穢れた聖杯《改訂版》 (後藤陸将)
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設定資料集

注意!!
この先には本作の重大なネタバレがあります。
ネタバレを好まない人は、下の本編を一通り読んだ後に目を通して下さい
拙作をはじめてご覧になる方は、第5話「帰郷」から読んでください

原作との変更点や、ゴルゴ13からのゲスト出演者を纏めました。
ランサーについては、薄々正体が分かっていると思いますが、作中で明確に看破されるまでは基礎ステータスのみの公表となります。

今後も、サーヴァントの情報やゴルゴ13からのゲスト出演者が登場するたびに追加していくつもりです。


ゴルゴ13よりゲスト出演者

 

田島隆三

登場話『白い皇軍』

 

警視庁公安第一課所属の刑事。

 

 

アレクセイ・スミルノフ

登場話『白い皇軍』

 

戦後最大の謎の人物と言われる武器商人。自ら紛争を煽りたて新しい武器市場を開拓する才能を持った人物である。

本名はユーリ・ナゴーレンという旧ソ連のスパイで、スパイ時代は関東軍に潜入して、ソ連による満州侵攻を手引きしたという経歴の持ち主。戦後は二重スパイの疑いをかけられてスターリンの粛清を受けて強制収容所送りになるが、その道中で脱走。シベリア鉄道や貨物船を乗りついで日本へと逃亡した。

その後、彼のスパイ活動を手引きしていた元関東軍参謀を頼って日本に帰化、武器商人としての人生を歩んだ。

 

 

ウェルズ

登場話『G線上の狙撃』

 

『G線上の狙撃』では名前のみ登場した人物。

G線が切れるというアクシデントによって音楽人生に泥を塗ってしまったフェラデルフィアのバイオリニスト、トーマス・シンプソンにゴルゴ13を紹介した男。

 

 

デイブ・マッカートニー

登場話『AT PIN-HOLE!』『G線上の狙撃』『殺人劇の夜』他

 

ゴルゴがこの世で最も信頼している銃職人(ガンスミス)

宇宙で使えるM-16やスープに溶ける銃、150mmの圧延均質装甲を撃ちぬく銃に3時間以内に1km先のフットボールを撃ちぬく銃の作成などのゴルゴの数々の無茶振りに答え続けた男でもある。

ゴルゴに心からの「ありがとう」を言わせた人物は、彼意外には存在しない。

ゴルゴが不可能を可能にするためにはなくてはならない男であり、ゴルゴ13に最も信頼される男と言っても過言ではない。

 

 

ソロモン

登場話『死闘ダイヤ・カット・ダイヤ』

 

ダイヤモンドの採掘から販売までを独占し、世界のダイヤモンド市場を事実上支配していたアングロ=デ・ロアズ社の会長。

デ・ロアズ社は第四次聖杯戦争の数年前にパウチ鉱山のオーナーであるジェラルド・ホワイトロックが仕掛けた価格破壊(プライスディストラクション)によって経営が傾いたが、その後ソロモンの手腕でどうにかダイヤモンド原石供給企業の大手としての立場に踏みとどまることに成功した。

この土俵際で踏みとどまったソロモンの手腕の裏には、魔術協会による手助けがあったとかなかったとかという噂が流れている。

しかし、かつてダイヤモンド市場を支配していたころのような力は既に失われている。

 

 

 

 

サーヴァント編

 

 

クラス:キャスター

 

マスター:間桐雁夜

 

真名:メディア

 

性別:女性

 

身長:163cm/体重:51kg

 

属性:中立・悪

 

 

パラメーター

 

筋力:E

耐久:E

敏捷:D

魔力:A+

幸運:E

宝具:C

 

 

クラス別能力

 

陣地作成:A

 

魔術師として、自らに有利の陣地を作り上げる。

工房を上回る「神殿」を作成出来る。

 

道具作成:A

 

魔力を帯びた道具を作成出来る。擬似的ながら不死の薬をも作れる。

 

 

保有スキル

 

高速神言:A

 

呪文・魔術回路との接続をせずとも魔術を発動させられる。

通常なら1分は懸かる大魔術すら一工程で発動可能。

 

金羊の皮:EX

 

竜の召喚術がないため意味はない。

 

 

宝具

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

ランク:C

種別:対魔術宝具

レンジ:1

最大捕捉:1人

 

攻撃力は普通のナイフと同程度だが、「あらゆる魔術を初期化する」という特性を持つ最強の対魔術宝具。マスターとサーヴァント間の契約を断ち切ることも可能。しかし、どれほど低いランクであっても宝具の初期化は不可能。

 

 

 

備考

 

我らが至高のキャスターといえばメディア様。ゴルゴ13と絡む女性の運命ということで幸運がガクっと下がりました。さらに、雁夜さんもマスターとしては三流なので、他ステータスも大幅にダウン。

拙作のコンセプトがFate/Zeroにゴルゴ13参戦なので、なるべくFateの雰囲気を壊すことのないように選んだサーヴァントです。

実際、ゴルゴなら直接戦闘員は召喚しそうにないなぁと感じましたし、魔術の腕は皆無ですからデイブみたいな補助枠を欲するだろうと思ったので、現在Fateシリーズに登場するサーヴァントの中で最も補助枠に向いていると感じたので登用しました。というか、他はゴーレム特化とかそもそも魔術の逸話のない作家とか、メディア様以外正当派キャスターがいない……

改訂前の作品では、チョロインなメディア様だったので、改定後はhollowやカーニバルファンタズム要素薄めの描写をしていくつもりです。

 

オリジナルサーヴァントとして当初はダイダロスを考えていたのですが、オリジナルキャラは極力無しでいった方が方針も立てやすいと判断したために没としました。

因みに、一応プロット段階ではダイダロスのキャラや宝具などの設定についても考えていたのですが、ガリレオシリーズの湯川教授みたいなすごい偏屈で理屈しか通じないマイペースなキャラになる予定でした。

彼とゴルゴの会話って凄い面倒くさそうですし、ダイダロスのキャラが強すぎるなぁと考えたのも没にした理由の一つではあります。

ゴルゴ以外との会話があれば多少は書きやすかったのかもしれませんが、雁夜との会話では……雁夜の揚げ足とってるシーンばかりになってこちらの胃が痛みそうでした。アンデルセン並に面倒なサーヴァントですね。

因みに、モデルは原作版の方なので、数式を突然書き出したり、『さっぱり分からない』とか、『実に興味深い』とかは言わない予定でした。

 

 

 

クラス:バーサーカー

 

マスター:雨生龍之介

 

真名:ジル・ド・レェ

 

性別:男性

 

身長:196cm/体重:70kg

 

属性:混沌・悪

 

 

パラメーター

 

筋力:B

耐久:C

敏捷:C

魔力:E

幸運:E-

宝具:A

 

 

クラス別能力

狂化:EX

 

パラメーターをランクアップさせるが、理性の大半を奪われる。狂化を受けてもジル・ド・レェは会話を行うことができるが、彼の思考は快楽を得ることのみに固定されているため、実質的な意思の疎通は不可能。自己紹介ができたことが奇跡的である。

 

 

保有スキル

 

嗜虐の法悦:A

 

絶頂するたびに自身の快楽を魔力へと変換する能力。1回の絶頂で得られる魔力は彼の実体化を半日維持するだけの魔力に匹敵する。

 

精神汚染:A

 

精神が錯乱しているため、精神干渉系魔術が通用しない。また、同ランクの精神汚染を持つ人物でなければ意思疎通は不可能。

 

拷問技術:C

 

拷問を目的とした攻撃に対して、痛覚増加補正がかかる。

 

 

 

宝具

 

絶望讃歌の青髭魔城(フォリ・ル・シャトー・ティフォージュ)

 

ランク:A

種別:対陣宝具

レンジ:90

最大捕捉:1000人

 

 ジル・ド・レェが生前残虐非道の限りを尽くしたティフォージュ城を魔力で再現する。固有結界とは異なり、彼がもっとも愉悦に浸れる環境を世界の上に一から構築して再現するため、長時間維持が可能。保有スキルの嗜虐の法悦とあわせることで、城の内部で快楽を貪っている間は魔力が尽きることはない。そのため、長時間展開・維持が可能。

 また、展開中は城ごと霧に包まれるため、中を視認することは不可能。この霧はジル・ド・レェの犠牲となった子供達の魂の成れの果てである低級の怨霊たちであり、城の中で犠牲者が生まれるほどに強化される。そのため、宝具が破られるまで霧が晴れることはない。

 低級の怨霊なので、怨霊がサーヴァントに憑依を試みようとサーヴァントは容易く拒絶できる。あえて取り込むことで栄養分とすることも可能。だが、抵抗力の弱い一般人や三流の魔術師にとっては呪いのようなもので、憑依されればその怨念に耐えられずに発狂してしまう。

 この宝具が展開されている間はジル・ド・レェのステータスは1段階上昇する。

 城の中でバーサーカーの犠牲となった者たちの屍は屍兵となって蘇り、バーサーカーの意のままに操ることもできる。

 犠牲者の身体は屍兵に、魂は悪霊になるため、犠牲者が多くなればなるほど攻略が難しくなる宝具。

 

 

備考

Fate/Zero随一の画面規制メーカー。キャスター枠にメディア様が入ったので、バーサーカー枠に変更しました。ジャンヌが火あぶりにされた後の彼の奇行は狂っていたともとれますから、バーサーカーの素質はあると思いましたし。

ただ、完全に理性を失ってしまうと召喚直後に大暴れして龍之介死なせて退場となってしまい、あまりにも見せ場に欠けるので、凶化ランクを調整しました。改訂前は文字通り狂っていたので、出番なく退場したことになっています。

宝具はオリジナルです。最初は元帥としての能力を生かした軍勢などの宝具を考えていたのですが、ジャンヌ死亡後の彼を呼ぶなら不適格だろうといろいろ考えた結果、彼の殺戮の舞台となった城を宝具化することで落ち着きました。

実は、宝具のモチーフはルイージマンションと赤セイバーの劇場。

 

 

 

 

クラス:ランサー

 

マスター:ケイネス・エルメロイ・アーチボルト

 

真名:?????

 

性別:男性

 

身長:185cm/体重:97kg

 

属性:秩序・中庸

 

 

パラメーター

 

筋力:A

耐久:A

敏捷:Ex

魔力:C

幸運:E

宝具:A+

 

 

クラス別能力

 

対魔力:B

 

魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法等を以ってしても、傷つけることは難しい。

 

 

備考

保有スキル、宝具ともに現段階では未開示。

物語の展開上、改訂前に比べてケイネス先生の戦力を大幅強化する必要があったので、サーヴァントも強化されました。第四次聖杯戦争のマスターで最も高いマスター適正があったため、サーヴァントのステータスもベラボーに高くなりました。

ただし、ステータスが向上してもやはりランサーですし、ゴルゴ13とクロスしているので幸運はEです。

ディルムッドよりも単純で傍目からも分かりやすい男なので、ケイネス先生との関係はそれなりに良好な模様。

メディアさんとの修羅場に期待。



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英霊召喚――IF

注意!!

これは本編とは何の関係もないIFのストーリーです。あくまでアイデアのみで、この構想のIFの続編も期待しないで下さい。

拙作をはじめてご覧になる方は、第5話「帰郷」から読んでください。


 召喚陣の前に立ち、雁夜は静かに息を吐いた。

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公」

 魔術回路が起動し、雁夜の全身が炉となって召喚陣に魔力供給を始める。

「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 召喚陣に光が灯る。風が巻き上がり、まるで召喚陣そのものが生きているかのように感じられる。

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する」

 次第に大きくなる召喚陣の鳴動をゴルゴは眉一つ動かさずに見つめ続けていた。彼にとってはこの高度な魔術的な儀式などはどうでもいい。ただ、彼の望む計画通りにことが進められるかどうか。それにしか彼には感心はないのだ。

「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 満月の夜、燃え盛る焔のように周囲を照らす召喚陣の前で雁夜は己の意志を誇示する狼のように吼えた。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」

 

 召喚陣から溢れ出した光は地方都市のはずれにある山中を昼の如く明るく照らし出す。その光はどこか神々しく、神秘的な光で、英霊の召喚という奇跡を体現しているようであった。

 奇跡の光を前に思わず感嘆する雁夜に対し、その傍らで召喚を見守るゴルゴの表情は全く変わらない。ゴルゴは神秘的な召喚そのものには全く目もくれず、光の中に顕現した人間の影だけを見据えていた。

 目の前の光景に見とれていた雁夜だが、光が収まるにつれて我に帰る。同時に全身からエネルギーが吸い上げられ、まるでフルマラソンを完走したかのような疲労に襲われた雁夜はその場に立つこともままならずに倒れこんでしまう。

「我を英霊の座から招いた身の程知らずは貴様か?召喚の儀式の魔力消費にも耐えられない未熟者が、よくもまぁこんな戦争に参加しようと思ったものよ」

 魔力消費に耐えかねて倒れてしまった雁夜だが、意識ははっきりしていた。目も、耳も、鼻も舌も全て正常だ。だから彼は自身に向けられたまるで毒草のような危険で妖艶な雰囲気を醸しだす女の声音をはっきりと聞くことができた。

 体力の限界に近い身体に力を籠めて何とか上体を起こし、目の前に顕れたサーヴァントを見据える。

「先程の言葉が聞こえなかったのか?もう一度、問おう……お主が我を招きしマスターか?」

 目の前にいたのは黒いドレスを纏った女性だった。絶世の美女といっても差し支えないほどに麗しい。雁夜は一瞬女性に見惚れてしまったが、直ぐに我に帰って口を開いた。

「ああ、俺――間桐雁夜があんたを招いたマスターで合っている。それで貴女は誰だ?」

 雁夜は己の右手の甲に刻まれた令呪を見せ、己がマスターであることを目の前の女に示す。だが、目の前の女性は胡散臭そうな目で雁夜を一瞥するとすぐに視線をゴルゴの方に移した。

「ふむ……パスも一応繋がっておるようであるし、確かにお主がマスターということは事実のようだな。……しかし、そこの男よ、お主は何者か?我の美貌にも一切反応を示さないその不愉快な態度といい、その眼光といい……只者ではあるまい」

 美しい女性はよく薔薇に例えられる。外見は綺麗でも、気安く手を出せばその棘によってしっぺ返しを受けるという皮肉を籠めた例え話である。目の前にいる美女も、世の中の男が薔薇と讃えてもおかしくはない美貌の持ち主だということは疑いようもない事実だろう。

 だが、雁夜は彼女を薔薇だとは思えなかった。彼女の色香はまるで麻薬を彷彿とさせるほどで、もしも彼女に夢中になってしまえばその先にあるのは破滅の道だけだったに違いない。雁夜はこの女に甘い香りで蟲たちを惑わす食虫植物を幻視した。

「彼は俺が雇った協力者だ……俺がこの戦争に参加する事情も全て知っている。警戒しないでほしい」

「三流のマスターよ。お主には聞いておらぬ。我はあの男に聞いているのだ」

 女は雁夜の言葉など歯牙にもかけず、探るような視線をゴルゴに向けている。それに対し、ゴルゴは先ほどまでと変わらない自然体で対応する。

「俺はデューク・東郷だ……間桐雁夜との関係は本人が言った通りで間違いはない……」

 以外にも、女はゴルゴについて深く追求しなかった。只者ではないと評した人間に対する反応としては、随分あっさりとしているようにも思える。

「……よかろう。あの男――デューク東郷とやらはお主の味方ということでよいのだな。ならばこれ以上の追求はせん。しかし、我のような英霊を最弱のクラスで呼び出すとは……しかも召喚一つで疲労困憊なほどの腕前で。我がマスターは自殺志願者か?それとも、自分の力量もわからず、我のことも知らぬ阿呆か?」

 雁夜は女の言葉を否定することはできなかった。魔力供給ですら事欠くことが予想される実力で聖杯戦争に参加したことは事実であり、実際ゴルゴに依頼しなければ勝機は0だったに違いない。最悪の場合は臓硯の刻印虫にすら頼らざるを得なかったかもしれないのだから。

 ただ、悲惨な自身の実力よりも気にしなければならないことがある。最弱のクラス――先ほどこの女は確かにそう言った。聖杯戦争において最弱と呼ばれるクラスと言えば、一つしかない。

「俺は自殺志願者でも、阿呆でもない。勝たなければならない理由があるから、勝つために貴女を呼んだ……して、貴女はその口ぶりからするに魔術師(キャスター)か?」

 だが、女は雁夜の問いかけに対し、嘲るような笑みを浮かべる。

「間違ってはおらぬ。確かに我は魔術師(キャスター)のサーヴァントだ。だが、我の特性から考えるに、魔術師(キャスター)と断ずるのも少し不足があるぞ?」

 女の言っていることの意味が理解できずに、雁夜は眉を顰める。

「我の保有するスキルには『二重召喚(ダブルサモン)』というものがあってだな、我は魔術師(キャスター)でありながら『暗殺者(アサシン)』のクラス別スキルも持っている」

 女の告白に雁夜は目を丸くする。雁夜の反応が面白かったのか、女は口元に手をあてながら笑った。

「ククク……何だ?その反応は。我の逸話を知っておれば別に驚くことでもなかろうに」

「俺は貴女の逸話は知らない。そもそも、俺は貴女の名前すら知らされていないんだ」

 雁夜は若干不貞腐れながら応える。知っていて当然とでもいいたげな女の反応は不快だった。

「お主……本当に自殺志願者でないのか?それとも、お主はデュークとやらから恨みでも買っておるのか?お主のような凡庸でつまらないマスターが我を呼ぶということは、我の裏切りに最後まで気づくこともできずに屍を曝すということと同意義であろうに……」

 即席の祭壇にまで近寄り、そこに置かれていた触媒を手にする。

「わざわざ我が使っていた匙まで用意していながら、まさか我が呼ばれるとは思わなんだとは。お主ほど単純な愚か者では、裏切りもあまり面白くないわ」

 女は溜息をつき、心底呆れたとでも言いたげな視線を雁夜に向ける。しかもその視線からはどこか哀れみすら雁夜は感じていた。

「重ねて言うが、俺は自殺志願者ではない……はずだ。まぁ、俺も貴女が誰かということは知らないんだが。触媒を用意してくれたのは俺の協力者の方で、俺はその触媒がなんなのかすら教えてもらっていないんだ」

 どこか憮然とした態度をとる雁夜に対し、キャスターは先程とは違い探るような視線を向ける。そしてそのままゴルゴに向き直った。

「お主はこの聖遺物が私の縁の品であることを知らなかったわけではなかろう?こんな騙す価値もなさそうな男に何故我のことを話しておかなんだ?」

「……俺は依頼を遂行すべく雇われたにすぎず、聖杯にもこの戦争にも興味はない。俺にとってあくまで聖杯戦争は依頼達成のための手段にすぎず、聖杯に求めるものは何もない。そして、お前を召喚したのもこの男の依頼の遂行のためだ」

「くくく……聖杯戦争に勝ち残るために我を呼ぶか。幾多の英霊の中からこの我を選んだにはそれ相応の理由があるはずであろう。申してみよ」

 女の態度は面白そうな玩具を見つけた暴君のそれを思わせる。ゴルゴはそんな女の問いかけに対し、淡々と答えた。

「……最初から召喚させるサーヴァントは魔術師(キャスター)以外の選択肢はなかった。まず、剣士(セイバー)槍兵(ランサー)弓兵(アーチャー)の三騎士はその基礎能力の高さから競争率が高い。この戦いを見据えて何十年も前から準備を進めている始まりの御三家は、おそらくこの三騎士の何れかに強い適正を持つ大英雄縁の品を既に入手しているに違いないからな」

 これまで自身にも明かされてこなかったゴルゴの戦略に雁夜も耳を傾ける。

「同じクラスの枠を取り合う場合、他のクラスの適正が無いか、より強大な英雄が優先される。……そのため、戦争の一年前から準備してもこの三騎士の枠に該当する英雄を確実に引き当てられる保障がない。クラスの椅子取りゲームに敗北し、無理に適正が低いクラスで英霊を召喚してしまえばサーヴァントの弱体化も免れない。また、狂戦士(バーサーカー)を選ばなかったのは偏に依頼者の実力不足からだ。依頼人が狂戦士(バーサーカー)を召喚したとしても、その魔力消費に耐えられず自滅してしまう可能性が高かった。……おまけにそもそも狂戦士(バーサーカー)というのは手綱を握るのが難しいクラスだ。彼では恐らく御しきれないだろう。戦略的にもあまり使いやすい駒ではないことは確かだ」

 冷静かつ現実的な分析に対し、女は口角を上げながら問いかけた。

「……つまり、準備不足ゆえに戦略が最初から制限されていたというわけか。事情があったにせよ、初手でもたつくようでは、何れ我が何かしなくてもボロを出しそうであるな」

「…………」

 女はゴルゴをバカにするような発言をするが、ゴルゴは逸れに対して全く反応をみせることはない。その態度を見た女はゴルゴの評価を上方修正する。

「お主が我をサーヴァントに選んだ理由は推測できるぞ。我がマスターは未熟もいいところ、騎乗兵(ライダー)を呼んだとしても宝具はまず使えん。騎乗兵(ライダー)の宝具は確実に現代の技術を超越した乗り物になるであろうが、同時にそれだけの代物を街中で使うならば最低限の隠匿技術を必要とする。マスターにはそれが存在せぬから、騎乗兵(ライダー)を選ぶことも憚られた。暗殺者(アサシン)は本来山の翁しか呼べぬが、暗殺者(アサシン)としての逸話と魔術師(キャスター)としての逸話を持つ我であれば、正攻法を使わずともこの戦争で暗殺者(アサシン)としての役割も担いながら上手く立ち回れると踏んだわけか。デュークとやら、貴様の戦略眼は中々のものではないか。褒めてつかわすぞ」

 女からの賞賛もゴルゴにはどこ吹く風といったところだ。だが、女はゴルゴのそのようなところもお気に召したらしい。

「だんまりか……まぁよい、お主は中々どうして面白げがありそうだからな。ただ、一つだけ答えよ。お主は我を召喚する危険性は考えなかったのか?」

「……アッシリアの女帝を召喚する危険性は承知している。その上での選択だ」

 

 アッシリアの女帝。その言葉で雁夜は女の正体を初めて知る。だがその時、雁夜は女の纏う雰囲気が一変したことを肌で感じ、同時にその凄みに震え上がった。虎や獅子のような圧倒的な力と意思による圧力ではない。例えるのであれば、それは女郎蜘蛛だ。決して力が強いわけではないが、その妖しげな美しさが生理的な恐怖感をも抱かせる。

「……なるほどな。最初から信頼関係とやらは考慮に入れておらぬというのか。だが、世界最古の毒殺者の名は伊達ではないぞ。このセミラミス、果たしてお前に扱えるものなのか?」

――だが、裏切りを目の前で仄めかすセミラミスに対し、ゴルゴは初めて正面から向かい合って答えた。

 

「俺に敵対する者……裏切る者は俺の手でカタをつける!!それが俺のルールだ……」

 

 

 

 アッシリアの女帝と世界最高の狙撃手の聖杯戦争に『正攻法』は一切存在しない。彼らは不可能の――常識のその向こうから突如顕れて牙を突きたて、参加者達を屠るのだ。

 

『馬鹿な』

『ありえない』

『不可能だ』

 

 そんな思考に囚われたマスターから一人、また一人と脱落することが決定している。

 最後に残るのは女帝と狙撃手と最初から決まっているのだ。

 唯一決まっていないことは、二人のうち、どちらが相手の背後にその牙を先に突き立てるかということだけである。




おい、文章構成が殆ど『英霊召喚』の流用じゃねぇか!!
って突っ込みは勘弁してください。あくまでも派生したIFの単発ストーリーですし、暇つぶしに適当に書き上げたやつですから。ここからの本編はこんなことはしません。


さて、ゴルゴがキャスターで蝉様を召喚というIF。
改訂の構想中、最初はメディアさんをリストラして蝉様を抜擢しようと考えました。やばい、これいけるんじゃね?と思いましたよ、ええ。
しかし、いくつかの解消不可能な問題が発生したために非常にもったいないと思いつつも泣く泣く没にしました。

以下理由を列挙します。
蝉様道具作成スキルC……しかも毒しかつくれへん。これ、戦略的にとれる選択肢が少なすぎるわ。
虚栄の空中庭園?冬木でこっそりと造れるような代物ではないでござるよ。
残りの宝具?まだ不明だ。
裏切る前提なので危険すぎませんか?こちらが誠意を見せて勝てるお膳立てをしっかりしても、自身の愉悦のために裏切るような女をゴルゴが一時とはいえ信頼しますかね?裏切る前提の三下野郎なら瞬殺ですが、予期せぬ個人的な王様的気まぐれで裏切られたらゴルゴでも絶対絶命です。抱いたところで情が湧く相手でもなし。そもそも、自分が一番でなければ嫌という制御不能我儘女帝を聖杯戦争中だけとはいえ制御する方法がどうしても自分には考えられませんでした。

これらの問題が解決できれば蝉様でもよかったのですが、どうしても解決する方法が思い浮かばなかったのです。構想の難易度が高すぎて自分では手におえませんでした。


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女刑事と四月馬鹿

エイプリルフールということで、拙作『穢れた聖杯』にあの作品をクロスした特別編をお送りします。
本編の進行とは一切合切、金輪際、全く持って関係ありません。
拙作をはじめてご覧になる方は、第5話「帰郷」から読んでください。


 

――――第四次聖杯戦争開戦から5日目

 

「これは警視総監命令だ」

「納得できません」

 東京、桜田門にて睨みをきかす警視庁。その庁舎の主の部屋、警視総監の部屋にで一人の美女が立派なテーブルを挟んで眼前の男性を睨みつけていた。女性の眼光は鋭く、その眼には気炎が湧き立っている。だが、そんな女性に相対している壮年の男の眼力も、女性のそれに見劣りするものではない。

「いい加減納得してくれないか、冴子……この件に関する捜査は打ち切りだと決まったんだ。特捜が追うべき事件(ヤマ)は他にも抱えきれないほどにあるのだぞ。この事件のことは忘れろ」

「お言葉ですが()()。この国に紛争ができるだけの武器が持ち込まれているのですよ?その捜査を中断するなど、国民の安寧を護る警察官の義務を放棄することに他ならないことです。総監は、全国の警察官を税金泥棒にするおつもりですか?」

 美女と相対する男こそ、この部屋の主である野上警視総監だ。そして、その警視庁のトップに睨みをきかす美女の名前は野上冴子。野上警視総監の長女であり、警視庁特捜部に所属する妖艶な美人刑事である。

 父と娘が警視庁の上司と部下という立場の上で剣呑な空気を醸しだしているが、父娘はどちらも譲るつもりはまったくないらしく、空気が和らぐ気配はない。

 

「野上刑事、これは決定事項なのだ。そもそも、私に掛け合ったところでこの決定が覆るわけがない。無駄なことだ」

「総監が、ご自分の意志で事件の捜査を中断させるような決定をさせたとは私も最初から思ってはおりません。総監がそのような人間ではないことは、私がよく知っていますから。当然、ご自身の信念を曲げざるを得ないほど重大なものが関わっているのでしょう?それも、とびきりに危険なものが。私たちの命を、立場を護るために総監が捜査中止を命令したと私は確信しています」

「分かってくれているようで何よりだ……」

 ようやく納得してくれたか。そんな言葉でも聞こえてくるような重い溜息をつく。だが、冴子の瞳には『納得』の『な』の字も見えない

「だからこそ、納得できる理由を教えていただきたいのです。()()()

 冴子は腰掛けていたソファから立ち上がり、父親の瞳をじっと見つめた。警察官としての使命、誇り、そして野上冴子という女の意地。それらが彼女の中から父親に対して事件に対する執念を訴えかけてくるように彼は感じた。

 

 ――――この馬鹿娘にはもう何を言っても、命令しても無駄か。

 こうなったらこの娘は梃子でも動かない。この場は引き下がらせても、結局は自力で事件の真相を追い求めようと勝手に動き回ることは彼にはすぐに理解できた。娘が父親のことをよく知っているように、父親も娘のことをよく知っていたのである。

「…………お父様はやめろ。警視総監室(ここ)では公私混同は許さん。総監と呼べ」

 彼は観念することにした。ここで無理に娘を部屋から追い出したところで娘は決して納得ないことは分かっている。だが、この事件は下手に首を突っ込めばそれこそ命が危うい。どうせ首を突っ込むのであれば、できるだけこちらの行動を把握し、制限するように動くべきだと判断した。

 彼は先ほどまで外面を取り繕っていた困り顔の仮面を捨て、仏頂面を浮かべながらソファからゆっくりと立ち上がって壁に設けられたブックシェルフに足をむけた。そして、シェルフの中から一冊のファイルを取り出した。そして、彼はそのファイルを娘に手渡す。

「2日前、公安と合同で会議があったことは聞いているな?」

「はい。特捜からの出席は許可されなかったので、仔細は存じませんが」

「そうか。ならば、そこから説明しようか」

 娘にファイルを手渡した彼は、眼下の景色を見下ろせる窓に顔を向けて話し始めた。

「先月は横浜でブローニングM2が12門、舞鶴でGE M134ミニガンが10門、佐世保でバレットM82が24門。今月に入って再び横浜でFN ミニミが10門、神戸でM40が6門押収された。これほどの火器が短期間で大量に押収された例はこれまでにはない。我々は、各県警からの連絡を受けた我々は、どこかの組織が日本でのテロを企み、戦力を増強しているものと推察していた。最初は、昨今話題の例の新興宗教団体が絡んでいると考えていたが、その推察は外れていた。受け渡しの現場を押さえることもできず、発注者の身元がわかるような手がかりも、船に乗っていた下っ端の引渡し役は何も知らなかった。2日前までは、我々は犯人の目星すらつけていなかったのだ」

 彼はそこで一息つくと、胸元から煙草を取り出してライターで火をつけて咥えた。

「受注者である武器商人があの戦後最大の謎の人物として知られるアレクセイ・スミルノフだということは分かっていたが、そんな男がどんな経路で誰から注文を受けたのか、そんなことが海外での情報収集能力が低い我が国が把握できるはずもない。だが2日前、会議に現れた男がもたらした情報が、捜査に進展をもたらしたのだ」

「その男は何者なんですか?」

「本名かは怪しいが、男はウェルズだと名乗った。彼はCIAのエージェントだ。CIAもスミルノフのことを独自に追っていたらしく、その際に今回の日本への武器大量輸出の計画を知ったらしい。彼らは、日本への武器流入を水際で食い止められるように密輸船の情報を提供する代わりに、私達に日本国内で発生したありとあらゆる銃器を用いた事件の情報を地峡するように要求した。そして、私達はそれを呑んだ。彼らも、発注者の発注経路を知ることで、スミルノフの情報を得ようと企んだのだろうな」

 彼は煙草を燻らせながら話を続ける。

「そして、昨夜のことだ。とある地方都市で二つの事件が発生した。アパート1棟が倒壊し、港は大規模な爆発に見舞われた。港の方はガス爆発などのそれとは違う、明らかな重火器による破壊の痕跡が見受けられたそうだ。我々は、この事件が一連の武器密輸事件に関係していると見て、警察の総力をもって件の地方都市に大捜査網を敷く用意を始めた。だが、その矢先だ。上からストップがかかってきたのは」

「一体、どうして……」

「その答えの一つが、ある一人の超A級スナイパーの存在だ。武器が一定数国内に持ちこまれた段階でそのスナイパーが入国したという情報が入った。CIAのウェルズ氏は、今回の武器密輸の背景にはそのスナイパーが絡んでいると見ているらしい。ああ、そのスナイパーについての仔細はそのファイルに記されている。読んでみたまえ」

 彼は娘に唸るような口調でファイルを読むように促した。父親の様子をいぶかしみながらも、娘は言われた通りにファイルの拍子を捲り、中に綴じられた資料に目を通し始めた。

 

 

 ――まさか、こんな非常識な男が獠以外にいるなんて……

 10分ほどでファイルを静かに閉じた冴子が最初に思ったのは、彼女が愛した万年発情男をも上回る男に対する畏怖であった。彼女の知る最高のスイーパー、冴羽獠にも匹敵、いやそれ以上の腕前を持つかもしれないスナイパーなど、これまで彼女も出会ったことがない。

「読み終えたかね?」

「はい。……しかし、これは……」

「ここに記されていることは紛れもない事実だ。……正確に言うのであれば、事実の断片だな。だが、我々は彼についてはここに記されている断片的な情報しか知らないのだ、ゴルゴ13という男については」

「ですが、この情報だけでも、このゴルゴ13という男の危険性がよく分かります。……日本警察の総力を挙げたとしても、彼を止めることはできないと言ってもいいでしょうね」

 冴子の漏らした言葉に彼女の父も頷いた。

「そうだ。そして昨夜入った情報だが、そのゴルゴ13があの爆発のあった地方都市に姿を顕したらしい。タイミングから考えても、あれほどの火器の大規模密輸と無関係とは到底思えん」

「ここで下手に彼に関わればさらに被害が拡大し、警察にも殉職者が両手の指で数え切れないほどに出る可能性があると?」

「ああ。悔しいことだが、我が国の国家権力をもってしてもあの男は止められん。彼は極力仕事に無関係な一般人を巻き込まないように仕事を遂行する。我々としては、下手に手を出すよりはこの男の裁量でできる限り無辜の命が犠牲にならないように祈る方がいい。手を出して彼の仕事の計画を狂わせる方が一般市民の犠牲が拡大しかねん」

「……確かに、そうですね」

 冴子は父親の言葉に静かに頷いた。だが、まだ彼女は納得まではしていなかった。冴子は父親に向き直り、再び険しい視線を向けた。

「超A級スナイパー、ゴルゴ13の存在に対する危惧は理解できました。しかし、捜査を強制的に中止させた理由はそれだけではないのでしょう?他に一体、どんな理由があって捜査を中止すると決めたのですか?」

そう、先ほど彼女の父親はこう言っていたのだ。

――『その答えの一つが、ある一人の超A級スナイパーの存在だ』と。

 つまり、今回の捜査が中止に追い込まれた背景には、また別の要因がまだあるということである。そのまた別の要因を知るまでは、冴子は到底今回の決定に納得できなかった。

「……ゴルゴ13が事件に関わっているということだけならば、CIAまでは手を引かなかったかもしれん。彼は敵対するものには容赦ないが、だからといって自分の邪魔をする警察や標的の警護の人間を誰彼構わず抹殺するような男ではないからな。ゴルゴ13は、彼を害したり彼のルールを破らない限りは極力標的以外の命を殺すことは避けることも分かっている。だが、上からの圧力がかかると我々もCIAも同じだ。手を引かざるをえまい」

「上……それは一体、どれほど上の方からの圧力なのですか?」

 冴子も、何となくは予想がついている。だが、敢えて彼女はそこで踏み込んだ。

「さてな……だが、私の方はあの総理大臣様が直々に伝えてくれたよ。全く忌々しい……」

 

 彼はその時のことを不快感を隠そうともせずに娘に語った。曰く、総理官邸から直接連絡があって警察庁長官と共に呼び出され、そこで総理の口から直々に今回の件から手を引くように命令されたという。当然、納得できるはずがない。この国で未曾有のテロが起きる可能性があり、むしろ現状の倍以上の捜査員を投入する必要があると彼は語ったが、彼の主張は全く受け入れられなかった。どこからの圧力かと聞いても、総理はのらりくらりと彼の追及を避けるだけだった。

 挙句の果てには、この国で自衛隊を投入するほどの武力蜂起が起こる可能性もあるとして翻意を促す彼に対して総理は冷笑を浮かべながらこう言ったのだという。

「大げさだ」

今代の総理は、国の一大事を宇慮する国家の保安関係者のトップの主張をこの一言で退けたのだ。一国の総理から飛び出したその言葉を信じることができず、彼は一時目を丸くしたらしい。

「そのような面倒なことが起きる可能性はない。先方もそのように言っていた」

 そう言い残して総理は彼の反論も許さずに退室を促したという。どうすることもできずに彼は官邸を後にして警視庁の庁舎に帰還し、捜査関係者に捜査の打ち切りを命令した。腹の底に煮えたぎる屈辱の焔に耐えながら。

 解散命令後、CIAのウェルズも彼の下を尋ねて本国からの捜査打ち切りの命令が来たために帰還する旨を報告しにきた。ウェルズは打ち切りの背景については詳しく知らなかったようだが、どうやらゴルゴ13以外のなんらかの強い影響力を持つ人物が今回の捜査打ち切りの裏にいるらしいと自身の推測を彼に話していたそうだ。

 ウェルズ曰く、ゴルゴ13が自身のルールに抵触していないのにも関わらず、警察に圧力をかけるということはまず考えられないという。そして、ウェルズの上司は今回の決定については大統領からの圧力があったと話したそうだ。

 一体どこの誰が何の目的で一国の指導者を通して圧力をかけさせたのかは全く分からない。だが、彼はこれ以上捜査を続けることが警視庁という組織にとっても、そして現場で捜査に従事する捜査員にとっても非常に危険なことになるということは理解していた。国家に捜査中止の圧力をかけられる権力者であれば、隠れて捜査を進めても捜査員を害することは十分に考えられる。

 故に、彼は断腸の思いで有無を言わさずに捜査本部を解散させた。全ての抗議を受け付けない強権的な振る舞いであったが、組織人たる捜査員たちのほとんどはここで命令に逆らって捜査を続けるほどの気概を持ってはおらず、不満を抱えながらも命令に従った。例外は、現在彼の眼前にいる彼の長女だけであった。

 納得がいかないという理由で警視総監室にまで乗り込んできたことも、納得させるために今回の事件のあらましを一から説明するはめになったことも予想外ではあったが、これで長女も諦めてくれるだろうと彼は内心で安堵していた。

「分かりましたわ。確かに、今回の捜査本部解散については納得しました」

「理解してくれて何よりだ……全く、手間をとらせおって……」

「お手数をおかけしました。それでは、失礼します」

 冴子はソファから腰を上げ、静かに頭を下げた。しかし、彼女が総監室を後にしようとドアノブに手をかけたところで後ろから再度父親の声がかけられる。

「待ちたまえ」

 冴子は訝しげな表情を浮かべながら父親の方に振り返る。相変わらず窓の方を向いたまま、背中を娘にむけながら彼は言った。

「これは、警視総監としてではなく、一人の父親としてのお願いだ。……頼むから、今回の件には関わってくれるな。これまでのようにあのシティーハンターの手を借りれば何とかなるとでも思っているのだろうが、ゴルゴ13はこれまでにお前が相手にしてきた2流や3流の犯罪者とは格が違う。おまけに日本とアメリカという二国の最高指導者を黙らせるだけの権力を持った何者かも敵になるかもしれない。もしも、敵に回すことになればお前も、シティーハンター諸共葬られるぞ。冴子、私はお前を死なせたくはないんだ……頼むからこの事件のことは忘れてくれ…………」

 冴子には警視総監にまで登り詰めた男の背中がとても小さく見えた。まるで、大切なものが奪われる恐怖に怯える子供のような姿だった。

「……それでは、失礼します」

 冴子は父親の心配も、不安も分かっている。娘を思う親の愛を感じている。親に娘を失うかもしれないという恐怖を体験させることに対して、申し訳なく思う気持ちもある。だが、それでも彼女は己の警察官としての生き様を曲げようとは考えられなかった。

 故に、事件から手を引くなどという言葉は彼女には言えなかった。

 警視総監室を後にした冴子は、警視庁の廊下で寂しそうな表情を浮かべながら呟いた。

「父親としての頼みって……警視総監室で公私混同をしてるのはお父様じゃないの」

 

 

「…………」

 冴子の父親である彼は、娘の言動を信用できずにいた。真相を知ったとて、この強情な娘が容易く引き下がるだろうか?ひょっとすると、命令を承知の上で単独行動するのではないだろうか?そのような考えが浮かんでくる。

 かといって、彼には娘を止める手段はない。あの娘のことだ。監禁でもしない限りは事件を捜査しようとするだろう。

「万が一のこともある……か……」

 彼はデスクに設けられた電話の受話器を手に取り、ある番号を入力した。しばらくして、目当ての人物が電話に出た。

「…………ああ、麗香か。私だ。お前に頼みがある」

 




というわけで、『シティーハンター』から魅惑の女刑事野上冴子とその父親の警視総監に出演していただきました。

この名作を人気があるのに打ち切った当時のジャンプ編集部はどうかしていると思います。今日中に後編を掲載する予定なので、乞うご期待。


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Good Bye My April Fool

女刑事と四月馬鹿の続編です。この短編はここで終わりで、これ以後の続編の執筆はありえません。

拙作をはじめてご覧になる方は、第5話「帰郷」から読んでください

何とか4月1日中に書き上げられた……
本来ならば、エイプリルフールは午前中までにしておくべきであることは重々承知ですが、書き上げられなかったものはしょうがないですね。


許して。


 その日、冴羽獠は喫茶店『キャッツアイ』でいつものようなスケベ面を晒していた。鼻の下を伸ばしている相棒の隣に座る槇村香は、相棒の視線の先にいる美女に顔を向けながら溜息をつく。

「久々の仕事の依頼ね……でも、どうして貴女からの依頼なのよ……」

「まぁ~いいじゃん!!仕事は仕事!!生活は楽になるし、僕チンは一発できるし、いいことずくめじゃ……グフゥ!?」

「……一発以外のことを少しは考えろ!!この万年発情男!!」

 獠は、側頭部に叩きつけられた撞木によって口を強制的に噤まされた。しかし、頭部殴打の制裁を受けながらも股間の紳士は自己主張をやめていなかった。その様子を見ながら、獠の対面に座る美女は笑みを浮かべる。

「いいのよ~獠が私と結婚してくれるなら、何発でもやらせてあげるわ」

 美女からの誘惑に思わず身体お乗り出してしまう獠だったが、即座に香が頭上から振り下ろしたハンマーの直撃を受け、椅子から浮きかけた獠の身体は再度椅子に沈められた。

「獠には戸籍がないでしょうが!!飛行機事故で死んだことになっているし、日本にも密入国しているでしょ!!麗香さんもからかわないで!!」

 そもそも、戸籍があったら私が先に結婚している!!という言葉をのどもとで飲み込みながら、香は目の前の美女を睨みつけた。

 香が声を荒げている相手の名前は、野上麗香。元警察官であり、現在は私立探偵を営んでいる女性だ。そして、獠を使い倒す女刑事、野上冴子の妹でもあった。あの野上冴子の妹ということもあって、香からしてみれば彼女も一筋縄ではいかない相手であった。

 

「それで、麗香さんは一体どんな依頼を?」

 これ以上ろくでもない話を続けていると、そろそろ自分のハンマーがキャッツアイの床にクレーターを量産することになると考えた香は、麗香に本題について尋ねた。だが、麗香は静かに首を振る。

「私も、それについては知らないの。私は貴方達への依頼の仲介を頼まれただけなのよ」

「仲介か……因みに、本当の依頼人というのは、美人か?」

 香は先ほどのハンマーから復活してすぐに戯言を口にした獠を睨みつけた。ここでまた制裁をすれば話の本筋にまたそれてしまうため、香は獠に釘を刺して話を続けることにした

「あんたは何を期待してるの?…………それで、本当の依頼人は、誰なの?」

「もうすぐ着くと思うのだけれど……」

 麗香は店の時計に目をやる。時計の針は夕方の5時を指していた。

「……ひょっとして、あの車か?」

 獠は店の前にたった今停車した一台の黒いセダンに顔を向ける。香と麗香も釣られて視線を向けると、セダンからは一人の壮年の男性が降りてきた。そして、獠はその男性の顔に見覚えがあった。

「待たせてしまって申し訳ない。少々、公務が長引いてしまった」

 キャッツアイに入店した壮年の男性は、テーブル席に座る獠たちに頭を下げた。

「……あんたからの依頼か。こりゃあ、一筋縄ではいかなそうだな」

「獠、この人を知っているの?」

 香の質問に答えたのは、獠ではなく麗香だった。

「この人は、野上警視総監……私の父親よ」

「け……け……け、警視総監ん!?それに、麗香の父親!?」

 想定外の大物の名前に、香の思考は一瞬停止した。

 

 

「……改めて自己紹介をさせてもらおう。私は野上。警視総監を務めている。冴子と麗香の父親でもある」

「わ、私は冴羽獠のパートナーの、ま、槇村香です!!」

 王女などには縁がよくある香だったが、警視総監との対面は彼女にかなりのプレッシャーを与えていた。ただ偉い方というだけならば彼女とてここまで緊張したりはしないだろうが、彼女の目の前の男性が警察という国家権力の上層部となれば話は別だ。

 なんせ、彼女がパートナーの獠とやっている仕事は警察や法の裁けない悪を相手取っているものだ。そのような仕事が警察関係者から良いように思われるわけがない。野上冴子などはその例外にあたるが。

 だが、香にそんな風に思われている野上の方は特に獠たちに対してあからさまな嫌悪などの感情をむけたりはしなかった。

「……まず、私は君たちの仕事に対して、特に何か言うつもりはない。警察官として思うところが全くないとは言わないが」

 その発言に、香がホッと胸を撫で下ろす。

「それで、依頼っていうのは何なんだ?総監」

「ちょ……獠!!失礼でしょうが!!もっと真面目にやんなさいよ!!」

 美女が依頼人ではないせいか、明らかにやる気のない態度で頬杖をつきながらコーヒーを啜る獠の胸倉を掴んで香が吼えた。

「す……すいません、こんな馬鹿でスケベな男で……」

「いや。構わんよ。多少は娘から聞いている。……それで、依頼なのだがね。私の娘、野上冴子を護衛してもらいたいのだ」

「護衛ですか?……だけど、どうして冴子さんじゃなくて、その、お父さんが?」

 香は訝しげな表情を浮かべる。彼女の知る野上冴子という女性は非常にしたたかで、獠を手玉にとる手腕は獠と関わりのある女性の中でも並ぶもののない、油断ならない雌狐である。彼女であれば、獠の護衛を必要とするほどに危険な状況になれば事件解決後の『もっこり』の口約束ですぐに獠を確保しているはずだ。

 彼女が獠という日本最強の護衛が必要なほどに危険な状況にありながら、何故直接護衛を依頼しにこなかったのだろうか?それが香には疑問だった。

「……冴子は、現在とある武器密輸事件を追っている。その事件にはある恐ろしい男が関わっているという情報がもたらされたため、警察は手を引いたはずだった。だが、冴子は独断でその事件を追っているのだ。私は一人の父親として命の危険に晒されている娘を見過ごせない。だが、組織と人間として捜査打ち切りという決定には従わねばならない。故に、君達を頼った。冴子の身を守れる可能性があるのは、君達だけだからだ」

彼女の疑問に野上は口ごもりながら答える。

「それで、冴子はどうしてそんな危険な任務にも関わらず、この俺に依頼しなかったんだ?もっこり4発で手を貸してやったのに……」

「あんたはそれ以外に何かないのか!!」

 獠の頭を小槌で殴打して鼻息を荒くしている香に野上は苦笑する。そして、彼は持参したバッグから封筒を取り出し、そこから数枚の書類をテーブルに広げた。

テーブルの上に広げられた書類をだるそうに獠は眺める。だが、書類に添付されていた一枚の写真が目に入った直後、彼は目を見開いてその書類をテーブルの上から掻っ攫った。

「り、獠!?」

 先ほどのやる気のなさそうな態度から一点して、仕事人の顔へと豹変した相棒に驚き、香は素っ頓狂な声を上げる。だが、香の声は獠の耳には届いていなかった。

「……ゴルゴ13」

 獠の呟きに、野上も頷く。

「そうだ。冴子の捜査している事件にはこの男が関わっている可能性がある。だから、私は君以外にこの依頼を遂行できる人物を知らない」

「獠……この、ゴルゴ13って一体何者なの?」

 股間の紳士を沈黙させ、写真をじっと無言のまま見つめている獠に、香は不安げな様子で問いかけた。

「……この男は」

「ゴルゴ13。世界中で仕事を請け負う世界最強のスナイパーだ」

 獠の答えを遮る形で香の問いかけに答えたのは、カウンターにいたはずのサングラスをかけた大男であった。彼はかつてファルコンと名乗っていた元傭兵にして、この店のマスターである海坊主である。

「海坊主……」

「すまん、聞き流すことができない言葉が聞こえたものでな。他人の依頼に部外者が口を挟んで申し訳ない」

 海坊主は野上に対して割って入ったことに謝罪する。

「構わない。依頼のことについて秘密を守ってくれるのであればな」

「勿論です」

 そう言うと、海坊主は隣のテーブルから椅子をひとつ担ぎ出し、獠たちが座るテーブルの前に座った。

「本名、国籍、経歴、出身地、血縁関係などは一切不明。ただその実力と仕事の実績のみをもって依頼主(クライアント)からの信用を勝ち取っている一匹狼だ。先ほどスナイパーだと言ったが、あの男は特に獲物を銃に限定しているわけではない。銃も剣も、格闘もできるし、破壊工作だって一級品だ。ただ、あの男以上に銃を上手く扱える人物を俺は知らない。一流の傭兵すら凌駕する純粋な戦闘能力だけでなく、いかなる状況下でも最適解を導き出せる柔軟かつ高度な思考能力を併せもつ世界最強の男だ。」

「……俺も昔、この男のことをケニーから聞かされたことがある」

 獠が言った。

「当時、全米No.1のバウンティー・ハンターと呼ばれていたケニーが唯一、自分では絶対に敵わない相手だと断言した相手がゴルゴ13だ。ケニーは言ったよ。『エンジェルダスト(PCP)を投与したリョウと俺がコンビを組んでやつと戦っても、勝率は0だ』ってね」

「だろうな。いくらケニーとはいえ、ゴルゴ13には及ばない。獠、裏世界でNo.1と呼ばれているお前も例外ではない。……ゴルゴ13と相対することになれば、お前は確実に殺されるぞ。やつは、俺やミック、お前のような一流よりも、さらに数段格上の存在だ」

 獠が殺されると断言した海坊主の言葉に香は絶句する。彼女の知る冴場獠という男は、裏社会で名を馳せるのスイーパーであり、如何なる敵にも、如何なる状況下でも敗北しなかった最強の男であった。狙撃の技術はオリンピックの金メダリストをも上回り、早撃ちでも並ぶもののない。そんな彼でも敵わないと断言されるような男がいることは、彼女にとって信じ難いことであった。

「……やけにゴルゴ13の力に怯えているじゃないか、海坊主。お前、まさかゴルゴ13に会ったことでもあるのか?」

 獠の問いかけに、海坊主は重苦しい雰囲気を醸しだしながら静かに頷いた。

「ああ。……俺は南米を去った後、ある企業の所有する外国人部隊に所属していた。その企業の社長は、ゴルゴ13に自身の妻の殺害を依頼していてな、それを聞いた部隊の指揮官であるモランド大佐が社長の依頼の秘密を隠滅するために、社長には知らせずにゴルゴ13を仕留める作戦を立案し、実行したというわけだ。俺は、モランド大佐の部隊『カリフォルニア軍団』の一人としてあの男と戦った」

 過去を語る海坊主の拳は強く握り締めているからか、次第に紅くなっていく。

「モランド大佐は尊敬できる、思慮深く腕もたつすばらしい上官だった。この人といっしょなら、負けはありえないと当時の俺は思っていた……。だが。やつは、俺たちが一部の隙もないと自負した布陣を悉く突破した。そして、俺はモランド大佐といっしょに最後の策に打って出たが、俺たちの策は全て破られた。俺たちは敗北し、大佐は死んだ。……俺は、胸ポケットに入っていた戦友の形見のおかげで銃弾の軌道が僅かにそれたために幸運にも即死は免れた。その後救急車で病院に搬送されて、どうにか一命は取り留めることができた」

「ファルコン……」

 海坊主の伴侶、美樹は、海坊主の見せる憤り、悲しみ、悔恨、そんな感情が入り混じった表情を不安げに見つめている。だが、海坊主は自身にむけられる視線を気にすることなく語り続けた。

「冴子は数日前、ゴルゴ13についての情報を求めてこの店に来た。そこで、今お前に教えてやった情報と同じ情報をくれてやった。だからだろうな、あの女が今回はお前に頼らなかったのは。あの女はお前を死なせないために、単身で捜査を始めたんだ……リスクはお前がこれまでに経験したどの修羅場よりも高い。この依頼を受けるなら、葬式の予約をして、案内状を関係者に送付しておくんだな」

 喫茶店、キャッツアイの店内を沈黙が支配する。誰も、言葉を発しようとしない。一流の傭兵をして葬式の用意をしろと言わしめる依頼となると、簡単には受けるとは言えない。

 普段は(女性が依頼人でなければ)金策のために依頼は基本的に断らない香も、獠が敵わない男と敵対する可能性がある依頼を即決できなかった。

 麗香は、本心から言えば獠に依頼を受けてもらい、冴子を救って欲しいが、そのために獠に命を賭けてくれとは言えない。

 その沈黙の中、野上だけが動いた。そして、彼は床に跪いてその頭を床に降ろした。土下座である。

「父さん!!」

「止めるな、麗香……冴羽君。私は君に、冴子のために命を賭けろというつもりがなかったとは言わない。身勝手な願いであることはわかっている。だから、その上で頼む。冴子を助けてくれ……」

 獠は何も言わずに席を立ち、頭を床にこすりつけている野上の前にしゃがんだ。

「頭を上げろよ、総監。俺はこの依頼を拒否したりはしない」

「獠!!相手は……」

 止めようとする香に、獠は静かに答えた。

「最初から、俺にはこの依頼を断るって選択肢はないさ。冴子の命がかかっているんだからな」

 香は頭を乱雑に掻き、呆れたように溜息をつきながら言った。

「はぁ…………ま、冴子を見捨てるわけにはいかない、か」

「冴羽君……忝い!!」

 野上は涙を流しながら獠に感謝する。しかし、感謝の涙でくしゃくしゃに歪んだ彼の顔は次の瞬間に手抜き絵のような目が点になった表情に変わることになる。

「だってなぁ……あいつには『もっこり』の貸しがまだこ~んなに残っているんだもの!!」

 獠がふところから勢いよく取り出したのは、長さ2mにはなろうかという『もっこり』回数券の綴り。そして、彼がそれを取り出して先ほどまでのシリアスな二枚目面と打って変わったスケベ面を浮かべた次の瞬間、彼の頭上には怒れる香の鉄槌が下された。そのハンマーの重量、10t。

「あたしというものがいながら、アンタはそれ以外に何かないのかぁ!!」

 喫茶店キャッツアイに君臨したハンマーの匠から放たれた乾坤一擲の一撃は、獠の意識を一瞬で刈り取った。だが、意識を刈り取られた彼の顔には、未だにスケベ面がこびりついていた。つくづく、本能に忠実でシリアスな二枚目になりきれない男、それが冴羽獠という男なのだ。

 

 

 ゴルゴ13VSシティーハンター。

古今東西の英雄が己の誇りをかけて戦う冬木の地で、世界最強のガンマンを決める戦いが密かに始まろうとしていた。

 




獠のようなキャラを表現することは、自分の拙い国語力では困難でした。
この作品を4月1日ぎりぎりに掲載することになった原因は獠の表現の難航にありましたし。

ただ、冴羽獠は自分の知る最高の男キャラなので、あまり底辺な表現で妥協したくもありませんでした。
それでこの酷い表現かよって思われても仕方がないかもしれませんが、彼のかっこいい二枚目さ、そこに絶妙なバランスで組み込まれている三枚目の顔を上手く表現することは自分には不可能なんですよね。ゴルゴVSシティーハンターを自分の納得する描写で書けるようになるのは何時の日になるやら。
今後も自己研鑽に励み、いつか冴羽獠を納得できる描写で書きたいと思っています。

後藤陸将のエイプリルフール特別短編、楽しんでいただけたら幸いです。


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本編
帰郷


皆様、お待たせしました。改訂版として連載を再開したいと思います。
思いつきで書いた前作よりも改善がなされてると評価していただければ幸いです。


 冬木市の一角にある小さな公園に、一人の男がふらりとたちよった。男の風貌は一点を除いて極々普通のものだ。顔は良くもなく、悪くもない。背格好も普通、服装も特筆することはない。……その豊かな口ひげ以外は。

「変わってないな……」

 

 間桐雁夜は数年ぶりに故郷である冬木市に戻っていた。日本ではありふれた地方都市であり、雁夜にも別に大した思い入れもないが、それでもこの土地を訪れると帰ってきたという実感を抱く。

 今回の帰国の目的はジャーナリスト仲間の葬式なのでそう長く滞在するつもりはなかったが、以前幼馴染の娘たちにお土産をあげる約束をしていたこともあってついでに故郷にも寄ってみることにしたのだ。

 ただ、いい思い出が全くない実家に立ち寄るつもりは毛頭ないし、この地には間桐の忌々しい爺の目も光っているために長居をするつもりはなかった。幼馴染に顔を見せたらその日のうちにこの街を離れる予定だ。甥っ子や兄などどうでもいい。どうせ兄は家を捨てた俺への恨み言しか言わないだろう。

 

 公園にある休憩スペースに目的の人物は座っていた。静かに文庫本を読むその姿は学生時代と何も変わっていないと雁夜は思う。

「葵さん」

 雁夜の呼びかけに反応して雁夜の幼馴染の女性――遠坂葵は顔を上げる。だが、雁夜の姿を見た葵は困惑の表情を浮かべている。

「2年ぶりだね」

 葵は再度声を聞いて、訝しげに尋ねた。どうやら目の前の男の声と顔が一致しないらしく、確信が持てないらしい。

「ひょっとして……雁夜くんなの?」

「ひどいなぁ。忘れてたのかい?」

「ごめんなさいね、その……髭が、ね……」

 後ろめたさを感じて目線を逸らす葵の姿に雁夜は内心かなりのショックを受けていた。

 

「雁夜くん、久しぶり。出張から帰ってきたの?今回は随分と長くかかったのね」

 葵は気まずくなった空気を誤魔化すように話題を振る。

「ああ、まぁね。このあいだまで中東に行ってたんだ。この髭はイスラム教圏で取材をしやすくするために生やしていたんだ」

 

 イスラム教の影響圏である中東では、男性は髭を生やしていて当然という固定観念が定着している。外国から訪れれる商社マンや記者が、髭を生やしていないという理由だけで現地住民との交渉を拒否されるという話は珍しくない。また、日差しの強い中東では、髭は日光による火傷の防止という効果もある。

 現地でジャーナリストとして活動する以上、髭を生やさないという選択肢はなかったのである。そして、故郷にも長く滞在するつもりはなく、すぐに中東に戻るつもりだった雁夜は髭を剃っていなかった。

 数年に一度しか帰国しないため、彼は流行とかそんな物は知らない。また、長きに渡る戦場での生活により、彼はファッションセンスを喪失していた。つまり何が言いたいのかと言うと、冴えないファッションで髭を生やした顔の良くない男の姿、幼馴染の女性をして奇妙と言わざるをえないほどだったということだ。

 

「すみません、母の知り合いですか?」

 雁夜が遠慮がちに背後からかけられた可愛らしい声に反応して振り向くと、そこには幼馴染の面影のある少女がいた。どうやら、彼女も目の前の男が雁夜だと思っていないらしい。

「凜、雁夜くんよ。ほら、前にターコイズの腕輪をもらったのを覚えているでしょう?」

 その言葉で凜もようやく思い出したようだ。一瞬驚いた表情を浮かべ、その後笑みを浮かべた。

「ああ、思い出した!!雁夜叔父さんだ!!雁夜叔父さん、お帰り!!でも、何で髭生やしているの?」

「お仕事の関係でね。世界には、髭を生やす習慣がある国もあるんだよ。昔のお侍さんがちょんまげをしていたようなものだね」

「ふ~ん。でも、お父様と違って叔父さんの髭は全く似合ってないわね」

「り、凜!!失礼でしょう!!」

 よりにもよってあの時臣の顎鬚は似合い、自分の髭は全く似合わない――彼女の何気ない一言によって雁夜のハートは木っ端微塵に粉砕された。しかも彼女はかつての幼馴染の姿を彷彿とさせる少女だ。まるでかつての彼女に言われているようで、倍はへこむ。

 

「ま、まぁ。それはともかくとして凜ちゃん、大きくなったね」

 記者としての経験から培ったポーカーフェイスで雁夜は何とか内心の動揺を隠して対応する。

「またお土産買って来てくれたの?」

「これ、凜!!お行儀の悪い……」

 現金なところや思ったことがすぐ口に出てしまうあたり、ある意味で純真なんだろう。どうやら、葵さんとあの男の子育ては中々に上手くいっているらしい。

「気にしてませんよ、葵さん。はい、ラピスラズリのアクセサリーだよ」

「おじさん、ありがとう!」

「気に入ってくれたのなら、叔父さんも嬉しいよ。ところで、桜ちゃんは?桜ちゃんにもお土産があるんだけど……」

 幼馴染のもう一人の娘の名前を口にしたその時、葵と凜の表情が曇ったのを雁夜は見逃さなかった。雁夜は桜の身に何かあったことを瞬時に察する。そして、凜が俯きながら口を開いた。

「遠坂桜はね……もういないの」

 俯いて黙ってしまった凜の言葉を葵が補足する。

「桜はね、もう私の娘でも、凜の妹でもないの。あの子は……間桐の家に行ったわ」

 どうして?とは雁夜は口が裂けても言えなかった。桜が間桐へ養子に行った原因は他でもない自分にあるのだから。自分が間桐の魔術を捨てたが故に目の前の女性は腹を痛めて産んだ我が子を手放さなければならなかったのだ。

 

 

「間桐が魔術師の血を受け継ぐ娘を欲しがる理由……貴方なら分かって当然でしょう?古き盟友たる間桐の要請に応えると……そう遠坂の頭首が――夫が決定したの。私が意見できるわけがないわ」

 雁夜はこれが受け止めなければならない咎だと思った。自分の逃避が幸せになってほしかった女性から幸せを奪ったのだ。

「遠坂の家に嫁ぐと決めたとき……魔術師の妻となると決めたときから、こういうことは覚悟していたわ。魔術師の血を受け継ぐ一族が、ごく当たり前の家族の幸せなんて得られるはずがないのよ」

 葵はポツリと思いを吐露すると、視線を下に向けてしまった。雁夜も中東の戦争地帯でこんな表情は幾度も見てきた。これは少年兵にするという名目や、兵士の慰安のために息子や娘をテロ組織に連れ去られて泣き崩れる親の顔だ。

 本当なら泣きながら夫に懇願して娘を守ろうとしたかったに違いない。だが、彼女は芯の強い女性だ。愛を誓った夫のために、家のために成すべきことをなすことを是とし、母としての思いを押し殺したのだろう。その胸の内は察するに余りある。

 そのため、雁夜はただ黙って彼女の話に耳を傾けることしかできなかった。自分には彼女に何も言う資格がないのだから。

「これは遠坂と間桐の問題よ。魔術師の世界に背を向けた今の貴方にはかかわりのない話……だけど、もしも桜に会うようなことがあったら、優しくしてあげて。あの娘、雁夜君には懐いていたから。それだけでも……」

「……ああ、わかった。おれにできるだけのことはやって見るよ」

 雁夜は幼馴染が搾り出した言葉にしっかりと頷き、用事があると告げてその場を後にした。これ以上、彼女の顔を見ていられなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 雁夜はその人生において二度の逃避を経験している。

 

 

 一度目の逃避は幼馴染に対して自身が抱いていた恋心を捨て、彼女と『友人』という関係に甘んじることを選んだことだ。自身よりも全て(正確に言えば機械の扱い以外)において上をいく男と比べられることが惨めに感じたがゆえの逃避だった。

 家の魔術が彼女を不幸にする、彼女を大切に思うが故に手を出さない、幸せにしたいからあの男に任せる――全ては彼の言い訳にすぎない。結局、雁夜は自分に自身がなかっただけだ。想いを寄せる少女にあの男と比べられたくなかっただけなのだ。

 

 二度目の逃避は間桐という家と、間桐の忌々しい魔術からの逃避だ。母を奪い、自身の心にも決して消えない傷を残すおそろしい蟲たちのことは思い出すだけでもぞっとする。嫌悪感ゆえの逃避だった。

 間桐の家から逃避し、一介のジャーナリストとなったこと自体は今でも全く後悔していない。結局は魔術と関わってしまっているので、魔術そのものにはかつてほどの嫌悪感は抱いていないが、間桐の魔術だけは今でも到底容認できない。

 魔術師が研究のためであれば人の命の重さなど全く酌量しない人種だということは理解しているし、必要とあらば殺人を躊躇う理由がないこともわかっている。だが、間桐の魔術は全て臓硯の延命と不老不死のためにある。臓硯は人を苦しませて殺し、その絶望を観て楽しむのだ。

 そこにあるのは臓硯の愉悦のみ。真理の探究を免罪符とした殺人も許容できるものではないが、愉悦のための殺人などもっと性質が悪い。

 

 結果、雁夜の2度の逃避は想いを寄せる女性を魔術師の妻とさせ、彼女がお腹を痛めて産んだ娘を養子に出させてしまった。彼女は自身の娘を失う悲しみを、そして養子に出された彼女の娘は蟲倉で人間の尊厳を破壊する陵辱を受ける宿命を負わされたのだ。

 だから、彼は決意した。今度は逃げないと。今度は誰も不幸にしないために立ち向かうと。

 

――全ては、自分の逃避が産んだ悲劇なんだから。

 

 そして雁夜は己の選択が産んだ悲劇の清算をするために彼は二度と足を踏み入れないと誓った場所へと歩き出した。




雁夜おじさん、髭が似合わないの巻。
因みに、拙作の設定では第四次聖杯戦争は1990~1992年ごろの話という前提で書いています。


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依頼人

「落伍者がよくおめおめと帰ってこれたのぉ、雁夜」

 

 周囲を豊かな自然に囲まれた地方都市、冬木市のはずれにある屋敷にて二人の男が相対していた。一人はまるで齢を重ねたぬらりひょんを思わせる容貌の不気味な雰囲気を持つ老人――この屋敷の主の間桐臓硯だ。その光を映さない暗い瞳は彼が人ならざるものであることをありありと示しているようにも思われる。

 そしてもう一人は臓硯の息子で、今朝日本に戻ってきたばかりの間桐雁夜だった。昼まで生やしていた髭はもうない。これは、彼がこのまま中東に戻る気はないという意思表示でもあった。彼はもう逃げないと決めていた。

 ……髭を剃ったのはあの忌々しい父や生意気な甥、目の仇にしてくる兄貴にまで髭を笑われたくないという事情もあるのだが。

 

 二人が対峙する屋敷の一室は物々しい雰囲気に包まれている。

「いや……ただ落伍したわけではないようじゃな。貴様も自分なりに魔術を齧っておったらしいの」

 老人は老いてもなお衰えぬ執念を宿した眼光を自身の息子に向ける。

「ああ。間桐の家を出てから11年か、世界を飛び回っている間にフリーランスの魔術師の指導を受けた。たまたま魔術に関するゴタゴタに巻き込まれて、身を守るためにな」

 若者は老人の眼光を軽く受け流し、淡々と言った。

「フッフッフ……雁夜よ、まさか魔術を間桐の術を知らぬ別の師匠から齧る程度に教わっただけでこのワシを殺せるとでも思っておったのか?貴様程度の魔術回路なら態々手塩にかけて育てる必要もない。間桐に関わらずに日々惨めに暮らしている分にはワシも手を出す気は無かったのじゃがのぉ……しかし、貴様がその程度の腕でうぬぼれてワシの命を狙うとなれば話は別じゃ。いくら可愛い我が子であってもワシに弓引く輩を見逃すわけにはいかん」

「何が可愛い我が子だ。お前にとって可愛いという言葉は嬲られる姿を見ていてそそられるって意味だろうが。それに、俺は貴様を殺しに来たわけではない。……俺程度の実力で貴様を消せるのなら、歴代の間桐の誰かがとっくに貴様を消している」

「自分の分は弁えておるようじゃな。ならば、この間桐を捨てた貴様が今更何のようじゃ?」

 老人から放たれる圧力が増す。この家中に存在する蟲たちもその僅かな変化に気づいたのだろうか、家のいたるところでざわめきだした。そして、蟲たちのざわめく音は微かではあるが、老人と若者が相対する部屋にも聞こえている。

 若者――間桐雁夜は自身の父、間桐臓硯が身構えていることを察し、緊張から唾を飲み込んだ。目の前に存在する老人は醜悪な怪物だ。だが、ここで屈してなるものかと雁夜は己を強くもつ。自分はもう逃げないと、自分の選択で誰かを不幸にしないために立ち向かうと決めたのだから。

 

 

「今帰ってきたということは、万能の聖杯にでも目が眩んだか?60年の周期が後1年で回りきるからのぉ。聖杯を使えば貴様が恋慕しておった禅城の娘を遠坂の頭首から奪うことも可能じゃ。それとも、禅城の娘を貴様から奪っていった遠坂の子倅を討ち取って復讐しようとでも言うのか?」

「俺が聖杯を獲得したとして、貴様はそれを放置するのか?そんな姿になってまで追い求めた不老不死だ。貴様は俺を絶対逃がしはしないだろうな……俺を殺して聖杯を奪い取ろうとするに違いない。だが、そもそも俺にとっては聖杯もどうでもいい。今回帰ってきたのは別件のことだ」

 雁夜の言葉に臓硯は眉をしかめる。数百年間聖杯を追い求めてきた彼にとっては予想外の答えだったのだろう。そして雁夜はそんな臓硯の態度は気にも留めずに話を進めた。

「遠坂の次女を養子として招き入れたらしいな」

「おお、耳が早い。……まさか、魔術を別の師の下で学び、間桐の術が誰かの手に渡ることが惜しくなったとでも言うのか?残念じゃが、もはやワシは貴様には興味がない。貴様が素直に間桐の家督を受け継いでおれば間桐の秘伝を継承させてやらんでもなかったが、ワシの手には貴様よりもよほど優秀な素養を持つ娘がおる。今更貴様には間桐の秘術はやれん。……それとも、幼馴染の面影がある遠坂の小娘の身体が目当てか?種馬ならばやらせてやってもよいぞ。カッカッカ」

 臓硯は意地悪い笑みを浮かべながら雁夜を見下す。だが、雁夜は臓硯の視線を正面から見返し、臓硯の言葉を否定した。

「俺は間桐の魔術には興味はないし、10にもならない女の子に劣情を抱く趣味はない。俺の要求は遠坂桜の解放だけだ」

「ワシがそのような戯言に応じるとでも思うたか。60年の聖杯戦争の周期が来年には巡りくる。多少なりとも魔術を齧った今の貴様ならともかく、鶴野程度の凡人の魔力では到底サーヴァントは御しきれん。故に、ワシは今回の聖杯戦争は参戦を見送る予定じゃった」

 臓硯は杖を手に席を立ち、雁夜の前に歩みよる。

「だが、此度の聖杯戦争は見送るとしても、60年後の第五次聖杯戦争には勝算がある。遠坂の娘の胎盤からはさぞ優秀な術者が生まれおちるであろう。あれは中々器として、望みが持てるからのぉ。つまり、ワシの悲願の成就のためには遠坂の小娘は必要不可欠ということじゃ。雁夜、何故ワシが悲願を捨ててまで貴様の要求を受け入れねば成らぬ?」

「……そういうことなら、聖杯さえ手に入れば遠坂桜には用はないということだな?」

「お主、何を考えておる?」

「取引だ、臓硯。俺は第四次聖杯戦争で間桐に聖杯を持ち帰る。それと引き換えに、遠坂桜を解放しろ」

 雁夜の宣言に、臓硯はまるで理解できないとでも言いたげな表情を浮かべる。

「馬鹿を言え。確かに貴様はとりあえず魔術師と名乗ることができるほどには力をつけたらしいが、その程度の実力でサーヴァントのマスターになろうだと?その程度の実力でサーヴァントを召喚したとしても、ステータスにはマイナス補正がかかるに決まっておろうに。それで勝算があるわけなかろう。貴様で勝てるのであれば、ワシは数百年前に悲願を成就しておるわ」

 臓硯は雁夜の言葉を妄言とばかりに一蹴するが、雁夜もここで引き下がるわけにはいかなかった。

「戦争は手持ちの戦力で勝敗が決するわけじゃない。知略で戦力の差をひっくり返した例は古今東西事欠かないだろうが。それに、足りないものは他所から持ってくるのが魔術師じゃなかったのか?……そもそも、間桐の執念は間桐の手で果たされるべきものだ小さな女の子を巻き込むものじゃない」

 雁夜はかつて出奔したころの非力な少年ではない。世界中の戦場を巡ってきた戦場カメラマンだ。神秘を巡る争いに巻き込まれて命の危機に陥ったことも一度や二度ではない。決意と経験は、彼に最悪の敵と正面から向き合わせる勇気を与えていた。

「貴様の悲願とやらに無関係の他人を巻き込んでたまるか。まさか……我が子が心配だとは言わないよな?お父さん」

 しわがれた声で笑いながら臓硯は雁夜に嘲りの視線を向ける。

「カッカッカ……遠坂の娘を巻き込まずに済ますのであれば、いささか遅すぎたようじゃな、雁夜」

「まさか……臓硯!!貴様!!」

 青ざめた表情を浮かべる雁夜の脳裏には幼き日に経験した悪夢のビジョンが浮かんでいた。

 

 

 そこは幼き日に悪夢を見た場所、間桐の魔術の深淵を体現した場所だった。おぞましい形をした蟲で埋め尽くされた地下室、そこを間桐家の人々は蟲倉と呼び恐れていた。

「桜!!」

 蟲倉の底では幼い少女が虚ろな目を浮かべながらその身を蟲に嬲られていた。だが、そのような異様な状況下でも少女は呻き声一つあげていなかった。少女の心は既に壊れていたのだ。そこにいたのは可愛らしい少女の容をした心のない精巧な人形だった。

「蟲倉に放り込んで最初の3日ほどは金切り声をあげて喚き叫んでおったが、4日目からは声もあげなくなったわい。今日は朝から放り込んでどこまで耐えられるか試しておったが、一日中蟲どもに嬲られていてもまだ息があるようじゃ。やはり遠坂の魔術師は優秀じゃのう。これだけやってもまだ生きておるとは」

 その愉悦まじりの態度に雁夜は腸が焼けちぎれそうなほどの憤怒の感情を抱いた。だが、その感情に身を任して臓硯に歯向かうわけにはいかなかった。多少魔術を身に着けたとはいえ、未だその実力差は圧倒的で、臓硯には全く歯が立たないのだ。

 それに、桜がこうなってしまった責任の一端は自分にあると雁夜は考えていた。自分が間桐を出奔したばかりに才能の無い兄に変わって桜が間桐の後継者に選ばれてしまったのだ。自分が間桐から逃げたことで少女を地獄に追い込んでしまったと考えていた雁夜は自分自身を責めずにはいられなかった。

 

「さて、雁夜。貴様はどうする?頭から爪の先まで蟲どもに犯されて壊れかけた小娘一匹、それでも尚救いたいと申すなら……考えてやらんことはないぞ」

 最終確認のつもりなのだろう。臓硯は雁夜を試しているかのような口調で問いかけた。だが、雁夜の答えは決まっていた。

「異存はない」

「ハッハッハ……だがな、貴様が結果を出すまでは桜を蟲倉から出すわけにはいかん。ワシの本命はあくまで第五次聖杯戦争であって、今回の聖杯戦争ではない。万が一貴様が聖杯を持ち帰ってくれば、貴様の要求を呑んで小娘は解放してやろう。だが、それまでの一年は教育は続行させてもらうぞ」

 雁夜は蟲倉の底に横たわる桜から視線を外すことなく答える。

「二言はないな、間桐臓硯」

「ああ、約束しよう」

「約束は守れよ」

 臓硯の言葉を聞き届けた雁夜は踵を返して蟲倉の出口に向かう。だが、臓硯はそれを不思議に思って問いかけた。

「なんじゃ雁夜。貴様は刻印虫を使わんのか?貴様の能力で使役できる三流のサーヴァントで勝ち抜けることができるほど聖杯戦争は甘くはないぞ。それとも、あれだけ威勢のいいことを口にしておきながら、自分の命は惜しいとでもいうのか?」

「確かに俺の魔術師としての能力は刻印虫を埋め込めば格段に強化されるだろうな。だが、俺が刻印虫に耐えられなかったら戦争前に死ぬだろうが。戦争前に死んだら戦争の勝機もクソもない。それに、刻印虫を使っても尚生き延びられたとしても、身体は弱って到底戦える状況にはないし、余命は1年あるかないかってとこだろう?貴様が約束を守って桜ちゃんを葵さんのところに返すところまで見届けなければ俺は死ねない。そもそも、元々マスターとしての素養は高くはない俺を刻印虫で強化したとしても、サーヴァントの程度はさほど変わらない。ならば使わない方がマシだ」

 雁夜が刻印虫を受け付けられない事情は本当は別にある。そう、いつか間桐臓硯の命を狙う以上、臓硯に命を握られることになる刻印虫の移植は雁夜には選択できなかったのである。聖杯を手に入れれば桜にようはないとの言葉に嘘はないと思うが、万が一のためにも臓硯への対抗手段は必要だと雁夜は考えていた。

 そして、刻印虫に頼らなくても魔術師の闘争に勝ち抜ける方法を雁夜は既に考えていた。

 

 

 蟲倉の階段を登りきったところで、雁夜はひとつ必要なことを思い出した。もしも、自分が今頭に描いているプランの実現の目処がついたとしても、先立つものがなければ実行は不可能だ。あれだけの啖呵を切った後で言い出すのは恥ずかしいが、背に腹は変えられない。

「……臓硯、軍資金として、5000万ほど貸して欲しい」

「なんじゃ雁夜……あれだけの啖呵を切っておいて金はワシからせびろうと言うのか!カッカッカ!傑作じゃのぉ!」

「息子を戦場に送り出すんだから選別に軍資金ぐらい用意してくれてもいいだろうが。あんたは5000万で見送っていたはずの聖杯戦争に勝てるんだ。安いものじゃないか。間桐の不動産収入を考えれば出せない額でもないだろう?」

 臓硯は少し思案する様子を見せたが、程なくして臓硯は結論を出した。

「よかろう。それが軍資金として必要ということであれば、5000万ぐらい貸してやろう。何ならば後2000万やってもよいぞ、桜を見捨てて高飛びさえせねばなぁ」

「俺は桜ちゃんを見捨てたりはしない……いいか臓硯、ここからは貴様は手出し無用だ。俺は俺のやり方で戦争を勝ち抜いてみせる」

 そう言い残すと雁夜は周囲からは幽霊屋敷とも噂される陰気な邸宅を後にした。

「親から金を無心しておいてよくあれほど大きな態度が取れるのぉ……あやつの人脈では5000万用意したところでたいした聖遺物も用意できんだろうに。聖遺物を用意する金が足りんとかぬかしてまた金を無心にきたら蟲倉に放り込んでしまおうかのぉ……カッカッカ!」

 蟲倉に独り残った臓硯は眼下で嬲られ続ける桜を見て邪悪な笑みを浮かべていた。

 

 

 間桐邸を後にした雁夜は険しい表情を浮かべていた。臓硯には啖呵をきったものの、正直自身の独力では今回の聖杯戦争に勝機は見出せないと判断していたのだ。サーヴァントのステータスは召喚者の力量の大きく左右されるものであり、雁夜の実力では例えかあの伝説の騎士王を呼べたとしても、平均ステータスはC+といったところだろう。

 自身の師を頼ったとしても、力を貸してくれるとは思えない。

 師は死霊魔術(ネクロマンシー)の使い手で、大量の死体を手に入れるべく混沌とした戦場――それも村単位での虐殺が行われた場所に赴き、聖職者のフリをして新鮮な死体をかき集めようとしていたところを現地を支配する武装集団に襲われた。

 聖職者のフリをして死肉を漁る禿鷹を本物の聖職者だと勘違いした雁夜が機転を利かせて救出したのが二人の出会いである。当然、その正体を知った雁夜は唖然とするしかない。だが、師は命を救われた義理ということで、自分に最低限の魔術を教えてくれた。雁夜は当初魔術にも忌避感を覚えていたが、現地の治安の悪化が予想を遥かに超えた深刻さになっていたこともあり、身を護る手段として魔術を学ぶことは仕方ないという結論に至り、彼に短い間弟子入りした。

 蟲を支配する間桐の魔術と、死体を支配する死霊魔術(ネクロマンシー)には共通する概念も多く、使い魔の操作などに限れば短期間で雁夜はそこそこの実力を得ることができた。ただ、未だ臓硯には遠く及ばないことは本人も自覚している。

 そんな義理深い師だが、別に特別親切な人間というわけではない。協力を申し出たとしても、もう義理は果たしていると言って協力を断るに違いない。

 ただ、師は戦闘に特化した魔術師で、魔術協会に属しないフリーランスの賞金稼ぎでもある。この軍資金の5000万を叩きつければ依頼は受理してくれるかもしれない。しかし、この5000万を報酬として用意するのであれば、自分は師以上に頼もしい人物に心当たりがある。

 そもそも、自身の目的はあくまで臓硯の殺害と遠坂桜の解放だ。ただ、臓硯は狡猾で慎重だ。滅多なことでは本体を雁夜の前に曝すことはないだろう。今日相対した臓硯も本体であるという確証はない。

 石橋を叩くどころか超音波検診をしてから渡るほどの警戒心を持つ臓硯を確実に殺すためには、聖杯を勝ち取って臓硯の本体である蟲をおびき寄せるほかに方法はないだろう。屋敷ごと焼夷弾で焼き尽くしたとしても、必ず殺せるとの保障は持てないのだから。

 そして彼は自分が聖杯戦争に参戦すると決心した時点で如何にして勝利を拾い、臓硯を葬るかは考えていた。かつて中東の戦場を渡っているうちに知った伝説の男、彼ならば聖杯戦争を勝ち抜くことも、聖杯に釣られて姿を顕す臓硯を殺すことも可能なはずだ。そして自分は幸運にも彼とコンタクトを取る方法をある戦場で教えてもらったことがある。

 

 今後の展望を考えながら間桐邸を後にした雁夜は、その足で滞在しているビジネスホテルに向かう。そして、仕事で持ち歩いている鞄からエアメール専用の国際郵便葉書を取り出し、そこに宛先を書き込んだ。

 

 そのエアメールの宛先に記入されていたのは米国ジョージア州アトランタにある連邦刑務所に収監されている終身犯、マーカス・モンゴメリーの名前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそれから数日後、ある夕方のラジオ番組で賛美歌13番が流された。更にその翌日、ニューヨーク・タイムス紙の片隅には何の変哲もない小さな広告が掲載されていた。

 

『G13型トラクター売りたし 条件応相談 連絡先 XXX-XXX-XXXX』




序盤はあまり細かいところしか改訂してません。本格的に改訂前とズレルのは第4話からとなってくる予定です。


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蟲翁抹殺の依頼

 自身の父、臓硯との11年ぶりの会談から2週間後、雁夜の姿は冬木市にはなく、関東にある鉄道博物館にあった。依頼人である雁夜は仕事人にここを待ち合わせ場所に指定されていたのである。

 彼がかれこれ十数分DD13形式ディーゼル機関車の前で佇んでいると、不意に男が後ろから声をかけてきた。

「この機関車が好きなのか?」

 雁夜は突然かけられた冷徹な声に驚きながら、事前の取り決めどおりの合言葉を口にした。

「13という形式番号に惹かれたんです」

 男は合言葉を確認すると、雁夜の横に立った。雁夜はつられて顔を男の方に向けようとしたが、男はそれを制止した。

「こちらを向くな……そのままディーゼル機関車を見ながら話せ。お前が間桐雁夜だな?」

「……そうです」

 ヤバイなんてものじゃない……こいつからは戦場の空気とはまた違う意味での本能的な恐怖を感じる。これが伝説の超一流スナイパー、ゴルゴ13か……

 雁夜が戦場で幾度も修羅場を潜った経験から培った感覚は、隣に立つ男の存在にかつてない警鐘を鳴らしていた。だが、雁夜はできる限り平静を装って男に話かける。

「……少し話は長くなりそうです。大の大人が機関車の前で長々と話をしていれば目立ちますから、場所を変えませんか?」

「いいだろう……ここを出たところに公園がある。噴水の北側の林の中のベンチで待っている。5分後に移動しろ」

 そう言うとゴルゴは雁夜を置いて先に鉄道博物館を後にした。きっかり5分後に雁夜もディーゼル機関車の前を去る。

 そして雁夜は男の言いつけ通りに近くにある公園の林に設けられたベンチに向かった。だが、先に向かったはずの男の姿がない。怪訝に思ってまわりを見渡すが、日が沈みかけているために周囲は暗く、男を見つけることができない。ベンチを照らす電灯が明るすぎることもあって、周囲がいっそう暗く見える。

「そこに座れ。こちらは向かずに話せ」

 突然後ろの木陰からかけられた声に一瞬雁夜は驚いたが、男の言葉に従ってベンチに腰掛けた。ゴルゴが愛用しているとの噂のトルコ産のトレンドの葉巻の紫煙が闇夜にうっすらと漂う中、雁夜は依頼内容を口にした。

 

「依頼内容は、ある男を葬ってもらうことです」

 そう言うと、雁夜はフリーの従軍記者時代から愛用している鞄に手をかけたが、そこにゴルゴが待ったをかけた。

「待て。鞄の中身は俺に見えるようにゆっくりと出せ……」

 雁夜は突然かけられた言葉と自身に向けられている銃口の存在に気がついて一瞬硬直するが、すぐに彼の流儀について思い出して指示に従った。彼は利き手を他人に預ける握手という習慣は持たず、資料を取り出したりする際にも妙なそぶりをしないようにゆっくりとやらせるほど慎重な性格だ。また、彼の流儀に従えない依頼者の依頼は受理されないことは雁夜も知っていた。

 雁夜はゆっくりと鞄の中からファイルを取り出し、そこに挟まっていた一枚の写真をベンチの上に置いた。

「これが今回の標的(ターゲット)……私の父である間桐臓硯です。貴方にはこの男を葬ってもらいたい」

 ゴルゴは写真を一瞥すると、葉巻を燻らした。話を続けろという意味であると雁夜は受け取り、話を続けた。

「ですが、この男は普通の方法では殺せません。ですから、一年後にこの地で勃発する『戦争』に勝ち抜いた上で、殺してもらいたいのです」

「俺は依頼に対し、『狙撃に対しての条件』は受け付ける。……だが、『依頼そのものに対しての条件』の申し込みは流儀じゃない。他を当たってくれ」

 雁夜は思わず振り返り、踵を返そうとするゴルゴを必死になって呼び止める。

「ま……待って下さい!!これはただの条件ではないんです!!条件を満たさなければやつを殺すことができないんです!!」

 雁夜の必死な態度とその言葉から、依頼に付けられた条件にはそれなりの事情があると判断したのだろう。ゴルゴは紫煙を吐き出して再び樹にもたれかかった。どうやら話は最後まで聞いてくれるらしい。雁夜は再度ベンチに腰掛けて話を再開した。

 

「貴方のような現実主義者の方々には信じがたいことかもしれませんが、この世には魔術師なるものが実在します。私は貴方に御伽噺をしているつもりはありません。超常の力を操る者たちが、実際にこの世界に存在するのです」

「……『根源』への到達を掲げ、魔術をその術として研究している者たちのことだな?」

「ご存知なのですか!?」

 雁夜は目の前の男が魔術師の存在を知っていたことに驚愕の表情を浮かべる。だが、ゴルゴは気にも留めずに雁夜に話の続きを促した。

「……話を続けろ」

「はい。……今回の標的(ターゲット)、間桐臓硯も魔術師です。人の血肉を喰らうことで500年間もの間生き続けてきた大妖怪であり、魔術の家系にある間桐家の実質的な頭首といっても過言ではありません。私はあいつが許せない。一般人を自身の延命のために何百年も殺し続けて現世にこびりついた悪霊をこれ以上放任しておくわけにはいかないのです!!」

 熱を籠めて語る雁夜だが、ゴルゴは依頼人の個人的感傷には興味が無いらしく、ただ静かに葉巻を燻らせているだけであった。

「……それだけが理由か?」

 多くの人の命が犠牲になっているというのに『それだけ』という言葉で済まし、平然としているゴルゴに対し、雁夜は怒りを覚えずに入られなかった。だが、ここで感情のまま行動したところで何も変わらない。それに、自分もそんな義憤で動いているわけではないので、人のことは言えない。

 また、ゴルゴは恐らく自身の本心をも既に見抜いているのだろう。彼には依頼に嘘偽りは許さないという流儀がある。依頼の動機も嘘偽りなく告白しろということなのだろう。雁夜は先ほど取り出したファイルからさらにもう一枚、幼い少女の写真を取り出した。

「依頼の動機はもう一つあります。彼女は数日前に間桐の養子となった遠坂桜です。彼女は次代の優秀な間桐の後継者を産むための胎盤にするために蟲による肉体改造を受けています。まだ幼い彼女が朝から晩までおぞましい蟲が埋め尽くす蟲倉の中で肉体的、精神的に嬲られ続ける様子を俺は黙って見ていられない!!あの子は……私の初恋の女性の娘なんです。私には、彼女を見捨てられない……!!」

 雁夜は爪が手のひらに食い込むほど拳を硬く握り締めた。

 

 

「動機は分かった。では、何故あのような条件を持ち出した?」

「それを説明するには、間桐の魔術について語らなければなりません」

 雁夜はさきほど鞄から取り出した分厚いファイルを広げた。

「間桐の魔術について俺が知っていることは全てこのファイルにまとめてあります。詳しくは後でこのファイルを見て欲しいのですが、簡単に言えば間桐の魔術というのは蟲の使役術です。標的(ターゲット)の間桐臓硯はそれを極めた男で、やつの身体は全て蟲で構成されています。臓硯を殺害するには、臓硯の身体を構成する蟲ではなく、臓硯本体の魂を収めた蟲を殺さなければなりません。そして、これは推測も入るのですが……恐らく、俺が知っている臓硯は蟲で構成された人形に過ぎず、本体は別のどこかに隠れて蟲で構成された身体を操っている可能性が高いと思います」

「……何故そう思った?」

「肉体は如何なる魔術的な手段を持ちいたとしても必ず劣化しますから、500年も永らえることはできません。ですが、肉体が蟲で構成されていれば、肉体が劣化するたびに肉体を構成する蟲を変えるだけで保持ができます。そうなると、臓硯の本体は魂を肉体から切り離して蟲という形をとって生きながらえている可能性が高い。また、臓硯の操る蟲は日光が苦手です。ですが、蟲で構成された人形が外に出せないのにも関わらず、500年も間桐を管理し続けることができたということは、外部との接触、または臓硯の意思を外部に示したことが少なからずあったということです。間桐の術では、蟲以外の対象を長時間、遠距離から操ることはできませんから、可能性としては臓硯の本体となっている蟲が歴代の間桐の代理人に寄生し、操っていたんだと思います」

 

 ゴルゴは彼をよく知る者が見なければ分からないほどに僅かに眉を顰めていた。

 彼自身、魔術に関わった経験がないわけではない。かつて神秘の漏洩や封印指定の魔術師の逃亡に巻き込まれて魔術協会の封印指定の執行者や聖堂教会が派遣する代行者との死闘を演じたこともある。彼らは大抵魔術でその身体能力を大幅に強化していたり、こちらの理解の及ばない奇術をもって対抗してくるため、彼らとの戦いは常に尋常ではないものであった。

 幾度も死の淵に追いやられたこともあり、ゴルゴは協会や教会の脅威を撃退して生き延びるために魔術の知識を欲した。かつて返り討ちにした執行者の所有物から一人のフリーランスの女魔術師に辿りつき、彼女から魔術や神秘についての知識を学んだのだ。

 ゴルゴ自身には殆ど魔術の素養が無かったが、魔術の知識を得たゴルゴは魔術が相手でも冷静にその概要を分析することができるようになり、かつてのように絶体絶命の状況にまで追い込まれることは稀となった。

 さらに幾度も自身の命を狙ってくる代行者や封印指定の執行者を返り討ちにした結果、ついに聖堂教会と魔術協会はゴルゴ13の有用性と危険性を認知し、共に彼には関わらないことを彼に確約したのだ。

 魔術協会で幅を利かせている魔術師の大家は表の世界では貴族や富豪であったりすることが多く、聖堂教会の上層部も表の世界では世界に名を馳せる聖職者達だ。彼らはゴルゴ13という男の脅威を表の世界のつきあいから知り、魔術の類が使えないものであっても、決して侮ってはならない存在であると判断したのである。

 このような事情があり、ゴルゴも魔術関係についての知識は一通りあった。既にその女魔術師はこの世にはいないが、彼女の伝で『銀蜥蜴(シルバーリザード)』ロットウェル・ベルジンスキーや『疾風車輪』ジーン・ラムを始めとした数人の魔術師と今でも縁がある。

 

 

「……つまり、先ほど言っていた“一年後にこの地で勃発する『戦争』に勝ち抜く”という条件は、確実に臓硯の本体が現れるという状況がそれしか考えられないということなのか?」

「はい。老獪さと兎をも超える異常なまでの警戒心、慎重さを併せ持つ臓硯の本体が今どこにいるか自分には分かりません。いや、そもそも自分が今まで本物の臓硯と接してきたのか……それすらも私には分からないのです。ですが、戦争に勝利した間桐の手で聖杯が召喚された暁には必ず臓硯の本体が現れるはずです。臓硯は聖杯をこの手に得て、不老不死をなすためだけに500年も人間の生き血を啜って生きてきたのですから、その執念は並大抵ではありません。やつは必ず現れます。ただ、裏を返せば俺の手に聖杯が渡ることが確実な状況になるまでは絶対に本体を俺の前に曝す真似はしないということです」

「…………。」

 ゴルゴは思案する。確かに、魂を肉体から切り離して蟲という形をとっている標的を殺すとなると、標的の居場所を掴まないことにはどうすることもできない。多数の蟲の中から本体を如何にして見つけ出すか、そして如何に本体を始末するかなど問題は多数存在している。

 標的が潜伏していることがはっきりしているであろう間桐邸をナパームか何かで燃やし尽くしたとしても、標的の生死の確認は困難を極める。そもそも、標的の生死がはっきりと確認できないやり方は彼の流儀に反するものだ。話を聞く限り、かなり老獪で腕のたつ魔術師ということは確かだろうし、自身の生存のために奥の手を隠している可能性も否めない。

 となると、やはり先ほど依頼人が言っていた戦争に勝利するということが、依頼達成のための必要条件となることは間違いないようだ。ゴルゴはプランを練るべく更なる情報の開示を雁夜に求めることにした。

「その戦争……そして聖杯とやらについて詳しく説明しろ……」

「分かりました。……始まりは今から200年ほど前のことになります」

 

 聖杯とは、キリストが自身の弟子に「これが私の血である」と称したワインを注いだ杯である。キリストの死後その杯は各地に分散し、いくつもの聖杯伝説がヨーロッパ各地にうまれた。かのブリテンのアーサー王もこれを求めていたと言われている。

 だが、この冬木の地にある聖杯はそのような値段の付けられない聖遺物ではない。聖杯の名を冠した万能の願望機であり、あくまでも魔術礼装に過ぎないのである。未だにその奇跡を目にしたものはいないが、英霊の召喚という奇跡の一端を見せているために願望機の機能を疑うものは多くはない。

 冬木の地に存在する第七百二十六号聖杯は内部に秘めた膨大なマナによって世界の外側にまで干渉しうる力を――つまりは根源に到達しうるだけの能力を有していると言われている。

 そして、聖杯戦争とは、この聖杯を巡る7人の魔術師と彼らが召喚したサーヴァントの争いである。

 始まりは200年前、始まりの御三家と呼ばれる遠坂、間桐、アインツベルンの3家は協力し合い、聖杯の召喚に成功した。だが、聖杯はただ一人の祈りしか叶えない。3家は当然のことながらそれぞれ自分の願いを叶えようと対立した。

 それ以来、聖杯は60年に一度の周期で冬木の地に顕れるようになった。そして聖杯が己を手にするに相応しいとして選び、令呪を託した7人の魔術師はサーヴァントと呼ばれる英霊を召喚して他の6人の候補者と戦うことになる。

 剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)騎乗兵(ライダー)魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)狂戦士(バーサーカー)の7つのクラスに振り分けられたサーヴァントと共に、魔術師は死闘を持って己が聖杯の所有者に相応しいことを示すのである。

 

「……ですが、召喚されるサーヴァントのステータスは召喚する術者の力量にも大きく左右されます。元々才能に乏しく、大した修行もしていない私の力量ではこの戦争に向けて60年下準備をしてきたアインツベルンや遠坂のマスターには遠く及びません。外来の4人のマスターにすら勝てるかどうか怪しいところです。それに、後1年たらずでは、碌に聖遺物を用意する時間もありません」

「聖遺物……?」

「サーヴァントとなる英霊を呼び出す際に、召喚した英霊を指定するためにはその英霊に縁がある聖遺物を触媒として用意しなければならないのです。例えば、源義光を呼び寄せたければ楯無が必要になります。まぁ、西洋でも認知度が高い英霊でなければ呼べないという制約があるので、源義光は呼べないのですが」

「聖遺物なしで召喚に望んだ場合はどうなる?」

「その場合は、召喚者と相性のいいサーヴァントを聖杯が選ぶことになっています。ですが、どの英霊が、どのクラスで現界するのか分からない以上、リスクは高いと言えます。また、アルゴー船の欠片など、ヘラクレスやイアソン、アスクレピオスといった複数の英雄に縁のあるような聖遺物を使用した場合でも、聖遺物に縁がある英霊の中から、召喚者と相性のいい英霊が自動的に選ばれることになっています」

 ゴルゴはしばし口を噤み、静かに紫煙を吐く。ゴルゴが何を考えているのかは雁夜には分からなかったが、雁夜もここで断られるわけにはいかなかった。

「報酬はUSドルで40万……いや、45万ドル用意します!!引き受けて下さい、引き受けると言って下さい!!ミスター東郷!!」

 

 雁夜が報酬として示した40万ドルというのは臓硯から借りた軍資金だ。円とUSドルの為替相場はおよそ一ドル125円だったから、これは臓硯から借りた軍資金のほぼ全額に相当する。そして残りの5万ドル、これは雁夜の預金の全額に相当する。これは雁夜にとって己の全てをかけた依頼だったのである。

 そしてゴルゴは静かに口を開いた。

「……分かった。やってみよう」

「あ、ありがとうございます!!ゴル……Mr.東郷!!」

 ゴルゴはもたれかかっていた木から離れて踵を返す。

「俺の口座に入金がされたことが確認され次第……仕事に入ろう。ただし、場合によってはお前にもやってもらうことがある」

「いったい何ですか?」

 雁夜は緊張で息を呑む。

「これから一年の間、お前は俺の指示に従って魔術師としての力量を一年でできるかぎり鍛えてもらう。方法についてはまた連絡する」

「分かりました。……他には?」

「……俺からの指示に全て従え。一つでも指示が履行されなかった場合、この契約はなかったことにしてもらう。俺が去ってからも5分間この場から離れるな……」

 

 ゴルゴはそう言い残すと先ほどまで吸っていた葉巻を道端に放り捨て、その場を後にした。一人残された雁夜は、自身の策が成ったことの確信とゴルゴの放つプレッシャーからの解放によって安堵の表情を浮かべてベンチにもたれかかる。

 その瞳の奥には正義の皮を被った小さな狂気が混ざっていることを彼自身は気がついていない。

「妖怪ジジイ……遠坂時臣……俺は勝つぞ!俺の味方は最強なんだ!!」

 

 聖杯戦争の開戦まで後一年に迫ったこの日、一発の銃弾で世界を変えてきた男の参戦が決定した。そしてそれは、第四時聖杯戦争が本来の歴史から剥離することを濃厚に暗示していた。



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戦争前夜

とりあえず、この話までは基本的に描写を盛ったりすることがメインになっているので、基本的に大きな変更はありません。改訂前との違いが明白になるのは次話からとなっております。


 冬木の地に古くから住む遠坂家は、丘の頂上に西洋建築の館を持つ。この場所は冬木で2番目に格の高い霊脈で、第二次聖杯戦争ではこの地で聖杯が召喚されたこともある。そしてその遠坂邸の地下にて、遠坂家頭首である遠坂時臣は遠隔通信魔術器によって時計搭から送られてきた情報に目を通して不機嫌な顔をしていた。

 

「――魔術師殺しの衛宮……この男は魔術師であるという誇りを微塵も持ち合わせていないんだ。こういう手合いは断じて許せない」

 彼が手にしている羊皮紙に記されているのは彼がかねてから探りを入れていた御三家の一角、アインツベルンのマスターについての調査結果だ。その内容はアインツベルンに招かれた異端の魔術師――衛宮切嗣についての情報であった。

 揺るがぬ信念を胸に、幾重の備えと修練によって正当たる魔術師であることを心がけている時臣にとって、高尚なる魔術に携わる身でありながらこのような下賤な行いをする者は看過できない存在に他ならなかったのである。

「ヤツがこの地を訪れるのであれば、私は遠坂の頭首である前に一人の魔術師としてヤツを打ち砕かなければなるまい」

 

 彼の傍らに立つ彼の弟子、言峰綺礼は静かに闘志を燃やしている師など眼中になく、ただ目の前にある切嗣の調査書の内容に釘付けになっていた。彼は衛宮切嗣という存在が自身に酷く似通ったものであると感じていたのだ。

 彼は自分と同じく、この世の全てのものに興味を持てない、美しいものを美しいと思えない、異端者――生涯で始めてであった同胞ではないのかと綺礼は疑っている。生まれて初めて芽生えた純粋な興味という感情に綺礼は内心ときめいていた。

「時臣師……私にこの調査書を」

 綺礼が時臣に調査書を貸して欲しいと申し出ようとした瞬間、先ほどまで沈黙していた遠隔通信魔術器が再度作動を始めた。時計搭の協力者から、聖杯戦争に参加するマスターの新たな情報が入ったことを察した時臣は机に置かれた紅茶を静かに飲み干すと、席を立って魔術器の前に移動した。

「おや、むこうも熱心に情報を集めてくれているようだ。どうやらアインツベルンだけでなく、他のマスターの情報も順調に集まっているらしい」

 声をかけるタイミングを失った綺礼は調査書を眺めながら通信魔術器が停止するまで待つことにした。綺礼にとっては衛宮切嗣以外のマスターの情報など、今はどうでもよかったのである。

 

 報告書の印刷が終了すると同時に時臣はナイフを取り出し、報告が書かれた羊皮紙をロールから切り取った。

「おや……これは」

 時臣は平然とした態度を崩さないまま新たに送られてきた報告書に目をやる。若干の嘲笑が混じった呟きに綺礼も何事かと首をもたげた。1年ほどの付き合いではあるが、綺礼はこの遠坂時臣という男について多少は理解したつもりだ。時臣は『常に余裕を持って優雅たれ』という家訓を厳守する貴族的な性格の強い魔術師であることは間違いない。

 彼は評価に値する魔術はそれとして素直に認めて賞賛し、魔術師として恥ずべきものを目の当たりにすればそれを正すことを是とする。衛宮切嗣の報告を受け取ったときも、その実力は認めた上で脅威と評した。魔術師としては唾棄すべき存在であっても、感情から対象を過小評価することはしなかったのだ。

 そんな彼が、聖杯戦争に参加するマスターを……正規の魔術師を嘲笑するというのは一体如何なることであろうか?

「そちらは一体、誰の資料なんですか?」

「ああ……間桐のマスターと、調査中の他のマスター候補についての調査資料だ。私の協力者も律儀だな。あのような落伍者の資料まできちんと整理してくれている」

 だが、時臣は先ほど送られた資料を一瞥しただけで机に放った。

「よろしいのですか?聖杯戦争の参加者の資料にあまり目を通さずに」

 綺礼は時臣が机に放った資料の扱いに疑問を抱いた。だが、時臣は先ほどの資料に全く興味を抱いてはいないようだ。

「いや、彼についてはあまり注視する必要はないだろう。その資料は御三家の一角……間桐の候補者についての報告書だからね。そこに書かれている間桐雁夜という男はかつて一度魔道の道から逃げ出した落伍者だ。大方間桐のご老体が戦争を前に呼び戻して付け焼刃の教育を施してマスターに仕立て上げたというところだろう。聖杯戦争に参加したところで間桐の家は堕落の謗りを免れない醜態を曝すだけだろうから、警戒する必要はないんだよ、綺礼」

 

 遠坂の血筋には代々色濃く受け継がれる特性として、俗に『遠坂うっかりエフェクト』と呼ばれる呪いがある。これは普段は完璧に近い振る舞いをしておきながら、肝心な時に足元を疎かにして初歩的かつ致命的なミスを犯してしまうというものだ。

 遠坂時臣も当然のことながらこの代々受け継がれてきた呪いを継承している。また、時臣自身は預かり知らないことだが、彼の長女である凜にもその呪いは継承されていた。余談だが、間桐の家に養子にいった彼の次女にはその呪いは見られない。未来の話になるが、その胸囲などから推察するにどうやら彼女はあまり遠坂の血筋を濃く受け継いではいないようだ。

 

 そして、この時彼は先祖代々受け継がれてきた『遠坂うっかりエフェクト』をクリティカルに発動していた。彼が読み飛ばした資料の末尾には、聖杯戦争に参加するマスターについての調査の途中報告があった。

 現在集められている情報があまりにも少なかったため、ほんの数行しか報告は存在しない。しかも、時臣が愛用している遠隔通信魔術器はFAXやプリンターのように元から規定のサイズに寸断された印刷紙ではなく、一枚のロール上になった印刷紙に印刷するものだ。

 そのため、別件の報告書を別の白紙に印刷できるプリンターとは異なり、別件の情報でも同じ一枚の紙に同時に印刷されてしまう。無論、その報告が別件だとわかるように間桐雁夜の報告書の末尾から十分なスペースを空けてから印刷されていたが、時臣は間桐雁夜の報告書の最後まで目を通すことはせず、それを見逃してしまっていた。

 

 彼が見逃していた他のマスターについての報告は以下の通りだ。

「未確認だが、特徴的な容姿をした東洋人が召喚の触媒となりうる聖遺物を捜索中との情報在り。この東洋人はGと呼ばれる超A級スナイパーの可能性がある」

 

 後にこのうっかりのことを知った遠坂時臣は、優雅を殴り捨ててまるで黒歴史が見つかった大学生のように悶絶したらしい。

 

 

 

 独逸にあるアインツベルンの城、その一室では魔術師殺しという異名を持つ男が中世的な雰囲気のある城には似つかわしくない科学の産物を手に作業をしていた。だが、その表情は機械と謳われる彼らしくない険しさを感じさせるものだった。

「どうしたの、切嗣?」

 彼の妻、アイリスフィールは先ほどプリンターから印刷された資料を手に険しい表情を浮かべる夫を怪訝に思って声をかけた。

「ああ、これは6人目のマスターに関する情報だよ。まだ、情報の裏を取れてはいないから、信憑性があるとは言えないんだけどね……君も読んでごらんよ」

「聖遺物を探している短髪で筋肉質な東洋人……これだけなの?」

 アイリスフィールはそこに記されていたほんの僅かな情報に首をかしげる。先ほどの夫の表情から察するに、夫はこの6人目のマスター候補を警戒していることは間違いない。おそらく、言峰綺礼と同等以上の警戒を夫はこの6人目に向けていた。だが、これだけの情報を夫が何故気にかけるのかがアイリスフィールには分からなかった。

「ねぇ……切嗣、どうして貴方はこれだけの情報に対してそんなに警戒しているの?貴方はこの6人目を未だに全く情報の無い7人目よりも警戒しているように思えるわ」

「……僕はこの容姿をした人物に、一人心あたりがあるんだ。確証は全く無いけど、僕はこの6人目が僕の知る人物だと思う」

「その心当たりって誰なのかしら?」

 切嗣は浮かない表情でパソコンを操作し、一人の男の写真を表示した。

「僕の心当たりというのは、この男のことなんだ」

 アイリスフィールは彼のパソコンを覗き見る。そこには相当遠くから撮影したものと思われる、人ごみの中を歩く一人の男の横顔が映し出されていた。確かに、先ほどの情報で示されていた身体的特徴はこの映像に映し出されている男のそれと一致しているように見える。

「確かに似ているわね……でも、どうしてこの男の人を警戒しているの?」

 身体的特徴が一致している人物など、この写真の男以外にも多数いるだろう。魔術師でありながらここまで身体を鍛えている男性が珍しいというのは分かるが。

「この男のコードネームはゴルゴ13……本名、生年月日、年齢、国籍、経歴は何れも不明だ。だが、この男はアメリカの大統領ですら恐れる超A級のスナイパーだ。依頼達成率は99.8%と言われている、世界最強の殺し屋だよ」

「彼は魔術師ではないの?それらしい資料がないみたいだけど……」

 確かに、恐るべき人物であることは間違いない。だが、聖杯戦争に参加できるのは魔術師のみだ。例え世界最強の殺し屋であっても、魔術の使えない男が聖杯戦争に参戦することはできないはずである。

 また、魔術師の名家で文字通り純粋培養されたアイリスフィールにとって、魔術師とそれ以外の人間には覆せない絶対的な実力差があるというのは当然の常識だった。魔術師でもない人物に夫が後れを取るとはどうしても思えなかったのだ。

「……確かに彼は一般的に魔術師と認識されてはいない。だけど、彼が魔術を使えないとする証拠はないんだ。彼はかつてとある町で聖堂教会の代行者や魔術協会の封印指定執行者のチームを返り討ちにしたこともある」

 切嗣の言葉にアイリスフィールは驚嘆した。聖堂教会の代行者、魔術協会の封印指定執行者といえば、死徒とも戦える戦闘のスペシャリストだ。なるほど、そのチームを返り討ちにする戦闘力を持っているとするならば、確かに魔術を行使できる可能性は高いだろう。

 だが、まだアイリスフィールの中には疑問が残る。

「その殺し屋が聖杯戦争に参戦する動機は何?マスターということは、少なくとも彼は聖杯に選ばれたということでしょう?」

 切嗣はアイリスフィールの問いかけに頭を振った。

「僕もそれが分からない……この男には権力や地位、金銭欲と言ったものはないはずだ。彼はそのような物を求めてあの稼業をしているわけではない。だが、仮にこの男が聖杯戦争に参戦するなら、その理由は一つしかない」

 切嗣は額に手を当てて呟いた。

「あの男が参戦する理由は依頼以外に考えられない。聖杯戦争の参加者の誰かがあの男を雇ったに違いないよ……アインツベルンが僕を招き入れたように」

 聖杯戦争に必勝を期すことを考え、戦闘の専門職を呼ぶことは戦略上は上策と言える。

 

「もしもこの男が雇われているなら、彼を雇った人物は今回の聖杯戦争の参加者か、その周りにいる可能性が高い。だけど、これまでに判明した僕以外の4人のマスターの中に彼の雇い主がいるかどうかは全く分からないんだ」

 切嗣は席を立ち、外の吹雪で視界が殆ど失われた窓へと歩く。

「ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはまず除外していいだろう。彼は生粋の魔術師だ。銃で名を馳せる殺し屋を雇って聖杯戦争を勝ち抜こうとするタイプじゃないからね」

 アイリスフィールは手元の資料を捲り、彼についての調査を再度読み返す。確かに、経歴も典型的な魔術師のそれだ。

「同じ理由で遠坂時臣も除外していいと思う。彼はあのキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの弟子という誇りを背負った全うな魔術師だからね。だけど、残りの二人のどちらかが依頼人だと判断するのは難しい」

「言峰綺礼か間桐雁夜……確かにどっちもよく分からないわね」

「そうだ。言峰綺礼に至ってはそもそも参戦の動機も何も分かっていない。だが、僕にはあの空虚なやつが確実な勝利のためにあの男を雇うとはどうしても思えない」

 アイリスフィールは更に資料を捲り、間桐雁夜のページに目を移しながら口を開いた。

「だとしたら、間桐雁夜かしら?全うな魔術師でもないみたいだし、殺し屋を雇うことを躊躇するとは思えないわね」

 だが、切嗣は首を横に振る。

「この男は聖杯戦争のために呼び戻されてマスターに仕立て上げられた即席の魔術師であって、一般人とそう変わらない人間だ。ゴルゴ13は何の伝もない一般人が簡単にコンタクトを取れるような人物じゃないよ。それに、彼の経歴を見る限りでは特別な伝があるようには見えない」

「……まだ顔も分からない6番目か7番目のマスターが雇ったってことかしら」

「その可能性もあると思う。だけど、雁夜ではなくて間桐家の頭首である臓硯があの男を雇った可能性だってある。結局のところ、判断材料が少なすぎて判断できないんだ」

 

 窓の外に広がる白い世界を観ながら、切嗣は過去の景色を幻視する。かつて、自身がナタリアに拾われて少し経った頃のことだ。雪の積もったある日、彼女が根城としている古い建物をゴルゴ13が訪れた。彼を詮索しようとして浴びせられた鋭い眼光は今でも身体が覚えている。

 ゴルゴ13がナタリアを訪ねてきた夜のことは今でも忘れていない。壁越しに音しか聞いてはいなかったが、あのナタリアが娼婦のように淫らな姿を曝していたのだ。密かにナタリアを母として慕っていた少年の頃の切嗣は、母と慕う女性と見ず知らずの男性が同衾しているという事実と、自身が知らないナタリアの一面を暴いた男に嫉妬に似たもどかしい感情を抱いた。

「……誰が雇ったとしても関係なく、僕はこの男が恐ろしくてたまらない。……言峰綺礼と同等、いやそれ以上に恐ろしいんだ。僕は……こいつには勝てない」

 あれからもう何年も経過しているが、自身の力量がまだあの男に遠く及ばないということは切嗣自身がよく理解していた。過去の邂逅で植えつけられた恐れ、純粋な力量差から来る恐れにより切嗣の手は知らず知らずの内に震えていた。

 

 不意に、切嗣の震える手に愛する妻の手がやさしく添えられる。切嗣が振り向くと、そこにはいつもと変わらない笑顔を浮かべる妻の姿があった。

「大丈夫よ。まだ、6人目がその男の人だって特定する情報は無いわ。それに、私の最愛の夫ならどんな魔術師が相手だろうと絶対に負けないわ……貴方の理想を成すために、イリヤを救うために貴方は勝利する。そうでしょう?」

 愛する妻の微笑みに切嗣も柔らかな表情を浮かべる。

「ああ、そうだったね……」

 切嗣の手の震えはもう止まっていた。そして切嗣は自身の手に添えられた妻の手を握る。

 だが、最愛の女性の紅い瞳を見つめる切嗣は同時に気がついてしまった。アインツベルンの力を用いてゴルゴ13と戦う方法に。

 切嗣はそんなことを思いついてしまった自分自身への嫌悪は表に見せず、妻に向き直った。

「アハト老のところにいってくるよ。あの男と互角に渡り合える策を思いついたんだ。僕の手持ちの戦力と、アインツベルンが生み出した技術を十二分に引き出せる策がね」

 それがどれほど切嗣にとって辛い策であろうとも、彼は自信の感傷など決して省みない。『恒久的世界平和』と自身の不幸など、切嗣にとっては秤にかけるまでもないことであった。




次話は改訂前には存在しない新規エピソードから始める予定です。現在執筆中。日曜にどれだけ筆が進むか……


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剥離する運命

髭雁夜おじさんに続く新規エピソードです。



「スパルタクスにエリザベート=バートリー……こんな薄汚いやつらでは到底私の勝利に華を添えることはできん!!アタランテ!?……悪くないかもしれないが、征服王に比べれば格が低すぎる!!ディルムッド・オディナ……フィン・マックールのおまけではないか!!猪に殺されるやつなど信用できん!!もっと私に相応しいサーヴァントはいないのか!?」

 大英帝国が魔術協会総本山の時計搭の一角、降霊科の研究室に身体中から不機嫌さを醸しだす男の姿があった。ブロンドの頭髪が後退している点を無視すれば、その年齢は学生よりも一回り年上といったところだろうか。

 少々ヒステリックに見えるこの男こそ、若年ながら時計塔で降霊科一級講師の地位につくケイネス・エルメロイ・アーチボルトだ。名門の魔術師の家系に生まれた彼は天才の誉れも高く、魔術の世界ではロード・エルメロイの二つ名で広く知られている。

 そして、当然それほどの男が机にしがみついて報告書を苛々しながら捲っているのにも理由がある。

 彼には数ヵ月後に極東の地で開かれる聖杯戦争という魔術儀式に参加する予定があった。聖杯戦争は7人の魔術師が英霊の座から呼び寄せたサーヴァントを使役して万能の願望器を奪い合う戦争なので、彼も他の参加者と同じようにサーヴァント召喚の際に触媒となる聖遺物を探していたのである。

 実は、ケイネスは一年前からかの征服王イスカンダルのマントを手配していたのだが、その聖遺物は盗難の憂き目にあってしまった。そのために急遽変わりの聖遺物を探すような事態となってしまったのである。

 そして、代わりの聖遺物探しは難航を極めた。アーチボルト家の伝は多いが、こうも準備期間が短いとなると簡単には満足できる触媒を得ることはできなかった。イスカンダルの触媒が早々に手配できたために、これまで聖遺物の調査を怠っていたツケもある。

 

 

「ロード・エルメロイ。少しいいかね?」

 奪われた征服王の触媒の代わりを探すべく、九代続いた由緒正しい魔術師の家系が培ったありとあらゆる伝を使った触媒の手配に奔走していたケイネスの前に現れたのは初老の男性だった。彼の婚約者の父親にして恩師である時計塔降霊科学部長クラム・ヌァザリ・ソフィアリだ。

「ソフィアリ教授、今なら大丈夫ですからどうぞおかけ下さい。いい紅茶もありますよ」

「そうか。気を使わせて悪いな」

 クラムはケイネスに促されて来客用のソファに腰を降ろす。

 

「今お見えになったということは……触媒が見つかったのですか?」

 ソファに腰を下ろしたクラムに紅茶を差し出すと、ケイネスはまずクラムに問いかけた。

「まぁ、な……だが、それよりも今日は君に伝えなければならないことがあるのだ」

「何でしょうか?」

 ケイネスは内心で首を傾げる。開戦が近い中、触媒よりも大事な話など彼には心当たりがない。

「うむ……本来であればこのようなことは言いたくないのだが……」

 どことなく歯切れが悪いクラムに対して軽いフラストレーションを覚えるが、クラムは尊敬する恩師にして何れ自身の義父となる男だ。ケイネスは静かに彼の言葉を待つことにした。だが、クラムが次に発した言葉は予想外のものであった。

「聖杯戦争を……辞退せんか?」

 ケイネスは思わず立ち上がる。だが、感情的になって目の前の相手を責め立てる言葉を発する前に自分の前にいる男がどんな存在であるかを思い出し、彼は静かに腰を降ろした。

「申し訳ありません、つい驚いてしまいました……しかし、いくつか窺ってもいいでしょうか?」

 クラムは頷き、紅茶を一口含んで続けた。

「勿論だ。私は元からそのつもりだった」

「では、聞かせていただきます。……まさか、私が征服王の触媒を紛失したために勝機がなくなったと判断したわけではないでしょうな?」

 ケイネスの問いかけに対してクラムは即座に首を横に振る。

「いや、そんなことは最初から考えてはいない。君ほどの魔術師であれば、サーヴァントの格に多少の差があろうともその力量でカバーできるはずだからな。君の名声は伊達ではないことは私も十分に承知しているさ。でなければ最初から娘を嫁がせようとは思わない」

「それを聞いて少し安心しました。……しかし、それでは何故私に聖杯戦争を辞退しろ等と?」

 その問いかけに対し、クラムは険しい口調で答えた。

「……実はな、その聖杯戦争にある殺し屋が参加するとの噂があるのだ」

「殺し屋ですか?一体どんな魔術師なんです?」

 時計搭でも名の知れた戦闘職の魔術師の名前がいくつか出るものと期待していたケイネスだったが、彼の予想はクラムの次の言葉で覆される。

「いや……その男は魔術師ではないのだ」

 ケイネスは驚愕する。そして同時に、一度は沈めたはずのフラストレーションが再度自身の中で湧きつつあるのを感じていた。自然とクラムに対する彼の口調も先程と比べてやや攻撃的なものとなる。

「教授、まさか私が魔術も使えずに下種な機械仕掛けに頼る卑劣な暗殺者に敗北するとでも言いたいのですか!?いくら教授とはいえ、その侮辱は許しがたい!!」

「普通なら君が魔術の使えない人間に敗北することは考えられないだろう。しかし、この男だけは別格なのだよ。私としては君のような素晴らしい才能を持つ若者をこのようなことで失いたくはないのだ」

「冗談ではありません!!何故私が戦死する前提なのです!?何故降霊科学部長である教授の口から下賤のものを擁護するような言葉が出るのですか!?」

 ケイネスがこの聖杯戦争に参加するのは、婚約者であるソラウにいいところを見せたいという下心もあったが、何よりも自身に足りない武名を得ることで経歴に箔をつけるためである。万が一勝ち残ることができなかったとしても、マスターの2、3人は軽く討ち取ることができるという確信もあった。時計搭随一の魔術師である彼に対抗できる実力を持つ魔術師など、全世界でも極僅かだからだ。

 だが、よりにもよって義父となる男がそんな彼の実力を否定する。そんなことは彼にとって到底受け入れがたい屈辱であった。

「大体、その殺し屋とやらはどんな男なのですか!?魔術師でないにも関わらず、私を屠れるというその男は!!」

 ケイネスの問いかけに対し、クラムは少し躊躇しながら持参した鞄を開いて中から一枚の封筒を取り出した。

「これを見てくれ。ミリョネカリオンに頼んで用意してもらったものだ」

「拝見します……」

 現封印指定総与の名を出されたケイネスは少し冷静さを取り戻したのか、先程よりも落ち着いた様子で封筒を開き、その中に入っていた数枚の報告書に目を通した。

 だが、彼の落ち着きは報告書のページを捲るごとに失われていった。その広めの額には冷や汗が光り、その表情からは動揺がはっきりと窺える。

「……納得してくれたかね?」

 読み終えた報告書を机に置いたケイネスだったが、その顔には驚愕の表情が張り付いていたままだ。

「正直、信じられません……一丁の銃と数発の爆弾、そしてトラップだけで6人もの封印指定執行者を討ち取ったなどとは。しかし、あのミリョネカリオン氏が用意したということは、紛れもない真実なのでしょう」

「そうなのだよ。私は表の貴族社会の付き合いもあって、そちらでもこの男の名前を聞いたことがある。この男は危険すぎるのだよ。彼に牙を向けて生き残った人物など存在しない」

 クラムは身を乗り出しながら続ける。

「悪いことは言わない。今すぐ聖杯戦争から降りるべきだ。まだ間に合う」

 確かに、この聖杯戦争に参加してこの男に標的にされれば生還率は限りなく低くなるだろう。魔術の使えない下等な男とはいえ、封印指定執行者6人を屠ったとなれば紛れもない脅威だ。だが、ケイネスはクラムの言葉に首を縦に振らなかった。

「それはできないのですよ、教授」

「何故だ!?このままでは君の命が危ないのだぞ!!」

 クラムは必死にケイネスを説得しようとする。だが、ケイネスの腹はもう決まっていた。

「私が聖杯戦争に挑むという噂は、既に時計搭中、いや、魔術協会中に広まっています。……意図して流したようなものなのですがね。しかし、そんな中で辞退したとなると、私の評判は地に落ちるでしょう。命惜しさに戦争から逃げた臆病者と罵られることは私には到底我慢できないのです」

「だが、君の才能なら、命さえあればその評判だって覆せるはずだ!!何れ回復できる名を惜しんで命を危険に曝す必要がどこにあるのだ!?」

 クラムの口調も次第に強いものになっていく。それに対し、先程まで激昂していたケイネスは対照的に落ち着きが戻っていた。

「教授のおっしゃることもわかります。ですが、他人の評価が回復したところで、私の自己評価は永遠に回復しないのです。私はどのような結果になろうとも『逃避』などという汚点を人生に刻むつもりは毛頭ありません」

「しかし、ソラウはどうするのかね!?」

「……教授のお嬢さんは気の強い女性です。政略結婚と言えど、きっとここで逃げるような臆病者を心から愛してはくれないでしょう。しかし、私は彼女の真実の愛と信頼を勝ち得てから結婚したいのです」

「ロード・エルメロイ……」

「お望みとあれば、ソラウとの婚約も破棄しましょう。まだ間に合います。ですが、万が一の時にはアーチボルトの家を支えて頂きたい」

 クラムは説得は不可能と悟り、深く溜息をつく。ここまでの決意であれば仕方がない。ソラウの夫と見込んだのは間違いではなかったと思うが、彼はいささか己に対する誇りが高すぎるようだとクラムは感じていた。

「わかった……君の決意は固いようだ。これ以上説得しようとしても無駄だろうな」

 クラムは先程書類を取り出した鞄を再度開き、そこから小包を取り出した。それを見たケイネスは中身を予想して思わず身を乗り出す。

「まさか教授、それは……」

「うむ……渡すことはまずないと思っていたが、こうなれば渡さざるをえまい。ソラウを不幸にしないためにも、君には私にできる最大限の助力をするつもりだ」

 クラムは小包を縛る紐を魔術で切断し、包み紙を丁寧に剥がしていく。全ての包装紙を剥ぎ取ると、そこには赤と黒の二つの小さな箱が鎮座していた。

「私の――ソフィアリ家の伝を通じて、二つの高名な英霊縁の聖遺物を手に入れることができた。どちらの聖遺物でも呼び出されるサーヴァントの霊格は征服王に勝るとも劣らない一級品だ。もしも君の伝で有力なサーヴァントを呼び出しうる聖遺物が見つからなかったら、遠慮なくつかってくれ。これは私からの餞別だ」

 残っていた紅茶を飲み干すと、クラムは鞄を抱えて席を立った。

「私も君と同じように銃や爆弾といった下賤な技術を使う輩は大嫌いだ。だが、この男だけはそのような色眼鏡で見てはならん。でなければ、絶対に生き残れんぞ」

「教授、感謝します」

 貴重な忠告を残して研究室を去ったクラムに、ケイネスは感謝した。

 

 

「さて……まずは銃器とやらについて調べてみることとしよう」

 クラムを見送ったケイネスは、まず敵を知ることとした。今のところ見つかっている聖遺物はどれも格の低い英霊縁の品ばかりで、最も格の高い英霊でもディルムッド・オディナどまりだ。どうせ待っていても続報は来るのだし、その間にこれまでは興味を抱かなかった銃火器について調べる方が有益だと判断したのである。

 だが、ケイネスはこのような文明の産物についてほぼ無知だ。そもそも、時計搭内でそのようなことに精通しているようなような講師など皆無といっていい。この手のことは全く分からないので、何を調べたらいいのかすら分からない。片っ端から資料を漁ることも彼の能力からすれば難しいことではないが、それではあまりにも非効率的だ。

「ひとまず、実物を見るところから始めるか。野蛮な植民地映画なら、銃器が腐るほど出てくるだろう」

 そう呟くと、彼は研究室を後にした。彼が脚を向けた先はロンドン市内のとある映画館だった。そしてそこで彼が出会った映画が、彼の戦略を大きく変えることとなる。

 

 

 

 

 

 

 第四次聖杯戦争の開戦が迫った冬のある日、冬木の地の湾港部にある倉庫街で間桐雁夜は海を眺めていた。野球帽からはみ出ている髪は若者らしからぬ白髪だった。彼はかれこれ15分はここで独り黄昏ている。待ち人が来る前に待ち合わせ場所に着いておくことは記者時代からの習慣であった。

 人気の無い倉庫街に靴音が響き、雁夜は音のする方に振り返る。そこには雁夜が昨年会ったころとなんら変わらない風貌の男がいた。

「Mr.ゴルゴ13……一年ぶりです」

「……指示通りに訓練はしてきたか?」

 挨拶を交わす習慣というのはゴルゴにはないらしい。彼は挨拶など無しにいきなり本題から入った。

「問題はありません……ですが、やはり私は元々素質が高くはないようです。一年前の魔力量を100として、今は112ってところですね」

「そうか」

 そう言うとゴルゴは踵を返して倉庫街の出口に向かい、携帯電話を操作した。彼は感情を全く見せないため、彼が自身の力量に失望しているのか否かはわからない。しかし、もしも彼が自分の出した結果に失望しているとするならば、少し申し訳が無い気分になる。自分自身、修練に手を抜いたつもりはないが、それでもやはり結果が出ないというのは悔しいものだ。彼が紹介してくれた死霊術師の師匠にも申し訳ないと思う。

 臓硯を始末するには、聖杯を勝ち取って確実にやつを誘き寄せる必要がある。そして聖杯を獲得するためには6人の魔術師と彼らのサーヴァントを相手にしなければならない。だが、自身がこの体たらくでは、サーヴァントの程も知れるというものだ。

 これでは彼が頭の中で描いていたこの戦争における戦略にも影響がでるだろう。彼の描いていた最良のシナリオを実行できない自身の不甲斐なさに雁夜が不満を覚えていると、前方から車のヘッドライトの光が射し込んできた。

 突然のことに暫し目が眩み敵襲かと思って身構えたが、よく見るとその車は何の変哲もないただのタクシーだった。ゴルゴが先ほどの電話で呼んだのだろうと雁夜は納得する。

「場所を変える。先に乗れ」

 ゴルゴに促された雁夜は用意してきたスポーツバッグを持ってタクシーの後部座席に座る。それを確認したゴルゴも続いて席に座り、運転手に行き先を告げた。

「……柳洞寺に向かってくれ」

 どうやら、話の続きは柳洞寺でするらしい。

 

 

 柳洞寺に到着したゴルゴと雁夜はタクシーを降りる。だが、タクシーを降りた彼らの足は柳洞寺の山門には向かっておらず、その脇にある林道に向かっていた。月が出ているとはいえ、灯の無い夜間の山道をスポーツバッグを担いで進むというのは一般人程度の体力しかない雁夜には厳しいものであった。

 一時間ほど歩いた頃、少し開けた場所にたどり着いたゴルゴは足を止めた。彼の後を必死になって追っていた雁夜も疲労から思わずへたり込む。雁夜の疲労を察したのか、はたまたそこまで最初から織り込み済みだったのかは分からないが、ゴルゴは時計をちらりと見て言った。

「……一時間後に召喚の儀式を始める。それまでは少し休んでいろ」

 そう言い残すとゴルゴは持参していたアタッシュケースを開き、アサルトライフルを手に周囲の警戒を始めた。あの銃は雁夜もかつて紛争地で見た経験がある。確かあれはM-16……それも、銃床やフロントハンドガードの形状から察するに、10年ほど前からアメリカ軍でも配備が進んでいるM-16A2だ。

 だが、ゴルゴ13と言えば、M-16A1を愛用していたことで有名な存在だ。M-16A2が実戦証明(コンバットプルーフ)とそれによる改良がされてからかなり経過しているが、これまで彼は頑なにM-16A1を使い続けていたと聞く。そんな彼が何故今更M-16A2に更新したのだろうか?

 戦場のネタで飯を食べていた雁夜も各国の戦場で使用されているアサルトライフルについても多少の見識がある。故に、カラシニコフ、レミントン等を差し置いて何故彼が整備性に難のあるM-16を使用し続けるのかについて疑問を感じていた。

 だが、彼の思考はそこで打ち切られた。探るような視線を感じたのであろうゴルゴは雁夜に鋭い眼光を向けた。その視線をこれ以上の詮索はよせという意味に解釈した雁夜はゴルゴに向けていた視線を下げ、おとなしく持参していたコンビニのおにぎりにかぶりついた。




アポクリファ見て思ったこと。
ソラウのお兄さん、あんないい触媒手に入れられるなら未来の義弟にひとつぐらいあげなよ……
というわけで、ソラウのお父さんが援助してくれました!!
ケイネス先生にサーヴァント変更フラグが立ちました!!



どちらをえらびますか?
_______________
|  あかのはこのしょくばい |
|  くろのはこのしょくばい |
| ⇒もどる         |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

アンケートではありません。今さらサーヴァント代えてたら構想1から練り直しになってしまいますんで……
これはあくまでケイネス先生に示された選択肢ということで。


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閑話 日米の会議






 第四次聖杯戦争第二戦、コンテナ倉庫での戦いより2週間前

 

 ――神戸港

 

 神戸港の沖合いに浮かぶ一隻の貨物船「あるえり丸」に水上警察の巡視船が横付けする。

「一体何なんですか、貴方たちは。この船の積荷は家畜の飼料用デントコーンですよ!!どうして立ち入り検査なんて……」

 いきなりの立ち入り検査に驚いている貨物船の船長に対し、水上警察の責任者は淡々と答えながら令状を懐から取り出した。

「水上警察の竹口です。これより武器密輸容疑で船内を捜査します」

「な……何を証拠にそんなことを!?」

 船長は容疑を否認するが、竹口はそれを意に介さない。

「とにかく……調べさせていただきます、おい、手分けして探すぞ!!A班は居住区を、B班はブリッジを、あとは私といっしょに船倉に降りるんだ!!」

「ふざけるな!!私は認めた覚えは無いぞ!!こ……これで何もなかったら、あんたに責任とってもらいますからね!!積荷降ろすのが遅れたら、俺がどやされるんだ!!」

 船長が何やら喚いているが、男達はそれを無視して次々と船内の探索を開始した。

 

 

「……出ませんね」

 船倉部でデントコーンの麻袋に金属探知機を当てて一つ一つ検査していた若い男が思わず愚痴を零す。

「まだ、船の半分も調べ終えてないんだ。諦めるのはまだ早いさ」

「とは言っても、僕達が探しているブツはいつものような麻薬の類ではなく、アレですよ?デントコーンの中に隠したところで金属探知機に絶対反応があるはずですよ」

「まだ、デントコーンが半分残ってるんだ。可能性は残っているだろ?

 探索開始から3時間ほどが過ぎたころ、竹口と共に船倉部を捜索していた男達にも疲労の色が見え始める。

 排水量1万5千トンを超える貨物船の船倉部は広く、立ち入り検査のプロたちでも中々お目当ての証拠を見つけることができないでいた。金属探知機を持った男は、となりで同じようにデントコーンの麻袋に金属探知機を当てている竹口の方を向いて不満げに口を開く。

「私達にも情報源については知らされてませんが、ひょっとしてガセネタだったのでは?」

「まだそう決め付けるのは早いさ。麻薬みたく、感知犬でもいればもう見つかっているころだろうが、俺たちが探してるブツは臭いとかで分かる代物ではないから、根気強く隠してありそうな場所を探すしかない。もう少し頑張ってくれ」

 竹口は背広を近くの椅子に投げ捨て、額から流れる汗をハンカチで拭う。船倉内はそれほど暑いわけではないのだが、デントコーンの入った麻袋を何十個もどかしているとどうしても身体が熱くなって汗をかいてしまう。

「……とは言うものの、まさかデントコーンの麻袋を一つ一つ開けるわけにもいかんからな」

 汗ばんだ皮膚にシャツが張り付く不快感を気にも留めずに男達はただ黙々と船倉内を調べ続けた。

 

 

 捜索開始から6時間が経過したころ、とりあえず一通り船内を捜索し尽くした男達は、竹口の下に集合していた。一同は疲れ果てたらしく、立っていることができずに床に座り込んでいる。

「A班、それらしきものは見つけられませんでした」

「B班も、発見できませんでした」

「我々も、船倉部からは何も発見できなかった……成果は0、か」

 竹口も疲れ果てたのか、船倉の壁に背をもたれながら大きく深い溜息をついた。

「上の連中も、それなりの確信があったからこそ立ち入り調査を要請したんだと思っていたんだが……やはりガセネタだったのか?」

「だとしたら、骨折り損のくたびれ儲けですよ6時間も粘ったのに」

 若手の職員が乾いた笑いを浮かべながら持ち込んでいたペットボトルの水を呷る。

「まだ、決め付けるのは早いさ。上がこんなに手際よく立ち入り検査の準備をしていたんだ。きっと、上にはそうすべきだと考える何かがあったはずだ」

「しかし、後はどこを探せばいいんですか?麻薬とかではよくある手口は全て検証したと思います……うぉお!?」

 その時、船が少し大きく揺れた。そして、キャップを絞めていなかった若手職員のペットボトルが倒れ、中の水が零れた。

「あぁ!!……やっちゃった」

 職員はすぐにペットボトルを拾ったものの、残量の半分近くが倉庫の床に零れ、小さな水溜りをつくってしまった。

「おいおい、すぐに雑巾借りてこいよ」

「すみません、ちょっと借りてきます……」

 若手職員は先輩の職員に促されて雑巾を借りに船員達が待機する居住区に向かった。

「全く、いくら疲れたからといって気を抜きすぎだ」

 船が傾けば水溜りはさらに大きくなる。とりあえず手持ちのティッシュで拭き取れるだけ拭き取っておこう。そう考えてティッシュを手に水溜りの傍に屈んだ時、竹口は何かが滴り落ちるような音を聞いた。

「?……何だ?」

 この音は足元から聞こえてくるような気がする。気になった竹口は頭を床につけて耳を済ませた。すると、足元から鮮明に、水が滴り落ちてビニールシートのような何かにあたる音が聞こえてきた。おそらく、音源は先ほどの水溜りの真下だ。

 この水溜りの下に何かある――そう確信した竹口は、水溜りのできた床のタイルを指でなぞる。すると、指の先に何かおかしな感触を感じた。そこだけ、他のタイルと少しだけ手触りが違うのだ。

 手触りの違うタイルの縁を指でなぞると、その隅にタイルの表面が捲れているところを発見する。そして竹口は表面の捲れたところを爪に引っ掛け、それをさらに捲ってそこに隠されていたものを見つけ出した。

「おい、これを見ろ!!」

 竹口の声に反応し、水上警察の職員たちが集まってくる。

「こいつはシールだ!!ここだけ、タイルじゃない!!」

 タイルの表面に捲れていたのは、タイルに擬装されたシールだった。シールをはがすと、そこには取っ手となるくぼみがつけられたタイルがあった。シールは、この取っ手のついたタイルを隠すためのものだったのだ。

 竹口は迷わず取っ手のついたタイルを持ち上げる。すると、取っ手のついたタイルと繋がっていた複数のタイルが一度に持ち上がり、その下に隠されていた小さな空間が顕になる。先ほどの何かが滴り落ちる音は、水がこの空間に落ちていた音だったのだ。

 そして、その空間には、黒いビニール袋に包まれた妖しげな大きな箱が6つ。それぞれ家庭用冷蔵庫より大きな細長い長方形の箱だ。

「みんな、引き上げるぞ!!手伝ってくれ!!」

 10キロや20キロではない。確実に100kg、いや、200kgはある非常に重い箱を水上警察の職員達は総員で何とか引き上げる。

「この重さ……こりゃ、相当な数だろうな」

「そうですね、一体どれだけ入っているんでしょう?」

――隠し扉に、この重さ。これが今回の立ち入り検査の目的のブツに違いない

 竹口は確信していた。金属探知機も強い反応を示している以上、後は空けて確かめるだけだ。

「開けます」

 竹口はゆっくりとビニールを解き、その箱の封を開けて中身を開帳する。そして蓋が外された瞬間、水上警察官達の表情が驚愕に染まった。

「まさか……本当にあったとは……」

「ほ……本物ですか!?」

「これは……こんなの、前例が無いぞ!!一体誰が、何のために!?」

 水上警察官達は予想外の大物の出現に狼狽する。

「す……すぐに本部に連絡するんだ!!今すぐに!!」

 

 

 それは、彼らの想定外の代物だった。

 彼らは、上から『あるえり丸』が武器の密輸に関係している疑いがあるとしか聞かされておらず、てっきりヤクザなどが使うマカロフやトカレフが大量に持ち込まれたのだとばかり考えていた。しかし、彼らの見た代物はマカロフやトカレフとは次元が違う『凶器』――いや、『兵器』だった。

 その『兵器』の名は、M40 106mm無反動砲。戦車を撃破するために造られた、対戦車砲である。

 

 

 

 

 

 それから1週間後

 

 ――東京

 

 霞ヶ関にある警視庁の庁舎、その一室は今非常に重い空気に包まれていた。

「田島君、始めてくれたまえ」

 でっぷり太った禿頭の男に促されて、がっしりした体系の30半ばほどの男が前に出た。

「警視庁公安第一課の田島隆三です。今回の議題は、先月から相次いでいる大型火器の密輸事件に関してです。まず、先週、神戸で水上警察が押収したものなのですが……え~、M40 106mm無反動砲が6門、陸上自衛隊では60式106mm無反動砲として採用されているものだそうです」

 プロジェクターに神戸で押収されたM40を移しながら説明を続ける。

「今回この無反動砲が見つかったパナマ国籍の貨物船『あるえり丸』は定期的に日本とブラジルを往復しています。毎回今回のように無反動砲や武器の類を運んでいたとは考え辛いですが、これまでも船底につくった擬装スペースを密輸に利用していたことがあるのは確かでしょう。

「……これで5件目か。この2ヶ月でこれほどの大型火器の密輸の摘発が5件。信じられんよ」

 白髪交じりの中年の男が頭を振った。

「先月は横浜でブローニングM2が12門、舞鶴でGE M134ミニガンが10門、佐世保でバレットM82が24門。今月に入って再び横浜でFN ミニミが10門、そして今回のM40がだ……水際で防げたからいいものの、一体これらを密輸しようとしたヤツは何を企んでいるのか……」

「残念ですが、おそらく、水際で防ぐことに失敗したものも少なからず存在すると思われます。最悪の場合、こちらの目を潜った兵器のいくらかは既にこの国に入ってしまった可能性も……」

「こんなもの、ヤクザどもが使う玩具ではないぞ!!これは、近代的な『軍』に対して使われる『兵器』だ!!」

 白髪交じりの男は机に拳を叩きつけた。

「ベトナム戦争の時は、10歳の少女がトイレから戦車目掛けて対戦車砲を撃ったという!だが、ここは日本だ!この国で、一体誰が、何のために、誰に対してこんな代物を使うというのだね!?」

「白田部長、落ち着いてください」

 田島は白田をなだめて話を進める。

「現在のところ、この大型火器の購入者の特定は進んでいません。佐世保でバレットを受け取る予定だった男を逮捕しましたが、どうやら男は運び屋にすぎなかったようです。つまり、注文者につながる情報はまだ、何も掴んでいないのが現状です。しかし、この火器を発送した業者については既に調べがついています」

 出席者の顔にここで初めて喜色が浮かぶ。だが、彼らの顔に浮かんだ喜色は次の田島の言葉であっという間に吹き飛んだ。

「これらの武器を発送したのは何れもアレクセイ・スミルノフという武器商人です」

 会議の出席者の顔を驚きと強張りが支配する。

「戦後最大の謎の人物と言われ、世界中で暗躍しているという……あの、スミルノフかね?」

「そうです。その、スミルノフです。残念ですが、我が国の情報収集能力では、海外を拠点に闇の世界で動き回るスミルノフの活動を停めることはまず不可能でしょう。そもそも、情報を集めることができません。しかし、今回我々には協力者がいます」

 田島は会議室の唯一の出入り口に向かい、その扉を開けた。そしてそこから、一人の白人男性が入室する。

「紹介します。彼はCIAのウェルズ氏です」

「よろしく……」

 ウェルズは軽く頭を下げた。

「今回、我々が水際で密輸を阻止することができたのは、CIAが我々に事前に密輸船の情報を提供してくれたからでした。そして、CIAから今回の件について我々に報告したいこと。さらに提案があるそうです」

 田島に促されたウェルズが一歩前に出て口を開く。

「我々が世界各地で紛争を煽り、新たな武器市場を作り出すスミルノフを警戒し、密かに内偵調査を進めてきました。不況に喘ぐアメリカの軍需産業からしてみれば確かに市場を作り出すスミルノフの手腕は魅力的ではありましたが、彼の暴走の結果アメリカそのものが戦争に巻き込まれる可能性も否定できませんでした。ですから、万が一の時は速やかにスミルノフの企みを阻止するために彼の動向は常にチェックする体制を作り上げていたのです。そして彼の動向を探る中で、彼が日本に尋常ではない数の重火器が密輸しようとしていることを掴みました」

「尋常ではない量……と言いますと?」

「歩兵携行無反動砲、重機関砲に迫撃砲、アンチマテリアルライフル、手榴弾、グレネードマシンガン、そして無反動砲などが、それぞれ10門近く、さらに対人地雷、対戦車地雷に弾薬多数が密輸される計画が立てられていました。そして、それだけの重火器を発注した客は全て同じ人物だという報告も入っています」

 ウェルズ以外の面々は絶句する。

「これだけの火器がそろっていれば、局地的な戦争ですら可能です。CIAがシミュレートした結果、これほどの量の重火器とまともな訓練を受けた人材が揃っていれば、現状、日本国内で陥落させることのできない場所はないと計算されました。勿論、自衛隊や在日米軍の基地も含めてです」

「在日米軍の基地も……ですか!?」

 白川が青ざめた表情で尋ねた。

「はい。十分な訓練を受けた人材が、教科書通りの迅速な占領作戦を行ったという仮定ですが、横須賀も、横田も、沖縄も決して攻略できないわけではありません。そして問題なのが、我々が入手した情報によれば、スミルノフが調達した重火器の8割が既に注文者に納品されている――つまり、日本に持ち込まれているということなのです。仮にこの客が何らかの意志を持ってこの国の軍事施設を襲撃した場合、この国に一体どれほどの混乱が起こるかは予想できません。最悪の場合、スミルノフがこれまで各国で引き起こしてきたような紛争がこの国で勃発する可能性もあります」

 もはや、会議の出席者達の顔は真っ青だ。一人の出席者が立ち上がってウェルズに問いかける。

「し、CIAではそのスミルノフに注文した客の情報は掴んでいないのですか!?」

「残念ながら、今のところその客についての情報はほとんど何も掴んでいないのです。港で商品を受け取るのは運び屋で、さらにそれから何人もの運び屋を経由しているらしいのです。しかも、何人もの運び屋が自分が誰に、どこで商品を運び出したのかを全く覚えていないという異常なことがおこっているのです」

 ウェルズは険しい表情を浮かべながら頭を振った。

「先の5件の摘発は幸いにも武器の発送ルートからの調査で発見することができたため、水際で阻止できました。ただ、既にスミルノフが調達した兵器の8割が日本国内に流れ込んでいます。我が合衆国としても、極東の重要な同盟国である日本で大規模な混乱が発生することはなんとしても避けなければなりません。我々CIAもできるかぎりの協力をします。ですから、日本の警察の皆様にも是非積極していただきたいのです」

「分かりました。日本の警察はこの件に関して、CIAと全面的に協力していくことを、この場で認めましょう。異議のあるものはいませんね?」

 でっぷり太った禿頭の男の言葉に異議を唱える者はいなかった。

 

「しかし……協力と言っても、我々にできることがあるのですか?」

 一人の出席者からの問に、ウェルズは真剣な表情で答えた。

「日本国内での発砲事件や銃殺事件、どんな小さな事件でも構いません。発生したらすぐに我々の下に通知してほしいのです。そして、もう一つ……」

 ウェルズは手元から一枚の写真を取り出し、出席者に見せるように掲げた。

「先ほど本国から、この男が今日西日本に潜入したとの情報がありました」

 その写真を見て、公安からの出席者や一部の高官が固まった。

「まさか、ゴ……ゴルゴ13!?まさか、今回のスミルノフの顧客は、この男なのですか!?」

 田島の言葉にウェルズは小さく首を横に振った。

「この男は、どんなに困難な状況下でもミッションを確実に遂行するプロ中のプロの暗殺者、ゴルゴ13です。戦争が可能なほどの大量の重火器が運び込まれていて、同じタイミングでこの男がこの国にいる。……我々CIAは、これを偶然だとはどうしても考えられないのです。彼がこの武器を調達したのかどうかは分かりませんが、彼に敵対する勢力がこの地で彼と戦うためにこれだけの武器をそろえた可能性もあります。しかし、日本の警察のお力を借りてこの男の動向を掴むことができれば、今回の事件の首謀者も見えてくるかもしれません」




実際、ゴルゴが入国したと分かると警察は大忙しだろうなぁ……と考えてちょっと書き上げてみました。

地味にゴルゴネタを少し入れてあります。
分かる人がいたら嬉しいです


ゴルゴを書くのが久しぶりですし、ゴルゴというクロスジャンルとしては前例の少ない作品(自分は台本形式以外の作品では、ドラえもんとのクロスしか知りません……)を書いているため、ゴルゴらしさが出せているか日々悩んでいます。
改訂前も同じようなことで迷って深みにはまったというのもあります。

今後の作品の描写改善のためにもなるべく多くの感想を募集しています。


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英霊召喚

改訂前とこちらはあまり変更はありません。


 草木も眠る丑三つ時、雁夜とゴルゴは円蔵山にて召喚の準備を進めていた。

「よし……これで召喚の陣は準備できたな」

 鶏の血で刻まれた召喚陣を見て雁夜は汗を拭き、周辺の様子を伺っている連れの男に顔を向けた。

「Mr.東郷。準備は完了した。後は召喚をするだけだ」

「…………」

 ゴルゴは召喚陣を一瞥し、周囲を再度確認した後、ここまで運んできたアタッシュケースを開く。そしてその中から包みを取り出した。

「これが、今回お前が使う聖遺物だ……」

 包みを渡された雁夜は、それを慎重に開けていく。包みを開けると、中には古ぼけた一枚の紙が入っていた。よく見ると、何か書いてあるようだ。だが、これまで雁夜は召喚する英霊のクラスも真名も知らされていなかったため、これがどんな英霊の縁の品なのか推察することはできなかった。

「Mr.東郷。これはどんな英霊の縁の品なんだ?」

「……説明は召喚が成功した時にする。まだ、この聖遺物を本物だと確定することはできてはいないからな……」

 ゴルゴは雁夜の質問には答えず、M-16を構えたまま近くの木にもたれかかった。雁夜も彼のプロとしての実績を信頼していたため、それ以上の追及はせずに召喚陣の前に立った。

 

 召喚陣の前に立ち、雁夜は静かに息を吐いた。

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公」

 魔術回路が起動し、雁夜の全身が炉となって召喚陣に魔力供給を始める。

「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 召喚陣に光が灯る。風が巻き上がり、まるで召喚陣そのものが生きているかのように感じられる。

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する」

 次第に大きくなる召喚陣の鳴動をゴルゴは眉一つ動かさずに見つめ続けていた。彼にとってはこの高度な魔術的な儀式などはどうでもいい。ただ、彼の望む計画通りにことが進められるかどうか。それにしか彼には感心はないのだ。

「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 満月の夜、燃え盛る焔のように周囲を照らす召喚陣の前で雁夜は己の意志を誇示する狼のように吼えた。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」

 

 召喚陣から溢れ出した光は地方都市のはずれにある山中を昼の如く明るく照らし出す。その光はどこか神々しく、神秘的な光で、英霊の召喚という奇跡を体現しているようであった。

 奇跡の光を前に思わず感嘆する雁夜に対し、その傍らで召喚を見守るゴルゴの表情は全く変わらない。ゴルゴは神秘的な召喚そのものには全く目もくれず、光の中に顕現した人間の影だけを見据えていた。

 目の前の光景に見とれていた雁夜だが、光が収まるにつれて我に帰る。同時に全身からエネルギーが吸い上げられ、まるでフルマラソンを完走したかのような疲労に襲われた雁夜はその場に立つこともままならずに倒れこんでしまう。

「あら……貴方が私のマスターかしら。召喚の儀式の魔力消費にも耐えられない未熟者が、よくもまぁこんな戦争に参加しようと思ったものね」

 魔力消費に耐えかねて倒れてしまった雁夜だが、意識ははっきりしていた。目も、耳も、鼻も舌も全て正常だ。だから彼は自身に向けられた妖艶な雰囲気を漂わせる女の声音をはっきりと聞いていた。

 身体に力を籠めて何とか上体を起こし、目の前に顕れたサーヴァントを見据える。

「もう一度、問うわ……貴方が私のマスターであってるかしら?」

 目の前にいたのは黒衣を纏った女性だった。フードで顔は見えないが、その雰囲気からして若い女性であることは間違いないだろう。

「ああ、俺――間桐雁夜があんたを招いたマスターだ。それで貴女は誰だ?」

 雁夜は己の右手の甲に刻まれた令呪を見せ、己がマスターであることを目の前の女に示す。

「確かに貴方がマスターということは事実みたいね。……けれど、そこにいる男は何者かしら?私は敵か味方か分からない男を前に自身の情報を口にするほど自身過剰ではないし、愚かでもないわ。相手がこれほどの実力者なら尚更よ」

 女のフード越しの視線が自身の協力者に向いていることを雁夜は察した。サーヴァントがはっきりと窺い知れるほどの警戒をしていることも分かる。まさか英霊として祭り上げられた歴史上の英雄が実力者と評し、隠しもしないほどに警戒するとは……ゴルゴ13という男はそれほどに規格外な存在らしい。

「彼は俺が雇った協力者だ……俺がこの戦争に参加する事情も全て知っている。警戒しないでほしい」

 女は探るような視線を雁夜におくり、溜息をついた。

「……分かったわ。あの男は貴方の味方ということね。けれど、私のような英霊を最弱のクラスで呼び出すだなんて……しかも召喚一つで疲労困憊なほどの腕前で。マスターは自殺志願者かしら?」

 

 雁夜は女の言葉を否定することはできなかった。魔力供給ですら事欠くことが予想される実力で聖杯戦争に参加したことは事実であり、実際彼を雇えなければ勝機は0だったに違いない。最悪の場合は臓硯の刻印虫にすら頼らざるを得なかったかもしれないのだから。

 ただ、悲惨な自身の実力よりも気にしなければならないことがある。最弱のクラス――先ほど女は確かにそう言った。聖杯戦争において最弱と呼ばれるクラスと言えば、一つしかない。

「俺は自殺志願者ではない。勝つために貴女を呼んだ……して、貴女は魔術師(キャスター)か?」

 

 魔術師(キャスター)。聖杯戦争においてこのクラスにはランクにしてA以上の魔術を行使することができる英霊が選ばれる。クラス特性として陣地作成と道具作成スキルを持つため、彼らが作成した陣地の中においては彼らは7つのクラスの中でも最強クラスと言ってもいい。

 そもそも、魔術師の工房――陣地というものは、外敵の侵入を妨げる要塞というよりは、侵入者を確実に排除する迷宮という性格が強い。現代の魔術師の工房でさえ、工房の主とそれ以上の実力者でなければ突破は不可能だ。英霊として謳われるほどの魔術師の工房となれば、そこは正に難攻不落の大迷宮だ。ゴキブリホイホイに入り込むゴキブリのように侵入者は確実に排除される。

 だが、これほどの能力を持つクラスにも関わらず、冬木の地で行われる聖杯戦争において魔術師(キャスター)は最弱と称されている。勿論、これにはしっかりとした理由がある。

 実は、聖杯戦争に参加するサーヴァントの中で、魔術師(キャスター)を除いた6騎の内4騎、剣士(セイバー)槍兵(ランサー)弓兵(アーチャー)の三騎士と騎乗兵(ライダー)にはクラス特性として、対魔力というスキルがあるのだ。

 これは一定のランク以下の魔術を無効化し、一定のランク以上の魔術でもその威力を軽減するというものである。対魔力Aとなると、Aランク以上の魔術でなければ傷一つつけられないことになる。如何に魔術師(キャスター)であってもAランク以上の魔術だけしか使えない状態になれば不利は免れない。

 ルールからして不利なサーヴァントであるが、雁夜はこの魔術師(キャスター)というクラスに付けられた制約は意図されたものであると考えている。何故なら、魔術師(キャスター)のサーヴァントは聖杯戦争の期間中に限り、地上最高の魔術師だからだ。

 呼ばれる英霊次第だが、神代の魔術師であれば聖杯戦争のシステムそのものに手を出すこともできる可能性がある。ゲームマスターである始まりの御三家を差し置いて聖杯戦争のシステムそのものをハッキングされ、ルールもボードも全てを乗っ取られるということは御三家も避けたかったのだろう。

 故に魔術師(キャスター)のクラスの天敵となりうる能力を残りの4騎の内、3騎にも付与することで弱体化を図ったのだろう。自身の家以外が聖杯を手にすることを頑ななまでに拒もうとする御三家ならばやりそうなことだと雁夜は思っている。

 

 女は雁夜の問いかけにフードの下で妖艶な笑みを浮かべながら答えた。

「ええ。私は魔術師(キャスター)のサーヴァントよ。よろしくね、マスター」

 その何気ない仕草から雁夜はどこか気品を伴った――まるで御伽噺に出てくるお姫様のような色香を感じた。

「でも……自殺志願者でもなければどうして貴方はよりにもよって私を召喚したのかしら?能力の無いマスターが私を呼ぶ……それだけで自殺行為ということは分かっていたはずよ?わざわざこんな触媒まで用意していたのだから、まさか私が呼ばれるとは思わなかった……なんて言わないでしょうね?」

「重ねて言うが、俺は自殺志願者ではない……はずだ。まぁ、俺も貴女が誰かということは知らないんだが。触媒を用意してくれたのは俺の協力者の方で、俺はその触媒がなんなのかすら教えてもらっていないんだ」

 困った様子で答える雁夜に対し、キャスターは疑念を含んだ視線を向けた。だが、結局雁夜の言葉に嘘はないと判断したのだろう、雁夜から視線を外し、彼女はゴルゴに向き直った。その視線は、先ほどまでよりも鋭いものとなっていた。

「どういうことかしら?まさか貴方はこの聖遺物が私の縁の品であることを知らなかったわけではないでしょう?」

「……これが本物の聖遺物であるという確証が取れない以上、何が召喚されるかを話しても無駄だと判断しただけだ」

「本当にそれだけなのでしょうね……貴方には何か別の意図があったのではなくって?」

 キャスターはゴルゴに対し、最大限の警戒をしていたと言ってもいい。彼女は自身のマスターがこの男の傀儡ではないかという疑念を抱いていたのである。生前、信じた男性に利用された挙句に裏切られた経験があるキャスターは自己の利益のために他人をいいように利用する類の男を憎悪していた。

 だが、今にも魔術を行使しそうなほどに警戒感を顕にしているキャスターに対し、ゴルゴは全く動じてはいなかった。

「……俺は依頼を遂行すべく雇われたにすぎず、聖杯にもこの戦争にも興味はない。俺は依頼人であるこの男を聖杯戦争の勝利者とすること以外は考えていない。そして、お前を召喚したのもこの男の依頼の遂行のためだ」

「ふふふ……聖杯戦争に勝ち残るために私を呼んだというの?なら、一体貴方は伝承でしか知らない私の何処を判断して聖杯戦争の勝利に必要だと判断したのかしら?」

 ゴルゴはキャスターから発せられている威圧感などどこ吹く風といった態度を崩さずに口を開いた。

「……最初から召喚させるサーヴァントは魔術師(キャスター)以外の選択肢はなかった。まず、剣士(セイバー)槍兵(ランサー)弓兵(アーチャー)の三騎士はその基礎能力の高さから競争率が高い。この戦いを見据えて何十年も前から準備を進めている始まりの御三家は、おそらくこの三騎士の何れかに強い適正を持つ大英雄縁の品を既に入手しているに違いないからな」

 これまで自身にも明かされてこなかったゴルゴの戦略に雁夜も耳を傾ける。

「同じクラスの枠を取り合う場合、他のクラスの適正が無いか、より強大な英雄が優先される。……そのため、戦争の一年前から準備してもこの三騎士の枠に該当する英雄を確実に引き当てられる保障がない。クラスの椅子取りゲームに敗北し、無理に適正が低いクラスで英霊を召喚してしまえばサーヴァントの弱体化も免れない。また、狂戦士(バーサーカー)を選ばなかったのは偏に依頼者の実力不足からだ。依頼人が狂戦士(バーサーカー)を召喚したとしても、その魔力消費に耐えられず自滅してしまう可能性が高かった。……おまけにそもそも狂戦士(バーサーカー)というのは手綱を握るのが難しいクラスだ。彼では恐らく御しきれないだろう。戦略的にもあまり使いやすい駒ではないことは確かだ」

 冷静かつ現実的な分析に対し、キャスターは口角を上げながら問いかけた。

「……つまり、準備不足ゆえに戦略が最初から制限されていたってわけね。でも、まだ暗殺者(アサシン)騎乗兵(ライダー)が残っているわ。マスターの力が貧弱であるなら、暗殺者(アサシン)の方が魔術師(キャスター)よりも使い勝手が良かったのではなくて?三流の魔術師が神代の魔術師を召喚したところで扱いきれるとは普通は思わないでしょう?」

暗殺者(アサシン)は依頼人には必要ない……敵マスターの暗殺という役割は俺のものだ。わざわざマスター殺しに特化したクラスの英霊を呼んでも意味が無い。騎乗兵(ライダー)となると、その宝具は確実に乗り物となる。英霊によっては空を飛べたりもするだろうから機動力には長けるが、神秘の秘匿を考えればある程度はその乗り物の存在を隠蔽する技術が必要となるが、依頼人にはそれがない。……別に俺も依頼人も神秘の秘匿とやらに義務を感じてはいないが、神秘の秘匿を怠れば監督役からペナルティーを受ける可能性もある……そのため、騎乗兵(ライダー)を選ぶことも憚られた。そして消去法で残ったクラスが魔術師(キャスター)だった。このクラスであれば、依頼人の少ない魔力であっても問題はない。元々燃費がいいし、魔力供給が少なくても魔術によってそれを補う術を持っているものも多いと踏んだ」

「なるほど……それなりに考えてはいるみたいね。でも、まだ一つ回答してもらってない問いがあるわよ。貴方は神代の魔術師が自身より遥かに劣る見習い以下の魔術師をマスターとして扱うと思っていたのかしら?」

 キャスターの離反を伺わせるような発言に雁夜の身体は硬直する。だが、ゴルゴは全く動じてはいなかった。ゴルゴは勝つためにこの女性を魔術師(キャスター)のクラスで召喚したのだ。ゴルゴにはマスターの手に余るような駒を用意するつもりは毛頭ない。

 

「俺はお前が自身より魔術の技量が劣るものには従えないと言い張るほど狭量な女性ではないと判断したまでだ……コルキスの王女、メディア」

 神代の魔術師は自身の真名を口にした男に対して底知れぬ冷淡さを含んだ笑みを向けた。




やはり、オリジナルサーヴァントをつくるのは面倒くさかったんですね。メディアさんでいいやって思いました。
ステータスとかのバランス考えたり、かっこつけた宝具考えるのが非常にシンドイんです。
ゴルゴ陣営(名義上は間桐陣営)は基本改訂前に比べてケイネスやアインツベルンほど大きな変更もありません。


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始動

この話も改訂前とさほど変化はありません。


 召喚の成功を見届けて円蔵山を後にした雁夜達は、東の空が白んできたころには冬木港の外れにいた。

「……ふぅん。ここが貴方が選んだ拠点というわけ。随分と辛気臭いわね」

 ゴルゴが拠点として選んだのは未遠川の河口にある工場跡だ。かつては海外から輸入していた木材を加工していた工場らしいが、数年前に加工工場は倒産し、現在は建物だけが残っている状態である。

 因みに、召喚で体力を使い果たした雁夜は二人の傍を離れ、工場の隅の寝袋の中で熟睡していた。未熟な雁夜にはサーヴァントの召喚のような大儀式は相当に堪えた様子である。

「キャスター」

「何かしら?」

 ゴルゴはキャスターに声をかけると、懐から周辺の地図を取り出して目の前にあった大きな台に広げる。キャスターもゴルゴの目的を察し、魔術で小さな灯を灯して台の上の地図を照らした。これは聖杯戦争の舞台となる冬木市の地図だ。所々に赤のマーカーで線が引かれていたり、丸をつけられている。

「……これがこの冬木一帯の地図だ。そして、赤のラインはこの地の霊脈を示している。丸で示しているのは霊地だ」

「私を召喚したのがこの円蔵山ね。……この山の中腹にある柳洞寺ってところがここ一帯で一番格が高い霊地でしょ?しかもここの結界は自然霊以外を排除しようとするから、この場所に攻め込むには一箇所しかない門を通るしかないわ。こんなに篭城に適した場所なのに、どうしてここに陣地を造らないのかしら?」

 キャスターは訝しげにゴルゴに尋ねる。最弱のクラスである魔術師(キャスター)のサーヴァントが上手く立ち回るためには、魔術師(キャスター)が十二分に実力を発揮できる工房を造ることは必須だ。それなのにその工房の立地に最も適した場所を選ばないというのは彼女にとっては解せない話であった。

「……魔術師(キャスター)のサーヴァントが構築する要塞は現代の魔術師のそれと比べ物にならないほど堅固だということは承知している。だが、どんな要塞だろうと構造上の死角は絶対存在する」

 

 

 普段のゴルゴであれば、たとえ協力者だからといって自身が依頼実行のために立案した計画を人に説明することは無い。ゴルゴから最も『信頼』されていると言われている銃器職人(ガンスミス)であるデイブ・マッカートニーですら、彼の描く依頼の実行計画の全貌を教えてはもらえないのだ。彼もただゴルゴから『注文(リクエスト)』を聞かされ、それを実行するだけなのである。

 だが、今回ゴルゴは自身の描いている計画の概要を協力者に明かすことを決断した。これは今回の協力者が『金』や『物』など、彼が用意できる報酬に価値を見出さない英霊だからである。

 そう、聖杯戦争に呼ばれるサーヴァントに対する報酬は、聖杯に他ならないのだ。ただ、その聖杯は戦争に勝ちあがらなければ用意できない代物であるため、もしも報酬と引き換えにサーヴァントに協力を要請する場合、ゴルゴはサーヴァントに聖杯の空手形を報酬として提示することになる。

 ただ、そんな空手形を信じてサーヴァントがマスターの命令を疑わずに従うかどうかは分からない。また、空手形を提示し『信義』を前提に協力者を得る行為はゴルゴのプロとしての流儀にも反するものであった。

 また、依頼の達成に不可欠な協力者がいる場合、どんな手段を使ってでもその人物の協力を取り付けることがゴルゴの方針だ。

 以前にも娘が殺害された父親が『娘を殺した犯人が分かるまで仕事は引き受けられない』という理由で彼に協力することを拒んだことがあるが、その時ゴルゴは犯人をあぶりだすために役者を雇い、犯人の前で三文芝居をさせてまで犯人から自白を引き出した。

 そしてゴルゴは今回の協力者――人ならざる身であるサーヴァントに対して、基本的に開示できる情報はできるだけ開示するスタンスを取るつもりだった。

 流石にゴルゴであっても、現代兵器では全く歯が立たないサーヴァントを相手にすることは不可能であるし、サーヴァントの中にはこちらからの狙撃を察知できる直感スキルを持つ者や、銃弾が発射されてから反応して銃弾を弾き落とせるほどの武芸者もいるため、サーヴァントを無視してマスターを狙うことも難しい。

 これらのことを考慮したゴルゴは、敵マスターを護るサーヴァントへの対抗策としてはこちらもサーヴァントを召喚するしかないという結論を出した。ただ、召喚できるサーヴァントは様々な制約により限定される以上、ゴルゴ自身をサポートするタイプのサーヴァントを召喚することが最善の策だった。

 セイバーやランサーのような戦闘要員としてではなく、自身をサポートするための要員としてサーヴァントを招くとなると、サーヴァントへの情報の開示によって信頼関係を構築し、協力を自発的にさせることが必要不可欠だとゴルゴは判断した。

 依頼を確実に遂行するためにはできる限りの手をつくす――それが彼の誇る任務達成率99.8%の秘訣なのである。

 

 

「この冬木の地にある霊地は全て調べつくされている。柳洞寺の特性についてはこの戦争に参加する全てのマスターに知られていても不思議ではない。それに、どの陣営も……特に始まりの御三家はここに魔術師(キャスター)のサーヴァントが陣取ったときの厄介さは織り込み済みのはずだ。当然、何らかの対策を用意しているだろうな。戦争前から監視されていても不思議ではない」

「こちらが柳洞寺を拠点にしようとしているとばれた場合、こちらの工房が完成する前に敵が先手を打ってくるってこともありうるわね。確かに」

「柳洞寺にあらかじめトラップなどを仕掛けられている可能性もある。敵の罠が潜んでいるかもしれない場所に本拠地を置く程、俺は愚かでも酔狂でもない……」

「……お言葉ですが、Mr.東郷。貴方は私が現代魔術師の仕掛けた罠に気づかないとでも?」

 これまで冷淡だったメディアの口調が少し険しくなる。彼女には魔術の技量については現代で並ぶものがいないという自負がある。そんな彼女が現代の魔術師の罠に嵌るなどという心配をされ、自身の技量を侮られたように感じたのも無理はないだろう。

「先ほどの発言に捕捉をしよう……俺は魔術的な力量ではお前になんら心配を抱いてはいない。だが、罠とは魔術的なものとは限らない。マスコミを使うことでこちらの身動きを封じたり、迫撃砲やロケットランチャーによる攻撃、境内に地雷埋設など手段は多数考えられる」

 メディアは召喚時から眉ひとつ動かさずに英霊である自分に接しているゴルゴを少しびびらせてやろうかと考え、先ほどからかなり強い圧力を発しながらゴルゴに接していた。だが、ゴルゴは彼女の圧力など全く感じていないのだろうか、その表情には全く変化が見られない。

「それは流石にないと思いますわ。工房を物理的に破壊するなんて真似を魔術師がするとは考えにくいのですが」

 ゴルゴは疑問符を浮かべる彼女の前に鞄から取り出した書類を差し出した。キャスターは疑わしげな表情を浮かべながら書類を手にとったが、読み進める内にその顔から疑わしげな表情が消えていった。

「標的の乗り合わせた飛行機ごと爆殺、標的の周囲に毒ガスを散布して毒殺、人質を取って標的を誘き寄せて銃殺……凄いわね、最近の魔術師って。念のために聞いておくけど、まさか貴方はこのエミヤキリツグって男と同類なの?」

「……俺はそれが依頼人からの条件ならば、ただ実行するだけだ」

 ゴルゴはキャスターの問いかけに対して淡々と答えた。

 

 

 彼をよく知らない人々は、大抵彼が血も涙もない戦闘マシーンだというイメージを持っている。だが、それは事実と異なる。

 ゴルゴとかつて5度関わり、一度は彼の出生の秘密に迫ったジャーナリスト、マンディ・ワシントン曰く、ゴルゴ13には『修羅場に身を置いたONの瞬間には一切の感情を捨て去る反面、OFFの時にはあらゆる生命の去就に関わらないというルールが無意識裡にある』という。

 任務に関係ない命を何の意味もなく殺すなどということは彼はしないのだ。その自身のルールに従い、妊婦の殺害を依頼された場合は標的が出産するまで殺害を猶予することで胎児を巻き込まないようにするなどの配慮もする。また、任務等で無関係の人を巻き込んだ場合はその弁済を遺族や本人にすることもある。

 だが、同時に彼は依頼というだけで多数の人間を残虐に躊躇なく殺すこともできる。以前鉄道で首都に向かう2000人の反乱軍を葬るように依頼されたゴルゴは、線路のポイントを切り替え列車ごと湖に沈めることで2000人の反乱軍を一瞬で葬ったこともある。

 だが、一方の衛宮切嗣は依頼の条件などでその手口を決めているわけではない。彼の場合、格上の魔術師を葬る際に手段を選ぶことができるほどの圧倒的な技量など有していなかった。そのため、自身の力量を補うためにいかなる手段をも厭わなくなったのである。確実に標的を葬ることで生じる犠牲は、標的を生かし続けることで生じる犠牲よりも少ないという理由だけで衛宮切嗣は何の罪もない人々を――自分の愛する妻子さえも躊躇なく葬ることができる男だ。

 本心では生命は尊いものであると自覚しており、流血というものを忌み嫌いながら、それ以外の手段を知らぬがゆえに外道に縋る。それが衛宮切嗣という男であった。

 対して、ゴルゴは依頼人から出された条件等の縛りがあるために常識では不可能な任務であっても確実に遂行する。そのためにはトレーニングも怠らないし、不可能を可能にする策を練ることにも余念がない。一人では不可能な任務でも、各分野のスペシャリストから協力を得ることで確実に成功させる。

 足りないものを他で補うという点や、命に対する価値観を考えると、皮肉なことに魔術師の端くれである衛宮切嗣よりも非魔術師であるゴルゴ13の方がよっぽど魔術師らしいとも言えるかもしれない。

 

 

「……まぁ、別に貴方が外道であろうがなかろうがどうでもいいわ、私の目的が果たせるのならばね。それで、ここに拠点を置いてどうするつもりなの?ここは工房にするのには向いていないわよ?」

 キャスターはひとまず、ゴルゴが外道であるか否かよりも彼が立案した作戦を検証することを優先した。彼女は裏切りの魔女であり、外道だとか卑怯だとかという価値観には騎士や英雄ほどに頓着するタイプではなかった。

「この拠点は、傍らに川が流れている。……この流水を一時的に魔力のラインにすることは可能か?」

「造作もないことよ。でも、そんなことして……なるほどね」

 どうやらキャスターはゴルゴのしようとしていることを感づいたらしく薄く笑みを浮かべる。

「この川を使って魔力を補給しようっていうわけね。川を使ったラインであれば現代の魔術師もあの外道も破壊は不可能だけど、川を通じて運ぶ魔力はどこから運んでくるの?川の支流や本流の傍からも魔力の徴収はできるけど、微々たるもののはずよ?」

 ゴルゴはその質問も織り込み済みだったのだろう。更に、もう一枚地図を取り出してキャスターの前に広げる。

「これはこの町の水道の配管図だ……赤のラインが上水道、青のラインが下水道。そして黄色のラインが豪雨時に使用される地下放水路で、丸をつけてあるところは地下貯水槽だ」

「なるほど……柳桐寺以外の重要な霊地の地下にこれらの配管は通っている。この地の霊地の地下の何れかを基点に魔力を徴収するしかけをつくって、徴収した魔力を下水道で未遠川に運び、未遠川のほとりであるこの場所で回収するってことね」

「基点はこの冬木市民会館だ。この施設の地下には市の災害時の緊急物資を保管する倉庫がある。そこは普段は人が立ち入らない……」

 ゴルゴが下水道を魔力補給路として選んだ理由は二点ある。一つには、既に繋がっている道を利用することによる魔力補給路製作の簡略化がある。道……特に水路というものは物を移動させるという概念を持っているため、簡単な改造で魔力の通り道とすることが可能なのだ。

 マスターの力量が三流以下である彼らにとって、魔力を外部から補給することはかかせないことであった。そもそもキャスターというクラスは低燃費ではあるが、潤沢な魔力供給がなければ戦力にならないという事情もある。

 そしてもう一つは魔力補給路破壊の防止である。水道が魔力の補給路となっていることを見破るのも現代の魔術師にとっては技術的にも発想的にも至難の業であるし、仮にそれを見破ったとしても水道の破壊によりキャスターの弱体化を狙うのは困難である。

 現代の魔術師の魔術ではキャスターの作成した魔力供給路を断絶できない以上、彼らはサーヴァントの能力で物理的に魔力供給路を破壊する以外の方法がないが、下水道を破壊するとなれば市民生活への影響も多大なものとなるために神秘の秘匿の原則にも抵触しかねないために破壊は難しい。

 また、地下に網の目のように張り巡らされている水道を使えば、仮に魔力供給路のどこかが断絶したとしても迂回路を用意することは容易いことである。

 

 

「まずは魔力供給路の確保だ。……2日以内に終わらせろ。供給路を確保した後は工房の建設に着手してもらう……」

「舐めないでくれる?私なら魔力供給路は一日あれば設置できるわ。まぁ、その代わり貴方の依頼主様には相当無理して魔力を供給してもらうことになるけど。でも、貴方の基本戦略は篭城なのかしら?これほどの策を立案しておきながらも意外と堅実なのね?」

 キャスターが挑発的な言葉をぶつけるが、ゴルゴは全く気にする様子を見せない。

「俺は拠点に篭り続けるつもりは毛頭ない……拠点はあくまでも罠として使う。この場所は当面本拠地として使う予定だが、侵入したサーヴァントを討ち取れようが討ち取れまいが、一度居場所が割れた時点でここは放棄する」

「……貴方は私のつくった要塞が信じられないのかしら?」

 ゴルゴの言葉は彼女にとって自身の能力を当てにしていないという意味に他ならない。キャスターは内心の不機嫌さを隠しながらゴルゴにその言葉の真意を問う。

「根拠地にトラップをしかけて敵の消耗を誘う。あくまで、根拠地は敵を誘い込み仕留めるための罠だ。消耗した敵マスターは俺が始末しよう……その場合、お前には敵サーヴァントの足止めをしてもらう。できるな?」

 キャスターはゴルゴの物言いに少々ムッとしたのか、挑発的な口調で言った。

「足止めぐらいならできるわ。いくら最弱のサーヴァントだからといって、甘く見ないでほしいわね。でも、魔術師でもない貴方がどうやって敵マスターをしとめるっていうのかしら?貴方の方こそ、敵マスターの始末なんて可能なの?」

 キャスターの挑発的な発言にも気にした様子を見せず、ゴルゴは自身の胸元から一発の銃弾を取り出した。既に先端はつぶれており、線状痕も残されているところを見ると、これは一度使用された銃弾のようだ。ゴルゴはそれを机に広げられた地図の上に置いた。

 銃器の詳しいことはキャスターは知らないが、その魔術師としての経験からこの銃弾がただの弾丸ではないと察したのだろう。キャスターは地図の上に置かれた弾丸を手に取り、フードの下で目を細めた。

「……これは魔術師殺しが仕事に使用していた弾丸――30-06スプリングフィールド弾だ。あの男の標的の検死報告書を見たところ、標的の殺害に使用されたこの弾丸にはなんらかの魔術的な効果が付与されていたことは明らかだった。……魔術師殺しの標的の体内から摘出したこれは既に魔術的な効果を失っているが、お前ならこれを再生することも可能なはずだ」

「魔術師殺しに特化した魔術師が用いる手段を持って敵マスターを葬るつもりなのね……この国の諺でいうところの、蛇の道は蛇ってやつかしら?面白いじゃない。切断と結合――なるほどね、この弾丸は確かに魔術師殺しだわ。でも、私でもこれを再生することが手一杯よ。一から造ることは無理ね」

 

 

 

 当初の計画では、ゴルゴはメディアではなく、ダイダロスをサーヴァントとして召喚するつもりだった。元々雁夜の実力や他の御三家の事情があったために魔術師(キャスター)以外のクラスのサーヴァントを召喚するつもりはなかったが、ゴルゴは幾多の魔術師(キャスター)候補の英霊の中でも道具作成や陣地作成に秀でた英霊をサーヴァントとして欲していたのである。

 魔力をこの土地から搾取できるほどの腕前と、神殿造りに長けた能力を発揮できる陣地作成スキルを持つサーヴァントであれば雁夜のような貧弱なマスターでも十二分にその実力を発揮できるし、道具作成のスキルを持つサーヴァントであればゴルゴが使用できる対魔術師又は対サーヴァント礼装を用意することが可能だ。

 まともな実力で他の陣営と張り合う気がないゴルゴがこのようなスキルを持つサーヴァントを求めたのは当然のことだった。

 そしてその点、ダイダロスであれば陣地作成や道具作成の逸話には事欠かない。彼のミノタウロスを幽閉した自力脱出が不可能な迷宮(ラビリュントス)は彼の作品であるし、斧や錘、水準器に神像などはギリシャ神話においては彼の発明ともされている。

 人格的に問題があったことを伝えるエピソードの類もなかったため、ゴルゴは彼の召喚を狙って聖遺物を探し回った。だが、準備期間が一年しかなかったこともあり、ダイダロスの縁の品を用意することはできなかった。

 そこでゴルゴはあらかじめ予備候補として集めていた道具作成、陣地作成に秀でた英霊の触媒の中からコルキスの王女メディア縁の品を触媒に選んだ。彼女が裏切りなどの逸話に事欠かないのも事実だが、それはアフロディーテの息子あるエロスの矢で胸を射抜かれていたために生じた狂気とも呼べる愛の暴走の産物であり、彼女自身の我欲からの裏切りではない。

 勿論、だからと言って彼女が必ず裏切らない保障はない。だが、少なくとも彼女がその二つ名である『裏切りの魔女』の名の通り隙あらば裏切りを狙う女性ではないことは確かだ。それに、裏切りというのは忠誠心に篤い騎士のようなサーヴァントを除き、どのサーヴァントにもついてまわるものであるとゴルゴは判断していた。

 それに、古代アッシリアの女帝、セミラミスのような破滅や絶望を嗜好とするようなサーヴァントならば裏切りは必然で、おそらく殆どのマスターには扱いきれないだろうが、メディアはその類ではない。彼女が裏切るとすれば、そこには明白で確実な理由があるに違いない。

 これらの理由からゴルゴはメディアを召喚したが、決して後悔はしていなかった。彼女は用心深く、自身も信頼を得られているとは考え難い。しかし、任務達成に際して問題になるような齟齬や性格の不一致などは今のところ生じていないし、それを生じさせるつもりは毛頭なかった。

 それに、もしも性格の不一致が生じたとしても依頼の達成には問題はない。彼の中には、既に彼女が裏切った場合を想定した計画も練りあがっているのだから。




戦略が若干変化した以外は特に変更点はありません。

次回はついに前作では影も形もなかったあの人たちが登場する予定です!!お楽しみに!!


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殺人劇の夜

これで3つ目の改訂前からの追加エピソードです。今回は改訂前には一切出番のなかったあの方の登場です。


 この世に名を残す殺人鬼は多数いる。古きは旧約聖書のカインから、現在ワイドショーを騒がせている強盗殺人犯まで、古今東西老若男女問わず人を殺す鬼は存在するのだ。彼らの数と、彼らに殺された人々の数を数えきることは不可能である。そんな殺人鬼の中でも特に名を馳せるのは、多数の命を奪った者や残虐な手口を好む者達だ。

 

 

閉じよ(みったせ)閉じよ(みったせ)閉じよ(みったして)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに四度……あれ、五度?え~と。ただ満たされる時を破却する……だ~よなぁ」

 男は訝しげに手にもった年代物の和装本を見る。 

閉じよ(みったせ)閉じよ(みったせ)閉じよ(みったして)閉じよ(みったして)閉じよ(みたせ)……っとはい!今度こそ5度ね!!」

 男の風貌は典型的な遊び人というやつだ。態度だけを見ていると、明朗快活、そしてくだけた雰囲気で女性受けのいい青年にしか見えない。――鉄くさい臭気が立ち込める凄惨な部屋でこのような態度をしていなければの話だが。

 サイドボードには、壮年の男女の頭部が飾られている。頭を失った彼らの身体は、キッチンに投げ捨てられていた。ダイニングテーブルには壮年の男女が載せられており、そして彼が座るソファの隣、サイドボードの向かい側では両手両脚を縛られて猿轡をかまされた少年が転がっていた。

 どこにでもいる幸せな一般家庭を舞台にした惨劇を演出する男の名は雨生龍之介。世間を賑わせている冬木市の連続猟奇殺人の犯人であり、日本中で何件もの殺人を犯してきた大量殺人鬼に分類される犯罪者である。

 彼が殺人をする理由は、死を知ることでその裏の関係にある生を知りたいがためだ。

 

 龍之介は薄暗い部屋の中で光源となっているテレビに視線を移す。その番組ではちょうど龍之介が数日前に殺した3人家族について報道していた。

『犯罪心理学に詳しい城南大学の内田教授によると、このような猟奇的な犯行を重ねる犯人の人物像は……』

 どこかのお偉い教授とやらが、全く見当違いのプロファイリングを堂々と報道番組で披露している様子を見た龍之介はほくそ笑む。

「このお姉さんもバカだよね~おとなしいとか、性的能力に問題ありだとか……男ってところと、隣にいても殺人鬼だってわからないってところしか当たってないじゃん。プロファイリングっても大したことないみたいだね」

 これまでに逮捕された猟奇的連続殺人鬼の殆どは、幼少期に問題のある家庭に育っていたり、性的な能力に問題があってコンプレックスを抱えていたりする人物が該当している。だが、それらを元に推測する限り、この教授が龍之介の人物像に辿りつくことはきっと永遠に不可能だろう。

 彼の生い立ちは極々普通で、父親がアルコール中毒だとか、母親が育児放棄していたとか、家庭内暴力の被害者だったとか、女性への特殊な性癖を持つとか、そのような過去の大量殺人鬼にありがちなエピソードは皆無だったのだから。

「ぜ~んぜん分かってないよなぁ、この人。何も分かってないのに分かったようなふりするだけでテレビに出させてもらえるってのも阿漕な商売だよ。坊やもそう思わないかい?」

 龍之介に問いかけられた少年はただ涙を零し、震えることしかできないでいた。少年のくぐもった悲痛な叫びが龍之介の耳を打つが、生憎にも龍之介にとってそれは良心の呵責を抱かせるようなものではなく、これから少年の身に降りかかる惨劇に彩りを添え、興奮を誘う香辛料(スパイス)でしかなかった。

 

 

 

「ま、俺があのお姉さんの言う通りの人間だったとしても、君がどうなるかは変わらないんだけどさ」

 龍之介は少年の首根っこを掴み、少年の両親の血で描かれた魔法陣の前に移動させる。床に投げ出された少年は、その拍子に近くに投げ出されていた自身の姉の亡骸を目の当たりにして恐怖に震える。少年は身じろぎして必死に抵抗しようとするが、龍之介は膝をうつ伏せになった少年の背に乗せて動きを封じた。

「坊や、悪魔っていると思うかい?」

 龍之介は少年にわくわくした様子で語り始める。

「週刊誌や俗っぽいワイドショーじゃ俺のことが悪魔だって言われてるけどさ、それは本物の悪魔さんに失礼だと思うんだよね。だって、俺はまだ42人しか殺してないんだぜ?戦争とかなら、何百人単位で人殺している人なんて腐るほどいるのにさぁ、たった42人……あ~、坊やと坊やのお父さんたちを入れて46人か。そんな幼稚園児が数えられる数で俺は大量殺人をした悪魔だぁ~ってのも何かしょぼいじゃん?」

 膝に重圧をかけながら跪き、龍之介は手にしていた和装本を少年の顔の前に置いた。

「それ、こないだ土倉を整理していたときに見つけたうちのご先祖様の本でさ。ど~も、うちのご先祖様は悪魔を呼び出す研究をしてたらしいんだよね。そんな面白いもの、確かめずにはいられないじゃん。でもねぇ……万が一本物の悪魔さんが出てきてくれたならさぁ、何の準備もなくて茶飲み話だけってのももったいないし、間抜けな話だと思わない?だからねぇ、坊や。もしも悪魔さんがお出まししたらさぁ」

 そして龍之介はまるで消しゴムでも貸してもらうかのような気軽さで少年に頼んだ。

「一つ、殺されてみてくれない?お茶請けとしてさ」

 その言葉を聞いた少年は猿轡を噛まされた口で必死の叫びをあげた。そのあどけない顔は恐怖に支配されて歯の根が合わないほどに顫え、瞳からは大粒の涙が止め処もなく流れ落ちる。

「ア~ハッハッハ!!悪魔ってどうやって人を殺すんだろうね!!きっとすっげぇワクワクするような殺し方かもね!!貴重な体験っつ!?」

 その時、龍之介は自身の右手の甲に熱した鉄を押し付けられたような痛みを感じた。自身の手を見ると、そこには見覚えのない奇妙な文様が浮かび上がっていた。突如自身の手に浮かび上がった謎の紋章に龍之介は一瞬戸惑う。

「何だ?これ……まさか、本当に?」

 この不可思議な現象は自身が行っている悪魔降臨の儀式と何らかの因果関係がある――その発想にいたることは自然なことだ。悪魔の召喚が現実味を帯びてきたと感じた龍之介は、こころから湧き上がる興奮に耐え切れず、床から拾い上げた古文書を拾い上げて詠唱を再開した。

「やっべぇ……ワクワクしてきた。本当に来るのかなぁ!!え~っと、告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に……聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよっと」

 龍之介の紡ぐ呪文に反応し、魔方陣は輝きを放つ。目の前で起こりつつある奇跡の予感に駆られ、龍之介は古文書の項を捲った。

「誓いを此処にっと。我は常世総ての善と成る者、でもって我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の……こ……言霊を纏う七天?抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」

 龍之介は自身の身体からごっそりと力が抜かれて少年の上に倒れこむ。まるでフルマラソンを完走したかのような疲労感を感じながらも、龍之介は魔方陣をからは一瞬たりとも目を離そうとはしなかった。

 

 

 魔方陣からは風が吹き出し、龍之介と少年の肌を打つ。そよ風と言ってもいいほどに弱く、ぬるい風でありながら、その風を受けた少年の全身に鳥肌が立つ。幼い彼には暗く、おそろしい誰かがそこにいることしか理解できない。

 魔方陣の輝きは消え、光の中に人間のシルエットが浮かび上がった。光が収まるにつれ、その風貌もはっきりしてくる。

 身の丈は2mほどであろうか、濁った黒のローブを着た男だ。そして男は龍之介の方に振り向くと、爬虫類を思わせるようなインスマウス顔を寄せてきた。

「――問おう。我を呼び、我を求め、狂戦士(バーサーカー)(クラス)を依り代に現界せしめた召喚者……貴殿の名をここに問う。其は、何者なるや?」

 奇妙な顔をした男の問いに、龍之介は少し改まって答える。身体に力が入らず、立ち上がることができなくとも、招いたものとして最低限の礼儀を尽くすべきだと考えたのだ。目の前の男が本物の悪魔だとしたら尚更である。

「え~と……雨竜龍之介っす。職業フリーター、趣味は人殺し全般、子供とか、若い女とかが好きです」

「よろしい……契約は成立しました。貴殿の求める甘美で官能的な宴は私もまた悲願とするところ……必ずや、快楽と愉悦の日々は我らの手にするところとなりましょう」

 男の言葉の意味はさっぱり分からない。ご先祖様の魔道書にもしかしたら書いてあったのかもしれないが、召喚に関係ないところは読み飛ばしていたのでわからない。

「……よくわかんないけど、まぁ、折角来てもらったんだし、ご一献傾けませ……うわぁ!?」

 男は少年の上に倒れこんでいる龍之介を乱暴に払いのけ、少年の前にしゃがんだ。自身に近寄る男に怯え、少年は激しく身をよじる。

「怖がらなくて、いいんだよ。坊や……私が助けてあげよう」

 自身にやさしく語りかける男の姿に、少年は戸惑う。そして男は少年の自由を奪っていた手足のテープを一つ一つ丁寧に外し、涙でぬれた猿轡をやさしく外した。

「立てるかい?」

「うん……」

 少年の目からは先程までの恐怖と怯えは消えていた。目の前の男に向けられているのは少年の愛らしい笑顔だ。少年には、この男が自身を助けに来てくれたヒーローに映っているに違いない。

「さぁ、坊や。私はあの悪い男を倒してあげよう。君はあそこの扉から部屋の外に出られる……一人でいけるかい?」

 少年は涙を目に溜めながら頷き、出口に向けて小走りする。

「なぁ、あんた。悪魔だろ!?なのに……」

 出口に向かう少年を止めようにも疲労で立ち上がることもできない龍之介は、床に這い蹲りながら抗議する。だが、男は龍之介に手の平を向けて静止する。それを黙っていろという意味に受け取った龍之介は抗議を止め、口を噤んだ。どのみちこの状態ではこの男を止められないのは明白だからだ。

 そして少年は扉を開け、街灯の光が差し込んでうっすらと明るくなった玄関にたどり着く。全てを奪う恐ろしい闇の中に束縛されていた少年は外の淡い光りを見て涙を零し、笑顔を浮かべた。

「坊や」

 自身を助けてくれた『ヒーロー』の声が聞こえ、その瞳に涙を溜めたまま少年は振り向く。

 同時に、少年の首に当てられた鋸のような形状の独特なナイフが少年の首を抉り、動脈から鮮血が噴出する。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ァ!?」

 少年は目を見開き信じられないとでも言わんばかりの表情を浮かべながら絶叫する。目の前にいるのは先程自分を助けてくれたやさしい『ヒーロー』のはずだ。その『ヒーロー』が今手にナイフを持って自身の首を抉ったという事実を少年は信じることができなかった。

 悲劇はまだ終わらない。再度首に当てられたナイフがゆっくりと前後に動かされ、切り傷を抉るように広げていく。

「フォー!!フハ、ハハハハ!!アーッハハハハ!」

 男は奇声を上げながらナイフを動かす。少年の首から噴出した血を浴びながら狂ったような笑いを浮かべるその姿はまさに『怪物』――『ヒーロー』の対極にある醜悪な姿だった。その姿に少年は怯え、彼に抱いていた信頼の分、更に大きな絶望を抱く。

 やがて喉まで切り裂かれ、声を出すこともままならなくなり、少年は呻き声に似た何かを発しながら息絶える。

 だが、まだ男は止まらない。男はそのローブを脱いで『本番』を始めた。

 

 

 

 その『本番』が終わった時、雨生龍之介は立ち尽くすしかなかった。男が少年にした行為も、息絶えた少年とした行為も、その惨状も全てがかつてないほどに刺激的だった。まさに悪魔の所業というに相応しい人間の醜悪な部分の一つの究極の容と言えよう。

 しかし――違うのだ。これは龍之介が捜し求めた答えではない。ベクトルが違うのである。

 龍之介が殺人に求めるものは死というものの本質だ。その人間の人生、性格、感情、未練、その全てを内包する末期を知ることで、人間の死を、そして生を知ることが龍之介の原動力である。一人の人間の全てを凝縮した死の間際の景色は人によって異なった色合いと味わい、風味を持つ。そこに彼は惹かれた。死の味を知り、堪能することで彼の探究心は満たされ、彼は悦を感じることができるのだ。

 一方、この男が殺人に求めるものは龍之介のそれとは異なるものだ。そこにあるのは単なる生理的な欲求――性欲だ。何が原因かは分からないが、歪んだそれは嗜虐主義と合わさってあのような性癖を生み出したのだろう。

 悪魔であれば、自身の抱える不治の病(死への好奇心)に対する処方箋をくれると内心期待していた龍之介は少しがっかりする。だがまぁ、殺し方だけを見れば新鮮であるし、あのような絶叫――希望から絶望に突き落とされた人間の魅せる末期の姿は彼の脳細胞をかつてないほどに刺激したことも事実だ。

 ――しばらくいっしょに行動することも悪くないかもなぁ。

 龍之介はそう思っていた。ベクトルは違えど、彼は一つのベクトルを極めたものと言えるだろう。彼と行動を共にすることで、今まで見えなかったものが別の視点から発見できるかもしれないと龍之介は考えたのだ。

 

「では、次の舞台に向かいましょう。まだまだ物足りません」

「ちょ……ま、待ってくれよあんた」

 男に担ぎ上げられた龍之介は抗議の声を上げる。

「貴方も物足りないと?駄目ですよ。あれは私の獲物です。貴方にはあげません」

 会話が通じていない――うっすらと感じていたが、やはりこの男とコミュニケーションは取れないと龍之介は判断した。だが、言葉は通じることは事実だ。簡単なことならば答えが返ってくるかもしれない。

「あんたの名前をまだ聞いてないんだ。あんたの名前は?」

 

 その言葉を聞いた男は、龍之介の言葉を正しく『理解』し、悦の余韻に浸った笑顔を浮かべながら『返答』した。

 

「私はジル・ド・レェ。レェ男爵と呼びなさい」

 倒錯した男たちは夜の街へと歩き出す。この晩、冬木市は殺人鬼が跳梁跋扈する死の都市へと変貌する。

 

 

 

 

 

 

 

クラス:バーサーカー

 

マスター:雨生龍之介

 

真名:ジル・ド・レェ

 

性別:男性

 

身長:196cm/体重:70kg

 

属性:混沌・悪

 

 

パラメーター

 

筋力:B

耐久:C

敏捷:C

魔力:E

幸運:E-

宝具:A

 

 

クラス別能力

狂化:EX

 

パラメーターをランクアップさせるが、理性の大半を奪われる。狂化を受けてもジル・ド・レェは会話を行うことができるが、彼の思考は快楽を得ることのみに固定されているため、実質的な意思の疎通は不可能。自己紹介ができたことが奇跡的である。

 

 

保有スキル

 

?????:A

 

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精神汚染:A

 

精神が錯乱しているため、精神干渉系魔術が通用しない。また、同ランクの精神汚染を持つ人物でなければ意思疎通は不可能。

 

拷問技術:C

 

拷問を目的とした攻撃に対して、痛覚増加補正がかかる。

 

 

 

宝具

 

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ランク:A

種別:対陣宝具

レンジ:90

最大捕捉:1000人

 

 




旦那が本編以上に狂って分けわかんなくなっているのは狂化の影響です。芸術審美が失われたので、龍之介と馬が合いません。



旦那のお楽しみシーンの『本番』はR18なのであえて書きませんでした。旦那がどのように楽しんだのかは、気分が悪くなることを覚悟のうえで史実を調べてください。
自分は気分悪いですし、『本番』を詳しく描写するつもりはありません。需要もどうせないでしょうし。


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悪魔の城

これでストックは払底しました。次の更新は早くて8月になるかもしれません。


 7騎の英霊の降臨が確認され、監督役たる言峰璃正が第四次聖杯戦争の開幕を告げたその翌日、早くも事態は参加者の誰もが予想しえない事態を迎えていた。

 

 

 冬木の地のセカンドオーナーたる遠坂の屋敷の地下に設けられた工房では、工房の主である遠坂家頭首、遠坂時臣がティーカップを片手に魔道通信機の前で険しい表情を浮かべている。

「……それは本当かね?綺礼」

 時臣は平静を保つように努めながら自身の弟子に問いかける。

『事実です。アサシンの報告によりますと、バーサーカーとそのマスターは本日9時深山小学校を襲撃したとのことです。バーサーカーが宝具を展開したのか、小学校は現在、謎の霧に閉ざされて中の様子を窺うことはできません。マスターはおそらく、今世間を騒がせている連続殺人犯と同一人物ではないかと』

 遠坂時臣はその報告を聞いて紅茶の入ったカップを床に叩き付けたい衝動に駆られた。まさか、このような人物が聖杯戦争に参戦するなど予想外もいいところだ。

『彼らは何の配慮もなく街中で宝具を展開し、その痕跡の秘匿も一切行っておりません。もはや聖杯戦争そのものが全く眼中にないものと思われます』

「錯乱して暴走したサーヴァントと、それを律することのないマスターか……バーサーカーは元々理性がないとはいえ、いったいどうしてそんな連中が聖杯戦争に参加しているのだ……」

『いくらなんでもこれは容認できんでしょう時臣君』

 通信機ごしに綺礼の父――璃正の厳とした声が響く。

『白昼堂々と学校を襲撃するとは、神秘の秘匿どころの話ではない。聖堂教会のスタッフが何とか誤魔化しているが、人手が足りない。既に魔術協会にも応援を要請しているが、あまり長くは誤魔化せないそうだ。被害が明らかになれば冬木で聖杯戦争を続けることは不可能になりかねん。バーサーカーたちの行動は明らかにルールを逸脱して余りある』

 学校一つが魔術の餌食となり、更に魔術の隠匿もなしにそんなことをされたとなれば、冬木の地を管理する時臣はこれを放置するわけにはいかない。神秘の秘匿という魔術師の最低限のルールすら守れなければ、時臣の名声は地に墜ちることとなるだろう。

「無論です。私は魔術の秘匿に責任を負うものとして、このような蛮行は断じて許せない」

『うむ……バーサーカーとそのマスターは排除するほかあるまいな』

『しかし問題としてサーヴァントにはサーヴァントを持て抗するしか手段はありません。私のアサシンを差し向けましょうか?』

 綺礼からの提案を受け、時臣は考える。確かに、ここでこちらが動かせる駒はアサシンしかない。ただ、アサシンの能力を明かすわけにはいかないため、もしも小学校に突入させるとなると、動員できるのはアサシンの一体だけだ。

 分裂して弱体化したアサシン一体でバーサーカーのマスターを仕留められるかという問いには疑問符がつく。分裂したアサシン一体の戦闘力はお世辞にも高いとは言えず、時臣でも時間稼ぎが可能な程度の戦闘力しかない。

 正面からサーヴァントと戦わず、マスターの殺害に限定すれば弱体化したアサシンでも十分に勝算があるはずだが、生憎バーサーカーのマスターはサーヴァント共々あの霧の中だ。あの霧の中が宝具なのか、あの霧自体が宝具なのかはわからないが、敵の宝具の中に突入するというのは危険が高い。アサシンを無駄死にさせることになりかねず、その場合は時臣が出陣せざるをえなくなるだろう。

 どのみち明日にはアサシンはアーチャーに殺される予定であったから、そのうちの一体を失ったところで戦略上はあまり痛くはないのだが、さりとて無駄遣いするというのもどうか。時臣は悩み、ついに頭を横にふった。

「それはできない……あの霧か、霧の発生源は間違いなくバーサーカーの宝具だ。いくらアサシンとはいえ、敵の宝具に正面から挑んで勝ち目があるとは言い難い」

『では、全てのマスターをバーサーカー討伐に動員できませんか?若干のルール変更は監督役の権限のうちのはずです』

『それは無理だろう、綺礼』

 璃正が綺礼の提案を即座に否定する。

『バーサーカーが小学校を襲撃して1時間が経過した。今からマスター達を収拾したとしても、さらに1時間はかかる。だが、これ以上時間をかければ事件が警察やマスコミに漏れてしまいかねない。このような事態が公になれば、冬木はとても聖杯戦争が続行できる状況ではなくなってしまうだろう。我々がこの案件に介入するとすれば、残された手は……もはや、アーチャーの出陣しかない』

 そして通信機が沈黙する。これは、璃正からの問いかけだ。アーチャーを出すか、出さないか。つまりはバーサーカーの暴走に介入するか否かの判断を時臣に委ねたのである。

 

 時臣は通信機の前でしばし黙考する。聖杯戦争も未だ序盤だ。こちらの手の内を曝すにしても、最低限度で済ませたい。ただ、敵の正体も、宝具の能力も分からない以上は迂闊なことはできない。また、バーサーカーがこれだけ派手にやっていれば、バーサーカーの首を求めてやってきた他のサーヴァントと遭遇戦になる可能性もある。

 聖杯を獲得し、根源への道を開くという遠坂家5代に亘る悲願の成就のためには、聖杯戦争において一切妥協をしてはならない。万全を期し、確実に聖杯戦争に勝利することが最優先されるべきなのだ。もしもアーチャーをもってバーサーカーを討ち取るとなると、完璧なはずの計画に綻びが生まれかねない。

 敢えて静観するというのも一つの手だ。バーサーカーという餌に釣られた他のサーヴァントやマスターの戦いを観察し、そこから対策を練るというのは戦略としては悪くないだろう。他のどのマスターも同じことを考えて尻込みし、その間に被害が拡大する可能性がある点を除けば、悪くない選択肢だろう。

 しかし、時臣はこの土地のセカンドオーナーだ。彼には神秘の秘匿、冬木の地の管理の義務がある。ここでバーサーカーの蛮行を見逃すということは、自身が背負っている高貴なる義務を放棄することに他ならない。

 誇りか、一族の悲願が――どちらも時臣が何よりも優先しなければならないものだ。だが、ここで時臣は甲乙つけなければならなくなった。

 

 そして黙考を止めた時臣は結論を出した。

「……アーチャーを出します」

『しかし、時臣君、いいのかね?それでは計画に支障をきたす。一から練り直しとなるぞ。他のサーヴァントに任せるという手もある』

 璃正が翻意を促す。彼の目的は時臣の確実な勝利であり、このような想定外の出来事は好ましくなかったのである。だが、時臣の決意は揺るがない。

「確かにここで私が出なくとも、他のサーヴァントが対応してくれるかもしれません。しかし、そのような正しい参加者が他の6人の――いや、5人の中にどれほどいるのか。戦略を考えるのであれば、ここで他のサーヴァントに討伐をやらせて敵の手の内を探るという手が最良である以上、普通のマスターであればここで敢えて自身の情報のリスクを背負いながらも出陣するマスターはいないでしょう。ですが、魔術協会からこの冬木の霊地の管理を任されている私がこれを放置して大きな損害と神秘の漏洩を防ぎきれなかったとなると、私は先祖代々の誇りに泥を塗ることになる。……それは断じてできません。孫子曰く、戦いとは正を以て合い、奇を持て勝つ。計画は状況に応じて臨機応変に変更すればいいのです。常に正に拘る必要はありますまい」

 時臣は静かにティーカップを置き、アンティークのチェアから立ち上がる。

『……ご武運を』

 時臣は愛用する礼装のステッキを片手に、工房を後にした。目的はただ一つ、『冬木』(遠坂の地)を荒らすものへの誅罰だ。

 

 

 

 

「時臣、貴様はこの我を使用人とでも思っているのか?このような醜悪な小屋など、庭師に解体させればよかろう」

 異様な瘴気が漂う小学校の前で黄金の鎧を着込んだ男――アーチャーのサーヴァントが実体化する。そしてそれに合わせて時臣も膝を折った。

「めっそうもありません。しかし、このような蛮行を見逃せば、他のサーヴァント達も王の庭での蛮行を躊躇なく行うことも考えられます。王の面貌を知りつつもなおこのような蛮行を繰り返す輩などまずいないでしょうが、現在は聖杯戦争の序盤です。この冬木の地に降り立った他のサーヴァントたちは互いの名も、顔すらも知りませぬ。王の存在を知らぬが故に蛮行に走るものが他にもいないとは断言できません」

 本来であれば、今宵遠坂邸にてアサシンをアーチャーの手で葬り、アサシンと綺礼を脱落したように擬装させて情報戦を有利に進めるついでに、手札をある程度隠しながらアーチャーの圧倒的な戦闘能力を見せ付ける手筈であった。

 しかし、戦闘能力を見せ付けるのであれば直接的な戦闘能力に乏しいアサシンを討つよりも他のサーヴァントを討伐したほうが効果的であることは間違いない。アサシンはまた適当な機会に乗じて脱落を擬装すればいいだろう。まだ聖杯戦争は序盤であり、アサシンを脱落させる機会には事欠かないと時臣は判断したのである。

「王の威光を知らしめる好機です。王の手づからの誅戮で害虫の末路と王の神威を知らしめることができれば、今後は二度と王の庭を争うなどという醜悪な害虫は現れないでしょう。これは今後王を些事に煩わせないためには必要なことなのです」

 アーチャーは目の前で膝を折って頭を垂れる男をじっと見つめていたが、ややあって口を開いた。

「……いいだろう、時臣。我をこの現し世に保っているお前への義理立てと思ってその口車に乗ってやろう」

 時臣は自身のサーヴァントの返答に内心でホッとする。

 このサーヴァントの性格なら、自身の提案を拒否されてもおかしくはなかったからだ。令呪という絶対命令権があるが、これを使い、意に沿わぬことをサーヴァントに強要した場合、サーヴァントとの関係は決裂してしまう。

 また、聖杯を降臨させて根源に至るとなると、七騎全てのサーヴァントの魂が聖杯に溜まらなければならない。自身のサーヴァントを自決させるためにも最低で一角の令呪を残す必要があるため、序盤で令呪を使うことは時臣には憚られたのである。

「感謝します。王の中の王、英雄王ギルガメッシュ」

 時臣のサーヴァント、ギルガメッシュは感謝を口にする時臣に鼻を鳴らし、視線を小学校を取り巻く紫がかった瘴気に向けた。

「だが露払いは時臣、お前がやれ。王たるこの我にあのような醜悪な空気を吸わせるでない」

「仰せのままに」

 時臣は自身の魔術礼装である杖を取り出し、詠唱を始める。杖の先端のルビーには光が灯り、そこから迸った焔がまるで光りが闇を明るく照らすかのように小学校を覆う霧を薙ぎ払った。

 悪霊は魔術師が工房の番犬としてよく用いる存在だ。聖杯戦争という魔術師間の抗争に参加する時臣がその対処法を知らないわけがない。宝具の力で生み出された悪霊であろうが、その本質が悪霊であることには変わりない。

 一般的な魔術師が番犬として用いる悪霊に比べて一段格上の悪霊であることは間違いないが、これまでの生涯の全てを魔導の研鑽に費やしてきた時臣が太刀打ちできないほどのものではなかった。

 

 

 

 

「ねぇ、レェ男爵……って聞いてないかぁ」

 裸になった少年と戯れている大柄の男から視線をずらし、龍之介は溜息をついた。目の前の悪魔――らしき男は龍之介の言葉には全く目もくれずに快楽に浸っているようだ。

 先程までは児童達の絶望の表情とその断末魔の音色を鑑賞していたのだが、ワンパターンすぎて既に龍之介は飽きを感じていた。

 人間を、生命を死から分かつ真っ赤な臓器は彼にとって正に生の象徴だ。人間の生ゆえにそれは美しく、千差万別で、魅力的なのだ。それを鑑賞し、触感を確認したり写生したり、ずーっとただながめてみたり、なめてみたり、嗅いでみたりとして生を理解しようとしたこともある。

 自分で言うのも何だとは思うが、自分はあの悪魔よりもよっぽど高尚な趣味をしていると龍之介は思う。一般的な感性を持つ人間に向けて説明するのならば、自分は裸婦の絵を芸術として評価し、その中に秘められた女性のエロスと純真な美貌に見惚れるタイプの芸術家で、あの悪魔は裸婦の絵をオカズにしか使えない下賤な男といったところだろうか。

 因みに、龍之介は素知らぬことであるが、実はジル・ド・レェには芸術審美のスキルがあった。バーサーカーとなったことでそのスキルは完全に失われているが、もしも彼がキャスターとして限界していればそのスキルは失われなかっただろう。

 芸術審美のスキルを持ち、あるベクトルで狂っていながらも理性は保っていた彼とであれば、龍之介は芸術について語り合うことができたのかもしれない。まぁ、この場合も芸術に対する感性の違いのため、良好な関係は長くは続かなかっただろうが。

 

「何かすっげえ城で創作意欲も湧いてきたし、俺もちょっと楽しんでおくかなぁ。男爵は女の子には興味ないっぽいから、女の子で楽しむのはOKみたいじゃん?」

 バーサーカーは教室に侵入してきたバーサーカーを咎めた女性教師をその手に握る剣で一閃して瞬殺すると、教室にいた男子を捉えて早速お楽しみを始めた。生徒を助け出そうと立ち向かった教諭の殆どが彼に殺されていたこともあり、残った教師は震える生徒を慰めて逃亡の隙を窺うことしかできずにいる。

 そしてバーサーカーが楽しんだ少年の遺体や惨殺された教師の遺体は次々と起き上がり、生徒の中から少年だけを選んで隔離した。現在お楽しみの相手もまた少年だ。少女に手をだすつもりはないのだろうから、その分で自分が遊んでも文句は言われないだろうと考えた龍之介は立ち上がり、城の隅で震えている女の子たちに歩み寄った。

 バーサーカーに残虐に殺された学友たちの屍兵に怯え、生き残った僅かな教師に縋りながら城の隅で泣いていた彼女たちは、この凄惨な景色を作り上げた恐ろしい男の仲間に対して恐怖を抱いて悲鳴をあげる。

「こ……これ以上子供達に何をするつもりだ!!」

 少女達に縋られている男性教諭が叫んだ。精一杯の威勢のつもりなのだろうが、脚が振るえ、その瞳が恐怖に支配されていることに気がつかない龍之介ではない。

 ただ、後々血迷って抵抗されるのも面倒であるし、元々男の生にはあまり興味を抱かなかったため、龍之介はすぐに判断を下すことができた。

「ねぇねぇ、助けてあげようか?」

 人懐っこい笑みを浮かべながら提案する龍之介に対し、教諭は目を見開いた。

「た……助けてくれるのか!?」

「もっちろん!!俺はさっきまであの男の隙を窺ってたんだぜ?勝算はあるって!!」

 その言葉に勇気付けられたのだろう。教諭は希望を得たことに喜色を浮かべる。

「だからさぁ。俺の話をちょっと聞いてみない?」

「あっ……ああ!!」

 教諭は女子生徒たちにしがみつかれて立ち上げれないため、やや前傾姿勢になる。だが、この時目の前にぶら下げられた希望という餌に食いついた教諭は龍之介に対して致命的な隙を曝してしまう。

 龍之介はジャケットの内ポケットにしまっていたナイフを瞬時に引き抜き、同時に教諭の首を一閃した。頚動脈を切断された教諭は傷口から鮮血を噴出し、何が起こったのかわからないままに床に沈んだ。

「い……いやぁぁぁ!!」

自分達の拠り所となっていた教諭が殺された恐怖からか、または教諭の首から溢れた鮮血を頭から被っていながらも先程と変わらない笑みを浮かべている龍之介の異常な姿に対する畏怖からか、はたまた両方か。女子生徒たちは目の前の現実に怯え悲鳴をあげる。

 そして、物言わぬ躯となった教諭の身体を乱暴に放り投げた龍之介は、一番近くで蹲る長髪の女子学生に近づく。彼が伸ばす手を拒絶するかのように女子学生は後ずさりするが、自身の後ろにはショックで泣き崩れる同級生がいるために下がれない。ついに彼女は龍之介に手をつかまれてしまう。

「最初は、君からだねぇ。さ~て、何してあそぼっかな~」

 自分がどうなるか――それは先程先生が示してくれた通りのものとなるだろう。それを察した彼女は悲しみと恐れとが入り混じったグチャグチャな表情を浮かべながら絶望した。

 誰か、助けてほしい。警察でも、自衛隊でも、通りすがりの仮面騎士でもヒーローでもなんでもいい。ただ、誰かに助けて欲しいという思いだけが彼女の心を支配する。もう助けがくることなんてないことは分かっているはずなのに、それでも、奇跡に縋らずにはいられなかった。

 

 ――そして、彼女の祈りは届いた。城の壁に突如砲撃でも受けたかのような爆炎が噴出したのだ。突然の爆炎と爆発音に反応し、龍之介とバーサーカーは共に壁の方に向き直る。そして彼らは壁を破壊してきたものが何なのか、本能的に理解して身構えていた。

 爆発の衝撃で付近に舞い上がった埃が強風が吹きこんだかのように晴れ、この城に侵入した者たちの姿を顕にする。先頭を歩くのは金の鎧の男で、その数歩後ろには紅い服をきた顎鬚の男がいる。

 

「度し難いほど醜悪だ」

 金の鎧の男が鎧がぶつかる金属音を鳴らしながら歩を進める。

「城の趣味も、その品性も不愉快極まりない。醜悪でもそれはそれで愛でようがあるだろうが、貴様のような陰気なナメクジでは愛でようがない。王たる我にその醜悪な姿を見せることが罪だ」

 そして男はさもそれが当然であるかのように龍之介たちに言い放った。

「疾く自害せよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラス:バーサーカー

 

マスター:雨生龍之介

 

真名:ジル・ド・レェ

 

性別:男性

 

身長:196cm/体重:70kg

 

属性:混沌・悪

 

 

パラメーター

 

筋力:B

耐久:C

敏捷:C

魔力:E

幸運:E-

宝具:A

 

 

クラス別能力

狂化:EX

 

パラメーターをランクアップさせるが、理性の大半を奪われる。狂化を受けてもジル・ド・レェは会話を行うことができるが、彼の思考は快楽を得ることのみに固定されているため、実質的な意思の疎通は不可能。自己紹介ができたことが奇跡的である。

 

 

保有スキル

 

嗜虐の法悦:A

 

絶頂するたびに自身の快楽を魔力へと変換する能力。1回の絶頂で得られる魔力は彼の実体化を半日維持するだけの魔力に匹敵する。

 

精神汚染:A

 

精神が錯乱しているため、精神干渉系魔術が通用しない。また、同ランクの精神汚染を持つ人物でなければ意思疎通は不可能。

 

拷問技術:C

 

拷問を目的とした攻撃に対して、痛覚増加補正がかかる。

 

 

 

宝具

 

絶望讃歌の青髭魔城(フォリ・ル・シャトー・ティフォージュ)

 

ランク:A

種別:対陣宝具

レンジ:90

最大捕捉:1000人

 

 ジル・ド・レェが生前残虐非道の限りを尽くしたティフォージュ城を魔力で再現する。固有結界とは異なり、彼がもっとも愉悦に浸れる環境を世界の上に一から構築して再現するため、長時間維持が可能。保有スキルの嗜虐の法悦とあわせることで、城の内部で快楽を貪っている間は魔力が尽きることはない。そのため、長時間展開・維持が可能。

 また、展開中は城ごと霧に包まれるため、中を視認することは不可能。この霧はジル・ド・レェの犠牲となった子供達の魂の成れの果てである低級の怨霊たちであり、城の中で犠牲者が生まれるほどに強化される。そのため、宝具が破られるまで霧が晴れることはない。

 低級の怨霊なので、怨霊がサーヴァントに憑依を試みようとサーヴァントは容易く拒絶できる。あえて取り込むことで栄養分とすることも可能。だが、抵抗力の弱い一般人や三流の魔術師にとっては呪いのようなもので、憑依されればその怨念に耐えられずに発狂してしまう。

 この宝具が展開されている間はジル・ド・レェのステータスは1段階上昇する。

 城の中でバーサーカーの犠牲となった者たちの屍は屍兵となって蘇り、バーサーカーの意のままに操ることもできる。キャスタークラスのサーヴァントが使役する竜牙兵ほどの戦闘力を有するが、所詮竜牙兵程度なので腕のいい魔術師ならば遅れをとることはない。

 犠牲者の身体は屍兵に、魂は悪霊になるため、犠牲者が多くなればなるほど攻略が難しくなる特性を備えた宝具。




バーサーカーの宝具は、簡単に言えば赤王様の劇場みたいなタイプです。
バーサーカーということで魔力消費も本来であればかなり激しいはずですが、保有スキルもあって城での宴でかなり維持コストが削減されて龍之介の負担は小さくなっています。




おまけ。ネタ予告編。
ゴジラ公開するも8月まで忙しくて見にいけないストレスと、BSプレミアムのゴジラ放送に触発されて書きました。


 都心のとあるマンションの一室、普段は部屋の借主である男とその娘の二人暮らしなのだが、この日はそこに珍しい客人が訪れていた。昨年から採用された防衛陸軍の新しい常装を着た男だ。その肩の階級章は、客人が防衛陸軍大佐の地位にいることを示していた。

「久しぶりだな、小早川少佐……いや、今は大佐か。呼び出してすまなかったな」
「こちらこそ、ご無沙汰しています。お元気そうでなによりです」
「私ももういい年だ。昔なら、このマンションの階段の上り下りだって息を切らすことはなかったが、今では息があがってしまう。衰えたものだよ、私も」
 しかし、小早川の目の前にいる男は老いたことへの愚痴とは裏腹に、齢65を過ぎた退役軍人だとは思えないほどに矍鑠としている。その眼光にも、立ち振る舞いにも衰えは全く感じられないと小早川は感じていた。

「しかし、軍を勇退した貴方が今更私に一体どういったご用件でしょうか?」
 小早川は男に問いかける。同時に、部屋の空気は昔話をするような和んだ空気から張り詰めた空気に変わった。小早川は男の凄みから10年前のあの日の会議室の緊張感を幻視した。やはり、この男は10年前から全く変わっていない。

「確か、大佐は今、防衛省直轄の特殊災害研究会議にいたはずだな。実は今日は、君に見せたいものがあって呼んだんだ」
 男は棚からタブレット端末を取り出した。そして画面を操作し、一つのファイルを開いた。
「先日、娘の由里が奈良県の南明日香で奇妙なものを見つけたと教えてくれてな」
 タブレット端末を持ち上げ、小早川はその画面に映し出されていた古文書を訝しげに見つめる。

「柳……星……張?」
「古代中国や日本で使われていた太陰暦の28宿では、南を指すそうだ。そして、星宿図を元にすると、『柳』は海蛇座の頭、『星』には海蛇座を代表する赤い星があり、それが南斗の守護神の色を表す。そして『張』はそのあとにある翼を現すそうだ。つまり、これは翼を持つ赤い守護神を意味するらしい」
 男は続ける。
「また、その村に古くからある名家に伝わる古文書からは、護国聖獣伝記との共通点がいくつか見つかったらしい。つまりは……」
 小早川は男の言葉を遮り、険しい表情を浮かべながら口を開いた
「その村にも、かつての3聖獣のような怪獣が封じられているということでしょうか?……この国にこれ以上怪獣が眠っているなんて事実は信じたくありませんね……」

「……古代の民は『くに』を護るために聖獣たちを封じ込めたという。……つまり、古代の民には怪獣の力をもって対抗しなければならない脅威が存在したのではないだろうか?」

 男――かつてゴジラをその手で抹殺した英雄である、日本国防衛海軍退役中将立花泰三は、小早川を諭すかのようにただ淡々と語った。

「そう――例えば、ゴジラのような怪獣が」



 ゴジラが護国三聖獣を滅ぼし、横浜の地を災禍に包んだあの日から10年が経っていた。しかし、戦いはまだ終わってはいない。

天地否。それ亡びなん、それ亡びなん、苞桑に繋る。

『ゴジラ・ガメラ・イリス~列島崩壊~』
20XX年X月X日公開!!



というわけで金子監督の特撮クロスネタでした。
製作は未定。というか、3本目抱えるなんて無理なんで期待しないで下さい。


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誅戮

きりがいいところで切ったので、今回は少し短いです。


 遠坂時臣は激怒した。自らが従える暴虐の王と共に、目の前にいる醜悪な汚物を取り除かねばならぬと決意した。

 魔術師である彼に人道などを尊重すべきという考えは存在しないし、目の前の男が猟奇的大量殺人鬼だろうが特段の興味は持たない。彼らにとって魔術と関わらない俗世間は等しく価値が乏しいものであるからだ。

「一体何用か!?我が城から財を奪い取るつもりか!?」

 バーサーカーと思しき長身の男が喚いているが、時臣の目には生前に英雄たるだけの偉業を果たしたはずの英霊の姿が醜悪な虫にしか見えなかった。時臣はバーサーカーの手駒であろう、四方八方から自分に向かってくる屍兵たちにステッキを翳した。

Intensive Einascherung(我が敵の火葬は苛烈なるべし)――」

 ステッキから迸る焔が半円状に広がって迫り来る屍兵の下半身を飲み込み、脚を焼失した屍兵はそのまま大地に倒れる。だが、屍兵は十や二十ではない。第一撃を耐え抜いた屍兵は倒れた屍兵を乗り越えながら標的である時臣に喰らいつこうと前進する。少年や少女の容貌をした屍兵が殺到する恐怖は、ハリウッドのホラー映画の比ではないだろう。

 だが、時臣は慌てない。懐から取り出した宝石を密集した屍兵に投げつけて対処する。

Ein KOrper(灰は灰に)ist ein KOrper(塵は塵に)――」

 宝石を媒介にした魔術は屍兵を文字通り一掃した。

目の前で自身の兵力を喪失したバーサーカーは、生前には当然のことのように知っていた戦力の逐次投入の愚すらも忘れているらしく、さらに周囲の悪霊を時臣に嗾ける。自身が組み敷いている少年とのお楽しみの方が最優先で、侵入者の相手など自身の宝具に任せればいいとでも考えているのだろう。だが、サーヴァントという規格外の存在を討伐すると決めて襲撃した時臣に憂いはなかった。

 バーサーカーの作り出した城の周囲に悪霊が浮遊していることを掴んでいた時臣は当然のことながらその対策も既に済ませている。宝石から展開された魔方陣は時臣を包み込むように広がる。時臣を包む魔方陣に触れた悪霊は風船のように破裂し、時臣に傷一つつけることはできないでいた。

 本来であれば、宝具相手に魔術師とはいえ一介の人間が太刀打ちすることは不可能なはずだ。だが、キャスターが雑兵として用いるような使い魔、ゴーレムの類の宝具であれば、一体一体はそう強くないため、魔術師の力量次第では戦えないこともない。

 今回は、時臣の魔術師としての力量の高さと、バーサーカーの宝具が生み出した屍兵や悪霊の数が『絶望讃歌の青髭魔城(フォリ・ル・シャトー・ティフォージュ)』での殺傷数に依存するという欠点があったが故に、対抗が可能だった。

「この程度、王の手を煩わせるまでもない」

 俗世間を格下として見るほどに魔術を扱うものの高貴さを信じている彼にとって、神秘の秘匿を破り魔術をこのような吐き気を催すような邪悪な趣味に使う輩が不倶戴天の敵となることも当然のことだと言えるだろう。

 常に余裕を持って優雅たれとという家訓を体現するように振舞っている時臣にしては珍しく、拭いきれない不快感を表情に出さずにはいられなかった。

「随分と不愉快そうだな、時臣。貴様もそんな顔を表に出すのか」

 彼のサーヴァント、アーチャーが面白いものでも見たかのように興味を示す。

「王よ、目の前の惨劇(これ)は私の矜持に触れるものに他ならないのです。魔術にその人生を捧げてきた誇りが私にはあります、それをこのような形で侮辱されては、平静ではいられません」

「なんだ、貴様も腹の内を表に出すことができるではないか。いいぞ、我もそのような嘘偽りのない感情というものは嫌いではない」

「私は王の前で自分を偽っているつもりはございません、王よ」

「フン……まぁ、貴様の腹の内など今はどうでもよいが、臣がこのような陰気なナメクジに矜持を汚されたとなれば、王たる我が力を貸してやらぬわけにはいくまいな」

 アーチャーの背後の空間が揺らぎ、そこに宝剣が姿を顕す。

「このような汚物の掃除に使った宝剣など、使い捨てるしかないが、これも臣たる貴様への義理立てだ。光栄に思え」

 自身の手駒がやられたことに苛立ったバーサーカーが先程まで少年の解体に使用していた大斧を振りかぶり、奇声をあげながら突進してくる。その様子を横目に見ながらアーチャーは傍らに展開した宝剣を射出した。

「貴様は俺の庭にいることすら能はぬ。ナメクジはナメクジらしく陰気な影の中で死んでゆけ」

 黄金色に輝く二振りの宝剣は稲光のように奔り、バーサーカーの胴を切り裂くと同時にその頭を柘榴のように派手に割った。

 

 

 

 あっけない。時臣がそう思ってしまったのも無理もないだろう。60年を費やして準備してきたサーヴァント――それもまともに相手をすれば苦戦は免れないはずのバーサーカーとの戦いがこれほど容易いものとなれば、いささか拍子抜けだ。

 いや――これでいいのだ。時臣は頭を振る。

 元々圧倒的で確実な勝利を期して最強最古の英雄王、ギルガメッシュを召喚したのだ。単独行動スキルを持つアーチャークラスとして限界したのは誤算だったが、アーチャーの宝具である王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の力を考えれば、アーチャーのクラスが最も力を発揮できるということは間違いないだろう。

 他のサーヴァントもこのバーサーカーと同様に圧倒的な力を持って倒していけばいい。敵マスターとの正々堂々とした魔術の競い合いというのも悪くないかもしれないが、サーヴァントをぶつける勝負の方が分がいいのであれば、無理に魔術の競い合いに凝って敵に果たしあいを要求する必要はないだろう。勿論、魔術合戦を挑まれたのならば正々堂々と受けてたつつもりであるが。

 問題はあの衛宮切嗣であるが、マスター殺しを狙われるのであれば工房に篭って姿を顕さなければいいだけの話だ。ジャンボジェットやミサイルを屋敷に突っ込ませるぐらいのことは考えるだろうが、それもアーチャーなら迎撃が可能だ。

 確かに、時計搭にその名を轟かせるロード・エルメロイのような魔術師と凌ぎを削り、遠坂家が5代に亘って培ってきた力を存分に振るって勝ち抜くことで聖杯を手にしたいという願望はある。

 しかし、自身の満足感など遠坂家5代の宿願に比べれば小さいものだ。流石に衛宮切嗣のような外道に落ちてまで聖杯戦争の勝利を狙うつもりはないし、魔術師としての倫理を破るつもりはないが、それ以外の手だったらどんな手でと厭わずに使うべきだろうと時臣は考えていた。

「さて……用は済んだはずだぞ、時臣。まさかこれ以上我にこのような薄汚いところにいろとは言うまいな?」

 目的を達した以上、この場所に留まることを我慢する理由はないとアーチャーは考えているようだ。既にバーサーカーの宝具である建造物は消滅しているのだが、バーサーカーの造り出した惨状はそのままに残っている。

 それが気に食わないのだろうか?それとも、小学校の貧乏くさい雰囲気が気に食わないのだろうか?暴君の価値観など全く分からないが、ここに留まっていてはアーチャーの機嫌を損ねるだけだと判断した時臣はすぐに退散することを選んだ。

「滅相もありません……」

 本音を言えば、この場に残る児童の記憶を操作しておきたいところだったが、それは聖堂教会のスタッフにもできることだろう。どうせ一人で全校生徒の記憶を操作することはできないのだから、ここは全て任せてしまっても問題ないだろう。

 だが、一つだけ、自分の手でやらなければならないことがあった。聖堂教会のスタッフにも可能であるし、そもそも必要不可欠なことでもない。これは遠坂家の者としてのけじめなのだから。

「さて……少し待ってくれないか、そこの君」

 何食わぬ顔で小学校の校門に向かっていた茶髪の青年を時臣は呼び止める。あの場所にいたことや、微かに感じる気配から彼が魔術師であることは間違いないだろう。

「え~と、俺のことですかぁ?」

 人畜無害そうな笑顔を浮かべながら青年は振り返った。

「そうだ。二つ聞くが、君は何者だ?見たところ小学生の教諭ではないだろう。そして、君はここで何をしていたのかな?」

「え~と、雨生龍之介っす。職業はフリーター……ここにいるのは、悪魔召喚の儀式?ってやつをしてみたら本物がきちゃって、悪魔さんに連れられてきたからなんですよね~。おじさんも悪魔さん連れてるっぽいし、事情はわかるでしょ?」

「……そうか。では、その返り血は何だね?」

 時臣は真っ赤に染まった龍之介の服装を指摘する。

「あ~、これ?これはほら、あの悪魔さんが食い散らかすもんで、飛び散った血がついちゃったんだよね~」

 龍之介の口ぶりや、彼自身を観察したところでは、彼が魔術師としてサーヴァントを召喚した可能性は低いだろうと時臣は判断した。おそらくは、何らかの方法で魔術について記された資料を入手して実践したところ、偶然持ち合わせていた魔術回路が反応しサーヴァントを呼び寄せたというところか。聖杯戦争に参加する意思はなかったのかもしれない。

 ただ、聖杯戦争に参加する意思がないからといって今この青年を放置するということもできない相談である。はぐれサーヴァントが発生した場合、この男にも再度令呪が与えられてマスターになる可能性があるからだ。

 自らのサーヴァントを御しきれずに神秘の隠匿を脅かすほどの事件を引き起こした前科がある以上、龍之介が再度サーヴァントを保持することは聖杯戦争の一参加者としても、冬木の地を治めるセカンドオーナーとしても絶対に認められないことであった。

「そうだ、それよりもおじさんに聞きたいことがあるんだけどさ、あの金色のお兄さんも、うちのレェ伯爵もなんかハリウッドも真っ青のスッゲェことしてるじゃん!!やっぱあれって悪魔の力だよね!?おじさんは詳しく知らない!?」

「……さて、どう説明したものかな。長くなるが、構わないかい?」

 言葉を口にするのと同時に、時臣は暗示を龍之介にかける。魔術回路が偶発的に開いただけの一般人が、人生の全てを魔術の研鑽に費やした男の暗示を防げるはずもない。暗示を受けた龍之介は焦点の合わない虚ろな目を浮かべ、その場に崩れ落ちた。

 時臣は龍之介に倒れた龍之介に歩み寄り、その心臓にステッキを当てて呪文を紡いだ。

last(レスト)

 ステッキの戦端に備え付けられた宝石が一瞬煌き、同時に龍之介の身体が電気ショックを受けたかのように反射的に跳ね上がる。この瞬間、雨生龍之介の心臓は強制的にその活動を停止させられたのだ。

 ――これでいい。後はこの男がこの事件を引き起こした犯人として検挙され、小学校でおきた猟奇的無差別児童殺傷事件としてこの一件は全て処理される。児童の記憶操作は聖堂教会のスタッフに任せればいいだろう。

 龍之介を始末した時臣はアーチャーに向き直り、頭を下げる。

「王よ、お待たせして申し訳ありませんでした」

「……」

 アーチャーは口を閉ざしたまま時臣に無機質な目を向けて一瞥し、霊体化した。アーチャーの姿が消えたことを確認して時臣はようやく頭を上げ、内心で嘆息する。敵サーヴァントを一体屠り、聖杯戦争は完全に動き出したと言えよう。



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モラトリアム

E-3終了……
バケツ節約のために生じた入渠時間をつかって書き上げました。


「……戦闘の詳細は分からずじまいということか」

「はい」

 冬木市新都にある安ホテルで助手の久宇舞弥と合流した衛宮切嗣は、小学校を監視していた使い魔に取り付けられたカメラで録画した映像を検証していた。舞弥の操る使い魔には重量増を承知の上で小型のカメラを持たせているため、魔術による隠蔽も看破でき、何度でも再生できるために映像を詳細に分析することもできるという利点があった。

 とはいえ、戦闘そのものは宝具と思われる陣地の中で行われていたこともあり、使い魔では宝具の中で行われた戦闘を偵察することはできなかった。小学校を包んでいた霧そのものは魔術による認識阻害効果のあるものだったらしく映像には写されていなかったが、小学校を覆う城のような建物の内部を看破することはできずじまいだった。

 分かったことは、遠坂時臣がサーヴァントを率いてこの小学校を占拠したサーヴァントを撃破したということと、遠坂時臣のサーヴァントが黄金の鎧に身を包んだ男ということぐらいだ。生前の知り合いでもいない限りサーヴァントの容貌だけで真名を看破することは不可能に近いだろう。ことサーヴァントの情報に関しては収穫は殆どないと言ってもいい。

「だが、遠坂時臣に関して言えば、収穫はあったな」

 切嗣に拾われ、切嗣の補助部品として育て上げられた舞弥は彼の発言の意図するところを瞬時に汲み取った。

「神秘の隠匿……そして冬木という霊地の裏の秩序を護るために遠坂時臣は行動せざるを得ないでしょう。例え聖杯戦争中であっても」

「そうだ。罠だと分かっていても、遠坂時臣という男は自らそれに飛び込むだろうな。自分自身が『誇りある魔術師』であるために」

 切嗣は時臣のあり方を嘲笑する。このような魔術に誇りを持つ典型的な魔術師こそが魔術師殺しの鴨であり、同時に聖杯戦争の敗者となる。戦争に魔術師の矜持や騎士としての誇りなどといった下らないものを持ち合わせるから彼らは負ける。切嗣に言わせれば、そんなものは犬にでも食わせておけばいい代物であった。

「……それに、逆に考えると、『魔術』によるものでない破壊行為には干渉しない可能性もある。だが、これは好都合だ。神秘の漏洩に関係のない限りにおいてはバイオテロも、爆破テロも許容されうるだろう。少なくとも、ルール違反だ何だのと騒ぐ心配はない」

 切嗣自身の魔術師としての技量は正直なところそれほど高いものではなく、対する標的は魔術協会から封印指定を受けるほどの能力をもった魔術師が大半だ。魔術師の慣例に則った尋常な手段をもって相対などすれば、切嗣には勝機はない。

 だが、科学技術の産物である近代兵器をもってすれば切嗣でも老獪な魔術師を殺すことが可能となる。尤も、彼自身は自分の力量不足を理由に科学技術を使っているわけではない。彼が科学技術を用いるのは、それが効率的だからだ。

 切嗣は毒殺、爆殺、銃殺等考えうる殺害の手段を時と場所、場合に応じて使い分ける。標的が乗り合わせたという理由だけで撃墜した旅客機や撃沈した貨客船も少なくないし、無差別テロに擬装して無関係の一般人ごと標的を爆殺したことや地下街のガス漏れに擬装した毒ガスの使用も一度や二度ではない。

 フリーランスの賞金稼ぎとしての犯歴は、おそらくかの悪名高きIRAのテロ活動にも匹敵する。

 また、切嗣は標的を殺害するとき一度たりとも魔術師の慣例に則った尋常な手段を用いたことはなく、常に魔術師らしからぬ下衆な戦法をもって魔術師を葬るというスタイルを貫き通してきた。

 それはその方法が最も効率がよく、確実に相手を葬れるからに他ならない。おそらく、衛宮切嗣という男は時計搭最高クラスの魔術師になれたとしても、効率性を重視してこれまで通りのスタイルを貫き通すに違いない。

 

「しかし、如何に神秘の隠匿に関係ないとはいえ、聖杯戦争の運営に支障をきたすと判断されれば、教会側も何らかの手段を講じる可能性があります」

 舞弥が聖杯戦争の監督役を務める聖堂教会の対応について指摘する。

「いや……おそらく、住宅街での毒ガステロや、ビルの一つや二つの倒壊なら許容範囲だろう。今回の一件を見る限り。多少派手にやってもあちら側が事後処理をしっかりやってくれるみたいだからね」

 切嗣は今朝タバコと百円ライターと一緒にコンビニで購入した新聞を取り出してベッドの上に放りなげる。その一面には、『小学校で爆発。教師3名を含む58人死亡』『被疑者らしき男はその場で死亡』などといった記述が並んでいる。

 記事によると、被疑者と思われる男が授業中の冬木市の新都小学校低学年のクラスに侵入、爆弾を投げて児童多数を殺傷したとされている。また、逃げようとした児童を持ち合わせていた刃物で斬り殺したとある。

「……爆発物と刃物を併用した無差別殺傷事件ですか」

「数日はマスコミ関係者が押し寄せて面倒なことになるだろう。だが、魔術協会や聖堂教会は新聞社やテレビ局の上層部にもパイプがある。1日2日で大掛かりな取材活動は収まるから、聖杯戦争への影響は最小限度になるはずだ」

「では、マスコミが引き上げるまでの間は大規模な破壊工作は自粛すると?」

「他のマスターの連中もマスコミがウヨウヨしている状況で逸りはしないだろうから、こちらとしても慌てる必要はないさ」

 切嗣はそう言うと、ベッドに腰を降ろした。

「舞弥、町の調査資料を見せてくれ。しばらくどの陣営も動かないだろうから、その間に冬木の土地について再度確認しておきたい」

 モラトリアムが生じたからといって、切嗣のやるべきことは変わらない。最も確実で最も効率よく得られる勝利、それこそが彼の獲得すべき勝利に他ならないのだから。

 

 

 

 

 

 雨の降る深山町、その一角にある小さな集会所に喪服に身を包んだ人々が集まっている。沈痛な雰囲気に包まれた集会所の奥に安置された棺には、幼い少女が眠っている。だが、その棺の窓は閉ざされており、彼女がどんな表情を浮かべながら眠っているのかは窺えない。

 だが、少女が目を覚まして起き上がることは二度とないことは確かであった。少女は一昨日自宅にて四肢を切断され、首を胴から分かたれた姿で発見された。死後2日ほど経過していたそうだ。

 朝の報道番組によると、その猟奇的な殺人方法から警察は昨日新都の小学校で起きた無差別殺傷事件の被疑者が犯人の可能性が高いとして調べを進めているそうだ。その手口から、ここ数日冬木市で発生していた猟奇的連続殺人事件との関連も指摘されている。

 そして今日は、警察の司法解剖が終わった彼女とその家族3人の通夜だ。集会所には彼女の突然の訃報を聞いた親戚や近所の人々が集まり、彼女たちの死を悼んでいた。

「コトネ……」

 通夜に参列している人々の中に小さな身体をした少女がいる。彼女の名は遠坂凛。コトネのクラスメートであり、学校でも親しく接していた。

 彼女は事件が発生する数週間前から父親の言いつけ通りに冬木から離れていたが、彼女はコトネの訃報を知るや否やすぐに母に駆け寄って通夜にいきたいとせがんだのだ。当然、今冬木市が危険な状態にあることは言うまでもない。彼女の母親は凛が冬木に戻ることを許さなかった。そして決して冬木に行ってはならないときつく言い聞かせた。

 だが、彼女の母親は自身の娘の行動力と頑固さを理解していなかった。凛は母の目を盗んで滞在していた母の実家から抜け出し、公共交通機関を乗り継いで冬木に戻っていたのだ。通夜の会場も新聞で確認していた凛は迷わずに通夜が行われている集会所に辿りついていた。

 だが、彼女と同じ小学校の制服に身を包んだ参列者は彼女以外に二人ほどしかいない。クラスメイトが突然亡くなったという事実はまだ精神的に未熟な子供達にとっては相当にショッキングなもので、猟奇的な殺人の犠牲になったということもあって子供達は程度の差はあれどその多くが精神的に不安定な状態にあるらしい。

 昨日の新都の小学校襲撃事件も合わさり、カウンセリングを必要とするほどに心が痛めつけられている生徒も少なくない。まだ昨今の連続殺人事件の詳細が分かってないこともあり、子供をつれて夜の街を出歩くことを控えている親もいるらしい。

 終電までは2時間ほどしかないという時間的な制約だけではなく父の言いつけを破ったという負い目も感じていたし、冬木市に長居することの危険も子供ながらに理解していた。だからコトネとのお別れを終えたら彼女はすぐに冬木を去るつもりだった。

 勿論、小学生が一人で通夜に来ていれば目立つため、同伴者がいないことを咎められた。だが、凛は小学生らしからぬ知恵を働かせて『母は自分をここに送り届けた後に、新都に向かった。友人の息子の通夜があるらしく、コトネの通夜が終われば自分は母の車で一緒に帰ることになっている』と釈明した。

 彼女の言葉を否定する根拠もなく、彼女が同年代の小学生よりも大人びている堂々とした態度をしていたこともあり、通夜の出席者は彼女の言い分を信じて通夜に参列することを許したのである。

 

「凛!!」

 集会所に凛の母、葵が到着したのは、凛が集会所に到着してから40分後のことであった。自分を呼ぶ声に気がついた凛は声の持ち主である母の下へと向かったが、黙って家を抜け出した負い目のあるため、いざ母の前に来ても母の顔を正面から見ることができずにいた。

「あの……お母さ」

 意を決して顔をあげた凛だったが、彼女の言葉は葵の平手打ちによって遮られた。おとなしい母らしからぬ突然の行動に凛はしばし放心してしまう。そして、葵は放心する凛を今度はやさしく抱きしめた。

「……お父様の言いつけを守らなければ駄目じゃないの。心配させないで……」

 凛は自身を抱きしめる母の腕が振るえ、その眼に光るものが浮かんでいることに気がつく。

 ――母は自分を心配して探し回っていたのだ。クラスメイトとの別れを涙一つ浮かべずに過ごしていた凛はここで初めて涙を浮かべる。心配をかけさせたことへの後悔、言いつけを破ったことへの罪悪感、コトネの棺の前では隠していた感情が一度に溢れ出す。

「ごめんなさい、お母様……ごめんなさい、ごめんなさい……」

 少女は人前で初めて、年相応に声をあげて母の胸の中で泣いた。

 

 

 通夜を取り仕切っていたコトネの親族の方にも謝ってから凛と葵は集会所を後にした。雨の降る中で二人は路地を抜けて葵が路上駐車した車道に向かう。だがその途中、強い風が吹いて葵の傘が大きく揺れて彼女の視界を塞いでいた傘を大きく逸らせた。

 その時、葵は雨の降る中でビルの屋上に直立不動の状態で立っている男の姿をその目で見た。夫の弟子で拳法の達人でもあるという、言峰綺礼という神父よりもしっかりとした体格をしているように見える。容貌からすると、東洋人であることは間違いない。

 ただ珍しいほどにしっかりした体型をしているだけのありふれた東洋人の姿が気になり、葵は歩みを止めて自身に当たる雨粒にも気を取られずに男の姿を見つめ続けていた。

「お母様?濡れてしまいますよ?どうしたのですか?」

 しかし、彼女は足元からかけられた娘の言葉で我を取り戻し、慌てて傘を自身の頭上に戻して娘に向き直った。

「何でもないわ、少し疲れただけだから」

 そう言うと葵は娘の手をとり、再度歩き始めた。傘を少し傾けて男が立っていたビルへと視線を移すが、既に男の姿は消えていた。

 

 遠坂葵は終ぞ、男の視線が向いていた先には遠坂の屋敷があったことに気がつかなかった。当然のことながら、ビルの屋上からは遠坂時臣の自室の窓がよく見えることも彼女には分からないことであった。




次回からは聖杯戦争が再開しそうです。


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第二戦

昨夜はSEED DESTINY ZIPANGUをこちらに誤って投稿してしまい、もうしわけありませんでした。
反省の意を籠めて最新話を超特急で書き上げました。


 バーサーカーがアーチャーの手で討ち取られてから3日後の夜、聖杯戦争は再度動き出した。

 小学校襲撃事件と猟奇的連続殺人事件の報道は聖堂教会の工作で規模が小さくなりつつあり、冬木の町に滞在する報道陣の数も著しく減少したことでようやく聖杯戦争を再開しても問題がない状況にまで落ち着いたのである。

 

 

 深夜の倉庫街、港の一角と言うこともあり、昼間はそれなりに人通りもあるこの場所も、この時間帯には基本的に無人となる。普段は冷たいコンクリートを照らすだけの街灯は、今夜は珍しく人の容をしたものの姿を照らし出していた。

 街灯に照らし出された人影の数は3人分、一人は男のもので、一人はダークスーツに身を包んだ美少年、最後の一人は人間離れした美貌の女性だ。3人が3人とも浮世離れした美しさを持ち合わせおり、地方の小さな港という背景と全くマッチしていない。

「よぉ、お二人さん。そっちの嬢ちゃんがサーヴァントで、ご令嬢がマスターってことであってるかね?」

 そう問いかけたのは男――屈託のない笑みを浮かべ、逆立った若草色の髪を持つ青年だ。青年は一目でスーツの美少年が男装した少女であると見破ったらしい。少女は自分が男装をしている自覚がなかったらしく、特に気にすることもなく返答する。

「……そうだ、私がサーヴァントだ。逆にこちらも問おう。貴公もサーヴァントか?」

「おうよ、俺がサーヴァント、ランサーだ」

 ランサーは名乗りをあげると同時にその右手に槍兵(ランサー)の所以たる槍を展開する。そしてランサーと相対する少女も当代風のダークスーツから白銀の甲冑と蒼のドレスへと装いを変える。そして、少女の手元で風が逆巻き、周囲に彼女の冷たい風が流れる。一方のランサーがその手に握る武器はシンプルな槍だった。白兵戦――人と戦うために造られた代物であることは一目瞭然だ。

「その騎士らしい格好と、その見えない獲物……握りと構えからして、両刃剣ってところだな。厄介な獲物を持ってるじゃねぇか、セイバー。そんな代物を持ってるんだから、少しは楽しませてくれよ?」

 張り詰めた空気の中、騎士らしい清廉な闘気を纏って臨戦態勢に入っているセイバーに対し、ランサーと名乗った男はまだどこか余裕を感じさせる態度をとっているように見える。

「侮るなよ、ランサー!!」

 自身が軽んじられていると感じたセイバーは内に滾る怒りを抑えながら剣を構える。

「アイリスフィール、下がっていてください」

「気をつけて、セイバー……」

 アイリスフィールと呼ばれた女性は険しい表情を浮かべながら言った。

「私でも分かるわ。……あのランサーは只者ではない」

「ええ……ですが、アイリスフィール。貴女は一つ忘れていませんか?」

 セイバーの問いかけにアイリスフィールは首を傾げる。

「私は貴方に背中を預けているのですよ?」

 彼女らしからぬ不敵さを浮かべながらセイバーは言った。

 ――かの騎士王が自分に背中を預けると言った意味をアイリスフィールが理解できないはずがない。常勝の王たる剣の英霊を、そしてその英霊が背中を預けた自分自身を信じろと言っているのだ。

「セイバー、言うまでもないことだけど、敢えてここで命じるわ。この私に勝利を!!」

「はい。必ず」

 そう告げると、セイバーは半身を引き、一足で敵の間合いに踏み込める体勢を取った。それに呼応してランサーもその槍を中段に構え、迎撃の姿勢を取り、獰猛な肉食獣を思わせる笑みを浮かべながら口を開いた。

「来いよ、剣士(セイバー)!!真の英雄、真の戦士というものをその身に刻んでやる!!」

澄んだ清流を思わせる青き風と常人では姿を捉えられない素早さで動く影とが激突した。今、この冬木の地で歴史も国境も越えて英霊が刃を交える歴史家やマニア垂涎の夢の戦いの幕が上がったのである。

 

 

 状況は芳しくない――倉庫街の片隅で息を潜めながらサーヴァント同士の人知を超えた戦いを観戦していた切嗣はそう痛感していた。

 切嗣がその手に握るライフルに備え付けられているスペクターIR熱感知スコープは既に魔術回路を励起させて体温を変化させた魔術師の姿を捉えていた。如何に上手く魔術迷彩を展開したところで、科学の目を誤魔化すことはできないのだ。

 魔術師の隠蔽を看破している切嗣は、直ぐにでもAN/PVS-04暗視スコープのレティクルを標的であるランサーのマスターの頭部に合わせて引き金を引くことができる状態にある。

 そして、彼に命を狙われている魔術師(獲物)魔術師殺し(狩人)の指が僅かに動くだけで自身が葬り去られる状態にあることに全く気がついていない。戦闘職の魔術師でもない研究職の魔術が自身を狙う存在を感知することはまずありえないため仕方の無いことなのかもしれないが。

 だが、既に敵の命を手中に収めているというのに切嗣は引き金を引くことができなかった。敵のサーヴァントであるランサーの素早さは常軌を逸しており、200mほど離れた場所から観察していても、目で追うのがやっとの速さだ。

 セイバーもランサーの文字通り神速の突きを凌ぐことで手一杯で、反抗できそうにもない。凌ぎ切れなかった突きで身体に何箇所も切り傷を負っているセイバーに対し、ランサーは無傷だ。

 セイバーの宝具はあの速さで動き回る相手に通用するものではないので、セイバーには状況を覆せるカードが存在しないと言ってもいい。セイバーに打つ手がない以上、ランサーのマスターを狙撃することが戦略上の上策であることは切嗣も分かっているが、状況がそれを許さない。

 バーサーカー以外の全てのサーヴァントが健在である以上、この戦いを傍観して隙あらば漁夫の利を狙う者がいてもおかしくはない。特に、アサシンのサーヴァントにとってはこの状況は紛れもなく好機である。

 そして切嗣の予想通り、アサシンは既にこの場で最も監視に適したクレーンの上に姿を顕している。もしもここでランサーのマスターを狙撃すれば、発砲音と発火炎によって切嗣は自身の存在をアサシンや他のサーヴァントに露呈することになる。

 切嗣が使用しているワルサーWA-2000の後期型にはフラッシュハイダーも取り付けられているが、それでも.300ウィンチェスター・マグナム弾を発射する際に出る発砲音と発火炎を静かな闇夜の中で隠すことは到底不可能だろう。

 ただ、切嗣は最初からそれも想定済みであった。そもそも、切嗣にとってランサーのマスターはとりあえずの目標ではあるが、最優先で狙うべき獲物ではないのだから。

 彼が最優先で狙っていたのは、ランサーとセイバーの内、死闘に勝利して疲弊した勝者の首を狙う第三者である。サーヴァント同士が戦えば、当然それは聖杯戦争の他の参加者達の察知するところとなるだろう。今回の場合、ランサー自身が誰彼構わず誘っていたのだから、察知されていない方がおかしい。

 わざわざ万全の敵サーヴァントを相手にするよりも、漁夫の利を狙った方がよっぽど効率的で確実な手法である。弱ったサーヴァントを討ち取る千載一遇のチャンスを逃しはしないマスターが一人や二人はいるはずだ。

 そして、切嗣にとっては自分は狩る側と錯覚している彼らこそ格好の獲物である。狩る側が狩られる側に廻ったとき、狩人が獲物に成り下がったとき、その時誰もが脆くなり、最も狙いやすい標的となることを切嗣は知っていた。

 勿論、アサシンの襲来を予測していた切嗣は既に対抗策も準備していた。切嗣は無線機の波長を調節し、口元のインコムを通じて、反対側の工場に隠れる自身の駒に命令する。

「α。デリッククレーンの上だ。こちらからの合図があればすぐに向かえるようにしていろ」

『了解』

「β。お前もαと反対側からデリッククレーンを狙え」

『了解』

 この場にいるのは自分だけではない。自身の右腕たる舞弥だけではなく、切嗣は使い捨てにできる駒を2つ用意してきたのだ。α、βという符丁を与えられた二つの駒の役割は最初から捨て駒だ。それらの役割は、自分達以外に複数の陣営がこの場に現れた時にそれを牽制し、切嗣が獲物を仕留めた瞬間に切嗣の位置が特定されることを妨げることである。

 そして、切嗣はその腕に抱えたワルサーWA-2000に備え付けられたAN/PVS-04暗視スコープ越しに周囲を一通り見回した。他の標的がいないかということを確認することもあるが、何よりも『自分が狩られる側にいないか』という心配からの行為である。

 ゴルゴ13という考えうる限り最悪の狙撃手がこの戦争に参加している可能性がある以上、今こうして敵のマスターを狙っている自分達こそが標的となっているかもしれないという猜疑心を切嗣は捨てきれないでいた。

『切嗣』

 周囲を警戒していた切嗣の耳に舞弥の声が届いた。

『クレーンの向かいの倉庫の窓に()()()()アサシンがいます』

 舞弥の言葉に切嗣は顔をしかめる。切嗣が今いる場所からは確認できないが、デリッククレーンに陣取った個体と合わせてこれで二体のアサシンがいることとなる。だが、アサシンは本当に二体だけなのだろうか。もしかすると、まだこの近くに身を潜めているのではないだろうか――そんな予測が切嗣の脳裏をよぎる。

 そうなれば拙い。こちらの戦力は自身を含めて4。対するアサシンは最低で2だ。α、βにそれぞれ別のアサシンを襲わせれば、同時に二人のアサシンの注意をひきつけられるかもわからない。だが、完全にひきつけられるかどうかはあやしいところだ。できれば、二人がかりで一体のアサシンの注意を確実にひきつけるようにしてほしかった。万が一にもアサシンの注意を完全にひきつけられなかったら、ほぼ確実に切嗣の存在は露呈するからだ。

 下手をすれば、アサシンに狙われることも考えられる。その時、切嗣の勝利は絶望的だと言ってもいい。アサシンのステータスはお世辞にも高いとは言い難いが、それでも相手はサーヴァントだ。生身の人間で対抗できる存在ではないし、自身の武器である近代兵器ではサーヴァントの身体に傷一つつけられないのだ。

 自身のサーヴァントであるセイバーであれば、アサシンを鎧袖一触で斬り捨てることができるだろうが、そのセイバーは今戦闘中だ。とても隙を窺ってこちらにたどり着ける状況にはない。一応令呪を使って召喚することもできなくはないが、その時はアイリスフィールが無防備となってしまう。彼女を使うことは不可能である。

 もしもこのまま他の陣営のマスターが姿を顕さず、使い魔やサーヴァントによる偵察に専念するのならば切嗣の目標は次点のランサーのマスターだ。戦況は自身のサーヴァントであるセイバーの不利であり、もしもここでセイバーが敗れれば聖杯の担い手たるアイリスフィールの安全が脅かされかねないからだ。

 しかし、舞弥の現在位置からはランサーのマスターが狙えず、下手に移動すれば存在がばれるリスクがある以上、舞弥を動かすわけにもいかない。ランサーのマスターは切嗣が仕留めなければならなくなる。

 切嗣は動くに動けない状態となり、ただセイバーの戦いを静観するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 戦場となった倉庫街から離れた月あかり以外にあたりを照らすものが存在しない山道にポツンと存在するつぶれたばかりのコンビニエンスストア、その駐車場に一台のワンボックスカーが止まっていた。

 その車内の運転席では、キャスターが用意した魔術具によって鏡に高画質で映し出された戦場をゴルゴが観察している。だが、助手席に座るキャスターの機嫌はあまりよくはなさそうだった。

 実は、当初ゴルゴはキャスターから使い魔の視覚を共有した方が手っ取り早いと提案されたが、ゴルゴは他人に仕事道具である手を預けることを極度に嫌う。彼が自身の右手を預けたのは、この数十年でイタリアウンブリア州のアッシジの山奥に住む皮手袋職人一人だけだ。

 ゴルゴは、右手と同様に自身の生命線となりうる感覚器を簡単に他人に委ねることも拒んだため、わざわざ使い魔の捉えた映像を映写させているのだ。自身の魔術が信用するに値しないとつきつけられた彼女が不愉快な気分になることも当然だった。

 ゴルゴとの数日の付き合いで、キャスターはゴルゴの全ての行動に客観的判断基準から見ても矛盾がないことは分かっていたが、それとプライドは別物なのである。ただ、彼女が不機嫌な態度を敢えて貫いているのは、他にも理由があってのことであった。

 勿論、キャスターが敢えて必要以上に不機嫌なフリをしていることにゴルゴが気がつかないはずがない。そして、彼女がそんなフリまでして隠したいものも、ゴルゴは既に感づいていた。

「……ランサーの真名はなんだ?」

 ゴルゴが単刀直入に切り出した言葉を聞いたキャスターはフードの下で目を丸くする。自分が敢えて不機嫌なフリをしていたことが看破されていることを知り、キャスターは嘆息する。

 ゴルゴはあの時、そう、()()()の姿を目にした自分がほんの一瞬動揺したことを察していたのだろう。そして、自分の態度からほぼあのランサーの正体にも目星がついているはずだ。それでも敢えて自分に真実を告げさせるのは、不確定要素を無くしたいがため、彼の臆病なほどの慎重さゆえか。

 ただ、キャスターとしても、策謀と思慮深さで英雄として祭り上げられるほどの伝説を造り上げた誇りがあるため、この機械のような男に揚げ足をとられ、策謀と思慮深さで現代の男に劣ると思われるような真似はできれば避けたかったのである。

 しかし、完全に見抜かれているのであれば、ムキになって隠すことはない。そのような見苦しい真似はごめんだ。まぁ、そもそも自分達の勝利のためにはゴルゴの助力が不可欠なのだから、後で彼にも話すつもりであった。結局のところ、この場で説明しなかったのは、自分の動揺などという失態から見抜かれることを避けたいという意地のようなものだった。

 ――認めよう確かにこの男は機械のように完璧だ。こと人との探りあいにおいては、自分は完全に彼に劣ると。

 そして、キャスターは、諦観の念を抱きながらゴルゴが求める答えを口にした。

 

「そうね、もう察しがついているでしょうけど、敢えて教えてあげるわ……あの男は、私の元夫よ」




5話ぶりのゴルゴです。しかし、描写少ない……
ゴルゴを出さないほうがゴルゴらしいと思うので、過度に描写を増やすつもりは毛頭ないのですが。

そして、ケイネス先生のサーヴァントはあのチートさんでした。


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集うもの

お久しぶりです。
およそ5ヶ月ぶりの更新です。アポクリファ完結したので、ようやく進められるようになりました。
リアルが忙しいにも関わらず、現実逃避してたら一本できてしまいました……明日から大丈夫だろうか……




「なぁ……ライダー、一体さっきからどうしたんだよ?」

 海風に曝される冬木大橋のアーチ最上部、ウェイバー・ベルベットはそこでアーチの冷たい鉄骨にしがみつきながら自身のサーヴァントであるライダーに問いかけた。

 ランサーとセイバーが戦っている港に視線を向けていたライダーは突然立ち上がり、先ほどまで呷っていたワインを眼下の川に落としたことにも気づかずに『驚愕』の表情をその顔に浮かべていたのだ。

 魔力で視力を強化してやっとセイバーとランサーの戦いが見えるが、それでも彼らの容貌を見るのがやっとだ。一体、ライダーが何を見て驚いたのかはウェイバーには見当もつかなかった。ただ、ライダーとの付き合いはそう長くはないが、ウェイバーがライダーが驚いた表情を見たことはこれが初めてだった。

「…………」

 ライダーは声を発しない。ウェイバーの耳に響くのは、ライダーの赤いマントが強風でたなびく音と、眼下の車が発する騒音だけだ。返事をしないライダーにしびれを切らしたウェイバーはアーチ状の鉄骨の上を這うように進み、ライダーの下に近寄る。

「なぁ、ライダー……」

 マントの裾を引っ張ろうとしたその時、ウェイバーは背中から吊り上げられ、命綱であった四肢は強制的に鉄骨から離された。ライダーの丸太のごとき太い腕がウェイバーが肩に引っ掛けたナップザックを掴んで持ち上げたのだ。地上50mの鉄橋のアーチの頂上部で四肢が地面から離れてぶら下がり状態となったウェイバーは恐怖からパニックに陥る。

「ぎゃぁあ~!?お、下ろせ、いや、下ろしてください!!」

「喚くな馬鹿者」

 いつものからかうような口調ではなく、何の抑揚もない口調でただ静かにライダーは告げた。普段の彼と今の彼は様子が異なることに気がついたウェイバーは、地から離れた足元から視線をライダーの顔へと向ける。そして気がついた。

 

 ――笑っている。

 

 ライダーは笑っていた。だが、それは彼が度々見せた不敵な笑みでも、現代を満喫している時に見せた豪放な笑みでもない。まるでヒーローショーに集い、ヒーローに憧れを抱く純粋な子供のような笑みだった。彼が征服を語るときに魅せるその表情とはまた別の、ただ純粋な憧れ、敬慕、そして興奮を孕んだ笑みがその顔に浮かんでいた。

 瞳が輝いているというのは、今のこの男の瞳の状態を指すのだとウェイバーは理解した。ライダーが何を見たのかは分からないが、己を失うほどの衝撃を受けていることは間違いないだろう。

「クッククク……」

 ライダーの口から小さな笑い声が零れる。一体さっきからこの男はどうしたのか。イカレてしまったのではないかとその顔を注視する。

「フハハ……ガッハハハハハハ!!」

 突如堰が決壊したかのような大声でライダーは笑いだした。至近距離でその大声を浴びたウェイバーは慌てふためく。しかし、未だその身体はライダーに吊り上げられたままのため、暴れた拍子に身体のバランスが崩れ、ナップザックから身体が滑るように抜け落ちてしまう。

「フベッ!?」

 咄嗟に両脚を開いて鉄骨にしがみつく。同時に股間を強打して悶絶するが、この狭い足場の上でのたうち回っていれば九分九厘50m真っ逆さまだ。ウェイバーは涙目を浮かべ、歯を食いしばりながら必死で鉄骨にしがみついていた。

「何をしておるか坊主!!そんなに必死になって橋にしがみつくでない!!我らも出るぞ!!」

「お前のせいだよ馬鹿ぁ!!」

 しかし、そんなウェイバーの事情などどうでもいいのだろう。ライダーは左有無を言わせずに手でウェイバーの首根っこをつかみ、右手で抜き身の剣を闇夜に掲げた。

「さぁ、我らも向かうぞ!!」

「向かうってどこへ!?」

 泣きべそをかきながら問いかけるウェイバーに対し、ライダーは即答した。

「戦場に決まっておろうが!!今行かんでどうするというのだ!!」

 一閃――同時に空間に裂け目が生まれ、戦車(チャリオット)とそれを引く二頭の牡牛が雷を散らしながら顕れた。ライダーはウェイバーを掴んでその戦車の御者台に放り込むと、自らもマントを翻しながら御者台に乗り込んだ。

 強引に御者台に投げこまれて即頭部を強打したウェイバーは、頭にできたコブをさすりながらライダーに質した。

「おい、何なのか説明しろよ!!さっきから笑ったり、いきなり戦場にいくって言ったり……そもそも、静観するって言ってたのはお前じゃないか」

 そう、先ほどまでこの橋の上でセイバーとランサーの戦いを静観していたのはライダーの方針だった。一見考えなしに気の向くままに行動しているようにしか見えないが、ライダーは実はかなり物事を深く考えている。世界を征服しかけたその功績は伊達ではないのである。

 誘いをかけてくるような敵は放置して、誘いにかかった敵と戦って消耗したところをたたけばウェイバーたちは漁夫の利を得ることができる。当初からライダーはそのつもりだったはずだ。確かに形勢はランサー有利で、セイバーは追い詰められているようだが、ランサーには遠目からでは殆ど消耗が見られないことが分かる。何故、今出るのだろうかとウェイバーは疑問に思わずにはいられなかった。

「坊主、確かに余はもう少しサーヴァントが集まるまで見物しておるつもりだった。だがな、このままではセイバーが脱落しかねん。ランサーとセイバーの技量の差は明らかだからな」

「消耗をしたセイバーを狙うのか?でも、ランサーはほとんど消耗してないじゃないか。今出てっても……」

 そこから先の言葉を紡ぐことはウェイバーにできなかった。不意に額にライダーのデコピンが炸裂したからである。

「ギャアァァア!?」

 額を押さえて蹲るウェイバーにライダーは溜息をつきながら言った。

「あのなぁ、坊主。貴様が何ゆえ勘違いしたのか知らないが、余はそもそもあの戦いにおびき出されたサーヴァントをまとめて相手にするつもりだったのだ。漁夫の利などという手は生前も、これからも使うつもりはこれっぽっちもないわい」

「ちょ……ちょっと待て!!お前はお前以外の6体のサーヴァント全てに喧嘩売るつもりだったのか!?」

「当然であろう!!この地に集いし英霊は誰もが異なる土地、異なる時代に名を馳せた英雄豪傑に違いあるまい!!彼らと矛を交える機会なぞ、このような場を置いて他になかろう。そして、余は彼らを我が軍門に向かえ、朋友として共に世界を征服する愉悦を共に分かち合うのだ!!」

 こいつ、聖杯戦争って何なのか理解してないのか?――ウェイバーはそう思わずにはいられなかった。

「お前、聖杯戦争のルール分かってるか!?敵のサーヴァントは倒すのが聖杯戦争なんだぞ!!」

「当然であろう?何を言っているのだ貴様は?」

「だからぁ!!敵のサーヴァントは討ち取る対象だ!!殺し合いなんだよ、聖杯戦争は!!そもそも、勧誘するったって当てはあるのか!?」

「フン、勝利してなお滅ぼさぬ。制覇してなお辱めぬ。それこそが真の征服である!もとより、余にとってこの聖杯戦争はただの殺し合いではない!」

 ウェイバーの魂の叫びもライダーには全く届いていないらしい。ライダーは気にする様子も見せずに堂々と胸を張って自身の王道を言い放った。

「さて、坊主、つまらぬ問答はまた橋の上でゆっくりつきあってやる!!今は、戦場に馳せ参じることが第一だ……何より、まさかあの大英雄がこの地に馳せ参ずるとはな!!生前も、これほど心が躍り、興奮がおさまらぬことはなかった!!」

「だ、大英雄?まさか、ライダーお前あのセイバーかランサーの真名が」

 敵サーヴァントの正体を見抜いたかのような口ぶりをするライダーにウェイバーが問い質そうとするが、手綱を握るライダーは既に手綱を握って牛達に合図を出していた。急加速した戦車の御者台の中でウェイバーの問はライダーの耳に入ることもなく風きり音に遮られた。

「いざ駆けろ!!神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)!!」

「う、うわぁぁあぁあ!?」

 合図もなく急加速した戦車の中でウェイバーは絶叫するほかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 セイバーのマスターに成りすましているアイリスフィール・フォン・アインツベルンは目の前で繰り広げられている戦闘の様子を険しい表情を浮かべながら見つめていた。アインツベルンの家が必勝を期して召喚したはずの最優の英霊であるセイバーが、明らかに相手のサーヴァントに押されているのだ。

 セイバーの鎧の合間に見える蒼色のドレスには、既に数え切れないほどの切り傷が刻まれており、そこから滲み出す紅い血がドレスを染め上げていた。剣を振るう腕や体勢の幹となる脚、急所には防具が装着されているためにダメージはない。

 身体に刻まれたダメージは魔術によって治癒可能とはいえ、怪我に治癒が追いつかず、その身体に刻まれた傷は増え続ける一方だ。致命傷は避け続けているとはいえ、アイリスフィールからのバックアップにも魔力の限界がある。

 対して、対戦相手のランサーが纏う、敏捷さを優先した必要最低限の薄さしかない鎧にも、鎧にも覆われていない身体にも、傷は一つたりともなかった。セイバーが形勢不利であることは誰の目から見ても明白な事実だった。

 だからこそ、アイリスフィールは目の前の光景が理解できなかった。自身の騎士であるセイバーは並大抵の英雄ではない。セイバーの真名は世界にその名を轟かせるブリテンの伝説の騎士王、アーサー・ペンドラゴンなのだ。

 英霊としての格は、そんじょそこらの英雄とは比べ物にならず、日本における知名度も高いために知名度補正を受けて生前に近い力を発揮できる。当然、対抗できる英霊とて彼女に負けず劣らずの勇名をはせる大英雄に限られるはずだった。

 しかし、セイバーを翻弄する凄まじいスピード、セイバーでも防ぎきることができない異常な速度の突き、反撃の隙も許さない猛々しくも美しい槍の舞でランサーは終始優位に立っている。

 

「おいおい、セイバー。まさか、こんなもんじゃないだろうな?」

 失望したと言わんばかりの残念そうな表情を浮かべながらランサーは言った。

「ふざけるな……私はまだ戦える!!」

 セイバーは魔力を放出しながら大地を蹴りとばし、急加速してランサーに正面から斬りかかる。それに対し、ランサーは槍を振り回し、セイバーの見えない剣を横から弾いて防御する。

「おいおい、そんな仏頂面しながら剣を振るってると、散り際にも笑えねぇぞ、セイバー。別嬪なんだから、散り際だって笑顔で逝かなければ勿体無いだろう」

「私を愚弄するつもりか、ランサー!貴様が笑っていたいなら勝手にそうしていろ!私がその笑顔を浮かべたままの貴様を叩ききる!」

「威勢はいいな……だが!!」

 ランサーが放つ神速の連撃が立て続けにセイバーを襲う。槍の穂先が狙うのは全て急所だ。セイバーは自身が鍛え続けた剣の業と、保有スキルである直感を使って迫り来る穂先をどうにか受け流す。未来予知に匹敵するランクAの直感と、騎士王と謳われた英雄の剣をもってすら受け流すことが精一杯という現状に、セイバーも焦りを募らせていた。

 どうにか槍の連撃を受け流すも、まだランサーの攻撃は終わらない。ランサーは槍の間合いからさらに一歩、前に出る。そこは剣の間合いであることは百も承知だが、ランサーは全く躊躇しなかった。

 自身の間合いに飛び込んできたランサーに対し、セイバーが反射的に剣を振るう。槍を突くにも、穂先で薙ぐにも近すぎる間合い、だからこそセイバーはこれを好機と判断して反撃に出たのだ。

 しかし、セイバーの斬撃はランサーの鼻の手前を掠めただけだった。さらに、紙一重で斬撃を回避したランサーは剣の間合いからさらに一歩、前に出た。そして、斬撃が空ぶってセイバーの正面に隙ができたその一瞬を彼は見逃さなかった。ランサーはそのしなやかな下半身のバネを使って大地を蹴り、鎧で守られたセイバーの鳩尾に膝蹴りを叩き込んだ。

 直感で膝蹴りを察知したセイバーは、瞬時に後ろに跳ぶことで膝蹴りの衝撃を軽減した。だが、神速を誇るランサーの健脚から放たれた蹴撃はそのような小細工など関係ないほどの威力を有していた。膝蹴りを喰らったセイバーは吹き飛び、立ち並ぶ倉庫の壁面に勢いよく叩きつけられた。壁面にはくもの巣のような大きなひび割れが走り、激突の衝撃音がコンクリートで覆われた地面に反響する。

「期待はずれだなぁ、セイバー。俺はもうその見えない剣にもなれた。長さも、形も、打ち合った手ごたえから想像がついてる」

 おそらく、彼の言葉には嘘はない。セイバーはそう確信していた。ランサーは自身の剣の長さも、刃渡りも、形状も全てが分かっているからこそ、先ほどの斬撃を鼻先で紙一重で回避することができたのだろう。

 武芸の技能において、自分はこのランサーのサーヴァントよりも劣ることも理解した。この男の戦い方は、まさに戦場で如何に生き残り、如何に強い敵を殺すかということだけを考え、戦場で鍛え上げた者の戦い方だ。

 この男の戦闘スタイルは自身の不肖の息子、モードレッドにも似た戦闘スタイルだが、この男の戦い方はモードレッドのそれよりもさらに洗練されている。この男はおそらく、生前に幾多の大英雄との死闘を繰り広げた経験があるに違いない。

 戦いの才では同格かもしれないが、戦闘の経験では相手のサーヴァントに劣るであろうことをセイバーは短時間の攻防で思い知らされていた。

「このままだとつまらねぇ。セイバー、もしも貴様にその見えない剣以外の宝具があるっていうなら、使ってみろよ」

 ランサーが嘲るような笑みを浮かべながら挑発する。あの表情は、自分がいかなる宝具を使おうとも決して負けはしないという確信から浮かべる笑みだ。誇りを踏みにじられた怒りから宝具を解放したい衝動に駆られる。

 自身の直感スキルは宝具を使ってもあのサーヴァントには通用しないと警鐘を鳴らすが、状況は手詰まりだ。例え通用しなくとも、自身の最強宝具を防ぐためには相手もなにかしらのスキルなり、宝具なりを使う必要があるのなら、ここで宝具を解放するという選択肢もありかもしれない。

「マスター……指示を」

 セイバーはアイリスフィールに向かって問いかける。だが、問いかける真の相手はこの会話を聞いているであろう彼女の真のマスター衛宮切嗣だ。召喚してから彼は一度もセイバーとは口をきいておらず、コミュニケーションを一切絶っているが、今回は戦闘中だ。まともな思考回路をしているのであれば、なんらかのリアクションがあるものとセイバーは期待していた。

 しかし、同時に念話で呼びかけても切嗣からは何の応答もない。アイリスフィールに目をやると、彼女は戸惑いながらも首を横に振った。おそらく、彼女は銀髪に隠れたイヤホンから切嗣の指令を聞いたのだろう。

 このままでは勝機は薄い。一体、自身のマスターは何を考えているのか問い質したくなったが、生憎マスターは無反応、さらに眼前の敵はどうやらこれ以上待ってはくれないらしい

「どうやら、貴様のマスターは宝具の使用を認めなかったらしいな。勿体ねぇ……どうせなら全力で戦ってほしかったが、それすらも期待できねぇとは」

 ランサーは槍を構え、鷹のような鋭い眼光をセイバーに向ける。

「構えな、セイバー。どうせなら首を獲る相手の真名も知りたかったが、宝具も開帳しねぇってんならしょうがねぇ。このまま討ち取らせてもらう」

「侮るなよ、ランサー。私はセイバーのクラスで現界したサーヴァントだ。剣技とこの剣があれば、十分に戦える!!」

 自身が圧倒的に不利であり、勝算が限りなく低いことはセイバーも分かっている。だが、勝算がないからといって勝負を投げ出すことはできない。セイバーは決死の覚悟で剣を握りなおす。

 

 度重なる剣戟、ロケットのような踏み込みで砕けた足元のコンクリートの欠片を踏みしめ、セイバーが駆け出そうとした次の瞬間、闇夜に雷鳴が轟いた。

 その光りと轟音に驚いて思わず空を見上げると、そこには雷を帯びながら空を駆ける戦車(チャリオット)の姿があった。戦車はまるでその光りを魅せるかのように旋回しながらゆっくりと降下し、ランサーとセイバーのちょうど中間に着地した。戦車を引く牡牛が放つ稲妻と天を駆ける蹄がコンクリートを砕き、コンクリートの粉塵は周囲の視界を覆った。

 そして、海風によって粉塵が薙ぎ払われると、停車した戦車の御者台にいたサーヴァントの姿が顕になる。それは、赤いマントを羽織った巨漢だった。さらに、そのサーヴァントは乱入して早々、とんでもないことを口にした。

「我が名は征服王イスカンダル!!此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した!!」

 そのサーヴァント――ライダーは、聖杯戦争において最も秘匿すべき情報である自らの真名を高らかに告げた。




ゴルゴは久しぶりなのに出番なし。
しかも、物語に進捗なし。これならアポ5巻出る前に書けたんじゃないの?って思った皆さん。
正解です。

実は、ライダーとウェイバーの会話のあたりは9月には書き終わってました……

これからも忙しいので、更新は不定期になりそうです。


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動き出すG

作品に対する批評、感想は遠慮なく書き込んでください。
ゴルゴ13という比較対象となる作品が少ないジャンルですので、皆様の感想が非常にいい参考になります。


「何を考えてやがりますかぁ!!このバカはぁ!!」

 ウェイバー・ベルベットは聖杯戦争で最も秘匿すべき情報の一つである自らの真名を堂々と名乗るという暴挙に出た自らのサーヴァントにくってかかる。しかし、彼の訴えは彼のサーヴァントには全く相手にされず、デコピン一つで沈黙を余儀なくされた。

 そして、ライダーは肩で息をするセイバーの方に向き直る。

「そこのセイバーよ。その清廉な剣気、そして逆境でもさらに燃える気迫は見事なものであった!!聖杯を求めた相争うめぐり合わせではあるが、矛を交える前に、うぬに問うておかねばならぬことがある」

 突然の乱入者から視線を向けられたセイバーは、反射的に身構える。

「何を問うというのだ、ライダー」

「うむ……セイバーよ、一つ我が軍門にくだり、聖杯を余に譲るつもりはないか?さすれば余は貴様を朋友として遇し、世界を制する快悦を共に分かち合う所存でおる」

「ライダー……貴様は何を言っている?」

 セイバーはランサーとの勝負を邪魔された怒り半分、破天荒な振る舞いに呆れ半分といった微妙な表情を浮かべる。

 そもそも、敵のサーヴァントを討ち取り、勝ち残った者のみが聖杯を得るというのが聖杯戦争の大前提のルールだ。それを無視し、矛を交えずに敵サーヴァントに恭順を求めるなどという思考はセイバーの理解の範疇の外にあった。

「そんな戯言を述べ立てるために貴様は私とランサーの勝負を邪魔立てしたというのか?」

「おう。その通りだセイバーよ。何せ、このままでは貴様が脱落しかねんのでな。お主ほどの剣士に、余が誘う前に脱落されては勿体無いではないか」

「ふざけるな、ライダー……今の言葉、撤回しろ!!騎士として、許しがたい侮辱だ!!」

 自分がランサーに負けると思ったなどという理由で介入された。ライダーの言葉はセイバーにとって許しがたい発言だった。確かに、自分が不利な状況にあったことは否定しない。だが、セイバーにはまだ宝具(奥の手)があった。10の歳月をして不屈、12の会戦を経て尚不敗の剣の存在がある限り、自分に敗北はないとセイバーは信じている。

「重ねて言うなら――私もまた一人の王としてブリテン国を預かる身だ。いかな大王といえども、臣下に降るわけにはいかぬ!!」

「ほう、ブリテンの王とな?これは驚いた!!名にしおう騎士王が、こんな小娘だったとは!!」

「その小娘の一太刀を浴びてみるか、征服王。先の侮辱の分も私の剣で清算してもらうぞ……」

 セイバーは感情を抑えた抑揚のない口調で言った。その口調からは彼女の奥底で沸き立つ怒りが感じられる。しかし、ライダーはセイバーの怒気などどこ吹く風といった様子で、飄々とした態度を崩さない。

「交渉決裂かぁ……残念だのう」

「おい、ライダー。俺はアンタのお眼鏡に適わなかったっていうのか?」

 ランサーが挑発するような口調でライダーに問いかける。それに対し、ライダーは彼らしくない少し困ったような表情を浮かべた。

「誘おうにもなぁ……お主ほどの“大英雄”ともなれば……流石に征服王たる余とて、軽々しく勧誘はできんわい」

「ほう……ライダー、お前は俺の真名に見当がついているっていうのか」

 ランサーは口角を吊り上げる。

「当然であろう!!しかし、この聖杯戦争という奇跡のめぐり合わせは中々どうして面白い!!これほどに興奮したことは生前にも一度もなかったわい!!」

 ライダーは豪快に笑い、ランサーは自身の真名をこの戦いだけで見抜いた油断ならないサーヴァントに対して好戦的な笑みを浮かべた。

 しかし、その一方でセイバーとその偽りのマスタ―、アイリスフィールは険しい表情を浮かべる。自分たちが直接干戈を交えながらも皆目見当もつかないでいたランサーの正体を、遠目から観察していただけのライダーが見抜いたというのだ。

 攻略の糸口がつかめず、こちらは手詰まりであるのに対し、ライダーがランサーの真名を看破して一歩有利に立っているという現状は厳しいものだった。

 

 

『そうか……よりによって貴様か』

 突如乱入したライダーによって三竦みとなった戦場で、寒気すら感じる甘ったるい猫なで声が反響した。どうやら魔術で誤魔化しているらしく、その声はそこかしこで反響しており音源の位置は分からない。しかし、ウェイバーはこの声の持ち主が誰であるかを即座に理解した。

『一体何を血迷って私の聖遺物を盗み出したのかと思って見れば――よりにもよって君自らが聖杯戦争に参加する腹だったとはねぇ。ウェイバーベルベット君』

 その声の持ち主の名はケイネス・エルメロイ・アーチボルト――時計搭で降霊化(ユリフィス)の講師を務める、九代を重ねる魔導の名家アーチボルト家の当主だ。ウェイバーは彼の教え子にあたる。そして、彼こそがウェイバーに触媒を盗まれなければイスカンダルを召喚していたはずの魔術師なのだ。

『致し方ないなぁ、ウェイバー君。君には特別に課外授業を受け負ってあげようではないか。魔術師同士が殺しあうという本当の意味――その恐怖と苦痛とを余すこところなく教えてあげるよ。光栄に思いたまえ』

 ケイネスがいけすかない人間ではあるが、魔術師としての力量はウェイバーなどと比べ物にならないことはウェイバー自身がよく理解していた。真に魔術師同士が殺しあうということは、自身では手も届かないほど高い力量を持つ魔術師による一方的な蹂躙すらありえるということを、ウェイバーはこの時本当の意味で理解した。

 今まで彼の覚悟を支えていた反抗心が折れ、ウェイバーは戦車の御者台の中で恐怖に震える。

『まぁ、君のおかげで私はランサーという征服王にも優る素晴らしいサーヴァントを手に入れることができたのだから、君にはチャンスというものを与えてやろうではないか。もしも、君がこの戦いを降り、私に令呪を差し出すというのであれば、命だけは助けることを約束しよう』

 この手に持つ聖杯戦争の参加資格を差し出せば命だけは助かる――この心臓を握られているような恐怖から解放される――弱った意志に囁きかける甘い誘惑に、ウェイバーの心は揺れる。

 だが、その時御者台の中で震えるウェイバーの肩の上にライダーの大きな手が静かにおかれた。その肩に置かれた手の意図が分からず、ウェイバーはライダーを仰ぎ見る。

「おう、魔術師よ!!察するに、貴様はこの坊主に成り代わって余のマスターとなる腹だったらしいな。だとしたら片腹痛いのぉ!!余のマスターたる男は、余と共に戦場を駆ける勇者でなければならぬ。姿を曝す度胸すらない臆病者なぞ、役者不足も甚だしいわい!!」

 ライダーの挑発に対し、ケイネスの反応はない。だが、反応がないことが、ケイネスの無言の怒りをそのまま示していた。そして、自分のマスターが侮辱されたというのにランサーは意に介することなく飄々としている。この程度の挑発は彼にとっては軽口レベルでしかなかった。

「気にすることはないぜ、マスター。ありゃあマスターを常に手元で守れる条件にあるから言える言葉だ。俺はアンタがマスターってことに不満はねぇ。だから、ちっと頭を冷やせ。この程度の挑発で頭沸騰させてたら、禿げるぞ?」

 ランサーの忠告で頭が冷えたのか、先ほどまでケイネスが無言で発していた怒気も心なしか小さくなる。だが、ライダーの暴走は真名の曝露にセイバーへの勧誘、ケイネスへの挑発だけでは止まらない。さらにこの男はこの場を引っ掻き回す言葉を口にしたのである。

 

 

「おいこら!!他にもいるだろう、この戦いを盗み見ていながら、戦場に姿を曝さぬ連中は!!」

 ライダーは天を見上げながら大声を張り上げる。

「情けないのぉ!!歴史の枠を超え、世界に冠たる英雄豪傑が並ぶこの舞台に、何も感じるところはないというのか!?貴様等は、それでも英霊か!?もしも、誇るべき真名を持ち合わせるならば、聖杯に招かれし英霊は、今!!此処に集うがいい!!なおも顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスイカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!!」

 戦術も戦略もない、ただの挑発。このようなもの、戦場から英雄が消えうせた近代の戦争ではありえないものだ。だが、時空も場所も関係なく英雄が集うこの戦いは、尋常な戦場ではなかった。

「我を差し置いて“王”を称する不埒者が、一夜の内に二匹も湧くとはな」

 倉庫街を照らす街灯のポールの上に金の粒子が舞い、そこに金の鎧を纏った男が現界する。この第四次聖杯戦争の初戦で小学校を襲撃したバーサーカーのサーヴァントを討ち取った、遠坂時臣のサーヴァントの登場に倉庫街に集ったマスターたちは思わず身構える。

「難癖つけられたところでなぁ、イスカンダルたる余は、世に知れ渡る征服王に他ならぬのだが…」

「たわけが。真の王たる英雄は、天上天下に我唯一人だけだ。後は全て有象無象の雑種にすぎん。無論、貴様等とてその例外ではない」

 黄金の鎧を纏った男は、眼下のライダーをその真紅の双眸で睨み付けた。

「そこまで言うのであれば、まずは名乗りをあげたらどうだ?貴様が真の王というのであれば、己の威名を憚りはすまい」

「問いを投げるか?王を名乗る雑種風情が、真の王たるこの我に向けて?」

 何がこのサーヴァントの琴線に触れたのかは分からないが、どうやらライダーの問は地雷を踏んでしまったらしい。

「我が拝謁の栄に浴してなお、この面貌を見知らぬと申すなら、そんな蒙昧は生かしておく価値すらない!!」

 男の背後の空間に黄金の波紋が顕れ、そこから多数の刃が出現する。それは槍や、斧や、剣、何れも高度な神秘を纏う武器だった。そして、サーヴァントたちは直感的に理解した。この武器は、全て宝具であると。

 男はポールの上で口角を吊り上げる。同時に、武器の暴風雨が倉庫街を襲った。

 

 

「…………」

 戦局をキャスターの水晶を通じて観察していたゴルゴは、メディアが冬木の街に張り巡らせた諜報網とこの倉庫街の戦いを通じて既に脱落したバーサーカーを除く全てのサーヴァントの能力を一通り把握した。

 今回の依頼の条件の一つが聖杯戦争に勝ち抜くことである以上、戦争に勝ち抜く算段をつける必要があるため、この男はサーヴァントの情報が一通り出揃うまでは傍観に徹していたのだ。

 ゴルゴの力量を持ってすれば、監督役によって聖杯戦争の開幕が告げられてから今日までの4日間で全てのマスターを狩ることもできたかもしれないが、それができない事情があった。それは、サーヴァントの存在である。

 マスターが殺害され、魔力の供給が途絶えたとしても魔力供給を絶たれたサーヴァントが消滅するまでにはある程度のタイムラグがある。単独行動スキルを持つサーヴァントであれば数日はマスター不在で行動することも可能だ。そして、消滅するまでの間に近くの魔術の素養のある新しいマスターに乗り換えられてはいくらマスターを殺害したところで意味がなくなってしまう。

 しかも、一度であればマスター不在の状態でもその身の消滅と引き換えに発動する宝具などといった事例も考えられる。魔力供給源を絶たれて窮鼠となった敵サーヴァントの逆襲をくらえば、こちらもただではすまなくなる可能性もあるのだ。自爆宝具や、死亡することで呪いなどの効果を残す特質を持ち合わせたサーヴァントの存在についても可能な限り検証する必要があった。

 また、マスターが不在のサーヴァントでも捕食によって魔力を獲得して現界を保ち続けることが可能だ。ゴルゴが選んだサーヴァントで倒しきれない相手が、捕食による魔力供給で現界を保ち続けた場合、いつまでたっても聖杯は満たされなくなる。それでは聖杯戦争に勝ち抜き聖杯を手にするという依頼の条件も満たせなくなってしまう。最善の策が敵サーヴァントの撃破ならば、敵マスターの殺害は、敵サーヴァントの能力と宝具次第で取るべき次善の策なのだ。

 あくまで依頼の条件は、敵マスターの殺害ではなく、聖杯戦争の勝利なのだから、聖杯戦争に勝利するための戦略を立てる必要があった。

 そして、ゴルゴは全てのサーヴァントとマスターについての情報を把握し、その行動の指針を決めてある一組のサーヴァントとマスターに狙いを定めた。このサーヴァントであれば、最悪何か奥の手を出されたところでこちらのキャスターの力量で離脱することは十分可能であるし、何よりも戦術上このマスターをここで潰しておく意義は大きいと判断したからだ。

 

 

「出るぞ」

「標的は?」

 キャスターに尋ねられたゴルゴは淡々と答えた。

 

「アサシン……そして、言峰綺礼だ……」




本来のゴルゴ13のお約束で言えば、ゴルゴが動くのはもっと終盤だったりしますが、このペースでゴルゴの出番を先送りし続けるのも、物語が単調になるなぁ……ということで、プロットを変更し、いくつかのイベントを前倒しにすることにしました。
AK-100 VS M16や最後の戦場、ワイルドギースのように、ゴルゴが全編にまんべんなく出て、それでいてゴルゴらしい作品の方がおもしろそうですし。
幸い、イベント前倒しによって生じるプロット変更も以外と簡単に済みましたので、更新速度に支障はなさそうです。
夏に色々試行錯誤して考えた没プロットもいくつかあったので、それを継ぎ接ぎすることでなんとかなりました。


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ゴルゴ13の武器

今日はなんだか執筆速度が以上に早い……
多分、ついに登場したあのお方のせいだと思う。


  ――――第四次聖杯戦争開幕の二ヶ月前

 

 アメリカ合衆国 ニューヨーク

 

 ニューヨークの片隅、古いビルが立ち並ぶ一角にある寂れた工房にゴルゴの姿があった。

「あんたか……」

 久しぶりに来店したゴルゴを複雑そうな表情で迎えた中年の男の名は、デイブ・マッカートニー。ゴルゴがその職人としての技術をこの世で最も信用している銃職人(ガンスミス)だ。

「それで、今度は一体どんな無茶苦茶な注文じゃ?」

 1km先のフットボールを打ち抜ける銃を超ロングマグナム弾込みで3時間で作らされ、宇宙空間で使えるM-16を2日の徹夜で作らされ、M-16用223ウィンチェスター弾頭に極小の雷管、火薬を埋め込んだ炸裂弾を作らされるという常軌を逸した無茶振りを経験しているデイブは、既にこの男の口から飛び出す荒唐無稽な注文に慣れていた。

 10倍スコープにピッチ8分の3インチ螺子穴を切るような、1時間でも終わる仕事であればいいなぁと心の底では思うのだが、まぁそれはないだろうとデイブは諦観した表情でゴルゴに尋ねる。

 だが、何故だろうか。この時、デイブは、あのM-16用小型炸裂弾を作らされたときと同じ、いやそれ以上の悪い予感を感じていた。そして、その予感は的中する。

「最低でもマッハ12の銃弾を放つことができる狙撃銃を作ってくれ……」

「な、な……なんだってぇ!?」

 デイブは自身の耳を疑った。この男の口から放たれた注文が信じられない。『マッハ12』の弾を飛ばす銃など、一体なんでそんな注文が出てくるのだろうか?デイブはただ唖然とするしかない。無重力で使えるM-16の方がまだ用途が思い浮かぶ。

 しかし、ゴルゴは言葉もでないデイブの前に100ドル札の札束がぎっしりと詰まったアタッシュケースを置いて話を続ける。

「期限は二ヵ月……謝礼はもう用意してある……」

「ちょっ……ちょっと待ってくれ!!」

 あまりに無茶苦茶な注文にデイブは慌てふためく。

「マッハ12だって!?アメリカの偵察機SR―71ブラックバードだって最高速度はマッハ3.2だぞ!?あんたはコミックに出てくるヒーローでも撃つつもりか!?そんなもの一体何に……」

「…………」

 デイブはゴルゴから向けられた無言の圧力に気づき、それ以上喚くのをやめた。この男との付き合いは長い。この男について余計な詮索をしないということも既に二人の間の不文律となって久しかった。

「……俺には、お前以外にこの注文をこなせる銃職人(ガンスミス)の心当たりはない」

 そしてこれだ。世界最高の狙撃手からの、余計な修飾のない褒め言葉。世界一の狙撃手に職人としての腕を頼りにされるというのは、銃職人(ガンスミス)として冥利に尽きる瞬間だ。この男から世界最高の腕と見込まれて依頼を受けると、どんな無茶な仕事だろうと引き受けないという選択肢がなくなってしまう。

「はぁ……分かった、引き受けるよ。アンタがこんな馬鹿げた銃でヒーローを撃とうがモンスターを撃とうが、ワシには関係のないことだ」

「頼んだ……」

 

 また、二ヶ月の間この工房は休業の看板を掲げた修羅場になるだろう。最近は目も疲れやすいし、昔のように何日も徹夜仕事をすることはできないが、それでもやる気だけは初めてあの男と出会ったあの時から全く変わらない。

 あの男から仕事が回されてくる限り、自分は引退できそうにない――デイブは誰もいない工房で、誰に向けたものでもない誇りに満ちた笑みを浮かべながら図面を引き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 冬木港の倉庫街での戦いを監視し、今が好機だと判断したゴルゴは、その肩に巨大な筒を背負いながらキャスターの転移によってとある貸しビルの一角に転移していた。

「……この部屋を遮音結界で覆え」

「分かったわ」

 キャスターは僅か一小節の詠唱で部屋に遮音結界を張る。そして、その傍らでゴルゴは拠点から持参した長さ3m以上はある太い筒を、部屋の中にある家具に擬装された固定具に接続し、筒の向き、高さ、角度を固定する。既に、幾度も下見しているため、どの角度、どの高さ、どの向きに調整すればいいかは分かっている。

 さらにゴルゴはいくつかの配線を砲身の根元に設置された特殊な装置へと繋げて、準備を淡々と進めていく。本来であればこの鉄の筒は、如何にゴルゴ13といえども簡単には持ち上げられないはずだ。しかし、キャスターの重量軽減の魔術のおかげでゴルゴが片手で扱うことができた。そのため、本来であれば数人がかりでなければ行えない作業もゴルゴ一人で難なくこなしていた。

 そして、筒を固定したゴルゴはその筒に、キャスターに持参させていた大荷物から取り出した様々な部品を付け加える。筒の中に椎の実型の弾丸をはめ込み、筒の戦端を高圧カップリングで覆い、そこにチューブを付け加える。

 

 数分後、柱と壁を無機質なコンクリートで覆われた色のない一室で組みあがったのはまるで大蛇を思わせるような太く長い『砲』であった。砲身の長さはおよそ3mほどだろうか。『砲』とそれを固定する家具にカモフラージュされた固定具しかない部屋の中央をこの巨大な砲身が占拠し、なんとも形容しがたい圧迫感を醸しだしていた。

 ゴルゴは各部のチェックを終えると、銃身上部に取り付けられた照準器を除いて目標の姿を確認した。艦砲や戦車砲を思わせる物干し竿の先、700m先に存在するビジネスホテルの窓には漆黒の僧衣を纏った男の姿があった。アサシンのマスター、言峰綺礼である。

 

 言峰綺礼がアサシンのマスターであることは、キャスターが街中に張り巡らせた監視網から既にゴルゴたちは予測していた。加えて、現在冬木港で行われている戦いでその予測は完全な確信へと変わった。

 ゴルゴからしてみれば、今回のアサシンはまず第一に葬らねばならない存在であった。幾多の暗殺者を返り討ちにした自分ですら襲撃の直前でなければ気配を看破することができない気配遮断スキル、そして優に80は超えるその数。

 街のいたるところに忍び隠れる存在がいれば、自分たちの戦力、動向が筒抜けになる可能性は否定できない。また、こちらが敵に対して行動を起こそうというところを襲われる危険性もあった。端的に言えば、このサーヴァントがいるかぎりこちら側が積極的に攻勢に出ることは非常に難しい状態にあるのだ。

 ゴルゴの側にも街中に張り巡らせた監視網を持つキャスターがいるが、その監視網とて全てのアサシンの動きを同時に監視することは不可能だ。加えて、もしも彼らが近代兵器で武装して襲撃を企んだ場合、それを阻止することは至難の業だ。暗殺者の英霊の技量と、暗殺に適した近代兵器が合わされば、その脅威は如何ほどか。

 加えて、今回召喚されたアサシンの宝具も厄介極まりないものであった。分身を作る能力か、手下を召喚する能力なのかは不明だが、どちらにせよこのサーヴァントを消滅させるのは非常に難しい。

 何故なら、80体近いアサシンの全てを葬らなければアサシンの脱落とはみなされない可能性があるからだ。その場合、気配を隠して見つけることすら難しいアサシンを地道に一体一体狩るか、マスターを仕留めて魔力供給源を絶って一網打尽にする以外にアサシンを脱落させる方法はない。

 前者も途方もない苦労が必要だが、後者も負けず劣らず厄介だ。なんせ言峰綺礼は聖堂教会の元代行者である。並大抵の方法で仕留められる相手ではない。その身体能力、格闘能力はゴルゴのそれを遥かに超越しており、実戦経験も豊富だ。直接この男と戦って勝利できる可能性があるのは、サーヴァントだけだろう。

 そして言峰綺礼は十中八九遠坂時臣と組んでいるとゴルゴは看破していた。彼のここ数年の動きを調べ、最低でも1年前には既に彼が令呪を得ていた可能性あったことを突き止めている。一度は代行者にまで任命された聖職者でありながら、時臣の下で魔術の研鑽に励むなどの情報証拠は多数あがっていたし、遠坂邸や冬木教会内の電話を盗聴して内通を思わせる会話も拾っていた。

 この遠坂との同盟もアサシンの脅威度を上げる要因の一つだった。アサシンが諜報と暗殺に従事し、遠坂時臣のサーヴァントがその情報をもとにして動いた場合、彼らはこの聖杯戦争で常に優位に立つことができる。

 遠坂時臣の召喚したサーヴァント、アーチャーの戦闘能力は現在冬木港で繰り広げられている戦いを見れば一目瞭然だ。あれは、アーサー王にイスカンダルという一級品のサーヴァントをも凌駕する、ただでさえ圧倒的な力を持つ格上のサーヴァントであった。

 冬木港で繰り広げられている戦いを見る限り、あのサーヴァントを下せる可能性があるのは、優秀なマスターに恵まれた超一級品の大英雄であるランサーくらいだとゴルゴは分析していた。

 真名を看破されて弱点である踵を狙われたら危ないだろうが、セイバーとの戦いを見る限り、ランサー陣営は徹底してランサーの真名を隠そうとしていることが分かる。

 生前にランサーと婚姻を結んだメディアや、イリアスにどっぷり嵌っていたイスカンダル以外では、ランサーが宝具を開帳しない限りは『アキレウス』というトロイア戦争の大英雄であることを看破することは難しいだろう。ゴルゴでさえ、メディアの反応がなければあのランサーの真名がアキレウスであることを看破できなかったのだから。

 結果、ランサー陣営以外がアーチャーの脱落を狙うとしたら、その手段はマスターである遠坂時臣の抹殺以外はないという結論に至る。

 しかし、遠坂時臣を抹殺したところでアーチャーが即座に脱落するわけではない。アーチャーはクラス別能力として単独行動スキルを有しており、マスターなしでも数日間は現界し続けることが可能だからだ。

 Aランクの単独行動スキルをあのアーチャーが保有していた場合、最悪マスターを失ってもその身の消滅と引き換えに一度きりであれば宝具を開帳することも可能だ。あの超一級品のサーヴァントの奥の手となると、例えマスターを失った状態であろうとも敵を道連れにしかねない。マスター不在で弱っているからといってアーチャーに戦いを挑むことも危険なのだ。

 また、最も考えられる選択肢として、マスターを失ったアーチャーが同盟者である言峰綺礼を新たなるマスターとする可能性も考えられる。マスターを失っても数日間は現界できるのだから、同盟者と合流して新しい主従契約を交わすことになんの不思議もない。

 言峰綺礼からしても、あれほど強力なサーヴァントを得られるのだから、主従契約を拒否する理由はないはずだ。だが、そうなれば他の陣営からすれば悪夢以外の何者でもない。あの超一級のサーヴァントからマスターという唯一の弱点がなくなるのだから。

 つまり、アサシンを倒して後顧の憂いを失くし、アーチャーを確実に脱落させるためには、ゴルゴとしてはどうしても聖杯戦争の序盤で言峰綺礼を葬り去る必要があったのだ。

 

 

 言峰綺礼は戦略上序盤で必ず葬っておかねばならない相手であるとは言えど、ゴルゴにとっても代行者というのは簡単に屠れる相手ではない。聖遺物や神秘の隠匿に関わって代行者と激突した経験もあるゴルゴだが、これまでに体験した代行者との戦いはそのどれもが激戦であった。

 当然、代行者の能力も熟知しており、身体能力で言えば彼らは自分よりも高みにあり、真っ向からの戦いでは自分に殆ど勝ち目がないこともゴルゴは自覚していた。しかも、ゴルゴの擁するサーヴァント、キャスターと言峰綺礼の相性もあまりよくないため、サーヴァントによる抹殺という手段も使えない。

 キャスターは根っからの魔術師であり、戦闘の経験は非常に少ないのである。絨毯爆撃じみた魔術による攻撃は可能だが、数々の修羅場を潜り抜けた元代行者であれば弾道を読み、最低限のダメージで爆撃を潜り抜けることが可能だ。最悪、逃げられる可能性もあるだろう。

 アサシンを何体か令呪で強化して特攻されれば、戦闘経験に乏しいキャスターでは万が一のこともありえる。

 故に、ゴルゴは言峰綺礼を自分の手で葬る策を用意していた。確かに、戦闘能力、身体能力ではゴルゴは言峰綺礼に歯が立たない。けれども、ゴルゴ13はこれまで幾度も自分よりも優れた能力を持つ相手と戦い、それを退けてきた。

 ヒマラヤ山脈という世界最高レベルの高地にてゴルゴを圧倒した、中国山岳部隊の創設者の『燐隊長』。純粋な暗殺者としての技量でゴルゴを上回る盲目のプロフェッショナル『イクシオン』。百発百中のゴルゴの射撃を回避するほどの身体能力を持つバイオニック・ソルジャー『ライリー』。自身の半径3km以内のゴルゴの殺気を感知するKGBの超能力者(テレパス)『アンナ』。その誰もが、ゴルゴをして強敵と言わしめる恐ろしい相手だった。

 しかし、、ゴルゴはその強敵たちの全てに結果として勝利している。自身の能力を凌駕する強敵たちを幾度も葬ったゴルゴの最大の武器はその身体能力でも、臆病深さでも、狙撃の腕でもなく、豊富な知識と、自身の持つ能力の全てを活かした最良の策を即座に見出すその頭脳なのだ。

 そして、その頭脳が導き出した、元代行者という戦闘者を確実に屠るための答え、それこそが今ゴルゴの目の前に聳える巨砲に他ならない。

 

 その巨砲は、ゴルゴが世界で最も頼りにしている銃職人(ガンスミス)、デイブ・マッカートニーが二ヶ月の月日をかけて作成した、ゴルゴのリクエストに完璧に応えた最高の一品だった。




ゴルゴといえばデイブ・マッカートニー!!そして、ゴルゴの彼に対する無茶振り!!
ということで、満を持してデイブの登場です。
改訂前では出番はない予定でしたが、改訂版のプロットの参考にゴルゴ13を読み返していると、どうしても彼を出したくなってプロットを改変してまで彼の登場を盛り込みました。

そして、デイブを書くと執筆速度が上がる上がる……やはり、自分もこの人が大好きでたまらないみたいです。

捕捉:一応、マッハ12というのもそれなりの根拠があっての数字です。次話でそのあたりについても詳しく触れたいと思います。
 無理じゃね!?とか、お前物理学舐めてない?軍事のトーシロが!みたいな文句は、次話にて自分の出した答えを見てからお願いします。


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デイブの答え

デイブの作品は超電磁砲!?
それとも、ムカデ砲?

答えは下の本編で。


 聖杯戦争開幕の1週間前

 

――――アメリカ合衆国 ニューヨーク

 

 注文した品の受渡期日、『CLOSED』の看板が掲げられたデイブの工房をゴルゴが訪れた。

「……アンタか。注文の品はなんとか出来とるよ」

 デイブは、自身の工房を訪れたゴルゴをくたびれた格好で出迎える。ゴルゴをして世界一の銃職人(ガンスミス)と言わしめるデイブでさえ、今回の無茶苦茶な注文をこなすことは相当に厳しかったのだろう。

「注文の品はこっちだ。流石にでかすぎるからな。ワシの作業部屋に置き続けることもできなんだ」

「…………」

 デイブは店の裏手に作られたガレージを改装した広いスペースにゴルゴを案内する。

 

 デイブが案内したトラック一台は軽く入りそうな空間は、その半分以上を銃身と真新しい金属の箱が占領されていた。

「こいつが、ご注文の品だ」

 ゴルゴは、自身が注文した品物に歩み寄り、その細部を検め始める。

「この銃……いや、こいつはもはや銃とは言えないな。この『砲』について、説明するぞ」

「ああ……」

 『砲』の周囲を一周して一通り検めたゴルゴは壁際に立って愛用の葉巻を燻らせた。

「この『砲』は滑腔戦車砲を参考にして造られている。だが、口径は戦車のように120mmはない。こいつは20mmだ。まぁ、砲身の長さは滑腔戦車砲と殆ど変わらないのに、太さは水道管クラスだがな。そうでなければ、マッハ12なんて馬鹿げた速度で弾丸を飛ばす衝撃には耐えられん」

 デイブは砲身を撫でながら説明を続ける。

「実は、最初にアンタからマッハ12の弾丸を飛ばす銃を作れ、と言われて俺が考えたのはレールガンだった」

 

 ――レールガン。

 それは、電磁力で弾丸を加速して撃ちだす兵器である。その理論の根本にあるのがフレミングの左手の法則ということもあり、基本原理は1900年ごろには考え出されていた。実用化に向けた研究は第二次世界大戦のころにナチスドイツや日本が行っていたということも知られている。

 弾丸に電流を流し、それによって回路がコイルの役割を果たして磁界を産む。そしてその磁界と弾丸を流れる電流によって超高速の弾丸を撃ちだすことができるのだ。その威力に着目した米軍ではスターウォーズ計画の一端としても研究が行われていた。

 理論上、レールガンは亜光速までの加速が可能ということもあり、無重力空間に設置することで宇宙船の加速装置などといった平和利用も考えられている。

「しかし、如何にワシでも、レールガンを造れというのは無理だ。原理は単純だが、その分経験やノウハウがモノを言う。回路の設置方法や、凄まじい電流に耐えられるような砲身、大量の電気を供給するだけの電源装置。どれもワシの手には負えん」

 史実で、大日本帝国やナチスドイツが実用化に失敗した原因の一つにも上げられる電力供給の問題は特に重大だ。当時、対空砲一機稼動させるのに専用の発電所が二基必要とされたという試算がされたことからも問題の深刻性が分かるだろう。

 レールガンの実用のために省電力化や大出力の発電装置の研究等が続いているが、デイブの知る限りでは現在のところ、それらの問題を完璧にクリアーしたレールガンは存在していない。

 

「最低でも、後30年は経たないと実用に耐えうるレールガンはできんだろうよ。試作段階のものが専門の研究所なんかにはあるのだろうが、ああいったものは兵器としての実用性は考えておらんから、アンタの望むとき、望む場所で確実に撃てる保障はないだろうな」

「…………」

 ゴルゴは、静かにデイブの説明に耳を傾けている。

「じゃから、ワシはレールガンは諦めた。他にも、サーマルガンや特殊な火薬の使用など、アンタのいうマッハ12という無理難題を可能とする手段はいくつか考えた。しかし、アンタが実用することを考えると、これらにはあまりにも制約が多すぎたから全て却下した。そして、ワシが導き出した結論が、このライトガスガンだ」

 

 火薬の爆発によって弾丸を飛ばす火砲では、砲弾は砲身内部と砲身外部の大気の圧力差によって加速される。しかし、砲身内部の圧力波は媒質となっている気体中の音速よりも速く伝播することができないため、火薬の爆発を利用する火砲の砲弾を加速させることができる速度は、火薬の燃焼ガス中の音速が上限になる。

 そして、媒質となる気体中の音速を上げるための方法の一つとして、火薬の燃焼ガスよりも分子量の小さいガスを弾丸に圧力をかける銃身内に充填し、砲弾を加速させるための作動流体に使うという方法が挙げられる。その方法を利用した砲こそが、ライトガスガンである。

 レールガンと同様にライトガスガンも未来の兵器として注目されてはいるが、理論上は弾丸を亜光速にまで加速させることもできるレールガンに対し、ライトガスガンの初速は11km/Sが理論上の上限値となる。

 ライトガスガンは単体では地表から衛星軌道にまで物体を打ち上げられる第一宇宙速度を達成し得ないため、マスドライバーなどに転用するには全長1.2kmの砲身や、物体自体に補助ロケットブースターを装備する必要があるとされている。そのためか、宇宙開発への注目度もレールガンなどのEMLの研究に比べれば小さい。

 しかし、高速で飛来する隕石などが衝突したクレーターの形成などの高速衝撃現象にも使用されて証明されているその加速力は、ゴルゴの要求したマッハ12――4083.48 m / sを十分に実現しうるものであるとデイブは判断したのだ。

 

「しかし、ライトガスガンを使うとなると、当然弾丸もそれ相応の一品が必要となる」

 デイブは、砲身の下におかれたトランクを取り出し、中から20mm弾を二つ取り出した。一つは矢のようなフィンがついたスリムな弾で、もう一つはそれにボビンを被せたような形状の弾丸だ。

「使用する20mm弾は、米軍で開発中のレールガンの弾丸を参考に作ってみた。あれもマッハ7クラスの速さで飛ぶらしいからな。こいつは砲身の中にある間は装弾筒(サボー)に包まれておるが、発射後は風圧で装弾筒を分離して、中の弾丸だけが残る仕組みだ」

「……弾丸が細長いな」

「無論、それにも理由がある。弾丸が細長いと風の影響が受けやすいと思ったのだろうが、これは仕方がないんじゃ」

 デイブは、壁にかけられたホワイトボードに図を書き始める。

「大気中を高速で飛行する場合、その物体の突出部は激しく空気を叩いて振動を起こす。そして、そのエネルギーは音波として周囲に伝わる……」

 デイブは、弾丸上の絵を同一直線上にいくつか書き、それぞれの弾丸の先端を中心とする円を図示した。

「…………空気抵抗のエネルギーは、そのエネルギーの発信源が運動しているとエネルギーの中心が前へ前へと進むため、進行方向に進めば進ほど、そのエネルギーは密になって進む……。発生したエネルギーが押し寄せる間隔が短くなるな」

「そして、音と同じ速さ、即ちマッハ1で物体が進む場合、全ての空気抵抗のエネルギーが物体の先端で重なり合い、空気の壁が発生する。……こんな物理学の初歩の話を、アンタのような職業に就いている男に話すのもどうかと思うが。まぁ、最後まで聞いてくれ」

 物理学は、狙撃を行うものにとっては必要不可欠な学問だ。空気抵抗や引力による弾丸の落下なども考慮に入れなければ以下に高性能な銃を持っていたとしても決して目標を撃ちぬくことはできない。まして、引力や空気抵抗、気圧などといった要素は長距離狙撃では、着弾まで一秒近くかかることもあることもあってより重要性を増す。ゴルゴに物理学を教授するなど、まさに釈迦に説法というものである。

「空気抵抗のエネルギーの発生源は物体の先端では、連続して発生したエネルギーが幾重にも無数に重なる。その結果、発生するエネルギーはこのように、先端部を頂点とする錐型となって広がる。この錐型の部分は空気抵抗のエネルギーが重なって凄まじい破壊力を持っておる。これが、所謂衝撃波じゃな」

 デイブは、さらにもう一つ円を書き、その中心から一本の直線を書いた。そして、その直線の先端から円の一点と接する直線を加える。

「速度が上がれば上がるほど、衝撃波の先端角はそれに反比例して小さくなる。そして、衝撃波を生み出す物体自身も、自らが発する衝撃波に触れれば破壊されてしまう。アンタの要求するマッハ12だと、先端角は約9.6度じゃな。普通の弾丸では、その衝撃波で破壊されてしまう。だから、このように細長い矢にしておるんじゃ。だが、着弾速度と距離、そしてアンタの腕があれば、一回試し撃ちして補正すれば問題はないじゃろう」

 

 説明を簡単に終え、デイブはホワイトボードからゴルゴに視線を移した。しかし、どこかその表情は暗い。

「こいつなら、計算上はマッハ12で20mm弾を発射することが可能だ。俺が保障する。……しかし、こいつには制約もある」

「…………?」

「確かに、こいつはマッハ12の砲弾を撃ちだすことができる。だが、マッハ12の衝撃に銃身自体が耐えられん。これも計算上の話になるが、こいつの砲身命数は4発だ。あんたなら一発の試射で補正ができるだろうと思うが、それでも実質あんたが使えるのは3発が限度になる。それに、こいつは非常に重いし、嵩張ってしまうから、設置する場所も限られてしまう」

 デイブは申し訳なさそうに言った。だが、ゴルゴは彼の独白に対し、表情を一切変えることなく答えた。

「…………お前は俺のリクエストに答えた。砲身の命数や砲の大きさの問題は、俺が対処すればいい」

 ゴルゴは、一枚のメモ用紙に何かを書き出し、それを近くにあった作業台の上においてガレージを改装した部屋を後にする。デイブが駆け寄ってゴルゴが残したメモ用紙を確認すると、そこにはゴルゴの協力者がこの工房にライトガスガンを引き取りに来る日時と、その際に使う合言葉が書かれていた。

「どうにか、あの人の期待に応えられたということか…………」

 デイブはメモ用紙に書かれていた合言葉を2、3回頭の中で反芻した後、台所に赴いてそのメモ用紙を火にかけた。

「ワシはいつになったら引退できるんだろうか?ワシが引退した後にあの人からの依頼を受ける後継者も、そろそろ探さねばいかんなぁ……」

 

 

 

 

 

 ゴルゴ13は、貸しビルの一室に持ち込んだ巨砲の矛先を黒いカソックに身を包んだ男に向ける。男はまだ自分がターゲットとなっていることには気づいていないようだ。スコープに写る男は、目を閉じながら目の前の蓄音機のような形をした機械に向き合っている。

 おそらく、冬木港で監視任務についているアサシンと感覚を共有し、そこで見聞きした情報を誰かに伝えているのだろう。通信の相手として考えられるのは実父にして今回の聖杯戦争の監督役を務めている言峰璃正か、同盟を組んでいる遠坂時臣といったところか。

 何れにせよ、感覚を共有しているとすれば好機であるとゴルゴは判断した。自身の感覚の幾分かを周囲ではないどこかの知覚に当てているのだから、当然、感覚を共有している時に比べれば警戒は甘くなる。

 無論、綺礼の警戒が緩む分、複数存在するアサシンの何体かが周囲を警戒しているのだろうが、これからゴルゴが行おうとしている狙撃の前では、並大抵の警戒は意味をなさない。700mという距離は、ゴルゴが使用するライトガスガンから発射される弾丸ならば0.1秒で到達する距離だ。

 綺礼とて元代行者であり、目の前に拳銃の銃口があれば発砲のタイミングに合わせて身体を移動させることで銃撃を交わすことは可能だろう。代行者ならば、銃口が見えずとも拳銃弾の速度であれば撃たれてから反応することも十分可能だ。流石に、至近距離から1000m/sを超える速度のライフル弾を放たれたら完璧に避けることはできないかもしれないが。

 そして、マッハ12という常軌を逸した速度で放たれた弾丸は、代行者であっても反応できるものではない。狙撃の瞬間の殺気に反応したところで、対処可能な時間は僅か0.1秒しかないのだ。加えて、プロフェッショナルであるゴルゴは、ライフルの引き金を引くその瞬間まで標的にその殺気を察知されることはない。

 闇に包まれた夜に700m先に存在する銃口を即座に発見し、その銃口の方向、放たれた弾丸の弾着までの時間を僅か0.1秒で判断することは人外のカテゴリーに属する代行者でも不可能だろう。

 仮に、幾度となく繰り返した戦いの中で育んだ動物的な直感で反射的に身体が反応したところで、マッハ12で飛来する弾丸が発する凄まじい衝撃波を避けることはできない。直撃を避けたとしても衝撃波に身体を引き裂かれることは明白である。マッハ12の飛翔体が発する衝撃波を至近距離で受ければ、間違いなく致命傷だ。教会代行者特性の防護呪札によって隙間なく裏打ちされた分厚いケプラー繊維の僧衣であっても到底耐えられない。

 ただ、サーヴァントであれば人間を超越した存在であるため、マッハ12の狙撃にも対処する可能性があるとゴルゴは当初懸念していた。

 ゴルゴは知る由もないことであるが、とある平行世界において、今回のセイバー、アーサー王は三流のマスターに召喚されてステータスダウンした状態でありながら、4km先から放たれて1秒足らずで弾着する宝具を迎撃したことがある。ゴルゴの懸念は、その点では正しかったと言えよう。

 ただし、このセイバーと同じことを全てのサーヴァントができるわけではない。マッハ12の弾丸を迎撃するためには、マッハ12で飛来する弾丸の軌跡を正確に捉えるだけの知覚能力と、知覚してから反応できるだけの優れた身体能力、手にした武器で正確に迎撃できるだけの実力が必要となる。

 セイバー、ランサークラスのサーヴァントであれば大半は上記の条件を満たすだろうが、他のサーヴァントはその英霊の能力次第だろう。そして、言峰が召喚した今回のアサシン、19代目のハサン・サッバーハについては上記の条件を満たしている可能性は限りなく低いともゴルゴは予想していた。

 アサシンの宝具妄想幻像(ザバーニーヤ)はアサシンを分裂させる能力を有しているが、それは本来は一体であるはずの自身を等割するものであるため、分割すればするほど一人当たりの能力は低下する。

 分裂した個体の戦闘能力は、下手をすれば綺礼をも下回るだろう。ならば、綺礼でも対抗できない狙撃に対応することなど到底不可能だ。マッハ12の狙撃に対して彼らにできることは、精々衝撃波に対する肉の盾ぐらいなものだろう。仮に分裂していなかったとしても、暗殺者のサーヴァントにマッハ12で飛翔する弾丸を迎撃するだけの能力があるとも思えないが。

 結論から言えば、この場所から放たれたマッハ12の20mm弾を防ぐ手段は言峰綺礼には存在しないということになる。

 

 ゴルゴは、手元のディスプレイに表示されている温度、湿度、風量と風向、レーザー測距儀で正確に測定した距離を合わせて照準点を補正する。そして、ゴルゴは手元のトリガーを引き、超音速の化け物を解き放った。同時に、雷でも落ちたかのような凄まじい爆音が深夜の冬木の街を奔った。

 僅か0.17秒後、ゴルゴの瞳が捉えていたのは、黒いカソックを着た男がいたはずの場所にできたクレーターと、眼下に広がる衝撃波の爪あとだけだった。

 

 

 

 聖杯戦争の勃発を監督役が告げてから四日目の夜、雨生龍之介に次ぐ第四次聖杯戦争における二人目の脱落者が決定した。

 

 その脱落者の名前は、言峰綺礼と言った――――




超電磁砲だと思ったアナタ、私はビリビリより佐天さんが好きです。
ムカデ砲だと思ったアナタ、趣味いいです。外れでしたけど、話があいそうです。


正解は『とある科学の超空気砲』でした!!


実際のところ、多分これを造るのはデイブさんのキャパシティー超えちゃってますけど、まぁ、その当たりは補正ということで。

この『とある科学の超空気砲』、現実では実用化には未だに問題が多数ありますが、拙作のように4発撃つだけなら何とかなるかもしれないと私は思います。
兵器またはその他の分野で実用化となれば、コストや量産性、整備性、耐久性などの問題は必然的についてまわりますが、今回のように一品を、整備性、量産性度外視で耐久性は最低限でOKと妥協すればなんとかなると考えました。


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戦争潮流

デイブの反響がすごくいい……


引き続き、感想を積極的に募集しています


 時は、冬木の街にクレーターが刻まれ、衝撃波が吹き荒れる数分前に遡る。

 

「ギルガメッシュの旗色が善いとは言えません……」

 

 言峰綺礼は高度成長期に建設された集合住宅の一室で師の遠坂時臣と魔導通信機ごしに戦況の報告をしていた。

 実際には時臣と綺礼は聖杯の正しき使用という目的で結託しているのだが、表向きは師とは聖杯戦争の勃発に際して決別したこととなっているため、綺礼はこの独身者用の住宅を仮初の宿としていた。彼が遠坂時臣に師事した3年の間の拠点としていた冬木教会は聖杯戦争の勃発に伴って中立地帯になっていたこともあってそこから出て行かざるを得なかったのである。

 師の時臣は市内の空き家を秘密裏に斡旋しようとしていたが、それは綺礼自身が固辞した。彼の力量では工房なぞ造ってもあまり意味がないし、どうせ数日でアサシンを失って戦争に敗退して脱落する茶番を演じるのだから、数日の宿など適当な名義上のところでいいと考えていたからだ。

 彼の本心としては、衛宮切嗣に自身の居場所を捕捉されないよう古い集合住宅の空き家に居を構えるのが上策だという考えもあったが。

 しかし、あのバーサーカーの暴走の一件で時臣の考えていた計画は狂ってしまった。アーチャーがバーサーカーを一蹴したその日の夜にアサシンが遠坂邸を襲撃するというのは余りにも不自然であったからだ。アーチャーの戦闘を直接見ていないにしろ、あの投影型の宝具を持つバーサーカーを数分足らずで瞬殺した対象に考えもなく突撃するというのは戦術上不可解であるし、そもそもマスコミが集まって賑わっている最高潮の時期にサーヴァントを動かすというのも状況的にありえないことだからだ。

 結果、アサシンをアーチャーに討たせるタイミングを失ったため、綺礼とアサシンは結局これまで通りの諜報活動を続けるしかなかった。

 

 綺礼はアサシンと意識共有をはかり、アサシンの目と耳を通して戦場となっている冬木港の状況を把握する。

 キャスター以外の全てのサーヴァントが終結していた冬木の港に馳せ参じたアーチャーは、ライダーとの問答の末に突然激昂、そのまま宝具王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を解放してセイバー・ランサー・ライダーを攻撃し始めた。

 突然の乱入者による無差別攻撃は、セイバーとライダーにとっては凌ぐだけで精一杯だった。彼らの後ろには護るべきマスター(セイバーは偽りのマスターだが)がいたからである。しかし、背後に護るもののないランサーだけは違った。

 敏捷EXという破格のステータスを持つランサーは、宝具の雨を掻い潜ってアーチャーに肉薄する。アーチャーは街灯から飛び降りることでギリギリで首を狙ったランサーの突きを回避することに成功するが、他のサーヴァントによって同じ大地に立たせられたという事実は彼の矜持を傷つけることであった。

 怒り心頭に発したアーチャーは王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を全力で解放してランサーに弾幕を張るも、それでもランサーを捉えることはできない。とはいえ、ランサーもそこかしこから出現する天の鎖(エルキドゥ)に気を取られ、中々アーチャーと距離を詰められない。

 神性を持つサーヴァントに対して絶対的な拘束力を持つ天の鎖(エルキドゥ)の能力はランサーも知らないが、トロイア戦争で培われた彼の戦闘経験がその鎖は自身に対する天敵であると警告していたため、ランサーはその警告に従って天の鎖(エルキドゥ)には最大限の警戒をしていたのである。

 

 弾幕を全力で展開してランサーを寄せ付けないアーチャーと、並外れた敏捷性と戦闘技術で弾幕を捌くランサー。一見すると拮抗しているように見えるが、実は不利なのはアーチャーであった。

 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)という宝具を全力で使用しているアーチャーは継続的にマスターである時臣から宝具の開帳コストの魔力を貢がせる必要があるのに対し、ランサーはその並外れた基礎能力値と生前に培った戦闘技術だけでアーチャーの弾幕を凌いでいるのだ。

 宝具という自身の真名の露見にも繋がるカードを切り、さらにその消費コストを払い続けるアーチャーに対し、その並外れた戦闘能力以外は何も露見させずに戦い続けられるランサー。短期的に見れば互角でも、長期戦となれば話は違う。

 いくら時臣でも延々と宝具の使用を続けられれば魔力消費から消耗するし、アーチャーが尽きることのない宝具の射出を続ければ、そこからいつかはアーチャーの真名も露見してしまう可能性があるからだ。

 となると、ここで取るべき手は撤退か、手札をさらに切ってこの場にいるサーヴァントを脱落させるかという二択になる。そして、そのどちらの手を打つにしろ、時臣は高確率で令呪を使用する必要があるだろう。

 撤退するように諫言したとしても、あの怒り狂ったアーチャーは時臣からの諫言など意にも介さないだろうし、彼の矜持から考えるにアーチャーが自発的に至宝たる乖離剣を抜くこともあまり期待できそうにない。

 乖離剣を抜くとすれば、その時は相当追い詰められている時だけだろう。しかも、あのランサーの敏捷性で異常なまでの槍の技量を見る限り、乖離剣を抜いて発動するまでの間に首を取られるかもしれない。

 また、ランサーのあのステータスと尋常ではない技量を見れば、あれが並大抵の英霊ではないことなど一目瞭然である。真名は不明だが、世界に冠たる大英雄である可能性も捨てきれない。これは真名の露呈しているセイバーやライダーにも該当することであるが、大英雄であればアーチャーと同様に評価規格外の宝具を持っている可能性もある。

 宝具の相性によってはアーチャーの乖離剣でも仕留められないということもありえるため、最悪の場合乖離剣を無駄撃ちすることになる。

 つまり、確実に最小限の犠牲でこの場を切り抜けるためには、令呪を以ってアーチャーを強制的に撤退させる――それ以外ないのだ。

 サーヴァントに対する絶対命令権――令呪は各マスターに三画ずつ与えられているが、サーヴァントの自害用に必ず一画は残しておく必要があるため、戦闘に使用できる令呪は実質二画だ。その内の一画を序盤で使用することに時臣は抵抗を覚えるに違いない。

 綺礼は、魔導通信機のむこうの沈黙から時臣がその決断を渋っていることも、その理由も察していたが、ここで決断をしなければ手遅れになると彼の代行者としての戦闘経験が継げていたため、迷わずに催告した。

「師よ、ご決断を……」

『……………………』

 長い沈黙の末に通信機ごしに漏れてきた溜息をとらえ、綺礼は師がようやく決断したことを悟った。

 

 

 

 何の前触れのなく雨霰と降り注いだ宝具の弾幕が止んだため、セイバー、ランサー、ライダーの三騎は何事かとアーチャーに視線を向ける。ここで彼らがこれまで散々に攻撃してきたアーチャーを攻撃しなかったのは、アーチャーが自分たちに見向きもせずに見当違いの方向に刺すような視線を向けていたことが気になったからであろう。

「貴様ごときの諫言で王たる我に退けと?……大きくでたな、時臣……!!」

 アーチャーは忌々しいと言わんばかりに不満げな表情を浮かべ、臨戦態勢を取る三騎に向き直る。

「雑種共。次までに有象無象を間引いておけ。我と見えるのは真の英雄のみでいい」

 そう言い放つと、アーチャーはその身体を闇夜に溶かすように金の粒子を靡かせて消えていった。どんな事情があったかは分からないが、どうやらあのアーチャーもマスター、遠坂時臣が令呪を使用して強引に撤退させたのだということは三騎のサーヴァントとそのマスターはおぼろげに理解する。

「……さて、邪魔な金ぴかがいなくなったことだし、こっちも再開したいんだがな。アンタはどうするんだ?征服王」

 ランサーの発している一騎討ちの邪魔をするならまとめて相手にしてやると言わんばかりの闘気を、ライダーは軽く受け流して笑う。

「さぁて……とりあえず、勧誘は失敗したからなぁ。しかし、そこのセイバーはお主との戦いで消耗しているのは事実。ここで弱っているセイバーを討つというのは余の王道に反することであるし、お主とやりあうのであれば、互いが万全の状態でぶつかり合うべきであろうよ。それに、お主との戦いは元々セイバーが先約だ。余は今宵はここで退こう」

「別に、アンタもセイバーと一緒になってかかってきてもかまわねぇんだがな……どうせ、セイバーは俺を傷つけられねぇから、これ以上は勝負にもならん。だが……アンタなら、あの金ぴかみたいに俺を傷つけることができるかもしれないだろう?」

 ランサーの身体には、セイバーとの闘いでは一切つけられなかった傷が数箇所に見える。あのアーチャーとの闘いで、ランサーはこの聖杯戦争が始まったから初めて傷つけられたのだ。

 ランサーにとっては自身を傷つけられない敵との戦いなど面白くないものであり、この時点でセイバーとの闘いに対する興味はライダーとの戦いに対するそれよりも小さなものとなっていた。しかし、ランサーにとっては興味を失いかけた闘いであっても、対戦相手のセイバーからしてみればそのような理屈は関係ない。セイバーは険しい表情を浮かべながら吼えた。

「ふざけるなよランサー……貴方の相手はこの私だ!!ライダーと戦うのであれば、私との一騎討ちに決着をつけてからにしろ!!」

「ふむ……セイバーもそう言っておるし、余はここで退こう。後日、この闘いに生き残り万全に回復した方と正々堂々と決着をつける。それでよいだろう!!坊主、最後だから何か言い残したことがあれば……」

 ライダーは自身のマスターに視線を向け、御者台で胃の内容物をリバースしながら白目をむいて気絶している少年の惨状に気がついた。あの宝具の弾幕をすり抜けるためにライダーが取った機動はジェットコースターどころか第五世代戦闘機の戦闘機動をも凌駕する凄まじいものであり、そのGと遠心力、三半規管を狂わせる天と地が定まらない世界を三流の魔術師である彼に耐えろというのは酷なことであった。

 おそらく、ケイネスほどの魔術師でも乗り物酔いは避けられなかっただろう。

「もうちょっとシャキっとせんかなぁ。ウチの坊主は……」

 とりあえず窒息しないようにさりげなく気道を確保しているところからすると、ライダーはライダーなりにあのマスターに世話をやかされているようだ。

「では、さらばだ!!」

 ライダーは一騎討ちに乱入してきたときと同様に、まるで凱旋するかのように堂々と戦車を走らせながら月夜の中に走り去っていく。そして、その姿が見えなくなり再び静寂を取り戻した倉庫街に、ケイネスの声が響いた。

『……ランサー。お遊びはもういい。一度戦場に参じた以上、最低でもそこのセイバーの首だけは持って帰れ』

 ケイネスの命令を受け、ライダーの堂々たる後姿を見送っていた視線をセイバーに移したランサーは、億劫そうに口を開く。

「さて……マスターもこう言っているし、俺も戦場に出といてサーヴァントの首一つとらずに帰るのは性にあわねぇ。そろそろ、決着をつけるぞ。俺を傷つけられない相手と長々と戦ったところで俺は満足できないからな」

「望むところだ!!先ほどの発言を後悔するがいい!!」

 セイバーは剣を構えなおし、ランサーに向かって突貫した。

 

 

 

 

 セイバーがランサーと仕切りなおす様子を観察していた切嗣は、決断を強いられていた。

 馬鹿(ライダー)戦車(チャリオッツ)でやってきてから戦況はしっちゃかめっちゃかにされていたが、これでようやく一騎討ちという形になった。未だに監視役のアサシンは健在だが、用意した駒を使い潰せば注意をひきつけるぐらいはできるだろう。

 そして、ランサーとそのマスターであるケイネスはこの闘いで確実にセイバーの首を取りにきている。既にバーサーカーを取り込んで身体能力が低下している彼女を抱えてあの俊足のランサーから逃げるのは難しい以上、ここは戦うしかなかった。

 しかし、ランサーの槍の技量は素人目から見ても超一級品だということが分かっている。そして、純粋にその武芸の技量でセイバーはランサーに劣っているのだ。既に見えない剣の間合いも全て見抜かれ、防戦に徹していても遠からず破滅することが予想できた。

 それに加え、ランサーの槍兵らしからぬ防御力だ。セイバーは気づいているだろうが、ランサーの皮膚はセイバーの剣を幾度か掠めているにも関わらず切り傷一つつけていないのである。もしもランサーの槍を掻い潜って一撃を喰らわせたところで、ダメージが0となれば意味がない。肉を切らせて骨を断つこともできないのだ。

 おまけにあのサーヴァントはまだ宝具を隠している。ランサーのマスターが痺れを切らして宝具を開帳した場合、セイバーがその時点で討ち取られることも十分に考えられることであった。

 

 ――やるなら今しかない。セイバーの勝利が期待できない以上、自分の手でランサーのマスターを排除するしか、ランサーを脱落させる方法はないと切嗣は判断を下した。そして、WA2000狙撃銃を構えなおし、魔術で姿を隠蔽しているケイネスの姿をそのスコープで捉える。

「舞弥、君は倉庫の窓のアサシンをやれ。α、βはクレーンのアサシンだ。ランサーのマスターは僕が仕留める。タイミングは僕に合わせろ」

『『『了解』』』

 アサシンに居場所が露呈する可能性があるとしても、ここで決めなければどのみちセイバーは脱落し、マスターである自分も脱落する。はぐれサーヴァントを拾うという手もあるが、あのランサーやライダー、アーチャーの気質を見る限り再契約の望みは薄いため、その手は取れない。

 切嗣は覚悟を決め、カウントダウンを開始した。

「――――六」

 舞弥とα、βはここでアサシンへの囮として切り捨てることになる。“量産品”であるα、βを斬り捨てることには戸惑いはないが、久宇舞弥(魔術師殺しの部品)を失うことは決して少なくはない損失だ。

 ただ、舞弥を失うリスクに対する焦燥と同時に切嗣は自身のサーヴァントに対しても怒りを通り越して呆れを感じていた。

 仮にも騎士王を名乗っておきながら騎士の華である一騎討ちで技量の差から劣勢に陥ったセイバーには、切嗣は正直いって失望していた。可愛い騎士王様がもう少し働いてくれればこんなリスクを背負う必要はなかったのに――切嗣は内心で使えない駒に対して舌打ちする。

 念話で文句の一つも言ってやりたいところだが、元々切嗣は栄光だの名誉だの、そんなものを嬉々としてもてはやす殺人者とコミュニケーションを取るつもりは毛頭ない。そもそも、あの必死な様子だとこちらの念話に答えるだけの余裕もなさそうだが。

「――――五」

 駒が不良品であれば、不良品の力量に相応しい仕事をしてもらうまでのことだと頭の中で割り切り、切嗣は意識を標的を狙う狩人に切り替える。標的との距離は350m。有効射程は1000m近いWA-2000であれば十分に狙える範囲だ。また、AN/PVS-04暗視スコープによって視認できる範囲内でもある。切嗣の技量ならば外すことはないだろう。

 切嗣は覚悟を決めて銃口をランサーのマスターに向けた。一撃で仕留めるために照準は頭部に合わせる。

 後は、切嗣が引き金を引くだけでいい――切嗣は機械のように淡々とカウントダウンを続ける。

 

 

「――――よ」

 

『切嗣!!』

 だが、カウントダウンは突然無線に割り込んできた舞弥の声で中断された。自身の右腕たる舞弥がこのタイミングで突然カウントダウンを打ち切ったのだから、それなりの非常事態だと判断した切嗣はWA2000を降ろし、即座に舞弥に問質す。

「どうした?舞弥」

 

 そして、舞弥は切嗣の予想だにしなかった状況の変化を報告する。 

 

『……アサシンが消滅しました』

 

 同時に、切嗣の視界の片隅で銀髪の女性が体勢を崩して膝をついた。




マッハ12でキレイキレイされた綺礼さんがどうなったのかについてはまた次話になりそうです。


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倉庫街の狙撃手

 師である時臣がようやく撤退を決断した時、綺礼は表面上は達観していながらも、内心では決断が遅い師への失望を感じていた。

 だが、アーチャーが戦線離脱すれば後はただ観察を続けるだけでいい。余計なことに気を煩わせる必要もなく、『衛宮切嗣』という男の行動を観察し、彼と出逢う算段をつけることに集中できる。

 衛宮切嗣がセイバーの本当のマスターであろうが、アインツベルンのホムンクルスの補助役であろうが、アインツベルンに与している以上、セイバーが危機的な状況にあるならば必ずなんらかの動きを見せるはずだ。

 如何に衛宮切嗣と言えども、アーチャーやライダー、アサシンが残留する中でランサーを脱落させるためだけにアインツベルンのホムンクルスを巻き込んで倉庫街ごと爆破などの可能性は低いが、それでも狙撃やセイバーの撤退の援護などといった行動を取ることが予想される。

 アインツベルン謹製の結界が張られた森の中に篭られては如何にアサシンといえども衛宮切嗣の動きを把握することはままならないが、森の外であの男がなんらかの動きを見せたなら、アサシンを数体使えば森に篭られる前にあの男の動きを把握することが可能となる。

 そして、衛宮切嗣という男の危険さを口実にすれば、師の言いつけに背いて自分自身が直接戦場に赴くことも正当化される。戦場にてあの男と見えることができれば、その時自分はあの男が得たものを問うことができる。

 ここから、ようやく自分が聖杯戦争に参戦した真の目的のために動き出せるのだ。――綺礼は同類が得た空虚を満たす答えへの期待を抱かずにはいられなかった。そして、綺礼は己の目的のために意識を衛宮切嗣への期待からアサシンが観察する戦場へと切り替えようとした。

 しかし、その瞬間、まるで雷のように全身をしびれさせる殺気を綺礼は感じた。代行者として死線を潜り抜けて培った第六勘が全力で警鐘を鳴らし、綺礼の身体を反射的に戦闘体制へとシフトさせた。

 綺礼が反応するよりもコンマ数秒早く、綺礼の部屋の中とアパートの外で影が実体化した。その正体は、霊体化して綺礼を警護していたアサシンだった。彼らはこの痺れるような殺気の正体を感じた瞬間にその正体を理解したのだ。これは、『一流の暗殺者』が『標的』を仕留める際に放つ際、刹那の瞬間に放つ殺気に他ならない、と。

 

 アサシンたちには知る由もないことであるが、ゴルゴ13という男はこの時代で間違いなくトップに君臨している暗殺者であり、暗殺者としての実績では歴代のどのハサンをも上回る男なのである。

 彼が狙撃の直前に放つ殺気は、超能力者をして脳が痺れると言わしめるほどに確固たる殺害の意志が篭った殺気であり、彼と近しいレベルの一流の暗殺者や超能力者はその殺気から彼の狙撃を察知できるほどである。

 しかも、ゴルゴが殺気を放つのは引き金を引くその一瞬だけなのだ。引き金を引くまでの間、彼の意思はまるで波一つない水面のように穏やかであり、狙撃の瞬間まで殺気を感じることはできない。

 かつて、3km先からのゴルゴの殺気をも探知する能力を持ったKGBの超能力者は、狙撃の瞬間まで殺気を漏らさないゴルゴ13について、彼に『禅』の心得がある可能性や彼自身が超能力者である可能性を示唆している。

 真偽のほどは定かではないが、心を波紋一つない水面のように穏やかな状態に保ったまま標的に狙いを定める技術は、自分の心を見つめ、理解し、その在り様を受け入れることで確固とした揺るがない心を得るという『禅』の目指すべき道に通ずるところがある。

 引き金を引く瞬間にだけその極限にまで研ぎ澄まされた殺意を解放し、その後は波が引くかのようにすっと自然に殺意を己の中に引っ込ませることができる技術を如何にして、どれだけの時間をかけて習得したのかは分からないが、その技術は英霊にも通ずるほどに研鑽された最高の技に違いなかったのである。

 

 無論、暗殺者を指すアサシンという言葉の語源となった伝説の暗殺者教団のシンボル、『山の翁(ハサン・サッバーハ)』の名を冠する彼らにこの殺気の正体が分からない道理はなかった。

 しかし、殺気とそれがもたらす暗殺という結果を理解し、その標的がマスターである言峰綺礼だと判断して即座に彼を庇うべく実体化することが間に合ったとはいえ、彼らの行動はこれから襲い来る刃を回避するには遅すぎた。否、これから襲い来る刃は、英霊となり、サーヴァントとして召喚された一流の暗殺者が取った最良の判断でも対応できないほどに速過ぎたのだ。

 直感スキルや、生前に神代を暴れまわった化け物と戦ったこともある、武芸に秀でた英雄豪傑であればこの超高速の刃にも反応し、あまつさえ迎撃することまで可能だったかもしれない。

 だが、そもそもハサン・サッバーハの戦闘能力そのものは一般的なサーヴァントに比べれば、一段どころか数段劣る。さらに宝具妄想幻像(サバーニーヤ)で分裂している分だけただでさえ低い戦闘力も当分されて格段に低下している。これで迫り来る超高速の刃を迎撃することは不可能だ。

 反射的に殺気を発する者がいる窓の外を警戒して窓から距離を取るべく綺礼を誘導しようとした、アサシンの動きにも判断にも非の打ち所はなかった。彼らがその殺気から敵が窓から乗り込んでくることを想定したのは、当然のことであったからだ。

 綺礼がこの古いアパートを擬装脱落までの数日の間の宿と決める際に、このアパートの周囲はアサシンの視点から死角がないか徹底的に検証済みだった。

 周囲を住宅に囲まれたアパートであり、万が一敵サーヴァントの襲撃を受けても住宅が密集したこの地域であれば敵サーヴァントを撒くこともできる。敵サーヴァントも聖杯戦争の常識を、神秘の隠匿の原則を知っていれば周囲の住宅を派手に破壊したりすることができないだろうし、その原則や常識の例外にあるとして綺礼から念入りにマークするように指定された衛宮切嗣なる男もによってこのアパートが周囲一帯丸ごとを標的にされた場合でもアパートの地下に存在する古井戸に飛び込めば対処できる。

 アーチャーのサーヴァントがそもそもこちら側なので最初からあまり警戒はしていないが、狙撃の心配もない。綺礼が根城としているのはアパートの一階であり、窓の外には街路樹がある。周囲の住宅もそれなりの大きさなので、そもそも街路樹に視界を遮られて狙撃は難しいし、一階にいる綺礼を狙撃するにはあるていどの高さのある建物でなければならない。

 しかし、周囲には一階にいる綺礼を狙撃できるほどの高さのある建造物はない。強いて言えば700mほど先に条件を満たす高さのビルがあるが、700m先への狙撃など当たるものではないとアサシンは判断していた。

 実は、対物ライフルによる狙撃であれば問題なく可能なのだが、そのあたりの知識は流石にアサシンにもない。彼らは一応図書館でこの時代の狙撃についても調べたが、それは対人狙撃のデータだけであったため、対人ライフルではまず狙いを定められないと判断してこのビルを警戒対象から外していたのである。

 綺礼も、衛宮切嗣の狙撃手としての技量は中の中から中の上でしかないことを知っていたため、このアサシンの判断には疑問を呈さなかった。もしもあの男が自分を遠距離から狙うのであれば手っ取り早く自走砲かミサイルでも使うだろうと考え、遠距離からの命中率が不安定な狙撃という手段を取ることはないと判断したからである。

 そのため、彼らはカーテンを常に開け、敵サーヴァント襲来時に窓からすぐにその姿を確認できるようにしていたのだ。ただ、狙撃の心配もないというアサシンと綺礼の判断は、ゴルゴ13という規格外のスナイパーの前では愚策に他ならなかった。

 そして、マッハ12で襲来した不可避の死神の刃は寸分違わずにアパートの一室に着弾し、その運動エネルギーの全てを破壊のために振り撒いてクレーターを造り上げた。同時に、綺礼は全身を押しつぶすような凄まじい衝撃を受け、意識を失った。

 

 

 

「アサシンが消えた?」

『はい。霊体化したのか、撤退したのか、それとも消滅したのかは分かりませんが』

 舞弥の話を聞いて衛宮切嗣は考え込む。もしも、アサシンが消滅したか、撤退したのならばそれは切嗣にとって好機に他ならない。アサシンの目がなければ、ランサーのマスターであるケイネスの狙撃を躊躇う必要は小さくなるからだ。

 そして、切嗣は先ほど突如膝を屈した妻の姿から、サーヴァントが一体脱落したことを確信していた。もしもその脱落したサーヴァントが先ほど姿を消したアサシンであれば、小聖杯である妻にサーヴァントの魂がくべられ、妻が人間としての機能を一部失ってよろめいたことにも、タイミング的に辻褄が合う。

 無論、この戦争に参加しているであろうゴルゴ13が獲物を狙う切嗣を標的としている可能性も未だに残っているため、アサシンがいなくなれば狙撃を邪魔する第三者はいなくなったと判断するのはまだ早い。しかし、ゴルゴ13の存在を恐れるばかりでは何も行動できなくなってしまう。

 また、アサシンの存在に気づいた後は倉庫周辺の狙撃ポイントを使い魔を使って徹底的に探したが、他の狙撃手などの存在を裏付けるものは見つけられなかったこともあり、切嗣はこの場にゴルゴ13が潜んでいる可能性は低いと判断している。

 しかし、脱落したサーヴァントがアサシンと考えていいものか――と切嗣は懸念する。このままケイネスの狙撃を敢行するのであれば、アサシンが撤退又はマスター敗退などの理由によって消滅したと判断する材料がもう一つ欲しい――切嗣がそう思ったその時、遠坂邸や間桐邸などの冬木の街の重要拠点の監視係からの連絡が届く。

『クォーターより00へ。先ほど、冬木市内で非常に大きな爆発音を確認しました。現場は深町の外れ、古いアパートの立ち並ぶ地域です。現場には大きなクレーターが確認できます』

 このタイミングでの爆発、それもクレーターができるほどのものとなれば、ガス爆発などの一般的な事故の類であるとは考え難い。十中八九、聖杯戦争の参加者による攻撃だろう。そうなると、容疑者と被害者は脱落したバーサーカー陣営以外で、かつこの場にいない陣営に絞られる。

 つまり、言峰綺礼とアサシン、間桐雁夜とキャスターのどちらかが容疑者と被害者ということとなる。ただ、報告通りであればキャスターが霊地でもなんでもない地域をうろついて攻撃されたとは考え難いし、アサシンにクレーターを残すほどの大爆発を引き起こす能力があるとも思えない。

 反面、魔術師の英霊であるキャスターのクラスのサーヴァントであれば、噂に聞く人間ミサイルランチャーのような爆撃じみた攻撃方法を持っていることも考えられるし、アサシンのマスターである言峰綺礼が古びたアパートの一角という目立たない場所を拠点にしているという仮説には整合性がある。何より、実際にアサシンがこの場から退場しているのだ。言峰綺礼に何かあったと考えるのが自然だ。

 切嗣が警戒しているゴルゴ13による攻撃という可能性もあるだろうが、その場合でも標的は状況証拠からしてまず間違いなく言峰綺礼だろう。元代行者である言峰綺礼をあっさりと葬った手腕からすると、魔術師の英霊よりもゴルゴ13が関わっている可能性の方が高いかもしれない。

 結局のところ、アサシンを擁する言峰綺礼が爆撃によって葬られた可能性が最も高いと切嗣は判断し、ほくそえんだ。

 

 ――狙撃の邪魔になるアサシンは言峰綺礼が襲撃されたことで姿を消した。これで、ランサーのマスターであるケイネスを葬ることを躊躇する理由はない。どこの誰だか知らないが、このタイミングでのアサシン退場とは、珍しく僕はついている。

 表情には出さないが、切嗣は予期せぬ幸運に喜んでいた。

『舞弥、僕と君でケイネスを狙う。α、βはその場に待機だ。僕と舞弥で仕留められなかった場合、5秒後に僕が合図をしたら君達がケイネスに十字砲火を浴びせるんだ。ただし、5秒後に僕か舞弥からの合図がなかった場合はそのまま合流地点Jに集合とする』

 イヤホンからは短く命令を了承したことを告げる彼女たちの声が聞こえた。

 

『5…………4…………3…………2………』

 

 350m先のケイネスの側頭部にレティクルを合わせ、切嗣は淡々とカウントダウンを始めた。ゴルゴ13がこの場にいる可能性もあるが、この場で敵を葬らなければこちらが脱落する。警戒して動かないという選択肢はないのだ。

 ランサーも、ケイネスも一度戦場に出た以上、是が非でもサーヴァントの首を取りたいと考えており、対するセイバーは自身より技量もステータスも上な敵からアイリスフィールを庇いながら撤退することはまず不可能である。

 状況は最悪なのにセイバーは先ほどから空気の読めない威勢のいいことばかりを言っているが、おそらくそれは戦場に出たことのないアイリスフィールを気遣って弱気な態度を控え、強気の姿勢を積極的に示そうとしているからだろう。いくらなんでも戦力分析が分からずにあのような勝気な態度を取っているとは考えたくない。

 

『1…………ゼロ!!』

 

 切嗣と舞弥は同時に引き金を引き、閃光と共に冷たい闇夜の空気を銃口から放たれた.300ウィンチェスターマグナムが貫いた。




状況があまり進まないし、執筆時間もない……書きたいシーンの描写が浮かぶのに書けないのは中々に辛い…………


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ケイネスの切り札

改訂前のものがベースになっているので、以外と早く仕上がりました。
まぁ、ここは最初から大幅に変えるつもりはなかったものですから。ケイネス先生の手札とケリィの手札を一枚ずつ追加したぐらいしか変更点はないですね。


 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは目の前で繰り広げられている戦闘を余裕綽々と言わんばかりの態度で観戦していた。

 自身の召喚したランサーも、アインツベルンのセイバーも、教え子に触媒を奪われたライダーも、何れも世界にその名を轟かす英雄だ。しかし、そのセイバーも、先ほど撤退した凄まじい数の宝具を使用するアーチャーも、何れも自身が召喚したランサーとの戦闘で劣勢に立たされていた。

 この時点で、今回の聖杯戦争では直接戦闘においてランサーを脅かしうるほどの能力を持つサーヴァントがいないことがほぼ確定したと言ってもいいだろう。なんせ、未だに正体がはっきりしていないのはキャスターとアサシンだけだ。何れのサーヴァントも直接戦闘を主体とするサーヴァントではない。

 本来であれば、自分は敵サーヴァントの相手はランサーに任せて敵のマスターを屠る予定だった。しかし、ランサーが戦闘を圧倒的に優位に進めていることから自身の手出しは不要と判断して静観することにしたのだ。ここでアインツベルンのホムンクルスを討ち果たすことは不可能ではないが、噂に聞く最強の狙撃手が戦闘中にできた隙を狙ってくる可能性もある。

 本音を言えば、英雄対英雄のドリームマッチの観戦に入れ込んでいたというのもあるが。

 ケイネスは視線を白じんできた東の空にむけ、その後懐から取り出した懐中時計に向ける。スイス製の高級時計の針は午前3時を指し示していた。夜が明けてからも戦うことはできない以上、勝負を急ぐべきか――ケイネスは自問し、思考の海にその意識を投げ出す。

 だが、思考の海に没頭していたケイネスは直ぐにそこから抜け出さざるを得なくなった。彼が常日頃から下卑な小細工と見下してきた科学から生み出した兵器が、大気を切り裂きながら彼に牙を突きたてたのだ。

 

 

 

 AN/PVS-04暗視スコープを覗いていた切嗣は目の前の光景に驚愕した。

 確かに自身の放った弾丸は寸分違わず目標であるランサーのマスターの頭部に吸い込まれる軌道を取っていた。だが、それは突如目標の前に競りあがった壁によって防がれたのだ。当然、狙撃に気がついた標的は切嗣の存在も察知しているだろう。

 狙撃が失敗したと判断した切嗣は即座に逃亡を図る。切り札のコンテンダーも持参しているが、今の切嗣の装備は切り札のコンテンダーとWA-2000、そして自衛用のベレッタM92だけだ。それだけで敵マスターを葬ることは極めて難しい。切り札のコンテンダーの有効射程は350mも無く後200m以上距離を詰める必要があるし、ケイネスが遠距離攻撃が可能な礼装を所持していればそれも難しい。

 高度な魔術迷彩を施しながらも敵の奇襲を警戒して防御策も用意していたケイネスは、予想以上に慎重な魔術師である可能性が高い。ケイネスが遠距離攻撃用の礼装も所蔵していると考えて行動する方がいいと切嗣は判断した。

 何より、切嗣には直接手を下さなくてもケイネスを葬ることができる手札が残っている。もしもその手札でもケイネスを打倒しきれなかったとしても、ケイネスがこちらの手札の相手に梃子摺っている隙をつくこともできるだろうし、仮に手札がケイネスに破られたとしても、時間さえ稼げれば夜も明けてケイネスは撤退を選択せざるを得なくなる。

 故に彼はワルサーWA-2000を躊躇無く投げ捨てて狙撃ポイントから海の方に駆け出す。同時に、切嗣はインカムに手をかけて手札に号令を下す。

『α、βは同時にケイネスを攻撃しろ。十字砲火に絡み取れ』

『了解』

 短い了承の合図も聞き飛ばし、切嗣は倉庫の屋根から飛び降りた。ケイネスと350mの距離があれば逃げ切るのは難しいことではないだろうと彼は考え、まず逃走して体勢を整えようとした。

 トドメをコンテンダーで刺すにしろ、ケイネスを打倒するには、コンテンダー以外にも武器が必要だ。最低でも、予備兵装(サイドアーム)のキャレコM950短機関銃は欲しい。

 AN/PVS-04暗視スコープとスペクターIR熱感知スコープを合わせて10kg以上の重量があるワルサーWA-2000はこの際諦めるしかない。敵に――特にゴルゴ13に回収される可能性を恐れ、一応手榴弾をセットし、放棄したワルサーを爆破して退散する。

 生憎この国ではワルサーWA-2000ほどの狙撃銃を簡単に調達することはできない。一応予備のライフルとしてH&K PSG-1を用意してはあるが、聖杯戦争の限られた期間に再度調達できるかは分からない武器を放棄することはかなり痛い。けれども、これらの武装は切嗣の命に、そして切嗣が叶えるこの冬木の地における流血を人類最後の流血にするという悲願には変えられないものだった。

 

 ケイネスは自身を襲う文明の牙を防ぐために起動した月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御によって、敵の襲撃に気がついた。甲高い反響音からして、自身を襲ったものが銃弾であることを理解する。

追跡(Ire)……!?」

 即座に索敵によって下手人の場所を突き止めようとするが、彼が索敵を命じようとした瞬間、再度月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御が発動して先ほどとは全く別の方向から放たれた銃弾からケイネスの身を守った。

「ぐうぅ……!!」

 再度ケイネスを襲った銃弾は、先ほどの狙撃と比べても段違いの破壊力を持つものだった。しかし、この程度では月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)は破られない。ゴルゴ13の参戦を知ったケイネスは近代兵器の威力を調べ、それに対処できるだけの防御力を月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)に与えるべく改良を加えていた。

 ケイネスの施した改良の結果、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御は何とか持ちこたえているが、凄まじい威力の銃弾から身を護るだけの防御力を月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)に与えるには、ケイネスはそれなりの魔力を継続的に消費し続けなければならなかった。

 ――敵の弾薬は何れは尽きるだろうが、それまで待っていたら消耗したこちらが不利になる。

 ケイネスは即座にそう判断し、対近代兵器用に開発した『切り札』を切ることにした。

目覚めよ、我が人形(agito,mei,pupa)

 ケイネスの足元から、銀の影が浮かび上がり、人に似た容を造り上げる。

命令(オーダー)――殲滅(エクスターミネーション)

 ケイネスの命令に従い、水銀人形は銃弾を浴びせる敵の下へと跳躍した。

「さて……では、私はこちらを相手にしよう。中々逃げ足は速いじゃないか、ドブネズミが」

 

 

 

 切嗣によってαの符丁を与えられていた二人の戦闘用ホムンクルスは、その手で抱えているM2重機関銃から放たれる弾丸の矛先をケイネスからこちらに接近する銀色の影へと切り替えた。彼女達のいる倉庫の窓から見える銀色の影がケイネスによって放たれた自身に対する刺客であると判断し、これを撃滅することを優先したからである。

 銀色の影は12.7mm弾の掃射を受けて弾き飛ばされ、影はコンテナに叩きつけられた。αはこれで敵の無力化に成功したと判断し、ケイネスを負うべくパートナーと共にM2重機関銃と弾薬の詰まったリュックを背負う。

 常人の数倍の筋力を持つホムンクルスであれば、40kg近いM2を両手で抱えることも可能であるし、M2の尋常では無い反動を受け止めることも難しいことではない。切嗣は彼女たちに通常一人では運用できない重火器を持たせることで、彼女たちの力を最大限に発揮できるようにしたのである。

 しかし、敵を排除したという彼女たちの判断は尚早だった。突如、彼女たちの背後の窓が吹き飛び、そこから銀色の影が侵入してきたのである。二人のホムンクルスは窓ガラスの破砕音に反応してM2重機関銃を構えたまま振り向くが、その判断は数秒遅かった。

 素早く一体のホムンクルスに接近した銀の人影は、その右腕をナイフのような形状に変化させて斬りかかり、M2重機関銃を両断する。ホムンクルスは咄嗟に一歩退いて右腕に浅い傷を負っただけですんだ。

 そしてその隙にもう一体のホムンクルスはその手に抱えたM2重機関銃に引き金を引き、銀色の影に再度12.7mm弾を叩き込んで窓の外に吹き飛ばそうとする。それに対し、銀の影は脚を鍵爪状に変形させて床に突き刺し、数メートル後退したものの何とか踏みとどまった。

 この時、ホムンクルスたちは月明かりに照らされたことで敵の正体を知る。

 それは、全身銀色の人形だった。おそらく、先ほどケイネスを銃弾から守ったそれと同じ、水銀の礼装だろう。ただ、先ほどの水銀の盾と違うのはそれが人型で、かつ自律して動いているという点だ。

 そして、水銀でできているためかいくら銃弾を浴びせても効果はない。弾痕によって水銀の身体が抉られているようだが、どうやら水銀の飛沫は殆ど飛んでいないためにその体積を減らして消滅させることも難しい。

 これこそ、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが対ゴルゴ13用に開発した切り札――白銀兵骸(アルゲントゥム・プーパ)|である。ケイネスが偶然目にしたとある映画に登場した人間抹殺兵器にヒントを得て製作された自律式ゴーレムであり、物理的な攻撃はほぼ無効という現代兵器の使い手からすれば厄介極まりない礼装である。

 自身のボディの色を変えられないことと、擬態機能がないこと、そして知能の性能の低下を除けば、ほぼ映画に登場する人間抹殺兵器と変わらない性能を持つ。

 その身体を構成する水銀にはダイヤモンドの粉末が多量に配合されており、その大量のダイヤモンドは水銀と配合することでダイヤモンドを含む水銀自体を魔力のバッテリーとしている。そのため、ケイネスの魔力消費は殆どない。また、ダイヤモンドという宝石の持つ魔術的な特性も礼装自体の強度を高め、燃費をよくしている。

 因みに、このダイヤモンドの粉末は月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)にも含まれている。

 大量のダイヤモンドの粉末は、ダイヤモンドの希少価値を維持するためにアングロ=デ・ロアズ商会によってドーバー海峡に捨てられるはずだったダイヤモンドを用いた。魔術協会はアングロ=デ・ロアズ商会の会長であるソロモンと極秘裏に交渉を行い、宝石魔術師にとっては消耗品であるダイヤモンドの安価な裏の流通ルートを確保していたのである。

今回、ケイネスは宝石魔術師以外が使うことは珍しいこのルートを使い、安くダイヤモンドを大量に調達していたのだ。

 そして、手持ちの兵器であの人形を打倒することは難しい――そう結論づけた二人のホムンクルスは、M2を投げつけて水銀人形を牽制し、部屋の片隅においてあったステアーAUGを抱えて水銀人形から逃亡した。

 

 

 

 

『αより、00。敵の礼装――ゴーレムの襲撃。形勢不利』

 切嗣は手札の一つであり、αの符丁を与えられたホムンクルスからの報告を聞いて顔を顰める。どうやら、ケイネスはあの場にゴーレムまで持参するほどに念を入れていたらしい。そして、そのゴーレムは近代兵器で武装したホムンクルスをして形勢不利と言わしめるほどの脅威ときた。

 α、βの符丁を与えて倉庫街に待機させていたホムンクルスには、それぞれM2重機関銃やFFV-M2カールグスタフなどの重火器を持たせて待機させていたはずだが、それが通じないとなると、かなり厄介である。

 戦略を練り直そうと考えをめぐらせていた切嗣は、突如背筋に走った悪寒に反応して咄嗟に身を引く。同時に先程まで切嗣がいた場所に銀色の球体が上空から凄まじい勢いで落下してきた。落下の衝撃で砕かれたコンクリート片が切嗣の身体にも痛みを与える。そして、落下の衝撃による土煙の中から男の声が聞こえてきた。

「どんな手を使ったのかは知らないが、この私の魔術迷彩を看破したことは褒めてやろう。だがな、あのような粗野な武器で魔術師に対抗しようなど片腹痛い。私から触媒を奪った不肖の弟子でさえそれぐらいは理解しているだろう」

 土煙が晴れると、そこにいたのは先程まで350m先にいたはずの彼の標的だった。先程の銀色の球体の上に乗っている。その球体の下には先程の攻撃の破壊力を物語る小さなクレーターまでもできていた。

「さて……まずは名乗りをあげようか」

 切嗣は球体から降りた金髪の男を観察しながら機会を窺っていた。

 おそらく、この男は足元の礼装を跳躍させて瞬時にここまで移動したに違いない。そうなれば、この場で闇雲に逃げたところで追いつかれるのは必死だ。何とかしてこの男の礼装を封じなければ逃げられないため、否が応でも切嗣はここでこの男と正面から戦う必要がある。

 切嗣は自身の失策に忸怩たる思いを抱かずにはいられなかった。狙撃が失敗したために状況は何一つ好転していない。セイバーはランサーに手も足も出ず、手札は敵の礼装によって封じられ、自分は碌な装備もなく魔術師と正面からの戦闘だ。寧ろ状況は最悪の方向に動いたと言ってもいい。

 

「アーチボルト家九代目頭首、ケイネス・エルメロイがここに仕る――求める聖杯に命と誇りを賭していざ尋常に立ち会うがいい。――ああ、私はお互い存分に秘術を尽くしての競い合いを期待している。聖杯戦争を辱めるような真似だけはしないでくれたまえ」

 

 ケイネスは涼やかな笑みを浮かべながら、貴族(ロード)として高らかに宣言した。

 

 

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはかつて近代兵器は下種な小細工であり、高尚な魔術に対して野蛮で粗野な技術だと侮っていた。伝統と格式がある時計搭随一の魔術師であり、代々研鑽を続けてきた魔術の大家、アーチボルト家の頭首である自身の魔術に比べればからくり仕掛けの近代兵器など取るに足らないものだと認識していたのである。

 だが、今のケイネスは違う。今でも近代兵器が下種な小細工であるという認識自体は変わらないが、その野蛮で粗野な技術にも侮れない点があることは認めている。実際にその近代兵器に命を狙われたことで心の片隅にあった慢心も今の彼の心からは拭い去られていた。

「ふん……如何なる手段を用いたのかは知らないが、私の魔術迷彩を看破したことは褒めてやろう」

 ケイネスは眼前で銃を構える男にそう告げる。銃器を使う東洋人――おそらく、この男があのゴルゴ13であると彼は判断した。高尚な魔術の競い合いの場に銃器を持つ込むような無粋な輩が2人も3人もいるはずがないという先入観が彼の中にあったためである。

 男はケイネスに言葉を返すこともなく懐から銃を引き抜き、同時に発砲してケイネスの前に弾幕を張った。当然、ケイネスの誇る礼装月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)がこれを阻止する。

「そのような豆鉄砲で月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御を突破できると思うな!!ScaIp(斬ッ!)』」

 ケイネスの詠唱により、水銀は鞭のような形状に変形して男に向かっていく。男は紙一重でそれを回避し、再びその手に握った銃から放たれる絶え間ない銃弾によってケイネスを牽制しながら倉庫街の通路に飛び込んだ。だが、ケイネスは逃がす気はさらさら無い。

追跡 抹殺(Ire:sanctio)!!」

 月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)に自動索敵をさせつつ、自身は追撃するためにポケットから新たな礼装を取り出して詠唱する。同時にケイネスが背を向けている海から10を超える水球が浮かび上がった。僅か2フレーズの詠唱でケイネスは流体操作の技術で海水から水球を形成し、重量軽減と風の操作で水球を浮遊させているのである。おそらく、同じことが瞬時にできる魔術師など、時計搭にも数人しかいまい。

球体(グロブス)……攻撃(インクルシオ)!!」

 ケイネスの詠唱に従い、水球の半数は空に打ち揚げられ、残りは直接標的を目指して眼前の倉庫の壁に殺到する。既に狙いは月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律索敵で把握済みだ。ケイネスは把握した敵の座標に落下するように水球を打ち揚げ、同時に倉庫の壁ごと貫く弾丸を放てばいい。

  月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の盾に舞踏操液(アルターティオ・リクイドゥム)の矛。両者とも自身の持つ「風」と「水」の二重属性に共通し、最も得意としている流体操作を活かした礼装である。ケイネスは聖杯戦争に合わせて改良を加えたこの礼装に絶対の自信を持っていた。

「さぁ、覚悟しろゴルゴ13!!高潔なる魔術の真髄をもってこのケイネス・エルメロイ・アーチボルトが貴様の首を獲る!!」

 先程から彼らしからぬハイテンションで威勢のいい言葉を次々と言い放っているが、実はケイネスはそんな見た目の態度ほど余裕があるわけではない。先程の銃弾は月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御でも場合によっては突破されないほどの威力であり、ケイネスに初めて死の恐怖を体感させた。今の彼の態度は半分ほどはその恐怖を克服するために無理して振舞っている虚勢なのだ。

 実際、目の前の動くものに対して弾倉(マガジン)が空になるまで銃撃し続ける新兵ほどではないが、彼がかつてない緊張状態を強いられていることは確かだった。彼が緊張状態にありながらもその判断力を最低限維持できていたのは、事前の準備が――自信を守る絶対の盾があってのことである。

 ケイネスはこの戦争に参加する前に、自身の義父となる恩師であり、婚約者であるソラウの父から直々に忠告を受けていた。ソラウの父は冬木の地で行われる第四次聖杯戦争にゴルゴ13という現代最強の暗殺者が参戦するという情報を聞きつけるや否や、ケイネスに聖杯戦争を降りるように態々説得しに来たのだ。

 そしてケイネスは彼の忠告に従い、狙撃を警戒して魔術迷彩と同時に月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)を常に発動状態にするなどの対策を講じた。魔術迷彩との同時展開は彼ほどの魔術師でも片手間にできるものではなかったこともあって非常に不愉快なことではあったが、流石に彼の言葉を蔑ろにするわけにもいかなかったのだ。

 義父上の忠告に従って正解だったな――――ケイネスは内心でソラウの父に感謝する。彼が聖杯戦争前にゴルゴ13の存在を警告してくれていなければ、先程の狙撃で自身の命運は尽きていただろう。

 初めは義理の父の言葉とは言えど自信の矜持に反する忠告に反感を覚えたものだが、実際に命を救われれば認識を変えざるを得ない。代行者や封印指定執行者に匹敵するという情報の割りには大したことがないようにも思えるが、ケイネスは決して警戒をおこたることはなかった。

 

 

 

 

 

「ふざけるな……ゴルゴ13の首を狙うなら、その顔ぐらいは調べとけ!!」

 衛宮切嗣は勘違いをこじらせた魔術師に対して忌々しげに吐き捨てた。

 どうやら、ケイネスはこちらのことをゴルゴ13と誤解しているらしい。まともに情報を集めていれば自身とあの男が別人であることは一目瞭然のはずなのだが、まさかケイネスは敵の顔も知らないで首を獲れる気でいたのだろうか。だとしたらお笑い種である。

 実際のところはケイネスが情報収集よりも銃器対策となる礼装の製作に精を出していたのと、そもそも彼の情報網ではゴルゴ13の写真を入手することができなかったというだけのことなのだが、切嗣はそんな間抜けな真実を知る由もなかった。

 だが、迫り来る銀の鞭はかなりの脅威だった。単調な攻撃ではあるのだが、切り替えしが早い。軌道が読めても、次から次へと間髪いれずに打ち込まれればこちらから反撃に転じることは難しい。

 どうやら、ケイネスは敵を仕留めることを優先してはおらず、あくまで敵の消耗と反撃の封殺、そして自身の防御を重視してこの礼装を用いているようだ。ただ、防御を重視している分、決定力に欠ける礼装であるというのも事実。これならば上手く逃げられると切嗣は考えていた。

 ――――だが、この予想はこの直後に覆されることとなる。

 何かが地面を這って近づいてくる気配を感じて切嗣はとっさに右手に握るキャリコを背後に向ける。そして地面を這って延びてきた水銀の存在に気がつき、その正体を歴戦の経験から看破する。

「自動索敵か!!」

 瞬間、切嗣は直感に従って横に飛びのく。同時に切嗣が身を隠していた倉庫の外壁が突如爆砕され、外壁に穿たれた穴から何かが襲いくる。切嗣は咄嗟に飛びのいたおかげで難を逃れたが、切嗣を襲った何かはそのまま切嗣が背を向けていた隣の倉庫の外壁にも大穴を穿っていた。

 しかも、襲撃はこれだけでは終わらない。風を切る音と共に上空から先程と同じものが降り注ぐ。ただ、幸いなことに砲撃精度は甘いものであり、切嗣は弾雨の中を何とかやりすごすことに成功していた。

 ――――この臭いと感触からして、こいつは塩水か。

 狙いを外して地面や左右の壁面に炸裂した砲弾から飛び散った液体を浴びた切嗣は、自身を襲う砲弾の正体は海水だとあたりをつけた。一応毒を警戒して口に含んではいないが、ほぼ間違いないだろう。

 おそらく、ケイネスは海水を流体操作の技術で球体に形成、それを浮遊かそれに類する魔術で打ち上げる。破壊力から察するに、この水球は重量増加の魔術を施して落下のエネルギーを増幅させているのだろう。

 そして先程からこちらを壁越しに狙う弾丸も恐らくは同じ海水で、あの水銀の礼装のように圧力を操作して打ち出しているのだろう。照準はあの水銀による自動索敵がしてくれるためにケイネスが態々近づく必要はない。しかも、弾は無尽蔵だ。先程の水銀といい、ケイネスはよっぽどこちらに消耗を強いることが好きらしい。

「……砲撃の影響で更に弾着観測が乱れているみたいだな。これなら、逃げられる」

 この礼装は視覚をもってこちらを感知しているわけではない。温度や音で対象の位置を探知しているのだろう。如何にケイネスが凄腕の魔術師とは言え、礼装が捉えた広大な索敵範囲の視覚情報を一人で処理することは脳にかかる負荷を考えればありえないからだ。

 砲撃の精度が初弾以降低下しているのは、弾着の衝撃音で音探知機能が狂わされとことと、水を被った自身の体温が低下していることが関係しているのだろう。砲撃精度を見る限り、ケイネスは礼装を使用した弾着観測は行っていないが、それは恐らくとても観測できる状況に無いからだろう。ケイネスがやっていることは結局のところ、原始的な関節照準射撃に近いものだ。

 そして、温度と音でこちらを探知しているのなら、逃げる方策もある。切嗣は懐からM18発煙手榴弾を取り出し、ピンを引き抜いて後方に放り投げる。そして同時に切嗣は全力で駆け出した。

 発煙手榴弾は紫煙を吐き出しながら宙を舞う。そしてそれを目掛けて多数の砲弾が打ち込まれるが、砲撃精度の低さもあって当たらない。どうやら切嗣の目論見通りケイネスの礼装は発熱する発煙弾を目標と誤認したらしい。そして砲撃が囮に向いているうちに切嗣は離脱を試みる。

 

Time alter(固有時制御)――double accel(二倍速)!!」

 

 衛宮の家伝である時間操作の魔術によって切嗣は一時的に体内時間を操ることができる。この魔術によって自身を加速させた切嗣は凄まじいスピードで夜の倉庫街を駆け抜けた。目指すは未遠川の河口だ。人気のあるあたりにまでいけば聴覚と温度に頼るしかないケイネスの礼装では追跡は困難になる。切嗣は人ごみに紛れることでケイネスの追跡を撒くつもりなのだ。

 ――ただ、問題はあの雨のような砲撃を避けながら逃げて僕の身体が持つかだな。

 切嗣は猛スピードで走りつつ、逃亡のリスクを考えて険しい表情を浮かべていた。




ケイネス先生の水銀ゴーレムは、あの溶鉱炉に落とされた人間抹殺兵器そのものです。

設定資料集にソロモンとデイブを追加しました。


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起死回生

忙しい……更新が辛い……


 ケイネスは一つ失念していた。先ほどの狙撃が放たれた二つの方向と十字砲火が放たれた方向は異なっていたということを。つまり、この時、十字砲火に参加せず、最初の狙撃に参加した一方の狙撃手はノーマークになっていたのだ。

 狙撃手の名前は久宇舞弥。魔術師殺し、衛宮切嗣が最も信用する『部品』である。

 そして、そのノーマークになっていた久宇舞弥は既に倉庫街を離脱し、モーターボートに乗って未遠川の対岸に移動していた。そこに前日から停車していた一台のトラックのウィングボディを開放し、荷台から覗く6本の鉄の筒に駆け寄った。

 すばやく角度を調節した舞弥は、その照準を倉庫街の一角、ケイネスが陣取る場所に定める。既に倉庫街に向かう前に大まかな照準の設定と弾丸の装填は済ましていたため、所要時間は数分だった。

「00、砲撃の準備は完了しました」

 舞弥は無線をつなぎ、切嗣と連絡を取ろうと試みる。しかし、切嗣からの応答はない。

『ザザ……ま…………ザザザ……いそ……ザザッた……』

 切嗣は答えられる状況にない。雑音と爆音の間で響く切嗣の途切れ途切れの声から、舞弥はそう判断した。手元の液晶に視線を移し、切嗣、ならびにアイリスフィールが標的から十分に距離を取っていることを確認すると、舞弥は躊躇うことなく引き金を引いた。

 もしも切嗣が砲撃の中止を要請しているのであれば、必ず何らかのアクションがあるはずであり、それに魔術師殺しの部品である舞弥が気づかないはずはないからだ。無線に応答しようとしている点から、アクションがとれないほど切羽詰まっているということもないと断言できる。

 既にトラックには、認識阻害の結界と遮音結界が敷かれているため、周囲のことを気にかける必要は無い。

 鉄の筒――M40 106mm無反動砲が咆哮し、凄まじい衝撃、爆音がトラックの荷台を襲う。だが、舞弥はその凄まじい衝撃に怯むことなく、残り5門のM40を順次発射する。

 切嗣がこの日のためにスミルノフから調達した全6門のM40から放たれた6発の弾丸が、冬木の闇夜を切り裂いて飛翔した。

 

 

 

 

 

 自身の失念にも気づくことなく自慢の攻撃用礼装舞踏操液(アルターティオ・リクイドゥム)が矢継ぎ早に水球を打ち上げている様子を見ながら、ケイネスはしかめっ面を浮かべていた。

 

 ――これが本当にあのゴルゴ13なのか?

 ケイネスからしてみれば、正直言って拍子抜けする相手であった。確かに、自分の魔術迷彩を見破っての狙撃、その後の大口径銃の十字砲火は確かに危ないところであったが、その後自分に追いつかれたあの男はただ逃げ回るばかりだ。

 依頼の成功率が99.8%を誇る男が、自分に対する狙撃を失敗し、このように無様に逃げ回るだろうか?それに、そもそも先ほどの十字砲火にしろ、どうやら今逃げ回っているあの鼠は最初から協力者がいた可能性がある。ゴルゴ13が誰かと組んで十字砲火など、するだろうか?噂通りならあの男はヘッドショットの一撃で自分をしとめようとするはずだ。

 ……ひょっとすると、あの鼠はゴルゴ13ではなく、それ以外のマスターに雇われた殺し屋ではなかろうか?だとすればこれほど乱暴というか、横着な襲撃をする理由にも納得がいく。今無様に逃げ回っていることが擬態である可能性も、低いと言えるだろう。

「私は勘違いをしていたのか……」

 ゴルゴ13に対して過剰なまでに警戒していたため、近代兵器=ゴルゴ13という式に囚われていたことにケイネスは気づいた。黒髪の東洋人という特徴は合致しているが、この敵は、ゴルゴ13ではないのだと考え、即座に頭を切り替える。

 同時にあの勘違いした恥ずかしい宣戦布告のことはもう考えないようにする。

 これまでケイネスが舞踏操液(アルターティオ・リクイドゥム)による砲撃に拘っていたのは、敵がゴルゴ13であると考え、深追いすることは危険だと判断したからだ。しかし、相手がゴルゴ13ではなく、近代兵器を使う横着なテロリストだと分かれば対処法もまた変える必要がある。

 敵は重火器は抱えていなかった。拳銃ぐらいは持っているかもしれないが、拳銃の弾では月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)を突破することは不可能と断言してもいい。ならば、ここは距離を詰めて直接月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)による攻撃で屠るのも手だ。

 敵は如何なる手段を用いたのか分からないが、かなりの高速で移動しているようであるし、このままでは舞踏操液(アルターティオ・リクイドゥム)の砲撃射程外に逃亡することを許してしまうかもしれない。舞踏操液(アルターティオ・リクイドゥム)による砲撃の精度は距離が開くと低下するため、逃亡前に仕留めることも難しい。

 ケイネスは視界を使い魔の鼠の視界に切り替える。この使い魔はランサーとセイバーの闘いを観察するために、先ほどまでいた倉庫の屋根に放っておいたものだ。どうやら、未だにセイバーはランサーの前に手も足も出ないらしい。もう少し、時間をかければセイバーの首は取れるだろう。

 先ほどの溝鼠の襲撃のタイミングからして、溝鼠はあのセイバー陣営、または、セイバーがランサーの首を取ることで得をする陣営が雇った可能性が高い。

 不肖の弟子は、雇い主候補から外してもいいだろう。魔術師としては三流だが、彼は近代兵器を用いてこの聖杯戦争に勝ち抜こうと考えるほど性根は腐っていないだろうし、あの征服王もそんな輩を雇うことを善しとはしまい。

 しかし、雇い主が誰であろうとここでセイバーの首を取れば、どちらにせよ溝鼠の目論みを挫くことができることには変わりがない。

「……出る必要もないな」

 あの溝鼠の性根は魔術師としては許しがたいほどに腐っている。そんな性根の腐った輩のことだ。このまま追撃したとしても近代兵器による逆襲を狙ってくるに違いない。鉛玉程度で討ち取られるとは思わないが、万が一ということも考えられる。わざわざ危険を冒さなくても、ランサーがセイバーを討てば溝鼠の計画は破綻するのだから、手を出すことは無いとケイネスは決断した。

 ここで、ケイネスが追撃に出る決断をしていれば、一秒後に到来する溝鼠の牙は避けられたかもしれない。だが、ケイネスは近代兵器についての知識をそこそこ手に入れていたが故に、同時に慎重になってしまったのである。

 この時、1000m先から放たれた砲弾は音速以上のスピードで落下し、ケイネスに迫っていた。しかし、ケイネス自身は自身の礼装の砲撃の着弾による爆音のせいで風を切る砲弾の音に気がついていなかった。

 接近する高速飛翔体を感知した月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御が起動し、ケイネスを覆うように展開する。そして、6発のM344A1砲弾は正確にケイネスの周囲に着弾した。

 最初の一発から4発目の砲弾は全てケイネスに直撃はしなかった。直撃はせずとも至近弾による衝撃と周囲に飛び散った高速の礫がケイネスを襲うも、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御はそれらの破片を全て防ぎきっていた。

 だが、5発目の砲弾がケイネスに破局をもたらした。5発目の砲弾は月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)に直撃し、信管が起動した。成形炸薬弾(HEAT)と呼ばれるこのタイプの弾丸の特徴は、炸薬先端部の漏斗状の成形コーンが炸薬の爆発エネルギーにより融解し、メタルジェットと呼ばれる炸薬の爆発エネルギーが漏斗状の窪みの頂点と対称の位置にある一転に収束されることである。

 メタルジェットは月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の絶対防御を貫き、水銀の壁に孔を穿った。

「グァァァァァァ!?」

 月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の絶対防御を貫いたメタルジェットは、そのままケイネスの右肩を掠める。そのエネルギーはケイネスから右腕をごっそりと削り取るだけの破壊力を有しており、その衝撃で感覚器官にもダメージを受けたケイネスは月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御は辛うじて維持できていたものの、出血の処置もままならないほどの重症を負ったのだ。

 対戦車兵器による攻撃を受けてもなお彼が辛うじて生きながらえることができたのは、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御にケイネスが加えた改良故だった。月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)は近代兵器対策として、接近する物体の速力と大きさに応じてその脅威度を自動で判別し、一定の速力以上の物体の接近に対しては防御形態を変化させて対応する能力を付与されていた。

 高速で落下する巨大質量弾に反応した月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)は逆棘状の細かい強靭な細い柱を林立させ、まるで剣山のようにケイネスを覆う形態を取ったのだ。 通常ならいくら時計搭の神童と謳われる天才魔術師ケイネスであっても、HEAT弾の発するメタルジェットを完全に封殺することはできないはずだった。しかし、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御の特性が彼を救ったのだ。

 月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の逆棘状の突起に接触した際にM344A1砲弾の信管が反応して炸裂したのだが、HEAT弾が発するメタルジェットが装甲を食い破る威力を保持できる距離は数十センチと非常に短い。

 月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の外輪部の突起に接触した際、メタルジェットの発生点とケイネスの間には通常よりも広い間隔が生まれていたため、メタルジェットの殆どが月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)による防御に阻まれたのだ。

 そのおかげで、ケイネスは重症でありながらも辛うじて命は繋ぐことができたのだ。

「さぁ……ラ……サァ……」

 思考にも霞がかかってくる中、ケイネスは必死に自身のサーヴァントに救援を乞うた。

 

 

 

 セイバーを圧倒し、闘いそのものもどこか億劫といった雰囲気を醸しだしていたランサーが倉庫街の一角から響いた連続した爆発音に反応し、突如目の色を変えて後方に飛びのいた。

「!?……マスター!!」

 この闘いが始まってから初めてできたランサーが自分から大きく退いたことにセイバーは驚く。すかさず追撃に打って出るが、ランサーが槍の穂先をアイリスフィールの方に向けたために追撃を断念し、アイリスフィールとランサーの槍の間に立ち塞がった。

「おい。セイバー今宵はここまでだ!!この勝負は預けておけ!!」

「待て!!ランサー!!」

 ランサーはそう言い捨ててセイバーの前から離脱する。しかし、セイバーにはランサーを黙って見送るつもりはなかった。即座に魔力放出によって加速してランサーの後を追う。先ほどの連続した爆発音とその後のランサーの反応から、自身の真のマスターである切嗣がランサーのマスターに負傷を負わせたのだろうことはセイバーにも予測がついた。

 つまり、ここでランサーを見逃せば、ランサーはランサーのマスターを追い詰めた切嗣と鉢合わせし、切嗣を害する可能性がある。コミュニケーション一つとれないマスターではあるが、マスターが切嗣であることには変わりは無い。ここで切嗣を討たれるわけにはいかなかった。しかし、先ほどランサーがその槍の穂先をアイリスフィールに向けたことに反応して初動が遅れたことや、元からの敏捷値の差もあってランサーとの距離はグングン離されていく。

 そして、ランサーはいち早く爆発の発生源に辿りつき、そこに倒れる一人の男を背負って倉庫街からすさまじい速さで離脱した。切嗣が令呪も使わなかったことからすると、どうやら幸いにもランサーは切嗣とは遭遇しなかったらしい。

「アイリスフィール、どうやら今宵はここまでのよううです。我々も城に戻りましょう」

 セイバーはアイリスフィールに向き直って退却を進言する。彼女を通じて切嗣に指示を乞うためだ。

「そうね……」

 アイリスフィールはその美しい銀髪に隠されたイヤホンに手を添えた。彼女には盗聴器が仕掛けられており、こちらの会話は全て切嗣に聞こえるようになっている。そして、切嗣からはアイリスフィールのもつ通信機に連絡がくる手はずになっている。

 数秒後、切嗣の声がアイリスフィールの耳に聞こえてきた。

「ハァ……ハァ……アイリ、ランサーは撤退したんだな?」

 切嗣は相当に疲弊しているらしく、その声に力はなく、息もあがっていた。

「どうしたの?すごい疲れているみたいだけど?」

「問題ないよ……ちょっと走り回っただけさ」

 ケイネスの砲撃からコンテナの間をかいくぐって逃げていた切嗣は、実際はかなり疲弊していた。固有時制御も使っていたため、本当は自力でアインツベルンの森に帰還するのも厳しい状態だ。後で舞弥に回収してもらわなければならないと考えて既に指示は出していた。

 初めての実戦を経験した妻を気遣って表面上は平気なフリをしているだけなのだ。

「君たちは事前の取り決め通りにC地点に向かってくれ。僕も別ルート経由で城に戻るから」

「……分かったわ」

 夫が無理をしていることはアイリスフィールも理解していたが、彼が強がっていることに対して特に言及することなく彼の指示を了承した。

 

 

 こうして第四次聖杯戦争の開戦から4日目の夜は終わりを迎えた。

 

 各陣営はそれぞれ、この聖杯戦争が既に自陣営が準備していた戦略から大きく逸脱した事態となっていることに頭を抱えることになる。



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遠坂時臣の苦難

ようやく時間とれた……


 遠坂邸の工房に備え付けられた魔導通信機の前で時臣は重い口を開いた。

「言峰さん。綺礼のことは、とても残念なことでした。これは、私の責任です」

『……綺礼のことは時臣君の責任ではない。令呪が出たという時点で、このようなことになりうることは私も可能性として考えていた。それにも関わらず息子が参戦することを是とした私の責任だ』

 つい先ほど時臣は教会にいる璃正から緊急の連絡を受けた。そこで、彼は弟子であり共闘者である言峰綺礼とそのサーヴァントアサシンの脱落の報を聞かされた。教会の隠蔽工作機関からの報告によれば、綺礼は砲撃クラスのなんらかの攻撃を受けて敗退したとのことだ。

 綺礼の身体は桁外れの破壊力によって吹き飛んでいたため身体の一部しか回収されなかったが、周囲に飛散した血液や骨の欠片などから考えて間違いなく死亡しているそうだ。幸いと言っていいのかは分からないが、原型をとどめていた指の指紋によってその遺体の一部が綺礼のものだと証明できたらしい。

 綺礼の死によって、彼が契約していたアサシンのサーヴァントも脱落した。教会に設置された霊器盤も既にアサシンの脱落を確認している。

 攻撃を受けたアパート周辺の惨状から考えるに、綺礼は超高速の飛翔体の直撃の余波を受けて死亡したものと推察される。隠蔽工作担当者の報告によれば、周囲の破壊状況などからして綺礼が潜伏していたアパートから数百メートル離れたビルからの攻撃だという。それがサーヴァントの宝具によるものなのか、それ以外の魔術的礼装または近代兵器の類なのかは推察が難しいらしい。

 しかし、時臣はこれを敵サーヴァントの攻撃であると断定していた。綺礼の周りはアサシンが警護していたのだ。暗殺者として伝説にまで祀り上げられたハサン・サッバーハの警戒を掻い潜っての攻撃など普通の魔術師にできるはずがないし、ましてや近代兵器などという低俗な武器を扱うものなど言うまでもない。

 そして、冬木の港に姿を顕していないサーヴァントは初戦で脱落したバーサーカーを除けば、キャスターただ一人だ。あの攻撃がキャスターの宝具によるものだと考えれば、アパート跡地にできたクレーターも、アサシンの警戒を掻い潜れた理由にも説明がつく。

 

『当初の計画通りにことが進んでいれば、このようなことにもならず綺礼も教会に保護されて安全を確保できたはずだった。……バーサーカーの件がなければというのは、今更の話ではあるが』

「あのバーサーカーは本当に疫病神としか言いようがありません。どうしてあのような男がマスターとなり、よりにもよってあんなサーヴァントを召喚してしまったのか……」

 時臣自身、自身の計画を無茶苦茶にしたあのバーサーカーには憤りを隠せなない。

 時臣が綺礼、璃正と共謀した当初の計画では、綺礼は序盤に偽装脱落する手筈になっていた。

 宝具によって分裂したアサシンの一体を敢えて遠坂邸に特攻させ、そこをアーチャーが迎撃することで、アーチャーの強さとアサシンの脱落を遠坂邸を監視している各陣営の使い魔に見せ付ける。その後、アサシンが脱落したように見せかけた綺礼は脱落者として教会に保護を求め、安全を確保する。

 そして、綺礼は安全な教会の中から生き残りのアサシンを動かしてアサシンが脱落したと思い込んで油断している各陣営の偵察を行い、敵サーヴァントの情報を収集する。時臣はアサシンが収拾した情報を元に優位に立ち回り、聖杯戦争に勝利する――というのが彼らが戦前に描いていた理想であった。

 しかし、その計画はバーサーカーが引き起こした小学校襲撃事件によって白紙撤回を余儀なくされる。冬木のセカンドオーナーとして、また一人の魔術師としてバーサーカーの蛮行を到底見逃すことができなかった時臣は、アーチャーを従えてバーサーカーを討伐せざるを得なかったのだ。

 バーサーカー討伐時にアーチャーが圧倒的な力を見せ付けたため、アサシンが遠坂邸に特攻することはできなくなった。あれだけの力を見せ付けたサーヴァントを従える遠坂に対し、師の力量とサーヴァントの力量を知る弟子が襲撃するという絵図は不自然だったからである。

 結果、当初の計画を白紙撤回した時臣は綺礼とアサシンにとりあえず偵察に徹するように要請した。ひとまずは敵情の偵察と戦力把握に徹し、適当なタイミングで敵サーヴァントのどれかに分裂したアサシンの一体に攻撃をしかけて脱落したように偽装すればいいと考えたからである。

 ところが、敵情の偵察という一番大事な役割に取り掛かる前に綺礼は敵の襲撃によって倒されてしまった。敵サーヴァントの容貌と各マスターの顔が判明してこれからがアサシンの力が必要とされるというタイミングでだ。

 最強のサーヴァントである英雄王がこちらにいる以上、如何なるサーヴァントが敵であろうとまず相手にはならないと時臣は考えていたが、冬木港で行われた聖杯戦争第二戦でこちらの予想を上回る強力なサーヴァントの存在が明らかになった以上ただ座しているわけにもいかなくなった。

 特に、アーチャーによる宝具の雨を掻い潜ってアーチャーに肉薄したというランサーのサーヴァントは脅威以外の何者でもない。白兵戦の技量では真名の判明したセイバーのサーヴァント――アーサー王をも上回り、その身体は凄まじい頑丈さだ。

 槍兵(ランサー)のクラスは敏捷値に補正がかかるが、それでも敏捷値EXというのは非常に稀有である。加えて、その非常に強力なサーヴァントを駆るのは時計搭の神童と謳われた魔術師、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトときた。

 彼がマスターというだけでも侮れないのに、これほど強力なサーヴァントを従えているとなるとその脅威度は跳ね上がる。今回の聖杯戦争において時臣が最も警戒しているのはランサー陣営だった。

 

 

『まさか、マスター一人を殺すためにあそこまでするとは……私の想定が甘かった。60年前は大した被害も神秘隠匿のための手間もかからなかったために、今回もそうなるであろうと油断していた』

 時臣には魔導通信機ごしに教会にいる璃正の表情は窺えないが、彼のどこか消沈した声から察するに璃正は息子の訃報にかなりショックを受けているようだ。

 しかし、弟子であり協力者である綺礼を失ったというのに時臣は実はそれほど悲しんではいなかった。綺礼の父であり祖父の代からの付き合いである璃正の前ではその死を悼むような言動をしているだけである。

 勿論、彼とて弟子の死に対してなんら感じるものがないというわけではない。しかし時臣にとっては、優秀な諜報手段であるアサシンの脱落に対する落胆の方が綺礼に対する悲しみよりも大きかった。

 時臣にとっては、脅威の対象であるケイネス陣営の脅威ならびに代行者である綺礼を容易く葬った間桐陣営に対する諜報を考えていたときにその手段を失ったという事実の方が、弟子の命よりも重かったのである。

 遠坂時臣という男には人間の情が全くないというわけではないが、人としての情と魔術師としての価値観が一致しない場合には魔術師としての価値観が優先するのだ。彼はどこまでも魔術師らしい価値観に縛られた男であった。

 

「下手人はおそらくはキャスターの攻撃でしょう。消去法で考えれば、間違いなくマスターは間桐です。あの老獪な間桐のご老体であれば、アサシンに守られた綺礼を見つけ出して暗殺することは十分可能でしょう」

『…………時臣君。おそらく、それは違うだろう』

 璃正が喉から搾り出すように口にした言葉に時臣は訝しげな表情を浮かべる。

「どういうことでしょうか言峰さん。冬木港にはキャスター以外の全ての陣営が集まっていましたから、犯行が可能なのはキャスター陣営だけのはずです。そして、既にキャスター陣営以外の全ての陣営のマスターも判明しています。しかし、そのマスターの中に間桐の人間はいませんでした。御三家である間桐が聖杯戦争に参戦しないというのは考え難いことではありませんか?……確かに、間桐の後継者は魔術を捨てた落伍者と養子である桜だけです。どちらもマスターとなるのは難しいですが、間桐のご老体が直々に参戦しているということも考えられます」

『違うのだ、時臣君。確かに、君の言うように状況的には間桐かキャスターが関与している可能性は高い。だが、先ほど隠蔽工作部隊からあの男がこの冬木の地にいるとの報告が入ったのだ。……確たる証拠は何も無いが、私はあの男が息子を殺したのだと考えている』

「あの男?いったい誰のことを言っているのですか?」

 時臣の問いかけに璃正は暫し沈黙し、重苦しい口調で答えた。

『君は、数年前のイタリア日本人拉致事件を覚えているかね?』

「誘拐グループが日本政府に日本円で2億円相当の身代金を要求したというあの事件ですか。確か、誘拐グループはイタリア軍によって殲滅されて監禁されていた二人の女性は無事に日本に帰国したと記憶しています。それで、その事件が何か?」

『真実は違うのだよ。あの時、日本政府も、イタリア軍も解決のために殆ど貢献していなかった。事件解決に貢献したのは、聖堂教会とある一人のフリーのスナイパーだった』

 

 数年前、イタリアを旅行中だった二人の日本人女性がRRA(ローマ共和国軍)を名乗る武装グループによって誘拐され、日本政府に10億リラ(当時の日本円換算で2億円相当)の身代金が要求されるという事件が発生した。

 その余りに法外な金額が武装グループの活動資金として流れることを危惧し、要求に応じるべきでないと主張するイタリア政府と人命を優先したい日本政府は対立し、中々意見が一致せずただ無為に時間を浪費した。

 1977年にバングラディシュで発生したハイジャック事件においてテロリストの要求を呑んで人質が全員解放されたという過去もあり、日本の世論は身代金を支払ってでも二人を救えという主張で過熱していた。そのため、時の政府はここで人質を死なせれば世論の反発と内閣支持率低下は必至と判断したのである。

 その状況に危機感を覚えた日本外事警察の土方は身代金の供出による救出を諦め、人質救出のためにある男に依頼をしたのである。

 男はRRA(ローマ共和国軍)のアジトを捜索するためにバチカンの「サン・ピエトロ寺院」を訪れ、司教に協力を要請し、発見されたアジトに単身で強襲してRRA(ローマ共和国軍)の構成員を一人残らず殲滅したのである。

 実は、この時ゴルゴに協力した司教は聖堂教会に所属する司教であり、彼はRRA(ローマ共和国軍)のアジトの捜索のために聖堂教会の力も活用していた。この司教は璃正の友人でもあり、璃正は3年前に綺礼をつれてイタリアを訪れた際に司教からこの事件の真実と聖堂教会でも畏怖されるその男について聞かされていた。

 

「フリーの、それもたった一人のスナイパーがあの事件の解決に?一体、その男とは誰のことなのですか?」

『…………男の名はゴルゴ13。世界最強のスナイパーであり、不可能を可能にする男だ』

 

 璃正は、ゴルゴ13という男について語り始めた。

 年齢、人種、国籍、経歴、本名が一切不明の超一流のスナイパーであり、ゴルゴ13という名もコードネームに過ぎない。その男には不可能という言葉は存在せず、如何なる条件下であっても99.8%の確率で依頼を完遂するプロフェッショナルである。

 その狙撃の腕前は間違いなく世界最高峰であるが、戦闘能力と頭脳もまた世界の最高峰にある。過去には死徒をも上回る戦闘能力を誇る聖堂教会の代行者のチームとも交戦した経験があり、その時は代行者チームを殲滅している。魔術協会の封印指定執行者のチームも過去に彼と交戦し、全滅に追い込まれたことがあるという。

 そして、彼は一切魔術などといった手段を用いることなくこれらの所業を成し遂げているというのだ。

 当初はただのテロリストなどを何ゆえに恐れるのだろうかと訝しげだった時臣だが、璃正の口から次々と語られるゴルゴ13という男の脅威のエピソードにその顔色が次第に変わっていく。

 

『日本政府とのパイプ役をしている部下によれば、この男が数日前に冬木に地に足を踏み入れたことが確認されているそうだ。今部下たちがその情報に基づいて市内で彼の姿を探しているが、既に彼と思しき人物を目撃したという情報がいくつか私の元にきている』

「しかし、それだけで綺礼を殺害した犯人をその男だと決め付けるのは早計では?」

 確かに、そのゴルゴ13という男がこの町にいる以上、綺礼殺害の下手人である可能性はあるだろう。しかし、その男が誰に雇われたのかも、そもそも聖杯戦争に関わっているのかも分からない。その段階で何故璃正が下手人をその男だと断定できるのか時臣は理解できなかった。

『アパートにできたクレーターには、魔術による攻撃の残渣は発見されなかった。如何にキャスターのサーヴァントといえども、あれほどの破壊を成し遂げておいて魔術の残渣を一切残していないとは考え難い。また、攻撃後に駆けつけた隠蔽工作の担当者は一連の事情を辛うじて現界していたアサシンのサーヴァントから聴取している。あれほどの破壊を成した大魔術であれば、アサシンもまず生き残れまい。しかし、アサシンは満身創痍でありながらも生き延びていた』

「サーヴァントを打倒できるだけの神秘がその攻撃には籠められていなかった、アサシンは単純な物理的なダメージを負っただけだということですか?」

『左様、我々はそう判断している。神秘を用いずしてサーヴァントを満身創痍に追い込み、代行者を葬ることができる存在など、あの男以外にはありえない』

 原則、神秘を有した存在を傷つけるためには同じような神秘を有した攻撃でなければならない。より強い神秘を有した攻撃であれば、弱い神秘を有した存在に大きなダメージを与えることができるのだ。

 例えば、神秘を有しない7.62mm弾はサーヴァントの前では豆鉄砲程度の威力しかないが、ランクD相当の宝具に相当する神秘を宿せばランクA相当の耐久値を持つサーヴァントにも大ダメージを与えることができる。

 しかし、神秘を有しない存在であっても桁違いの物理的な力であれば神秘を有した存在に対抗することは可能だ。神秘を有しない重機関銃の攻撃ぐらいならば神秘を有するサーヴァントにダメージを与えることはできないが、至近距離で大和型戦艦の46cm砲の直撃を喰らえば耐久値の低いサーヴァントであれば死亡するだろう。

 勿論、神秘の籠められていない物理的な攻撃などサーヴァントが霊体化すればその威力に関係なく無効なので、通常なら神秘の篭らない近代兵器などサーヴァントの相手になることはありえないのであるが。

 

 サーヴァントさえ満身創痍においこむだけの威力を誇る近代兵器を保有する超一流のスナイパーの存在は、時臣をして畏怖させるものだった。というのも、彼が万全を期して参戦したはずの聖杯戦争は、一人のスナイパーの参戦によって難易度ルナティックな鬼畜仕様のゲームに変貌していたからだ。

 サーヴァントに身を守ってもらえば安泰だと一瞬考えたが、その考えは無理だとすぐに諦めた。実は、時臣はスナイパーから身を護るための戦力に問題を抱えているのだ。

 サーヴァントにはお目当ての最高最古の英雄王、ギルガメッシュを召喚することには成功した。しかし、このギルガメッシュという王はとても扱いづらいサーヴァントなのだ。アーチャーというクラスで限界したため、単独行動スキルがAランク相当なのだ。

 Aランク相当の単独行動スキルであればマスターからの魔力供給なしでも数日間現界可能であるし、戦闘行為も宝具の真名解放も可能だ。つまり、マスターという存在の縛りが非常に薄いということだ。

 そして、それをいいことにアーチャーは召喚されてから毎日のように街に繰り出しているのだ。感覚の共有を拒絶されているために英雄王ともあろうものがわざわざ現代の街に繰り出して何をしているのかは全く分からない。

 数日前には巨大なテレビが運び込まれてきたし(しかも注文者の名義はマスターである時臣のものであった)、毎日アーチャーの部屋からは電子音が聞こえてくる。サーヴァントは睡眠の必要が無いからか、夜通し電子音が聞こえてくる。最近はその五月蠅さに辟易した時臣は一日の殆どを静かな地下の工房ですごすようになっていた。

 幸いにも黄金率のスキルを持つアーチャーは、街で買い物をするのに必要な資金は自前で調達してくれているようなので、彼の浪費についてはそれほど心配する必要はないようだ。

 しかし、ギルガメッシュは最高最古の王というだけに非常に我儘であり、時臣の都合など知らぬとばかりに振舞うのだ。彼が数年がかりで準備した戦略もアーチャーが昨夜のライダーの挑発にのって勝手に出陣した挙句その能力を衆目に晒すという軽率な真似をしたことで瓦解したと言ってもいいだろう。彼はマスターの都合などお構いなしで動くのである。

 そんなサーヴァントに自分をスナイパーから守るために近くにいてほしいといって、言うことを聞いてくれるだろうか。令呪は残り2画だが、内一画はアーチャーの自害用だ。実質時臣が使える令呪は残り一画であり、軽率に使うことはできない。自分を守れという曖昧な命令ではその効力もどこまであるか分からない。

 遠坂時臣とて魔術師としての誇りはあるが、キャスターの大魔術に匹敵するだけの物理的な威力を有する攻撃から身を護る手段はない。遠坂邸に張り巡らされた迎撃用結界の数々も、桁違いの物理的な破壊力の前には紙のようなものだ。

 

 

 

 綺礼の喪失といい、サーヴァントの選択といい、どうしてこうも私の完璧な策略が裏目に出る……。

 

 遠坂時臣は地下の工房で頭を抱えた。




今回のイタリアの事件のくだりは、『ペルセポネの誘拐』のエピソードのことです。
『ペルセポネの誘拐』は80年代初頭の作品ですが、拙作では80年代の終わりのエピソードということにしています。
ゴルゴの年齢とか、活躍した年代とかの色々な都合です。


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魔術師殺しの分析(前編)

前回の話について、
「サーヴァントに通常兵器で攻撃しても無効じゃね?きのこが昔そんなこと言ってたぞ。設定捻じ曲げんのはどうよ」
って意見があったので、この場を借りていくつかの資料を元に反駁させていただきます。



そこそこに長いので、興味の無い人は前書きをすっとばして本編を読むことをお勧めします。読まなくても、本編を読みすすめるのに支障は一切ありませんので。




 まず、確かにコンマテのQ&Aできのこ氏が
「サーヴァントには通常兵器が効かない」
という発言をしていたことは事実です。

しかし、出典元であるコンマテQ&Aの原文をよく読みましょう。
「『彼らが霊体なので』通常兵器が効かない」
という主旨で書かれています。

サーヴァントに通常兵器が効かない理由は『霊体だから』と明記されているので、実体化しているサーヴァントに通常兵器が絶対無効というわけではないと思います。
stay nightのセイバー√でも凛が「相手が実体化していればこっちの攻撃も当たるから、うまくすれば倒せるかも」
という発言をしていますね。
コンマテ3巻では
「実体は、我々と同じく壁をすり抜けることはできないし、鉄の棒で殴られれば痛いし怪我もする」
「霊体は、そういった物理的な干渉を無視出来る」
という発言もあります。

その一方で、アポクリファではスパルタクスの暴走の際に魔力を帯びていない攻撃はサーヴァントを傷つけることはできないという記述もありますし、stay nightの桜√にてライダーがサーヴァントを傷つけられる条件について色々言っているということも事実です。
ライダー曰く、
「通常のサーヴァントには通常の攻撃は効かないが、サクラに囚われたサーヴァントは例外」
「セイバーは肉を与えられ、霊体に戻れない生命」
とのことです。
文脈から推察するに、通常の攻撃はサーヴァントには効かない。肉を与えられた生命には通常の攻撃は有効ということではないでしょうか?その肉を与えられた生命という言葉を受肉か、それとも実体化ととるかは解釈が分かれるかもしれません。
肉を与えられた命=常時実体化ととれば、文字通り実体化時には通常兵器が有効ということになります。
肉を与えられた命=受肉ととれば、肉体を構成するものが通常のサーヴァントの肉体を構成するエーテル体でなくなれば通常兵器が有効ということになります。逆説的に、受肉しない限りは通常兵器は無効ともとれます。これは先の凛の台詞と矛盾する部分です。
しかし、stay nightのセイバー√をよく思い出してください。士郎がセイバーをアインツベルンの森で抱いた時、セイバーは破瓜によって血を流しています。この時、その手段やダメージの程度、血を流した場所がどうであれ、セイバーの身体に傷ができたことは疑いようの無い事実であります。破瓜で血を流すことが傷つくことではないと言うのであれば、その根拠を教えてほしいですね。
この事実から鑑みるに、ライダーの台詞は前者の肉を与えられた命=常時実体化ととるのが妥当ではないでしょうか?

物理的な手段でサーヴァントを傷つけられないというのなら、魔術師としてはヘッポコな士郎は処女のセイバーを抱くことができません(逸物を士郎が魔術を用いて強化していたというのなら話は別ですが、そのような描写はありませんでしたし、当時の魔術師としてはヘッポコな士郎にそれができたとも思えません)。
もしも、サーヴァントが物理的手段による傷を一切受けないというのであればセイバーは文字通り鋼鉄の処女になってしまいます。根拠となるシーンが破瓜のそれとはいえ、セイバーは神秘や魔力のかけらもない士郎の肉体の一部によって傷をつけられたことは確かです。
士郎の逸物で傷つけられる以上、物理的な破壊力では士郎の逸物の破壊力を遥かに上回る通常兵器の攻撃でセイバーが絶対に傷つかないという理屈はおかしいのではないでしょうか?だとすれば、士郎の逸物はよっぽど特殊だということになりますからね。
一応士郎の逸物が特殊だという根拠を探したものの、Fate並びにその派生作品の中でも見つけられませんでしたから、士郎の逸物が特殊であるということはないと考えていいでしょう。

セイバーが厳密には正規の英霊と違って生者であるといっても、聖杯戦争に参加している際の肉体自体は他のサーヴァントと同じエーテルで編まれたものであることは変わりありません。そのことが士郎でもセイバーを抱けた理由だと考えるのは無理があるでしょう。
女性のあの場所だけがサーヴァントであっても物理的な攻撃を負う唯一の弱点と考えるのも、非常に不自然です。もしも、あそこが唯一の弱点だったら、それはどこの陵辱系のエロゲだっていう設定ですよね。
アポクリファのジャンヌでしたら憑依という形で現界しているので、ヤればできるというのが公式で言われています。しかし、あれは元々の身体がレティシアのものなので実際に妊娠するのもレティシアといわれています。(まぁ、ジャンヌは処女ではないので、本物の肉体であればいたしても血は出ないのですが……聖処女云々というのは置いといてください)ジャンヌはセイバーの事例とは異なる例外と考えていいでしょう。

以上に述べた理由で、私は拙作においてサーヴァントは神秘は魔術なくしても、桁違いのエネルギーをぶつければ傷つけることができるということにしました。勘違いや中途半端な知識でこのような設定を使ったわけではないと分かっていただけましたでしょうか。


尤も、第五次聖杯戦争ではエミヤが上空からのヒモなしバンジーによって地上の建造物に激突して飄々としていたので、物理攻撃が実体化時にサーヴァントに有効だったとしても並大抵の威力ではサーヴァントを傷つけられないことは事実でしょうが。
通常兵器でも相当強力なものを持ってこない限りはサーヴァントの耐久値は抜けないと考えられます。


まぁ、Fateも派生作品なども含めて息の長いコンテンツですから、自分の出した結論に対する多少の矛盾や齟齬はあると思います。自分の引用した資料と相反するような資料もあるかもしれません。息の長い作品にはそのようなこともあるでしょう。

ただ、ゴルゴが通常兵器によってアサシンを満身創痍にしたことも、ゴルゴの凄さを強調するためにFateの設定を捻じ曲げるという浅はかな考えによる結果ではありません。これで拙作の構成はうろ覚えの曖昧な情報に基づいたものではなく、きちんと設定を調べて自分なりに整理し推察した上でのものであると分かっていただければ幸いです。


一つだけ付け加えておくと、物理攻撃が有効であろうがなかろうが、綺礼がキレイキレイという結果は変わりません。
マッハ12で着弾した20mm弾の衝撃はちょっとした隕石に匹敵します。直撃を避けられたとしても、ソニックブームに襲われればひとたまりもありません。身体は衝撃波でズタズタに切り裂かれます。
アサシンが身体を張って綺礼の盾となったとしても、彼らの身体の面積では綺礼を庇いきることは不可能です。そもそも、物理攻撃が一切サーヴァントに無効だったとしても、サーヴァントは運動エネルギーの影響は確実に受けますから投げられれば吹き飛びますし、身体に伝わった衝撃で硬直することはあります。コンクリートに叩き付けられれば無傷でも身体はその衝撃からすぐには立ち上がれません。
アサシンが衝撃波の持つ運動エネルギーに吹き飛ばされるのは間違いないでしょうから、どのみち綺礼は衝撃波に直接晒されてそのまま倒壊した建物の下敷きになってTHE ENDです。
アサシンもマスター死亡によって遠からず脱落します。
アサシンを葬るためにキャスターが20mm弾に魔術的な付与をしてもしなくても綺礼とアサシンの結末はほとんど変わらないのです。即死か死のがけっぷちかの違いです。
そもそも、サーヴァントにライトガスガンが有効であろうが無効であろうが結果は変わらないので、特にゴルゴのすごさを見せ付けるために設定を捻じ曲げる必要は全く無いのです。


 切嗣は舞弥の車に回収され、疲労困憊な状態でアインツベルンの森に帰還した。既に夜は明け始め、東に見える山際は白んできている。

 本来であればすぐにでも休眠を取りたいところであったが、切嗣は疲れた身体に鞭を打って作戦会議を開いた。アイリスフィール、セイバー、舞弥、そして港で陽動に参加した4体のホムンクルスと共に机を囲む。

 会議といっても、実際にこれからの戦略の決定権を持つのは切嗣であり、他の出席者からは発言権しか持たない。この集まりの主な目的は今夜の闘いで得られた情報を共有することと今後の戦略の通知なのだ。

「とりあえず、港での戦いで得られた情報を整理してみよう。まず最初はアーチャーについてだ」

 切嗣が最初に切り出した話題はアーチャーについてだった。手に入った情報はあの冬木の港のやりとりと戦闘だけなので、一番情報の整理が楽だという理由からであった。

「雨のように大量の武器を降らせていたわね。それに、金髪に紅い目で金の鎧……これといって真名を特定できるものはなさそうね」

「あの雨のように降り注いだ武器は、おそらく全て宝具クラスです。また、あの男は私やライダーと同じく王であったことは間違いありません。」

 アイリスフィールの言葉に実際に戦闘に参加したセイバーが意見を付け加える。

「彼の言動の中に特定の地域などに関係する言葉は出てきませんでした。ただ、彼は撤退時に遠坂家当主である遠坂時臣の名前を挙げていました。あの気性ですし、残りのサーヴァントとそのマスターの組み合わせを考えるに、アーチャーのマスターは遠坂時臣だと断定してもいいかと」

 舞弥の意見に、切嗣は頷いた。

「舞弥の見立て通り、アーチャーのマスターは遠坂時臣だと考えて問題ないだろう。真名は検討がつかないが、ランサーとの闘いを見る限りでは距離を詰めない限り勝ち目がないことは明白だな。戦闘はリスクが高いから、アーチャーとの直接戦闘は避けることを基本方針にしよう。遠坂時臣については、既に対抗策をいくつか準備しているから問題ない。次に進もう」

 切嗣の立てた戦略に対して舞弥とアイリスフィールは了承の意を籠めて頷いた。ホムンクルス二人は切嗣にとってはあくまで道具でしかないため、こちらが求めない限りは発言権もない。

 セイバーは唯一切嗣の立てた基本戦略に不服だった。セイバーがアーチャーに太刀打ちできない前提で戦略を練る切嗣の方針は不愉快であったが、倉庫街の闘いで彼女はアーチャーに一矢報いることもできなかったのも事実だ。

 セイバーとしては宝具さえ解放できればアーチャーが相手でも勝機があると主張したかったが、切嗣が自分を徹底的に無視している以上ここでアーチャーとの対決を具申しても相手にしてもらえるとは思えなかったので諦めた。

 

 切嗣は不服そうに顰めっ面を浮かべるセイバーを無視し、満場一致ということで議題を次のサーヴァントに変えた。

「次はライダーだ。本人が名乗っていた通りに真名は征服王イスカンダルだと考えて問題ないだろうな。宝具はあの戦車だ。あの戦車を引く牛は、轅の綱を斬りおとして手に入れたといわれるゴルディアスがゼウスに捧げた供物の逸話が昇華したものだろう……舞弥、マスターの方は名前以外に何か分かったか?」

「ウェイバー・ベルベットという時計搭の学生です。3代目の新興の魔術師ということしか分かっておりません。現在、時計搭に潜入している協力者に情報の洗い出しを頼んでいるところです。おそらく、昼までにはマスターに関する詳細な情報が手に入るかと」

 切嗣は溜息をついた。

「マスターの方の手札は分からずということか……しかし、あそこのマスターはサーヴァントに完全に振り回されているようだった。しかも、そのサーヴァントが真名をばらすほどの馬鹿ときた。あの馬鹿の考えが読めない以上、あの陣営がどう動くかは分からない。何か動きを起こす前に仕留めたい相手だ。舞弥、ライダー陣営の根拠地の特定を急いでくれ」

「分かりました」

 セイバーもアイリスフィールもライダーに関しては切嗣が挙げた情報以外は特に情報がない。あれほど奔放なサーヴァントの行動については全く理解が及ばないため、セイバーも切嗣の方針をすんなり受け入れることにしたようだ。

 

 ライダー陣営の話を終えた後、切嗣はその視線をアイリスフィールに向けた。

「……問題はここからだ。ランサーのサーヴァントとそのマスター、ケイネス。アイリ、ランサーはまだ脱落してないんだね?」

「ええ。あの戦いの後、聖杯にくべられたサーヴァントはいないわ」

 アイリスフィールの言葉を聞いた切嗣は険しい表情を浮かべる。

「ケイネスは無反動砲の直撃を受けて撤退したけれど、ランサーは脱落していないということはケイネスもあの攻撃で仕留められていない可能性が高い。重症とはいえ、生存していると見るべきだろう」

 切嗣は手元の資料からケイネスに関するものを机の上に広げた。

「まず、マスターのケイネスについてだ。アイリは一度聞いていると思うが、一応確認しておこう。若年ながら時計塔で降霊科一級講師の地位につくアーチボルト家九代目当主、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。風と水の二重属性を持ち、専門である降霊術以外にも、召喚術、錬金術にも通じるエキスパートだ」

 切嗣はプリントアウトされた鮮明度が低い数枚の写真をテーブルに並べる。

「倉庫街に潜ませていた使い魔に仕込んだカメラの映像だ。ケイネスが披露した礼装はこの3つが明らかになっている」

 セイバーとランサーの戦いに立ち会っていたアイリスフィールは、初めて目にするケイネスの礼装の姿を真剣な表情で観察する。

「まず、この自由自在に変形する水銀の礼装だ。これは盾にも矛にもなるらしい。細い紐状に展開して索敵も可能だし、.300ウィンチェスターマグナムをものともせず、12.7mm弾の弾幕からでも貫けないほどに強靭な盾というのは厄介だ。最後に舞弥が放った成形炸薬弾(HEAT)には耐えられなかったようだが、それでもケイネスを生かすほどには殺傷力を減じさせている。こいつを正面から打ち抜くとなると、おそらく対戦車砲クラスの火器が必要だね」

 写真に写る水銀の盾を見てアイリスフィールは唸る。

「水と風に共通する流体操作の術式を利用した魔術礼装みたいね……弱点はないの?」

「攻撃面に関してはそこまでの脅威ではない。鞭のように振るわれる水銀にはかなりの威力があるけど、その威力は水銀自体の重さと遠心力によるものだ。だから、鞭の軌道を読むことは近接戦の心得があれば難しくはない。あの水銀の動きは全て圧力による流体操作で動いていると見ていいだろう」

「防御面はどうなの?」

「問題はそこだ……流体力学の限界から考えるに、一度膜状に展開した水銀がその膜を食い破る威力を持つ攻撃に曝されたとき、水銀に適切な防御形態への瞬時変形をするだけの圧力をかけることは不可能だ。しかし、ケイネスはそれを補う術も抜け目無く準備している」

 港に待機していた使い魔と視界を同調させて砲撃観測をしていた舞弥が説明を引き継ぐ。

「水銀は攻撃時も防御時も常に一定量が変形せずに球状の状態でケイネスの周囲に待機していました。この水銀が変形したのは、成形炸薬弾(HEAT)がケイネスに命中したときだけでした。球体であれば、音よりも早く圧力変形をすることが可能ですから、非常時に最硬の防御を取るために待機させていたものと思われます」

「自分の礼装の弱点を理解した上での二段構えの防御というわけね……抜け目がないし、手ごわいわね」

「対戦車砲クラスの火器を当てようにも、あの男が攻撃に使った礼装がそれを邪魔するからね、厄介だよ」

 切嗣は水を操り砲撃をするケイネスを写した写真をアイリスフィールに差し出す。

「こいつも流体操作を利用した礼装だ。ケイネスの周囲に浮遊する球体は水……おそらくは後ろの海から汲み上げた海水だろう。やつはそれを流体操作によって打ち上げて敵の周囲に落としてくるんだ。おそらく水平射撃もできるだろうが、どちらにせよ直撃を喰らえばひとたまりもない。距離を取れば砲撃の精度も落ちるからそうそう当たらないし、落下音で水球の大体の落下位置が察知できるのが救いか」

「弾丸は海水を球状にしたものだから、いくらでも海から汲み上げられるわね。実質無尽蔵に弾丸を射出できるってことかしら?」

「そう考えていいと思う。砲撃の観測はあの水銀の礼装が行っているみたいだ。」

 倉庫街のように直接射線を確保するのが難しいところでの交戦となると、対戦車砲クラスの火器を命中させることは非常に難しい。遠距離からの砲撃で傷を負わせられることは今回の戦いで証明されてはいるが、ケイネスは同じミスを繰り返すことはないだろう。次の戦いで対戦車火器を決め手にすることは非常に難しいというのが現状だ。

「この二つの礼装には共に弱点があるからいい。けれど、一番厄介な問題はケイネスの三つ目の礼装、水銀のゴーレムだ。……α、β。君達から報告を頼む」

 切嗣はドアの傍に立つホムンクルスに初めて発言を促した。二人のホムンクルスは、軽く頭を下げ、説明を始めた。まずはαと名付けられたホムンクルスが口を開く。

「ケイネス・エルメロイの3つ目の礼装、水銀のゴーレムは完全自律式の礼装です。いかなる打撃を与えようと、数秒で元の形状に戻りますし、水銀の身体を削ってもその飛沫がすぐに本体にくっつくために身体を構成する水銀を減らすこともできません。身体の一部を刃物のような形に変形させ、それを武器に使います。攻撃範囲は狭いものの、接近されれば身体中のいたるところから棘や刃が突き出てくるので、防御は非常に難しいです」

 次いでβと呼ばれたホムンクルスが説明を引き継ぐ。

「移動速度は我々とそう変わりませんが、身体が水銀なので身体形状を変化させることで細い隙間を通り抜けながら移動することが可能なようです。思わぬところからの奇襲をうける危険もあります。思考能力も一般的なゴーレムの思考能力を凌駕するものであり、ある程度合理的な行動を取る程度の思考能力があるものと推察されます。最終的に武器庫のありったけの弾薬による弾幕で足止めには成功しましたが、撃破することはできませんでした」

 

 二人のホムンクルスは、先の倉庫街の戦いでケイネスが放った水銀ゴーレムと交戦した。ライフルでその身体を穿とうとも、機関銃でその身体を削ろうとも倒れないゴーレムが相手ということで二人は苦戦した。

 こちらと移動速度は対して変わらないとはいえ、水銀ゴーレムは隙間などをすり抜けることでこちらよりも場所によっては素早く移動できる。そのため、二人は幾度かゴーレムに接近を許し、その度に手持ちのありったけの弾丸を叩きつけることでゴーレムの動きを封じ込めていたのだ。

 倉庫街やその近辺の数箇所に用意していた臨時の武器庫を回りながらの逃走であり、彼女たちはすさまじい数の弾薬を消費した。実は、ホムンクルスの二人は素知らぬことであるが、GE M134を片手で抱え、薬莢をばら撒きながら戦う彼女たちは、一時は倉庫街に張られた人避けの結界の範囲外で銃撃戦を繰り広げており、そこを一般人に目撃されていた。

 目撃者はちょうどそのころに港の近くを爆走していた暴走族グループである。彼らはGE M134の発するけたたましい銃声を聞きつけてホムンクルスとゴーレムの戦う公園に乗り込んでいたのだ。

 そして、彼らはGE M134を抱えながら、水銀の化け物と交戦する銀髪紅目の美女たちの姿を目撃した。恐怖にかられた暴走族の面々は110番通報したものの、液体金属のような化け物相手に重火器を抱えて大立ち回りする銀髪の美女の話などしても信じてもらえるはずがない。

 ただ、先の小学校襲撃事件のこともあり、付近を巡回していたパトカーが一応駆けつけた。そこで警官達はおびただしい数の空薬莢を確認し、事件性があると判断されて警察は大規模な捜査を開始する。

 当然、通報者である暴走族の面々も参考人として聴取されるが、彼らの供述は世界的に大ヒットした過去に送られてきた人類抹殺兵器の映画のワンシーンのようなものであり、信憑性が薄いと判断されて証拠とはみなされなかった。こんな証言をもとに捜査をするのは無駄だと判断されてもしかたのないことだろう。

 結果、倉庫街の惨状もすぐに警察の知るところとなり、冬木の港で大規模な戦闘行為があったということが知られてしまったことで隠蔽役である聖堂教会のスタッフは頭を抱えることとなっている。

 数日前まで小学校襲撃事件の影響で警察やマスコミが街中に溢れていたのをどうにか沈静化させたと思ったら、今度は倉庫街で大規模な武力衝突があったと誤解されて冬木市に大規模な捜査体制が敷かれようとしているのだ。監督役である言峰璃正はこの国の警察の上層部への隠蔽の根回しのために、後日奔走させられることとなる。

 因みに、この時の暴走族の面々の体験が後に、『蝉菜マンションのドアノック幼女』などと並んで冬木の七不思議のひとつ『倉庫街のターミねーちゃん』として語り継がれることとなる。

 

「高度な自律式水銀ゴーレムに、自律防御礼装、それに砲撃用の礼装……時計搭の天才講師だって聞いていたから油断なら無い相手だとは思っていたけど、これは想像以上に手ごわい相手みたいね」

 アイリスフィールも明らかになった敵の情報に対して危機感を覚えている。夫の勝利は疑っていないが、この聖杯戦争の中でもこのランサーのマスターが屈指の難敵だと判断するのも、無理からぬことであろう。

「次からは対戦車兵器を当てることはまず不可能だろうけど、僕にも切り札がある。それを使えばケイネスは確実に屠ることができる。礼装の相性はそれほど悪くないみたいだしね」

 切嗣の切り札たる礼装は、魔術に対するカウンターである。敵が魔力を使えば使うほどに敵が負うダメージは致命的なものとなるのだ。その点、ケイネスの防御用礼装はその防御力から考えるに相当の魔力を消費するものであることは間違いないと切嗣は考えていた。つまり、あの魔術礼装に切り札を当てることができれば、切嗣の勝利は揺るがない。

「問題はケイネスではなく、そのサーヴァント、ランサーだな」

 アイリスフィールは夫の呟きで若草色の髪をした青年の姿を脳裏に呼び起こす。争いごとには疎いアイリスフィールですら、あのサーヴァントが騎士王をも上回る武芸の才と英霊としての格を併せ持つ大英雄だということをあの戦いを通して理解していた。

 あの遠坂のサーヴァントですら撤退に追い込むほどの圧倒的戦闘能力に、並ぶもののないほどの敏捷性を見るに、敵対するサーヴァントの中では一番の脅威だと言ってもいいだろう。

「ライダーはランサーの真名の検討がついているらしいが、流石に根拠をポロリと零してくれるほどには口は軽くないだろう。しかも、判断材料が遠坂のアーチャーと同じように非常に少ない。あの槍さばきとEXランクの敏捷性……さらに、スキルか宝具かは分からないが、ランサーはおそろしく頑丈だ。ランサーを倒すことは視野に入れない方がいい。ランサーはマスターを倒すことを優先する」

「どうして頑丈だって分かるの?悔しいけど、ランサーはあの戦いではまともに攻撃を受けたことはないはずよ?」

 アイリスフィールの疑問に対し、セイバーが答える。

「アイリスフィール。それは違います。あの戦いの最中、私の剣は幾度かランサーの身体を斬りつけました。しかし、喉を斬りつけようと、頭を斬りつけようとあの男の身体には傷一つつかなかったのです」

 ホムンクルスとはいえ、戦闘は想定されていないアイリスフィールの目では、ランサーとセイバーの織り成す剣と槍の乱舞の全てを把握することはできなかった。そのため、彼女の目からは倉庫街の戦いはセイバーの攻撃は全てが回避され、ランサーは無傷でセイバーを圧倒しているように見えていた。

 だが、実際にはセイバーの剣は幾度もランサーの身体を捉えていた。だが、何度斬りつけようと、急所を斬りつけようとランサーの身体には傷一つつかない。セイバーは敵が尋常ならざる頑丈さを持ちえていることを把握していた。切嗣は使い魔の持たせていたカメラをコマ送りに再生することでそのことを理解していたのである。

 倉庫街でランサーの頑丈さのことをセイバーが口にしなかったのは、アイリスフィールを慮ってのことだ。そもそも、セイバーはランサーに頑丈さがなくとも自分はランサーに比べて戦闘能力で劣っていることを理解していた。

 アイリスフィールの身体の具合が数日前からあまりよくないことも何となく察していたし、自分が劣勢に立っている状態に不安を募らせていることも理解していた。このような状況下でさらに『自分の攻撃が一切ランサーに通じない』などという事実を伝えてアイリスフィールの不安を煽ることは危険だとセイバーは判断して口を噤んだのである。

 戦況が読めない阿呆のような強気の態度をしていたのも、アイリスフィールのためだ。セイバーもかつては一国の王であった女性であり、劣勢に立たされているにもかかわらず、戦況を理解できない蛮勇のような振る舞いを本心でするほどに愚かではない。ランサーとの戦いで強気な発言をしていたのは、コンディションが悪い味方を鼓舞するためのものだったのである。

「ランサーの頑丈さの種が分からなければ、やつは絶対に倒せない。真名が分かれば対処のしようもあるだろうが、分からない以上は交戦しないことが最上の策だ」

 切嗣が口にした『ランサーとは戦わない』という方針を聞いた瞬間、アイリスフィールは隣に立つセイバーの拳が強く握られる音を聞いた気がした。自分が戦力にならないということを断言され、内心は穏やかではないのだろう。

 セイバーは自分が倉庫街でランサーに傷一つ負わせることができず、自分は傷だらけという明らかな劣勢に立たされていたことは理解できているし、それを見た切嗣がランサーとの直接対決を避けようと思う心情は理解しているのだろう。

 サーヴァントとして、また武人としてランサーと雌雄を決したいという気持ちはないわけではないが、倉庫街での体たらくを見ていた切嗣にそれ堂々と主張するほどにセイバーはあつかましくは無い。あれを見て自分の勝利を信じて欲しいというのは都合がよすぎるだろう。

 だが、あのランサーに投げかけられた侮るような言葉だけは看過できなかった。内心では雪辱を果たしたいという気運がある一方で、それを主張することはあつかましいことであると弁えている。その葛藤がどうしても隠し切れないようにアイリスフィールには思えた。

 

 時刻は朝7時を回ったところだ。既にサーヴァントを取り込んで身体機能が低下している妻を気遣って、切嗣がここで一度休憩を挟むことを提案した。メイドのホムンクルスが持ってきた軽い食事を取りながらセイバー陣営は暫しの休息を取った。




ケリィ陣営の会議は後編に続く予定です。


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魔術師殺しの分析(後編)

気がついたら、お気に入りが1000を超えていた……3ヶ月も放置しているのに、ありがたいことです。しかし、これからの更新ペースはあまり期待しないで下さい。


 アインツベルンの城では、セイバー陣営が朝食を挟んで会議を再開していた。朝食前に、既にアーチャー、ライダー、ランサーとそのマスターについての考察は終えており、バーサーカーは脱落が確認されているため、ここからは残るアサシン、キャスターについての分析が中心となる。

「まず、アイリ。サーヴァントがあの戦いの最中に一体脱落したことは間違いないね」

 夫の問いかけに、アイリスフィールは首を縦に振る。

「あの戦いの最中にサーヴァント一体が脱落してる。聖杯の器の状態からしても、間違いないわ」

「……バーサーカーは遠坂時臣が既に討伐している。そして、ライダー、ランサーはあの倉庫街にいた。そうなると、脱落したサーヴァントはアーチャー、アサシン、キャスターの何れかだろうね」

「切嗣、その中からアーチャーは除外してもいいと思います」

 セイバーが言った。

「あのアーチャーは、態度こそ傲岸不遜そのものでしたが、実力は桁外れです。魔術師や暗殺者に彼のサーヴァントが討てるとは思いません」

 しかし、切嗣は会議の前半と同様、セイバーの発言は完全に無視している。それどころか、セイバーに視線を向けることすらない。完全に、セイバーをその場にいないものとして扱っている。

 セイバーもその事実には気がついているが、だからといって切嗣の気を無理にひこうとは思っていない。今のところ、切嗣の判断には戦略上の明らかなミスが見受けられないし、無理に主張を押し通す必要もないと考えていたからだ。

 

 

「最初に説明しておくけど、港での戦闘中に僕はアサシンを複数体目撃した。本来一つのクラスにつき複数のサーヴァントが召喚されることはありえないが、マスターである僕の目からも彼ら一体一体がサーヴァントであることは間違いなかったよ」

 夫の説明を聞き、アイリスフィールは僅かに眉を顰めた。

「やっかいな能力ね……分裂するか、増殖する能力を持っているっていうこと?」

 アイリスフィールの推測を切嗣は肯定する。

「僕も、アイリと同じ結論を出したよ。そして、肝心のアサシンだけど、戦闘を監視していた時に数体のアサシンが途中で急に行方をくらませたのを僕は見た。霊体化したのか、消滅したのかは分からないけど、この時にアサシン陣営に何らかの動きがあったとみて間違いないだろう。そして、ほぼ同時刻に深山町の古いアパートで爆発事故が起きていたことが分かっている」

「爆発事故?それがどうしたの?」

 アイリスフィールは首を傾げる。それに対し、切嗣は中心部に小さなクレーターのある瓦礫の山の写真を机に広げた。

「表向きはガス漏れによる爆発事故とされている。だけど、これはただの爆発事故じゃない。現場をホムンクルスに見てもらったけど、火災による延焼がほとんどないし、巨大な力をぶつけられたような印象を受けた。そして、これが聖杯戦争がらみだと気づいた教会の隠蔽スタッフが手を出す前に使い魔が瓦礫の中からこんなものを見つけたよ」

 切嗣が足元の鞄から透明なビニール袋を取り出す。それは、黒く変色した血がこびりついた十字架だった。

「こいつには持ち主の指紋が付着していた。そして、それを、分かっている限りの聖杯戦争の参加者のものと照らし合わせてみたら……一致したよ」

 切嗣は、この聖杯戦争が始まる前にケイネス、時臣、綺礼、雁夜の情報を可能な限り集めた。その情報の中には彼らの指紋も含まれている。家の表向きのことを代理人に任せきりであるケイネス以外の3人には国の機関の名を騙って公的手続き書類に偽った郵便を送り、入金手続きに使われた振込用紙と返信書類によって彼らの指紋を入手したのである。

 後の世で振り込め詐欺と呼ばれる手口であるが、当時はさほど大きな問題になっておらず、加えて振り込む金額も過小であり、表の世界のことを些事だと考えている綺礼と時臣は疑うことなく切嗣の詐欺に嵌ってしまったのであった。勿論、間違いのないように切嗣は魔術協会や聖堂教会に提出された彼らの書類に付着していた指紋も採取し、万全を期していた。

「……誰と一致したの?」

 バーサーカーのマスターである一般人に続く脱落者。それが一体誰なのかアイリスフィールは恐る恐る尋ねた。

「指紋の鑑定の結果、あの十字架の指紋は言峰綺礼のそれと一致した。付着していた血液も、言峰綺礼と同じB型の血液だった。……不確定要素が多いけど、僕はアパートへの攻撃で、言峰綺礼は死んだと考えている」

 切嗣の推理にアイリスフィールは絶句する。言峰綺礼は夫をして恐ろしいと言わしめた、難敵となるはずの男だった。聖堂教会の代行者であり、直接的な戦闘能力でいえば、全マスターでもトップクラスのはずだ。その言峰綺礼が、聖杯戦争二人目の脱落者だとは、信じがたいことであった。

「で、でも。この破壊の後はあのアーチャーの攻撃に似てるわ。まさか、遠坂時臣が弟子であり、監督役の息子である言峰綺礼を殺したとでもいうの?」

 確かに、魔術師の世界では一度袂を分かった師弟が殺しあうことはさほど珍しいことではないし、アーチャーなら倉庫街で見せた絨毯爆撃のような宝具の乱射はこの現状に近い光景を作り出すことは可能だろう。しかし、切嗣はその問いに対し、首を横に振った。

「いや。これはアーチャーの仕業ではないと思う」

 切嗣は右手の指を二本立てる。

「理由は二つ。まず、周辺の住民が爆発のあった時刻に物凄い大きな音を聞いているということだ。もしもアーチャーが主犯だったとしたら、マスターである遠坂時臣がアパートの周囲に遮音結界を張らないわけがない。彼はこの地のセカンドオーナーだし、何よりも神秘の隠匿に気を使う典型的な魔術師だ。音が周囲に漏れて聖杯戦争の現場を誰かに目撃されたりするリスクを彼が負うとは思えない。バーサーカーを討伐したときも、小学校から出てくるときには自分たちに隠匿の結界をはっていたしね」

 そして、切嗣は指を一本折って続ける。

「二つ目の理由。それは、こいつだ」

 切嗣は一枚の地図と、数枚の写真をアイリスフィールの手元に差し出した。

「城に帰ってくる前に、使い魔を現場に放って現場の状況を可能な限り撮ってきたんだ。この写真を見て欲しい。アパートの周囲を空から見ていて気がついたんだけど、こことここ……屋根の一部が壊れているのが分かるかい?それも。破壊の痕跡もよく似てる」

 写真に写っている住宅の瓦屋根は、一部が吹き飛んでいる。まるで、突風でも吹いたかのようだった。

「気になって周りを調べてみたんだけど、ガラスが割れるとかの被害が一部の地域に集中して出ていた。そして、大なり小なり被害を受けた住宅の位置を整理すると、こうなる」

 切嗣が指し示した地図を見ると、被害のあったことを示す赤いマーカーが塗られた住宅は、倒壊したアパートから一直線上の区域に集中していることが分かる。

「被害のあった建物はこのアパートから直線状の区域に集中している。そして、この直線の終着点がここ……深山七町ビルだ」

「つまり、どういうこと?」

「被害が直線状に集中しているということは、その直線の先端部から攻撃があって、その攻撃の余波によって被害がでているということだ。このアパートへの攻撃は、狙撃によるものだと僕は思っている。だけど、この狙撃はアーチャーの絨毯爆撃のような攻撃とは明らかに違う。アーチャーのサーヴァントが狙撃に秀でている例が多いとはいえ、彼の戦闘スタイルとは似ても似つかないものなんだ。僕は、アーチャー陣営以外の陣営がこの狙撃をしたと思っている」

 さらに、舞弥が切嗣の意見に捕捉を加える。

「加えて、アーチャーの性格から見ても、アーチャーの仕業とは考えにくいです。バーサーカー討伐の際、遠坂時臣はアーチャーの従者として振舞っていました。倉庫街での態度を見る限り、アーチャーは自分から動くに値しない敵のために腰を上げることはないと見ていいでしょうし、仮にアーチャーが出陣するとするならば遠坂時臣を伴っていなければおかしいです。しかし、昨夜遠坂邸を監視していた使い魔は遠坂時臣が邸が出る姿を捉えてはいません」

 アーチャー以外のサーヴァントによる狙撃。その可能性に対してにアイリスフィールは驚きを隠せない。

「まさか、アサシンかキャスターがこれをやったっていうの?」

「アサシンは除外していいでしょう。倉庫街での戦いの最中に姿を消したそうですから、この爆発でマスターが死亡して脱落したと考えれば筋が通ります。そして、その下手人はアーチャーとあの倉庫街にいたサーヴァントを除けばキャスターしか考えられません」

 アイリスフィールの問いに切嗣が答える前に、セイバーが先に自分の意見を口にした。

「狙撃のできる魔術師(キャスター)……噂に聞く第五魔法の使い手みたいね」

 現存する五つの魔法、その内の「青」の魔法の使い手は、その破壊力に関しては軽く対城宝具クラスと言われており、宇宙戦艦だとか人間ミサイルランチャーだとか言われているらしい。話を聞く限り、キャスターのサーヴァントも彼女と同じような破壊に特化した魔術の使い手なのだろうかとアイリスフィールは考えた。

「いや……僕は、この狙撃はキャスターの仕業ではないと僕は思っている」

 しかし、切嗣は彼女の考えを否定した。先ほどセイバーがキャスターが下手人であると意見した時に反論していればいいものの、アイリスフィールがキャスターについての話題を切嗣に振るまで反論しなかったあたり、彼はセイバーを無視することにかけてはかなり徹底しているようだ。

「でも、アーチャーが犯人じゃなくて、アサシンが被害者……倉庫街にいたサーヴァントを除けば、後はキャスターだけじゃない」

 アイリスフィールが異を唱える。

「アサシンが被害者じゃないならキャスターが被害者ということになるけど、それでは筋が通らないわ」

「理由は、あの破壊の痕跡にある。あのアパートから直線状の区域に生じている建物の被害は、超音速の物体が飛翔した際にできる衝撃波による損傷だった。つまり、あれは超音速の弾丸による純物理的な砲撃……いや、狙撃だ。キャスターが魔力を使って砲撃することならば分かるけど、魔力による砲撃なら衝撃波が生じるとは考えにくい」

「衝撃波?」

 ホムンクルスであるアイリスフィールには、一般常識と魔術の知識以外の知識はそもそもインプットされていない。アインツベルンの魔術の知識のみを与えられ、アインツベルンの城で育った彼女に科学の知識が乏しいのは当たり前である。物理学の話など分かるはずもない。

 彼女には小学生の理科レベルの知識しか与えられなかったことを思い出した切嗣が苦笑を浮かべながら説明を始めた。因みにアイリスフィールの隣のセイバーはというと、単語の意味は分かるもののの物理学の知識までは聖杯が与えてくれなかったらしく、自分の時代にはなかった知識に対し、興味深々といった表情を浮かべている。

「水面を船がゆっくり進んだら、波紋が円状に広がるだろう?あれをイメージしてごらん。船が進む速さが波よりも速ければ、船の先端から波が小刻みにできて、だけど、波より早く船が進むかあら波が船の先で重なって大きな波ができる。水面を空気中、船を飛行機とかに置き換えて考えた場合、波が衝撃波にあたる。衝撃波は音の波が重なってできたものだから、大きなエネルギーを有していて、上空を超音速の戦闘機が飛んだりすると窓ガラスを割ったりする被害が出る例もあるんだ」

 アイリスフィールが分かったような分からないような微妙な表情を浮かべているが、切嗣は話をかまわずに進めた。物理学の話よりも、その衝撃波が何を意味するかの方が重要だからである。

「魔術でも、同じような現象を起こすことはできる。だけど、魔術を用いて弾丸を超音速にまで加速させて発射するよりも莫大な魔力を収束させて放ったほうがよっぽど手っ取り早い。つまり、サーヴァントじゃなくてもできる攻撃なんだよ。だから、犯人はキャスターとは限らない」

「切嗣はサーヴァントじゃない、普通の人間がこんな攻撃をしたって考えているの?そんなことができる魔術師が参戦しているなんて……」

 そこまで口にしたところで、アイリスフィールだけが夫の微かな異変に気がついた。彼女も、以前に切嗣がその表情を見せていなければ見抜けなかったかもしれない本の僅かな表情の変化。かつて、切嗣がアインツベルンの城で一度だけアイリスフィールに見せた恐れ慄く表情が、そして、その時に彼が語った言葉がアイリスフィールの脳裏を過ぎった。

「ああ。()()()しかいないよ、間違いない。僕が言峰綺礼が殺されたと考える理由も、そこにある。アサシンとキャスターのマスターは、間桐雁夜と言峰綺礼に限られてる。マスターの中で()()()を雇うことを忌避しない陣営はおそらく間桐だけだし、今回のマスターの中で一番殺しにくいマスターが言峰綺礼だ。状況証拠も踏まえると、言峰綺礼が殺されてると考える方が自然だ。そもそも、元とはいえ代行者をレールガンクラスの超音速弾で葬ろうと考え、それを実行できるやつは考えうる中でサーヴァントを除けば()()()しか考えられない」

 切嗣の言い回しでアイリスフィールの予想が確信に変わる。

「……ゴルゴ13」

 緊張した面持ちでその名を口にしたアイリスフィールに対し、切嗣は静かに頷いた。




次回あたり、久々にゴルゴを出せたらいいなと思ってはいます。あくまで、希望ですが。


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手がかりを掴め

お久しぶりです。およそ半年ほどお待たせしてしまいました。

原因は、もう一つの掲載作のやめて!!冬木市に没頭していたことにあります。
そちらが片付いたので、今後はこちらもボチボチと書いていこうと考えています。


 未明の倉庫街の戦いから、丸一日が経過した。

 しかし、その間はどの陣営も戦闘行動に出ることはなかった。単純に、昼は聖杯戦争の神秘の隠匿という原則に従って。そして、日が沈んでからも先日の戦いでの消耗を補填するためにどの陣営も動くことができなかったのである。

 

 

 そして、聖杯戦争第二戦から2日後の夜。ようやく聖杯戦争は再び動き出した。

 案の定、痺れを切らしたかのように動き出したのはライダー陣営だ。しかし、普段はマスターを連れ回しているライダーが珍しいことにマスターに連れ回されるという主従逆転(?)現象がおきていた。

「おい、坊主……昨日の鄙びた川べりでの水汲みはまぁ分かった。結果ははずれであったがな。それで、今回は徒歩で一体何を調べているのだ?」

 主にダウジングに用いられるペンデュラムと冬木市の地図を両手に持ったウェイバーは、夜の街をダウジングに従って歩き続けて時折地図にマーカーで印をつける作業を続けている。

「昨日も言っただろ?キャスターの工房の捜索さ。とりあえず、最初に調べた水の流れはハズレだったから、次は霊脈を調べてみようと思ったんだ」

 昨夜、ライダーはウェイバーに命じられて未遠川の河口から一定間隔にマーキングした地点から水を採取し、水中の術式残留物の検査を行っていた。しかし、結果はハズレ。元々、これは最も簡易的でお手軽な検査であったため、これでキャスターの工房の手がかりが掴めるだなんてウェイバーも最初から思っていなかったが。

 そもそも、魔術師(キャスター)のサーヴァントが己の工房の存在が排水によって露呈するなんてうっかりをするはずがないのだ。そんなことをするのは、三流以下の魔術師か魔術師としての常識が欠落した狂人ぐらいなのだから。

 そして、水の検査が空振りに終わった翌日にウェイバーが手を出したのは、この地の霊脈の流れだった。零体化したライダーを侍らせて彼は地図とペンデュラムを手に夜の冬木の街を徘徊し、霊脈の配置図を手元の地図に書き込んでいく。

 ペンデュラムの指し示す霊脈の流れに沿ってひたすら歩き、その軌跡を地図の上に書き込む。傍から見れば不審者の行動以外の何ものでもないそれを、ウェイバーは既に1時間以上続けていた。

 幸いにも夜間に外出している住民はそうそうおらず、周囲を警戒しているライダーが住民の接近を知らせてくれるため、ウェイバーは警察のお世話になることなく霊脈探しを続けられていた。

 

 

「おかしい……」

 深夜1時。捜索を始めて1時間半が経過し、手持ちの地図の2割ほどの探索が終了していた。その範囲の霊脈も大体は地図に書き込まれている。

「何がおかしいというのだ?」

 霊体化したままライダーが尋ねた。

「この地図を見てくれ。太いマーカーでなぞってあるところが霊脈。細いマーカーでなぞってあるところが、ペンデュラムに微弱な反応があった魔力の流れだ」

 このペンデュラム。実は地味にベルベット家の持っている魔術礼装の中で一番高価なものである。さる魔術師の愛人をしていた祖母が、お相手の魔術師から譲り受けたものらしく、中々の高性能だ。

 安物のペンデュラムでは捕らえられなかったり反応が微弱すぎて分析できない細かな魔力の流れまでも感知できるため、ウェイバーはロンドンからこのペンデュラムを持参し、今回の探索にも用いていたのである。

「この蜘蛛の巣のような線がどうかしたのか?」

「蜘蛛の巣にしては、直角に曲がっていたり所々で格子状になっていたりと規則的に並びすぎだ。ほぼ道路に沿って走っている時点で絶対におかしい。普通、魔力の流れがここまで規則的に並ぶなんてありえない。これは、間違いなく人為的に手が加えられた結果さ」

「なるほど、キャスターの手がかりということか」

 ライダーはにんまりと笑う。マスターが成果らしい成果を挙げて鼻が高いのだろう。しかし、一方で成果を挙げたはずの当のウェイバーの顔はどこか釈然としていない様子だった。

「断定はできないぞ。遠坂や間桐のような土着の魔術師が霊脈に施している細工だとか、前回の聖杯戦争に参加したキャスターの仕業って線もまだ残っている」

 この国の首都、東京も人為的に霊脈の流れをいじくることで土地全体に安定をもたらすように張り巡らされていると時計搭の授業で聞いたことがある。この国に土着している魔術を使う陰陽師という集団が400年近く前に将軍の城や神社などの配置も活かして張り巡らせた霊脈の流れは、現在でもほぼそのままの形で残っているらしい。

 同じことが、この冬木の地で行われていたという可能性も、現段階では棄て切れなかった。

「それに、所々道路からずれて走っている魔力の流れがあるのが気になる」

 ウェイバーは、手に持っていたペンのノックカバーで細い線をなぞりながら示した。魔力の流れを人為的に操作している術式などをこの路上で見つけ出せたらいいのだが、どこを探してもそれらしきものは発見できない。魔術師としての力量がお世辞にも高いとはいえないウェイバーなら、高位の魔術師が施した術式の隠蔽を看破することなどどのみち不可能なのだが。

「……坊主、お主の見解は?」

「ボクは、今回のキャスターの仕業じゃないかって思っている」

「して、その理由は?」

「時計搭で見た資料によれば、土着の御三家の遠坂は宝石魔術で名の売れている魔術師だ。土地の霊脈の操作ができないわけではないと思うけれど、この街全体の霊脈をいじくるとなると流石に手に余るはずだ。専門外だし、組織力もない」

 ウェイバーは電信柱にもたれかかり、ペンも回しながら続けた。

「御三家の間桐も土着の魔術師だけど。この土地のセカンドオーナーである遠坂の目を掻い潜ってこれほどの霊脈の操作をすることは絶対に不可能だ。遠坂が自分の管理する地の霊脈を好き勝手にいじくることを容認するはずがない」

「では、前回のキャスターのサーヴァントという線はどうなのだ?」

「……何十年も経てば道なんてかなり変わるさ。しかも、第三次聖杯戦争は第二次世界大戦の真っ只中だったっていうし、戦中戦後の混乱や発展で道も大きく変わっているだろう。ここまで道路と魔力の流れが一致しているのは通常考え辛い」

「なるほど、それで残ったのがキャスターだったということか。ようやくキャスターの尻尾を掴んだな。やるではないか、坊主」

 しかし、珍しく褒められたというのにウェイバーの顔はそれほど明るくない。

「どうしたのだ?これは立派な戦果ではないか。未だに顔すら出さぬキャスターの戦略の一端を掴んだのだぞ?」

「こんなもの……優秀な魔術師の取る方法としては下の下だ」

 彼の望んでいた戦いは、こんな警察の鑑識のような地道で泥臭いものではない。互いに知略を巡らせ、相手の策を読み、罠を張り、裏をかきながら奇跡の技を競い合う。それが、ウェイバーの目指していた『魔術師の戦い』というものだ。

 一つ一つコツコツと証拠を足で集め、それを消去法で消しながら相手の痕跡と策を考える。そんなもの、秀でた頭も技術もない凡人にでもできることだ。こんな地道な作業の結果の勝利など、己の魔術師としての有能さを証明するために聖杯戦争に参戦した彼にとっては何の意味もないものである。

 キャスターに近づく道筋が見えてきたとはいえ、このようなやり方はウェイバーにとっては不愉快なものであることに変わりはなかった。しかし、いくら本人が不愉快な地道な作業であろうと、だからといって成果が上がらないわけではないのだ。むしろ、足元を見ながら進める捜査は、意外なヒントを拾うこともある。

 

「ん……?」

 魔力の流れを追っていたウェイバーは、いつの間にか先日ライダーが水を汲みに来た未遠川の河川敷にまでたどり着いていた。どうやら、彼が追っていた魔力の道筋は未遠川に合流するらしい。

「昨日の川っ縁か。そういやぁ、ここには大きな注ぎ口があったのぉ」

 ライダーの何気ない一言。集中を散らすので、これまで何度文句を言ったか分からなかったが、今回に限っては口まで出かかった文句が出てこない。ライダーの何気ない一言に、ウェイバーが引っかかりを感じていたからだ。

「注ぎ口……?」

「おお。そうだ。余の戦車が通れるくらいの巨大な注ぎ口でな。そこから水が川に流れ込んでおった」

 それを聞いたウェイバーは即座に川へと駆け寄った。幸いにも、河川敷には街灯が多数設置されており、深夜だというのに視界に困ることは無い。そのため、目的のものはすぐに見つかった。

 川に注ぐ、巨大な排水溝。その直径は2m50cm……いや、3mはありそうだ。生活排水などを流す水路にしては異様なほどに大きい。迷うことなく堤防から降りて排水路の中に入ったウェイバーは、懐からペンデュラムを取り出した。ペンデュラムが先ほどよりも強い反応を示しているのは一目瞭然だった。

「そうか……道路が魔力路になっていたわけではない!道路に埋設された水路が魔力路になっていたんだ!!」

 ウェイバーの中で全ての疑問が氷解する。

 道路とほぼ重なる道筋を描いていたのは、道路に埋設されていた水道管や下水管などを魔力路としていたため。

 魔力路をつくったと思われる魔術的な痕跡が一切見受けられなかったのも、魔力路が地下に設置されていたため――こちらは、地下に魔力路があると気がついたところでウェイバー如きが気づけるようなレベルではない隠蔽が施されているため、どのみち彼には魔術の痕跡を見つけることは不可能なのだが。

 そうと気がつけば、もはや地道な作業を続ける必要はないとウェイバーは判断した。正直、寒空の下で延々と歩いて魔力路を探す作業には飽き飽きしていたし、一人の足で歩いて全ての魔力路を一晩や二晩で探し出せるほどに冬木の夜は長くないし、街も小さくはないのだ。

「よし、ライダー!!神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)を出してくれ!!」

「む、むぅ?坊主。一体どういうことだ?余に説明せい」

「キャスターが張り巡らせている兵站の全体図を見に行くんだ!!」

 キャスターにとって魔力は力を発揮するために必要な戦略物資であるからして、キャスターが冬木市の地下に埋設している魔力路は間違いなくキャスターにとっての生命線とも言える補給路だ。

 色々と細かいことはウェイバーは敢えて割愛していたが要点はきちんと抑えられていた。教えることが上手い教師のような端的な説明でライダーも納得したらしい。

「なるほどのぉ。戦には兵站が欠かせぬ。キャスターの補給路を調べ、その後に破壊するというのだな?ならばよし!!」

 ライダーが腰から抜いた剣を振り下ろすと同時に空間に亀裂が走り、そこから二頭の雄雄しい飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)と、二頭が牽引する戦車(チャリオット)が出現した。

「それで、どこに向かうというのだ?」

 問いかけたライダーに対し、ウェイバーは淡々と目的地を告げた。

「冬木市水道局だ」

 上下水道図を奪取し、それをもとにキャスターの拠点を探る。これで、名も顔も知れないキャスターの正体に一歩近づける。ウェイバーはこの時確かにそう確信していた。

 そしてその後、無人の冬木市水道局にてライダーの言うところの「征服王の略奪」(ただの窃盗)を行い、冬木市の上下水道図を手に入れた二人は、上機嫌で帰路についた。

 道中は下策にてキャスターの手がかりを掴んだことに不満たらたらだったウェイバーも、これでようやく敵サーヴァント――それも、これまで一度も姿を見せていないキャスターを追い詰めるとができるという高揚感に浮かれていた。

 ライダーの「下策をもって上首尾に至ることは上策をもってそれにいたるよりも数段優る偉業である」と褒め言葉も、彼の高揚感に拍車をかけていた。

「おう坊主!!戦果らしい戦果はこれが初めてだな!!明日はいよいよ、キャスターめの巣窟に乗り込み、制覇しようではないか!!」

「一日でこの地図全部調べるのか!?睡眠時間が足りないぞ!!」

「戦において、陣が変わることなど日常茶飯事よ。故に、敵の位置が分かったのならば速やかに叩かねばならぬ。取り逃がしてしまうとまた骨だぞ?」

「……仕方ないな。けど、お前も手伝えよ!!煎餅かじってテレビ見ながら寝そべっているなんて許さないからな!!」

 

 しかし、ウェイバーは知らない。冬木市はほぼ全域が魔女の監視下にあり、自分たちの戦略拠点を脅かさんとする敵対者に対して依頼達成率99.8%の男が手を講じないはずがないということを。



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雁夜VS時臣

一年半近く放置していてすみません……
色々と他作品に浮気してたり、リアルが繁忙期だったり、FGOやってたりHOI4やってたりWOWSやってたりとまぁ、色々あったんです


 ウェイバーが略奪の成果を持ってマッケンジー邸についたころ、遠坂邸で動きがあった。

 遠坂時臣の屋敷に警報がけたたましく鳴り響いていた。これの示す意味はたった一つ、屋敷に侵入者がいるということに他ならない。

 応接間でティータイムと洒落こんでいた時臣も、無作法な来客者の存在を知って静かに紅茶を飲み干した。

「無粋な客だな、時臣」

 そこに音も無く実体化した彼のサーヴァント、アーチャー。傲慢さが服を着て歩いているような男の前で時臣は見かけは臣下の礼をとっている。

「王よ。私は客人には礼儀をもって迎えたいと考えております」

「フン……有象無象なんぞ、我が迎える客人ではあるまい」

「しかし、英雄王と比べれば月と鼈の有象無象とはいえ、座に召し上げられた英雄であり、歴史に名を馳せた者であることは変わりありません。申し上げにくいことですが、矮小なこの身では手に余る客人なのです」

 アーチャーはちらりと窓の外を見る。そこに佇んでいたのは、槍を担いだ美丈夫と季節よりも少々早く厚手のコートを着込んだ男だった。

「あの脚だけが自慢の飛蝗か……確かに、あの王を名乗る不届き者共よりは骨はありそうだがな」

 コンテナ倉庫街での戦いを思い出したのだろう。アーチャーは不機嫌さを顔に出している。

「貴様の見繕った獅子とやらがアレか。大言も過ぎれば罪だぞ、時臣……」

「滅相もございません。英雄王の御手を煩わせることはとても心苦しいことですが、こちらの格も理解できずに突っ込んでくる野蛮な獣にはこの世の理を見せ付ける必要があるのです。ですが、あのマスターは私が始末しましょう。あれは、英雄王に拝謁することすらおこがましい小物。ならば、矮小なこの身でも梃子摺ることはありません」

 アーチャーは時臣を一瞥する。そして、馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、金の粒子となって実体化を解いた。敵を迎撃する為に庭へ向かったのだ。

「まぁいい。あの飛蝗には我が改めて王に楯突いたことに対する誅罰を与えてやろう。二度目の義理立てだぞ、時臣。次は無いと心得よ」

 時臣は、アーチャーの気配が消えた応接間で深く頭を下げた。

「御武運を」

 時臣も自身の礼装たる杖を手に立ち上がり、杖を一振りして玄関にしかけられていた侵入者迎撃用の罠を解除する。ランサーを引き連れて現れたコートの男の正体は分かっている。間桐を逃げ出し、魔導の道に背いた落伍者だ。その落伍者を討つために、時臣は敢えて邸内に入れるという判断をしたのである。

 その判断の理由の一つに、サーヴァント同士の戦いがあった。

 ランサーの脚の速さは倉庫街の戦いを通じて時臣も把握している。ランサーが自分の強みを最大限に活かすのならば、ろくに走り回るスペースのない室内戦ではなく、縦横無尽に走り回れる庭を戦場に選ぶ可能性が高い。

 もしも庭が戦場になるのならば、アーチャーの繰り出す宝具の雨の中で、ランサーが如何に素早い動きで掻い潜り、肉薄して己が槍を突き立てんとするという戦いになるだろう。

 アーチャーの戦術は点を狙う狙撃ではなく面を制する爆撃だ。もしもマスターが庭にいれば、確実に流れ弾に巻き込まれることになる。

 流れ弾に巻き込まれることを避けるためには、サーヴァントたちとは別のフィールド――建物内部で戦う他ない。

 そして、時臣が建物内部での戦いを選んだ理由はもうひとつあった。

 それは、先日彼の同盟者にして弟子だった男を始末した暗殺者の存在である。

 自身の弟子である綺礼は、魔術師としてはそこそこの腕でしかないが、戦闘者としての技量は時臣のそれを遥かに上回っていた。加えて、綺礼の身の回りにはアサシンのサーヴァントがついており、サーヴァントが攻めてこない限りはまず身の安全は脅かされない状況にあった。

 しかし、綺礼はあっけなく聖杯戦争から脱落させられた。それも、神秘のかけらもない近代兵器を用いた狙撃によって。

 璃正神父によれば、その実行犯は死徒をも神秘を用いずして殺した経歴を持つ狙撃手である可能性が高いという。最も偵察に長けたサーヴァントを引き連れた綺礼に察知させることなく狙撃を成功させた狙撃手が存在する以上、近代兵器を蔑視している時臣とてそれ相応の警戒をすることは必然だった。

 狙撃手の雇い主が誰であるかは全く見当もつかないが、アインツベルンが魔術師殺しなどという魔術師の面汚しを迎え入れている以上、ロード・エルメロイを除く全てのマスターが雇い主となっていても不思議ではない。

 また、建物から出て自らの身体を狙撃手に晒すことはリスクが大きい。相手が相手である。下賤な武器であろうと用心するに越したことはないと時臣は判断した。時間がなく、魔術に使う素材等を調達しようにも外出ができないという事情もあり、邸そのものは強化できなかったこともあり、時臣は篭城を決め込んだ。

 邸内にいれば狙撃手とて時臣を視認できないだろうし、壁面はサーヴァントの戦闘の余波にも耐えられるように頑丈にできている。結界と二段構えの防御ならば突破されることはないという打算もあった。

 しかし戦場に挑む緊張と、僅かな高揚を感じる一方で、時臣は落胆していた。

 ――何故、私に挑むのが時計搭の神童と名高いロード・エルメロイではなく、あの落伍者なのだ。

 時臣とて、この聖杯戦争において自身が一度も闘うことなく勝利できるとは思っていない。また、根源に至ることが最優先目標とはいえ、相手が一魔術師として、互いに何代もの研鑽を重ねた秘術を尽くして戦わんと挑んでくるのであれば、その決闘から逃げるつもりは毛頭無かった。

 ランサーのマスターがロード・エルメロイであることは先日の戦いを偵察して把握していた。しかし、彼は先日のコンテナ倉庫での闘いの中で砲撃と思しき攻撃を受け、重傷を負いながら撤退している。

 そして、今。ロード・エルメロイが従えていたはずのランサーを従え、間桐の落伍者が自分の前に現れた。

 時臣はこれが何を意味するのか理解できない愚物ではない。ロード・エルメロイは聖杯戦争から脱落したと時臣は確信していた。同時に、ロード・エルメロイと自身がこの聖杯戦争において戦うことはまずないということも時臣は理解していた。

 残る陣営は衛宮切嗣(魔術師殺し)などという魔術師の風上にも置けない汚物をマスターに立て、かつての志を失ったアインツベルンに、魔術師としては三流の域を出ない時計搭の底辺学生、魔術師の一族としては滅亡の瀬戸際にある間桐、まだ見ぬキャスター陣営のマスター。

 魔術師として雌雄を決するに値する魔術師があるとすれば、消去法でキャスター陣営のマスターぐらいだろう。

 ――まぁいい。全く期待してはいないが、正面から乗り込んできた蛮勇に免じて遠坂家当主として招き入れてやろう。

 時臣は書斎を後にし、来客をもてなすべく玄関へと赴いた。

 

 

 

 遠坂邸の裏庭に実体化したアーチャーは、既にマスターの元を離れて裏庭に移動していた槍を担いだ美丈夫――ランサーと相対した。

「よう、また会ったなアーチャー」

 ランサーの顔を見たアーチャーは眉を顰める。

「飛蝗、貴様の顔を見るのが今宵が最期だ。我の手を煩わせる前に、自害せよ。」

「生憎だが、俺は強敵との死力を尽くした戦いがしたくてここに来た。自分で娯楽が始まる前に幕引きなんざできないな」

「二度も我に命令をさせるな……我の手を煩わせるのであれば、他のサーヴァントの首を全て献上し、我の手間を省くぐらいのことはしておけ」

 しかし、アーチャーの傍若無人な振る舞いに、飄々とした態度で応えるランサー。

「俺は戦いにならないヤツに時間を割くような甲斐性も、それを愉しむような趣味も無くてな。それに、金ぴか。お前の力は倉庫街で見せてもらった。どうやらお前は()()()()()やつらしいな。できれば槍とか剣、拳で戦えたならば最高だったんだが、バカみたいな数の宝具と戦うってのもまた一興だ。愉しませてもらうぜ」

 アーチャーの威も命令もどこ吹く風とばかりに聞き流すランサーの態度に、アーチャーの米神にも青筋が浮かぶ。

「我で愉しむだと……勘違いするな、愉しむのは我の方だ。無論、貴様との児戯に愉悦があればの話だが。貴様はただ、我の前でその畏敬に恐れ戦ておればよい」

「生憎、戦いでビビったことなんざ、殺された時を含めて一度もねぇよ。そら、かかってこい。それとも、そのバカみたいに言葉を吐き出すだけの口も貴様の宝具だってのか?」

「我の威光すら理解できぬ、獣以下の害虫め」

 アーチャーの背後に無数の黄金の波紋が現れ、そこから数え切れないほどの武器が展開される。

「せめて我の腹を捩じ切らせるほどに無様に踊りまわるがいい、飛蝗」

「俺の脚についてこられんなら、嫌々だが踊ってやってもいいぜ?」

 直後、金色の弾幕が空間そのものを押しつぶさんとする勢いで放たれた。

 

 

 

「久しいな、雁夜」

「…………」

 アーチャーとランサーが庭にて戦いを始めたころ、雁夜は遠坂邸の玄関にて遠坂時臣と相対していた。

 二人はしばし、無言で向かい合う。来客を出迎えるための調度品に彩られる一方、その影にも幾重もの罠がしかけられた城の中。二人の男の間には言葉はなく、ただ来客の右腕につけられた大きな腕時計の秒針が耳を澄ませば分かる程度に小さな音を立てるだけだった。

 沈黙を破ったのは時臣だった。僅かに溜息をつくと、時臣は口を開いた。

「まさか、魔術を棄てた落伍者が戻ってくるとは。万能の願望器のためだけに一度は臆して棄てた魔導の道を再び歩もうなどとは、中々に厚かましいな」

 まるでその愚かさを哀れんでいるような口調で時臣は続ける。

「間桐も落ちたものだ。魔導の家に生まれたという理由だけで聖杯戦争に参加する権利を得た落伍者では、勝ち抜くどころかまともにサーヴァントを運用することすら困難を極めるだろうに。君の名誉や誇りなどは既に何の価値もないが、その愚行で間桐の家そのものに泥を塗ることはやめたまえ。君が恥というものを理解できるならな」

 道端で烏に啄ばまれているネズミの死体を見るような冷たい視線を向ける時臣に対し、雁夜の胸中にはマグマのように煮えたぎる怒りが湧き上がっていた。

「君が魔道を棄ててくれたおかげで私の娘は魔術師としての道を歩むことができるようになった。その点で言えば君には感謝してしかるべきなのだろうが……このような醜態を晒す愚者からの恩恵だと考えると、不愉快にすら感じられる」

 これから命のやり取りをする相手に対して、時臣は余裕を見せ付けていた。

 しかし、時臣の口上は雁夜を挑発して冷静さを失わせることを意図したものではない。あくまで、冷静に敵を分析し、その総評を述べたまでのことだった。

 つまり、時臣にとって雁夜とは敵ともならぬ存在、精々が生理的に気に食わないという理由でスリッパで叩き潰すゴキブリのような存在にすぎなかったのである。

「時臣、貴様はいつもそうだ……」

 対して、家に入り込んだゴキブリと同レベルとしか見られていない雁夜は、眉を吊り上げ、険しい視線を時臣に向けていた。辛うじてあからさまな怒りの形相を浮かべることだけは抑えられているようだが、内心の怒りはほとんど隠せていないようなものだった。

 冷静で気品のある態度を崩さない時臣と比べれば、まさに氷と炎ほどの温度差が二人の間にはあった。

「ああ、お前は貴族を気取ることが許される立ち振る舞いを欠かさない。自己研鑽だって怠っていないだろう。自信があるから、そんな態度でいられる……俺みたいなヤツをそうやって高みから見下ろしていて当然と思える」

 雁夜の漏らした言葉は、時臣にとっては至極当然のものであり、今更雁夜から指摘されることでもない。ただ、自身との間にある『格』の違いを目の前の落伍者が認識していたという点は僅かながらに時臣の興味を惹いた。それこそ、彼にとってはゴキブリの奇行程度の興味でしかなかったが。

「魔術師であることを誇りにしているお前にとって見れば、魔術師であることから逃げた俺は、最も唾棄すべき存在だろうな。崇高な義務とやらから逃げ、何代も継承された高貴な血とやらから逃げ、凡百に扱えない神秘の代物とやらから俺は逃げた……」

「自覚はしていたのだな。自らに責任を持つことこそ、人である第一条件だ」

 まるで出来の悪い生徒から予想外の正解を答えられた教師のように、時臣は僅かに表情を緩めながら続けた。

「尤も、その責任を自覚してなお恥知らずにも放り出したのなら、それは人ではなく、狗だ。そして、責任すら自覚せずにそれを放り投げたものは狗ですらない。英雄王の言を借りれば、地を這う虫けら風情というやつか。上を向いて生きることすら能わぬ、真性の屑だよ。雁夜、私は君を後者だと思っていたのだが、どうやら見誤っていたようだな。君にも恥とそれを自覚できるだけの知性があったとは」

「勘違いするなよ、時臣。俺は自分が何をしたのかは自覚しているし、理解している。だがな、俺はそのことを恥だとは思っていない!!」

「何?」

「俺が放り出したものが、()()()にとってどれだけの価値があるものだったかは知ってるが、それは()にとっては炉端のゴミと同程度の価値しかない!!」

 雁夜は吼えた。歯を剥き、憤怒の形相を浮かべる。これまでは辛うじて抑えられていた怒りが、火山の噴火のように一気に噴出した。

「お前は自分の――魔術師の物指しで全てを測ろうとする!!魔術が全てに優越し、それを扱う自分も選ばれた人間だという選民思想に嵌り込み、悦に入っているクソ野郎だ!!」

「魔術の徒として、魔術師の物指しを優先するのは当然のことだろう。今更それを君に指摘される謂れはない。私もそんなことは君に言われるまでもなく自覚しているのだから。高貴なる義務(ノブレス・オブリージュ)と選民思想の区別がつかないとは、君はジャーナリストとしても落伍者だったらしいな」

  先ほど、最底辺だった雁夜という男の評価を僅かに上方修正した時臣だったが、すぐにその修正が誤りだったことに気づき、再度彼の評価を最底辺に落とす。時臣は呆れかえっていることを見せ付けるかのうように、溜息をついた。

「私に言わせるのなら、世間一般で言う良識などという物指しに縛られながら神秘と向き合おうとする方こそ、度し難い愚行なのだがね。さて、言いたいことはそれだけか……?」

 時臣にして見れば、雁夜と問答する必要性はなかったし、そんなことをしている間に時臣は雁夜を数百回は殺せた。何せ、ここは時臣の本拠地にして要塞だ。様々な調度品で彩られた品のある屋敷の中は、時臣の意思一つで確実に侵入者を抹殺するキルゾーンへと変貌する。

 敢えて雁夜と問答する時間をつくったのは、いつでも雁夜を殺せるという余裕と、意図せぬこととはいえ次女に魔術師としての道を拓いてくれたことに対する義理あってのことだった。

「……これで最後だ。最後に一つだけ、お前に言っておきたいことがある」

 そう言うと、雁夜はコートのボタンに手をかけた。

「何でも魔術師の物指で測れると思うから見誤る……だからお前は死ぬんだ、遠坂、時臣ィ!!」

 雁夜はコートを勢いよく脱ぎ捨てた。それと同時に、コートの下に隠されていたものが露になる。

 時臣は、厚手のコートの下に隠されていたものを見て目を見開いた。

 コードが接続された、無数の筒。そのような代物には疎い時臣でも、雁夜が身体中に括りつけているその筒一つ一つが爆弾であることは分かる。そして、時臣は雁夜の意図を瞬時に悟った。

 現在進行形で中東界隈で大流行の悪魔の所行――自爆テロである。

 

「くたばれ!!ヒトデナシィ!!」

 

 雁夜の咆哮と同時に彼の身体から溢れんばかりの光が放たれ、遠坂邸の一室を白で満たした。




オジサンが死んだ!!このヒトデナシ!!


ランサーとオジサンの関係とか、え?1.5ageほったらかしてやっと更新したと思ったら何でオジサン自爆テロしてんの?ってことのネタ晴らしとか、ゴルゴとかメディアとかはまた次話で出す予定です。


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テンカウント

 ――雁夜が遠坂邸を訪れる数時間前、未遠川の河口にある工場跡

 

 

 工場後の一角に、休憩室として使われていたであろう部屋があった。

 大きな机を囲むように同じデザインの椅子が配置され、部屋の隅には調理場らしきスペースと繋がる大きな窓があった。

 雁夜とキャスターは机を間に挟んで向かい合うように座り、ゴルゴはキャスターの後ろで背を壁にもたれかかっている。

 最初に口を開いたのはキャスターだ。

「……作戦はシンプルよ。マスター、貴方は遠坂邸にランサーを連れて正面から入る。アーチャーをランサーが裏庭にひきつけている間に、正門から入った貴方は遠坂時臣を挑発して、一対一の戦いを正面から受けさせるように仕向けるの。あの貴族を気取る男なら、貴方を確実に邸に招き入れて迎え撃つでしょう。ここまではいい?」

 雁夜はキャスターの言葉に頷いた。確かに、時臣であれば自分が正面から挑むのならば、邸の結界やトラップをつかって殺しに来る可能性は低いと雁夜は考えていた。

 魔術師であることを誇りとしている男が、正面から戦いを挑む相手を邸の仕掛けで葬ろうとするなどとは考えにくい。また、時臣は自身の魔術師としての力量に確固たる自信を持っているはずだ。正面から挑んできた三流魔術師を叩きのめすことなど、赤子の手を捻るようなものである。

 魔術を棄てた雁夜を軽蔑している時臣のことだ。敢えて真正面から雁夜の挑戦を受け、それを圧倒的な魔術師としての技量差、才能の差、研鑽の差を持って叩きのめすことで格の差、雁夜の愚かさを教えてやらんとすることは容易に想像できた。

「……お前には、これを着て屋敷に入ってもらう」

 そう言ってゴルゴが取り出したものを見て、雁夜は目を見開いた。

「おい、これは……!!俺を、()()気か!?」

 ゴルゴが取り出したものを見て、雁夜は怒鳴った。

 それは、コードがついた多数の円筒上の物体をベストに括りつけたものだった。

 雁夜はこれを使うテロリストの存在を見たことがあるし、実際にテロに巻き込まれたことだってある。だから、すぐにベストに括りつけられたものが爆弾であると察し、それが自爆テロによく使われる手口であることから、ゴルゴの狙いを理解できたのである。

「依頼人が命棄てなきゃ今回の依頼が完遂できないのか!?あんたは()()だろう、それも、世界一の……」

 そこまで口にしたところで、突然燃え上がる鉄に冷や水を浴びせられたような感覚と共に怒りが静まっていった。

「落ち着きなさい、マスター。それは貴方が思っているような代物ではないわ」

 下手人はキャスターだった。恐らく、昂ぶった感情を沈静化させる何らかの魔術を使ったのだろう。

「あ、ああ……すまない、もう落ち着いた。続けてくれ」

 ゴルゴは雁夜が話を聞ける状態に戻ったことを確認すると、再度口を開いた。

「これはお前が思っているような代物ではない……その8割はダミーで、残りはスタングレネードだ」

「スタングレネード……?対テロ作戦で使われる、ものすごい音と光を出す特殊な爆弾か?」

「ああ……」

 

 

 

 ――スタングレネード

 特殊閃光手榴弾、自衛隊では閃光発煙筒とも言われる非致死性兵器。

 爆発の際の爆風や爆炎で人体を殺傷することを目的とする通常の爆弾と異なり、爆発の際の爆音と閃光により、爆発時に近くにいる人間の視力と聴覚を一時的に喪失せしめ、混乱させることを目的とした特殊な爆弾である。

 その閃光はカメラに使われるフラッシュよりも遥かに強力であり、直視すれば網膜に光の映像が焼きつき、最低でも5秒ほどは視界が完全に失われるほどのもので、その爆音は聞くだけで耳に痛みを覚えるほど強烈なもので、三半規管にすら影響を及ぼし平衡感覚を麻痺させるほどである。

 強烈な爆音で三半規管が狂い、視界も失った人間が通常の平衡感覚を保って立ち続けることは非常に困難となる。

 短時間とはいえ爆発時に付近にいる人物を無力化できること、そして爆発時に周囲の人物を傷つける可能性が低いなどの理由から、主にバスジャックなどの人質をとって立て篭もる犯罪者を制圧する際に使われることが多く、各国の警察や軍の特殊部隊などに配備されている。

 

 

 

「邸の中に入ったら、タイミングを見計らってこのボタンを押せ」

 そう言うと、ゴルゴは雁夜に単三電池ほどの大きさのスティックを手渡した。その戦端には、小さなボタンがついている。

「それを押すと、10秒後にベストのスタングレネードが爆発する。お前は爆発のタイミングを見計らい、その直前にベストを遠坂時臣に見せ付けろ」

 ゴルゴの命令に、雁夜は首を捻る。

「……?ちょっと待ってくれ、そいつを時臣に見せていいのか?」

 雁夜は政情不安でテロが活発化している地域に取材にいったこともあり、そこでスタングレネードを使った制圧作戦についても見たことがある。

 スタングレネードは、閃光と爆音で相手の感覚を麻痺させることが主目的の兵器だ。当然、相手の不意を突く方が相手に与える混乱は大きい。各国のテロ対策部隊や特殊部隊も相手の不意をついてスタングレネードを使う戦法を基本としている。

 遠坂時臣にスタングレネードと通常の爆薬の違いがつくはずがないし、そもそも近代兵器を忌避する時臣がスタングレネードの存在を知っているとは思えない。だが、それでも不意をつくことによって与える混乱が大きくなることは間違いないはずだ。

 にもかかわらず敢えて爆弾を見せ付けることの意味を雁夜は理解できなかった。

 いくら遠坂時臣が近代文明を忌避する典型的な魔術師だからといって、それらに全く触れることのない生活を送っているというわけではない。一般的な一社会人として、そして地元の名家として恥じないほどの教養があり、社会情勢についても新聞やテレビのニュースを通じて学んでいた。

 一般人レベルの社会的知識があれば、このベストを見て自爆テロを連想するのはそう難しくはない。そして、相手が自爆しようとすることを知れば、時臣ほどの魔術師であれば即座に魔術による防御陣を展開するはずだ。

 魔術による防御陣が、スタングレネードが発する閃光と爆音に対してどれほどの効果があるかは分からないが、少なくとも無いよりはマシなレベルの効力は発揮するだろう。加えて、相手が自爆することを知っていればそれだけ光と音による混乱から復帰し、状況把握をするだけの余裕を持つまでの時間は短くなることが予想される。

 しかし、ゴルゴはそれについては全く問題としていないようだった。

「問題ない……だから、確実に遠坂時臣にベストを見せてからスタングレネードが起爆するようにしろ」

「あ、ああ。分かった……それで、スタングレネードが起爆した後はどうするんだ?」

「その後は全て俺が何とかする……お前の役どころは、ベストに取り付けたスタングレネードを見せ付けた上で起爆させるまでだ…………」

 雁夜はそれ以上の質問を許されず、その後は一人でストップウォッチ片手に確実に10秒を数えられるように練習を重ねることとなった。

 あくまで、雁夜は依頼人に過ぎず、ゴルゴの仕事の段取りを全て明かされる立場にはなかったのである。

 因みに、雁夜はスタングレネードであれば至近距離で起爆したところで殺傷力はないと考えていたが、それは大きな誤りである。

 確かに直接的に人を殺傷するほどの爆風が生じることはないが、それでも爆薬が爆発した場合、急激な燃焼によって激しい圧力が生じる。至近距離でそれを浴びれば、ボディーブローを受けたような衝撃に襲われるし、燃焼の際の熱で熱傷を負う可能性だって十分にある。

 一応、雁夜の着用するベストはこれらの衝撃と熱を想定し、怪我をする可能性を軽減させる素材を使ってはいるため、致命傷になる可能性は極めて低いのだが。

 

 

 

 質問を許されることなく、10秒をカウントする練習をするために休憩室を後にした雁夜。

 それを見送ったキャスターは魔術で机に大きな見取り図を広げた。

「頼まれたものの調査はできてるわ」

 そこに描かれていたのは、遠坂邸の見取り図。それも、結界の基点やその範囲、効果までもが詳しく書き込まれたものだった。

「屋敷の警備システム自体は、大したものではないわ。それこそ、あの頼りないマスターでも綿密に計画を立てて10年練習すれば突破できるでしょうね」

 キャスターはさらに何枚かの写真を見取り図の上に広げた。それらは、全て雁夜から依頼を受けた直後にゴルゴがかき集めたものである。

 水道工事業者や庭の手入れをする園芸業者など遠坂邸に出入りするものに金を握らせ、隠しカメラを持ち込ませて撮影させたものだけあって、庭や門に設置された礼装や結界の基点として設置された宝石など、ほぼ全てが分かる写真がそこにあった。

 上空から撮影された写真に、法務局から入手した屋敷の見取り図、それらにこの隠し撮りされた写真を加えた資料があれば、神代の魔術師にとって屋敷の警備システムを把握することは造作もないことであった。

「……正門の周囲に俺が引っかかるような結界はあるか?」

「魔術師対策として、魔術回路を持つ人間や魔術に反応する索敵結界や認識阻害の結界が幾重にも張られているわ。でも、魔術回路の無い人間に反応して警報を鳴らすものはこのひとつだけよ」

 そう言うと、キャスターは正門の裏に設置された彫刻の写真を指差した。

「これが破壊されれば、魔術回路を持たない貴方が侵入しても屋敷の中の人間は察知できないわ。屋敷の中……玄関とその隣の部屋にも魔術師向けのトラップしかないからそこから突入しても反撃はないし、侵入に気づかれることはないと見ていいでしょう」

「ガラスや建物自体に強化の魔術がかけられている可能性はないか……?」

「無いと思うわ。この結界からこの屋敷の主人の魔術の腕は大体分かるけれど、屋敷に長時間持続する強化の魔術をかけ続けられるほどの力量は無いの。それに、この結界や礼装の配置は外敵を庭で攻撃性の魔術で迎撃して、それでも駄目ならば邸内で屋敷の主人を強化し、かつ侵入者を弱体化させて迎え撃つようなコンセプトよ。壁や窓を強化するというのは、このコンセプトから外れているわね」

「……脱出の際に妨害してくるような結界はあったか?」

「それも無かったわ。この屋敷の主人は大分自信家みたいね。一度邸内に侵入した敵は確実に仕留められるから、逃げる敵を相手にするような仕掛けはいらないと考えていたのかしら?」

「…………」

 ゴルゴは無言でキャスターの分析をもとに考えに耽る。

 事前の調査からも、遠坂時臣が自信の研鑽に誇りを持つ魔術師らしい魔術師であることは分かっている。キャスターの分析した遠坂邸の防衛体制も、ゴルゴが把握している遠坂時臣の人物像に一致しているものだった。

 また、遠坂邸は住宅街にある。

 魔術を知らない配達員や警察、市役所職員などといった公務員、不埒な空き巣などの一般人が屋敷を訪れる可能性が高く、それらに対して何重もの警備体制を引くのは、逆に神秘の漏洩に繋がりかねないこともあって、魔術回路を持たない人間を想定した結界などを可能な限り減らしているとすれば納得がいく。

 それに、遠坂時臣の価値観からすれば、屋敷の侵入者として考えうる容疑者で、かつ危険性が高いのは魔術師や英霊ぐらいなものだ。警備に避けるリソースとて有限である以上、魔術師対策に重きを置くのは不思議ではない。

 ならば、キャスターの分析はまず間違いないと見ていいとゴルゴは判断した。

 既に、敵の陣地の全容はほぼ掴んでおり、頼んでいたものは既に準備させている。

 

 ――――準備は、整った!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は雁夜がランサーと共に遠坂邸に足を踏み入れたころへと戻る。その時、ゴルゴは遠坂邸の正面に止めたワゴン車の中にいた。

 全身黒尽くめのスーツに身を包み、右手にはH&K社が開発した傑作特殊作戦用短機関銃H&K MP5SD3。

 遠坂邸内には防音を目的とした結界が張られており、銃を発砲しても周囲にその発砲音が聞かれることはないが、屋敷の外でも発砲することを考えれば、可能な限り発砲音が小さな銃を使うべきだとゴルゴは判断していた。

 そして、強行突入の際にある程度の数の弾丸をばら撒く必要もあった。そのため、ゴルゴはサイレンサー内蔵で多数の弾丸を短時間で発射できるH&K MP5SD3を突入時のメインウェポンに選んだのである。

 

 

 腕時計に視線を遣る。雁夜がポケットに忍ばせていた爆弾の機動スイッチを押したことで、連動して腕時計は既にカウントダウンを開始していた。

 

 ――――時間まで、13……12……11……10!!

 

 ゴルゴは防音用の耳あてを装着し、サングラスをかけた。そして、ワゴン車のドアを開けてMP5SD3を抱えながら遠坂邸へと全速力で走り出す!!

 

 ――――5……4……3……2……

 

 時計を見なくとも、ゴルゴは正確に残り時間を把握していた。

 遠坂邸の塀を乗り越えると同時にゴルゴは抱えていたMP5SD3の引き金を引いた。

 連続して放たれた銃弾は寸分違わず結界の基点となっていた宝石を撃ち抜き、魔術回路を持たない侵入者を察知し、迎撃するはずだった結界は基点が砕かれたことによって消滅する。

 しかし、まだゴルゴは止まらない。

 突入したそのままの勢いで玄関の隣の部屋の窓に発砲し、さらに無数の弾痕が穿たれた窓に向かって突撃する。

 銃撃で脆くなった窓ガラスはゴルゴの体当たりで粉々に砕け散った。

 次の瞬間、玄関から凄まじい爆発音と衝撃が発せられ、眼を焼くほどの光がゴルゴに襲いかかった。しかし、閃光がいつ自身に襲い掛かるのか理解していたゴルゴはMP5SD3を眼前に掲げている。

 直視していれば網膜を焼いたであろう光も、鉄製の障害物があれば届かない。それでも強力すぎる光は壁面に反射してゴルゴを襲うが、反射した光はサングラスと瞼で十分に遮断できる程度の眩しさでしかない。

 同時にゴルゴを襲った凄まじい爆音も、耳あてをしているゴルゴにはほとんど影響を与えなかった。

 ゴルゴはこの屋敷の図面を頭の中に叩き込んでいる。数秒間瞼を開けられなくとも、自分の現在位置を把握し正確に目的地――遠坂時臣がいるであろう居間を目指すことができる。

 閃光と爆発音が発生してから3秒。ゴルゴは瞼を閉じたまま玄関に到達。視界を塞ぐMP5SD3を投げ捨て、ホルスターから一丁の銃を抜く。

 それは、トンプソン・コンテンダー。この戦争に参加している衛宮切嗣(魔術師殺し)が愛用している中折れ式の単発銃である。

 この銃の特徴として、威力の低い拳銃用小口径弾から、ライフル用の大口径弾まで、銃身を交換するだけで様々な口径の銃弾を発射できるというものがある。そして今回、ゴルゴは協力者のガンスミスに.30-06スプリングフィールド弾用の銃身を特注で作らせていた。

 ゴルゴは視界を得てすぐに時臣の姿を捉えた。時臣は予期せぬ至近距離での爆発に眼を焼かれ、さらに平衡感覚も麻痺しているらしく、膝を屈して苦悶の表情を浮かべている。

 結界が基点を破壊されたために機能せず、視覚、聴覚ともに機能していない状態では、時臣は目の前に雁夜以外の人間が迫っていることすら認識できなかった。

 動けず、感覚器官も機能していない時臣の頭部に照準を合わせることなど、ゴルゴにとっては容易いことだ。ゴルゴが視認すると同時にコンテンダーの銃口は時臣に向けてまるで吸い寄せられるように動いた。

 そして、ゴルゴは引き金を引いた。雷管が発火し、発射薬への引火によって.30-06スプリングフィールド弾が銃口から吐き出される。銃口が正確に標的に向けられており、なおかつ目標から銃口までの距離は極めて近い。

 銃口から解き放たれた凶器が目標へと一直線に向かっていくことは当然の理だった。

 目の前で銃口が火を吹いたことも、発射薬の爆発音が邸内に響いたことも理解できないでいる時臣の側頭部に成人男性の人差し指ほどはあろう大きさの弾丸が迫る。

 銃弾と時臣の頭部までの距離50cm。ところが、そこで弾丸は見えない何かにぶつかったかのように弾かれた。

 弾丸を防いだものの正体は、時臣が展開していた防御陣だ。雁夜が自爆しようとしていることをその爆弾を取り付けたベストを見て察した時臣は、爆風から己の身を守るために投入可能な全魔力を用い、全力の防御陣を展開したのである。

 即興の防御陣とはいえ、その強度は見事なものと言う他ない。ケイネスが先日M2重機関銃の攻撃に晒された際に展開した月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の防御形態に比べれば防御力は劣るが、それでも自爆テロに対処するべく張られた防御陣には一般的なライフル用大口径弾一発程度ならば余裕を持って防御できるだけの硬度はあった。

 しかし、その防御力が仇となる。

 .30-06スプリングフィールド弾が防御陣に弾かれた直後だった。先ほどまで眼を焼かれ、鼓膜が潰された痛みに顔を顰めていた時臣が、表情を一変させ、まるでガス室に放り込まれた受刑者の断末魔のような苦悶の表情を浮かべる。

 それもそのはずだ。時臣を襲った弾丸はただの.30-06スプリングフィールド弾ではない。彼を襲ったのは、衛宮切嗣(魔術師殺し)の切り札、起源弾。

 この銃弾を受けた対象には、衛宮切嗣の起源――『切断』と『結合』が具現化する。

 そして、この銃弾に魔術で干渉した場合、切嗣の起源は魔術そのものではなく、術者の魔術回路に具現化するのである。

 目の前で起こるであろう爆発に備え、時臣は全ての魔術回路を全力で回していた。それが起源弾の着弾と同時に一瞬で切断され、繋ぎ合わされる。全力で回されている回路が切断され、滅茶苦茶に繋ぎ合わされたものだから、魔術回路に走っていた魔力は暴走し、行き場を失った魔力は術者の体内を蹂躙するのだ。

 ゴルゴは敵対者となる可能性が高い衛宮切嗣の情報を収集する中でこの魔弾の存在に気づき、使用済みの起源弾の回収を試みた。この礼装の本来の持ち主である衛宮切嗣は、この魔弾で37人の魔術師を葬っており、彼に葬られた魔術師の中には、その遺体を魔術協会に回収されたものも少なくない。

 ゴルゴは魔術協会内部の伝手を使い、彼らに打ち込まれた弾丸を回収することに成功する。魔術協会も何らかの魔術の形跡は残るものの、既にその能力を完全に失い、再生の目処も立たない礼装には固執しなかったため、すんなりと起源弾を売り払った。

 そして、神代の魔術師メディアの手で誰にも再利用できなかったはずの起源弾は見事に蘇る。礼装としての機能が復活した起源弾は、ゴルゴが前もって日本に呼び寄せておいた職人の手によって.30-06スプリングフィールド弾へと再生されたのである。

 雁夜に自爆を仄めかせたのは、敢えて時臣に全力の防御をさせる布石だった。そこに起源弾を撃ち込めば最大の効果を発揮するのは勿論のこと、雁夜の突然の凶行と、スタングレネードの起爆は時臣から考える余裕をも奪う。そして、考える余裕が無くなった相手ほど、接近する第三者の存在に気づく可能性も低くなる。

 全てはゴルゴの計算のうちだった。

 起源弾の効果を受けた時臣は、暴走する魔力によって身体中をズタズタに切り裂かれ、声にならない悲鳴をあげて身体中の筋肉が引き攣ったかのような動きをする。そのまま放っておけば床でのた打ち回っていただろうが、時臣にとって幸か不幸かは分からないが、彼が苦痛に苛まれていた時間はほんの僅かの間だった。

 特注コンテンダーの発砲直後、ゴルゴはコンテンダーを躊躇なく投げ捨て、懐からもう一丁の拳銃を取り出した。それは、直前にゴルゴが投げ捨てたそれと同じコンテンダー。こちらは、市販されている.308ウィンチェスター弾用の銃身に換装されたものである。

 コンテンダーは銃身が中折式となっており、銃弾の再装填には通常の回転式拳銃(リボルバー)自動拳銃(オートマチック)よりも時間がかかる。もしも次弾を撃つなら、再装填するよりも新しい銃に持ち替えた方が早い。

 起源弾が完全に再生されていれば、打ち込まれたそれを防御した時点で標的はまず抵抗する力を失っているはずだが、念には念を入れ、確実に標的を葬るのがゴルゴの基本スタイルだ。

 そのため、起源弾を防がれた場合には、相手に何かを考えさせる時間を与えないために間髪いれず殺傷力の高い大口径の次弾を撃ち込む用意をゴルゴはしていたのである。

 ゴルゴは懐から引き抜くと同時にコンテンダーの銃口を時臣に向け、狙いを定め、引き金を引く。

 最初の特注コンテンダーの発砲から、次の発砲までの時間は僅かに0.32秒。

 もしも、これがゴルゴがいつも護身用に持ち歩いているS&W M36であれば、懐に手を入れてから0.17秒で引き抜き、発砲することができただろう。とはいえ、片手で銃を腰の辺りに構えて発砲する小口径の拳銃と違い、反動も大きい大口径の拳銃ともなればそのような撃ち方で照準を定めるのはゴルゴといえども難しい。(不可能ではないだろうが、練習が必要だろうし、反動を片手で受け止めるとなると腕にもそれなりの負担がかかると思われる)

 今度の弾丸は防御陣に阻まれることはなかった。至近距離から放たれた7.62x51mm NATO弾は時臣の頭部にまるで吸い込まれるように真っ直ぐ向かっていく。

 7.62x51mm NATO弾の持つ運動エネルギーは拳銃等に用いられる小口径弾のそれに比べて格段に高い。着弾と同時に時臣の頭蓋骨を容易に貫通した銃弾は、そのまま脳漿を貫いて頭蓋骨の反対側を再度貫通して時臣の体内から飛び出した。

 そしてその直後、着弾時に頭蓋骨を突き破った弾丸から発生した衝撃によって脳漿は膨張。銃弾の射入口と射出口を破断点とし、時臣の頭部は破裂。まるでスイカ割りに使われた旬のみずみずしいスイカの如く派手に真っ赤な脳漿を周囲にぶちまけた。

 

 

 

 

 この夜、一人のスナイパーの完璧な計略の結果として、言峰綺礼に次ぐ第四次聖杯戦争における三人目の脱落者が決定した。

 

 その脱落者の名は、遠坂家当主、遠坂時臣――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――やった?……いや、やってやったぞ時臣ィ!!

 

 文字通り耳を劈くような激痛に苛まれながら眼を開いた雁夜は、まず目の前で頭を破裂させて倒れ伏す時臣と、それに向けて煙を吐き出す銃口を向けているゴルゴを見た。

 目の前のスプラッタな光景に一瞬我を失ったが、中東では幾度と無く見た光景ということもあって、雁夜はすぐに我を取り戻し、同時に勝利を確信した。

 ライフル弾で頭部を銃撃された人間がどうなるか。戦場でそれを見てきた雁夜は、時臣がこの状態で生きていることは死徒でもない限り万に一つもありえないことを知っている。

 恨み、妬み、怒りの大将だった宿敵が人間の死に方としては安らかから最も程遠い死に様を晒している。日頃から優雅で、品の高さと俗物との格の差を見せ付けるかのごとき文句のない貴族の振る舞いをしてきた遠坂時臣という男は、優雅や品格などというものとは全く無縁の、泥臭い戦場に転がる有象無象のような死体へと変貌していた。

 心の底から湧き上がる歓喜の感情は、鼓膜の破れた痛みを忘れるほどの量の脳内快感物質を脳内で生み出していた。この時、雁夜は人生で最大のハイな感情を味わっていたのである。

  

「ハハ……ハハハ、フ、フハハハハハハァ!!」

 

 まるで大瀑布から絶え間なくあふれ出る水流のように雁夜の口から嘲りと悦の混ざった嗤いが止まらない。

 これが愉快といわずに何と言う。口にはしないが、そんな心からの想いが透けて見えるほどに雁夜は口を歪めながら嗤っていた。

 

 しかし、雁夜が悦に浸っていられる時間はそれほど長くはなかった。腹が痛くなるほどに嗤っていた雁夜の視界に、突如現れた二つの掌。それらが雁夜の眼前で合わさり、勢いよく叩かれた。

 鼓膜が破れて耳が聞こえない雁夜でも、目は見える。僅かながらも眼を直撃した風圧と、突然の光景に驚いた雁夜は、そのまま後ろに倒れてしまう。

 いきなりの猫騙しに驚いた雁夜は、思わずその下手人――ゴルゴを見た。

 普段と変わらぬ氷のような冷たさと鷹のような鋭さの混じったその眼差しを直視した雁夜は、猫騙しによって強制的に感情の昂ぶりをリセットされたことでようやく冷静さを取り戻す。

 ゴルゴは雁夜を一瞥すると、雁夜に退出を促す。

 もはや、邸に長居をする必要はない。後は、マスターを失ったアーチャーの敗北を待ちながらアジトへと帰ればいい。かねてからの段取りを思い出した雁夜は、無様な死に様を晒す時臣をもうしばらく見ていたいという思いに後ろ髪を引かれながら時臣の死体に背を向けた。




ゴルゴの戦略まとめ


おじさん、自爆テロを仄めかす

トッキー全力防御、ゴルゴは結界を突破して屋敷に強行突入。

スタングレネード爆発、トッキーの目と耳が使えなくなる。

トッキー、感覚麻痺してる間にゴルゴに起源弾撃ちこまれる

トッキー発狂

トッキーゴルゴにトドメをさされる


ケリィでも4時間あれば遠坂邸の結界を突破できるみたいなんで、それを基準に遠坂邸のセキュリティについて自分なりに設定を考えてみました。
魔術師以外に対するセキュリティレベルが低いのは、オリジナル設定です。
あんまり高いセキュリティを一般人に対して設定すると、幽霊屋敷みたいな噂が立ちかねないかな~なんて思った次第でして。


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大英雄とケイネス

お久しぶりです。お待たせして申し訳ありませんでした。
どうにか平成の内に間に合わすことができました。
活動報告にもあるようにフォント変換や文字サイズ変更も試してみようかと思いましたが中々上手くいかず、結局今回は使っていません。
私の既存の作品に組み込むにも中々しっくりこないので、現在はフォント機能の使い方の試行錯誤はテスト用に投稿した別作品で試しているところです。
しかし、中々いい使い道が思い浮かばず……無理に使うと文章全体に悪影響を及ぼしかねないことは分かっているのですが、せっかくなので使ってみたいというジレンマ。
もしもテスト的に投稿している新作でうまく使えるようになったら、本作等でも積極的に使ってみようと考えています。


 遠坂邸でアーチャーとランサーが交戦する一時間前。

 エーデルフェルトがかつて所有していた屋敷の一室で、出陣前のランサーは申し訳なさそうな顔を浮かべていた。

 ランサーの前のベッドにはいたるところに包帯がまかれ、不機嫌そうな表情を浮かべるケイネスがいた。

「悪いな。こんなことになってしまって」

 ベッドに横たわるケイネスに対し、大英雄は謝るほかなかった。

「ランサー、貴様が謝る理由はない。これは私の失点だ」

「いや、その顔は理解はできてるが納得はできてないって顔だぜ。実際にマスターに無断で約束を取り付けた俺が悪いんだ。マスターからすりゃあ不愉快に思われても仕方がない」

「……必要なことだ。このまま敗北するよりは合理的だからな」

 ランサーはしかめっ面を浮かべるケイネスの態度に苦笑する。

「中々悪くないマスターだぜ、あんたは。俺を呼んだ時点で勝利は決まっていたが、それでもな」

 ランサーは、ケイネスをマスターとして認めていた。武勲のために命をかけた戦いに臨むという心意気は好ましいものであったし、ランサーだけを戦わせるのではなく敵のマスターと闘うために最前線に出ていく姿勢も気に入っていた。

 元々、ランサーは義理堅く裏切り等は好まない英雄らしい人物であったが、気に入らない相手であれば例えそれが王であろうと従わない気質の持ち主でもある。生前に関わった権力者も折り合いの悪いものが少なくなかった。

 ケイネスも貴族気質が抜けないところがあったが、予めアキレウスという英雄については調べていたのだろう。サーヴァントとの関係を考えて彼なりに弁えた行動を取っていた。また、婚約者が近くにいるわけでもないため、必要以上に見栄を張るような理由もなかった。

 ランサーもケイネスのことをそれなりに気に入っていたこともあって、ケイネスの指示に従うのは吝かでもなかった。

「フン。私が勝つのは当たり前だ。しかし、私の能力を武勲という明確な形で示すために私はここに来たのだ。そして、あの魔術師としての誇りを捨てた外道……やつへの誅罰を与えずに勝ったとしてどうするというのだ」

 ケイネスがこのような姿になった原因は倉庫街で行われたサーヴァントの戦いにある。

 倉庫街での戦い――第四次聖杯戦争における第二戦においてもランサーはケイネスの策に従い無差別に挑発を行うことで敵サーヴァントを釣り上げた。ランサーは釣られた敵サーヴァントを屠り、ケイネスはそのマスターを相手取る。ランサーは強敵と戦えることを期待していたし、ケイネスの敢闘を願っていた。

 実際にケイネスの策は見事にはまり、ランサーは釣りだされたセイバーと交戦し、ケイネスはそのマスターと戦った。

 しかし、ケイネスは敵マスターとの戦闘に敗れ深手を負う。

 そしてパスを通してケイネスの危機をランサーも察知する。どのようにしてケイネスが敗北したのかはランサーも分からなかったが、想定外のことが起きるのが戦場であると理解している。だからこそ有利に進めていたはずのセイバーとの闘いを即座に切り上げ、撤退するという選択をした。セイバーとの決着に後ろ髪をひかれる思いがなかったわけではないが、ケイネスを死なせたくないという思いはそれに遥かに勝った。

 ランサーはその俊足を活かして右腕を失い失血死寸前だったケイネスを回収し、倉庫街から撤退。拠点としているこの屋敷に帰還した。 

 しかし、ランサーは元々が不死身の戦士だ。怪我をした経験もほとんどない。手負いの兵への応急処置をしたことはあるが、それも血を止めるぐらいのことしか知らないし、魔術で治療する術も知らない。

 ケイネスを連れて脱出できたからといっても、それはケイネスがあの場でとどめを刺されることを回避しただけであった。

 聖杯戦争の関係者を市井の病院に連れていけるわけもなく、ランサーは血を止めるなど簡単な処置をして後はケイネスの生命力に委ねるほかなかった。

 幸いにもケイネスは九代続いた由緒正しい魔術師の名門アーチボルト家の当主であり、歴史を重ねた優秀な魔術刻印の継承者であった。彼の両肩に刻まれた魔術刻印は意識を失った主の生命を守るために治癒魔術を自動的に行使しており、常人ならば一時間も持たずに死亡するほどの重傷を負ってなお彼をおよそ一日もの間活かし続けていた。

 とはいえ、ケイネスはただ生かされているだけであり、意識不明の重体である。魔術刻印があるためすぐに死ぬことはないだろうが、このまま放置していれば確実にやがて死に至るだろう。早急に手立てを講じる必要があった。

 戦闘の継続どころか、いつケイネスの意識が戻るかも分からない。ひょっとすると、聖杯戦争が終結するまでに意識が戻らない可能性すらある。

 現在、ケイネスの身体が生命の維持に全力を傾けているからかランサーに供給される魔力も必要最小限度となっていた。この状態で敵サーヴァントの襲撃を受けた場合、苦戦を強いられることをランサーは理解していた。

 元々、ランサーはサーヴァントとしてのスペックで言えばおそらく最上位に入ることが確実な大英雄である。当然、その宝具となると消費する魔力も膨大なものとなる。特に、ランサーは異例とも言える四つの宝具を有するサーヴァントであり、宝具の開帳込みの戦闘を考慮すると燃費は最悪の部類に入る。

 ケイネスほどの優れた魔術師であっても宝具の真名開放はそう易々と使えるものではないのだ。

 ランサーは宝具を使わなくとも有象無象のサーヴァントに負けない自信があったが、もしもあの倉庫街で戦ったアーチャーと決着をつけることになれば、現状の自分では厳しいことは理解していた。

 如何に魔力を節約しながらケイネスを守りつつ戦うか。ランサーは慣れない戦い方に戸惑いながらも主の意識が戻ることを待ち続けるこをと余儀なくされた。

 そんな時である。ランサーの守る屋敷に突如竜牙兵が現れたのは。

 しかし、敵襲を警戒し実体化したランサーの目の前で竜牙兵は自壊した。ランサーはその竜牙兵に見覚えがあったし、その竜牙兵は武装の代わりに手紙を携えていたことから即座に理解した。この聖杯戦争に妻が参戦していると。

 竜牙兵の携えていた手紙はランサーの予想通りかつての妻、メディアからのものであった。

 その手紙にはランサーに対する取引の申し出が書かれていた。

 ケイネスを治療することを条件としたアーチャーの討伐。それがメディアから持ち掛けられた取引の内容である。

 メディアの力量があればケイネスを五体満足に治療することが可能であったし、ランサーもかつての妻との取引であれば信じてもよいと思っていた。彼自身、聖杯そのものにかける願いは特にないため、メディアと己が最後に残るのであれば彼女に願いを叶える権利を譲ることも吝かではない。

 ケイネスも聖杯にかける願いは持ち合わせていないため、もしもメディアのマスターに叶えたい願いがあったとしても揉めることはないだろう。

 マスターであるケイネスの意識がない中で同盟を勝手に結ぶことに抵抗がなかったわけではないが、現状維持よりはマシだと判断したランサーはケイネスの承認を事後に回して独断でメディアからの申し出を了承した。

 その後ケイネスの下をメディアが訪ね、ランサーの意思を確認した後にケイネスの治療を行った。

 神代の魔術師といえど、治癒に特化した宝具を持たないメディアでは大火傷と裂傷、出血多量で昏睡状態にあったケイネスを即座に全快にすることはできなかったが、ケイネスの容態はひとまず命の危機を脱し、動けないまでも意識は戻った。

 意識をとりもどしたケイネスはランサーから事情を聴きだしてランサーの判断を追認したが、治療してもらったとはいえもはやこの聖杯戦争の開催期間中に再度戦場に立てるほどに回復する見込みがないことも知る。

 ランサーの判断そのものに異議を唱えるつもりはないが、元々武勲を欲して聖杯戦争に参戦したケイネスにとって己が戦場に立つことができないということは聖杯戦争に参戦する理由そのものの喪失に等しい。

 これまでに他のマスターの首の一つや二つあげていれば話は別だっただろう。しかし、ケイネスがこれまでにあげた首どころか聖杯戦争における成果はゼロ。戦場に立ったのは一度だけで、その一度ではよりにもよって神秘の欠片もない現代兵器によって瀕死の重傷を負わされるという屈辱。

 その屈辱を己の手で晴らそうにも少なくとも聖杯戦争中はその機会がないという事実は、これまで順風満帆で傷一つない経歴を築き上げてきたエリート街道まっしぐらのケイネスをして、怒り心頭に発するものであった。

「ランサー」

「何だ、マスター」

「間桐のものと会うことがあればこう伝えろ。私はこの屋敷で貴様を待っているとな」

 ケイネスの知る限り、今回の聖杯戦争に参加しているマスターは五人。

 遠坂家当主遠坂時臣、間桐家当主間桐臓硯、アインツベルンのホムンクルス、ゴルゴ13、そしてケイネスから征服王の触媒を盗んだウェイバー・ベルベット。

 この内、ケイネスにとって武勲となりえる首は遠坂時臣の首と間桐臓硯の首だけである。御三家としても知られる魔導の大家と戦い、勝利すれば時計塔でケイネスの武勲を疑うものはいないだろう。

 ただ、遠坂時臣のサーヴァントはこれからランサーが討ち取る。サーヴァントを失い敗北した魔術師に態々戦いを申し込み、恥をかかせることは忍びない。

 ゴルゴ13も確かに時計塔で一目置かれる首ではあるが、ケイネスの欲しい武勲は魔術の競い合いを前提に置いている。聖杯戦争に参加している以上ゴルゴ13と対決することは覚悟しているが、わざわざこちらの挑発に乗るような形で交戦できると楽観的に考えることもできなかった。

 倉庫街の戦いで屈辱を味あわされたアインツベルンの首は取りたいが、既に魔術師としての本懐を捨て堕落した魔術師の首を手柄首だと考えるほどにケイネスは浅ましくはなかった。また、そもそもあの卑劣な戦いぶりを鑑みるに、正面からまともにケイネスと戦うとはとても考えられない。

 ウェイバー・ベルベットもまた、ケイネスにとってはアインツベルンの首と同じく罪人の首扱いである。そもそも、わざわざ聖杯戦争に参加して遥か格下の三流以下の魔術師の首を持って帰ったところで嘲笑されるのが目に見えているためケイネスにはウェイバーの首は眼中になかった。歯向かってくるならば討つが、狙うほどの相手ではなかったのである。

 そうすると、消去法でケイネスが挑発できる相手は間桐臓硯しかいなかった。

「おそらく、間桐のサーヴァントはあのキャスターだ。今後の御三家の関係を考えた上で自分たちが直接戦うことを避けたいという思惑もあるだろうが、サーヴァントの戦闘能力のみに頼りきることなく敵を排除しようとする思考、加えてあの裏切りの魔女をサーヴァントとして選び、かつ御すことのできる力量……まず間違いない。五〇〇年の時を生き永らえる魔術師ならば可能だろう」

 なお、ケイネスはゴルゴ13のサーヴァントはアサシンだと誤解していた。ゴルゴ13自身が暗殺者であるという先入観から、ゴルゴ13はアサシンを支援してマスターを狙う戦術をとるものと考えていたのである。

「マスターがその間桐ってヤツに果たし状を送り付けたいのは分かった。もしもアイツに会えたら聞いておこう。……ただな、アイツのことを裏切りの魔女っていうのはやめてくれ。俺の妻なんでな」

「そうか。失言だったな。以後気を付けよう」

 ケイネスも婚約者のいる身だ。ケイネス自身にはキャスターを悪く思う感情がないとはいえ、妻の悪名を言われていい気がしないランサーの感情は理解できた。大英雄との関係を円滑にしておきたいケイネスは、素直に謝罪した。

 もしも、今のケイネスをウェイバーやケイネスをよく知る人々が見れば驚くことだろう。

 プライドが高く、誰に対しても上から目線で接する傲慢な男。それが大多数の知人が持つケイネスの印象である。

 しかし、ケイネスはゴルゴ13の存在を知り、大英雄と接し、下賤な科学と卑劣な戦術の前に瀕死の重態を負ったことで学んだ。

 確かに自分は賢く魔術の才能に恵まれた人物である。しかし、それだけで成功できるわけではない。

 魔術師である自分が持たず、魔術師ではない他者が持つものがある。

 自分自身の力だけで成し遂げられるものでも、誰かの力を借りればより効率よく成し遂げられる。

 そして、何よりケイネス・エルメロイ・アーチボルトであっても失敗しないということはありえない。

 それを学んだケイネスは変わった。

 過ちを認め、教訓とすること。己より魔術師として劣る人物を見下すのではなく、己に足りない部分を持つものであれば認めること。

 たったそれだけのことであるが、それを実行している今のケイネスは聖杯戦争に参加する前のケイネスとは一味違う。

「では、戦果を待っている」

「おう」

 霊体化して屋敷を後にするランサーを見送ったケイネスは、激痛に悲鳴をあげる身体に鞭打ち月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)に介助させながらベッドから起き上がる。

 この屋敷からは出られずとも、屋敷を狙う敵を待ち構えることはできる。

 ケイネスは月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)に抱えられながら屋敷を見回り、防衛体制を再構築し始めた。

 まだ聖杯戦争は終わっていない。ケイネスの瞳には闘志が燃え盛っていた。

 

 

 

 

〈補足:ゴルゴがケイネスを利用した件について〉

 「Dabbie!!」のハリスじいさんを初め、「1万キロの狙撃」の息子の親権を奪われていた女性など、ゴルゴが無関係な民間人を脅して協力させることは珍しくありません。また、「大きな口の湖上」のボルガ2や「魔笛のシュツカ」のイレーヌ、「不可能侵入」のエレーナ・ペレスなど、敵であろうともゴルゴが脅して依頼達成に利用することもあります。

 珍しい例でいえば、「人形の家」に登場する、偶然とはいえゴルゴと数回遭遇して正体を知っていた梶本という記者がゴルゴに脅迫されて協力させられていました。基本的に敵以外で無理やり協力させられた人には後で保証金等を払っているようですが。

 そして今回、ゴルゴにとってケイネスは「標的」ではありません。「ルート95」では、「他の組織に左ききのジョーの腕を取られたくはないから始末してくれ」という依頼に対し、「命を取れ」の言葉がなかったため、標的となった暗殺者の腕を狙撃して暗殺者生命を絶つことで依頼達成としていました。

 「聖杯戦争を勝ち抜いた上で、そこに必ず現れる間桐臓硯を抹殺する」というのが今回の雁夜の依頼ですから、必ずしも「マスターであるケイネスを殺す」必然性があるわけではありません。

 依頼に関係の無い者は、ゴルゴに敵意を向けない限り殺傷は極力控えるスタイルを取っていますから、ケイネスがゴルゴに敵対しない限りは殺されることもないということは、十分に考えられるのではないでしょうか。

 ですから、命を助ける代償として敵サーヴァント討伐に協力しろと依頼の達成に関係する人物を脅したことも、ゴルゴ自身のルールに抵触しないものであると私は考えています。

 尚、条件が似通っている綺礼の場合ですが、散らばるアサシンを一度に始末することが不可能で、さらに全体の数すら知れないアサシンを放っておけばこちらの行動にも支障をきたすという事情があったからこそ始末する必要があったわけです。

 謂わば、ゴルゴにとって綺礼は「テレパス」のアンナのような厄介な人物だったのでしょう。「テレパス」でゴルゴがアンナが死んでもおかしくないような攻撃を船に加えたところからして、依頼達成のためには排除が必要な人物を抹殺することに対してはゴルゴも躊躇わないようですし。




2年近くお待たせしていながら話が何も進んでない……
本当に申し訳ありません。
次回もランサーVSアーチャーの予定なので、しばらくゴルゴ出てこないと思います。


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