聖典とある右手の輪廻還し (全智一皆)
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とある右手の輪廻還し
序章 輪廻転回 Break the world


呪え、呪え、呪え。
何もかもを、呪え。恨め。憎め。
それが貴様に相応しい。


■  ■

「全く、珍しい事も起きるものだね。そうは思わないかい? エイワス」

「珍しい事、というのには同意だが、君が言うという事は既に分かっていた事なんだろう? ジュピター」

 そこは宇宙。そう言うに相応しい場所だろう。

 幾万もの星々が光り輝いていいて、紫色の空もまた星々に勝るとも劣らない美しさを放っている。

 その空間で、二人の男が話し合っている。片や異質、片や神秘。異質と神秘が混ざりあったような二つの存在が、その空間で長々と駄弁るように話し合っている。

 麗しい虹色の長髪、金色銀色のオッドアイ、足首まで届くロングコートを纏う青年。

 光。実態があるのかは分からない、天使と言える男。

 互いに、人間とは思えない者達が、語り合っていた。

「いや、違うよ。彼に関しては、本当に予想外だった。『アカシックレコードそのもの』とも言える俺ですら、認識する事が出来なかった真のイレギュラーだよ」

「ふむ。君ですら認識する事が出来なかった真のイレギュラーか。実に興味深いが、同時に最も危険な存在だな」

「そうさ。『幻想殺し』が“世界の基準点”と呼ばれるならば、『    』は“世界の特異点”と言えるものだ。人類の、否、“生命の危険存在”とも言える。」

「ふむ…ならば、排除するべきなのではないのか?」

「それが出来ないからこその『特異点』なのさ。エイワス、俺達にとって、特異点という概念が何であるのかを君は分かるかい?」

「この世界のありとあらゆる法則が通用しない特別な存在の事」

「その通りだ。彼はまさしく、『特異点』を体現した存在と言えるだろう。『あらゆる世界のありとあらゆる全てを認識する』という俺の存在もまた、見方を変えずとも法則と言える事だ。故に、彼には俺の魔神としての魔術も全て通じない。『雷神の槍』も、然り。」

「『雷神の槍』すらも効かぬ存在…私からすれば、排除するべき存在だが、ジュピター。お前は、そうは思わないのだろう?」

「あぁ。俺は、彼を消さない。だって―――面白いじゃないか。俺ですら理解出来ない、認識する事が出来ない、奇蹟にも等しい存在を面白いと思わない訳がないじゃないか。ゼウスという全知全能の神の名を与えられ、その能力を扱える俺ですら。ヨグ=ソトースというアカシックレコードそのものとも言える外なる神の名を与えられ、そうなった俺ですら。認知出来ない、理解出来ない、認識出来ない、そんな規格外で、予想外で、馬鹿げた存在を消そうとは思わない。あぁでも、止めはしないよ。だって――――――

 

 

天使である君ですら、彼にはどうやっても勝つ事が出来ないのだから」

 青年は、愉快そうに笑った。




俺は、生きるぞ。


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第一章 上条翔馬という男 Make the reincarnation go crazy

光と闇は表裏一体にして同一である。
光とは闇があるから輝くものであり、闇とは光があるから疎まれるものである。


■  ■

 とある一軒家にて、一人の大学生がレポート課題の提出を終えて天を仰いでいた。

「やっっっと、終わったー…今回のレポートは疲れた…はぁ。ん?」

 ぶー、ぶー、と電話が鳴なっている。

 大学のレポートが終わったので、せっかく冷蔵庫で冷やしているキンキンのコーラ(朝からビールは体に悪いので飲まない)を飲みながら映画か何かでも見ようと思ったのに。

 一体誰だ、この課題多き大学生生活の数少ない素晴らしい楽しみを奪わんとした不届き者は。

 そんな事を思い、青年はスマホの画面をスライドして、電話の主を見た。

 『当麻』と書かれたその主に、青年は「なんだ、当麻か。」と愚痴のような思いを掻き消して電話に出た。

 弟には他人よりも少し優しい兄貴である。良いお兄ちゃんだ。

 電話に出てみれば、『兄ちゃん助けてくれ!』と、開口一番に助けてくれという大きな言葉が放たれた。

「どうした? また不幸な事故でも起きたか?」

『そうなんだよ! 食材は切れるし、インデックスには噛み付かれるし、何より財布が無くなった!』

「…それは、また…不幸だな。分かった。丁度レポート終わったから、俺が昼食作るよ。そうすれば、多少インデックスも落ち着くだろうし」

『マジで!? ありがとう、兄ちゃん!』

「いいよ、別に。じゃ、食材買ってそっちに行くから。」

『分かった。』

 弟から救援要請の電話を切って、青年は腰を降ろしていた椅子から立ち上がる。

 リビングから自分の部屋へと移動し、シャツに短パンという部屋着から黒のTシャツに長袖を肘あたりまで綺麗に巻き上げたシャツ、黒いメンズのジーパンという外出用の服に着替えて自分を部屋を出て、再びリビングへと向かった。

 レポート課題を行っていた机に置いていた自分の財布を取ってその中身を確認し、キッチンへと移動してキッチンの端に置いていた買い物用のバッグを持って、リビングの部屋を出る。

 玄関まで行き、愛用している黒のスニーカーを履いて家の鍵と自分の愛車の鍵を取って、玄関から外へ出る為に鉄製のドアノブに手を掛けてドアを押し、外へと出た。

 眩い日差しが差し込み、つい目を細めてしまう程に快晴。だが、自分の体を触るように吹いてきた風は、少しだけ冷たい。だが、実に丁度いい冷たさだ。

 少し冷たくも丁度いい風が体を通り抜け、青年はもう冬が近付いてきたなと、冬の到来が間近である事を実感して、階段の方へと進んでいく。

 マンションの階段を降りていく。一歩一歩、着実に降りている事が実感出来た。ただ階段を降りているだけなのに、何故こう『自分は降りることができている』と感じるのだろうか。不思議の国のアリスか?

 少々長い階段は終わり、ようやく一階に着いた。

 一階の扉を押して開き、駐車場へと急ぎ足で進む。こうしている間にも、自分の弟と同居人のシスターが腹を空かせ、尚且そのシスターが弟に噛み付いているのを想像してみると、自然に足が早くなった。

 自分の愛車を停めている駐車場に辿り着き、自分の愛車である『ホンダNSXタイプS』のドアを開いて中へと乗り込み、シートベルトを着用してエンジンを掛ける。

 ブォンッッ!!! と、派手なエンジン音が快晴の空の下、響き渡る。良し、最高だ。

 この学園都市においては旧車扱いされるのだろうが、しかし青年にとっては最高の車だ。

 アクセルを踏んで愛車を駐車場から出し、左右と信号をしっかりと確認してから道路へと出る。

 平均速度で道路を走り、青年は自分の弟と同居人のシスターの為に昼食を作るべく、スーパーへと向かうのだった。

(しかし…当麻は苦労してるのに、俺は苦労していない、なんて…一体、何が違うんだろうな。俺と当麻の―――“右手”は)

 

 青年の名を、上条翔馬。

 右手に『幻想殺し(イマジンブレイカー)』を宿す不幸な少年、上条当麻の実兄であり、弟のようにその右手に『輪廻還し(リンカーネイション)』という最悪を宿す青年である。

 時は進んで場所は変わり、買い物を終えた翔馬が向かった先はパーキングエリアである。

 愛車をパーキングエリアに停め、買い物袋を取って車から外へ出る。

 車のキーに付けられているボタンを押して車のドアをしっかりと閉める。

 鍵をズボンのポケットの中に入れ、パーキングエリアから出て、実弟である上条当麻と実弟の同居人シスターであるインデックスが待っている学生寮へと向かった。

 特に何かが起きる事もなく、無事に学生寮へと辿り着き、階段を登って当麻が住んでいる部屋の階へと到着した。

 道を進み、当麻の部屋の扉の前に立ち、扉の横に付けられたインターホンを人差し指で軽く押す。

 ピンポーン…と、よく聞くインターホンの音が耳に響いた。

 少ししてから、ドタバタと騒がしい音が聞こえてきた。なるほど、余程焦っているらしい。もしくは慌てているのか。

 ガチャ、と鍵が開けられ、ドアが乱雑に開かれた。もう少しドアを労れ。不幸と重なり合って壊れるぞ、多分。

 当然、中から出たはツンツン頭の少年―――上条当麻である。

 翔馬を見るや否や、その目には涙が浮かんでいた。恐らくは買い物袋を持っている彼が天使か神にでも見えたのだろう。まぁ、それ以上に恐ろしい存在なのだが、その青年は。

 そんな少年に、翔馬は笑って挨拶の言葉を放った。相手が誰であれ、挨拶は忘れない。

「よぉ、こんにちわ、当麻。」

「はいこんにちわ! そしてありがとうお兄様!」

 野郎からお兄様呼ばれても全く嬉しくはない。

 小さくため息を吐き、当麻と共に部屋へと入り、扉を引いて戻し、鍵を閉める。

 リビングとなる場所には、やはり床に伸びているシスター、インデックスが居た。

 伸びているインデックスにもまた、翔馬は挨拶の言葉を投げた。

「こんにわ、インデックス。ご飯作りに来たぞ」

「!? ショーマ、ようやく来たんだね! 待ち侘びたんだよ!」

 言葉が聞こえるや否や、背後にきゅうりを置かれた猫の如く飛び上がって翔馬の眼前まで迫ってきた。

 このシスター、純白に身を包む身ではあるけれども暴食なのである。

 空いている右手でインデックスの顔を少し押して離れさせ、「今から作るから、少し待っててくれ」と言って翔馬はキッチンへと向かった。

「はーいなんだよ!」

 さてさて。

 それでは早速、レッツクッキング。

 今回、翔馬が彼らに振る舞う料理は皆さん知らない人が多いであろう『シュクメルリ』というものだ。

 さて、まずは材料を買い物袋から取り出そう。

 取り出すは牡蠣(!?)、薩摩芋、牛乳、バター、マッシュルーム、ニンニク。

 まずは牡蠣の中身を取り出さねばならない。ナイフを牡蠣の隙間に入れ込み、回るようにして切って貝柱を切り捨てる。

 そうすれば、中から身がぎゅっとしている本体が姿を現した。そんでもって隣で涎を垂らすシスターも姿を現れた。

 勿論、当麻に頼んで腹ペコシスターは下がらせてもらう。

 牡蠣はしっかりと焼かなければ腹を下すので、つまみ食いは許されないのだ。

 しかし、どうして牡蠣なのかという疑問もあるだろう。

 本来、シュクメルリという料理は鶏肉などを使ったものなのだけれど、クリーミーな味わいである牡蠣を使ったならばどうなるのだろう? という翔馬の興味本位で牡蠣を使っているのだ。

 コンロの上に網を置いて、更にその上に殻の上に乗せられた牡蠣を置き、強火で少しの時間焼く。

 その間にフライパンにバターを融かし、薩摩芋を洗って、綺麗に切る。厚みは少しある程度のもので。厚みが有り過ぎると火が通り難いから。

 マッシュルームも切り分け、切り分けた薩摩芋と共に鍋に入れて重鉄の蓋を乗せて焼く。

 片面が焼けたならば蓋を外して裏返し、再び蓋を乗せてもう片方が焼けるまで待つ。この間にもシスターは空腹で待っているのだ、早く焼けてくれ。

 無事焼き終わったら皿に中身を移し、鍋の油に水を加え、ニンニクなどを入れて5分煮立てる。そして色がつく程度に牛乳を注ぎ、焼き上がった牡蠣と薩摩芋達を入れれば完成である。

「うんうん! やっぱりショーマが作った料理は美味しいんだよ!」

「そう言ってもらえると、嬉しいな。ほら、当麻も食べろ。」

「あぁ…ありがとう、兄ちゃん…」

 弟である上条当麻とその同居人であるシスター、インデックスを救う為に平凡を捨てた翔馬は、美味しそうに自分が作った昼食、もとい『夏季と薩摩芋のシュクメルリ』にあり付いている二人を眺めて、小さな笑みを浮かべていた。

 結果的には当麻もインデックスも救えたものの、しかし翔馬は平凡ではなくなった。

 異常、異質の塊か、それ以上の厄介極まりないものを手に入れた。

 『輪廻還し』という異常極まる力を、その右手に宿した。

 その代償は、あまりにも大き過ぎた。

 不幸になっている訳ではないが、しかし今まで感じ取る事がなかった不吉、不安を感じ取るようになった上に、右手で生物に触れてしまえばその生物が禁忌に冒されるようになってしまった。

 不吉な感覚、不安感。それらを感じ取ってしまうようになるだけならまだ良かった。

 だが、触れた生物を禁忌で冒すという厄介極まりないデメリットは、日常生活に厄介なものでしかなかった。

 

 それは、様々な不幸を被るよりも、最悪であると言えるだろう。

 まぁ、それはともかく。

 翔馬は自分が作った料理を美味しそうに食べている、そんな二人を眺めながら、思い浸っていた。

 そんな彼に、あっさりと料理を食べ終えた暴食シスターがその右手について問うてきた。

「ショーマの右手って、とーまの右手と何が違うんだろ?」

 この家に辿り着く前に考えていた事を、まさかのシスターから問われるとは。

 つい、翔馬は笑ってしまった。自問自答の問を、まさか他人にされるとは思っても見なかったから。

 腹ペコなシスターの皿を取り、自分の昼食の予定で作っていた『牡蠣と薩摩芋のシュクメルリ』を注いで彼女へと渡して「ありがとうなんだよ、ショーマ!」と、眩しい笑顔と感謝を受け取って、自分の更に昼食を注ぎながら先程の問に答えた。

「俺にも詳しいことは分からない。ただ、俺の『輪廻還し』には、当麻の『幻想殺し』のような幸運を打ち消すとか、そういう効果は無いって事は確かだ。」

「うーん…そこだけ聞くと、羨ましいんだけど…でも、その右手の所為で兄ちゃんは生き物に触れなくなっちまったからな」

 うーん…と、両手を組んで悩みながら当麻は『輪廻還し』という力の悩みを言った。

 『右手で人間や動物などの生物に触れてしまえば、その生物が禁忌に冒される』―――全くもって、厄介極まりないデメリットだ。

 自身の幸運を打ち消し、魔術や能力なども打ち消す『幻想殺し』と比べれば、まだ『幻想殺し』の方が良いものだ。

 『輪廻還し』と比べれば、全然マシなものである。

 だが、そんな事も承知の上で翔馬は二人を助けたのだ。自分がどうなろうと、必ず助けると決めたから助けた。

 後悔は無い。二人を助けたという事実は喜ばしいもので、決して後悔するようなことなどでは無いのだから。

 呪いを背負う? 上等だ。犠牲無くして得られるものなど、数少ない。しかもその犠牲が自分の日常生活程度で済むのであれば、実に良い。

 それらを含めて、全てを覚悟して、二人を救ったのだ。

 手を合わせ、「ごちそうさま」と一言述べて皿を持って立ち上がり、キッチンの洗い場へと向かう。

 これで昼食は済ませた。問題も解決した。あとは、家に戻るだけだ。

 ―――そんな平和的に終わるのならば、どれだけ良かった事か。

 ピンポーン…と、インターホンの音が鳴った。

 皿を水に浸けて置いて、タオルで手を拭い、部屋から出て玄関へと進む。

 何の警戒もなく、鍵を開けて、扉を押して開いた。

 すると、そこには―――

「よぉ、上条翔馬。シェリダー=ルキフグスだ。ちっとばかし協力してくんねぇか?」

 アッシュカラーの綺麗な赤髪。光を持った黒曜石のような瞳。ネクタイが締められたシャツ、ベルトを締めたブラックパンツ、そしてその服の上に黒のトレンチコートを纏う男が、扉を開けた翔馬の目に写った。

 

 魔術結社『邪悪の大樹』ナンバースリー―――『極光すら逃る者』シェリダー=ルキフグスが、居た。

 

「ショーマ、離れて!」

 インデックスが声を荒げてショウマに叫んだ。

 眼の前に居るのは、魔術結社に所属する魔術師。魔術結社『明け色の陽射し』すらもが警戒する少数規模の魔術結社『邪悪の大樹』、そのナンバースリーである拒絶の魔術師、シェリダー=ルキフグス。

 インデックスがリビングのドアを開いて翔馬の下へと身を踊らせる。

 翔馬の前に身を差し出し、シェリダー=ルキフグスという魔術師と魔道書図書館と呼ばれるシスターが対面する。

 だが、魔術師は笑みを崩さずに両手を上げて、敵対の意思は無い事を伝えてきた。

「早とちりすんなよ、魔道書図書館。俺ぁ上条翔馬に協力仰ぎに来ただけだっての」

「魔術に無関係のショーマに、何を協力させようとしてるの?」

「そりゃ、上条翔馬に関係がある事だからだよ。何だったらお前達にも関係あるんだぜ。神裂火織とか、ステイル=マグヌス…つか、魔術に関連する奴ら全員が犠牲になりかねん」

 あっけらかんと、途轍もない事実をシェリダー=ルキフグスは彼らに告げた。

 魔術に関連する人間達全員が、犠牲になるかもしれない事が起こるのかもしれない。

 そんな巨大な事件を、『御使堕し』よりも大きいかもしれない事件の存在を、魔術師は笑みを崩すことなく伝えた。

 インデックスを含め、翔馬や当麻達もまた、魔術師から告げられたその事件の存在に驚愕の表情を顕にした。

 だが、そんな三人にお構いなく魔術師は言葉を紡いだ。

「『神の右席』―――その“5人目”が、世界規模で厄介事引き起こそうとしてるんだよ」

「5人目? 『神の右席』は4人で構成されている筈なんだよ!」

 シェリダーから発せられた、衝撃の言葉にインデックスが疑問を呈した。

 『神の右席』―――「世界を動かすために存在する」ローマ正教禁断の組織。

 その座は常に四、天使の中で特に重要な四大天使に対応する四人のメンバーは、必要に応じて『中身』だけを次々と入れ替えて存続する。

 共通する特徴として、『原罪』を可能な限り薄めたことにより、人の限界を超えた神・天使クラスの魔術を行使することが可能。

 その肉体は既に人間より天使に近いものとなっているらしい。

 三人が知る構成メンバーは、やはり四人。

 『神の火』である「前方のヴェント」。

 『神の薬』である「左方のテッラ」。

 『神の力』である「後方のアックア」。

 『神の如き者』である「右方のフィアンマ」。

 この四人が、『神の右席』のメンバーである筈なのだ。

 だが、シェリダーは“5人目”と言った。

 常に四人である筈の組織に、存在しない筈の5人目が居ると発言したのだ。

「キリスト教における四大天使はミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエルなんだが…この他に、もう一体―――熾天使、もしくはそれ以上の天使の存在があるんだよ。ゲームでよく出るアイツだよ、何となく予想はつくだろ?」

「…もしかして、でも、」

「ルシファー―――まぁ、お前達の知識の方じゃ『光を掲げる者』っつーのかな」

 ルシファー。もしくは、ルシフェル。

 それはラテン語で『明けの明星』を指し、『光をもたらす者』という意味を持つ悪魔・堕天使の名前である。

 『神の如き者』ミカエルに、右手に備わっていた史上最強の武器を斬り落とされた堕天使。

 それが、インデックスが知るルシファー、もといルシフェルである。

 インデックスが予想している者とは同じようで違う存在であると言って、シェリダーは続けた。

「“中央のカエルム”―――『神に堕ちた者』とも呼ばれる存在が誕生しちまってな。んで、其奴が憂さ晴らしか八つ当たりかで、『魔術師が存在する国全てを滅ぼす』っつー大規模な事件引き起こそうとしてんだ」

 また、彼らは世界を救うことになるかもしれない。

 では、ここで要点を纏める事としよう。

 要するに、シェリダー=ルキフグスは自身が所属する魔術結社『邪悪の大樹』のリーダーであるバチカル=サタンから“中央のカエルム”の存在と、引き起こそうとしている事件の事を聞き、どうにかしてその事件が発生する前に止めんとしていた。

 そんな彼に、魔術師でありながら科学者として生きる事に決めて学園都市に潜む、自ら『魔神』の資格を斬り捨てた『魔人』ことヨハン=ファウストが声を掛け、『学園都市に居る上条翔馬という一人の青年を頼れ』という助言を元に来たのだと言う。

「ファウストから俺の事を…」

「あぁ。かつて『魔神』の領域にまで近付いたアイツが言うんだから、相当のもんだろうと思って、アンタに協力を持ち掛けたんだ。見るに―――随分とまぁ、やべぇモンぶら下げてるみたいだしな」

 そう言って、シェリダーは目線を翔馬の腕、もとい『輪廻還し』が宿る右手へと目線を移す。

 魔術師のみならず、あらゆる全ての生命が恐れ、忌み、嫌い、悪とする災厄の塊。

 真っ直ぐ走っているのに、まるで意思を持って運転手の操縦を無視して、側を走る車にぶつかろうとする暴走車ような、そんな代物。

 危険極まりない、禁断の呪詛。本来ならば、誰一人救うことも出来ない諸悪そのもの。

 それを使って、一人の少年と一人の少女を救済した異常の青年。

 上条翔馬という青年が、事件攻略の鍵となる。ヨハン=ファウストが、そう言った。

 そして、そのヨハン=ファウストの言葉をシェリダーは信じた。

 その結果が、今だ。

 

「頼む、どうか協力してくれ。アンタの力が必要なんだ」

 正座して、頭を地面にこすりつけるような体制を取って、そう言ったシェリダー―――つまりは、土下座して、シェリダーは翔馬にそう頼み込んだ。

 異常の力を右手に宿しているとは言え、翔馬は一般大学生であり、普通の人間である。

 土下座してまで頼み込んできたシェリダーに、少し慌てながら「頭を上げてくれ。別にそこまでしなくとも協力する」と彼の頼みに答えた。

 バッ、とシェリダーが頭を上げ、翔馬を見た。

 “コイツは、一体何を言っているんだ…?”と。シェリダーは思わざるをえなかった。

 協力してくれるのは確かに有り難い。だが、今眼の前に居る青年は普通なら有り得ない事を自分から言った。

 世界規模の国家滅亡の危機。相手となる敵は天使、もしくは神に近い存在だ。

 自分からそれを敵に回すと言った。学園都市に入れば、事件とは無関係で居られるのにも関わらず、事件に関わると自ら宣言した。

 それが、頼み込んだシェリダーには理解出来なかった。きっぱり断られると思っていた頼みを、呆気なく了承された事が有り得ないことのように思えた。

 だが、そんなシェリダーを更に驚かせる言葉を、翔馬は言い放った。

「友達が殺されるかもしれないし、それで困る人が大勢居るんだ。助けない訳にはいかないだろ」

 友達の為に、世界を滅ぼせる相手を敵に回す。

 困る人の為に、国を滅ぼそうとする奴を倒す。

 そんな言葉に、やはりシェリダーは驚く他なかった。

 眼の前に立っている青年の、あまりにも大き過ぎて歪が過ぎる善性に。

 何ならその善性に、恐怖すら覚えてしまった。

 ヨハン=ファウストが言っていた青年の特徴の一つ―――『真善美を上回る究極の偽善美』とは、この事か。と、シェリダーは上条翔馬の特徴を思い知った。

 目的はどこまで行っても他人の為。先の言葉にも、自分に関する単語が一切入っていなかった。

 気持ち悪いとも言える程の善性を有する青年―――それが、上条翔馬。

「…ありがとう。感謝する」

「良いよ、別に。」

 言葉は交わされた。協力は確定した。

 残るのは、対処と場所のみだった。

 その、筈だった。

「滑稽だ、そして実に愚かしい」

 その言葉と共に、終わりは告げられた。




Deny sin and ask for forgiveness


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第二章 神に堕ちた者 Fallen angel rises

人に在り、神である。


■  ■

 ルシファー。またの名をルシフェル。それは、美しき天使とも言われ、または堕天使の象徴とも言われる存在である。

 堕天使となる前の天使であったルシファーは、輝かしい存在であったと記録されている。

 エゼキエル書の一節では、「あなたは全きものの典型であった。知恵に満ち、美の極みであった。」「わたしはあなたを油そそがれた守護者ケルブとともに、神の聖なる山に置いた。あなたは火の石の間を歩いていた。」と書かれている。

 また、堕天使となったルシファーは旧約聖書「イザヤ書」にて「黎明の子、明けの明星よ、あなたは天から落ちてしまった。もろもろの国を倒した者よ、あなたは切られて地に倒れてしまった。」と、『光をもたらす者』の名に相応しい天使であった事が最初に書かれている。

 その天使でありながら堕天使でも存在の力を宿すのが、“中央のカエルム”という存在である。

 神父が纏うような黒衣が、彼の登場によって引き起こされた風で翻る。

 圧倒的な存在が、彼らの眼の前に立っていた。

「フィアンマ、アックア、ヴェント、テッラの本来の右席は全員纏めて上条当麻と彼が率いる勇敢な仲間に敗北した。となれば、筋書き通りならば俺も上条当麻に倒される事となるのだろうな。これも計画通りか…実に忌々しいな」

 三枚の右翼は、漆黒。

 三枚の左翼は、純白。

 片方が司るのは闇。どこまでも暗く、何一つとして救わぬ冥き深淵。

 片方が司るのは光。どこまでも光り、何もかもを救済する眩しき陽。

 堕天使ルシファーの闇の力と天使ルシファーの光の力の両方を備え持つ存在。

 正真正銘の怪物。誰がなんと言おうと化け物と称される、教徒。

 彼は呟く。筋書きやら何やら、そんな事は彼らには一切分からなかった。

 だが、ただ一つ。即座に理解することが出来た事がある。

 それは―――戦うしか、ないという事だ。

 現れたその瞬間、シェリダーは殺気と共に魔術を発動せんと、口を開いた。

ego sum ille qui de luce fugit. (我は光から逃れし者。)

|Persona quae vitat etiam auroram quae omnia illuminat. 《遍く全てを照らし出す極光すらも避ける者なり。》」

 ルキフグス。それは『邪悪の樹』における3番目、否定の意味を持つシェリダーを象徴とする悪魔の名。

 Lux、意味は光。Fugio、意味は逃げる。

 名を組み合わせ、『光から逃げる』。それに関連する魔術を扱う。それが、『極光すら逃れる者』と呼ばれる所以。

 地獄の三人の支配者、ルシファー、ベルゼビュート、アスタロトに仕える6柱の上級精霊。その一体が、ルキフグスという悪魔だ。

 これはある意味での下剋上となる。無論、そんな事にシェリダーは、気付いてもいない。

 彼の言葉と共に、光が、徐々にその空間から消え失せていった。

「|Lumen evasit. Nulla sub nobis amplius luceat《光は逃げ出した。我々の下に、もはや輝きは一切ない。》

|Lumen non illuminet. Non te lux salvat.《光は貴様を照らさない。光は貴様を救わない。》」

「下剋上か。実に愉快だな」

 神々しく、神聖な光を放っていた光の片翼は、その詠唱と共に、まるで最初から無かったかの如くいとも簡単に消え失せた。

 『光の逃亡』。それが、シェリダー=ルキフグスが扱う魔術である。

 自身が存在する空間に差している光の全てを遮断することで、完全な暗黒空間を作り出す魔術。

 光が無くなったその空間で、人間は果たして普通に生きる事が出来るのか?

 答えは否だ。光が無いその空間で、人間の感覚は段々狂っていく。体内時計や、感覚遮断などの異常が発生する。

 確かに、カエルムという男は堕天使の力と天使の力、その両方を扱う事が出来る存在なのだろう。

 だが、それはあくまでも『能力』に限った話し。彼の肉体は、結局の所ただの人間と何も変わっていない。

 暗闇は、人の心を壊すのだと言う。

 古代ギリシャの医師であるヒポクラテスも、かつて同じような現象を観察している。現代科学でも、1月と2月は、一年のうちでもっとも気分が滅入る月であることが示されている。

 アメリカ人の6%が、集中力の低下、寝坊、無価値感、体重減少などの症状が現れる、季節性情動障害を訴えるという。

 しかし、わたしたちすべての人間の体や脳に影響する暗闇の作用には、驚くべきものがある。

 暗闇に閉じこめられると、気が滅入るだけでなく、嘘をついたり、詐欺をはたらいたり、仕事でミスしたり、幻覚を見たりする傾向が強くなるというのだ。

「すべての人は、さまざまな方法で光や闇に反応するのです」ジョージタウン大学医学部精神医学、臨床学教授のノーマン・ローゼンタール氏は言ったのだ。

 使用者であるシェリダーだけは、光を認識している。その肉体に、光は当たっている。自分の光だけ、遮断していないから。

 翔馬や当麻は、その右手のお陰でどうにか異常無くその場に居られている。

 では、肝心はカエルムはどうか―――答えは、分かりきっていた。

 暗闇の中、広げられた闇色の翼が、バサッと広げられ、その美しさを顕にした。

 誰も、それを視ることは叶わなかった。闇に紛れ、どこに有るのかなんて誰にも分からなかった。

 ただ、その翼は美しかった。実に美しく、そして恐ろしい代物だった。

 開かれた翼が―――シェリダーの片腕を、呆気なく切り飛ばした。

「グァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 一条の光すら差さぬ暗闇に、魔術師の男の大きな絶叫が、響き渡って、虚しく消え去った。

 暗闇が無くなっていく。徐々に徐々に、誰もが願う眩しい光がその姿を顕にしていった。

 失われた筈の光が、暗闇を照らし出す。彼らの目を、眩い閃光が照らし出した。

 それは、ただの太陽の光だった。だけれど、彼らにとっては閃光弾に等しい程に、とても眩いものだった。直視し難いものとなったのだ。

 だが、そんな事よりも。上条翔馬は、閃光よりも片翼によって腕を切り飛ばされ、膝を着いているシェリダーへ駆け寄った。

「シェリダー!」

「あ、あぁぁぁ…!!!」

 傷口から、滝のように溢れ出る綺麗な鮮血。

 一切の汚れなき真っ赤な麗しい液体が、ドボドボと片翼によって作られた虚空から溢れ出ている。

 片腕が、まるごと切り飛ばされた。もはや彼に、『左腕』という“物”は存在しなくなっていた。

 バサッ!――と、消え失せた筈の、汚れなき美しく神々しい輝きを放つ純白の片翼と、穢れがあるにも関わらず美しい暗闇を放っている暗黒の片翼が開かれる。

 彼の体が、宙に浮いていく。上空5m程度の高さから、彼らを見下ろしている。

 開かれた片翼から光が、放たれる。

 開かれた片翼から闇が、放たれる。

「『天の罰と底の罪(クライム・アンド・パニシュメント)』」

 輝かしい光と美しい闇が、その限定的な世界を包み込んだ。

 その場一帯が―――消失

 

 『出来なかった』。

 バギィンッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 即座に、右手が振るわれた。

 何かが割れる音と共に、光と闇は『壊された』。

「―――」

「なるほど…これが『幻想殺し』か」

 感心したように、カエルムは零した。

 『幻想殺し』―――それは、あらゆる異能を打ち消す右手。『世界の基準点』とも言われる、未だ解明することが出来ていない力。

 魔術師達の悲願、その集大成。魔術師の恐れの集合体。ホロスの時代、その象徴となるもの。

 時代を越え、様々な人物に宿った世界を変える力。

 その力を、カエルムは知っている。彼に宿った力はその身を以て、恐ろしさを知っている。

 だが、少年はそれを否定した。

「え? い、いや、俺は何もしてないんだけど…」

「は?」

 理解が及ばなかった。知識が追いつかなかった。

 何もしていない? 幻想殺しを、使っていない?

 少年は嘘を吐いていない。寧ろ、少年すらもどうして光と闇が壊されたのか理解出来ていなかった。

 誰が壊した? シェリダー=ルキフグスか? だが、彼にそんな事が理解出来ない事をカエルムは既に知っている。

 シェリダーは瀕死だ。失血死したとしても、不思議では無い程の重傷を追っている。

 では、インデックスか? これも違う。彼女の魔術妨害の魔術は、天使の力には作用出来ない。そもそもが、違うものだ。

 強制詠唱。これは確かに強い魔術だが、しかしカエルムの『神に堕ちた者』の力の前では無力にも等しいものだ。

 『天の罰と底の罪』―――それは、あらゆる全きものの原型であったとされる美の究極である天使ルシファーとしての聖なる力と、地獄を統べる支配者である堕天使ルシファーとしての邪悪の力の二つを同時に放つ魔術。

 光は確かに救済の象徴だ。だが、救済が必ずしも良い事であるとは限らない。

 この世からの救済。行く場所は天国。それ即ち―――『死』、である。

 人を殺す光と、人を蝕む闇。その二つから逃れる術を持つ魔術師は数少ない。

 それこそ、学園都市統括理事長にして、黄金の魔術師でもあるアレイスター=クロウリーのような凄腕の魔術師でなければ。

 だが、それを打ち消した人間が居た。

 光と闇の両方を、ただの一振りで、ただの振りかぶりで、ただの薙ぎ払いで、破壊した人間が居た。

 上条当麻ではない。

 インデックスではない。

 シェリダー=ルキフグスではない。

 では、誰だ?

 残った人間は、果たして誰だ?

 ―――少年の実兄であり、少年の『幻想殺し』よりも遥かに厄介な力を持つ青年以外に、存在しない。

「――」

「貴様か…!」

 再び、天使の翼と堕天使の翼が羽ばたいた。

 全てを救う光と全てを蝕む闇が、辺り一帯を吹き飛ばす程の暴風の如き風圧を生み出しながら青年の方へと飛んでいく。

 それは、地球外の宇宙、その果てから地球へと音速で落下してくる隕石と何ら変わらなかった。

 ベテラン程度の魔術師であろうとも、回避不可能の攻撃。ただ回避を諦めて、自らが消えるを待つことしか出来ない即死の魔術。

 だが―――それすら、価値無き物を壊すかのように。

 バギィンッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 まるで鬱陶しい虫を追い払うかの如く振るわれた右手は、尽く光と闇の両方を呆気なく破壊したのだ。

「な――」

「行くぞ、天使。当麻のものと違って―――俺の腕は、優しくないぞ」

 右手に力が込められる。

 相手が宙に浮かんでいようと、青年には関係無い。

 殴れば終わる。触れれば終わる。

 天使の光と堕天使の闇を宿す者よ。

 

 輪廻の渦へと、帰還せよ。

 




  □
 暗闇の世界。星々が浮かぶ海、輝かしい世界ではない銀河ですら無い、ただの暗闇だけで構成された深淵の世界。
 その空間に、ただ一人の神とただ一人の『未踏』が存在していた。
 片方は、青年。
 虹色の長髪。片方が金、片方が銀のオッドアイ。
 地面に着くぎりぎりまで長いブラックコート。右手には、蒼穹の如き綺麗な青色の槍が握られていた。
 片方は―――女性。
 腰まで伸びている麗しい黒髪のポニーテール。光が宿っているにも関わらず一切何も写していない黒い瞳。
 全身に纏うは漆黒のドレス。右手には、ショットガン。左手は、スナイパーライフル。そのどれも、漆黒。
 女性は、黒の世界に倒れていた。
「っはぁ、はぁ…クソっが…」
「あまり乱雑な言葉は使わない方が良いよ。せっかく美しいんだからさ」
「うるせぇよっ…嗚呼ー、最っ悪だ。本当、有り得ねぇ」
 綺麗な声で、女性は倒れたまま乱雑な言葉を青年に吐き捨てた。
 だが、青年は乱雑な言葉を気にしなかった。ただ、笑っている。楽しいと思っているだけ。それ以外には、何も思っていなかった。
 恐らくは、戦ったのだろう。一人の青年と一人の女性が、暗闇の世界で派手に殺し合ったのだろう。
 その結果、女性が青年に敗北したのだろう。
 青年は、倒れたままの彼女を上から見下ろしたまま、口を開いた。
「意外と、時間が掛かったね。楽しかったかい?」
「んな訳あるかよ、クソ野郎。てめぇは、こうなる事も識ってるんだろうが」
 女性の吐き捨てるような言葉に、青年は笑う。
 笑って、「あぁ。全く以てその通りだよ」と、答えた。
 女性は大きく、ため息を吐いて体を起こし、立ち上がった。
 両手に握っていた銃を消し、バギッ、バギッ、と首の骨を鳴らして、青年を一瞥した。
「あの純白野郎よりも化け物だよ、てめぇは」
「《黒の王妃》である君から、かの有名な《白き女王》よりも化け物と褒められるとは光栄の極みだよ。」
 皮肉や嫌味すら通じない青年に、チッと女性は舌を打った。
 女性は、「悪性の塊」、「邪悪の権化」、「深淵の現実化」、「あらゆる汚濁を許容する黒色」と形容される程の邪悪を有する存在。
 『最強の召喚物』と言われる存在と似た『最悪の召喚物』。あらゆる悪を内包した、超越的存在。
 またの名を、「黒の王妃」。
 その正式名称は―――『美しさ無き虚構の銃構える「黒の」王妃』。
 青年は、それを打倒した。圧倒した。
「…で? てめぇが目を付けた人間はどうなったんだよ」
「―――勝ったさ。彼は、負けはしても殺されはしない。誰にもね」
「ふーん…その相手が、私や純白野郎でもか?」
「無論だ。俺であろうと、彼は殺せない。それが、彼の特徴だ」
 青年は、愉快に笑うのだった。


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第三章 廻る怨嗟 I'm_feared, and_I_wins_despair

「学園都市の常識を破壊するような事をして、君は大丈夫なのかい?」
 虹色が喋る。地に着く寸前まで伸びている延べ棒のような麗しい金色の髪を靡かせ、全てを内包しているのではないか? と疑問を持ってしまうような美しさを秘めた虹色の瞳を持った青年が、一人の錬金術師を見て心配の言葉を掛ける。
 対して、黒衣を纏う男はうっとおしく思うように「問題無い。例え奴が敵対しようと、私には一切の問題は無い。」と、苛つきながら吐き捨てるように言った。
「そうかい? まぁ、君がそう言うなら俺はこれ以上、どうと言うつもりはないけど。」
 男の返答を面白そうに、青年は笑う。まるで無邪気な子供のように、愉快に。
 男はつまらなさそうに、「俺に一々言葉を投げるな、『魔神』。貴様には何もかも見えているのだろうが。」と、悪態をついてまた雑言を吐き捨てる。
 しかし、それすらも青年は笑って受け入れる。楽しそうに笑いながら、テーブルに肘を着く。
「良いじゃないか、喋るくらい。何もが見えていても、俺は喋られずにはいられないんだよ。」
「煩い。妹の為だけに魔神と成った狂人が。」
「酷い言い草だな。可愛い妹の為に、愛する妹の為に兄が妹の力になれるようにと努力するのは変な事なんかじゃないだろ?」
「普通ならば、な。だが貴様のそれは普通ではない。普通の兄というのは、妹の役に立ちたいという理由だけで魔神になぞならんのだ。」
「手厳しいね。でも、それだけ愛があるという事さ。」
「故に貴様は狂人なのだ―――『魔神でありながら魔神らしくない魔神』、ジュピター・■トー□=■■■■■■」



 

■  ■

 時は数時間前まで遡って、場所は学園都市の外れに在る一つの工場へと移り変わる。

「チッ、うぜってぇなぁクソ野郎がよォ!」

 女の怒号が工場の中で響き渡る。

 だが、その怒号がビュウッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!! という強い風圧によって呆気なく押し潰され、風に攫われた帽子のように飛んでいく。

 女の前には、特徴的な髪色をした一人の男が立っている。

 草原を思わせる緑色の髪、青空を思わせる碧眼が特徴的な二十歳前半の男は、自分の肉体の全体に目に見える程に回転し続けている風を身に纏っていた。

 それこそが、女の怒号を掻き消した風圧の正体。否、より正確に言うならば、その男こそが、女が怒号を上げた原因である。

「おいおい、そうカッカすんなよ。カルシウム足りねぇんじゃねぇか? ん?」

「うるッせぇんだよ風野郎! さっさと失せろッ!」

 ビュウンッッ、ビィユンッッッ!!!!!

 女の周囲に浮かんでいた翡翠色の球体が、光線へと変化して真っ直ぐ男の方へと音に並んで飛んでいく。

 だが、

「甘ったるいねぇ。」

 そんな一言と共に、ビュウッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!! と、物凄い勢いで豪風が吹き荒れる。

 背後が溶け切った。翡翠色の閃光は、男の体を撃ち穿く事は一切無かった。

 鋼鉄すらも完全に溶かす光線は、男が纏う風から発生した豪風の勢いによって照準がズラされ、男に直撃する事も掠る事もないままただ後ろの荷物を溶かしただけだった。

 直後、ヒュウッ、と風が女を通り抜ける。

「イッ!?」

 ザシュッッッ!!! そんな、野菜を切った時のような音と共に女の頬が切り裂かれ、僅かな血潮が舞った。

 放たれたのは、風の刃。そよ風の如き緩やかなものでありながら、しかしナイフの如き鋭利さを持った涼しい風の刃。

 それが、女の頬を切り裂いたのだ。

 女が鬼の形相となって、「痛ってぇなァ、クソ野郎ッ!!」と叫びを上げると同時に、再び閃光を放つ。

「ほいっと」

 だが、当たらない。

 男は軌道を変えるでもなく、“空気を蹴って”上空へと昇り簡単に閃光を躱したのだ。

 見下すようにして、男は右手を振り上げ、手刀を象って日本刀を振るうかのように女に向かって振り下ろす。

 直後、ヒュンッッッ!!!! と鋭い刃と化した風が弾丸のような速度で女へと襲い掛かる。

「“麦野”!」

 風の刃が、女の体を切断しようと直撃する寸前。

 ギンッ! と、刃と刃が叩き合ったかのような鈍い音が響いた。

 茶髪の少女が女の前に踊り出て、誰の目にも見える事の無い透明な壁を自らに展開して女を守ったのだ。

 だが、刃は未だ消えず、勢いも一切失ってはいない。寧ろ、その透明な壁で防いだ瞬間に勢いを更に増し、また更に尖ったようにも思えた。

 その証拠に、風の刃は工場の地面と天井を綺麗に切り裂いており、まるで意思を持っているようにその場に留まりながらも、少しずつ前へと進んでいた。

「ちょ、なん、ですかっ、これっ! 私の『窒素装甲(オフェンスアーマー)』でも、全く防げてる気が超しないんですが!」

「そりゃ、俺が『超能力者(LEVEL5)』だからさ。」

 ほら、上乗せだ。

 ボゥボゥッッッッッッ!!!!!!!!! と、風の刃が更に勢いを増して少女の壁を切り裂かんと突き進む。

 少女は体に力を入れ、どうにかして耐えんと力んだ。

 だが、それは虚しくも叶わず。少女は遂に暴風の刃に耐えきれずに、刃からの豪風によってその場から吹き飛ばされ、天井へと舞い上げられてしまったのだ。

 男は笑う。無駄であるにも関わらず立ち向かおうとする彼女達を、嘲笑う。

「『窒素装甲(オフェンスアーマー)』は確かに強い。けど、窒素っていう“大気に存在する”枠組みなら、俺の自由なんだ。それで、アンタはどうする? 麦野沈利。」

「…クソがっ。」

 それが、投降の合図だった。

 麦野沈利は抵抗の意思を捨て去り、閃光を消し去った。

 それを見た男は、面白く笑った。

「良い判断だ。これで楽に殺せる。」

 ボゥッッ、ボゥッッッッッッ!!!!!!!!!! と、まるでエンジンが掛かったかのような轟音を鳴らし、暴風が吹き荒れる。

 男の服が揺れる。その直後―――世界がまっさらになった。

 ガリガリガリガリッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と、ドリルが地面を削るような連続的な鈍い音と共に、その工場の天井が、地面が、室内が、吹き荒れた暴風によっていとも簡単に切り刻まれて消え失せた。

 此処、学園都市には『超能力者(LEVEL5)』という位に分類される7人の能力者が居る。

 たった一人で一つの軍隊に匹敵すると言われる程の強力な能力を持った能力者達。

 一人は、あらゆる物理の向きを操る者。それは『一方通行(アクセラレータ)』と呼ばれる能力。

 一人は、この世界に存在しない素粒子を操る者。それは『未元物質(ダークマター)』と呼ばれる能力。

 一人は、電気に関する事であれば何でも操る者。それは『超電磁砲(レールガン)』と呼ばれる能力。

 一人は、何もかもを穿く光線を操る者。それは『原子崩し(メルトダウナー)』と呼ばれる能力。

 一人は、あらゆる人物の心理を操る者。それは『心理掌握(メンタルアウト)』と呼ばれる能力。

 一人は、姿形を自由自在に変え操る者。それは『肉体操作(メタモルフォーゼ)』と呼ばれる能力。

 一人は、説明する事の出来ない力を操る者。それは『念動砲弾(アタッククラッシュ)』と呼ばれる事もある能力。

 彼らは皆等しく強者であり、その能力は全て生物に対して脅威的なものばかりである。

「――ハハッ。おいおい、マジかよ。」

 そして、今も笑っている彼、「御門風魔(みかど ふうま)」もまた、その『超能力者(LEVEL5)』の一人である。

 しかし、勘違いしてはいけない。彼はその他の『超能力者(LEVEL5)』よりも脅威的で、かつ冷酷である。

 学園都市の深い闇。表において『無能力者集団(スキルアウト)』や犯罪者の対処を専門とする『風紀委員(ジャッジメント)』や『警備員(アンチスキル)』とは違い、表沙汰にする事の出来ない研究などを行う施設や人物の殺害、処理を目的とする『暗部』と呼ばれる多数の組織の一つに、新しく『裏序列(コード:アナザー)』というものが出来上がった。

 それは、統括理事会ですら完全に掌握し切れていない正体不明の組織。

 だが、唯一分かっている事もある。統括理事会が把握した情報故に信憑性は確実なもの。だが―――だが、しかし。

 それはあまりにも驚愕的で、かつ彼らにとって恐ろしきものであった。

 

「やっぱ情報は本当だったみたいだな。『裏序列(コード:アナザー)』の構成員の殆どが『超能力者(LEVEL5)』だってのは…。それで、テメェがその第6位か―――『天空支配(アイテール)』。」

 ボタンを外した赤色の制服を着こなす、ホストを思わせる金髪の青年が、天使を思わせる6枚もの白い翼を羽撃かせて彼の名を呼んだ。

 『風力使い(エアロシューター)』―――空気や風などを操作する事が出来る念動力の限定的な派生能力。

 彼の能力の名を、『天空支配(アイテール)』。古代ギリシアの有名な哲学者にして『万学の祖』と呼ばれた偉人が提唱した概念の名を持った、大気系能力の最高峰である。

(おいおい、まさか『未元物質(ダークマター)』まで来るとはな。流石に予想外だ。)

「っ、垣根…」

 彼女は既に満身創痍。服も肌も、既に傷だらけで瀕死寸前であった。

 垣根帝督は翼を仕舞う事もなく、彼女の方を振り向いた。

「よぉ。随分とボロボロじゃねぇか、ん? 流石のお前も『裏序列(コード:アナザー)』の相手は厳しかったか?」

「るっせぇな…ッ」

「無理すんな、バーカ。テメェは寝てろ。コイツは俺が片付けてやるよ。」

 6枚の白翼を羽撃かせ、垣根は強い風圧を発生させ、それを風魔へと投げ捨てるように放って空中へと飛び立つ。

 風魔は手を掲げ、自身に放たれた筈の風圧を自身の鎧の糧として纏い、ドゴッ! と地面を凹ませて垣根と同じく宙へと身を投げる。

 ゴゥッッッ!!!! と再び強風が吹き荒れる。

「随分と仲が良いんだな。意外だった。」

「ほざけ。」

 ヒュンッッッ!!! と、鋭く圧縮された刃翼が高速で風神の方へと飛んで行く。

 この世界に存在しない素粒子を生み出し操る能力『未元物質』によって生み出された白翼は、圧縮して放たれれば大木すらも容易に切断する鋭利を手に入れる。

 大木すらも切断する鋭利を持った刃翼が肉体に直撃すれば、その肉体は問答無用で切断され鮮血を撒き散らすだろう。

「っと。」

 だが、風神は空気を蹴って右へと体をずらすと共に風を操って翼の軌道を僅かにずらす事によって刃翼を回避する。

 そして、即座に腕を振るいヒュンッッッ!!!! と再び刃物の如き風を放つ。

 にやり、と。垣根帝督は笑った。

 白翼を羽撃かせたと同時に、彼に向かって飛燕の如く天空を翔けていた不可視の風刃が軌道を変えて彼から風神へと狙いを変えて翔んでいく。

 風神が目を見開く。自身が解き放った筈の忠実な猟犬が、あっさりと反旗を翻し襲い掛かって来た事に驚愕する。

「テメェが吸収した風圧は俺の『未元物質(ダークマター)』で作り出したんだ。なら、俺がその風を操るのだって造作もねぇんだよ!」

 ついさっき、垣根が白翼を羽撃かせ空へと飛び立った際に発生した風圧は、白翼を羽撃かせたが故に自然発生した自然現象の風圧などではなかった。

 自然発生したのではなく、人工的に創り出された異物だらけの風圧。彼の能力である『未元物質(ダークマター)』によって創り出された風圧とは、即ち彼の所有物である。

 故に、風神がそれを操って発生させた風刃を彼が操る事が出来るのは実に至極当然であった。

「ハハッ、なるほど。そりゃ面白い!」

 だが、風神は冷や汗をかく事もなく、寧ろその真逆で愉快に嗤って見せた。

 ゴゥッッッ、ゴゥゴゥゴゥッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 風神が己の体に身に纏う鋭い風が、目に見えて、否、耳に聞こえて分かる程に勢いを増す。

 白かった強風が、濁った灰色の豪風へと変化する。濁った灰色の豪風が、どす黒い暴風へと変貌を遂げる。

 『天空支配』―――風力使いという能力の最高峰の能力。それが操るのは、大気という概念に関連するあらゆる全ての事象。

 風を操るのも、空気を操るのも単純容易である。

 『未元物資』によって創り出された風圧がある? だから何だ。

 それで自由を抑え込められてしまうのであれば、“その風を放棄して新たな風を作れば良い”だけの話しだ。

「とっとと死ねよ、垣根帝督。」

「テメェが死ね、こら。」

 ヒュウゥゥゥゥゥゥ…………………―――と、風が鳴く。

 どす黒い暴風が、白翼のように6枚の翼となって風神の背後に展開される。

 何もかもを削り、何もかもを吹き飛ばす暴風の翼。それは、垣根帝督という一人の悪党にとって、とても見覚えのあるものだった。

 フッ、と。垣根の右手の中に一振りの純白の刃が創り出され、それを握り締める。

「へぇ…? もうそんな領域にまで行ったのか。成長が速いな。」

「癪じゃああるが、もやし野郎のお陰でな。」

 吹き荒れる、吹き荒れる、吹き荒れる。

 強風が、大気を揺らす。豪風が、学園都市を覆う。暴風が、世界を削り取る。

 翼が、羽撃いた。

 瞬間、

 

「――――――」

 ヒュウ―――――――――と、小さな風が吹いた。

 旋風が、世界を凪いだ。

がっ、あ゛ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?

 絶叫が上がる。大気を、鮮血が埋め尽くす。

 垣根は、死に抱き着かれていた。もう、数秒も持たぬ命となってしまった。

 腕は見ることすら悍ましく、断面はまるでハンバーグのようにぐちゃぐちゃで、骨は木っ端微塵に削られ、もはや残ってなどいなかった。

 足は何とか形を保っているが、しかし見るも醜く、あまりにも気色悪い肉塊と化してしまっていた。まだ、吹き飛ばされていた方がマシだったと誰もが思う程に。

 グロテスクと化した四肢は、未だ鮮血をだらだらと垂れ流している。

 吹き飛ばされ、地面へと叩き付けられた垣根の意識はもはや―――灯火ですらなく、燃え尽きた薪に残った僅かな温度のようなものだった。

 ―――ぷるる、ぷるる、と。電話が鳴った。

 それは垣根でも麦野でもなく、御門風魔のものであった。

 風魔はズボンのポケットに入れたスマートフォンを取り出し、液晶画面に移されたボタンをスライドさせて耳元に近付けた。

「そっちから電話なんて珍しいな、“ファウスト”。どうした?」

 ファウスト。現代の外国でもあまり聞く事のないその名は、しかし博識である人間が聞けば真っ先に脳裏に思い浮かぶ人物の名であった。

 「ヨハン=ファウスト」。15世紀から16世紀のドイツに実在したとされる占星術師、錬金術師である。

「は? 翔馬と上条が? …『神の右席』の本来存在しない筈の男、中央のカエルム…へぇ、ガブリエルやらラファエルやらの次はとうとうルシファーかよ。はは、魔術サイドってのは天使が好きだねぇ。厨二病か? あー、わかったわかった。魔術サイドにおいて天使ってのは重要だもんな? で、俺はそこまで向かえば良いんだな? OKOK。じゃ今から向かうよ。」

 そう言って、スマートフォンの画面に浮かび上がっている赤い電話マークを押し、電話を切って再び風翼を展開する。

「じゃあな。」

 それだけを言い残し、嵐のように去って行った。




嵐のように現れ、嵐のように壊し、嵐のように去る


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聖典
序章 神と神 The end_is_good_but_everything_is not_good


一日に何度も投稿します。
一応、溜まってはいるのでね!


■  ■

 世界には、呪いが籠められた物、もとい呪物という物が幾つか確かに存在している。

 イギリスには、バズビーチェアと言う、死の椅子がある。

 イギリスのノース・ヨークシャー州で絞首刑に処された殺人者トーマス・バズビーの亡霊に取り憑かれ、呪われているト伝えられるオーク材の椅子。

 これまで63人もの人間がその椅子に腰掛け、ほどなく死亡した。63人、誰一人として生き残る事もなく。

 イタリアには、ルドルフ・ヴァレンチノの呪いの指輪がある。

 イタリア出身の俳優、ルドルフ・ヴァレンチノは31歳という若さでこの世を去ってしまった。その原因が、彼が身に着けていた指輪の所為であると言われている。

 その指輪は彼の死後、様々な人に渡されていったのだが、その渡された人にも事故や病気と言った厄災が訪れているのだと。

 アメリカの国立自然博物館には、ホープダイヤモンドという呪いの宝石がある。

 持ち主を次々と破滅させながら、人手を転々としていく『呪いの宝石』の伝説は誇張されたいるなど色々あるが、誇張されていなかった頃の伝説の殆どは人間死亡のものばかりである。

 そして、ドイツに有る高級ホテルには―――そんな呪物を身に着けながら優雅に紅茶を嗜む青年が、魔女が身に着けるような帽子を被る眼帯の金髪少女と共にお茶会をしているという光景が広がっていた。

 

「ドイツの紅茶も悪くないね。イギリスの紅茶は、ドロっとしているから飲み難いし。」

「…お前も、母国の紅茶を不味いと言えるのだな、ジュピター。驚きだ」

「…オティヌス。君は、俺を愛国主義者か何かと思っていたのかな?」

「ついさっきまでは、な。今は違うさ。お前の反応を見るからに、そうでないのは分かったし」

 

 青年はジュピター。少女はオティヌス。

 両方、魔術の終着点、魔術師の究極にして極限である至高の領域『魔神』へと至った者達だ。

 片方は、名前を授けられたその時から魔神の才能を持っていた青年。

 片方は、魔術の神として世界に名を残し、何度も世界を滅ぼして作り変えてを繰り返した少女。

 その二人が、魔術師ではない一般人が経営している高級ホテルの一室で、ティータイムを過ごしているその光景は、実にシュールだ。

 妹主義(即ちシスコン)なのに愛国主義者だと友人に勘違いされていた事に少しばかりショックを受けながら、ジュピターはカップを自分の口へと向かわせ、カップに入った紅茶を喉へと流し込んだ。

 冷たい紅茶。アイスティー。母国であるイギリスのドロっとした物ではなく、水のようにサラッとした液体が彼の喉を通っていく。

 味わえたのは、甘さ。日本の紅茶のような、心地良い甘さ。

 それを、ジュピターは堪能していた。

 

「それで、どうかな、オティヌス。上条当麻との生活は。楽しいかい?」

「楽しいかと聞かれれば、まぁまぁだ。あの獣に追われるし、人形に間違えられるしで、散々だが…あいつと一緒に入れるのは、嬉しい」

「…そっか。君がそこまで、可愛らしい少女のようになっているのならば、俺もレルに協力した甲斐があるというものだ。年頃の少女らしいじゃないか、オティヌス。」

 ジュピターは、やはり笑った。

 うるさいっ、とオティヌスがそれなりに力を込めて彼の脚を蹴った。

 「はは、痛い痛い。悪かったよ」と笑いながら謝って、ジュピターはオティヌスの皿にスコーンを乗せて、彼女に差し出した。

 からかってしまった御詫びとして。オティヌスという魔神が、上条当麻と共に生きる一人の少女となった事への、祝いの品として。

 そして。

 

 ジュピターは、再び彼女へ似たような事を、問う。

「ねぇ、オティヌス。君は今、幸せかな?」

 彼女は、少し考えてから。

 小さな笑みを浮かべて、答えた。

「あぁ。幸せだ」

 彼女はもう、一人の少女だ。

 




短い事に関しては触れないでいただきたい…原作のように長く序章を書けなかったのは傷になる…


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第一章 理想と輪廻 Old_world_is_desirable

ども、全智一皆です。
前書きっていうのは、あれですね。書くのが大変ですねw。
pixivでは、あまり書いていなかったものですから、やはりまだ慣れませんね。


■  ■

 それでは、ここでハーレムと純愛のどちらの方が良いのかを語り合おう。

「…一応、聞きます。貴方はどうなんです、上条翔馬さん。貴方もまた、そこのハーレム肯定野郎と同じ意見ですか?」

 薄暗い部屋の中、平凡な高校生“だった”高校生である上里翔流は、つい先程まで行っていた上条当麻との言い合いをずっと傍観していた上条翔馬に突然、質問を投げてきた。

 上里翔流という高校生は、つい最近まで普通の高校生だった。

 彼も、彼の幼馴染である少女も、彼のクラスメイトの少女も、皆そうだった。

 だが、上里翔流の右手に『理想送り』という力が宿ったその時から、その普通は皆等しく狂わされたのだと、彼は言った。

 上里翔流という高校生自体に、意味は無い。彼女達が寄ってくれるのは、その右手があるからだ、と。

 魔神が勝手に押し付けた産物。平凡を壊した魔神に復讐する為に、やってきた。

 上里は、上条翔馬がどうしてその右手に『輪廻還し』という力を宿したのか知っている。

 上条翔馬は、上条当麻とインデックスという少女を守る為に、救う為に、厄災を自身に宿した。

 そんな彼の答えなど分かりきっている。

 だが、聞きたいと思った。もしかしたら、を信じて聞こうと思った。

 だから、上里は問う。上条翔馬に、問う。

 

「…俺は、君の気持ちが分からないでもない」

「…!」

「…」

 

 上里は、目を見開いた。当麻は、何も言わなかった。

 降ろしていた腰を、ゆっくりと上げて翔馬は立ち上がった。

 その目は、とても真剣で。纏う雰囲気は、怒っているというよりは困っている、という感じに近かった。

 

「右手があるから、皆が来てくれる。右手が無ければ、見向きもされない。右手の力が、人を簡単に依存させる。人を簡単の駄目にする。…そう考えない事が、無い訳じゃない。もしも俺が、君のように『輪廻還し』を宿したなら、恐らく君と似たような考えに至っていたかもしれない」

 

 静かに口を開き、語る。

 ずっと、普通の人間として生きていたとして。

 突如、訳の分からない存在から訳の分からない力を宿されて。

 それまで見向きもされなかったのに、そんな力が宿って、その力を使ったその瞬間に色んな人から敬われるように近付かれる。

 そんな状況が作り出されたら。そんな現実になってしまったら。

 上里のように考えていたのかもしれない、と。青年は言った。

 しかし、続ける。

 

「でも、右手の力が無ければただの凡人で、自分は何も出来ないという君の考えは、否定する。右手の力が無くても、君は彼女達に慕われていた筈だよ」

 

 青年の弟である当麻は、その力は『魔神』が“押し付けたもの”ではなく『魔神』が“与えてくれたもの”だと言った。

 上里翔流という人間と関わりたいのに、あと少しの意思が足りない少女達の背中をちょっと後押ししただけだったのもしれない、と。

 魔神が上里翔流に“要らない力を押し付けた”のではなく、魔神が上里翔流に“本来持つべき力を与えた”のであると。

 上条当麻という少年に、『幻想殺し』が宿る程の何かがあるように。

 上里翔流という少年にも、『理想送り』が宿る程のものがあると。

 そう確信しているからこそ、青年は上里翔流という少年の考えを否定した。

 

「俺は、当麻とも君とも違う。力を手に入れた境遇も違うし、俺のは『救う力』であるかも怪しい。だから、全てを理解出来る訳じゃない。でも、上里くん。君が、『救う力』そのものが無くたって、彼女達の立派なヒーローであった事は確かだと分かるよ」

「…アンタも、結局は殆ど同じか。…一応聞きますが、どうして、ぼくが右手の力が無くとも彼女達のヒーローである事が確かだと、思うんだ?」

 

「だって、“君はパトリシアを

見捨てなかったじゃないか”。」

 

「……………………………………」

 

「君は彼女を見捨てなかった。捨ててしまいたい力を使ってでも、彼女を助けようとした。本当に、自分は平均値かそれ以下しか出せないような人間だと思っているなら、彼女を助けなかった筈なんだ。右手の力を嫌っている人間が、右手の力で色んな子から慕われる事を嫌っている、そんな人間である君が、誰かを助けるなんて俺は考えられない。」

 

「でも、君は彼女を助けた。見捨てずに、しっかりと彼女と向き合ってパトリシアという少女を助けた。嫌悪する右手を使ってでも、彼女を助けたいとした。それは、君がヒーローである事の証明に、十分足りるものであると、俺は思う。」

 

「俺の考えを否定したって構わない。結局、これは俺の勝手な考えだ。でも、君が何を言ったとしても、俺は何度も同じように答えるよ。自惚れの考えだとしても、俺はこの考えを捨てない。君がヒーローである事を、俺は肯定しているよ。」

 

 困ったような表情を浮かべながら、青年は説くように語った。

 上条当麻も上里翔流も、ヒーロー性という魂の輝きを持っている。

 上条当麻のヒーロー性は、一言で言ってしまえば「否定」。

 歪みが生じた対象の理想を否定し、正しい道へ戻すという救い方。

 上里翔流のヒーロー性は、一言で言えば「肯定」。

 対象の理想を尊重し、それを成し遂げる手助けをすることで救う事を信条とする。

 その魂の輝き故に、右手に特殊な力が宿されたのだ。

 上条翔馬もまた、その例に漏れず。

 上条翔馬のヒーロー性とは、完全なる自己犠牲である。

 対象の理想を、自分の何もかもを犠牲にして救おうとする、もうどうにも出来ない偽善性。

 歪みが生じた理想を正しい方へ導く為に否定しながらも、その理想をやんわりと肯定する。

 自分を蔑む事を第一に。彼は自分の思考が破綻したものである事を自分で理解していながら、しかしそれを捨てきれないのだ。

 

「時間を掛けてでも良い。たった一度だけでも良いから、どうか彼女達に自分の事をを聞いてくれ。今のままでは、君も、そして彼女達も、どれだけ先に進んだとしても報われないから。君が彼女達に自分を問う。それだけで、道は更に開ける筈だ。」

 

 大人だから、ではない。

 彼らより長く生き、彼らより長く人を助けてきたからこそ、それは言える事だ。

 上里からすれば、お節介だろう。余計な事だろう。

 だが、上条翔馬という人間の性質が分かってしまったからには、それだけでは済まされない。

 自己犠牲精神の塊である彼の影響というのは、それ程までに凄まじいものだ。

 

「…貴方は、何故そこまでぼくに言ってくれるんですか。貴方からすれば、ぼくは他人でしょう。」

 上里は、訝しむように青年へと問う。

 青年は少し困ったような表情を浮かべて、

「“助けたい”と思ったから。」

 そう、答えた。

 

 根底は、全く一緒なのだ。

 




これからも投稿していくぞー。


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