魔法少女シャルロット (石狩晴海)
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魔法少女シャルロット

 朝、シャルロット・デュノアが起きると、見知らぬ部屋にいた。

「えーと、なんで?」

 首を傾げても解らない。

 IS学園寮でも自国のデュノア邸でもない部屋だ。

 家具調度品から女の子の部屋だと類推するがそこまでだ。

 部屋には自分だけで寮でのルームメイトであるラウラ・ボーデヴィッヒも居ない。

 無意識にペンダントを握る。ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの待機状態が変わらず首に掛けられていることに、少し安堵する。

 壁掛けのハンガーにIS学園の制服があったので、ベッドから出て上着裏の名前を見てみる。

 もしかしたらクラスの誰かの家に泊まりにきていたのかもしれない。制服にイニシャルが刺繍されていれば、ここが誰の部屋なのかわかりやすい。泊まりがけの外出を失念するとはおかしなことだが、ひとまず現在の混乱を沈静化させられる。

 

 しかして制服はシャルロット自身のものだった。

 

「それでも誰かの家に泊まったっていう推測が否定された訳じゃないか」

 部屋の主が就寝場所を提供してくれたということも考えられる。

 とりあえず制服に着替え部屋を出ることにする。

 部屋のドアに下げられているネームプレートには色とりどりの丸文字で『しゃるずる~む』と書かれていた。

「ボクの部屋?」

 だが、覚えはない。

 構造的には、どこかの民家の二階だった。

 詳しく見る前に階下から人の気配がした。家人が朝食の用意をしているのだろうか。家の人が居るなら尋ねればよい。特に危険もなさそうな一般住宅だ。構える必要もない。

 部屋前の階段を下ると居間に繋がる扉があった。

「遅いぞ。寝坊でもしたのか」

 居間からラウラの声が聞こえる。

 ああ、ラウラと一緒の誰かの実家にお邪魔したんだな。

 そう、思った。

「おはよう、ラウラ。別に寝坊ってほど遅れてないとおも……」

 シャルロットは扉をくぐり、

 

 ずごしゃぁっ!!

 

 膝から砕け落ちブリッジ状態で後頭部を床にぶつけた。

 全身の力が抜けるほどの衝撃的な映像が目の前に展開していた。

 居間が畳張りなのは問題無い。現在では珍しいそうだが、中央に置かれたちゃぶ台も含めてあるところにはあると聞いている。

 転けた理由は、ルームメイトの格好だ。

 ちゃぶ台に座るラウラがぶばさぁっとわざとらしく音を立てて新聞を読む。黒の甚平を着て家長のごとくふんぞり返っている。鼻下にはなぜかカイゼルヒゲを装着。しかもヒゲだけ黒いから後付け感が酷い。パーティーグッズ並みの違和感だ。

「なにが遅くないだ。朝ご飯は姉のオマエに変わって妹のセシリアが用意したんだぞ。礼を言っておけ」

「えええぇぇぇーーー???」

 多重の意味で驚く。シャルロットは驚愕をエネルギーにして跳ね起きた。

「お姉ちゃん、おはよー」

 ちょうど台所に続く引き戸からセシリア・オルコットが出てきた。

 しかし挨拶の声音が通常のセシリアからは想像できない幼さだ。無理に作っている感じが痛々しい。

 妹の役作りなのか、着ている衣服のサイズが小さい。丈が足りずピチパツのへそ出し生足状態だ。服のデザインも幼年向けのキャラクタープリントで、ラウラとは別の意味で正視に耐えない。

「ほらほら、どいてどいてー」

 セシリアはご飯と味噌汁を載せたお盆を持っている。腰を振って呆然と立ち尽くすシャルロットをどけると、ちゃぶ台に食器を並べてゆく。

 はっと棒立ちから回復したシャルロットは慌てて手を貸す。

「て、手伝うよ」

「お姉ちゃん、ありがとー」

 セシリアが無邪気に笑う。

「うわー……」

 なんだか心が痛い。

 セシリアの身長はシャルロットより高いので、妹と言われてもしっくりこない。ついでに格好が正常な彼女なら着るはずのないものだ。精神の痛覚がより鋭く抉られている気がする。

 小柄なラウラならまだ解るのだが、こちらが父親役らしい。

 なんやかんやでちゃぶ台に白飯、味噌汁、魚の切り身焼き、漬け物が揃った。

「さあ、食べる前に母さんに挨拶するぞ」

 新聞を畳んだラウラが壁際に置かれた仏壇に向き直ると、セシリアも一緒に座った。

「えっ……?」

 

 亡くなっている母親。見も知らぬ家族。

 このおかしなシチュエーションはよくわからないけど、こんな所は再現するんだ。

 シャルロットの心に小さな影が落ちる。

 いや、考えを改める。

 自らの事情を二人に打ち明けた訳ではないので、これが彼女らの悪ふざけとしても悪意は無いのだろう。

 それがまた、言いようのない憤りになる。

 感傷に浸るシャルロットが仏壇を見る。

 

 飾られる遺影は、爽やか笑顔の織斑一夏(モノクロ加工済み)だった。

 

「一夏ぁぁぁーーー!!!?」

 

「一体どうしたんだ、変な声を出して。わたしの嫁がそんなにおかしいのか」

「ああ、そういう繋がりでのキャスティングなんだ……」

 

 お祈りが終わったら朝ご飯だ。

 恐る恐る口にした朝食の感想は、『見た目が単純なものなら大丈夫みたい。あと出汁入り味噌はきっと天使の贈り物』だった。

 

「二人ともそろそろ時間じゃないのか。片付けはわたしがやっておくから、先に行きなさい」

 ヒゲラウラに促され居間を出ると、玄関にはそれぞれのカバンが置かれていた。なんと用意の良い。

「うんしょっと……」

 セシリアがランドセルを窮屈そうに背負う。

 小学生向けの背負い鞄は、肩ベルトを最大まで伸ばしててもセシリアには小さすぎる。

 ぎりぎりまで肩をすぼめても腕が通らない。ランドセルを背負うだけで大苦戦だ。

「ほら、後ろから持って手伝うから」

「セシリアもう子供じゃないもん。ひとりでできるもん!」

 こんな意味不明な状況でも、意地を張るのは変わらない。

「うぅ~ん……」

 身をよじって苦悶するセシリア。ベルトを通る腕がぷるぷると震えるが、関節の軟らかさを武器に押し通った。

「できたー」

 ランドセルを背負い跳ねて喜ぶセシリアを見て、ぎょっと驚く。

 胸の先端が形作る小さな、だがそれ故に存在を主張する陰影があった。更に上下の揺れが影の点を線に変え、より際立たせる。

「セシリア、下着! 下着ぃー!」

「えー? ちゃんとはいてるよー?」

「スカートめくって見せなくてもいいよ!

 っていうか、なんでそこだけキワドいデザインなのが!?」

「行ってきまーす」

 姉の混乱をガンスルーして、元気に登校するセシリア。

 取り残されたシャルロットは、夢遊病者の足取りで表に出た。

 振り返って家を見る。日本の住宅街によくある二階建ての家。表札銘は『愛獲巣(あいえす)』。

 連続する異常事態が脳の処理能力を超えている。なんか頭痛がしてきた。

「わけが、わからない……」

「ふふふ、困っているようだね」

 

 キュムキュム♪

 

 歩行音を鳴らして謎生物が近づいてくる。

 シャルロットの首筋から背中全体に、変な脂汗がぶわぁっと浮かぶ。

 

「モッピー知ってるよ。シャルだけが状況から取り残されてるってこと」

 

 シャルロットの膝ほどの高さで、それが微笑む。

 ずんぐりむっくりな人型は、昔話に出てくる樵の妖精のようだ。樽体型で腕足は短く太い。

 饅頭のような頭から、大きなリボンで結ばれたポニーテールが揺れる。つぶらな瞳に柔らかそうな頬。

 それがどことなく知己に似ていて、確認するのが怖すぎる。

「ええええっと……。箒、さん?」

「ちがうよ。モッピーは、モッピーだよ」

 モッピーが口端を上げてふふふと笑う。

「モッピーは魔法王国の使者なんだよ。

 王国の女王である束様の命令で、シャルを世界を救う魔法少女に任命しにきたんだよ」

 

 きゃーー!!!

 

 突然、悲鳴が響く。

「ごめん。話はあとで」

 シャルロットはモッピーを置いて、悲鳴の元へ走り出した。

「ふふふ、それでこそモッピーが見込んだ正義の魔法少女なんだよ」

 笑うモッピーのサイズにフィットした紅椿が展開され、走るシャルロットの後を飛ぶ。

「専用ISもあるんだ……。

 本当に、この異常事態に篠ノ之博士が関与しているんだ」

「なんのことだかモッピーにはわからないよ?」

 走りながらのシャルロットの言葉に、モッピーがきょとんとする。

「え? だってさっき自分で命令した女王様が篠ノ之博士だって言ったじゃないか」

「ちがうよ。女王様のお名前は束(17)様だよ。

 世界一お美しくて、可愛くて、スタイルが良くて、優しくて、頭が良くて、人付き合いが上手で、女子力が高くて、誰からもモテモテで、素敵で、凄いな人だよ」

 モッピーがキリッと言い切る。

「へえ、そうなんだ……」

 ひとつはっきりしたことがある。この謎生物は篠ノ之箒ではないと言うことだ。

 夏の林間学校で見た限り、篠ノ之姉妹は相手を手放しで褒める間柄とはいえ思えなかったからだ。

 

 きゃーー!!

 

 再度の悲鳴にシャルロットが脚が速まる。

 到着したそこは、どこかの学校だった。

「おーほっほっほっ!

 さあ、逃げまどいなさい。あなた達の悲鳴で邪神サウザンドウィンター様を復活させるのよ」

 山田真耶先生が肌の露出が激しいレザーボンテージを着て鞭を振るっていた。ご丁寧に教師用のラファールを装着している。

 

 シャルロット、二度目のダウン。

 

「あれは悪の秘密結社『イチクミ』の幹部バスティマヤン。

 イチクミは世界征服を企む悪い奴らなんだ」

「ごめん。ちょっとまって、気持ちを落ち着けるから……」

 モッピーがドヤ顔で解説するが、シャルロットの頭脳は理解を拒否し始めていた。

 頭痛も酷くなってきたし。

 モッピーはシャルロットに構うことなく話を進める。

「さあ、シャル。今こそ魔法少女に変身だよ」

「ええっ!? ま、まほうじょうじょ? へんしん?

 そんなこと出来るわけないよ!」

「大丈夫。ISを展開するだけだよ」

「……じゃあどうして魔法少女って言うの?」

「気にしちゃだめ。製作者の趣味だよ」

「設定的な? メタ的な?」

「両方だよ」

 まあ一応ISに抵抗出来るのはISだけだ。

 山田先生改めバスティマヤンがISを持ち出している以上、こちらもISを使わなければならない。

 話を聞くにも、まずは無力化しなければ。

 自分一人で元代表候補生の山田先生を相手に出来るか不安がないわけではない。

「でも、やらないと」

 決意を胸にシャルロットが自らのISを展開させる。

 

 背景色がオレンジ系統に統一され、丸めの星が回りながら流れた。

 こちらに向かってシャルロットがはにかみながらウィンクして、変身が始まる。

 スカートが光の粒になって消えると、柔らかなお尻をくるむショーツが丸見えになった。

 続いて制服が消えて完全な下着姿になる。

 肩甲骨と背骨のラインが整った細い背中を見せて、ブラジャーも剥がれ落ちる。バストトップを腕で隠したシャルロットが頬を染める。

「もう、えっちなんだから……」

 周りを飛ぶデフォルメの星からリボン状の尾が伸びて、シャルロットの全身をくるむ。

 星のリボンは光を弾けて魔法少女の衣装に変わる。

 胴には白いブラウス、濃茶のコルセット、オレンジのフレアスカート。長手袋に、膝上まであるロングブーツ。

 背中から伸びた大きな幅広のリボンが蝶結びで綴じられ、翼のようになった。

 最後に猫耳ヘッドドレスが装着され、変身完了。

 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡと同じカラーリングのフリフリのプリティドレスだった。

 星に載って飛んできた魔法のシールドバンカーを構えて、小説五巻の表紙構図でポーシング。ちゃっかりモッピーも画面端に写り込む。

 

「今の、なに……? 身体が勝手に動いたんだけど」

 魔法少女に変身したシャルロットが、自分の格好を見て一言。

「……ISは?」

「ISじゃないよ。魔法少女への変身だよ」

「でもさ、シールドとライフルがあるんだけど?」

「モッピー知ってるよ。表紙絵は偉大だって知ってるよ」

 つまり深い意味はないのだろう。

「おっーほっほっほっ!」

「きゃー! 助けてー!」

 よく見ると、山田先生は鞭を振っているが誰にも当たっていない。

 周囲で悲鳴を上げる生徒たちも、叫ぶだけで逃げようとはしていなかった。

 山田先生がちらっちらっとこちらに視線を送ってくる。

 若干頬が赤く緩んでいる。恥ずかしいのを我慢しているのだろう。悪役も大変だ。

 シャルロットは自分がはめられたことは理解した。

 なにより問題はこの後だ。

 シールドとライフルだけではISに対抗出来ない。

 目的がわからなくなったのでモッピーに聞いてみる。

「それでボクはどうすればいいの?」

「さあ?」

 

 向き合って互い違いに首を傾げるシャルロットとモッピー。

 見つめ合い、しばし沈黙の時が流れる。

 

「はぁっーはっはっはっはっははっはっはっはっ!!!」

 静寂を破り、別の笑い声が聞こえた。

 校舎の屋上からだ。

「我が名は正義の白騎士オンリー!

 可憐な乙女たちの危機に、華麗に参上!!」

 

 一夏だった。

 

 シャルロット、スリーダウンでTKO。

 

 白騎士は顔の上半分を隠す装甲バイザーを付けてはいるが見間違えるはずがない。

 もっと言えば装着しているISが一夏専用の白式だ。それでなくともISを操縦出来る男性は世界に彼しかいない。

「きゃー! オンリー様ーよー!」

「謎のIS使いオンリー様ーが来てくださったわー!」

 ヒーローの出現に女生徒たちが歓喜する。

 色々と精神的なものを砕かれたシャルロットだったが、それでもなんとか根性で立ち上がった。

「一夏はお母さん役じゃなかったの?」

「居なくなったはずの肉親が陰ながら助けるのはお約束だよ」

 この惨状に、そんな伏線は心底いらない。

「それにオンリーって、名前として意味が通じにくいんじゃ……」

「オンリー様ーだよ。ちゃんと『様ー』まで付けないと」

「だって、自分で」

「それは本人の名乗りの時だけだよ。他の人は『様ー』を付けるよ。

 でないとネタにならないよ」

「ふーん……」

 もはや諦観の域に達したシャルロットには、白騎士オンリーの活躍も目に映らない。

 

「くらえ。必殺≪零落白夜≫」

「ぐわー。つ、強いー。やられたー」

「きゃー。さすがオンリー様ー。無敵で素敵ー」

 

「思ったんだけど、一組で配役を振っていったら直ぐに人数が足らなくなるんじゃないの?」

「大丈夫だよ。

 2クール目からは新たな敵役として謎の武装組織『セイトカイ』が登場するよ」

「あー……、そうなんだ」

 生返事をするシャルロットは、内心で『これは夢だ。寝て起きれば元に戻るんだ』と必死に自己暗示をかけていた。

 

 

「オンリー様ーが助けてくれるのは、セイトカイ登場の伏線でもあるんだよ」

「そういうの、いいから」

 

 

 負けるな! 戦え! 魔法少女シャルロット!

 諦めるな! 逃げるな! 魔法少女シャルロット!

 もっと脱げ! さらに媚びろ! 魔法少女シャルロット!

 鈴は二組なのでいない。

 

END



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