残火と天の落とし子 (yakitori食べたいね)
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呪いは廻り出す

 

 

 

 

俺は、生まれた時から意識があった。

何故か言葉もわかったし、考える脳味噌もついてた。多分、幸運な方なんだろう。

 

この家は呪術師の家系だ。

それも、御三家と呼ばれる程の大手の血筋だ。そんな陰険な仕事をする家系の人間がまともなはずも無い。

絶対的な実力主義の家。

そんな家に、俺は生まれてしまった。

幸いというべきか、呪いとでもいうべきか、俺は天からの才に恵まれていた。

呪術師としての才能に。

 

 

 

だから鍛えた。

唯ひたすらに繰り返した。何度も何度も身体を鍛え上げた。身体が呪力に慣れると、身体に呪力を回した分だけ強化される様になった。

子供の身体は便利だった。

鉄が、鍛えれば鍛えるほど純度が増すように、身体に異常な負担をかける度にそれに耐えられる様に進化していった。

 

呪力を身体全体に廻す。

すると、肉体強度と引き換えに身体への負担がかかる。俺はそこそこ多い呪力量を持っていた。それを全て身体に注ぎ込んで無理な動きをすれば肉が千切れ、骨が軋む。

未熟な肉体に、強化率が追いつけていないのだ。

 

そこで呪力と呪力を重ね合わせる。

負のエネルギーである呪力同士を掛け合わせることで、まるで数式のようにプラスへのエネルギーに変換される。

ただ、重ね合わせる呪力の量はぴったり全く同じでなければ大幅に呪力をロスする。

少なくとも俺はそうだった。

そうして生み出した正のエネルギーを使って傷を癒す。

 

そうして修行に明け暮れた。

そうでもしなければ勝てない人物がいたから。

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

俺は夢を見る。

何も無い白い空間の中に、老人が佇んでいる。その老人の顔には皺こそあるものの、その五体にある筋肉は常人を遥かに超えていた。まるで、消えかけの炎の様な印象を俺は受けた。

 

 

 

彼は何も言わなかった。

ただ、俺に修行をつけるかのように殺してきた。

 

最初は訳も分からぬまま死んだ。

目を離してなどいないのに彼はいつの間にか消えて、そして俺は目が覚める。それを繰り返すだけだった。悪夢にしては意味の無いものだと思った。

 

ある日彼が俺のことを殴って殺している事に気づいた。単純に速過ぎて気づけなかっただけだったのだ。

 

 

その後気付いたからといって反応できる訳もなく、予測して拳を置いてみたものの寧ろこっちの拳が砕けると言う悲惨なものだった。それを何度か繰り返す内に、今のままでは何もかも足りないと気づいた。

実力も、経験も、呪力も、筋力も、その全てが足りなかった。

 

だから必死に鍛えた。

全部を学ぶ為に、家業にも力を入れた。

呪霊や呪詛師との戦闘経験を、俺よりも強い人物との殺し合いを、そして何より自らの地力を。それら全てを鍛える為には、禪院という環境は最適だったといえる。

 

自分より優れた実力を認めたくない者が家には何人もいた。実際躯倶留隊や灯の連中は何度か襲ってくることがあった。

が、それは当主によって行動を諫められ、そう行動する人物は日に日に減っていった。

 

その分、外での実戦経験が増えた。

俺は呪詛師連中にも賞金をかけられている様で、そこそこ強い連中もいた。

ただ、彼ほどの化け物には会ったことが無かった。

 

 

 

 

10歳の冬、彼の全力を始めて見る。

 

 

10歳になって数ヶ月、彼の殴りを捌けるようになった。気がつけばいつの日からか黒く焼け焦げただけの刀が空間の中にポツンと在った。

 

 

その時重國は理解した。この刀こそが、彼の正体なのだと。生き方そのものが刀の形に具現化したものだと。

 

理解したまでは良かった。彼が刀を地面より引き抜いた瞬間、圧倒的な熱波が空間を襲った。

 

『残火の太刀"西"残日獄衣』

 

全身と刀に太陽の中心温度と等しい千五百万度という超高温の炎を纏い、近づくことすら許さない守りに置いて残火の太刀最高の技。

 

顕現した炎の熱によって空間の気温が上がる。

上がるといっても四十度とかの次元ではなく、一瞬にして重國の周りの空間は摂氏五百度を優に超える文字通りの灼熱と化した。顕現して2秒もたたないうちに空間を完全に支配する存在は彼へと完全に変わった。

 

呼吸するだけで肺は爛れ、皮膚は破れる。皮膚表面は呪力で全く覆わずに捨てる。両拳と体を動かす最低限の筋肉だけを呪力で守り、インパクトの瞬間の一撃にその余剰分の呪力を全て込める。

重國に残った勝ち筋は攻撃させる間も無く拳で殴り殺すことだけだ。

 

 

 

 

 

そして打撃を加えた瞬間、黒い光が彼に微笑む。

 

"黒閃"

 

打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪み。

 

これを成功させた術師は一種のゾーン状態に入る。現実、彼は既に2撃目を入れようとしていた。そしてまたもや黒い光は彼に味方する─────

 

 

 

『残火の太刀"東"旭日刃』

 

彼は纏っていた炎を全て刀の刃先の一筋に集中し、牙突を行った。

 

 

太陽と見紛う程の熱量。それを一点に収束させたことにより、消滅したかのように重國の胴は燃え尽きた。

其れにより拳は勢いを無くし、彼の胸にコツンと当たるのみに終わる。

 

身体を支える骨が無くなり自然と倒れてゆく。だが、倒れゆく重國の眼には、絶望も、恐怖も映っていなかった。

そこにあるのは思考だけ。どうすれば勝てるか、何が足りないのかを彼は冷静に考えて男を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

母は愚かだった。

禪院の当主から産まれておきながら術式も持たず、並以上に呪力はあれどそれを扱うセンスは一切有していなかった。それは、女性蔑視に実力主義の二つが組み込まれている禪院の家においては、致命的な弱点だった。

 

故に婿取りの為の材料となることは必然だった。だが、そこでも彼女は失敗してしまった。何年経っても、子を産むことができなかったのだ。

 

婿に来た男は若くして準一級術師となり、術式も優秀なものだったらしい。

一級術師になるのも時間の問題と言われていた。そんな有望株を捨て置く禪院ではなく、別の女が男にはあてがわれた。

もしかすると、男側に問題があったかもしれないとの考えがあったらしい。

 

 

 

そしてその三カ月後、新しくきた女を男は孕ませた。母は、気が狂ってしまった。

政略結婚ではあったが、男のことを母は愛していたらしい。

それ故の狂気に満ちた行動だった。

 

母は()()()誰にも気づかれることなく男と女の寝床に侵入し、()()()忌庫から取り出すことができた呪具を使って男の頭を何度も刺した。男は即死、女は物音で目が覚め絶叫をあげた。

 

その声に反応した"灯"の1人が部屋に突入するも時すでに遅し、女の胎を母は切り開いて滅多刺しにしていた。特に下腹部を念入りに、生き残る事がないように。

灯は直ぐに母を殺そうとした。無抵抗で母は受け入れようとしていたが、そこに当主である直毘人が登場した瞬間、母は叫んだという。

 

『私はあの人の子を孕んでいる。この売女は私からあの人を奪った、死んで当たり前だ』

 

そのような意志を彼女は示したらしい。

それに当主は驚いていた。それはそうだ、子ができたのならわざわざ父を殺す必要はなかった。女だけを始末すれば良かった。

母は父に裏切られたと思っていたらしい。

 

『ならば子が生まれるまで待とう』

 

そう彼は言った。その言葉の中に、どんな感情が込められていたのかはわからない。実の娘がこの行動に及んだ意図を理解した時、彼は一体どう思ったのだろうか。

俺は疑問に思った。

 

 

約10ヶ月後、母は特に問題なく俺を産んだ。そしてその数日後、遺言も何も残さず彼女は首を吊って死んだ。

俺を産むことは所詮父への愛情でしかなくて、それだけが今は亡き父との繋がりを感じる手段だったからなのだろう。

 

 

それが、俺の出生の話。

実に呪術師らしい産まれ方だと俺は思った。

それと同時に、母の死に方も呪術師らしい末路だと感じた。

 

 

 

その後俺は禪院扇の養子となった。

彼の子が恵まれていなかったことの皮肉も含められていたのかもしれない。

 

 

彼からはそれなりに愛されていたと思う。

それは彼に2人の娘がいたからだ。

俺の一個上の姉であるその2人は双子だった。だから彼女達は冷遇されていた。

 

呪術的に双子は凶兆とされている。

それは本来一つとして生まれるはずの一つの魂が双子は二つに分けられた魂が同じものと解釈される為、2人で1人として呪術的に扱われる。つまり単純に弱くなる。

それはただただ忌み嫌われる原因にしかなることはなかった。

 

 

姉2人は、家の人間からは疎まれていた。

それに反して、俺は受け入れられていた。

特に上の姉である真希は叔父の直哉によく虐められていた。可哀想だとは思ったが、それ以上に興味は持たなかった。

母の弟だった彼は、よく俺にも絡んできた。

俺が7歳の時既に、彼の評判は地に落ちていて、唯一認められているのは実力だけ。

性格はゴミ、カス、呪霊以下などと揶揄されるような人物だったらしい。

 

ただ彼は俺に対して他の人に対する言動よりは悪意に満ちていなかった。

所詮母と姉を貶される程度。

俺を直接馬鹿にする様な発言は聞いたことが無かった。

 

ある日、また彼が真希を虐めているのを見て単純に疑問が湧いた。

だから直接聞いてみる事にした。

 

「直哉」

「ん?どしたん重國くん」

「何故真希を虐めるんだ?」

 

何も包み隠さず、疑問をそのまま伝えた。

 

「怖いなぁ、正義感だしたくなっちゃった感じなん?」

 

まぁええわ、そう言って彼は説明する。

 

 

「そりゃあの子が無能だからや。無駄に頑張って強なろうとしとる。女としての自覚もない。女はな、男の三歩後ろ歩かなあかんねん。それができん奴は背中刺されて死んだらええ」

 

──因みにこの子の親は畜生腹のカスやったけどそこら辺はちゃあんと理解しとったで。

 

なんてアイツは続けた。

 

「想像よりどうでもいい理由だったな」

「あ、そう。因みになんでやと思っとったん?」

「"理由なんてない"それが答えだと勝手に思っていた。『唯の気紛れ、憂さ晴らしに過ぎない』でなければ虐める必要がない」

「君やっぱ俺より性格悪いんとちゃうか?」

「それは無い」

 

 

 

 

 

そして俺が14になった時、姉2人は家を出た。真希は禪院家当主となるのだと言う。

真希に追随するように、真依も高専に通うこととなった。

厄介払いの意も込められていたのだろう。

簡単に通うことは叶った。

ただ、当主になると発言したことで扇らの怒りを買ってしまい、躯倶留隊にて培われた経験があれば二級程度には直ぐになれそうなところを、わざわざ妨害してまで四級に留めていた。

 

そして彼女等が入学して数ヶ月後、転機が訪れる。

 

 

 

特級呪詛師夏油傑が高専に宣戦布告を行った。12月24日新宿と京都にそれぞれ千の呪霊を放つ。百鬼夜行を現代に再現する。

ブラフで天元や御三家の忌庫を狙う可能性もあると思われるが百鬼夜行を行うということ自体は真実だろう。実際の計画をバラすことでの縛りを結び、百鬼夜行という出来事を再現してさらに効力を上げる縛りと思われる。

夏油が言ったことは確実に行われると見て大丈夫だろう。

 

問題は裏で何を考えているか。本当にただ呪術界に喧嘩を売るだけで終わるなんてことはない。呪霊操術は間違いなく無下限呪術と張り合える術式だ。だが、彼本人の実力も他とは突出していた。それ故に彼は最強と言われていたのだ。

そんな男がそこまで見通せないわけがない。

 

 

兎にも角にも俺が呪霊を祓いまくることには変わりない。出来るだけ早々に殲滅を終わらせて夏油の動向を探る。それが目的だった。

 

 

 

 

が、百鬼夜行は夏油傑の死という形で幕を下ろした。

俺の戦績は一級呪霊三体、準一級呪霊七体、呪詛師2名という微妙な結果に終わった。

特級は京都校のゴリラが祓った。

 

夏油傑の目的は、乙骨憂太を殺害後、特級禍呪怨霊である祈本里香を使役し、五条悟を殺害して呪術界に勝利した後、非術師を大量殺戮する作戦だったらしい。

 

結局は乙骨憂太に敗北し五条悟が殺害したとのことだ。

 

俺は今回の事件や、今までの高専とのやり取りを含めて俺は高専に勧誘を受けた。

家にも多額の支援が送られることもあり、躯倶留隊や灯に数名の被害が出ていたことも考慮されて受領された。

 

多分だが禪院としては建前で、姉2人を身近に妨害したいがための行動でもあるだろう。

くだらない老害連中はさっさと除去したほうが都合がいいと俺は常々思っているのだがそんな塵でも呪術界の一翼を担う人間、やはりいなくなればいなくなったらで都合が悪い。

 

無能な怠け者より無能な働き者の方が圧倒的に邪魔だとはよくいうが、少し働けるだけの塵が1番面倒だと俺は最近知った。

 

 

 

───────────────────

 

 

私達には弟がいた。

恐ろしいほど強い弟が。

アイツはあの家の中で1番強かった。

私よりも、直哉よりも、ジジイよりも。

私が家を出る時点で既に実質的な禪院家最強の地位を得ていた。私のような天与呪縛の歪な強さでもなく、ただただ術師としての実力がずば抜けていた。バカ目隠しと同じ領域の天才。

孤高の天才、誰1人奴を理解できず、誰1人として理解しようとしなかった。

 

直哉以外は。

 

アイツは私達がガキの頃からシゲにずっと張り付いていた。きっと気づいていたのだろう。アイツが他の人間とは何か違うということを。それは直感的なものか、それとも経験からきているものかは私には分らなかった。

 

クソ親父は大層アイツのことを可愛がっていたようで、求めさえされれば好きなものを与えていた。

そもそも求める機会はかなり少なかったが、アイツが刀を欲しがった時にはすぐに与えていた。

 

血の繋がった親子関係ではないが、間違いなく奴はシゲに愛情を与えていた。

それが、憎かったのか、羨ましかったのかは覚えていない。

 

本当は気づいていた。扇がアイツじゃなく、アイツの強さしか見ていないことを。

それでも、そうだとしても。

 

ただ、真依にその優しさを分けてあげて欲しかった。

 

 

 

 

だから、私はアイツのことがずっと嫌いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんか、とんでもないことになっちゃったなあ」

 

ポツンと一人で教室にいる憂太が言った。

ガラリと真希が教室のドアを勢いよく開けると憂太は驚いているようだった。

 

「真希さん」

「何してんだ今週は休講だろ」

「いやなんか落ち着かなくって…寮の人達も全然いないし」

「2年は前から京都に遠征中だったからな。棘は3、4年と新宿でバックアップ。パンダは学長のお気に入りだからな、多分棘と一緒だろ」

「そっかぁ」

 

憂太は会話を終わらせると、少し気まずい様子だった。

 

 

「聞けよ」

「えっ!?」

「気になってんだろ。なんで私が落ちこぼれか」

「いや………うん………はい…」

「ウチ…禪院家はな、御三家って呼ばれるエリート呪術師の家系なんだよ」

 

憂太の脳内には3色の2回進化する生物が浮かんだが、流石に口には出さなかった。

 

「オマエ、呪術師に必要な最低限の素質って分かるか?」

「えっ何かなぁ…」

「呪いが"見える"ことだ」

「あ、そっか」

「一般人でも死に際とか特殊な状況で見えることがあるけどな」

 

真希は目元から眼鏡を取って言う。

 

「私はこのダセェ眼鏡がねぇと呪いが見えねぇ。私の呪具は初めから呪力がこもってるモンで、私がどうこうしてる訳じゃねぇ。

おかげで家出られたけどな!!飯は不味いし部屋は狭いし弟も彷徨いてる。本当最悪だったわ!」

 

 

 

「その弟って…前にも言ってた人?」

「あ?あぁ、そうだ。重國…シゲな。気持ち悪りぃクソガキだよ本当に。私を敬いもしねぇ、ずっとお前には興味ないですーみたいな面で出歩いていやがる」

 

その後も、数分間ずっと重國の愚痴を言い続けていた。

 

 

そして、一息ついた頃憂太が笑って喋り出す。

 

 

 

 

 

「あはは…真希さんは多分その子のことそんな嫌いになってないと思うよ」

「はぁ?何言ってんだオマエ」

 

心底真希は疑問の様で、自分がどんな表情でその話をしていたかを把握していない様子だった。

 

「だって真希さん、弟君の話する時すっごく懐かしそうな顔してるんだもん」

 

 

 

瞬間、真希の脳内に数少ない思い出が巡る。

花火が上がるのを共に見る光景、思い出さない様にしていた呪霊から守られたこと。

本当に昔の、家族みんなで寝ていた記憶。

 

それを今、無視しようとしていた感情と共に思い出した。

 

 

「ああ、私シゲになーんもやってあげてないか」

 

 

それは、後悔だった。

なんだかんだと理由をつけて弟に関わらないようにしていたことを真希はやっと理解した。真希は真依にしか手が届かなかった。

アイツのことを理解も、共感もしていない。

 

 

理解しようとしなかったのは、怖かったから。

 

それでも

 

「これからでも姉らしいことしてやれんのかな…」

 

 

そう弱気でも、心の奥にしまってあった本心を口にして表すことができた。

 

「真希さんなら大丈夫だよ!僕に出来ることがあったらなんでも言って!」

「ハッ…余計なお世話だよ」

「えぇ…」

 

憂太の気遣いを無為にするような発言に、つい声が出てしまった。

 

ただ、と真希は続ける。

 

 

「ありがとよ、憂太」

 

 

その顔には、先ほどまでの憂いは写っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

入学数日前、伏黒恵と初めて会った。

 

「君が、伏黒か」

「はい。禪院重國さんですよね?」

 

邂逅の場は、禪院家の本家にある、俺の自室。

 

 

「同学年だろう、そんなに緊張しなくても構わない」

「…わかりました。なら単刀直入に聞きます。何故俺はあなたに呼ばれたんでしょうか」

「禪院家相伝の術式を持っている…十種影法術を持つ人間を放っておけると思うか?それも五条悟の関係者」

「いや、思わないです。なら品定めと言ったところですか」

「少し違う、ただ現状を知りたいんだそうだ」

「というと?」

 

俺は手招きをして返す。

 

「全力で来い、揉んでやる」

 

そう言った直後、背後より巨大な蛇が俺に噛み付いた。

 

「有無を言わさせない奇襲、悪くない」

 

噛み付く口を拳で弾き返す。

 

「"鵺"!」

 

伏黒の方へ振り向くと彼は既に怪鳥を盾にして突撃してきていた。

 

「術者本人もステゴロで殴るか。確かに電気との組み合わせは良いな。それも五条悟の教育か?」

 

そう言って俺は彼の攻撃を捌きながら話す。

ラッシュが途切れた瞬間、俺は彼を噸の間に蹴り飛ばす。

 

「ガハッ…」

「狼狽える暇はないぞ、次だ」

 

飛ばされる伏黒に追いつきながら助言を施す。蹴った衝撃で数本骨は折れたかヒビが入っただろうが、この程度でダメになるなら呪術師なんて到底させられない。

 

すると、後ろからさっきの鳥が襲い掛かる。

先程と同様に身体に電気を纏った突進は、相手が防いだとしても痺れる良い判断だ。

 

「消してなかったか。…そして対処する間に立て直す…と。ふむ、及第点だな」

 

俺が鵺を殴る間に立て直し、破壊される前に消した。

 

「"玉犬"…!」

 

犬を模る影絵を作り、二匹の犬を呼び出した。ここまで追い詰めて三種しか出さないのなら調伏済みは先程の二体のみか。

 

1人と2体での波状攻撃を仕掛ける伏黒を対処しながら思考を巡らせる。

 

まともに呪術師を始めようとしたのは丁度去年くらいだったと聞く。それでこの程度なら充分だろう。

体術も悪くない、というか慣れてるな。喧嘩小僧か?

 

「よし、そろそろ終わりに──」

「ちょっとぉ?うちの恵ちゃんになにしてるのぉ???」

 

クソ目隠しカス(五条悟)が現れた。

 

「黙れ、殺すぞ」

「出来るもんならやってみなよ、此処で」

「ちっ…気色悪い」

「負け惜しみにしか聞こえないぜ?坊や」

「…ところで伏黒恵の教育はお前がしているのか?」

「そうだよん。何か問題でも?」

「いや…今は問題ないか。俺が口出しすることでもなし、これからの成長に期待だ」

 

カスから離れて伏黒にボソボソと話しかける。

 

「お前あれと話してて頭おかしくならないのか」

「なります。ただ、実力は信頼してるので」

「そうか、お前も大変だな。今日はこれで終わり、帰って大丈夫だぞ。骨は家入に治してもらえ」

「やっぱ折れてますかね」

「すまんな、手加減が難しかった」

「いえ、これは俺の実力不足のせいなので」

「理解してるならよし。同じ一年同士だ、校舎こそ違うが共に任務をすることもあるだろう。今後ともよろしく」

 

そう言って俺は手を差し出して握手を求めた。伏黒もそれに応えて手を差し伸べ───

 

 

パシっと手が弾かれる音がした。

目の前の白髪の男を見る。

 

「なにしようとしてんの?君」

「何…か。ただのマーキングだ。死んでもらっちゃ困る」

「は?どういうことですか」

「お前が死にかけた時に反応する呪いをかけようとした。まぁ念の為にかけるだけだから強い効力はない。本当に死にかけた時に俺に通知が来るだけで常に場所が把握される訳じゃない」

「それが許されると思ってんの?」

「コイツだって死にたくはないだろう」

 

そう言って俺は五条悟を睨みつける。

 

「まぁ、つけようがつけまいが俺にはどうでもいい。説得はお前がするんだな」

「ってことはやっぱ重國の独断じゃなくてあのジジイか。狸だね」

 

五条は口元を歪めてヘッと飛ばす。

その顔は不快感に満ちた表情だった。

 

「ダメならさっさと帰ってくれないか。お前と同じ空気を吸うだけで不快感がする」

 

何処からか取り出していたファブリーズを噴射しながらそう言った。

 

「カッチーン……恵ー、先タクシーで帰っててー」

「は?まぁいいですけど、何するんですか」

「コイツボッコボコにすんのよ」

「ほう?言うじゃないか、俺にビビり散らかしてた分際の癖して」

「ぶっ殺す」

「やってみろよ、坊や?」

 

 

 

伏黒恵との邂逅は、それで幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして4月1日、俺は呪術高専京都校に入学する。

 

 

 

同級生は新田新という術式を得た元一般人だった。初めて出会った日にはかなり平身低頭だったが、何度か一緒に任務に行くうちに態度は緩んでいった。

 

 

詳しい詳細は聞いていないが、呪力を込めた対象を一時的に固定する術式は呪霊討伐にかなり役立った。というよりコイツと組むと楽だ。

俺は術式を使うと基本オーバーキルして周りにも影響を与えてしまうが、後処理が面倒なのと帳程度ならそのまま壊してしまうので使う訳にはいかない。

ただそうすると範囲攻撃ができないから火力を出しづらい。

 

そこで役立つのがコイツの術式。呪霊をその場で留めてフルボッコにすればすぐに終わる。準一級以上の術式持ちは面倒な奴も多いが、これのおかげでだいぶ楽だった。

 

コイツ自身はそこまで強くないが、これから4年間で鍛えればいい。禪院に招くのもやぶさかではない程度には俺は新田を気に入っていた。

 

 

「田辺、新田は?」

「今回は2年の方と任務です」

「ならこのゴリラは?」

「一級術師の東堂葵さんです」

「そうか…」

 

俺は目の前の半裸の男を見る。

その目元には大きな傷跡が残っており、堅気の人間からすればその道の人だろうと考える様な見た目だ。

 

「どんな女が好み(タイプ)だ?」

 

初対面でいきなり爆弾発言をしてきた。

正直言ってドン引きだった。

 

「おっと、すまない男でも構わないぞ。因みに俺は」

 

 

尻と身長のでかい女がタイプです!!!!

 

 

 

クソデカボイスで叫んできた。

俺は初対面だがもうすでに君のことが嫌いだ。

…?変な電波受信した。

それはそれとして仕事をこれから共にする身だ。一応質問には答えよう。

そう考えたのが間違いだった。

 

「飯が美味い顔のいい女」

「…そうか。つまらんなお前は」

 

そう言って俺に襲いかかった。

 

俺は思い出した。コイツが特級倒した奴だと。対象との位置替えの術式、なる程確かにペアで使うのにはかなり役立つ術式だろう。

ただ、絶望的に性格が合わない人間とは組ませること自体が間違っている。

 

楽巌寺はそんなことも理解できていないのだろうか。やはりボケているか。

爺だもんな、仕方ない。

 

 

 

 

 

「へっくし!…?」

 

唐突に馬鹿にされた、何処かの学長は風邪を訝しんだとか。

 

 

 

 

東堂は最初はこちらを舐めてかかり、攻撃を受けるつもりでいたようだが一撃喰らった時点で力量差を把握したようで本気モードに突入。術式も使って相手をしてきた。

 

こいつの術式は領域だろうが無かろうが術式効果範囲内にいれば必中とかいうなかなか巫山戯た能力をしている。

対象との位置変換…恐らく呪符と田辺を置換したことから呪力を持った物同士が条件と思われる。

 

思い出すまでの数回の格闘を繰り広げるうちに、数撃食らってしまった。

打撃もかなり重い。単純な身体能力はいいとこ俺の半分。ただ、シンプルに強力な術式での撹乱で調子が狂う。

 

それはそれとして、必中ならば落花の情で反応すればいい。ブラフでの拍手も術式を受けた時点で発動する落花の情なら問題ない。

 

 

「あ。」

「あじゃないですよ!どうするんですか!」

 

呪符を散布させてこちらに飛ばした後、俺と呪符を変換した時に身体が自動で反応してそのままダウンさせてしまった。

 

 

「…まぁ報酬は1:1で分けといてくれ」

「現場までまだ距離あるんですけどぉ!?」

「ならとりあえずコイツも持って向かうか」

 

そう言って俺は東堂を肩に担いだ。

 

 

今回の呪霊は窓からの情報によると今まで9人以上の一般人が被害に遭い、階級は最低でも一級。

場所が本土から離れた離島ということもあり被害人数自体は抑えられたが術師はおらず、単独で向かった二級術師は死亡。

一級2人で当たる任務にしては簡単に思えるが、念を押してとのことらしい。

 

「あ゛ぁ?」

 

おっと、東堂が起きたようだ。

 

「おはよう東堂葵。仕事だ」

「お前、誰だ?」

「一級術師の禪院重國。お前の後輩だ」

「ほう…?ならば聞こう、どんな女が」

「もう答えた。その上でお前が襲ってきて勝った。取り敢えず気に入らんかもしれんが仕事だ納得してくれ」

「むぅ…俺は高田ちゃんの握手会が明日にはあるから帰らねばならんのだ」

「アイドルか?なら速攻で終わらせて帰る為にも協力しろ」

「なら仕方ないか、いいだろう重國。手伝ってやる」

 

こういう輩は自分の言葉に正直だから少し折れると扱いやすい。正直助かった。

 

そして、噂の島に到着する。

そこは大きめの地図には乗らない程度の島で普通に開発された、特段変な部分もない街があった。人口は900人程度で人が少ない分繋がりはかなり太かったのだとか。

そんな中たまたま島を訪れた窓が呪霊を確認、今に至るという訳だ。

 

「目撃情報は島の外縁の海道らしい。行くぞ」

「おう!」

 

 

海道に着くと、そこには信号もなく速度制限の看板が在るだけだった。

道沿いに見える海の風景は、自然を感じさせる。帳が降ろされたのを確認し、走り出す。

呪術師…それも一級が出す速度はは間違いなく人間の限界を優に超す速さであり、見つかれば即目立ってしまう。

 

海沿いを走りながら、海側と陸側をそれぞれ確認する。

 

見つけた。道の奥に呪霊を視認した。

その姿は宙に浮かんだ巨大な顔に何本もの四肢が張り付いたような歪な姿をしており、常人が見れば正気を失う様であった。

まぁそもそも大抵の一般人には呪霊は視認できないのだが。

 

呪霊に向かって直進で加速する。

東堂がフォローの為後ろに着いたことを確認した。

 

そして更に加速する。

 

速く、速く、速く。

音を超え、衝撃波で周りの空気が爆ぜる。

それも気にせず、ただ呪霊に向かい加速する。

 

 

 

 

が、一向に辿り着かない。

鏡や蜃気楼の様な術式か…?

だが空間に歪みのような物は確認できず、奥に見える看板も文字が反転するような様子ではなかった。

 

困ったな。このまま長引くと面倒だ。

そういえば東堂は何処に行った。

あ、吹き飛んだか?

 

俺は後ろを振り向いて東堂を探す。

 

そこにはボロボロの半裸の男が山壁に叩きつけられている様子と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()沿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

…は?

 

 

ループしているにしては走る時に違和感がなかったが。

 

 

 

 

 

いや、似た感覚を俺は知っている。

 

"無限"

 

不味い。本当にアレに等しい物だとすれば本当に面倒になる。現状では最低でも一級どころの話じゃない。特級並みは確定的だ。

取り敢えず東堂を回収しなければ。

 

山肌に向かってまた走り出す。

今度は直ぐに到着し、埋まった東堂を引き抜いた。

 

「東堂、手伝え」

「はっ…俺は高田ちゃんに告った後…」

「夢だ忘れろ。敵は特級、しかも術式がかなり面倒そうだ」

「なるほど、理解した。直ぐに行く」

 

言動こそ狂ってはいるが流石に一級、判断が早い。

 

「取り敢えず俺と呪霊交換して殴」

 

そう言い切る前に、俺は既に視界が移り変わっていた。

 

「コミュニケーション取れやクソカス」

 

 

っと。口が悪くなった。呪力の多い方を見ると確かに呪霊と俺が交換されていたが、直ぐに反応されて逆に東堂が吹き飛ばされていた。

やはり無駄に思考を巡らせない動物的直感で動く呪霊だと有効打になりづらいか。

多分呪詛師相手ならかなり効く術式の筈だが。

 

そして東堂の方へ向かおうとするがやはり無駄に終わる。

 

「東堂!!!!!」

 

呪霊と俺が置換される。

 

「ガフっ……あれは…強いな。だが術式を使う気配は見せなかったぞ?」

「ほう…?」

 

どういうことだ。対象が1人に限定される縛りか?

 

「俺にはよく分からないが、お前はその場でずっと留まっているだけだ。作戦か?伝えろ」

「ちょっと待て、留まってるだけとはどういうことだ」

「どういうこともそのままの意味でしかない!ずっとお前は足踏みしている様な状態!それしか言えん!」

 

 

ああ、そうか。やっと理解することができた。

恐らく奴の術式は───

 

 

 

 

 

東堂が目の前から吹き飛ぶ。俺の目には、呪霊自体が映らない。

ただ、東堂は殴られて吹き飛んでいった。

そして俺自体も殴られる。

 

先程の東堂以上の呪力が込められた打撃。

骨までダメージは入らないが少し効いた。

だが失敗したな、呪霊。

これで確信する。

 

 

 

 

奴の術式は催眠。何がトリガーかは分からんが五感を誤魔化して距離感や視界を操る。

 

 

ああ、至って単純なことだった。

 

 

 

 

 

なら全部消せばいい。

俺の知覚外なんて関係ない。

催眠で距離を誤魔化そうが対処できないほどの火力で焼き払う。

 

東堂の首元を掴み、帳の真ん中へ飛ばす。

 

「呪具と変われ」

 

言葉はそれ以外に必要ない。

理解した東堂は帳を解除せずに外に出た。

 

これで気にせず灰にすれば良い。

ああそうか。ビビってんのか。俺が。

"無限"に対してビビってた。

腸が煮え繰り返る程の怒り。

自分自身の不甲斐なさに涙が出てくる。

腹が立つ、殺意が湧く。

俺を小馬鹿にした様な行動をとってきたこいつにも、それにまんまと騙された俺にも。

 

 

その怒りによって生まれる呪力を『いつの間にか持っていた刀』に全て込める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

術式限定開放"■■■■"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

 

 

目立つ傷をかなり島に残してしまった。

幸いにも非術師に被害は出なかったが隠蔽にかなり労力を費やしたらしく、かなり報酬は減った。

 

家からの支援で本当に困った時には金を援助してもらえるが流石にそれは俺のプライドが傷つく。美味い飯を食う為には高い材料もいる。

 

本当に割に合わない仕事だった。

これのせいで東堂からは熱烈な高田ちゃん推しの勧誘をされる様になった。

顔はいいけれど性格が好きにならない。

が、身長と尻がでかいのは嫌いじゃない。

 

 

 

 

プルプルと電子音が鳴る。

東堂じゃないな。誰だ。

 

電話を出る必要がある時とない時で分けられるように東堂の着メロは帝国のマーチにしてある。ダースベイダーのあれだ。

スターウォーズをまともに見たことはないが。

 

携帯の画面を覗くと、そこには庵歌姫と書かれた人物が電話をかけてきているのがわかる。

 

ふむ、庵か。

 

「もしもし」

『もしもしじゃねーよ!!!訓練サボってんじゃねぇよ早よこいやボゲ!!』

「…うるさいぞ、開口一番騒がしいのはモテない女の特ち」

『あーもう私先生なんですけど!敬いなさいよ!』

「はぁ…取り敢えず今から行くぞ」

『ちょっ早でね!』

「死語だろそれ」

『は?え、マ』

 

返事を返さず通話を切った。ツーツーと音が鳴っている。たまたま制服なこともあって直ぐに向かうことができる。

 

「うし、行くか」

 

 

 




呪霊はほぼほぼ鏡花水月。


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己の運命を嗤い給え、さすれば灰にしてやろう

どんだけ火力が高くても高羽相手だとアフロ頭で終わるということに気付いてしまった今日この頃。

日刊2位…だと…?


 

 

 

「天晴」

 

 

 

その一言が、何よりの賞賛だと言うことは簡単に理解できた。

老人は俺の腕で腹を貫かれ、振り下ろされる直前だった焼け焦げた刀は体に当たる前に止まっていた。カランカランと刀が手から落ちた。それと同時に刀は灰となって消える。

 

 

俺は、勝った。

 

何をしてでも勝ちたかった俺と、多分手加減していた老人。その2人が本気で戦い合った結果がコレ。地力が向上していた俺が勝つのは必然だった。

 

 

 

ポロポロと水滴が目から溢れる。

コレは何だ。俺の知らない感情。

 

ハハ、そうか。悔しいのか。

誰より追い求めた人を、誰より強かった人を、俺が殺してしまったことが。

 

嗚呼、嫌だ。負けたくなかった。

そうだ。それを心の糧にして生きてきた。

 

力が欲しかったわけでも、人を守りたかった訳でも、誰かに褒められたかった訳でもなく、ただ、誰より憧れた人物に勝ちたかった。 

 

その細い体から腕を引き抜く。

血は傷口から溢れるだけで、噴き出る様に出てくるわけではなかった。

老人の口からも血が滴る。

 

「…何故、手加減した」

「手加減などせぬよ。ただ、お前が強くなって、我が対応できなかったというだけ」

「嘘吐きめ、そんなに俺を舐めていたのか」

「違うわ戯け者。ただ───」

 

 

そう話す老人の目は何処か遠くを見る様で、それでいて俺を真剣に見つめていた。

 

「ただ、似ていただけのことよ」

 

力無く呟かれた言葉の意味も、感情も俺には理解できなかった。

 

「はぁ…泣き虫め、前を見よ」

「うるっ…さい!」

「元気はあって何より。ならばこの名を忘れるな」

 

涙を子供の様に拭う俺に向かって彼は言い聞かせる様に話す。

 

「我が名は"残火の太刀"。我を調伏せしめたお前には、我を扱う権利が与えられる。この力は、己の正義ではなく、世の正義の為に使え。それがお前の使命だ」

 

そう彼は命ずると同時に四肢の先から灰になって崩れる様に消えていく。

正義の為に使う力というのは、大義としての力と化す。それは人間にとって1番力を出せる状況だろう。

だからこそ彼は釘を刺した。自分自身の為ではなく、世の為人のための正義をなせと。

 

 

 

 

「はハハ…嫌だね」

 

 

 

それを理解した上で断った。

 

 

 

「ほう!お前らしい!」

 

 

彼は悲しむでも、嘆くでもなく、予想通りだという様で今まで一片たりとも見せなかった好好爺じみた笑みを浮かべる。

身体は既に半分以上が灰と化しているその姿に、弱さと言えるものは未だ感じられない。

 

「だが必ず我が必要となる時が来る。その時は躊躇せずに使えよ?」

 

 

せめて最後は、笑って返したかった。

 

「だからうるせぇよ。俺は、俺の考えで生きるだけだ。誰の指図も受けない」

 

強い口調で笑って応えた。

彼も、笑顔で応える。

 

 

「───ああ、良いな。それは」

 

 

彼はどこか懐かしむような声をこぼした後、灰となり何処からか吹く風に吹かれて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

「あら、東京校の皆さんお揃いで。わざわざお出迎え?気色悪い」

 

真依が纏わりつく様な声でそう言う。

此処はもう一つの呪術高専、東京校。

辺りは森に囲まれ、陰鬱とした印象を受ける。それもそうだ、呪術を学ぶ学校が明るいイメージだと割と問題ではなかろうか。

 

「乙骨いねぇじゃん」

 

東堂が退屈そうに言った。

話を聞いていないことがこの一言で直ぐにわかった。乙骨憂太は今海外だ。そもそも日本にはいない。

 

 

「ウルセェ早く菓子折り出せコラ。八つ橋、葛切り、そばぼうろ」

「しゃけ」

 

しゃけ…?というか口悪いな、女子。

 

白髪の特徴的な制服を着た少年の隣には茶髪で柄の悪い印象を受ける女子が堂々と立っていた。

 

「腹減ってんのか?」

「東堂、デリカシー無いぞ。乞食もどうかとは思うが」

「あぁん?やんのかコラ」

「これから嫌でもやるだろ、考えろ」

 

脳が食欲で満たされているカスは語彙も少ないらしい。単調な言葉で煽ることしかできないのだ。

 

「一年怖っ……」

「乙骨がいないのは良いとして一年2人はハンデが過ぎないカ?」

 

西宮とメカ丸が言う。確かに人数的にもこちらが有利だ。

 

「呪術師に歳は関係ないよ、特に伏黒くん。彼は禪院家の血筋だが他の宗家よりよほど出来がいい」

「チッ…」

「何か?」

 

加茂は嫌味を言う様に煽り、それに隣の真依が反応した。この程度の煽りに噛み付くから煽られるんだよ。

 

「まぁまぁ、みんな落ち着いてくださいよ」

 

水色髪の女性、三輪がそう2人を宥める。髪色以外はミーハーな雰囲気に溢れている少女だ。四年前までは術師ではなかったがシン陰の才能があって最高師範にスカウトされ呪術界に入ってきた、憐れな子だ。

 

「はい、内輪で喧嘩しないの。あのバカは?」

「悟は遅刻だ」

「バカが時間通りに来るわけねーだろ」

「誰もバカが五条先生のことだとは言ってませんよ」

 

 

手を叩きながら庵が階段から登ってくる。と同時にアイツへのディスが始まった。

やっぱり東京校の人にも嫌われているのか。

バカだもんな、好かれようとしないから。

 

 

ん?

 

 

ガラガラと台車を押す音が聞こえてくる。

一同がそちらの方向を向くと、何やら鋼色の怪しい箱をバカ目隠しが押してきた。

その上にはピンク色の謎の人形があり、状況がよく理解できない。

 

「おっまた〜!やあやあ皆さんお揃いで。私出張で海外に行って参りましてね、これからお土産を配りたいと思いまーす!」

「唐突だな」

「京都の皆んなにはとある部族のお守りを〜あ、歌姫のはないよ」

「いらねーよ!!」

 

ピンクの人形はとある部族とやらの御守りらしい。三輪が凄く喜んでいる。いつか詐欺に引っ掛かりそうで怖い。

そして何か絶妙な触り心地で気持ち悪い。

子供とか好きそうだな、感触は毛糸なのに押すとスクイーズみたいに凹む。きもい。

ブニブニ触っていると、目の前に台車を突き出された。

他の奴らは気にも止めていないが不意打ちされては堪らんと前を見る。

 

「はーい京都の皆さ〜ん。これが宿儺の器、虎杖悠仁くんですよ〜!」

 

そこには、以前資料で見たことのある両面宿儺の器、虎杖悠仁が滑稽なポーズを取りながら滑ったことを絶望したかの様な表情で佇んでいた。

 

「プッ……」

 

不覚にも笑ってしまう。余りにも哀れ過ぎて嗤いが込み上げてくる。

学長は虎杖悠仁が生きていることに驚き慄いている様だったが、そう言えば死んだとの報告があったのか。

仮にも呪いの王の器がそんな簡単に死ぬ訳もない。一応一度完全に死んではいたらしいが宿儺なら蘇生程度容易いだろう。呪力で完全に祓った訳でもなし、この程度のことは想像ついていた。

 

俺が笑っていることに気づいた虎杖は地獄から蜘蛛の糸を垂らされたかの様に救われた表情をしていた。

馬鹿だなコイツ。

 

 

 

俺は、一つのことを察した。

コイツはバカになりたいのだ。何も感じず、訳の分からぬ白痴の阿呆。そうなりたくて仕方がないという感情を奥底に秘めている。

きっと目の前で友でも死んだのか?それとも自分で殺したか。それらのことを道化の様になって全て忘れたい。けれど、死んだアイツのことを忘れられない…といったところか。

 

呪術師らしい憐れな生き様だ。

 

「クハッッ」

 

ケタケタと笑いが込み上げてくる。

 

 

ああ、久しぶりにこんなに笑った。去年のM-1ぶりかな。

そう思って手で笑いを抑える。

 

視線を感じて後ろを振り向くと京都校のメンバー…特に真依が信じられないものを見る様に俺を見る、いや真希もか。

 

東京の連中は何で笑っているのか全く理解していない様子だった。

 

「珍しいね、重國がそんなに笑ってるの。初めて見た。調子狂うわ〜」

「黙ってろやカス」

「おお、いつも通りの辛辣さだ」

 

カスが馴れ馴れしく話しかけてきたことで普通に腹が立った。

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

「で?どうするよ。団体戦形式はまあ予想通りとしてメンバーが増えちまった。作戦変更か?時間ねぇぞ」

 

真希が虎杖を見て話す。

 

「おかか」

「そりゃ悠仁次第だろ、何ができるんだ?」

「殴る、蹴る」

 

虎杖は簡潔に自分ができることを言う。

彼は術式付与された呪具を使った経験も無ければ術式も持っていない。

ただできるのはその天性の肉体による身体能力でのステゴロ(近接戦闘)

 

「そういうのは間に合ってんだよなぁ…」

「えぇ…」

 

呟くパンダに対して唯一のアイデンティティを奪われた虎杖は嘆いた。

 

「そいつが死んでる間何してたかは知りませんが──」

 

伏黒が伸びをして話し始める。

 

「東京校京都校全員呪力なしで闘い合ったら、虎杖が勝ちます」

 

その姿には、一切の疑念はなく淡々と事実を述べる様であった。伏黒は虎杖悠仁への信頼から来る贔屓目ではなく、経験から来る自分自身の感想を述べていた。

 

『おお…』

 

一同は感嘆する。それもそのはず、伏黒は以前東堂と戦闘している。それを踏まえて伏黒は自分の考えを話した。

それは信憑性に足る発言であり、故に虎杖を作戦において東堂と当たらせる役に就かせることに決定した。

 

「あ、重國さん忘れてた」

 

伏黒がそう呟く。

 

「いやアイツは多分出場しないぞ?」

「重國…って笑ってくれた人か!」

 

が、すぐに真希に否定される。虎杖は人相が浮かばない様だったが、五条悟との噛みつき合いで名前を呼んでいたことを思い出した。

 

「あの人出ないんだ…」

「そりゃ一級だからな。元々2人多かったのが悠仁入って1人抜ければイーブン。後東堂も一級で京都校には一級2人いることになるから流石に戦力差考えてアイツが下げられるだろ、悟に」

「しゃけ」

 

真希の発言に肯定する様に棘が返す。

棘は重國と対峙したことこそないものの、東堂の出鱈目さを知っていることから一級術師の強さを把握していた。

 

 

「…ん?一級?」

 

虎杖の脳内には一つの疑問が湧く。

それもそのはず、一級とは七海と同等の階級。虎杖は以前の任務にて彼の相当な強さを知っている。

故に一つの謎が出てきた。

 

「しかも一年な。俺らと一緒」

「マジで!?」

 

伏黒の発言に釘崎が本気で驚いた様に叫ぶ。

 

「…それってすごい?」

「めっちゃ」

「マジか…」

 

虎杖は知らぬことだが以前に入学前に特級となった規格外が2人いるのだが、特段真希やパンダが口にすることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

伏黒だけが、一つのことを見逃さずに把握することができていた。

 

虎杖が重國のことを思い出した時に目の奥に、怒りと後悔の入り混じった様な感情が浮かんでいたことに。そのことを虎杖自身も把握できていたわけではない。ただ、虎杖は安堵する気持ちと共に一つの違和感を覚えたことだけは確かだった。

 

彼はついぞ気づくことはなかったその違和感の正体は"既視感"

吉野順平を殺した存在と同じ嗤いなのだと彼の本能が、魂が叫んでいたのだ。

 

怒りが、殺意が、呪いが心に残っていたのは、必然だったとも言えよう。それだけの重い体験。忘れたくても忘れられない奴らの嗤い声。

故に、当人の預かりしれぬ所で伏黒に心配させることとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

そして正午。呪術高専姉妹校交流会の火蓋が切られる。

 

 

 

 

 

 

「開始、1分前でーす。ではここで庵歌姫先生に、ありがたーい激励のお言葉をいただきまーす」

 

唐突に話を振られた庵は全く反応できていない様子だった。

 

「は?え、えーっと…あー…ある程度の怪我は仕方ないですが、あー…そのぉ、時々は助け合い的なアレが…」

「時間でーす」

 

自分から話を振っておいてこの言種。まさに暴虐無尽。クソである。

 

 

「ちょっ五条!アンタねぇ!」

「それではー姉妹校交流会、スターーーーーート!!!!!!!」

「先輩を敬えー!!」

 

 

夫婦喧嘩は犬も食わないとはよく言ったものだ。クソ程興味が湧かない。

その後もぎゃあぎゃあ言い合っている。

…いや、庵が一方的に叫ぶだけか。

 

「はぁ…」

 

つい溜息をついてしまう。

俺は今観戦室で待機している。

流石に参戦すると東堂だけで壊滅させられる可能性のある東京校の勝ち筋がさらに薄くなってしまう。

一方的過ぎるとつまらないとのことで五条悟によって無理矢理下げられた。

それには同意だが正直こいつの指図に従うのは腹が立つ。が、従わざるを得ない。

 

「庵、五月蝿いぞ静かにしろ」

「アンタねぇ…!!私は先生なんですけど!?アンタらもうちょっと年上を敬う心意気はない訳?」

「だがお前は準一級だろう、生徒に抜かされて悔しくないのか。それも一年」

「あれ〜?僕特級なのに慕われてないなぁ重國くぅん」

 

クソがわざわざ俺を煽りにきた。

 

「クソが喚くなや、消すぞ」

 

特級は問題児を集めただけの位置だろう。術師の最高峰は一級だ。

 

…あ、本音と心の声逆だ。

 

「失敬」

「アンタそんなキャラだっけ…?」

 

 

庵がそう言った次の瞬間、ガラリとドアが開かれて冥冥と学長二人が入室してくる。

 

「…観戦は鴉で行うのか。監視カメラくらいつけてもいいだろう」

「移動できる監視カメラみたいなものじゃろう。此方の方が役に立つと判断した」

 

冥冥が入室したことで電子機器…テレビもプロジェクターもない理由を察した。

学長にそれを提言するも、粛に否定される。

 

嘘つけ絶対何か隠してるぞ。俺にはわかるんだ。

 

「久しぶりだね重國君」

「夜蛾さんも、お元気そうで何より」

 

某ビンタの人の様な面構えをした男に挨拶をする。傀儡呪術学の第一人者、パンダを作った天才だ。

二級以上の実力を持った呪骸を作って兵団を作り上げることができる"かも"知れない男。

当然、家の命令で何度か会ったことがある。

 

全員が席に着くと、意外なほどな静けさに包まれて観戦は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフフ…面白い子じゃないか。さっさと二級にでも上げてやれば良いのに」

「僕もそう思ってんだけどさ禪院家が邪魔してる臭いんだよねぇ〜素直に手のひら返して認めてやりゃいいのにさ」

 

五条悟はわざわざ此方を向いてそう言う。

腹立つ顔だなコイツ。

 

「…真希の妨害については俺は関与していない。だが、アイツは四級のままでいい。それどころか呪術師となる必要もなかった」

 

そうだ。アイツはわざわざ呪術師になんてならなければよかった。

ただ、真依を連れて()()()()()()()()()()

家のしがらみも何も無い。それこそ五条家にでも逃げ込めば支援程度はしてもらえただろう。それが反骨精神のせいで損をしている。

 

バカが。本当に苛々する姉共だ。

 

「おっも……」

 

庵が堪らずと言った風に言葉を漏らした。

何の話だろう。

 

「生理か?」

「殺すぞ」

 

流石にデリカシーに欠いた発言だったか。

撤回しよう。

 

「すまん、気遣いが足りんかった」

「あんた喧嘩売ってんの?」

 

五条並みね…と溢す庵に凄く腹が立った。

俺がコイツと同格?冗談は実力だけにしとけよ。

 

「……金以外のしがらみは理解できないな」

「相変わらずの守銭奴だねぇ。それより、さっきからよく悠仁周りの映像切れるね」

 

冥冥が話を変える様に言った。

それに乗っかる様に五条が茶化す。

そして、この場にいる全員が気づいていることをわざわざ口に出して言った。

 

「動物は気まぐれだからね。視覚を共有するのは疲れるし」

「え〜本当かなぁ。ぶっちゃけ冥さんってどっち側?」

「どっち?私は金の味方だよ。金に替えられないものに価値はないからね。何せ、金に替えられないんだから」

 

そういえばコイツは金を使いたいんじゃないんだったか。集めたいだけ。

まぁコレクションする人みたいなものだろう。理解はできる。共感こそしないが。

 

「へへ、いくら積んだんだか」

 

煽る様に五条が言う。

まぁ金にがめついと言うことは操りやすいということでもある。金さえあれば指示に従う有能な人材はどの時代でも重宝されるものだ。

 

 

 

 

庵の横にある呪符が赤く燃えた。

この呪符は呪霊と対応しており、東京校が呪霊を払えば赤く、京都校が払えば青く燃える。

因みに真希がいる為登録外の呪力で祓われた場合も赤だ。

 

 

「おっ動いたね。これで一対一かぁ…みんなゲームに興味なさすぎじゃない?」

「何で仲良くできないのかしら」

「呪術師同士だ。呪いあってなんぼだろう」

「ま、それもそうか」

 

試合が動いたことに興味を示した五条だったが、ゲームに積極的に参加しないことに不満を抱いている様だった。

だが、呪いを扱う人間がそんなまともな筈もない。喧嘩するのは目に見えていた。

 

 

 

既にメカ丸、釘崎、真依はリタイアしている。そして今、三輪が恐らく呪言でダウンした。庵が三輪を回収しに行こうかと話し、学長が同意した次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

「ん?」

「え?」

 

 

 

全ての呪符が、一瞬にして赤く燃え上がる。

それは、東京校が全員同時に呪霊を祓ったか、もしくは部外者による呪霊一掃の証。

 

「ゲーム終了…!?」

「妙だな、カラス達が何も見ていない」

 

歌姫は驚いていたが、明らかに不自然だ。

映像にも何の違和感もなかった。

 

 

「グレートティーチャーゴジョーの生徒達が祓ったと言いたいところだけど」

「未登録の呪力でも札は赤く燃える」

 

五条に続いて夜蛾学長が核心をつく発言をした。

 

「外部の人間…侵入者ってことですか?」

「天元様の結界が機能してないってこと?」

 

歌姫、冥冥は困惑している様だった。

 

「外部であろうと内部であろうと不測の事態に変わりあるまい」

 

学長はそう言って何か考え事をしている様だった。そこで、夜蛾学長が役割を決めて話し出す。

 

「俺は天元様の所に。悟、重國君は楽巌寺学長と学生の保護を。冥はここでエリア内の学生の位置を特定、悟達に逐一報告してくれ」

「委細承知、賞与期待してますよ」

 

冥冥はこんな時にでも金の話をし出した。

安心しろよ。金は多分言わずとも多めに出されるから。

 

「急ぎましょう」

 

庵がそう言った後、俺たちは直ぐに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上を見上げると空は黒く、絵の具をこぼしたように染まってゆく。

 

帳…?

呪詛師が張ったのか?下りた所で壊せば変わりないだろうに。

 

加速して帷が降りる前に結界内に入ろうとするものの、術式効果が視覚効果と同時に来る本来のものではなく、効果だけが先に発動するものだった様で、弾かれてしまった。

 

「ち…面倒だな。だが壊せば…」

「ちょっと…」

「何だ」

「何でアンタと五条が入れなくて私が入れんのよ…!」

 

そう話す庵の右腕は、黒い結界内に簡単に入り込むことができていた。

 

 

どういうことだ。

まさか。

 

「そのまさか…っぽいね。五条悟と禪院重國の侵入を許さない代わりに、その他全てが侵入可能な結界だ」

「…かなりの実力の呪詛師がいるな。取り敢えず早く庵と学長は中へ」

「了解」

 

彼女等が結界内に侵入した後、思考を巡らせる。

 

 

 

帳内は東堂が居れば特級は問題ない。それに伏黒か真希が確か遊雲を持っていたはず。なら命は助かるだろう。

問題はわざわざ呪術師の溜まり場に襲撃を仕掛けた理由。

こんな高度な帳を貼れる術師なんて現代では相当限られてくる。

尚且つ五条悟に敵意を持った存在…そっちはいくらでもいるか。

 

ともかく突入が出来ないのならとりあえず庵と学長を帳内に入ればいい。

 

襲撃犯の目的は何だ?

恐らく呪詛師による襲撃と思われる今回の事件。が、帳内に入った庵によりそれが間違いだとわかる。

中では特級相当の呪力が渦巻いている。恐らく呪霊が侵入したことによる事件。

そして五条悟と俺だけが侵入することの出来ない帳。

 

 

間違いなく帳はすぐに消える。

中の連中が呪詛師に解除くらいさせられるだろう。そうなれば呪霊も、呪詛師も俺達に祓われて終わる。

 

ここに集中させたいがための襲撃…狙いは天元か?

確かに扉を見つける手段があれば時間はそうかからない。

天元を殺すことはできないから封印するかもしくは忌庫が目的か。

 

 

「五条」

「何。ちょっと僕イライラしてるんだけど」

「此処は任せた」

「りょーかい」

 

 

多くの言葉は必要無い。

お互いに実力は信じ合っている故の行動。

 

俺は早々にここを離れ、夜蛾学長の元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

高専の入り口に到達するも、既に補助監督と思われる人物が数名人間とは思えない異形に変えられている。

あれは呪霊ではない。人が変質してしまった存在。

恐らく敵方の呪霊、又は呪詛師の術式。

胸糞が悪い。人の尊厳を小馬鹿にする様な容姿へと変えられている。

 

遠くの方に絶妙なダサさのぬいぐるみが改造された人間…改造人間を捕縛していた。

 

呪骸!夜蛾学長のものか!

 

直ぐに呪骸越しに会話ができないものかと近寄ろうとした瞬間だった。

 

特級と思わしき人型の継ぎ接ぎ呪霊が現れ、呪骸を破壊する。呪霊は手元に宿儺の指と思われる呪物を最低でも4本近く持っていた。

 

「おい、その指、何持ってやがる」

「まぁじぃ…?」

 

呪霊は驚き、信じられないといった様子だった。コイツかなり知性が高いな。人間と何ら遜色ない思考回路。

ほぼ確実に特級。相手が術式を使う暇も与えず祓う。

 

「"双骨"」

 

 

トン、と軽く地面から離れ、呪霊の方向へ跳ぶ。そのまま勢いを保ちながら両手での拳打を放った。

コレによって呪霊の胸元は弾け、祓ったと思われるほどの傷を負う。

が、奴は特に気にすることもなく手のひらを向けて触ろうとしてきた。

 

戦闘慣れしてない…割には体術が上手いな。

思考を巡らせながら格闘を続ける。

相手は肉体の形を変えることができるようで、腕を刃物に変えたり、鞭のように細長くすることができるようだった。

それ自体は大して面倒ではない。

間合いが把握しづらいがそれ以前に攻撃させる余裕をなくせばいい。

 

殴る、殴る、殴る。

 

その拳撃の全てが呪霊の身体へ当たり、呪力でできた体を弾けさせるものの、ダメージがまるで入らないかのように再生する。

 

いや、実際入ってはいないのだろう。

何らかの術式効果により特定の攻撃でなければ本格的なダメージは入らない。

呪力で体を補完する必要はあると思われるので、呪力が無くなるまで殺し尽くせば祓えると思うが、生憎時間が無い。

相手に行動させる隙を生む事を承知の上で、遠くへ蹴り飛ばす。

 

 

奴は蹴り飛ばされた拍子に口元から人造人間を吐き出し、こちらに向かわせる。

それを囮に逃げ出そうとしているようだったがそうは行かせない。

 

 

 

術式限定開放"流■若■"

 

 

刀を喚び出し、強く握る。

呪力を依代に模られた刀は、その脆弱性と引き換えに、呪力への耐性を得ている。

俺の術式は、本来刀へと術式効果を発動させるものだが、帳が下りてから直ぐの行動だったが故に刀は持ってきていない。

 

 

「撫切」

 

呟くように吐かれた言葉と共に一瞬で呪霊の元に近づき、焔を纏った刀で両断する。

人造人間は既に斬り捨てた。

 

切り口から焔が燃え上がり、呪霊の肉体を灰にする。だが、それすら意に解さぬと言わんばかりに呪力で体を再生し、呪霊は元のツギハギ顔の人型の身体を作り上げた。

 

すると、奴は語るように、問いかけるように話し始める。

 

 

「俺の術式はさ、掌で触れた者の魂の形を操るんだ」

 

術式開示…!コレでも祓えない、灰からでも再生できる呪霊か。

 

 

 

「魂はいつだって肉体の先に存在してる。肉体は魂の形に引っ張られて変わる。治癒してるんじゃ無いんだ、俺の魂の形を保っているだけ」

 

 

ゲェ、と口から人造人間を取り出し、話を続ける。

 

「人間を小さくしてストックしてるんだ。一般人は形を変えるとすぐ死んじゃう。でも呪術師は無意識的に魂を守ってることがあるから中々変えづらい」

 

何体もの人造人間を取り出し、時には射出する事で時間を稼いでいるようだったが、その全てが無駄だというように人造人間を斬り捨て進む。

強く踏み込み、居合を放つ。

呪霊の首を撥ね飛ばした瞬間、黒い線のようなイメージが場に広がった。それは、重國が体験したことのない感覚。集中しやすい状態へと精神が移行する。

 

それすら無視して奴は生首だけで会話を続けた。

 

 

「なら、絶対に術式が当たったらどうなると思う?」

 

 

身体を瞬時に再生し、俺に問いかける。

何か、やろうとしているな。

そう考え、警戒する。何がきても対処できるようにと。

 

 

 

 

「領域展開!」

 

奴が言葉を放った瞬間、印を汲むための手を切り落とし、燃やしたが呪霊は止まらなかった。奴は口内に手を生やし、そこで印を結ぶ。

 

 

 

 

「自閉円頓裹」

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

 

 

 

禪院重國は、領域展開がもの凄く苦手だった。相手するのが、というのもあるが、何より自分が使うことが嫌いとまで言えた。

無駄に脳のリソースを割きたくないし、生得領域に術式を付与するのが難しすぎる。

 

だが、彼が全力を出すには世界は脆過ぎた。

故に一つの結論に辿り着く。

 

それは、()()()()()()()()()()()()()()()()。本来は屍と紅い空で満たされるはずの空は白く、平坦なものに変わる。必中効果を削除し、環境によるステータス補助すら消し去る。

代わりに結界を中和する能力に重要視させることで超強力な簡易領域の様なものへと領域が変質していった。

嘗て夢見た精神世界の具現。

 

ただ、これを使うと頭が疲れる。

本当は面倒だから使いたくない。

今回のような領域展開…それも必殺の術式相手だと落花の情だと無駄に終わり、簡易領域は必中を消すだけで領域内に入っていることは変わらない。

 

だから生得領域を全て塗り潰すことのできる領域が必要だった。

この領域は相手に全くの無害であることを条件にあらゆる領域を塗り潰すことができる。

 

無数の手が折り重なってできる黒い世界は、一瞬にして白く平坦な世界へと塗り替わる。

 

 

真人は領域が完全に塗り潰されることに困惑した様子だったが、即座に理解、把握。

術式を使用して身体を変形させた。

 

そう、この領域内では一切の妨害は入らない。

例え相手が領域展開を使用しようと、術式の焼き切れはリセットされる。

正々堂々とは言えないかもしれないが、正面からのぶつかり合いを強制させる領域でもある。その代償として、お互いデメリットとなる効果は削除される。

あくまで時限式のもの限定だったり、呪力や怪我が治るわけでは無いという制限も設けているが。

 

ともかく、コレで出力に加減の必要がなくなった。

 

「卍解」

 

 

 

呟かれた言葉は、言霊となって真人に恐怖を齎した。絶対に発動させてはいけない何かを奴は行おうとしていることが、誕生して月日が経っていない真人にも理解できた。

それは、宿儺の魂に踏み込んではいけない事と同じ感覚。

 

 

その領域に、重國は入り込んでいた。

 

 

 

 

「■■の太刀」

 

 

 

 

重國の言葉は、ノイズが入ったかのように真人の耳に入ることはなかった。

だが、視覚的に変化した情報が一つ。

先程まで持っていた、燃え盛る刀は黒く焼け焦げた、見窄らしいものへと変わっていた。

真人はその正体を、本質を理解することが出来ない。故に油断した。

 

「ただの勘違いだったか」と。

 

 

 

瞬間、思考することすら許されない圧倒的な熱波が真人の肌にひりつくように襲った。

 

 

 

 

───という錯覚を真人は抱いた。

それは、ただの呪力の奔流。

攻撃でも何でもない、ただ重國が呪力を練ったことで漏れ出た外界への呪力の性質の顕現。その一瞬で真人と重國の間で格付けが終わっていたことに、真人は気づくことはなかった。彼はあくまでも術式効果だと錯覚したまま重國へと突撃する。

 

体表を乾燥に強い鎧のように変化させながら真人は走る。どれだけ強くても所詮人間。数回触れれば死ぬことには変わりないと信じながら。

 

 

 

「"東"旭日刃」

 

 

 

熱を感じることすら叶わぬ程の炎を全て刃先の一点に収束させた上での牙突を重國は行った。

 

間合いに入ってすらいない真人は、その突きの余波によって灰すら残さず一撃でその全てが跡形もなく消し飛ぶ。

普段ならば再生するはずの真人は、そこから復活することはなかった。

 

そこで、重國は領域を解こうとした瞬間だった。

ピクリ、と何か勘のようなものが働く。

後ろを振り向けば、指先と思われる一片の肉片を見つけた。

よく見れば、それには小さな眼がついており重國と眼が合う。

 

 

これが、最後だ。

 

そう彼は考え、歩んで近づく。肉片は、足を生やして逃げようとするも、当然領域内に逃げ場など存在しない。

その小さな肉片は、刀に切り裂かれた後、領域展開前とは比べ物にならないほどの熱量で燃焼し、一瞬にして灰も残らず消えた。

 

 

 

パきり、と手に持っていた刀から破壊音が聞こえ、粉々に砕け散る。

 

壊れた…いや、よく持った方だ。

普段ならアレを使った時点で壊れる。

いつもより調子が良かった気がするが、そのおかげだろう。

 

領域を解き、白い世界から現実世界に戻る。

 

 

帳があった方向を見ると、帳は既に解除されているようで呪霊の気配も感じなかった。

 

重國は、重要な事を忘れていたことに気がつく。

 

 

"宿儺の指"

 

 

真人が回収していた筈の呪物。

領域内から出た後、周辺を見渡すも残穢も、呪物も無いようだった。

 

まさか壊してしまったのだろうか。

アレを使った時に壊せていたのなら万々歳だが、回収されていたのなら少し面倒だ。

 

取り敢えず五条に連絡を入れて確認してみるも、誰も回収していないとのことだ。

 

呪霊の襲撃による被害は、術師には被害者は二級術師一名しか損害が出なかったことは不幸中の幸いとも言えよう。

ただ特級呪物の損失、それも壊れたならいいが呪詛師に回収された可能性のほうが大きいということで、結果的には高専側の大敗といった感じか。

 

 

はぁ、疲れた。

 

 

そう重國は弱気な言葉を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

重國は自らの魂というものを知覚できていない。そして、真人は魂の輪郭を捉えた上で攻撃しなければ本格的なダメージにはなり得なかった。重國は、"魂の輪郭"という概念を把握していない。知ってさえいれば、早々に真人を祓えた筈だ。

さらに、最後の潰して燃やす段階では、塵ほどの魂が残っていたのだ。

 

 

つまり──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷはっっ!!」

 

ガラスの試験管の中で、真人は眼が覚めた。

彼は分体を事前に夏油に預けていたのだ。

 

最後の肉体を燃やされ、弱っていた魂は真人本体の思考は関係なく、生存の為に元々試験的に生み出し、夏油が実験用にと保存していた分体を魂の繋がりを探し出して見つけ、そこに宿った。

 

本当にギリギリの生存。

後5秒でも領域を展開されていれば祓われていたほどの生死の狭間。分体を直ぐに見つけて、繋がりを辿って直ぐに宿るという偶然。

それら全てが真人に都合よく働いた。

 

真人は天に愛されたかのように運が舞い降り、相対的に重國は絶望的に運が無かった。

 

 

 

 

「起きたか、真人」

「お、夏油じゃん。いやー、ごめんごめん。アレはきつかったわ」

 

悪びれなく、といった態度で真人は詫びる。

その姿に謝意のようなものが込められているようには感じなかったが、キツかったと漏らすその姿は本心そのものだった。

 

「やはりそうか…いや、計画に支障は無い。早々に身体を癒すことに注力して欲しい」

 

夏油は下を向いて言う。

真人の体は、小さな指先ほどの体に変わっていた。それもそのはず。

 

"魂は肉体の先にある"

 

その理論でいくと、塵ほどの魂が元々の肉体を保てるはずもなく、この小さな体で精一杯のようだった。

 

「あ、宿儺の指とかどうしたの?」

「彼が回収してくれたよ」

 

そう夏油が顔を向けた方向には金髪の少年、重面春太が座って刀をいじり、遊んでいた。

 

「ってことは計画通りに進めそ?」

 

真人が確認のために問いかける。

 

 

「───ああ、勿論さ。何の支障もない」

 

 

 

一瞬の間を置いた後、夏油は普段の胡散臭い笑みを浮かべ答えた。

 

 

 




悲しいくらいに運が無い重國君。
馬鹿だな!


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誇りとは刃にも似た愚物である

 

 

 

 

『メカ丸!』

 

機械越しに聞こえる君の声は、いつも明るく希望に満ちていた。

 

『行きましょう!』

 

そう言って仮初の腕を掴む水色の髪の君に触れたら、きっと穢れてしまうと思ったから。

本当は君に、彼等に、俺は近づいてはいけないと思っていた。

俺のこの醜悪な日の下への欲望を知れば、君が離れていくかもしれない。

そう考えると何よりも、この肌の痛みよりも、辛く、苦しく心が軋むようだった。

それでも、仲間と会いたいという願望は留まることを知らなかった。

きっと皆んなは離れていくことはないだろう。ただ、俺がアイツらに触れるのは、間違っているんじゃないかと時々思ってしまう。

 

真依は皮肉屋だが、性根は優しい子だった。

加茂は血筋を大事にするが、それ以上に強く気高くあろうとした人物だった。

西宮は自分の理想の為に完璧であろうとした。

東堂はただ強くあり続けた。

 

誰もが、強く、美しかった。

俺の憧れであり続けた。

 

 

 

 

1人の後輩を思い出す。

 

 

 

 

『すまんメカ丸、天与呪縛は俺には治せない。いや、治すじゃないんだ、戻せない』

 

そう放つ後輩の声には、本当に残念だという念が込められていた。

 

『天与呪縛は…そうだな、太極図を思い浮かべてくれ。陽が肉体、陰が呪力に関連するものだとすれば本来保たれる太極のバランスが崩れた存在が天与呪縛なんだ』

 

そう語っている真依の弟である後輩は、経験談かのように話す。

 

確か真依には、真希という姉がいた筈だ。俺と全く逆の性質の天与呪縛。

羨ましいことこの上ない。

呪力がない?なら呪術界に関わらなければいいだけだろう。

思い出すと同時に気が狂いそうなほどの嫉妬が俺を襲った。

 

『全く持ってその通りだ。それは置いておいてメカ丸のは陰側にバランスが崩れた状態。それは生まれてくる時から定められた魂の形だから、俺には関与したくてもできないんだ』

 

 

本当に彼は優しかった。

 

口調こそ厳しい部分もあるが、普段からその言葉の奥底には死を拒絶する子供らしさと優しさが隠してあった。

 

 

そして彼は誰よりも強い。

 

努力をひたすらに積み重ねた痛々しいと思うほどの肉体を見た時、その才能への嫉妬と共に強い憧れを俺は抱いた。

 

 

 

 

そんな彼であっても、反転術式で治せないということは、知っていた。以前治療を受けた家入消子の反転術式でもこれは治せなかった。それでも、もしかしたらという希望的観測はあったのだが、不可能に終わってしまう。

 

治せないなら治せるやつに頼むしかない。

 

俺は、呪霊と手を組むと言う選択肢を取らざるを得ない状況になった。

 

いつ気が狂っても可笑しくない。

それほどの痛みが俺を襲っていた。

 

 

 

みんなに、会いたい。

 

その想いだけで、俺は生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前の下衆共は、そんなみんなを傷つけたのだ。それにより本来の契約内容が履行されなかったことにより対価の要求を求め、天与呪縛の体を直させた。

 

 

 

これなら、みんなに会える。

 

 

半月以上前のことだが、真人は一度完全に祓われかけた。その状態から未だ完全な回復にはなっていない筈。

実際奴は全くここ最近戦闘を行なっていない。改造人間のストックを増やし、できるだけ動かず身体を回復させる。

それでも未だ完全な回復には暫くの時間がかかる筈だ。

 

 

 

今この場で、夏油諸共完全に祓う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

10月31日19:00

 

東急百貨店、東急東横店を中心に半径400メートル程の帳が降ろされた。

その帳は一般人のみを閉じ込める式となっており、呪術師、補助監督は自由に出入りできる。

 

明らかな罠。だが、上層部は五条悟一名での平定を任命した。

 

一応他にも一級術師が4名、それと伏黒、釘崎、真希、虎杖、パンダ等が昇級査定の為に向かった。

 

かなりの大仕事で流石に俺の耳にも入る大事件となる。特に真希が当主と共に向かうと云うのは俺に取っては重要なことだった。

 

「バカが…何で一級になんて昇級の話が出てんだよ…」

 

伏黒、虎杖は理解できる。実際彼らには一級扱いしても問題ないほどの実力、伸び代がある。釘崎は知らん。が、風の噂で虎杖と共に特級相当の受肉体を祓ったと聞いた。

ならば問題ないだろう。

パンダは実力が少し足りない様に感じる。メカ丸でギリギリなら準一級…いや二級でも問題なさそうだ。真希は論外。

 

 

 

 

プルプルと電話がかかる。

何でこんな時に限ってかかるんだよ。

 

「もし」

『禪院重國さんであってますね。まずいです、五条悟さんが封印されました』

 

 

 

─────は?

 

『他の班は既に帳内に侵入中です。禪院さんもお早く行動をっ……?』

「おい、どうした。おい、おい!」

 

補助監督と思われる男は、言い切る前に何らかの理由で言葉が途切れてしまい、焦って問いかける。

 

『あれれ〜?もしかして電話中だったぁ?ま、いっか』

 

軽薄そうな若い男性の声が聞こえる。

 

「重國?どうした」

 

…呪詛師か!クソ、後手後手に回っているな。

早々に向かわねば。

 

 

重國は田辺に連絡を入れながら走る。

 

「田辺だな?」

『はい!重國さん、五条悟が!』

「ああ俺も聞いた、準備は?」

『もうできてます!駅に向かって最速の新幹線に乗ってください!』

「了解」

 

早く、早く。

どんなに願っても2時間近くはかかる。

本気で走れば30分も経たずに着くが、その間に民間人に見つかるし、空中を走れるわけではないから直接向かうことはできない。

面倒だが頑張ってこれが最速…!

 

「ちょっ…!重國!」

「新、不味いぞ」

「だからどうしたんだっ」

「五条悟が封印された」

「………え?」

 

早々に向かうぞ。そう言って新の首元を掴み駅へ向かった。

 

 

 

新幹線内には他の客はおらず、俺たち2人だけの様だった。

そこに、一人の巨漢が現れる。

 

東堂だ。

 

「…東堂か」

「重國か。五条悟が封印されるとは、大変なことになったものだな」

「本当にな。バカが、簡単に負けてんじゃねぇよ」

「まぁとにかく待つしかないよ」

 

新が俺を宥める。

その瞬間、隣の車両から一人のスーツ姿の男が現れた。割と端正な顔つきだが、目もとの隈のせいで非常に不健康そうな印象を与える男だった。

男は俺たちの後ろの席に座ると、持っていた仕事用のバッグを開けた様だった。

仕事をするためのパソコンでも開いたのだろう。

 

 

 

パン

 

後ろの席から銃声がした。

新の席の背もたれの頭部分には焦げた弾痕の様なものがあり、銃弾が貫通したことがわかる。

本来そこには新の頭が置かれてあり、銃弾は正確に脳まで撃ち抜ける威力だったと思われる。

だが、新の脳漿が弾けるなんてことにはなっていないしましてや怪我人も出ていない。

 

俺は新の頭を抑えて、飛び出た銃弾は手で掴んでいた。

男の首を掴んで捩じ切った瞬間、ドンと云うドアを蹴破る音と共に大量の人間が車両内に突入してきた。

その人間たちの姿は正気を保っている様には到底思えず、言葉にならない言葉を叫びながら俺たちに殴りかかる。

 

…なるほど、嵌められたか。

恐らく田辺ではないだろう。アイツはそんなに肝っ玉の据わった奴じゃない。

敵側の呪霊、呪詛師による罠。

 

「祓えてなかったか、それとも別個体か」

 

 

改造人間

 

以前遭遇した呪霊によるもの。

「殺さないで」と命乞いをする彼らは、確かに死んでいるのだろう。

奴の術式で体が言葉を放つ様にプログラムされただけの心の籠らない声。

 

 

 

居合の形で安物の刀を構える。仮にも半年近く使い続けた刀だ。1割にも満たない程度の呪力量なら込められる。

 

これはただの物真似でしかない。

 

直接師範に学ぶことでしかシン陰流の技術は学ぶことができない。

それが縛りによって成立しているからこそ技量が足りない術師でも簡易領域が使用可能になる。

 

が、俺は誰かに習ったわけでも、本を読んだわけでもない。

三輪の抜刀術を見た時のインスピレーションを形にし、刀の中に呪力を廻す。

 

廻る呪力は鞘を震わせ、カタカタと音が鳴る。

それを手で抑え、展開する。

 

約2.5メートルの簡易領域。

領域展開より体力も、呪力も使わずに出来る最速の技。

 

 

 

 

刹那、俺から半径2.5メートル以内と、居合の直線上にいた改造人間の首が全て宙に浮く。0.1秒と経たぬうちに、一刀でそれらを切り裂いたのだ。

 

 

40を超える肉袋は、切られて数瞬経った後その全てが燃え上がり、この世に肉片一つ残さず灰となる。

刀への術式の極小付与。高専入学からできる様になったことの一つだ。

周りに影響を及ぼさず、最低限の力だけを顕現させる。これを習得したおかげで大分戦闘に幅が生まれた。

 

血など一滴たりとも付いていない。

そのまま納刀し、隣の車両へ歩みを進める。

入った先には10数体の改造人間がおり、さらにもう一つ奥の車両には改造人間がギチギチになって詰まっていることが確認できた。

 

それだけの被害が出ているということ。

理由は、俺の足止め、体力消費の為か。

 

「───ハッ!」

 

 

口では笑っているものの、その眼の奥には激しい怒りと冷静に判断する思考の二つが渦巻いていた。笑ったのはただの切り替え。

人と呪術師に差分をつけて頭を切り替える。

怒りは呪力に、変換させる。ロスを生んではいけない。それだと敵の思う壺だ。

 

「せめて人として──殺してやるよ」

 

それは、呪術師としての慈悲。呪いとしてではなく、あくまでも人として扱った上で殺す。それが、俺に出来る最大の慈悲だった。

 

次々に人間を殺してゆく。

やめてくれと、助けてくれと叫ぶ声を全て受け入れて。彼らの悲痛な叫び声は、魂からこぼれ落ちた代謝のようなものであることは何となく理解していた。その叫びに意味はないということも。

 

 

 

 

そして改造人間の9割9分を殺害し終え、残るは最後の一体のみ。

 

せめて痛みなく殺そうと、背を向ける彼に切り掛かる。

 

改造人間が、振り返って此方を向いた。

 

 

 

『重……國?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブチリ、と何かが切れる音がした。

 

 

 

 

人はここまで怒りを抱く事ができるものなのか、と煮えたぎるような心情とは裏腹に思考はクリアになっていた。

 

強く握りしめた拳は、皮膚を破り血が滴り落ちる。

新田は俺を心配しているようだったが、何も問題無いとだけ返した。

 

 

 

俺のせいか。

 

俺が祓い損ねたから。

 

 

クソが。

 

 

 

 

クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソが。

 

 

 

塵が。

 

 

 

 

ぶっ殺してやる(完全に祓う)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

23:00

 

渋谷駅に禪院重國が現着。

と同時に最重要事項を確認。

 

"両面宿儺の顕現"

 

虎杖悠仁が死亡した、指の許容量が耐え切れなくなった、宿儺が虎杖悠仁と何らかの縛りを結んでいた。

幾らでも理由は浮かぶ。

これで虎杖悠仁の死刑は確定になったと言えるだろう。非常に痛い損失ではあるが、取り戻すことは可能だ。

 

そう思考を巡らせて宿儺の元へ向かう。

ここは最早魔境。地上に人の気配なぞ既に無く、故に全速力で向かうことができた。

 

音速を超え宿儺の元へ駆けつけた瞬間、呪霊を奴は祓ったと同時に、重國と目が合う。

刹那、お互いに多少の実力を把握。

重國は移動の衝撃で吹き飛ばした瓦礫を足場にさらに垂直に加速。

 

 

 

万象一切灰塵と為せ

 

 

流刃若火

 

「解」

 

お互いに、瞬時に発動可能な最高の一撃を放つ。

見えぬ斬撃と、焔を纏った刀はお互いに相殺。呪力の奔流により、周りの地面が弾け飛んだ。

 

瞬間、重國は超至近距離まで接近。刀での連撃を行う。

先程確認した遠距離から炎の攻撃をさせない為の超高速移動と超速連撃。

それにより、宿儺の両腕を切り飛ばすことに成功する。

 

すると、悪辣な問いかけを宿儺は放った。

 

「ケヒッ!コイツの体はお前の仲間のものじゃないのか?傷つけていいのかぁ?」

 

話すうちに宿儺は反転術式で腕を治し、またもや不可視の斬撃を放つ宿儺。

それを空の歪みから察した重國は刀で払い除ける。

 

「後で治せばいいだろう」

 

心底疑問だというような風貌で、首を傾げて重國は言った。

それが面白くて仕方がないと言うふうに宿儺は笑ってはいるが、あくまでもその姿に隙は存在せず、お互いに動き出すことはできない。

重國は宿儺が"■"を使う間に殺せるし、宿儺は不可視の斬撃をいつでも放つことができる。

 

互いが互いの首元に刃を突きつけている状況。その均衡は、1分と経たずに宿儺が"解"を放ったことにより崩れ去る。

 

重國はほぼ360度全方向から斬撃が迫ることを確認した。

 

これは避けられない。そう理解すると同時に一つの選択肢が脳内に浮かぶ。

 

"南"を使えば呪力ごと周りを焼き払えるだろう。だが、少々不味いことになる。

なら、領域展開をするべきか?

 

一瞬にも満たない時間の中で、重國は思考を巡らせ、そして解答を得る。

 

 

 

残日獄衣を発動する。

 

0.01秒にも満たない間のみ灼熱の焔がこの世に顕現した。

 

超極短時間のみの卍解。

 

今まで試したことがないものを、感覚で重國はやってのけた。

 

焔は一瞬にして周りの大気と呪力を焼き払う。周辺の空気は異常乾燥状態に突入し、呪力の塊である不可視の斬撃も燃え尽きた。

暫くの間寧ろその程度で済んだ、といえる程度でしかない規模の被害だった。

宿儺は面白そうに笑うと手で印を結ぶ。

 

 

「「領域展開」」

 

互いの声が重なった。

重國も両の手を合わせ発動する。

 

 

伏魔御厨子

 

黒い世界に屍によって形成される玉座が在る領域が展開する。

 

 

 (から)

 

 

 

白い無の世界が顕現し、互いの領域の押し付け合いが始まる。

宿儺の領域と、重國の領域が拮抗し、必中効果が削除される。

 

それでも、術式効果を止めることはできない。

無限の斬撃の嵐が、重國を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

 

 

 

「ケヒッ!素晴らしい!素晴らしいぞ現代の術師!」

「五月蝿い、黙ってろ」

 

領域内から2人が出てきた時、宿儺の四肢は全て切り落とされ、傷口は炎で燃えていた。

炎は燃え広がることはなく、傷口でただ漂っている。

喋れないように虎杖悠仁の口を制服をちぎった布で猿轡のようにして縛り付けていたが、宿儺の紋様が消えると同時に宿儺自身は頬から口を生やして話しかけてくる。

 

両面宿儺が復活することは無かった。

もとより時間制限があったのだろう、それもかなり短い1時間にも満たない時間しか復活できないという。

何故復活したのかはわからんが、もうコイツが表面に現れることはないと判断し四肢を生やした。

 

「ほう…他者への反転も中々。やるではないかお前」

 

ウッッザ…

 

 

重國は正直言ってかなり不快に感じていた。

馴れ馴れしく話しかけてくる宿儺には、五条悟以上のろくでなしの気配を感じたから。

 

すると、背後から氷の塊が迫ると共に女?男?よくわからない叫び声が聞こえた。

 

 

「宿儺様!」

「ん?誰だ貴様。いや…もしや…裏梅か!!」

「お久しうございます。すぐにこの下郎を片付けますので少々お待ちを」

「よせ、お前じゃ此奴には勝てんよ」

「ですが…!!」

「やめろ…と言っているのが…っ!」

 

式神…?それもかなり強力な気配だ。

まさか…!

 

 

「おい、呪術師。伏黒恵を守れ」

「黙っとけや。言われんくてもするわ寝とけ」

「ククク…やはりお前は面白い。裏梅!」

「はっ」

「俺が自由になる日も近い、ゆめ準備を怠るな。またな裏梅」

 

そう言い切った直後、気絶する虎杖悠仁の肉体を担いで重國は走り出した。

 

そして発見する。金髪の男を式神が殺害しようとするところを。

 

 

 

幸いにも調伏が領域内で行われるようなものでなくてよかった。そう安堵しながら金髪の男を斬撃から守った。

 

重國はこの金髪の男を助けはしたが、伏黒と一緒にいたところを見ると呪詛師と思われることを理解し、一度切った。

 

焔を纏った斬撃は、体の表面にだけ傷をつけた後、全身に火が回る。

アツいアツいと叫んでいるが、直ぐに髪は焼け落ち皮膚は爛れた達磨のようになって気絶する。

 

伏黒に反転を施して戦闘に影響が出ないところまで移動させる。ついでに、担いでいた虎杖悠仁もその場に置いた。

 

 

重國は魔虚羅と思われる式神が伏黒を殺しにかかっていたのを確認している。

 

恐らくはこの呪詛師との戦闘時に死にかけて布留の言を唱えたことで魔虚羅が顕現。

伏黒は死にかけた、といったところだろう。

 

重國は戻って魔虚羅を確認する。

奴はキョロキョロと伏黒を探しているようで、そこらじゅうを飛び回っていた。

 

 

既に刀は先程の戦闘で折れてしまっている…というより灰になった。

故に、その攻撃手段は拳に限られる。

 

 

「双骨」

 

 

絶大な威力を伴って両の拳による拳打を行う。その威力は入学当初とはもはや別物と化しており、走っていた魔虚羅の身体を易々と突き破る。

拳打の威力はその余波ですら、背後のビル群を倒壊させるほどだった。

 

魔虚羅の胴は既に消し飛び、身体を支えることも困難となっている。

このまま調伏の儀も終わる。その筈だった。

 

 

 

"廻る"

 

 

 

式神の背につく方陣が廻り、身体の傷を癒した。重國は刹那の間に反応し、再度殴った。

 

が、コンと木の板を叩いたような音が鳴るのみに終わる。

 

先程まで通じていた打撃がいきなり耐性を得たかのように効かなくなったのだ。

否、かのようにではなく実際に耐性を得ている。

 

殴った感触に驚くのも束の間。魔虚羅からの反撃が始まる。

 

魔虚羅は正のエネルギーを有した剣を振るった。両腕を交差させ呪力を込める。受けた一撃は斬撃というよりかは打撃に近いもので、重國はかなりの距離吹き飛ばされる。

そして吹き飛ばされる間、重國は一つの事実に気づいた。

 

呪力を込めた筈の両腕から呪力が散っている。その影響で腕の強度に影響が出て右腕が折られている。

 

その事実を把握すると同時に反転で骨折を治す。

 

重國は先程までの戦闘で呪力と体力の消耗が激しく、流刃若火なら数分間できるとは思うが、卍解は文字通り一瞬しか行えないだろう。領域はギリギリ1分が限界。

 

両面宿儺の相手をした代償と言えば軽いものだが、この場において火力不足は大幅なデメリットと化していた。

 

これが歴代十種影法術継承者の誰1人が調伏出来なかった式神。

流石だと思う心と共に、時間があまり無いことも理解していた。

 

 

虚通し(こけどおし)

 

 

見た目はただトン、と胸元を軽く叩く…それこそドアをノックするかのような勢いで魔虚羅の胸を叩いた。すると、魔虚羅が突然吐血し、膝をついて倒れる。

やったことは単純。式神の中に呪力とそれに伴う衝撃を通した。

 

魔虚羅といえども体表は丈夫なようだが、中までは呪力で守っていないようだった。

 

重國は、魔虚羅への対処方法を変更する。

 

10分間呪力の消費を最低限に抑え、回復を待つ。方陣を回転させる間も無くハメ技で行動の一切を許さない一方的な技術による蹂躙。

 

時間を稼ぎ、領域内で一撃で仕留める。

 

重國は勝利への道を歩み始めた。

 

 

 

 

一撃、二撃、三撃と繰り返す。

魔虚羅に方陣を廻す隙を与えない。

 

 

 

何度も、何度も同じことを繰り返す。

打撃を加える度に崩れ落ちる魔虚羅は、立ち上がることも、方陣を回すことも、果ては行動することすら叶わなかった。

 

 

 

実に五十三撃目。

魔虚羅は反転の剣を手元から消し、地面をその膂力を持って砕き、重國に隙を作ることに成功する。

 

"廻る"

 

背の方陣が廻り、魔虚羅の肉体が回復する。

これで打撃はもう効かないだろう。

 

が、その行動は遅すぎた。

 

重國は両手を合わせ、既に印を組んでいる。

 

領域展開

 

 

「 」

 

 

 

 

領域展開直後一瞬にして、魔虚羅は燃え尽き背の方陣だけを残してこの世から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日も生き延びた!」

 

 

 

領域を解除すると、呪詛師と思われる金髪の男が叫びながら逃げているのを確認した。

確実に焼き払った筈だが天元のような不死の術式だろうか。だとするとかなり面倒だが、取り敢えず燃やすことにした。

 

 

 

「熾れ」

「────あれ?」

 

 

言霊としての役割を持って放たれた言葉は、言霊となって逃亡しようとする重面の魂を燃やす。事前に火種を魂に埋め込んでいたのだ。熾された焔は魂を燃料として激しく燃え上がる。

 

一度奴を切った時、死ななかったのは術式の影響。恐らくだが命か何かをストックすることのできる術式。不死ではない。

頬に現れる三角の刺青のような痣が溜まった命の総数を表しており、先程確実に殺したと思った時、死ななかったのはストックを消費したから。

ならば、ストック数がブラフであっても関係ない数殺せばいい。と重國は思っていたが一度火種を熾しただけで直ぐに死んだ。

 

身体には仮初の焔が灯るが、現実の肉体に干渉するわけでは無い。焔はあくまでも同じく物質的ではない魂だけを燃やす。

重面は、死体とは思えないほど綺麗な形で死亡した。

 

 

 

ストック数を表示する縛りか。嘘をつかない代わりに術式効果を最大限発揮する為だな。

 

そう思考を巡らせながら、伏黒に反転術式を施し、家入の元へ向かう。

 

 

 

すぐに到着し、伏黒を補助監督に渡す。

 

現場では、死体や怪我人で溢れかえり、家入の暇は全くなかった。

重症の人間や、治療すれば助かる人、呪術師に注力して家入は治癒している。

呪力にも限界があり、反転術式なんて本来の倍以上の呪力が必要なのだ。

すぐに治すべき人を選別する必要がある。残酷だが、これが一番救える手段だった。

 

 

 

 

その場から離れ、戦場へ戻る。

向かう先は最も呪力が集まる場所。

 

渋谷警察署交番前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこでは現在裏梅羂索2人と特級術師九十九由基、東京、京都二つの高専の面々、そして虎杖悠仁。

現在動くことのできる戦力が全員集まっていた。

 

 

 

 

羂索が語る。

 

「私が配った呪物は千年前から私がコツコツ契約した術師たちの成れの果てだ。だが渡した契約を交わしたのは術師だけじゃない。まあそっちの契約はこの肉体を手にした時に破棄したけどね」

 

 

「───まさか」

 

九十九は驚き戦慄する。

契約した呪霊は、呪霊操術によって無理矢理調伏させる事ができるのではないか。

その思考が頭をよぎった。

 

そして、夢を話すように羂索が溢した。

 

「これが、これからの世界だよ」

 

瞬間、50を優に超える数の呪霊が黒い闇から出現した。

出現する呪霊はどんどんと数を増やし、止まる勢いを見せない。

 

 

 

 

そこに、規格外(イレギュラー)が現れた。

 

 

重國は空から飛び降り、一瞬の内に出てきていた呪霊を祓い、羂索の腕を切り飛ばす。

左腕が飛んでいった方向は術師側。

九十九由基が自らの式神を操り、受け取る。

 

 

「ダミーだ!!」

 

流石に羂索もそこまで詰めは甘くない。

手に持っていた獄門疆はダミーだった。

本命は呪霊にでも持たせているのだろう。

反転術式で腕を生やしながら本当に驚いたように目を見開いて話す。

 

 

「……本当かい君。両面宿儺と魔虚羅を殺した直後のはずだろう」

「お前を殺すのには余力は充分だよ夏油傑」

 

流石に羂索といえど突然の不意打ちには対処できなかったが、続く連撃は身体を削りながらも死ぬことはなく耐える。

 

「今はお呼びじゃないんだ禪院重國。呪術全盛、平安の世がこれから戻ってくるのだから!!」

 

そう叫んで身を投げるようにして背から転んでいった。

重國は頭蓋に拳を突き出し、とどめを刺そうとするも地面に羂索がついた瞬間、飲み込まれるようにして消えていった。

 

尚も呪霊の出現は止まらない。

 

 

 

 

 

この日、呪術師は完全敗北した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

渋谷事変より数日後、

 

禪院元当主、禪院直毘人が渋谷にて負った火傷が原因となり、先ほど死亡した、

その遺言状で伏黒恵を次の当主とすることが決定する。

 

 

 

「禪院直哉が宿儺の器、殺したるって。恵君は宿儺の器んとこおるんやろ?2人まとめて殺したる。今の東京は魔境や、人がいつどう死んでも変わりあらへん。殺して仕舞えば後のことはどうとでもなる。禪院家の当主は俺や」

 

「…好きにすれば良い。俺は戻る」

「あらら、重國君なんか機嫌悪いなぁ」

「そう見えるか」

「ん?違うん?」

「お前からそう見えるならそうなのだろう」

 

俺の発言に直哉は首を傾げていたが、どうでも良くなったようで直ぐに家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この家は呪われている。

それが、重國が長年住んできて出した結論だった。

 

目の前の2つの遺体を見る。

一つは鼻血を垂らし、背に大きな切り傷を負った女の死体。

一つは頭を一閃で斬られた男の死体。

 

結局、真依も死んだか。

こうなることは予測できなかったが、真希も、真依も死ぬものだとは思っていた。

元より義父が何か企んでいることはわかっていた。それを頑なに伝えたくなかった様だが、その態度だけで隠し事があるのはわかっていた。

 

敢えて無視した結果がコレ。

 

ああ、遠くで戦う音が聞こえる。

この歪な風切り音は直哉のものだ。

生き残って義父を殺した真希が闘っている。

 

俺は直ぐに現場へは向かわなかった。

忌庫を後にして、屋敷の義父の部屋へ向かう。彼が、何か封印の施された木箱と、書類を準備していたことを見ていたから。

 

 

義父の部屋は殺風景な和室で、畳まれた布団と、一つのちゃぶ台の上に木箱と書類が置かれているだけだった。

 

書類には、呪術総監に出す予定と思われる五条悟封印解除を企てた謀反者として伏黒恵と禪院真希を誅殺したとのことが書かれていた。

実際に殺したわけではないが、事前処理ということだろう。

直哉がむざむざと逃げ帰った時には、叔父と話し合いが済んでいたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一つの木箱を開ける。

そこには一片の紙と下に刀が置いてある。

その刀には相当の呪力が篭っており、一級から特級相当の呪具であったことがわかる。

 

紙片を裏返すと、そこには

 

11月15日禪院重國

 

という筆で書かれたと思われる文字だけが書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

禪院扇は、本当に彼を愛していた。

形が歪だったとしても、その愛の先にあったのが力を求める意志だったとしても、愛しているという心は、嘘偽りない真実だった。

 

11月15日は彼の誕生日だった。

呪術師としての生き方しか知らない彼は、それでも父として愛を与えようとした。

 

重國は刀を手に取る。

 

涙は溢さない。彼を殺した時に、全てが終わって精算した後にやることをやると決めたから。

 

 

 

 

重國は前を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

人も呪霊も本質は何も変わらない。

ただ無意味に生まれ、無意味に死ぬだけだ。

 

「そうは思わないか、真希」

 

肩に真依を担いだ真希に向かってそう説いた。真希の身体は傷だらけで特に右目には刀傷が入っており、見えていないことが窺えるが、それを気にしないほどの強靭な肉体がそこにはあった。

 

それは嘗て禪院に呪いを遺した天与の暴君と同格となった証でもあったが、彼と出会ったことがない重國にはそれは理解できていなかった。

 

数日前に渋谷で出会った時とは桁違いの膂力。普段身につけている呪霊を視認するための眼鏡は無かったが、今この状況に於いては何の関係もない。

 

 

「思わない。こいつが生きたことが無意味だとは言わせない」

「なら、何故家の者を片っ端から殺して回った」

 

 

真希は重く呟く重國を鋭い目つきで捉えていたかと思うと、跳ねるように飛び出した。

刀を構え、一直線に向かって切り掛かる。

重國は刀の腹を叩き、手でいなして連撃を防いでいた。

 

「それが命を代償にして構築術式で作った刀か」

 

それは皮肉の様に吐かれた言葉ではあったが、特に感情が込められていたわけではなく、淡々と事実を確認する様であった。

 

「────私は」

 

絞り出すように動く口元と共に、感情を浮かべない瞳が彼を覗いた。

 

 

「私は、全部壊さなくっちゃいけないんだ。それがアイツとの約束だから」

 

2人が離れたと同時に真希は話を続ける。

 

「──そうか」

 

結局あいつも呪いを遺して死んでいった。

屋敷からは人の息遣いは聞こえない。

どいつもこいつも、死んだ。

直哉も、義父も、義母も、全員。

 

 

目を瞑る。

そこには暗い世界が広がっている。

 

そして目を開いた時、既に真希は刀を構えて切り掛かっていた。

 

「残す言葉はそれだけか」

 

重國はそう最後に言葉を求める。

 

「ああ、これで最後だ」

 

真希は、それに答えなかった。

彼を殺して終わりだと暗に示すように。

 

その一瞬の間にどんな思考が巡っていたのかは解らない。ただ、もう今までには戻れないことが確定してしまった。

 

 

重國は、今この場で初めて理解した。

本当はただ、死んで欲しくなかった。姉二人には、幸せになって欲しかった。

普通の学校に行って、普通の家庭を持って、普通の日常を暮らす。

ああ、なんてつまらない。

 

それでいて、なんと素晴らしい夢だろう。

だが、彼は自分の心に気付くのが遅すぎた。

 

 

 

全て終わってから、いや。

全てが始まる時にやっと気づけたんだ。

そうだ、俺はお前に、お前達に──────

 

 

思考を巡らせる重國の心を無視するように、さようなら

 

と相対する2人の間で声にならない言葉が交わせられる。

 

すれ違ってしまった彼らは、もう戻ることはできない。

 

 

 

 

 

────"一骨"

 

 

 

 

パン、と破裂音がした。

 

 

真希の知覚外より放たれた拳は、正確に真希の心臓を捕らえた。

振り下ろされるはずだった刀は、慣性で勢いを保ったまま、強く握られた真希の手から滑り落ちる。

 

そのまま真希も意識を落とし、前のめりに倒れ──────

 

 

 

 

瞬間、強化された五感と勘によって落ちる刀を掴み取り、真希は力強く踏み込むと同時に逆袈裟を放った。不意打ちで放たれた一撃は、重國の胸元を容易く切り裂き、勢いよく血が噴き出した。

 

が、重國は放つ一撃に直前で気づいたことで半歩後ろに下がることに成功していた。

それにより、背骨ごと一刀で切り裂く刃は肋骨までの肉を切り裂くという結果に済んだ。

皮肉にも、この構図自体は重國にとって経験したことがあるものだった。

 

何度も、何度も頭の中で繰り返してきた。

だというのに、彼は闘いという点で敗北したとも取れる。

重國は万全の状態。真希は満身創痍。

その状態でも重い一撃を食らった重國は、最早自分の負けであろうと考えていた。

 

だが、何故重國が対処もせずに粛と斬撃を受け入れたのか理解する人はこの場にはいなかった。

真希の振り上げる刀は、本来なら視認してから対処できる程度の速度の筈だった。

それを食らった理由は、重國にはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

そして真希はその一撃を放った瞬間、覚醒による肉体の変化への疲労。元々"炳"達との戦闘で生じた怪我、出血による体力低下があっても尚残っていた余力を全てを使い果たし、今度こそその意識を完全に落とした。

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

「重國君?」

「…西宮か」

「──真依ちゃんは?」

 

 

ヒュッと荒く息を呑む音が聞こえた。

彼はその質問に首を振って答える。

 

「だから、私は…行くなって…!!」

 

重國は肩に担いでいた真依の遺体を静かに下ろした。

真依の遺体を抱えたまま西宮は涙を零す。

 

 

静かに涙を流す音とは対照的などさり、と重いものが落とされる音がした。重國は、引きずっていた真希を西宮に向かって軽く投げた。身体は石畳に叩きつけられたが、彼女が反応することは無い。

 

「死んでるとは思うが、好きにしろ」

「…これからどこに行くの」

 

西宮は、恨むでもなく、ただ呪術師として自分がやるべきことを把握し、強大な戦力の1人である彼の動向を聞いた。

 

「───さぁな」

 

 

それだけ言って重國はその場を離れる。

西宮は彼の背中を見て、何も声を掛けることができなかった。

 

重い、重い何かを背負う様に見える彼の背中は、普段より弱々しく見えた気がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日、禪院家に不在の"炳"6名"躯倶留隊 "21名が死亡。現場に残穢は確認されず、遺体の傷口からは呪具のものと思われる呪力が確認された。

 

後日五条家、加茂家より呪術総監部に対して禪院家の御三家除名が提議されたが、総監は禪院重國及び伏黒恵に監督能力があると判断した上でこれを保留とした。

 

 

 

 

 

 




オリ主がブチギレた理由?察しろ


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