メスガキ合法ロリ甘え上手サキュバス(年上)と感情重めダウナー系怠惰ヴァンパイア(年下)の気ままな旅 (羽付きのリンクス)
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吸血鬼の憂鬱

 

 

 快晴。

 

 恵みの象徴たる太陽は燦々と照りつけ、空には雲ひとつなく逆さまの大海原を称えていた。

 

 その眼下、緑に囲まれた街道を歩く二つの人影有り。……もとい、内一つはふわふわと浮いているのだが。

 

「ねー、ヒルデお姉ちゃん。街ってまだ着かないの?」

「……その質問何回目?もうすぐ着くから黙って歩いて」

「ざんね~ん♡ミィ飛んでるから歩いてませ~ん♪」

「…………」

「ねぇヒルデお姉ちゃ~ん!無言で置いてくのやめてよぉ!」

 

 浮いている方の人物は、黒髪をサイドに結った幼い体型の少女。彼女の服装はフリルが付いた桃色のキャミソールに、もはやビキニではと見紛うほどタイトなホットパンツ。ハイレグ型のショーツの紐も見えてしまっている、あまりに際どすぎるファッションだ。

 

 そしてそれ以上に目を引くのが背中に生えた蝙蝠のような羽と、腰の辺りから伸びる細くしなやかな尻尾。

 

 この少女の名は『ミーティア』。一目で分かる通り人間ではない。彼女はいわゆる淫魔……サキュバスである。

 

「ヒルデお姉ちゃーん、さっきから同じ景色ばっかりでつまんないよぅ……」

 

 ミーティアは逆さまに浮きながら愚痴を溢す。ずるりとキャミソールがずり落ちるが、ミーティア本人の高度な調整技術によって肝心な部分は見えていない。ちなみに付けてない。

 

「……うるさい、文句あるなら独りで行けばいいでしょ。」

 

 そして、不機嫌そうにミーティアの前を歩く少女。

 

 日傘を差し、そこから覗く瞳は鮮血のような赤。前髪を深く垂らし、セミロングのまっすぐな銀髪を揺らしながらスタスタと先へ進んでいく。

 

 彼女の装いもまた、特徴的であった。

 

 どう考えても旅向きではないゴシック調の黒いドレス。腕には肩口まで覆う白い手袋、足元にも黒のソックスとブーツを履いており、ミーティアと対称的に肌の露出が全く無い格好はまさに貴族令嬢。月光の如き銀糸を彩る蝙蝠と三日月の髪飾りが、年相応の飾り気を醸し出していた。

 

 彼女の名は『ヒルデガルト』。口から覗く鋭い牙が、彼女がヴァンパイアであることを物語っていた。

 

 ヒルデガルトは背後に浮かぶミーティアを一睨みすると再び前を向いて歩き出した。

 

「むぅ……じゃあいいもん!勝手に行くからっ!!」

 

 ミーティアは頬を膨らませると、ビューンと勢いよく飛んでいった。

 

「全く……。ホント自由奔放なんだからあの子は……」

 

 はぁっとため息をつくと、ヒルデガルトもまた歩みを進めた。彼女もその気になれば飛ぶことはできる。できるのだが、あえて地面を歩いている。

 

 理由は単純。大っ嫌いな太陽に、少しでも自分から近付くような真似をしたくないからである。

 

(全く忌々しい。早く夜にならないかな……あたしら夜行性だし)

 

 だというのになぜ、こうして昼間に歩いているのか。その理由もまた単純、夜になると街の門が閉じてしまうからである。だからこうして陽のある内に到着するべく、わざわざ昼の間に移動しているのだった。

 

 ヒルデガルトはもう一度大きな溜め息をつくと、少しだけ歩調を早め……。

 

「うぇ~ん!ヒルデお姉ちゃ~ん!!道分かんなーい!!」

「何してんの……」

 

 戻ってきたミーティアは泣きながらヒルデガルトの元まで飛んでくると、そのまま抱きついた。

 

「だって地図お姉ちゃんが持ってるんだもん……ぐすっ……」

「はぁ……。分かったわよ、まったく」

 

 ヒルデガルトは、面倒くさそうに呟きながらもミーティアの頭を撫でてやる。その姿はさながら本当の姉のよう。

 

「えへへぇ、ヒルデお姉ちゃん大好き♪」

「はいはい。調子いいんだから」

 

 そんなやり取りを挟みつつ歩みを進める。二人は、自由気ままな旅人だった。

 

 ◆

 

 たどり着いたそこは、活気溢れる街だった。

 

 所狭しと並ぶ露店の数々。呼び込みの声が飛び交い、人々が行き交う大通りには馬車が走る。街の入口には衛兵が立ち並び、そこだけは少しばかり物々しい雰囲気を放っていた。

 

「うわぁ、賑やかだね!」

「……ちょっと騒がしいけどね」

 

 二人が街に入ろうとしたところで、門番の衛士に止められた。

 

「そこのお二人さん……夜魔族かな、この街は初めてかい?」

「はい。私たちは旅をしているのですが、今日この国に着いたばかりでして」

 

 ヒルデガルトが丁寧に答える。ミーティアはさすがに地面に降りて大人しくしていた。

 

「なるほど。では身分証をお持ちかな?それがないと中に入ることが出来ませんので」

「ああ、それでしたら……はい、どうぞ」

 

 ヒルデガルトは懐から小さなカードを取り出すと、それを衛兵に手渡した。簡易的な身分証のような物で、名前や出身地、自身の種族名が顔写真付きで載っている。

 受け取ったそれを見た衛兵が、少しだけ驚いたような顔をした。

 

「おや、ヴァンパイアとはね。日傘してるとはいえ、こんな昼間に出て平気なのかい?」

 

 ヴァンパイアは夜魔族でも特に、日光が苦手な種族。「世界一陽の光に弱い生き物」とすら呼ばれているのだ。衛兵の心配ももっともだった。

 

「ええまあ、無茶は効く身体なので。夜は夜で危ないですし」

 

 努めて平気だ、という声色で答える。幸い日傘とほぼ露出のない服装のお陰で、先程から滝のように流れ出ている汗については気づかれていないだろう。彼女は存外に意地っ張りだった。

 

「はは、違いない。じゃあそっちのお嬢さんのも確認していいかい?」

「はーい♡……じゃあ見ててね~?」

 

 衛兵が促すとミーティアはニヤリと笑って、自分の胸元に手を差し込む。そしてそこからゆっくりとカードを取り出した。

 

 言葉だけなら妖艶に男を誘惑する、まさにサキュバスの鑑と言える仕草。しかし悲しいかなミーティアの見た目は幼女のそれ。紳士諸君を誑かすには凸も凹も圧倒的に不足していた。

 

「おいおい、どこに隠してるんだよ……ってサキュバスか。道理で色っぽいわけだ」

「えへへ~お兄さんありがとー♡」

 

 ちなみにその成りでどこに隠しているんだという話だが、ミーティアの着ているキャミソールの内側には彼女お手製の内ポケットが縫い付けられている。当人の涙ぐましい努力の結晶である。

 

「……」

 

 そのやり取りを、ヒルデガルトは冷ややかな眼で眺めていた。

 

「どうしたのヒルデお姉ちゃん?怖い顔しちゃって~」

「別に。なんでもない」

 

(この子、誰彼構わず色目使って……)

 

 ヒルデガルトは内心穏やかではなかった。サキュバスという種族柄、仕方ないのかもしれない。だが、それでも気に入らないものは気に入らないのだ。

 

 そういう意味では、ヒルデガルトは未だ少女であった。

 

「はいこれ、確認しましたよ。ようこそ『アカトー』へ!」

 

 そんなヒルデガルトの心を知ってかしらずか、衛兵はカードを返しながら快活に笑った。今日の天気と同じ、爽やかな笑顔であった。

 





ヒルデガルト:実は吸血鬼の中でもかなり実力派の家のご令嬢。なので完全防護すれば日中でも動けるくらいの力はある。それはそれとして太陽は憎い。

ミーティア:日光は苦手な方だが、本人のフィジカルとハイテンションで普段通り振る舞っている。実は地図なんて無くても上空から街は確認してたが、ヒルデガルトと離れたくないので戻ってきた。


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アカトーの街・昼


境遇とか関係性とか何の説明もなくいちゃつき始めますが、タイトルが全てなので深く考えたら負けです



 

 アカトーの街。

 大都会では無いものの、そこそこ栄えていて活気のある街だ。

 人も物も雑多だが、狭苦しさは感じない。住むにも旅で立ち寄るにも丁度のよい街。そんな印象をヒルデガルトは受けた。

 

「わぁぁぁ!!すごいよ!!見てみてヒルデお姉ちゃん!!」

 

 ミーティアは辺りを見回しながら叫ぶ。

 

「ちょ、ちょっと静かにしてよ。恥ずかしいから」

「だってだって!ここすごいよ!いろんなヒトがいる!あっちには馬みたいなのもいるし、あっちにはなんか変な建物があるし!」

「わかったから落ち着いて……ほら、行くよ」

 

 興奮冷めやらぬミーティアの手を引いて、ヒルデガルトは再び歩き出す。

 どれも人間の街ならありふれている光景だろうに、ミーティアは人里に訪れると毎回こんな調子である。それだけ外の世界に憧れを持っていたということか。

 

 いやヒルデガルトとて気持ちは分かるのだ。見渡せばどこを向いても慌ただしく動き回り、瞬きひとつでも目を離せばたちまち景色が変わってしまう。

 故郷の魔族の里ではまず見られない、短命な人間種だからこそ成せる賑やかな街並み。それを初めて目の当たりにした時、ヒルデガルトも同じ感想を抱いたのだから。

 

 しかし、それも慣れてしまえばなんてことはない。今はただこの喧騒の中を歩くのも悪くはない、と思えるようになっただけだ。相方は未だそうではないようだが。

 

「……ミーティア、観光は後にして。まずは宿取らないと」

「あ、そっか。忘れるところだった」

 

 そう言って、ミーティアが人差し指をピンと立てる。

 

「お風呂入りたい!」

「でしょ、あたしも陽の下歩いたせいで汗びっしょり。早くゆっくりしたい……」

 

 そう言いつつ、手を差し出すヒルデガルト。するとミーティアはにっこりと笑って、その手をギュッと握る。

 

「うん!離したらダメだよ?はぐれたら困っちゃうからね♪」

「こっちのセリフでもあるけどね。さ、行くよミーティア」

 

 二人は、並んで歩き出した。その姿は、年の離れた姉妹のように見えたであろう。

 

 

 キョロキョロと街並みを眺めつつ仲良く歩いてたどり着いたのは魔族街。人里に住まう魔族たちが寄り集まって出来た区画だ。

 

 光を嫌い堕落を好むという種族の性質上、普通の街の賑わいとは少し違う。どちらかと言えば歓楽街のような、艶っぽい雰囲気が漂っている。

 とはいえここは裏通りではなく、れっきとした大通り沿いにあるため治安はそこまで悪くない。ヒルデガルト達のように観光客らしき旅人の姿もちらほらと見受けられた。

 

「えーっと、確かこの辺だよね?お姉ちゃん」

「うん、貰った地図によるともうすぐのはずなんだけど」

 

 二人が歩いているのは、この街に入ってすぐ目に付いた大きな建物の前。

 他の家より二回りほど大きい木造建築。入り口には『宿屋・白夜亭』の看板がかけられている。

 

 中に入ると、内装もなかなか立派なものだ。床には綺麗な木目柄のカーペットが敷かれており、調度品の数々はどれも高そうな品物ばかりだ。

 

「おおー、結構いいところだねぇ♪」

「うん、これなら安心して泊まれそう」

 

 そんな会話を交わしながらカウンターへと向かう二人。

 

「すみません、お部屋空いてますか」

「はーい、予約してる人ですか?」

 

 ヒルデガルトが声を掛けると受付の女性が返事をする。まだ若く、ヒルデガルトと同じくらいの年齢に見える女性だった。

 髪は薄い桃色で肩まで伸び、目は垂れ目がち。全体的にふわふわした印象を与える可愛らしい女の子。カウンターからちらりと見える細い尻尾からして、やはり魔族であった。

 

「ううん、ミィたちさっきこの街に着いたばかりなの。二人一部屋で無い?」

 

 ミーティアが尋ねると、彼女は手元の名簿を確認しながら答えた。

 

「えっとね、うん!空いてますよー。夜魔族用のでいいかな。あ、料金は前払いでお願いしまーす!」

 

 やたらフレンドリーな受付だが、魔族の間では一般的な対応だ。

 良くも悪くも自由きまま、マイペースな者が多い魔族という種族は基本的に誰かに畏まるということをしない。

 

 人間種に比べると上下関係というものに対する意識が薄く、対等な相手として振る舞うことが多いのだ。それは何かしらの接客業に就いている場合でも変わらない。

 

「じゃあ、取り敢えず一週間分。お願い」

「はい!お部屋の番号はこれです!それではごゆっくり~」

 

 特にお互い違和感を抱くことなくやり取りを交わし、料金と引き換えに渡されたのは、小さな木札。

 そこには数字が書かれている。

 

「あれ、鍵はないんですか?」

「あ、それなんかねー、人間たちが新発明した魔道鍵なんですって!その木札を扉に翳すだけで勝手に解錠されるんだよ!」

「へぇ、すごい……」

 

 感心するヒルデガルト。人間種の技術発展には毎回驚かされるな、なんて考えつつ二人は部屋へと向かった。

 

 

 取ったのは夜行性の種族向けに作られた北窓の部屋。

 時刻は夕暮れなこともあって、部屋に入ると室内はかなり薄暗い。

 

 窓から僅かに射し込む日差しは茜色に染まっており、もう少ししたら完全に夜の帳が下りてしまうだろう。

 

「この魔道鍵ってすごいねぇ、一瞬で開いたもん。荷物いっぱい持ってるときとか便利そ~」

 

 木札を手で弄びつつドアをくぐるミーティア。だが次の瞬間には目の前のベッドに目を奪われていた。

 

「うわぁ!ふかふかだよお姉ちゃん!!」

 

 そのまま飛び込もうとしたミーティアは、しかし後ろから伸びる腕に抱き止められた。

 誰に、とは考えるまでもない。ここにはもう、二人しかいない。

 

()()。」

「……もう、()()()ったら。」

 

 振り向いた先にあったのは頬を上気させ、荒い息を繰り返すヒルデガルト(吸血鬼)の顔。だらしなく開いた口から覗く犬歯は長く鋭く尖り、瞳孔は縦に割れている。

 

 それを見たミーティア(淫魔)は動じることなく優しく微笑み、彼女の頭を撫でながら言った。

 

「ヒルデったら、我慢だよガマン。いい子だから、ね?」

「やだ。無理して日中歩いたから喉カラカラなの。」

 

 スリスリと首元に顔を擦り付けるヒルデガルト。まるで甘える仔猫のような仕草だ。

 

「だぁめ♡お風呂入ってからだよ」

「……じゃあお風呂入りながら飲ませて」

「もぅ……仕方ないなぁ」

 

 渋々といった様子で承諾すると、抱きしめたまま浴室へと移動していくヒルデガルト。その顔は実に嬉しそうだ。

 

 ミーティアもされるがまま、抵抗することなく一緒に浴室へ入る。脱衣所で服を脱ぎ捨て、二人並んでバスタブに浸かる。

 

「んっ……」

 

 体格差のある二人はゆったりと浸かれるよう広めに作られたバスタブの中で密着している。ヒルデガルトは正面からミーティアを抱きしめ、首元へ鼻を寄せている。

 

「れろ……ちゅぷ……はむ……」

「あははっ、ヒルデくすぐったいよぉ」

 

 唾液をたっぷりと乗せた舌で、繰り返し首を舐めるヒルデガルト。その度にミーティアがくすぐったがるのだが、やめようとはしない。

 

「ちゅう……だってミィ、痛いの嫌がるでしょ。じっとしてて」

 

 ヴァンパイアの唾液は魔力を籠めることで麻酔のような効果を発揮する。吸血の際に痛みを伴わないようになっているのだ。

 

「んふふ~、ありがと。でもあんまり長くかかると湯冷めしちゃうよ?」

「平気。ほら、もっとこっち来て」

 

 ぐいっと抱き寄せられ、さらに体が密着する。

 

「もうそろそろいいかな。いくよ、ミィ。」

「ん……きて、ヒルデ。」

 

 ぷつん、という音と共にミーティアの柔らかな肌に牙が突き立てられる。ゆっくりと傷口が押し広げられていく感覚に、彼女は身を震わせた。

 

「あっ!あ、あぁ……」

 

 どくん、どくん、鼓動に合わせて溢れ出す血液。それをヒルデガルトは零さぬように飲み下す。

 

「こく、ごく、んく、んく、ん……」

「あ、あっ、ヒルデぇ……!」

 

 一心不乱に喉を鳴らすヒルデガルトの肩を掴むミーティア。その表情はどこか艶かしい。

 

「ヒルデ、もっと……」

「ん……」

 

 ミーティアの声に応え、より深く牙を突き立てるヒルデガルト。同時に、その細い腰に回された腕に力が込められる。

 

 ヴァンパイアの吸血は、痛みが無い代わりに強い快感を伴う。それは古来のヴァンパイアが、獲物の抵抗力を奪うため意図的に生み出した特性だという。

 

 そしてこの特性は、ヒルデガルトにとっても都合のよいものであった。

 

「んぅ……はぁ、んく、んく」

「ああぁ……!ヒルデ、きもちぃ、よぉ……!」

 

 獲物の血を吸い尽くし魂を喰らうという吸血鬼の文化は、とうの昔に廃れている。

 人間種の技術提供によって保存の出来る飲料血液パックも普及した昨今では、生き血を吸うという行為は単なる食事から、コミュニケーションの一環へと変化していった。

 

「ん……ミィ、可愛い……好き……」

 

 愛する彼女の体液。甘く香るそれを貪るように嚥下しながら、ヒルデガルトは自分の胸中に湧く感情の正体を探る。

 

 最初は単純に、ただの好意だった。幼馴染みであり、恩人であり、自分より小さい姉のような存在。

 彼女が突然自分と『姉妹ごっこ』なるものをすると言い出した時は驚いたが、これもきっと彼女なりの遊び心なのだろう。そう思い自分もミーティアの『お姉ちゃん』として、彼女の面倒を見てきた。

 

「ちゅ……ちゅぱ、ちゅっ、ちゅう……」

「あ……あ、あっ、ひぅぅ……!」

 

 それが何時からか、信愛から情欲へ。彼女を独り占めしたい。私だけを、見て欲しい。そんな気持ちを抱くようになった。

 

 ミーティアはサキュバスだ。もしかしたら、単に彼女の色香に惑わされているだけなのかもしれない。だけどそれでも構わない。

 

 今この時だけは、彼女は私のものだ。

 

 誰にも渡さない。絶対に離してなんかやらない。

 

「ん、ちゅう、じゅる、んぅ……んむ、むぅ……!」

「んぅ、んぅぅ、ふぁ、んぁ……っ」

 

 首筋に顔を埋めたまま、唇を強く押し付ける。舌を差し込み、傷口をなぞりながら強く吸い付く。するとミーティアはビクビクと体を震わせて、くぐもった声を上げる。

 

「んく、ごく、んっ……ぷはっ。はぁ、はぁ……」

 

 満足したヒルデガルトは、首元から顔を離した。唾液と混ざった血液が、噛み跡と唇を繋ぐ紅い橋となって落ちていった。

 

「はぁ、はぁ、ヒルデ……お腹いっぱいになった?」

「うん。ありがと、ミィ」

 

 微笑み、頭を撫でるヒルデガルト。ミーティアは嬉しそうに目を細めた。

 

「んふふ……ねぇヒルデ、もう一回ぎゅってして欲しい」

「ん、おいで」

 

 再び抱き合う二人。互いの体温と心臓の音を感じて心を安らげる。

 

「ふぃ~気持ちよかったぁ~」

「あたしも。ミィの血、凄く美味しかったよ」

「にしし、ありがと。でもちょっと貧血気味かも」

「う……それはごめん。加減できなかった」

「いいよ~。でもその代わりぃ……」

 

 ミーティアがヒルデガルトの耳元に口を寄せた。その表情は、淫蕩に歪んだ淫魔のそれだった。

 

「今度はミィの番だからね……♡」

 

 その言葉にヒルデガルトは小さく息を呑んだ。それはつまり、血をあげたのだから自分も見返りが欲しいということ。

 

 ヴァンパイアは血を糧にする。ならサキュバスは?答えは簡単だ。

 

「ベッド行こっか、ヒルデ♪」

「う、ん……」

 

 ヒルデガルトの手を引き湯船から上がるミーティア。二人は恋人のように寄り添いながら、ゆっくりと部屋に戻った。

 

 夜が更けていく。ここから先は、彼女たちの時間。

 

 





ミーティア:サキュバスとリリパット(小人)の混血。なので実はヒルデガルトよりも歳上。子どもっぽく振る舞うのは半分演技で半分は素。この後めちゃくちゃ吸精した。

ヒルデガルト:ミーティアのことが好きで好きでたまらない。魔族の中では礼節のしっかりしてる娘。この後めちゃくちゃ吸精された。


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ミーティアという魔族

 

 ミーティアはサキュバスだ。だが、純血ではない。僅かにだがリリパット(小人)族の血が流れている。

 

 そのせいなのか、彼女の背格好は幼いまま成長が止まってしまった。異性を誘惑するサキュバスとしては致命的な弱点である。

 だがそんなハンデを物ともせずミーティアは『無邪気な子ども』を演じ、多くの男を魅了してきた。幸い、そのテの性癖を持つ者は少なからずいる。おかげで生活に困ることは殆ど無かった。

 

 そんなある日、ミーティアはひとりのヴァンパイアと出会った。

 

 最初はただの気まぐれ。なんだかひとりぼっちの、寂しそうな子どもがいたから声を掛けてみただけ。『姉妹ごっこ』をしようと言ったのも、いつの間にか見上げる程大きくなった彼女へのほんの悪戯心だった。

 

 その出会いがきっかけで、彼女の人生は大きく変わった。

 

「あ、あの……」

 

 ヒルデガルトは、自分とはまるで正反対な性格をしていた。常に自信がなく、何かと後ろ向き。とても大人しい子だと思っていた。

 

「あたしと……旅に出てくれませんか」

 

 なのに突然、こんなことを言い出すなんて夢にも思わなかった。

 ミーティアは刺激的なことが好き。逆に退屈は嫌い。そういう意味なら、彼女は自分の故郷が嫌いだった。だからこの誘いは渡りに舟だと、即座に手を取った。

 

 それからは旅の中でも二人の『姉妹ごっこ』が続いた。ミーティアが『妹』で、ヒルデガルトが『お姉ちゃん』。わがままな妹として、行く先々で姉を振り回すのは退屈しなくて楽しかった。姉の方も、そんなミーティアに呆れつつもいつもそれに付き合ってくれた。

 

 そこからいつの間にか二人きりの時には愛称で呼ぶようになり、血と精気を交換する(肌を重ねる)ようになった。

 

 ミーティアにとっては不思議なことでもない、サキュバスにとって快楽は日常の一部だ。

 長く一緒にいる、それだけで好意は生まれる。それがどんな感情であれ。

 

 ミーティアはその感情の根幹を、なんと呼ぶのか未だ知らない。

 

 ただ、このぶっきらぼうで甘えん坊の『お姉ちゃん』とずっと一緒にいたいと思った。それだけで、彼女の隣に居る理由になっていた。

 

 

「……きて、ミィ。……起きてよ、もう夜だよ」

 

 ゆさゆさと身体を揺すられ、ミーティアの意識はゆっくりと覚醒した。

 霞む目を開ければ、目の前には一糸纏わぬ姿のヒルデガルト。

 

 二人は結局、夜通し楽しんだ後さすがに疲れはてて、次の日中を眠って過ごし今に至る。堕落の権化のような生活リズムだが、少なくともミーティア(サキュバス)にとっては褒め言葉だろう。

 

「ふぁ、んぅ。ヒルデぇ……おはょぉ」

「おはよ。……なんか夢でも見てた?随分と幸せそうに寝てたけど」

「うん、すごくいい夢……みてたぁ」

 

 まだ少し頭が回っていないのか、ミーティアはとろんとした目つきのまま欠伸をした。

 

「……」

 

 そんな様子を、ヒルデガルトはじっと見つめている。

 

「ちなみに、どんな夢?」

「んー、えっとねぇ」

 

 ベッドの上で、ミーティアが両手を広げた。

 

「ちゅーしてくれたら思い出すかも」

「……もう。」

 

 ヒルデガルトはため息をつきながらも、優しく唇を重ねた。

 

「んっ。はい、満足?何の夢見てたか教えてくれる?」

「ふにゃぁ……昔の夢だよぉ。ヒルデと会った頃の」

「……そう。」

 

 それで何か納得したのか、ヒルデガルトは少しだけ微笑んだように見えた。

 

「そろそろ晩御飯の時間だと思うけどどうする?先にシャワー浴びてきたら?」

「ん~……ヒルデと一緒に入る」

 

 そんなやり取りをしつつのそのそと布団から這い出た二人は、昨日垂れ流した諸々の汚れを洗い流す。

 

「さ、行こっか()()()()()()()()!」

「うん、()()()()()

 

 その後、一階の食堂で食事を済ませた。魔族は基本的に食事を必要としないが、嗜好品として味を楽しむことはできる。血とも精気とも違う、色とりどりかつ風味豊かな料理の数々。彼女らにとって旅の醍醐味のひとつでもあった。

 

 ちなみに献立は、この街の名産である鶏肉の香草焼きに豆のスープ、それとデザートに木苺のパイである。

 

 それらすべてを平らげたあと、ミーティアはふと思い出したように言った。

 

「あ、そうだ。ねえヒルデお姉ちゃん、今日は『ギルド』に行ってみない?」

「え、やだ」

 

 ミーティアの提案に、ヒルデガルトの答えは実に素っ気なかった。

 

「な、なんでよぅ!」

 

 当然、不満げに声を上げるミーティア。だが、そんな彼女にも動じず、ヒルデガルトは冷たく言い放つ。

 

「ミーティアだって知ってるでしょ。あたし労働とか人付き合い苦手だし。ていうか面倒くさい」

「またそういうこと言う!いい加減その怠け癖治してよ!?」

 

 ヒルデガルトには、ある困った癖があった。それは、ひどく怠惰な性格だということだ。

 旅自体は好きではある。あるのだが、旅の資金を稼ぐための労働はまったくと言っていいほどやりたがらない。

 

「ミィたちお金無いと旅出来ないんだよ?お姉ちゃん用の血液パックとか買い足さないといけないし、宿代だってかかるんだしさ」

「……別に、無くても死なないし」

「そういう問題じゃないの!……だったらミィにも考えがあるもんねーだ」

 

 ミーティアはそう言うと、おもむろに立ち上がった。

 

「決めた。もうお姉ちゃんにミィの血飲ませてあげない。精気も、ヒルデお姉ちゃんからじゃなくてどっかその辺のヒトから貰おっと」

「……え?……ちょ、ちょっと待ってよ。それ本気で言ってんの?」

 

 ミーティアの言葉を聞いて、ヒルデガルトは顔を引きつらせた。

 

「うん、本気だよ?その代わり、ヒルデお姉ちゃんは勝手にしていいから。ミィは知らない」

 

 ぷい、とそっぽを向いて部屋を出ていこうとするミーティア。しかし、ヒルデガルトがそんな彼女を後ろから抱き寄せた。

 

「ま、待って、わかった。わかったから置いていかないでよ……」

 

 その言葉に、ミーティアは背を向けながらニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ふふっ、最初からそう言えばいいのに。素直じゃないんだからぁ」

 

(ま、そんなとこがヒルデらしいんだけどね)

 

 ミーティアは心の中で呟きつつ振り向いた。

 しっかり者と思いきや面倒くさがりで、でもやっぱり最後には折れてくれて、なんだかんだで甘えん坊。

 ミーティアは、そんな『お姉ちゃん』が大好きだった。

 

「じゃあヒルデお姉ちゃん。ミィと一緒にギルド……行こっか?」

「う、うん……」

 

 こうしてまた、二人の長い夜が始まるのだった。

 





前回とまったく同じオチという


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アカトーの街・夜

 

 夜。

 

 闇に生きる者にとってはこの時間帯こそが本領である。

 

 それはヴァンパイアやサキュバスだけでなく、ほぼすべての魔族にあてはまる。故にこの魔族街は昼に比べて圧倒的に賑わっていた。

 

 昼間とは打って変わって、街灯や店先から漏れ出る光できらびやかな大通りを行き交う者たちは、ほとんどが魔族。皆一様に異形の姿の者たちばかり。

 角の生えた者や翼の生えている者、鱗に覆われた者や肌が青白いもの、下半身が獣の者までいる。

 

「わあ~!見てみて、いろんなヒトがいるよ!」

 

 ミーティアは楽しげに、辺りを見回していた。

 一方ヒルデガルトはというと、ヒトと目を合わせないよう俯いている。彼女はヒトと話すのは好きだが、こういう人混みは嫌いなのだ。

 

「……はしゃぎすぎ。みっともないよ」

「えぇ~?いいじゃん。ミィ楽しいもん」

「あっそ。ならいいけど」

 

 ヒルデガルトの冷たい態度にむくれるミーティアだったが、それも長くは続かなかった。

 

「あのー、そこのお嬢さん達。観光かい?もし良かったら、この街を案内しようか?」

 

 ふと背後からかけられた声に振り向くと、そこには人の良さそうな笑みを浮かべた人間種の青年がいた。

 

 ナンパか。ヒルデガルトはため息ひとつ付くと、不機嫌さを隠そうともせず告げる。

 

「結構です。というかこの娘サキュバスですよ。それでもいいのならどうぞご自由に」

 

 そう言って、ミーティアへと視線を向けさせる。対するミーティアは、ペロリと舌なめずりしながら妖艶な微笑みを見せた。

 

「えへ♪ミィで良ければ、付き合ってあげるよ?」

「あー……ごめん、用事を思い出した。じゃ!」

 

 一目散に走り去る青年の背中を見ながら、ヒルデガルトは小さく鼻を鳴らした。反対にミーティアは残念そうな顔をしている。

 

「な~んだ、つまんないの」

「まったく。確かにあたしら、ぱっと見人間種っぽいけどさ。尻尾とか髪色で分かんないものかな」

 

 好色家にとって、淫魔はある意味で天敵と言えるだろう。

 ナンパした女性が実はサキュバスで『返り討ち』にあった上、朝になる頃に干からびて発見された……なんて話は枚挙に暇がない。

 

「……というかあいつ、もしかしてミーティアのこと人間の子どもだと思って声かけたの?やっぱ今から捕まえて衛兵に突き出すべき?」

「えぇ?多分、ヒルデお姉ちゃんのこと狙ってたんだと思うよ?」

「はぁ!?な、なんであたしなのよ!?」

「だって、ヒルデお姉ちゃん美人だもん。そういうことしたいって思うのは、普通のことだよね!」

「い、いやいや絶対違うと思うけど……」

 

 ヒルデガルトに自覚は無いが、彼女の体型はまさに理想的と言っていい。1.7ノーム*1に届く高身長にモデルのようにスラっと伸びた手足。細く引き締まった腰回り、大きすぎず小さすぎない胸と尻。

 目つきこそ鋭いものの人形の如く整った顔だちに、白磁のような肌。

 

 そんな美しい少女が街を闊歩しているのだから、大抵の男ならば手を出したくなるものだ。

 

「ま、なんでもいいや。お姉ちゃんの魅力はミィだけが知ってればいいもんね!早く行こう、ヒルデお姉ちゃん!」

「ん~……なんか釈然としないけど……分かったよ」

「にしし♪やった」

 

 嬉しそうに笑うミーティアを見て、少しだけ気分が良くなったらしい。

 表情を和らげ、手を差し出すヒルデガルトであった。

 

 ◆

 

 この世界では様々な種族が共存している。そのため、人間種の街には必ずと言っていいほど亜人種*2向けのギルドが設置されている。

 

 基本的には人間種の冒険者ギルドと大差は無い。

 ただそれに加えて、その種族にとって生活必需品だが人間種の市場に出回らない物(ヴァンパイア用の血液など)を手配して貰ったり、種族ごとに適正のある仕事を斡旋して貰ったりと、人里に関わるなら色々と世話になることが多い。

 

 ということで、二人は旅の資金を稼ぐべくクエストボードの前に居るのだが。

 

「これは?『ワイバーン退治』」

「ワイバーンとかデカイし火吹くし最悪じゃん。却下」

 

「ん~……あっ、これなんかどう?『収穫した作物の荷運び』。」

「力仕事は疲れるからヤダ。」

 

「『倉庫整理』、『草むしり』……」

「汚れるのはもっとイヤ」

 

「……じゃあ、『害虫駆除』」

「虫嫌い」

 

「もー!ヒルデお姉ちゃんわがままばっかりぃ!!」

 

 ボードの前で言い争う淫魔と吸血鬼。

 二人のいつものやり取りである。ヒルデガルトがあれは嫌これは嫌と言い出して、それをミーティアが嗜めるというものだ。

 

 逆にミーティアは何に対しても刺激的であれば楽しめるため、危険な討伐系クエストなんかも笑顔で請けようとする。

 そうすると今度はヒルデガルトの方が必死で宥めることになるという、ある意味でバランスの取れたコンビであった。

 

「ヒルデお姉ちゃん、いい加減にしないとミィ怒っちゃうよ?」

 

 その台詞に、ヒルデガルトは宿での『脅し』のことを思い出したのだろう。ぐぅと小さくうめくと、やがて一枚の依頼書を手に取る。

 

「……じゃあこの『夜間警備』にする。多分これが一番楽でしょ」

「やったぁ♪」

「はぁ、めんどくさ。」

 

 夜間警備とは文字通り、夜間に街の周辺を見回る仕事だ。夜目の効く二人にとっては適任とも言えるだろう。何より肉体を酷使しなくていいというのがヒルデガルトの琴線に触れた。

 

「えへへぇ、夜のお散歩デートだよ♪」

「はいはいそーだね。」

「つめたぁ~い」

 

 相方を軽くあしらいながらもヒルデガルトは少し肩が軽くなるような心地だった。これならあまり疲れずに済みそうだし、来たばかりの街を色々探索できそうでもある。

 ただ見て回るだけなら退屈しそうだが、最悪サボって観光しててもバレにくいだろう。

 

 そんなことを平気で考えるくらいには、彼女は魔族だった。

 

「さ、とっとと行こっか。」

「うんっ」

 

 ヒルデガルト達は早速受付へと向かい手続きを済ませた。同じクエストを請けた街の住民から詳しい説明があるとのことなので、集合場所の噴水広場へと二人は歩いていく。

 

 だがしかし、この退屈で楽なはずのクエストがまさかあんなことになるなんて、この時の二人はまだ知る由もなかったのだった。

 

 ◆

 

「やっほー!キミたち夜警のクエスト請けて来たヒト?ウチはツィア、バンシィだよっ!よろしく~☆」

 

 その第一声を受けたヒルデガルトは、早くもこのクエストを請けたことを後悔し始めていた。

 

 目の前にいるのは、恐らく自分よりも年下であろう少女。

 瞳は赤く、灰色の髪は頭の左右で縛られており、まるでリスを連想させる可愛らしい顔をしている。

 服装はなんとも露出が多く、臍どころか胸元まで大胆に晒している。ちなみにかなり大きい。

 

 スカートは短めで、太股はハイソックスで覆われているもののやはり際どい。

 だがまあ、魔族基準ならまだ一般的な服装である。

 

 問題は彼女の態度。

 

「ねぇねぇおねーさん、名前は?種族は?お目々がウチと同じで真っ赤っかだねっ!美人さんだあ~♪」

「……。」

 

 ヒルデガルトは直感した。この娘は、あたし(陰キャ)が一番苦手なタイプのヒト(陽キャ)だと。

 

「ちょっとぉ、無視しないでよぅ」

「うわ、ちょ」

 

 無視してるんじゃなくて戸惑ってるだけなんて返す暇もなく、ツィアと名乗ったバンシィの少女は突然抱きついて、そのまま胸に顔を埋めてくる。

 

 ヒルデガルトのお腹の辺りにふにゅう、と柔らかい感触が広がる。

 

「ひ、ヒルデガルト……ヴァンパイア、だけど。」

 

 取り敢えず、名乗られたからには名乗り返さなければ。混乱した頭のまま、なんとかそれだけを口にする。

 

「ヴァンパイア!もしかして純血!?すごーい、初めて会ったよ!」

「そ、それはどうも……」

 

 すごいと言われても反応に困るのだが。

 そもそもヒルデガルトとしては別に凄くないと思うし、正直どうでもいいという気持ちもある。

 

「ねえねえ、ヴァンパイアに吸血されるのってめっちゃ気持ちいいってホント!?ちょっとさぁ、ウチのコト吸ってみてくんなぃ?」

 

「な……っ!?」

 

 思わず絶句してしまうヒルデガルト。

 

 先にも言った通り、現代のヴァンパイアの価値観では吸血とはかなりディープなコミニュケーションの一つとなっている。

 故に初対面の相手に対してこんなことを言い出す者は、ヒルデガルトに言わせれば相当に『ユルい』女であった。

 

 恐らく、この娘は単なる興味からこんなことを言ってだけで他意はないのだろうが。

 

「いや、えと、その……遠慮します」

「えぇ~なんでぇ?あ、もしかして照れてるぅ?かぁわいいっ」

「……はぁ」

 

 この娘、話が通じそうにない。

 

 こうなったらもう、力ずくで引き剥がしてしまおうか。そう思って手を伸ばしかけた時だった。

 

「隙ありっ♪」

「ひゃわぁ!?」

 

 ツィアの背後から忍び寄ったミーティアが、後ろから彼女を抱き締めた。

 

「ミィもいるよ!」

「キャハハ、何この子ちっちゃーい!」

「にしし、よく言われる~!」

 

 ミーティアはツィアの肩ほどの背丈しかないので、当然抱きつくというよりは飛び付く形になる。

 

「ミィの名前はミーティアだよ!半分はリリパット(小人)で……もう半分はサ・キュ・バ・ス♡ツィアちゃんのことも食べちゃうぞ~?」

「きゃはははっ、やめてぇ」

「はぁ……」

 

 結果的に助太刀、ということになるのだろうか。絡まれなくなった代わりに今度は自分の腕の中でじゃれ合う二人を見て、ヒルデガルトはため息をつく。

 

 そして半ば現実逃避気味に、少し離れたところでぼーっと遠くを眺めている最後のひとりを見た。

 

「で、あんたも夜警のクエスト請けて来たヒト?今の聴こえてたと思うけど、あたしはヒルデガルト。よろしく」

「…………ヤクブ。アラクネとデビル。」

 

 その少女は、悪魔種特有の青い肌をピクリとも動かさず淡々と自己紹介をした。肩まである紫の髪をパッツンと綺麗に揃えている。

 

 それ以上に目を引くのが、オリーブ色の前垂れ一枚という幾らなんでも攻めすぎなファッションに、そこから飛び出すクモの八本足。

 

「へえ、アラクネ……デビルとアラクネのハーフなんて珍しいね」

「……。」

 

 沈黙。

 

 ヒルデガルトが話しかけるも、彼女は何も答えなかった。

 

「……あー、ごめん。あまり触れて欲しくない事だった?」

「別に。」

 

 素っ気なく短い返事を済ませると、ヤクブは再びぼうっとし始めた。

 

「……。」

「……。」

 

 そして、再びの沈黙。

 

 こっちはこっちで随分と癖の強い娘だなと思いながら、ヒルデガルトは未だに腕の中で暴れる感触に目をやると。

 

「ちょ、どこ触ってんのぉ!?」

「にしし、やっぱり柔らかいね~。マシュマロみた~い♡」

 

 そこには、身を捩って悶える泣き精(バンシィ)と妖艶に笑う小悪魔、いや淫魔の姿。

 そして、淫魔の掌上で暴れ狂う二つの双丘があった。

 

「んあっ!?そんなとこ、ダメだってばぁ!」

「あは、顔真っ赤にしてかわいぃ。ミィがもっと可愛がってあげるよ?ほら、こことかぁ……」

「み、ミーティア何やってんの!?」

 

 慌てて止めに入るヒルデガルト。ミーティアの首根っこを掴んで引き剥がす。

 

「ぐえっ。うぅ~、せっかくいいところだったのにぃ」

「ヒトの腕の中で何してるのさミーティア……」

「ん~?なーいしょ♪」

 

 そう言って、ミーティアはヒルデガルトの手から脱出すると、背中に潜り込んで来た。

 

「ちょっと、離れてよ」

「にしし、やだっ」

 

 そのままヒルデガルトの腰の辺りにしがみつき、顔をぐりぐりと押し付けてくる。

 

「ふふん、これでヒルデお姉ちゃんはミィのものなのだ」

「なにそれ」

「はぁ……はぁ……。」

「ねー?分かったらヒトの物にちょっかいかけたらダメだよ、ツィアちゃん?」

 

 ミーティアは、未だヒルデガルトにしがみついて、肩で息をしているツィアにそう言い聞かせるとようやく離れていった。

 

「はぁ……全く。大丈夫?ツィアさん。なんかミーティアに変なことされなかった?」

 

 ヒルデガルトが見た時点でだいぶ変なことになっていた気がするが。

 

「うん、平気……」

「そっか。ならよかった」

 

 ゆっくりとヒルデガルトの腕から離れていくツィア。心なしか、最初の時よりしおらしくなった気がする。

 

「あ、あのさーヒルデちゃん。もしかしてなんだけどさー……」

 

 モジモジと、何かを言いたそうな表情を見せるツィア。

 

 ナチュラルにヒルデちゃん呼びされていることに若干違和感を覚えつつも、ヒルデガルトは彼女からの次の言葉を待った。

 

「ミーティアちゃんってもしかして、ヒルデちゃんのコレ?」

 

 小指を立てて見せるツィア。

 意味を理解したヒルデガルトは、思わず頭を抱えそうになった。

 

「……ミーティアに何言われたの?」

「へ?あ、いや~……ウチがヒルデちゃんに抱きついてたらさ『ミィの物に手出しする悪いコには、お仕置きしなきゃねぇ?』とか言われてぇ……」

 

 じとっ、とした目線をミーティアに向けてみれば、彼女は悪びれもなくペロリと舌を出した。

 

 要は助けてくれたというより、自分の所有物にちょっかいかけられたから報復しただけということだろう。

 セクハラにセクハラで返すところがミーティアらしいというか。

 

「でも安心して!そうと分かればウチは邪魔しないから!むしろ応援したげる!!」

「あー……いや、うん。」

 

 正直、ヒルデガルトとミーティアの関係性は一言では説明しにくいところがある。

 お互いただのパートナーとは言えない仲ではあるが、それ以上に色々と複雑なのだ。

 

 ので、ヒルデガルトは生返事を返すだけだった。

 

「ツィア。」

 

 遠巻きに突っ立っているだけだったヤクブが、唐突に口を開いた。全員の視線がそちらに集中する。

 

「……クエスト。」

 

 その言葉にツィアはハッとした表情になる。ついでに言うなら、ヒルデガルトとミーティアも同じ顔になる。

 

「そうだった!夜警のクエストあったじゃん!ウチ忘れかけてたよ!」

 

 そう、ここへは乳繰り合うために来たわけではない。仕事のために来たのだ。

 

「……とゆー訳で、改めてよろしくね、お二人!ウチ何回かこのクエストやってるから、質問とかあったらジャンジャンしてくれちゃっていいからねっ」

 

 ふんす、と鼻を鳴らして胸を張るツィア。たぷんと揺れる胸に、ヒルデガルトもミーティアも思わず目が吸い寄せられてしまう。

 

「…………あ。じゃあ取り敢えず。夜警って何したらいいのか教えてくれる?」

 

 先に正気に戻ったヒルデガルトが、少し恥ずかしそうにしながら聞く。

 

「そりゃもちろん、怪しい奴がいないかどうか見張るんだよ。」

「それだけ?」

 

「うん。基本的にはただ見回りをするだけだよ~。不審者がいないかどうか確かめたり、困っている人を助けてあげたり、変なのが居たらぶん殴って縛り上げたり」

「ふーん。じゃああたし達は、適当にぶらついてればいいわけかな」

 

 最後の文言が少しだけ物騒な気がするが、要するに夜警クエスト中はある程度の執行権が委ねられているということだろう。

 

「んーまぁそうなるかんじ。ウチらは慣れてるけど、二人は初めてだから気を付けてね」

「はーい!だいじょーぶ、ミィたち強いから!悪い人なんてボッコボコにしちゃうよぉ」

「おお~頼もし~!ヒューヒュー!」

 

 ハイテンションな二人を横目に、ヒルデガルトはヤクブに手を差し出す。

 

「えっと……よろしく、ヤクブ。あんまりこういうの得意じゃないから、色々迷惑かけるかもだけど……」

「……よろしく。」

 

 握手を求めると、ヤクブは案外素直にそれに応じた。無愛想だが根は良い人そうだ。

 

「よしっ、それじゃ出発だ~!!レッツゴー!!」

「おー!」「お、おー。」「……(ぐっ)。」

 

 ツィアの号令で、四人は夜の街へと繰り出していった。

 

 

*1
1ノーム≒1メートル

*2
人間種以外のヒト全てをひっくるめてそう区分する





ツィア:バンシィ(泣き精とも呼ばれる、人の死を予言すると言われている魔族)の少女。典型的な『若々しい』魔族。因みにデカイのは種族共通。

ヤクブ:デビルとアラクネの混血の女性。この世界だと別種同士の混血は珍しくない。脚のせいでおしゃれしにくいのが悩み。


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