出席番号5番、神楽ひかり (瑞華)
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#01 舞台少女、神楽ひかり

 「スタァライト」

 それは星の光に導かれる女神達の物語

 ぶつかり、いさかい、すれ違いながらも結ばれていく絆

 だけど引き離され二度と会えなくなってしまう悲しい物語

 その八人の物語はどうしようもなく私達を虜にする

 その八人の歌はどうしようもなく私達を駆り立てる

 行こう

 あの舞台へ

 輝くスタァに

 二人へ

 

 ✦

 

 2018年5月18日の金曜日、今日は私が日直

 日直の日課は一番に登校してレッスン室の鍵をあける事から始まる。故に何時もより30分は早く起きなきゃいけないし、だから普段より目覚ましの止める速度が少しくらい遅くなるのも仕方ない。

「……おはよう」

 何時もそうであるように腰までくる長いサラサラの髪の毛が一晩でめちゃくちゃになったままのまひるは、眠気が覚めるより早く私に挨拶してくれる。私の為の目覚ましに目を覚ましてしまったまひるは、いつもと同じく笑ってくれてる。まだ目には見えないけど。きっとそうよ。毎朝そうだから。

「おはよう……」

 なのに私はまだ布団の中から抜け出せてない。だとしても、目の前がまだクラクラしていても、それに返事もしないわけにはいかないわ。

 言ったって言い訳に聞こえるだろうけど、まだ普段の起床時間じゃないから仕方ないの。まひるにはわるいと思うけど本当に仕方ない。だって我が校の寮は2人室だもん。

 唯二な例外は首席と次席の二人だけに与えられる、1人室をもらえる特典。聖翔音楽学園に入学した直後、新入生気分だった頃にはその為にも天堂や西條さんを倒して首席になるって思ってたけど、それが叶った暁にはもうこうやってルームメイトとベッドの上で目を合わせる事はもう無いのだろう。そんな朝を私は純粋に喜べるのかしら?私の中ではもう答えが出てしまったけど、それでも結論付けたくはない。

 だって舞台少女なら、頂上を目指すべきだもの。

 

 結局今日も横断歩道の前で青信号を二人で待つ様になったね。私とまひるは去年も今年もあんまり変わってないのかも。

「一人でも大丈夫だったのに」

 起きた直後は登校準備で急いでたから言い出せてなかったけど、ようやくお話出来る余裕が出来た私はまひるの方を振り向いた。

「どうせ起きちゃったんだもの。早く起きた分、少しでも練習出来るよ」

「それでも……ごめん、まひる」

「私が好きでやってるんだから、気にしなくても大丈夫だよ」

 貴女は優しいから何時もそう言って付いてくれるけど、御言葉に甘えてなんてにはいけない。これだけじゃない。いつもいつもまひるにはお世話になってる。私だって知ってる。けれどまひると言葉を交わす度に、まひるには甘えたくなるよ。

 

 まひると一緒に登校した私は更衣室で着替えた後、先ずは日直としての責務を果たす為、一番乗りでレッスン室の扉を開いた。

 今日、誰も居ないレッスン室に一番早く入るのはこの私。

「聖翔音楽学園 第99期生 出席番号5番 神楽ひかり、入ります」

 

 聖翔音楽学園 第99期生

 俳優育成課 出席番号5番

 神楽ひかり

 

 そして私は床のど真ん中、ぎっしりと張り付いてるセンター場ミリの前に立つ。

 舞台の中心、ポジションゼロ

 私達舞台少女達が向かう所にあるたった一つの場所

 この瞬間、この場で、もう一と、そこに向かうと私は誓った。

 何はともあれ、これで朝の仕事は終わり。残るのはクラスメート達が集まるまでストレッチでもしてれば良い。

 隣にはまひるも居る。

 「まひる、ストレッチする?」

 「うん!」

 

 聖翔音楽学園 第99期生

 俳優育成課 出席番号17番

 露崎まひる

 

 まひると私は二人でウォーミングアップを始めたの。

 一人よりは二人、私達は体型も似てるし丁度いいくらいのデュエットが組めるし、色んな面でまひるとクラスメートで良かったと思ってる。同時に身体条件が似てるから配役でも競い合うしかない関係でもあるけど。

 良いくらいに体をほぐした頃、廊下に鳴り響く足音が聞こえた。

 私達の次に入って来たのは学級委員長コト星見純那だった。

 

 聖翔音楽学園 第99期生

 俳優育成課 出席番号25番

 星見純那

 

「おはよう」

 純那と視線が合った瞬間、先に挨拶をしたのは私の方。

 前の日直で色々指摘したのまだ覚えてるわ。どう?今日は完璧だってわかって欲しいけど?

 なのに純那の顔をよく見たら可笑しいわ。まるでため息を我慢したようなそぶりだった。

「おはよう、神楽さん。レッスン室の鍵が見当たらなかったんだけど、開いた後には元に戻してくれる?」

「……後でレッスン室出る時に戻しておくつもりだった」

「そう言って、寮まで持って行ったのは何処の誰だったかしら?」

 ……なんて酷い……そんな事言われたらもう何も言えない。それは過ぎた事だし、今日もそうなるって保証は何処にも居ないじゃない。もう何を言っても言い訳にしか受け取らない筈。星見純那……!

「ひかりがちゃんと〜片付けられる日が〜来るなんて〜」

 

 聖翔音楽学園 第99期生

 俳優育成課 出席番号11番

 西條クロディーヌ

 

「今も昔も、ちゃんと片付けられてる」

 急に歌まで歌いながら、私と純那の話に挟んで来るなんて、礼儀が足りないわ、西條クロディーヌ。

 そう思うよね?まひる。

 貴女だけは私の味方してくれる筈。そう信じてまひるの方を振り向いたのに、私のすぐ後ろに居た筈だったまひるは、何処かに消えてた。

「ひかりちゃんたら、まひるちゃんが居なかったら部屋に足一つ入れられる隙間も無くなった筈なのに。ね?」

「そこまで言うとひかりちゃんが可哀想だよ、ばななちゃん」

 

 聖翔音楽学園 第99期生

 俳優育成課 出席番号15番

 大場なな

 

 いつの間に私のまひるを取るなって、泥棒猫は許せないわ。それに泥棒猫を可愛がるまひるも許せない。早く戻ってくれないと、口聞かないから。

「おい香子、靴くらいは自分で片付けろよ。ひかりだってそれくらいはするぞ!」

「そんなわけおらんやろ。あの神楽ひかりやん」

 

 聖翔音楽学園 第99期生

 俳優育成課 出席番号22番

 花柳香子

 

「言ってんなー」

 

 聖翔音楽学園 第99期生

 俳優育成課 出席番号1番

 石動双葉

 

 あっちもこっちも人を前にしてよくも言ってくれるわね。

「おはようございます」

 なのにそんな事はお構いなしで、ひと時の茶番なんぞ目にも耳にも入らないと言ってるような、透き通った声はこの茶番劇を止めた。

 私達をすり抜け、堂々と場ミリの前で歩みを止めた彼女は、誰よりも早く、レッスン室の真ん中へ、ポジションゼロに立った。

 

 聖翔音楽学園 第99期生

 俳優育成課 出席番号18番

 天堂真矢

 

 首席の言葉を合図にして、私達全員は、なんて事の無い女子高生達から舞台少女に、スイッチが入ったの。

 舞台の上で私達は、舞台少女。

 

 ✦

 

 聖翔音楽学園

 ここは100年の歴史を持つ由緒正しい女学校。

 演劇界を担う次の才能を育てる為に創られた。

 俳優育成科のA組は歌・お芝居・ダンス・日本舞踊など、表現力を日々磨き、

 舞台創造科のB組は演出・脚本・衣装・大道具など、舞台を創る専門的な勉強に励んでいる。

 第99期生、私達は舞台に憧れ舞台に生きる事を選んだ……そう、舞台少女。

 私達は同じ舞台を作る仲間。

 同じスタァを目指すライバル。

 

 ✦

 

 今日はなんて言うか、丸く行かない日みたい。

 朝からまひるの助けて貰ったし、純那はなんか気分が悪いようで

冷たいし、私のグラン・フェッテも決まってなかったような感じ。

 よく考えても体の調子は万全、金曜だとしても、一週間の疲れが溜まってるって事はないわ。体の管理も舞台に立つ女優を目指す者として同然やるべき仕事の内だもの。それは自信ある。今日も体重は体重は42.05kgから増減無かった。

 それなのになんと言うか、歯車が合わないような。私は何時もと同じくしている筈なのに、私だけ弾かれたような、私だけ皆んなと違う方を見てるような。

 どうしてなのかよく分からない。皆んな何時もと違わないのに。

 聖翔祭の準備のせい?

 純那から貰った日程表、見直してもまだ遠いのに、皆んなはそう思ってないみたい。

 私だけまだ火が付いてないのかな。スタァライトを演じるチャンスと目の前にして、私がそんなわけ無い。私だけは。

 でも悩んだって結論の出ない問題。仕方ないもの。これにも書いてあるわ。学生の本分は勉強だって。今は午後の授業に集中しよう。

「……ひかりちゃん、ひかりちゃん」

「うん?どうしたの、まひる?」

 机の下から今の教科書を探し出す事に夢中だった私の肩を、まひるから叩いてきた。私は教科書からやっと取り出した英語の教科書を素早く机の上に乗せて、まひるから机の下を指摘される前に、にっこりと笑った。

 それなのにまひるは私の方は見てなかった。まひるの目も指も教室の前の方、黒板の方に向けられた。

「前、前」

「まえ?」

「あの子、ひかりちゃんと一緒に写ってた……」

 急かすまひるに連れて前の方を見た瞬間、私の耳にまひるの声は聞こえなくなちゃった。

 

「愛城華恋といいます、よろしくお願いします」

 

 聖翔音楽学園 第99期生

 俳優育成課 出席番号29番(転入)

 愛城華恋

 

『覚えてる?あの約束の事』

『私は、ううん……私達は絶対二人でスタァになるって』

『覚えてるよ…あの、約束の事』

 

 ✦

 

 愛城華恋

 あの子は私の幼馴染。12年前、私の住んでいた街に引っ越して来た華恋が、私も同じ幼稚園に通う事になった事で仲良しになった。華恋とは幼稚園のバスを待ちながら初めて出会ったの。

 あの頃、特に初めて会った時の華恋はすごく人見知りで内気な子だったって、今のうっすらと覚えてる。最初に私から挨拶した時、華恋は何も言わずお母さんの後ろし隠れてたもん。幼稚園でも先生の隣にぴったりだった。

 でも何時どんな経緯で仲良くなったのか、今になってはもう覚えてないけど、私達はすぐ仲良しになった。幼稚園でも、通う間にも一緒だったから。ひょっとしたら、引っ越して来たのが華恋じゃなくて他の誰だったとしても同じく仲良しの親友になったかも知れない。でも、私にとって大切な記憶はそれじゃない。

 私から誘って一緒に観に行ったスタァライト。私が一緒に行こうって行った時、華恋はあんまり気が向いてなかったけど、私が言うから仕方なく一緒に行ってくれたって、あの頃は知らなかったけど、今なら知ってる。

 ワガママな私と付き合ってくれたのは華恋。そんな華恋だったから私達は一緒になれた。私と華恋だったから1年にも至らない短いあの偶然が、運命になれたんだと、私は思う。

 

 あの日、あの公園で私達は約束してた。

 

「ひかりちゃん…ごめん、ごめんね。やくそく……守れない…」

「泣いちゃダメだよ、華恋」

 

 引っ越してたった数ヶ月、華恋は家の事情でイギリス、ロンドンに行く事になっちゃった。私達はあの「スタァライト」の観客席で一緒にスタァになろうと約束をしてすぐの出来事。

 その約束は、華恋から言い出したもの。何時も手を引っ張るのは私の方が先だったのに。だから華恋は罪悪感を感じた筈。自分のせいで約束を守れないのが、何も出来ないってのが哀しくて仕方なかったんだと思う。そんな華恋を見ているのすら辛かったんだもの。

 だけどあの時の私は、そんな気持ちを受け止められるような大人も、良い子でも無かった。

 

「華恋、泣き虫はスタァになれないよ。スタァが泣くのは舞台の上でだけ」

「でも、でもでも、一人ではスタァライト出来ない。私のせいで……」

 

 5歳の子供でしかなかった私たちにはどうしようも無い事だったけど、私は華恋の涙に罪悪感を感じていたわ。だから怒ってた。子供が言い出した割には、過酷過ぎる言葉を華恋に投げ出したのは、そのせい。

 

「私、決めた!スタァになるまで華恋の所には行かない!帰って来たも会ってあげない!」

「いや、いや!そんなのいや!」

 

 言ってみただけだったの。後の事は考えずに、そんなの守れる訳ないのに、守れる自信もないくせに。

 でも、子供の頃から無駄に自我の強い子供だったのが問題だった。

 

「スタァになるまで、あいにこない?」

「うん、行かない。絶対!」

「私が帰って来てもあわない?」

「うん、会わない」

「電話してもだめ?」

「……だめ……」

「手紙は?手紙も読まない?」

「……」

「返事しなくてもいいから、私が出すだけだから」

「……読む」

 

 折れるプライドだったら、最初からそんな事言うべきでは無かったのにね。でも、私達がそんな風に別れたから、今の私がここに居るのかも。

 

「ありがとう、ひかりちゃん」

「舞台で会おうね、華恋」

「うん!やくそく!」

「違うよ。運命、だよ」

「うんめい?ひかりちゃんとの……運命」

 

 あの日私と華恋は、スタァになって、舞台の上で再会して、一緒にスタァライトを演じると言う約束を、運命に変えたから私は一直線でここまで来れた。

 ロンドン。12年も経つ間に行きたいってねだったら行く事だって出来た筈。だけど華恋との約束が有ったから、父の海外赴任が決まって選択に迫られた時も、私はスタァになる為一人でもここに残るのを選んだ。家族よりも華恋との運命を選んだの。

 それくらい努力したから、ここ、聖翔音楽学園、俳優になろうとする子供達に取って日本最高棒とも言える学校に入ることが出来たんでしょう。

 華恋は私にあの空の上でキラめく運命で、私は何時もそこに向かって走って来た。

 そんな私に、スタァになる前に来てしまったの。

 華恋との再会が。

 

 ✦

 

「王立演劇学院?」

 皆んな華恋がそこに通ってたって話を聞いてはびっくりするようだったの。勿論私は知ってたけど。

 同時に、こんな曖昧な時期にうちの学校に転入なんて出来る事への疑問にも、それなら納得出来るっていう雰囲気も感じ取れた。どうやら、花柳香子だけは王立演劇学院が何かすらもよく分からないそぶりだったけど、大抵の子達はそれだけで華恋の初印象が決まったみたい。

「そんなにすごいんですの?」

「そうよ、演劇界では世界で一番入学する事が難しい所だから」

「なんでそれを神楽が自慢するのかよ」

「幼馴染だから」

 みんなが華恋に質問を押し投げると困っちゃうでしょ?幼馴染として十分有り得る配慮だと思うんだが?石動双葉。

「凄いね、愛城さん」

「いや、そんな事でもないから……」

 まひるはわざとでも華恋に話し掛けてるようだったけど、華恋はまひるの親切が気まずかったのか、そっとまひるから目を逸らした。だってこんなに人に囲まれたらそうよね。

 なんだか、初めて会った時を思い出すね、華恋。

 私だって聞きたい事はいっぱいあるけど、今はこの一言で我慢するね。

「その髪留め、着けてくれたんだ」

「髪留め?」

 王冠の形を取った髪留めに手を当てて、華恋は首を縦に振ってくれたの。

「……そうね」

 私たちが約束したあの日、互いに選んで交換した証。勿論私もしてるよ。貴方が選んでくれた星の髪留め。今はそれだけで十分。

 

 ✦

 

 正直に言って午後の授業は一つも耳に入らなかったよ。華恋の方に気を配りたかったのに、なんで今日みたいな日に日直なんだろう。誰が仕組んだのかしら。

 でも今日は金曜日。今日さえ乗り越えれば、明日には十分に華恋とお話出来る。いや、今晩からでも私の話を聞いて欲しい。私は華恋の12年のことを少しでも知ってるけど、華恋は私の12年を知らないでしょ?今まで手紙一つ出さなかったわたしを知ってもらいたいだなんて、エゴかも知れないけど、それでも知って欲しい。

 

「やっと終わった」

「じゃぁ帰ろ、ひかりちゃん」

 結局まひるは最後の戸締まりまで一緒に着いてくれた。金曜だしちゃんと確認する必要があるから少し多めだったけどね。

「そうね、華恋は?」

「愛城さんなら先にクロちゃんと帰るっぽかったよ?」

「……なんで?」

「えっ?な…なんで?そ、それは…普通に有り得るんじゃないかな……?」

「日直は私なんだけど?」

「ええっ」

 まひるは私の言ってう意味がよく分かってないみたいだけど、今は華恋が先。まずは電話から……

 ……え、なんで?

「私のスマホ、ない」

 確か授業中まではかばんに入れて置いた筈なのに。その後にはかばんから出してもない。いや、そう言えば華恋に番号も聞いてなかったし、LINEも登録してない。ロンドンから帰って来たばっかりだし、そもそもLINEのアカウントすら無いかも。どうしよう……。

「スマホ、失くしたの?」

「教室に置いて来たのかも」

 まひるには何時もの言い訳みたいに答えてしまったけど、多分そうよね?

 華恋ごめん、私だって2018年を生きるただの女子高生だもの。スマホは要るの。それが無いと生活に支障が出ちゃうのよ。

「ちょっと教室戻って確認してくるわ」

「じゃ一緒に行こう、ひかりちゃん。二人で探した方が早いよ」

「いや、それよりまひるは先に帰って華恋の方お願い。まだ何も知らない筈だから荷物で困ってるかも。私達の部屋に案内してあげてね」

「え、そんなに心配しなくてもクロちゃんと一緒だから大丈夫……ええっ!?私達の部屋??」

「まひるだけが頼りだからお願い!」

 私はそのまま廊下を走って教室に戻ったの。早く寮に戻らないと行けないから。

 なのに可笑しい。何処を探しても私のスマホが見当たらない。机の下にも、ロッカーにも。かばんの中は先確認したからなんの意味のないけど、万が一の為にもう一度荷物を全部取り出してみたけど、やっぱり無駄。

 まひるに頼んで私のスマホに電話掛けた方が良かったかな。いや、それより華恋の方にまひるを向かわせるのが先決だった。まひるなら荷物もすぐ片付けてくれる筈だから、3人が暮らす空間も作れるだろうし。華恋が狭くて不便だって思っちゃったら困るし。

 うん、仕方ない。職員室で電話を貸そう。

 何だか具体的には言えないけど、疲れる一日だよ。12年ぶりに再会したのに、まだ話も出来てないし。教室から職員室までのそんなに遠くもない道が長く感じる。

 いや、こんなに遠かった?廊下そ端っこから下の階に降りただけですぐの距離が、何故かまだ届かない。こっちに居たはずの階段を降りるだけで着くはずなのに。

 なのに可笑しいよ。階段じゃなくて、見たことのないエレベーターが見える。

「何、これ……こっちのこんなのあったけ?」

 そう思いながら私はエレベーターのボタンを押しちゃった。

 現代人の、ボタンが有ったら押してしまう習慣が私の手を勝手に動かしたの。

 

 ……あれ?

 

「きゃああああああぁぁぁぁ!!」

 

『第一舞台立坑(333m)』

 

 気が戻った時、私はその得体の知れないエレベーターの入り口丸ごと落下している事に気づいた。

 とんでもない速度で落下してる、このエレベータールームの外から吹荒ぶ風圧の間から聞こえて来る謎の声の存在については、気を遣う余裕すらなかった。

 

『聖翔音楽学園地下劇場』

 

 それではオーディション1日目、「情熱のレヴュー」を始めます。

 トップスタァを目指して、歌って、踊って、奪い合いましょう!

 

 何?オーディション?

 

 レールが居なくなり、エレベーターの外に飛び出された私は、空を飛ぶ。いや、それは見えないドームのようなこの地下空間を飛び降りて、舞台に向かってる観客席の上に落ちた。

 

 ここは一体何処?

 私は何処に落ちたの?

 そんな疑問を持つ前に、私は舞台の上で行われてる光景と当たってしまった。

 

【『闇を裂き燈った激昂が】

【少女たちの渇望を照らす】

 

「これは……スタァライト?」

 

 舞台の上を走り、互いに向かう二人の少女

 二人とも本気に、本当にぶつかってる。

 どうして?

 

「純那?華恋?これは一体?今、何が起こってるの?」

 

 私の両手と両足はこの光景に震えてる。

 その震えは止まらず、全身に広がってる。

 わかった。私の手が震えてる理由。

 わからないけど、多分。

 あの二人と同じ感情よ。

 

「わかります」

 

 先からこの地下空洞全体に鳴り響いた正体不明の声が、今度は私の隣、すぐ近くで残響も無しに明確に聞こえてる。

 なのにどうして、その声は遠く離れたのでもないのに、私の隣で言っているとするには音像が少し上にいるような。私の耳が捕捉した声のする方向、左側から斜め上を振り向いた私は、そのまま固まってしまった。

「き……きりん?」

 目の前に立っているのは間違いなくキリン、アフリカに生息するキリン科キリン属のキリン。キリンと言う単語しか表現する術のない生命体が私の目の前に見えるこの変な光景を、一体どう表現すればいいのだろう。

「レヴューは既に始まっています。神楽───ひかりさん」

 私の名前、知ってる?

 会った事の有る筈のないキリンに、明かした事のない名前を呼ばれるというのは、こんな気持ちなんだね。何とも言えないくらい、自分の感覚が信じられないってのが何より混乱を招く。

 なのに、目の前のキリンは私の感情などはどうでも良いと言うように、ただあそこ、あの下、正体不明の空間の中心に広がった舞台の上だけを見つめてる。最初から最後までこの観客席に一緒に居る私なんかには振り向かない。それは私も同じ。何時の間にか私も、隣の変なキリンではなく、舞台の上の二人を見下ろしてる。何時から?

 学校の地下のキリンより、「二人だけの舞台」の方が私の目を奪うのは何故?楽しいとか凄いとかの意味ではなくて、純粋に幻想的な空間から目を離せない。

「これがレヴュー?ああやってお互いに剣と矢を向ける事が?」

「そう、歌とダンスが織りなす魅惑の舞台。最もキラめくレヴューを見せてくれた方には、トップスタァへの道が開かれるでしょ」

 

【譲れない夢がある】

【守りたい空がある】

【流星を象った矢が】

【追いかけて行くわ】

 

 キリンの言う通り、私は華恋と純那、二人が織りなす舞台に魅惑されてるの。舞台から聞こえる純那の歌声は、私の目と耳を奪うに十分なくらい燃えていて……

 

 

Revue Song 世界を灰にするまで

情熱のレヴュー

R E V U E

 

「あの星のティアラを手に入れて、トップスタァになるのは何方でしょうね?」

 キリンが言った言葉をそのまま受け入れるとしたら、わかる事のできない話。

 先もエレベーターごと落ちてた時微かに聞こえた言葉、なんて言ってたっけ?オーディション?これがオーディションなの?

 一体誰がこんな話を。

「この舞台で、レヴューで勝ったら、トップスタァになれるって話?」

「わかります、あの二人が誰よりも必死に演じているのは、彼女たちが舞台少女だからでしょう」

 その通り。

 勝手に動いてる無数な照明が純那を華恋を照らすと、自分の為に動く舞台装置の中で純那は華恋に向かって弓を引き、華恋は自分に飛びかかる矢から舞台装置をすり抜け何度も剣を振ってる。

 言葉通り、必死に。

 

【遠く小さくなる】

【いつか消えてしまう思い出】

【向かい風にひどく煽られ】

【密かにたてた誓い】

 

「普通の喜び。女の子の楽しみ。全てを焼き尽くし、遙かなキラめきを目指す。それが舞台少女!」

 それが舞台少女?私の知ってる舞台少女は───

 数々の単語が頭の中から跳び爆ぜるその瞬間、初めてキリンが私と目を合わせに来た。

 そして言った。

「あなたも舞台少女ですか?」

 あれが、舞台少女だっていうの?

 華恋は、華恋のあの顔は

 私が見てるのが正しかったら

 華恋はここで負けてしまう。

「あの上掛け」

「落ちればレヴュー終了です」

 雨のように降る純那の矢に遠く弾かれてしまう華恋。こんな光景を私に見せといて、こんな観客席で見てろって言うの?

 「華恋!」

 無理よ!例えここが、クライマックスを迎えた舞台前の観客席だとしてもそんな事出来ない!

「止められませんよ、二人が開けた舞台の幕をは劇が終わるまで閉じる事はない。閉じれるのは、舞台上の二人だけです」

 そう、キリン。貴方の言う通りかも。

 でも!

「さぁ、最後まで見届けると良いでしょう」

「退きなさい!」

 思いっきり叫んだ私は、観客席も、キリンも飛び越えた。

 そうするしかないじゃない。

 私が見届けるだけなんて。

「華恋と約束したのは私よ!」

 私に出来るのはたった一つだけ

 今まで学んで来たのはたった一つだけ

 磨いて来たのはたった一つだけ

「私が!いや、私たちが!一緒の舞台に上がる!」

 

 

 わたし✦再生産

 

 

 星屑溢れる ステージに

 強く掲げるあの日の誓い

 

 生まれ変わった 私をまとい

 舞台に上がるは運命の為に

 

 99期生 神楽ひかり

 

 全ては スタァライトのために!

 

 

 舞台の上に飛び込んだ私の目に真っ先に入ったのは華恋ではなかった。華恋より先に私の目を奪ったのは純那、純那のキラめきが、私の剣先を引っ張ってる。

 そして純那も、私のキラめきに引っ張られたように、私に向かって弓を引いた。

 そう、こんなの予想出来なかったんでしょうね。

 舞台の上で想定外の事が起こると、一瞬戸惑う表情を隠し切れないのは貴方の悪い癖。だけどすぐ気を取り直してもう一度劇を引っ張ろうとするのも純那だって、私はよく知ってる。

「邪魔しないで!」

 吐き出した怒声と共に飛び散る純那の矢。これが純那の情熱だね。

 でも私だって、負けない!

 

【譲れない夢なら私にも】

【きっとある 信じてた】

 

【高鳴るこの胸の奥深く】

【燃えてたの 静かに情熱は 何時だって】

 

 そのまま一気に

 ほんの一瞬で駆けつけた私は迷いなく剣を振り、純那の上掛けを落とした。

 私は絶対、華恋との約束を守るから。

 私が舞台の上に立つのは何時も約束の為よ。

 

「ポジションゼロ!」

 

 

『オーディション1日目、終了します』

 

センター場ミリに私の剣を投げ落とした私は、華恋の方を振り向いたの。

 華恋、一緒にスタァになろうって約束

 私も覚えてるよ、華恋

 だからこの舞台に登ったの。貴方もそうでしょう?

「華恋!」

 胸の奥に締まってたあの頃の約束を抱いて華恋の所に向かってるのに、何故なの??華恋は私を舞台の上でよりもっと鋭く、睨み付けてる。

 なんで?何でそんなに睨んでるの?

 

「バカ」

「バカ」

「バカバカ」

「ひかりちゃんのバカ!!」

 

 どうして?

 どうしてなの?

 華恋……。



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