勇者は首を傾げている。聖女は寝ている。

 

「…勇者よ。食事はとったか?」

 

「ん、ああ。つっても四時間前くらいだけどな」

 

「そうか。ではそこの奴が起きるまでなにかつまむとしよう。そうだな…。少し待っていてくれ」

 

「いや、ちょっ」

 

魔王が立ち上がり、部屋を出ていく。

 

部屋には、勇者と聖女と魔王の側近1と2が取り残された。爆睡聖女はともかく、勇者も魔族姉妹も警戒をしないわけにはいかず、かといって協力するということだけはわかっているので黙るのも気まずいと言うことで、勇者が会話の口火を切った。

 

「俺は勇者。勇者ライガだ。よろしく」

 

しばしの沈黙の後、大きい方の魔族が立ち上がる。

 

「私はリースと申します。魔王様の側近をやらせて頂いているものです。…メル」

 

「ひゃいっ!え、えっと、リースの妹のメルと申しますす!よろしくおにゃがいします!」

 

「お、おう。別にとったりくったりしないから力抜け?な?」

 

「ひゃいっ!」

 

自己紹介が終わり、部屋が沈黙で包まれるも、魔王が帰ってくる様子はない。沈黙に耐え兼ねて、今度はメルが話しはじめる。

 

「え、えっと。勇者様は学園に行かれておられるのですよね。学園について教えてください!」

 

「お、おう。あー魔族側にあるかは知らないけど、簡単に言うと兵士育成施設だよ。戦争で、魔族に勝つためにいろいろな事を教えられるんだ。もし似たようなのがあるなら、人類に勝つためとかになるんだろうな」

 

「た、たいへんですか…?」

 

「そりゃ大変だけど…というかそんな事聞い「いぎゃあああああああああああああ」リュア!?」

 

メルと話していると、突如寝ていたリュアが絶叫をあげた。目をかっぴらいたかと思えば、すぐに倒れるようにベッドに戻り、苦しそうな顔をして唸っている。その横にはリースが立っていて、右手から紫色の光を出し、リュアの頭に当てている。

 

「何をしている!」

 

少し色が暗い聖剣を構えて、リュアとリースの間に勇者が割り込む。勇者が放出した殺意にメルは怯え、リースは涼しい顔で受け流し、口を開いた。

 

「別になにもしていませんよ。ただただ悪夢を見せただけです。こうすれば起きるでしょう」

 

「もっとあっただろう!揺さぶって起こすとか!というか、せめて俺には言え!」

 

リースと勇者の視線がぶつかり、いつちぎれてもおかしくない緊張の糸が張り詰める。そんな中、呑気な声が部屋に響く。

 

「ん~?らいがぁ?おはよ~おやすみぃ~zzz」

 

「「寝るな!」」

 

「うぇっ」

 

突然の大声に涙目になるメル。

 

「同じ事を言うな!そもそもお前は魔王の側近だろ!独断で動いてんじゃねえ!」

 

「勇者が仲間の管理をしっかりとしていないのが悪いのでしょう?というか、なんですぐに起こさないのですか?わざわざ魔王様に気を遣わせて。ふざけているのですか?」

 

ぎゃいぎゃいと言い合いをする魔王の側近と勇者二人。

 

「済まない。時間は少しかかってしまったが、これならメルも食べられるだろう」

 

選びに選び抜いたお菓子を持って戻ってきた魔王。

 

リースと勇者を止め、メルをお菓子でなだめ、起きたら起きたで騒ぎ暴れるリュアを椅子に拘束した時には全員が疲れきっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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魔王様と勇者様の大事なお休み③

なんていうか…ごめん。忙しかったの


 

「 …はぁ。それでは、やっと落ち着いたから始めよう」

 

魔王の疲れを滲ませたため息に勇者とリースは肩を小さくする。どちらも、やり過ぎたという自覚はあるらしい。ちなみにリュアは特に気にしている様子はない。

 

「まずは一つ目。そこのメルを学園に通わせようと思う」

 

「…どうやって入学するんだ?確かに肌色以外は人と変わらないとしても、顔を隠すのは無理だろ」

 

魔王はどこからかペンダントの様な物を取り出し、メルにつけさせるとメルの肌がぱっと肌色になった。

 

「なっ…」

 

「こういう魔道具を使えばどうとでもなる」

 

長年の戦争でこういった変装道具は魔族も人類も作りつづけている。肌の色以外で区別出来ないため、見た目を変えられればそれでいいのだ。

 

「そして、メルが学園に通うにあたって、頼みたい事がある」

 

「ん?なんだ?」

 

「メルは生粋の魔族至上主義の奴らに育てられている。だから人と関わるサポートをしてやってくれ」

 

「…?…分かった、けど」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

メルが前に出てきて、勇者にぺこりとお辞儀する。

 

「なあ魔王。やっぱりこいつほんとに魔族至上主義なのか?めちゃくちゃ礼儀正しいぞ?」

 

さっきから敬語は使うしこうやって容赦なく頭を下げられる。どうしても、見たことのある差別主義者の態度とは思えないメルに勇者は疑問を覚える。

 

「それは、魔族の教育界隈では単体で国の軍隊とやり合える魔王と勇者を同じ枠組みに入れるのはあきらかにおかしいという考えが最近広まっていてな。人と魔族と勇者と魔王で分けるべきだ!と思われているのだ。メルもそう教えられているからな、人と勇者が別物だという考えが染み付いているから、敬意を払う事も出来るのだ。まあ勇者はなによりも強大なる敵、魔王は尊敬すべき偉大なお方と言われているそうだがな」

 

「へぇ、まあそうか、こっちでも魔王は強大なる敵って感じだしな。というか、それならこの子が人の前だとどうなるのか気になるな…」

 

「少しイラッとしただけで命令を忘れて暴れるかも知れないからな。ちゃんと止めてやってくれ」

 

「あいよ。じゃあ他は?」

 

「あの組織の事だ。その進捗を確認しようと思ってな」

 

「魔王様。その組織というものの説明をして頂けませんか?」

 

「あっ!私も知りたい!」

 

それまで沈黙していたリースとリュアが声をあげた。

 

「まず、この組織の目標は戦争を終わらせること。それだけだ。基本的に戦争で不利益を受けている者達を人類も魔族も関係なく助け、人員を増やしている最中だ」

 

「あの、魔王様。経費は…」

 

「問題ない。私と勇者のポケットマネーだ」

 

「え、ライガ。なんでお金持ってるの?」

 

「実はこっそり夜に冒険者として働いているからね。その収入かな」

 

りはホッとしたような顔をして、リュアは秘密にされていたことにむーっと腹を立てている。

 

「じゃあ話を戻すけど、進捗と言っても俺に聞くより、トーニックに聞いた方がいいだろ。俺、あいつに全部丸投げしてるし」

 

トーニックとは魔王に捕らえられた人類のリーダーであり、あの尋問からしばらくたっての話し合いの時に、勇者に引き渡された。学園で忙しいからとその組織については丸投げして、お金だけ渡しているのが現状だ。

 

「そうか。こちらはちょっと最近魔獣に町が襲われてな。大量の孤児が出たため全員引き取った。正直使い道は限られているが、ちょっとした手当とか、炊き出しの仕方を教えている最中だ」

 

「ん…?」

 

勇者は一度席を立ち魔王に耳打ちする。

 

「予測出来なかったのか?」

 

「正直記憶が曖昧だが、この時期にそんなことはなかったはずだ。勇者の冒険者業など、違うところはいくらでもある。その中の一つが影響したのだろう」

 

「なるほどね。学園にずっといる俺よりも魔王の方がその影響は受けそうだな。気をつけろよ」

 

「言われなくても、分かっている」

 

小声でひそひそ話をして、勇者が元の席に戻ると、魔王が備え付けられている時計を見て立ち上がった。

 

「勇者よ、すまないがそろそろ私は寝なくてはならん。明日の業務に支障が出るからな」

 

既に時計はいつもの就寝時刻をゆうに超えていた。魔王は基本的に書類と睨めっこしており、眠気は最大の敵となる。

 

「む。そうだな。俺はともかく、リュアは寝ないとな。そうだ、魔王。いつから本格的に動き始めるんだ?」

 

「貴様が戦場に出始める頃だ。後10か月、互いに力を尽くそう。私も貴様も協力者が増えるのだからな」

 

魔王はリース、メル、リュアを見渡して、そう言った。

 

「おう。じゃあな【転移 学園】」

 

リュアを連れて勇者は消え、会議は終わった。

 

 



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魔王様と勇者様の価値観

 

≪魔王視点≫

翌日、執務室で積み上げられた仕事をみて溜息をついているとリースに呼び止められた。

 

「魔王様。少しお聞きしたい事がるのですが」

 

「なんだ?珍しいな」

 

「えー。戦争についてはどのような方針で進めていくのでしょうか?これまで、勝つための動きを重視していたような気がするのですが」

 

リースが疑問に思うのも当然で、これまで私は過去を思い出しながら、悪い手を避け、良い成果をあげた指示ばかりしていた。お陰で以前よりかは優勢となっている。

 

「確かに、私の目的は戦争を終わらせることだ。しかし、それは魔族の為だ。人類なんてどうでもいいとまではいかなくても、私にとっては優先度は低い。故に、私は勇者との作戦が開始できるまでは、魔族の犠牲が少なくなるようにしている」

 

「畏まりました。それでは、どちらかというと守備を重視すると?」

 

当然攻めるよりかは守る方が被害が少ない。だからこその意見だろう。

 

「そうだな。そうしていくつもりだ。その方が人類の被害も少なく、魔族と人類の関係改善に繋がるかも知れないからな」

 

「では、最後に。もし圧倒的に有利な状況になり、攻めれば滅ぼせるという状況であれば、どうなさいますか?」

 

いつになく真剣な顔で、リースは言う。

 

「…攻めない」

 

「承知しました。お時間をとらせてしまい申し訳ありません。私はこれにて失礼します」

 

リースが出て行ったのを確認してから、私は書類に手を付けた。

 

 

≪勇者視点≫

「おいリュア。寝るなよ」 

 

「う~。でも~」

 

あの後あんまり眠れなかったのか、目を擦りながらリュアは教室へと移動する。

 

「今日は、俺はまた二刀流かな」

 

「私は打撃武器のやつだよ~。またね~!」

 

ぱっと消えたリュアを見送ってから俺も教室へと向かった。

 

 

 

 

「おはよう」

 

「やあおはよう」

 

教室の扉を開けると、先に教室へと来ていたニアとレイトが挨拶をしてきた。

 

二ヶ月も経てば、一人や二人は友達も出来ると言うもので、ニアとレイトは同じく二刀流を学ぶ仲間だ。二人とも剣の扱いは上手いが、レイトは特に上手い。レイトよりも圧倒的に高い身体能力を最大限活かしても、技術でいなされてしまう程だ。

 

「おはよう。レイト!今日は負けないからな!」

 

「ふふ。いいよ。全力で相手をしよう」

 

「待って。私が先。ライガ、倒す」

 

「っしゃあこいやぁ!」

 

いつものやり取りを終えて、先生を待つ。

 

数分経って、先生が血相を変えて扉を開けた。

 

「済まない皆!今月の実戦は私達のクラスが担当になってしまった!」

 

クラスが、ざわついた。

 



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魔王様と勇者様の価値観②

今日から頑張って毎日あげます(一段落ついたので)おまたせしてすいませんm(_ _)m


 

≪魔王視点≫

「これは…」

 

積み上げられた書類の一つが目に止まった。

 

内容は戦場にどの部隊を送るかという物であり、本来なら特別気にするような事ではない。しかし、それは違った。私は、それを覚えていた。

 

簡潔に言うと、この戦場では両部隊が壊滅した。初めは、かなり魔族側が押していたのだが、学園の生徒が参戦すると一気に押し返され、最後には魔族側の自爆魔法によって、全員死んだ。

 

生き残った魔族からの報告では、やけに強い学園の生徒と思われる人物が一人いたらしくその人物に殆どがやられたようだ。後からしてみれば、ここでその化け物と言えるような生徒を倒せたのはよかった。しかし、こちらも手痛い痛手を負ったのだ。

 

「どうするか…」

 

放っておけば、その人物はどこまでの戦力となるのか分からない。おそらく、これ以上ないくらいの不安要素となるはずだ。しかし、ここで犠牲が出ると分かっているのに軍を出すというのも気が引ける。

 

「…よし。リース。少しいいか?」

 

 

≪勇者視点≫

実戦は、学園の生徒が戦争に駆り出される事を言う。目的は戦場に慣れるというものだが、兵士の一人として扱われるので普通に死ぬ。それに、経験が足りないまま戦場に放り込まれるので他の兵士より死にやすい。一応、これをくぐり抜けた生徒は確かに強くなる。実力が大幅アップ!と、なるわけではないが判断やメンタルと言った様々な分野で成長が見られるのだ。とはいえ、死にたい人なんてこの学園にはいないので、最も嫌われている制度だ。

 

それが、二刀流のクラスに回って来たのである。

 

「本当にすまないが、いますぐ用意をしてくれ。明日の早朝出発だ。逃げようとしているものもいるかもしれないが、もう無理だ。どこにいても発見され、転移でここに集合させられる。だから、諦めて遺書とか諸々の準備をするように」

 

そんな、絶望的な事を教師は伝えると、教室を出て行った。

 

それを確認すると、ニアとレイトがこちらへとよって来た。

 

「大変な事に、なった」

 

「そうだね。これは、気合いを入れていかないとね」

 

「おう。じゃあ俺はちょっと準備してくるわ」

 

そう言って二人から離れ、部屋に戻り考えた。

 

「魔族を、殺すのか…」

 

参加は絶対であり、俺は勇者として、人類の希望として、活躍をしないといけない。でもそれは、友好への道を遠ざけてしまうのではないだろうか。

 

そして、今回の実戦で分かっていることが一つある。

 

何もしなければ、おそらくレイトは死ぬ。

 

初めからおかしいとは思っていたのだ。なぜ、俺よりも剣の使い方が上手いレイトを俺が知らなかったのか。こんなにも強いのなら知らないわけが無いはず。それはなぜか。簡単だ。俺が戦場に出る頃には、こいつはとっくに死んでいたのだ。

 

確か、この時期の学園にそんな話があった気がする。英雄が、魔族の将軍の一人を倒したとかなんとか。それが、レイトなのだろう。

 

多分、俺がやれば、レイトが死なない未来へと導ける。それは、本当に正しいのだろうか?

 

「…よし」

 

二本の聖剣を腰に下げて、俺は立ち上がった。

 



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二回目の最初の戦い

 

「点呼!」

 

「一!」

 

「二!」

 

学園の制服を着た若者が大声で点呼をあげている。生徒たちの表情はどれも険しく、恐怖をなんとか大声で誤魔化そうとしているようにも見える。

 

そんな生徒達の中で、一際目立つ存在がいた。

 

戦場に向かうと言うのに、やけに目立つ白い鎧を身に纏い、白く輝く剣を頭に掲げている。

 

「行くぞ!お前達には俺がついている!俺は!この聖剣に誓って!絶対に勝利してみせよう!」

 

勇者の声を聞き、恐怖にうちひしがれていた物達の目に光が灯る。立ち上がり、前を向いて、周囲の人に混ざり、歓声を上げはじめた。

 

しかし、ここは戦場である。

 

「【雷魔法 ライトニング】!」

 

勇者が突如空に向かって雷を解き放つ。そして、空中に突然現れた岩を粉々に砕いた。

 

パラパラと当たっても痛くないほどに小さな破片が降り注ぐ様子をみて、学園の生徒達は固まる。

 

「さあ!覚悟を決めろ!絶対に生きて帰るんだ!」

 

「「「う、うおおおおおおお!!!!!!」」」

 

百人にも満たない、練度の足りていない新兵が、勇者を先頭に、戦場へと放り込まれた。

 

 

 

多くの血が流れる戦場で、生徒たちは獅子奮迅の活躍を見せていた。

 

勇者が率先して敵を狩っているというのもあるが、なによりも大きいのは何度も繰り返した勇者との模擬戦だ。彼等は、強者との戦いに慣れていた。敵である魔族は、勇者よりも弱い。それは事実であり、生徒たちに勇気を与えた。

 

絶対に孤立せず、味方と死角をカバーしあうことで死なない事を優先する。しびれを切らした魔族を誘い込み、一気に叩く。

 

その動きは、これ以上ないくらいに完成されていた。安定した戦いを続け、徐々に戦況は人類側が有利に傾いていた。

 

 

 

そんな中、一人のローブを着た男が突如空に現れた。

 

音もなく、魔力の乱れも感じさせない転移に、気づけるものは誰もいない。たった一人、勇者を除いて。

 

「全員!退避ー!!!!」

 

「【炎魔法 煉獄】」

 

業火が、戦場を包み込んだ。それは、中にいる生物をすべて焼き付くさんと徐々に狭まっていく。中には魔族も人類もいて、このままではどちらも仲良く灰となり、肥料の一つとなるにちがいない。

 

「誰だお前!」

 

勇者が空中に浮かぶ男に向けて声を荒げた。しかし、男はなにも話さず、さらに空中に様々な色の球を出現させた。素人目にみても、一つ一つが人を跡形もなく消し去るほどの力を持っている事が分かる。

 

勇者は対話が出来なさそうだと諦め、聖剣を構えて、目を閉じた。

 

そんな勇者に向けて、大量の球が向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 



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二回目の最初の戦い②

 

二本の聖剣を淀みなく走らせる。

 

時間差で飛んで来た球も、同時に迫って来ていた球も、すべてが消失した。

 

「これが…勇者…」

 

魔族も、人類も、圧倒的な力を目の当たりにして、戦闘中という事すら忘れてしまっていた。ただただ、次元の違う戦いを眺めていることしかできなかった。

 

ありえない速度で交わされる魔法と剣の押収。気づいたときには、周囲を囲っていた炎は消え去り、誰もいない土地は跡形もない程に荒らされてしまっていた。

 

そんな中、突如として謎の男が止まった。数え切れないほどの魔法を撃つのをやめ、勇者を静かに見つめている。

 

「なんだ?」

 

勇者は、その様子に不信感を抱き、立ち止まって聖剣を構え直し、警戒する。すると、男は手を上に向けた。

 

「【炎魔法 ファイヤーボム】」

 

空が、爆発する。誰もが言葉を失うほどの威力で、太陽が落ちて来たかのようだ。そうして、そんな魔法を使った男は、消えた。

 

「ここは任せたぞ!」

 

勇者は即座に転移魔法だと判断し、追いかけるように転移する。勇者だけが、謎の男から目を逸らさなかったのだ。それゆえに、どこへ行ったのかなんて丸わかりだ。そしてそれは、勇者、いや、ライガにとって、なによりも阻止したい場所であった。

 

「【転移 ココサ村】!」

 

 

 

ココサ村に辿り着くと、待っていたかのように謎の男が手を広げた。フードに手をかけて、勇者に明るい声をかける。

 

「また会ったな。勇者よ」

 

「…は?魔王?」

 

フードの下には、世界一憎らしい協力者の顔があった。

 

「フン!」

 

「は?危ないだろ!」

 

勇者のさりげなく殺意を込めた聖剣を、魔王は必死に魔剣で受け止めた。

 

「友達の生死がかかってんだよ殺すぞ!」

 

勇者にとっては、一分一秒が惜しく、どうにかしてニアとレイトを守りに行きたかったのだ。そこを邪魔されたわけだから、軽くキレている。

 

「それを言うなら、貴様のせいで魔族側の犠牲者も増えるのだ。退かすことはなんらおかしくないだろう」

 

魔王にとっても、予想していなかった勇者参戦に予定変更を余儀なくされたので邪魔されたような物である。

 

「チッ!じゃあ俺もう戻るから。じゃあな【転移 】」

 

「ならこの村を滅ぼすぞ?」

 

詠唱をやめ、勇者は、じっとりとした目で魔王を見つめる。そして、聖剣をとんとんと、魔王に見せつけるように叩いて、言った。

 

「なら、ここに入れてる捕虜はどうなるかな?」

 

「は?」

 

「ここに、さっきの戦場で俺の手によって退場させられた魔族がギッシリと詰まっているんだよ。お前はなんだ?王ともあろう男が国民を見捨てるのか?」

 

「…なんでそんなことをしているんだ?」

 

「決まっているだろ。人が死なないからだよ」

 

勇者は、戦場へ出るにあたって、どうすれば後に垣根が残らないか考えていた。そうして、思いついたのがこの方法だ。

 

聖剣には、物を入れられる力がある。特に、勇者とともに戦い抜いた旧聖剣は魔族を倒しレベルが上がり、勇者より圧倒的に弱い生き物に限るが、生き物ですら入れることができる。ちなみに以前入った魔族の家族によると、なにも覚えていないらしい。というか、聖剣に吸い込まれたかと思ったら、次の瞬間には遠く離れた場所で外に出されていたらしい。

 

というわけで、今回はすべての魔族を倒すふりをして、収容しているのだ。流石に、学園や他の生徒が殺そうとしているのには割り込めないが、それでも大多数の魔族がここに入っている。

 

「分かった。それでは、一度話し合うとしようか」

 

「…そうだな」

 

魔王と勇者は、間をとって話し合いをすることにした。

 

 

 

 

 

 

 



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二回目の最初の戦い③

 

「先に言っておくが、俺は退こうにも退けないんだよ。もしここで退いたら、逃げたと思われて信頼が地に落ちる」

 

勇者は事前に兵士の前以外でも、国民の前で演説をさせられている。国王によると、戦争へ協力的にさせるためらしい。そんな思惑のもと、繰り広げられた演説に対し、熱狂的に声を上げていた国民は、逃げることを許さないだろう。

 

「分かっている。私は仕事を抜け出して正体を隠しているから、最終的にはそちら側の勝利で終わらせてやる。ただし魔族の保護は絶対だ。少しでも犠牲者を少なくしてくれ」

 

魔王は、それに加えて魔道具もりもりで外からじゃ魔力すら分からないまでに変装している。襲撃したときも、魔族人類関係なしに囲ったので、魔族からしたらこの謎の男が魔王とは思わないだろう。

 

「はいよ」

 

勇者にとっても、それは初めから決めていた事だっので同意するのは容易いことだ。

 

「待て。それともう一つ」

 

「あ?」

 

立ち上がろうとした勇者に対して、魔王は引き止める。

 

「レイトという人間を、殺すか、こちら側へと引き寄せてほしい。もし出来なければ、私が殺しに行く」

 

その言葉を聞いて、せっかく緩み始めた空気が、再びピリッと引き締まる。

 

「…どういうことだ?」

 

「あの男は、一人で小隊を壊滅させるほどの化け物だ。味方であれば心強いだろうが、敵であれば厄介この上ない。味方とならないなら、敵となる前に殺すというだけだ」

 

沈黙が、辺りを支配した。互いに睨み合う時間が続く。

 

やがて、勇者が沈黙を破った。

 

「味方には引き入れる。もともとそのつもりだ。でも、失敗しても殺させない。その場合、俺は絶対抵抗するからな」

 

そういうと、勇者は一方的に転移で戻った。

 

「まあ、味方となることを祈るとしよう」

 

魔王もフードを深く被り直し、戦場に戻った。

 

 

そして、勇者と魔王は変わり果てた戦場を目にして絶句することになる。

 

魔族と人の殺し合いの舞台。本来あるはずの血にまみれた戦闘はなくなり、そこに立つものは誰もおらず、後に残るのは所々肉を食いちぎられた死体だけだった。人も魔族も誰が死んでいるのかすら判断できない。ただ一つ言えるのは、明らかに死体の数と総兵力があっていない。それ故に、何人かは無事逃げられた事と祈るばかりだ。

 

「おい、魔王」

 

「分かっている」

 

地面をよく見ると、何かの集団が駆け抜けた後がついている。ちりばめられた足跡は様々で、これは一つの事実を示していた。

 

魔王と勇者は、足跡が示す森へと走り出した。

 

 

 

 



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イレギュラー

 

木々の隙間から差し込む僅かな光を当てにして、勇者と魔王は鬱蒼とした森を駆け回った。足場が悪いとか、木が多いとか、彼等には障害にすらならず、ここら一帯が住家であるはずの彼等を追い詰めるのに、さほど時間はかからなかった。崖に追い詰められた魔獣は、勇者と魔王の圧から逃れられず、震えるばかりだ。

 

「…妙だな」

 

「そうだな。余りにも数が少ない。この程度の数の魔獣に、あの場にいたもの達があんなにもやられるとは思えない」

 

ただでさえ戦場に残っていた死体は、人類魔族両軍を合わせた数の半分ほどだった。しかし、ここにいる魔獣はさらにその半分ほど。本来なら、有り得ないはずだった。

 

「もしかすると、魔獣が来ていても戦い続けてたのか?」

 

「それは…。いや、ともかく、この害獣共を始末しよう」

 

「そうだな」

 

難しい事は後回しにと魔王と勇者は魔獣を始末するため、魔法を構えた。そして────いざ魔法が放たれようとした瞬間、勇者の耳に聞こえるはずのない声が聞こえた。

 

「おにいちゃん!なにしてるの?」

 

その声は、魔王と勇者より前方…まさに、魔獣の群れの中から聞こえて来る。

 

「もー!どいてっ!」

 

幼さの残る可愛らしい声を張り上げると、水を割るように魔物の群れが端へ寄り、そして、その姿が明らかになった。

 

「みゅー、ちゃん」

 

「えへへ!おにいちゃん!撫でて~!!」

 

勇者は訳が分からないというようにぼーっとする。そんな勇者に向けて、みゅーちゃんは笑顔になり、小走りで勇者に飛びついた。

 

「とまれっ!」

 

それを、自身の魔剣を割り込ませ、魔王が妨げた。

 

「貴様はなんだっ!何物だ!」

 

死の気配は感じないが、腹の底から沸き上がる『嫌な予感』が魔王を襲う。

 

「んー?みゅー?みゅーはね」

 

そうして、一度目を閉じて一拍置いてから、黒かった目を真っ赤に染め上げて、みゅーちゃんは妖しく笑う。

 

「みゅーは世界で唯一の『人の魔獣』であり、世界の魔獣のクイーンだよ!」

 

「人の、魔獣…」

 

「魔獣のクイーン…」

 

勇者と魔王は、呆然と聞いた内容を繰り返す。

 

「あっ!そうだ!魔獣さん達を帰さないと!」

 

手を口に当てながら、魔獣のお尻を叩いて解散させる。そんな様子をぼーっと眺めていると、魔王ははっと気が付き、貯めていた魔法をぶっ放した。

 

「あっぶな~い!」

 

それを、みゅーちゃんはこちらを見ることなく、打ち消した。

 

「バイバ~イ!」

 

そして、何もなかったかのように、魔獣の見送りを再開する。勇者と魔王は、不思議と見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 



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イレギュラー②

 

「さてっと」

 

魔獣がいなくなり、みゅーちゃんはこちらへと振り返った。

 

「待ってくれてありがとうね!お礼に、何か知りたいことあったら教えてあげる!」

 

みゅーちゃんは、ニコニコと質問を待っている。先に口を開いたのは魔王だった。

 

「何故こんなことをする?」

 

「こんなことって?」

 

「何故人類と魔族を殺したのか聞いているのだ!」

 

笑顔を崩さないみゅーちゃんに、魔王は怒りを募らせる。

 

「えー?そんなの決まってるよ。生き残るためだね!」

 

「生き残りたいなら戦う必要なんてないだろう。森の隅で うずくまっていれば寿命まで容易に生き残れるはずだ」

 

「種としてだよ?魔獣さんが生き残るには、人類も魔族も敵!完全に手を組まれる前にできる限り数を減らさないと、本当に滅ぼされちゃう!」

 

芝居がかった口調で答えたみゅーちゃんは答えた。

 

次に口を開いたのは、勇者。

 

「君と俺が最初に出会った時、君は魔獣に襲われていて、助けを呼んでいた。あれは何だったんだ…?」

 

勇者は、狼に囲まれ、殺意を向けられているみゅーちゃんを見ていた。それが、魔獣の長であり、勇者と魔王に勝るとも劣らない力を持つと、誰が想像できるだろうか。

 

「だって、おかしかったもん」

 

「へ?」

 

「勇者はあそこには来ないはずだった。あのまま、あの冒険者を始末して、未来の英雄の誕生を防げるはずだった。それに、勇者と魔王が手を組むのも。人類と魔族の戦争が終われば、次に敵として狙われるのは私達魔獣。それだけは何としても防がないと。防げなくても、それまでに人類と魔族の勢力をなんとしてでも削らないと行けなかった」

 

突如として、まくし立てるようにみゅーちゃんは話しはじめる。

 

「だからね!狼さん達に犠牲になってもらって、人の世界に入り込んだの!勇者に連れられたのなら、誰も不信に思わないしね!」

 

そこで、勇者はある可能性に気付いた。

 

「まっ、まって!みゅーちゃんのいた孤児院は?」

 

「…。そろそろ終わりだね!最後に一つ良いこと教えてあげる!」

 

「質問に答えるんじゃなかったのか?」

 

「…。私達は、私達同士で殺し会っちゃダメ!そんなことをしたら、世界が滅んじゃからね!」

 

そう言い残して、みゅーちゃんは去って行った。

 

 

残された魔王と勇者は、それぞれ、みゅーちゃんの事について考えていた。頭が整理できたのか、魔王が口を開く。

 

「私は城に戻るとしよう。勇者よ。覚悟して戻れ」

 

「は?それってどういう…」

 

言い終わる前に、魔王は転移で帰ってしまった。

 

「帰るか…」

 

勇者は仲間の安全を祈りながら、一度、王都に帰ることにした。

 



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理不尽

m(_ _)m


 

≪魔王視点≫

執務室へ転移すると、リースが待っていた。

 

「魔王様。緊急の報告が」

 

「分かっている」

 

大方、予想通りだ。念のためリースに私の直属の部隊を預けておいたのが効いたことを祈っておこう。

 

「被害が最も甚大なのは?」

 

「それらの情報は既にまとめてあります」

 

リースが差し出して来た紙には、地図とともに被害と現状が記されている。当たり前だが、都市部より辺境の地の方が被害は大きい。

 

「リース。辺境の辺りはすべて私がなんとかする。リースは私の部隊を率いて都市部を中心に解除してくれ」

 

「かしこまりました」

 

リースが部屋に出て行くのを待たずに、私は転移した。

 

 

 

 

そこから、私はこの世界を飛び回った。場所によって優先順位をつけながら、その場にいた魔獣をすべて始末していく。

 

所々、過剰とも思えるような数の魔獣を相手している村もあった。たかが、数十人程度の村が都市部を落とすのに十分な程の魔獣と戦う。偶然…いや、あの娘の言い方的に必然なのだろうが、そんな村の半分は間に合わず、残り半分は壊滅は防げたが、ちょくちょくその村の英雄が殺されるなど、悲惨な結果となった。

 

多くの命を救えたが、同時に多くの命を見捨てた。すべてが終わった時、私は再度決意した。

 

必ず、魔獣を滅ぼしてやる。

 

 

≪勇者視点≫

学園への報告のため、一度俺は学園の前に転移した。

 

広大な敷地を持つ学園。その入口にはたくさんの木々が植樹されていて、緑あふれた芸術的な景観を作り出している。そんな王都の有名なスポットとなっている入口は、普段の景観を無くしていた。

 

「は?」

 

血の臭い。絶え間無く響く悲鳴と怒号。人類で最も発展していて、誰もが憧れを持つ王都は、地獄を表現しているかのような有様となっていた。

 

そこで、気がついた。

 

「時間稼ぎ…!」

 

わざわざゆっくりと魔獣を帰し、自らを敵と言っておきながら質問に答える。それは、俺達では取り返しのつかないようにするための時間稼ぎだったのだ。

 

そんなことを考えている間に、また一人、命が消えていく。

 

「落ち着け」

 

辺りを見渡すと、学園の制服を纏った少年少女が魔獣を一体一体削っている。

 

「おりゃゃゃゃゃゃあああ!!!!」

 

特に、あの体格に見合っていないハンマーを軽々しく振り回し、傷ついた人を癒す少女、リュアは最前線に立ち、複数の魔獣に対して善戦している。

 

仲間が稼いだ一分一秒を、無駄になんかできる訳がない。

 

聖剣を抜き、ペンダントを首につける。

 

「足を止めるな」

 

聖剣が光を纏い、それが腕を伝って全身に染み込む。

 

「一撃で仕留めろ」

 

代償と言うかのように、大量の魔力が消えていく。

 

「皆を守れ」

 

一つの思いから、頭に浮かんだ言葉を口にする。

 

「【限界突破】」

 

白い閃光が、世界を駆け巡った。それは、どうしようもないくらい理不尽に命を奪い、拾っていく。

 

まさに、勇者という名に相応しい、化け物の誕生だった。

 

 

 



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番外編 部下の努力

なんかぁ。書きたくなったのでぇ


 

≪リース視点≫

魔王様が戦場へ出て行かれた。今日の分の仕事を終えているので、何の問題も無いのだが、それにしても護衛の一人や二人はつけてほしい。どれだけ頼んでも、唯一転移魔法を使える魔王様が認めて頂けなければ一緒に連れていってもらえないのだから意味は無いのだ。

 

粗方の書類を整理し終え、魔王様のスケジュールを調整しながらため息をつく。

 

「はぁ。それにしても突然どうして…」

 

これも、突如として魔王様が変わったことと何か変化があるのだろうか?あの日、突然強大な力を持ってから、勇者と協力したり、まるで未来を知っているように神の一手で戦況を有利に作り上げていったり、不思議な事がたくさんだ。

 

「…執務室へ書類を届けに行きましょう」

 

立ち上がり、自分の背丈よりも高く積み上がる書類を担ぐ。昔はげんなりとしていたものだが、慣れというのは恐ろしいもので何も感じなくなってしまった。

 

「失礼します」

 

誰もいないと知っているが、ノックを済ませて部屋に入る。いつもはここに頭を抱える魔王様がいるのだが、今日はいないので少し寂しさを覚える。

 

「よいしょっ…!【風魔法 ウインドフライ】」

 

書類を置いた瞬間、誰かに見られている気がし、反射的に魔法を放つ。そうして、机の影から風によって浮かび上がったのは一匹の鼠だった。

 

「なんだ。ただの鼠ですか。にしても、よく侵入出来ましたね。毎日掃除しているだけでなく、護衛や私、魔王様までいるのに」

 

魔王様は私よりも鋭い。だからこそ、不自然さを覚えてしまう。

 

「ヂュー!」

 

「キャッ!」

 

空中に拘束していたはずの鼠が、突然加速して噛み付いてきた。すぐに風で叩き潰したが、普通の鼠には有り得ない行動だ。

 

「魔獣」

 

魔法を使う動物。魔獣。彼等は、人も魔族も見境なく襲う。そんな彼等が私達に見つからないように気配を忍ばせる。おかしい。まるで監視でも任されていたのかと勘繰ってしまう。

 

「監視…」

 

嫌な予感がする。すぐに執務室を出て、多くの情報が飛び交う諜報部へ向かう。

 

「諜報部!」

 

「リース様!お探ししておりました!大変です!各地の集落、都市部で魔獣の襲撃が発生した模様です」

 

そういうことか…!魔王様不在を見計らって…!

 

「全権を託されている私が命じます!魔王様護衛部隊を除き、ここにいる部隊はすぐに各地へ散らばり各地の援護に入りなさい!魔王様護衛部隊はすぐに王都のパトロール!おそらく、ここにも来ます!」

 

「「「はっ!」」」

 

魔王様がお帰りなさるまで、なんとしてでもこの国を守らないといけない。

 

 

≪トーニック視点≫

商業都市トルサの自警団代表のトーニックは、頭を抱えていた。

 

「うおおお…!足りない!」

 

商業都市トルサは、面白いくらい簡単に寝返った。いや、寝返らざるを得なかった。それは仕方ない事と言える。なんせ、化け物二人に脅されて、頼りの勇者様はその化け物の一人である。それに、こちら側へ提示されたメリットは余りにも大きかった。今でも、涎が出そうな顔で電卓を打ち、魔王と勇者に笑顔で握手したこの都市の代表者の顔が脳にこびりついている。

 

そんなトルサの役割は、軍や難民を匿う事と魔族と人類を仲良くさせることだ。魔王から送られる人類と、勇者様から送られる魔族達に職を与え、訓練させ、できる限り交流を持たせることで結び付きを強くする。

 

その担当を押し付けられたトーニックは先述したとおり、頭を抱えていた。

 

なぜか。それは簡単だ。突然増えた人口の分の食料が足りなくなってきているのだ。ここしばらくは何とかなるが、正直、後一ヶ月立てば何人かに行き届かなくなることは明白だった。

 

「くっそ。買い出し班はちょい前に出て行ったばかりだからな。誰か早馬を…いや、再編成した方が安いか?」

 

電卓を叩いていると、ドアがノックされた。返事をすると、魔族の若者が一礼してから入ってきた。

 

「トーニック様!トルサの周辺に魔獣がいるとの報告が来ました!」

 

「なに?」

 

魔獣の襲撃。ここ数年なかったが、戦争前はよくあったそうだ。しかし、最近の実例が無さすぎて、どうすればいいのかわからない。

 

「冒険者ギルドに緊急依頼を出せ。ギルドの指示をよく聞いて対処してほしい」

 

「かしこまり…なんだ?新たな報告?トーニック様。また別の情報が出た様です」

 

そういって魔族の青年は下がり、代わりに今度は人間の若者が出てきた。

 

「失礼します。先ほどの魔獣の件ですが、ここだけではなく、周辺の村等でも確認されているそうです。また、冒険者ギルドのギルドマスターを名乗る男が軍を貸してほしいと言っています」

 

思ったより規模が大きい?いや、こんなものなのか?何にせよ、かなりまずい事態であるらしい。しかし、魔族の兵は外には出せない。そうなるとトルサの兵は戦争に出て行っている分も含めてかなり減ってしまう。

 

どうすればよいのだろうか。被害を減らすためには、魔族の兵を出すしかない。しかし、そうなってしまえ王都はもちろん、他の都市からも敵と判断されかねない。そうなってしまえば、もうトルサはおしまいだろう。

 

「…そのギルマスは軍といっているんだな?」

 

「はい」

 

「なら、魔族と人類を混ぜた軍を貸してやれ」

 

「しかし、それでは…」

 

「そのかわり、魔族の兵に優先的に周辺の村の人を助けさせろ。もし御礼を言えないような奴がいれば、容赦なく魔獣の餌にしてやればいい」

 

「流石にそれは…」

 

「冗談だ」

 

これなら、運が良ければ恩を売れて黙らせられるはずだ。もし無理なら、勇者様に泣きつくか。

 

「全責任は俺が持つ!お前らは気にせず、命令通りに動け!」

 

「「はっ!」」

 

この賭けがうまくいくことを願うとしよう。

 

 

 



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一時の平和

 

勇者と魔王がいなくなった国への魔獣の襲撃は、多くの犠牲を出してしまった。

 

両者とも、魔獣の出る森付近の多くの村や集落は壊滅。都市部も、多くの被害を出した。また、戦場にいる多くの軍は、横からの魔獣の襲撃に対応出来ず、壊滅してしまった。

 

それでも、魔族ではリースという魔王の側近、人類ではトーニックと呼ばれる男の英断によって多くのものが助けられた。そして、満を持した勇者と魔王による攻勢で、襲撃を仕掛けた魔獣はほぼ壊滅した。

 

今回の魔獣の襲撃は魔獣にとっても、人類にとっても、魔族にとっても、手痛い被害を被り、痛み分けとなってしまったのだ。いや、もしかすると、魔獣にとっては失敗なのかも知れない。

 

「こちらの条件でどうでしょうか」

 

「ええ。良いでしょう」

 

魔族と人類の外交官が、一枚の契約書に署名した。それを確認した人類の王と魔王が立ち上がる。

 

「「これにて!この戦争は終わった!これにより我々は共通の敵である魔獣に対して、協力し、対処していく事になるだろう!」」

 

終戦の宣言に、おおきな歓声が上がった。

 

 

 

 

二人の王による国境付近で行われた終戦の宣言は、多くの魔族や人類が望んだものであった。この魔獣の襲撃によって多くの被害を受けた者の心が折れ、多くの反戦感情を持つものが現れたからだ。

 

そうして、人類魔族関係なく、復興が始まり、それを眺める二人の英雄がいた。

 

「なあ魔王。どう思う?」  

 

「…おそらくだが、被害だけでみれば前回の世界の方が酷かったはずだ。だが…」

 

「そうだな。めでたしめでたしとは言えないよな」

 

前回の世界の方が最終的には多かったとは言え、この時点ではこれほどの被害は出ていなかった。やろうと思っていた事と近しい事が襲撃によって発生したとはいえ、流石に喜ぶ事は出来ない。

 

「あの、レイトという奴はどうだった?」

 

「ん?あぁ。ピンピンしていたよ。地味に村一つ一人で守りきっていたし、笑っちゃったよ」

 

ハハハと勇者は笑う。

 

「すまなかった」

 

魔王が勇者に頭を下げた。

 

「どうしたんだよ」

 

「私が貴様を連れていかなければ、もっと被害を減らせただろう。すまない」

 

「ああ。そのことか。もしそれが無くても、どうせ意味なかったよ。結局、俺達はみゅーちゃんに嵌められたんだ」

 

実際、俺だって気づけたはずなのだ。傷一つ着いていないのは異常だと、冒険者として、前回より魔獣を頻繁に殺しているのに、魔族の方で本来は無かった魔獣の襲撃が起こるとか、気づける点はもっとたくさんあったはずなのだ。

 

「…勇者よ。もしやり直せるなら、どうする?」

 

「そうだな…。出来るならやり直したいけど、今すぐはしたくないな。まずは、この世界を一度しっかりと平和にしたい。前の俺達が出来なかったことをやり切りたいよ」

 

前回は、勇者と魔王の剣がぶつかり、爆発して終わった。あのあとどうなったのかは分からないが、少なくとも、いい結果になれたとは思えない。

 

「成程な。私も同意見だ」  

 

「しっかし、どうした?突然そんな事を言って」

 

「いや、おそらくだが、やり直しは可能だと思ったからな」

 

「あー、みゅーちゃんの発言からか?」

 

みゅーちゃんはこうなるはずがないとか、まるで何度も経験したかのような事を言っていた。

 

「そうだ。いや、今はそんなことは考えずに、魔獣と、あのみゅーちゃんという奴をどうするかに集中しよう」

 

「そうだな。ああそうだ。そういえば、結局あの軍はほぼ無駄になっちまったな」

 

戦争を終わらせるために、多くの金を費やして作った軍は、本来の役目を果たせず、そのまま目的が達成されてしまった。確かに、その点をみれば無駄になったと言える。

 

「いや、しかしな。終戦に一役買っているのだぞ?トーニックが独断で魔族の兵も使って周辺の村を守ったのだ。そんな話が出回り、魔族への悪感情が軽減されたのも、この話が上手く進んだ要因の一つだ」

 

「ほー。成程な。流石はトーニック。度胸のある男だな」

 

しばらく、これからについてのんびりと話し、勇者と魔王は自国の復興のために別れた。その様子を、この事態の元凶はじっと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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復興作業

 

≪魔王視点≫

一度、予定を確認するために私は執務室へ戻った。

 

「お待ちしておりました。魔王様」

 

戻ると、リースが出迎えてくれる。…大量の書類と共に。

 

「リース。気のせいかもしれんが、仕事、増えていないか?」

 

「…。今回の襲撃により、魔王城の役人も重傷を負ったり、家族の療養の為、実家に帰ったりで、ここしばらくはこのぐらいの量が限界です」

 

どこか光を失った目でそう告げられれば、私は書類に手を付けるしか無かった。

 

 

 

 

 

日はすっかり沈み、月が頂点を超えた頃、私の仕事はようやく一段落した。これが、しばらく続く。

 

「ふふ。ふふふ」

 

おかしくなりそうだ。

 

「お疲れ様です。魔王様」

 

そういいながら、リースは飲み物とちょっとしたお菓子を持ってきた。

 

「おお、気が利くな。頂こう」 

 

リフレッシュしながら、リースとともに予定のすり合わせを行った。

 

私達は、しばらくの間、復興と魔族至上主義者への対処をしなければならない。前者はともかく、後者は人類と協力する場面が増えるであろうこれからに、必要の無い者達だ。殺すまでは行かなくとも、無力化は必要だろう。

 

「さて、そろそろ休むとしよう。リースもすぐに休め」

 

「かしこまりました」

 

命令形にすることで、リースが残業することを防いでから、私は寝室へと戻った。

 

 

 

≪勇者視点≫

俺は、王都へと戻ると、一先ずリュアのいる怪我人が集められている仮設テントへ向かった。

 

リュアは今や王都では知らない人がいないほど有名になり、慕われている。それもそのはず。リュアは王都での魔獣への襲撃に対して、率先して前線に立ち、戦った。聖女でありながら持つ、類い稀なる戦闘センスを生かし、多くの魔獣を葬り、多くの人間の命を救ったのだ。

 

そんなリュアは、今も聖女としての力を使い、今だ減る気配の無い怪我人達へ回復魔法を使っていた。

 

「よう。リュア」

 

「あー!ライガ!もうどこ行ってたの!まだまだ仕事あるよ!」

 

リュアは、怪我人への処置の手を止めずに、紙を渡してきた。

 

「これが、王都の役人さんが言ってたやつ!頑張ってね!」

 

そういうと、リュアはまた仕事に戻りはじめた。いやはや、働き者だなぁ。

 

 

リュアに渡された紙には、基本的に被害が大きめの所の瓦礫を退かすといった、力仕事系が多くあった。うーん。よくわかってらっしゃる。

 

そんな俺が初めに向かったのは、孤児院だった。

 

この孤児院は、王都の数ある建物の中で、真っ先に襲われた。原因は、間違いなくみゅーちゃんが入っていた事であろう。ちなみに、みゅーちゃんの事については、一部の上層部には話しているが、民衆の混乱を防ぐために秘匿しいる。

 

瓦礫が散乱するもと孤児院の生き残りはゼロ。マールさんも、孤児院の子供達も、皆死んでしまった。それを悼んで、ちょっとしたお花がお供えされていたりする。

 

瓦礫を土魔法で造りだしたゴーレムとともに退かしていると、腐った腕が下敷きにされていた。これで、何度目だろうか。

 

前の世界でも似たような事はあったが、どうしても、こういうのは慣れないなと、肩を竦めた。

 



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一時の平和②

べ、別にタイトルサボったわけじゃないよ?ほんとだよ?


 

≪魔王視点≫

「そういえば魔王様。メルについてはどうなさるのですか?」

 

「む。そうだな…」

 

執務の後、リースとまったりとしていると、思い出したかのようにリースはそう尋ねてきた。

 

メルは学園へと通わせる計画のために、様々な準備を進めていたが、なんか予想よりはるかにはやく人類と魔族が和解できたせいで、初めの目的そのものが無くなった。別にメル自体積極的に学園へ行きたいというわけではないだろうし、悩みどころだ。

 

「うーむ」

 

「魔王様。お困りのようでしたらメルに選ばせますか?もともとメル自身の人生なわけですし」

 

リースはそういうが、そういうわけにもいかない気がする。

 

「それはそうなのだが、私の命令によって、メルの生活は大きく変わってしまっただろう?それを突然変更してしまうと、さらにメルの負担になってしまわないか?無責任な気もしてしまうし」

 

「でしたらなおさらメルに選ばせるべきです。やりたく無いことを仕事だからと我慢するには、余りにも若いです」

 

ごもっともな事を言われてしまう。

 

「そ、うだな。じゃあ明日、このあたりの時間…は夜が遅すぎるな。朝早くに時間をとろう。リース。頼んだぞ」

 

「かしこまりました」

 

 

 

翌日、朝食へ向かうと、そこにメルがいた。

 

「魔王様のお仕事のお時間を少しでも確保するため、このような方式でどうでしょうか」

 

「あ、ああ。それでいい」

 

私は朝食は静かに取る派なのだが、まああの仕事量では、下手すればリースとのまったりとした時間も無くなってしまうし、まあいいだろう。

 

「じゃあメル。話しなさい」

 

「え、えっと…。私は人間世界との関わりは、余り持ちたくないです…」

 

消え入りそうな声で、メルはそう告げてきた。

 

「ほう?ということは、外交官とか、それすらも避けたいのか?」

 

「は、はい…」

 

「なぜだ?」

 

「え、えーっと、その、あの…」

 

口をもごもごさせながら、メルは言い淀んでる。それを見たリースが、ため息をつき、前に出た。

 

「これについては、私は正確な情報を掴めていないのですが、先日、ちょっとした問題を起こしてしまったらしいのです」

 

「ほう?」

 

「あ、それは…!」

 

止めようとするが、リースの口は動きつづける。

 

「えーどうやら、こちらの領で復興の手伝いをしている人間に対し、失礼な態度を取ってしまったみたいです。それに周りが食いつき、気がつけば無視できないような喧嘩になったそうで…。もうすでに、その場にいた兵士が解決したらしく、魔王様には報告は届かなかったと思われます」

 

「あ、えっと…ごめんなさいぃ」

 

おっとそう来たか。これは…。

 

「メル。詳細を話せるか?」

 

「はい…。えっと、手伝ってくれた人に対して、えと、労おうと思ったんですけど、テンパっちゃって、間違えて、よくやったって…。その、そして、周りが笑ってて、変なこと言っちゃったと思って、必死に反論してたら、皆私を睨んでて…」

 

「「あー」」

 

詳細を聞き、リースと一緒に頭を抱える。初めはまだ悪ふざけだと思われてそうだが、後から多分相当やばいことを言ったみたいだな…。

 

「リース。これは教育が必要そうだな」

 

「そうですね…。勇者に、いや、学園に協力を促してみましょうか」

 

真面目なはずのメルがこういうことを起こしてしまうとは…。差別意識というものを一刻も早く撤廃していかないとだな…。

 

 

≪勇者視点≫

「かんぱ~い!」

 

リュアの掛け声で、復興のために働いていたボランティア達が、一斉にジョッキを掲げた。今日は、しばらく終わりのこない復興作業の休みの日として、十日に一度開かれる飲み会の日だ。誰でも自由参加で、料理を持ち込んだり、屋台を開いたり、何をしてもオッケーである。そんな飲み会で、人気No.1のリュアが始まりの音頭を取ることになったのである。ちなみに未成年は水だ。つまり、俺とリュアは水だ。別に勇者である俺はなんともないし、リュアは魔法で簡単にアルコールを飛ばせるから別によくても、そこらへんは気をつけている。

 

「ねーねー!ライガ!一緒に食べよ~!」

 

「あいよ」  

 

元気いっぱいのリュアと一緒に、会場を見回りながら、ご飯を貰う。勇者とリュアであるので、皆こぞってわけてくれるので、とてもぽかぽかした気持ちになる。

 

「いや~。ライガすごいねぇ。まさか魔王と和解するなんてねぇ」

 

「いやいや、リュアの方がすごいよ。ここまで誰からも愛されるなんて、信じられないよ」

 

「えへへ~」

 

恥ずかしそうに、うりうりと頭を押し付けて来るリュア。前の世界でも良くやられていたが、やはり慣れない物で、軽く心拍数が上がってしまう。

 

「む~。でも、もうすぐ学園が再開しちゃうね」

 

「まあ、強くなるには学園が1番だしなによりまだまだ俺達は力をつけないといけないからな」

 

学園は魔族との戦争が無くなっても、存続することが決まった。しかし、目的は兵士の育成ではなく、魔獣の倒し方やマナーなど、冒険者育成施設となるようだ。あの、俺に冒険者のイロハを教えてくれたカミルさんが手紙でそう言っていた。

 

「あ!そうだ。気になってたたんだけど、ライガはどこでその剣を手に入れたの?」

 

そうしてリュアが指差すのは、少し黒が混じった旧聖剣だ。限界突破を使ったときは新聖剣の方だが、基本的に旧聖剣で魔獣を殺していた。やはりこっちの方が切れ味がいいしね。

 

「んー。道で拾った」

 

未来から持ってきたとか、馬鹿げた事と一蹴されるだろうから、適当に流す。

 

「へー!そんなもの落ちてるんだねぇ」  

 

マジか。信じやがった。

 

「まあそんなことより、今日は楽しむか!」

 

これ以上掘り下げられると、リュアでも気づけるような嘘をついてしまいそうなので、話を切り上げ、楽しむことにした。

 

「そうだね!」

 

貰ったご飯を片手に、リュアは笑っていた。

 

 

 

 

 

 



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各種族の代表者

 

復興作業が一段落したという事で、魔王と勇者は久しぶりに集まり、のんびりと話していた。

 

「どうよ。そっちは」

 

「そうだな。今のところ復興は進んでいるが、一部の魔族の人類への態度の改善が難しいな」

 

「のを使いすぎだろ」

 

「…人類にも差別主義の輩がいるだろう?それはどうしているんだ?」

 

「あーどうなんだろ。あんまりわかんないけど、喧嘩はよく見るから特に改善とか考えている奴すらいねぇんじゃねぇかな」

 

「ほう。なら改善の為の活動を打診してみるとしよう」

 

「ま、いんじゃね」

 

そこから、どうでもいいことをぺらぺら話したかと思えば、突然勇者が言った。

 

「魔獣。どうするんだ」

 

「どうするとは?」

 

「どっちがみゅーちゃんを抑えて、どっちが魔獣を倒すんだ?」

 

「ああなるほど。私としては、あの人の魔獣を二人で抑えてるのが妥当だと思っている」

 

「?じゃあ魔獣は他に任せるのか?…それは、犠牲が出るんじゃ?」

 

「それを承知しての事だ。私や勇者が魔獣を壊滅させたように、おそらくだが、あの人の魔獣も似たようなことを人類や魔族に対してできるのだろう。だから、それを放置する方が犠牲は出る」

 

「それは分かってるよ。でも、なんで二人なんだ?」

 

「なにがあっても、あの人の魔獣を止めるためだ。あれを見逃してしまうのが、一番まずい。それに、人の魔獣を殺すことができれば、この戦いは終わる」

 

「無理だよ」

 

魔王がそう言ったとき、勇者でも、魔王でも無い声が響いた。すぐに振り返ると、みゅーちゃんは笑顔でニコニコとしている。無言で、魔王と勇者は戦闘体制に入った。

 

「わ~!待って待って。戦わないよ!今回は、やり直しについて教えてあげようってだけだよ。だからお兄ちゃんも魔王さんも落ち着いて!」

 

しばらくの睨み合いの後、魔王と勇者は剣を下ろした。

 

「うんうん。ありがと!」  

 

「そんなことより、どういうつもりだ」

 

「ふぇ?」

 

「やり直しについて教えて、そっちに何の得がある?」

 

「んー…」

 

みゅーちゃんは人差し指でほっぺを突き、首を傾げながら言った。

 

「お兄ちゃんと魔王さんが何も考えずにやり直ししたら、真実を知ったとき後悔するだろうからね!優しさだよっ!」

 

「「…」」

 

「簡単に言うとね。この世界をやり直すには、この中の三人の内、誰でもいいから死ねばいいんだよ!守るべき対象が生きている状態でね!」

 

「は?」

 

「ちょっと難しい話になるからよく聞いてね!私達、いや、魔王、勇者、人の魔獣はそれぞれ、魔族、人類、魔獣を守るために生まれた存在なの!その存在の核として、強大な力を世界より与えられ、守る。その強大な力の代償に、その役割を請け負う者が死ぬと、同時にその種族は崩壊する。そして、世界は滅びる」

 

「ん?話が飛び過ぎじゃ?」

 

「えっとね。じゃあ一つ一つ説明するとね。世界が私達へ力を与えようとしても、どうしても普通の人類や魔族、魔獣じゃ、器が足りない。暴走してしまうんだ。そこで、世界は人類という概念そのものに力を与え、実体化させた。それが勇者。だから、勇者が死ぬことは人類という概念を失ったことと同義であり、人類は滅ぶんだ」

 

「…え?」

 

「そしてもう一つ。世界が滅ぶっていう所だけど、魔力を持つ生物が死んだら世界に還るというのは常識だよね。私たちは、その魔力が余りにも多過ぎた。死んでしまうと、余りにも大量の魔力が世界に流れ込んで、魔力の暴走により天変地異が発生する」

 

「…だとしたら、私達の種の絶滅は、他の種への絶滅も意味するということか?」

 

「いや、魔王が死ぬ前に魔族が全員死ぬとかだと、そうはならないよ。守るべき者を失った私たちは役割を終えて、長い長い時間をかけてゆっくりと力が世界に還るから、世界に一度に大量の魔力が流れることはないんだよ。故に世界は滅ばない」

 

「世界が滅ぶ事とやり直しにはどんな関係が?」

 

「世界が滅んだ時、神様は新たに同じ世界を作る。思考も癖もなにもかも同じ存在を。理由なんて分からないけど、それは事実だからね!」

 

「というわけで!私はお兄ちゃんと魔王さんを殺せない!お兄ちゃんと魔王さんも私を殺せない!やり直しにはお兄ちゃんと魔王さんの大切を、すべて失わなければならない!これが言いたかったの!ばいばい!」

 

 

 

 

 

 



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最後の戦いが近づいて

 

「どうする?」

 

「決まってる。やり直しなんてしない。できるはずも無い。お前もだろ?」

 

「そうだな」

 

もしやり直したとして、それはこの世界に生きるすべてを見捨てることになる。リースを、リュアを、仲間を大切にする彼らにとって、それは許容しがたい物であり、何なら一度やり直しが発動してしまった事に、ひどく心を痛めていた。

 

「魔王。俺は、いや、俺達は死ねない。向こうが俺達を殺しに来る事も無いだろうけど、俺達が殺しに行くことは出来ない」

 

「そうだな。つまり、私達がやるべき事は獣王の足止め。余裕が生まれれば、どちらか片方が、魔獣を殲滅する。これをベースに作戦を練る必要があるな」

 

「つまり、」

 

「人類魔族全体の力をあげないといけない」

 

魔王と勇者は目を合わせ、互いに使命を果たすため動き出した。

 

 

 

≪みゅーちゃん視点≫

行ける。私はそう確信した。

 

唯一の負け筋となる勇者と魔王は、きっと私にご執心になるだろう。それが狙いだし、ここまで上手く行ったのははじめてだ。

 

「集まって!」

  

ワラワラとそこら中から魔獣が集まる。それは、これまでの魔獣を知るものには想像も出来ない光景だった。軍隊のようにきれいに並び、ただただ、主人の言葉に耳を傾ける。

 

ああ、ここまで何回世界は崩壊したのだろうか。私が覚えていない時にも、滅んでいたのかも知れない。まあなんにせよ、遂に私の努力が報われるのだ。

 

 

 

 

 

 

私が自我を持ったとき、世界は崩壊を始めていた。原因は、私に突き刺さった一本の剣。

 

剣を刺した存在は歓声をあげて、私の周りにいた獣はすべて死に絶えている。そして、大きな揺れを感じながら、私の意識は途絶えていった。

 

そして、次に目を開けた時、私の周りには何もなかった。さっきまで何かを言っていた人も、動かなかった獣も、突き刺さっていた剣も。私は立ち上がって、ただただ歩き始めた。

 

何日も、何日も何日も何日も。体が怠くなっても、空腹を体が訴えても、歩けたから歩き続けた。そうして、また死んだ。

 

数多の世界を渡り歩いて、色々な経験をして、言語を、魔獣を、人間を、魔族を知った。そして、世界について理解した時、ずっと私を助けてくれた魔獣達に、恩返しをしようと思った。

 

私達魔獣は、だいたい殺される。理由は単純、邪魔だからだ。戦争するにしても、平和にいくとしても、結局、私達は彼らの敵だ。そりゃあ私達にとっても敵だが、それは私達の住家を荒らしたり、家族を殺したりするからだ。あいつらの言葉でいう正当防衛なのだから仕方ないだろう。

 

奴等が私達にしたように、私は奴等をどんな手段を使っても滅ぼして、未来永劫、魔獣が平和な世界を作らないといけない。そのために、人に紛れて魔族の偉い人を殺して、戦争へと誘導したり、時には同族を手に掛けたり色々した。そして─────

 

 

 

遂に、予想通りとは行かなかったが、理想に近い盤面が作り上げられた。魔獣の数は予想より減っているが、それでも、人間と魔族の数は減り、人間と魔族の魔獣への理解は浅くなり、勇者と魔王は私を殺せずに足止めを喰らうことになる。

 

後は地力勝負だが、実力は一部の人間を除けば、魔獣が圧倒している。タイマンならまず負けないし、そのうえで弱い魔獣には集団行動を徹底させている。また、数ある世界で私達を脅かした化け物の多くは幼少期の内に殺した。

 

少し前回の襲撃から時間は空いたが、準備は整った。

 

「行くよ。皆」

 

遠吠えが上がり、森がざわめく。

 

「私達の未来のために、この世界じゃない私達の仇討ちに」

 

「彼等には死んでもらおう」

 

                                                                                                                  

 

 



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最後の戦い①

 

「急報ー!魔獣が辺りに出現しました!数は不明!しかし、すべての森から魔獣が出て行ったとの報告が出ています!」

 

「チッ!まだ途中だってのに」

 

「ふむ。まあ想定通りだな」

 

緊急を要した兵士の報告に、勇者と魔王がそれぞれ反応をする。

 

「行くぞ、勇者」

 

「分かってるよ!ニア、後は任せた」

 

「任された」

 

兵士の訓練をニアに任せて勇者は立ち上がる。それに合わせて、レイトとリュアも立ち上がった。

 

「ん?お前らはもうちょっと後でいいだろ」

 

「何を言っているんだい?見送りに決まっているじゃないか」

 

「そうだよ!ほらほら、ニアも~!」

 

「えー」

 

「勇者。一刻を争う…というわけではないが、もし獣王がすぐに暴れ出したらどうするんだ。前線は崩壊してすべてが終わりだぞ。…いや、私が先に行っているから、やることを済ませてから行くといい」

 

「いってらっしゃいませ。魔王様」

 

そう言うと、魔王はすぐに消えて行った。魔王にしては、やけに空気を読んだ行動だ。勇者は悪態を突きながら、仲間との別れをゆっくりと済まして、魔王の後を追った。

 

 

 

 

「まて、魔王。みゅーちゃんはどこにいるのか分かるのか?」

 

魔王に追いついた勇者は、ひたすら前に進む魔王にそう問い掛けた。前々から気になっていたが、何故か勿体振られていて、教えてもらえなかったのだ。

 

「いや、考え事をしていた為ただの空返事だ。勿体振ったわけではない」

 

「はあ!?じゃあどうするんだよ!」

 

「いや、簡単だろう。私達が獣王を止める理由はなんだ?」

 

「そりゃあ俺達の軍を滅ぼされないようにだろ…って、あ、そうか」

 

「そう言うことだ」

 

話をやめて、勇者は剣に魔力を込めた。とめどなく光が溢れて、

空気が震え出す。

 

「勇者」

 

「俺にはこのペンダントがあるんだから、俺の方が適任だろ」

 

聖剣を振るい、前方の魔獣の群れへ剣を振り下ろす、前に、それはとめられた。

 

「ほう。思ったより早く釣れたな」

 

「そうだな」

 

「そりゃあ、勝ち目が減るからね!遊んでもらうよ!」

 

獣王の拳が空気を振るわせ、衝撃波となって襲い掛かる。剣を捕まれたままの勇者は避けるそぶりを一切見せず、魔王によって打ち消された。

 

「…ねぇ。君達はほんとに最後殺し会うつもりだったの?そうは思えないね」

 

「へぇ。知ってるのか」

 

「切り替えというのは、上に立つものに求められるものだからな」

 

実際、仲間が死んでも勇者と魔王は堪えられる。すぐとはいかないが、確実に生き残る方法を選び取ることが出来るのだ。

 

「へぇー?私はもう何も感じなくなってるから、それと同じだと思ってたよ。≪雷魔法 ライトニング≫」

 

「≪雷魔法 ライトニング≫」

 

獣王と勇者から放たれた雷はぶつかり、光を撒き散らす。同時に、地面を蹴る音が二つ聞こえた。

 

「ハッ!」

 

「チッ!」

 

光が晴れると、剣と腕を交差させる両者がいた。当然、刃物と腕なのだから腕に線が入っている。獣王はさっさと後ろに引いて、魔法ですぐに治した。そこに襲い掛かる勇者と魔王の追撃は軽くかわして、後ろの魔獣の軍に当たった。

 

「なっ…!卑怯にも程があるね…」

 

不利を判断した獣王は走り出す。

 

「は?逃げるのか?じゃああれ殺すけど」

 

「待て!あの方角には都市がある!つまり、軍がこっちに向かっているのだ!」

 

魔王の言葉通り、そこには進軍中の軍隊がいる。

 

「これなら無視できないでしょ!鬼ごっこだよ!≪炎魔法 ファイヤーボム≫」

 

「魔王!」

 

「≪土魔法 アースクリエイト≫!」

 

炎の爆弾が、強大なる土の壁に衝突する。あまりの威力による爆音に軍の前にいた兵士は殆どが気を失ったが、命は救われた。

 

「うおおお!!!!【限界突破】!」

 

「えっ…」

 

閃光となった勇者が、一瞬で獣王との距離を縮める。獣王は目を白黒させながらも、勘で攻撃を捌く。唯一の救いは、魔王は着いてこれない事だろう。なんとか、かろうじて、獣王はかい潜って森へ入った。

 

「チッ!」

 

このままでは森が更地になってしまうから、すぐに限界突破を解除する。獣王にとって、森は最も有利なフィールドだ。獣王は動きやすく、勇者と魔王にとっては、近くの村が受けとる自然の恵みの事を考えると下手に消しづらい。

 

「なあ魔王。これ入る意味あるか?」

 

「さっさと奴の意識を集中させないとああなる。≪風魔法 ウインドフライ≫」  

 

魔王が放った風は、空を駆ける炎を打ち消した。獣王が放ったものだろう。

 

「はぁ。やるよ」

 

互いに互いを殺せない、茶番のような戦いは、それからしばらく続いた。

 

 

 

 

 

勇者のペンダントが、怪しく光るその時まで。                                                                                                                                                                                               

 



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絶望

 

「勇者!動くなよ!」

 

「は、あっ!?」

 

怪しく光るペンダントを見て、魔王は即座に切り離すべきと判断した。声で動きを制止させ、魔剣をペンダントのひも目掛けて振るう。

 

「なんだっ!てんだ!」

 

ペンダントが離れると同時にバックステップで勇者は距離をとる。そして、本来落ち行くはずのペンダントは、空中で制止した。

 

全員が、息をのむ。

 

彼等の理性を超えて、本能が触れるな、と警笛を鳴らす。誰もが近寄れず、じりじりと距離を取ると、ペンダントは膨張した。

 

紫色のペンダントは、すべてを飲みこまんと広がっていく。普段であれば取れたであろう様々な行動も、誰も、起こさなかった。ただただ、その様子を眺める事しか出来なかった。

 

そうして、ある程度まで広がったペンダントから、一人の男が出て来た。

 

「誰だ!」

 

勇者は叫ぶ。その男は特に恐怖するような力は無いように思えた。さっきまでの本能の訴えは少なくともこれではない。そう確信したが故に、億せず尋ねる。そしてそれは、間違いだった。

 

「【止まれ】」

 

「「「!」」」

 

男が一言発すると、勇者も魔王も獣王も、誰も動けなくなった。まるで、体がもともと無いような、そんな感覚。地面の感覚も、己の心臓の拍動も、何もかもが無であった。

 

「申し訳ないね。君達」

 

男は話しはじめた。

 

「僕もこんなことはしたくないんだ。君達だって生きているのはよーく理解している。そして、仲間への想いも。我々ですら、そこまで素晴らしい精神性は稀であり、尊敬に値する」

 

つらつらと男は話す。言葉一つ一つには感情が込められていて、男にとってこれは本心からの言葉なのだと分かってしまう。

 

「でもね、上はこの戦いをつまらないと感じたそうで、やり直しを命じられてしまった。僕は面白いと思ったし、君達の理念が戦術に良く出ているから楽しかったのだけれどね」

 

そう言いながら、男は手を上に掲げた。そうして、視界は動かせないが、耳が、絶望を拾った。

 

破壊の音。断末魔。耳を防ぎたくても防げない。受け入れるしかない。獣も人も魔族も、皆等しく叫び命が散らされているのが、耳から伝わる。

 

一時間後、絶望の音が消え去った。同時に、体が動き出す。辺りを見渡すと、何もなかった。地平線の彼方まで遮るものは一つもなく、それが絶望を伝えて来る。

 

「「「…」」」

 

誰も喋らない。しかしそれでも、表情は絶望をありありと表していた。

 

「ああ、ごめんね。最後に楽しませろとか言う馬鹿みたいな命令が下されてるから、まだ君達を楽にしてあげられないんだ。手加減はしてあげるから、最後に力を振り絞ってみればいいんじゃないかな?」

 

悲しそうなその表情が彼等の憎悪を掻き立てた。

 

「殺す」

 

「よくも、皆を!」

 

「許さない。絶対許さない!」

 

魔王と勇者と獣王は、一斉に男へと詰め寄った。神速の勇者と獣王による近接戦に、高精度な狙いで隙間を縫うように男へと魔法を飛ばす。すべては憎悪により研ぎ澄まされた奇跡の代物。それを、男はすべて受け止めた。

 

胴は裂け、腕はもげ、全身が風で切り刻まれる。バラバラとなった男は、それでも言葉を発していた。

 

「一応君達にも勝ち目が無いわけじゃ無いんだよ。僕はいずれ死ぬ。それが誰によるものかは知らないけどね」

 

断面同士からにょきにょきと骨が、肉が、皮が伸びて再生していく。だが、その前に彼等は体を断ち切る。引き潰す。焼き切る。

 

第三者が見ればリンチという感想しか得られない残虐な戦いだ。しかし、無尽蔵に男は生き返ろうとする。それが留まる様子は、微塵も見せていない。

 

「そんなんじゃダメだよ。…これはダメそうだね。憎悪ですべてを忘れているみたいだ。これで正気に戻るかな?」

 

気付けば離れた場所に男は立っている。彼等が引き裂きつづけている体は、既に再生を諦め、物言わなくなっている。そして、男の残った残骸は、細かい血と肉を撒き散らせ、爆散した。

 

 

 



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終わりは始まり

 

男の血肉は激しく散り、小さなクレーターを生み出す。そのうちいくつかは彼等に当たり傷を作り出したが、彼等が止まることは無かった。

 

「あー。ダメか。残念だけど。これでいいかな」

 

そうして男は声を出す。

 

「【止まれ】」

 

再び彼等の動きが止まった。男はゆっくりと彼等に近づいて、勇者の腕に手を当てた。

 

ブチッ

 

「ッッッッッッ!!!!!」

 

続いて、魔王も獣王も腕をちぎられ、血と悲鳴が荒れ地に広がる。そして最後には、足もちぎって全員がだるまになり地面に転がった。

 

「これでもう何も出来ないね。じゃあもう終わりだけど、その前に教えて欲しいことがあるんだよね。僕のこれからの仕事にも関わるし、君達は負けたんだから正直に教えてほしいな。どうせ君達は全員記憶も力も失うわけだしね。あ、そうそう。君達が記憶を持っていたのは、君達に特別な力が宿ったわけでもなんでもなく、そんな世界を見たかったからってだけだよ。だから諦めて、正直に答えて欲しいんだけど…」

 

激痛に耐えながらも、射抜くような目で見つめて来る彼等へ質問を投げかける。

 

「君達の魔剣とそっちの聖剣はどうしたんだい?」  

 

そうして、旧聖剣を指差したとき、地響きが起こった。

 

「っは?まだ報告してないのにっ!あのクソ上司が!」  

 

誰かを罵倒しながら、男は慌てたように魔法を使う。

 

「ごめんね君達。もっと早く楽にしてあげればよかったよ!」

 

男は消え去り、同時に崩壊音が響く。それもそのはず、勇者達の周りの地面が次々と崩れ落ちていく。このままでは、勇者達も地面と同じように落ちていくのだろう。

 

「魔王」

 

気力をなくした声で勇者は呟く。

 

「なんだ」

 

同じく沈んだ声で魔王は応答する。

 

「魔剣を使えるか」

 

「行ける、が、それがどうした」

 

「俺は聖剣をお前に刺す。お前は俺に魔剣を刺せ

 

「…このまま死ぬぐらいなら、自決すると言うわけか」

 

「違う」

 

「なに?」

 

「前の世界での魔剣と聖剣は、男の干渉無しに世界を超えたみたいだ。さっきの質問は、そういう事だろう。だから、こいつらに俺達の力と記憶を運んでもらう。少なくとも、そっちの魔剣は知らないけど、こっちの聖剣は物を収納出来るんだ。多分記憶とかでも行けるさ」

 

「じゃあなんだ?貴様の聖剣に私のが入り、私の魔剣にお前のが入るんだな?」

 

そう言っている間に、もうすぐそこまで崩壊は迫っている。

 

「時間が無い。行くぞ」

 

「待て。腕は無いだろう」

 

「魔力で舌でも強化すればいいだろ。いくぞ」

 

「…………く」

 

「分かった。見映えは悪いが仕方ない」

 

「わ……………く」

 

「最後の力を振り絞れ!」

 

聖剣が魔王へ、魔剣が勇者へと突き刺さる。

 

「私も着いていく!!!!!!!」

 

地面と一緒に、聖剣が刺さった魔王と、魔剣が刺さった勇者、それにしがみつく獣王が落ちていった。

 

 

 

 

 



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勇者の始まり

 

≪勇者視点≫

ドタドタドタドタドタドタバタン!

 

「おはよー!!!!!!!!」

 

「うっさ…」

 

幼なじみの喧しい朝のご挨拶にたたき起こされて、俺は目を開けた。朝の日差しはちょうど山を超えた辺りで、窓から差し込む日差しはリュアを輝かしく見せていた。あれ絶対眩しいのによくあんな目かっぴらけんなぁ。

 

だるい体を起こして頭を軽く振って残る眠気を飛ばす。

 

「おはようリュア。早いね…」

 

畑仕事も何も無いのに、どうしてこんなに早く起きれるのだろうか。

 

「だって今日はライガの15歳の誕生日だからね!!!さあ早く教会いくよ!!!!!!」

 

「それ昼から…」

 

まだ6時間くらいあるんだけどなぁ…

 

朝食も終えて、リュアが外に連れていこうとするのを鋼の意思で跳ね返していたら、あっという間に時間になった。楽しみではあるが、将来が確定するような物なので、あんまりすぐにみたいとは思えない。

 

「さあいくよ!!!」

 

「本当にテンション高いね…。先にご飯食べよ?お腹すいたでしょ?」  

 

「そんなの後でいいの!いつでも出来るでしょ!」

 

ニコニコとリュアは言うが、それこそこのイベントも昼ならいつでも行けるんだよぉぉ。

 

そう思いながら、俺はリュアに引きづられて教会へと向かった。

 

 

 

 

「貴方の職業は…ん!?こ、これは…ゆ、勇者!?」

 

司祭の驚いたような反応に、周囲の大人達は歓声をあげた。

 

「勇者だって!凄いじゃんライガ!」

 

「え…」

 

突然そんなことを言われても、どうすればいいのか分からない。ぼうっとしている間にも、目の前で話は進んでいた。

 

報告を聞き、即座に走り出す教会の司祭とは別の人。司祭に説明を受ける両親。めちゃくちゃ嬉しそうに俺の周りを飛び回るリュア。うーん。

 

やっぱ、突然勇者とか言われても実感沸かないなぁ。

 

「えっと、ライガ君。少しいいかな?」

 

「あ、なんですか?」

 

両親と話終わった司祭さんが此方に寄ってきた。そうして個室に案内され、学園の事や勇者について、長長と説明される。

 

聖剣を与えられること、学園に入学してもらう事、学園のシステム、過去の勇者の功績。とても興味深く、子供のころの憧れに自身が近づいていることに、なんとも言い難い気持ちになった。

 

村は宴会ムードで、大人達は全力で設備を整え、女子供は料理を作る。そうやって、みるみる内に宴会が始まった。

 

気恥ずかしさが残るが、小さな子供達の憧れの目や大人達の期待と鼓舞するような言葉。自身が主役となった宴会で、俺は根拠のない自信とやる気が沸き上がった。

 

 

 

 

宴会後、家族で別れを惜しむように、ゆっくりと話をしていた。過去の武勇伝を楽しそうに語る父と俺を心配する母。家族への愛が一層深まった。

 

コンコン

 

「すいません。教会の者ですがー」

 

「あ、俺でるよ」

 

教会であればきっと俺がらみだろうから俺が対応した。ドアを開けると布に包まれた大きな剣はのような物を、教会の服を着た男がいた。

 

「えーこちらが、勇者に与えられる聖剣でございます。後に、王によって授与式が学園で行われますが、学園までの道のりで襲撃があるかも知れません。そのため、今与えます。学園についたら、係のものを送ります故、そのものに預けて頂ければ」

 

「あ、はい」

 

そうして渡された聖剣は、少し重みがあった。木の剣より重いのだが、どこか手に馴染むような気がする。

 

「布とっていいですか?」

 

「ええ。むしろそのお姿を我々に…!」

 

よくわからないが許可は貰えたので、布を取る。純白の布に包まれていた聖剣は、予想通り真っ白な……

 

「なんか暗くないですか?」

 

「あ、ええ、ん?いやしかし、伝承通りの見た目…大丈夫です!」

 

「あ、そうですか」

 

納得はいかないが、これはそう言うもんだと納得し、受けとった。

 

「ん?」

 

なんか今、黒い光が…?

 

 

 

 

 

 



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魔王の始まり

 

≪魔王視点≫

いくらやっても片付かない。そんな書類を相手にするのにも、もう慣れてきた。数々の戦場への被害、遺族への見舞金、反乱分子の駆除、やるべきことは時間が立つごとに積み重なって行く。

 

「今日で、何連勤だっけ…」

 

しかしまぁ、これも仕方の無い事だ。私の判断力が足りないせいで、いまだ先代のミスを取り返すことが出来ていない。戦術がうまくはまらず、一進一退の攻防がずっとずっと続き、両陣営共に人も資源も浪費し続けている。もはや、国民の不満もとてつもない。負ければ、どれだけの恩情を与えようと、上層部は死ぬのではないだろうか。

 

「魔王様」

 

「ん?なんだ」

 

私の側近であるリースが、仕事中であるのに声をあげた。

 

「少し、席を外してもよろしいでしょうか?そろそろ、諜報部隊の方で報告会が終わる頃ですので」

 

「ああ。いいだろう」

 

「感謝致します」

 

そうして、リースは部屋から出て行った。これで仕事がさらに増えたら、辛いが…多分増えるな。

 

流石にそろそろ体が固まってきたので、運動がてらに立ち上がり、積み上げるときに落ちたのであろう書類を拾いながら、体を伸ばしていく。気持ちはいいが、部下に見られると威厳もへったくれもない。音には敏感になって置かなくてはならない。

 

「ん?」

 

コツコツと足音が聞こえる。おそらく、リースだろう。すぐに机へ戻り、仕事を始める。

 

「魔王様、ご報告が」

 

「なんだ?」

 

「勇者が誕生しました。どうなさいますか?軍を向かわせることは可能です」

 

─────なんだと?

 

マズイ、マズすぎる。ただでさえ勇者無しでも勝機が見えていない。勇者が加われば勝機はほぼ潰える。すぐに始末───無理だ。軍を向かわせた所で、人類側の警備も強固だろう。それに、まだ時間はある。

 

「いや、いい。それよりも確かいくつかの村で食料不足という報告があったな。おそらく人類側の工作かなにかだろう。そちらの対策に軍を使え。勇者はまだ気にしなくていい」

 

「ではそのように。この後の会食はどうなさいますか?」

 

「ああ、準備を整えておけ」

 

「かしこまりました」

 

よし。気合い入れて行くとしよう。面倒臭い老人だが、彼等の経験は馬鹿に出来ない。勇者の対応含めて、話を聞くとしよう。

 

 

 

 

 

行かなければよかった……。

 

あの老害ども、人の話を聞こうともしない。酒を飲み、ずっと愚痴をこぼすわなんの。何のために仕事の時間を削ったと思っているんだ?相談はしたものの、特に参考になることは無かった。あの老害は勇者に相当なトラウマでも植え付けられたのだろう。なんせ、話を出した途端、震えが止まらなくなっていたからな。まともな意見なんぞ聞けなかったわ。

 

無理矢理飲まされた酒でふらつく頭を抑えながら、魔王城の周りを歩く。こうでもして酔いを覚まさないと明日終わる。それは若い頃に痛いほどわからされた。

 

「ん?」

 

ふと、倉庫が目に入った。確か、あそこには武器を入れていたのだったか。それにしても、何故月明かりも無いのにあの剣は光っているんだ?

 

近づいてみると、それは魔剣だった。大事な物ではあるが、魔剣は基本魔王が己の魔法の一つとして顕現させるものである。故に、本人以外は扱えない。私は作ってはいるが、一度見てすぐに魔力へと還元した。だから、これは私の物では無いはずだ。しかし、これは間違いなく魔剣だ。

 

別に触ったら死ぬとかは無いので、持ってみる。

 

「っ!」

 

剣から溢れ出た純白の光が爆発した。避けることなんぞ叶わず、もろに喰らってしまう。だが、体の損傷はない。光が収まった時、地面に刺さっていた剣は本来の色を取り戻し、漆黒の色を持っていた。そうして、魔王は地面に刺さっている魔剣を腰の鞘へとしまった。

 



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勇者?聖剣?

 

≪勇者視点≫

朝、日差しが出たばかりなのに、村はやけに騒がしかった。賑やかというよりは慌ただしく、まるで緊急事態でも起こったみたいだ。

 

…とりあえず、外に出てみよう。

 

俺は勇者となったのだ。もし荒事なら、率先して前に出ないと。そんな思いで外に出ると、思いもよらぬ光景が広がっていた。

 

ボロボロとまではいかないが所々焦げた跡がある馬車。人によってまちまちだが、怪我をしている騎士達。もしかすると、これが王都から派遣されるといっていた迎えの人だったりするのだろうか。ただ、こんなことになっているのなら、村が騒がしくなるのも当然だろう。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

見れば、村の人達が騎士達を治療している。その中にリュアも混ざっていて、朝来なかった理由を悟った。と、ぼーっと見ている場合じゃない。少しでも手伝わないと。

 

そうして手伝って、村が一段落したときには、既に日は高く昇っていた。本来の出発時刻から少し逸れてしまうが、馬の調子も見ないといけないので、出発時刻を遅らせ、その間に俺は、騎士の人達から話を聞くことににした。

 

「━━━━ということがあったんです」

 

騎士の人は、悔しそうになにかを握りしめながら、事の端末を語ってくれた。何ということだろう。こちら側は何もしていないのに、突然襲われるなんて。魔族という人類の敵。物語の中でしか知らなかったが、ここで、俺は明確な敵として、魔族という存在を認識した。

 

「魔王…。絶対に倒さないと」

 

固く、俺は決意した。

 

 

 

結局、太陽がてっぺんを過ぎるくらいに、やっと村を出ることになった。村の皆に別れを告げて、馬車に揺られること数時間。少し遅れてしまったので、一度野宿することになった。騎士の人達には謝られたけど、むしろ休んで欲しいくらいだ。なんせ、万全の俺を怪我をした人が守っているというのは、なんとも居心地が悪かったからだ。

 

最低限の食事を終え、明日の朝、はやく出発するため交代で休みを取りはじめる。寝づらかったけど、将来の事を考えると、慣れておくべきなのかも知れない。そうして、休みはじめて何時間か経った頃、体が衝撃を感じた。

 

「…ん?」

 

その衝撃を与えていた存在は、聖剣だった。独りでに動きだし、ひたすら布がついたまま刃のない所でペチペチと叩かれている。驚いたが、伝説となる聖剣なのだからおかしくはない…のか?

 

「なんだよ」

 

一先ず声をかけて聖剣を握ると、カタカタとふるえ、なにかを伝えようとしていることに気付いた。微細ではあるが、剣先が外を向こうとしている気がした。

 

━━━もしかして、

 

魔族の襲撃。最悪の未来を想像して、飛び出るように馬車を出た。辺りは静かで、何の物音もして来ない。そう、見張りの人の生活音も、何も聞こえない。剣を構えて、辺りを警戒する。

 

「おい」

 

聞き覚えのある、重い声に呼び止められた。

 

「な、なんだ!」

 

恐怖を誤魔化すように声をあげ、音のする方向に剣を向けた。そこには、

 

「え、」

 

白く輝く聖剣を持った俺がいた。

 

「悪いが、その聖剣返して貰うぞ」

 

その瞬間、俺の視界は暗転して……

 

 

 

馬車の中で朝を迎えた。すぐに俺は聖剣を確認する。

 

「これは…」

 

デザインや、手に持った感覚は何一つ変わっていない。ただ、その聖剣は純白の光を宿していた。それが、昨晩の出来事を事実だと物語っていた。

 

 



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魔剣から出たもの

 

≪魔王視点≫

魔剣から溢れ出ていた光を浴びてから、私の体は自分の意思で動かなくなった。

 

『くっ…!なんだ?』

 

意識ははっきりしていて、地面を踏み締める感覚も視界も自身に伝わって来る。しかし、体は別の何かに動かされているらしく、私の意識に関係なく動いているようだ。もしこれが悪意のある何かだとすれば、私を慕っている物が被害を受ける。早くなんとかしないとまずい…。

 

四苦八苦したところで意味はなく、私の体は魔王城へ入って行った。まるで構造を把握しているかのようにすいすいと執務室までの最短ルートを通っていく。

 

「魔王様。お疲れ様です」

 

執務室へたどり着くと、リースが私を出迎えてくれていた。しかし、今の状態の私は言葉を発せないらしい。無言でリースの前を素通りして行った。

 

「魔王様…?」

 

疑問を抱いているリースを背にしながら、私の体は右手に魔力を集め始めた。

 

「お待ちください!魔王様!」

 

リースの静止の声なんてなかったかのように、私の体は魔法を発動すると、土で人を形作っていく。そしてそれが終わったとき、純白の光が私の体から出ていき、土の人形へ吸い込まれていった。同時に私の体の主導権は突如として私に戻ってくる。

 

崩れ落ちた体をリースが支えてくれる。そして私はすぐに私の体が作った異物を壊すため、魔法を放った。本気には程遠いが、魔王の魔力から生まれた魔法はかなりの威力を誇る。でもそれは、軽く振られた剣に弾かれた。

 

「あー悪い悪い。敵意はない」

 

そう声を発した土の人形。手には光輝く剣が握られている。その容姿を見て、リースが呟いた。

 

「勇者…」

 

「な…」

 

これが勇者。そんなはずがない。あれは魔剣から出てきている。それに、土の人形なのだから容姿は自由に決められるだろう。だからこそ、容姿は理由にはならない。可能性があるとするなら過去の魔王なはずだ。勇者が魔剣を生み出すなんてことはありえない。

 

「いやー。申し訳ないけど、今は話せること無いんだ。とりあえず、それは返して貰うな。もともとお前のじゃないし、お前も作れるだろうしな」

 

すぐさま勇者と呼ばれる化け物は私の腰にある魔剣を奪って、消えた。なんの抵抗も出来なかった。

 

「魔王様。今のは…?」

 

「分からない。が、すぐに勇者について調べろ。あの化け物が、あのような力をもつ存在が勇者であれば、国力のすべてをはたいてでもあれを殺さないといけない」

 

「かしこまりました」

 

もし本当に勇者であれば、私を殺すはず。それに、わざわざここまで来て、リースに存在をアピールする意味が分からない。なら違うと思いたいが、勇者でないのなら容姿を似せる意味がないような気がする。

 

「最悪、降伏だろうな」

 

勇者が二人。

 

ありえて欲しくない絶望の未来が来ないことを、私は願い続けていた。

 

 

 

 

 

 



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元勇者と元魔王

 

「【土魔法 クリエイトソイル】」

 

魔王の体を土で構成して、ちょっと暗めの聖剣をぶっさした。

 

「魔王?出てこれるか?」

 

その声に応じるように、聖剣から闇が流れ、土の器へ入り込んでいく。すべてが入り、やっと動き出した。

 

「もう少し丁寧に作れないのか?」

 

不格好にも程がある体を動かしながら、魔王は不満を愚痴る。実際、彼の見た目は酷いもので、面影すらなかった。

 

「どうせ体を変えるんだから別にいいだろ。流石にこのままだと不都合がありすぎる」

 

「じゃあ何故この世界の勇者に姿をみせたのだ?突然自分と同じ体のやつが聖剣奪って別の聖剣置いていくとか一生忘れられないぐらい記憶に残るだろう」

 

「あー。それは一回こっちの魔王にこの姿を見せちゃったから不公平かなって」

 

なにいってんだ?と土の人形を器用にいじって冷たい目を表現する魔王。というか、魔王しかり勇者しかり、あくまで土の人形の中に入っているので言葉も表情もなんでも魔法でやらないといけないのだ。魔力を潤沢にもつ彼等で無い限り、簡単に出来ることではない。

 

「まあ。とりあえず運よく成功したな。まさか魔剣の中で俺が生きれるとはな」

 

「ま、そうだな。というか、あの聖剣と獣王はどうしたんだ?」

 

「新しい方の聖剣は前の世界でずっと腰につけてたから勇者の力扱いで着いてきたっぽいな。で、獣王というかみゅーちゃんはここだな」

 

そう言って、胸を勇者は叩いた。

 

「は?」

 

「いやな。思ったより魔剣の中でしっかり混ざっちゃったぽくて今俺の心の中で騒いでるよ」

 

「ほう?なら、貴様は今獣王でもあるのか?魔獣でも操れたりするのか?」 

 

「力は増したけど、魔獣を操るのは無理だな。なんかみゅーちゃんは獣との信頼を元に操ってたらしくて、それが浅いから勇者である俺の言うことは聞いてくれないらしい」

 

「ああ、道理で私にも認識できない程の速度で勇者から聖剣を奪えたわけだな」

 

実を言うと、魔王は勇者の接近に気づき、こっちの世界の勇者を叩き起こしてからずっとこっちの世界の勇者に握られていたのだが、本当に気付いたときには持っている勇者が変わっていて驚いていたのだ。私が弱くなっている等いろいろな可能性を考えていたが、これで明確に原因がわかり、ホッとしたのが事実だった。

 

「じゃあ、これからどうするよ」

 

「……なんとかしてあの男を殺したところで、世界の崩壊は止められない。どうする?」

 

あの男がキレていた所から察するに、本当に自分で起こした訳では無いのだろう。しかし同時に、奴らはあの男をそれほど大切にしていないということでもある。

 

「あの男を寝返らせるのはどうだ?」

 

「出来るのか?あの男には忠誠心的なのはなさそうだが仕事だと割りきっているように見えたぞ?」

 

実際、あいつはかなしいだのなんだの言っておきながらあの世界の人間魔族魔獣のすべてを滅ぼした。確かに、慈悲の心なんてなさそうだ。

 

「まあ無理か。とりあえず今は体を変えて、この世界を旅してなんとか解決法でも探るか」

 

「はぁ。まあ私もわからない訳だし、行くとしようか。で、姿形はどう変えるんだ?モデルとかはあるのか?」

 

「は?自分で考えれば?」

 

「む。そうか…」

 

そうして、勇者は一先ず学園の友達であるレイトの姿に、魔王は………

 

「おい。なんでそれにしたんだよ」

 

レイトの姿をした勇者から余りにも冷たい反応を貰ってとある幼女が震えていた。

 

「いや、私はリース以外となるとこれしか…」

 

「なんで声もメルによせてんだよっ!」

 

勇者のツッコミが空に響いた。

 

 

 



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勇者の決意

 

≪勇者視点≫

あの襲撃後、何の問題もなく学園へとたどり着いた。一応、全員が寝ていてしまっていたことが問題にはなっていたが、物が取られるなどはなかったため黙殺された。俺は聖剣の事は黙っておく事にしたので、その提案を呑んだ。俺は何も見ていない。夜になんか起きていない。

 

王都の発展具合には度肝を抜かれた物だが、入学式は恙無く進み、無事学びはじめた。魔法や片手剣を中心にクラスの仲間とも交流を深めながら成長していける学園生活は辛くもあるが楽しい物で、人類と魔族の戦争の事なんて忘れていた。

 

そしてなんと驚くべき事に、リュアが学園へ入学した。しかも聖女。勇者の仲間の一人として良く物語に出てくる、これまた有名で希少な職業だ。まあリュアは村でも騎士の人達を助けていたし、優しい彼女にはお似合いだろう。まあ、目の前でハンマーを振り回しているリュアを見ると、そうでも無いような気がしてきたけど。

 

そんな楽しい学園生活の中で悲しい話があった。二刀流を学ぶクラスが戦場へと駆り出され、全滅したという話だ。命からがら帰ってきた兵士の話によると、学園の参戦によって不利な状況から一変、有利な状況へと変わったという。そして、押しに押した結果、一人の魔族の自爆魔法で分断され、主力が敵陣に取り残されてしまったらしい。主力は全滅、残ったのは僅かな兵で絶望しかなかった時、一人の学園の生徒がとんでもない才覚を現した。

 

軍に対して、一人でやり合ってみせたのだ。相手の敵陣に突っ込み、ぽんぽんと魔族の首を飛ばしていく。まさに英雄の誕生であった。しかし、その場にいたものからすれば、それはいつまで続くか分からない物で、その人物が暴れている間に逃げて来たらしい。そして、後にその戦場で大爆発を確認。その生徒の生死は不明。だがらほぼ確実に死んだとの事だ。

 

この話は学園内で大きく話題となり、調査隊が分析した結果大爆発は魔族複数名の自爆魔法という事がわかった。そこから、その学園の生徒を確実に殺すためにそうさせたんだと噂が広まり、ついには物語として語られる事になった。その生徒は、腕前からレイトと呼ばれる生徒だとされ、英雄として多くの者の憧れとなった。

 

この話は耳にタコが出来そうになるくらいあちこちで話されて有名になっている。同時に、俺は自身の浮かれを自覚した。こんな所でのんびりしている場合ではない。

 

強くならないと。

 

勇者として多くを守れるように、俺はひたすらに訓練を続けた。積極的に聖剣を使い、慣らし、いつでも戦えるようにした。だが、この聖剣を見るといつも思い出してしまう。

 

あの日の、絶望的なまでの力を持ったもう一人の俺。今の俺ですら敵わないであろう相手で、そして、あの時以来何もアクションを起こしていない存在でもある。

 

あれは一体何なのか。何故、聖剣を奪うだけでなく、新たな聖剣に変わる剣、いや、間違いなく本物の聖剣を渡して来たのか。何も分からない彼の存在が、ずっと胸にひっかかると同時に、それは俺の成長の手助けとなった。

 

もしあれが敵に回れば、そう考えたとき、このままではダメだと焦りが生まれる。それが俺から慢心をなくして、強くなるのに一役買ってくれた。たまに無理しすぎて熱を出して、リュアに迷惑をかけたけど、それでも、俺は強くなった。

 

明日、俺は戦場へ行く。多くの魔族を殺しに行く。人類の希望として、この戦争に勝つために。

 

 



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魔王の覚悟

 

≪魔王視点≫

化け物との遭遇を終えてから、私は強気の行動がしづらくなってしまった。もし大軍を派遣して、そこにあれが現れれば終わり。だからこそ、慎重な行動をとっていたが、そろそろ苦しくなっていた。

 

軍が足りずに敗戦が増えて、もう国民の不満も限界だ。そろそろ強気に出ないといけない。

 

幸いにもこれまであれが活動したという報告はない。勇者とも違う事は私自ら確認した。それでも、勇者の力は既に無視できない程にまで膨れ上がっていたのだが。

 

私の目の前には、多くの魔族が集まっている。彼等はすべて囮であり主力。我々の集められる限り最大の数を誇っている。そして、私の護衛部隊含め我等が魔王軍精鋭部隊が今回の作戦の要だ。主力を相手している間に大きく回り人類の軍の主力を挟み込む。ついでに勇者の故郷を燃やして、士気を落とすことも兼ねている。

 

今回の作戦は、勇者の初陣に合わせている。ここで勝つことが出来たなら、勇者という希望を信じることが出来なくなってしまうだろう。当然こちらが負ければおしまいだ。私への信頼は消え去ることだろう。つまり、これは実質最終決戦のような者。失敗は許されない。

 

「リース。任せたぞ」

 

「魔王様の名を汚すことがないよう、命に変えてでも成功させます」

 

「ああ」

 

精鋭部隊の総大将はリースに任せる事にした。リースは元魔王軍精鋭部隊であり、信頼が厚い。指示通り動いてくれるはずだ。

 

「しかし、魔王様。ほんとによろしいのでしょうか?」

 

「当然だ。ここで勝てなければ、どうせ私は死ぬ。それに、勇者は私にしか相手は出来ない。私が見た限り、リースですら時間稼ぎが限界だろう」

 

「それはそうですが…」

 

なにやら弱気になっているようだが、リースには本当に我等の作戦の成否がかかっている。弱気になられては困るのだ。

 

「リース。お前には私たちの未来がかかっている。そう弱気になるな。これまでの業務に比べれば、遥かにマシなはずだ」

 

「…確かにそうですね。まあそれはともかく、魔王様。魔王様が死なれてしまってはおしまいです。我々を切り捨ててでも、必ず生き残ってください」

 

強い信念を感じさせるような瞳でリースはそう言った。

 

「分かっている。わざわざ死にに行くつもりはない」

 

「そうではなくてですね。私たちをすべて見捨てでも、お逃げくださいという意味です」

 

我が同胞を見捨てるつもりはないが、リースはゆずらなさそうなので適当に流しておく。

 

 

 

さあ、最後の戦いだ。魔族の未来を賭けた、余りにも大きな賭けだ。ここで、私は全力を尽くさないといけない。

 

「これが、私の魔剣だ」 

 

「勇者の聖剣に対抗出来る、私の全力だ!」

 

我々は、最後の戦場へ我々は歩み始めた。

 

 

 

 

 



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勇者と魔王は見続ける

 

見晴らしのいい平原にて人類と魔族の大軍が睨み合っていた。その大軍の間には、魔王と勇者が立っていて、互いに一手を警戒している。どちらかがアクションを起こせば、過去最大の規模となる戦争がはじまる。殺意と恐怖でまみれた戦場を、遠くから眺める一人の男と少女がいた。

 

「どうするんだ」  

 

「そっちは?」

 

少女の姿を取るもう一人の魔王は質問に質問で返されたことに不満を覚えるが、飲み込んで話を続けた。

 

「このままだと、またあの戦争がはじまる。が、私は静観しようと思う。これまで通りに」

 

「へー」

 

気の抜けた返事を、男、勇者は返す。そんな勇者に、魔王は苛立ったように言った。

 

「貴様は!人類魔族共に多過ぎる被害を出したあの戦争はどうするんだ!?」

 

「んー。いや、覚悟してた積もりだけど、やっぱきついな。自分のエゴのために止めれる争いを止めないなんて」

 

「…では、あの村へ行くか?」

 

「…ああ」

 

その返事を聞いてから、魔王と勇者は転移魔法でココサ村へ向かった。ココサ村。勇者の生まれ故郷であるが故に争いへ巻き込まれる、何の変哲もないただの村。魔王軍の想定では戦いにすらならないと考えられていたが、ここで、魔王軍精鋭部隊は足止めを受けてしまう。当時、まだ偶然そこで休暇を過ごしていた学園の生徒であるリュアという聖女が、村をまとめあげ魔王軍に対抗したのだ。

 

最終的に魔王軍は突如として作られた即席部隊を倒した。しかし、魔王軍にしてみれば、想定外の事態。リュアという聖女の命を犠牲にはしたが、人類の危機を大幅に遅らせた。まさに、ターニングポイントの一つといえる。

 

勇者と魔王の目的は、この先の未来を変えずに、リュアという少女を助けること。この世界の勇者の中では死んでいることにしなくてはならない。と、言うのも、理由がある。

 

 

 

魔王と勇者は姿形を変えた後、この先について話し合った。しかし、よさ気な意見はどちらも思い浮かぶことはなかった。どうしたって、あの神の使いのような男を止める手段があるとは思えず、その男を止めた所で、世界の崩壊はさらにその奥にいる何かが起こしているのだ。そこで彼等は、一先ず一つ目の歴史をたどる、つまり、下手な干渉をせずに、自分達が通った世界を見ながら考える事にした。

 

しかし、彼等は人を、魔族を守ってきた立場である。よって、見殺しなどということはあまりしたくはなかった。とはいえ、片っ端から助ければ目立つことは避けられない。なので、彼等は自分達の心の平穏を保つため、自分に関わりの深い者だけを助けることにしたのだ。

 

既に、レイトとニアが助けられている。魔族の自爆に合わせて、すくい取るように二人を救出したのだ。彼等には誰の人目にも付かないような私たちの拠点で共に生活している。

 

 

 

 

 

 

 

魔族の精鋭軍が恐ろしいほどに統率の取れた動きで、人類の領地の奥地へと入り込んでいく。戦力の大半を別に裂いている軍程度では止めることはかなわず、ずるずると撤退を続けるばかりだ。戦線がココサ村近くにたどり着いた時、逃げていた兵士は目を見張る。

 

ただの村。早馬によって情報は伝わっているはずで、一般市民は避難を済ませているはずのその村には、壁があった。

 

やけに大きな土の壁。近寄られればそれまでだが、そうでなければ魔法や弓矢を防げるという防衛時にはなくてはならないものだ。壁からなるべく体をださずに遠距離攻撃をすれば、一方的に数を減らせる。しかし、相手は魔王軍というだけでなく、精鋭部隊。当然、対策はあった。

 

ドォン!

 

爆音と衝動を伴う鉄の塊が、土の壁にぶつかった。それは、壁の端っこに当たり、ボロボロとその部分を崩れさせる。二発目、三発目と土の壁は削られていき、防衛側の優位性が崩されていく。だが、その村にはリュアという聖女がいた。

 

聖女とは、ただ回復するだけの役職ではない。戦いもそれなりにこなすが、何よりも高いのはその防衛力である。勇者を援護する事に特化した聖女が得意とするのは、回復、強化、そして、障壁である。

 

四発目以降、飛んだ鉄の塊は、何かに当たったかのように弾かれた。五発目、六発目と続けるが、透明な聖女の障壁は、そう簡単には破れない。そして、人類側の反撃が始まる。絶妙に息が合った魔法が一斉に魔王軍を襲う。堪らないというように、魔王軍は散らばり、物陰へと身をひそめた。

 

こうして、この戦いは攻め手のかける魔王軍と下手に攻めないようにしている、いや、攻める力のない人類で頓着状態へと陥ったのである。

 



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勇者が求めた結果

 

「勇者。私は主戦場の方を見ておく」

 

「おう」

 

魔王は、膠着状態に陥ることが分かりきっている戦場より、まだ動きがある主戦場を選んだ。実際、この戦場でリースが負けることはなく、リュアは勇者が助けるので、やることもない。それであれば自身の動きを見て、反省できる主戦場の方がいいという考えなのだろう。

 

「気を詰めすぎるなよ。余裕を持たねば、肝心な所は成功しても、全体では失敗するぞ」

 

いざという時のため、片時もリュアから目を離さない勇者に対してそう忠告すると、魔王は去っていった。

 

ちなみに、勇者の知っている世界では、リュアが死ぬのは後半年後と言われている。それ程までにリュアという少女が率いた軍は、人類を守りきったのである。本来では有り得ない。しかし、聖女という肩書を持ち、勇者を常に間近で見てきた彼女だからこそ、起こせた奇跡といえる。

 

壁を作り、その壁を機転に反撃する。負傷すればすぐに戻り、聖女の癒しと激励を受け前に出る。守られる者達は何層も壁を構築して、壁が崩れたときの予防線を貼る。そうして、格上相手との戦いで膠着させる。

 

当然、魔王軍も馬鹿ではない。彼等は相手の動きを見た瞬間から、搦め手を使いだした。塹壕を掘り、魔法が当たらないようにしながら先に進む。別働隊に命令して大きく迂回させ、背後から叩く。補給を断つ。様々な方法を試し、そのうちのいくつかは成功した。しかし、成果をあげたとは言いづらい。

 

まず、食料に至ってはあれは村内で簡潔してしまっていた。冬前であり、すべての家が冬を越す分の食料を溜め込んでいたのだ。よって、外からの物資を断ったところで、兵糧攻めとはいかず、武器の枯渇も、そもそも武器なんてあまり使っていなかったから、特別苦しいことはなかった。

 

塹壕は魔法を避けることには成功したが、結局壁の近くに行った所で聖女の障壁を破れるはずがなく、意味はなかった。

 

迂回は失敗だ。迂回するための通り道とした森には、余りにも多くの魔獣が住み着いていた。流石にそこを突っ切る頃には、兵は半分以上は死ぬだろうと結論が出たので、実行すらしていない。

 

気づいた頃には、魔王の物資が切れかけていた。

 

そこで、魔王軍は博打とも取れる選択肢をとった。それは、一斉突撃。

 

守りは捨て、全員で攻めきるという戦略を全否定するような戦いだ。戦略のない戦いでは、単純に、力が強い方が勝つ。本来、魔王軍にとっては壁で相手の勢力がわからないため、どちらが強いか分からない。よって、この選択肢は愚策とも言える。それでも、魔王軍はそれを決行し、成功を収めた。

 

さあ、時が来た。

 

勇者は、最も信頼に値する聖剣を腰に添えて戦場を俯瞰的に観察する。勇者の中には獣王もいるので、勇者が見逃した情報も勇者に教えてくれる。

 

「さぁ。こい」

 

勘が囁く。今だと。

 

「待てええええ!!勇者ぁぁぁぁ!!!!」

 

魔王の叫び声をバックに、勇者は音速を超える速さで移動する。その目には、リースの放った魔法が目の前にあり、希望を信じ、涙を流しながら笑みを浮かべるリュアが映る。バチバチと、傍から見れば強力そうに見えるそれは、ただ攻撃を弾き、土煙を起こすだけの見せ掛けだ。

 

救えなかったリュアを思い出し、勇者の目には涙が浮かぶ。そうして、人を守り、誰も傷付けない聖剣は────

 

「リュアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」

 

光の速度を出す勇者の、誰かを守るために人を傷付ける聖剣と交差して、大きく弾かれた。

 



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勇者と勇者

古い方の勇者→ライガ
新しい方の勇者→勇者
となっております。


 

ライガと勇者の剣が交差し、一瞬鍔迫り合うと思いきや、両者が互いに大きく弾かれる。突如割り込んできた二人に、リュアとリースは固まっていた。

 

「は?」

 

有り得ないはずの事態に、ライガは困惑する。何がどうなっているのか。本来であれば、俺は間に合わなかったはずなのではないかと。

 

そう混乱している内にも、向こうの勇者は構え直している。目には明らかな闘志が宿り、その矛先はライガに向けられている。

 

「引くぞ!勇者!」

 

混乱するライガに、魔王が叫び指示を出す。そこではっとするものの、既に純白の光を身に纏う勇者は、すぐそこまで迫っていた。なぜ限界突破が使えているのか。分からない。何もかもが分からない。

 

ライガの頭は非常事態に麻痺し、まともな思考をしてくれない。しかし、体はライガの意思とは関係なく動き、勇者の聖剣を止めた。

 

「なっ!」

 

止められると思っていなかった勇者が、少し隙を見せる。そこに容赦なく蹴りを入れ、勇者を吹き飛ばす。

 

「おい!どこに逃げればいいんだ!」

 

そうして、ライガの体から出てきた声は、女の声だった。

 

「獣王か!じゃあそのまま魔王城まで飛べ!少し時間を稼いでから私もついていく!」

 

「おっけ!勇者!体借りるけど恨むなよ!」

 

転移魔法によりその場から離脱するライガの体を操る獣王。残ったのは、リースに女の子と勇者だった。

 

魔法によって隠していた姿を現し、魔王は地面へ降り立つ。視線が集まっているが、最も魔王を凝視していたのは、リースだった。

 

「メル…?」

 

「っ!そっちの陣営か!」

 

リースの言葉から色々と察したのか、勇者はリースを背に起き、警戒を強める。しかし魔王の目的はそんな者ではなかった。

 

「待て」

 

落ち着いた、見た目からは想像も出来ないほどの低い声で魔王は話す。

 

「私の目的はリースを連れて帰る事だ。それを邪魔するのであれば、私はそれ相応の対応をしよう」

 

そう言った後、勇者が動かないのを見ると、リースへ急速に接近し、共に消えて行った。

 

 

 

 

 

 

魔王城には、三人分の人影があった。ぴょんぴょん跳ね回る勇者に、落ち着いた様子の魔王。そして、意識を失っているリースだ。

 

「いやー勇者がおかしくなっていたお陰で、主導権を握れたー!」

 

テンション高く、見た目そのままで女声を出すライガ。と思いきや、

 

「させるか」

 

一瞬で取り戻されていた。

 

ライガはそうして頭を抱え出した。

 

「なんでだ…?」

 

分からない。本当に分からない。前回との違いなんてないはず、おかしい。

 

「勇者よ。貴様は一度勇者と会っていただろう?おそらくそこだ」

 

「は?」

 

「結論から言うと、今回の勇者は前回より強い。よって、この世界の魔王が破られた。いや、死んだ」

 

「は?????????」

 

 

 

 

 

 

 



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魔王と人類の最後の戦い

 

「まあ、順序だてて話していこう。私が勇者から離れてからの話だ」

 

頭にはてなマークを無限につけている勇者に事の説明をするため、魔王は自身が見てきた光景を話始めた。

 

 

 

 

 

 

 

主戦場へ飛ぶと、既に戦いは始まっていた。両者の最高戦力である勇者と魔王がぶつかり、その流れ弾が飛んで来なさそうな所で、人類と魔族の軍隊はぶつかり会っていた。魔法と、純粋な力による衝突。互いに正念場とわかっているからこそ、その戦いは拮抗していた。

 

こんな時代があったなと、遠目から魔王は眺めていた。こうしてみると、当時の私は酷い。魔法の一つ一つに隙がある。それに、魔法に頼り過ぎで魔剣を上手く扱えていない。魔法で隙を作り、魔剣で突く。単純だが、それができれば傷を負わせられただろう場面が多々あった。

 

 

それに比べ、勇者は流石と言えるだろう。まだまだ未発展だが、確実に魔法へ対応してきている。まさに、戦いの中で成長している。そう言ってもいいくらい、勇者の剣筋は鋭くなっていた。まったく、このていたらくで良くこの戦いを生き抜けたものだ。

 

一日目、二日目と似たような戦いは続いたが、変わったところがある。まず、魔王軍は当初の予定通り、相手が引けなくなって来た当たりを見計らって、守りに入った。このままでは押しきれないと判断しての行動だ。人類も戦い方が変わったことには気づいたが、魔王がいる手前引くわけには行かない。そうして、こちらでも泥沼なみの戦いが始まった。

 

「つまらなんな」

 

正直、見ている側からすればつまらない。魔王と勇者の衝突も減り、一日の犠牲者も片手で数えられる程度だろう。しかし、戻ったところでこれとはそれ程変わらない防衛戦を見るだけであり、何よりも面倒なのはそこに勇者がいることだ。それだけで、こちらに居続けるべきだと判断した。よって、魔王は魔法で暇を潰しはじめる。これは、魔法を覚えたての子供がやる遊びだが、何十年ぶりかの遊びは思ったよりも楽しく、はまってしまった。

 

何日経ったか。戦況に変化が見られた。攻めることを躊躇していた人類の軍が、一斉に突撃し始めたのだ。突然の事だが、予測は出来ていたので、落ち着いて魔王軍は押さえ込む。しかし、向こうには勇者が。気づいたときには一部が破られていた。即座に魔王がカバーし、事なきを得る。

 

だが、遠くから眺めていた魔王は違和感を感じた。

 

「なんだ…?勇者、強くないか?」

 

魔王の目には、今の勇者…ライガには叶わないが、勇者はそれに近い力を出しているように見えている。そう、あの体に纏う光はまさに、

 

「限界突破…?」

 

もう魔王の魔法は見切られ、一瞬のうちに詰められる。そして気付けば、首筋に聖剣が当てられていた。

 

どうなっている?そんなことが有り得るのか?最低限の接触しかしていないというのに、ここまで結果が変わってしまうなんて。いやまて、今はいつだ?なぜ勇者は今覚醒した?

 

確か、勇者は守りたいという感情で限界突破というスキルが目覚めたはず。だとするなら、それに近しい思いが…ある。あの少女だ。あの、リュアという少女の活躍がここまで伝わって来た可能性はある。それだけではない。この世界の勇者と魔王は、未来の勇者という化け物を知っている。それについての対応が、ここまで未来を変えたのか?

 

そこまで考えて、私はすぐにココサ村へ転移した。案の条、勇者はリュアを助けるため突っ込んでいた。同時に近づく閃光。いくら力の差があるとはいえ、相手を傷付けないようにしている剣と、危機を跳ね退けようと速度を載せた剣であれば、速度を載せた剣であるに決まっている。

 

 

「待てええええ!!勇者ぁぁぁぁ!!!!」

 

 

私は叫んだが、時既に遅かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…と、まあこういう事だ」

 

「そうか…」

 

「どうした勇者。貴様にとっては見たかった世界なのではないか?勇者が正当に勝利した世界だぞ」

 

やけにぱっとしない顔を浮かべる勇者に、魔王が尋ねる。

 

「いや、なんでもねえよ」

 

どう見てもなんでもなくはなさそうだが、魔王は気にしない事にした。まあ、勇者としても、リュアが隣にいないという事実が悲しかっただけで、気にはしていない。

 

「それにしても、リセットはいつだ?」

 

「知らん。だが出来るだけ私達は共に行動しておくべきだろう」

 

「まあ、そうだな。いつでも死ねるように。そして、」

 

「チャンスを逃さないように」

 

この世界は、勇者が勝つ世界だ。魔王や勇者が目指した終わりとは違うが、明確に戦争は終結し、魔族が敗北した。これはこれでしっかりとした終わり方で、勇者と魔王の危惧する最悪の終わりかたとはなっていない。すなわち、魔王と勇者にとっては、ここで終わってもいいのである。故に彼等は準備を進める。すべての種族が滅び、世界が崩壊を迎えるのを防ぐために。

 

 

 

 



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怠惰な勇者と勤勉な魔王

 

≪魔王視点≫

「暇だ」

 

「なら働け」

 

「めんどくさい」

 

「は?」

 

勇者がニートみたいな言動をしはじめたのは、戦争が終わってから数ヶ月が経過した頃だった。戦後の講話会議では、1番の立役者である勇者が魔族にとんでもないくらい酷い要求をしたが、暴動を恐れた王族や聖女の説得のかいあって、まだマシにはなった。ちなみにその背後には、魔王と勇者が頑張って一般魔族を装い、聖女の同情を買ったというのがある。

 

勇者はこの騒動に対して遠い目で「あの頃は荒れてたからなぁ」とほざいていた。ちなみに獣王は大賛成していた。

 

 

 

そんな経緯を経て今に至るのだが、世界は平和だ。戦争はないし、聖女の奮闘とリースの統治で暴動は起こらない。魔獣が暴れる事もなく、私も勇者も日々働き、日銭を稼いでいる。当然、力を求めて訓練はしないといけないが、色々あって、私達が保護している者達は100人を超えそうで、金が足りない。リースに頼み少しずつ自立させている所であるがまだ時間がかかる。

 

故に私も勇者も働かないと行けないのだが、この勇者、働く気がない。いや、正確には魔獣を倒して稼いでいるので働いてはいるのだが、ペースが週一。もう少し、せめて週二なら私にも余裕か生まれるのだが、そんな様子がない。

 

「まあめんどくさいってのは嘘だよ。ただな、ちょっと見届けたいのがあって」

 

「ほう?」

 

ついて来いと言われたのでついていくと、そこはココサ村だった。この戦争を終わらせた勇者と共に、リュアが暮らしている村である。王都に住まないかという打診は、蹴ってここで暮らしているらしい。

 

「ほら、ここあれの部屋、指輪あるだろ。つまりそういうことだよ」

 

堂々と不法侵入をかまして、部屋に押し入れば、確かに指輪があった。リュアにあげるものであろうし、勇者は勇者とリュアの結婚を見届けたいらしい。

 

「…まあいいだろう。ちなみにいつなのかとかは分かるのか?」

 

「分かるわけないだろ。ただ、この世界の俺はへたれだから、多分結構後」

 

「なら働け!」

 

叫び声が木霊した。

 

「誰だ!」 

 

ものすごい速度で、こっちの世界の方の勇者がやってきた。体からはほんのりと純白の魔力が出ているので、相当飛ばしたらしい。いや、やり過ぎだろう。

 

「お、お前はっ!」

 

「おっ。勇者君じゃ~ん。おいおいちょっと喧嘩しよ~ぜ~」

 

「馬鹿か、喧嘩する暇あるなら働け。…行くぞ」

 

「おいおい、プロポーズなりなんなりするならはやめにしとけよ~!」

 

「なっ」

 

これ以上勇者が余計なことをいう前に、転移で逃げた。というか、自分が他の、しかも自分で助けた奴の顔を使っていることを忘れているのか?もしレイトとやらがこの世界の勇者に会えば…

 

 

流石に助けてやるか。

 

 



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