悪の組織所属のTS魔法少女、はじめました (布団から出られない)
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プロローグ
プロローグ


 

俺は今、紫色のステッキを持って街中を破壊し回っている。

隣には一緒に街を破壊している怪人。周りには逃げ惑う人たちの悲鳴が飛び交っている。

 

 

何故俺がこんなことをしているのか。

経緯は簡単。

前世で何かしらの理由で死んだ結果、転生して魔法少女になった。

ただそれだけ。

俺が新たに生まれた世界は魔法少女モノの世界だったのだ。そして俺が所属している悪の組織は武力を持って世界征服を目論む典型的な悪い奴らだ。

 

 

 

生まれた時、生活感のない部屋で知らない銀髪の女児と二人で入れられた時はものすごく不安だった。聞けば銀髪の女児は双子の妹らしい。

名前をシロ。ちなみに俺の名前はクロだった。犬かな?

 

シロと俺は毎日只管魔法の訓練を受けさせられた。

 

12歳になる頃にはシロも俺も魔法の使い方を覚えていた。

 

だがある日、俺は幹部クラスの奴らの中の一人がつぶやいた言葉を聞いてしまった。

 

ーーー優秀じゃない方は処分しようーーー

 

シロには聞こえていない。訓練に夢中だ。

しかし俺は聞いてしまった。

死にたくはない。けれどシロを見殺しにしたくはない。

シロと一緒に逃げる。それも考えた。けれどどう考えたって幹部の奴らには勝てない。

俺とシロには常に幹部のうち誰か一人が付き添っている。

隙を見て逃げるって言うのも無理そうだ。

だから覚悟した。

どうせ一度死んだ身だ。

俺の代わりにシロが生きてくれるのならそれで構わない。

 

「クロ、どうしたの?」

 

シロが首を傾げて尋ねてくる。ーーーやっぱり生きていてほしい。

 

「なんでもないよ」

 

俺はそう呟く。次の日から、俺は手を抜いて訓練に臨むことにした。

案の定、俺とシロには実力に差が出始めた。

シロはメキメキと魔法の腕を伸ばしていっている。

対する俺も魔法の腕は伸びているにはいるが、シロほどではない。

このままいけば、俺は助からないんだろう。

正直死ぬのは怖い。

なんだかんだで今回の生も楽しかったのだ。

主にシロのおかげで。

たくさん笑ったし、喧嘩もした。

二人で生きていけるならそれが一番良い。

でもそれが叶わないなら、せめてシロだけでも助かってほしい。

それが俺の素直な気持ちだった。

 

ある日、シロが幹部の1人に呼び出された。

なんでも、かなり実力がついてきたから、外出と魔法少女との戦闘を許可すると。

もちろんこの世界では正義の味方として魔法少女がいる。

俺とシロも魔法少女ではある。が普通は魔法少女というのは世界の平和のために活動するものなのだ。魔法少女といっても数はとても少ないのだが。

そういうわけで、シロは魔法少女との戦闘を開始した。

俺はいつ殺されるんだろうーーーとヒヤヒヤしてきたが、どうやらまだ殺されないらしい。

シロは優しい性格だ。本当は悪の組織に所属して世界征服なんてしたくないだろう。

だからいつか寝返るかもしれない。そんな時、俺がいれば、人質に使えるというわけだ。

 

そして結局シロは寝返った。

正義の味方の魔法少女と共に悪の組織と戦うことを選んだようだ。

 

しかし、それを聞いた幹部の1人が怒り狂って人質であるはずの俺を殺すことを他の幹部に提案した。

そのことを聞いた時、俺の中には死にたくないという気持ちが強く現れていた。

言っておくがこの時までは正直シロの為に死ねると思っていた。

たが、死を目前にすると人間考え方を変えるモノだ。

だから俺はプライドもなにもかも捨てて幹部達に泣いて媚び諂った。

 

お願いします。殺さないで

 

なんでもします。組織のために働きます

 

絶対に裏切りません。

 

そして、幹部たちが話し合った結果、訓練をして悪の組織のためにその力を振るうことを条件に生かしてもらうことになった。

シロの前例があったからだろう。俺には裏切らないように自爆装置が体内に取り付けられた。もし魔法少女側に寝返ったら即座に爆発するらしい。

 

そんな経緯で俺は悪の魔法少女をすることになった。

 

 

物思いに耽りながら街を破壊しているとこちらに向かってステッキを構える複数の少女たちの姿があった。

 

「ひどい……どうしてこんなひどいことができるの!?」

そう叫ぶのはピンク色の髪と髪の色と同じステッキを持った少女だ。

マジカルピンク。

魔法少女の1人だ。

周りを見ると他にも五人程魔法少女の姿があった。

 

 

 

その中にはシロもいた。

 

 

他の魔法少女は無視してシロにだけ話しかける。

 

「久しぶり。シロ。元気にしてた?」

 

久しぶりの再会だ。なるべく笑顔で接する。

だがシロの顔色はよくない。

 

「クロ……? クロ……なの……?」

 

「そうだよ。当たり前だよね。シロは魔法少女達と一緒に戦うことを選んだんだから、当然私は敵としてシロと対峙することになる。考えなかったの?」

 

「クロっ!今すぐこんなことやめて!」

 

「それはできない」

 

「っ! どうして……」

 

「真白、これ以上話しても無駄だわ。どういう関係だか知らないけど、今のアイツは敵、戦うしかないのよ」

 

赤髪の少女が言う。

真白か。どうやらちゃんとした名前をつけてもらったらしい。

安心と、少しの嫉妬。

 

俺は紫色のステッキを魔法少女達めがけて振るう。

 

流石に6対2では分が悪い。

俺は怪人を囮にして、この場を撤退することにした。

かなり暴れたし、幹部の奴らも許してくれるだろう。

 

「またね、シロ」

 

月の光に照らされた俺のステッキは不気味に、そして少し寂しそうに輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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悪の組織の魔法少女、クロ
Memory1


「作戦会議よ!」

 

赤髪の少女、津井羽 茜が言う

茜は赤色の髪をツインテールにしたちょっとツンツンした少女だ。

 

「作戦会議って言ったって、真白が来るまではあの例の魔法少女については話せないし…」

 

「真白さんが来るまではのんびり待ちませんか?」

 

「そうだね、まだ来夏ちゃんもきてないみたいだし……」

 

上から順にマジカレイドブルーこと蒼井 八重、

 

マジカレイドグリーンこと深緑 束、

 

マジカレイドピンクこと百山 櫻である。

 

八重は青色の髪をポニーテールにして纏めたいかにも真面目そうな委員長タイプ。

 

束は身長が低く、緑色の髪でクセ毛の少女だ。魔法少女の中で一番年齢が低いのもあってか、他の魔法少女のことはさん付けで読んでいる。

 

櫻は桃色の髪を肩にかかるぐらいまで伸ばしたごく普通の女の子だ。

髪色の時点で普通ではないと思うかもしれないが、この世界では髪の色が多種多様で生まれた時から色々な髪を持つものが多いので別段おかしくはない。

 

そんな彼女達は今、茜の家に集合して作戦会議を開こうとしている。

大体全員中学生くらいの年齢だからか、1人の部屋に集まるのもはたから見たら友達同士で女子会でも行っているようにしか見えないだろう。

魔法少女の姿を見られていたらバレるのではないかと思うかもしれないが、それもない。

魔法少女になった途端、魔法によって認識阻害が行われるのだ。同じ魔法少女や、元は魔力の塊である怪人などには認識阻害は効かないが、魔力を持たない一般人には効果は抜群だ。

 

「それはそうなんだけど…皆があの例の魔法少女についてどう思っているのか聞きたいの」

 

「私には怪人と同じように好き勝手に街を破壊しているようにしか見えなかったけど」

 

八重が言う。

 

ちなみに先日の怪人を倒したのは八重だったりする。彼女は常に冷静に立ち回り、確実な手段で敵を葬るのだ。

櫻は同じ魔法少女であるはずなのに街を破壊するクロに困惑していたし、

真白はクロとの再会に頭が混乱していた。

束と茜はクロに対して警戒して注意を払っていたし、来夏に関しては頭に血が上りやすく短気だ。

そうなると自然と怪人の対処は八重に流れてくるだろう。

 

「それはまだ分からないよ!真白ちゃんと同じで、何か理由があるのかもしれないし…」

 

「そうなると結局、真白さんが来るまでは何も分からないままですね」

 

「来夏は何してるのよ。全然来ないじゃない」

 

「そういえば、何をしてるんでしょうか。家からの距離はそこまで遠くないはずなんですけど…」

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

クロは今路地裏で1人の少女と対峙していた。

金髪の髪をローテールにした活発そうな少女だ。

 

「よぉ、クロだったっけ? よくも私たちの街をメチャクチャにしてくれたなぁ」

 

彼女の名前は朝霧来夏。櫻達の仲間の魔法少女だ。

 

「マジカレイドイエローか。1人で私とやり合おうなんて、ちょっと無謀なんじゃないかな? 仲間は連れてこなくて良いの?」

 

「うるせーな。たまたまお前の姿を見かけたから追っかけて来たんだ。仲間つれてくる暇なんてねーよ」

 

「わかった。こちらとしても6人同時に相手にするより、1人ずつ確実に潰していく方が楽だしね」

 

「ほざけっ!」

 

バチンッという音と共に来夏がクロに急接近する。

 

「なるほど…属性は雷…見た感じかなりの腕前っぽいね…」

 

魔法には属性がある。

魔法によってしか作り出すことができない物質を相手にぶつけて攻撃する無属性。

魔法から炎を生み出し自在に操る火属性。

魔法から水を生み出し自在に操る水属性。

他にも風属性、地属性、雷属性、心属性、そして、光属性と闇属性。

後、一応水属性から派生した氷属性なんてものもある。

 

魔法少女には生まれつき使える魔法の属性が決まっており、来夏の場合はそれが雷属性なのだ。

 

「おらっ!」

 

来夏が電撃を飛ばす。

クロは咄嗟に闇の魔法で壁を作って攻撃を防いだ。

来夏の攻撃は空気中に霧散した。

 

「闇…‥属性……?おまえ、人間じゃないのか?」

 

闇属性は本来どんな魔法少女でも使うことができない属性だ。

そもそも闇属性自体、組織が怪人を作った時に偶然誕生した属性であり、怪人以外は扱うことができないはずの属性だ。だからこそ来夏はクロ自身が怪人の一種なのではないかと踏んだ。

 

「人間だよ。ただちょっと弄られてるけどね」

 

しかし、クロは怪人ではない。

本来のクロは光属性の使い手だったが、魔法の練習を途中から疎かにしていたクロを見かねた組織が無理やり闇属性の魔法を扱えるように後付けしたのだ。

光属性の魔法は使えなくなったが、結果的に魔法少女としての強さは上がったので組織としては成功だったのだろう。

 

「弄られた……か。つくづく嫌になる組織だな」

 

「仮にも戦闘中だよ。余計な詮索をしていたら、足元掬われるよ?」

 

クロはそう言いながら闇の弾を飛ばす。

来夏も電撃で魔法をうち落とそうとするが、電撃が当たった途端に闇の弾が分裂して再び襲いかかってくる。

 

「クソっ、めんどくせぇ」

 

来夏は足元に電気を流し、壁に張り付きながら闇の弾を避けることにした。

しばらく経てば闇の弾は消える。

闇の弾が消えたら反撃だ。そう思っていたが

 

「いつまで撃ってくるんだよ…魔力量どうなってんだあいつ…」

 

クロが無尽蔵に闇の弾を打ち続けるのだ。

これではいくら待っていても仕方がない。

古い闇の弾が消えた途端に新しい闇の弾が生成されるのだ。

クロはまだまだ疲れる様子がない。

このままでは埒が明かない。そう考えた来夏は短期決戦に持ち込むことにした。

 

「はぁっ!」

 

体中に電撃を纏わせ、その電撃を手の平一点に集める。

(闇の弾が増えていってる…早くしねぇと)

全ての魔力を手の平に集中させているせいで闇の弾の対処がしづらい状況だ。

早くしないとやられる。

そう思い一気に魔力を集中させる。

 

『雷槌』

 

集めた電撃が1つの槌の形になる。

 

(雷槌……? まさか…)

 

「させない!」

 

クロは放っていた闇の弾を全て廃棄し、新しく来夏の周辺にだけ闇の弾を配置する。

 

(必殺技の準備の最中に攻撃するなんて…ちょっと御法度かもしれないけど…!)

 

「くらえ!」

 

クロが配置させた全弾を来夏に集中砲火する。

 

 

しかし、一足遅かった。

 

「完成した…‼︎ いくぞっ! 」

 

「しまっ…」

 

 

『ミョルニル』

 

 

 

来夏が叫んだ途端辺り一面が光に包まれる。

 

「くっ!“ブラックホール”!」

 

ブラックホールはその名の通り魔力を吸収する技だ。

というよりそもそも闇属性の特性に他の魔力の吸収というものがある。

来夏との戦闘中いつまでも闇の弾を打ち続けることができたのは、来夏の放った電撃を吸収して自身の魔力に変換したりしていたことと、放っている闇の弾を“回収”して新たな魔力源としていたからだ。

来夏は古い弾から順に消えていくと考察していたようだが、厳密には古い弾から順に魔力を回収していたのだ。

結果的に消えているように見えただけであり、そう考えるとますます来夏が短期決戦に持っていこうとしたのは英断だと言えるだろう。

 

 

だが、来夏は生まれた時から魔力に触れ続けたわけではない。

クロは生まれた時から魔法を学び続けていた。

もちろんシロの為を思って手を抜いていた時期はあったが、それでも来夏よりも魔法について熟知しているし、技術も身に付いている。

 

 

故に、来夏の放った最大の一撃はクロの“ブラックホール”によって吸収されてしまった。

 

「はぁ…はぁ……くそ……魔力の吸収……か……」

 

来夏は全ての魔力を使い尽くしていた。

絶対にこの一撃で決めると、そう考えていたからだ。

対するクロの魔力は万全どころか来夏の魔力を吸収したことで余力に溢れている。

どちらが不利なのかは火を見るより明らかであった。

 

「あぶな……かった……ふっ……あはは!」

 

「なにがおかしい…」

 

来夏は目の前の女が不気味に思えて仕方がなかった。

最初に街を破壊していた時から思っていたことだが、本当にただの被害者なのだろうか……いや、被害者ではある……がしかしどこか現実を見ていないような感じがするのだ。

まるで無邪気にゲームで遊ぶ子供のように。

 

「全力が出せて良かったよ。また戦おうね」

 

彼女は また と言った。つまり殺すつもりはない。

しかし来夏はこれはまずいと思った。

魔法少女は一般人には認識されない。

だが怪人や、同じ魔法少女、敵の組織の幹部には認識されてしまう。

顔の造形、体格、口調、声質全てだ。

そして来夏は既に戦闘済み。

既に姿を知られている。

もし来夏の交友関係をもとに魔法少女の正体を暴かれて仕舞えば、一気に魔法少女側が不利になるだろう。

少なくとも学校にはまともに通えなくなる。

しかし、クロが口にしたのは意外な言葉だった。

 

「安心して。報告はしないでおく」

 

「何言ってるんだ? この戦いのことを内密にしても、どっちにしろ最初の戦いの時に顔合わせしてんだ。上に報告しないのは不自然じゃないのか?」

 

もうほとんど体力は残っていない。もし相手の機嫌を損ねたら一瞬で来夏は殺されてしまうだろう。しかし来夏は臆さなかった。いや、臆せなかった。

それは仲間のためであり、守りたい日常のためでもある。

 

「あー大丈夫。言ったでしょ。弄られてるって。あれ脳のことなんだよね。つまり、私の記憶力が低かったところで幹部の人らは何も疑問に思わない。実際脳みそ弄られてから多少物覚え悪くなったのは事実なんでね」

 

ギリッと奥歯を噛み締める。

彼女もまた組織の被害者なのだ。脳をいじられて平気でいられるわけがない。

しかし、だからといって彼女が組織に加担していい理由にはならない。

 

「なぁ、この前の街の襲撃、本当におまえの意思なのか…? 本当はやりたくなかったんじゃないのか?」

 

それでも、彼女も、シロと同じように仲間になれたならーーーそう思って来夏は尋ねるが、返事は帰ってこなかった。

 

 

 

バタンッと組織に帰ってきたクロは質素な自室に入った途端にベッドに突っ込んだ。

一度に大量に魔力を吸いすぎたのだ。体に相当な負担がかかっている。

来夏にとどめを刺さなかったのは、殺したくなかったからという気持ちが大きいが、魔力を一度に吸いすぎたせいで体が疲労していて、とどめを刺す力が出せなかったというのも理由の一つにあるのかもしれない。

仮に彼女の状態が万全だったとしても来夏にとどめは刺さなかっただろうが。

 

「はぁ……あれを6人も相手しなきゃいけないとか……おかしい……」

 

先程戦闘が終わった際には無邪気な子供のように笑っていたが、今はそうではない。

クロからすれば魔法少女なんてものは空想上の存在だ。

故に戦闘中はどこかゲームでもしている気分になっていた。

街を破壊しているときも、自分が魔法を使って街を破壊する。なんてものはクロにとってはこれまたファンタジーの世界の話だ。その感覚だからこそ、クロの中にある罪悪感は緩和された。

しかし、緩和されたからといって全く罪悪感を感じていないわけではない。

実際今もクロは罪悪感を感じながら部屋で休んでいる。

 

(死んでしまえばいいのに…)

 

クロの罪悪感はやがて自分自身へと向かっていくが、

 

(でも……死にたくない……)

 

どこまでいってもクロは自分が大切だ。

自分が生きるために他人を傷つけることを良しとする。

あさましい考えに思わずため息が出る。

 

(なんで生きてるんだろ……)

 

クロの思考はどんどんと深いところへ進んでいく。

 

ーーー死んでしまいたい

 

ーーー死にたくない

 

二つの思いが交差する。

悶々と考えているうちに、いつのまにかクロは眠りについていた。

 

 

 

 

 



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Memory2

真白と来夏が合流して6人になった魔法少女達は茜の部屋で今後について話し合っていた。

 

「ーーーというわけで、例のクロとかいうのと戦ってきた」

 

そしてちょうど今、金髪の髪をローテールにした少女、来夏が話し終えたところだ。

 

「闇属性の使い手ですって!?」

 

「茜さん、ちょっと落ち着きましょうよ」

 

「茜、普段はリアクションしてくれるのありがたいんだけど、今はそんなにいらないかな」

 

「あー、茜が大きい声出すから傷口ひらいちゃったー。慰謝料請求しよっかなー」

 

「皆私に対して辛辣すぎない……?」

 

茜は魔法少女達の中でもムードメーカー的な存在である。

基本的に特に面白みのない話でも楽しそうにリアクションしてくれるため、困ったときは話を茜にふったり、茜をいじったりして場を和ませることが多い。

主にいじるのは束と八重だが、たまに面白がって来夏が参戦することもある。

 

「来夏……クロが闇属性の魔法を使ったって本当なの…?」

 

真白が尋ねる。

 

「あぁ、確かに見た。闇属性の魔法の特性である魔力吸収もな」

 

真白は驚いた。組織にいたときはクロも真白も光属性の魔法を使っていたのだ。

最初に桜達と共にクロと対峙したときも闇魔法で目眩しをして逃げていたが、あれはてっきり怪人の力を間借りしていたのだと思っていた。

魔法少女は普通、闇属性の魔法が使えるようになることはない。

基本的には怪人しか使えないのである。

そして、ここでいう怪人は組織の作った世界征服のための兵器のことである。

別に元が人間だったとか、動物をベースとして作ったとかではない。

組織が1から、ただ本能のままに街を破壊し、征服していくだけの生命体を生み出したのだ。

故に組織は幹部と少数の研究員だけで構成されているにもかかわらず、長期にわたって魔法少女と闘える程の戦闘力を有しているのだ。

それを踏まえると闇属性を生み出したのは組織だと言える。

つまり、闇属性を生み出した組織ならば、怪人でないものにも後から闇属性付け加えることもできる可能性は十分にある。

 

「クロは……闇属性の魔法について……なんて言ってた?」

 

「…脳みそ弄られて与えられた的なことを言ってやがったな。全く本当に胸糞の悪い組織だよな」

 

来夏の言葉を聞いた櫻と茜はひどく悲しそうな顔をしている。

束は頭を抱えて「脳みそ弄られるって怖いっ」と震えているし、真白に関しては「やっぱり…」と呟いて俯いてしまった。

 

「それで、そのクロって子は結局敵っぽいの?真白みたいに組織を抜け出したいとか、そんなことは言ってなかったの?」

 

6人の中で一番冷静な八重が来夏に問う。

 

「そうだよ…もし真白ちゃんみたいにクロちゃんが組織から抜け出したいなら、私達が助けないと…」

 

八重に続けて櫻が発言する。

が、来夏は少し歯切れが悪そうに答える。

 

「いや……それがわかんないだよなぁ…。戦うことを楽しんでそうな雰囲気だったし…まあ…少なくとも私はあいつを助けたいとかは思ってない。街だってあいつがめちゃくちゃにしたしな」

 

来夏からすれば、クロは突然街にやってきて、人々の日常を破壊した敵だ。

それについ先程死闘を繰り広げてきたばかりである。

負けても見逃してもらったことはあるが、それだけではクロに対する評価は変わらない。むしろ、負けたにも関わらず殺されずに放置されたことが、まるで来夏のことを舐めているかのようで、来夏としてはプライドを傷つけられた気分になるため、クロに対しての印象は悪い。

 

「来夏はクロのこと……何にも知らないくせに…」

 

来夏の言葉に反抗するかのように真白が発言する。

 

「クロは…私がくだらないことを言ったりしても愛想笑いしてくれたし、私が寂しい時はいつもそばにいてくれた。私が訓練で失敗して泣きそうになった時に慰めてくれた。でも本当はクロも寂しくて、泣きたいときもあったと思う。それでもクロは私のために涙を流すのを我慢してた。クロは本当は誰よりも優しくて………たった1人の私の……家族。だから…」

 

普段はあまり積極的には発言しない真白が来夏に向かって怒ったような…悲しそうにしているような顔をして捲し立てる。

 

「うるせぇな。私は一回あいつにやられてんだ。やられっぱなしじゃいられねぇ。それに殺すわけじゃないんだ。別にいいだろ。ボコボコにした後に説得なりなんなりすれば良い」

 

普段は大人しい真白が捲し立てたのを見て熱が入ったのか、来夏も口調が荒くなっていく。

 

「そんなことない………クロはちゃんと話せばわかってくれる。組織に属しているのだって、何か理由があるから…クロは……自分から進んで街を破壊するような性格じゃない!」

 

来夏ももしかしたらそうなのかもしれないと考えてはいた。実際クロとの戦闘が終わった際にクロに尋ねたこともある。

街を壊したのは本当にお前の意思なのか、と。

だからといって来夏は最初から話し合いをするつもりなどない。

説得など後から行えばいい、というのが来夏の考え方だからだ。

 

「仮にそういう性格だったとしても、あいつが怪人と一緒にやってきたら話し合いなんてする暇ないぞ。実際最初にあいつが来た時は怪人と一緒だったしな」

 

「でも…!」

 

真白と来夏の言い合いは段々とヒートアップしていっている。

その様子を見て、このままでは空気が悪くなってしまうと思った櫻と茜が来夏と真白をそれぞれとめに入る。

 

「お、落ち着こうよ来夏ちゃん。一旦深呼吸して頭冷やそ?」

 

「真白、来夏を責めても仕方がないわ。でもそうね。真白にとってはたった1人の家族。気持ちはわかるわ」

 

でもね、そう言って茜は言葉を紡ぐ

 

「私達からするとあの子がどんな子かなんてわからないし、わざわざ相手に隙を見せてまで説得するよりも、コテンパンにしてやって後から情報を聞き出してやる方がよっぽど良いわけ。だから、私達があの子を説得してもいいと思えるように、私達を真白が説得してほしい。もちろん、冷静にね」

 

小さな子供に言い聞かせるように茜が真白に言う。

 

「茜さんってたまに大人っぽくなりますよね」

 

「大人っぽいっていうか、大人ぶってるだけなんじゃない? 普段は赤ん坊みたいにギャーギャー騒いでうるさいし」

 

「なるほど…! 言われてみればそんな気がしてきました。茜さんは大人っぽく振る舞おうと柄にもなく背伸びしてるんですね!」

 

「でも背伸びしてる割には髪型はツインテールだよね。大人ならツインテールなんてしないのに」

 

「本当ですね。残念ながら茜さんはまだお子様みたいです」

 

「やっぱり皆私に対して辛辣すぎない…? もしかして嫌われてる?」

 

少しシリアスになりつつある雰囲気を和めるためか、束と八重が茜をいじる。

ちなみに茜は本当に大人ぶっていたわけではないが、真白を諭す時は「正直私、大人っぽくない? ちょっとかっこいいかも!」なんて思っていたりするので八重と束の指摘はあながち間違いでもなかったりする。

 

そんな3人の様子を見ていた真白は段々と落ち着きを取り戻していた。

 

「ごめん来夏、ちょっとカッとなってた」

 

「…謝るのは私の方だ。私からすればただの敵でも真白にとっては大切な家族だもんな。無神経だった。ごめん。……でもやっぱり私はあいつと戦うつもりでいる。正直話し合っても無駄なんじゃないかと思ってるからな。ただ、真白が説得したいっていうなら、次会ったときは話し合ってくれていい。怪人がいたら私が相手してやるから」

 

「うん。わかった」

 

ただな。と来夏は続ける

 

「最初だけだ。もし次あいつに会った時に説得できなかったら、私はもうあいつのことに関しては真白に協力できない。それでもいいか?」

 

「うん。ありがとう」

 

来夏は一度そうと決めたら最後まで曲げない性格だ。そんな彼女が真白の意見を尊重したのだ。

真白は来夏に感謝を述べた。

 

「それじゃ、次は私達を説得してもらおうかしら」

 

話終えた真白と来夏を見て、茜がそう宣言した。

 

「茜さん、別に私はどっちでも良いです」

 

「私もかな」

 

「もうちょっと乗ってくれてもよくない?本当に私嫌われてない…?大丈夫…?」

 

せっかくかっこつけたのに……と小さく呟きながら仲間の雑な対応に少し不貞腐れる茜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Memory3

「調子はどうだ」

 

「………少し体が怠いです」

 

クロは今、サングラスにスーツ姿の男と話していた。

彼は組織の幹部のうちの1人だ。

幹部は全部で5人いる。

幹部は魔法が扱えるが表立って街を破壊したり、魔法少女と対峙することはない。

魔法少女は確かに組織にとって厄介な存在ではある。だが最優先事項ではない。

幹部には色々と仕事があるのだ。

企業と契約して経済的な面での世界支配を進めたり、政治家や官僚となって国を組織に有利なように改造しようと日々励んでいる。

だからこそ、ある程度街を破壊するのには怪人を使うのだ。

しかし怪人を使っていても魔法少女にすぐに倒されてしまう。

そこで用意されたのがシロこと真白とクロだったりする。

 

「そうか。魔法少女について何か情報は?」

 

「すみません。記憶が曖昧で…」

 

確かに記憶が曖昧な時はあるが、今回は違う。

しかし、男は疑う様子はない。

裏切る可能性はないと踏んでいるのだろう。

それもそうだ。爆弾が仕掛けられている以上、簡単には裏切れない。

それにクロは組織とある契約を交わしている。

魔法少女はちゃんと倒すし、身柄も渡すがシロには手を出さないでほしいーーーと。

裏切るつもりなら、わざわざ条件など出したりする必要はないだろう。そう思われたのだ。

 

実際クロは完全には裏切ろうとはしていない。魔法少女側に付くことはクロの中ではもうないのだ。

 

「ふむ。少し脳を弄りすぎたか…」

 

男はそう呟いて部屋から退出した。

 

「やっと出ていったか‥」

 

クロからすると、幹部の男が目の前にいるという状況は緊張して仕方がなかった。

失言をすれば何をされるのか分からない。最初に街を襲撃した時も、怪人を見捨てたことを咎められた。

 

「これからどうすればいいのかなぁ…」

 

クロはひとりごちる。

クロとしては魔法少女達とは戦闘したくはない。

来夏と戦闘した時は少し楽しんでいたが、本気で魔法少女達を倒そうとは考えていない。

それに裏切りさえしなければ、基本的に幹部はクロの動向など気にしないだろう。

しかし、かといって全く魔法少女と戦闘しないわけにもいかない。

 

「とりあえず寝るか…」

 

今考えても仕方がない。

それにいくら魔力が回収できるとはいえ、体力は消耗しているし、必殺技の魔法を全て吸収したせいでさっきから体が怠いのだ。

クロはとりあえず体を休めることにした。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

現在、櫻達は街に現れた巨大なゴーレム型怪人と戦闘していた

 

「『召喚・桜銘斬』!」

 

そう言って櫻は桜の柄が入った日本刀を亜空間から取り出す。

櫻は無属性魔法の使い手だ。魔法によって武器を作り出し、その武器を使って怪人と戦闘する。それが無属性魔法の使い手の戦い方だ。

 

「櫻!桜銘斬じゃあの怪人には効かない!」

 

八重が叫ぶ。

現在戦闘に赴いているのは櫻、八重、束の3人だ。

来夏はクロとの戦闘で消耗しており、真白と茜はこちらに向かって来ているが、まだ時間がかかりそうだ。

 

「えいや!」

 

櫻が一撃二撃と桜銘斬で攻撃を繰り返すが、ゴーレム型怪人はビクともしない。八重が水の弾を放ち、束が風魔法でそれを強化する形で櫻の援護をするが、これまたゴーレム型怪人には効かない。

 

「八重ちゃんの言った通りだね…桜銘斬じゃダメ。でもこれなら!」

 

櫻は桜銘斬を異空間へ収納し、別の武器を取り出す。

 

「『召喚・大剣桜木』!」

 

そう櫻が唱えると、櫻模様の入った黒い大剣が異空間から出現する。

櫻は大剣桜木を手に取りゴーレム型怪人に向かって両手で振りかざす、が。

 

「グォォォォォ!」

 

ゴーレム型怪人は大剣桜木を掴み、櫻に向かって拳を振りかざした。

櫻は大剣桜木を振りかざした影響か体勢が崩れていた。攻撃を避けようとして大剣桜木から手を離すが、体勢を崩していたせいか、大剣から手を離した途端その場にへたり込んでしまった。とても避け切れる状況ではない。

 

「櫻!避けて!」

 

普段は冷静な八重だがこの時は本当に焦っていた。

 

(……間に合わない!)

 

ゴーレム型怪人は拳を振り下ろす。もう間に合わない。八重はそう思ったが、

 

「風よ!」

 

咄嗟に束が強風を吹かせ櫻を無理矢理ゴーレム型怪人から引き離した。

 

「っありがとう束ちゃん!」

 

「櫻さん!危ないじゃないですか!危険な真似はやめてください!」

 

「櫻、束、私たちのそれぞれの魔法じゃあの怪人に有効な攻撃はできない……真白と茜が来るまで持ち堪えるしかないわ」

 

ひとまず安心する八重だったが、櫻はゴーレム型怪人の巨体を相手にできる武器を持っておらず、束の風魔法ではゴーレム型怪人に傷をつけることすらできない。八重も同じだ。

 

「八重ちゃん……“アレ”なら倒せないかな?」

 

「“アレ”なら確かにあの怪人を倒すことはできる。でも“アレ”は魔力の消費が激しいし、茜と真白もこっちに向かって来てる。私達は抑えることに集中したほうがいいわ」

 

八重の言う通り、真白と茜はこちらに向かって来ている。櫻がいう“アレ”以外は有効打がない状況だが、それも真白と茜が来るまで持ち堪えれば済む話だ。しかし、

 

「私はこれ以上街が破壊されるのを見たくない!」

 

櫻は心優しき少女だった。

街の住民は既に避難している。わざわざ魔力を大量消費してまで敵を倒そうとせずに、真白と茜の到着を待った方が合理的だろう。しかし櫻はそうはしない。

魔法少女として正義感の溢れる少女なのだ。

家一つ一つに暮らしがある。誰かの思い出がある。

そんな家が一つでも多く破壊されることが櫻にとってはとても耐えられなかった。

次の戦闘を考えれば、魔力の消費は避けた方がいいだろう。

しかし八重はそんな櫻だからこそ一緒に戦おうと思えたのだ。

 

「分かった。”アレ“を使うことにする」

 

そう言って八重は櫻と手を繋ぐ。“アレ”を発動させるためだ。

 

 

そして2人はこう叫んだ。

 

「「connection!」」

 

突如、櫻と八重の体が光り輝き出し、膨大な魔力が彼女らに集中する。

そうして二人は唱える。

 

「「友情魔法(マジカルパラノイア)・春雨!」」

 

2人がそう唱えた途端、ゴーレム型怪人の頭上に雲が現れ、大量の雨が降り出す。

 

「ア”ア“ア”ァ”ァ“ァ”ァ“ァ”ァ“ァ“!!」

 

ゴーレム型怪人が悲鳴を上げたとともにゴーレム型怪人の体が崩れ出す。

 

「束ちゃん!お願い!」

 

「了解です!」

 

そう言って束はゴーレム型怪人の周りに竜巻を出現させる。

そして、“春雨”を巻き込みながら、ゴーレム型怪人の体を切り刻んでいく。

 

「ァ“ァ”ァ“……ァ”ァ“ァ”ァ”」

 

次第にゴーレム型怪人は力を失って行き、地面に倒れ伏した。

 

「やった! 倒した!」

 

「でも大量に魔力を消費したから、私と櫻はしばらくはあまり戦闘に参加できなくなるわね」

 

「来夏さんも万全の状態じゃありませんし、しばらくは私と真白さん、茜さんで戦っていくことになりそうですね…」

 

「やっぱり茜と真白を待った方が良かったんじゃない?」

 

少し不安に思う少女達だったが、彼女達は臆することはない。

数々の死線をくぐり抜けてきたのだ。

そしてこれからもきっとそうだと信じて疑っていない。

誰一人欠けることなく、全員で戦って行けると信じている。

 

 

そして櫻の頭の中では、

その全員の中に既にクロも含まれていた。

 




クロ

主人公。悪の組織の魔法少女として働く。
妹であるシロのことを大切に思っている。
使う属性は闇。脳みそを弄られたことによって使えるようになった。
基本的な攻撃は闇の弾で、普通の攻撃では分裂してしまい、また自動追尾の機能も搭載されているため、対策しないとそれなりに厄介である。
また、相手が大規模な魔法を展開してきた際には「ブラックホール」を生成してその魔力の全てを奪うことができるが、容量を超えると身体に多大な負担がかかり、場合によっては死に至る可能性も持ち合わせている為、慎重に使用しなければならない。



双山 真白(フタヤマ マシロ)

クロの妹。元々は悪の組織所属だったが、魔法少女達と出会い、光堕ちした。
たった1人の大切な家族であるクロを組織から助け出したいと考えている。
使う属性は光。



百山 櫻(モモヤマ サクラ)

ある日突然魔法少女の力に目覚めた普通の女の子。皆が手を取って仲良くなれる平和な世界を目指している。
使う属性は無属性。
・『桜銘斬(おうめいざん)』 桜の模様が入った日本刀。魔力で強化されているため、普通の日本刀よりも強い。櫻がメインで使っている武器。
・『大剣桜木(たいけんさくらぎ)』 桜の模様が入った黒い大剣。体の大きい敵や、敵に対して大ダメージを与えたい際に用いる。

友情魔法(マジカルパラノイア)

櫻と他の魔法少女のうち誰か一人が揃った時に使える必殺魔法。
真の友情が芽生えている二人にだけ発生する魔法のため、たとえば櫻とクロが行おうとしても発動されることはない。
ペアを組む魔法少女によって魔法の種類が変わる。
今回の場合は『春雨』。
『春雨』は敵に対して局所的な魔力の雨を降らせる魔法であり、『春雨』を食らった敵は無属性魔法の特性によって体を無に返される。さらに水属性の特性に闇属性の魔法を浄化する効果があるため、闇魔法によって体が構成されている怪人には効果覿面である。ただ、櫻の魔法の精度がまだ完璧ではないため、完全に無に返す・浄化することは現状では不可能である。



津井羽 茜(ツイバネ アカネ)

最初に魔法少女として活動し始めた赤髪ツインテの少女。
面倒見のいい性格をしており、束や八重からはよくいじられている。
使う属性は火。



蒼井 八重(アオイ ヤエ)

茜の次に魔法少女になった少女。常に冷静で、仲間に的確な指示を出す。
学校では委員長をしており、成績は優秀である。
使う属性は水。



深緑 束(ミロク タバネ)

一番最後に魔法少女になった少女で6人の中で最年少である。
八重と一緒になって茜をいじることが多い。
使う属性は風。



朝霧 来夏(アサギリ ライカ)

金髪の髪をローテールにした活発な少女。
使う属性は雷。
基本的には手から電撃を飛ばしたり、体中に電気を纏わせて無理やり高速移動したりといった使い方をする。
必殺技は『雷槌ミョルニル』で体中に電気を纏わせ増幅させた後、手のひらにいっぺんに電気を集中させて一つの槌を作り、そこから高圧の電撃を浴びせる。
ちなみに何故雷槌ミョルニルなのかというと、雷といえば雷神トール!トールといえばミョルニル!という感じで気楽に決めた結果らしい。




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Memory4

3日ほど部屋で休暇をとっていたところ、幹部の男がクロの部屋に入ってきた。

ノックもせずにいきなり部屋に入ってくるのはどうなのだろう。

クロはそう思ったが、不満を口に出すわけにはいかない。出来るだけ口を閉じるようにする。

 

「さて、次の任務だが、お前には魔法少女達がいる学校に潜入してもらう」

 

「……?」

 

「1から説明しないと分からないか……脳をいじった影響で頭まで馬鹿になったか?」

 

すごく馬鹿にされているが、反論はしない。というかできない。

別に意味を理解していないわけではないのだが。

 

「まあいい。シロも魔法少女達と同じ中学校に通っている。シロの交友関係を見れば魔法少女が誰なのかについて大体目星が付くだろう。だからお前に潜入してもらい、シロの学校生活について探ってもらう」

 

クロとしてはシロと一緒に通えることは嬉しい……が

 

「私の顔は既に魔法少女達に知られていますが……」

 

こちらが魔法少女の顔を知らない(ということになっている)からと言って相手がこちらの顔を知らないわけではない。素性がバレている以上潜入など不可能だと思ったのだ。

 

「あぁ。言ってなかったがお前は替えが利く。つまりお前の潜入が上手くいかなくてもいい。まあ基本的に学校内で戦闘は起こらないだろう。向こう側は正義の味方さんだ。こちらが仕掛けなければ大丈夫だろう。それに、仮に魔法少女達の陣営に捕獲されたら、その時はお前の中にある爆弾を起動させればいいだけだ」

 

はっきりとお前はいらない存在だと言われたようで、少なからず自分が替えが利かない存在で、必要とされている節があると思っていたクロは少し落ち込む。

 

「………わかり……ました」

 

ますます自分が生きている意味が分からなくなってくる。

死にたいと思うこともある。でも、本当は死にたくない。心のどこかで生きたいと思っている。だからこそ、街を破壊し、他の魔法少女を傷つけてまで無様に生き延びようともがき続けている。

生きたい。自分のために……

 

「あの……」

 

「なんだ」

 

「私の爆弾を起動するときは……シロが私の周りにいない時にしてくれませんか…?」

 

でも、もし他の人を犠牲にして生き延びるにしても……シロだけは犠牲にしたくない。

シロはクロにとって大切な家族で、たった1人の妹。

そして…

 

生きる希望だ。

 

もちろん生きたいと言う願望はある。でももしシロを犠牲にしなければ生き延びれないのなら、クロは迷わずに死ねるだろう。

 

生きる希望のために死ぬーーーというのもおかしな話ではあるが。

 

「……わかった。約束しよう」

 

男はそう言う。

紙で契約書など交わしてない。

裏切られる可能性が高いだろう。

それでもクロはその言葉を聞いて安心した。

 

「ありがとう」

 

「………」

 

男は無言で部屋を出て行く。

きっと約束なんて守る気はないのだろう。

だがクロは既に爆弾が起動した際に他を巻き込まずに自分だけ犠牲にする術を持っている。これは爆弾を取り除こうとして闇属性の魔法を必死で特訓した結果だ。

結局取り除くような魔法を扱えることはなかったが、それでも周りを巻き込まないようにする魔法を編み出すことはできた。

 

「シロと一緒に学校……か……楽しみだな……」

 

少し気分が高まってきた。それも仕方がないだろう。

転生してからシロと過ごすこと以外に安らぎを感じることのできる時間などなかったのだ。先程まではシロとは魔法少女として対峙する時にしか会えなかった。

でもこれからは違う。

毎日学校で顔を合わせ、おはようを言い合ったり、一緒に授業を受けることができるのだ。それがクロにどれだけ嬉しいことだっただろうか。

 

「とりあえず、外に出よう」

 

気分が高まってきたせいか、少し落ち着かない。

クロは散歩でもすることにした。

しかし、すぐに後悔することになる。

なぜかーーー魔法少女達とバッタリ遭遇してしまったからだ

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

茜は目の前の少女ーーークロを睨みつける。

対するクロは無表情だ。何を考えているのか分からない。

 

「……………」

 

現在この場にいるのはクロを含めて3人。

他には茜、真白がいる。

2人は先程怪人との戦闘を終えたばかりだった。

来夏や八重、櫻がいないのは各々過去の戦闘で疲弊しており、万全の状態ではなかったからだ。束に関しては学校に用事があった。学年が違う為、常に茜達と行動を共にできるわけではないのだ。

 

「はぁ…別に今日は戦おうなんて思ってないし、そんなに睨みつけなくてもいいよ」

 

「そう。なら、私達の話に耳を傾けてもらえるかしら?」

 

「………まあ………別にいいけど………」

 

クロは別段予定が入っているわけではない。

茜と会話したいわけではないが、向こうにはシロもいる。少しぐらいは付き合ってあげてもいいかなとそう思ったのだ。

 

「まず、どうして街を破壊したの?」

 

「…………?……そう命令されたからだけど………」

 

組織に属しているのだ。何故街を破壊したのか、なんて今更すぎる質問だろう。

茜からすればちゃんと質問に受け答えしてくれるのかどうか、確認するために初めは軽い質問からいこうと思っただけなのだが、クロにはそんな意図は伝わらない。

 

「そう。じゃあ次の質問。どうして組織の指示にしたがっているの?脅されていたり、何か理由があるなら話して頂戴。大丈夫。私達は貴女の敵じゃない」

 

「私のこと詳しく知らないし、対して仲良くもない癖に助ける……? 笑わせないでよ。シロが言うならわかるけど、貴女に言われても何も響かない」

 

クロは冷たく突き放す。茜達に自分が助けられるわけがない、とそう思っているからだ。

 

「クロ……はぐらかさないで。正直に答えて」

 

シロが質問への答えを促してくる。

しかし先ほども述べた通り、クロは茜達に自分が助けられるわけがないと踏んでいる。助けられない人間を助けようとするのはとても辛い。だからこそ、悪役を演じて、助ける必要のない人間になって、茜達……いや、シロに悲しい思いをさせたくないと思った。

 

「じゃあ正直に答えるね。私が組織に従っているのは楽しいから。街を破壊して、無我夢中で逃げ惑う人たちを見るのがとても楽しいの。後、来夏だっけ?その子と戦った時も楽しかったなぁ。魔法少女同士の戦闘って結構面白いんだね」

 

半分嘘で、半分本音だ。実際クロは来夏との戦闘を楽しんでいた。半分本音で半分嘘。クロの発言は第三者から見れば本心だと受け取られるだろう。

嘘に信憑性を持たせたい時、どうすればいいか。もちろん表情や仕草など、自然な装いは大切だ。普段と違う姿を見せれば、人は当然不審に思う。それに関しては当然のことだと言えるだろう。では他にどうすればいいか。嘘の中に真実を混ぜればいい。国語の正誤問題でも良く用いられていることだ。前半部分は内容に合っていて、後半部分は合っていない。そうすると、人は騙されやすくなる。

 

「ふざけないで! そんな理由で私達の街を破壊したって言うの!?」

 

そしてどうやら、クロの言葉は茜にクロの本心として伝わったようだ。

 

「父さんや母さん……櫻達……皆が泣いたり笑ったりしながら、平和に暮らしてた街だったのよ!? それを……逃げ惑う人たちを見るのが楽しいから……? そんな理由で……! 私たちの街を……!」

 

「待って!茜、クロはそんなこと……!」

 

「許せない……!」

 

既に頭に血が上った茜には真白の言葉は届かない。

茜はステッキを構え、クロに向けて赤い炎の弾を打ち出す。

 

「はぁぁぁぁぁ!!」

 

2発3発と次々と弾が打たれていく。

が、その弾がクロの元へ届くことはなかった。

全ての弾の魔力を闇属性の魔法によって奪ったのだ。

しかし、頭に血が上っている茜はそのことに気づかないまま、火の弾を打ち続ける。

 

「言ったでしょ。今日は戦う気はないって。武器を下ろして」

 

「ふざけないで! お前は街を……!」

 

「茜! やめて!」

 

「真白! 邪魔しないで! 私はこいつを許せない!」

 

既に茜は冷静ではない。このまま戦えば、間違いなくクロが勝つだろう。

そう思った真白が茜の前に立ち塞がる。

 

「茜、今の茜じゃクロには勝てない。今日は大人しく撤退しよう」

 

「真白……どいて…! 勝てないと分かっていても、戦わないといけない時はあるの!」

 

「それは今じゃない!」

 

「うるさい! 私はやらなきゃいけないの…!」

 

真白と茜が口論を繰り広げる。

その間にクロは闇魔法を使って姿をくらまし、その場から立ち去っていた。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

部屋に戻ったクロは一人で考え込む。

 

(私達は敵じゃない……そう言っておきながら、結局武器を向けてきた……嘘つき…)

 

もちろんクロがそうなるようにしたからというのもある。しかし、本当は心のどこかで助けを求めていたのかもしれない。

クロは茜に憎悪を向けられたことに少しばかりショックを受けていた。

 

そして、先程まで感じていた高揚感は既にない。

シロと同じ学校に通える。

最初はそのことに対して、わくわくしていたし、楽しみにしていた。

だが今は違う。

 

(結局…同じ学校に通ったって敵同士だってことには変わりない……学校でシロと楽しくなんて……無理なんだろうな)

 

改めて自分が魔法少女達の敵であると言うことを今日再認識させられたのだ。

クロはどこか、街を破壊していた時の自分や、来夏と戦っている時の自分を別人のように見ていた節がある。

来夏との戦闘を楽しんでいたのもそのせいだ。

しかし、今回の一件で自分のことを他人事として見ることが出来なくなってしまった。

クロはその日一人で考え込んで込んだ。

思考が沈んでいく。

いつしか考えた死にたいと言う気持ちが再び湧き上がってくる。

 

でも

 

 

 

 

 

(死にたく……ない……)

 

 

 

 

 

本当は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(誰か……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(たすけて…)

 

 

 

 

 

 



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Memory5

「今から転入生を紹介するぞー」

 

目の下にクマができた、少しやる気のなさそうな男性教諭が生徒に向かってそう話す。

 

「女子か?」

 

「かわいい女子が来たってお前にはお近づきにさえなれないだろうよ」

 

「言いやがったな!」

 

転入生と聞いて教室内がザワザワと騒ぎ出す。

 

「あまりはしゃぐなよ。転入生を紹介したらすぐに授業に入るからな。影山、入っていいぞ」

 

教師がそういうと教室へ1人の無表情な黒髪の少女が入ってきた。

 

「影山クロです。えと、これからよろしくお願いします」

 

「女子だ! かわいい……」

 

「クロちゃん……か、いい響き………」

 

「おいお前ら、転入生の話は後だ。授業の準備しとけ」

 

再び生徒達が騒ぎ出すが教師が発言したことにより授業の準備を始めている。

 

「とりあえず影山は、双山の隣に座ってくれ。あー双山っていうのはあの白い髪の……」

 

「分かりました」

 

教師が言い終える前にクロは双山と呼ばれた少女………真白もといシロの隣の席へ腰を下ろす。

 

「来ちゃった♪」

 

そういい微笑みながら話すクロとは対照的に、シロの顔は青ざめていた。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「クロ、答えて」

 

クロは今、休み時間にシロに連れ出され、人気のないところへ連れ出されていた。

シロがクロを連れ出した時、「え!? 逢引き?」「表出ろってやつ?」「保健室か?」など様々な声が聞こえたが、シロもクロも無視した。

 

「答えてって……何を?」

 

「どうして学校に来たの?」

 

「年頃の少女が学校に通うってそんなにいけないことかな?」

 

「そうじゃなくて……」

 

「私もそういう年頃だからね。だから学校に通ったんだよ」

 

「そういう話じゃない!」

 

とぼけ続けるクロに、シロが少しイライラしながら問い詰める。

 

「何が……目的なの?」

 

「目的……あれ? そういえば何だったっけ?」

 

「とぼけないで!!」

 

今回ばかりはとぼけたわけではない。本当に忘れてしまっていたのだ。とぼけ始めていた時はまだ覚えていたのだが……。

 

クロは組織に脳を弄られた影響により、たまにではあるが部分的に記憶喪失に陥ることがある。さっきまでは本当にとぼけていたのでシロからは今回もとぼけているのだと勘違いされてしまったが。

 

「あ、思い出した。潜入捜査ってやつだ」

 

「……それは……私に言っていいことなの?」

 

堂々と潜入捜査だと話してきたクロに、シロは少しの疑いと、困惑の感情を持った。

 

「別にいいよ。失敗しても代わりはいるし、そもそも顔が割れてるんだから潜入も何もないしね」

 

そう話しているクロの表情が、少し曇ったのをシロは見逃さなかった。

 

(やっぱりクロも本当はーーー)

 

 

「………ねぇクロ、組織を裏切って私たちと一緒に……」

 

「それは無理。私は組織に従うことが楽しい。この前、マジカレイドイエローと戦った時も最高に楽しかった。だから私にシロ達の仲間になるって選択肢はない」

 

「クロ、本当のことを言って、本当はどう思ってるの? 櫻達には……他の魔法少女達には言わないから、私だけには本心を…」

 

「あ、もうすぐチャイムなるよ。遅刻はいけないよね。成績悪くなっちゃうし。そろそろ行こっか」

 

「待って、クロ!」

 

そういってクロは早足で教室へと向かってしまった。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

放課後、クロと話そうと思っていたシロだったが、隣の席だったはずなのに、シロはクロのことを見失っていた。

周りにいつの間に帰ったのか聞いてみると、6時間目の授業中に早退してしまったらしい。シロはクロのことは気になってはいたが、根が真面目であるため授業に集中しきっていた。そのせいでクロが早退したことをついさっきまで忘れてしまっていたのだ。

結局シロはいつものメンバーで集まり、今日のことを話すことにした。

 

「皆は……どう思う?」

 

真白が他の魔法少女達に尋ねる。ちなみに彼女らは現在櫻の家に集まって話を進めている。両親からは友達を連れてきて遊んでいる。そんな風に見えているのだろう。

 

「私は何かやられる前にこっちが仕掛けないといけねぇかなって思う。それに茜から聞いたがこの前説得に失敗したんだろ? だったらもう私には関係ない。約束は無効。私はあいつと戦うぞ」

 

「私も正直あいつに対していいイメージは持っていないわ。この前真白と一緒にあいつと話した時から。だから来夏に1票ね」

 

来夏、茜と二人がクロと敵対することを選ぶ。

 

「私はどちらでも。多数決でいいんじゃない?」

 

「私もどちらでもいいです。八重さんと同じですね」

 

八重と束はどちらでもいいらしい。二人はクロと会話を交わしていない為、クロに対して良い印象も悪い印象も抱いていない。そもそも八重と束は身内以外には冷たい性格だ。八重などは元々冷え切った性格をしていたが、櫻達と過ごす内に段々と丸くなってきたのだ。そのせいか、八重は櫻達には気を許しているが、櫻達以外の人間には基本的には興味ない。束も同様だ。

 

「櫻さんはどうなんですか?」

 

束が櫻に問う。

 

「私は…‥何か事情があるんだと思う。茜ちゃんは本心から言ってたって言ってるけど……でも真白ちゃんが言うには本心じゃないって。もし本当に仲良くできる可能性が少しでもあるなら、私はそっちの可能性を信じたい。だから私は……真白ちゃん派に…なるのかな?」

 

少し自信なさげに櫻は言う。

結局クロを説得したい真白派が2人、クロと戦闘して決着をつけたい派が2人、中立派が2人となってしまった。

 

「これじゃ……いつまでも意見がまとまらない……」

 

「なら分かれて行動するって言うのはどうだ? 私と茜はあの黒い魔法少女を見つけたら戦いに行く。真白と櫻は説得。八重と束はご自由に…‥って感じでな。私と櫻、八重は魔力が完全には回復してないが、真白と束、茜は万全の状態だ。結局それぞれ1人ずつは動けるだろ? ならそれでいいだろ。」

 

「それじゃ皆バラバラになっちゃう……」

 

「別に縁切るってわけじゃない。しばらくの間だけだ。気にすることでもねぇだろ」

 

櫻が呟くが、その言葉は即座に来夏に切り捨てられる。

 

「このまま話しても埒があかないわ。一旦解散しましょ」

 

「そうね。それじゃ私は帰るわ」

 

「そうだな。私も帰るわ」

 

八重が5人に対してそう提案すると、来夏と茜は足早に櫻の家から出てしまった。八重と束も2人に続こうとする。

 

「待って八重ちゃん!」

 

「櫻、ここは一旦お互いに冷静になったほうがいいわ。焦らないで。ゆっくり考えた方がいい。2人を説得するのはかなり厳しいと思うわ。私は出来るだけ櫻の力になるから、今日のところはもうお開きにしましょ」

 

櫻が止めようとするが、八重はそう言って、束と共に帰ってしまった。

 

「どうしよう……」

 

「大丈夫。クロは私が説得する。絶対に」

 

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡り、シロ達が6時間目の授業を受けている頃、クロは早退するために闇魔法で高熱を出し、仮病を装っていた。現在クロは保健室で休んでいる。何故早退したいのか?簡単だ。シロにこれ以上詮索されたくなかったからだ。最初はシロと一緒に通えることにワクワクしていたクロだったが、いざシロと会うと、こちらをとても心配して、気にかけているのがよくわかる。クロはシロの前で嘘を吐き続ける自信がなかった。そもそも嘘も見破られているような気がする。だから逃げたのだ。学校に通っている以上、明日も明後日も顔を合わせることになる。そんなことはわかっているはずなのに、だ。

 

「気分はどう?」

 

保健室の先生が尋ねてきた。

 

「あの……早退はさせて貰えないんですか…?」

 

「仮病でしょ?」

 

「そうですけど…………え……? なんで……」

 

「私の苗字、双山って言うんだけど、聞き覚えある?」

 

「双山……?」

 

確かシロもそんな感じの苗字だったはずだ。もしかしてシロの義理の親なのだろうか?しかしそうだとしても何故クロが仮病だと分かったのか。クロは疑問に思う。

 

「そうだね〜。君の妹……姉? どっちでもいいか。双子の姉妹の苗字と同じ」

 

「シロ……真白の義理の母親ってことですか? でもそれと私の仮病がわかったことになんの関係が……」

 

どうして自分のことを知っているのか一瞬疑問に思うクロだったが、シロに聞いたのだろう、そう思って深くは探らないことにした。

 

「そうだね。仮病が分かったことについては……私は少し魔法に詳しくてね。だから君が闇魔法で高熱を出してることを見破ることなんて造作もないことなんだ。ちなみに魔法少女達の後見人をしてるのも私。組織に魔法少女達の素性が暴かれないように、彼女達の情報を操作してるのも私」

 

彼女は一体何者なのだろうか。組織のことや、魔法少女のことについて詳しそうな素振りだ。一般人なら組織について知らされていない。時々出没する怪人についての謎は明らかにされていないし、魔法少女についても、怪人から人々を守ってくれている小中学生、または高校生くらいの少女、と言った認識だ。そのせいで掲示板チャンネルなどでは度々怪人や魔法少女について考察されており、中には宇宙人説なんかも出ている。ともかく、彼女がただの保健の先生ではないということは確かだ。しかし、

 

「そんなにペラペラと話してもいいんですか? 私実は組織の人間なんですけど」

 

「それは君にも言える台詞じゃないかな? 私は魔法少女達の味方だよ? まあ私は君のことを信頼してるからね。報告しないんだろう? 私のことは」

 

「…………………」

 

一応幹部の男から「お前は物忘れが激しいから何かあったらすぐにこのノートに書け」と渡された魔法式のノートを渡されている。このノートは設定された人物しか内容を読み取ることができないノートで、仮に一般人やシロ達魔法少女に見られても問題はない。だから隠れて報告することはできる。だが、彼女が言った通りクロに報告するつもりはない。

 

「どうして信頼してくれるのかは分かりませんが、とりあえず貴女が私の敵だということは分かりました。それはともかく早退させてくれませんか?」

 

彼女から情報を聞き出したい気持ちがあったが、元々クロは組織にそこまで忠実な部下というわけではない。シロと放課後に顔を合わせたくない。そういった気持ちの方が強かったのだ。

 

「ん。仕方ないね。いいよ。担任には私から言っておくよ」

 

「一応私は敵ですが、いいんですね。早退させても。とりあえず、ありがとうございました。また明日」

 

そういってクロは保健室から足早に立ち去った。

 

「敵…か。別に私は君の敵だなんて言った覚えはないんだけどね」

 

 

 




魔法少女達と交戦したりするのでクロの楽しい学校生活はしばらくありません。多分10話くらいお預けになります。
残念ながら男子生徒くんの出番もしばらくありません。


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Memory6

「結局八重さんってどっち派なんですか?」

 

「どっちでもないって言ったでしょ。まあ私は説得できそうならすればいいと思うし、できそうにないなら武力行使しかないかなって思ってるんだけど」

 

「どっちかというと真白さん派って感じですか?」

 

「そうかも。私としては来夏と茜の意見も分かるから、本当にどっちでもいいんだけど、肝心の闇属性使いの魔法少女とまだ会ってないからなんともって感じ」

 

「私も八重さんと同意見かもしれません」

 

八重と束は櫻の家から去った後、一緒に家に帰る途中だ。

八重と束は家が近い。茜と来夏は家が違う方角にあるため途中で分かれていたが、八重と束は方角が同じであるため、一緒に帰ることが多い。

 

「そういえばさっき魔衣さんから連絡が来たんですけど、どうやら6時間目の途中で例の魔法少女が保健室に来たらしいです」

 

「へー。で、双山さんはなんて?」

 

「悪意はなさそうだったよ。だそうです。組織に属しているのは、何かしら理由があるんでしょうか?」

 

「そうね、何か事情があるならーーー」

 

八重はそこまで言って止まる。束もだ。

八重と束の前には今まさに話題にしていたクロという1人の魔法少女が突っ立っていた。

 

「噂をすればなんとやら……ってやつね」

 

見た感じ周りには人はいない。しかし、クロはすでにステッキを持ち、戦闘を始める気満々の様子だ。

 

「こんにちは……いや、こんばんはか。マジカレイドブルーにマジカレイドグリーン」

 

「ええ、こんばんは。とりあえず武器を下ろしてくれないかしら? 私は戦うつもりはないの」

 

「戦いたくないなら別に戦わなくてもいいよ。街がどうなってもいいなら」

 

「させません! 八重さん! 下がっていてください! ここは私が…!」

 

「いいえ束。私が行くわ」

 

そう言って八重が前に出る。しかし八重は怪人型ゴーレムとの戦闘で魔力を大量に消費している。果たしてクロに勝てるのだろうか。

 

「戦わないんじゃなかったの?」

 

「気が変わったわ。街を破壊されたくないしね」

 

「まあいいか。じゃあ始めるよ……!」

 

そう言ってクロは大量の黒の弾を出す。

 

(来夏が言ってたやつね……)

 

しかし、八重は大量の黒の弾の大群を回避し、着々とクロの元へ迫ってくる。

 

(なんで突っ込んでくる……? )

 

クロは疑問に思う。どうして魔法で迎撃しないのかと。迎撃しても弾が分裂するからだろうか。それにしても魔法で防御くらいはとった方がいいのに。それに、わざわざしゃがんで避ける必要のない攻撃をしゃがんで回避している。何故ーーーそう思うクロだったが、魔法を使わないのは、実際のところはそこまで深い理由があったわけではない。単純に八重が魔力不足で魔力を温存したかっただけだ。

 

(まずいな……)

 

八重がクロに近づいていく。

黒い弾は基本的に自動で対象に追跡してくれるが、焦り始めたクロは3つほどの黒い弾を操って八重にぶつけようとする。

 

それでも八重を止めることはできない。もうすぐ、クロのいるところへ到達する。

まずいーーーそう思うクロだったが、予想に反して八重はクロのいるところを通り過ぎた。

 

「は?」

 

思わず声に出る。クロには接近されれば取れる手段はない。そのまま魔法で攻撃すればクロは負ける。来夏との戦闘でも、来夏がクロの他の技を警戒して、早々に決着をつけようとして必殺を繰り広げたからこそ“ブラックホール”を使って来夏に勝つことができたのだ。もし来夏がクロに接近して直接魔法で攻撃していれば、クロも力押しに負けてやられていただろう。もちろんある程度の防御はできる。実際来夏が最初に突っ込んできた時も闇魔法で来夏の攻撃を防いだ。が、よく耐えれて3度だ。3度も連続で攻撃されれば、それももたない。

 

何故後ろに下がった? 別にそうしなければいけないような状況でもなかったはずーーーそう思うクロだったが、すぐに疑問は解消されることになる。

 

「『結界・アクアリウム』!」

 

そう八重が唱えた途端、クロの足元に魔法陣が浮かぶ。

八重が後ろに下がったのはこのためだ。

黒の弾を避ける最中、無意味にしゃがんでいたのも、この魔法陣を構成するために必要だったからだ。

『結界・アクアリウム』は自身の魔力を必要としない。

人の体内に流れる魔力を使うのではなく、大地に根付いた魔力、すなわち地脈に流れている魔力を利用する結界だ。それゆえに、現在魔力が枯渇している八重でも発動することができた。

 

「なっ!」

 

そして魔法陣が現れるのと同時に、大量の雨が降り出す。

クロの体に雨が当たっても何も起こらない。が、

 

「黒い弾が……消えてる……?」

 

クロの放った大量の黒の弾が雨に触れた途端に消滅していっている。

結果的にクロは魔力を回収できず、これ以上攻撃を繰り返すことができなくなってしまう。

 

「水属性には闇属性の魔法を浄化する効果があるの。つまり相性は最悪。喧嘩売る相手を間違えたみたいね」

 

それに、と八重は付け加える。

 

「貴女まだ経験不足でしょ? がむしゃらに弾を撃つだけ撃って後は放任。これで魔法少女やってます? 笑わせんじゃないわよ。確かに精度は高いけど、実戦慣れしてないのがバレバレよ。それに手数も少ない。闇の弾がなくなったら、次の手はもうナシ。肝心の“ブラックホール”とやらも魔力を吸収することしかできない出来損ないだし」

 

クロはボロクソに言われて少しムカついた。確かに実戦経験は浅い。たまにシロと模擬戦をしたことくらいだ。それでも、生まれてきてからずっと魔法について訓練してきたのだ。それなりにプライドがある。カッとなったクロは八重の言葉に食い付く。

 

「その出来損ないに貴女の仲間は負けたみたいだけど?」

 

「それは来夏が短気だったから。来夏がもっと冷静なら、貴女は負けていたかもね。でもそうね。この世界にもしもなんて存在しないし、実際それで来夏を倒したなら、そこは素直に誇っていいとは思うわ。あれでも結構長いこと魔法少女やってるからね」

 

案外八重は素直に褒めるところは褒めてきた。もっと乏してくると、そう思っていたのだが。

 

「結局私はどうなるの? 殺されるの? なら全力で抵抗するけど」

 

「殺すだなんて物騒なことはしないわよ。ただちょっとお話させてほしいだけ」

 

「何故街を破壊したのか? とか? それなら簡単。組織の命令だったし、私自身も楽しかったから。来夏と戦闘したときも本当に楽しかったよ。相手よりも上だっていう感覚って本当に気持ちいいよね」

 

「貴女そんな理由で街や来夏さんを…!」

 

「落ち着いて束。そう。なんで組織に属しているのかは分かったわ。それじゃ、真白のことはどう思ってるの?」

 

「それは………」

 

クロは少しの間悩む。少しと言っても1秒2秒ほどだ。すぐに頭の中を整理し、自分を嘘で塗り固め、言葉を発しようとするがーーー

 

「はぁ。もういいわ。帰っていいわよ」

 

「は?」

 

「帰っていいっていったのよ。ほら、さっさと行きなさい」

 

「八重さん!? 何言ってるんですか!?」

 

クロと束の両者は驚く。まさかこんなにすんなり逃がすとは思わなかったからだ。

 

「後悔しても知らないよ」

 

「はいはい」

 

「あっ! ちょっと待って! おーい!」

 

束が必死に呼びかけるが、クロはそそくさとその場を去ってしまった。

 

「ちょっと八重さん! なんで逃がしちゃうんですか!?」

 

「捕まえても意味ないと思ったから」

 

「えぇ…」

 

八重の意味不明な理由に思わず束も困惑する。

 

「まあ、私達の完全な敵ってわけじゃなさそうよ」

 

「どうしてそんなことが言い切れるんですか?」

 

「そうね。まず、最初に街を襲った時、彼女、誰も殺してなかったでしょ?」

 

「それは……街を破壊するのに夢中だったからでは?」

 

「ただがむしゃらに街を破壊してたら、巻き込まれる人なんて大量に出てくるわ。貴女もよく知ってるでしょう?」

 

実際、怪人が街を破壊する際に、巻き込まれてしまう一般人は多くいる。基本的には櫻や真白などが助けるのだが、中には間に合わない人もいる。

だが、クロが最初に街を破壊したときは、死傷者は0人だった。

死人どころか怪我人すらいなかったのだ。

もちろん住む家をなくした人の今後のことを考えると、クロのやったことは許される行為ではない。が、死人は出していないこともまた事実だ。

 

「確かに……あの時は不自然に死人が出ませんでしたね……いえ、私達がいる以上基本的には死人は出さないのですけど……それにしてもあの時は特に誰かを助けたりした記憶がありませんね……それが理由ですか?」

 

「まあね。後、来夏と戦った時も人気の少ない場所だったみたいだし、さっきだって周りに人がいない状態で戦った。それに茜と真白があいつとばったり出会った時も、戦闘する意思を見せなかったらしいじゃない。2対1だから戦わなかったって考えても、じゃあ今回はなんで戦ったのかって話になるでしょう? だから、本当は悪いやつじゃないかもねって私は思ってるの」

 

「なるほど……。しかし、そうなると、何で茜さんや真白さんの言葉に耳を傾けてくれないのでしょうか……」

 

「さあね。洗脳されているのか……脅されているのか……どっちにしろ、簡単に私達の仲間になってくれたりするわけじゃなさそうよ」

 

「それでも私はやっぱり……あのクロっていう魔法少女が善人だとは思えません……」

 

「そう? まあ私もさっき言った理由で考えてるからっていうよりは、勘でそう思ってるっていう面が強いから、信じられないのも仕方ないとは思うけどね」

 

そうやって2人がクロについて話しているうちに、束の家に到着した。

 

「では私はこれで」

 

「ええ、夜更かししちゃダメよ?」

 

「しませんよ。今日は疲れましたしね」

 

「そうね。じゃまた明日」

 

「はい、気をつけて」

 

そう言い八重と束は別れる。

 

しばらく八重は一人で考え込む。

 

(真白について問いただそうとした時……やっぱり動揺してたわね)

 

そうしてこう呟く。

 

「あの黒い魔法少女を救えるのは……真白だけかもね」

 

 

 



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Memory7

『シロと模擬戦をしていた時は、黒い弾だけで戦えていたのだが』

こちらの部分がMemory2にあった描写と矛盾しているとのご指摘があったので、修正させていただきました。
ご指摘ありがとうございました。


 

「それで? 無様に帰ってきたのか?」

 

「ごめんなさい……マジカレイドブルーが予想以上に強くて……」

 

八重に負けた後、クロは幹部の男に状況を説明して、叱られている最中だった。

 

「お前は馬鹿だから魔法少女が誰か分からないんだろう? せっかく魔法少女と戦闘したのに負けては意味がないじゃないか。ノートもあまり積極的に書いていないようだし、これはお仕置きが必要か?」

 

「それは……あの、魔法少女達は…強いんです…だから、仕方なくて…」

 

「お前の技のレパートリーが少なかったのが敗因だろう。マジカレイドブルーにも指摘されたのだろう? 経験不足だと」

 

この流れはまずいーーーそう漠然と思うクロだったが、こうなってしまってはもはやどうしようもない。素直にお仕置きを受けるべきか‥‥そう考えていたのだが、

 

「実戦経験が少ないから負けたらしいな。ならば積めばいいだけのこと」

 

そう言って男は奥の部屋から1人の少女を連れてきた。長い髪をサイドアップに結んだ、紫色の髪を持つ14歳くらいの少女だ。

 

「あっ、初めましてー! 私ユカリって言います。先輩のでーた? を元に造られた人造人間? らしいです。なので、先輩の妹になりますね!」

 

唐突に自己紹介を始められて困惑する。今人造人間と言ったか?

組織は魔法少女の人造人間を創れるほどの技術を持っているというのだろうか。

よくよく考えてみれば、怪人なんてものを生み出しているわけだし、人造人間を創れてもおかしくないのかもしれない。

 

「こいつは失敗作のお前と違って成功作だ。前に言ったお前の代わりもこいつのことだ。お前にはこいつと実践形式の訓練をして経験を積んでもらう。まあお前の戦闘経験というより、こいつの戦闘経験を積むための訓練だが」

 

結局どこまでも必要とされていないんだな、とクロはそう思うが、ふと気になったことがあり、幹部の男に問いかける。

 

「あの……失敗作とは……どういうことでしょうか…」

 

初めは役に立たない、出来損ないという意味で捉えていたのだが、どうにも男の言い方を見るに違うような気がする。そう思ったクロは、なんとなく男に尋ねてみたのだ。

 

「あぁ、言ってなかったか? お前もシロを元にして造られた人造人間だ。お前はシロのことを妹だと思っていたようだったが、そうじゃない。お前が妹なんだよ」

 

衝撃の事実に眩暈がする。

そんなわけがない……

 

俺は人間だった。

 

前世でも

 

今世だって………シロと一緒に育ってきたはずだ。

 

シロにだってその記憶はある。

 

でも母親は? 父親もわからない。

 

生まれた時のことは記憶にない……一番古い記憶はシロと一緒に生活感のない部屋に入れられたこと……

そういえばあの時点ではシロと双子だということは知らなかった。

 

じゃあ……俺は今まで自分のことを人間だと思って育ってきた人造人間だったということか……?

 

そういえばユカリも俺のデータを基にして造られたって……

 

闇属性の魔法が使えるのも…人造人間だから…?

 

でも闇属性の魔法が使えるようになったのは……脳をいじられてから。

 

「せんぱ……お姉ちゃん…?」

 

目の前にユカリーーー人造人間の少女の顔が映る。

 

違うーーーお前の姉じゃない

人造人間とは違う………

 

違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う

 

 

「ぅ……ぁ………ああああああああ!!」

 

辺りに闇の弾が撒き散らされる……が一瞬にして周囲から闇の弾が消えてしまった。

クロが消したわけじゃない。

 

ユカリだ。ユカリが一瞬で闇の弾全てを自身の魔力に変換し、吸収したのだ。

 

「せんぱ……お姉ちゃんのでーたを基にしてるから私も闇属性の魔法使いなんだ♪」

 

クロが最後に見たのは、そう言いながらこちらに微笑みかけてくる、人造人間(いもうと)の姿だった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

目を覚ますと、目の前にはユカリの姿があった。

 

「大丈夫? お姉ちゃん」

 

「ユ……カリ……?」

 

「そうだよ! 名前覚えててくれたんだね」

 

「その……お姉ちゃんっていうのは……?」

 

クロからすると姉と呼ばれる事自体に不快感を感じることはない。

ただ、先程は人造人間であるユカリに「お姉ちゃん」と呼ばれたことから、自分も人造人間であるという事実を目の前に突きつけられたような気がしてならなかったからだ。

 

「だってお母さんって感じしないもん」

 

ユカリはそう答える。

クロとしてはシロが母親で同じ人造人間であるクロは姉だとかそんな感じで思っているのかと思ったが、どうやらそういうわけではないらしい。

 

「幹部の男の人に聞いたけど、お姉ちゃんは自分が人造人間だってこと知らなくて、そのことがショックだったんだよね?」

 

「そうだね…」

 

「んーでもそこまでショックを受けることはないと思うよ。人造人間っていってもくろーんにんげん? みたいなものらしいし、生まれ方が違うだけで、人間であることには変わりないから」

 

自分はシロから造られた偽物の存在。本当の人間ではなく、シロと違って組織のために生み出された存在。人造人間であるということよりもそれらのことの方がクロにとってはショックだった、が人造人間であるということに対してショックを受けていることには変わらない。

 

「ありがとう。ユカリ。ちょっと元気出た」

 

「よかった。私はお姉ちゃんが元気な方が嬉しいもん」

 

クロのことを精一杯元気づけようとしてくれるユカリの様子を見て、クロは段々と落ち着きを取り戻していった。

 

(ていうか……お姉ちゃん呼びで固定なんだ…)

 

見た感じユカリには悪意を感じられない。それに14歳の子供にしては少し幼い気もする。

実はもう少し年齢が低いのだろうか。

 

「ユカリって何歳?」

 

「私? さあ? んー身体の年齢は14歳になるように調整されてるらしいから14歳かな?」

 

身体の年齢?

 

「どういうこと?」

 

「えーと、何が?」

 

「その、身体の年齢って…?」

 

「んー私もよくわかんないだけど、一気に14歳に無理矢理成長させたらしいよ。だから一応私は14歳」

 

無理矢理成長……

 

「それってどういう……」

 

「いつまで話している。起きたのなら戦闘訓練に入れ。元々そのためにこいつを連れてきたわけだしな」

 

ユカリのことについてもう少し深掘りしたかったのだが、幹部の男によってそれは遮られてしまう。

とりあえず男の言う通りにユカリと戦闘訓練に入ることにした。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

ユカリと模擬戦を行ったのだが、結果だけ言うとクロは敗北した。

クロの主な攻撃手段である黒い弾は全てユカリに通用しなかったし、“ブラックホール”も相手の魔力を吸収する技である為、攻撃手段にはならない。

結局クロはユカリに手も足も出せずに大敗した。

 

(マジカレイドブルーの言った通りだな……)

 

先日八重に言われた通り、クロは黒い弾以外に攻撃手段がなく、手数が少ない。

黒い弾が通用しない相手が出てくると、途端にクロは何もできなくなってしまう。来夏との戦闘の時だって、来夏が早々に切り札を繰り出してきたから“ブラックホール”を使って勝つことができたのだ。

 

「んーお姉ちゃんはもうちょっと技のれぱーとりー増やしたほうがいい気がする」

 

「そうだね。でも……」

 

「私の技真似してみる?」

 

「いい。私には真似できないからね」

 

ユカリがそう提案してくるが、ユカリの技はクロには再現することができない。

ユカリの方がクロよりも技術力が上なのだ。

もちろんクロだって黒い弾を操る技術や“ブラックホール”を扱う技術はとても高い。が、それ以外に闇属性の魔法の使い方を知らないせいで、闇魔法を他のことに使おうとしてもどうしても素人同様の出力になってしまう。

 

「新しい技考えないと……」

 

「じゃあ私も一緒に考える!」

 

ユカリはそう言ってクロの新技を一緒に考えてくれることになった。

一応幹部の男はユカリのための訓練だと言っていたが、忙しいのか現在ここにはいない。そこに関しては気にしなくてもいいだろう。ただ何も訓練をしていないと、すぐそこで見張っている怪人型の見張りが幹部の男に告げ口してしまうというのはあるが。

 

「まずお姉ちゃんはあんまり体力がないから、私みたいにこんな風に闇の剣を作って動き回るのは難しいと思う」

 

「確かに」

 

ユカリは戦闘の中で、クロのことをよく観察していたようだ。今日会ったばかりなのにクロのことをまるで昔から知っていたかのように親しく接してくれている。

クロは少し、昔一緒にシロと模擬戦をしていた頃と今の状況を重ねて見ていた。

シロと模擬戦を行った時も、お互いの技について評価し合ったりしていた。

クロは少し懐かしい気分になる。

 

「だから、私としては遠距離から攻撃するのがいいと思うんだけど」

 

「結局それって黒い弾にならない?」

 

「う〜ん」

 

クロとユカリは一緒に悩む。

 

(ユカリは……そんなに悪い子じゃなさそうだな…)

 

今日一日ユカリと過ごしてみて、クロはユカリに対してそう感じた。

模擬戦でクロが何もないところでつまづいてこけてしまった時、慌てて攻撃を中断して心配そうな顔で大丈夫? と何度も聞いてきたくらいだ。

今だって、クロの新技を一緒に考えてくれたりしている。

本当は自分の訓練をしていきたいはずなのにだ。

まあ、クロが弱いから訓練にならない、だから特訓させようとかそんな風に思っている場合は別だが、ユカリはそんな風に考えている様子はない。

 

「ありがとうユカリ」

 

自然と口からそう溢れた。

 

ユカリはよく分からないという顔をしているが、

クロ自身も何に対してありがとうと言ったのかよく分からない。

人造人間である事実にショックを受けているクロに寄り添ってくれていたことに対してか、

一緒に新技を考えてくれていることに対してか、

はたまた、クロに対して優しく接してくれていることに対してか、

それは本人にも分からない。

 

ただ一つ確かなことがある。

それは、

 

 

この時ありがとうと呟いたクロの顔が、シロがいなくなった後では今までで一番穏やかな顔をしていたということだ。




クロのクローン登場()

いぇ〜い真白ちゃんみってる〜?


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Memory8

てっちゃんさん様から誤字報告を頂いていました。


君の悪い笑み→気味の悪い笑み


てっちゃんさん様、誤字報告ありがとうございます。


キーンコーンカーンコーン

 

チャイムが鳴り、授業が始まる。

ここ、真保市立翔上中学校の二年三組では既に授業が始まっている。

クラスの中にはクロ、真白がそれぞれ真面目に授業を聞いている姿があった。

 

 

………クロの方は少しうとうとしているようだが。

男性教師は気にする様子もない。

というか指摘するのも面倒なのだろう。

ちなみにこの男性教師は二年三組の担任でもあり、名を風元康(カザモトヤスシ)。

目の下にクマができた、いかにも怠そうに授業を進める数学担当の教師だ。

 

「ここにこの公式をいれればーーー」

 

一見真白は真面目に授業を受けているように見えるが、内心はうとうとしながら授業を受けているクロのことで頭がいっぱいだ。

クロがこの学校に来てから一週間程経過したが、学校でのクロは案外普通だ。

クラスメイトとはたまに会話を交わすぐらいではあるが、全く壁を隔てて他人との関わりを避けているようには見えない。真白自身も、家族としてではなく、他人として関わる分には普通に接してくれている。

ただ、家族として、また、魔法少女としてクロと話そうとしてもどうしてもはぐらかされてしまう。

 

強引にでもクロと話し合いの場を設けたいーーーそう思って、校門で櫻と共にクロのことを待ち伏せしてみたのだが、校門からクロが出てくることはなかった。

八重に相談しても放っておきなさいと言われ、束は学年が違うので中々予定が合わず、来夏と茜に関してはクロに敵意剥き出しであるため論外だ。

 

(今までは上手くいかなかったけど、今日こそはクロと話してみせる)

 

今日は櫻にクロの説得に協力してもらうように頼んでいる。

八重と束にも何度も頼み込んで渋々説得に参加してもらえることになったのだ。

4人でなんとかしてクロを捕まえて、説得してみせる。

そう意気込む真白だったが、突然クロが手を上げこう言う。

 

「先生。今日用事があるので帰ってもいいですか?」

 

「用事…? あぁ……身内がどうのこうのとかいう話がそういえばあったな……あーわかった。家の人に連絡は……」

 

「大丈夫です。既に済んでます」

 

そう言って教室から出て行ってしまった。

慌てて真白も「先生、トイレ!」と言って教室を出る。

 

「先生はトイレじゃないって言えばいいのか……?」

 

そんな呟きも聞こえたような気がしたが、結局真白はクロの姿を見失ってしまっていた。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「あっ! おかえりお姉ちゃん!」

 

「ごめん、遅くなった。今日は早く帰るって約束してたのに……ちょっと授業中眠たくなっちゃってうとうとしてたせいで……」

 

「全然大丈夫。気にしてないよ!」

 

クロがユカリとそう言葉を交わす。

クロが早退したのはユカリのためだ。

ユカリは外出許可が出ていないため、組織の外に出ることができない。

そのことを聞いて、流石に毎日は無理だが、たまには早く学校から帰ってきてユカリの相手をしてあげようと考えたのだ。

 

そのおかげか、ここ一週間でユカリとはかなり打ち解けた。

元々ユカリが人懐っこい性格をしていたからというのもあるのだろう。実際ユカリは、最初はクロのことを先輩と呼んでいたにもかかわらず、数分後にはお姉ちゃん呼びに変えて急に距離を縮めてきていた。

 

「何かしたいことある?」

 

「なんでもいいよ。私はお姉ちゃんとお話できるだけで満足だから」

 

そう言われると困る。クロはあまり話が上手くない。面白い話などはできそうもないし、世間話をするにもクロは時事に詳しくない。ユカリも同様だ。

そうなると自然とできる会話は少なくなる。

結果的にクロはユカリの身の上話を聞くことにした。

 

「じゃあお話ししよっか。私はユカリについて知りたいんだけど、いい?」

 

「私のこと? いいよ。でもそんなに面白い話とかはないよ?」

 

「大丈夫。私がユカリのことについて知りたいだけだから」

 

「じゃあまずお姉ちゃんのことから聞かせてよ」

 

「わかった。私は、生まれた時はシロ……って誰かわかる?」

 

一応念の為、シロの存在を把握していない可能性があるため聞く。

 

「うん。私とお姉ちゃんの親的な存在だよね。あっでも私からしたらお姉ちゃんが親だから、おばあちゃん?」

 

ユカリの中ではシロは親として認識しているらしい。シロと姉妹のように育ってきたクロには少しわからない感覚だ。

 

「ユカリからしたらそうなるかもね。まあシロと一緒に魔法の訓練とかしながら育ってきたってただそれだけかな。生い立ちに関してはお互いあまり話すことがないかもね」

 

「本当にそれだけ?」

 

「うん……それだけ……だけど…」

 

一応クロには前世の記憶というものがある。

前世が男であったということ以外、ほとんど覚えていないのだが。

 

「………お姉ちゃんって、何か大切なものを忘れてる気がする」

 

「大切なもの?」

 

「うん。これは私の勘だけど、その忘れてるものを思い出せたら、お姉ちゃんは私より強くなれる。ううん、他の魔法少女にも負けないくらいに強くなれる。そんな気がする」

 

大切なものを忘れている、か。

一応組織に脳をいじられたせいで、もの忘れが激しいところはあるが、シロとの思い出などクロにとって大切な記憶は割と覚えている。

 

 

…………まあ、おそらく前世の記憶のことだろう。

クロが覚えているのは男であったということだけ。

ただそれだけだ。自身の性自認も男であると思いながらも実はそこまで男にこだわっているわけではない。

だからクロとしてはそこまで大事なものではないと思っていたのだが。

でも、もし前世の記憶を思い出したら、どうなるのだろうか。

今は自分が人間であるというアイデンティティも壊されている。

前世の記憶を思い出せば、クロが女でも男でもない歪な存在だと改めて認識させられてしまう。そうすれば、一体クロは何に縋れば良いんだろうか。

 

ーーー嫌だ

 

でも、強くなる必要なんてあるのか?

いやない。

そうだ。前世の記憶なんていらない。

前世が男だっただけ。今は違う。

いらない。

いらない。

いらない。

 

「いらないーーー」

 

「? お姉ちゃん、何か言った?」

 

「ううん、なんでもない。それより、ユカリはどうなの?」

 

「私? 私は今が人生の全てって感じだよ。元々シロお姉ちゃん? が組織を裏切ったのがきっかけで作られた存在だから、生まれて間もないんだ♪ あ、でも赤ちゃんとはちょっと違うよ! 私は一般常識とか、魔法少女のこととか、そういう知識が脳に入れられてるから」

 

ユカリの話を聞いていて、思った。

彼女も組織の被害者なんだ、と。

 

「ねえ、ユカリは、組織のこと、どう思う?」

 

もしかしたら、ユカリも組織を抜け出したいのかもしれない。

できることなら、助けたい。

そう思うクロだったが……

 

「凄く大きなことを成し遂げようとしてる、立派な組織だと思うよ。何をするかはまだわからないけど、きっと偉大なことなんだよね。手伝えるなんて嬉しいなぁ♪ 組織のために尽くさなきゃ。ね、お姉ちゃん」

 

「そ、そうだね…」

 

言う通りにならない駒を組織が用意するはずがない。

シロの一件もあることだし、絶対に裏切らせないようにするだろう。

 

しかし、クロにはユカリが悪い子だとはとても思えなかった。

 

(多分組織に洗脳されてるだけだ。洗脳さえ解ければきっとーーー)

 

「ユカリは、もっと外の世界を知るべきだと思うよ」

 

「そうかな? 私も外の世界がどんな感じなのか気になる! 百聞は一見にしかずって言うもんね!」

 

そう言うユカリの目は、凄くキラキラしていた。本当に外の世界が楽しみで仕方ないだろう。

 

「妹に……似てるな…」

 

「妹?」

 

「え?」

 

「今、お姉ちゃん妹に似てるって」

 

妹に似てる? そんなこと言ってたのか。妹……というとシロのことだろうか。いや、シロは妹というよりは家族と表現した方がしっくりくる気がする。それに、ユカリとシロは少しタイプが違う。顔は似ているが、性格に関しては似ていないだろう。

 

…まあ、どうでもいいか。何気なく呟いた言葉だ。特に深い意味はないんだろう。

 

「あっ! そろそろ訓練の時間だ。じゃあまたね、お姉ちゃん! お話ししてくれてありがとう! 楽しかったよ!」

 

「うん。私も楽しかった。訓練がんばってね」

 

 

 

(…………この子は、俺が守ってやらないと)

 

クロは、ユカリが楽しそうに話すのを見て、静かにそう決意した。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「で、例のオモチャはどんな感じなのかしら」

 

「使い物にならないな。魔法少女達とも一切交流していない。まあ、あんなもの気休めだ。好きにさせておくのが良いだろう」

 

幹部の男は、同じく幹部である女と言葉を交わしていた。

 

「ふーん。随分ひどい言い様じゃないかしら?」

 

「元々生かすつもりなんてないんだ。どう動こうが勝手だろう」

 

「ひっどーい。あんなに健気に死にたくなーい死にたくなーいって泣き叫んでたのに、可哀想だとは思わないのかしら?」

 

「思わない。そもそもあれは人間じゃない。人間と全く変わらないかもしれないが、それでも我々が生み出した道具だ」

 

幹部の男は本気でそう言っている。

心の底からクロのことを道具としてしか見ていないのだ。

 

「アナタってホント昔から冷徹じゃないかしら。感情ってものがあるのかしら」

 

「そうか。感情ならある。今はお前の語尾がうるさくてイライラしているしな」

 

「あらそう。じゃあやめるわ。で、結局あのオモチャはどうするわけ?」

 

「元々あえて魔法少女と仲良くさせて、魔法少女諸共爆散させてやろうと考えていたんだが、今は新しい道具がある。このまま何も成し遂げられない様なら、それで始末すれば良いだろう」

 

新しい道具とはつまりユカリのことだ。

幹部の男はクロが何も成果を出さないなら、クロをユカリの手で始末させようと考えていた。

 

「へー。ねぇ知ってる?」

 

「何をだ」

 

「その道具達、最近仲良いみたいよ? 上手くいくと思う?」

 

「心配ない。新しい方には組織の命令は絶対だと刷り込んである。逆らうことはない」

 

「そっか。ふふ、あはは! 信頼してた相手に裏切られる……その時、あのオモチャはどんな反応をしてくれると思う?」

 

「悪趣味だな」

 

「悪趣味で結構。はぁ面白い」

 

「そうか。言っておくが、まだ当分は使い続けるつもりだぞ」

 

「そう? まあ楽しみは後にとっておくほうがいいものね。もしその時が来たら、連絡ちょうだいね」

 

そう言って女は気味の悪い笑みを浮かべながら

 

「だって、絶望に歪んだ表情ってきっととっっっっっっても美しいもの」

 

そう言い残して部屋を退出した。



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Memory9

「よぉ、久しぶりだな」

 

クロが校舎をぶらぶらとしていると、突然後ろから少女に声をかけられる。

 

「え、誰?」

 

「私をおちょくってんのか!?」

 

本当に知らない。

誰だこの金髪の不良少女は。

 

「本当に覚えてないのか…‥?」

 

コクリと頷くクロ。

しかししばらく考えてみると、目の前の少女についてなんとなく思い出してきた。

 

「あー思い出したかも。もしかして雷の?」

 

「本当に忘れてたのかよ…」

 

クロの物覚えの悪さに困惑している目の前の少女の名は朝霧来夏。

クロが初めて交戦した魔法少女だ。

 

「えっと…何か用?」

 

「話し合いしに来た。私としてはお前とは一度決着つけたかったんだけどな」

 

ここ一週間は校舎の誰もいないところをぶらぶらと散策して、休み時間中にシロ達に捕まえられないようにしたり、教室でシロ以外のクラスメイトと会話したりして上手いこと魔法少女達を避けていたのだが、来夏がここにいるということは行動パターンを読まれたのだろうか。

 

「何も話すことなんてないよ。じゃあね」

 

「待てよ」

 

さっさとこの場を去ろう。そう思うクロだったが、来夏によって腕を掴まれてしまう。

 

「離して」

 

「そういうわけにはいかないんだよ」

 

「話し合いがそんなに好き?」

 

「いや、私は嫌いだね。戦って決着をつけた方がわかりやすい。でも、これで最後にするからって真白に言われちまったからな。仕方なくだ。仕方なく」

 

これで最後、か。

ここで断ればまたしつこく追い回されるだろう。ここで話し合いに応じて、終わりにすれば、後はもう戦うだけ。

 

嫌われれば、死んでも誰も悲しまない。だから、出来るだけ嫌われるように立ち回ろう。

 

今日で終わりだ。もうシロが助けてくれることはなくなる。これでいい。これで…

 

「わかった。今回で最後なら」

 

「やっぱ真白の名前を出すとくいつくってのは本当だったわけだ」

 

「別にそういうわけじゃないと思うけど…」

 

「姉妹愛ってやつ? 私には姉妹のどこがいいのかさっぱりわかんねぇけどな」

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

放課後、来夏と約束した近くの公園へ寄ると、そこには少女6人と大人が1人、待っていた。

 

「……先生、仕事はどうしたんですか?」

 

「少しの間なら大丈夫。今は話し合いが優先でしょう?」

 

魔法少女6人に、保健の先生1人だ。

 

(そういえばシロの面倒見てるんだっけ……)

 

魔法のことについても詳しいようだし、何より組織のことも知っている。

何を考えてるかわからないし警戒した方がいいかもしれない。

 

「それで、話し合いって?」

 

「クロ、私達側についてほしい。クロだって、街を破壊するのは嫌だと思う。だから、おねがい。何か事情があるなら、それもなんとかするから」

 

「またその話? それなら断るって……「クロ、ごめん」……え?……」

 

突然地面から鎖が生えてきて、クロを拘束する。

櫻の魔法だ。あらかじめ鎖を召喚して地面に忍ばせておいたのだろう。

クロはいつもなら魔法で作ったものの存在を感知できるのだが、保健の先生である双山魔衣を警戒することに集中力を割いていたため、地面の中にある鎖の存在に気付けなかった。

 

(まずい………)

 

もし魔法少女に捕まったと組織に知られれば、すぐに爆弾が起動してしまう。

一応爆破の被害を最小減に抑えるくらいには出来るが、クロは絶対に助からない。

 

「離せ!」

 

焦って語気が強くなる。

 

「落ち着いて! クロ、私達は話し合いたいだけなの!」

 

拘束を解かなければ。

この鎖は魔法によるものだろう。なら

 

「”ブラックホール“!!」

 

魔力によるものなら、“ブラックホール”で全て吸収することができるはずだ。これで拘束は解かれる。そのはずだったが、

 

「吸収……できない……!?」

 

「櫻の魔法はちょっと特殊だから、抵抗しても無駄。大人しく従って!」

 

このままじゃ…死ぬ。

 

何か……しないと……

使える魔法は黒い弾と“ブラックホール”だけ。これだけでは拘束を解くことはできないだろう。

ここでも手数の少なさに悩まされている。

 

いや。

違う。

 

昔は使っていたじゃないか。

今はもう使えなくなったと思っていたが、もしかしたら。

 

……一か八かだ。

 

『ルミナス』

 

クロの闇の魔力に包まれた体から一筋の光が見える。

その光が鎖に纏わり付き、クロの体から引き離していく。

これは光属性の魔法だ。

元々クロは光属性の使い手だったのだ。

今は組織に脳を弄られたことによって闇属性の魔法しか使えないようになっていたはずなのだが。

 

「できた……! 上手くいった!」

 

「まずい! 櫻!」

 

拘束から解かれたと思うも、すぐに茜が櫻に指示を出す。

 

「束ちゃん!」

 

「わかりました!」

 

櫻が束を呼び、互いに手を繋ぐ。

 

(何をするつもりだ…?)

 

「「connection!」」

 

(必殺技的な何かか? 2人の力を使った必殺技となると、“ブラックホール”でも流石に吸収しきれない……それに数的有利も取られてる。撤退が丸いかな)

 

『舞え!』

 

クロがそう言うと、クロの体が光に包まれ、宙を舞う。

 

「じゃあね!」

 

そそくさと逃げようとするクロだが、その前に櫻と束の魔法が完成した。

 

「「友情魔法(マジカルパラノイア)・春風!」」

 

そう言うと同時、2人の前に巨大な弓のようなものが現れ、無数の矢を打ち出す。

クロもすかさず黒い弾で迎撃しようとするが、

 

(黒い弾を避けてる…? いやそれどころか、一直線にこっちに向かってきてる…!)

 

全ての矢が黒い弾を避け、クロのいるところへと迷うことなく向かってきている。

 

(追いかけてくるタイプか………厄介すぎる……)

 

前方から無数の矢が飛んでくる。

黒い弾を自動化させても結局避けられてしまうため、直接黒い弾を使役して迎撃に移ろうとするクロだったが、

 

「っ!」

 

前方に注意を払っていたせいで、後方からやってきた矢に気づかなかった、そのせいで負傷してしまう。

 

(手数が足りないだけじゃなく、注意力が足りないのも問題かも)

 

そんな風に考えつつ、他の矢も避けるために体勢を整えようとするクロだったが、

 

(あれ? 矢の動きが止まった…?)

 

クロが一つの矢に当たった途端、他の矢が空中で静止しだしたのだ。

それだけじゃない。クロの体も何故か動かなくなっている。

時間でも止まったのかと思って他の魔法少女たちの様子を見てみるが、普通に動けている。時間が止まっているというわけじゃなさそうだ。

 

そうか、矢が止まったんじゃない。矢を止めているんだ。

今クロの体は動けない状態だ。おそらく先程命中した矢の効果だろう。空中で矢が静止しているのは、クロを拘束したため、これ以上攻撃する必要がないと判断したからだろう。

 

「クロ、諦めて。その矢をくらったら、櫻か束が解除しない限り動けない」

 

静かにシロが告げる。

光属性の魔法を使ってもこの拘束は解けそうにない。

 

「これはもう…‥詰み……かな……」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

再び拘束されてしまったクロは、魔法少女である蒼井八重と、真保市立翔上中学校の保健の教師である双山魔衣と同じ部屋にいた。

八重がクロと話をしたいと言い、他の5人を退室させたのだ。

 

「……………」

 

「そんなに怖い顔しなくてもいいわよ。正直私、逃がしてあげようと思ってるわけだし」

 

「……は?」

 

八重の言葉に思わず声が漏れる。

逃がす? せっかく捕まえたのに何故?

何か企んでいるのだろうか。

しかし、どちらにせよ拘束されて動けないのだ。

何か企んでいたとしても、今のクロには何もできない。

 

「別に、捕まえても貴方のためにはならないかなと思ったってだけよ」

 

「私は街を破壊したりするけど、それでいいの?」

 

「よくはないけど。でも私、基本的に他人に冷たいからさ。魔法少女を続けてるのだって、街を守るためだとかそんな大層な理由じゃなくて、どちらかというと櫻達の助けになりたいからなんだよね」

 

つまり八重にとって街が破壊されることはそれほど大きな問題ではないということだろうか。

 

「でも私が街を破壊すれば、貴方の言う櫻達が悲しむことになるけど…?」

 

「…………確かにね。なんでこんなことやってるんだか」

 

まるで独り言のように呟く八重。

これ以上質問を投げかけても欲しい答えは返ってこないだろう。

それに、逃がしてくれるというのならクロとしても万々歳だ。

もしかしたら組織のアジトを突き止めるためにクロをあえて逃がしたりだとかそういうことを狙っているのかもしれないが、クロとしては組織よりも自分の命の方が大切だ。

 

「まあ………逃がしてくれるなら……それでいいけど」

 

「そう。双山さん、お願い」

 

「はいよ」

 

そう言って双山先生はクロにかかっている拘束の魔法を解く。

本当に何者なんだろうか、この人は。

少なくともただの一般人ではないことは確かだ。

 

「………ありがとう」

 

「別に礼はいらないわ」

 

とりあえず、一言だけ礼を告げて、クロは組織へと帰って行った。

 

「珍しいね、君が櫻達以外のことを気にかけるなんて」

 

「…そうですね。正直他人はどうでもいいって思ってたんですけど、真白もそうだったんだけど、なんだかあの子、ほっとけないのよね…」

 

「じゃあ尚更逃がさない方が良かったんじゃない?」

 

「多分駄目です。このまま捕まえたままだと、あの子のためにはならない気がして、というか…‥すみません、自分でもよくわからないんです」

 

「ふーん。まあいいわ。櫻達には私から説明しておく」

 

「ありがとう双山さん」

 

「どういたしまして」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

クロは八重から逃がしてもらった後、何者かに尾行されていることに気づいた。

 

(やっぱり……俺は囮か)

 

「さっきからずっと跡をつけてきてるけど、何か用?」

 

「………やっぱりバレてましたか」

 

「マジカレイドグリーンか。ブルーに言われて来たの?」

 

「いえ、私の独断です。八重さんの様子がおかしいと思ったので、念の為見張っていました。そしたら案の定貴方が逃げ出していたので、跡をつけさせていただきました」

 

(マジカレイドブルーは本当に私を逃がすだけのつもりだったのか…?)

 

クロは思わず困惑してしまう。本当に意味不明だ。

だが、そんなことを考えたところで仕方がない。

とりあえずは目の前の敵に集中することにしよう。

 

「で、どうする? ここでやる?」

 

「………いえ。今日の貴方を見て、私1人では勝ち目がないと思いました。櫻さん達を呼んだとしてもその間に逃げられてしまうと思うので、今日のところは見逃してあげます。私の魔力も残りわずかですし」

 

「黄色いのと赤いのは短気だったから、魔法少女って皆短気なのかと思ってたけど、そういうわけじゃなさそうだね」

 

「私も、組織の人間は皆話を聞かないと思っていたんですが、貴方はそうじゃなさそうですね。どうです? 少し話でもしていきませんか?」

 

「遠慮しとく。今日散々話し合いしようって言われて騙し討ちをくらったわけだし」

 

「………そうですね。時間も稼げたことですし、今日のところは話し合いはいいでしょう」

 

「時間も稼げた………? 一体なんの……」

 

突然背後から無数の炎の弾が打ち出されていく。

クロは黒い弾で迎撃しつつ、赤い火の弾を回避していくが、回避した先にも赤い弾が打ち込まれていく。

 

「この魔法を使ってくるってことは……お前が相手か……マジカレイドレッド!!」

 

クロの視線の先には、憤怒の炎をたぎらせた魔法少女の姿があった。





騙し討ちなんて卑怯だ!!


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Memory10

「言っておくけど、今の私は………強いよ」

 

そう言うと同時、クロは黒の弾を大量に出し、茜と束に向けて放つ。

 

「その攻撃はもう見飽きてるのよ!」

 

だが、流石に対策はしてあるのか、茜が出した赤い火の弾を、黒の弾と衝突する直前に火の弾を分裂させ、黒の弾ごと束の魔法で覆い尽くした。黒の弾を消そうとするのではなく、2人の魔法で黒の弾の勢いを殺している。さらには一部の弾を自分達の攻撃手段に変えてきた。2人の魔法によって黒の弾は完全に機能を停止している。

 

だが、2人が黒い弾の処理をしている間に、クロは茜に急接近し、どこから取り出したのか、黒い大鎌で茜の胸を切り裂く。

 

「きゃぁ! くっ……」

 

「茜さん!」

 

「束、大丈夫。ダメージ自体はそこまで大きくないわ……でも……今の攻撃で魔力を結構な量持ってかれたわ。あの大鎌には気をつけた方がいいかも」

 

「みたいですね。茜さん、私が前に出るので、援護をお願いします」

 

「OK。頼んだわよ。束」

 

茜が束の名を呼ぶのを合図に束はクロの方へと駆け出す。

茜は後ろから炎を出して煙を発生させ、束のいる位置がわからないように目眩しをしている。

 

「“ウインドバインド”」

 

束がそう言うと同時、クロの体が風の魔法によって拘束される。

 

(今日は拘束されてばっかりだな……流石にもう慣れてきたよ)

 

『ルミナス』

 

だが、もう既に一度光属性の魔法(厳密に言えば『ルミナス』は光属性と闇属性の複合魔法なのだが)によって拘束に対する耐性は付いている。

束の“ウインドバインド”はクロの『ルミナス』によって完全に無効化されてしまう。

 

「やはりその魔法が来ましたか! ですが!」

 

束はクロに向けて複数の衝撃波を打ち出した。

何度も何度も何度も。

クロには一切ダメージは通っておらず、牽制にしかなっていない。

 

(やっぱり1番年少だからか、決定打に欠けるね)

 

高を括っていたクロだったが、ふと何かに気がついたのか、唐突に大鎌を振り出す。

 

「危なかった。まったく、魔法少女は騙し討ちが得意なんだね」

 

別に増援が来たわけではない。ただ、

 

「気づきましたか……」

 

「……衝撃波の中にあんなものを混ぜてるとはね」

 

「まさか“風薙ぎ”まで防がれるとは思いませんでした。今の攻撃、通ったと思ったんですけどね……」

 

「確かに、並の魔法少女なら、その“風薙ぎ”ってのが普通の衝撃波に混ざってるって分からないかもしれないね。でも、これでも物心つく頃からずっと魔法の訓練をしてきたんだ。魔力の流れを読むなんて朝飯前なんだよね。だから“風薙ぎ”っていうのの軌道も追えた」

 

そう。束はさっきから打ち続けていたただの衝撃波の中に、”風薙ぎ“を混ぜていたのだ。”風薙ぎ“は視認することができず、また音もないため、発見することが難しい。クロの場合は魔力の流れを読み取ることができるため、”風薙ぎ“の存在に気づくことができたが、並の魔法少女なら”風薙ぎ“の存在を感知できずにやられていただろう。

 

「どうやら貴方の方が上手だったようですね………ですが………私は最初から1人で戦っているわけではないので…!」

 

「後ろ! もらったわよ!」

 

「っ! 後ろ!?」

 

「“ウインドバインド”!」

 

茜が後ろから接近してきていることに気づき、後ろを振り向くクロだったが、束の“ウインドバインド”によって拘束されてしまい、反撃することができない。

 

(これはもらったわ…!)

 

この勝負、勝ちだ。と2人はそう確信したのだが、

 

「動けなくても……! 『魔眼・無効魔法』!」

 

「なっ! 魔法が……使えない……!」

 

クロの隠し玉によって茜の攻撃が防がれてしまう。

それどころか、茜が隙を見せてしまったため、クロが『ルミナス』で束の“ウインドバインド”を解除してしまう。

 

「しまっ……」

 

焦る2人だったが、もう遅い。

クロは『ルミナス』で拘束を解除した後すぐに大鎌で自分の周囲を思い切り薙ぎ払った。束は先程まで”ウインドバインド“を展開していたせいで、回避に移れず、茜も攻撃の体勢から回避の体勢に急に変えることができなかったため、2人ともモロに大鎌の攻撃をくらってしまう。

 

「勝負あったみたいだね」

 

「ええ、完敗……ね……」

 

「まさか……2対1で……負けるとは………思いませんでした…」

 

「安心して、それなりに楽しませてもらったし、命まで取るつもりはないから。それじゃ、私は帰るね」

 

そう告げてクロはそそくさと帰ろうとする。が、

 

「待って! クロ!」

 

「………シロ……?」

 

2人と戦闘しているうちに、いつの間にか他の魔法少女もこちらへやってきていたらしい。

連戦か……? そう思うクロだったが、

 

「クロ…………………またね!」

 

シロが放った言葉は意外なものだった。またね。とただ一言。

今まで事情があるなら話してほしい、

魔法少女側についてほしい、

と今までずっと要望を述べてきたシロが、だ。

 

顔は涙でも流していたのか、目は腫れているような気がするし、笑顔も無理矢理取り繕っているようにしか見えない。それでも、

 

どれだけ街を破壊しても、

どれだけ友達を傷つけても、

どれだけ突き放そうとも、

シロにとってはクロはかけがえのないたった1人の大切な家族なんだ。

 

そのことが嬉しくて、悲しませてしまうことが辛くて。

でも、今は、その暖かさに触れてもいいのかな。

 

「うん。またね……シロ」

 

敵同士であるはずなのに。

2人の間には、何のわだかまりもないように感じられて。

そこには、ただただ普通の“きょうだい”がいる。

そんな気がした。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「う〜ん。もう少しサンプルが欲しいですねぇ……」

 

「どうしたDr.白川」

 

「いえ、実験体が少し足りないと思いましてね。できればモルモットなんかより人間の素材が欲しいんですが………」

 

「本当に人の心がないんだな」

 

「いえ、そういうわけではありませんよ。ただ探求熱心なだけです」

 

「探求熱心なだけな人間が、自分の娘を実験体にするとは思えないがな」

 

「いえいえ。娘のことは愛していますよ。愛しているからこそ、人類の発展に貢献してほしいと、そう思ったのですよ。1人目はあまりうまく行きませんでしたが、2人目は成功したので、私としては万々歳ですよ」

 

「それで、新しい魔法少女は完成しそうか?」

 

「はっきり言って無理ですねぇ。新たに魔法少女の体質をもったクローン人間を造るよりも、組織に協力してくれるような魔法少女を見つけてくる方が簡単じゃないですかねぇ。そもそもクロとユカリが特殊だったんですよ。クローン人間を造ること自体は難しくないのですが、魔法少女となるとどうしても運が絡んでくるんですよねぇ。普通は魔法少女としての体質を持ったクローン人間なんて、一生をかけて1体作れれば良い方なんですよ。本来なら一生をかけても誕生しないでしょう。そう考えるとあの2人のクローンの誕生は素晴らしい! たった一度の生で2人も魔法少女の体質持ちのクローン人間が誕生するとは……! 私は本当に恵まれています! さらに魔法少女でありながら闇属性の魔法に適合するなど確率的にもほぼ不可能であるにもかかわらず………………………」

 

ああ、またこれだ。

この男はいつもそうだ。

組織のことなんて考えやしない。自分の研究にしか興味がない男だ。まあ、この男には研究成果以外に何も求めていないので、特に問題はないのだが。

 

「ところで、クロについて話があるんだが」

 

一応この男の前ではクロのことは名前で呼ぶようにしている。この男は実験体のことを実験体と思いながらも人間として扱っているのだ。娘を実験の道具として扱えるのもそのためだろう。

 

自分が一番人間として扱えていない癖に、いざ他人が実験体に対して人間扱いをしていないと激怒するような男だ。本当に意味がわからないが、だからこそ、この男の前ではたとえ使い捨ての実験体であろうと人間扱いしなければならない。本当に面倒だ。

 

「おや? 何でしょう。もしかして処分したいとでも? それは勿体無いことだ。処分だなんてとんでもない!」

 

処分か。本当にこれで人間扱いしているつもりなのだろうか。

 

「まだ何も言ってないだろう。そうだな、クロが、光属性の魔法を使えたらしい」

 

「ほう…?」

 

Dr.白川の目がキラリっと光る。いや、ギラリっと言った方が適切だろうか。

 

「それは……是非とも研究させて………いえ、下手に刺激して能力を失われてもまずいですね……そうですね、次のユカリとの模擬戦、私にも見学させて頂きたい。この目でじっくりと魔法を行使する姿を見たいので」

 

「構わん。それで研究が進むならそれでいい」

 

クスクスとDr.白川は不気味な笑い方をしながら、研究を楽しんでいる。

 

(狂人というのは、こういう輩のことを言うんだろうな)

 

幹部の男はDr.白川を見て、漠然とそう思うのだった。



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Memory11

「はぁ……はぁ……なん…で……使え……ない…!」

 

「うーむ。何か条件でもあるんですかねぇ」

 

「魔法少女達と戦った時は使えたんだよね?」

 

「……うん。最初は……一か八かだったんだけど、はぁ……2回目に使った時は自分で使おうと思って使った……から、今回も……行けると思ったんだけど……」

 

クロは現在、ユカリと模擬戦をしていた。

なぜか紫色の毒々しい髪を持ち、眼鏡をかけた研究者らしき人が見学と言ってクロとユカリの模擬戦を見ているが、問題はないだろう。

 

そしてクロは今、束や茜に使った光属性の魔法を使おうとしていたのだが、上手く使うことができない。先程からはぁはぁと息切れしているのも、無理して光属性の魔法を使おうとしたせいで体に多大な負担がかかったためだ。

 

「考えてもわからないことは仕方がありませんからねぇ。まあいいでしょう。元々不可能なことだったわけですし。私は帰らせてもらいます。お邪魔してすみませんねぇ」

 

そう言って研究者らしき人はクロ達の元から去っていった。

結局あの人はなんだったんだ…………。

害はないから別に構わないのだが、居られると少しやりづらい。

 

「んー。確かに光属性の魔法を扱えたらお姉ちゃんはすごく強くなれるとは思うけど、別にそれにこだわる必要はないんじゃない?」

 

「そう言われても……他にいい案は思いつかないし……」

 

「お姉ちゃんってさ、体力がないから遠距離攻撃だとか、相手の魔力を奪う“ブラックホール”を使ったりしてるんでしょ?」

 

「まあ……そうかも」

 

「つまり体力があればもっと他の攻撃手段も考えれるってことだよね?」

 

「そうかな?」

 

「だったら、体力をつければいいんだよ!」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

結局ユカリの勢いに負けて体力作りをすることになってしまったクロだが、早くも根を上げていた。

 

「ねぇ………はぁ………ユカリ………そろそろ…はぁ……休憩しない?」

 

「えー、もう? 走り出してまだ10分も経ってないよ?」

 

「でも………もう……はぁ………動けない……」

 

「うーん。本当はもっと走らせたかったんだけどね〜」

 

クロとユカリは現在組織の敷地内でジョギングをしていた。

クロは魔法の訓練こそしていたが、それ以外で動くことが基本なかったため、ちょっとしたジョギングでも既に息切れしてしまっている。

 

「これじゃ体力がつくのはだいぶ先になりそうだね〜」

 

しばらく走っていて疲れたため、2人は一旦休息を取ることにした。

 

クロが椅子に腰掛けて呼吸を整えていると、ユカリが少し席から離れる。

しばらくして戻ってきたユカリの手には、水の入ったペットボトルが握られていた。

 

「はい、お姉ちゃん」

 

「ありがとう、ユカリ」

 

喉が渇いていたからか、ゴクゴクと喉を鳴らしながら、クロは物凄い勢いで水を飲み続ける。

 

「お姉ちゃん、そんなに一気に飲んだらむせちゃうよ?」

 

ユカリが心配そうな表情でクロを見ている。

 

「んっ! 大丈夫……ちょっと危なかったけど」

 

「そう? なら良かった!」

 

(やっぱりユカリって、根は良い子なんだな)

 

ユカリはまだ幼い子供だから善悪の区別がついていない。見た目こそ14歳だが、精神年齢的にはもっと低いのだから尚更だ。

そのせいで、組織の言うことを鵜呑みにしてしまうのだろう。

できれば彼女を組織から救ってあげたい。

できれば今のうちに色々なことを教えてあげたいのだが。

 

「そういえばユカリって、私がいない時何してるの?」

 

ふと、クロは疑問に思ったことを質問してみる。

 

「普段は魔法の訓練とか〜、勉強! たまに組織の人とお話したりもするよ。お姉ちゃんがいない時も楽しいけど、私はお姉ちゃんがいる時が一番楽しい!」

 

「そっか」

 

思わず胸が暖かくなる。

 

(やっぱりこの子は、こんな組織にいていい子じゃない)

 

ユカリの発言からして、おそらくユカリは組織よりもクロに懐いている。

おそらく、クロが言ったことは疑うことなく素直に信じてくれるだろう。

このままユカリとの仲を深めた後、組織に対して疑問を持たせれば、優しい彼女のことだ、きっと組織なんかから抜け出して、まともな日常を歩んでいけるだろう。

 

もちろん、何の後ろ盾もない状態ではいけないだろうから、そこら辺はクロがなんとかするべきなのだが。やはりシロと一緒に双山家で過ごしてもらうのが一番丸いのだろうか。

 

そんな風に考え込むクロだったが、ユカリの一言によって、その計画は崩れ去る。

 

「でも私とお姉ちゃん、しばらく会えなくなっちゃうんだよね……」

 

そう言ってユカリは悲しそうな顔をしている。

 

「え……? どういうこと…‥?」

 

「あれ? お姉ちゃん聞いてなかったの?」

 

「うん………。聞いてない……」

 

ユカリがキョトンとした顔をしているが、聞いていないものは聞いていない。

おそらく、幹部の男がユカリにしか話してないのだろう。意図的になのか、単純に伝え忘れていたのか定かではないが。

 

「お姉ちゃんはしばらく組織が借りたアパートで生活してもらうことになるんだって。組織と連絡を取るのは禁止で、私とも会っちゃいけないって」

 

(何で今更別居……? 俺がユカリに余計なことを吹き込むのを防ぐためか…? 連絡まで取らせないなんて…)

 

「それって、いつからの話?」

 

「明日からだよ」

 

「明日!?」

 

体力作りなんて呑気にしている暇ないじゃないか。

このままじゃユカリは組織の思想に染まってしまう。

しかし、今更クロに出来ることなど何もない。

 

(どうしよう………)

 

「あっ、私そろそろ訓練の時間だ! もうお別れかぁ〜。一応明日も会えるけど…寂しいなぁ……仕方ないかぁ。しばらく会えなくなるけど、またね、お姉ちゃん」

 

そう言ってユカリはこの場を去ろうとする。

どうすればいい……このままユカリを行かせていいのか。

 

「ユカリ! 待って!」

 

「何? どうかした?」

 

何か言わないと……この機を逃したらもう会えないかもしれない。

ユカリが組織に染まらないために、何か……何か……

 

「あー! ごめんお姉ちゃん! 私急がなきゃ!」

 

今度こそ、ユカリはこの場を去ってしまった。時折寂しそうにこちらを振り返っていたような気がしたが、クロは何も言葉をかけることが出来なかった。追うにも、先程まで体力作りとしてジョギングをしていたのだ。今のクロの体力ではユカリを追うことができなかった。

 

(あぁ……行っちゃった……)

 

何か声を掛ければ良かったのに

 

(何も……出来なかった………)

 

救えたかもしれないのに

 

(結局……救えないのか………?)

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

真白は放課後、八重のいる空き教室にやって来ていた。

他の生徒の姿は見当たらず、八重は1人で教室を掃除している。

掃除の時間は終わっているし、八重は別に美化委員に所属しているわけでもない。

 

八重は元々少し綺麗好きなところがある。

普段八重達魔法少女は、空き教室を使って話し合いをすることもあるのだが、その時に八重が空き教室が汚いことに気づき、それ以降自主的に掃除をしているのだ。

 

ちなみにこのことは先生も知っているため、八重が櫻達と一緒に空き教室に行く場面を見られても、友達と一緒に掃除をしに行っているとしか思われないのだ。

 

「八重、少しいい?」

 

「真白、どうしたの?」

 

「クロのことなんだけど…」

 

真白の顔は少し暗い。目元にはクマができている。

 

「この前、私が無理矢理クロを捕まえようとしたのは……間違いだったと思う。その、止めてくれてありがとう」

 

「まあ、話し合いがしたいって言っておいてああいう風に騙すのはよくないと思ったし、捕まえてもあの子のためにはならないだろうから」

 

「そう……だね……。そのことに関しては……私が悪かったと思う。けど……」

 

そう言って真白は一呼吸置いて再び言葉を紡ぎ出す。

 

「私は……クロと………一緒にいたい…‥大事な家族だから……でも……どうすればいいのか……わからない」

 

真白の顔は今にも泣きそうになっている。

一般的にも整っているとも言える彼女の顔は、お世辞にも綺麗だとは言えないくらいに表情が歪んでいた。

 

「それは……」

 

「……最初から組織なんて裏切らなければよかった………そしたらクロと一緒にいられた……街を破壊しなきゃいけないし、人も殺さなきゃいけないかもしれない……それでも…!」

 

「真白!」

 

そこまで言わせるわけにはいかない。そう思った八重は反射的に真白の名前を叫ぶ。

 

「落ち着いて。そんなこと考えても仕方がないわ。クロのことについては、櫻達とも相談するから。真白はゆっくり休んだ方がいいわ。貴方今、寝不足で目元にクマができてるし、私のお母さんが過労で倒れた時と同じ顔をしてるわ」

 

「でも……クロは今も組織でひどい扱いを受けてるかもしれないのに……私は1人呑気に寝てろっていうの…?」

 

「真白、貴方が倒れたら、皆心配する。多分、クロも貴方のことを心配すると思う。それに、寝不足の頭じゃいくら考えてもいい案は思い浮かばないわ。まずはゆっくり休んだ方がいいわ」

 

真白に休むように促すが、中々納得してくれなさそうだ。

普段の八重なら、ここで諦めるのだが、

 

(やっぱり放っておけないわね……)

 

「……私のお母さんの話をしましょうか。私が母子家庭だってことは真白も知ってるわよね?」

 

「うん」

 

「私のお母さん、女手1つで育てなきゃいけないからって、私のためにバイトいくつも掛け持ちして、結局働きすぎで倒れちゃったの」

 

「うん」

 

真白は静かに耳を傾けてくれているようだ。

 

「結局お母さんが倒れている間、頼れる親戚もいないし、私がバイト掛け持ちして頑張らなきゃいけなくなったの。お母さんは私のためにって働いてくれてたけど、働きすぎで倒れちゃって、結果的にその皺寄せが私に来ちゃったわけ」

 

だからね、とそう言って八重は言葉を続ける。

 

「大切な人のために無理をしてしまいたくなるかもしれないけど、そういう行動って結局その大切な人に迷惑をかけてしまうこともあるのよ。私のお母さんの場合は……仕方なかったというか…‥私もあまり手伝えなかったのが原因かもしれないけど……」

 

「…………」

 

「だから、真白にはちゃんと休んでほしいの」

 

八重がそう告げると、真白はしばらく考え込む。

相変わらず表情は暗いままだったが、納得してくれたのか、真白はコクリっと頷いてくれた。

 

「ありがとう。八重。クロのことが心配で……眠れるかわからないけど……とりあえず体を横にするだけでも……休めるから……頑張る」

 

「そう。なら良かった」

 

そうして真白は空き教室から去っていく。

 

(やっぱり………)

 

教室を去っていく真白の後ろ姿を見ながら、八重は思った。

 

(真白もクロも……なんだか放っておけないのよね……)

 

 

 

 



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Memory12

「しばらくお前を解放してやる。条件付きだが」

 

先日ユカリに言われた通り、クロはしばらく組織から離れることになった。

今まさにそのことについて幹部の男から告げられている途中だ。

 

「お前にはしばらく自由に行動してもらう。もちろん、組織の邪魔はしないようにしてもらおう」

 

「……条件っていうのは……?」

 

「少し厄介な組織が複数いてな。詳細は省くが、まあ我々に敵対している組織があれば潰すことだ。魔法少女達との交戦はもうしなくていい、なんなら共闘してくれてもいい。街の襲撃などもナシだ。後、学校生活を満喫しろ。できれば魔法少女達と交流を深めてほしいのだが、お前にはわからないんだろう? とりあえずは適当に友人の1人や2人でも作っておけ」

 

正直どうしてそんな指示を出されるのかわからない。

学生生活を満喫しようしまいが、組織には直接関係ないだろう。

 

まあ深く考えても仕方がない。

それよりも、

 

(ユカリ……置いていって大丈夫なんだろうか……)

 

クロにとってはユカリが組織のいいなりになってしまうことの方が気がかりだ。

 

(ユカリは純粋な子だから……良い意味でも悪い意味でも染まりやすい……)

 

ユカリのことが気になって仕方がない。できれば昨日何か一言でも残せたら良かったのだが、いや、一言残したところで、何か変わったのだろうか。

 

(はぁ……過ぎたことは考えても仕方がない………か………?)

 

思考を巡らせるクロだったが、幹部の男の後方を見た途端、思考が止まる。

 

「お姉ちゃーん!」

 

「ユ………カリ……?」

 

男の背後には少し焦った表情をしながらこちらに向かって走ってくるユカリの姿があった。

 

「別れの挨拶がしたいそうだ。少し席を外そう。手短に済ませろよ」

 

そう言って幹部の男はクロから距離を取る。少し離れたところで待機するようだ。

そして、幹部の男と入れ替わるようにして、ユカリがクロのところへ来た。

 

幹部の男はクロとユカリから少し離れたところで待機している。

おそらく会話は聞こえないだろう。

何か言い残すなら今だ。

 

(だけどーーー)

 

何を言い残せばユカリのためになるのかわからない。

それに、幹部の男も手短に済ませろと言っていた。あまり長話はできない。

できれば迅速に、簡潔に話をするべきだ。

 

だったらーーー

 

「ユカリ、1つだけ、約束してほしいことがあるんだけど、いい?」

 

「約束? うん。1つくらいなら全然守れるよ!」

 

「ありがとう。それで約束なんだけどーーー」

 

約束は1つだけ。

それ以上言って、ユカリが忘れてしまっては意味がない。

たった1つだけでいい。

 

「ーーー人を殺さないこと」

 

人を殺してしまえば、おそらくユカリは後戻りできなくなる。

今は魔法の訓練を組織内で行なっているだけで済むかもしれないが、そのうちクロにやらせたように街を襲撃させることもあるだろう。その時に人殺しを行ってしまえば、もうユカリは普通の日常を享受することが出来なくなってしまうだろう。

だから、これだけは、いや、これだけでも、約束を取り付けておきたかった。

 

「動物は?」

 

「………それもできればやめて」

 

「んーわかった。じゃあ絶対に人を殺したりはしない!」

 

とりあえずこれで良い。

正直不安はある。が、最悪の事態は避けれるんじゃないだろうか。

 

クロとユカリの会話が終わったのを見計らってか、幹部の男がこちらに近寄ってくる。

 

「時間だ。行くぞ」

 

これからクロが住むことになるというアパートは組織が契約したらしい。

場所は知らないので、幹部の男に案内してもらうことになっている。

 

「お姉ちゃん! いってらっしゃい!」

 

クロの後ろでは長い髪をサイドアップに結んだ、紫色の髪を持つ快活な少女が笑顔で手をブンブンと振っている。

クロもそれに応えるかのように手を振る。

 

「いってきます!」

 

こうしてこの時クロが発した“いってきます”は転生してからはじめての“いってきます”となった。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「束、何してるの?」

 

「茜さんですか。見てわからないんです? 魔法の訓練です」

 

茜と束がいるのは、双山魔衣の家の地下室だ。

ここでは魔法で特別な結界が展開されており、ある程度の魔法なら打ち放題なのだ。

どうやってこんな施設を作り出せたのか、謎は多いが、せっかく利用できるのだ。使わないことに越したことはないだろう。

 

「毎日欠かさず魔法の訓練なんて、真面目ねぇ〜」

 

「私のせいで誰かが死ぬのは……もう……嫌なので……」

 

そう呟く束はどこか遠い目をしている。

懐かしさを感じているかのような目をしているが、その目は悲しみに染まっているように見える。

 

「あぁ……そういえば……昔一緒にたたかってた子がいたんだっけ……」

 

束には、櫻達と一緒に魔法少女として活動する前に、2人で魔法少女として活動していた時期がある。

しかし、2人ともまだ未熟だったせいか、怪人に対して中々苦戦してしまっていた。

 

「はい………あの子は…………散麗(ちぢれ)はいい子でしたよ」

 

束と散麗は魔法少女としてまだまだ未熟だった。

 

「束ちゃん、束ちゃんって言って、いつも後ろをついてきてたんです」

 

そもそも散麗は戦闘向きの魔法ではなかったし、束もまだ風魔法を使いこなせていなかった。

 

「本当、いつも私の後ろをチョロチョロついてきて、少し鬱陶しいくらいでした」

 

案の定、怪人との初戦では歯が立たなかったため、2人して全力で逃げた。

 

「人懐っこい子かといえばそうではなくて、私以外の子には人見知りしちゃう子だったんです」

 

しかし、人目に付かない場所を見つけて、2人でこっそり微量の魔法を打ったりして、なんちゃって特訓をしたりしていたのだ。

 

「私以外の人には野生の猫みたいになるんですよ。正直この先人間関係とか大丈夫なのかなって思ってました」

 

なんちゃって特訓で調子に乗った2人は、二度目の怪人討伐に向かっていた。

 

「本当に……心配してたんですよ……」

 

しかし、これが良くなかったのだろうか。怪人を前にして恐怖で足がすくんでしまった束は、動くことができずに、怪人の持っていた武器を振り下ろされて……

 

「ああ。でも……もうそんな心配をする必要もないんですよね……」

 

動けない束を、散麗が押し退けて……代わりに怪人の武器の餌食となった。

 

その後、放心状態になってしまった束の元に、櫻達が駆けつけてきた。

それ以降櫻達と共に行動するようになったのだが、もしもう少し早く櫻達が駆けつけていたら、結末は変わっていたのだろうか。

いや、考えても仕方がない。それに、この言い方だとまるで早く駆けつけてこなかった櫻達が悪いと言うかのような言い方になってしまう。

 

「なんだかしんみりとした空気になってしまいましたね! どうです茜さん! 一緒に訓練しませんか!」

 

ネガティブな気持ちになってしまったのを無理矢理持ち直すためか、束は無理に笑顔を作ってわざとらしい元気らしさで取り繕う。

 

「いいわよ。ま、私が束ごときに負けるとは思えないけどね」

 

「なっ! 言いましたね〜? 私だって、茜さん程度にならすぐに追いつけると思いますよ!」

 

「へ〜そんな大口叩いていいのかしら? 一応私、魔法少女歴でいえば最年長なんだけど?」

 

「真白さんと例の魔法少女を抜けば、の話ですよね?」

 

「言ったわね……!」

 

茜も束の意思を汲み取ったのか、あえて元気よく振る舞い、話題を終わらせた。

散麗という少女と面識のない茜が、土足で踏み込んでいい話題ではないと踏んだからだ。

 

(真白は例の魔法少女のことで病んでるし、束もこんな感じじゃ常に万全っていうのは難しそうね。来夏はキレやすいし、櫻は結構ポンコツなところあるし、しばらくは私と八重でこの子達を引っ張っていくしかなさそうね)

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「それで、わたしはどうすりゃいいんだ?」

 

「少し実験に協力していただきたくてねぇ。もちろん、貴方の体を改造したりだとか、そんなことは致しません。契約ですからねぇ」

 

Dr.白川は魔法少女の研究のために、とある少女の手を借りることにした。

歳はまだ12歳くらいだろうか、金髪の髪をバードテールと言われるツインテールの形で結んでいる。可愛らしい見た目に反して、表情は反抗的で、常に張り付いているような少女だ。

 

「それで、属性はなんでしたっけ?」

 

「地」

 

「はい?」

 

「地属性だっつってんだろ。つんぼか」

 

「いえいえ、舌打ちしたのかと思ってました。なるほど、地属性ですか」

 

Dr.白川はメモ帳らしきものに文字を書き連ねていく。

 

「そういえば、貴方はどうして我々に協力しようと思ったんですかねぇ?」

 

「はぁ? 聞いてないの?」

 

「私は研究の専門ですからねぇ」

 

「はぁ。まあいいや。家出してたんだけどさ」

 

「はい」

 

「最初はネットで適当に住ませてくれる奴探して住ませてもらってたんだけど……」

 

「ほぉ。典型的な現代の家出少女をやってたわけですねぇ」

 

「そうなる。んでまぁ善意で匿ってくれてる人もいたんだけど、中には私のことをそういう目で見てくるロリコン野郎もいたわけ」

 

「逆によく善意で匿ってくれるような人を見つけれましたねぇ……」

 

「んでまぁ、昨日襲われかけて、ちょっと危ないなって思ってたんだけど、その時にあんたらのこと見つけて、住ませてもらおうって思ったわけ」

 

「ちなみに襲ってきた人はどうしたんです?」

 

「魔法でぶちのめした。一発で気絶したから、まあなんともなかった。ただ顔が良いやつだったから、腹いせに顔に3発くらい殴り入れてやったよ」

 

「物騒ですねぇ。というか、そのことがトラウマになったりはしなかったんですか?」

 

「ねぇよ。ただ男って本当に気持ち悪い生物なんだなって思っただけだ」

 

「それを男の前で言うなんて肝が据わってますねぇ。というか、善意で匿ってくれた人に対しても同じように思ってるんですか?」

 

「そういう奴もどうせ私が美少女だったから家に追いとけば眼福だとでも思って置いてただけだろ。男なんて皆そんなもんだ」

 

どうやら彼女は自尊心がとても高いらしい。それに加えて男を毛嫌いする性格でもあるようだ。というか、彼女の理屈だと世の中の男性は皆ロリコンだということになるのだろうか。

 

「そうなんですか。ちなみに根拠は?」

 

「ないが。必要あるか?」

 

彼女は物凄く思い込みが激しいというか、頑固だというのか、とにかく彼女の性格についてはなんとなくだがわかった。

 

「いえ。まあこれくらいでいいでしょう。部屋は用意してあるみたいなので、好きに使ってくれればいいでしょう」

 

「わかった」

 

そう言って少女は立ち去ろうとする。

 

「少し待ってください。そういえば聞き忘れていたことがありました」

 

「何?」

 

「貴方の名前です」

 

「チカ」

 

「はい?」

 

「聞こえなかったのかよ……。お前本当につんぼなんじゃねぇの?」

 

一呼吸置いて、少女は呆れた顔をしながら、今度ははっきりと名前を告げた。

 

「朝霧千夏。それが私の名前だ」




【魔法少女】

クロ

組織に属する魔法少女。主人公。

使う属性は光→闇→闇×光

・黒い弾

普通の攻撃では分裂してしまい、また自動追尾の機能も搭載されている魔力の塊。

・ブラックホール

相手が大規模な魔法を形成してきた際に、その全てを吸収して自身の魔力に変換することができる魔法。
ただし、容量を超えると身体に多大な負担がかかり、場合によっては死に至る可能性も持ち合わせている為、慎重に使用しなければならない。

・還元の大鎌

真っ黒色の大きな鎌。イメージでいうと死神の鎌的なもの。攻撃力が高いわけではないが、攻撃した相手の魔力を奪うことができる。

・『ルミナス』

闇属性の魔法と光属性の魔法の複合魔法。相手の魔法によって拘束された場合に、それを解除する効果を持つ。ただし、友情魔法(マジカルパラノイア)などの特殊な魔法には効果がない。

・『魔眼・無効魔法』

闇属性の魔法と光属性の魔法の複合魔法。相手の目と自身の目を合わせることで発動できる。相手の魔法を全て無効化することができる。



シロ/ 双山 真白(フタヤマ マシロ)

クロの双子の妹。たった1人の大切な家族であるクロを組織から助け出したいと考えている。

使う属性は光。




百山 櫻(モモヤマ サクラ)

ある日突然魔法少女の力に目覚めた普通の女の子。皆が手を取って仲良くなれる平和な世界を目指している。

使う属性は無属性。

・『桜銘斬(おうめいざん)』 

桜の模様が入った日本刀。魔力で強化されているため、普通の日本刀よりも強い。櫻がメインで使っている武器。

・『大剣桜木(たいけんさくらぎ)』 

桜の模様が入った黒い大剣。体の大きい敵や、敵に対して大ダメージを与えたい際に用いる。

・友情魔法(マジカルパラノイア)

櫻と他の魔法少女のうち誰か一人が揃った時に使える必殺魔法。

『春雨』 櫻×八重
敵に対して局所的な魔力の雨を降らせる魔法。食らった敵は無属性魔法の特性によって体を無に返される。さらに水属性の特性の闇属性の魔法を浄化する効果も備えている。

『春風』 櫻×束
風の弓で無数の矢を放って攻撃する。全ての矢は風に乗って相手を追尾し、迎撃されない限り必ず命中する。さらに、一つでも命中すれば相手の動きを封じることができる。




津井羽 茜(ツイバネ アカネ)

最初に魔法少女として活動し始めた赤髪ツインテの少女。
面倒見のいい性格をしており、束や八重からはよくいじられている。

使う属性は火。




蒼井 八重(アオイ ヤエ)

茜の次に魔法少女になった少女。常に冷静で、仲間に的確な指示を出す。
学校では委員長をしており、成績は優秀である。

使う属性は水。

・『結界・アクアリウム』

特定の形を地面に描くなど、何かしらで表現した際に魔法陣を発動させ、簡易的な結界を施す魔法。結界内には水魔法で生成された雨が降っており、その結界内の闇魔法を浄化する作用を持っている。自身の魔法力ではなく、地脈の魔力を利用するため、魔力が少ない時でも条件さえ満たせば発動可能である。




深緑 束(ミロク タバネ)

一番最後に魔法少女になった少女で6人の中で最年少である。
怪人を前にして放心状態になっていたところを櫻達に助けられ、以降共に戦うようになった。

使う属性は風。

・ウインドバインド

風魔法の力で相手を拘束する技。拘束している間、他の魔法を行使することができないので注意が必要。

・風薙ぎ

風魔法の力で相手を斬りつける技。視認できず、音もないため、敵に気づかれずに攻撃することができるところが強み。威力もかなり高く、くらえばただでは済まない。




朝霧 来夏(アサギリ ライカ)

金髪の髪をローテールにした活発な少女。

使う属性は雷。

・『雷槌ミョルニル』

体中に電気を纏わせ増幅させた後、手のひらにいっぺんに電気を集中させて一つの槌を作り、そこから高圧の電撃を浴びせる技。




ユカリ

クロのデータを基にして造られた魔法少女。

使う属性は闇。




朝霧 千夏(アサギリ チカ)

Dr.白川の研究に協力している魔法少女。

使う属性は地。




???

使う属性は◻︎




???

使う属性は◻︎




???

使う属性は◻︎




???

使う属性は◻︎






【その他】

風元 康(カザモト ヤスシ)

シロとクロの担任の先生。目の下にクマができていて、いつも怠そうに授業をしている。




双山 魔衣(フタヤマ マイ)

保健の先生で、魔法について詳しい謎の人物。




幹部の男

クロを見張っている組織の幹部。





幹部の女

5人いる組織の幹部の内の1人




Dr.白川

組織に属している科学者。自分の娘ですら実験体にする根っからの科学者。




散麗(チヂレ)

束と一緒に魔法少女として活動していた少女。怪人との戦闘で死亡した。





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過去の遺産
Memory13


「ここがこれから住むアパート………」

 

クロは現在、組織から用意されたアパートへやって来ていた。

アパートは2階建てになっていて、クロの部屋は2階の一番奥の部屋だ。

 

(ここからでも学校は通えるし、治安も悪くなさそうだ。無駄にそういうところは配慮してあるんだな……)

 

意外と住み心地は悪くなさそうだなと、そう思いながらクロは部屋に入ると、すでに部屋の中には荷物が運び込まれていた。

冷蔵庫もあるし、衣類も既にクローゼットの中に入ってある。

全部組織から支給されたものだ。

金銭面に関しても組織から支給されるため心配はない。

 

(意外と住み心地は良さそうだな……)

 

「とりあえず、近所の人に挨拶でもしに行くか」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「君が新しく引っ越してきたお隣さん? 私は黒沢雪! よろしくね」

 

早速近所の人への挨拶周りをはじめたクロは、まず隣の部屋に住んでいる二十代前半くらいの女性から挨拶を進めることにした。

 

「影山クロです。これからお世話になります」

 

「黒沢にクロ……黒被りだね!」

 

「あ……はい……あ、これ……つまらないものですが……」

 

結構快活な女性なんだな、とクロは感じる。

どことなくユカリと雰囲気も似ている気がするが、クロの周りには明るい人間が集まってくるのだろうか。いや、そんなことはないだろう。クロ自身そんなに明るい性格ではないし、シロなども明るい性格な訳ではない。ちなみに彼女に渡した菓子折りに関しては組織側から用意されたものだ。

 

 

「あ、ありがとう! 律儀に菓子折りまで持ってきてくれるなんて、良い子なんだね。今度お返しするね。ところで親御さんは?」

 

「あーちょっと事情がありまして、1人暮らしになります。菓子折りに関しては挨拶として持ってきただけなので、お返しはわざわざしなくても大丈夫ですよ」

 

「その歳で1人暮らし!? 大丈夫? 寂しくない? 何かあったらお姉さんに相談してもいいからね!」

 

そういえばクロの年齢は14くらいだった。14で1人暮らしを始めるなんて普通はないだろう。大抵の子供は誰かしら保護者がいる。

クロは正直今まで自分の年齢を気にしたことはなかったが、ここに来て自分の年齢を改めて再認識した。

 

(そういえば俺ってまだ子供なんだな……前世を合わせたら……って前世でもどれくらい生きてたかわからないけど、多分成人はしてるような気がするけど)

 

クロは自分がどのような前世を歩んできたのかを知らないため、前世でどのくらいの年齢だったのかがわからない。ただ、性自認が男であるあたりを見ると、今世よりも前世の方が長い人生だったのではないかと勝手に推測している。

 

「それじゃ、私は他の人に挨拶周りに行くので……」

 

「1人で大丈夫? このアパートには優しい人しかいないけど、やっぱり子供だし私が……」

 

「1人で大丈夫です。気にかけてくれてありがとうございます」

 

黒沢が物凄く心配したような顔で伺ってくるが、流石にそこまで迷惑をかけるわけにはいかないだろう。

クロは丁寧にお断りした。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「先日越してきた影山クロです。これ、つまらないものですが」

 

「あら、わざわざありがとう。まだ小さいのに、偉いわね。わたしは蒼井冬子よ。ちょうどわたしにも貴方くらいの娘がいるの。今は出かけてるけど、帰ってきたら紹介するわね」

 

下の階には蒼井 冬子(アオイ トウコ)という女性が住んでいた。

髪は青色で身だしなみはきちんとしており、教育の良さが伺える反面、よく見ると少し顔色が悪いというか、無理して笑顔を作っている感じがする。普段は化粧で誤魔化しているのだろうか、目の下にはくっきりとクマが浮かんでいる。

クロと同い年の娘が1人いるらしいが、この人は本当に大丈夫なのだろうか。

 

「そうだわ。娘が帰ってくるまで家でお茶しない? おつかいを頼んでるんだけど、もう少しで帰ってくるから」

 

「じゃあ少し、お邪魔させていただきます」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

ということで、クロは少し部屋にお邪魔することになり、冬子の娘が帰ってくるまで雑談をすることになった。

 

「あの、部屋に置いてあるのって……水鉄砲ですか?」

 

「えぇそうよ。わたしの娘のモノなんだけど、あの子、たまに水鉄砲を買ってくるのよね。外に持って行ってる時もあるけれど、水遊びが好きなのかしら?」

 

「夏休みとかでですか?」

 

「夏休みに限らずって感じねぇ…。学校から帰ってきたらすぐに水鉄砲を持って出ていくこともあるし、お金は使っていないはずだから施設で遊んでるって感じもしないのよね」

 

「それ、大丈夫なんですか…?」

 

中学生ならまあ水鉄砲で遊ぶこともあるのだろうが、親の目もなしに平日の外に水鉄砲を持っていく中学生というのはどうなのだろう。水鉄砲で通行人に悪戯したりとかしてなければいいが。

 

「そういえばクロちゃんはどこの中学校に通ってたの?」

 

「翔上中学校です。通ってたっていうか、これからも通い続けますけど」

 

「翔上中学校ってことは、わたしの娘と一緒ね。前からこの近辺には住んでたの?」

 

「そうですね。事情があって最近引っ越した感じです」

 

「そうよね。そういえば、親御さんは………」

 

「あー…………。1人なので………えっと……」

 

「あっ……。そうなのね…………引っ越ししてきたってことは……やっぱりこの間ので……」

 

冬子はそうやってぶつぶつと独り言を言っている。

多分、親のいない可哀想な子だと思われてるのだろうか。

あながち間違いでもないのかもしれないが、クロ自身親が存在しないことに寂しいと言った感情はない。元々一緒に暮らしていたなら話は別だが、そもそもクロはクローン人間だ。親と言える存在は、シロか、組織の人間になるのだろう。もっとも、クロにとってはどちらも親とは認識していないのだが。

 

「あの……この間のって何ですか?」

 

「この間街が破壊されたじゃない? その影響でこちらに引っ越してきたんじゃないの?」

 

この間の街の破壊とはクロが怪人を引き連れて街を襲撃したことだ。

冬子はクロのことを、あの襲撃によって家と親を失った可哀想な子だと認識しているらしい。

 

逆だ。

あの惨劇を起こしたのは他でもないクロ自身だ。

だから冬子の考えているようなことはない。

 

ただ、

 

(本当に家族を失った人も……もしかしたら……)

 

いるのかもしれない。クロはあの襲撃で死者を出さないように、気をつけながら破壊していた。だからおそらく死者は出ていないだろう。だが、

 

(誰も死んでなかったとして……家を失った人は……)

 

だめだ。

 

考えるな。

 

考えちゃダメだ。

 

かんがえるな。

 

かんがえるなーーー

 

 

 

 

 

 

「クロちゃん?」

 

「あっ、はい!?」

 

「そ、そんなに大きな声で返事しなくても良いわよ…?」

 

何も考えないようにしていたから、急に声をかけられた時つい大声を出してしまった。

 

「すみません。考え事してました。後、街の破壊は関係ないです」

 

むしろ考えないようにしていたのだが、そんなことを言う必要はないだろう。後、変な誤解を招いておくと厄介なので、訂正しておく。

 

「そうなのね。よかったわ。あの時の被害を受けてたわけじゃないのね」

 

「まあ……そうですね…」

 

(俺って、ずるいやつだな……)

 

(受け入れなければいけないのに、現実から目を背けて………)

 

(たくさんの人の人生をめちゃくちゃにしてるのに、平然と生きて………)

 

(そのくせ心の底で誰かに……………)

 

「クロちゃん? 本当に大丈夫? ボーッとしてるけど……」

 

「あー。大丈夫です。心配かけてすみません」

 

人と会話してるのだ。物思いに耽るのは後にしよう。

 

ガチャっ

 

「ただいまー!」

 

玄関が開く音がする。どうやら娘さんが帰ってきたみたいだ。

 

「おかえり八重。お客さんが来てるわ。貴方と同い年で、今日からこのアパートに住むことになったんですって」

 

(ん? 八重? どこかで聞いたことがある気が……)

 

「へー。はじめまして。私の名前は蒼井や………え………」

 

「あっ…………………」

 

どうやら冬子の言っていた娘というのは、真白と同じく魔法少女をやっている、マジカレイドブルーこと蒼井八重らしい。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「まさかクロちゃんと八重が同じ学校で、しかも知り合いだなんて知らなかったわ」

 

「ここに引っ越してくるなんてね………流石に予想できなかったわ」

 

「そうだわ。わたし買い出しに行かなきゃいけないの。貴方達は2人でゆっくり話すと良いわ」

 

そう言って冬子は部屋を出て行ってしまった。

 

「娘におつかい頼んだって言ってなかったっけ? 別で買いに行くってこと?」

 

「私達に気を使ったんでしょ」

 

八重がそう言った後、暫く部屋が静寂に包まれる。

沈黙に耐えきれなかったクロは、八重に質問を投げかける。

 

「何も聞かないの?」

 

「………何? 聞いてほしいの?」

 

「別にそういうわけじゃないけど………」

 

「まあ、お母さんがせっかく気をつかってくれたわけだし、何か話しましょうか。どうして急にこのアパートに引っ越してきたの?」

 

「私もよくわからないけど、厄介な組織が出てきたから出会ったらそいつらの処理を頼むっていうのと、魔法少女と友好関係を築けって言ってた気がする。何でこのアパートに引っ越すことになったのかは正直わからないけど………」

 

一応ユカリとクロを引き離すためなのではないかという推測は立てているが、八重はユカリのことなど知らないだろう。それに推測はあくまで推測であるのもあって、わざわざ伝える必要がないというのもある。

 

「厄介な組織ねぇ……。それより、魔法少女と友好関係を築けっていうのは気になるわね。前までは完全に敵って感じだったじゃない?」

 

「それも正直わからない。最初は厄介な組織を潰すために他の魔法少女達と協力してほしいって意味だと思ってたんだけど、それと関係なく魔法少女とは仲良くして欲しそうな感じはした」

 

「実は貴方愛されてるんじゃない? 貴方のこと、実の子供のように思ってるから、友達作りに励んでほしいって思ってたりしてね」

 

「それはない」

 

流石にありえない。幹部の男はクロを使い捨ての道具としてしか見ていない。

 

「ま、貴方の体の中に爆弾仕掛けてるわけだし、大方魔法少女と仲良くさせといて、時が来たら魔法少女もろとも貴方を爆破させるつもりだったんじゃない? そうだとすると、最初に敵対させていたのが謎だけど」

 

「その可能性はあるかも。でも………え…?」

 

八重は、クロの体の中に爆弾が仕掛けられていることを知っている……?

 

「どうして……爆弾のこと……」

 

「触れられたくなかったかしら? 安心して、盗聴器の類は貴方には仕掛けられてないから、私にバレても起爆はしない。後、真白達にも言うつもりはないから」

 

いつから? どのタイミングで知られた?

もしかして組織のスパイなのか?

わからない。どうすればーーー

 

「ただいまぁ。今日の晩御飯の食材、買ってきたわ」

 

「おかえりなさい、お母さん。って今日の晩御飯の食材って、私がおつかいで今日買ったやつじゃない!」

 

「あら、うっかりしてたわ。これだと量が多すぎるわね……。あっ、そうだわ。せっかくだしクロちゃんも晩御飯一緒に食べない?」

 

「えと、じゃあ、せっかくなので、ご一緒させていただきます」

 

結局どうして八重がクロの爆弾のことについて知っていたのかは聞きそびれた。

だが、今のところ八重はクロのことが嫌いなわけではなさそうだし、悪いようにはしないだろう。

 

(どこから情報が漏れ出たのかだけは探る必要があるな……)

 

そう思うが、今は探れる状況ではない。クロはとりあえずは蒼井家の夕食にお邪魔させていただくことにした。



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Memory14

 

(昨日は久しぶりに人と一緒にご飯を食べたな……悪くなかった)

 

心なしかいつもよりもぐっすり眠れた気がする。

ただ気になることが一つある。

何故爆弾のことを知っていたのか、だ。

組織の中に情報を漏らす人間がいたのだろうか。

 

クロが前まで住んでいた建物は組織の本拠地ではないので、シロが仮にこっそり潜入して調査をしたとしても、クロの爆弾についての情報を得られるはずがない。

 

(直接聞き出すしかないか……)

 

とりあえずは学校に行こう。

通学路が変わっているので、いつもよりも早めに家を出る。

 

ガチャっ

 

「あっ……」

 

ドアを開けると目の前には八重が突っ立っていた。どうやら先程から待ち伏せしていたようだ。いやインターホン押せよ。

 

「おはよう。折角だし、一緒に通わない?」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

八重からの誘いを断りきれなかったクロは、結局一緒に登校することにした。

元々押しに弱いのもあるが、何より聞きたかったこともある。

 

「爆弾のこと……どこで知ったの?」

 

直球で聞いてみる。きっと素直には返答せず、上手い具合にはぐらかされるだろう、とそう思っていたのだが、八重は案外すんなりと質問に答えてくれた。

 

「この前貴方が捕まった時、双山先生と来夏にお願いして、貴方の体を少し調べさせてもらったの。盗聴器とかあったら困るからっていうのが一番だったけど、貴方の体調とか、その辺も心配だったから」

 

どうして彼女はここまでクロのことを気にかけてくれるのだろうか。

失礼ではあるが、彼女は他人に興味を持つような人間には見えない。

考えたところで仕方がないのだが。

 

「ということは……もしかして先生と金髪も……」

 

「ええ。知っているわ。調査には来夏の雷属性の魔法と、先生の技術が必要だったから」

 

「そうなんだ。せっかく隠してたのに」

 

案外大丈夫なのだろうか。爆弾が作動していないところを見るに組織にはまだ爆弾のことが知られたことがバレていないのか。それとも爆弾のことをバラす程度なら許容範囲なのか。よくわからないが、今ここで生きているということは大丈夫なのだろう。

 

「貴方は私達のことを突き放して、いつ死んでも悲しまれないようにしたかったのかもしれないけど、きっと貴方が死んだら皆悲しむと思うわ。真白も、私も。それに束や来夏、櫻なんかもね。茜だって貴方に対して敵意を剥き出しにしてはいるけど、あの子は思い込みが激しいだけだし、恨んでいるからって本気で人に死んでほしいなんて思うような子じゃないから」

 

「でも……」

 

「でももだってもないでしょ。真白には言わなくても、せめて私くらいには頼りなさい。爆弾の件も、先生や来夏と相談して、なんとかするから」

 

(こんな………俺でも……)

 

助かっても、良いのだろうか。

 

「私はーーー貴方の味方だから」

 

そう言ってくれる彼女の声はとても優しくて、つい頼ってしまいそうになる。

けれど、

 

「その気持ちだけで嬉しい。ありがとう。ただ、私だけでなんとかしようと思う」

 

精神年齢的には彼女よりも上なのだ。縋るような真似はできればしたくはない。光属性の魔法の完全習得、それさえ為せればおそらく爆弾を無効化することが可能だろう。だからこそ自分の力でなんとかして見せる。とそうクロは意気込む。

 

「ふふっ、良かった」

 

「……? 何が?」

 

悪く言えば差し伸べた手を払い除けたにもかかわらず、八重は笑みを溢している。

 

「いいえ、死のうって思ってたわけじゃないんだって分かったから嬉しかっただけよ」

 

「そりゃ生きれるなら生きたいし……」

 

正直昨日までは、街を破壊してしまったことで、人の人生を滅茶苦茶にしてしまったことを考えたら、死んだ方がマシなんじゃないだろうかと思っていたが、

 

(こんなに気にかけてくれる子がいるんだったら……生きようって、思っても………いいよね)

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「おいルサールカ! 不正しただろ!」

 

「してないわよ。貴方が下手すぎるだけよ、ゴブリン」

 

ルサールカと呼ばれたのは幹部の女で、ゴブリンと呼ばれた男はシロが組織を裏切った際、激怒してクロを殺すことを提案した幹部の男のことだ。

 

「2人して何をやっているんだ?」

 

そう言って歩いてくるのは幹部の男だ。

組織での仕事を終えたら、他の幹部が仕事もせず遊んでいたので呆れた顔をしている。ちなみに、注意をしてもどうせ聞かないので、もはや諦めている。

 

「魔法少女のボードゲームってとこかしら」

 

「そうか」

 

机の上には“火”、“水”などそれぞれの属性の文字が書かれた魔法少女をデフォルメ化したかのような小さな人形が置いてある。全て顔は同じだが、髪の色はそれぞれの属性に対応した色になっている。

 

「おいアスモデウス! あのクソロリをアパートに住ませたんだってな? なんでんなことしてんだ?」

 

「ユカリに余計なことを吹き込まれては困るからな。別居させることにした。それに、変に制御するよりも自由に動かせた方がいいと判断した」

 

「それにしたって自由にさせるだなんて、ちょっと甘すぎじゃない?」

 

「別に構わないだろう。爆弾がある限り、逆らうことはできない」

 

「へっ! んなこと言って、どうせあのクソロリも裏切るぜ。お前は甘いんだよ。俺は裏切りとか大っ嫌いだからな。本当はすぐにでもぶっ殺してやりてぇんだがよ。さっさと爆殺しちまえよ」

 

「そうカリカリするな。魔法少女はいずれ消したい存在ではあるが、まだその時じゃない。サンプルも必要なことだしな。時が来たらちゃんと殺してやる。それに今はまだルサールカもイフリートも納得していない。起爆の権利だって今パリカーが握っている。もし起爆させたいならパリカーに頼むんだな」

 

「そうねぇ。もう少し楽しませてほしいのだけれど……」

 

「大体、最初は白いクソロリと黒いクソロリで殺しあわせて楽しもうって話だったじゃねぇか。それが何だ? 魔法少女とは交戦しなくていい? むしろ協力しろ? 最初の約束とちげぇじゃねぇか」

 

「厄介な奴らがいるんだ。そいつらの処理がしたかったのでな。協力してでも潰すように言っておいたと言うだけのことだ」

 

「へっ。んなもん俺に頼めばいいだろ。パリカーとルサールカは忙しいかもしんねぇが、俺には何の仕事も与えられてねぇんだからよ。顔だけの幹部だ」

 

顔だけの幹部と言っているが、ゴブリン自身が仕事をしない男なため、自然とゴブリンに仕事が与えられなくなっただけなのだ。それを指摘しても逆ギレされるだけだろうから、特に言及はしないが。

 

「厄介ではあるが、わざわざお前が表に出る必要はない」

 

「まさかアスモデウス、お前あのクソロリに入れ込んでんのか? はっ! なるほどな! 道理で殺したがらないわけだ。厄介な組織って奴を理由に、あのクソロリを生かそうとしてんだろ!」

 

「そんなことは言ってないが」

 

アスモデウスと呼ばれている幹部の男は否定するが、それを無視してゴブリンはどんどんとヒートアップしていく。

 

「へっ。いいぜ。なら、しばらくは我慢しといてやる。けどな、その時が来たらーーー」

 

ーーーお前が殺せ。

 

そう言ってゴブリンは部屋から出ていく。言いたいことだけ言って去っていくのはこの男のよくやることだ。とにかく自分が気に食わないことがあればとことんそれを否定する。

 

「どうもあの男とは馬が合わないな……」

 

クロのことも最初は処分しようとしていたわけだが、アスモデウス、ルサールカ、パリカーの3人の反対によりそれは実現されることはなかった。それ以降、アスモデウスとゴブリンの仲は悪くなってしまった。元々性格的に合わないというのもあったが、クロの件で完全に仲違いしたのだ。ルサールカやパリカーはそんなことはなかったようだが。

 

「ねぇ」

 

物思いに耽っていると途中から会話に参加していなかった幹部の女、ルサールカに声をかけられる。

 

「貴方ロリコンだったの?」

 

「違うが」

 

不真面目な同僚に、今日も振り回される幹部の男だった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「何の用?」

 

「少し依頼を、と思いまして」

 

明かりがパソコンだけで薄暗く、床には何の資料なのか大量の紙が散らばっている部屋に魔法少女である朝霧千夏と、研究者であるDr.白川が立っていた。

 

「依頼ぃ? なんで私にそんなこと頼むんだよ」

 

「頼める相手が貴方しかいなかったんですよねぇ…」

 

はぁ? と千夏は声を上げる。組織に頼めばいいのにとそう思っているのだろう。しかし実際Dr.白川には簡単に依頼を受けてくれる相手がいない。幹部の男に研究素材を要望しても、他の幹部の女の研究が優先されるため、Dr.白川の要望はいつも後回しにされてしまうのだ。自身の娘を実験体として使ったのも、組織がいい素材を提供してくれなかったからだ。Dr.白川の娘には魔法少女としての能力が宿っていたため、いい実験材料になったのだろう。

 

「まぁいいか。で、頼み事っていうのは?」

 

「魔法少女の研究素材が欲しいんですよ。特に無属性、雷属性、心属性のものです」

 

「ふーん。それで?」

 

「貴方が連れてきてくれませんか? この3つの属性を持つ魔法少女なら誰でも構いません。必要であれば戦闘して無理矢理連れてきてもらってもいいですよ。大丈夫です。素体に悪いようにはしませんから。私もそこまで外道ではありませんからねぇ」

 

「はぁ。やっぱり男って気持ち悪いな。特にお前みたいな奴は」

 

千夏は嫌悪感を隠すこともなくDr.白川に向ける。

自分達魔法少女を研究材料としてしか見ていない異常者を目の前にすれば、そのような感情を抱くのも無理はないだろう。

 

「まあ強制はしませんよ。できるならやってほしいってだけですから。でもやっぱり残念ではありますねぇ…」

 

「いや、やってやるよ。流石に何もしてない魔法少女を研究材料としてお前に渡すのは癪に触るからやらないが、雷属性の使い手なら心当たりがある」

 

「おおっ! それはありがたいですねぇ……!」

 

「言っておくが私が契約しているのはあくまでお前が所属している組織であって、お前自身じゃない。連れて来れなくても文句言うなよ?」

 

「文句だなんてとんでもない! 私は依頼を受けてくれただけでも貴方に感謝していますからねぇ。できれば素材は確保してほしいところですが………」

 

「そうか。他に用件は?」

 

「特にありませんよ」

 

Dr.白川が答えると同時、千夏はこの陰気臭い部屋からそそくさと退出する。

いつまでもこの気持ち悪い男と話していたくなかったのもあるが、1番は少し気分が高揚していたからだ。なぜ高揚していたのか? それはーーー

 

 

 

「ハハッ! あのクソ姉を実験材料にできるなんて……最高だな…!」

 

 

 

ーーー嫌っている肉親に、最大限の嫌がらせができることになったからだ。



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Memory15

 

「違う違う、ここはこの数字を代入してーーー」

 

最近、クロの様子が変わった。悪い方か良い方かで言えば、後者だ。

今まではクラスメイトとはそこまで必要以上に絡んでいったりすることはなかった。

それに

 

「真白、辰樹に教えてあげてくれない? 私の説明じゃ理解できないみたいだから」

 

「あ、うん」

 

真白とも距離を置かなくなった。以前のように家族関係というわけにはいかないが、それでもクラスメイトとしてはある程度の距離感をもって接してくれるようになっていた。

 

「あー! わけわかんねぇ! なんだよこの問題クソゲーじゃん!」

 

彼は広島辰樹。

真白の前の席に座っている男子生徒だ。

 

真白も少し話したことがあるが、大体普通の男子中学生と言った感じだった。

成績は芳しくないが、裏表がなく誰にでも優しいので、どちらかというとクラスメイトには好かれている。

 

「辰樹、はっきり言うが、影山さんの教え方は結構上手だったぞ。確かにこの問題は難しいから分からなくても仕方ないかもしれないが…‥」

 

そう言って辰樹を呆れた目で見ている彼は伊井朝太。

辰樹と仲が良く、学級委員でもある。

ちなみに彼の席はクロの前の席だ。

 

 

現在、クロ、真白、辰樹、朝太の4人は机をくっつけてグループ毎で授業を受けていた。

今はグループ内で一緒に問題を解く時間だ。

 

ただ、他のグループと違い真白達のグループは実は問題を解くのがかなり早い。

クロと朝太の2人の頭がとても良いのだ。

 

朝太はともかく、クロに関しては何故ここまで頭がいいのだろうと疑問に思う。

学校生活を見ていてお世辞にもクロの記憶力は良いとは言えないし、組織にいたときは教育を受けていないからその分のブランクを埋める必要があるはずだ。

真白ははっきり言って周りとの差を埋めるのに必死になって勉強しまくった。

保護者になっている双山魔衣に教えてもらいながら、なんとか今平均点を超えるくらいの点数を維持しているのだ。

 

(やっぱり脳を弄られたことが関係している…?)

 

真白はそう考えたようだが、実は違う。

クロには前世の記憶がある。

 

より正確に言えば、“前世で学んだ知識の記憶がある”のだ。

確かにクロは組織に脳を弄られた影響で記憶力が悪くなってしまっているが、それは日常生活などに関しての記憶だ。

 

学校で学んだ知識など、日頃日常生活で使わないような知識については実は割と記憶しているのである。

 

ただ、そんなことは真白には分からない。

それに、真白にはもっと不思議なことがある。

 

「えっと、辰樹。ここはねーーー」

 

そう言って辰樹に説明する。

すると……

 

「あー! なるほど。そういうことか! 理解した!」

 

そう。何故か分からないが理解してくれるのだ。

真白よりも頭が良く、そして説明の仕方も真白よりも上手いはずのクロが説明しても一切理解しなかったにも関わらず、何故か真白が教えると理解するのだ。

 

「私の教え方は自分でもかなり上手だと思ったんだけど……何でいつも私の教え方じゃ納得できないの?」

 

「ご、ごめん! お、俺、なんか影山さんの説明だと理解できなくて……」

 

「はぁ………お前な……」

 

そんな辰樹の様子を見て、朝太はまたもや呆れ返っていた。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「辰樹、あんな調子じゃいつまで経っても進展しないぞ」

 

「そんなこと言ったってしょうがないだろ! 影山さんに近づかれると……その……あーもう!…………ドキドキするんだよ!」

 

(そういうことだったんだ………)

 

放課後、忘れ物をした真白は教室に戻ってきていたのだが、扉に入る前に辰樹と朝太の話し声が聞こえた。

別にそのまま教室に入ってもよかったのだが、なんとなく扉を開けずに2人の会話を聞いていたのだ。

 

そしてしばらく聞いていると、辰樹がクロのことが好きだと発言した。

 

クロが問題を教えても理解できていなかったのは、おそらく好きな女子に近寄られて緊張したせいで、説明が何も頭に入らなかったのだろう。

真白の説明で理解できたのは、真白のことを異性としてあまり意識していなかったからだ。

 

(恋愛……今まで考えたことなかったけど………そっか。中学生にもなれば好きな人ができてもおかしくないよね………)

 

組織を裏切り、日常の世界に足を踏み入れた真白だったが、どうやらまだ完全には日常生活を送れてはいなかったらしい。

今までは大切な存在は家族だけだと思っていた。けれど、人によっては誰かに恋をして、愛して、赤の他人だった人物が、自分にとってかけがえのない存在になることもあるのだ。

 

(今までは……クロにとって大切なのは私だけだと思ってたけど……)

 

世界は広い。

人生のほとんどを組織の中で過ごしてきた真白ですら、櫻や八重といった仲間がいる。

クロほどではないが、真白にとって彼女達も大切な人だ。

 

(もし……クロにとって私以外にも大切な人ができたら………)

 

もし、真白だけでは組織を裏切る理由にならなかったのなら、恋人がいれば、どうだろうか?

 

真白も1人の女の子だ。

少女漫画を嗜んだことはある。

その中には家族と決別してまで恋人との恋愛を優先しようとする男女の姿もあった。

 

(クロに恋人ができれば……クロは組織を裏切ってくれるかもしれない……?)

 

そう考えた真白は勢いよく教室の扉を開け、こう高らかに宣言した。

 

「その恋愛、私にも協力させて!」

 

真白の暴走は止まらない。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

真白が辰樹達の恋バナに乱入したと同じ時、櫻は放課後1人で掃除をしている八重の教室までやってきていた。

 

「八重ちゃん、何か隠してるんでしょ?」

 

「櫻。何のことを言っているのかさっぱり「クロちゃんのことだよ」…………」

 

「……………………」

 

「どうして私達に隠し事をするの? 八重ちゃんは昔からそうだった。八重ちゃんはいつもどこか私達に対して壁を作ってる。今は前よりも打ち解けてきたように見えるけど、でもまだ心のどこかで壁を作ってるよね?」

 

思うところがあるのか、八重は櫻に何か言い返すことはない。

そんな八重の様子にはお構いなしに、櫻は次々と言葉を紡いでいく。

 

「八重ちゃんが話さないほうがいいって思ってるなら、私は何も言わないよ。でも、1人で全部抱え込まないで。少しは周りを頼ってもいいと思うな」

 

「来夏や双山さんには……話してあるわ………別に、周りを頼ってないわけじゃない」

 

「やっぱり何か隠してたんだね。でもそのことはもういいんだ」

 

「じゃあ話は終わり? お母さんが待ってるからそろそろ……」

 

「来夏ちゃんや双山先生を頼ったって言ってるけど、それは頼らざるを得ない状況にあったからでしょ? 八重ちゃんは本当の意味で私達を頼ってない。ううん、ギリギリになるまで私達に頼らないようにしてる」

 

「そんなこと………」

 

「ねぇ八重ちゃん。私はね、皆が手を取り合って、皆で助け合う世界を作りたいんだ。昔ね、お兄ちゃんが言ってたの、

 

『俺が世の中を平和にしようとしたら、どうしても暴力に頼ってしまう。でも櫻は、人と繋がる力がある。暴力なんかじゃない、人との絆の力で。だから困っている友達がいたら必ず助けてやれ、櫻にはそれができるから』

 

って」

 

「そんな長いセリフ、よく覚えていたわね……」

 

「うん。私、お兄ちゃんっ子だったから。だからね、自分がしっかりしなきゃ、自分が皆の分まで頑張らなきゃなんて思わなくていいんだよ。八重ちゃんの分も、私が背負うから」

 

「じゃあ、櫻はどうするの……?」

 

「私は………皆を頼る」

 

「結局それって私が皆に頼るのと同じじゃない?」

 

「そうかも。でもこれだけは覚えておいて。八重ちゃんは1人じゃない。だから、1人で抱え込まないで」

 

八重はなるべく会話の雰囲気を重くならないように明るい口調で話すが、それと対称的に櫻の口調は真剣そのものだ。

 

「はぁ。わかったわ。なるべく櫻達を頼れるように努力する」

 

そして櫻の真剣さに負けるかのように八重は折れた。

その言葉を受けた櫻はというと………

 

「は、はぁぁぁ………よ、よかったー。私、ずっと八重ちゃんのこと心配してたから……そう言ってくれて嬉しい! すぐには無理かもしれないけど、これからは全力で私達を頼っていいからね!」

 

先程の真剣な雰囲気はどこへやら。普段ののんびりした雰囲気へと戻っている。

先程は八重のために真剣さを演出していたのだろう。彼女は元々シリアスな雰囲気が得意ではない。だが、八重のためを思って真剣に話をしてくれていたのだ。

 

(こういう真っ直ぐで純粋なところが、皆を惹きつけるのよね……)

 

そんな櫻の様子を見て、ついそう思う八重であった。

 

 




一応補足ですが、シロとクロの間には家族愛はありますが、恋愛的なものはないんですよね。

後、急いで仕上げたので誤字脱字等あるかもしれません。見つけたら報告よろしくお願いします。

【魔法少女】

クロ

組織に属する魔法少女。主人公。

使う属性は光→闇→闇×光

・黒い弾

普通の攻撃では分裂してしまい、また自動追尾の機能も搭載されている魔力の塊。

・ブラックホール

相手が大規模な魔法を形成してきた際に、その全てを吸収して自身の魔力に変換することができる魔法。
ただし、容量を超えると身体に多大な負担がかかり、場合によっては死に至る可能性も持ち合わせている為、慎重に使用しなければならない。

・還元の大鎌

真っ黒色の大きな鎌。イメージでいうと死神の鎌的なもの。攻撃力が高いわけではないが、攻撃した相手の魔力を奪うことができる。

・『ルミナス』

闇属性の魔法と光属性の魔法の複合魔法。相手の魔法によって拘束された場合に、それを解除する効果を持つ。ただし、友情魔法(マジカルパラノイア)などの特殊な魔法には効果がない。

・『魔眼・無効魔法』

闇属性の魔法と光属性の魔法の複合魔法。相手の目と自身の目を合わせることで発動できる。相手の魔法を全て無効化することができる。



シロ/ 双山 真白(フタヤマ マシロ)

クロの双子の妹。たった1人の大切な家族であるクロを組織から助け出したいと考えている。

使う属性は光。




百山 櫻(モモヤマ サクラ)

ある日突然魔法少女の力に目覚めた普通の女の子。皆が手を取って仲良くなれる平和な世界を目指している。

使う属性は無属性。

・『桜銘斬(おうめいざん)』 

桜の模様が入った日本刀。魔力で強化されているため、普通の日本刀よりも強い。櫻がメインで使っている武器。

・『大剣桜木(たいけんさくらぎ)』 

桜の模様が入った黒い大剣。体の大きい敵や、敵に対して大ダメージを与えたい際に用いる。

友情魔法(マジカルパラノイア)

櫻と他の魔法少女のうち誰か一人が揃った時に使える必殺魔法。

『春雨』 櫻×八重
敵に対して局所的な魔力の雨を降らせる魔法。食らった敵は無属性魔法の特性によって体を無に返される。さらに水属性の特性の闇属性の魔法を浄化する効果も備えている。

『春風』 櫻×束
風の弓で無数の矢を放って攻撃する。全ての矢は風に乗って相手を追尾し、迎撃されない限り必ず命中する。さらに、一つでも命中すれば相手の動きを封じることができる。




津井羽 茜(ツイバネ アカネ)

最初に魔法少女として活動し始めた赤髪ツインテの少女。
面倒見のいい性格をしており、束や八重からはよくいじられている。

使う属性は火。




蒼井 八重(アオイ ヤエ)

茜の次に魔法少女になった少女。常に冷静で、仲間に的確な指示を出す。
学校では委員長をしており、成績は優秀である。

使う属性は水。

・『結界・アクアリウム』

特定の形を地面に描くなど、何かしらで表現した際に魔法陣を発動させ、簡易的な結界を施す魔法。結界内には水魔法で生成された雨が降っており、その結界内の闇魔法を浄化する作用を持っている。自身の魔法力ではなく、地脈の魔力を利用するため、魔力が少ない時でも条件さえ満たせば発動可能である。




深緑 束(ミロク タバネ)

一番最後に魔法少女になった少女で6人の中で最年少である。
怪人を前にして放心状態になっていたところを櫻達に助けられ、以降共に戦うようになった。

使う属性は風。

・ウインドバインド

風魔法の力で相手を拘束する技。拘束している間、他の魔法を行使することができないので注意が必要。

・風薙ぎ

風魔法の力で相手を斬りつける技。視認できず、音もないため、敵に気づかれずに攻撃することができるところが強み。威力もかなり高く、くらえばただでは済まない。




朝霧 来夏(アサギリ ライカ)

金髪の髪をローテールにした活発な少女。

使う属性は雷。

・『雷槌ミョルニル』

体中に電気を纏わせ増幅させた後、手のひらにいっぺんに電気を集中させて一つの槌を作り、そこから高圧の電撃を浴びせる技。




ユカリ

クロのデータを基にして造られた魔法少女。

使う属性は闇。




朝霧 千夏(アサギリ チカ)

Dr.白川の研究に協力している魔法少女。

使う属性は地。




???

使う属性は◻︎




???

使う属性は◻︎




???

使う属性は◻︎




???

使う属性は◻︎






【その他】

風元 康(カザモト ヤスシ)

シロとクロの担任の先生。目の下にクマができていて、いつも怠そうに授業をしている。




双山 魔衣(フタヤマ マイ)

保健の先生で、魔法について詳しい謎の人物。




幹部の男/アスモデウス

クロを見張っている組織の幹部。
使う属性は闇×雷



ルサールカ

幹部の女。
使う属性は闇×水


ゴブリン

5人いるうちの幹部の1人。
使う属性は闇×地



イフリート

幹部の1人。
使う属性は闇×火



パリカー

幹部の1人。
使う属性は闇×無



Dr.白川

組織に属している科学者。自分の娘ですら実験体にする根っからの科学者。




散麗(チヂレ)

束と一緒に魔法少女として活動していた少女。怪人との戦闘で死亡した。





黒沢 雪(クロサワ ユキ)

クロの住んでいるアパートの隣の住人。明るく元気な20代。




蒼井 冬子(アオイ トウコ)

八重の母親。クロの住んでいるアパートと同じアパートに住んでいる。




広島 辰樹(ヒロシマ タツキ)

クロ、真白のクラスメイト。
裏表がなく明るい性格。
クロのことが好き。




伊井 朝太(イイ チョウタ)

クロ、真白のクラスメイトで辰樹の友人。
学級委員をやっている。






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Memory16

「これより、第一回恋愛会議を始める!」

 

「おー!」

 

「なんでこうなったんだ………」

 

上から順に真白、辰樹、朝太のセリフである。

辰樹がクロに惚れていることを知った真白は、その翌日の放課後、クロと辰樹の仲を深めるために恋愛会議を開催することにしたのだ。

 

「まず第一に、辰樹、貴方はクロに対してドギマギしすぎ。私とは普通に喋れるんだから、クロに対しても普通に接すること」

 

「そんなこと言われたって……す、好きな女の子の前じゃ、緊張しても仕方ないだろ?」

 

「ふと思ったんだが、双山さんと影山さんって顔似てるよな? 血の繋がりでもあるのか?」

 

「あー一応親戚、的な……あんまり深くは知らないけど。まあ、そんな感じだと思う」

 

朝太に指摘された真白は狼狽える。

はっきり言ってその辺の設定をどうすればいいのかがよくわからなかった。

馬鹿正直に姉妹です、だなんて言ってもクラスで過ごしてきて家族っぽいやりとりなどしていなかったし、仮に無理に姉妹設定で通しても名字が違ったりと、クラスメイトに複雑な家庭を想像させてしまうだろう。

 

真白としては一応保護者である双山魔衣にあらぬ噂を立てたくはなかったため、クロとは他人として振る舞うことにしたのだ。

 

「双山さんもあまり詳しくは知らないんだな。まあそれは置いておいて、少し提案があるんだが……」

 

「提案?」

 

「あぁ。その、カツラを被って少し影山さんに似せた状態で辰樹と話してみてくれないか? あー、その、嫌だったらいい。不快な思いをさせてしまったなら、その、申し訳ない」

 

先程クロと真白の顔つきが似ているといったのも、おそらくこの話に繋げる為の前置きだったのだろう。要は偽クロとなって練習台になれということだ。

真白としてはクロになりきることに関して特に不快感はない。それに、今の真白としてはなんとしてでもクロに恋愛をさせようと謎の熱意に燃えている。

断る理由はないだろう。

 

「うん、いいよ」

 

「いいのか?」

 

「うん。というか一応もう持ってきてるけど」

 

そう言って真白は自身のカバンの中から黒色の髪のカツラを取り出してきた。

 

「も、もう既に用意してたのか…………」

 

「ほい、被ってみたけど、どう?」

 

「本当だ! 似てる!」

 

「俺達は普段から2人を見ているから見分けが付くが、全く知らない赤の他人からしたら見分けはつかないかもしれないな」

 

当然といえば当然のことだろう。

何せクロは真白のクローンなのだから。真白がクロに似ないはずがないのだ。

 

尤も朝太が言っているようにある程度共に過ごしていると案外見分けはつく。

クローンといっても全く同じ生活をしているわけではないし、考えていることも全く違う。食べる物も全て統一されていたわけではない。

 

その為、少しずつ二人の間には差異が出てきていたのだ。

 

「で、今の私とは話せるの?」

 

「おう、全然問題ないぞ!」

 

「んーやっぱりこれ効果ないかもね」

 

「そうか? 俺は多少なりとも慣れが生じてくるかとは思うが……」

 

「んー俺もあんまり意味ない気がする。やっぱり本当に好きな子じゃないと緊張ってしないもんなんだなぁ」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「よぉ、クソ姉貴」

 

「はぁ…。しばらく顔見せねぇと思ったら。何の用?」

 

対面する黄色髪の姉妹。

姉ーーー来夏の方は体中からバチバチと静電気を鳴らし、苛立ちを隠す様子もない。

対して妹ーーー千夏の方も自身の周りの地面を盛り上げて臨戦態勢になっている。

 

「おいおい、街を壊すつもりか? こういう道一つ作るのにも人材とかお金とかかかってるだぞ」

 

「うるさいなぁ。それはお前達も同じでしょ? 怪人を倒すことを口実に、街をメチャクチャにしてるじゃない。私もそれと同じ。目的のために仕方なく、よ」

 

「生意気な口聞きやがって。大体、いつからお姉ちゃんのことをお前呼びする様になったんだ?」

 

「ついさっきからよ!」

 

会話をぶったぎるかのようにそういった千夏は、来夏の周りの地面を盛り上げ、来夏の身柄を拘束する。

 

「どう? これで手も足も出ないでしょ?」

 

「この程度で完封されてちゃ魔法少女はやってられねぇよ。『着火』」

 

『着火』。来夏がそう告げると同時、来夏の髪と瞳が緋色に染まり、手には小さな槌が現れる。

 

「打ち砕け! トールハンマー!」

 

来夏は手に持っている槌を大きく振るい、千夏の形成した壁を打ち砕く。

 

「なっ、いつの間にそんな力っ!」

 

「久しぶりに会ったんだ、お前の知らない力を使えていたって不思議なことないだろ?」

 

「ふーん。特訓してたわけ? うっざ。あーもう全部うざい。しねよ」

 

地面から木の根のようなものが四つほど生え、来夏を襲う。だがーーー

 

「おらっ!」

 

木の根は来夏のトールハンマーによって全て打ち砕かれてしまう。

 

「何その武器。魔法少女ならステッキだけ使っとけばいいのに。はぁ………ムカつく」

 

「カリカリすんな、姉に似た可愛い顔が台無しだぞ?」

 

「私が可愛いのは認めるけど………、お前に似てるっていうのは納得できないなぁ!!」

 

千夏ががむしゃらに木の根を来夏に浴びせ続けるが、その全てが尽く来夏のトールハンマーで塵と化す。

 

「クソっ! なんで! なんで! なんで! こんな奴に! なんで! 負けたくない! 負けたくない!」

 

「そりゃ当前だろ。怪人との戦いから逃げた奴が、怪人と戦い続けた私に勝てるわけがない」

 

「逃げてなんか………逃げてなんかない! 私は! 怪人が怖かったわけじゃない! 全部! 全部お前が悪いんだ! 私はお前のせいで!」

 

「八つ当たりもほどほどにしとけよ。見苦しいな」

 

「あーもう! うるさいうるさいうるさい! さっさとくたばれ!」

 

「これ以上やっても意味ないな。終わらせるか」

 

来夏のトールハンマーに魔力が集まっていく。

 

「『簡易必殺』雷槌・ミョルニル」

 

『簡易必殺』雷槌・ミョルニルは、来夏がクロに負けた後、考え出したものだ。

元々必殺として使っていた雷槌ミョルニルだが、極端に魔力を持っていくため、その後の戦闘が不可能になってしまうデメリットがあった。

 

実際、クロのブラックホールによって雷槌ミョルニルが防がれてしまった後、来夏には戦う力は残っていなかった。

 

しかしこの『簡易必殺』雷槌・ミョルニルは違う。

必殺技として機能するための最低限の魔力量を計算し、無駄な魔力を割かずに雷槌ミョルニルを形成することを可能にしたのだ。

 

したがって、仮にこの『簡易必殺』雷槌・ミョルニルが外れたとしても、来夏はまだ『簡易必殺』雷槌・ミョルニルを再び形成できるだけの魔力を持っている。

 

対して千夏は冷静さを欠いており、魔力の使い方も雑になり、無駄が多い。

結果は火を見るよりも明らかだった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「ありゃりゃ、さっきの戦い、バチバチちゃんの方が勝ってますわ」

 

「こんな少女達に戦いを強いてしまっているなんて…………情けない……」

 

先程の千夏と来夏の戦いを、物陰からひっそりと眺める2人の影があった。

1人は髪を虹色に染めた、来夏達と同じぐらいの年齢の少女だ。

もう1人は物腰の柔らかそうな二十代前半の男性だ。

 

「そんなこと言うならあんたらが手貸してくれりゃ済むんとちゃいます?」

 

「僕達の存在が、組織にバレるわけにはいかないので…」

 

「とか言いつつ、あんたは動くんやな」

 

「流石にこのまま黙っているのは良心が許しません。それに、僕には大した力がありません。できることは限られているでしょうし、僕から他の仲間について勘づかれることもないでしょう」

 

「ほーん。ま、私は私が最強ってこと証明できればそれでええから、どうでもええわ」

 

「それは魔法少女の中での最強ということですか?」

 

「当たり前やろ! 魔法少女って枠組みの中やないと最強は狙えん。私だってあんな化け物相手に最強目指す気は起こらんわ」

 

「まあ、確かにあの人は規格外ですね。魔法少女って呼ぶには少々特殊すぎますし……」

 

「そうやろ? 適性属性なしとか意味わからんねん。無属性でもないとかどういうことやねん」

 

しばらく2人はその場で共通の知り合いの話をするが、数分経った後、男が会話を切り上げる。

 

「とりあえず、僕は気になることがあるのでここら辺で行かせてもらいますが、貴方はどうしますか?」

 

「とりあえず八重の家行きたいなぁ。修行して強くなった私と全力勝負してほしいわ。後は束が強くなっとるんか気になるし、最近真白って言う新しい魔法少女が仲間になったらしいからその子とも顔合わせしたいなぁ」

 

「そうですか、ところでずっと思ってたんですけど、その似非とも言えない4分の1くらいの関西弁ってなんなんですか?」

 

「分からんわ。気づいたらこんな話し方なっとった。というかあんただって似たようなもんやろ。なんで年下に敬語やねん」

 

「お互い変わり者ということですね」

 

「なんや私も変わり者扱いか」

 

軽口を叩き合いながらも2人はその場を後にする。

 

4分の1くらい関西弁の少女は八重の家へ、

 

年下に敬語を使う二十代前半の男性は

死んだ筈の少女、身獲 散麗(ミトリ チヂレ)の尾行へと。



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Memory17

 

 

学校からの下校途中、クロは八重と帰る方向が同じであるため一緒に帰宅することになった。

 

「そういうわけで、爆弾の件だけれど、割となんとかなりそうよ」

 

「…………え? マジ?」

 

クロは驚いてつい素の口調が出る。

実はクロの本来の口調は結構軽かったりするのだ。

 

初めて学校に通った際にも、シロに対してお茶目に「来ちゃった♪」などと言ったりすることからもその片鱗はうかがえるだろう。

 

「ええ、マジよ。ていうか貴方ってそんな話し方もするのね……」

 

「え? いや、うん」

 

「爆弾が取れたら、魔法少女としてしっかり戦ってもらうわよ」

 

「言われなくても全力で戦うよ」

 

「そう? 期待してるわ」

 

そうしてしばらく歩いていると、二人はいつの間にかアパートに着いていた。

八重とクロはそれぞれの部屋へ向かおうとするが、アパートの前に虹色の髪を持った奇抜な少女が立っていた。

 

「おっ、帰ってきたか。久しぶりやね八重。どや見てみこれ。肉や肉! 今日は八重ん家で焼肉するで! 隣の黒髪ちゃんも一緒にどうや?」

 

虹色の髪を持った少女は中々フレンドリーなようで、初対面であるクロにも明るく話かけてくる。

 

「久しぶりね、照虎(てとら)。随分と顔を見てなかった気がするけれど……」

 

「は、初めまして」

 

「まあ色々あってん。隣の黒髪ちゃんは私のこと知らへんよな。私は虹山照虎! 仲良うしてな」

 

「影山クロ。よろしくね」

 

「おっ見かけによらず結構フランクなんやな。こちらこそよろしく」

 

「前まではもっと壁があったような気がするけど……もしかして心を開いてきてくれてるの?」

 

「まあ、そうかも」

 

「結局黒髪ちゃんは焼肉食べるん?」

 

「せっかくだし、食べるよ」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

放課後、教室にて。

真白、辰樹、朝太の3人は第一回恋愛会議の時と同じように教室に集合していた。

 

「何やってるの!?」

 

「いや……友達と帰ってたから話しかけれなかったんだよ…」

 

真白が辰樹を攻める。

実は放課後、辰樹達はクロに話しかけて途中まで一緒に帰る計画を立てていたのだ。

もちろん、辰樹はクロに話しかけるのはハードルが高いし、いきなり二人っきりになるのは無理だろうとふんで真白と朝太も協力することになったのだが………

 

「そんなに言うなら双山が誘えばよかったんじゃないか?」

 

ちなみに前回の第一回恋愛会議以降、辰樹と朝太は真白に対してさん付けをしなくなった。辰樹に関しては真白と呼び捨てにしている。

ちなみに「何故双山のことは呼び捨てにできるのに影山さんに対してはあんなにドギマギしてるんだ……」と朝太は困惑していた。

 

「私だとクロを誘えないよ」

 

「何故だ?」

 

「色々あってね」

 

実際、クロは騙し討ちのこともあってか、真白の誘いにもそれなりに警戒してしまっている。

元々あまり真白と関わりたがらないのも相まって、真白がクロを誘い出すのはなかなか難しくなってしまっているのが現状だ。

 

(そういえば従姉妹なんだっけか。あまり触れない方が良さそうだ)

 

そして朝太も日頃からクロが真白に対して積極的には関わりに行っていないことから、なんとなく察したのか、それ以上は言及しないことにした。

 

「やっぱ俺には無理だよ……初恋は実らないって言うし、はぁ…………」

 

「情けない。クロは意外と人気があるから、ボーッとしてたら取られちゃうよ?」

 

ちなみに真白はそう言う情報を手に入れているわけではない。

でまかせである。

別に真白からすればクロが恋愛してくれればそれでいいので、他の男の子がクロのことを好きならその子に頑張ってもらえればいいと思っている。

 

辰樹に協力しているのは他にクロのことを好きな男子を知らないからだ。

 

「なんで双山がそんなこと知っているんだ……?」

 

ただ、実際にクロの人気が高いのは事実であったようで、朝太はどうやらそれを知っていたようだった。

 

「知ってるよそんなこと…………だからこんなに悩んでるんじゃん」

 

「え……本当に人気あったんだ……」

 

「あぁ……やっぱり知らなかったのか……」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

先程まで虹色の髪を持った少女ーーー虹山照虎と行動を共にしていた二十代前半の男ーーー末田ミツルはひとりの少女を尾行していた。

 

(身獲散麗…………彼女は既に組織の怪人との戦闘で死亡しているはず……彼女の家族……………彼女の血縁を調べても彼女と同い年くらいの少女などいなかったし………これはどういうことですかね……)

 

ミツルは少女のあとをつけていく。

やがて少女は廃墟となったビルへと足を歩めていき、しばらく進んだところで立ち止まった。

 

ミツルのいる位置からは相手は見えないが、どうやら誰かと会話をしているらしい。

 

 

「朝霧千夏。朝霧来夏の妹で地属性の魔法少女。魔力量は悪くないけど、実力が伴ってない感じがしたよ」

 

「そうですか。私も実力はまだまだなので人のことは言えませんが、今のところ脅威にはならなさそうですね。放っておいても問題ないでしょう。それより、組織の方には探りは入れたんですか?」

 

「組織の方にはヒヨリとカゲロウを向かわせたよ。二人は息もピッタリだし、何より隠密行動に長けてるからね」

 

(ヒヨリ? カゲロウ? 仲間の名前でしょうか………)

 

ミツルは一人で考え込む。

そもそも身獲散麗は既に死んだ少女だ。

何故この場に彼女の姿が見られるのか、そこの部分がまず謎だ。

とりあえず仲間に関しては深くは考える必要はないだろう。

ヒヨリ、カゲロウ、その名前だけで十分だ。

 

(それにしても一体誰と話をしているんでしょうかね。声を聞く限り、話している相手は同じ魔法少女でしょうか)

 

「さて、立ち話はこれくらいにして、乙女のガールズトークを覗き見る不埒な輩をとっ捕まえるとしますか」

 

(っ!? バレていたんですね……!)

 

ミツルは咄嗟に足を駆けさせ、廃ビルから立ち去ろうとするが…………

 

「“ウインドバインド”」

 

風属性の魔法、“ウインドバインド”によって身動きを取れなくなってしまった。

身獲散麗と話をしていた少女の魔法によるものだ。

 

「へぇ。この人がさっきから私のことずーっと尾けてきてたロリコンの変態ストーカーさん?」

 

「…………どうやらバレていたようですね……どうして…………」

 

「どうしてって? それは貴方の“心の声”が筒抜けだったからです。なんたって私の使う属性は心属性なんですから」

 

身獲散麗という少女は心属性の魔法の使い手だった。

元々心属性はあまり戦闘向きと言えるような属性ではない。

 

もちろん熟練度が上がればその限りではないのかもしれないが、基本的には相手になんとなく何かしらの潜在的な意識を植えさせることができるくらいだ。

 

例えば、寿司が食べたいという漠然とした欲望を、心の中に干渉してほんの少しだけ傘増しさせるくらいの魔法だ。

 

「まぁ。考えている内容については全く分かりませんけどね〜」

 

軽い口調で話しながらこちらを見る散麗。

しかし、ミツルが見た散麗の容姿は、知っているものとは異なっていた。

 

髪は黒に近い深緑であることは同じなのだが、

おかしいのはその肌だ。

 

さらにところどころツギハギのようになっていて体中の至る所に縫い後がある。

肌は青白く、生気が感じられない。

 

そして、彼女の隣に目を向けると

 

「なるほど……確かに身獲散麗の交友関係を考えれば、貴方くらいしか彼女と関係が深い人物はいませんでした…………」

 

「物凄く丁寧な話し方ですね……少し親近感が湧いてきますよ」

 

「ええそうですね………僕もこんな形で貴方と出会わなければ、もう少し貴方に対する印象も良かったかもしれません。元から貴方のことは知っていたんですよ………

 

 

 

 

………風属性使いの魔法少女、深緑束さん」





曇らせさん「出番まだ?」


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Memory18

 

「クロちゃんヤッホー! 八重ちゃんもこんにちは! お邪魔してまーす!」

 

「黒沢さんも来てたんだ…」

 

クロ、八重、照虎の3人は八重の家に行き、焼肉を食べることにしたのだが、部屋に入るとどうやらクロの隣人である黒沢雪も来ていたようで、一緒に焼肉を食べることになった。

 

八重の母親もいることもあり、人数が多いので、部屋に入りきるのかどうかという問題はあったが、元々部屋に物が多くなく、あっても八重の水鉄砲くらいであったためか、案外スペースの確保に関してはなんとかなった。

 

「久しぶりね、照虎ちゃん。今日はゆっくりしていってね」

 

「久しぶり〜八重のお母さん。今日はお邪魔しますわ」

 

「あんまり騒がないでね。近所迷惑になるから」

 

「大丈夫や! ほどほどにしとくから」

 

八重の注意に対し、照虎は軽い口調で答える。

あまり近所迷惑のことなどは頭になさそうな様子だ。

 

尤も、このアパートの住民は心優しい人達ばかりなので、多少騒いでも許されはするだろうが。

 

「貴方ただでさえうるさいんだから、本当に声のボリュームは落として欲しいの。ほんっとうにうるさいから」

 

「なんや八重。えらい辛辣やなぁ。ボソボソ喋るよりええやろ」

 

「二人って結構仲良いんだね」

 

クロは二人に対してそう言葉を投げかける。

二人は本当に気心の知れた友人のようで、軽口を叩き合っている。

 

八重は照虎に対して辛辣な物言いをしているが、本当に照虎のことを鬱陶しそうに思っている様子はない。

 

否、むしろ相手が照虎だからこそのこの毒舌なのかもしれない。

 

八戸の様子は普段と変わらず落ち着いているかのように見えるかも知れないが、クロからすると少し親しい友人が帰ってきて嬉しさを感じているようにも思える。

 

「さっ! 皆! 今日は焼肉だよ! 育ち盛りなんだからお腹いっぱいになるまで沢山食べて、存分に太っていってね!」

 

「太るんは嫌やなぁ……」

 

雪の発言に対して、照虎はそう呟いたが、結局焼肉を焼き始めると一番食べていたのは照虎だった。

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

「腹一杯食ったわ………あーこれは太ったわ。明日にはデブになった照虎ちゃんが白日のもとに晒されてまう〜」

 

「そんなに太るのが嫌ならダイエットすればいいでしょ。大体貴方、そんなに体型維持に気をつかってないでしょうに」

 

「気をつかってなくても気にはしてるんや! 誰だって太りたないやろ?」

 

「なら太らない努力をしてみたらどう?」

 

「なんやと!?」

 

八重と照虎が体重に対して色々と言い争っているが、その様子を見て、クロはそういえば体重を気にしたことがないなとそう思う。

 

「やっぱり気にした方がいいのか」

 

「何を?」

 

「いや、なんでもないです」

 

気付かないうちに声に出していたらしい。

ただ、雪に聞かれて咄嗟になんでもないと答えてしまったのは許してほしい。

 

クロは体型維持に気を使ったことがないが、体重が増えすぎたり、肉が弛んだりすることがなかったのだ。

 

肌のケアなんかもしていない。

それでも肌は綺麗だし、スタイルも悪くはないだろう。

胸はないが。

 

そんなことを日々努力している乙女達に告げてしまうのは酷だろう。

そして同時に肌のケアや体型維持のためのノウハウを叩き込もうとしてくるに違いない。

 

特に雪はそういうタイプだろう。

なんとなくわかる。

 

「今日は楽しかったな………お兄ちゃんといた時みたいだった………」

 

ふと、ボソっボソリと雪がつぶやく。

 

「黒沢さんってお兄さんがいるんですか………?」

 

つい気になったクロはその発言に対して深く言及するような事を言ってしまうのだが、クロが雪に質問した途端、周りの空気が少し重くなってしまった。

 

「うん、いるよ。正確には『いた』って言った方がいいかな」

 

普段明るい雪だが、今の雪は明るく振る舞おうとはしているものの、どこか暗さを帯びていた。

 

「10年前にね、殺されちゃったんだ。今では怪人って言われてるバケモノから、私を守るために。私はお兄ちゃんのこと見捨てて……がむしゃらになって走って逃げて……。今じゃ怪人の被害なんて当たり前になってきてるけど、お兄ちゃんが殺されるまでは怪人なんて存在してなかった。だから……本当にショックで……どうしていいのか分からなくなって……」

 

雪の話す声が涙交じりになっていく。

八重や照虎、冬子らが気遣う様子が見られるが、3人ともどうしていいのか分からなくなっている。

 

「なんで……どうして……お兄ちゃんが最初の被害者になっちゃったのかなぁ……! なんで! 世界で初めて怪人と出会ってしまったのが……お兄ちゃんだったのかなぁ……? どうして私は……生きて……」

 

「それ以上は言うな!」

 

「ふぇ…?」

 

雪の独白に対して、突然クロが大声を張り上げる。

普段のクロからは想像もできない様子に、八重、照虎、冬子、そして雪の4人は驚いて口をあんぐりと開けている。

 

「どうして生きてるかだなんて、そんな言い方しちゃいけない…! 黒沢さんの………雪のお兄さんはそんなことを雪に言って欲しくて雪を助けたんじゃない!」

 

「クロ……ちゃん……?」

 

「雪を傷付けられたくなかったから……! 雪に笑っていて欲しかったから……! だから守ったんだよ! たった一人の妹を守るために!」

 

「ちょっと……! 貴方、流石に無神経すぎよ!」

 

「いいの、八重ちゃん」

 

「黒沢さん……?」

 

「クロちゃんの言う通りだよ。そうだね……お兄ちゃんは……私にこんなこと言ってほしくて私を助けたわけじゃないもんね……うん……大丈夫……ちょっと弱気になってただけだから。もう、大丈夫」

 

「あ、えと、黒沢さん……ごめん……私、めちゃくちゃ失礼なこと……」

 

お世辞にもクロの行動は褒められたものではないだろう。

傷心中の相手に対して、怒鳴り付け、死人の心情を勝手に想像し、あたかも自分がそうだとでも言うかのように発言したのだ。

 

「大丈夫、クロちゃんは私のためを思って言ってくれてたんだよね。全然気にしてないから」

 

しかし、クロの放った言葉は意外にも雪に受け止められたようだった。

雪の元来の性格がとても穏健なものであったのが幸いしたのもあるだろうが、しかしそれ以上に、クロの発言に何故か納得させられてしまったのがある。

どうしてなのかは、雪には一切分からないようだが。

 

結局その日はムードも台無しになってしまったので、それぞれ解散という形になった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「パリカー、現在の進捗は?」

 

「ぼちぼちってところかな。元々、こういうのはボクの専門外なんだよね。全く、元々はリリスの仕事だったのに……」

 

幹部の男、アスモデウスは、同じく幹部の女、パリカーの元へと赴いていた。

パリカーと呼ばれた女は、白髪の髪に白衣を着た、二十代前半くらいで眼鏡をかけている。

 

「リリスに関する情報なんだが……今は赤江美麗として過ごしているみたいだ」

 

「へー。特定できたんだ?」

 

「リリスのことを探ってたわけではなかったんだがな。邪魔になりそうな奴らについて探っていたら、たまたまそこにリリスらしい人物の情報を見つけただけだ」

 

「できればリリスは殺さずに飼い慣らしたいね。まあ、元々仲間だったからっていうのもあるけど、ボク一人じゃ流石に限界があるし、最近は寝不足でね」

 

そう言うパリカーは確かに目の下にクマがあり、さらに髪もボサボサだった。

元々彼女は髪の手入れは良くしていたし、睡眠もしっかりとっていたため健康体だったはずだとアスモデウスは記憶している。

 

こうなったのはリリスが組織を抜けた後からだった。

リリスがやっていたことを肩代わりしたことで寝不足気味になった事は本当だろう。

 

「ただ、一筋縄ではいかなさそうだ。リリスはどうやら魔法少女の遺体を何体か持っていたようでな。おそらく死霊術で使役してくるだろう。魔法少女自体は対処できるが、裏にはリリスがいる。そう考えると、迂闊に接触するのも憚られる」

 

「そう考えると、今生きている魔法少女達を処理するのはなおさらまずそうだね。ユカリだったっけ? そいつは使えないの?」

 

「まだユカリを戦闘させるにははやい。とりあえずクロが魔法少女達と接触してリリスと戦ってくれればいいんだが、それも不安だ。俺自ら出向いてもいいかと思っている」

 

「ふーん。ボクの勘違いだったら申し訳ないんだけどさ、アスモデウス、キミ、どうやら随分クロって魔法少女に入れ込んでいるみたいだね」

 

パリカーがそう問うと、アスモデウスの目は明らかに泳いでいた。

 

「死なれたらリリスの人形が増えて対処が厄介になる。その事態を避けたいだけだ」

 

「ま、そういうことにしといてあげるよ。用はそれだけ?」

 

「あぁ。邪魔して悪かった。じゃあな」

 

そう言ってアスモデウスは部屋から出て行った。

 

「不器用な男だね。まあ、あの魔法少女に入れ込んでいる事は黙っておいてあげようかな」

 

パリカーからすれば、魔法少女の事や、他の幹部達の娯楽の話などどうでもいいし、世界を支配したいだなんて願望があるわけでもない。

 

「ボクはただ、帰ることができればそれでいいんだから」

 

ただ、それだけ。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

一人自室に戻ったクロは先程のことを考える。

あの時雪が言ったセリフに、気になるものがあったのだ。

 

(10年前……。幹部の男に聞いた限りでは、10年前はまだ怪人は作られていなかったはず……怪人が造られ始めたのは7年前……でも3年も年数を間違えることはないと思うし……)

 

そう、クロが組織にいた頃、幹部の男に聞いた限りでは10年前はまだ怪人は造られていなかったはずなのだ。

 

10年前はちょうどクロに自我が芽生えた、物心がついた時期であったため、その頃のことを厳密に覚えているわけではないが、7年前に初めての怪人を造っていたような記憶はある。

 

(まあ、でも俺の記憶違いだよな……多分脳を弄られた影響か……)

 

しかしクロはこの疑問を結局、脳を弄られたせいで記憶が曖昧になっているからだと結論付けた。

 

実際色々な場面でそれを感じさせられることは多くあるし、最近では学校に鞄を持ってくることを忘れてわざわざアパートまで取りに帰ったこともある。

 

本格的に記憶力が悪くなってきたなと、そう思うクロだった。



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Memory19

悪の組織所属のTS魔法少女(所属してるだけ)状態のクロさんは今回出番はないです。




「「お邪魔しまーす!!」」

 

「お前ら………何者だ……?」

 

来夏に敗北し、無様に何の成果も得られず組織に戻ってきた千夏の前に現れたのは、忍者の格好をした2人の茶髪の少女だった。

 

双子なのだろうか、二人の容姿はとてもよく似ている。

違いがあるとすれば、目だろうか。

 

片方は目の色が赤色、もう片方は目の色が青色になっている。

それに加えて目の色が青い方には涙黒子があるが、目の赤い方にはそれがない。

 

別にこれまで述べた要素だけなら特に問題はない(忍者の格好をするというのは常識的ではないのかもしれないが)のだが、明らかに普通の人間ではないと悟れる要素があった。

 

それは

 

(何でこいつら体中ツギハギだらけなんだ……? 縫った跡が大量にある)

 

そう、何故か彼女たちの体は縫い後が大量にあり、まるでツギハギの体のようなのだ。

 

千夏は疑問に思うが、2人は考える隙を与えてはくれなかった。

 

「散麗には探りを入れるだけって言われたけどぉ」

 

「せっかくだし戦って行きたいよねぇ〜」

 

「っ! 連戦かよっ!」

 

二人の発言を聞き、直ぐに千夏は臨戦態勢に入る。

先程来夏に敗北したばかりなので、彼女としてはこのまま戦闘をするつもりはなかったのだが、相手が仕掛けてきた為、対処するほかない。

 

「火遁の術!」

 

「うおっ」

 

二人のうち、赤い目を持った少女が魔法を繰り出す。

彼女が繰り出した魔法はどうやら千夏がいた場所に簡易的な爆発を起こすものだったらしい。

 

勘でなんとか避けれたものの、次に繰り出されたら避けれる気があまりしない。

それに加えて……

 

「水遁の術!」

 

「水遁の術ってそういうのじゃねぇだろ!」

 

もう一人の少女の方も厄介だ。

魔力で作られた水の塊を容赦なく放ってくる。

 

先程赤い目を持った少女の火遁の術は視認できないため、一回一回に注意を払う必要があるが、青い目の少女の放つ水の塊は放つ瞬間も視認できるため避けるのは容易だ。

 

しかし、何度も繰り出されるのと、いつ放たれるか分からない火遁の術に怯えながら戦わなければいけない為、中々戦いにくい。

 

さらに

 

「「影分身の術〜!!」」

 

彼女達の姿が一つ、また一つと増えていく。

あっという間に千夏は10人もの茶髪の少女に取り囲まれてしまった。

 

(なっ!? 分身!? 実体はあるのか……? 本体はどれだ………? どうすれば‥‥)

 

千夏の焦りなど露知らず。10人の少女は一斉に魔法を放つ。

5人からの水魔法の攻撃と、5人分のいつ来るかわからない火遁の術。

二人の時でさえ対処するのに精一杯だった千夏にはこの量の攻撃を捌き切る事は不可能だった。

 

「どうする? こいつ殺しちゃう?」

 

「んー雑魚だから別に仲間にも欲しくないし、放って置いてもいいと思う」

 

「こんな雑魚しかいないなら、もっと奥までいけそうじゃない?」

 

「そうだね、行っちゃおう!」

 

雑魚呼ばわり。

確かに千夏は彼女達に手も足も出なかった。

しかし、相手側からそう言葉にされると来るものがある。

 

(クソっ! 馬鹿にしやがって……)

 

それに加え、まるで千夏は眼中にないとでも言いたげな彼女らの態度。

これ以上の侮辱はないだろう。

 

結果として千夏は、本日二度目の屈辱的な敗北を味わうこととなった。

 

この挫折が彼女にとってどの様な結果をもたらすのかは、まだ分からない。

しかし確実に、千夏の中でこの敗北は噛み締められることとなった。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「私のことを知っていたんですね。何者なんですか?」

 

「貴方達の味方……と言いたい所ですが、貴方の様子を見るに、どうやら僕は貴方の敵になりうるかもしれません」

 

「その言い方からして、組織の人間ではなさそうですね……。魔衣さんの関係者ですか?」

 

「魔衣さん……? 誰のことを言っているのか分からないですね。それより、何故ここに死んだはずの身獲散麗がいるのか、僕はそちらの方が気になりますね」

 

ミツルは本当に誰だか分からないと言った様子のようだ。

魔衣とは関係のない人間なのだろう。

 

「口は割らなさそうですね。これ以上話しても無駄でしょう。安心してください、貴方に対して危害を加えるつもりはありません。少し、今日の記憶を忘れてもらうだけに留めますから」

 

そう告げた後、束は散麗に対してミツルの記憶を消すように指示する。

 

散麗は心属性使いの魔法少女だ。

生前ではその真価を発揮する事はなかったが、どうやら今は完全に使いこなしているらしい。

 

心属性の使い手で記憶操作ができるというのは相当な熟練度だからだ。

 

しかし、師をなくしてそのような熟練度に至る事は不可能だ。

 

(裏に誰かがいるのは確実でしょう。それも、かなりの腕前の)

 

ミツルは一人考察を続ける。

記憶を消されてしまうのはもう決定事項だが、消される直前までこの話について脳を巡らせることで、少しでも記憶を思い出す可能性を上げようとしているのだ。

 

 

 

 

だが、どうやらそれは無駄に終わったようだ。

 

完膚なきまでに記憶が消されたからではない。

その場に、散麗と束以外の二人の魔法少女が現れたからだ。

 

「「connection!」」

 

その場に現れたのは桃色の髪を持つ、まだあどけなさの残る少女、百山櫻とツンツンツインテ少女、津井羽茜だ。

 

「「友情魔法(マジカルパラノイア)・乙女の香り・ホムラ!」」

 

二人がそう唱えた瞬間、一つの火柱が廃墟に降り注ぐ。

火柱が降り注いだ途端、散麗と束の二人はまるで火柱に心を奪われたかのように火柱に注目している。

 

火柱が魅力的なわけではない。

 

友情魔法(マジカルパラノイア)・乙女の香り・ホムラの効果によるものだ。

 

乙女の香り・ホムラは火柱を発生させ、そこからとても魅力的な香りを放ち、敵を魅了し誘い込む魔法だ。

 

火柱の数が多ければ多いほど香りは増し、火柱は最大で20コまで作ることができる。

完全に敵を魅了することができればそのまま敵自らが火柱の中に突っ込んでいくこともあるし、そうならなくても敵の注意を完全に引くことができる。

 

「お兄さん! 大丈夫ですか!?」

 

「大丈夫。ありがとう。君達のおかげで助かったよ。記憶を失わずに済んだ」

 

束と散麗が火柱に気を取られている間に、櫻達はミツルの元へと駆けつけた。

 

櫻達がミツルを助けたタイミングでちょうど火柱が消え、散麗達は櫻達と向かい合わせの状態となった。

 

「あんたが散麗ってやつね。束、どういうこと? 事情を説明して!」

 

「茜さんには分からないですよ。誰も大切な人を失ったことがない貴方には」

 

「なっ!」

 

「茜さんだけですよ。身近な人が皆何不自由なく生きて暮らしていけているのは。私は散麗を一度失いました。櫻さんはお兄さんが行方不明に。八重さんは幼い時に妹さんを。来夏さんは母親を。真白さんは言うまでもないでしょう。貴方だけですよ。何も失ったことがない人なんて。そんな貴方に私の何が分かるんですか?」

 

「束ちゃん! 一体どうしちゃったの!?」

 

「櫻さん、こんなことを思うのは間違いだっていうことは分かっています。けれど思ってしまったんです。貴方が私と初めて出会った時、何でもっとはやく駆けつけてきてくれなかったんだって。あの日からずっと。私は櫻さん達を仲間だと思う気持ちと同時に、逆恨みに近い感情を抱いてしまったのかもしれません。もうこれ以上は仲間として接する事はできない。今日でお別れです」

 

「束!」

 

「茜さん、今までありがとうございました。今日から私は貴方達の敵です。次に出会った時は………殺します」

 

「ねえ束ちゃん。さっき美麗様から連絡が入ったんだけど、ヒヨリとカゲロウがやられたって」

 

「あの二人は何をやっているんですか………」

 

二人は会話を交わしながらその場を去っていく。

 

「束ちゃん! 待って!」

 

「櫻、諦めなさい。今日を持って束は私達の敵。次に会った時、戦闘は避けられないわ」

 

「そんな………」

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆

 

 

 

 

「痛いよぅ……痛いよぅ………」

 

「うぅ………」

 

「うんうん。ちゃんと効いてるね! よかった〜。今まで実戦っていうのを経験したことがなかったから、ちょっと不安だったんだ〜」

 

千夏を倒したヒヨリ、カゲロウの二人は、調子に乗って組織の内部にまで侵入していた。

この場所は組織の本拠地ではないので、奥に進んでも問題はないだろうと踏んだのだ。運が良ければ本拠地の居場所が掴めるかもしれない。

 

そんな安易な気持ちで進んだ二人に立ち塞がったのは自分達と同じ魔法少女だった。

 

少女の名はユカリ。

長い髪をサイドアップに結んだ、紫色の髪を持つ14歳くらいの少女だ。

 

まだ幼さを感じさせる無邪気な表情からは想像も出来ないかもしれないが、彼女はヒヨリとカゲロウ、二人の魔法少女をものの数秒で地面にひれ伏せさせたのだ。

 

「でもやっぱり地味だよね〜毒って。私自身そんなに動かなくていいし、楽といえば楽なのかもしれないけど……あっ! お姉ちゃんに向いてる魔法かも!」

 

目の前に苦しんでいる少女が二人もいるというのに、笑って独り言を話す姿はサイコパスじみていると言えるだろう。

 

そんな彼女の姿は、ヒヨリとカゲロウにはとても恐ろしく思えた。

彼女達は今まで子供のようにはしゃいでいたのだが、それもなくなる。

恐怖のみに支配される。

 

「いゃ……殺さないで! カゲロウならあげるから! 助けて!」

 

「ひ、ヒヨリはどうなってもいいから、私は助けて!」

 

彼女達はお互いを差し出し合う。

その姿は醜く写るだろうが、仕方がないとも言えるだろう。

人間追い詰められると何をするか分からない。

 

「別に殺さないってば。お姉ちゃんと約束したんだもん。でも、このまま解放ってわけにもいかないよね」

 

「ユカリ、よくやった。それにしても…………とんでもないな。これが闇属性の一種だとはとても思えん。新たに毒属性としてもいいくらいだ」

 

いつの間にかユカリの隣に幹部の男、アスモデウスがやってきていた。

突然そばに現れたアスモデウスに対して、ユカリは特に驚くことなく対応する。

 

「今までずっと訓練し続けてたからね〜」

 

「死体にも効くのだな、この毒は」

 

「ありとあらゆるものに効くように調整してあるからね。他にも魔法少女に特化した毒とか、神経毒に幻覚を見せたりする毒とか、毒って言っていいのか分からないくらいのものまで使えるよ」

 

「しかしいくら強くてもお前を表に出すわけにはいかない。しばらくは大人しくしていろ。いいな」

 

「はいはーい。別に言われなくても分かってまーす」

 

 

少女に邪気はない。あるのはただ純粋無垢な心のみ。

しかしもし仮に彼女が人を殺めてしまうことがあれば、その心は邪悪に染まってしまうだろう。

 




千夏は生意気なのでお仕置きとして連続敗北の刑に処します。


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Memory20

しばらくは悪の組織所属(大嘘)状態になると思いますが、少し目を瞑ってください。


 

 

 

「なるほどね……爆弾に関しては、特に問題なく撤去できそうだよ」

 

八重の家で焼肉パーティをした翌日。

クロは八重と共に保健室にて教師にしてシロの保護者である双山魔衣のもとへやってきていた。

八重いはく、「クロの爆弾については彼女に処理してもらうのが一番安全」だそうだ。

 

「じゃあ……もう爆弾を取り除けるってこと?」

 

八重が食い気味に問う。

彼女の冷静な姿からは想像もできないかもしれないが、彼女は彼女なりにクロの身を案じているのだ。

 

「そうだね。今すぐにでも取り除いても何の問題もないよ。爆弾の問題については解決できるね。ただその前に聞いておきたいことがある」

 

「聞いておきたいこと……?」

 

なんだろう、とクロは思う。

もしかしたら爆弾を取り除いた後に騙し討ちでもすると思われているのだろうか。

裏切りが怖いから事情聴取をしたいとか。

そんな風に適当に頭を回しておくクロだったが、魔衣の様子を見るに、どうやら裏切りを危惧しているわけでもなさそうだ。

 

「君の中で、一番古い記憶について聞きたい」

 

「一番古い記憶……ですか?」

 

「そうだね。赤ん坊の頃の記憶があるならそれでもいいけど、できれば赤ん坊の頃の記憶以外で、一番古い記憶を言って欲しいかな」

 

一瞬前世のことを言っているのかとも思ったが、いくら彼女が謎に満ちているとはいえ、クロの前世について知っているはずはないだろう。

それこそ心の中でも読まないとわからないことだ。

 

もしかしたら夜寝てる時に、寝言でシロに前世の記憶について話していて、そこから知られた可能性も捨てきれないが、そうだったとしたらシロにそのことについて追求されているだろう。

 

まあ、考えても仕方がない。とりあえずクロは素直に自分の中の一番古い記憶について話すことにした。

 

「一番古い記憶は……確か、シロと一緒に、生活感のない部屋にいたあの時かな……」

 

「その時の年齢は?」

 

「確か……3、4……いや、5歳くらい?」

 

「それ以前の記憶はないんだね?」

 

「まあ、多分………」

 

一応前世の記憶なるものがあるはずなのだが、はっきり言って覚えていない。

覚えているのは前世の性別と今世の性別が違うということだけだ。

 

どうしてそんな質問をするのか、と先程まで疑問に思っていたクロだったが、年齢を聞いた辺りからなんとなく何故聞いたのかクロなりに結論は出た。

 

おそらく、その時期に誘拐された子供などを洗い、クロ及びシロの身元を特定するつもりなのだろう。

 

そんな風に思うクロだったが、そんなことができるならシロが組織から逃げ出してきた時点でそうしているということには気づかなかった。

 

「結論から言うと………君の寿命はよくて後2年、もしかしたら今年中に尽きるかもしれない」

 

「は……?」

 

予想だにしていなかった発言に、クロは思わず取り乱す。

隣で話を聞いていた八重も、いつもの冷静な姿はどこへやら、顔は蒼然としており、見るからに動揺しているのが見てとれた。

 

「君は多分、真白を基にして造られたクローン人間だろう。そしておそらく、造られたその瞬間から、真白の年齢に合わせるように、無理矢理体を成長させられたんだと私は推測している」

 

0歳から5歳への急成長に、体がついていけなかったんだと、魔衣が言う。

 

元々、魔法少女のクローン人間を造るということ自体に無理があったのだ。

偶然が重なり合ってたまたま誕生したのがクロとユカリという存在だ。

 

そんなクローン人間が、果たしてシロが生まれたその瞬間に造られるなんて事があるのだろうか?

 

ありえないだろう。

 

組織はシロが生まれたその瞬間から、魔法少女のクローン人間を造るために、何度もクローンを製造してきたのだ。

 

そして、何度もそのクローンを『処理』してきた。

 

その繰り返しの中で生まれたのが、クロだったのだ。

 

「そんな………」

 

八重が取り乱し、呟く。

彼女の中では、ここでクロの爆弾を取り除いて、一緒に魔法少女として戦い、組織を潰してハッピーエンド、という未来予想図があったのだ。

 

それが今、粉々に砕かれた。

否、厳密にはその未来を達成することは可能だろう。

ただ、その先にクロの姿はない。

組織を潰した後の、クロの未来は存在しないのだ。

 

「な、何か方法は…!」

 

八重が訴えかける。

彼女としては、なんとしてもクロのことを助けたい、そう思っているのだ。

 

「まあ、国の医療機関に任せれば何とかなるだろうけど、彼女の戸籍は曖昧なものだし、私もこれ以上の戸籍の偽造は難しい。もし仮にこの状態で彼女を医療機関に預ければ、間違いなく貴重な実験サンプルとして、散々使い潰された後に、処分されるだろう」

 

しかし、事実上の余命宣告をされたクロは、最初こそ取り乱したものの、その後の対応はつとめて冷静だった。

 

「そうですか。とりあえず、爆弾の取り除きだけ、お願いしてもいいですか? 体の中に異物が入っているのは、気持ちが悪いので」

 

クロは、大人だった。

自分の置かれた状況を素早く飲み込み、そして理解したのだ。

ここで喚いても仕方がない、嘆いたところで何かが変わるわけでもない、と。

 

元々シロのために投げ捨てようとした命だ。

何なら、それ以前に自分は一度死んでいる。

 

(大丈夫………ちゃんと………死ねる…………大丈夫…………)

 

クロは自身に暗示をかけるかのように、永遠と心の中で大丈夫だと唱え続けた。

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

『門の開発室』と書かれた扉の先にある部屋にて、幹部の男、アスモデウスと、同じく幹部の女、パリカーが何かの開発に手を進めていた。

 

「あっ!」

 

「パリカー、どうかしたのか?」

 

「う〜ん。まあいっか。多分、君のお気に入りの魔法少女ちゃんの爆弾、取り除かれちゃったっぽいよ」

 

実は、クロの爆弾について管理していたのはパリカーだったのだ。

そのため、もしも爆弾が破壊、ないし撤去されるようなことがあれば、彼女の元へ連絡が行くように設定されている。

 

「そうか。いや、別に気に入ってるわけではない」

 

そう言っているアスモデウスの顔には、明らかに安堵の色が浮かんでいるのが伺える。

本当に不器用な男だなぁとパリカーはそう思いながらアスモデウスと会話を続ける。

 

「でも、まずいんじゃない? あの爆弾、生命維持装置としても機能してたでしょ。そろそろ組織の方に連れ戻しとかないと、その子の命が危ないかもよ?」

 

クロが何故今まで何の問題もなく活動できていたのかだが、それにはクロの中に埋め込まれた爆弾が生命維持装置を兼ねていたことが関係している。

 

「ああ、それに関しては問題ない。最低でも、夏季休暇くらいは持つ。連れ戻すのは、夏季休暇が終わってからでいいだろう」

 

(ああ、夏休みってやつ、楽しんで欲しいんだね〜。まるでその子の父親みたいだね、アスモデウス)

 

そう思うパリカーだったが、口には出さない。

出したら多分、不機嫌になる。

 

「それにしても、爆弾を取り除くくらいの技術があれば、あの爆弾を生命維持装置と兼任してあるってことぐらい気付けると思うんだけど、何で爆弾とっちゃったんだろう? もしかしたら、向こうも生命維持装置を持っていたり……?」

 

そう疑問をこぼすが、アスモデウスからの反応はない。

多分、アスモデウスのことを父親みたいだと思った事がバレたのだ。

 

(心でも読んでるのかっての)

 

別に口に出してはいないが、2人はそれなりに長い付き合いだ。

考えていることが何となくわかる関係性ではある。

 

そして、アスモデウスが不機嫌になったことに勘づいたパリカーは、会話を途中で切り上げ、研究へと没頭し始めた。

 

本当に不器用で面倒臭い男だなと、心の底からパリカーはそう思うのであった。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「第三回!恋愛会議!!! イェーイ!!!!」

 

「イェェェェェェェェェェイ!!!!!!」

 

「お前らテンション高すぎないか……?」

 

昨日の第二回恋愛会議から何があったというのか、真白、辰樹の2人のテンションは異様に高かった。

 

「イェェェェェェェェェェイじゃない!! 結局、今日もクロに話しかけれてなかったじゃない!」

 

「い、いやぁ………」

 

「あれ? そうでもないのか?」

 

朝太は真白の情緒の不安定さに困惑する。

それでも三者全員、この会議に不満を持つ者はいない。

 

しかし、真白達が呑気に会議をしている今、クロの精神がズタボロになっていっていることを、3人は知る由もなかった。




(時系列整理)

14年前 櫻、茜、八重、来夏、真白、生まれる。


12年前 千夏、束、生まれる。


10年前 黒沢雪の兄が謎の怪人によって殺害される。


9年前 クロ爆誕。


7年前 組織が怪人の制作を開始。



2年前 真白、組織を裏切る。ユカリ誕生。

------------

2033/5/28

櫻達6人の魔法少女、クロと邂逅。


5/29

櫻、茜、八重、束、真白、作戦会議。

来夏vsクロ クロの勝利。


5/30

クロ、先日の戦闘の疲れでダウン。

櫻、八重、束、ゴーレム型怪人と戦闘。


6/2

真白&茜、クロと出会う。茜ブチギレ。


6/3

クロ、真保市立翔上中学校の二年三組に転入。風元康(初登場)、双山魔衣(初登場)と出会う。
実はクロ、この時すでに広島辰樹と伊井朝太と会話を交わしている。

放課後、クロ、八重と束に出会う。

クロvs八重 八重の勝利。

クロ、組織に帰った後、ユカリと出会う。


6/4

クロ、ユカリと模擬戦を行い、敗北。


6/11

真白、クロに迫るも逃げられる。
他の魔法少女にクロの転入についてを話す。

クロ、ユカリを守ることを決意。

曇らせ愉悦系女幹部ことルサールカ登場。


6/12

クロ、真白達による騙し討ちにあうも、八重の協力により逃亡。

クロvs束&茜 クロの勝利。

Dr.白川初登場。


6/13

クロ、ユカリと模擬戦。その後、アパート暮らしになることをユカリから告げられる。

真白、八重に相談。


6/14

クロ、アパートへ。隣人、黒沢雪に、八重の母蒼井冬子初登場。八重の家にお邪魔するも、八重に爆弾のことを知られていることが明らかに。

束、茜に散麗との過去を打ち明ける。

朝霧来夏の妹、朝霧千夏(初登場)、Dr.白川及び組織と接触し、協力関係に。


6/15

クロ、八重と仲良く一緒に登校。

幹部の1人、ゴブリン初登場。
ルサールカ、ゴブリンと遊ぶ。アスモデウス、振り回される。

千夏、Dr.白川に魔法少女のサンプルが欲しいと頼まれ、引き受ける。


7/1

広島辰樹、伊井朝太初登場。
クロ、辰樹に勉強を教える。

真白、辰樹がクロのことが好きだということを知り、協力を約束。

櫻、八重を心配して声をかける。


7/2

第一回恋愛会議。


7/3

朝霧来夏vs朝霧千夏 来夏が勝利。

クロ、八重と一緒に帰宅し、焼肉パーティ。虹山照虎初登場。
黒沢雪、兄の話をする。クロ、雪に怒鳴る。

末田ミツル(初登場)、身獲散麗を尾行し、束に捕まるも、櫻と茜によって救出。

ボクっ娘女幹部、パリカー初登場。

ヒヨリ&カゲロウ(初登場)、組織に殴り込み、千夏と戦闘し、圧勝。
その後ユカリによって敗北。

真白、それぞれシリアスムードを迎える中、呑気に第二回恋愛会議を開く。


7/4

クロ、爆弾を取り除くも、余命宣告を受ける。

パリカー、ツンデレアスモデウスを楽しむ。

またしても何も知らない真白さん、第三回恋愛会議を開く。




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Memory21

 

アスモデウスは現在、廃墟で1人の魔法少女と対峙していた。

 

「貴方が美麗様の言っていたアスモデウスとかいう奴?」

 

アスモデウスにそう問いかける彼女は真紅の瞳を持ち、赤い髪を三つ編みにした、そばかすが特徴的な少女だ。

しかしその肌にはところどころヒビが入っており、全身に縫ったような跡がある。

 

「そうだ」

 

「ふーん。偽名でしょ?」

 

「そうだ」

 

「それで、私を倒しにきたの?」

 

「ああ………その通りだ!」

 

アスモデウスがそう言った瞬間、少女の片腕が千切れる。

何が起こったのか、少女は理解ができない。

 

(あ……何で……私の…‥腕………)

 

そしてすぐに、アスモデウスが自身の片腕を千切った張本人であると悟る。

片腕を千切られてはいるが、少女に痛みはない。

 

「やってくれるじゃない! 今度はこっちの番よ! 風よ!」

 

アスモデウスが攻撃してきたと知り、少女はすぐに反撃の態勢をとるが、

 

「死者は死者らしく朽ちていろ」

 

アスモデウスがそう言った途端に、少女の体はバラバラに、四方八方に飛び散っていく。

 

(ああ………勝てるわけ………なかったんだ……)

 

少女はバラバラにされていく直前の僅か0.1秒ほどだけ、思考を働かせる。

 

(こいつは………美麗様と同格………いや、それ以上に………)

 

続きを考えることなく、少女は力尽きる。

 

決着は一瞬だった。

 

 

「死体の処理もしておかないとな。また再利用されても困る」

 

 

そう言ってアスモデウスは電撃を放ち、死体に火を付ける。

たちまちに火は広がり、やがて四方八方に散らばった少女の遺体を全て燃やし尽くしてしまった。

 

「あーあ。遅かったか〜。やってくれたわね、アスモデウス」

 

「…………リリスか……」

 

アスモデウスに話しかけた女、リリスはとても妖艶な女性だ。足は細長い、所謂美脚と言われるような足で、体型も全体的にスレンダーな体型をしている。

全体的に紫がかった印象を受けるファッションをしており、真っ赤な瞳の奥を覗き込むと、吸い込まれそうになってしまうような魅力を放っている。

 

「今の私は赤江美麗よ。いつまでもリリスと呼ぶのはやめて頂戴」

 

「リリス、目的を話せ」

 

「はぁ。まあいいわ。アスモデウス、貴方は私の可愛い可愛いお人形ちゃんを一つ壊したのよ? しかも、私のお気に入りの杏奈ちゃん。こんなことしておいて、許されると思う?」

 

「パリカーがお前に戻ってきて欲しいと言っていたぞ」

 

「はぁ………本当、人の話を聞かないんだから。言ったでしょ、私は組織に戻るつもりはないって。大体、イフリートのやつが嫌いなのよ、私。嫌いな奴と一緒にいたくないの。わかる?」

 

リリスーーー赤江美麗は会話のキャッチボールをしないアスモデウスに苛立ちを覚えながらも、密かにほくそ笑む。

 

「ねぇアスモデウス。貴方は魔法少女なんかに自分達が倒されるはずがないと思っているみたいだけれど、その認識は改めた方がいいわよ」

 

「何……?」

 

見ると、いつのまにか周囲に大量の真っ黒な人の形をしたものが突っ立っていた。

 

リリスは組織に属している頃から、死体を利用する術、死霊術に長けており、大量生産したが使い道がないため、不必要と判断されたクローンの死体の処理を担当していた。

 

おそらく周りにいる黒い人形達は、その成れの果てだろう。

ただ、それだけではないだろう。

 

リリスは死体収集家だ。

クローンの死体の処理を担当する以前から、大量の死体を自分のコレクションにしていた。

 

大体クローン半分、元々持っていた死体が3割、残りの2割が組織を抜けた後に集めた死体人形だろう。

 

しかし、それが何だ、とアスモデウスは思う。

たとえ今いる魔法少女全てが束になろうと、アスモデウスに敵うはずがないのだから。

 

だからといってアスモデウスがすぐに魔法少女を処理しにいけるわけではない。

魔法少女は魔法少女で使い道が残っているというのもあるし、何より組織の敵は魔法少女だけではないのだ。

もし下手に魔法少女を処理して、いらぬ面倒を背負うことになっては困る。

 

「ふふっ。その余裕そうな表情、いつまで続くかしら?」

 

愉快そうに笑うリリスを不審に思い見つめるアスモデウスだったが、やがてリリスの後ろから誰かが歩いてくるのが見えた。

 

緑色の少しクセ毛の髪が特徴的な魔法少女、深緑束だ。

 

「『禁忌魔法(マジカルパラノイア)・封印・ウインドバインド』」

 

束が唱えた途端、先程まで周りにいた黒い死体人形達が一斉に宙に舞い、鎖の形となってアスモデウスの体を拘束し始める。

 

「これは…………」

 

「アッハハ! 魔力が練れないでしょう? 当然よねぇ。死体を使ってまで発動した魔法なんだから、それくらいできないと遺体が報われないわ」

 

「なるほどな…‥俺を無力化してから殺そうという魂胆か……」

 

「いいえ。貴方の事は殺さないわ。昔馴染みだしね。でも今余計な事をされると困るの。私は今、魔法少女の死体集めに夢中なのよ」

 

「その割には、そこの魔法少女は死体ではないのだな」

 

アスモデウスはそういって束の事を指差す。

アスモデウスの記憶によれば、リリスは生者に興味がなかったはずなのだが、何故かあの魔法少女だけは死体にしていない。

方針が変わったのだろうか。

 

「束はまた別よ。この子は私に従順だもの。死体にする方が勿体無いわ」

 

「変わったな」

 

「それはお互い様でしょう?」

 

「……?」

 

アスモデウスとしては何も変わったつもりなどなかったのだが、リリスの目にはどうやらそうは映らなかったらしい。

 

「気づいていないの? 貴方、やけにあのクローンの魔法少女……クロと言ったかしら、に肩入れしてるじゃない? 私、次はあの子を死体にしようかなって思ってるの」

 

「っ!」

 

アスモデウスは自分でも驚くほどに動揺していることに気づいた。

自分では自覚がなかったのだ、クロというただの実験体に、いつのまにか肩入れしていたことに。

 

しかし、最早どうすることもできない。

このような廃墟で拘束されてしまえば、最早誰も助けに来れないだろう。

仮に誰か来たとしても、この鎖は解けそうにない。

 

「アッハハ! アスモデウスさえなんとかすれば、もう私の天下も同然よ! ゴブリンはあの魔法少女が嫌いだし、ルサールカやイフリートだってきっとそう。私の邪魔はしないはずよ。パリカーだって、故郷に帰る事以外に興味がないんだから!

チェックメイトよ! アハハハハハハハ!!!」

 

リリスは狂ったように笑いながら、束と共に廃墟から去っていく。

 

その光景を見ながら、アスモデウスは今までの事を振り返っていた。

 

『お願いします。殺さないで』

 

『なんでもします。組織のために働きます』

 

『絶対に裏切りません』

 

最初はその光景を見て、惨めだなと思った。

第一印象で言えば、醜い実験動物。ただそれだけだった。

 

しかし後から、姉妹であるシロのために訓練の手を抜いていた事を知った。

イフリートやゴブリンは気がついていなかった。

別に2人にこの事を話してもよかった。だが何故か、話す気になれなかった。

 

もし2人が気づいていたら、今頃殺されていただろう。だから何だ、所詮は実験動物だ。そう言い聞かせても、何故か話す事を心が拒んだ。

 

『調子はどうだ』

 

『………少し体が怠いです』

 

『そうか。魔法少女について何か情報は?』

 

『すみません。記憶が曖昧で…』

 

『ふむ。少し脳を弄りすぎたか…』

 

この会話をした後、何故か関係のないパリカーに突っかかってしまった事をよく覚えている。

 

『おい、パリカー。あの例の実験動物の脳、少しいじりすぎやしないか?』

 

『いやそんなこと言われても、ボクは“門”の研究で忙しいし……』

 

当時のパリカーの困惑顔を今でも覚えている。

そんな事をボクに言うなとでも言いたげな表情だった。

 

『あの……』

 

『なんだ』

 

『私の爆弾を起動するときは……シロが私の周りにいない時にしてくれませんか…?』

 

『……わかった。約束しよう』

 

これは口約束だ。

守るつもりはない。

そう何度も言い聞かせ、部下や他の幹部にもそう言い張ってきた。

ただ、心のどこかで、この約束を反故にすることに抵抗していた気もする。

 

『それで? 無様に帰ってきたのか?』

 

『ごめんなさい……マジカレイドブルーが予想以上に強くて……』

 

『それは……あの、魔法少女達は…強いんです…だから、仕方なくて…』

 

『お前の技のレパートリーが少なかったのが敗因だろう。マジカレイドブルーにも指摘されたのだろう? 経験不足だと』

 

この時は無性にイライラしていた。

最初はマジカレイドブルーに負けた彼女に苛立っていたのだと思った。

 

確かにそれは間違っていない。ただ、今となってわかる事がある。

この時の苛立ちは、任務をこなせない実験動物への苛立ちではなかったということ。

 

例えると、親が子供が他の子供に負ける光景を見て、悔しがるかのような、そんな苛立ちに近かった。

 

『あの……失敗作とは……どういうことでしょうか…』

 

『あぁ、言ってなかったか? お前もシロを元にして造られた人造人間だ。お前はシロのことを妹だと思っていたようだったが、そうじゃない。お前が妹なんだよ』

 

サプライズのつもりだった。妹ができたと知ったら喜ぶだろうと。けれど彼女は負けて帰ってきた。

せっかくサプライズを用意したのに。

そんな気持ちもあったかもしれない。

けれど、それも間違いだった。

 

結局、アスモデウスは彼女達の事を道具として見る事を捨てきれていなかった。

それと同時に、彼女達を人として……一個人として尊重するという事も完全には捨てきれなかった。

 

ああ、今となってわかる。

誰かを大切に思う心というのが。

 

今までアスモデウスは誰かを大切に思う事などなかった。

家族は実力主義で、有能なものが上に立つ。

 

無駄なことなど必要ない。ただ上の命令に従っていればいい。

そう思っていた。

 

(そうか………これが………情というやつか……)

 

アスモデウスはポケットに手を伸ばし、携帯電話を取り出す。

 

実は鎖に拘束されているとは言っても、手はある程度自由なのだ。

リリスは世間に疎かったため、携帯電話の事をよくわかっていなかったようだ。

 

アスモデウスはボタンを押し、携帯電話をコールする。

 

『もしもし』

 

「ああ、パリカー、頼みたいことがある。一生の頼みだ」

 

『はあ? 一体どうしたの? 君らしくない』

 

「恥を忍んで頼みたい、例の魔法少女を……クロを……守ってくれないか?」

 

『……? 守りたいなら自分で守ればいいじゃないか』

 

「今、俺は動ける状況にないんだ……。それに、お前が来ても俺の事を助けられる状況でもない。今はお前に頼むしかないんだ」

 

『………ボクの目的は知っているよね?』

 

「ああ、故郷に帰ること、だろう?」

 

『そう。そのためには一分一秒が惜しいんだ。ボクは早く故郷に帰りたい。わかる?』

 

「ああ、わかってる! わかってるが!」

 

『そんなに取り乱さないでよ。引き受けてもいいよ、それ。ただし条件がある』

 

「本当か!? それで……条件というのは……」

 

『ボクに君の持つ権限を全て委ねて欲しいんだ』

 

アスモデウスには5人の幹部の中でも、中間管理職としてかなり重要な役目がボスから与えられている。今まで彼はその事を誇りに思い、ボスに忠実にその仕事をこなしていた。だが、

 

「ああ! それくらいいくらでもくれてやる! だから頼む!」

 

彼はあっさりそれを投げ捨てた。今までの彼からは想像もできないことだ。

誰かにこれほど入れ込むなど、今まで彼にあっただろうか。

 

『OK。君の熱意は伝わった。その依頼、受けるよ。ただし』

 

「ただし? まだ何か条件があるのか?」

 

『いいや。ないよ。条件はなしだ。もちろんさっきのも。流石にボクが君の権限を全て奪うっていうのは横暴だろう?』

 

「いいのか?」

 

『いいんだよ。今まで他人に興味なかった君が、ここまで入れ込んでるんだ。これでもボクは君の事は友人だと思っているんだよ? 友人からの一生に一度の頼み事、聞かないわけにはいかないだろう?』

 

「………すまん、助かる。ありがとう。この恩は一生忘れない」

 

『任せてよ。しっかり守ってあげるからさ』

 

この日、アスモデウスーーー組織の幹部の男は、始めて他人を頼る事となった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「違う…………私のせいやない………私は何も悪くない…‥仕方なかったんや! 私は騙されたんや! 違う……! 私のせいじゃない………!」

 

「違う………違うんや………許してくれ………! そんなつもりじゃなかった! こんなはずじゃなかったんや………!」

 

「………そうや………そうやな……最強になるんや………私が…………私が最強にならなあかんのや………」

 

「じゃないと私は……………私は…………」

 



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Memory22

 

真保市立翔上中学校は今日も平和に生徒達が授業を受けている。

 

今現在4時間目の授業だ。

後5分で授業が終わり、それぞれが昼食をとり始めるのだろうと。

誰もがそう信じていた。

 

しかし、日常は突如として崩れ去る。

 

前兆は、校舎を囲むようにして現れた、黒い人形達。

 

そして、襲撃が始まったのは、赤江美麗と名乗る、妖艶な女がやってきたのと同時だった。

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

本校舎2階

 

「櫻! 状況は!?」

 

「茜ちゃん! 今、一階で真白ちゃんが戦ってる! 私は旧校舎の方に行くつもり!」

 

「分かった! 私は………」

 

茜の話は途中で切られてしまう。

茜自身が言葉を発するのをやめたわけではない。

ただ、音が通じなくなったのだ。

 

茜は、この現象を知っている。

 

(束………)

 

一瞬にして静寂な空間を作り出したのは、

 

かつての仲間にして、今の敵、同じ魔法少女である深緑束であった。

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

旧校舎1階

 

「「こんにちはー!!」」

 

「誰だお前ら」

 

「「あー! なんか見た事ある顔ー!」」

 

「あーそりゃ多分私の姉か妹だと思うぞ……この感じからして、千夏の方か」

 

「へー! あの雑魚のお姉ちゃんかー!」

 

「あの時みたいにボコっちゃおう!」

 

「やっぱり千夏の奴負けたのか。はぁ…まったく。不本意だが、妹の敵討ちと行こうじゃねえか」

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

本校舎4階

 

「下は危険だわ! 皆屋上へ!」

 

「八重、下の確認してきた。逃げ遅れた奴は誰もおらんわ」

 

「そう。ありがとう照虎。貴方がいてくれて助かった。本当に、いいタイミングで帰ってきたわね」

 

「下でツンデレちゃんと束が戦ってるってことだけ一応報告しておくわ」

 

「束………裏切ったのね………」

 

「らしいな。なあ八重。こんな時やけど、ちょっといいか?」

 

そう言って、照虎は八重を旧校舎側へと誘導する。

不審に思う八重だったが、照虎のことはある程度信用しているため、多少の猜疑心は振り払い、彼女についていく。

 

そうしてたどり着いたのは、旧校舎4階。

 

そこで照虎は歩みを止めて、振り返って八重と向き合う。

 

「なあ、八重。皆の避難は済んだ。だから、今、ここで、私と戦え!」

 

虹色に輝く髪を持つきらびやかな少女は落ち着いた青い髪色を持つ少女へ、

 

決闘を申し込んだ。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

本校舎1階

 

「はぁ……はぁ……これだけ数が多いと……相手するのも……大変……」

 

本校舎1階では、大量の黒い人形が跋扈していた。

当然といえば当然だ。

校舎に侵入するには本校舎1階から入るしかない。

旧校舎は閉まっているからだ。

 

別にこじ開けることができないわけではないが、黒い人形には知性がない。

そのため、自然と開いている道へ進むのだ。

 

(一気に削るか……)

 

真白は魔力を集中させ、敵を一網打尽にしようとするが、

 

「うわっ!」

 

突如、男子トイレから飛び出してきた1人の少年によって、集中力が途切れてしまう。

逃げ遅れてしまった男子生徒だろう。

全員屋上へ逃げたと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。

しかし、それだけのことでは真白の集中力が切れることはない。

 

ただ、男子生徒が知り合いだったため、驚いてしまったのだ。

 

「たつ………君! 何で避難しなかったの?」

 

一応今の真白は魔法少女である。認識阻害がかかっているため、男子生徒からは誰だかわからないが、名前を呼べば近しい関係にあると分かってしまうだろう。だから他人として振る舞っているのだ。

 

「何で避難しなかったのって……運動場にまだ1人残ってるだろ!? 放って置けないだろ!」

 

「運動場に1人残ってるって………」

 

真白は運動場の方を見る。

確かに1人いる。

真白の唯一の家族、クロだ。

 

しかし彼女は魔法少女。

すでに変身しているし、それは彼から見てもわかるはずだ。

真白は彼を嗜め、屋上へ避難するように注意するが、

 

「知り合いなんだ! 助けないと………きっと後悔する……頼む! 行かせてくれ!」

 

「ダメ!」

 

「俺………あの子のことが好きなんだ! 頼む! 恋人ってわけじゃない。俺が一方的に好きなだけだ。でも助けたいんだ! 頼む!」

 

真白は驚く。

だってそうだろう。

クロは既に魔法少女へと変身している。

魔法少女へ変身すれば、一般人には認識阻害がかかって誰が変身しているのかわからないはずなのだ。

 

にもかかわらず、彼にはクロのことが認識できている。

 

(何で……?)

 

「ごめんっ!」

 

真白が困惑しているうちに、彼は駆け出す。

咄嗟に手を出して止めようとするも、彼は既に運動場へと走り去っていっていた。

 

「辰樹……」

 

駆け出したのは、クロのことが好きな少年、広島辰樹だった。

 

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

運動場

 

「ふふっ! こんな幸運なことはないわ。目的のものが、一番近い場所にあるなんて♪」

 

「美麗様! よかったですね!」

 

「……誰?」

 

クロの目の前に現れたのは、全体的に紫色のファッションをした、スレンダー体型の妖艶な美女と、ツギハギだらけの体を持った、くすんだ深緑色髪の魔法少女の2人だ。

 

「自己紹介がまだだったわね。私は赤江美麗。貴方の“ご主人様”になる女よ」

 

「私は身獲散麗。美麗様の………ご主人様の下僕」

 

「へー。まあ生憎、人の下につくのは嫌いなんだよね。他を当たってもらおうか!」

 

人の下につくのが嫌いとは言っているが、組織には属しているじゃないかというツッコミはよしてもらおう。本当にクロは人の下につくのがあまり好きではないのだ。

組織に従っているのは仕方なくだ。

 

クロは“還元の大鎌”を持って2人と対峙する。

しかし、赤江美麗---リリスは動こうとはしない。

 

「まずは貴方がどういう動きをするのか、見させてもらうわ。やりなさい、散麗」

 

「はい。ご主人様」

 

リリスに命令された通りに、散麗がクロに向かって突進してくる。

クロはあえてギリギリまで何もしない。

 

ただ相手をじっくり観察するだけにとどめる。

すると、散麗が密かに手を動かしたのが見えた。

おそらく魔法の発動のための予備動作だろう。

 

「メンターーー」

 

「『魔眼・無効魔法』!!」

 

クロは散麗が魔法を発動しようとした瞬間に『魔眼・無効魔法』を発動し、彼女の魔法を封じる。

と同時に、無防備になった彼女に向けて“還元の大鎌”を振るう。

 

「きゃあ!」

 

クロが振るった“還元の大鎌”は、見事彼女の体を貫いた。

そして、今の一撃はかなりいいところに入ったらしく、彼女の魔力のほとんどを奪い取ることに成功した。

 

魔力を奪っただけなのだが、散麗が動く様子はない。

おそらく、死体をリリスの魔法によって操っていたのだろう。

体の中にあった魔力をほとんど全て持って行ったため、散麗が活動不可能の状態になったのだ。

 

「チェックメイト、ってところかな。次はそっちのお姉さんを相手取ろうか」

 

「アッハハ!」

 

「? 何がおかしい?」

 

気でも触れたか、とクロはそう思うが、そうではない。

リリスにとってはこの盤面、負けるはずがないのだ。

 

一番の障害であるアスモデウスは封じた。

イフリートやルサールカも手を出してくることはない。

パリカーだってそうだろう。

 

他の魔法少女では彼女に敵わない。

それほどリリスの力は強大なのだ。

 

だからこそ笑う。

自分の手駒がやられたのに。

否、自分の手駒がやられたからこそ嬉しいのだ。

 

リリスにとって、クロが自分の手駒となることはもはや確定している。

だからこそ、今自分が持っている手駒を超えたこと、それ自体が、リリスが今持っている手駒よりも優秀な手駒を手に入れたことと同義となるのだ。

 

「さぁ、クロ。大人しく私のものになりなさい『傀儡呪術・マジカルロブ』!」

 

リリスがそう唱えると、巨大な紫色の塊がクロに向かって突撃してくる。

 

「ブラックホール!」

 

クロもブラックホールで対抗しようとするが、紫色の塊、マジカルロブはクロのブラックホールすらも飲み込んでしまう。

 

「あっ! うぐっ、」

 

結果的にクロはマジカルロブを食らってしまう。

しかし、身体に傷はない。

だが

 

「魔力………全部持ってかれた…‥!」

 

クロの魔力が全て持っていかれたのだ。

まさしく先程クロが使ったブラックホールの上位互換なのだろう。

魔力の無くなったクロに、抵抗する術はない。

 

「ふふっ! 消し炭にすることもできたけど、遺体が残らなかったら手駒にできないもの。まずは無抵抗にして、それからじっくりと痛ぶるのがいいのよね」

 

クロに向かってゆっくりと、リリスが歩みを進める。

 

ザクッ

 

 

 

ザクッ

 

 

ザクッ

 

ザクッ

 

段々と足音が近くなってくる。

もうおしまいかと、そうクロが思った時、遠くから声が聞こえてきた。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

この声を、クロは知っている。

 

「辰樹!? ダメ! 戻って!! 殺される!」

 

クロは止めようとするが、辰樹は止まらない。

臆することなく、一直線に、リリスへと向かって行く。

 

「ふんっ。小僧が。お前なんかに興味はないわ」

 

言ってリリスが魔法を発動しようとする。

 

(まずい、このままじゃ!)

 

「まがん……むこうまほう!」

 

咄嗟に『魔眼・無効魔法』を唱えようとするが、先程リリスに全ての魔力を取られたせいで、発動することができない。

 

もう間に合わない。

 

辰樹の命もここまでか。

 

クロは目を瞑る。

 

 

 

ドゴンッ!

 

 

 

広い運動場で、人1人が空高く舞い上がる。

打ち上げられたのだ。

誰が……?

決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リリスだ。

 

「は?」

 

リリスは困惑する。

何故、自分が投げ飛ばされたのか、

何故、あの少年は死んでいないのか、

何故、自分は未だにあそこの魔法少女を手駒にできていないのか。

 

考えて、考えて。

そして、怒りを覚えた。

 

「このっ!! クソガキがぁぁあああああああああ!!!!!!」

 

「かかってきやがれ! クソババア!! 影山さんには……クロには指一本触れさせないからな!」

 

「調子に……………! 乗るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁああああ!!」

 

リリスが辰樹へと向かって行く。

本気で殺す気だ。

 

確かに辰樹は先程リリスを吹き飛ばした。

何故辰樹にそんなことができたのかだが、クロには分からない。

 

だが、日常生活を送る上で、辰樹に何か特別な力があるようには見えなかったし、もし仮に特別な力があったとしても、辰樹の性格的に隠すことなどできないだろう。

 

そして、勘がこう告げている。

次はない、と。

辰樹がもう一度リリスを吹き飛ばすことはできないと。

 

クロの勘がそう告げているのだ。

 

「辰樹! 今度はさっきのようには行かない! 逃げて!」

 

しかし、辰樹は逃げようとしない。

今度もリリスを投げ飛ばすつもりのようだ。

 

(ダメだ…………)

 

 

 

 

(俺のせいで………誰かが犠牲になるなんて)

 

 

 

 

(誰か………誰でもいい……)

 

 

 

 

(誰か…………)

 

 

「死ねクソガキィィィィィィ!!」

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

両者が激突しようとする、まさにその瞬間。

 

「『特別召喚(オーダーメイド)・ワイバーン』!」

 

その声と同時に、召喚された“ワイバーン”がリリスを薙ぎ払う。

 

「こいつは……まさか!」

 

「久しぶりだね、リリス。そして、はじめまして、クロ」

 

「誰?」

 

「僕はパリカー。悪の組織の幹部が1人、扱う属性は闇と無属性だ。よろしくね」

 

戦況が、大きく変わる。

 

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

旧校舎2階

 

「よかった。旧校舎の方には……あの黒い人形さん達はきてないみたいだね……。下で戦ってるのは……多分来夏ちゃんだよね………加勢しに行かなきゃ!」

 

「待てよ」

 

来夏の元へ向かおうとする櫻を呼び止める声。

少女の声だ。

 

見ると、先程櫻が加勢に行こうとしていた少女と瓜二つの少女がいた。

 

「あの変な男にここへ連れてこられたときは何するんだって思ってたが、こういうことかぁ」

 

「何の…‥話?」

 

「見るからにお前弱そうだし。お前を倒して、下の階で戦ってるクソ姉貴とメスガキ姉妹を漁夫る。最高のプランじゃん。今までの敗北を無かったことにして、リベンジも果たせる………だからお前は、そのための礎になれ!」

 

 

平和だった学校で、戦闘が始まる。

 

数分前まで沢山の生徒が笑い合っていた校舎内は、

 

少数の魔法少女達の殺し合いの会場へと変貌を遂げていた。

 



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Memory23

今30話まで書いてしまっているのでわかるのですが、しばらく戦闘とかそんな感じです。

ストックだけはあるって感じですね。


 

「照虎……? こんな時に何言って」

 

「ええから黙って私と戦え!! 八重!!」

 

照虎の普段のおちゃらけた雰囲気からは想像もできない剣幕に、八重は思わず後退りする。

彼女がこんなにも感情をあらわにして叫ぶことは今までなかった。

何か、特別な理由でもあるのだろうか。

そう思った八重は、照虎の決闘を受け入れることにした。

 

「ええ。わかったわ。貴方の決闘、受けて立つ!」

 

「そうや………それでいい………これで私が八重を超えて………八重に勝って証明するんや! 私が最強やってことを!!!!」

 

バチっと、照虎の周りに電撃が走る。

 

(照虎は雷属性の使い手………水属性の私では少し分が悪いわね……)

 

1人分析する八重だったが、照虎はそれを許さない。

 

「私は知ってる! 八重、あんたに分析されたら、私の手がそのうち通用せんくなってくる。だからこそ、短期決戦や!」

 

バチバチと、照虎は電撃を八重に浴びせようと何度も放つ。

八重は魔法で防御しようにも、八重の使う属性は水。

 

仮に水属性の魔法で防御を張ったとしても、電撃は水を伝って八重の元へとやってきてしまう。

つまり防御不能。

避けるしかない。

 

避けて、

避けて、

避け続ける。

 

しかし、さすがに避け続けるのも疲れてくるのか、八重の動きが段々と鈍ってくる。

 

(しめた! これでもらいや!)

 

「くらえっ!」

 

照虎は渾身の一撃を喰らわせようと、拳に電撃を纏い、八重を直接殴ろうとする。

疲弊した八重には拳は当たるーーーはずだった。

 

「ははっ! そうやなぁ! 簡単に倒れてもうてはおもろないもんなぁ! いいぞ! それでこそ八重や! もっと、もっと!」

 

「はぁ……照虎、電撃を直接浴びせようなんて、ちょっと物騒すぎやしない?」

 

「よう言うわ。実際、喰らわんかったやろ?」

 

「それ、結果論じゃない? それに、普通に避けようとしてたら、多分顔面にモロ食らってたわよ。はぁ危ない危ない。嫁入り前に顔を傷つけちゃうところだったわ」

 

八重の足元を見ると、八重の足から水が噴き出ている。

移動を足元に放った水の流れに任せることで、疲労していた足を使わずに、動くことができたのだ。

 

「なるほど、水魔法を回避に使ったわけか」

 

「まあね。単純な話だけれど、上手くいってよかったわ」

 

「ああ。でも、そんなことしたら、電撃が思いっきり通ってしまうけどなぁ!」

 

そう言って、照虎は地面に向かって電撃を流す。

 

(これで決まりや!)

 

勝利を確信する照虎だったが、予想に反して、八重は倒れなかった。

 

それどころか、一切のダメージが通っている様子がない。

 

「なんや! 何で効かへんのや!」

 

「ゴムは電気を通さないって、よく言うでしょ? 私、来夏と共闘する機会がそれなりにあったから、巻き添え食らわないように、対策はきちんとしてるのよ」

 

「ずるいなぁ。ほんま。ずる賢い奴やで」

 

「褒め言葉として受け取るわ」

 

「ええ性格しとるでほんま」

 

お互いのことを知り尽くしているからこその、対等な勝負。

2人の戦いは、まだ終わらない。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

(束………)

 

「無様ですね茜さん。普段はギャーギャーうるさくて仕方がなかったんですが、今やこのザマです。ほら、一言も発せないでしょう? 茜さんのことだから、どうして裏切ったんだだとか、考え直せだとか、挙句の果てには説教を垂れ出したりでもするんでしょうね。それが嫌だから、声を封じさせていただきました」

 

(束……! お願い! 聞いて!)

 

「あはは。何喋ってるかわかんないですよ茜さん。IQが違いすぎると話が通じないとか言いますよね。もしかしたら、茜さんの頭が悪すぎて、私に話が通じないのかもしれません」

 

(束! 私が喋れないのをいいことに……言いたい放題ね!!! もう許さないわ! 謝ってももう遅いわ! くらいなさい!)

 

「残念ながら、貴方は手も足も出ませんよ、茜さん。『禁忌魔法(マジカルパラノイア)・生贄・魔力還元』」

 

束がそう唱えると同時、一階にいた黒い人形だろうか、がこちらまでやってきて、その場で爆散した。

 

(な、なにそれ……? マジカルパラノイア……? 櫻の魔法と同じ……?)

 

何が起きたのか、茜には理解できなかったが、すぐにその効果を理解することとなる。

 

(なっ………! 魔法が………使えない!)

 

「人一倍正義感の強い貴方が、魔法を使うことができずに、ただ傍観することしかできない。屈辱でしょうね。もちろん、話術を使うこともできないし、私も今ここで茜さんを殺すつもりはありません。せいぜい足掻いてください。私はここで見ているので」

 

(なっ! この子……前から生意気だと思っていたけど……ここまでなの! あーもームカつく!)

 

「安心してください。貴方も、クロを殺した後に美麗様がきちんと殺してくださいます。貴方はクロのことが嫌いかもしれませんが、我慢してください。まあクロが殺されることに関しては、貴方も賛成なんじゃないですか?」

 

(ああ。そのことについてはもう、踏ん切りはついたわよ……って言っても通じないんでしょうね)

 

実は茜は既にクロのことを恨んではいない。そもそも、元々死んで欲しいだなんて思ってはいない。

時間が解決したともいうが、あの日からそれなりに日数が経っている。

あの時の自分は冷静ではなく、正常な判断に欠けていた、と自分でもそう思ったのだ。

 

真白の言うことが本当なら、街の破壊を喜んでするようなサイコパスな魔法少女だと思えなかったというのもある。

 

だから、もういいのだ。

茜はクロのことを許すつもりでいる。

 

それはそれとして、ちょっとくらいは説教をしようと思っているが。

 

ただ、茜だって皆仲良しで済むならそれが一番いいと思っている。

しかし、どうやらこのままではそれは達成できなさそうだ。

 

(私がクロを助ける義理はないけど……でも……だからって、見捨てる理由もない………そうよ……私は正義の魔法少女。こんなところで……立ち止まるわけには行かない!!)

 

魔法は使えない。

 

言葉も発せない。

 

だが、体は動く。

 

なら、やることは一つだ。

 

(さぁ! 勝負よ! 束!)

 

己の身体能力。ただそれだけを頼りにして戦うだけだ。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「貴方は……どうして私と戦おうとするの?」

 

「敵だからだよ。それ以外に何かあるか? まあぶっちゃけ言うと、お前みたいな弱い奴をボコって、私の戦績の勝利の数を増やしたいって言うただそれだけの理由さ」

 

「なら、いいよ。それで気が済むのなら。ただ、そのかわり、気が済んだら、協力してほしい。この学校を、元の平和な学校に戻すために!」

 

「はぁぁぁぁーーああああぁあああ? あーそういうのが一番ムカつく。私はいい子ちゃんですよって、自分は汚れてないですよって、そうやってアピールしてるんでしょ? ああああ! そういう奴がいっっっちばん嫌いだわ。クソ姉貴よりも嫌いなタイプだわ。決めた。お前をボコす。んで、晒し者にしてやる。綺麗事ほざいて無様に負けた雌豚ですよってな! 協力? しねぇよんなもん。やりたきゃ一人でやれバーカ」

 

「そっか、それじゃ、少し痛い目見てもらうことになるかも」

 

「へっ! お前みたいな甘ちゃんには負けねーよ」

 

「ごめんね。これを使うの。貴方が初めてになるかも。『特別召喚(オーダーメイド)・桜王命銘斬』!!」

 

桜銘斬に似た、けれど桜銘斬よりも切れ味の鋭そうな一本の刀が現れる。

それなりの実力を持った魔法少女なら、この刀の召喚で実力差を感じ取るだろう。

 

しかし、千夏にはその差を感じ取ることはできなかった。

 

「へっ! 結局強そうな武器に頼ることしかできないのかよ。これだから甘ちゃんは」

 

「ごめんね。少し眠ってて。峰打ち!」

 

決着は、一瞬だった。

千夏は一度の攻撃でダウンする。

それも峰打ちで。

 

結果的に千夏は、人生三度目の敗北を迎えることとなった。

結局、姉へのリベンジも、自分を負かした茶髪の姉妹へのリベンジも、果たせずじまいで終わってしまうのだった。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「さて、こんなものか」

 

来夏の足元に転がるのは、ヒヨリとカゲロウの死体だ。

 

もちろん、来夏が殺したわけではない。

というか元々死んでいる。

 

倒れた二人は何やら文句を言いたそうに口を開こうとしているが、死体である。

 

「最近、勝ち星が続いて辛いぜ」

 

「なら俺が、お前を負かしてやろうか?」

 

「っ!?」

 

突然の威圧感に思わず思い切り後ろへ下がる来夏。

声のした方向へと目を向けると、いかにも悪人面といった顔で、少し不細工な成人男性が突っ立っていた。

 

まるでゴブリンのような、醜悪な見た目、しかし、それでいて、凶悪なオーラを放っており、威圧感も凄まじい。

 

「誰だ……!」

 

「俺か? そうか、俺かぁ。俺の名前はゴブリン。テメェらの戦ってる組織の幹部で、全ての魔法少女を殺す者だ。覚えておくんだな」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「どうして貴方が邪魔しに来るのかなぁ? パリカー」

 

「友人に頼まれたんだよ。滅多にモノを頼まない友人にさ。断るわけにはいかないだろう?」

 

「あぁ。忘れてたわ。貴方、組織の幹部の中でも一番情が深かったわね。まったく、まさか貴方が邪魔をしに来るとは思わなかったわ」

 

「クロ! 今のうちに逃げるぞ!」

 

「え? あ、うん」

 

リリスとパリカー、2人が会話をしている間に、辰樹とクロは逃げる体制を整える。

いつの間にか辰樹がクロのことを呼び捨てで呼んでいたりするが、それも彼の成長の結果によるものだろう。

 

「逃がしはしないわよ!!」

 

リリスがクロ達2人に向かって魔法を放とうとする。

 

「させないよ! 『特別召喚(オーダーメイド)・グリフォン』! 『特別召喚(オーダーメイド)・ケルベロス』!」

 

だが、それはパリカーの手によって遮られてしまう。

 

「もし君が組織を抜けずに、ボクと一緒に『門』の研究を続けていれば、多分敵対することはなかっただろうね」

 

「そうね。でもそれだと、私が魔法少女の死体を集めることが叶わないじゃない!」

 

(くっ、結構きついなぁ……)

 

パリカーは元々戦闘が特別得意というわけではない。

パリカーは自らが戦うタイプではないからだ。召喚によって、ワイバーンやキメラを喚び出して戦わせるのが彼女の主な戦闘の仕方である。

それは死体を戦わせるリリスも同じなのだが、それでもパリカーより実力は上だ。

 

もし、相対していたのがアスモデウスやイフリート、ルサールカなんかであったなら、彼女は既に負けていただろう。

 

(あくまでボクの役目はクロを“守ること”。リリスを倒そうとはしなくていい)

 

アスモデウスとの約束は、あくまでクロの護衛だ。

リリスを倒すことではない。

 

だから、パリカーはリリスを足止めするだけでいい。

校舎には他の魔法少女もいる。

 

リリスの操る死体の魔法少女や、組織の怪人レベルの敵ならばどうにかなるだろう。

尤も、この襲撃はリリス個人のものであるため、怪人の介入などあり得ないのだが。

 

しかし、パリカーは知らない。

 

この学校に、組織の幹部が1人やってきていることを。

 

死体ではない、裏切った魔法少女が存在していたことを。

 

そして、リリスが引き連れてきたのは、死体と魔法少女だけではないということを。

 



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Memory24

 

照虎と八重の2人の戦いは、未だに拮抗していた。

 

「なあ。八重、いつまで手抜いてるつもりや? 私のことなめとるんか?」

 

「そっちこそ。何か奥の手を隠してるんでしょう? 前まではそんなものなかった気がするのだけれど、修行でもしたのかしら?」

 

「そうか。そうやな。それじゃあ、私が奥の手を使ったら、八重も本気で私を倒しに来い!」 

 

「それはできない話よ。だって今の私にとってはこれが全力…………は……?」

 

八重の会話は途中で遮られる。

八重にとって目の前で信じられない事が起こったからだ。

 

「貴方………それ………」

 

「ああ。これか? 見てみぃ、風魔法や」

 

通常、クロのような例外を除いて、魔法少女は1つの属性しか扱う事ができない。

それが魔法少女の性質だからだ。

 

しかし、照虎は雷属性の魔法に加えて、風属性の魔法を使っている。

 

「どういう……こと?」

 

「なあ、八重、これを見てもまだ本気を出せないって言うんか? なあ、頼むで、八重。本気のあんたを超えへんと、意味がないねん」

 

照虎の様子は必死だ。

八重に本気を出してもらわないと困ると。

しかし、八重にも本気を出したくない理由がある。

 

「ごめんなさい照虎。悪いけれど、私は“あの力”を使いたくはないの」

 

「ふざけんな! やったら! 私は! 何の為に……!」

 

「照虎、貴方がどんな修行をして、どんなに本気の私と手合わせしたがってたのかは、私には分からない。でも今はそんな状況じゃないの。お願い、相手なら後でするから」

 

「後で……? ああ、そうか。八重にとっては私との決闘なんてその程度のもんやもんな。でも、今じゃないとあかんのや! 平和な時に決闘なんか申し込んでも、八重は……あんたは本気を出さへん!」

 

そう言って、照虎は風魔法を八重に向かって放ち続ける。

その風魔法に、八重は既視感を覚える。

 

どこかで見たことのある風魔法だったのだ。

 

しかし、束のものではない。

 

この風魔法は………

 

「杏奈……?」

 

「杏奈……? そうや! 杏奈や! もしここで本気で戦ってくれへんのやったら! 私は杏奈に顔向けできへん!」

 

杏奈ーーーフルネームは笹山杏奈。

照虎と共に魔法少女として活動していた少女で、八重も二回ほど顔を合わせたことがある。

 

真紅の瞳を持ち、赤い髪を三つ編みにした、そばかすが特徴的な少女だ。

 

何故、彼女の名前が出てきたのか。

彼女に風魔法を教えてもらったのか。

八重は思考を巡らせるが、次の瞬間には頭の中で考えたことは全て吹っ飛んでいた。

 

「杏奈…? ああ、違う! ちがうんや……私じゃない……わたしのせいやない……ゆるして……あんな…………ごめんなさい…………ちがうんや……ああああああ!!」

 

照虎の様子がおかしい。

 

「照……虎?」

 

八重も彼女に何が起こっているのか分からない。

ただ、一つ。

彼女が相当追い詰められているということだけが分かる。

 

しかし、八重は彼女に寄り添うことはない。

元々、八重はそこまで情が厚い人間ではない。

 

彼女は、おかしくなってしまった照虎に水魔法を使い気絶させ、その場を去る。

 

(クロは大丈夫かしら?)

 

八重に、照虎のことを心配する様子はない。

別に照虎が嫌いなわけではない。

八重はそれなりに照虎のことが好きではある。

 

しかし、今はそれよりも気になることがあった。ただそれだけだ。

 

 

 

八重vs照虎は、照虎の自滅によって、呆気ない最後を迎えた。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

本校舎1階

 

来夏とゴブリンは、互いに向き合い、戦闘を開始していた。

 

来夏の周りの地面が盛り上がる。

しかし、来夏にはすぐにゴブリンが何をしようとしたのかわかった。

 

「『着火』。そしてトールハンマー!」

 

来夏の髪と瞳が緋色に染まる。

 

そしてすぐに盛り上がった地面をトールハンマーで叩いて破壊する。

 

おそらく、前に来夏が千夏にやられたように、地面を盛り上げて拘束するつもりだったんだろう。

 

だが、来夏は警戒を解かない。

今まで尻尾すら見せなかった組織の幹部。

そのうちの1人がようやく顔を出したのだ。

 

実力は未知数。

何故今頃出てきたのかも不明。

 

だからこそ、出来うる限り最大の警戒をする。

 

「はぁ。リリスのやつ、こんなのをおもちゃにして何が楽しいんだ? 魔法少女なんてちょっと魔法が使えるだけのクソガキじゃねぇか」

 

「随分な言いようだなオイ。組織の幹部だかなんだか知らないけどよ、私は負けるつもりはないぞ」

 

「へっ。ガキが。お前の相手なんぞこいつらで十分だ」

 

「こいつら……?」

 

来夏が周辺を見渡すが、ゴブリンの言っているやつらがどこにいるのか分からない。

ヒヨリとカゲロウは戦闘不能の状態だし、他に戦える奴がいるようには見えないのだ。

 

しかし、そんな来夏の疑問はすぐに解かれることとなる。

先程破壊した時に生じた破片が、再び動き出したのだ。

 

それだけではない。

壁が、地面が、崩れ繋がっていく。

 

しかし、校舎が崩れないバランスは最低限保っているようだ。

ゴブリンとしては、校舎ごと破壊してもいいはずなのだが、あるいはできないのだろうか。

 

そして、それらの破片は次々に合わさり、やがて三つほどの塊ができる。

 

「なんだ……?」

 

三つの塊は全て人型へと変形し、それぞれが一つのゴーレムとして完成した。

 

「おいおい……マジか……」

 

三体のゴーレムは来夏に対して敵意を剥き出しにしている。

戦闘は避けられない。

 

「俺は見ているだけにしといてやる。せいぜい足掻くんだなクソガキ」

 

ゴブリンがそう言う。

エンタメじゃないんだぞ、と来夏は思うが言ったところで仕方がない。

おそらく校舎ごと破壊しなかったのも、来夏と3体のゴーレムの戦いを楽しもうと思ってのことだろう。

 

(悪趣味な野郎だ……)

 

2対1の次は、3対1。

過酷な連戦を強いられる。

だが、来夏は弱音を吐かない。

 

(私は……二度も敗北を味わうつもりはないぞ)

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「無駄だと言っているのに……愚かですね。見損ないましたよ、茜さん」

 

(くっ! やっぱり魔法が使えないってなると不利ね………束に一発入れようにも、風魔法で軌道を逸らされるわ……)

 

「というか、魔法少女なのに拳で殴りにいくっていうのはどうなんですか? はしたないですね。恥ずかしいと思わないんですか?」

 

(こいつ……! 言ってくれるわね!!)

 

イライラしながら拳を振るうが、束に当たることはない。

風魔法で軌道をそらされているのだ。

先程から何度も同じようにこれの繰り返し。

 

がむしゃらに拳を振り続けているため、茜はそろそろ疲れてきていた。

だが、茜がこうして拳を振るい続けるのには理由がある。

 

ただ単に何もしていないことが苦痛なわけではない。

 

(束は回避に魔力を消費してる。このまま続ければ………)

 

茜は束の魔力切れを狙っているのだ。

理由はわからないが、束が茜に攻撃を加えたりする様子はない。

ただ声を奪い、魔力を奪っただけだ。

 

手を出すなとでも命令されたのだろうか。

 

いや、そうではないと茜は考える。

 

(束、貴方本当は……)

 

茜は束のことを信じている。

今まで共に戦ってきた仲間であり、大事な後輩で、友達だからだ。

 

(声を奪われてちゃ、話し合うこともできない)

 

きっと何か事情があると。

彼女はそう信じて疑わない。

 

(クロの時はついカッとなっちゃたわ……あの時冷静に話していれば、もう少しクロと接近できてたのかもしれないわね……でも、今度はそんなヘマしない。クロとも、束とも、ちゃんと言葉を交わして…………そしたらきっと分かり合える!)

 

実際にはそんな簡単な話ではないだろう。

だが、茜は希望を捨てることはしない。

 

それは彼女が、人々に夢や希望を与えるために、魔法少女になったからだ。

 

(絶対に! 諦めない!!)

 

そんな彼女の姿はまさしく、純粋な魔法少女だった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

死体人形をほぼ一掃した真白は、クロの安否を確認するため、屋上へと向かおうとしていた。

しかし、その歩みは止められる。

 

目の前に、真白と同じように白い、どちらかといえば銀色だろうか、そんな髪を持った、まるで死人のように生気のない肌の白さを持った、美しい女の姿があったからだ。

 

「……? 逃げ遅れた……人…?」

 

「残念ながら、そういうわけじゃないわ」

 

「………?」

 

「そう不思議な顔をしないで」

 

女は微笑みながら、その美しい唇を開ける。

 

「そうね。私のことを名前で表すなら、雪女ってところかしら?」

 

廊下の温度が、急激に低下していく。

 

彼女が使う属性は、氷。

水属性から派生した属性だ。

 

本来、魔法の属性は

炎を生み出し自在に操る火属性。

水を生み出し自在に操る水属性。

風を操る風属性。

地面や砂、大地にまつわるものを扱う地属性。

電気や雷など、電撃を扱って戦う雷属性。

精神を操作する心属性。

そして、光属性と闇属性。

それに加えて無属性の、計8つの属性によって構成されているはずだった。

 

しかし、ある日、水属性使いの中で、氷を扱う魔法少女が現れた。

本来なら、水属性の魔法として処理されるはずが、その氷の魔法があまりにも強力すぎたため、水属性からの派生属性として、新たに9つ目の属性とされたのが、氷属性だ。

 

そんな強力な属性の使い手が、真白の前に現れた。

 

「寒っ!」

 

「ふふっ。雪女だもの。温度を下げることくらい、なんてことないわ。さぁ、愉快な殺戮タイムよ。精々泣き喚いて頂戴ね、force level1の雑魚魔法少女ちゃん♪」

 



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Memory25

リリスから逃げたクロと辰樹は、屋上へ避難していた。

 

「辰樹! お前、俺がどれだけ心配したか…!」

 

「悪い、朝太。でもクロを1人にはしておけなかったんだ」

 

いつの間にか、クロのことを呼び捨てにする辰樹。

その様子を見て、先程まで心配していた朝太の顔色が変わる。

 

「お前、辰樹じゃないな!? 誰だ!?」

 

「えぇ!? 何で!?」

 

「本物の辰樹が影山さんを下の名前で呼び捨てするわけがない!」

 

「そんな理由…?」

 

「私は別に違和感は感じなかったけど……」

 

このように主張しているが、ただの勘違いである。

リリスからクロを守る時、咄嗟に呼び捨てにしたことで、辰樹の中でクロを呼び捨てにすることのハードルが下がったという、ただそれだけのことだ。

 

クロも確かにリリスを吹き飛ばしたことに関しては驚いたが、まさか偽物ではないだろうと考えている。

 

というか偽物が出てくる理由がない。

 

「それにしても、うちの学校ってこんなに人数いたんだ……」

 

「ああ。屋上だからそう感じるだけじゃないか? 全校生徒が屋上に集まれば、その分狭くなるからな。人が多いように錯覚しているのかもしれない」

 

「全校生徒集めてるんだから錯覚とかじゃないだろ」

 

屋上に集まった人数は確かに異常なほど多かった。

本校舎の屋上だけでは入りきれず、第二校舎など、他の校舎の屋上にまで生徒達がずらりと並んでいる。

 

本来なら運動場に集まるはずだったのだが、その運動場が占領されているため、逃げ道が屋上にしかなかったのだ。

 

「それより辰樹、体は、大丈夫なの?」

 

「ん? ああ! なんともないぞ! ほら!」

 

そう言って辰樹はクロに対して自身の体に異常がないことをアピールする。

その様子を見た朝太はまたしても顔色を変えていく。

 

「お前! やっぱり辰樹じゃないな!? 何者だ!」

 

「いやいやいや、何でだよ!」

 

「またこの件するの?」

 

先程と同じような流れになっているのを見て、クロは思わず呆れてしまう。

しかし、不思議と悪い気はしない。

 

「本物の辰樹が、影山さんと普通に会話できるわけないだろうが!」

 

「いやいやいや! 判断基準がおかしいだろ!」

 

「いや、おかしくないな」

 

「いーや! おかしいね!」

 

「いやだが…………」

 

「お前が…………」

 

言い争い合う2人をよそに、クロは1人考える。

 

(魔力切れとはいえ……仮にも魔法少女なのに………何もしなくて良いのか……?)

 

下の階ではまだシロや、他の魔法少女たちが戦っている。

リリスの相手は組織の幹部の1人であるパリカーが相手をしているようだが、クロとしては何故組織の幹部が出てくるのかが分からない。

リリスと敵対しているのだろうか。

 

(とにかく……状況がまだうまく飲み込めない……とりあえず後で八重から事情を……っ!?)

 

途中でクロの思考は遮られる。

 

「おーいたいた。人間がタークサン。全部殺して良いんだよなぁ?」

 

目の前に突然、鷹のような見た目をした人型の怪人らしきものが現れたからだ。

背中には翼のようなものが生えており、体は毛で覆われている。

口元を見れば嘴があり、簡単に言えば鷹をそのまま人型にしたかのような見た目だ。

 

「なんだあれ!? 鷹?」

 

「か、怪人だぁ!」

 

「怪人? あぁ。お前ら人間からしたら、俺は怪人と同じなのかァ。そっかそっかー。まあいいや」

 

今この状況で戦えるものは、いない。

 

(まずい……!)

 

クロは焦る。だが、できることは何もない。

 

知能のある怪人。

 

その存在をクロは知らない。

今までの怪人と同じ括りにして良いのかどうかすらも分からない。

魔力があってもまともに相手ができるかどうかという相手だ。

 

クロが魔力切れになっている状況では、もはや詰みと言っても良いだろう。

 

「アヒャヒャヒャヒャ!! 1人残らずミンチにしてやるぜェ!」

 

平和だった校舎の屋上で、今、

大虐殺が行われようとしていた。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

八重は照虎との戦闘が終わった後、クロの様子を見に行ったのだが、途中で辰樹と共に屋上を上がる姿を見て安堵し、他の魔法少女のところへと駆けていた。

 

(とりあえず一階に行って、真白の様子でも見に行こうかしら)

 

1人考え事をしながら階段を降りていく八重だったが、その歩みは途中で止められる。

屋上に避難していたはずの保健の教師兼真白の保護者の双山魔衣が、下の皆からやってきたからだ。

 

「双山さん…? 屋上に避難していたはずじゃ…」

 

「教師として、生徒を見捨てるわけにはいかないだろう? 魔法少女がいるから安心だ、なんて考えは私にはないからね」

 

おそらく、屋上で生徒の点呼が行われていたのだろう。

八重や茜、櫻、真白についてはきちんと学校に登校していて出席が取れているため、いないことで少し騒ぎにでもなったのだろう。

 

避難できていない生徒がいる。教師として動かないわけにはいかない。

そういうわけで代表として校舎内で避難に遅れた子供を助ける役を引き受けたのが彼女だったようだ。

 

「それより八重、君は今からどうするつもりなんだい?」

 

「私は今から真白の様子を見に行こうかと…」

 

「そうか。仲間想いなんだね。でもね八重、私には1つ前から言いたかったことがあるんだ」

 

彼女はニヤニヤと、気味の悪い笑みを浮かべながら八重にこう告げる。

 

「君には仲間は必要ない。君が仲間を想っていたところでなんの意味もないってさ」

 

「何を……」

 

「だってそうだろう? 君が仲間の身を案じていたところで、何がある? 結局、君にクロを助けることはできない。気にかけていた後輩だって裏切る。それに、君が仲間の事を信じず、素直に“あの力”に頼っていれば、今頃事態は収束していたはずだ」

 

八重はどうして魔衣がこのようなことを言ってくるのか、理解できずに固まってしまう。

しかし、そんな彼女の様子を気にすることもなく、魔衣は話を続けていく。

 

「さっき隠れて君と照虎の戦いを見ていたんだけど、君、“あの力”を無意識のうちに使えない状態にしてしまっているんじゃないか? 使いたくないというのも事実だろう。だが、本当は使わないんじゃなくて、使えなくなってしまったんじゃないのかな?」

 

「……………………………」

 

「図星かな? そうだね、君がそうなってしまった原因は、櫻だろう。確かに、櫻には人と人とを繋ぐ力がある。それは魅力的だし、是非とも彼女には他の魔法少女とのパイプになって欲しいと、私は思っている」

 

でもね、とそう言って魔衣は続ける。

 

「君には、そんなものは必要ない。君には友情なんてものはいらない。他人も不必要だ。君はただ、感情を殺して、“あの力”を使って、孤独に戦い続けるのがお似合いさ」

 

「そんなこと……違う…そうよ! そうだわ! そう言って、私をいじめ倒すつもりでしょう!? 意地悪な笑みを浮かべて! 悦に浸りたいんでしょう!?」

 

普段冷静な八重だが、信頼していた大人からの突然の裏切りに、動揺を隠せずに声を荒げる。

 

「そうよ………そうよ! きっと! クロの余命の話だって! 貴方の嘘なんでしょ? 私の事をいじめるために用意した、真っ赤な嘘なんでしょ!? いいえ……そうよ、貴方、実は組織側の人間なんでしょ!? 私達を裏切ったんじゃないの!?」

 

それは、ただの希望的観測だ。

クロの余命の話は嘘で、双山魔衣は本当は組織の人間だった。

そんなシナリオ書きが彼女の中で行われた。

 

八重は、双山魔衣のことを信頼はしていたが、別に好いていたわけではない。

ただ、クロのことは面倒を見ていて、それなりに好きでいる。

だから、自然とそういう発想、希望を持ってしまったのだ。

 

しかし、そんな事実は存在しない。

 

「残念ながら、クロの余命の話に嘘偽りはない。それに、私は組織との繋がりはない。魔法少女の味方だ。まあ、組織と全くの繋がりがないといえば嘘にはなるかもしれないけど、少なくとも組織側ではないし、協力者でもない」

 

後、これも言っておこう、と付け加えて彼女は話す。

 

「クロの爆弾には、生命維持装置を兼ねる機能もあった。そのことを考えれば、爆弾はまだ取り除かない方がよかったかもしれない。けれど、君がどうしてもというから“仕方なく”爆弾を解除しておいたんだ。君がお節介を焼いたせいで、クロの余命が残り僅かになってしまった。やっぱり君は、他人と関わらないほうがいいんだ。君のお節介がなければ、私もクロに余命宣告なんてしなくてよかったものを」

 

これに関しては、どの口がそれを言うか、と突っ込むべきところだろう。

爆弾を解除すると判断したのは魔衣だし、生命維持装置の話なんて八重にはされていなかった。そのため、この話については、ほとんど魔衣側に責任があるだろう。

 

しかし、冷静でない八重にはその言葉は相当響いたようだ。

 

「嘘……私が………私のせいで…‥クロが…‥」

 

八重はその場に崩れ去り、絶望する。

 

「八重、君はもう他人と関わるのはやめたまえ。そして、“あの力”を受け入れるんだ。別に“あの力”にデメリットなんてないじゃないか。君の気持ちの問題だ。素直に受け入れて、そして孤独に戦ってくれ」

 

追い討ちをかけるように、魔衣は言葉を重ねる。

 

1人の少女を追い詰めていくその様は、まさしく悪魔のようであった。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

来夏はゴブリンによって造られたゴーレム3体と戦闘を繰り広げていたが、未だに倒せずにいた。

 

というよりも、ゴーレムを倒してもまた復活してしまうのだ。

おそらく、ゴブリンの魔力によるものなのだろう。

 

ゴーレムを生み出している大元が残っていれば、いくら倒してもまた復活するのは当然だろう。

 

しかし、来夏は今までの戦闘で何も得なかったわけではない。

 

「ハァ………まぁ……大体仕組みは分かったぞ、このゴーレムどものな」

 

「ほぉ?」

 

「まず、お前が一度に3体までしかゴーレムを作り出すことができないということ」

 

来夏が戦う上で、ゴーレムは何度も復活したが、その数が3体を上回ることはなかった。

 

「そして、復活するたびにゴーレムの質が明らかに下がってきているってことだ。魔力が尽きてきてるんじゃないのか? 幹部さんよぉ」

 

来夏の言う通り、ゴーレムの質は確かに下がってきていた。

一番最初のゴーレムの強度と比べると、復活した後のゴーレムの強度は明らかに下がっており、脆くなっていた。

 

最初は何度も繰り返し叩いて破壊してきたゴーレムが、復活するたびに10回、5回、3回と、破壊されるまでの頻度が下がっていったのだ。

 

これを来夏はゴブリンの魔力切れによるものだと結論付けた。

 

「そうか。魔力切れ……かぁ。そうかもなぁ。確かに俺は魔力切れになってるかもしれねぇなぁ」

 

そしてゴブリンは、魔力切れであることをあっさりと認めた。

しかし、ゴブリンに焦る様子はない。

 

むしろ、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべており、その表情から、ゴブリンの心に余裕があることが窺える。

 

「おい、何がおかしくて笑ってやがるんだ? お前」

 

「ハハッ! 笑わずにはいられるかよ。だってお前、俺の魔力が切れた時点で自分の勝ちだとでも考えてるんだろ? 笑うしかねぇだろ」

 

ゴブリンが用意したゴーレムが崩れていく。

魔力切れだろうか。

どちらにせよ、もうゴーレムを使うつもりはないらしい。

 

「……? 援軍でも呼んだのか?」

 

「いーや違うな。確かにリリスの奴が俺以外にもいくらか仲間を呼んでいるらしいが、そいつらは関係ないさ」

 

「援軍は厄介だな……」

 

「おいおい、俺ァ言っただろ? 援軍は関係ないってよ」

 

だってよ、とゴブリンはそう言って続ける。

 

「俺は魔法が売りじゃねぇんだよ!」

 

「っ!?」

 

ゴブリンがそう言った瞬間、来夏の体が吹き飛ばされる。

 

「かはっ!」

 

大量の吐血。先程立っていた位置から、一瞬で10mほど飛ばされ、壁に激突したのだ。

 

(何だ……? 何をされた…? 魔法……じゃない……? 何だ! 何が起こったんだ!)

 

来夏の脳が混乱する。

確かに来夏の体は吹き飛ばされたが、ゴブリンが魔法を使った様子はない。

それに、来夏が吹き飛ばされる直前に、ゴブリンは魔法が売りではないと言っていた。

 

では何の力か。

 

単純だ。

 

「俺はこのありふれる純粋な力! フィジカルが売りなんだよ」

 

ただの筋力だ。



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Memory26

force levelはただの強さを表す指標でしかないのであんまり気にしないでください。


 

真保市立翔上中学校は突如現れたリリスの手によって混沌と化していた。

多種多様な生徒たちが平和に学ぶ学舎は、一瞬にして魔法を扱う少数派によって戦場へと変貌を遂げた。

 

そして、それはもうすぐに終わることになる。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「アヒャヒャヒャヒャ!! 1人残らずミンチにしてやるぜェ!」

 

生徒達が避難していた屋上にて、1人の鷹のような見た目をした異形が現れた。

異形は子供達を一瞥し、誰から殺そうか品定めをしている。

 

誰も異形の怪物に立ち向かおうとするものはいない。

 

ただ1人を除いて。

 

「生徒に手を出すようなら、ただじゃおかないぞ」

 

真保市立翔上中学校二年三組担任、風元康。

数多くの教師が動けない中、彼は真っ先に生徒達の前に立ち、異形の元へ臆することなくやってきた。

 

「ほぅ? 中々骨のありそうなやつじゃないか。どれ、俺と戦ってみるか? 一秒ももたねぇだろうがなァ!」

 

異形は康に向かって、羽を使い、一瞬で飛んでくる。

 

しかし、康は動じない。

 

「親御さんから預かった大切な教え子達だ。お前がどんなバケモノであろうと、この子達に手出しをさせるわけにはいかない」

 

そして、淡々とこう告げた。

異形はその様子を見て、顔を顰める。

 

「あーいるよなぁこういう奴。立場ってものをわきまえろよ。確かに、生徒を守らんとするお前は教師として見れば素晴らしいもんだと思うぞ。だが、一切俺にビビらないっていうのは気に食わない」

 

「俺がビビれば生徒を見逃すというのなら、いくらでもビビってやろう」

 

「そういうのじゃねぇだろ。まあいいや、お前に恐怖ってもんを味合わせてやるよ」

 

そう言って異形の怪物は、康の首を掴み、上に高く掲げる。

 

「うっぅっ!」

 

喉元を締め付けられた康は、苦しみもがき始める。

 

「っ…………に…………げ……ぉ………」

 

康は、首を締め付けられながらも、生徒達に逃げるように促す。

その姿は、まさしく教師の鏡だ。

 

生徒達は康の方を見て、一瞬戸惑いながらも、他の教員達と共に屋上から逃げていく。

 

しかし、クロ達は逃げない。

厳密に言えば、クロが逃げようとしていない。

ここまで生徒思いな先生を、死なせるわけにはいかないと、そう思ったからだ。

 

魔力に関しては多少は回復したものの、戦闘が行えるほどではない。

 

いや、戦闘を行う必要など、はなからないのだ。

 

「鷹の怪人、貴方に、お願いがあります」

 

クロは、丁寧に、高圧的にならないように物腰低く発声する。

 

「あん? 何だ?」

 

「貴方は、校庭にいるあの女の人の仲間ですよね?」

 

「あー仲間? まあ協力者ではあるな」

 

「なら、私の身柄が目的ではないのですか? 大人しく従います。なのでどうか、先生を放してください」

 

「………なるほどな。そうきたか。いいぜ、乗ってやる」

 

クロの提案を聞き、異形の手から康が放される。

 

「ガハっ……ゴホっ!」

 

康が咳き込んでいるのをよそに、異形の手がクロの体を掴む。

 

「クロ!」

 

辰樹がクロを止めようとするが、もう遅い。

クロは既に、空を飛んだ異形の手の中にある。

 

辰樹には、クロを救うことはできない。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

来夏は先程のゴブリンの一撃で、起き上がることができなくなっていた。

しかし、ゴブリンはこれ以上来夏に何かをする様子はない。

ただ、その場に黙って突っ立っているだけだ。

 

「何でトドメを刺さないんだ? 全ての魔法少女を殺すんじゃなかったのか?」

 

「あぁ。そのうちな。だが今はリリスに協力している状態なんだ。俺が頼まれたのはあくまでも魔法少女の牽制だ。殺すことじゃない」

 

「舐められたものだな……」

 

「実際にお前らより数倍も強いんだ。force level1のお前らじゃ、force level5の俺には勝てないに決まってるからな」

 

「force level1? 何の話……うっ……!」

 

来夏はこれ以上言葉を紡ぐことができない。

先程のゴブリンの攻撃によるダメージで、肺がやられていたのだ。

 

「無理すんな。俺は魔法少女は嫌いだが、お前はそこまで嫌いじゃないぜ」

 

「私は………お前が嫌いだ……」

 

「そうか。まあいい。俺は帰るとする。どうやら向こうも、目的を達成したみたいだしな。それに………」

 

言いながら、ゴブリンは階段の方を見つめる。

そこから、桃色の髪を持った魔法少女、百山櫻がやってきたからだ。

手には桜王命銘斬と呼ばれる、桜模様の刀を持っている。

 

「来夏ちゃん!」

 

「お仲間さんがやってきたんじゃ、俺も勝てるかどうか怪しいからなぁ。じゃあな」

 

そう言ってゴブリンは窓から飛び出していく。ちゃっかりヒヨリとカゲロウの死体を持ち出して。

 

「待………ぇ……」

 

来夏はゴブリンを引き止めようとするが、体に力が入らず、倒れかけてしまう。

体が地面に着く前に、櫻に支えてもらったが、今の状態では動くことは不可能だろう。

 

(クソ………仲間がやってきたら勝てるか分からない…? ホラ吹きやがって……櫻と私が相手しても、勝てるわけねぇだろうが)

 

来夏は、敗北を噛み締めながらも、自身に誓う。

 

(私は……もう二度と、こんな惨めな負け方はしない!!!)

 

そのプライドの高さは、妹である千夏よりも上だったのかもしれない。

 

それは彼女の手が、悔しさによって握りしめられたことにより、血で滲んでいたからだ。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「体が…‥凍って…………動けない……」

 

真白は突如現れた雪女を名乗る女によって、全身を氷漬けにされかけていた。

今はかろうじて頭だけ出している状態だが、このままいけば凍傷で死んでしまうだろう。

 

一刻も早く雪女を倒し、体を暖めなければならない。

だが、真白は魔法を繰り出すどころか、体を動かすことさえできない。

 

もはやゲームオーバー。

詰みかのように思われたが、真白の後ろから足音が聞こえる。

 

コツ、コツ、コツ。

 

足音が廊下中に響き渡るたびに、真白の体を包み込む氷も、その周辺にある氷も、全てが消え去っていく。

 

溶けたわけではない。

文字通り消え去ったのだ。

 

真白の後ろから足音を立ててやってきたのは………

 

「八重…?」

 

水属性使いの魔法少女、蒼井八重だ。

しかし、その姿は、いつもの姿と少し違う。

 

普段の八重の髪は、どちらかというと紺色に近い、濃いめの青色だった。

それに比べて、今の八重は空色の髪色で、普段の髪色と比べると数段薄い青色の髪になっている。

 

加えて、魔法少女の衣装も、普段はフリフリとした膝丈ほどのフリルスカートだったのだが、今回の衣装は少し違う。

 

氷によって作られた、マーメイドスカートのような見た目の衣装だ。

靴はガラスの靴のようなものを履いており、普段の少女らしい衣装からはかけ離れた印象を与えられる。

 

「真白、どいて。邪魔」

 

普段の彼女からは考えられないほど冷たい声色だった。

怒っているわけでもないし、真白のことを嫌っているからこのような物言いになったわけでもない。

 

八重の目を見ればわかる。

そこにあるのは、ただ、無関心。

 

「っ!!」

 

雪女でさえも、感情のこもっていない八重の表情に恐怖してしまう。

しかし、彼女はすぐに戦闘体制を整え、八重を迎え撃つ準備をする。

 

その様子を見た八重も、自身の足元から、徐々に地面に氷を張っていき、雪女の下まで氷を張っていく。

 

「凍ってもらうわよ」

 

「凍ってもらう? 何言ってるのかしら? 私だって氷属性の使い手よ? 絶対零度であろうが、私を凍らせることなんてできないんだから♪」

 

雪女は余裕綽々としている。

氷属性の使い手である自分に、氷属性の攻撃が効くはずがないと、そう考えているからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、気づいていないのね。貴方、もう既に凍っているわよ」

 

「……ぁ……………」

 

しかし、雪女は既に凍っていた。

絶対零度の氷でも彼女を凍らせることができないというのは、ただの思い込みだったのだろうか。

 

いいや、違う。

彼女は実際に絶対零度の氷は通用しない。

 

では、なぜか。

答えは簡単だ。

 

「貴方は、物理法則に囚われすぎているのよ。魔法って呼ばれてるんだから、科学じゃ証明できない次元のモノなの。それを、絶対零度だとか、温度で語っているようじゃ、まだまだよ。魔法で凍らせた。ただそれだけでいいの。温度がどうだとか、そんなもの関係ない。だって魔法だもの」

 

八重は、そう淡々と告げる。

 

理論はめちゃくちゃだ。

魔法だから凍る。

絶対零度なんて関係ない。

 

法則も何もない。ただ魔法を使えば凍るというその結果だけが残るのだと。

 

(ふざけ……ないで…! いくら何でもそんなめちゃくちゃな!)

 

雪女は氷の中で、八重の破茶滅茶な理論に抗議しようとするが、彼女の氷属性の魔法を持ってしても、八重によって作られた氷の檻を解除できそうにない。

 

彼女は必死に足掻こうとする。だが、

 

「さようなら、雪女さん」

 

無情にも、八重の手によって、自身の入っている氷ごと粉々に砕かれ、絶命した。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

パリカーとリリスの戦いは、拮抗していた。

しかし、それもすぐに終わることとなる。

 

鷹のような見た目をした異形の怪物が、クロを連れてリリスの元にやってきたからだ。

 

「そんな……!」

 

「残念だったわね、パリカー。どうやら貴方では、あの子を守ることは出来なかったようだわ」

 

鷹の見た目をした異形が、リリスの元へクロを連れてきたのと同時、パリカーの召喚した“ワイバーン”、“グリフォン”、“ケルベロス”が消滅していく。

 

「どうやら魔力切れのようね、パリカー。まあ、仕方がないわね、こちらの方が戦力は多いのだし。クロコ、散麗の回収をお願い」

 

「了解っす」

 

クロコと呼ばれた少女は、ワニのような皮膚をもったこと以外は、人間と容姿において特に違いはないような、黒髪ツインテールのメイド少女だ。

実は戦闘中、パリカーの召喚した“ワイバーン“、”グリフォン“、”ケルベロス“の三体の攻撃を、彼女が要所要所で妨害している。

そのせいもあってか、パリカーはリリスに決定打となる一撃を加えることができなかったのだ。

 

彼女は美麗に言われた通りに、散麗の遺体を回収する。

 

「後、ついでに、こっちもっすね」

 

そう言ってクロコは、ついで感覚でパリカーの腹にパンチを炸裂させる。

思ったよりも深く入ったのか、パリカーの意識が削がれていく。

 

(アスモデウス………ごめん……)

 

パリカーは、薄れ行く意識の中で、付き合いの長い旧友に対して、謝罪する。

 

(ボクじゃ…………守れなかったよ………)

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

本校舎2階

 

「どうやら、美麗様は目的を達成されたようですね、では茜さん、今回は殺す許可が降りていないので、見逃してあげましょう。しかし、次会った時は、覚悟していてくださいね」

 

そう言って束は、ゆっくりと、一歩一歩を踏み締めるかのように、茜の元から去っていく。

 

(待って……! 束! 私達、まだ話し合って…!)

 

去り行く束を追いかけようとする茜だが、体を動かしすぎたせいか、疲労で足がもつれる。

 

「束! 待って!」

 

そして、彼女が声を出せるようになった時には、既にもう、束はその場から去っていた。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

こうして、リリスによる真保市立翔上中学校への襲撃は、幕を閉じた。

 

今回の一件で、真保市立翔上中学校は多大な損害と、生徒1人を誘拐されたことで、社会からのバッシングを受けることとなった。

 

しかし、当然、政府もこの事件を見て黙っているわけにはいかない。

今まで、怪人の被害はあったものの、それは知性のない怪物による攻撃だった。

 

だが、今回は、知性を持ったものによる、明確な攻撃。

しかも、たくさんの子供達が、勉強をする、学舎への襲撃。

未来ある子供達の将来を、摘み取る行為。

 

今まで、政府は、魔法少女の存在を認知しながらも、その存在に対して、多少の支援はするものの、あくまで政府の認めていない魔法少女の戦闘は犯罪としてきていた。

 

だからこそ、魔法少女に対してあまり関係を持つことができなかったのだが。

 

今回の一件で、政府側の人間も、とうとう魔法少女と関わりを持つことになっていく。

 

それが魔法少女達にとって、良いものとなるのか、はたまた悪いものとなるのか、それはまだ、誰にも分からない。

 




【魔法少女】
 
クロ  

組織に属する魔法少女。主人公。

使う属性は光→闇→闇×光

・黒い弾

普通の攻撃では分裂してしまい、また自動追尾の機能も搭載されている魔力の塊。

・ブラックホール

相手が大規模な魔法を形成してきた際に、その全てを吸収して自身の魔力に変換することができる魔法。
ただし、容量を超えると身体に多大な負担がかかり、場合によっては死に至る可能性も持ち合わせている為、慎重に使用しなければならない。

・還元の大鎌

真っ黒色の大きな鎌。イメージでいうと死神の鎌的なもの。攻撃力が高いわけではないが、攻撃した相手の魔力を奪うことができる。

・『ルミナス』

闇属性の魔法と光属性の魔法の複合魔法。相手の魔法によって拘束された場合に、それを解除する効果を持つ。ただし、友情魔法(マジカルパラノイア)などの特殊な魔法には効果がない。

・『魔眼・無効魔法』

闇属性の魔法と光属性の魔法の複合魔法。相手の目と自身の目を合わせることで発動できる。相手の魔法を全て無効化することができる。



シロ/ 双山 真白(フタヤマ マシロ)

クロの双子の妹。たった1人の大切な家族であるクロを組織から助け出したいと考えている。

使う属性は光。




百山 櫻(モモヤマ サクラ)

ある日突然魔法少女の力に目覚めた普通の女の子。皆が手を取って仲良くなれる平和な世界を目指している。

使う属性は無属性。

・『桜銘斬(おうめいざん)』 

桜の模様が入った日本刀。魔力で強化されているため、普通の日本刀よりも強い。櫻がメインで使っている武器。

・『大剣桜木(たいけんさくらぎ)』 

桜の模様が入った黒い大剣。体の大きい敵や、敵に対して大ダメージを与えたい際に用いる。

・『 桜王命銘斬(おうおうめいめいざん)

おうおう……………パァンパァン(ヒレを叩く音)

友情魔法(マジカルパラノイア)

櫻と他の魔法少女のうち誰か一人が揃った時に使える必殺魔法。

 ☆櫻×八重

『春雨』
敵に対して局所的な魔力の雨を降らせる魔法。食らった敵は無属性魔法の特性によって体を無に返される。さらに水属性の特性の闇属性の魔法を浄化する効果も備えている。

 ☆櫻×束

『春風』
風の弓で無数の矢を放って攻撃する。全ての矢は風に乗って相手を追尾し、迎撃されない限り必ず命中する。さらに、一つでも命中すれば相手の動きを封じることができる。

 ☆櫻×茜

『乙女の香り・ホムラ』 

大きな火柱を発生させ、人の嗅覚を魅了してその火柱へと向かわせる。
ボーっとしていると香りに釣られて灼かれてしまうが、意識がはっきりしていれば耐えることができる為脅威ではないと思うかもしれないが、火柱の数は調整することができ、最大20の火柱を用意することが可能。
火柱の数が多ければ多いほど香りは増す。
香りが増せば増すほど、意識を保っているのが難しくなる。



津井羽 茜(ツイバネ アカネ)

最初に魔法少女として活動し始めた赤髪ツインテの少女。
面倒見のいい性格をしており、束や八重からはよくいじられている。

使う属性は火。




蒼井 八重(アオイ ヤエ)

茜の次に魔法少女になった少女。常に冷静で、仲間に的確な指示を出す。
学校では委員長をしており、成績は優秀である。

使う属性は水。

・『結界・アクアリウム』

特定の形を地面に描くなど、何かしらで表現した際に魔法陣を発動させ、簡易的な結界を施す魔法。結界内には水魔法で生成された雨が降っており、その結界内の闇魔法を浄化する作用を持っている。自身の魔法力ではなく、地脈の魔力を利用するため、魔力が少ない時でも条件さえ満たせば発動可能である。




深緑 束(ミロク タバネ)

一番最後に魔法少女になった少女で6人の中で最年少である。
怪人を前にして放心状態になっていたところを櫻達に助けられ、以降共に戦うようになった。

使う属性は風。

・ウインドバインド

風魔法の力で相手を拘束する技。拘束している間、他の魔法を行使することができないので注意が必要。

・風薙ぎ

風魔法の力で相手を斬りつける技。視認できず、音もないため、敵に気づかれずに攻撃することができるところが強み。威力もかなり高く、くらえばただでは済まない。


★『禁忌魔法(マジカルパラノイア)・封印・ウインドバインド』

死体を鎖に変形させて相手を拘束する禁忌の魔法。クロの『ルミナス』であっても拘束を解除することは不可能。

★ 『禁忌魔法(マジカルパラノイア)・生贄・魔力還元』

相手の魔力を“どこか”へ還元して相手が魔法を使えない状態にする魔法。
いくつかの死体を生贄として捧げる必要がある。



朝霧 来夏(アサギリ ライカ)

金髪の髪をローテールにした活発な少女。

使う属性は雷。

・『雷槌ミョルニル』

体中に電気を纏わせ増幅させた後、手のひらにいっぺんに電気を集中させて一つの槌を作り、そこから高圧の電撃を浴びせる技。

・『簡易必殺』雷槌・ミョルニル

その名の通りの威力控えめ簡易必殺




ユカリ

クロのデータを基にして造られた魔法少女。

使う属性は闇。




朝霧 千夏(アサギリ チカ)

Dr.白川の研究に協力している魔法少女。

使う属性は地。




身獲 散麗(ミトリ チヂレ)

束と一緒に魔法少女として活動していた少女。死亡済み。

使う属性は心。




虹山 照虎(ニジヤマ テトラ)

最強の魔法少女を目指す少女。八重にライバル意識を持つ。

使う属性は火、水、風、雷。





ヒヨリ&カゲロウ

忍者の格好をした茶髪の双子姉妹。死亡済み。

使う属性は火&水




笹山 杏奈(ササヤマ アンナ)

真紅の瞳を持ち、赤い髪を三つ編みにした、そばかすが特徴的な少女。死亡済み。

使う属性は風。




【その他】

風元 康(カザモト ヤスシ)

シロとクロの担任の先生。目の下にクマができていて、いつも怠そうに授業をしている。




双山 魔衣(フタヤマ マイ)

保健の先生で、魔法について詳しい謎の人物。




幹部の男/アスモデウス

クロを見張っている組織の幹部。
使う属性は闇×雷



ルサールカ

幹部の女で曇らせ好きおばさん。
使う属性は闇×水


ゴブリン

5人いるうちの幹部の1人。クロが嫌い。クロも嫌っている。すなわち相思相愛()
使う属性は闇×地



イフリート

幹部の1人。
使う属性は闇×火



パリカー

幹部の1人。ボクっ娘。
使う属性は闇×無



リリス/赤江美麗

元幹部。
使う属性は闇×心



Dr.白川

組織に属している科学者。自分の娘ですら実験体にする根っからの科学者。





黒沢 雪(クロサワ ユキ)

クロの住んでいるアパートの隣の住人。明るく元気な20代。




蒼井 冬子(アオイ トウコ)

八重の母親。クロの住んでいるアパートと同じアパートに住んでいる。




広島 辰樹(ヒロシマ タツキ)

クロ、真白のクラスメイト。
裏表がなく明るい性格。
クロのことが好き。




伊井 朝太(イイ チョウタ)

クロ、真白のクラスメイトで辰樹の友人。
学級委員をやっている。





リリス/赤江 美麗(アカエ ミレイ)

幹部の男の元同僚。

・『傀儡呪術・マジカルロブ』

クロのブラックホールの上等版




末田ミツル

丁寧な物腰の成人男性。




雪女

リリスの仲間。氷属性を扱う。
八重によって殺された。




アッチィ・ホーク・ピタァ

リリスの仲間。
鷹のような見た目をした、人型の異形の怪物。
炎を操る。
名前つけたけど多分名前で表記することはない。




クロコ

リリスの仲間。
ワニの肌を持つメイドの少女。
水属性を扱う。




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嵐の後、嵐の前の静けさ
Memory27


 

真保市立翔上中学校にリリスが襲撃してから3日後。

 

櫻、茜、来夏、真白の4人は、末田ミツルという男に呼ばれて、とある施設へとやって来ていた。

 

最初はミツルのことを警戒していた4人だったが、茜と櫻が以前助けた時に、リリスとの関係性はなく、また、魔法少女に対抗できる力も持っていないだろうから、おそらく大丈夫だろうという結論を出したため、彼の申し出に応じたのだ。

 

八重に関しては、リリスの襲撃以降櫻達とは壁を作ってしまっていることもあって、呼ぶことができなかった。

 

「ここのビル……? かなりの高層ビルだけど、入っちゃっていいのか戸惑っちゃうわね…」

 

「良いのかな……こんなところに私達が来ちゃって……」

 

「今私達に必要なのは情報収集だ。こんなところで立ち止まってちゃいつまでも前に進めないからな」

 

「うん。私もそう思う」

 

茜と櫻は目の前の高層ビルにただの中学生である自分達が入っても良いのかと気後れしている。

一方で、来夏と真白は図太いのか、高層ビルの中に入っていく事に躊躇いもしなかった。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「よく来てくれました、皆さん。僕は末田ミツル。元は政府の暗部、『対魔戦闘組織』に所属していたものです」

 

「あっ! 今日はよろしくお願いします!!」

 

「で、お前は何のようで私達を呼び出したんだ?」

 

櫻が挨拶を返すが、来夏はミツルに噛み付くかのように言葉を発する。

来夏はミツルと初対面であるため、あまり信用していないのだ。

 

そもそも、櫻と茜の警戒心がなさすぎるのも影響しているだろう。

櫻や茜がそういう性格だったからこそ、真白も魔法少女側に加わった部分もあるため、一概に警戒心がないのが悪いとは言えないのかもしれない。

 

ただ、警戒を怠るわけにはいかない。

だからこそ、櫻や茜の代わりに、来夏が相手が信用できるかどうか、よく観察して、注意する必要があるのだ。

 

「貴方達を呼び出したのは、そうですね、まずは、段階を追って話をしていきましょうか。まず、この国においての魔法少女がどういう立場かは、理解していますよね?」

 

「理解しているわ。本来なら、怪人との戦闘を行う必要はない。どうしても、何か理由があって怪人との戦闘が必要な場合は、政府に申請して、許可が降りたら戦って良い、そんな感じだったわよね」

 

茜が言った通り、魔法少女は本来なら戦う必要がない。

怪人の鎮圧は国の仕事のはずだからだ。

どうしても戦いたいのなら、国に申請して戦うべきなのだ。

 

と言いつつも、10年前は国の鎮圧がメインであったはずが、7年前からは国の鎮圧部隊よりも魔法少女の方が活躍の場は多くなっているのだが、とりあえずそれはいいだろう。

 

もし、仮に国に申請せずに魔法少女として戦った場合、その魔法少女には重い罰が課されると言う。

実際にその事例があったなどと言う報道はされてはいないが、もしかしたらそんな魔法少女達もいるかもしれない。

 

そして、問題なのはその罰についてだ。

 

実は、櫻や茜達は、国に対して魔法少女として戦闘を行うことの申請を行なっていない。束は申請していたようだが、他は一切の申請を行わず、サポートは全て双山魔衣に頼っていたのだ。

 

「もしかして、私達にも……何かしらの罰があるのかしら?」

 

茜は内心怯えながらも問う。

そこまで恐怖しているなら、申請をすれば良いじゃないかと思うかもしれないが、よっぽど深い事情がない限り、魔法少女申請は通るものではない。

 

普通は政府非公認の魔法少女は、人気の少ない場所に現れた怪人などと戦うのを主な戦闘相手としているのだが、茜達は人気が多いところでも構わず活動していた。自然に政府の目にも入るわけだが、茜達は今まで、政府公認になっている別の五人の魔法少女と口裏を合わせて、その魔法少女達が活動しているということにしていたのだ。

 

束は政府公認であったため、残りの五人分の名義を借りたのだ。

 

元々は三人組で活動していた少女のうち一人が怪人と戦うことに少しの恐れを持っていたため、茜、来夏、八重が肩代わりしたのがきっかけだ。

 

真白と櫻の分は、それぞれまた別の魔法少女の名義を借りていた。

 

別の公認魔法少女の名義を借りていることがバレたのだろうか、と茜達は内心ヒヤヒヤしながらミツルの言葉を待つ。

 

「いえいえ。何もないですよ。そもそも、言ったでしょう。僕は元政府の人間だと。今更貴方達に国として何か言える立場ではないですよ。申請を行わずに活動している魔法少女は割といますしね。成果を出していれば、ある程度は政府も黙認していますよ。本題はそこではないんです」

 

しかし、どうやらミツルは茜達を裁くつもりはないらしい。

 

「ただ、僕の話を聞いてしまったら、これ以上は後戻りできないかもしれません。それでも、聞きますか?」

 

ミツルは4人に問いかける。

 

櫻、茜、来夏、真白。

4人とも、今更引き返すつもりはない。

 

元々、怪人達と死闘を繰り広げていたのだ。

束が抜けて、八重との壁ができて、多少戦力は落ちたかもしれないが、それでもやることは変わらない。

 

「…………覚悟は決まったようですね。ええ、そんなに身構えないでください。僕は頼りないかもしれないですが、僕の仲間はとても心強い人達ばかりなので。まあ、その仲間達はあまり表立って貴方達に手を貸すことはできないかもしれませんが」

 

「いいからさっさと本題を話せよ」

 

来夏が急かす。

ミツルも無駄話をしすぎたと思ったのか、話を切り替える。

 

「さて、まずは10年前の話からするとしましょう」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

(あれ………? ここは…………)

 

「お兄ちゃん! もう! いつまで寝てるの!? だから言ったのに……夜更かししてまで無理に課題やろうとするから……」

 

(誰……だ……? 顔が………見えない…………)

 

「ほら起きて」

 

「俺は………誰だ……?」

 

「……? 寝ぼけてるの? お兄ちゃんの名前は◻︎⚪︎×! ◻︎上×校に通う、シスコン気味なごくごく普通の高校生!」

 

あぁ、そうだ。

 

そうだった。俺の名前はーーー。

こいつは妹のーーーー。

 

一昨日体調崩したせいで出来なかった課題を、昨日夜更かししてやったんだっけ?

 

あぁ。俺朝弱いからなぁ……夜更かしするべきじゃなかったかもしれない。

 

すぐに支度して、家を出る。

遅刻はしたくないからな。

 

ゴンっ

 

「あいた!」

 

あぁ。寝ぼけすぎてた。

まさか電柱に頭をぶつけるなんて。

 

「もうお兄ちゃん! まだ寝ぼけてるの? 仕方ないなぁ。ほら、途中まで一緒に行ってあげるから」

 

本当におせっかいな妹だ。

 

そうだ。これが俺の日常………いや、今日はちょっと寝ぼけてるが、まあ概ねこんな感じだ。

 

両親はいないけど、このまま、妹と一緒に平和な日常を送っていくんだろう。

 

妹に彼氏ができたら、ショックを受けるかもしれない。

まあ、多分、妹に相応しいかどうか、品定めとかするんだろうな。

 

デートとかは心配で、こっそりついて行っているかもしれない。

 

それくらい、俺は妹の事が大事だ。

 

だから、これからも、俺が妹を守っていくんだ。

 

きっと、ずっとーーー。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「ぅ………んぅ……」

 

「おっ! やっと目覚めたんっすね。いやぁ! 3日も寝込んでるもんで、死んじゃったのかと思っちゃいましたよ〜。ま、死んだら死んだでそこまでって感じっすけどね〜」

 

クロが目を覚ますと、目の前にいたのはワニの皮膚を持つ、メイド服のツインテ少女だった。

 

「………これから……どうするつもりだ?」

 

「そう睨みつけないでくれっす。別にとって食おうってわけじゃないっすから、そんなに怯えなくてもいいっすよ」

 

とりあえず、彼女はクロに危害を加えるつもりはないらしい。

情報を得るなら、彼女に聞くのがいいだろう。

 

(まあ、どのみち腹は括ってる。どうせ残された時間も長くないだろうしな)

 

もう既に余命宣告を受けたおかげもあってか、クロは、今から殺されるかもしれないこの状況下でも、冷静でいられた。

 

「3日も寝込んだってほんと?」

 

「はい。3日っす。いや〜何でなんすかね? 私は何っにもしてないんっすけど」

 

おそらく、急激な魔力切れによる体力の消耗だろう。

基本的に、魔力切れに陥る事自体は、魔法が使えなくなる事以外に特に大きな問題はない。

 

しかし、ほぼ満タンの魔力量から、一気に魔力切れの状態に陥った時は、急激な魔力量の変化に体が耐えられないのだ。

 

来夏の必殺をブラックホールで吸収した際も、魔力の急激な増加により体調不良に陥った。それと同じような状態になったのだろう。

 

「他の……魔法少女達は?」

 

「さぁ? あ、手は出してないっすよ。一応他の奴らとの抗争もありますし、魔法少女の使役に魔力を使っちゃうのは勿体無いって、リリスっちが言ってたっす。あ、後せっかくクロっちが身を挺して守ったんだから、しばらくはクロっちの顔を立てて魔法少女は殺さないってことも言ってたっす」

 

彼女の言っていることに、嘘はなさそうだ。

勝手にあだ名を付けられているのには驚いたが、他に気になる事があったため、クロはあだ名については無視することにした。

 

「他の奴らっていうのは? 組織のこと?」

 

「ん……あー。そうっすね。クロっちには一応これから協力者になってもらおうと思ってるんで、まあ説明は必要っすよね。でもどっから説明すればいいんですかね〜」

 

彼女はしばらく悩んだ後、よしっ! と突然声を張り上げて、こう伝える。

 

「まずは10年前の事。この世界で初めて魔法が使われた時のことを振り返っていくっす!」

 

 

 



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Memory28

 

パリカーは、クロが攫われた後、リリス……正確には束に囚われていたアスモデウスを解放した。

 

厳密に言うと、鎖が勝手に解けたのだ。

おそらく、拘束は一時的なものだったのだろう。 

 

それこそ、リリスがクロを手に入れるまでの間の、その場凌ぎの。

 

「悪いね、アスモデウス。君との約束を、ボクは守ることができなかったよ」

 

「………俺は、しばらく組織から離れる」

 

「そんなこと言われても、君がいないとこの組織は成り立たないし………我慢してくれよ。はぁ………本当、君らしくないな」

 

今現在組織の運営は7割ほどアスモデウスに頼り切っている。

そんな状態の組織で、アスモデウスが働けないとなれば、もはや組織解体の道しか残されていない。

 

傷心中の友人を慰めてやりたい気持ちはあるものの、それ以上に組織の運営ができないのはまずいと思ったパリカーは、アスモデウスの気力を取り戻そうと躍起になっていた。

 

ただ、一応クロを守りきれなかったという負い目もあるため、あまりアスモデウスに強く言えないのが現状だ。

 

「しばらく、ここには来ない。その間、組織の運営はお前に任せる」

 

「はぁ!? ちょっと待ってよ!? ボク一人でやれっていうの!? 大体、どこにいくつもりなの?」

 

「リリスのところだ。クロは、生きている。だから、助けに行く」

 

「いやいや! リリスが生者嫌いなのは知ってるだろう!? クロは今頃、リリスの人形に………って……もう行っちゃったのか……」

 

パリカーがアスモデウスを追いかけようとするが、アスモデウスは一瞬でパリカーの目の前から消え、リリスの元へ殴り込みに行ってしまった。

 

「はぁ……本当………ゴブリンはリリスと手を組むし………ルサールカは何してるのか分かんないし………イフリートは好き勝手に暴れるし。おまけにアスモデウスは居場所すら分かってないリリスのところに殴り込みに行くし…………………はぁ、もうダメだ。しんど。寝よ」

 

結局、パリカーはふて寝した。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「10年前までは世界にはまだ魔法と呼ばれるものも、魔法少女と呼ばれるものも、まだ存在しませんでした」

 

「私達からしたらもう魔法が使えるのが当たり前になってるから実感はないわね。よくよく考えれば、ちょっと前までは魔法なんて存在しなかったのよね……」

 

茜が言う。

彼女達からすれば、魔法がない世界というのは4歳までの世界だ。

5歳になって以降は魔法の存在が認知され始めていたため、少し前まで魔法が存在しなかったというのは、あまり実感がわかないのも無理ないだろう。

 

「ええ、そうですね。しかし、ある日突然、魔法がこの世界で使えるようになりました。世間一般では、このことは未だに謎に包まれていると言われてはいますが、僕達は、何故、この世界で魔法が使えるようになったのかを、知っています」

 

 

----------------------------

 

 

「ここでクイズっす。何故この世界で突然、魔法が使えるようになったんでしょう?」

 

「…………組織が魔法を作ったから?」

 

「ざんねーん。違うっす。そもそも、魔法は元からこの世界に存在自体はしていましたよ。まあ、ヒントなしで当てろってのが酷っすね。正解は、この世界に魔族が現れたから、でしたー!!」

 

「ちょっと待って、魔族……? いきなりそんなもの出されても、意味がわからないんだけど…?」

 

クロがそう言うと、メイド服の少女はうーんと唸りながら、説明を加える。

 

「まず、この世界とは別の次元に、魔界って場所があるんすよね」

 

そんなこと、一度も聞いたことがない、とクロは思う。

魔族? 魔界? 

突然出てきたファンタジーな単語に、クロは動揺を隠せない。

 

「魔界って言うのは…‥何?」

 

「さっき言った魔族が住んでる世界っす。ちなみに今クロっちの目の前にいる私も、その魔族っす」

 

彼女の言うことはなかなかに信じ難いものであったが、彼女のワニのような肌を見ると、そんなこともあり得るんじゃないか、そんな気がしてくる。

 

元々クロ自身、魔法を使えると言う時点でこの世界がファンタジーな世界であることは把握している。

だからだろうか、魔界や魔族。そんな単語が出て、最初こそ動揺はしたが、すぐに受け入れられたのは。

 

「それで、それとこの世界で魔法が使えるようになったことと何が関係あるの?」

 

「それを理解するにはまず、魔界の大気中には魔素というものが存在するってことを知っておく必要があるっす」

 

「魔素?」

 

「はいっす。その名の通り、魔力の素っすね。魔法を使うために不可欠なものっす。仮に魔法を扱える体を持っていても、この魔素がなければ魔法を扱うことはできないっす」

 

「………大体わかったかも。多分、その魔素っていうのが、こっちの世界にも流れ込んできたから、魔法が使えるようになったってことだよね。いや、でもさっきは魔族が現れたから魔法が扱えるって言ってた。てことは違う…?」

 

「いえ、合ってるっす。実は……この世界……わかりやすくするためにこれからは人間界と呼ぶことにするっす。元々、私達魔族は人間界の存在を知ってたんっすよ。で、ある日、私達の国の王、魔王様が宣言しました。『人間界を取ろう』と。そして、当時の最新の技術を駆使して人間界へ繋がる『門』を作り上げ、侵略を始めたってわけっす」

 

つまり、魔界に住む魔族達が、人間界を支配するために、『門』を作り、そこを通って人間界へとやってきたのだろう。その結果、魔界にあった魔素がこちらの世界に流れ込み、今まで扱うことのできなかった魔法が扱えるようになったのだろう。

 

先程メイド服の少女が、魔族が現れたから魔法が扱えるようになった、というのは、魔族がこの世界に侵略してきたことで、魔素が人間界に流れ込んできたことで魔法が扱えるようになったため、そのように言ったというだけだろう。

 

「じゃあ、私のいた組織の作った怪人っていうのは一体……」

 

「それはまた別物っす。まあ、人間は多分魔族のことも怪人と同じだと思ってる、ていうか、魔族のことを最初から怪人って呼んでましたからね。後、魔法少女が相手していたのは大体怪人っす。魔族は最初こそ暴れる奴もいたりしましたが、三大勢力の抗争もあって、徐々に人間社会に溶け込みながら水面下での戦いがメインになっていったんで」

 

 

----------------------------

 

 

「「「魔族………」」」

 

櫻達は、明らかとなった敵の正体を、互いに声に出し、深く認識する。

 

そこで、唯一言葉を発さなかった来夏がミツルに尋ねる。

 

「それが本当だとして、じゃあ何で今人類は魔族に支配されてないんだ? 私はあの学校襲撃の日、組織の幹部と戦ったが、お前の話を聞く限り、そいつも多分魔族なんだろ? あいつははっきり言って魔法少女がどうこうできる敵じゃないように見えたんだが……」

 

「そうですね。はっきり言って、魔法少女で魔族に匹敵するほどの実力を持つものは、今のところ僕達は存在しないと認識しています。魔法少女や魔族の強さを表す指標として、force levelと呼んでいるものがあります。元は魔族間でのみ使われていた言葉ですが、このforce levelで表すと、一般的な魔法少女のforce levelは1。魔族の中でも一番弱い部類でもforce level3はあるので、魔法少女では手も足も出ませんね」

 

来夏は先日の学校襲撃で、ゴブリンが話していたことを思い出す。

 

『実際にお前らより数倍も強いんだ。force level1のお前らじゃ、force level5の俺には勝てないに決まってるからな』

 

「force levelっていうのはそういうことか」

 

「はい。そして、何故、人類が今、魔族に支配されていないのかについてですが、これについては理由が二つあります」

 

「二つ?」

 

「はい。一つ目は、魔族間での争いです」

 

 

 

----------------------------

 

 

 

「当時の魔族は、所謂三大勢力ってやつに別れてたんすよ」

 

「………政党みたいなものか?」

 

「いえ。それとはちょっと違うかもしれないっす。そもそもこの三大勢力は、人間界に攻めるかどうかについての話をしている時にできたものですから」

 

まあそんなことは置いておいて、と言いながらメイド服の少女は話を続ける。

 

「この三大勢力の内訳についてですが、一つは『過激派』。人間界攻めて俺たちのもんにしてやるぜって感じのやつっす。二つ目が『穏健派』。人間と魔族との共存を望んでいる魔族達っす。そして最後が『中立派』。まあ、どっちでもない奴らのことっすね。必要があれば戦いも行いますし、必要がなければ戦場に出てくることはない奴らっす」

 

「魔王っていうのは『過激派』か」

 

「そうですけど、魔王様は人間界に来た時に死んでるので、あんまり関係ないっすね」

 

死んだ?

誰かに殺されたのだろうか。しかし、10年前に魔王を殺せるものが、人類の中にいたのだろうか?

 

魔法少女すらいるかどうか怪しいのに。

 

「まあ、魔王様が何故死んだのかっていうのについては、私達もよく事情を知らないんで、なんとも言えないっすね。あぁ、確か1人だけ人間を殺して亡くなったんだとか。どうでもいいっすけどね」

 

しかし、そんな疑問は、今のところ一番有力な説は、魔王が『門』を通った時はまだ『門』の完成度が完全ではなかったのではないかという説っすね〜、と軽く流された。

 

まあ、おそらく『門』関係で何かあったんだろうと、適当な結論をつけながら、クロは話を続けていく。

 

「お前は何派だったんだ?」

 

「お前って………クロっちって思ったより言葉遣い荒いんすね。私にはクロコって名前があるんで、できればそっちで読んで欲しいっす。クロにクロコ、もしかしてクロっちと私って結構相性いいかも…?」

 

言葉遣いが荒いのは、おそらく素が出ているのだろう。

別に気を許しているわけではないが、多分、普段は女の子らしく振る舞うことを意識しているのが、敵の前であるため、そんなことを気にしなくなっているせいだろう。

 

「どうでもいいからはやく話を続けてほしい」

 

「薄情な! こっちはクロっちと仲良くしてあげようと思ってたのに! まあいいっす。ちなみに私は『過激派』っすよ」

 

仲良くしてあげようと思った。

随分と上からな発言だと、少なくともクロはそう感じた。

学校襲撃の件もあって、印象は最悪だ。

 

(やっぱり、こいつらとは相容れない気がする…)

 

 

 

----------------------------

 

 

 

「僕達は、『穏健派』と協力し、『過激派』の魔族と戦い続けました。時折『中立派』が『過激派』に協力することもありましたが、それでも僕達は何とか水面下で抵抗を続けていたんです。そして7年前。ついに、『過激派』のリーダーを討伐し、人類を魔族の手から守ることに成功しました。その後、『過激派』は各地方に散らばり、それぞれ独自の組織を作ってひっそりと人類殲滅を目論んでいます。その『過激派』の残党を狩っていたのが、僕が元々所属していた『対魔戦闘組織』です。まあ僕は戦闘要員ではなかったのですが」

 

「ちょっと待て、魔族っていうのは人間じゃ敵わないくらい強いんだろ? いくら残党とはいえ、そいつらは魔族だ。戦うなんて無理なんじゃないか?」

 

来夏は実際にゴブリンと戦闘して、魔族の強さをその身で体感している。

ゴブリンはforce level5と言っていたので、魔族の中では強い部類だったのだろう。だが仮にforce level3だったとしても、来夏が魔族達を倒せるわけではないらしい。

 

つまり、人間が魔族を倒す手段などないのではないかと、そう思ったのだ。

 

「確かにそうね。私達魔法少女でも敵わないっていうんなら、いくら訓練を積んだ国の暗部組織でも、魔族に対抗できるとは思わないわ」

 

茜も来夏に同意する。

 

「もしかして、『穏健派』の魔族達が、協力してくれたのかも?」

 

櫻がそう口に出すと、ミツルはそれに答える。

 

「確かに、それもあります。ただ、一番大きかったのは…‥これは人類が何故魔族に対抗できたのか、ということについての二つ目の理由でもあるのですが、単純に人類の中に、force level5の実力を持つ者がいたからですね」

 

 

 

----------------------------

 

 

 

 

「魔法少女は基本force level1って聞いてたんだけど、force level5の魔法少女でもいたの?」

 

「いえいえ。force level5はおろか、force level2の魔法少女すらいなかったっすよ。ただ、force level5の『人類』はいましたね。2人くらい」

 

 

 

----------------------------

 

 

 

「あの2人は本当に規格外です。僕は直接話をしたことがありませんが、話を聞く限りとんでもない強さを誇っているみたいです。後、この2人は実は、1人は来夏さんの、もう1人は櫻さんの関係者でもあります」

 

「わ、私の……?」

 

「…………………………」

 

櫻は突然の名指しに驚き、来夏はミツルの発言で何か勘づいたのか、察したかのような表情をしながら口を閉じている。

 

「1人目は、朝霧去夏(アサギリサルカ)。来夏さんのお姉さんですね」

 

「やっぱり猿姉か………」

 

「えぇえぇえぇぇえぇえええ!?」

 

「そういえば姉がいるみたいなこと言ってたわね……」

 

櫻は声を上げて驚き、茜は驚いてはいるものの、そこまで取り乱す様子はない。

 

来夏に関しては驚いた様子はないどころか、もはや呆れ返っている。

おそらく、姉のことを考えているのだろう。

 

長女は政府の暗部組織に、三女は悪の組織に、そして、次女である来夏は魔法少女。

一体朝霧家はどういう教育をしてきたのだろうか。

 

「それで、もう1人っていうのは?」

 

来夏が聞く。

茜と櫻は来夏の姉のことで頭がいっぱいなので、これ以上脳のリソースを割かせないでほしいと思っていることだろう。

 

「2人目は……………百山椿(モモヤマツバキ)。櫻さんの、お兄さんです」

 

「あふんっ!」

 

櫻の脳が、パンクした。




qpちょうちょ


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Memory29

 

「落ち着きましたか?」 

 

「はい………まだちょっと信じられないんですけど………そっか。お兄ちゃん……生きてたんだ……」

 

そう言う櫻の顔には、喜びが表れていた。

行方不明になっていた兄の所在がわかったのだ。

嬉しくて仕方がないのだろう。

 

「あの…! 私の両親にも、このことを話してもいいですか?」

 

「その必要はありません。櫻さん。あなたの両親は既に貴方の兄が生きていることを知っています」

 

「えぇぇ!?」

 

何でお母さんとお父さんは言ってくれなかったのー!?

と叫ぶ櫻を横目に、茜と来夏がミツルとの話を続けていく。

 

「私達と接触したのは、櫻や来夏の血縁者がいたからってことね」

 

「そうなりますね」

 

「んで、猿姉の方はいいが、何で櫻の兄貴がforce level5なんだ?」

 

何故か姉がforce level5であることに疑問を持たない来夏だったが、何かしら知っていたのだろうか。

しかし、先程の反応を見るに、姉が政府の人間として動いていることは知らないように思える。

 

櫻、茜、真白の3人はそう思うが、それについては後で聞けばいい話だろう。

 

「何で……と言われても、難しいですね。強さの理由というのは、僕はあまりよく分かりません。ただ、何故か、椿さんは、魔法少女でもないのに魔法が扱えるんですよ。属性は無属性。櫻さんと同じですね」

 

 

 

 

----------------------------

 

 

 

 

「女の方は、ほんっっっとうに意味がわからないっすね。そもそも、使っているものが魔法なのかどうかすら怪しいっす。人間達は適性属性なしって感じで表現してるみたいっすけど、あれはそんなもんじゃないっす。魔王様が何故死んだのかっていうのと同じくらい謎が深いっす」

 

もしかしたら人間固有の能力かもしんないっす、と言いながら、メイド服の少女ーーークロコは話を続ける。

 

「んで、ここからが本題っす。さっき、10年前に三大勢力の話をしましたよね?」

 

「『過激派』、『穏健派』、『中立派』、だったっけ?」

 

「そうっす! ちゃんと覚えてて偉いっすね!!」

 

「子供扱い…………」

 

自分自身で精神は成熟していると思っているクロだが、見た目は子供だ。

子供扱いされるのは仕方ないだろう。だが、精神的には大人なため、子供扱いされるというのは少し違和感がある。

 

「で、さっき話した、他の奴ら、今、リリスっちと争っている相手っていうのは、『過激派』の連中っす」

 

「お前は『過激派』なのに何でリリスに協力してるんだ?」

 

「いやいや。別に『過激派』だからって全員が全員協力してるわけじゃないっす。考え方もそれぞれですから。それに、私はどちらかっていうと『中立派』に考え方が近いっすからね」

 

まあ、10年前は『過激派』として人間を殺しまくりましたけどね〜と、何でもないことのように物騒な話をしながら、クロコは話の軌道を戻す。

 

「で、今争ってる『過激派』の連中は『ノースミソロジー連合』という名で活動しているっす」

 

「北欧神話?」

 

「そうっす。まあ、北欧神話の神々の名前をとって名乗ってますから、多分そういうことっすよね〜」

 

クロとしては、名前などどうでも良かったのだが、ふと、その名前を聞いて気になったことがあった。

 

「そういえば私が元々いた組織の名前って何だったの?」

 

クロは生まれて、今まで育ってきた組織の名前を知らない。

別に知らなくても問題があったわけではないため、そのことに疑問を持ったことすらなかったのだが、組織から離れてみると、やはり気になってくるものだ。

 

「知らないっす。ていうか、明確な名前は存在してなかったと思うっす。多分、リリスっちと同じように勝手に魔族同士で固まって、好き勝手に動いてるだけなんじゃないですかね」

 

クロコはそう言うが、多分そんな感じではないだろう。

魔族だけで組織されているならまだしも、あの中にはDr.白川など、明らかな人間がいた。

 

明確な名前が存在しないなんてことはないだろう。

ただ、今それを知ることはできないし、別に絶対に知らなければならない情報というわけでもない。

 

(まぁ。いいか)

 

とりあえずクロはスルーすることにした。

 

 

 

 

----------------------------

 

 

 

 

「それで、結局私達は何に協力すればいいわけ?」

 

「魔法少女が戦闘してはいけないっていうルールは10年前に作られたものだ。ってことは、元々魔族と下手に戦わせて命を散らす魔法少女が出るのを危惧してたってことなんだろ? だったら、戦闘面で私達にできることなんて、怪人の相手くらいだと思うんだが」

 

茜と来夏がそれぞれ話す。

 

「そうですね。確かに今は、貴方達の戦力はあてにはならないでしょう。ですが、櫻さんと来夏さんは、あの2人の血縁関係者です。専門の訓練を積めば、force level5を目指せる実力はあると思います」

 

「それって政府の支援がある前提だろ。お前はもう政府の人間じゃないんだろ? 私達が専門の訓練を受けることができるとは思えないんだが……」

 

「それに関してですが、政府の人間という身分だと、貴方達に接触することが出来ないんです。だから、僕は政府の人間ではなくなりました。ですが、それは僕の意志でやったわけではありません。上からそのように動くよう指示されたんです」

 

「上から?」

 

「はい。元々、上は櫻さんや来夏さんに、椿さんや去夏さんがやっているような特殊な訓練を受けさせて、国公認の魔法少女として活動してもらおうと画策していました」

 

「だったら何で今更……」

 

「反対していたんですよ。椿さんと去夏さんが。『妹達を巻き込むな』ってね。彼らはforce level5の貴重な戦力です。いくら国のお偉いさんでも、彼らの言うことは聞かざるを得なかったんでしょう。そしてもし、政府が櫻さんや来夏さんを国公認の魔法少女として動かそうとしたら、椿さんや去夏さんは怒るでしょうね。だからこそ、元政府で、今は政府に関係のない人間が、独断で、勝手に、二人に事実を全て話し、協力を取り付けた、というシナリオが必要だったんですよ」

 

「そんな話を私達にしてよかったの?」

 

今まで口を閉ざしていた真白が口を開けて問う。

 

「中学生の子供だから、と言って、完全に騙せるとは思っていません。ただの中学生ならまだしも、貴方達は魔法少女としての戦闘で、精神的に成長しています。貴方達の勘なら、嘘をつけばきっと気づかれるでしょう。なので、今度こそ本当に、僕の独断で貴方達にこの話をしました」

 

ミツルのこの事実を聞いて、櫻達も思うところはある。

自分の家族が、自分を巻き込まないために政府に釘を刺したのにも関わらず、政府はその二人の家族を思う気持ちを無視し、裏をかいて櫻と来夏の二人を戦力として使おうとしているのだ。

 

「…わかったわ。協力する」

 

「私の力で、たくさんの人が救えるなら、いいことだよね」

 

「私も、二度と負けたくねーからな。訓練してくれるって言うなら、構わない」

 

「…………まあ、いいんじゃない?」

 

政府に対するイメージは悪い。

ただ、彼女らの中にある正義感と、正直に事実を話してくれたミツルの誠実さから、彼女達は、彼に協力することを決意したのだった。

 

 

 

 

----------------------------

 

 

 

「ありゃ? 外が騒がしいみたいっすね。ちょっと様子を見てくるんで、大人しくしててくださいね〜」

 

そう言って、クロコは外へ出て行く。

 

話はまだ終わっていないのだが、どうやら外で何かが起こったらしい。

 

魔族に三大勢力のこと、そして、魔王の死の謎と、後ちょっぴり組織の名前が何なのか、それが気になって、クロは今夜は眠れそうにないなと、そう思った。

 

 

 

 



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Memory30

今更ながら大量の誤字報告に気づきました。
誤字報告、ありがとうございます。

投稿するつもりはなかったのですが、皆さんの誤字報告に対して感謝の気持ちを述べておきたかったので前書きで書かせていただきました。


 

「魔法少女……っすか?」

 

「うん。当たり〜!」

 

メイド服の少女、クロコは、毒の魔法を扱う少女、ユカリと接敵していた。

クロコの後ろには、リリスから借りた大量の死体人形が控えている。

 

「魔法少女じゃ私らに勝てないっすよ」

 

「あ〜! ふぉーすれべるってやつ?」

 

「あぁ。知ってるんすね。そうっす。魔法少女は基本的にforce level1ってのは知ってるっすよね? それに対して魔族のは最低でもforce level3。魔法少女じゃ逆立ちしても勝てないっすよ」

 

「知〜らない♪」

 

メイド服のクロコが丁寧に解説を挟むが、それに対してユカリは耳を傾けている様子はない。

 

会話を挟める相手ではないのだろうと、そう判断したクロコは、リリスから借りた死体人形を使役し、ユカリに向かわせようとするが………

 

「ん…? 反応しないっすね……」

 

しかし、死体人形が反応する様子はない。

 

「後ろのお人形さん達なら、毒でもう倒しちゃったけど…?」

 

ユカリの毒魔法は、生者、死者関係なく、あらゆるものに対して作用する。

その毒の作用は、毒以外にも薬になったりと、色々な効果を持っているのだが、それについては、今は関係ないだろう。

 

「雑魚狩りは得意みたいっすね……」

 

「ふ〜ん? 弱いものイジメしかできないと思ってるんだ?」

 

「私のforce levelは3ですが、どちらかといえばforce level4にかなり近い部類のforce level3っすよ」

 

「だから何?」

 

言いながら、ユカリは魔法により、大きな鎌を作り出す。

その鎌の形状は、クロの還元の大鎌と酷似している。

 

ただ、その色は紫色をしていて、毒々しく、いかにも死神が持っていそうなほどに禍々しい。

 

「なるほど………クロっちの関係者ってことっすね」

 

そして、その鎌を見たことにより、どうやらクロコはクロとユカリが関係していることに勘づいたようだ。

クロコはリリスの学校襲撃の場に居合わせていたため、クロが大鎌を使う場面を見ていたのだ。

 

「お姉ちゃんは……返してもらうから」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「アスモデウス……よくも私の邪魔をしてくれたわね。もう少しで奴らを始末できそうだったのに……」

 

「『過激派』の連中のことか。俺としてもあいつらとは相容れない。始末してもよかったんだが、あいにく、今はそんな気分じゃなくてな」

 

リリスの戦力は、ヒヨリやカゲロウ、散麗を含めた大量の死体人形に、魔法少女である深緑束。加えて鷹型の異形。

 

対してアスモデウスは、その身ただ一つ。

 

もしこの場に第三者がいれば、間違いなく勝つのはリリスだと答えるだろう。

実際、アスモデウスがリリス達に勝つ術はない。

 

だが、元よりアスモデウスはリリス達に勝つつもりはない。

クロの奪還。目的はただそれだけだ。

 

リリス達を足止めしている間に、ユカリにクロを取り戻してもらうのが狙いだ。

 

元々リリス達は他の連中と抗争していたため、本来ならアスモデウスもクロの奪還に向かうつもりだったのだが、その間にリリス達が戦闘を終えてアジトに戻ってきてしまわれては厄介だ。

 

そのため、アスモデウスが一人で陽動をすることにした。

 

「大方、あの魔法少女の奪還が目的でしょう? まだ生きてるって望みに賭けてるのね」

 

「昔のお前なら真っ先に殺していただろうが、今のお前を見ていると、生かしていそうだったからな」

 

「せっかくわざわざ一人で立ち向かってきたんだし、教えてあげるわ。あの魔法少女の子は生かしてあるわ。まあ、そんなことわかったところで意味ないと思うけれど」

 

リリスとしては、アスモデウスに自分達の基地を探し当てることは不可能だと思っている。それに仮にアジトがわかっていたとして、今のアスモデウスに何ができようか。

 

「束。前と同じように、お願いね」

 

「はい。禁忌魔法(マジカルパラノイア)ーーー」

 

「させるか!」

 

束が禁忌魔法(マジカルパラノイア)を使おうとするが、アスモデウスは高速で動き、束に電撃を加える。

 

「うっ………」

 

「同じ手は二度もくらわん」

 

電気ショックにより、束の体は地面に倒れていく。

 

「流石の速さね。でも、こちらには魔族が二人。いくら貴方のforce levelが5でも、force level4を二人同時に相手するのは厳しいでしょう?」

 

言いながら、リリスは死体人形の数体を手で操り、その形を剣のようなものに変えて行く。

 

「元よりお前達に勝つつもりはない」

 

「時間稼ぎのつもり? あっはは! ばっかみたい。そう簡単に私達のアジトを見つけれるとでも?」

 

リリスはアスモデウスが時間稼ぎをしようとしていることに気づき、馬鹿にして笑う。彼女の中で、絶対に自分達のアジトを見つけられることはないという自信があるのだ。

 

「お前達にゴブリンが味方をしている。それだけで、大体お前が拠点にしそうな場所はわかってくる」

 

「………………ゴブリンが私に味方をしたってこと、知ってるわけね」

 

「これは推測に過ぎないが、お前達のアジトは地下に作ってあるんだろう? ゴブリンの地属性魔法で、誰にも気づかれないような場所にな」

 

金属音が響く。

剣と剣がぶつかり合う音だ。

 

それも、リリスとアスモデウスの。

 

「図星だったようだな」

 

「いつのまにそんな武器調達してたのかしらねぇ!? ふふっ、いいわ、貴方を倒して、すぐにアジトに戻る!」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

櫻達がミツルの話を聞いている中、コソコソと小声で話す少年が二人。

 

(なんだか、すげぇ話を聞いちまった…‥)

 

(辰樹、すまん。正直俺も、この話を聞いて動揺していてな………。少し頭の整理をさせてくれ…)

 

辰樹と朝太は、魔法少女の………正確には真白の跡をつけて会話を盗み聞きしていた。あの学校襲撃の際、屋上にいなかった櫻達が魔法少女だと朝太が推測したからだ。

 

その際、保健の教師の双山魔衣も何かと彼女と交流しており、また、わざわざ名乗り出て危険な校舎内に櫻達を探しに行ったため、何かしらあると思った二人は早速彼女と接触して探りを入れようとしたのだが、

 

『君達は櫻達が魔法少女だと気づいているんだろう? 隠しても無駄だよ。あぁ、安心してくれたまえ。別に危害を加えるつもりはない』

 

と、一瞬で辰樹達の狙いについて看破した。

 

ただ、そのおかげもあってか、双山魔衣から奇妙なアイテムを貰うことに成功したのだ。

 

『これは透明マントってやつで、その名の通り被れば周りからは透明に見えるんだ。本来は大人一人しか入れないサイズなんだけど、子供の君達なら二人分入ることができるだろう。せいぜい有効活用してくれたまえ』

 

と、そう言いながら二人に透明マントを渡してきたのだ。

 

そしてその透明マントを使い、彼女達を尾行して話を聞いていたのだ。

当然、魔族のことや、政府のことについても聞いてしまった。

 

「やっぱり、政府は信用できない。クロのことも隠蔽してるし…やっぱり悪い奴らみたいだ」

 

そう、政府はクロの件を隠蔽している。

というのも、クロが攫われた後、学校側が世間に攫われた生徒のことを公表しようとしていたのだが、その際、クロの個人情報を調べているうちに、色々と不可解な点を見つけた。

 

それに気づいた政府が、権力にものを言わせ、中学校から一人の生徒が攫われたという事実を無かったことにしたのだ。

 

世間では中学校に怪人が攻めてきたが、政府と政府公認の魔法少女によって、撃退に成功した。という事実だけが残っている。

 

実際には政府は動いていないし、魔法少女に関しても誰一人として公認の魔法少女は動いていなかった。

 

しかし、屋上にいた生徒達は殆どがクロが鷹型の異形に連れ去られる様子を見ている。

そのことをSNSなどで拡散される可能性もあるため、隠蔽などうまく行くわけないと、そう思うかもしれないだろう。

 

だが、政府は全てを揉み消した。

というのも、怪人関連の話題になると、一般人はそれほど深くは触れてはいけない、というのが暗黙のルールなのだ。

 

10年前に魔法少女が登場し始めた際、まだ魔法少女についての法を定めていなかったため、たくさんの少女達が戦場に現れ、また、たくさんの魔法少女が散っていった。

 

そんな彼女らを見て、SNSでは賛否両論ではあったものの、賛成派による魔法少女への応援や、魔法少女のランキングなど、ネット上で魔法少女がエンタメ化していく現象が起こってしまったのだ。

 

それを見た無垢な魔法少女達は、どんどんと戦場に赴き、一人、また一人と散っていった。

 

そんな負のスパイラルを見て、政府が魔法少女の戦闘の禁止、そして、魔法少女のエンタメ化の禁止を行ったのだ。

 

もちろん、それでもまだ魔法少女をエンタメとして楽しむ者たちは存在した。

 

だが、そんな者たちは、なぜか、ことこどくネット上から姿を消したのだ。

 

世間ではこう囁かれるようになるーーー政府の刺客によって、暗殺されてしまったのではないかーーーと。

 

その結果、魔法少女について触れづらい状態になり、SNSでの発信も皆慎重になっているのだ。

 

唯一、掲示板での怪人の考察は未だに検閲されていないのか、機能しているようだが、それでも政府非公認の魔法少女について話したりした掲示板は存在を消されている。

 

真保市立翔上中学校の生徒達は、政府に救出され、そしてしばらくは学校を休みとなった。ただ、それだけ。生徒は全員無事ということになった。

 

それを信じる者もいるが、大抵は政府によって隠蔽されたのではないか、なかったことにされたのではないか、と感じている。

 

だが、誰もクロを助けようとは思わない。

怪物達の戦いに、巻き込まれたくはないし、それに、クロと親友と呼べるほどの関わりを持った者は誰もいない。中にはクロのことを心配する者もいたが、しかし何かアクションを起こすつもりもない。

 

ただ、一人を除いて。

 

「やっぱり俺は……‥クロを助けたい!」

 

そして、辰樹はこう、高らかに宣言した。

 

 

 

 

 

 

「今、何か聞こえなかった!?」

 

「ここのセキュリティは結構厳しめだったと思いますが……」

 

「誰だ!!」

 

「櫻! 気をつけて! 敵かもしれないわ!!」

 

「(辰樹の声だったような……?)」

 

 

 

 

少々声は大きかったかもしれない。  




本当は27話で終了させるつもりで書いていたのですが、気づいたらこうなっていました。
面倒くさがりなところがあるので、長編は向いていないのですが、書き始めたからには完結まで持って行きたいと思います。


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Memory31

今ある分全部投稿しときます。ストックなくなるので、しばらく投稿はなくなると思います。


  

「そんな………私は………force level3なのに……どうして負けたんっすか………」

 

地面には、メイド服の少女、クロコが倒れ伏しており、それをユカリが見下ろしている。

メイド服の少女、クロコの服はところどころ破れており、激しい戦闘があったのだと連想させるかのような姿になっている。

 

対するユカリの服装は、戦闘前となんら変わりはないように見える。

戦闘を行なったため、多少は汚れているのだが、戦闘前と戦闘後の姿を並べてみて初めてはっきりとわかるくらいの微々たる差だ。

 

ユカリとの戦闘に、クロコが負けたのだ。

 

「貴方が弱いんじゃない?」

 

魔族と戦ったにも関わらず、ユカリはピンピンしている。

 

魔法少女のforce levelは基本的に1であるはずだ。にも関わらず、ユカリは苦戦することなくforce level3であるクロコに勝利したのだ。

 

「言ってくれますね…………」

 

「とりあえず、お姉ちゃんは返してもらうからね」

 

そう言いながら、ユカリは倒れ伏すクロコを通り過ぎてクロの元へ向かおうとする。

 

「………殺さないんすか?」

 

ユカリがクロコを通り過ぎる寸前、クロコがそう尋ねる。

 

「お姉ちゃんとの約束だから」

 

ユカリはその言葉に、さも当然であるかのように、そう返した。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「無様ねぇ、アスモデウス」

 

アスモデウスはリリスとの戦闘に持ち込み、途中までは優勢だったのだが、途中から突然ゴブリンが参戦してきたのもあって、リリス達との戦闘に負けていた。

 

ゴブリンが参戦してきた際、鷹型の異形は『ゴブリンとは性格的に相性が悪い』と言って散麗達と共に戦線から離脱したのだが、force level4の鷹型の異形よりも、force level5の組織の幹部の一人の方が脅威としては高かったのだ。

 

「馬鹿だなぁ! あんなクソロリのために命を捨てる真似をするとはなぁ………」

 

「殺すのか?」

 

「えぇ。顔馴染みだから、一度は見逃してあげたけれど、邪魔してくれるようなら、始末しないとね」

 

リリスの剣が、アスモデウスに振り下ろされる。

 

(ユカリ………クロを頼んだ………)

 

もはや生き残れる道はないだろう。

そう思ったアスモデウスは、心の中でそう呟き、覚悟を決め、目を瞑って俯く。

 

「じゃあ! 死ねぇ!!!!」

 

アスモデウスの命はここで断たれる

 

 

 

 

 

 

 

 

かのように思われたが、いつまで経ってもアスモデウスに剣が届くことはない。

 

アスモデウスが顔を上げると、目の前には組織の幹部の二人がいた。

 

一人は、少し性格の悪い女、ルサールカ。

 

もう一人は、全身が炎に包まれており、人の形をしているが、どう見ても怪人としか思えないような見た目をした、イフリートという男だ。

 

彼女らはクロに興味があるわけではないし、昔馴染みではあるものの、アスモデウスと深い関係というわけでもない。

 

ただ、アスモデウスが組織の運営をしなかった場合、組織が解体されるか、アスモデウスの分も自分達で組織を運営していかなければならなくなる。

 

ルサールカもイフリートも、自分の好きなように動きたいタイプだ。

アスモデウスには欠けてもらっては困るのだ。

 

「仮にも組織の幹部なんだから、自分の命をもう少し大事にしてほしいものね」

 

「俺は単純に暴れたいだけだ!」

 

3vs2。

 

ルサールカとイフリートのforce levelは5であり、リリスのforce levelは4だ。

いくらアスモデウスが消耗しているとはいえ、それはリリスやゴブリンも同じであるし、force level的に考えてもアスモデウス側が有利だろう。

 

「そう………皆私の邪魔をするのね………」

 

「俺はイフリートの相手はしたくねぇ。悪いが離脱させてもらうぜ」

 

さらにはゴブリンもそう言って戦場から撤退していく。

もはやリリスに勝ち目はない。

 

「ルサールカ、イフリート、頼みたいことがある。俺のことは放っておいていい。ゴブリンの後を追ってくれ」

 

しかし、アスモデウスは数的有利を自ら手放す。

元々、リリスと戦闘していたのは足止めのためだ。

 

ユカリは魔法少女でありながら、force level3に勝てるほどの実力を手に入れているのだが、それでもforce level4と戦闘するとなれば互角の戦いになるし、force level5との戦闘には勝てない。

 

ゴブリンが途中参戦してきた時点で、鷹型の異形や他の魔法少女がアジトに帰っていったのはまだユカリでも対応できるかもしれないが、ゴブリンが相手となればユカリが勝つのは難しくなる。

 

だからこそ、ルサールカとイフリートの二人を向かわせたいと考えたのだ。

 

「俺に指図すんな」

 

「別にいいけど」

 

二人はこう言いながらも、素直にアスモデウスの指示に従い、ゴブリンの後を追う。

 

二人がゴブリンを追いかけていくのを見届けた後、アスモデウスはリリスに話しかける。

 

不思議にも、アスモデウスが話しかけてくるまで、リリスが攻撃を仕掛けてくることはなかった。ゴブリンを追いかけていくルサールカとイフリートを追いかけたいが、アスモデウスを放っていくのは難しいため、動くに動けなかったのだろう。

 

「一騎討ちといこうか、リリス」

 

「いいのかしら? いくら貴方が相手と言っても、仮にも私だって組織の元幹部。そう簡単にいくとは思わないんだけれど」

 

アスモデウスは再び、リリスとの戦闘を始める。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

「今、何か聞こえなかった!?」

 

「ここのセキュリティは結構厳しめだったと思いますが……」

 

「誰だ!!」

 

「櫻! 気をつけて! 敵かもしれないわ!!」

 

「(辰樹の声だったような……?)」

 

 

(やっべっ! やらかした!)

 

(おい辰樹!! 何やってるんだ!?)

 

辰樹と朝太の二人は焦る。

 

確かに、魔法少女4人+1人は困惑こそしているものの、辰樹と朝太がどこにいるのか、そもそも誰がこの場にいるのかは気づいていない(真白は少し勘付いているかもしれないが)。

 

透明マントを被っているのだから、二人は少し冷静になって、そっとこの場を去るべきだったのかもしれない。

 

だが、二人は少々焦りすぎた。

もう既に透明マントが少し取れかけていることにも気づかずに二人はどうすればいいかとモタモタしている。

 

「あの二人って………」

 

「辰樹………朝太………」

 

茜と真白が辰樹と朝太の存在に気がついてしまうが、それでもまだ二人はバレていないと思い込んでいる。

 

それを見かねたのか、来夏が二人に声をかける。

 

「おい! お前ら何やってんだ!」

 

「「バレたぁぁぁーーーー!!!!」」

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん。久しぶり」

 

「ユカリ……? 助けに来てくれたの?」

 

「うん。お姉ちゃんが捕まえられてるって聞いて、心配だったから」

 

「殺しは…‥やってないよね?」

 

「うん。お姉ちゃんと約束したから、ちゃんとそこは守ってるよ。だから、行こう。アパートに戻るのは少し難しいかもしれないけど、組織になら帰れるから」

 

クロはユカリの手をとる。

 

久しぶりに触ったユカリの手は、どこか温かかった。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「リリスというのと、アスモデウスっていうのが戦ってるのね。ふ〜ん」

 

暗闇の中で一人、プラチナブロンドの髪に深紅の瞳を持った、八重歯がとても尖っている少女が呟く。

周りに人が何人かいるが、皆揃って正座しており、明らかに少女よりも下であることがわかる。

 

「クロっていう子を取りあってるのね。なるほど〜。ちょっと興味あるなぁ」

 

「あの…」

 

少女が独り言を言っていると、二十代ほどの社会人女性が畏まりながら少女に話しかける。気は強そうな顔をしているが、今の彼女には覇気がない。その目には、怯えさえも浮かんでいる。

 

「何?」

 

「私達は………いつ……開放されるんでしょうか……?」

 

「今私、考え事してるんだよね。お前、最近私の眷属になった人間だっけ?」

 

「あ、はい………」

 

「そっか。最近なのになんで眷属にしたのか覚えてないや。もういいよ、お前いらない」

 

「え…?」

 

少女が『いらない』と、そう一言発した瞬間、女性の血管という血管が膨らんでいく。

 

「あ………やだ………ぁ…………」

 

次の瞬間には、女性の体は破裂し、そこら中に赤色の液体が飛び散っている。

 

「「「「ひぃ!!」」」」

 

「お前達もこうなりたくなかったら、話しかけるタイミングには気をつけてね」

 

周りにいる人々は皆声を上げ、目の前の惨状に驚き、恐怖している。中には嘔吐し始めている者までいる。

そんな中で、少女は、何事もなかったかのように独り言を続ける。

 

「とりあえず、クロって子はちょっと興味あるし、欲しいなぁ。その上で障害になりそうなのが、『ノースミソロジー連合』と、政府側のあの二人、後はアスモデウスくらいか。リリスとかいう女は、大したことなさそうだし。ドラゴも政府にハメられて身動きが取れないみたいだしね」

 

でもやっぱり私の敵ではないかな、と軽い調子で少女は続ける。

 

「だって私は『吸血姫(ヴァンパイア・ロード)』。奴らが崇める魔王と同格の、最強の魔族なんだから」

 

吸血姫は動く。

ただ欲望のままに。

 

自分が手に入れたいと思うものを手に入れるために。

自分勝手に、自己中心的に行動する。

 

その姿は、まさしく独裁者。

 

絶対的な王とも言える存在が、表舞台に姿を表そうとしていた。

 



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Memory32

アスモデウスによるクロ奪還作戦から二週間後。

 

無事にクロを取り返すことに成功したアスモデウスは、組織の運営を以前と同じように、否、それ以上にこなしていた。

 

「どうしてそんなに張り切っているんだい? 君は元々毎日のノルマを決めて、ノルマの達成はもちろん、それ以上何かをしたりすることはないタイプだったろうに」

 

アスモデウスの同僚、パリカーが聞く。

 

「はやく仕事を終わらせたいんだ。クロのことも気になるしな」

 

「はぁ。親バカってやつ?」

 

「かもな」

 

いよいよクロに対する感情を包み隠さなくなってきたアスモデウスに、パリカーは少し困惑しながらも、立ち直った友人に安堵する。

 

(まぁ、今まで趣味の一つもなかったんだし、これくらいのが丁度いいかもね)

 

パリカーは一人そう思う。

 

「趣味ならある」

 

「ナチュラルに心読んでくるのやめてくれないかな!?」

 

本当にパリカーは声に出したりはしていないのだが、長年の付き合いのせいか、しばしば考えていることを当てられることがある。

顔に出たりする方でもないのだが、本当に不思議なものだ。

 

「でも別に、君がたくさん働くのが、クロのためになるとはボクは思わないんだけど」

 

「クロを海に連れていってやりたい」

 

「は?」

 

「クロは生まれてから、今まで遊んだことがなかっただろう。聞けば、あのくらいの年頃はまだまだ遊びたい年頃らしい。ということで、海に連れて行きたいと思った次第だ」

 

「へー。そう。じゃあがんばってね」

 

パリカーはさも興味はないと言った様子で話を切り上げようとする。正直親バカの相手をするのは疲れるからだ。

 

「何を言っているんだパリカー。俺はお前にも来てもらうつもりだぞ」

 

「は?」

 

「仮に俺が一人でクロを海に連れていったとしよう。周りになんと思われると思う? 母親のいない子だと、少しかわいそうな目で見られるかもしれないだろう」

 

「母親がいないからかわいそうだとか、それは偏見でしょ。家族の幸せの形は人それぞれなんじゃないかな」

 

「それもそうだが、中には母親がいないことで、クロのことを悪く思う奴も出てくるかもしれない」

 

パリカーは段々と嫌な予感がしてくる。

これはまずい、このままでは良くない気がする、と、パリカーの中の危険信号が反応している。

 

「考えすぎじゃないかなー」

 

このままアスモデウスに話の主導権を握らせてはいけない。

なんとか考え方を改めさせるんだ、と、そう考えるパリカーだったが、アスモデウスの考えをどうすれば変えさせれるのか、パリカーにはわからなかった。

 

「ということで、パリカー、お前にはクロの母親役をやってもらおう」

 

「なんでそうなるのかなぁ………」

 

パリカーの受難は、もう少し続きそうであった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「なんか、最近退屈だな……」

 

クロはぼんやりと、そう思う。

学校には行けなくなったし、アパートにも戻れない。

 

再び組織の中で寂しく生活する日々に戻ったのだ。

 

最近は他の連中との戦闘が激化していたり、Dr.白川は何やら部屋にこもって何かの研究をしているため、怪人も造っていないようだし、そのせいで櫻達との戦闘もない。なんなら、櫻達も何やら忙しそうだ。

 

一応、たまに怪人を造ることもあるようだが、かなり弱めの個体を申し訳程度に造るだけなので、櫻達以外の魔法少女が対処することが多いというのが実際には起こっているのだが、そんな事情はクロは知らない。

 

リリス陣営は相変わらず『ノースミソロジー連合』とやり合っているようだし、クロの出る幕はない。

 

最初こそ来夏にちょっかいをかけたりと、実はちょっぴり悪役を楽しんでいた部分もあったのだが、今ではそれすらできない。

 

一応ユカリはいるものの、クロは組織での日々が退屈だと感じていた。

 

「私といるの、そんなにつまらない?」

 

ユカリが悲しそうな顔をしながら、そう尋ねてくる。

クロとしてはユカリといるのは楽しい、というよりも、最近はユカリのことは本当の妹のようにも思えてきている。

 

「全然、ユカリのことは大好きだし、ユカリといてつまらないわけじゃないよ」

 

だから素直にそう答える。

少し小恥ずかしいが、クロの精神は一応大人なはずなのだ。

羞恥心から自分の気持ちを伝えないだなんて次元はもう既に卒業した、はずだ。多分。

 

「ただ、毎日同じだと、何か新しい刺激が欲しいなぁって思っただけ」 

 

クロのその発言に、ユカリはうーんと唸りながら、手を顎に当てて考え込む。

 

「ちょっとちょっかいかけてみる?」

 

「誰に?」

 

クロの問いに、ユカリはニコっと笑顔を見せながらこう告げる。

 

「魔法少女に!」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「ていや! えへへ〜。また私の勝ち〜」

 

「うちも結構頑張ったんだけどなぁ」

 

「わ、わたしもいちおう、え、援護くらいは………」

 

三人の魔法少女は怪人討伐へと赴いていた。

 

一人は勝ち気な少女で、燃えるような赤髪が特徴的だ。闘争心の溢れる目からは、少女の中にある自信と強さが見受けられる。

 

一人は褐色の金髪で、少しギャルっぽい雰囲気を感じる少女だ。魔法少女としての衣装も、通常なら膝には届くくらいのスカート丈なのだが、彼女のスカート丈は短く、ミニスカになっている。

 

そしてもう一人は青色の髪をおさげにした、少し気弱そうな少女で、目が悪いのか、眼鏡をかけている。

 

三人の傍らには、先程まで戦っていたカエル型の怪人が倒れ伏している。

 

少女達は戦闘を終えた達成感からか、各々清々しい顔をしながら、談笑している。

しかし、彼女達の楽しげな雰囲気は次の瞬間に失われることになる。

 

突然の威圧感。

 

今までの怪人との戦いでは感じたことのないほどの強者の予感。

少女達の表情は険しくなり、三人とも同じ方向を見つめている。

 

視線の先には、魔法少女らしき真っ黒な少女で、手には鎌を持っており、顔には髑髏の仮面が付けられている。

 

姿だけ見れば、そういうお年頃のちょっと痛い子に見えなくもないが、その少女からはそんな様子は感じられない。

 

「魔法………少女……?」

 

青髪でおさげの少女が呟く。

その言葉に答えるかのように、髑髏の仮面をつけた少女は言葉を発する。

 

「死神だ」

 

髑髏の仮面をつけた少女がそう発した瞬間、辺り一面が霧で覆われる。

 

「ちょ、これ、敵ってやつじゃない!?」

 

「私に任せて!」

 

赤髪の少女が体に炎を纏いながら、髑髏の仮面の少女に接近する。

火花を散らしながら、髑髏の仮面の少女に攻撃を加えようとするが、

 

「………え……?」

 

髑髏の仮面の少女に見つめられた瞬間、体中から全ての炎が消え去っていく。

厳密に言えば、魔力が抜け去っていったのだ。

 

今まで、魔力切れになったことのない赤髪の少女は未知の現象に困惑する。

 

「あれ……? なん……で……?」

 

「焔!!」

 

ギャルっぽい金髪の少女が、赤髪の少女、焔の元へと駆けつけるが、それと同時に髑髏の仮面をつけた少女もギャルっぽい少女の眼前に移動する。

 

「この……!」

 

ギャルっぽい少女は髑髏の仮面をつけた少女をどかそうと、魔法を使おうとするが、髑髏の仮面をつけた少女は特にそれを気にする様子もなく、淡々と自身の持っている大鎌を振り下ろす。

 

(あっ、うち、これ死んだかも)

 

自身の死を悟るギャルっぽい少女。

大鎌による攻撃を受けた次の瞬間には全身から力が抜けて、地面にへなへなと座り込んでいた。

 

「あっ………」

 

おさげの少女は、恐怖で動けない。

 

だが、彼女だって勇気を持った魔法少女だ。

こんなところで挫けたりするようなほど弱くはない。

 

「わ、わたしの………わたしの友達に! 手を出さないで!」

 

しかし、勇気を振り絞り、魔法を行使しようとするも、不発。

 

髑髏の仮面をつけた少女が近づいてくる。

 

何も語らず、悠然としてこちらに歩いてくる恐怖の髑髏仮面に、おさげの少女は正気を保てない。

 

「あっ………あぁ…………」

 

おさげの少女は腰が抜けて立てなくなってしまう。

髑髏の仮面をつけた少女が大鎌を振り上げる。

 

(あぁ………ころされちゃう………)

 

少女は目を瞑り、迫り来る死に恐怖しながら、その時を待つ。

 

だが、一向に大鎌が振り下ろされる気配はない。

 

(あれ……?)

 

不思議に思ったおさげの少女は、少し薄目を開けてみる。

すると、目の前から髑髏仮面の少女が消え去っていることに気づいた。

 

(助かった…?)

 

周りを見てみると、先程までは霧で包まれていたはずなのに、今では霧はすっかり晴れ、視界は良好。まるで最初から何もなかったんじゃないかと錯覚させられるほどに、平和ないつもの街並みがあった。

 

さっきのは夢だったのではないかと、一瞬そんな考えがおさげの少女の中によぎったが、そんなことはない。

実際におさげの少女の眼前には、地面に倒れ伏している友人の赤髪の少女、焔の姿と、その焔のすぐ隣で地面に座り込んでいる友人、美希の姿があったからだ。

 

「あの魔法少女………一体……」

 

おさげの少女はつぶやくが、誰もその問いに答えるものはいない。

怪人としか戦ってこなかった彼女達に現れた、新たなる壁。

 

この壁を越えることは、彼女達にできるのだろうか。  



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Memory33

 

「上手くいったね! お姉ちゃん!!」 

 

「いや、うん。ほんの出来心でやってしまったんだけど………あれは……………なんていうか………あの子達にトラウマ与えてない? 大丈夫かな」

 

ユカリは満足気な様子で、クロは少し歯切れが悪い様子だ。

 

というのも、クロとユカリは暇だしとりあえず魔法少女にちょっかいかけてやるか、とそんな軽いノリで、丁度三人組で怪人の討伐を行なっていた魔法少女達がいたため、ちょっかいをかけようとなったのだが、そのちょっかいのかけ方に、ユカリは満足、クロは少し思うところがあるのか、満足とはいっていない様子のようだった。

 

「あの三人の魔法少女を圧倒するお姉ちゃん、かっこよかったよ!」

 

素直にそう褒めてくれるのは嬉しいのだが、クロとしてはやはり恥ずかしいという思いが強い。

 

いくら今は少女だからと言って、前世を合わせればおそらく精神年齢的には大人なはずなのだ。

なのにあんな厨二病じみた真似をするのは……という気持ちがかなりある。

 

それに、あの三人組の魔法少女に変なトラウマを与えてしまったのではないか? という不安もある。クロとしてはそんなこと気にする必要はないし、その程度で怖気付くくらいの子達なら、むしろ魔法少女をやめさせるべきなのである意味クロの襲撃がきっかけになって良かったのかもしれないが、それでも少しそんな漠然とした不安は多少なりともある。

 

ちなみに、クロとユカリが行ったちょっかいというのが、“かっこいい悪役ムーブ”だ。悪の組織に所属しているため、既に悪役も同然かとも思うかもしれないが、ユカリからすれば組織は別に悪というわけではないのだ。むしろ組織のやることは素晴らしいことなんだ、とそういう認識でいる。

 

つまり、普段から悪役をしている自覚はなく、悪役に魅力を感じてしまうほどに、組織を善なる組織とまではいかなくても、ある程度良いものとして捉えてしまっているのだ。

 

そのせいで、悪役への興味や関心が強かったのだろう。

ユカリは“かっこいい敵役ムーブ”でちょっかいをかけたいと言い出した。

 

クロもユカリの提案にノリノリで賛成したのだが、今となってはちょっかいをかけた魔法少女に対する罪悪感と、羞恥心とで死んでしまいそうだった。

 

生まれてそれほど経っていないユカリがするのと、精神年齢的には大人であるクロがするのとではまた違ってくるし、そういう意味でも恥ずかしい。

 

(やっぱり男の頃の厨二心が残ってるんだろうな……)

 

恥ずかしさはあるものの、正直満足している部分もある。

そういう面でも、男の子らしさというものが、まだクロの中には残っていたのかもしれない。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「結局、あの髑髏仮面の魔法少女ってなんだったんだろうなぁ」

 

三人組の魔法少女の一人、 魏阿流 美希(ギアル ミキ)は公園のベンチに座りながらボソッと呟く。

両脇には勝ち気で、燃えるような赤髪が特徴的な少女、 福怒氏 焔(フクヌシ ホムラ)と、青色の髪をおさげにした、少し気弱そうな少女、佐藤 笑深李(サトウ エミリ)がいる。

 

「まさか魔力切れにされるなんてねぇ……。私、自分の魔法には結構自信あったんだけどなぁ………」

 

焔は足をぶらぶらさせながら、先日の戦闘を思い返している。

 

「なんであの後急にいなくなったんだろう………」

 

焔と同じように、先日のことを思い浮かべていた笑深李は、疑問を溢す。

 

「さぁ? あの髑髏仮面と一緒に霧が出てきたから、もしかしたらそれが関係してるんじゃね?」

 

「なるほど、霧が出ている間だけ活動できるとか、そんな感じね」

 

三人はそれぞれ会話を続ける。

 

「その魔法少女のこと、茜ちゃんに聞いてみてたんだけど、わかんないってさ」

 

そう、焔達は茜の知り合いなのだ。

というのも、茜達が政府公認持ちの名義を借りている三人組というのが、彼女達だ。

 

最近は茜達からしばらくの間活動を休むとの連絡が入ったため、その間だけ代わりに活動しているのだ。代わりといっても、元は彼女達が代わってもらっていた立場なわけだが。

 

「でもね、その話をした時の茜ちゃんの顔が、なーんかその魔法少女に心当たりありそうな感じだったんだよねぇ」

 

「茜ちゃんって翔上中学校のとこの?」

 

「そうそう。私が名義貸してる子だよー」

 

「ふーん。でも何を隠してるんだかね」

 

「さぁね。わっかんないや」

 

美希と焔の会話を一人黙って聞きながら、笑深李は一人決意する。

 

(二人に迷惑かけてばっかりじゃいられない…………怪人と戦うのは怖い…………髑髏の仮面の魔法少女のこともあるし…………でも………私が………やらなきゃ……!)

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

アスモデウスが先日、リリスに捉えられていた廃墟にて、二人の男女が邂逅を果たしていた。

 

「わざわざ私を手紙で呼び出してくれるとはね。愛の告白でもするのかな?」

 

そう言葉を発する女性は、白衣のようなものを着ており、首からぶら下げた名札には双山魔衣と書かれている。

 

「とぼけるな。お前が支援しなければ、櫻達はこんな戦いに巻き込まれずに済んだんだ」

 

魔衣の向かいに立っているのは、腰に帯刀しており、髪色はやや橙色に近い茶髪で、身長は170cmほどの青年だ。

 

「心外だなぁ。私は別に彼女達に戦いを強制しているわけじゃあない。彼女達が、政府非公認ながらも魔法少女の活動を続けたいという意志を持ち合わせていたから、協力してあげているだけさ」

 

「くだらない演技をするな。お前の身元は大体わかってる」

 

「ほう?」

 

「元『穏健派』の魔族にして、副リーダー。そして今や、政府の手駒。それがお前の正体だ」

 

男の言葉に、ニヤニヤとしながら魔衣は言葉を紡いでいく。

 

「そうだね。でもそれがどうしたっていうのかな? 私は別に君と敵対関係にあるわけじゃあない。むしろ、人間との共存を望んでいる、心優しい魔族にして、君達人間の協力者じゃあないか」

 

「じゃあなんで、ドラゴを裏切った? どうしてあんな、騙し討ちを…」

 

「何の話だい?」

 

「まだとぼけるつもりか………。どうやらお前とは、言葉じゃ分かり合えないらしい」

 

男は静かに抜刀する。

男の様子に、魔衣も戦闘体制をとる。

 

「さぁ、見せてもらおうか、人類の切り札の力!」

 

魔衣のセリフと共に、戦いの火蓋は切られた。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「どうした!! 男は根性だろ!? もっと張り切っていこうぜ!!」

 

「ぜぇ………はぁ…………も…………むり…………ぎゅうげい………」

 

「猿姉、そいつは魔法少女でもなんでもないんだ。そろそろ休憩させてやれないか?」

 

政府が用意したトレーニングルームで、櫻、来夏、そして、櫻達の話を盗み聞きしていた辰樹も、無理を言って朝霧去夏によるトレーニングに参加していた。

 

真白と茜は、怪人が現れた時のためにトレーニングには参加しないことになっている。

 

櫻達は八重にも連絡を取ろうとしたのだが、何故か八重は櫻達を避けており、最近は夏休みに入ったせいで学校もないため、接触する機会がなくなってしまった。

 

そしてどうやら去夏の特訓はスパルタのようで、汗をダラダラ流しながら顔を真っ赤にしている辰樹を見てもなお、特訓をやめようとはしない。

 

その様子を見て、来夏も思わず止めるくらいだ。

 

「まだ腕立て伏せ100回もいってないじゃないか!! そんな軟弱じゃ、魔族には勝てんぞ!」

 

「来夏ちゃん……この人本当におかしいよ………」

 

側で別のトレーニングをしていた櫻も、思わずそうこぼしてしまうほどに、去夏のスパルタっぷりは異常なほどであった。

 

(確かに、猿姉の特訓は普通じゃこなせないくらいにきつい……けど……)

 

辰樹と櫻の特訓の様子を見て、来夏は一人思う。

 

(この特訓をこなせれば、間違いなく私達はとてつもない進化を遂げれる)

 

来夏の中にある去夏への絶対的な信頼、それによる、自分達の進化への確証。

 

それがあるからこそ、来夏はこのトレーニングに参加したのだ。

流石に今回の辰樹は死にそうなほど疲弊していたため、特訓の中止を提案したが、はっきり言って来夏が辰樹の立場であれば、無理にでも特訓を続けていた。

 

それくらい、来夏はこの特訓に賭けている。

 

(私は、もう二度と、負けたくないからな)

 

そこにあるのは確かなプライド。

誰にも負けたくない、その意志は、確かに少女を更なる進化へと導いてくれるだろう。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「くっ………ふふ……やはり私では歯が立たないようだね…………」

 

「吐け。お前の目的は何だ?」

 

「私の目的……?」

 

「どうして、政府の犬に成り下がった? お前は政府に従わなければいけないほど弱くはない。それに、どうして、政府の指示を受けて櫻達をこの戦いに巻き込んだ?」

 

男の言葉に、魔衣は答える。

 

「別に私は政府の犬に成り下がったわけじゃないよ。ただ利害が一致しただけさ。政府は櫻達を政府非公認の魔法少女として活動させ、秘密裏に魔族との戦闘に彼女達を巻き込みたかった。公認だと、魔族との戦闘はさせないって決まりが適用されてしまうからね。そして私は、魔法少女の手駒が欲しかった。ただそれだけのことだよ」

 

魔衣の言葉を聞いた男は、静かに目を閉じ、

 

「理由は理解した。だが、覚えておけ、次、櫻の身に何かあったらーーー」

 

そして、目の前の女にこう告げた。

 

「ーーーその時は、お前を殺す」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「ふむ。私服はこれでいいか………」

 

「はぁ……結局、本当に海に連れていくんだね………」

 

アスモデウスの腕には、『偽装家族設定資料』と書かれた資料がある。

 

「確か、ボクが母親役で……」

 

「父親役は俺だな」

 

「はぁ、本当にそれで通すつもりかい? クロが翔上中学校の同級生辺りと遭遇すると面倒臭そうだし、ボクはできれば遠慮したいんだけどね」

 

「……………借りなら返す。それに、海に行く時だけだ。それ以降は家族ごっこはしない」

 

「まぁいいよ。昔馴染み…………ていうか、幼馴染だし、ある程度は付き合ってあげるよ」

 

「よし、それでは俺は今から下見に行ってくる。留守番は頼んだぞ」

 

アスモデウスのその一言に、パリカーははいはい、と適当に返しながら彼を見送った。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「最近クロちゃんどうしてるのかなぁ」

 

クロが前まで住んでいたアパートの住人、黒沢雪は同じくアパートに住む蒼井冬子の部屋に邪魔してくつろいでいた。

 

「八重に聞いても何も言わないし…………何かあったのかしら……? 心配だわ」

 

「そういえば、八重ちゃんも最近顔見てないなぁ。元気にしてるんですか?」

 

「それがあの子、最近ずっとネットカフェでパソコンをいじってるみたいなの。はぁ、とうとう娘の反抗期がきたのかしら」

 

「えー!? あの八重ちゃんが!? たまに帰ってくるのが遅い時もあるけど、いつも帰ったらすぐに勉強してたのに………」

 

「そうなのよね………最近は宿題すらろくにやってないみたいで………はぁ……………もしかしたら、勉強に疲れてしまったのかもしれないわ。できた子だと思ってたけど、きっとストレスが溜まってたのね………心配だわ」

 

「んーもしかしたら、クロちゃんのこととか関係してるかもしれませんね」

 

「言われてみれば確かに、クロちゃんがこのアパートから出ていっちゃったくらいから、八重の様子もおかしくなっちゃったわね」

 

「今度八重ちゃんにさりげなく聞いてみますよ。何か知ってるかもしれないので」

 

二人はそれぞれクロと八重のことを心配している。

 

しかし、二人は知らない。

これからクロと八重、その両方が、激しい戦いに巻き込まれていくことを。



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Memory34

 

「家族旅行だ。行くぞ」

 

「はい?」

 

クロが例の三人組魔法少女にちょっかいをかけてから一週間ほどが経過した現在、唐突に幹部の男が、トランプでババ抜きをしていたクロとユカリの前に現れてそう言った。

 

ちなみに、クロが残り1枚、ユカリが残り2枚で、たった今丁度クロがババを抜こうとした時に幹部の男が声をかけてきたため、ユカリは少し不服そうだ。

 

隣には、学校襲撃の際にクロを助けようとしてくれた幹部の女、パリカーが立っている。

 

「これが設定資料だ。忠実に守れ」

 

そう言ってアスモデウスは『偽装家族設定資料』と書かれた書類を、クロとユカリに渡して読ませる。

 

「えーとつまり、偽装家族として海に旅行へってことですか?」

 

「そうだ。それと、設定資料に書いてあるように敬語はやめろ。いや、やめなさい。そして俺のことは…………いや、お父さんのことはお父さんと呼びなさい」

 

(??????????????????????????)

 

「やったー! よろしくねーおとうさーん」

 

アスモデウスの急な要求に、思わず頭に大量のはてなマークを浮かべるクロと、クロとは対照的に先ほどまでの不服そうな表情は何処へやら、直ぐにアスモデウスをお父さん呼びに変更し、適応しているユカリ。

 

そのすぐ傍で、どことなく引き攣った笑みを浮かべながら突っ立っている幹部の女、パリカー。

 

クロはこの混沌とした状況に混乱せざるを得なかった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

結局、クロ達偽装家族の一行は、海水浴へとやってきていた。

 

「俺……………お父さん達は、向こうで休憩している…………から、適当に遊んでいろ………いなさい」

 

「お父さん役をするならまずはその棒読みをなんとかしないといけないんじゃないかな?」

 

パリカーは母親役をさせられていくことに不満を感じていたからか、アスモデウスの棒読みをいじり出す。

不満を感じている割には、ニヤニヤと笑っていて楽しそうに思えるが。

 

「黙れ」

 

「ふーん。そんなこと言っちゃっていいのかなー? 仮にもボクは君の愛するお嫁さんなわけだけども」

 

「………………………どれだけ愛していても、時には夫婦喧嘩をするものだ」

 

棒読み演技を指摘されたことがよほど恥ずかしかったのか、いつのまにかアスモデウスは素の口調に戻る。

 

「子供の前で夫婦喧嘩を始めるとは随分と教育の悪い親だね」

 

「ユカリ、とりあえず行こっか」

 

「うん! 私クロールとかやってみたい!! 今まで泳いだことなかったから」

 

そして、そんなちょっとした言い争いを始め出した両親、もとい幹部の二人を放っておいて、クロとユカリは海辺へと向かう。

 

その道中で、様々な人たちが楽しそうに遊んでいる様子が見える。

 

「休暇とはいえ、これも立派な特訓だ! 砂浜で足腰を鍛えるんだ!!」

 

「せっかく張り切って水着まで着てきたのに、結局特訓だなんて………うぅ……」

 

「おい辰樹、お前の水着、サイズ合ってなくないか?」

 

「そうか?」

 

「て、おい馬鹿! ずれてるじゃねぇか!!」

 

「うおわぁー!! やばいやばいやばい!!!!」

 

「え!? え? ちょ、ちょっと何何!?」

 

その様子を遠目で見ながら、ふとクロは思う。

 

(あれってもしかして………)

 

「お姉ちゃん! 行こ!」

 

「あ、うん! 今行く!」

 

しかし、すぐにユカリに呼ばれ、クロの思考は遮られる。

 

そして、ユカリの元へ向かう道中で、またそれぞれ人々が遊んでいる様子をチラ見してみる。

 

「ほ、焔ちゃん………か、顔まで埋めちゃ、息できないよ……?」

 

「はふへへへひひ…………ふひ…………ひひへひへん………(助けて笑深李…………うち…………息できへん………)」

 

「大丈夫大丈夫、死にはしないよん」

 

向こう側には、砂で全身を埋めている少女一人と周りに二人。

 

(…………あれ、気のせいじゃないよね………いや、人違いの可能性も………)

 

「ちょっと真白! 不意打ちは卑怯じゃない!!」

 

「油断している、茜が悪い!」

 

「このー!」

 

視線を移すと、水を掛け合って遊んでいる少女が二人。

 

(いや、流石に、こんな偶然ないでしょ。たまたま………)

 

「リリスさん、これが海水浴って奴っすか! いやぁー擬態魔法があってよかったっす。私の姿じゃ人に騒がれちゃうんで」

 

「クロコ。目的を忘れないでね。きっと奴らは、ここのどこかに潜伏してる。それを探し出すのよ」

 

「ま、どこにいるかなんてわかんないし、見つかるまではは普通に遊んでていいよね! 束ちゃん、あーそーぼー」

 

「散麗、騒ぐのはいいですが、目的はわかっていますよね」

 

砂浜で遊んでいる人々を見ながら、ユカリの元へ辿りついた後、クロは思わず叫んでしまった。

 

「いくらなんでもエンカウント率高すぎだろぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」

 

「ど、どうしたのお姉ちゃん!?」

 

何か問題が起きる気しかしない、そう思いながら、クロ達の楽しい海水浴は始まった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

〜クロ達が海へ行く二週間前〜

 

「なぁ。何やってるんだ?」

 

「晴れてユカリがforce level4に到達しましたからねぇ。まさかここまで成長するとは思いませんでしたから。データをとって、今後に活かそうかと思いまして」

 

Dr.白川は、個人所有の研究室で、データの整理をしていた。

彼は基本的に自身の研究室に他人を入れることはない。今まで研究室に立ち入らせたことがあるのは、家族以外に誰一人としていない。のだが、彼は何の気まぐれか、地属性使いの魔法少女、朝霧千夏を研究室に招いていた。

 

「このデータは……………千鶴?」

 

「ああ……………娘です」

 

Dr.白川の発言に、千夏は思わず顔を顰める。

 

「自分の娘を実験体にしたのか…?」

 

「はい。私の家族に、人類の進歩の第一人者になって欲しかったんですよ」

 

「何が第一人者よ。貴方はただのマッドサイエンティスト。家族のことなんて考えてないくせに」

 

千夏とDr.白川が話していると、突然第三者の少女の声がこの研究室に響く。

先程も述べたが、Dr.白川は家族以外にこの研究室をバラしたことはない。

 

厳密に言えば、家族以外でも千夏はこの研究室の居場所を知っていることにはなるが、彼女は今さっきDr.白川と話していたばかりだ。

 

では、たった今この場に現れたのは誰なのか?

 

決まっている。Dr.白川の家族だ。

 

「久しぶりですねぇ。何年会っていなかったやら………」

 

「さぁね。貴方との生活は最悪だったから、思い出したくもないわ」

 

「ひどいことを言いますねぇ。愛する娘に言われると、結構心にくるんですが」

 

「嘘ばっかり。愛してなんかいないくせに」

 

研究室が、とてつもない冷気によって覆われていく。

 

「まさか………魔法少女か!」

 

千夏がすぐに臨戦態勢をとるが、時既に遅し。

千夏の足は既に、地面と同時に凍らされてしまっていた。

 

無理に動かそうとすれば、足が千切れるかもしれないし、ここから魔法を放とうにも、寒さによってろくに体を動かすことができない。

 

「大きくなりましたねぇ、八重」

 

「……………実験内容を、全て渡しなさい」

 

「おい、何なんだお前」

 

「………来夏、ではないわね。妹さんかしら?」

 

「ちっ。姉貴の知り合いか」

 

千夏は思わず舌打ちをする。嫌っている姉と似ていることを、間接的に思い知らされたからだ。

 

そんな千夏の様子を知ってか知らずか、八重は千夏との会話をやめ、再びDr.白川と相対する。

 

「私には、知る権利がある。貴方の研究内容を」

 

「バックアップはとってあるので、自由に貰っても構いませんよ。こっちには知られて困る情報は置いていないので」

 

そう言いながら、Dr.白川はデータの入ったチップを八重に渡す。

 

「……………………………………」

 

八重は無言でDr.白川は奪い取るかのようにチップを受け取る。

 

「私の与えたその力、有効活用してくれてるようで安心しました」

 

Dr.白川は最後に八重にそのような言葉を残す。

その言葉に、八重は無表情で研究室から出ていった。

 

研究室から、冷気が引いていく。

 

冷たい親子の再会は、最後まで冷たい空間に包まれていた。 



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Memory35

 

『ーデーター』 

 

『“人工的魔法少女製造計画”第1被験体 白川八重 水属性の適性があったため、氷属性の付与を試みるも、本人が拒否。氷属性が扱えていたとしてもforce level1であるため、失敗作と言える』

 

(force level………強さの指標になる基準みたいなものね。まあ、気にしなくてもいいか)

 

八重はDr.白川から受け取ったチップに入っているデータの確認をしていた。

彼女は淡々とデータを読み取っていく。

 

『第2被験体 白川千鶴 光属性の付与に成功。force levelは1であるが、魔法少女の素質がない状態から魔法少女への転身に至ったため、実験は成功と言えるだろう』

 

白川千鶴。

八重の妹だ。八重は妹は実験によって死んだと聞いていたのだが、このデータを見る限りそのような情報はない。

不審に思って少し下にスクロールしてみると、一人の少女の画像が載っていた。

 

そこに載っていたのは、八重と共に魔法少女として活動していた少女、双山真白の姿だった。

 

「う……そ………これって…………」

 

写真に真白が載っている。

そしてその写真は、第2実験体、白川千鶴の解説欄のすぐ下にある。

 

つまりーーー

 

「ーーー真白が、私の妹だったってこと……?」

 

八重は元々、他人に冷たい性格だった。しかし、それは櫻達によって多少は緩和されたのだが、それでも、真白に対して、すぐに優しくできるような性格ではなかったはずだ。

 

にもかかわらず、八重は真白が組織を裏切って仲間になった際、すぐに彼女を受け入れることができた。

 

今思えば、それも真白が妹であったからなのかもしれない。

 

「ていうことはつまりーーー」

 

八重は画面をどんどん下へスクロールしていく。

 

『第19999被験体ークローンー 失敗』

 

下へ。

 

『第40001被験体ークローンー 失敗』

 

さらに下へ。

 

『第70380被験体ークローンー 失敗』

 

さらにさらに下へ。

 

 

 

 

 

そしてようやく、見つけた。

 

 

 

 

 

『第84290被験体ークローンー 成功 魔法少女としての素質を持った個体を生み出すことに成功。意思の疎通も可能。 被験体の固有名を【クロ】とし、急成長装置を用いて第2被験体白川千鶴と同じ年齢に引き上げ、経過を観察することとする』

 

「ははっ………やっぱり………」

 

この説明文を読めば、“白川千鶴”が実験の成功体になったからこそ、“白川千鶴”のクローンを用いて人工的な魔法少女の製造を試みたことはわかる。

つまり、“クロ”は“白川千鶴”のクローン。すなわち真白のクローンであることは確定しているのだ。

 

そして、真白のクローンであるということは、クロは八重の妹と呼んでも過言ではないだろう。

 

おそらく、八重が今まで敵対していたにも関わらず、クロに甘かったのは、クロと自身の血の繋がりを無意識のうちに理解していたからではないだろうか。

 

(まさかクロが、私の妹だったなんてね………どうりで気にかけちゃうわけだわ)

 

しかし、資料はそこで終わりではない。

どうやらさらに下があるようだ。八重は、さらに下に画面をスクロールしていく。

 

 

『第84291被験体ークローンー 失敗』

 

このデータの日付を見ると、大体真白が組織を裏切った時期と重なっている。クロという成功体ができたのにも関わらず、実験体を作っているのはおそらく真白が組織を裏切ったからだろう。

 

『第84400被験体ークローンー 失敗』

 

引き続き資料を見ていくも、一向に成功の文字が見えることはない。

 

(結局、成功したのは真白とクロだけってことね)

 

心の中でそう結論づけようとする八重だったが、ピタリとスクロールする手が止まる。

 

『第84999被験体ークローンー 成功 【クロ】と同様、魔法少女としての素質を持った個体を生み出すことに成功。意思の疎通も可能な上、データを参照するに、force level5に至れるほどの魔力量を保有している可能性大。第84999被験体ークローンーの固有名を【ユカリ】とし、急成長装置を用いて【クロ】と同様の年齢にまで成長させ、運用を試みることとする。これを以って、“人工的魔法少女製造計画”は終了とし、次回からは“門”についての研究を主軸に進めていくこととする』

 

(ユカリ……? そんな存在真白からは…………いえ、真白が組織を裏切った後に造られたんだから、知らなくて当然ね。ユカリ……ねぇ。このデータを見る限り、その子も私の妹になるのかしら? まったく、知らないうちにウチの家族が大所帯になってきてるじゃない。でも、真白とクロが妹、ね。悪く……ないかも)

 

八重はそう思いながら画面をさらにスクロールしていく。

すると、気になる情報を見つけた。

 

「“魔族に匹敵する怪人製造について”? 魔族……? 一体何のこと?」

 

画面をスクロールしても、『force level3以上の怪人を作るためにはー』だとか、『今までの怪人のデータを参照するにー』など、魔族についての説明がなされているような描写はない。

 

(魔族ーーーそんなものがいるなら、それについても調べていく必要があるわね。どんなに強大でも、私が相手をしなくちゃならないわ)

 

八重は心の中で、大切な存在を思い浮かべる。

 

(私の、妹達のために)

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「ふぅ。これがここ数日間で集めた、近辺の魔法少女の情報ね〜」

 

ホテルの一室で『吸血姫(ヴァンパイア・ロード)』は一人で優雅にコーヒーを嗜みながら、一纏めの資料を読んでいた。

 

「魔法少女を眷属になんてしたことないし、“クロ”を眷属にする前にお試しで誰か一人眷属にしておきたいんだけど、手頃なのいないかな〜」

 

そう言いながら、『吸血姫(ヴァンパイア・ロード)』はペラペラと資料を捲っていく。

 

福怒氏 焔(フクヌシ ホムラ)。活発な少女で、内心お姉さんっぽく振る舞おうと思ってるけれど全然うまくいかず、空回りしている可愛らしい女の子。ちょっとアホな部分があるんだっけ。正直欲しいけれど、政府公認の魔法少女ってのが厄介ね。

 

 

魏阿流 美希(ギアル ミキ)。ザ・ギャルって感じね。見るからに生意気そう。こういう子が私に屈服してる姿はなかなか良さそうだけど、残念ながら政府公認。ちょっと手が出しづらいかな。

 

 

佐藤 笑深李(サトウ エミリ)。引っ込み思案だけど、友達思いで、とても心優しい子。こういう子は私に心底心酔させて楽しみたいのだけれど、はぁ。この子も政府公認ね。

 

 

双山 真白(フタヤマ マシロ)。んーなんとなく闇が深い部分がありそうだし、前座で眷属にするにはちょっと重いかな。除外っと。

 

 

百山 櫻(モモヤマ サクラ)。正義感が人一倍強くて、仲間思いで、決して挫けない魔法少女。はぁ。最高。これ以上ないくらいに欲しい。

 

けど、百山椿(モモヤマツバキ)の妹。この子も無理そう。

 

 

朝霧 来夏(アサギリ ライカ)。プライドが高いし、屈服させがいはあるんだけど、この子も姉にforce level5の厄介な奴がいるし、除外かな。

 

 

虹山 照虎(ニジヤマ テトラ)。うーん。既に壊れてる子は好みじゃないんだよね。除外。

 

 

深緑 束(ミロク タバネ)。この子も、リリスが囲ってるし、まあ、奪えないことはないけど、なんか闇堕ちしてるっぽいし、全然そそられないんだよね。闇堕ちさせるなら私でありたいっていうか、他人が闇堕ちさせたやつには興味ないんだよね」

 

 

 

 

吸血姫(ヴァンパイア・ロード)』は8人の『除外者』を一人でつらつらと述べながら、今度は『採用』と書かれている部分を読み出す。

 

 

 

 

津井羽 茜(ツイバネ アカネ)。政府非公認だし、闇も深くなさそうだし、面倒見が良くていい子。完璧。欲しい。

 

 

蒼井 八重(アオイ ヤエ)。少し闇は深いかもだけど、あんまり気にならなさそうだし、何より使えそう。あんまりよくわかんないけれど、政府非公認だし、眷属にしてもいいかもってぐらいかな。

 

 

朝霧 千夏(アサギリ チカ)。自尊心が高くて、政府非公認の魔法少女。一応アスモデウスんとこと契約してるみたいだけど、この子弱いみたいだし、奪っちゃってもそんなに問題はなさそう。採用かな。

 

 

うん。決めた。この三人の中から一人眷属にする。んで、その後に本命の”クロ“を眷属にして………………ふふっ。あはぁ。興奮してきた。早く眷属にしてあげたいなぁ」

 

吸血姫(ヴァンパイア・ロード)』は無邪気に笑う。

しかし、その笑みはどことなく不気味な雰囲気を醸し出している。

 

魔法少女達は、まだ知らない。

 

強大な王が、自分達の首元を狙っていることを。 

 



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Memory36

  

「ふふーん! 私の砂の城が一番立派じゃない?」

 

「わ、す、すごいねユカリちゃん………」

 

「へぇ。手先が器用なんだねー」

 

「ま、まぁ私も? そのくらいできるもん」

 

「どうしてこうなった……」

 

海水浴をしにきたクロとユカリだったが、なんやかんやあって先日ちょっかいをかけた三人組と一緒に遊ぶ流れとなってしまっていた。 

 

一人は火属性の使い手で、茜に名義を貸している少女、 福怒氏 焔(フクヌシ ホムラ)で、

一人は雷属性の使い手で、来夏に名義貸しをしているギャル褐色の少女 魏阿流 美希(ギアル ミキ)

そして、一人は水属性の使い手で、八重に名義貸しをしているおさげの少女佐藤 笑深(サトウ エミリ)だ。

 

クロはこの三人との出会いを一人回想する。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

『お姉ちゃん! 見ててね! 私のクローごぼぐぼげぼぐぼ』

 

『ユカリ!?』

 

『あんなところに溺れている子が! 私が助けに行かなきゃね! とうっ! 安心して! 私がきたからにはごぼぐぼげぼぐぼ』

 

『ほ、焔ちゃん!?』

 

『あちゃー。なんで泳げないのに助けに行こうと思っちゃったのかなぁ』

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

とまぁ。そんな感じで、ユカリが溺れていたところを助けようとした焔という少女も溺れてしまい、最終的に二人ともクロが助けたのだが、その流れで三人との接点ができてしまったのである。

 

「よしっ! 私もできた!! 砂のお城!」

 

「ほ、焔ちゃん……それ、お城じゃなくて館じゃ……」

 

「ぷっ!」

 

 

 

 

(大丈夫かな? 正体バレてない……? うわぁどうしよう………どうしよう………あ、あんないかにも厨二病って感じの姿を晒しておいて、今更仲良く遊んでるなんて知られたら……………)

 

クロはユカリが焔達三人と交流を進める中、一人だけ横で棒立ちになりながら考えるこむ。

その姿はとても理知的に思えるのだが、実際は自分の黒歴史が三人の少女にバレていないかヒヤヒヤしているだけである。

 

 

 

「ーーー髑髏マークだ!」

 

(っ!?)

 

一瞬、髑髏仮面として活動していたことがバレたのかと思いヒヤリとするクロ。

 

「焔ちゃん、お城のお旗に髑髏マークって、ちょっと禍々しくないかな…?」

 

しかし、どうやら焔達が話していたのは城に立てる旗の模様のことだったらしい。

 

髑髏仮面として活動していたことは、一応既にユカリに知られている(というかユカリも協力者なため知っている)とはいえ、一応は家族だし、妹として見ている存在だ。

 

恥ずかしい部分も多少晒しても問題はない。だがもし、焔達に髑髏仮面をつけてカッコつけていたことがバレたらどうなるだろうか。

 

………笑いものにされるに決まっている。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

『アハハハハハ! 髑髏の仮面付けてごっこあそびって、アハハハハハ!』

 

『ほ、焔ちゃん、あんまり人のこと、ぷっ、笑っちゃ、ふふっ、ダメだよ、ぷっ』

 

『そういうお年頃かな? 可愛いね〜。ぷーくすくす』

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

脳内でクロのことを小馬鹿にする三人の姿が鮮明に映し出される。

 

いけない。彼女達にこのことを知られるわけには。

 

組織の最重要機密情報(そんなものはないが)よりも決して漏らしてはいけない情報だ。

 

(絶対に知られてはいけない。この秘密は、確実に隠し通す!!)

 

クロは一人で決意する。その熱意は、今世においてもっとも溢れていると言っても過言ではないだろう。

この熱意さえあれば、クロの秘密を死守することは可能だろう。そう思われていたが、

 

ポロっ

 

「あっ……」

 

砂浜に、髑髏の仮面が落ちる。

クロが三人にちょっかいをかけていた時に被っていた面だ。

 

どこに隠していたのか、その仮面はユカリのところから出てきた。

 

(あれ? ユカリが着ているのって水着だよね? どこに……)

 

「あー! この仮面は!!」

 

(まずい!! 気づかれた!!)

 

クロの、今世における最大の危機が訪れようとしていた。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「アストリッド様、機嫌がよろしいようですね」

 

「ん? あぁ。まあね。最近ようやく“下準備”が終わったし、それに、久しぶりに欲しいって思える子ができたからね」

 

人間の少女は、『吸血姫(ヴァンパイア・ロード)』であるアストリッドに話しかけている。彼女はアストリッドの眷属で、アストリッドに仕え出したのは3年ほど前だ。

 

アストリッドの眷属になっているけれども、それは吸血鬼になるということではない。もちろん、人間を吸血鬼にすることは可能だが、それには少し時間をかける必要があるし、何より、アストリッドは吸血鬼を誇り高い種族だと思っている。

 

そのため、彼女が吸血鬼にするのは、忠実で、かつ自分が本当に気に入ったものだけなのだ。

 

つまり、人間の少女はアストリッドのお気に入りではない。

しかし、彼女はいつも、アストリッドに吸血鬼にしてもらうことを心待ちにしていた。三年間ずっと。

 

「アストリッド様、つかぬことをお聞きしますが、その欲しいとおっしゃっているのは、クロという魔法少女のことですよね? まさか彼女を吸血鬼にするつもりでは………」

 

「それは実際に会ってみないとわからないなぁ。その子と会った時に、私が運命を感じたら、まずは私に心酔させて、それから吸血鬼にしようとは思っているけどね」

 

そのアストリッドの言葉に人間の少女は嫉妬する。

自分が眷属にされたときは、最初から吸血鬼にする気などなかったと言われていたからだ。仮にその魔法少女が吸血鬼にされなかったとしても、それでも吸血鬼にすることを検討すらしてもらえなかった人間の少女にとっては嫉妬の対象となったのだ。

 

(確かに、アストリッド様の手によって今まで吸血鬼になったことがあるのはたったの三人。うち二人は10年仕えていたということから、半分お情け。アストリッド様の手によって吸血鬼になれる確率はかなり低い………しかし、それでも、私は…‥)

 

「バンもイザベルも殺されちゃったし、その魔法少女の他に、もう一人くらい吸血鬼にしてあげてもいいかもね」

 

「も、もう一人、ですか?」

 

人間の少女はその言葉を聞いて、食い入るように言葉を反芻する。

 

「そうだねぇ。与える名前は………んー何にしようかなぁ」

 

アストリッドはそうして、吸血鬼にする者に与える名を考えている。基本的にアストリッドが人間を吸血鬼にする時、その人間には人間だった時の名前を捨てさせ、新たな名前を名付けるのだ。人間の少女は、その名付けもとても魅力的に思えた。

 

(アストリッド様に忠誠を誓っている眷属はほとんど仕えて5年以上は経っている者ばかり…………数は少ないけれど、その中で吸血鬼にさせていただくとなれば、やはり3年しか仕えていない私は不利………いや、それでも……私が…‥! 私が吸血鬼となって! アストリッド様の片腕として……!)

 

アストリッドに吸血鬼にしてもらうため、

 

(私が、クロという魔法少女に取り入って、彼女を連れてくれば…………きっと、アストリッド様は私を吸血鬼へと進化させてくださるに違いない!)

 

そして、アストリッドに喜んでもらうために、人間の少女は一人決意する。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「元気にしていたかい? ドラゴ」

 

ごく一部のものしか知らない、秘密の地下牢で、ドラゴンのような見た目をした人型の魔族が、牢の中で鎖に繋ぎ止められ、拘束されていた。彼は『穏健派』のリーダーであり、人類側に協力していた魔族だ。

双山魔衣は、地下に通じる二つの入り口のうちの一つから、地下牢の目の前へとやってきていた。

 

「…………………………」

 

「何も語らない、か。人間に裏切られて、さぞショックだったろう? 自分は人間のために尽くしたのに、その結果がそのザマだ」

 

「…………………………」

 

「反応なし。私がからかって楽しんでいるだけって分かっているみたいだね」

 

ドラゴは特に語る様子はない。静かに目を閉じ、死んだかのようにただ只管に眠っているだけだ。

 

「からかいがいがないね。まあいいか」

 

牢の中にいるドラゴを揶揄うのに飽きたのか、双山魔衣は牢からさっていく。

魔衣の足音が遠ざかっていき、完全に牢に音が届かなくなったとき、牢の中にいた者が、目を覚ます。

 

「飯かと思えば、からかいにきただけか。ショックだなぁ。わしは別に人間に裏切られたことなど気にしとらんのだがの」

 

その様子は、とても鎖で拘束されている者とは思えないほど明るかった。



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Memory37

 

薄暗い路地裏で一人、体を抱き寄せるようにしながら壁にもたれかかるようにして座っている、虹色の髪を持った少女がいた。

 

綺麗な虹色の髪色とは対称的に、その姿は少しボロついているように見える。

 

「ねぇ、照虎。聞いてるんでしょ?」

 

うるさい

 

「いじけちゃってさぁ。八重ちゃんに負けたのがそんなに悔しかった?」

 

うるさい

 

「でも、まだ全部の手を出し切ったわけじゃないし、別にそんなに落ち込まなくてもいいと思うんだけど」

 

うるさい

 

「ねえ、聞いてる?」

 

「うるさい。黙ってや。もう話しかけんといてくれ。頼むから。ほんまに」

 

「うるさいって、そんな言い方はないでしょ。仮にも貴方の被害者なんだから」

 

そう言いながら、赤毛の少女は悲しそうな表情を作る。

 

「もう………いい……………」

 

「ヒヨリとカゲロウまで犠牲にしておいてそれ?」

 

「ちがっ……私は騙されたんや………こんなつもりじゃ………」

 

「いくら言い訳しても、変わらないよ」

 

だってもう、と、そう言ってそばかすが特徴的な、三つ編みの少女は言葉を続ける。

 

「私はこの世にはいないんだから」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「いやーまさか偶然ね! こんなところでクロとデアウダナンテー」

 

「まさか茜ちゃんの友達だったとは………友達の友達は友達! ということで、私達はもう皆友達だー!」

 

「わーいやったー!」

 

若干棒読み気味な茜だが、焔はその様子を気にすることはなく、クロ達のことを友達認定する。ユカリはそのことを喜んでいるようだが、クロは素直には喜べなかった。

 

先ほどまで焔達三人組とクロユカリの二人組の計五人で固まっていたのだが、今はその五人に真白と茜が加えられている。

 

茜と真白が合流した時点で、逃げ出したい気持ちでいっぱいだったクロだったが、ユカリが仮面を落としてしまったことにより、即撤退が不可能な状況にあった。なぜか、それはーーー

 

(仮面のこと、内緒にしてあげるから、逃げないでね)

 

(はひ………)

 

ーーー小声で二人が語る。そう、クロは茜に“悪役ごっこ”をしていたことがバレたのだ。これは恥ずかしい。しかもそれをダシに、クロとの交流を図ろうとしてきた。

 

前まではバチバチに敵対していた癖に、この手のひらの返しようはなんなのだろうか。

 

そもそも、焔達と茜が繋がっていることは想定外だった。焔達が茜の知り合いだとわかっていれば、間違っても”悪役ごっこ“などに手を出さなかっただろう。確実にバレてしまうのだから。

 

(で、あの子誰よ?)

 

(妹だよ)

 

(真白、知ってる?)

 

(いや、あんな子見たことないけど…)

 

茜もシロも、ユカリとは初顔合わせであり、一応シロの妹でもあるのだが、シロはその存在を認知していない。

 

(あの子って私の妹でもあるの?)

 

(まあそうだね。というか、実を言うと私もシロの妹になるんだけど………)

 

(クロのが姉じゃなかったの?)

 

(少なくとも私はそう思ってたけど………)

 

三人は呑気にコソコソ話を続けている。と言っても、ユカリと焔一行は結構はしゃいでいるためそこまで小声で話す必要もないのだが。

 

それにしても、かつてはクロを目の敵にしていた茜も、こうしてクロと普通に交流を図ろうとしてくれていることに、クロは少なからず嬉しさを覚えていた。

 

残りの寿命のことを考えると少し憂鬱だが、それでも、今まで悲しませてしまうからと言って、彼女達との交流を避けてきたのは良くなかったのではないかと今更ながらにそう思う。

 

だって、クロは最後まで彼女達を徹底的に突き放すことはできないのだから。

 

(ちょっとその辺ぶらぶらしてくる)

 

クロの発言に、一瞬茜は了承を示そうとするが、シロがそれを止める。

 

(クロ、  に  が  さ  な  い  か  ら)

 

(ひぇっ…………)

 

そう言いながら、シロはクロの手を握りしめてきた。

心なしか、クロの手を握りしめる力が、どんどん強くなっている気がする。

 

(って……痛いんだけど!?)

 

思わず叫びそうになるが、慌てて小声でシロに抗議する形に変えた。普通に痛くなってきたのだ。

 

(逃げるな)

 

(違う違う! 本当に痛いんだってば)

 

(嘘つくな。そうやって、私達をだまくらかそうとしたって………)

 

いくらシロに説明しようとしても、シロは聞く耳を持たない。それどころか、手を握る力が更に強くなってきている。

 

(真白、多分本当に痛いだけだと思うけど……)

 

(茜、騙されてはダメ。クロはこう見えてかなり賢い。私達を欺くことなんて、クロからすれば朝飯前。油断大敵だよ)

 

(普通に痛いんですけど……………)

 

茜が援護するが、シロは思い込みが激しいのか、そう言ってクロの手を離さない。

というか、黒歴史をこれ以上広められるのはよろしくないし、ユカリがいるというのもあって、逃げることはないのだが。

 

「何こそこそやってるんだー」

 

「うちらも混ぜろー♪」

 

「まぜろー♪」

 

「ま、まぜろ〜」

 

茜とシロと小声でこそこそ話していると、焔達がこちらへ向かってくる。どうやら仮面のことは既に頭にないようだ。とりあえず、ひとまずは大丈夫ということだろう。後はいかに穏便に、この状況を抜け出すのか、だが。

 

別の方向から、この砂浜を駆けてくる音が聞こえてくる。

音は段々と大きくなってきており、クロ達の元へとやってきているというのは、すぐにわかった。

 

そしてクロは、その方角に誰がいたのかを知っている。

 

「クロ!!」

 

足音の正体は、元同級生の男子、広島辰樹だった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「だから! 約束するって言ってるでしょう!? もうクロには手を出さないって!」

 

「それは、奴らと戦いながら俺達の組織と戦うのがきついからだろう。奴らを倒した後、お前はクロを手に入れようとするに決まっている」

 

「はぁ、あのさ、アスモデウス。リリスもこう言ってることだし、一旦はこれで話は終わり! でいいんじゃないかな?」

 

「パリカー。お前はアイスクリームを食いにいきたいから早く会話を終わらせたいんだろう? 別にお前は話をしなくてもいい。アイスクリームが欲しいなら買って食べてこい」

 

「なんでこうもボクの考えていることを当ててくるのかなぁ……」

 

「お前とは長い付き合いだからな」

 

「…………話はまだ終わってないのだけれど、とりあえず、私の前でいちゃいちゃするのはやめてもらってもいいかしら」

 

アスモデウス、パリカー、リリスは三人で会話をしていた。

敵対関係だったはずのリリスだが、ルサールカやイフリートの介入を恐れたのか、もうクロは狙いません、と直接アスモデウスに言いにきたのだ。

 

「私は確かに死体収集の趣味はあるけれど、自分が死体になりたいわけじゃあないの」

 

「ま、このまま話してても平行線だろうし、ボク達だって騒ぎを起こしにここにやってきたわけじゃないんだ。もういいんじゃない?」

 

「ここで有耶無耶にしてしまえば、こいつはまたクロを死体人形として調達しにくるに決まっている。本音を言えば、今始末してしまいたい」

 

アスモデウスとリリスが睨み合う。

 

「はぁ、勝手にしなよ。ボクはアイスクリーム食べてくるから」

 

そう言ってパリカーはアイスクリームを買いに行く。

残されたのはアスモデウスとリリス。

 

両者は睨み合うも、これ以上話を続けようとはしない。元々、リリスとしてはアスモデウスの説得は不可能だろうと考えていたためだ。リリスからすれば、パリカーの意志を確認したかっただけであり、パリカーが邪魔をしないという保証が欲しかったのだ。

 

対してアスモデウスは、パリカーの助けが得られなくなると困るため、リリスとそのような約束をさせないためにリリスと対立して話し合っていたのだ。

 

「まあ、このくらいでいいわ。どうせ今日は貴方も邪魔をしてはこないだろうし」

 

「クロに手を出せば……‥分かっているな?」

 

「分かっているわよそのくらい。じゃあ、またね」

 

「二度と顔を見せるな」

 

両者はパリカーの離席により、解散することにした。とりあえず、アスモデウスはパリカーの食べているアイスクリームを自分も食べてみようかと、その場を去っていくのであった。

 

 

 




しばらくは別のもの書くので、投稿はないと思います。年末くらいに投稿するかもくらいです。

二月三月辺りで執筆活動ができなくなる可能性があります。
この作品は既に終わり方は決めていて、後は過程をどうしていくか、だけなので、場合によっては書きたかった展開も端折らないといけないかなと考えています。


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Memory38

 

 

「あの!!」

 

「誰?」 

 

八重は突然後ろから全く知らない人間から声をかけられる。もしかしたら過去に出会ったことのある子かもしれないと、八重は自身の脳内の記憶から声をかけてきた少女の容姿と一致する人物を探そうとするが、いくら探してもその少女の顔には全く見覚えがなかった。

 

「蒼井八重さん…………魔法少女の方………ですよね? 実は、助けて欲しいんです」

 

そしてどうやら、本当に知り合いでもなんでもないようだ。相手が単に知っているだけだったということが、少女の言葉から読み取れる。

 

「そう? なら他を当たって。あいにく、私はこれからやることが多いの」

 

八重としては、はやく魔族の存在について探っていきたい。守るべき大切な妹が3人もいることが分かったのだ。時間は無駄にできない。

 

「そこをなんとか……!」

 

しかし、少女も食い下がらない。なんとしてでも八重に頼みたいことがあるようだ。

 

「………はぁ。何?」

 

少女の雰囲気的に、諦める予感がなかったからか、八重は少女の要求を一応聞き入れることにした。

 

「それが…………少し手を出してもらえますか?」

 

「?……はい、どうぞ」

 

プスリっと、八重の腕に何かが刺される。

その瞬間から、八重の視界は段々とぼやけていく。

 

(まさかこれ………睡眠薬……?)

 

ぼやけていく中で、八重が見たのは、満面の笑みで注射器を握っている少女の姿だった。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「クロ!!」

 

「わっ」

 

突如後ろからやってきた少年、広島辰樹が突然ハグしてきたことによって、クロはバランスを崩して砂浜に倒れ込んでしまう。

 

「わ〜、大胆なボーイフレンドだね〜」

 

「はっ、ははわはあっわはぐ!?」

 

辰樹の大胆な行動に対し、褐色ギャルの少女、美希は感心し、おさげの少女、笑深李はその純粋さゆえか、奇妙な声を出しながら辰樹の行動に動揺している。

 

「わっ! ご、ごめん。でも、無事だったんだな! よかった………」

 

そう言って辰樹は申し訳なさそうにしているが、どこか嬉しそうだ。

クロが無事だったということがわかったからだろう。

 

(皆、心配してたんだ…………)

 

クロは、意外にも自分のことを好いてくれている人間が多いことに気づく。

そのことに対して、嬉しさは感じるものの、しかし。

 

(駄目だ………仲良くしたら………どうせ寿命は残り僅かなのに…………)

 

クロには残り寿命が少ない。

 

だから。

 

(もうこれ以上…………関わっちゃ駄目なんだ………)

 

  

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

八重が目を覚ますと、先程八重に注射器で睡眠薬を打った少女と、その少女がまるで心酔しているかのように見つめているプラチナブロンドの髪に深紅の瞳を持った、歯が牙のように鋭く尖った少女がいた。

 

「アストリッド様。アストリッド様が眷属にする候補に挙げていた魔法少女を連れて参りました」

 

「ふーん。中々良い感じじゃない」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

少女はアストリッドに褒められたのかと思い、感謝を述べる。

 

「は? 貴方のことを言ったわけじゃないんだけど。てか、お前誰? 鬱陶しいから下がっててくれる?」

 

しかし、アストリッドは別に少女のことを一切褒めていない。ただ、八重のことを言っただけなのだ。

 

勘違いした少女は、恥ずかしさで顔が真っ赤に染まる。

 

(こいつ……何者? まさか………)

 

八重はアストリッドという少女が何者なのか、自身の脳内から答えを導き出していく。

 

「はじめまして。魔法少女マジカレイドブルー。いや、これは借りた名義だったか。まあ、どうでもいい。私はアストリッド。吸血鬼を束ねる王、『吸血姫(ヴァンパイア・ロード)』。そして、君のご主人様になる存在、かな」

 

(そうか……こいつが……魔族っ!!)

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「まさか、お前が生きていたとはな………」

 

「オレは不死身だ。あの戦いで失ったのは、この右目だけなんだからな」

 

アスモデウスはアイスクリームを片手に持ちながら、別のグループと勝手に意気投合してビーチバレーをしている相方(パリカー)を横目に、青色の髪に、右目に眼帯をしている魔族の男と対面していた。

 

アイスクリームを持ちながらビーチバレーをするとか正気の沙汰ではないと思うのだが…………。

 

「で、要件はなんだ?」

 

「単純だ。このビーチでは騒ぎを起こさないでほしい」

 

アスモデウスのその言葉を聞いて、眼帯の男は鼻で笑う。

 

「ふんっ。甘くなったな。一匹の魔法少女に入れ込むなんて。だが生憎、オレはここで決着をつけるつもりだ。オレの今の名前、知ってるか? ………オーディンだよ。オーディン。今のオレにピッタリな名前だと思わないか?」

 

オーディンと、そう名乗った男は自慢気にそう告げている。

 

「どうでもいい。本当にここで騒ぎを起こすというのなら、容赦はしない」

 

「言っておくが、お前はオレに命令できる立場じゃないぞ?」

 

「……どういう意味だ?」

 

「お前らの組織の情報は、全部握らせて貰ってるんだよ。あぁそう。グレードアップした怪人の情報も、それから、グレードアップに必要なアイテムも、な」

 

「お前、まさか………」

 

「そうだ。お前らの組織の技術は全部盗ませてもらった。嘘だと思うならそれでもいい。どうせすぐに分かる。それに暴れるのはオレじゃあない」

 

眼帯の男がそう言った瞬間、平和なビーチが、突如悲鳴で溢れかえる。

見ると、海が荒れている。

 

海面のそこら中に渦巻きが発生しており、鯨のような大きな怪物が、海上に鎮座している。

 

「これは…………」

 

「お前の要求、飲んでやるよ。“オレ”はここでは騒ぎを起こさない。だが、“アレ”はそうは行くかな?」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「ブォォォォオオオォォォォォオオオ!!!!!!!!」

 

鯨型の怪物が、咆哮する。

 

「ありゃ、何っすか!?アレ!」

 

「…………アスモデウスのとこの怪人………かしら。怪人というより怪物って感じだけれど。それがどうして、ここに………」

 

クロコとリリスはどちらも鯨型の巨大な怪物に目を向けている。

一方で、束は2人とは別の方向を見ていた。

 

「随分と大所帯じゃないですか。やっぱり、弱いと群れるみたいですね」

 

「束こそ、魔族と手を組むなんて、やっぱり、魔族が怖かったんじゃないの? それに、私は力で負けても、心で負けるつもりはないわ」

 

束と茜、両者は互いに煽り合う、が、すぐに鯨型の怪物へと視線を向け直す。

互いに、あの怪物が1番危険だと、そう判断しているからだ。

 

「ユカリ、とりあえず私達はここから離れ……いっ!」

 

「クロも一緒に戦ってもらうから。途中下車はできないよ」

 

クロはどさくさに紛れてその場から逃げようとするも、シロに腕を再び掴まれてしまう。

 

「突撃ー!!!!」

 

「笑深李、無理そうやったらうちらだけで行くけど、大丈夫そう?」

 

「私は…………変わりたい………いつまでも皆の……焔ちゃん達の足を引っ張りたくないの……だから、私も行く」

 

魔法少女3人組(ほむらとみきとえみり)も、それぞれ臨戦体制に入る。

 

「鯨型の怪物よりも、魔族の方が櫻達が相手にするのは難しそうか。しかし、魔族達(リリスたち)の注意はあの怪物に向いている。それならば私は………」

 

去夏はそう言って、櫻達がいるビーチから離れていく。

 

(私は、この騒動の大元を叩きに行かねばな)

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

ガチャリ

 

「出ろ」

 

政府が秘密裏に所持していた地下牢、そこで、赤みがかった茶髪を持つ青年が、1人の竜人を牢から解放していた。

 

「いいのか? 国家反逆と見做されるぞ」

 

政府(あいつら)は俺との約束を破って、櫻達を巻き込んだんだ。今更俺が政府(あいつら)の思い通りに動く理由なんてない」

 

「そうか。しかし、久しぶりの外かぁ。嬉しいのぉ。ところで、わしを解放したということは、何か要件があるんだろう? どれ、言ってみろ」

 

「特に何も。強いていうなら、櫻達がなるべく戦いに巻き込まれないようにしてほしいっていうのはあるが、無理強いはしない。あんたは好きに動いてくれ」

 

「わしは一応魔族なんだが」

 

「人間も魔族も関係ない。皆命あるものなんだからな」

 

「それもそうか」

 

「それじゃあな、戦友(ドラゴ)

 

「うむ、ではわしも自由に動かさせてもらうぞ、人間(つばき)



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Memory39

 

 

「ブォォォォオオオォォォォォオオオ!!!!!」

 

鯨型の怪物が、再び咆哮する。

 

「あーもう! うるさいわね! もっと静かにできないのかしら!」

 

茜は苛立ちながらも火の玉を撃ち続ける、が、効果はない。

鯨型の怪物は水を司っている。そのため、茜の攻撃では相性が悪いのだ。

 

「悔しいけど、私は戦力になれそうにないわね………。櫻! 私は民間人の避難に回るから、あとは頼むわ」

 

「分かった、茜ちゃん。あとは私達に任せて!」

 

「おい、何だあれ!」

 

「ブォォォォオオオォォォォォオオオ!!!」

 

茜が戦線離脱してすぐに、来夏が言う。

櫻も来夏に言われて見てみれば、おそらく鯨型の怪物が起こしているだろう大量の渦巻きから、恐ろしい顔をした人面魚が次々と現れてくる。

 

「子分?」

 

シロが言う。

 

「子分、いいなぁ。私も子分が欲しい」

 

「ユカリ、言ってる場合じゃなさそうだよ」

 

渦巻きから沸いて出てきた人面魚達が、魔法少女達に襲い掛かる。

 

「あんなに数が多いと、処理が大変そうっすね」

 

「クロコ、ここは魔法少女達に任せましょ。私達の目的は、あんな化け物じゃないもの。束、散麗と一緒に、あの怪物と戦いなさい。私達は、この騒動を起こした元凶を叩きに行くわ」

 

「わかりました。お気をつけて」

 

リリスとクロコは、鯨型の怪物を魔法少女達(さくらたち)に任せ、戦場から遠ざかっていく。リリスならば、鯨型の怪物の対処も可能だろう。しかし、リリス達の目的は鯨型の怪物ではないのだ。

 

「はぁぁああ!!」

 

櫻は魔法によって、桜銘斬を召喚し、人面魚達を斬り付けていく。

来夏や他の魔法少女達もそれに倣ってそれぞれ人面魚達に攻撃を加えていくが………。

 

「くそっ、何だこいつら! 全然キリがねぇ!!」

 

人面魚をいくら斬っても、また渦巻きから次々と増援が送られてくる。これではどれだけ斬っても体力を消耗するだけだ。

 

「クロ、危ねぇ!」

 

辰樹は、クロの背後に忍び寄っていた人面魚達を素手で殴り討伐する。そう、素手だ。

 

人面魚そのものは生身の人間が素手で殴れば、死ぬことはなくとも意識を失う。それくらいに一体一体は大した力を持っていない。

一応魔法を使えるようだが、使われる前に倒してしまえば問題ない。

 

問題なのは数だ。

渦巻きから無限に湧き出てくる人面魚。

 

それの対処自体は簡単だが、その圧倒的な数と、何より、本体と見られる大きな鯨型の怪物が水の弾丸による援護射撃をしてくることによって、魔法少女達(さくらたち)の体力はどんどん削られていってしまうのだ。

 

「来夏ちゃん! 皆! 私に考えがあるの!」

 

櫻はいつまでも変わらない戦況を見て、ひとつの提案を持ちかける。

 

「考え?」

 

クロが尋ねる。クロもまた、どうやってこの場を切り抜ければいいのか分かっていないのだ。

 

「うん。ちょっとの間だけでいいから、来夏ちゃん達には時間稼ぎをしてほしいの」

 

「時間稼ぎ、か。櫻のことだから、何か考えがあるんだろ? 分かった、私達に任せろ」

 

「突撃だー!!!」

 

「焔ちゃん……時間稼ぎって言われてたよね? 別に突撃しなくても……」

 

「ま、これがうちらの焔って感じするし、うちらはうちらのやり方でいいじゃん?」

 

「何か考えがあるみたいですね。私も、美麗様から貸してもらっている死体人形で足止めさせてもらいます」

 

魔法少女達は、各々のやり方で、人面魚及び巨大な鯨の怪物の足止めを開始する。

 

「それじゃ、私も……」

 

「クロちゃんは足止めしなくていいよ」

 

「え?」

 

せっかくだし自分も時間稼ぎに参加しようと意気込んでいたクロだったが、櫻からやらなくていいと言われ、少し肩透かしをくらう。

 

(え、なにこれ、お前の席ねぇから的なノリ?)

 

そう思うクロだったが、櫻の性格的に、クロだけハブってやろうなんて言い出すタイプじゃないというのはわかっている。ただ、なぜ自分だけ時間稼ぎに参加しなくていいのか、疑問に感じた。

 

「多分、あの鯨さんを倒すには、クロちゃんの力が必要だと思うの。だからお願い、力を貸して」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「ふーん。随分と派手な演出じゃない」

 

人々がビーチから逃げ惑う中、プラチナブロンドの髪に深紅の瞳を持った吸血姫(アストリッド)は、その場で立ち止まり、鯨型の怪物とそれに対抗する魔法少女達を見つめていた。

 

彼女の周りは、不自然に人が避けているせいか、アストリッドは一切体を動かすことはない。

 

「ま、もう少し様子を見るか。うーん。楽しみだなぁ、どんな子なんだろう」

 

アストリッドは少しだけ前に出る。

横を見ると、アストリッド以外にも不自然にこの場に残っている者達がいた。

 

「アスモデウス、か。隣のは、知らないな。何で2人とも棒立ちしてるんだ? ………あーなるほどね。『ノースミソロジー連合』のリーダーに足止めされてるのか。てことは…………これ、チャンスだね」

 

アストリッドはニヤリっと不気味な笑みを浮かべる。

 

「クロ、お前はすぐに私のモノにしてやる。ふふっ、アハハハハハハハハ!!!」

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「力を貸してって言われても…………何をすればいいの?」

 

「私と手を繋いでほしいの」

 

「?????」

 

「えーと、だから、私と手を、繋いでほしいの」

 

櫻の提案に、クロは急に人生のモテ期到来かと錯覚するが、こんな危機迫った状況でそれはないだろう。

 

仮に櫻がクロのことが好きな百合ガールだったとして、この場でクロとの距離を縮めようと考えるほどに頭はお花畑ではないはずだ。

 

ただ、クロとしてはもう少し説明を加えてほしいとも思う。こちらからすれば何も分からない状態なのだから。

 

「……わかった。はい」

 

クロは言われた通りに手を差し出す。

すると、櫻がクロの手を取り…………。

 

「って、これ恋人繋ぎじゃ………」

 

「で、でもこっちの方が上手くいくから」

 

クロが櫻の恋人繋ぎを指摘した途端、櫻の顔が真っ赤に染まる。多分、恋人繋ぎだという意識がなかったんだろう。この子は天然タラシなんじゃないかとクロは櫻を少し疑惑の目で見る。

 

「違う違う! そ、そういうのじゃないから!」

 

クロが疑惑の目を向けたことに気付いたのか、櫻は必死に否定する。クロとしても、櫻にそっちの気がある感じはそこまでしないので、多分違うんだろうとは思っているのだが。いや、どちらにせよ天然タラシではあるのかもしれない。

 

「とにかく! この手の繋ぎ方が1番私達の中にある魔力が結び付きやすくなるの。だから、その、恋人繋ぎになっちゃうんだけど………」

 

「えーと、具体的に何をする予定で?」

 

「多分、クロちゃんにも使ったことがあったと思うんだけど、友情魔法っていうのを使おうと思ってて………」

 

「友情魔法?」

 

「うん。私と、もう1人の別の魔法少女の2人で使う必殺技、みたいなものかな」

 

そういえば、とクロは記憶を辿る。

 

(何で使ってたのかは忘れたけど、確か緑の髪の子と、櫻って子で使ってた記憶があるな)

 

記憶がまた欠落しているな、とクロは自身の記憶力のなさを再認識するが、今は関係のないことだ。

 

「それ、仲良い人同士とかじゃないと使えなさそうだけど……」

 

「本来なら、絆が深い人同士じゃないと無理だと思う。でも、私とクロちゃんでも、時間をかければ使える、はず。それに………」

 

「それに?」

 

「………私、クロちゃんとも友達になりたいって、思ってるから」

 

(それは無理だ)

 

口には出さないが、心の中で、クロは櫻の発言を否定する。

クロにはもう寿命がない。仲良くなったところで、それは友達を苦しめることになるだけだ。

 

仲良くなる意味なんてない。友情なんていらない。

 

「とりあえず、理解した。えーと、使えるようになるまで、後どれくらいかかりそう?」

 

友達になりたいという櫻の言葉はスルーしつつ、クロはどれくらいで魔法が完成するのか、櫻に聞いてみる。

 

「20分、くらい、かな」

 

「oh…」

 

(後20分も恋人繋ぎし続けなきゃいけないの????)

 

クロは少し気まずくなった。




ブォォォォオオオォォォォォオオオ書きすぎてブォォォォオオオォォォォォオオオが予測変換で出てくるようになりました。どう使えと?

↓キャラ設定

【魔法少女】
  
クロ  

組織に属する魔法少女。主人公。

使う属性は光→闇→闇×光

・黒い弾

普通の攻撃では分裂してしまい、また自動追尾の機能も搭載されている魔力の塊。

・ブラックホール

相手が大規模な魔法を形成してきた際に、その全てを吸収して自身の魔力に変換することができる魔法。
ただし、容量を超えると身体に多大な負担がかかり、場合によっては死に至る可能性も持ち合わせている為、慎重に使用しなければならない。

・還元の大鎌
 
真っ黒色の大きな鎌。イメージでいうと死神の鎌的なもの。攻撃力が高いわけではないが、攻撃した相手の魔力を奪うことができる。

・『ルミナス』

闇属性の魔法と光属性の魔法の複合魔法。相手の魔法によって拘束された場合に、それを解除する効果を持つ。ただし、友情魔法(マジカルパラノイア)などの特殊な魔法には効果がない。

・『魔眼・無効魔法』

闇属性の魔法と光属性の魔法の複合魔法。相手の目と自身の目を合わせることで発動できる。相手の魔法を全て無効化することができる。



シロ/ 双山 真白(フタヤマ マシロ)

クロの双子の妹。たった1人の大切な家族であるクロを組織から助け出したいと考えている。

使う属性は光。




百山 櫻(モモヤマ サクラ)

ある日突然魔法少女の力に目覚めた普通の女の子。皆が手を取って仲良くなれる平和な世界を目指している。

使う属性は無属性。

・『桜銘斬(おうめいざん)』 

桜の模様が入った日本刀。魔力で強化されているため、普通の日本刀よりも強い。櫻がメインで使っている武器。

・『大剣桜木(たいけんさくらぎ)』 

桜の模様が入った黒い大剣。体の大きい敵や、敵に対して大ダメージを与えたい際に用いる。

・『 桜王命銘斬(おうおうめいめいざん)

おうおう……………パァンパァン(ヒレを叩く音)

友情魔法(マジカルパラノイア)

櫻と他の魔法少女のうち誰か一人が揃った時に使える必殺魔法。

 ☆櫻×八重

『春雨』
敵に対して局所的な魔力の雨を降らせる魔法。食らった敵は無属性魔法の特性によって体を無に返される。さらに水属性の特性の闇属性の魔法を浄化する効果も備えている。

 ☆櫻×束

『春風』
風の弓で無数の矢を放って攻撃する。全ての矢は風に乗って相手を追尾し、迎撃されない限り必ず命中する。さらに、一つでも命中すれば相手の動きを封じることができる。

 ☆櫻×茜

『乙女の香り・ホムラ』 

大きな火柱を発生させ、人の嗅覚を魅了してその火柱へと向かわせる。
ボーっとしていると香りに釣られて灼かれてしまうが、意識がはっきりしていれば耐えることができる為脅威ではないと思うかもしれないが、火柱の数は調整することができ、最大20の火柱を用意することが可能。
火柱の数が多ければ多いほど香りは増す。
香りが増せば増すほど、意識を保っているのが難しくなる。



津井羽 茜(ツイバネ アカネ)

最初に魔法少女として活動し始めた赤髪ツインテの少女。
面倒見のいい性格をしており、束や八重からはよくいじられている。

使う属性は火。




蒼井 八重(アオイ ヤエ)

茜の次に魔法少女になった少女。常に冷静で、仲間に的確な指示を出す。
学校では委員長をしており、成績は優秀である。真白、クロ、ユカリの3人の姉でもある。

使う属性は水。

・『結界・アクアリウム』

特定の形を地面に描くなど、何かしらで表現した際に魔法陣を発動させ、簡易的な結界を施す魔法。結界内には水魔法で生成された雨が降っており、その結界内の闇魔法を浄化する作用を持っている。自身の魔法力ではなく、地脈の魔力を利用するため、魔力が少ない時でも条件さえ満たせば発動可能である。




深緑 束(ミロク タバネ)

一番最後に魔法少女になった少女で6人の中で最年少である。
怪人を前にして放心状態になっていたところを櫻達に助けられ、以降共に戦うようになった。現在リリスの元で闇堕ち状態。

使う属性は風。

・ウインドバインド

風魔法の力で相手を拘束する技。拘束している間、他の魔法を行使することができないので注意が必要。

・風薙ぎ

風魔法の力で相手を斬りつける技。視認できず、音もないため、敵に気づかれずに攻撃することができるところが強み。威力もかなり高く、くらえばただでは済まない。


★『禁忌魔法(マジカルパラノイア)・封印・ウインドバインド』

死体を鎖に変形させて相手を拘束する禁忌の魔法。クロの『ルミナス』であっても拘束を解除することは不可能。

★ 『禁忌魔法(マジカルパラノイア)・生贄・魔力還元』

相手の魔力を“どこか”へ還元して相手が魔法を使えない状態にする魔法。
いくつかの死体を生贄として捧げる必要がある。



朝霧 来夏(アサギリ ライカ)

金髪の髪をローテールにした活発な少女。

使う属性は雷。

・『雷槌ミョルニル』

体中に電気を纏わせ増幅させた後、手のひらにいっぺんに電気を集中させて一つの槌を作り、そこから高圧の電撃を浴びせる技。

・『簡易必殺』雷槌・ミョルニル

その名の通りの威力控えめ簡易必殺




福怒氏 焔(フクヌシ ホムラ)

勝ち気で、燃えるような赤髪が特徴的な少女。能天気で明るい性格。

使う属性は火。




魏阿流 美希(ギアル ミキ)

褐色の金髪で、少しギャルっぽい少女。

使う属性は雷。





佐藤 笑深李(サトウ エミリ)

青色の髪をおさげにした、少し気弱そうな少女。

使う属性は水。




ユカリ

クロのデータを基にして造られた魔法少女。

使う属性は闇。




朝霧 千夏(アサギリ チカ)

Dr.白川の研究に協力している魔法少女。

使う属性は地。




身獲 散麗(ミトリ チヂレ)

束と一緒に魔法少女として活動していた少女。死亡済み。

使う属性は心。




虹山 照虎(ニジヤマ テトラ)

最強の魔法少女を目指す少女。八重にライバル意識を持つ。

使う属性は火、水、風、雷。





ヒヨリ&カゲロウ

忍者の格好をした茶髪の双子姉妹。死亡済み。

使う属性は火&水




笹山 杏奈(ササヤマ アンナ)

真紅の瞳を持ち、赤い髪を三つ編みにした、そばかすが特徴的な少女。死亡済み。

使う属性は風。




【人間】

風元 康(カザモト ヤスシ)

シロとクロの担任の先生。目の下にクマができていて、いつも怠そうに授業をしている。根は生徒思いのいい先生。




Dr.白川

組織に属している科学者。自分の娘ですら実験体にする根っからの科学者。
八重と真白の父親で、クロとユカリの実質的な父親。




黒沢 雪(クロサワ ユキ)

クロの住んでいるアパートの隣の住人。明るく元気な20代。




蒼井 冬子(アオイ トウコ)

八重の母親。クロの住んでいるアパートと同じアパートに住んでいる。




広島 辰樹(ヒロシマ タツキ)

クロ、真白のクラスメイト。
裏表がなく明るい性格。
クロのことが好き。




伊井 朝太(イイ チョウタ)

クロ、真白のクラスメイトで辰樹の友人。
学級委員をやっている。



末田ミツル

元『対魔戦闘組織』所属の政府の人間。現在は表向きは普通の会社員として政府のために暗躍している。正直存在忘れてた。



百山 椿(モモヤマ ツバキ)

櫻の兄。



朝霧 去夏(アサギリ サルカ)

来夏、千夏の姉。来夏からは猿姉と呼ばれている。




【魔族】



双山 魔衣(フタヤマ マイ)

保健の先生で、魔法について詳しい謎の人物。
元『穏健派』副リーダー。





幹部の男/アスモデウス

クロを見張っている組織の幹部。最近はクロのことを娘のように思っている。

使う属性は闇×雷



ルサールカ

幹部の女で曇らせ好きおばさん。でばんすくない。

使う属性は闇×水


ゴブリン

5人いるうちの幹部の1人。クロが嫌い。クロも嫌っている。すなわち相思相愛()

使う属性は闇×地



イフリート

幹部の1人。全身燃え人間。萌える。

使う属性は闇×火



パリカー

幹部の1人。ボクっ娘。最近はアスモデウスの影響でクロに情を持つようになった。

使う属性は闇×無





リリス/赤江 美麗(アカエ ミレイ)

幹部の男の元同僚。

・『傀儡呪術・マジカルロブ』

クロのブラックホールの上等版




雪女(かませいぬ)

リリスの仲間。氷属性を扱う。
八重によって殺された。




アッチィ・ホーク・ピタァ

リリスの仲間。
鷹のような見た目をした、人型の異形の怪物。
炎を操る。
名前つけたけど多分名前で表記することはない。




クロコ

リリスの仲間。
ワニの肌を持つメイドの少女。
水属性を扱う。



アストリッド/『吸血姫(ヴァンパイア・ロード)

吸血鬼の姫。
クロのことを狙っている。



オーディン

元『過激派』リーダーの魔族。
死亡したと思われていたが、裏で生きていた。







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Memory40

好き勝手に書いてる感


 

「『ホーリーライトスピア』!!」

 

真白が唱えた瞬間、無数の光の槍が、人面魚に襲い掛かる。

『ホーリーライトスピア』は、威力こそかなり低めだが、大量の光の槍で相手を串刺しにすることができる技だ。

 

真白の『ホーリーライトスピア』は、人面魚達を串刺しにした後、霞のように消えていっている。

 

炎壁(ファイアーウォール)!!」

 

「うちのも混ぜるよ〜」

 

焔は炎壁(ファイアーウォール)という技によって、名前の通りの炎の壁を作り出す。馬鹿正直に焔達の元へ向かおうとした人面魚が、次々に焼かれていく。

 

また、炎壁(ファイアーウォール)に美希が雷を混ぜることで、炎壁(ファイアーウォール)に近付いただけで人面魚達が痺れ、また辛うじて炎壁(ファイアーウォール)にたどり着いた人面魚達は焼かれてしまうような状態となっている。

 

「人面魚焼きって、美味しいのかな…………」

 

そう言いながら、笑深李は火で燃えている人面魚に水をかけて消化する。別に人面魚達が可哀想だからというわけではなく、単純に人面魚が燃えている場所から火事になってしまうような事態を避けるためだ。

 

元々、焔が怪人と戦った時も、炎の消化は笑深李の役割だったためか、その作業はかなり手際良く行われている。

 

「うぉおおおおぉぉぉおおおお!!!」

 

辰樹も雄叫びをあげながら、拳を振り回して人面魚達を薙ぎ倒していく。

 

「“風薙ぎ”」

 

束は“風薙ぎ”により、次々と人面魚を斬りつけていく。

また、束の周囲では、リリスの死体人形が、人面魚達をあの手この手で仕留めている。

 

その傍らではまた、散麗が人面魚を一匹一匹蹴り飛ばしている。

 

「オラオラどけどけぇ!!!!」

 

来夏は電撃をバチバチと飛ばし、周囲にいる人面魚を一掃しながらビーチ中を高速で駆け回っている。

 

また、来夏の電撃の余波か、倒れた人面魚と接触した人面魚もまた、電撃によって倒れていく。

 

「うーん。全然手応えないなぁ。皆私の毒で倒れちゃうし」

 

ユカリは一見何もしていないように見えるが、ユカリの周囲では次々と人面魚が倒れていっている。ユカリは、自分の周囲に人面魚特効の毒を撒き散らしているのだ。

 

人面魚はユカリの周囲にやってくるだけで息絶え、さらにはユカリが通り過ぎた場所も、人面魚が通ると、その人面魚は一瞬で活動不能になっている。

 

「ブォォォォオオオォォォォォオオオ!!!!!」

 

次々とやられていく人面魚を見てか、鯨型の怪物は3度目の雄叫びをあげる。

 

「来るぞ!!! 皆櫻とクロを守れ!!!」

 

来夏が言うと同時、鯨の怪物は口から水の大砲を発射する。

 

「天使の障壁!!!」

 

真白は、鯨の怪物が発射した水の大砲の前に、大きくて透明な光の壁を発生させ、それを防ぐ。

 

「はぁ……はぁ……うっ、さっきの攻撃、もし、直撃してたら……はぁ……ごめん、私は少し、休まないと……」

 

しかし、真白は先程発生させた巨大な光の壁で大量に魔力を消費し、戦闘続行が不可能になってしまった。

 

「はっ! 水を見るとさっき溺れた時のトラウマが………ごぼぐぼげぼぐぼ」

 

「ほ、焔ちゃん!?」

 

「え……流石にうちも水見ただけで溺れるとは思わなかったんだけど……」

 

また、焔は巨大な水の塊を見たことで、先程溺れた時のトラウマが蘇り、溺れていないのにも関わらず、脳が勝手に溺れたと勘違いしたことで、気絶してしまった。

 

「はぁ…………はぁ………悪い…………俺もそろそろ………限界………か………も………」

 

辰樹も体力が尽き、息切れまでしている。無理もない。辰樹は来夏達と違い、一般人だ。そのため、魔法なんて扱えないし、今まで喧嘩だってしたことがない普通の男子中学生だ。

 

そんなただの1少年が、拳をがむしゃらに振り回していれば、すぐに体力を消耗してしまうだろう。

 

「きゃぁあ!!」

 

「散麗!!」

 

散麗もまた、大量の人面魚による魔法攻撃によって、地面に倒れ伏してしまう。束が助けに行こうとするも、人面魚の数が多すぎて中々散麗の元に辿り着けそうもない。

 

「ちっ、クソっ!」

 

次々と倒れていく仲間達を見て、来夏は思わず舌打ちしてしまう。

 

現在、真白、辰樹、焔、散麗が戦闘できない状態になっている。

 

笑深李は戦闘向きの魔法をあまり上手く扱えないし、美希もそこまで戦闘向きというわけではない。あの2人は戦闘はほぼ焔に任せて、サポートに回ることが多かったからだ。

 

ユカリはまだまだ余裕がありそうだし、来夏だってまだ戦えるが、敵の数は無限。

魔力は無尽蔵ではないし、いつまでもつか分からない。

 

 

 

絶望的とも言える状況。

 

 

 

 

「皆待たせて、ごめん!」

 

 

 

 

しかし、そこで、2人の少女が現れる。

 

 

 

…櫻とクロだ。

 

何故かこのシリアスな状況で2人は恋人繋ぎをしているが、恋仲というわけではないだろう。

 

「クロちゃん、行くよ!」

 

「わかった」

 

「「友情魔法(マジカルパラノイア)!!」」

 

櫻とクロは、互いに声を合わせて、高らかに宣言する。

 

「「ブラックホール!!!!」」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「なんじゃありゃ。ブラックホール? うわぁ。とんでもないね、これ。1、2、3、4…………いや、物凄い数あるなぁ」

 

アストリッドは魔法少女と鯨の怪物の戦闘を見ながら、1人決意する。

 

「決めた。クロは私の眷属にして、吸血鬼にしよう! 一生私の元で仕えさせる! そうと決まれば……………」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

鯨型の怪物が生み出した大量の渦巻きに対抗するかのように、砂浜の上、また、海上にも黒い渦巻き………ブラックホールが点々として現れていく。

 

ブラックホールは、渦巻きから湧き出てくる人面魚を次々に吸い込んでいく。

吸い込むスピードは、渦巻きから人面魚が出てくるスピードよりも速く、人面魚はどんどん数を減らしていく。

 

「すげぇ………………」

 

「クロ……あんな力どこから………」

 

「今がチャンスだ!! ちっこいのはほぼいなくなった! あとはあのデカブツを片付けるだけだ!」

 

来夏はそう言って、鯨型の怪物の方へと突撃していこうとするが………。

 

「待って、来夏ちゃん!」

 

櫻によって呼び止められる。

 

「あの鯨型の怪物を倒すには、友情魔法(マジカルパラノイア)しかないと思う」

 

「あん? でも、友情魔法(マジカルパラノイア)はさっき使ったばかりじゃねぇのか……?」

 

「ううん。使えるよ。多分、私とクロちゃんの友情魔法(マジカルパラノイア)は、ちょっとズルくて、ブラックホールで吸収したものの魔力を、私達の魔力の回復に使えるみたい」

 

「つーとつまり………」

 

「うん。もう一度友情魔法(マジカルパラノイア)を使える。というか、ブラックホールで魔力の回復どころか、私達の本来持ってる魔力量よりも多く魔力がある状態なの。だから、来夏ちゃんと私とクロちゃん、3人で友情魔法(マジカルパラノイア)を使えるかもしれない」

 

「え、まだ恋人繋ぎするの?」

 

クロは思わずそう質問してしまう。無理もない。先程からかれこれ20分ほど櫻と恋人繋ぎをしていたのだ。手汗なんかも出てきてるし、正直気恥ずかしいと思っていたところだった。

 

やっと終わるかと思っていたのに、再び恋人繋ぎをさせられることになるのはクロにとっては結構辛い事実だったのだ。

 

「大丈夫。次はそんなに時間かからないから。すぐだよ」

 

そう言って櫻は来夏と()()()手を繋ぐ。

 

「ちょっと待って! 恋人繋ぎじゃないとダメなんじゃなかったの?」

 

「それは私とクロちゃんとの話で……その、私と来夏ちゃんは、友達だから。あっ! クロちゃんが友達じゃないとかじゃなくて、えっと、私はクロちゃんとも友達になれたらいいなって思ってるっていうか……」

 

「ごちゃごちゃうるせぇよ。さっさとやるぞ。ほらクロ、お前も私と手繋げ」

 

なんだか気を遣われてる気がして居た堪れないなと思うクロだったが、来夏がぶった切ってくれたので少し助かった気がした。

 

「はい」

 

クロは手を差し出して、来夏と普通に手を繋いだが…………。

 

「あっ、えとクロちゃんと来夏ちゃんも恋人繋ぎで、お願い……します」

 

櫻に恋人繋ぎを指定されてしまう。

 

「うっ、なんかめちゃくちゃ恥ずかしい………」

 

櫻と来夏、2人との恋人繋ぎを強制させられたクロは、顔をつい真っ赤に染めてしまう。無理もない。前世から数えても、クロは女性経験がなかった。というか、妹思いのシスコンだったせいでそういう機会もなかった。

 

まあ、どちらにせよクロの現在の恋愛対象は女性ではない(男性でもないが)ため、女性経験云々よりも単純に気恥ずかしいというのが正解だろうが。

 

「じゃあ、いくよ……せーの!」

 

「「「友情魔法(マジカルパラノイア)!!!三連結!!!」」」

 

櫻、来夏、クロの三者は、輪っかになりながら、もう一度同時に叫ぶ。

 

「「「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」」

 

鯨型の怪物の周囲に、無数のブラックホールが現れる。

しかし、今度は全てを吸い込む、文字通りのブラックホールではない。

 

鯨の怪物の周囲に現れたブラックホールから、次々に稲妻が走り、鯨の怪物へと直撃していく。

 

「ブォォォォオオオォォォォォオオオ!!!」

 

鯨の怪物は呻く。

 

雷撃は鳴り止まない。

 

先程発生させた友情魔法(マジカルパラノイア)の効果によって発生したブラックホールで、無限に湧き出る人面魚が、櫻達の魔力となっているせいで、櫻達の魔力は、人面魚が渦巻きから湧かなくなるまで尽きることはない。

 

しかも、渦巻きの人面魚が湧かなくなるというのは、鯨の怪物の死を意味している。

 

 

 

つまり

 

 

雷撃は鯨の怪物が死ぬまでブラックホールから撃ち続けられるということだ。

 

「ブォォォォオオオォォォォォオオオ!!!」

 

大量の雷撃が、黒い闇の中から敵を仕留めんと放たれていく。

 

「ブォォォォ……………………」

 

やがて鯨型の怪物の呻きは小さくなっていき…………。

 

「ブォ……………」

 

そして、力尽きた。

 




・鯨型の怪物

通称ブォォォォオオオォォォォォオオオ

突如ビーチに現れた巨大な怪物。
「ブォォォォオオオォォォォォオオオ」という鳴き声が特徴的。

試作品ではあるものの、怪人強化剤(ファントムグレーダー)をはじめて使用された怪人(怪物)


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魔族なんて………
Memory41


キャラ出過ぎてるし、そろそろスッキリさせた方がいいよね。


 

 

 

鯨型の怪物が、粒子となって消えていく。

 

それに従って、渦巻きから出てきた人面魚達も、光の粒となって分解されていっている。

 

「やった! やったよ私達! クロちゃんのおかげだよ。ありがとう!」

 

「え、うん? ど、どういたしまして?」

 

櫻からの感謝に、クロは少し戸惑いながらも返事をする。

櫻からすれば、既にクロは共に戦った仲間(ともだち)という認識でいる。だが、クロにとってまだ櫻は戦うべき相手(てき)であり、どうも櫻と馴れ合うことができないでいるのだ。

 

「焔のやつ、気絶してるって思ってたらぐっすり寝てるんだけど…………」

 

「すぴーっ」

 

美希が先程気を失った焔の様子を見ると、なんと鼻提灯まで出してぐっすりと寝ている。

 

「束…………」

 

焔、美希、笑深李の3人組のすぐ近くで佇む束に対して、住民の避難をし終えてビーチに戻ってきた茜が声をかける。

 

「茜さん、ですか。決着は後にしてもらえませんか? 私は散麗を回収してはやく美麗様と合流したいので。それに、相手にするには流石に数も多いですしね」

 

茜は何とか束を呼び止めようとするが、どう呼び止めればいいのか、言葉が思いつかない。

 

「ユカリ、私達もそろそろ帰ろう」

 

「うん、わかった」

 

そうこうしているうちに、クロをはじめとした他の魔法少女達も、解散の雰囲気を醸し出しはじめている。

 

各々が帰るために戦闘体制を解こうとしていたその時。

 

「いやぁ見事見事。まさかアレを倒すとはね」

 

突如、頭上から男の声が発せられる。

 

声を発したのは、金髪で、ポケットに手を突っ込み、いかにも軽薄そうな見た目をした男だ。

 

耳にはピアスを開けており、服もヘソが見えるほどに露出度が高く、いかにも遊んでいそうな印象を受ける。

 

「浮いてる…………?」

 

金髪の男は先程頭上から声を発したと述べたが、それは空中に浮いているからだ。

 

「俺らの目的ってさ、別に魔法少女じゃないんだけどー」

 

ケラケラ笑いながら、金髪の男は告げる。

 

「ちょっと調子に乗ってるガキにはお仕置きが必要かなって思ってさ、お高く止まってる人間さんに、魔族様が直々に出向いてあげたってわけ」

 

「魔族………なら、容赦なしだ!」

 

来夏が高速で移動し、男に電撃を浴びせる。

それに合わせて、美希も遠隔から電撃を男に飛ばす、が。

 

来夏と美希が放った電撃は、男の目の前で止まり、来夏と美希、それぞれ電撃を発生させた方へと方向を転換させて向かってきたのだ。

 

「っ!」

 

来夏は直感で避け、美希の方は焔を庇っていたせいで動けなかったが、束が死体人形を使ってガードすることによって電撃を喰らわずに済んだ。

 

「雷属性の使い手としては俺の方が格上なんだからさ、君達の攻撃は上書きされて当然だよね」

 

「笑深李、焔を。うちはあいつと戦う」

 

「え、でも………」

 

「いいから」

 

美希は笑深李に熟睡中の焔を預け、金髪の男に向き合う。

 

「櫻! 茜! 私はこいつの相手をする! 辰樹と真白を連れて逃げろ! あと猿姉呼んでこい!! 私らじゃこいつに歯が立たない、けど猿姉ならこいつを倒せる!」

 

来夏は猿姉なら倒せる、とそう断言した。

つまり、少なくとも来夏の中では、金髪の男は去夏の実力には遠く及ばない、ということだろう。

 

それならば、去夏を連れてきさえすれば、櫻達の勝利は決定する。

 

「わかった!」

 

「りょーかい!」

 

櫻は辰樹、茜は真白に肩を貸しながら、それぞれビーチから去っていく。

 

そして、それぞれが戦線離脱したビーチでは既に、電撃による激しい戦闘が繰り広げられていた。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「なぁ……そういえばクロはどこに行ったんだ?」

 

櫻に肩を貸してもらいながら、辰樹は櫻達に尋ねる。

 

「そういえば、ユカリ……だっけ? その子もいつの間にか居なくなってたわね………」

 

茜がそう言う。

 

「クロのことだから、私達の隙をついて逃げたんじゃないかな………。クロって、実は割と頭がいいから、そういう立ち回りとかも、上手な気がする………」

 

真白がそう言うが、茜はどこか腑に落ちない。

 

(逃げた………って感じじゃなかった気がするのよね………)

 

茜は、戦場から離れつつも1人思考を巡らせる。

 

(大体、魔族が私達の前に現れた時点で、クロとしては真白のことは放っておけないはず………だって大切な妹だもの。怪人なら戦場から逃げ出せても、魔族なら殺されるかもしれない。そんな状況でクロが真白をおいていくとはおもえないわ)

 

嫌な予感がする。

 

茜は誰にも聞こえないほどの呟きを漏らした。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「まさかここまで上手くいくとは………運が良いなぁ」

 

アストリッドは鯨型の怪物が粒子となって消えていくのを確認した後、片手に荷物を持って帰ろうとする。

 

「待て!」

 

しかし、そんなアストリッドを呼び止める少女がいた。

 

紫色の髪を持ち、周囲に毒を放ちながらアストリッドを睨むその少女の名はユカリ。

 

「お姉ちゃんを……返せ!」

 

彼女は、アストリッドが肩に担いでいる姉、すなわちクロを助けるためにアストリッドに立ち向かったのだ。

 

「金髪の魔族に注目がいってる間に、どさくさに紛れて回収できないかなぁって思ってたんだけど、やっぱり見られてたか」

 

「返せ」

 

アストリッドが言葉を発するが、それには目もくれず、ユカリはアストリッドにだけ効くような毒を作り出し、アストリッドに向かって放つ。

 

だが

 

「毒、かぁ。でも残念。私は吸血鬼だから、血液を介して解毒するくらい朝飯前なんだよね」

 

あっさりと、ユカリの毒は破られる。

死体にすら効く毒なのに。

 

「邪魔するなら殺すけど、どうする? 死にたい? それとも生きたい? 10秒あげる。その間に、私の視界から消えるか、私に立ち向かって無様に死ぬか、好きな方を選べ」

 

「無様な目に合うのはお前の方だ!」

 

ユカリはクロが使っているものとそっくりな紫色の大鎌を生成する。

その大鎌で、アストリッドを攻撃するが、

 

「くだらないね」

 

アストリッドが大鎌を指で突いた瞬間、鯨型の怪物が消えたのと同じように、ユカリの大鎌は粒子となって消えてしまった。

 

「あーあ。私に歯向かうからこうなるんだよ。あーでも、どっちにしろちょうど良かったかもね。妹なんて大切な存在がいると、私に依存してくれなくなるし」

 

アストリッドは自身の指を噛み、そこから出た血から細長い剣を生成する。

その剣先が、ユカリの喉元に突き立てられる。

 

「あっ…………」

 

「じゃあ、死ね」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「まさかアレを倒すとは…………。魔法少女も中々侮れないみたいだな………」

 

青い髪を持ち、右眼に眼帯をつけた男、オーディンがつぶやく。

 

「お前が思っているほど、クロは弱くはない」

 

「あー、ダメだ。ボクもクロがアレに勝ったって分かったらなんだか嬉しくなってきちゃった。完全にアスモデウスの親バカがうつっちゃったよ………」

 

「お前ら夫婦だったのか?」

 

「「絶対にない(ね)!」」

 

「まあいいか。しかし、オレの作戦もパーだな。元々はアレで魔法少女を叩きのめし、人類に勝ち目がないことを知らしめたかったのだが…………」

 

「なら、お前が出ればよかった話だろう」

 

「それをすると意味がない。肝心なのは、怪人に敵わないってことを認知させることだ。魔法少女じゃ、人々を怪人の魔の手から守ることはできない、そう人類に思わせることが目的だった。それに、貴様(アスモデウス)の相手もしなければならなかったしな」

 

「ペラペラとそんなことを話していいのか?」

 

「別に構わん。計画が知られたところで、特に支障はない。なぜなら、お前らはここで終わるんだからな」

 

オーディンが話し終えた途端、アスモデウス達の周囲にオーディンの部下と思われる魔族が複数人現れる。

 

「勿論オレは手を出さないでおいてやる。だが、その数を相手にして無事で済むかな?」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「『 特別召喚(オーダーメイド)・桜王命銘斬』!!」

 

アストリッドがユカリに剣を突き立て、その剣先を喉元に刺そうとしたその時、櫻の桜王命銘斬によって、アストリッドの血の剣が横へ弾き飛ばされる。

 

「あ?」

 

「おらぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

そして、アストリッドが櫻に気を取られている間に、後ろから辰樹がタックルをかまし、その衝撃で、肩に担がれていたクロがアストリッドの手から離れていく。

 

「なっ、しま……!」

 

そして、投げ出されたクロを、横から茜と真白がキャッチし、救い出す。

 

「ふぅ。よかったわ、間に合って」

 

4人の手によって、クロ、そしてユカリを助け出すことに成功した。

 

だが

 

「…………あー。キレた。完っ全にキレた。決めたわ。全員ぶち殺す」

 

それは、開けてはいけない蓋を、開けてしまったことを意味していた。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは、ずっと私と一緒にいてくれる?」

 

 

「結婚とかもあるし、ずっと一緒にってわけにはいかないかな。ただ、絶対に幸せだって思えるような人生を送らせてあげたいなとは思ってるし、生涯守っていこうって思ってるよ」

 

 

「なにそれ。お兄ちゃんよく恥ずかしげもなくそんなセリフ吐けるよね〜。まあ、そんなこと言われたら私も嬉しいけど」

 

 

ああ。そうだ。

 

 

俺は、(この子)をまもるためなら。

 

 

殺しだって躊躇しない。

 

 

 

 

 

 

 



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Memory42

ついに今年も終わりますね!

中々に濃い一年だったと思いますが、今年も12/31を迎えられたことに感謝、ですね。
この作品がエタっていないのも、読んでくださる読者の皆様がいるからこそだと思います。

長らく放置していて気がつきませんでしたが、誤字報告など、たくさんの方がしてくださっていたようで、かなり助かっています。本当にありがとうございます。

来年も是非、「悪の組織所属のTS魔法少女、はじめました」をよろしくお願いします。

ところで、今回の話はちょっぴりショッキングだったりするかもしれないので、事前にそれだけ伝えておきます。


第四十二話

 

 

「まずはお前からだ」

 

アストリッドは櫻のいる位置へ、一瞬で距離を詰める。

櫻は『 桜王命銘斬(おうおうめいめいざん)』でアストリッドを迎え撃つ。

 

桜王命銘斬(おうおうめいめいざん)』は、名前に王が付いている。

その名前からも、その格の高さは読み取れるかもしれない。

 

そう。

 

桜王命銘斬(おうおうめいめいざん)』は、吸血鬼の王。ヴァンパイア・ロードであるアストリッドに立ち向かうための武器として、最も適していると言っても過言ではない武器だ。

 

王を倒すための、(おう)の、そして、櫻の、武器。

 

それが、『 桜王命銘斬(おうおうめいめいざん)』なのだ。

 

「くだらん」

 

しかし、そんな櫻の『 桜王命銘斬(おうおうめいめいざん)』は、アストリッドの指一つで粉々に砕け散ってしまった。

 

「そんな…!」

 

「櫻!」

 

桜王命銘斬(おうおうめいめいざん)』を壊し、続けて櫻に手を出そうとしたアストリッドに向かって、茜が魔法を放つが、アストリッドは止まらない。

 

茜の魔法には目もくれず、櫻の首を掴み、櫻の体を上へ持ち上げていく。

 

「うっ……………」

 

「命乞いをしてみろ。あぁ、死んでもいいというのなら、遺言でもいいかもしれないな。安心しろ、お前の兄にはちゃんと届けてやるよ。お前の遺体も、遺言も」

 

「しょ………う……かん………お……うめい……ざん!」

 

櫻はかろうじて働く声帯を使って、『桜銘斬』を召喚する。

そして、『桜銘斬』で、力を振り絞りながらアストリッドの体を斬りつけていく。

 

『桜銘斬』は、アストリッドの体に次々と傷をつけていく。

見ると、アストリッドの体は、徐々に赤色へと染まっていっていることがわかる。

 

「効いてる……? 『桜銘斬』が効いてるわ! 櫻! このまま耐えて! すぐに助けるから!」

 

茜は、アストリッドに追撃を加えながら、アストリッドへどんどん近づいていく。

 

「待って……茜、嫌な予感が……!」

 

真白が茜を止めようとするも、茜は止まらない。

 

「ふん」

 

しかし、この時茜は気付くべきだった。

 

ダメージが通っているにしては、アストリッドの顔は歪むことがなかったことを。

 

傷をつけられても、微動だにもしなかったことを。

 

桜王命銘斬(おうおうめいめいざん)』を指一本で破壊した少女に、何故か格の下がる桜銘斬の斬撃が効いたことの違和感を。

 

しかし、もう遅い。

 

 

ザクッ

 

 

グシャリッ

 

 

茜の体が、大量の赤い刃に貫かれる。

 

 

アストリッドの、血の刃に。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

「あっ………ごふっ………」

 

 

 

茜の口から、赤色の液体が流れていく。

 

茜はそのまま、真っ白な砂浜を赤色に染め上げながら、倒れ伏していく。

 

 

「私が吸血鬼なのだから、血液に対して何かしら警戒しておけばよかったものを。想像力が乏しかったみたいだな」

 

「………っ! てめぇ!」

 

辰樹はその光景を見て、アストリッドを睨みつけるが、何もできることはない。

 

魔法少女と違って、辰樹には何の力もないのだ。

 

いくら去夏の元で体力トレーニングを続けたとはいえ、トレーニングでどうにかなる問題ではない。

 

「首の骨を折るか、いや、せっかくだし、お前に流された血でとどめをさすとしよう」

 

アストリッドは、自身の傷口から湧き出る血液から、鋭利な赤いナイフを創り出す。

 

 

 

 

そして、そのナイフで。

 

 

 

櫻の腹を、突き刺した。

 

アストリッドを斬りつけていたその手が、静止する。

 

 

 

「あぁ。そうだった。命乞いをさせるのを忘れていたな。しかし、もう遅いか。これでは遺言すら言わせられないな」

 

櫻の手から、『桜銘斬』がこぼれ落ちる。

 

アストリッドが片手を放すと、そのまま櫻は、隣で横たわっている茜と同じように、地面に叩きつけられる。

 

「あああああああああ!!!!」

 

櫻と茜がやられたのを見て、真白は激昂。

アストリッドに突撃していく。

 

アストリッドは空中に無数の血の刃を出現させる。

 

しかし、頭に血の昇った真白は、周りを見ずに、ただアストリッドだけを見据えて、彼女に突進する。

 

このままいけば、アストリッドの無数の血の刃で、串刺しにされるだろう。

 

しかし、真白はもう止まらない。

後は先程の茜と同様に、砂浜を赤く染め上げるだけだ。

 

「お前も、同じように死ね」

 

アストリッドは血の刃を放つ。

 

真白に向けて。

 

 

 

 

 

 

ドンっ!

 

真白の体が横へと押し出される。

 

そのおかげか、真白は血の刃の攻撃を回避することに成功した。

 

押し出された方向に、真白が目を向けると。

 

 

そこには、大量の赤い刃に串刺しにされた(ユカリ)の姿があった。

 

「なん、で………」

 

「貴方も…………私の、おねえ……ちゃん………だか………ら…………」

 

ドサリッ

 

毒は消え去る。

ユカリが、アストリッドの手によって、串刺しにされてしまったから。

 

もう、どこにも毒はない。

 

アストリッドの体内にも、ユカリの周囲にも。

 

 

 

「あ……あ……………」

 

「さて、残り2人。ああそうだ。せっかくだから、どちらが生き残るか選ばせてやろうか。なぁ? ()()

 

アストリッドは、クロに対して話しかける。

そう、櫻たちがこの場にやってきた時から、クロは既に目を覚ましていたのだ。

 

ただし、言葉も発せず、体も動かせない状態にされて。

 

真白がクロのいる方へ目を向けると、クロは、その目から涙を流していた。

 

見ていたのだ。

 

 

茜が串刺しにされる様子も。

 

櫻がナイフで突き刺される様子も。

 

大事な妹が、もう1人の妹を庇って大量の赤い刃で貫かれる様子も。

 

全て。

 

「ほら、喋れるようにしたよ。はやく選びなよ」

 

アストリッドがクロに対して語りかける口調は、先程のような威圧感のあるものではなく、とても優しいものだった。

 

クロからしても、自分に危害が加えられることなど絶対にないとわかるほどに。

 

だからこそ余計に、辛い。

 

自分は絶対に助かる。それはわかる。でも、他の人はそうじゃない。

そして、それを覆すだけの力すら、持ち合わせてはいない。

 

おそらく、1番アストリッドに対して有効打になりうるのは、先程鯨型の怪物を倒した、友情魔法(マジカルパラノイア)だろう。

 

しかし、友情魔法(マジカルパラノイア)はもう使えない。

 

櫻がもう、戦えないからだ。

 

1%の希望すら、見出せない。

 

まさに、絶望。

 

クロの内心を支配するのは、ただその一言だった。

 

「ねぇ、クロ。全部君のせいなんだよ。だって、君のことを助けようなんて思わなければ、彼女たちはこんな無惨な殺され方をしなかっただろうしね。これからの長い人生を、ここで終えることはなかったんだよ。あーあ。君が下手に彼女らと関わっちゃったから、こうなっちゃったのかもね」

 

(そうだ…………全部……………中途半端に関わっちゃったから………)

 

クロは、今すぐに目を逸らしたい光景を見ながら、自身の行いを悔いる。

 

(最初から、馴れ合わなければ…………)

 

目の前には、先程まで恋人繋ぎをしていた少女が、真っ赤になって倒れ伏している。

 

(おれなんかが……うまれてきちゃったから……………)

 

そのすぐ近くでは、街を破壊され、一時期は敵意を向けてきながらも、最終的には、許し、また、クロの黒歴史を知りながらも、周りに言いふらすこともなく、秘密にしてくれていた(お人好し)が、砂浜を真っ赤に染め上げている。

 

(たすけてほしいなんて、おもっちゃったから………)

 

そして、アストリッドの足元では、自分の人生の中でも、最も大切だと言い張れる程の宝物(いもうと)が、大量の赤い刃によって壊されてしまっている。

 

「ごめん…………なさい……………」

 

クロは、涙でずぶ濡れになりながら、言葉を発する。

 

「ご“め”ん“な”さ“い”……………ご“め”ん…………“な”さ“い”……………ご“め”ん“な”………さ“い”……………ご“め”ん“な”さ“い”……………ご“め”ん“な”さ“い”……………ご“め”ん“な”さ“い”……………ご“め”ん“……………な”さ“い”……………わ”た“し”………の“せ”い“…………で”………………ご“め”ん“な”さ“い”……………ご“め”ん“…………な”さ“い”……………ご“め”ん“な”さ“い”……………ご“め”ん“な”さ“い”……………ご“め”ん“な”さ“い”……………ご“め”ん“な”さ“い”……………」

 

そしてやがて。

 

「ご“め”ん“………な”…………さ………ぃ………」

 

声すらも、枯れ果てた。

 

「さぁ。選んでよ。友人(たつき)か、家族(シロ)か」

 

そして、少女(ヴァンパイア・ロード)は無慈悲にも、選択を迫る。

 

 

 

しかし。

 

 

 

精神も摩耗し、

 

 

声も枯れ果て、

 

 

流す涙もない。

 

 

 

そんな状態のクロには、

 

 

 

もう。

 

 

 

気力など、なかった。





【魔法少女】
  
★クロ  

組織に属する魔法少女。主人公。

使う属性は光→闇→闇×光



☆シロ/ 双山 真白(フタヤマ マシロ)

クロの双子の妹。たった1人の大切な家族であるクロを組織から助け出したいと考えている。

使う属性は光。



蒼井 八重(アオイ ヤエ)

常に冷静で、仲間に的確な指示を出す。
学校では委員長をしており、成績は優秀である。真白、クロの姉でもある。

使う属性は水。



深緑 束(ミロク タバネ)

一番最後に魔法少女になった少女で八重、来夏、真白、束の4人の中で最年少である。
怪人を前にして放心状態になっていたところを八重達に助けられ、以降共に戦うようになった。現在リリスの元で闇堕ち状態。

使う属性は風。



朝霧 来夏(アサギリ ライカ)

金髪の髪をローテールにした活発な少女。

使う属性は雷。



福怒氏 焔(フクヌシ ホムラ)

勝ち気で、燃えるような赤髪が特徴的な少女。能天気で明るい性格。

使う属性は火。



魏阿流 美希(ギアル ミキ)

褐色の金髪で、少しギャルっぽい少女。

使う属性は雷。



佐藤 笑深李(サトウ エミリ)

青色の髪をおさげにした、少し気弱そうな少女。

使う属性は水。



朝霧 千夏(アサギリ チカ)

Dr.白川の研究に協力している魔法少女。

使う属性は地。



虹山 照虎(ニジヤマ テトラ)

最強の魔法少女を目指す少女。八重にライバル意識を持つ。

使う属性は火、水、風、雷。



【人間】

風元 康(カザモト ヤスシ)

シロとクロの担任の先生。目の下にクマができていて、いつも怠そうに授業をしている。根は生徒思いのいい先生。



★Dr.白川

組織に属している科学者。自分の娘ですら実験体にする根っからの科学者。
八重と真白の父親で、クロの実質的な父親。



黒沢 雪(クロサワ ユキ)

クロの住んでいるアパートの隣の住人。明るく元気な20代。



蒼井 冬子(アオイ トウコ)

八重の母親。クロの住んでいるアパートと同じアパートに住んでいる。



広島 辰樹(ヒロシマ タツキ)

クロ、真白のクラスメイト。
裏表がなく明るい性格。
クロのことが好き。



伊井 朝太(イイ チョウタ)

クロ、真白のクラスメイトで辰樹の友人。
学級委員をやっている。



☆末田ミツル

元『対魔戦闘組織』所属の政府の人間。現在は表向きは普通の会社員として政府のために暗躍している。正直存在忘れてた。



百山 椿(モモヤマ ツバキ)

人類の為に魔族と戦う人物。



朝霧 去夏(アサギリ サルカ)

来夏、千夏の姉。来夏からは猿姉と呼ばれている。



【魔族】



双山 魔衣(フタヤマ マイ)

保健の先生で、魔法について詳しい謎の人物。
元『穏健派』副リーダー。



★幹部の男/アスモデウス

クロを見張っている組織の幹部。最近はクロのことを娘のように思っている。

使う属性は闇×雷



★ルサールカ

幹部の女で曇らせ好きおばさん。

使う属性は闇×水



★ゴブリン

5人いるうちの幹部の1人。クロが嫌い。クロも嫌っている。すなわち相思相愛()

使う属性は闇×地



★イフリート

幹部の1人。全身燃え人間。萌え上がれ。

使う属性は闇×火



★パリカー

幹部の1人。ボクっ娘。最近はアスモデウスの影響でクロに情を持つようになった。

使う属性は闇×無



★リリス/赤江 美麗(アカエ ミレイ)

幹部の男の元同僚。



★アッチィ・ホーク・ピタァ

リリスの仲間。
鷹のような見た目をした、人型の異形の怪物。
炎を操る。



★クロコ

リリスの仲間。
ワニの肌を持つメイドの少女。
水属性を扱う。



★アストリッド/『吸血姫(ヴァンパイア・ロード)

吸血鬼の姫。
クロのことを狙っている。



★オーディン

元『過激派』リーダーの魔族。
死亡したと思われていたが、裏で生きていた。



【譁?ュ励さ】



百繝 医(繝峨?)

逶ク驕慕ュ魔法少女≠繧九目覚めた普逶ク驕慕ュ。

使う√は√。



πカ√

クロpデーkj基諢丞峙縺励↑縺魔法少女。

使う√は√。



鬱黌懺 茜(j?。ィ ?。ィ)

q初に峨↓繧女と遉コ縺動しィ縺ェ繧九%縺ィ縲の少女。

使う√は√。







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Memory43

memory42でめっちゃ締めですって感じで挨拶したのに次話投稿してしまうとはこれいかに。

勢い余って書いてしまったんだもの。仕方ないよね。
ということで、今度こそ正真正銘今年最後のお話になります。

前回のままだと、胸糞悪いまま終わるしね。


 

 

 

 

「あーあ。可哀想。せっかくの可愛い顔が涙で台無しだね。でも大丈夫。私は君の敵じゃないからさ」

 

アストリッドは、完全に虚な目をして、涙で濡れた顔を拭くこともせずに地面にへたり込んでいるクロにそう声をかける。

 

口調は優しい。クロに対しては。

 

「クロ!」

 

「待って、辰樹。あいつは、多分クロに何かしたりとかは、今のところ、ないと思う。だから、今は来夏のお姉さんが来るまで待って……」

 

「好きな子泣かせられて、黙って見てろっていうのか? 櫻達がやられたっていうのに、黙って見てろっていうのか? 俺は特別な力なんて持ってない。でも、だからって、それで怖気付いてちゃ、何もできないだろうが!」

 

辰樹は真白の言葉を無視して、アストリッドに立ち向かう。

 

「へー。魔法少女でもないのに、私に立ち向かうんだ? 馬鹿だねぇ。でも、そうだね。その勇敢さに免じて、お前は殺さないでおいといてやるよ」

 

「てめぇ! 何を言って……」

 

「あぁ。後ろを見なよ。死んだよ、また1人。君達のせいでさ」

 

辰樹はアストリッドに言われた通りに後ろを見る。

 

そこには

 

先程まで会話していた、真っ白な少女が、真っ赤に染まっている姿があった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「おいおいおい。このスピードにすらついていけないなんて、情けねぇなぁ」

 

金髪の男は、電撃を放ち、高速で動き回りながら来夏達を翻弄する。

 

「あのスピード………うちじゃ追うことすらできないわ」

 

来夏はかろうじてその動きについていくことができているが、美希は既にそのスピードに置いていかれてしまっていた。

 

「クッソ!! こうなったら! おい美希! こっから離れろ!!」

 

痺れを切らした来夏は、美希にそう告げる。

来夏の考えていることを汲み取った美希は、素早くその場から離れる。

 

「猿姉なしでも、お前を倒してやるよ」

 

来夏は、全身に電撃を張り巡らせる。

バチバチと、体中から電撃を発生させる。

 

「うん? ほう、切り札ってやつかな? いいだろう。受けて立つ」

 

そして、自身の両の手に、全身に張り巡らされた電撃を、一点集中させる。

 

「くらえ---」

 

来夏は、掌に集まった電撃を、上に振りかざし---

 

「---『雷槌ミョルニル』!!」

 

そして、地面に向けて、解き放つ。

 

砂浜に、稲妻が走る。

 

波の音以外聞こえなくなった静かなビーチは、一瞬で雷撃が起こした激しい音にその場を支配されていく。

 

来夏の電撃は、視界すら見えないほどに、苛烈で、激しくほとばしっている。

 

ここまでの攻撃は、並の怪人なら、絶対に耐えられないだろう。

 

だが

 

「うっひょーえげつないね。これ。弱い魔族なら倒せるんじゃないの? このレベルまでいっちゃったらさ。でも残念。自分で言うのもなんだけど、俺、魔族の中でもかなり強い部類なんだよね」

 

しかし、目の前の魔族には、

 

遠く及ばなかった。

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

「言ったでしょ? 君と後ろの子、どちらか1人を殺すって。でも、クロはもう喋れないみたいだからさ。代わりに私が殺っといたってわけ」

 

アストリッドは、平然とそう告げる。

人間の命を奪うという行為は、アストリッドにとっては蠅を叩くのとなんら変わりはないのだ。

 

「もう…………やめろ……………」

 

「!」

 

しかし、ここにきて、クロが、言葉を発する。

 

声は枯れ果てたのに。

 

もう、立ち上がる気力もないはずなのに。

 

クロは、それでも、立ち上がる。

 

アストリッドによって、動けなくされていた体が。

 

活動を、始める。

 

「許さ…………ない………」

 

「クロ、無理するな! そんな状態じゃ!!」

 

「大丈夫、動ける…………!」

 

クロは、虚空から大きくて黒い鎌を取り出す。

 

しかし、今まで使っていた大鎌とは、少し違う。

刃先は緋色に染まっており、持ち手の部分は、ユカリの髪色と同じような紫色となっている。

 

そして一番の違いは……………。

 

今回の鎌は、相手を殺すためのものだということ。

 

「一度命を奪ったら、もう、取り戻せない。それなのに………!」

 

クロは、大鎌を、アストリッドに向かって振り下ろし、攻撃する。

アストリッドも、自身の血から、剣を生成し、クロに対抗する。

 

「お前は…‥!」

 

『………私、クロちゃんとも友達になりたいって、思ってるから』

 

『やった! やったよ私達! クロちゃんのおかげだよ。ありがとう!』

 

下手に、関わりを持っちゃったから、こうなったのかもしれない。

 

「なんで……どうして……!!」

 

『大丈夫、私達は貴方の敵じゃない』

 

『仮面のこと、内緒にしてあげるから、逃げないでね』

 

最初から、生きたいなんて。

 

死にたくないなんて思ってなければ、こんなことにはなってなかったのかもしれない。

 

「こんな……こと!!!!」

 

『なんでもいいよ。私はお姉ちゃんとお話できるだけで満足だから』

 

『うん。お姉ちゃんが捕まえられてるって聞いて、心配だったから』

 

『あの三人の魔法少女を圧倒するお姉ちゃん、かっこよかったよ!』

 

そもそも、生まれてなんてこなければ、こんな。

 

『………ねぇクロ、組織を裏切って私たちと一緒に……』

 

『クロ…………………またね!』

 

でも、やっぱり。

 

全部。

 

「お前の、せいだ!!!!!!!!!!」

 

クロは、右手に、先程の大鎌を、左手に還元の大鎌を持ちながら、両手でアストリッドのことを攻め続ける。

 

「ブラックホール!!!!!!」

 

ブラックホールを出現させ、アストリッドの魔法を防ぎつつ、消費した魔力を、左手に持った還元の大鎌を通してアストリッドから奪っていく。

 

「邪魔だなぁ、その大鎌は!!!!」

 

アストリッドは、クロが持っている還元の大鎌を弾こうとする。

 

クロは咄嗟に、右手の大鎌でそれを阻止する。

 

代わりに、右手に持っていた大鎌は後方へ飛んでいってしまったが。

 

「『召喚・桜銘斬』!!!!!!!!!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

かつて櫻が、そうしていたように。

 

「なっ! 無属性魔法も扱えるのね!」

 

アストリッドは、クロが桜銘斬を召喚したのを見て、一旦体制を整えようと、後方へ下がろうとする。

 

「逃すか! 『ホーリーライトスピア』!!!」

 

しかし、クロはアストリッドの後方に、無数の光の槍を出現させることで、逃げ場をなくす。

 

「っ! でも残念ね! 最初から、貴方に、クロに勝ち目なんてない、の、よ!!」

 

アストリッドはクロの攻撃をいなし、そして。

 

「吹っ飛べ」

 

クロの体を、後方へ、思いっきり蹴飛ばした。

 

「うぷっ…………」

 

しかし、クロの体を後方へ吹っ飛ばした直後。

アストリッドは吐血した。

 

何故か。

 

アストリッドの腹に、クロの大鎌が刺さっていたからだ。

 

「……? あーそう。そういうこと? ふふっ、あはは! 想像以上に、いいね。よかった。期待通りで、いや、それ以上で。うん。気に入った。クロ、これから、貴方は私と過ごすの」

 

アストリッドは、自身の腹に刺さった大鎌を、抜いて横へ放り投げる。

 

まるで何もなかったかのように、アストリッドについていた傷口が、次々に塞がっていく。

 

「勝てると思った? でも残念。わざとなんだよね、傷口を作ってたのは。って、それはさっきの赤い髪の子を殺した時に分かってることかな。うん。でも、中々可愛かったよ。必死になって私のことを殺そうとしてくる、その姿は最高だった」

 

「私じゃ、ない………」

 

しかし、クロは、アストリッドの言葉を遮る。

 

「お前を大鎌で刺したのは、私じゃ、ない…………」

 

「? 何? 皆の思いだー! とか、そういうやつ? ふーん。そんなことも考えちゃうほど、夢見がちなんだね。やっぱりかわい…………い………」

 

アストリッドは言葉を出そうとするが、できない。

 

何故なら、言葉の代わりに、赤色の液体が、出てきたからだ。

 

「な………に………?」

 

「お前を、刺したのは…‥魔法少女でも…………政府の人間でもない。ただの、男子中学生だ」

 

そう。

 

戦闘中、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

つまり、クロが扱えたのは桜銘斬と、還元の大鎌だけだ。

 

還元の大鎌には、魔力を奪う力はあっても、相手に傷をつける力はない。

つまり、アストリッドの腹を裂いたのは、右手に持っていた大鎌になる。

 

クロは、その大鎌を手に持っていなかった。すなわち、アストリッドの腹を裂いたのは、クロのことが好きな少年、広島辰樹だ。

 

そして、今、アストリッドの口から血液が滲み出たのも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なんで……? ただの人間が……。どうして私は、気付かなかった?」

 

「お前ら魔族が思っているほど、俺達人間は甘くない」

 

「ふふっ。アハハハハハハ!! でも、私の不意をついたって。結局人間は魔族には勝てない! お前はもう終わりだ!! このまま、クロの目の前で、グチャグチャに引き裂いてやる!!!!!」

 

「残念だけど、それはさせない」

 

アストリッドは、辰樹の体を引き裂こうとするも、とある青年によって、その行動は止められる。

 

「お前は…………百山(ももやま)………椿(つばき)!!」

 

「お前はここで、終わりだ」

 

「ちっ、貴様を相手にしながらクロを回収するのは無理だな……ふっ。まあいい。精々絶望するがいい。妹の死に、な」

 

アストリッドは、自身の体を無数の蝙蝠に分解して、椿達の元から逃げ出す。

蝙蝠は、空の彼方へと、飛んでいってしまった。

 

「…………逃したか…………」

 

「あの………」

 

「君がクロか。話は後だ。とりあえず、向こうに蒼井八重という少女がいる。とりあえず、君はその子と合流しておいてくれ。この場は俺がなんとかしておく」

 

クロは、一瞬、ユカリと真白を見るものの、2人とも、もう既に………。

椿に言われた通り、八重と合流することにした。

 

クロは、八重のいる方向へ、トボトボと歩いて向かう。

 

「それじゃあ………俺も……」

 

「君は少し待ってくれ。というか、残っていてくれないと困る」

 

辰樹もクロに続こうとするものの、椿によって呼び止められる。

 

「何ですか?」

 

「ああ。これは、確信がないから、断言はできないんだが………」

 

椿は一瞬目を瞑り、一呼吸置いてから、再び言葉を紡ぐ。

 

「櫻達は、まだ、助かるかもしれない」

 

 

 



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Memory44

 

「クロ、凄く顔色が悪いけど、大丈夫?」

 

クロはアストリッドとの戦闘後に、その場にやってきた櫻の兄、百山椿に促され、八重がいた場所へとやって来ていた。

 

しかし、クロの顔色は、八重が言っている通り悪く、足取りもおぼつかない。

目は虚で、どう見てもとてもまともな状態とは言えないだろう。

 

「………れ…………た」

 

「え?」

 

「つか………れた……」

 

クロはそのまま、砂浜へとへたり込む。

現在のクロは水着は着ておらず、普通の衣服であるため、下手に座り込めば衣服が汚れてしまうはずなのだが、クロがそれを気にする様子はない。

 

戦闘中は、魔法少女専用のフリフリスカートの衣装に強制チェンジさせられるため、衣服の汚れを心配する必要はないのだが、戦闘が終われば、普段から自分が着ている服に戻る。だから、普通は戦闘後に地面に座り込んだりはしないのだが、クロにはもはやそんな些細なことに気を使う余裕すらない。

 

「クロ、とにかく、もう少し頑張って歩きましょ? 向こうにベンチがあるから、せめてそこまでは……」

 

「どうでもいい。もう、放っておいて」

 

八重はクロの様子に、困った顔を見せる。

 

クロの視点で言えば、百山椿に促されるままにこちらに来ただけであるため、特に八重に用があるわけでもない。

 

しかし、八重からすれば、クロの方からこちらにやって来たわけだ。だから、放っておいてほしいと言われてもじゃあ最初からこっちにくるなよ。となってしまうわけなのだが。

 

しかし、八重にとってはクロは大切な妹だ。

当然、放っておけるわけがない。

 

「クロ、何があったの? 本当に大丈夫なの? そんな状態で………」

 

「みんな、しんだ」

 

「え?」

 

「みんな、しんだ。さくらも、あかねも、しろも、ゆかりも。みんな」

 

クロはそれだけ告げて、再び黙り込む。

アストリッドと戦った際は、機敏に動き回っていたが、あれも空元気だったのだ。

 

実際には、そこまで元気に動けるほどの精神など、持ち合わせていない。

 

(あそこで、しんでおけばよかった………)

 

クロは、そのまま地面に大の字になって寝転がる。

 

(もう…‥…何もかも、どうでもいい………)

 

そしてそのまま、眠りについた。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「ハァ…………ハァ…………。流石に数が、多いな………」

 

アスモデウスの顔からは、大量の汗が出ており、戦闘によりそれだけ疲弊したことが目に見えてわかる状態になっている。

 

「あ“ーし”ん“ど”い“!! 大体ボクは戦闘に向いてないってのに…………グリフォンもやられちゃったし………」

 

パリカーも、真っ白な頬は赤く上気しており、こちらもアスモデウスと同様に戦闘によって疲弊していることが一目でわかる。

 

「よく頑張っている方だと思うぞ? まあ、オレが見る限り、お前らに勝ち目はなさそうだがな」

 

オーディンは椅子に座りながら、アスモデウスとパリカーの戦闘を、格闘技でも見るかのように、軽い感覚で楽しんでいる。

 

「確かに、この数を相手にしておきながら、中々善戦しているみたいだなぁ。ただ、この人数差は流石にフェアじゃないとは思わんか? できればわしが加勢してやりたいんだがなぁ」

 

「別に、加勢するならば好きにすればいい。1人や2人増えたところで……………なに?」

 

オーディンは、突如後ろに現れた男に返事を返すが、仲間でも何でもない。

ごく自然と会話に入ってきたため、オーディンも流れるように会話してしまったが、本来ならばここにいるはずの者ではないのだ。

 

「何故貴様がここに…………」

 

「うん? まあ少しな。さて、アスモデウスよ! わしも加勢させてもらうぞ!」

 

アスモデウスとパリカーに、強力な助っ人が現れた。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「やっぱ効かねぇか。分かってたけど、やっぱり実際に効かねぇところ見ると、心にくるものがあるな…………」

 

切り札は出し切った。

もはや来夏にできることなど、ない。

 

(また、負けるんだな。二度と負けねぇって、そう決めてたのに………)

 

「ちく、しょう……!」

 

来夏は、悔しさのあまり、手をぎゅっと握り締め、唇を噛み締めながら俯いている。

 

しかし、そんな来夏に対して、上から声をかける者が、1人。

 

「悔しがっているみたいだが、私からすれば十分立派だったぞ、来夏」

 

「猿姉……」

 

来夏の姉、朝霧去夏だ。

 

「悔しいなら、それを糧にまた努力すればいい。辛いなら、いくらでも私に泣きつけばいい。なんたって、私はお姉ちゃんなんだからな」

 

「どこかで見たことがあると思ったら………お前は……まさか……!!」

 

金髪の男は、去夏の登場に焦りを隠せない。

実力の差を感じとっているのだ。男は、去夏に勝つことができない。

 

「さて、私の妹を散々いじめてくれたようだが、どうだ? 私とやるか?」

 

「っ! じょ、冗談じゃない! 誰がお前なんかと…! 俺は帰らせてもらう!」

 

金髪の男は、去夏から逃げるかのように、砂浜から去っていく。

 

去夏は、戦わずして、金髪の男に勝利した。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

人がいなくなったビーチで、服が汚れることも気にせず、黒髪の少女に膝枕をしている、青髪の少女がいた。

 

黒髪の少女、クロは、青髪の少女、八重の膝の上で眠っているが、その表情は、とても穏やかとは言えない。

 

クロは最初、大の字になって寝ていたが、今は八重の膝に頭をおきながら、ダンゴムシのように丸まって寝ている。

 

そして、静寂な砂浜に、突如として、大量の蝙蝠がやってくる。

 

吸血姫、ヴァンパイア・ロード、そう、アストリッドだ。

 

「ふぅ。色々アクシデントはあったけど、よかった。とりあえず、クロは確保できたみたいね。それにしても、膝枕をしてあげるなんて、やっぱりお姉ちゃんなんだね。いいなぁ。私も、八重みたいなお姉ちゃんが欲しかったな〜」

 

アストリッドは、冗談を交えながら、八重に対して声をかける。

 

「アストリッド………………様……」

 

八重は一瞬恨みのこもった声でアストリッドの名前を呼びかけたが、なんとか感情を抑え、敬意を持って『様』付けをする。

 

「うんうん。八重、君は賢い子だね。自分の立ち位置をちゃんと理解してる。それじゃ、邪魔が入る前に、クロを連れて帰ろうか」

 

「待って、ください。貴方は、私の妹には手を出さないと、そう約束したはずですよね……? なのにどうして、どうして! 真白を! 私の妹を…!」

 

「あー。してたね、そんな約束。でもそれさぁ、『誰』とは言ってないよね? 私が言ってたのはぁ、『クロ』のことであって、それ以外の誰でもないんだよね」

 

アストリッドは屁理屈を捏ねて、誤魔化す。

というかそもそも、八重は『妹に手を出さない』という条件ではなく、ちゃんと『妹()に手を出さない』ことを条件として提示したはずだ。

 

だから、アストリッドの言い分はおかしい。明らかに、約束を破っている。

 

 

 

しかし、八重はアストリッドに逆らうことができない。

 

別に、八重は妹のためならば、命を捨てても構わないと思っている。自分の命は、家族のためにあると、八重はそう考えているからだ。そのため、アストリッドに逆らって、命を失ってしまうことを恐れているわけではない。

 

ならば何故か。

 

「ふふっ。屁理屈だって思うでしょ? でも、八重、君は私には逆らえない。お母さん、殺されたくないもんね? アハハ! はー愉快だわ。ここまで上手くいくなんてさぁ」

 

そう、八重は母親を人質に取られてしまったのだ。

だから、アストリッドに逆らうことができない。妹を殺されても、復讐を果たすことすらできない。

 

それに、八重の体には既にアストリッドの血液が入り込んでいる。

アストリッドが一つ信号を送れば、八重の体を動かなくしたり、八重を瞬殺したりすることができる。そんな状態で、アストリッドを倒すことなど、到底できない。

 

(………悔しい…! なんで、こんな、やつなんかに………!)

 

八重は拳を握りしめる。

本当は、アストリッドのことを殴りたくて、殺してしまいたくて、どうにかなってしまいそうだ。

 

妹を殺された。恨み。

家族を失った。悲しみ。

 

色々な感情が、ごちゃ混ぜになって、感情に蓋をすることが難しい。 

 

だが、耐えねばならない。

 

母親のために。そして、生き残っている(クロ)のために。

 

(こいつには逆らえない……でも、クロ、貴方は、私が守るから)

 

八重は、自身の膝で眠っている(クロ)の頭を撫でながら、心の中でそう誓った。

 




IFのお話を、別の枠として投稿することにしました。
それに伴い、本編の方からはIFのお話が消えてしまっています。

IFの方には、元々本編にあった2つのお話に加えて、軽いものではありますが、クロのメス堕ちのお話も書いてあります。

IFのお話に興味がある方は一応リンクも貼っておきますが、多分『IF 悪の組織所属のTS魔法少女、はじめました』で検索すれば引っかかると思います。

リンク
 ↓
https://syosetu.org/novel/305734/


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Memory45

 

 

 

「どういう、ことですか?」

 

「だから、散麗の回収は諦めなさい。あれはもう無理なの。わかる? 『ノースミソロジー連合』相手ならともかく、『吸血姫』なんて相手にしてたら命がいくつあっても足りないわ。まあ別に、捕捉されても逃げる事はできるでしょうけど? 散麗の死体一つのために他の死体人形が持っていかれるんじゃ割に合わないの」

 

「それは! 今は、美麗様とクロコさんしかいないので、そうかもしれませんが、ゴブリンさんや、ホークさんを呼べば……」

 

「束っち、しつこいっす。束っちは『吸血姫』のことを何も知らないからそんなことが言えるんすよ。私もごめんですよ。『吸血姫』を相手にするなんて。なんたってあの魔王様と同格っすからね」

 

「………わかり、ました」 

 

束は、素直にリリス達の言うことを聞く。

しかし、

 

(私は、元々、死体でも散麗ともう一度会えるならと、櫻さん達を裏切ってまでこちら側についた。それなのに…………これじゃ………。分かってた。分かってたんです。あれは、散麗と似た別のなにかであって、本当の散麗じゃないなんてこと。それでも、私は………)

 

束は、確実に自分の中の芯を、失いつつあった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「そういえばお兄ちゃんさー、彼女とかいないの?」

 

突然妹からそんな話を振られて、俺は困惑する。

正直、恋愛とか考えたことがなかったからだ。一応親戚からお金は送られてくるが、基本的に俺は妹と2人暮らしだ。

 

そうなると、どうしても妹の面倒は俺が見ることになる。そのため、小さい頃から俺は妹にべったりだった。

 

だからだろうか。俺は恋というものを経験したことがないし、彼女だっていたことはない。というか今まで、女友達だっていやしなかった。というより、友達自体数えるほどだった気がする。

 

親友と呼べるほど仲のいい奴は1人いるが、頻繁に遊びにいくわけでもない。

 

「いない、っていうか、恋愛なんてする暇なかったからなー。どっかの誰かさんの世話で精一杯だったしね」

 

妹は俺の発言に、頬をぷくっと膨らましながら返事をする。

 

「むー。悪かったね、お兄ちゃんの恋の邪魔をして」

 

「冗談だよ冗談。好きな人なんていないし、恋人が欲しいって思ったこともないから。今はまだ必要ないと思うし。そんなに気にしなくていいよ」

 

少なくとも、妹がいい相手を見つけて結婚するなり、自分で貯金して自立するなりしない限りは、恋人を作るつもりもないし、結婚だって考えていない。

 

今の俺にとって、1番大切なのは、妹の存在だから。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「あ、れ……? ここは…………」

 

クロが目を覚ますと、薄暗い洞穴のような場所で、唯一、壁にかけられている松明も消えかかっていた。

 

しかし、クロは身動きを取ることができない。

腕が拘束され、天井に吊るされている。足は地面につくが、それでもここから動くことはできない。

 

「目覚めたみたいだね。クロ。うん。精神的にやばい状態だったって聞いてたけど、寝たら大分マシになったのかな? それで、ここは私の中継拠点。まあ、その名の通り本拠点に向かう前の中継地点だ。ここで、君を私の眷属、いや、側近に相応しい存在にしてあげようと思う」

 

アストリッドは暗闇の中から姿を現し、クロにそう告げる。

そして、クロの首元に、ゆっくりと顔を近づける。

 

「大丈夫。痛くしないから」

 

やがて、耳元までやってきて、そう囁いた後に、

 

カプッ

 

「っんぁ……」

 

噛みつかれた。

 

ちゅーちゅーと、血を吸っているかのような音が聞こえる。というか、吸っているんだろう。

 

(気持ち悪い……)

 

自分の体から、血が抜かれて行く感覚は、あまりいいものではない。献血などで血を抜かれることがあるが、これに関してはそこまで気持ち悪いと感じたことはない。

それとはまた違った、なんとも言えない気持ち悪さを感じたのだ。

 

「はぁ………。うん、ちゃんと美味しいね。よかった。別に不味くてもいいんだけど、折角だし美味しい方がいいよね」

 

アストリッドは、口元に少し付着してしまった血を、舌でペロリと舐める。

 

「これから毎日、クロの血を吸いにくるけど、食事はちゃんと与えるし、風呂とかトイレも置いてあるから、この洞穴で自由に過ごしていていいよ。拘束具は緩くしておくからさ」

 

「一体、何が目的だ?」

 

「そう睨みつけないでよ。目的? そんなの簡単。クロを、私の側近として育てたい。ただそれだけ。さっきも言わなかったっけ? まあ、でも、自分の意志でなってもらわないと、意味ないしさ、クロが、私の側近になりたいって、そう思うまでここで過ごしてもらおうかなって」

 

クロにとって、アストリッドの部下に成り下がるなど、そんなつもりは一切ない。

櫻や茜、ユカリにシロ。彼女らを目の前で殺害された時点で、クロの中でアストリッドに向ける感情は敵意しかない。

 

そして、今現在クロの心の中を支配しているのは、強い憎悪だ。

 

先程アストリッドは精神を病んでいると聞いていたと言っていたが、その通りだった。実際、クロの精神状態は、常人では考えられないくらいにおかしな状態にある。

それゆえに、本来なら、何をするにしても無気力で、何もやる気が出ない鬱状態になるはずだった。

 

たが、それは、目の前に妹の仇がいない時の話だ。

 

目の前に、妹の仇がいる。

それだけで、クロには、復讐をするための、アストリッドへの憎悪による活力が湧いて出てくるのだ。

 

(絶対に……お前の下にはつかない……! 殺してやる……! 殺してやる!!)

 

クロは、アストリッドに対して、燃え上がるような殺意を向ける。

かつて、(ユカリ)に言った言葉すら忘れるほどの。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「櫻達を助ける……? どうやって……」

 

「全部、お前次第なんだ。できるか?」

 

「できるかって言われても……」

 

辰樹は、急な椿の無茶振りに戸惑う。

元々、魔法少女でもなんでもないし、持っている特別な力なんて何一つない。

 

ましてや、ほぼ瀕死状態の櫻達を助けるなど、到底できるはずもない。

 

「俺には無理だよ」

 

「とりあえず、一つ質問させてほしい。4〜6歳辺りの頃、何か不思議なことはなかったか? どんな些細なことでもいい。幽霊が見えただとか、異常に力が強くなっただとか、なんでも」

 

「は……? なんでそんなこと聞くんだ?」

 

「必要なことなんだ。頼む」

 

「……まあ、そんなに言うなら……」

 

辰樹は、幼い頃の自分の記憶を手繰り寄せる。

遡って、遡って、ふと、とあることを思い出す。

 

「そういえば俺、3vs1の喧嘩に勝ったことあったな。5歳ぐらいの時。まあ、どうでもいいか」

 

「5歳で喧嘩……? いや、とにかく、どうでも良くはない。その時のこと、詳しく聞かせてくれないか?」

 

「えー別になんてことない、普通の話なんだけどなぁ……」

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

俺は昔、喧嘩っ早いところがあった。

短期だったんだと思う。今でも、あの頃のことを思い出すと、少し恥ずかしい気持ちになる。

 

当時俺は、悪ガキ3人衆とよく喧嘩しては、その圧倒的な数によってボコボコにされ、毎日『覚えてろ!』なんて、成敗された悪者みたいなことを言いながら逃げ帰ってた。これじゃどっちが悪者か分かりやしない。

 

でも、ある日突然、俺は3人に勝ったんだ。

喧嘩で。今まで歯が立たなかった相手に。

 

その時俺は、毎日筋トレしてたおかげだったからかな、なんて、特に深く考えずに、目の前の勝利に浸ってた。

 

ただ、ちょっとアクシデントがあった。

俺に負けた3人の悪ガキが、親に泣きついたらしい。

 

何もしてないのに殴られただとか、そいつが女の子を虐めてただとか、有る事無い事親に言いつけやがった。

 

で、まあ当然親には滅茶苦茶怒られて、暫く飯抜きにされそうになったこともある。

それで、余計に腹が立った俺は、次の日、悪ガキ三人衆に決闘を申し込んだんだ。

 

一度勝った相手だし、次も余裕で勝てるだろって、たかを括ってた。

でも、決闘が終わってみると、結果は、敗北。

 

それも、前に悪ガキ三人衆に勝った時のように、3vs1なんかじゃなく、1人1人と戦う、1vs1の3点マッチで、全敗だった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「……って話なんだけど。今思うと、結構不思議だな………なんで3vs1で勝てて、1vs1で勝てないんだよ………」

 

「イカサマされたとかじゃなくてか?」

 

「分かんないな………。正直あんまり記憶に残ってないっていうか、でも、少なくとも俺の記憶の中では、正々堂々真剣勝負だった気がする」

 

「多分、それなら、櫻達を救えるかもしれない」

 

「どうして?」

 

「お前はその時、魔法を使ったんだ。無意識のうちにな。俺も使ったことがあるからわかる。案外、自分でも気づかないことはあるもんだ。それで、魔法少女でもないのにお前が魔法を使えた理由は、多分俺と同じだ。誰かから、魔法を扱う力を貰い受けたから、だ」

 

辰樹は、そういえば無意識に使ったことがあるかもしれないと、過去の記憶を探る。

 

(クロのこと助けた時も、何故かあの女のこと吹っ飛ばせたんだよな……‥あの時は必死だったから気づかなかったけど、今考えてみればいくらなんでもあの時の吹っ飛び方はおかしかった)

 

「俺が、魔法を……?」

 

「ああ、そうだ。そして、お前の魔力は、多分、櫻達や、俺と比べても、多分ダントツだ。正直、俺にはお前が魔力を持っているなんて最初は気づかなかった。それは、お前の魔力量が多すぎて、辺り一面に漏れ出ていたからだ。周囲に魔力が溢れ出まくっているせいで、逆にお前が魔力を持っていることに気づけなかったんだ」

 

「仮に、俺が魔法を扱えたとして、どう扱えっていうんだよ……」

 

「魔力っていうのは、魔法少女達にとっての生命力や、希望の力だ。つまり、お前はその有り余った魔力を、櫻達に沢山分け与えてやればいい。そうすれば、完全な治癒はできないが、病院で対処できるレベルの傷まで回復が可能だろう」

 

「わかった。よく分かんないけど……やれるだけやってみる」

 

「ああ、頼む。俺の妹を、助けてやってくれ」

 

辰樹は腕まくりをしながら、気合を入れる。

 

 

 

 

 

 

「腕まくり、意味あるか?」

 

「こういうのは気分が大事なんだよ!」



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Memory46

誤字報告をいただいておりました。
ありがとうございます。


 

 

 

 

 

 

「あれ……ここは……」

 

櫻は、白いベッドの上でゆっくりと瞼を開き、目を覚ます。

どうやらここは、病院だろうか?

 

確か、吸血鬼の魔族と戦って、見事に完敗したはずだ。

その時、茜が血の刃で串刺しにされている光景を目の当たりにした気がするが‥‥。

 

「っ! 茜ちゃんは!?」

 

櫻が現在いる部屋は、合計で六つのベッドが、左右に向かいになるように三つずつ置いてある。もし、茜達も生きていて、治療されているのなら、他のベッドにいるはずだ。

 

櫻のいるベッドの位置は、ちょうど扉から1番遠い場所のようだ。

 

カーテンで仕切られているため、櫻は、カーテンをそっと引く。

 

「すぅぅ………ざんねーん……ちのりでしたー…………むにゃむにゃ………」

 

案の定、櫻の隣のベッドでは、まだ眠っている赤髪の少女の姿があった。寝言を言いながら、だらしない顔をして寝ている。その様子を見る限り、体調はそこまで悪くなさそうだ。櫻の向かい側には、真白が眠っていた。

 

となると、向かい側の二つと、茜がいるベッドの奥にあるベッドに、ユカリ、クロ、辰樹の3人が寝ているのだろうか?

 

そう櫻は考える。

 

「失礼します」

 

ちょうど櫻が目を覚ましたタイミングで、ノックをしながら、櫻の兄である百山椿が部屋に入って来た。

隣には、辰樹の姿が見える。

どうやら辰樹は入院していないみたいだ。

 

「お兄ちゃん…………やっぱり、生きてたんだ……よかった……よかった!」

 

櫻は、ベッドから飛び降り、(椿)に抱きつく。

 

「櫻、目、覚ましたんだな…………よかった…………心配したんだからな………」

 

椿は櫻の体を抱きとめ、頭を撫でながら言う。横では、辰樹が気まずそうに突っ立っている。

 

しかし、櫻は、向かい側、真白の隣にある二つのベッドを見て、違和感を覚える。

 

向かい側のベッドには、吸血鬼の魔族と一緒に戦った時にいた、クロやユカリの姿がなかったのだ。

 

もしかしたら茜の隣のベッドで寝ているのかもしれないが、仮にそうだったとしても、ユカリかクロ、どちらか片方はいないことになる。

 

辰樹のように、怪我を負わなかったのだろうか?

 

もしかしたら、兄である椿が助けに来てくれたおかげで、無傷で済んだのかもしれない。それでも、なんとなく気になったので、櫻は兄に聞いてみることにした。

 

「ねえ、お兄ちゃん。クロちゃん達もいるの……?」

 

櫻の発言に、椿は少し答えにくそうな顔をする。クロ達の身に、何かあったのだろうか? 櫻は、段々と心配になってくる。

 

「クロについては…………八重という少女に預けた。んだが、おそらく、アストリッドに連れ去られてしまっただろう。紫髪の少女は、ここのベッドで寝ているはずだったんだが……いつのまにか消えていた。ただ、心配しないでほしい。後は全部俺に任せてくれ。アストリッドのことも、あの少女達のことも、全部なんとかする。櫻達は、ゆっくり休んでてくれ」

 

椿は、そう言った後、辰樹に櫻のことを任せ、病室から去ろうとする。

 

「待ってお兄ちゃん! 私も!」

 

「櫻、その体じゃ無理だ。クロのことは……俺だって気になるけど、椿さんは多分俺達なんかよりずっと強い。大丈夫だ、きっとなんとかしてくれるはずだ」

 

櫻は、自分も一緒にいかせてほしいと、兄に頼もうとするが、辰樹に止められてしまう。

 

確かに、椿に任せれば、全て解決するかもしれない。

 

ただ、櫻には。

 

クロを守りきれなかったという後悔と、兄である椿とせっかく再会したのに、また会えなくなってしまうんじゃないかと、そういう思いがあったから、ついていこうとしたのだが、流石に今の状態では足手まといになるだけだろう。

 

(悔しいな……私がもっと強ければ……結果は違ったのかな……)

 

櫻が思い浮かべるのは、鯨型の怪物を、クロと一緒に倒した時のことだ。

 

(あの時、クロちゃんと私は、友情魔法(マジカルパラノイア)を使えた。友情魔法(マジカルパラノイア)を使えたってことは、私達とクロちゃんは、時間をかければ、ちゃんと分かり合えるってことだよね……………)

 

櫻は、クロと共に力を合わせて戦う未来を思い描く。

 

(束ちゃんも、きっと何か事情があるかもしれないし………大丈夫、また、もう一度、クロちゃんも入れて、皆で一緒にいられるようになるよね)

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「なぁ、あんた、クロを助ける気なんかねぇだろ?」

 

「………何の話だ」

 

椿は、櫻達のいる病室から出た後、黄色い髪をもった、少しやんちゃそうな少女に話しかけられた。少女の名は朝霧来夏。雷属性の使い手の魔法少女だ。

 

「別にしらばっくれなくてもいいよ。私は櫻にちくったりしないからな」

 

「お見通し、か。勘が鋭いんだな。ああ、その通りだよ。俺にとって一番大事なのは櫻だ。もちろん、基本的には一般人も、他の魔法少女も、俺は助けるつもりでいる。けど、あの魔法少女は、クロって子は、街を壊したり、櫻達を襲ったりしたらしいじゃないか。俺には、あの子を助ける理由が見つけられない。今回櫻が死にかけたのだって、元はアストリッドがクロを狙ったせいだ。クロ自身に非はなくても、俺は正直、あの子に対していいイメージは抱いていない」

 

椿は、つい言葉数が多くなってしまう。椿が今言っていた通り、彼にとって一番大切なのは、妹である櫻だ。彼にとって、櫻は生きる意味であり、希望であり、理由でもある。そんな櫻と敵対し、挙句の果てに命まで危険に晒した存在。本人に悪気がなかったとしても、そんな存在に対して良いイメージを抱くことはできない。

 

椿の中では、クロという存在がいることによって、櫻達が危険なことに巻き込まれていくのではないかと、そういう不安があるのだ。

 

「クロはあんたが思っているほど、悪い人間じゃないと思うぞ。あの子自身は何も悪くない。悪いのは環境だよ。あんな組織に身を置くしかなくて、しかも、他の悪い連中に狙われる始末だ。普通の人間は、クロみたいな状況に陥ったら、どうすれば良いのかなんて分からない」

 

来夏としては、クロの余命のことも八重から聞いている。組織に脳を弄られたりしていたことも知っている。だからこそ、もうこれ以上、クロから幸せを取り除かせないでほしいと、そう願っている。

 

「だから、あんたがいかなくても、私は助けに行く。大体、クロが攫われたっていうのも、いつまでも負けっぱなしって感じでムカつくしな」

 

来夏の手は、震えている。

 

いつも強気な来夏だが、怖いのだ。魔族と戦うことが。

 

クロと出会うまでは、自信に満ち溢れていた。だが、これまで悉く敗北して来たこと、そして、救急車で運ばれていく、櫻達の姿を見た時に、思ったのだ。

 

戦いは、遊びではないことを。

 

下手をすれば、死んでしまうこともあることを。

 

それでも、来夏は進み続ける。

 

自分自身のプライドのため。

 

一度自分を打ち負かした存在を、助けに行くために。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「どうかな? そろそろ、私の下で働く気になってくれたかな………」

 

「そんな、わけ………」

 

(何で……こんなにも憎いのに………こんなにも殺したいのに………何で………)

 

「ふふっ。ねぇクロ、君は気づいていないかもしれないけどね、最初の頃、君の目は、私に対する憎悪と殺意で満たされていた。でも、今はどうだと思う?」

 

クロは、自身の中で、アストリッドに対して、憎しみと、殺意と同時に、アストリッドのことを好ましく思う感情があることに困惑する。

 

「私に………何をした?」

 

「ん? 考えてみなよ。毎日君の首を噛んでるでしょ? そこにしか原因はないと思うよ。まあ、安心してよ。そのうち、私のことを憎むことも、恨むこともできなくなるからさ」

 

アストリッドはケラケラと笑いながらクロの元から去っていく。

 

 

 

クロは、唇を噛み締める。

 

クロにできることは、そのくらいだった。

 

 

 

 

 



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Memory47

 

どうしてこうなってしまったのだろうか。

 

 

最初は、ただ自分の弱さを嘆いていただけだった。

魔法少女として、タッグを組んで戦っていた時には感じなかったが、相方がいなければ、自分はこうも弱いのかと、そう思わされることがあった。

 

それは、相方が骨折をして入院していた時の話だった。

 

いつものように怪人と対峙する。

しかし、その怪人は前にも戦ったことがあるタイプの怪人であったにも関わらず、手も足も出なかったのだ。

 

初めて実感する、自分の無力さ。

今まで怪人に勝てていたのは、相方がいたからだと気付かされた。

 

そして同時に、その時初めて、憧れる存在ができた。

 

蒼井八重という、魔法少女だ。

 

彼女は圧倒的な力で、怪人を瞬殺していた。

 

初めて出会った時、その強さに憧れた。

隣に立ちたいと思った。

超えたいと思った。

 

そう、思ってしまったのだ。

 

超えたいと、勝ちたいと。

 

いや、思うこと自体は間違いじゃなかったのかもしれない。

そのおかげで、強い魔法少女を目指して努力できたのだから。

 

けれど、そのせいで大切な存在を失うことになった。

 

もう取り返せない。

 

その始まりは、赤江美麗と名乗る女と出会ったことからだった。

 

強くなる方法を教えてやる。

 

そう言われて、ノコノコと彼女について行ってしまったのだ。

 

彼女について行くと、そこには二人の少女の死体が並べてあった。

最近見ないかと思えば、どうやら怪人によって殺されてしまっていたらしい。

 

少し悲しい気持ちが湧いてくるも、それよりも強くなれるということだけに頭を働かせていたせいか、涙は溢れることはなかった。

 

『もし、死んでしまった魔法少女の魔法を扱えるとしたらーーーどうする?』

 

もし、そんなことができるなら。

 

 

超えられるかもしれない。

最強になれるかもしれない。

 

 

なんて魅力的なんだ。

 

 

彼女達はどうせ死んでしまっているんだ。

 

なら、有効活用できるに越したことないじゃないか。

 

欲しい。

 

素直にそう答えた。

 

赤江美麗と名乗る女は、その言葉を聞いてニヤリと不気味な笑みを浮かべていた。

 

 

結果的には、二人の魔法少女の力を取り込んだことによって、格段に強くなった。

 

けれどまだ、足りなかった。

 

やっぱりまだ、相方の力が必要だった。

相方がいたら、最強だと呼べるほどに強くなれたが、相方がいないと、最高のパフォーマンスができない。

 

それが現状だった。

 

でも、そこで気づいた。

相方がいれば最強。なら、相方の力も取り込んでしまえばいいじゃないかって。

名案だ。天才だ。

 

そう思いついた時には、すでに赤江美麗という女の元へ走っていた。

 

相方を連れて。

 

 

相方は何の疑いもなく、いつもと同じ顔でついてきてくれている。

これなら、いける。

 

『また、強くなりたいの?』

 

彼女はそう問いかけてくる。

 

そして、何の躊躇いもなく。

 

相方は、その場で絶命した。

 

相方の力を取り込んですぐ、怪人討伐に勤しんだ。

確かに、前よりも格段に強くなっている。だって、4つの属性を扱える魔法少女になったのだから。

 

けど、何かが足りない。

 

何か、決定的な何かが、欠如している気がする。

 

何が足りない?

 

そんなはずはない。今の状態が完璧なはずだ。

間違いない。

 

相方の力を取り込んで正解だったはずだ。正しかったはずだ。

 

だって、二人でいる時は間違いなく最強だったじゃないか。

なら、二人が一つになれば、それもまた最強のはずじゃないのか。

 

 

 

 

本当は、きづいていた。

 

 

でも、今更認められなくて、認められるわけがなくて。

 

自分の手で、相方を殺してしまった。その事実に向き合いたくなくて。

 

結局、『最強』って称号に縛られたまま、生きていくことになる。

 

政府公認という肩書きも、何だか嫌になって、取り消しに行った。

その時、末田ミツルとかいう男が、疲れた顔をしていますねだとか、貴方も魔法少女をやめたかったんですねだとか、見当違いなことを言っていたが、気にすることはないだろう。

 

どうせ今更、後戻りなんてできない。

 

今はもう、最初の目標であった、蒼井八重を超える。そのことしか頭にない。

相方を、相棒を殺してしまった。そんな事実に、目を背けるかのように。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

アストリッドは、クロがいる洞穴から出て行こうとするが、その先には青髪の少女、蒼井八重がいた。

 

「どうしたのかな?」

 

アストリッドは八重に尋ねる。

 

「クロの様子を見にきただけです」

 

八重はアストリッドの言葉に、冷たい口調でそう返す。

一応敬語を使ってはいるものの、八重からのアストリッドに対する印象は良くない。

 

何なら嫌っている。

 

「そうかい」

 

そんな八重の様子を、アストリッドは特に気にすることなくその場を去る。

 

八重も、アストリッドの動向には目も向けず、ずけずけと洞穴の中へ入っていく。

しばらく歩いていると、そこでは天井から吊るされた鎖に、手が拘束されている、(クロ)の姿があった。

 

「クロ…………ごめんなさい……こんなことになって。でも、絶対、絶対助けるから………」

 

「八重………」

 

八重はクロの姿を確認した後、すぐに腰を上げ、この洞窟から出ようとするが、クロは八重の袖を掴んで離そうとしない。

 

「クロ……?」

 

クロは八重の袖を一向に離そうとしない。

よくよく耳を澄ましてみると、ボソボソとした声で、行かないで欲しいと訴えかけていた。

 

「最近…‥前からそうだったんだけど、物忘れが激しくなってきて……それに……おかしくて………」

 

「おかしい……?」

 

「あんなに恨んでたのに………あんなに殺してやりたいと思ってたのに……なのに、なのに……最近は、なんだか……悪く思えないっていうか…‥むしろ……アストリッド()のこと……良い風に思うことがあったり………好きになって行ってる気がして……あんなに………あんなに憎かったのに……こんな気持ちを持ってるのが……怖くて………記憶もなくなってきて、自分が、自分じゃなくなっていく気がして…………」

 

(まさか…………洗脳でもしてるっていうの…!?)

 

八重は拳を握りしめる。

どこまで人をコケにすれば気が済むのだろうか。

妹を二人も殺され、挙げ句の果てに生き残った一人にはこの仕打ち。

 

本人に至ってはアストリッド()と敬称をつけて呼んでいることに気づいてすらいない。

 

………絶対に許せない。

 

「最近、皆の名前すら思い出せない。今覚えてるのも、八重の名前だけで……もうどうすればいいのかわからない。でも、死にたくはないし………ごめん。感情がごちゃごちゃしてて、全然整理できない」

 

「大丈夫……私が何とかする………大丈夫だから……」

 

「本当に……? 八重がなんとかしてくれるの?」

 

クロはまるで捨て犬かのように八重のことを見つめる。

その目には不安が現れており、精神的に不安定であることが読み取れるようだった。

 

失ったものがあることには気づきつつも、それが何であるのかは気づけない。

そして、生きていられる時間が、残りわずかであること。

記憶に残っている情報も、数少なく。

 

クロにとって頼れるのは、もはや八重しかいないのかもしれない。

 

クロは元々、精神的が強いわけではない。

 

むしろ精神的な面で言えば、他のどの魔法少女よりも弱く、脆いのだ。

櫻や茜が単純に少女にしては精神的に強く成長し過ぎている、というのもあるが……。

 

しかしそれでも、比較的一般人寄りのメンタルをしている魔法少女と比べても、少し精神的な面で弱い部分がある。

 

それは前世の記憶というアイデンティティを欠如している影響もあるのかもしれない。

 

「うん。私がなんとかする。だから、クロは何も心配しなくて良い。大丈夫、だって私は、お姉ちゃんだから」

 

八重は、一人決心する。

 

たとえ、自分がどんな目に遭おうとも、(クロ)のことを守ろうと。

 

(絶対に、(アストリッド)の好きになんかさせないわ)

 

 

 

 



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Memory48

 

「大きな鯨の怪物、かー。昔はこんなの全然でてこなかったのになぁー。いつからこんなふうになっちゃたんだろ」

 

とある休日。尾蒼始守(おあしす)アパートの住民、黒沢雪は、自室に置かれたテレビを見ながら1人呟く。

 

最近は年下の女の子がこのアパートに越してきて、深い仲になるのかな、なんて漠然と考えていたら、ある日突然と姿を消されたことがあったので、少し寂しい気持ちでテレビを見ている。

 

「昔、か。そんなこと言われても、ちょっとわからないな。いつの間にか、こういう世界が当たり前だったから」

 

雪の隣で、1人の青年がそう言葉を発する。

青年の見た目は大体中学3年生から高校1年生くらいだろうか。身長が小さめなので、どちらともとれる。まあ実際は高校1年生なのだが。

 

高校デビューを果たそうと意気込んだものの、結果として微妙な感じになっている茶色に染められた髪に、カジュアルな服装を着ている。そんな彼の名は、参堅 守(みかた まもる)

 

尾蒼始守アパートに住む住人の1人で、近くにある翔上高校に通う男子高校生だ。

彼が雪の部屋にいるのは、暇を持て余していた彼女にちょっと付き合え的なノリで呼び出されたからだ。

 

彼が雪の部屋に来たからと言って、別段何かが変わるというわけではない。本当に、ただダラダラとテレビの画面を眺めているだけだ。

 

年下の男の子を連れ込む年上の女性というと、少し危ない予感がするかもしれないが、しかし、2人の間にはそういった甘い雰囲気は感じられない。

ただそこには、特になんら変わりのない、普段通りの2人の男女がいるだけだ。

 

雪が守を呼んだのは、単純に寂しかったからだろう。

この間越してきたクロはもう出て行ってしまったし、蒼井一家も留守にしていた。

 

一応他にも住人はいるのだが、女性関係がよろしくない軽薄な軟派男に、人との馴れ合いを嫌ったデレが米一粒分すらないツンツン系女子高生に加え、無職が故に昼夜逆転し、現在も部屋で眠りこけている二十代前半の男と、部屋に呼べる相手が中々いなかったのだ。

 

「やっぱり守君、その茶髪全然似合ってないよ。変えた方がいいんじゃない?」

 

「やっぱりそうか………。いや、自分でもわかってたけど………」

 

黒染めするかぁ、とぼやきながらも、守は手元にあるリモコンでチャンネルを適当に変えていく。

 

本人としては面と向かって似合っていないと言われたのは多少ショックだったかもしれない。だが、お互いになんとなく会話の種が欲しくて言葉を交わしただけであり、特段真面目な会話をしようというわけではない。そのため、会話は結局特に着地点もなく、そのまま終わっていく。

 

「やっぱどこもあの例の鯨の怪物の話題ばっかりって感じだね」

 

髪の話題は終わり、目の前の画面に映る鯨の怪物への話題へとシフトチェンジする。

 

「あんなのが街にやってきたら、大変だろうな」

 

2人は特に大きなリアクションをとることなく、ただ自堕落に会話を進めていく。

2人からすれば、魔法少女達が決死の思いで鯨型の怪物と戦闘したことも、画面(テレビ)の中で起こっていることに過ぎないのだ。

 

「魔法少女、かー。偉いな。まだ子供なのに、あんな怪物と戦うなんて」

 

「俺はあんまり偉いって言いたくはないです。それってなんだか、子供が戦うことを認めてるような感じがして………」

 

「確かに……考え方によってはそうなるよね……でも私は、頑張った子にはちゃんと頑張ったねって、そう言える大人でありたいなって思うし………」

 

「でも、小学生や中学生を命のやり取りをする戦場に向かわせるっていうのは、俺はやっぱり認めたくない」

 

守は少し不服そうな顔をしながら話す。

彼からすれば、自分よりも年下の子供に戦わせている現状が気に食わないのだ。

というのも、彼には今中学2年生の妹がいる。

 

もし妹が魔法少女になって戦うことになったら、とそう考えると怖くて仕方がないのだ。

 

「でもそっか、歳的に考えてみれば、クロちゃんも魔法少女として戦う可能性があるんだよね………」

 

「? 誰のこと?」

 

「あれ? 守君は知らないんだっけ? ほら、この前このアパートに越してきた子。まあ、もう出ていっちゃったんだけど」

 

「あー。そういえば挨拶しにきてたような………」

 

守は自身の記憶を掘り返す。

確かに、クロと名乗る中学生くらいの少女が、このアパートに越してきたことがあった気がする。

 

あれくらいの年齢の子が怪人と戦うことになると考えると、やはり守としては許容できないところはある。

 

「魔法少女だったりして」

 

「でも急に引っ越したんならありえる気もします。この前越してきたばかりなのに、すぐに出ていくのって普通じゃないですよ」

 

「それもそっか。あ、そういえば同じ時期に八重ちゃんの姿も見かけなくなったから、もしかして…………」

 

「2人とも魔法少女だったってことですか? まあ確かに、蒼井さんとこの娘さんって優等生の割には寄り道してきたりすること多いですよね。どこで道草食ってるんだろうって思ってたけど、そうか、魔法少女だったっていうなら納得かも」

 

人によっては、周りの人に魔法少女だということを開示する者もいるのだが、基本的に魔法少女であることは家族以外には明かさない方が良いとされている。

 

もしも敵に身元がバレてしまったら、その魔法少女の身が危ないからだ。

 

実際には魔法少女を殺すためにわざわざ身元を調べたりだとか、そういうことをするような輩というのは基本的にはいないのだが、2人がそれを知る筈もない。

 

「もしかしたら、あの鯨型の怪物を倒したのも、クロちゃん達だったりするのかもね」

 

「あれだけでかいと、多分1人で討伐ってわけにはいかないでしょうから、ありえないことはないと思いますけど………。まあでも、まだその子が魔法少女だって決まったわけじゃないし、確率は低いと思いますけどね」

 

2人は再びテレビへと視線を戻す。

報道番組はすでに終わり、なんてことのない、昼の散歩番組が始まっていた。

 

「もっとたくさんお喋りとかしたかったんだけどなぁ…………」

 

「どんな性格の子だったんですか? そのクロって子」

 

「うーん…。私もそんなに深い関わりがあったわけじゃないんだけど………まあなんだか、ちょっと大人びた雰囲気は感じたかも。でも、同時に幼さも持ち合わせてるような気がして……やっぱりまだ子供なんだなって感じさせられるような子だったかな」

 

「なるほど、ちょっと背伸びしてる感じですか?」

 

「ううん、大人ってほどじゃないけど、中学生にしては少し成熟し過ぎてるような、でもかと言って、背伸びをしてるって感じは全然しないの。もしかしたら、周りよりもちょっぴり精神的な成長が早かったのかもね」

 

雪は、クロのことを思い出そうとしているのか、目を瞑ってうーむと頭を捻りながら話す。

 

「でもそうだな、なんかちょっと、お兄ちゃんと似てるところはあったかも」

 

「死んだお兄さんと?」

 

「うん。私がなんで生きてるんだろうって言ったときに、物凄く怒ってたんだけど、その時の表情が、お兄ちゃんそっくりだった気がするの」

 

「ふーん。案外お兄さんの生まれ変わりだったりして」

 

「ふふっ。それはありえないよ。だって、お兄ちゃんが死んじゃったのは10年前のことだもん。時期的に噛み合わないよ」

 

「それもそうか。というか、勝手に誰かさんの生まれ変わり扱いするだなんて結構失礼なことしちゃいましたね、すみません」

 

守は少し気まずそうにしながら、頭をポリポリとかいている。

失敗して変な色になってしまった茶髪が、頭をかく手に合わせてふさふさと揺れている。

 

「はあ……。やっぱりダメだな、私まだお兄ちゃんのこと引きずってるみたい。いい加減、前に進まないと行けないのに」

 

「ゆっくりでいいんじゃないですか? 身内の不幸にすぐに立ち直れって言われても、人間である以上、それは難しいと思いますし…。っと、俺はそろそろバイトの時間なんで、これで失礼します。わざわざ呼んでもらってありがとうございました」

 

「あ、うん。わかった。私としても寂しくて話し相手が欲しかっただけだし、全然。いつでも来ていいからね」

 

「はい。それじゃ、俺はこれで」

 

荷物をまとめ、守は部屋から出ていく。

何度も言うが、雪と守は別に恋仲というわけでも、お互いに気になる異性だというわけでもない。本当にただちょっと歳の離れただけの友人なのだ。

 

「はぁ。私だって、お兄ちゃんの生まれ変わりがいるなら、嬉しいけどさ……」

 

雪はそう呟きながら、テレビの画面に映る、特に何の変哲のない、散歩番組を眺める。

 

「会いたいよ………お兄ちゃん」

 



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Memory49

 

「アストリッド様、八重という少女を放置しておいて良いのですか? 今のままだと、クロは八重の方を頼ってしまっています。クロを仲間にする上で、八重はかなり邪魔な存在になると思いますが」

 

アストリッドの部下である吸血鬼の男、ベアードがアストリッドに質問する。

彼は執事のような服装をしており、実際にアストリッドの側近として働いている。

 

「別に大丈夫だよ。私は毎日クロの様子を見にいくことができるけど、八重はそうはいかないからね。基本的に私の許可がないとクロに会いにいくことはできないようにしておいたから」

 

アストリッドは不敵に笑う。

自分の計画に、狂いはないと、そう確信して。

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

翔上市内の中央の方にある翔上病院。

この病院で、来夏は櫻達の容態を見た後、アストリッドのアジトを探るための情報集めに出ようと病院の敷地内から出ようとしていた。

 

しかし、今現在彼女は病院の敷地内から出ることができないでいる。

 

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「………誰だ?」

 

「ごめんなさい……。こうしないと、多分貴方と話すこともできないでしょうから」

 

「その声は…八重か? お前、今まで何して……」

 

氷で来夏の足を凍らせたのは、おそらく八重だろう。水属性の派生属性として、氷属性があった筈だ。水属性の使い手である八重ならば、氷属性を扱えても何ら不思議ではない。

 

なぜそうする必要があったのかと、来夏が訝しみながら八重に声をかけるが、八重は来夏に口を開こうとはせず、歩いて来夏の隣に立つ。

 

しばらくの静寂。

来夏と八重は互いに一言も話すことなく、ただその場に佇む。

 

来夏の場合、身動きが取れないからそのままそこに突っ立っているだけだが、八重の場合、何がしたいのか、来夏の隣に来た後、周りをキョロキョロと見渡しては、来夏に何か言おうとしてまた口を閉じる、ということを繰り返している。

 

ただ、ようやく落ち着いたのか、八重はとうとう来夏に口を開く。

 

「……来夏、今の私は敵。そのことを念頭に置きながら、私の話を聞いてほしいの」

 

「はぁ? 何言って……」

 

「お願い。今私が信頼して頼れるのは、貴方しかいないの」

 

「………まあ、わかったよ。お前がそこまで言うなら」

 

来夏は八重の深刻な雰囲気を感じ取ったのか、八重を質問攻めにすることもなく、ただ黙って聞き専に徹することにする。

 

「今、クロはアストリッドっていう吸血鬼の魔族に囚われているの。それは私も同じ。それに、私の場合はクロのことを助け出そうにも、アストリッドに逆らってしまえばその瞬間に殺されてしまうわ」

 

「だから私がクロを助けろってことか。だが、私だってアストリッドってやつに勝てる自信はないぞ」

 

「別に勝つ必要はないわ。私がアストリッドの気を引くから、そのうちに助け出して欲しいのよ」

 

「まあ、クロを助けるのは私もそのつもりだったからいいんだけど、本当に大丈夫なのか? そのアストリッドってやつ、多分強いだろうし、その分勘も鋭いと思うが…‥」

 

「それなら私も協力するよ。お姉ちゃんを助けたいって気持ちは同じだし」

 

来夏と八重は、突如横合いから聞こえてきた声に驚き、少し体が跳ねる。

あまり聞いた覚えのない声だったため、敵に気づかれたのではないかと少し不安になってしまったためだ。

 

しかし、よくよく今の声を思い返してみれば、どことなく真白やクロの声質と似通っていたような気がした。

 

「お前は………確かクロと一緒にいた……」

 

「ユカリ……? い、生きていたの?」

 

八重はまるで死人とでも出会ったかのように目を見開いてユカリのことを見る。実際、八重からすればユカリは死んでしまったものとして脳内で処理していたからだ。

 

ユカリが生きていたということは、真白も生きているのだろうか、そんな風に思考を巡らせながら、八重はユカリのことを見据える。

 

「私が誰かなんてどうでもいい。お姉ちゃんを助け出す。それさえできれば」

 

「き、危険な作戦なの。できれば人数は少ない方が……」

 

「何で? 肉壁は一つでも多い方がいいでしょ? それに、別に貴方達の手なんか借りなくても、私は1人でお姉ちゃんを助けに行くから。実際、貴方達なんかより私の方が断然強いし」

 

八重は、ユカリのことを大切な妹の1人として見ている。そのため、できればユカリを戦場へと赴かせたくないという思いがあった。そして実際に、ユカリは一度アストリッドに殺されかけている。それもあってか、八重はユカリを戦場から遠ざけようとしたのだが、ユカリは聞く耳を持とうとはしなかった。

 

今のユカリは、砂場で遊んでいた時のキラキラとした目を持っておらず、その目にはそこはかとなく深い闇があるように感じられる。

 

この目は、何を言っても聞かない目だ。

 

「それに、お姉ちゃんを助ける上で、私は頼れる組織がある。別に貴方達が私を戦力として数えないっていうなら、私は組織の方と一緒にお姉ちゃんを助けに行くけど?」

 

ユカリは知っているのだ。

クロが組織に身を置いておくことが嫌だということが。

魔法少女だとか、組織の兵器だとか、そんなもの全て取っ払って、普通に過ごしたがっているということも。

 

ただ、それでも一緒に過ごしたいという我儘で、クロのことを組織から逃げさせようとはしなかった。

 

それでも、海で他の魔法少女と交流した時に、思ったのだ。

『お姉ちゃんは組織にいない方が幸せに過ごせるのかもしれない』と。

 

ユカリは他の魔法少女と交流する上で、特に何の壁も感じたりはしていない。

けれど、クロは違うのだ。

 

悪の組織に所属している。

その意識が、クロが他の魔法少女との間に壁を作ってしまう原因となってしまっているのだ。

 

だから、ユカリは八重達に要求している。

本気でクロを、アストリッドからも、組織からも助け出したいのなら、私を連れて行けと。

 

本当なら、組織に頼った方が確実にクロのことを救出することができる。

けれど、それでは意味がない。

 

もし、八重達とクロが共に歩むことになるとして、その時にクロの安全を保障できるのか、それを、今回の作戦を通じて試したいと思ったのだ。

 

アストリッドからクロを救出することができたのなら、合格。

けどもしそうじゃないのなら、組織に所属していた方がクロは安全であると、ユカリはそう考えているのだ。

 

「…………わかったわ。ユカリも、一緒にクロを助け出してくれる? ただ、これだけは約束して。危なくなったら、すぐ逃げること。わかった?」

 

「それくらい自分で判断できる」

 

「戦力が増えるのは嬉しいんだが、私の足の氷、いつになったら溶かしてくれるんだ?」

 

「あっと、ごめんなさい。う”う“ん”! くっ、ま、まさか魔法少女が2人もいるなんて! 流石の私も、来夏とユカリ、2人がかりで来られたら敵わないわ! これは逃げるしかなさそうね!!」

 

そう言いながら、八重は来夏の足の氷を溶かしていく。

 

「あー、そういうことか。意味あるのか? それ」

 

「ど、どこで監視されてたっておかしくないのよ。とりあえずうまく合わせて」

 

2人はヒソヒソ声で話す。

八重としては、どこにアストリッドの手下が紛れ込んでいてもおかしくないと考えているため、できれば来夏と裏で協力しているということは勘付かれたくはない。だからこうして、あくまでも敵対しているということにしていたかったのだ。

 

「演技してるところ悪いけど、この周囲には誰もいないよ?」

 

「えっ、嘘!?」

 

「ほら、だから言ったろ」

 

ただ、あまり意味はなかったみたいだった。

 



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Memory50

貧弱な自分様、誤字報告ありがとうございます。

他にも大量に誤字報告を頂いており、ハリボテインパクト様、秋ウサギ様、THE DOG様、肉片様、ななし仮面様、せっちゃくざい様、たかの様、水棲様、No.va様、雷市様、ぱせりん様、こもにうむ様、ルサルカ親衛隊様、@ケンケンコーコム様、らてこ様、瑠璃@趣味→誤字報告様、モンハンの民様、天の川(・・?)様、あーるす様などからも頂いていました。

本当に誤字が多く、申し訳ありません。と同時に、たくさんの誤字報告のおかげで、文がより読みやすく、なっていると思います。本当に沢山の誤字報告、ありがとうございました。

一時期は誤字報告に気付かず、全てスルーしてしまっていたのですが、それでもなお誤字報告していただいたのは本当にありがたいです。

これからもどうか、この作品をよろしくお願いします。


 

「………ベアード、念の為、お前はクロのところで待機」

 

アストリッドは、自身が作り出した部屋の玉座のような場所で優雅に座りながら、右隣で待機していた執事姿の吸血鬼、ベアードに命令を下す。

 

「承知しました。しかしアストリッド様、急にどうされましたので?」

 

「私はクロについて色々調べておいたんだけど、どうも色々こねくり回されてるみたいでさ。そのせいで余命も残りわずかだし、体の構造で言えば、どっちかっていうと怪人に近い体質なわけなの」

 

アストリッドはどこから取り出したのか、大量の紙が束ねられた資料を取り出し、それをパラパラ捲りながら話を進める。

 

「そうなんですか」

 

「うん。で、まあ私としてはクロのことは吸血鬼にするつもりだから、その辺の心配はないわけなんだけど……。ただ、あまりクロに精神的ストレスを与えすぎると、よくないことが起きる気がするのよね」

 

吸血鬼になれば、人間よりも長い寿命を得ることができる。また、本来人間の体では耐えきれないような負荷もある程度耐えれるようになる。そのため、クロがもし吸血鬼になった場合、余命の問題やその他諸々の問題は全て解決可能なのだ。

 

ただし、吸血鬼になる前については、その保証はない。アストリッドが心配しているのは、そこだろう。

 

「よくないこと、とは?」

 

「んー、例えば怪人化、とかかな。まあ、もちろんある程度は精神的ストレスを与えた方がいいのはいいんだよ。その分クロの記憶喪失も進むし」

 

アストリッドが言うには、クロの記憶喪失には、クロへの精神的ダメージが関わっているらしい。つまり、アストリッドの理論でいけば、クロが精神的に追い込まれれば追い込まれるほど、クロの記憶はどんどん欠如していくらしい。

 

ただし、追い詰めすぎると怪人化してしまう可能性があるらしく、中々扱いが難いようだ。

 

「それと私がクロの元へ行くことに何の関係が?」

 

「クロの監視、かな。あまりにストレスを与えすぎて怪人化しても困るし、かといって八重と一緒にいさせてクロの精神が安定したら困る。だから、貴方にクロの話し相手になってもらってある程度ストレスを感じないように調整したいってところ」

 

「初対面の者と話すのは、余計に辛いのでは?」

 

「今のクロからすれば、八重や私以外は皆初対面みたいなものだよ。それに、人っていうのは孤独に耐えられない生き物だからさ」

 

「なるほど。理解しました。それでは、行って参ります」

 

そう言って、ベアードはアストリッドのいる部屋から退出する。早速クロの元へ行っているのだろう。アストリッドとしては、別にそこまで急いで行かなくてもよかったのだが、彼としては、与えられた任務は即座に対応したいのかもしれない。

 

「ベアードは相変わらずだなぁ。本当、仕事に生きてるって感じがする。それもいいんだけど、やっぱりバンやイザベルみたいな盛り上げ役は欲しいんだよねぇ………」

 

ベアードは趣味というものを持っておらず、行動するのは基本的にアストリッドに命令された時か、決まった仕事をこなす時のみだ。さっきのアストリッドとの会話でも、ベアードは質問こそしているものの、それは好奇心などからではなく、アストリッドの命令を完璧にこなすために、彼女の意図の確認をしていたに過ぎない。

 

アストリッドとしては、無駄なことをせずにやるべきことをきちんとこなそうとする彼の姿勢は好ましいとは思うものの、やはりお気楽に言葉を交わしてくれる存在というのは欲しいものだ。

 

「クロって案外本来の性格だとお喋りさんな気もするのよね。案外、あの子が私の話し相手になってくれたりして。だったらいいな」

 

確かに、アストリッドは歪んでいて、多分、自分の満足のためなら、どこまでも暴走し続けるだろう。

 

ただ、そう話すアストリッドの表情には、とても王の威厳なんてものは感じられなくて。

 

そこには、ただただ寂しそうに笑う少女の姿があっただけだった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

翔上市内中央にある翔上病院。

その霊安室前で、2人の少女が邂逅を果たしていた。

 

片方は癖っ毛の緑髪に、喪服のような黒いドレスを身に纏った少女で、名は束。

もう片方は赤色の髪をツインテールにした少女、津井羽 茜だ。

 

「束……」

 

「ああ、茜さんですか…………。どうします? 戦いますか? 私と」

 

束の顔はどこかやつれているようにも見え、喪服姿も相まって、葬式に参列していそうな見た目になっている。

 

「その言い方だと、まるで戦いたくないみたいに聞こえるけど?」

 

「……そう……ですね………本当に、何をやっているのか……」

 

今の束には、どこか迷いがあるように見える。

本当にリリスの元にいるままで良いのか、櫻達の元に合流した方がいいのではないか、そんな葛藤が、彼女の中で渦巻いているように思えるのだ。

 

「ねえ束。どうして私達のことを裏切ったの? やっぱりあの、散麗って子がいるから?」

 

今なら対話ができる。

そう考えた茜は、束に話しかける。

 

「アレは散麗ではないですよ。散麗の体を使っただけの、限りなく散麗に近い何か、です。ただ、アレに私が固執していたことは確かですけどね……」

 

「束、もう一度私達と一緒に…」

 

「それはできないですよ。今更、どの面下げて櫻さん達に会えって言うんですか。私にはもう………」

 

「じゃあもういい! 勝手にしなさいよ! このちんちくりん! 本当はこんな風に言ってやりたいくらいよ。でもね。やっぱり私だって、前みたいに戻れたらいいなって思ってるところはあるの。大丈夫よ。だって、真白だって元は悪の組織の魔法少女だったのよ? それに、櫻達はクロのことだって、受け入れるつもりでいる。今更束戻ってきたからって、櫻達は全然気にはしないと思うし、むしろ嬉しいと思う。だから……」

 

「………………」

 

束は茜の言葉に対して、反応することはなく、下を見て茜に表情を見せなくなってしまった。

 

流石に今すぐに櫻達の元へ合流するのは厳しいのかもしれない。

茜はそう思いながらも、希望を捨てきれずに束に話しかけ続ける。

 

「束……?」

 

「ふふっ………あはは………そう、ですよね………」

 

束は顔を上げる。

そしてしっかりと、茜の方を見据えて、まっすぐに彼女の目を見ながら、話す。

 

その表情はどこか、憑き物が落ちたような、何か吹っ切れたかのように見える。

先程のやつれた表情は、まるでどこか遠くへと過ぎ去ってしまったかのようだった。

 

「今まで、何で悩んでたんだか………。そうですよ、散麗がいなくたって、私には櫻さん達がいる。こんなにも、心配してくれる仲間が…‥友達がいる。はぁ………本当、何もかも馬鹿馬鹿しくなってきました。茜さん、行きましょう」

 

「束、本当に……?」

 

「吹っ切れたんですよ。もう美玲様……いえ、リリスの元へは行きません。どうでもいいですあんな奴。散麗の遺体を好き勝手に使った挙げ句、見捨てるような奴なんて。はぁ、そうですよ。くだらない」

 

束はまるでリリスを馬鹿にするかのような口調で話す。

本当に、リリスのことなどどうでもいい、むしろムカつく奴だ、とでも言いたげな様子で。

 

「束………本当なのね? 本当の本当に………」

 

「茜さんはメンヘラなんですか? しつこい女は嫌われますよ?」

 

「なっ! 人様がこんなに心配してやってるっていうのに! 何なのこの後輩は! 本当生意気ね!」

 

「心配しなくても、私はもう櫻さん達を裏切るつもりはありませんよ。それと、茜さん」

 

「何?」

 

束は、後ろを振り向き、茜から表情が窺えないようにする。

そして、少し声量を落としながら、ボソリと呟いた。

 

「………ありがとう」

 

 



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Memory51

 

 

「初めまして、クロ様、私の名はベアード。アストリッド様の側近で、雑務を担当させていただいております。今宵は貴方様の話し相手をさせていただこうと思いまして、参った次第であります」

 

「は、はじめまして」

 

クロは突然の来訪者に、戸惑いはするものの、怯えている様子も、嫌悪する様子も見せない。ベアードに対して、それほど悪感情を抱いていないということだろう。

 

そしてそれは、ベアードがアストリッドの側近だということが関係している。

 

そう、クロは、アストリッドに対する憎悪が、ほとんど消え去っている。むしろ、どちらかと言えば好ましいとまで思っているのだろう。

 

それは、クロの記憶喪失が進んだことも関係しているが、それだけではクロの中に根付いたアストリッドに対する悪感情は消えやしないだろう。

 

最も大きいのは、アストリッドが洗脳作用のある唾液をクロの喉元に噛み付いて流し込んでいることだろう。

 

この状況はベアードからすれば、かなり美味しい。

 

(今の彼女の状態なら、アストリッド様の印象を上げるようなことを刷り込むことも可能でしょうし、逆に八重の印象を下げることもできますね)

 

そう考えたベアードは、早速クロに話しかける。

 

「クロ様は、どこまで覚えていますか?」

 

「え? ど、どこまでって……」

 

「ご自身の記憶のことですよ。どの辺りの記憶まで保持している状態なのか、気になりまして」

 

「あー………。えーと。正直、今は何も思い出せないっていうか………覚えてるのは、私にはもう残された時間が少ないっていうことと、アストリッド様のことを悪く思ってた時期があるってこと。後、八重のこと、だけかな。何で今ここにいるのかとか、アストリッド様や八重が私にとってどういう存在だったのかとか、もう、思い出せない………」

 

「そうですか、私の口から、話せることは話しましょうか?」

 

「………いいんですか?」

 

「ええ。まあ、私とクロ様は初対面ですので、私の話すことは全て伝聞になりますが…。いかがなさいますか?」

 

クロは一瞬、考え込むそぶりを見せるが、すぐにベアードの方へ顔を向け、まっすぐな目で彼に伝える。

 

「教えて、ください。八重のことも、アストリッド様のことも、そして、私のことも」

 

ベアードは、口角を上げる。

 

理知的な普段の彼には似合わない、思わずニヤリといった効果音がつきそうな、そんな笑みを浮かべながら、まるで、イタズラが成功した無邪気な子供のような笑みを浮かべながら。

 

言葉を、紡ぎはじめた。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

翔上病院で邂逅した八重、来夏、ユカリは、夜ということもあり、一旦は八重の住んでいるアパートで泊まることにした。

 

八重の家には八重の布団と、現在このアパートにはいない母親の布団、そして、来客用の予備の布団の三つがあったため、丁度3人寝泊まりすることができるのだ。

 

「クロとアストリッドのいる場所は、かなり距離が離れているの。それで、ユカリには私がアストリッドの足止めをしている間に、クロの元に。来夏には、悪いけれど、私の母親を助け出してもらう役目を担ってもらうわ」

 

「母親が人質にとられてるんだったか?」

 

「ええ、そうね。だから基本的にアストリッドは私が裏切ることはないって思ってるはず………」

 

「何だか妙な気がするけど。何でお姉ちゃんを別の場所に隔離してるのか。一緒のところにいればいいのに」

 

「おそらく、クロのことを隔離しているのは、誰とも会わせないため、交流させないためだと思うわ。アストリッドは、クロにストレスを与えることにこだわっているような感じがしたから」

 

「何でそんなことする必要があるの?」

 

「精神的に追い詰めた後に、優しくしてクロに刷り込みみたいなことをしたいのかも。飴と鞭をうまいこと使い分けて、クロを飼い慣らそうとしてる感じかなって」

 

「……気持ち悪いね、アストリッドって奴」

 

ユカリは心底嫌そうな表情をしながらこの場にいないアストリッドに悪態をつく。

クロのことを攫ったアストリッドに対して、敵意はマシマシなようだ。自身も一度殺されかけているからというのもあるだろうが。

 

「で、アストリッド側の戦力は? 場合によっちゃ櫻達にも手伝ってもらうことになると思うんだが」

 

「そこは心配しなくても大丈夫だと思うわ。一応側近にベアードって奴がいるけど、多分そいつもアストリッドと一緒にいるだろうし。他に警戒すべきような奴はいないわ。眷属にされてるのもただの一般人だから、大した力も持っていないし」

 

「ふーん。アストリッドってもしかして人望ないのかな? だからお姉ちゃんの事攫ったりするんだろうね。コミュ障って奴だ」

 

「そういや猿姉とかに頼めば楽なんじゃないのか?」

 

「いえ。櫻のお兄さんと来夏のお姉さんに連絡は取らない方がいいと思うわ。アストリッドの奴、どうやらあの2人の動向には気をつかってるみたいだから」

 

「ふわぁあああ……………。眠たくなってきちゃった」

 

「そうね。じゃあ、そろそろ寝ましょうか。作戦結構は明日。それまでにゆっくり休みましょう。それと、もし私が足止めに失敗するようなことがあったら、すぐに逃げて、櫻のお兄さんか、来夏のお姉さんに連絡を取ること。わかった?」

 

「りょーかい」

 

「おやすみ〜」

 

八重の言葉に、来夏は返事を返すも、ユカリは睡魔にやられたのか、そのまま返事をせずに眠りにつく。

 

「本当、マイペースな子ね」

 

「お前の妹、皆性格違うよな」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「じゃあ、アストリッド様は、私のことを、助けようとして……」

 

「そうです。おそらく、クロ様がアストリッド様に対してよくない感情を抱いていたのは、仲間と引き裂かれたと、そう勘違いしているからでしょうね」

 

ベアードの考えたシナリオは、こうだ。

 

元々、クロは悪の組織に所属していた。そのことは、偽りなくクロに伝えた。

 

ただ、少し脚色している。

クロは、その組織によって洗脳され、無理やり戦わされていた、ということにしたのだ。

 

そして、櫻達のことに関しても、アストリッドとしては仕方なかったことだということにした。

 

というのも、櫻達は政府に洗脳されており、政府の都合のいい駒として使い潰されていた。もう櫻達を解放することはできない。だからこそ、アストリッドが自身の手で引導を下そうと、そう判断した。

 

そして、クロは櫻達に悪の組織から助け出されたものの、それは政府がクロのことを駒として使うためで、クロはその時は櫻達のことが仲間だと認識していたが、本当は騙されていた。

 

と、いうシナリオにベアードが作り替えたのだ。

ちなみに、八重の印象を下げるために、彼女は自分の意志で、わるいわるーい政府と協力している。ということにしている。

 

まあ、こんなストーリーを作ったとしても、すぐに破綻してしまうだろう。

 

ただ、こんなものはクロがよりはやくアストリッドに心酔するようにするための一時的な嘘に過ぎない。

 

どうせアストリッドに心酔してしまえば、正義だとか悪だとか、そんなことはどうでも良くなる。

 

アストリッドが全てになり、アストリッドのために命を捧げるようになるのだから。

 

(とりあえず、話を盛るのはこれくらいにして。後は世間話でもして、時間を潰しましょうか。尤も、彼女は記憶喪失なので、世間話といっても、私が話すばかりになってしまいそうではありますが…………。まあ、それでも彼女からすれば、新鮮な情報を得られるわけですし。そこまで苦じゃないでしょう)

 

ベアードの目論見は、着実に進んでいた。



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Memory52

 

早朝。

 

先日、クロ救出作戦を考えた八重、来夏、ユカリの3名は、早速作戦に取り掛かるため、それぞれ目的地を示された地図を握りしめながら、自身が向かうべき場所へと足を進めていた。

 

そして現在、八重はその足を止められてしまっていた。

アストリッドの部下に止められたから? 

否。そうではない。

 

彼女の眼前には、虹色の髪を持つ少女、虹山 照虎(ニジヤマ テトラ)の姿があった。

 

そう、八重の足を止めたのは、彼女だ。

 

「照虎…? 貴方、まだこの辺りにいたのね。ごめんなさい。急いでいるから、話があるならまた今度に……」

 

「やっぱり、お前は私のことなんか眼中にないんやな」

 

「……照虎?」

 

「ああ……馬鹿らしい。何でお前を目標にしてたんやろな。分からん。もう、分からんわ。ああ、お前がこの先に進みたいっていうんなら、私はそれを全力で邪魔するわ。もし、ここを通りたいっていうんなら、私を倒していけ」

 

そう言って、照虎は懐から魔法のステッキを取り出す。

その色は、虹色に輝いており……。

 

 

ビュンっ!

 

 

照虎がステッキを取り出すのと同時に、強風が吹き荒れる。

彼女の魔法だ。

 

「やる気満々ってわけね……」

 

照虎の臨戦態勢に対抗するかのように、八重はステッキを照虎同様取り出す。

 

炎壁(ファイアーウォール)

 

八重がステッキを取り出したのを見て、照虎がそう唱える。

一瞬のうちにして、2人の周囲が炎に包まれ……。

 

逃げることも、進むことも。

 

全くできない。

 

「なるほど、こうやって私を閉じ込めて、嫌でも戦わせようって魂胆ね。それにしても、炎の魔法も使えたのね」

 

「これは保険みたいなもんや。逃げられたら困るしな。それに、火属性だけじゃないで」

 

照虎はそう言いながら、指をくるくると回す。

宙に水が浮かび、段々と剣のような形へと固定されていく。

 

「今度は水………。本来は雷属性使いじゃなかったかしら? この前も風魔法を使っていたし………本当、何をやったの?」

 

「私の大事なもの、全部捨てたんや。それで、手に入れた力や」

 

「大事なものを捨てた……? そこまでして……」

 

「ああ、そうや。お前を倒すために………、最強になるために! そうや! 私は……すべてこえるんや………ぜんぶ、ぜんぶちょうえつするんや」

 

照虎の息遣いが段々と荒くなっていく。

 

「ぜったい、にがさへん…………」

 

照虎の体中に、電撃がほとばしる。

 

「なんだか、よく分からないけど…。やるしかなさそうね」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「お兄ちゃん! 何で! どうしてクロちゃんのことを助けに行かないの!?」

 

「櫻。落ち着いてくれ。今アストリッドと戦うにしても、不安要素が多い。それに、クロという少女は別に助けなきゃいけない存在じゃない。死んでも仕方がない」

 

「ひどい………そんなのってないよ! 死んでも仕方がないとか、そんな筈ない!! 私は、絶対に諦めないから!」

 

「櫻。お前の考えは甘い。俺だって、今までに助けたかった人は何人もいる。けど、全員が全員助けられるわけじゃあないんだ。時には、諦めることも必要だ。余計な犠牲者を増やさないためにも」

 

「お兄ちゃんは何も分かってない………。クロちゃんは、本当は悪い子じゃないの……。一緒に、一緒に戦ったりもしたんだから!」

 

「言っても聞かないか………仕方がない」

 

ドスっ。

 

重苦しい音が、櫻の腹部から鳴る。

椿が、櫻の腹に殴りを入れたのだ。その結果、櫻はその場に倒れ込んでしまった。

 

「私はできればクロって子も助けに行きたいんだけど、やっぱ駄目か?」

 

椿が櫻を気絶させた直後、横合いから来夏の姉、去夏が椿に声をかける。

 

「駄目だ。俺達が動くのはまずい。アストリッドの警戒を高めることになるしな」

 

「私の妹は行かせたくせに、自分の妹には過保護なんだな」

 

「できれば来夏にも行かせたくはなかったさ。いくら去夏が修行してくれたとは言え、去夏の修行っていうのはただの基礎体力作りだ。もちろん、基礎体力ってのはかなり大事だけど、それは魔法少女として戦う上で大きく成長するための下準備に過ぎない。だから、アストリッドに対抗するためには、俺が櫻達に魔力の扱い方、そして、魔力の量の増やし方なんかを教える必要があるんだよ。今向かわせて無駄死にさせるわけには行かない」

 

「私にはそういうのよくわかんないな。で、どうする? 今から来夏達を止めに行った方がいいか?」

 

「いや…………。今更間に合わない。来夏達は諦めよう……と言いたいところだが、去夏はそういうわけには行かないんだろ?」

 

「そりゃそうだよ。来夏は大切な妹だからな」

 

「そうか。じゃあ、行くんだな」

 

「おう。ま、私は人類最強の女だ。そう簡単にやられはしないよ」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

八重の作戦通り、彼女の母親が囚われている場所に来た来夏だったが、その場所には見知らぬ1人の少女がいた。

 

「誰だお前」

 

「はじめまして、だね。うん。誰、か。わかんないな。今、名前がないからさ」

 

そう話す少女は、灰色の髪を持ち合わせており、足には何も履いておらず、衣服も白いワンピースを一着着ているだけで、まるで孤児のような容姿をしている。

 

「魔法少女か? やるってんなら受けてたつが………」

 

「まあ待ってよ。確かに僕はアストリッドって吸血鬼に生み出された人工魔法少女なんだけど。正直君と戦う理由はないんだよね」

 

「また人工…………。ったく、魔族ってのは人間のこと実験動物か何かだと思ってるんじゃねえか……」

 

「まあ、でも、僕のアイデンティティが全くないってわけではないよ。正確に言えば、僕は名前を持っているしね。ただ、今の姿でそれを名乗る気がないってだけ」

 

「………何言ってるんだ?」

 

「知らなくてもいいよ。後、多分だけど、クロって子、いるでしょ? あの子なら、僕の名前、聞いたことがあるはずなんだよ。まあ、記憶喪失らしいから、今は覚えていないかもしれないけどね」

 

「ってことは、クロの知り合いか?」

 

「まあ、多分ね。うん。正直、確信してるわけじゃないんだけどさ」

 

「………? 本当に掴みどころのない奴だな……」

 

「八重って子の母親を助けにきたんでしょ? 好きにすればいいよ。ただ、クロを救出しにいくっていうなら、一つ忠告しておかないといけないことがある」

 

「忠告?」

 

「うん。アストリッドの側近のベアードって奴がいるんだけど。そいつ、今クロのところにいるみたい。だから、気をつけてね」

 

「そうか、忠告ありがとう」

 

「どういたしまして。それじゃあ、僕はこれで」

 

そのまま、灰色の髪を持つ少女はこの場から立ち去ろうとする。

 

「待てよ」

 

「……何かな?」

 

「お前、もしアストリッドってやつに従う気がないっていうならさ………私達と一緒に来ないか?」

 

「?」

 

「別にクロを一緒に救出しろ、とまでは言わないけど、ただ、生活する場所とか、色々必要だろ? だから……」

 

「必要ないよ」

 

来夏の誘いに、灰色の少女はぶっきらぼうに断る。

 

「本当に大丈夫なのか? 遠慮しなくても…」

 

「生活する場所なんて必要ないから。本当に心配しなくて大丈夫だよ」

 

頑なに、来夏の提案を拒否する灰色の少女。そんな少女を見て、来夏は提案を受け入れたくても、それができない状況にあるのだろうかと推察する。

 

「アストリッドに脅されてるのか?」

 

「いいや? 別に。ただ、僕には必要ないってだけ」

 

しかし、少女はそんなこと思いつきもしなかったとでも言いたげな口調で、本当に自分の意志で、来夏の提案を跳ね除けていることがわかる。だから来夏もこれ以上はしつこくしないでおくことにした。

 

「ああそうだ。本当は渡さない方がいいかもしれないけど、一応これ、渡しておくね」

 

そして、少女は突然思い出したかのように来夏にある一つの注射器を渡した。中には透明の液体が入っており、特におかしな点は見当たらない。

 

ただ、来夏は少女のことをよく知らない。

そのため、この注射器は適切に処理しておかなければならないかもしれない。

 

「何だこれ?」

 

それはそれとして。

どっちにしろ使う気はないが、それでもこの注射器の中身が何か気になった来夏は、少女に尋ねる。

 

「それ、怪人強化剤(ファントムグレーダー)って言うらしくて。まあ、使えばめちゃくちゃ強くなるよって代物だよ。ただ、本来は怪人に使うものだからさ。魔法少女が一度使えば、良くても戦えないようになるし、最悪死ぬ。だから、基本的に使う機会は訪れないとは思うけど、念のため、ね」

 

「何でお前がそんなもん持ってるんだよ」

 

「アストリッドに貰った。元々僕は八重の母親がここから逃げないように監視役として置かれてたから。だから、もし僕が敵わないような奴がここに来たら、これを使って戦えってね。言われたんだよ。私のために死んでくれってさ」

 

「それじゃまるで……」

 

「使い捨てのコマだね。まあ、残念ながら僕はアストリッドに使い潰される気なんてサラサラないんだけどね。それに、クロのことを弄んでいるのを見ていると、何だかイラついてさ。せめてもの反抗をしたいって思ってさ」

 

少女の表情からは、特に辛いだとか、悲しいだとか、そんな感情を感じ取ることはできない。

 

ただ、どちらかというと、クロをいいように扱っているアストリッドに対する怒りの方が感じられる気がした。

 

「クロの知り合いって言ってたが……その口ぶりからするに、知り合いで止まりそうな関係じゃなさそうだが………」

 

「うん。そうだね。知り合いよりはもう少し深い仲かもしれない。ああ、そうだ。君はクロを助けるために、まず八重の母親を助けにここにきたんだったね。邪魔してすまない。僕のことは気にするな。アテはある。じゃあね。健闘を祈る」

 

そう言って少女は、まるで霧のようにこの場から消え去っていく。

 

「そういや名前、聞いてなかったな。いやまあ、名前あるのかないのか、よく分からない言い方してたけど。………まあ、いいか」

 

灰色の少女のことは気になる。

だが、今優先すべきは八重の母親と、クロだ。

 

少女のことは後で調べておこう。

 

そう考えながら、来夏は行動を開始した。

 

「まあ、君達じゃあクロを助けるのは難しそうだし、僕は君達に協力しないけどね」

 

そう言って少し離れた場所から来夏のことを冷めた目で見つめながら呟く灰色の少女の呟きは、誰にも聞かれることなく空気の中に溶け込んだ。

 

 

 

 

 

 

 



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Memory53

 

 

 

「ルサールカ、今しかない。アストリッドを潰すなら、な」

 

アスモデウスは、クロ救出のため、組織にいる他の幹部に協力を求めていた。

 

ただ、パリカーは最初からクロを助けるつもり、なんなら、もう既にクロ救出に向かっていて、ゴブリンは組織を裏切った。イフリートは今どこへいるかも分からぬ状況。

 

そんな状態なため、他の幹部でいるのは、ルサールカくらいなのだった。

 

「そうかしら? 別にいいじゃない。そんなにクロちゃんが大事?」

 

「………」

 

「だんまりは良くないわ。それに、人に物を頼むときは、頼み方ってものがあるんじゃない?」

 

「………頼む、協力してほしい……」

 

「はぁ。誠意が足りないわ。土下座くらいしてくれないとさ、私からすれば、アストリッドがどうだとか、全部どうでもいいし。それに、私にものを頼むなら、敬語くらいしなさい、よ!」

 

ルサールカはアスモデウスを蹴り付ける。ルサールカの表情は、恍惚としていて、アスモデウスを蹴ることを楽しんでいるように思える。

 

しかし、アスモデウスは彼女の蹴りを甘んじて受け入れるしかない。

 

言われた通りに、土下座をして、ルサールカに頼み込む。

 

「頼みます。どうか、アストリッドを倒すのに、協力していただけないでしょうか」

 

「ふーん、ま、ギリギリ合格ってところかな」

 

「っ、それじゃ……」

 

「何期待してるのよ。協力? するわけないじゃない。ま、でも面白いものを見せてもらったわ。中々にいい土下座だったわよ。思わず写真撮っちゃうくらいには、ね」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「勝負ありってところかしら」

 

路上で争う、否、争っていた魔法少女が2人。

 

片方は無傷で、凛々しく路上で突っ立っており、もう片方は、傷だらけの体で、全身の至る所に氷の結晶がこびりついている。

 

もう、決着はついた。

誰が見ても、どちらが勝ったかなんて、明らかだ。

 

しかし、虹色の髪を持つ少女、照虎には負けたことによる悔しさも、悲しみも感じられない。

 

それどころか、不敵に笑ってすらいる。

 

右手には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そうみたいやな…………ははっ………でも、これならどうや」

 

照虎は、右手に持っている注射器を、自身の左手に刺す。

 

怪人強化剤(ファントムグレーダー)。これを使った私には、いくらお前でも敵わへんやろうなぁ!」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「あの………それにしてもどうして私はここで拘束されてるんですか?」

 

「ああ。最初は抵抗していましたので。ここなら安全だから、一旦拘束して落ち着くまで様子をみようと、アストリッド様が言ってらっしゃいました。というのも、最初はクロ様も洗脳にかかっていましたので」

 

ベアードはそうやってクロに嘘を吹き込む。

記憶のないクロには、いくらでも嘘をつける。

 

「お姉ちゃんから離れろよ。この変態」

 

そんなベアードの様子を見ていたユカリが、ベアードに対して魔法を放ちながらやって来た。

 

「野蛮ですね。不意打ちとは。とても正義の魔法少女のすることとは思えませんが」

 

「別に私は正義の魔法少女でも何でもないし。ただ、お姉ちゃんを返してもらいにきただけ」

 

「そうですか。クロ様。拘束を解いておきますので、アストリッド様の元へ向かってください。場所は先ほど渡した電子機器に載っておりますので」

 

ベアードの言った通り、クロの手にはいつのまにかアストリッドの場所を示す電子機器があった。

 

クロとしては、そんなものを貰った記憶はないのだが、ベアードが渡したというのなら、そうなのだろう。

 

もしかしたら、ベアードに渡されたことを、お得意の記憶喪失で忘れてしまっているのかもしれないと、クロはそう考えた。

 

実際には記憶喪失でも何でもなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「は、はい」

 

「待って、お姉ちゃ……」

 

「邪魔はさせませんよ」

 

ベアードはクロにアストリッドのいる場所へ向かうように促す。

それを止めようとユカリがクロを追いかけようとするも、ベアードの手によって止められてしまう。

 

「どけよ、クズ」

 

「クズ、ですか。クソ真面目は言われたことがあるのですが、クズは初めてですね」

 

ユカリは紫色の毒々しい大鎌を出し、ベアードに振りかざすが、彼の手によって止められてしまう。

 

「弱いですね。私が本気を出すまでもありません」

 

「何で……毒も撒き散らしたのに……全然効いてない!」

 

ユカリが言った通り、ユカリは周囲に毒を撒き散らしていた。

致死性のあるものではないが、体を麻痺させることに特化した毒をだ。

 

しかし、ベアードの動きは毒を撒き散らす前と何ら変わりはない。

 

「くだらないですね。そういえば、紫髪の少女………ふむ。アストリッド様が殺したと言っていた方ですが………どうやら生きていらっしゃったようですね。しかし、勿体無いことです。せっかく拾った命を、こんなところで無駄に散らすことになるのですから」

 

「別に、お前を倒せなくても、お姉ちゃんが助かればそれでいい」

 

「それはどうですかね。クロ様がアストリッド様のものになるのは時間の問題ですよ。クロ様がアストリッド様の元へ無事辿り着く。それだけでいいんです。それだけで、私達の勝ちなのですから」

 

「じゃあさっさとどけこのグズ!」

 

「クズの次はグズですか。ここまで私に悪意をぶつけてくれる相手も久々ですね」

 

両者はお互いに譲らない。

攻防は続く。

 

しかし、誰が見ても紫髪の少女が勝てるわけがないのは明白だった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「アストリッド様のいるところって、ここ、かな」

 

クロは、先程ベアードから貰った電子機器を頼りに、アストリッドの元へ向かい、アストリッドが潜伏しているビル、その入り口に突っ立っていた。

 

アストリッドのいる場所がこのビルで本当に合っているのか、ベアードから貰った電子機器を再確認しているのだ。

 

「久しぶり」

 

しかし、そんなクロの前に立ちはだかる少女が1人。

 

灰色の髪をもった、孤児のような見た目をしたボロボロの少女。

来夏に怪人強化剤(ファントムグレーダー)を渡した少女だ。

 

「えーと………」

 

「まあ、覚えてない、というか、そもそも知らないよね。こんな姿だし。見たこともないはずだよ。ふぅ。じゃあ、思い出してもらうしかないか」

 

灰色の少女は、少し悲しそうな目をしながら、しばらく俯いていたが、すぐに顔を上げ、クロにこう告げた。

 

「クロ、君は、前世ってものを信じるかい?」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

怪人強化剤(ファントムグレーダー)を使った照虎。

 

確かに、その体から、普段の照虎では考えられないほどの魔力の圧力を感じられる。

 

だが、

 

 

「あ“ぎ“あ”mるsてkwmほsっkskskれる←あぱpwskxp」

 

照虎の体内から、()()()()()()()()大量の魔力が漏れ出ている。

 

「なっ、照虎、何して……」

 

異常を察した八重が、照虎に駆け寄る。

 

「あ………ふ…………」

 

八重が肩を貸した時には、出血は治っていた。だが、照虎の体は、八重が照虎を打ち倒した時よりも酷くなっており、見ていられない状況となっている。

 

「照虎、貴方………」

 

「あ………は、は。やばいな…………これ…………。ピンチの時に使っても………余計体を傷つけるだけやないか…………あ“ークソ、最初に使っておけばよかった………」

 

「とりあえず、救急車を呼んでおくから、絶対に安静にして」

 

「情けないなぁ…………ごめんな八重。私は、ムキになってただけやったんや…………おかしなってた」

 

「傷口が開くから、今喋るのはやめておきなさい」

 

(アストリッドを足止めしに行かなきゃならないのに…………こんなところで時間を食ってたら………)

 

八重は焦る。しかし、目の前で倒れているボロボロの友人を放っておくわけにも行かない。

 

(ああもう! 急がなくちゃいけないってのに……!)

 

普段は冷静な八重も、この時ばかりはイライラして仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Memory54

 

クロは、アストリッドのところへ向かう途中。

灰色の髪を持った、孤児のような少女に話しかけられ、足を止められていた。

 

「前世…………。わ、分からない、です。でも、もしかしたら、あるのかな、くらいは思ってます」

 

「はぁ。やっぱり、前世のことすら頭にないんだ。これは重症だね。どうしたものか…………仕方ない」

 

灰色の髪の少女は、やれやれとでも言いたげに、気怠そうにする。

 

「話は、終わり、ですか? なら、そろそろ私はアストリッド様のところに…………」

 

百山 櫻(モモヤマ サクラ)

 

「え?」

 

蒼井 八重(アオイ ヤエ)深緑 束(ミロク タバネ)朝霧 来夏(アサギリ ライカ)

 

「あ、あの………」

 

福怒氏 焔(フクヌシ ホムラ) 魏阿流 美希(ギアル ミキ)佐藤 笑深李(サトウ エミリ)、ユカリ」

 

「もしもーし?」

 

虹山 照虎(ニジヤマ テトラ)蒼井 冬子(アオイ トウコ)広島 辰樹(ヒロシマ タツキ)伊井 朝太(イイ チョウタ)黒沢 雪(クロサワ ユキ)………。今言った名前の中で、一つでも心当たりのあるものがあったら、言ってほしい」

 

「あ、えと、蒼井八重、くらいです。他は、正直………」

 

「なるほど。現状だと、覚えているのは八重だけ、か」

 

「そう、ですね…。あの、今言った名前って、皆私の知り合いか何かで」

 

親元 愛(したもと めぐみ)。僕の名前。心当たり、ないかな?」

 

少しだけ期待したかのような目で、灰色の髪の少女はクロに尋ねる。

 

「めぐみ?」

 

「うん。愛と書いて、めぐみって読む。知らない?」

 

「全然、わからない、です」

 

「はぁ…………」

 

色々名前をあげても、心当たりのある名前が中々出ないクロ。そして、灰色の少女もとい愛は、自身の名前もクロに教えた。

 

それでもなお、心当たりがないと訴えるクロに対して、愛は苛立ちを募らせる。

 

「わからないわからないじゃなくて。もっと思い出す努力とかできない? こっちは、本気で心配してやってるってのに………」

 

しかし、そんなこと言われても、クロにとって心当たりのないものは心当たりがないのだ。どうしようもない。

 

しかし、愛にとってはそうではないらしい。

 

怒りゲージがMAXにまで到達した彼女は、とうとう枷を外す。

 

「いい加減にしろこのクソシスコン野郎!!!! いっつもいっつも妹のこと気にかけてたくせに! ちょっと体弄られただけで妹のこと忘れるのかよ!!! あーあ!! せっかく親友の僕がこんなにも心配してやってるってのにさぁ!! 本当仕方ないやつだよな! 親友の僕がいなきゃなーんにもできない! 妹を守ることしかできないもんな!…………でもさ、妹を守ってる時のお前は、守ろうとしてる時のお前は、誰よりもかっこよかったよ。だから、妹のことを忘れたなんて言うな。思い出せ。じゃないと、かっこ悪いぞ、親友」

 

「しん………ゆう……?」

 

「そうだよ。君の親友だった男さ。今じゃこんなちんまい少女の体だけどさ」

 

「め……ぐみ……?」

 

「うん。僕は愛だ。君の親友の、ね」

 

「う……あ…………」

 

クロの中にあった、モヤモヤとした霧のようなものが、少しずつ晴れていく。

 

『全く、親友の僕がいないと何にもできないな、君は』

 

『普段はダサいけどさ、妹守ろうとしてる時の君は、かっこいいよ』

 

「…………そっか、()、ずっと寝てたんだ………」

 

クロの意識が、覚醒する。

次の瞬間には、何も知らない哀れな少女の姿なんてものはどこにもなく。

 

自分という存在を確立させた、1人の人間が、その場には立っていた。

 

 

 

 

 

それから時がしばらく経ち………。

 

 

「その様子だと、もしかして、思い出した?」

 

「全部じゃないけど、まあ、()()()()()()()()()()。ただ、魔法少女になってからの記憶は、ぶっちゃけほとんどないかな。シロって子がいたんだけど、その子のことは覚えてる。最初生まれた時、双子だったみたいでさ、クロとシロって名付けられたんだよ。犬かなって思っちゃったね」

 

クロは、完全に前世の記憶を思い出した。ただ、その代わりといってはなんだが、今世の記憶をほとんど覚えていないようだ。

 

正確には、組織によって自身の脳を弄られる前までの記憶しかない。

シロのことを覚えているのも、そのためだ。

 

「とりあえず、僕が知っていることだけ教えておくよ。あーあと、さっき僕が君に思い出させるために言った名前、あれ全部君の知り合いだから。あの子達のことを思い出す努力もしてあげてほしい」

 

「うん。わかった。善処する。その前にとりあえず、状況、教えて欲しい」

 

「了解」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

アストリッドの側近の吸血鬼、ベアードは、クロを助けにきた魔法少女、ユカリと対峙していた。

 

いや、対峙、そう呼べるほどのものではないのかもしれない。

 

「あ“あ”!!」

 

紫色の髪を持つ少女は、体中にあざを作りながらも、ベアードに何度も立ち向かう。

対して、ベアードには傷どころか、服の汚れすら見られない。

 

表情も飄々としたもので、ユカリの攻撃など、意識する必要すらないとでもいいたげだ。

 

「やはり人間では我々吸血鬼の体に傷をつける事はできないようですね。悲しいことです。元は私も人間でしたので」

 

ベアードはそう言いながら、ボロボロになったユカリを放置し、この場から去ろうとする。

そんなベアードを見て、ユカリはベアードをこの場にとどめるため、ベアードの右足を掴む。

 

「いかせ………ない……」

 

「私は無駄に命を奪おうとはおもっていません。どうせ貴方は私には勝てません。諦めるのが身のためかと」

 

「あぐっ」

 

ベアードは、もう既に満身創痍であるユカリをさらに蹴り付け、抵抗ができないように弱らせる。

 

「では、失礼します」

 

ベアードはいつの間にかユカリのいる場所から消え去っており、ユカリはそのことを視認できなかったどころか、気配が消えたことを察知することすら遅れてしまった。

 

それだけで、ベアードとユカリの中にある絶対的な差を、思い知らされることになる。

 

(いやだ…………お姉ちゃんは……わた………しが…………)

 

ユカリは意識を手放していく。

体がもう限界を迎えていたのだ。

 

死にはしないだろうが、ユカリが眠りこけている間にも、時間は経過してしまう。

急がなければ、大事な家族(クロ)を助けることができない。

 

(うごけ……………)

 

急がないと。

 

(うご………け……)

 

しかし、もうユカリの瞼は、完全に閉じられており。

 

(うご………………)

 

そのまま、しばしの眠りにつくこととなった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「なーるほど。つまり、俺をめぐって色々あったんだね」

 

部分的に記憶を取り戻したクロは、(めぐみ)から、今までに起こった出来事を、いくつか教えてもらい、情報の整理を行なっていた。

 

「まあ、僕のは、アストリッドの集めた資料とか、そこから得た情報だから。完璧にそうだとは言えないんだけどね」

 

「とりあえず、アストリッドを倒して、そっから、かな。残りの寿命、は、まあ、どうしようもないのかな…………」

 

クロは少し残念そうな表情をしながら、自身の境遇を嘆く。

しかし、後ろ向きに考えても仕方がない。とりあえず、今はアストリッドをどうにかすることを考えよう。

 

そう考えたからか、クロは暗い考えを奥底にしまう。

 

「これは……予想外ですね」

 

そんな二人(クロとめぐみ)の元に、アストリッドの側近・ベアードがやってくる。

ベアードとしては、クロは既にアストリッドの元に辿り着いており、アストリッドの忠実な部下として吸血鬼として覚醒しているものだと考えていたのだが。

 

(実験体の人工魔法少女………どうやら彼女が、余計なことをしたようですね……仕方ない)

 

「誰……?」

 

「ベアード。アストリッドの側近。敵だね。かなり強いから、これを使うことをオススメするよ」

 

そう言って愛は、怪人強化剤(ファントムグレーダー)をクロに渡す。

 

「そんなものまで…………。全く、余計なことをしてくれましたね」

 

「さて、それじゃ、初陣と行きますか」

 

ベアードは愛の存在を煩わしく思う。一方で、クロは怪人強化剤(ファントムグレーダー)を使い、戦闘準備に取り掛かる。

 

「僕も手伝うよ」

 

「おーけー」

 

「愚かな………。私に勝てるなど、そう思っているのも今のうちです。すぐに後悔することになりますよ。私に歯向かったことを………」




TS娘で一番可愛いのは俺っ娘だと思ってます。異論は認める。


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Memory55

 

 

「ユカリ、おい、起きろ」

 

「んん…………あれ………ここ……そっか、私、負けたんだ……」

 

ユカリが目を覚ますと、彼女はどうやらベッドの上に寝かせられていたらしく、隣では来夏がいた。多分、倒れていたユカリをここまで運び出したのも、彼女なのだろう。

 

「クロの居場所、分かるか?」

 

「うん。分かるよ。ただ………」

 

「なんだよ」

 

「私は、私も、行くよ。お姉ちゃんの元に」

 

「お前、そんなボロボロの体で……やめとけ。足手まといだ」

 

「別に、貴方に止められても、場所を知っているのは私だし。私を連れて行かないって言うなら、教えない。連れて行くって言うなら、道案内してあげる」

 

ユカリはベアードがクロをアストリッドの元へ向かわせたのを知っている。そして、アストリッドの場所は事前に八重から教えてもらっている。

 

来夏も八重にアストリッドの居場所は聞いているので、アストリッドの場所にクロがいる。その情報さえ手に入れば、クロの居場所へ向かうことができる。

 

しかし、ユカリはそうはしない。

来夏からすれば、クロがアストリッドの元へ向かったなんてことは、分からない。だから、ユカリはその情報を隠し、自身を道案内役として、来夏と共にクロの元へ向かわせることを要求した。

 

アストリッドの元へいると分かれば、道案内など必要なくなってしまう。だから隠すのだ。

 

「あークソ。分かったよ。ただし、危ないことはするなよ? 身の危険を感じたら、すぐ逃げろ。んで、組織の幹部にでも何でも連絡しろ。分かったな?」

 

来夏からすれば、クロのことは組織からも救い出したい。だが、そのことにこだわりすぎて、ユカリが組織の幹部を呼ぶことができずに死んでしまう。そんな事態は避けたかった。だからこそ、最悪の場合、組織の幹部に連絡することをユカリに薦めた。

 

「うん。わかった。でも、その場合は、私ももう、貴方達にお姉ちゃんを引き渡すことは今後一切なくなると思うけど」

 

「じゃあ、その時は敵同士になるな」

 

「さあ、どうだろう。私の方が強いからな〜」

 

「言ってろ」

 

二人は共に行く。

クロを助けるために。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

正直、アストリッドって吸血鬼のことはよくわからない。

何が目的なのかとか、何で(クロ)のことを狙ってたのかとか。

 

でも、やることは決まってる。

 

まずは、とりあえず様子見と行こう。

 

「『ホーリーライトスピア』!」

 

俺の掌、頭上、左右両側から、大量の光の槍が出現し、ベアードに向かって放たれる。

 

………なんか、どっかの英雄王みたいだな、まあ、光の槍は大した威力はないんだけど。

 

「後ろですよ」

 

「なっ」

 

しかし、ベアードはいつの間にか俺の真後ろに回っていた。

光の槍は真っ直ぐに進んでいたため、当然ベアードには当たらない。

 

なーんてね。

 

『ホーリーライトスピア』は確かに威力自体大したこともないし、本来なら自分が最初に指定した方向にしか飛ぶことはない。

 

ただ、込める魔力量によって、ある程度威力は上げることは可能だし、かなり特訓をすれば、それぞれの光の槍を空中で自由自在に操りまくることだって可能だ。

 

俺はずっとシロと『ホーリーライトスピア』で訓練し続けたんだ。

もうその領域には至っている。

 

「さて、私としては降伏してほしいところですが……」

 

ベアードは余裕の表情で、俺のことを見下ろしながらそう言う。

降伏? するわけがない。だって、全然追い詰められてなんかいないのだから。

 

「まだ気づいてないみたいだね……」

 

「何?」

 

俺は目を瞑りながら、ちょっと誇ったような顔をしつつ、ベアードにそう言う。

ドヤ顔、決まった………。いや、たまにはちょっとイキってみてもいいのかなって…‥。

 

実はシロと模擬戦してた時に、技が決まったって思って思わずシロにドヤ顔をかましてた時があったんだけど、それが実はシロの作戦だったってことがわかって……。

 

まあつまり、シロはわざと俺の技を喰らっていたのに、俺はそれに気づかず、シロにばっちり技が決まったと思ってドヤ顔をかましてしまったというわけだ。

 

あれは恥ずかしかった。しかしこれは、ベアードの反応的にもわざとってわけじゃなさそうだし、ドヤ顔してもいいよね……?

 

「僕が教えてあげよう。ベアード、君は光の槍を全て避け切り、クロの背後に回り込んだ。そう認識しているのかもしれないが、股間の辺りをよく見てみたまえ」

 

ベアードは、(めぐみ)に言われた通り、目線を下に向け、自身の股間辺りを観察してみる。

 

なんと、光の槍が、ベアードの股間に矛先を向け、彼の股間を撃ち抜かんと、ロックオンしていたのだ!

 

「いくら魔族と言っても、弱点は弱点。そこを突かれたら、ただじゃすまないと思うけど?」

 

「げ、下品な………」

 

ベアードは俺の攻撃に、心底軽蔑したかのような顔を見せる。

 

まあ、下品と言われればそうかもしれないが、しかし、魔族と人間じゃ力量に差がありすぎるらしいし、不利なんだからこれくらい許してほしいものだ。

 

「しかし、間抜けですね。まんまとそれを私に告げてしまうとは。気づいてしまえばこんなもの。くらうはずがありません」

 

ベアードはそう言いながら、またしてもその場から消え去る。

一瞬すぎて、ベアードが動いた、その事実にすら気づけなかった。

 

スピード特化の吸血鬼だったりするのだろうか。

 

気づいた時には、ベアードは愛の近くへやってきていた。

 

「いつのまに移動したんだ…?」

 

「まずは貴方から処理させていただきましょう。所詮は人工物。替えはききますからね」

 

ベアードはそう言い、愛を殺そうと、その手を振り下ろす。

 

 

 

が。

 

 

 

「な、なぜ、届か、ない!?」

 

まるで、透明な何かに阻まれたかのように、ベアードの手はその場に静止する。

 

天使の障壁。

光属性の魔法で、ありとあらゆる攻撃を防御する、光の壁だ。

 

俺は天使の障壁で、事前に愛を保護しておいたのだ。

 

「バリア、ですか。なるほど、まずは貴方から始末する必要がありそうですね」

 

ベアードは愛のことを一旦放置することに決めたようだ。その証拠に、愛に背を向け、俺の方を見据えている。

 

まあ、それもそうだろう。俺の魔力が尽きない限り、ベアードが愛に手を出すことはできないのだから。

 

俺は構える。

どんな攻撃が来てもいいように。

 

「あひんっ!!」

 

しかし、警戒していたベアードが発したのは、今までの物腰丁寧なイメージが崩れ去るかのような、そんな奇妙な叫び声だ。

 

なぜ急にそんな奇声を発したのか。

 

答えは簡単。

 

ベアードの股間に、愛が蹴りを入れたのだ。

 

「そ、そんなに、こか、んが……すき……ですか……っ……」

 

まるで俺達が変態みたいな言い分じゃないか。違います。正当防衛です。うん。多分ね…。

 

じゃあ、せっかくだし。追撃といこう。

 

「さて、ベアードさん。貴方が股間の痛みに耐えているうちに、こちらは貴方の周りに光の槍を展開させていただきました。降参するなら、今のうちですよ」

 

俺が言った通り、ベアードの周りには光の槍が大量に配置されている。

何か動きを見せれば、すぐにでも串刺しにできるように。

 

「『ホーリーライトスピア』でしたか…? しかし、その魔法はそこまで威力の高いものでは………っ!?」

 

ベアードは、どうせ大したことがないだろうと、光の槍に込められた魔力を観察してみる。

 

そして、ベアードの考えとは裏腹に、光の槍には………。

 

(なっ、これほどの魔力………。へ、下手したらアストリッド様でさえ………。お、恐ろしい、これが怪人強化剤(ファントムグレーダー)の力だとでも言うのか……いや……魔法少女が怪人強化剤(ファントムグレーダー)を使ったところで、ここまでの威力の魔法が出せるものか………?)

 

そう、クロの展開した光の槍に込められた魔力の量は、異常なほどのものだった。

 

ベアードは、アストリッドのことを絶対に最強だと、彼女を負かせる存在などいないと、そう確信していた。しかし、そんな、アストリッドに忠誠を誓い、心酔している彼でさえ……。

 

認めてしまう。

 

肯定してしまう。

 

理解してしまう。

 

その光の槍に込められた、異様な魔力量を。

アストリッドさえ、相手にできる、いや、上回るかもしれない。そんな魔力の量を。

 

この状況では、降参するのが普通だろう。だって、抵抗の意志を見せてしまえば、その場でアストリッドさえ殺せるかもしれない大量の光の槍をその身に刺されるのだから。

 

ベアードはピンチである。この状況、普通はひっくり返すことなんてできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、()()()()()

 

(しかし、相手が悪かったですね。いくら包囲しようと、私には効きませんよ)

 

ベアードは、表情では悔しそうに、まるで打つ手がもうありませんとでも言いたげにしている。

 

しかし、その一方で。

 

心の中でほくそ笑む。

 

(()()()()()())

 

瞬間。

 

世界が。

 

灰色に変わる。

 

(ククッ。厳密には時間停止ではないのですが、しかし、似たようなものです。時間がとまった中では、光の槍に込められた魔力も無意味……。私も時間を止めている間は貴方達に干渉できませんが……。しかし、このまま魔力を消費させ続ければ、いずれクロ様も魔力枯渇で倒れることでしょう。私の勝ちは揺るぎません)

 

ベアードは笑う。

 

そして、世界に色が戻る。

 

次の瞬間、ベアードは……。

 

クロに抱きつき、身動きを取れないように拘束していた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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Memory56

 

 

 

「捕まえましたよ。身動きが封じられてしまえば、いくら魔力量が多くたって関係ありませんからね」

 

気づけば俺はベアードに後ろから抱きしめられ、拘束されてしまっていた。

確かに、この状態なら俺は魔法を使えない。下手に魔法を使えば、俺自身がその魔法に巻き込まれてしまうからだ。

 

でも、ベアードが何故急に消えたり現れたりするのか、大方検討はついた。

候補としては2つ考えていて、あとはそのどちらかだと思っていたのだが、今のベアードの行動で、どちらなのか、それが分かったのだ。

 

「能力、見抜いちゃったなー」

 

「ほう? そうなんですか」

 

「うん。大体。多分時間停止でしょ? これ」

 

「ほほう。確かに、それに似通った力ではありますが………。何故分かったんですか?」

 

「ワープか、時間停止。どっちかっていう風に思ってたんだけど……。魔力の残滓を見ればワープしてないっていうのが分かっちゃったんだよね」

 

どうやら俺の推測は合っていたらしい。

というのも、先程言った通り、俺はベアードの能力をワープか時間停止、そのどちらかで見ていた。

 

魔力の残滓、魔力を使用した際、少しの間だけその魔力の欠片のようなものがその場に残ることがある。

 

それが、地続きになって残っていたのだ。ベアードが消えた場所と、再びベアードが現れた場所を繋ぐかのように。

 

もし、ワープで移動しているのならば、魔力の残滓は地続きにはならず、ベアードが消えた場所と再び現れた場所の二箇所に独立して残るはずだ。

 

だから、俺はベアードの能力は時間停止だと踏んだってわけだ。

 

「魔力の残滓……? そんなものが………」

 

「?」

 

しかし、どうやらベアードにはその魔力の残滓というものが分からないらしい。

見えないものなのかね? 普通は。

 

「まあ、構いません。そんなものが見えたところで、貴方は身動きが取れませんし。仮に拘束が解かれたとしても、貴方の魔力が尽きた時点で私の勝ちですからね」

 

まあ、確かに、この状態じゃ身動きは取れない。けど、この場にいるのは俺だけじゃない。

 

「愛ー! たすけてー!」

 

そう。この場には愛もいる。だから、彼(彼女?)に俺は助けを求める。

 

「ごめん。ちょっと待って」

 

しかし、予想に反して親友(めぐみ)は俺を助けようとはしない。

 

「な、なんで?」

 

「いや、だってさ………これ、なんか、うん………えっちじゃん?」

 

「は???????」

 

「10代の少女が、時間停止によって、成人男性に羽交い締めにされてしまう……。いや、そもそも時間停止そのものがえっちだよね……」

 

何を言っているんだコイツ。

いや、そうだった。こいつはそういう奴だった。

 

全然そういうことには興味ありませんよーみたいな面しながら、裏じゃめちゃくちゃそういう………あれ、あの………え、えっちなのが好きな奴だった。

 

「早く助けろムッツリスケベ」

 

「ちょっと、なんか、その体制めっちゃえっちだから。もうちょっと拝めさせて?」

 

「股間の下りから思ってましたが………貴方達ってやっぱりげ、下品なんですね………」

 

待て待て待て。下品なのはこいつだけであって、別に俺はそういうのじゃない。

というか、股間の下りはもういいでしょ。

 

というか、この体制のどこが、その、えっちだっていうのか。あいつの脳内どうかしてるよ……。

 

「早く助けてほしいんだけど………」

 

「後10秒だけ………」

 

「………私も変態みたいに思われてるのは心外なんですが」

 

「変態なのは愛だけだよ……」

 

「うーん。えっちだ………」

 

「というか、もう10秒経ったよ?」

 

「んーじゃあもうちょい。10秒だけ見させて?」

 

「ああああああ! もう!」

 

変態(こいつ)に頼るのはもうやめた。そうだ。拘束など自分で解けばいい。

 

「『ダークアイ』! 『ライトニング』!」

 

ピカァっと、辺りが光に包まれる。

 

「なっ、これは………………」

 

「うわあー! 目がああああああ!!!!!! 目があああああ!!!!!!!」

 

俺の『ライトニング』によって、ベアードと愛の目がやられる。

ちなみに、俺の視界は『ダークアイ』によって一時的に真っ暗になっているため『ライトニング』の影響は受けない。

 

なんで愛にも『ダークアイ』をつけてやらなかったのかって?

変態にはこのくらいの仕打ちがお似合いだろう。

というか、ベアードよりも愛の方が『ライトニング』で目やられてる気もするが……。いっか。気にしなくても。

 

俺を拘束するベアードの腕が、一時的に緩む。

俺はその一瞬の隙を見て、ベアードの拘束から抜け出す。

 

『ライトニング』がおさまる。俺は『ダークアイ』の魔法を解除し、視界をクリアにする。

 

「なるほど、しかし、拘束から逃れたところで、私は時間停止を無制限に使えます。もう一度貴方を捕まえばいいだけのこと」

 

「そうかな?」

 

「は?」

 

ベアードが、地面に倒れ伏している。

クロの攻撃によって。

 

「どういう……ことですか………」

 

「時間停止を使うっていうなら、時間停止を使う前にお前を倒せばいいだけってことかな。だから、高速で動いてお前を無力化させてもらった」

 

まあ、そういうわけだ。

 

「な……そんなこと………やろうと思っても、できるものでは…………」

 

「俺、いや私って言った方がいいのかな? 今は。まあいいや。俺もそう思ってたんだけど、思ったよりこの体のスペックが高かったみたいで……。いや、多分さっき愛からもらった注射の影響かもしれないけど………。まあとにかく、できたものはできた。それだけだよ」

 

そのまま、ベアードは意識を失う。

結構強烈な一撃を入れたし、いくら魔族といっても、耐えられるものじゃなかったらしい。俺、強すぎないか? いやまあその分結構な魔力を消費したんだけど。

 

「思ったよりも僕の親友が強かった件」

 

「それで、とりあえずアストリッドっていうのを倒せばいい感じなの?」

 

「まあそうだね。ただ、そこまで急ぐ必要はないよ。まずは他の魔法少女とか、後、百山椿とかそこらと協力を取り付ければいい。アストリッドを倒すのは、それからだ」

 

「ん。でも他の魔法少女がいるところなんて知らないんだけど……」

 

「そうだね。僕も分からないや。とりあえず、今は何もできなさそうだし、百合百合、しない?」

 

「はい?」

 

「だから。僕と、百合百合、しないかい?」

 

「………………海に沈めてやろうかな」

 

「僕の親友が辛辣すぎる件について」

 

俺と愛は、互いにくだらない会話を交わす。

本当に、取るに足りない、つまらない話。だけど、何年ぶりかの親友との会話は、結構楽しいものだ。親友が変態じみた発言しかしないのは少し気になる部分だが。

 

「まさか、ベアードがやられるなんてね………」

 

「「!?」」

 

しかし、互いに駄弁りながら、一旦魔法少女らと協力を取り付けようと、そう考えていた二人(クロとめぐみ)の計画はすぐに崩れ去ることになる。

目の前に、吸血姫・アストリッドが現れてしまったからだ。

 

「あー。すごい。本当に凄いよ!! やっぱり私の見立ては間違ってなかった! でも、どうしようかな………。私が思ったよりも、クロって強いみたいだね。勝てるかな…‥。まあいいや。今のクロ、結構魔力消費してるみたいだし。それに、やってみなくちゃ分からないしね」

 

「愛、巻き込まれるかもしれないから、逃げといて」

 

「分かった」

 

俺は愛が戦いに巻き込まれないように、避難するように言っておく。

 

「ふふ。そうだよね、簡単に手に入っても面白くない。そうだ。クロ、君を打ち負かし、君を私のモノにしてあげようじゃないか」

 

「人をモノ扱いしないでほしいな」

 

アストリッドは頬を上気させながら、血の刃を沢山空中に作り出す。

それに対抗して、俺も光の槍を大量に空中に作り出す。

 

「勝負と行こうか、クロ」

 

俺とアストリッドの戦いが、始まった。

 




最新話の感想を頂いたりすると、まだ読んでくださっている方がいるんだなぁとしみじみ思うことがあります。

この作品、結構10話20話くらいまでに読むのやめる人が多いんじゃなかろうかと勝手に思ってるんですけど、どうなんですかね………。

ともかく、これからも頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。


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Memory57

誤字発見。
こっそり修正!


 

 

 

俺は光属性の魔法で、光り輝く剣を創造し、アストリッドとの戦いに備える。

 

「その剣は何かな?」

 

ニコニコしながら、アストリッドは俺にそう尋ねてくる。

 

「別に、ただの光り輝く剣だよ。あえて名付けるとするならば『聖剣』、とかかな」

 

俺は言って、すぐに光速で移動する。

アストリッドは俺の動きを追えないはずだ。まずはアストリッドの周囲に展開されている血の刃、それを破壊することから始めよう。

 

俺が取るべき行動はあくまでアストリッドを戦闘不能に追い込むこと。

アストリッドを殺すのはNGだし、四肢を切ったりなんかもよろしくない。

 

だから、基本的にはアストリッドに魔力と体力を消耗させる、持久戦に持ち込むべきだ。

 

俺は次々にアストリッドの周囲にある血の刃を、『聖剣』で砕いていく。

 

「流石にはやい、ね!」

 

アストリッドは、どうやら空中に静止するだけだった血の刃を、魔力を込めることによって動かし始めたらしい。俺が潰そうとした血の刃が、光の速度を超えて俺の『聖剣』から逃れんとし、空中を自由に滑空する。

 

「ちょこまかと……」

 

「私を無視してそんなものと戯れるのか………。いいだろう、そちらが来ないというのなら、こちらから行かせてもらうよ!!」

 

アストリッドが行動を開始する。走りながら血の剣を創造し、俺に向かってその剣先を向けてくる。が、問題はない。

 

「無駄だよ」

 

「何?」

 

俺に向かって血の剣を向けてくるアストリッドに、大量の光の槍が攻撃を開始する。

そうだ。俺はアストリッドと戦う前から、光の槍を用意していた。それの対処に追われたからか、アストリッドの歩みが少し止まる。

 

俺はその間に、再び血の刃の破壊を開始する。

しかし、どうやら彼等(ちのやいばたち)も、無抵抗でやられたくはないらしい。

 

今までは破壊されないように逃げ回るだけだった彼等(ちのやいばたち)は、その矛先を俺に向け、突撃をかましてくるようになる。

 

向かってくる血の刃を、一つ、また一つと撃ち落としていく俺だったが、流石に対処が間に合わない。

 

俺の左太腿に、血の刃が少し掠った。

 

「っ…!」

 

しかし、痛みに怯んでいる暇はない。

こうしている間にも、血の刃は俺に向かって何度も何度も向かってきている。

 

(クロ)が欲しいんじゃなかったのか、吸血姫(アストリッド)は。

これじゃまるで殺しに来てるようなものだ。

 

「手こずっているようだね……。どうやら戦況は、私の有利に進んでいると見ていいかな」

 

アストリッドが勝ち誇ったかのような笑みを俺に向けてくる。

アストリッドの奴、俺の光の槍を一発もくらうことなく、全て手に持ったその血の剣で薙ぎ払ってるみたいだ。

 

まずいな……。

今の状態、俺が左太腿を多少負傷しているとはいえ、そこまで大した傷じゃあない。

 

ただ、俺はアストリッドの実力を理解していない。

現状、お互いに展開させた周りの攻撃性飛行物体(ちのやいばとひかりのやり)を潰し合っているだけで、直接俺とアストリッドで一対一(タイマン)をしたわけじゃないからだ。

 

なら……。

 

愛から聞いた話によると、以前の俺、つまり、シロが組織を裏切った後の俺は、闇属性の魔法を主体として戦っていたらしい。

 

最初に聞いた時は驚いた。だって、俺がシロと特訓している時に使っていたのは、光属性の魔法だけだったものだから。

 

『ダークアイ』なんかも、名前からして闇属性っぽく見えるが、実際のところ光を遮断する魔法なので、属性としては光なわけだし。

 

まあどうやら、俺の闇属性の魔法は、シロが組織を裏切った後に俺の脳を組織が弄ったことで使えるようになったものらしいのだが………。それ以降の記憶がないのも、変に脳を弄られていたせいなのだろう。

 

闇属性の魔法、使った記憶がないから、あんまり上手くいくかわかんないんだけど、使うしかないか。

 

「『ブラックホール』!!」

 

俺は、巨大な黒い渦を眼前に形成する。

アストリッドの作り出した血の刃達が、その渦に吸い寄せられ、次々にこの場から消失していく。

 

「なっ、クロ、それはズルじゃないかな? 私は真面目に、一個一個、処理してるって、言うのにさぁ!」

 

アストリッドは、何度か光の槍を血の剣で潰しながら、俺にそう話しかけてくる。

その額には、汗のようなものが垂れているように感じる。多分、焦っているんだろう。

 

「よし、全部吸い込んだ」

 

『ブラックホール』は役目を終え、その場から姿を消す。

血の刃は全て吸い取った。後は光の槍を使いながら、アストリッドを攻めればいい。

 

「ん、それなら」

 

アストリッドは再びその周囲に血の刃を形成させ、俺の光の槍とぶつけさせる。

 

まあ、別に構わない。というか、むしろ積極的に魔力を使わせるのが目的なのだから。

 

「魔力、無駄に消費しちゃったんじゃない?」

 

「クロだって、ベアードとの戦いで魔力を消費しているだろう? それに、ずっとその速度で動いてちゃ、移動するだけで君は魔力を消費してしまう」

 

言いながら、アストリッドは俺に物凄いスピードで接近し、血の剣を俺の頭上から振り下ろしてくる。

 

咄嗟に俺は『聖剣』を目の前に出し、その攻撃を受け止める。

眼前では、その衝突による火花が弾けて見えた。

 

「ぐっ……」

 

「やっぱり、力じゃ私の方が強いみたいだね。いやはや、最初はどうなることやらと思ったけど、どうやら私の勝ちは揺るぎないみたいだ」

 

アストリッドの力が、どんどん増していく。

 

「っ…………!」

 

「ふふっ、そんな華奢な体じゃ、私の力には敵わないよ、クロ。でも必死に頑張るその姿は、愛らしくて好きだけどね。絶対に私のモノにしてやるから、ここで負けて、ね!」

 

俺の『聖剣』の刃先が、アストリッドの血の剣によって、削れていく。

剣の形をしていたものは、アストリッドが力を入れるたびにその形状を変化させていってしまう。

 

剣として、そして武器として、相応しくないものに。

 

普通の剣が刃こぼれするかのように、『聖剣』は、剣と呼べない形に劣化していってしまう。

 

光の槍は、血の刃と喧嘩中。

俺の身を守るものは、この今にも壊れてしまいそうな、儚い一本の光の剣しかない。

 

アストリッドの言う通り、力じゃ敵わない。

 

ましてや、ここまで質の落ちてしまった『聖剣』では、傷をつけることすら難しい。

 

そして、アストリッドは余裕の表情。

勝ちを確信しているのだろう。

 

最初から全力でアストリッドの首を狙うべきだったのだろうか。いやしかし、命を奪いたくはない。俺ができるのはあくまで魔力と体力を消費させる持久戦に持ち込むことだけ………。

 

 

 

 

 

 

…………いや、待て。

 

魔族って確か、人間よりも数倍体が丈夫なんだったんだよな?

 

仮に俺が全力でアストリッドを傷つけに行ったとして、それで死ぬのだろうか、彼女は。

 

「ねえ、アストリッド。吸血鬼の、体って、どれ、くらい、丈夫、なの、かな?」

 

俺は『聖剣』で血の剣を受け止めながら、アストリッドに問いかける。

攻撃を耐えながら話しているため、途切れ途切れになってしまってはいるが。

 

「あれ? この前の戦いで私の頑丈さは知ってもらえたと思ってたんだけどね。まあ、少なくとも、今君が使っているあの光の槍を全部くらっても、死にはしないんじゃないかな。まあ、君のアレは込められている魔力量が多いから、全部くらったらしばらく戦えなくはなるだろうけど」

 

「そっか。それなら、いいや」

 

俺は、アストリッドが剣を掴んでいる腕に、無理矢理自分の腕を絡み付かせる。

アストリッドの手が、血の剣から離れて……。

 

 

 

アストリッドの片手と、俺の片手を繋ぎ合わせる。

 

 

 

 

アストリッドが、

俺から、

 

 

 

 

()()()()()()()()()

 

 

「急に腕を掴んできて…………どうしたんだい? しかもこれ、恋人繋ぎじゃないか。もしかして、私と一緒に来る気になったのかな? それとも、私の片手を封じて、少しでも私が剣に込める力を分散させようとでもしているのかな?」

 

「光と闇って、対になっているイメージがあるよね」

 

「ん? そうだね、それがどうかしたのかな?」

 

「だから、闇属性の魔法に『ブラックホール』があるなら、当然、その対になる光属性の魔法もあるよね」

 

「何の話を…………」

 

「『()()()()()()()』」

 

俺がそう唱えた途端、アストリッドの背後に、真っ白な、光り輝く渦が出現し、そこから、()()()()()()()()()()()()が、渦の前方にいるアストリッドに向かって、突撃する。

 

「なっ………んで………それは………………わた………しの………」

 

「人を勝手に下に見て、慢心しきってしまったのがお前の敗因だ、アストリッド」

 

 

血飛沫が舞い、地面が真っ赤に染め上げられ、

 

一人の王が、その場に倒れ込む………。

 

空中で争っていた血の刃は、まるで命を失ったかのように空中から零れ落ちる。

 

勝負はついた。

光の槍も、自身の役目を果たしたと判断し、空中で霧散する。

 

 

 

悪の組織所属の魔法少女と、全ての吸血鬼を統べる吸血姫の戦いは………。

 

 

 

吸血姫の自滅によって、幕を閉じた。




ホワイトホール、いつ使えるようになってん…


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Memory58

 

 

アストリッドの討伐、完了!

 

思ったよりも自分が強くて驚いたけど、割とどうにかなったね。

でも大分出血してる………。え、グロい……。本当にこんなに傷ついてても魔族って生きていられるものなの?

 

応急処置とかしておいてあげた方がいいかな?

アストリッドの言い方的には、この程度の怪我は全然大丈夫なはずなんだけど………。

 

まあ、本人が大丈夫って言ってるなら、大丈夫なんじゃないですかね、はい。

 

うん、で、どうするか。

とりあえず一旦愛と合流するところからかな。愛の奴、俺のこと全く心配しないでかなり遠くまで逃げてるっぽい。そんなにビビりだったっけ?

 

「や、やあクロ」

 

しばらく歩いていると、手入れがされておらず、誰も住んでいなさそうな古びた屋敷の脇から、片手を振り上げてこちらに話しかけている、灰色の髪を持つ少女の姿が見られた。愛だ。

 

俺は少し小走りに愛のいる場所へ向かっていく。

 

そういえば、俺の余命ってどれくらいなんだろうか。

転生した当初は、この世界は俺のいた世界とは異なる世界なんじゃないかと、そう考えていたが……。

 

この町、翔上市を、俺は知っている。

 

前世でも、俺は翔上市にある学校を卒業した覚えだってある。育ちの町なんだから、当然といえば当然なのかもしれないが。

 

「お姉ちゃん!」

 

「うわっ!」

 

「お姉ちゃん………よかった……無事で………」

 

突然、横から見慣れない少女が俺に抱きついてくる。長い髪をサイドアップに結んだ、紫色の髪を持つ14歳くらいの少女。俺のことを『お姉ちゃん』と、そう呼んできた。

 

確かに、俺には前世でも、今世でも、妹が1人いる。

ただ、目の前の少女には見覚えがない。前世の妹ではないだろうし、今世の妹はシロという名の少女で、髪色的に考えても明らかに彼女のことではない。

 

よく見れば顔立ちがシロと似ているような気がするが……。

 

「え……と、どちら様?」

 

俺は純粋な疑問を彼女に投げかける。

 

その何気ない一言が、目の前の少女を如何に傷つけるか、そんなことを考えずに。

 

一瞬、少女は俺の問いかけに対して、質問の意味がわからないといった具合に、ポカンとして見せた。

 

しかし、すぐになぜ俺がそんな問いかけをするに至ったのか、それを理解したらしい。少女は、先程のポカンとした表情はどこへやら。

 

次の瞬間には、悲しそうな、いや、確実に悲しんでいると、そう分かる表情になっていた。

 

「え…………なん……で……?………」

 

少女は声に出す。

 

なんで? どうして?

 

私のことを覚えていないの、とでも言いたげに。

 

 

 

 

「ユカリ、だよ。君と、シロの妹。生まれた時期的に、今の君は覚えていなかったのかもしれないけどね」

 

愛が気まずそうにしながら、そう補足を加えてくる。

 

そうか、この子が……。

 

「おいクロ、なんだよその態度、そいつ、お前の妹なんじゃなかったのかよ」

 

悲しそうにしている紫髪の少女、ユカリの後ろから、金髪の髪をローテールにした少女がやってくる。口調は荒々しく、男勝りな印象を受ける少女だ。

 

「誰?」

 

「私のことおちょくってんのか?」

 

気のせいかな、前にもこんなやり取りをしたような気がする。

 

「残念だけど、今のクロには、君達の記憶はないんだ。正確にいうと、組織に脳を弄られる前の記憶しかない。もちろん、今までのことは僕が知識として与えたけど、全部伝聞だし、完全には頭に入っていないだろうってことだけ伝えておくよ」

 

「お前……」

 

「やあ、来夏。これで会うのは二度目かな?」

 

「愛、その子と知り合いなの?」

 

「んー、今日知り合った。あーそうだ。一応その子、君の妹だし、2人っきりで話したらどうかな? 僕は来夏と2人で話しておくからさ」

 

愛はそう言って、来夏の手を引いて少し離れた場所へ移動する。

俺は、目の前の紫髪の少女と2人っきりになってしまった。

 

「お姉ちゃん、本当に覚えてないの?」

 

「うん………。ごめん………」

 

「そっか。じゃあ、一緒に魔法の特訓をしたことも?」

 

「うん……」

 

「じゃあ、滅茶苦茶厨二臭い仮面をつけて、魔法少女三人組を揶揄ってカッコつけてたことも覚えてないんだね…………」

 

「うん………って何それ!?」

 

う、嘘でしょ? 俺、そんなことやってたの…‥?

 

「ご丁寧に死神の大鎌みたいなのまで持って………」

 

「うん。ハロウィンのコスプレかな?」

 

「あの時、“かっこいい悪役ムーブ”とはなんたるか、お姉ちゃん、力説してたよね……」

 

何なんだその”かっこいい悪役ムーブ“って!?

脳を弄られた後の俺は一体何をやってたんだ‥‥?

 

脳を弄られた影響で頭がおかしくなったんだろうか………。

 

「ごめん。本当に覚えてなくて………」

 

「ううん。大丈夫。私のこと、覚えてないのは、悲しいけど、でも、生きている限りは、また1からやり直せるし。だからね、お姉ちゃんが無事で、本当によかった」

 

そう言いながら、ユカリは満面の笑みで、俺の方を見つめてくる。

 

「おかえりなさい、お姉ちゃん」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「で、何だよ」

 

来夏は、愛に手を引っ張られ、人気の少ない場所へ移動させられていた。

 

「僕があげたアレ、使わなかったんだね。ま、別にいいけどさ」

 

「ああ。アレか。悪い、使う機会がなかった」

 

「まあ、君に渡しても意味なかったかもね。どうせ君じゃ、クロを助け出すことなんてできやしないんだからさ」

 

愛は、まるで挑発するかのように、ニタニタとした笑みを浮かべながら、来夏にそう告げる。

 

「それは、事実、だな」

 

「そうだよ。君達がいくらクロを助けようたって、所詮は赤の他人。クロと特別な繋がりがあるわけでもなければ、助けなきゃいけない理由だって、偽善でしかないんじゃないかな? 本当にクロのためを思ってやってるの? 僕は疑問に思うね。結局は、無意識のうちにクロのことを下に見て、助けてあげよう、なんて、上から目線で物事を考えてるだけなんじゃないかな? 君達は」

 

「それは………そういう部分も、あるのかもしれない。けど、私は、クロと今まで関わってきて、どういう人間かってのが分かってきて、その上で、助けたいって、クロに、幸せになってほしいって、そう思って」

 

「黙れ」

 

突然、愛は、とてつもなく低い声で、鋭く、一言告げる。

 

黙れ、と。

 

「な、なんだよ」

 

「クロのこと、何も知らない癖に。知ったような口を聞くな。知っているかい? クロがシスコンだってこと。意外とおちゃめなところがあるってこと。人を思いやれるからこそ、人を傷つけてしまうことを恐れてること」

 

「……何が言いたいんだ?」

 

「うん。さっき、君に僕は言ったよね。クロのことを下に見てるんじゃないかって。正直に言うよ。僕は見てる。より正確に言えば、僕に守られるべき存在だって、そう思ってるくらいだ。でもね、同時に対等にも思ってるんだ。矛盾してるって? そうだね、矛盾してるさ。僕だって、この感情を、どう説明すればいいのか、全く見当もつかないくらいだよ」

 

「お前、まさか……」

 

「そうだよ。僕は、クロのことが好きなんだ。人としても、親友としても、そして、恋愛対象としても。だから、クロに対して色々な感情を抱いてしまう。たとえそれが矛盾していたとしても、それぞれが独立した『愛』を、あいつに向けてしまっているんだ。だからね、正直、君達が邪魔なんだ」

 

愛からは、今までの少し物を知っているかのような、理知的な雰囲気はもはや感じ取れず、そこにはただただ1人の人間へ向ける『愛』だけがある。

 

「要は、お前がクロを独占したいだけじゃねーか。何がクロのためを思ってる?

だよ。お前が1番自分のために動いてるだろ」

 

「そうだね、でも僕はいいんだ」

 

「は?」

 

「だって、僕はあいつに拒絶されなかった。受け入れてくれた。認めてくれた。親友だって、そう言ってくれたんだ」

 

「何、言ってるんだ…‥?」

 

「でも、君達は違うよね? あいつから拒絶されたじゃないか、仲間になれなかったじゃないか。君達は、スタートラインにすら立ててない。君達に、あいつの隣に立つ資格なんてない」

 

「それがお前の本性かよ」

 

「そうだね。クロに告げ口でもするかい?」

 

「いいや。しない。これはお前とクロの問題だろ? 後、言っておくが、私はクロと関わるのをやめるつもりはないからな」

 

「それは偽善かい?」

 

「いーや、違うね。私がクロと仲良くなりたい。友達になりたい。クロと肩を並べたい。ただそれだけだ。私の自己満足で、自己中心的なものだよ。そうだな、偽善じゃなくて……

 

 

 

 

 

 

 

………傲慢、かな」

 



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Memory59

 

 

とりあえず、ユカリと一緒に組織に戻るべきなんだろうか。その前に、愛はどうするつもりなんだ? あいつアストリッドに造られたらしいし、アストリッドの補助なしだとどこで生活するつもりなんだ?

 

まあ、あいつはそんなに無計画な奴じゃないし、何かしらプランはあるんだろうな。

 

「あれ? ここら辺でアストリッドが倒れてたはずなんだけど……」

 

俺はさっきアストリッドが倒れていた場所へ目を向ける。が、そこには何も残っていない。血の一滴すら。

 

「あれ? ここじゃなかったっけ」

 

「何を探してるの? お姉ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お………え………び……」

 

「え?」

 

「お前の、首」

 

 

 

 

 

 

あれ?   

 

何で俺、()()()()()()()()()()()()

 

やめろ、やめろやめろやめろ。

 

今すぐ手を離さないと。

 

「おねえ……ちゃ………くる……し………」

 

はやく手を離せこのバカ!!!

 

このままじゃ…………。

 

 

 

「なんで、手が、離れな……こ、ろ、す………自分の………手で………ころ……させ………何……言って………ああ!」

 

「おい! 何やってんだ!?」

 

異常を察知したのか、来夏と愛がこちらへやってこようとする、が……。

 

「お前を足止めできれば、きっとアストリッド様は私のことを認めてくれるはず………」

 

愛はアストリッドに心酔しているらしい()()()少女に羽交い締めにされ。

 

「貴方の相手は私がしましょう。ふふ、クロ様、私にとどめを刺しておかなかったのは、判断ミスでしたね」

 

来夏はベアードに足止めされてしまう。

 

ダメだ………。

俺を止められる奴が、いない。

 

手を離さないと、じゃないと、殺しちゃう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、あーあ、可哀想に。あの時私をちゃーんと殺しておけば、こんなことにはならなかったのにな〜」

 

背後から、もはや聞き慣れた女の声がする。

 

人の命を、何とも思っていない魔族。

全ての吸血鬼の王女。

 

「アス、トリッド……」

 

「アハハ♪ そうだよ〜。誇り高き吸血鬼、アストリッド様だ。うん、さっきはしてやられたね。まさか私の攻撃を利用するなんてさ。でも、相手の技を使う時はよーく考えた方がいいんじゃないかな?」

 

「なん、で……」

 

「なんで? だってクロ、考えてもみなよ。私にトドメを刺した攻撃は、私の出した血の刃。そう、私の血液で作られた、ね。当然、私の体に突き刺したところで、それは元々私の体の一部分なんだから、私の体内に入れば元通りになるんだよね。ま、刺された瞬間は痛かったし、一時的に本当に戦闘不能になったんだけどさ。それよりいいの? このままじゃその子、死んじゃうよ〜?」

 

そうだ。無駄話をしてる場合じゃない!!

 

はやく手を離さないと!

 

ユカリが………。

 

「ふふっ、何で体が勝手に動いちゃうか、教えてあげよっか?」

 

そうだ……。原因を掴めば、解消できるかもしれない!

 

「っ! はやく教えろ!!」

 

「うお、すごい怒ってる。いや、焦ってる、かな? まあ、簡単なことだよ。私の血液を、クロ、君の体内に忍び込ませておいたんだよ。ちょうど君、左太腿にちょっとした擦り傷ができてたからさ、その擦り傷から、私の血液をチョロっとね」

 

「離れろ!! 離れろ!!!!! 掴むな!! ばか!」

 

「手、離したい? ま、そうだよね。だったら、頼み方ってものがあるんじゃない?」

 

「………お願いします! ……この手を、離させてください………」

 

「いいよ」

 

そう言って、アストリッドはあっさりと、俺に体の主導権を渡してくれる。

すぐさま俺はユカリから手を離す。

 

「けほっ……げほっ………」

 

「ユカリ………大丈夫? ごめんね………」

 

水でもあれば飲ませてあげられるんだけど……生憎俺は水属性の魔法も使えなければ、水の入ったペットボトルを持っているわけでもない。

 

とりあえず、なるべくアストリッドを刺激しないようにしないと。

 

俺は……………逃げられないだろうな。

 

 

でも、ユカリや愛にまで手を出させるわけにはいかない。

 

「クロ、選択肢をあげよう」

 

「…………何ですか?」

 

「あそこで私の眷属が捉えている裏切り者がいるだろう? どうやら君、彼女と仲がいいみたいじゃないか。だから、選ばせてやろうと思って。今あそこにいる彼女(めぐみ)の命か、君の目の前にいるユカリの命、どちらの命を取るか、決めたまえ」

 

ふざけてる。

 

なんで、こいつはそんなこと……。

 

「10秒やろう。その間に決めろ」

 

そんな、選べって言ったって…………。

 

「10」

 

 

 

 

考えろ、今この場を切り抜ける策を。

 

 

 

 

「9」

 

 

 

 

全員が助かる道を。

 

 

 

 

「8」

 

 

 

 

最悪、俺は助からなくてもいい。

 

 

 

 

「7」

 

 

 

 

でも、俺を助けようとしてくれた(ユカリ)も、俺を励ましてくれた親友(めぐみ)も、

 

 

 

 

「6」

 

 

 

 

どちらも死なせたくない。

 

 

 

 

「5」

 

「なんでも、なんでもするから! だから、2人には…!」

 

「ダメ。4」

 

「お願い!! お願いします!!! 許して、許してください!」

 

「3」

 

「反抗的な態度をとってすみませんでした!! これからは従います! 何でも言うこと聞きます!」

 

「2」

 

「だから! ですから!」

 

「1」

 

「あぅ………いやだ………やだ……」

 

「0。はい、おしまい。どちらにするか、ちゃんと決めた?」

 

なんで、そんな。

 

「い“や”…………」

 

「はぁ。この前もそうだったじゃん。結局私が決めることになるんだよね。私だって心は痛むよ? でも、クロがちゃんと決めてくれないからさぁ。だから死ぬんだよ? ふ・た・り・と・も」

 

 

 

 

 

 

 

ぐちゃりと、肉塊を引き裂く音が、俺の耳に届く。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あ………うそ……だ、そんな………そんな、ことって……」

 

「おーえっらーい。いい子だねクロ。ちゃーんと選んでくれたのかなぁん? どっちを生・か・す・の・か。アハ! そっか、ユカリちゃんはもういらないんだ? 新しく出てきた女の方が新鮮だもんねぇ?」

 

こいつ……白々しい………ふざけるな………お前が俺の体を操って……。

 

「お………姉ちゃん………」

 

ああ、何で。

 

「っ、ユカリ……」

 

なんで、こんな時に。

 

「私、気にしてない、から……………お姉……ちゃ……ん……のこと、恨んでないから………」

 

思い出しちゃうんだろう。

 

 

ああ、そうだ。

 

守るって、決めたのに。

 

『こいつは失敗作のお前と違って成功作だ。前に言ったお前の代わりもこいつのことだ。お前にはこいつと実践形式の訓練をして経験を積んでもらう。まあお前の戦闘経験というより、こいつの戦闘経験を積むための訓練だが』

 

この子が、俺の前に連れられてきた時から。

 

『なんでもいいよ。私はお姉ちゃんとお話できるだけで満足だから』

 

「ユカリ、今更だけど、思い出したよ。ユカリの、こと」

「一緒に特訓したことも。あの時ユカリ、技のレパートリーが増やした方がいいって、そう言ったりして、一緒に考えてくれたりしたよね……」

「ユカリは気付いてないかもしれないけど、あの時()、精神的に落ち込んでて、辛くて」

「でも、そんな時に、ユカリがいてくれたから、毎日楽しくて………だから、だから、ありがとう……。一緒にいてくれて、私のこと、支えてくれて……」

「だから……ごめん、ね………こんな、こんな形になって……こんな、こんなことに………ごめん、ね………ごめんね…………………情けない姉で…………」

 

 

俺の意志に反して、俺の手は『聖剣』で何度もユカリの腹を引き裂いていく。

 

最低だ。ユカリのことを傷つけながら、ユカリとの思い出話をしようとするなんて。

でも、嫌だった。この現実から、目を逸らしたかった。

 

殺したくない。

 

傷つけたくない。

 

ユカリがいたから、今まで頑張ってこれた。そう言えるくらい、ユカリは俺の中で大きな存在なんだ。

 

お願いだから、止まってくれ。

誰か、止めてくれ。

 

 

 

「お姉ちゃん……なか、ないで………」

「わた………しも……お姉ちゃんといて………たのしか……った………………ほんとに………うらんで……ないから…………きにやまないで……………」

 

何で…………何で俺…………。

 

ああ、全部、おれのせいか……。

 

「おねえちゃん……いま……まで……ありが、とう………」

 

その言葉が、俺が最後に聞いた(ユカリ)の言葉となる。

 

「ゆ、かり……?」

 

今まで明るく話していた彼女の姿は、もうない。

その目には、生気が宿っているようには、思えない。

 

俺が、殺した。

 

アストリッドに操られて、それで……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっさと、殺しておくべきだったんだ。

何で、あんなやつに情けをかけたんだろう。

殺してしまえばよかった。

 

 

 

そうだ、なんなんだこいつらは。俺が命まで取らないでおいてやったっていうのに。それでこの仕打ち。ふざけるな。許せるわけがない。そうだ。情けなんていらない。魔族なんて、皆そうだ。どいつもこいつも、自分のことばかり。人間を、まるでボロ雑巾かのように扱う。もう、殺しちゃダメだとか、そんなの関係ない。殺せばいい。どうせ魔族なんて、ろくなやつがいないんだから。

 

 

 

………ああ。でも、どれだけ恨んでも、もうユカリは帰ってこない。

いくら悔やんでも、俺がユカリを殺した事実は変わりようがない。

 

嫌だ。

 

なんで。

 

何でユカリが、死ななきゃいけなかったんだ……。

 

なんで、なんでなんで………。

 

ユカリの死が、苦しくて、切なくて、信じたくなくて………………死にたくなる。

 

でも、しねない。

 

だって、きっとユカリはそんなこと、望んでないだろうから。

 

いっそのこと、死ぬ時に、恨んでくれた方が、気が楽だったかもしれない。

 

 

 

 

 

アストリッドが、笑っている。

愛はアストリッドの手下の人間の少女に拘束されていて、来夏はベアード相手に苦戦、いや、遊ばれている。

 

絶望的な状況だろう。

 

でも、そんなのどうでもいい。

 

ユカリが、ユカリの命が消えた。

そのことしか、頭にない。

 

 

ああ。

 

ダメだ。

 

 

もう、かんがえられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Memory60

目の前に広がる光景は、一体何なんだろうか。

 

(やえ)の前では、(クロ)(ユカリ)を涙を流しながら刺し殺している、地獄の光景が広がっている。

 

来夏はアストリッドの部下であるベアードにその身をボロボロにされ、対してベアードは傷一つ負っていない。

灰色の髪を持った少女が、私のことを騙した人間の少女に拘束されているが、彼女は誰なんだろうか。

 

ダメだ。

 

こんな現実、あっていいはずがない。

認めたくない。

 

「おや、八重じゃないか。どうしたの? 何か私に用でもあるのかな?」

 

悪魔(アストリッド)が、目の前で気持ちの悪い笑みを浮かべながら、私に話しかけてくる。

 

「まさか私を裏切ろうってわけじゃないだろうね? わかっているのかい? 君の母親が人質に取られているということは」

 

来夏がここにいるということは、既に私の母親は助けられた後だろう。

来夏はベアードの相手をしている。ユカリはもう、息をしていない。クロは、流石に動く気力がないのだろう。ユカリの上で、放心してしまっている。

 

動けるのは、私だけだ。

 

戦わないと。

 

私が、やらなくちゃ。

 

「ほう、裏切るんだ? まあ、別にいいけど。どうせ勝てないよ。魔法少女の中じゃ実力はあるのかもしれないけど、私と比べたら月とスッポンさ」

 

確かに、ここでアストリッドと戦っても、無駄死にするだけだ。

何か、対抗手段は……。

 

私は周囲を見渡す。

そこに一つ、見覚えのあるものが落ちていた。

 

怪人強化剤(ファントムグレーダー)

照虎が使っていた注射器だ。

 

来夏の近くに落ちていることから、彼女が持っていたんだろうと推測される。

 

照虎が言うには、これを使うことで、force levelなるものを急激に引き上げ、本来の実力の数倍の力を出すことができるらしい。

 

ただし、上手く適応出来なかった場合は、体を壊してしまうし、最悪死ぬ。

それに、元々怪人強化剤(ファントムグレーダー)は怪人の強化のための薬だ。

 

魔法少女が扱うことは想定されていない。

だから、怪人強化剤(ファントムグレーダー)の効果は一時的なものだろうし、効果が切れれば、もう二度と、魔法少女として戦うことはできなくなる。

 

今頃照虎も、魔法少女としての力を失っているところだろう。

 

でも、それでも。

もう、これ以上、妹を失いたくはない。

 

理不尽に、家族を酷い目にあわせたくはない。

 

だから。

 

 

 

 

 

 

私は急いで走って怪人強化剤(ファントムグレーダー)を回収する。

 

「なっ、おい」

 

「何故それを………」

 

来夏は私が薬を拾ったのを見て、少し声を漏らす。やっぱりこの薬は、来夏のものであるらしい。

ベアードは私の手にある注射器を見て、驚いている。中身の判別がついているのだろうか。確かに、特徴的な形をした注射器だから、中身が何であるのかはわかりやすいだろう。

 

私は、怪人強化剤(ファントムグレーダー)を自身の腕に刺す。

 

「っ……」

 

刺した場所から、痛みが広がっていく。

全身が痛くて、焼けるように熱い。

 

自分の中の魔力の器が、崩壊していくかのような感覚。

まずい、このままだと、照虎の二の舞になる。

 

私は、氷属性の魔法ですぐさま熱を抑え、魔力の器の崩壊も、同じく氷属性の魔法で一時的に止める。

 

これで、戦える。

 

「これで、貴方(アストリッド)と戦えるわ」

 

「っ! させませんよ!」

 

ベアードが私に向かって攻撃を加えようとする。

 

…………消えた?

 

「時間停止、のようなものですよ。残念でしたね。アストリッド様と戦う前に、貴方は終わります」

 

後ろから、ベアードの声が聞こえてくる。

 

なるほど、時間停止、そういうのも使えるのね。

 

「さようなら」

 

ベアードが背後で、私を殺そうとしてくるのがわかる。

でも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達がいつまでも貴方達にしてやられると思ったら、大間違いよ」

 

世界が()()

 

「時間停止って、こんな感じかしら? まあいいわ。貴方(ベアード)に構っている暇はないの。そっくりそのまま、貴方の言葉を返すわ」

 

私は、氷属性の魔法による時間停止を解く。

そして…………。

 

「さようなら」

 

ベアードを一瞬で凍結させ、そして………。

ベアードごとその氷を、砕く。

 

ベアードはそのまま、自分が何をされたのか、それすら理解できずに、命を散らした。

 

「これで、ようやく戦えるわ。アストリッド、お前は絶対に許さない」

 

「バンとイザベルに続いて、ベアードもやられてしまうとはね。でもいいよ、クロは私が貰っていくから。丁度よかったよ、ユカリを連れてこさしたの、君だろう? 助かったよ。おかげでクロの心を壊すことができた」

 

「…………」

 

冷静さを失うな。奴の挑発に乗ってはいけない。

下手に感情的に動けば、隙を突かれて負けてしまう。

 

来夏は………。

 

どうやら、私のことを騙した人間の少女をひっ捕まえて、灰色の髪の子を助けたみたいね。

ついでにクロの方もお願いしておかないと。

 

「来夏! クロのことをお願い!!」

 

「わかった」

 

これで、(アストリッド)との戦いに集中できる。

 

「クロを回収する気か。まあいい。君を倒した後で、取り返せばいいだけだ。どうせ心は壊しているわけだし」

 

「『ホワイトアウト』!!!!」

 

まずは、アストリッドの視界を封じる。

 

「うわ、真っ白で何も見えないや。こりゃ困ったね」

 

「『大結界・マジカルアクアリウム』!!!!」

「『結界・アクアリウム』」

「『水の鎖(ネロチェーン)』!!!!」

「『水嵐(アクアバイトストーム)』!!!!」

「『激流(レイジングストリーム)』!!!!」

 

私は大量の魔法の詠唱をする。

『大結界・マジカルアクアリウム』によってアストリッドを大結界の中に閉じ込め、闇属性の魔法をある程度封じるために大結界内で『結界・アクアリウム』による雨を発生させる。これにより、アストリッドは闇属性の魔法を簡単には扱えないし、それに伴って大結界から脱出するのも困難になる。

 

しかし、大結界内に閉じ込めたとはいえ、相手は吸血王。油断はできない。そのため、『水の鎖(ネロチェーン)』でアストリッドの動きをさらに制限し、そこに高火力の『水嵐(アクアバイトストーム)』を打ち込む。

 

極めつけに、全ての魔法の効果を上げるバフ魔法『激流(レイジングストリーム)』も欠かさずに唱える。

 

しばらく魔法を打ち続け…………。

 

そして、アストリッドの様子を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ“ーク”ソ“。痛ェなァ………」

 

()()()()()

アストリッドは全身から血を垂れ流しながら、少し怒った表情で私を見る。

 

「これで勝ったと思うなよ。ここから私の反撃ターンだ」

 

「反撃はさせないわ」

 

「は?」

 

アストリッドは、私に反撃をしようとしたようだが、そこもきちんとケアしている。

アストリッドの武器は、自身の血だ。

 

なら、血を使わさせなければいい。

 

私は、アストリッドが怪我を負い、血液を流していたのを確認した時点で、アストリッドの血液を氷属性の魔法で固めていた。

 

「クソっ。さっきのクロとの戦いで、体力も消耗しちまってるし…………。あークソだ。クソ。せっかく眷属にしてやったってのに、あの人間の小娘は役にたたねぇし……。いや、そうか……」

 

「貴方の負けよ、アストリッド。私は貴方を許さない。残念だけど、ここで死んでもらうわ」

 

私は、アストリッドの足元を凍結させ、逃げられないようにしながら、トドメの攻撃の準備をする。

大結界も張っているし、アストリッドは魔力もかなり消費しているらしい。容易には逃げられないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、()()使()()()()()()()

 

「?」

 

「うっ、ああああああ”あ“あ”あ“あ”あ“!!!!!!!!!!」

 

突如、背後で響く絶叫。

見ると、先程灰色の髪の少女を拘束していた人間の少女の体が、異様なほどにどんどん膨れ上がっている。

 

「私の計画の一端を見せてやろう。そこの私の眷属の小娘が変わり果てた姿に、恐れ慄くがいい」

 

「アスどjうぃぞくぃおxさあまのやめじいはyらけるまらほっもうでず!!!!!」

 

やがて、人間の少女は………。

 

巨大な鯨型の怪物へと、変貌を遂げていた。

 

 




ユカリが死んだ場合のクロの心情はどんなものだろうかと、頑張って想像してみたんですけど、想像だけでもかなり辛かったです。多分一生引きずるんだろうなって感じの感覚。

自分の身近な人が死んだらって思うと、無理ですね、はい。

でもクロちゃんには曇ってもらわないといけないのでね。仕方ないね。


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Memory61

アストリッドの眷属である人間の少女が、巨大な鯨の怪物へと姿を変えていく。

 

「ありゃ………砂浜の…………」

 

どうやら、アレが櫻達が戦った鯨型の怪物らしい。

 

「見よう見まねで作ってみたけど、案外上手くいくものだね」

 

アストリッドは軽い口調でそう言う。やっぱり、人の命を何とも思っていないんだろう。

 

「でも、大丈夫よ。私ならあの程度の敵、なんとも………っ…!」

 

 

八重の全身に、強烈な痛みが走る。

怪人強化剤(ファントムグレーダー)、その副作用。

 

さっきアストリッドに大量の魔力を放ったせいで、自身の体内の魔力量が激減し、その結果、自身の魔力の器の崩壊を阻止するために使っていた魔力が枯渇したのだ。

 

「嘘、でしょ…………来夏、クロを連れて、にげ………て…………」

 

八重は、怪人強化剤(ファントムグレーダー)の副作用で、その場で倒れ込んでしまう。

アストリッドも戦闘不能なようだが、しかし、彼女の表情は余裕そうだ。

 

「アハハ!! そのまま皆潰されちゃいなよ。クロも、もういいや。こんなにプライドも体もズタボロにされるんなら、もういらない」

 

鯨型の怪物は、来夏へと襲いかかってくる。

 

「クソっ!」

 

来夏は、クロや愛に被害が行かないよう、全力で雷属性の魔法を放つ。

 

 

 

 

 

 

しかし、次の瞬間には、来夏達は全員鯨の怪物に潰され…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんてことはなく。

 

「ブォォォォオオオォォォォォオオオ!!!」

 

来夏が目を上げると、そこには。

 

「人の妹に、何手出ししやがってんだこのクソ鯨ァ!!」

 

全力で巨大な怪物にグーパンチを喰らわせる、(去夏)の姿があった。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

来夏の姉、去夏の登場により、人間の少女もとい鯨型の怪物()()()()()

鎮められ、その場から光の粒子となって消失した。

 

残るは、吸血姫・アストリッドのみだ。

しかし、その吸血姫も、もはや満身創痍。決着はついたも同然だった。

 

「見逃しては……………くれないか」

 

「当たり前だ。アストリッド、お前の身柄はこちらで拘束させてもらう。それと………」

 

「僕のことは気にしなくていい。少なくとも敵ではないし」

 

「いや、クロ(その子)をこちらに引き渡して欲しいんだが………」

 

「渡さないよ」

 

「………仕方ない。力ずくだ!」

 

去夏は愛にクロの引き渡しを要求するが、愛はそれを受け入れない。

魔法少女達の元へクロを渡してしまっては、自分がクロを独占することができないからだ。

 

「僕には戦闘能力があまりないんだけど」

 

「なら素直に引き渡すんだ」

 

「嫌だね」

 

駄々をこねる愛。

去夏としては、来夏の望み通りにクロを組織から救い出したかったのだが……。

目の前の少女にクロを任せても、どうなるかは分からない。できればこちらで回収したいと、そう思う去夏だったが…………。

 

「悪いが、クロはうちの子だ。クロは俺達が回収させてもらう」

 

「朝霧去夏ならまだしも、君は得体が知れないし、クロを預けるわけには行かないね」

 

その場に現れたのは、組織の幹部、アスモデウスとパリカー。

クロの回収のために、わざわざ出向いてきたらしい。

 

「お前ら……」

 

「僕は構いませんよ。クロは返します」

 

「いいのか?」

 

「ええ、その代わり、僕もクロの側に置いてください」

 

「了解した。お前はクロの隣に置いておこう。但し、不審な動きをしたら……」

 

「大丈夫です。逆らいませんから」

 

愛はアスモデウスにクロを引き渡し、自分も組織側につくことを決める。

 

「お前、裏切って……」

 

「僕がいつ君達の仲間になったんだ? それに、組織ならクロのことを独占できそうだし。渡しても、僕が側にいれるなら、それでもいいかなってさ」

 

「アストリッドの回収はそちらへ譲ろう。ただし、ユカリの遺体と、クロはこちらが回収させてもらう」

 

「2体1じゃ流石に厳しいな……痛み分けか」

 

去夏は確かに強いが、アスモデウスとパリカー、2人の魔族を相手にするとなれば話は別だ。

それに、アストリッドの回収と、倒れている八重の介抱も必要だ。下手にここで戦闘すれば、アストリッドに逃げられる可能性が出てくるし、八重も巻き込まれてしまうかもしれない。

 

だからこそ、去夏は2人にクロを譲ることにした。

 

アスモデウスとパリカーは、それぞれその手にクロと、ユカリを持って、この場から離れ去る。

 

去夏達も、それぞれに思うところはあるものの、今できることなどない。

失意の中にいるもの、悔しさを感じる者、身を削った者など、様々だが、彼女達の戦いは、一旦は終わりを告げた。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「そんな、ことが……」

 

真白は、戦場から帰ってきた八重や来夏達から、事情を聞く。

ユカリが死んだこと。クロが、自分の手で、殺めさせられてしまったこと。また、もう八重が戦えないこと。

その内容の全てが、救いようがなく、真白を絶望させるものばかりだった。

 

「これからは、私は頼りにならない。だから、来夏のお姉さんや、茜のことを頼って。それと、危なくなったら、絶対に、逃げる。これだけは徹底して。お願い。貴方まで失いたくはないの」

 

八重は、真白に縋る。

ユカリの死で、怯えているのだ。自分の大切な妹を、再び失ってしまうことを。

 

「大丈夫、私は、もっと強くなるから。もっと強くなって、クロのことも、救ってみせる」

 

「私も、櫻の兄に頼み込んで、稽古をつけてもらうことにする。あいつは、クロのことを見捨てやがったから、正直私と相性は悪いが………。実力は確かだ。頼る価値はある」

 

来夏もまた、自分の中で決意する。

 

もう2度と、負けないと。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

アスモデウスとパリカーは、組織のアジトに戻った後、ユカリの遺体の埋葬を行なっていた。

その表情は、どちらも暗い。

 

「ボクがもっと早くに助けにいければ、結果は変わったのかな……」

 

パリカーは、ユカリの死に、悔やんでも悔やみきれなかった。

彼女は、魔族の中でもとても情の深い性格をしている。だからこそ、他の幹部がクロやユカリに対して実験動物以上の感情を持たなかったのに対して、彼女はクロやユカリのことを、自分の娘かのように大切に思っていたのだ。

 

その証拠に、彼女の目は赤く腫れている。

一晩中、泣き尽くしたあとだ。

 

「俺が………生み出した…‥。ただ、仕事を淡々とこなしていただけで……。まさか………実験動物にこんなに肩入れするとは思わなかったんだ…………」

 

しかし、アスモデウスもまた、パリカーと同じ感情のようだ。

 

「なぁ、パリカー。俺は、どうすればいい?」

 

今まで一切の迷いもなく仕事をこなしてきたアスモデウスだったが、

彼は、生きていて初めて、迷うことになる。自身の在り方に。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

ユカリが、死んだ。

そのショックからか、前世の記憶も、どこか抜け落ちてしまっていて。

 

愛のことは、何となく覚えてるような気もするけど、でも、はっきりとは覚えてない。

アストリッドと戦っていた時のことも、朧げで。

 

今俺が持っている記憶で言えば、シロのこと、それと、悪の組織の魔法少女として行なってきたこと全て、思い出した状態だ。

 

後から、櫻達が生きているってことも聞いた。でも正直、櫻達が死んだって、そう思い込んでしまっていた時は、展開が急すぎて、それに、すぐにそのことも記憶から消えていった。だから、正直、ユカリを、殺してしまった時よりも、ショックは少なかったんだと思う。

 

やっぱり、ユカリの存在は、思ったよりも俺の人生に大きな影響を与えていたらしい。

 

ユカリが、死んだ今、いや、俺が殺してしまった今、どうすればいいのか、わからない。

命を奪っちゃいけないと、そうユカリに教えたのに、今の俺は、(アストリッド)の命を奪ってしまいたくて、たまらない。

 

多分、今までユカリがいたから生きてこられたんだろうなって、そう思うくらいに、今の俺の心の中は、空っぽだ。

 

もう、生きている意味なんかない。でも、ユカリは多分、それを望まない。

だから、生きなきゃいけない。

 

どんなに汚くても。どんなに苦しくても。

 

人はきっと、これを呪いと呼ぶのだろう。

はらいたくてもはらえない。纏わりついてきて、くっついて仕方がない。

 

多分、生きている限り、この呪いから解き放たれることはないだろう。

俺は一生、ユカリの死を背負っていくことになる。いや、背負っていかなきゃいけない。

 

自分の手で奪ったのだから。

大切な妹の命を。

 

目標は、あった方がいいのかもしれない。

そうだな、きっと、目標があるとすれば…。

 

魔族への復讐、とかかな。

 



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Another memory / 悪の組織所属の魔法少女と雷少女

IFではないです


悪の組織に所属する魔法少女であるクロとユカリ。

2人は、最近はあまり活動が少なく、暇だと感じていたため、外に出かけることにしたのだが……。

 

「クロと…………誰だ?」

 

魔法少女三人組を揶揄った時のように、髑髏の変装をしているわけでもないため、外を出歩けば櫻や来夏達にも普通にバレてしまうのだ。まあ、髑髏の変装をして出歩く方が恥ずかしいだろうが。

 

「はじめまして! お姉ちゃんのクローンのユカリでーす!」

 

「その自己紹介じゃ反応に困るよ…‥」

 

ユカリの大胆な自己紹介に、思わずクロも苦言を呈してしまう。

案の定、来夏はユカリの闇のありそうな自己紹介に、困惑してしまった。

 

といっても、来夏としても本人から明るい口調で言っていることから、そこまで重く受け止めるものでもないのだと推察したらしく、すぐに通常運転に戻る。

 

「あーつまり、クロの妹ってことか。私は朝霧来夏。朝昼晩の朝に、霧と書いて朝霧。来る夏って書いて来夏だ。よろしく」

 

「よろしくねー!」

 

「え? 一応私達って敵同士………」

 

クロはユカリのフレンドリーさに困惑してしまう。実際、クロは最初の時点で来夏のことをそれなりに煽った感じで敵対した覚えがあったし、茜からはかなり恨み言を吐かれた覚えすらある。

 

だからこそ、来夏と仲良く話すユカリに対し、自分はどこか来夏と一線を引かなくてはならないんじゃないかと、そう思うクロだったが…。

 

「別に、戦いに来たってわけじゃないんだし。敵だとか味方だとか、今は関係ないだろ。それに、お前だって本当は組織に従うのも嫌なんじゃないのか?」

 

「私は………別に……」

 

「………。まあ、いい。とりあえず、せっかく出会ったんだ。一緒にご飯でも食べないか?」

 

「やったー! ご飯は来夏の奢りね!!」

 

「ユカリだけ、行ってきたら? 私は先に帰っとくから」

 

「ダメだ。クロも一緒に来い。別に、戦場以外なら交流しても構わないだろ」

 

クロは、ユカリの図々しさに頭を抱えてしまう。敵対しているはずの来夏と一緒にご飯を食べるなど、流石に気まずくて無理だと感じ、ユカリだけ残して逃げようとするも、来夏にそれを阻止されてしまう。

 

来夏自身、クロと食事を摂ることで組織でのクロの立場が危うくなるのならば誘うのはやめておこうと感じていたが、ユカリの反応を見て、クロを誘っても問題ないと判断したのだ。

 

「いや、私は………」

 

「お姉ちゃん、何意地張ってるの? 奢ってくれるって言ってるんだから、素直に甘えればいいのに」

 

「別に私は2人でも問題ないし、人の善意を踏み躙るのは良くないんじゃないか? なあ、クロ」

 

「随分意地悪な言い方をするね………。まあ、わかった。そこまで言うなら」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

クロ、ユカリ、来夏の3人は、近くのファミリーレストランで食事をしていた。

ユカリはハンバーグを頼み、クロはカツカレー。来夏はパスタと、それぞれの食事を楽しんでいた。

 

「私ごちそうさまでした! あ、私ちょっと席外すねー」

 

ユカリはハンバーグを平らげた後、離席する。

席から立って彼女が向かった先にはそれぞれ赤と青の人の形のピクトグラムがある。つまり、そういうことだ。あまり深く突っ込むのもよくないだろう。

 

「なぁ、クロ。お前、何で組織の魔法少女としてやってるんだ」

 

ユカリが席を外したことで、これでクロと腹を割って話せると、そう思ったのか、来夏は何故クロが悪の組織に所属しているのか、その理由を尋ねてみる。

 

「さあ………?」

 

「誤魔化すなよ。今は、あの………ユカリだったか? あいつもいない。私の魔法で調べた限り、盗聴器だとかその類のものも仕掛けられてない。素直に話してくれてもいいんじゃないか?」

 

来夏には、既に余命のことも知られてしまっている。

それなら………。

 

「色々理由はあるよ。シロが、私のことを助けようとすればするほど辛くなるのなら、いっそのこと敵対して、嫌われてしまった方があの子のためになるんじゃないか、とか、組織以外で、安定した生活を保障してくれる場所がないだとか、色々。でも、1番の理由は………」

 

「ああ。さっきの子か」

 

来夏は、クロの表情から、思い浮かべているのは、おそらくユカリのことだろうと、そう推測する。

クロにそのことを指摘すると、クロは一瞬驚いた顔をしていたが、来夏の指摘を肯定する。

 

「そうだね。ユカリのためっていうのも、あるかな。あの子は、私の大切な、家族(いもうと)だから」

 

「お前は、本当にそれでいいのかよ」

 

「………………」

 

来夏は、クロを問い詰める。

本当に、ユカリのために組織に残っていてもいいのか。

自分はそれで、納得できているのか。

 

しかし、クロには答えられない。

ユカリのことは大切に思っている。それでも、組織に所属しておくままが良いのかどうかとはまた別問題だ。

 

「私は……」

 

「ただいまー!」

 

クロは、自分なりの答えを探そうとするも、やはりクロの頭の中には明確な答えなど一切出てくるわけもなく……。

そうこうしているうちに、さっき席を外したユカリが帰ってきてしまっていた。

 

ユカリが戻ってきたことを機に、来夏とクロの会話は終わりを告げる。

 

「なになに? お姉ちゃん達、何を話していたの?」

 

「何でもないよ、ユカリ」

 

ユカリに対してそう話しかけるクロの表情は、とても穏やかで、ユカリのことをとても大切に思っているのだろうなと、そう感じられるほどのものだった。

 

(きっと、クロにとって大切な存在なんだろうな………。やっぱり、クロも悪い奴なんかじゃない。人並みに情緒もあるし、きっと普通なんだ。ただ、組織にいたせいで、色々ややこしいことになっちまっただけなんだろうな)

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「…………夢、か」

 

来夏は、ユカリがアストリッドに操られたクロの手によって殺められたその翌日、丁度クロとユカリの夢を見た。

クロとユカリのことを一日中考え込んでいたせいで、夢に出てきてしまったのだろう。

 

「私がもっと、上手くやってれば………」

 

来夏は後悔する。

ユカリが戦場へ向かうことを、もっと強く拒否していれば。

八重が使った怪人強化剤(ファントムグレーダー)を、臆することなく自分に打って、早々にベアードとアストリッドを倒していれば。

 

もっと状況は、変わったのだろうか。

そんなもしもが、来夏の脳裏によぎっては、消えていく。

 

思い出されるのは、ユカリを自分自身の手で殺めてしまった時の、クロの様子。

顔は涙でぐちゃぐちゃになっていて、この世の全てに絶望したかのような、現実を受け入れたくないと、そう主張するかのような表情。

 

耐えられなかった。

あんな表情をさせたくはなかった。

 

来夏は思う。

自身の大切な人が、もし同じ目にあったら。

もし、クロと同じように、アストリッドに操られ、自分自身でその大切な人を殺めてしまったら。

 

 

…………耐えられない。

 

 

きっと、一生後悔するし、一生、幸せを感じることもないだろう。いや、感じてはいけないと、そう自分を責め立てるようになるのかもしれない。

 

そう考えてしまうと、ユカリを失ってしまったクロを救い出すのは、もう………。

 

でも、諦めたくはない。

クロのことを、見捨てたりなんかしたくはない。

 

でも、

それをするだけの力が、来夏にはない。

 

「弱いな、私は」

 

負けないと、そう何度も誓って、それでも結局、魔族にこうも何度も敗北してしまう。そのことが、悔しくてたまらない。

 

「私がもっと、強ければ………」

 

来夏は、己の無力を嘆く。

そして、誓う。

 

言葉だけじゃなく、行動で示そう。

死ぬ気で特訓して、それで。

 

もう、何も後悔することがないように。

 



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〜2年後〜 迷い
Memory62


魔法少女。

無・火・水・風・地・雷・心・光・闇の9つの属性の魔法を使い、怪人と戦う少女達だ。

 

そんな魔法少女の1人である真野尾 美鈴(まのび みすず)は、一体の巨大な怪人に苦戦していた。

 

『ズギャギャギャギャ!!!』

 

「ひっ! 来ないで!」

 

美鈴はがむしゃらに魔法を撃ち続けるが、怪人には全く効いている様子がない。

美鈴は怪人から距離を取るために、逃げ続ける。

 

しかし、距離は段々縮まってきている。

このままでは、怪人に追いつかれ、美鈴はやられてしまうだろう。

 

「グギャ!?」

 

しかし、美鈴が怪人にやられることはなかった。

美鈴のことを追いかけ回していた怪人が倒されたからだ。

 

誰が怪人を討伐してくれたのだろうと、美鈴は後ろを振り返る。

彼女の眼前には、紫色の桜の花弁の髪飾りが特徴的な、ピンクの髪を長く伸ばした少女の姿があった。

彼女はその手に桜模様の刀を持っており、おそらくその刀で先程の怪人を討伐したのであろうことが伺える。

 

「大丈夫? 怪我とかないかな?」

 

「あの、助けてくれてありがとうございます。貴方は……」

 

百山 櫻(ももやま さくら)。貴方と同じ魔法少女で、無属性の使い手。多分、君の先輩かな。よろしくね」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「え!? じゃあ櫻先輩って、2年前にあの鯨型の怪物を討伐したっていう……」

 

「私だけの力じゃないけどね。他の子達の力も借りて、やっとって感じ」

 

「はへぇ………す、すごい人と出会っちゃった………」

 

櫻と美鈴は、適当な店に入り、2人で話していた。

魔法少女でありながら怪人に襲われていた美鈴を見て、櫻は彼女を少し訓練してやった方がいいと、そう判断した。そのため、こうやって美鈴を店に連れ込み、話をすることにしたのだ。

 

「で、美鈴ちゃんに提案なんだけど」

 

「はい、なんですか?」

 

「よかったら、私と魔法少女の特訓でもしない? ほら、最近何かと物騒だし」

 

「ほ、ほんとにですか!? た、助かります! 私、今のままじゃ絶対にダメだって、強くなりたいってずっと思ってたんです。『死神』のこともありますし…………」

 

「『死神』?」

 

「あれ? 知らないんですか? 『死神』の少女のこと。なんでも、髑髏の仮面をかぶっていて、その手には、真っ黒な大鎌を持っていて、出会ってしまったが最後。その真っ黒な大鎌で、首元を裂かれて………ひ、ひぃ! そ、想像しただけでも恐ろしいです………」

 

「その話、詳しく聞かせて」

 

「え? いえ、単なる噂話で………」

 

美鈴の『死神』の話に、深刻な表情をしながらその詳細を聞こうとしてくる櫻。そんな櫻の様子を見て、ただの噂話に、何故そこまで聞きたがるのか、少し不思議に思う美鈴であったが、美鈴が『死神』の話を詳しく知らないと知ると、すぐに櫻はその話題を切り上げた。

 

「まあ、いっか。それじゃ美鈴ちゃん。早速特訓に入るけど、準備はいい?」

 

「えぇ!? 今からですか!?」

 

「善は急げって言うでしょ? ほら、はやくはやく」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「それで、この子の調子を見てほしいってこと?」

 

「うん。八重ちゃんなら、観察眼に長けてるって言うか、人のことよく見れる気がするから。とりあえず一旦美鈴ちゃんの状態を見て、そこから鍛えていこうかなって」

 

櫻に連れられて、美鈴がやってきた場所は、地下にあるちょっとした訓練場のような場所だ。そこには、青色でショートボブの、パーマがかかっている髪を持っていて、眼鏡をかけている、理知的な雰囲気を持っている少女がいた。

 

「えっと、はじめまして、真野尾 美鈴って言います」

 

「初めまして、美鈴。私は蒼井 八重(あおい やえ)。普段はここで、櫻のサポート役として動いているわ。よろしくね」

 

「はい! こちらこそよろしくお願いします。えっと、八重さんは魔法少女ではないんですか?」

 

「ええ、魔法少女ではないわ。まあ、厳密に言えば、魔法少女じゃなくなった、っていうのが正しいのだけれど」

 

そう言った八重は、どこか懐かしい目をしていた。おそらく、魔法少女として活動していた頃のことを思い出しているのだろう。

 

「それってどういう……」

 

「そこまで複雑な事情はないわ。あることがきっかけで、魔法を使えなくなったってだけよ。さて、貴方の魔法の属性とか、これから調べていくんだけれど、その前に聞きたいことがあるの」

 

「は、はい。何ですか?」

 

八重は少しずつ、柔らかい口調から、重苦しく、真面目な口調へと変化させていく。

そうして、問い詰めるかのように、美鈴に質問を投げかける。

 

「貴方には、魔法少女として戦う覚悟があるのかってことよ」

 

「それは………魔法少女は、私の憧れだったので……魔法少女として戦えたら、きっと私も…」

 

「覚悟はあるの?」

 

「それは……」

 

八重に魔法少女として戦っていく覚悟はあるのかと、そう唐突に尋ねられるも、美鈴は言葉を返すことができなかった。考えたことがなかったのだ。戦う覚悟がどうこうとか、そんなもの。

美鈴は、魔法少女になれそうだからなってみた。戦ってみようと、何となくそう思ったから戦った。ただそれだけの少女なのだ。

 

思い出すのは、さっき怪人に襲われていた時の記憶。

自分の魔法は全く歯が立たず、逆に襲われてしまっていたあの場面。

思い出せば思い出すほど、自分に魔法少女として戦えるだけのものがあるのか、考え込んでしまう。

 

「ないならやめておいた方がいいわ。朝霧 千夏(あさぎり ちか)って知ってる?」

 

「はい。最近巷で人気のアイドル系魔法少女、ですよね? 私、あの子のファンで……」

 

「アレを推しているような子なら、魔法少女は向いていないわ。櫻、この子、魔法少女として戦わせるのはやめなさい。きっと、この子に魔法少女は向いていないわ」

 

「そんな……!」

 

「事実を言ったまでよ。魔法少女に憧れを抱いてなった、ましてや、アイドルを見てそれに憧れただなんて。そんな軽い理由で魔法少女になったって、貴方はきっと失敗するわ。だから、これは私からの忠告。魔法少女なんてやめて、真っ当に生きなさい。それが貴方にとって、1番良い道のはずよ」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「八重ちゃん、あの子のこと、心配してくれたのは分かるけど……でも……」

 

「私にあれくらいのことを言われただけで折れるようなら、最初から魔法少女なんてやらない方がいいわ。私はもう、これ以上犠牲者を出したくはないの」

 

「そっか。でもね、私、何となくわかるんだ。あの子は多分、明日もここに来る」

 

「根拠はあるの?」

 

「うーん。強いて言うなら、勘、かな」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「たのもー!」

 

朝8:00。

土曜日で学校も休日の今日この頃、地下室で資料の整理をしていた八重の耳に、1人の少女の声が届く。

入ってきたのは、腰まで伸ばした茶髪の髪を持った人懐っこそうな少女で、名を真野尾 美鈴(まのび みすず)

 

「貴方、昨日の……………。覚悟は、決まったのかしら?」

 

「昨日一日中考えてみたんです。でも正直、覚悟とか、そんなの全っ然わかんなくて」

 

「そう。ならやめておいたほうが…」

 

「でも、私思ったんです。魔法少女は向いてないとか、そんなの魔法少女でもない八重先輩に言われたくはないです。私は、魔法少女になって、怪人と戦いたい。それで、町の皆を守って、『美鈴ちゃんありがとう』って、そう言われたいんです。だから………」

 

少女は、八重の目をまっすぐ見据え、明るい笑顔で告げる。

 

「私は魔法少女になります。貴方に何と言われようが、絶対に」

 

(この子、絶対頑固な子だわ……。きっと、何を言っても聞かないでしょうね……)

 

高らかに宣言する後輩(美鈴)の姿を見て、随分生意気な奴がいたもんだと、そう思わざるを得ない八重だった。




死神……一体何者なんだ……(すっとぼけ)


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Memory63

美鈴が特訓を初めて二週間程が経った。

少しずつ櫻の援護ありで怪人と戦いながら力をつけていき、最終的には怪人を1対1でなら油断しない限りは討伐できるほどに美鈴はメキメキと実力をつけていた。

 

「先輩! 私も結構強くなってきました! この調子だと、先輩のことも超えちゃうかも……? って、すみません。ちょっとまい上がっちゃって」

 

そして、つい先程も、怪人を一体討伐したばかりだ。

ここまでの上達速度は、他の魔法少女でも中々いないだろう。

それだけ、美鈴は飲み込みが早かったのだ。

 

「そうだね。美鈴ちゃん、私が思うよりもはやく上達してるみたいだし、そろそろ次のステップに………」

 

櫻は美鈴に新しい特訓メニューの提案をしようとするが、しかし、突然険しい顔になり、辺りを見渡す。

途端に、少し周囲に霧がかかり、その中から現れるのは………。

 

「しに………がみ……?」

 

美鈴がつぶやく。

霧の中から現れたのは………。

 

 

 

 

 

髑髏の仮面を付け、右手に、大きな真っ黒い鎌をもった少女。

噂話や都市伝説として語られる、『死神』その人だ。

 

「何の用かな? 私達、今特訓中なんだけど」

 

櫻は『死神』に臆することなく話しかける。櫻は『死神』を視認したその瞬間から、先程のような険しい表情ではなく、普段の穏やかな表情へと戻っていた。『死神』を刺激しないためか、はたまた『死神』をそこまで脅威に感じていないのか、それは美鈴には分からなかった。

 

そして『死神』は、そんな櫻のことを無視し、そのまま無言で大鎌を振るって美鈴に禍々しいほどの黒い斬撃を放つ。

 

「うわっ!」

 

美鈴は横へ飛び退いたことで、『死神』の攻撃を回避する。

 

「丁度いいかも。美鈴ちゃん。『死神』と戦ってみて。大丈夫。危なくなったら私が援護するから」

 

「えぇ!? あ、あの『死神』と戦えって言うんですか!? いくら何でもそれは………」

 

「ほら! はやくしないと来るよ!!」

 

「ええええ!?!?」

 

櫻が言った通り、『死神』は素早い動きで間合いを詰め、美鈴の眼前へとやってきており、今にもその手に持つ大鎌で美鈴のことを切り捨ててきそうな勢いだ。

 

「ああもう! 『バリア』!」

 

美鈴は『死神』の攻撃を、瞬時に『バリア』を展開して防ぐ。

鈍い音が響き、『死神』の大鎌が弾かれる。

 

「あれ? 私の魔法、案外イケる……?」

 

「美鈴ちゃん後ろ!」

 

「うわうわうわー!」

 

『バリア』で『死神』の攻撃を防ぐことに成功した美鈴だったが、『死神』はすぐに背後に回り、次の攻撃へと行動を移していた。

 

「美鈴ちゃんその調子ー!」

 

「先輩ちょっとは助けてくださいよ!? 後ちょっと反応が遅れてたら死んでましたよ!?」

 

「……それはないと思うけどね」

 

「何か言いましたか!?」

 

「ううん。何でもない。ほら、私と話している余裕があるなら戦って!」

 

櫻が何かつぶやくが、戦闘に集中している美鈴には櫻のつぶやきなど聞こえるはずもなく。一応、何か呟いたということには気づいたようで、櫻に何を呟いたのかを必死に尋ねるも、やはり戦闘しながらでは会話は成り立たない。

 

「隙がなさすぎる……! こんなの…………反撃する余裕もない…!」

 

必死に『バリア』で『死神』の猛攻を耐える美鈴。しかし、体力は削られていく一方で……。

 

「はぁ……はぁ………も、むり………」

 

魔力を大量に消費したせいか、美鈴はその場に座り込む。

額からは大量の汗。対して『死神』は息切れすらしておらず、あとはこのまま美鈴にトドメを刺すだけ、といった状態だ。

 

『死神』はその手に持つ大鎌を、美鈴に振り下ろそうとする。

 

が。

 

「そこまでだよ」

 

美鈴と『死神』の間に立った櫻によって、その腕を掴まれ、攻撃を阻止される。

このまま櫻と戦闘に入るかと、そう思われたが…………。

 

「………………」

 

『死神』はそのまま、その手にある大鎌を、空中で霧散させる。

まるで、もう戦うつもりはないとでも言うかのように。

 

そしてそのまま、登場してきた時と同じように、霧の中へと消え去ってしまっていた。

 

「はぁ………はぁ………きえ、た…?」

 

「みたいだね」

 

美鈴はそのまま「はぁー」とため息を吐きながら伸びをして、息を整える。

 

「それにしても…………『死神』………ほんとにいたんですね………私びっくりしちゃいました」

 

「火のないところに煙は立たないって言うからね。でもこれで、美鈴ちゃんも自分の実力が大体理解できたんじゃない?」

 

櫻が『死神』と美鈴を戦闘させたのは、美鈴にあまり調子に乗らせないためだ。

それは美鈴が調子に乗っているのが鼻に付くからだとか、そんな理由ではなく、美鈴が自身の実力を過信することで、危険な目に遭ってしまう事態を避けるためだ。

 

「まあ、そうなんですけど…。先輩、私ヒヤっとしたんですからね。だって下手したら死んでましたもん」

 

「ごめんごめん」

 

「はぁ。ほんと、次『死神』と出会う機会があったら、ちゃんと助けてくださいよね。今回は運良く攻撃を防げましたけど、もし防げなかったらと思うと………ひぇぇ……恐ろしいです……」

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「それで? 魔法少女は殺し損ねたんだ?」

 

「はい。百山櫻がいたので。怪人強化剤(ファントムグレーダー)も持ち合わせていない状態では、逆立ちしても彼女には勝てないと判断して、帰還しました」

 

2人の女が、とある組織のアジトで会話を交える。

片方は、髑髏の仮面をかぶった、『死神』と呼ばれる少女。

 

もう片方は、派手な黒のドレスを纏い、まるでブラックホールかのような黒さを持った長い髪を持った女で、名はルサールカ。どうやら組織の幹部的地位にあるらしい。

 

「私の命令は、魔法少女を殺せ、とだけだわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

ルサールカは何とも不思議だとでも言いたげな様子で、あくまで独り言を言うかのようにそう話す。

『死神』の少女に、気づいているぞ、とでも言うかのように。

 

「…………次はもう少し周りに気をつけながら、襲う対象を決めたいと思います」

 

「へぇー。そういうスタイルでいくんだ? まあ、いいわ。流石に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ね?」

 

「失礼しました………」

 

『死神』の少女は、ルサールカの最後の言葉には反応もせずに、そそくさと部屋から退室する。

髑髏の仮面のせいで、その表情は窺えなかった。

 

「ルサールカ、頼むから、あまりいじめないでやってくれないか……」

 

『死神』の少女が退室した後、ルサールカの背後から、仏頂面で、遊ぶということを知らなさそうな男が現れ、彼女に話しかける。

 

「アスモデウスね。あの(おもちゃ)、アストリッドに散々弄ばれて、精神が磨耗しちゃってたみたいだけど、まだまだ遊び甲斐がありそうでよかったわ。もう片方(ユカリ)死んじ(壊れち)ゃったのは残念だったけど……ねぇ?」

 

「魔族全体の方針として、魔法少女の存在を危険視しているのは分かる。それに伴って、魔法少女の排除が魔族の間で行われ始めているのも、納得はしている。だが、いくら何でもその役目をあの子にさせるのは………」

 

アスモデウスはあくまで、『死神』の少女の身を心配しているらしい。

しかし、ルサールカにとっては、アスモデウスの心情などどうでもいい。彼女にとって大事なのは、どのようにして『死神』の少女(おもちゃ)で遊ぶか、ただそれだけだ。

 

「それじゃあ、貴方が代わりに働くべきなんじゃないのかしら? まあ、貴方は多忙だし、無理でしょうけどね」

 

結局、アスモデウスにできることなど何もない。

幹部にも欠員が1人出ているせいで、アスモデウスの仕事が以前より多くなってしまっているのだ。

他の幹部も、1人を除いて一切働かない奴等ばかりで、彼の仕事はますます多くなっていくばかりだ。

 

「………考えておいてくれ」

 

「気が向いたら、ね」

 



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Memory64

「クロの今の状態、ですか」

 

「そうよ。彼女のことを独占したがってる貴方なら、知りたいかと思ってね」

 

灰色の髪を持つ少女・親元愛と悪の組織の女幹部・ルサールカは、2人で話を交わしていた。

 

「それで、どんな状態なんです?」

 

「彼女は今、アストリッドに大切な妹を殺されたことで、魔族へ恨みを持っているでしょう?」

 

「ええ、まあ、そうですけど………」

 

愛はルサールカの言葉に、相槌を打つが、どこか納得行かなそうな表情をしている。

 

それは彼女が、クロが魔族への恨みを持っている、という部分に疑問を感じているから………………………。

 

 

 

 

 

ではなく。

彼女は、ユカリがクロにとって大切な存在であると、認めたくはないのだ。

クロにとって大切なのは自分だけでいい。他の奴に見向きしないで欲しい。そんな、醜い独占欲が、嫉妬が、彼女が素直にルサールカの言葉に同意できなかった要因だ。

 

しかしどうやら、そんな彼女の様子を気にすることもなく、ルサールカは話を続けるつもりのようだ。

 

「だから、魔族のこと、特にアストリッドのことは、クロは殺したくて仕方がないでしょうね。でも、残念ながら彼女にそれはできないの。だって、彼女には、何かの命を奪う覚悟とか、決意とか、そんなものがないもの。きっと、アストリッドを追い詰めたって、また再び逆転されておしまいでしょうね。だから、クロはどう頑張っても報われないの。このままいけば、破滅ってところかしら? でも、貴方()としては、そういうわけにはいかないでしょう?」

 

「ですね。僕はクロを独占したいです。クロに消えられては、僕の生きる意味がなくなります」

 

「そうね。だから貴方はクロが破滅しないように、ちゃんと立ち回る必要があるわ」

 

「どうやって?」

 

「さぁ? そこまで教えてしまってもつまらないじゃない。もしかしたら、貴方でもクロの破滅を防ぐことはできないのかもしれないし、防ぐことができるのかもしれない。それは私にも分からないわ。だから面白いのよ、人間って」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「失礼しまーす。せんぱーい! 居ますかー?」

 

「いますかー!!!!」

 

真野尾美鈴は、自身の先輩である、桃色の髪を伸ばした少女、百山櫻の家にやってきていた。

彼女の隣には、フードを深く被って顔を隠している、長袖長ズボンの9歳くらいの少女がいた。

 

「どうしたの? 美鈴ちゃん」

 

「いやーちょっとですね。この子、なんか訳ありみたいで」

 

「うん、わけありみたい」

 

美鈴の言葉を、反復して言う少女。

家出か、もしくは迷子だろうか、まだ話を聞いていないので、定かではないが。

 

「とりあえず、家に入って。立ったまま話すのも、何だかあれだし」

 

櫻はそうやって、美鈴と9歳の少女を家に上げる。

 

「櫻さんの家だー!」

 

「わーい! おうちおうちー!」

 

美鈴と少女の2人は、櫻の家に入った途端、幼児のようにはしゃぎだす。

バタバタと跳ねてジャンプしていたせいか、いつの間にか9歳の少女のフードは、彼女の頭を隠しておらず………‥。

 

「…………ツノ?」

 

櫻がつぶやく。

9歳の少女の頭には、昔話に出てくる鬼のツノのようなものが、生えていた。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「えーと、つまり、君は鬼の子ってことでいいのかな?」

 

「うん。わたしのパパは、人間じゃないの。ママは人間なんだけどね」

 

「ね? 訳ありでしょ? いやー死神の次は鬼かー。意外とこの世界ってファンタジーに満ちてるんですねぇ……。って、魔法少女がいる時点でもうファンタジーですよね。あははっ」

 

どうやら、9歳の少女は鬼と人のハーフの子らしい。

 

「君のお名前は?」

 

龍宮(たつみや)メナだよー」

 

「鬼じゃなくて龍なんだ……」

 

しかし、こんなツノが生えているようでは、普通の人間の暮らしはできないだろう。今まで一体、どうやって過ごしてきたのだろうか。

 

「メナちゃんは、今までどうやって過ごしてきたの?」

 

「えーと。朝起きたらご飯食べて、パパに修行してもらって、体を鍛える! その後は、ママとお勉強して、その日の分が終わったら、遊びの時間。でも、最近パパが全然家に帰ってこなくなって………。それで、ママもパパを探して、どこかに行っちゃったの」

 

どうやら、今まで人間の学校には通わずに、親に面倒を見てもらって過ごしてきていたようだ。

しかし、父親が行方をくらませたことで、その日常は狂ってしまったようだ。

 

「それで、この子、魔法少女の子に襲われてたんで、私が助けてあげたってところです」

 

「ちょっと待って。魔法少女に襲われてたの?」

 

「はい。こう、短めの金髪で、なんか周囲がバチバチ!! ってしててビリビリ言ってそうな、不良の子に襲われてました」

 

わかりにくい表現をする美鈴だが、おそらく雷属性の魔法少女の使い手が、自身の周囲で電撃を放っている様子を表しているのだろう。

 

「それで、倒したの?」

 

「いやー……。無理そうだったんで、メナちゃん連れて逃げてきたんですよ。多分もう直ぐ来ますよ。あのヤンキーちゃん」

 

 

 

 

 

 

ピンポーンっ。

 

インターホンが鳴り響く。

どうやら、美鈴が言った通りに、メナのことを襲っていた魔法少女が、櫻の家にやってきたらしい。

 

「バレないように入って欲しかったな………」

 

「いや、なんか、静電気飛ばしてGPSみたく私達の位置がわかるようにしてるみたいなんで、意味ないですよ」

 

ますますヤバそうな奴だなと、そう考えながらも櫻は玄関を開ける。

無防備だと思うかもしれないが、魔法少女の中で櫻に敵う者など、存在しないのだ。

 

櫻はこの2年で、どんな魔法少女よりも強くなった。

仮に彼女に匹敵する存在がいるとしたら、魔法少女の枠で考えれば、雷属性の魔法の使い手の少女、朝霧 来夏(あさぎり らいか)くらいだろう。

 

だからこそ、櫻は何の警戒もなく玄関のドアを開けたのだ。

 

ガチャリと、ドアが開く。

 

そこに立っていたのは……。

 

「よぉ。久しぶりだな、櫻」

 

櫻と肩を並べれる程の実力者、朝霧来夏だった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

櫻は、美鈴から聞いた話から、メナを襲った魔法少女が来夏である可能性を考慮するべきだったと、猛反省するが、もう遅い。

 

どちらにせよ、来夏の魔法で位置がバレているのだから、出ても出なくても変わらなかっただろう。櫻はそう結論付け、来夏と対面する。

 

「久しぶりだね、来夏ちゃん。何しにきたの?」

 

「とぼけんな。匿ってんだろ、魔族のガキを」

 

やはり、来夏はメナのことを狙っているらしい。

 

2年前、アストリッドの手により、クロが操られ、自らの手でユカリを殺したあの光景を見ていた来夏は、クロと同様に、魔族への恨みを募らせていたらしい。

 

クロのことを助けようとした彼女だからこそ、あの仕打ちは許せなかったのかもしれない。

また、これまで何度も魔族に敗北していることから、元々魔族への印象が良くなかったことも関係しているだろう。

 

櫻自身、来夏の気持ちは分からないでもない。だが…。

 

「魔族だから。そんな理由で、何の罪のないメナちゃんを襲うのは、間違ってるよ」

 

「櫻、お前は、あの時あの場にいなかったからそう言えるんだ。魔族にロクな奴なんていねぇ。少なくとも私の出会ってきた魔族は全員自己中で、傲慢で、クズばっかだった。メナとかいうガキも、そのうちそうなるに決まってる。だから、今の内に殺さなきゃいけない。誰かが犠牲になる前に!」

 

「来夏ちゃん、違うよ。魔族だって、人間と同じなんだよ……。悪い魔族もいっぱいいるけど、でも、いい魔族もきっといる」

 

「私はそんなの信じられないな」

 

「それなら……。それなら、私がそれを証明してみせる。魔族も人間と同じなんだって。魔族と人間は、分かり合えるんだって。実際に、メナちゃんは人間と魔族のハーフだよ。少なくとも、メナちゃんのお父さんとお母さんは、分かり合ってた」

 

「……まあいい。お前なら、寝首をかかれることもなさそうだしな。ただ、もしメナとかいうガキの魔族が、アストリッドみたいな魔族と同じような魔族になるようなら、その時はお前の手で殺せ。いいな?」

 

「うん。分かってる。私が責任を取るよ。美鈴ちゃんもいるしね」

 

来夏はその言葉を聞きながら、櫻の家から去っていく。どうやら本当に、メナのことは見逃す気らしい。

 

2人は、それぞれ別の道を歩み出す。

 

1人は、魔族と人間の共存を。

もう1人は、魔族の殲滅を。

 




好きなts作品が更新されててにっこりしてました。
ts以外も結構読むけど、結局好きなのはtsモノなんやなって。


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Memory65

どうして、こういう状況になっているんだろうか。

今、髑髏の仮面を被って、『死神』として活動している(クロ)は。

 

高校1年の男の子、広島辰樹と2人っきりの状態にあった。

 

場所は崖の下。

携帯電話はなく、外部との連絡は取れない状況で、おそらくここから脱出するのは不可能。

まさに生命の危機、そんな状況に、今(クロ)はある。

 

この状況を説明するには、少しだけ時間を遡る必要がある。

そう、あれは………。

 

ルサールカの命令で、魔法少女を襲っていた時のこと……。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

『先輩っ! たすけてくださーい!』

 

『大丈夫! 私に話せる余裕があるなら、まだまだ戦えるよ!!』

 

魔法少女の殺害命令をこなせなかった理由作りのために、わざわざ百山櫻が面倒を見ている魔法少女、真野尾美鈴にちょっかいをかけにいっていた時のことだ。

 

いや、厳密に言えば、その後に起こったことかもしれない。

 

『やばいやばい! ころされりゅううううううううう!!!』

 

『はい、そこまで』

 

前の時のように、少しだけ攻めるのを激しくし、だんだんと美鈴が対処できないくらいのスピードで攻撃を繰り返していくと、やはり前と同じように、櫻が間に割って入って、俺の攻撃を止めてくれる。

 

これがあるから、俺は本気で美鈴を攻めることができるし、仮に組織に監視されていたとしても、誤魔化すことができる。

 

櫻には本当に頭が上がらない。彼女のおかげで、俺は人を殺さずに済んでいる。

 

そして、攻撃を櫻によって止められた俺は、前と同じように霧を作り出して逃げ出そうとしたのだが……。

 

『ごめんね、クロちゃん。簡単に帰すわけにはいかないの』

 

櫻は、俺だけに聞こえるように、小声でそう話しかけてくる。

 

()と会って、話だけでもしていって』

 

櫻がそう話した途端に、俺の視界は真っ黒な世界に包まれた。

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

と、まあそんな感じで今、辰樹と2人っきりの状況なわけだが。

おそらくこの状況を作り出したのは、櫻で間違いないだろう。

 

だから、さっき言ったみたいな生命の危機っていうのは、ほぼないと見ていい。だが……。

 

「「……………」」

 

気まずい。

 

ただひたすらに、この空間では気まずさが全てを支配している。

 

それもそうだ。

辰樹とは別に、そこまで深い仲だったわけでもない。助けられたこともあったりしたし、普通の友達よりは仲が深いと言えるかもしれないが、しかし、普段はそこまで会話があったわけじゃない。

 

それに、主に組織によって体を弄られたせいで、2年前から全く成長していない俺と違って、辰樹の方は2年前からかなり成長しており、ちょっと大人びてきている。身長も伸びているし、体格もどこかがっしりしてきているように思える。

 

しかも、今の俺は、悪の組織の魔法少女として、わるいわーるい任務をこなしている、悪役系魔法少女だ。

そんな俺が、気軽に彼に話しかけていいものなのか。

 

そんな色々要因が重なったせいで、2人の間では、しばらくの間会話が行われることはなかった。

 

だが、そんな静寂も、すぐに終わることとなる。

 

「クロ、2年前と、全然変わってないんだな……」

 

辰樹の方から、俺に話しかけてくれたからだ。

ありがたい。個人的にずっと気まずかったもんだから、どうしたものかと悩んでいたのだ。

 

「まあ、組織に体弄られてるし。当たり前なんじゃない?」

 

しかし、そんな辰樹に対して、返す俺の言葉は、あまり良い返事と言えるものではなく。

案の定、辰樹は俺の言葉に、何だか悲しそうな、少し、困ったかのような、そんな感情を込めた表情をして、どう返事をするべきか、迷ってしまっている。

 

ああ、ダメだな、俺。

ユカリが死んでから、ずっとこれだ。

 

どうしても、心に余裕が持てない。何もかもが灰色に見えて、いや、むしろ世界は色づいている。けど、ユカリとの思い出だけが、灰色に染まり切ってしまっていて。

 

…………そんなことを考えても仕方がない。

とりあえず、この状況を切り抜けるには、ちゃんと辰樹と対話する必要があるのだろう。多分、ここに俺を連れてきた櫻は、そうしないとここから俺を出してはくれないだろう。

 

「クロ、お前を組織から助け出す目処はもう、立ってるんだ。組織がお前の生命維持装置を持っているのは知ってる。だから、それを俺達が奪えば、お前はきっともう、組織に縛られることはなくなる」

 

「そう……なんだ」

 

意外だな。

2年前は、助け出すのは絶望的って感じだったのに。

しょっちゅう攫われてたしな、俺。

 

でも、もうそこまで話は進んでいるのか。

まあ、確かに、可能だろう。今の辰樹達、いや、正確には今の櫻達には、か。

 

来夏や茜が、どれくらい強くなっているのか、それを俺は知らないが、櫻に関しては、素人目で見ても、2年間で段違いに強くなっていることが分かる。

 

櫻の兄や、来夏の姉、そこに櫻も加われば、俺のいる組織の幹部を相手に戦うことも可能だろう。

さらにそこに他の魔法少女達も参戦すれば、俺の救出も、かなり現実的なものだ。

 

と言っても、100%ではないが。

実際、組織にはボスが存在する。アスモデウスやパリカーなどの幹部の上に君臨し、実力も彼らより上の、大ボスが。

それに、ルサールカの実力だって不鮮明だ。俺の救出は、100%上手くいくわけじゃあない。

 

それでも、実行できるだけの実力が彼女達にあるのは確かだ。

 

だけど、そうじゃない。

俺はもう、縛り付けられてしまっているんだ。

ユカリが死んでしまった、その時から。

 

「今の俺達なら、クロを助けられる。だけど、俺は、クロのこと、ちゃんと救いたいんだ。形だけじゃなくて、心も。だから、俺は、クロの本心を聞きたい。心の中で、何を考えてるのかとか、全部」

 

「へぇ……。それじゃあ、手伝ってよ、魔族を殺すの」

 

「違うんだ、クロ。そうじゃない……。復讐にとらわれたって、お前は何も……。ダメなんだ、それじゃ」

 

復讐は何も生まないって、そう言いたいのか。

 

ああ、そうだろう。きっとそうだ。

だけど……。

 

「お前には、言われたくない。ユカリのこと、何も知らないくせに。知ったような口を聞くな」

 

そうだ。ユカリのことを1番知ってるのは、俺だ。

彼女と1番深く関わってきたのは、俺だ。

 

お前達が何をした?

ユカリの存在を知って、一度でも彼女のことを気に掛けたことがあったのか?

 

挙げ句の果てに、俺を助けるためだと、そんな理由で、彼女(ユカリ)を戦場へと連れてきて……。

 

そんな奴等に、俺の気持ちがわかるか。

 

「知らないでしょ。ユカリがどんな風に笑うのか。何が好きなのか。どんな声で、『お姉ちゃん』って呼んでくれるのか!!!!!!」

 

「クロ、俺は…!」

 

「黙れ……。何が助けたいだ。何が救いたいだ。そんなこと望んでない……。ユカリを返してよ! 何で、何であの子が死ななくちゃならなかったんだ!!!!!! 何であの子を殺さないといけなかったんだ!!!!!」

 

自分でも、何が言いたいのか、分からない。

でも、どうしようもないんだ。

 

ユカリが死んだあの時から、頭の中ぐちゃぐちゃで。

何も考えられなくて。

 

自分が何をしたいのかも、よく分からない。

 

だから、ただがむしゃらにこうやって、周りに八つ当たりすることしか、できないのかもしれない。

 

「そう、だよな………。困るよな、勝手に、助けるだろか、救うだなんて言われても……」

 

「そうだよ。お前達は勝手だ。身勝手だ。人のこと勝手にわかった気になって」

 

違う。皆、俺のことを心配してくれてるだけなのに。

どうしてこんなに、酷いことばかり言ってしまうんだろう。

 

分かってる。俺の主張は、わけのわからないものだって。

ただ、やり場のないこの感情を、辺りに撒き散らしているだけなんだって。

 

「ごめんな………クロ。俺、何にもしてやれなくて………」

 

「そうだよ………。もう、全部遅いんだ。あの時、あの場所で、ユカリが死んだその時から。お前達がいくら私を助けようなんて言っても、全部無駄なんだよ。意味ない。ああ、いっそのこと、あの場所で、私が代わりに死んでおけばよかった。だったら、こんなに…………」

 

「クロちゃん、ユカリちゃんのことは、残念だったけど………。でも、あの子のことは、これから克服していけばいいと思うの。だから、私達に組織のアジトの場所を教えて欲しい。大丈夫、クロちゃんのこと、絶対に助けるから。心も、体も。全部」

 

辰樹が俺に何の言葉も返せなくなったのを見てか、いつの間にか櫻がこの崖の下にやってきていたらしい。

彼女は、俺に組織のアジトを吐くように要求してくる。

 

ああ、でも無意味なんだ。

 

「知ってる? 私の体には、盗聴器が埋め込まれてるってこと。それに、生命維持装置を組織から奪うって言ってるけど、それはもうあるよ。ほらここ、私の体の中」

 

「そう………なの? じゃあ………それなら! 私達と一緒に!」

 

「生命維持装置は、組織の判断でいつでも停止させることができる。本来の寿命から考えれば、今生命維持装置を停止させれば、確実に私は死ぬね」

 

「そんな…」

 

アスモデウスとかいう男の幹部が俺の面倒を見ていた時は、俺の管理は少し雑だったし、ガバガバだったから、かなり動きやすかった。しかし、今の俺の面倒を見ているのは、ルサールカという女の幹部。

 

彼女は、俺の体に生命維持装置と同時に盗聴器を付けたのだ。

そして、生命維持装置は、ルサールカの持っているスイッチによって、いつでもオンオフ可能。つまり、俺を生かすも殺すも彼女次第というわけだ。

 

さっきは、彼女達なら俺の救出は可能、と言ったが、あくまでそれはルサールカが俺の生命維持装置をオフにしない前提の話だ。

 

「はやく帰らせて欲しいんだけど。一応私には門限が設定されてるから、それを過ぎた場合、生命維持装置をオフにするって言われてるんだよね」

 

「…………わかった。ごめんね………」

 

とりあえず、俺のことは帰してくれるらしい。

 

結局、2年ぶりの彼女達との会話は、楽しくも何ともなくて。

どうしてこうも、空虚なんだろう。

 

そう思わざるを得なかった。

 




なんでもいいから嘘のネタバレをしたい。特に人気作品の。
エイプリルフールはまだか…。


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Memory66

念の為『百合』と『ガールズラブ』のタグを追加しておきました。

【追記】

誤字報告を頂きました。

受験性→受験生

受験っていう性別があるのかもしれません。

大佐部長様、誤字報告ありがとうございます。


「そうなんですか………。クロさんを助けるのは、かなり難しそうですね………」

 

『ええ……。本当は、受験中の貴方にこんなことを報告するのは良くないのだけれど………』

 

緑色の髪をポニーテールにした敬語で話している少女の名は深緑 束(みろく たばね)

2年前は櫻達と共に魔法少女として活動しており、一時は裏切ったりもした。

 

そんな彼女だが、現在は魔法少女をやめており、受験生として、日々受験勉強に励む日々だ。

彼女が目指す高校は、もう既に亡くなってしまった彼女の友人、身獲 散麗(みとり ちぢれ)が目指していた高校である。束は、散麗の分も、自分が背負って生きていこうと、そう前向きに考えているのだ。

 

そして、そんな彼女が電話をしている相手は、青色の髪にメガネをかけた、賢そうな見た目をしている蒼井八重という名の少女だ。

 

束は、八重からクロの現状を伝えてもらっていた。

というのも、束は一時期、櫻達を裏切り、リリスという魔族の下についていた時期があった。

そのため、その時の境遇的にクロと似通った部分があったりする束に、八重が何か助言を貰おうとして電話をかけたのだ。

 

「私は、散麗を自分の手で殺したわけではないのですが、それでも、精神的にはかなり参りました。クロさんは自分でユカリさんを手にかけてしまったわけですから、その精神的ダメージは相当でしょうね」

 

『そうね……。私が、ヘマをしたせいで………』

 

「あまり自分を責めないでください、八重さん。それを言うなら、私だって、櫻さん達のことを裏切って、迷惑をかけてきたわけですし。それに、クロさんの件に関しては、悪いのはアストリッドです。八重さんも、あまり思い悩まないようにしてください」

 

『そう……ね。ごめんなさい。受験生なのに、こんな話しちゃって』

 

「構いませんよ。私達、仲間じゃないですか。それじゃあ、私は帰って勉強するので、また用がありましたら、連絡ください、では」

 

『ええ、ありがとう』

 

「さて、さっきから私の様子を伺っているようですが………どなたですか?」

 

八重との通話を終え、携帯電話をポケットにしまった束は、先程から自身をジロジロと見ていた怪しい者にそう問う。

 

「おっと、バレちまってたか。魔法少女やめたっつっても、勘は衰えてないみたいだな」

 

物陰から現れたのは、鷹のような見た目をした、人型の異形。

 

「ホーク、さん……?」

 

赤江美麗ことリリス率いる勢力の内の1人、ホーク。

どうやら、彼が先程から束の様子を伺っていた者であるらしい。

 

「裏切り者の私を、始末しにきた………。そういうことですか?」

 

束は、ホークがここにやってきたことを、裏切り者の始末であると、そう結論づける。それ以外に理由がないからだ。彼に接触される理由が。

 

「あ? 違う違う。俺は弱い者イジメは好きじゃないんだ。大体、それするなら2年前にやってるはずだ」

 

「まあ確かに2年前に殺せばいい話ですよね。それと、あの、2年前に学校を襲った時、ホークさん、『1人残らずミンチにしてやるぜェ!』とかほざいてたって聞いたんですけど。弱い者イジメが好きじゃないって、本当ですか?」

 

「あーそれは……。テンション上がってつい、な。実際あの時誰もミンチになんてしてねェしな」

 

ホークは少し恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いている。多分、嘘は言っていないだろう。

 

「それで、裏切り者の始末じゃないのなら、今更私に何のようですか? もうみれ………リリスの元には戻るつもりはありませんよ。もう櫻さん達を裏切るわけにはいかないので。私を引き戻してくれた、茜さんのためにも」

 

「そんなんじゃねェよ。ただ、魔族の間じゃ魔法少女は殺すべきだって風潮が最近あってな、それの警告をしにきたんだよ。仮にも昔背中を預けあった仲だしな」

 

「ホークさんと共闘したことなんてありましたっけ?」

 

「…………ないな。まあいいんだ。んなことはな。ただ、そろそろ『ノースミソロジー連合』が動き出そうとしてる」

 

「あの連中がですか?」

 

「ああ。だから、お前さんのお仲間にも伝えた方がいいぜ、備えておけってな。ま、伝えたいことは以上だ。じゃあな」

 

「待ってください。なぜ、私にそんな忠告を……」

 

「この見た目で言われても説得力ないかもしれんが、俺は別に人間とか魔族とか、そんな気にしてないからな。それに、クロコの奴も心配してたぞ、お前がどうしてるのかってな。リリスはまあ、あんな裏切り者どうでもいいとか、拗ねてやがったが」

 

「そうなんですか…………」

 

「まあ、魔族も人間も、そんな変わらねぇってことよ。それじゃ、俺はこんくらいで」

 

ホークは、背中についたその翼を目一杯広げ、空を舞う。

そのまま束の前から消え去り、どこか遠くへと飛んでいってしまった。

 

「魔族も人間も、そんなに変わらない、ですか………。っていけない、受験勉強しないと…!」

 

束は急いで家に直行する。

 

(『ノースミソロジー連合』が動き出す、ですか、はぁ……受験勉強中に、厄介なことが起きないといいのですが……)

 

少し憂鬱な気分になりながらも、志望校合格のため、今日も励む束だった。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

真っ黒なドレスを着飾り、組織内を優雅に歩く女、ルサールカ。彼女の隣には、短めの白髪にメガネをかけた白衣の女、パリカーが歩いていた。

 

「ルサールカ、急に呼び出してどうしたのさ。ボクは『門』の研究で忙しいんだけど」

 

「ねぇ、パリカー。最近この組織、たるんでるとは思わない?」

 

「何がさ」

 

「だってそうでしょう? アスモデウスは小さな少女に夢中。ゴブリンは裏切り者。イフリートはまあ、元からあんな感じだったけれど。それに貴方も、あの実験動物に肩入れしてしまっている……。こんな状況じゃ、この組織がまともに機能するとは思えないわ。だから、私考えたのよ」

 

「ふーん。それで?」

 

パリカーはそこまで期待していないかのような、つまらなさそうな表情でルサールカの話を流す。

基本的にルサールカは自分の楽しそうだと思ったことに対してしか働かない女だ。そんな女が、組織のために何かをする。そんなことはありえない。十中八九彼女の趣味に付き合わされているだけだと、パリカーはそう思っている。

 

「そう。組織を作り直すのよ、まずは、幹部から、ね」

 

かちゃりっと、ルサールカはポケットから拳銃のようなものを取り出す。もちろん、ただの拳銃ではない。

 

「それは………」

 

「対魔族用の携帯銃よ。簡単に殺せるし、消音機能もバッチリ。まさに暗殺に向いてる便利グッズよ」

 

「それを………どうするつもりだ」

 

「ふふっ、さあ、ね」

 

ルサールカは、ゆっくりと銃を持ち上げ、パリカーの頭に銃口を向ける。

 

「お前…!」

 

「貴方が幹部の時代はもう終わりよ、パリカー。安心して、代わりはちゃんと用意してあげてるから、ね」

 

ルサールカはどうやら、パリカーの後任を既に用意しているらしい。

 

実際にゴブリンを含め、組織には二つの幹部の枠が空くことになる。しかし、ルサールカの口ぶりからするに、ゴブリンとパリカーの後任だけでなく、どうやらイフリートとアスモデウスの後任すら考えているような雰囲気をパリカーは感じた。

 

「ボクは君の考えていることがわからないよ。何がしたいんだい? 本当に組織のことを考えてこんなことをやっているわけじゃないんだろう? 君はそんな性格はしてないだろうし……。まさか、組織を乗っ取る気なのかい?」

 

「ふふっ、そんなこと、貴方が気にすることじゃないわ。とにかく、死にたくなかったら私の言うことを聞きなさい。ボクっ娘ちゃん♪」

 



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Memory67

「皆ぁー! 盛り上がってるぅ〜!?」

 

「「「うぉおおおおおおおおおお!!」」」 「「きゃぁあああああああ!!」」

 

現在、櫻と美鈴、そして人と鬼の子、メナは、とあるアイドルのライブ会場へやってきていた。

アイドルの名は、朝霧 千夏(あさぎり ちか)。来夏の妹で、魔法少女でもある少女だ。

 

「先輩先輩! 生千夏ちゃんですよ!! もっとテンションあげていきましょうよ!! せっかくチケット3枚分取れたんですから!!」

 

「テンションあげてこー!」

 

「って言われても………私アイドルとかそんなに詳しくないんだよね………」

 

もちろん、櫻は千夏のことは知っている。来夏の妹でもあり、同時に流行りのアイドルでもあるからだ。

 

魔法少女アイドルという、魔法少女でありながらアイドル活動も行う新ジャンルを開拓した先駆者とも呼べる存在であるため、彼女(千夏)の名前を知らないという人の方が少ないだろう。

 

だが、櫻はそこまでアイドルに興味があるわけではない。

というより、アイドルを応援するのに割く時間がない、という方が正しいだろう。

 

彼女はここ二年間、ずっと魔法少女として修行を積み重ねてきたのだ。魔族から人々を守るために。

そして現在も、人知れず魔法少女を葬ろうとする魔族達を密かに退治し、戦闘不能に追い込む活動を行っているし、さらに言えば、美鈴の特訓やメナの監視まで行わなければいけない。

 

そんな彼女には、娯楽に触れる機会など滅多になかったのだ。

 

「先輩……。千夏ちゃん目の前にして騒がないとか、今時の女の子として終わってますよ。千夏ちゃんは皆の憧れなんですから!」

 

「終わってる!」

 

「って言われても……」

 

そんな櫻だが、美鈴やメナについてきたのには、ちゃんとした理由(わけ)がある。

というのも、先日、後輩である深緑束から、『ノースミソロジー連合』という魔族の連合が、そろそろ暴れ出すという情報を得たのだ。

 

しかし、いつどこで暴れるというのか、そこまでの情報はなかった。

そこで櫻なりに、彼らが暴れ出すとしたらどんなタイミングなのだろうかと、そう考えた際、人の多く集まる場所、それもできるだけ魔法少女を多く殺せるような場所を選ぶのではないかと、そう踏んだのだ。

 

その条件に当てはまる場所を考えてみれば、1番最初に思い浮かぶのは学校だ。

しかし、櫻は学校に攻めてくることはないだろうと踏んでいる。

 

というのも、2年前、リリスという魔族によってとある中学校が襲われた事件があったのだが、それ以降各学校の警備はかなり上がっており、さらに、櫻の兄や来夏の姉がどこかしらの学校に潜伏しているという情報もあるため、魔族は迂闊に学校を攻めることができない。

 

そして、次に考えたのが、ここ、魔法少女アイドル朝霧千夏のライブ会場だ。

ここなら、多くの人が集まるという条件も満たしているし、さらに言えば、朝霧千夏に憧れている女の子は多く、魔法少女も多くこの会場に来ていることだろう。

 

つまり、『ノースミソロジー連合』が暴れるとすれば、この会場しかないと、櫻はそう結論づけた。

 

「先輩、見てください! 生千夏ちゃんの踊りですよ!!」

 

「生の踊りー!」

 

後輩のはしゃぐ姿を見て、櫻は思う。できれば穏便に済ませたい、彼女達の楽しみを、消したくはないと。

 

「ごめん、ちょっと忘れ物!」

 

「え? ちょっと先輩!」

 

櫻はすぐに美鈴達と距離を取り、会場内を探る。

幸い人が多く、皆朝霧千夏のライブに夢中なため、櫻のことを見ているものは誰もいない。

 

(この会場のどこかに潜んでいるはず………早く見つけ出して、とっ捕まえなきゃ!)

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

髑髏の仮面をつけた少女は、ルサールカに呼ばれて、組織のアジトの地下室、それも、許可なしでは立ち入れない秘密の部屋へとやってきていた。

そこで見たものは………。

 

「初めまして先輩。私はミリュー。貴方と同じ、人工で作られた魔法少女です」

 

紫色の長い髪をツインテールにしてまとめた、ユカリによく似た顔の少女が、いた。

 

「顔合わせ、ってところよ。私は暫く席を外すわ。2人でゆっくり話しなさい。クロ、貴方も仮面を外したらどう? 自分だけ素顔を晒さないのは、ずるいでしょう?」

 

そう言ってルサールカは、地下室から地上へと出ていく。

残されたのは、『死神』クロと、ミリューと言う名の少女だけだ。

 

「えっと………」

 

クロとしては、いきなり登場した新たな魔法少女に、動揺を隠せず、何を話せばいいか分からない。

 

「ミリューでいいですよ、先輩。そうですね、まずは親睦を深めるところから、ですよね。では、私の話をしましょうか」

 

「あ、うん」

 

クロは、少し動揺してうまく話すことができない。とりあえず、会話の主導権はミリューに握らせることにした。

 

「私が造られたのは、実は2年前からなんですよ。ちなみに製造ナンバーは85000。ユカリの遺体から遺伝子を解析して、そのデータを元に造られたのが私です。まあ、私自身の経歴はこのくらいです。()()()()()()()()()

 

「?」

 

ミリューは、最後の言葉をやけに強調してそう発言する。

クロとしては、何を伝えたいのか分からなかった。

 

「先輩、実は私には、まだ組織の誰にも言っていない、秘密があるんです」

 

ミリューはそう言うが、組織に生み出された彼女が、組織の人間に隠し事をすることなど、できるのだろうか。

そもそも、クロより後に生み出された人工魔法少女は、組織に忠実になるように設定されてしまうはずだ。そのため、組織に隠し事をしようなど、そんな発想には至らない。

 

しかし、例外はある。

これは組織の話ではないが、例えば愛なんかは、アストリッドに造られた存在でありながら、アストリッドに逆らう選択をした。それは、愛が前世の記憶を持ったイレギュラーな存在であることが関係している。

 

つまり…‥。

 

()()()()()。私には、組織の誰にも言っていない、前世の記憶があるんですよ。ね、()()()()()

 

聞き覚えのある、『お姉ちゃん』呼び。

 

その呼び方に、クロは。

 

「は………はは………」

 

脳の処理が追いつかず、ただ乾いた笑いをこぼすことしかできなかった。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

朝霧千夏のライブ会場の外では、たくさんの魔法少女が、血だらけになりながら、戦っている姿があった。

 

「なんなのこいつら! 怪人ってわけじゃなさそうだし……。でも、ただの人間でもない………一体……」

 

次々と倒れていく仲間達。

対して魔族達は、魔法少女達を、楽しみながら痛ぶっている。

 

「おい、このガキどもはまだ殺さなくていいのかよ」

 

「ああ、いいんだよ。マスコミがやってくるまで待つんだ。そこで知らしめてやるんだよ、俺達の圧倒的な強さをな」

 

魔法少女達の数は相当なもので、その数は100を上回る。

対して魔族の数は30ほどであり、数だけでみれば圧倒的に魔法少女の方が優勢のはずなのだが……。

 

「あっ……ぐ……」

 

魔法少女達はすでに半分以上が血だらけで地面に伏しており、残り半分も、ほとんどが魔族の攻撃でボコボコにされている真っ最中だ。

 

「クソ………。好き勝手しやがってー!」

 

「うちらじゃ絶対勝てなさそうだよ……。どうする?」

 

「さ、櫻さん達に連絡しないと………」

 

燃えるような赤髪が特徴的な少女、 福怒氏 焔(フクヌシ ホムラ)、ギャルで金髪の少女 魏阿流 美希(ギアル ミキ)、青色の髪をおさげにした、少し気弱そうな少女、佐藤 笑深李(サトウ エミリ)の3人もまた、この戦場にいる魔法少女であった。

 

彼女らは攻撃こそ魔族に加えられなかったものの、完全に守りに徹し、半数以上が倒れた中でも、まだ立つことのできている数少ない魔法少女だ。

 

3人は現状を打開するため、それぞれ他の魔法少女に電話で連絡を取ることにしたようだ。

 

「もしもし、なんか、強い奴が出てきたから、手伝って!」

 

『分かったわ。増援を送るから、それまで耐えて』

 

焔は津井羽 茜(ついばね あかね)という、同じ火属性使いの魔法少女に。

 

「お願いします、うちらじゃとても太刀打ちできなくて」

 

美希は、来夏に。

 

「櫻さん、そ、外がやばいです!」

 

そして笑深李は、櫻に。

 

しかし、彼女らが連絡を終えた時、すでにこの場には他の魔法少女達は残っておらず。

 

「おっ、あとはあそこの3人組だけみたいだなぁ。もういっそのこと、マスコミが来る前に魔法少女どもを殺しちまってもいいんじゃねーか。一緒だろ、どうせ負けてんだから」

 

すでにこの場で立っていられたのは、3人組の魔法少女(焔と美希と笑深李)だけだった。

 




うーん


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Memory68

「なっ………ここまで酷い状況だったなんて……」

 

赤髪ツインテールの少女、津井羽 茜は、同じ魔法少女である福怒氏 焔の連絡を受け、アイドル系魔法少女朝霧 千夏のライブ会場前へとやってきていた。

そこでは、たくさんの魔法少女達が魔族に敗れ、地面に倒れ伏している有様が広がっていた。

 

そして、彼女に連絡を入れた焔達もまた、魔族の猛攻を耐え続けているも、いつやられてもおかしくない状況だった。

焔達が倒れていないのは、単純に魔族がお遊び感覚で彼女達を弄んでいるからだろう。

 

「ハッハー! ザコがまた1人やってきたみたいだぜー?」

 

「お仲間を助けにきたのかなぁ?」

 

魔族達は、ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべながら茜のことを煽る。

実際、茜の実力では魔族達には敵わない。

 

櫻や来夏は、櫻の兄である百山椿と、来夏の姉である朝霧去夏によって鍛え上げられたこともあってか、魔法少女でありながら魔族と対抗できるほどの実力を身につけている。もちろん、ついでで茜も椿と去夏に特訓はしてもらったのだが、しかし、茜には魔族を倒せるほどの実力を身につけることはできなかった。

 

櫻や来夏に備わっていた魔法少女としての才能が、茜にはなかったのだ。

 

「これ以上、貴方達の好きにはさせない!」

 

それでも、茜は魔法少女なのだ。

ここで、引くわけにはいかない。

 

「嬢ちゃん、それは勇気じゃなくて無謀って言うんだぜ?」

 

「自分の弱さは自覚しておくもんだよなぁ」

 

「うるさい! 『爆炎』!!!!」

 

茜は、強大な火の玉を魔族達に向けて放つ。

 

「あーそれね、俺もできるわ」

 

だが、そんな茜の攻撃は、魔族の1人に軽くいなされ……。

 

「お返しだ。『爆炎』」

 

茜の放った『爆炎』の、10倍近い魔法が、魔族の1人から放たれる。

 

圧倒的な実力差。

それも、たった1人の、魔族の中でも、そこまで上位のものではない、もしかしたら下位の実力しかないかもしれない、そんな相手にすら、茜の魔法は通用しない。

 

「そん……な……」

 

実力の差が開いているというのは自覚していた。それでも、茜はどこかで期待していたのだ。

足止めくらいはできるかもしれない、ちょっとくらいは私の魔法も通用するだろう、と。

 

「あ、は……は……」

 

茜は絶望し、地面にへたり込む。

自分がいてもどうすることもできないのだと。自身の無力さに、嘆くことすら馬鹿馬鹿しい。

 

「おいおい、もう終わりかよ、つまんねぇな。なぁおい、1人くらいヤっちまってもかまわねぇよな?」

 

「いいんじゃねぇか? どうせマスコミが来たら全員ヤっちまうんだからよ」

 

魔族達はどうやら、茜のことを始末することにしたらしい。

しかし、茜は動くことができない。いや、動いても無駄なんだと、そう感じてしまっている。

 

心ですら、魔族に負けてしまっている。

 

(ああ、もう……)

 

「じゃあな」

 

魔族の拳が、茜に振り下ろされる。

 

 

が……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだ!? 手が、手が!!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「誰だ!?」

 

魔族達は、周囲を見渡す。

既に殆どの魔法少女が倒れているからか、周囲はとても見やすくなっていて。

そのせいか、魔族の腕を凍らせたのは誰なのか、彼らは瞬時に理解することができた。

 

彼らの視線の先にいたのは。

 

 

 

真っ白な髪を肩まで伸ばし、雪の結晶をモチーフにしたスカートを履いていて、幻想的でヒラヒラとした服に、真っ白なスノーブーツを履き、加えて頭には雪だるまのヘアピンをした、全体的に白い印象の少女。

 

「茜から離れて。じゃないと、凍え死ぬことになるよ」

 

シロこと真白。またの名を、白川千鶴。

クロの姉にして妹であり。

 

正義の魔法少女だ。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、か……。からかうくらいなら、いっそのこと全力で演技してくれた方が良かったんだけどね」

 

クロは、ミリューの発言に、ついそうこぼしてしまう。

ミリューは確かに前世の記憶があると言ったし、クロのことを()()()()()と、そう呼んだ。それも、ユカリと同じ声で。

 

しかし、ミリューはユカリではない。そのことは既に、クロには分かってしまっていた。ただ、ユカリと同じ声で、お姉ちゃんと、そう呼ばれたことで、つい動揺してしまったのだ。

 

「どうして私がユカリじゃないって思ったの?」

 

ミリューは、クロにそう尋ねる。

 

「仮にユカリだったとしたら、組織に前世の記憶のことを話さない理由がないから、かな。別に前世の記憶があるって話したところで、ユカリに不利益はないはずだよ。ルサールカのことだから、研究目的で人工の魔法少女を造り出したわけでもないだろうし」

 

パリカーやアスモデウスなんかはユカリが蘇ったと知れば喜ぶだろうし、イフリートはそもそもユカリに興味がない。ルサールカも、気まぐれであるため、ユカリが生きていようがいまいが、彼女は楽しめればそれでいい。だからこそ仮にミリューがユカリだったとしたら、それを離さない理由がないのだ。

 

「まあ、そうだね。私は別に自分がユカリだって話したわけでもないし。嘘は一つもついてないからね」

 

「嘘はついてないって……じゃあ」

 

「うん。本当に前世の記憶は持ってるよ。超優等生で良い子ちゃんだった前世の記憶がね。()()()()()()()()?」

 

「………わかるの?」

 

「反応的に。まあ、別に話したくないのなら話さなくても良いですけどね」

 

いくら自分が前世の記憶を持っているからといって、反応だけで他人が前世の記憶を持っていることに気づけるものなのだろうか、クロは少し疑問に思う。

 

「反応でわかるものなの?」

 

「さあねー。ま、そんなことは置いておくとして。一つ先輩に提案があるんですけど」

 

「提案?」

 

「はい。まず、これを見てもらえますか?」

 

そう言ってミリューがクロに見せたのは、ボタンのついたリモコンのようなもの。といっても、テレビなどで使うものではない。そう。これは。

 

「生命維持装置の……」

 

「ご名答。先輩の生命維持装置のオンオフを切り替えれるリモコンですね。さっきルサールカからくすねちゃいました。で、これを私が持ってるってことは、先輩は組織を裏切ることができるわけです。だから、裏切っちゃってください。それが私からの提案です」

 

「どういう……」

 

「信用できないっていうのなら別にそれでも良いですよ。全然、先輩が私を信用する要素は0に等しいですからね」

 

「君は………ミリューはどうするつもりなの? もしよかったら……」

 

「私は別に。組織にいてやりたいこともあるので。ただ、先輩のメンタルケアとか、そういう役回りさせられるのも面倒だし、だから、もう裏切らせちゃおうって思って」

 

「そう、なんだ」

 

「愛って子への嫌がらせにもなりそうですしね」

 

「? 何か言った?」

 

「いえ、何でも」

 

ミリューは何でもないことのように、そう話す。

彼女がそう言うのなら、まあ、そうなのだろう。

 

だが………。

 

「………」

 

「やっぱり、今更裏切るなんて、って考えてます?」

 

「本当に…………いいのかな……。ユカリを、この手で殺しちゃったのに…‥今更、自分だけ助かろうなんて……」

 

「別にどうでも良いと思いますけど。資料を読んだ限り、先輩の妹、姉でしたっけ? のシロは先輩を放置して組織を裏切ってますし、虹山 照虎(にじやま てとら)って魔法少女は自分の友人を間接的とはいえ殺しておいてのうのうと暮らしてますし、深緑束って子も仲間の魔法少女を裏切った癖してあっさり仲直りしてますからね」

 

「私は‥‥」

 

「ま、後は自分で決めてくださいな。私は先輩がどうなろうが知ったこっちゃないので。ただ、ルサールカが先輩を好きなようにして楽しんでるのがうざいんで、その嫌がらせをしたいってだけです」

 

「そっか………………助かっても………いいの、かな………」

 

「知らないです。好きにしてください」

 

「あはは。そうだね………。ありがとう」

 



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Memory69

真白の登場により、今までニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべながら魔法少女達を蹂躙していた魔族達の表情が、険しいものへと変化する。

 

「なんだこいつ……ただの魔法少女じゃねぇぞ……」

 

魔族達も馬鹿ではない。元々魔法少女を襲い始めたのも、魔法少女の成長を恐れたことから始まっている。だからこそ、魔族達は真白に対して、最大限警戒する。

 

「『水嵐(アクアバイトストーム)』」

 

真白は、目の前にいた魔族に、『水嵐(アクアバイトストーム)』を打ち込む。

強力な水の嵐が、吹き荒れる。

 

「へへっ、その程度の魔法じゃ、俺は倒せないぜ」

 

しかし、魔族には対して効いていないようだ。『水嵐(アクアバイトストーム)』が直撃したにも関わらず、目の前の魔族はピンピンしていた。

 

「そうだね。その程度の攻撃じゃ、貴方は倒せない。でも残念。()()()()()()()()()()

 

真白の言葉に、魔族は自身の体の違和感に気づく。

 

「まさか………」

 

「そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから貴方は、もう戦えない」

 

「はっ! くだらねぇ! 知らねぇのか? 魔族ってのは魔力だけじゃなく筋力も人間の数倍はあるんだぜ?」

 

そう言って真白の目の前の魔族は、自身の腕を自慢げに見せびらかしている。

実際に、魔族は魔法がなくても戦うことができる。そして、数的有利も取っている。

 

現在は茜や焔達は避難させている。つまり、30対1。

 

仮に焔や茜達を戦力として数えたとしても、30対5。

加えて、全員の魔力を凍結させ、魔法を使えない状態にしたとしても、魔族達は戦える。

 

「状況は不利………」

 

「ああ、そうだ。結局お前ら魔法少女じゃ、魔族には逆立ちしても勝てねぇってわけだ」

 

「そうだね。確かにこのままなら、私達が貴方達に勝つのは少し厳しいかも。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

瞬間、魔族達の視界に、稲妻のような光が一線。

 

「悪い、待たせた」

 

黄色い髪を一纏めにした雷属性使いの魔法少女、朝霧来夏だ。

 

彼女の登場により、五体の魔族が戦闘不能に陥った。たったこの一瞬で、だ。

 

「この状況を見ても、まだ貴方達が勝つと言えるの?」

 

「く、クソ! 何なんだあの金髪のガキは! おい、どうする?」

 

「わ、わからねぇよ! 俺に聞いてるんじゃねぇ!」

 

魔族達は、目に見えて狼狽えている。

それもそうだろう。たった一瞬で、自分たちの仲間が5人も一気にやられたのだから。

 

来夏の登場により、真白達の勝利は確実、かのように思われた。

だが。

 

「朝霧来夏に、双山真白だな。お前達では相手するのは難しい。ここはオレに任せろ」

 

青色の髪に、右目に眼帯をしている魔族の男。

 

「朝霧来夏、だったか? 2年ぶりだなぁ。自己紹介がまだだったか? 俺は『ノースミソロジー連合』のナンバー2でトールの名を冠してる男だ。てことで、お手合わせよろしく」

 

金髪の、トールと名乗る男。

 

強敵の登場により、戦況は読めないものへとなっていった。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「本当に………倒れてる子達放っておいていいのかな………私達だけ逃げちゃって……」

 

おさげの少女、笑深李は、ぽつりとそう呟く。

仮にも魔法少女であるにも関わらず、逃亡してしまったことに負い目を感じているのだろう。

 

「ええ、この判断で間違っていないはずよ。実際、私達がいても邪魔になるだけだしね……。真白のことだから、きっと倒れている子達がいない場所にあいつらを誘導して戦うと思うわ」

 

そう、邪魔になるだけ……。

茜もまた、自身の無力さを嘆いていた。

 

「へぇー。敵を目の前にして逃亡。魔法少女って、敵わなくても構わずに立ち向かってくる馬鹿ばっかりだと思ってたけど、そうじゃないんだね〜」

 

そんな彼女達の前に現れたのは、紫色の髪を持ち、真っ黒な服をきた、ヘラヘラとした男。

 

「誰!?」

 

「名を名乗るとすれば、ロキ、かな。一応『ノースミソロジー連合』所属の魔族ってことになってるらしいね」

 

「焔、皆を連れて逃げて、ここは私が!」

 

「いや、私も戦う!」

 

「焔、うちらがいても邪魔になるだけかも。茜の言うとおり、逃げた方がいい」

 

「そ、そうだね」

 

焔、美希、笑深李の3人は、茜の言葉を受け、ロキを茜に任せて逃げることにした。

 

「自己犠牲を進んで行うなんて、やっぱり魔法少女ってお馬鹿さんなんだ」

 

「どうしたの……かかってきなさいよ…!」

 

茜は勇ましくもロキに立ち向かうが、その額からは汗が垂れており、よく見れば足もガクガクと震えていることがわかる。自分でもわかっているのだ。敵うはずがないと。

 

「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて。おらよ!」

 

ロそう言い、茜に蹴りを入れる。

 

「あがっ!!」

 

10代の少女の体では、ロキの蹴りは相当な痛さだったのだろう。茜は口から血を吐きながら、蹴りを入れられた腹を抱え、うずくまっている。

 

「なーんだ。つまんないの。あ、そうだ。君は最後にしてあげるよ。馬鹿だけど、俺に立ち向かってきたわけだし。先に逃げた3人組の方を始末しよう、うん、それがいい」

 

ロキはそう言って、倒れてうずくまっている茜のことを無視し、焔達の方へ向かおうとする。

 

「まっ………て………」

 

当然、茜がそれを許すはずもなく。

ロキは茜に足を掴まれ、その動きを妨害される。

 

「邪魔だ。どけよ」

 

しかし、弱っている少女の腕では、ロキの歩みを止めることはできない。茜の腕は簡単に振り払われてしまう。

 

「いかせない………」

 

それでも尚、茜はロキの足を再び掴み、妨害を続行する。

結局、振り払われてしまうのに。

 

「意味ないよ、君の行動。それとも何? 死にたいの? いいよ。ちゃんとあとで殺してあげるから、そんなに急かさなくても」

 

ロキもまた、茜の妨害を無視する。

 

「いかせないって……言ってるでしょ!」

 

茜は、地面に倒れ、片方の腕で腹を押さえながらも、もう片方の腕でロキのことを掴んで離さない。

 

だが。

 

「付き合ってられないよ。じゃあね」

 

茜の腕は、あっさりと振り払われ。

ロキが、焔達の元へ向かう。

 

(まって……ダメ………やめて……そんな………私にもっと、力があれば…………)

 

茜は、自身の無力を嘆く。

 

(誰か、誰でもいい………。お願い、力を…………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、力が欲しいか。なら、俺の力を貸してやろう!」

 

そんな茜に、1人の魔族の声が、響き渡る。

 

茜が上を見上げると、そこには。

 

「なんだ? お前のことが気に入ったから、俺の力を与えてやるって言ってるんだ。喜ぶところだぞ」

 

ボーボーと燃えている、人型の炎の塊。

組織の幹部、イフリートの姿があった。

 

「どう、いう………」

 

「そのままの意味だ。ずっと探していたんだ、俺のこの力を与えるのに相応しい奴を」

 

「……よくわからないけど、力を貸してくれるっていうなら……」

 

「それは、了承と見ていいな?」

 

「そうよ。あんたの力をちょうだい」

 

「よかろう」

 

そう言って、イフリートは自身の体を燃やしながら、茜の元へ一直線に向かってくる。

 

「え? ちょっと待って!? 燃えちゃう!?」

 

イフリートは、最終的に茜と重なり、そして。

 

「ぎゃああああああああ!!! わ、私のツインテールがぁぁぁぁぁぁぁぁあぁっぁ!」

 

関節の部分が赤い炎に包まれ、特徴的なツインテール、それを作り上げているゴムの部分から、真っ赤な炎がメラメラと燃えている。スカートのひらひらの部分は炎のような赤い模様が付いており、一目で火属性使いの魔法少女だとわかる見た目へと変化していた。

 

名付けて……。

 

『バーニング茜だな』

 

「ダサい!! どこの芸人の名前よ!! ていうか、あんたどっから声出してるのよ!?」

 

『今の俺は魔族というより精霊に近い存在でな。お前の一部として活動している。そのため、この声はお前にしか聞こえないから、俺と会話する時は気をつけろ。不審者だと思われるぞ』

 

「精霊ぃ? 何それ………」

 

『そんなことはどうでもいい。ほら、さっさとあの魔族の男を追うんだ! はやく暴れるぞ!』

 

「はぁ。わかったわよ。あんたのおかげで、何だか力が溢れてくるし。多分、今の状態なら、あの魔族にも勝てるかも……」

 

『当たり前だ!!!』

 

「うるさい……これからずっとあんたと一緒なわけ…?」

 

ギャーギャーと騒ぎながらも、茜はロキとの戦闘へ向かう。

 

文句を言いながらも、ようやく真白達と肩を並べることができることに喜びを隠せない。

そんな茜だった。

 




イフリート離脱。
これで組織に残る幹部はアスモデウスとルサールカだけになっちゃいました……。


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Memory70

「勝負よ! ロキ!!」

 

「うおっ、めっちゃ燃えてる! かっこいい〜」

 

茜は、ロキと対峙する。

現在茜は、イフリートの力を手に入れたことにより、魔族と渡り合う力を手に入れたばかりだ。

本来なら、力を鳴らすところから始めた方がいいのだが、しかし、ロキが焔達を狙う以上、そんな暇はない。

 

「『爆炎』!!!!!!!」

 

茜は、真白が来る前に魔族達に使っていた『爆炎』を、再び使う。

 

「やべっ!」

 

ロキは『爆炎』を避けるが…。

 

「何だこの熱気………やばいな………」

 

茜の『爆炎』が通り過ぎた地面は抉れており、周囲では凄まじい熱気が場を支配していた。

 

「すごい………さっきの『爆炎』とは大違いだわ………」

 

『当たり前だ。俺の力を持っているんだからな』

 

イフリートもまた自慢げにそう告げる。

 

「なるほど。精霊の力を貰ったわけか。いいね、面白い。なら、こんなのはどうかな?」

 

瞬間、ロキの周囲に黒い霧がかかる。

 

「逃げるつもり? させないわ『炎壁(ファイアーウォール)』!!!」

 

茜は、黒い霧を出したロキを見て、ロキがこの場から逃亡しようとしていると考え、『炎壁(ファイアーウォール)』でロキの退路を塞ぐ。

 

前までの茜なら、仮に『炎壁(ファイアーウォール)』を設置したとしても、簡単に壊されてしまっただろうが、今の茜は、“バーニング茜”だ。『炎壁(ファイアーウォール)』もまた強化されている。

 

『安心しろ、奴は逃げていない』

 

霧が晴れていく。

中から現れたのは……。

 

「久しぶり、茜」

 

「は………クロ……?」

 

悪の組織にいる、顔見知りの魔法少女の姿だった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「やはりな。オレの見込んだ通り、お前はあの金髪の女ほどは強くはないらしい」

 

「そんな………」

 

真白は、突如現れた青髪の男、オーディンに追い詰められていた。

後ろでは、さっきまで真白が追い詰めていた魔族達が、真白が追い詰められている姿を見て、心底楽しそうな表情をしている。

 

さっきまで自分達をいじめていた存在が、今度は逆にいじめられている。そんな光景を見て、愉快にならずにはいられなかったのだろう。

 

「どうした? もう終わりか」

 

「っ! まだ………まだ! 『水の鎖(ネロチェーン)』!」

 

真白は水属性の魔法によって生み出された水の鎖で、オーディンを拘束する。

 

「無駄なこと」

 

しかし、真白の生み出したはずの『水の鎖(ネロチェーン)』は、オーディンの体を縛り付ける前にその形を崩し、そのまま地面へと落ちていってしまった。

 

「何で………」

 

「当たり前だろう。()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、オレはお前と同じ水属性の使い手だというわけだ」

 

そう、オーディンは水属性の使い手で、先程から真白が使っているのも、全て水属性の魔法だったのだ。

だからこそ、真白の水属性の魔法は、全てオーディンによって書き換えられ、その効力を無効にされてしまっていたのだ。

 

「そういうことなら……『ホーリーライトスピア』!!」

 

真白は、複数の光の槍を出現させ、それらを一気にオーディンに向けて放つ。

 

「なんだ、光属性の魔法も使えたのか」

 

オーディンは真白の『ホーリーライトスピア』を軽くいなすが、真白もそれに対して動揺はしていない。元々通じるとは思っていなかったからだ。

 

「私は元々光属性の使い手。水属性の魔法は、優秀な姉から受け継いだものだから、また別」

 

真白の水属性の魔法は、八重から受け継いだものだ。八重の友人である虹山照虎が、もう魔法が使えなくなった八重に対して、属性魔法の譲渡の仕方を教えられ、その結果、真白に八重の魔法が譲渡されることになったのだ。

 

もちろん、簡単に魔法が譲渡できるわけではなく、その条件には様々なものがある。その一つとして、まず血の繋がりがあることや、年齢が近いこと、など、条件は様々だ。

 

一応、譲渡元の人間を殺し、無理矢理属性魔法を奪うという手もあるようで、照虎が多数の属性を持っていたのも、その方法かららしい。

 

「くだらないな。今更光属性の魔法を使い始めたところで、お前の魔力はもうほとんど残っていないだろうに」

 

確かに、真白の魔力は無駄に水属性の魔法を使いすぎたせいで枯渇してきている。

もし相手がオーディンではなく、さっきまで戦っていた30体の魔族だったのなら、今まで使ってきた魔力で十分倒せていたかもしれない。

 

来夏もトールと戦闘中のため、真白に手を貸すことはできなさそうだ。

 

「どうすれば………」

 

「オレは慈悲などないからな。さっさと殺すとしよう。オレの水属性の魔法でな」

 

言いながら、オーディンは先程真白が放った『ホーリーライトスピア』と似たような水の槍を空中に大量に出現させる。

 

そして、それらは全て放たれ……。

 

「『召喚・大剣桜木』!!!!!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お前は………」

 

「ごめん、真白ちゃん。遅れた」

 

無属性の魔法の使い手にして。

 

「こいつの相手は私に任せて。真白ちゃんは、倒れている魔法少女の子達をお願い」

 

現在存在する魔法少女の中で、最強の魔法少女。

 

「厄介な奴を………」

 

「結局、戦うしかないんだね……」

 

百山櫻が、参戦した。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「あ………くそ………この、俺が………」

 

朝霧来夏vs『ノースミソロジー連合』2番手、トールの戦いは、来夏の圧勝によって、幕を閉じた。

地面には、黒焦げになって、服も髪もボロボロになったトールがいた。

 

「2年前負けたのが信じられないよ。私が強くなりすぎたのか、お前が弱くなったのか。私が強くなったのは確かだが、差が開きすぎて正直お前が弱体化したって線も全然ある気がしてくるよ。雷神トールを名乗るなら、もっと強くあってくれ」

 

来夏は退屈そうにそう話す。

彼女はもう負けないと、そう誓った。だから、勝つ。たとえどんな相手が立ちはだかろうとも。

 

「なんで……なんで俺の魔法が……………」

 

「ああ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。本当、2年前と真逆だよな。さて………」

 

来夏はそう言って、後ろに控えている魔族達の方を見る。

 

「次はどいつから来る? 誰でもいいぞ」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「クロ……?」

 

「茜、久しぶり。2年ぶりに会っていきなりで悪いけど、死んでね」

 

そう言ってクロは黒い大鎌を取り出し、茜に向かって突撃してくる。

 

「クロ………! どういうこと!? 何でここにいるの!?」

 

『わからん。ただわかるのは、ロキという輩は逃げていないということだ。まだどこかに潜んでいるぞ』

 

「死ね!!」

 

茜は『炎壁(ファイアーウォール)』の応用で、炎の盾を作り出し、クロの大鎌を受け止める。

 

「クロっ! もう私達は戦う必要はないの! 櫻達が今、貴方を助けるために色々やってくれてる! 2年間ずっと計画を練ってたのよ、だから!」

 

「私は別にそんなこと望んでないよ。ただ、気づいちゃったんだ、ユカリを殺した時に。人を殺すのは、気持ちいいってことにさァ!!!!」

 

クロはそう言って、狂気的な笑みを浮かべながら、もう一つ紫色の大鎌を取り出して、2つの大鎌で茜に攻撃を加えてくる。

 

「そんな………」

 

おかしくなってしまったクロを見た茜は、ショックで防御が乱れる。

2年間ずっと、櫻達と共にクロを助け出すためにどうすればいいか、話し合ってきたのだ。

 

助け方だけでなく、助けた後、どうするか。

どうやって仲を深めるか。それを全て。

 

真白から、クロがどんな性格なのか、組織にいる時、どんな風に過ごしてきたのかも聞いた。

聞いていて、悪い子ではなさそうだとも感じたし、きっと仲良くできると、そう思ってもいた。

 

だからこそ、今のクロの状態に、嘘であってほしいと、どうしてもそう願ってしまう。

きっと何かの間違いだと、そう盲信して。

 

『おい、反撃しろ』

 

「今の私の火力じゃ、クロのことを殺しかねないのよ……? 仮に手加減したとしても、クロのことを傷つけてしまうわけで……」

 

『死ななければ問題はない。はやくやれ、いつロキとかいう奴が攻撃を加えてきてもおかしくないんだぞ!』

 

「そんなのわかってる……! でも…!」

 

『クロのことを助けたいのか? アレはもうダメだ! 狂っている!! 諦めろ!!』

 

「アハハ!! 死ねェ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……私には、できない……」

 

茜は、クロのことを攻撃できず……。

 

一方的にやられることしか、できなかった。



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Memory71

アイドル系魔法少女・朝霧千夏がライブをしている会場の付近で、桃色の髪の魔法少女・百山櫻と、『ノースミソロジー連合』リーダー・オーディンが対峙する。

 

両者は互いに睨み合い、そして……。

 

「『水の鎖(ネロチェーン)』」

 

先に動いたのは、オーディン。

水の鎖(ネロチェーン)により、櫻の動きをふうじるつもりらしい。

 

水の鎖が、櫻の体を拘束する。

櫻の腕には、大剣桜木が握られているが、当然腕も水の鎖によって拘束されているため、大剣桜木を振るうことも不可能だ。

 

「サンドバックにするつもり?」

 

「できるとは思っていない。実際、抜け出すことは容易なんだろう?」

 

「そうだね。『召喚・桜銘斬』」

 

櫻が召喚した『桜銘斬』により、櫻の体を拘束していた水の鎖が、切られていく。

 

 

 

 

 

 

 

だが、『桜銘斬』で水の鎖を切っても、切られた部分はすぐに修復され、櫻はすぐに拘束されてしまう。

 

「良い誤算だった。まさかオレの拘束を解けないとは。ありがたくサンドバックにさせてもらおう」

 

拘束を振り解くことができない櫻を見て、オーディンは勝ちを確信したようだ。

 

「まさか、こうも簡単にお前を倒すことができるとはな。まあ、所詮魔法少女は魔法少女だということか。成長するとは言っても、それには上限があるらしい」

 

「そうだね。確かに、今の状態じゃ、私はサンドバックにされるしかないかも」

 

「そうか。なら、大人しくサンドバックに」

 

「今の状態なら、の話だよ。私はね、普段力を使いすぎないように、ある程度セーブしながら戦ってるの」

 

「………何が言いたい?」

 

「リミッター解除。マジカレイドピンク・()()()()()()()()

 

櫻がそう唱えた途端に、水の鎖は四方に弾け飛び、そして。

 

櫻の体が、光に包まれる。

 

「何?」

 

光が消え、次に櫻の姿が見えた時。

その姿は、先程とは異なるものへと変化していた。

 

桃色の髪のある頭には、桜の花で作られた花の輪があり、腕には桃の色をした桜模様のリングがはめられている。

魔法少女のドレス型衣装には、ところどころに金の刺繍がされており、背中には桃色の天女の羽衣のようなものがついている。

 

履いている靴にも、桜の花が装飾されており、左足には桜のアンクレットがついている。

 

全体的に、桜の主張が激しく、少し派手な印象を受ける衣装だ。

 

そして、変化したのは衣装だけではない。

櫻の桃色の瞳の周りは、金色の輪で囲われており、瞳の形も、花のような形に見える。

 

また、櫻の周囲では、桜の花弁が常にひらひらと舞い降りている。

 

「私の周りに飛んでいる桜の花弁は、触れただけで並の怪人は消滅する。これに触れるだけで、貴方達もダメージはいく。降参をおすすめするけど…」

 

「ふん。怪人如きを葬れるだけだろう? 調子に乗るな! お前に死を与える!! 来い! 『グングニル』!!!!!」

 

オーディンは、黄金の槍・『グングニル』を召喚する。

 

「あまり、手荒な真似はしたくないんだけど」

 

「ほざけ。貫け!! 『グングニル』!!!!!!!」

 

オーディンは、『グングニル』を櫻に向けて放つ。

 

しかし、『グングニル』が櫻に当たることはなかった。

 

()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「瞬間移動……?」

 

オーディンはそう溢すが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

実際、櫻が行ったのは瞬間移動でも何でもない。

その天女の羽衣のような布でもって、空中を飛んで『グングニル』を回避していたのだ。

 

そして、櫻は宙を舞い、体を翻しながら、魔法を詠唱する。

 

究極魔法(マジカルパラダイス)・百花繚乱!!』

 

オーディンに、多種多様な魔法が襲いかかる。

 

様々な武器

 

 

 

槍 剣 弓 銃 弩 釵 槌 鞭

 

 

その全てが、オーディンの体に襲いかかる。

しかも、普通の武器の攻撃力ではない。一つ一つが、魔族を殺せるほどの強力なもの。

 

しかし、それらの武器による攻撃は、明らかに致命傷を避けている。

絶対に殺せる技で、絶対に殺さないように調整されている。

 

「ば、バケモノめ…………」

 

オーディンは思わず、そうこぼしてしまう。

こんな芸当ができるのは、もはや……。

 

「魔王と、同格…! あるいは、それ以上かもしれん……」

 

今は亡き、魔族達が崇める魔族の王よりも、格上。そう結論付けてしまうほどに、櫻の魔法は化け物じみたものだった。

 

「百山椿や朝霧去夏を警戒していた頃が懐かしい。こんな化け物、警戒する気力すら起きん………」

 

ちなみに、櫻が魔法少女最強と言われるのは、このセカンドフォームの影響ではない。

櫻はセカンドフォームを使わずとも、最強の魔法少女に至ったのだ。

 

そして、櫻に実力が匹敵すると言われている来夏だが、それも櫻がセカンドフォームを使わなかった場合の話だ。

つまり、この世に、セカンドフォームを使った櫻を倒せる存在は、単体では存在しない。

 

櫻を倒したければ、最低でも2人、実力のある魔族が必要になってくる。

 

一応、単体でも櫻を倒す方法もあるにはあるはずだ。でなければ、今頃魔族は全て滅ぼされていてもおかしくはない。だが、今のオーディンにはその方法が思いつかなかった。

 

そう、オーディンには。

 

 

最初から勝ち目など、なかった。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

ロキと戦闘していた茜は、突然現れたクロの存在に困惑し、まともに相手することができず、追い詰められてしまっていた。

 

「茜、どうしたの? 反撃しなよ。じゃないと、殺すよ!」

 

クロは狂気的な笑みを浮かべながら、茜に襲いかかる。

2本の大鎌を、それぞれの手で軽々と扱い攻撃するその様子からは、手加減しようという意思は感じられず、誰が見ても殺しに来ているのは明らかだった。

 

「くっ、何で……」

 

『さっきからロキの気配は消えていない………警戒を怠るな、茜』

 

「分かってるわよ! けど………」

 

「さっきから独り言をブツブツブツブツ……。あ、もしかして、友達がいなさすぎてイマジナリーフレンドでも作っちゃったのかな? だとしたらごめんね〜。私には親友と呼べるくらい仲良い子がいるから、友達いない人の気持ちが分からないんだ〜」

 

「友達ならいるわよ。ってそんなことはどうでもよくて……」

 

『来るぞ!』

 

クロは茜を煽りながら、大鎌を振り回して茜を襲う。

 

「分からないのよ、私には。この子の本当に考えてることなんて」

 

『見て分からないのか。もうクロは狂っている。疑いようもない』

 

「分からない、わ! 2年前も、街を壊したクロに、私は何の事情も知らないで怒った。けど、そうじゃなかった、本当は……!」

 

「本当、鈍いなぁ。ていうか、いつまで()()と話してるつもり?」

 

『何?』

 

今戦っている彼女がクロであるとすれば、精霊の存在を認知している時点でおかしい。もしかしたら組織の魔族に教えられたのかもしれない。だが、だとすれば何故茜がイフリートの力を借りていることがわかるのか、また、茜が何故イフリートと会話を交わしていると分かるのか、不自然な点がある。

 

しかし、仮に相手がロキだったとしても、それは同じことだ。

だから、茜は今のクロの発言に疑問を抱くものの、特に気にすることはなかった。

 

ただ、イフリートは、その違和感に気づく。

 

『茜、お前が今戦っている相手は、ロキだ』

 

「何ですって!?」

 

『まず、俺の存在を認知できている時点で、目の前にいるクロが人間ではないことになる。そして、北欧神話のロキには変身術が得意だとされている。そのロキから名前を取ったとなれば、こいつも……』

 

「へぇー。そういうことね! よくも惑わしてくれたわね! ロキ!!」

 

「その反応、流石にバレたかな」

 

そう言うと、クロの体は霧に包まれ……。

 

「正解! さっきのクロは、この俺、ロキが変身した姿でした〜」

 

霧の中からは、再びロキが現れた。周囲にクロの姿はなく、これでロキがクロに変身していたと言うことがわかった。

 

「そうと決まれば……。一気に行くわよ!!」

 

茜はロキを攻撃しようと、意気揚々とロキに攻撃を加えに行く。

 

「残念だけど、俺はもう君と戦うつもりはないんだよね」

 

そう言いながら、再びロキは霧に包まれる。

 

「クロの姿で戦っている時に思ったんだけど、君思った以上に強そうだから逃げるね。それじゃ」

 

茜が最後に聞いたのは、そう吐き捨てるロキの声だった。



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Memory72

今週別に忙しかったわけじゃないけど書くのサボってました。石を投げつけないでください。


朝霧千夏のライブ会場を襲った『ノースミソロジー連合』は、リーダーであるオーディンと、メンバーの1人であるロキを除いて、その全てが政府によって捉えられていた。

 

魔族達は魔法を扱えないようにする『首輪』と呼ばれているブレスレット型の機械を手首に付けられ、魔族用に独自に用意された収容所に入れられている。

 

魔族に人間の法を適用するか否か。これに関しては、政府の上層部や、事情を知る法律家などが議論したりしたが、国民に魔族の存在を隠している現状、魔族に人間の法を当てはめる必要はないと言う結論に至ったため、魔族達の扱いはあまりよろしくはないようだ。

 

しかし、そんな収容所は現在、魔族の侵入を許してしまっていた。

 

収容所に侵入した魔族の名はリリス。

死体を収集することが好きな魔族で、彼女の隣ではクロコと呼ばれるメイド姿の魔族の少女が歩いている。

 

「リリスっち、こんなところに何の用っすか?」

 

「ちょっと、ね」

 

そう発言するリリスの目は、どこか虚ろで、焦点が定まっていないように思える。

収容所で魔族が脱獄しないように見張っている職員達も、収容所にいる魔族のことは認識しているのにも関わらず、リリスやクロコのことを認識しておらず、明らかに様子がおかしい。

 

そして、リリスは、かなり厳重に閉じられた、一つの牢獄の前で立ち止まり、その牢獄を、死体人形を使い、無理やりこじ開けていく。

 

扉が開いた、その先には…‥。

 

 

 

 

 

「なっ、アストリッド………」

 

2年前に政府に捉えられた、アストリッドがいた。

 

「ふふっ、ご苦労、リリス。君はもう用済みだ。さようなら」

 

そうアストリッドが言った途端に、リリスの体が、消し飛ぶ。

 

「え……?」

 

さっきまで隣で歩いていたクロコは、突然できた血溜まりに、動揺を隠せないでいる。

 

「ずっと潜伏して様子を伺っていたんだけどね、ようやく分かったんだ、この政府の『首輪(おもちゃ)』を付けていても、魔法を扱う方法がさ」

 

「な……何を……」

 

「これでようやく出られる。ああ、クロコ、だっけ? 君はそこまで脅威にならなさそうだから、見逃して置いてあげるよ。くれぐれも、私のことは内密に、ね?」

 

アストリッドは人差し指を自身の口元に当て、ウインクをしながらクロコにそう告げる。

 

「さて、リベンジと行こうか」

 

吸血姫が、再び活動を開始する。

 

 

しかし、彼女が活動を再開したことに、まだ、誰も気づいてはいない。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「逃げられるんだからさ、もう逃げちゃえよ」

 

クロは現在、朝霧千夏という少女の元へやってきていた。

彼女との付き合いは、2年前、アストリッドのことを倒してから始まった。

 

同じ組織に属する魔法少女仲間として、クロと千夏はちょくちょく行動を共にすることになり、それなりに仲も深まった。クロがユカリを殺したことで精神を病んでいる時も、彼女と愛の存在があったから、何とかクロは持ち堪えることができた。

 

ただ、愛と千夏の仲はあまり良くないようだが。

 

「………でも」

 

「でももだってもないでしょ。わたしと愛は好きで組織にいるわけだから、わたしらのことは気にする必要ないしな」

 

千夏はぶっきらぼうにそう言う。一応彼女はアイドルをやっていて、その時は媚び媚びで可愛らしい口調をしているのだが、素はどうもこんな感じらしい。本人は、この口調は姉に移された、姉のせいだ、姉はクソだ、と主張している。

 

「はぁ、まあいいや。無理矢理でも。もういいよ、出てきても」

 

千夏がそう言うと、奥の部屋から白髪の髪を持ち、白衣を着た眼鏡の女性がやってくる。

 

「えーと、確か……、ぱりかー?」

 

「名前、覚えててくれたんだね。そう、ボクはパリカー。一応組織の幹部………だったんだけど、クビにされちゃってね。ルサールカに捉えられてたところを、千夏に助けられてね、お願いされたんだ。クロを逃してほしいって」

 

「めっちゃ説明するじゃん……」

 

クロは説明口調なパリカーに、思わずツッコミをいれてしまう。

パリカーは、そんなクロの様子は気にも止めずに、クロの手を引いていく。

 

「魔法少女の子達なら、君を拒絶することはないと思う、だから」

 

「ま、待って、私は組織を裏切るつもりは………」

 

「ユカリのこととか、色々思うことはあるだろうけど、でも、それは今悩まなくてもいい。魔法少女の子達と合流して、その後に考えればいい」

 

クロとしても、このまま組織に居続けることが、自分にとって良いことなのかと問われれば、イエスとは答えられない。だが、それでも、今更櫻達の元へ行くことなど、考えられない。

 

ただ、心のどこかでは。

 

組織を抜け出したいだとか。

真白と一緒に魔法少女をやれたらいいなだとか。

 

そんな風に思っている。

 

だからだろうか。

 

気づけば………。

 

 

 

 

 

 

「ここ、は………」

 

表札には、『百山』の文字。

櫻の家だ。

 

結局、クロはパリカーの手を振り払うことはできずに、櫻の家へ連れられてしまっていた。

 

「ここまで連れてきて何だけど、最終的には君が決めることだ。だから、ボクは、君をここに置いてこのまま帰る。もし、組織を裏切らないって言うなら、君も帰ればいい。でも、もし、組織裏切りたいって言うなら、その時は、君自身の判断に任せることにするよ」

 

そう言って、パリカーは、クロをその場に置いて、帰っていってしまった。

いきなりのことすぎて、自分でも頭の中が整理しきれていない。

 

「どうすれば………私は…………俺は………」

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

クロを送り出した後、パリカーは、人気の少ない公園のベンチで座り込んでいた。

 

「強引だったけど、こうでもしないと、きっとあの子は組織に残り続けるだろうし、これが、きっと正しかったんだよね」

 

パリカーは、そう独り言を呟く。

パリカーは一つ、嘘をついた。

 

それは、組織を裏切る気がないのなら、組織に帰ってくれば良い、という部分だ。

正直、パリカーはクロのことを組織に帰すつもりなどない。

 

だから、事前に百山櫻に連絡を入れ、無理矢理でもいいからと、クロのことを頼んでおいたのだ。

クロは組織のアジトを知っているが、そのアジトだって、もうすぐ別の場所に移動する。ルサールカが、組織を丸ごと入れ替えようとしているためだ。

 

そのため、組織の幹部も一新される。ゴブリンとイフリートは既にいないし、パリカーはルサールカに用済みだと銃口を突きつけられた。アスモデウスも、そのうちルサールカに始末されてしまうだろう。

 

まあ、アスモデウスに関しては、パリカーが千夏に助けられた後に、連絡を入れて、警戒するように伝えているため、どうにかなるかもしれないが。

 

「はぁ。せっかく、故郷に帰れる装置が完成したっていうのに。ボクはこんなところで何油売ってるんだろう」

 

正直、この2年間でパリカーは故郷である魔界に帰る装置を作り上げてしまっていた。そのため、その気になればいつでも故郷に帰れたのだが、しかし、クロのことがどうしても気がかりで、人間界に残ってしまっていたのだ。

 

「さて。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

パリカーは、少し疲れたかのような口調で発言する。

 

そう、この公園にいるのは、パリカー1人ではない。

確かに、一言も発していないが、先程からパリカーの正面に、もう1人、いたのだ。

 

無表情で真っ白な顔の仮面を付け、フードを深く被った、身長150センチほどの、性別不明の者が。

 

名は、シークレット。勿論、本名ではない。

シークレットは、アスモデウスの後任として用意された、()()()()()()()

 

既に、パリカーが組織を裏切り、クロを逃したことは知られている。というか、千夏が組織にそう伝えたのだ。

別に、千夏がパリカーのことを裏切ったわけではない。千夏が組織に裏切り者だと思われないように、パリカーが千夏に対して自分を組織に売るように伝えたのだ。

 

ただ、千夏としてもパリカーの死を黙って見過ごそうとしたわけではない。最初にクロに組織から逃げる気がないか意志の確認を行い、クロが迷っているようであれば、パリカーに頼ろうと思っていたのだ。だからこそ、パリカーは最初にクロと千夏が会話している際、姿を見せなかった。

 

クロからすれば、勝手に自分の行く末を決められているわけだが、千夏もパリカーも、このままクロを組織においても、クロが幸せになる未来が見れなかった。だからこそ、無理矢理にでも組織から離脱させようとしたのだ。

 

パリカーのことをよく見れば、腹部は赤く染まっており、出血しているということがわかる。

そう、パリカーが公園のベンチで座り込んでいたのは、シークレットに腹部を攻撃され、出血したことにより、動けなくなってしまったからだ。

 

しかし、シークレットはパリカーにとどめを刺すことはなかった。

まるで、殺すことを躊躇っているかのように。

 

しかし、そんなシークレットの後ろからもう1人。

 

その顔は、ユカリによく似ていて。

長い紫色の髪は、ツインテールにしてまとめ上げられた少女。

 

名は、ミリュー。クロの生命維持装置をルサールカから奪い、クロは組織を裏切れるように工作した少女だ。

 

「シークレット、下がって良いよ」

 

そんなミリューは、先程までパリカーの前に立っていたシークレットを後ろに下げ、代わりに自身がパリカーの前面へと立つ。

 

「君、は……」

 

「ミリュー。これから、貴方を殺す者の名前だよ」

 

「組織に命令されて、来たのかい? だとしたら、こんなこと、やらなくてもいい。ボクは、自分で死ねるから。だから、自分の手は汚さなくて良い。君も、クロと同じ、被害者だ。だから……」

 

パリカーは、ミリューがクロと同じ人工で造られた魔法少女であると気づく。そんなミリューに、人殺しをさせたくはないと、パリカーは自殺してでも彼女に人殺しをさせたくはないと思い、ミリューに告げる。

 

それは、クロに肩入れしてしまったことで、同じような境遇のミリューに対しても、情が湧いてしまったためか。

もしくは、ミリューがユカリに似ているせいか、どこか重ねてしまうところもあったのかもしれない。

 

「そんなに心配しなくても、大丈夫。私は、貴方を殺しても、心は傷まないから」

 

「無理に見栄を張らなくてもいい。大丈夫だ。ボクは、クロが幸せになれるなら、それでこの世に未練はないよ」

 

「見栄じゃないよ。私には、魂の形が見えるから。だから分かるの。死は絶対的な終わりじゃない。逆に、始まりにさえなり得るんだって」

 

「それなら………一つだけ、聞いても良いかな?」

 

パリカーは、どこか縋るかのような口調で、ミリューに質問する。

 

「いいよ」

 

「ユカリは……ユカリの魂は、どうしてるのかな……。ユカリは、幸せになれてるのかな……」

 

パリカーは、どうしても気がかりだった。死んでしまったユカリは、幸せだったのだろうか。

その魂は、今、報われているのだろうか。

 

ミリューに聞いても、無駄かもしれない。それでも、聞かずにはいられなかった。

 

「今どうしているのか、って観点で答えれると、貴方の望む答えは得られないかもしれないけど。でもね、私、未来も見えるんだ。だから分かるよ」

 

ミリューは、できるだけ優しい顔で、パリカーを安心させるかのように振る舞う。

 

「未来では、ユカリって子も、クロも、皆幸せに暮らしてるよ」

 

「そっか、なら、良かった」

 

パリカーは、明らかに安心したかのような顔をする。

未来が見えるだなんて、嘘くさい話なのに。それでも、パリカーにとって、それは救いになる。

 

パリカーは、目を閉じる。

まるで、もう死ぬ覚悟はできているとでも言いたげに。

 

「もう、言い残すことはないんだね」

 

そんなパリカーの意図を察してか、ミリューは懐から対魔族用の銃を取り出す。

ミリューの後ろで佇むシークレットの表情は、仮面を被っているせいでよく見えない。

 

「じゃあね。優しすぎる魔族さん」

 

その日、静かな公園で。

一発の銃声が響いた。

 

優しい魔族の魂は。

きっと今頃、故郷に帰っていることだろう。



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Memory73

「どうしよう……」

 

クロは、櫻の家の前で悩んでいた。

 

組織を裏切ってしまうか、どうか。

別に組織に忠誠を誓っているわけではないし、愛も千夏も、望んで組織に所属しているので、彼女達の心配をする必要もない。

 

ただ、この前櫻や辰樹に説得された際、それを跳ね除けてしまっていることもあってか、中々素直に櫻達の仲間になるのも難しい。

 

「あれ? 先輩に何か用でもあるんですか?」

 

「用があるのー?」

 

悩んでいたクロに、横から声をかける少女が2人。

茶髪で人懐っこそうな少女真野尾 美鈴(まのび みすず)と、人間と鬼のハーフ龍宮(たつみや) メナだ。

 

「あ、いや、私は……」

 

「クロちゃん、来たんだね」

 

美鈴とメナに遭遇し、その場から逃げようとするクロだったが、ちょうどその時にドアを開けて家から出てきた櫻に声をかけられたことで、逃走することが難しくなってしまう。

 

「ちょ、ちょっと用事を思い出したかもー………」

 

「逃がさないよ、クロ」

 

どうでも良い、逃げ出してしまえ! クロはそう思って、美鈴とメナのいない方向へ逃げようとするも、タイミング良く真白がやってきたことにより、そちらへの逃走も不可能になってしまう。

 

真白は、クロが櫻の家に来るとの連絡を受け、ここへやって来ていたのだ。

 

「クロ、2年ぶりね」

 

「受験生なのにわざわざ来てあげたんですから、今更組織に戻るとかナシですよ、クロさん」

 

「……こんなにゾロゾロ来る必要あったか?」

 

「ちょっとイフリート、黙っててくれない? 周りの声が全然聞こえないんだけど」

 

「私もお邪魔させてもらうでー」

 

真白に続いて、八重、束、来夏、茜、さらに照虎までもが、櫻の家へとやって来ている。

 

「な、なんだこの集団は……」

 

クロは、次々とやってくる魔法少女達に囲まれ。

完全に、逃走が不可能な状況に陥ってしまった。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

「いや……死にたくない……助けて………」

 

アスモデウスが組織へと帰ってきた時、そこには、ルサールカによって拘束されたクロの姿があった。

クロの首元には、ナイフが当てられており、今にもクロの首を引き裂いてしまいそうだった。

 

「これは一体、どういう冗談だ?」

 

「ええ、アスモデウスにはもう消えてもらおうと思って、でも、貴方って強いでしょう? だから、人質を取らせてもらったの」

 

「ルサールカ、お前っ……」

 

「今までありがとう、アスモデウス」

 

そう言って、ルサールカはアスモデウスに銃口を向ける。

隣には、アスモデウスの代わりに新たに組織の幹部になったであろう、鬼の魔族の男が突っ立っている。

 

「…俺がいなくなった後、組織の運営をどうしていくつもりだ?」

 

「ふふっ。よっぽど自分の仕事ぶりに自信があったみたいね。でも残念。貴方の代わりなら見つかったの」

 

やはり、鬼の魔族はアスモデウスの代わりらしく、アスモデウスが今までこなしていた仕事をこなせる人材であるらしい。アスモデウスとしては、鬼の魔族は力仕事しかしないイメージがあったのだが、何事にも例外は存在するらしい。

 

「そういえば、パリカーはどうしたんだ?」

 

「ああそうね。それなら………」

 

ルサールカが言葉を紡ごうとした時、部屋の扉から2人の少女が部屋に入ってくる。

クロやユカリと同じ人工の魔法少女、ミリューと、素性不明の組織の新幹部、シークレットだ。

 

そして、ミリューの手には……。

 

「パリカー…?」

 

パリカーの生首。

目には正気は宿っておらず、当然、それが意味するのは、パリカーの死。

 

「ルサールカ、貴様……一体何がしたいんだ…?」

 

表向きは平静を保っているアスモデウスだったが、内心ではかなり動揺している。それもそうだろう。自分が面倒を見ていた少女は拘束され、幼馴染は殺されて生首だけになってしまったのだ。無理もない。

 

「ルサールカ、殺すのは芸がないから、アスモデウスは生かして置かない? パリカーの方は殺したんだし、こういうのは、片方は生かしておいた方が面白いと思うんだけど」

 

紫色の髪をツインテールにした少女、ミリューはルサールカにそう提案する。ルサールカはミリューの提案に一瞬怪訝そうな顔をするが、すぐに取り繕う。

 

「………そうね。まあ、これを使えば、あのアスモデウスでも私に手出しはできないでしょうし」

 

ルサールカが鬼の魔族に視線を向けると、鬼の魔族は、『首輪』と呼ばれている魔族の魔法を封じるブレスレット型の機械を、アスモデウスの手首に装着させる。

 

(これで反逆のチャンスは失われたか………だが、クロを人質に取られている以上は……)

 

「くふっ、あっはは!」

 

アスモデウスは、何の抵抗もなくルサールカの『首輪』を受け入れる。その様子を見て、突然クロが吹き出す。ルサールカに拘束され、絶望的な状況にも関わらず、だ。

 

「クロ……?」

 

「っあー! おかしくてたまらないなぁ…こういうのは。まあ、仕方ないよな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

瞬間、クロの体が霧に包まれる。

霧の中から出てきたのは………。

 

「流石の変装ね、ロキ」

 

『ノースミソロジー連合』の魔族、ロキだ。

 

ロキは最初から『ノースミソロジー連合』に所属しているつもりなどなかった。『ノースミソロジー連合』のリーダーであるオーディンにスカウトされた時点で、ロキは既に裏でルサールカと繋がっていたのだ。

 

「安心しろよアスモデウス。組織の幹部の役目は、これから俺達が担っていくからさ」

 

ロキは、アスモデウスのことを小馬鹿にしたような口調でそう言う。

 

アスモデウスは俯いている。

ロキは、アスモデウスが精神的に参ってるのだと思い、自分からアスモデウスに近付いて、精神的に打ちのめされてしまっているその顔を見ようとする。

 

が。

 

 

 

 

 

「ああ、そうだな。今から1人欠けることになるがな!!」

 

そう言ってアスモデウスは、こっそり隠し持っていた対魔族用の銃を取り出し、その銃口をロキに向ける。

 

「なっ」

 

ロキは目に見えたように動揺しており、ルサールカもアスモデウスの行動に勘づくことができず、驚いている。

アスモデウスは、元々自身の命にそこまでの執着はない。

 

クロが人質に取られているわけではないということと、パリカーが死んでしまっているということ。そのことから、クロが組織に所属する上での後ろ盾がいない状態になってしまうことが予測される。

 

そうなった時のことを考え、1人でも組織の幹部を減らしておいた方が、クロのためになると考えたのだ。

 

 

 

だが、アスモデウスがロキを銃殺することはなかった。

 

アスモデウスが引き金を引かなかったわけではない。アスモデウスはしっかり銃の引き金を引いた。

では、弾は? 

 

当然、入っている。じゃあ何故?

 

答えは簡単。

 

銃が破壊されてしまったからだ。

 

先程から後ろで一言も喋らず、ずっと黙り込んでいた組織の新幹部、シークレットの手によって。

シークレットの手には、大きな鎌のようなものが握られており、おそらくそれでアスモデウスの手に持っていた銃を切り裂き破壊したのだろう。

 

結局、アスモデウスは、何も抵抗することができないまま、ルサールカの罠にかかってしまったのだった。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「ねぇミリュー。貴方、どういうつもりなのかしら?」

 

ルサールカはアスモデウスを拘束し終えた後、シークレットと共にその場を去ろうとするミリューのことを呼び止めていた。

 

「どういうつもりって何の話?」

 

「とぼけないでくれる? どうしてアスモデウスのことを生かそうだなんて言い出したのか、その理由を聴きたいのよ。わざわざ私の方針を曲げて、何がしたいの?」

 

そう言うルサールカの口調は、少し苛立っているようにも思える。

ルサールカとしては、アスモデウスは今日で()()してしまうつもりだった。しかし、ミリューがアスモデウスを生かす提案をしてしまった。つまり、アスモデウスを生かそうというのが、ミリューの意見だ。

 

別に、ミリューの意見はあくまでただの意見であるため、ルサールカも跳ね除けることは可能だ。だが、ミリューの意見には、幹部の1人であるシークレットが同意してしまう。一応、ルサールカの意見にはロキも味方してくれるが、同じ組織内で対立するのはあまり良いことではない。そのため、ルサールカは食い下がることにしたのだ。

 

ルサールカは、ミリューを自身の都合の良い手駒として扱うつもりだった。しかし、思った以上に自分の都合通りに動いてくれないため、少々ミリューに苛立ちを覚えているのかもしれない。

 

「あー。どうでも良いじゃんそんなこと」

 

そんなルサールカに対して、ミリューは爪をいじりながら面倒臭そうにそう返す。

 

「貴方、立場ってものがわかってないみたいね。貴方は私が造ってあげた存在なのよ?」

 

「出生なんて関係ないと思うなー。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「随分生意気ね……。そんな風に造った覚えはないのだけれど」

 

「反抗期ってやつかもね。まあ、そういうわけだから。これからは対等に接してね、ルサールカ。さ、行こう、シークレット」

 

困惑するルサールカをよそに、ミリューはシークレットを引き連れてその場を去っていった。



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Memory74

魔法少女達に囲まれて、逃げ道を失った(クロ)だったが、流石に複数人で迫るのはよくないと思ったのか、部屋には俺と八重とシロだけを残して、他の皆は全員一旦別の部屋で待機という形になった。

 

「久しぶりね、クロ。2年前と全然変わらないわ」

 

「そういう八重は随分変わったね」

 

2年前の八重は眼鏡をかけていなかったし、もう少し身長も低かったはずだ。やはり、10代にとっての2年というのは、人を変えるのには十分過ぎる年月なのかもしれない。

 

「クロ、どうして私達のことを避けるの? 生命維持装置のことは聞いた。けど、それももう大丈夫だって。だったら…」

 

シロは、縋るようにそう聞いてくる。

シロも2年前と比べると随分と成長したなと感じる。俺の容姿は、脳を弄られているせいか、2年前と何ら変わりはないままだ。

 

現実逃避はここまでにして。

 

シロの言うことはわかる。

今の俺は、ミリューのおかげでいつでも組織を裏切れる状況だ。

爆弾もないし、今度は人質も取られていない。だって、愛や千夏は脅されて組織に従っているわけじゃないのだから。

 

分かってる。これは俺の気持ちの問題だ。

俺は2年前に、ユカリをこの手で殺めてしまった。勿論、アストリッドに操られていたため、自分の意思でやったわけじゃない。でも、俺はユカリに言ってたんだ。人を殺しちゃいけないって。人を殺したら、後戻りはできないって。

それなのに……。それなのに俺は、ユカリを、人をこの手で……。

 

「ごめん……ユカリを殺したことが、未だに頭から離れなくて……。今、シロ達の方に寝返っても、また、あの時みたいになるかもしれないって考えたら、怖くて………。自分の大事な人を、自分の手で殺してしまうんじゃないかって、そんな気がして……」

 

ユカリは今世の俺にとって、一番大事な人と言っても良いくらいの存在だった。そんなユカリを手にかけてしまったのだ。シロや八重のことも、この手で殺めてしまったっておかしくはない。

 

「そんな心配、しなくてもいいよ。2年前は、その、そういう風になってしまったのかもしれないけど…。でも、今は違う。櫻も来夏も、アストリッドとまともに戦えるくらいに強くなってる。茜や私だって、魔族を相手にしても問題ないし、私の魔法があれば、クロがもう一度操られてしまうことなんてない。だから大丈夫」

 

そう、なのかな。だったら、その心配はないのかもしれない。でも……。

 

「仮にそうだったとしても、ユカリを殺した私が、幸せになってもいいと思う? 人を、殺した癖に、大事な人を、自分で殺した癖に……。そんなの、耐えられない……。ユカリは、もう幸せになれないのに。ユカリにはもう、明日は来ないのに……!」

 

俺の言葉に、八重もシロも黙り込む。

そうだよな。やっぱり、2人とも何も言い返せないんだ。俺には、幸せになる資格なんてない。

悪の組織の魔法少女として、使い潰されるくらいが丁度いいんだ。だから……。

 

「さっきから黙って聞いてましたけど、何なんですか? ウジウジウジと。もういいじゃないですか、悩むのは後にしたって」

 

「悩むのは後にしろー!」

 

「へ?」

 

突然、扉を開け、部屋に入り込んできたのは、櫻が面倒を見ている魔法少女の、真野尾美鈴、だったか。隣には、ツノの生えた女の子が立っている。

 

「そのユカリって子は、貴方に幸せになって欲しくないって、自分が死んでしまったから、貴方にも死んで欲しいって、そう思う子なんですか? それなら私は何も言いません。でも、そうじゃないんでしょ?」

 

「そうじゃないでしょー!」

 

そうだ、ユカリはそんな子じゃない。あの子は、いつも無邪気で、優しい子で……。人の不幸を願うような子じゃなかった。でも…。

 

「それは、そうだと思う、けど……。死人の考えていることなんて……」

 

「大体、貴方に幸せになってほしいって思ってる人がいくらいると思ってるんですか。櫻先輩もそうですし、今ここにいる人達は皆、貴方に幸せになって欲しいって思ってますよ、組織から逃してくれた子もきっとそうですし、私だってそうです。櫻先輩から、色々話は聞いたので」

 

「そうだそうだー!」

 

「私も、黒髪ちゃんと同じで、大事な親友を殺してしもうたことがある。私の場合は、操られてるわけでも何でもなくな。けど、櫻達はこうやって受け入れてくれてる。自分の罪とかは、後から考えればいい。私が言っても、説得力はないんかもしれへんけどな」

 

虹色の髪を持つ、照虎という少女が、後ろからそう話してくる。

 

親友を、殺した? 自分の意思で?

 

え、えぇ………。

 

 

だ、大丈夫なのこの人…?

 

「照虎、ドン引きされてるわよ」

 

「分かっとる。分かっとるよ。私がおかしいってことは。あ、安心してくれ、もう他人を殺したりはないから」

 

「いや、当たり前でしょ!?」

 

俺は思わず突っ込んでしまう。いや、いいの? 平然と人殺しが入ってるんだけど、櫻達はそれでいいの?

 

「まあ、そりゃ勿論極悪人を仲間にっていうのは考えられませんけど、照虎さんは、罪を償う気でいます。はっきり言って、私達には照虎さんが許されるべきなのかどうか、そんなことは分かりません。彼女の親友は、彼女のことを恨んでいるかもしれませんし。でも、それでも、櫻さん達は照虎さんを、許すわけじゃないけど、受け入れるって、そう決めたんです。本当にお人好しですよ。一度裏切った私でさえ、受け入れてくれるんですから」

 

そう話すのは、緑色の髪をポニーテールにした少女、深緑束だ。

 

「悩むのは後からでもできるからな」

 

「脳の中にいるノイズを取り除くにはどうすればいいのかしら……」

 

そっか。来夏の言う通り、悩むのは後からでもできる。茜の言っていることはよくわからないけど、ノイズ? うん、よくわからない。

 

そうだ。

ウジウジ悩んでいても、仕方ないのかもしれない。

 

ユカリのことを蔑ろにするわけじゃない。でも、いつまでも自分が幸せになる資格がないだとか、そんなことを考えていても、誰も幸せになんてならないのかもしれない。

 

俺の幸せを望んでくれてる人が、こんなにいるんだ。

だったら……。

 

「そっか………。ありがとう。………そうだね。はぁ……。ごめん、今まで心配かけて。その、これから、よろしくお願いします……」

 

ちょっぴり恥ずかしいけど、きっともう、大丈夫。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「ルサールカ、少し話があるんだけど、いいかな?」

 

そうルサールカに話しかけるのは、灰色の髪を持つ少女、親元愛だ。

 

「何?」

 

「クロのことなんだけどね」

 

現在、組織ではクロが裏切り、組織から抜け出したことは認知されており、生命維持装置の行方も不明なため、ルサールカなど組織の幹部も、既にクロを取り戻すことは諦めていた。

どちらかと言えば、裏切り者は殺すという、そっちの方向で考えているからかもしれない。

 

ただ、愛からすればそうではない。元々彼女は、クロのために悪の組織側についたのだ。

いや、厳密に言えば、クロの隣にいるために、だろうか。

 

そんな彼女が、クロの裏切りを容認できるだろうか?

 

………できるわけがない。

 

「クロのことなら、次に会った時に始末すればいいと考えているのだけれど、貴方はやっぱり納得できないみたいね」

 

ルサールカは、愛の要求を何となく予測する。きっと、クロをもう一度組織に戻してほしいと、そう言うつもりなのだろう。

 

「そうだよ。僕は組織でクロと一緒にいたい。だから、提案があるんだ」

 

「提案?」

 

「そう。提案だよ。僕を人質にして、クロを無理矢理連れ戻すんだ。クロにとって、僕は一番大切な存在ではないのかもしれない。けど、それでも僕はクロにとっての親友だ。だから、きっと有効なはずだよ」

 

別に愛は、クロに嫌がらせをしたいわけではない。

愛にとって、クロは大切で、自分の愛を向ける対象なのだ。

 

そう、愛のこれは、悪意でもなんでもない。

 

ただ、純粋な(あい)でしかないのだ。

 



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〜2年後〜 妹
Memory75


「クロ、そっちお願い!」

 

「分かった!」

 

組織を裏切り、櫻達と合流してから3日が経った。

今の俺は、櫻やシロと共に、街に出た怪人を魔法少女として討伐し続けている。

 

ここ3日で、櫻達との交流も深まった。元々八重や来夏辺りとの交流は2年前から頻繁、というほどではないがあったし、シロとは今世が始まった時から一緒に過ごしてきていたのだが、他の面子とはそこまで深い関係になったことがなかったのだ。

 

「よし、これで全部。意外と早く片付いたね。流石クロ」

 

「まあ、一応『死神』とか言われてたくらいだし……」

 

照虎は、大切な人を殺してしまった、という共通点があったからか、積極的に話しかけてくれて、まあ、傷の舐め合いみたいなこともしてきたし、束は受験にも関わらず、ここ3日は電話越しに会話をしたりなどして、それなりに仲良くなった。櫻や茜も、一緒に怪人の討伐をしたりする中で話せるようになってきたし、3日過ごしただけで、かなり馴染めたように思う。

 

茜はたまに、イフリートがどうしたこうのだとか、いきなり独り言を話し始めたりするので、普通に心配になる時があるが。

 

「クロ、ごめん。あの時、逃げ出したりして」

 

怪人を討伐し終え、帰宅ムードになってきたわけだが、突然シロが俺にそう言ってくる。

多分、シロが言っているのは、組織を裏切った時の話だろう。

 

「別にもう終わった話だし、それに、私はシロが組織を抜け出してくれて、嬉しかったよ。

 

「クロ……」

 

「………あーでも、悲しかったなー。シロが私のこと見捨てて組織を裏切っちゃってさー。あの時は一晩中泣いちゃったなぁー」

 

「ご、ごめん………」

 

「あはは。冗談だよ。本当に気にしてないから」

 

ユカリのことは今でも忘れてない。けど、今の俺は組織を抜け出して良かったなと心からそう思えている。

シロや櫻達と一緒に、街を守るために怪人を討伐するのは、中々悪くない。

もう、魔法少女を殺せなんて命令は下されないし、自分の命を人質に取られる心配もない。

 

ちなみに、生命維持装置のリモコンについてだが、それもミリューから八重の手に渡ったらしい。

ミリューが言うには、『私のこと完全に信頼できるわけじゃないだろうから、信頼できそうな子に渡しとくね』だそうだ。

 

あの子には色々と助けてもらった。何か返せればいいのだが、しかし、組織に所属している以上、敵対する可能性もあるのだろうか。

 

あの子とはあまり戦いたくはないな。

 

「あ、クロ。茜から連絡。『今日一緒にご飯食べに行かない?』って」

 

「……いいの?」

 

「何が?」

 

「いや、私も行っていいのかなって」

 

「全然大丈夫。むしろ、クロのこと誘うように言われてるから」

 

「そっか。じゃあ行く」

 

一緒にご飯、か。

前世じゃあんまりそういうことをしてこなかった気がする。

 

確か、妹の面倒を見ていたような………。

 

まあ、正直記憶が朧げだし、思い出せないが。

 

 

 

ご飯に誘われるってことは、本当に、俺を友達として見てくれているってことでいいのかな。

俺はここ3日、心のどこかで、櫻達は俺に気を遣ってくれているだけで、本当は仲良くしたいだとか、そんな風になんて思っていないんじゃないか。シロが俺のことを気にかけてるから、櫻達もそうしているだけなんじゃないかって。

 

でも、そうじゃないんだろうな。

皆、いい子達だ。

 

「クロ? どうしたの? 急に立ち止まって」

 

家族(シロ)がいて、友達(櫻達)がいて。

 

人を殺さなくてもよくて。

 

 

 

そっか。もう俺、悪の組織の魔法少女でも、なんでもないんだ。

 

 

 

「ううん。何でもない」

 

 

 

友達とご飯、か。

それも悪くない、かな。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「いくらお兄ちゃんの頼みだからって、その提案は飲み込めない」

 

櫻は、自身の兄である百山椿が久しぶりに家に帰ってきたため、部屋で話し込むことにしたのだが、椿は、家族にするような話などではなく、櫻を1人の、最強の魔法少女として見て話していた。

 

その内容は、クロを囮にすること。

 

「櫻、別にクロのことを見殺しにしろって言ってるわけじゃない。ただ、逃げ出したアストリッドを誘き出すのに、クロが一番最適なんだ。だから、クロを囮にして、やってきたアストリッドを俺が叩く。クロに危害は加えさせない」

 

「せっかく組織から抜け出せたのに、そんな危険なこと、やらせるわけがないでしょ。それに、アストリッドのことを逃しちゃったのは、お兄ちゃん達の責任なんだから、クロちゃんを巻き込まないでよ」

 

櫻は普段お兄ちゃん子で、椿の話に反対することはなかったのだが、この時ばかりは、思わず櫻も椿に反抗してしまう。

 

だってそうだろう。

自分の()()を危険に晒すことなど、友達想いの櫻にできるはずがない。

 

「そうか……。でもな、櫻。これはお前のためでもあるんだ。クロを手元に置いておけば、アストリッドの奴に狙われる可能性がある。奴は危険だ。いくら櫻でも、アストリッドは何を仕出かしてくるか分からないようなやつだ。絶対に安全とは言い切れない」

 

「だったら、余計に囮作戦には賛成できない。そんな危険なこと、()()にさせたくない」

 

「仕方がない、か」

 

椿は、櫻の腹目掛けて拳を振るう。

櫻を気絶させ、無理矢理にでもクロを囮にするためだ。櫻さえ無力化すれば、椿に敵う魔法少女はいない。仮に相手できるとしたら来夏くらいだろう。

 

だが……。

 

「2年前みたいにはいかないよ。いくらお兄ちゃんだからって、妹に手をあげていいと思ってるの?」

 

櫻は椿の拳を受け止め、それを回避する。

 

「っ……。まあ、いい。アストリッドのことは、俺達でなんとかしよう。本当は、囮がいた方がやりやすかったんだがな」

 

そんな櫻を見て、椿はクロを囮にすることは諦めたのか、拳を下ろし、そのまま部屋を去ろうとする。

 

「今日のお兄ちゃんは、あんまり好きじゃないかも」

 

そう言う櫻のつぶやきは、椿には聞こえたのか、それとも聞こえなかったのか。

 

そのまま椿は、何も言わずに家から出て行ってしまった。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「あームカつくなぁ。あのガキが幸せそうな面してるの見るとよォ」

 

屋根の上からクロと真白が怪人と戦闘している光景を眺めながら、そう呟くのは、悪の組織の元幹部、ゴブリンだ。

どうやらゴブリンは組織にいた頃から、クロのことが気に食わなかったらしい。

 

「そんなに嫌いなんすか?」

 

ゴブリンの隣でそう尋ねるのは、ワニのような肌を持つメイド服の少女、クロコだ。

 

2人は一応自分達のリーダーであるリリスがアストリッドによって殺害されてしまったため、自身の身の振り方をどうするべきか、迷っていた。2人の仲間であるホークという魔族は、リリスが死んでから2人の前に姿を見せていない。というのも、ホークはゴブリンのことが嫌いらしく、あまり顔を合わせたくないのだとか。

 

「ああ、そうだ。嫌いだよ。クソっ! ムカつくな………。ボコボコにしてェ」

 

「うわぁ。何でそんなに嫌ってるんすか? 敵意マシマシじゃないっすか。理解できないんすけど」

 

「殴りに行ってやろうか、どっちかっていうと泣いてる面のがマシだしな」

 

「もう私は何も突っ込まないっす」

 

クロコはクロに異常なまでの敵意を見せるゴブリンに呆れたのか、口を閉じてしまう。

 

 

 

 

 

 

「やあ、何の話をしてるのかな?」

 

そんな2人の元に、やってくる吸血鬼が1人。

 

「テメェは……」

 

「あ、アストリッド……」

 

「初めまして、ゴブリン。クロコちゃんの方は、会うのは二度目だね」

 

「何の用だ?」

 

「少し提案があるんだけどね。君は、クロが他の魔法少女達と一緒に楽しそうにつるんでいるのが許せないんだろう?」

 

「ああ。まあそうなるな」

 

「だったら、私と手を組む気はないかな? 私も、クロと櫻達の仲は引き裂いておきたいからさ」

 

「ゴブリン、こいつはリリスっちを殺した相手っす。言うことを聞く必要は……」

 

「乗った。いいぜ、お前と手を組んでやる」

 

クロコは、ゴブリンがアストリッドと手を組むことを阻止しようとするが、ゴブリンはクロコの言葉に聞く耳を持たない。

 

「ゴブリン、何で……」

 

「あ? 俺は元々リリスのことなんてどうでも良かったからな。こいつがリリスを殺してようが、俺には関係ねェ」

 

「そういうわけだ。悪いねクロコちゃん。それじゃあ、改めてよろしく、ゴブリン」

 

アストリッドは確実に、自分の戦力を整えていく。

 

 

 

吸血姫アストリッドの脅威は、すぐそこまでやってきていた。



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Memory76

 

「わっ、う、嘘でしょ!? こ、こんな時に怪人なんて…!」

 

尾蒼始守アパートの住民、黒沢雪は、仕事をするために職場へ向かう途中、怪人に出会ってしまい、腰が抜けてしまっていた。

怪人はかなり大きい個体で、遠くにいた雪を目視した途端、大きくジャンプして一瞬で距離を詰めてきていたのだ。

 

「か、怪人さーん? い、一回落ち着きましょ? ね? ね?」

 

雪は怪人との対話を試みるが、当然そんなものが上手くいくはずもなく。

 

「うわぁ!」

 

怪人は、雪の問いかけを無視して、その大きな拳を雪に向かって降り下ろす。

 

 

が……。

 

「あれ……?」

 

雪に拳が届く前に、大きな鎌を持った少女が、その拳を受け止めていた。

黒い髪を持ち、少し背が低めなその少女の名前は……。

 

「クロちゃん?」

 

「シロっ! やって!!」

 

クロがそう言うと、怪人の後ろから白い髪を持つ少女が走ってきていた。

 

「任せてっ!」

 

真白は空高く舞い、怪人の頭目掛けて魔法を放つ。

 

水嵐(アクアバイトストーム)!!!!!」

 

途端、怪人の頭上で物凄い水流の嵐が吹き荒れ、そのまま怪人を巻き込み、巨大な水の柱を形成していく。

 

水の嵐が消え去った時には、そこにはもう、怪人の姿は見えなくなっていた。

 

「「いぇーい!!」」

 

クロとシロ、2人の少女はハイタッチをして、怪人の討伐を喜び合う。

2人の息は双子だからか(厳密には双子ではないのだが)ピッタリで、手際よく怪人を討伐することができていた。

 

「ひょぇー……。シロ、いつの間にこんなに強くなったの」

 

「この力は、八重に貰ったものだから」

 

「八重が? どういうこと?」

 

「説明するのはちょっと難しいんだけど、八重って怪人強化剤(ファントムグレーダー)を使ったせいで、魔法少女として戦うことができなくなって……」

 

「私が使った時は何ともなかったけどなぁ……」

 

クロも八重と同様怪人強化剤(ファントムグレーダー)を使ったが、照虎や八重のような副作用は起こらなかった。

おそらく、クロの体が怪人に近いことが関係しているのだろう。

 

「それで、戦えなくなった八重の魔法を、私が受け継いだって感じ」

 

「そんなことできるの?」

 

「私の場合は、八重と血の繋がりがあったからできたらしいよ。多分、赤の他人に引き継がせることはできないだろうし、魔法少女としての素質がない子にも引き継がせれないと思う」

 

クロとシロは、怪人を倒した後、しばらく立ち話を続ける。

シロは一応学校があるので、そこまで長話をするのは良くないのだが……。

 

「クロちゃん……魔法少女だったんだね……」

 

「え……何でわかるの…?」

 

そんな2人に、雪は声をかける。

本来、魔法少女には認識阻害の魔法がかかっており、同じ魔法少女でなければその存在を認知できないはずなのだが、何故か雪はクロの正体が分かっているみたいだ。

 

(そういえば、辰樹も俺のことクロだって分かってたような……。もしかして、俺には認識阻害の魔法かかってない?)

 

「クロ、この人は?」

 

「ああ、黒沢雪さん。2年前に住んでたアパートがあるんだけど、そこに住んでた人で、まあ、ご近所さんだね」

 

「あ、はじめまして、黒沢雪ですっ。気軽に雪でいいよー」

 

「どうも、双山真白です。クロとは双子の姉妹です。まあ、厳密に言うと私の方が姉みたいなんですけど」

 

ペコリと、シロは頭を下げる。それに合わせるかのように、雪もまた、頭を下げる。

 

「2人とも堅苦しいね。お見合いか何か?」

 

「あはは、確かに、ちょっとかしこまりすぎかも?」

 

「一応年上だし」

 

「そういえば、雪さ………雪は仕事しにいかなくていいの?」

 

クロは雪にそう尋ねる。現在は早朝で、ちょうど通勤通学の時間なのだ。

シロも学校に通う途中で怪人を見かけたので、クロと一緒に怪人を討伐した。ちなみにクロは学校には通っていない。

 

というのも、戸籍の問題など、クロが普通に生活していくのには色々と問題がある。

 

「ああっ! ま、まずい、遅れちゃう! ごめんねクロちゃん、真白ちゃん! 私、仕事しにいかなくちゃ!」

 

そう言って、雪は駆けて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの私の名前の呼び方………そっか。分かっちゃった。やっぱり、クロちゃんは………

 

 

 

 

 

 

 

 

            

 

 

                           ……………………お兄ちゃんだ」

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「そうか、良かったな。好きなんだろ?」

 

広島辰樹は、自身の通っている翔上高校にて、友人の伊井朝太と話していた。

話題は、クロについてだ。

 

辰樹は、真白から、クロを組織から助け出すことに成功したということを聞いていた。だが……。

 

「会いに行くのが怖いんだよ。俺が説得しに行った時は、結局無理だったから。俺は、拒絶されるんじゃないかって」

 

「そんな風にウジウジしていると、横から掻っ攫われるぞ」

 

「お前はいいよな。あんなに可愛い彼女がいるんだからさ」

 

実は、朝太には彼女がいる。

現在受験生で、年下の……。

 

「束のことか……。まあ、束は今受験中だから、恋人らしいことはしていないんだけどな」

 

そう、深緑束だ。

どうやら朝太と束は塾で出会ったらしく、そこで意気投合したらしい。

 

ただ、キスをしたこともなければ、手を繋いだこともないらしい。

というのも、朝太は束のことを大切にしたいらしく、束の方から求めてこない限り、そういう恋人らしいことは絶対にしないという。

 

ただ、手すら繋がない時点で愛想を尽かされそうなものだが、束も束で恋人だからといってどこでも惚気るというのは嫌いらしく、やるべきことはきちんとやりたいと考えるタイプの人間のため、朝太と上手くいっているようだ。

 

ちなみに、櫻や来夏などは恋人を作っておらず、櫻達魔法少女組で恋人がいるのは束だけだ。

 

「それに、俺がクロのことが好きでも、多分、クロは今は恋愛とか、そういうこと考えられないと思う、だから……」

 

「はぁ……。呆れるな。恋愛でしか物事を語れないのか」

 

「何だよ…」

 

「別に、1人の友人として会いに行けばいい話だろう。影山さん…って、これは偽名だったか、の方はお前のことを恋愛的な目では見てないかもしれないが、友達だとは思ってると思うぞ」

 

「そうかな……」

 

「はぁ、分かった。俺も一緒に会いに行ってやる。1人で行くよりは行きやすいだろう?」

 

「………悪いな」

 

2人の男子高校生は、次の授業のチャイムがなるまで、恋愛話に花を咲かせた。

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「やっぱり、ルサールカと愛の奴、何か企んでるみたいだね」

 

ミリューは、組織のとある一室で、そう呟く。テーブルの上にはホットミルクが置かれていて、おそらくミリューが飲んでいるものなのだろう。

ミリューのそばには、シークレットと呼ばれる組織の幹部が立っている。

 

「さて、どうするシークレット。私が愛を殺してしまえば、クロが組織に逆戻りなんて事態は避けれると思うけど……いや、ごめん。流石にダメだよね」

 

ミリューは、シークレットが不満そうな雰囲気を醸し出していたからか、自身の提案を撤回する。

 

「………流石に飲み過ぎじゃない…?」

 

シークレットは、ここにきて初めて声を出す。声質から推測するに、シークレットはどうやら少女であるらしい。

 

テーブルに置かれたホットミルクは、かなりの頻度で飲まれており、既にコップは空になっていた。ミリューはよっぽどホットミルクが好きなのだろう。

そんな様子を見てか、シークレットは空のコップを持って、また新たなホットミルクを入れに行く。

 

「んー。仕方ないかもね。まあ、生命維持装置のリモコンは今ルサールカの手にはないし、クロが組織に戻ってくることになっても、私やシークレットがサポートすれば済む話か………。でも、やっぱり一番怖いのは『ボス』の存在なんだよね」

 

ミリューの言う『ボス』は、組織を束ねる、ルサールカやミリューよりも上の、社長のような存在だ。

『ボス』と顔を合わせたことがあるのは、アスモデウスとルサールカのみらしく、その実態は不明。

ミリューにとっても、『ボス』の存在は一番の不安要素だったようだ。

 

「そういえば、何でシークレット呼びなの? 別にこの部屋には誰もいないんだし、普通に名前で呼んでくれてもいいのに」

 

シークレットは、ミリューに話しかけながら、彼女の前にいれたてホヤホヤのホットミルクを差し出す。

それを見たミリューは嬉しそうにホットミルクを受け取り、またグビグビと飲み干して行く。

 

「んく……ぷはっ。念には念を、だよ。本来、新幹部(シークレット)は君になるはずじゃなかったんだ。それを無理矢理私が誤魔化して、何とか騙し騙しで君を幹部に仕立て上げてる状態だから、もし万が一そのことがバレてしまうと、私の立場が危ういんだよ。下手したら、君の立場もね」

 

おかわり! と言いながら、ミリューはシークレットに空になったコップを差し出す。シークレットの表情は仮面を被っているせいで読み取れないが、実は仮面の下でミリューに対してジト目を向けている。まあ、当然ミリューが気づくはずもないが。

 

「こんな話してる時点で、もう関係ないと思うんだけど」

 

「警戒しておくに越したことはないでしょ?」

 

「うーん。わかった。じゃあ、組織にいる時は、シークレットでいいよ。でも、プライベートの時はちゃんと名前で呼んでね、ミリューお姉ちゃん」



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Memory77

 

遊園地、久しぶりに来るなぁ。

 

実は先日、シロから皆で遊園地にでも行かないかとの提案を受けまして。

そういうわけで、シロ、櫻、茜、来夏、束と、その彼氏の朝太、そして辰樹に(クロ)の8人で遊園地へとやってきています。

 

「8人でゾロゾロ行くのも何だし、グループ分けして回らない? 8人いるし、4人1組の2グループって感じで」

 

入り口を抜けた先で、茜がそう提案してくる。

まあ確かに、8人はちょっと多すぎるような気もする。それぞれ回りたい場所も違うだろうし、分割した方が、各々行きたい場所に向かえるからそっちの方がいいだろう。

 

「束ちゃんと朝太君は、恋人同士だし一緒のグループだよね」

 

「そうですね。あ、私個人的にクロさんと回りたいので、クロさんも同じグループでお願いします」

 

「辰樹を入れてもいいか? 一応親友なんでな」

 

「それじゃ、それぞれ束、朝太、辰樹、クロで1グループ。残った私達でもう1グループって感じでいいかしら?」

 

おっと、知らない間にグループ分けは決まっていたらしい。

どうやら俺は束や辰樹達と一緒のグループらしい。まあ、束とは結構仲良いし、辰樹とも、一応俺は前世は男だったわけだし、多分何とかなるだろう。

 

「それじゃ、行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

「クロさん、どこか回りたいところとかあります?」

 

「んー別にどこでもいいよー」

 

「知ってますか。どこでもいい、なんでもいい。これが一番困るんですよ?」

 

「えーそんなこと言われてもー」

 

束、多分俺に気をつかってくれてるな?

本当は朝太とイチャイチャしたいだろうに、俺が辰樹と2人きりじゃ気まずいんだろうということを察しているのか、俺に話を振ってくれている。もちろん、恋人である朝太にも気を配りながら、だ。

 

正直、辰樹とのコミュニケーションはどうにかなると思ってたけど、そういえば辰樹と最後に話した時のことを忘れてたなぁと。あれが最後の会話って考えたら、辰樹と話すのも何だか気まずい気がする。

 

それにしても、束って親しい人でも基本さん付けで呼んでるなぁ。何でなんだろう。

 

「そういえば、束って誰にでもさん付けするよね。なんでなの?」

 

「あー。基本的に年上にはさん付けですね。というのも、年上の人とは初対面の時基本的に敬語で話すので、友人になった後でもその癖が抜けないといいますか…」

 

「俺は束のそういうところに惹かれて、それで告白したんだ」

 

「朝太、お前、見た目が好みだったからとか言ってなかったか?」

 

「見た目が好みなのは事実だが、お前に俺と束の馴れ初めを話しても無駄だと思ったからそう話しただけで、決め手となったのは彼女の性格だ」

 

まあ、朝太って中学生の頃も委員長やってたくらいだし、真面目な子が好みなんだろうなぁって気はしてたけど。

まさか束と付き合うとは思ってなかったなぁ。まあでも確かに束の容姿はかなり良いしね。櫻達の中じゃ、束、八重が世間的に美少女、美人と呼ばれる部類だろう。もちろん、櫻達は櫻達でそれぞれの良さはあると思うけどね。

 

後、身内の贔屓目でなければシロの容姿も良い方だろう。まあその理論でいけば俺も容姿はいいのかもしれないけど、中身男の子だからね。まあ、シロと比べれば見劣りするだろう。

 

「と、とりあえず! まずはお化け屋敷にでも行きましょう!」

 

束はさっきの話で恥ずかしくなったのか、頬を真っ赤に染めながらそう提案する。

って、朝太の方も赤面してる……。

 

惚気るなら2人っきりの時にしてくれます?

こちとら恋人いない歴=年齢+前世なんじゃい!

 

「クロさんの怯える顔を見るのが楽しみですよ、ふふふ………」

 

お化け屋敷かぁ。そういえば妹と一緒に行ったっけ。

あの時は妹が物凄く怖がって………。

 

妹……?

 

誰のことだっけ……?

 

「クロさん、何ぼーっとしてるんですか? 早くしないとどんどん人が来て列並べなくなりますよ」

 

「あ、ごめん。ちょっとね」

 

まあ、いいか。

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

「ひ、ひあやあううあうあうあうあ!!! おびゃけ!! おびゃあっけけけがああっはがっが!!」

 

「束、誰の怯える顔が楽しみだって?」

 

お化け屋敷にやってきたところ、本気でビビってたのは束ただ1人だったみたいだ。

俺と辰樹、それに朝太は、お化け屋敷を楽しむというよりも、お化け屋敷で怯えている束を見て楽しんでいた。

 

というのも、束は小さい頃から遊園地というものに訪れたことがないらしく、そのせいでお化け屋敷自体も初めてだったらしい。

 

「クロは、こういうの怖くないのか?」

 

「え……………あ、ああうん。全然」

 

びっくりした。突然辰樹が話しかけてきたものだから、焦ってしまった。

辰樹、実はあの時のこと、案外気にしてなかったりするのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……次は、ジェットコースターにしますか!」

 

お化け屋敷から出た束は、先程まで怯えていたとは思えないほど活発な声でそう言う。

やっぱり、初遊園地でテンションが上がってるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

「オロロロロ………………」

 

「だ、大丈夫か束……」

 

ジェットコースターから降りた後、そこには束の背中をさする朝太の姿が………!

 

……何があったのかは、彼女()の名誉のために黙っておこう。

 

「こ、これがジェットコースター(悪魔の乗り物)ですか……! お、恐ろしい……。私の臓器()をこれでもかという程にかき混ぜ(ミキサーし)てくるとは……!」

 

お化け屋敷の時と同様、やっぱりジェットコースターでも束が一番喚いてました。

正直、あんなに絶叫する束の姿はもう二度と見れないんじゃないかなと思うくらいに。

 

「つ、次はもう少し落ち着いたものにしましょう。そう、観覧車とか、そういうゆったりとしたもので」

 

今の束の様子を見てると、正直観覧車でも怖がっちゃうんじゃないかなって気がするんだけど、大丈夫かなぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

 

 

「「………………」」

 

で、観覧車に乗ることになったんだけど……。

束と朝太が2人っきりで乗りたいって言い出して、そのせいでこっちも辰樹と2人っきりの状況な訳だけど…。

 

いや、もちろん恋人同士で乗りたいって気持ちはわかるし、束も俺ばっかに構うわけにはいかないってのも分かるんだけど……。

 

それにしても、だ。気まずいものは気まずい。

 

「「あの、さ……」」

 

か、被っちゃったぁ……。

 

「あ、先言っていいぞ」

 

「いや、辰樹の方こそ、言いたいことがあるなら先に……」

 

「じゃあ…………その、この前はごめん……。俺、クロの気持ちとか、何も考えれてなくて……」

 

やっぱり、嫌われてるってわけではないんだ。

いや、分かってた。嫌ってる相手に対して、助けたいだとか、そんなこと言うはずなんかないって。

 

それに、この前のことに関しては、辰樹にはなんの非もない。

悪いのは全面的に(クロ)だ。

 

「辰樹、それは違う。あの時は、ただ、辰樹に八つ当たりしてただけだから、謝るのは私の方。本当にごめん」

 

「……今は、どう思ってるんだ? まだ、ユカリのこと……」

 

「正直言ったら、まだ、割り切れてはいないと思う。魔族を恨んでないって言ったら嘘になるし、復讐をする気がないかっていうと…………わからない。でも、今は物凄く、安定してるっていうか………。そうだね、助けてもらえて、良かったって思ってる。だから、ありがとう、辰樹」

 

「俺は別に何も……」

 

「私のこと助けようとしてくれてたでしょ? アレのおかげでもあるんだ。私が組織から抜け出せたの。だから、ありがとう」

 

嘘は言ってない。実際、組織を抜け出しても………助かっても良いのかななんて思えたのは、辰樹が俺を助けようとしてくれていたから、その気になれたっていうのは大きい。正確に言えば、櫻や辰樹、皆がって部分だけど。

 

それでも、何人かが自分の身を案じてくれてるって考えたら、やっぱり人って心を動かされるものだ。

 

「クロ……。俺、言っておかないといけないことがあるんだ」

 

「? 何?」

 

言っておかないといけないこと?

何だろう。そういえば、観覧車の進みも、残りもう半分くらいか。

 

「俺……さ………」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

「好きだ。クロのこと」




ルサールカ、そろそろ迎えに行ってあげたら?


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Memory78

「遊園地楽しかったね〜」

 

「ま、たまにはこういうのも悪くないかもな」

 

辺りもそろそろ暗くなってきて、いよいよ解散、って感じの雰囲気になってきたわけなんだけど……。

 

『好きだ。クロのこと』

 

観覧車での辰樹のあの発言……。

驚いた。まさか、そんな風に好意を持たれていたなんて、思ってなかったから。

 

辰樹が好きになるにしても、それはシロだろうって思ってたから、本当に、予測不可能だった。

 

答えに関しては、保留。

正直、突然のことで、気持ちの整理もできていないし、答えようがないってのが正しい。

 

多分、告白される前の俺に、もし告白されたらどうする?って尋ねたら、きっと断るって即答するんだろう。でも、それじゃいけないと思った。

 

相手は、真剣だ。

本気で俺のことが好きだって、そう想ってくれてる。だったら、前世が男だったから、無理ですだとか、恋愛対象じゃありませんだとか、そんなことを言って最初から諦めるのは失礼なんじゃないかって。今は女なんだし、改めて、じっくり考えてみるべきなんじゃないかって、そう思ったんだ。

 

直ぐに断って、逃げることはできる。でも、これから“クロ”として生きていくなら、やっぱり考えておかなくちゃいけないことだと思った。

 

男と、添い遂げることができるのかって。

 

「待って、誰かいる…」

 

遊園地から出て、しばらくした頃。

突然櫻が止まり出して、いきなり魔法少女、マジカレイドピンクへと変身を遂げる。

 

そんな櫻の様子を見て、来夏や束、シロもそれに続く。俺も慌てて変身し、戦闘に備えておく。

 

「やあ、クロ。久しぶりだね」

 

「殺しに来たぜェ。クソガキ共」

 

そこにいたのは、吸血姫・アストリッドと、組織の元幹部・ゴブリンだった。

 

「何しに来たの?」

 

櫻は普段の明るさからは想像もできないほどに冷え切った、低い声を出す。

しかし、アストリッドはそんな櫻にも臆することはない。

 

「何しに来た? 決まってる。やり直しと、復讐さ。2年前のね」

 

「要は皆殺しってわけだ」

 

「勘違いしないで。私が気に入った子は、皆吸血鬼として私が迎え入れてあげる。勿論、クロはもう確定。だから安心して良いよ」

 

「誰が安心できるか!!」

 

来夏は、バチバチと電撃を流しながらアストリッドとの距離を一瞬で詰める。

だが。

 

「おっと、お前の相手は俺がしてやる」

 

そんな来夏とアストリッドの間に、ゴブリンが割って入る。

 

「で、こいつは殺しても良いのか?」

 

「はぁ。ダメ。基本皆欲しいから。まあ、生きているならどこまで痛めつけても問題ないから。死なない程度に好きにして。あ、勿論、見た目に支障がない程度の傷にしておいてね? 傷がついたら可哀想でしょ?」

 

アストリッドの言葉を受け、ゴブリンは嬉々として来夏に攻撃を加えていく。攻撃許可が出たからだろうか。

 

「皆、逃げて。アストリッド達の相手は、私と来夏ちゃんでするから」

 

そうだな。きっと、その方がいいのかもしれない。けど……。

 

「アストリッド………!!」

 

あいつを一目見た瞬間から、2年前の、ユカリを手にかけた時のことを思い出した。

その時に感じた、アストリッド(あいつ)に対する憎悪も。

 

殺してしまいたい。

この手で、奴を。

 

命の価値だとか、殺してしまったら、後戻りできないだとか。

 

 

 

 

 

そんなの、関係ない。

 

殺さなきゃ、気が済まない。

 

殺さないと、じゃないと、ユカリが報われない。

 

そうだ、俺が生きてきたのは、この時のためだったんだ。

 

殺さなきゃ、殺さなきゃ、殺さなきゃ……。

 

 

 

 

 

「クロ!!」

 

「あ、シロ……」

 

そっか。ダメだ。ここで冷静さを見失ったら。

せっかく、皆が助けてくれたんだ。この命を無駄にするわけにはいかない。

 

それに、どうせ俺が戦っても、アストリッドには勝てない。2年前は、怪人強化剤(ファントムグレーダー)があったからこそ、(アストリッド)に勝てたのだ。大体、ここで俺が戦ったって、足手まといだ。邪魔になるだけ。戦わない方がいい。

 

正直、アストリッドの奴を殺してやりたいという気持ちは、今でも残ってる。けど……。

 

辰樹への返事もまだだ。

だから、ここは櫻の言う通り、逃げた方がいいだろう。

 

「アストリッドは他にも仲間を連れてきてるかもしれない! だから茜、皆をお願い!」

 

「連れてきてないんだけどね〜」

 

「もちろん! 任せて!」

 

櫻の指示により、俺達は茜を先頭に、この場から離脱した。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「この前ぶりだね、茜ちゃん」

 

「あ、あんたは……ロキ!」

 

アストリッド達の襲撃から逃げた(クロ)達だったが、逃げた先では、ロキと呼ばれる魔族と、頭に角を生やした、鬼の魔族の男が待っていた。

 

「今の茜さんなら、魔族の相手も可能みたいですが、流石に2対1では………。仕方ありません……。朝太さん、行きましょう」

 

「ああ、分かった」

 

「クロさん達は逃げてください。アストリッドの狙いは、おそらく貴方です。目の前にいる魔族の目的はわかりませんが…………ただ、今は逃げてください」

 

そう言って、束は魔法の弓を構え、鬼の魔族めがけて放つ。隣に朝太も立っているが、何か作戦でもあるのだろうか。

 

とりあえず、逃げないと。

俺は、シロ、辰樹の2人と一緒に茜達のいる場所から離れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ………はぁ……」

 

「あら? そちらからきてくれるなんて、嬉しいわ」

 

「な、んで………」

 

さらに逃げた先で待っていたのは、組織の幹部、ルサールカだ。隣には、仮面を被ったよくわからない奴が突っ立っている。

 

「思い出したのよ、貴方につけていた盗聴器の存在を、ね。その盗聴器、過去数日間の記録は録音する機能がついてるから、辿ってみたら…。貴方に手を貸した裏切り者の存在が分かったのよ」

 

つまり、ミリューが俺の生命維持装置のリモコンをルサールカから奪ったということがバレたのだろうか。

ミリューは………。いや、今はそれどころじゃない。

 

「やるしかないか……」

 

俺とシロは身構える。

相手は幹部。勝てるかどうかわからない。

 

だけど、大丈夫。俺とシロなら………。

 

「いいの? 貴方のお友達を人質にとってるんだけど」

 

ルサールカがそう言って、後ろから連れてきたのは……。

全身ロープで括り付けられ、身動きが取れないように拘束された、愛だった。

 

「め、ぐみ…………」

 

何で、どうして。

愛は組織に従順だったはずだ。裏切るそぶりも見せてなかったし、命令はちゃんとこなしてた。なのに……。

 

あんまりだ、こんなの。

 

「取引と行きましょう。クロ、組織に戻ってきなさい。そしたら、愛の身の安全は保証するし、貴方の仲間も見逃してあげるわ。どう? 悪い提案じゃないでしょ?」

 

「クロ、耳を貸しちゃダメ。あいつの言うことは、信用できない」

 

「そうだ。取引に乗っちゃダメだ。あの子は、隙をついて奴から引き剥がそう」

 

シロや辰樹の言う通りだ。

組織に従順だった愛のことを人質として使うような奴が、約束を守るはずがない。

 

何とかして、ルサールカの隙をつかないと。

じゃないと、愛が…。

 

「ほーら、はやくしないと、貴方の大切なお友達の命、なくなっちゃうわよ?」

 

挑発には乗らない。向こうからしたら、愛は大事な交渉材料。下手に手放すことはないはず…。

 

(クロ、私の分身を、ルサールカの背後に送り込んだ。後は、ルサールカの気を削いでくれれば、私が何とかする)

 

(分身って、いつの間にそんなこと……。いや、うん。分かった。やってみる)

 

「ルサールカ、分かった。交渉に乗る」

 

そう言って俺は、ルサールカを油断させるために、魔法少女への変身を解き、両手を挙げながら、ルサールカの方へ歩いていく。

 

「シロ、今!!」

 

俺の合図とともに、シロの分身がルサールカから愛を奪い、距離を取る。

 

上手く行った。

 

「愛!」

 

俺はすぐに愛の方に駆けていく。後はシロと連携して、ルサールカを倒せば……。

 

「つーかまーえた♪」

 

「へ?」

 

そう言って、愛は俺のことを羽交い締めにしてくる。

何で……?

 

「よくやったわ、愛」

 

まるで初めから作戦通りだとでも言うかのように、余裕の笑みでルサールカはそう告げる。

 

「人質作戦を提案したのは僕なんだ。ごめんね」

 

「愛、なんで………」

 

「君をどうしても独占したくて。嫉妬してたんだ、魔法少女達と仲良さそうにする君を見て。君は僕だけのものなのにって。でも、これでもう、離れることはないね」

 

愛……。そんな風に……。

信じて、たのに……。

 

「ここで貴方達を皆殺しにしてもいいのだけれど、約束を守らない女だと思われたのが残念だったし、特別に見逃してあげるわ。私って、優しいわ〜。さ、愛、シークレット、連れて帰るわよ、クロを」

 

また、組織に逆戻り、か。

ルサールカの口ぶりからして、ミリューはもう捉えられているのだろう。

 

「待って!」

 

シロ、まだ抵抗しようと…。

でも、ダメだ。せっかく見逃してもらえるのに、反抗したら……。

 

「私も、連れて行って」

 

「へぇ………」

 

………え?

何を、言って。

そんなことしたって、何も……。

 

「私、ずっと後悔してた。2年前、クロのこと見捨てて、組織から逃げ出したこと。2年間ずっと、辛かった。クロはもっと、辛い思いをしてたと思う。だから、私は、できるだけクロの隣にいたい。もう二度と、後悔しないように。少しでもクロが、辛くないように」

 

何で、何で……。

シロ、組織にいるの、ずっと辛そうにしてたのに。

 

本当は戻りたくなんかないだろうに。

 

何で………。

 

「シロ……」

 

「大丈夫だよ、クロ。一応、私の方がお姉ちゃんなんだから。妹を見捨てる姉なんて、あっちゃいけないでしょ?」

 

そう微笑むシロの表情は、どこか悲しそうで。

でも、それを悟らせないように、無理してるのが分かって。

 

何してるんだろう、俺。

前世も合わせれば、この子より数年は上の歳なのに。

 

「…………まあ、いいわ。実験体の2年ぶりの回収というのも、悪くないでしょうしね」

 

ああ、拒否しないといけないのに。

こっちに来ちゃいけないって、止めるべきなのに。

 

止めれ、ない………。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

結局、俺もシロも、ルサールカの手によって、組織に逆戻りとなった。

 

 

 

その場に残ったのは、

 

悔しそうに顔を歪める、辰樹だけだった。




おかえり〜


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Memory79

「どう? 新しいアジトは。中々いい出来でしょう?」

 

「これって…………」

 

組織の新たなアジト、それは、天空に浮かぶ移動要塞だった。

目立つんじゃないかと思うかもしれないが、ステルス魔法を駆使し、周りからは全く認識されないようになっているらしい。

 

「来ましたか」

 

「あ、ミリュー………」

 

アジトの入り口には、紫色の髪をツインテールにした少女、ミリューが立っていた。

ルサールカが言うには、ミリューの裏切り行為はバレたみたいだったが、許してもらえたのだろうか。

 

「ああ。勘違いしないでね。この子はミリューであって、ミリューじゃないの」

 

「え……?」

 

「組織を裏切った相手を、簡単に信用できるはずないでしょう? だから、少し弄らせてもらったの。次は、貴方達の番…………なーんて」

 

「っクロ、逃げて!」

 

後ろで、シロがシークレットと呼ばれる組織の新幹部に連れ去られていく姿が見える。

 

「何が…」

 

「ごめんなさいね。少し眠って頂戴」

 

あ……い………しきが………。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「っ離して! 離せっ! この…!」

 

真白は、仮面を被った新幹部、シークレットにとある部屋に連れ込まれる。

といっても、その部屋は特に何かおかしな点があるわけではない。

 

テーブルと、椅子。そして、いれたてのホットミルクが置いてあるだけだ。

 

「落ち着いて。危害を加える気はないから」

 

暴れる真白に、シークレットは宥めるように優しい声でそう言う。

 

「信用できないっ、離して!」

 

「………しょうがない……」

 

シークレットは、真白を拘束している腕を解く。

瞬間、すぐにドアの前に立ち、真白が部屋から出れないようにする。

 

「退いて」

 

「今ここで行ったら、ミリューお姉ちゃんみたいになる。だから行っちゃダメ」

 

「……なら尚更行かないと。クロが……!」

 

「真白お姉ちゃんが行っても、意味ないよ。犠牲者が増えるだけ。今は、耐えて」

 

「何で貴方の言うことを聞かなきゃいけないの? 私はクロを……」

 

「お願い、行かないで。信用できないっていうなら、私の正体も明かすから」

 

そう言って、シークレットは自身の身につけている仮面に手を置く。

 

 

そして、ゆっくり、シークレットは自分の顔を隠している仮面を取っていく。

 

真白も、一旦は落ち着いて、シークレットが仮面を取る様子を、じっと見つめている。

 

「嘘…………」

 

「信じられないよね。だって私、2()()()()()()()()()()()()

 

シークレットの正体。

それは、2年前にアストリッドに操られたクロの手によって命を落とした少女、ユカリだった。

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、バラしたのか」

 

真白は、自身の正体を明かしたシークレット改めユカリに連れられて、表でアイドル活動を行っている魔法少女朝霧千夏の元へとやって来ていた。

 

どうやら千夏は、シークレットがユカリであるということを知っていたらしい。

 

「どうして私をここに…?」

 

「千夏お姉ちゃんも味方だから、それを伝えたくて」

 

「ミリューって奴は“調整”されちまったらしいからな。代わりに私が面倒見てるんだ」

 

ミリューは常にシークレットことユカリを隣で連れ回しており、それはルサールカなどの他の幹部から、シークレットがユカリであるということを隠すための行動だった。しかし、ミリューが“調整”されてしまった今、ユカリの面倒を見ることができるのは、組織内で千夏くらいしかいなかったのだ。

 

「“調整”って?」

 

「組織に忠実になるように、文字通り調整することだ。今頃、クロも組織の“調整”を受けてるだろうな。“調整”されてしまった奴は、組織の操り人形も同然だ」

 

「なら、はやく助け出さないと……」

 

「無理だ。今行けば、お前まで“調整”されることになる。一応、お前の“調整”はシークレットが行ったってことで通す。だから、今は待て」

 

「…………“調整”されたとしても、助け出す方法はあるの?」

 

「ミリューお姉ちゃんの場合は、体に魂を三つまで持てるみたいで、その性質を利用して、主人格の魂を組織に忠実な人の魂にすることで“調整”してるって言ってた。だから、もう一度主人格を『ミリュー』に戻せば、元のミリューお姉ちゃんに戻ると思う。でも、クロ(お姉ちゃん)に関しては、何も情報がないから……」

 

ミリューの体は、魂を三つまで持てる。最初に持っていたのは、ユカリの魂、ミリュー自身の魂の二つだ。ミリューは元々、自身の体にユカリの魂を内包していた。そこから、ユカリの肉体の器を作り上げ、そこに自信が持っていたユカリの魂を入れることで、彼女を生き返らせることに成功したのだ。

 

ただ、ミリューがユカリを生き返らせることに成功したのは、あくまでユカリが人造人間だったからだ。

ユカリが元はシロのクローン人間だったからこそ、再び同じ製法で生み出したユカリそっくりの個体に彼女の魂を入れることで生き返らせることができた。そのため、ユカリ以外の人間で同じことができるというわけではないし、そもそも、魂はずっと現世に存在し続けるわけではない。

 

転生し、新たな人生を送ることもあれば、傷付き過ぎた魂は消滅してしまうこともある。

 

そしてそこからミリューは、パリカー殺しを行い、彼女の魂もまた自身の体で保持していた。

だが、ルサールカによって自身の裏切り行為がバレてしまい……。

 

パリカーの魂の形を、ルサールカは知っていた。そのせいで、ミリューが魂を複数所持できるということが、ルサールカも分かってしまったのだ。

 

結果、組織に忠実になるように作られた人造人間から魂を取り出し、ミリューの体にその魂をねじ込まれる事態となってしまったのだ。

 

だが、クロの場合はどうだろうか。

クロの体では、魂を三つ持つなんて芸当はできない。もちろん、二つの場合でも同じだ。

 

なら、ミリューの時とは違う形で“調整”が行われるはずだ。

 

つまり、クロ自身の洗脳。

 

クロが、『組織は素晴らしい』『裏切るなんてとんでもない』と、そう思えるように、クロの脳を弄る。それが、今からルサールカがやろうとしている“調整”だ。

 

「だったら、尚更助けに行かないと。今行かないと、手遅れに…!」

 

「待て。組織に愛がいる以上、クロは組織から逃げることはできない。今お前がクロを救い出したところで、結局組織から逃げ出せずに、お前もクロもまとめて洗脳されて終わりだ。そんなことになるくらいなら、お前だけでも洗脳を逃れた方がいい。愛のことも含めて、クロを助けるために組織の内部を探れ」

 

千夏の言うことは正しい。

実際、クロを組織から連れ出したところで、再び愛のことを出されれば、クロはもう一度組織へ戻ろうとするだろうし、当然、ユカリだって何度も真白を助けることができるわけではない。そうなった場合、クロだけの洗脳で済んだはずが、クロも真白も洗脳されてしまうという事態に陥ってしまう可能性すらあるのだ。

 

当然、クロが洗脳される前に組織からクロを助け出すのに越したことはないが、それを行うにしては、リスクが多すぎるし、助け出せる可能性が低すぎる。一番上手くいくとしても、愛の存在を消して、クロが組織に所属しておく理由を消すことだろうが、そんなことが許されるはずもない。

 

真白に今大切なのは、備えだ。

クロの洗脳を解く備え。

クロが組織に所属する理由となってしまう、愛を何とかするための備え。

そして、組織の内部情報を探り、いつでも組織を潰せるようにしておく備え。

 

だから、今は我慢しなければならない。

 

もう二度と見捨てないと誓ったのに。

 

 

それなのに……。

 

 

 

真白に求められるのは………。

 

 

 

もう一度、見捨てることだった。



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Memory80

 

 

ルサールカ様に“調整”してもらったおかげか、俺の頭の中はとてもスッキリしていた。

 

組織のために奉仕する喜び、魔法少女の身でありながら、組織に属することができる喜び。

 

昔は、組織にいることが物凄く嫌だったはずなのに。

今では、この組織に居させてもらえることが、嬉しくて仕方がない。

 

ルサールカ様が言うには、シロも“調整”してもらったようで、きっと俺と同じ気持ちになっているんだろう。

 

愛は、俺のためを考えて、自分を人質として使ってまで俺とシロを組織に連れ戻したのかもしれない。そう考えると、愛には感謝しなければいけない。

 

今は本当に、幸せだ。

だって、俺は早速、ルサールカ様から仕事を貰えたのだから。

 

「嘘でしょ……何で……!」

 

そう、魔法少女の殺害、という重大な任務を、だ。

 

俺は、シロと共に組織の新幹部となったロキ様や鬼の魔族のノーメド様と戦闘をしている茜や束を殺しにやって来ていた。もし、成功すれば、ルサールカ様から『ご褒美』が頂ける。

 

ここに来る前に、事前の報酬として、頭を撫でてもらった。もし、殺害に成功すれば、より組織のことが好きになれるように、もっと深い”調整“をしてもらえるらしい。

 

より深い”調整“をしてもらうことで、組織から一生離れられない。本当に組織のためにしか働けない、組織の奴隷にさせてもらえるのだ。……こんなに嬉しいことはない。

 

俺の一生が、組織のために使い潰される。その未来を想像しただけで、俺の脳は幸せな感情で満たされていく。

 

 

 

 

そして今、茜の相手を俺がし、束の相手をシロがしている。

ロキ様やノーメド様は、ルサールカ様から俺やシロがきちんと“調整”されているのか確認するために、俺達に茜を殺させようと言われているため、戦闘には参加していない。

 

「ルサールカ様に“調整”してもらったから。だから、茜には悪いけど、死んでもらうね」

 

俺はそう言って、茜に黒い大鎌を振りかざす。

だが、茜の全身はメラメラと炎に燃えており、俺の大鎌はすぐに茜の炎によって塵にされてしまう。

 

………厄介だな。

 

「なっ、そんなこともできるの? ………わかったわ、お願い、イフリート」

 

また、イフリート。

確か、前に組織の幹部だった奴にも、イフリートっていうのがいた気がする。

何でイフリートの名を………。

 

『おい、クロ。聞こえるか?』

 

「……?」

 

何だ、この声。

まさか、これがイフリート……?

 

『今から、お前の中に入り込む。お前の“調整”、俺が解いてやる!』

 

なんだ、茜の炎が、俺の体に。

 

「お願い、クロ。目を覚まして」

 

俺の中で、何かが動いている。

 

何をしているんだ。

 

やめろ、やめろやめろやめろ。

 

俺の心に、土足で踏み込もうとするな。

 

せっかく、“調整”してもらったのに。

せっかく、今、幸せなのに。

 

「出て行け………」

 

「クロ…?」

 

「出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け」

 

お前には、俺の心の中は覗けやしない。覗けてたまるか。

 

 

 

 

 

………ああ、そうだ。

 

分かった。お前の追い出し方。

 

俺には前世がある。”クロ“は、俺の二度目の人生だ。

 

つまり、俺は、一度死んでいる。

ということは、無意識ながらに、俺の記憶の中には、『死の記憶』があるはずだ。

 

『死の記憶』、そんなものを覗いてしまえば、いくら組織の元幹部とはいえ、ただでは済まないはずだ。

 

どんな生命体にも訪れる、『終焉』。

 

それを今、経験させてやる。

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

クロと茜が戦闘を繰り広げる最中、真白と束もまた、互いに戦闘を繰り広げる…………。

 

……というわけではなく。

 

いや、実際には、ロキやノーメドに勘付かれないよう、戦っているフリをしてはいるのだが、互いに殺し合うつもりもなければ、傷つけ合うつもりもない。

 

2人は、戦闘をするフリをしながら、小声で会話を交わしていた。

 

(一体、どういうことなんですか?)

 

(クロが、組織に洗脳された。私は、組織に居た来夏の妹の子とか、あと、ユカリにも助けられて、洗脳されずに済んだ)

 

(待ってください。生きてたんですか? ユカリさんって)

 

(まあ、生きてたっていうか、生き返ったっていうか……。とりあえず、私は組織の内部から、クロの洗脳を解く方法を探ってみる)

 

真白は、ルサールカによってクロが洗脳されてしまったことや、ミリューの裏切りがバレてしまったこと。今は、ルサールカによって束達を殺すことを命じられてしまったこと。そして、ルサールカが真白のことを洗脳していると思い込んでいる状況を利用して、組織の内部からクロの洗脳を解く方法を探ることを束に伝えた。

 

(しかし、どうしますか。組織の幹部が2人後ろで控えている以上、私達が逃げることは難しそうですが………)

 

(とりあえず、今アストリッドと戦ってる櫻や来夏が来るまで、耐えてもらうしかないかも。まあ、私は手を抜いて戦うから、心配なのは茜の方なんだけど……)

 

(今の茜さんはかなり強くなってるみたいなので、多分大丈夫かと。しかし、クロさんを洗脳して、無理矢理従わせるなんて………許せないです。せっかく、仲良くなれたのに)

 

(……絶対、私がクロのこと、助けるから)

 

(…………何か、私にできることはないですか?)

 

(魔衣に連絡を取って、クロの洗脳をどう解くか、相談してみてもいいかも。クロの爆弾を取り除いてくれたのも、魔衣だから)

 

(分かりました。絶対に、クロさんの洗脳を解きましょう)

 

(うん。絶対に、元のクロを取り戻す)

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

『っ! まずい!』

 

どうやら、俺の作戦は成功したようだ。

イフリートは、おそらく俺の『死の記憶』に触れることを恐れてか、俺の体から出ていき、茜の元へと戻っていく。

 

『すまん。追い出された。心の中に入り込むことすらできなかった』

 

「仕方ないわ。クロ………“調整”って何? 一体、何をされたのよ?」

 

「“調整”は“調整”だよ。それに、茜はそんなこと気にする必要はない。だって、今から私に殺されるんだから!!」

 

「なんで、こんな風になっちゃったのよ…………あーもう!」

 

茜は、イライラしつつも俺の攻撃を交わしている。

 

「神なんてものがいるなら、訴えてやりたいわ。何でクロをいつまでも組織に縛りつけようとするのかって!」

 

俺もまた、茜の攻撃を交わすが………これ、手加減されてるな。

俺のことは攻撃できないってことかな。甘いんだね。

 

「上手く行ってたじゃない………爆弾も取り除けて、生命維持装置も何とかなって……今日だって、皆で遊園地に行って………」

 

そう話す茜の目からは、涙が流れている。

 

でも、悲しいかな。俺は、茜のそんな姿を見ても、何も感じない。

いや、何も感じないわけじゃない。

 

滑稽だなって。

 

俺はもう、茜のことも、束のことも、櫻のことも、みーんなどうでもいいのに。

 

こいつら皆、俺のことまだ友達だと思ってるんだなって、そう思うと……。

 

「馬鹿だね」

 

「何よ……」

 

「私のこと、倒すなんて簡単な癖に。変な情に流されて、手加減しちゃってる。せっかくだし、言ってあげよっか? 私は、お前らのこと別に友達だとか思ってないから」

 

「……嘘よ、嘘に決まってる……」

 

「嘘じゃないよ。あっ、シロは別ね? だって、私と同じで、組織のために働いてくれるから」

 

「嘘だって、本当は違うって、言ってよ…………お願い………。一緒に、怪人も倒したじゃない……」

 

そういえば、まだ組織の素晴らしさが分からず、愚かにも組織を裏切って櫻達と行動を共にしていた時は、シロや茜と共に街に現れた怪人を討伐してた時期もあったかな。

 

「そうだね……。確かに、嘘ではないよ。あの時は、本当に櫻達のこと友達だと思ってた。もちろん、茜のことも。でもね、今はどうでもいい。むしろ、組織の邪魔をするくらいなら、死んでしまえばいいって、そう思ってるから」

 

茜は俺の言葉を聞いて、悲しそうな表情をしている。

 

「クロ、私は、諦めないわ。私はまだ、貴方のこと友達だって…………大事な仲間だって思ってるから」

 

「うるさいな。死んでよ。鬱陶しいから………」

 

「っ! 絶対、助ける。貴方が”調整“ってものを受けて、そうなってしまったっていうなら………。私が、クロ、貴方を”調整“して、元に戻してあげる!」

 

やっぱり、甘い。

 

まあ、いい。手加減してくれるというのなら、それで。

こっちはこっちで、全力で行かせてもらう。

 

手加減はしない。

絶対に殺す。

 

全ては、

 

組織のために。

 



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Memory81

 

 

 

櫻とアストリッドの戦いは、互いに決定打となる攻撃を加えることができず、中々決着がつかないでいた。

 

櫻がセカンドフォームになれば、すぐにでもアストリッドを倒すことができる。が、セカンドフォームは魔力の消費が激しい。アストリッドと戦った後のことを考えても、櫻はセカンドフォームを温存するしかなかったのだ。

 

「このままじゃ埒があかないね」

 

アストリッドは、いつまでも終わらない戦いに嫌気がさして来たのか、懐から注射器のようなものを取り出す。………怪人強化剤(ファントムグレーダー)

一時的に自身の戦闘能力を大幅に上げる代物だ。

 

アストリッドは、怪人強化剤(ファントムグレーダー)を自身の腕に刺す。

瞬間、アストリッドの全身から、とてつもない量の魔力が漏れ出す。

 

「怪人ってのは魔族を参考にして作られたものだ。その怪人用に作られた怪人強化剤(ファントムグレーダー)なら、魔族に使っても同様の効果が得られるはずだ。分かるかな? 怪人強化剤(ファントムグレーダー)を使った私には、君は敵わないんだ」

 

櫻達魔法少女が怪人強化剤(ファントムグレーダー)を使用した場合、クロなどの例外を覗けば、その副作用で魔法少女として活動できなくなってしまうか、最悪の場合命を落とすことになる。

 

だが、アストリッド達魔族には、怪人強化剤(ファントムグレーダー)を使用することによるデメリットなどない。

 

「それなら……私も本気を出さなきゃだね……」

 

櫻もまた、アストリッドに対抗するかのように、セカンドフォームへと変身する。

 

櫻はセカンドフォームになれば、他のどの魔法少女にも負けない、最強の魔法少女である。

 

だが……。

 

(セカンドフォームでも、勝てるかどうか………でも、やるしかない)

 

そんな櫻ですら、今のアストリッドの強さは計り知れない。

 

究極魔法(マジカルパラダイス)・百花繚乱!!!」

 

「そんなもの…」

 

櫻は、無数の武器でアストリッドに攻撃を加えるが、アストリッドはそれを血の刃で全て相殺していく。

 

「まだまだ! 究極魔法(マジカルパラダイス)・花吹雪!!」

 

櫻が唱えると、周囲に桜の花弁が吹き荒れ、アストリッドの視界を阻害し出す。

また、異次元から伸びた鎖が、アストリッドの体を拘束しようと四方八方からアストリッドに向かって来る。

 

アストリッドはその全てを、鬱陶しそうにしながらも交わしていく。

 

当然、櫻も鎖でアストリッドを捉えることができると考えているわけではない。

 

アストリッドが鎖を避けると、どうなるか。

アストリッドに、周囲に飛び散っている桜の花弁。それがアストリッドの体と触れ合うことになる。

 

その花弁がアストリッドの体に触れた途端。

 

バチっと、まるで電撃が走ったかのような衝撃が、アストリッドの体に走る。

 

そう、今ここで舞い散っている全ての花弁は、アストリッドに攻撃を加えるための、『武器』なのだ。

 

アストリッドが鎖の拘束から逃れようとすれば、桜の花弁に当たって、自身の体に次々とダメージを与えられてしまう。逆に、花弁を避けようとすれば、今度は鎖への注意が疎かになってしまい、櫻によって拘束されることになる。

 

「花吹雪は、一度発動すれば数時間は発動し続ける。しばらくそこで遊んでおくといいよ」

 

そう言って櫻は、アストリッドをその場に置いて、茜達が向かった方へと駆け出す。

 

当然、あの程度でアストリッドを仕留めれるとは思ってはいない。だが、確実に足止めはできる。

その間に、茜達の様子を見に行こうと、そう櫻は考えたのだ。

 

「ちっ……厄介な……」

 

そんな櫻を追おうとするアストリッドだったが、櫻の花吹雪によって、完全に身動きを封じられてしまっていた。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

アストリッドのことを放置し、茜達のいる場所へとやってきた櫻が見たのは、魔法少女同士で戦い合っている、見たくない光景だった。

 

束は真白と、茜はクロと、それぞれ戦い合っている。

真白が本気で束と敵対し合うつもりがないのは、戦いぶりから何となく察せる。櫻は、戦闘面に関して敏感になっているためだ。だが、クロの茜への態度は……。

 

(明らかに、殺しに行ってる、よね……)

 

茜のことを殺したい、そんな感情が遠目で見ても分かるほど、クロからはとてつもない殺気が出ている。

 

(一体、何が……)

 

「うるさいな。死んでよ。鬱陶しいから………」

 

「っ! 絶対、助ける。貴方が”調整“ってものを受けて、そうなってしまったっていうなら………。私が、クロ、貴方を”調整“して、元に戻してあげる!」

 

(“調整”? とにかく、クロちゃんが何かされてしまったのは間違いなさそう……そうなったのは……)

 

櫻は、魔法少女達の戦いを傍観している組織の幹部達の方へ視線を向ける。

 

(あいつら………)

 

櫻は、後方で見物に徹しているロキとノーメドに殺気を向ける。

 

「百山櫻か………。流石にあいつを相手にするのはしんどいな、ずらかろうぜ」

 

ロキは、櫻の存在に気付き、ノーメドと共にこの場を去ろうとしている。

 

「させない!」

櫻はロキとノーメドを逃さないため、追いかけようとするが………。

 

横から大鎌が飛んできたことによって、足を止められる。

 

その大鎌を投げたのは、クロだ。

茜との戦闘で使っていた、自身の武器を、組織の幹部の逃走のために使ったのだ。

 

茜との戦闘中であるにも関わらず、だ。

 

「ロキ様とノーメド様は、組織に帰って仕事をしなきゃいけないのに、邪魔するなんて何考えてるの? 大体、組織に逆らおうなんて、馬鹿が考えることだよ。まあ、私も前までその馬鹿の1人だったんだけどさ……。可哀想だね、組織の素晴らしさが解らないなんて。組織のために、自分の人生台無しにして、一生を使い潰されることが、どれだけ幸せなことなのか分かってない」

 

別に櫻は、クロの足止めを無視してロキやノーメドを追うことぐらい容易にできる。だが……。

クロのおかしな言動。それに動揺して、ロキやノーメドのことなど、どうでもよくなった。

 

「自分の人生台無しに、一生を使い潰されることが幸せ……? おかしいよ……そんなの……」

 

「分かってないなぁ……。身の程はわきまえないと。魔法少女として人々を守る。自分の夢を追う。結婚して、子供を作って、幸せな生活を送る。全部馬鹿馬鹿しい。私達に必要なのは、組織のために働くこの身ひとつ。この世界は、組織に支配して貰えばいいの。人を守る必要もないし、自分の夢なんて追わなくていい。将来は、全部組織に決めて貰えばいい。結婚して子供を産むなんて以ての他。子孫を残すなら、組織の魔族の方の立派な遺伝子を残していかないと」

 

「そんなことない……。人を守るのも、夢を持つのも、家庭を持つのも、全部立派なことだよ…。馬鹿馬鹿しいことなんかじゃない」

 

「そんなに何かを守りたいなら、組織を守ればいい。夢を持つなら、組織で働かせてもらうことを夢にすればいい。子供が欲しいなら、組織の魔族の方に頼み込んで優秀な遺伝子を恵んで貰えばいい。正直馬鹿馬鹿しいけど、でも、組織でも櫻が言っていることはできるよ?」

 

「そうじゃない………そうじゃないんだよ……クロちゃん………」

 

「はぁ……話しても無駄だね。やっぱり、馬鹿には組織の素晴らしさが分かんないんだ?」

 

もう既に、茜も束も、戦うことを止め、クロの発言に、何とも言えない表情をしている。

察したのだ、今のクロに何を言っても無駄なのだと。完全に組織の虜になってしまったのだと。

 

「……クロ、一旦、組織に帰ろう。櫻を相手にするには、私達じゃ厳しいから」

 

「シロ……。でも、魔法少女を殺せってルサールカ様に命令されたでしょ? 何もせずに手ぶらで帰るのって……『ご褒美』も貰えないし……」

 

「敵いもしない相手に、無理に挑むの? それこそ、馬鹿だよ。きっと、そんな馬鹿な行動してたら、ルサールカ様にも軽蔑される」

 

「そっか、そうだね。危ない、危ない。敵わない相手に挑んでも、組織には何の特にもならないもんね。そんなことしたら、ルサールカ様にも失望される。ありがとうシロ。シロのおかげで、馬鹿にならずに済んだよ。やっぱりシロも、組織のために色々考えてくれてるんだね」

 

「う、ん……そう、だね……」

 

クロとシロは、組織へ帰ろうと、その足を動かそうとする。

 

「待って!!」

 

帰ろうとする2人を、茜が引き止めようとするが……。

 

「茜さん、今引き止めても、何も意味がないです。認めましょう。今回ばかりは、私達の負けです」

 

そんな茜を、束が引き止める。

束だって、今すぐどうにかできるなら、そうしたい。だが、無意味なのだ。今、いくら何をしようとも。

 

「来夏ちゃんのところ、行って来る」

 

櫻は、アストリッドと戦闘していた場所へと戻っていく。

アストリッドのことは花吹雪で拘束しているが、花吹雪は魔力の消費が激しく、ずっと発動させているわけにはいかない。それに、来夏がゴブリンに勝てたのかどうか、それもわからないし、アストリッドやロキは仲間というわけではないだろう。ロキやノーメドが帰ったからといって、アストリッド達も帰るわけではない。

 

「私達は……帰りましょうか。今櫻の援護をしに行っても、足手纏いだと思うから」

 

「そう、ですね…」

 

束と茜は、どこか暗い表情をしながら、家へと帰宅した。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「ルサールカ様、帰らせていただきました」

 

「あら、もう帰ってきたの?」

 

俺は、組織のアジトへと戻ってきていた。一応、組織は普段は空中に浮いているのだが、今は俺達が帰って来れるよう、地上に降りてきていたのだ。

 

ちなみにシロの面倒を見るのは、他の組織の幹部であるため、この場にはいない。

 

「それで、魔法少女の首は?」

 

「申し訳ありません……。櫻が来ちゃったので、流石に逃げるしか……」

 

「そう。じゃあ“調整”はお預けね」

 

「そ、そんな……。お、お願いします! 私を“調整”してください! もっともっと組織のことが好きになれるように、組織の駒になれるように!」

 

「あのねぇ。調子に乗らないでくれる?」

 

ドンっと、俺の腹に鈍い音が響く。

ルサールカ様が、俺に腹パンをした音だ。

 

「あぐっ………」

 

「クロ、貴方は、組織の使い捨ての駒なの。いつでも切り捨てれる、使い潰せる、そういう存在なの」

 

「いや………捨てないでください……」

 

「勿論、ちゃんと働いてくれれば、捨てないわ。『ご褒美』だってあげる」

 

「はい、ちゃんとはたらきます」

 

「そう。まあ、私でも百山櫻は怖いわ。だから、逃げてしまうのは仕方ないわね。だから、今度はターゲットを変えましょう」

 

そう言って、ルサールカ様は、三つの写真を俺に見せてくれた。

 

福怒氏 焔(ふくぬし ほむら)魏阿流 美希(ぎある みき)佐藤 笑深李(さとう えみり)。この3人、一応百山櫻との接点はあるけれど、でも交流が盛んなわけではないわ。だからきっと、ヤれると思うけど、どうかしら?」

 

「やります。殺せばいいんですよね? この3人」

 

「ええ、そうよ。怪人強化剤(ファントムグレーダー)も支給しておくから、きっと簡単にヤれると思うわ」

 

「わかりました、絶対に殺しますね」

 

ルサールカ様が提案してきたのは、かつてユカリと一緒にからかったことがある、3人の魔法少女を、殺害することだった。

 

怪人強化剤(ファントムグレーダー)も支給されてるなら、きっと簡単に殺せるはずだ。

絶対、3人の首を持ってこよう。そして、ルサールカ様に”調整“してもらうんだ。

 

もっと、組織のことが好きになれるように。

もっと、組織のために働けるように。



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Memory82

 

 

魏阿流 美希、福怒氏 焔、佐藤 笑深李の3人は、最近巷で噂になっている『死神』と戦闘していた。

 

 

 

 

 

……いや、戦闘と呼べるものではないかもしれない。

 

それは戦闘というよりも、蹂躙に近かったのだから。

 

「はぁ……。気持ちよかった。やっぱり、圧倒的な力で相手を打ちのめすのって、楽しいんだね」

 

『死神』は、3人の魔法少女が地面で倒れ伏しているのを踏み付けながら、興奮した様子でそう話す。

 

3人とも、動けなくなってはいるが、殺されてはいないし、致命傷はない。だが、それは『死神』が良心からそうしているわけではない。

 

痛ぶっているのだ。

3人の少女をサンドバッグにして、楽しんでいるのだ。

 

殺そうと思えばいつでも殺せる癖に。

あえて殺さずに、楽しんでいる。

 

その様子は、『死神』というよりも、『悪魔』に近い。

 

「やっぱり、放置しておくべきじゃなかったな……」

 

そこに現れたのは、櫻の兄、百山椿だ。

 

彼は基本的に表舞台に姿を現すことはない。潜伏しておけば、魔族が好き勝手に活動できないようにする抑止力になり得るし、彼の行動が知られなければ、魔族達の動きを裏から探りやすいためだ。

 

そんな彼がこの場に現れたのは、『死神』と呼ばれている少女、つまり、クロを始末するためだ。

 

櫻達では、クロを相手にすることはできない。そう悟った椿が、自らクロの目の前に顔を出したのだ。

 

「誰?」

 

「櫻の兄だ。お前の相手は、櫻達じゃできそうになかったからな」

 

言いながら、椿は桜の模様が入った刀を持ち、その刃先をクロに向ける。

 

「……『桜銘斬』、櫻の専用武器ってわけじゃなかったんだね」

 

瞬間、金属が擦れ合うかのような音が、閑静な住宅街で鳴り響く。

 

「野蛮だなぁ……。攻撃する前に、一言くらい話せばいいのに」

 

急な椿の攻撃を、クロは大鎌で防ぐ。椿は、殺すつもりでクロに攻撃したのだが、クロはそれに反応することができていた。

 

怪人強化剤(ファントムグレーダー)か……」

 

「そう。私の体には、いくらそれを打っても問題ないからさ」

 

椿は、クロが怪人強化剤(ファントムグレーダー)を使用していることがわかった途端に、クロから距離を取る。

 

「警戒されてるなぁ……まぁ、それなら……こっちから行かせてもらうよ!」

 

そんな椿を見て、逆にクロは攻めていく。

黒い大鎌を振るい、椿に対して何度も攻撃を加えていく。そこに遠慮をする様子はない。誤って相手を殺してしまってもおかしくないほど、猛烈な攻撃だ。

 

椿はそれを冷静に受け流していく。

だが、守りに徹しており、クロに対して攻撃を加える様子はない。

 

別に椿は、クロのことを殺したくないと考えているわけではない。そのため、手加減しているというわけではなく、単純にクロに攻撃する隙がないということなのだろう。

 

「どうしたの? 全然攻撃できてないみたいだ・け・ど」

 

クロは煽るかのように椿にそう言う。話しながらも、クロの攻撃は止まない。

 

後ろへ、後ろへ、後ろへ………。

椿の体は、どんどん後退していく。

 

「そろそろ、だな……」

 

椿はボソリとそう呟く。

 

瞬間、クロの猛攻が、止む。

 

厳密には、クロは攻撃をやめたわけではない。だが、確実に、その猛攻は、先程のように反撃する隙がない、という程のものではなくなっていた。

 

今度は逆に、椿の方が反撃を加え、クロが押される形となっていく…。

 

「は…な、なんでっ!」

 

クロの大鎌が、椿の『桜銘斬』によって弾かれ、宙を舞う。

 

「しまっ…」

 

「何か言い残すことは?」

 

椿は、クロに『桜銘斬』の刃先を向け、吐き捨てるようにそう問う。

 

クロの額に、汗が流れていく。

先程まで3人の魔法少女を蹂躙していたはずなのに、今やたった1人の男にここまで圧倒されてしまっている。

 

それもそのはずだ。

クロの怪人強化剤(ファントムグレーダー)の効果は、とっくに切れてしまっているのだから。

 

椿が今まで守りに徹していたのも、クロの怪人強化剤(ファントムグレーダー)の効果の時間切れを狙っていたためだったのだ。

 

「あっ…………」

 

「何もないようだな。それなら、死ね」

 

椿は、クロに『桜銘斬』を振り下ろし……。

 

究極魔法(マジカルパラダイス)・百花繚乱!!!!」

 

そんな椿に、攻撃を加える少女が1人。

彼の妹の、百山櫻だ。

 

「いくらお兄ちゃんでも、私の友達に手を出されたら、私も黙って見てるわけには行かない……!」

 

いくらもう組織に忠実になったとはいえ、櫻にとってクロは友人だ。敵だとしても、死んでいいなんて思っているはずがない。それに、今、真白が組織内でクロを元に戻すために動いてくれているのだ。

 

洗脳されて敵になってしまったから、殺す。それでは、意味がない。

 

だが………。

 

「まだ、私のこと友達だと思ってるんだ………。へぇ……じゃあ、こっちの友達と、私、どっちを取るのかな?」

 

そう言うクロは、先程まで戦っていた3人組の魔法少女の内の1人、笑深李を無理矢理立たせ、その首元にナイフを突き立てている。椿に殺されそうになった時、怯えていた癖に、櫻が助けた途端、すぐにこれだ。

 

組織に洗脳されたことで、クロの人格は、決して良いと言えるものではなくなってしまっていた。

 

「なっ、や、やめて!! そんなことしたって…!」

 

「だから言ったろ。殺すしかないんだ。じゃないと、お前の他の友達がやられることになる。全部助けるなんて、無理なんだよ」

 

「殺して欲しくなかったら、兄妹で殺し合いなよ。そしたら、笑深李(こいつ)には手を出さないでおく」

 

クロは櫻と椿にそう提案する。だが、実際には笑深李を生かすつもりなど微塵もない。美希のことも、焔のことも、笑深李のことも、ルサールカから殺すように指示されているためだ。

 

さらに櫻や椿の首を取れれば、ルサールカからの『ご褒美』も多くなるだろう。

だからこそ、クロは2人で潰し合わせ、体力が減ったところを狙おうとしたのだ。

 

“調整”は、対象を洗脳するだけで終わるわけではない。対象の思考を、“調整”を施すマスターの思考に近づけることも行われている。クロが非人道的手段を平気で取るようになったのは、このためだ。もちろん、組織への忠誠心もあるが。

 

「俺は構わない。人質如きで動じると思うなよ」

 

しかし、そんなクロの要望を聞かずに、椿は遠慮せずにクロに詰め寄って行く。

 

「ま、待って! お、落ち着いて、ほ、ほら! な、ナイフを突き立ててるんだぞ!」

 

「それがどうした? 殺したければ殺せばいい」

 

「は……?」

 

そんな椿の様子に、クロは動揺する。クロの脳内では、椿は人質に動揺し、櫻と戦闘し始めるはずだったためだ。

まさか、人質がどうなろうと構わないと言わんばかりに距離を詰めてくるとは思わないだろう。

 

そのせいか、クロは笑深李を殺すことができなかった。人質は3人いる。1人くらい見せしめに殺せば、多少なりとも椿を動揺させることができたのかもしれないのに。

 

結果……。

 

「あっ………」

 

クロはその場で腰が抜け、動けなくなってしまう。人質をとることすら忘れて、ただ、百山椿という男に恐れている。

 

「ま、待って! も、もうあの3人には手を出さないから! だ、だから!」

 

「待たない」

 

「ひっ、わ、私が死んだら櫻は悲しむよ? そ、それで良いの? ほ、ほら………」

 

クロは椿に命乞いをする。

その姿は、無様と形容する他なかった。

 

椿はその様子を見て、クロに対する嫌悪感や忌避感が一層増す。

 

櫻は、クロが洗脳されているせいでこうなっていることを知っているせいか、クロのことを嫌うということはなかったようだが。

 

「お前に櫻が殺されるよりマシだ」

 

「あっ、あっ、あっ……。た、助け……」

 

「今度こそ、死ね」

 

「っ! 死ぬのは、嫌だ!!」

 

そう言って、クロは、()()()()()()()()()()()

 

「何…?」

 

クロは、影の世界に移動する魔法を身につけていたのだ。

といっても、自身の影に潜り込む、くらいしか使い道はなく、他の影から姿を現したり、他の影に入り込むことはできない。できるのは、自身の影の中に入り込むことと、影の世界から出る際、影に入り込んだ場所から現れる、ということだけだ。それに、櫻は影の世界への入り方を知っているし、櫻の場合、他人の影に入り込むことも可能だ。

 

しかし、そんなことは椿には分からない。

櫻もまた、椿にはそのことを話しはしない。

 

「逃げられたか……」

 

結局、クロは3人の魔法少女を殺し切ることはできなかった。




死ぬのは嫌だとかごねてますけど、この子、組織に命令されたら何の躊躇いもなく自殺します。

“調整”ってすごいや





【追記】

サブタイトルつけ忘れてました。
つけときます。


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Memory83

 

「私もう、どうすればいいのか、分からないよ………」

 

櫻は、雷を扱う少女、来夏にそう溢す。

クロが焔達を襲い、椿と戦闘している姿を見て、櫻は迷っていた。

 

櫻が知る限り、クロはあんな子ではなかった。

だが、洗脳によって、あそこまで堕ちていたとは……。

 

「私は、クロちゃんのこと、助けたい。だって、クロちゃんは何も悪くないから。悪いのは、全部組織なのに……」

 

「真白が内部から探ってくれてんだろ。なら、それに任せるしかない」

 

「ねぇ、来夏ちゃん……」

 

「……どうした」

 

「私、クロちゃんのこと、殺せないよ…………。もし、そのせいで皆の命が危なくなったとしても、私には、決断できない……」

 

櫻は、体育座りをしながら、顔を膝につける。まるで、顔を見せたくない、と、そう主張しているようで。

実際、そうなのだろう。今、櫻の目には……。

 

……本人が隠したがっているのに、それを暴露するのは、野暮というものだろう。

 

「櫻、心配すんな……」

 

来夏は、そんな櫻の様子を見て、1人、覚悟を決める。

 

「もし、どうしても殺さなきゃいけない。そうなったら、クロは…………、私が殺す」

 

そう告げる来夏の表情は、少し、悲しそうだった。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

真白の目の前で、クロが、ルサールカに叱られている。

逃げることは許されない。真白は、ルサールカからその場で待機するように指示されてしまった。まあ、真白も逃げるつもりなど毛頭ない。二度と見捨てないと誓ったのだから。

 

「あのねぇ……。貴方、組織に戻ってきてから頼まれた仕事、一つもこなしたことないわよね?」

 

「はい、申し訳ありません……」

 

「困るのよねぇ。組織に穀潰しがいられちゃ。………捨てちゃおうかしら?」

 

「だ、だめです! ま、まだ働けます! 組織のためなら、命も賭けます!」

 

「命を賭ける? 何当たり前のこと言ってるの? ………はぁ。お仕置きが必要みたいね」

 

そう言って、ルサールカはクロへ暴力を振るう。

何発も、何発も。

 

髪を掴んで、クロの顔を壁に叩きつけたり、クロが姿勢を正そうものなら、腹パンでそれを阻止し、お腹を押さえてうずくまってしまっていれば、足でクロの頭を踏みつける。

 

「ご、ごめんなさい……ごめんなさい………がっ…………お”え“っ”……ごべんな“さ”い“!」

 

そんな光景、真白にはとても見ていられるものではなかった。

だが、見なくてはいけない。

 

これは、真白が招いた結果だ。

自分が最初に逃げてしまったから、こうなってしまったのだ。

 

もし、最初から一緒に逃げ出せていたら………。

 

もし、先にクロを逃していれば……。

 

そんなたらればを考えていても、仕方がない。

 

「あ……る、ルサールカ様! 反省します。私は、ゴミです。組織の穀潰しで、ルサールカ様の邪魔しかできない出来損ないです。で、でも、雑魚の処理ならできます! だ、だから……」

 

「へぇー。じゃあ、雑魚の処理って、具体的に何を指すのかしら?」

 

「魔法少女以外の人間の処理です。ただの一般人ではなく、魔法少女に協力している人間の」

 

その言葉を聞いて、真白は嫌な予感がする。

 

基本的に魔族は、魔法少女以外の一般人に手を出すことはしない。なぜなら、人間は世界を支配した後に使用する道具であって、殺してしまえば、労働力が減ってしまう。

 

だから、怪人以外で一般人が被害を被ることはない。

 

ただ、別に絶対に人間を殺してはいけないわけではない。自身の身に危険が迫れば、魔族だって人間を殺すし、人質に取ることもある。

 

何なら、趣味で人間殺しを行っている魔族も存在している。まあ、そういう存在は人間の政府や、人間を殺されては困ると考えている魔族の手によって葬られるのだが。

 

「百山椿でも相手にするつもり?」

 

「いえ、蒼井八重です。彼女は、魔法少女のサポートを行っています。私が彼女と接触して、殺します。そうすれば、少しは組織のためになりますよね?」

 

真白の嫌な予感は、当たってしまった。

クロは、殺そうとしている。血の繋がった(八重)のことを。今まで、面倒を見てきてもらってきたのに。

 

クロも少なからず、八重のことは好きだったはずだ。

それが、今や……。

 

はやく、櫻達に伝えないと。八重が危ない、と。

もし、八重が死んでしまえば、真白は悲しい。それに、仮にもしクロの洗脳が解けてくれたとしても、八重のことを殺してしまった、という記憶は、一生クロに呪いとして付き纏うことになる。

 

(クロ………いくら洗脳されてるとはいえ、こんな酷いこと、するような人間じゃなかったのに……)

 

真白は改めて、組織の“調整”の異常性に驚愕してしまう。

一刻も早く“調整”を何とかしないと、クロの人格は……。

 

だが、いくら櫻達が訴えかけたって、今のクロには響かない。

 

(それなら、いっそのこと………)

 

真白は、覚悟を決める。

 

(綺麗事だけじゃ、生きていけないのかもね、この世界は)

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

「へぇー。それで、私を頼ったんだ?」

 

真白が訪れたのは、2年前、自身を殺しかけた相手の元だった。

吸血鬼の王。アストリッド。彼女は、2年前からずっとクロのことを狙っている。

 

そして、真白は、常々考えていたのだ。

 

クロをアストリッドに引き渡してしまってはどうか、と。

 

組織にいるクロは、ボロ雑巾のように、いや、ボロ雑巾にすらなれない程、暴力を受け、人格を否定され、捻じ曲げられ………。

 

ルサールカも、クロのことを道具としか思っていない。

愛情も、愛着も、持ち合わせてはいない。

 

そんな様子を見て、思ったのだ。

アストリッドの方が、何倍もマシなのではないか、と。

 

アストリッドは、『クロ個人』に視点を向けている。ルサールカは、クロがたまたま組織の作った人工魔法少女だったから道具として使っているだけだが、アストリッドはそんなものを抜きにして、クロを求めている。

 

それに、アストリッドは、組織と違って、クロの人格そのものを否定することはなかった。

 

思い出すのは、櫻達と共に初めてアストリッドと砂浜で戦った時のこと。

アストリッドはあの時、辰樹と真白、どちらを殺すか、クロに尋ねていた。

 

選択の余地を与えていた。

 

そして、クロの人格を捻じ曲げ、組織好みの性格へ変貌させるわけではなく、クロの人格を保たせたまま、アストリッドに対し依存させることで、アストリッドのために働こうと、自発的にそう思うような洗脳を行なっていた。

 

組織は、クロを見てはいない。そこに落ちていたからとりあえず拾った。ただそれだけだ。

 

対してアストリッドは、クロ自身を見ている。

 

それなら、彼女に洗脳された方が、まだマシだろう。

だから、頼み込みにきた。

 

クロのことを、奪ってしまって欲しい、と。

 

アストリッドの力ならば、組織のクロへの洗脳を、何とか無効化することができるかもしれない。

 

代わりにクロは、アストリッドの忠実な(しもべ)と化してしまうわけだが。

 

「まあ、構わないよ。というか、元より私はクロを手に入れるつもりだったからね」

 

「わかってる。だから、教えに来た。組織内部の、情報」

 

「ククッ! アッハハハハハ!! やっぱり、諦めないものだね、こういうのは」

 

アストリッドは高らかに笑う。それもそうだろう。2年間求め続けたものが、やっと手に入ろうとしているのだから。

 

「安心したまえ。クロにはたっぷり教えてあげるよ。吸血鬼の良さってやつをね」

 

「別に、洗脳してしまえばいいでしょ」

 

「洗脳といっても、私のことが『好き好き大好き♡』になるだけで、吸血鬼そのものが好きになるわけじゃないんだよ、私の洗脳(わたしの)は。だから吸血鬼の良さは、別で教えてあげないといけないんだ」

 

そういってアストリッドは、自身の漆黒の翼をバサバサと広げ、真白に見せびらかす。

 

「かっこいいだろう?」

 

「…………べつに」

 

ちょっとだけかっこいいと思ったことは、内緒だ。




救世主アストリッド!!


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Memory84

 

 

「真白さん………どういうつもりですか?」

 

束は、敵であるはずのアストリッドと共に自分の目の前に現れた真白に対して、そう疑問をこぼす。

 

「クロのこと、組織に任せるよりも、アストリッドに任せた方がいいって思ったから。だから、こうしてる」

 

「っ! アストリッドも組織も同じです! どっちに居ようと、クロさんの自由は保証されないんですよ」

 

束は真白に反論しつつ、ステッキを構える。

真白だけならまだしも、向こうにはアストリッドがいる。勝てるわけがない。そんなことは分かってる。だが……。

 

アストリッドの元にクロを引き渡す。その選択を、容認したくはない。

友人であるクロを、取引の道具かのように扱いたくはない。何より、友人である真白に、そんなことをさせたくはなかった。

 

「邪魔するなら…………」

 

「待って、アストリッド。クロは私がちゃんと連れてくる。約束したでしょ。貴方が魔法少女達の足止めをしている間に、私がクロをここに連れて来るって」

 

「分かっているよ。殺しはしない」

 

「……ありがとう」

 

言って、真白はクロのところへ向かう。束は真白のことを追いたかったが、目の前にいるアストリッドがそうさせてくれるはずもなかった。

 

「さて………。どう料理してあげようか………」

 

アストリッドは、自身の漆黒の翼を大きく展開し、魔力を解き放つ。

束を絶望させるために。絶対に、勝てないんだとわからせるために。

 

「やるしかないみたいですね…」

 

束は、ステッキを用いて、アストリッドに向けて魔法を放つ。

勿論、一度や二度、魔法を当てた程度でアストリッドが倒れるなどとは、束自身も考えていない。

 

だからこそ、何度も魔法を放ち続ける。反撃を許さないよう、常に攻撃の手は緩めずに、また、同じ場所にとどまらずに、移動しながら攻撃を加えることで、仮にアストリッドから反撃が来たとしても、命中することがないように保険もかけておく。

 

束の攻撃は止まない。

 

だが、束の攻撃には、“質”が伴っていなかった。

 

攻撃を絶えさせないことに重きを置いていたせいで、一つ一つの魔法の威力が下がってしまっていたのだ。

 

塵も積もれば山となる、とはいうが、今の束の攻撃で、アストリッドに与えられたダメージは0に等しい。

 

どう考えても、束にアストリッドを倒すことができないのは明白だった。

 

「相手をするのも面倒だし、さっさと行動不能にさせておくか」

 

アストリッドは吐き捨てるように、つまらなさそうにそう呟く。

 

「愚かだよね。本当に。取引っていうのはさ、対等の立場同士でやるものなのに」

 

アストリッドは、自身の人差し指を束に向け、不適な笑みを浮かべまがら、そう話す。

 

「どうして私が格下(真白)の言うことを聞いてやる必要があるのか、ね」

 

瞬間、束に目掛けて真っ直ぐに、アストリッドの血液によって作られた、血の弾丸が放たれる。

 

「あ……」

 

束は、その攻撃に、反応することはできなかった。

彼女は、死を悟る。

 

あの攻撃からは、明確な殺意が感じられた。アストリッドは、真白との約束を守るつもりなど、最初からなかったのだ。そして、どうやら束のことも、眷属にするつもりは毛頭ないらしい。

 

束は、目を瞑る。意味はないのに。

 

 

 

 

 

 

だが、束に死が訪れることはなかった。

 

「クソが……世話焼かせやがって………」

 

「ホーク、さん……?」

 

横から飛んできた鷹型の魔族、ホークの手によって助けられたからだ。お姫様抱っこという形で。

束は少々恥ずかしくなりながらも、安堵する。

 

そして、束に向けて血の弾丸を放ったアストリッドの方はというと……。

 

「せっかく見逃してあげたのに、自ら命を落としに来るなんて、君はもう少し賢い子だと思ってたんだけどね」

 

「私は馬鹿っすよ。それに、あんたは生かしておけないっす。同じ魔族でも平気で手駒にして、用が済んだら始末する。そんなやり方をする奴、野放しにしておくわけにはいかないっす!!」

 

メイド服の魔族、クロコと、戦闘している最中だった。

 

「俺とクロコで時間を稼ぐ。その間に百山櫻ってのに連絡入れとけ。そしたら、いくらあのアストリッドでも、ただじゃ済まねェ」

 

「分かりました!」

 

束はすぐにスマホを取り出し、櫻の方へ電話をかける。

いくらあのアストリッドでも、ホークとクロコの2人を相手にしながら、櫻の相手をするのは難しいだろう。

 

まだ、全ての問題が解決したわけじゃない。だが、アストリッドの脅威に怯えることは、もうこれでないんだと思うと、気が楽だ。

 

ホークとクロコは、互いに連携しながら、アストリッドの足止めを続ける。

アストリッドは、櫻に電話をかけようとしている束に注目しつつも、ホークとクロコの猛攻によって、彼女に攻撃を加えることができないでいる。

 

「邪魔だなぁ…‥。やっぱりあの時始末しておくべきだったね」

 

「あんたは詰めが甘いっす。2年前も、無様だったって聞いたっすよ。たかが1人の魔法少女に、完全敗北したんだとか」

 

クロコはそうやって、アストリッドを挑発する。

冷静さを削げば、それだけアストリッドの攻撃の精度も下がるためだ。それに、束への注目も多少は削ぐことができる。

 

「オイオイオイ!! どうしたァ!? これが吸血姫の実力かァ!? たかが魔族2匹の相手もまともにできないんじァ、王として示しがつかないよなァ!?」

 

ホークとクロコは、束が櫻に連絡さえ入れてくれれば、ほぼ勝ちなのだ。実際、櫻の実力は、セカンドフォームを含めれば、アストリッド以上のものだ。

 

「櫻さん、今、アストリッドに襲われています。奴の狙いはクロさんです。応援、頼みます!」

 

そして今、束が連絡を入れた。櫻の名前を口に出した途端、今まで余裕そうな表情をしていたアストリッドの顔も、心なしか焦っているように思える。

 

(よかった………これで……)

 

 

 

 

 

 

「頼まれたもん、持ってきたぜ、アストリッドさんよぉ」

 

だが、戦況は大きく変わる。

ゴブリンという、1人の魔族が持ってきた、たった一つの道具(アイテム)によって。

 

ゴブリンは、手に持った()()()を、アストリッドに向かって投げる。

アストリッドはそれを受け取り、自身の右腕に刺す。

 

「まさか……怪人強化剤(ファントムグレーダー)…!」

 

怪人強化剤(ファントムグレーダー)

使用することで、一時的に自身のforcelevel(つよさ)を劇的に向上させるというものだ。

しかし、束には、今までの怪人強化剤(ファントムグレーダー)とは、どこか違うように思えて仕方がなかった。

 

今までの怪人強化剤(ファントムグレーダー)は、使用しても容姿に変化はなかった。

 

だが、今回自身の腕に注射を刺したアストリッドの姿は、以前とは異なっていた。

美しい金色の髪の毛先は、虹色のグラデーションがかかっており、吸血鬼の象徴たる翼も、以前のような漆黒に加え、黄金の模様がところどころに入っている。瞳の色は、一色で表現するのは失礼であると感じるほどに、様々な色が綺麗に混在しており、その風貌はどこか神々しさすら感じられた。

 

束自身、怪人強化剤(ファントムグレーダー)を使う場面を見たことはない。だから、自分の中の杞憂の可能性も捨てきれない。だが、それにしては、明らかに異常すぎる光景だった。

 

怪人強化剤(ファントムグレーダー)、ねぇ。そんな下賤な奴らが使う道具を、私が使うと思うのかな? これは、そんな試作品(しっぱいさく)とは全く違うものだよ。魔族進化剤(エテルナアッパー)。それが、この道具の名だよ」

 

魔族進化剤(エテルナアッパー)

怪人強化剤(ファントムグレーダー)の完成形で、魔族のために作られた、究極のアイテム。

怪人強化剤(ファントムグレーダー)とは違い、その効果は、永続。

 

アストリッドはゴブリンに、この魔族進化剤(エテルナアッパー)を入手するように指示していたのだ。

 

「さて、どいつからでもかかってこい。全員真っ赤に染め上げてあげるから」

 

アストリッドは笑う。

大幅に底上げされた、自身の実力。それを今から、存分に奮えるのだから。

 



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Memory85

魔族進化剤(エテルナアッパー)で実力を底上げしたアストリッドだったが、そんなアストリッドを見ても、ホークとクロコは戦意を喪失してはいなかった。

 

多少恐れてはいるものの、2者の表情にはどこか余裕があるように感じられる。

 

「拍子抜けだね。もっと怯えてもらえるものだと思ってたんだけど……」

 

ホークとクロコは、アストリッドに臆せずに立ち向かう。先程と同じように、互いに連携しながら。

 

だが、それに対応するアストリッドは、先程と比べてかなり余裕そうな表情で、最早片手だけでホークとクロコの相手をしている。

 

「ホークさんもクロコさんも、あれじゃ………」

 

束はそんな状況を見て、1人危機感を抱く。実際、今の2人にアストリッドを足止めできるようには思えない。

今の2人がアストリッドと対等に渡り合えているように見えるのは、単純にアストリッドが手を抜いているからだろう。そもそも、アストリッドはホークにもクロコにも一度も攻撃を加えていないし、やっていることといえば片手で攻撃をガードする程度だ。

 

「君達は愚かだね。そんなことをしていても、私が新しい力に慣れる時間を与えているだけだよ」

 

「それは、どうだろうなァ?」

 

「?」

 

 

 

 

 

「今だ!」

 

「その首、取らせてもらうぞ!!」

 

ホークとクロコにばかり注目していて、アストリッドは気付かなかったが、どうやらモタモタしている内に、百山椿と、人間に協力していた『穏健派』の魔族、ドラゴがやってきていたらしく、2人はアストリッドに不意打ちを加える。

 

だが、アストリッドに傷がいくことはなかった。

アストリッドに気付かれていたわけではない。実際に、アストリッドはクロコとホークに注目していたせいで、椿とドラゴの接近に気づいていなかった。

 

では、何故か。

 

()()()()()()()()()()()()椿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

アストリッドの羽には、アストリッドの意思とは別で動く機能が備わっていた。

そして、(それ)は背後に接近していた外敵の存在に気づき、独自の判断で防御し、加えて椿とドラゴに追撃まで加えたのだ。

 

「まさか、そこで組んでいたなんてね。それじゃあ、少し使ってみようか、新しい力を」

 

アストリッドがそう言った瞬間。

 

鮮血が舞う。

 

本当に、アストリッドが呟いたその瞬間に。

 

クロコが全身から勢いよく血を噴き出しながら倒れたのだ。その様子はまるで、鯨の潮吹きのようで、明らかに致死量を上回っているように見えた。

 

「何が……」

 

「体内の血液を操作したんだよ。こんな風にね」

 

今度は、ホークの体中から、血が溢れ出してくる。今度は、緩やかに、全身からまるで鼻血が垂れているかのように、ゆったりと、ホークの毛を染めるかのように垂れていく。

 

「てめェ……何し……て………」

 

ホークの意識が朦朧としていく。

ホークが意識を失う直前、彼は椿がアストリッドに攻撃を加える様子を見た。

 

 

 

 

「何をしたのか分からないが! 妙な真似をさせる隙は与えさせない! 行くぞ、ドラゴ」

 

椿はドラゴと共にアストリッドを攻撃しようとするが……。

 

アストリッドは、椿とドラゴの持っている武器を手で受け止め、それを握りつぶす。

 

「なっ」

 

「なんと……」

 

そのまま、勢いに任せるかのようにドラゴに蹴りを入れて吹き飛ばし、椿に攻撃を加えていく。

 

蹴りを入れられたドラゴは、血反吐を吐きながら壁に激突し、気絶してしまっていた。

 

「くっそ……」

 

アストリッドは椿を何度も何度も殴り続ける。

椿は自身の中で出来る最大限の防御をして、与えられるダメージを最小限に抑える。だが、反撃の余地はなく、椿の体はアストリッドに押されるかのようにどんどん後退していく。

 

反撃の機会を伺うも、アストリッドにはその隙がない。だが、それでいい。

アストリッドが追い詰められているのだとすれば、彼女は常に気を張り詰めて攻撃してくるだろうが、アストリッドが優位である限り、いつか必ず、アストリッドの気が緩む瞬間がくるはずだ。

 

だから、椿はそれを待てば良い。

 

 

 

 

 

 

しかし、椿の体には、細かな傷が次々とつけられていく。

体中に、傷が………。

 

「一撃で沈めてくれた方が、楽だったでしょ?」

 

「ま……さか……おまえ………わざと……」

 

椿は最大限の防御をしていた。だから今までアストリッドの攻撃をかろうじて耐えることができたのだと、そう考えていたのだが、そうではない。

 

アストリッドは、あえて椿が最大限の防御をしてギリギリ耐えれる程度の攻撃を加えていたのだ。

自身の攻撃を、大幅に手加減して調整することによって。

 

つまり、椿は最初から遊ばれていたのだ。

 

だが、彼は諦めはしない。相手が手加減してくれるというのなら、それを利用しないという手はない。

耐えて、耐えて、耐えて、反撃の機会を伺う。

 

「あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“!!」

 

椿は雄叫びを上げながら、アストリッドの猛攻を耐え続ける。

耐える。

 

 

たえろ、

 

 

たえ

 

 

 

 

 

だが……。

 

「あ…………」

 

ある時、まるで魂が抜けるかのように、椿の全身から力が抜け、その場に倒れ込む。

 

限界が来たのだ。

 

椿は、まるで10年使い続けて壊れてしまった玩具かのように、ボロボロになりながら、ぴたりと活動を停止する。

 

「おやおやおやぁ? もうおしまいかなぁ? あーあ、せっかく壊れちゃわないように手加減して遊んであげたのに。これじゃ私の新たな力を楽しめないじゃないか」

 

アストリッドはそう言ってつまらなさそうにしながら、その場に倒れ込んでいる椿に蹴りを入れながら、束の方へ向く。

 

一瞬、一瞬だ。

 

一瞬で、ホークも、クロコも、椿も、ドラゴも、やられてしまった。時間にして3分ほど。本当に一瞬だ。

 

そして、椿でもやられる相手ということは、来夏でも歯が立たないということだ。

 

しかも、僅差で椿よりも実力が上なわけではなく、その間には圧倒的な差がある。

 

「そこまでだコノヤロー!」

 

「うちら魔法少女3人組がお前を成敗してやる!」

 

「行こう、3人とも!」

 

その場に、駆けつけた3人組の魔法少女、焔、美希、笑深李がやってくる。ああ、可哀想に。

相手の実力が分からないというのは、それだけで不幸だ。

 

 

そして、アストリッドはそんな3人を見て……。

 

「くくっ………」

 

不敵に笑う。

 

 

 

そして、次の瞬間には………。

 

「ほ、焔ちゃん!」

 

焔の首を、焔が泡を吹いて気絶するまで締め続け……。

 

「あっ………やめ……」

 

焔を助けようと、ステッキを向けてきた笑深李の顔面に蹴りを入れて、整った顔に傷をつけた後………。

 

「い”や“あ“あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“ぁ”ぁ“ぁ”あ“あ”あ“!!!!!!!!!!」

 

美希の両腕の骨を折る。

 

 

 

 

「………もう………やめてください……何で………こんな………」

 

その光景を、束はただ、見ていることしかできない。

恐怖で、体が動かない。

 

そして、束の目からは、涙が流れていた。

 

 

 

 

赤色の、血の涙が。

 

 

(あれ……私も………もう………)

 

束は地面に倒れ込む。

全身から、血を垂れ流しながら。

 

 

 

 

クロコ、ホーク、ドラゴ、椿、焔、笑深李、美希、束…………。

 

「さて、瀕死のお人形が8体……。これだけあれば、クロのことを絶望させることができそうだね。ついでに他の子も……」

 

アストリッドは、あえて8人を殺さずに置いている。

利用価値があるからだ。

 

「まずは、クロの洗脳を解いてから、ここにいる全員を殺せばいい、かな」

 

アストリッドの洗脳は、その対象の精神が擦り減っていれば擦り減っているほど、より強固なものとなる。アストリッドはそのために、瀕死の状態で8人を放置しているのだ。

 

 

 

 

 

そして丁度、その場にやってきた魔法少女が、2人。

 

 

茜と、櫻だ。

 

「何で……アストリッド……! あんた……!!」

 

「…………」

 

茜はアストリッドに怒りの感情を剥き出しにしながら吠え、櫻は逆に怖いくらいに静かにアストリッドを見つめている。

 

「丁度2対2ってわけだな!」

 

そこへ、ゴブリンも合流する。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そういえばそうだった。もういらないよ、君」

 

だが、アストリッドは、その優位を自ら崩す。

ゴブリンの体中から、赤色の液体が漏れ出る。

まるで、束が先程そうなっていたかのように。最初にホークやクロコがそうなっていたかのように。

彼の全身から、血液が流れていた。

 

遠隔の血液操作だ。発動に必要な条件は、ない。

 

「何で………」

 

「君はクロのことが嫌いだろう? だから、私がクロを眷属にする上で、邪魔だと思ったんだ。それに、好みじゃないし、君」

 

「て、めぇ………」

 

そのまま、ゴブリンは地面を赤色に染めながら倒れていく。

そんなゴブリンの様子を一切、一瞥もせずに、アストリッドは櫻達に話しかける。

 

「まだ実力の半分、どころか3割も出せてないよ。だから、もう少し付き合って欲しいんだ。…………さあ、戦おうじゃないか、存分に、ね」




アストリッド「あれ……? 私また何かやっちゃいました…?」


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Memory86

櫻がアストリッドと対峙し始めた頃、来夏も別の場所でまた、戦闘を繰り広げていた。

 

敵の名はルサールカ。5人いる組織の幹部の内の1人で、クロを”調整“し、組織の駒として使い潰そうとしている魔族だ。

 

「早くしないと、貴女のお姉さん、溺れ死んじゃうわよ?」

 

ただ、その戦況は、ルサールカに圧倒的に有利な状態だった。

ルサールカの作り出した水の水槽に、来夏の姉、去夏は閉じ込められてしまっている。

 

いくら身体能力が飛び抜けているからと言っても、去夏も人間だ。呼吸ができなければ、死ぬ。

 

「水って、人を生かすことも、殺すことも出来るのよ? 不思議じゃないかしら」

 

来夏はバチバチと電撃を放ちながらルサールカに攻撃を加え続けるが、ルサールカには全く効いている様子がない。

 

「『雷槌・ミョルニル』!!!」

 

必殺を繰り出し、ルサールカにダメージを与えようとするが………。

 

「あら、どこに向かって攻撃しているのかしら?」

 

その攻撃は、ルサールカに当たることはなかった。

いや、来夏はルサールカにゼロ距離で『雷槌・ミョルニル』を浴びせたはずだ。絶対に避けれないようにするために、来夏自身も『雷槌・ミョルニル』に巻き込まれる可能性があるような、そんな距離だ。

 

不発の電撃は全て来夏に還元されるため、来夏が無傷ということは、ルサールカにも一切ダメージは入っていないのだろう。

 

ただ、いくら高速で動いて避けたとしても、その余波はくらうはず……。

だが、事実として、ルサールカは来夏の攻撃をくらっていない。そう、来夏が『雷槌・ミョルニル』(必殺技)を繰り出した途端、一瞬で来夏の背後に周っていた。

 

来夏からすれば、テレポートしたようにしか見えなかった。はっきり言って、もしこれで高速で移動しているのだとしたら、ルサールカに勝てる気は一切しないくらいだ。

 

「ふふっ、不思議で仕方がないって顔ね。そしたら少し、ヒントをあげようかしら?」

 

そう言って、ルサールカは指をパチンっと鳴らし、一体の珍獣をその場に呼び寄せる。

珍獣の名は、『グリフォン』。かつてパリカーが使役していた、使い魔のようなものだ。

 

「この子はね、()()()()()()()()()パリカーが使っていた子なの。それに………」

 

ルサールカの周囲の地面から、真っ黒な、人の形をした人形が、まるで冥界から蘇ってきたかのように這い出てくる。

 

「この子達は、死体人形。()()()()()()()リリスって魔族が使っていた、死体の成れの果てよ」

 

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

このアパートも久しぶりに訪れるかもしれない。

 

(クロ)は、組織の……厳密にはルサールカ様の命令で、蒼井八重の殺害をするために、オアシスアパートへと訪れてきていた。

 

「八重の部屋は、確か…………」

 

「おに………クロちゃん」

 

この人は確か………。

このアパートの住民の、黒沢雪、だったか。

 

一時期俺がこのアパートに住んでいた際、隣人としてよく会話を交わした記憶がある。

しかし、どうしようか。流石に、彼女の目の前で八重を殺してしまうのはよくない。

 

いや……。

 

そうだな。

 

殺せばいいか。

 

組織のためだ。一般人の犠牲も、多少は仕方ない。

何なら、このアパートの住民も全て皆殺しにしてしまってもいいかもしれない。

 

俺は、右手に鎌を持ち、雪の首に向ける。

 

「話は全部、聞いてるよ。洗脳されちゃってるんだってね」

 

洗脳? ああ、人によってはそう呼ぶ人もいるのかもしれない。ただ、正確には“調整”だ。

俺は、組織のことが大好きになれるように、組織のこと以外がどうでもよくなるように“調整”してもらっただけだ。

 

まあ、しかし、そこまで話されているということは、雪はただの一般人として通すわけにはいかなさそうだ。

尚更殺しておいた方がいい。そうだな、八重を殺す前に、先に雪を殺そうか。

 

「話すことはないから」

 

俺は大鎌を、雪に向かって振るい………。

 

 

 

 

 

 

「本当に覚えてないんだね。()()()()()

 

 

 

 

 

その腕を、すんでのところで止める。

 

お兄ちゃん……?

 

何を………。

 

 

 

 

 

 

「いっつも私のことしか頭になかったくせに、ちょっと洗脳されただけで、私のこと殺そうとしてくるなんて、ショックだな。お兄ちゃんのこと、大好きだったから」

 

 

 

 

 

何のことを言っている……?

 

頭が痛い。何か、何か思い出そうとしている……?

いや、だめだ、思い出すことなんてない。思い出してしまったら………。

 

 

組織は素晴らしいんだ。ただ、何も考えずに、組織のために貢献し続ける奴隷であり続ければいい。

過去の記憶なんて、必要ないんだ。

 

思い出すな、思い出すな、思い出すな………。

 

 

 

 

 

 

「あ、そういえばお兄ちゃん。私彼氏できたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

彼氏……?

雪に?

 

 

は?

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこのどいつだ!? どこでであった!? 名前は!?    あっ……」

 

そうか………。そうだった。

 

黒沢雪。

俺が“クロ”になる前、俺がまだ、黒沢って姓を名乗ってた頃。

 

1人、妹がいた。

 

両親がいなかった環境だったから、俺にとっては唯一の家族で、絶対に守らなきゃいけない、いや、そんな義務的なものじゃない。そう、正しくは、守りたい、そんな存在の、妹が。

 

何で、今まで思い出せなかったんだろう。

自分の命よりも大切な、妹のことを。

 

 

 

 

頭の中にかかっていたモヤが、一気に振り払われていくような感覚がする。

組織の“調整”によって、おかしくなってしまっていたみたいだが、今となっては、それも全部解消されたような気がする。

 

もし、あのまま雪のことを殺してしまっていたらと考えると、ゾッとする。

きっと今度こそ、俺は生きる意味を失ってしまっていたのかもしれない。

 

それこそ、一生を組織の奴隷として終えることになっていたかも。

 

「相変わらずのシスコンっぷりっ。やっぱり、私の勘は間違ってなかったんだ」

 

雪はそうやって俺に微笑みかけてくる。

 

そっか、俺、雪より先に逝っちゃって……。

きっと、寂しい思いをしてたんだろうな。

 

「雪、ごめん。今まで寂しい思いさせて」

 

「本当だよ。今まで私、ずっとお兄ちゃんに甘えてきたんだよ? 生活とか、そういうの全部。急にいなくなられて、本当に大変だったんだから」

 

俺と雪は、互いに抱きしめ合う。

 

たった1人の家族だ。前世の俺にとっての、生きる意味だった存在だ。

 

 

 

 

ただ、だからこそ、どうしても気になることが一つある。

 

それは……。

 

「で、彼氏って結局どんな人なの?」

 

そう、彼氏だ。

 

俺は確かに、ゆくゆくは雪に添い遂げてくれる相手は必要だろうとは考えていた。俺がいつまでも雪の面倒を見れるとは限らないし、雪だって女の子だ。恋愛の1つや2つはしたいだろう。それに、結婚して子供を産めば、老後も子供や孫に面倒を見てもらえるかもしれない。

 

だから、雪が恋人を作るのは、まあ、抵抗はあるが、うん、一応、納得はしている。うん、一応ね。

でも、やっぱり相手がどんな奴かくらいは確認したいだろう。

もし、ヤバい奴だったら困るし。

 

「あーあれ……。うん、えーと………」

 

雪は何だか困ったような顔をしている。

まさか………、言えないような相手なのか??

 

とんでもなくチャラくて浮気性な奴だったり? いや、何ならDV男の可能性もある。もしかしたら、体目当てで雪に近付いて………。

 

「雪、悪いことは言わない。その人とは別れた方がいい」

 

「あっえ? あーうん、そう、かも?」

 

やっぱり、雪自身もどこか思うところがあったんだろう。俺の言葉に、渋々ながらも納得してくれている。

やっぱり、雪もブラコンなところがあるからなー。俺の言うことは、素直に聞いてくれるんだろう。

 

(どうしよう……彼氏いるって言ったの、本当は嘘なんだけどなー……。で、でも、この歳で彼氏がいたことないって言いたくはないし………)

 

なんて、そんな雪の内心には、一切気づくことのない(クロ)なのであった。



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Memory87

「茜ちゃん、皆のこと、お願い。アストリッドの相手は、私がする」

 

櫻は、普段出さないような低い声で、茜に指示を出す。

櫻からは、有無を言わさぬような威圧感が溢れ出ている。

 

「わ、わかったわ」

 

茜は櫻に言われた通り、倒れている束達を1人1人運び出し、一箇所に集める。

当然、一気に運ぶことはできないし、応急処置をするにしても限界がある。イフリートだって、茜に戦う力を与えることはできても、誰かを助けるための治癒能力を持ち合わせているわけでもなければ、皆を運び出せる怪力があるわけでもない。

 

結局、茜1人ではできることに限界がある。だからこそ、茜は大人に頼ることにした。

電話を取り出し、コールする。

 

『もしもし?』

 

「魔衣さん、緊急事態なの。お願い、力を貸して」

 

『…今どこ?』

 

茜は、真白の保護者を請け負ってくれていた、双山魔衣に連絡を入れる。櫻の兄である椿や、他の魔法少女達が倒れてしまっている現状で、去夏や来夏に連絡を入れても繋がらなかった。唯一繋がったのが、魔衣だったのだ。

 

位置情報を送り、魔衣の到着を待つ。

念のため、茜はアストリッドとの戦闘には参加しない。もし、流れ弾が束達の方へ飛んできた時、それに対処できる人間がいた方がいいからだ。

 

「救援を呼ぼうとしてるみたいだけど、無駄じゃないかな? 私への戦力になり得るのは、精々来夏やクロ、後は真白くらいじゃないかな。といっても、クロは君の仲間じゃないし、真白は私の言うことを聞いてくれるわけだから、助っ人は来夏だけだろうけどね」

 

そんな茜の様子を見ても、アストリッドは動揺する様子を見せない。当然だ。だって、負けるはずがないのだから。勿論、アストリッドが認知していないだけで、とんでもなく強い魔法少女というものが実は存在していました、なんて展開がないとも言い切れない。だが、少なくとも櫻はそんな人物との人脈は持ち合わせてはいないだろうし、仮にいたのだとしても、椿が倒されたにも関わらず全くアストリッドの元に顔を出さないのはおかしいだろう。

 

「茜ちゃんに連絡してもらったのは、倒れてる皆の治療のための人手が欲しかったからだよ。貴女を倒すのは、私だけで、十分」

 

そんなアストリッドに、怯みもせずに立ち向かう、櫻。

櫻は、自身の魔力を解放し、セカンドフォームへと変身を遂げる。

 

そして、間髪入れずに、アストリッドに切り掛かる。

 

「野蛮だね」

 

究極魔法(マジカルパラダイス)・百花繚乱」

 

アストリッドの周囲に、槍や剣など、様々な武器が出現し、一斉に向かっていく。

 

「無駄だよ」

 

しかし、それらは、アストリッドの血の刃や、アストリッドの背中の羽によって全て弾き飛ばされてしまう。

 

究極魔法(マジカルパラダイス)・花吹雪」

 

間髪入れずに、櫻は花吹雪でアストリッドの体を拘束しようとする。

 

「同じ手は通用しないよ」

 

そして、アストリッドは花吹雪を、上に高く飛翔することで回避する。

櫻もそれを追って、空高く舞う。

 

特別召喚(オーダーメイド)・桜王命銘斬」

 

そして、櫻は桜王命銘斬を召喚し、アストリッドに切り掛かる。

 

特別召喚(オーダーメイド)血狂いの魔刃(吸血鬼のナイフ)

 

そんな櫻に、アストリッドもまた、真っ赤な血のナイフを召喚し、対抗する。

両者とも、空中での主導権を握らんとし、互いに攻防を繰り返す。

 

お互いに、一歩も譲らない。

だが、対称的なのは、櫻の顔は全く笑っておらず、ただただ真顔で黙々と桜王命銘斬を振っているのに対し、アストリッドはまるで自分の力を楽しんでいるかのように、微笑みながら、楽しそうにナイフを振っていることだ。

 

「やっぱり、似てるなぁ………」

 

ナイフを振るいながら、アストリッドは独り言のようにそう呟く。

 

「何が?」

 

櫻もまた、アストリッドの独り言に対し、反応を見せる。その反応は、普段の彼女からは想像もできないほどに、無愛想なものだったが。

 

「兄に似ているねって。だって、櫻、君。もう私を殺すつもりでいるんだろう?」

 

「…………」

 

「魔族と人間が共存できる世界、なんてものを掲げていたそうだね。でも、結局君は、何かを守るために、誰かを切り捨てる判断を選んだ。そう、()を守るために、クロのことを殺そうとした(椿)のように」

 

「………貴女に………何が…!」

 

「心が乱れているよ、櫻」

 

アストリッドは、櫻の桜王命銘斬を掴み、叩き割る。

 

「あっ……」

 

「がっかりだよ。君なら私に勝てる可能性があると思ってたんだけど、どうやら私が強くなりすぎていたようだ」

 

「っ! 『召喚・大剣桜木』!!」

 

アストリッドは、櫻に強力な蹴りを入れ、空中から地上へ、櫻の体を叩きつける。

ただ、櫻はそのことを予見し、事前に大剣桜木を召喚し、それでアストリッドの蹴りを防御していたようだ。

 

空中から地上へ叩き落とされてはしまったが、大剣桜木でガードしたおかげで、ダメージは最小限に抑えられた。

 

だが、地上に足をつけた途端、大剣桜木は、バラバラと音を立てて崩れ去ってしまった。

 

「さあ、蹂躙の時間だ」

 

アストリッドは、空中から大量の血の刃を、櫻に向けて放つ。

櫻はその全てを見切り、避けていくが………。

 

「っ!」

 

血の刃を避けれることができる、所謂安置と呼ばれる場所に移動した櫻は、そこで魔力の流れを感じ、すぐに飛んで逃げる。

 

アストリッドの血流操作の魔法だ。

アストリッドは、複数の特定箇所に、血流操作の魔法が発動する場所を用意しており、血の刃はそこへ誘導するためのもので、攻撃手段ではない。

 

ただ、血流操作をされないような場所へ行こうと思えば、どうしても血の刃の中を動かなくてはならない。

 

「くっ……」

 

櫻は、一部の血の刃を迎撃しつつも、やはり体には次々に傷が付いていく。

 

(……こうなったら)

 

究極魔法(マジカルパラダイス)・百花繚乱!」

 

櫻は再び、究極魔法(マジカルパラダイス)・百花繚乱を使い、血の刃を一掃する。

だが……。

 

「かはっ………」

 

「残念だよ。やっぱり私は、強くなりすぎたみたいだ」

 

背後に回っていたアストリッドが、櫻の背中に血の刃を突き刺していたのだ。

櫻は、セカンドフォームから、通常形態へ、そして、ただの百山櫻へと戻っていく。

 

次の瞬間には、櫻の体は、地面に叩きつけられてしまっていた。

 

「櫻っ!!」

 

茜の悲痛な叫びが、その場に響く。

本当は、加勢に入りたかった。だが、2人の間には、割り込む隙がなかったのだ。下手に動けば、何もできずにやられてしまう可能性すらあった。だから、動けなかった。

 

そんな茜へ、ゆっくりと、アストリッドは近付いていく。

 

「櫻も負けてしまうような強敵が相手なんだ。降参しても誰も責めやしないよ。どうだい茜、投降して、大人しく私のモノになるというのは」

 

アストリッドは、茜を勧誘する。

2年前、忠実な僕を失ってしまったのだ。クロ以外にも、眷属にしておきたいと、アストリッドは常々そう考えていた。

 

だから、アストリッドは茜にそう提案したのだ。だが、勿論茜がそんな提案に応えるはずもない。

 

「ふざけないで! 誰があんたなんか…! 私は屈しない! あんたみたいな奴に。絶対に。あんたの眷属になるくらいなら、死んだ方がマシよ!」

 

茜は、アストリッドに噛み付くように、そう言い放つ。本当は、怖くて仕方がないのに。それでも茜は、心だけは絶対に屈しない。そう、そんな性格が。

 

「物凄く好みだなぁ……」

 

アストリッドのツボなのだ。

 

「安心して。無理矢理にでも、私のことがだーいすきな、眷属にしてあげるから。大丈夫、後でクロも迎え入れる予定なんだ。寂しくはないよ」

 

アストリッドの魔の手が、茜に伸びる。

茜はステッキを構え、内心怯えながらも、抵抗の意思を見せる。

 

そんな茜に、アストリッドは手を伸ばし………。

 

()()魔法少女に、ちょっかいをかけないでくれるかな?」

 

そんなアストリッドの手は、1人の女性によって阻まれる。

 

「魔衣さん……」

 

双山魔衣。この前まで真白の保護者をやっていた人物で、過去に中学校の保健教師もしていた女性だ。また、『穏健派』の副リーダーの魔族でもあるらしい。

 

「へぇ……。驚いちゃった。まさかこんなところで会えるなんてね、魔衣」

 

「私としては、もう二度と会いたくはなかったんだけどね………

 

 

 

 

 

 

                           

 

 

                       ………………姉さん」



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Memory88

ルサールカの繰り出した『グリフォン』と死体人形の相手をしている来夏だったが、その体力は徐々に削られていってしまっていた。

 

死体人形は元々、組織がクロやユカリのような人工の魔法少女を造ろうとした際に、失敗して廃棄されることになった魔法少女擬きだ。微々たるものではあるが、魔法も使える。そんな敵が、無限とも言える程に地面から次々に現れてくるのだ。当然、それの対処に来夏は追われることになる。

 

いくら相手が弱くても、数が多ければそれだけ体力は消耗されるものだ。それに加えて、上空から援護射撃をする『グリフォン』の存在。

 

はっきり言って、戦況は芳しくない。

 

たとえそれらを振り切ったとしても、まだルサールカは万全の状態で来夏と相対することができるのだから。

 

「私としては、そろそろ貴女達のうち、誰か1人くらい欠けても問題ないと思っているの。放置しておいたら、すぐに実力をつけて組織(私達)を潰してきそうだもの」

 

そう言ってルサールカは、魔力で造られた、魔族をも殺せる『魔銃』の銃口を、『グリフォン』と死体人形の相手をしてへとへとになっている来夏に向ける。

 

「だから、さようなら、来夏」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

茜の眼前では、2人の魔族による、凄まじい戦闘が繰り広げられていた。

 

1人は、吸血姫アストリッド。上空を優雅に飛び回りながら、多方向から様々な魔法を放ち続けている。その様子は、アストリッドのことを全く知らぬ者が見れば、天使とでも表現していただろう。それくらいに、彼女の姿は美しく、とても映えるものだった。

 

そんなアストリッドに対抗するのは、真白の保護者を請け負ってくれていた、双山魔衣。

彼女は、優雅に舞うアストリッドとは対照的に、必死の形相で地上を走り回りながら上空を自由に移動するアストリッドに狙いを定めながら魔法を放っていた。

 

互いに魔法を放つ手を緩めることはなく、茜としては、倒れている束達に流れ弾が飛ばないよう、飛んでくる魔法を迎撃するので精一杯な状況だ。

 

元々、茜が魔衣のことを呼んだのは、束達の治療をお願いするためだった。しかし、櫻がアストリッドに敗れてしまった今、自然とアストリッドの相手を魔衣がすることになってしまい、束達の治療を行うことが困難な状況になってしまっている。

 

来夏との連絡も繋がらず、現状、頼れる人物が誰もいない。

束の恋人である朝太などは、連絡が取れるには取れるが、彼には戦う力がない。アストリッドと魔衣が戦闘しているこの場では、駆けつけるのは困難だろう。

 

それに、魔衣だってアストリッドに勝てるかどうかはわからない。いや、きっと勝てはしないだろう。

現に今、魔衣の体には、アストリッドによって付けられたであろうと思われる傷が、軽傷ではあるが何件か見られる。対してアストリッドはその美しい姿を崩すことはなく、魔衣の攻撃を全くもってくらっていないだろうことが分かる。

 

このまま続ければ、いずれ魔衣も束達と同様にやられてしまうのは明白だ。

 

(それなら…………)

 

「私も、一緒に…!」

 

『待て、はやまるな』

 

魔衣の加勢をしようと、全身の魔力の巡りをはやめる茜だったが、体内にいるイフリートによって、それを止められる。

 

『奴の狙いはクロだ。最悪、クロを差し出すことができれば、束達の命は保証できる』

 

「そんなことできるわけ………!」

 

『どうせクロは組織に洗脳されている。アストリッドに差し出したところで、何ら大差はない。それに、このままだと全滅するだけだ』

 

確かに、イフリートの言い分は正しいだろう。このままここで全滅するくらいなら、クロを探し出してアストリッドの元へ連れて行って見逃してもらう方がいい。

 

「イフリートの、言う通りだわ………。でも、私はそれじゃ納得できない……。私が、嫌なの」

 

『茜…』

 

「イフリート、貴方は私から離れて、束達を守ってあげて。私は、アストリッドと戦いに行く」

 

だが、茜の感情が、それを許さない。

実力で負けても、心までもは負けたくないのだ。

 

だから、挑む。たとえ、勝てなかったとしても。無謀だったとしても。

 

ほんの少しでも、希望があるのなら。

 

「だって私は、魔法少女だから」

 

茜は拳を握り締め、覚悟を決める。その手は震えていた。

 

 

 

 

 

 

「その必要はないよ」

 

そんな茜に、語りかける人物が1人。

 

「……真白?」

 

その少女の後ろでは、黒沢雪という、とあるアパートの住民が、少女と姉妹であるクロを抱き抱えていた。

雪の腕の中にいるクロの意識は、ない。

 

「まさか………」

 

「うん。アストリッドに、クロのこと、差し出そうと思う」

 

そのまま真白は、雪と共に、アストリッドの方へ進んでいく。

そんな真白の様子を見て、アストリッドと魔衣は戦闘を中断する。

 

「待っ……」

 

茜が手を伸ばすも、その手先は真白の魔法によって凍らされており……。

 

「アストリッド。もういいでしょ。ちゃんと連れてきたから。クロのこと」

 

アストリッドの口角が、上がった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

ルサールカに銃口を向けられた来夏だったが、その弾丸が彼女を貫くことはなかった。

ルサールカが来夏のことを殺そうとしなかったわけではない。彼女は確かに、来夏のことを殺そうと思って『魔銃』を取り出した。では、なぜ弾丸は放たれなかったのか、それは……。

 

「あら、驚いたわ。まさかあそこから抜け出すなんて……」

 

「私の妹に…! 手を出すな!!!」

 

来夏の姉、去夏が、ルサールカの持つ『魔銃』を握り潰し、破壊したからだ。

彼女は、ルサールカの作り出した水槽の中で、呼吸のできない状況に置かれていた。長時間無呼吸で過ごした彼女からは、満足に戦える程の力は残っていなかったはずだった。

 

しかし、(来夏)に銃口が向けられた瞬間、彼女の全身に溢れんばかりの力が流れ出し、ルサールカの作り出した水槽を内側から木っ端微塵にし、一瞬でルサールカと来夏の間に割って入り、来夏の体を銃弾が貫くことを阻止したのだ。

 

「今日は十分楽しめたし、帰らせてもらうわ」

 

そんな去夏の様子を見て、ルサールカは恐れをなしたのか、この場から去ろうとする。

が……。

 

「逃がさないぞ」

 

去夏の腕が、ルサールカの腕を掴んで離さない。

その力は凄まじく、ルサールカも抜け出そうにも抜け出せない。

 

「……離しなさい」

 

ドスの効いた声で去夏を威嚇するルサールカ。だが、去夏が怯む様子はない。絶対に引くつもりなどない。そう言わんばかりの力強さで、ルサールカの腕を掴み続けている。

 

「来夏、今だ!」

 

「言われなくてもやってやるよ!」

 

さらに、去夏の指示により、来夏まで動き出す。

一切身動きの取れないルサールカに対して、強力な一撃を叩き込むために。

 

流石のルサールカも、これには焦りを隠せない。全身から冷や汗を垂れ流しながら、何とか去夏の拘束を解こうと、身じろぐが、去夏の体はびくともしない。

 

「『グリフォン』!! こいつらを始末しなさい!!」

 

『グリフォン』に指示し、何とかこの状況を打開しようと叫ぶルサールカだったが、『グリフォン』はそんなルサールカを冷たい目で見つめている。

 

自分の主人(パリカー)を殺させた女に貸す手などない、とでも言うばかりに。

 

ルサールカは取り乱す。今まで、自身にピンチというものが訪れてこなかったためだ。

今まで遊び半分で生きてきたルサールカにとって、それは自身の余裕を崩すのに十分の理由だった。

 

そして、とうとう……。

 

 

 

 

 

ルサールカの右腕が、吹き飛ぶ。

 

それは、来夏の手によって、右腕を切断されてしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

ではなく。

 

自分で自分の右腕を切ったためだ。

 

ルサールカの右腕は、去夏によって掴まれてしまっており、そのせいで逃走することが不可能になってしまっていた。だから切ったのだ。自分の腕を。

 

そんなルサールカの様子を見ても尚、動揺することなくすぐにまたルサールカを拘束しようと手を伸ばす去夏だったが、次の瞬間には、ルサールカの姿は完全にこの場から消え去っていた。



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Memory89

真白がクロを連れてきたことによって、アストリッドと魔衣の戦闘は終了し、雪はアストリッドの元へクロを抱きかかえて連れていく。

 

茜はその光景を、黙って見ていることしかできない。

本当は分かっていた。クロを差し出す以外に、皆を助ける手段はないことを。

 

実力差が開き過ぎていたのだから、当然だ。クロを差し出したくなかったのならば、ゴブリンが魔族進化剤(エテルナアッパー)をアストリッドに渡すことを阻止するべきだった。それならばまだ、櫻がアストリッドの相手をすることもできたのだから。

 

そもそも、魔族進化剤(エテルナアッパー)がなければ、ホーク、クロコ、束、焔、美希、笑深李に加え、椿やドラゴもいたのだ。負けようがなかったはずだ。

 

(それ以前の問題よ……私がもっと強ければ………)

 

茜は、自分の実力の無さに嘆くことしかできない。努力はした。けれど、櫻達についていけなかった。なかったのだ、魔法少女としての才能が。最近一緒に櫻達と戦えていたのだって、イフリートがその力を自身に貸してくれたからだ。

 

今の茜には、ただ、クロがアストリッドに捧げられる様子を、何もせずに眺めることしかできない。

そうして、クロが雪の手からアストリッドの手へと渡り……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然目を覚ましたクロが、漆黒の大鎌で、アストリッドに攻撃を加えていた。

 

「え……?」

 

さっきまで意識はなかったはずなのに、何故?

茜は疑問に思う。そんなタイミングよく目が覚めるものなのだろうか、と。

 

アストリッドは、咄嗟に手を差し出してクロの攻撃を防御していたようだが、その手からは、微量ではあるものの出血が見られる。

 

今まで誰も傷をつけることができなかった、アストリッドの肌に、傷をつけた。

 

「真白、一体何のつもりで………」

 

「凍れ」

 

アストリッドが真白に対して、今のこの状況を説明するように要求するが、真白はお構いなしで、そのままアストリッドの足を凍結させる。

 

「裏切ったな……」

 

「もう、貴女に協力する理由はないから」

 

そう、クロを連れてきた時点で、真白はアストリッドに協力する気などなかった。

だって、クロに出会えば、もうクロが組織の“調整”から解放されていることなど、すぐに分かるのだから。

 

元々、真白がクロをアストリッドに差し出そうとしたのは、組織によって洗脳されたクロを、もう少しマシなアストリッドの方に洗脳させ直そうと考えたためだ。だが、もうクロは洗脳されてなどいない。そんなクロを、わざわざアストリッドに差し出す必要が、どこにあるのだろうか。

 

そして、茜が疑問に感じた、クロの意識の有無に関してだが、これも真白の工作によるものだ。

クロは、実際にアストリッドの元へ向かう直前まで意識を失っていた。仮にそれまでに意識を取り戻していれば、アストリッドはクロの異変に気づくことができただろう。

 

では、どうやってアストリッドの元に来た瞬間に意識を覚醒させたのだろうか。メカニズムは簡単だ。

アストリッドの元へ向かう前に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()辿()()()()()()()()()()()()()

 

そうすれば、タイミングよくクロの意識が覚醒することができる。

こうすることで、クロはアストリッドの不意をつき、今まで誰にもつけることのできなかった傷をつけることに成功したのだ。

 

アストリッドが真白の叛逆に気付く場面があったとすれば、それは雪がクロを運んでいるという部分の違和感だろう。

無関係の一般人が、何故真白に協力しているのか、そこに疑問を持ち、詳しく調査していれば、真白の野望にも気づけたかもしれない。

 

しかし、無理もない。アストリッドは舞い上がってしまったのだ。2年間ずっと待ち続けた展開に。そんな彼女に、もっと慎重になれと助言しても、彼女は聞くことはないだろう。

 

「よく私の裏をかいたものだ。けれど、残念だったね。クロが私につけた傷は、所詮擦り傷。次は不意打ちを喰らうつもりはないし、君達の敗北は覆せないよ」

 

「さあ? それはやってみないと分からないんじゃない?」

 

「…‥何? ああそうか。(クロ)は知らないんだね。今の私の実力を。君が怪人強化剤(ファントムグレーダー)を使ったとしても、今の私には勝てない。2年前に私に勝てたばかりに、勘違いをしてしまったのかな? だったら申し訳ないことをした。私は君が思うより、ずっっっっと強いんだ」

 

クロとアストリッドは、互いに余裕の表情を崩すことはない。

アストリッドは、自身の圧倒的な実力への自信から。クロの方は、よく分からないが自身に満ち溢れている。

 

アストリッドは、クロに対して攻撃を加えようと、その右手を振り上げる。

クロは、そんなアストリッドに対して、無防備にも自分の姿を晒し続けている。

 

そして、アストリッドが拳を振り下ろそうとした時……。

 

アストリッドのその頬が、赤色に染められる。

 

アストリッドの手は、まだ振り下ろされてはいない。つまり、これはアストリッド自信から出た血液だ。

 

誰が?

クロではない。クロは、先程からずっとアストリッドに対して無防備な姿を晒し続けている。

 

「何で、生きている……?」

 

そう、アストリッドを攻撃したのは……。

 

「お姉ちゃん、お待たせ」

 

クロの妹、ユカリだった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

クロ達がアストリッドの相手をしてる間、茜達は、アストリッドとの戦闘によって負傷してしまった櫻達の治療をするために、彼女らを運ぶ作業に移っていた。アストリッドと戦闘しているのは、クロ、ユカリ、真白だ。魔治療のためにアストリッドとの戦闘を中断し、こちらに回っている。

 

今この場にいるのは、茜と雪。

 

そして、アストリッドの元までユカリを誘導した、朝霧千夏という少女と、その隣にいる、フリフリの魔法少女の衣装を纏った、銀髪をツインテールにした少女だ。

 

魔衣は一足先に、櫻と束を運びに行った。

 

「本当に、任せていいのね?」

 

「一応、あんたの仲間の妹だし、信用して欲しいんだけどな」

 

「別にるなは千夏(あんた)に協力したわけじゃないから、勘違いしないでよね。しろのためなんだから」

 

茜が焔、千夏が美希を、そして、るなと自称している少女が、笑深李を運ぶことになった。

雪は櫻の兄である椿を運ぶことに。しかし、そうなるとホーク、クロコ、ドラゴの3人を運べる者がいなくなる。

 

「ちょっと待ったー!」

 

「まったー!」

 

そんな彼女らの元に、2人の少女がやってくる。

櫻が面倒を見ている後輩の魔法少女、真野尾美鈴と、魔族と人間のハーフの少女、龍宮メナだ。

 

2人は、焔を茜からぶんどり、自分達が運ぶと主張している。

 

「おい……俺も歩くくらいならできるぞ……」

 

「アストリッドの奴は、椿の方に夢中で、あまりわしには重い攻撃を加えてなかったのでな。わしもまだ動ける」

 

そしてどうやら、ホークとドラゴも、戦闘できる状態ではないものの、治療の場まで歩いて行くことはできるようだ。

 

つまり、残り運び出さなければいけないのは、クロコという魔族の少女と………。

 

「こいつはどうすんだ?」

 

千夏が、指を指したのは、ゴブリン。

組織の元幹部で、アストリッドに協力するも裏切られ、倒れた男だ。彼は敵だし、助ける必要などない。だが………。

 

「私が運ぶわ」

 

茜は、見捨てるという選択をしなかった。敵なのに。仲間が傷付く原因を作り出した相手なのに。それでも茜は、ゴブリンを助けることにした。

 

「そうなると、クロコを運べる奴がいなくなる。放っておけ、そんな奴。どうせ裏切られるだけだ」

 

ホークは乱雑にそう言い放つ。確かに、彼の言う通り、ゴブリンを今助けたところで、どうしても裏切られるリスクは発生してしまう。櫻達のことを思うなら、同じ治療の場に連れて行くのもあまりいい判断ではないのかもしれない。だが……。

 

(敵だからって見捨てたら、クロだってそうしなきゃいけないじゃない)

 

茜の善性が、それを許してはくれない。

 

だから、茜はクロコとゴブリン、その両方を自身の両肩に乗せ、連れて行こうとする。が、少女の体では、その重さには耐え切れず、転倒してしまう。

 

再度2人を運ぼうと、立ち上がる茜だったが………。

 

ふと、片方の肩が、随分と軽くなる。

落としてしまったのかと、焦って後ろを振り返ると……。

 

「やっぱりお前は、良い女だな」

 

茜の体から抜け出したイフリートが、ゴブリンの肩を担いでいる姿が、そこにはあった。



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Memory90

「ありゃりゃ、派手にやられちゃったね〜」

 

「腕は自分で切っただけよ。はぁ……しくじったわ。まだ完全に馴染んでないみたいだわ」

 

朝霧姉妹から逃げ切ったルサールカは、組織に帰り、ミリュー、否、ミリューの体に入っている別人の誰か、と会話していた。

 

ミリューは元々、ルサールカが造り出した人工の魔法少女であり、その体に3つまで魂を保持できるという特徴を持っていた。

 

そんな彼女がユカリの魂を保持していたおかげで、ユカリは再びこの世で生を受けることができたわけだ。

 

しかし、そんなミリューの体の主導権は現在、別人に握られてしまっている。組織に従う、従順な魂を、その身に保持させられてしまい、その魂に体を乗っ取られたためだ。一応、ミリューの体は魂を3つまで保持できるため、体が乗っ取られてもなお、元々のミリューの魂は体に保持されたままではあるのだが……。

 

「で、アストリッドの奴、暴れてるみたいだけど、放っておいていいの」

 

「構わないわ。私達からしても、アストリッドの動きに害はないもの。何なら、私はアストリッドのことを利用するつもりよ。それに………」

 

「それに?」

 

あれ(アストリッド)の精神は、見た目の割にとっても幼いもの。大した脅威ではないわ。今だって、新しい力を手に入れて、調子に乗っているだろうけど、きっと失敗するわ、きっとね」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「はは…………これは一本取られた」

 

茜達が櫻達を連れていったのを確認し、俺達(クロ シロ ユカリ)は本格的にアストリッドとの戦闘を開始していた。

相手は櫻達を複数相手にしながら倒したような怪物だ。俺達は最大限の警戒をしながらアストリッドとの戦闘を進めている。

 

アストリッドが遠隔で放つ血の刃は、全て(クロ)の“ブラックホール”で吸い込み、これによって、アストリッドの遠距離攻撃を封じることに成功する。

 

最初こそアストリッドは血の刃を頻繁に使用していたが、血の刃を放っても俺の“ブラックホール”に吸収されること、それに、2年前、そのせいで負けたことを思い出してか、現在は全く血の刃を使う様子はない。

 

遠隔攻撃が使えないとなれば、自然と次に行うのは近接攻撃である。アストリッドは血の刃を封印した後、近距離で俺に向かってきたわけだが、戦闘が開始してから現在まで俺は無傷だ。

 

アストリッドの近接攻撃は、俺の体じゃとても受けとめることのできるものじゃない。俺の魔法で防御することだって不可能だろう。

 

しかし、この場にいるのは俺だけじゃない。

 

アストリッドが俺に攻撃を加えようとする度に、俺の前に光と氷の壁が現れ、俺の身を守る。

 

そう、真白の魔法だ。

真白は、光の壁と氷の壁を同時に扱うことによって、アストリッドの攻撃すら受け止めることのできる、強力な防御壁を生成することに成功したのだ。他の属性と比べ、“守り”に特化した『光』の属性と、他の属性よりも優れているとされる『氷』の属性の魔法の併用で作り出した壁だ。頑丈になるのは当然だ。

 

まあ、受け止めることができる、とはいったが、厳密にはそうではない。アストリッドの攻撃を受ければ、真白の作った壁は破壊されてしまう。ただ、強固な壁であるため、アストリッドの攻撃の勢いを完全に削ぐことができるのだ。それゆえ、クロやユカリはアストリッドの攻撃を喰らわずに済んでいる。

 

つまり、現在俺達はアストリッドの攻撃を完全に封じることに成功しているのだ。

アストリッドに攻撃を加えようとすると、この均衡が崩れてしまうため、現在防戦一方になってしまっているが、問題ない。

 

しばらくここで耐えれば、そのうち来夏がこちらにやってくることになっている。

来夏が加われば、ここから一気にアストリッドを攻めて彼女を討ち倒すことができるだろう。

 

それだけじゃない。

俺達の作戦は。

 

「いくら防御したって、魔力には限りがある。いつまでもつか、見ものだね」

 

アストリッドは冷や汗をかきながらそうこちらに話しかけてくる。

現状打開できない状況に、焦ってはいるのだろう。だが、勝利の算段が見えないわけではない。だからこうやって、自分を鼓舞するように俺に話しかけているのだろう。

 

「魔力に限りがあるのは、お互い同じだよ」

 

「私の魔力量は常人のそれとは違くてね。君たちの何倍もの量を持ち合わせているんだ。だからごめんね。私の勝利は揺るがない」

 

「お姉ちゃん、やっぱりこいつ、気づいてないね」

 

「みたいだね。上手くいってそう」

 

俺とユカリは、アストリッドの攻撃を交わしながら、言葉を交わす。

 

そう、ユカリの言った通り、アストリッドは気付いていない。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

「あれー? アストリッド、なんか段々弱くなってる気がするなぁ〜。もしかしてバテちゃったのかな? あっ、そっか〜もう歳だから、体力がなくなってきてるのかな? みっともないね、お・ば・さ・ん♪」

 

「2年前はよくもやってくれたね。でも、戦ってみれば大したことないんだね、貴女って。最初の勢いはどこへ行ったんだろ? 吸血鬼の姫様だっていう割には、たかが小娘3人にこんなに翻弄されてるんだもん。ね、お姉ちゃん」

 

俺とユカリはそうやってアストリッドを煽る。

もちろん、アストリッドの冷静さを欠かせるという戦略的な意味として煽ったというのもあるが、ぶっちゃけ言うとほとんどが仕返しでこう言っているだけだ。

 

2年前、アストリッドには散々振り回されたからな。

 

「生意気だね……。イライラしてきたよ。でも、いいさ。お前達2人とも、すぐに私に噛み付かなくなる。ちゃんと理解(わか)らせてやろうじゃないか、私の恐ろしさを」

 

多少はアストリッドもキレているみたいだが、冷静さを欠くことはなかった。

まあ、こういった部分は、流石と言うべきか、だが。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「? 何の話を………」

 

俺の言葉に、アストリッドの頭の上に疑問符が浮かぶ。

やっぱり、気付いてないみたいだ。

 

「アストリッド、貴女はもっと、自分の体内に気を使うべきだった。気付かなかった? 貴女の力が、段々弱まってることに」

 

そんなアストリッドを哀れに思ったのか、外から魔法の壁を作って俺とユカリを援護してくれていたシロが、アストリッドにそう告げる。

 

「それはどういう……」

 

「貴女の体には、毒が仕込まれている。最初にクロとユカリが貴女につけた傷、あれは貴女に毒を仕込むためのもの」

 

「そんな馬鹿な………私は毒なんて……」

 

「貴女は興奮していて気付いてなかったみたいだけど、クロとユカリの大鎌には事前にユカリの魔法で作られた毒が塗り込まれていた。それに気付いていれば、私達の勝ち筋は薄かったかもね」

 

「っ……」

 

シロの言葉を聞いて、アストリッドは俺とユカリへの攻撃をやめ、その場で立ち止まる。

 

「はは……本当に、毒が……。でも、残念だったね。こんな毒くらい、私が体内の血液を操作すれば簡単に………」

 

「毒が全身に回ってるから、吸血姫(貴女)だろうと何だろうと、解毒することは不可能だよ。そうなるように作ったもん」

 

理解(わか)らせてやろうじゃないか、私達の恐ろしさを、なんてね」

 

アストリッドが、目に見えて狼狽えている。

 

「クロ、吸血鬼は、思ったよりも悪くない。別に私は、君達をいじめたいわけじゃないんだ。ただ、吸血鬼の素晴らしさを教えてあげようって、そう思っただけなんだ。だから、ほら、お試しでさぁ」

 

「うーん。一ヶ月無料お試しで、だったら考えるかなぁ」

 

「うんうん。一ヶ月無料にしよう。というか、元々金を取る気はないさ。よし、そうと決まれば……」

 

「本気で言ってると思う?」

 

「…私は本気だよ」

 

「でも残念。誰も吸血鬼になるつもりなんてないよ。少なくとも、お前なんかの下につくつもりはない。それに、残念だったね。もうお前に勝ち目はない」

 

「その通りだね………。お互い、これ以上やっても無駄だと思わないかな? 一時休戦としようじゃ……」

 

「後ろ」

 

今まで俺達がやっていたのは、誰も傷つかずに、アストリッドをこの場に留めること。

そう、朝霧来夏をこの場に呼んで、アストリッドを追い詰めるために。

 

「来夏……」

 

「よお、アストリッドさんよ。2年前はよくもやってくれたなぁ」

 

アストリッドの顔が、絶望に染まった。

 



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Memory91

「頼んでおいたものはできたかしら?」

 

そう尋ねるのは、組織の幹部、ルサールカ。

彼女は以前、Dr.白川にある物を製作するよう頼んでいた。

 

それは………。

 

「一応作っておいたんですけどねぇ。でもよろしいんですか? 『特別個体(オリジナル)』の怪人を素材に使ってしまって。はっきり言って、もう『特別個体(オリジナル)』の怪人を作るのは不可能ですから」

 

「構わないわ。いくら特別といっても、結局私達よりも弱いもの」

 

そう言ってDr.白川が出したのは、10本の注射器。怪人強化剤(ファントムグレーダー)だ。

それも、普通の怪人強化剤(ファントムグレーダー)ではない。

 

特別個体(オリジナル)』と呼ばれる怪人を素材とした、特殊な怪人強化剤(ファントムグレーダー)だ。

本来怪人は、闇属性の魔法しか扱えないし、一般的に魔法少女も怪人も、扱える属性は原則一つとされている。だが、『特別個体(オリジナル)』だけは例外だ。

 

闇以外にもう一つ別の属性の魔法を扱うことのできる、他とは一線を画す特殊な怪人、それが『特別個体(オリジナル)』だ。

 

「しかし、こんなもの、いったい何に使うつもりなんです? 自分用ですか?」

 

「そんなわけないじゃない。どうして私が怪人なんかの成分を体に入れなきゃいけないのかしら。これは私のものじゃないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロに使わせる、そうでしょ?」

 

研究室に突然入り、そう告げたのは、ミリューの見た目をした、別の誰かだ。

彼女は、そのままDr.白川を縄で縛り付けていく。

 

「何を……」

 

「もう用済みだってさ」

 

「それは構いませんが………しかし、解放してくれないのですか。あ、そうそう。先程の怪人強化剤(ファントムグレーダー)ですが、クロに使わせるのはやめて頂きたい。アレを多用すれば、クロの体は完全に怪人に………」

 

組織から見捨てられると宣言されたにも関わらず、特に臆することなく、饒舌に話しかけるDr.白川だが、クロに怪人強化剤(ファントムグレーダー)を使わせることに対しては、難色を示している。彼程の図太さを持っていても、やはり許容できるものではないらしい。

 

「ええ、理解しているわ」

 

「では何故…」

 

「だって、そっちの方が面白いでしょう?」

 

そんなDr.白川に対し、ルサールカは何てことのないように、そう告げた。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「アストリッド、大人しく降伏すれば、お前の命までは取らない」

 

正直、2年前のことをまだ許せているわけじゃない。けど、結果としてユカリは今こうして生きているし、魔法少女は誰1人として欠けることもなかった。残念ながら、アストリッドの部下は犠牲になってしまったようだが。

 

復讐なんてよくない、なんてのは建前で、実際にはアストリッドに復讐をする意味が薄くなってしまったから、かもしれない。

 

けど、一先ずこれで騒動は落ち着いた。

またアストリッドが収容施設から脱走する可能性がないとは言い切れないが、その時はまた俺とシロ、ユカリに、他の魔法少女も加えて対処すればいい。

 

そう思っていたのだが…………。

 

「私をそう簡単に捕まえられると思うな」

 

アストリッドの目が怪しく光る。

そのまま彼女はユカリの方に向き……。

 

「ユカリ! 避け……」

 

俺がユカリに忠告しようとした時には、既にアストリッドの魔法はユカリのいる場所まで辿り着いていて。

 

()()()

 

そのまま、ユカリの全身から血が吹き出し、ユカリはそのまま地面に倒れ伏してしまった。

 

「理解していなかったみたいだね、クロ。何故君が私に有利に動けていたのか。私はさ、本気を出していなかったんだよ。どうしてか分かる? だって本気を出してしまったら、勢い余って殺してしまうじゃないか。私は君達を手に入れたい。だから殺すわけにはいかなかった。けど、追い詰められたら、それだけ手加減するのは難しくなってくるんだ。分かるだろう?」

 

アストリッドは、少しイライラとしているような口調で、俺にそう話しかけてくる。

 

ユカリのことは心配だが、とりあえずさっきのアストリッドの攻撃については、知ることができた。

アストリッドがあの攻撃を行う時、その場所には必ず事前に魔力の流れが発生する。それにさえ気をつければ、あの攻撃は対処可能だろう。

 

やることは変わらない。ユカリは倒れてしまったが、こちらには来夏もいる。さっきと同じように、遠距離攻撃は俺の“ブラックホール”で。近接攻撃はシロの防御魔法で対処すればいい。後は、ユカリに行ったあの攻撃にさえ気をつければ、アストリッドの魔力を消耗させて、持久戦に持ち込めるはずだ。幸い、ユカリの毒は現在もアストリッドの体を蝕み続けている。

 

だがまあ、とりあえずはユカリの治療を優先したい。

となると、一旦来夏にユカリを預けて、雪達のところに連れて行ってもらった方がいいかもしれない。

 

となると、しばらくは俺とシロでこの場をもたせる必要があるな。

 

まあでも、大丈夫だ。

 

「来夏、ユカリをおねが………い………」

 

俺は来夏にユカリのことを頼もうと思って、シロと来夏のいる方向へ首を傾ける。

だが……。

 

「来夏、何で……シロのこと……」

 

気絶してしまっているシロと、来夏の姿。

アストリッドがやったわけではない。アストリッドから魔力の流れは感じることはできなかったし、何より、地面に倒れ込んでいるシロを見下しながら、来夏は笑っているのだ。

 

彼女がシロに何かしたのは明白だった。

 

まさか、アストリッドに何かされたのだろうか、そう思い、アストリッドの様子を伺うが、彼女自身もまた、来夏の行動に困惑している。

 

「さっきまでの余裕はどこ行ったんだ? クロ。残念だったな、私は、いや、俺は来夏じゃない」

 

来夏の姿が霧に包まれ、再び霧が晴れると、そこには、来夏とは全く異なる、組織の幹部の男が立っていた。

 

ロキ。

確か、他人に化ける能力を持っていたんだったか。

 

確かに、突然来夏がおかしくなったと言われるよりも、納得のいく展開ではある。が、何故彼が俺の邪魔をするんだろうか。アストリッドの存在は、組織としても邪魔だと思うのだが……。

 

「何で、邪魔を」

 

「さぁ? あの人の考えることは俺もよく分からないよ。ああ。それと、アストリッド、残念だけどタイムオーバーだ。今からここに朝霧去夏と、本物の朝霧来夏がやってくる。毒をくらった状態じゃ、2人の相手は難しいだろ? 今回はクロを手に入れるのは諦めるんだな」

 

ここでアストリッドを逃して、下手に体制を整えられてしまうとまずい。

 

「逃すか……!」

 

俺はステッキを取り出し、アストリッドに向かって魔法を放とうとする。が。

 

「やめとけ」

 

ロキの手によって、それを止められてしまう。

本当に意味がわからない。何故アストリッドに協力を……。

 

「んじゃ、俺はこれで」

 

そう言って、ロキはアストリッドごと、白い霧に身を包み、この場から消えていく。

 

逃げられた、か。

何故組織がアストリッドに手を貸すのか、疑問に残るが、今はいい。

 

ユカリは………。

 

「よかった。傷はそんなに深くない」

 

アストリッドは自信満々にユカリに向かって魔法を放っていたが、アストリッドの体が毒に侵されていたからか、思ったよりも魔法の威力は低めに済んでいたらしい。

 

これぐらいの傷なら、ちゃんと治療すれば、命に別状はないはずだ。

 

よかった。流石に二度もユカリの死に直面するのは、精神的に来る。

せっかく再開できたのに、またすぐにお別れなんてのは酷だ。本当に良かった。

 

とりあえず、できるだけの応急処置は済ましておいて。

 

「よし、とりあえずこれでユカリは安全なはず。後はシロの方だけど…」

 

俺は周囲を見渡して、シロの倒れている場所を探る。

 

ん?

 

シロの倒れている場所って、どこだったっけ。

 

「あれ? 俺、うっかり忘れちゃったっぽい? 脳を弄られた影響、まだ残ってたのかなぁ」

 

そんな風にぼやきながら、周りを見渡すが。

 

「いない?」

 

見当たらない。

どこを探しても、シロの姿が。

 

さっきまではいた。それは確実だ。

 

いなくなったとすれば、ロキが霧を出したあの時。

 

つまり、シロは………。

 

「連れ去られた?」

 

いや、違う。シロは一応今、組織に所属する魔法少女だ。

気絶してしまっていたから、組織の幹部であるロキが組織にのアジトに連れて行ったに違いない。

 

そのはず、だ。

 

 

その可能性が、高い。

 

だから、何も心配する必要などないはず、なのだけど。

 

妙な胸騒ぎがして、落ち着かなかった。



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Memory92

アストリッドに逃げられた後、現場には来夏とその姉である去夏がやってきて、一先ずアストリッドとの戦闘は終了した。組織による俺への『調整』がなくなったこと、それに加え、ユカリの生存が確認できたことまでは良かったのだが、アストリッドとの戦闘後、今度はシロが攫われてしまった。さっきまでは組織に連れ帰っただけだと判断していたが、多分そうじゃない。今度はシロが『調整』されるんじゃないだろうか。そんな気がする。

 

と、まぁ。色々な出来事が起こったため、俺は一旦来夏や他の魔法少女と合流し、情報の共有を行うことにした。

 

「皆、集まったみたいだね。アストリッドにやられた子達は、皆しばらくは動けそうにない。櫻とドラゴは一応は動けるみたいだけどね。他は療養が必要って感じ」

 

魔衣は、負傷者の状況を説明する。どうやら、今度アストリッドが攻めてきた場合、束や椿などは戦闘することができなさそうだ。組織も何故かアストリッドに手を貸していたし、対抗するとなるとかなり厳しくなりそうだ。

 

「美鈴とメナじゃ戦力にならねぇし、まずいかもな」

 

来夏が呟く。一応、櫻やドラゴも動けるが、万全の状態ではない。ホークという魔族も、日常生活は行えるが、戦闘は不可能な程度には負傷しているらしい。

 

(クロ)と茜でアストリッドの相手をする。アストリッドは私と茜のことを欲しがってる。殺せはしない、多分ね」

 

「しろのこと守りきれなかった無能に、もう一度任せてもいいのか、るなは疑問なんだけど」

 

そんな俺に噛みついてきたのは、確か、閃魅 光(せんみ ひかり)という名の魔法少女だ。

彼女は千夏と同様にアイドル活動を行っている魔法少女で、『るな』という名前で活動している。『るな』を自称しているのも、そのためだろう。ちなみに、シロと仲が良かったりする。俺に対する当たりが強いのは、多分シロと血のつながりがあるから、嫉妬している、とかそこら辺だろう。

 

「確かに、私はシロのことを守りきれなかった。でも、今は組織がどう動いてくるか分からないし、ここでは納得して欲しいかな」

 

「ふーん」

 

不機嫌そうな顔をしているが、まあ別に本人も俺と茜がアストリッドの相手をすることについては文句はなさそうだ。

 

「ルサールカの相手は、私と猿姉でやる。今回もそれで追い詰めれたからな」

 

となると、残りの幹部の相手についても考えなければいけない。

5人の幹部のうち、1人はユカリだったので、残りはルサールカも除けば3人。

 

特に厄介なのが、他人に化けることができるロキだ。

そもそも、今回の話し合いで誰が誰の相手をするのかというのも、元々はロキを対策するためのものだ。

それぞれが誰の相手をするのかを決めておけば、戦場に現れる偽物も見分けやすくなるから。

 

「るなもアストリッドがいい。あいつむかつくから」

 

「なら、ミリューの相手は私がしよう。ただ、そうなるとロキとノーメド、だっけ? の相手を誰がするのかって話になるけど」

 

「私がやるよ。ノーメドって魔族の相手。話したいこともあるから」

 

魔衣がミリューの相手を、そして、話を聞いていた櫻が、どうやらノーメドの相手をするようだ。

残りは、ロキの相手だが…………。

 

「おい、まさか美鈴とメナにロキの相手をさせるわけじゃないだろうな?」

 

「その心配はしなくてもいい。ロキの相手は、わしがやろう」

 

そこで名乗りをあげたのが、ドラゴだ。

魔衣とドラゴは、しばらくの間互いの顔を見つめ合う。表情から、お互いの仲があまり良くないのだろうということが読み取れるが……。

 

「まあ、いっか。それじゃ、アストリッドはクロと茜、るなちゃんが、ルサールカは去夏と来夏が。ノーメドは櫻、ロキはドラゴ、そして、ミリューの相手は私、ということで。それじゃ、解散!」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「千夏、ちょっといいか」

 

話し合いが終わった後、来夏は千夏を呼び出し、個別で話をしようとしていた。

千夏は気まずそうに来夏の元へいく。

 

「何?」

 

「私、お前に何かしたっけ? いや、何か恨まれてんのかなって思ってたけど、正直心当たりがあんまりないっていうか」

 

「うん。まあ、ただの八つ当たりだし」

 

「……やっぱそうだよな」

 

2人の間に、微妙な空気が流れる。

お互いに、何を話せばいいのか、分からないのだ。

 

千夏が来夏を嫌った理由は、来夏の言葉遣いの荒さや、仕草の男っぽさだ。朝霧家は父子家庭だったためか、去夏、来夏は父親を見て育ってきた。そのため、振る舞いはどうしても粗雑になってしまう。しかし、千夏は小さい時から、可愛いものが好きだった。女の子らしいものが好きだった。だけど、姉達がかわいいものに全く興味がなかったため、自分を抑制し、姉達のように振る舞うことしかできなかった。

 

その時の記憶で、千夏は姉のことを毛嫌いしていたのだが……。

 

「ごめん…………。私が子供だった」

 

何年振りか、千夏は来夏に頭を下げた。

そんな千夏の様子に、来夏も思わず目を見開く。まさか謝罪をしてくるとは思っていなかったためだ。

 

「別に私は気にしてない。嫌われるのは、私にも原因はあるだろうしな」

 

「まだ、その……私のこと、家族って、思ってくれてる……?」

 

「当たり前だろ。私からしたら、たった1人の妹だかんな」

 

「そっか…」

 

来夏の言葉に、千夏は安心したかのような表情をする。心のどこかでは、本当は来夏や去夏との関係を修復したかったのだろう。

 

「それじゃ。私は内部から組織の動向を探る。くそ……いや違う違う。姉さんも頑張って」

 

「今クソって言ってなかったか?」

 

「癖」

 

千夏は少し申し訳なさそうにしながらも、来夏との会話を終わらせる。

 

「千夏!」

 

しかし、来夏は、帰ろうとする千夏を呼び止める。その手には、とあるアイドルのライブのチケットが握られていた。

 

「お前のライブ、毎回ちゃんと見てた。かっこよかったし、何より、()()()()()()。応援してるから、これからも頑張れよ」

 

来夏の言葉に千夏は振り返らず、しかしそっと微笑み。

 

「バカ姉貴…」

 

ポツリとそうこぼした。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

魔衣達との話し合いを終えた俺は、八重の元に行っていた。

一応、組織を裏切った後に顔合わせはしていたが、2人きりで出会うということはなかった。

八重は魔法少女達の中じゃ多分一番俺のことを心配していたはずだから、顔を見せに行こうと思ったのだ。

 

「えーと………そろそろ離れない?」

 

「ごめんなさい。もうちょっとだけ」

 

まあ、顔を見せにきたのはいいものの。

さっきから八重が俺に抱きついてきて離れてくれず、絶賛お困り中だ。

 

正直、あまり俺に思い入れを持ってほしくはない。今現在俺を縛るようなものは何も存在しない。だが、今までの出来事を思い返してみれば、いつまた何かしらで俺の自由が損なわれるか分からない。場合によっては、命の危機もあり得る。そんな俺に入れ込んでしまったら、もし俺が死んだとき、八重の精神がもたないかもしれない。

 

だから、俺は抱きついてくる八重を引き離す。これ以上、関係性を深めるわけにはいかない。

 

「会ったばかりであれだけど、私、組織に戻ろうと思ってる。ちゃんと向き合って、話し合わなきゃいけない、大事な友達がいるから。だからこれは、その前の顔合わせのつもりなんだ」

 

「友達なんて、また作れるわ。だから、お願い。魔法少女なんてやめて、普通に生きて。戸籍とか、身分とか、どうにだってするから………だから」

 

「シロ連れ戻すし、組織も潰す。大丈夫。すぐ戻るから。組織の奴らなんて全員馬鹿だし、上手いことやるよ。ヘーキヘーキ」

 

しくじったな。こんなに八重を不安な気持ちにさせるつもりなんてなかったのに。

2年前からずっと、1人で抱え込んでしまっていたのかもしれない。俺のことを一番気にかけていたのは八重だったし、多分、一番精神的に辛い思いをしてきたんだろう。

 

だったら、もうそろそろ、その苦しみから解放させてやるべきだ。

 

今まで引っ込んでいたルサールカが動き出し、組織も本格的に何か始めようとしている。

動くなら、今だ。

 

「反撃開始、ってところかな」

 



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〜2年後〜 魔族と人間
エイプリルフール【最終回・偽】


組織は解体され、魔族達による人間界の支配は失敗に終わった。

 

百山櫻と真野尾美鈴は、龍宮メナと共に人間と魔族が共存できる道を模索し続けている。

そして、そんな櫻達のために、蒼井八重や虹山照虎が、魔族の残党などの情報収集などをはじめとしたサポートを行っている。

 

朝霧来夏は、いまだに人間界を支配しようと企んでいる魔族の残党達を相手にしつつ、そんな魔族達に対抗するため、後輩の魔法少女や、新人の魔法少女の育成などに尽力している。

 

その妹の朝霧千夏は、魔法少女系アイドルとして、今も尚世間を魅了し続けている。

 

深緑束は、亡くなった友人である身獲散麗が通いたがっていた高校に入学し、散麗が生きていた間にやりたがっていたことを、束が代わりに行っている。この行動は束の自己満足でしかないのかもしれないが、それでも束はこの行動が散麗の供養に繋がると信じている。

 

そして、クロの双子の妹であり姉でもある、双山真白ことシロは……。

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんの墓参り?」

 

墓地で静かに手を合わせる真白にそう尋ねるのは、真白の妹でもあり、ある種娘とも言える少女、ユカリだ。現在は双山家に引き取られ、真白と共に過ごしている。

 

「ううん。これはミリューって子の分。私はまだ、クロは生きてるって信じてるから」

 

「変なの。ミリューお姉ちゃんは死んだりしてないのに」

 

「ああ、うん。そうだね……」

 

真白はユカリの言葉に、歯切れの悪そうな返事をする。

ユカリは知らないのだ。ミリューが死んだということを。

厳密には知らないというよりも、ミリューが死んだことを信じていない、というのが正しいだろうか。

 

ユカリはミリューによって、一度失った命を取り戻している。ユカリにとって、ミリューは命の恩人なのだ。だからこそ、信じたくないのかもしれない。

 

逆に、ユカリの方はクロの死を受け入れてしまっている。

彼女は実際に、クロの死に目に遭ってしまっているからだ。遺体こそ見つかっていないが、ユカリはクロが死んでしまう瞬間を確かに見た。少なくとも、ユカリはそう思っている。

 

「何だ、シロとユカリも来ていたのか」

 

そんな2人に声をかけるのは、花束を持った1人の男だ。

名はアスモデウス。昔は組織の幹部をしていた男で、現在は魔族でありながら、人間社会で生きていくことを選んでいる。

 

そんな彼もまた、墓地で墓参りをしに来たらしい。

 

「アスモデウスは誰の墓参り?」

 

「パリカーのだ。………幼馴染だからな」

 

そう言って、アスモデウスは花束を墓に添え、手を合わせている。

真白とユカリもそれを見て、それぞれ手を合わせる。

 

大切な人の死を受け入れるために。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「ねぇ、本当に良いの? シロとユカリにだけでも顔合わせしといたら?」

 

そう提案するのは、紫色の髪をツインテールにした、ユカリとよく似た顔を持つ少女、ミリューだ。

真白はミリューが死んだと思い込んでいるようだが、実際は生きており、実はこっそりユカリにだけ顔を見せに行っていたりする。ユカリがミリューのことを死んでいないと主張するのはそのためだ。

 

「そ、その場合どうなるの…?」

 

そして、そんなミリューが話しかけている相手は、元悪の組織所属の魔法少女、クロだ。

クロもまた、ミリューと同様死んだという風に認識されているが、実際はそうではない。ただ、クロの場合は真白やユカリなどにも顔を見せに行っていないため、クロの生存を知っているのはミリューだけになる。

 

「さぁ? どうなるんだろうね」

 

先程から会話を交わす2人だが、『クロが真白やユカリと顔を合わせた場合、未来はどうなるのか』ということを、クロがミリューに尋ねている。

 

というのも、ミリューはどうやら未来の展開が限定的ではあるが読めるらしく、クロはミリューの未来予知に頼ろうとしているというわけだ。

 

ちなみに、クロが真白やユカリに顔を合わせないのも、この未来予知で自分にとって都合の悪い未来が訪れることを察したからである。

 

 

 

 

「………何で答えてくれないの?」

 

「んー。だって、答えちゃったら拒否しちゃうでしょ?」

 

「てことはやっぱり……」

 

「うん。男の子と結婚して、身も心も女の子になる未来に進むことになるね」

 

「うわぁあああぁぁぁぁぁあああああぁあいやだぁあああああああああああああ!!!!」

 

「えー何で? 子宝にも恵まれて、とっても幸せそうに過ごしてるけど?」

 

「だって、だってさ、前世は男なんだよ? それなのに、男と結婚なんて……」

 

「別に良いじゃん。前世の話でしょ? 今は関係ないじゃん。それに、最近は同性婚も承認されつつあるんだし、問題ないと思うんだけど」

 

「こういうのは気持ちの問題なの! 俺は妹の動向を見守れればそれでいいの!」

 

「え〜」

 

クロは組織が崩壊した後、前世の記憶を完全に思い出しており、そのせいか前世で使っていた一人称がたまに表に出てくることがある。

 

「って、あの魔族……雪のこと狙ってるな……」

 

「あっ、ちょっと!」

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「おい、そこの人間っ! 殺されたくなかったら俺のいうことを聞け」

 

尾蒼始守アパートの住民、黒沢雪は、仕事をするために職場へ向かう途中で、魔族の男に声をかけられていた。

 

魔族の存在は、組織が崩壊した時点で世間に公開されており、魔族と人間の共存は、現在の社会問題にもなっている。

そんな魔族だが、当然力は人間の数倍あり、人間に友好的ではない魔族は、たとえ下級のものであっても相当な脅威となる。

 

だからこそ、雪も素直に魔族の指示に従い、言うことを聞くことにしたのだが……。

 

「が……は…………」

 

突如、魔族の体が前へと倒れる。見ると、先程まで雪を脅していた魔族は、白目を剥いて気絶していた。

 

倒れる寸前に、少しだけ、髑髏の仮面を被った少女が駆けていった気がしたが……。

 

「もしかして……」

 

雪は髑髏の仮面を被った少女が駆けて行った方へ走る。

職場とは、全く反対方向だ。

 

だが、当然、髑髏の仮面の少女は、はっきりと目に見える様な速度で走っていたわけではなく、目に捉えるのが難しいくらいに物凄いスピードで駆けて行ったため、当然雪の足で追いつけるはずもない。

 

「はぁ……はぁ…………早すぎるよ……」

 

雪は膝をついて、息を整える。

これ以上深追いしても、雪が髑髏の仮面の少女に追いつくことはできない。それに、仕事を放棄するわけにもいかない。

 

「まったくもう、照れ屋さんなんだから」

 

雪は、そう呟きながら、職場へと向かいだす。

 

「ありがとう、お兄ちゃん」

 

 

 

 




エイプリルフールネタ。
一応こんな感じの最終回もありかなと思って、考えていたものの一つです。
没になったわけなんですけど、『死を偽装している理由』が原因ですね。辰樹×クロを示唆してしまっていたり、理由付けとしては弱かったりするので、没となりました。

ちなみにミリューが未来予知できるどうのこうのは、このお話内での話だけ、という風に今は解釈しておいてください。


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Memory93

組織に戻ってきたはいいものの、肝心のシロがどこにいるのかが全く分からない。

まさか“調整”の最中で、今まさに調整部屋で監禁されている状況だったりとかする?

だとしたら早めに手を打っておきたいのだが、俺が“調整”された部屋を見ても、シロの姿は見当たらなかった。

 

もしかしたら、もっと上の階層かもしれない。

 

この組織の移動型空中要塞は、7つの層に別れた、縦長の構造になっている。

一番下の『1の階層』では、玄関的な役割と、怪人の製造などの実験が行われている場所らしい。Dr.白川がいるのもこの『1の階層』だ。

 

次に、『2の階層』。この階層は、俺やシロ、後千夏や愛が滞在する階層だ。最低限生活するための施設と、訓練場のようなものが用意されている。

 

そして、『3の階層』。正直、『3の階層』以降で何を行っているのかは俺は詳しくは知らない。ただ、この『3の階層』に、ミリューとノーメドという幹部が滞在しているという事実はルサールカから聞いた。

 

それ以降の階層の詳細は全く情報が出されていないため、何があるのかは定かではない。

 

今俺がいるのは、『2の階層』だ。当然、俺は一応”調整“済みの存在として組織内部に入ることが許可されている。まあ、多分近いうちに”調整“できていないことには組織側も気づくだろうが、それでいい。

 

俺の目的が、達成することさえできれば。

 

「愛、話せる?」

 

俺の瞳には、少しやつれた様相の灰色の髪を持った、親友の姿が映っている。

 

「僕って、必要ないのかな」

 

何故、こんなに落ち込んでいるのかは分からない。でも、俺は愛の親友だ。愛と向き合う。それが今の俺にとって、一番優先すべきことなんだ。

 

「愛、腹を割って話そう」

 

「………」

 

俺の問いかけに、愛は応えようとはしない。それもそうだろう。親友だなんて言ってる割には、俺と愛の心の距離は、俺が『クロ』になる以前よりも、かけ離れてしまっている。

 

だから、もう一度。

俺と愛の関係を、見直さなきゃいけない。

 

「愛が俺のこと独占したいってこと聞いた時、驚いた。それくらい、俺のこと想ってくれてたんだって」

「俺は正直、愛の気持ちには応えてあげられないし、そもそも、誰かと恋愛だとか、そんなことも全く考えられない状況なんだ」

「でも、俺は愛のこと、親友だと思ってる。でも、だからと言って元の親友に戻ってくれなんて言わない。それを言われるのは、愛にとっても辛いと思うから」

「だから、愛の腹の中を全部話して欲しい。俺も、何も包み隠さず話すから」

「その上で、これからどうしていくのか、決めたい」

 

俺の言葉は、愛に届いているのか。全く分からない。

愛にとって、俺の言葉は酷く残酷なものに聞こえるだろう。……聞こえる、ではないか。実際に、俺の言ってることは、残酷なことだ。

 

俺は今、愛に酷いことをしている。でも、こうでもしなきゃ、俺と愛の関係性は、いつまでも歪んだままで、どんどん修正不可能になっていってしまう。そんな気がした。

 

一番良いのは、俺が愛の気持ちに応えることだったのかもしれない。

しかし、生憎俺にはそれができない。根本的に、恋愛をするつもりが今の俺には全くないというのも原因の一つとしてあるだろう。

 

好きでもないのに付き合うのは、それこそ愛との間に心理的な距離ができてしまうような気がしたから。

だから、こうするしかなかった。

 

「……嫉妬、かな」

 

愛は、ポツリとそうこぼす。

 

「僕は、多分、クロのこと………。いや、()が、僕と同じだと思ってたんだ。僕と同じで、友達が少なくて、頼れる人が少なくて。でも、実際は違った。君は、妹のために精一杯なだけで、そのせいで、友人関係が希薄だっただけ。もちろん、親しい友人が僕だけだったという事実は変わらないけど、でも、それでも君には僕以上に大切な、妹という存在、雪ちゃんが、いた」

 

愛は、昔を懐かしむような、しかしそれでいて、心底悲しそうな、複雑な表情を浮かべながら、話を続ける。

 

「正直、君にとっての一番が僕じゃないって知って、かなりショックだったよ。僕にとっての一番は、君だったから。雪ちゃんと話すようになってからだ。君のこと、好きなんだって気付いたのは。でも、我慢した。抑え込んだ。雪ちゃん相手に、嫉妬の感情を露わにしたって仕方ない。雪ちゃん自身のことは嫌いじゃないしね。それにこんな想い、君にとって迷惑でしかないと思ってたから」

 

「でもね、死んで、転生して、改めて君と出会ってみると、君のことを見てる人が、僕以外にたくさんいるってことに気づいたんだ。いや、それだけじゃない。君には、雪ちゃん以外にも、大事な大事な(ユカリ)がいた。ユカリを見た時、正直僕も君の妹に転生したかったって思ったくらいだ。だから、暴走しちゃったんだ。ごめん。迷惑だったよね」

 

「今思えば、寂しかったんだ。僕は。君のことを好きな気持ちは変わらないけど、でも、ここまで暴走してしまったのは、僕にとっての大事な人が、君しか存在しなかったからだ。僕は、親友でも満足できたはずだったんだ。君が、櫻や他の魔法少女達と関わることさえなければ。でも、身勝手だよね。こんな僕のこと、気にかけてくれてありがとう。僕はおとなしく消えるから、だから……」

 

愛は、そう言って俺から離れようとする。

いや、話している時から、少しずつ俺から距離を取っていた。多分、合わせる顔がないとでも思ったんだろう。

けど……。

 

「愛、一緒に行こう」

 

ここで引き止めなくちゃ、親友じゃないだろ。

 

「愛の好きとは違うけど、俺も愛のことは好きだし、正直、妹にすら話しにくいことも、愛相手なら話せる。だから、その、近くにいて欲しい」

 

「そんなこと言われても……僕は、君が僕以外と話しているのを見るのが、耐えられない………」

 

「わかってる。でも、それは寂しさから来るものなんじゃないかなって思う。だから、愛も、櫻や、シロ達と仲良くなろう。きっと、皆と仲良くなれば、愛が辛い思いをすることは、なくなるだろうから」

 

「でも……」

 

「それでも無理だったら! その時は言って欲しい。俺は愛に寄り添うし、一緒にどうすればいいか、考えるから。だから………えーと………」

 

何か、言わないと。

じゃないと、愛がどこか遠くへ行ってしまう。

 

嫌だ。このまま、お別れなんて。

 

「はは……なんだよ………馬鹿らしい」

 

愛は俯いていて、その表情は見えない。

 

やっぱり、ダメ、なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな風に迫られたら、断れないじゃないか……」

 

愛は、顔をあげて俺にそう話しかけてくる。

その顔は、涙に濡れていて。

 

けれど、悲しそうではなくて。

 

「愛…」

 

「わかったよ。もう少しだけ付き合ってやる。なんせ僕は、()()だし」

 

「愛…!」

 

「まったく、転生して魔性の女にジョブチェンジでもしたの? 正直僕、君のいいように振り回されてるような気がするんだけど」

 

うっ………。まあ、確かに、俺のこのやり方は、愛のことを言いくるめているだけなのかもしれない。

でも……。

 

「ごめん。せっかく再会できたのに、また離れるのは、正直、嫌だったから。それに、何でも話せるのは、俺にとっては愛しかいないから」

 

「そっか。なら僕も、君にできる限りの()()を示そう。できればそのまま、僕の虜になってくれればありがたいんだけど」

 

愛は冗談も交えつつ、そう話す。

 

よかった。愛との関係が、修復できて。

 

「そういえば、僕といる時は『俺』って言ってるのに、櫻とか、他の皆の前では『私』って言ってるよね? 何で?」

 

「あーまあ。基本的には『私』で通してたけど、まあ多分、愛の前じゃ気が緩んじゃうから、ついつい前世の癖で『俺』って言っちゃうんだよね」

 

「ふーん? じゃあ僕だけの特別だ?」

 

愛は嬉しそうに、口元に手を当てながら、ニヤニヤしている。

よかった。いつもの愛だ。

 

あーでも、これだけは言っておかないと。

 

「あーと、一応雪の前でも『俺』って言っちゃってるけどね」

 

「は? しね。キレた。さようなら、もう二度と会わないで」

 

「待って待って待って!! 雪だけだから!!! 雪の前だけだから!!!」

 

「うるさいうるさいうるさい!! 君が思わせぶりな態度を取るから悪いんだ!!! 僕だけだと思ったのに!! 僕だけだと思ったのに!!!」

 

「雪と愛だけだから!! 愛も雪も同じくらい大切だから!!」

 

「だまれだまれだまれ!! そうやって何人もたぶらかしてきたんだろ!? 僕は惑わされないからな!!」

 

この後、めちゃくちゃ説得した。

 



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Memory94

組織から愛を連れ戻した俺は、とりあえず他の魔法少女と愛が馴染めるように、まずは茜に愛のことを紹介することにした。

 

「へ〜この子がクロの親友の?」

 

「うん。そう。親友だよ」

 

俺は後ろで隠れている愛のことを引っ張り出して、茜の前に出させる。

前世の時から、愛は俺以外とは中々話ができなかった。だから、その時の癖で今も俺の後ろに隠れてしまっていたのだろう。

 

しかし、それじゃ愛はいつまでも孤独なままだ。俺以外ともしっかり関われるようにしておかないと、将来困るのは愛なんだから。

 

だからこれは、そのための第一歩だ。

 

「あ……僕は………親元愛って言います………」

 

愛はたどたどしいながらも茜に自己紹介をする。普段俺の前では軽口を言ったりする愛だが、俺以外の前ではいつもこんな感じだ。

 

思えば、俺はそんな愛に対して、少しでも何かしてあげようと思ったことが、前世からあっただろうか?

 

いや、なかっただろう。言い訳にはなるが、あの頃は妹のことで頭がいっぱいで、愛のことは親友だとは思っていたが、信頼しているだけで、俺が愛の悩みを聞いてあげたりなんかは、あまりやってこなかった。

 

愛が俺への感情を拗らせてしまったのも、そのせいだろう。愛がああなってしまったのは、全部俺のせいなのだ。

そうなってしまったことは受け入れるしかない。けど、少しでも愛が生きやすいように、他人と関われるように、少しずつサポートしていこう。

 

なんたって愛は、俺の親友なのだから。

 

「私は茜。よろしくね」

 

茜は愛に対して、無難に挨拶を交わす。

さて、問題はここからだ。

 

まず、愛には俺以外の人との交流に慣れてもらわなくちゃいけない。そうなると、自然と俺は愛のコミュ力解消の障害になり得てしまう。だってそうだろう。俺が隣にいれば、愛は俺からくっついて離れようとしないのだから。

 

「やることあるから帰ろ〜っと」

 

「うぇ……? え、ちょ……ま……は………クロ!?」

 

既に茜とは口裏合わせ済み。そのため、俺は自然な流れ(?)で、愛を残し、その場を後にする。慌ててる感じを演出するために、多少小走りになりながら。

 

「クロは用事があるみたいだし、私達は別で行動しましょ」

 

「え………あ……はい……」

 

どうか2人が、仲良くなれますように。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

クロは僕を置いて、どこかへ走り去っていってしまった。

やっぱりあいつは、僕のこと、面倒だって思ってるんだろうか?

 

わかってる。あいつだってあいつなりに、僕が他の魔法少女達と仲良くできるように配慮してくれているんだろうってことくらい。でも、それでも。

 

いきなりこれは、あんまりなんじゃないか?

見ず知らずの少女と、2人っきりにされるなんて。

 

僕は君以外に友人なんていなかったのに。

 

まともに話せるわけ………。

 

「思ってたより可愛い顔してるのね」

 

「はぁ……どうも……」

 

あぁほら。せっかく褒められてるのに、僕は無愛想な返事しかできない。コミュニケーション能力が高い人だったら、もっと上手い返しができたんだろうな。

 

でも、せっかくあいつがこういう機会を用意してくれたんだ。できないできないなんて、いつまでも弱音を吐いてちゃいけない。

 

そうだ。褒められた時は、こっちも……。

 

「あ、あかねさんのほうこそ…その……かわいらしい顔をしてらっしゃいますると思いましてよ?」

 

「別にお世辞はいいわよ」

 

「あ、いや……別に嘘じゃなくて………えと………えと……」

 

「はぁ……」

 

やばい。怒らせちゃったのかな。

本当に、どうしようもないな。わざわざあいつに、こういう場を用意してもらっておいて、茜って子にも、無理言って協力してもらっているだろうに。

 

僕は、本当にどうしようもない。

ダメ人間で…………。

 

「別に、そんなに無理して会話しようとしなくてもいいわよ。気を使わずに、自然体で……って言われても難しいかもしれないけど。まあ、私って別にそういうの気にするタイプじゃないし? いいんじゃない? 自然体で。実際私って仲間からボロクソに言われたりしてるから、慣れてるし」

 

「え、と……でも……」

 

「じゃあ、試しに私のこと罵倒してみなさい。はい」

 

「え、えぇ……」

 

急にそんなこと言われたって、初対面の人を罵倒する……? ハードルが高すぎる。そんなの、僕にできるわけない。

 

「ちなみに私はクロにブチギレて殺してやろうって思ってた時期があったわ。私もクロも、最初は仲最悪だったのよ。まあ、私が一方的に嫌ってただけだけどね」

 

「は、はぁ……」

 

自覚はないんだろうけど、今のは少し傷ついた。やっぱり、あいつにとって、僕は数少ない友人の1人でしかないのかな。

僕と友人になってくれる奴なんて、誰も……。

 

「仕方ない。ちょっと荒治療かもしれないけど……やるか」

 

「?」

 

「あーあー。正直言ってさ。私ってクロのこと嫌いなのよね。あんなやつのどこがいいんだか。意志薄弱で、直ぐに組織の言いなりになるわ、アストリッドに攫われて、すぐに櫻達を危険に晒すわ……」

 

急に何を言い出してるんだ?

友人じゃないのか? なんでそんなこと……。

 

「自分が他人に迷惑かけてる自覚がないっていうかー。まぁ。うざいと思ってるのよね〜」

 

そうか。

表では仲良さそうに振る舞っていたけど、本当は、そうじゃなかったんだ。

 

僕の気弱な態度を見て、どうせ告げ口するだけの度胸がないのだろうと、そう思って本心を今僕に告げてきているのだろう。

 

良いのか?

 

親友として、あいつの悪口を見過ごしてしまっても。

 

良いのか?

 

このまま、あいつは何も知らないまま、自分の事を嫌っている奴と、仲良さげにさせて。

 

 

 

 

よくない。

 

僕は、あいつの親友だ。

あいつの陰口を、見過ごしていいはずがない。

 

だったら、止めるべきだろ。

 

「それが君の本性か、茜」

 

僕はなるべく、低めの声で、茜を威圧するように言う。舐められたくはないからだ。

 

「何? 何か文句あるの?」

 

「うるさい。人の陰口をコソコソと……。気弱な僕になら何言っても問題ないと思った? そんなわけないだろ。親友の悪口を言われて、大人しく黙っておけるもんか。僕は今の言葉、見逃してやるつもりはないからな。この阿婆擦れ女!」

 

「阿婆擦れ………ねぇ、流石にちょっと言い過ぎじゃ……」

 

「黙れ! どうせお前ビ⚪︎チだろ! 陰口を言う陰湿な女なんて皆そうだ! 一体何人と寝たのかな? あーそっか。覚えていないか。男取っ替え引っ替えしすぎて、人数なんて覚えてないよね〜」

 

「なっ! 私のことなんだと思ってるの!? そういうあんたはどうなのよ!」

 

「僕は生まれてこの方、誰かと体を交えたことはない。するなら、あいつだって決めてるから……」

 

「ふん。そうやって1人も相手に執着してるとねぇ、歳とってみなさい。相手がいなくて絶望するわよ」

 

「男取っ替え引っ替えする方がどうかと思うけどね」

 

「だから私はしてないって!」

 

「いーや、してるね。顔を見ればわかる」

 

「してないわよ!?」

 

「いや、してる」

 

「してない!」

 

「いやしてるね!」

 

「してないってば! もー!」

 

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ………」

 

「はぁ………はぁ……」

 

あれから、どれくらい言い合っただろう。

軽く1時間くらいは喧嘩していたような気がする。

 

「ねぇ………そろそろ休憩しない? 流石に私もう限界よ」

 

「そ、そうだね。正直もう、話疲れちゃったや」

 

僕と茜は、適当なベンチに腰を掛け、ゆっくりと、呼吸を整えていく。

 

僕の体力がないせいか、茜の方が先に呼吸を整え終わっていた。

僕は茜よりもしばらくの間ぜぇぜぇと息を吐き続けていたが、それがおさまった頃、茜が僕に対して口を開いた。

 

「どうだった? 案外話せたでしょ?」

 

言い争いしているうちに、薄々勘付いてはいたけど……。

 

「僕を怒らせるために、わざとあんなこと言ったんですね」

 

「まぁね。クロにはあとで謝っておくわ」

 

「僕の方こそ、ごめんなさい。ついカッとなってしまって……。その、色々言ってしまったし……」

 

「一応言っておくけど、私はビ⚪︎チじゃないから」

 

「うっ、ごめんなさい」

 

茜には、中々ひどいことをたくさん言った気がする。いや、気がするじゃなくて、確実に言ってたね。

でも、あんなに酷いことを言っても、いや、そりゃ言い合ってた当初は顔真っ赤だったけど、今は落ち着いているし、僕の発言を水に流してくれているんだろうなってことがわかる。

 

それに、こんな風に言い合えたの、あいつ以外で初めてかもしれない。

雪ちゃんとは多少話せはしたけど、あいつの妹ってだけでそこまで深い交流があったわけじゃないし。

 

もしかしたら、この人となら。

 

「あの……僕と、友達に……なってくれますか?」

 

「へ?」

 

僕の言葉に、茜は驚いたような顔をしている。想定していなかった、みたいな。

 

………もしかして、駄目だったのだろうか?

そりゃそうだよな。自分のこと、ビ⚪︎チなんて罵倒してきた奴と、仲良くなりたいなんて……。

 

「私達、もう友達でしょ?」

 

「え…?」

 

「だって、あんなに言い合ったのに、今こうして一緒にいるわけだから、それってもう、友達じゃない? 喧嘩するほど仲がいいって言葉もあるわけだし」

 

そっか。

僕も、やっと…。

 

「ふへ………ふへへへへ……」

 

「最初可愛らしい顔って言ったけど、今のあんたの顔、ちょっと気持ち悪いわよ?」

 

「茜だって顔真っ赤にしてた時はブッサイクだったけどねぇー?」

 

「あの時は頭に血が昇ってたのよ。ったく……私の周りって何でこういう生意気な子ばっかり…」

 

「僕みたいな美少女と会話できるなら本望でしょ」

 

「ま、悪くはないわ」

 

僕と茜は、気軽に会話を続けていく。

いつの間にか、僕は茜に対してタメ口になっていて。

 

ちょこちょこお互いを罵りつつも、その言葉にはお互いの信頼関係を感じられたような気がする。

 

もしかしたら、僕が求めていたのは、これだったのかもしれない。

あいつに依存して、頼って。

 

それが理想だと思ってた。でも、それじゃあいつに迷惑をかけるだけだ。

 

だから、ちょっとずつ、僕も変わっていこう。

色んな人と関わって、あいつ以外とも話せるようになって。

 

あいつに依存しなくてもいいように。

 

そして、もしそうなったら、もう一度あいつに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、なんか俺より仲良くなってない? これが流行りのNTR……」

 



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Memory95

とりあえず、愛の友達作りは何とかなりそうかな。

まぁ、あんなにもすぐに茜と仲良くなられてたっていうのは…正直親友としては複雑な気持ちはあるけど。

 

「帰るかぁ……」

 

さっきまでは帰るふりして、こっそり愛の跡をつけていたけど、見た感じもうそんなことをしなくても大丈夫そうだ。

そう思った俺は、今度こそ本当に家に………。そういや俺家ないや。

 

「雪のとこ泊めてもらうかぁ」

 

俺は愛に見つからないよう、こっそり雪の住んでいるアパートに足を進める。

周囲に人の姿は見えない。今の時間帯は学校やってるし、そういう問題もあるんだろう。ちなみに茜は学校を休んでわざわざ愛と話してくれていたらしい。優しいね。

 

「んーっ。なんかいい気分〜」

 

俺は空高く両手を掲げ、目一杯伸びをする。

親友とのわだかまりは解消できたし、組織も抜け出せた。気分は爽快。

このいい気分のまま、今から愛しの妹の家にお邪魔しにいくのだ。

 

「しゅっぱつしんこー」

 

「随分とご機嫌だね、クロ」

 

大きく声を張り上げ、雪の家に向かおうとした俺に、声をかける女がいた。

神々しいオーラを纏い、厨二感の溢れる大きな翼をその背中に生やし、カラフルな髪を持った、吸血鬼。

 

そう、彼女の名は………。

 

「アスト………リッド………!」

 

まずい……。

しばらく歩いていたせいで、愛や茜のいる場所からはかなり離れている。

櫻は学校に通っているだろうし、双山魔衣の家も遠い。今、アストリッドの相手ができるのは、俺だけだ。

 

油断してた…。てっきりしばらくはユカリの毒で動けないもんだと思っていたから。

 

勝てるのか……?

この前と違って、ユカリもシロもいない。俺だけで、吸血姫の相手をしなければならない。

 

俺が…‥1人で。

 

「クロ、素直に私のモノになってくれるっていうなら、手荒な真似はしない。どうかな?」

 

「死んでもゴメンだね。仕えるならもっと若いお姉さんがいいしね」

 

「ふぅん? 生意気だね」

 

アストリッドはその顔に笑みを浮かべながら、掌の上で真っ赤な液体をクルクルと弄ぶ。

 

特別召喚(オーダーメイド)血狂いの魔刃(吸血鬼のナイフ)

 

やがて、真っ赤な液体はナイフのような形状へ変化していく。

 

「さぁ、行くよ」

 

アストリッドの攻撃宣言。

それを聞いて、俺はステッキを取り出し…………。

ステッキを、取り出して………。

 

 

あれ……。なんでだろ………。腕が………上がらない。

 

「反応鈍いね。()()()()()()()()()

 

見ると、俺の右腕からは、血がダラリと垂れていた。

切られたのだ、(アストリッド)に。それも、目の前で相対している俺が認識できないくらいの、驚くべきスピードで。

 

シロの防御がなければ、俺はこんなにも無力なのか。

 

「左ももらうよ」

 

宣言通りに、俺の左腕は一瞬で機能停止に追い込まれる。

 

ユカリの毒がなければ、反撃することはおろか、反応することすらできないのか。

 

現在時刻は3時。

櫻は部活をやっていない。なら、耐えるのは後1時間でいい。けど……。

 

「それじゃ、トドメ、刺そうか」

 

俺はもう……。

 

恐怖のあまり、目を閉じ、俺はその瞬間を待つ。待ってしまう。

完全に、弱者に。狩られる側へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風を切る音がする。

アストリッドが移動する音だろうか。

数刻もしないうちに、肉が裂かれる音がする。血飛沫が舞い、地面を赤く染め上げる。

 

 

だが、俺の体には、さっきつけられた右腕と左腕の傷以外で、新たな傷はついていない。

 

つまり………。

 

 

俺はそっと、閉じていた目を開ける。

 

櫻か? それとも茜? もしくは、来夏だろうか? 来夏なら、もしかしたら学校をサボることもあり得るかもしれない。

 

そんな風に、微かな希望を持って、俺の視界は光に包まれていく。

 

「ごめん、クロ。今まで助けられなくて」

 

目の前にいたのは、俺の代わりにアストリッドの攻撃をその身に受け、それでも尚そこに立ち尽くす、1人の人物。

 

櫻でも、茜でも、ましてや来夏でもない。

 

そもそも魔法少女でもなければ、魔族なんかでもない。

 

そう、彼の名は……。

 

「辰樹…」

 

広島辰樹。

俺のことが好きな、思春期の男子高校生だった。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

「でしゃばりは嫌われるよ、辰樹。興醒めするようなこと、しないでくれるかな?」

 

「生憎、まだ俺は告白の返事を貰ってないんだ。だから、意地でも抵抗させてもらう」

 

辰樹はアストリッドと対峙する。

普通の人間なら、今のアストリッドの攻撃を耐えきれずに、地面に伏しているところだろうが、辰樹はそうはなっていない。

 

辰樹の体は、ほのかに魔力の衣のようなものが覆っている。これによって、アストリッドの攻撃を多少は耐えられるようになっているのだろう。そして、辰樹のその手には、魔力で作り出されたであろう、真っ黒な、俺の持つものと似たような、大きな鎌が握られていた。

 

「クロ、この戦いが終わったら、告白の返事を…」

 

「えっと、それはごめん。お断りさせていただきます」

 

「ゔぇ? 今いうの!? ちょ、ちょっと待ってよ! い、いや、覚悟はしてたけど……い、今なの………待って、ごめんむり…………」

 

「いや、だって今言っとかないと、それ、死亡フラグみたいだし………」

 

俺の言葉に、辰樹は動揺しつつも、しっかりアストリッドの攻撃を受け止めている。いや、いつのまにこんなに戦えるようになったんだろ。覚醒でもしたのだろうか。

 

後、告白の返事については、変にここで期待させてしまうのも、辰樹に悪いかと思って、早めにさせてもらった。ちゃんと悩んで、考えて、きちんと出した結論だ。後悔はしてない。けど、今更ながら今いう必要はなかったんじゃないかなって気もしなくはない。

 

「あーもう分かった。俺の告白は断られたってことだな。でもいいんだ。俺がクロのこと守りたい。だから守らせてくれ」

 

辰樹はアストリッドの相手をしながら、俺に話しかける。随分と器用なんだなぁ。でも、今の辰樹の言葉には、賛同できない。

俺はいつも、誰かに攫われたり、誰かに守られたり、誰かに心配させたり。

そんなことばかりだった。

そんな自分が、嫌でしかない。

 

こんな情けない自分()じゃ、()に顔向けできない。だから…。

 

「ごめん、辰樹。守らせてもらってばっかじゃ、私が納得できない。だから……」

 

俺は、頭上にホワイトホールを出現させ、前回の戦いで取り込んだアストリッドの血の刃を取り出し、遠隔で操作を開始する。

 

「一緒に戦わせて」

 

俺のモノになった無数の血の刃が、アストリッドに降り注ぐ。

 

「私の技を勝手に使うとは、いい度胸だね」

 

アストリッドは余裕の表情を崩すことはない。が、辰樹の攻撃を、完全に見切っている、というわけでもなさそうな様子。

 

なら、櫻達がやってくるまで、時間を稼ぐことができるかもしれない。

 

生憎、俺の両手は塞がっていて、櫻達に連絡を取ることはできない。だが、アストリッドの魔力の存在感は異常だ。

そこにいて、その圧倒的な魔力量をもってして、戦闘を繰り広げれば、自然と彼女の存在は魔法少女達に感知されることになる。

 

「なるほどね、そういうことか」

 

アストリッドは辰樹の攻撃を見ながら、考え事をしているようだ。

攻撃の対処をしながら考え事ができているわけだから、彼女の余裕はまだまだ崩せそうにない。

 

だが、それでいい。時間さえ稼げれば。

 

俺は、アストリッドに血の刃を降り注ぎ続ける。

 

 

が……。

 

 

「私が自分の攻撃にやられることはないね」

 

 

その全てを、あっさりとかわされてしまう。

 

 

 

「それと、何度もやり合ったことのある相手だと、攻撃の癖とか全部、分かってくるんだ。だから、私には通じない」

「そう、辰樹。()()()()()()

 

瞬間、辰樹の体は後方へ大きく投げ出される。

 

どういうことだ?

さっきまでは互角に渡り合えていたはずなのに……。

 

「さっきからずっと違和感を感じていたんだ。どこかで見たことのある魔力だなぁって。何度も目にしたような、それこそ、何度も戦闘を繰り返した相手が使っていたような……そんな不思議な感覚があったんだ。でも、これではっきりした」

「君は、そんなとこに潜んでいたんだね、()()




我ながらアストリッドがしつこすぎるなぁと。まあ、それぐらい強い執念を持っているんでしょう。


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Memory96

先程からアストリッドと戦闘を繰り広げている辰樹だが、俺にできるのは精々遠隔からアストリッドに血の刃をぶつけることくらいだ。

 

が、大抵血の刃はアストリッドの手によって弾かれてしまい、地面に落ち、ただの赤いシミと化してしまう。

 

「結局、(辰樹)は魔王の力を扱っているだけで、魔王そのものではない。いや、まあ、君の中には確かに魔王が存在しているようだけど………君はその力を完全には扱えていない。大した脅威では……」

 

「さっきから魔王魔王って……何なんだよ! こちとら失恋真っ最中なんだ!! ストレスフルマックスなんです!! クッソー!! こうなったらお前でストレス発散させてもらうからな! 覚悟しろ! アストリッド!!」

 

辰樹は大鎌を巧みに扱い、アストリッドと対等に渡り合う。

いや、アストリッドがまだ本気を出していないから、ではあるのだが……。

 

それにしても、辰樹は大鎌の扱いが上手い。普段から大鎌を使用している俺が言うのだから間違いない。彼は戦いの中で、成長している。

 

これが、アストリッドの言う、魔王の力というやつなのだろうか。

 

確かに、辰樹はリリスから俺を守ろうとして突進した時にも、謎の力でリリスを吹き飛ばしていた。ただの一般人なら、あの時逆にリリスに返り討ちにされて、帰らぬ人となったとしても何らおかしくなかった。

 

そう考えると、辰樹に魔王の力が備わっているというのは、嘘ではないのだろう。にわかには信じ難いが。

 

なら、今回の戦闘で、アストリッドを討伐することができるかもしれない。

何せ、こっちには辰樹以外にも………。

 

「待たせたわね、クロ、辰樹」

 

「ごめん、クロ。話に夢中になってて、まさかアストリッドと戦ってるなんて。とりあえず、一旦僕たちは後ろに下がろう。変に前に出て、足手纏いになっても困るしね」

 

茜に、愛。

アストリッドの気配を感じて、援護に来てくれたのだろう。

これなら、勝てる。

 

俺は、勝ち誇ったようにアストリッドの様子を伺うが。

 

私の欲しい子達(クロと茜)因縁の相手(魔王)、それに裏切り者の私の娘()ときたか。丁度いい。全員まとめて、ここで決着をつけさせてもらう」

 

アストリッドは余裕の笑みを崩さない。そしてそのまま、辰樹の大鎌を掴み。

 

「戯れは終わりだ」

 

破壊した。

 

それだけじゃない。

 

アストリッドの手のひらに、真っ赤な液体が集う。

地面からだ。

 

俺が発生させ、地面に落ちていた血の刃を、アストリッドが逆に利用しているのだ。

 

その血を全て結集させ、強力な一撃を俺たちに加えようとしてきているのだろう。だが……。

 

「そうはさせない!」

 

今アストリッドが集めている血の刃は、一度俺に所有権がうつっている。だから、俺にもあの血の刃を操る権利はある筈だ。

 

俺は、アストリッドが操っているところに、妨害するように魔力を流し込む。が……。

 

「余計なことはするものじゃないよ、クロ」

 

体が燃えるようにあつい………。

 

アストリッドに何かされたのか?

吐き気に、怠さ……。

 

まずい……これじゃ、妨害が……。

 

「君、私の方に魔力を流したろう? それを利用して、逆に私の魔力を君に流し込んだんだ。内側から、君の体を攻めさせてもらったよ。苦しいだろう?」

 

俺とアストリッドの魔力じゃ、アストリッドのそれの方が上だ。

つまり、俺の魔力ではアストリッドの妨害ができない。

 

辰樹と茜もアストリッドが何か強大な強力をしようとしていることを察して、それを止めようとしているが、アストリッドの翼がそれを許さない。

翼が自動で辰樹と茜の邪魔をし、アストリッドは巨大な血液の塊を作ることだけに集中できてしまっているのだ。

 

「安心しろ。死にはしないさ」

 

そしてついに、巨大な血液の塊が、完成してしまう。

球体で、禍々しいそれは、凄まじいほどの魔力を内包している。

 

「さあ!! これが王の力だ!!!!」

 

俺たち4人に、アストリッドの巨大な攻撃が迫ってくる。

辰樹は再び大鎌を作り出し、茜も全身を燃焼させ、全力で球を止めようとするが、アストリッドの球は微動だにもしない。

 

こんなの、勝てっこない……。

 

来夏や櫻が来たところで、これを受け止められるわけ……。

 

「はぁ………。これだからしろのことを助けられなかった無能どもは………」

 

そんな時、俺の後ろから現れる少女が1人。

 

その少女が現れた瞬間、球は急に元いた方向へと逆走しだす。そう、つまりアストリッドのいる方向へ……。

 

「反射。それが私の魔法だから」

 

閃魅 光(せんみ ひかり)。『るな』を自称する、シロの友人の魔法少女の姿が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

クロ達がアストリッドとの戦闘を繰り広げる中、櫻もまた、別の場所で戦闘を始めようとしていた。

櫻の向かいにいる相手は、ノーメド。組織の幹部の1人で、鬼の魔族だ。

 

「いつのまにアストリッドと手を組んだんですか?」

 

「俺は組んだ覚えはないな。ルサールカのやつが勝手に進めた話だ。ところで、やるのか、ここで。見たところ、手負いのようだが」

 

「クロちゃん達に余計な負担はかけさせたくないからね。貴方の相手を私がすれば、その分あの子達に割かれる戦力は少なくなる。そうでしょ?」

 

「どうしてそこまでして他人のために戦える? 強者であるお前が。自分の家族だけを守るなら、そこまでの重傷を負わずとも良かった筈だ」

 

「人間は、助け合う生き物だから。でも、私は魔族もそうなれるって、信じてる」

 

「嘘をつくな。人間と魔族が分かり合えるはずがない」

 

ノーメドは、櫻の考えを否定する。が、その声は、本当はそうであってほしくない。そう思っているかのような、そんな悲しさを孕んでいるようにさえ思えた。

 

「私は、貴方だからこそ話したいと思ったんです。ノーメドさん。いえ…………()()()()

 

「お前……その名をなぜ……」

 

「貴方は一度、人間と分かり合えることができたはずです。だから、貴方だって、本当は……!」

 

櫻はそうノーメドに訴えかける。だが、どちらかといえば、櫻の方が、人間と魔族が分かり合える、そのことを信じさせてくれる理由を探しているように思える。彼女もまた、人間と魔族が分かり合えるのか、疑問に思っているところがあるのだろう。

 

「黙れ。知ったような口を聞くな」

 

だからこそ、響かない。

お互いに、答えなんて見つけられていないのだから。

 

「剣を取れ。魔族と人間は、戦うことでしか、お互いのことを理解できない」

 

「わかり……ました………」

 

櫻は、空中から、『桜銘斬』を召喚する。

道に迷う者同士の静かな戦いが、始まった。

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

「はぁ、ったく。こんなだからしろも攫われちゃうのよ。ちゃんとして欲しいわ。仮にもしろの姉を名乗るならさ」

 

光の登場により、アストリッドの作り出した血の球体はアストリッドの方へ跳ね返り、そのまま直撃した。今は煙に包まれていて、姿が見えないが、無傷、ではないだろうと思う。

 

まあ、死にはしない、と言っていたところから見るに、俺や茜が瀕死になる程度の威力なわけだから、俺たちより頑丈なアストリッドがくらっても、瀕死にはならないだろう。だが、とりあえずこれで一難さった。さっきの血液はほとんど残っていないし、もう一度同じ攻撃が繰り出されることはない。

 

それに、光も加わったのだ。戦況はこちらの優里に傾いていると見ていいだろう。

 

煙が晴れる。

光はもちろんのこと、茜、辰樹、愛は無傷で、無事だ。俺も一応両腕がやられてはいるが、さっきの攻撃に関しては無傷と言っていい。

 

さて、肝心のアストリッドは……。

 

「あ……れ………な………んで? うそ……でしょ………」

 

光が狼狽える。

煙が晴れたその先、そこに映ったのは、アストリッドの姿ではなかった。

 

いや、厳密にいえば、()()()()()()()姿()()()()()()()()()、というのが正しいだろうか。

 

そこにいたのは……。

 

「アストリッド様、大丈夫ですか」

 

 

 

漆黒の翼をその背中に生やし。

 

 

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 

 

見る人を魅了する、真っ白で綺麗な、天使のような髪を持ち。

 

 

 

「私が守らなくても、よかったかも」

 

 

俺のよく知る、その人物は……。

 

 

 

「いやいや。守ってくれて助かったよ。ありがとう、()()

 

 

双山真白。

 

俺の双子の妹、シロ。

 

彼女が、吸血鬼となって、俺たちの前に立ち塞がっていた。

 

 




吸血鬼化シロ〜


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Memory97

シロが、アストリッドの眷属になっていた。

組織に“調整”されている可能性も考えていたから、覚悟はできていたといえばできていたのだが……。

 

しかし、いざ、変わり果てた姿を見せつけられると、かなりきつい。

 

はっきり言って、まだ現実を受け止めきれていない。

 

でも……逃げたりはしない。

 

絶対に取り戻す。洗脳なんて解いてやればいい。

 

「クロ、おはよう。少し提案があるんだけど」

 

シロは、背中についた翼をご機嫌そうにパタパタさせながら、俺に話しかけてくる。

 

「クロも、アストリッド様の眷属にならない?」

 

満面の笑み。

アストリッドの眷属になったことを、心の底から喜んでいる。そうとしか思えないような顔を、シロはしている。

 

「シロ、残念だけど、お断り」

 

俺はホワイトホールをシロの頭上に出現させる。

敵対の意志を、シロに示すために。

 

今のシロには、話し合いをしても通じない。俺が組織に”調整“されていた時も、他人の話に価値なんて感じていなかったからだ。

 

話で決着をつけられないのなら、実力行使にでるしかない。

 

が……。

 

 

 

 

「ホワイトホールが、出てこない……?」

 

何故か、ホワイトホールが出現しない。

両腕が使えない今、頼れるのはホワイトホールだけだというのに。それすら、まともに現れてはくれない。

魔力切れは起こしていない。体力があからさまに低下しているわけでもない。じゃあ、何故?

 

「残念だったね、クロ。仕組みはよく分からないけど、クロのホワイトホールに、私もアクセスできるみたい。ほら、こんな風に」

 

シロは、俺の方を見ながら、魔力を行使する。

 

()()()()()()()

 

瞬間、シロの前にホワイトホールが出現し、中から大量の血の刃が出現する。

そう、俺がブラックホールで取り込んだ、アストリッドの血の刃が。

 

「避けて!」

 

「クロ!!」

 

茜の一声で、光以外の全員が血の刃を避けるために、一気に動き出す。

俺は辰樹と愛に捕まえてもらい、一緒に横合いへと避ける。

 

夥しい数の血の刃が、後方へと物凄いスピードで駆け抜けていく姿が見える。

 

「よく避けました。それで、どうするの? クロ。まだ続ける? それとも、もう諦めて眷属になる?」

 

ホワイトホールも使えないとなれば、俺にできることはもはや何もない。戦闘面において、完全なお荷物だろう。そうすると、茜達にずっと守ってもらうことになる。かといって、眷属になるわけにもいかない。

 

「ごめん、茜。足手纏いになっちゃって」

 

「いいわよ。むしろ、頼ってくれて嬉しいわ! 今まで私、何にもできなかったから」

 

「クロのことは僕が見ておく。足手纏いにはさせない」

 

「アストリッドの相手は俺がする」

 

茜も愛も辰樹も、足手纏いの俺のことを責めるわけでもなく、各々が敵と戦う決意を固めている。

アストリッドにシロ。確かに強敵だが、皆で力を合わせれば……。

 

 

「ねぇしろ。その眷属ってやつ、るなでもなれるの?」

 

しかし、輪の中から外れる者が1人。

光だ。光は、反射の魔法で血の刃を吹き飛ばした後、シロの元に駆け寄っていた。

 

「なれるよ」

 

「ほんと!?」

 

「うん。でもちょっと待ってね」

 

そう言ってシロは、アストリッドと内緒話を始め出した。

光は、ウキウキとした様子で、シロのことを待っている。

 

「あいつ……裏切るつもりか……」

 

「反射の魔法が向こうに渡るのはまずいわ……今の間に説得しに……」

 

「無駄だよ。ああいうタイプは、自分の好きな人にしかついていかない。その人のためなら、悪魔に魂だって売れる。僕も同じだからわかるんだ」

 

言う間に、シロの方もアストリッドとの内緒話を終えたようで……。

 

「いいよ。けど、そんなにすぐすぐ眷属にはなれないから、帰ってからになるって。でも、今は邪魔者がいるから、帰れないね」

 

「ふ〜ん? 要するに、るなにその邪魔者の始末を頼みたいってこと?」

 

「そうなるね。協力してくれる?」

 

「もちろん」

 

光が裏切り、アストリッド側につく。

 

戦闘経験の浅い辰樹に、あまり戦闘のできない愛。それに加えて、足手纏いにの俺までいる。

対して向こうは、吸血鬼の姫に、それなりに魔法少女としての歴のある、シロ。反射の魔法を扱える光。

 

この状況において、圧倒的有利なのはアストリッド側だ。

 

「悪いけど、るなはしろの味方だから」

 

光はステッキを構え、こちらへ敵意を向けてきている。

 

正真正銘3対3の戦いが、俺の目の前で開始された。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

街中にある家の屋根の上で、櫻とノーメドは互いに見つめ合う。

櫻は手に『桜銘斬』を、ノーメドも同じく、刀のような見た目の剣を召喚し、その手に持っている。

そこから推測できることは、互いに近接戦を想定して、間合いをはかっているということ。

 

櫻の方は、間合いをはかるのと同時に、自身の全身を魔力で覆い、セカンドフォームへの変身を済ませていた。

 

櫻がセカンドフォームへの変身を終えるとともに、両者は互いに踏み込む。

 

「桜斬り!!」

 

「鬼龍術・捌き」

 

それぞれの攻撃は、互いに打ち消し合い、初動の攻撃は両者とも無傷で終わる。

櫻の攻撃は、感情のこもった、勢いに乗ったままの斬撃だったのに対し、ノーメドは落ち着いた、それでいて最小限の力で成り立たせた、洗練された斬り方だった。

 

全く違う斬撃は、お互いに同じ威力に落ち着いている。

 

「なるほど……最強の魔法少女と言われるだけある。技術の差を、魔力で無理矢理カバーしてきたか」

 

「私は全然、最強でも何でもないよ」

 

櫻もノーメドも、言葉を交わしながら、二撃目に備える。

 

「お互いに実力は互角、に思えるが、果たしてどうだろうか……。鬼龍術・破壊!」

 

「っ! 桜斬り!!」

 

ノーメドは、一撃目とは全く異なる、勢いに任せた、強力な一撃を繰り出してくる。

櫻はそんなノーメドの攻撃に、一瞬戸惑いを見せるも、ギリギリで対応する。

 

それは、ノーメドの攻撃の種類が変化したからか、それとも……。

 

「やはり、集中力に欠けているようだな。そんなに気になるか? あちらの様子が」

 

「真白ちゃんがアストリッドの眷属になってたのが、かなりこたえたのは、そう。けど、貴方との戦いをかろんじたつもりはない」

 

櫻も真白の眷属化に、思うところはあったようだ。しかし、今は感情を押し殺し、目の前の敵に集中するしかない。櫻はもう一度、ノーメドをまっすぐに見据え、3撃目に備える。

 

「鬼龍術・捌き」

 

「っあ!」

 

3撃目。

1度目や2度目と同じように、櫻はノーメドの攻撃を受け止めた。

 

 

 

 

なんてことはなく。

『桜銘斬』は、ノーメドの刀もどきに弾き飛ばされ、櫻の後方へと飛んでいく。

 

もう既に一度防いだ技にも関わらず、櫻はそれに対応することができなかった。

 

何故、櫻が『鬼龍術・捌き』との撃ち合いで負けたのか、それは……。

 

「どうやら、()()()の負けのようだな」

 

先程から、櫻が気にかけていた、アストリッドと戦う茜達の様子に、変化があったためだ。

 

2撃目の段階で、光が裏切り、茜達の敵となる様子が見えた。

その時は、危機感を抱きながらも、謎の力を発揮する辰樹や、イフリートと交わり、強化状態となった茜、そして、クロが説得に成功し、仲間にした愛。この3人なら、まだ何とか戦っていけるだろうと、そう考えていた。

 

だが、それはあくまで櫻の希望的観測でしかなかったのだ。

 

3撃目の撃ち合いの際、既に向こうでは辰樹がアストリッドによって打ち負かされ、愛も戦闘不能に。

クロは両手が扱えないため、戦力にはならず。

茜が一気に3人の相手をしている光景が、見えてしまったのだ。

 

ただでさえ真白がアストリッドの眷属になったという情報で、脳がパンクしそうになっている中、その光景を見てしまったからこそ、櫻は余計に動揺してしまった。結果、『桜銘斬』は弾き飛ばされてしまったのだ。

 

「両手を挙げて降参しろ。今なら命くらいは見逃してやってもいい」

 

しかし、だからといって、櫻はまだ負けたわけじゃない。

魔力はまだまだ余っているし、武器がなくとも、魔法少女は戦える。

 

それに……。

 

「皆が追い詰められているなら、尚更私が頑張らないと!! 私じゃなきゃ、皆を助けられないんだから!!!!」

 

櫻はめげない。

どれだけ自分の心がぐちゃぐちゃになろうとも。

どれだけ、折れてしまいそうになっても。

 

責任に押しつぶされそうになっても、それでも、彼女の原動力はそこにある。

彼女がいるからこそ、他の魔法少女も、ギリギリのところで、折れずに耐えていけている。だが……。

 

究極魔法(マジカルパラダイス)・百花繚乱!!」

 

櫻のことを支えてくれる人間は、いない。

 

それは、最近になって顕著になってきている。

2年前の度重なる仲間の裏切り。皆を支えていた八重の魔法少女引退。椿との意見の相違。

 

魔法少女、櫻は、ある種、仲間に恵まれている。

そして同時に、孤独でもあるのだ。

 

「鬼龍術………!」

 

そしてそれは、ノーメドも同じ。

彼は、組織に属していながら、彼のことを本当の意味で理解し、寄り添ってくれる仲間は存在しない。

ただ本当に、組織に属しているだけ。

 

そんな2人の孤独な戦いは。

誰にも認知されることはなく、進む。



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Memory98

かなりまずい状況だ。

辰樹は本気を出したアストリッドに手も足も出ず、壁に打ち付けられて伸びてしまっている。愛は光の相手をしており、茜はシロの相手をしていたのだが、シロのやつ、茜の相手をしながら愛にも妨害の攻撃を加えていた。

 

光だけの相手なら、愛でもできた。光の反射自体は強力だが、光自身そこまで実力のある魔法少女というわけではない。反射にさえ気をつければ、愛でも光を倒せはしたはずだ。が、シロの妨害が加わったせいで、愛は光の魔法への対処が万全にできず、敗北するに至ってしまったのだ。

 

そういうわけで、現状こっち側の戦力は茜ただ1人。対して向こうは3人と、絶望的な状況となってしまっている。

 

助けが来ることはないだろう。なぜなら、ロキ対策で、それぞれ戦闘する相手は決めてしまっているからだ。

こちらが追い詰められているという情報が渡れば、来夏や魔衣が来てくれるかもしれないが……。

 

現状、茜と(クロ)、光は魔力の量でいえばまだ残っているので、来夏や魔衣もまだ大丈夫だと判断して助けに来ないだろう。光が裏切ったという情報だけでも伝わっていれば、助けが来たのかもしれないが。

 

一番まずいのは、俺が戦闘不能な状態で魔力が有り余ってしまっていることだろう。

俺は怪人強化剤(ファントムグレーダー)を使えば、かなりの実力を発揮することができる。そのため、来夏や魔衣からすれば、(クロ)は戦闘続行可能である。その時点で、こちらがピンチに陥っているという発想に至らないのだ。

 

「さて、邪魔者は消えた。茜、クロ。私の眷属になる気はあるかな? 悪い提案じゃないと思うが」

 

「クロ、良かったね。アストリッド様が眷属にしてくれるって」

 

アストリッドは勝利を確信したのか、余裕の笑みで俺と茜にそう提案してくる。シロは当然、アストリッド側で、俺達が眷属になることに対して肯定的だ。光は少し不服そうにしているような気がするが、多分シロを独占できない、とか、そんなことを考えているんだろう。元々アストリッドがいるから、独占自体はできないのだが。

 

「お断りよ。あんたの眷属になるくらいなら、死んだ方がマシよ」

 

「そういうことだから」

 

茜がアストリッドに対して強く反発しているため、俺も乗っておく。流石に戦闘不能な状態で生き生きと反論はできないため、気弱な拒否になってしまっているのが少し残念だ。

 

「分からず屋だね、君達は。まあいい。従わないのなら、無理矢理にでも従わせるまでだ」

 

アストリッドは左手に血で作った大鎌を、右手には炎の塊を出現させる。

 

「君達の得意分野で戦ってあげよう。まあ、クロは戦えないだろうけどね」

 

アストリッドは悠然とした様子で、ゆっくりこちらに歩いて近づいてくる。

 

「クロ、私が足止めする。そのうちに逃げて」

 

茜は小声で、俺にそう告げてくる。

負けを確信しているのだろう。実際そうだ。この状況で、勝てると思う方がおかしい。

 

「ごめん、茜。すぐに助けを呼ぶからっ」

 

俺は後ろを向いて全速力で駆け抜ける。腕が使えないせいで、上手く走ることができない。

少しでも早く逃げて、来夏なり、魔衣なりを連れてこなければ。じゃないと、茜が間に合わなくなる。

 

はやく……逃げて……。

 

「あぐっ………はうぁ……」

 

息が、できない……。

くるしい……はしれ…………ない……。

 

胸が………いた………い…………。

 

「クロっ!?」

 

「クロが悪いんだよ。アストリッド様から逃げようとするから。残念だけど、(シロ)の魔力とクロの魔力のパスは繋がってる。私はいつでも、クロの身体に干渉できるから」

 

俺は……走るのを…やめて、その場で…立ち止まる。そうすると、幾分か、胸の痛みは……マシになった。シロが……緩めてくれたのだろう。………だが、逃げようとすれば確実にさっきの痛みが来る。

 

「っ……分かったわ。私はあんたの眷属になってあげてもいい。けど、クロは逃がしてあげてっ」

 

「却下。君もクロも、両方とも逃がしてあげないよ。今日ここで勝負は決めるんだ」

 

茜はプライドを捨てて、俺だけでも助けようとするが、アストリッドは獰猛な獣の目をしながら、茜の要望を切り捨てた。狙った獲物は逃さない、そんな目だ。

 

絶望的な状況。

助けは来ない。逃がしてもくれない。

 

辰樹も愛も、完全に動く気配はない。そもそも、治療をしないといけないほど、2人とも消耗しきっている。

 

よく見ると、茜の足は震えている。普段は弱いところを一切見せようとしない茜が、だ。

 

アストリッドはそんな茜の様子を、ニヤニヤと気味の悪い笑みで見ながら、焦らすようにゆっくり歩いてくる。

 

「とーうっ!」

 

と、そんな状況下で、間延びした声と共に、上空から1人の少女が飛び降りてくる。

突然の来訪者に、俺も茜も、アストリッド達も、困惑しながらその少女の方へ視線を向ける。

 

「何者だ?」

 

アストリッドが問いかける。が、少女は突然準備体操を始め、アストリッドの言葉に答えるつもりはなさそうな様子だ。よく見ると、少女の頭には角のようなものが生えている。

 

「ん? 名前のことー?」

 

準備体操を終えたあたりで、少女はようやくアストリッドの問いかけに答える気になったのか、そう尋ねる。

 

「そうだ。名前を名乗ってくれるかな? お嬢さん」

 

「人に名前を聞くときはまず自分からー。自分から自分から」

 

「アストリッドだ。君は?」

 

アストリッドは警戒しながらも、できるだけ穏便に事を済ませようとしている。やっと俺と茜を手に入れられる場面になったのだ。慎重になるのは当然と言える。

 

対して、少女はアストリッドの名前を聞きうーんと唸りながら考え事をするかのように腕組みをして頭を悩ませている。

 

何か思い当たるものがあったのか、やがて思い出したとでも言わんばかりに手をポンと叩き……。

 

特別召喚(オーダーメイド)龍方鳳凰砲(ドラゴンバズーカ)

 

無属性の魔法を扱い、空中から龍の頭が射出口についたバズーカを召喚させ………。

 

「くらえー! ドラゴンバズーカ!!!!」

 

アストリッドめがけて、バズーカをぶっ放した。

 

「バズーカバズーカ!!」

 

ドラゴンバズーカはそのままアストリッドの元に辿り着く………なんてことはなく、途中で軌道を変え、空の彼方へと吹っ飛んでいった。

 

その場には焦った様子の光がいた。おそらく、彼女が反射で上空へドラゴンバズーカを飛ばしたのだろう。

が、さっきのドラゴンバズーカ、相当な魔力量が篭っていた。俺や茜があれをくらえば、木っ端微塵になってしまっていただろう。正直、光があのドラゴンバズーカを俺達の方へ反射していれば、ゲームオーバーだった。他の方向へ飛んだとしても、一般人が巻き込まれていただろうし。多分、光も咄嗟のことで、適当な方向へ弾き飛ばすので精一杯だったのだろう。

 

「跳ね返された? 遠距離はダメかー。じゃあ、近距離だ。近距離近距離。召喚・王冥斬(おうめいざん)

 

少女は、ドラゴンバズーカをしまい、また別の武器、王冥斬という名の大剣を召喚する。

読みが櫻の桜銘斬と一緒だったので、一瞬櫻のそれが出るのかと思ったが、蓋を開けてみれば別物だった。

 

どちらかというと、大剣桜木に近い見た目をしているような気がする。

と、そんな大剣を、少女は()()()持ち、素早く光の元へ駆けていく。

 

「まずはお前からだー!!」

 

「反射!」

 

「鬼龍術・捌きの王(サバ・キング)!」

 

光が咄嗟に反射のシールドを展開するが、謎の少女はそのシールドをギタギタに切り刻み、破壊する。

 

「なっ! んなアホな!!」

 

その様子を見て、すぐさまシロがホワイトホールから取り出した大量の血の刃を謎の少女目掛けて放ち、カバーに回る。が。

 

「鬼龍術・龍の破壊撃(ドラゴンブレイカー)!!」

 

謎の少女の大剣から、龍の霧のようなものが出現し、空中に浮いている全ての血の刃を切り刻み、破壊していく。粉々になった真っ赤な結晶が、ヒラヒラと宙を舞う様子と、龍が踊り狂うように空中を跋扈する様子は、とても幻想的に見えた。

 

「あ、そういえばまだ名乗ってなかった!」

 

そして、少女はそう言いながら大剣を下ろし、高らかに宣言した。

 

「私は魔法少女マジカルドラゴンシュートスター!! 最強の魔法少女!! に、多分なる!! 多分多分!」



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Memory99

突如現れた魔法少女マジカルドラゴンシュートスターの手により、絶望的だった状況は一転した。今までは余裕の笑みを見せていたアストリッドも、魔法少女マジカルドラゴンシュートスターの登場に困惑し、現在では動揺しているような表情を見せている。

てか、名前長…。略してマドシュターとかでいっか。

 

で、肝心のマドシュターちゃんについてなんだけど。

なんかめっちゃ強かった。よく分からないが、ドラゴンバズーカなるものの威力は凄まじかったし、遠距離攻撃特化の魔法少女なのかと思えば、まさかの近距離も可能な魔法少女だったらしく、その実力も半端なものじゃなく、光の反射魔法を自身の剣でズタズタに引き裂いてしまうほどだ。

 

「魔法少女マジカルドラ……なんだっけ? まあいいk「よくない!」はぁ…。名前なんだったっけ? 君」

 

「魔法少女マジカルドラゴンシュートスター!!  名前は覚えないと、ダメ。ダメダメ!!」

 

「そう。まあいいよ。はぁ……わがままで生意気な子は嫌いだ。全く。君、何者なんだ? (アストリッド)の知る限り、櫻よりも強い魔法少女は存在していなかったはずだけど」

 

「だって私、最強だもん。最強だから、強い。そう! 最強最強!!」

 

「話にならないな……。やるしかないか」

 

はっきり言って、万全な状態の櫻よりも強いと思う。会話の流れから、アストリッドの方もそう感じているようだし。

それに、さっきのマドシュターちゃんの猛攻で、光は腰を抜かしてしまっている。反射魔法を安定して出すことは難しいだろう。

 

いける。これなら勝てる。

 

「茜、辰樹達を連れて行ってあげて」

 

「あ……うん。いいけど、クロはどうするの?」

 

「どうせシロが逃してくれないだろうし。でも大丈夫。マドシュターちゃんがいるし。とりあえず今は辰樹達を優先してほしい。できそうなら来夏達を呼んできて。万が一があるかもだから」

 

「そう。クロがいいなら別にそれでもいいけど………ん? マドシュターちゃん……?」

 

とりあえず、マドシュターちゃんの爆撃の巻き添えをくらわないよう、辰樹と愛のことは茜に頼んでおく。茜は俺を置いていくことに若干の抵抗があったみたいだが、マドシュターちゃんを一瞥した後、渋々受け入れてくれた。

 

「アストリッド!! 覚悟!!」

 

「させない!」

 

マドシュターちゃんはアストリッドに向かって、王冥斬で斬りかかりにいく。が、シロの光の壁により、防がれてしまう。

 

先ほどは光の反射魔法を切り刻んでいたマドシュターちゃんの王冥斬だったが、流石にシロの光の防御壁は突破できないらしい。というのも、光の反射魔法は確かに強力で、通常なら破ることはできない強力なものなのだが、シロの防御壁と違い、光の反射魔法は、反射に多くの魔力を割く必要がある。そのため、反射に必要な分の魔力量だけ、光の防御壁よりも防御力が劣ることになってしまうのだ。それに、根本的に人間の光の魔力と、現在吸血鬼の眷属となったシロの魔力では、その量が大きく異なっているというのもある。

 

なんて、勝手に俺はそんな理論を組み立てていたわけだが。

 

「鬼龍術・捌きの王(サバ・キング)

 

全くもって関係ない。なぜなら、たった今、そのマドシュターちゃんの手によってシロの防御壁も破壊されてしまったからだ。シロの防御壁の方が防御力が高いからだとか、そんな話じゃなかった。

単純に、攻撃の仕方が違ったから。ただそれだけだった。

 

マドシュターちゃんはシロの防御壁ですら、あの鬼龍術という剣技を扱えば、簡単に突破することができてしまうのだ。

 

「っ! 爆!」

 

シロは焦ってマドシュターちゃんの足元を爆破させる。そんな魔法覚えてたっけ? いや、アストリッドの眷属になったことで使えるようになったのか………。

 

「ドラゴンじゃーんぷ!」

 

が、そんなシロの攻撃もさらりと飛んでかわし、さらに上からアストリッド目掛けて手に持った大剣(王冥斬)を振りかざす。

 

そして、そのままアストリッドの脳天に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、クロ。少しの間人質になってくれ」

 

気づいた瞬間には、アストリッドは俺の背後へと回っており、さらにアストリッドは、俺の首元に血狂いの魔刃(吸血鬼のナイフ)を突き立てていた。

 

「な……んで。さっきまで向こうに……」

 

「いいリアクションだ。いや、まさか私も再びこの力を使えることになっていたとは思っていなくてね」

 

アストリッドの声は、心なしか弾んでいるように思える。まるで、興奮しているかのように。

 

「クロ、君は、ベアードのことを覚えているかな? 2年前、君と戦った、私の眷属の男のことだ」

 

ベアード…。

確か、時間停止の魔法を扱っていた男だったはず。

結局は2年前、八重によって殺害されてしまったのだが。そのベアードが何か関係しているのだろうか。

 

「本題は彼がどこで時間停止の魔法を扱えるようになったかってことだ。当然だけど、彼は男だし、元人間だ。つまり、元々魔力は持っていないことになる。じゃあ、魔力を得たのは、私が彼を眷属にしてからだ。それじゃ、彼がどこで時間停止の魔法を手に入れたのか、分かるかい」

 

普通、後から反射や時間停止のような特殊な魔法を覚えることはないとされている。一応反射は光の属性に属しており、時間停止も無の属性に属してはいるが、光属性の使い手だから反射が使えるわけじゃないし、無属性の使い手だから時間停止が使えるというわけでもない。

 

つまり、反射や時間停止は、後から身につけるようなものではなく、最初から才能として、その人自身に備わっているような特殊な魔法なのだ。

 

しかし、ベアードの場合、魔法を扱えるようになったのは、アストリッドに眷属にされてからだ。当然、時間停止の魔法も、アストリッドに出会ってから手に入れたことになる。そして、普通は時間停止を後天的に身につけることはできないはずだから、時間停止を手に入れたとすれば、アストリッドに眷属にされたその瞬間からだと言えるだろう。

 

そうなると。

 

「アストリッドが与えた……?」

 

「正解だよ。そう、時間停止は元々、私が持っていた魔法だったんだ。けど、ベアードに与えてしまったことで、私は時間停止の魔法を失ってしまったんだ。ベアードのやつ、時間停止の魔法を私に返さないまま死んでいったわけだしね。でも、私は進化した。そして、再び手に入れたんだ。時間停止(この力)を」

 

そうか。さっきはマドシュターちゃんからの攻撃を時間停止でかわして、ついでに俺のところまでやってきていたのか。まるで瞬間移動したかのように感じたのは、アストリッドが時間停止で移動したからだったのだ。

 

アストリッドの表情は自慢げだ。無理もないだろう。時間停止なんて、使えるやつは限られている。というか、今現在いる魔法少女で、時間停止が扱える魔法少女など存在するのだろうか。

 

「ちなみにだけど私も使えるよ。アストリッド様のものとはちょっと違うけど」

 

そういえばシロが使えたか。元々は八重の魔法だったのを、シロが受け継いだんだっけ?

 

「私も使えたー!! ていうか、このナイフ何? なんか血生臭くて嫌い。嫌い嫌い」

 

 

 

 

 

 

 

 

えっ?

 

 

「っ!? ふざけるなよ!!」

 

「ホーリーライトスピア!!!!」

 

一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 

気がつけばマドシュターちゃんが俺とアストリッドの背後にいて、さっきアストリッドが俺の首元に当てていたナイフはマドシュターちゃんが持っていて。

 

次の瞬間には、アストリッドとシロがマドシュターちゃんに攻撃を加えていて………。

 

あれ? なんでだ? 俺今、屋根の上にいる…? ていうか、誰かに抱えられて……。

 

「人質なんて、せこいことするなぁ! 私は正義の味方だから、人質は絶対に見捨てない。絶対絶対!」

 

はぇ?

なんで俺、マドシュターちゃんに抱えられてるんだ?

てかいつのまに屋根の上に来てたんだ?

 

状況についていけない……。

これがジェネレーションギャップってやつか。え、違う?



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Memory100

状況を整理しよう。

まず、アストリッド、シロ、光の三人がいた。敵だね。

で、こちら側の戦力は茜だけだったわけだが、マドシュターちゃんが乱入してきた。そして結果的にこちらの戦力にマドシュターちゃんが加わって、茜は辰樹と愛を運ぶために戦線離脱。で、敵側の光は腰を抜かしていたわけだから、事実上アストリッド&シロvsマドシュターちゃんの戦いが始まったわけだ。

 

まずマドシュターちゃんがシロの光の防御壁を打ち破って、そのままアストリッドの脳天をぶち抜こうとしたわけだけど、アストリッドが時間停止の魔法でマドシュターちゃんの攻撃を避けたことで、失敗。その時、アストリッドは(クロ)の近くまで時間停止でやってきていて、そのまま俺を人質にした。

 

そして、ここから何が起こったか、なんだが……。

 

まず、今現在の状態を考えてみよう。

俺は今、マドシュターちゃんに片手で抱えられた状態で、屋根の上にいる。さっきまではちゃんと地上にいたのに……。

さっきまで俺がいた場所には、アストリッドとシロが立っていて、下から俺とマドシュターちゃんのことを睨みつけている。

 

マドシュターちゃんの手には、さっきアストリッドが俺の首元に突き立てていた、血狂いの魔刃(吸血鬼のナイフ)が握られている。アストリッドから取ったんだろう。

 

そして、先ほどのマドシュターちゃんの発言。『私も使えた』という部分についてだ。

話の流れ的に、時間停止の線が濃厚だろう。つまり、マドシュターちゃんはあの時、時間停止を使っていたのではないだろうか?

 

以上のことから、さっきの状況を説明してみると。

まず、マドシュターちゃんは人質になった俺を助けるために、時間停止の魔法を使い、アストリッドが手に持っていたナイフを取り上げた。

 

その様子を見たアストリッドとシロが、反射的にマドシュターちゃんに攻撃を加えようとするが、マドシュターちゃんは攻撃をくらう前に時間停止の魔法を使い、ついでに俺を抱き抱えて屋根の上まで登った、とか、そんな感じだろうか。

 

いや、何が起きてるんだほんとに。

 

「よーしっ! 人質も助けたし、今から本気、出しちゃうぞー! 本気本気!!」

 

マドシュターちゃんはぐーんと伸びをしながら、呑気な声でそう告げる。というかむしろ今まで本気じゃなかったのか。

 

「本気、かぁ。君、さっきから調子に乗っているみたいだけど、言っておくが、(アストリッド)もまだ本来の実力の7割も出していない状態なんだ。本気を出せば、私は君のことだって……」

 

「私は3割くらいかなー。うん。3割3割」

 

「……………」

 

アストリッドが急に物凄く小物に思えてきたのだが、大丈夫だろうか。

いや、だが油断はできない。あのアストリッドのことだ。

 

勝てる、勝った。そんな状況に持ち込んだとしても、奴はしぶとかった。今回もマドシュターちゃんが規格外の力を持っているみたいだが、それでもどうなるか分からない。

 

「アストリッド様。(シロ)があの生意気な小娘をやります。アストリッド様の手を煩わせるまでもありません」

 

シロ、すっかりアストリッドの眷属に染まってしまってるな…。

最悪、アストリッドは倒せなくとも、シロだけでも取り戻したい。もう一度、2人で笑い合っていたあの頃に、戻りたい。

 

それを叶えるためには、他人(マドシュターちゃん)の力を借りるしかないわけだけど。

 

「マドシュターちゃん、シロは洗脳されてるだけだから、あんまり痛めつけないであげて」

 

ってあれ? 無視? マドシュターちゃんが反応してくれない……。助けたのは助けたけど、別にお前と仲良くしたいわけじゃない的な……?

 

「マドシュターちゃん……?」

 

「マドシュターって、誰のこと?」

 

あっ……。

そっか、マドシュターって俺が脳内で勝手にそう呼んでるだけで、別に実際の名前じゃなかったんだった。

本当の名前は、えーと……。

 

「マジカルドラフトシュールスターちゃん?」

 

「マジカルドラゴンシュートスター!! 名前は大事だから覚えて! 大事大事!」

 

と、そうだったそうだった。

確かに、名前は大事だ。えーとドラゴンシュートドラゴンシュート。うん。多分覚えた。多分多分…。

 

でもやっぱりマジカルドラゴンシュートスターは長いから、頭の中ではマドシュターって呼んでおくね。

 

「クロ、楽しそうだね」

 

「シロ……」

 

「クロが楽しそうだと、私も楽しい。クロも一緒でしょ? 分かるよ。私もそうだから。だから、幸せを分けたいって思った。アストリッド様の眷属になれば、幸せになれる。だから、私はクロに幸せになって欲しいから、アストリッド様にクロを差し出す。大丈夫、絶対に幸せになれるから」

 

いくら洗脳されたといえども、根本のところはやっぱりシロなのかもしれない。

クロに幸せになってほしい、そういう想いは、元々シロが持っていたものだろうから。

 

でも、残念だけど、シロの願いは叶えられないだろう。

いや、シロの言う俺の幸せと、俺が思っている俺の幸せは根本的に異なっているんだ。

 

それは、シロが洗脳されてるとか、されてないとか関係ない。元々のシロの考えから、違っていたんだ。

 

だって、シロ。俺はもう……。

 

「いざじんじょーに勝負じゃー!!」

 

「すぐに後悔させてやる。私達に逆らったことを!!」

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

魔法少女マジカルドラゴンシュートスターが登場したことで、その光景を見ていた櫻達もまた、戦いの手を止めていた。

 

「人間と魔族は、あんな化学反応を起こすものなのか」

 

そう言葉を発するのは、先ほどまで櫻と死闘を繰り広げていた組織の幹部が1人、ノーメドだ。

 

「まさか……メナちゃんと美鈴ちゃんが、あんな風になるなんて……」

 

そして、櫻とノーメドは、魔法少女マジカルドラゴンシュートスターの正体に気づいていた。

 

その正体は、人間と魔族のハーフ、龍宮メナと、櫻のことをしたっている魔法少女、真野尾美鈴の2人が、1つになった姿だった。彼女達の魔力は互いに惹かれ合い、混じり合い、2つであったものは完全に一つの個となって、新たに強力な魔法少女として誕生し直したのだ。

 

2人にあったのは、強い絆だ。魔族だとか、人間だとか、そんなものを一切気にせず、互いに、個として、『龍宮メナ』という個と、『真野尾美鈴』という個としてお互いを認識し合ったことで、起こった化学反応。

 

それが、魔法少女マジカルドラゴンシュートスターの正体。人間と魔族の強い絆の力によって生誕した、最強の魔法少女。

 

はっきり言って、櫻は魔族と人間の共存を理想としていながら、心のどこかで、不可能ではないかと、そう諦めていた節があった。

 

誰にも頼れず、1人で抱え込み、そしていつしか、ただ亡霊のように、ただ、過去の自分が追い求めていた理想を、惰性で追い求めるふりをし続けているに過ぎなかった。

 

だが、魔法少女マジカルドラゴンシュートスターを見たことで、彼女の心境は変わる。

 

示されたのだ。魔族と人間の、強い絆の形を。

種族の垣根を越え、限界をも突破した姿を。

 

「龍宮さん、あれが、魔族と人間が分かり合える道です。メナちゃんが………貴方の娘さんが、たった今示してくれました」

 

2人とも、戦意などとうに消えていた。

互いに消耗し切っていたからというのもある。だが、これ以上自分達で傷つけ合うのは、無意味だと、そう感じたから、やめたのだ。

 

「本当は、誰よりも望んでいた。だが、俺はもう、人間を信じることができなくなった。一度人間を信じ、裏切られたあの時から。だが、あの子なら………メナなら、人間と、魔族の、架け橋になってくれるのかもしれない……。俺にできないことを、あの子ならやってくれるだろう」

 

そう言って、ノーメドは自身の武器をしまう。

 

「龍宮さん!」

 

「俺はもう戦わない。メナに全てを託す。ただ、一つ頼みがある。メナと美鈴という娘の合体は、そう長くは持たないだろう。そのうち瓦解する。だからその前に、助けに入ってやってくれ」

 

「龍宮さん……それなら、貴方も一緒に…」

 

「もう、娘に合わせる顔がないんだ。父親失格なんだ。だから、俺はいけない」

 

そうして、ノーメドは櫻を残し、この場から去っていった。

 

「メナちゃんは、私が絶対に守る。あの子は、皆の希望だから」

 

櫻は決意する。孤独ながらに、しかし力強く。

 

もう、彼女の心には。

迷いなどなかった。

 



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Memory101

月夜 のかにさん、誤字報告ありがとうございます。
怒った→起こった


マドシュターちゃんとシロの戦いは、はっきり言って何が起こっているのか全くわからなかった。2人とも、互いに時間停止の魔法で背後を取り合うということを延々と繰り返しているためだ。

気づけばマドシュターちゃんがシロの背後に。かと思えば、今度はシロがマドシュターちゃんの背後に、と言った具合で、イタチごっこになってしまっているのが現状だ。

 

俺の視点から見ると、2人が瞬間移動で背後を取り合っているようにしか思えなかった。アストリッドは特にシロに手を貸そうとする様子はない。シロがピンチに陥っていないからか、元々手を貸すつもりがないのかは分からないが、おそらく、シロが劣勢になれば彼女は手を貸すだろう。

 

「鬼龍術・捌きの王(サバ・キング)!!」

 

「ホーリーライトスピア!!」

 

時折技の攻防も行われるみたいだが、基本的に技の押し合いではシロの技はマドシュターちゃんの技にかき消され、結局シロが防御壁を展開することになるか、もしくはシロが時間停止の魔法で逃げることになるかのどちらかだ。

実力的に考えても、このまま戦闘を続けていけば、勝つのは間違いなくマドシュターちゃんだろう。

 

勝敗を握るのは、やはりアストリッドの存在だろうか。

彼女がいつ2人の戦闘に介入してくるのか、それによって、2人の勝負の結末が変わるのかもしれない。

 

となると、彼女が2人の勝負に手出しをする前に、茜が来夏や櫻を呼んでくれることを祈るか、もしくはマドシュターちゃんが2人同時に相手しても問題ないくらいの実力と魔力量を保持しているか、そのどちらかの条件が満たされていれば、アストリッド達を打ち破ることができそうだ。

 

いや、もしくは……。

 

俺はシロとマドシュターちゃんが戦っている様子を見る。

マドシュターちゃんの方は飄々としているが、シロの方は眉間に皺を寄せながら、心なしか汗を垂らして戦っているようにさえ思える。

 

つまり、だ。

シロは今、俺の方に意識を割くほどの余裕はない。

 

ということは、今なら、ホワイトホールへのアクセスが可能なんじゃないだろうか。

そうだ。俺がホワイトホールを使い、アストリッドの妨害をすれば、アストリッドが2人の戦闘に介入することが難しくなる。

 

といっても、ホワイトホールに入っているアストリッドの血の刃だけで戦うには限界があるし、あくまで少しの間足止めする程度にとどまる。だから、アストリッドが2人の戦闘に割って入ろうとしたときに、多少遅延するくらいにしかならないだろうが。まあ、それでもやる価値はあるだろう。

 

にしても。

アストリッドはいつシロの援護に入るつもりなんだろうか。

見た感じ、若干シロの方が押され気味になっている気がする。

 

というのも、シロの方がだんだんとマドシュターちゃんの背後を取れなくなってきているのだ。多分、時間停止に割く魔力が底を尽きてきているんだろう。そのせいで、時間停止を発動できる時間が短くなり、マドシュターちゃんの背後に回れるほどの時を止めることが難しくなったんじゃないだろうか。

 

反対に、マドシュターちゃんの方は気づいた時にはシロの背後に立ち、さらに攻撃を加えることまで行っている。

シロの方はその攻撃を避けたり、防御したりするのに精一杯になってしまっている、というのが今の戦況だろうか。

 

シロの顔を見ると、明らかに焦っていることがわかる。それに、今度は明確に汗を流していることが遠目でもわかった。

 

ここまできても、アストリッドが介入する気配は全くない。

はっきり言って、シロは弱いわけじゃない。いや、消極的な言い方だと、あまり強くないように聞こえるかもしれないから、あえて言わせてもらうが、はっきり言って、今のシロはかなり強い。

 

仮に来夏が今のシロを相手にすることになったとしても、かなり苦戦することになるんじゃないだろうか。

櫻が万全の状態だったとしても、簡単に勝てるような相手ではない。

 

そう。シロの実力は相当なものなのだ。

だから、シロが押されているということに、アストリッドは危機感を覚えているはず……。

 

そのはずなのに、アストリッドはシロに手を貸すわけでもなく、また、一切焦っているようにも見えない。

シロが倒されれば、次は自分の番だというのに。マドシュターちゃんの実力的に、アストリッド単体で彼女の相手をするのは無理があるということも承知のはずなのに。

 

何を根拠にそんな余裕を見せているんだ…?

 

「ふぅ……。見た感じ、そろそろ限界っぽそうだね。それじゃ、トドメと行きますかぁ!! トドメトドメ!!」

 

マドシュターちゃんは、王冥斬を持って、シロの方に突撃していく。

シロは光の防御壁を展開するが、それもマドシュターちゃんの鬼龍術によって破壊される。

 

多分もう、シロは時間停止を使えない。

ここまできても、アストリッドはシロの助けに入らない。

 

何を考えて……。

 

そうして、マドシュターちゃんはシロに向かって、大剣を振り上げ、その勢いのまま、振り下ろす。

瞬間、シロとマドシュターちゃんのいるところが、真っ白な光を発しだす。

 

一体何が……。

 

光がおさまった後、その場にいたのは、マドシュターちゃんによって斬られたシロの姿、ではなく……。

 

「あれ? とけちゃった……」 「とけたとけた……」

 

2人の少女の姿。

片方は確か、真野尾美鈴という、櫻が最近面倒を見ている魔法少女だったはず。もう片方は、魔族と人間のハーフの、龍宮メナ、だっただろうか。

 

彼女らが、シロの前に2人で座り込んでいた。シロの方はというと、無傷だ。そして、マドシュターちゃんの姿は、どこにも見当たらなかった。

 

「やっぱり、私の予想通りだ」

 

そうして、さっきまで見物を決め込んでいたアストリッドが、シロの側へとやってくる。

 

「おかしいと思ってたんだよ。魔法少女の力を持ちながら、魔族の魔法も扱えていた君のこと。何かあるんじゃないかと思ってね。シロとの戦闘を観察してもらっているうちに、君の……君達の魔力に乱れが生じていることに気がついた。そしたら案の定、こうなったわけだ。仕組みはよくわからないが、君たち2人の力を融合させ、1人の魔法少女として、新たに誕生し直していたわけだね。全く。こんなことができるなんて、君達には驚かされるよ」

 

魔法少女マジカルドラゴンシュートスターは、真野尾美鈴と龍宮メナが何らかの形で融合していた姿だったのか…‥。

そんなことができたなんて……。

 

いや、今はそれどころじゃない。

マドシュターちゃんの存在がない今、アストリッドとシロに対抗する手段はなくなってしまった。

 

まずい………なんとかしないと……。

多分、まだシロの意識は2人に割かれているはず……。いけるか……?

 

「ホワイトホール!!」

 

俺はホワイトホールを出現させ、アストリッドとシロの2人に向けて血の刃を放つ。

 

「2人ともはやく逃げ「悪あがきだね、クロ」」

 

俺は美鈴とメナの2人を逃がそうとするが、血の刃はシロの光の防御壁によって全て完璧にガードされ、俺自身もまた、シロから遠隔で身体に干渉されたことで、身動きが取れなくなってしまう。

 

負ける‥‥。シロもアストリッドに洗脳されたまま…。

このまま‥‥。終わって……。

 

究極魔法(マジカルパラダイス)・百花繚乱!!!!」

 

絶望に染まりかけていたその時、アストリッド達の上空から、1人の少女がやってくる。

……櫻だ。

 

櫻は『究極魔法(マジカルパラダイス)』でアストリッド達を足止めしながら、美鈴とメナの2人を抱えてその場から離れていく。

 

茜が呼んできてくれたのだろうか?

いや、違いそうだ。茜は多分まだ辰樹達を運んでいる最中のはず……となると、この場にいるのは櫻だけか。

 

櫻は今、万全の状態ではない。前回とのアストリッドとの戦闘で負った怪我によって、本来の実力を出せないようになってしまっている。

万全の状態でもアストリッドに敵わなかったというのに、今の櫻にアストリッドとシロを同時に相手にしろというのは酷だ。

 

櫻が来たところで、絶望的な状況であることには変わらない。

どうすれば‥‥どうすればこの状況を………。

 

「お困りのようだね」

 

「……ロ……キ……」

 

突然声をかけられ戸惑ったが、声の主の正体はロキだった。いつのまに…‥いや、そんなことはどうでもいい。

この状況で、ロキもさらに敵になるのなら、もはや勝ち目はない……。どうする? なんとかしてこいつとアストリッドの協力関係を破棄させなければ‥。

 

「そう。俺はロキ。組織の幹部さ。実はルサールカから君にこれを渡すようにと頼まれてね。もっとも、これを使うかどうかは君の判断に委ねるそうだが」

 

……………?

アストリッドと協力していたんじゃなかったのか?

それとも、俺が裏切ったことがまだ伝わっていない?

 

「不思議そうな顔をしてるね、何か質問でも?」

 

「アストリッドとの協力関係はどうなってるの?」

 

俺の質問に、ロキは少し迷うような素振りを見せた後、応える。

 

「俺もよくわかんないだよ。ルサールカも考えることはさ。君の“調整”が解けたっていうのに、再調整することなく、君にこれを渡せって言われたしさぁ」

 

そう言ってロキは、一つのアタッシュケースを俺に差し出してくる。

 

「これは……」

 

「開けてみ」

 

「いや、手が……」

 

「あーそか。悪いね」

 

ロキはアタッシュケースの中身を開ける。

中に入っていたのは、10本の注射器だった。

 

「……怪人強化剤(ファントムグレーダー)?」

 

「正解。でもただの怪人強化剤(ファントムグレーダー)じゃないぜ。普通のそれと違って、一度打てば効果は永続。ま、アストリッドが使ったやつと似たようなもんだ。ただし、これを使って体がどうなっても、俺は知らないからな」

 

「これを使えば、アストリッド達に勝てる?」

 

「それはルサールカしか分からないことだ。俺は渡せとしか言われてないからな」

 

俺はアタッシュケースの中に入った、10本の注射器を見つめる。

このままいけば、櫻もアストリッドにやられ、そのまま美鈴、メナが続けてやられ、最後に俺は、アストリッドに洗脳され、眷属にされてしまうだろう。

 

そうなった場合、アストリッドを倒すのはさらに困難になるし、茜達の状況はより絶望的なものへと変化するだろう。

 

はっきり言って、俺の両腕は使えない。こんな状態で、いくら自分を強化しようが、アストリッドに勝てるようなビジョンは見えない。だが……やるしかない。

 

「わかった。これ、使う。だから、一本刺して」

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

私は、美鈴ちゃんとメナちゃんを抱えて、できるだけ遠くの方へ逃げていく。

クロちゃんのことは、正直助ける余裕がなかった。

 

でも、メナちゃんだけは……。

 

「やあ櫻、マラソンご苦労様」

 

……逃げきれなかった。

私が全力で息を切らしながら駆け抜けたというのに、アストリッドは息一つ切らさず、突如として私の進行方向へと現れた。瞬間移動の類?

でも、今はそんなこと気にしてられない。

 

メナちゃん達を守らないと!

 

「召喚! おうめ「させないよ」あがっ……」

 

私は『桜銘斬』だし、アストリッドに対抗しようとするも、召喚する前にお腹を殴られてしまう。

 

痛い‥‥。でも、メナちゃん達を守らないと……。

 

「櫻、諦めた方がいいんじゃないかな。そうやって無駄な足掻きをするよりも、アストリッド様に謝罪して、眷属にしてもらえるように懇願した方が建設的だと思う」

 

「シロちゃん………」

 

後ろで美鈴ちゃんが不安そうな目で私のことを見ている。

……情けない……。せっかく、せっかく迷いを捨てれたのに……。このままじゃ、私は何にも……。

 

特別召喚(オーダーメイド)血狂いの魔刃(吸血鬼のナイフ)

 

アストリッドは、私にナイフを向けてくる。

 

「ごめんね櫻。別に君のことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。でもね、私は君を眷属にするつもりはないんだ。だから、死んでくれ」

 

そしてそのまま、アストリッドは私に向けてナイフを振り下ろして……。

 

 

 

ドサリと、鈍い音をして、アストリッドの腕は地面へと落下した。

 

「は?」

 

アストリッドの腕は、綺麗に切り落とされていて、断面もくっきり綺麗に見える。

誰かが、斬った。アストリッドの腕を。

 

「な……んで……クロが、その剣を……」

 

シロちゃんが動揺したような口調で、そう言う。私も、シロちゃんが見ている方向を見てみる。

 

「ちょっと特殊な怪人強化剤(ファントムグレーダー)使ったからさ。まさか腕まで治るとは思わなかったけど」

 

そこには、処刑人の剣のようなものを持った、クロちゃんがいた。



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Memory102

蟹蟹蟹様、誤字報告ありがとうございます。


まさか、こんなに簡単に斬れるとは思わなかった。

全身から力がみなぎっていく気がする。まあ、同時に体が壊されていっているような感覚もするんだけど。

 

今回使った怪人強化剤(ファントムグレーダー)は、俺の体をより怪人寄りのものにして、『特別個体』と呼ばれる怪人の力を最大限まで引き出し、扱えるようにする代物らしい。元々の俺のポテンシャルもあってか、その力はとんでもなく発達することになるらしいが、まあ、とにかく強くなれたのなら別にそれでいい。

 

アストリッドは俺に斬られた腕の部分を凝視して固まっている。ショックで動けないのだろうか。てか、光のこと置いていってない? やっぱり、光のこと最初から仲間にするつもりなんてなかったんだね。多分、利用するだけ利用しようって考えてたんだろう。光を仲間にするかどうかの相談の時アストリッドがシロに耳打ちしてたのも、多分そういうことだろう。

 

「クロ……もしかして、使ったの? あれ……」

 

どうやらシロは、俺が使った怪人強化剤(ファントムグレーダー)に心当たりがあるらしい。

俺は存在を全く知らなかったんだけど、シロは知ってたんだな。

 

「使ったとしたら、何?」

 

「あれは………人間が使っていいものじゃない………あんなもの使って、まともに生きていけるわけがない……。クロ、今すぐアストリッド様に眷属にしてもらって!!」

 

「シロ、もういいんだよ」

 

「クロ、ダメ。それを使ったら、もう人間としては生きてられない!! はやく眷属に!!」

 

「だから、違うんだよ。シロ」

 

俺とシロが考えている望みは、違うんだ。

 

確かに、シロからすれば、組織から解放されて、俺と2人で生きていくっていうのは、望んでいた展開なのかもしれない。でも別に、俺はそれを望んでいたわけじゃないんだ。

勿論、シロと一緒に過ごしたくないってわけじゃない。

 

ただ、俺はもう、別に長生きしていきたいなんて考えていない。それだけのことなんだ。

 

「クロは、何にも分かってないんだよ……今まで大丈夫だったからって今回もそうなるとは限らないのに……!! その怪人強化剤(ファントムグレーダー)は……普通の怪人強化剤(ファントムグレーダー)よりも何百倍も危険。だから!!」

 

多分、最初に俺が死を拒んだのは、雪のことがあったからかもしれない。正直、シロのため死ねるって思ってた。けど、多分、俺、心のどこかで、雪のことも気にしてたんだと思う。だから、死にたくないって思った。もう一度、雪に会いたいって、きっとそう思ったんだ。

 

でも、それはもう叶った。愛とも再会できたし、茜のおかげで、俺がいなくても、愛は何とか生きていけるような状態になった。

 

後は、シロのことだけ。

シロを、アストリッドの洗脳から解放する。

そうすればもう、俺は思い残すことはないんだと思う。だから……。

 

「命に変えても、シロのこと、助けてあげるから」

 

「そんなことしなくていい!! クロがアストリッド様の眷属になれば、全部済む話!!」

 

シロは物凄い勢いで、俺に光の剣を振りかざしてくる。

……結構勢い強いな。いくらアストリッドの腕を斬り落とせたとはいえ、それは事前に魔力を剣に込めて、準備して斬ったからであって、常にあの火力が出せるというわけではない。

 

だから、一旦シロから離れて、と。

 

「じゃ〜ん。これ、なんでしょー?」

 

「ま、待って、それ、は……」

 

俺は懐から、一本の注射器を取り出す。

アタッシュケースには、10本の怪人強化剤(ファントムグレーダー)が入っていた。ロキが言うには、10本全てそれぞれが異なった効能を持っているらしい。つまりはだ。相手に敵いそうにないと思ったら、もう一本お注射すればいいわけだ。ドーピング様様だね。

 

「ふっふっふ。これでもっとつよくなれるぞー。ぷすっとな」

 

「ダメ……クロ、使っちゃ、ダメ……それ、以上は…」

 

あ〜力がみなぎるんじゃ〜。

いやぁーなんか、力が湧いてくるのっていい感覚ではあるんだけど、やっぱもう一本注射って体に悪い感じするね。実際なんとなくだけど体が破壊されているような錯覚を覚えるわけだし。

あれだ、夜中にインスタントラーメン食ってるみたいな。美味しいんだけど、体には悪いんだよなぁ、アレ。

 

「もう、ダメ。絶対にアストリッド様に頼んで、眷属にさせる!!!!!!」

 

シロは再び、切り掛かってくる。

うーん。多分このまま同じように剣で受け止めても、さっきと変わらない気がするんだよね。となると、俺の取るべき行動は………。

 

部分解放(リリース)動く水(スライム)

 

俺はシロに斬りかかられるその瞬間に、体の一部を水状に変化させ、シロの攻撃を受け流すことに成功する。これは多分、さっき注射した怪人強化剤(ファントムグレーダー)の効能だろう。

 

シロの光の剣は、そのまま俺の体をすり抜けた。

俺の体は無傷で、シロの方は俺の力を見て驚いた表情を見せている。

 

案外楽しいな、これ。

 

俺は後方へ飛び退き、もう一本注射器を取り出す。

アストリッドも控えてるんだ。何本でも打っておくに越したことはない。

 

「クロ!! ダメ!! もう打たないで!! ダメ!!!!」

 

シロの悲痛な叫びが聞こえる。

でも、ダメだ。

アストリッドに洗脳されて、櫻達との縁も切って、さらに、仲良くしていた光のことを道具のようにしか見ないようになってまで、一緒に生きていこうなんて。

 

シロには悪いけど、俺なしでも生きていってもらわなくちゃならない。

どうせ怪人強化剤(ファントムグレーダー)を使わなくたって、俺は長生きできないんだ。使ったところで、死期がちょっと早まるだけだしさ。

 

大丈夫だよ、シロ。

お前には、櫻達がいる。前だってそうだったじゃないか。俺なしで、櫻達と一緒に楽しくやれてた。だから、大丈夫。

 

俺が命をかけて、シロが櫻達の元に戻れるようにするから。

 

「クロ!! 使わないで!! 使うな! 使うな!! やめろやめろやめろ!!!! 使うなぁあぁあああぁぁあぁああ!!!!!!!」

 

シロは、叫びながら俺に剣を向けてくる。俺はそんなシロの剣を後方へ飛び退くことで避ける。

そうして俺は、3本目の注射を腕に刺す。3本目ともなると、ちょっと慣れてきたかもしれない。

 

「雷撃!!」

 

そして、3本目の注射器の効能によって、どうやら俺は雷属性の魔法を扱えるようになったらしい。

バチバチと音を鳴らしながら、俺の放った電撃はシロの元へ向かっていく。

 

「っ!」

 

シロは雷撃を、アストリッドに眷属にされたことによって生えた羽を使って空中へと飛ぶことで回避する。

空中に行かれたんじゃ攻撃のしようがないな。

 

「そうだ、クロ。私とクロのパスは繋がってる。だから、私がクロの魔力に干渉して、クロの動きを止めれれば‥‥。もう無理はさせない」

 

そう言ってシロが俺の魔力に干渉しようとしてくるが、無駄だ。

今の俺の魔力は、純粋な俺のものだけで成り立っているわけじゃない。

 

あの怪人強化剤(ファントムグレーダー)を摂取したことで、俺の魔力は怪人の魔力と混じり、別の性質へと変化した。だからもう、ホワイトホールをシロに使われる心配もしなくていいし、変に干渉されて、呼吸困難に陥ることもない。

 

「な、んで………」

 

案の定、シロは俺の魔力に干渉することができていないみたいだ。

シロが動揺している間に、俺はもう一本注射器を出して自身の腕に突き刺す。

 

「あっ……や……めて……やめて……」

 

シロが絶望した顔でこちらを見てくるが、構わない。

少しの罪悪感はあるが、シロを取り戻すためにも、アストリッドを倒すためにも、これは必要なことなんだ。

 

部分解放(リリース)空舞う蝶(シルフィード)

 

4本目の効能は、風属性の魔法らしい。そして、部分解放(リリース)を行うことで、俺の背中には妖精の羽が生え、空を飛ぶことが可能になる。これで、空中へと逃げ込んだシロと対等に戦闘ができる。

 

「ああ……あああああ!!!!!!」

 

シロは狂ったように頭を掻きむしりながら、俺に向かって魔力で生成した光の玉を雑に放ってくる。

その様子は、まるで自暴自棄になっているかのようだった。

 

「こんなんじゃ当たるものもまともに当たらないよ、シロ。模擬戦でもやったよね? シロが教えてくれたんだよ。適当に撃つなってさ」

 

「クロ、なんで、なんで、いつも、私を……どうして、なんでなんでなんで!!」

 

「ごめん、シロ。今まで心配かけてきて。でも、受け入れてもらわないと困るんだ。いつか別れは来る。絶対に。だからさ、アストリッドなんかに依存せずに、櫻達と一緒に生きていって欲しい。まあ、私の死がちょっとシロの傷になってしまわないかって部分は心配ではあるんだけど」

 

「うるさい…………うるさいうるさいうるさい!! クロは何にも分かってない!!!! 私が、どんな思いで!! どんな気持ちだったかなんて!! 何にも!! 何にも!! 人の気持ちなんて考えたこともないくせに!! 私がなんでアストリッド様にたよったのかもよく分かってないくせに!! クロは私のことを分かってくれてない!! 私のこと、なんっにも!! 嫌い、嫌い嫌い嫌い!! クロなんて………大っ嫌い!!」

 

「そっか。それなら良かった。嫌われてるなら、安心して逝けるからさ」

 

俺は、剣を握り、シロと相対する。

絶対に、アストリッドの洗脳を解いてみせる。

 

今まで色々とごめんね、シロ。

でももう、シロを振り回すのは、これが最後だから。

 

 

だから、最後にちょっとだけ、私に付き合ってよ、シロ。

 



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Memory103

かれこれ10分ほどシロとやり合ってるわけだけど、シロの洗脳をどう解くか、その目処は立ってない。

アストリッドがこちらに介入してこない限りの話ではあるが、今の俺ならば、シロのことを倒すことはそう難しくない。

 

このまま戦い続けても消耗をし続けるだけだし、とりあえずシロの洗脳を解くのは後回しにして、今すぐシロを戦闘不能に追い込む方向で進めていくのがいいかもしれない。

 

「ホーリーライトスピア!!」

 

「アブソーブトルネード!!」

 

シロの攻撃は、俺の魔法で吸収することができる。

“アブソーブトルネード”は、俺が元々使っていた“ブラックホール”に、風属性の魔法を付随させて生み出した魔法だ。

従来の“ブラックホール”では、向かってくるものに対して吸収することしかできなかったが、“アブソーブトルネード”は、風で周囲に存在する魔力も巻き込みながら吸収する。空中に飽和している魔法を、自ら摂取しに行くことができるのだ。

 

まあといっても、“アブソーブトルネード”は“ブラックホール”の完全上位互換というわけでもない。“アブソーブトルネード”は、周囲の魔力を巻き込んでしまう。そのため、近くに仲間の魔法少女がいる場合、その子の魔力も一緒に吸い寄せてしまうのだ。

 

ただ、現状は一対一。櫻達とは距離をとって戦っているし、巻き込む心配はない。

 

「クロ、おとなしく投降して。洗脳って聞くと、悪いように聞こえるかもしれないけど。アストリッド様の側にいるのは、そんなに辛いことじゃないから」

 

「シロは麻薬を使って気持ちよくなることが幸せだと思う?」

 

「思わないけど。急に何の話?」

 

「私にとっちゃ、洗脳されて幸せになるってそれと同じことなんだよ」

 

「全然違うよ、クロ。そもそも、麻薬を使ったって幸せになれない。それに、クロは組織にいても、櫻達といても、絶対に幸せにはなれない。だから、アストリッド様に洗脳されるべき」

 

まあ、はっきり言って麻薬どうのこうのは適当だ。ただ、他人(アストリッド)に洗脳されて、そいつ(アストリッド)のために働いて、幸せを覚えるなんて、そんなの間違ってる。

 

そんなものは、本物の幸せじゃない。俺は別に、本物の幸せを求めているわけじゃない。けど、シロには、本物の幸せを掴んで欲しい。仮初の幸せなんかで、満足しないで欲しい。だから……。

 

「ごめんシロ。一気に決着、つけさせてもらうね」

 

俺は5本目の注射器を取り出す。

アストリッドが控えているのだ。無駄遣いではない。今回の怪人強化剤(ファントムグレーダー)の効果は永続なのだ。元より10本全て注射するつもりだった。だから、今5本目を刺したって、何の問題もない。

 

「クロ、わかった。一旦落ち着いて。それを捨てて。もう、無理にアストリッド様に洗脳させてもらえなんて言わないから。だから、もう打たないで。ただでさえ、4本も打ってるのに……」

 

シロは俺に5本目を使わせまいと、説得を試みようとしてくる。

でも、残念ながら俺はもう止まれない。

 

1本目を使った時点で悟ってた。これを使えばもう、後は朽ちていくだけなんだろうなって。長くて一ヶ月、一週間。いや、もしかしたら、今日にでも死ぬかもしれないって。

 

もう、死ぬ覚悟はできてる。だから。

 

「やめて!! クロ!!!!」

 

部分解放(リリース)動く水(スライム)

 

シロは俺を止めようと、大量の光の槍をこちらに飛ばしてくるが、俺はそれを、部分解放(リリース)によって自身の体を一時的に液状化することで、全て受け流す。

 

「ダメ!!!!」

 

俺は腕に、5本目の注射を刺す。

 

 

 

全身の血液がまるで焼けているように熱くなる。頭が痛い。ズキズキする。鼻から何か垂れてる。鼻血?

耳が痛い。視界がぼやけてる。胸が痛い。苦しい。

 

 

 

 

 

痛い辛い辛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。

 

 

 

 

……苦しい。

 

あれ、俺……。

そうだ、俺は……。

 

 

 

 

シロを、助けるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ! はぁ………!! はぁ…………!!」

 

………危うく、怪人強化剤(ファントムグレーダー)の力に呑み込まれるところだった。俺の体で受け入れられるのは、5本が限界だったみたいだ。

 

もしあのまま呑まれてしまっていれば、多分俺は今頃、正真正銘の怪人と化していただろう。

普通の人間なら、死んで終わりだろうが、俺の場合、ある程度怪人強化剤(ファントムグレーダー)に耐性がついてしまっている。それは、身体構造が怪人と魔法少女、どちらの特徴も兼ね備えているためだ。

だからこそ、怪人強化剤(ファントムグレーダー)を使用すれば当然、俺の体のバランスは崩れ、怪人側へと近づくことになってしまう。

 

どうせ死ぬからと、何本も刺すのもよくないかもしれない。もし、ただ死ぬのではなく、理性を失い怪人と化してしまえば、周りに迷惑をかけてしまうことになるだろうから。

 

「クロ、今からでも、遅くない。違う。今ここで動かないと、間に合わない。だから……」

 

天罰(クロスエンド)

 

5本目の注射器は、どうやら光属性の魔法のものだったらしい。元々俺には光属性の力が備わっていたので、今回5本目を打ったことで、さらに強化されることになった。

 

結果、俺は一撃でシロを戦闘不能にした。シロの体が、地面へと落ちていく。

俺はシロの落下するであろう場所に事前に行き、シロの体を受け止める。

 

「シロ、心配かけてごめん。でも、もう少しだから」

 

シロのこと、どうするか。魔衣さんのところに届けるには時間がかかりすぎるし、仕方ない。一旦ここに放置しておこう。幸い、俺の光属性の魔法は強化されている。シロの周囲に強力な結界を張って、誰にも手出しできないようにしておけばいい。それに、シロは別に怪我を負っているわけじゃない。俺はあくまでシロを気絶させただけなわけで、なるべく怪我を負わせないように攻撃していた。だから、ここで放置していても大丈夫だろう。

 

そうして俺はそのまま、櫻達がいる場所へ向かう。

俺がここに来た時は、アストリッドは放心していたようだったが、今もそうであるとは限らない。

シロとの戦いに、少々時間をかけ過ぎた。茜が来夏を呼んでくれる読みで、シロの洗脳が解けないか、探りながら戦ってしまったのだが、それは判断ミスだったかもしれない。

 

「やぁ、クロ。遅かったね」

 

俺が櫻達の元に戻った時、そこには血まみれになりながら美鈴とメナを守る櫻と、俺が斬った腕すら再生し、完全に無傷で櫻を蹂躙しているアストリッドの姿が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

 

辰樹と愛のことをつれ、魔衣の元に向かった茜だったが、そこに広がっていたのは、地面に倒れ伏した魔衣と、それを踏みつける組織の幹部、ミリュー。そして、そんなミリューに、『魔銃』を突き付ける、八重と照虎という光景だった。

 

よく見ると、前回のアストリッドとの戦闘で負傷し、安静にしていたはずの束達も地面に無造作に投げつけられてしまっている。死んでしまったものはいないだろうが、それでも、このまま放置しておけば、命に関わることは明白だった。

 

「まだいたんだ、戦える奴。全部やって、後は魔銃(がらくた)突きつけてくる雑魚だけだと思ってたのに」

 

「2人とも、辰樹と愛を。こいつの相手は、私がする!!」

 

茜は八重と照虎を後ろに下げ、ミリューに対峙する。

ここで茜が負けてしまえば、負傷者の回復が行えない。そうなると、辰樹も愛も、ここで力尽きてしまうだろう。

 

(負けるわけにはいかない……!)

 

「へぇそっか。イフリート、だっけ? そいつと契約してるんだ。ふーん。まだ戦意を持ってるのは、そいつがいるから? そっかそっか。なら、面白いこと考えちゃったや」

 

ミリューは、手で丸を作りながら茜の方を見つめ、ぶつぶつと独り言を繰り返す。

 

「何よ、ビビってるわけ? そっちがこないならこっちから……」

 

魂様変化(ソウルスワップ)

 

瞬間、茜の中にいた、イフリートの霊圧が、消える。

 

「あんた、何して………」

 

「何って? じゃーん!! えぬてぃーあーるせいこー! イフリートとの契約は、私のものになりましたー!!」

 

「う、嘘でしょ? い、イフリート! 返事をして! イフリート!!」

 

ミリューが行ったのは、茜とイフリートとの間で交わされた契約を捻じ曲げ、初めからミリューとイフリートの間で行われた契約へと書き換えることだった。

ミリューの背後に存在するイフリートの意識は、ない。ミリューの手によって、個ではなく、ただの道具として、その存在を改変されてしまったのだ。

 

「来夏と去夏の相手はルサールカがやってるし、櫻とかいう魔法少女も、アストリッドには勝てない。チェックメイトだね。お疲れ様」

 

ミリューは、茜に対して、一方的に勝利宣言をする。

 

状況は、絶望的。誰もがもう、この状況では戦うことを諦めるだろう。だが……。

 

(勝てなくてもいい。きっと、来夏も櫻も、勝って来てくれるはずだから)

 

茜は、仲間を信じている。

 

(だから、私が時間稼ぎをしないと。ここで私が耐えなきゃ、全滅する!)

 

だから、茜は諦めない。

確かな戦意を持って、ミリューに対峙する。

 

「勝手に勝負決めないでくれる? 勝負はこれからよ!!」



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Memory104

あぁ退屈だ。つまらない。

 

私は、目の前の火を扱う魔法少女と戦いながら、そう思う。

いくら私が圧倒的な力を見せつけようとも、折れない。その目には希望を宿していて、私が攻撃しても、何度も何度も立ち上がり、こちらに向かってくる。

 

雑魚の癖に、ただひたすら私に牙を剥いてくるその姿勢が、気に食わない。

私に対して『魔銃』を構え、威嚇していただけの2人の少女の方がまだ反応が面白かった。

彼女達の目には、希望なんて宿っていなかった。むしろ絶望さえしていた。

 

だから面白かった。戦意などほぼ喪失していて、もはや諦めの境地にまで達していた2人を見るのが、愉快で仕方がなかった。やっぱり人の絶望した顔というものは、何度見ても飽きない。よく他人を喜ばせるために奉仕する人間を見かけるが、はっきり言ってあれがして何が楽しいのだろうかと私はよく思う。強いていうなら、そうやって他人を喜ばせ、最大の幸福の状態に持って行ってから絶望を与えてその光景を楽しむ、くらいだろうか。それくらいしか、私には奉仕(それ)をやるメリットが思い浮かばない。

 

だってそうだろう? 人間の尊厳を破壊し、グチャグチャにする。それ以上の幸福が、この世にあるだろうか。いや、ない。

 

だからこそ、不愉快だ。

なんでこいつは、絶望しない? どうしてこいつは、希望を持っている?

 

私に歯向かうなクズが。はやく諦めろ。お前に勝ち目などない。さっさとくたばれ。カスが。

あぁ、ムカつく。ムカついてしょうがない。こいつがやる気を出しているせいで、後ろの2人も積極的に私に向かって『魔銃』を撃って、援護をするようになってしまった。別にそのダメージ自体大したことはないけど、はっきり言ってさっきまで絶望していたやつが前向きになって私に反抗的な態度を取っているのは、納得がいかない。

 

「あのさ、勝てると思ってんの? ばか?」

 

「私が勝てなくても、来夏達なら勝てるわ」

 

そういう考え方か。結局それ、他人任せでしかないじゃん。

自分ができないことを、他人にやらせようとするなよゴミが。

 

でも、そうか、そういう考え方か。

なら、こいつの心の折り方は、こうやって痛めつけることじゃない。

 

「増援、本当に来てくれるかな?」

 

「…」

 

「今私に対抗できそうなのって、櫻に、朝霧姉妹でしょ? それに精々クロくらい。でも、朝霧姉妹はルサールカが相手してるし、櫻やクロもアストリッドが相手してる。そんな状態で、今この場にやって来れると思う? ドラゴとかその辺も潰しといたし」

 

「何が言いたいの?」

 

「ゲームオーバーってことだよ。一応私、魔法省に潜り込んだこともあるんだけどさ。登録名簿見てみると、大した魔法少女いないみたいだね。全員総じて雑魚って感じのステータスしてたよ。君達のお仲間の真野尾美鈴って子もカスだし、閃魅光だっけ? そいつも反射は厄介だけど、それ以外大した力持ってないし私に言わせれば雑魚。はっきり言って、私ら(組織)の勝利はもう決定してるって言ってもいいと思うんだけど」

 

「……」

 

ほら、黙った。状況を理解したのか、下向いて俯いちゃってさ。やっとわかったんだ。自分がやってることが無駄だって。

結局、他人を頼りにしてる奴の精神なんて脆い。

自分で踏ん張る努力なんて一切しないんだから、当然だ。

 

自分がやらなくても、他の人がやってくれるだろう。そんな他責思考を持った奴のメンタルが、強いわけがない。

 

結局、こいつも雑魚だったってわけ。私の前では、こういう雑魚はみーんな無力。

さて、怒りも収まったことだし、そろそろ終わりに…。

 

「……としても……」

 

「はぁ? 何? 聞こえないんですけどぉ? 腹から声出せよバーカ」

 

私はそうやって煽る。どうせ絶望した奴の戯言だ。

そう、思っていたんだけど。

 

どうしても、こいつから、絶望したような空気を感じられない。

絶望したにしては、さっきと対して雰囲気が変化していないように見える。

いや、だが、折れるはずだ。こんな奴、脆いに決まってる。折れてるのを、必死に隠してるだけだ。そうに違いない……。

 

「仮に、そうだったとしても……!」

 

何を言おうとしてる? お前はもう負けたんだ。これ以上吠えるな。負け犬が。

無駄なことをするな。お前は負けた。敗者は大人しく舞台から降りるべきだ。

 

そうだ。だから、そんなはずはない。こいつに、希望なんてものは、もう……。

 

「私は、皆を信じてる!! たとえ、櫻達がやられてしまっていたとしても………。それでも! 私は、絶対に諦めない!! 私が今ここで頑張らないのは、皆への裏切りになるから」

 

顔を上げた彼女の目に宿っているのは、私が求めていた絶望ではなかった。

そうか、こいつは、他責思考の持ち主なんかじゃない。

 

他人を信頼しているからこそ、頼っている。他人に恥じない自分であろうと、そうやって自分を律している。

だから、折れない。最後まで、胸を張れるような生き様だったと、そう言い張りたいから。

 

くだらない。

そんなのは、無駄だ。

 

自己満足の自慰行為でしかない。

でもこいつは、そんな自慰行為で満足するようなバカ猿なんだろう。猿に何を言おうが、その精神を折ることはできやしない。だって、言葉が通じないんだから。

 

「もういいよ、お前」

 

「はぁ? 何よ」

 

「飽きた。お前には私の玩具(おもちゃ)になる資格すらない」

 

こいつの心を折るのは、無理だ。だったら、私がこいつと戦って得られるものは、何もない。本当につまらない。無駄で、無価値で、ゴミも同然。

まあでも、ゴミでもリサイクルくらいはできる。

次の玩具(おもちゃ)を壊すための、道具くらいには。

 

魂様変化(ソウルスワップ)

 

私は目の前の少女に、魂様変化(ソウルスワップ)を使用する。

もうこれで、マジカレイドレッドという魔法少女は終わる。いや、より正確に言えば、津井羽 茜(ついばね あかね)という少女の終わりか。マジカレイドレッドは、厳密には彼女のことを指すわけではないらしいからね。

 

茜の目から、生気が抜けていく。彼女の体が、空っぽになっていく。

さっきまで私に立ち向かおうと勇ましく立っていたその足は、地面に吸い付けられ。

 

そのまま茜という少女は、終わりを迎えた。

 

先程まで津井羽茜として私と対峙していた存在の抜け殻は、地面に女の子座りをして一切動かない、ただの置き物と化していた。

 

「おい、お前、何を……」

 

茜の後ろにいた、虹色の髪の少女が私に尋ねる。

 

「知りたい? あぁそうだ。君も同じようにしてあげようか? だいじょーぶ。痛みはまっったく感じないから」

 

私が笑みを向けると、虹色の髪の少女、照虎は、青ざめた顔で、後退りし、私から距離を取ろうとする。

そうそう、その表情。そういう絶望した顔が見たかったんだよ、私は。

 

「にげてもいーよー? でも、ここに残ってる人達、見捨てることになっちゃうね? あぁでもそっかぁ。照虎ちゃんはぁ、一回お友達のこと殺してるもんねぇ?? いや、一回どころじゃないんだっけ? だったら、お仲間のこと見捨てるくらい、なんてことないよねぇ!! あははっ!!」

 

「ちがっ……私は………私はぁ………!!」

 

あーあー。わかりやすいくらいに狼狽えちゃって。いいね、クるよ、その表情。

頭を抱えて、もがいて苦しんでるのもグッド。いやぁ、いじりがいのある過去をもってくれていて嬉しいよ。

 

「ふざけるのもいい加減に……!」

 

「八重ちゃんさぁー、妹のことが大切だなんて言う割にはさ、自分だけ安全圏から見守って、危険なことしようとしないよね?」

 

「それは……私は2年前に……力を失ったから……」

 

「ふーん? なら仕方ないかもねぇ…。シロちゃんがアストリッドに洗脳されて、“アストリッド様”のことがだーいすきな眷属にされちゃったのも、どうしようもなかったよねぇ!」

 

「どういう……こと……?」

 

「茜ちゃんが逃げ帰ってきたのも、そういうことだよねぇ。多分クロちゃんもさぁ、今頃終わってるよ? きっと、ロキが用意した怪人強化剤(ファントムグレーダー)で、怪人化しちゃってるんじゃないかなぁ??」

 

「ねぇ! どういうこと!? 説明して!!!!」

 

「どういうことも何も、そのまんまの意味だよ〜」

 

あぁ。見るからに動揺しちゃって。はは、愉快愉快。いいねぇ。私は普段他人に興味がないけど、そういう表情をするときだけは、私は他人に対して素直に好きだって言える。やっぱり、自分の世界に閉じこもるだけじゃダメだからね♪

少しは他人に興味を持たないとさ。

 

「シロはアストリッドの眷属に。クロは怪人に。大切な妹、2人とも守れなくて残念だったねぇ〜? あぁそうそう。そういえばもう1人いたね。ユカリだっけ? まぁ、安心しなよ。ここにいるユカリちゃんのことも、ちゃ〜んと私が処理しておくからさぁ」

 

八重はそのまま絶望して、『魔銃』をその手から取りこぼし、そのまま放心してしまう。

はぁこれだよこれ。私が見たかったのは。

八重って一見メンタル強いように見えるんだけど、実際は滅茶苦茶脆いんだよねぇ。だから簡単に絶望してくれて、私としてはおもちゃにしやすくて助かります♪

 

さて、残りは櫻達、だけど、櫻とクロがアストリッドの相手をしてるわけでしょ? なら……。

 

「もしもしルサールカ。今戦ってる?」

 

『戦闘中に、テレパシーなんて。ん、中々大胆なことするのね』

 

「あーそうなんだ。来夏と去夏でしょ? 片方だけでもいいからさぁ、私に譲ってくんない?」

 

『理由を聞いてもいいかしら?』

 

理由? そんなの、決まっている。

 

「おもちゃは多い方が楽しいでしょ?」

 

『納得したわ。それじゃ、去夏の方をよこそうかしら? お仲間さんが大変みたいよって、そう言って誘導してみるわ』

 

「サンキュー」

 

いやぁ、アストリッドの方は譲ってくれそうにないからさ。なんか変にクロに執着してるし。でもまぁ、もうすぐアストリッドの方も絶望させれるかもね。自分の欲しがってた魔法少女が怪人化しちゃったら、ショックだもんねぇ!! ふひっ……興奮してきたぁ……。はぁ、やっぱり、他人のこと手のひらで泳がしてるこの感覚っ! やめられないぃいいぃぃぃいいいいいっ!!

 

 

ふぅ。

 

 

興奮しすぎた。

まだまだディナーはこれからなんだから、今腹を満たしてしまっては勿体無い。

 

ふふっ。

皆どんな絶望(かお)を、私に見せてくれるのかなぁ?

今から楽しみで仕方がない。



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Memory105

特別召喚(オーダーメイド)聖剣(クロスブレード)

 

特別召喚(オーダーメイド)血狂いの魔刃(吸血鬼のナイフ)

 

俺とアストリッドは、互いに武器を召喚し、対峙する。

武器を出した時点で、向こう(アストリッド)も近接戦闘に持ち込む気満々なのだろう。

 

案の定、アストリッドは翼を空にはためかせ、上空から超特急で俺に向かいながらナイフを振り下ろしてきた。

 

部分解放(リリース)動く水(スライム)

 

が、その攻撃は俺には通用しない。

部分解放(リリース)動く水(スライム)』。怪人強化剤(ファントムグレーダー)を打つことによって新たに得た能力の一つで、体の一部分を液状化させることにより、斬撃による攻撃を無効化する能力だ。

これにより、俺はアストリッドからの攻撃を完全になかったことにすることができる。

 

「妙な力だ。魔法少女が持つにしては、歪なものだよ、それは」

 

アストリッドは不満そうにそう告げる。確かに、普通の魔法少女が扱う魔法ではないだろう。自身の体の形状を変化させる魔法など、身体に及ぼす害が大きすぎて扱えるわけがない。でも、だからこそ、身体構造が体に近い俺は、その魔法を扱うことができる。

 

天罰(クロスエンド)

 

「今度は不可視の攻撃か!」

 

俺の天罰(クロスエンド)を、アストリッドはいとも容易く避けてみせる。

が、避けられることなど初めから予測済み。俺はすぐにアストリッドに接近し、聖剣(クロスブレード)で彼女に切り掛かる。

 

「甘いよ」

 

だが、切り掛かる寸前、アストリッドは自身の体を複数の蝙蝠に変換することで、俺の斬撃を回避。そのまま、俺の背後へと回り、再び複数の蝙蝠がアストリッドの形へと戻っていく。

 

「っ。部分解放(リリース)空舞う蝶(シルフィード)

 

アストリッドが背後に回ったことを察知した俺は、すかさず空舞う蝶(シルフィード)の力を使い、上空へと逃げ込む。

 

「雷撃!」

 

加えて、上空からアストリッドに向け、雷撃を加えておく。攻撃は最大の防御、とはよく言ったもので、上空へ飛んだ俺に向けて次の攻撃の準備をしていたアストリッドは、すぐに俺への攻撃をやめ、俺の雷撃の防御へとまわる。

 

そうして、アストリッドが俺の攻撃の対処に気を回しているうちに、俺はアストリッドの足元に、無属性魔法を展開する。

 

「この程度の雷撃で、私を止められるとでも……」

 

数秒後、アストリッドの足元から、複数の鎖が出現し、彼女の体を拘束していく。どうやらかかってくれたみたいだ。

 

「思ったより単純で助かったよ。アストリッド」

 

「縛られるのは趣味じゃないんだけどなぁ……」

 

怪人強化剤(ファントムグレーダー)を5本刺しておいて正解だったな。

 

「殺すのかい?」

 

「まあ………生かしておく理由もないし」

 

別に俺はアストリッドのことを殺したいわけじゃない。ちょっと前までは憎んでいたが、正直今はどうでもいい。どうしてこんなにも彼女に対して無感情なのか。でも、そうだな。これ以上こいつを生かしておくわけにもいかない。

 

シロの洗脳の解き方もさっぱり分からんし、それに、いつまでも俺が生きているとは限らない。もし再びアストリッドが櫻達に牙を向いたとして、その時に俺がいなければ、アストリッドを倒せる確証はない。だからまあ、殺すしかないだろう。

 

「まあ、そう簡単に殺されるとは思わないことだっ!」

 

瞬間、俺の背後からものすごい速度で、アストリッドの血の刃が飛んでくる。おそらく、俺が最初にアストリッドの腕を切り落とした時に出血した血から作り出したものだろう。だが。

 

「ブラックホール」

 

俺にその攻撃は届かない。背後には常にブラックホールを展開できるような魔力構築をさせておいたから。アストリッドは諦めが悪く、しぶとい。それを分かっていたから、最大限の対策をとっておいた。懸念事項としては時間停止くらいだ。なぜそれを使ってこなかったのかについては、俺の知るところではないが、何かしら条件のようなものが必要だったのだろうか。

 

「ふせがれた、か……。でも、いいのかい? 私を殺しても、君には何の利益もないよ?」

 

「シロの洗脳を解けるし、邪魔者も消えるし、メリットしかないよ」

 

「残念だけど、私を殺したところでシロの洗脳が解けることはないよ。ま、別に私にしか解けないってわけじゃないけどね。それに、私が死ぬことで生じるデメリットも存在するんだ」

 

この期に及んで、こいつはまだ命乞いをやめるつもりはないらしい。吸血姫の癖に、プライドもクソもない。しかし、嘘をついているようには見えない。生き残りたいのなら、『私を殺せばシロの洗脳は解けなくなる』くらいは言ってのけてもいいはずだ。

 

……一応、聞いておいた方がいいかもしれない。アストリッドを殺すことのデメリットを。

 

「デメリットって?」

 

「物分かりがいいところ、好きだよ。そうだね、私を殺してしまうと、君達が組織に勝つのはより困難になるだろう」

 

「理由は? 焦らすな。殺すよ?」

 

「おぉ怖い。ま、簡単にいうと、ミリューって子、いるだろう? あいつが厄介なんだ」

 

「殺そうかな」

 

「急かすな急かすな。まあ、そうだな。結論から言おう。私を殺すとしよう。すると、ミリューが私の魂を拾って、組織の戦力に再利用してしまうんだ」

 

組織の戦力に再利用? アストリッドの魂を使って?

そういえば、俺の体がこうして今生きているのも、空っぽの人形だったクローン人間に、俺の魂が宿ったからだ。魂のないクローン人間は、生を得ることのないまま、組織に処理されていた。つまり、アストリッドの魂を、人工の魔法少女に埋め込んで、新たな戦力に再利用するということなのだろうか?

 

いや、それならば今ここでアストリッドを殺してしまっても、デメリットが生じるとは思えない。アストリッドの魂が宿った人工の魔法少女よりも、アストリッドそのものの方が脅威だからだ。つまり、俺の推測は間違いだろう。じゃあ、一体どうやって、アストリッドの魂を再利用するというのだろうか。

 

「詳しく説明して」

 

「ふむ。まだ解放してくれないのかい?」

 

「殺そうかな」

 

「そうかい。ま、そうだね。まず、肉体が死ぬと、魂はどうなると思う?」

 

普通なら天に登って輪廻転生、と答えるんだろうが、俺の場合は、クローンの肉体に新たに宿り直し、転生した。普通の人間ではなく、クローンに、だ。製造された肉体に、後から付随するようにして魂が宿った、と考えるのが妥当だろう。これは感覚的なものでしかないが、もし天国というものが存在するならば、これはないんじゃないかと俺は思う。もしあの世が存在するなら、魂は生命の誕生と共に生まれるんじゃないかと、個人的にそう考えている。

 

だから、この場合、俺の考えとしては………。

 

「空中に投げ出される、とか?」

 

「ありゃ、正解だ。ま、そうだね、肉体を失った魂は、空中を彷徨い続けることになる。もし器を見つけることができなければ、魂はそのまま消滅。もし器を見つけることができれば、第二の生を得ることができる。ミリューはね、その空中に浮遊している状態の魂を知覚して、入手することができるんだ」

 

「入手?」

 

「要は、自分の力に変換したりすることができる。つまり、今ここで私を殺せば、ミリューは私の魂を入手して超強化! 圧倒的な力を手に入れて、君達を蹂躙してくることになるわけさ」

 

「へぇ」

 

なるほど。ならまぁ、ここで急いでアストリッドを殺す理由もないだろう。戦力を一つにまとめるより、分散させて戦った方が楽そうでもあるわけだし。アストリッドを殺す前に、ミリューを潰す必要がある、というわけだ。正確に言えば、ミリューを元の状態に戻すことを優先する必要がある。

俺が組織に”調整“された時、ミリューもまた、組織の手によって何らかの”調整“か、洗脳の類を受けていたはずだ。

 

「どうだい? ここは私と協力して一緒に組織を……」

 

まぁ、だからといってアストリッドが危険なことには変わりはない。だから、しばらく動けない程度に痛めつけておこう。

 

究極魔法(マジカルパラダイス)・百花繚乱」

 

俺が唱えると、アストリッドを囲むように無数の剣が空中に出現する。

櫻の見よう見まねで発動させたため、これで正解なのかは分からない。だが、アストリッドを程々に痛めつけるには打ってつけだろう。

 

「クロ? 何の真似かな?」

 

「殺そうかな〜」

 

「クロ、一旦落ち着こう。私をここで殺してしまうと、後々厄介だよ? 君が思ってるより、ミリューやルサールカは面倒な相手なんだ。落ち着こう、一旦。ね?」

 

「そんじゃ、櫻達の様子見てくるから、ばいなら〜」

 

「クロ、それは良い判断とは言えないよ? もう少しゆっくり考えて……」

 

俺は一切振り向かずに、櫻達の元へ向かう。

 

その日、翔上市の街中で、成年の女性の悲鳴が響きわたったらしい。




ドーピング最高!ドーピング最高!

アストリッドを成年女性と表現することに違和感を感じたり感じなかったり。ただ、アストリッドの格下げにはちょうど良い表現。


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Memory106

「先輩は、私とメナちゃんで見ます。大丈夫です。もう救急車は呼んでおきました」

 

「呼んだ呼んだ」

 

「わかった」

 

櫻のことは、美鈴とメナが見ておいてくれるらしい。なら、俺は茜の元へ向かうことにしよう。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「やぁやぁ朝霧去夏さん。ごきげんよう。来てくれてありがとう」

 

「随分と派手に暴れてくれたみたいじゃないか」

 

ルサールカのやつ、ちゃんとこっちに寄越してくれたみたい。よかったよかった。まだ全然満足できてなかったからさ。

さて、全力で折りに行きますか。

 

「早速ですが、戦闘に入りたいと思います。オーケー?」

 

「私はいつでも構わないぞ」

 

「そうですか、ではでは」

 

朝霧去夏は、魔法少女ではない。純粋な身体能力のみで、怪人や魔族と対等に渡り合うことのできる実力を身につけた、いわば化け物だ。まあ、妹の来夏や千夏が魔法少女なんだし、多分去夏の謎の強さには、魔力が一口絡んでるような気がするんだけどねぇ。

 

ま、でも、去夏の対策方法は簡単だ。要は物理攻撃さえ封じればいいわけ。だったら。

 

特別召喚(オーダーメイド)絶対防御装甲(パーフェクトアーマー)

 

私は全身に、魔法で作り出した鎧を身に纏う。朝霧去夏の攻撃を真正面から受け止めるなんて、馬鹿のすること。

朝霧去夏と戦うときは、その攻撃の全てを避けるか、その攻撃が通らない強力な防御方法を編み出すか、そのどちらかしかない。ルサールカは前者の方をとったみたいだが、私は走り回るのは好きじゃない。だって、変に動き回って体力消耗しちゃったら、高みの見物なんてできっこないもん。だから、後者の防御を取る方を選んだ。

 

「妙な鎧だ。が、私の前では、無意味だ!」

 

さて、このまま普通に戦闘するのも悪くないが、その前にちょっとだけ試しておきたいことがある。

 

心壊(メンタルブレイク)

 

心壊(メンタルブレイク)。心属性の魔法。使った相手の心を強制的に破壊する魔法、なんだけど…。

 

「くらえ! 私の攻撃!!」

 

全然効いてないみたいだね、うん。やっぱり、心壊(メンタルブレイク)は精神力の強い相手には効果がないみたいだ。ま、私としても魔法で簡単に壊れてもらっちゃ面白くない。

 

「召喚・風弓(フロウボウ)

 

私は風弓(フロウボウ)を召喚し、朝霧去夏に遠距離攻撃を仕掛ける。が、そのどれもが去夏の拳で撃墜され、すぐに去夏は私の近くまでやってきた。

 

私の体が、思い切り後方へと飛んでいく。

殴られたのだ。彼女に。朝霧去夏に。

 

痛みは、ない。鎧のおかげだろう。朝霧去夏の拳は、私の身体へ全くダメージを与えなかったみたいだ。

 

まあ、身体能力面で勝つつもりなど、毛頭ない。

私がやりたいのは、そっちじゃない。

 

「ところで朝霧さん。疑問に思いませんか?」

 

「何がだ」

 

「私、さっきから複数の属性の魔法を使ってるじゃないですかぁ? なんでだと思いますぅ?」

 

さて、今回の玩具(あなた)はどこまで耐えてくれる? どこまで私を、満たしてくれる?

 

「私って、死んだ人の魂を食らうことで〜その人の力、奪うことができるんですよ。複数の属性の魔法が扱えるのはぁ、そのためです。具体的に言うと、さっきの心壊(メンタルブレイク)身護 散麗(みとり ちぢれ)って子の魂を喰って奪った力ね。まあ、使い勝手悪いし、ゴミだったけどね。食べた意味なかった。あ、あとあと、私、魔法省に潜入したことがあってねぇ。そのとき、うっかり3人くらい魔法少女ちゃんぶっ殺しちゃって〜、まあでも殺したもんは仕方ないし〜しーっかり3人分喰っておいたよ。ちなみにさっきから使ってる無属性魔法はその3人の子の中の1人が持ってた能力だね。いやーめちゃくちゃ貴重な人材だったらしいね、その子。まあ、私が食べちゃったんだけどさ」

 

「お前……」

 

あーあ。敬語で話そうと思ってたのに。話しているうちに興奮してしまって、あらら〜。

ま、いっか。これで去夏は今、私のことを殺したくてたまらなくなってるはずだから。

 

いいね〜剥き出しの闘志、そして殺意。

そうじゃなくちゃ潰しがいがない。

 

案の定、去夏は私に向かって怒りを露わにしながら拳を振るってくる。

でも残念。鎧を纏った私に、物理攻撃は通用しない。

 

「バぁーか」

 

そんじゃ、もう少し遊ばせてもらうとしますか。

精々楽しませてくださいよ? 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

俺が現場に辿り着いた時には、もう既に遅かったらしい。

そこには、ミリューの手によって崩壊寸前の状況が広がっていた。

 

魔衣さんもやられ、休養をとっていた束達にまで被害が出てしまっている。

今ミリューとは来夏の姉の去夏が戦っているみたいだが、1番気になったのは……。

 

先程から地面に座り込んでいる、茜の姿だ。

どうしてあんな場所で座り込んでしまっているのか。茜は強い子だ。彼女に限って、戦意を喪失してしまっただとか、そんなことはないだろう。だからこそ気になった。なんであんな風に。

 

俺はそっと茜に近づく。八重が何か言いたそうに俺に手を伸ばした気がしたが、今の俺は茜のことが気になって仕方なかった。茜の肩に触れる。反応なし。本当にどうしたんだろうか。何が茜をそうさせて………。

 

ばたりと、茜の体が地面へ倒れ込む。

 

「え……」

 

茜の顔には、まるで生気が宿っていない。体は微動だにせず、眠っているというわけでもない。

外傷は………一応目立ったものは見当たらない。けど、確かに茜の意識はなくて。

 

「違う違う違う………私のせいやない私のせいやない私のせいやない……」

 

そこには、壊れたように私のせいじゃないとブツブツ呟く照虎の姿があって……。

 

「クロ、ごめんね。もう終わりなの。これ以上、何をやっても……」

 

何もかもを諦めた目をした、八重の姿があって……。

 

そっか、茜はもう…。

どうしよう、何も頭が回らない。

 

照虎も八重も、きっと同じ気持ちなんだろうな。

茜は、知らず知らずのうちに皆の心の支えになっていたんだ。

前までは櫻がその役割を担っていたって思っていたけど、実際は茜の存在がかなり大きかったのかもしれない。

皆のムードメーカー。弄られキャラ。そんな茜の、死。

 

受け入れられるはずがない。

 

ああ、そうだ。これはきっと悪い夢だ。ほら、頬をつねってみよう、痛みなんて感じない。あれ? 本当に痛みを感じない。あ、やっぱり夢だったんだ。あはは。茜は生きてる。生きてるんだ。だって、これは夢なんだから。痛みは感じなかった。だから夢に決まってる。

 

「いきてる………あかねは、いきてる……あはは………」

 

そうだ。全部悪い夢だ。だから、大丈夫。目を覚ませば、全部元通り。何もかも、うん。だから大丈夫。大丈夫だから。

 

「ありゃ、壊れかけちゃってるね。アレ。っと、ごめんねぇ朝霧さん。ちょっとだけたーんま」

 

ミリューが去夏との戦闘を切り上げて、こっちに向かってきているが、気にする必要はない。どうせこれは夢だ。あかねがしんだのもぜんぶわるいゆめ。だからだいじょうぶ。なにももんだいない。

 

「クロちゃーん。これ、見える?」

 

ミリューはおれに、さきのとがったぼうをみせてくる。ああ、ちゅうしゃきか。

 

「ふぁんとむぐれだ?」

 

「せいかーい。今からクロちゃんにこれ刺すけど、いいよね?」

 

いいんじゃないかな。どうせゆめなんだし。

それに、ふぁんとむぐれーだーをつかったら、つよくなれるし。なにももんだいない。

 

「いいよ」

 

「許可いただきましたぁ! では、遠慮なく」

 

ミリューにちゅうしゃきをさされる。

あれ、なんだかいしきが。

ああ、そっか。いまからわるいゆめがさめるんだ。

 

おきたらきっと、あかねがいきてて、しろのせんのうもとけてて。

ああ、よかったって。そうやって………。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「んーま。このくらいでいっかぁ。じゃ、まったねー」

 

ミリューはクロに怪人強化剤(ファントムグレーダー)を刺して、あっさりとこの場を去る。

注射器を刺されたクロの方は、呆然として動かない。

 

「クロ……?」

 

大丈夫、なんだろうか。

もう、いいかな。

 

何でこんなに頑張って戦ってたのだろう。今まで。

もう、何もかもどうでもいいじゃないか。クロを連れて、ひっそり暮らそう。そうしよう。もう、他に構う必要はない。

 

多くを求めすぎても、駄目だから。だったら、クロだけでも……。

 

私はそう思い、クロに近づこうとするが……。

 

「…………」

 

様子が、おかしい。

この雰囲気、まるで………。

 

「っ!? 照虎! 避けて!」

 

私は照虎と一緒に、横側へと大きく避ける。

攻撃だ。それも、クロからの。

 

「クロ、どういうこと?」

 

私はクロに問いかける。が、返事の代わりに返ってきたのは、黒い弾による攻撃。

まさか………。

 

「クヒッ…」

 

クロが顔を上げる。

クロの放つ魔力は、魔法少女のそれではなく。

 

まるで怪人が扱うものと全く違わないものへと、変化してしまっていた。



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Memory107

理性を失ったクロは、八重達に牙を剥き始めた。相対するのは朝霧去夏。

彼女は、その持ち前のフィジカルを使って、クロの攻撃を受け流していた。だが、到底上手く行っていると断言することができないというのが、現状だ。

 

確かに去夏はクロの攻撃を受け流すことができている。だが、逆に去夏の方の攻撃も、クロには通用していないのだ。クロは去夏から攻撃される瞬間に、攻撃される部分を『動く水(スライム)』に変化させ、自身の身体にダメージが入らないようにしているのだ。加えて、クロの方は魔法による多種多様な攻撃を去夏に与えることが可能だが、去夏にあるのはその驚異的な身体能力のみ。つまり、攻撃の手札、バリュエーションが少ない。そういう意味でも、去夏とクロの戦いは、クロの方が有利であると結論付ける他ないだろう。

 

しかし、いくらクロの方が有利であるとはいえ、今この場でクロのことを止めることができるのは去夏しかいない。

いや、今この場どころの話ではないかもしれない。実際、魔法少女組のほとんどが力を使い果たし、戦闘続行不可能である。今まともにクロの相手ができる魔法少女は、来夏だけ。その来夏も、今はルサールカの相手で忙しい。つまり、去夏は絶対に負けることができない。ここで負ければ、来夏の負担が倍増してしまう。

 

(といっても、どうするか…私の攻撃は向こう(クロ)に一ミリたりとも効いていない。私の方も攻撃を受け流してはいるが……ダメージが0ってわけじゃない)

 

去夏は拳を握りしめる。

彼女には、一つだけ、この状況を打開する方法があった。

 

(いや、ダメだ。それは最終手段だ。それに……今ここで、()()の前でやるわけには……)

 

去夏は、様子見を続ける。まだ、その段階ではないと、そう判断して。

が、いつまでもクロの猛攻に耐え切れるわけではない。事実、クロは去夏が攻撃を受け流しているのを読んで、攻撃の仕方を変え、去夏がクロの攻撃に対応しきれないようにしている。怪人化が進んだ影響で、ただ本能のままに行動しているのかのように見えるが、実際にはそうではないらしく、存外理性的に動くものらしい。

 

このままでは、去夏がやられてしまうのも時間の問題だろう。

 

(仕方ない……やるしかないか)

 

去夏は、覚悟を決める。

 

(クロはここで………殺す)

 

命を摘み取る。その覚悟を。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

不思議な感覚だ。どこを見ても、真っ白な空間が広がっている。自分が足をつけている場所も、真っ白で、本当にそこに地面があるのかさえも分からない。一体ここは、どこなんだろう。

 

「よ、俺」

 

不意に、後ろから声をかけられる。そこにいたのは、かつての俺。名を、黒沢始。

 

「訳がわからないって顔してるな。ここはお前()の精神世界だ」

 

「精神……世界?」

 

「そうだ。かつてのお前()の記憶も、ここに全部しまわれてる。お前()が思い出せてない。大半の記憶も」

 

思い出せてない………? 俺は、雪のことも、愛のことも、全部思い出したはずなんだけど。

 

「ああそうだな。でも全部じゃない」

 

「ナチュラルに心の中読むのやめてくれません?」

 

「いや、だって俺はお前で、お前は俺だから。腹の中も、共有されるでしょ」

 

「こっちは共有されてないんですが??」

 

「それは俺が持ってる記憶が、まだそっちにはないからじゃないかな? あとなんで敬語?」

 

敬語に関しては許して欲しい。かつての自分が目の前にいて、それでいて独立して俺と会話をしてるのが奇妙過ぎて、なんとなく改まった態度になってしまうのだ。身構えているとでも言うべきか。

 

「なるほど……。ってそれどころじゃないんだった。一つ、質問させて欲しい」

 

「うん」

 

心の中が読めるんだったら、わざわざ質問しなくてもいいんじゃないかとは思ったが、せっかく自分と対話できるんだ。そんな些細なこと、気にしなくてもいいか。

 

「いや気にしろよ。まあいいや。お前()は本当に、このまま死んでいいのか?」

 

これは、どういう意図の質問だろうか。

別に俺は、この世界に何の未練も残っちゃいない。心配だった妹の雪にも会えた。愛も、魔法少女組と仲良くやっていけるだろう。

 

「本当にそう思うか?」

 

うん。思うよ。だって、愛は茜と上手いことやってるし、雪も就職して頑張ってる。櫻達も皆いい子ばかりだし、心配事なんて何も。

 

「逃げるなよ。俺」

 

「逃げる?」

 

「あの世界で、上手くやっていけるって、本当にそう思うか?」

 

「それは、櫻達がいれば…」

 

「櫻達は負けた。簡単に。お前()がいなきゃ、アストリッドに殺されてた。それに、愛は茜と上手くやってるっていうが、その茜はさっきミリューにやられたばっかだ。シロの洗脳もまだ解いてない。問題だらけだ。そんな状態で、本当に死ねるのか? 雪だって、安全の保証はされてない」

 

そう、か。そうだった。

考えてみれば、状況は何も解決してない。俺は……。

 

お前()は今まで、逃げてただけだ。記憶喪失も、組織に脳を弄られた影響だけなんかじゃない。お前()が意識的に、自分に都合の悪い記憶を、心の奥底に封じ込めたんだ」

 

「そ、れは……」

 

「否定はさせない。だって俺は、お前が意識的に忘れようとした、その記憶だってあるんだから」

 

そうだ。俺は、今までそうやって塞ぎ込んで、悲観して、悲劇のヒロイン面でもして、仕方ないって、どうしようもないって、ずっと逃げて……。

 

「死んでもいいってのも、死ねば楽になる。後のことは何も考えなくていいって、そういう考えが、根元にあったから、辿り着いた結論だ」

 

確かに、シロの洗脳を解いて死のうだなんて、その後のことを一切考えてなかった。ルサールカやミリュー。厄介な奴はまだ残ってるのに。

 

「かつての俺なら、そうしなかった」

 

昔の俺は、雪のために、どんなに辛いことがあっても、どんな逆境でも、逃げはしなかった。諦めが悪くて、強情で、譲らない。そんな奴だった、俺は。

 

「後調子乗りでもあったな」

 

「あーそれは、うん。そう」

 

というか多分、調子乗りな部分は今世でも健在な気がする。ほら、仮面でごっこ遊びとか、まさにその典型例だ。

 

「で、さっきの質問。もう一度させてもらうが、お前は……俺は今、死んでもいいって、そう言えるか?」

 

ああ、そうだな。

残る問題は山積みだ。組織の存在。シロの洗脳。後は……。

 

「「雪に恋人ができた時が心配すぎる!!」」

 

「息ぴったり」

 

「やっぱ俺なんだ……」

 

そう。雪の恋人。それだけが気がかりだ。勿論、将来を考えて、一生寄り添ってくれる人が必要だというのはわかる。だが、兄として、妹が変な男に捕まってしまわないか、それだけが気がかりでしょうがないのだ。勿論、可愛い妹が他の男に取られるなんてという気持ちも多少はある。が、1番は妹の幸せだ。結婚も認めざるを得ない。けど、その相手を見極めるくらいの権利は、俺にだってあっていいんじゃないか。

 

それに、今世は手のかかる妹が、3人もいるからな。このままあっさりと死んでいいなんて、簡単に言えるわけがない。雪もユカリもシロも、皆心配だから。

 

もう一度、()になる。そうか、俺は今まで、甘えていたのかもしれない。

櫻や八重が、俺のことを心配してくれるから、ついつい、自分を甘やかしてしまう節があったのかもしれない。八重の()扱いに、甘えてしまってさえいた。いや、それは言い訳か。結局俺は、自分が1番大事だったんだ。シロのためだとか、そんなことを言っておいて、自分の心を守ることしか考えていなかったんだ。

 

でも、それはもうやめる。

何のために、もう一度生まれ直したんだ。

 

もう悲劇のヒロイン面はおしまいだ。ここからは、1人の()として、妹達のために、戦う。

 

「覚悟は決まったみたいだな」

 

「ばっちりだ」

 

「そうか。今から俺の記憶を全部お前に託す。これでお前は、完全な状態、パーフェクトクロになる」

 

「何だその言い回し……ダサい……」

 

「俺はお前だぞ? つまりこの言い回しはお前のものだ」

 

「うわぁ……客観視するとこういう感じだったんだ、俺って」

 

「うだうだ言うな。早くしないと、殺されるぞ」

 

「わかってる。ここからは、パーフェクトクロだもんな」

 

「え、ダサ……」

 

「いや、誰が言い出したと…」

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

去夏は、拳に強大な覇気を纏わせる。今から彼女が行うのは、液体だろうが空気だろうが、構わずに切り崩す、空間破壊の拳。この拳をふるえば、「動く水(スライム)」状態のクロも、吹き飛ばせる。ただし、拳によって引き裂かれたその体は、二度と元に戻ることはないだろう。

 

(私の力不足で………許してくれ、クロ)

 

去夏は、拳をクロに向けてふるおうとし……。

 

「悪いけど、まだ死ねないんだ」

 

正気を取り戻した1人の人間の姿を見て、彼女の腕は、安堵したかのように、そっと下ろされた。




エタってたわけじゃナイヨ


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Memory108

今回男キャラしか出てません。なんかそういう気分だったので。


時は少し遡り、クロが理性を失って暴走し、朝霧去夏と戦闘していた頃。

組織の幹部のロキもまた、男と対峙していた。

 

「オーディン、今更俺に何の用だ?」

 

「裏切り者に制裁を加えに来ただけだ。オレの行動がそんなに不可解か? ロキ」

 

「別に不可解ではないさ。ただ、みっともないって思ってさ。お前は敗者だ、オーディン」

 

面倒臭いな、とロキは心の中で思う。

彼にとっては、オーディンと組んでいたのは気まぐれに過ぎない。彼は最初から、ルサールカの味方であったのだから。

ロキにとってルサールカは絶対の存在で、彼女に逆らおうなんて考えは彼の頭には一ミリもない。オーディン率いる『ノースミソロジー連合』に身を置いていたのだって、ルサールカにとって『ノースミソロジー連合』が何をするか不鮮明で、要警戒対象だったためだ。だからこそ、ロキがスパイとして組織に入り込み、内部調査を行っていた。

 

結果として、ルサールカにとって取るに足らない程度の組織であったため、ロキがスパイとして組織にいる必要はそこまでなかった。ロキとしては、アストリッドの方が脅威だったため、そちらの方のスパイを行いたかったとは思ったのだが、アストリッドは動向が掴めず、所在を知ることが難しかったため、どちらにせよスパイを行うのは不可能だったのかもしれない。

 

しかし、そんなロキだったからこそ、オーディンのことは下に見ていた。

『組織にとって取るに足らない存在だから、俺が相手しても、大したことのない相手だろう』と、そう思っていた。

が……。

 

「来い。『グングニル』」

 

オーディンの『グングニル』。

これは、北欧神話の伝承に基づいて作り出した、オーディン専用の魔力武器だ。

 

投擲すれば必ず敵に命中するという性質を持ち、また、自身の手元から離れた後でも、『グングニル』の方から自発的に手元に戻ってくるという性質を持ち合わせている。

そのため、ロキにとっても遠距離戦は不利だ。確実に攻撃を当てられる上、こちらの攻撃は相手に通るかどうかわからないのだから。

 

だから、ロキは近接戦を仕掛けることにした。魔力を全身に纏い、己の身体能力を強化して戦うことにしたのだ。ロキは、割と近接戦には自信があった。少し前の話にはなるが、ロキは自身の体術でイフリートを仲間につけた茜に勝った覚えがあるのだ。それ以前にも、ロキは近接戦を主体として戦ってきた。それに比べ、オーディンはリーダー(だった)という性質上、戦闘の場に出ることは少なかった。つまり、経験が少ないのだ。ロキの方が経験はある。その差からも、ロキの頭に、敗北の2文字が浮かぶことはなかった。

 

だが、その予想は、大きく外れることとなる。

 

(何でだ……何で俺の攻撃が通らない!?)

 

ロキの攻撃は、一向にオーディンに通ることはない。

オーディンの方は、右手で『グングニル』を握っているため、片手が塞がっている状態だ。『グングニル』を使うというわけでもなく、左手だけでロキを対応している。一方で、ロキは両腕を使い、オーディンを攻めているのだが、それにしては、逆にロキの方が追い詰められているように見える状況だ。

 

(何で……何で……!?)

 

「納得いかないみたいだな」

 

焦るロキを見て、オーディンはニヤリと笑いながら、言葉を発する。片手でロキの相手をしたというにも関わらず、息切れをしている様子もなく余裕の表情でその場で立つオーディンを見て、ロキは苛立ちを隠せない。

 

「ふざけるな………何で……何で『グングニル』を使わない!? 何で、何で俺が負けてるんだ!!」

 

「お前、自分が強いと勘違いしてるみたいだが、はっきり言おう、お前は弱いぞ」

 

「何だと?」

 

「お前がやってきたのは、姿を変えて、相手を騙して戦う……いわば騙し討ちだ。そこに実力も何もない。ある程度の相手なら、お前程度の実力でも相手できるのだろうな。だからこそ、お前は勘違いしてしまった。自分が強いんだとな」

 

「違う………俺は……俺は弱くない……うわあああああああああああ」

 

ロキは、オーディンから逃げるために、その足を働かせる。自分でも驚くほどのスピードで走り、オーディンとの距離を取るが。

 

「無駄だ」

 

オーディンの持つ『グングニル』に、足を貫かれたことで、バランスを崩し地面に倒れ込んでしまう。

オーディンと対峙した時点で、逃げは許されなかった。何故なら、『グングニル』で確実に仕留められてしまうのだから。ロキの負けは、既に確定していたのだ。オーディンと対峙した、その時点で。

 

「無様だな、ロキ」

 

しかし、そんなロキの元に、オーディンとは別の男がやってきた。

組織の幹部、鬼の魔族、ノーメド。ロキだけなら、オーディンに勝つことは不可能だっただろう。だが、ノーメドも加わるとなれば話は別だ。

 

ノーメドは一部の鬼の一族にのみ許された、『鬼龍術』の使い手。いくら一組織のリーダーたるオーディンといえど、ノーメドの相手をするのは厳しいだろう。

 

「の、ノーメド……。助かった! こいつは組織の敵だ! はやく仕留めてくれ!!」

 

「そうか」

 

「そうかじゃねぇ!! 何ぼさっとしてんだ! あいつの『グングニル』はやばいんだ。はやくしないと……!」

 

「別に俺は、お前の味方をしに来たわけじゃないんだが、そこの理解はあるか? ロキ」

 

「へ……?」

 

そう、確かに、ノーメドがいれば、オーディンを倒すこともできるだろう。

 

彼が、ロキを裏切ることがなければ。

 

「う、嘘だろ? ノーメド………」

 

「嘘ではない。俺は本気だ。変身能力を持ったお前の対処は、娘も困ることだろうしな」

 

ノーメドは、刀の見た目をした剣を取り出し、ロキの首元に向ける。

 

「ま、待て! ノーメド、何が目的だ!? 何でもしよう!! だから、命だけは見逃してくれ!! この通りだ! 頼む!!!!」

 

「おい、誰だか知らないが、ロキの奴を見逃しても無駄だ。オレ(オーディン)が仕留める」

 

ロキは無様にも、命乞いを行う。当然、ノーメドはロキのことを見逃すつもりは毛頭ない。

だが、一つ聞いておかなければいけないことがあった。だから、まだ生かす。といっても、知りたい情報がロキから得られれば、すぐにでも殺すつもりではあるが。

 

「ならば一つ問おう。アスモデウスという幹部の男がいたな。そいつは今、どこにいる?」

 

ノーメドは、一応幹部ではあるものの、アスモデウスの幽閉場所については、一切を知らされていない。おそらく、ルサールカが信頼していないからだろう。

アスモデウスは、クロの味方であるため、結果的に魔法少女の味方となる。魔法少女の味方であるということは、魔法少女達と協力しているノーメドの娘の味方でもあるというわけだから、ノーメドにとって、彼を拘束しておく理由などないのだ。

 

「わ、わかった! 奴の居場所だな……。それくらいなら、俺でも言える。奴がいるのは、『4の階層』だ! ご丁寧に鉄格子のある部屋に幽閉されてるから、行けば一目でわかるはずだ! これで満足か? なぁ、いいだろ?」

 

やけに素直だなと、ノーメドは思う。ロキは、ルサールカに忠実な男だ。だからこそ、彼女を裏切るような真似はしないと思っていたのだが……。

 

もしくは、彼にとってアスモデウスの居場所程度の情報は、なんてことのないものだったのかもしれない。

 

「『4の階層』だな。理解した。もういいぞ。俺は見逃してやる。俺はな」

 

ノーメドは、刀を下ろす。

だが、その様子を見ていたオーディンは、当然ロキのことを見逃すつもりはない。

 

「覚悟しろよ、ロキ」

 

オーディンは、ロキに『グングニル』を向ける。

その命を絶つために。

 

 

 

 

 

 

そして、『グングニル』をロキに振おうとした、その時。

 

 

 

「困るんだよね〜。ロキを殺されちゃ」

 

ロキとオーディンの間に、割って入るようにして、12歳の少年のような見た目をした何者かが現れる。

 

「誰だ?」

 

オーディンとノーメドは、想定外の事態に身構える。少年は、そんな両者を小馬鹿にするように笑い、言う。

 

「ぼくは『影』さ。それ以上の説明はしないよ。不要だからね」

 

少年は、『闇』を展開する。

 

「ロキがやられて直接困るってわけじゃないけど、擬態っていう特殊な能力を失うのは、あの人も嫌だろうしね。一応回収させてもらうよ」

 

次第に、『闇』は少年とロキを包んでいき……。

 

「じゃあね」

 

そのまま闇に飲み込まれるかのように、その場から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃したな。間髪入れずに殺すべきだった。少なくともオレならそうした」

 

「すまん。どうしても知りたい情報があったものでな」

 

「アスモデウスのことか。間抜けな奴だな。仲間に裏切られるとは」

 

「お前がそれを言うのか………」

 

「で。お前はどうする? オレはもう一度ロキを探すつもりだが」

 

「俺はアスモデウスを解放する。必要な情報は手に入ったのでな」

 

「いいのか? オレは魔法少女の敵だぞ?」

 

「今ここで争うべき相手ではない。それに、俺の目的は魔族の殲滅ではないからな」

 

「そうか。また会おう」

 

「機会があればな」

 

両者はそれぞれの目的のために動き出す。

互いにいつか、敵対するであろうことはわかりきっている。が、今はその時ではないと判断したのだ。

 

あるいは、裏切りにあったもの同士、何か惹かれるものがあったのかもしれない。

片方は、人間に裏切られ、復讐を誓った者。

もう片方は、仲間に裏切られ、報復を願った者。

 

だが、両者には明確な違いがある。

 

後者の方は、報復だけ、目の前のことだけを見据えている。だが、前者の方は、復讐を捨て、未来を見ているのだ。

 

(メナ。俺はお前に、託す。だから俺も、やれることはやろう)

 

そう決意するノーメドの目には、確かな生気が宿っていた。



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〜2年後〜 魔法省
Memory109


俺が正気を取り戻して暫くした後、櫻の様子を見ていた美鈴らと合流し、双山魔衣達の安否確認兼今後の作戦会議を行うことになった。今はその作戦会議の真っ最中である。

ちなみに、アストリッドは魔力が扱えない状態にして拘束。一応起きてはいて、作戦会議に混ざるつもりらしい。シロも同じように拘束しているが、まだ眠っていて、起きる気配はない。

 

「茜は空っぽのまんまだ。いくら私らが問いかけても、ピクリとも反応しやしない」

 

部屋の奥から、機転をきかせルサールカとの戦闘を途中で切り上げこちらに合流した来夏がやってきて、言う。八重はやっぱりね、と呟きながら、茜の現状を告げる。

 

「おそらくだけど、魂だけ抜き取られている、という推測が正しいと思うわ。そして多分、茜の魂は、今はミリューが持ってる」

 

つまり、今の茜は、厳密には完全に死んだ状態というわけではないのだろうか? 魂を抜かれていることによって、一時的に抜け殻になっているだけで、魂さえ戻すことができれば、茜はまだ助かる。

 

「じゃあ、ミリューを倒せば、茜を助けることが……」

 

「君じゃミリューに勝てないよ、クロ。いや、君達でも勝てない。単純な戦力差でもそうだし、精神面で考えても、勝てはしない」

 

アストリッドは、拘束されながらも、俺達を馬鹿にするかのようにそう告げる。

 

「それに、君達がすべきことは、茜を助けることじゃない。もちろん、茜のことは私も気に入ってるし、失うのは痛い。けどね、問題はないんだ。君だって、茜の命とこの翔上市全市民の命を天秤にかければ、茜の命の方を切り捨てるだろう?」

 

「あまり舐めた口をきくなよ」

 

アストリッドの発言に不快に思った去夏が、彼女の首を掴み、威圧する。が、アストリッドはそんな去夏に怯むことなく、話をやめない。

 

「君達は知らないだろう? もうすぐ、この翔上市に、組織による大規模破壊が行われるなんてこと」

 

「何?」

 

「一応私は一時期組織と手を組んでいたからね。ちょっとした内部情報くらい持ってるさ」

 

「大規模破壊って、一体……」

 

アストリッドは信用ならない。だが、奴が持つ情報は、できるかぎり引き出した方がいい。

 

「簡単だよ。今まで備蓄した大量の怪人を、翔上市に放つ。そして、征服した翔上市を起点に、日本、次第には全世界を支配しようという計画、その一環で行われるものさ」

 

つまり、ルサールカやミリューの相手をしながら、翔上市を守らなければならないわけだ。そうなると、確かに茜の魂に構っている暇はないように思える、が……。

 

「数にもよるだろ。何匹くらいだ?」

 

来夏が問いかける。彼女は普段他人を気にかける様子を見せようとはしないが、実際には人情深い人格をしているのだ。実はこの中で街のことを1番案じているのも、彼女かもしれない。

 

「ま、ざっと1000匹ってところかな? まあ翔上市の魔法少女じゃ数が足りないね。だから君達の力が必要なのさ」

 

「魔法少女は全国にいるわ。翔上市が協力要請さえ出せば、全国の魔法少女が来てくれるはずよ」

 

八重の言った通り、日本の危機ともなれば、全国の魔法少女が翔上市に加勢してくれることだろう。もし全国の魔法少女が来るのであれば、怪人1000匹の対処だって可能だろう。

 

「君達は馬鹿か? そんなに上手くいくわけがないだろう」

 

が、アストリッドはそれを否定する。心底呆れたとでも言いたげに、ため息すら漏らしながら。

 

「日本の魔法省は、はっきり言って腐ってる。いや、魔法少女に関してを扱ってる機関全てが狂っていると言ってもいい。それは、私達魔族の手によってそうなったものもあれば、元々それ自体の気質に問題があってそうなってしまった場合と、種類に違いはあれど、結局は同じ、魔法少女を食い物にするゴミの集まりだ。自分の利益のことしか考えてないんだから、地方にいる人間は、自分の地域の魔法少女をわざわざ翔上市に派遣したいだなんて考えない。怪人被害はいつどこで起こったっておかしくないし、それに、魔法少女不在の状況は、市民の不安も煽ることになる。簡単に派遣できるもんじゃないんだよ」

 

まあ確かに、実際問題魔法少女を全て翔上市に集結、というのは難しい話だろう。アストリッドの話では、やはり組織による大規模破壊を防ぐために、普通の魔法少女の何倍も強い俺や来夏のような存在が力を貸した方がいいらしい。茜の魂がいつまで保つかはわからない。そもそも、ミリューが本当に保持したままなのかすら不明。アストリッドの言う通り大規模破壊に対抗するべきなのかもしれない……。けど、そんな単純に割り切れるわけじゃなくて。

 

「どうでもいいわ。もしそうなのだとしたら、勝手に滅びればいいのよ」

 

八重に至っては、そんなことまで言ってしまう始末だ。

 

「我儘だね。いいのかな? 君のせいで世界が滅んでしまっても」

 

「私は、私と、私の身の回りにいる身近な人が無事でいてくれればそれでいいわ。世界なんて、どうでもいい。昔からそうよ」

 

部屋の中が、物凄く暗い…。

照明はついてるんだけど、物凄く、雰囲気が重いのだ。

 

めっちゃ覚悟決めて理性を取り戻したのが恥ずかしくなってくるくらいに、今の空気は理性を取り戻した時の俺のテンションと真逆すぎる。

 

と、そんな時、先程来夏がやってきた奥の部屋から、1人の少女がこちらへとやってくる。束だ。

 

「大規模破壊は……私に任せてください。私には、リリスといた時の死体人形があります。だから……」

 

束は、包帯だらけのボロボロの体でありながら、世界のために………いや、俺達の………茜や来夏のために、戦おうとしている。

 

だが、どう考えても無理だ。いくら死体人形に任せ、自分は動かないからと言って、死体人形の制御には、多大な魔力を要する。もし仮に完全に制御して大規模破壊を乗り切ったとしても、その時、束は間違いなく、その大地を踏み締めることはできない。

 

「束、やめとけ。その体じゃ無理だ」

 

「それでも、私は……!」

 

「ま、どちらにせよ、大規模破壊の時にルサールカとミリューも相手にすることになるだろうし、問題は茜を助けれるかどうかなんてことより、如何にしてルサールカ、ミリュー、そして数多の怪人を相手取るかって部分なんだけどね」

 

ルサールカ、先程までの会話を振り出しに戻すかのように、そう発言する。どうやらこいつは、ハナから俺らに協力する気なんてないらしい。ただ、これから起こることを告げて、反応を楽しんでいるだけのように見える。かと言って、こいつを殺すわけにはいかないんだが……。

 

 

「それなら、私達で何とかするしかない」

 

と、結論が出ないでいると、束の後ろから、もう1人、少女がやってくる。

美鈴に支えてもらいながら、こちらに歩いてきたその少女は、人間と魔族との調和を望む、百山 櫻だ。

 

「魔法省と交渉する。何でもいい、何か、彼らを納得するものを提供できればいい。どちらにせよ、魔法省とはいつか話をつけないとって思ってた。人間と魔族が分かり合う以前に、人間同士で分かり合えないんじゃ、理想の世界なんて、いつまでも作れないだろうから」

 

「できるのかい? そんなこと」

 

「できるできないじゃない。やってみなくちゃ。皆を巻き込む形になるけど………。それでも、お願い。私に、力を貸して」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「本当に、良いので?」

 

「構いませんよ。私も貴方達とは、仲良くしたいと思っていますので。ねぇ? 魔法大臣、正井 羽留利(まさい わるとし)様」

 

「ほう? それでは、これからもご贔屓にお願いしますね、()()()()()()

 

 

 



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Memory110

「少しいいかな」

 

櫻達との作戦会議が終わった後、俺は負傷して奥の部屋で休息を取っていた双山魔衣さんに呼び止められていた。

 

「いきなりですまないんだけど、櫻達の魔法省の説得は、まず間違いなく失敗すると私は思ってる。魔法省で働いたことのある私が言うんだ。ほぼ確実だよ」

 

どうやら先程の作戦会議の内容を聞いていたらしい。というか、魔衣さんって魔法省で働いてたんだ。

 

「そうですか」

 

もし失敗するのであれば、茜と街を同時に救うのは非常に困難になるだろう。櫻や来夏の実力は確かだが、圧倒的な数には対抗できない。

 

「だから私は、櫻とは別の提案をしようと思っていてね」

 

「他に何かあるってことですか?」

 

求められる条件は、ミリューやルサールカの相手をこなして茜を助けつつ、街を守る。その方法だ。今のところ、あらゆる魔法少女の力を借りて街を守護してもらうというのが理想だ。それ以上の案など、少なくとも俺には思いつかない。それこそ、組織の人間を説得して、大規模破壊をやめてもらうとかだろうか。ミリューやルサールカの性格で、説得に応じてくれるとは到底思えない。

 

「あるよ。ただ、確実性は低いけどね」

 

魔衣さんは負傷した怪我の部分をさすりながら、ゆっくりと話していく。

 

「『原初』の魔法少女。彼女こそ、大規模破壊を止める鍵になり得る存在だと、私は考えている」

 

「『原初』の、魔法少女…?」

 

何だそれ、聞いたことがない。少なくとも、櫻や八重達はそんな魔法少女について言及していたことはなかった。

 

「その様子だと、『組織』の方じゃ話題になっていなかったのか。まあいい。元々私が魔法省へ潜っていたのも、彼女を見つけるためでね。結局、彼女の所在、容姿、ありとあらゆる痕跡を、私は1つも見つけることはできなかった」

 

「その『原初』の魔法少女って、一体……」

 

「その名の通り、はじまりの魔法少女だよ。といっても、誰も姿を見たことがないけどね。ただ、少なくとも彼女が、この世界に初めてやってきた魔族………魔王を倒したという事実だけは間違いない」

 

魔王……。そういえば、辰樹がそう呼ばれていたような気がするが、魔王はもう既に死んでいる。ということは、あれは勘違いだったのか。にしても、魔王を倒した魔法少女、か。しかし、その存在だけで大規模破壊の阻止と、ルサールカ達の相手の両立が可能なのだろうか。

 

「私は、その『原初』の魔法少女を見つけて、アストリッドを………姉を殺すつもりだったんだ」

 

「姉…?」

 

「あれ? 言ってなかったっけ。私とアストリッドは姉妹だよ。双子のね」

 

「うぇ!?」

 

「まぁ、そんなことはどうでもよくて」

 

どうでもよくはないが???

いや、まあ気になるっちゃ気になるんだけど、今はそんな話をしている場合じゃないんだろう。とりあえず、『原初』の魔法少女、とやらを探さないといけない。

 

「それで、その『原初』の魔法少女っていうのはどこに?」

 

「さっきも言ったように、私は彼女の所在から容姿まで、その全てが分からないんだ。勿論、ここにいるかもしれないっていうある程度の検討はつけてあるけどね」

 

じゃあ、やっぱり『原初』の魔法少女を探すのは現実的ではないんじゃないだろうか。それをするくらいなら、櫻の言う魔法省への交渉の方がよっぽど現実的に思える。勿論、魔衣さんの言うある程度の検討がどこまでのものか、にもよるだろうが。

 

「私に求めてることは?」

 

わざわざ櫻達を除いて俺だけを呼んだということは、俺にしか頼めない何かがある、ということなんだろう。もし俺にしか頼めないわけじゃないのであれば、櫻を呼ばないのは反対されるからだろうと分かるが、束や八重などは呼んでも問題はないはずだ。

 

「私はね、『原初』の魔法少女は魔法省が隠し持ってると思ってるんだ」

 

「? でも魔法省で働いてたことがあるんだったら、そんなのすぐわかるんじゃ…」

 

魔法省(やつら)、ちょっと特別な倉庫を持っていてね。地下に広がる、とても大きな施設なんだけど、最奥の部屋には誰も入れてくれはしないんだ。勿論私は何度もその部屋に入ろうとしたし、必要であれば暴れてでもその部屋の奥を暴いてやろうと思っていたさ。まあ、当時はドラゴや椿がいたから、下手な行動はできなかったんだけど」

 

「そこが怪しいと?」

 

「まあね。街中探してもそれらしい魔法少女の姿はなかったし、索敵範囲を日本に限定した場合で考えるなら、『原初』の魔法少女が滞在できる場所はあそこが最適だと私は思ってるからね」

 

しかし、それだけだと俺じゃないといけない理由がわからない。魔衣さんが俺だけにこのことを頼むのには、何か理由があるはずだ。俺はじっと彼女の目を見つめ、真意を探る。

 

「疑ってる?」

 

「いや、そういうわけじゃ…」

 

「いいよ別に。本当は心のどこかで疑っているんじゃないかな? 特に、私がアストリッドとの関係を明かした後からは露骨にね」

 

正直、疑っていないと言えば嘘になる。俺は彼女のことをよく知っているわけじゃない。ある情報としては、櫻達魔法少女のバックアップと、シロの保護者をしてくれていたってことくらいで、彼女自身の目的は何も知らない。

 

「正直、疑ってます」

 

「いいよ。分かってたからね。なら、この際明かしてしまおうか。私の目的。そうだね、はっきり言って、私が魔法少女達を道具として見て、利用しているだけにすぎないのは否定できない」

 

「………」

 

まあ、そんな気はしていた。魔法少女に協力してはいるものの、あくまで“魔法少女”としてしか見ておらず、櫻や八重を1人の人として見ているような雰囲気は感じられなかった。

 

「さっきも言ったけど、私の目的は、姉であるアストリッドを殺し、吸血姫の座を手に入れること。ただそれだけだ。まあ、姉さんはそれを絶対に許してくれないし、私じゃ姉さんに敵わない。だから、魔法少女って存在に目をつけたんだ」

 

おそらく、目をつけたのは魔法少女そのものではなく、『原初』の魔法少女の存在だろう。魔王を倒したともなれば、吸血姫にも匹敵する存在なのではと考えるのも自然だ。

 

「まあ、結局ダラダラと人間のサポートをするだけになってしまったんだけどね。ちなみに双山魔衣は偽名だよ。マイは本名だけどね」

 

何となく、彼女の目的は理解した。

普段は表舞台に出てこなかった彼女が、アストリッドに櫻達が追い詰められた時に身を張って出てきたという点で、彼女の目的が打倒アストリッドだからという説明をしてみても特に問題はない。

 

「ああ、それと。姉さんの目的も、私は知っている。というか、理解している」

 

「アストリッドの目的?」

 

「知りたい?」

 

「まあ、一応」

 

一応アストリッドの力は封じてあるが、彼女のことだ。いつまた暴れ出すかもわからない。そのため、今の内に彼女の目的を知っておくのも悪くはないだろう。

 

「私のせいだよ。簡単に言うとね。姉さんは、私を求めてるんだ」

 

「?」

 

「姉さんはね、私が姉さんの下について、支えてくれることを求めてる。けれど、私はそれをしなかった。だから、姉さんはその代わりを求めてるんだ。どうせ、満たされないのに」

 

「ほ、ほえ〜………」

 

反応に困る動機だった……。というか、魔衣さんが反抗しなければアストリッドもここまで暴走しなかったのでは? 諸悪の根源は目の前にいたのか……。

 

「ま、これくらいでいいだろう。今は関係ない話だしね」

 

「まあ、目的については納得できました。それで、私は何を?」

 

「言った通り、魔法省の持つ地下倉庫の最奥を調べてきて欲しい。ただ、妨害は入るだろうね。仮に櫻達にそれをやらせれば、間違いなく反逆とみなされるだろう。けど、一応君は“悪の組織所属の魔法少女”という扱いで魔法省に処理されている。だから安心するといい。これ以上魔法省からの評価が下がることはないからね」

 

ああ、自由に動けるからってことか。

 

「ただ、クロ、一部君の力は封印させてもらう」

 

「え?」

 

「万が一、怪人化して暴走されては手がつけられないからね」

 

「なるほど……」

 

「話は以上だ。頼んだよ、クロ」

 



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Memory111

ゾロ目だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ


魔法省の持つ倉庫に、その最奥の部屋を調べるためやってきた俺だったが、やはりそう簡単には入れてくれないらしく、倉庫の入口前には4人の魔法少女の姿があった。

 

「カナ。多分アレ、報告にあった奴だよ」

 

「わかってる。ころす?」

 

「私達に殺す以外の選択肢はないよ。命令されたでしょ? 外敵は何があっても殺せって」

 

「……始末する」

 

まあ、明らか道を開けてくれそうではないな。

そして見たところ、全員何かしらの武装をしているようだ。カナと呼ばれた少女は、短めの双剣持ち。両隣に弓矢使いと槍使い。寡黙そうで首元が襟に隠れた少女は背中に大きな斧を背負っている。君達、本当に魔法少女? 誰1人としてステッキ持ってないんだけど。いや、そういう俺も大鎌だから人のこと言えないんだけどさ。

 

ふー。仕方ない。予定通り、『還元の大鎌』で魔法少女の魔力を全部奪って無力化した後、倉庫の奥の部屋に侵入するしかなさそうだ。

 

ユカリから貰った仮面をつけ、俺は『死神』になる。

なんて、カッコつけて言ってはいるが、まあ普通に気分転換だ。今まで死ぬか生きるかの戦いばかりだったが、今回に関しては、そうでもなさそうだからね。勿論、油断はしないけど。

 

俺が仮面をつけ、大鎌を取り付けている間に、カナと呼ばれた少女は俺の目前にまで迫っていたようで、殺気の籠った目をしながら、俺の首元にその双剣を向ける。

………っぶねぇ………。

 

咄嗟に後方に避けたから何とかなったものの、もし少しでも反応が遅れていたら俺の首が飛んでいた。さっきの発言は撤回しないとな。今回は魔衣さんの手で力が制限されているから、『動く水(スライム)』で相手の攻撃を無効化することができないんだった。

 

にしてもあのカナって子、あまりにも気配がなさすぎる。

 

「いまの、ぜったい仕留めたとおもったんだけど。よけたんだ。でも、べつにいいよ」

 

瞬間、カナの後方から、俺めがけて複数の矢が放たれていた。

 

「ころすのは、わたしじゃなくても」

 

そうだ、敵は4人。それも、1人ずつ相手してくれるわけじゃない。

俺は、“ブラックホール”を展開して、敵の矢を取り込む。

 

「おぉ! かっこいい……」

 

「そりゃどうも!」

 

まずはこのカナって子から無力化する…!

俺は、『還元の大鎌』をカナに向けて振るうが……。

 

「後ろがガラ空きだよ! ブラックガール!!」

 

後方からの攻撃っ!

いつのまに背後に回ったんだ。いや、そんなことはどうでもいい。とにかく逃げないと……!

 

「始末する!!」

 

槍を持った少女とカナと呼ばれる少女から距離を取るため、横へ受け身を取りながら転がる俺だったが、そこにピンポイントで大きな斧を持った少女が、俺に向けてその大きな暴力を振るう。

 

まずい………これは避けれな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その場は一瞬にして煙に包まれる。

周囲の地面には亀裂が走り、その斧の破壊力がどれほどのものかを知らせるいい指標となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「決まったー!!!! 今までタマの一撃をモロにくらって生き延びたやつは、誰1人としていない!! いやまあ、怪人にしか使ったことないから、1人って表現はおかしいんだけど」

 

「ナヤもありがとう。おかげでわたしもぶじにすんだ」

 

「ラカが弓で奴の注意を逸らしてくれてたからね。おかげで気づかれずに背後に回れたよ」

 

「そうだね。こちらとしても助かった。君達が無駄にはしゃいでくれたおかげで、()()()()()()1()()()()()()()

 

「なっ」 「そんな……」

 

ああ、本当に危なかった。あの一撃、正直モロに受けてたら死んでた。それぐらい威力のある攻撃だった。ほんと、魔衣さんは簡単に言ってくれたけど、魔法少女って時点で十分危険なんだよね。

一か八かの賭けに勝ったからよかったものの、成功しなかったら今頃俺の体はミンチになってたところだ。

でも、まさか上手くいくとは。“()()()()()()()()()()()()()()()()()なんてさ。

 

「タマ……」

 

「悪いけど、こっちも急いでるんだ。早めに終わらさせてもらうよ」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

裏切り者であるロキの行方を探るため、オーディンはひとまず魔法省へ向かおうとしていた。魔法省に組織の幹部であるミリューが出入りしているのは知っていた。だからこそ、ミリュー経由でロキの動向を探れるかもしれないと、そう考えたのだ。

 

しかし、何事にもイレギュラーは存在する。彼が魔法省へ向かう上での障害は、本来であれば0だった。現在魔法省へ向かっている束や魔衣は、アストリッドとの戦闘で負傷しているため、万が一鉢合わせても対処が可能だし、クロの方と出会っても、クロはクロで力をセーブしている状態である。そのため、オーディンの障害は何一つなかった。

 

 

……彼さえいなければ。

 

「そこの者。クロという名の魔法少女を知らないか? 探しているんだが」

 

オーディンに話しかけてきたのは、中高生くらいの青年だった。オーディンの記憶には残っていないようだが、彼の名は辰樹。魔法少女達と行動を共にしていた一般人、のはずだが……。

 

「おい、質問が聞こえないのか?」

 

辰樹を知っている者であれば、人が変わったかのようだと思うだろう。だって以前の彼は、ここまで高圧的ではなかったのだから。

 

「ガキの相手をしている暇はない。悪いが他をあたれ。クロなんて奴、オレは知らん」

 

オーディンは彼の異変に気付くことはない。そもそも、彼のことを詳しく知らないのだから。

今のオーディンの興味は、ロキのことだけである。しかし、オーディンはこの後、後悔することになる。

もう少し、彼に意識を向けておくべきだったと。

 

「ガキ……か。俺からすれば、お前の方がガキだぞ。無礼者」

 

彼がそう言った瞬間、オーディンの四肢が吹き飛ぶ。

四肢をなくしたオーディンの体は、そのまま地面へとべちゃりと、不快な音を立てながら落ちる。

 

「は……?」

 

突然の出来事に、オーディンも唖然としてしまう。痛みが来るのは、数刻遅れてからだった。

 

「あ、あがぁあぁあああぁぁっぁぁぁぁぁああああ!!!!!」

 

「ふん。久しぶりに表に出ることができたと思えば、いきなり魔王に不遜な態度をとる輩と出会うとはな。暫く力を示していなかった弊害か……」

 

「はぁ……あぐ…………はぁ………ま……おう……だと……」

 

「何だ、気がついていなかったのか? 無礼な奴ではなく、ただの間抜けであったか。あーそういえばお前の顔、見たことがあった。プライドの高いやつだったな、確か」

 

魔王は何でもないことのようにそう呟く。

オーディンは、改めて彼……魔王の魔力の質を確かめる。

よくよく調べれば、どこからどう見ても、彼の魔力の性質は魔王のそれであった。

 

少しでも気をつければ、すぐに気付けたことだったろう。しかし、オーディンは裏切り者に夢中で、気付くことができなかった。

 

「ただのまぬけならば、まあ許してやろう。ただし、俺の質問に答えろ。クロという魔法少女の所在を知らぬか?」

 

「はぁ……はぁ………なんで………そいつを……さがして……」

 

「何だ? 将来の嫁を探して何か悪いか?」

 

「…………は? よ……めだと………あの……まおうが……?」

 

「不満か?」

 

(魔法少女を嫁だと? あんなガキの何がいいっていうんだ………)

 

「おい、今、無礼なことを考えたな?」

 

瞬間、オーディンの胴体が弾け飛ぶ。瞬殺だった。たった一瞬、魔法少女のどこがいいんだと、そう考えただけで、オーディンは殺された。

 

「『グングニル』か。残しておいて得することはない。壊しておくか」

 

魔王は、オーディンの持っていた『グングニル』を、いとも容易く破壊する。まるで、そこら辺にいる蟻を、気まぐれで潰してしまうかのごとく。

 

「興味のない奴はとことん覚えられん。俺の悪い癖だな。しかし、まさか俺が嫁にしたいと思う相手が、人間とはな……。この体の影響か……。やはり肉体は精神に影響を及ぼすのか? まあいい。久しぶりの外だ。じっくり堪能するとしよう」

 

歩く理不尽が、解き放たれる。

暴君・魔王の足は、魔法省へと向かっていた。



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Memory112

カナ(双剣使い):☆好きなもの 仲間 ★嫌いなもの 敵
ナヤ(槍使い):☆好きなもの 皆 ★嫌いなもの 強い敵
ラカ(弓使い):☆好きなもの 空 ★嫌いなもの 自由な奴
タマ(大斧使い):☆好きなもの 戦い(皆といる時間) ★嫌いなもの 孤独


残り3人。

できれば、他の魔法少女の援護が来る前に終わらせたい。だから、時間稼ぎはさせられない。

槍、弓、双剣。残しておいて1番厄介なのは、弓か。

 

弓による攻撃は、“ブラックホール”で無効化できはする。が、結局“ブラックホール”の生成には魔力を使用する必要があるし、“ブラックホール”を使う際には、矢が飛んでくる場所に意識を集中する必要がある。

 

見たところ、ナヤという槍使いの少女は、速度が厄介だ。少しでも油断すれば、背後を取られてしまう。実際、さっきも背後を取られてピンチに陥ったわけだし。かといって、ナヤという少女にばかり集中すると、今度はカナに背後を取られる。というか、カナに意識を向けないのが1番まずい。ナヤは素早いから捉えにくいだけだが、カナの場合そもそも気配を感じ取ることができない。

2人とも無視してラカという弓使いの少女を狙えば、絶対に俺の命はないと見ていい。

 

それなら。

 

「“ブラックホール”」

 

2人に意識しなくてもいい状況になればいい。

俺はブラックホールを経由して、弓使いの少女、ラカの背後に回る。

 

最初からこうすれば良かったんじゃないかって?

でも、この方法だって万能じゃないんだ。

 

“ブラックホール”の内部から、“ホワイトホール”で出る。これを行えば、確かに実質的なテレポートのようなものは可能だ。だが、自分が“ブラックホール”内に入るということは、今まで自分が“ブラックホール”内に入れてきたものも当然一緒に存在しているわけで……。

 

「来る…!」

 

俺が今まで貯めてきたものが、俺に向かってくる。

今までは遠距離攻撃は全て”ブラックホール“で対応してきたが、ここはその”ブラックホール“の中だ。当然、”ブラックホール“を使うことはできない。つまり、全て避けなければいけない。

 

そして、避けながら、”ホワイトホール“を生成しなければならないわけだから、ただ避けるだけの単純作業というわけでもない。

 

 

うん。

 

 

「やっぱ無理だコレ!!」

 

えーいもうやけくそだ!

俺は両手に大鎌を持ち、ぶんぶんと振り回しながら”ホワイトホール“の生成のための魔力を練る。

大鎌振り回しとけば勝手に矢とかその他諸々迎撃しといてくれるでしょ理論だ。ちなみに今左太ももに一本かすった。痛い。

 

 

っと、よし。

”ホワイトホール“の生成準備、完了!

いける。あとは心の準備だけ……。

 

ってまずい!

 

「”ホワイトホール“!!」

 

やばい、目の前に矢が迫ってきたから、思わず”ホワイトホール“を発動させてしまった。

いや、大丈夫だ。多分座標は間違ってない。俺はちゃんと、ラカという魔法少女の背後に出現することができるはず…!

 

目の前が光に包まれ、暗闇(ブラックホール)の中から現実世界へと出ていく。

 

…‥ビンゴ!!

俺はちゃんとラカの背後に出現することができた。

 

「ラカ!! 後ろ!!」

 

槍使いの少女、ナヤが叫ぶが、もう遅い。

俺は『還元の大鎌』をラカに振り下ろし、彼女の魔力を全て奪う。コレで、一時的に魔力を全て失ったラカは気絶するだろう。

 

「2人目。…………っぶね!」

 

俺がラカを戦闘不能に追い込んで安心したのも束の間、俺のすぐそばにカナがやってきており、その双剣を正に今俺に向けようとしていた。本当に気配ないなこの子…! やっぱり、4人の中で1番厄介なのはカナって子かもしれない。というか、流石にこの子達、強くないか? 勿論、櫻や来夏レベルではない。それは当たり前といえばそうなんだけど。少なくとも焔や笑深李、美希の3人組の魔法少女よりかは強い。

 

ただ、今はこの子達と敵対しているが、この子達と俺は根本的には敵ではない。いや、そりゃ俺は悪の組織所属の魔法少女って立場で見たら、この子達とは敵対することになるんだけど。

でも、将来的には協力する可能性だってある。実際、もし俺が『原初』の魔法少女を見つけられなかった場合は、魔法省の魔法少女達と協力して大規模破壊を止めることになるわけだしね。

 

つまり、カナ達が強いっていうのは、俺からすれば逆に嬉しい誤算かもしれない。だって、その分大規模破壊を食い止められる可能性が上がるんだから。

 

話が逸れてしまったが、とりあえず、斧使いのタマ、弓使いのラカは倒した。残りは双剣使いのカナと、槍使いのナヤか。

 

先程も話した通り、カナもナヤも、片方に意識を向けていたら、もう片方にやられてしまう可能性がある。だから両方に意識を向けつつ、どちらか片方でも無力化する必要があるんだけど……。

 

流石に難しいな。

 

できればはやめに決着付けたいが………。

 

安定行動するしかないのか…?

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

ラカがやられた……。クソ……、このままじゃ、私達は………。

 

でも、大丈夫。まだこっちには、カナがいる。

カナは私達の中で、1番強い。一応、カナは双剣を使ってはいる。けど、実際にはタマが使う大斧も、ラカが使う弓も、私が使う槍も扱える。

 

カナが双剣を使っているのは、多分私達と合わせるためだ。ラカは射撃技術が物凄く高くて、実際カナも一応弓を扱えはするけどラカほどではなかった。それと、タマは高火力な一撃を好んでたから、破壊力のある大きな斧を選んでいた。でも、どちらも近接戦において強いとは言えない。弓は言わずもがな。斧は一撃一撃は強力だけど、攻撃した後の隙がデカすぎる。

 

一応、私が槍を使って近接戦を行うことはできる。けど、元々私は近接戦を積極的に行いたいって考えるタイプの人間じゃない。他の3人は怪人と戦うことに前向きだけど、私は怖くて怖くて仕方がなかった。4人の中で1番身長が高いくせに、4人の中で1番臆病だったんだ、私は。

 

4人の中で1番足がはやいのも、私が臆病で、逃げてばっかりだったから。

 

でも、それでいい。

私は、みせかけでいい。本当に突っ込む必要はない。ただ、相手を撹乱させるだけで十分だ。

後はカナが、全部やってくれる。

 

私は、槍をその手で握りしめる。カナがいれば、まだ大丈夫。まだ、やれる。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

暫く戦っていて、分かったことがある。

ナヤとカナ、2人と戦っていて、基本的に攻めてくるのはカナだということだ。

一応、ナヤも撹乱してきはする。けど、あんまり俺との距離を詰めようとしてこないというか、どこか引っ込み気味に戦っている気がする。多分、ナヤが俺にとどめを刺しに来る、っていうのはない気がする。

 

2人で攻めるというよりかは、ナヤがカナのサポートをしている、といった感じだろうか?

とにかく、カナとナヤ、どっちから攻めるべきかは分かった。

 

カナを攻めようとすると、ナヤのサポートが少々面倒臭い。だから、カナの攻撃を受け流しつつ、ナヤの隙をついて『還元の大鎌』でナヤの意識を奪うのが1番丸いだろう。

 

ただ、ナヤはあまり俺に近付こうとはしてこない。だから、まずカナを攻めて、カナを追い込む。

 

俺は大鎌を二つ持ち、カナの持つ双剣を同じく二つの大鎌で弾いていく。

多少無理をする。防御ではなく、攻撃に転ずる。

足を踏み出し、少し胴体を前に出す。こうすれば、相手に胴体を晒す行為であるわけだから危険ではある。だが同時に、相手を崩しにかかるには最適な行動だろう。

 

「っ…!」

 

「これで、3人目になるかな!!」

 

わざと声高らかに宣言し、ナヤにカナのピンチをアピールする。

 

「カナ!!」

 

案の定、ナヤは食いついてきた。仲間想いなんだなぁと思うと同時に、少しの罪悪感を感じるが、こちらとしても援軍は勘弁なんだ。許してほしい。

 

俺は、攻めの姿勢をやめ、こちらに近づいてきたナヤの方へ向かう。

 

「! まさか!!」

 

カナが俺の行動の意図に気付き、追いかけてナヤへの接近を阻止しようとしてくるが……。

 

「“ホワイトホール”」

 

“ホワイトホール”から大量の矢を放ち、カナの足止めをする。

 

「ひっ、や、やめっ」

 

「ごめんね」

 

俺は『還元の大鎌』で、ナヤの魔力を奪い尽くす。

これで、3人目。残るは……。

 

「ナヤは、たたかうのがあんまりすきじゃなかった。できれば、わたしのあいてをしてほしかったのに……」

 

不満そうにしながら、“ホワイトホール”から放たれた矢を全て双剣で処理したカナだけだ。



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Memory113

タマ、ラカ、ナヤ。3人の魔法少女を倒した今、残るのは双剣使いのカナのみだ。最初に戦った時と比べて、相手の戦力は単純計算で4分の1。ここまで来れば、追い詰められることはもうないはずだ。

 

「降参した方がいいんじゃない? 仲間は全員倒されてるけど」

 

俺としては、ここに気絶した魔法少女達を放置していくのは少し罪悪感があるし、できればここで降参して、3人の魔法少女と一緒に退いていてほしいって考えなんだけど……。

 

「引く気はなさそうだね…」

 

ダメか…。なら仕方ない。

なら、こっちも本気で…。

 

「なっ…!」

 

さっきまでカナがいた場所は、既に誰もいない。俺が気づいていない間に、カナは移動していたのだ。俺の背後に。

咄嗟に後ろを振り返り、『還元の大鎌』を横に薙ぎ払うが、既にカナはそこにはおらず……。

 

「向こうか!」

 

今度はタマが気絶している場所に移動していた。その手には、先程まで握った双剣ではなく、タマが使っていた大斧が握られている。

 

「まさか……」

 

カナはそのまま、大斧を振り回し……。

 

華奢な腕で、その大斧を俺に向けて投げつけた。

 

「無茶でしょそれはー!!」

 

どこにそんな怪力があるのか。とにかく俺は全力で走って斧の射程から外れる。

 

「はぁ………はぁ…………」

 

本当にただの魔法少女じゃない。めちゃくちゃ強いんだけど? っと、そんなことより、カナの居場所は…。

 

「わたしのかち」

 

気づけば、カナは再び俺の背後に回っていて。

 

俺が振り向いた時には、既に彼女は手に持つ双剣を、俺の眼前まで迫らせていた。

 

ああ、これ無理だ。

“ブラックホール”での回避は間に合わない。横も後ろも、逃げるスペースは十分ある。が、今の俺の体勢的に、とても避けれる状態ではない。ここが、死に場所になるのか。油断していたのかもしれない。普通の魔法少女になら、負けないだろうと。相手にそんなに強い奴はいないだろう、なんて。そう思ってた。

 

心なしか、カナのむけてくる双剣のスピードが、遅いような気がする。まるで減速しているかのようなスローモーションだな、なんて……。あれ、本当に減速して……。

 

「な、なんで、そんなはず………」

 

気づけば、カナは俺の顔面手前でその双剣を止めていて、ひどく動揺した様子で、その場に立っている。特に俺が何かしたというわけではない。じゃあ、なんで彼女は…。

 

「あなた、わたしたちとおなじ……」

 

おなじ?

 

「それって、どういう……」

 

 

 

「グアァアアァアッァアアアアアアア!!!!」

 

 

 

 

突然、大きな咆哮が、俺とカナの耳に届く。

2人して、音の聞こえた方向へと目を向けると、そこには…。

 

「怪人……」

 

二足歩行の大きな熊型の怪人。

 

「い、いったんたたかいはちゅうし。あのクマをやっつけないと」

 

「分かった」

 

怪人を見て、カナは俺との戦闘を中止し、怪人を先に倒そうと提案してくる。一応俺、悪の組織の魔法少女として魔法省からは認知されてると思うんだけど、この子そのこと忘れてないだろうか? 俺が本当に悪の組織の魔法少女なら、今ここで怪人と一緒にカナを叩き潰していたところだったし、普通にピンチの状況だったんだけどね。危機感あんまもってなさそう。

 

「わたしがひきつける。だから……」

 

「いーや。お…私がでるよ」

 

確かにカナは強い。近接戦も得意だ。けど、流石にそんな危ない役回りをさせるわけにはいかない。彼女の持つ短めの双剣じゃ、あの図体のでかい熊に対応できなさそうでもあるし、ここは俺が熊の相手をするべきだろう。

 

「あぶないよ」

 

「大丈夫。それに、作戦ならある」

 

「さくせん?」

 

あの大きな熊にダメージを与えるには、今の俺じゃ少し難しい。けど、カナならそれができる。

先程俺に向かって投げつけた、大きな斧。あれであの熊型の怪人に一撃を加えれば、かなり大きなダメージを与えることができるはずだ。

 

「タマって子の武器。あれで熊にとどめをさしてほしい。陽動は引き受けるから、お願い」

 

「うん。わかった」

 

物分かりが良くて助かるな。さっきまで敵対していたのに、すごい素直だ。さっきまで殺そうとしてなかったっけ? まあいいや。やりやすいに越したことはない。俺は大鎌を持ち、熊と対峙する。

 

「うへぇ〜。でっかい…」

 

正直ちょっとびびってます。まあ、守りに徹すればいい。攻める必要はないからね。

 

「来い、熊野郎!!」

 

大熊は血走った目をこちらに向けたと同時、その拳を振り上げ、俺に向かって振り下ろす。が……。

 

「遅い!」

 

正直避けるのは簡単だ。あの熊、二足歩行なんてしてる割には足が遅い。

あ、でも火力は凄いや。さっき熊が振り下ろした場所、ひびはいってら。

 

「当たったらひとたまりもない……」

 

でも逆に言えば、当たらなければどうということはないってやつじゃないかな? 地面は悲惨なことになるけど。そういや今俺仮面つけてるな……。

 

「やーい間抜け! 悔しかったら当ててみろーい!」

 

熊は俺を追って、何度も何度も拳を振り下ろす。うん。やっぱり、鈍足だし、下手な行動をしなければ熊の攻撃は当たらないような気がするね。まあこれは俺が守りに徹しているからっていうのが大きいんだろうけど。実際に攻めようとした場合は、多分どこかしらで熊の攻撃は喰らうことになりそうだ。いくら遅いっていっても、それは避けに徹した場合の話だからね。実際こっちから仕掛けようとすると、熊の攻撃は割と厳しいものになってるような気はする。

 

多分1vs1かつ近距離戦想定した怪人なんだろうなと予想。遠距離相手だと手も足も出なさそうだし、2vs1だったら今俺とカナがやってるみたいに、1人が陽動をしてもう1人が攻撃みたいな風に動けばどうにかなりそうだし。

 

と、そんな風に熊の攻撃を避けながら考え事をしていると、気づけばカナが大斧を大熊に対して振り下ろしており……。

 

 

「アグァアアアアアアァアアアアアッァァァァアアアアア!!」

 

 

大熊は絶叫し、その場で崩れ落ちるようにして倒れた。

 

大熊は倒したけど、ここからどうするんだろうか。戦闘再開の流れか、それとも……。

 

「なまえ」

 

「へ?」

 

「なまえ、なんていうの?」

 

「クロ、だけど」

 

「わかった。クロ、かえって」

 

名前聞かれたから、もしかしてこれから仲良くなる流れなのかなとか一瞬期待しちゃったんだけど……。

帰って、だと……。今共闘してちょっと絆が生まれる的な流れじゃなかったの? 期待してたのに……。

 

「かえって。じゃないと、わたしはクロをころさないといけなくなる」

 

って思ったけど、どうやらカナは別に俺が嫌いでそう言ったわけじゃないらしい。いや別に、そこまで深い関わりがあるわけでもないから、嫌いじゃないだけで、好きでもないんだろうけど。

 

でも、俺は『原初』の魔法少女を探さなきゃいけない。それが、この街や茜を救う鍵になるかもしれないから。

あとちょっとだけ、シロの洗脳を解く手がかりが手に入るかもなんて勝手に期待している節はあるけど、まあ多分ないだろうな。

 

「ごめん。帰れない。『原初』の魔法少女を探さないと。それに、殺したくないなら殺さなくてもいいと思うけど……」

 

「それは……できない。ころさなかったら、わたしたちがころされる……」

 

それは、魔法省に、ってことだろうか?

 

いくらなんでも、それはおかしいだろう。魔法少女だろうがなんだろうが、人間であることには変わらない。ミスしたからって、普通殺すなんてことしないだろう。それに、仮に魔法少女を任務のミスなんかで殺したら、家族が黙っていないだろうし、そもそも国としては魔法少女を1人失うことになるから、悪手のはずだ。

 

「殺されるって、それはないと思うけど……。そんなことしたら、世間からの非難は免れないと思うし……」

 

「どうせわたしたちのそんざいなんて、みんなしらないから……」

 

「どういう……こと……」

 

まさか、さっきの同じって発言は……。

 

「わたしたちは、魔法省でじんこうてきにつくりだされた、じんぞーにんげんだから…」

 

カナの口から出されたのは…。

協力できると思っていた魔法省の、闇の部分そのものだった。



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Memory114

俺は、カナから魔法省の事情を聞いた。魔法省は裏で『組織』と繋がっており、魔法省の情報などを与えることを条件に、『組織』から人造人間を調達しているらしい。

 

カナ達は人造人間であるためか、普通に生活を送ることができない。魔法省で特殊な処置を行ってもらうことでしか、生きていくことができないそうだ。おそらくそれは事実だろう。実際俺も生命維持装置がなければ死んでいたし、人造人間の肉体はどうしてもそういう仕様になってしまうものなのだろう。

 

ということは、愛も何か処置をしておかないとまずいのか。まあ、今のところ愛の体には異常はなさそうだから、焦る必要はないだろうけど。

 

とりあえず、『原初』の魔法少女よりも、カナ達のような人造の魔法少女のことを考えた方が良さそうだ。

できれば、魔法省に従わなくてもいいようにしてあげたい。だから、カナ達が魔法省に頼らずに生きていけるようにする必要があるわけだが、多分だけど、生命維持装置を用意するのが1番手っ取り早いというか、現実的な気がする。

魔衣さんあたりに頼めば、もしかしたら生命維持装置もなんとかなるかもしれない。が、どちらにせよ、どれくらいの数が必要かの把握は必要だ。

 

「カナ、魔法省にいる人造の魔法少女って、どれくらいいるの?」

 

「よわすぎると、”処理“されちゃうから、いまのこってるのは、わたしたち4にんだけのはず……。すくなくともわたしがしってるかぎりではだけど」

 

4人か。

それなら、全然助けられる。後はカナ達の意思次第だ。

 

「カナ達は、ずっとこのままでいいって思ってるの?」

 

「? どういうこと?」

 

「外に出て、やりたいこととか、ないのかなって」

 

「…………そんなこと、かんがえてもいみなんか………」

 

カナは、悲しそうな顔をしながらそう言う。どう見ても、現状に満足しているとは思えないような顔だった。

 

「あるんだね。やりたいこと」

 

「………」

 

否定しない。でも、自分を押し殺してる。多分、どうせ無理だって、そう考えているから。

 

「わたし……がっこうにいきたい……」

 

「そっか……」

 

「いろんなこと、べんきょうしたい。それで、りっぱになって、はたらいて、みんなといっしょに、おでかけしたり……」

 

他人からしたら、何の変哲もない、普通の願い事。だけど、カナからしたら、いくら背伸びしても届かないような、とてつもなくハードルの高い(ファンタジー)なんだろう。

 

「カナなら、学校行けるよ」

 

「っ…………どうせむり。だって、わたしたちは……」

 

「私が助ける。いや、厳密には、助けてもらえるようお願いしにいくだけなんだけど…」

 

「たす、ける?」

 

「うん。助ける」

 

「ほんとに?」

 

カナは、縋るような目で俺のことを見てくる。

今までこうやって、手を差し伸べてくれる人すらいなかったんだろうな。

 

「ほんとに。約束するよ」

 

「やくそく……。じゃあ、ゆびきり! ゆびきりしよう」

 

 

 

 

 

ゆーびきーりげーんまん、うそつーいたらはーりせんぼんのーます。ゆびきった。

 

 

 

 

 

 

 

「ラカはかいがいりょこうにいってみたいっていってた。いたりあ? にいってみたいんだって。それで、タマはハンバーグをいっぱいたべたいって。でもやさいはたべないっていってた。へんなの。それでね、ナヤはみんなでカラオケ? っていうのにいってみたいんだって」

 

カナはキラキラとした表情をしながら、これからを語る。

やっぱり、年相応なんだなって。

 

海外旅行に、食べ物のこと。それにカラオケ、か。

海外旅行は少しハードルが高いかもしれないが、ハンバーグやカラオケくらいなら、彼女達が自由になれさえすればすぐに達成できる夢だろう。まあ、一度それを達成しちゃったら、もっと美味しいもの、もっと楽しいことを求めるようにはなるだろうけど、それはそれで健康な証だし、全然いいかな。俺が連れて行けてあげるかは別として。

 

本当は、大規模破壊の時の戦力になってもらおうかな、なんて考えてた。けど、俺はこんな子に戦ってほしいなんて思えない。だから、結局のところ、『原初』の魔法少女の存在は探っていかなきゃならない。でも、とりあえず優先はカナ達だ。

カナ達の生命維持装置を製作して、魔法省から助け出す。『原初』の魔法少女探しはその後でいい。

 

俺は隣で無邪気に笑うカナを見て、まるで新しく妹ができたみたいだな、なんて、呑気に考えた。

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

「だからね、櫻。君は厳密には魔法省に所属する魔法少女じゃない。だから、魔法省と直接交渉しにいくのは、私と束だけでいいんだ」

 

「私のお兄ちゃんは魔法省所属です。だから私も魔法省とのコンタクトはとれますよ、魔衣さん。それに、ここまで来て今更引き返すなんてこと、できないですから」

 

櫻、魔衣、束の三者は、魔法省大臣へと直談判しに来ていた。魔衣が言うには、話をするなら大臣本人じゃないと、とのことらしい。

 

「双山魔衣様御一行ですね。わたくしは羽留利様の専属メイド。ベータと申します」

 

魔衣達の元に現れたのは、メイド服を着た緑色の髪の女性だ。ベータと名乗った彼女は、事務的に、淡々と話す。

 

「悪いね。急に話がしたくなってさ。それで、私達はどこへ行けばいいのかな? 生憎、彼の家に来るのは初めてでね」

 

魔衣もまた、ベータを警戒しつつ、言葉を交わしていく。

 

「ええ、勿論。案内致しますよ。大切なお客様ですから。ですが、わたくしは少し忙しいので、案内人は別で用意しております」

 

ベータはそこまで言い終えると、先程まで無表情だった顔に、笑みを貼り付ける。

 

「わたくしよりも乱暴ですので、気をつけてくださいね」

 

瞬間、魔衣達の足元が、真っ黒に染まる。

 

「なっ、これは」

 

「どんどん足が沈んでいきます……。抜け出せないですね……」

 

「これって、もしかして………」

 

櫻、魔衣、束の三者は、そのまま真っ黒に染まった地面に吸い込まれるようにして、消えていった。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「ぅん……ここは………」

 

櫻が次に目を覚ましたのは、あたり一面真っ暗な空間だった。

 

「目が覚めたみたいだね」

 

「よかったです。無事みたいで。それにしても、ここはどこでしょうか? まさか地獄というわけじゃないでしょうし……」

 

真っ暗な空間には、魔衣と束も来ていたらしく、この空間がどのような存在であるのかを考えていた。

だが、櫻には心当たりがあった。勿論、この空間については初見だ。だが、この空間に入る前に、自分達の足元に出現した黒い沼は、櫻にとってはよく目にしたことのあるものだった。

 

「“ブラックホール”……」

 

クロの扱う“ブラックホール”。

櫻達を吸い込んだ闇は、まるでその“ブラックホール”と酷似、いや、()()()()()()()()()()()()()()

 

「やっぱり、櫻もそう思うかい」

 

「どこからどう見ても、クロちゃんの“ブラックホール”にしか見えなかった。けど、あれはクロちゃん固有の魔法だし………」

 

櫻達は考え込む。そんな時、櫻達の元へやってくる足音が、一つ。

 

「キミらがお客さん? よろしくー」

 

やってきたのは、真っ黒なボロ布を乱雑に羽織り、黒く大きな禍々しい鎌を片手で持ちながら裸足でうろついている少女だった。

 

「よろしくするのは構わないけれど、挨拶をするならまず名を名乗るべきじゃないかな? 少なくとも私はそう思うが」

 

魔衣が少女を警戒しながら、探り探りで言葉を投げかける。

魔衣の言葉に、少女は手をポンと、まるで『確かに!』と納得するかのように叩き、自身の名を告げる。

 

「ワタシはガンマ。生憎手加減とかできねー主義でさ。一撃で沈めちゃうかもしんねーけど、恨みっこなしな」




アルファ「飛ばされた……」


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Memory115

さて、今回のこと、魔衣さんに相談しておかないと。それと、一応生命維持装置が失敗した時のスペアプランも考えておかないとな。失敗して助けられませんでしたなんて展開だけは、絶対に避けなければならない。指切りげんまんしちゃったしね。もし約束を破ったら、針千本飲まされることになる。恐ろしい。

 

「見つけたぞ」

 

そんな風に考えながら歩いていると、ふと後ろから声が聞こえてくる。

ここら辺の道は人気が少ない。だから人がいたら気づくはずなんだけど……。なんて思い、少し気になったので、後ろを振り返ってみる。

 

「辰樹?」

 

そこにいたのは、かつてクラスメイトであり、俺に告白してきた男の子、広島辰樹がいた。

だが、いつもの辰樹とは少し様子が違った。

 

「そういえば小僧の体を使っていたんだったな……。忘れていた。結論から言うと、俺は辰樹ではない。そうだな……かつてはこう呼ばれていた。“魔王”と」

 

俺は警戒を強める。

辰樹の冗談という線もあるだろう。しかし、それにしては気迫が違いすぎる。

 

「そう警戒するな。お前を害する気はない。ただ少し、未来の伴侶を一目見ておこうと思ってな」

 

「伴侶…?」

 

「そうだ。クロ、お前は俺と結婚するんだからな」

 

???????????

 

「は?」

 

「照れなくてもいい。安心しろ。ここには俺以外誰もいない」

 

「照れてないが????」

 

本当に何を言ってるんだ? 未来の伴侶? 結婚だって? なんで勝手にそこまで話が進んでるんだ。俺は一切了承した覚えはないぞ。

 

「…流石に気が早すぎたか。だが、俺は本気だ。お前がその気なら、今すぐ魔界に帰って式を挙げてやってもいいぞ」

 

「やめておいた方がいいと思うけど」

 

なんたって、俺の前世はおと

 

「ああ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

前世のことを、知っている、だと……? 

こいつ、一体どこまで……。

 

「前世以外のことでいうのなら、この辰樹という小僧の体は一時的に借りているだけだ。用が済めば返してやる。この小僧の体には世話になったからな」

 

「話が読めてこないんだけど……」

 

「もう少し簡潔に話そうか? お前に惚れた。嫁にこい。以上だ」

 

「なんだこれいみわからんたすけてゆき…………」

 

惚れる要素どこ?

魔王と接点なんてなかったし、仮にあったとして、どこに惚れられたのかが全くわからないんだが……。容姿とか? それならシロも当てはまりそうだし……。

 

「ふむ。なるほどな。まだ記憶の全てを解放しているわけではないのだな」

 

「解放? 一体何の話をして……」

 

「それどころか、一部の記憶に新しく蓋をしてまでいる。なるほどな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

妹に嫌われるような人間になりたくない?

それは当然だ。妹に嫌われたくないなんて、世の中の兄は皆考えていると思う。だって家族だし。そんなこと改めて言われても……。

 

「ああ。勝手に話を進めてしまったな。昔からの悪い癖だ。興味のないものは名前すら覚えられんが、興味のある奴についてはとことん調べたくなってしまう」

 

本当になんなんだこいつ。

ただの変人………ってわけでもなさそうだし……。いや、仮にも魔王なわけだし、何企んでるのかわからなくても仕方ないか。

 

「結婚に関しては、今起こっている問題が全て片付いてから考えてもらっても、俺は別に構わん。待つのは慣れているからな」

 

「いや、多分絶対結婚することなんてないと思うけど……」

 

「後、これはただのアドバイスだが……」

 

「?」

 

「記憶は早めに思い出させておいた方がいいぞ。タイミングによってはお前の精神がどうなるかわからん。全ての事が片付いてから思い出すにしても、色々問題は起こりそうだしな」

 

そんなこと言われても、記憶なんて思い出そうと思って思い出せるようなものでもないとは思うのだが……。というか、俺って記憶思い出したんじゃなかったのか? この前、もう1人の自分(?)と一つになったところだと思うんだが…。

やっぱり、こいつの言うことはよくわからない。悪意を持って発言しているわけではなさそうなんだけど……。でもやっぱり意味わかんないなぁ……。

 

「それと、結婚は前向きに考えることをオススメする」

 

「そんなに結婚したいのかよ……」

 

もしかして拗らせてる感じかな……。きっと相手にされなさすぎて、誰彼構わずこんなことを言って回っているのかもしれない……。俺は憐れみの視線を魔王に向ける。

 

「お前何か勘違いしていないか?」

 

「別にぃー?」

 

「ふむ………」

 

魔王、俺はわかっているぞ。きっといい出会いがなかったんだよな。人とのコミュニケーションに慣れてないから、ちょっと言葉たらずなところがあるだけなんだよな。

 

「お前、今失礼なことを考えなかったか? 一応言っておくが、俺はモテるからな。これまでどれほどの女を抱いてきたことか……」

 

は?

 

「女の敵!!!!」

 

「嫉妬か? かわいいところもあるのだな。安心しろ。浮気はせん」

 

「誰もお前の嫁になるとは言ってないが??」

 

「そうカリカリするな。夜は満足させてやる」

 

「帰れ!!!!」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

“ブラックホール”内に取り込まれ、そこでガンマと名乗る少女と出会った櫻達。ガンマは好戦的な性格のようで、櫻達とやり合う気しかないようだ。だが、櫻としては、魔法省と協力するためにやってきているため、敵対するのはあまりよろしくないと考えている。

 

「待って、一度話し合いを…」

 

だからこそ、対話を試みようとしたわけだが…。

 

「お前らの目的は分かってる。分かった上でこうやってるんだ。それが命令だからな。ま、ワタシとしては自分の力を存分に見せつけるチャンスがやってくればどうでもいいんだけどな」

 

対話は失敗。櫻達はガンマと戦闘するしか選択肢はないようだ。

 

「仕方ない……。魔衣さんと私で前に出る。束ちゃんは後ろで。怪我もまだ完治してないだろうし、無理はできるだけしないで」

 

「分かってます。櫻さん、無理しないでくださいね」

 

「そんなに戦うのは得意じゃないんだけどね……」

 

「話は終わりか? ならこちらから行かせてもらう!」

 

ガンマは黒い大鎌を持ちながら、櫻の方へ急接近する。

どうやら彼女は、近接戦で来るようだ。

 

「桜銘斬」

 

そして櫻もすぐさま『桜銘斬』を召喚し、ガンマに対抗する。

櫻とガンマは、互いに一歩も譲らず、拮抗している状態だ。

 

「後ろがお留守だよ」

 

しかし、ガンマの背後に回った魔衣が、ガンマに不意打ちを行おうとする。

櫻の相手に集中しているガンマは、魔衣の攻撃に反応できるわけではなく……。

 

「雷撃」

 

しかし、魔衣の振り下ろそうとしたその手に、電撃が走る。

突然の衝撃に、魔衣は狼狽える。その一瞬の隙をつき、ガンマは櫻から距離をとり、魔衣に対して強力な一撃を加える。

 

「『雷槌・ミョルニル』」

 

それは、櫻達もよく見知った、朝霧来夏の必殺技であり……。

その威力は……。

 

「そんな……」

 

魔衣ですら一撃で沈めるものだった。

 

「ふぅ……。思ったより魔力使っちまった。ま、でもまだ戦える」

 

ガンマは少し疲れた様子を見せながらも、櫻達と相対する。

 

「メインディッシュは最後においておくとして………次はその緑髪の子から行こうか!」

 

ガンマはその手に電撃を宿しながら、束の方へと近づいていく。

 

(まさか……『ミョルニル』を束ちゃんに…!)

 

『雷槌・ミョルニル』は強力な技だ。まともに食らえば、無事では済まない。魔衣の場合は、魔族ゆえのタフさから、気絶程度で済んだようだが、束は櫻達よりもタフではない。つまり、ガンマの『雷槌・ミョルニル』を食らえば、最悪死ぬ。

 

櫻は急いで、束の元へ向かう。

そして、ガンマが『ミョルニル』を束に向けようとした瞬間。

 

「束ちゃん!」

 

束を押しのけ、『ミョルニル』の前に自ら躍り出る。

 

「は?」

 

その様子を見て、ガンマは一瞬困惑し……。

 

(多分これ、避けれない……。せっかく、魔法省と協力できると思ったのに…何も……)

 

敗北を覚悟する櫻。

しかし、いつまで経っても、『ミョルニル』は自信に牙を向くことがなかった。

 

ガンマが『ミョルニル』を放たなかったためだ。

 

「やめだ。こういうの、あんま好きじゃねぇんだ。今日のところは帰れ。あんたとは1対1でやりたい」

 

そう言って、ガンマは櫻達の足元に“ホワイトホール”を出現させる。

 

「ワタシが逃したってことは、ベータからもわかるはずだ。ワタシが逃した相手を、わざわざ仕留めるなんてこと、ベータはしない。でも、アルファは命令に忠実だからな。だから、アルファが来る前に、はやくかえれ。ワタシに言えるのは、そんくらいだな」

 

「待って、貴方は、一体……」

 

「ワタシのことか? いいぜ、教えてやっても」

 

ガンマは声高らかに、誇るように告げる。

 

「ワタシは数ある人造魔法少女の“成功体”。クロと朝霧来夏の戦闘データから完成した、めちゃんこ強い魔法少女だ。とま、そんなところだ。以上! 解散!」

 

ガンマの口から放たれた事実に、櫻はもっと何か聞き出せないかと、彼女に話しかけようとするが。

 

だが、どうやら時間が足りなかったようで、櫻達はそのまま、“ホワイトホール”によって、外へと放り出されてしまった。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「とりあえず、帰って作戦会議だね」

 

「魔衣さん、起きてたんですね………」

 

「実は狸寝入りは私の得意分野なんだ」

 

櫻と束は、魔衣をジト目で見ながら思う。この人、頼りになるのかならないのかわからないな、と。



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Memory116

「なるほど、その子達の生命維持装置を作ってほしいと」

 

俺は早速、カナ達のことを魔衣さんに話した。生命維持装置を作ることができるのは、多分この中だと魔衣さんだけだ。

 

「別に作れないことはないけど………今調達できる材料で、なるべくはやく作る場合、できて4つが限界だよ」

 

となると、愛の分は作れなくなってしまうのか……。かといって、カナ達の誰かを見捨てることはできないし……。

 

「クロ、僕のことは気にしなくていいよ。アストリッドに造られたからか、実はかなり持つんだよね、この体」

 

「嘘ついてないだろうな…」

 

「いや、そんなに急いで生命維持装置が必要なら、君と仲直りした時点で要求してるよ。あ、別に生命維持装置が必要ないってわけじゃないからね? あくまで優先度が低いってだけで」

 

「そっか。ならいいけど」

 

聞いている感じ、嘘はついてなさそうだ。というか、愛の性格的に、もし本当に今すぐ生命維持装置がないとヤバいのなら、全くの赤の他人より自分を優先しそうな気はするから、愛の性格的にも嘘はないだろう。

 

「助けに行くときは、僕もついていこうかな。一応僕も同じ人造の魔法少女ではあるからね。ま、弱いんだけどさ……」

 

「愛の友達作りにも丁度いいし、いいかもね」

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

最近カナが笑顔でいることが多くなった。理由は知ってる。確か、クロって魔法少女が、私達を助けてくれるって約束してくれたんだとか。そう、この前やり合った、あの魔法少女だ。私としては直接会話したわけじゃないから、本当のところどうなのかはわからないけれど、聞いたところ、クロも私達と同じ魔法少女らしいし、信用はできるらしい。

 

ま、カナは私よりも鋭いから、騙されてる線はないと見ていい。といっても、カナは結構純粋な部分もあるから、感覚が鈍っていたら騙されるかもなんだけど。

 

私としても、このまま魔法省に使い潰される未来なんて嫌だったし、クロって子には感謝はしてる。

お礼はしておかないとね。

 

ちなみに、今はラカが見張りをしていて、私とタマ、カナは休憩中だ。

といっても、そろそろ交代の頃合いのはずなんだけど………。

 

ラカのやつ、またサボってるんじゃないかな。

 

「ラカと交代してくる」

 

私は2人にそう告げて、ラカが見張りをしている場所まで向かう。歩いていると、なんだか鉄の匂いがしてくるような気がする。なんでだろう?

そんな風に疑問に思いながら、ラカのいる場所まで向かう。

 

そこには……。

 

「う……そ………」

 

ラカが血まみれになって、倒れている姿があった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「タマ! カナ! た、大変なの!! ラカが、ラカが息してない!! し、心臓も動いてなくて……ち、血まみれで……私どうしたら!」

 

ラカと見張りの交代をしに行ったはずのナヤが、ひどく動揺し、カナ達に訴えかける。

 

「敵…!」

 

タマとカナは、すぐに敵襲だと判断し、武器を構える。

 

「ナヤ、おちついて。ラカのことは……あとで。いまはてきにしゅうちゅう。じゃないと、つぎにやられるのはわたしたちだよ」

 

「そう、だよね。落ち着かなきゃ。ラカ………。ううん、今はそれどころじゃない。敵に集中。よし。行ける」

 

ナヤはカナの言葉を聞き、深呼吸をして、自身を落ち着かせる。

 

「うんうん。冷静さを欠かせないのは偉いね。流石は私の……いや、ここまで言うとまずいか。ま、何にせよ、これで2()()()かな」

 

カナとナヤが冷静さを取り戻しているうちに、敵はいつの間にかこちらへとやってきていたようで、その手には、タマの首が握られていた。

カナとナヤは、2人とも動揺を隠しきれない。

仲間の死、それもそうだ。今までずっと一緒に過ごしてきた、半ば家族のような存在が、目の前で殺されたのだから。

 

しかし、彼女達の動揺の理由は、それだけじゃない。

 

「あんた……私達を騙して……!」

 

「なんで………ゆびきり………したのに……」

 

ラカとタマを手にかけたのは……。

 

「ゆびきり? 何それ知らない。騙したも何も、敵なんだから騙される方が悪いでしょ。もっと頭働かせな」

 

カナ達を助けると約束したはずの少女、クロだった。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「カナ、逃げるよ!」

 

私は、動揺して動けないでいるカナの手を無理やり引っ張り、その場から逃走する。逃げ足だけは、私の得意分野だ。

正直、今のカナじゃクロには勝てない。それが分かっているから、逃げるしかなかった。本当は、ラカとタマの遺体も、ちゃんと持っていってあげたかった。

 

逃げないと、はやく、どこか遠くへ。

誰か、助けてくれる人。誰でもいい。誰でもいいから、私達を…。

 

「げー。めっちゃはやいじゃん。追いつくのが精一杯だよ」

 

敵はどこまでも私を追ってくる。

 

どうする? このままじゃ2人ともやられる。

 

私だけなら、全然逃げられる。けど……。カナが………。

 

「おっ、急に止まった。何するつもり?」

 

「お前の相手は…………私がしてやる!」

 

だったら、私が囮になる。

怖くて足は震えてる。正直、今すぐにでも逃げ出したい。

けど……。

 

これ以上、大切な家族を失いたくない。

 

「ナヤ? 何して……」

 

「カナ、逃げて」

 

「なんで、ナヤをおいていけない……」

 

「いいから。逃げて」

 

「でも……」

 

「いいから。逃げろ!! 大馬鹿!! 私のことなんかかまうな!! さっさと逃げろバカ!!!!」

 

普段大声を出さない私に驚いたのか、カナは私の言葉に従って、拙いながらもこの場から逃げ出していく。

 

「凄いね。自分を囮にして、仲間を守ったんだ」

 

「私1人なら、あんたから逃げるのも簡単だからね。逃げる上で、カナは足手纏いだった。だから逃がしただけ」

 

「いつまでそんな態度が取れるか、見ものだね」

 

結局、私は最後まで臆病だったのかもしれない。

正直、ラカとタマが死んだ時点で、限界だった。

 

心が壊れてしまいそうで、感情もぐちゃぐちゃで、正直、これ以上仲間の死を見たくないって、そう思った。

 

だからこれは、逃げだ。

 

私は、カナの死を見たくない。

だから、私は先に死ぬ。

そんなことをすれば、カナが悲しむなんてこと、分かりきってるのに。

 

「ごめんね、カナ。最後まで、臆病な私で。でも、楽しかった。ありがとう」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

かつて、ナヤと呼ばれていた、槍使いの少女が、虚な目で血の海の中倒れ伏す。そんな様子を、楽しそうに見る少女が、1人。

 

「やっぱり最後は無様に命乞い、か。ははっ、あんなに勇敢だったのに、ダサいね」

 

「終わったみたいですね」

 

「あ、影。うん。終わったよ。いやーよかったよ、影がロキを回収してくれておいて。この能力、めっちゃ便利。使ってみたら案外面白くてさー」

 

瞬間、少女の姿が霧に包まれる。

クロと呼ばれる少女の姿に変身していた少女は、また別の少女の姿へと戻っていく。

 

「お疲れ様でした。()()()()()

 

「やっぱ慣れないなぁ。その名前。いっそのこと開示しちゃおうかな。私の本当の名前」

 

「……? しかし、1人とり逃してしまっていますが、いいのですか?」

 

「別にいいよ。どーせ“失敗作”だし。それに、あの子多分、勘違いしたままだろうからさ」

 

「と言いますと?」

 

「面白いものが見れるよ。やっぱり、人間の絆っていうのは崩してなんぼだよね。ほんと、理解できないよ。他者とわかりあうなんて。他人より上に立った方が、絶対気持ちがいいのに」

 

ミリューは笑う。

その笑みは、お世辞にも少女らしい純朴さは感じられない。

 

「……少し昔のことを思い出しちゃったな」

 

「昔のこと……ですか?」

 

「うん。まだ私が、いい子ちゃんぶってた頃のこと」

 

「それは、ルサールカ様……ルサールカに従順だった頃のはなしでしょうか?」

 

「さあ? どうだろうね……」

 

ミリューは……。いや、ミリューではない誰かは。目を閉じ、懐古する。

 

「いい子ちゃんぶってるのは、君も同じか。ねぇ、クロ……。いや…………()()()



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Memory117

「………また来たんですか」

 

メイドのベータは、再び単騎で乗り込んできた櫻に呆れ、困惑する。

一度見逃してやったのに、その命を散らすような真似をしに来ているのが、彼女からすれば理解不能だった。

 

「待って。大臣と話したいとは言わない。けど、貴方達とは話をさせて欲しいの」

 

櫻は真剣な表情で、ベータに話しかける。

 

「私達はただの駒です。話すことなんてありませんよ」

 

ベータは淡々と、無表情でそう告げる。

 

「ガンマって子から、聞いた。貴方達は、人工的に造られた魔法少女なんだって。大臣は、私達のこと、邪魔者だと思ってるのかもしれない。少なくとも、魔衣さんはそう言ってた。けど、貴方達となら……」

 

「いいぜ。その話、乗ってやっても」

 

突如、背後から櫻に声をかけるものが、1人。

 

「ガンマ……」

 

「ただし、条件が一つ。ワタシとタイマンだ。それで勝ったら、の話だがな」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

カナは1人、路地裏を彷徨う。

魔法省の倉庫に帰ったら、ラカとタマの遺体がある。それを直視したくなくて、いまだに外にいたのだ。

 

もう追手は来ない。ナヤが足止めしてくれたからだろう。けど、カナにとっては、もうそんなこと、どうでもよかった。

 

「なんで…………なん……で……」

 

どうして、ナヤ達が死ななければいけなかったんだろう。どうして、こんなに酷い目に遭わされなきゃいけなかったんだろう。何も、悪いことなんてしてきていないのに。

 

カナは、ひたすら『なんで』と、誰にというわけでもなく問いかける。

精神的に幼い少女に、理不尽な現実を、飲み込め切れるわけがなかった。

 

「やくそく………ゆびきりまでしたのに………なんで……」

 

カナの目から、涙がこぼれ落ちる。

感情の制御が、できていないのだ。

 

助かると思っていたのに、いきなりこれだ。まるでジェットコースターかのように、状況は悪化してしまった。

そう、今まで助かると思い、舞い上がっていたのは、この状況に陥る前の、準備段階でしかなかったのかもしれない。

 

「うそつき………」

 

悲しみは、憎悪へと変わる。

 

「やくそく………やぶった………うそつき………わたしたちのこと………だまして!!!!」

 

やり場のない悲しみは、明確な対象を持った怒りへと変化する。

 

「ゆるさない………ぜったい………ぜったいにゆるさない……」

 

カナの目が、憎悪の炎を宿す。

 

「ころしてやる…………ぜったいに……………殺してやる!!!!」

 

心優しき少女は、かつて自分が見ていた夢さえ忘れ。

ただ復讐のために動く、憎悪の塊へと、変貌した。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

櫻とガンマは、互いにぶつかり合う。

現状は互角同士の対決。櫻は『桜銘斬』を、ガンマは大鎌を持って、どちらも近接での対決を行っていた。

 

「貴方達のこと、知りたい。だから、私が勝ったら、教えて。貴方達のこと」

 

櫻は戦闘をしながら、ガンマに話しかける。それほどの余裕を残しながら戦っているということでもある。

 

「別に構わないぜ。まあ、私に勝てたらだけどな!」

 

ガンマの言葉に、櫻の口角が僅かに上がる。

 

「言質は取ったからね」

 

瞬間、櫻の周囲に桜の花びらが舞う。

 

究極魔法(マジカルパラダイス)・花吹雪」

 

櫻を警戒し、彼女から距離を取るガンマだったが。

 

「んなっ! これは」

 

ガンマの手足を、鎖が拘束する。

 

「花吹雪は本来相手を拘束するための技だよ。花びら自体は拘束具………鎖の方へ誘導するためのブラフだから」

 

「へぇ。贅沢な魔力の使い方すんだな」

 

「あはは。そうかも。でも、これで私の勝ちってことでいいよね?」

 

「ま、拘束されてちゃなんもできねーしな。降参だ。そっちの勝ち。約束通り、ワタシはお前に協力してやるよ」

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「つーわけで、裏切るわ。じゃーなベータ」

 

今から友達と遊びに行ってきますくらいの勢いで裏切り宣言をかますガンマ。そう、彼女はこういうやつなのだ。元々ガンマ達は“成功体”の人造魔法少女だったためか、ある程度の自由が保障されていた。“成功体”だからこそ、簡単には処分したくない、というお偉いさんの考えがあるからだ。

 

「ガンマは自由すぎます……。別にいいですけど」

 

だとしても、ガンマの行動は自由すぎるものであると、ベータはそう思った。

 

「貴方は、来ないの?」

 

「裏切ったところで、私は何をすればいいのかわからないので。それに、私がいなくなってしまったら、アルファ1人になってしまいますから」

 

「アルファ?」

 

「ワタシ達と同じ、人造の魔法少女だ。ま、あいつは魔法省に忠実だし、櫻達側についてくれるかは正直ビミョーだぞ。あ、そうそう。ワタシの体ん中にさぁ、爆弾入れられてるから取ってくれね? じゃないと爆破が怖くて裏切れねーわ」

 

「爆弾…。もしかして、アルファって子も、その爆弾のせいで……」

 

「あ、いえ。爆弾がつけられているのはガンマだけです。こいつは自由すぎますので」

 

「自由っつーか。ワタシは悪いことしたくないだけだ。どうせなら正義の味方のがかっこいいだろ?」

 

ガンマはドヤ顔でそう言う。自由であることに変わりはないのでは、と櫻はそう思ったが、口には出さない。

 

「もし、アルファって子が私達の側につくってなったら、貴方はどうするの?」

 

「そんなに私を仲間にしたいのですか?」

 

「うん。私はできれば、皆が手を取り合えるような世界にしたいから。敵だからとか、そんな理由で、わかりあうことを放棄したくないの」

 

「お人よしなんですね…。まあ、アルファがそちらにつくというのなら、私もそちら側についても構いませんよ。ただ、問題としては、私達の生命維持装置があるのかどうかなんですが………」

 

「あ、そっか。その話もあったんだった……」

 

櫻は忘れてたー! と言わんばかりに頭を抱えて悩みこむ。

 

しかし、櫻は知らない。幸いにも、クロが助けようとした魔法少女4人組のうち、3人が死亡しており、生命維持装置に余りがあるということに。つまり、櫻の悩みは杞憂であるということだ。

 

ガンマはそんな櫻の方に手を置き、うんうんと頷きながら、言う。

 

「ま、なんとかなるだろ!」

 

楽観的すぎるガンマの姿を見て、もしかしたらなんだかんだでどうにかなるかもな、なんて、そう思う櫻とベータだった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

とりあえず、生命維持装置のこと、カナ達にも話してこないとな。

カナは学校に通いたい、だったか。まあ、近場の学校で言えば、やっぱ翔上になるのかなぁ。ま、そこら辺は魔衣さんがどうとでもしてくれるだろう。シロの戸籍だってどうにかしてるわけだし。

 

ラカは海外旅行、だっけ。いやでもパスポート偽造とかは流石にまずいしなぁ。4人の中で1番ハードルの高い夢かもしれない。タマはハンバーグが食べたいんだっけ。これに関しては、俺が手作りで作ってやればいいか。ナヤのカラオケも、金さえあれば皆で行けるし、ハードルは低めかな。問題はラカかなぁ。ま、でも自由になるんだ。夢を叶えるのは今すぐじゃなくてもいい。将来的に叶えてもらえればいいでしょう。はい。

 

なんて、そんな風に考えながら、俺はカナ達のいる魔法省の倉庫へと足を運ばせる。愛もついてくるって言ってたんだけど、結局今回は生命維持装置の話をカナ達にしに行くだけだから、今日のところはついてこないらしい。

 

「あ、いた。おーい」

 

俺はカナのいる方へと走る。

カナもまた、俺の姿を視認して。

 

その表情を、まるで親の仇を見るかのようなものへと変貌させ。

両手に持つ双剣を、俺に向けてくる。

 

「うわっ」

 

俺は咄嗟に避けるが、意味がわからない。どうして、カナが俺に……。

 

「やっぱり、わたしのこと、しまつしにきたんだ。でもざんねん。こんかいのわたしは、まけるつもりはない。おまえなんか、ぎゃくにわたしがしまつしてやる!」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

クロとカナ、2人の戦いを、影から見つめる存在が、1人。

 

「ね、言ったでしょ。面白いものが見れるって」

 

「仲間割れ、ですか」

 

「そ。やっぱ1人だけ残しておいて正解だったね。こういうのが見れるし」

 

2人の戦闘を、嘲笑うかのように見つめる少女、ミリューは、その邪悪な笑みを崩すことなく、ただひたすら、自分が楽しむためだけに、人の心を弄ぶ。

 

影もまた、そんなミリューに心酔している。

 

本当の邪悪は、すぐそばに居る。だが、クロもカナも、お互いに夢中で、それに気付くことは、なかった。




カナちゃん気づけ! 本当の敵はそっちじゃないぞ!


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Memory118

クロvsカナの戦いは、カナの方が優勢な状態で進んでいった。

というのも、カナの方は、クロのことを仲間の仇だと考えているため、全力で、しかも殺しにいくつもりで攻めることができているのだが、クロの方はそうではない。

 

クロにとって、カナは敵ではない。敵ではないどころか、味方とさえ認識しているのだ。それに、クロにとっては、カナは救うべき対象でもある。だからこそ、クロはカナに対して、本気で対峙することができない。

 

「待って、カナ! 何か勘違いして」

 

「またわたしをだまそうとしてる! もうだまされない! ぜったいにころす!」

 

カナに話が通じることはない。カナの目に見えているのは、仲間の仇を討つこと。ただそれだけ。だから、クロがいくらカナに語りかけようと、その言葉はカナに届くことはない。どころか、カナからすれば、再び自分を騙そうとしているのだとしか認識することができないのだ。

 

クロの体に、次々に傷がついていく。

最初は、擦り傷程度のものだけだったが、戦闘が長引くにつれ、クロの傷は深くなっていく。

 

途中でカナの説得を諦め、一旦無力化してから話を進めようとすれば、ここまで傷つくことはなかっただろう。しかし、クロにとって、カナはまだ幼い少女。できれば手荒な真似はしたくなかった。

 

だが、その判断によって、クロはどんどん追い詰められていくこととなる。

 

クロが本気を出そうとするその頃には、すでにクロの体は限界を迎えており。

 

「トドメ!!」

 

クロの体は、カナの持つ双剣によって貫かれてしまい……。

 

(あ……これ………し……)

 

そのままクロの意識は、記憶の奥深くへと落ちていった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「や……った……?」

 

カナがクロの腹に刺した双剣によって、クロは腹部から血液を垂れ流しながら、地面に倒れ伏す。

 

「はは………わたし………ひと………ころして………」

 

仇を討ったのに、手応えはなく。ただ、人を殺したのだという、その事実が、自身に重くのしかかる。

 

「やくそく………まもってよ……」

 

クロの物言わぬ姿を見て、カナはポツリとそう呟く。

その言葉に込められた意味は、約束を守ってくれていれば、殺さずに済んだのに、というものも、含んでいたのかもしれない。実際には、クロは約束を破ってはいないのだが、そんなこと、カナが知る余地はない。

 

「お疲れ様ー。よく頑張ったね」

 

そして、そんなカナの元へやってくる人影が、1つ。

拍手をしながら、カナの元へやってきたのは、紫色の髪をツインテールにし、邪悪な笑みをその顔に貼り付けた少女、ミリューだ。

 

「だ、れ……?」

 

「んー? 私? 私はねー。一応ミリューと名乗っておこうかな。あ、そうそう。仲間の仇討ち、できたね。おめでとう!」

 

ミリューはパチパチと、胡散臭い笑みを浮かべながら、カナに向けて拍手を送る。

 

「でもざんねーん。君の本当の仇は、クロじゃありませーん」

 

そう言いながらミリューは、自身の体を霧で覆い、その姿を変容させる。

 

「ま……って、どういう……」

 

クロの姿になったミリューは、霧を何度も出し、クロの姿からミリューの姿へ。そしてまた、ミリューの姿からクロの姿へ、と、何度も何度も変身を繰り返し、カナに見せつける。

 

「君の本当の仇は私だよ。クロは約束を守ってたんだよ。君を助けるためにさ。でも遅かったね。クロは君が殺しちゃったんだ。その手でさ」

 

ミリューはクロが死んでいるとは思っていない。生きているのは知っている。だが、ここでは殺しておいた方が、カナにとっての精神的ダメージは大きいだろうと、そう判断した。

 

「そ、んな…………わたし………そんなつもりじゃ…………うそ…………」

 

カナは絶望し、震えている。

その様子を見て、ミリューは楽しくて仕方がない。

 

「ごめん……なさい………わたしの………せいで………わたしの………かんちがいで………」

 

カナはうわ言のようにぶつぶつと言葉を紡ぐ。

 

「んー。一旦気絶させとくか。壊さずにおいといた方がまだ楽しめそうだし」

 

そう言い、ミリューはカナの意識を失わせる。

 

「素材がいいし、もっと面白い使い方できそうなんだけどなー」

 

この場は自分が支配した。もう誰にも邪魔はさせない。と、全知全能に浸っているミリュー。

だからこそ、彼女は気まぐれに、自身の行動を決定する。

 

「やっぱ殺すか。おいといても意味ないや」

 

言いながら、ミリューはカナに向けて、槍を向ける。

それはかつての仲間、ナヤが使っていた槍であり……。

 

「じゃあね。中々に滑稽で面白かったよ」

 

そして、ミリューはその槍を持って、カナを突き刺す………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ことはなく……。

 

「は?」

 

ミリューの腕から、槍が飛んでいく。

 

(()()()()()())

 

「好き勝手してくれてさぁ。本当ムカつく」

 

そう言って奥から現れたのは……。

 

「なんで生きてるの?」

 

「私達のこと、実験動物かなんかだと思ってるんだろうけどさ。知ってる? 動物って、死んだふりするんだよ。自分の身を守るために、さ」

 

弓を構え、ミリューの持っていた槍をその矢で弾き飛ばした、自由人な少女。

 

「2人目の首を取った後に確認しておくべきだったか」

 

「なんなら私の首も取っておけばよかったかもね。そんなことされちゃ流石に死んだふりも意味ないからさ」

 

カナと同じく、人工的に生み出された魔法少女。

その1人である、ラカと呼ばれる少女が、この場に立っていた。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「影さん。計画は順調でしょうか?」

 

魔法省大臣。その大臣の秘書である男は今、影と呼ばれる、ミリューと行動を共にしている少年と話を交わしていた。

 

「順調なんじゃないですかね。魔法省の情報も抜き終わりましたし、無能な大臣はそのことに気づいてすらいないようですから。ぼくとしては、もう少しあの無能な大臣の無様な姿を拝みたいんですが」

 

「大規模破壊。その時に、ルサールカと魔法少女を潰し合わせる……でしたか。上手くいけば、ミリュー様が天下を……」

 

「まあ、どちらかに戦力が傾くようでしたら、その時はアルファが調整してくれることでしょう。ベータやガンマはミリュー様の指示に従いにくいようですが、アルファはたっぷり調教してありますからね」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「貴方が、アルファ……」

 

櫻はベータの紹介により、人造魔法少女の1人である、アルファと出会っていた。

本来、アルファは魔法省大臣、正井羽留利のボディガードとしての役割をになっているらしいが、ベータがその役を変わることで、櫻との邂逅を果たすことができたのだ。

 

「私に何か用か? 申し訳ないが、私は君達に協力できない」

 

一見、見た目は綺麗に整っているように見えるが、アルファの目は淀んでいる。その髪は、確かに手入れされていて、綺麗な紅色をしているように見える。だが、どこかくすんでいるような、そんな印象を、櫻は受けた。

 

まるで、何もかも諦めてしまったかのようだ。

 

「貴方を、助けに来たの。このまま、魔法省にいいように使われたままでいいの?」

 

櫻は問いかける。魔法省の本性は、今までの情報で大体分かった。魔法省そのものとの協力は不可能だ。そして、アルファ達の扱いも、まるで道具のようであるということは、ガンマやベータの話から推測した。

 

だから、助けなければいけない。

そう櫻は思ったのだ。

 

「魔法省に………か。別に構わない。どうせすぐ終わる。それに、私にそれ以外の存在価値などない」

 

だが、櫻の言葉は、アルファには1ミリも届きはしない。

アルファにとって、もはや希望などとうの昔に捨ててしまっているのだから。

 

「そんな悲しいこと………言わないで。きっと、貴方にだって…」

 

「言いたいことはそれだけか? 悪いが、ここに来た時点でお前は私の敵だ。死んでもらう」

 

そう言いながら、アルファは戦闘体制へと入る。

 

「「召喚・『桜銘斬』!」」

 

2人の声が重なる。

 

「なっ、なんでそれを……」

 

「どうせ、誰も私に敵わない。私に勝てないなら、ミリュー様にも勝てない。私を助けたいなら、まず私より強いことを証明してみろ」

 

そう言うアルファは、全てを諦めているようで、しかし、心のどこかで助けを望んでいる。そんな風に、櫻には聞こえた。だからこそ……。

 

「うん。絶対勝って。貴方を助けてみせるから!!」

 

櫻は真っ直ぐに、アルファの目を見てそう告げた。




ラカが生きてる。もしかしたら…と思うかもしれませんが、タマとナヤは死んでます。


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Memory119

「召喚・風弓(フロウボウ)

 

ミリューは風弓(フロウボウ)を召喚し、同じく弓を持つラカに対抗する。

お互いに弓を放ち、牽制し合う。が……。

 

「ヘタクソ!! 弓が簡単に扱えると思うなバーカ!!」

 

「うざ……」

 

ミリューとラカでは、射撃技術に差がありすぎたようだ。ミリューはラカに矢を当てることが一切できていないが、逆にラカはミリューにピンポイントで矢を当てに来ている。しかも、矢の飛んでくる間隔も、なんとかギリギリ避けれる程度の頻度で矢が飛んでくるレベルであり、そのせいもあってか、ミリューの射撃の精度は最悪になっていた。

 

「弓は向こうの土俵ってわけね。戦い方を変える必要があるか……」

 

ミリューは風弓(フロウボウ)を捨てる。

 

特別召喚(オーダーメイド)絶対防御装甲(パーフェクトアーマー)

 

そして、ミリューは魔法によって作り出された鎧を全身に纏い、自身の防御力を強化する。

 

「さあ、仕切り直しといこうか」

 

ミリューは鎧を纏ってすぐさま、ラカに接近する。

真っ直ぐに向かってくるミリューを見て、ラカは何度も矢を放つが、ラカの矢ではミリューの絶対防御装甲(パーフェクトアーマー)を突破することはできない。

 

「カナ、借りるよ」

 

弓が通じないと気付いたラカはすぐさま、カナの武器である短剣を拾い、その短剣でミリューに対抗する。

が……。

 

(押し負ける……!)

 

「ここででしゃばらずに、死んだふりしてればよかったね。そしたら殺されることもなかったのに。じゃあね、死ね」

 

ミリューの武器が、ラカに振り下ろされる。

回避手段はない。自由に動き回るために、身に纏っているのは、軽装で、とてもミリューの攻撃を防御しきれるような衣服ではない。それに加え、ミリューは絶対防御装甲(パーフェクトアーマー)を纏っている。カウンターをしようにも、今のミリューにはそのカウンターが通ることはない。

 

 

 

 

 

 

 

だが、ラカの表情から、笑みが消えることはなかった。

 

「背後に気をつけな」

 

突如、ミリューの背中に、とてつもなく大きな衝撃が走る。

気づけば、ミリューの絶対防御装甲(パーフェクトアーマー)にはヒビが入っており、もし装甲がなければ、確実に絶命していたであろうことがわかるほどの威力の衝撃が、背中に走っていたことがわかった。

 

「な………にが……」

 

()()()()()

 

ミリューが後ろを振り返ると、そこには……。

 

「なんだそれ……」

 

ミリューは、困惑した声でそうぼやく。

だってそこにいたのは……。

 

首から上のない、胴体だけの存在が、大斧を持ってその場に鎮座していたのだから。

 

「生き……てる? いや……魂は死んでる……」

 

「そうだよ。生きてはいない。けど、タマもあんたにやられっぱなしはいやだって。だからこうやって化けて出たんだよ」

 

ラカはわざとらしくそう告げる。本当にタマが化けて出たわけではない。

タマはあらかじめ、自身の身体に魔術を施しておいたのだ。

 

タマのモットーは、敵の始末。しかし、自分が死んでしまっては、敵の始末が完遂することができない。だからもし万が一自分が死んでしまった時の保険として、タマは自身の身体が死後も、魔力がある限り駆動し続ける。自動稼働型死体人形としての魔術を施しておいた、というわけだ。

 

ナヤは臆病だし、カナも怖がるだろうから、という理由で、このことはラカにしか告げられてはいなかった。だからこそ、ミリューにタマの存在がバレることもなかったのかもしれない。

 

「クソっ、この死に損ないが……!」

 

ミリューは感情のままに、タマ(の死体)に拳を振るう。

しかし、もはやタマの身体は、ピクリとも反応しなくなっており……。

 

「もらったァ!!!!!!」

 

背後のタマに気を取られているミリューの隙をつき、ラカはカナの短剣をもって、ミリューの絶対防御装甲(パーフェクトアーマー)を完全に破壊し尽くした。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「ほぼ互角……」

 

「当たり前だろう。私は貴方の戦闘データから作られた存在なのだから」

 

櫻とアルファの戦いは、互いに譲らず、拮抗した状態が続いていた。互いに構える武器は同じ『桜銘斬』。背は若干アルファの方が高いが、しかし、ほとんど変わらない。

 

「結局、お前も私と互角。それじゃ、ミリュー様にも、ルサールカにも勝てない。結局、私は………」

 

「そう……だね。確かに、私じゃ貴方を助けられないのかもしれない」

 

櫻の言葉に、アルファはびくりと、まるで今まで縋っていた希望が崩れ去ってしまったかのように怯え出す。

その様子を見て、櫻はそっとアルファを見て微笑む。

 

「でも、うん。助けるのは、私だけじゃないから」

 

「そんなの……意味がない。私は見た。アストリッドという吸血鬼が、弱者を蹂躙する光景を…! 肉眼ではない。だが、データとして見た。あれが意味するのは、弱者がいくら束になろうと無駄だということ……。結局、圧倒的強者の前には、誰も逆らえない!」

 

「ううん。それは違うよ」

 

櫻は『桜銘斬』を手放し、戦いを放棄する。

 

「確かに、私達は何度も、協力したって突破できない壁に出会ってきた。でも、それでも、皆で協力して、諦めずに、挫けずに、乗り越えてきた」

 

櫻はアルファに近づき、その体を抱き寄せる。

 

「きっと、怖いんだよね。でも大丈夫。安心して。私達が、貴方を守るから」

 

初めて感じる、人の温かみ。アルファはそれに触れて、戦意を喪失する。

 

「信じて。約束する。絶対に、貴方を怖い目には遭わせないから」

 

いいのだろうか、委ねても。そう、アルファは思案する。

 

「やっぱり……私には……」

 

「“誓約魔法”。“私は、アルファちゃんを怖い目に遭わせないこと、また、そのために、その身をもって、全力で障害を取り除くことを、誓います”」

 

「待て………それは……」

 

“誓約魔法”。

それは、強力な自信への縛り。

それを行うことで、何かメリットを得られるわけではない。ただ、その行為を行わない状態になった時にのみ発生する、強力な自分自身への呪いのようなものだ。つまり、自身の不作為を咎めるための究極のルールだ。

 

もしそれを破った場合、自身の死、もしくは、魔力行使の不可能化という、大きな代償を負わせられることになる。

 

「そこまでして……私を……」

 

「安心して、約束は、守るから」

 

櫻は、再びアルファに微笑みかける。

屈託のないその笑顔を見て、アルファは、ついに、決心する。

 

この人なら、信頼できる。

きっと、求めていた希望は、これなのだと。

 

アルファはそのまま、欲望のままに、櫻の腕の中で眠りについた。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「魔法省と協力? ハッ。やっぱり頭お花畑のガキどもはお気楽でいいな! やっぱ生意気なガキは潰したくなるぜ」

 

そうぼやきながら、ポケットに手を突っ込みながら乱雑に歩く彼の名は、ゴブリン。かつては組織の元幹部として働いていた、魔族だ。

アストリッドに用済みだと言われ殺されかけた後、茜の手によってその命を救われた彼だったが、恩を感じることもなく、再び魔法少女たちに牙を向くことを考えていた。

 

そんな彼の元にやってきたのは……。

 

「ゴブリンさん、悪いけど、貴方のことは見逃せないっす」

 

メイド服の魔族、クロコと……。

 

「俺ァ前々からお前のこと気に食わなかったんだ。丁度いい機会だ。ここで終わらせてやる」

 

鷹の魔族、ホークだ。

 

「おいおい、まさか人間に協力するつもりか? 正気かよ」

 

「そうらしいぜ。ま、俺はどっちでもいいけどなァ」

 

「私は人間のこと、そんなに嫌いじゃないっすからね。人間と魔族の共存も、案外悪くないんじゃないかなって思ってるっす。けど、貴方はそうじゃなさそうなんで」

 

「ならいいぜ。かかってこいよ。俺に勝てるなら、だけどなぁ!」

 

ゴブリンは懐から、一つの道具を出す。

 

それは……。

 

怪人強化剤(ファントムグレーダー)!!」

 

ゴブリンは、その腕に怪人強化剤(ファントムグレーダー)をさしこむ。

 

「さぁ! 殺し合いの始まりだ!!」

 

魔法少女たちの預かり知らぬところで。

魔族たちもまた、それぞれの思想のもと、対立を始めていた。



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Memory120

鬱陶しい。失敗作のくせに、ここまで私を翻弄するなんて。

死に損ない(タマ)はもう動くことはないだろう。多分、こいつは死後、自身の肉体に魔力を付与することによって、自動で敵を撃退するようにしていたんだろうが、見たところ、彼女の死体にはもう魔力は残っていない。警戒の必要は0と見ていい。

 

しかしはっきり言って、ここまでしてやられるとは思ってなかった。絶対防御装甲(パーフェクトアーマー)の破壊に関しては、そこまで大きな問題ではない。あれは元々、朝霧去夏対策用に魔法少女から奪った力に過ぎなかったし、それが失われたところで、私自身のスペックは変わらない。多少去夏と戦うのが面倒にはなるが、まあ、去夏にはルサールカをぶつけとけばいいだろう。双方潰しあってくれれば、こちらとしても楽でいい。

 

ただ、問題なのは、ラカとかいう失敗作だ。絶対防御装甲(パーフェクトアーマー)が破られたからではない。ただ、漠然と、この失敗作は、何か大きな()()()をしている気がしてならない。

 

死んだふりもそうだ。魂の存在を知覚できるはずの私が、失敗作(こいつ)の死に気づかなかったのは何故か?

はっきり言って、今でも分かっていない。

 

はっきり言って、櫻やアストリッドよりもやりにくい相手だ。私にとって、相手の情報を知れないというのは、不気味で仕方がない。

 

「意外だったよ。スペックで言えば、カナが1番高かったはずなんだけど、まさか君が私に楯突くなんてね」

 

「カナは鋭いけど純粋だ。いくらあんたが悪意を持って私達に牙を向こうとしていても、カナは相手の善性を信じてしまう。そういう意味では、あんたの悪意に気づける私の方が、カナよりも上だったのかも、なんてね」

 

弓を構え出したな……。遠距離戦に持ち込むつもりか。

確かに、今の私は絶対防御装甲(パーフェクトアーマー)を失っているし、近接戦よりも遠距離に持ち込みたい気持ちはわかる。けど、流石に私を舐めすぎだ。

 

世間を知らない小娘に、()()()()()()()()私が劣るはずないのだから。

 

距離の詰め方なんて簡単だ。少し疲れてしまうのがネックだが、要は全速力で失敗作の懐に入り込めばいいだけのこと。

 

私は全速力で駆け、失敗作との距離を詰める。

向こうは矢を放つが、私のスピードに、奴の矢が追いつくはずもない。

 

「キャハハ! 死ねぇ!!!」

 

さよなら。

何を隠してたのかは知らない。けど、死んだら意味ないよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………は?

 

魂融合(ソウル・リ・ユナイト)

 

何で、私が……。

これは……血?

 

なん……で……。私の体に、血?

 

魂融合? 何のことだ? 何をした?

 

ありえない。私の体は、魂による防御と、魔法による防御の二重結界だ。絶対防御装甲(パーフェクトアーマー)の破壊に関しては、絶対防御装甲(パーフェクトアーマー)に魂や魔法による防御が施されていないからという理由で納得できる。

けど、私の体に傷をつけたのは………どうやった?

どうすれば、ここまでの魔力を、それもただの失敗作が持てる?

 

意味が、分からない。

 

だって、こいつは……。

 

「隠してて正解、かな?」

 

魂が……2つ?

 

「何で二つも魂を持ってるのかな…?」

 

「教えて欲しい? いいよ。冥土の土産にしな。…私さぁ、どうも前世の記憶ってものがあるみたいでね」

 

とりあえず、怪我を抑えつつ、失敗作との距離を取ろう。一旦こいつに情報を吐かせながら、私の体の治癒をしなければ。

 

「逃すわけないだろ」

 

クソっ、こいつ、私の肩を掴みやがった!

力が強すぎる……。これが魂二つ分の力か。

 

「タマとナヤのこと殺しておいて、平然と生きていられると思うなカスが」

 

「分かった。こうさんこうさん。大人しくするから、からくりを聞かせてよ」

 

しかし、こいつの話には興味がある。

前世持ち……つまり、黒沢君と同じってことかな。

 

じゃあ、こいつももしかしたら……。

 

しかし、だとしても、魂を2つ分所持しているというのは、意味がわからない。

私は魂がストックできるというこの体(ミリュー)の特性のおかげで、複数の魂所持を可能にしているからわかる。

でも、こいつの体はそうじゃない。前世持ちだからという理由で説明しようにも、黒沢君は魂の在り方こそ他とは若干異なるものの、魂自体はそれひとつのみしか存在していない。

 

「やっぱりムカつく。今ここで殺しておかないと」

 

「へー。じゃあ、押しちゃおうかな、このボタン」

 

「何…?」

 

私は懐から、一つのスイッチを取り出す。

特に押せば何か起こるというわけではない。けど、そんなこと、こいつにはわからない。

 

「カナちゃんの体の中にある爆弾を、起爆させるボタンだよ。当然だよね? 君達は私が作り出してあげたんだ。だから、君達の体には、爆弾が埋め込まれている」

 

「…‥ハッタリだ。もし仮に爆弾が埋め込まれているなら、私のことをいつでも爆殺できたはず……なのにそれをしなかったのは……。そもそも、私はお前が私達の製作者だなんて聞いたことも……」

 

ああ、そうだよ。ハッタリさ。でもね……。

 

()()()()()()()()()()()、でしょ? それに、私が製作者なのは間違いないよ。君達を魔法省に提供して、魔法省内部の情報を探ろうと思って君達を造ったんだ。その証拠に、私は魔法省が保管している情報を、ほぼ全て網羅している」

 

人造魔法少女なんて、そう簡単に造れるような代物じゃない。組織だって、何万という失敗を重ねて、クロやユカリを生み出したのだから。

 

でも、私は少し違う。

私は、魂の存在を知覚することができる。だから、組織の奴らよりも、私の方が効率良く、人造の魔法少女を生み出すことができるのだ。カナ達を“失敗作”だとして切り捨てることができるのも、私にとっては不必要かつ、組織ほど人造魔法少女に価値を感じていないからこそできることだ。

 

組織は人造魔法少女を捨て駒として扱いはするが、やはりどこかでその希少性を認めてはいるわけ。だから、クロを洗脳して無理やり従わせたり、なんて手段に走ったりしたわけだ。勿論、必要になればクロを切り捨てれるだろうけども。

 

「話の続き、してもらおうかな?」

 

「わかった……。私は……前世の記憶があったんだ」

 

魂を二つ同時に所持……。おそらく、急激な魔力の増強はそれによるものだろう。

 

「前世じゃ、弓道部だった。弓が上手いのは、多分その影響」

 

そして、私がこいつの死んだふりに気付かなかったのも、こいつによる偽装工作。

魂が二つ存在している性質を利用して、私に魂を認識させないように、2つの魂の知覚されにくい部分を合わせ、私の目を欺いたのだろう。

 

同じ容量で、私と戦っている時も、魂を一つに見せかけていたんだ。

 

「別に、特段話すこともないんだけど、ただ、死ぬときは、わけわかんなかったな」

 

そして、私の体を傷付けるほどの魔力………。

魂を二つ分所持しているだけじゃ、魔力総量は変わらない。じゃあ、何故?

 

「でも、生まれ変わって、カナ達と出会って、それで……」

 

いや、そうか。

私の認識が間違っていた。

 

知覚できにくい部分を合わせたところで、死んだ状態の魂に見せかけるなんてこと、不可能だ。

なら多分、本当に仮死状態にすることで、魂の知覚を不可能にした。けど、それは二つのうち、一つの魂が生きている状態だからこそできるものであって、仮にそれをしたとしても、もう一つの魂は生きているわけだから、結局は知覚できてしまう。

 

けど、多分彼女は、二つの魂を、それぞれ切り替えているのだ。

そうか、こいつは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「でも、そんな日々は、突然壊されたんだ……。あんたによってさ!!」

 

私の手に持っているボタンが、失敗作の持つ短剣によって弾かれる。まあ、最初からそれを狙っていたんだろう。分かってはいたよ。でも、無駄さ。君のからくりは、理解した。

それに、君のおかげで、私はもうワンステップ。上へ行ける。

 

「お前なんか……死ね!」

 

魂融合(ソウル・リ・ユナイト)

 

ありがとう。これでもう、恐れるものはない。

 

「あがっ……」

 

でも、残念だけど見逃すわけにはいかないね。

黒沢君みたいに、対応が可能ならば残して私の()()のための観察対象としてもいいんだけど、君は少々()()()()から。生きてられちゃ困るんだよ。

 

「魂の融合、か。面白い技だ。これによって、一時的に魔力総量と身体能力を飛躍的に向上させることができる。魂を複数持つものにしかできない芸当だね。でも、だからやっぱり私にもできるんだ。元の身体能力は、私の方が上。だから必然的に、同じ技を使えば、私の方が勝つ。結果的に、君は敵に塩を送ったんだ。お疲れ様、そしてありがとう」

 

私は、失敗作(ラカ)を、倒れて気絶している失敗作(カナ)の方へ投げ捨てる。ああ、なんて優しいんだろうな、私って。これは慈悲だ。寂しくないように一緒に殺してあげる。

 

さて、このくらいの出力なら、クロは巻き込まれないかな。

アレは未来への保険として、置いておく価値は一応あるからね。

 

「でも、面白いなぁ。君、()()()()()と、ラカっていう()()()()()と、二つあるんでしょ? まあ、人格自体は限りなく交わってるのかもしれないけれどさ。基本人の体って一つの魂しか持てない、だから君は一つ体内に所持して、もう一つを外に出す形で二つの魂の所持を可能にしていたんだね。そして必要な時は二つの魂を融合させ、一つにすることによって、身体能力と魔力の底上げをはかった。という感じかな」

 

私は魔力を極限まで圧縮させた、魔力の塊を作り出し、2人に向けて放つため、照準を定める。

 

「魂は別にして、人格はある程度混ぜ、その上で記憶は完全共有。か、中々面白いことをするね。二重人格、というわけではないだろうし、少し難解な状態というわけかな? ふむ。前世の人格の魂を入れている時は、どちらかというと弓道に打ち込み気味な自分になって、今世の人格を入れている時は、カナ達との時間が好きな自分になる。とか、そんな感じかな? 大方、人格そのものの変更というよりかは、多少の趣味嗜好の改変が行われると考えた方がいいか。いや、中々に面白い体質だね。できれば私の実験体として残しておきたかったんだけど。ま、仕方ないかー。残念。じゃあね」

 

ちょっと勿体無いけれど、仕方ない。私は圧縮させた魔力を、2人に向けて放つ。

 

「カナ!!!!」

 

ラカはカナを庇うようにして前に出る。

でも、意味ないから。

 

「うん。思った通り」

 

次の瞬間には、その場には2人の姿なんてどこにもない。

 

「あちゃー。火力高すぎたかな? 遺体すら残らないなんて。人2人消滅させちゃうほどの火力かぁ。とんでもないや」

 

始末完了。さて、思わぬ形で手に入れたこの力だけど、今の私なら、もしかしたら……。

 

へへへ……。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「間に合ってよかったよ。何分、私は盲目なものでね。少し手間取ってしまった。申し訳ない」

 

そう語りかけるのは、少し大人びていて、紅葉色の髪を持った、盲目の少女だ。手には、如何にも魔術!といった感じの魔法陣が表紙になっている、少し古びた本が握られている。

 

「もしかして………助けてくれたの?」

 

そう語りかけるのは、ラカと呼ばれる、人造の魔法少女だ。彼女は、盲目の少女によって、ミリューが魔力を放つ寸前に、カナと共に救出されていたのだ。

 

「うん。助けたよ。正直、ギリギリだったけれどもね」

 

「あ、ありがとう……。でも、貴方は一体……」

 

「そうか、自己紹介が遅れたね。申し訳ない。こんないかにも不審なやつ、信用できないのも無理はないか」

 

盲目の少女は、少し申し訳なさそうにしながら、ラカに話しかける。

 

「私の名は古鐘(こがね)。うん、そうだね……。簡単に私の自己紹介をするとすれば………()()()()()()()()()()()()()、なんてのが適切かな?」

 

古鐘という少女は、ラカを安心させるためか、穏やかな笑みを浮かべながら、そう告げた。




ラカに関しては、なんか魂2つあって、前世持ちなんだ、って感じでおけです。ちょっと難解になっちゃってますが、言いたいことはただそれだけなので。


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過去編
past memory1


「んあ……」

 

騒がしくなった教室を契機に、俺は目を覚ます。どうやら授業中に眠ってしまっていたようだ。

そうだ、カナは………。カナって誰だ? まだ寝ぼけてるのかな。

 

「珍しいね、君が寝るなんて」

 

「愛か…。別に夜更かしとかしてないんだけどなぁ」

 

休み時間に入ってすぐに俺に声をかけてきたのは、俺の親友である親元 愛(したもと めぐみ)だ。腐れ縁で、ある意味で俺の唯一の友人と言っても過言ではない。細身で儚い感じの男で、実は密かに女子人気があるやつでもある。まあそれを言ってしまうと調子に乗らせてしまうだろうから、あえて俺は言ってない。別に愛に彼女ができたら寂しいからとか、そういう理由ではない。断じてない。

 

事実、愛がいなかったら俺の学校生活は物凄く虚しいものになってしまう。一応クラスメイトとは一通り話せはするが、友達だって断言できるほど仲がいいかと問われると微妙だし。

 

「次の時間はLHR(ロングホームルーム)だから、絶対起きときなよ」

 

「何するんだっけ?」

 

「文化祭の係決めだよ…」

 

俺の言葉に愛は、『はぁ』とため息をつきながら、呆れたような表情をして言う。

毎回そうだ。俺は関心のないことに対する物忘れが激しくて、いつも愛に頼ってしまっている。

妹のことなら何でも覚えてるんだけどなぁ。なんて風にぼーっと考えていたら、愛がまたジト目でこちらを見ていた。うん、ごめん。せっかく話しかけてくれたのに、無視するのは良くなかったな。まあ正直、愛ならそれくらい許してくれるかっていうのがあったからそうしたんだけど。

 

ま、かと言ってこのまま何も話さないのもなんだし、残りの時間は愛と話そうかな、なんて考えていたらチャイムがなった。

 

愛がすごいムスッとした表情をしていた。ごめんて…。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「というわけで、本日のLHRでは文化祭の係決めを行いたいと思います」

 

教卓の前で凛々しく佇みながら話すのは、このクラスの委員長である深丸 麗華(みたま れいか)だ。クラスの皆から好かれており、善性をその身で体現したかのような完璧美少女、というのが客観的な評価だろう。

 

「まずは……」

 

深丸が前に立つ時、普段ははしゃいでいるはずのクラスメイトも、妙に落ち着き払った様子で、真面目な態度を見せるようになる。これも深丸の人徳だろう。皆彼女のことを好いているから、彼女の困るようなことはしたくないと考えている。そのおかげか、係決めは思ったよりもスムーズに進んでいるようだ。

 

「すんません遅れましたー」

 

そして、間延びした口調で教室に入ってくる少女が1人。

彼女の名は楽山(らくざん) カミラ。弓道部所属で、自由人なところがある。授業もしばしば飛ぶが、地頭がいいのか、定期考査では学年10位以内には毎回入っており、模試でも良い判定を出し続けている猛者だ。ただ、同級生と絡むことは少ないため、彼女を目の敵にする輩も一定数いる。

 

当然、うちのクラスでも一定数彼女のことを快く思っていない層はおり、何人かは今まさに、楽山に対して非難の目を向けている真っ最中だ。

 

「カミラちゃん来たんだ! 良かった〜。体調が悪いって聞いてたから、心配してたの」

 

しかし、そんな視線も、深丸の一言ですぐに引っ込む。深丸は楽山の遅刻を気にしてなどいないということをアピールすることによって、楽山への非難の目を少し軽減させたのだ。おそらく、深丸は計算してこれを行っている。このクラスがいい雰囲気でいられるのは、間違いなく深丸のおかげだろう。いじめなんてものも存在せず、割と快適な学校生活を送れるので、深丸には割と感謝している。

 

「俺は係なんてやりたくないし、パスだな」

 

ただ、深丸はクラスメイトの皆から好かれてはいると言ったが、それも全員というわけではない。

当然ながら、彼女に対して悪い感情を抱いている、もしくは何とも思っていない層だって一定数存在するのだ。

まあ、深丸も人間だ。人なんて、誰かに好かれることも、嫌われることも、往々にしてあるのだから、そんなことは気にするだけ仕方がないのかもしれないが。

 

「鮫島君ならそつなく色々こなしてくれるかなって思ってたんだけど……。まあ仕方ないよね。鮫島君も忙しいし。でもま、係はやりたい人優先だから、全然大丈夫だよ」

 

ちなみに鮫島 刻(さめじま きざみ)は別に不真面目なやつというわけではない。特別成績が良いというわけではないが、勉強もほどほどにこなしているし、授業態度も至って普通だ。だが度々深丸を困らせる為に発言しているだろと思わせるような場面があり、何かしらの感情を深丸に抱いているのは確かだ。ただ、恋愛感情を抱いているというわけではなく、まるで深丸を探っているかのような、そんな雰囲気すら感じられる。まあ、深丸ほどの完璧超人を見れば、どこか粗探しをしたくなるものなのかもしれない。

 

「私もパース。忙しいしね」

 

鮫島に便乗するかのように発言する少女の名は、紫村 未来(しむら みらい)。成績優秀の優等生だが、無駄なことは省く主義のようで、手を抜ける場所は全力で手を抜くタイプの人間だ。ある意味要領がいいのかもしれない。ただ、クラスメイトの勉強の面倒はよく見るようなので、案外悪いやつではないのかもしれない。

といっても、本人いはくクラスメイトの勉強を見てやっている理由は、他人に教えた方が自分の理解力が上がるから、教えた方が記憶しやすいから、などなどの理由ではあったが、しかし他人にそれだけの労力を避けるのだから、それはすごいことだと思う。

 

ただ、こんな風にやる気のない態度を見せたとしても、深丸が前に立っている、というその事実だけで、クラス内は統一された空気感が漂い出すし、雰囲気もほとんど悪くなることはない。

 

だからだろうか、気づけば、LHRの時間が終わる20分前には全てやるべきことは終わっており、後は自由時間となった。各々勉強を始めたり、友人と喋るなどして時間を潰し始める。

 

ちなみに俺は愛の席が遠かったため、仕方なく勉強に励んだ。

適当にページ開いたら普通にわからないところで焦った。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

と、いった感じのが俺の高校生活だ。まあ、特別これと言って特徴的な何かがあるわけではない。ただ、俺のクラスは恵まれてはいるんだろうなとは毎度思う。おかげで今こうしているように毎日、妹のために早く帰宅することができているわけだし。

 

変に敵を作りにくい、というのも俺のクラスの良いところではあるだろう。俺は()に嫌われたくはない。立派なお兄ちゃんとして見られたい。だから、他人と喧嘩だとか、クラスで浮いてるだとか、そんな兄ではいたくない。妹に顔向けできるるお兄ちゃんでありたいと、そう思っているのだ。

 

まあそれもあってか、俺自身はめちゃくちゃまともで真面目である、と思っている。家事はきちんとこなしているし、他人の悪口を言い合うようなこともなければ、誰かに責任を押し付けたこともない。ましてや、バレてないからの精神で悪いことをしたり、なんてことも一切なかったしできる範囲であれば人助けもこなしてきた。といっても、今までの人生で人助けと呼べるものを行ったのは、たったの1、2回なんだけども。

 

ま、どちらにしても行動原理はほとんど妹に基づくものだったりするので、真面目というよりもただの妹思いなお兄ちゃんってだけなんだろうななんて適当に自己分析をする。

 

「そういえば、カナって誰だったっけ?」

 

んー、なんか忘れてる気がするんだよなぁ……。いやでも、毎回何かしら忘れてるのは事実だし、多分カナって子と以前会ったことがあって、今はそれを忘れてしまっているだけなんだと思う。そして、何か大切な約束をした気がするんだけど………。

 

「まあ、明日愛に聞いてみればいっか」

 

しかし、すぐさま俺の頭の中から、カナに関することは抜け落ちる。

この時起きていれば、俺はあんなに拗れることは、なかったのかもしれないと、後々そう思うことも知らずに。




全3話になる予定


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past memory2

文化祭前日の放課後。クラスは文化祭の出し物の準備で忙しく、人手もあまり足りていない状況だった。俺はクラス委員長の深丸、そして親友の愛と一緒に資材を作っている最中なんだが、正直ここらで切り上げたいと思っている。

 

勿論、クラス一丸となって協力することも大事だとは思うし、人手が足りていない状況で仕事を放り出すのはあまりよろしくないだろう。けど、雪の晩御飯を用意しに帰りたいと、正直そう思ってしまう。別に雪だって、晩を適当に済ますことくらいはできる。でも、できれば雪にはおいしいご飯を食べてもらいたいし、手作りの温かみを感じて欲しいって思ってる。それに雪に寂しい思いをさせたくはない。だから……。

 

「ごめん委員長…」

 

「………妹のこと? 大丈夫だよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そういうことにしておくから」

 

「ありがとう」

 

委員長には俺のシスコン度合いはバレている。だから、度々こうやって口裏合わせをしてもらっているのだ。

確かに、クラスメイトから非難を受けたくないという思いも多少は持ち合わせてはいるが、1番は雪から変に思われるのが嫌だから、だ。雪から、兄は協調性のない人間だ、他人のことを思いやれない人間だ、なんて思われたくはない。

 

だから、クラス内でも程々に他人に気を使いながら過ごしているし、困っている人がいたらできる範囲で助けるようには心がけている。それは俺自身に善性があるわけではなくて、ただ単に雪に嫌われるような人間になりたくないから、というただそれだけの理由だ。

 

俺は足早に帰路を進む。

材料はすでに買ってあるから、後は帰宅して料理を作るだけだ。

 

「クロ、何してるの?」

 

「?」

 

突然、俺の目の前に、雪のように真っ白な髪を持った、俺より少し幼そうな少女が現れる。

 

その少女のことを、俺は………。

 

 

知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

景色が変わる。

見慣れた通学路は、まるでそこに最初から存在しなかったかのように、塗り替えられていく。

 

あっという間に、俺のいた場所は、ありふれた通学路から、殺風景で無味無臭な部屋へと様変わりしていた。いつの間にか俺の姿も、どこか見慣れた少女のものへと変わっていた。

 

俺の目の前で、シロが、ルサールカに殴られ、蹴られ、涙を流しながら、血だらけになっている。

俺の手には、一丁の銃が握られていて、本能で分かる。これを使えば、ルサールカは()()()

 

けど、殺すことしかできない。殺す以外に、彼女を止める選択肢はない。

 

 

 

かと言って、俺の足は動いてはくれない。

だって、殺すことなんて許されていいはずがないんだから。

 

俺は、ぼーっと突っ立って見ていることしかできない。

やがてシロの顔から生気がなくなり、ピタリと動かなくなるまで、俺はその場に棒立ちし続けた。

 

俺が銃を使わなかったから。俺がルサールカの命を摘み取らなかったから。

 

「自分の手は汚したくないのかしら? 最低ね」

 

ルサールカの嘲笑が、俺の耳に届く。

 

「チャンスを与えてあげたのに。行動できないなんて間抜けだわ。安心しなさい。殺してはいないわ」

 

そう言って、ルサールカはその場から姿を消す。

 

 

 

 

場面は変わる。

景色も時間も、何もかもが異なる。

 

目の前には、俺がホワイトホールから取り出した血の刃の攻撃によって倒れている吸血姫(アストリッド)の姿。

どう見ても動ける状態ではないし、わざわざ殺す必要もないだろう。

 

でも、何かが引っ掛かる。

この後、俺は後悔した気がする。

 

 

 

 

ああ、そうか。

 

 

 

 

 

 

ここでアストリッドにトドメを刺さなかったせいで、俺は自分の手でユカリを殺さなくいちゃいけなくなったんだ。

 

どうして、今まで忘れてたんだろう。

この怒りを。恨みを。

 

「君はさ、自分が綺麗なままでいたかっただけなんだよ」

 

「愛……」

 

「妹に嫌われたくない。根源にあるのはそれかもしれない。どちらにせよ、君は心のどこかで。自分をよく見せたい、善人であるように振る舞いたい。そういうありふれた欲望を持っていたんだよ」

 

そうかもしれない。

俺は、自分が周りによく見られるように振る舞ってきた。深丸に口裏を合わせてもらったのも、クラスメイトから薄情なやつだって思われたくないからだ。

 

「自分の手を汚さずに、誰かを助けることは、難しい。八重も、過去にクロを守るために、殺しを行ったことはある」

 

「シロ…」

 

「クロじゃわたしをたすけられなかった。だってクロには、だれかをころすかくごがなかったから」

 

「カナ……。違う。ただ、ちょっとすれ違いがあっただけで、今から話せば……」

 

「違わないだろう。お前は組織に脳を弄られたせいで記憶力に影響が出たと言っていたが、それは違う。お前は自分自身で、見たくないものを、今の自分にあっては不都合なものを、()()()()()()()()()()()()()()()()。記憶だけじゃない。誰かを恨み、妬む感情も、思いも、全て」

 

俺は、過剰なまでに物忘れが酷かった。だからきっと、組織に脳を弄られた影響なんだって、そう信じて疑ったことなんて一度もなかった。けど、実際には、アスモデウスの言う通りなのかもしれない。

俺は、俺が残しておきたくない記憶を、自分で消している節もあったんだろう。見たくないものから目を背けて、自分を正当化して、綺麗なままであろうとした。

 

多分、きっかけは俺が妹に嫌われたくないって思ったことからだろう。けど、それもただの言い訳に過ぎない。

俺は、妹を理由にして、また自分を正当化していただけなんだ。自分の手を汚さずに、綺麗なままで、誰かを助けたいって。

だから、魔族を恨む感情も、なかったことにした。櫻達は、そんな醜い感情、持っていなかったから。だから自分もそうならないとって、いい子ぶって、感情を忘却させた。

 

きっと、そうなんだろう。どこまでも、自分が大事で、他人に手を汚させてまで自分を守ってもらって、それでいて自分は綺麗なままで誰かを助けたいだなんて………。

 

「いい加減取り繕うの、やめたら? 今の貴方で助けられる人間なんて、そんなにいないんだから」

 

そう言ってミリューは、血まみれになって倒れているアストリッドの方を指差す。

 

「丁度いいや。これ、殺しなよ。良い練習になると思うよ。でも、あんまり遅いと、前みたいに、自分の手で妹を殺すことになっちゃうかもね」

 

俺は言われた通り、その手に大鎌を持ち、それをアストリッドに向けて振るう。

力は、そんなにこめていなかった。けれど、俺が一振りしただけで、彼女の命は絶たれる。

 

簡単だった。こんなにも、簡単なことだったんだ。

たった一回。鎌を振るうだけで、俺はユカリを殺さずに済んだ。ユカリの命を救ったんだ。

 

でも………。

 

「うっ……おえ………」

 

後から、やってくる。命を摘み取った、その重みが。

初めての経験だ。慣れない経験だ。だからかもしれない。けど、やっぱりこんなこと、慣れたいとは思わない。

 

「安心しろ。ここは夢の中だ。お前は実際には誰も殺してはいない。実際にお前がどうするかは、この後目覚めてから考えれば良い」

 

「たつき……? いや………お前は………」

 

「随分うなされていたようだったからな。つい様子が気になって夢の世界を鑑賞してしまった。だが、あのまま地べたで寝られていても困るのでな。こうして起こしに来たというわけだ」

 

「そっか……寝てたのか……。って、そういえばカナは……」

 

「続きは夢から目覚めた後でやろう。ここでは俺も好きなように力が使えん故、外界で問題が起こっていた場合、対処できんからな」

 

そう言って、魔王は霧となって消えていく。

 

殺すという選択肢、か。

 

できれば、そんな選択は取りたくない。でも……。

 

「俺って、こんなにも、他人を恨んでたんだな……」

 

今まで忘却させていた、憎悪の数々。

それを思い出してしまった今、正直、誰も傷つけない、なんてこと、達成できそうもない。

 

やっぱり俺は、正義でもなんでもないのかもしれない。




過去編(大嘘)


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〜2年後〜 死神
Memory121


目を覚ます。俺は冷たい地べたで寝そべっていたせいか、体が冷えていた。

周りを見渡す。カナの姿は見当たらない。その代わりに、魔王の姿が見受けられた。

 

「目が覚めたか」

 

「カナは……」

 

「知らん。ただ、俺が来る前に、ここで大きな魔力の反応があった。それによって死んでいたとしてもおかしくはない」

 

改めて、俺は辺りを見渡す。

目が覚めた時には気づかなかったが、そこには人の死体が二つあり……。

 

「あ………」

 

その遺体には、見覚えがあった。

俺が助けようとしていた、人工の魔法少女達。その死体であったのだから。

 

「な……んで……ここで何が………」

 

「殺し合い以外ないだろう。俺が来た時には、ミライだかミリンだか知らんが、そんな風な名前を名乗った女がいた。おそらくそいつが殺したのだろうな」

 

多分、魔王が言いたいのは、ミリューのことだろう。何故ミリューがカナ達に目をつけたのか……。

俺の動向を追われていたのか、それ以外の理由なのか……。分からない……分からないが……。

 

「結局俺は、守れなかったんだな……」

 

約束したのに。俺は、何一つ、彼女達の夢を叶えてやることができなかった。

指切りまでしたのに、カナの願いを、俺は……。

 

「…どこへ行く?」

 

「櫻達のところ、戻る。魔衣さんにも報告しないと」

 

「そうか」

 

魔王は一言、それだけ言う。俺についてくるつもりはないらしい。こいつの行動もよく分からないところが多いが、正直、今はそんなことを気にかけている余裕なんてない。

 

「ごめん……カナ………」

 

無理矢理にでも、あそこから連れ出しておくべきだった。櫻達の近くにいれば、こんなことにならずに済んだかもしれないのだから。

 

俺はどうしてこうも、選択を間違い続けてしまうんだろうか。

 

そもそも、ミリューさえいなければ、こんなことにはならなかったんじゃないだろうか。

こんなことになる前に。俺が、ミリューのことを殺せていれば……。

 

「ダメだ……」

 

今のミリューは、別人の魂を入れられて乗っ取られているだけなのだ。殺してしまえば、元々のミリューの人格まで殺してしまうことになる。元のミリューには俺が組織を抜け出すための手回しまでしてもらった。恩を仇で返すわけにはいかない。

 

それに、やっぱり俺は、殺すなんて……。

 

思考の渦に呑まれていると、気づいた時には既に櫻達のいる場所へ戻ってきていた。本当に、あっという間だった。

 

どうやら櫻達は、今もまた何か話し合っているらしい。

 

櫻達の話している内容はこうだ。

魔法省でこき使われていた、人工の魔法少女達を助け出すことに成功した。

魔法省との協力は困難だが、人工の魔法少女達は大規模破壊に協力してくれる。

とのこと。通りで知らない魔法少女がいると思ったわけだ。

 

何よりも驚いたのは、櫻が、アルファという人造の魔法少女の信用を勝ち取るために、“誓約魔法”を使ったということ。“誓約魔法”なんて、そんなにポンポンと使っていいようなものじゃない。

 

でも、そうか。

それができるから、櫻は、アルファ達を助けることができたんだろう。

 

カナ達を助けることができなかった、俺とは違って。

 

そうか。やっぱり俺は、根本的に、櫻達とは違うんだろう。

櫻はきっと、希望を捨てない。常に理想を追い求め、一番良い未来を掴もうとしている。

 

でも、俺には、そんな覚悟なんてない。

俺は、最良の未来を掴めるだけの力を持ち合わせていない。

 

俺と櫻じゃ、性質が違うんだ。

 

櫻は今も、微笑ましいという顔をしながら、皆の輪の中に混じろうとするアルファ達を見守っている。

 

俺は、その光景を、見ていられなかった。

どうしても、俺が助けることのできなかったカナ達のことを思い出してしまうから。

 

俺は適当に「外の空気でも吸いたい」と言って、その場から逃げるようにして立ち去る。結局、魔衣さんにカナ達のことは報告できていない。櫻がアルファを救い出しているのを見て、後ろめたくなってしまったのもあるだろう。

 

「気分転換がてら、散歩でもするか」

 

正直、こうでもして気を紛らわさないと、やっていけそうになかった。

街をぶらぶらと歩く。

怪人の出現しない街は、比較的平和だ。多分、組織も大規模破壊に向けて、怪人を貯蓄している最中だから、街に怪人が出没しないのだろう。

 

静かな街で、少し気持ちを落ち着けよう。

カナ達のことを忘れようというわけじゃない。けど、今は冷静にならないと。

 

そんな風に思いながら、歩いていた時だった。

 

「オイオイオイ!! もう終わりかよ!! 口ほどにもねぇな!!」

 

目の前には、どう見ても重症なメイド服の魔族、クロコと鷹型の魔族、ホーク。

それを引き起こしたのは、おそらく目の前で高笑いしながら叫んでいる元組織の幹部、ゴブリンだろう。

 

ゴブリンは一度、茜に助けられたことによって一命を取り止めた。だから、少しは落ち着いたんじゃないかって、そう思ってた。けど……。

 

「何してる?」

 

俺は少しの希望を持って、ゴブリンに話しかける。俺の勘違いの可能性だって、まだあるんだから。

 

「あ? オイオイ。クソ生意気なガキじゃねーか。何してるって決まってんだろ? 人間と共存だとかいうクソキメーこと言ってる奴らを嬲ってるんだよ。魔法少女とかいうガキなんて気色わりーだけなのに、何でこいつらはそれの味方をするんだろうなぁ!」

 

「茜に助けられた恩を忘れたのか?」

 

「別に俺は頼んでねーよ。あのガキが勝手にやっただけだ。あいつも馬鹿だよなぁ。俺を生かしときゃこうなるってわかりきってるだろ。ああ、安心しろよ。皆仲良く地獄送りにしてやるからなぁ」

 

茜への感謝を一切せずに、それどころか茜を侮辱するゴブリン。そんなものを見て、気分が良くなるはずもない。

せっかく、気持ちを落ち着けようとしていたのに。こんなもの見せられたら、俺は……。

 

「何で、お前みたいな奴が生き残ってるんだよ……!」

 

感情(怒り)を、殺しきれないじゃないか!

 

俺はその手に大鎌を持ち、ゴブリンに振るうために、その足を動かす。

当然、俺の持っている鎌は殺傷能力のない『還元の大鎌』なんかではない。こいつに、そんなもの必要ない。

 

「お前のことを助けた茜は、今も意識が戻ってない! なのに……! お前は!!」

 

「しらねぇよ。ガキが口ごたえすんな」

 

俺の攻撃を、ゴブリンは軽々と交わす。

そうか、今の俺は魔衣さんに力を制限されてるんだった。なら……。

 

俺は懐から、怪人強化剤(ファントムグレーダー)を取り出す。これを使って、自身の力を増強することによって、俺にかけられている制限を無理矢理解除する。

 

使用してすぐに、俺はゴブリンの胴体を切り裂く。

 

「お前みたいな奴が生きてるのに、カナは生き残れないなんて、不平等だよな」

 

俺の力じゃ、結局、何も犠牲にせずに、何かを助けることなんてできないのだろう。

ようやく分かった。自分がどうすれば良いか。

 

櫻達は、きっとこれをしない。いや、できないだろう。

でも、きっと必要なことなんだ。

 

今ここで、俺はこいつを()()。そうすれば、将来こいつによって奪われる命が、なくなるのだから。

 

最初から、こうしておけばよかった。

思えば俺は、何度もそんな機会があった。

 

でも、俺は、殺せなかった。その結果、自分の手でユカリを殺すことになったり、シロが洗脳されてしまったりしたのだ。

 

生かしておいて、良かったことなんて、一度もない。

 

「オイ! まて……」

 

「じゃあな。死ね。クソ野郎」

 

俺はそのまま、ゴブリンに向かって大鎌を振り落とす。

 

初めて命を奪った感覚は、気持ちが悪くて、頭に焼きついて離れてくれそうになかった。



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Memory122

手に残る感触が、気持ち悪い。

さっきまで高笑いしていた(ゴブリン)は、もはや一言も発さない置物(オブジェ)と化してしまっている。

 

俺が、殺した。

 

この手で、目の前にあった命を、摘み取ったんだ。

 

でも、でも、仕方ない。こうしなければ、今後たくさんの命が奪われていたかもしれなかったんだ。

櫻達じゃこいつを殺せない。実際に、茜はこいつのことを助けた。

 

だから、俺が、俺が殺さないといけなかったんだ。だから、仕方なかった。こうするしかなかった。

 

本当に?

 

俺は、自分が気に食わなかったから、カナ達が死んだのに、こいつがのうのうと生きているのが許せなかったから、だから、こいつを殺したんじゃないか?

 

俺も結局、自分の気分でこいつを……。

 

「違う。そんなんじゃない。違う。違う……。違うんだ」

 

ここにいちゃダメだ。一旦離れよう。今の俺のメンタルはまともじゃない。だから少し動揺してるだけだ。どこか落ち着ける場所に行って、気持ちを整理しよう。そしたら、そしたら大丈夫だ。

 

落ち着こう。ここなら、誰もいない。1人になろう。まずは、呼吸を整えて、それで……。

 

「あ、いた!」

 

「さ、くら……?」

 

「外の空気を吸うって言って、それっきり帰ってこないから気になって。それと……。クロちゃんが、凄く、辛そうな顔をしていたから、何かあったのかなって」

 

そっか。櫻が気にしていたのは、アルファ達だけじゃない。俺のことも、気にしてくれていたんだ。櫻は、誰にでも優しいから。

 

「大丈夫?」

 

櫻が心配して、俺の顔を覗き込んでくる。

 

「辛いことがあったら、何でも言ってね」

 

今はその優しさが、辛い。

 

「全部終わったら、また皆で遊園地に行きたいなぁ……」

 

純真無垢な少女の願いは、今の俺にはあまりにも劇薬だった。

俺はもう、純粋なままではいられないのだから。

 

「大丈夫? 手、震えてるよ?」

 

そう言って、櫻は俺の手に触れようとしてくる。櫻の、真っ白で綺麗な、汚れのない手が、命を奪った、穢らわしい俺の手に、触れようとしている。俺はそれが、ひどく気持ち悪く感じられて…。

 

「っ触るな!!」

 

激しい口調で、櫻の手を払いのける。

櫻は俺の行動に、驚いて固まってしまっている。まさか拒絶されるとは思っていなかっただろうから、ショックを受けているのかもしれない。

 

俺自身、こうして過剰に反応してしまったことに驚いているくらいなのだから。

 

実際、俺はこの時冷静ではなかったのだろう。だから手は震えていて落ち着きがなかったし、櫻の優しさすら失礼な態度で返してしまうほど、心に余裕もなかった。

 

「あ、ごめん……。そ、そうだよね。急に触られたら、嫌だよね……」

 

違う。そうじゃない。悪いのは俺だ。俺なのに………。

 

俺の口からは、謝罪の言葉は一切出てこない。謝りたい。けど、俺に謝る資格なんてない。

 

櫻の顔が、曇る。さっきまで、あんなに穏やかな顔をしていたのに。

 

「っ」

 

「あ、待って!」

 

俺はその空気に耐えられず、その場から逃げ出してしまった。後ろで櫻が悲しそうな顔をしていても、俺にはそれを気にかけるだけの余裕がなかった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「アルファが裏切った。うーむ。しっかりと調教していたつもりだったんだけど、失敗したか。やっぱり、道具に感情は持たせるべきではないのかもしれないね。感情を持たせておいた方が、伸び代があるだろうし、その潜在能力にも期待できるから、そうしたんだけど、ま、最低限能力があれば十分だし関係ないかぁ。ほんと、こんな時のためにスペアプランを用意しておいてよかった」

 

「ミリュー様、アルファが裏切ったということは、いよいよ私達の出番ですか?」

 

「そうだねアンプタ。裏切り者の始末。頼むよ」

 

アンプタと呼ばれた魔法少女は、虚な目をしたまま、ミリューの言葉にコクリと頷き、了承の意を示す。

彼女は、ミリューによって造られた、感情を持たない人造の魔法少女(道具)だ。そこに肉体はあれど、魂は限りなく本物のそれに近いだけの代替品にすぎない。

 

アンプタ以外にも、ミリューの配下達は存在しており、各々別の反応を示していく。

 

「やっと私の出番? 待ちくたびれたわん! はやく戦わせて頂戴!」

 

「香水臭いぞ売女」

 

「刻、一応女性に対する態度はもう少し改めた方がいい。奴らは面倒な性格をしている」

 

「はぁ……。こんな集団と一緒に行動するくらいなら、無能な大臣の面倒を見ていた方がマシかもしれませんね」

 

「どいつもこいつも、ミリュー様のことを考えていないな……。まったく。やはりこのぼくこそが、ミリュー様の配下に相応しいようだね」

 

「無能が一匹。無能が二匹。無能が三匹。あ、数えるまでもなかった。有能なのは私だけ」

 

魔族の女、人間の男、吸血鬼。それに魔法省大臣の元秘書と『影』と呼ばれる少年に、アンプタと同じ人造の魔法少女。彼ら彼女らは、各々の理由でミリューの部下として仕え、暗躍している。

 

数にして丁度7。

 

「そうだ、せっかくだから君達に称号を与えよう!」

 

ミリューは7という数字を見て、パッと思いついたことを提案する。

 

「丁度7だし、7つの大罪とかどうかな?」

 

「ミリュー様、ぼくは『影』です。そんな大それた称号を得ずとも、ぼくは裏でミリュー様の手となり足となり暗躍するだけで……」

 

「じゃあ『影』は『嫉妬』ね。独占欲強そうだし」

 

「光栄です!!」

 

ミリューは雑に、それぞれの配下に称号を与えていく。その行為に、特に意味はない。強いて言うとすれば、配下間の仲間意識の強化、だろうか。

 

ただ、どちらかというと、人の上に立っているという、その感覚に浸りたいがために。称号を与えているに過ぎないのかもしれない。

 

ミリューはどこまで行っても、自分至上主義なのだ。だからルサールカに指図されるのは気に食わないし、自分の思い通りに動くものは大好きだ。

 

そして同時に、苦しみ、もがき、無様に足掻く様を見るのも好きなのだ。

 

だから彼女は、考える。

 

(さて、次はどんなふうに料理しようかな)

 

その可愛らしい顔に、邪悪な笑みを浮かべながら。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

流石に、あんな風に櫻を拒絶しておいて、櫻達の元に戻るなんてことができるほど、俺の神経は図太くなかった。正直、もう櫻達とは顔を合わせたくない。

 

見せたくないのだ。こんなみっともない自分を。汚れた自分を。

こんな汚れた手じゃ、触れ合うことすら憚られる。

 

殺そうと、そう考えたときには、自分の中にどこか使命感のようなものも生まれていた。でも、いざ殺してみると、後に残るのは罪悪感だけ。使命を完遂したことによる達成感なんてものはないし、後味の悪さが俺を苦しめてくるだけだった。

 

だから、今は、何も見たくない…。

 

俺は………。

 

「なるほどな。遂にやったか」

 

今日の俺は、ついてないのかもしれない。櫻から逃げた先で、また別の奴と出会ってしまったのだから。

 

「魔王……」

 

「そう警戒するな。それに安心しろ。殺しくらい俺は何度も行っている」

 

「そういう問題じゃない……」

 

「落ち着け」

 

そう言って、魔王は俺の肩に手を回してくる。妙に馴れ馴れしいなこいつと思いつつも、俺には抵抗するだけの気力もない。

 

「お前は間違ったことはしていない。もしお前が奴を殺さなかった場合、奴はおそらく何の罪もない一般の魔法少女に危害を加えていた。そうなった場合、お前はどちらにせよ奴を殺さなかったことを後悔することになるだろう。幸い、奴が死んでも悲しむ奴はいない。お前は、より良い道を選択した」

 

正しいとか、正しくないとか。命の問題に、正義だの悪だのを持ち出すのは、間違っている。それが、俺の考えだ。

 

いや、それが俺の考えのはずだったんだ。

 

でも、魔王の言葉は、今の俺にとって、都合の良いものだった。

 

「安心しろ。俺はお前の共犯者だ。お前が進みたいと思った道へ進め。俺はそれを尊重する」

 

きっと、こいつはそうやって俺を言いくるめたいだけなんだろう。都合の良い言葉を与えて、自分は味方であると、そうアピールしているだけで、本当の意味で俺を尊重などしてくれてはいないのかもしれない。

 

けど、今の不安定な俺にとっては。

魔王の提案は、まさに渡りに船だった。



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Memory123

とりあえず、しばらく櫻達とは距離を取ることにした。今の精神状態では、櫻達と普通に接することもできそうにないからだ。それに、俺自身が、純粋な彼女達と関わるのが、苦しいというのもある。

 

魔王はまたどこかへフラフラしているのだろう。あいつの考えていることはよくわからない。一応辰樹の体を使っているわけなので、辰樹の家族が心配したりしていないかなどと聞いては見たが、そこのところは大丈夫だと言っていた。上手いことやってくれてるといいのだが……。

 

「…………」

 

ところで。

目の前に体育座りをして不貞腐れてる少女がいたら、どうすればいいんだろうか。

 

A.とりあえず声をかけてみる。

 

 

「何?」

 

「えっと………。そんなとこで何してるのかなって」

 

「はぁ? 見てわからない? 座ってるのよ。皆るなのこと無視するんだから」

 

彼女の名は閃魅光。シロの友人で、反射の魔法を持つ魔法少女だ。

そういえば、アストリッドに見捨てられた後、どうしてるのか分からなかったな。

 

「はぁ……。お腹すいた」

 

「え、何も食べてないの?」

 

「普通に食べたわ。でもまたお腹減ったの」

 

「えぇ……」

 

てっきり身寄りがないのかと思ったら、どうやらそういうわけでもないらしい。かといってなんでこんなとこで座り込んでたのか。

もしかして、普通に構ってちゃんなだけか?

 

「そういうわけだから、奢って」

 

「え?」

 

「ありがとう! 優しいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、光にご飯を奢ることになりました。今現在、俺は適当に近くにあったファミレスで食事をしています。

お前金あるのかって? 一応持ってるよ。組織にいた時は持ってなかったけども。

 

まあ、自分で稼いだお金とかではなく、魔衣さんから支給してもらってただけなんですけどもね。まあ、お金がないと食事も碌にできないし、世話になりっぱなしなのはたまに申し訳なくなるが、仕方がない部分もある。

 

組織にいた頃は、誰かの食べかけだろみたいな食事だったりとかで、碌なもの食べさせてもらえなかったから、正直食事のありがたみっていうのはひしひしと感じているところはある。といっても、最近は食欲がなくて、1日1食なんてことも当たり前みたいになってきているところはあるんだが……。

 

「ありがとう…。本当に奢ってくれるとは思わなかったわ」

 

「そりゃああいう頼まれ方したら、断りにくいし…」

 

「しろはどうなったの?」

 

「どうって」

 

「洗脳されてたんでしょ。どうなったのよ」

 

「それは……」

 

シロの洗脳については、多分まだ解けてない。

アストリッドは既に捕えてあるから、無理矢理聞き出すことは不可能ではない。でも、最近は他のことで手一杯で、シロのことは後回しにしていた節はある。

 

そんな俺の心情を読み取ったのか、光は明らかに不機嫌そうな顔になる。

 

「はやくなんとかしなさいよ。じゃないと、しろはいつまでも眠ったままかもしれないわよ」

 

そういえば、アストリッドを捕えて以降、シロは一度も目を開けていない。流石に死んではいないだろうし、食事が取れない分の栄養分なんかは魔衣さんあたりがカバーしてくれてはいるだろうが、いつまでもそのままというわけにはいかない。

 

でも、多分今アストリッドのところへ行ったら、多分俺は、アストリッドのことを殺してしまうだろう。

シロの洗脳を解きたいという気持ちはある。が、その時の感情の昂りで、うっかりアストリッドを殺してしまわないとも限らない。だから、俺が直接行って聞くというのは、どうなんだろうか。

 

「ま、とりあえず奢ってくれてありがと。正直皆るなのこと無視するから、ムカついてたところだったの。ま、貸し1ということにしといてあげるわ」

 

そう言って光は手をひらひらとしながら、店から出ていった。

 

シロのことも、そろそろどうにかしなきゃいけない。

もう俺は殺しを行ったんだ。

 

ブレーキなんて存在しない。

 

「ごちそうさまでした」

 

後はただ、突っ走るだけだ。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

櫻がクロを探しに行ってしばらくの時間が経った後、流石に櫻が帰ってくるのを待ち続けても仕方ないと、そう判断した来夏達は、各々で荷物をまとめ、解散しようとしていた。

 

しかし、そんな彼女らの前に1人の少女が立ちはだかる。

 

風貌からして、一目で魔法少女と分かるような格好をしている少女の名は、アンプタ。

 

「見つけた。裏切り者」

 

「誰だ」

 

来夏は虚な目をしたアンプタを見て、警戒を強める。対してアンプタはそんな来夏の呟きに応えるように、言う。

 

「7つの大罪、『暴食』のアンプタ。自己紹介するとこうなる」

 

アンプタは虚な目をしたまま、来夏達の方へ、より正確に言えば、アルファの方へその人差し指を向ける。

 

「用事はそこの裏切り者の始末。それ以外には用はない。でも邪魔をするなら容赦はしない」

 

当然、そう言われてはいそうですかと引き下がる来夏達ではない。各々戦闘体制を整え、アンプタへ抵抗の意思を見せる。

 

「馬鹿な奴ら」

 

アンプタは、そんな来夏達を蔑むような目で見る。

次の瞬間。

 

「が、あぁああああああああ!!!!」

 

双山魔衣の片腕が、()()()

 

当然、それを引き起こしたのはアンプタである。しかし、アンプタはその場から一切体を動かしてはいない。

遠隔から、魔衣の片腕だけを、綺麗に切断したのだ。

 

アルファの顔が、絶望に染まる。

自身を全力で守ると約束した櫻はこの場にはいない。相手の実力の底は見えず、標的は自分。

アルファの体の震えは、止まらない。

 

同様に、来夏達もまた、アンプタへの警戒を強める。

 

魔衣は吹き飛んだ部分を押さえて激痛に苦しんでいる。

 

「早く退いた方がいいよ。邪魔をすれば、皆死ぬだけだから」

 

アンプタが言葉を発した瞬間、魔衣の残った方の腕も切断され、宙を舞う。

 

「次は右足かな」

 

魔衣の四肢が次々に切断されていく。

そんな様子を、アルファ達は黙って見ているしかない。人数で言えば、アルファ達の方が有利だアルファに加え、ガンマにベータ。束にユカリもいるのだから。しかし、その誰もが硬直して足を動かすことができていない。未知数な魔法少女の動向に、怯えているからだろう。

そんな中、1人だけアンプタに向かって突撃したのは、来夏だ。

 

来夏はアンプタに向かって高速で接近してその拳を振るおうとするが………。

 

「おっと、あんたの相手は俺だぜ」

 

来夏の拳は、()()()()()()()に止められる。

 

「クソっ、どけ!!」

 

「俺達は別の場所でやり合おうぜ。邪魔になったら悪いしな」

 

男が言った瞬間、影から1人の少年が現れ、男と来夏を自信の影へと引きずりこむ。

 

「良い戦闘を」

 

そのまま、影と共に来夏と人間の男は消え去り、その場に残ったのはアンプタとアルファ達だけになった。

 

アンプタは消えた3人のことを気にする様子もなく、指先をアルファ達の方へ向ける。

 

「じゃあ、全員殺すね」

 

1人の少女による、蹂躙が始まる。

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

『影』によって人間の男と共に連れ去られた来夏は、アルファ達のいる場所とは遠く離れた場所に到着していた。

そこには、先程来夏を影の中へと連れ込んだ『影』と呼ばれる少年と、来夏の拳を受け止めた人間の男。加えて、人間の男の後ろに、まるで支えている執事かのように佇んでいる吸血鬼の男がいた。

 

「3対1かよ。弱ぇ奴は、群れないと碌に戦えねえんだな」

 

来夏は余裕そうな笑みを浮かべ、虚勢を張るが、実際には余裕は全くない。

 

だが……。

 

(私はもう負けたくない。絶対に勝つ)

 

負けるつもりは毛頭ない。

彼女の頭の中には、勝つビジョンしか見えていないのだから。



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Memory124

3対1といっても、主に来夏と戦闘しているのは、人間の男だけだった。『影』と吸血鬼の男は、基本的に人間の男のサポートに回っていたためだ。『影』は人間の男を、A座標からB座標へと移動させ、攻撃の回避や、逆に来夏へと接近し、不意打ちを仕掛けるためのサポートを行っている。吸血鬼の男は、自身の腕をナイフで刺し、自身の血を人間の男の武器へと変換することで、人間の男のサポートを行っていた。

 

人間の男は、吸血鬼の男から生成された血を、ナイフや投擲用の剣などに変換させ、それを用いて来夏と戦闘を繰り広げている。厄介なのは、その血の使い道は武器だけに限らないということ。大量の血を空中に自由に浮遊させ、周囲の視界を遮ることにより、強制的に死角を作り、視界外からの攻撃を可能にするほか、『影』の力によってワープする際にも、ワープしたということを悟らせないように周囲を血で覆うなど、その使い道は多岐にわたる。

 

来夏の方も、敵のやり口に翻弄され、攻めるに攻められない状況が続いていた。元々3対1だという不利な状況に加え、仮に攻めたところで、敵が血による陽動をメインに戦っているせいか、カウンターが飛んでくる可能性が極めて高い。

 

しかしかといって、攻めの手を緩める来夏ではない。

来夏の魔法の属性は、『雷』。雷属性の一般的な魔法少女は、主に後方支援として戦うことが多い。つまり、遠距離からの攻撃、それに関しては、前衛と比べてカウンターのリスクは低く、また、雷属性の戦い方として理にかなっているのだ。前線に出る来夏の戦い方が特殊なだけで、普通の雷属性使いの魔法少女は、体中に電撃を纏わせながら敵と相対するという器用なことはできない。せいぜい後方から電撃を浴びせるのが精一杯だ。

 

「雷撃!」

 

血壁(けっぺき)

 

まあ結局遠距離から攻撃したところで、血の壁によって防御されてしまうのだが。

 

「もっと攻めてこいよ、ガキ相手にびびってんのか? おっさん」

 

故に来夏は、方針を変えることにした。自分から責めに行くわけでもなく、かといって遠距離から攻めるわけでもない。

つまり、相手からこちらに向かってくるよう誘導し、カウンターを狙う。そのために、まずは相手を挑発することから入る来夏だったが…。

 

「口の利き方がなっていないな。お兄さん、だろ?」

 

相手は大人。まるでガキの戯言だと一蹴するかのように、そう返すだけ。

 

(チッ…。一見実力は均衡してるように見える……が、あっちは体力が単純計算3倍みたいなもんだ。長期戦をすれば、いずれこっちがジリ貧になって負ける)

 

このまま現状維持というのは、流石に厳しいだろう。だからこそ来夏は、短期決戦へと持ち込むことにした。

 

(この一撃で、決める。別に3人同時に持っていく必要はないんだ。1人持って行って、崩しにいく)

 

「『雷槌』………」

 

来夏の手のひらに、電撃が集中する。

 

敵の三方は、来夏の急激な魔力量の変動に、警戒心を強める。

 

(ああそうだ。それでいい……)

 

やがて雷撃は、来夏の手のひらの中で一つの槌へと形取っていく……。

 

「させるか!」

 

しかし、来夏が何か行動を起こす前に、仕留めてしまおうと、『影』が1人来夏の背後へと回り、妨害しようとしてしまう。

 

そう、()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()

 

来夏は自身の腕でせっかく集中して完成させた槌を一瞬で放棄する。集めた電撃は霧散し、再び来夏の体中に収納されることとなる。

 

そして来夏は、一瞬で体を180度回転させ、『影』の体に触れる。

 

「雷撃」

 

バチバチッ!と『影』の体中に電撃が走る。電撃で痺れているせいか、悲鳴すらあげることができずに、『影』はそのまま地面へと倒れ伏す。

 

そう、来夏は最初から、『雷槌ミョルニル』を放つつもりなどなかった。来夏の狙いは、相手を焦らせ、カウンターを狙うこと。

 

「まずは1人。さて、お次はどいつだ」

 

『影』は倒した。これにより、相手のワープによる翻弄はなくなった。一番恐れていた闇討ちの可能性は、限りなく低くなった。

 

「で、結局あんたら何もんだ? 大方、組織の回し者か何かなんだろ? アルファ達のこと、裏切り者なんて言ってたわけだしな」

 

1人削り、少し余裕のできた来夏は、相手に会話を投げかけてみる。敵は何人いるのか、何が目的なのか、それを探るために。

 

「ああ。そういう認識か。ま、そこら辺は適当にそう認識しておいてくれ。肩書きで言うなら、7つの大罪ってやつになるらしいぜ。ちなみに俺は『傲慢』。後ろのは『怠惰』。そこで伸びてるガキは『嫉妬』だそうだ」

 

1人戦力が削られたというにも関わらず、男は特に焦る様子もなく、落ち着いた様子で来夏の問いに答える。その様子に少し不信感を抱きながらも、来夏は会話を続ける。

 

「気になることは色々あるが、そもそも何であんたはそいつらと手を組んでるんだ? というか、ただの人間の男なのに何で戦えてるのか……」

 

「何から何まで答えるとでも思ってるのか? ま、別に答えたところでこっちに不利益はないから構わないんだけどな。そうだな……俺が戦闘できている理由に関しては、後ろにいる吸血鬼と契約を交わしたからだ」

 

人間の男が言うには、契約を交わせば、自身の血を飲ませることなどを条件として、契約した吸血鬼の血液を自在に操ることができるようになるらしい。同時に、契約した吸血鬼との間でパスが繋がり、魔力も一部共有。さらには身体能力の向上なども起こり得るらしい。ただし、“誓約魔法”による契約であるため、破ればペナルティがある。例えば男の場合、吸血鬼に血を飲ませなければ死ぬ、というペナルティが課されるのだ。

 

「そこまでして、何が目的なんだよ」

 

「おっと、突っ込みすぎだぜ。何でもかんでも答えると思うなって言ったよな」

 

「ま、別に私には関係ない。敵ならぶっ飛ばす。ただそれだけだ」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

なんてことはない。ただふと少し、気になっただけなのだ。皆、何を話しているのか。今後の方針は、どうなっていくのか。俺はもう彼女らと共に行く気はない。けれど、別に敵対するつもりもないわけだから、少し作戦を覗き見しようと思っただけなのだ。なのに……。

 

なんなんだ、この光景は。

濃すぎて、もはや黒色なんじゃないかと思うほど、真っ赤な血液によって染め上げられた地面。

当然、血液がそこにあるということは、それを流した者もその場にいるということ。

 

異様な光景だった。

俺の知っている彼女達が。

八重が、照虎が、束が、魔衣さんが……。

 

櫻が助け出した、3人の人造魔法少女に加え、ユカリまでもが。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

どう考えても、死んでいる。生きていられるわけがない。魔族であるからか、かろうじて魔衣さんだけ息があるように感じられるが、このままじゃ助からないことは明白だ。

 

「お前が、やったのか?」

 

俺は、俺の目の前にいる、1人の魔法少女に話しかける。

 

「そうだよ。忠告を聞かずに、裏切り者を庇おうとしていたから。馬鹿だったから、殺した。別に、こいつらは殺しても困らないから」

 

魔法少女の姿をしているから、もしかしたら、違うのかもしれない。そんな淡い期待を抱いていたが、それは一瞬で破壊される。

 

こいつは……。

 

こいつが……、ユカリ達を……。

 

殺しただけじゃない。ユカリ達を馬鹿だと…、下に見て、蔑む始末。

 

こんなこと、許していいのか?

 

 

 

 

 

いいわけないだろうが!!!!!!

 

俺が、間違ってた。

命を奪ってはいけない。それは確かにそうかもしれない。

けど、それは甘えだ。

 

取りこぼしてからでは遅いのだ。何もかも、手遅れになってからでは、何も生まれないのだ。

 

だから、また失った。同じ過ちを、二度繰り返した。

 

許せない。こいつのことも、それを引き起こしてしまった自分自身も!!

 

この世界には、救いようのない悪がいる!!話の通じない奴もいる!!

俺は、それを見誤った。何もかも、遅い。遅かったんだ……。

 

俺が、殺さないと。

 

こいつの息の根は、俺が止めないと。

 

「お前は……俺が殺す。楽に死ねると思うな」

 

「馬鹿ばっかり」

 

このゴミは、俺が始末する。



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Memory125

「行くのかい?」

 

大人びた魔法少女、古鐘は、この場から去ろうとしている人造の魔法少女、ラカに対して問いかける。

 

「貴女に任せておけば、カナは大丈夫だと思うから」

 

「単独で行動するのは良くない。しばらくはここに残って…」

 

「悪いけど、私は縛られるのが一番嫌な性分でさ。安心しなよ、1人で突っ走ったりはしない。必ず生きて、もう一度ここに戻ってくる。全部終わらせてから、ね」

 

ひらひらと手を振りながら、ラカは去っていく。

 

「そうか……。くれぐれも気をつけて」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

「やめておけ。死ぬぞ」

 

目の前にいる魔法少女、奴に、ユカリ達を殺した奴に、報いを、死を与えてやろうと、大鎌を構え、戦闘体制を整えていた俺だったが、突然肩を引っ張られ、止められる。

振り返ると、そこには辰樹の見た目をした魔王がいた。

 

「邪魔するな。こいつはユカリ達のことを!!」

 

たとえ相打ちになったとしても、あいつだけは許せない……。絶対に殺す。だから、邪魔はされたくない。これは俺のケジメでもある。ユカリ達を守りきれなかった、俺へのケジメだ。俺がもっと早く、命を奪う覚悟を決めることができていれば……。俺がもっと、保身に走らずに、他人のために動けていれば……。後悔せずにはいられない。俺は結局、自分のために、自分の好きなように動いてしまっていた。そのせいで、結局ユカリ達を失うことになってしまった。保身に走ったせいで、自分が綺麗なままでいようとしたせいで、大切な存在が、帰らぬ人となってしまったのだ。

 

「無駄死にするだけだ。やめておけ。お前じゃ敵わん。俺でも、奴の相手はしたくないと思うくらいだからな」

 

「だからって引き下がれるか。こいつは放置しちゃいけない奴だ。生かしちゃダメなんだ。今ここで殺さないと、後悔する。今までもそうだった! 俺は、いつも、ためらって……結局……」

 

「魔族の女は、まだ脈があるな……。俺の力があれば、助けることは可能だろう。他は死体だからな。助けようもない」

 

「ああそうだよ。あいつが、皆殺しにしたんだ。だから……!」

 

「……仕方ない。一旦冷静にさせるか」

 

魔王は、俺のことを掴んでいる手をはなし、俺の背後に立つ。

 

「しばらく寝て頭を冷やせ」

 

魔王がそう言った瞬間。俺の意識は途絶えた。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「はぁ………あいつ、どこほっつき歩いてるんだよ……」

 

櫻からクロの様子がおかしいと聞かされ、愛もまた、櫻と同様にクロのことを探していた。

適当にぶらぶらと、あてもなく歩き回るが、当然それで見つかるはずもなく……。

 

「てかそもそも、何でスマホも携帯も持ってないんだよ…。いやまあ僕も持っていないんだけどさ。どうかと思うよ? 今の時代、報連相は大事でしょうに」

 

愛もクロも携帯やスマホを所持していない。当然、櫻達は持っているのだが、クロは最近まで組織で過ごしてきたためか、携帯を必要としてこなかったし、愛も同様に最近まで組織にいたというのと、そもそも2年前に生まれ直したばかりだったという理由で携帯やスマホの所持をしていなかったのだ。

 

「1人見っけ」

 

そんなわけで、街中をぶらぶらと歩いていた愛だったが、突然、見知らぬ1人の少女に指をさされる。

 

(誰この子? もしかして魔法少女?)

 

「えーと、名前なんだったっけ? 櫻? 来夏?」

 

一回顔見知ったけど名前覚えてないわくらいのテンションでそう聞いてくる少女に、人違いでもしているのだろうかと、もしそうなら多分櫻や来夏の知り合いなんだろうなと、愛はそう思いながら、自身の名を答える。

 

「愛だよ。親元愛」

 

「あーそうだそうだ。じゃあ殺していいね」

 

「は…?」

 

しかし、少女は愛の名前を聞いた瞬間、背後から複数の触手を生み出し、それらの触手一本一本に魔力を込めて行く。

先程の発言に加えて、明確な殺意を持って魔力を込め、攻撃の姿勢をとってきている姿を見るに、愛のことを本気で殺しに来ているということは明白だ。

 

「無能は与えられた仕事しかこなせない。でもね、有能な奴は、言われなくても上が必要としていることを汲み取って働くことができるの。何が言いたいかっていうと、与えられた仕事をただこなすだけの馬鹿どもと違って、私は有能だということ。貴方は私の有能さを恨んでね。私が無能だったら、貴方は死ななかっただろうから。あ、でもあり得ないか。だって私は有能だから」

 

少女の触手が、愛に牙を向く。

 

しかし、愛は戦闘をこなせるほどの魔力を持っていない。

つまり、これから先待っているのは。

 

強者による、弱者の蹂躙だ。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

来夏は、『影』を倒し、相手の戦力を削ったことによって、多少は動きやすくなるかのように思っていたが、実際にはそうではなかった。

 

(さっきより動きが洗練されてきていないか?)

 

影を使ったワープこそしてこないものの、人間の男の動きは『影』が戦闘に加わっている時よりも数段キレの良いものとなっており、なんなら『影』を倒さない方が良かったのではないかと思うほどのものだった。

 

「前より動き良くて不思議か? 残念ながら、『(あいつ)』はお目付け役として加わってただけだし、連携が上手く取れてなかったから、むしろお邪魔虫だったんだよ。動きが良いのは、そのお邪魔虫がいなくなったからってわけだ」

 

よくよく考えれば、ワープ先も自分で決定しているわけじゃないし、戦闘中に別の場所に飛ばされてすぐに対応しろというのは中々厳しいものがある。そう考えると、人間の男と『影』の相性はあまり良くなかったのかもしれない。

 

(1人持って行って崩すプランが台無しだな)

 

来夏の額に少しの汗が垂れる。が、来夏は余裕の笑みは崩さない。この状況でも、彼女は負けるつもりは一切ない。

 

だが……。

 

「攻撃が飛んでくるのは正面だけじゃないぜ」

 

背後からの攻撃…。

そう、敵は2人。何も真正面から向かってくる人間の男だけが来夏の敵というわけではない。

 

後ろでただひたすらに出血を繰り返す吸血鬼の男。彼もまた、血液を操作し、来夏の背後に忍ばせることで不意打ちを狙った攻撃を仕掛けているのだ。

 

いつどこから攻撃が飛んでくるかわからない状況で、正面の敵にも集中しなければいけない。当然、来夏といえど、そこまでの戦闘を強いられれば消耗する。

 

(仮にここで勝てたとして、束達の方へ向かうのは無理そうだな)

 

別に勝ちが見えないというわけではない。だが、できればここで全てを出し切ってしまいたくはないのだ。できるだけ体力を温存して、束達が戦っているアンプタという少女との戦闘で本領を発揮したい。だが、この状況だとそうさせてくれそうもないのだ。

 

「『乱泉(みだれいずみ)』」

 

「んなっ」

 

と、そんな風に頭を巡らせる来夏だったが、吸血鬼の男による不意の攻撃に体のバランスを崩してしまう。

それにより、正面の人間の男からの攻撃を避けられない状況に落とし込まれてしまう。

 

(まずい……死にはしないが、このままだとモロ一発いれられる……)

 

ダメージを最小限に抑えるため、両手を前に出し、防御の姿勢を取る。

男の拳が、いよいよ来夏へあたるかと思われた時。

 

 

 

 

風を切る音が、聞こえた。

 

 

人間の男は、風の音を契機に一気に後ろへ退避する。

 

一瞬束が風魔法によって援護したのかと、来夏はそう思ったが、体勢を整え、周囲を見てみると、まず、自身が先程いた場所の少し前の地面には、一本の矢が刺さっており、その矢が放たれたであろう場所を見てみると…。

 

「2対1なんて卑怯だと思わない? よくないよねぇ。子供相手に、大人が本気出したらダメでしょ。ねぇ、鮫島君」

 

「誰だお前?」

 

人間の男は、怪訝な顔をしながらそう聞く。

 

「私はラカ。ただのラカだよ。えーと、来夏、でいいんだっけ? 加勢するよ」

 



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Memory126

ラカの加勢により、2対2の戦いが始まるかのように思われたが……。

 

「あーやめだやめ。試合終了」

 

人間の男の宣言により、戦闘は強制的に終了させられた。

 

「はぁ!?」

 

「………何が狙いだ」

 

ラカも来夏も、男の発言を完全には信用せず、探りを入れる。が、本当に男はやる気がないようで、実際、男がやめだと言った途端に後方に控えていた吸血鬼の男も自身の魔力の解放をやめ、手を後ろに組んで佇んでいた。

 

「えーとな。まず俺ら7つの大罪は、ミリューっていう奴の部下的なもんなんだが」

 

「何でもかんでもは話さないんじゃなかったのか?」

 

「細かいことは気にすんな。ま、7つの大罪はほとんどがミリューに従順だ。『影』を含めた2者はミリューに心酔してるし、他3者はそもそもミリューに造られた存在だから当然ミリューに従うようになってる」

 

けどな、俺らは違うんだ。と、人間の男は後方に控えている吸血鬼の男を親指で指しながら言う。

 

「俺は元々こいつと組んでた。そこにミリューが割って入ってきて、協力しろって脅してきたんだ。だから従ってるってだけで、別に俺はミリューの従順な僕でも何でもないんだよ」

 

「じゃあ何で私を束達から引き離したんだよ」

 

「仕方ねぇだろ。アンプタは7つの大罪の中で一番危険って言っても良い。何たってあいつは()()()()()()()()()()()()()んだからな。いくら強かろうが、一度対象に設定されちまえば一瞬で殺される。お前ら魔法少女組の中で、櫻と来夏は格別クラスだって聞いた。流石に主戦力2人を失わせるわけにはいかないからな」

 

ミリューに対抗する魔法少女として、櫻や来夏を失いたくはない、というのが男の主張らしい。が…。

 

「悪いが、お前らの思惑には乗らない。戦闘をやめるって言うなら、私は今すぐ束達の元に戻ってそのアンプタって奴と戦う」

 

来夏は男の主張を容認しない。自分だけ生き残ったって仕方がないからだ。仲間が、友達が、ピンチに晒されている。それだけで、来夏にとっては死地に向かう十分な理由たり得るのだから。

 

「そうか、残念だ」

 

ただ、案外男は来夏を引き止めるそぶりも見せず。

そのまま来夏は、束達が元いた場所へと向かうのだった。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「何者だ? あんた」

 

来夏の姉、去夏もまた、1人の女と接触していた。

 

「何者でも良いでしょ? どうせすぐ死ぬんだから」

 

女は周囲にバチバチと電撃を鳴らしながら去夏に近づく。

 

(魔族……か)

去夏は即座に戦闘体勢を整え、構えるが。

 

「遅いわ」

 

本当に瞬きをしている間に、目にも見えない速さで魔族の女は去夏に接近し、その掌は去夏の腹部に触れていた。

 

「雷撃」

 

去夏の全身を激痛が襲う。一時的なものではなく、魔族の女が触れている間、ずっと流れ続ける電撃が、去夏を苦しめ続ける。

 

「こ……………っのっっっ!」

 

何とか力を振り絞り、後方へと体を退避させる去夏だったが、今の一瞬で、かなりの体力を失ってしまった。

 

「もっと強いって聞いていたのだけれど、拍子抜けだったわ。もっと別のと戦った方が良かったかしら?」

 

そう言いながら、魔族の女は人差し指をくるくると回しながら、徐々に黒い塊を作っていく。

 

(あの雷撃の威力……魔族だから当然かもしれないが、普通の魔法少女よりも強力なものだったな……。いや、下手したら来夏よりも……)

 

「避けなきゃ死ぬわよ」

 

「ちっ………」

 

魔族の女は、自身の手で生成した闇の塊を去夏に向けて放つ。スピードはそこまで出ていない。が、威力はそれなりにあるものだというのは去夏の目から見ても明らかだった。そのため、去夏は素直に闇の塊を回避する、が。

 

「甘いわね」

 

隙をついて背後に回った魔族の女に。

 

「が………はっ………」

 

その腕で、腹部を貫かれた。

 

「強いらしいけど、腹に穴開けられちゃ生きてられないでしょ?」

 

「くそ………がっ!」

 

去夏は力を振り絞り、背後にいる魔族の女を全力で殴り飛ばす。

が、致命傷は与えられない。ただ一撃女に浴びせただけ。

 

「痛っ……! 野蛮ね。女らしさを微塵も感じられないわ」

 

「それで………結構………。私は……私だからな………」

 

(悪い……来夏……千夏………)

 

去夏の意識は、もう限界だった。

 

「もうお休みなさい? 残念。もう少し楽しめそうだったのに」

 

去夏が最後に聞いたのは、そう呟く魔族の女の声だった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「猿姉?」

 

束達の元へ向かう来夏だったが、ふと、嫌な胸騒ぎを感じ出す。

姉妹だから、去夏のピンチを感じ取ることができるのか、定かではないが、来夏はそれを感じ取ることができた。

 

だが………。

 

「今は束達の方だ。アンプタって奴が一番ヤバいっぽいしな。それに、猿姉なら大丈夫なはずだ」

 

来夏は去夏を、姉を、信用している。

だからこそ、ここで去夏よりも束達を優先してしまった。

 

本当に姉がピンチに陥っているにも関わらず。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

「クソっ、僕は運動は嫌いなんだよ!!」

 

悪態をつきながらも、愛は必死で逃げる。後ろでは不気味な笑みを浮かべた少女が、背中から生えた触手をブンブンと振り回しながら愛に牙をむこうとしていた。いや、牙ではなく触手なのだが。

 

(僕に戦闘能力はない……から、櫻とか来夏あたりに合流して助けてもらうしかない。最低でも束くらいとは合流しておきたい……)

 

本当に、愛には一切の戦闘能力が備わっていないのだ。元々アストリッドに造られた体ではあるが、アストリッドはそこまで戦闘能力のある部下を求めていなかったようで、残念ながら愛には魔力はあるが、それを使うすべを持ち合わせていない。だから、今この状況でできることは、ただ逃げることだ。

 

だが。

 

「あぐっ…」

 

いつまでも逃げ続けられるわけではない。愛は前世の時点で体力がなく、あまり運動をしてこなかった。今世では肉体が変わっているので、体力に多少の変化はあるのじゃないかと、そう思うかもしれないが、前世で全く運動をしてこなかった人間が、肉体が変わったからといって、いきなり運動ができるようになるだろうか?

 

もし肉体が変わっただけで運動能力が飛躍的に向上するのであれば、この世界にスポーツ選手な存在は必要ないだろう。だって、もし肉体が変わっただけで運動能力も段違いになるというのなら、それが意味するのは努力よりも才能の方が大切だということになってしまうのだから。

 

運動がある程中できる人間は、それに伴う努力を行っているのだ。勿論、生まれつきある程度は差がついてはいる。全員が全員全く同じ土俵に立っているなんてことはあり得ない。だがそれでも、最初から信じられないほどに他者と体力に差が付きすぎているなんてことは考え難いのだ。最初から差がついていたとして、それは幼少期の積み重ねなども含めてその状況になっている可能性もある。

 

だから、結局今世でも愛の体力は少なかった。つまり、スタミナ切れにより、魔法少女に触手で捕えられてしまったのだ。

 

「い、一旦話し合わないかい? 僕達分かり合えると思うんだ」

 

「無能と話すことはない。有能な私の脳みそが、無能のお前に影響されるのは困る」

 

「ほ、ほら、触手ってエロくない? 僕触手プレイ結構好きなんだ! 僕と君、性癖結構合うと思うんだけどなぁ〜?」

 

「きも。低俗な人間は、考えてることも低俗なんだね。そんなに好きなら、お望み通り、貴方の大好きな触手で絞め殺してあげる」

 

愛の首が締め付けられる。

 

(やば……苦し………だれ……か……)

 

触手を扱う少女は、一切緩める気配がない。

 

(たす………け………)

 

 



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Memory127

「やめておけ、『強欲』。余計な真似してみろ。ミリュー様が何言うかわからんぞ」

 

触手によって首を締め付けられ、意識を失いつつあった愛だったが、突如現れた1人の男によって、『強欲』と呼ばれた少女の触手の力が緩む。

 

「邪魔しないで『傲慢』。貴方は無能だから分からないだけ。有能な私には、ミリュー様が何をして欲しいのかがわかる」

 

しかし、『強欲』と呼ばれた少女は一歩も引く様子はない。一度決めたことは曲げないと、そう言いたげな様子だ。

 

「来夏というガキを逃した。おそらくアンプタのところに向かっただろう。そちらに加勢して欲しい。ここは俺達に任せておいてくれ」

 

そんな『強欲』の様子を見てか、『傲慢』の後ろに控えていた吸血鬼の男、『怠惰』がそう話す。

 

「なるほどね。手柄を横取りされるようで気に食わないけど、私は有能だし、今回は無能な貴方達に手柄を譲ってあげる」

 

そのまま『強欲』は愛の首を締め上げていた触手を引っ込め、その場から去っていった。

 

「危なかったな。俺が来なければ死んでたぜ」

 

「……さめ……じま……」

 

「どいつもこいつも、何で俺の名前を知ってやがるんだ? いつの間にか超有名人になっちまったみてえだな」

 

『傲慢』は愛に手を差し伸べる。そんな『傲慢』を見て、愛は困惑したような顔をしながら彼の手を取る。

 

「本当に、味方ってことでいいのかな?」

 

そんな2人の元に、物陰から1人の少女がやってくる。弓を扱う人造の魔法少女、ラカだ。

来夏がアンプタの元へ向かった後、ラカは『傲慢』の男の真意を探るため、彼の後をつけていたようだ。

 

「人気者すぎてストーカーまで出来るとはな。これがモテ期ってやつかい」

 

「言っとけよ。愛って言ったかな? 私の勘違いじゃなければ、多分貴方も私と同じで……その上、多分……」

 

「?」

 

「まあいいか。単刀直入に聞こう。愛、貴方は、前世の記憶があるね?」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「魔王……どういうつもりだ?」

 

「あのまま戦っていれば、お前は死んでいただろう。相打ちですらない。ただただ一方的に殺され、無駄死にしていた。だから止めた」

 

「やってみないと分からないだろ」

 

負けるかもしれないから、殺されるかもしれないから。そんなことで引き下がっていたら、今までの俺と同じだ。ただ怯えて、周りに任せて、無力なままで。そんなの、もう嫌だ。

 

それに、ユカリ達を殺したような奴を、いつまでも野放しにしたくはない。危険だというのもそうだが、何より、ユカリ達を殺しておいて今ものうのうと生きているのが気に食わない。早く始末しないと。

 

「大体、お前のことを完全に信用したわけじゃない。俺にとってお前は急に現れて、横から偉そうに話す奴って印象しかない」

 

「別に俺は、真実を述べているだけに過ぎない。俺はお前の敵ではない。ただ、あの状況でお前が奴に勝つことが不可能だと判断した。その情報に嘘偽りはない」

 

多分こいつには話が通じないんだろう。もういい。だったら。

 

「どけ。邪魔するなら容赦しない」

 

こいつを倒してでも、ユカリ達の仇を討つ。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「ぜ、前世の記憶、ど、どういうことなのかなぁ?」

 

「言葉の通りだよ。それに多分、貴方は前世で私と知り合いだった。多分ね」

 

「? さっきから何の話をしてるんだ? 前世の記憶?」

 

「だって、鮫島君の名前を知ってたんだから。だからきっと、多分同じだと思う。そうだね………私の前世の名前は、楽山カミラ。この名前に、聞き覚えない?」

 

愛は記憶を遡る。転生してから、楽山という名前を聞いた覚えはない。だが、どこか聞き覚えのある響きなのだ。

転生後に覚えがないのなら、それは……。

 

「僕達以外にもいたんだ………」

 

「僕“ 達”?」

 

「ああいや、こっちの話。まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()思わなかったよ。僕は親元愛。同じクラスだったね、楽山さん」

 

「なるほどな。通りで2人とも俺の名前を知ってたわけだ」

 

つまり、愛とラカもとい楽山カミラ、そして『傲慢』の男、鮫島刻は全員元クラスメイトだということだ。死んで転生した愛とラカは、死ぬことなく生きていた鮫島の姿をお互いが認識していたことによって、互いが転生者であること、そして、元クラスメイトであるということに気づけたというわけだ。

 

「親元って確か、あのシスコンと仲良かった奴だよな」

 

「そうだね。シスコンの腰巾着だ」

 

「2人とも僕のことそんな風に思ってたんだ…」

 

「よし。元クラスメイトの仲だ。2人とも、ミリューがいる場所まで案内してやる。俺達3人で、ミリューの寝首をかいてやろう。幸い、あいつは俺のことを信用し切ってる。それに、いざとなれば俺の後ろにいるこいつが何とかしてくれる」

 

そう言いながら、鮫島は自身の後ろにいる吸血鬼の男を指差す。

 

「いいね。私は賛成」

 

鮫島の提案に、ラカは乗り気だが……。

 

「僕は遠慮しておくよ。探してる人がいるからね」

 

愛は鮫島の提案を跳ね除ける。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「んじゃ、黒沢にもよろしく言っといて〜」

 

ラカは手を振りながら、この場を去っていく愛を見送る。ちなみに、愛は黒沢ことクロのことも2人に伝えておいた。

完全に愛の姿が見えなくなった後、ラカは振り返り、鮫島に話しかける。

 

「で、私はこれから何をしたら………いい……」

 

「馬鹿だなぁほんと」

 

「あ………れ………」

 

振り返った時には、既にラカの腹部には赤黒いナイフが突き刺さっていた。

 

「元クラスメイトってだけで信用するなんてな。ま、おかげで楽に殺せて助かったんだけどな」

 

「ふざ……け……」

 

「俺はあの人についてくって決めてたんだ。残念だったな。俺もあの人の従順な部下だったわけだ。ところで……」

 

鮫島はラカの首根っこを掴み持ち上げる。

もう片方の手で、彼女の腹部にあるナイフを掴みながら、彼は問う。

 

「カナって魔法少女、生きてるんだってな。どこにいるか聞かせてくれないか?」

 

「言うわけ……」

 

「言ったら生かしてやってもいいぜ? ほら、答えろよ」

 

「だま………れ……」

 

ラカは最後の力を振り絞り、鮫島に向けて魔力を放とうとする。が。

 

「あ、悪い」

 

ゴキッと。鈍い音が響き、そのままラカの腕は力を失い、真下へ垂れる。

 

「ま、しかたねえよな。殺されそうになったんだし」

 

「刻。こいつは仮死状態で死を誤魔化すことができるらしい。念の為、絶対に復活できないようにしておいた方がいい」

 

「だな」

 

吸血鬼の男の助言を受け、鮫島はラカの腹部に刺さっていたナイフを掴み取り、何度も何度も、念入りにラカの体を刻み込む。

 

「ちゃんと撮れてるか?」

 

「ああ。バッチリだ」

 

言いながら、吸血鬼の男は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「黒沢と、カナ、だっけか? とりあえず次の標的は決まったな。この映像も、いい土産になりそうだぜ」

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「これで分かっただろう。今のお前では俺には勝てん。大人しくしていろ」

 

敵わない。流石は魔王を名乗るだけはある。こっちの魔法、一切効いてないというわけではないが、一つ一つ確実に対処してくる。実力自体は拮抗してるように思える。けど、長くやればやるほどこちらの魔力は消費してしまうし、段々向こうが有利になっていくだろう。

 

なら……。

 

「“ブラックホール”」

 

逃げる。

別にわざわざ魔王を倒していく必要はない。ただ邪魔になるだけで。最悪、魔王と追いかけっこでもしながらユカリ達の仇を討つ方向でやってもいい。

 

そう思った俺は、ブラックホールを展開し、なるべく長距離をワープする。

多分魔王もすぐ俺に追いついてくるだろう。でも問題ない。あいつは俺が勝てないと思ってるから止めてきただけだ。なら、魔王が来る前に俺があの魔法少女に勝てばいい。

 

「絶対に殺してやる」



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Memory128

見つけた。

ユカリ達の遺体があった周辺から探ってみたが、案外あいつはそこまで遠くまで移動していなかったらしい。

手間が省けて良かった。それに、ユカリ達を殺した奴が、1分1秒でも長く生きているなんて許せない。

 

はやく殺さないと。

 

幸い、向こうは俺の存在に気づいてないみたいだ。ささっと大鎌を構え、後ろから不意打ちを狙いにいく。

 

「させないよ」

 

だが、俺の大鎌が奴の首元に届くことはなかった。

横から触手のようなものに腕を掴まれ、攻撃を妨害されたのだ。おそらく、奴の仲間。

 

「面倒な…」

 

「ほーら飛んでけー」

 

触手に掴まれたまま、俺は空中へと投げ飛ばされる。あの触手、たった一本で俺の体を持ち上げたのだから、おそらくかなり力があるのだろう。少々厄介だ。しかも、今の一連の流れで奴に俺の存在が勘付かれた。

 

2対1。片方は未知。もう片方は問答無用で四肢を切断することができる魔法を扱える。

触手を使う方は一旦置いておくとして、ユカリ達を殺した奴は遠距離でも四肢を切断してくるのが厄介だ。

うかうかしてると、足も手も持っていかれる。

 

「馬鹿な奴」

 

奴の腕が、指先が、俺の方へ向いてくる。

四肢切断への対抗策は、一応考えてある。“ブラックホール”だ。“ブラックホール”内に移動して、俺を四肢切断の対象に設定できなくすればいい。ついでに奴の真後ろに“ホワイトホール”を用意しておけば、回避ついでに不意打ちもこなすことができる。

 

後方に“ブラックホール”を出現させる。よし、後はこの中に入って…。

 

「無能の考えることはわかりやすいね。逃がさないよ」

 

「触手かっ!」

 

クソ……触手に腕を掴まれた……。早く触手(こいつ)を切って、“ブラックホール”内に逃げ込まないと………。

 

「無駄だよ。もう“設定”はし終わった。後は切断するだけ」

 

嘘はついていなさそうだ。間に合わなかった……か。

 

魔王から聞いた話によると、四肢切断は必中らしく、一度設定されてしまえば、両手両足どこでも、任意のタイミングで切断することができるそうだ。そして、部位ごとに設定し直す必要もない。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。仮に“ブラックホール”内に逃げ込んだとしても、必中の効果が消えることはない。

 

一つでも四肢を切断されたなら、出血多量で死ぬだろう。そして、仮に“ブラックホール”内を経由し、奴を不意打ちして仕留めたとしても、最低でも両手両足のうちどれか一つは持っていかれることになる。

 

つまり、“設定”された時点で、今の俺に残された選択肢は、相打ちのみ。

 

なら、もういい。死んでも、奴だけは殺す。思考を切り替えろ。ただあいつを殺すことだけを狙え。正面からでも“ブラックホール”を経由してからでもいい。とにかく、俺の四肢が全部もぎ取られる前に決着をつける。

 

不思議と絶望感はない。復讐を果たした後に死ねるなら、本望だと思っているのかもしれない。

 

「じゃあね、死ね」

 

ああこいよ。腕の一本や二本はくれてやる。

その代わり、俺はお前の首を取ってやる。

 

奴の腕が振るわれる。魔力を行使したのだろう。それにより、両手両足、そのいずれかの部位が、欠損する。

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

 

「『反射』」

 

奴と俺の間に、割り込むようにして入ってきたのは、真っ白な髪をツインテールにした少女。

『反射』の魔法の使い手。

 

「るなの『反射』が効いてない? あんた何者?」

 

奴の四肢切断に対抗できる、()()の魔法少女。

 

「ま、いいわ。『反射』できなくても、防げてはいるっぽいし」

 

閃魅光。

 

「さて、これで貸し借りなしよ、クロ」

 

強力な助っ人が、加わった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「あまり顔を出すつもりはなかったんだけどね………」

 

朝霧去夏は、7つの大罪の1人である魔族の女の攻撃により、生命の危機に陥っていたが、ある1人の少女により、その危機は去る。

 

「君は……?」

 

「私は古鐘。古い鐘とかいてこがねと読む。まあ、他の子達より長く魔法少女やってることが取り柄なだけの、凡人だよ」

 

「誰あなた? 私の邪魔をしに来たの?」

 

「自己紹介なら今さっきしたんだけどね……。それに、悪いけど私は君と戦うつもりはないんだ。基本逃げ腰なものでね。ただ、彼女(去夏)に関しては助けさせてもらおう」

 

古鐘は、一つの本を取り出し、ページをパラパラとめくり出す。

 

「『Magic Book』145ページ第Ⅲ章 属性・無 ”街渡り“」

 

古鐘と去夏の体が、光に包まれる。

 

(なんだこれ……滅茶苦茶高度な………転移魔法? こりゃ凄い。私の体を包んでいる光は、この転移魔法に付属する高位の防御魔法ってところか……。おまけで防御魔法なんて、特典モリモリだな)

 

去夏はぼんやりと、そんな風に頭を働かせる。実際、古鐘の使った転移魔法は強力で、波の魔法では突破することのできない防御魔法までおまけでついている。まさに最強の撤退魔法と言えるだろう。

 

去夏と古鐘の体が、消えていく。おそらく、転移を開始したのだろう。瞬間、魔族の女は高速で移動し、来夏と古鐘の転移魔法を防ごうとする。

 

だが、古鐘の転移魔法には、強力な防御魔法が付随しているわけで、転移魔法を解除するには、まず防御魔法を破壊してから解除する必要がある。

 

当然、2人が転移する前に。

 

「逃がさないわよ!」

 

そう、普通ならば、古鐘の転移魔法を防ぐことは不可能だっただろう。

 

()()()()()

 

パリンっと、ガラスが割れるような音が響いた後、古鐘の防御魔法が破壊される。

 

「は?」

 

去夏と古鐘は魔族の女に掴まれ、そのまま魔族の女は2人を後方へ大きく投げ飛ばす。

 

「冗談はよしてくれよ……。まさか私の転移魔法を破るなんて……。せっかくカッコつけたのに、台無しじゃないか」

 

古鐘は軽口を叩く。だが、先程のような余裕はどこにも感じられない。本人は隠しているつもりかもしれないが、その顔にはモロに焦っていると書いてあるように見える。

 

「面白い魔法ね。でもからくりさえわかれば簡単だわ。要は防御魔法を壊した後に、転移できないようにしてやればいいだけだもの。簡単ね」

 

魔族の女は、そんな風に言ってのける。だが、そんな簡単なものではない。

ただでさえ高位の防御魔法がかかっているのだ。並の魔法では太刀打ちすることなどできない。

高火力の魔法であれば、確かに防御魔法を破壊することも可能だろう。だがしかし、その後に転移を防ぐという工程が発生する。古鐘の転移魔法は、その二つの工程を、ほぼほぼ同時に行わなければ解除できないほどハイレベルなものだった。

 

大技を放てば、必ず次の行動にはワンテンポ遅れが生じる。つまり、ほぼほぼ同時に上記二つのアクションを起こすことなど、ほぼ不可能と言っていい。

 

だが、魔族の女はやり遂げた。

 

大技を放てば、次の行動には遅れが生じる。その条件は、魔族の女も同様だ。

では、どうすればいいか。

 

答えはシンプル。

 

魔族の女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

通常の攻撃であれば、次の行動に遅れが生じることは、ないわけではないが、大技を放った時よりはスパンは短い。

 

しかし、それをやり遂げるには、通常攻撃が他の者にとっての大技レベルの火力を持つ必要がある。

つまり、それが意味するのは。

 

魔族の女の通常攻撃は、他の者の大技に匹敵するということ。

一つ一つの何気ない攻撃が、必殺技級であるということを意味する。

 

「さて、これで貴方達は逃げられないわ。戦うしかないわね。ああそうだわ。戦うのだし、自己紹介が必要よね」

 

魔族の女の攻撃は、アストリッドや魔王の攻撃をも凌ぐ火力を持つ。

 

「私はミリュー様によって作られた人造の魔族。二つ名は『色欲』。名はアスモデウスよ」

 

今までに対峙した中で、最強の魔族。それが今、2人を襲おうとしていた。



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Memory129

新年あけましておめでとうございます。いきなり震災のニュースが来て不穏な予感がしていますが、私がやることは変わりません。とりあえず今年1年も主人公を存分にいじm………活躍させていきたいと思っています。


 

「何とかなったわね……」

 

「来夏さんが敵の気を引いておいてくれたおかげです。もしあそこで隙が生まれなければ、私達は全員死んでいましたよ」

 

8人の少女達は、お互いに胸を撫で下ろしながらも、少し暗い表情をしながら、会話を交わす。

最初に言葉を発したのは、八重。その次に言葉を発したのは束だ。

 

「しばらくは潜伏しましょう。来夏や櫻のことは心配だけれど、私達がいても足手纏いになるだけだわ」

 

「悔しいですが、そうするしかないですね」

 

「お姉ちゃんはどうしてるんだろ…?」

 

「櫻さんが探してくれています。ただ、その件も私達にできることはなさそうですね」

 

アンプタと邂逅し、魔衣が四肢をもがれた光景を見て、束はすぐにアンプタの特性を理解し、戦闘することではなく、逃げる方向へと思考を変更した。

 

アンプタの特性は、“一点特化型の魔法少女”、だ。

“一点特化型の魔法少女“は、通常の魔法少女と違い、強力な一つの魔法に長けた魔法少女のことを言う。

例として、『反射』によりどんな攻撃でも相手に弾き返すことのできる、閃魅光などがいる。

 

アンプタの場合、()()()()()()()()()()、というその一点に縛った魔法の行使を行う“一点特化型の魔法少女”であると、束は早々に見抜いた。“一点特化型の魔法少女”は、通常の魔法少女が扱う魔法が扱えない代わりに、強力な一点の魔法を扱うことができる魔法少女だ。故に、その一点特化された魔法は非常に強力で、例えば光の場合、自分よりもはるかに格上の相手の攻撃でも、ある程度反射することが可能である。

 

それはアンプタも例外ではなく、彼女の場合、一度四肢を切断する対象を選んでしまえば、必ずその効果が相手に生じる。という非常に強力なものとなっていたのだ。つまり、彼女に目をつけられた時点で、自身の死が確定する。それほど強力な魔法を、彼女は所持していたのだ。

 

要するに、アンプタの攻撃を防ぐことは不可能。一度設定されてしまえば、()()()()()()()()()()。それは誰であっても変わらない。アストリッドや魔王であっても、アンプタに設定されてしまえば、必ず四肢を切断されてしまうだろう。

 

故に、束は前々から用意していた()()によって、自分達の死体を偽装し、その場から逃走することに成功したのだ。

具体的に言えば、かつてリリスの使っていた死体人形を使ったのだ。自身らの姿に似せた状態で用意しておいた死体人形を、アンプタが来夏に気を取られているうちに取り出し、束が遠隔から操作することによって、死を偽装した。

 

「魔衣さんの分も用意しとくべきでした…。片腕は既に持って行かれていましたが、もし魔衣さんの分も用意しておけば……」

 

「逆にアルファ達の分はよう用意できたな。そんな急に作れるもんなんか?」

 

「アルファ達の分に関しては、以前から櫻さんと相談していたので。実は死体人形を身代わりにしてアルファ達を魔法省から連れ出すという案もあったんです。今回使ったのはその副産物ですね」

 

「いや、事前に相談してた言うけど、そんな簡単に本人に似せた人形作れるもんなんか? 恐ろしいなぁ」

 

「まぁ私は記憶力がいいので」

 

「そういう次元ちゃうやろ…」

 

照虎は少々引き気味にそう言う。確かに、自分と全く容姿の同じ人形が簡単に作られてしまうのは、少しゾッとする部分はあるかもしれない。しかし実際それによって自分達の命が助けられているのは事実であるため、なんとも言えない気分になる照虎だった。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

光が来てくれたおかげで、かなり立ち回りやすくなった。アンプタという名前らしい少女の四肢切断は、光の反射によって完全に遮断することができる。ただ、“反射”自体はできないらしい。というのも、アンプタの四肢切断は非常に強力なものらしく、“反射”しきれずに四肢切断と“反射”で相殺することしかできないらしい。つまり、アンプタに四肢切断を“反射”して彼女の四肢を切断することはできないのだ。

 

それでも、アンプタの四肢切断を気にしなくていいわけだし、戦いやすいことには変わりない。ただ、流石に触手の少女の方までは“反射”は回せなかったらしく、とりあえず光は常にアンプタの動向を伺い、四肢切断を行ってきそうならば“反射”で防ぐ。俺は光がやられないように触手の少女を相手取り、可能であれば倒すという方向性で動くことにした。

 

「るなの“反射”の効果はるなの半径3m以内よ。これでも頑張って伸ばした方なんだけど…。とにかく、3m以上離れたら知らないから」

 

「分かった」

 

やはり距離制限はあるらしい。距離制限がないならば、光の“反射”で守ってもらいながら俺の“ブラックホール”でアンプタの背後に回って首を取る、なんてこともできなくはなかったのだが、流石に“反射”なしでアンプタの元に突っ込んでいくのは無謀だろう。それに、仮に“反射”に距離制限がなかったとしても、俺と光が近くにいれば、2人とも“反射”が適用されるが、離れてる場合はそうはいかない。俺がアンプタの首を取りに行っている間に光が触手を扱う少女にやられてしまうかもしれない。

 

どちらにせよ、こちらとしては触手の少女→アンプタの順で倒すのが一番良いルートだろう。

そう思い、触手の少女が繰り出してくる触手を手に持つ大鎌で切り落とし続けていたのだが……。

 

「キリがないわね……。というか、そっちの触手娘どうなってるのよ? いくら切っても手数が尽きないじゃない」

 

「多分切ってもすぐ再生してるっていうのが正しい。しかもあれ、多分無条件に再生してると思う。魔力の消費が一切感じられない」

 

「無限ってこと? じゃあいくらこうしてても無駄じゃない! はやく言いなさいよ」

 

確かにこのままこの場で戦い続けていても、少しずつこちらの魔力が削られ、粘り勝ちされるだろう。なら……。

 

「一か八か……。ワープしてアンプタの後ろに回る。速攻で殺して、戻ってくる」

 

これしかない。“ブラックホール”を経由してアンプタを殺害後、光が触手の少女にやられる前にまた“ブラックホール”で元の場所に戻り、触手の少女も狩る。かなりハードワークだ。リスクもある。けど、これくらいしないと勝てないのも事実。

 

一応、俺の後を追ってきているはずの魔王の力を借りるという手もなくはない……が、あいつは不確定要素すぎる。いつ裏切っても不思議じゃないし、当てにするべきではないだろう。

 

「行ってくる」

 

「あっ、ちょっと!」

 

“ブラックホール”内に入る。幸い、中はほとんど空っぽ状態にしてある。ワープに伴う危険はない。丁度アンプタの背後あたりに“ホワイトホール”を用意する。急げ、時間はない。

 

「死ね!!」

 

俺は大鎌を振るう。

 

「馬鹿な奴」

 

避けられた……。流石にいきなり消えれば警戒もするか。だが、近距離であることに変わりはない。この勢いのまま、アンプタの首を取る。

 

「死ぬのは、お前だ」

 

アンプタの指が、俺の方へと向く。

避けられない。そもそも“設定”されてしまっている時点で、光の”反射“以外で対処できるものではない。

確実に、俺の四肢のうちどれかはダメになる。でも、このチャンスは逃さない。相討ちになってでも、ここでこいつは殺す。

 

「っ! 『反射』!!!!」

 

アンプタが俺に指を向けてきたその瞬間に、光の声が響く。

 

「何で、五体満足でいる…?」

 

3m以上は“反射”できないんじゃなかったのか。

いや、あれは……。

 

「ったく、るなに無理、させるなっての………」

 

鼻血………。多分、今の“反射”は体に負荷をかけて無理矢理発動させたものなのだろう。その証拠に、光の鼻からは血が垂れている。

 

でも、そのおかげで。

 

「お前を、殺せる」

 

俺は大鎌を振るう。

 

 

やけに俺達を苦戦させてきた少女の首は、意外にもあっさりと、その体から切断されていった。



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Memory130

アンプタを倒し、すぐに“ブラックホール”で光の元に戻る俺だったが……。

 

「逃げられたわ……。ま、私に恐れをなしたってところかしらね」

 

「そっか。助かった。ありがとう」

 

「…貸しを返しただけよ」

 

どうやら触手を扱う魔法少女は俺がアンプタを殺した時点で逃げてしまっていたらしい。まあ、それだけ光の“反射”が厄介だということだろう。光の“反射”があれば、防御に関してはもはや心配の必要はないと言っても過言ではない。光がいる時点で、俺は攻めることだけを意識すればいいのだ。やりやすいことこの上ない。

 

「ところで、るなの勘違いだったら別にいいんだけどさ」

 

「? 何?」

 

「クロ、あんたやりたくないこと無理にやろうとしなくていいんじゃないの?」

 

「何を言って…」

 

別に俺はやりたくないことなんて一つもやってない。復讐は俺の目標の一つだった。アンプタを殺すことは、間違いなくさっきまでの俺が最もやりたかったことだ。

 

「自分を騙してるの? ま、勘違いかもしれないんだけど。クロ、あいつを殺す時に凄く苦しそうな顔してたから、もしかしたら本当は殺したくないのかなって思っただけよ」

 

自分を騙してる……か。そう、かもしれない。一回殺してしまったから、だから、この道以外ないと思った。だから、殺したくないって感情には蓋をしてきている節はある。

 

「そんな顔、してた…?」

 

「してたわよ。結構ガッツリ。ま、るなの情報によると、あいつらには感情なんてものないっぽいし、敵だしで、殺して気に病む要素なんてないって思うんだけどね」

 

「関係ない。もう、既に止められないところまで来てしまったんだ」

 

「嫌ならやめればいいのに。ブレーキが壊れたわけじゃないでしょ?」

 

でも、だからなんだ。俺はもうアクセルを踏んでしまった。確かに、ブレーキは壊れていない。止まろうと思えば止まれる。でも………。

 

「もう、ブレーキを踏む資格なんてないから」

 

一度殺しに手を染めてしまった俺には、止める資格なんてない。

 

「………そ。まあ、るなには関係ないわ。あんまりしろのこと悲しませないようにね。それじゃ」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「見つけるのに苦労したぜ。なぁ? カナちゃんよ」

 

7つの大罪が1人。人間の男、鮫島刻は、吸血鬼の男と共に、人造の魔法少女であるカナの元へとやってきていた。彼らはカメラを取り出し、自分達がラカを殺した時の映像をカナに見せている。

 

「なに……これ……」

 

「んー? 悲しい事故だよ。ほんと、俺だってほんとは殺したくなかったんだ。でもさ、暴れるもんだからつい、ね?」

 

「ふざけるな……!」

 

彼らの狙いはただ一つ。カナを激昂させ、冷静さを失わせること。確実に勝つために。

ラカを殺した時もそうだ。来夏と2人で攻められては困る。だから一旦仲間のふりをし、ラカが孤立したところで彼女を殺害した。それが彼らのやり口。2人が出会った時から、そのやり方は変わらない。

 

(このガキの手口はわかってる。なんせ、あの人が作った存在なんだからな。短剣じゃリーチは短い。だから、俺が遠距離で血液を飛ばし続けりゃ、いつまでも向こうは距離を縮めることができない)

 

刻の想定通り、カナは刻達に距離を詰めることができていないようだ。冷静さを欠いているのもあってか、カナはただひたすら体力を消耗し続けるだけになってしまっている。

 

(ま、このまま適当にあしらってりゃ時期にスタミナ切れで倒れる。楽な仕事だな)

 

「このままじゃ勝てない…!」

 

冷静さを欠きつつも、カナは徐々に自信が不利な状況にありつつあることを悟る。

 

「こうなったら…!」

 

カナはポケットに手を突っ込み、一枚の紙切れを取り出す。

 

(なんだ?)

 

「『Magic Book』350ページ 属性・光 “遠停の壁”」

 

カナが取り出したのは、古鐘から渡された、『Magic Book』の一部。あらゆる属性の魔法を、古鐘の経験、体験を元に再現することのできる魔術本だ。ただし、一つの魔法につき、使えるのは一度のみである。

 

今回カナが再現したのは、“遠停の壁”。並程度の威力の遠距離攻撃を、完全無効化するという、防御特化の魔法だ。元々光属性自体が受け身な魔法であることもあるが、やはり一度だけしか使えないという性質上、古鐘の『Magic Book』に載っている魔法は高度なものが多いらしい。

 

結果、刻が飛ばした血液の攻撃は、全て“遠停の壁”によって無効化される。それによって、カナと刻を阻むものは何も無くなった。

 

「かんじのよみかた、あってたみたい。こがねにきいておいてよかった」

 

「こりゃ楽な仕事じゃなさそうだな……」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

古鐘と去夏は『色欲』アスモデウスと戦闘を繰り広げる。

去夏は古鐘が来るまでは腹に大穴を開けられ、瀕死であったが、古鐘の『Magic Book』により、今は万全の状態にまで至っている。

 

しかし、もう一度腹に大穴を開けられてしまえば、同じ手は通用しないだろう。何せ『Magic Book』の魔法は、一度しか発動することができないのだから。

 

かといって、古鐘に単身で『色欲』アスモデウスを相手する力はない。そのため、基本的に去夏が前に出て戦闘を行い、必要に応じて古鐘が裏からサポートする。という形で戦闘しているのが現状だ。だが……。

 

(もう既に70ページも『Magic Book』を消費している……にも関わらず、向こうは一切疲弊している様子はなし……。これは中々にこたえるね……勝てる気が全くしないよ)

 

『色欲』アスモデウスは強すぎた。特殊な能力があるだとか、そんな話ではない。ただ、単純にスペックが違いすぎたという、ただそれだけの話だ。

 

(でも、大体あの『色欲』の特徴は掴めてきた)

 

しかし、古鐘だってただいたずらに『Magic Book』を消費していたわけではない。彼女なりに『色欲』を分析し、どうすれば倒せるか、考えていたのだ。

 

(あの強さ、いくらなんでもおかしいと思ったんだ。まさか“誓約魔法”で強化しているとはね。大方、女には強く、男には弱い、なんて条件であそこまでの身体スペックを引き出してるんだろう。だったら、こちらに男がいればいいだけの話)

 

「状況はどうなってる?」

 

「遅いよ椿君。待ちくたびれた」

 

そう、だからこそ古鐘は、男を呼ぶことにした。彼女の知り合いである、百山櫻の兄、百山椿と…。

 

「しばらく体を動かしておらんかったからな。久しぶりの共闘だ、椿よ」

 

その戦友、ドラゴを呼んでおいた。

戦闘力として申し分なし。それに、『色欲』は男に対して弱体化する。

 

「去夏! いったん下がれ! 後は俺たちに任せろ」

 

「っりょーかい!」

 

去夏は椿の声を聞いてすぐ、裏へ下がる。入れ違いで椿とドラゴが『色欲』との戦闘を開始する。

 

「……思ったとおりだ。男との戦闘はやはりパワーダウンするらしいね」

 

古鐘は思惑通りに進んだことに、少し安心する。だが……。

 

「貴方、いい体ね……」

 

「なに…?」

 

『色欲』が椿の体に触れる。

 

「壊すのが勿体無いわ。でも、仕方ないわよね。私はか弱い乙女だもの。『魔壊』」

 

「がっ………あっ………」

 

椿の中の魔術回路が、崩れていく。もう二度と、魔法を扱えない体へと、変化していく。

 

「ざんねん。これで貴方は、もう戦えない」

 

「貴様! 椿に何をした!」

 

「貴方も、お友達と同じがいいのかしら?」

 

流れるように、今度は、ドラゴの体に、『色欲』の手が触れる。

 

「『魔壊』」

 

瞬間、ドラゴの体に衝撃が走り、椿と共に、その場に倒れ込んでしまった。

 

「”誓約魔法“で男に対して弱くなってしまっている、って点に注目したのは良かったと思うわ。でもね、欠点を補う術を用意してないわけないじゃない」

 

女に対しては、”誓約魔法“によって強化された肉体で。男に対しては、男に対してしか効かない、その者の魔力を完全に破壊し、二度と戦闘できない状態に陥らせることのできる『魔壊』を。それぞれ使い分けて戦闘する。それが『色欲』だ。

 

「恐ろしいのは、これがラスボスじゃないってことかな……。はぁ……悪い夢であってほしいね……ほんと」



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Memory131

光と別れた後も、まだ魔王は俺に追いついてくることはない。いや、正確に言えば、追いついていないのではなく、あえて追っていないんだろう。理由は知らない。まあ元々はアンプタと俺が戦うのを止めるために追いかけてきてたんだ。そのアンプタを倒したのだから、もう追う理由はないということなのかもしれない。

 

「あっ、やっと見つけた!」

 

「愛……」

 

「ったく、どこほっつき歩いてたんだよ。結構探したんだからな。櫻だって今必死になって君のこと探して……」

 

櫻が、探してる?

そういえば、ユカリ達の遺体があった周辺には、櫻や来夏の姿は見当たらなかった。来夏がどこに行っていたのかはわからないが、櫻は俺のことを探してユカリ達と別行動をとっていた。もし、櫻がユカリ達といれば。櫻なら、アンプタにそう簡単にやられることもなかっただろう。それに、櫻なら絶対に、仲間を死なせるなんてことはしない。

 

もし、櫻が俺なんか探さず、ユカリ達のところについていれば。

もし、俺が自分の感情のままに、何も告げずに櫻達の元から離れなんてしなければ。

 

ユカリ達は今頃、死んでいなかったんじゃないか?

 

つまり、ユカリ達が死んだのは……。

 

「俺の、せい………」

 

……そっか。結局、俺には誰も守ることなんてできないんだ。

俺にできることは。

 

ただ、敵を殺す。それだけだ。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

7つの大罪の出来が思ったよりも良かった。当初の予定では、魔法少女達とルサールカをぶつけさせて漁夫の利作戦、だったわけだが、そんなことする必要もなさそうだ。特に『色欲』アスモデウスは異常。流石は元幹部アスモデウスから遺伝子を採取しただけはある。アンプタを失ったのは痛い、けど、もういいだろう。

 

7つの大罪を保持していれば、ルサールカに負けることはもうないはず。問題なのは、魔法少女と組織のボスくらいだろう。まあ、組織のボスはスルーでいい。アレは大したことがなさそうだ。問題は、魔法少女の方だ。

 

魔法少女の可能性は、無限大と言ってもいい。元々大した力を持っていなかったくせに、いつの間にか魔族をも凌駕する力を手に入れている。特に私が危険視しているのは、百山櫻、真野尾美鈴、後は朝霧来夏くらいか。とは言うものの、彼女らだけが危険というわけでもない。深緑束も、状況判断に長けていて、それに、櫻達ほどではないが、魔法少女として順調に成長している。双山真白だって、私の目が正しければ、アレは天才と呼べるタイプだ。放置しておけば、とんでもない力を手にするに違いない。

 

津井羽茜だってそうだ。今でこそ私が彼女の魂を保持しているが、もしあの時魂を取っていなかったら、どれだけ成長したのだろうか、末恐ろしい。

 

「怖いなぁ、ほんと」

 

本当に、不確定要素ほど恐ろしいものはない。ああいう不安の種は、はやめに潰しておかなければ。

 

元は櫻と来夏以外は潰しておいて、2人をルサールカにぶつけるつもりだった。櫻や来夏以外は殺しておかないと、後々成長した時に厄介だろうし。でも、むしろ2人の方が危険だろう。櫻と来夏も、始末しておかないと、後々私の障害になる。

 

まあ、確かに魔法少女達は危険だが、全てがそうだというわけではない。私が作ったアルファ達は、確かに強力な力を持っているが、アレの限界値は知れている。他の魔法少女も、櫻達ほどの脅威になることは99%ないと言える。黒沢君も、アレは怪人強化剤(ファントムグレーダー)の過剰使用で無理矢理櫻達の実力についていっているにすぎないし、才能も可能性も微塵も感じない。

 

ま、かといって完全無警戒でいいって相手でもないけど。

 

とにかく、魔法少女は残しておけば、確実に私の首を取りに来るだろう。あまり放置しておくべきではない。

 

「全員、皆殺しといこうかな」

 

そうと決まれば、7つの大罪に伝えておかないと。

 

もう殺してもいいよってね。

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「そっか。色々あったんだね」

 

俺はとりあえず、今まであったことを全部愛に話すことにした。カナ達のこと、ユカリ達のこと、そして、もう櫻達とは行動を共にはしない、いや、俺のわがままでしたくないということ。もう、元には戻れないこと。

 

「俺はもう、何も考えたくない。だからただ、7つの大罪ってやつを皆殺しにしようと思う。櫻達じゃ優しすぎて、あいつらを殺せないと思うから」

 

「殺したこと、そんなに気に病む必要ないと、僕は思うけどな。だって、どうせ擁護しようのないクズ共だったんだろ? それに、そいつら殺さなきゃ、今頃何人の罪のない人が亡くなっていたかわからない。正しいことをしたんだ、何も気に病む必要なんて…」

 

「殺してから言えよ。それ」

 

「っ…………」

 

「ごめん。言いすぎた」

 

愛は励ましてくれようとしただけなのに、どうにも感情の制御ができない。こんなに子供だったのか、俺って。

切り替えよう。俺はただ、7つの大罪とかいうのを全部殺せば良い。人を助けるとか、そんなの向いてない。俺には、こういう薄汚いのがあってる。

 

「とりあえず、櫻には適当に伝えといてほしい。俺は、あっちで多分誰かが戦っているだろうから、加勢に行く。多分、相手してるのは7つの大罪だろうから」

 

「だったら僕も」

 

「愛は足手纏いだからくるな」

 

「……」

 

言い方はきつかったかもしれない。でも、俺には愛を守り切る自信がない。愛が足手纏いだとか、そんな風に思ってるわけじゃない。けど、俺にはもう、誰も守れない。

 

誰も守れる気がしない。

 

どうせ俺には、誰かの命を奪うことしかできないんだから。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

7つの大罪が1人、鮫島刻と人造魔法少女のカナの戦いは、カナの方がやや押され気味だった。

カナが古鐘から託された『Magic Book』には限りがある。それゆえに、そう何度も使える代物ではなかった。おまけに、相手は鮫島だけではない。鮫島の後ろに控えている吸血鬼の男も、鮫島がピンチに陥れば即座に援護射撃をし、カナを苦しめる。

 

このままではカナは負けるだろう。

だが、そんな状況はひっくり返されることになる。

 

「カ………ナ……?」

 

「クロ……」

 

愛と別れ、戦場へとやってきたクロが、カナに加勢することになるためだ。

 

「なんで………生きて……」

 

「クロ、おねがい。たすけて。あいつは敵」

 

カナは鮫島の方を指差し、自分達が倒すべき敵を共有する。

 

「生きてたんだ……。良かった……」

 

「うん。こがねってひとにたすけてもらった。でも、せつめいはあと。いまはあいつをたおさなきゃ」

 

「うん。そうだね……うん。というか、あいつは……」

 

クロの表情が、少し明るくなる。既に死んだと思っていたカナが生きていたことが、嬉しかったんだろう。

 

「しってるひと?」

 

「……いや。今は知らない人。それよりカナ。あいつら、どれぐらい強い?」

 

「カナじゃかてないくらいには、つよい。でも、クロがいれば、かてるかも」

 

「そっか」

 

クロは少し考える。鮫島と魔族の男の顔を交互に見ながら、最後にカナの顔を見る。そして…。

 

「カナ、逃げよう」

 

「え?」

 

「2人で戦うのは危ない。だから、他の魔法少女と合流して、一緒にあいつらを倒す。そっちの方が確実だ」

 

結果、クロは逃げる判断を下した。普段のクロなら、素直に戦う判断を下しただろう。だが、せっかくカナと再会できたのだ。もう二度と失いたくはない。そんな思いが、クロの中にはあった。だからこそ、逃げの選択を取る。実際、2人で戦うよりも櫻や来夏と合流して戦う方が勝率は高い。

 

(櫻とは共にいないって言ったけど、そんなこと今はいい。俺の変なわがままで、カナを死なせるわけにはいかない)

 

「カナ、今から“ブラックホール”を開く。それで、こいつらから距離をとって、他の魔法少女と合流する」

 

「うん、わかった」

 

クロはカナの手を取り、“ブラックホール”を開く。

そのまま2人で中に入り、クロとカナは鮫島達の前から姿を消した。

 

「刻、いいのか? 追わなくて」

 

「そもそもどこに行ったかわかんねぇよ。それに、面白い収穫はあった」

 

「?」

 

「ったく、誰の仕業なんだか。どうしてこうも昔の顔見知りが姿を変えて出てくるのか。でもま、あいつの対処の仕方はわかってる」

 

「何するつもりだ?」

 

「あいつの大事なものっていったら昔から決まってるだろ。人質をとりに行くぞ」



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Memory132

うん。ここら辺でいいだろう。近くに櫻がいるのは確認できた。ここらでカナを”ホワイトホール”によって“ブラックホール”から出せば、勝手に櫻がカナのことを保護してくれるはずだ。多分、櫻はまだ俺のことを探してるんだろうけど。

 

「カナ、ここらへんで桃色の髪を持った、櫻って魔法少女がいるはずだから、その子に助けを求めて。クロに言われたって言えば、話は通じると思う」

 

カナ達のことは多分、櫻達には共有されてない。もしかしたら魔衣さんが話していたのかも知れないが、多分ないだろう。でも、櫻なら大丈夫だ。櫻は人を無闇矢鱈に疑ったりしない。カナのことも、きっと受け入れてくれる。

 

「クロはどうするの?」

 

「他の仲間を探してくる。大丈夫。あとで合流するから」

 

「うん。わかった」

 

ごめんカナ。合流するつもりはないんだ。

でも、櫻といれば、カナはもう安心だから。

 

だから。

 

「じゃあ、また」

 

「うん。またね」

 

多分もう、会うことはないだろう。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

鮫島刻と吸血鬼の男は、クロ、カナとの戦闘を切り上げ、とある場所へと向かう。

 

「昔っからシスコンだった。あいつの大切な人間なんて限られてる。だから、探っておいて正解だった」

 

「それは?」

 

「元クラスメイトの現在の動向。最近あの人が気になったことあって探ってるみたいでさ。ま、端的にいうと全員殺してみてってお願いされたんだよ。最初は抵抗あったけど、やってみると案外慣れるもんなんだな」

 

「俺は聞いてないぞ」

 

「お前と会う前の話だからな。って、お前は俺があの人とお前と会う前から交流あるの知らないんだっけか?」

 

「そうだな。というか、その行動に何か意味があるのか?」

 

「さぁな。転生の条件を調べるのどうのこうの言ってたが。まあ詳しくは分からん。どうも全員失敗に終わったってことだけは聞いたけどな」

 

『で、これがその副産物』と言いながら、鮫島は一つのメモを取り出す。

 

「そのメモはさっきのとは何か違うのか?」

 

「これはその元クラスメイトの親族の情報だよ。で、これの………ええとここだな。この黒沢雪ってやつ、いるだろ? これが俺達が人質にとる人間の名だ」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「ほう、お前がクロと仲良くしているとかいう輩か」

 

辰樹君、ではない? いや、彼のことはよく知らないけど、でも雰囲気が明らかに違う。こう、オーラ? 的な。いやまあ、僕にはあんまりよく分からないけど。

 

「えーと、どちら様?」

 

「ああ、魔王だ」

 

Oh…MAO……。マオー…。魔王!?

 

………え、魔王って何?

 

「魔王、とは何ですか?」

 

「魔の王だ」

 

「すぅー………」

 

なんか凄い面倒くさそうな奴だ。

 

「魔の王、といいますと?」

 

「魔界で王をやっていた。そのまんまの意味だ。魔族の王。それ以外に説明のしようがない」

 

「そんな魔王様が僕に何のようで?」

 

「少し見に来ただけだ。だが、そうだな。杞憂だったらしい。お前には死相が出ている」

 

会って早々失礼な奴だな。それに、杞憂だったっていったよな。死相が出ているのに、杞憂だっただって?

じゃあ、魔王(こいつ)は、一体何に対して心配してたっていうんだ。もしかして、僕に死んで欲しいのか? いやでもそれなら直接殺せば……。ああ。なるほど。そういうことか。

 

こいつの目、僕に似ているな。

 

「悪いけど、僕は死ぬつもりはないよ。あんたは死んで欲しいって思ってるのかもしれないけどね。邪魔なんだろう? 僕のことが」

 

「ほう?」

 

こいつは僕のことを、“クロと仲良くしている輩”と表現した。そして、僕と似たような目。

彼の中には、傲慢な独占欲のようなものがあるように見える。そして多分その対象は……。

 

「魔王ともあろうものが、1人の魔法少女に執着するなんてね。驚いたよ。でも知ってるかい? 彼女の秘密」

 

「なんだ? 前世のことか? それとも何かまた別の秘密でもあるのか? それなら教えてもらいたいな」

 

そこまで調査済みってわけですか。こいつは中々根深いな。しかし、分からないな。何で魔王なんて大層な奴が、あいつに執着するんだか。

 

「しかし、そこまで知られてしまっていてはますます邪魔になるな。まあ、構わん。どちらにせよお前は、そう遠くないうちに死ぬ」

 

「直接手は下さない、いや、下せないか。そうだろう?」

 

「くだらんな」

 

こいつの目的は、クロに好かれ、独占することそのものだ。ここで僕に直接危害を加えれば、間違いなくクロからの評価は最悪になるだろう。だから下手に手を出せない。

 

あと、多分だけど、あいつに敵を殺させるように誘導したのも、多分魔王(こいつ)だ。僕もこいつと似たような思考回路をしているから分かる。あいつに一線を越えさせて、罪悪感から櫻達と共に歩むことを拒否するように誘導し、孤立してしまったところで、あいつの心の隙間に入り込むつもりなんだろう。

 

何よりタチが悪いのは、あいつが多分、魔王(こいつ)に誘導されたっていう風に思えないように思考を誘導されてるってことだろう。この前あいつと話していて、魔王にそう言われただとか、魔王が言ってたからなど、魔王が起点となって殺しを行ったなんて話は1ミリも言ってなかった。つまり、無意識の内に、自覚もないまま思考を誘導されている可能性が高いってことだろう。

 

まあでも残念だ。僕はあいつの親友だ。魔王の危険性も、計画も、全部洗いざらい話してやる。仮にあいつと魔王の仲がそれなりに良かったのだとしても、親友の僕と、会って間もない魔王(こいつ)。どちらの言うことを聞くかなんてのは明白だ。

 

「ま、精々頑張りなよ。僕は親友として、お前の望みを叶えさせるようなことは絶対にさせないけどね」

 

「そうか。別に構わん。ああ、そうだ。言い忘れていたことがあったんだった」

 

「何かな?」

 

「おあしすアパートだとかいう場所に忘れ物をしてしまってな。魔界の虫なんだが、奴は危険でな。多少魔力のあるものならば何の害も与えられないが、魔力を一切持たないような人間ならば噛まれればたちまち致死量の魔力を供給され、死に至ってしまう虫なんだ。回収しておかねばな。しかし、今日はもう歩き疲れた。回収は明日にするか」

 

おあしすアパート? 確か、雪ちゃんが住んでいるアパートがそんな名前だった気が……。

 

待てよ……? こいつはクロの前世のことを知っている。つまり、クロの妹が黒沢雪であることも、おそらく知っている可能性が高い。ということはつまり…………こいつの狙いは…。

 

「クソっ、やり方が汚いなっ」

 

「何のことだか」

 

クロは今は戦いにいってるはず。だから助けを求めることはできない。櫻達とコンタクトを取るには、時間が足りないかもしれない。僕は通信機器を何も持ってないのだから。つまり、今すぐにでも助けに行かなければ、雪ちゃんが危ない。

 

あーもう!

僕が動くしかないじゃないか!

 

「絶対に全部話してやる。お前の本性も、このやり口も、全部だ。覚悟してろっ!」

 

「その前に死体にならなければ、の話だがな」

 

やかましいな。くそっ、何でこんなタチの悪いやつに好かれるのかなぁ。あいつは…。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

来夏は、姉である去夏のピンチを察知して、急いで姉の元へと向かっている最中であったが、突然自身が所持していた携帯電話の音が鳴り響く。どうやら、誰かが来夏に電話をかけてきたらしい。

 

『もしもし、来夏ちゃん』

 

「櫻か? 今までどこで何して……」

 

そして、その電話の相手は櫻だったようだ。来夏は足を止めることなく、そのまま走りながら電話対応を行う。

 

『今さっき、カナちゃんって子と会ったんだけど、クロちゃんと知り合いみたいで、どうもクロちゃん、敵と戦うために仲間を探すって言ってどこかに行ったらしくて……』

 

「ああ、それで?」

 

来夏は少し苛立ちながら話す。去夏(あね)の大ピンチを感じ取った今の来夏は、少々焦っているためだ。

 

『これは、私の直感なんだけど…‥。多分、クロちゃんは1人で敵と戦うつもりなんだと思う』

 

「はぁ?」

 

『だからお願い。来夏ちゃんのお姉さんの方へは、私が行くから』

 

「………そこまでお見通しなのかよ」

 

櫻は去夏と一緒に行動しているわけではないため、彼女のピンチを知る由もないと来夏は思っていたのだが、どうやらそこも把握済みらしい。

 

「分かった。クロの方は任せろ。その代わり、猿姉のこと頼む」

 

『うん。来夏ちゃんも気をつけて』



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Memory133

古鐘と去夏の体力は、徐々に削られていく。古鐘は『Magic Book』を消費し尽くしかけているし、去夏の方もスタミナは残っていない。

 

「もう終わり? ざんねん。遺言くらいは聞いてあげても良いわよ?」

 

完全に舐められている。『色欲』にとっては、古鐘も去夏も格下なのだ。取るに足らない相手なのだ。ある意味、だからこそ今古鐘達は生きながらえているのかもしれない。脅威に思われていないからこそ、『色欲』にとって古鐘達の相手はおもちゃで遊ぶようなものと何ら変わりはないものになる。『色欲』にとって、今すぐ処理する必要などなく、むしろ長く遊ぶために生かすようになるのだ。

 

「おい、何か手はないのか?」

 

「申し訳ないけど、私は全部『Magic Book』頼りな魔法少女でね。これがなくなると、もうできることはないんだ」

 

古鐘自身も、自分は長く魔法少女をやっているだけで、実力で言えば一般の魔法少女とそう大差ないと自身のことをそう評価している。古鐘は決して、櫻や来夏達のような、規格外の魔法少女などではないのだ。

 

「遺言は決まった? 私そんなに忍耐強くないから、できればはやめにしてほしいのだけど」

 

去夏と古鐘は身構える。普段の去夏なら、遺言を決めるのはお前のほうだ、とでも啖呵を切っていたのだろうが、それほどの余裕は彼女にはない。

勝ちへの道筋は全く見えていない。しかし、戦うしか道は残されていないのだ。

勝つためではなく、生き残るために。できるだけ長く耐久して、援軍を待つ。それが今の彼女らの戦う目的(りゆう)なのだろう。

 

「遺言を決めるのはお前のほうだ! そうだそうだ!」

 

「へぇ〜」

 

しかし、そんな3者の元に、1人の少女の、甲高い声が響く。

先程までは去夏と古鐘を見ていた『色欲』は今は興味深そうに少女の方を見つめている。

 

少女の名は……。

 

「正義の味方! 魔法少女マジカルドラゴンシュートスター見参!! お前を倒す者の名前だ! 覚えておけ! 覚えろ覚えろ!」

 

魔法少女、真野尾美鈴と魔族と人間のハーフ、龍宮メナがひとつになった姿、魔法少女マジカルドラゴンシュートスターだ。

 

「生憎だけど、私にはのこしておきたい言葉なんてないのよ」

 

言いながら、『色欲』は魔法少女マジカルドラゴンシュートスター、通称マドシュターに攻撃を加える。だが、当然のようにマドシュターは『色欲』の攻撃を交わし、いつの間にか『色欲』の背後にまで回っていた。

 

「鬼龍術・捌きの王(サバ・キング)!」

 

「っ! やるわね!」

 

そのままマドシュターは『色欲』に攻撃を加えるが、かろうじてマドシュターの存在を認知した『色欲』は高く飛び、少女の攻撃を回避する。

 

しかし、マドシュターの猛攻は止まらない。

『色欲』が飛び立つと同時、マドシュターもまた空中へと飛び、『色欲』の真上へと移動していたのだ。

 

「鬼龍術・龍の破壊撃(ドラゴンブレイカー)!」

 

『色欲』は、空中にいるせいか、うまく身動きを取ることができず、マドシュターの攻撃をモロに食らう。

地面へと倒れ伏した『色欲』は、しかし、気怠げながらも、またその身を起き上がらせる。

 

「ふふふ………強いわね……あなた。いいわ、一切手は抜かない。私も本気で行くわ」

 

「へぇー。実は私も4割くらいしか本気を出してなかった。うん。4割4割」

 

「あら奇遇ね。私もさっきは4割くらいしか本気を出せていなかったの。正直、ノーマークの魔法少女だったから、油断しちゃったのよ」

 

互いに嘘はついていない。本当に4割の実力しか出せていなかったのだろう。

 

「あ、あれで4割かよ……」

 

「櫻が本気を出しても、あそこまで実力は出せないと思うんだけどね……。私達が真面目に戦おうとしていたのが馬鹿らしくなってくるよ」

 

去夏も古鐘も、両者の戦いについていくことはできない。

完全に、出来上がってしまっているのだ。あの2者の世界が。

 

マドシュターは既に、再び『色欲』の背後に周り、攻撃を仕掛ける。当然、『色欲』もそのことには気付いており、何とか対処する。

 

「でもやっぱりおかしいわ。私の背後に一瞬で回れるくらいのスピードがあるなら、とっくに私の首は飛んでるはず。でも、現に私は今この地に、この足で立っている。なぜかしらね。まさか、とは思うのだけど」

 

『色欲』が話している間にも、マドシュターは攻撃を仕掛けていく。

 

「無駄話より戦闘に集中! 集中集中」

 

「でもやっぱり、そうとしか考えられないのよ」

 

『色欲』は分析する。マドシュターの動向を、考えを、魔力の消費量を。

そして、ひとつ、またひとつ。マドシュターの特徴を掴んでいく。

 

「男の人の分析をする方が、きっと楽しいとは思うわ。けど、あなたみたいな規格外は、ひょっとしたら男の人よりも分析のしがいがあるのかもしれないわね」

 

「私は難しいことは嫌いかな。嫌い嫌い」

 

「そう。貴方が扱っている魔法は、時間停止。当然、条件付きではあるのだろうけれど、やっぱり規格外ね。それに、時間停止の魔法はあくまでおまけ。本質は、その莫大な魔力量と、規格外の強さってところかしら。一言にまとめると魔法の脳筋ね。やっぱり分析は意味なかったかもしれないわ」

 

「無駄話は終了? 今度こそ本気出すよ! 本気本気!」

 

「ええ、そうね。結局は、何も考えずに、ただ思うがままに振る舞うのがきっと楽しいのよ! だって私は、欲望の塊なのだから!」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

見つけた。7つの大罪。櫻達の脅威になるかもしれない存在。今さっき、カナに危害を加えていた存在。そして、元、俺のクラスメイト。鮫島刻。

 

その手には、おそらく人質として利用しようとしているのだろう、眠っている雪がいた。

…こうなる可能性は、考えなかったわけじゃない。まさか、雪を人質にとってくるとは思わなかったが。

 

「よう黒沢。わざわざ戻ってきたのか。女になって、とうとう男に興味でも出たのか?」

 

「そっちこそ、良い歳して恋人の1人もいないみたいだな。だからか、そうやって、か弱い女性を盾にして粋がることしかできないんだ。さっさと雪を放せ、この性犯罪者」

 

俺の言葉に少し苛ついたのか、鮫島は懐からナイフを取り出し、眠っている雪の首元に押しつける。

 

「口の利き方に気をつけろよ。言っておくが、俺は本気だ。お前、高校の頃の同級生が今何してるか知ってるか?」

 

「……知らない。知る暇もなかった。それがどうしたって?」

 

「ほとんど死んでるんだよ。何でだと思う? 答えは簡単さ、だってほとんど、俺が殺しちまったんだからなぁ!! …だからよ。俺は今、ここでこいつ()を殺してもちーっとも心は痛むことはないんだ。わかるだろ? 俺の言いたいこと」

 

こいつは、本気だ。とことん狂ってる。人を殺すことを、なんとも思っていない。元々、そんなやつだったのか、それとも、人を殺してから、ああなってしまったのか。

 

俺も、同じなんだろうか。人を殺して、あんな風に……。

 

…いや、違う。

こんな、人を殺すことを、むしろ楽しんでやるような奴とは、違う。確かに俺の罪は、許されるものなんかじゃない。でも、それでも、俺は、あそこまで、堕ちるつもりはない。

 

ひとまず、雪が優先だ。俺はあいつとは違う。だから、人質だって見捨てない。それ以前に、大切な妹を見捨てる兄がいてたまるかって話だ。

 

「……わかった。要求は?」

 

「“誓約魔法”で、今後俺達にお前が危害を加えないことを約束してもらう。より正確に言えば、“黒沢始”と、“クロ”が俺達に危害を加えることを、だ。逆に俺達は、今後“黒沢雪”に一切危害を加えないことを約束する。何なら、その範囲にお前を入れてやっても良い。お互いに不干渉と行こうじゃないか。お前だって嫌だろ? 元同級生を殺すのはさ」

 

何でわざわざ、“黒沢始”とクロを分けたのか…。いや、まあ、向こうからしたら、俺が二つ魂を持っている可能性も、二つ人格を持っている可能性も捨てきれなかったのかもしれない。とすると、“誓約魔法”は魂や人格によって判断されるんだろうか。まあ、そんなことはどうでも良い。

 

とにかく、向こうは俺から危害が加えられないことを条件として、雪に危害を加えないことを約束しにきたらしい。穴はないだろう。対象には、櫻達が入っていない。雪に危害を加えられなくても、はっきり言って彼らにとっては何も痛くない。せいぜい俺への脅し道具になるくらいだ。だからだろう。俺という存在を、自分達の戦闘から排除する。それが目的なのだ。今回の取引は。

 

つまり、この“誓約”に応じれば、俺は櫻達の代わりに、7つの大罪を排除することができなくなる。

 

もうこれ以上、殺すことは、なくなる。

 

そうだ。これは、仕方がない。だって、雪が人質に取られてしまっているのだ。取引に応じなければ、雪が危ない。だから、仕方がないのだ。

 

「一応、破った時のペナルティを聞いとく」

 

「俺達が破った場合、俺と後ろにいる吸血鬼の男が死ぬ。逆にそっちが“誓約”を破った場合、お前の命はなくなるし、この“誓約”は破棄される」

 

「わかった。“誓約魔法”を交わそう」

 

「話が早くて助かるよ。元同級生同士、殺し合いは避けたいもんな」

 

俺は、“誓約”に応じることにした。

きっと、これで良い。



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Memory134

“誓約魔法“を結び、雪のことは解放してもらった。雪は俺の”ブラックホール“を経由したりして、今はアパートに戻ってもらっている。

 

「はい。じゃあ契約成立ってことで。今後お前は俺たちに危害を加えないし、俺達はお前と黒沢雪には危害を加えない。これで良いだろ?」

 

「わかった。破ったら、その時は……」

 

「分かってるって。ペナルティがあるし、破れないことくらいわかるだろ? 大丈夫だ。お前らに危害を加えることはねぇよ。お前らにはな」

 

ああ、そうだろうな。櫻や来夏達には、この“誓約”は何の関係もない。だから、向こうからすれば、この”誓約“は、実質ほぼ無条件で俺を戦闘から排除することができるものだったんだろう。それが分かったからこそ、裏はないんだろうなと俺は思えたわけだ。

 

「さて、それじゃ、話は終わりだ。ま、お互い危害は加えないようにしましょうや。ククク………」

 

「ククク……刻、そろそろ良いか?」

 

「……ああ、そうだな。良いぜ。持ってこい」

 

吸血鬼の男が、物陰に隠れてゴソゴソと何かをしている。何をしているのだろうか。取引は終わったんだ。早く立ち去れば良いのに。

 

一応、櫻達のサポートは考えてある。戦闘に参加はできないが、危害さえ加えなければ、何をしたって問題はないのだ。例えば、櫻達が殺されそうになった時に、櫻達のことを守るくらいは許されるだろう。まず、カナや愛にはなるべく戦闘に参加しないように、安全な場所に避難してもらって……。

 

「ああ、悪いな。ちょっと一仕事残っててな。今ここで済ませたいんだ。できれば俺も、お前とはもうおさらばしたいんだが、これだけはここで済ませておきたくてよ」

 

見ると、吸血鬼の男が何か大きな物体を持ち上げ、こちらに持ってこようとしている。まさか、人……?

 

 

 

 

 

待て、まさか………そんな……。

 

 

 

 

 

 

「愛………?」

 

何で、愛が、ここに………。最悪の展開が、頭に思い浮かぶ。だめだ。考えるな。まだそうと決まったわけじゃ……。

 

「はは………ごめん。しくじっちゃった……」

 

鮫島は愛の首元にナイフを突き立てる。

 

「やめろっ!」

 

俺は止めようとするが、”誓約“の影響で武力行使はできない。魔法を扱えないとなれば、今の俺じゃ大の大人の男の力には敵わない。当然、止めようと鮫島に突っかかるも、軽く跳ね除けられてしまう。

 

「愛は魔法を扱えない! お前らの脅威にはならないから!」

 

必死に訴える。もしかしたら、愛が魔法を扱えると、自分達の脅威になり得ると勘違いしているのかもしれない。だから、その可能性はないと、そう伝えたかった。

 

「信用できねぇよなぁ」

 

ザクっと、鮫島は愛の首にナイフを突き刺す。

 

「やめっ……」

 

「生き返られても面倒だし、念入りに殺しきらねぇとな」

 

何度も、何度も。まるで俺に見せつけるかのように、鮫島は愛の首を刺し続ける。

 

「やめろ…………やめろやめろやめろ!!」

 

止めないと……これ以上は……!

 

「駄目駄目。ったく。殺せばよかったのに。何でわざわざ“誓約”なんて結ぶのか。やっぱり無能の考えは理解できないね」

 

俺の両腕は、触手のようなもので拘束されて動かせなくなってしまう。

この前、光といる時にアンプタと一緒に戦闘していた触手の少女だ。いつのまにこの場に来たんだ…。

 

クソっ! 動けない!

このままじゃ愛がっ!

 

「もう遅ぇよ」

 

俺の目の前に、虚な目をした愛が、いた。

もう、息はしていない。

 

最後に愛と話したの、何だったっけ。

 

『愛は足手纏いだから来るな』

 

こんな、別れ方ないだろ……。

 

何で俺はあの時、愛のこと突き放すような言葉、使ったんだ……。

何で俺は…………。

 

「やっぱこういうのだよなぁ」

 

「“誓約”の対象って私も含まれてるの?」

 

「わかんね。でも入ってるかもしれないし、念の為殺すのはやめとけよ」

 

「はぁ……ほんと無能。まあいいや。もし“誓約”の対象に私が入ってるなら、無能な貴方が死なない限りは、脅威はないと見ていいでしょ」

 

触手による拘束が解かれる。

でも、今更拘束を解かれたところで、俺にできることなんて何もない。

 

今、目の前の奴らを、殺したくて仕方がない。

“誓約”さえなければ、今、この場で、全員皆殺しにしてやるのに。

 

“誓約”さえなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、そうだ。“誓約”さえなければ、こいつらを殺せるんだ。

ある。“誓約”を、無視できる方法が、一つ。

 

俺は懐にあった一本の注射器を取り出す。

 

持ってきておいて、正解だった。

 

俺は今この手に持っている怪人強化剤(ファントムグレーダー)。全10本あったそれを、数本接種しただけで、理性を失い、怪人になりかけた。

 

今の俺の状態は、怪人と人間の間にあたるだろう。その影響か、あまりお腹が減らなくなったし、数日くらいなら飲まず食わずでも生きていける体質になった。

俺が誰の支援を受けずに生きられているのも、体が怪人に近づいた影響が大きいのかもしれない。

 

だったら、全部接種した場合、俺はどうなるんだろう?

 

きっと、もう人間じゃなくなるだろう。

じゃあ、そうなった時、俺は何となるか?

 

“黒沢始”か? “クロ”か? “人間”か?

 

いや、違う。そこにいるのは、ただの“怪人”だ。

理性を失い、ただ己の力を思うがままに振りかざすだけの、怪物。

 

そんな怪物相手に、“誓約魔法”が効力を発揮するわけがない。

 

“怪人”になって、ここにいるこいつらを全員殺す。

 

俺は、怪人強化剤(ファントムグレーダー)を、自身の腕に刺す。

 

「お前、何やって………」

 

「ああ、そうだ。約束、だったよな……。お互いに、危害は加えないって」

 

でも、先に約束を破ったのはそっちだろ。

 

確かに、直接俺や雪に危害を加えられてはいない。

 

でも、愛に。

俺の大事な人を傷つけるっていうのは……。

 

それはもう、俺にとっては危害を加えられているも同然なんだよ。

 

「約束は守るよ。俺はお前達に危害は加えない。でも、そうだな……。俺じゃないナニカは、きっとお前らを許さない」

 

意識が、失われていく。

自分が、自分じゃなくなっていく感覚がする。

 

死、なのだろうか。

でも、これで良い。

 

お前らも、道連れだ。

 

全員仲良く、あの世行きにしてやる。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

マドシュターと『色欲』の戦いは、長期に渡っていた。『色欲』はただ純粋に戦闘を楽しむだけだったが、マドシュターの方には徐々に焦りが見られていくようになった。

 

戦闘自体は、互角で、どちらが優勢か、なんてはっきりと言えるものではないし、実際実力は拮抗している。だが……。

 

「時間制限まで、あといくらかしらね?」

 

「バレちゃってるね。やばいね。やばいやばい」

 

真野尾美鈴と龍宮メナの合体には、時間制限がある。戦闘能力自体は強力だが、制限時間が存在してしまうのが、魔法少女マジカルドラゴンシュートスターのデメリットなのだ。大抵の敵は、おそらく瞬殺可能だろうから、そういう意味ではデメリットはほぼ存在しないようなものだったのかもしれないが、強敵相手ではそうはいかない。

 

「もってあと3分ってとこかしら?」

 

「全部バレてるー!?」

 

『色欲』はマドシュターの時間制限に、大体のあたりをつける。そしてそれはマドシュターの反応からも実際に、その通りなのだろうとわかる。

 

「でも、あと3分、ねー。時間制限まで待つなんて、姑息じゃない?」

 

「はえ?」

 

「ええ、そうね。あと3分よ。3分以内に、貴方を仕留めるわ。だから、覚悟しなさい」

 

『色欲』の攻撃の手が、強まっていく。

 

「わわっ。あれ? 実力は同じくらいなんじゃないっけ? 騙された? 詐欺だ! 詐欺詐欺!」

 

「私自身生まれたばかりで自分の実力をよく理解していないの。でも、そうね! そうだわ! 私は多分、貴方よりずっと強いわ!!」

 

『色欲』の猛攻はおさまらない。先程まで拮抗していた実力は、既に『色欲』が上回る形となった。

 

マドシュターも、『色欲』の猛攻を抑えることができない。

 

「アハハハハ! これで終わりよ」

 

「まずいよ! まずいまずい!」

 

そのまま『色欲』は、マドシュターにとどめの一撃を入れる。

マドシュターは、『色欲』の攻撃を喰らい、そのまま壁に打ち付けられてしまう。

 

「どう? 中々いい一撃が決まったと思うのだけれど」

 

マドシュターが倒れていた場所には、真野尾美鈴と龍宮メナが転がっていた。2人とも、目をぐるぐると回しながら気を失っている。

 

「はぁ……。これじゃ合体中に倒したのか、合体が解けそうだったから倒せたのか、分からないじゃない。ある意味私の負けね。まあいいわ。あとは、殺し切るだけなわけだし」

 

『色欲』はそのまま2人に、正真正銘、殺し切るため、トドメを刺そうとする。

 

が……。

 

「うちの娘に、手を出さないでもらおうか」

 

『色欲』の手は、龍宮メナの父親、元幹部の男、ノーメドによって止められるのだった。



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Memory135

ノーメドと『色欲』の戦闘が始まる。周囲には、『色欲』に敗れて倒れ込んでいる、椿達や美鈴達の姿があった。

 

「彼を囮にして逃げよう」

 

その様子を見て、古鐘はある提案をする。

 

「確かに、この状況じゃ私達に勝ち目はない。逃げるのはあまり好きじゃないが……」

 

「私は少女2人を運ぶ。君は椿君達を頼む」

 

去夏と古鐘は、手分けして椿達の回収を行い、撤退の準備を進める。

 

「『Magic Book』3ページ 属性・無 “無重力”」

 

古鐘は『Magic Book』を使い、美鈴とメナの体重を無にし、回収を行う。

 

「よし! このまま撤退して…」

 

「逃すと思う?」

 

しかし、撤退しようとした古鐘達の目の前に、既に『色欲』は立っていた。見ると、どうやらノーメドは『色欲』に敗れてしまったらしい。実際、椿やドラゴ達も一瞬で倒されてしまっているのだ。やはり、男では『色欲』の“魔壊”に対抗する術がないらしく、戦闘能力以前に“魔壊”を突破できずに終わってしまうらしい。

 

「櫻が来るまでまだ少しかかりそうだね。さて、どうするか……」

 

古鐘は考える。どうすればこの場を切り抜けられるのか。『Magic Book』は戦闘でそのほとんどを消費し、撤退に使えそうなものはほとんど残っていない。去夏も、先程の戦闘で消耗しており、足止めするにもスタミナ的に限界だ。

 

「詰み、か………」

 

古鐘達が諦めかけていた、その時。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「は?」

 

『色欲』は空中で舞いながらも、華麗に地面へと着地し、ダメージを食らわないようにする。彼女が自身に攻撃を加えようとしたものの面を拝もうと、周囲を見渡すと。

 

「あら? そういえば、脱走したんだったわね」

 

「“魔壊”だったか? 残念だが、それは俺には効かない」

 

組織の幹部、アスモデウスの姿がそこにはあった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

“怪物”が、暴れ回る。

 

「刻!」

 

「がっ、クソ……こいつっ……!」

 

“怪物”は、まず意識が覚醒してから目に入った鮫島刻の首元を掴み、そのまま押し倒して締め上げることにした。止めに入った吸血鬼の男を膨大な魔力の圧力で跳ね返し、ただ目の前の男を殺すために、自身の手に目一杯力を込める。

 

「お……い、たすけ……ろ!……」

 

鮫島は触手使いの少女に助けを求めるが、触手使いの少女はそれに応じる気がないらしく。

 

「だから殺したらよかったって言ったのに。ほんとに無能。知ってる? 能ある敵よりも、無能な味方の方がよっぽど厄介って話。だから、無能な貴方にはここで死んでもらうことにしたわ。悪く思わないでね」

 

そう言って、鮫島達を放置し、この場から立ち去ってしまう。

 

吸血鬼の男は、鮫島を助けようと、何度も“怪物”に攻撃を加え続ける。

しばらくして、流石に吸血鬼の男の存在を無視できなくなったのか、“怪物”は鮫島の首を絞めていた手をはなし、吸血鬼の男の方へと標的を変える。

 

「かっ………はぁ……はぁ……クソが………調子に乗りやがって」

 

“怪物”はただただ無機質に、吸血鬼の男を攻め始める。恐ろしいのは、無詠唱で武器を召喚し、それを用いて戦闘を行っている部分だろう。言うなれば、”怪物“は、”最低限知性を持った怪人“と化しているのだ。だからこそ、頭を使って戦闘を仕掛けてくる。しかも、痛みに鈍感なのか、攻撃を加えても全く怯む様子を見せていない。

 

いくら傷つこうとも、それを気にすることもなく、ただひたすらに突撃してくる。

 

「刻! 加勢を!」

 

「うるせぇ! テメェはそこで足止めしてろ!!」

 

鮫島は吸血鬼の男を囮にして、その場から逃げ出そうとする。

 

吸血鬼の男は鮫島の加勢を諦め、“怪物”との戦闘に打ち勝つことに賭ける、が。

“怪物”にとって致命的になるであろう攻撃を加える瞬間に、“怪物”はその肉体の一部を液状化し、男の攻撃を完全無効化しながら逆に攻撃を加えてくるのだ。

 

持久戦でも、短期決戦でも、男よりも“怪物”の方が優勢であることは明白だった。

 

「シ……」

 

吸血鬼の男の体に、切り傷が刻まれていく。

 

「あ、がっ………刻、たすけ……」

 

「シ…………」

 

念入りに、“怪物”は吸血鬼の男の体を切り刻んでいく。生き返らないように、念入りに殺し切らないと、と、吸血鬼の男には、“怪物”がそう言っているように思えた。

 

やがて、吸血鬼の男はピタリとも動かなくなる。

 

次の標的は、刻だ。

 

刻と“怪物”の間には、かなりの距離がある。走っても“怪物”には刻の元に辿り着くことはないだろう。

だからこそ、刻は吸血鬼の男を囮にして逃げるのは英断であったと、そう安堵していた。だが。

 

刻の目の前に、“ホワイトホール”が現れる。

 

「あ……」

 

“ホワイトホール”から、大鎌を持った“怪物”が現れる。

刻はすぐに、“怪物”に背を向け、逃げようとするが……。

 

「あぐっ……!」

 

足を切られ、その場に倒れ込んでしまう。“怪物”は、狙って足を攻撃したのだ。

逃がさないように。確実に仕留めるために。

 

「ま、待ってくれ!! お、俺が悪かった! 出来心だったんだ!! ちょっとしたおふざけだろ! な? 約束は守ってるじゃないか!! だから……!」

 

刻は必死に訴えかける。しかし、人間の言葉は、“怪物“には通じない。

言葉で騙そうとしても、それを”怪物“は理解することがない。尤も、仮に”怪物“が”怪物“でなかったとしても、刻の言葉を聞いて攻撃の手を緩めるかと問はれれば、それはNOだろう。

 

“怪物”は、まず刻の両足を胴体から切り離す。先程も言ったように、逃亡できないようにするためだろう。

 

「あああぁあぁああァァァァァァ!!!」

 

刻は絶叫するが、“怪物”はそれを気にすることなく、次は刻の腕を胴体から切り離す。

かつて、アンプタがそうしていたように、“怪物”は、四肢を切断してから、刻のことを切り殺すことにしたらしい。

 

“怪物”には、ただただ己の力を振り翳し、暴れ回ることしか能がない。そのはずだが、“怪物”は何故か、やけに念入りに、刻のことを殺し切ろうとしている。

 

「誰か、助け……」

 

何度も、何度も、念入りに刻の体は、“怪物”の大鎌によって切り刻まれる。

刻の失敗は、吸血鬼の男を置いて逃げてしまったことだろう。元々刻は、吸血鬼の男と契約することで、力を手に入れていたのだ。

 

吸血鬼の男が死んだ時点で、刻は何の力も持たないただの一般人だ。そんな一般人を、ミリューは手元に置いておくつもりなどない。だからこそ、吸血鬼の男を見捨てた時点で、刻の死は確定していた。

刻の生存ルートは、吸血鬼の男と共に戦い抜き、“怪物”を倒すか、吸血鬼の男と共に“怪物”から逃げるか、その二択だったのだ。

 

そもそも、刻が愛に手を出さなければ、ただただ邪魔な妨害をする者を1人戦闘から除外するだけに済んだのに、余計なことをしたせいで、こんなことになってしまっているのだから、自業自得だろう。

 

「ごめん………なさい………」

 

刻は涙を流しながら、謝罪の言葉を述べる。しかし、“怪物”はニタニタと不気味に笑みを浮かべながら、刻を切り刻むだけだ。

 

刻も同じように、気色の悪い笑みを浮かべながら、同級生を刺し殺していたことを思い出す。刻も、同じことをしていたのだ。つまり、因果応報。刻は、自分のやっていたことを、今やり返されているだけなのだ。

 

(ああ、そうか……)

 

自分が殺してきた同級生も、こんな気持ちだったのかと、刻は感じる。

 

(でも、そうだな……)

 

「おま………えも…………俺……とおん……なじだ………くく………はは………」

 

そう言い残して、刻はその命を落とした。

 

 

 

 

“怪物”は、刻を殺して満足…………とはいかない。

“怪物”は、死ぬまで、自身の力を振り翳すことをやめはしない。

 

次に“怪物”が標的にしたのは………。

 

「ク……ロ………お前……」

 

櫻から連絡を受け、この場へとやってきた、朝霧来夏だった。



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Memory136

来夏は倒れ込んでいる愛の遺体を見て、最悪の状況に陥っていることを察する。愛は殺害され、クロは怪人強化剤(ファントムグレーダー)によって怪人化してしまっている。来夏が姉である去夏に聞いた話では、以前にも、クロが理性を失い、怪人として暴力を振るったことがあったらしい。

 

しかし、その時は怪人強化剤(ファントムグレーダー)の摂取本数が少なかったからこそ理性を取り戻せたわけであって、今回に関しては以前の怪人強化剤(ファントムグレーダー)を含めて計10本も摂取してしまっている。

 

以前は、身体的に言えば、人間と怪人の狭間にある状態と言えた。だが、10本も摂取してしまえば、クロの体はもう、人間のものとは呼べなくなってしまった。肉体的にそうであるならば、精神も例外ではないだろう。

 

クロが理性を取り戻す確率は、限りなく0に近い。

 

だが、来夏は以前姉から、クロが理性を取り戻した時の話を聞いている。少なくても、可能性があるならば、来夏にその方法を取らない理由などなかった。

 

「やるだけやるか」

 

来夏はとりあえず、自身の周囲に電撃を放ち、クロに近づけさせないようにする。遠距離での攻撃は、黒い弾しかない。かつてはアストリッドの血の刃を“ブラックホール”によってストックし、それらを“ホワイトホール”を介して放つことで遠距離攻撃を行っていたことはあったが、その血の刃のストックが尽きていることは、来夏も知っている。

 

つまり、来夏が取るべき手段は。

 

(近距離戦に持ち込ませず、クロのスタミナ切れを狙う……。理性を取り戻させるのは、その後でいい)

 

近距離に持ち込まれれば、来夏とて本気でクロを殺しに行かなければ、逆にやられてしまう可能性がある。しかし、遠距離であれば、持久戦も可能だろうと、そう判断した来夏は、とにかくクロを自身の周囲に近づけさせないことに注力した。

 

来夏の予想通り、近距離攻撃が通用しないことを察したのか、クロが黒い弾を放つ。だが、来夏はそれを軽くいなす。

 

「今までどれだけ見てきたと思ってるんだ。最初の頃とは違うからな」

 

手口は知り尽くしてる。直接戦闘を見てはいなくとも、クロの性格は、今まで関わってきて十分知ってるし、戦い方の癖も、直接戦闘を見たり、櫻達から聞いたりして、ある程度は理解している。

 

怪人となったといっても、その基礎を作っているのはクロなのだ。クロが取りえない手段を、今目の前の“怪物”が取ることは、ほとんどありえないと言っていいだろう。

 

それに、別に来夏はクロとの相性が悪いというわけでもない。クロは怪人強化剤(ファントムグレーダー)によって自身を強化して以降、よく攻撃を回避せずに、自身の体を一部水に変えて、攻撃を受け流すという手段をとっていたが、それは来夏には通用しない。来夏は雷属性の魔法少女だ。

水は電気を通すとはよく言ったもので、純粋な水には電気は通りにくいらしいが、幸いクロのそれは電気を通すタイプの水であるらしく、仮に体の一部を水に変化させたところで、クロの体には来夏の攻撃は通ってしまうのだ。

 

それを相手も理解しているのか、していないのか、向こうは『動く水(スライム)』による回避という手段を取ることはない。

 

だからこそ、来夏は油断していた。

 

突然、来夏の体に衝撃が走る。

腹部を見ると、彼女の体を十字に斬ったような傷が、確認された。

 

(不可視の…‥攻撃…?)

 

天罰(クロスエンド)。クロが怪人強化剤(ファントムグレーダー)を摂取したことによって、使うことが可能となった、不可視の攻撃。当たるまで、攻撃されたことを認識できず、気がつけば自身が傷つけられている。そんな技だ。

 

来夏はその技の存在を認知していなかった。実際、クロが櫻や来夏達の前で、天罰(クロスエンド)を披露したことはなかった。

 

「クソっ。理解してる()()()になってただけだったのか! 私は!」

 

来夏は自身に悪態をつきながらも、後方へ下がり、体勢を整えようとする。

 

(不可視の攻撃があることはわかった。だが、一度わかれば、あとは攻撃のタイミングをつかむだけ。不可視の攻撃にさえ気をつければ……あとは距離を取り続けるだけで……)

 

来夏は、深くクロと関わることを、心のどこかで避けていた。櫻は、誰にでも深く立ち入る。茜は、表裏がなく、櫻同様、誰とでも仲良くできた。だから、2人ともクロとは仲良くしていたのだろう。人には冷たい八重だって、血の繋がりを感じているからか、クロには甘い。束も、クロが組織から離反してからは、積極的に話しかけるようになったし、はたからみても友人と言える関係にはなっていただろう。

 

来夏は、櫻のような理想主義者じゃない。勿論、櫻のことは大好きだし、信頼もしている。だが、万が一櫻が失敗したら? そういう時、誰がカバーするんだ? そうやって、いつも考えていた。だからだろう。もしも、櫻がクロを救い出すことに、失敗してしまったら?

 

そんな可能性を、頭のどこかで、考えていた。

 

結局のところ、来夏が自分で言ったように、来夏は、クロのことを理解した()()()になっていただけだったのかもしれない。

 

だから、知らなかった。予想も、できなかった。

 

(なんだ、これ……)

 

来夏の周囲にあった電撃が、失われていく。いや、厳密に言えば、電撃を構成するために必要な魔力が、失われていく。

 

“ブラックホール”に、そんな性能はない。あれは、相手からの攻撃を吸収するだけの代物だったはずだ。だが、来夏は知らなかった。

 

それは、味方がいる場所では使えない代物だった。使えば、味方も巻き込んでしまうから。

 

“アブソーブトルネード”は、クロが元々使っていた“ブラックホール”に、風属性の魔法を付随させて生み出した魔法だ。“アブソーブトルネード”は、風で周囲に存在する魔力も巻き込みながら吸収する。空中に飽和している魔法を、自ら摂取しに行くことができる。

 

だから、来夏が近距離戦に持ち込まれないようにと、そう思ってはっていた電撃の、使用用途としてはバリアとも呼べるそれは、いとも容易く、全てクロの魔力へと変換されてしまう。

 

恐ろしいのは、これによって、持久戦を行うという戦も絶望的になってしまったことだ。来夏の魔力を、能動的に吸収することができるのならば、先にスタミナ切れするのは来夏の方だ。

 

「ああクソっ! 何で、何でもっと知ろうとしなかった! 私はっ……!」

 

こうなってしまっては、もはや来夏がクロのスタミナ切れを狙うことは不可能。遠距離戦の継続も難しい。つまり、来夏に残された選択肢は………。

 

(クロを殺すしか……ない)

 

やらなければ、自分がやられる。それに、クロが理性を取り戻す保証なんて、どこにもないのだ。だから……。

 

「………わかってる。櫻達には、できないよな、こんなこと。だから、ここに来たのが、私でよかった」

 

来夏は、戦闘体勢に入る。今度は、止めるためではなく、殺すために。

クロが攻撃を仕掛けてくる。今度は、大鎌を持っての突撃。つまり、近距離戦だ。

 

だが、来夏は引かない。クロが向かってくるのと同時、来夏もその身体に雷撃を纏いながら、クロの方へ突撃する。すれ違いざま、寸前でクロの攻撃を避け、虚空を切るクロに対して、来夏は雷撃を浴びせる。

 

クロならば、今の攻撃は通用しなかっただろう。結局、目の前の“怪物”は、もうただの怪人でしかないんだと、来夏は自分にそう言い聞かせる。

 

「どうせなら、一思いにやってやるよ」

 

来夏はその手に、電撃を集中させる。勿論、その間にも“怪物”の猛攻はやまない。だから来夏は、手の中に電撃を集めつつ、“怪物”の攻撃をいなしていた。

 

至難の業だ。そう何度もできることではない。

 

しかし、来夏はそれでも、手の中に電撃を集め込む。

 

「よしっ、イケる!」

 

やがて、電撃は一つの大きな塊となり、完成する。

 

来夏の、必殺技。これが決まれば、確実に、“怪物”を葬り去ることができる。

“怪物”は、何かを察したのか、焦った様子で来夏に迫りくる。だが、逆にその行動によって、来夏は確実に、必殺である『雷槌・ミョルニル』を“怪物”におみまいすることができるようになった。

 

これを外せば、二度も同じことをできる保証はない。だから、確実に成功できる盤面で、“怪物”にくらわせる必要がある。だから、来夏は待つ。待って待って、そして……。

 

(今だっ)

 

確実に、当てれるタイミングを、見つけた。

あとは、予定通り、『雷槌・ミョルニル』を“怪物”にお見舞いするだけだ。

 

「雷槌・ミョルニル!!!!」

 

来夏は、『雷槌・ミョルニル』を放つ。当てれば、確実に“怪物”はその生命活動を停止するだろう。

だが……。

 

「?」

 

“怪物”は、無傷だった。

 

“怪物”の耐久が、来夏の想定を上回っていた。

 

 

 

 

 

というわけではない。

 

「クソっ……」

 

来夏は、『雷槌・ミョルニル』を外した。

確実に当てられる盤面だった。だが、当てられなかった。いや、()()()()()()

 

(クソっ! クソっ! わかってる……もう、戻らないことくらいわかってるんだ!!)

 

結局、来夏は最後まで、“怪物”を“怪物”として見れなかった。

倒すべき敵として、見なすことができなかった。

 

ただ、それだけの話だ。

 

“怪物”が、来夏に攻撃を加える。来夏は、大技を放った影響で、回避行動を取ることができず、“怪物”の攻撃をモロにくらってしまう。

 

最初の天罰(クロスエンド)に、大技を放ったことによる大量の魔力放出、加えて、今の一撃。

これら一連の結果によって、来夏は既に、戦闘不能に追い込まれていた。

 

“怪物”が、大鎌を持ちながら、ゆっくり、来夏の方へ近づいてくる。

 

………殺すために。ゆっくり、ゆっくりと、確実に、来夏の死期は迫っていた。

 

(もっと私が早く来てれば……クソ……。結局私は、愛もクロも……自分すら救えずに、終わるのか……)

 

後悔しても、もう既に時は過ぎてしまっている。もう、取り返すことはできない。

やがて、“怪物”は来夏の目の前で止まり、大鎌を、ゆっくり、しかし確実に獲物を仕留めるために、振り下ろす。

 

「私もここで終わり……か……」

 

来夏は静かに目を閉じる。自身の死に、納得はしていない。だが、こうなってしまった以上、受け入れるほかないのだ。そこにあるのはただ、自分は負けたという、結果だけなのだから。

 

「……?」

 

だが、不思議と来夏は痛みを感じることはなかった。大鎌で切り裂かれれば、少なくとも死ぬ寸前に痛みは感じるはずだろうに。

 

来夏は、おそるおそる目を開ける。

すると……。

 

「クロ……なのか?」

 

“怪物”の振り下ろした大鎌は、来夏の体を切り裂く寸前で、止まっていた。

“怪物”は、何かに抗うかのように、自身の体を、無理矢理止めている。

 

「クロ! 私が分かるか!!」

 

来夏は、少しの望みにかけ、“怪物”に訴えかける。

 

“怪物”は、少しずつ、来夏に向けている大鎌を、引っこめていく。

 

(いける……! このまま訴えかければ、きっと……!)

 

だが……。

 

「ほう。危ない状況だな。助けてやろう」

 

来夏の訴えかけは、突如現れた1人の男によって、中断される。

 

「辰樹……じゃないんだったな……」

 

来夏は現れた男を、ギロリと睨みつける。

 

「そう睨むな。助けに来てやったんだぞ。お前を襲っている“怪物”からな」

 

そういって、魔王は、“怪物”を取り押さえる。

 

「助ける? 本当にそうかよ。お前、今わざと割り込んだな?」

 

「どうだか。それに、先程のお前は、少ない可能性にかけていただけだろう。俺が助けてやることで、確実にお前の命は助かったのだから、俺に文句を言われる筋合いはない」

 

「お前………クロをどうするつもりだ」

 

「………安心しろ。このまま理性を失わせたままにはせん。人の心配より、自分の心配をしておくんだな」

 

そう言って、魔王はこの場から立ち去ってしまった。

 

 

 

 

 

「はぁ………」

 

来夏は、肩の力が抜けたのか、地面へ倒れ込み、ため息をつく。

 

「殺せなかった……な………」

 

結局のところ、来夏も櫻達と変わらなかったのだ。接し方が異なっていただけで、結局来夏も、残忍にはなりきれなかった。

 

「櫻、私は、どうすればよかったんだ…」

 

少女のつぶやきは、虚空へとかき消えた。

少女の問いに答えるものは、今この場には、誰もいなかった。



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Memory137

死んだ、のか。

俺は確か怪人強化剤(ファントムグレーダー)を腕に刺して、それで……。

 

そっか。もう、終わったのか。

もう、何も考えなくていいんだ。もう、苦しまなくてもいいんだ。

 

そう思い、俺はゆっくり目を閉じ……。

 

「まだ、こっちに来るな」

 

聞き馴染みのある声が、俺の耳に響く。この声の主は…。

 

「愛…?」

 

「まだ、君にはやるべきことがあるはずだろ? ミリューも生きてる。大規模侵攻だって、まだ止める手段は見つかってない。ミリューどころか、その部下だってまだ動いてる。シロのことだって……」

 

「無理だ。どうせ、どれだけ頑張ったって、無駄なんだよ。俺がどれだけ頑張っても、愛のことは助けられなかった……。雪のことを助けようとしたら、今度は愛が……!」

 

「1人で戦うなよ。周りをもっと見ればいい。君が前に僕にやってくれたみたいに、君も、櫻達を頼ればいい。釣り合わないとか、そんなこと考えなくていいんだ」

 

「でも、でも…!」

 

「うるさい! 黙れ! 人に偉そうに物言うだけ言っておいて! 人の言うことを聞く気は微塵もないのかよ! 身勝手だな! 昔からそうだった! 人と積極的に関わろうともしないで、全部自分でどうにかしようとして! そんなだから! そんなんだったから! 僕はどうしても気にせずにはいられなかったんだ!」

 

愛は俺の襟首を掴んで、必死の形相で、訴えかけるように告げる。

 

「償いなんて、全部終わってからやればいい。今は、櫻達と協力して、共に戦う方を優先するべきだ」

 

「愛……」

 

「分かったら、さっさと戻れこの馬鹿! いいか? これは僕の呪いだ。ここで諦めて死ぬくらいなら、僕が呪ってでも、君を起こさせてやる」

 

そうだ。まだ、何も終わってない。

俺は、結局自分のことしか考えてなかったんだ。すぐに、諦めて、すぐに、投げ出そうとして。

 

そうだ。櫻達と比べて、俺なんてちっぽけだった。

でも、それでも、いや、だからこそ…。

 

最後まで、精一杯足掻かないと。

 

「ありがとう、愛。そろそろ行くよ」

 

死ぬのは、全部終わらせてからだ。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

アスモデウスは、『色欲』の攻撃をもろともせず、むしろ、逆にアスモデウスの方が『色欲』に攻撃し、ダメージを与え続けていた。

 

「どうして私の攻撃が、全然通らないのかしらね…!」

 

『色欲』の特性は、相手の性別によって、強さが変動するというもので、相手が女性であれば、『色欲』の戦闘力は飛躍的に上がり、逆に相手が男性であれば、『色欲』の戦闘力は低下する、というものだ。

 

しかし、それにしても、いくら『色欲』の戦闘力が下がると言っても、それでも他の7つの大罪と同じレベルの戦闘力は持ち合わせているし、ここまで実力差が開くことなどない、と、『色欲』はそう考える。

 

答えは明確だ。

 

「俺の遺伝子を使って造られたお前が、俺に勝てるわけがないだろう」

 

偽物は、本物には勝てない。

 

アスモデウスは、次々に攻撃を繰り出し、『色欲』を追い詰めていく。

 

「っ! 『魔壊』!」

 

「それは俺には効かんと言っただろう」

 

アスモデウスは、『色欲』を壁に叩きつける。

 

「ぐっ!」

 

「終わり、だな。ミリューの居場所を教えてもらおうか」

 

アスモデウスは、『色欲』を戦闘不能に追い込んでから、拷問をしてでもミリューの場所を聞き出そうと、拳を振り上げる。が……。

 

アスモデウスの拳が、『色欲』に振り下ろされることはなかった。

 

「残念。有能でも、味方が無能だとこうなってしまうなんて。現実って非常だね」

 

アスモデウスの腕は、触手を扱う少女によって拘束されてしまっていた。

 

「……新手か……」

 

ただ、アスモデウスは冷静に、触手の少女から片付けようと、標的を『色欲』から触手の少女へと変え…。

 

「やあやあ、元幹部のアスモデウスさん。わざわざ私のことなんて探さなくても、こちらから出向いてあげに来たよ」

 

アスモデウスの腹を、突然背後に現れた、ミリューが、その手に持った剣によって、貫いた。

 

アスモデウスの体が、前へ倒れ込む。放っておけば、勝手に死んでいくだろう。それくらい深い傷だった。

もはや、この場において、ミリュー達に対抗できるものなんていない。

 

「さて、誰から殺そうか。先にあの2人を戦闘不能にさせてからの方がいいかな?」

 

ミリューの標的は、未だこの場から逃げることができずにいた、古鐘と去夏へと移る。

 

「『色欲』は私の触手で回復させておきました。とりあえず、体力は全快。不安要素はありません。無能()の報告によれば、クロについては“誓約魔法”によって私達との交戦は不可能に。百山櫻や朝霧来夏以外の、脅威になりそうな魔法少女はアンプタが処理しました。なんなら、朝霧来夏についても、怪人強化剤(ファントムグレーダー)を使って怪人化したクロと交戦しているので、後は百山櫻さえ処理してしまえば、残りはルサールカだけです」

 

「報告ありがとう。まあ、正直、まだ魔王とやらが彷徨いてるのが気になるところだけど……。ま、ルサールカと手を組まれたりしない限りは、私達の脅威になり得ることはないと見ていいかな。あーそうそう。アストリッドはちゃんと処分できてるのかな?」

 

「無能に任せているので、詳細は分かりません。もしかしたら、失敗しているかもしれませんね。まあいいでしょう。あの男は、魔法省の無能な大臣の秘書なんてしていたものですから、失敗は初めから予想していましたし」

 

「うーん。まだまだ不安要素残っちゃってるなぁ。アストリッドは目的のためなら櫻達と組んでもおかしくはないと思うんだよね。……あーでもやっぱ大丈夫だ」

 

「?」

 

「来てる。櫻が。単身で、ここに、ね」

 

ミリューがそう呟いてすぐに、物凄いスピードで、櫻がこの場にやってくる。

 

「ごめん、古鐘ちゃん、状況を教えて」

 

「見ての通りだよ。状況は絶望的。椿君達はもう魔力を扱えない。いくらこの場を切り抜けたとしても……」

 

「わかった。古鐘ちゃん達は、倒れてる人たちを連れて逃げて。あいつらは、私が相手する」

 

櫻は、ミリュー達の前に立ちはだかる。敵うわけがない。それでも、櫻は諦めなかった。

 

「油断はしないでよ。相手はあの百山櫻だ。どんな奇跡を起こしたっておかしくない。だから私は、本気で君を潰すことにするよ」

 

3対1の時点で、櫻に勝ち目がないことは明白だ。そもそもそれぞれの実力的に、櫻が1対1で戦ったとしても勝てるかどうかわからないスペックをしているのだ。『色欲』については魔法少女マジカルドラゴンシュートスターを打ち破っている。その時点で、少なくとも櫻は『色欲』には勝てない。それでも…。

 

「妙なことをする前に、できれば諦めて自害して欲しいんだけど、駄目かな?」

 

「そう言ってるってことは、まだ私にも勝てる可能性があるって、そう言いたいの? もし、少しでも勝てる可能性があるなら、私はそれに賭けたい」

 

ほとんど確率なんてない。なんなら、0%だと言い切ってもいい。それでも、櫻は立ちはだかってくる。

それが、恐ろしいのだ。絶対にないと思っていても、櫻ならもしかしたらひっくり返してくるんじゃないか、そんな気がしてならないのだ。

 

だからこそ、ミリューも容赦はしない。

 

魂融合(ソウル・リ・ユナイト)

 

本気で、櫻を潰しに行く。

 

たとえ、過剰戦力だと言われたとしても。

 

それでも、ミリューは慎重に、櫻を確実に殺すために、全力で挑む。

 

「櫻は無能ではない。有能だ。だから、油断はしないように」

 

「分かりました。ミリュー様がそう言うなら、相手は厄介な敵、と認識しておきます」

 

「そうね。油断は禁物、全力で潰しにかからないと、ね?」

 



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Memory138

触手の少女が触手を扱い、櫻の腕を拘束。そこに『色欲』がたたみかけるように攻撃し、ミリューが去夏と古鐘に牽制をしながら、櫻が万が一触手から脱出した時に備えておく。

 

この布陣によって、櫻は触手の少女にも、『色欲』にも、ミリューにも、手を出すことができない。ただただ一方的にやられるだけだ。

 

「あまり時間をかけてしまうと、反撃が怖いからね。はやく殺さないと」

 

ミリューは櫻が妙なことをしでかさないように観察しつつ、周囲を警戒しておく。

 

「ほらほらどうしたの? 反撃しないと……死ぬわよ?」

 

『色欲』は容赦なく、櫻の腹部に膝蹴りを続ける。触手の少女も、櫻を拘束するだけにはとどまらず、自身の触手で、櫻の首を締め付ける。

 

「あ……いき……が……」

 

「さっさと諦めて死んでよ。私の触手だってタダで動いてるわけじゃないんだから」

 

櫻に抵抗はできない。それだけ触手の拘束力は強力なのだ。触手を束にすれば、コンクリートも鋼鉄も、その全てを貫くことができるだろう。それだけの力を、櫻は自身の魔力を全て防衛へと回すことでなんとか耐えている。

 

「見てられるかっ!」

 

「させないよ」

 

その光景に耐えきられず、去夏が櫻を助けようと動くも、ミリューの魔法によって、牽制されてしまう。

 

「ミリュー様、さっさと殺しませんか? その無能達を生かしておくメリットがあるようには思えないです」

 

「分かってないなぁ。こういうのが一番楽しいのに。まあそうだね、そろそろ決着(ケリ)をつけようか」

 

ミリューは『色欲』を押し除け、触手によって拘束されている櫻の前に出る。

 

「念の為……魂融合(ソウル・リ・ユナイト)………と。ああ、首周りの触手は退けてあげなよ。最後に話をしたいからさ」

 

言われた通りに、触手の少女は櫻の首を締め上げていた首周りの触手の拘束を緩める。

 

「けほ……けほ………。はぁ………はぁ……。どうして、貴方は、こんなこと……するの…?」

 

「どうして? 楽しいからだけど? そうだなぁ………君にもわかりやすく言うなら、私は全部自分の思うがままにしたいんだよ。思う通りに、人を動かしたいんだよね。従わないやつ、嫌い。わかる?」

 

「だからって、こんなやり方…!」

 

「もう一つ言うとしたら、私は別に人を人として見てない。私以外の人間は、皆私を楽しませるための人形に過ぎないって、そう思ってるから。だから、私を楽しませてくれない人形はいらないってこと」

 

ミリューはナイフを取り出し、櫻の喉元に向ける。ナイフといっても、ただのナイフではない。魔力によって強化され、刃物としての機能を保持しつつも、周囲に炎を纏ったナイフだ。炎といっても、魔力によって作り出された炎であるため、止血はされない。

 

「それは……」

 

「気づいたかな? 茜の魔法だよ。君は、今からお友達の魔法に殺されるんだ。仲間の手で死ねるんだ、よかったね」

 

「なんで、茜ちゃんの魔法を…」

 

「茜の魂を私が取ったことを忘れたのかな? 残念だけど、私に取られた魂は皆私の所有物になるんだ。意思がないわけじゃないけど、所有者(マスター)たる私の意思には逆らえないんだ。あ、ちなみに、魂融合(ソウル・リ・ユナイト)って言ったでしょ? これは、魂を融合させる術でね。普段は魂達は私の深層意識で現実世界の情報をたたれた状態なんだけど、私の魂と融合すると、外界の情報に触れれるようになるんだ。つまり、私が今見聞きしている情報の全てを受け取ることができるってこと。まあ、何が言いたいかって言うとね………………茜は、今から味わうんだよ。大切な友達を手にかけるって経験を、さ」

 

ケラケラと、ミリューは楽しそうに笑う。自身の手のひらで人を思い通りに操ることに、快感を得ているのだ。だからこそ、どこまでも非情で、どこまでも自己中で。絶対に櫻達とは分かり合えない、そんな人間なのだ。手を取り合う余地など、一切ない。話し合いは、通じない。

 

「残念だけど、貴方に茜ちゃんのことは任せられない」

 

「そうかい。でもそれを決めるのは、君でも茜でもないんだ。魂の所有権は、私にあるんだから」

 

「茜ちゃん、聞こえてる? 私の声」

 

「問いかけなくたって聞こえてるだろうね。ま、だからどうしたって話なんだけど」

 

「そっか。だったら…………()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「?」

 

魂融合(ソウル・リ・ユナイト)……茜ちゃん、私のところに来て!!」

 

ミリューの魂から、何かが抜け落ちる。いや、何か、ではない。決まっている。

 

茜の魂だ。

 

「今すぐ櫻から離れろ! 巻き込まれる!」

 

ミリューは咄嗟に触手の少女に呼びかける。少女は何が起こっているのか、理解はしていなかったが、ミリューの言う通り、すぐにその場から距離を取る。

 

櫻の体が、爆炎に包まれる。

 

魂融合(ソウル・リ・ユナイト)ってやつ、そう簡単にできるものなの?」

 

「そんなはずない……! 転生者でもなければ、最初から魂に関する魔法を扱えるというわけでもないはずなのに……。ふざけるなよ……そんな、許されてたまるか……! そんな横暴!!」

 

少しずつ、櫻の体を包み込んでいた炎の勢いが弱まっていく……。

 

『な、何これ!? どうなってるの!?』

「私にもよくわからないけど……なんだろう……すごい力が湧いてくる」

 

櫻の容姿は、先程とは少し異なっていた。

綺麗な桃色の髪には、ところどころ茜の髪色を思わせる赤色のメッシュが入っており、『色欲』に暴行され、ボロボロになっていた衣装は完璧に修復されるどころか、ところどころ金色の刺繍が加えられ、櫻の体からは、まるで魔力を体内に収め込むことができないとばかりに、魔力によって形成された炎が関節などから噴き出るように存在していた。

 

「茜ちゃん、多分、一緒に戦えるみたい。行くよ! 一緒に!」

『イフリートみたいな状態なのかしら? これ……って、今はそんな場合じゃないわね! 行くわよ櫻!』

 

櫻と茜の魂が、融合したのだ。それにより、櫻の魔力は何倍にも膨れ上がる。

 

「何が起こったのかわからないけど、無能が無能にくっついただけ……! どうせ私の触手の前には!」

 

櫻に、大量の触手が襲い掛かろうとする。

 

「召喚!」

『桜!』

「銘!」

『斬!』

 

友情魔法(マジカルパラノイア)!」

『炎舞!』

「一掃!」

 

櫻は、薙ぎ払うように『桜銘斬』を振り回し、文字通り触手を一掃する。

櫻を襲った無数の触手は、一瞬のうちにして、塵へと化した。

 

しかし、触手の真の能力は、その強靭さではなく、無限の再生能力にある。触手の切断自体は、クロにもできるのだから。

 

「何してる!? さっさと殺せ! クソっ……! これだから嫌なんだ……! この手のやつは……私に勝利の味を噛み締める時間すらくれやしない!」

 

ミリューが叫ぶと同時、『色欲』が櫻へと飛び掛かる。『色欲』に合わせるように、触手の少女もまた、自身の触手を数本再生させ、櫻へ向ける。

 

「3対1……いえ、3対2かしら? いずれにせよ、状況はこちらが優勢よ!」

 

「触手が…!」

『櫻! 触手の方は任せて!』

 

櫻は櫻銘斬によって、『色欲』の相手をする。触手やミリューからの援護射撃は、全て…。

 

『バーニング・ボム!!』

 

茜が対処してくれる。だからこそ、櫻はただ、目の前の敵に集中するだけでいい。

 

「互角……? いえ……まさか………」

 

「今すぐ攻撃をやめて、降参して。そしたら、命まで取るつもりはないから」

 

「アハハ………アッハハ!! 駄目だわ! 押されちゃう! 私より強い! 強いわぁっ!」

 

『色欲』は戦闘する相手の性別が女性かつ複数であれば戦闘力が上昇する。加えて、マドシュターのような、2人で一つ! な魔法少女については、通常の数倍に戦闘力が跳ね上がるという特性も持ち合わせているのだが、それでも……。

 

「負けちゃう! やばーい! アハハ! でも、でも、降参なんてしないわぁ! 殺す気で来なさい!」

 

「やっぱり、力づくでやるしか……ないのかな……」

『櫻! 触手の数が増えてきてる! 再生してるみたいよ!』

 

「茜ちゃん、一気に決めるよ」

『わかったわ!』

 

櫻は『色欲』が攻撃してくるタイミングでカウンターをかまし、カウンターを食らったことで『色欲』が隙を見せたその一瞬のうちに後方へ大きく下がり、距離を取る。

 

友情魔法(マジカルパラノイア)!」

『奥義!』

「桜!」

『炎!』

「斬!」

 

炎の斬撃が、触手を、『色欲』を、ミリューを、薙ぎ払う。

 

「なっ……触手が、再生しない!? 私の、私の触手が……! 破壊されたっ……そ、んな……」

 

「魔力の流れが断ち切られた……? アハハ! これじゃ魔力が使えないじゃない!」

 

 

 

 

 

「もう一度、言う」

『ひれ伏しなさい!』

「お願いだから」

『これ以上抵抗しないことね! 大人しく……』

「降伏して!」『降伏しなさい!』




◎マジカレイドピンク・サードフォーム 

マジカレイドピンク・百山櫻と、彼女と絆が深い魔法少女の魂が融合することで変身することができる姿。絆が深ければ深いほど、その強さは通常の数百倍、数千倍にも及ぶ。繰り出す魔法は全て『友情魔法』となり、繰り出す魔法には櫻の『無』の属性に加えて彼女と融合している魔法少女の属性も追加された状態になる。

・『バーニングブロッサム』
 
 櫻と茜の魂が融合した姿。櫻の髪色に茜の髪色が混じり、ところどころ身体から漏れ出るような炎が出ている。『奥義・桜炎斬』は全ての魔力を焼き尽くす、滅魔の炎であり、奥義を食らったものは、数時間一切の魔力の行使が封じられる。


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Memory139

「また……か………」

 

目を覚ますと、辰樹の姿を借りた魔王の姿があった。前にもこんな展開があったな、なんて、既視感を覚えながらも、俺はゆっくりと体を起こす。

 

「戻って来れたのは奇跡みたいなものだ。今のお前は、身体だけで言えば完全に怪人のそれと同等のものとなっている。次に怪人化すれば、お前の人間としての理性が戻ることは二度とないだろう」

 

怪人強化剤(ファントムグレーダー)を刺した時点で、そうなる覚悟はしてた。けど、結局俺は何も成し遂げられていない。シロのことも放ったらかしだし、大規模侵攻を食い止める方法も考えついていない。いや、これに関しては、魔衣さんから聞いた、『原初』の魔法少女って奴を見つけさえすれば、どうにかなるのかもしれないが。とにかく、注射を刺した時の俺は、頭に血が上っていて、自分のやるべきことをちゃんと認識することができていなかったんだ。

 

今度からは、もっと慎重にならないと。

 

「一回、冷静になって、櫻達と、合流しようと思ってる」

 

「ほう?」

 

「単独で行動しても、結局、俺1人の力じゃ、全部こなすのは無理だった。だから……」

 

「櫻達の前で、殺しが行えるのか?」

 

「それ……は……」

 

「お前が誰かを殺そうとすれば、櫻達は確実にお前を止めてくるだろう。単独で行動していた方が、動きやすいと俺は思うが」

 

確かに、元々は、櫻達に誰かを殺すことなんてできないと思ったから、だから俺が代わりに敵の息の根を止めてやろうと、そう思ったのがはじまりだった。

 

でも、それでも俺はやっぱり……。

 

「今更、元に戻ろうと思うのか? 言っておくが、お前が奪った命は戻って来ない。お前が櫻達と合流すれば、その時点でお前の奪った命は、無駄に失われたことになる。それに、合流するメリットがない。今のお前は、完全に怪人化したことで、食事も睡眠も、全て必要ない。少し前から、味覚に違和感を感じなかったか? それは、怪人化が進んでいる兆候だ。今何か口にしてみろ、きっと、なんの味も感じないはずだ」

 

奪った命が、無駄になる…。

俺のやってきたことが、俺が殺した命が、無駄に。

 

もしも、櫻が、敵を殺さずに、全ての問題を解決できるような案を、出すことができたら。

そんなことになれば、俺はそれに、耐えられるのだろうか。

 

「櫻達と合流して、一緒に動けば、何か見えるかもしれない。大規模侵攻だって、『原初』の魔法少女っていうのさえ見つければ、どうにだってできる。だから……」

 

でも……嫌だ。もう、これ以上、誰も殺したくはない。

どうしようもなく、殺意が溢れることはある。けど、結局、殺したって、何かが帰ってくるわけじゃない。

 

愛も言ってたんだ。少しは櫻を頼れって。だから、俺は……。

 

「『原初』の魔法少女? なんだそれは」

 

「えーと、便宜上そう読んでるだけで、別に正式名称ってわけじゃないんだけど………。そういえば、この世界に初めてやってきた魔族……魔王を倒したのも、『原初』の魔法少女だって、魔衣さんが………」

 

「ハッハッハッハ! なんだその大ボラは。『原初』の魔法少女? くだらんな。そんなもの存在するわけがないだろうに。だいたい、俺を殺したのはお前だろう。まあ、やはり覚えてはいなかったか」

 

「………どういう……ことだ…」

 

『原初』の魔法少女は存在しない? 魔衣さんは、絶対に存在していると確信しているような言い方をしていた。それに、俺が魔王を殺した? 一体、何の話をして。

 

「本当に、ただの偶然だ。俺がこの世界にやってきた時、この世界にもたらされた魔力は、一時的に1人の人間に集約された。それが前世のお前、黒沢始だっただけという話だ。そうだな、『原初』の魔法少女とは、おそらくその時のお前のことを指していたんだろうな。尤も、俺は確かにお前に殺されたが、同時に俺はお前を殺したからな。その時に、お前に集約した魔力は全てこの世界へとばら撒かれた。だから、『原初』の魔法少女なんてものは、存在し得ない」

 

じゃあ、大規模侵攻を止める術は……存在しない?

そもそも、俺がカナ達の元に向かったのだって、無駄だったんじゃないか? むしろ、俺の余計な介入で………。

 

『原初』の魔法少女なんてものに縋って、きっと俺は、希望を、幻想を抱いていただけなんだろう。現実は、もっと残酷なんだ。散々みてきただろ。そんなの。照虎も、束も、友人の魔法少女を、過去に失っている。俺だって、結局愛を救うことができなかった。

 

俺が魔王を殺した、か。何もわからない。本当に、記憶にないし、衝撃の事実で、正直受け止めきれていない。

 

でも、それが現実なんだろう。結局、櫻みたいに、綺麗事ばかりで生きていけるほど、この世の中は、甘くなんてないのかもしれない。

 

「前世の記憶、そんな特別なものがあるのは、お前が俺に殺された際に、持っていた魔力を使った名残だ。その影響で、お前の身近にいた人間も、その名残に巻き込まれる形で転生することになったわけだな。まあ、多少転生する期間に誤差は生じていたようだが」

 

つまり、愛が転生していたのはそういうことなのだろう。でもそれって、俺が死んだ時に愛も死んだってことなんじゃないか? じゃないと、巻き込まれようがないはずだ。じゃあ、もしかして……。

 

「前世で愛のことを殺したのも、魔王か?」

 

「あまり恨むなよ。死に際で力の制御ができなかったからな。周囲にいた人間は諸共殺し尽くしたと記憶している」

 

「……」

 

「……とにかく、櫻達と合流するのは諦めろ。気持ちはわかるが、もうお前は櫻達と一緒に戦うことはできない」

 

希望なんて、ないのかもしれない。そうわかっていても、そこにある光に、縋りたくなってしまうのは、罪なのだろうか。

 

「そんなの、やってみないと」

 

「お前の体は、いつ怪人化してもおかしくはない。いや、体そのものは完全に怪人化している。後は理性の問題だ。今まではなんだかんだで理性を取り戻してきていたようだが、次に怪人化すれば、もう100%戻ってくることはできない。もし、櫻達と一緒に動いていて、怪人化してしまったらどうするつもりだ? お前が弱いなら、まだいいかもしれないが、実力だけは一丁前についているせいで、一度怪人化してしまえば、対処するのには苦労するだろうな」

 

……やっぱりもう、遅いのか。当然、かもしれない。今まで好き勝手やっておいて、今更、だもんな。

 

「………怪人化って、何か条件はある?」

 

「特に思い当たるものはないが、今のお前の状態が奇跡みたいなものだ。猶予はあまりないだろう。ただ、俺ならお前を助けることができる」

 

「具体的に、どうやって?」

 

「お前の体を魔族のものにする。そうすれば、怪人化の心配はなくなるはずだ。尤も、その儀式を行うには少々しがらみが多くてな。他種族を迎え入れるとなれば、当然その者に対してかかる制約は多くなる。例えば、人間界にいることができなくなる、とかな。まあ、定められたルールみたいなもので、正式な手続きを踏めば、絶対に不可能だというわけではないがな」

 

今思えば、何でこいつはここまで俺にお節介を焼いてくるんだろうか。仮にも俺が魔王を殺した相手だというなら、好意的に見るなんてできないはずなのに。でも、今の俺には、魔王くらいしか頼れる奴がいない。何で俺に手を貸してくれるのかはわからない。けど、今はそれに縋るしかないのかもしれない。

 

「魔族になるのは、今でもできるのか?」

 

「できるが、今はやるべきことがあるだろう? 安心しろ。怪人化しそうになった時は、俺が無理にでも魔族にしてやる。そうなった場合は、人間界に置いておくわけにはいかないからな。俺の婚約相手として、共に魔界に来てもらうことにはなる」

 

今やるべきこと……か。

シロの洗脳を解くこと、ミリュー達の企みをどうにかして阻止すること。そして、大規模侵攻を食い止めること。

 

「時間はあんまりない………よな……。どうせもう、十分俺の手は汚れてるんだ。だったら……」

 

素顔を隠すために、死神の仮面を、身につける。俺が今からやろうとしていることは、褒められたことじゃない。

 

今から、魔法省の大臣を脅しに行く。

拷問してでも、他の地域の魔法少女達との協力を、取り付けさせる。

 

俺にできるのは、こういう意地汚いやり方だけ。

櫻は、理想的な世界を夢見てるのかもしれない。綺麗なやり方で、成し遂げようとするのかもしれない。

 

でも、それで何とかなるような、そんな甘い世界じゃないんだ。

 

だから、俺が、俺が……。

 



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Memory140

「こ、こんなの……違う………私は………!!」

 

触手を扱う少女は、“恐怖”する。

彼女には、魂がない。だから、感情なんて擬似的なもので、形だけのもののはずだった。

 

だが、今少女が抱いているのは、確かな“恐怖”の感情だ。

偽物なんかじゃない、本物の“恐怖”。

 

感情は備わっていない、ただ肉体だけ用意した、ただの人形のはずだった。にも関わらず、少女には、あるはずもない“恐怖”が備わっていた。

 

「従わないなら…」

『まだやろうっていうなら』

 

「容赦しないから」

『叩きのめしてやるわ!』

 

「あっ……あぁ!」

 

自身の得意技である、触手が使えない。それだけで、少女は何をすればいいのかわからない。

戦えないわけではない。触手を扱う以外にも、少女に扱える魔法は存在している。だが、少女の自信の源は、触手だった。

 

「み、ミリュー様!」

 

少女は、自身が慕っている者に頼る。彼女なら、今の状況を打開できる策を用意しているんじゃないかと、期待を抱きながら。

 

「クソっ!! 巫山戯やがって!! 何の為に見逃しておいたと思ってるんだ!! こんなことなら殺しておくべきだった!! あークソがっ!!」

 

だが、少女が見たのは、いつも完璧で、頼りになる彼女(ミリュー)の姿ではなかった。

取り乱し、声を荒げ、子供のように癇癪を起こす、そんなちっぽけな、ただ1人の人間だった。

 

少女はその光景を見て、さらに取り乱す。

 

もしも、普段からミリューの人間らしいところを見ていれば、少女が取り乱すこともなかったかも知れない。だが、ミリューは少女が自身に疑問を抱かないよう、全て盲信的になるようにつくりあげてしまった。

 

だからこそ、少女が取る行動は、一つしかなかった。

 

「あ……うわぁぁぁっぁぁあっぁあぁああ!!」

 

何も考えずに、ただひたすらに逃げる。自信の生みの親であるミリューに、信じられない者でも見るかのような目で見られても、少女は構わずに逃げ出す。

 

初めての“恐怖”。

人間らしい感情の発露。

 

ある意味それは、少女の成長だったのかもしれない。喜ぶべきことだったのかもしれない。

 

だが、タイミングが悪かった。

 

「はぁ………はぁ………」

 

櫻は追ってこなかった。ミリューや『色欲』への対処を優先したのだろう。そもそも、櫻は敵であろうと命まで奪うつもりはなかった。恐怖して逃げたものを追い詰めるような趣味などなかったのだ。だが、少女が逃げた先には……。

 

「お前……」

 

仮面を被った少女と、1人の男がいた。

 

「は………あはは……」

 

少女の口から、乾いた笑いがこぼれる。

 

「そうだ。お前がいなければ、愛は………。愛を、殺させなんてしなかったのに!」

 

仮面の少女は大鎌をその手に持ち、触手の少女へと近付いていく。

 

「躊躇うなよ。奴らは人造人間とは違う。魂が備わっていない。だから、感情なんてものは存在しない構造になっている。要は機械と同じだ。人間とは違う」

 

男の方…魔王は、仮面の少女、クロへと告げる。

魔王の言っていることに、間違いはない。実際に、ミリューはアンプタや触手の少女は、感情を持たない人形としてつくりだしたのだ。機械みたいなものであるという表現も、間違いではない。だが……。

 

「分かってる。それに、こいつは生かしておいたら、面倒なことになる。櫻じゃきっと、殺すことを躊躇う。大丈夫、ちゃんとやれるから」

 

「ま、待って!」

 

今の少女は、感情を備え付けてしまっていた。

ある意味で、バグとも、奇跡とも言えるその症状は、少女にとっては、残酷なものだったのかもしれない。

 

「待たない。お前は生かしておくわけにはいかない」

 

「わ、私は今触手が使えない! 殺す意味なんてない! だ、大体! 私は別に、殺してなんてない! 関係ないから!!!」

 

少女は必死に命乞いをする。死にたくないから。生きたいと、そんな感情を持ってしまったから。

 

「関係ない……? よくそんな口が聞けるな…!」

 

しかし、少女の抗弁は、クロの琴線に触れてしまったらしい。

 

「そ、そうだ! し、信用できないっていうなら、“誓約”魔法で取り付ければいいの! もう逆らわないって約束するから! 何でも言うこと聞くから!」

 

「……また同じ手を使う気? こっちだって学習してるんだよ。同じ手には乗らない。何でも思い通りになると思うなよ」

 

刻が結んだ“誓約”魔法は、既に刻が死んだことによって、その効力を失っている。そのため、仮に刻の“誓約”の範囲に触手の少女が含まれていたとしても、クロは触手の少女を殺すことができる。

 

「遺言くらいは聞いてやる。最後に、何か言い残すことはあるか?」

 

クロの大鎌が、少女の首元へと向けられる。

少女は腰が抜けて、その場から動くことができなくなっていた。

 

「あ、いや………ゆるして………お願い……だから……」

 

必死に懇願する。生きたいから。死にたくないから。

涙を流しながら、必死に。

 

「っ……」

 

そんな少女の表情を見て、クロの手が怯む。

 

「ね、ねぇ……い、生きたいの! 死にたくないの! だからお願い! お願いだから!!」

 

「ま、また騙そうと……」

 

「信じられないなら“誓約”魔法でも何でも結ぶから! だからお願い!!」

 

クロの大鎌を持つ手が、下がる。

クロは、触手の少女を、殺せないと。“誓約”魔法を結ぶのなら、見逃してもいいかと、そう思いかけるが……。

 

「怯むなよ。“誓約”魔法にも穴はある。大体、それは泣き真似か? 感情なんてないんだろう? 違うか?」

 

「そうだ。こいつらには、感情なんてないんだ。迷ったら、駄目だよな……」

 

魔王の言葉を受けて、クロは再び、大鎌を握り直す。

 

「愛の時みたいに、もう後悔はしたくない。だから………お前を殺す」

 

「い、いや……しにたくな」

 

その言葉が、少女が最後にこぼした“感情”だった。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「気分、悪いな……」

 

感情はない。そんなこと分かってても、あんな風に演技されたら、やっぱり気分は悪くなる。

人形を壊しただけ、機械を壊しただけ。それは分かってる。それでもあれは………。

 

「まるで本当に、感情を持ってるみたいだった」

 

まさか、本当に感情を備えてたり……。いや、ないよな。魔王が言ってるんだ。間違いはないはず。

 

「それで、もう行くのか?」

 

「うん。いつ大規模侵攻が訪れるかもわからないし、行動を起こすのは早い方がいい。それに、魔法省の大臣を脅すなんてやり方、櫻達なら絶対に止めてくる」

 

「そうか。気をつけて行け、と言いたいところだが………」

 

「?」

 

「隠れてないで出てきたらどうだ?」

 

他に誰かいたのか?

確かに、触手のあいつだけこの場に来るとは思えない。来るとしたら、複数で、仲間を連れてやってきそうなものだ。

 

俺は、魔王の視線が向いている場所へ目を向ける。

そこには……。

 

「やぁ、クロ。それに魔王」

 

「吸血姫、か」

 

「クロ、何をしに行くのかは知らない。けど、それをするなら、私を倒してからにして」

 

「シロ……」

 

アストリッドと、アストリッドに洗脳された、シロだった。

 

「別に私はどっちでもいいんだけどね。ただ、どちらが王の器に相応しいか、確かめてみるのも楽しそうだとは思わないかい?」

 

「つまり、この俺とやり合おうというわけだな?」

 

「そうなるね。ごめんねクロ。今回君が相手するのは、残念ながら私じゃなくて、シロの方だ。姉妹で仲良く戦いたまえ」

 

アストリッド……どこまでもしぶといやつだ。大体、拘束はどうしたんだか。

まあ、今はそんなことどうでもいい。

 

「シロ…」

 

「クロ、容赦はしないから」

 

向き合う時が来たんだろう。

光にも言われたんだ。

 

「分かった。全力でやり合おう」

 

正面からぶつかる。今やれるのは、きっと、それくらいしかない。



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Memory141

「シロは洗脳されて、おかしくなってる。自覚はないかもしれないけど、今のシロは、普通じゃない」

 

「具体的にどこがおかしいのか言ってもらわないと、説得力がないよ、クロ。それに、前は動揺して負けちゃったけど、私とクロの魔力のパスは繋がってる。クロは私に勝てない」

 

そういえば、シロはいつでも俺の魔力に干渉できたんだっけ。

 

「………なんで……」

 

「?」

 

「なんで……クロの魔力に干渉できないの……?」

 

「ほぇ?」

 

よく分からないが、今のシロは俺の魔力に干渉できないのか? だとしたら、俺がシロに負ける事はなさそうだ。シロの洗脳をどうするか。はっきりとした解答は出てない。このままだと、また先送りになりそうだ。とにかく今は、シロに向き合うしかない。

 

「もしかして、全部使ったの…?」

 

「……何を?」

 

怪人強化剤(ファントムグレーダー)。あれは、本来人間に使うことが想定されたモノじゃない。クロが使ったのは、そんな怪人強化剤(ファントムグレーダー)の中でも特に危険な、絶対に使っちゃ駄目なモノだから」

 

「そうしないと、どうしようもない場面があったからさ。使わざるを得なかったんだよ」

 

俺は一応、元々から怪人としての性質を持ち合わせていたから、純粋な人間かと問われると微妙なところはあるが……。まあ、だからこそ10本全て打ち込んでも平気でいられるんだろう。いや、いつかは理性を失う可能性はあるんだろうけど。

 

「なら尚更、クロはアストリッドの眷属になるべき。もうクロの体は完全に怪人のものになってる。その証拠に、私とクロの魔力のパスは完全に断たれてる。いつ理性を失ったっておかしくない。でも、眷属になれば、その症状を抑えることができる。今のクロじゃ、未来はないから」

 

シロの懸念はもっともなんだろう。魔王自身も、俺の理性が失われるのも時間の問題だと言っていた。けど、残念ながら、その問題については解決済みだ。わざわざアストリッドの眷属になんかならなくても、俺は生きていける。

 

「魔王に魔族にしてもらう約束を取り付けてもらった。だから、シロの心配するようなことは起こらないよ」

 

「魔族に……? そんなこと、できるの…?」

 

「よく分からないけど、できるらしいよ」

 

「……信用できない。大体、なんでそんなに魔王と仲良くしてるの? あいつは……辰樹の体を乗っ取ってる。そんな奴のこと、信用できるわけがない」

 

「辰樹の体はちゃんと返すって言ってた。多分魔王(あいつ)は、嘘はつかないタイプだ。だから、約束は絶対守る。大体、アストリッドの方が信用できない」

 

アストリッドは、シロのことを洗脳して、今もこうやってシロのことを手駒として使っているんだから。

 

「………確かにアストリッドは、信用できるような奴じゃないかも。でも、今こうして私がクロと対峙してるのは、私の意志だよ。アストリッドは、そんな私に付き合ってくれただけ」

 

「? どういう……」

 

「クロ。私はもう、洗脳なんてとっくに解けてる。いや、アストリッドが私の洗脳を解いたんだよ。無理矢理従わせるのは趣味じゃない、とか言ってたけど、アストリッドは、私に、姉妹同士仲良くした方がいいなんて、そんなことを言いながら、ここに連れてきてくれた。少なくとも今のアストリッドは、そこまで信用できない奴じゃないと思う」

 

……シロの言葉に、嘘はなさそうだ。俺を説得するために、シロの洗脳の仕方を変えたのかとも思ったが、今のシロに、洗脳されてそうな違和感は感じない。本当に、アストリッドは洗脳を解いたのかもしれない。

 

「少なくとも、魔王なんかよりもよっぽど信用できると思う。あいつはどこか、胡散臭い」

 

確かに、多少の胡散臭さはあるかもしれないが、関わってくると、なんとなくその傾向も掴めてくる。

嘘だけは絶対つかない。騙すというよりかは、必要な情報を開示しないで相手に勘違いをさせるように仕向けたり、そういう姑息さはあるかもしれないが。

 

でも、少なくとも、多分あいつは俺に惚れてる。そこに嘘はないように感じる。

だから、魔族化も嘘ではないだろう。もし、俺を騙そうというなら、もう人間界に戻れないかもしれないなんてことをわざわざ言う必要はないからだ。

 

少なくともあいつは、俺に嫌われるような事はしない。だから、信用できるやつではないのかもしれないが、少なくとも、俺に対する裏切り行為は絶対にしないだろう。それに……。

 

「仮にアストリッドが信用に足る奴だったとしても、正直、個人的にアストリッドのことは気に食わない。だから、シロには申し訳ないけど、そんな奴に頼るつもりはない」

 

「そっか。思ったよりクロって、頑固なんだね。だったら………力ずくででも、従わせるから」

 

シロは話終わると同時に、俺に向かって魔法を放ってくる。

……本気みたいだ。でも、シロの洗脳が解けてるのなら、俺にシロと戦う理由はない。まずは“ブラックホール”を使って、シロのことをまいて……。

 

「いつも、そうだ! クロは私のこと、いつも放ったらかしにする!!」

 

「シロっ!」

 

「いつもそう。私が最初に見捨てたから? だから私のこと、嫌いになったの?」

 

「違う……。シロのことは、大切に思ってる! 大事な、大事な妹だよ」

 

「ユカリといる時の方が、よっぽど楽しそうだった。ユカリがいたから、私はもういらなかったんでしょ? 私といる時は、楽しそうにしてても、どこか楽しみきれてないクロしかいなかった。本当は、私のこと、そんなに好きじゃないんだ!!」

 

「そんなことない! ユカリもシロも、大切な…」

 

シロはものすごい勢いで攻撃を続けてくる。怪人強化剤(ファントムグレーダー)を全て使った俺の方が、シロよりも強い、そのはずなのに、俺はシロに押されてしまっていた。

 

「ねぇクロ。知ってる? 本当は私の方が姉なんだよ? それなのに、クロは私のこと、頼りにはしてくれない。私を、一緒に戦う仲間だって、思ってくれたこと、一度もない」

 

前世の年齢を含めれば、俺の方が年上だ。だから、どうしても、シロのことを妹として、守らなきゃいけない子として見ている節はあった。

俺は…シロのことを一度でも、本当の意味で頼りにしたことは、あったんだろうか。

 

「クロは、組織にいた時から、ずっと、何かを私に隠してた。組織にいたときは、そこまで露骨に隠してる雰囲気はなかったけど、でも、昔から、ずっとクロは、私に何かを隠してる」

 

「それは………そうかもしれない。けど、それは組織にいたからで! もし、もし全部終わったら、ちゃんと話そうとは思ってた! だから……!」

 

「雪って人は何? 私よりもクロのこと、理解してそうだった。今だってそう。クロは私よりも、魔王なんかを取った。それに……本当に私と向き合うつもりなら………その仮面は何?」

 

俺の大鎌が、シロの武器によって、後方に大きく飛ばされる。

 

「私と向き合うつもりなんか、最初からないくせに」

 

シロの言う通りだ。

俺は、最初から、シロと向き合うつもりなんて、全くなかった。光に言われて、シロのことも気にかけてやらないとな、なんて、やっとそう思えるくらいの、薄情な奴なんだ。

その証拠に、今もまだ、俺は仮面をつけ続けている。魔法省を襲う上で、素性を隠すために被っている仮面を、だ。

 

それはつまり、シロと向き合うこの瞬間に、あまり時間をかけるつもりがないという気持ちの表れでもある。

 

前世のことも、ずっと隠してきた。俺は結局、シロにずっと、寂しい思いをさせてきてしまっていたのかもしれない。

これじゃ、シロのお兄ちゃんも、お姉ちゃんも、名乗れない。家族失格だ。

 

「ごめん、シロ」

 

今の中途半端な状態で、シロと向き合っても、きっと分かり合えない。だから……。

 

「“ブラックホール”」

 

全部終わったら、ちゃんと、包み隠さず全て話そう。

俺のこと、全部。

 

だから、今は。

 

「待って! クロ!!」

 

ごめん、シロ。

全部終わらせたら、ちゃんとシロに向き合うから。

だから、あともう少しだけ、寂しい思いをさせることになると思う。

 

 

 

俺は“ブラックホール”の中を通って、なるべくシロから距離を取ろうとして……。

 

「捕獲完了⭐︎」

 

何者かに、捕まった。

 

 

ここは“ブラックホール”の中だ。俺以外にこの場所に干渉できる存在なんて……。

 

「さてさて、一体どんな素敵な計画を立てて実行しようとしてたのか、ワタシらが問いただそうじゃないか。“ホワイトホール”っと」

 

ガンマ……だったか。

魔法省によってつくられた、人造魔法少女の1人、だったはずだ。

アンプタによって四肢を切断されて、死亡してしまっていたはず……。何で生きて……。

 

「何だか久しぶりですね、クロさん」

 

“ホワイトホール”を抜けた先には……。

 

「八重、照虎……」

 

ユカリに、櫻が助け出したアルファやベータもいる。

 

「クロ、君のことは、魔王から聞いておいた。私の感想でしかないけど、多分、君は魔王に騙されてる。だから、私達が止めに来たんだ」

 

「魔衣、さん……」

 

てっきり皆あの時、死んだ者だと思っていたのに。

全員、この場所で、地に足をつけて、生きている。

 

幻覚なのか、いや、そうじゃない。

ユカリも、八重も、皆。

生きてた……。そのことが、嬉しい。衝撃で少し、頭は混乱しているが、それでも、彼女達が生きていることが、嬉しかった。

 

「あーと。その、死体は私の死体人形による偽装工作です。魔衣さんのだけ用意してなかったんですが……」

 

「私は魔王とクロがあの場にやってきていた時に、魔王に治療してもらっていてね。クロは気絶させられていて気づかなかっただろうけど、まあ、そこからしばらく私と魔王は連絡をとっていたんだけど……正直彼は胡散臭い。助けてくれたことに感謝はしても、かといってクロのことを利用させるわけにも行かないからね。止めさせてもらうことにした」

 

皆、魔王のことを信用していないみたいだ。無理もない。実際魔王は、初対面じゃ何を考えているかよく分からない奴だ。多分あいつ鈍感なところあるだろうし。

申し訳ないけど、魔衣さん達とは対立することになる。魔王に対する解像度は、俺の方が高い。俺が騙されて利用されている線はない。それに、魔衣さんの情報は正確なわけじゃない。実際、『原初』の魔法少女についても、魔衣さんはその詳細を知らなかったわけだし。

 

俺が何を言っても、魔王の口車に乗せられている、の一点張りだろう。俺は俺の意思で、今この場に立っているんだけど。

 

どちらにせよ、彼女達とは対立せざるを得ないみたいだ。数にして8対1。八重や照虎が戦えないことを考えても6対1か。

 

厳しい、が、勝てないとは言わない。

 

昔、櫻達と出会いたての頃に、いきなり包囲された時のことを思い出すな。

ある意味で、あの時のリベンジマッチとも言えるかもしれない。

 

「悪いけど、止められるつもりはないから」

 



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Memory142

「”ウインドカッター“」

 

先陣を切ったのは束だ。風の斬撃を遠距離から繰り出し、俺がどう出るか伺っているのだろう。

 

「“ブラックホール”」

 

だが、俺に遠距離は通用しない。“ブラックホール”があれば、並大抵の魔法は飲み込むことができる。

 

「”ポイズンフォギー“」

 

周囲に毒の霧が出現する。少し吸っただけでも、多少の気怠さを感じる。毒といっても、無力化を図るための、麻酔のようなものなのかもしれない。その毒を放ったのは…。

 

「ユカリっ!」

 

ユカリも俺に敵対するつもりらしい。前までのユカリなら、絶対俺の味方をしていただろうが……。

 

「魔王ってやつは信用できないって聞いた。だから……そんな奴からお姉ちゃんを助ける!」

 

それだけの信頼関係を、束達と築くことができた、ということなのだろうか。元々ユカリは人懐っこい性格ではあるから、すぐに他人とは馴染めたのかもしれない。けど……。

 

「“アブソーブトルネード”」

 

俺は周囲にばら撒かれている毒の霧を全て回収する。ここで止まるわけには行かない。全て終わらせて、シロに全部話す。そのために。

 

「霧をはらったからって! “ポイズンボム”!」

 

名称通り、毒の爆弾みたいだ。当たればどうなるかわからない。が……。

 

「“ポイズンボム”! “ポイズンボム”! ”ポイズンボム“!」

 

ユカリはお構いなしに、“ポイズンボム”を連発してくる。

これじゃ避けるものも避けられない。こういう時は…。

 

部分解放(リリース)動く水(スライム)

 

一時的に体を水に変化させ、ダメージを無効化する。部分解放(リリース)は元々、体の一部分を怪人化させる魔法なのだが、現在の俺の体は完全に怪人そのものなので、どちらかというと別の怪人の力に一部分だけ一時的に切り替えるものという認識が正しいかもしれない。

 

「背中がガラ空きだよ! クロ!」

 

「“ホワイトホール”」

 

部分解放(リリース)を解除したのを見て、好機だと思ったのか、背後から奇襲を仕掛けてきた魔衣さんに対して、先程回収した“ウインドカッター”をお見舞いする。

 

「順番に来ると思ったら大間違いです」

 

「同時に畳み掛けます」

 

「召喚…」

 

魔衣さんにウインドカッターが命中したと同時に、束、ベータ、アルファの3人が同時に攻撃を仕掛けてくる。

流石に同時攻撃を一つ一つ対処していくのは厳しい。

 

「”ウインドトルネード“」

 

「“ブリーズパレード”」

 

「『桜銘斬』!」

 

かといって、束とベータの魔法は風の属性だ。体の一部分を水にすると、水になった部分が風魔法で飛ばされる可能性が出てきてしまう。基本的に水になった部分が体から離れることはないが、今回は束とベータ、2人の風属性使いがいる。ケアしといた方がいいだろう。

 

部分解放(リリース)空舞う蝶(シルフィード)

 

一時的に翼を生やし、上空へと舞う。飛びながら魔力を操作するのは難しいが、上空からの攻撃は、空を飛べない彼女達には有効だろう。

 

部分解放(リリース)電気人形(エレキドール)

 

翼が消える。部分解放(リリース)の同時併用は、あまりうまく行かないらしい。なら、このまま……。

 

「雷撃!」

 

落下しながら、束達に雷撃を浴びせる。

着地しつつ、次の攻撃に備えるため、あらかじめ『動く水(スライム)』の状態になっておく。

 

さっき放った雷撃で、いくらかダメージは負っていると思いたいが………。

 

「ワタシの存在を忘れてもらっちゃ困るな」

 

俺の放った雷撃は、全てガンマの“ブラックホール”によって吸収されてしまっていた。

そうだった、こいつは俺と同じで、“ブラックホール”を扱うことができるんだった。

 

「お返しだ!」

 

ガンマは“ホワイトホール”から、さっき俺が放った雷撃を、送り返してくる。

動く水(スライム)』は電撃には弱い。

 

まずい……。いや……。

 

部分解放(リリース)天使(エンジェル)

 

すぐに『動く水(スライム)』から『天使(エンジェル)』へと切り替え……。

 

「光の壁!」

 

防御壁を張る。雷撃は、全て光の壁に阻まれ、俺の体内に通ることはなかった。

 

天罰(クロスエンド)

 

「うわっ!」

 

とりあえず天罰(クロスエンド)で魔衣さんを軽く飛ばしておく。ただでさえ数的不利なのだ、少しでも同時に相手にする数は減らしておかないと。

 

「隙ありです」

 

「今なら決まります」

 

「「”ウインドバインド“」」

 

「これは……」

 

2年前に束が俺を拘束するために使った拘束技だ。だが、この技については対処法が決まっている。

 

「ルミナ」

 

禁忌魔法(マジカルパラノイア)詠唱無効(マウスチャック)

 

声が………出ない?

 

「『ルミナス』。拘束魔法を解除する、光属性と闇属性の複合魔法、ですよね。2年前はその魔法にしてやられましたが、流石に対処法くらい用意してありますよ。『ルミナス』の欠点は、口で直接詠唱しなければ発動しない点です。そこさえわかれば、あとは簡単。口をひらけないようにしてしまえば、クロさんは『ルミナス』を使えません」

 

「お姉ちゃん捕まっちゃったね。もう逃げられないよ」

 

なるほど……。無理矢理拘束を解こうにも、束とベータ、2人の“ウインドバインド”が重複しているせいか、拘束力は波の“ウインドバインド”の倍以上だ。

 

「捕獲完了⭐︎ってわけだな。んで、ワタシはクロに聞きたいことがあるんだ」

 

「口を開かせたら、『ルミナス』で脱出される可能性があります。なので、質問は今はやめておいてもらえると……」

 

「もし『ルミナス』を唱えそうになったら、すぐにまた魔法を唱えてくれ。一瞬で終わらせるからさ」

 

「どうしてもというなら………。はぁ…禁忌魔法はタダじゃないんですよ……」

 

どうやら、一時的に話せるようにはしてくれるらしい。

と言っても、すぐに『ルミナス』は唱えないようにしておこう。せっかくのチャンスだ、タイミングは伺った方がいい。

 

「クロ、あんたの目的を聞かせてくれ。今から何をしようとしてるのか、直近の目標でいい」

 

何かを探ろうとしてるのか? いや、どちらにせよ、俺のやることは魔法省の大臣を脅して他の魔法少女との協力を取り付けさせることだ。目的を伝えたところで、せいぜい櫻達が魔法省の大臣のガードを強めるくらいしか変化はないだろう。どのみち、魔王とつるんでるってだけで櫻達は俺を止めようとしてくる。なら、目的を伝えておいた方がいいのかもしれない。

 

「大規模侵攻を止めるために、魔法省の大臣に、他の魔法少女との約束を取り付けさせる。………どんな手段を使ってでも」

 

「……なるほどな」

 

「もう、いいですか? いいですね。口を封じておきます。許してくださいね。クロさんは意外とズル賢いんですよ。放っておくとすぐに『ルミナス』を唱えられてしまいます」

 

気づくと俺は、口を開くことができなくなっていた。タイミングを見計らおうと思っていたのに、せっかくのチャンス、逃しちゃった。

 

「ワタシはさ、ぶっちゃけ、何が正しいのかとか、そんなのわからないんだ。でもさ……自分の中で、これだけは違うって、そういうやつはいくつか存在してるんだ。で、そういうのに当てはまったら、ワタシは絶対にその方法は取らないようにしてるんだけど」

 

「ガンマさん、何が言いたいんですか?」

 

「いや、結局ワタシってさ、クロと朝霧来夏が親みたいなもんなわけ。そうなると、どうしても共感できる部分とか、多くなってくるわけなんだよ」

 

「まずいで! ガンマのやつ、裏切るつもりや!」

 

「そのとーり! ワタシはぶっちゃっけ、クロのやり方が悪いだなんて微塵も思わない! ということで、今から裏切りまーす! 『ルミナス』!」

 

ガンマが『ルミナス』を唱えることで、俺の拘束魔法は解かれる。

 

「足止めはワタシがしておく。ここは任せとけってやつだ」

 

俺はガンマの言葉に、こくりと頷く。

 

一応、“ホワイトホール”で今の戦いで吸収していたユカリの“ポイズンフォギー”を束達に向けて放ってから、“ブラックホール”内に潜り込み、移動を開始することにした。

 

「ん“ん”っ! あれ? 声出るようになってるな」

 

ガンマが魔法を解除しておいてくれたんだろうか?

 

「まあ、いいか」

 




ガンマとクロは血の繋がりはありません。


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Memory143

呑気に行動しすぎたかな……。もっと徹底しておくべきだった。

どうにも、私の計画には粗が目立つ。私のスペック自体は完璧なはずなのに、どうしてこうもうまく行かないのか。

 

…イライラするな。全て壊してしまいたい。

前までは、転生はサブプラン、保険のようなものだと考えていたが、そろそろ転生の方法については調べておく必要があるかもしれない。

 

おそらく必要な条件は、強大な魔力の衝突、だろうね。“前回”もそうだった。でも、それだと条件が簡単すぎるような気もする。

 

だとすれば、『魔界』と『人間界』を行き来する際の歪み、そこに莫大な魔力をぶつけることによって、魂に歪みが生じる、というのが有力説だけど……。

 

「この状況じゃそれも無理そうか…」

 

「大人しくしてて。命まで取るつもりはないから」

『とりあえず、イフリートの魂は返してもらうわよ。櫻、いけそう?』

 

「多分、できると思う」

 

できるわけがない。魂の複数所持は、得意な体質を持つこの体(ミリューの体)だからこそ成し得たものだ。それすらできるなら、こいつは本当に……。

 

魂融合(ソウル・リ・ユナイト)…………あれ、やっぱりできない…?」

『私が既に櫻と融合してるからかしら? 何にしても、とりあえず一旦私の魂を私の体に帰してから、イフリート達の魂を取り出してあげたほうがいいかもしれないわ』

 

「無理だよ。君には」

 

「……どういうこと?」

 

「君が茜と融合できているのは、君達の間に絆が存在するからだ。お互いに信頼し合っているからこそ、互いの魂もまた信頼し合い、惹かれ合っている。でも、他人だとそうはいかない。他人のことなんて、そう簡単に信じられるわけがないんだよ。魂の融合というのはね、いわば裸で密着し合うことよりも密接な関わりなんだよ。もうほとんどセック」

 

『それ以上言ったら消し飛ばすわよ』

 

怖っ。今の私は無抵抗でか弱い美少女なんだからさー。もっと丁寧に扱うべきじゃない?

 

「失礼。まあ、言わんとしてることは伝わったかな。私の体は特異な体質だから、魂との融合も可能なんだけれどね。本来3つまで魂を所持できるんだけど。私の魂が特異なのも相まって、今は6つまで魂を所有できる」

 

「魂の融合には絆が必要なんだよね? だったら、どうして貴方はほかの魂と融合できているの?」

 

「簡単よ。さっき魂の融合を私はセック………ん“ん”っ。体を重ね合わせる行為だと表現したよね? なら、私が他の魂と融合しているのは、私の魂が、他の魂をレイp」

 

『櫻、やっぱりこいつ、生かしておけないわ。今ここで始末よ!!』

「茜ちゃん、気持ちはわかるけど、落ち着いて」

 

「せっかく分かりやすく説明してあげようとしているのに、人の親切は素直に受け取るものだと思うけどなぁ」

 

『あんたが変なこと言うから!!』

 

「……で、私をどうするつもりなのかな?」

 

まあ、私のことを倒したのが、クロじゃなくて助かった。アレにやられちゃ殺されててもおかしくないからね。一応人質作戦はできなくはないだろうけど、どこまで通用するんだか。

 

「とりあえず、皆と合流しよう。話は、それから」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

魔法省に着いた。職員達にバレないように、定期的に“ブラックホール”を経由して、姿を消す。そうすれば、大抵見つからずに、内部に潜入することができる。標的は、魔法省大臣、正井 羽留利(まさい わるとし)だ。彼を脅し、全国の魔法少女達の協力を取り付けさせる。

 

……ここ、か。

 

俺は扉を勢いよく開ける。流石に、扉付近の警備は固かったため、その付近の警備員だけ、気絶させておいた。大臣の異常に気付き、駆けつける人材は、周辺には存在しないだろう。

 

「正井 羽留利だな?」

 

「なんだ、貴様は?」

 

「“死神”。お前の命を、刈り取りに来た」

 

恐怖を感じるよう、演出をする。できるだけ、不気味に、できるだけ、低い声で。

 

「大臣に何か御用ですか?」

 

秘書か何か、だろうか。そうか、部屋の中にいる人間は、気絶させていなかったんだった。

 

「大臣の命は、もうない。今日、この私に、その心臓を刈り取られるのだから」

 

大鎌を取り出す。我ながら名演技だ。かつてユカリとやっていた死神ごっこの成果が出ているかもしれない。

 

「ま、待て!! な、何が欲しい? 金か? それともなんだ……恨みでもあるのか? な、何が目的なんだ!?」

 

「……ある条件を飲めば、命は取らない」

 

「な、なんだその条件とは? さ、さっさと言わんか!!」

 

「近いうちに、翔上市に、大量の怪人による大規模な侵攻が行われる。その際に、全国の魔法少女への協力の取り付けを要請してもらいたい」

 

勿論、要求を呑まなくても殺すつもりはない。カナ達のことで、言いたいことはあるし、正直言って、恨みがないわけじゃない。でも、命を取る必要はない。だから、ただ、拷問して無理矢理にでも従わせる。

絶対に、従わせる。今の俺はもう、止まれない。止まっちゃいけない。やれることを、やるしかない。

 

「やはり、ミリュー様の言った通り、大臣の側についておいて正解でしたね」

 

大臣の側にいた、秘書らしき男が、何かを呟く。俺が脅しているにも関わらず、こいつはさっきから、怯える様子がなかった。不気味だ。

 

「自己紹介から致しましょうか。今の私は、『憤怒』。ミリュー様の忠実なる僕。そして、貴方を墓場へとお送りする者です」

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

窓から外へと投げ出される。……何も見えなかった。だが、確かに“何か”を食らった。

不可視の攻撃、か。威力はそこそこ。しかし、相手はあのミリューの手下。アンプタのこともある。どんな規格外な能力を有していたって、おかしくはない。

 

「困るんですよ。余計な手出しをされると、こちらの計画が狂う」

 

「関係ない。お前らの計画は、潰されて当然だ」

 

「貴方のように、どっちつかずで中途半端な人間に、誰かの計画を否定できる権利はありませんよ」

 

『憤怒』は銃を取り出し、その先を俺へと向ける。

ただの銃ではないだろう。『魔銃』と呼ばれる、魔力を込めて放つことのできる特殊な銃だ。

 

だけど、そんなもの、俺には通用しない。

 

「“ブラックホール”」

 

魔力による攻撃は、全て俺の“ブラックホール”で無力化できる。

そうか、こいつ、戦闘能力自体は大したことない。

 

そもそも、魔力自体が存在しないんだろう。おそらくは、ミリューから託された道具で、俺とやり合うつもりだったんだろう。

 

そんな程度で、魔法少女達とやり合っていけるわけがないだろうに。

 

「なっ……」

 

魔法省の大臣の防衛も、ミリューにとってはそこまで重要な者ではなかったのかもしれない。

 

「お前、多分ミリューに信頼されてないよ」

 

「っ……そんなはずは…!」

 

「使える人間は、考えた方がいいと思うよ」

 

こいつは、別にわざわざ殺す必要はない。そこまでの脅威は感じない。もしまた何か悪事をやろうとしたら、その時はその時だ。俺じゃなくても、どうとでもなる。

 

俺は軽く叩いて『憤怒』を気絶させておく。最初に吹き飛ばされたのは驚いたが、結局それもミリューの魔道具によるものだったんだろう。

 

本当に、大したことはなかった。

 

「とりあえず、もう一回大臣のところに行くか」

 

今の騒ぎで、少し周囲に気づかれたかもしれない。もう一度“ブラックホール”を使いながら、隠密に立ち回る必要があるな。

 

「止まれ」

 

「………これは必要なことなんだ。悪いけど、止まれない」

 

「そうか、なら、力ずくでも止めてやる」

 

背後から魔力を行使する気配を感じる。

瞬時に避けて、大鎌で魔法を弾きつつ、声の主の顔を拝む。

 

「やっぱり、千夏か」

 

「相談もしないで勝手に突っ走ってるみたいだからな。悪いけど止めさせてもらう」

 

俺の足を止めたのは、朝霧来夏の妹、朝霧千夏だった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「ねぇルールー。そろそろいいんじゃない? もう待ちくたびれたよ〜」

 

「もう少し待つことを覚えた方がいいと思うわよ、ミルキー。心配しなくとも、その時は来るわ」

 

ルサールカは、大きなハンマーを持った、小柄な体格の魔族の少女、ミルキーにそう話しかける。

 

「えーん。もう勝手に動いちゃってもよくなーい? ねぇねぇ〜」

 

「ミリューが頑張ってるのに、それに水を差しちゃ悪いとは思わないかしら?」

 

「んー? でもミリューはもう失敗してるんでしょ? じゃあいいじゃん。馬鹿だよねー。もうとっくにルールーに計画全部ばれてるのに、裏でコソコソやってるつもりでさ」

 

「どうせ今行っても面白くはならないわよ? もう少し、待った方がいいと思うけれど」

 

「んーわかったよ。もうちょっとだけ待つ。でも、クロ、頑張ってるねー。ま、こんだけ頑張っても、どうせ組織には逆らえないんだけどねー」

 

ミルキーと呼ばれる少女は、スカートのポケットから一つのボタンを取り出す。

 

「あら、もう使うの?」

 

「うーん。そうだなぁ。今のクロは、櫻達との仲があーんまりっぽいからなぁ……。ちゃんと仲直りするまでは待つよ。面白くないからね」

 

「そう。おもちゃに逆に遊ばれないようには気をつけなさいね」

 

「わかってるよー。それに、このボタンがあれば、クロは絶対私に逆らえないんだからさ」



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Memory144

千夏の攻撃は、音を媒介にしたものだ。歌を歌ったり、単純に叫んだりして、音に魔法を乗せている。

手口走ってる。千夏の方も、俺との間に実力差があることくらい知ってるだろう。

 

俺と戦って、勝てないことだって分かりきってるはずだ。

 

「千夏、本当に止められると思ってるの? 勝てもしないのに」

 

「私1人じゃ、無理だろうな。だから、助っ人くらいは呼んでる」

 

そういえば、千夏の人脈は結構広いんだったか。組織に身を置いていた時期もあったし、そもそも魔法少女アイドルとして世間で大人気の千夏のことだ。たくさんの魔法少女から尊敬と憧れを抱かれているだろうし、そんな千夏に協力する者だって当然存在するだろう。

 

けど、どれだけ束になろうと、俺はもう普通の魔法少女の実力を、大量の怪人強化剤(ファントムグレーダー)によるドーピングによってとうに超えている。俺に対抗できる魔法少女なんて、実際には魔族との戦闘を経験している櫻達くらいなのだ。

 

なんなら、今の俺なら、単体で戦えば櫻にすら勝てる可能性すらあると言っていいだろう。そんな俺に、いくら助っ人を呼んだところで、勝てるはずもない。

 

しかし、無理もないか。千夏からしたら、そんなこと分かりもしないんだろう。実力が離れているからこそ、具体的にどれだけ差をつけられているのか、それを測ることができない。だから、数で押せば勝てると、そう勘違いしてしまうんだろう。

 

「さっさと終わらせよう。こんな茶番」

 

「酷い言い草だな。後悔するなよ。電撃音波(ライジングボイス)!!」

 

前情報通り、音による攻撃。雷属性の魔法だから、『動く水(スライム)』での回避は不可能。だけど、遠距離攻撃なら“ブラックホール”で全て無効だ。

 

「全部無駄だよ。こんなことに時間を割きたくないし、千夏をあまり痛い目には合わせたくない。大人しく、引け」

 

千夏に反撃の余地を与えないよう、魔法で牽制しつつ、強めの口調で千夏に警告する。

 

音で攻撃の時点で、千夏の攻撃は基本全て遠距離のものとなる。だが、遠距離の攻撃は全て“ブラックホール”で無効化することができるせいか、俺と千夏の相性は、千夏からすれば最悪なのだ。

 

大体元々、色々あるせいで負け越していることが多い俺だが、魔法自体は理不尽で強力なものを結構持っているのだ。大抵の魔法少女相手には負けはしない。実際勝てているかどうかは別として。

 

「傷つけたくないって言って、こんなとこで燻る、その程度の覚悟だっていうんなら、最初っから1人で突っ走るなって話だろ。どうしても大臣のところに行くっていうんなら、私のことをちゃんと倒してからいけ」

 

……仕方ない。助っ人とやらが来る前に、さっさと片をつけよう。千夏には悪いが、少々痛い目を見てもらう。

 

俺は千夏めがけて、大量の魔法をぶつける。量は無制限に、逃げ場を用意せず、ただ蹂躙するために。

 

「ごめん。でも、こうでもしないと……」

 

きっと千夏はまた、食い付いてくるだろう。

 

さて、さっさと魔法省の大臣のところに……。

 

友情魔法(マジカルパラノイア)!」

『雷臨!』

「一薙!」

 

友情魔法(マジカルパラノイア)……?」

 

まさか……。

 

「千夏ちゃん、連絡くれてありがとう。後は私達に任せて」

 

俺が千夏に向けて放った魔法は、全て1人の魔法少女によって薙ぎ払われてしまっていた。

いや、()()()1()()()

 

確かに、目の前にいるのは、櫻だ。だけど、その姿には少々の違和感がある。

綺麗な桃色の髪には、ところどころ黄に染まっているし、彼女の周囲にはバチバチと、まるで魔法がこぼれ出るかのように、電撃が飛び散っている。

 

まるで、雷属性の魔法でも発動させているかのようだ。極めつけに、どう考えても、彼女の気配には、何か別の者の存在を感じる。

 

具体的には、そう……。

 

「来夏…?」

 

朝霧来夏。今さっきまで俺が相手していた、千夏の姉で、雷属性の使い手の魔法少女。

もしかして、千夏が言っていた助っ人というのは、櫻と来夏のことだったのか。

 

それにしても、櫻のその姿は………。

 

「なんで来夏ちゃんと融合してることが分かったんだろう……。とにかく、クロちゃん。話は全部聞いた。魔法省の大臣を脅してでも、他の魔法少女との協力を取り付けさせるって。私は、クロちゃんが何を考えてるのかなんて、全然分かんない。でも、1人で抱え込まずに、私にも相談して欲しいの。私だけじゃない。皆にも……」

 

「悪いけど、櫻。この世界は、理想を掲げるだけで何とかなるほど、甘くできてない。汚い部分も、確かに存在するんだよ。大丈夫。櫻達は、手を汚さなくていいから。汚れ役は、私がやる」

 

櫻の純粋さを、馬鹿にしてるわけじゃない。櫻のその綺麗な志は、きっと必要なものだと思うから。でも、それだけじゃ、どうにもならないくらいに、この世界にはどうしようもない奴が多い。櫻がどれだけ心を通わせようとしても、それを拒否する奴は存在する。わかり合えない奴だって存在するんだ。だから……。

 

「そっか。分かった。今口で言っても、きっと伝わらないんだと思う。だから………()()()()()()()

 

「んな……」

 

目視することができないほどのスピードで俺に接近し、手に持つ『桜銘斬』を俺に向けて振るう櫻。俺が反応できたのは、本当にたまたまだった。

 

偶然、大鎌を前方に構えていたおかげで、すぐに櫻の攻撃を防ぐことができた。もちろん、正確に攻撃が来る位置がわかっていたわけじゃない。ほぼ反射的に、本能でたまたま腕を上げて、たまたま防ぐことができただけだった。

 

………いや、違う。

 

偶然なんかじゃない。櫻は……。

 

「ちゃんと防げたみたいだね」

 

俺が攻撃を防げるように誘導していたんだ。

俺への戦闘開始の合図と、俺と櫻の今の実力差を知らしめるための行動だろう。

 

これは……勝てない。

 

本能でわかる。今の、櫻には。櫻達には……。

逆立ちしたって、勝てっこない。

 

「悪いけど、本気で行くよ。……友情魔法(マジカルパラノイア)

『奥義!』

「桜!」

『雷!』

「斬!」

 

………無理だな……。

やっぱり俺じゃ……。

 

櫻の眩しさには、敵わない。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「ごめんね、こんな無理矢理な手段を取っちゃって…」

 

「別に、同じ立場だったら、多分同じようにしてるだろうし、気にしてないよ。体が痺れて動かないのは不便だけど」

 

「ご、ごめん……」

『櫻、今なら多分、落ち着いて話せるだろ? 私じゃ、クロを説得するのは………無理だからな……櫻が話してやってくれ』

「うん。分かった」

 

「それは何? まるで櫻の中に来夏がいるみたいな……」

 

「あはは。私もよく分かってないんだけど……なんか、魂と魂の融合? みたいな」

 

よく分からないが、まあ要は合体してパワーアップ的なノリだろう。マドシュターちゃんみたいなものか。

 

「そんなことより。クロちゃん、どうして、魔法省の大臣を襲うなんてこと…」

 

「……そうでもしないと、多分大規模侵攻は止められないから。でも、絶対櫻達はそのやり方には賛成しない。だから1人で動いた。……大体そんな感じ」

 

「……別に、真っ向から否定なんて………するかもだけど、でも、相談くらいしてくれたっていいのに……。一緒に考えれば、良い方法が見つかるかもしれないでしょ?」

 

櫻と協力するのが一番だって、そう思いたい。でも、俺はもう……櫻の隣にいる資格なんてない。だから…。

 

「…ごめん」

 

「……一旦、皆と合流して、ゆっくり話そう? 私は別に、クロちゃんと争いたいわけじゃないから」

 

櫻が手を差し伸べてくる。その手を、取りたいとも思う。でも、俺は一度、その手を振り払ったんだ。今更、元通りになんて、無理だ。だから……。

 

「悪いが貰って行くぞ」

 

「貴方は……」

 

「魔王……」

 

魔王が俺の手を取り、櫻の元から引き離す。

 

「あ、待って!」

 

「しつこい女は嫌われる、だったか? 求められてもいないのに、引き止めようとするのは、しつこい女だと思うぞ」

 

「っ……」

 

櫻は魔王の言葉を受け、それ以上俺を追おうとはしなかった。




・『ライジングブロッサム』

櫻と来夏の魂が融合した姿。『奥義・桜雷斬』は、辺りに強力な電撃を撒き散らしながら、周囲を薙ぎ払う一撃で、食らったものは、一時的に体の自由が電撃により奪われる。やろうと思えば、『桜雷斬』を食らったものの身体を強制的にコントロールすることすら可能。





ちなみに茜はこの間に元の身体に戻されました。来夏は途中で拾ったみたいです。櫻が他の魔法少女と融合する流れができてます。さて次は誰と融合するのやら……。


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Memory145

結局、魔法省の大臣への脅迫は失敗した。櫻達が俺のやり方に賛成しないっていうのは、はじめからわかってたことだけど、ここまで簡単に止められるとは思ってなかった。せっかくガンマも協力してくれてたのに、これじゃ俺には何も……。

 

「そう焦るな。別に必ず今回成し遂げなければならなかったというわけでもないんだからな」

 

「……そうかな………。って、そういえばアストリッドは?」

 

「軽く捻っておいたぞ。まあ、奴はもとより本気で俺とやり合うつもりでもなかったようだがな」

 

「……どちらが王の器にふさわしいか試すみたいなこと言ってた気がするけど……」

 

「それは建前みたいなものなんだろう。どうやら本当に、お前達姉妹の関係修復のために動いただけみたいだぞ」

 

「んなバカな……」

 

あの胡散臭さの塊のアストリッドが、俺とシロのために動いた? 意味がわからない。あいつは性格も悪いし、自分本位で身勝手な魔族なはずだ。そんな風に誰かのために動くような奴だとは到底思えない。

 

「さて、無駄話はここまでにしておくとして、どうする?」

 

どうする……か。

確かに、いつまでも逃避しちゃいられないよな。

今、俺達の元には、櫻がやってきている。厳密には、まだ来ていないのだが、魔王が言うには、後もう少しでここにやってくるらしい。俺と魔王を追って、倒しに来たのか、俺を説得しに来たのか、目的はわからないが、俺としては櫻と争うつもりはない。別に櫻のやり方を否定するつもりなんてないし、俺だって、櫻みたいなやり方が一番ベストだろうとは思ってるからだ。

 

「櫻が来てからじゃないと、なんとも言えないかな」

 

「そうか。もう直ぐ着くようだぞ」

 

魔王が言って数秒も立たないうちに、俺達の目の前に、上空から桃色の髪を持った少女が降ってくる。

 

「クロちゃん、話がしたいの」

 

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

 

「そっか……。そういうことだったんだね」

 

櫻に諸々の経緯を説明した。魔王と行動している理由も、俺が殺した命のことも、全部。

 

「そうだよ。だから、櫻達と争うつもりは一切なくて、むしろ……」

 

「でも……だけど私は、そのやり方には賛同できない。クロちゃんを否定したいわけじゃないの。だから……」

 

櫻は俺に手を差し伸べる。

 

「一緒に、考えよう? 私だって、全部完璧にできるわけじゃない。でも、一緒に悩んで、考えることはできる。皆で悩んで、出した結論なら、どんな結末になっても、私は……」

 

俺は、思わず櫻の手を取りそうになる。

 

でも……駄目だ。一度血で染まったこの手じゃ……。命を摘み取ったこの手じゃ……櫻の手を取ることはできない。

奪った命に報いるためにも……ここで止まっちゃいけないんだ。だから……。

 

「ごめん、櫻の提案は、受け入れられな……」

 

櫻の提案を断ろうとした瞬間、俺の直ぐ横を風の矢が通り過ぎる。

突然のことでうまく反応できず、少し頬にかすってしまう。

 

「束ちゃん!?」

 

「最初から騙し討ちのつもりだったのか? 趣味が悪いな。クロ、数は櫻含めて6だ」

 

「待って! 私そんなつもりじゃ……」

 

「櫻さん、クロさんはこうでもしないと止まりません。武器を構えてください」

 

どうやら、束達も櫻の後を追ってついてきていたらしい。

櫻が俺と争うつもりがなかったのは、櫻の反応からして本当だろう。だけど、束達からすれば、やっぱりこうなってしまうのは仕方ないよな。

 

とりあえず、俺も武器を構えることにしよう。

 

敵は来夏、茜、束、櫻の4人だ。ちなみに残りの2人は八重と照虎で、彼女らには戦闘能力はない。

 

「来夏、茜、束の3人は俺が相手しよう。櫻に他の魔法少女を近づけるのは、危険だ。奴はどうやら、他の魔法少女の魂と融合して、規格外の力を手に入れることができるようだからな」

 

「魔王でも厳しいか?」

 

「あれをされたら俺でも勝てん。だからこそのこの分担だ。いいな?」

 

「わかった」

 

俺と魔王は二手に分かれる。

俺の相手は、櫻だけだ。

 

「櫻、ごめん。争うつもりはなかったんだけど」

 

「……本当に、私達、わかり合えないのかな」

 

「………」

 

俺だって、櫻の手を取れるなら、そうしたい。でも、無理なものは無理なんだ。

 

もう俺には、そうする権利がないんだから。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「こんなか弱い少女を拘束するなんて、酷い大人もいたもんだね」

 

「黙ってくれないかな? 良い加減相手をするのにも疲れてきたんだけど」

 

「良いじゃん。暇なんだもん。『色欲』はずっと寝ちゃってるしさぁ」

 

ほんと、拘束するだけしといて放置って、どうかしてるよ。別に私には放置プレイの(そういう)趣味はないし。

 

そういやアストリッドはこの拘束自力で解いたんだっけ? どうやったんだろう?

 

「喉が渇いたーこのままだと死んじゃう」

 

「………」

 

「まいさん、わたしがみはっておくから、のみもの、とってきていいよ」

 

「そうかい。ありがとうカナ」

 

本当、カナの姿を見た時はびっくりしたよね。ちゃんと殺し切ったと思ったのに、生きてたし。変なところで詰めが甘いんだよなぁ私って。

 

「言いたいことがあるならはっきり言えば?」

 

この子からすれば、私は憎くて憎くてしょうがないんじゃないかな。なんせナヤやラカ、タマのことを殺したのは私なんだからさ。

 

「ラカたちのことは……しょうじき、ゆるせない。いまでも、おまえのことをころしたくなってくるくらいには、わたしはおまえのこと、きらい」

 

「そりゃどーも」

 

「でも、わたしたちをうみだしてくれたことには………かんしゃしてる。だから……ありがとう」

 

……そういうのじゃないでしょ。

本当にわかってないな。実験動物だから、脳味噌も足りてないのか。

 

本当、何にも理解できない子供なんだね。

 

そっかぁ。

 

「そっかそっか。正直に言うと、嬉しいよ」

 

「……なにが?」

 

「私も親だ。子の活躍はやっぱり嬉しく感じるものだよ。これが愛って奴なのかな」

 

「……いみわからない」

 

「ああ、そうだよ。親のピンチに駆けつけてくれる子が、私は大好きだ」

 

「……? いや………まさかっ!」

 

私の足元から、予想通り、1人の少年が姿を現す。

 

「すみませんミリュー様、お待たせしました」

 

「よくやった。『影』」

 

本当に、優秀な子がいてくれると、嬉しいよ。

 

「あら? もう来たのぉ? もうちょっと眠っていたかったわ」

 

「本来なら私が寝て『色欲』に起きていてもらいたかったんだけどね…。まあいいや。じゃあ行くよ、『影』」

 

「わかりました、ミリュー様」

 

『影』は、私と『色欲』の体を、影に収納する。

 

「まて!!!」

 

「焦らないでよ。近いうちに、ちゃんと殺しに行くからさ。ま、それまでまっててよ。じゃあね」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「お墓参り、ねぇ」

 

ルサールカは、人気の少ない、とある墓地へとやってきていた。墓地自体に用があったわけではなく、彼女の知り合いが、墓地にいるとの情報が手に入ったからだ。

 

「久しぶりね。元気にしてたかしら?」

 

「………ルールーか。言っておくが、俺は何も協力できないぞ」

 

答えるのは、魔族の男。特に組織と関わることもなく、ただ人間の女性と恋に落ち、健やかに過ごしていただけの男だ。

ただ、目の前の墓から察するに、彼のパートナーはもうこの世には存在しないのだろう。

 

「まだ何も言ってないのだけれど?」

 

「大体わかるよ。お前とミルキーのやろうとすることは、大抵碌でもないことだ。巻き込まれるのはごめんだね」

 

「そう? 結構乗ってくれる子も多かったわよ?」

 

「巧みな話術で騙したりでもしたのか? よく分からんが、俺は巻き込まれる気はないからな。それはそれとして……お前、何企んでるんだ?」

 

「さあね? まあ、協力してくれないって言うなら、貴方にもう用はないわ。せいぜい人としての生を楽しむことね」

 

「相手はもう、いないけどな」

 

「どうでもいいわ………だってこれから、とても楽しいことが待っているんだもの」

 

大規模侵攻に参加するのは、怪人だけではない。

 

ルサールカは、魔族もまた、大規模侵攻の計画に、組み込んでいた。



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Memory146

櫻の『桜銘斬』と、俺の『還元の大鎌』がぶつかり合う。あまり戦意を感じない太刀だ。櫻はただ、成り行きで戦っているだけなんだろう。

 

「どうしても………駄目なのかな。誰かを殺してしまったって事実は、消えないのかもしれないけど……でも、だからって、理想を追いかけちゃいけないわけじゃ、ないと思うから」

 

「今更理想を追いかけても、それは、今まで切り捨ててきた命を、無駄にすることと同義なんだよ。だから、止まれない。止まっちゃいけない」

 

会話を交わしながら、互いに攻撃の手は緩めない。にしても、流石に櫻は手強い。

さっきから周囲に無数の魔法の弾を出現させて、大鎌とあわせて攻撃しているのに、その魔法の弾の処理をしながら、俺の大鎌を『桜銘斬』で受け流している。なんなら、それに加えて定期的に不可視の攻撃である天罰(クロスエンド)を交えているのに、それも『桜銘斬』で俺の大鎌をいなすついでに対処している。

 

「そっか……。でも……」

 

「何を言っても、聞く気はないよ。今まで奪ってきた命を、無駄にするわけにはいかないから」

 

櫻は多分、俺にどう言葉をかければいいのか、分からないんだろう。でも、櫻は、俺を見捨てる気なんて、一切ないみたいだ。

 

でも……でもだ。今更、今更櫻の手なんて取れない。一度弾いたその手を、俺は……。

 

「なんやそれ……黙って聞いてれば……」

 

俺と櫻の会話を聞いて、櫻の後方にいた照虎が反応する。彼女は魔法少女としての力を失っている。だから、今まで俺と櫻の戦いを黙って見ているしかなかった。でも、今は……何か言いたげだ。

 

「今まで奪ってきた命が無駄になる? それはそうやろ。当たり前や。その選択をしてきたのは自分なんやから」

 

「照虎ちゃん?」

 

「私だって、友達の命を奪って今、ここに立ってる。私の場合、黒髪ちゃんと違って、自分のために、奪った命や。けど、結局私が奪った命に、意味はなかった。無駄やった」

 

「それは……」

 

「命を奪った。だから、それを無駄にしたらあかん。それは立派な考えや。でも、それで自分の首絞めて、やりたくもないことやって、また、そうやって無駄になるかもしれん命の奪い合いをするんか!」

 

違う………。これは必要なことなんだ。櫻達は、綺麗なやり方でもいい。でも、汚いやり方だって、必要になるんだ。だから、その汚れ役は、俺が……。

 

「奪ってきた命を、無駄にはできない……必要なことだから……誰かがやらないと、じゃないと……意味がない……だから……」

 

「照虎ちゃん! それ以上は…!」

 

「ごちゃごちゃうるさいねん。はっきり言うたる。黒髪ちゃん、いや、クロ。あんたが奪ってきた命は、全部無駄や!! 今までやってきたことも、全部、無駄でしかないんや!!!!」

 

「違う!! そんなことない!! 今まで、命を奪って、助かった命だってある!! 無駄じゃない!!」

 

もし、今まで奪ってきた命が無駄なんだとしたら、じゃあ、俺のやってきたことって、一体なんだったんだ?

俺の奪ってきた命に意味がないなんて、そんな風に否定されたら、俺は……俺は……。

 

「命を奪うことを正当化するな!!!! 間違っても、やっちゃいけないんや、そんなこと!!!!」

 

俺の大鎌が、櫻の『桜銘斬』によって弾かれる。

 

照虎の話で、動揺しているんだろう。

 

落ち着け……。俺は、必要なことをやってる。魔王だって、認めてくれた。肯定してくれた。俺は間違ってない。俺のやり方だって、一つの選択肢なんだ。だから……。

 

「もう一度言うで。命を奪うことは、何があっても正当化されたらあかん。許すべきじゃない。少なくとも、1人で勝手に判断していいようなことじゃない。櫻、ちょっとどいてや。それと、これ、借りるで」

 

「ちょ、ちょっと照虎ちゃん!?」

 

照虎は櫻の『桜銘斬』を手に取り、その持ち手を俺に向ける。

 

「もし、本当にそのやり方が間違ってない思うんやったら。もし、今まで奪ってきた命を無駄にしたくないって言うんやったら、今ここで私を殺せ。もし殺せないんやったら、そこまでってことや」

 

照虎を、殺す?

 

「何で、そんなこと……い、意味がない……そんなことしても……意味なんて」

 

「意味ならあるやろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そんなの……。

 

「あ……」

 

無理、だ……。俺には……。

 

「……殺せないやろ。なら、クロのやってきたことは、全部無駄やったってことや。命を奪うことを、正当化できるような真っ当な理由なんて存在しない」

 

じゃあ、俺は、身勝手に、他者の命を弄んだだけだって、そういうのか?

 

だとしたら、だとしたら俺は……俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死んで、償わないと。

 

「クロ! 駄目!!」

 

『桜銘斬』を自分の首元に向けた途端に、照虎の後ろにいた八重が物凄いスピードで駆けつけてきて、俺は取り押さえられた。

 

はなしてほしいのに。もう、俺には……。(これ)くらいしか……。

 

「………自分が死んで、償おうと思ったんやろ。私も、そう思ったことはあった。けど、それじゃ、自分の命を無駄にしてるだけや。結局、他人の命を奪うことと、やってることは変わらん。それに、クロが死んだら、悲しんでくれる家族がおるやろ。だから、自分の命を軽視したら、駄目や」

 

「じゃあ、どうすれば……どうすればいいんだ! 今までやってきたことが無駄だったって、今更、今更そんなこと言われても、どうにも!!!」

 

「私にも、わからん。でも、償うしかない。死ぬことでじゃなく。生きて、償うしか、ない」

 

「そん、なの……」

 

「でも、私らには仲間がおる。一緒に悩んで、一緒に考えてくれる、仲間が。だから……わからないなりに、皆で考えて、支え合って。足りなくても、無駄にしてしまった命に釣り合う対価が用意できなくても、私達は償い(それ)を、やる」

 

「……でも、それでも! そんなに世界は甘くない! 償ったところで、また、どうしようもなくなって、それで……!」

 

「だから、一緒に考えるんだよ、クロちゃん。何も考えずに生きられるなんて、そんな簡単なら、皆悩んだりしない。だから、私達は、悩み続けるしか、ないんだよ。でも、皆、いるから。一緒に、悩んで、考えて……。答えが出せなくても、きっと、1人で何も考えずにいるよりも、皆で一緒に考える方が、いいと思うから」

 

「もし、1人で背負うのが辛いなら、私達も背負う。正直言ってな、私も自分1人じゃ背負いきれんのや。でも、皆、一緒に、自分ごとのように考えてくれる。ええやつばっかや。だから、いい加減戻ってき。皆別に、黒髪ちゃんのこと、嫌ってないからな」

 

「……本当に……」

 

手を、とっても、いいのかな。

今更、こんな、血に塗れた手で。

 

こんなにも、罪を重ねてきたくせして、今更……。

 

「まわりくどいことを言うのは、もうやめるね。私はね、クロちゃんと一緒に、戦いたい。隣に並んで、皆と一緒に、戦いたい。私の、仲間に………友達になって欲しいの。その……私の方はもう、友達だと思ってるんだけど……その、改めて」

 

そう言いながら、櫻は俺に手を差し伸べてくれる。

 

 

櫻は、こう言ってくれてる。

だったらもう……。

 

手をとっても、いいのかな。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

結局俺は、櫻の手を取ることにした。魔王と束達は今も戦っているみたいなので、櫻と照虎はそれを止めに行くことにしたみたいだ。今は八重と2人きりの状況だ。

 

「照虎はああ言っていたけど、あれは照虎なりにクロのこと……どうにかしようとして言ってただけだと思うわ。だから、もし辛いのなら、無理に背負おうとしなくてなんていいの。それに、正直私は、クロが奪った命に対して、何も感じていないもの」

 

「……そう言ってくれるのは、ありがたいけど。でも、ちゃんと背負おうと思う。じゃないと、櫻達に顔向けできる気が、しないから」

 

俺は、俺の汚い部分とちゃんと向き合わないといけない。じゃないと、櫻の仲間に、隣に並び立てるような存在には、なれないと思うから。

 

でも、そっか。俺の身体、魔族にならないと、もうもたないんだよな。

もし魔族になれば、俺は、櫻達とはいられない。だから、隣で並べるのは、期限付きになる。

 

と、そんな風に考え込んでいたら、どうやら魔王と束達の戦闘を終えることに成功したらしく、既に櫻達は魔王達と共にこの場に戻ってきていた。

 

「クロ、少しいいか」

 

魔王からの呼び出しだ。

最初は何だこいつ、って、そう思ってたけど、魔王は俺のために、色々やってくれていた。

 

……ちゃんと、話さないとな。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「そうか。結局、櫻と動くことにしたんだな」

 

「助言も色々してくれてたのに、裏切る形になって、その……ごめん」

 

「構わん。櫻に負けた気がして不愉快ではある。計画も思い通りにいかなかったしな。しかしそれはそれとして、仕方なかったと割り切っている。しかし、櫻の影響力は偉大だな。俺はそれとなくお前が俺に依存するよう、櫻達から離れるように誘導していたつもりだったんだが」

 

「……そんなことしてたのか。やっぱりお前、本当に俺のこと、好きなんだ」

 

独占欲ってやつなんだろう。前世の俺を知っているのに、俺のことを好きって言ってるわけだし、相当入れ込まれていたのかもしれない。

 

「……それと、話しておくことがある」

 

「何? ああ、別に、櫻達と一緒に動くつもりではあるけど、魔王と縁を切るつもりはないから、そこのところは心配しなくても……」

 

「残念ながら俺はもう、長くない」

 

……は?

 

「どういう……こと…?」

 

「最初から、俺はこの辰樹という小僧の体に魂だけ入れることで擬似的にいきながらえていただけだからな。当然元々は死んだ身だ。時期がくれば、自然とその形に戻るのは当然と言えるだろう。それに、言っただろう? 小僧の体はちゃんと返すとな」

 

「……じゃあ、魔族化の約束は、何だったんだよ。最初から、約束を守るつもりはなかったってことか?」

 

「違う。魔族化の約束自体は守るつもりだった。ただ言っておくと、魔族化がお前の望むものではなかったかもしれないとは言っておくぞ。なんせ俺の言う魔族化というのは、別で用意した魔族の体に、お前の魂を移動させるもので、その場合、素体となる魔族の魂には死んでもらう予定だったからな」

 

つまり、魔族の誰かの体を、俺が奪うってことか……。それなら確かに、俺は魔族化を拒んでいたかもしれない。じゃあ、最初から、俺には……。

 

「悪いな。お前には告げるつもりはなかった。やり方を告げれば、拒否することは分かっていたからな。だが、どうやら、思ったよりその時は早かったらしい。魔族化のための時間を確保する余裕は、ないみたいだ」

 

「本当に、死ぬの……? そんなの、勝手だ……。何で、何で今言うんだよ!!」

 

「悪かったな……。吸血姫との戦闘や、さっきの魔法少女の戦いで思ったより魔力を使ってしまったからな。まあぶっちゃけると一番魔力を消費したのは目覚めた最初の頃、人間界が気になって魔法を使って色々な場所を見て回っていたからなんだが……それはいい。まあ、俺に頼るのは、もうやめろ。それに、櫻はきっとお前を見捨てることはない。だから、お前の体のことも、全て櫻に任せることにした」

 

「ま、待って、まだ、まだ必要なんだ、だから……」

 

魔王は、ズタボロだった俺の心を、いつの間にか癒してくれていた。俺が迷っているところに、一つの選択肢を示してくれた。結局それは、照虎によって否定されてしまったけど、でも、その時の俺には、確かに救いだったんだ。だから、まだ、いなくならないで欲しい。だってまだ、何にも返せてない。

 

「じゃあな」

 

魔王の……辰樹の体から、魔力が抜けていくのが見える。

…………魔王が、辰樹の体から消えているんだ。待って欲しい、もっと、いて欲しい。そう訴えたい。けど、それじゃ、俺は、何も返せない。だから……。

 

「魔王……」

 

「どうした? 手短に頼むぞ。もう消滅寸前だからな」

 

「ありがとうっ……お前のおかげで、ここまで来れた。本当に、感謝してる!」

 

だからせめて、精一杯の感謝を、返そう。それくらいしか、俺には返せるものがないから。

 

「そうか」

 

魔王はそうやって最後に、穏やかな表情でそう告げた。




一応辰樹の魂ぶっ潰して辰樹の体を完全に乗っ取れば、魔王様は生き残れましたけど、彼はそれをしませんでした。魔王は他人の体を乗っ取ることに対して特に罪悪感を感じたりはしませんが、きっとクロが嫌がるからやらなかったんでしょう。


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〜2年後〜 魂融合
Memory147


魔王が消えてから3日経った。カナから聞いた話によると、ミリューには逃げられてしまったらしい。

ただ、櫻が他の魔法少女と魂を融合させることで変身するサードフォームになれば、誰にも負けることはないと思う。実際、来夏と融合した櫻と対峙したことがあるが、あの実力はマドシュターちゃんをも越えていたし、はっきり言って規格外のものだった。

 

ただ、誰とでも魂を融合させることができるわけではないらしい。ここ3日で、誰となら融合可能なのか調べようという話になり、一人一人試していくことになったわけだが、今のところ櫻と融合できるのは、茜、来夏、束の3人のみだと言うことが判明した。アルファ達やカナ、ユカリなどは櫻との融合は出来なかったし、後から合流した古鐘っていう魔法少女や、焔達とも連絡をとって試してもらったけど、無理だった。

 

ちなみに俺や八重と照虎、そして櫻が面倒をみているという後輩の魔法少女、美鈴はそもそも櫻と融合できるかどうか試してすらいないが、俺は身体が怪人化していて、もし櫻に悪い影響でも出たらと思うと融合しようと思えなかったという理由から、八重と照虎はもはや魔法少女ではないという理由から断り、そして美鈴は、「わ、私にはメナちゃんがいるので! 私が先輩と融合しちゃったら、浮気になっちゃいます!」と言って櫻との融合を拒否した。

 

というわけで、櫻は基本茜、来夏、束の誰かしらと行動した方がいいという結論になった。というわけで、魔法省への交渉のため、俺、櫻、束の3人で行動することになった。櫻に、櫻と融合可能な束、そして、万一櫻と束が魂を融合させた場合、魂の抜けた束の体を守るための俺、というメンツだ。

 

「それにしても、クロさんが戻ってきてくれて良かったです。これで真白さんもいれば完璧だったんですけど…」

 

「シロのことなら……多分大丈夫。アストリッドの洗脳は解けてるみたいだし、あとは私が話しておく」

 

前世も含めて、包み隠さずシロに話せば、きっとシロとは分かり合えるはずだ。前世の話をして拒絶されるかもしれないと思うと、少し怖いけど。

 

ちなみに、魔法省の大臣と話し合う機会は、古鐘って子が用意してくれたらしい。といっても、古鐘本人も魔法省が素直に話し合いを認めるとは思っていなかったらしいが……。

 

「失礼。申し訳ないが、3人以上の入室は禁じられている。1人はここで待機してもらいたい」

 

大臣の部屋の前に着いたところ、部屋の前にいた男に止められてしまう。警備のものだろう。

 

………大人数はダメ、か。でも、万が一のこともある。櫻と束には一緒に行動してもらっていた方がいい。だから……。

 

「じゃあ、私が…」

 

「いいや。そこの少女、君に待機しておいてもらいたい」

 

そう言って彼は束の方を指差す。

……束に待機しておけ、ということだろう。正直、櫻と束には共に行動してもらった方が安心だ。けど、ここで指示に従わないことで、交渉が決裂してしまっては元も子もない。

 

「櫻、どうする?」

 

「……私とクロちゃんで行くしかないかも。束ちゃんには悪いけど……」

 

「大丈夫ですよ。私ももう子供じゃないので」

 

結局、束は外で待機し、俺と櫻で大臣の交渉へと向かうことになった。

一応前回俺は仮面をつけて大臣と接触していたが、もし大臣に正体がバレていたとすれば、この交渉は無駄になる。だから、大臣が俺のことなど気にも留めていなかったことを祈るしかない。

 

「失礼します」

 

扉を開け、部屋へと入室する。

 

「いらっしゃい」

 

しかし、そこにいたのは、魔法省の大臣ではなく……。

 

「あなたは……。どうして、ここにいるの……?」

 

「ミリュー様に指示されて、かしら? とにかく、ここに貴方達がきたからには、私が貴方達の相手をしてあげるわ」

 

ミリューの部下、『色欲』だった。

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

俺は、『色欲』と距離を取りながら、魔法による攻撃を続ける。『色欲』の実力は相当なものらしく、魂を融合させていない櫻や、来夏では勝つことができないらしい。だからこちらの目標は、扉の前で待機しているはずの束と櫻を合流させること。

 

櫻が束と魂を融合させることができれば、『色欲』にも勝つことができる。俺が囮になって、櫻が束の元に行けるようにすれば……。

 

「束ちゃん! どうしちゃったの!?」

 

後ろから、櫻の悲痛な声が聞こえてくる。振り返ると、そこには。

 

「それじゃ『色欲』、そして束。櫻とクロの相手を頼んだよ」

 

虚な目をした束と、束の肩に手を置きながら、勝ち誇ったような笑みを浮かべたミリューがいた。

 

「櫻! いったい何が……」

 

俺は櫻に近づき、状況について伺う。

 

「束ちゃんと融合しようとしたら……拒否されて……。そしたら急に、束ちゃんが私に向けて攻撃してきたの。多分、その原因は……」

 

櫻は視線をミリューの方へと向ける。

どう考えても、彼女が束に何かしたのは明白だ。洗脳か何か、それとももっと別の何かか。とにかく、俺と櫻でこの状況を打開しなければいけなくなった。

 

「クロちゃん! 手、貸して!!」

 

櫻は俺に手を差し伸べる。俺の魂を融合させるつもりだろう。

 

こんな状況だ。融合を拒否すれば、俺と櫻はそのまま『色欲』達に殺されて終わってしまうだろう。

だから、融合するしかない。

 

俺は櫻の手を握る。

 

魂融合(ソウル・リ・ユナイト)!!」

 

櫻がそう叫ぶと同時、俺と櫻の周囲が光に包まれ、俺と櫻の魂が融合……。

 

 

 

 

 

……することはなかった。

 

「どう……して……?」

 

「さぁ? どうしてだろうね。絆が足りないんじゃないかな? ま、なんとなく結果はわかってたけどね。それじゃ私はもう行くから。精々私のしもべ達と戯れなよ」

 

そう言ってミリューはこの場から去っていく。

 

絆…。

そういえば、櫻との融合できるかどうかは、櫻との間にどれだけの絆が形成されているかによって左右されるんだったか。

 

だとすれば……。

 

確かに、俺と櫻じゃ、絆が足りないのは納得だ。

櫻は俺に歩み寄ってくれているが、それは櫻がそういう性格だからで、俺と特別仲がいいからというからではない。何せ、2年以上も敵として動いてきたのだ。そんな相手に、絆もクソもないだろう。

 

2年以上一緒に活動しているはずの焔達ですら、櫻との融合はできなかった。だとすれば、櫻との絆がそこまで深くない俺が融合できなくたって何らおかしくはない。俺じゃなくて、2年間一緒に戦ってきたシロなら、櫻との魂融合も可能だったかもしれない。

 

「残念…! もうあの圧倒的な力は拝めないのね。でも、だからといって、貴方達を見逃す理由にはならないわ。安心して、苦しまないように、一撃で殺してあげるから」

 

『色欲』は高火力の魔力の塊を、俺と櫻に向けて放とうとする。

 

“ブラックホール”で逃げるか?いや…。

 

……間に合わない。避けきれない。

 

なら、俺が壁になって、せめて櫻だけでも“ブラックホール”で…。

 

「それじゃあ、死になさい」

 

『色欲』の攻撃が、放たれる。

 

間に合え…!

 

「“ブラックホー…」

 

「“反射”」

 

……攻撃が……、こない……?

 

「……言ったでしょ。あんたが死んだら、しろが悲しむのよ。ったく、るなに2度も無理させるなんて……貸し1よ、貸し1」

 

「光ちゃん……」

 

“反射”の魔法少女、閃魅光。『色欲』の魔法まで弾き返せるのか…。いや、本来の自分の限界を超えて、無理して攻撃を防いだというのが正しいか。何にせよ、また彼女に助けられたな。

 

「また1人、潰されにきたのね。でも残念。私は、貴方達の数が増えれば増えるほど、魔力量も、戦闘力も、数倍、数十倍に跳ね上がっていくのよ」

 

「あんたの性質は聞いてるわよ。男に弱いんでしょ? だから、助っ人は呼んでおいたわ」

 

「……?」

 

「後ろがガラ空きだぞ! 『色欲』!!」

 

『色欲』の後方に、人影が見える。

まさか、光が呼んだ助っ人というのは……。

 

「魔王の置き土産、というやつかしら…?」

 

「不本意だけど、そういうことみたいだ」

 

「辰樹…」

 

魔王が死んだから、てっきり辰樹の体にあった魔力は消滅したものだと思っていたけど……どうやらそうじゃなかったらしい。

辰樹の体内には、魔王が持っていた分と同等の魔力が残っているように見える。

 

「わけわかんなかったよ。いきなり意識失って、気がついたらいつの間にか時間が滅茶苦茶経ってて……。でもさ、最後に俺の中にいたあいつが言ったんだ。『俺の力の全てを貸してやる。だからその力を使って、クロを守れ』ってさ」

 

どうやら魔王の奴、ただでは死ななかったらしい。まさか、魔力の全てを辰樹に残しておいたとは。あいつのことだから、そんなことも当然のようにできそうではあるけど。

 

「ちょっと悔しいよ。俺の力じゃ、クロを……好きな人を守ることすらできないんだなって。でも、せっかく手に入れた力だ。利用できるもんは利用させてもらう」

 

辰樹は剣をもって、『色欲』に相対する。

 

………『色欲』は辰樹と光に任せて、とりあえず、俺と櫻は、束の方をどうにかした方がいいかもしれない。洗脳なのか、それとも別の何かなのか。それを探るとこから始めよう。



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Memory148

辰樹と『色欲』の実力は、互角。しかし、『色欲』には、切り札があった。

『魔壊』。男性に対してのみ有効で、対象の体内の魔力を完全に破壊し尽くし、2度と戦えない体にしてしまう、男殺しの奥義が。

 

「ふふっ!」

 

だからこそ、『色欲』は不敵に笑う。彼女の心には、常に余裕があった。

 

「“グランドポスト”」

 

辰樹は『色欲』の足場を破壊し、壊れた足場の欠片を『色欲』に向けてぶつける。

足場が崩れたことにより、体勢を崩してしまった『色欲』は、足場の破片への対処も加わったことにより、辰樹の次の攻撃に対して、対応し切ることができない。

 

その様子を見て、辰樹は勢いのままに、『色欲』を攻めるが……。

 

「甘いわよ!」

 

しかし、『色欲』はすでに体勢を取り戻しており、辰樹の攻撃を避け、そのままカウンターをお見舞いしていた。

 

「クソ……」

 

「魔王の力、使いこなせていないんじゃな〜い? まだまだひよっこみたいね」

 

「ああ、そうだな。俺は、貰い物の力すら、まともに扱えないのかもしれない。だから……言っただろ、利用できるもんは何でも利用してやるって」

 

辰樹は懐から『魔銃』を取り出し、その銃口を『色欲』に向けて放つ。

 

「こんな程度のもので…」

 

しかし、辰樹のそれはあくまでブラフ。本命は…。

 

「光!!!!」

 

「あんたに呼ばせる名前はないわよ!」

 

瞬間、銃声が鳴り響き、『色欲』の背中に対して大量の銃弾が打ち込まれる。

一発二発どころではなかった。何十発、何百発と『色欲』へと打ち込まれる。一発一発は大したことがなくても、束になればそれなりの威力にはなる。

 

「なっ………があ“あ”あ“! 何なのよこれ! 痛いわね……!」

 

『色欲』はとっさに振り返り、衝撃波で大量の銃弾を薙ぎ払う、が、ダメージは確実に負っていた。

 

「『魔銃・マシンガンモデル』ってやつよ。私だって、“反射”一本で戦っていけるとは思ってないわ」

 

「面倒ね……」

 

辰樹の戦闘能力は、魔王の置き土産によって底上げされている。それにより、『色欲』との戦闘を可能にしているわけだが、それだけにとらわれてしまえば、今回のように『魔銃』による攻撃を喰らってしまう。

 

辰樹の戦闘能力と、『魔銃』。いずれかを失わせれば、『色欲』はもっと優位に立ち回れたはずだ。だとすれば、次に『色欲』が取る行動は………。

 

「せっかくの戦闘だけれど、早めに終わらしてあげるわ!」

 

辰樹に『魔壊』を打ち込むこと。そうすれば、魔王の残した魔力は、辰樹から失われ、辰樹の戦闘能力はガタ落ちする。

 

「来い!」

 

辰樹は武器を構え、『色欲』に対して応戦する。

 

が、『色欲』は辰樹が武器を振るうのにも構わず、辰樹に急接近する。

 

「捉えたわ! もう終わりよ『魔壊』!!」

 

そして、辰樹に『魔壊』をお見舞いした。

 

『魔壊』を食らったものは、魔力を失わせ、2度と戦えない体へと変容させられてしまう。

 

「残念ね、せっかく力を授かったというのに」

 

「……そうだな。残念だよ。俺の力だけじゃ、倒しきれなさそうだったから」

 

しかし、辰樹は『魔壊』を食らってもなお、狼狽えることはなかった。

 

否、そもそも辰樹は、『魔壊』という攻撃を、受けていないのだから。

 

「な……に…体が、おかし……」

 

「上手く決まって良かったわ」

 

「どう………いう……」

 

「私の魔法は“反射”。相手の魔法を跳ね返すことができる。それを使って、貴女に『魔壊』を送り返してあげたのよ」

 

「そんなはず……ないわ……。『魔壊』が、私に効くはず……」

 

「言ったでしょ。“()()()()()()()()()()()()()()()()()。私は”反射“に、”反転“の作用を加えたの。その魔法の性質を逆転させるっていうね」

 

そうなると、男に対する効果から、女に対する効果へと『魔壊』を“反転”させ、『色欲』に対して有効な攻撃手段にしてから、『色欲』に“反射”することにより、『色欲』は2度と魔力を扱えない体にされることになる。

 

「ま、厳密には“反転”も“反射”の応用の範囲内でしかないんだけどね」

 

辰樹と光対『色欲』の戦いは、光の“反射”魔法によって、辰樹達の勝利となった。

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

「束ちゃん! お願い! 正気に戻って!」

 

櫻が必死に訴えかけるも、束は虚な目をしたまま、こちらを攻撃し続けるだけだった。

ミリューが何かしたのは明らかだ。が、具体的に何をどうされたのかがわからないせいで、対処のしようがない。とりあえず、シロが洗脳された時のように、一度戦闘不能に追い込んでから考えるしかないのかもしれない。

 

「………………」

 

…厄介なのは、束の周囲に存在する、死体人形だろう。こいつらがいるせいで、束の元に行きたくても辿り着けない。

 

死体人形を操っているのは束だ。だから、束さえ叩けば、死体人形も動きを止めるはず。

 

「櫻、“ブラックホール”で束の背後に回るから、その間、束と死体人形の意識をひいてて欲しい。いける?」

 

「わかった!」

 

“ブラックホール”経由なら、死体人形をフル無視して束の背後に回ることができる。今現状を打開するなら、この方法が一番良いだろう。辰樹達の方がどうなっているのか、今は状況を伺えるだけの余裕はない。そんなに距離こそ離れていないはずではあるが、それでも死体人形に囲まれているせいか、周囲の様子を伺うのが困難になっている。

 

「“ブラックホール”!!」

 

櫻が死体人形達の相手をしている間に、“ブラックホール”内に入り込んだ俺は、そのまま束の背後に“ホワイトホール”を出現させて、移動しようとする、が……。

 

「ガンマ…?」

 

俺の前に立ち塞がったのは、カナ達と同様に、人造の魔法少女であるガンマだった。

 

「…………」

 

ガンマは別に物静かな性格をしているわけではないが、俺の目の前にいるガンマは一言も発さず、目は虚で、まるで束が今そうなっている状況とそっくりだった。つまり、ガンマもミリューによって何かされたと解釈するのが正しいんだろう。やはり洗脳や支配の類だろうか。とにかく、ガンマも敵に回るというなら少々厄介だ。

 

ガンマは俺の戦闘データを学習しているらしく、“ブラックホール”や“ホワイトホール”は当然コピーされてるし、他の魔法だってある程度は使いこなせるはずだ。加えて、来夏の戦闘データも学習しているようなので、雷属性の魔法もある程度は扱えるはず……。

 

といっても、怪人強化剤(ファントムグレーダー)を大量に摂取した今の俺なら、勝てない相手ではないはずだ。

 

俺は大鎌を手に持ち、ガンマと向き合う。ガンマの方は、何も武器を持たず、ただぼーっと俺を見つめているだけで、何もしてくる様子はない。

 

………無視しても良いのだろうか。

 

「向かってくる様子もない……。ならまあ、とりあえずは良いかな」

 

俺は束の背後に”ホワイトホール“を出現させる。

 

……ここまで来ても、ガンマは何もしてこないみたいだ。

 

「よし、行くか」

 

俺はそのまま“ホワイトホール”から束の背後へと出ていき、彼女の背中を『還元の大鎌』で攻撃する。

 

「……」

 

束は一言も発することはなく、そのまま地面へと倒れ込む。と同時に、死体人形達も、まるで地面へと溶けるようにして消えていく。

 

……不意打ちは成功した。けど、束どころか、ガンマの様子までおかしいと来た。だとすれば、他の皆も……。

 

「クロちゃん! 後ろ!!」

 

考え事をしていると、櫻がそう叫んだので、咄嗟に後ろを振り向く……が。

 

「あ……ぐっ……」

 

体中に電撃が走り、身動きが取れなくなってしまう。

段々と意識も朦朧としてきて、気絶する寸前で、俺は……。

 

虚な目をしながら俺に雷撃を浴びせた、来夏の姿を最後に見た。

 



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Memory149

「ん……あれ、ここ……は……」

 

確か、束への不意打ちが成功して、それで……。

 

そうか、来夏に、やられたんだ。

 

「クロ、良かった。目が覚めたんだな」

 

「辰樹………これ、どういう状況…?」

 

「……多分、かなりまずい。ここにいる俺達以外は、皆ぼーっとした状態で…」

 

「みんな、おかしくされた。おかしくなってないのは、ここにいるわたしたちだけ」

 

「カナ、いつのまに…」

 

束もガンマも来夏も、様子がおかしかった。束がミリューに何かされたのと同様に、2人もミリューに何かしら施された結果ああなったと考えるのが自然だろう。魔法省の大臣に会いに行った時、ミリューだけ何故か俺達と戦おうとしなかったのは、来夏達に何かしに行ってたからなのかもしれない。

 

「ミリューってやつのせいですよ! ミリューってやつが皆に命令したら、皆一斉に私とメナちゃんのことを襲ってきて……」

 

「一斉に一斉に。怖かった……」

 

「何かされる前に助けられて良かった。もしちょっとでも遅れてたら……」

 

「たらればの話をしてもしょうがないですよ! 先輩のおかげで私達は今ここにいるんですから!」

 

どうやら真野尾美鈴と龍宮メナも櫻によって助けられてここにいるらしい。他にも先ほど『色欲』の相手をしていた光もいるらしい。そして、一番気になるのは…。

 

「シロ……」

 

シロが、この場にいることだ。結局俺は、シロと向き合うことができないまま、今この場にいる。

全部終わらせてから、話すって。結局、今この状況を打開できない時点で、そんなこと誓う資格なんて、なかったのかもしれない。でも、全部終わらせてからじゃないと、やっぱり俺は、シロと本当の意味で向き合うことができる気がしない。だから結局、俺とシロの関係は、特に進展しないままだ。

 

「クロ、私がいるのがそんなに変?」

 

「別にそんなことないけど」

 

「私はアストリッドを囮にして逃げてきた。カナって子はついでに拾ってきただけ。それで、ミリューが言うには、櫻とクロだけは、魂の性質上弄れないらしくて、来夏達みたいにはならないって。それが今の状況」

 

「……てことは、来夏達はミリューに魂をイジられたことで、あんな状態になったってこと?」

 

「……そうだけど」

 

……受け答えをしてくれるのはありがたいんだけど、なんだかシロ、怒ってるような気がする。どこかぶっきらぼうというか……。やっぱり、ちゃんと向き合ってないから、拗ねられてるんだろうか。

 

「ちょっとクロ。あんたしろに言うことあるんじゃない? ほら、謝んなさいよ!」

 

「るな、黙ってて」

 

「でも……」

 

「るなが話に入ってくると面倒くさくなるから」

 

……やっぱり怒ってるのかな。

 

「シロ、怒ってる?」

 

「別に。ただ、もういい。別に、クロが隠したいなら、好きにすればいい。魂の性質がどうこうとか、そんなこと、知らなかった。ずっと一緒にいても、隠し事ばっかりだったし。でも、クロが隠したいことだったんなら、仕方ない。別に、気にしてない。どうでもいいから」

 

めっちゃ気にしてそう……。というかやっぱり拗ねてるよね?

 

「と、とにかく作戦会議だ。来夏達が敵に回るとなったら、今の俺達の戦力だと心許ない。だから、どうするか話し合う」

 

「さくらとクロは、ミリューのあいてをしてほしいかも。わたしもラカやナヤたちのかたきをうちたい。でも、らいかたちみたいになってもこまるから」

 

「多分だけど、主戦力は、美鈴ちゃん達になると思う。美鈴ちゃんとメナちゃんが融合して戦えば、多分、一騎打ちでは誰にも負けないと思うから。それに、魂の性質上私やクロちゃんに手を出せないって言う話なら、きっと融合した美鈴ちゃん達にも干渉できないと思う」

 

「確かに。マドシュターになっちゃえばミリュー相手でも戦えるし、なんなら複数相手でも戦えそう……」

 

「ちょっと待ってください! マドシュターって何ですか?」

 

………ってそっか。マドシュターって俺が長いから勝手にまとめとけってやってただけだった。

 

「魔法少女マジカルドラフトシュールスターの略称というか」

 

「「魔法少女マジカルドラゴンシュートスターです!!(だ!!) 2度と間違わないで!!(間違うな間違うな!!)」」

 

「あはは、息ぴったりだね」

 

「それならとりあえず、マドシュターにミリューの相手をしてもらって、俺達は来夏達の相手を。様子を見ながら、櫻かクロがマドシュターのカバーに入るって感じでいいんじゃないか?」

 

「ちょっとちょっと! マドシュターって何ですか!? 魔法少女マジカルドラゴンシュートスターです!」

 

「だって長いし……。それに、クロがマドシュターって言ってるんだからそれでいいだろ」

 

「バカップルめ…!」

 

「いやいや付き合ってないからね?」

 

いつの間にかカップリングされててびっくりしたんだけど……。いや、ちゃんと告白は断ったし、そのつもりなんて微塵もないんで。はい。辰樹のこと嫌いってわけではないんだけどね…。

 

「俺とクロって、やっぱりカップルに見えるのか…? そ、そっか……」

 

「見えません!!」

 

やっぱりってなんだやっぱりって! 普段から思ってたのか? というか、魔王もアレだったけど、辰樹も大概な気がしてきた。

 

「そんなどうでもいい茶番をするために集まったわけじゃないでしょ。話がまとまったなら、私はもう行きたい」

 

シロがそう言葉を発したことにより、とりあえず俺と辰樹を謎にカップリングするノリを回避することができた。まあ実際、どうでもいい雑談をしているうちに、今の間にもミリューが他の人間を来夏達のようにしている可能性がないとは言い切れない。それを考慮すれば、行動は早い方がいいかもしれない。

 

「よし、それじゃ早速…」

 

俺が言葉を発した瞬間、ドスンッと、ものすごい衝撃と共に、俺たちのいる部屋の壁が破壊される音がする。

 

「誰だ!?」

 

「皆構えて!」

 

壁に大穴が開き、外から誰かが入ってくる。壁に穴を開けたのは……。

 

「朝霧……去夏……」

 

来夏の姉、朝霧去夏だ。彼女の後方には、ミリューの姿もあった。

 

「感謝してるよ。敗北をきっかけに、色々と自分を見つめ直すことができてさ。そしたら、こんなことができるって気付いたんだ。他人の魂の掌握ってやつ。最初っからこうすれば良かったんだよ。こうしてしまえば、あとは私の干渉が効かない人間を始末していけばいいだけ。だからさ、殺しにきたよ。だから、大人しく死んでね。百山櫻。そして、クロ」

 

ミリューの襲撃を受け、各々が武器を構え、戦闘体制を整える。

 

「おらおらおらー!! 突撃!!!!!!」

 

約1名、いや、厳密には2名。先走ってミリューに攻撃するも、朝霧去夏によって止められる。

 

突っ走ったのは、いつの間にか融合していた美鈴とメナ、すなわちマドシュターちゃんだ。

 

「今の一撃を防ぐとは、中々やる…! しかし、最強はこの私!! 魔法少女マジカルドラゴンシュートスターだ!! 最強最強!!!!」

 

「うるさい子が来たね。でも、人数を減らしちゃっていいのかな? こっちの数は、1や2じゃないんだから、さ」

 

ミリューの後方から、茜や束、来夏達がゾロゾロとやってくる。

皆、今やミリューに魂を掌握されて、操られてしまっているようだ。

 

かなりの数の人達が、ミリューに掌握されてしまっている。

顔馴染みのある魔法少女から、何の戦闘能力のない一般人までもが、全てミリューによって。

 

「こんな………ひどい……」

 

「この状況を作りたくないなら、私を殺しとくべきだったと思うよ、櫻」

 

「そんなの……」

 

ああ、そうだな。俺も、ちょっと前までだったら、そう考えてただろう。けど……。

 

「櫻、そうはさせない、でしょ?」

 

その選択が間違ってたなんて、言わせない。絶対に。

 

「うん。そうだね。私達で………この状況を、止める」

 



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Memory150

「鬼龍術・龍力爆発(ドラゴナイトボンバー)!!」

 

マドシュターの勢いは止まらない。その猛攻は凄まじく、ミリューに反撃の隙を与えることさえ許さない。

現状、ミリューは自身の魂を操作する魔法によって去夏と来夏の2人と共にマドシュターと対峙しているが、それでも尚、マドシュターを止めることはできなかった。

 

去夏の攻撃は片手で弾き、来夏の雷属性の魔法は素の耐久力を持ってして耐え、空いている手でミリューを追い詰める。人質として一般人を使おうにも、その隙すら与えさせず、勝負は一方的だった。

 

「こーさん推奨! 降参! 降参!」

 

「クソガキが………舐めやがって」

 

あまりの余裕のなさからか、ミリューの口調も荒れてくる。控えには櫻がいる、そのことも、ミリューを苛立たせる要因の一つとして働いていた。

 

「他に割いている戦力をこっちに割いた方がいいのかもなぁ。はぁ……イライラする」

 

「いくら数が増えようと、私は負けないぞ! 負けない負けない!!」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

クロは3人組の魔法少女や千夏の相手を。櫻はミリューがどこからか仕入れてきた魔族、確かホークとかクロコだとか、そんな名前だった気がする。の相手をしていて、るなは魔衣の相手。私はフリーだ。

 

………正直、ミリューにいいようにされてる状況は、好ましくない。でも、やっぱりやる気にならない。

どうせ何とかなるだろうって気持ちもある。ミリューはどこか爪が甘い。確かに、やってることはアストリッド達よりも強力だけど、正直、アストリッドやルサールカの方がよっぽど脅威に感じてしまう。

 

いや、これは言い訳、かも。

 

私はどうにも、今この状況が気に食わないのだ。

私に何もかも隠しておいて、私にろくに向き合うこともせずに、のらりくらりと、いい加減に逃げてきた癖して、平気な顔して、私と接する、クロのことが。気に食わない。

 

どうせ、私のことなんてどうでもいいくせに。

どうせ、私と過ごした日々だって忘れてるんだろう。逃げ出した私に、そんなこと言う資格がないのも分かってる。けど、そう思ってしまうのは、仕方ない。だって、考えないようにしたって、どうしても頭に浮かんでしまうんだから。

 

「あれぇ? 戦わないの?」

 

ひどく甲高く、耳障りな声が聞こえてくる。こんな状況下で、私に話しかける余裕のある奴がいたのかと驚愕する。とにかく、私に声をかけてきた、おそらく女性であろうその者の方を見てみる。

 

「何?」

 

知らない顔。多分魔族。ミリューの差し金か、にしてはここで戦わないのはおかしい。組織の魔族か? いや、こんな顔知らない。私が去った後に組織に属した魔族なのかもしれないが……。

 

「いや、お友達皆戦ってるのに、キミは戦わないのかなぁって。ほら、クロも戦ってるよ? 一緒に戦おうよぉ。姉妹仲良く、だよ?」

 

「目的は何?」

 

「そんなに警戒しないでも、私は楽しいことが起きて欲しいなって思ってるだけ。まあでも、確かに性格は腐ってるし、人によってはクズって呼ぶかもしれないけど、その自覚はあるし、人間界に来てる魔族の中じゃ、私はまともな部類だと思うよぉ?」

 

「目的を聞いてる」

 

お前の性格なんて聞いてない。

 

「言ったよ。楽しいことが起きることを待ってるの。私はどこにも所属してないしね。ルールー……ルサールカとは個人的に交流あるけど、それだけだし。私自身は楽しいことが起きれば何でもいいからさ」

 

楽しいことが起きれば、何でもいいって思ってるタイプ。他者を踏みにじろうが、それが面白ければ、許容できる。そういうタイプ。

 

「敵ってことはわかった」

 

「おっ、あったりー! 私は今から楽しいことのために、キミと敵対するような行動を取る予定だよー」

 

「『絶対零度』」

 

私は、アストリッドに眷属にされて、そこで掴んだ。

自身の力の根源を、潜在能力を。

 

だから、簡単に捻り潰せる。

 

もう、疲れた。

 

心が凍てついてく。

 

理想を追いかける櫻も、私を無視して突っ走るクロも、くだらない。

 

もういいや。

 

「ちょっとちょっと、いきなり不意打ち? よくないよそういうの。めっ! だよ?」

 

「『絶対零度』から抜け出せたんだ」

 

実力は並の魔族以上。要警戒対象か。面倒臭い。

 

「せめて自己紹介くらいしようよー! 私はミルキー! 楽しいこと大好きな明るい魔族だよん」

 

「シロ。『絶対零度』」

 

とりあえず凍結させておく。容赦はしない。

 

「いやね。本当はこのタイミングで干渉するつもりじゃなかったんだよね。私もルールーも。でも、このタイミングでお祭りするべきだと思ったんだ」

 

…………避けられた? いや、私は確かに彼女に『絶対零度』を……。

 

「始まるよ。お祭りが」

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

マドシュターの体を、鋭利な剣先が突き破る。

今までマドシュター優位に進んでいた戦闘は、背後からの不意打ちによって、終了した。

 

「さあ、愉しいこと、はじめましょう?」

 

潜んでいたのは、ルサールカ。彼女の頭上には、大量の怪人と思われる物体が浮遊している。

 

大規模侵攻の、幕開けである。

 

ミリューによって、大多数の魔法少女が支配され、動けるものもごく少数という絶望的な状況の中。

 

最悪のタイミングで、戦いの火蓋は切られることになる。

 

「ルサールカァァァァァァ!!」

 

魔王の力を手に入れた少年、辰樹はルサールカの登場を受け、一目散に彼女へと攻撃を仕掛ける。だが、大量の怪人達が、彼の歩みを止めてしまう。

 

「戦闘は好みじゃないのよ。でも、私は愉しみたいの。どこまでも、いつまでも。だから、精々足掻いて頂戴。惨めに、惨たらしく。それでいて、美しく」

 

 

 

 

 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 

 

 

 

 

「魔法少女マジカルドラゴンシュートスターは戦闘不能に陥った。絶望的な状況だねぇ……。でも、なんかキミ、物足りないなぁ」

 

「…………最悪の状況だとは思ってる。けど、私がやることは変わらない」

 

「やっぱり、楽しむならこうか」

 

禍々しく、歪んだ黒色を纏った槍を持って、私に向ける、ミルキーという魔族。

魔封じの槍。全ての防御魔法を無効化する性質を持ってる。つまり、槍を用いた攻撃は、全て回避必須の攻撃になる。

 

魔封じの性質上、体にくらえばそれだけで魔力を持つものには有毒。

 

「キミの命を奪おう。その方が楽しい」

 

ミルキーが武器を振るう。軌道は読みやすい。素人、というよりも、ただ純粋に、自身が思うがままに武器を振り翳しているだけのように見える。

 

………幼稚だ。だから、読みやすい。

 

これなら、避けるのはさほど難しくない。

 

「“視線誘導”」

 

「っ」

 

私の視線が、戦闘において全く必要のない位置へと、まるでそこに導かれるように、()()()

 

「『絶対零度』!!」

 

「“思考誘導”」

 

違和感……。さっきから、『絶対零度』を打っていて、確かに当てたはずなのに、ミルキーには傷ひとつついていなかった。その原因は……。

 

「『()』属性の、魔法……」

 

再びミルキーが武器を振るう。“視線誘導”に気をつけないと。見ずに攻撃の軌道を読め。相手の攻撃は幼稚。大丈夫。避けるのが容易なことには変わりない。だから……。

 

「シロ!!!!」

 

私の体が、突然何者かによって突き飛ばされる。突然のことだったので、私は思わずバランスを崩し、受け身も取れずに地面へと転んでしまう。

 

一体何事なんだと、私の体を突き飛ばしたのは誰だと、顔を上げる。

 

「あ……え……?」

 

私の目の前には、()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()

 

「せっかく“思考誘導”してたのに。防がれちゃった。クロにこれは勿体無いよなぁ。でもいっか。これはこれで楽しそうだし」

 

私は、知らないうちに“思考誘導”されてたんだ。もし、クロが私を突き飛ばさなかったら、私は今頃……。

 

「なんで……クロ……」

 

支配された魔法少女達との戦いが終わったわけでもない。わざわざ、彼女達を振り切ってまで、私のところに、来て……。何で、何で……。

 

「シロは………大事な………()()()()()()()()……妹、だから……」

 

「あ……ああ!!!」

 

私は、なんて勘違いをしてたんだろう。

私のことがどうでもいいから、向き合ってこなかったんじゃない。

 

私のことが大事だから、だから、中途半端な気持ちで、生半可な気持ちで、向き合いたくなかっただけだったんだ。私と、どう接すればいいか、きっととても悩んだんだろう。悩んだ末に、結論を出せなくて、でも、だからって、いい加減な回答で済ませたくなくて、結果的に、後回しになってしまっていただけなのだろう。

 

「ごめん……シロ。色々あって……。正直、シロのこと、ちゃんと、考えられて……なかった」

 

私のこと、どうでもよかったなんて、そんなわけない。だったら何で、私を見捨てて組織から逃げ出さなかった。

私のことがどうでもよかったなら、とっくの昔に、私は、組織に買い潰されて終わってたのに。

 

「クロ……ごめん……なさい…‥。私は……」

 

「感動のところ悪いけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

させない。させてたまるか。私が、私が!!

 

「“思考誘導”」

 

でも、ダメだ。私は、さっきと同じ。

この『心』属性の魔法に対抗できない。

 

私が、守らないと駄目なのに。

 

「大丈夫。()()()()()()

 

「あ………」

 

ミルキーの攻撃は、櫻が、防いでくれた。

 

私じゃ、何も……。

 

「真白ちゃん。ごめん。力を貸してくれる? 私1人じゃ、この状況、打開できそうにないから」

 

………まだ、隠し事、聞けてない。

今ここで、クロに死なれたら、困る。だから……。

 

「何、すればいい?」

 

「一緒に、戦って欲しい」

 

櫻は、私の手に触れる。

 

この状況で、手を…?

 

「真白ちゃんの魂、借りるね。魂融合(ソウル・リ・ユナイト)

 

私の体が、光に包まれる。眩しい。

 

私も、クロも、きっと、あんまり精神が強くないんだと思う。

 

いや、違う。

良くも悪くも、普通の人間なんだ。

組織の人間だとか、魔法少女だとか、そんなの、ない。

 

どうしても、空回りしちゃう。

 

どうしようもなく、何もかも投げ捨てたくなる。

 

 

 

 

知った気になってた。全部。でも、知らないことばかり。自分のことさえ、理解できてない。だから。

 

「真白ちゃん。行くよ」

『これ、どういうやつ?』

 

「魂の融合、みたいなんだけど……こう、一緒に戦おう! って感じ!」

『櫻、説明になってない』

 

時間がかかってもいい。いつか全て話してくれるようになるまで。

自分への理解だって、ままならないんだから。

 

「と、とにかく行くよ! 真白ちゃん!」

『2人なら、“誘導”もどうにかなると思う。さっきみたいには行かない』

 

戦う理由はできた。もう、迷わないとは言わない。

でも、絶望するのはもうやめよう。私はもう、子供じゃいられない。



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Memory151

状況は変わっていない。魔法少女達は皆支配され、大規模侵攻も開始した。絶望的な状況。だが、白く美しく、それでいて、華やかで可憐な桃色の魔法少女は、絶望なんて、まるでどこにも存在しないとでも主張するかのように、明るく煌めいていた。

 

「ルールーも興味津々だったよ。キミの()()。ルールーは結構プライド高いからさ、何でもわかってるフリする癖あるんだけど、そんなルールーでも正直に分からないって答えるくらいには、キミの存在は不可解なんだよ。百山櫻」

 

「私には、詳しいことはわからないけど……でも、私の力が、皆のために使えるなら……私はそれでいい」

 

「私達とは視点が違うよね。キミは状況を打開するのに必死で、自分の特殊性に目を向けられてない。そりゃ私達は好きなように生きてるからさ、好きなようにモルモットを観察して、好きなように自分の知的好奇心を満たすだけなんだけど」

 

『櫻』

「うん。わかってる。後ろ!!」

 

「………へぇ……」

 

ミルキーが行ったのは、“思考誘導”による話しながら背後に回ることによる不意打ち。“思考誘導”によって櫻にはミルキーの動向は認識されない。そのため、櫻の視点ではミルキーはその場で立ち止まって会話を続けているように見える。はずだった。

 

だが、櫻は気づいていた。ミルキーが背後に回っていたことも、自身に“思考誘導”の魔法がかけられ、認識をずらされていることも。

 

『心属性の魔法は、精神に干渉する以上、どうしても曖昧なものになる。だから、基本的には特定の範囲内に魔法を発動させる形になる。けど……』

「私やクロちゃんが真白ちゃんを庇った時、私達には“思考誘導”の魔法がかかってなかった」

 

「……なるほどなぁ」

 

「私は……私()は1人じゃない」

『2人で、戦ってるから』

 

つまり、ミルキーの扱う心属性の魔法は、一度に複数人を対象にしてかけることが不可能であるということ。効果があるのは、一つの範囲内につき1人だけ。つまり、魂融合によって、櫻とシロの2人の魂が内在している状態では、櫻かシロ、どちらか片方にしか魔法の効果は乗らない。仮に片方が“思考誘導”によって誤った認識をしていても、もう片方の“思考誘導”にかけられていない方が正しい情報を共有すればいい。

 

「でもさ、どっちが正しいかなんて分からないよねぇ!!」

 

ミルキーは再び、“思考誘導”をしかけながら攻撃を開始する。当然、片方には“思考誘導”の魔法がかかっていない。だが、櫻とシロ、どちらが“思考誘導”をかけられていないのか、本人達にはその自覚が得られない。先程はあからさまにミルキーが不意打ちを狙っていたため、おそらく櫻が“思考誘導”にかけられていたのだろうということはわかった。だが、今回は……。

 

「これは……」

 

櫻視点では右から、シロ視点では左から、ミルキーは攻撃を仕掛けに来ているように見える。

 

『櫻、今度は左から………』

 

「大外れぇ!!!!」

 

シロの言葉を受け、左からの衝撃に備えて武器を構える櫻だったが、今回“思考誘導”にかけられていたのは、櫻ではなく、シロの方だった。そのせいで、櫻はミルキーの攻撃をくらってしまう。

 

「いっ…!」

『櫻! ごめん……私が……』

「私が右にも注意を払っておくべきだったかも。………来るよ」

 

“思考誘導”にかけられているかもしれない。そう考えると、どうしても攻めに転ずることができず、櫻はミルキーに一方的に攻撃されることしかできない。

 

『今度は後ろ……けど……』

「私は前。どっちかは間違ってる。けど、どっちかは合ってるはずだから……どっちにも気を配らないと。タイミングだけ、お願い」

 

どちらが“思考誘導”にかかっているか分からない以上、どちらの情報も疎かにはできない。本来2人の魂が融合したことによって大幅強化されたはずが、“思考誘導”のせいで逆に不利に働いてしまっていた。

 

『来た!』

 

櫻はシロの合図を受け、後ろからの攻撃に備える。が、衝撃は来ない。

 

「なら、前!!」

 

急いで振り向き、反撃を試みるが。

 

「“視線誘導”」

 

「なっ……」

 

視線を逸らされる。視覚によって攻撃の軌道を捉えることを拒否されてしまう。

 

「っ…!」

 

結局、“視線誘導”を受けたことによって、櫻は反撃を諦め、すぐに攻撃の回避へと行動を変更した。

 

『厄介すぎる……』

「攻められない…!」

 

「よかったよかった。そうだね。認めよう。キミ()は2人で戦っている。だから、こちらも、2人分に見合うだけの戦闘をしたいと思ってるよ」

 

再びミルキーは攻撃に転じる。休む暇を与える気はないのだろう。

 

ミルキーとの戦闘に関しては、融合したのは間違いだったと言えるかもしれない。。戦闘能力で言えば段違いのものを手にしてはいるが、もし融合していなければ、動ける人数は2人。仮に片方が“思考誘導”にかかっていたとしても、もう片方が動いてミルキーに攻撃を仕掛けることができるためだ。

 

といっても、“思考誘導”によって同士討ちを狙えないこともないので、一長一短なのかもしれないが。

 

「また前から……」

『上!』

 

前なのか、上なのか。

どう頑張ろうと、櫻達には、正解はわからない。わかるのは、全て終わってからだ。

 

「正解は、上でしたぁ!!!!」

 

櫻は後方へと大きく回避し、ダメージを受けることはなかった。だが、櫻側も有効打はない。耐久戦に持ち込もうにも、支配された人々や、怪人達のことも考慮すれば、いつまでもミルキーを相手し続けるのも難しいだろう。

 

「このままじゃ……」

『櫻、()()()()

「…? それってどういう………」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「そんなこと、できるの?」

『できる。……たぶん』

「わかった。やってみる」

 

魂変化(ソウルスワップ)!!」

 

櫻とシロの主導権が、入れ替わる。

 

『で、できた!』

「ここからは、私の(ターン)

 

「本当に入れ替わったの?」

 

「お前には関係ない」

 

ミルキーはその光景を、興味深そうに観察する。彼女にとって、櫻は観察対象であり、自身の楽しみ、娯楽なのだ。

 

「やっぱり、百山櫻とシロの相性は最高、か」

 

「……何?」

 

「いや? こっちの話。ま、別に話してもいいんだけどね。キミらについて」

 

「興味な……」

『私達のこと………?』

 

シロはミルキーの言葉を一蹴しようとするが、それと対称的に、櫻はミルキーの発言に興味を示す。

 

「そう。組織がなぜ、シロ、白川千鶴という人間を攫ったのか」

 

「白川千鶴?」

 

「キミの本当の名だよ。キミと蒼井八重に血縁関係があるのは知ってるでしょ?」

 

『八重ちゃんが言うには、そうらしいけど……』

 

「まあ、元々キミは攫われてきた人間なんだよ。でも、何故キミだったのか。結論から言うと、ルールーがキミを選んだから、なんだけどね」

 

「話が長い」

 

「ごめんごめん。誰かと言葉を交わすのって、意外と楽しいものだから。ま、言っちゃうとさ、ルールーは最初から目つけてたらしいの。百山櫻って子に。んで、その百山櫻と最も相性の良い人間を探して見つかったのが、シロ、キミだったってわけだ」

 

「櫻に目をつけてたなら、櫻を攫うはず。適当なこと言って、私達に負けるのがそんなに怖い?」

『真白ちゃん、結構強気なんだね』

 

「私もそう言ったんだけど、ルールーが言うにはそれだと百山櫻の可能性を潰しちゃうんだと。よくわからないよね。ま、雑談に興じるのはこのくらいにしようか」

 

「…つまらない話だった」

『……私がそんなに目をつけられてたってことにびっくりしたけど……でも、やることは変わらないから』

 

「2人とも、座学より実技の方がお好みみたいだね」

 

ミルキーとシロ達は、再び武器を構える。

第二回戦が、始まった。




ということで、櫻と一番相性がいいのはシロです。ちなみに一番相性が悪いのはクロです。


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