リコリス・ソリッド カズヒラティーチャー (バーガー・ミラーズ)
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第一話

 独立治安維持組織Direct Attack──通称DAの東京支部にはリコリスを育成するための施設と、そして彼女らを指導する戦闘教官が複数名存在する。

 施設の方は数々のトレーニング器具に加えて射撃場、屋内戦闘訓練場など大掛かりなものまである上で怪我などに対応した医療棟まで備えている。

 戦闘教官も政府と協力関係のある組織ならではの充実ぶりで、裏社会で有名だった人物だったり退役軍人だったりが採用されており、彼らが数年。場合によっては十数年かけて育成する事で暗殺者であるリコリスは育成される。

 とはいえDAは極秘の組織であり、表社会はもちろん裏社会ですらその名を知る者は殆どいない。よって戦闘教官に限らず、DAの職員というのは大抵DA側が選んだ人物か、そうでなければDAの事を知ってしまった人物が命を奪われる対価として、自らの技術をDAという組織に提供する事で成り立っている場合が多い。

 

 そしてDA東京支部で戦闘教官を務めているうちの一人、カズヒラ・ミラーもまた「知ってしまった」タイプの一人であった。

 カズヒラ・ミラーという男の人生は、その生まれも含めて奇特なものであった。

 第二次世界大戦後に日本の母とアメリカ軍人の父の間に生まれ、少年時代に渡米してアメリカの大学を卒業。その後日本に戻ると自衛隊に入隊した。

 しかし母が死んだことに加え、自衛隊の「専守防衛」という理念に馴染めないという理由から退職。その後は各地を放浪し、最終的に中南米の一国で反政府軍の指導教官というポジションを得ていた。

 そこで出会った男が彼の世界を変えた。

 その男こそがBIGBOSSこと伝説の傭兵スネークである。

 依頼を受けて政府軍を率いていたスネークは、瞬く間にミラーが率いていた反政府軍を制圧。教官を務めていたミラーも生け捕りになった。

 その後なんやかんやあってスネークのカリスマ性に惹かれていったミラーは、彼と共に民間軍事組織「国境なき軍隊」を設立したり、その本拠地が壊滅した後は新たにPF(プライベート・フォース)であるダイアモンド・ドッグズを運営したりしていた。

 ミラーはスネークと共に運営していた組織では常にナンバー2であった事もあり、なんだかんだでその界隈では顔が利く存在でもあったのだが、それが負の側面を持つことも多かった。

 例えば、故郷である日本に依頼のついでに遊びに来た時の事である。当時はPFという組織の価値を利用したテロリストも増えており、ダイアモンド・ドッグズの司令官であった彼はDAから脅威であると認定された事によってリコリスの襲撃を受けた。

 それがミラーとリコリスの最初の出会いであった。

 彼は驚愕した。自分の生まれた国で、まさか少女を暗殺者にした政府が関わる組織があるという事に。そんなものは世界のどんな国を見てもここだけだ。

 復讐という炎に心を焼かれたカズヒラ・ミラーは、しかしそれでも子供を戦争に関わらせる事に否定的だった。

 ダイアモンド・ドッグズの任務中に回収された少年兵達は、その全てが銃を捨てて生きる事ができるようマザーベース内で教育が行われている。そもそも彼らが活動していたのは「戦うために生きる者の理想郷」を作る事を目的としていたのであって、戦う必要のない人間を戦わせるためではないのだ。

 

 そんなこんなでリコリスを意図せず「知ってしまった」カズヒラ・ミラーだが、彼女らに興味を持ったのもまた事実。ある意味では新しい暗殺者のモデルであるし、その在り方は暗殺の理想を体現していると言ってもいい。

 敵が陣地内に入ってから排除するという、まさしくかつての自分が忌避した専守防衛だからこそ実現できる彼女らの戦術は、しかし戦争を間近で見てきた彼にとって興味を惹かれるものだった。

 諜報班による情報収集は困難を極めた。なにしろ日本政府が危険だと感じ取った段階で消されるのだから、情報収集もへったくれもない。それでもミラーは長い年月をかけて情報を集めに集めまくった。

 そしてミラーがDAと接触する機会を手に入れたのは、SASやグリーンベレー、FOXHOUNDなどの特殊部隊の教官役として招致されていた後の事で、丁度ミラーが現役を引退した頃でもあった。

 彼はDAと接触するなり文句を言った。少女を暗殺者にするのは間違っている、と。ただそれだけを言うだけにミラーは情報を集めていた。

 いつかしっぺ返しが来ると言って、去ろうとする彼を引き留めたのはDAだった。

 ミラーの手腕はその業界ではよく知られていた。中南米で口八丁で指揮していた時のへっぽこではなかった。だからこそDAはその手腕をふるって欲しいと懇願した。ミラーは退役軍人などを教官に当てているDAでも欲しがるほどの人材だった。

 

「いいだろう。だが、俺がこの依頼を受けるのはあんたらの思想に納得がいったからじゃあない。本来なら俺達が守るべき子供たちが殺しの世界で死なないようにする為だ。分かったか」

 

 そう言って、ミラーは「俺の行う訓練内容に対して文句を付けない」という条件でDAのスカウトを承諾した。

 

 

 

 

 ______________________________________________________________________

 

 

 

 

 

 

「本当に年端もいかない少女を使うんだな」

 

 東京支部の司令官である楠木と共に訓練施設をガラス越しに見学しながら、ミラーは諦めたような声で呟く。

 十数年前、日本を訪れた際にリコリスに襲われた経験があるのでどういったものかは理解しているつもりではあった。しかし間近で見ると別の気分が湧いてくる。

 

「この棟で訓練しているのは、物心ついた頃からリコリスになる為の訓練をしている子たちばかり。そこいらの兵隊より経験はある」

 

「いや、使えないな」

 

 試してみるかと楠木に言われると意外にもミラーは承諾した。その場を通りかかったリコリスに司令である楠木が声をかけ、そこにいる男を拘束してみろと告げる。

 少しの逡巡の後にベージュ色の制服を着たリコリスが動く。ホルスターから抜いたハンドガンをサングラスをかけた男の方へ向けようと試みる。が、その一連の行動は無駄に終わった。

 ミラーはリコリスが躊躇っている間に片足を踏み出しており、両手で保持されたハンドガンが自分の方を向くよりも早く左手で手刀を作ってドミナント・ハンド(利き手)を弾き、残った右手でハンドガンを奪い取った。

 奪った後も隙は無く、素早くマガジンを抜きとり薬室内の弾薬を排出。完全に空になったハンドガンを楠木に手渡した。

 

「まるで使えない」

 

「だから使えるようにしてくれるんでしょう」

 

「“生き残らせるため”だ。ここから彼女達を連れ出して匿うなんて事は俺には不可能だからな」

 

 事実だった。

 国というものがどれだけ大きなものか。それをカズヒラ・ミラーという人間は嫌というほど理解していた。正確に言うならば、この日本という国の同盟国であるアメリカにおいて理解させられた。

 戦争をビジネスに変えた男は、同時に一つの国を作ろうとすらしていた。それを叩き潰したのは国を牛耳る者達だった。一時期は彼らと利害関係にあったミラーは、とある一件から彼らに対する復讐心を抱いていたが、それも叶わなかった。

 それほどに国というものは強大で、一人がどうこうできるものではなかった。DAも同じだ。ここは政府直属ではないにせよ、それと同等の関係にある組織だ。彼女らを今すぐ連れ出せる状態ではないし、連れ出してからどうすることもできない。寧ろ危険にするだけだ。

 ミラーが今できるのは、彼女らを死なせないために鍛える事だけ。

 

「それで十分。あなた達、彼は新たな“先生”のカズヒラ・ミラー戦闘教官です」

 

「カズヒラ・ミラーだ。これでも一応、君達と同じ日本人だ。よろしく」

 

 

 

 

 突如DAに加入したカズヒラ・ミラーという男はすぐに話題になった。

 どの戦闘教官より年を取っていて、それでいて誰よりも強く、そして何より教えるのが上手い。教官としての評価は上々だった。一方で鬼教官だという意見もあったが。

 

「いいか。射撃を行う為の姿勢というのは、いつでも教科書通りなのが正しい訳じゃない」

 

 彼の講義は大抵がキルハウスで行われた。教えてすぐに実践できるからだろう。

 

「腕を伸ばすアイソセレススタンスとウィーバースタンスを使っている者が殆どだろう……だが、君達リコリスの実戦においては適したものとは言い難い。何故だか分かるか?」

 

「奇襲が基本だからですか」

 

「そうだ。リコリスの主任務は暗殺なのは言うまでもないが、それはつまり街中で堂々と銃を構えている時間なんてない事を示している」

 

 そこまで言うと、ミラーはコートの下からハンドガンを抜いて構えて見せる。構えはオーソドックスなアイソセレススタンス。つまり両腕が上から見て綺麗な二等辺三角形を描くような構え方だ。

 続いてウィーバースタイルに変化させた。こちらは肩肘を曲げ、半身を前に出したもの。よくガンアクション系の映画に出てくるような構えだ。両方とも長身のミラーがやると、その風貌も相まってよく目立つ。

 

「こんな構えではキルハウス内で役立つはずもない。もちろん屋外でもだ。そこで」

 

 再びミラーは構えを変える。今度はハンドガンを胸元に寄せて構えただけの簡単なもの。アイアンサイトを使えるような構えですらなく、ただ胸元で持っているだけと言われても違和感が無いような持ち方だ。

 

「諸君にはC.A.Rシステムと呼ばれる近接戦闘術を覚えてもらう」

 

 C.A.Rシステム。それは主に至近距離戦闘を主眼に置いて開発された射撃スタイルで、元々はアメリカの警官の負傷率とその統計から編み出されたものだ。

 4つの構え方から構成されており、交戦距離とその目的に応じて切り替える事が前提で設計されている。

 至近距離戦を主眼に置いているだけあり、素早い動作を行う事や相手に武器を奪われない事などを重視している。

 

「大事なのはスマートさだ。わざわざ大振りな動作を行う必要性はない。どうだ、やってみろ」

 

 指導を受けているリコリスがこぞって構えを真似る。いつもと違う構え方に違和感を覚えるリコリスも多いようだが、逆に妙にしっくりときている者もいるようだ。

 ミラーが目をかけたのは白色の髪の少女。飲み込みが速いだけでなく、素質も十分。教えたその日の模擬戦で既にC.A.Rシステムを使いこなしている。が、ミラーが驚いたのはそれだけではなかった。

 この少女──錦木千束というらしい──は弾を避けるのだ。

 以前より千束を指導している黒人教官(ミカ)曰く、相手の表情や筋肉の動きなどを読み取り、優れた洞察力によって次に撃ってくる場所を予測している……らしいのだが。

 

 

 

「そんなことを人間が可能なのか」

 

 

 

 厳密に言えば、やり口は違えどやれる人間をミラーは知っているのだが、こんな少女が歴戦の英雄と同様の事ができるなんて異常だ。

 やれる人物がいる以上仕方ないし、実際に模擬戦内で実行しているのをミラーは見ている。それも一対一でのものではなく、複数人に囲まれた状態でも可能だというのだから始末に負えない。

 とある時、ミラーはミカと飲む機会があったために理由を聞いてみた。彼女を育てているのが彼だと聞いたからだ。もし弾丸の回避なんて芸当を教え込んだのがこの男であるならばと思ったのだ。

 が、しかしそんな思惑は外れた。彼は基礎的な要素を教え、それについていくように鍛えたにすぎないと言ったからだ。

 

「強いて言うならば、『才能』だよ」

 

「才能、ねぇ……」

 

 ミカの言う通り『才能』だと言うしかなかった。

 実際問題才能はある。それもとんでもない程に大きな才能が。並外れた集中力と洞察力は模擬戦で見せた通りだし、戦闘時の冷徹な判断力は大きな武器になるだろう。

 

「だが身体が才能についていっているかどうかは別だぞ」

 

「どういう意味だ」

 

「そのままの意味だ。俺はDAに雇われている身だから口出しできないが、このままやっていくなら千束は数週間以内に倒れるだろうな」

 

 もっと気にかけてやれ。そう言ってミラーは席を後にした。

 ミラーが何を言っているのかミカが理解するのに、数週間どころか1週間もかからなかった。

 とある模擬戦中に千束が突然倒れたからだった。




ちょいちょいちょいが好きです。


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第二話

 DA関東支部の医療棟。そのICU(集中治療室)前のベンチに、大の大人2人が腰かけていた。双方共に別の意味合いで表情は険しかった。

 重苦しい空気の中、サングラスをかけた方──ミラーが口を開く。

 

「言っただろう、気をかけてやれと。それとも別の意味合いで受け取ったのか」

 

「いや、お前さんの言う通り私の監督不行き届きだ」

 

「直接的な原因は医師の見解にあったように先天性の疾患だ。そもそも発見できずにリコリスとして採用した医療スタッフに問題があるだろう。あんたのせいじゃない。問題は別にある」

 

「別?」

 

 何もミラーは今回の責任をミカに押し付けたい訳じゃない。そんなことをしても何の進展もない。

 では何を望んでいるかと言えば、この後の事だ。

 

「現代の医療技術では完治は不可能。だがあんたはこれをどうにかできるコネクションを持っている。違うか?」

 

「お見通しか」

 

「アラン機関。確かに奴らならどうにかできる技術力があるだろう。だが、完全じゃないはずだ」

 

「リコリスの現役は18程度だ。問題はない」

 

「そうか」

 

 彼にとって、千束は才能あるリコリスの一人でしかない。それが分かった今、ミラーにとってこの問答は時間の無駄でしかなかった。

 気分が悪かった。何が「平和を守る為」だ。少女一人の人生すら守れない奴らが、自分達のエゴを押し付けているだけじゃないか。その気持ちを込めるように右腕でミカの横の壁を殴りつける。

 今、ミラーの右腕と左脚は義手と義足の状態だ。その破壊力は凄まじく、相当に頑丈な作りの筈の壁にヒビが入る程の威力だ。

 

「言っておくが、俺は子供が嫌いだ」

 

「私も特別好きなわけじゃない。脚がこうじゃなきゃ受けない仕事だよ」

 

「そうか。だが『銃をぶっ放す奴らは特に』という修飾語が付くのを忘れるな」

 

 その言葉にミカは顔を上げる。そこにあったのは鬼の顔であった。

 彼は理解した。この男が本当に、リコリスという存在とDAという組織を嫌悪しているのだと。そして、DAで働く自分もその対象なのだと。

 もう一度、今度はミカの頭を中心に線対称な位置を殴る。先ほどと同様、ミラーの右腕は壁にめり込む。

 

「そして、子供に銃を渡す奴はもっと嫌いだ」

 

 語気が強まるのを感じた。

 

「あんたはキューバ革命後、中南米の各地のゲリラに参加する少年少女達を見たことがあるか? 80年代のアフリカ、大人に薬物で銃を撃つことを教え込まれた少年兵達をあんたは見たことがあるか? あんたらは同じだ」

 

「何?」

 

「日本の平和の為だなんて大層な事をほざいてるが、何も少女達を洗脳教育してまで戦わせる必要はない。何のために警察と自衛隊があると思っている」

 

 銃を握るのは戦う事でしか生きられない者(俺たち)の仕事。カズヒラ・ミラーという男は、常にその考えを崩す事は無かった。これはかつて復讐の炎を滾らせていた時も同様に。

 未来ある子供達から言語を奪い、自由を奪い、銃を与えた結果がどうなるか。その果てを彼は見たことがあった。英語という言語をこの世から消し去ろうとした、自分達の家を奪った忌々しい奴を知っていた。

 発端は違えど、DAがやっているのはそういった存在を生み出す行為だ。

 

「……アラン機関が関わるのなら対価は重い筈だ。あんたは問題ないと考えているようだが、子供という奴は俺達の想像を超えてくるものだ。その時一番後悔するのはあの子ではなくあんただという事を忘れるなよ」

 

 尤も、今のあんたじゃ考えは変わらないだろうが。そう言い捨ててミラーはその場を去った。

 その後、アラン機関が千束に対して支援を行う事を決定した。千束の支援者であるアラン機関のエージェントはこう言った。

「殺しの才能を世界に届けてください」と。

 

 

 

 

「アイツが生きていれば、というのは虫がいい話か」

 

 

 

 

 

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 数日後、ミラーの目の前を車椅子で走り回るのは手術を受けた後の千束。結局アラン機関の支援を受ける事に決めたらしい。

 アラン機関の歴史は中々深い。20世紀初頭には既に存在していたという話まである程だ。彼らの目的ははっきりとしていないが、才能を持つ人間を支援しているのは確かだ。

 支援と言えば聞こえはいいが、実際のところはそう甘い世界ではない。彼らは才能を活かす為に支援をしているのであって、才能を活かせなくなった人間に対しては冷たい。腕を失った天才ピアニストが超高性能な義手を支援で貰ったのにも関わらず、ピアノをトラウマなどで弾けなくなったという理由で義手を返却する事態になったという事例まである。

 千束の才能は「殺し」の才能だ。つまり、アラン機関を納得させるには千束に人殺しをさせる他ない。普通に生きるにあたっては実現不可能な才能だが、リコリスであればそれを活かすのは簡単だ。支援が受けれたのはそれも理由の一つとしてあるに違いない。

 だが現実はそう上手くいかないもので、千束は自分の命を救ってくれた「救世主」に憧れたのか「人を救う」ことを目指すようになってしまった。より正しく言えば人を殺せなくなってしまった。

 皮肉なものだ。人を殺す才能を見出されたから命が助かったのに、彼女は人を殺す事をやめてしまったのだ。

 そしてその結果、DAは彼女の戦闘評価を最高のA+から最低のD-まで落とした。ターゲットを殺せないリコリスに用はないという事だ。

 ミラーはこの組織に既に辟易していた。

 

「確かに、街中で紛れ込むという事の戦略的優位性は理解している。だが、なぜハンドガンに拘るんだ」

 

「政府との契約でね」

 

「政府に言えないような仕事までしてる癖に、よくぬけぬけとそんなことが言えたもんだ。いいか、人命がかかってるんだ。屋内での制圧戦闘が必要になる場合の死亡率は俺が纏めた通りだ。ショットガンなりPDWなり、採用すべきなんじゃないか」

 

 聞く耳をもたなかった。

 どうもDAと政府はリコリスを生かしておこうという気概すらないようで、任務中にリコリスが死ぬことについて何も思っていないようであった。

 ミカが言っていた通り、リコリスの現役はせいぜい18歳である。これはつまり、18歳以上まで生き延びたリコリスが過去にいない。もしくは生き延びたとして先がないという事を示しているのではないか。そうミラーは邪推してしまう。

 隊長クラスのファーストやセカンドはともかく、サードに関しては捨て駒として使われることも少なくない。

 奇襲が基本戦法のリコリスだが、制圧戦の場合はその基本を捨て去る必要がある。正面戦闘を行う事なく建物を丸ごと制圧する事ができるのは、さしずめ潜入を完璧に行えるプロ(BIGBOSS)だけだからだ。強襲を行うことで初撃を成功させたとしても、奥の部屋に向かうにつれ抵抗は強まる。そうなった時、防弾ベストもヘルメットも無い、ハンドガンだけを装備したリコリスは不利だ。

 彼女らの生存率を上げるには、任務ごとに装備を選択できる柔軟性と、もし撃たれた場合に身体を守る防具と治療具の携行率が致命的なまでに不足していた。

 

 そこでミラーは独自に動く事を決めた。

 彼の業界での顔の広さは凄まじい。かつての仲間や同業者は、こぞってミラーを手助けしてくれた。

 そんなこんなで日本政府にバレないよう、法の網を潜り抜けて集めたのが歩兵一個小隊分の装備。東京支部に納入するまではDA上層部とAIであるラジアータですら見抜けなかったことを考えると、通常の4倍近い費用もそこまで痛くはなかった。

 彼はDAに文句を言わせる前に動く必要があったのだ。

 

 

 後日、ミラーはセカンド数名とその部下にする為のサードを選抜した。

 ファーストはDA上層部と繋がっている可能性を鑑みて選ばなかった。

 悔しいが、まだミラーにはDAと真正面からやり合うだけの信頼と実績がDA内になかった。いかに外で有名なミラーもリコリスからすれば戦闘教官の一人なのだ。

 キルハウス内の空きスペースに総勢30名を集めたミラーは、彼女らに防弾チョッキやタクティカルリグを渡して装備するように促した。

 困惑しつつも言われた通りに装備したリコリスを10名1組のチームに分け、整列させた。

 

「今回俺が選抜したお前たちには、他のリコリスとは異なる訓練を受けてもらう」

 

 選抜という言葉にベージュの制服を着た少女達は身震いをする。3段階に分かれているリコリスの等級の中で最下位の彼女達は、自分が選ばれたという事実を噛み締めていた。

 その姿を見たミラーは、この少女達が普通の暮らしができない事を見せつけられているかのようだった。

 世界中のどの国の少年兵より、彼女達は恐ろしい程に戦争というものに慣れているのだ。

 

「お前たちも分かっている通り、リコリスの任務の大半は暗殺だ。しかし稀に発生する制圧・強襲任務での死亡率は、リコリスの殉職率のおよそ70%を占める」

 

 リコリス達は黙ったままだ。恐らく彼女達の中にも理解できている者がいるのだろう。反論はなかった。

 

「理由は単純だ。暗殺任務と同じ装備で挑んでいる事。そして専用の訓練を受けていない事。この2点が不足している。死亡率の高さも納得の理由だろう」

 

 当たり前だが暗殺と制圧は違う。

 必要とされる技術も、求められる判断力も、交戦距離も、連携の重要性も異なる。リコリスは暗殺者として育てられるが、正面戦闘のプロとしては育てられることはない。

 

「よって、ここでは俺が用意した装備で可能な限りの訓練を積んでもらう。部隊での連携、状況に適した武器の扱い方……俺が教えられること全てをお前らに叩き込む!」

 

 

 

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「文句を言わないんだな」

 

 司令室のソファに座っているミラーは、出されたコーヒーを飲みながら意外そうに口にした。

 キルハウス内で行った訓練はDAの意向に背くものであり、何かしらのアクションが上層部や司令からかけられるとミラーは考えていた。

 もちろん対策としていくつかの案は用意していたし、カウンターとなり得る手段も設けていた。が、呼び出された割には何もない。

 

「死亡率に関しては問題視はしていたからな。まさか個人で装備を輸入するとは思わなかったが。よくもまぁラジアータを欺けたものだ」

 

「伝手は多いからな。年を取るのは悪い事ばかりじゃない」

 

「で、リコリスをどうするつもりだ」

 

「ミカという戦闘教官にも言ったが、俺は子供が嫌いだ。特に銃をぶっ放す奴らは」

 

 だから、銃を撃たなくていいように変えてやる。

 銃を撃つのは子供の役目じゃない。俺のような奴の役目だ。それがミラーの思想であった。

 彼は子供嫌いだと自称しているが実際はその逆だ。

 子供(未来)が好きだった。彼らが平和な世界で生きるようにしてやる事が夢だった。だから、住む世界を分けようとした。

 

「リコリスには戸籍も何もない。その後はどうするつもりだ」

 

「言っただろう。俺には伝手が多い」

 

 何も日本だけが世界の全てではない。世界は広い。深淵に触れるようなことをしてきたミラーですら、その全てを知る事はできないだろう。

 だが子供達に世界を知る権利を授ける事はできる。

 かつて、彼が慕った男が作った独立要塞国家ザンジバーランド。世界と全面戦争をする為に作られたあの要塞国家は、しかしその内部には孤児達を養育する施設があった。

 あそこまで大がかりとはいかないがやりようはある。信用できる伝手もある為、ちょっとした孤島や海上プラントを買い上げて養育施設を作る事もできるだろう。

 

「なんにせよ、18を超えたリコリスがどうなるか分からない以上、手をこまねいている訳にもいかない」

 

「それを私の前で言うのか?」

 

「結果を出せば問題はない。そうだろう。不本意だが、今俺は彼女らを死なせない為に殺しをさせようとしている訳だからな」

 

「……いいだろう。ただ、結果が出なかった場合はどうする」

 

「それについては心配する必要はない。結果は必ず出る。そう、必ずだ」

 




カズヒラ・ミラーの経歴

PW・GZ → TPP → MG → MG2 → ??? → DA戦闘教官に
大雑把に並べるとこの形になります
MGS、MGS2、MGS4の事件は発生していますが、リコリコ世界に大きな影響がないよう改変事項はあります
たぶんちょいちょいちょいって感じに出てきます


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第三話

 DA東京支部第4屋内戦闘訓練場は今日も騒がしい。朝の7時に30人のリコリスが集められ、ミラーによる戦闘訓練が夕方18時まで続けられる。

 通常のリコリスと異なり、ボディアーマーやハンドガン以外の武器も装備していた。

 閃光手榴弾(フラッシュバン)やスモークグレネードなどの非殺傷武器は実際のものが使用され、攻撃を喰らった際の痛みを体感できるように、マガジンには専用のゴム弾が装填されている。

 

「コンタクト! 正面!」

 

「制圧射撃!」

 

 銃口から放たれる弾幕は、彼女達にとってこれまでの数十倍ともとれるほどの濃密さだ。敵味方双方がキルハウス内に配置された遮蔽物や壁に身を寄せ、お互いのリロードの隙を伺いながら移動を繰り返していく。

 攻撃側と防衛側で行われるこの訓練では、特に「攻撃三倍の法則」と「機動防御」の重要性をミラーによって説かれていた。

 それを実践するためにチーム比で2対1、人数比で20対10の戦闘を代わるがわる行っていた。

 

「フキ! フキ!」

 

「なんだ!」

 

「5時の方向から別動隊6! 囲まれる!」

 

 今回の防衛側は春川フキ率いるCチームは最終防衛地点を基点に数多の防衛線を構築し、それを3つに分かれて順繰りに動き回る事によるゲリラ戦のような防衛を行っていたが、時間が経つにつれてそれも苦しくなってきた。

 物陰から隠れつつ手持ちのP90をノールックで叩き込み遅延する。如何に訓練されて身体能力が高いリコリスといえど、弾幕の雨の中接近は不可能。簡単かつ弾薬消費の多い策だが、確実かつ安全な方法でもあった。

 タクティカルリグから最後のマガジンを抜き取り銃に叩き込む。

 

「前線を下げる。ポイントC3まで後退しろ」

 

「分かった」

 

 スリングを使ってP90を背中に回すと、ホルスターからはハンドガンを。リグからはグレネードを取り出し、ピンを抜いて投げる。

 缶から溢れ出した灰色の煙は瞬く間に通路に充満し、攻め手の視界を遮った。

 制圧射撃は行われたが効果は薄く、そのうちにフキ達はラインを下げた。取り逃がしたようにも思えるが、見方を変えれば追い詰めていると言えなくもない。どう捉えるかは立場次第と言ったところである。

 

 

 

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「結果は攻撃側の勝利。時間制という条件の中、よく攻め入る事ができた」

 

「……」

 

 結果はフキ率いるCチームの敗北。前線を下げる前に戦力を削る事が出来なかったのが大きいだろう。

 エリアコントロールの観点から、支配地域が少なくなる前に人数を削り、また相手の弾薬などを減らすのは必要不可欠であった。包囲殲滅を避ける為には人数を減らすか、もしくは自陣の拡大を行うのが一番だ。

 そのどちらもが不可能になった時点で、機動防御という概念は崩れてしまった。

 

「防衛側についてはいろいろ言いたい事はあるが……しかし、今回の演習はどこのチームがやっても防衛側は負けると俺は睨んでいた」

 

「どういう事ですか」

 

「リコリスの本質は奇襲戦法にある。それ故、普通の兵士と比べると攻撃に関する技術は高くても、防衛戦術については並の兵隊より一歩……いや、三歩程は遅れている」

 

 ミラーに言わせればこうだ。日本の自衛隊でもそうである通り、防衛陣地の構築から学ばされる兵士とは違い、そもそも防衛戦になる事がない。それを想定する必要性が無いという観点から、リコリスの教育課程に防衛戦術を学ぶ事は除外されているというのだ。

 教育課程において、近接格闘術(Close Quarters Combat)や諜報技術、サバイバルに関する知識まで幅広く教え込まれるリコリスだったが、これだけはカリキュラムになかった。

 

「しかし、なにも暗殺するだけがリコリスの仕事ではない。要人の警護やテロとの戦闘などでは防衛戦に関する知識は必要になる。防衛する側になってみないと分からない事もある。そうだろう?」

 

 実際、機動防御の概念自体は知っていたフキでも、それを有効に活用する事はできなかった。それは知識や経験だけでなく、対峙した別チームにリコリスとして攻撃面で教え込まれた事を実行されていたからでもあった。

 今まではそれが何故有効なのかを考えてはこなかったが、やられてみると確かにキツイものがあった。

 

「お前たちは自分が何を教えられているのかを理解しきれていない。やられる側の立場になれ。何を、どういう状況で行われるのが苦しいかを学ぶんだ。今日はここからCQCの訓練に移る! 2人組を作り組手を行う。5分ごとに組み合わせを変えることにする。よし、始め!」

 

 

 

 

 

 

「随分と厳しくやっているな」

 

 キルハウス内にスピーカーで指示を出しているとミカが部屋の中に入ってきた。

 ミラーが東京支部でやっている事は、閉鎖的なDAの中ではそこそこ有名だ。新入りの戦闘教官が独断でリコリスを選抜し、カリキュラムにない訓練を行っている。そんな噂は一瞬で広まっていた。その真意を知るのは、ミラーと彼と腹を割って話した者だけだ。

 

「殺す気はないからな」

 

「別に死なせたい訳じゃ……」

 

「そうか? あんた、千束を見出したとかで司令官になるんだってな。よかったじゃないか」

 

 最大限の皮肉であった。ミカは良くも悪くもDAで働く一職員。そんな印象がミラーにはあった。

 子供を戦闘兵器として育て、道具として割り切って扱い、その命を燃やして仮初の欺瞞に満ちた平和を力ずくで成り立たせる。紛争地帯も真っ青な状態のDAにおいて、一般的でないのは寧ろミラーである。ミカは司令官になれてさぞ嬉しいんだろうと、そう思っていた。のだが。

 

「……ああ、そうかもな」

 

「意外な反応だな」

 

 思った以上に重たい反応をミカは示した。千束の手術の話が持ち上がった頃は、あれほどまでに安堵した顔をしていた癖に。

 どういう風の吹き回しだろうと思ったミラーは心当たりを思い出した。あり得るとすればこの線しかない。

 千束の思考が彼らの想像の反対側に向いてしまった。しかも想像以上に早く。

 

「アラン機関がどう動くか心配か?」

 

「!?」

 

「話は本人から既に聞いてる。彼女にはもう人は殺せないだろう」

 

「その通りだ」

 

 千束は手術後に大きく変わってしまった。特に大きく変わったのは、人を救うという点に強く拘るようになったことだ。

 彼女は命を救われた。命を奪う為に育てられた殺しの天才が、命を奪う為に生かされて、命を救う事に固執するようになった。なんと皮肉な事だろうか。

 アラン機関のエージェントを彼女は「救世主」と言う。不治の病から救ってくれた恩人なのだ。彼女にとっては確かに救世主で間違いないだろう。アラン機関のエージェントは、支援した相手に正体を知られてはならない。接触してはならない。その規則があったが為に生まれたその刷り込みは、しかし彼女にとって非常に大きなものになってしまった。

 殺すのではなく、誰かの救世主になりたい。と。

 

「命を奪う為に生きてきた少女が、初めて命を救う事を知った。その衝撃は大きいものだったに違いない。あんたらは子供という存在を甘く見てたんだ」

 

「ああ。だから、司令官になるという話は蹴った」

 

「なに?」

 

「あの子のやりたい事をやらせてやりたいんだ」

 

 ミカは既に千束に大きく入れ込んでいた。リコリスを道具としてしか認識できないDA職員から、彼女達に感情移入してしまうまでに変貌していた。

 彼は一種の父性に目覚めていた。

 

「DAにとって殺しができないリコリスはいらない。だが、千束という規格外の戦力を失うのはDAとしても大きな損失だ」

 

「だから飼い殺しにする気なんだろう?」

 

 ミラーの返答にミカは思いつめた表情で頷いた。

 殺しはできなくても捕縛はできる。DAはそれだけの理由で千束を囲い込んでおきたかったのだ。

 野放しにするには危険が過ぎ、また処分するには惜しいというのがDA上層部の史上最高のリコリス(錦木千束)に対する評価であった。

 だからミカと上層部は一つの賭けをする事になったのだ。

 

「……今朝、ラジアータが大規模テロの兆候を取得した。場所は東京新電波塔(スカイツリー)。テロ集団の数はおおよそ数十人といったところらしい」

 

「テロリストが数十人だって? そりゃもうテロじゃなくて一つの戦争だな」

 

「ああ。事実リーダーは各国を渡り歩いた戦争屋だ。ソイツらを千束一人で鎮圧する。それがDA上層部と俺が取り決めた賭けだ」

 

「報酬は?」

 

「東京都内に千束の左遷先……つまりはDAの例外的支部を作ること。そしてその運営に口出しをしないこと。この二つだ」

 

 失敗してもDAにはそこまでの損失はない。史上最高のリコリスを失う事にはなるが、彼女もまた一人のリコリスに過ぎない。そもそもそんな人材が必要になる状況になる前にどうにかするのがDAなのだから、生き殺しにするしかなくなった彼女を置いておくよりかは殉職にする方が都合は良い。

 逆に成功したらしたで問題はない。伝説のリコリスという偶像をリコリス内に置く事ができる。ミカとの取引で決まった事に関しては、金銭的な損失はあれどその他に不利益になるような項目は無い。

 どう転んでもDAに悪い事はなかった。

 

「で、鎮圧はどうやってする気だ? 千束の意思を尊重するのなら、もちろん殺しは無しの方向でいくんだろう?」

 

「もちろんだ。実はその方法を悩んでいたんだが、さっきの演習を見て思いついたんだよ」

 

 そう言ってミカがポケットから取り出したのは、演習でも使っていたゴム弾。ペイント弾と合わせてDA内の模擬戦で使われる一般的なものだ。

 

「なるほど。だが認識が甘いな」

 

 ミラーはコートの中に左手を突っ込み、ホルスターから自身のハンドガンを抜いた。ミカはそれを見て驚愕するが、足の悪い彼が今から逃げるのは不可能だった。

 西部劇のガンマンもかくやと言うような速度の早撃ちは、空間を切り裂くような甲高い射撃音を部屋内に撒き散らした。

 狙いが外れる事のなかったミラーの射撃による弾は、間違いなくミカの身体を貫く……事はなかった。

 

「どうだ?」

 

「コイツは……どういう事だ」

 

 マガジンの中に入っていたのはゴム弾。それもミカが見せたのと同じもの。

 撃たれた本人は命中した腹の周りをさすってはいるものの、その行為自体がどれだけこのゴム弾が貧弱な威力しか持たないのかを表していた。

 成人男性が防弾具も何も無しに当たったとしても、ちょっと痛い程度で済む模擬戦用ゴム弾。屋内訓練用に亜音速以下の弾速しか出ないこんなもので制圧ができる訳がない。

 

「ゴム弾と言えど模擬弾と実戦用弾は異なる。DA内部においてゴム弾の定義は前者の模擬弾に限られている。リコリスが模擬戦の度に気を失っていたら訓練にならないし、ゴム弾を相手に使う事は基本無いからな」

 

「つまり」

 

「つまりコイツで実戦経験のあるテロリストを制圧するのは不可能だ」

 

 そう言い切るとミカは頭を抱え込んだ。どうやら本当にこれで上手くいくと思っていたらしい。

 頭を抱える様子を見て、ミラーは一つの疑問が浮かぶ。

 

「というかあんた、自分の組織内でどんな模擬弾を使ってるか確認すらしてなかったのか?」

 

「その模擬弾使ってるのはミラーぐらいだよ」

 

 それはそれで問題があるような気がするとまでは口を出さなかった。

 

「……そうか。ちなみに弾の問題だが、どうにかする方法次第はある」

 

「本当か!?」

 

「ああ、少しばかり時間と手間はかかるがな」

 

 そういって机の上に一つの箱が置かれた。丁寧に梱包されたその箱は異様に重かった。

 開けてみれば驚愕だ。中に入っていたのはまさに銃弾作成キットとでも言うようなもので、しかもご丁寧に千束がアラン機関から送られたM1911の9mmパラベラム弾モデル用の部品が大量に入っている。

 それだけならただのキットなのだが、弾頭のものだけ妙な素材でできていた。

 

「これは?」

 

「とあるメーカーが最新の技術をつぎ込んで作成した“非殺傷徹甲ゴム弾”だ」

 

「徹甲……って、本当に非殺傷なのかそれ」

 

 完成品をコートの内ポケットから一発取り出したミラーは、自身のハンドガンにそれを装填した。

 

「死ぬほど痛いが試してみるか?」

 

「おいおい……まぁ、大丈夫なんだろ」

 

 答えを聞くか聞かないうちに乾いた銃声が一発。排莢された空薬莢が地面の上でカランと転がった。

 問題の弾丸はミカの真横を通り過ぎ、背後の壁にめり込んだ。

 DAの壁は非金属だが堅い。それを貫通できていないのに“徹甲”というネーミングに、ミカは怪訝な顔をした。

 

「そんな顔をしないでくれ。ちゃんと説明はするさ」

 

 壁によって砕けた弾頭をミラーがつまむ。赤い血糊のような色をしたゴム状の物体がボロボロの状態で残っている。残っている弾頭の破片はこれだけ。後は文字通り血糊をスプレーでぶちまけたかのように、壁に赤色が広がっている。

 

「コイツの弾頭は非常に特殊で、弾頭の表面にメタリックアーキアという古細菌を使った膜が張られている。この細菌は金属を代謝に使う珍しいヤツで、高温・低温・放射能下などの極限環境でのみ増殖する」

 

「それが徹甲の仕組みか」

 

「そうだ。金属部に触れた弾頭の表面は、高速で回転する硬質ゴムと金属による高温環境下へ変貌し、メタリックアーキアの活動が活発化する。触れている金属部を喰い荒らしたメタリックアーキアはエネルギーを消費して増殖し、更に金属を喰い荒らす。にも関わらず、メタリックアーキアは布や木材などを含めた有機物には無害。よって金属以外に触れた場合は高温環境下で増殖はしたとしてもなんの影響ももたらさない。これが非殺傷徹甲ゴム弾のカラクリだ」

 

 これならば装甲車程度の装甲板は貫通して内部にゴム弾を通す事もできるはず。なのだが、もちろん弱点もあるとミラーは言う。

 メタリックアーキアは有機物の代わりに金属を代謝すると言ったが、別に無機物であればいいのではない。金属であることが重要なのだ。

 非金属はどれも無理という事は、ガラスなんかの貫通は完全にゴム弾自体のパワーに任せきり。車なんかを狙う場合は狙いを考える必要がある。

 ついでに言えば弾自体の問題もある。このゴム弾はいくつもの要素が組み合わさった弾なのだ。

 メタリックアーキア膜による金属腐食性能はもちろん、訓練された大人の兵士が気絶するレベルの質量を持ったゴム弾頭。それに加えて命中時は相手の死亡を偽装する血糊を兼ねたゴム塗料の内蔵。

 メインだけ抜き取ってもこれだけの要素がある弾は、もちろんコストがかかる。特にメタリックアーキアにコストがかかる。しかも金属に反応するせいで機械による量産が難しい。

 

「だからハンドメイドで作る必要があるんだ」

 

「なるほど……」

 

「で、これはオマケなんだが、命中率も低い」

 

「どれくらい」

 

「試しに俺が10m射撃を行ったが、それでもマトモに真っすぐ弾が飛ばなかったほど。理由は膜に使用したメタリックアーキアが、発砲時の衝撃で活性化してライフリングを傷つけるせいだろう」

 

 ふむ、とミカは唸る。

 確かに10m程度の距離ですらまともに飛ばないのは致命的だ。ハンドメイドで作らないとならない以上、数も用意はできない。だが、性能面ではこの世で出ているどの非殺傷弾よりも高性能だろう。

 近距離ですら当たらないのなら、至近距離に近づけばいい。そしてその技術が千束にはある。

 千束は目がいい。相手の筋肉、視線の動きなどを見る事で次の動きを見抜く程の洞察力と観察力がある。更に同年代のリコリスより数倍は高い身体能力を合わせ、彼女は弾を避けるなどというマトリックスも真っ青な動きを見せる。

 そんな彼女であれば、きっとこの弾も使えるだろう。

 

「話をここまで聞いといてなんだが……本当にいいのか?」

 

「元々、あんたがやらなければ俺がやろうと思っていたんだ。実行犯が変わっただけで問題はないだろう」

 

「恩に着る」

 

 ミカはハンドメイドキットを受け取り、部屋を去った。

 残されたミラーはリコリス達にスピーカーで訓練の終了を告げ、食事に行かせた。一人残った彼は、懐から電話を取り出す。

 

 

「ああ。予想以上に早かったが計画は進行している。開発班の奴には新型弾の件、感謝していると伝えてくれ」

 

『電波塔テロは止めなくていいのか?』

 

「止める必要はない。隠蔽しきれないテロに対し、DAがどう出るか様子を見たい」

 

『回収は?』

 

「クリーナーに偽装して行う。電波塔に派遣されるのは、新型弾を装備したリコリス一人だけ。ベースまで運んでやってくれ」

 

『分かった』

 

 

 

「頼むぞ、ウォールナット」

 




10話でミカが司令官だったっぽい事言っててちょっと扱いに困ってました

車のドアは貫通する癖に人には普通のゴム弾として機能するとかいう、ガルパンの謎カーボンもビックリな千束の特殊弾
この謎を解決できるメタルギア世界の技術凄いですよね……


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第四話

 日本の排他的経済水域から更に130海里程離れた太平洋上に、六角形の洋上プラントが合計5つ連結した形で建設されていた。

 蜂の巣を思わせるその形のプラントは90年代初頭、当時需要の高かった民間軍事組織(プライベート・フォース)によって一号棟が建設されたが、この場所自体があまり資源的に有利ではなかった事や、とある組織によって戦争経済の在り方自体が変化していった為に民間軍事組織自体の需要が減り、放棄されていた。

 それを海洋調査を目的に鯨保護団体が再度整備を行い、更に研究施設の増築を行った。

 

 というのが表向きの話。

 その正体は、カズヒラ・ミラーによって設立されたプライベート・フォース『ダイアモンド・ドッグズ(DD)』の拠点である。

 1970年代に設立されたDDは、その大半の機能や人員がアウターヘヴンと呼ばれる要塞国家へと移行していたのだが、それについて行かなかった者。そしてアウターヘヴン崩壊後にミラーが独自に集めた者によって1998年に再結成されていた。

 再結成されていたと言っても、その活動は海洋資源の採取とその売買に殆どを割いており、世界に認知されることはなかった。

 だがそれでよかった。

 ミラーとしては『もしもの事』が起きた時の緊急避難先であった為、下手に『愛国者達』に認知されたくなかったからだ。寧ろミラーが設立し直した事すら認知されなかったのは僥倖と言えた。

 そして『愛国者達』を含めた全てのしがらみから解放された今、DDはその姿を消す必要はなくなった。同時にカズヒラ・ミラーという人間も姿を消す時期は終わっていた。

 

 

 普段はDAから出ないミラーだが、電波塔事件の終結後に『とある人物の墓参り』を申告する事で日本を出国し、アメリカまで飛んだ後にわざわざ海路でこの拠点──マザーベースまで移動した。

 その主な目的は、電波塔事件を引き起こしたテロリストから、その目的を聞き出す事。ついでに仲間の様子でも見れれば幸いだった。

 捕らえる事ができたテロリストはたった一人。

 千束が非殺傷弾で無力化したというのに、DAはその上で()()を行う部隊を派遣したらしい。電波塔の中には死体一つ残ってはいなかった。

 回収できたテロリストも電波塔で見つけたのではなく、海辺まで逃げて力尽きたところを拾ったのだ。

 兎に角、何故ヤツは日本の電波塔をハイジャックしようとしたのか。それを聞きださなければ始まらないだろう。

 仲間にするにしろ、しないにしろ。

 

 

 

 ___________________________________

 

 

 

 

 最後に感じたのは、ボタンを押した際の感触とそれに伴う衝撃。

 自分達が占拠しようとしていた電波塔が崩れる音と共に、幾つもの瓦礫が落ちてくる感覚。それを聴覚だけで察知できたのが良かったのか悪かったのか。

 仲間は全て死んだだろう。

 意識のあるうちに遠くへ逃げようと、自然と回収ポイント近くまで来ていた。

 今回の作戦は失敗した。だが俺達の計画は終わらない。何度でも、世界が俺達を求めるまで戦う。そう決めていた。

 

 次に目覚めたのはこの冷たい部屋の中。

 牢という言葉が似あう部屋の中に手錠付きで安置されていたあたり、どうも捕縛されたらしい。少なくとも警察ではないはずだ。

 では何か? それが問題だ。

 軍? いや、日本に軍隊はない。かといって自衛隊に尋問室があるとも思えない。

 警察の特殊部隊でもないだろう。そうだとすれば警備が軽い。

 それに地理的な謎もある。微かだが聞こえる波の音。いくら俺が気絶したのが海辺だとしても、海のど真ん中に牢獄を建てるような場所は日本には無かったはずだ。

 

 ここがどこかを知る前に俺の耳が察知したのは、いくつかの足音。そのうち一つは金属音が混じっている……義足か? 

 複数人いるのは護衛だとして、その振動音から察するに装備しているのは西側系アサルトライフル。自分の拠点内にも関わらずご丁寧にボディアーマーまで着けてるあたり、相当教育が行き届いている奴らだ。

 という事は義足の奴が司令官か。そんな推測をしているうちに足音は俺の前で止まり、同時に扉が開けられた。

 

「起きてたか。悪いが、いくつか質問させて貰うぞ」

 

「あんたは?」

 

「安心しろ。電波塔でお前らを制圧した奴らじゃない」

 

 質問の答えになっていない。

 そもそも話が見えない。電波塔で俺達を襲ったのは、確かに一人だった。それも年齢が10もいかないような背丈の奴。

 だが目の前にいるのは大人。それも正規兵のような装備をしたヤツ。本当に別の組織なのか? だとすれば、あの少女は一体何者だ? 日本にこんな軍隊染みたのが幾つもいるとは思わなかった。

 

「さて一つ目に……お前達が電波塔をハイジャックした理由が知りたい」

 

「理由? 理由は一つ。俺達(PMC)の需要を再び生み出す為だ」

 

 1970年代。まだ俺が生まれてもいない頃、中南米で国境なき軍隊(MSF)という私兵軍隊が設立された。

 どこの国家にも属さず、あらゆる思想やイデオロギーにとらわれないフリーな軍隊。

 MSFは世界各地を放浪し、その武力を欲しがる国に金で自分達を売る事で活動する、言わばPMCの先駆け的存在だった。

 そんなMSFは1970年代後半になって姿を消す。当時から生きてるようなベテランの話によれば、カリブ海にある本拠地がアメリカの組織に潰されたとか、所持していた核が暴発したとか、そんな噂が流れている。

 消えてしまったのはしょうがないが、世界は彼らが消えても彼らを求めた。

 

 彼ら(MSF)は世界のバランスを変えた。

 

 法律上軍隊を持てない国、自国で軍隊を常時賄える程の資金力の無い国、侵略を受けて自国の軍隊だけでは抑えられない国。様々な国がMSFを──フリーな軍隊を求めていた。

 そして生まれたのが民間運営軍事組織(プライベート・フォース)。通称PFだ。

 “金で買える軍事力”の需要は日に日に高まり、その姿は世界各国で形を変えながら存在するようになった。

 中には非合法の存在も多くあったが、彼ら自身がどこの国にも縛られない組織であったがために黙認される形で存在し続け、その活動は時間が経つにつれ各国政府にすら認められるようになっていった。

 そして俺がPFに入って傭兵として活動して数年経った頃、戦争は変わった。徹底管理の時代が来た。

 

 PFは民間軍事請負会社(PMC)へと姿を変え、戦争はビジネスへと変化した。

 PMCの軍事力は他社と切磋琢磨するうちに強大化し、世界中の軍事力のおよそ60%がPMCのものとなった。

 俺達PMCの傭兵は身体にナノマシンを注入し、ID登録を行い、ID登録された銃を使い、ID登録された兵器を用いて戦争行為を行った。

 だがその戦争は俺達の為ではなく、俺達を雇ったどこかの誰かと相対するPMCを雇ったどこかの誰かの代わりに戦闘を行う代理戦争だ。

 戦争は既に一種の経済活動へと変貌していて、戦争経済なんて呼ばれるようにもなっていた。

 銃の売買や兵士の売買、戦争そのものの行く末に至るまで、全てが経済活動だった。

 戦争の動向や俺達傭兵の状態は常時注入されたナノマシンによって監視され、高性能AIによって管理されるようになっていった。

 

 それでも良かった。

 俺達はそれでしか食っていけない人間だったから、それで良かった。

 だがとある日、突然ナノマシンによる制御が無くなった。俺達はそれまで抑制されていた痛みや罪悪感に苛まれる事になった。

 そして同時に戦争経済は世界から消えた。

 管理・制御された戦争に慣れた世界は、それ以外の戦争を拒絶するようになっていた。

 PMCは職を失った。仕事場はあるとしても小さな紛争ぐらいなもので、今までのような巨大な市場は姿を消した。

 だが紛争地帯が世界から消えるには遅すぎた。PMCは多くなりすぎた。

 世界のバランスは元のルートからとっくの昔に変わってて、今更軌道修正するのは不可能だった。世界のバランスは崩れてしまった。

 

「だから俺達(PMC)は食い扶持を確保するために動いた。俺達(PMC)俺達(PMC)の手によって俺達(PMC)の需要を作る事にしたんだ」

 

「その為に電波塔を?」

 

「確かに数年前の仕事場は紛争地帯だったが、何も紛争地帯を増やそうって訳じゃない。俺達(PMC)の特徴は金で買えるって部分だ」

 

 時間が経つにつれ、PMC間で雇用を取り戻す為の組織が生まれ始めた。もちろん俺も参加し、計画の根幹に携わる事になった。

 その計画は、PMCの需要を復活させること。それも戦争経済以前の需要へと戻す事だった。

 

「つまり警察以上の武力を持ち、軍よりもフットワークの軽い存在。その立ち位置を取り戻すのが俺達の計画だった」

 

「なるほど。電波塔をハイジャックしたのは、警察で対処できない状況を作り出し尚且つ軍隊で手出しできない状況を作る為か」

 

「ああ。そんでもって未だ日本付近で活動しているPMCに依頼が飛ぶ。その依頼を受けた俺達の仲間のPMCが俺達を鎮圧する。そして世界は再びPMCの有用性を認識する」

 

「だが邪魔をされた」

 

「意味の分からない横槍を入れられた。仲間のPMCはいつになっても依頼が来ないと通信を入れてきた」

 

 それは計画の中に無い事だった。

 なにせ依頼を入れるように約束させたのは、戦争経済時代に上手い汁を吸っていたお偉いさんで、今回の計画にも一枚噛んでる奴だ。

 奴は日本の防衛に携わっていて、今回のハイジャックへの対応にPMCへ依頼するという進言を行う手筈だった。

 

「やって来たのは、たった1人だった。違うか?」

 

「……いや、複数人いた。20人は少なくともいたはずだ」

 

「なに? ……来たのはどんな奴だったか覚えているか? 少女だったりしなかったか?」

 

「10代ぐらいのが殆ど。いや、確か1人ばかり小さいのがいたか」

 

「なんてことだ……」

 

 驚いたような声を上げる相手。だが、そもそもコイツはどこまで知っているんだ。

 少なくとも俺達を襲撃した奴が“どこの誰か”というのを知ってはいるようだが、それにしては今の会話がかみ合わない。

 

「あんた、何者なんだ?」

 

「俺は……俺はカズヒラ・ミラー。お前の言うバランスを変えた(MSFを設立した)存在だ。どうだ、俺の部隊に来ないか? 少なくとも食い扶持には困らないし、上手くいけばお前達に横槍を入れた連中を潰す事もできる」

 

 その言葉を聞いた時、ピースが嵌った。

 世界のバランスが再び変わる。そんな音がした気がした。

 バランスが整うのか、また崩れるのか。どっちなのかは分からないが、この男について行けばこのクソッたれなバランスを変えられる。そんな確信めいた思いを抱く事ができた。

 俺は手錠で固められた腕を解かれ、彼と──ミラー司令と握手をした。

 

 




リコリコ本編でどんでん返しな情報が出ないかおっかなびっくりしながら書いてます

11話良かったですね
個人的に気になったのはクルミが話してる相手(?)が何者なのかってところ
AIって事はないだろうし……
ロボ太と真島に千束の映像見せたのが誰かも分かってないし……やっぱりウォールナット複数人説あるんですかね


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第五話

 DA東京支部内に用意された、自分の為の部屋の中にミラーはいた。

 定期的に行っている盗聴器や監視カメラの確認を済ませ、パソコンを開く。DDのハッカーによって設立された秘匿回線を使って通信を行えば、DAの誇る高性能AIラジアータをもってしても傍受するまでに数分はかかるようにできている。

 この仕組みを作った奴曰く「開かない鍵はないが、こじ開けるには時間がかかる」とのこと。

 マイクと骨伝導式イヤホンを用意し、コールを行う。相手の名前表示にはWALNUT(ウォールナット)とある。

 

「送った作戦データの解析終わったか?」

 

『ああ。結果から言えば、やっぱり隠蔽されてるリコリスがいるのは間違いない。各支部から少しずつ派遣したサードリコリスを使っていたらしい』

 

「派遣するのも千束だけだと聞いたが」

 

『恐らく、サードで無理だったから彼女を派遣したんじゃないかな? それか、後詰めとして派遣していたか……どちらにせよ捨て駒として使われたのは間違いない』

 

「捨て駒か……奴らならそうする事もおかしくないだろうに、油断した」

 

『悲しい話だけど、過ぎてしまった事はしょうがない。そっちはDAを内部から変えられるように動いてくれ』

 

「ああ、そっちは頼むぞウォールナット」

 

『……前から思ってたんだけど、随分昔の通り名を知ってるんだね。それ、趣味でクラッキングをやってた時のH.N(ハンドルネーム)だよ』

 

「だが本名を出すよりはいいだろう?」

 

『そうだけど……』

 

「なら、このままでいいだろう。それじゃあ頼むぞ」

 

 やや強引に通信を切り、パソコンの電源を落とす。

 名前を出したくない。意味は違うがそれはミラーの本心でもあった。

 もう数十年も経つとはいえ、忘れられない過去というものは誰にでもある。ミラーは少々それが人より重いだけだ。

 彼をウォールナットと呼ぶのは、彼の姓を口に出さない為。

 例え「あの男」が本当に裏切る気はなかったのだとしても、本当に騙されただけなのだったとしても、それでもミラーは「あの男」を許せない。今でも許す気は起きない。

 しかし彼の息子にその宿命を背負わせる必要性はひとかけらだって存在しない。だから、その憎しみを思い出さない為に、ミラーは彼をウォールナットと呼ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 ──電波塔事件から数ヶ月後──

 

「よし、今日の訓練はここまでだ! 全員集合!」

 

 最近はもっぱら別の部屋で訓練の様子を見ていたミラーが珍しくキルハウス内に入ってきたので、勘のいいリコリス数人は何かあるだろうと思っていた。

 だがそれで持ち出されたのが突然の実戦だったのは驚きだ。

 なにせミラーはこの30人を集めた際、自分が認めるレベルに達するまでは通常のリコリスの業務に出さないとまで言っていたのだ。

 実際、楠木からは小言を2つ、3つ、4つぐらいミラーは言われていたのだが、半年足らずで育成し直しただけで戦力の増強に繋がるのであれば損にはならないと踏み、承認していた。

 

「お前らはこの数ヶ月、良くも悪くも有意義な訓練期間を過ごしただろう。通常の任務に出れず、自身の力が伸びているのか分からずに苦労した者もいるだろう。だが断言しよう。諸君の実力は間違いなく、数ヶ月前と比べれば格段に伸びている」

 

 そこで、とミラーは切り出す。

 今回の任務は、とあるチャイニーズマフィアとジャパニーズヤクザの銃の取引現場の差し押さえ。

 銃が絡む取引という事で、その銃の出所を探した方が良いという判断が下り、それをするには対象を射殺する事なく鎮圧する事が求められた。

 最近はその傾向が薄れてきているとはいえ、世界ではまだまだID登録時代の銃が蔓延っているのが現状で、ナノマシンを用いてID管理を行うAIが無くなった今、それらの銃を()()している業者が必ず銃取引に絡む筈である。

 もし日本国内に銃の洗浄ができる売人がいると厄介極まりないので、チャイニーズマフィアに銃を売り捌いた連中を調べる必要があった。

 という事は射殺せずに鎮圧する能力が求められるという事で、日頃からゴム弾を用いて訓練を行っているミラーの部隊に白羽の矢が立ったわけだ。

 

「なので、今回の任務ではこのゴム弾を使ってもらう。と言っても、訓練で使っていたものに多少の改良を加え、初速と打撃力が上がっただけのものだ。命中率などには大した差はない」

 

 そう言って取り出したのは、海外の警察が暴徒鎮圧に用いているのと同様のゴム弾。9mm弾サイズという事で、取引現場が閉所である事を見越した接近戦闘用の装備にするのだろうと、密かにフキは予想した。

 推測通り、ミラーが用意していたのはSMGの一種であるMP5のサプレッサー装備モデル。俗にMP5SDと呼ばれる銃だ。

 殺傷能力が無いゴム弾を運用する事から、弾の消費が激しくなると予想したのだろうドラムマガジンを採用されている。他にも、腰撃ちでもある程度の命中率向上が狙えるレーザーサイトや、自然な構え方ができるアングルフォアグリップ、夜間突入の為フラッシュライトまでもがハンドガードに設置された20mmレールに装備されている。

 光学サイトには3.4倍ACOGサイトが採用されており、初撃の命中精度向上を視野に入れつつも接近戦を重視したカスタマイズがされているのが分かる。

 そんなフルカスタムのMP5SDが全部で25丁。そして同じように、サプレッサー、レーザーサイト、フラッシュライトのカスタムが為されたM870ポンプショットガンが5丁用意されていた。

 恐らく、いや間違いなくこんなのはDAが支給したものではない。

 

「相手が銃を装備しているのが確実な為、本来であればNIJレベルⅢ以上のアーマーを着せたかったが……それをするとお前達には重すぎる為、レベルⅡアーマーを用意した。拳銃弾は.357弾を含め防いでくれるはずだが……いいか、くれぐれも被弾をするなよ」

 

 NIJ規格。ボディアーマーの防弾性能をレベル化したもので、レベルⅡであれば拳銃弾に対して殆どの場合有効である……のだが、ロシア製ハンドガンであるトカレフ拳銃など、一部の大口径ハンドガンに対してはⅢ-A以上のものが求められる等、基準がアメリカのものというだけに東側が使っている弾には表記が追いついてないなど、意外と信用しきれない一面がある。

 ミラーが被弾をするなと言ったのは、何もリコリスの気を引き締めるだけのものではなく、そもそも用意したボディアーマーではトカレフに対する耐性が不十分であるからだ。しかも今回の相手はチャイニーズマフィア。取引内容に入っていてもおかしくはない。だからこそ彼は言ったのだ。

 

「作戦予定時間は23:45。それまでは休め。いいな」

 

『了解』

 

 

 

 

 ___________________________________

 

 

 

 

 

 ―都内某港湾―

 

 

 ドラマや映画でマフィアの取引現場として映る場所として有名なのは、コンテナ街や港だろう。実際海路で運搬してきた場合リスクが一番低いのは、船から最も距離の短いこの辺りなのだろう。

 現実も同様であるとは恐れ入ったが。

 DAの存在によって犯罪率が低い日本において、警察という組織は小規模犯罪の取り締まりをする組織に過ぎず、こういった大物の捜査は碌にできていない。事実、ラジアータによれば今回の取引を警察がつかんだ様子はないようだ。

 そんな現状なので、こういった港湾の倉庫で後ろ暗い取引が発生するのは、ある意味当然と言えば当然なのかもしれない。

 

『αスタンバイ』

 

『βスタンバイ』

 

「γスタンバイ」

 

 ギリシャ数字を用いたチーム番号のうち、三番目を意味するγを割り振られたフキのチームは、予定時刻より十数秒早く目的のポイントに到着できていた。

 γチームの役目は相手の地上車両の制圧であり、捕縛が主目標となる今回の任務においてはかなり重要なポジションである。

 早く到着していたのは別のチームも同様のようで、ショットガンを装備の人員の多い突入部隊のαと、倉庫の窓から侵入するβもスムーズに位置に着けている。

 相手は油断しているのか、それともアマ以下の素人だからか歩哨は車の前の2名のみで、その他は倉庫内の護衛と車の中で分かれているようだ。車の数から見て、ヤクザ側の人員は多く見積もって16名程度であろうか。

 

『予定時刻23:45。作戦開始、α行動開始せよ。β、γはαチームの閃光手榴弾(フラッシュバン)の音を合図に行動開始』

 

「了解」

 

 その言葉から程なくして、倉庫の両側面から破裂音のようなものが聞こえた。歩哨と車に残っていた数人はその音に当然ながら気づき、そちらの方を向いた。

 音は両サイドから鳴っているため、相手の意識は左右に割かれている。今が好機という事で指示通りに動き出す。チームメンバーにハンドサインで命令を出し、フキは走り出す。

 レーザーサイトのスイッチを入れたフキのMP5SDの先端辺りから、赤い線が伸びる。その先は警戒して拳銃を懐から取り出した歩哨の頭に伸びており、サプレッサーによって抑制された、どこか抜けたような銃声がすると共に非殺傷ゴム弾が歩哨の頭を直撃。プロボクサーのストレートに匹敵する衝撃は、一瞬のうちに意識を刈り取った。

 サプレッサーは銃声を抑制こそすれど、轟音を爆音に減少させる程度の効果でしかない。指向性をある程度持たせる事ができるとはいえ、この距離で撃てば効果は殆どない。

 つまり、今のフキの一撃は見事に決まったが他の敵に気付かれた事には変わりないということだ。

 

「右歩哨、距離15」

 

「私が!」

 

 だがこれはチーム戦だ。

 なにもフキが一人で突っ込んでいる訳ではないので、別の相手は別のリコリスが相手をすればいい。

 もう一人の歩哨はチームメンバーの蛇ノ目エリカの射撃で気絶させ、それを認識した待機組が車から登場する。

 増援という形ではあるが、寧ろフキからすれば好都合だ。

 ゴム弾は非殺傷であると共に貫通力が皆無。アーマープレートはおろかベニヤ板ですら貫通ができない弾なので、これで車の中に引きこもられたら面倒になるところだ。

 

「コンタクト、正面ドア裏、ハンドガン!」

 

「右4、左6で行くぞ」

 

「了解」

 

 この数ヶ月間、必死に10人で行った模擬戦のお陰でチームの統率はバッチリだ。

 どんな状況の時に誰がどう分かれるのかという決まりはできていたし、それを瞬時に判断できるだけの試行回数は重ねてきた。

 フキも回った右4人は、まず1人が腕を狙った射撃を行い、それを避けるべく相手がドアの後ろに引っ込んだところで2人目がドアの取っ手を確保。残り2人は側面に回り込み射撃で鎮圧。ドアを確保したのは閉じられない為だ。

 これを人数は違うとはいえ左側でも行い、相手に何かさせる前に鎮圧する。

 相手の数が数だっただけに一瞬で片が着いたが、それ以上にフキ達チームγの中には充足感があった。

 今までと違う戦闘スタイル。それを実戦で本当に使ったのは彼女らにとって大きな経験である。模擬戦ばかりで暗殺任務すら行っていなかった数ヶ月、それが無駄でなかったと知れただけでも僥倖だったのだ。

 

 

 

 うって変わってαチームとβチーム。

 αのフラッシュを皮切りに突入したこちらは、予想通りに室内戦に発展していた。

 初弾のみドアを破壊する事を主眼としたブリーチング弾を装填していたショットガンは、見事に閉ざされた扉に大きな穴を開ける事でそのマスターキーぶりを存分に披露した。ショットガンのゴム弾はSMGのソレより圧倒的に威力が高く、プロボクサーどころかちょっとした自動車事故並のストッピングパワーがある。実際、突入後すぐに接敵した場面も多く、角を曲がった先の出会い頭では狙いを付ける暇もないのにも関わらず、その高い制圧力を見せた。

 

「コンタクト! 正面、サブガン!」

 

 号令と共にリコリス達は素早く遮蔽物を探して隠れ、掃射を受け流す。その直前で目視した情報から相手の使っている武器とそのマガジンを特定し、打ち切る時間を予測。リロードタイミングで2人のリコリスが同時に飛び出して射撃を行い、確実にその意識を狩っていく。

 窓から侵入したβチームは、グラップリングワイヤーを片手に倉庫に置かれたコンテナに逃げようとする輩に対して弾幕を張り、運悪く命中した不幸な連中をダウンさせていく。

 目標と見られる男を見つけた際には無線で連絡を入れる事でその位置を共有。その後はコンテナの上に飛び乗って下で制圧活動を行うαチームを視界と火力の双方で支援する。

 ミラーの指示通り各リコリスは最低2人でのエレメントを組み、片方の動きをもう片方がカバーする事を徹底、隙の無い立ち回りをすることで被弾を防いでいた。

 

 だが完璧は難しいもので、ゴム弾を命中させた衝撃で引かれたトリガーによって射出された弾が1人のリコリスの胴体に命中した。

 血は出ていなかったが倒れた際に脳が揺さぶられている可能性もあるという事で、ミラーの指示で3人態勢で回収と介抱、掩護を行い確実に生存させる方向性を固めた。

 その後は何事も無く進行し、倉庫の端の方からクリアリングを行いつつ追い込む事で出口の方に誘導する形で囲んでいき、最後はγチームと挟み撃ちをするようにして制圧を完了した。

 

 捕縛したのは全員で26人。思いのほか取引現場に人数が多かったのは、ヤクザ側がマフィアに舐められないように人数を集めたからだとのこと。

 銃は確保した時点でID登録銃ではなく劣悪なバッドコピー品である事が明らかになった事から、本来のDAであれば即射殺であった所をミラーの指示で回収。後日改めてチャイニーズマフィアの拠点と取引相手のヤクザ事務所を襲撃する事になった。

 今回の作戦で特筆すべき点は、ラッキーショットの一発以外での被弾がなかった事に加え、作戦開始時刻から撤収完了までが僅か7分足らずであった事が挙げられる。

 このスピードによって、ある程度の規模の現場を制圧する際の人数と装備の質の重要性がDA内に浸透し、10人単位でのチームを組んだ訓練がミラー担当として本格的に認められるようになった。

 また、非殺傷弾薬の使用も今回の作戦後に議題に挙げられ、現場の原状回復の容易さや反動の少なさが利点として大きいという判断がされた。これによって全ての現場とまではいかなくとも、制圧任務などには積極的に採用されるようになる。

 

 ミラーによるDAの改革は、実戦によって大きく進歩する事となる。

 それが後にどう響くか分からないまま、新たな風がDA内を駆け巡り、東京支部は他の支部とは異なる道を歩んでいく事になった。




このウォールナット、一体誰なんだ(すっとぼけ)

作中では2016年あたりを経過中
MGR世界線になると困るのでボリスはまだPMSCsを作ってないし、某議員も普通に大人しいです


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第六話

 木製のドアが開かれ、それに取り付けられた鈴が店内に鳴り響く。

 都会にひっそりと建てられたこじんまりとした喫茶店の中は、立体的な構造によって空間以上に広く感じられる。

 カウンターの奥に佇む黒人店主に促されるままにカウンター席に腰を下ろすと、奥の方からドタバタと騒がしい足音が響き渡る。

 

「ミラーさんいらっしゃーい!」

 

「ああ、やっと来る事ができたよ」

 

 和服姿で元気に接客をしてきたのは、あの史上最強のリコリスである錦木千束。

 最後に見てから数ヶ月が経過していたが、その姿は模擬戦で見た冷徹なマシンのような表情ではなく、手術前後の希望に満ちた年相応の少女のように見える。

 

「そうだな……とりあえずコーヒーでも貰おうか」

 

「はいはーい! 先生、コーヒー一つ!」

 

 どうやらコーヒーを作るのは店主であるミカの役割のようだ。

 喫茶店らしく豆から挽くようで、手動コーヒーミルを用いて挽いている豆は彼のブレンドらしい。

 そこまでは良かったのだが、どうもミラーからしてみればツッコミどころの多い淹れ方が始まった。

 

「ちょーっと待ってくれ」

 

「なんだ?」

 

「まず器具は事前に温めろ」

 

 この男、経歴が軍人だったりPMCだったりする通り、まともにコーヒーを淹れた事がないようだった。

 何気に様々な面で食に拘りを見せたり、今では世界トップ3のハンバーガーショップの創業者であったりするミラーはコーヒーにも一家言ある。

 

「どうせインスタントしか淹れた事がないんだろう? それでよく喫茶店をやる気になったもんだ」

 

 と器材の使い方をレクチャーしつつ呆れ顔でそう言えば、ミカは面目ないと言うばかりであった。

 聞いてみれば、先ほどの豆を挽くところでさえ最近になってやれるようになってきたとの事で、実際カウンターの裏の収納スペースには、コーヒーの淹れ方に関する書物が一冊、二冊、三冊と出るわ出るわ。

 しかも料理面も壊滅的で、和風喫茶をやっている割に出せる料理が小倉トースト一択と中々の勝負師二人組である。

 

「経営をする気はあるのか? あんたら」

 

「まぁ、多少は」

 

 ミラーは頭を抱えた。どうも彼らには経営のノウハウというものが一切ないようで、どうにかこうにかそれを叩き込まなければいけない。

 この喫茶店平和そうな形をしているが、その実きちんとDAの支部として登録されている。そしてDAから毎月ある程度の費用は下りている。が、その費用は非常に少なく、この喫茶店を維持するのもギリギリ足りない程度でしかない。つまり、この喫茶店自体かDAから下りてくる任務をこなさなければこの喫茶店は閉店。つまりDA支部であるここも廃止。千束とミカはせっかく抜け出したDAに逆戻りだ。

 乗り掛かった舟という事でどうにかしてやりたい。そんな気持ちが湧くぐらいにはミラーは温情があった。

 

「という事で、まずは宣伝から始める」

 

 そう言ってミラーはミカに携帯とパソコンを用意させた。千束は携帯を持っていなかったので、早急に手配するようにミカに伝える。

 

「宣伝は非常に重要な経営手法だ。古今東西、どんなに美味い店でも知られていなければ客が来ないというのは変わらない。逆に、別に美味くない店だろうと初めて知った客は行ってみようという気が起きるというものだ」

 

「なるほど」

 

「よって今からこの喫茶リコリコのホームページと公式SNSアカウントを作成する!」

 

「「おおー」」

 

 2人分のささやかな拍手と共に、ミラーはパソコンを開いてキーボードを叩く。

 簡易的なものであれば、ホームページの作成は意外と簡単だ。店外に出て携帯カメラで数枚の写真を撮り、同様にメニューとして出しているもの一通りを写真に納める。

 概要と駅からのルートが記されたマップ、メニュー表に開店時間などなどを書き足していけば、簡素ながらも立派なホームページの出来上がりだ。

 

「凄いなホント」

 

「先生はレジ打ちも時間かかるもんねぇ」

 

「よし、続けてSNS行ってみよう!」

 

 携帯を千束が持っていないということで、本来は携帯でやるはずだったSNSをまずはパソコンでアカウントを作る事にする。

 早速ブラウザを開いてメアドを作り、それを元にアカウントを作成する。メアドもアカウント名もどちらも喫茶リコリコだと分かるように「KissaRicoRico」でいいだろう。

 ホームページのURLやさっき撮った写真をそのままプロフィールに使い、最初の投稿として店外の写真とコーヒーの写真をアップする。食べ物は光が良い加減で当たる位置で撮影したものを載せるのを忘れない。

 

「いいか? 個人ならともかく、店舗SNSで重要なのは投稿を毎日行う事だ。ハッシュタグも有効に使えよ」

 

「毎日か……そんなに書く事あるかねぇ」

 

「そんな気張らなくていい。新商品の試作品を撮るとか、オススメメニューや飲み方を投稿するとか……何もないなら千束の写真を出してもいい」

 

「私を?」

 

「そうだ。可愛い女性店員というのは、それだけで男が通うネタになる。ミカの養子だとか言っておけば誰も不自然には思わん。家族経営の店なんて日本じゃありふれてるしな」

 

「いいアイデアじゃないか」

 

 ちなみにミラーが経営していたハンバーガー屋では、絵を描くのが上手い日本人隊員によって生み出された美少女キャラがマスコットとして採用されており、現在でもCMなどで歌っていたりする。そのキャラ商品欲しさに来る客もいるのだから効果は確かだ。

 日本は海外と比べてそういった面での広告が強い。それは経営者であり、同時に日本人であるミラーだからこそわかる事であった。

 和服姿の千束を写真に収め、それをアップしたところそこそこの反響を得た。やはり可愛い店員というのは経営上正義である。

 

「本部との距離があるから毎日は来れないが、経営の手伝いぐらいはしてやれるから、困った事があればなんでも相談してくれよ」

 

「心強い味方ができたもんだ。そっちはどうなんだ? 変わったことをやってるって噂だが」

 

「まあボチボチってところだな。そのうち本部の方に千束が戻っても、大手を振って歩けるぐらいの準備はしてみせるさ」

 

「DAと国の繋がりはだいぶ根深い。気を付けろよ」

 

「ああ。今度来るときまでにはコーヒーの淹れ方上手くなっとけよ」

 

 なんだかんだで文句を言いつつカップの中身を飲み干すと、ミラーは去って行った。

 千束の為にDAから抜け出し、支部としての体制を用意したミカ。

 DA内部を変化させる事を決意したミラー。

 両者の想いとやり方は違えど、どちらもその目的は変わらないのであった。

 

 

 

 

 ___________________________________

 

 

 

 

 

「他の支部への出張?」

 

「ああ、まずは京都に向かってもらう」

 

 珍しく司令室へ呼び出されたミラーは、ソファーの上でコーヒーを飲みつつ楠木司令の話を聞いて驚いていた。

 出張などという話は聞いた事がなかったからだ。

 そもそもこの関東本部はDAの総本山とでもいうべき場所で、他の支部からここへ異動したり教育を受ける為に一定期間滞在する事はあれど、ここから他支部への異動なんて話は滅多にない。

 

「お前が訓練した選抜部隊。アレの記録がかなり好評でな。制圧任務専門部隊の設立をしたがる支部が増えたらしい」

 

 ミラーの選抜部隊は例の初任務以降も戦果を挙げ続けている。

 そもそもがSASやグリーンベレー、FOXHOUNDといった特殊部隊の教官を務めてきたミラーがノウハウを叩き込んでいるのだから練度が高くなるのは当然ではあるのだが、なにより評価されたのは連携能力の高さだ。

 リコリスは暗殺という任務の都合上単独任務が主体ではあるものの、複数ターゲットが相手だったりする場合はチームを組む事も少なくない。そういった場合に要求される連携力が現在のリコリスには不足している。

 そこでチームを組んで行うような任務は全て選抜部隊で行わせようという気風が高まっているのが現在の関東本部の現状だ。

 結果として戦果が上がっているのだが、その分選抜部隊は3つのチームを分けて動いたとしても出ずっぱりな状態が続いており、ミラーが頭を悩ませる一つの要因となっている。

 

「他の支部にも戦闘教官はいるだろう」

 

「お前をご指名なんだ。行ってやれ」

 

「……交通費は出るんだろうな」

 

「妙なところでケチ臭いな……出すから行ってくれ」

 

 

 

 

 と言ったようなひと悶着あって到着したのが京都支部。

 DAという組織の一支部である為、その体制は変わらないとでも思ったら大間違い。ここは東京とはまた違った殺伐とした雰囲気がある。

 ミラーもその異様さにはすぐに気が付いた。訓練を見ると切磋琢磨というより蹴落とし合いであったからだ。

 選抜部隊のリコリスによると、東京支部は特別な場所だという。他の支部で優秀だったり見込みのあるリコリスは東京支部に移転できる事から、他の支部ではその座をかけて訓練するという話がある。

 それを聞いていたとはいえ、まさかここまでとは思わなかった。

 ツーマンセルでの屋内訓練ではもちろん、野外での山岳訓練ですら助け合うという様子が見られない。心なしかコミュニケーションにも素っ気なさが見受けられる。

 

「これは一苦労だぞ」

 

 連携能力で評価されるわけだ。

 東京のリコリスにすら仲間意識が低いと思っていたミラーは、京都支部の様子を見て少々悩む事となった。

 3つのクラスで分かれている以上、それを競った争いが東京支部でも存在はしていたが、ここはそれを上回る勢いである。これが京都支部に根付いているのであれば、これをどうにかするのは中々難しいだろう。

 つまり選抜部隊には腕の良いリコリスではなく、昇進そのものに興味が無かったり、コミュニケーション能力の高いリコリスを選ぶ必要があるという訳だ。

 だが逆に良い面もある。

 射撃訓練場を覗いてみれば大抵ブースは埋まっているし、彼女らの結果も悪くない。練度そのものはかなり高いと言っていいだろう。

 東京で移転組が優秀だと言われるのも納得だ。

 

「やはり訓練内容と過去のデータを見ないと分からないか……ん?」

 

 ふと一人のリコリスの訓練風景が目に留まった。

 何がそうさせたかは分からないが、どうも他とは違う感覚を得た。

 はたしてその直感は正しかった。

 射撃場のターゲットが開始を告げる音と共に立ち上がると、そのリコリスは弾倉内の18発をひたすら連射して撃ち切った。その時間僅か10秒。凄まじい連射速度だ。

 もちろんGlock17にフルオート機能などない。あのリコリスの腕という事だろう。

 だが命中精度はどうだ? いくら連射が速かろうと当たらないのなら無意味だが……いや、これは凄い。命中率は100%。命中箇所は頭部と胸部の二ヵ所のみ。あそこまでの連射でこの精度を保てる人間は、特殊部隊でも多くない。

 制服はベージュ。サードのものだが、この人材が使い潰されるのは中々惜しい。そう感じたミラーは気付けば声をかけていた。

 

「おーい、そこのリコリス!」

 

「私ですか?」

 

「そう、キミだよキミ。さっきの射撃は見事だった」

 

「はぁ……」

 

 中々見られない逸材の発見に興奮するミラーであったが、対するリコリスの反応は冷ややかであった。

 そもそも彼女からすれば、目の前の男は見覚えのない謎の人物である。

 

「おっと、怪しい者じゃない。俺は東京支部からやってきた戦闘教官、カズヒラ・ミラーだ」

 

「あの噂の……?」

 

「噂?」

 

「いきなりDAに入って、いきなり新部隊を作って、非殺傷制圧の有効性を説いた人だと」

 

「微妙に誇張されているが、意外と早く広がるもんなんだな」

 

 ミラーからすれば意外な事に、その話は各支部のリコリスにまで広がっているようだった。というのも、彼女らの上官である司令や戦闘教官が噂話を広めているからである。

 殺すのが仕事のリコリスにとっても、ミラーの存在は大きい。

 これまで軽装備しか選択肢になかったリコリスがボディアーマーや重火器の使用が任務によっては許可されるようになったというのは、記憶に新しい。それを推し進めたというミラーは正に改革者である。

 

「実は、この支部にも制圧部隊を設立してくれという話があってな。その射撃技術をただ眠らせておくのは惜しいと思ったんだ」

 

「私でよければ、ご教示お願い致します。マスター・ミラー」

 

 見事な敬礼をしたリコリスに対し、ミラーは疑問符を浮かべた。

 なぜマスターなのか。

 

「東京支部ではそう呼ばれていると聞きます」

 

「呼ばれてないし……そういえば、キミの名前を聞いてなかった」

 

「申し遅れました。井ノ上たきなです。よろしくお願い致します。マスター・ミラー」

 

 まさかここでもマスターと呼ばれることになるとは思っていなかったミラーは、距離感のあるその呼び名が暫く続くであろうことに少しばかり落胆した。

 既に初老を超え老人に足を突っ込んでいるミラーであったが、三つ子の魂百までと言うように、性分は若き頃から全く変わっていなかったからだ。

 

 




感想でもありましたが雷電は現在NEETです

たきなは何故Glock17ではなくM&Pを使っているんでしょうね
ポリマーフレームなので軽めなものであるのは確かなのですが、フキのようなファーストリコリスまでGlockで統一している中でのM&Pは不思議ですね

支部ごとに違う銃を採用しているのか、東京支部への移転祝いなのか……
本作では京都支部でもGlock17が基本装備として配給されていることにしてます


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第七話

 関東本部東京支部、通称「本店」から来た戦闘教官カズヒラ・ミラーは京都支部に到着してからおよそ3日。彼は東京支部で言われているように30人のリコリスを選抜した。

 京都支部のDA職員とリコリス達にとって意外だったのは、選んだのが全員ベージュの制服──つまりサードリコリスであった事だ。

 彼らからすれば選抜されるのは優秀なリコリス──ファーストを中心とした練度の高い者だろうという先入観があった。だがミラーの考えは少し違った。

 ミラーは京都支部の空気があまり好きではなかった。そこでまだこの雰囲気に染まりきっていないサード、つまり若いサードリコリス30人を選ぶ事にしたのだ。

 千束と同様、齢10にも満たない少女達を選んだミラーは、まず彼女らの基礎的な部分を育てる必要があった。

 

 そしてその結果がコレだ。

 彼は30人のリコリスを連れ、日本アルプスまで遠足しに来ている。もちろん目的は観光などではない。訓練が目的だ。

 幼いリコリスは致命的に体力が足りなかった。基礎能力が足りていないので、訓練どころではないというのがミラーの判断である。

 同時に、これはリーダーの素質のある者を探す目的があった。

 5人ごとのグループに分け、子供の脚で6日かかるルートをグループの分だけ選択。そのルートを1日ごとにリーダーを替えながら歩かせる。

 最終日は5人で話し合って最もリーダーとして相応しい者を選び、選ばれたリーダーが指揮を執ってゴールに辿り着く。

 

 山岳地帯を6日間。子供……いや、軍人でもかなり厳しい任務である。

 だがミラーは彼女らを生半可な訓練で鍛える気は更々なかった。勿論危険だと判断すればその時点で訓練を中止し、回収するつもりではいる。だが同時に成し遂げて欲しいという風に感じてもいる。

 

「さて……吉と出るか凶と出るか」

 

 これは賭けだ。

 リコリスとはいえ、彼女らはうら若き少女。本来であれば、こんな兵士の訓練などするべきでないのは確かだ。しかし今、彼女らに対してミラーができるのは死なない為の力を与える事だけ。その為なら彼は鬼になれた。

 彼女らに渡した装備は最低限も最低限。食糧と水は普通に食べれば3日分。その為に与えられた武装は基礎装備のGlock17とコンバットナイフのみ。サバイバル能力まで試される任務だ。

 

「俺が自衛隊時代に行った訓練を基にしてるんだ。大の大人だった俺がキツかった訓練、あくまで少女である彼女達には厳しいなんてものじゃないだろう。1チームでもクリアできれば奇跡……だが、だからこそ感じて欲しい。仲間を頼るという事の重要性を」

 

 

 

 ___________________________________

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 新たなる戦闘教官であるマスター・ミラーの訓練は常軌を逸していた。

 まず私達に求めたのは、これまでDA京都支部で仕込まれた訓練内容を全て忘れる事だった。

 今まで訓練してきた事を否定する事は、今までの人生を否定する事にも等しかった。セカンドの紺色の制服を目指し、東京支部への移転を目指す私達の想いが否定された事にも等しい。

 少しばかり許せなかった。

 私達にとっては東京支部へ移転する事が一番の名誉であったし、それを目指す為に誰もが必死になってきた。

 

「たきなっ!」

 

「っ! ……ありがとう」

 

 前を歩く仲間から渡された水筒を傾け、喉を潤す。栓をして更に後ろの仲間に渡す。

 恐らくマスターの狙いはコレだろう。

 私達は今まで仲間と共に戦う事を教えられていない。蹴落とし、自分を高め、上に上がる事しか知らない。

 仲間を思いやるという事、協力する任務というものを教えられていない。

 リコリスは孤独なもの。強く、孤独で、毒を持つ。そういうものであると教えられてきた。

 

「あっ……!」

 

「アヤメ!」

 

 雨が降った直後の山道。それも道なんて整備されていない獣道。そんな場所で足を滑らせた仲間の手を私は気が付けば握っていた。

 転げ落ちれば死にはしないにしろ、大怪我は間違いない。私は自分までもが落ちるというリスクを負い、それでも彼女の手を握った。そして他の仲間は私の身体と足を掴み、私が落ちないように支えていた。

 泥だらけになりながら慎重に引き上げると、彼女は泣きながら感謝の言葉を述べた。その言葉を聞いて私は、今までの自分ならどうしただろうかという風に思った。

 リコリスにおいて、死は特別珍しいものでもない。サードであれば尚更だ。

 任務に向かい、帰ってこなかった年上のリコリス達を何人も見てきた。彼女達は1人で任務に向かうこともあれば、集団で向かう事もあった。だがどんな任務でも、生き残って帰ってきたリコリスはこう言うのだ。

 

『アレは弱いから死んだんだよ』

 

 誰もがそう言った。

 状況を聞けば助けられる状況でも、彼女達は仲間を救う事はなかった。

 他のリコリスが1人死ぬという事は即ち上に上がるチャンスが1つ増えるという事だった。それが当然だった。

 だからだ。だからマスターは彼女達をこの選抜部隊に選ばず、私達を選び、この任務を行っている。

 この思考に染まり切っていない私達が、仲間という存在を尊ぶ事ができるのか。仲間という存在に自分の命を懸けられるのか。預けられるのか。それを試されているのだ。

 私は理解した。そして決意した。

 あの鎮圧部隊に入れるのなら、私は望まれるがままに仲間という存在を知ろう、と。

 

 

 

 

 ___________________________________

 

 

 

 

 

 結果から言えば、今回の訓練は失敗に終わった。

 6チーム中4チームが3日目には行動不能に陥り、残りの2チームも5日目を迎える頃には力尽きて救難信号を出した。

 建前上の訓練内容からすれば失敗だ。だがこれを行った目的から考えれば大成功と言っていい。

 5日目を迎えたチームのうちの片方。あの射撃が上手いリコリス──井ノ上たきながいたチームは、仲間が毒蛇に噛まれた事をきっかけに救難信号を出した。血清は持たせており、実際に打ってはいたようだ。だが噛まれたリコリスの発熱が収まらなかった事から信号を出していた。

 その日のリーダーはたきなであった。

 数日間話してみて分かったのだが、井ノ上たきなというリコリスは合理性と真面目というものを煮詰めたような少女であった。

 彼女が京都支部でこのまま数年間過ごしたならば、DAにとって素晴らしく都合の良いリコリスに育っていたことだろう。

 そんなたきなが仲間を想って訓練を放棄した。無理矢理歩かせるでもなく、見捨てるでもなく放棄。その判断こそがミラーが欲したものだった。例えそれがミラーの考えを読んでの意図的なものであったとしても、それでも良かったのだ。

 

「諸君、よく頑張ってくれた。ゴールまで到達したチームはいなかったが、ここまでやれればこの時点では十分過ぎる程だ」

 

「任務を達成できなかったのに、ですか?」

 

「そうだ。お前達はこの数日間で辛い事、苦しい事、危険に陥った事などあっただろう。だがその時、自分のみでそれを乗り越えたのか? 乗り越えられたのか? それを考えて欲しい」

 

 全てのリコリスが何かを思い出すような仕草を見せる。ミラーはそれを見てニヤリと笑った。

 既に彼の目的は達成できたも同然だったのだ。

 

「お前達にこの訓練で最も学んで欲しかったのは、山での歩き方やサバイバル技術ではない。仲間の大切さだ。分かるか?」

 

 頷く者が見える。しかもちらほらとではなく、過半数が。

 そうした仕草を見せる者の中には、きっとこの訓練の中で助けられた者もいるのだろう。そんなリコリスはきっと仲間と助け合う事の重要性を知っただろう。

 

「お前達は仲間だ。家族だ。いいか、助け合うんだ。昇進だの移転だのに縛られるな。この世界で生き残る為に助け合い、身を寄せ合え。生存こそが俺の部隊では最も優先される事項だ!」

 

「仲間……」

 

「家族……」

 

「そうだ! お前達は憎しみ合い、蹴落とし合う存在ではない。それを理解した奴から、俺が生き残る術を叩き込んでやる!」

 

 

 

 

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 数年前、BIGBOSSという男の情報がアメリカから公開された。

 彼の名前や生年月日をはじめ、実行してきた作戦や経歴、彼が編み出した戦闘技術までもが突然公開された。

 それまではBIGBOSSと言えば大犯罪者の名を指すものであった。アウターヘヴンとザンジバーランドという2回に渡る武装蜂起、核武装による世界への脅威、様々な事件を齎した彼は、リコリスの教育で学ばされる程度には有名だった。

 そんな彼の真実の情報が唐突に発表されたのだ。

 

 そんな情報の中の一つ。次世代近接戦闘術“CQC”は、彼そのものと同様に評価ががらりと変わったものの一つだ。

 それを今、私は体で体験させられている。

 ふわりと身体が宙に浮いて姿勢の自由が奪われる。そのまま視界が目まぐるしく一回転しながら、重力に逆らえない私の身体は畳の上に強かに叩き付けられた。

 余りの衝撃に肺の中の空気が一気に吐き出され、受け身をとる事ままならない。

 成程、これが“本物”のCQCだ。

 DAの戦闘教官が見様見真似で私達に見せるものじゃない。本当にBIGBOSSから学んだ本物のCQCだ。

 

「CQCはDAのカリキュラムの一環だった筈だが?」

 

「……今のでハッキリしました。アレは紛い物です」

 

「分かるのか」

 

 BIGBOSSの情報が拡散されて以降、彼とその師が編み出したとされるCQCは各国の軍隊や特殊部隊で採用されるまでに再評価され、そういった軍人が退役後になる事があるDA内でもまた、CQCは採用されリコリスの必須技能になった。

 だがマスターが行うCQCと他の戦闘教官が行うCQCは、その動きが異なる。

 比べれば分かる。一度喰らえば分かる。後者の方は動きが稚拙で、粗雑で、無駄が多い。

 

「ボスの情報をアメリカが公開してからと言うもの、確かにCQCは広がった。だが同時に、彼自身が編み出したオリジナルと呼べるものを知る者がこの世に多くいる訳ではなかった」

 

 この世に広まったCQCは歪んでいる。そうマスターは続けた。

 技術だけでなく、その根源も受け継がれる事はなく、ただ偽物だけが転がっているだけだと。

 

「俺はボスからこの技術を教わった。もし興味があるのなら、本物のCQCを教えてやる」

 

「お願いします! マスター!」

 

 DAによって歪んだCQCを与えられた私は、マスターに教えを乞い、日々の訓練時間外で追加の訓練を行った。

 

 最初に教わったのはその在り方からだった。

 何故CQCを行うのか。CQCは素手とナイフを主体とした近接戦闘の為の技術ではあったが、その神髄は銃を持った相手を近距離で制圧する事にある。

 近距離で敵と鉢合わせした場合、構え、狙いをつけ、そして引き金を引くという3段階の準備がある銃に対し、即座に攻撃動作に移る事ができる方が敵との距離が近い(クロース)時に有利である。これがCQCが生み出された発想の根源だ。

 また、DAで教わったCQCは素手とナイフは別個のCQCシリーズとされていたが、本来のCQCは銃まで含めた全ての武装で行う事が前提で、素手とナイフを用いるというのは基礎の基礎の話で、実際はそんな縛りはないらしい。

 

 次に教わったのは関節技。

 体躯が小さい私のようなリコリスが大人の兵士に投げ技を使うのは難しい。だが身体の一部のみを固める関節技なら話は別だ。

 ここで感じたのは関節技の圧倒的な汎用性だ。

 大の大人だろうと適切な角度、状態を維持すれば必要以上の力は要らないし、その状態さえ作れれば相手から銃を奪い取る事も簡単。更にそこから締め上げて気絶させる事もできる。

 その過程で教わったのが近距離で相手が持つ銃の射線をズラす技術だ。これは意外に簡単で、距離さえ詰まっていれば相手の発砲タイミングを見極めて手を払うだけ。

 簡単かつ有用だ。

 

 3つ目に教わったのがナイフだった。

 ナイフはCQCの上で外す事ができない装備で、攻撃・確保・尋問など全てに使う事ができる。

 そして先ほどの関節技と合わせる事で、近距離においては銃を凌駕する。

 投げ技は教えてもらえなかった。

 私がここまで教えてもらう間に、マスターが京都支部に来てから既に1年近くが経過しようとしており、再び東京支部へ帰るようにという召還命令が下ったからだった。

 

「ここまでCQCを覚えたなら、次会うまでに死ぬことはないだろう」

 

 マスターはそう言って、残りの訓練は次会った時に行うと約束した。

 

「お前は俺にとって久しぶりのCQCの生徒だったが、お前が優秀だったから教えるのに苦労しなかったよ」

 

「そんな事は!」

 

「いや、お前は優秀だよ……だから、これを渡す」

 

 引き出しからマスターは一つの箱を取り出して私に手渡した。

 長方形で重いその箱の中身は、やはり拳銃だった。

 リコリスにDAから与えられるGlock17とは違う、しかし私のような子供にも持ちやすいよう配慮された銃のチョイスは、なんだかんだで私達に甘いマスターらしいと思う。

 

「お前の姿とその銃をいつかまた見せてくれ」

 

「はい」

 

「それまでは死ぬなよ……では、また会おう! 井ノ上たきな」

 

「はい、マスター!」

 

 

 

 

 

 

 そして約10年後。井ノ上たきなは東京支部へ移転する事になるのだが、それはまた別のお話。




メタルギア関連の小ネタ
・フキ達制圧部隊が使ってた武器
 →P90 MGS4でヘイブン・トルーパーことカエル兵が使ってたPDW
 →MP5SD MGSでVeryEasyを選択するとMP5SD5という弾薬無限の初期装備がもらえる

・ウォールナットについて
 →知ってる人は知ってるあの人 クラッキングがバレてFBIクビになったけど、でっかい企業に雇われた事がある

・戦闘時の独特なコール
 →カズヒラ・ミラーとBIGBOSSの出会いが描かれたお話で出てくる



次回はNEETが出ます


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第八話

 数年前まで、世界はAIによって管理される危機にあった。

 インフラに始まり、株価、政治、人の出生や戦争の発生とその結末に至るまで、全てがAIによって管理・制御される世界の構築。

 性質が悪い事にそれは急激に進んだものではなく、至極ゆったりとしたスピードで進行していた。

 まるでゆっくりと絵が変わる間違い探しのように変化する世界は、普通の人々が気付くようなものでもなく、誰も何の疑問も抱かないままに世界は確実に変化していた。

 それを行ったAIこそが『愛国者達』だ。

 アメリカの非政府諜報機関である『サイファー』の意思決定を託されたこの『愛国者達』は、「力を管理する」という意思を託され、それを合理的かつ冷酷に推し進めていった。

 まず世界中の人々の行動を無意識化で操るシステムを創造し、人々から「言語の力」を奪った。

 世界全体に対する管理・制御に障害があると思われていた力と共に、人々は真の自由を奪われたと気づかぬままに失った。

 

 2014年。俺達はやっとの思いでそれを取り戻した。

 何人もの命と引き換えに、世界は自由と管理をトレードした。

 戦争経済はAIと共にその姿を消し、やっと平和な世の中が取り戻されるといったところだった。

 

 だが俺はその時初めて、平和な世の中では生きられない人々がいるのだと理解した。

 頭の中では分かっていた筈の事でも、人間は自分が目の当たりにしなければ信じないものだと初めて分かったのだ。

 俺は『愛国者達』との戦いの最中、奴らによってサイボーグへと改造されていた。

 世界が持つ技術的にはなんらおかしくないものだったが、一般の認知が低い事からそれなりに差別的な視線を投げかけられる事も多く、また一般企業への就職も中々決まらない日々が続いた。

 ボリスから連絡が来たのは、そんな状態の中であった。

 

「PMSCs?」

 

『失楽園の戦士のメンバーに就職先を作ってやりたくてな。お前も職には苦労しているんだろう?』

 

「ああ……サイボーグの身体は民間企業に()()が悪くてな」

 

『マヴェリック・セキュリティ・コンサルティングはそんなお前を歓迎するぞ!』

 

 ボリスは旧ソ連の軍人で、『愛国者達』との戦いでは失楽園の戦士──というよりは寧ろ俺個人──と協力関係にあった。彼の協力無しではサニーを助けられなかったので、俺としても感謝してもしきれない人だ。

 だから彼が俺を騙しているなんてことはないだろうし、信用に足る話だとは分かっている。

 それでも折角スネークが命を削って生み出した平穏な暮らしという日々を、俺自身が勝手に捨てていいものなのかという思いも捨てきれなかった。

 

「なぁ、どうしてPMSCsなんだ?」

 

『PMSCsとは民間軍事()()会社を意味する。一昔前のPMCという存在は、戦争経済の消失によって混乱の極みにある。仕事が無い中で虐殺や略奪に身を投じる者も多い。一方で、そんな無法者(デスペラード)から身を守って欲しいという国は多い。戦争ではなく警護や防衛に戦力が必要な時代に変化しているんだ』

 

「それで警備会社という訳か」

 

『要人警護、無法者(デスペラード)の討伐、正規軍の育成……必要なだけの戦力を送り、必要なだけの支援を行う。クリーンな形のPMCが求められている』

 

 成程確かに的を得ている話だ。

 中東やアフリカでは戦争経済の終結により、様々な国が発展の時を迎えている。その一方で戦争経済当時のPMCが職を失い、盗賊崩れに変貌して各地を荒らし回っているのも確かだ。

 しかし発展途上の国の軍隊は力が弱い。戦争経済においてその役割をPMCに一任していたが為に実戦経験と実力で劣り、戦闘ともなれば一方的に倒されるだけであるとも聞く。

 それを訓練する役割は確かにいるだろう。

 国を守る兵士を育てれば、その国にいる人々はその分だけ平和を享受できる。

 自分一人の平和を満喫するより、この命を更に多くの人々の平和の為に使う事こそ、スネークと共に戦った俺の使命ではないだろうか。

 

「なるほどな。で、どこに行けばいいんだ?」

 

『来てくれるのか! 迎えはそっちに寄こすから安心してくれ』

 

「だが設備はどうする? 俺の身体のメンテナンスは勿論だが、それなりの人数を用意するのならそれだけ金はかかるが」

 

『それは安心してくれ。スポンサーがついてくれたんだ』

 

「スポンサー?」

 

『ああ、ここ数年で凄まじい事業の拡大を行っている、海洋資源採掘会社「ダイアモンド・ドッグズ」が俺達に出資したいと申し出てくれたんだ』

 

 

 

 

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『失楽園の戦士』というレジスタンス組織がある。

 サイファーの創設者であるゼロに意思決定を託されたAIである、『愛国者達』を打倒するために活動していた組織だ。

 彼らの数年にかけての活動は多大な成果を残し、そしてソリッド・スネークやウォールナット(ハル・エメリッヒ)らの協力もあり『愛国者達』を消滅させるに至った。

 そんな彼ら『失楽園の戦士』は、その後の生活に困る事が多いという話をウォールナットから聞いた。

 特に『愛国者達』によってサイボーグ化されてしまった雷電という兵士は、平和に暮らそうにもその身体のせいで民間企業が雇ってくれないのだとか。

 なんとかしてやりたいと思っていたある日、俺は『失楽園の戦士』を救済すべく会社を設立したいというロシア人に出会った。

 その男の名はボリス・ヴャチェスラヴォヴィチ・ポポフ。雷電とも共闘した事があるという彼は、民間軍事警備会社を設立してクリーンな傭兵という新たな形を世界に示しつつ、失楽園の戦士メンバーを会社で雇いたいと言っていた。

 そういう事ならと、俺は協力を取り付けた。

 

「だが、いいのかい? ミラーさんにとっては『失楽園の戦士』は見ず知らずのレジスタンス組織だろうに」

 

「案外そうでもない。彼らはある意味、俺が成し得なかった事を成し遂げてくれた立派な後輩だからな」

 

「どういう事だいそりゃ」

 

「とにかく、費用や装備は『ダイアモンド・ドッグズ』が持つから、アンタは気兼ねなく活動してくれ」

 

「世界一の海洋資源排出量を誇る大企業様がバックにいるのは心強いな」

 

 そう、彼の言う通り『ダイアモンド・ドッグズ』は数年のうちに巨大な企業へと成長していた。

 彼ら『失楽園の戦士』が『愛国者達』を打倒してくれたおかげで、俺はこの身を世界から隠す必要が無くなった。同時に、かつてサイファー打倒の為に動いていた『ダイアモンド・ドッグズ』という組織も、コソコソとした動きをする必要がなくなった。

 となれば、わざわざ小さな事業でヒッソリと潜んでおく必要もない訳で、海洋プラント近辺の資源を採掘して加工、そして様々な国に売り出した。

 化石燃料や天然ガスなどの燃料資源をはじめ、レアメタルなどの鉱物資源、魚などの食糧となる生物資源といったものを市場に流した。

 戦争後の疲弊した世界には抜群の効き目だったようで、これらの資源は飛ぶように売れた。

 海中の資源はかなり豊富で、太平洋に建設しているプラットフォームの近辺だけでも十数年は売買だけで過ごせるレベルだ。

 そこで俺は管理するプラントを増やす事にした。

 プライベート・フォースが流行っていた頃、世界各地で海上プラントが建設された。そういったプラントはPMCが台頭した後、かつてのマザーベースがそうだったように朽ち果てるのを待つだけの状態で残っている。それを改装して再び拠点として使えるようにしたのだ。

 そうしてインド洋と大西洋にもプラントを作り、計3ヶ所体制で商売を続けた結果、見事に俺のビジネス手腕が発揮されて世界的企業の仲間入りをしたわけだ。

 

「頼りにするのは構わないが、1つ条件がある」

 

「条件?」

 

「ああ。管理する海洋プラントを増やしたのはいいんだが、海賊などから身を守る警備部隊が必要になってな。本店は問題ないが支店の方が問題だ」

 

「それの警備を任せたいと」

 

「いや、それだとアンタの会社が自由に動けない。警備部隊を指揮・訓練できるだけのスタッフを育ててほしいんだ」

 

『ダイアモンド・ドッグズ』が元々の目的で動いていたのは、既に30年近く前の話になる。当時のスタッフで実戦に出れるような能力の奴はBIGBOSSやPMC時代に出ていき、残ったのは研究開発や拠点整備ができる奴ばかり。追加で入ってきたのも実戦経験がある奴は少なかった。

 元々プライベート・フォースだったとは思えない程に実戦部隊が少なかった。

 幸い、軍教官時代の教え子なんかが来てくれたおかげで太平洋の本店の警備は問題はない。だが彼らも新たに他のスタッフを教育できるようなレベルではない。

 本当は俺自身が教えられればいいのだが、DAの方が忙しいので中々顔を出せないのが現状だ。

 

「なるほど……分かった。世話になりっぱなしというのも気が引けるからな」

 

「助かる。選抜したのを後日そっちに送るから、そっちで教育してやって欲しい」

 

 ボリスはそれも了承してくれた。

 暫く預かってもらうスタッフは向こうのマヴェリック社の社員同然で扱ってもらえる事になり、実戦経験も豊富に積めそうだ。

 問題は誰を向かわせるかだが、血気盛んな奴を向かわせて“本物”を見てもらうというのも一つの手かもしれない。最近入ってきた耳の良いヤツは、特に見に行かせるべきだろう。

 方針を頭の中で決めた所で、気になっていた『失楽園の戦士』メンバーの写真を見る。

 ソリッド・スネークとエメリッヒは知っているが、それ以外にどんな奴が『愛国者達』を倒したのか気になったからだ。

 中には有名な人物もそこそこいるのが分かる。

 

「それにしても、この雷電という奴。どこかで会った事がある気がするんだよな……」

 

 

 

 

 

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 リコリスの制服は都会の迷彩服だ。誰も私が暗殺者である事に気が付かずに通り過ぎていくのは、もはや私にとって見慣れた光景となった。

 DAでリコリスとして育てられたのが6年。マスターに出会い、マスターの指導する制圧部隊に加えられてからは既に3年が経過しようとしていた。

 指揮担当にはならなかったものの、マスター直々に指導されたCQCや戦闘訓練は他のリコリスを圧倒する程の力を私に齎した。部隊内で一番早くセカンドの制服を貰ったのも私だ。

 闇夜に溶け込むような色の制服を着るようになった私は、部隊とは異なる任務をDAから下されるようになった。

 

 今回もそのうちの一つ。

 銀行の襲撃を企てているギャンググループの捕縛と彼らが所有する武器庫の確保。そしてグループを支援しているという団体との通信メッセージの奪取が目的だ。

 相手は多く、また市街地のど真ん中にアジトを構えているため隠密作戦が必須となっている

 制圧部隊を送るには場所が悪く、また通常のリコリスでは危険な相手だ。

 そこで私に任務が回ってきたのが潜入鎮圧任務。

 全国のDAでも初となる作戦の試みである。

 ちなみに以前に似たケースの事件が起きた場合、ファースト指揮下のリコリス小隊を送り込み力業で確保。騒ぎに関しては情報操作やクリーナーによる掃除で黙らせたんだとか。

 つまりは金がかかるから別の手段が欲しいという訳だろう。

 いや、考えるのはよそう。目的の家屋が見えるポイントに到達すると同時に無線機の周波数を合わせ、DA本部との通信を開く。

 

「こちらたきな。目標ポイントまで到達」

 

『ああ、確認した。予想時間より30秒も早い。流石だなたきな』

 

「……マスター! どうして?」

 

 私の連絡に答えたのは想像もしていなかった人物だった。

 1年ほど前、私達に教育を施した後に東京支部へと帰っていった戦闘教官。そう、私がマスターと呼ぶカズヒラ・ミラーその人であったのだ。

 

『DA初の潜入任務と聞いて、居ても立っても居られなくなったんだ』

 

「今はどこに?」

 

『それよりまずは任務だ。潜入任務は教えたが、実戦は初めてだろう? まずはCQCの基本を思い出すんだ』

 

「了解……これより潜入任務を開始する」

 




ここら辺からゆったりとMGRでの出来事が動いていきます


たきなのM&P9が麻酔弾仕様に!
スライドロック機構が追加!
MGSでお馴染みのMk22もM&PもS&W社製だし……とか、MGSだとM9も同様の改造されてるしって感じで魔改造されてしまった
他にもグリップに滑り止めが追加されてたり、マガジン挿入部が拡張されてたり……といった感じに各所にカスタムがなされている
名づけるとすれば『M&P9 たきなマッチ』


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