【短編】Infinite・S・Destiny~怒れる瞳~ (クレナイ)
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【短編】Infinite・S・Destiny~怒れる瞳~

 また夢を見ている。もう二度と見たくないと思っている夢だ。

 あの日はとても楽しい日になるはずだった。そう……、なるはずだったのだ。

 だが、その楽しい日……久しぶりの家族旅行で行った場所で・・・、家族を失った。

 しかし、その家族は周りの観光客や現地人たちとともに走っていた。何故走っていたかというと、この日本のまさに少年たち家族がいる場所に向かってハッキングされた基地からミサイルが2000発以上放たれたというのだった。

 その犯人は父よりも早く世界に対して宇宙に進出するためのマルチスーツ……『インフィニット・ストラトス』通称『IS』というものを開発した篠ノ之束だと言う。

 何故彼女がこのような行動に出たのかは分からないが。後になって考えたことは、彼女が世界に対してISの理論書を提出したが、全く相手にされなかったと言うことに対して、強引にでもその有能性を示したかったのだということだった。

 だが、どうして自分たちが人質に取られなければいけないのだろうか。幼いながら少年は考えた。周りからは悲鳴や泣き叫ぶ声が聞こえる。

 我先にと前を走る者たちを突き飛ばして走っていく。突き飛ばされた人はその場に倒れ、後続の人たちに罵詈雑言を吐き捨てられたり、踏まれたりと悲惨な状態になっていた。

 少年はそんな倒れた人を見て何も使用としない自分が情けなく思った。こんな小さなからだで向かっていったら確実に人の波にさらわれ家族とも逸れてしまう。彼は怖かったのだ。そして、何もできない自分が嫌で仕方がなかった。

 

「もう少しだ!!もう少しで安全圏内だ」

 

 ミサイルが落ちてくるだろう場所を特定し、それによって警察が避難誘導し行っていた。彼らだって逃げたいだろう。しかし、使命があるのだ、そして覚悟があった。そんな彼らを見て少年は流れに乗って進んでいく。

 

「お母さん、もう疲れたよー」

「朱雀、もう少しだから頑張って!」

 

 母親の手に引っ張られている妹の朱雀が疲れた顔をして言う。まだ6歳という小さな身体でここまで走ってきたのだ。疲れないわけがなかった。体力に自信がある少年はそこまでではないが、いい加減着かないのかとイライラを募らせていた。

 

「飛鳥、お前は大丈夫か?」

「ん? ああ、心配要らないよ、父さん」

「もう少しだ、もう少しだけ頑張ってくれ」

 

 両肩にたくさんの荷物を持って走る。重い荷物のベルトが肩に食い込んで痛みが走る。だが、必死に歯を食いしばり、走る、走る。すると誰かが空を指差して叫ぶ。

 

「み、ミサイル!」

 

 その瞬間誰もが悲鳴を上げ、早くいけと前の者たちを急かす。少年……飛鳥の家族もその波に飲まれながらも先を進む。口が渇く、胸が痛い、足が重い、揺れる度に食い込む荷物のベルトが痛い。

 

「父さん、母さん!」

「ああ、早く行くぞ!」

「朱雀、もう少しだからね。飛鳥、大丈夫??」

「な、なんとか」

 

 飛鳥は乱れる息を整えながら再び走り出す。ちらりと肩越しにミサイルが飛んできている方向を見ると、一機の白い騎士がたった一本の刀で次々とミサイルを打ち落としていったのだ。

 必死に走る。ただただ生き残るために。死んでたまるかという気持ちで必死で走る走る走る。足がまるで無限に稼動するかのごとく、もの凄い速さで動いていく。これが火事場の馬鹿力というものだろうか。

 必死に逃げるものたちをあざ笑うかのように、次々と遠くのほうにミサイルが落ちていく。

 人々の悲鳴が響き渡る。近くで着弾した爆音が耳から一瞬であるが聴覚を奪っていく。平衡感覚を失いかけるがすぐさま体勢を立て直し走り出す。

 更に後方で爆発が起きる。

 徐々に近づいてきているミサイルに対して飛鳥は恐怖に身を震わせる。どうしてこうなった。どうして自分たちはこうして逃げ惑わなければいけないのか。どうして自分たちはこうやって命の危険にさらされなければいけないのか。

 どうして、どうして、どうしてっという疑問に対して、酸素の少なくなり、ずきずきと痛む頭で考えようにも分からなかった。

 爆発するミサイル。吹き飛んでいく人たち。地面に叩きつけられ、あるものは木っ端微塵にされ、あるものは建物に叩きつけられ、それぞれ命を散らしていく。見ているわけではない、それでもそんな嫌な音が後ろから聞こえてくるのだ。そして聞こえてくる、まるでゾンビのように地を這って来るような感覚で――助けて……、痛いっと……。

 飛鳥は頭を振って無理やり忘れようとした。

 そして、更に進んでいく途中。激しい揺れで人々の恐怖がピークとなる。我先と列を作っていたものを崩して周りの者たちは関係無しと走り出していく。当然飛鳥たちの家族もその波に巻き込まれる。すると、朱雀の小さな悲鳴のような声が上がる。

 

「あ、朱雀の携帯!」

「え?」

 

 朱雀の手を伸ばす砲口にからからという音を立ててかわいらしい携帯電話が転がっていく。飛鳥はそれを見て、そして、朱雀を一瞥する。

 誕生日にねだりにねだってようやく買ってもらったものだ。こんな小さな子どもが持つのはどうかという考えもあるが、防犯携帯ということで許しを得ていたのだ。

 たくさんの友達との通話をしては母親に叱れる姿を何度も見ていた。その度にふと笑みを浮かべてしまっていた自分を思い出す。

 

「いいから行くわよ! 携帯だったらまた買ってあげるから!」

「いーやー。あれがいいの!」

「朱雀!」

「やだー!」

 

 駄々をこねる朱雀。周りから人が雪崩込んできて、身体にぶつかる度に罵倒される。

 言い返したくともその権利は自分にはなかった。突っ立っている自分たちが悪いのだ。

 とうとうしゃがみこんでしまった朱雀。このままだと間に合わない。取りに行こうとしている朱雀を母親が必死に引き止めている。

 飛鳥は意を決してこう言う。

 

「俺が取ってくるよ」

「ちょっと待て、飛鳥!」

「危険よ、やめなさい!」

 

 飛鳥は走り出していた。後ろから両親の声が聞こえたが、真っ直ぐに朱雀の携帯の方へと向かって行く。

 走ってくる人たちにぶつかる度に怒声を浴びせられるが我慢して携帯電話を探してゆく。どうやら走ってくる人たちに蹴り飛ばされて相当遠くに行ってしまったようだ。

 いつの間にかかなり遠くまで来ていたからそう感じられた。

 そしてようやく見つけた時には人の波から少し離れてしまったところにポツリとかなりぼろぼろになったかわいらしいピンクの携帯電話があった。

 蹴り飛ばされていたためかかなり汚れていたが、画面などのデータは無事なようだった。そしてそれを胸ポケットに入れて戻ろうかと立ち上がった瞬間だった。

 突然周りが光に包まれた。眼を開けていられないくらいの閃光。そして、耳を劈くような轟音が響くと思ったら、突然吹き荒れる爆風。小さな飛鳥のからだは投げ飛ばされるようにして地面に叩きつけられた。

 高いところから地面に叩きつけられ、そのまま地面を滑っていく。かなりすりむいたようで体が半分激痛の襲われている。

 

「ぐっ……。い、一体何が……」

 

 苦悶の声を漏らしながら痛む半身を抱く感じでゆっくりと体を起こす。ゆっくりと赤い瞳を開けていくとそこに映ったのは、死体、死体、死体……。炎が燃え上がり、地面が捲れ上がり、抉られ、蹂躙されている。

 四肢が吹き飛ばされ、脳がぶちまけられ、内臓がまるで虫のように身体から這い出ているように見えた。首がない死体もあった。胴体が真っ二つになっており、半身がどこかに吹き飛んでいるのもある。更に近くにあった木に突き刺さっている死体もある。

 思わず胃から急激に上がってきたものを吐き出してしまった。びちゃびちゃと手をついた周りに胃液とともに食べたものが吐き出されていた。異臭がする。思わず鼻を押さえてしまった。

 立ち上がり、ふらふらとした足取りで家族の待つ場所へと戻っていく。

 

「あははは……、なんだよこれ」

 

 辺りには先ほどまで逃げ惑っていた人たちの死体でいっぱいであった。踏み歩く場所もなく。死体をふんでいくしかない。柔らかくなった肉がぐしゃりぐしゃりと奇妙な音を立ててつぶれていく。

 変な感覚が足から背筋を突き刺していく。まるで自分が皆を殺しているような感覚に襲われた飛鳥。ごめんなさい、ごめんなさいと呟きながらその道を歩いていく。

 ミサイルが未だ全機落とされていないようで向こうでは爆発が起きている。しかし飛鳥には今はそんなことはどうでも良かったのだ。ただ妹に携帯を渡して早くここから逃げようと両親に言いたかった。

 まだ旅行が残っている。旅行のお土産や楽しかった思い出話を皆に話すつもりだったから。飛鳥はただ歩いた。大きくまるで悪魔が爪で地面を抉り取ったかのように大きな段差ができており、そこにも死体が積み重なるようにしてあった。

 まだ生きているような人も奇跡的にいたが、飛鳥は見捨てた。手を伸ばしてきた人がいた。目は見えていない。多分わずかな音を聞いて手を伸ばしてきたのだろう。飛鳥はそんな人の上も歩いた。小さく悲鳴を上げ、事切れた……。

 小さな女の子を庇うようにして死んでいる母親がいた。少女もぐったりとしており、握っていた熊のかわいらしい人形の目が取れかかっていた。

 そして、皆が目印になるように立っていた電柱が見えてきた。大きく折れ曲がり、熱で幾分か溶けている。だが、そこには確かに家族がいた。家族だったものがあったと言ったほうが良いだろうか。

 父の、母の、そして妹の朱雀の体があらぬ方向に折れ曲がり、四肢は引きちぎられ、内臓が飛び出している。

 

「ア……アァ……アアアァァァ!」

 

 ガクリと膝をついて崩れ落ちてしまう飛鳥。ポロリと手を着いた地面に落ちる朱雀の大切な携帯電話。パカリと開いて、そこに待ち受け画面が移る。家族全員で写った集合写真がそこにあった。

 もう二度と戻ることのない過去……。

 もう二度と戻ることのない日常……。

 もう戻ることはない暖かな生活……。

 もう二度と戻らない……家族。

 抱き寄せたのは手元に転がっていたい朱雀の片腕であった。かわいらしかったワンピースは土ぼこりで汚れてしまい、爆炎で所々焼けてしまっている。そんな朱雀の腕と携帯電話を抱き寄せ、空を見上げた。

 そこには次々とミサイルを切り落としていく白い騎士の姿があった。その騎士の背中にある翼から、まるで天使のように見えた。だが、このときの飛鳥からすれば、自分から大切なものを奪って言った悪魔にしか見えなかった。

 喉元に何かがこみ上げてくる。怒り、悲しみ、恨み、憤り……どの言葉でも決して形容することができないほどの激情というものがあった。それはまるで紅月飛鳥という小さく脆い檻を破壊しようとして中から出てくる猛獣のようであった。

 

「ウワアアアァァァ!」

 

 飛鳥は吼えた。まるで猛獣の雄叫びのごとくその形容しきれない感情というものが飛鳥の小さなからだを食い破って出てきたのだ。今まで出したことのないようなその叫び声に、飛鳥自身が驚いていた。

 空に舞う天使の姿をした悪魔の騎士と、更に上空で見ているだろう神になったつもりであろう篠ノ之束。その姿がまるで血のように怒りに染まった真っ赤な瞳に焼き付けられる。その圧倒的なまでのISの――『白騎士』の力の前に、10歳という小さな飛鳥はあまりにも無力であった……。

 

 

 ふと明るい光が眼に差し込んできて思わず眉間にしわを寄せるようにして唸る。ごろりと寝返りをうつそこはベッドの上。ゆっくりと眼をあけるとその赤い瞳に入ってきたのは二人の少女の姿だった。

 

「あ、起きたんだ」

「おはよ~、アーちゃん」

 

 クールを装っているがそこには優しさがある簪の声といつものほほんとして暖かな本音の声が聞こえてきた。

 

「おはよー。もう、おねーさんおなかペコペコだよ。アッくん、早く食堂に行きましょう」

「お嬢様、もう少し声を抑えてください。周りに迷惑です」

 

 人当たりのよさそうな声の楯無とそんな彼女を諌めるようにいるクールな虚。飛鳥はゆっくりと体を起こし、立ち上がる。

 

「分かったよ」

 

 そう言った飛鳥の手に嵌められた紅いブレスレットが証明の光に反射して紅く不気味に、美しく輝いた。

 ――俺は力を手に入れた……。

 あの時10歳だった無力な自分。家族が殺されるまま、何もできずにその場に座り込むしかできなかった自分。

 あれから6年……。飛鳥はすでに、無力な子どもではなかったのだ。



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