9-nine-ふゆいろふゆそらふゆのこえ (今井綾菜)
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プロローグ

主人公である冬華はモルガンと同じ姿、記憶、能力を有していますが飽く迄彼女自身の話し方をします。
リリカルなのはvividのアインハルトの様なものだと思ってもらえればいいかもしれません。


幼い頃からよく見る夢がある。

何度も何度も裏切られ続け、そして最後には自分すら失ってしまう悲しき女王の姿を何度も何度も見続けてきた。

何度も世界を救い、救世主と呼ばれたのに世界を襲う脅威がなくなれば今度は化け物と呼ばれた少女の姿を見た。

 

彼女は國を良くしたかった。

誰もが笑えて、幸せで美しい国を目指した。

だが、それは……叶えられることなく───

 

『私を……玉座に……』

 

血に濡れて、最後まで手を伸ばした玉座に辿り着くことなく。

 

 

 

 

PiPiPi!

 

頭に響くアラームを止めて汗にまみれた体を起こす。

 

「……久しぶりにあの夢見た」

 

昔から何かある度に彼女の最後の夢を見る。

妖精に裏切られ続けた冬の女王の最期。

2000年もの間の苦労をゴミのような理由で踏み躙られた哀しき楽園の妖精。

 

「貴女は私にどうしてほしいの?」

 

髪と瞳の色以外は夢の中に出てくる彼女と同じになった。

 

「ねえ、モルガン・ル・フェ……どうして私に貴女の記憶と能力をそのまま受け継がせたの?」

 

答えが返ってくることなんて、永遠にないのにそう問いかけずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

***

輪廻転生のメビウスリングというアニメがある。

私の住むこの白巳津川に残る伝承を元にした地域活性の為に上場企業である“コロナグループ”全面協力のもと制作されたアニメだ。

作品の評価は、まあ口にしないのが利口というものではないだろうかというのがそのままの評価となる。

 

そんなアニメも放送を終了して作品のフェス『メビウスフェス』なるものが今年も開催されているのだが。

 

「まさか地震が起きるとは」

 

「他人事みたいに言ってるけどお前だって怪我してるだろうが」

 

「天ちゃんと翔が大袈裟なだけです、こんなのまち針刺さるのと大して変わりません」

 

そう、何を隠そうつい先ほど軽めの地震が起きて神社に奉納されていた『神器』なるものが砕けてしまったのだ。

そしてそれを回収するために近くにいたお手伝いの私と私の双子の弟である翔が集めていた訳だが、破片がチクリと刺さってしまったのだ。

それも私と翔の2人とも。

 

「おーい、2人とも!絆創膏、持ってきやしたぜい!」

 

手をぶんぶん振りながら走ってくる我が可愛い妹から絆創膏を受け取ってほんのり血が出ている指に巻き付ける。

 

「姉やん大丈夫?にぃには問題ないとしてもほら、アルバイトとか」

 

「このくらいの傷ならすぐに治るから。ありがとう、天ちゃん」

 

「ふへへ、お安い御用だぜぃ!」

 

天はにへらと緩く笑って絆創膏を巻いている翔を見た。

 

「まあ、そうは言ったけどにぃにも大丈夫そ?結構ごっついの刺さってたけど」

 

「ああ、俺は本当に大したことない。それよりも冬華は問題ないのかよ?天も言ってた通りモデルのバイトに支障出ないか?」

 

「問題なし、それに新学期始まったの言い訳にして2ヶ月くらい休みもらってきたし」

 

軽い雑談をしながら久しぶりに集まった弟妹との時間を過ごす。

私と翔は高校生になってすぐに家を出て(翔は出された)今はそれぞれ違う家で生活をしている。

私も翔も両親から月10万円くらいの生活費を貰っているがそれでは足りないからと私はモデルのアルバイトをして生計を立てている。

 

「お、珍しく3人揃ってるねー」

 

「あっ、沙月ちゃんだー。やっほー」

 

「やっほー、3人とも今日はもう上がって良いよー。どうせもうやることないし。バイト代は後日学校であげるから」

 

脱力していかにもやる気のない女性。

この神社の神主の一人娘で肩書き上はこの白蛇九十九神社の正式な巫女になるこの女性は成瀬沙月、私たちにとっては歳の離れた幼馴染のような関係になる。

 

「高校教師が学校で生徒に金銭渡しちゃダメでしょ。後日また此処にくるからその時に渡してくれれば良いよ」

 

「それじゃあ3人がめんどくさいじゃない?」

 

「いや、めんどくさがるのにぃにだけなんで何も問題ないっす」

 

「お前なぁ、まあ俺も後日3人でくるからその時でいいよ」

 

「んー、そう?それならお言葉に甘えちゃおうかなー。それじゃあ気をつけて帰りなよー?」

 

沙月ちゃんに見送られて会場から離れる。

だが、それよりも翔がため息を吐いて立ち止まった。

 

「……ちょっと待っててくれ」

 

「……?ああ、そういうこと」

 

「お?にぃにも姉やんもどしたの……ってうわすっごコスプレじゃんレベルたっか……え?て言うか何知り合い?」

 

「クラスメイトだよ。コロナグループのご令嬢」

 

「え、マジ?にぃにも姉やんもそんなヤバい人と知り合いなの?」

 

翔がコスプレイヤー、もといコロナグループのご令嬢“九條都”が四苦八苦しながら行なっている避難誘導を手伝って戻ってくる。

 

「よし、行くかぁ」

 

「おうおうなんだよぉ、急に人助けなんてどしたぁ?」

 

「そう言う気分だったんだよ、ほっとけ」

 

クールぶってそのまま神社を後にするが、やはり今までの翔の行動からそんな事想像できなかったからなのか。

 

「九條さんに明日お礼でも言われれば良いね」

 

つい、そんな言葉が出てきた。

 

「は?下心丸出しかよ、最低かよこのクソ兄貴」

 

「うっせえな!冬華も余計なこと言うんじゃねえ!」

 

1秒と待たずに反応した天とキレる翔。

駅前通りにたどり着くまで他愛ない話をして実家にいる天を送り出して私も翔とは別れる事に。

 

「そういえば最近ご飯どうしてるの?」

 

「ん?ああ、ナインボールって店に通ってる。ほとんどのメニューワンコインで食えるしボリュームもあって美味い」

 

「そう、そんな生活でお金足りてるの?」

 

「まあ、何とかなってる。そう言う冬華は……自炊できるもんな」

 

ため息をつく我が弟が何処となく虚しそうに見えた。

 

「料理上手な彼女でも出来ればいいね」

 

「そんな相手何処にもいねーよ」

 

「やめなさい、そんな虚しい言葉聞きたくなかった」

 

「言わせたのお前だけどな」

 

本当に意味のない雑談。

それだけど、双子の姉弟としては久しぶりの2人での会話。

 

「……まあ、たまになら私の家に食べにきなさい」

 

「考えとく、冬華の料理食べるって言ったら天も行きそうだけど」

 

「2人分余計に作っておく」

 

軽く笑い合って、今度こそ互いに手を振り其々の帰路へつく。

なんてことない、私の日常。

それなのに、どこか変わってしまうようなそんな気がして堪らなかったのだ。

 

 

 

 

 

家へと帰るまでには駅から15分くらい歩く必要がある。

いっとき自転車でも買おうかと思ったが、長い髪が車輪に引っかかる可能性が出て即座に諦めた経緯がある。

 

歩いて帰るのもめんどくさいなと誰も通らない裏路地に入って人目がないことを確認し……

 

家の玄関へと直通の小さなゲートを開いてそれを潜った。

 

ゲートを出た先は我が家の玄関だ。

靴を脱いでリビングへとつながる廊下を歩き、扉の横に用意しておいた部屋着に着替えてしまう。

今日は予定では誰か来ることもないだろうと扉を開けっぱなしにして着替えていると玄関の方から鍵を開ける音が響く。

 

「冬華ちゃんいますか……って、はわっ!」

 

「春風……フリーズする前に玄関の扉閉めて」

 

「あ、ああ!そうですね、そんな無防備な姿を他の人には見せられませんもんね!」

 

「いや、私の下着姿なんて誰も観たくないでしょ」

 

ラフなシャツとショートパンツ姿に着替えてつい先程まで着ていた服を洗濯カゴに放り込む。

なんとなく洗濯するのは明日でいいやと洗濯機から視線を外してそのまま手洗いとうがいを済ませてしまう。

 

「冬華ちゃんはイベントのお手伝いは早く終わったんですか?」

 

「うん、地震あったし今年のはそのまま閉めるって言ってたから帰ってきた。春風は欲しいものは買えた?」

 

「……えっと、あんまりこれって言うものがなくて」

 

「まあ……そんな気はしてた」

 

去年以上に散々な結果に終わってしまった『メビウスフェス』についてはこれ以上触れないことが微妙な空気感でお互いに察した。

ああ、そうだ。

彼女は香坂春風、私の一つ上の学年にいる幼馴染だ。

私が一人暮らしを始めた頃は月に二〜三回遊びに来ては泊まっていく様な感じだったにも関わらず気がつけば毎週末はこの家に入り浸る様になっていた。

まあ1人で暮らすには大きすぎる家だし彼女の部屋も用意してそこに彼女は自分で用意したこの家様のPCやらゲーム機やらモニターやら着替えやらを増やして行っている。

果たしていずれこの家に住む様になるんじゃないかと内心思いながらもそんなことを言えば『いいんですか!?』なんて目を輝かせながら言うのは分かりきっているから口にしないでいる。

 

「冬華ちゃんは今日の予定は?」

 

「ない、強いて言うなら春風のお世話」

 

「私は犬がなんかですかね」

 

「大して変わらなくない?」

 

「冬華ちゃんの犬…………ぐふふ、悪くないかも……?」

 

「前言撤回、女の子が出しちゃいけない声を出すんじゃない」

 

時折出る、彼女のオタクの部分というか……いや、それ自体が悪いというわけではないのだがかなり欲望に忠実になる時はそれはやばい声が出るのだ。

 

なんだろう、『デュフフwww』の女の子Verと言ったところだろうか。

ましてや顔が整っていてスタイルもいいのに時折見せるヤバい部分が一つ違いの幼馴染としては心配になるものだ。

 

「冬華ちゃん、一回でいいから『吠えるな、犬』って冷たい声で言ってもらえませんか」

 

「私に一体何を求めてるんだ、春風は」

 

「私の女王様に……」

 

「やめなさい」

 

私たちにとってはいつも通りの会話。

だけど、私たちの日常はあっけなくその日の春風の言葉で終わりを迎えることになる。

 

「あの、冬華ちゃん」

 

「どうした?」

 

「なんだか見知らぬアクセサリが気が付いたら私のポケットに」

 

春風がポケットから取り出したシルバーのネックレス。

一体それがなんなのか私には理解できなかったが、それでもそれが決して良くないものだというのはなんとなく理解できたのだ。

 



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第一話

 

 

結局あの後春風の持つアクセサリを解析することは叶わなかった。

春風から預かり調べようにも勝手に春風の周辺に戻ってしまうのだ。

 

そうなって仕舞えば私とてお手上げだ。

無理に解析しようとすれば出来るだろうが私は春風に魔術を使えることを話したことは一度もないしこの後も話す予定はない。

それは翔にも天にも同じことが言えるが。

 

ああ、ちなみに春風は普通に昨日は帰った。

というよりも私が家まで送り返したの方が正しいが。

 

それはそれとして学校へと向かうために玄関を出る。

今日の天気は快晴、傘を持たなければならない様な事態にはならないだろう。

 

家を出てしばらく歩けば駅前通りに出る。

普段この時間にあんな男子の集団などあったかと思ったがそれは一瞬の出来事で目的の2人を見つけて小走りで向かっていく。

 

「おはよう、翔、天ちゃん」

 

「おはよ、今日は少し遅いか?」

 

「おっはよー姉やん!」

 

弟と妹に合流して学校へと足を進める。

 

「あたし思うわけですよ」

 

「どした?」

 

「兄やんはもっと姉やんみたいにあたしに優しくてもいいと思う」

 

「バッカじゃねえの」

 

「ガチなトーンで言うのやめてもらえます?あたし傷つくぞ?泣くぞ?」

 

「よしよし、こっちにおいで天ちゃん」

 

「もうお姉ちゃん大好き」

 

そんな私たち3人の何気ない会話。

天が翔に突っかかって適当にあしらわれて私が慰める。

幼い頃から何度も何度もやってきた変わらない会話。

だからこそ、私はこんな時間を失いたくない。

昨日久しぶりに夢を見た時から春風との時間も翔と天との時間もどこか遠いものに変わってしまいそうな気がして怖くなっていたのだ。

 

「ああ、そうだ翔」

 

「なに?」

 

「これ、今日の昼にでも食べなさい」

 

カバンから取り出したのは昨日春風を送ってから帰りのスーパーで買った弁当箱が入った包みだ。

昼食も夕食もコンビニで買ったり外食をしているならばお金が残らないだろうと思って何も言わずに準備してきてしまったが翔はありがたそうに弁当の入った包みを受け取った。

 

「悪いな、2人分作るの大変だったろ」

 

「そうでもないよ、2人分作るのも一人分作るのも大して変わんないし」

 

渡した弁当をカバンの中に仕舞って私たちは再び歩き始める。

さっきから少しの間沈黙が続いたがそれを破ったのは頭上にクエスチョンマークでも浮かべてそうな天だった

 

「……え?なに、兄やんお姉ちゃんのお弁当食べるの?」

 

「だったらなんだよ」

 

「あたしもお姉ちゃんのお弁当食べたい!!!」

 

「おまえはおかんの弁当あるだろ。我慢しろよ」

 

「やだ!お姉ちゃんお弁当食べたい!」

 

翔のカバンをじっと見つめてチラリと今度は私を見る。

それをする事たっぷり1分ほど。

 

「お母さんのお弁当と交換しよう」

 

「やだね」

 

閃いたと言わんばかりの天の発言を1秒と待たずに翔は斬り捨てる。

妹と弟が私の作った物で取り合いになるのは微笑ましいがそれで妹がふて腐ってしまうのは見過ごせない。

カバンの中から自分用の弁当箱を取り出して天に渡す。

 

「お母さんのお弁当を頂戴?今日は私とお弁当を交換しよう」

 

「いいの!?やったーお姉ちゃん大好きーー」

 

弁当箱を交換して『うひょー!やったぜ!』なんて声を上げるのはどうかと思うが喜んでくれるならまあいいかとそのまま天の弁当箱をカバンに入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

「それじゃあまた放課後にね!」

 

「ええ、また放課後に」

 

天と別れて私と翔はそのまま教室へ向かう。

どういうわけか姉弟で同じクラスの私たちは同じ教室へ向けて足を進める。

 

「冬華もあんまり天を甘やかすなよな」

 

「翔も人のことは言えないでしょう?なんだかんだ言いながら最後にはいうことを聞くんだから」

 

「……まあ、そうだけどさ」

 

私たち2人は妹には甘い。

普通に甘やかすのが私だが、翔はまあ、そういう年頃なんだろう。

言葉では突き放す様なことを言うが最終的には天の言うことを聞くのだ。

 

教室に入れば私も翔もそれぞれの席へと向かう。

私には私の友人が、翔には翔の友がいる。

いや、私としては翔の友人……深沢与一にいい印象は持ってはいないのだが。

 

「おはよう冬華ちゃん」

 

「ええ、おはよう都」

 

隣の席に座ったのは昨日翔が困っていたところを助けたコスプレイヤーこと九條都だ。

 

「昨日は手伝いに来てくれてたのにごめんね?」

 

「気にすることないよ、地震なんて私たちにはどうしようも無いし」

 

「それに怪我もしたって聞いたよ?」

 

「ちょっと神器の欠片が刺さっただけ。みんな大袈裟に騒ぎすぎ」

 

カバンから次々と教材やノートを机の中にしまい込み、昨日欠片が刺さった指を都へと見せる。

元々、針が刺さる様な痛みと共に少し血が出た程度だ。

一晩もすればそれはわからない程度にまで治るだろう。

 

「怪我をしたのは人差し指、でも傷なんてないでしょう?」

 

「……本当だ。じゃあ本当になんともないんだね」

 

「最初からそうと言ってるでしょうに」

 

「でも傷が残る様な怪我だったら申し訳なくて……」

 

「天変地異のことまで気に掛けていたら仕方ないと言ったでしょう?」

 

コツンと都の頭を小突く。

両手で頭を押さえながらも彼女は『そうだね』と頷いた。

 

そうしているうちに始業のチャイムがなる。

教室には沙月ちゃんこと成瀬先生が入ってきて学校での時間が始まるのだった。

 

 

 

 

***

今日は掃除当番というわけでもなく、SHRが終わり次第私は教室を後にして天のいるクラスまで足を運ぶ。

 

「あっ、姉やん!」

 

天が私に気が付いて友達の輪の中から出て弁当箱を手に持って駆け寄ってくる。

 

「ごちそうさまでした」

 

「はい、お粗末さまでした」

 

お互いの弁当箱を交換して私は自分のものをカバンにしまう。

 

「ちょー美味しかった。お母さんのハンバーグもあそこまで柔らかいと嬉しい」

 

「私も久しぶりにお母さんのお弁当食べられてよかったよ。お母さんにご馳走様って伝えておいて」

 

「了解っす、はぁ〜姉やんのお弁当毎日食べたい」

 

「また交換してあげるよ」

 

「マジ?流石お姉ちゃん、大好きだぜ!」

 

「知ってる、それじゃあ天ちゃんも気をつけて帰ってね。お友達に迷惑かけちゃダメだよ?」

 

「はーい、じゃあまた明日ね!」

 

天の教室から離れて下駄箱へ、靴を履き替えてそのまま校舎を出る。

今日は買い物でもして帰るか悩んだが、冷蔵庫の中身を思い出してそのまま家へと足を向ける。

 

1人で帰るのならばわざわざまともに歩いていく必要などない。

転移用のゲートを開くために路地裏に入っていく。

ゲートを開こうとコンクリートの壁に手を翳したが……

 

「何者ですか」

 

「おいおいマジか。足音一つ立てた覚えはないんだがな」

 

私をつけまわしていたのは白いフードを被った金の髪を持つ女だった。

服装を見る限り私と同じ格好の生徒というわけでもない。

それに、私は一度見た顔は忘れないから何処かで会ったということもない。

 

「こんな路地裏になんの躊躇いもなく入って行ったんだ。心配になって声掛けに来てやったんだよ」

 

「……そうですか、それはどうも。ですがご安心を、私はそれなりに強いので」

 

何処かひりつく空気感の中、お互いの目を見ながらその真意を探る。

 

「ふーん、まあいいけどな。あんたが強いとか弱いとか興味はねえよ。ただそうだな……暗い夜道には気をつけなお姉ちゃん」

 

「気に掛けておきましょう。貴女も精々、喧嘩を売る相手は間違えない様に」

 

「ハッ!そりゃどーも覚えておくぜ」

 

互いに背を向けて歩き出す。

相手は何もしてこない。

それならば私だって何もしない。

ただ路地裏に入った女を心配した女と心配された女。

今はそれだけの関係だ。

ただあまりにも気に入らない男に似ていたから手でも出されたらうっかり指先が動いて殺してしまっていたかもしれないが。

 

ああ、そうだ。

新海冬華(わたし)には経験はないが、生き物を殺すことにモルガン(記憶)はなんの躊躇いもないのだ。

 

フードの女が見えなくなったところで改めてゲートを開き、そのまま自宅に戻った。

 

 

 

 

 

 

「マジかよ、本物だぜありゃ」

 

その光景をフードの女が見ていたとも知らずに。

 



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第二話 

どう言うわけだろうか、翔と都の距離感が近い。

この間まではお互いに意識することすらなかったはずなのに最近は挨拶をしたり軽く雑談をしたりと気安い関係になっているように感じる。

 

翔はあまり友人を作るタイプではないし、都だって翔のことは認識はしてるけど自分のグループを離れてまで話すようなものでもなかったはずだ。

考えれば考えるほど理解できないが私にとってはあまり関係ないことなので気にするほどのことでもないだろう。

 

それはそれとしてだ。

昨日翔から送られてきたメッセージについて思考を巡らせる。

昨日の朝の時点で話題になっていた公園に突如と現れた石像。

興味本位で放課後に深沢と翔、そして都で見にいったそうだ。

そしてよく観察してみるといろんなところに違和感があったという。

苦しむような顔、完成度の高すぎる彫像、そして生爪。

深沢がその爪に触れた途端、爪が剥がれてそこから血が滴ったという。

 

翔からはこういうものに詳しいだろうと相談を受けたわけだが、私の頭の中に浮かぶことなど『石化の魔眼(キュベレイ)』くらいしか思い浮かばなかった。

 

知識としては識っている。

だが、それが“魔術が存在しない世界”でそんな超弩級の魔眼が発現するなどあり得ないにも程がある。

結局、適当にはぐらかして翔には力になれなくて申し訳ないとメッセージを打って返したくらいだった。

 

だが、“あり得ないにも程がある”と一蹴してしまうには私の中で何かが引っかかっている。

今朝のネットニュースでは【行方不明の女子生徒が石の状態で見つかる】と最上位に取り上げられ、採取された血液から回収された石像は行方不明の女生徒であると決定付けられた。

世間は謎の奇病などと公表し、それを信じているがそんなものあるわけがないだろう。

 

(メデューサ、バジリスク、コカトリス……石化に関係する伝承で有名なのはこの辺り、魔術で石化を再現できるか……?いや、出来るにしてもこの世界にそれほどの技量を持つ魔術師など……)

 

思考する、何度も何度も《石化》を起こしたモノについて思考する。

 

(私なら間違いなく石化を再現できる。まあ、あんな中途半端なものではなく完全に石にしてしまうけど。だけど他の誰かがやるなど到底不可能に近い)

 

そう、朝学校に来る時からずっと考えていたその問答に回答が出た。

可能性はゼロではないとしていた。

だからこそ“あり得ないにも程がある”と言いながらも完全にその可能性を否定してこなかった。

 

「まさか、石化の魔眼(キュベレイ)を持つものが現れるとは」

 

私の独り言など昼の喧騒で掻き消えてしまう。

誰にも聞かれることなどなくその言葉は喧騒の中に消えていく。

 

「なーに辛気臭い顔してるの冬華?」

 

「……絢音」

 

昼食のために購買へと向かっていた友人が私の前の机を合わせながら正面へと座る。

 

「別にそんな辛気臭い顔なんてしてない」

 

「嘘じゃん、めっちゃくちゃ思い詰めた顔してたけどね」

 

砂金のような美しい髪を揺らしながら彼女は翡翠の瞳で私の瞳を見つめる。

モルガン(わたし)の記憶に残る騎士王(アルトリア)にそっくりな見た目と声だが、私の数少ない心を許せる友人でもある。

 

「またなんか思い悩んだことでもあった?」

 

「またとは何だまたとは、私が普段から悩んでいるような言い分じゃないか」

 

昼食のために弁当を取り出して蓋を開く。

箸を手に持って食事を始めようと卵焼きを掴んだ時だった。

 

バァン!

 

下の階層でやけに大きな爆発音が響く。

それと同時に鳴り響くのは火災警報装置のアラート。

そして、翔のスマホには着信の音。

 

嫌な予感がする。

翔が電話に出て焦るなんて理由はたった一つしかない。

このタイミングでの電話。

明確に焦る翔は私にも視線を向けて下の階層を指差す。

 

「冬華!火元は天の教室だ!」

 

緊迫した翔の声を聞き終える前に私は教室を飛び出た。

後ろについてくるのはさっきまでパンを咥えてた絢音だ。

その後ろから翔と都が走ってついてきている。

 

「冬華、妹ちゃんの教室知ってるの?」

 

「問題ない、昨日弁当箱の回収に行った」

 

階段を駆け降りて一年生の教室の並ぶ廊下へたどり着く。

 

「あっつ……!」

 

絢音がつい、そうこぼした。

そう、熱いのだ。

目の前には炎が広がっている。

壁にも廊下にも、そして恐らくは教室の中にも。

そして、その炎の中心には何やら叫んでいる男子生徒の姿も見える。

 

「……なんだよ、これ」

 

「ひどい……」

 

遅れてやってきたのは翔と都。

どんどん野次馬も増えていく中、男子生徒の叫びと共に炎は勢いを増して燃え広がっていく。

 

……だがしかし、燃え広がるのと同時に違和感が襲う。

燃え広がっている範囲は広い。

当然だが炎が周囲を焼く熱は感じている。

だが、逆に言えばそれしかない。

貼られているポスターや掲示物の類は燃えることなく残っている。

本物の炎にしては熱量があまりにも少なく……それがわかって仕舞えば

 

「ちょ、ちょっと冬華!」

 

絢音の静止する声が聞こえる。

だが、それに耳を傾けることなく私は炎の中を走り出す───!

身を焼くような熱はない、炎の中を走っているというのに制服が焼け焦げることも肌が火傷することもない。

 

「やはり、本物ではないか。なら、お前を止めればこれは治るのですね?」

 

止めるだけならば魔術を使うまでもない。

意識を落として仕舞えばそれで終わりだろう。

 

「あああぁぁぉあああぁああああ!僕に近づくなあぁぁああああ!」

 

振るわれる炎を避けるまでもなく突っ切ろうとするが

 

「馬鹿!真正面からぶつかりに行ってどうする!」

 

「……この炎が偽物だとわかっていて此処にいるでしょうに」

 

「万が一怪我でもしたら大惨事だろ」

 

「まったく、心配性な弟だね」

 

改めて炎を放った男を見る。

近づいてわかったが全身に青い術式のようなものが浮かんでいる。

見るからに暴走してるとしか言いようのない惨状だが奴の発狂状態と言いまともな状態では無いのは間違い無いだろう。

 

「奴を止める方法がある」

 

「……言ってみなさい」

 

「詳しいことは後で説明するがシルバーのアクセサリみたいなのがあいつの何処かにあるはずだ、それを九條が超能力で奪い取る」

 

「普段ならば何を言っているのかというところだけど、それで止められるんだね?それなら先に意識落とす?」

 

「出来るならそうしたいけど……正直近づくのも厄介そうだ」

 

変わらずに炎を撒き散らして発狂してる男を見て翔はどうしたものかと考えているようだ。

 

「この炎が人体に影響がないことはもう検証済み。おそらく彼が未熟すぎるせいでこの程度の炎しか出せないとすれば、2人でかかれば間違いなく動きは止められるはず」

 

「危ない方は俺がやる。冬華は隙をついてあいつのどこかにあるアクセサリを……」

 

「そのアクセサリが何なのか、大方の検討はついている。胸元に十字架のネックレスがあるのが見える?」

 

だいぶ暴れ回ったのか彼の制服の首元からはキラリとシルバーのネックレスが揺れている。

形状は十字架、聖職者の贖罪の炎とでも言いたいのかと喉から出かけるがそれを抑えて睨みつける。

 

「……ああ、見える。じゃあ、あれを奪い取れば」

 

「アレを取ればこの炎が止まるんだね?」

 

「ええ、そのようですね……ん?」

 

「……え?アレをとるんでしょ?さっさとやっちゃおうよ」

 

ほんの数秒前までいなかったはずの声が隣から聞こえて私も翔も思わず二度見する。

絢音がいつの間にか私の隣でやる気のいい顔で私を見ていた。

 

「いやだって、冬華も新海君も九條さんも何の迷いもなく入って行っちゃうんだもん。それなら私だって、ね?」

 

「……はあ、それなら絢音は都の側に。アレの動きは私と翔で止めます。よろしい?」

 

「そうだな、人数が多くなると逆に連携が取れなくなるかも。えっと……」

 

「ああ……桜小路絢音、好きに呼んでね」

 

「桜小路さんは九條にネックレスの形を教えてやってくれないか。十字架のネックレスで首に掛けてるって」

 

「ん、わかった」

 

絢音が都の方へと向かっていく。

私と翔は再び男の方へと視線を向けて……

 

「お願い、新海君……冬華ちゃん!」

 

都の声と共に駆け出した。

 

「来るなああぁぁあああ!」

 

炎が私と翔を襲う。

狙いは水平、私も翔も身長は高い方だ……ならば屈むよりは跳んだ方が容易に避けられる。

 

「跳びなさい翔!」

 

「おうよ!」

 

同時に廊下を蹴って迫る炎を避ける。

跳んだ勢いのまま、後数メートルの距離を埋めるために翔の胸元を掴む。

 

「上手くやりなさい」

 

「……は?いや、そういうことかよ!」

 

腕を軽く魔力で強化して、男の元まで翔を放り投げた。

速度はそれなり、だがほんの数メートルの差を縮めるには充分すぎる。

 

翔を投げ飛ばして私が着地したほんの数瞬後に翔はあの男へ覆いかぶさり、胸元にあるネックレスを引きちぎった。

 

「九條っ!」

 

「……新海君、冬華ちゃん。貴方達のこと心から尊敬する!」

 

瞬間、都の左手に水色の紋様が現れる。

こんな熱気の中だというのに爽やかな風が都の周りを吹き抜ける。

 

「射程圏内、対象は十字架のネックレス───!」

 

よほど集中するのだろう。

翔の手にある十字架のネックレスはほんの数秒も経たずに……

 

「掴んだ!」

 

翔の手を離れ、都と手の中に収まっていた。

そして、それと同時に燃え広がっていた炎が消えて───

 

「っ!離れなさい、翔!」

 

「は?いや無理!」

 

燃え広がっていた炎が全てネックレスを奪った男へと襲い掛かる。

 

「っ!」

 

脚へと魔力を流し脚力を強化して翔の元まで跳び、そのままの勢いで翔を拾い上げて数メートル先で廊下で滑るように着地する。

もっとも、廊下を転がりそうになった瞬間に翔が下になるように体勢を変えてくれたおかげで私には一切の痛みはないわけだが。

 

「ありがとう、翔」

 

「いや、大丈夫。それよりも……」

 

視線の先には自身が放った炎に焼かれる男の姿があった。

廊下、教室、視界を覆うような炎が全てあの男子生徒へと収束し……

断末魔のような悲鳴をあげて事切れたように男はその場に倒れた。

 

「大丈夫なのか、あれ」

 

「どのような形であれ、収束は収束でしょう。この男子生徒に関してはあとは然るべきところが対処をするはずです」

 

「……そうだよな。あの炎も結局どういうものなのか分からずじまいだった」

 

「知る必要は特にないでしょう。敢えて言うなら攻撃の対象は肉体以外の何か、と言うことになりますが」

 

「……魂への攻撃、とか?」

 

「翔や都の都の知る能力がどのようなものであれ、碌なものでないのは確かでしょうね。私としては早々に手を切ることを勧めるわ」

 

火がおさまった校内は何もなかったと言われても納得してしまうほどに綺麗なままだった。

何かが燃えた後なんて全くない。

綺麗さっぱりそのまんま元通りになっていた。

ひとまず落ち着いたなとため息をつく。

 

「お兄ちゃん!お姉ちゃん!」

 

「天!」

 

「天ちゃん!」

 

ガラッと扉を勢いよく開けて出てきた天がそのまま私と翔に抱きついてくる。

普段なら抱きつくなと悪態をつく翔でさえ今日ばかりは優しく抱き止めて頭を撫でていた。

 

「怖かったろ、よく頑張ったな」

 

「……うん」

 

都と絢音に視線を送れば2人は頷いて歩いてくる。

それと同時に駆け寄ってくるのは沙月ちゃんと数名の先生方。

火の中に走って行ったと言うこともあって私と翔、都と絢音はそのまま先生方に保健室まで連行され、危ないことはしないようにと念に念を押されて今日は全生徒が帰宅することになった。

 

都と翔には後日今日のことの説明をすると言われていたが、私は適当にはぐらかして帰路についたのだった。



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第三話

あの火災の翌日。

特にすることもなく、私は自宅で読書に励んでいた。

ガチャンと玄関の扉が開く音がする。

春風が来たのかと思いながらも視線は手元の本から逸らさずに文字を追い続ける。

 

いつもよりも控えめなリビングへの開閉音。

そーっと近づく様に私と同じ白い髪が揺れる。

そして変わらずにそーっと近づいてきた少女は私の隣へと腰掛けて一つ深呼吸をする。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

沈黙が続く。

ペラッとページを捲る音がリビングに響く。

隣に座る彼女がちょこっと背伸びして私の読んでいる本を覗き込む。

活字だらけの本を見てなにやら難しそうな顔をしてまた同じ位置に戻る。

 

「……どうしたの天ちゃん」

 

「………………」

 

「……聞こえてる?天ちゃん」

 

「…………えっ!?」

 

私が声をかけたのに驚いたのか思わず二度見なんてしながら天は私の隣から飛び上がってキョロキョロし始める。

 

「え、待って……あたしのこと、見えてる?」

 

「見えてるけど?」

 

「うそやん……もー、なんでにぃにもみゃーこ先輩も姉やんも見えるんだっ!」

 

「見えるんだ……?天ちゃん何か特殊なものでも手に入れましたか?具体的にはシルバーアクセサリーの様なものを」

 

「え、姉やんが先生モードになってる……ま、まぁ気がついたらポケットに入ってたっていうか。これ、バングルなんだけど」

 

差し出されたのは最近春風から見せてもらったものに似ているがその形状は違っている。

春風のものはネックレス、そして天の持つものはバングル。

形にこそ違いはあれど眼に見て感じる違和感は同じだ。

 

「これを手に入れてから変わったことは?」

 

「えっと……これ言っていいのかな」

 

「何か言えないことでも?」

 

「うぐっ……」

 

「───天?」

 

吃る天に顔を近づけて問いかける。

危ないことならば今すぐにでも手を引かせるべきだ。

もし得体の知れない能力を得たのなら今すぐにでも破壊することも視野に入れなければならない。

 

「超能力が……使える様になりました」

 

「うん、壊します」

 

迷うことなく天の持つバングルを回収。

すぐに工房へと持っていき破壊しようとするが

 

「うわぁぁあああ!ちょっと、ちょっと待って!!」

 

「離しなさい天!こんなもの持っていても面倒ごとが舞い込んでくるだけです!」

 

止められている今も右手に持ったバングルには相当の魔力を流しているというのに壊れる気配がない。

魔力で身体を強化して思いっきり握ってみても砕ける気がしない。

軽い解析をかけてみればバングルの内側に内包されているものは系統こと違えど魔術に近しいものを感じる。

はっきり言って“危険な代物”だという私の意見は変わらない。

 

「本当はね、お姉ちゃんが昔からこういうものに詳しかったから相談に持ってきたんだ」

 

「それなら私からいうのは無闇にこれを使わないことですね。触媒を介して異能に縁のない人間が超能力を扱うなど、古来よりまともな最後は迎えませんよ」

 

「……たとえば?」

 

問いかけられたそれに対して先程までの天とのやり取りの中でこのバングルに与えられた能力について考える。

 

「天のそれはさっきの言動から考えるに“存在感の操作”の様なものでしょう?」

 

「うん、まあそうだね。にぃににもみゃーこ先輩にも姉やんにも効果なかったけど」

 

「ではここで一つ考えてみましょう。存在感を操作する、ということは対象の存在そのものを消すことも可能だと解釈できるでしょう。ではそんな能力を制御できずに暴走したらどうなるかわかりますか?」

 

「…………なりふり構わず周りのものを消す、とか?」

 

彼女なりに考えたのだろう。

確かにその可能性もあるがおそらく起きる現象はそうじゃない。

 

「触媒を介さないのならそれもありあるでしょうね。ですがこの様に触媒を介して異能を扱う場合は使用者本人に異能が牙を剥くのです。例えるならば炎を司るものなら使用者を焼き、空間移動をするものならどこでもない世界から帰ってこられなくなる。そうなれば自分の持っているものならどうなるか想像はつきますか?」

 

「えっと……あたしの存在が、消えちゃうってこと?」

 

「そうですね、誰にも認知されず記憶にも残らないし姿も見えない。正真正銘この世界から消えてしまうという可能性もありえるでしょう」

 

「何それ怖い。お兄ちゃんにもお姉ちゃんにも忘れられちゃうの?」

 

「そうなるでしょうね。誰からも認知されることなくこの世界を彷徨う者になる、と言ったほうがいいでしょうか」

 

「…………つまり、無闇に使うなってこと?」

 

「私としては2度と使うなと言っておきましょう」

 

いつのまにか私の手からバングルは消えてきた。

春風の時と同じ様に天のポケットにでも戻ったのだろう。

アレの破壊は仕方ないと諦めて再びソファに腰を掛ける。

 

「お姉ちゃんもこういうの持ってるの?」

 

「私の手にはありませんね。元より、その様なものを使わずとも魔術の行使など容易いので……あっ」

 

「ん???えっ、なに、姉やんも超能力が扱えるってこと?」

 

「…………」

 

ついうっかり、口が滑ってしまったのを天は見逃さなかった。

可愛い妹の素朴な質問に私は目を逸らして沈黙を選んだ。

 

「…………え、なんだよ。答えてよ」

 

「忘れなさい」

 

「もしかして、昔からやけにそういう方面に詳しいと思ったら……」

 

「何も聞いてない、いいですね?」

 

「いや、無理でしょ」

 

じとっと見つめてくる妹から視線を逸らす。

ニヤリと笑って私の視界に入ってくる。

目線だけまた逸らす、視界に入ってくる。

 

「あたしのお姉ちゃんって魔法使いだったのかー」

 

「魔法ではありません魔術です」

 

「ふーん、魔術ねー」

 

「…………ちっ」

 

「うそ、今あたし舌打ちされた?」

 

大きくため息をついて仕方ないと諦める。

言うつもりはなかったが、自分から出た身の錆だ。

此処で肯定しておかなければ後で翔がいる場所でも同じことを聞いてきそうな気がする。

 

「まあ、仕方ない。自分の失言のせいだ」

 

「おっ、じゃあ認めるんだ」

 

「認める、私自身も魔術を扱えるからね」

 

「姉やんのはどんな能力なの?」

 

「だから言ったでしょう、私はそんなもの持ってないって。そんなものを使わなくても私は私で扱えるの」

 

「うーわなにそれチートじゃん」

 

うわーないわーとかぼやいてる妹から視線を逸らして時計を見る。

時刻は既に18時を回っている、ここから家まで帰れば1時間もかからないだろう。

まだ暗くなるのが早い季節だ、早く帰るのに越したことはない。

 

「この話はおしまいね。天ちゃんもそろそろ帰りなさい?」

 

「えー、泊まっていったらダメー?」

 

「いいけど、明日いつもより早く起きて一回家帰れるなら」

 

「……うっす、帰りまーす」

 

早起きするのがそんなに嫌なのか渋々立ち上がって玄関のほうへと向かっていく。

 

「ああ、そうだ」

 

「ん?どしたの?」

 

「このことを絶対に誰かに言わない様にしてね?私が天ちゃんの記憶を今消さなかったのは信用してるからだってこと、忘れないで?」

 

「目がガチだよ姉やん。んー、でもそこまで言うならその……魔術?使えるところ見せて欲しいなーなんて」

 

チラチラと私の目を見ながら控えめにお願いをしてくる。

控えめに言って可愛い、なんでも言うことを聞いてあげたくなるがやっぱりコレだけは……

 

「やっぱりダメ?」

 

───この子は私が“お願い”を断らないのを知ってやっているのか。

 

「……誰にも言わないと約束できる?」

 

「絶対にする!」

 

「……はあ、天ちゃんの部屋に私が使っていた鏡はある?」

 

「鏡?あの大きいやつ?」

 

「そう、私が使ってた全身鏡」

 

「あるある、あたし使ってるし。……でもなんで鏡?」

 

「説明するよりも見たほうが早いでしょ?靴持ってついておいで」

 

私室へと向かい、その後ろを天がついてくる。

私室にある全身鏡の前に立ち鏡に魔力を通せばもともと私が使っていた天の部屋にある鏡へと空間をつなげる。

 

「えっ、鏡光ってるけど……なにこれ」

 

「天の部屋まで通れる直通の扉にしたの。ほら、これで帰りなさい」

 

「いやいや、そんな鏡通って帰れるなんて」

 

「ほら、さっさと通る」

 

「うぇっ!?ちょっと待っt!」

 

興味深そうに鏡を見ていた天の背中を押して鏡から開いている扉へと放り込む。

天の姿がなくなったことで扉は閉じてそのまま普通の鏡へもどった。

 

直後、スマホからRINGのメッセージの音が響く。

 

『心の準備させてよ!普通に怖かったんだけど!』

 

そんな妹にクスリと笑って返信をする。

 

『約束通り誰にも言っちゃダメだよ?』

 

『……はーい』

 

 

 



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第四話

遅まきながら主人公である冬華の詳細を置いておきます。


その日の朝も特に変わり映えしない登校をするはずだった。

前方に謎の男子生徒の集団を見つけるまでは。

数日前から見るようになったあの男子生徒の集団の中にいるのが誰なのか、興味もないから気にしないで歩いていたがあんな事があった後だからか少し気になってしまう。

なにしろ数日前までは存在しなかった軍団だ、何らかの魅了かそれに属する特殊能力を持った人間がその中央にいるに違いないと見当をつけてその集団を追い越す間にチラリと集団の中央を覗き見る。

 

「あの……えっと、その」

 

「………………」

 

何やってるんだこの子は。

思わずそんな感想が私の中を駆け巡る。

幼馴染、といえどもさすがの私も見てはいけないものを見たような気分になって足早にその場を後にしようとする。

 

だが虚しいかな、そんな私を阻むように追い越してすぐの歩行者信号が赤色に点灯する。

止まるしかなく、それに付随するように追い越した集団も私の後ろで止まる。

 

「鞄をお持ちします」

 

「足元にご注意ください」

 

etc.etc.

まるでお姫様扱いだなと背後のやり取りを聞きながら信号の色が変わるのを待つ。

すると如何だろうかそんなやりとりをしているうちに彼女の口から聞いたことのないトーンで言葉が発せられたのだ。

 

「あまり気安く触らないでいただけます?(わたくし)そんなに安い女ではありませんの」

 

それなりに長い付き合いになるが一度も聞いたことのない声、そして一度たりとも聞いたことのない話し方。

思わず後ろを向いてしまったのが私の運の尽き、彼女は即座に私に反応して足取り軽く私の隣に立った。

 

「おはようございます、冬華様」

 

「…………」

 

お前は何だ、という視線を彼女に向けて沈黙を貫く。

背後の集団への魅力は解けたのか、彼女へのさっきまでのお姫様扱いなどなかったかのような思い思いに登校を開始する。

 

「あら、そのような視線を向けられては困ってしまいます」

 

「私が言いたいことを理解していてそう言うんなら立派なものだな」

 

「ふふ、その口調も冷たい声音も素敵ですわ。(わたくし)も私も貴女になら服従しても良いと思っていますので」

 

「随分と欲望を曝け出して喋る」

 

私と2人の時の春風も大概欲望丸出しだが、それでも家の中でのみという節度は守っていた。

だが、今喋っているこの人格は一体なんだ?

一体いつからこんな人格が形成された……?

 

「あのシルバーのネックレスか」

 

「冬華様もアーティファクトの事をご存じでしたか、ならば話は早いでしょう。(わたくし)(春風)が望んだ人格。堂々としていたい、物語のお姫様のようになりたい。そんな願望が表れているのが今貴女と話している(わたくし)という人格です」

 

「どうして私の周りの人間は得体の知れない触媒に手を出す……」

 

本当にため息しか出てこない。

いったいこの街で何が起きている?

あの異能、シルバーアクセサリーの名称は今の彼女の言葉から『アーティファクト』と断定した。

大方、メビウスリングのアニメに登場したものに酷似しているからそう名づけて呼んでいるのだろう。

だとすればこの間の火災のことも想像がつく。

やはりアレはアーティファクトの暴走、自身の扱う能力の制御が効かなくなり暴走した結果があの小火騒ぎだ。

 

「どうせお前も、その力を使うなと言っても聞かないのでしょうね。ええ、どうせそうでしょうとも」

 

「話を勝手に終わらせるのは早急すぎませんこと?それに(わたくし)も冬華様と話してみたかったんですのよ?」

 

「……私は春風じゃない貴女と話すことなんてないと思うけど」

 

「……酷いことを言いますのね。(わたくし)もあの子の一つだと言うのに」

 

学校までの道のりでは彼女がいつまでも私に話しかけて私が適当に返したり返さなかったりを繰り返して学校まで辿り着いた。

 

(わたくし)、冬華様とお話しすること諦めませんから」

 

そう言い残して朝はそのまま教室へ向かってしまった。

少し涙目だったのは私に適当にあしらわれ続けたからだろうか。

だとしたら、少し……ほんの少しだけ申し訳なかったと思う。

教室に入ってすぐにスマホが数回振動する。

RINGの通知が鬼のようにロック画面に表示されていてその連絡先は言わずもがな春風からだった。

十数件送られてきた内容を要約するとこうだ。

 

『無視されるとさすがの私も傷つくので無視しないで』

 

ここ最近何度目かわからないため息を吐く。

あの子にとっては今のところ唯一まともに話せるのが私だけというのもきっと拍車をかけているのだろう。

さっきまでのことで必要以上に教室で落ち込んでいるのが容易に想像できてしまうからこそため息をついてしまう。

 

 

 

 

「今日一日辛気臭い顔してるね」

 

「少しはオブラートに包むことを覚えたらどうだ」

 

場所は変わって昼食どき、私と絢音は中庭で昼食をとりながら他愛ない雑談をしていたのだが、不意にそんなことを言われて私の顔も少し不機嫌なものになる。

記憶の中のモルガンが忌々しいと評するアーサー王と同じ顔でアホ毛をぴょこぴょこさせながら私の顔を覗き込む。

 

「まあ、私としては苦労してそうな冬華の顔を見るのは何故か気分が高揚するんだけど」

 

「非常に悪趣味なことの暴露ありがとう。私も絢音が困ってる顔を見ると何故か気分が良くなる」

 

「揃いも揃って趣味悪いじゃん。よくこれで友達やってられるよね」

 

全くもってその通りだ、多分私の人格がもっと記憶に引っ張られていれば絢音の顔と声を認識しただけで苦虫を噛み潰したような顔をしていただろうが何せ私は新海冬華だ、例え記憶の中での彼女が嫌っていようとも私には何の関係もない話だと割り切ってしまっている。

 

それにしてもだ。

私の顔は記憶にあるモルガンそのもののだし、肉体もその身に宿る力も魔術の技量に至る全てを受け継いでいる。

ならば、目の前にいる絢音だってその可能性があるわけだ。

アルトリア・ペンドラゴンという人物の記憶、能力、そして星の聖剣。

私自身は絢音に何かするつもりはないが彼女が突っかかってきた場合どういう対応をするのが正解なのか未だに決めかねている。

 

「そういえばさ、これ一回も言ったことないんだけど」

 

「……?」

 

唐突に思い出したかのように彼女はまるで世間話をするように先ほどまでの思考の答えを出した。

 

「私、ご先祖様?の記憶があるみたいで」

 

「…………」

 

「あ、いやいきなり何言ってんだって感じなんだけどね。冬華にそっくりな人も記憶の中にいてなんか敵同士っていうか憎み合ってる関係?みたいな感じっぽくてね」

 

「………………」

 

「なんかこうして友達なのも私的には運命感じちゃうなーとか思ってみたり」

 

ああ、どうして私の周りにはこうも予測を上回るような事ばかり起こるのか。

 

絢音、アルトリアの記憶があるならばどうして私に近づいたのだ。

 

つい、私の思考がモルガンの残滓と同調してしまった瞬間だった。

 

ああ、アルトリア。

お前は嫌がらせの天才か、私を苦悩させる為だけに生まれてきたのか。

 

つい、そんな言葉が脳内に駆け巡りまた大きくため息をつく。

記憶があって私と言う存在と親しくなる関係を選んだのなら、彼女だって私と同じ選択をしたのだろう。

記憶に左右されずに自分のやりたいように。

ならば私だって無駄なことを考えるのはやめにしよう。

 

「そうだね、私も運命的なものを感じるよ」

 

「だよね!でも私は私だし別にそんなの関係ないって思ってるからそんな記憶なんてどうでもいいんだけどね!」

 

「ああ、全くもってその通り。ちなみになんだけど」

 

「……ん?」

 

「私もその相手の記憶を持ってるって言ったら?」

 

今度は絢音がフリーズする番だった。

次いでその表情は困惑と疑いの目を向け、そして最後にはまたいつもの笑顔に戻った。

 

「まあ、そうじゃないかなって思って話したのもあったんだけど。さっき言ったでしょ、私は私だから関係ないって。ご先祖様がどうして私にそんなことしたのかなんて知らないけどぶっちゃけどうでもよくない?」

 

「……ふふ、そうだね。本当にそうだ、私は私だもんね」

 

悩んでいたのがバカみたいだ。

私は新海冬華であってモルガン・ル・フェじゃないのだから。

全く、こんなに簡単なことならさっさと絢音には打ち明けておけばよかった。

 

「まあ、たまに記憶に引っ張られる話し方が出るのが困りどころだけど」

 

「それは私もそう、私の場合はかなり引っ張られてるけど」

 

「結構記憶通りの話し方するよね。初めて会った時びっくりしちゃった」

 

お互いに記憶のことで悩んだこと、そんなの殆どおんなじで。

生まれ持った自分の異質性を話し合えるというのは私にとってはかけがえのない時間になったのだ。

 

「あっ、そうだ。私ね九條さん達がやってるアーティファクト集め?って言うの手伝うことになったんだ」

 

「……まさかここでもその名前を聞くことになるとは」

 

「やっぱりここ最近のため息の原因はそれかぁ。九條さんも弟くんも説明しようとしても適当にはぐらかされるって溢してたよ」

 

「私としては関わりたくないと言うか、私の考えてるような効果が相手なら私は正直出る幕がないと言うか」

 

頭を悩ませる理由はそれだ。

いや間違いなく私と絢音が出れば即座に問題を解決することはできるという自負はある。

私の想像通りに絢音が聖剣を携えて、能力を私と同じように受け継いでいるのなら前衛後衛を2人だけで完結させることができる。

だが、精神面のダメージを前提とした戦いならば私も絢音も不利だ。

 

「アレだよね、肉体にじゃなくて精神的な方面に対するダメージが入るって」

 

そしてそれは絢音も同じ結論に至っている。

 

「そう、私が考えてる通りのことを絢音ができるなら……全く属性の違う攻撃方法を持つ私たちは相手を傷つけられない」

 

「…………冬華の言う通り、だから私は剣を抜かない戦い方をするよ」

 

「……肉弾戦ですか」

 

「正解!なんか身体強化だけは得意だからね。普段は使わないけどこう言うのなんて言うんだっけ……あ、そうそう魔力放出?」

 

そこまで言って絢音はもう三つ目になる菓子パンの袋を開けて食べ始める。

 

「それに、なんていうか私か冬華が付いてないと取り返しのつかないことになるって私の直感がいっててね」

 

「未来予知レベルの直感などほぼ的中するでしょうに」

 

呆れるように呟けば彼女はだらしなく笑う。

だが、絢音がそう言うのならば私だって準備を始めなければならない。

絢音だけで事足りるだろうと理解していながら私も手を貸すための準備をしておけとモルガン(記憶)が警鐘を鳴らす。

 

「私の方でも準備はしておきましょう。手に負えないと思ったらすぐに相談するように」

 

「はーい、姉上ー」

 

「今すぐその呼び方をやめなさい」

 

その顔と声でそう言われると無性にイラつくのは決して私のせいじゃないとだけ弁明しておこう。




名前:新海冬華
性別:女
年齢:16歳
身長:170cm
体重:56kg
CV:石川由依



本編主人公である新海翔の双子の姉。
高校生になってすぐに翔と共に家を出て冬華は知り合いから譲り受けた一軒家で生活している。
生活は親の仕送りの他にモデルのアルバイトをしていてファッション誌では数ページの特集が組まれる程の人気を誇っている。
妹の天と同じ白髪にアメジストの瞳を持ち身長は高校2年生としてはかなり高くスタイルがいいことから至る所でスカウトやナンパを受けることが多い。
『輪廻転生のメビウスリング』のイベントに参加した際に翔と天と共にいたが地震の影響で破損した神器の破片が指に刺さって体内に取り込んでしまっている。
この世界で唯一“魔術”を扱える人間。
彼女は異世界で悲惨な最後を迎えた冬の女王の生まれ変わりである。


彼女は翔の双子の姉。
本来一つのはずの魂が分割して生まれたことであなた(ナイン)が観測し、見守り、導く対象は彼女も含まれる。
オーバーロードは翔だけではなく彼女も導く力となる。


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第五話

HRが終わってすぐに冬華が教室から出ていく。

あの炎のアーティファクトの事件の後から俺や九條は明らかに冬華から避けられ続けている。

掃除を終わらせて校門前で九條と天と合流する。

軽い挨拶を交わして天が九條の自転車の籠に鞄を入れてそのまま俺の家へと向かっていく。

人混みのある中だからと話す内容は他愛のない雑談だ。

主に天と九條の女子トークを俺は後方で聞いているだけなのが残念でならないが。

アパートの俺の部屋について現状についてを纏めて冬華にどう説明をしたものかと考えていると

 

「んー、でもあれじゃない?にぃにもみゃーこ先輩も姉やんに避けられてるって思い込んでるだけって線はないの?」

 

「……え?」

 

「いや、“え?”じゃなくて。だってみゃーこ先輩もにぃにも姉やんとそんなに学校で話すような関係じゃないんでしょ?それっていつもと大して変わらないんじゃないっすかね」

 

天に言われて今までの学校生活を思い出してみた。

冬華と同じ教室にはいてもお互いに話すことは特になかった。

放課後に一緒に帰るわけでもなく、昼を一緒に食べるわけでもない。

俺は与一と食べることが多いし、冬華は桜小路と食べることが多い。

他の休憩時間も特に関わることはなく、避けられているという思考に至るのがそもそも間違いであったと気付かされる。

 

 

「あっ、あー……それってつまり冬華自体はいつも通り……?」

 

そう、何も変わっていない。

寧ろ、俺たちがあの件で説明したいのになかなか捕まえられないから避けられていると感じるだけで。

 

「確かに、朝は普通にお返事返してくれるし普通に話しかければ答えてくれる……」

 

九條も同じ思考に至ったのだろう。

避けられてると勘違いしていたのが馬鹿らしくなってくる。

 

「ちょっと冬華にメッセージ送ってみる」

 

「うん、お願いしてもいいかな?」

 

「まあ、姉やん面倒ごと嫌いな面ありますけどね。絢音先輩も協力してくれることになったし姉やんも手伝ってくれれば百人力ってわけですよ」

 

握り拳を作って騒いでいる天を横目にRINGで冬華にメッセージを送る。

 

『この間の学校での火災のことで話がしたい』

 

送ったメッセージは1分と経たずに帰ってきた。

 

『興味ないからしなくていい』

 

「…………マジかよ」

 

あの時、隣にいた冬華の行動と言動には違和感を覚えていた。

初めに迫る炎に走った時もそうだし、超能力を扱う男が未熟だと口にしていた。

 

そして、極め付けは俺を投げた時の力と数メートルを一跳びで詰めて俺ごと廊下に転がった時の身体能力。

冬華自身もアーティファクトユーザーである説が濃厚である以上、仲間としてできれば協力していきたい。

 

だがしかし、そんな俺の目論みもたった1分経たずに打ち砕かれてしまう。

 

「冬華ちゃん、なんて?」

 

「興味がないからしなくていい、だとさ」

 

「うわ、流石姉やん。姉弟なのに断り方えげつい」

 

「……はあ、冬華もアーティファクトユーザーだと思ったのにな」

 

「ぶふっ!」

 

内心思っていたそんなことを思わずこぼした瞬間、天が思いっきり咽せた。

 

「うわきったねぇ!」

 

「いや、普通にごめん。でも姉やんがアーティファクトユーザーっていうのは間違いなくなさそうだよ?」

 

「そうなの?」

 

「うん、昔からそう言う方面には詳しいですけどね。姉やん、自分でできること以外にはとことん興味がないんですよ。それにこういうアーティファクトを介して自分のものじゃない力を使うのマジで嫌うんで」

 

いつもは涼しい顔をしている冬華がゴミを見るような視線を向けるところを想像する。

昔から自分のものではないものを誇示することを嫌っていた。

そういう時は決まってゴミを見るような絶対零度の視線を向けるのだが、そういう視線を向けた相手に限って何か違うものに目覚めてしまうのが彼女の唯一の誤算だろうか。

 

「昔からそうだったな。正義の味方って感じじゃないけど自分の気に食わないものは徹底的に屈服させる性格だったから」

 

「上級生のいじめっ子を泣かせたこともあったよね」

 

「ああー、あったなぁ。冬華の友達いじめてたやつの心折ったやつ」

 

「……今の冬華ちゃんからは全く想像できないね」

 

九條は苦笑いしているが、笑い事ではない出来事だった。

当のいじめっ子は冬華のこと見るたびに怯えるし、それが学校と家庭の間で少し問題になったのだ。

だが、当の本人がやったことはただ一つだけだったという。

 

非常に冷めた瞳と声で

 

『糞虫が、2度と近づくな』

 

そう告げただけだと。

 

「まあ、心折った本人は一言言ってやっただけだなんて言ってたけどな」

 

「相手の親御さんきた時もお母さん達よりも姉やんの方が相手の親の心も折にいってたもんね」

 

冬華と同じ家で高校に上がるまで過ごしてるとそういう話は沢山出てくる。

天をいじめた女子を言葉だけで泣かし、報復に来た上級生をありとあらゆる運動で返り討ちにし、更に親を巻き込んだ騒動では親より弁舌が上手く最終的には相手が謝ってしまう。

 

「あはは……冬華ちゃんってもしかして無敵かな?」

 

「もしかしなくても無敵っす。まず言葉じゃ勝てないし、運動もなんでもできる、身内には超優しいしご飯も超美味しい。そして何よりも圧倒的美人」

 

天が誉める誉める。

だが、正直同じことを思ってしまうのだ。

 

「冬華ちゃん、確かにすごく美人だよね。顔も良くて声も綺麗だし、背も高くて初めて見た時すごく美人だなって思った」

 

「そうなんすよ。みゃーこ先輩わかってるー!」

 

そうして天の冬華自慢が始まる。

天が楽しそうに話すのを九條がニコニコしながら聞いているのをバックにあの時のことをもう一度よく思い出そうと試行するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

***side 新海冬華***

 

学校から帰宅して自分の工房へと入ろうとしたところにRINGのメッセージが鳴る。

送り主は翔だった。

 

『この間の学校での火災のことで話がしたい』

 

どうせ春風や天と同じアーティファクトとやらを持ったやつの暴走なんていうのは目に見えている。

都があのアクセサリを盗り、そのままあの男子生徒へと炎が集約して事件が終わったのなら私は今のところ興味はない。

 

『興味ないからしなくていい』

 

そう送ってスマホの電源を切る。

絢音にああ言った手前、私も準備できるものはしておくべきだろうとこの身に宿る力をフル活用してやろうと意気込んでいる。

具体的には道具作成EXに物を言わせた魔道具の作成だ。

 

「取り敢えず春風と天、翔の分があれば問題ないでしょう。絢音は……必要ありませんね。どうせ私と同じ程度の対魔力を持っているわけですし」

 

作成する道具は至ってシンプルだ。

所謂、身代わりのような物。

所有者が生死に関わる怪我、または強く願ったときにその身代わりと自分の位置を交換するという物。

しれっと空間移動を組み込んでいるが、そこは神域の天才魔術師の生まれ変わり、知識とスキルをふんだんに盛り込んで下手なアーティファクトよりも強力なアクセサリを作っていくのだった。

 

「そもそも出所がわからない物を扱うのが1番理解できない。私が作った物ならば訳の分からない暴走など絶対にさせないというのに」

 

ぐちぐちとそんなことを口にしながら1人、工房でブレスレットやイヤリング、髪留め、指輪、ネックレスへと魔術を仕込んでいく。

 

ーここだけの話、冬華は出所が不明の触媒(アーティファクト)を扱うのが気に食わないだけでそういう物を使いたいのならいくらでも作ってやるという気概でいるー

 

予備も込みで5つあれば問題ないだろうとそれぞれに魔術を仕込んだアクセサリを持って工房から出る。

 

「あっ、冬華ちゃん帰ってたんですね」

 

「家に来ていたなら声をかけなさい」

 

普通に学校で出された宿題をやっていた春風を見てため息が出る。

確かに外を見れば既に暗くなっているし電気もつけないで工房にこもっていた私も私だが、家主の確認くらいはするだろう。

 

「ところで手に持っているそれは?」

 

「……話を逸らせてると思ってる?」

 

あまりにも露骨な話題転換が逆に清々しいが普段持っていないような物を持っていれば気にもなるだろう。

 

「趣味で作ったお守りのような物だよ、春風にもひとつあげるから好きなの選んで」

 

「えっ!?いいんですか!!」

 

すぐさま食いついてきた春風はアクセサリの形を見つめて、ゆっくりと一度目を瞑る。

そして、開いた時には雰囲気が変わっていた。

 

「それでは(わたくし)はこの指輪を」

 

「即座に人格を入れ替えれる訳か」

 

「もちろんですわ、あの子が望めば(わたくし)はいつでも変わりますわよ。ただ、今のはあの子が(わたくし)の意見も欲しいと口にしたから変わった訳ですけど」

 

くすくすと笑って彼女は手に取った指輪を右手の薬指に嵌める。

 

「左手はいずれ、あなた様が直接嵌めてくれることを待っていますわ」

 

そう言い残して彼女はその気配を消す。

そして今度はいつもの春風が戻ってきていた。

それを見計らって間髪入れずに頬を鷲掴む。

 

「むにゅっ」

 

「私は無闇に力を使うなと言ったはずですが???????」

 

「使うなって言っても使うんでしょうねとは言ってましたね」

 

「だったら使うことをやめなさい」

 

「そんな無茶な……」

 

頬を掴んだまま力を入れたり弛めたりを繰り返す。

整っている顔が変な顔になるのに思わず笑みがこぼれて頬から手を離す。

 

「危ないことに関わるつもりなら肌身離さずに付けておきなさい。助けて欲しいと心から思った時に強く私を呼ぶように」

 

「そうしたら冬華ちゃんが来てくれるんですか?」

 

「必ず向かう、昔みたいにね」

 

「ふふっ、本当に危なくなった時に呼びますね」

 

右手の薬指に嵌めた指輪を見ては嬉しそうに微笑む春風はそのご機嫌なテンションのままその日は家へと帰っていった。

 

 



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第六話 バッドエンド√①

春風に指輪を渡してからという物、“私”の日常は変わることはなかった。

 

ただ、翔と天が忙しなく動いていて2人の周りには新しく春風と結城希亜という玖方の女の子がいるということで。

ゴールデンウィークも終わりを告げ、なにも気にすることなく私の時間は過ぎていく。

 

学校へ行き、家へと帰り。

 

学校へ行き、家へと帰り。

 

学校へ行き、家へと帰り。

 

学校へ行き、家へと帰り。

 

学校へ行き、家へと帰り。

 

学校へ行き、家へと帰り。

 

そうして幾たび繰り返したところで、都が学校へと来なくなった。

そして、翔を見かけることも無くなってしまった。

 

一緒にアーティファクトの事件を追っていた天なら知っているかと天に聞いても『何言ってるの?あたしには姉やんしかいないじゃん』

 

関わったはずの春風に聞いても『私、天ちゃんとはお友達になれましたけどその……翔さん……?とは会ったことないような?』

 

私の知らないところで、決定的な何かが終わってしまった。

 

“私”の時間は特に何もなく過ぎていく。

記憶に徐々に霧がかかって、大切な弟と友人の姿が消えていく。

 

2人の姿が完全に消えてしまう前に、やっと悟ったのだ。

 

「私は、どこかで間違えてしまった」

 

完全に私の中からナニカが消え去った。

 

何が消えたかはわからない。

 

ただ、忘れてしまってはいけない物を忘れてしまったような気がして。

 

意味のわからぬ涙が静かに流れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

「ここは一つの可能性。

あなたが観測する並行世界の一つ」

 

目が覚めると、あなたはどこか底冷えするような玉座の前にいた。

そして、その玉座の前には彼女の友人にそっくりな少女の姿も。

ただ、知っている姿よりも髪は長く……服装も異国の魔術師のようにも思える。

 

「ああ、まずは自己紹介からですよね。私はトネリコ、あの子……新海冬華の中にいる通りすがりの魔術師です」

 

姿が定まらないあなたにトネリコは微笑みかける。

荘厳で、冷たいこの玉座の間にふさわしくない微笑みにあなたはすこしたじろいでしまう。

 

「あなたの名前は……ああ、いえ話せませんもんね。仕方ありません」

 

少女の声は明るかった。

だけど、その瞳には何かを憐れむような感情が浮かんでいた。

 

「まだ、私を認識できるけどどうしたらいいかわかってないんだ。なるほどね、アーティファクト?の事は正直興味深いなと思ってるけど此処ではそれの正体を知ることができなかったからどういうものかはわかってないんだ」

 

トネリコと名乗る彼女は軽く謝るとあなたをしっかりと見つめる。

 

「あなたは知ってると思うけどあなたの持つ能力は時間遡行、って言えればよかったんだけどね。記憶だけを飛ばす物みたい、翔と冬華が世界の眼?っていうのを持ってるおかげであなたにも並行世界の観測をする力が与えられてるんだね」

 

彼女の説明と、自分が置かれている状況。

もとい、自分の持つ能力について今一度理解を深める。

本来ならあなたが持っていたものは時間の遡行、少し先の未来では《オーバーロード》と呼ばれる能力。

そして、あなたと同じ魂を持つ魂を分けた双子の冬華と翔。

あなたは2人が世界の眼のカケラを取り込んだあの日に2人を観測することが出来るようになった。

ただ、それを知っているのは今の所はあなただけ。

2人はそんなこと知る由もないし、冬華に限ってはアーティファクトを体内に持っているということもいまだに知らずに終わりを迎えてしまった。

 

「あなたにやって欲しいのは既視感として冬華を導いてあげて欲しい。あの子がちゃんとあなたとの繋がりを認識したら、あの子の望むままに今まで観測してきた彼女の記憶を繋げてあげて」

 

トネリコは優しく微笑む。

視線の先にはあなたではなく、他の誰かを見ているようだった。

ただ、その誰かが誰を指すのかはあなたでなくともわかる。

そうだ、彼女が宿っているという新海冬華を慈しんでいるのだろう。

 

「私は冬華に幸せになって欲しい。だから、あの子が望むなら私の扱える全てをあの子に託していく。魔力も魔術も知識も技術も、本当に全部冬華にあげる」

 

それは優しさというより、普通の人間には激毒だろうとあなたは彼女に伝えようとする。

だが、言葉がうまく話せずにどう伝えようかと模索する。

 

「わかっています、でも……こんな私でも誰か1人、たった1人でいいから幸せにしてあげたい。未来の私と同じ姿で生まれてしまったあの子が笑って暮らせるように……私の願いは間違っていますか?」

 

あなたはその願いを否定する事はできなかった。

だから、だからこそあなたはその願いに頷き……それでも彼女とは違う導き方をすると決めたのだ。

 

必要であれば既視感として選択を促し、必要とあらば苦しみの記憶や悲しみの記憶であろうと彼女に届けよう。

いいや、それは彼女だけではない。

彼女の弟である新海翔もそうだ。

彼と彼女がどんな過程を歩もうとも必ずや最善の未来へと導こう。

 

「そうですね、いずれ私以外の人間にも干渉を受けるでしょう。私は冬華が立ち止まってしまった時にしか会えませんから」

 

あなたの意識がこの空間から離れていく。

形の定まらない不安定な魂が浮遊してトネリコから離れていく。

 

「きっとここでの会話を覚えている事はほとんどないでしょう。だけど大丈夫、あなたと私の目的は同じだから……ただ少しやり方が違うだけ。さようなら、冬華と同じ輝きを持つ人」

 

意識が浮上する。

段々と視界が光に包まれて、あなたは目が覚めた。

見慣れた部屋、見慣れたあなたの部屋。

 

夢を見ていたような気がする。

内容はほとんど覚えていないけれど、やる事はハッキリしていた。

 

自分に宿る力に意識を向ける。

未熟な今の状態では完全に記憶を飛ばせない。

だから、決定的に道を違えてしまったあの一通のメッセージの方向性を示さなければならない。

 

あなたが戻るのは───

 




バッドエンド条件①
翔からのRINGへの返信を『興味ないからしなくていい』と送ってしまう。

結果
冬華が合流しない事で原作バッドエンド都√に突入。
翔と都がすれ違いを起こして都が石化して終わりを迎えた。

本来ならば消えないはずの記憶。
まるで白巳津川全域にかけられた暗示のように全ての住人から翔と都の記憶がなくなってしまう、アーティファクトに対する対抗力……もとい対魔力の高い冬華は一週間程度掛けてゆっくりと霧がかかるようにその記憶を消されてしまった。


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Re.第五話 

学校から帰宅して自分の工房へと入ろうとしたところにRINGのメッセージが鳴る。

送り主は翔だった。

 

『この間の学校での火災のことで話がしたい』

 

どうせ春風や天と同じアーティファクトとやらを持ったやつの暴走なんていうのは目に見えている。

都があのアクセサリを盗り、そのままあの男子生徒へと炎が集約して事件が終わったのなら私は今のところ興味はない。

 

興味はないが、話しておいた方がいいだろうとなぜかそんな気分だった。

 

『では、17時に集合しましょう』

 

『ナインボールでいいか?』

 

『まあ、いいでしょう。では、その時間に』

 

チラリと時計を見れば針が示す時刻は16:26分。

手早く着替えて身支度を済ませて家を出る。

 

ナインボール自体に入った事はないがその店構えと学生がよく出入りしていることから人気な店なんだなというのは常々思っていた。

扉を開けばカランカランとドアベルが鳴り、店員が出迎えてくれる。

 

「いらっしゃいませ、おひとり様ですか?」

 

「いえ、既に店内に……ああ、あそこです。紅茶を一つ私に持ってきてください」

 

店内を見回せば既に翔と天、そして都が席から私を手招きしていた。

席に向かう前に注文を済ませて空いていた翔の隣に座る。

 

「話の内容は他の人に聞かれても問題ない?」

 

「あまり大きな声で喋りたくはないな。場所を変えるか?」

 

「いえ、わざわざ変えるのも面倒でしょう。私に任せなさい」

 

息をするように今座っているテーブルの範囲だけで防音の結界を張る。

 

「ん?なんか空気感変わった?」

 

「そうか?何にも感じないけど」

 

「は?にいやんにぶちんかよ。姉やん何かしたでしょ」

 

「私は内緒にしなさいと言ったはずだけど?」

 

「あっ、やば」

 

慌てて口を塞ぐが、時既に遅し。

翔と都がそれぞれ私の方を向いて期待の眼差しを向けている。

2人が何を言わんとしているか、なんとなくわからないでもないが取り敢えず対面に座る天のおでこを軽くデコピンした。

 

「いって」

 

「約束を破ったんだからお仕置きしないと」

 

「……それで?話をするんでしょう?」

 

おでこを押さえて私を涙目で見つめる天からRINGを送ってきた翔へ向けて視線を移す。

 

「あ、ああ。それより少し待ってくれないか。いま桜小路さんが……あっ、来た来た」

 

「あれ、新しい仲間って冬華の事だったんだ」

 

「待て、なんだそれは」

 

私を見つけるなりそんなことを告げる絢音。

そして何より初耳すぎるその言葉を私は見逃さなかった。

 

「翔、いくら姉弟といえど順序を追って説明して納得させてからことを決定するべきだと私は思うけど?」

 

「いや、桜小路さんに仲間になってくれるかもしれない人と話をするとは言ったけど仲間になるとは……」

 

「いや、その文面は勘違いもするでしょ。何言ってんのこのクソ兄貴」

 

「と、取りあえずこの間の火災の話をしよう?」

 

脱線もいいところな会話を都が引き戻す。

私以外の顔がどうにも真剣な表情になり、代表して都が口を開いた。

 

「えっと、この間の学校で起きた火災の事件のことをちゃんと説明したくて」

 

「……待って、その話。冬華にする必要ないよ」

 

「え?」

 

ようやく本題を切り出した都を絢音が止める。

 

「あの炎がどういう特性だったか。現場にいた冬華はもうとっくに見抜いてる、弟くんは隣にいたからわかるよね」

 

「……まあ、考えてはいたよ」

 

「……え?……ん?どういうこと?」

 

きっと説明する方法を必死に考えていたのだろう。

戸惑いを隠せない都の視線がが絢音と翔を行き来する。

 

「……姉やん、これもう無理では?」

 

「……まさか予想外のところから攻撃を喰らうとは思ってもいませんでした」

 

一度大きくため息をつく。

絢音に対して若干恨みのこもった視線を向ければ彼女は軽く笑うばかりだ。

 

「私はいう必要性を感じていなかったのに」

 

「そこはほら、私の直感が告げてるってことで」

 

「未来予知レベルの直感などほぼそうだと言っているものだとこの間も言ったでしょう」

 

呆れ返ってため息しか出ない私と苦笑いする絢音。

そして何のことを言っているのか理解していない翔と都に魔術のことを言っているんだなという顔をしている天。

 

「アーティファクト集めなどというものに私は関わる気はなかったのにどうしてこう外堀から埋められていく。絢音、やはりお前は嫌がらせの天才か?私を困らせることを生きがいにするために生まれてきたのか?」

 

「あっ、今のすごくそれっぽい言い方」

 

ニコニコと今の言葉で喜ぶあたりこの子は本当に何にも考えていないのか。

 

「えっと……冬華ちゃんもアーティファクトのこと知ってたんだ」

 

「知っていた、というよりは“アーティファクト”という名称を昨日知ったという方が正しいでしょう」

 

「この間の火事の時、俺を投げた時の力は冬華の“アーティファクト”の力なのか?強化とか身体能力の向上とかそんな感じの」

 

「これは天にも言ったことだけど、私はそんな悪趣味なアクセサリなど持っていませんよ」

 

「「え???」」

 

私の言葉に絶句する翔と都。

そして物知り顔で頷く天と絢音。

 

「そうだよねー、冬華が扱うのは“アーティファクト”じゃなくて魔術だからね」

 

「嘘でしょ、この人姉やんの秘密あっさりバラしやがった」

 

「魔術……?」

 

「魔術って、魔法的な?」

 

これまた盛大に暴露した絢音に対する反応は三者三様だった。

本当に嫌がらせを疑うが本人はそんなこと全く思っていないだろう。

なにせニヤつくわけでもなく真剣な顔して暴露したのだから。

ここまで来てしまったら、流石の私も諦めた。

どうせ天には教えたのだ、ならば翔と都に今更教えても何も変わらないだろう。

 

「……はぁ、魔法ではなく魔術です。私たちの会話は普通に聞けば世間的には頭のおかしい集団ですが、周囲は全く気にしてないでしょう?それは私がさっき防音の結界を張ったからです」

 

「確かに天の無駄にデカい声に誰も反応してないな」

 

「は?なんだ喧嘩売ってんのか」

 

「売ってねーよ。いいから冬華の話聞け」

 

「いや話の腰折ったのあたしじゃないから!」

 

「……と、まあこんな風に喫茶店で騒げば少なからず視線はあるものですが」

 

「全くない、天ちゃんの能力に似てるのかな」

 

周囲からの反応は全くない。

天の能力が存在感の操作だというのならあの元気いっぱいの声でいくら騒いでも自分の存在感を極めて零へと近づければ他人からは認識すらされないだろう。

 

「……まあ、そんな感じですね。天のものは自分か対象の存在感の操作。私のこれは空間ごと作用するものだと思えばいいでしょう」

 

「あと姉やんワープできる。姉やんの部屋からあたしの部屋までひとっ飛び」

 

「は?マジで?」

 

「うん、マジマジ。一昨日体験した」

 

“衝撃体験だったねアレは”なんて言いながら秘密だと言ったことを暴露してしまう天、もう隠している意味などないと悟ったからなのか自慢げに翔に向かって喋り続ける。

 

「ちなみになんだけど、冬華ちゃんはどんなことが出来るの?」

 

「抽象的な質問だね……でもまあ、そのアーティファクト数百個分の魔術は修めていると思う」

 

納めたのは私じゃなくてモルガンなんだけど。

そんな余計な事は言わずに改めて自分ができる事、モルガンが修めた魔術について理解しておく必要があるなと思った。

いっそのこと記憶だけでなくモルガン本人に聞ければいいのにと何度思ったか分からないが願うだけ損と言ったやつだろう。

 

「すうひゃく……」

 

「知能指数低くなってそうだね九條さん」

 

「そんな数聞いたら誰だって知能下がるだろ。実際俺だって自分の身内がそんなヤバいやつだったって知って混乱してる」

 

「んー、確かにヤバいけど姉やんは姉やんでしょ。別になんも変わんなくない?」

 

「天ちゃんの反応が少しおかしいだけで2人の反応が普通でしょうね。だから今まで一度も口にしてこなかったわけですから」

 

温くなった紅茶を飲み切って一息付き、瞳を細めて翔と都を見つめる。

 

「アーティファクト集めとやらを私に手伝って欲しい、というのがあなた達の本題でしょう?」

 

「……まあ、そうなるな」

 

「私たちだけじゃ、出来ることに限りがあるから。手伝って欲しいっていうのが本音かな」

 

それぞれが少し気まずそうに、しかしちゃんと私をまっすぐに見つめて答えを返した。

 

「私がアーティファクト集めをするメリットがない、と言ったらどうしますか?記憶を奪うことも自分の存在感を操作することも、空間を移動することも私には出来る。私が気になるのはそのアーティファクトがどういうものかということくらい」

 

「この間話題になってた石化の犯人がアーティファクトのユーザーかもしれない。いや、かもしれないじゃなくて『魔眼』のユーザーがあの石化事件の犯人なんだ。俺たちはそいつを捕まえて『魔眼』のアーティファクトをあるべきところへ返す……そこまででいいから力を貸して欲しいんだ」

 

翔が頭を下げる。

それに続いて都が頭を下げ、最後に天が私を見ながら軽く頭を下げた。

 

「ここまで言ってるんだし、協力してあげれば?」

 

「お前はどこまで行っても能天気だな」

 

「私は冬華に頼まなくても自分の身は守れるから」

 

絢音の軽口に呆れながら未だに頭を上げない3人へ視線を向けた。

正直言って自分にはなんのメリットもない。

わざわざ『石化の魔眼(キュベレイ)』に挑む意味も危険を冒してまでこの街を守護しようとも思わない。

だが、何故だか……ここで彼らのそばにいないとかけがえのない何かを失ってしまいそうな直感はある。

 

「……いいでしょう。ただ、そのかわり天を私の側に置きます。そちらには翔と都と絢音。私と天の二つのグループに分けてそのユーザーとやらを探します、基本的には別行動、数日に一度私の家に集まり状況の整理を行う。それが協力の条件です……よろしい?」

 

「あたしは別にいいよ。お姉ちゃんの側なら安心だし、なんだったら明日から荷物持って泊まりに行く!」

 

「冬華の案が1番か、5人で固まって動いても効率悪そうだしな」

 

「私も、それでいいと思う。でも3人と2人って少しバランス悪いよね」

 

「まあ、冬華1人で私も含めて5倍くらいの戦力はありそうだけど」

 

「余計なことを言うな絢音。1人は私にも心当たりがあるから後で声をかけてみる」

 

要は済んだとばかりに伝票を持ち席を立ち、そのままレジへ向かう。

そのあとを都と翔が財布を持って慌てて追いかけてくる。

 

「あっ、冬華ちゃん私の分のお金いま出すね」

 

「いや、随分と弟と妹がお世話になったみたいだからね。ここは私が払うよ」

 

「でも、そんな……お値段結構するよ?」

 

都に言われて伝票を見てみればその値段は2400円ほど。

私が来る前にケーキを食べていたみたいだし、まあこのくらいだろうと納得してそのままお金を払って店を出てしまう。

 

「あれ、私の分も払ってくれたんだ?」

 

「……絢音は明日私に飲み物を買ってきなさい」

 

「ちぇー、親友の私は除け者かあー」

 

あからさまに不貞腐れるのが面白くて思わず笑ってしまう。

 

「ふふ、冗談です。天は明日から私と行動するから放課後に待っているように」

 

「はーい、ご褒美はお姉ちゃんのお弁当ね」

 

「いいでしょう、腕によりをかけてスゴいのを作ります」

 

「にいやんの分は作んなくていいからね」

 

「……お前さあ、ほんっとお前さあ」

 

本当に作らなかった時の反応は面白いだろうが……

チラリ、と都を見れば何か思案しているような顔だ。

 

「都、確か料理が得意だと言っていましたね」

 

「え?うん、冬華ちゃんほどじゃないけど」

 

「調査の間、都さえ良ければ週に一度か二度程翔に料理を作ってあげられませんか?」

 

「はっ!?!?!?」

 

「え?いいの?」

 

真っ先に変な声をあげたのが翔だ。

都は都でその提案に乗り気なようで色良い返事が返ってくる。

 

「2人でとは言いません、絢音がいるので調査してそのついでに3人で食事をしなさいと言うことで……材料費はそうですね、このくらいあれば足りるでしょう」

 

財布からそのまま五万ほど出して都に預ける。

今度は都がフリーズする番だったがもしかして足りなかっただろうか?

 

「もしかして、足りない?なら明日お金をおろしておくので」

 

「たっ、足りる!寧ろ多いよ!五万円なんて大金サラッと渡しちゃダメなんだからね!!!」

 

「食べ盛りの男女が集まるのです。手間賃も含めてこのくらいなら妥当でしょう?」

 

「ダメです!お買い物したレシートを次の日に渡すからそこでお金くれればそれでいいから」

 

「……そうですか。まあ、それでいいなら構いませんが」

 

慌てて突き返されたお金を渋々財布にしまってそのままポーチに財布をしまう。

 

「姉やん、相変わらず金銭感覚バグってるよね」

 

「……冬華、5万円っていうのは高校生が一月働いて稼ぐ金額と同じくらいだからな」

 

妹と弟がそんなツッコミをしているのを聞き流して家へと帰る前に翔へと視線を合わせる。

 

「ああ、そうだ。強引に都と絢音に手を出したら……弟といえども斬り落としますので覚えておくように」

 

「……何それこわい」

 

「あはは、今週あたりに冬華に有る事無い事言っちゃおう」

 

「ほんとやめてくださいお願いします」

 

「……新海くんはそんなことしないとおもうから」

 

「暗に男として見られてないですぜ兄貴」

 

「もうやだ何この集団」

 

騒がしくなる前にと適当に話を流して駅でそのまま別れを済ませ、それぞれが自分の家へと返っていく。

陽が降りるのがまだ早いこの時期は気がつけば暗くなる。

私もそのまま家に帰ろうと近道になる公園へと足を踏み入れ───

 

「よお、また会ったな」

 

つい最近出会った白いフードの女が道の真ん中で私を見ていた。

 



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第六話

「まあそんなに身構えんなって、アンタみたいな“ホンモノ”相手にケンカ売るほどオレもバカじゃねえよ」

 

「ならばなぜ待ち構えるように待っていた」

 

「……まあ、ちょっと野暮用があってな」

 

「私にはお前相手に用事は微塵もないのだが」

 

指先一つで相手を無効化できる用意はできている。

何か一つでと怪しいことをすれば“姿を保てなくなる程度”まで攻撃してやろうと考えていれば、目の前の女はそのまま近くのベンチに腰をかけた。

 

「マジで何もしねえって、オレ自体はあんたの力に興味があるってだけなんだ」

 

「どこで知ったかは知らないがそう易々教えるわけがないでしょう。話はそれだけですか?私は帰りますよ」

 

「またどこかの裏路地からワープでもしてか?」

 

「さあ?案外普通に歩いて帰るだけかもしれませんね」

 

面倒なものに絡まれた程度に思いながらも女が腰掛けるベンチに背を向けて公園を横切るために歩き始める。

 

「おいツレねぇな。話くらいしてくれたっていいんじゃね?」

 

「本気でそう思っているのなら本体でも出してくるべきだ。お前のような使い魔を差し向けるなぞ、本体の素養が知れると言うもの」

 

「ハハッ、言いたい放題だねぇ。まさか何も口にしてなくてもバレるなんて思ってないだろうぜ」

 

「私を相手にしたいのならもう少し練度を上げることだな。今の貴様なら指先一つで十分だ」

 

「……へぇ?」

 

雰囲気が変わる。

周りに人がいないのは人払いのアーティファクトでも持っているのか、それとも偶然人が一人もいないのか。

人に見られてはいけないという条件はお互いに揃っていた。

白いフードの女───ゴーストは好戦的に口角を上げ、冬華はいつでも迎撃できるように身体に魔力を巡らせ……

 

「───じゃあ、やってみな!!!」

 

瞬間的に放たれたのは十を超える槍の投擲。

ビュンッという風切り音と共に常人では視認が難しい程の速度で飛来する。

 

だが、それは冬華の体に届くことはなかった。

それを察知していた、いや……読んでいた冬華は事前に身体に巡らせていた魔力を使い不可視の盾を張ることで飛来した槍を全て弾いたのだ。

 

「言ったはずだ、喧嘩を売る相手は間違えるなと」

 

「ハッ!こっち見たな!」

 

ゴーストの左目の周りに青い紋様、スティグマが浮かび上がり……そしてそれを見た私の動きが一瞬止まる。

一瞬だけ全体に感じた違和感が、自分が以前結論づけたものであると確信する。

 

「……石化の呪いか。だが、私は言ったはずだ……“練度を上げろ”と」

 

全身に巡り始める違和感をより濃い魔力を巡らせて消滅させる。

高い対魔力とモルガンだからこそ出来る荒技だが、この程度ならば対魔力だけで弾けただろう。

 

右手をゴーストへ向けて、そのまま魔力で奴を締め上げた。

ゴーストの身体が宙へ浮き、すこし苦しめてやろうかと力を込める。

 

「う……ぐ……クソ、こんなの、聞いてねえ」

 

「私を相手にすぐに石化の魔眼(キュベレイ)を使ったことは評価しましょう。確かに石化させて仕舞えばそれでお前の勝ちだ……だが、何度でも言おう……喧嘩を売る相手を間違えるなと」

 

そう、客観的に見れば対応自体は間違っていない。

私以外だとしても槍で注意を引いて視線を合わせて石化させる。

最も効率が良くて必殺性に優れた攻撃だとは思う。

 

だが、その方法は私と絢音には通用しない。

並の魔術では傷ひとつ負わせられないほどの高い対魔力を持つ私と絢音はそれこそゴルゴーンの末娘の魔眼であろうとも即座に石化することはない。

 

成ればこそ、それより低ランクの魔眼の効果が私たちに見込めることなどゼロに等しいのだ。

故に、彼女が私に攻撃してきた時点で彼女の負けが決まっていた。

 

「お前の能力の併用の方法は間違ってはいないだろう。現に私ともう一人以外ならば容易に石に変えれていたはずだ。だが両眼の揃っていない(・・・・・・・・・)魔眼など話にもならない」

 

力を緩めて彼女を地面に落とす。

今度はそのまま指を下におろして顔が上げられない程度に魔力をぶつける。

 

「この結果は必然であり……勝負は始まる前からついていた、と言うだけの話だ。帰ったらお前の主に伝えておけ、私と相対するならば最低でも十を超えるアーティファクトは使いこなせるようになれと」

 

「クソが……バケモノかよ……」

 

「何とでも言いなさい。ああ、そうだ……私の弟や妹や友人に手を出せば今度は加減しないので覚えておくように」

 

「これで手加減してたつもりかよ」

 

「つもりではありません、手加減していたのです。ほら、私は言った通り右手の指先しか使っていませんよ?」

 

拘束するために叩きつけていた魔力を霧散させて解放する。

今度は私がベンチへと座り、脚を組んで彼女を見下ろした。

 

「慈悲だ、私の気が変わらないうちにさっさと去りなさい」

 

「チッ、今回はオレの負けだ。だけど……次は獲るぜ」

 

「幾度と挑めばいい。私一人であればいくらでも相手になりましょう」

 

舌打ちをしながら公園から立ち去っていく彼女を見届け、そしてその姿が見えなくなった瞬間大きくため息をついた。

 

「はぁ……すごく緊張した。合わせ鏡も見られてたとは思わなかった……今度からはもっと周りを警戒しながら使わないと。それにしても槍のアーティファクトか、アレは練度が上がれば肉体にも傷を与えられそうなものだった」

 

ベンチへと深く背を預けさっきの2分にも満たない戦闘を思い出す。

今思えば明確に敵意を向けてきた相手に向けて魔力を使ったのは初めての経験だった。

攻撃性のあるアーティファクトと遭遇するのは理解をしてからは1度目、だがそれでも精神へダメージを負わせるもの以外にもあるとわかっただけでも上々だろうか。

 

もっとも、肉体にダメージを負わせるためにはそれなりの練度が必要だろうが可能性があると言うことはオボでおいて損はないだろう。

 

だが……1番驚いたのは使い魔とはいえヒトに攻撃したのに何の感情も湧かなかったことが一番堪えた。

無論その可能性はずっと考えていた。

モルガンの記憶があるからこそ、他人に暴力を振るおうが徴収しようが命令しようが何も感じることはないだろうとは思っていた。

だが、実際にそう成れば冬華(わたし)は堪えた。

 

いくら要因があれど……結局は他人が傷つこうが無関心な人間なのだ。

 

そんな自分が、本当に嫌になる。

 

まだ春先の冷たい風が身体にあたる。

今日の最低気温は確か10℃前半程度だっただろうか。

所詮、私は冷たい人間(ふゆ)で暖かい人間(はる)にはなれないのだろう。

 

 

「ああ……本当にイヤになる」

 

そう呟いた声が誰もいない公園に消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれだけそうしていただろうか。

夜風にあたったことで身体はとっくに冷えてしまっていた。

時刻は既に20時を回っていて仕事帰りのサラリーマンやバイト終わりの学生が帰宅のために公園を通過していく。

 

認識阻害の魔術を使っているから私のことを認識することはなく数十人と人が流れていく中で、たった一人私の前に立ち止まった人間がいた。

 

「冬華ちゃん、帰りましょう?」

 

「……春風」

 

「まったくもう、こんな時間になっても帰ってこないから心配したんですからね!」

 

いつもよりも真剣な口調で彼女は怒っていた。

普段は頼りない彼女がいつになく真剣に怒っていたのだ。

その瞳は揺らぐことなく、運動が苦手なくせに一生懸命走って回ったのか息は切れているのに……いつもの弱々しい彼女ではなかった。

 

「ごめん、心配かけたね」

 

「なにか……あったんですか?」

 

「理由は少し言えないけどね。ちょっと、自分がイヤになってた」

 

そうして一時間以上黄昏ていたのだから間違いではない。

だが、それを聞いても彼女は大きくため息をついて私の手を取った。

 

「こんなに身体が冷えて……まだ春先なんですから風邪ひいちゃいます。お風呂も沸かしてあるから早く返ってお風呂入ってください。話はその後にゆっくり聞きますから」

 

「……そうだね、春風にもちゃんと話す」

 

暖かい春に手を引かれて(わたし)は帰路へつく。

握られた手は今まで幾度と触れてきた春風の手なのにとても温かく感じたのだった。



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第七話

春風に連れられるまま家に帰れば彼女が言っていた通りにお風呂が沸いていた。

すぐに風呂場に押し込まれて身体を洗ってから湯船に浸かる。

私の好みの温度で沸かされたお湯がじんわりと身体を温めてくれる。

大きく伸びをして20分ほど温まってからお風呂から出れば親切にも私の着替えが綺麗に置いてあった。

 

……春風のこと私の部屋に入れたことないはずなのにどうして着替えを用意してあるのかは後で問い詰めようと思いながらも着替えを済ませて長い髪をドライヤーでしっかりと乾かしてリビングへと向かう。

 

「ちゃんと温まりました?」

 

「……うん。私の好みの温度だった」

 

「それはよかったです」

 

ぴたりと会話が止まる。

しばらくの沈黙を経て口を開いたのは春風だ。

 

「それで、どうしてあんなところに?」

 

「まあ、ちょっと色々あってね」

 

煮え切らない回答が気に食わないのか少しだけむっとした表情になる。

話すと口にした手前そんな答えは求めてないと言ったところだろうか。

 

「あー、そんな答えは求めてないよね」

 

「求めてないですね」

 

いつもよりも少しだけ口調が強くなっているところを見ると相当ご立腹な様子で今まで見たことのない彼女の姿に少しだけ戸惑いを覚える。

 

親友だからこそ、彼女は私を心配してくれたのだろう。

世間を騒がせた石化の事件、そして数日前に起きた学校でのボヤ騒ぎ。

同じ系統の力を持つ春風はそれがアーティファクトに関係のあるものだというのは理解しているはずだ。

なにしろ、彼女はそういう方面の知識は豊富に持っているからだ。

 

「アーティファクト関係の事件に巻き込まれましたか?」

 

「巻き込まれた、というよりは首を突っ込んだ。という方が正しいかも」

 

「私には使うなと言っておいて冬華ちゃんが首を突っ込んでどうするんですか」

 

「全くもって正論だね」

 

ぐうの音も出ない程の正論を言われて言葉に詰まってしまう。

どう説明するべきだろうか、私がこの件に関わっていることを説明するためにはいくつか話さなきゃいけないこともある。

翔や天、都と絢音というチームで動いていることや明日から天がこの家に来ることも含めて説明はしなきゃならない。

魔術の話もするべきかしないべきか悩むが、どのみちこの件に関わっている以上バレるのだからと腹を括って口を開く。

 

「……まず話しておきたいことがいくつかあるんだ。いままで私が春風にも隠してきていたことも含めてね」

 

「なんでも話してください」

 

「じゃあ、私が隠してきたことから」

 

そうして話し始めたのは魔術のこと。

時折、どんなものかということも含めて簡単な魔術を見せながら説明すれば彼女は思っていたよりも納得するのが早かった。

そうして、次はアーティファクトの回収という目的で集まってチームに分かれて行動することになったこと。

私は妹の天と二人で行動することになりこの家に明日から彼女がくることを説明した上でアーティファクトを持つ春風に協力してほしいと話した。

 

「そういうわけで春風にも協力をしてほしいんだ」

 

「……もちろん冬華ちゃんからのお願いだから受けます。受けます、けど」

 

「……?何か不安なことがある?」

 

「妹さんが来るなら私はここに来ない方が……?ほら、私って冬華ちゃん以外には極度のコミュ障が……」

 

「あぁ……まあ問題はないでしょう。あの子も外面は明るくて元気な子だけど根は春風と対して変わりませんから」

 

主に私にくっついて回るという意味では大して変わらないだろう。

私も天と春風という妹と親友が仲良くなれればとても嬉しい。

 

「ああ、それと春風にも明日からはここに泊まってもらおうと思って」

 

「……え?いいんですか!?」

 

「そんなに目をキラキラさせなくても……」

 

お母さんには明日言うけど天も明日からは此処で過ごしてもらう予定だ。

 

アーティファクトという得体の知れないものを扱うのだから私が一度本気で解析して暴走の危険のないように扱う方法を探さなければならない。

その上で能力の研鑽を積ませ、十全に扱えるようにする。

 

「目的はアーティファクトの練度を上げるためだよ」

 

「それでもいいんです!」

 

うへへ、と女の子が出しちゃいけない声を出しながらニヤニヤ笑う彼女に苦笑いしながらまあいいかと納得する。

天には一週間分くらいの荷物を持ってくるようにRINGを送ってお母さんにはしばらく天をうちに泊めると連絡しておいた。

 

「春風は……着替えも何もかもあるもんね」

 

「正直いつでも住めるように準備はしてました」

 

「だよね、知ってた」

 

各部屋に必要最低限の家財は揃えてあるが、ちまちまと箪笥やクローゼットの中に増えていく衣類やデスク周りに増えていく彼女のゲームセットをはじめとする明らかに私物と思わしきものを思い出す。

 

ベットカバーとかそう言うものも彼女が取り替えていたところを見ると確かにいつ住んでもいい準備は整っていたと言ってもいいだろう。

 

「……はあ、もうお腹すいちゃった。春風は今日から泊まってく?」

 

「泊まっていきます!」

 

「明日の教材と制服は?」

 

「制服はここにもおいてあるし、鞄も実は持ってきてて」

 

「準備は万端ってことね。それじゃあご飯作っちゃうから一緒に食べよっか」

 

「はい!」

 

立ち上がってキッチンまで向かって適当に冷蔵庫から材料を取り出してサクッとオムライスを作り始める。

ご飯は朝に予約炊飯をしていたものが二時間前に炊けていて今更になって朝の私にサムズアップする。

 

ケチャップやバターをはじめとするいくつかの調味料と鳥もも肉と玉ねぎを用意して製作に取り掛かる。

 

「冬華ちゃんは料理上手ですよね」

 

「春風も覚えた方がいいよ。好きな子ができた時に美味しいご飯で胃袋掴むのが1番手っ取り早いから」

 

鶏肉を食べやすいサイズに切り分けて同じようなサイズになるように玉ねぎも切り進めていく。

 

「でもお料理って初めは難しいですよね?」

 

「それはどれもそうだよ。だけどレシピ通りにちゃんと作れば失敗することはないからね」

 

フライパンにバターを落として鶏肉と玉ねぎを入れて炒めていく。

鶏肉と玉ねぎの色が変わったら塩コショウを振って軽く混ぜて二人分のご飯を入れて再び炒める。

 

「例えばだけどカレーの隠し味で有名なのはコーヒーだったりりんごだったり蜂蜜だったりビターチョコレードだったり。だけどどれもこれも入れたら美味しく無くなるし沢山入れてもダメだからね」

 

「なんでも入れればいいってわけじゃないんですね」

 

「それはそう。今言ったやつやつ全部を適当に入れたらそれはカレーライスじゃなくて人間の食べ物じゃないのが生まれるんだよ」

 

ご飯がパラパラとしてきたタイミングでケチャップを投下。

全体に馴染むように炒めたら火を止めて別のフライパンを用意する。

 

「そのうちカレーの一つでも作り方を教えてあげるから」

 

「是非ともお願いします」

 

フライパンを熱してサラダ油を投下。

少し油だけで火を入れて溶いていた卵を一気に広げる。

菜箸で真ん中だけをさっとかき混ぜて半熟になったところで火を止めてさっき作ったチキンライスを乗せる。

 

「オムライスも巻くのが大変だって聞いたことが」

 

「多分初めて作る人は失敗する。まあ、見てなって」

 

フライパンを少し手前に傾け、向こう側から卵を破かないよう、フライ返しの先をフライパンに押し当てるようにして、卵の下に斜めに差し込み卵をそっとチキンライスにかぶせる。

差し込んだフライ返しを手前に起こしながら卵をそっと持ち上げ、チキンライスをおおうようにそっとかぶせる。

 

「かく言う私も綺麗に作るまでに20回は作った」

 

なんど卵からチキンライスが溢れたことか。

綺麗に作れるまでムキになって毎日食べていたことすらあった。

 

それはそうと後はお皿に盛るだけ。

まずは春風の分を盛り付けて全く同じ手順でチキンライスを卵で包んでケチャップをかけて完成だ。

 

「美味しそう……」

 

「夕飯には少し遅いけどひとまず食べよっか」

 

リビングまでオムライスとスプーンを持って行って先ほどまでと同じ位置に座る。

 

「いただきます」

 

「はい、召し上がれ」

 

女の子一人分にしては少し大きめのオムライスにスプーンを入れて口に運ぶ。

 

「たまごふわふわで美味しい……」

 

「それは良かった」

 

なんだか幸せそうな顔でオムライスを食べ進める春風を横目に私も自分の分を食べ進めるのだった。

 




原作との相違点
春風→リグ・ヴェーダ非加入でそのまま冬華サイドへ。
天→翔と都と行動せずに冬華との行動開始。原作よりも早く春風と出会う。

現在の冬華への好感度
翔→50/100
天→90/100
都→30/100
春風→100/100
希亜→???/100
絢音→40/100


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