劇場版 ONEPIECE FILM 『MAD』 (はむらび)
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プロローグ
新世界、ニジイロ海域。天気は晴れ。
ワノ国を出港した麦わらの一味は、次なる島を目指して帆を進めていた。
……が、食料が尽きた。
「メシ〜〜〜〜!!!」
先日出港したワノ国は、けして食料事情が豊かな国ではなかった。都の食糧も宴で多く使ってしまったこともあり、麦わらの一味が救国の英雄だとしても多くの食材を詰め込んで出港することは難しかった。
なにより、麦わらの一味が「飢えた国」から多くの物資を持ち出すことを嫌ったのもある。
「ジンベエ、魚でも獲ってこれねェのか?」
「ワシもそうしたいところじゃが……この海を見てみぃ」
ニジイロ海域は、その名の通り虹色に輝く海だ。だが、それはけして豊かな自然を意味しない。
「海ってより"油"ね。海底油田でもあるのかしら」
まるでシャボン玉のように輝く海は、分厚い"油膜"によるものだ。これでは潜るのも難しいし、潜った下に水があるのかも怪しい。
そもそもこんな海域に棲む魚が食べられたものなのかも疑問だ。
とはいえ、
「どこか島が見つかれば上陸して補給できるんだが……それまでは鳥で食いつなぐしかねェな」
幸運なことに空には大きな鳥が飛んでいる。気候が安定しているからか、あるいは、食糧の少ないこの海域で海賊を狩るためか。
「おいルフィ、アレ届くか?」
「メシー!!」
ゴムゴムの実。麦わらのルフィが食べた悪魔の実。伸縮自在な肉体を手に入れるその悪魔の実の能力があれば、空を飛ぶ鳥にも文字通り"手"が届く。
ぐるぐる巻きにされた鳥は、ゴムが縮む勢いで引き戻され、サニー号の甲板へと叩きつけられる。
「ギョエエー!!」
明らかに、知性持つ生き物の悲鳴を吐きながら。
「これは……なんだ?」
「少なくとも、食えねェことはわかるぞ」
「ヨホホホ、私より"身"が少ない鳥は初めて見たかもしれませんね」
「いきなり捕まえておいて失礼では!?!?」
それは、鳥だった。「機械仕掛けの」という前置詞はつくが。
有機的に動く鋼鉄の羽根の半ばには推進機構が付いており、稼働音を鳴らしている。おそらくはこれを用いて重い金属の身体を持ち上げ、高速で飛翔できるのだろう。足に付いているのはレーザー装置の発射機構だろうか。それが4基も。
意思の疎通が可能なのも規格外だ。世界政府のパシフィスタでさえも「意思」は持たず、発声機構だって生体部分に頼っていた。
明らかに大海賊時代の技術レベルを数世紀上回っている。
「ベガパンクの作品か?」
だから、かつて世界最高の頭脳を持つ男、ベガパンクの研究所を訪れた変態フランキーはそう判断した。気づけたのはフランキーだけだろうが、足のレーザー機構がパシフィスタのレーザー発射機構のそれだったのもある。
「部分的にそうです」
「部分的に?」
「ベガパンク様の技術は多く使われていますが、私を完成させたのは"妹君"のほうです」
「まあ、天才とて人の子だ。今更弟や妹がいたからと言って驚きゃしねェがよ」
世界最大の頭脳を持つ男、ベガパンク。彼の素性は謎に包まれている。研究所を物色したフランキーでさえも、彼の"日常"についてはほとんど知らなかった。個人研究所にそんなものは残らないともいう。
「それはそれとして、この子をお肉にできないとなると、私たちは餓死するしかなさそうね」
「怖ェこと言うなよロビン! まだ生簀に魚が……」
「今朝で食べ尽くした」
「ナミのみかんが……」
「食べさせると思う?」
「──おれのウソップガーデンが……」
「食えるもん育ってねェだろあそこ」
もう、空には鳥は飛んでいない。海に魚もいない海域に鳥が飛んでいる方がおかしかったのだ。
「ロビンちゃんを餓死させるわけにはいかねェ!! 万に一つ身があるかもしれねェから大人しく捌かれろ、鳥!」
「ギャー! ないです"身"!! 殺さないで!」
機械の鳥の懐から"ビラ"が飛んだ。
「……なんだこれ、『繁栄の島ソルベルデへようこそ 科学の発展した夢の国』??」
「そ、そうです! 私はその島から皆様を歓迎するために遣わされたのです!!」
機械の鳥は慌てて答えた。捌かれてしまわないように。
「島があるの!?」
「ええ! 勿論!」
島がある。それは、食料補給のチャンス。この身のない鳥を捌き、あとは根性で餓死せぬよう耐えながらこの海域を抜けなければならない現状からすれば、とても魅力的な言葉だ。
「繁栄の島ソルベルデは「科学の島」! 食料も服も物資だって! どれだけでも好きなだけおもてなしします!」
「それ、肉も食べ放題なのか!?!?」
「勿論!!」
「酒もあるか?」
「勿論!!!」
「財宝は?」
「──人造宝石でよければ! 外界の技術では見分けもつかないでしょう!」
「……だが、そんなことまで"科学"でなんとかなるものなのか?」
一味のコックであるサンジが疑問を呈する。かつてサンジが生まれた国ジェルマ66もまた、科学の発達したクローン兵士の国だった。
だが、その国で出る料理は他の国と何ら変わらぬ食材を使ったものだったはずだ。食品まで作ることのできる科学など、聞いたこともない。
「怪しい。怪しいが……おれの"科学への抵抗感"で船員を飢えさせちゃぁコックの名折れだ。信じよう。連れてってくれ」
「おれからも頼む」
「どうしたのフランキー?」
「船体もそうだが、水槽やソルジャードックシステム、海水の真水化装置の中にも油が入り込んでやがる。飴の海の時よりはマシだが、流石のサニー号でも油の上を航海するようには作ってねェからな。一度停泊して整備がしたい」
「まあ、どっちみちどこかに寄らないと食料が尽きちゃうから、寄るのは良いんだけど…… "どうやって"?」
偉大なる航路の気候は厳しい。また、磁力を帯びた島々の影響で通常の方位磁針が機能しないこともあり、狙った島、とくに
「
狙った島を目指すにはその島の磁力を記録した永久指針が必要となる。それなしで、見えもしない島を目指すのは流石の一流航海士ナミでも不可能に近い。
「
「じゃあ」
「そのための案内役の僕だ。僕なら島の位置がわかる」
鳥の腹からカートリッジのようなものが飛び出す。
中には小さな紙のようなものが詰められている。
おそらくは島の主人のものだろう。
グラン・テゾーロをはじめ、記録指針が指さない島に赴くときの常套手段と言える。
「ああ、そういう。まあ、それなら迷わないわね。一応少し分けてくれる?」
「構いませんとも! この先の海は霧が深い。私を見失うかもしれませんからな!」
命の紙の一部が裁断され、ナミの手に渡る。これも機械の鳥に想定されていた機能のようだ。
「おし、連れてってくれメカ鳥!」
「『ワシントン』だ。型番はもう少し長いんだけど、そう呼んでくれ」
「メカ鷲!」
「混ざった!!」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
「霧が深くなってきたわね」
虹色に光っていた海も、今は光らない。反射する太陽光が分厚い霧に阻まれているからだ。
「
かつて何十年も霧の中を一人で彷徨ったブルックだけではない。日の当たらぬ霧の中というのは、誰にとってもそれほど気分の良いものではないからだ。
「なんか煙いし臭ェぞここ。ガス臭ェ」
「言われてみればそうだな。この霧も"油田"の影響か? おれは気にならねェが、キツいか? チョッパー?」
「ううん、我慢できる。ダフトグリーンの時ほどじゃねェし」
いや、これは霧ですらない。もはや煙。こんなところに果たして島はあるのか? 騙されたのではないか? 一味がそう疑い始めた矢先
「もうすぐです! あの門を抜けた先に……来ました!」
門が開いた。海軍本部前の"正義の門"をも凌駕する大きな門だ。これを動かすだけでもどれだけのエネルギーが要るのか。
門の先は霧が晴れていた。
重苦しかった視界が開けた。
厚い霧に360度囲まれてはいるが、薄暗くはない。むしろ明るいと呼べるほどに"ガス燈"で照らされている。
煙突が煙を吐き、大きな歯車が回っている。それはまるで、島そのものが一つの機械、あるいは"ロボット"のような……
「「「すっげェェェェェ!!!!!」」」
「ようこそ皆々様! これこそが繁栄と蒸気の島、ソルベルデ!」
それは、蒸気によって駆動する文明だった。
「おいおい、マジかよ」
「海列車の何万倍のサイズだ? 原理はわかるが流石に規模がデカすぎねェか!?」
"蒸気機関"は、この海では珍しい。だが、外輪船や機関車が出始めたこの時代、過剰な科学でもなかった。
その"サイズ"を除けば。決して小さくない島の表面が、余すことなく蒸気機関に覆われている。否。"浮島"であると語られた以上、おそらくは表面以外も。
ウォーターセブンの海列車の何万倍、質量で計算すれば何億倍のサイズの機械を見て、驚嘆しないものはいないだろう。
「なるほど。"油の海"じゃからか。豊かな海とは言えんが、だからこそ燃料には困るまい」
「では皆様を港にご案内します!」
「私たち海賊よ? サニー号は島の裏とかに泊めなくていいの?」
「構いませんよ! 皆様は"ご客人"ですし! それに食料も水も服も物資もいくらでも差し上げますからね! 海賊からの略奪なんて心配しなくても良いのです我々は!」
「成程ね」
進みすぎた文明。過剰な工業化。海賊には推し量れないが、この機械群がなんらかの手段で半無限の物資を生産しているのだろう。だから、海賊の略奪をほとんど心配しなくても良い。
「もっとも、この島では誰も
「なんか言った?」
「いえいえ!」
(ええ。ここは繁栄の島。ユートピアにしてディストピア。略奪なんてさせないし、逃しもしない。それが"四皇"であろうと。
ワシントン:繁栄国ソルベルデの謎の科学技術によって作られたメカ鳥。というかコイツ戦闘機じゃない?
ベガパンク技術込みでも大概世界観を壊しかけているが、FILM GOLDと FILM REDでは「劇場版だからオッケー」という理屈で技術レベルが跳ね上がっているので問題ない。
キャラデザはスパロウモン(デジモン)あたりで想像している。
先に言っておくと劇場版中ボス枠。
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"繁栄の島"
そこは、赤銅色の街だった。街の至る所が銅細工で構成されている。
至る所に歯車が回っている。そして、煙突から床の隙間まで、至る所が煙を吐きながら稼働している。
見知らぬ素材もある。ジンベエがふと触れたガラス
天を見上げると、蝙蝠のような翼を広げた一人乗りの飛行機たちが空を飛んでいる。
(トビウオライダースの奴らに似てるな)
あのような乗り物は外界にはない。似たような乗り物をサンジが連想するのも無理はなかった。
さらにその上には大きな飛行船が見える。まるで建物そのものが浮かんでいるかのようだ。
これが繁栄の島ソルベルデ。今まで多くの島を旅してきた麦わらの一味と言えど見たことのない光景だった。
「で、メシはどこだ?」
「ああ、それは思った。食材を売ってる店が見当たらねェ。そもそも街の構造が難しすぎて何が何だか」
「皆様を歓迎する宴を王宮で催させて頂きます」
メカ鷲ワシントンは言う。
「歓迎? 何度も言うけど私達海賊よ?」
「"四皇"ともなれば当然です。力が支配するこの時代、王や貴族よりも影響力のある"
「でもおれはまだ海賊王じゃねェぞ?」
「それでも、一国の王よりも強い影響力があります。この大海賊時代の頂点なのですからね」
「まァ、肉食わしてくれんならそれでいいや」
「ですが、その前に」
ドレスコードというわけではないのですが、と一言置いて。
「
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
「おいばーさん! 鉄パイプあるか!?」
「ないよ! その辺に落ちてるのを拾ってきな!」
ルフィが選んだ服は、いつものルフィには見合わない貴族服だった。胸元には白いヒラヒラ(ジャボと言う)がついている。
麦わら帽子の代わりにゴーグルのついた革製らしきシルクハットを被り、不釣り合いな麦わら帽子は首にかけて背中に背負う形となる。
それは、かつて共に育った兄、サボの格好を真似た形だ。
「ねえ、ちょっとこの服胸が合わないんだけど!」
更衣室の中からナミの声が響く。ナミの大きな胸が入らない
「胸の下の歯車を回してごらん」
「コレ?」
ナミが胸元の下についた歯車を回すと、プシュー、と水蒸気を噴きながら服がフィットしていく。
「へぇ、面白い構造ね」
「袖口やウエストの横の歯車も調整用だよ。脱ぐときは逆に回しな」
「おいばーさん! じゃあこの歯車はなんだ!?」
「それはガスマスクだねェ、ここは昔はもっと空気が悪くてね、こうやって鼻を覆うように……」
店のばーさんは腕を伸ばし、ウソップの肩口の歯車を回す。ウソップの巻いていた灰色のストールのようなものが蛇腹のようにせりあがり、ウソップの顔と鼻を覆うように……
「おや、鼻がひっかかるねェ、まあ気にしないどくれ、多少鼻からガスが入るだけさね」
「いや、気にするわ!」
ウソップの格好は飛行士のものだ。飛行機技術が発展した、ソルベルデを含むいくつかの国でしか見られないものだが、暖かいコートとメガネのついた帽子が特徴だ。ウソップは狙撃用にゴーグルに度を入れている。
他の一味も、思い思いの服を選んでいる。
「おいブルック、それイガラムの……いや、知らねェよな。とにかく、アフロはいいのかよ」
「たまにはイメチェンも良いかと! それにほら!」
ブルックは、誇りでもあるアフロの上から、音楽家らしい白いカールしたカツラを被っていた。
「アフロはちゃんとカツラの下に在りますから! こうでもしないともう髪型変えられないんです私! もう毛根! 死んでますから! ヨホホホホホホ!!」
それは、今までも何度もあった光景。麦わらの一味でなくとも、誰だって行う、ファッションを楽しむということ。
「いつぶりだろうねェ……こんな風に、楽しんで服を選ぶ奴らを見るのは」
「──??」
そんな普通の光景を見ただけのはずの店番の老婆は、とても嬉しそうで、とても悲しそうな顔をしていた。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
繁栄国ソルベルデ。その中枢。高く聳え立つ摩天楼の中。
麦わらの一味一行は、王宮で歓待を受けていた。
だが、けして人はいない。意思持つものですら、端に控えるワシントンのみだ。
豪勢な料理が、皿に乗って進んでくる。
運ばれてくるのではない。皿の下にキャタピラがついて自走しているのだ。
酒もそうだ。テーブルに空いた穴からグラスがせり上がり、そのグラスにひとりでにワインが充填されていく。テーブルの下からグラスに酒が注がれる仕組みだ。しかし、グラスの下に穴が空いているはずなのに不思議と溢れることはない。
そしてステージを賑やかすのはロボットたちの踊りだ。鉄だけではない。透明なガラスのような素材で作られたバレリーナたちが跳ねる。
曲は自動演奏だ。壁一面に備え付けられたパイプオルガンの鍵盤がひとりでに動く。
煙突が吐いた煙すらも曲に合わせて音符の姿を取り、壁の歯車たちもリズムを刻んでいた。
ライトすらも、頭を揺らして踊っていた。
室内のすべてがひとつになって躍る怪現象は、ここでなければホーミーズに囲まれたトットランドでしかお目にかかれない光景だ。これが「科学」。芸術すらも人の手を凌駕する。
しかし突如、その踊りも止まる。
今まで頭を揺らして踊っていた"ライト"が、一斉に一箇所を向いた。
ステージが照らされる。そこにいるのは、1人の女と2人の男。
一人目は、白衣の女。背丈はロビンほどだろうか。長い白衣は下に行くにつれて
それだけではない。服だけではなく、肉体そのものが液状化している。歩いてきた足跡にも黒い液体が残っている。これは能力者、とくに
二人目は、浅黒い肌の大柄な男。麦わらの一味同様に歯車に覆われたソルベルデ風の服を着ている。そして、背中からは炎が噴き出し、黒い鳥の翼が生えている。
「
ゾロはそう毒づいたが、何かがおかしい。黒い鳥の翼の下にはコウモリの翼が生えている。肩口には魚人の鰓が。鬣からは雷が迸っている。ミンク族のエレクトラだ。
見るものが見れば明らかに
「いや、違う種族か」
そして三人目は白衣の男。残虐な笑みを浮かべ、白衣の一部と下半身は気化している。こちらも自然系の能力者だ。
二人目と比べればやや小柄だが、それでも人間としては大柄な部類に入る。
……そして、この男だけは。
「「「「シーザー!?!?」」」」
麦わらの一味と面識がある。それも悪い意味で。
かつて炎と氷に包まれた島パンクハザードで麦わらの一味と相対したこの男は、世界政府を放逐された兵器研究者であった。紆余曲折あって"人質"として一味に同行したこともあり、その劣悪な性根は一味の誰もが知っている。
「シーザー、知り合いかい?」
「シュロロロロ、知り合いなんかじゃねェ! ただの悪縁だ!」
「まあ、此処は抑えて。こないだ
「チッ、わーったよ!」
シーザーは、怒りを抑える。麦わらの一味に対して、国の重鎮として歓待するための満面の笑顔を向ける。
「「「「キモッ」」」」
「なんだテメェら! 人様の努力を笑いやがって! 表出ろ!!」
「後にしてくださいシーザー様! 妹君の御客人ですよ!?」
「兵器が開発者に逆らうってのか!? "ワシントン"! だがいい。まァ、後にしてやる。この国は金払いがいいからな!」
ひと段落したかい? と女はシーザーに目配せする。そして、ライトが3人から1人の女に集約する。
「ようこそソルベルデへ! 私はマキナ! この国の"総統"にして、"世界最高の頭脳を持つ
黒く染まる白衣の女は、そう言い放った。
「なるほど、お前が鷲野郎の言ってた「ベガパンクの妹」か?」
フランキーがマキナに質問する。ベガパンクの妹は、ワシントンの言うことが正しければこの国の中枢に関わっている。自分のことを
「ああ。そうだよ。世界最高の頭脳を持つ
フランキーは、隣に座るサンジをちらと見る。同じ疑問を抱いていたようだ。サンジもまた頷き、囁いた。
(ベガパンクってのはジャッジの野郎やシーザーの馬鹿と同僚だったんだろ? その妹にしちゃ
(まあ、そう言う技術はあるからな。実際ベガパンクの研究所でも
「兄は海軍に与して、政府のための研究をしている。その優れた頭脳は人々を豊かにするために使うべきものなのに! パシフィスタなんて小道具を作るだけで満足してしまっている!!」
だが、私たちは違う! と女は叫ぶ。
「私たちの目標は、科学を通して世界中をより豊かに!! この島のように文明の光で照らし出すことなのさ!!」
マキナは恍惚とした瞳で謳い上げる。どこからともなく紙吹雪のようなものが舞う。紙吹雪をモロに顔に浴びながらも、隣に立つ改造人間らしき男は表情を崩さない。そのコントラストがどうにも珍妙に思えた。
ちょっといい? とロビンは手を挙げる。科学に詳しいわけではないが、文明の発展過程は考古学の領分だ。その彼女には、マキナの言うことはやや道理が通らないように聞こえた。
「でも科学者さん、この島の文明が発展したのは、油田、つまり資源が豊富だったからでしょう? 地理的条件の違う島だとこうはならないんじゃない?」
「いい質問だ。確かにこのソルベルデの科学はニジイロ海域の油に依存している。だけど、それは
「「「「????」」」」
一味の誰もが首を傾げた。
「シュロロロロ、覚醒した自然系の能力者は環境そのものに影響を及ぼす。パンクハザードは覚えてるか?」
「ああ」
「どんな島だった?」
「変な島だった!」
「そうね。いくら
「そう、まさにアレが自然系能力者の覚醒だよ。自分が自然になるのを超えて、自然環境そのものを永続で書き換える。赤犬のマグマグの実と青キジのヒエヒエの実の衝突だね」
マキナの白衣から黒い液体がぽたりと垂れる。それは爆発的に広がり、噴き上がり、ガラスのような彫像に変わる。彫像は海軍大将時代の赤犬と青キジの戦いを精巧に模したものだ。
「そして、この島も
「なんですって?」
この島、繁栄国ソルベルデは、厚い煤煙に覆われている。いや、それよりさらに広く。海域自体が。ニジイロ海域という、分厚い油に覆われた……
「『ギトギトの実』の油田人間。あらゆる「科学」の生みの親であり、もっとも自然から遠い自然系」
どろり、とマキナの半身が溶ける。ごぽごぽとガスを発する黒い液体。その物体、司る自然の名を『原油』と呼ぶ。
それが、この島の主人たる女の能力。肉体を油田に変え、多種多様な石油や天然ガスを産出する自然系悪魔の実の能力だ。
「それが、覚醒によってこの海域を支配する"理"そのものだ」
つまり、パンクハザード同様に、この島もまた極まった自然系の能力によって塗り替えられた自然に過ぎないということ。
それは即ち、マキナが移動さえして仕舞えば、環境そのものを資源の海に変えられるという意味でもある。環境破壊と裏返しではあるが、無尽蔵の資源を消費するソルベルデ並の文明をどこでだって築ける。
「20年以上休まず行使し続け鍛えられた自然系の能力。これさえあれば……ソルベルデだけじゃない。この世の文明は資源に縛られずに無限に発展できる!」
それは、まるでミュージカルの主役のような、あるいは大衆を煽動する独裁者のような仰々しい発言だった。
だが、大衆を煽動する独裁者と違うのは、それが
「わかるか? ゾロ?」
「いーや、わかんねェ」
「わからないならそれでいいよ。馬鹿は馬鹿なりに、文明の恵みを享受していればいい」
だが、この女、マキナはそれを馬鹿と断じた。
(なーんか、鼻につく女だな)
馬鹿と断じられたルフィとゾロはともかく、ウソップは反感を覚えた。
「まあとにかく」
マキナは一呼吸置いた。文明の価値を理解してもらうには、
「いくらでも食べて飲んで、楽しんでいってくれ! なんたって此処は
☆マキナ
繁栄国ソルベルデ総統 "ベガパンクの妹" "世界最高の頭脳を持つ女"。ギトギトの実の油田人間。
つまるところ今回の『劇場版ボス』。
劇場版ボスはルフィが苦戦する(=四皇クラス)の戦力が必要となるので世界観(四皇クラスが無からポップしてたまるか!)との整合性に苦労するが、マキナのアプローチは「科学」と「地の利」。
「自分の能力によって構築された陣地」では無敵であるというFILM GOLDのギルド・テゾーロ同様のアプローチに加え、数百年未来の科学力を駆使することで劇場版ボス水準の戦闘力を「無から生えてきても良い水準で」保っている。
元ネタは恋するワンピースのメモリちゃん。
恋するワンピース(ONE PIECEスピンオフ。ONE PIECEのキャラと同名(と怪人物嘘風に定義された)人物たちがワンピースネタでわちゃわちゃするシュールギャグ漫画)において、「ベガパンクの妹」枠という存在しない枠で登場した破天荒なマッドサイエンティスト。
マキナはこの「存在しない枠」が「存在したら」という逆算によって生み出された存在である。
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"理想郷(ディストピア)"
最強オリ主小説の形式として流行ってもいいと思う
「うッめェェェェ!!!!」
ルフィの目の前にあるのは、身の丈以上の大きな肉の塊。綺麗に霜降りが入っており、小骨や筋や血合すらない"理想的な肉"だった。
「酒もいけるな、気が効くじゃねェか」
「音楽も良いですね。血が通ってない自動演奏といえど、ここまで来るとまた風情があります。まあ、血が通ってないのは私もなんですが!!」
「それはいいんじゃが……なんじゃこれは」
ジンベエが掴んだのは、謎の立方体。口に入れると味が弾ける。未知の食感と、濃厚な味。新技術で作られた雲丹の3D寿司だ。
毎日一流シェフ・サンジの飯を食べている
しかし、浮かぬ顔の
「いや、違和感がある。こんな肉
「ああ。
「いや、この肉質はレッドヒツジだ。四足動物の構造なんてどれも大方変わんねェよ。高級食材だが、筋が多い。なのにこの肉には
筋とは、筋肉と骨の接合部位。食感が悪いため切ったり取り除くことはあっても、存在しないなどあり得ない。脊椎動物には必須の構造だ。
だが、サンジの手元にあるステーキには、そんなものはなかった。
筋もなければ、筋肉の方向も均一だ。脂肪もきれいに入って柔らかい霜降りになっている。
それは"食材"としては理想的だが、"生物の部位"として明らかに間違っている。
「お目が高い! それこそは私の開発した培養肉!!
「──なるほどな」
ヴィンスモーク・ジャッジ。サンジの実の父であり、クローン技術に長けたジェルマ66の総帥。サンジにとっては忌むべき名だが、納得もいく。
「このクローン技術があれば、どれほどの高級食材でも石油から無尽蔵に作り出せる。世界を幸せにする素晴らしい技術だろう?」
ヴィンスモーク・ジャッジの開発したクローン技術。血統因子から培養することで、理想の兵士を作り出す研究。全身を作り出すそれと比べれば、食用生物の肉という部位だけを培養することの難易度は低い。
「──不服かな、ヴィンスモーク・サンジ」
「──いや。コックとしては「飢えねェ」のも「食材の質」も理想的だ。ある種
「──の割には、君の顔は浮かないね。ヴィンスモーク家出身のコックの君なら、この技術を受け入れてくれると思ったのだけど」
サンジは、ヴィンスモーク家の失敗作だ。血統因子操作による人体改造が上手くいかず、故に虐げられた。
だが、この女はそれを知らない。故に、ヴィンスモークという名でサンジに期待し、失望した。
科学への忌避とコックとしての理性、ヴィンスモークへの嫌悪とレディへは笑顔で返すべきとする騎士道。サンジは自分でもこの技術をどう考えるべきか、感じるべきか。どういう表情を今自分が浮かべているのかすらもわからなかった。
「培養肉……それ、安全なのか?」
「まあ、今のところは大きな危険性は確認できてないよ。それに、危険だとしても
「治験とかしてねェのか!?」
「──ああ、そうか、君医者なのか」
マキナは意外そうな顔で見つめた。懸賞金1000B、麦わら大船団幹部"わたあめ大好き"チョッパーは一般に、麦わらの一味のペットとして認識されている。
「当然だろ、最低限はしてるよ」
「最低限じゃねえか!」
「認識の相違だね。科学の迅速な発展のためには無駄は省くべきだ。理論上は無毒だし、もし身体に害があったとしても、それで死ぬ奴より
「まあ、そうかもしれねェけど……」
チョッパーは、ちらと女の横に目をやった。
マキナの横にいた男、シーザー・クラウンはウィンクを返した。
「だとしたらなんでコイツがいるんだよ!! 明らかに
「シュロロロロロ、天才たるおれに対してコイツとはなんだコイツとは!」
「攫ってきた子供で人体実験するクズじゃないかお前!」
「なんだ? おれが
「違うのか!?!?」
もしかしてコイツにも良心があったのか、あってくれと期待を込めるチョッパー。
「違う。
「ああ、そういう意味か。一瞬でもオマエを信じたおれが馬鹿だった」
そう言った直後、チョッパーは気づく。それって、この国となんら違わないんじゃあないか?
命を救う科学と兵器の研究という両極ではあっても、科学者が
いや、もしかすると、その違いすらないのかもしれない。科学に善悪などないのだから。
「気付いたか。ここは『
「……」
それは、一種の理想であり、一種の絶望だ。より多くを救うためなら罪なき少数を実験材料にしても良いとする思想だ。もしかして一定の理はあるのかもしれない。それでも。
「気分悪ィ。トイレ行ってくる」
チョッパーにとっては、どうしても腑に落ちない、腹の奥がむずむずする思想でしかなかった。
「チョッパートイレ行くのか? おれも!」
「どうしたんだルフィ」
「いやな? ここではいくらでも肉食っていいんだろ? なら一回うんこしたらもっと肉が食えると思って!」
ルフィは、この技術を、思想をどう思うだろうか。みんなが美味い肉で宴をできる良い発明だと言うだろうか? それとも、"自由"を奪う悪い発明だと言うだろうか?
いや、ルフィはそう言うことを気にしない男だ。だからこそ良いやつでもある。
「そうだな。一緒に行こう」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
「ふぃー、出た出た。これでまた食えるな!」
広間に戻るため廊下を歩く1人と1珍獣。巨人でも悠々歩けるであろうそれは廊下というよりも
回廊の天井や壁には何を通すためのものか銅の管が張り巡らされている。むしろ、回廊の外側の壁は銅管とアクリルだけで構築されており、さながら蜘蛛の巣のようだ。外には光り輝く夜景が見える。ギラギラと輝くグラン・テゾーロほどでないにしろ、発展した文明の光は珍しい光景だ。
ルフィとチョッパーは物珍しさに歩きながら見回していると、突然、壁の銅管の蓋がパカンと開いた。
銅管からひょこり、と飛び出す影があった。少年の影だ。
少年とチョッパーは顔を見合わせる。
「「うわあああ!!」」
銅管から飛び出し、後退りする少年。
「お前たち! 何者なんだ!」
「おれか? おれは海賊だ」
「海賊?
てことは、と少年は横を見る。それは大きなアクリルガラス。ソルベルデ全域を見下ろすことができる摩天楼だ。
「うわあああ!! 摩天楼に出ちゃった!!」
少年は外を見て驚く。どこに向かおうとしていたのか。少なくとも、王宮を兼ねるこの建物ではないことは確かだった。
「いや、上に登ってる時点で気づけよ」
チョッパーはツッコミを入れる。配管を通っているとはいえ、こんな高さの建物に迷い込むのは明らかに普通ではない。ゾロの仲間か?
「いや、待て。この焦り方。
その少年は、飢えてはいなかった。傷ひとつついていなかったし、銅管を通って煤けてはいるが、服の仕立ても良かった。それなのに。飢えて、傷だらけになったワノ国の人々よりもなお"絶望に満ちた"目をしていた。
「どうした! なにがあった!」
だから、チョッパーがそう問うのも不思議なことではなかった。あまりにも異常だ。体にはなんの異常もないのに、次の瞬間狂い果てて死んでしまいそうな姿。
「この国には、
ぽつり、と少年は話し出した。助けを求めたいのかもしれない。外海の人に。
「毎日、全部決められてるんだ。起きる時間、寝る時間。食べるもの、飲むもの。学ぶこと、仕事、遊ぶ事だって。使う道具や、部屋の配置。将来結婚する相手から、
それは、管理社会という在り方。資源を円滑に運用するため、人生を規格化し管理する
窓の外の灯りが一斉に消える。
「もう! カゴの中の鳥でいるのは嫌なんだ!」
震える少年の手をチョッパーの蹄が掴む。掴めない。押し当てるような形になる。それでも、チョッパーは少年の心の支えになろうとしているのだ。
「おれはさ。Dr.ヒルルクって医者に育てられたんだ。ヒルルクはヤブ医者だったけど、心を救える医者だった」
チョッパーの育ての親、ヒルルクは自他共に認めるヤブ医者の無免許医だった。しかし、彼の「感動によって病を治す」研究は、ドラム王国という国の病を救い、新たなサクラ王国のシンボルとなった。
「でもここは逆だ。メシにも医学にも困らねェんだろう。でもこんな環境、心が死んじまう」
ルフィは黙して語らない。馬鹿だから理解していないのではない。むしろこういった時に、外から見えるよりもきちんと物事を考えているのがルフィという男だと、チョッパーは長い付き合いで理解していた。
「お前はどうしたい、チョッパー」
「助けたいよ。知らない子供だ。助ける義理もないのかもしれない。それでも、この子がこんなに苦しんでて、この子以外にもこの国の人たちはみんな苦しんでて、それを見捨てるのは、おれは医者として自分が許せねェ」
助ける義理などない。見知らぬ子供だ。なんなら、恩義の話ならメシを出してくれたこの国の側にあるだろう。チョッパーはこの国が悪い国だと思う。それでも、メシの恩を覆して、自分の価値観だけで変えていいのか。それを、ルフィや仲間達に強いていいのか。そこには答えが出なかった。
「わかった」
それでも、ルフィは仲間のためにか頷いた。付き合いの長いチョッパーといえど、ルフィの内心を真に推し量れているかは怪しい。一見馬鹿に見えて誰よりも深く考えており、だと思ったらやっぱり馬鹿だったりするからだ。
「なあ」
少年は問う。泣くような悲痛さで。それでも笑みを浮かべて。海賊はそう笑うものだと知っていたから。
「海賊は自由なんだろ? おれを連れてってくれよ! 海賊!」
しかし。彼らは知らなかった。ここが怪物の腹の中だということを。ガス灯が揺れる。ガス灯といっても、ガスガスの実に由来するものではない。天然ガス、つまり『油田』の産物。
黄金船グラン・テゾーロの全てをギルド・テゾーロが把握していたように、ギトギトの能力を持つ彼女もまた、油から生み出された文明全てを睥睨する。
そう。少年たちの背後に歩み寄る影がある。
「人聞の悪いこと言わないでよ。私はきみたちのことを思ってやってるんだよ?」
白衣の女は、床をカンカンと鳴らしながら歩いてくる。
「綺麗な服に美味しいご飯。あったかい布団だってある。労働だって一日8時間に留めてるし、教育だって最高峰だ。海賊に襲われたこともなければ、犯罪だって"許した"ことはない。世界には明日のご飯に困る人たちもたくさんいるというのに。ここまで恵まれて、何が不服だい?」
この国の支配者に見つめられた少年は震えが止まらなかった。権力だって力だって、自分では絶対に敵わない相手。だけど、その望みだけは!
「自由に……生きたいよ!」
「それは出来ない相談だ」
女科学者マキナの足元から、黒い液体が流れる。黒い液体は、ガラスのような透明な一本の触手となり、少年を掴み、持ち上げる。
「君達は、"馬鹿"なんだ。知性がないから分かち合えない。知性がないから他者を虐げる」
それは、一面では事実ではあった。海賊王ゴールド・ロジャーが拓いた大海賊時代は、海賊の、"ならず者"の時代だった。自由を求めて海に出た愚か者たちが他者を虐げるなら、
「だから、知性ある私がすべてを管理する。君たちは安心して変わらぬ
マキナが踵を返すと、ぬらりとした透き通る触手が、少年を連れて去ろうとする。おそらくは、これまで以上に厳しい監視の元に。
だけど。そんな『
「その子を! 離せ!
チョッパーが、丸みを帯びた人型に変形する。放つは掌底。
蹄の跡が、まるで桜の花びらのように透明な腕に刻まれる。かつての師にして親代わり、Dr.ヒルルクの桜の研究を冠する、チョッパーの代名詞とも言える必殺技だ。
だが。
「硬ェ! なんでできてるんだコレ!」
透明の腕には、多少の焦げ跡がついただけだ。少年を離すことはない。それどころか、仰反ることすらしない。
「物体生成系の能力は、能力者の練度によっていくらでも強度を上げられる。飴や蝋のような柔らかいものでもね」
超人系や自然系には、物体を産生する能力がある。たとえば蝋を生み出すドルドルの実。飴を生み出すペロペロの実。黄金を生み出すゴルゴルの実。そうして生み出された物体は、蝋や飴や黄金のように柔らかくはない。覇気によって硬化せずとも、能力者の練度に応じて鋼鉄以上の強度を持つ。
「──ってことは、コイツはお前の……うわっ!」
少年を掴んだまま、透明な腕が振り回され、チョッパーは吹き飛ばされる。
そして、二本目。背後から迫る触手がチョッパーを絡め取る。
「
それは、この時代に不釣り合いな素材。石油から作られる"万能素材"。ギトギトの実の覚醒によって変質した
「知ってるよ! 点滴袋とかに使う
とはいえ、大海賊時代でも、最近では使われるようになってきた素材であった。とくに医学などの先端分野では。白ひげ海賊団などでは未だガラス瓶の点滴が使われているが、チョッパーがルフィにジンベエの血を輸血した時のように。
あるいは、歌姫ウタのライブのサイリウムのような、芸術分野でも。パシフィスタの素材のような兵器分野でも言わずもがなだ。ビニール袋やビニールシートなどの簡便な構造のものは一般にも普及している。
「──ってことは……」
この新素材について、一味ではチョッパーとフランキーしか詳しく知らないだろう。その点では、ここに居合わせたのがチョッパーであったことは幸運であった。
「
「ゴムゴムの──」
ルフィには何が起きているのかわからぬ。プラスチックの性質も知らない。ヒーローでもない。だが、友を信じる心と、なにより自由を愛する心だけは人一倍にあった!!
「
透き通る触手が茶色く染まり、焦げ、溶けて穴が開く。2本の触手は、少年とチョッパーを支える力を保てなくなり、取り落とす。
「なんだか知らねェけど、おれの仲間に手ェ出すんなら許さねェぞ」
「それも聞けない相談だ!」
少年:劇場版ゲストキャラ。
CVはゲスト俳優がやるので棒読みに近い。
ヨルエカとクラゲ海賊団を足したような枠の奴。
少年の名前は多分作中では明かされず、エンドロールと付録のN巻でだけ分かるようになっている。
「ONE PIECEの劇場版って東映の都合でこういうのいるよなぁ」枠の「少年キャラ」と「ゲスト声優」を一気に消化するための奴。
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"怪物の腹の中"
「まず、メシはうまかった」
「お粗末様」
「でも、チョッパーを傷つけたのは許さねェ」
「最初に手を出してきたのはそっちだろ? いや、蹄か」
「いや! それはお前がこの子をこんなにしたからだろ! どうやったら、ううん、どこまでやったらこうなるんだ!?!?」
「いやあ、私は何も、みんなを傷つけたくてこういうことをしてるんじゃないんだ」
「だったらなんで!」
「人間ってのは、放っておくと差別をする生き物だ。悲劇を生む生き物だ。非効率で、
実際のところ、この世界には悲劇が多すぎる。飢饉や災害だけではない。大海賊時代が齎した数多くの悲劇と、世界政府が齎した数多くの悲劇。
「君たちも、
それは、否定しづらい事実ではあった。海賊に村を人質に取られ海賊の仲間となったナミ。政府に追われ犯罪者に身を落としたロビン。一味以外ならもっと多い。
海賊が夢を見る? そんなのは夢物語。実際は嫌われ者と虐げられた者の終着駅でしかないというのが、大海賊時代の海賊の大半だ。
だが、夢を見て、自由を求めて! 海賊に憧れたルフィに対して言うのは、余りにも的外れだった!
「だけど、この島なら! 誰も飢えない!誰も虐げられない!誰も
それは耳障りのいい言葉だ。夢のような話だ。
それでも、支配者の言葉だ。圧制者の言葉だ。自由を抑圧する、『
「
ひとつは、信頼する幼馴染と同じ言葉を軽率に使ったこと。ふたつめは、自由を唾棄し、『支配』のために勧誘したこと。
それは、かつて世界支配のためゴール・D・ロジャーを誘った金獅子のシキの再演。
「やだ」
凄まじく嫌そうな顔と共に、致命的に決裂するところまで含めて。
「歌姫ウタの友達なら、『新時代』でも目指してると思ったんだけどね。世界平和、不服だったかい?」
大海賊時代を終わらせる。虐げられない時代を作る。その一点において、マキナはウタの理想に共感していた。違いは、その過程で致命的なものを取りこぼすところを自覚しているかいないか。それだけだ。
「革命家ドラゴンの子。エニエスロビー堕とし。そんな君のことに、すこし期待してたんだけどね」
「おまえがおれやウタの理想を語るな。それは
新時代という言葉を使う人間は少なくない。大海賊時代のその先を目指すものたち。ドフラミンゴ。ウタ。ルフィ。そしてマキナ。だが、その意味するところは大きくかけ離れる。「大海賊時代を終わらせる」という一点以外、何一つ共通点を持たない。
「でも、手を取り合えるかもと思ったのは本当だ」
麦わらのルフィは、実情を見れば自由を愛する青年だ。だが、「パブリックイメージ」はそうではない。行く先々で国家を転覆させ、世界政府の三大機関すべてに喧嘩を売ったその経歴から、“最悪の世代の中でも最悪の狂犬”“世界政府嫌いの海賊”とみられている。
であるならば、ある種極端な「世界平和」を実現し、その平和を世界中に広げるために現体制を打倒し世界を征服しようとするマキナたちと強調する路線も“客観的に”あり得た。
単独で世界政府に喧嘩を売れる文明が四皇と手を組んだ場合、王下七武海を撤廃し、クロスギルドという天敵が発生し、未だ“新兵器”の数も足りない世界政府としてはかなり対処に困ることになっていただろう。それこそ、あっさりと転覆してしまうことすらあり得るほどには。
「そして、手を取り合えない時のことも想定していた。その場合は、君を捕獲する。実験動物として搾取する。四皇の首を獲ったと宣伝し、世界政府に宣戦布告する。私の新時代を作るためにね」
そして、次善の策。四皇を味方に引き入れられないのなら、四皇の首を旗頭に戦力を集める。
白ひげ、カイドウ、ビッグ・マム。ルフィやバギーはそこまででないとはいえ、四皇とは単騎で世界を揺るがす最強の怪物だ。
それを「倒した」というのは、これ以上ない戦力誇示でありプロパガンダだ。それだけの「力」があれば、反世界政府の戦力を集めることは容易い。
モルガンズとのコネもある。明日の世経新聞には大々的にソルベルデの強さが特集されるだろう。あの新聞屋はそういった記事が好きだ。戦争の記事は飛ぶように売れるから。
「当然、君の仲間もだ。ジャッジくんの血統因子理論の失敗作。
そしてただ倒すだけではない。実験材料。被検体。“麦わらの一味”を礎としてさらに科学を発展させようというのだ、この女は!
楽しみだなあ、と笑う。露悪的な笑みですらない。ただ単純に科学の発展を寿ぎ、「科学の発展のために死ねるなら本望だろ?」とでも言わんとする無垢な笑み。
「おれの! 仲間に! 手を出すな!」
だが、それが麦わらのルフィの逆鱗に触れた!
己が罵倒されるのは良い。己が傷つけられるのも、笑って許す。だが、仲間が傷つけられることには人一倍敏感なのが麦わらのルフィだった。
「退いてろ、チョッパー」
「わかった。この子は任せろ」
「ギア!
それは、ゴムの弾力を活かし、ポンプのように血流を加速させる技。麦わらのルフィは常人の目では追えない高機動戦闘を可能とする。
「ゴムゴムの──
ドカン!
「うわッ!」
摩擦と覇気によって拳を発火させるゴムゴムの
「油は火に弱い。なら当然、対策してあるに決まってるだろ」
拳が発火した瞬間、爆発して後方に吹き飛んだ。ガス溜まりに引火したのだ。マキナの肉体は「石油」ではなく「油田」。ヌマヌマの実が泥人間でないように、ヒエヒエの実が氷人間でないように、「油田」という大自然の現象そのものに肉体を変化させる
七武海であるクロコダイルが「水」への対抗手段を持つように、分かり切った弱点を持つ自然系能力者は、当然その弱点を熟知し、対策を講じるものだ。
だが、かつてルフィがクロコダイルと戦った時とは違う。武装色の覇気を身に着けたルフィにとって、対
爆発の煙の中から、黒い拳が迫る。その圧倒的な拳速のもたらす風圧がガスと煙を搔き消す。
「ゴムゴムの──
覇気を纏った黒い拳の乱打。自然系の能力者を相手取るに不足のない、速度と数、威力を兼ね備えた攻撃だ。
だが、ルフィの拳はマキナをすり抜ける。
「覇気か!?」
武装色の覇気を纏ったルフィの拳は
しかし、見聞色の覇気による未来予知と流体の身体を生かした効率的回避を持ってすればそれすら無力になる。
「いや、
それですらない。効率的回避をするために、必ずしも見聞色の覇気を要さないのであれば。
「覚えておくといい。科学者は
マキナは
すり抜ける、すり抜ける。ルフィの拳が当たる先はドロリとした石油の孔に変わる。何度打っても有効打にならない。
「それなら! ゴムゴムの──
大きな拳。孔を開けて回避されるなら、回避しようのないサイズによって攻撃する。シンプルかつ明晰な状況判断だ。
「甘い」
マキナが白衣を翻す。白衣に拳が当たる瞬間、黄色い光でできたバリアが展開される。
「当たれば済むと思った? "科学"を舐めすぎだ」
これはジェルマ66のレイドスーツにも搭載される技術だ。飛び六胞の攻撃にも無傷で耐えるそれを軋ませるのは流石は麦わらのルフィといったところか。だが、足りない。
そして、ルフィの拳が弾かれた先に、既に攻撃は置かれている。
壁の時計から、銃弾以上の速度で鳩が飛び出す。窓側からはアクリルが融け、散弾として迫る。
「あっぶね! ──うわっ!!」
そして、一歩引いた先の地面がいきなり飛び出し、ルフィを天井と挟み込もうとする。麦わらのルフィは跳ねるようにこれを回避。
さらに、迫り上がったタイルの下、ジャッキのような部分の中からは多数の歯車が手裏剣のようにルフィに迫る。見聞色の覇気を用いて回避する。
そしてその先には既に拳撃が置かれている。アクリルの窓を貫通し飛び込んできたそれは、
「やめたほうがいい。
島の主だから、という意味ではない。もっと直接的だ。
「この島の機構の全てが私の能力で動いてるんだ。手足のように動かせて当然だろ?」
この島の機構は、すべてギトギトの実に由来する油で動いている。それはマキナの肉体の一部であるが故に、マキナの意のままに動く。それが、この島の全てを掌握できる理屈であり、この島では誰も彼女に勝てない理由だった。
「でも効かねェ! ゴムだから!」
「打撃は無効か。じゃあ拘束だ」
巨拳の中から、瓦礫をぱらぱらと落としながら立ち上がる影がある。麦わらのルフィだ。
マキナは覇気を持たないが故に、ゴムの肉体に打撃を通せない。だが、それを覆すだけの「攻撃手段」と「手数」がある。
「『
壁が。アクリルが。地面が。天井が。飛び込んできたビルに至るまでがどろりと黒く融ける。元々石油でできていた、というだけではない。カタクリやドフラミンゴが
鋼鉄以上の強度を持つアスファルトがうねり、棘として四方八方からルフィに迫る。それはまるで怪物の口の中。建物自体が牙を剥く。
避けきれない。当たり前だ。避けるための"場所"そのものが武器へと変わっているのだから。
「なら、『ギア
ギア4は筋肉風船。筋肉に空気を吹き込み、火力と張力を底上げする技だ。莫大な武装色を纏うことで、四皇クラスにも有効打を叩き込める強大な形態。
この形態の速度と筋力があれば、四方八方から迫る超強度の棘を振り払い、脱出できる。
だが。
「カハッ」
「駄目だよ、
空気を吹き込むその性質上、ギア3とギア4は「大きく息を吸い込む」。
「『
それは、ガス使いにとっては致命的な隙。
ギア4の拳を十全に振るえれば、ギトギトの実により生み出された、鋼鉄以上の強度を持つアスファルトも打ち砕けたかもしれない。
だが、そうはならなかった。
アスファルトの棘はルフィに刺さらない。否、そもそもが刺突ではない。「圧搾」。巻き込み、絞り、圧力で気絶させることが目的の拘束攻撃。棘がルフィを巻き込み一本の岩の柱になる。ギア4も発動しきれずに効果が切れる。詰みだ。手足を封じられたこの段階から逃げ出す手段はない。
初手からギア4を発動していれば、あるいはいい勝負になったかもしれない。だが、ルフィの見聞色はこの女にそれほどまでの脅威を見出せなかった。
覇気使いは、相手の発する覇気からある程度相手の力量を読み取ることができる。だから、基礎戦闘力の研鑽を欠かさぬ新世界の相手ならば、大きく力量……世界政府の言い方で「道力」の読みを外すことはない。
この女の基礎身体能力もけして低くはないが、能力抜きでは4000〜5000万B相当、どう見ても
だが。戦闘能力は覇気や身体能力だけで決まるものではない。カイドウは「能力が世界を制することはない、覇気だけが全てを凌駕する」と主張したが、マキナはその反例だ。
この女は、「覚醒した自然系の能力」「島ひとつを支配する究極の地の利」「世界最高水準の頭脳と科学力」を兼ね備えている。いくら身体能力が低くとも、ここまで鍛え上げた能力があれば戦闘力は別だ。
「捕獲完了」
かつて四皇……ビッグマムやカイドウを相手した時のような覚悟無くして、この島でこの女に逆らったことが間違いだった。
出し惜しみ。相手の実力の見誤り。シンプルでありながら、ルフィには珍しいタイプの敗因だった。
「ルフィ!!」
「逃げろ!! チョッパー!!」
ルフィは息も絶え絶えだ。ギア4の発動で大量のガスを吸い込み、常人では命に関わる酸欠下で声を張り上げられるのは、かつて空島で低酸素下の環境を経験したが故か。
少年を護りながら一歩引いていたチョッパーは、踵を返し逃げ出す。船長を見捨てたのではない。船長の言うことを信じているから、そして、あとで必ず助け出すという信念あっての逃走だ。
「まだ余力があったか」
マキナは白い手袋を脱ぐ。その手には黄金のラインが入っていた。なんらかの改造手術の影響だ。彼女もまた、かつての同僚であったクイーン同様に自身の技術で自己改造した
キュイイインという音と共に指先に光が集まる。パシフィスタ同様のレーザー機構。「ピカピカの実の作用機序の再現」だ。
その光がルフィの胸を貫く。そして、大爆発。充満したメタンガスへの引火。肺の中のガスまでもが起爆し、ルフィはやっと気を失った。
だが、煙が晴れた先にはもう少年もチョッパーもいない。逃げられた。
マキナは追わない。
目の前の青年と比べて、ただの脱走市民と珍獣は重要度が低いこともあるし、なによりも、気絶しているとはいえ"四皇"から目を離しておけるほどの慢心もなかった。
「一杯食わされた、かな」
マキナはルフィをアスファルトから解放し、胴体を透明のプラスチックで巻き取る。拘束し、目覚めても抵抗できない状態にする。そして、自分よりも少し背の低いその青年をひょいと持ち上げ担ぐと、回廊を歩き出す。向かうは大広間。残りの麦わらの一味の元。
「でも、まあ、あっちも
そう。その
オリ主チート?いいえ、劇場版特有の負けイベントです。
初手からギア4ならまともな戦闘になったと思う(ルフィ優勢?)んですけど、覇気すら未修得の相手に初手ギア4の選択は取りづらかったですね……
マキナは一定以上の火力と速度がないと「未来演算込みの自然系の回避」と「科学防御」でそもそもダメージが通らないクソゲー仕様となっております。しかも密室だと疑似
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“神人(セラフィム)”
時間は少し遡る。
摩天楼、繁栄国ソルベルデ、王宮大広間。
ゴオーン、ゴオーン。
「なにこれ、爆発?」
それは、少し離れた回廊でのルフィとマキナの戦闘の余波。
食事を楽しむ麦わらの一味にとっては意味が分からないことだ。だが、シーザーたちにとっては違う。
「
「シュロロロロ。受信したか。まア、この爆発で分かる」
それは、改造人間に内蔵された、電伝虫の機能。この建物内の電波・音波はすべて彼の耳に届く。そういうように、彼とこの建物が設計されている。
「なら、さっそく
それは、2が科学者としての興味。0,5がマキナの大義。7,5がシーザーの私怨だ。
「御意」
まず、翼ある改造人間の腕が無造作にニコ・ロビンを掴もうとする。
だが。その腕が触れたのは女の柔肌ではなかった。それは男の赫足。赤熱した、サンジの蹴りだ。
「おい、クソ羽。ロビンちゃんに手ェ出してんじゃねえよ!!」
それは、レディを護ろうとする男のサガ。そして、この島の内情にチョッパー同様不信感を抱いていたが故の反応速度。
だが、その蹴りを受けてなお、翼の生えた大男は無反応だ。
「
それを見て動いたのはブルック。老獪な経験を持つ彼は判断が早い。圧倒的な強度を持つと判断し、本来は武器破壊用の連撃を叩きこむ。
「なんなんですかコレ!?!?」
だが、通じない。硬すぎる。
「知りたいか? 教えてやる!」
シーザーは自慢げに吠える。己の
「カイドウも馬鹿な野郎だった! 『悪魔の実の能力者』に拘ったせいで、面倒なSMILEなんぞを作り続けなきゃならなかった!」
それは、「能力者軍団」を造ろうとしたカイドウの思考の弱み。「動物系の能力者は強い」という、自身の経験から来る誤謬。
そんなことをするよりも効率的な方法はあるのに、クライアントに合わせないといけない雇われ研究者の悲哀。
「血統因子を操作するなら、直接弄った方が簡単だ! 「能力は1人1つ」の原則にも引っかからねェ!!」
SMILEは、複数の動物の血統因子をランダムで発現させる人造悪魔の実だ。その形質の発現率は低く、発現したとしてもその大半は戦闘に向かない。日常生活すら困難なものも多い。
ならば。ジェルマ66が息子たちにそうしたように。血統因子そのものを直接弄ってしまえば。有力な形質を、確実に! そして、悪魔の実のルールにも縛られず、複数実現できる!!
「時代は"スマイル"? 馬鹿を言え! こいつこそが兵器の新時代だ! "
それは、世界政府が実装した新兵器。完成した暁には七武海すら不要となる、新型パシフィスタ「セラフィム」のプロトタイプ。
かつてMADSが研究していた、最強種ルナーリア族をベースに、複数の血統因子を混ぜ込んだミュータント。
しかも、混ぜられた血統因子の数は正式採用型の比ではない。「実験動物」として行われた複数の強化手術により、量産性と引き換えに正式採用型を凌駕する究極のワンオフ機。
それがアダムス。『
アダムスの姿が消える。その速度を追えたのは、百戦錬磨の麦わらの一味と言えど1人だけ。ロロノア・ゾロだ。
彼はこの動きに見覚えがあった。ルナーリア族特有の加速能力だ。
だが、加速の後の動きは違う。
「
「!?」
「五千枚瓦正拳」
「刀狼流し!!」
魚人の筋力と水への親和性を活かした魚人空手。
ゾロは即座に、攻撃のための剣を持ち替え相殺する。だが、予期せぬ攻撃への咄嗟の防御故か、吹き飛ばされたのはゾロだ。
「ゾロ!」
「ああ、痛ェ、だがお陰で酔いが覚めた」
「自慢することではないが」
アダムスが口を開く。被造物故か、あるいは武人肌なのか。この男は寡黙だ。
「大凡の武術は生まれる前からインストールされている」
それは、ジェルマの人造兵士と同じ技術。最強の兵士を育てるために、戦闘技術そのものをプログラミングしておく技術。
「とはいえ、
そう。パシフィスタがそうであるように、感情が希薄なアダムスは「意志の力」である覇気との相性が悪い。
「
気合とともに、ゾロの右腕、左腕に力が集まる。
「三刀流──
それは、ゾロの持つ三刀流の中で最大の力技。
相手が
「なんだ? コイツもカイドウと同じか!?!?」
その皮膚は爬虫類の鱗のようになっていた。圧倒的な強度を誇るそれは、龍などという幻想生物のそれではない。
ルナーリア族の強度に「上乗せ」された最強の蛇の鱗は、ギャリギャリと異音を立てながらゾロの刀を弾いた。
とはいえ、完全に刀を無効化するとはいかない。いかに硬くとも、衝撃は殺せない。
アダムスはゾロの刀の勢いでのけぞる。
そして。
「
のけぞったアダムスの隙をめがけて、赤熱するサンジの脚がまるで車輪のように縦回転しながら迫る。
「
アダムスの顔面にサンジの踵が回転しながらめり込む。鼻がへし折れる。
アダムスは圧倒的な強度を持つが、サンジもまた「硬さ」では負けていない。ジェルマ66の技術力が生み出した「外骨格」は、アダムスの硬さに押し勝つ。
ガシッ
だが。アダムスは顔面が陥没したことをものともしない。痛覚を遮断している。焦げることも気にせず、サンジの赤熱した脚をそのまま大きな掌で掴む。
「おいおい、マジかよ」
しかも、陥没したアダムスの鼻がぶくぶくと泡立ち、修復されていく。なんの血統因子が齎したものだろうか。再生能力だ。
そしてそのまま、アダムスの口に光が集まり、撃ち出される。パシフィスタである以上、レーザー機構も当然搭載している。
「サンジくん!!!!」
掌ごとサンジを撃ち抜く。
「
しかし突然、アダムスの肉体から女の腕が生える。それは、麦わらの一味考古学者、ニコ・ロビンの食べたハナハナの実の能力!
「クラッチ!」
そして、そのまま背骨を極める。
かつては、本数こそあれ女の筋力では、高い防御を持つ相手には決定打とならなかった。
だが、今は違う。「魚人空手」。2年間の修行で獲得した、相手の体内の水分に直接衝撃を通す格闘技にして奥義。これにより、クラッチはルナーリア族の無敵の肉体をも極める必殺の技となる!
アダムスが、ただのルナーリア族であれば。
「
アダムスの肉体が、莫大な電気を帯びる。それは、新世界に棲むミンク族の種族特性、発電能力!!
「ああっっっっ!!」
「くっ、ロビンちゃん!!!!」
ハナハナの能力で生やした腕を介し、ロビンに電流が走る。アダムスを極めていた腕はだらりと力を失う。失ったものはそれだけではない。感電したことで本体の意識も刈り取られた。
サンジはアダムスに掴まれていたことで自身も感電しながらも、レディの身を案じる。筋金入りの紳士だ。
「イカれてんじゃねえのかあいつ」
「聞こえてんぞクソマリモ!!」
とはいえ、レーザーと電流を食らって焼け焦げたその肉体はすでに抵抗する力を失っている。
そして。脚を掴まれたサンジは地面に叩きつけられる。煙の中、意識を刈り取られた黒い影が見えた。
さらに、麦わらの一味の背後から。気絶したロビンを掴む影がある。それは鳳の影。機械仕掛けの猛禽の脚が、ロビンを掴んで飛翔する。
ワシントン。機械仕掛けの陽気な鳥も、この国の忠実なしもべ。
「フランキィー……ラディカルビィィーム!!!」
フランキーの両手から光が飛び出す。それは、アダムスたちと同様、パシフィスタ式のレーザービーム。飛ぶ鳥を撃ち落とす光。
だが。そんな普及した科学技術が、この島の兵器であるワシントンに搭載されていない理由はあるだろうか?
「
ワシントンの翼から、7本のレーザーが曲進する。1本1本はフランキーラディカルビームより細い。威力も劣るだろう。だが、奇怪な軌道を描き収束した7本のレーザーは、フランキーラディカルビームを相殺できる。
ホーミングレーザー。フランキーラディカルビームより技術的に少し進んだ兵器だ。
「これで2人」
「違うよワシントン。
そこに歩み寄る影がある。
「ルフィ!?!?」
それは、麦わらの一味の「船長」、麦わらのルフィを担ぐ影。
四皇を沈黙させるほどの戦力。女科学者マキナのものだ。
「あれ? シーザー、まだ終わってなかったのか。不意を打ってシノクニでも撃てば良かったのに」
「バカ言え! 割れた手の内を二度使う科学者がどこにいる! それに」
「それに?」
「アダムスの実戦データが欲しかった。あいつは強いが、自我が希薄だ。
「あー、まあ、そうだね。そっちの方が優先度が高いか」
アダムスは無敵の合成獣だが、それも対・非能力者に限る。覇気を使えない以上、自然系の能力者に対する有効打を持てない。
「とはいえタイムリミットだ。そろそろ私が手を下すよ」
「おれの……仲間に……手を出すな!」
「ウソだろ!? 体内を起爆して5分も経ってないぞ!? どういうタフネスしてるんだ!?」
もがき苦しむルフィ。だが、その肉体はプラスチックで固められていて動けない。ただ声を張り上げるだけ。
というか、身体をレーザーで貫かれ、肺の中の気体をまるごと起爆させられ、今でも口元の酸素量は通常の1/10に保たれているというのに数分で復帰して大声を張り上げられるのがおかしいのだ。
「でもまあ、これで終わりだ。アダムス1人に勝てないようじゃあ、私が加わった時点で勝ちの目は無くなった」
そう。パシフィスタ1人に勝てないのに、そこに「ルフィに勝てる」戦力が加わったなら。
「『
マキナの右手から、黒が噴き出す。それは、石油の濁流。広間を埋め尽くす規模の油の津波。
小手先の技能を要しない、ただの片手間の質量攻撃だ。だが、それだけで全てを押し流す「自然災害」!!
……だが。偉大なる航路において、
「
それは、魚人空手の奥義。流体を掴み、衝撃を伝える術。津波が、割れる。
「この程度の波、乗りこなせんで何が操舵手か!!」
だが、その津波は片手間の攻撃にすぎない。否。攻撃ですらない。その本質は黒で視界を奪う「壁」にして「暗幕」!!
「『
油の暗幕を隠れ蓑に、飛び出すは糸。その繊維の名を「66ナイロン」。奇しくもジェルマ66と同じ数字を冠する、「化学繊維」だ。
その狙いは「鉄人」フランキー!
見えないほどの細さでありながら、その強度は1本1本が鋼鉄のパイプを超える。直感に反するその性質はひとえに、悪魔の実の産物が故。鋼鉄仕掛けのフランキーを軽々持ち上げ、そのパワーでも振り払うことすらできない。
一瞬で油の海の中に引きずり込まれる。
「フランキー!!」
油が晴れると、糸で巻かれたフランキーが、それ以上の巨体を持つアダムスに担がれていた。
「これで4人目」
「ゼウス!」
「はぁいナミ」
「ブリーズ=テンポ!!」
ゼウスブリーズ=テンポ。ビッグ・マムの魂を宿す雷雲、ゼウスの力を帯びた雷霆。視界が開けた瞬間、それが、マキナの肉体を狙う。
今は手袋をつけていないマキナの手には黄金色のラインが入っている。指先からは端子が露出している。
サイボーグだ。サイボーグであれば、電撃は効く。ナミはそう判断したのだ。
本来であればマキナに掴まれたルフィにも当たるが、ルフィはゴムだ。絶縁体なので、ルフィに電気は通らない。
「……科学者として善意で教えておいてあげるよ」
だが。効かない。耐えているというわけでもない。それはまるで、ルフィが電流を受けた時のような……
「石油も絶縁体だ。なんなら、天然ゴムよりも電気抵抗は高いよ」
そう。「絶縁体」の性質を持つ能力者は、ゴムゴムの実のゴム人間だけではない! ギトギトの実もまた、電流に高い抗体を持つ能力のひとつ!
「嘘!」
「5人目以降は……まあ要らないや。死んでくれ」
それは死刑宣告。実験動物になるのとどちらが過酷かは諸説がある。
「『
マキナの影が広がる。その「黒」は油だ。そこから広がるは黒い九頭竜。黒い身体は油。白い牙は鋼鉄以上に硬いプラスチック。口から吐くは数千度の炎。
……否。8つは龍だが、ひとつは虎の首が混じっているが。
鎌首をもたげる龍虎が牙を剥き、残された麦わらの一味の5人に迫る!!!
「“羊雲”
「嵐脚 “
壁を蹴破って現れた増援がいる。
泡の壁は、「油汚れ」を弾く。そして、キリンの強靭な脚力から放たれる蹴りは、斬撃として九頭竜の頭を全て斬り飛ばす。
「貴方たちは……CP9!!」
「今はCP0よ」
「事情は後じゃ。今はいったん退くぞ!!」
それは、CP0。カクとカリファ。かつて麦わらの一味と敵対した、世界政府のエージェントたちだった。
〇カリファ
劇場版ゲストキャラ。REDのブルーノさんの枠。
ギトギトの実の天敵、油汚れを落とすアワアワの実の「石鹸人間」。
〇カク
劇場版ゲストキャラ。REDのブルーノさんの枠。
ウォーターセブン当時とは異なり、ジンベエがいるせいで老人口調が被る。
原作でレヴェリーに居たので、ソルベルデに来るのは時間軸が結構タイト。今後の本誌の状況によっては存在に矛盾が生じる可能性があるが、劇場版時空はそういうものだから許してほしい。
〇シーザー
「おれは劇場版の中ボスだが?」みたいな面をした劇場版ゲストキャラ。いねェよこんな枠。
FILM STRONG WORLDのDr.インディゴとはNo.2の立場も振る舞いも似てれば声優も同じ。
FILM MADのストーリーは「マキナが
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"心は錦"
ベガパンク!!!!!!!!
本誌で「女ベガパンク」が出た上に、ベガパンクの新情報を毎週公開されることが確定したので発狂してる
二次創作者誰もが嬉しい悲鳴と苦しい悲鳴をあげる「原作情報供給」の時間だ!!!!
毎週の本誌新情報は可能な限り回収しますが、今後の本誌情報によっては設定矛盾が多数生まれることがあります。御了承ください……
麦わらの一味は、CPとともに逃走していた。
ウソップ。ナミ。ブルック。ジンベエ。カリファのアワアワの実によって泡で覆われ、視界不良となった街を駆ける。
「……って、ゾロはどこ行った!?」
煙幕としての意味や、ギトギトの実の能力を封殺するための意味があるこの大量の泡だが。かの方向音痴ロロノア・ゾロの視界を遮ってしまったのは下策だった。他の一味の側も視界が塞がれているのでゾロが迷わないよう監視することもできず、結果、ゾロはどこかに失踪した。
「あッの馬鹿!!」
「仕方ないわ! もう諦めましょう!!」
そして、一味が走り辿り着いた先は、何の変哲もないアパートの一室だった。
「監視は撒けたわね。これでやっと話ができるわ。この島では石油製品を通じてあの女の『知覚』が行き渡ってるから」
「ちょっと待って監視!?」
「安心して。この部屋は煉瓦造り。それに私のアワアワの実で『油汚れを落とし』てあるから、監視の心配はないわ」
それが、CP0の中でもカリファが選出された理由。
アワアワの実は「油汚れを落とす泡」の性質を持ち、ギトギトの実の天敵のひとつとなる。
テゾーロがそうであったように、覚醒によって「生成した物体全て」を知覚範囲に持つマキナを相手に隠れ潜むのであれば、必須の人材であった。
「まあ、実際のところ。ここ以外もそう常時監視されてるわけでもないみたい。『この島のどこでも監視できる』ってだけで、『監視に回すリソースがある』わけではないみたいね。とくにこの島はほとんど彼女のワンオペで動いてるから」
「それは良いんだけどよ……」
ウソップは、CPの2人を見ながら尋ねる。それは当然の疑問。
「なんで俺たちを助けた!?!? おまえ達CPは海賊の敵だろ!?!?」
「私達も好きで助けた訳じゃないわ。ただ……私達だけでは任務を達成できないから、海賊の手も借りたいって話」
「任務、ですか」
「ええ。世界政府非加盟国ソルベルデには『反乱』──それも、世界政府に対する反乱の恐れがあるわ。それを止める。可能であれば国家を転覆させ、首謀者マキナを捕らえる。それが私たちに与えられた任務」
「その任務に私達が付き合う理由はある? お金でもくれるの?」
「犯罪者に金はやれんが……『目的が同じ』じゃろう。お主らは仲間を助け出すためにこの国を敵に回さにゃいかん。それに」
支配者たる世界政府と自由たる海賊が手を組む理由があるとすれば。世界政府以上の支配を目にしたときに他ならない。
「この国の支配体制は世界政府よりなお窮屈じゃ。この国が仮に世界政府に
「あら、政府は私達の航海を認めてくれてた?」
「確かに今の世界政府も海賊の自由な航海を認めてはおらんが……それでもじゃ」
「この国が世界を支配した後には、航海だけじゃない。あらゆる自由は残らないわ。いつ起きて、何を食べて、何を成して、いつ死ぬかまで。貴女たちにも故郷はあるでしょう? 訪れてきた街も。そこもすべてそうなるの。それに、貴女たちは耐えられるの? 自由を求める海賊が?」
「そう言われましても、私たち実際に見た訳じゃありませんから。この国の『支配』がどれほど酷いかとか。もっとも、ルフィさんを取り戻すまでなら手は組みますが」
「まあ、そう言うと思ったわ。そこについては、
「「「!?!?!?」」」
「待て、『
政府の犬。それも、天竜人直属の部下であるCP0と、天竜人を打倒し新たな世界を築こうとする革命軍。水と油のような組み合わせだ。元とはいえ、王下七武海として政府の内実を知るジンベエにとっては、本当に信じられない話だ。
「いいや。冗談でも何でもない。『世界政府の敵』であることと『圧制者』であることは両立するからのお」
ただし。何事にも例外はある。
「ワノ国がそうじゃったろう。
CPにとっては、世界政府に敵対的な政府を打倒する世界秩序のため。革命軍にとっては、虐げられる民衆を解放する世界平和のため。
そして、麦わらの一味にとっては囚われの船長たちを助け出すため。
「わしらは目的のために手段を択ばん。お前たちを助けたのもそれが理由じゃ。海賊であっても、四皇であっても。利害の一致する戦力が少しでも多く欲しかった」
そして。見逃せない理由がもう一つ。
「それに、わしらが動いたのはもう一つ理由がある」
「マキナは不老不死の技術を所有している可能性があるわ」
不老不死。誰もが求める技術。不老手術を可能とするオペオペの実を政府が狙ったように、世界政府にとっても非常に高い重要性を持つもの。
「
「ああ。見たことすらある」
「……ミスキナ・オルガか。接触していたとは、世界政府の悩みの種がまた一つ増えたのお」
それは、麦わらの一味がかつて出会った少女。秘宝ピュアゴールドの在りかを知ることでCP0に護送され、賞金稼ぎマッド・トレジャーに襲われた少女だ。
そして、「世界を買い取れる」とも言われるその秘宝の持つ価値は「単なる貴金属」には留まらない。
「接触している生体の老化速度を数百倍に遅延する。知っての通りそれがピュアゴールドの価値。世界政府だけじゃあないわ。誰もが欲しがる『不老不死』。そして、その最大の問題点は
それは、かつて偉大なる航路の島「アルケミ」にのみ製法が存在した秘宝。現在では、ピュアゴールドを狙って捕食する超大型海王類「ボンボリ様」によって島ごと製法が失われた秘宝。
だが。「製法が存在する」ということは、「科学的アプローチで到達しうる」ということ。
それ故に、超級の天才であれば製法に辿り着けてしまうということだ。
しかもそれが、ボンボリ様すら正面から打倒できる戦力の手元にあるということは。今度はその技術が自然に失われることは想定できない。ほとんど完全な不老不死の技術を意味してしまう。
「まさか、あの"指"!」
ナミが思い出したのは、マキナの指から露出した金のラインと端子。
「そうじゃ。おそらくそれはやつの体内にある。
「なるほど。……ってことは、あの女見かけより歳食ってるのか!?」
「ええ。確か60を超えてたはずよ。そもそも、本当に若いなんてあり得ないわ。彼女はベガパンクやシーザー同様、25年前に解散した狂気の研究チーム、MADSの一員なのだから」
「不老不死は危険じゃ。可能であれば世界政府が管理し、不可能ならば次善の策として塵も残さず殲滅しなければならん。……だが、どちらも難しいからわしらはここに潜伏していたんじゃ」
不老不死を持ち、世界政府を転覆させようとする新支配者。世界政府にとってこれ以上ない危険存在だが、それでもカクたちが動けない理由がある。
「2年前。奴は
「はっきり言って、私たちだけじゃ無理ね。CPは時に自分の命と引き換えにしても任務を遂行するものだけど、「命を捨てても無理」なら動けないわ。だから革命軍と組んだし、貴方たちの力を借りたい」
おもむろにカリファが、壁の煉瓦の1つを押す。それは絡繰を動かすスイッチ。
ゴゴゴゴゴゴ、と本棚が横に移動し、地下への階段が開かれる。
「行きましょう。革命軍と合流するわ」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
チョッパーと少年がマキナから逃げ込んだのは、島中に張り巡らされていたパイプの中。摩天楼から落ちる、落ちる。
「石油臭くて鼻が上手く効かねェ」と言いながらも、チョッパーは動物的嗅覚で「出口」を探す。
そして、1人と1匹が投げ出された先は……
「なんだここ、地下か?」
「知らないよ。この島にこんな場所があったなんて……」
薄暗い、洞窟のような場所だった。
洞窟とはいえ、広い。そして、すべてとは言わないが、ガス灯で照らされている。
「酸素もちゃんとある。息も苦しくない。天然にできたとは思えねェし、なんなんだここ?」
チョッパーが足元を見ると、ガラクタの山だ。木屑の山だ。まるで海賊船の破片が堆積して地面を作っているかのような……
海の匂いもする。洞窟の中に海水が流れ込んでいるようだ。
それは、文明の発展したソルベルデとは相容れない光景。
「とにかく、もう追ってはこねェみたいだ。大丈夫だぞ、──、そうか、大事なことを聞いてなかった」
そう。少年のことをいつまでも「この子」とは呼べない。名前を聞かなくては。
「オマエ、名前は何て言うんだ?」
「ないよ」
「ない!? どういうことだ!?!?」
「この国ではみんな番号で管理されてるんだ。だから、名前なんてない。外から来た人にはあったみたいだけど、僕はここの生まれだから」
B-1235。これが、この少年に付けられた識別番号だ。肩口に刻印された、無味乾燥なそれしか。少年の名前は、ない。
「──じゃあ、おれがつけてやるよ名前」
「え??」
「名前は大事だ。自分が自分だ! って胸を張れるようにしてくれる。おれはトナカイだからもともと名前はなかったんだけど、Dr.ヒルルクが『トニートニー・チョッパー』って名前を付けてくれたんだ」
それは、親代わりの、世界で一番偉大なヤブ医者が付けてくれた大事な名前。トナカイだからトニートニー。木をも切り倒す大きな角からチョッパー。
「もちろん! 会ったばっかのおれに付けられるのが嫌ならそう言ってくれていいからな!」
「ううん。名前、付けてくれよ。チョッパー」
「いいのか?」
「ぼく、こんなに人に気遣ってもらったことないんだ。それどころか、こんなに人と話したこともない。私語は禁止されてたから。喋り慣れてなくて、なんて言っていいのかわからないんだけど」
少年は、たどたどしく言葉を選ぶ。半ば棒読みのような喋り方も、人と喋る機会が少ないこの島の環境の生み出したもの。
「嬉しいんだ。こんなぼくでも、胸を張って生きていいんだって。一人の人間なんだって。そう言ってくれた人はチョッパーが初めてなんだ」
「……人?」
「?? 人じゃないのか? チョッパー」
「いや、おれはヒトヒトの実を食べた人間トナカイで……あれ?」
そこにいた少年は、チョッパーと同じくらいの背丈になっていた。毛むくじゃらで、二足歩行だ。愛くるしい瞳は、小さなチョッパーと目が合っている。
「なんだお前ー!?!?!?」
「ああ、これ? 「人造ネズネズの実 モデル『ロボロフスキー』」だよ?」
「……SMILEか!!」
SMILEは、複数の能力ベースを発現できることと引き換えに、安定性が低く、変形すらできない者も少なくない。戦闘向きのものはなお少ない。
対して彼の食べた新型SMILEは、『モルモット』『鼠』に発現ベースを絞ることで、発現の安定性を高めている。それは、ソルベルデで研究される、数あるSMILE発展計画の1つ。
ソルベルデの民を大量に人体実験することで、シーザーのそれを大幅に上回る完成度を得ているのだ。数千の実験材料があれば、彼でもこの領域にたどり着けただろう。人体実験抜きでこれ以上の完成度の人造悪魔の実を作れるベガパンクは単におかしいだけだが。
「なるほど……能力があるならわかりやすい。おれの「トニートニー・チョッパー」だって見た目からつけられた名前だしな」
よし、とチョッパーは頷く。
「『ボロ』。ロボロフスキーだから、ボロだ」
「ボロボロみたいで嫌……」
「ボロを着てても心は錦、って言うだろ? 自由な心が大事なんだ!」
「ボロを着てても心は錦……」
自由な心。見た目より心が大事。それは、少年にとってはとても魅力的な言葉で……
「やっぱボロでいい。ぼくは、綺麗な服で心が死んだこの国より、ボロを着てても心は錦でいたいから」
小さな灰色の毛むくじゃらは、こうして「ボロ」になった。名を手に入れて、
「……たく、アイツらは一体どこ行きやがったんだ」
そんなチョッパーたちに近づく影がある。動きにくいソルベルデ風の黒服の裾を引きちぎり、ワイルドな死神のようになった男だ。
いつもの格好とは違うが、それでもチョッパーは、その男を遠目でも見間違えることはない。
「ゾロ!?!?」
「おお、チョッパーか」
「どうしてここに!?!? ……いや、聞かなくてもわかる。はぐれたな!?」
「失礼だな、あいつらが居なくなったんだ」
嘘だ。ゾロは、泡で視界が塞がれた瞬間、未知の方向音痴を発揮した。
入り口もわからぬこの洞窟に、地上から迷い込んだのだ。それはもはや特異能力の類である。
「……で、その毛むくじゃらはなんだ」
「『ボロ』だ」
「この国から逃げてきたんだ。奴隷みたいに不自由なこの国から」
そこに現れる影がもう1人。女の影だ。
「誰だお前」
刀を構えるゾロ。だが、その女の身長は、ゾロが警戒した
その女の名は「コアラ」。革命軍の幹部にして、魚人空手の師範代だ。
「あれ? ロビンさんに私のこと聞いてない? 革命軍のコアラだよ。2年間テキーラウルフで一緒にいたんだけど……」
「興味ねェ」
「おれは聞いたぞ!!」
「ドレスローザではウソップ君にも会ったけど、革命軍の仕事があってみんなとは会えなくて。ロビンさんの仲間で、サボ君の弟の仲間なんだから、一度会っておきたかったんだけどね」
「で、その革命軍が何の用だ」
「革命軍が何の用だ、って……そもそも『ここ』が革命軍の拠点なんだけど……」
そう。革命軍が麦わらの一味に接触したのではない。ゾロとチョッパーが、革命軍の拠点とする洞窟に落ちてきただけの話。
「この空間はモーリーさん、ああ。革命軍の幹部の人ね。その人が『オシオシの実』の能力で作ってくれたの」
革命軍「西軍」軍隊長、"毛皮の"モーリー。彼……彼女……いや、そのオカマの能力は「オシオシの実」。あらゆるものを壊さず押し退け、変形させる能力。その能力によって大地を押しのけ造られた地下空間こそがここだ。
世界最大の監獄インペルダウンにLEVEL5.5番地を作ったように、そのオカマの能力は秘密の空間を作るのに向く。
「ちょっと待て、能力で掘り進んだ? その前にこの島に「潜入」しねェといけねェ訳だろ? 浮島らしいし地下から潜入するわけにもいかねェし、大変じゃなかったのか?」
「いや? 歓迎までされたわ。今の情勢もあるし、世界政府を打倒するために手を組もうって。むしろ"呼ばれた"のよ私たちが」
「マジか」
「あの人、ううん。マキナは私たちがこの国の在り方に賛同すると思ってたみたい。警戒されることもなく、モーリーさんがこんな空間を作ることすらできた。だけど、違う」
この国は平和だ。戦火に怯えることもない。健康にも衣食にも困らない。だけど、奴隷の平和だ。テキーラウルフと何も変わらない。
「革命軍の敵は『世界政府』じゃないの。『支配』そのもの。この国は平和かもしれないけど、それで苦しんでる人たちがいる。心から笑えない人たちがいる。壊れていく人たちがいる。それだけで、私たちが戦う理由になるの」
「そういや革命軍も大変だって新聞で読んだが……今動ける状況だったのか?」
「そう! 革命軍も大混乱中だよ! サボくんの行方もわからないし! でもね、こう言う時だからこそ私達は支配と戦わなきゃいけないの」
レヴェリーから逃げた革命軍参謀総長サボ。彼が「ネフェルタリ・コブラ殺害事件」の犯人として追われ、消息を絶ったのは、革命軍にとっても由々しき問題だ。
だが、どんな状況であったとしても、支配に苦しむ民を見捨てる理由にはならない。数日前にこの島にたどり着いたコアラは、もちろんサボのことは気が気でないのだが……
「聞いたわ。ルフィくんたちが捕まってるんでしょ? どっちみちあなた達もこの国と戦わなきゃいけない。だから、共同戦線を張らない?」
「いいぜ」
ゾロは即答した。
「飯を餌に罠に嵌めようなんざ、いけすかねェ国だと思ってたんだ。ルフィたちを助け出すのもそうだが、一発殴ってやらなきゃ腹の虫が治らねェ」
「おれも賛成だ。この国は
「
それは、革命軍のこの島での本拠地。不自由な国の地下、洞窟の中に造られた自由の国。その名を……
「ソルベルデ地下……『ニュー・ニューカマーランド』で!!」
○ボロ
名前は出さないって言ったな!あれは嘘だ!!
人造悪魔の実「ネズネズの実モデルロボロフスキーハムスター」を食べたハムスター人間。
獣人型でチョッパーみたいなマスコットサイズになるが、戦闘力は皆無。
マキナ曰く「悪魔の実の量産性を高める実験としては価値はあったけど、役に立たないから凍結だね」とのこと。
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"未来兵器ウルカヌス"
繁栄国ソルベルデ、摩天楼最上階。そこは、壁や天井に青いラインが光る、未来的な回廊だった。
そこは、「研究室」、あるいは「実験室」。
回廊の左右には、複数の培養槽が浮かんでいる。その中には、『植物』が浮かんでいる。『人間』が浮かんでいる。『悪魔の実』すらも浮かんでいる。それらは希少な研究サンプルであったり、あるいは培養された実験経過、実験成果だったりする。
「離せ!」
そんな不気味な回廊の中を、麦わらのルフィ、黒足のサンジ、悪魔の子ニコ・ロビン、鉄人フランキーは運ばれていく。
透き通るプラスチックで身体を固められた麦わらのルフィは、芋虫のようにのたうつことしかできない。
「担ぎづらいから暴れないでくれよ!!」
とはいえ、俵担ぎされた状態を「運びづらくする」くらいの効果はあった。
「『鎮静ガスローブ』」
「へにゃァァァァ」
だが、ここにはガスガスの実の能力者、シーザー・クラウンがいる。鎮静ガスなどお手の物だ。
「ああ、ありがとう」
「なにを……」
「シュロロロロロ、気絶させる気でやったが、力が抜ける程度で済むとはな。イカれた免疫だぜ全く」
麦わらのルフィは、かつてドクドクの実の能力者マゼランと戦い、複数の毒を受けた上で奇跡的な復活を果たした。それにより得た免疫が、シーザーの毒ガスに対する耐性として機能していた。
「その点、お前たちは暴れなくていい。船長より利口だな!」
アダムスが担いでいるのはサンジとフランキー。ロビンはワシントンの背中に乗せて運ばれている。
その全員が、科学の糸──ナイロン66によって縛られている。
女であるマキナを差し置いて、一人だけ肉体労働を避けているのがシーザーだ。
「うるせェ、この状態でできることなんてねェだろ。おれたちができるのは、ただ仲間を信じて待つことだけだ」
「仲間ァ? 半数があっさり捕まったところにノコノコ現れるのか? 勝ち目もねェのに!?!? 馬鹿か!?!? ……いや、そうだな。てめェらはそういう馬鹿だった! 無駄骨だがな!」
「無駄じゃねェよ。まあ、馬鹿が混じってることは認めるが。クソマリモとかな」
そして辿り着いた回廊の最奥部。ドームのような、それなりに大きな部屋だ。アクリル越しに、ソルベルデという国を睥睨できる展望室でもあり、同時に研究施設の中枢でもある。
目の前には何らかの制御盤のようなものがある。
(あれを壊せば逃げられたりしねェか……? いや、ベガパンクの妹なら「あの研究所」みたく自爆スイッチが仕込まれてる可能性もある。うかつに触れねェな)
フランキーは、制御盤を見てそう判断した。実際、かつてフランキーはベガパンクの研究所の自爆スイッチを押してしまったことがある。世に言う「バルジモアの悪夢」事件だ。
だが、麦わらのルフィの目に入るのは目の前ではない。横。横に並ぶ、数十の培養カプセル。
水槽に浮かぶそれは、白い髪と浅黒い肌、漆黒の翼を持つ少年。目元には個体認識用のバーコードが刻まれている。
年齢も、髪色も。ルフィが知るそれとは違うはずなのに。
「シャンクス!?!?」
それでもルフィは気づいてしまった。
「シャンクスに何した!?!?」
「失敬な。むしろ何かしたのは君の方だって聞いたよ」
マキナは指をパチンと鳴らす。床下からせりあがるのは、青白く光り輝くカプセル。
そこにあったのは、カプセルに収まった腕の骨。なんらかのケーブルが接続されており、青い液体に浸かってぶくぶくと泡を立てている。
「その頃私は
それは、麦わらのルフィが、かつて赤髪のシャンクスに「腕を犠牲に」助けてもらった時のもの。近海の主に食いちぎられ、腹の中に落ちた、シャンクスの腕。
近海の主の「フン」の中から、消化されたそれを取り出したもの。
「流石に「セラフィム」と「クローン七武海」を混ぜるって発想は私にはなかったんだけど、一昨年
もっとも、又聞きで再現できるほどセラフィムは、ベガパンクの技術は甘くない。アダムスによる実証実験で「ルナーリア族に血統因子を混ぜる」研究は10年以上重ねてきているとはいえ、2年間ではまだ「完成」には至っていない。
「「量産型シャンクス」。もし、能力なし、片腕で世界の頂点になった海賊が、両腕で、最強種族の特徴を搭載されたうえで量産されたら。最強の兵団ができる。夢があると思わないかい?」
「思わねェよ!!!」
「とはいえ、起動までは至らなかった。本当は起動してから世界政府に戦争を仕掛けたかったんだけど、事情が変わった。レヴェリーの件やクロスギルドの件。世界政府の信用が地に落ちた今やるしかないからね」
レヴェリーでの革命軍の動乱。8ヶ国革命。七武海撤廃。クロスギルドによる海兵狩り。世界政府は、情勢不安によっていまだかつてないほど揺るがされている。世界政府に敵対する気なら、この機を逃せば他にない。だが、そもそも「世界政府に敵対する」という前提が異常だ。
「世界政府に……戦争を!?」
「当たり前だろ。私が望むのは世界平和だ。この国の平和じゃない。なら当然、世界征服しなきゃいけない。世界を敵に回してもね」
さも当然のように答える。それは、狂気だ。四皇でさえも、喧嘩を売るのは「海軍」までだ。世界政府そのものに敵対する革命軍すら、影から改革し、世界政府そのものに反旗を翻すことはない。
「まア、これは最悪起動しなくてもいいんだ。『フィガーランドの血筋』そのものが世界政府への牽制になりうるからね」
「!?!?」
「あれ、そこの子は、『どこまで』知ってる?
「──黙秘するわ」
「そうだよね。情報を引き出す目的の相手の雑談に応じるべきではない。多少は賢いみたいだね」
じゃあ、とマキナはフランキーに視線を移す。割れたケツアゴをくいと手で動かす。
「ところで、“鉄人”フランキー、君はどうだい?」
「おれか?」
「プルトンの設計図、頭に入ってるだろ? 教えてくれる気はないかな?」
「!?!? ──よくわからねェな。何の話だ?」
「とぼけてもムダだ。君がアイスバーグからプルトンの設計図を受け継いだことも、CP9がそれを狙ってたことも知ってる」
「……」
「そもそも。なんのためにこんな天まで届く建物を作ったと思ってる?」
「カッコいいからだろ?」
「違う。アンテナだ。厚い霧の外側まで突き出したこの摩天楼は、電波塔として電伝虫の念波を受信する。それを複数の大黒電伝虫で処理することで、あらゆる通信を傍受できる」
電伝虫の飛ばす「念波」は、海を越えて非常に遠くまで届く。それを傍受するための巨大装置と、『人体の巨人化技術』の応用で大型化・高出力化した盗聴用黒電伝虫の併用。これにより、ソルベルデは世界政府の機密情報をいくらでも傍受できる。
「なるほど、その情報網で知ったって訳だ」
「いや、プルトンについてはフクロウとかいうスパイが勝手に喋った」
「あいつかー!!!!????」
「SSGの情報も戦桃丸くんが勝手に喋ったのが結構あるしね……」
「あいつもか!!??」
「あいつ等、クビにした方がいいんじゃないか? 組織論とかは専攻外だけどさ……駄目だろあれ。まあ、うちの役には立ってるんだけど」
それは、世界政府の人材難が故だ。戦闘力を第一にしなければならない過酷な世界であるがゆえに、機密保持に問題のある人材をも登用しなくてはならない。
機密保持の観点から言えば、最悪は海賊に身をやつされること。そう考えると、政府への忠誠心があるフクロウや戦桃丸は「最悪」ではない。
「つっても、プルトンの設計図は『燃やした』が……それについてはCP9の情報にはなかったか?」
「あったよ。だが、船大工が一度見た設計図を忘れるか? とくに『驚くほど』の兵器の設計図を見て? それも、まがりなりにも
「え、おれがバルジモアで研究所を爆破したこととかバレてた?」
「──は?? え、いや、きみの
「……すまん、自爆スイッチをうっかり──」
「人類の至宝に!!!!! 何したんだお前ェ!!!!!!!??????」
「……すまん」
それは、フランキーが2年前、バーソロミュー・くまによって飛ばされた未来国バルジモアで起きた事件。ベガパンクの出身地──当然マキナの出身地でもある──そこにあるベガパンクの若かりし頃の研究所を、不慮の事故によって吹き飛ばしてしまった事件だ。
「でも実際、それができる頭脳があって『忘れた』なんぞ言わせないよ」
「まあ、確かにおれはプルトンの設計図を見た。船大工だからな。一度見た設計図はおおよそ忘れねえ。現物はなくても『ある程度』は書き起こせる。それも事実だ」
「なら」
「だが。世界を支配しようって奴にゃア死んでも渡せねェ。コレは「スーパー」偉大な船大工たちが、おめェみたいなやつの手に古代兵器が渡った時の『対抗策』として伝承してきたものだからだ」
答えは、NO。プルトンの設計図は、世界を滅ぼすものから世界を守るためのものだ。
「そうか。バルジモアの研究所には私も思い入れはあったんだけどな……」
「それはすまんが……『古代兵器』は慰謝料としちゃァ高すぎるな」
「……まあ、言ってみただけだよ」
マキナは、視線をサイボーグ船大工から、考古学者へ。"悪魔の子"ニコ・ロビンへと移す。
「そっちの子はどうだい?
「ないわ。貴女のような人には特に」
「そう?
「貴女も……!?」
「あの苛烈さだ。何も不思議じゃないだろ? いや、ちょっと世界政府の弱みを教えてくれるだけでいいんだ。君にとっても復讐になる。悪い話じゃないと思うけどなァ」
3年前であれば頷いてしまったかもしれない。世界政府への復讐。オハラの敵討ち。
それでも今は。仲間がいて、先に進んでいる。そして、新たな支配者にならんとする女には、支配で消された「空白の100年」の解読法は渡せない。
「まあ、いいや。話す気にならないなら、話す気にするだけだ。ロビンちゃんだっけ? オハラの出身だったよね?」
「──それが、どうしたっていうの?」
「あの島、もう地図から消えてるよね。厳密には『島の形』はギリギリ残してるみたいだけど」
ロビンの出身地、考古学の島オハラは「政府の禁忌」に触れたことで、バスターコールを発令され、島民皆殺しの末、島自体すら焦土と化し地図から抹消された。
「カティ・フラム。君の出身地は
「「!?!?」」
故郷を人質に取る。この女が言い放ったそれは、脅迫としてはありがちなものだ。
だが、実現は難しい。故郷の大切なだれかを人質に取るのではなく、「島」そのものを人質に取るという暴挙。海軍のトップエリートである中将5人と、軍艦5隻によってやっと行える「バスターコール」を、単身で、それも「個人への脅迫のためだけに」気軽に行えると言い放ったのだ。
それは、かつて政略結婚のために四皇、ビッグ・マムに育ての親を人質に取られたサンジにとっても他人ごとではない。
「見せてあげよう。これが『科学』の果て。究極の兵器だよ」
窓の外、ソルベルデの街の中から、塔のようなものが幾十もせりあがる。
それは、まるで灯台のような大きさの飛翔体だった。
ギトギトの実によるプラスチックで強度と軽さを追い求め、さらに術者の自由に動かせる翼。
"覚醒"によって、プラスチックの構造体自体から尽きる事なく湧き上がり、無限の飛翔を可能とする燃料。
そして、弾体に詰められた、島一つ、国ひとつを滅ぼせる大量の爆薬や毒ガス。
そしてそれらの材料は、100%「石油」由来で賄われている。
その兵器の名を、「
それを指先ひとつで生み出し、手足のように操ることができる。
それがギトギトという能力の終着点だった。
「宣戦布告代わりに、一発『世界の中枢』に撃ち込んでやる。これで滅ぶならそれまでの話。滅ばなければ、滅ぶまで撃つだけのこと」
それは、完全な不意打ち。対・国家の戦争であれば許されない不法行為。ただし、世界政府への戦争であれば許される。「世界政府への宣戦布告」という概念自体が想定すらされていないからだ。
戦力を集めるよりも先。麦わらのルフィの首を晒すよりも先。CP0が紛れ込んでいるとはいえ、未だ警戒が薄いうちに世界中枢を滅ぼす直接
「着弾点がどうなるか。この世界の中枢がどう滅ぶのか。見たいだろ?」
マキナが映像電伝虫を起動する。それは、傍受したマリージョアの、マリンフォードの、ハチノスの様子。
「マリージョア、ニューマリンフォード、ハチノス。滅んで欲しい場所はいくつかあるからね。地図から消えてもらうとしよう!」
そして、マキナは制御盤を叩く。まるでピアノを演奏するように。そして、兵器は射出された。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
数刻後。
その中枢。最高権力者、五老星の間。
「マリージョアへの直接攻撃、奴はその『意味』がわかっているのか?」
「世界政府そのものに『戦争』を仕掛けるなど、フィッシャー・タイガーの件すら上回る不遜。こんなことは前代未聞だ」
「レヴェリーの件があったばかりだというのに……世界のうねりは止まらんのか!」
「それどころではない! そもそも『アレ』はなんなのだ!!」
「あれではまるで……」
五老星が驚愕するのも無理はない。それは、海のかなたから飛んでくる。それは、16の光だ。それは、1発1発が島を地図から消す威力を持っている。それは天罰のようで。
……それではまるで。
「イム様の……」
世界の王、イム様の下す、神の裁きのような……
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「勘違いしてるようだけど。古代兵器プルトンがなきゃあ世界を敵に回せない訳じゃあ、世界大戦に勝てないわけじゃないよ。単に、『勝った後に世界を豊かにする』ために、失われた技術が役に立つかもしれない、というだけでさ」
それは、フランキーの致命的な思い違い。古代兵器プルトンによって世界を支配する気なのではない。
既に、古代兵器に匹敵する戦力を所有している。
本当であれば、「対抗策」としてプルトンを建造しなければならないほどの相手。
「古代兵器だって「800年前の技術」、つまり「科学」だろ? 本質的には別に珍しいものじゃない」
それは、この世界のだれもが想定しなかった行為。世界を滅ぼしうる古代兵器が手に入らないなら、「世界を滅ぼしうる兵器を別で作ってしまえばいい」という滅茶苦茶な発想。
「設計思想さえ推測できれば、未来技術でも似たようなものは作れる。それを超えたものだって」
それは、惑星全土を射程距離に収める、究極の攻勢兵器。
究極の「人」たるポセイドン、究極の「船」たるプルトン、そして未だ詳細は不明だが、究極の「島」と仮定されるウラヌスと並ぶ、究極の「大砲」。
極まった自然系の能力による無尽蔵のリソースと、数百年未来の科学知識の組み合わせで生み出される、人造天罰。
「その名も……"
天王星(ウラヌス)、海王星(ネプチューン/ポセイドン)、冥王星(プルート/プルトン)が発見された頃、「水星の更に内側」にも惑星があるんじゃあないかと言う説がありまして、その仮説惑星こそが「高炉星(バルカン/ウルカヌス)」です。まあ、なかったんですが。なんなら冥王星も惑星じゃなかった。
「存在しなかった太陽系第12惑星」の名を冠する、「人造古代兵器」こそが「未来兵器ウルカヌス」です。
……これくらいやらないと世界政府相手で「勝負」にならないんだよなぁ イム様に至ってはウラヌス持ってる疑惑も有力だし……
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“ニューマリンフォードの件”
新世界、ニューマリンフォード、海軍本部。
その上空から降り注ぐ、光がある。飛翔体だ。明らかにこちらに向かってきている。
天災か、兵器か。ベガパンクが敵に回ったのか、あるいは革命軍が古代兵器でも復活させたのか。あるいは、天罰か。
マリンフォードは一時恐慌状態に陥った。
だが、それも一瞬の話だ。
「臆すなァ! それでも貴様ら海兵か!!」
かつての大将赤犬、サカズキ元帥の一喝だ。苛烈で知られたのし上がった彼の喝は、ざわめく海軍本部全体に染み渡るように響き、黙らせるだけの力を持っていた。
「『アレ』はわしが撃ち落とす! 貴様らは“アレを撃ってきた輩”への対処を準備せえ!!」
海兵たるもの、世界の危機に慌ててはならない。世界の平和と秩序のために、死んでも戦わねばならぬ。その危機を撃滅する。海兵が何人死のうが、民間人が何人死のうが変わりはない。それがサカズキの掲げる「徹底的な正義」だ。
だが、この時点でどうしてサカズキはこれを「誰かの撃った兵器」だと断じたのか? 天災ではなく??
サカズキは、その飛翔体が「人の意志の籠った兵器」であることを察知していた。極まった見聞色のなせる業だ。見聞色の覇気とは感情を読み取る力。天災には効果がなくとも、人の意志で撃たれた兵器であれば、挙動を読むことができる。
……そして、「未来視」にまで達したその熟練の覇気は、その兵器がニューマリンフォードに直撃した際どうなるかさえ読み取る。
(爆弾か。わしが撃ち落とそうとした瞬間“マグマの熱で発火する”……そして、“空中で起爆しただけでも海軍本部を滅ぼせる”ちゅう魂胆か。甘いわ! わしを舐めちょるんか!!!
そして、意志を読み取る力は、その兵器の術者すら読み取る。そしてその想定を超える。
極まった自然系の能力と、極まった覇気を持つサカズキの拳には、それができる。
「大噴火!!!!!!」
マグマの拳が飛んでいき、天より降り注ぐミサイル群をひとつ残らず『蒸発させる』。爆薬が起爆するよりも早く。
覇気により硬化し、圧倒的な拳速によって本来のマグマをすら遥かに超えて赤熱した巨拳。
海軍元帥、サカズキの極まった覇気とマグマグの実の能力が成せる技だ。
だが。
光る。衝撃が、風が。ニューマリンフォードの市街地を、海兵の生活を薙ぎ払う。それはかつて、頂上戦争での白ひげの一撃にすら匹敵するだろう。
大噴火で大半が一瞬で蒸発して尚、微かに残った爆薬の火力でさえ「これ」だ。
それが、一発一発が島を消し飛ばす火力と、星を覆う射程を持つ「未来兵器」ウルカヌスの権能。
それほどの兵器を拳で防いだサカズキはもはや、海軍の英雄と言ってもよい。
──だが、それで終わりではない。これを撃ってきた「世界の敵」がいるのなら。そして、それに対応するために海兵たちが動き出したなら。英雄は英雄で終われない。ここからは、管理職の時間だ。
「元帥に通達!! 発射地点は新世界、ニジイロ海域! 世界政府非加盟国ソルベルデ!」
「元帥に通達!! ソルベルデより世界政府に『宣戦布告』の連絡が届きました!!」
「元帥に通達!! マリージョアにも攻撃が放たれたようです! 滞在していた大将"藤虎"が防御に当たり、天竜人に被害はない模様!!」
それは一つ一つが前代未聞の報告。天に唾吐く所業。
その無謀を、「計算して」行っている。間違いなく勝算を確信した上で。
「あの女ァァァァ!!
それはかつての事件の話。あの時にもっと苛烈に、マキナを処分しておくべきだったのか。それとも、
「繁栄国ソルベルデ『総統』マキナを18億6000万Bで初頭手配せい!! 世界政府への攻撃は世界秩序への攻撃!! これ以上ない大罪じゃ!!」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
「なんてことをしたの!?!? 貴女!?!?」
ロビンだけではない。フランキーも、サンジも冷や汗を流している。首を傾げるのはルフィだけだ。世界政府への攻撃は大罪である。マリージョアへの攻撃はそれ以上に。
「あれ? それ君たちが言う? エニエスロビーを堕とし、インペルダウンを脱獄し、マリンフォードを荒らした麦わらのルフィの一味が??」
「バスターコールが発令されてもおかしくないわよ!?!?」
「そのへんの対処は今からやるさ」
マキナは電伝虫をコールする。プルルル。プルルル。
電伝虫の顔が変化し、頭から「3」を模した触覚が生える。
これは電伝虫の持つ擬態機能だ。通話先の人相──ここではクロスギルド幹部ギャルディーノの──を表している。
「こちらクロスギルド本部だガネ」
「こちらソルベルデ総統、マキナ。トップに代わってくれるかな?」
ドタドタと足音が響く。数十秒もすると、電伝虫の頭から「3」の触覚が消え、代わりに赤く丸く大きな鼻が浮かび上がる。
「ギャハハハハ!! こちら"四皇"のバギー様になにか用か???」
「四皇ってのは"出資者様"より偉いのか?」
「あい、すいません……」
千両道化のバギーとサー・クロコダイル、鷹の目のミホークが組んだことで誕生した「クロスギルド」は、海兵に懸賞金を掛ける前代未聞の施策で成り上がった海賊団にして犯罪組織だ。
その性質上、多額のカネをばら撒く必要があり、資金源として多くの「闇の組織」「裏社会」から出資を受けている。
そして、繁栄国ソルベルデもその主要な一つだ。金銭的にもそうだが、『プラスチック』によって作られた、玩具のようなチープな見た目でありながら、能力により元手0で生産でき、性能も現行の最新銃すら上回る銃などの兵器群を供給することで、クロスギルドにはなくてはならない「お得意様」となっていた。
……もっとも。それも善意ではない。世界政府と敵対する、この時のための布石。
「ちょっと兵力が要るんだ。貸してくれ」
「"誰"をだ?」
「"鷹の目"」
「!?!?!?」
"鷹の目"ジュラキュール・ミホーク。懸賞金35億9000万B。世界最強の剣豪。クロスギルド大幹部であり、四皇をも上回る戦闘力の持ち主。
「オイオイオイ、冗談だろ!?!?!?」
「冗談じゃないさ。世界政府に攻撃したからね。反撃でウチにバスターコールが撃たれそうなんだ。かつて海兵狩りで知られた鷹の目のミホークにとっちゃ中将斬り放題バーゲンセールなんだろうが……」
クロスギルドが「バギーズデリバリー」の事業を引き継いだことで、鷹の目ほどの戦力が「海賊傭兵」として、カネで雇える存在となった。……もっとも、彼を雇うだけの莫大なカネと彼の気が乗る戦場を用意できれば、の話だが。
そして、バスターコールとは、彼の血が騒ぐほどの戦場だ。
「かの"海兵狩り"もそうだけど、海兵を狩って懸賞金を貰いたい奴等を全員連れてきてくれ。良い狩り場だろ? 別に「四皇」たる君自身が出張ってきてもいいけど……ああ、それと懸賞金はこっち持ちでいいよ」
「はアアアアア???? 世界政府に攻撃ィィ!?!? なんで先に言わなかったァ!?!?」
「ウチが瓦解したらクロスギルドも傾くだろ? これで断れない。私とお前は一蓮托生だ。兵力、出すしか無くなったね?」
「はアアアアアアアアアア!?!?!?」
ガチャリ。
「よし。これでバスターコール対策は万全だ」
「待て」
「バギーって本当に四皇になってたのか!?!? 弱ェのに!?!?」
「そこじゃねェ。あまりにも雑な会話だったが……来るのか? "鷹の目"が!?!?」
「まあ、半々だね。バスターコールが来なきゃ来ないし、バスターコールが撃たれても、"鷹の目"の興味がわかない程度の中将だと来ないかもだ。ガープ中将は半ば引退してるとはいえ、おつるさんでも入ってれば来ると思うよ」
冷や汗を流すサンジ。かの鷹の目のミホークまで動員するなど、彼の故郷である戦争国家ジェルマ66と比べても常軌を逸している。これが、世界に戦争を挑む者の在り方か。
「当然、これで終わりじゃない」
マキナの白衣の裾からこぼれ落ちた石油の雫から、白くのっぺりしたプラスチックのヒトガタが生み出される。
かつてルフィが戦った、ビッグ・マム海賊団将星シャーロット・クラッカーがビスビスの実の能力で生み出したビスケット兵に近い。
極まった物質生成系の能力者は、生み出した物体をサイコキネシスのように操り自立行動させられる。
さらにマキナの場合は「稼働機構」と「燃料」も生み出せる。通常の物体生成能力者よりもより精緻に、より高出力に、より大量に生成できるのはこれ故。物理的可動機構を作ることができる分、操る際の負担が軽いのだ。
そして。このヒトガタは今作られたものだけではない。プラスチックは腐らない以上、何年も、何十年もかけて作り続けることができるはずで……
映像電伝虫は、未だマリンフォードの状況を映している。
本来であれば島ひとつを焦土に変えられる「ウルカヌス」だったが、多少建造物が崩れ落ちた程度で済んでいる。元帥サカズキが撃ち落としたのだ。
海の向こうから、もうもうと黒い雲を引き連れて、白い船団がやってくる。船団の上には、白いヒトガタたちによる絡繰の兵隊。ギトギトの能力によって何十年も作り続けられた、無数の兵団だ。その量は、マリンフォードの軍艦とそこに乗る海兵よりも多い。
白い船は、ぽん、という気の抜けた音を出しながら砲弾を放つ。着弾した軍艦が爆発し、あっさりとへし折れて半分ほど海に沈む。
数だけではない。海戦において最も大事なのは「砲撃の射程」だ。射程で劣る戦艦は、近づく前に一方的に落とされるのみ。
予算と技術の関係上、ほとんどの海軍船はSSG製の大砲を積んでいない。大航海時代の職人の手作業品だ。この時代においてはそれでも上等なものだが、弾道ミサイルすら開発する「天才」を相手にするのはやや不足だった。
「砲撃戦では勝てん! 月歩を使えるものは続け! 直接叩く!」
半身を犬に変えたダルメシアン中将が、白い船の甲板に乗り込む。空気を蹴って多段ジャンプし飛行する政府の体術、月歩によって飛んできたのだ。覇気と六式、そして動物系悪魔の実を極めたダルメシアン中将は、迫撃において最強クラスの中将である。絡繰兵がまるで飴細工のように折れ、割れ、弾け飛んでいく。
……だが、飛べるのは彼らだけではない。白い甲板から機械仕掛けの鳥が飛翔する。ワシントンの正式採用型だろう。
月歩で飛んできた海兵を妨害し、はたまた上空から射撃を行う。
とはいえ、飛びあがった機械の鳥は、ワシントンほどに強くはない。量産型とはそういうものだ。積む兵器も限られていれば、予算の都合で装甲も脆い。
「直角飛鳥 “ボーン
攻撃のために海軍艦に近づいた機械鳥は、直角に曲がる「飛ぶ斬撃」によって数機まとめて両断される。海軍本部少将、“船斬り”Tボーンの仕業だ。
奥では、月歩によって空気を蹴って飛んできた海兵に、身の丈以上に肥大化した巨拳で叩き落とされ、海面に激突して木っ端みじんになった機体がある。オールハント・グラント大佐の悪魔の実の能力だ。
とはいえ、それだけでは済まない。プラスチックの軽い身体を活かして甲板に飛び乗ってきた兵士たちがいる。機械の鳥は多くの絡繰兵を持ちあげ、投げ込んでくる。「空母」も「空挺投下」も、本来この時代にはない戦術だ。天才だからこそ、数百年先の戦術を発想できた。
機械兵団が、海軍の軍艦の上に乗り上げる。そこからは乱闘が始まる。
「硬ェ!」
「少佐以下では相手にならん!」
絡繰兵の動きは単調だ。だが、いかんせん硬く、痛みに怯まない。そして多い。
「はあっ!」
圧倒的な速度の乱れ突きがプラスチック兵を貫く。“釘打ち”イスカの仕業だ。数年前、少尉だった頃の彼女であれば、この装甲は貫けなかったであろう。だが今は、それができる。チープな甲殻を、まるでハンマーで殴られたかのように破砕することすらも。
だが、多勢に無勢。個の力では海軍本部が勝れど、銃弾を通さない頑強な兵団相手では、下級海兵が役に立たない分、戦力の数では大きく劣る。
戦場は、明らかにマキナの、ソルベルデ陣営の側に傾いていた。
そもそもの話。ニューマリンフォードに駐在する海兵の数が、平時と比べてもなお少ない。
世界中から海兵が集められた頂上戦争の時とは当然比べ物にならない程に少ない。だが、そうでないにしろ、今は海兵が足りないのだ。
七武海制度の撤廃に伴い、元七武海の拿捕のためにステンレス中将やヤマカジ中将など、多くの中将が不在となっている。レヴェリー後の世界情勢に伴い、対・革命軍にも多くの戦力が割かれている。新兵器、頼みの綱であるセラフィムも多くが出撃中であり、マリンフォードには1機も存在しない。
また、クロスギルドの海兵狩りや黒ひげ海賊団の能力者狩りによって減らされた人員も少なくない。しかもクロスギルドは海兵に懸賞金をかける前代未聞の世界政府への敵対行動を行っており、対策に駆り出された海兵も少なくないのだ。
大将に至っては全員不在だ。「緑牛」はワノ国で百獣海賊団残党の撃滅と捕縛に。「藤虎」はレヴェリーの騒乱後のマリージョアの防衛網として。「黄猿」もまた、エレジアの件の後始末で赤髪海賊団とにらみ合いの状態だ。「青キジ」は……2年前に退職した。
とはいえ、雑兵と兵器で押しているだけだ。広域殲滅が可能なサカズキ当人が出撃すれば、一気に局面をひっくり返せるだろう。
「ぬうう」
だが、サカズキは動けない。次に『ウルカヌス』が撃たれたときのために、高所に陣取って力を蓄えておかねばならない。そもそも、「熱で起爆する爆弾」というマグマ人間の弱点を突かれ、「爆発する前に蒸発させる」という曲芸を強いられている以上、次を確実に撃ち落とせる保証すらないのだ。
このままではじり貧だ。なにか、巻き返す手立てはないか。
「困っておるようじゃのう、元帥サカズキ」
ニューマリンフォードの本部棟最上階に立つサカズキの後ろから歩み寄る影がある。女の影だ。
ウェーブした短髪が、戦場の衝撃で揺れる。隠れていた片目が露わになり、女の顔が明らかになる。女の正体を……否。
「貴様ァ! どの面下げて来おった!」
その女にとって、すでに「顔」など意味をなさないのかもしれない。
その胸元には「PUNK 02」と刻印されていた。それだけが、彼女の。いや、彼の価値を表している。
その『
公称の年齢とも、公称の性別とも釣り合わない。
この
しかし、ただ一点。この天才が、『今しがた世界政府に宣戦布告した女』の血縁者であることが唯一重要なことだった。
「Dr.ベガパンク!!!!」
うおお、おれは本誌でベガパンクがまともに喋る前にベガパンクを出すぞ!次話のことは次のジャンプが出てから考える!!
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"世界最大の頭脳"
いつも死んでんなこいつ
「どのツラ下げて来おった! ベガパンク!!!」
その女の名を、Dr.ベガパンクという。若い女の姿をしたそれは、ここ数十年の間「世界最大の頭脳を持つ男」の名を恣にする存在だ。
「そう言われてもな、わしは『海軍科学班』のトップ。マリンフォードに居てもなんの問題もない」
「それはそうじゃ。
「そう怒るな。皺が増えるぞ。わしが作った皺取りの美容薬など提供してやろうか?」
「要らん!! そもそも、いつもエッグヘッドに篭っている貴様が何の用じゃ!!」
「無論、"観戦"じゃ。わしはこの戦争の行く末に興味がある。研究を一時的にストップする程度にはな」
それは、言外に「海軍にも妹にも与しない」ことを意図した発言であった。身内に絆されないだけマシではあるが、海軍に雇われた身としてはあまりにも不遜な職務放棄でもあった。
「まア、手は貸さんが口は出してやる」
「手は動かさず口だけ出すとは、良いご身分じゃのう」
「何を言うか。
成程、頭脳労働者にとって、「手は動かさず口は出す」のは、ただの傲慢ではない。その発言そのものが仕事となる。
妹を倒すために戦力は貸さずとも、知性そのものは貸し与えると言う、雇い主への最大限の譲歩が見える行動だ。
「じゃあ聞いちゃるが、奴の兵団は"何"じゃ? どういう科学技術で、弱点は何じゃ?」
「いやあ、そもそもアレは科学技術ですらない。中身には補助的に機構が作られてはいるじゃろうが……」
「?」
「海軍には『メタメタの実』の能力者がおったよな」
「グレイドル中将のことか」
「ああ。そいつじゃそいつ。そいつの能力なら似たようなことができたはずじゃ」
「なるほどのォ……『能力で作った人形を独立して動かす』のが本質ちゅうことか。この距離で、この数をか」
海軍には、グレイドルという中将がいる。自然系、メタメタの実の液体金属人間であり、液体金属で作った人形に覇気を纏わせて多対多の戦闘を行うことに特化していた。
そうした戦闘手法を知るサカズキは、マキナのギトギトによって齎された兵団を見ても、「練度と出力は兎も角」理論上自然系で可能な範疇の戦闘方法として判断した。
「いや、大凡『自動操縦』で『作り置き』じゃアないか? あらかじめ動きをプログラミングしてあるから単調で、あらかじめ数を揃えてあるから補充もそうすぐには効かん。硬くて力も強いが、佐官クラスなら苦戦することもないじゃろ」
「ふむ」
世界最大にして最高の頭脳を持つ天才科学者は、科学者としての領分に留まらない。門外漢でありながら、戦術立案などでも並ぶ者はいないだろう。これが、海軍科学班SSGのトップであり、現在の海軍にとっての最重要人物、Dr.ベガパンクの秘める価値の一端。
「じゃが、世間で起きる数々の凶悪事件に、今は海軍も人材不足! ニューマリンフォードにおる佐官以上も数が知れちょる。迂闊に呼び戻すこともできん!」
「まあ、そうじゃろうな」
「わかっちょるならエッグヘッドのセラフィムを出撃させんか! 貴様だけじゃ! この島におる「海軍側の遊んじょる戦力」は!」
「やめておいた方がいいと思うが」
「何?」
「
「貴様の昔話に興味はないわ」
「まあ聞け。それは『科学』についてもそうじゃ。「新しいものを作り上げる」ことは天才たるわしには遠く及ばんが……こと「他者の技術模倣」と「実用化」においてはわしに近い天才! セラフィムを仮に拿獲されたとして、技術を吸い上げられるまで何時間かかるか……」
「成程」
妹贔屓が入ってはいるだろうが、それは合理的な結論ではあった。
天才科学者同士の対決では、相手の手に兵器を渡してはならない。解析されてしまうから。
マキナは「能力による力技」というベガパンクには模倣不可の技術を使っているが、海軍側の技術はマキナにいくらでも漏洩しうる。
「まア、当然自爆機能も積んである。とはいえ、自爆機能ごと破壊されることも想定すべき。すこしでも危険が迫ったら
それは、海軍期待の新兵器を複数失う可能性のある危険策。王下七武海の代替として生産したものであり、王下七武海制度を撤廃してしまった以上、ここでセラフィムを大量に失うことは、ソルベルデに勝てたとしても世界政府の終焉を意味する。
「それでもやるか? やるとしてもセラフィムの翼は飾りじゃ。飛んでこさせることはできんから、ここまで持ってくるのに最速でも2日はかかる。ソルベルデ急襲なら近場じゃから半日もあれば済むが……」
「いや。貴様の言う通り危険性が高すぎる。自動兵器しかおらん『
「じゃろうな。それが正しい。もっとも、この
「ベガパンクの……中じゃと??」
「故に、「不干渉」。わしはどちらにも付かん」
ベガパンクの中、というあまりにも未知、納得不可能の概念。そこから導き出される"政府に与しない"という結論。過程も結果も、サカズキには看過できるものではない。
「それが……許されるとでも!?」
「許すも何も。わしは世界一の大天才であり、世界一役に立つ男じゃぞ。表立って世界に反旗を翻したらまだしも、
(……これは、世界政府が馬鹿にされちょるのか?)
それは、真の意味で「ベガパンクが処分されない」と言う話ではない。その知性が持つ危険性が故に、世界政府側から始末が検討されたことも一度ではない。
(じゃが、実際のところ、反論はできんな。いくらベガパンクに問題があろうとも、それが正義の役に立っているのは事実)
だから、王下七武海とDr.ベガパンクは本質的に同じなのだ。王下七武海賛成派だったサカズキも、問題があろうとも政府に貢献するDr.ベガパンクを責められない。それは大局の正義を見る思想ゆえだ。
「海軍だけではない。マキナの側が仮に勝ったとしても。わしは重用されるだろうな。だから今回の戦争、わしは「動かない」だけで利益が入ってくる」
今回の戦争で、ベガパンクの地位は動かない。身内が世界に反旗を翻そうと、その戦争でストライキをしようと。海軍が勝とうと、妹が勝とうと。地位を追われることはない。──少なくとも、このベガパンクと海軍はそう考えていた。
「それでもわしを動かしたいなら『交換条件』じゃ。わしが動いた暁には研究費と……マキナをわしに寄越せ」
「兄妹の情か……!? 貴様の身内だから「悪」を見逃せと……!?」
「そんなわけあるか!」
「でありゃあ何故じゃ!!」
「世界には技術が足らん! 資金が足らん!! 思いついた未来を現実にできない!! 奴も「その問題」に辿り着いたが故に『ギトギトの実』を食したんじゃろう。まあ、本当は『ゴロゴロ』の方を探してたようじゃがな。死ぬくらいならその能力と、わしには多少劣るがその技術力! 有効活用してやろうと言うている!!」
それは、天才たちが行きつく最大の問題。いくら数百年先の技術力があっても、金と人材が足りなければ机上の空論に等しい。能力による材料費・燃料費の低減を目指し、さらに国を興して国民に奴隷労働を強要したマキナ、四皇と言う最大クラスのパトロンを得たシーザーとクイーン、そもそも一国の王であり、しかも他国からの略奪を繰り返すジャッジのように、誰もが金と人材を追い求める。
「
「──じゃが、そのために悪を見逃せというのか!! 「正義」が、「道理」が通らん!!」
「「正義」気にして「科学者」やれるか!! ──そうじゃ!! ついでにシーザーと、あとはアイツ……貴様ら的には「クイーン」の方が通りが良いか? 奴も捕まったろう。首輪でもつけてエッグヘッドに寄越せ」
「──一応会議には上げておいちゃる」
苛烈なる大将赤犬として知られたサカズキだが、王下七武海賛成派だったように、「海賊を倒すための必要悪」についてはきちんと理解している側だ。それでも、世界の敵を殺さずに半分無罪放免にするという結論は、「徹底的な正義」が容認できないものであった。
「ほう、色の良い答えを期待しておくぞ」
ベガパンクには、少なくとも「このベガパンク」、正式型番「PUNK02 VEGAPANK「
故にこのような不正義を提案出来たのだ。
(全く。世界で最も海軍の役に立っている男が、ここまで正義と無縁な男であるとは。それならばむしろ「奴」の方が……)
そう考えると皮肉にも、今しがた海軍に反旗を翻しているマキナの方が、兄であるベガパンクよりも「海軍向き」な人材であった。
……明文化されてはいないが、海軍は慣例的に、三大将で「過激派」「中立」「穏健派」の派閥トップを分担している。組織としての中立性を保つためだ。しかし、かつて過激派大将であった「赤犬」サカズキが昇進し、「青キジ」クザンが退職したことで「過激派」と「穏健派」の椅子が空いた。
それを埋めるために行われたのが世界中から「実力者」を海軍に招聘する『世界徴兵』。マキナは、「非常に高い正義感」と「強力な自然系の能力」、「海軍のこれからを担う『科学班』の、シーザー無き跡のNo.2兼任候補」として、「赤犬」の後継最有力候補と目されていた。
それこそ、彼女が総統を務める「世界政府非加盟国ソルベルデ」の「世界政府加盟承認」と「海軍任期中の天上金免除」という、異例ともいえるリターンを提供するほどに。
それでもマキナは大将就任を断った。「自由にやりたい」「支配に加担したくない」として世界徴兵を蹴った実力者は何人も存在したため、違和感はなかった。
だが、実際は真逆。マキナは海軍に、世界政府に反旗を翻した。それも偏に、『海軍の過激派をもはるかに凌駕する過激な正義』が故。世界を支配し管理する世界政府ですら、「支配が甘い」「管理が雑」と断じる、暴走した正義感。
世界徴兵は本来強制だが、大将クラスともなると、海軍にとっても敵に回したくない存在となるが故に、マキナを含むこれらの数名は無罪放免野放しとなっていた。
だが。この時点で殺せていれば。せめて懸賞金でもかけておけば。こんな事態は防げたのではないか。そう、元帥サカズキは考えざるを得ない。いや、もっと前。あの時点で……
「何を考えてるか当ててやろうか?」
「何?」
「MADSが崩壊したあの日のこと、いや。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
「じゃあ。実験室に行こうか、
「え?」
「シュロロロロ!!馬鹿かテメェら!テメェらは実験動物!此処で楽しい楽しい戦争観戦だけやってていいわけねェだろうが!!」
しかし、ここは管制室だ。電伝虫で得た情報に基づき、マリンフォードの軍隊に指令を出す。少なくともロビンには、そういう機能の部屋に見えた。
「私たちやシーザーはともかく、貴女はここを離れていいのかしら? 戦争の真っ最中なのに、管制室を離れるなんて」
マキナは、既に管制室に背を向け歩き出している。ルフィ、サンジ、フランキー、ロビンも連れて。回廊の先にある何処かに向かう。
「ああ? うん。マリンフォードにある兵器も兵隊も石油製品。視界も触覚も「覚醒」で私の知覚対象になってるからね。ここで電伝虫を通して映像化したのは、君達に「私に従わなかったらどうなるか」を見せるためでしかない」
そもそも、マキナ、否。覚醒した物体生成タイプの能力者にとって、視覚などはほとんど意味を持たない。映像越し程度の精度なら尚更だ。そんなものに頼るより、覚醒により石油の中に延長された体性感覚の方が信用できる。
「
それに加えてベガパンクの血が齎すマルチタスク技能は、半自動化しているとはいえ、世界を滅ぼす兵と艦を片手間に動かしうる領域にまで達している。
「そしてそれ以上に、君たちを研究する価値がそれほどにあるということも理解してほしいな。悪魔の実の新たな領域、あるいは古代兵器や古代文字の鍵。ジャッジくんの研究の完成形。それがどう言う価値を持つのか、わからないかい?」
「まア、それはわかる。実際、CP9がどれだけ古代兵器を狙ってたかを目にしてるからな。でもよ、マリンフォードであんなに能力を行使しながら俺たちを研究するってのは、いくらてめェが優秀な研究者でも無茶じゃねえか? 能力者の肉体負担は知らねェが、頭脳の負担だけでも相当なもんだろ。なんならてめェ、足がふらついてるぞ。
「気づかれたか……」
それは、当たり前の話だ。マキナは改造人間であり、天才であり、自然系の能力者だが、本質的に戦闘員ではない。覇気すら身につけられない戦闘力の彼女の体力では、莫大な出力の能力を維持するだけで手一杯だ。それに加えて数万の兵団を動かしているのだから。立っていられるだけでも異常と言える。
「でも、それでも問題ない。なんせ、
「??」
「ほら、見えてきたよ」
「なんだアレは!?!?」
そこにあったのは、赤銅色の歯車の集合体。吹き抜けになった摩天楼の中央を貫くような巨大構造体。
蒸気を吐きながら、パチリパチリと回路を自動で組み換え続ける、未来の機械。
「
それは、兄であるベガパンクの「自身の思考を分割する」技術の機械的模倣。演算能力の外注。
能力によりコレと接続されたマキナもまた、世界最高でありながら「世界最大の頭脳を持つ女」となる!!
「体中に管を繋ぐからちょっと死ぬほど痛いかもしれないけど、まあ三日三晩くらいで終わると思うからさ。頑張って生きててくれよ、
うおお、エッグヘッドがあそこまでやってるならソルベルデも無限にやりたい放題やって良いはずだ!了解!!超巨大スパコン!!!!
……ONE PIECE世界、パソコンあるのかな フランキーの体内とかパシフィスタの体内に普通に入ってたりしかねないんだよな
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"逆襲のニュー・ニューカマーランド"
あれだ、シーザーがあんなに張り合ってるからシーザーとベガパンクがタメかとばかり……
結果的には「伝説のババア」になったから劇場版ボスっぽさはあるかもしれない
ウソップ、ナミ、ブルック、ジンベエはCP0の2人に連れられ、革命軍と合流を目指して洞窟を歩いていた。
「なあ、ここは監視とかされてねえんだろうな!」
「多分な。なんせここは
「え? 此処ってアイツの能力で作った浮き島じゃねェのか!?」
「上の街はな。ここ、土台部分は『霧の海』の海流の影響で船などの漂流物が自然に集まってできた浮島だ。だから、マキナのギトギトの実の影響は及ばない。『地下にこんな洞窟ができている』ことすら気づいていない、はずだ」
「はず、って……」
ドン。
「「ん?」」
薄暗い洞窟の中故か、話をしていて余所見をしていた故か、2人の男がぶつかる。ウソップは目を凝らし、自分とぶつかった男の顔を見る。
それはロロノア・ゾロ。方向音痴が故に失踪していた彼らの仲間だ。
ゾロとチョッパー。同行者である革命軍の少女コアラと、現地の少年ボロ。
「なんだウソップか。どこ行ってたんだ」
「オメーがどっか行ったんだろうが!!」
「チョッパー! まさかゾロと一緒にいるなんて」
「みんな!」
合流を喜ぶ麦わらの一味。だが、1人だけ別の方向を向いている。
「……どうしましたジンベエさん?」
ジンベエは、目を見開いている。合流した仲間の方ではない。もう1人の少女、ゾロ達を連れてきた革命軍であるコアラの方を見つめている。
「!? お前さん、まさかコアラか!?」
「ジンベエの親分!!」
コアラは、ジンベエに抱きつく。幼少期、彼女はタイヨウの海賊団の船長、フィッシャー・タイガーによって奴隷から救われ、ジンベエ達と同じ船で過ごした身だ。
「えへへ、やっぱざらざらしてる」
「"鮫肌"じゃからのう。じゃが乙女の肌に傷をつけちゃあタイのお頭に申し訳が立たん。離れんか」
そうした輪の中に入らないものが3人。意図して輪から離れているCPを除くと1人。
「……で、そこのそいつはなんなんだ? 能力者っぽいが」
「……どうしたボロ?」
ボロは、チョッパーの後ろに隠れている。
「おれ、こんなたくさんの人と話したことなくて」
そう。この島で生まれたボロは、労働と勉強と人体実験に追いやられ、人と話す機会が少なかった。それが、屈強な海賊に囲まれているのだ。恐るのも無理はなかった。
「大丈夫だよ! みんないい奴なんだ!」
「チョッパーが言うなら……」
ボロは、チョッパーの後ろから一歩踏み出す。
だが、瞬間。暗かった世界が光に包まれる。
「ヒィッ!」
ボロは急に明るくなって怖気付いたのか、あるいは明るくなったことで恐ろしいものを見てしまったのか、もう一度チョッパーの後ろに隠れてしまう。
暗かったステージが点灯する。まるでそれはカジノのような煌びやかさ。
周辺を見渡してみれば、十人、二十人と人々の姿が見える。半分ほどは作業服に身を包んでいるが、もう半数はタキシードに身を包んだスキンヘッドの女性だったり、スチームパンク調のドレスに身を包みバニー耳をつけた髭の成人男性だったりする。彼らのような人々のことを、人は“ニューカマー”と呼ぶ。
そして照らされる中央ステージには、紫のアフロが、背を向けて立っている。アフロの人間が、というのではない。超巨大なアフロから小さな胴体と手足が生えた三頭身の体格は、もはやアフロそのものが立っているように見える。
「ヒーハァー!!!!!!!」
アフロが、振り返る。
紫色のリップに、常人の頭ほどはあるつけまつげ、ブルべで纏めた厚化粧。巨大な顔面は、一度見れば忘れないほどの強烈な圧を持っていた。
革命家、エンポリオ・イワンコフ。革命軍の創立メンバーであり、大幹部、そしてカマバッカ王国の女王、オカマ王でもある。
麦わらの一味は動じない。だが、チョッパーの後ろをついてきていたボロは、その「圧」によって尻餅をついた。衝撃でネズネズの実モデルロボロフスキーハムスターの能力が解ける。
「安心していいわよハムボーイ。ヴァタシ達は弱い者の味方。ここのニューカマー達も、元々はヴァナタと同じ"脱走者"!!」
「え……」
ボロは周囲を見渡す。変態、変態。1人飛ばして変態。それがニューカマーランド。
「一緒にされたくない……」
「ショック! ショックで心が折れ……折れ……」
膝をつく巨大なアフロ。
「折れなーい!!」
「「「折れねえのかよ! 一本取られたよ!」」」
「ヒーハァー!!!」
「あら、近くで見るとすごいアフロ」
「!! わかる!?」
「ええ。私もアフロには一過言ある身でして」
「いいわ。後でアフロに効くニューカマー美容法を教えといてあげる」
「頂上戦争ぶりじゃな。イワンコフ」
「ええ。ヴァナータが麦わらボーイの船に乗ってるのはちょっと意外だけどねジンベエ」
ジンベエはあたりを見渡す。変態といえば聞こえが悪いが、自由を求めてあるべき姿になったもの達がそこにはいた。
「此処にいるのはお前さんが集めた"ニューカマー"か」
「ええ。この島に潜伏した革命軍も使って、インペルダウンの時と同じ要領で集めた"反乱分子"よ。この島の研究のおかげで能力者も揃っているし、ある程度は戦えるハズ」
「成程な。SMILEの研究か」
「ええ。マキナが自分の首を絞めてるようだけど、人造能力者やら改造人間やらが揃ったこの島で反乱を起こせれば、非戦闘員といえどかなりの戦力にはなるはずよ」
そう。この島、繁栄国ソルベルデはマキナの人体実験場。ボロのようにまともに戦闘に役立だない実験や、そもそも実験が失敗したパターンもあるにせよ、他の島の一般市民よりははるかに強力だ。革命を起こすのにはこれ以上ないほどに。
「でもね。問題はあるわ」
革命を起こすことさえできれば。
「此処の人たちは既に『戦う気力』を失っちゃブル! 「運命に抗う気力」の無い者に逆転のチャンスは訪れナッシング!!」
それは、革命軍のポリシー。ただ助けを待つだけのものを助けるのではない。自分たちで立ち上がるものを手助けする。それが革命軍なのだ。だが。この島においては。それは無情すぎる。
「まあ、そう言い切っちゃっても良いのかもだけど。この国に限ってはそれは酷かもしれないわね。「抗う気力を徹底的、かつ意図的に削いでる」ワケだから。それを「諦めない者でいられなかった」自己責任と言っちゃうのも無情!」
ただし、その意見は、「精神を病んだ」者に対してあまりにも酷だ。支配者は立ち上がる気力を徹底的にへし折るものだからだ。一歩間違えば支配者による洗脳を肯定するだけになりかねない。だから、革命軍は立ち上がれないものが「立ち上がるため」の手助けも行う。
「でも、イワさんの"ホルホルの実"の能力があれば、気力を取り戻させるのも行けるでしょ? ほら、ブスっと!」
イワンコフの食べた悪魔の実は、ホルホルの実のホルモン自在人間。指に生えた注射針からホルモンを注射することで、性別、病気、肉体のサイズなどの肉体構造まで、全てを超越する人体のパイオニア。
「とは言ってもね……ベティなら梅雨知らず、ヴァタシの能力で一人一人気力を取り戻させていくのは、流石に無理があるわね。労働者の健康面では気遣われてるから、"エンポリオ・テンションホルモン"に耐えられナッシブルな人はいないだろうけど……」
そう。この場には、コブコブの実の能力者であるベロ・ベティがいない。彼女はレヴェリー帰りであり、この島を解放する準備を整える時間はなかったためだ。
だから、ひとりひとりにイワンコフの指先の注射針を刺して回るしか方法が……
「おれがやるよ」
「!?」
ない、はずだった。ここにトニートニー・チョッパーと言う医者が来るまでは。
「ヴァナタ、何を!?」
「だから、そのテンションホルモンって奴だよ。お前が能力で作ったホルモンを、おれが加工してこの国全体に散布できるようにする。薬の広域散布はワノ国でもやったことだ。ホルモンの性質にもよるけど、できないことはないはずだ」
ワノ国において、チョッパーは氷鬼の抗体を広域散布して多くの侍の命を救った。構造は違えど、それがテンションホルモンでも可能だとすれば。
「おれたちが戦うだけじゃダメなんだ。この国の人たちが元気を取り戻して、その後どう思うか確かめないと」
「!!」
それは、革命軍の思想にも近い、自由の思想。革命軍が自勇軍だった時から繋がる、自助の考え方だ。
「……ヴァナタ、革命軍に来ない?
「誰が
「そう」
イワンコフは残念そうに首を振った。
「兎に角、この国の気力を取り戻せるなら話が早いわ。気力を取り戻した彼等の手をヴァタシ達が取って革命を起こす。ベティのコブコブの実の力がないから戦力としては一歩劣るかもしれないけど、それでも混乱は引き起こせるわ」
「なるほど」
「おいおい待て!」
待ったをかけたのがウソップだ。彼には、この計画は穴があるようにしか見えなかったのだ。ネガティブな彼は、裏返せば慎重に計画を立てるタチだとも言える。
「それで、どうすんだよ! この国で反乱を起こす? 革命軍とCPが味方する? それで? 『殴り込む』だけか?」
そうだ。そもそもの問題はそこだ。麦わらの一味は今や四皇とはいえ、それは現地の人々の手と、時代の流れを借りてこそ。世界を敵に回す国家兵力を相手にして、単純な力押しだけで解決できる集団ではない。そもそも、主戦力である船長とコックが捕まっているのだ。
「ええ。とくにマキナさんとアダムスさん、でしたか? あの2人は相当な実力者ですよ。相手するのは骨が折れます。私の骨が折れたら大変なことになっちゃいますけど! ヨホホホホ!!」
「それだけじゃあなかろう。この国は『文明の国』。世界政府と敵対できる兵力があるなら、この国の防衛戦力も桁違いじゃろう」
「いや、問題ねェ。あの羽野郎はおれが斬る」
口を開いたのは海賊狩りのゾロだ。
「CPのテメェらの横槍が入ったが、おれとアイツの勝負はまだ着いてねェ」
アダムスとの戦いにおいて、無敵と高速化を繰り返すルナーリア族の特性を知るゾロだけが戦いの土俵に立てていた。未知の種族特性に不意を打たれ敗北したサンジとは異なり、ゾロは未だ敗北していない。
「あの女の方も……ルフィを解放しさえすれば勝てる」
「おいおい、一度負けてるのにか?」
「……ウソップ、お前、あの女を初見で強そうだと思えたか?」
「いやまあ、俺よりは強いかもと思ったけどよ……って、そういうことか!!」
「戦いの様子は見てねェが、おおかた油断したとかだろ。ルフィは海賊王になる男だ。次は油断しねェはずだ。あんな女に二度負けることはねェ」
「……って事は、本当に力押しか!?」
「そうでもないぞ長鼻」
「オメェも長鼻だろ!!!!」
口を開いたのはCPのカクだ。
「策はある。確かに最終的には力押しになるが……」
「この島の科学を少し麻痺させるだけなら、わたしのアワアワの能力があれば可能よ。今までは戦力が足りないから"それだけ"止まりだったけど……」
「なるほどね。島が混乱してる間にあたし達っていう戦力が殴り込みに行けばいい、ってことね」
そう。アワアワの能力で島の機能を停止させれば、大量の"兵力"は意味を成さぬ。そうすれば、戦力に換算できるのはマキナ、アダムス、シーザー、ワシントンの3人と1機だけだ。それでも十分な兵力ではあるが、麦わらの一味の力押しでなんとかなる範疇まで減る。
「おいナミ、あたし達、っておれもか?」
「当たり前でしょウソップ! 仲間が捕まってんのよ!!」
「あ、ああ! そうだな! ここで逃げちゃあ男がすたる!!」
「私たちCP0が島の中枢部、摩天楼地下に潜入して、アワアワの能力で島の機構を麻痺させるわ。だけど、マキナがその気になればすぐにでも復旧ができる。できてしまう」
「そうしたら一巻の終わりだね。私たち革命軍と市民達が蜂起しても、多分すぐに鎮圧されちゃう」
「じゃから、貴様ら一味が畳み掛けるんじゃ。戦闘でマキナのリソースを削ぎ、相手に復旧の隙を与えずに、捕まった貴様らの仲間を解放し、マキナを討つ」
「なるほど。わかった。じゃあ、今から出るぞ」
「待て。決行は2日後じゃ」
「2日後ぉ?? ルフィたちが捕まってんだぞ!? どんな目にあってるかも知らねえ! 早く助けに行かねえと!!」
「それに、政府としても早く討ちたいはずじゃ。世界政府に対する反乱の恐れ、なんじゃろう?」
「ああ。その話だが、少し語弊があるな。『恐れ』じゃない。ついさっき連絡があってな。現実になった。マリンフォードに攻め込んだそうじゃ」
「なら尚更」
「だからよ。マリンフォードが戦うことで、マキナの体力を削れるのが1つ」
「そして、内情は言えんが世界政府は『秘密兵器』を動かしておる」
「……まさかそれは古代兵器じゃあなかろうな」
「古代兵器の詮索は大罪……といっても貴様らには関係ないことか。そもそもわしらも知らん。まあ、戦況をひっくり返せるのは確からしい。それがこの島に到着するまで2日じゃ」
「ヴァタシ達が市民の革命を扇動するのに時間がかかる、というのも理由ね。今すぐに、というのは流石に難しいわ」
「おれからも頼む。ホルモンを散布するとしても、少し研究時間が欲しい」
「なら仕方ないわね。仮に酷い目にあってたとしても、ルフィやサンジくん、ロビンにフランキー。1日2日の拷問で根を上げる奴等じゃないわ。勝つ確率が高い方を取りましょう」
「ということで、決行は2日後! ヴァナタ達! 麦わらボーイの救出とこの国の革命のため、英気を養うように! 以上、解散!!」
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"ロールアウト・カイドウ"
1日と少し後。摩天楼中枢、解析階差機関前。
巨大な塔のような
「あガアアアアアアアアアアア!!!!!」
数百本のホースが繋がれたそれは、串刺しになった聖者か、あるいは蜘蛛の巣に捉えられた哀れな羽虫のよう。
痛みに悶え苦しみ、暴れられる麦わらのルフィは良い方だ。1日以上、薬物と電流を流し込まれ、全身を槍のような注射針で貫かれたサンジとロビン、フランキーは疲れ果て、既に反応もない。
30時間以上不眠で継続して暴れ続けられるタフネスと、解析用の電流への耐性がある麦わらのルフィだけが、逃げようと悶え苦しんでいる。
だが、全身を硬質のプラスチックで固められ、標本の蝶のようにピン留めされたこの状態からは、その彼ですらも脱出できない。脱出には、外部からの影響が。それも、プラスチックを溶かす高熱が必要だ。
「シュロロロロ、良い気味だ! おれという天才を人質に使いやがった恨み、億倍にして返してやる!!」
「いやまあ、拷問じゃないからね? 『解析の過程で薬品と電流のダメージが入る』だけで……栄養も点滴で与えてるし……」
「つっても『辛い』のには変わりがねェだろうがよ! とくに麦わらの野郎には『飯がねェ』のが地獄だろう!!」
「いやあ、薬品の関係で胃に物を入れて欲しくなくてね……」
「まあ、いい。コイツらが痛い目見てんのは良い気味だが、知りたいのはそんな「過程」じゃなく「研究結果」! 正直、おれは『兵器』のほうにかかりきりだったからな。こっちがどうなったかは知らねェんだが……」
「ああ。そうだね。研究結果の共有と行こうか」
マキナは、巨大な階差機関に手を触れた。機械の塔からは奇妙な赤銅の腕が何本も生え、「モニター」を展開する。
「まず、ヴィンスモーク由来の血統因子改造のデータはすぐに抽出完了したんだ」
「シュロロロロ! ジャッジの野郎の生涯の研究がこうも簡単に解析されちまうとはな! ザマアミロ!」
「逆に、改造部分がしっかりしてるからわかりやすいんだよね。自然由来のものより解析は簡単だ」
まず、あっさりと解析されたのはサンジの肉体。ヴィンスモークの人体改造技術だ。コレはある種当たり前とも言える。「科学で再現できる」ことがわかっていたものだからだ。
「逆に、まだ当分かかりそうなのが、古代文字と歴史の本文、そしてプルトンの設計図のデータだね」
「やはり、記憶の抽出までは難しいか」
「断片的な情報は引き出せるんだけどね。整合性にちょっと難がある。夢の中のように、「他の記憶」や「思い出」が混じるんだ。『空白の100年』の真実も、『プルトン』の構造も。「それっぽい情報」止まりで、現時点では使い物にならないかな」
「……まあ、人間の脳構造がそんなに簡単なモンだったら苦労はしねェよな」
「仕方ない。現代では自白剤に似た薬物投与と脳の解析で記憶抽出自体はできるようになってるけど、ピンポイントで狙った記憶を引き出すのは難しい。楽しい宴の記憶やら、苦しい人生の記録やらが混じって出てくるから、必要な情報だけ吐き出してもらうには『メモメモの実』でもないと難しいね」
「マムの所に居た奴だな」
「そしてもうすぐ完了するのが、ゴムゴムとハナハナの悪魔の実の因子データだね。超人系の人造悪魔の実はまだ実装できてないから、これもそのまま役に立つわけじゃないけど……見てくれよ。ゴムゴムの実の因子データだ」
モニターに映るのは、謎のグラフだ。まるで心拍のようなそれは、何を意味するか傍目には理解不能だ。マキナと、シーザーを除いては。
「ちょっと待て! この波長、明らかに動物系の……!!」
「『ヒトヒトの実 幻獣種 モデル ニカ』。かつて信仰された太陽神の能力であり、政府が長年隠蔽していた能力らしい。手配書の異様な姿やらCPの通信傍受やらで確度は高いと思っていたけど、まさかこうもはっきり出るとはね」
「まさかこんな情報を政府が隠してるとはな!!! 「ゴム」にしちゃあ妙だと思っちゃあいたんだが……」
「ああ。私も驚いたよ。そんな実のことを政府が隠していたことも、それが四皇麦わらのルフィの能力だということも。そして、そんな重大情報を盗聴妨害の白電伝虫も使わずに垂れ流しちゃう政府の杜撰さもね」
ヒトヒトの実、モデルニカ。その名を知る者こそ少ないが、手配書の異様な姿から、「並々ならぬ情報を隠していた」ということ自体はすぐに世間に知れ渡った。そして、それが「動物系の能力」による変貌であったことも、見るものが見ればわかる。そしてその先も。
「まあ、「あの」写真が手配書に使われたことを見るに、「そんな重大情報である」っていう認識をCPにすら隠していたが故のポカ、って感じかな」
ニカ、という神の名前は、長い間秘匿されてきた。伝承としては伝わっていないこともないが、それを宿した悪魔の実があることや、それを政府が追っていることも、政府外のだれも知らなかった。
だが。ワノ国の一件で、その実が覚醒してしまった。それも、世界政府嫌いとして知られる四皇、麦わらのルフィの能力として。それ故に世界政府情報部である
正確ではない。マキナが世界経済新聞社社長にして情報屋であるモルガンズに、盗聴した情報を売りつけたのだ。他人事ではない。
「でも正直、たまたま特別な悪魔の実があって、それを食べた男が四皇になりました、って筋書きに納得は行かないかな」
「何が? 実際のところ、野郎に繋いだ解析機が導き出した“実の波長”は動物系のそれだ。“実の意志”のようなものも確認できる。血統因子の解析もじきに済むだろう。覚醒した動物系なのも、幻獣種なのも。『科学的に導き出された結論』だぞマキナ?」
「いや、逆だよ」
「逆ゥ?」
「ゴムゴムの実だけが特殊だと。本当にそう思うかい? シーザー?」
「!! まさかそういうことか!!」
ゴムゴムの実が特別で、かつて存在した太陽の神ニカを宿し、世界政府に追われている。
それが世界政府の想定だが、科学者の視点からすると違和感のある話だ。
「シュロロロロ、つまりゴムゴムの実がかつての神に変身するヒトヒトの実
それは、悪魔の実の分類を根底から覆す前代未聞の仮説。悪魔の実は
「ああ。そうだ。だとすると、あの兄が残した研究の意味が変わってくる。お前が持ち逃げした
それは、ベガパンクの作った人造悪魔の実。ウオウオの実モデル蒼龍の
「まさか……「『色が違う』だけで失敗作呼ばわり」とふざけた真似をぬかしやがっただけだと思っていたが……まさか!!!」
それでもなお未完成だったとしたら。本当にベガパンクが目指したものとは。
「
最強生物カイドウの血統因子から能力を取り出すのではない。龍に変身する能力も含めて『カイドウ』という異能持つ個人を能力化すること!!!!
「というわけで、作ってみた」
「!?」
理屈がわかったからといえ、作れるというのか?? カイドウの血統因子という材料も、SADという原料もあるにせよ、こんな短時間で、あのベガパンクにもできなかったものが!?!?
「いや、叩き台だよ。あらかじめこの仮説は立てて研究してたのもあるしね。最後の一ピースがハマっただけだ。それに、兄のそれとは逆に
それでもなお、異常だ。悪魔の実などに頼らずとも、覇気にすら頼らずとも、カイドウという生物種の強度はあらゆる動物を凌駕する。そんな最強生物に変身する能力があるのなら、文字通り最強の動物系だ。
(チッ! これだから天才は!! 俺のSMILEを軽々超えて来やがる!」
「聞こえてるよシーザー。君だって「私並みの予算」と「私並みの労働力」を持ってて「量産性を考えなくていい」ならこれくらいできるさ。兄みたいな天才性と一緒にされちゃ困る。あのDr.ベガパンクならどうせ「超人系」や「自然系」も量産実装できるだろうね」
単純な話だ。シーザーという男は、真面目に研究をしない。ベガパンクに次ぐほどの天才的頭脳がありながら、予算で
天才の場合、研究の成果は、おおかた予算に比例する。マキナがシーザーを上回っているのは頭脳ではなく、ある種「金策の能力」というべきものだった。
シーザーは悪魔の実を見る。人造悪魔の実技術の革命とも言えるその青紫の実は、奇妙な魔力をも帯びており、目を離せない。それは、元となったカイドウの王気をも思わせる。
「で、コレを作ったとして誰に食わせるかだが……」
試作段階にすぎないこの人造悪魔の実は、本来なら換えの効く市民などに食べさせて経過を見るべきだ。
だが、実そのものが強い圧を持つコレが「失敗作」だとはシーザーには思えなかった。
それに、世界政府との戦争を考えると、製造コストが高く強力な人造悪魔の実は手駒に食べさせておきたい。
だとすれば……
「おい! アダムス! 『実験』の時間だ!!
シーザーは、マキナから受け取ったその実を、後ろで無言で立っていたセラフィムであるアダムスに投げた。アダムスは複数の血統因子を内包する改造人間だが、悪魔の実の伝達には問題がない。いつか悪魔の実による強化をすることも前提として組まれているからだ。そして、それが今日だった。
「御意」
仏頂面の改造人間は、あんぐりと口を開けてその果実を齧る。
変化はすぐに起きた。
元より3m以上あったアダムスの巨体は、倍以上に膨れ上がる。硬質の素材でできた天井を、古びた瓦礫のように砕き突き抜ける。
そしてその頭には、天を貫く角が2本。そして莫大すぎる威圧感。それはもはや人の身にあらず。ワノ国に伝わる幻獣、鬼を想起させる風貌だ。
能力などなくとも、覇気すらなくとも。その肉体強度だけで凡百の幻獣を凌駕する、究極の『現存生物』。
“人造ヒトヒトの実 モデル『カイドウ』”
「オイオイ、マジかよ。『生物種としての基礎スペック』だけでコレか!?!?」
「動物系能力者の強度なんて能力頼りだと思っちゃいがちだけど、『カイドウ』という生物にとって「龍」なんてただの余分。もしかすると覇気ですらも。ただ、『在る』だけで最強なんだ」
科学者にリミッターは不要だ。それでも、とんでもないものを造ってしまったと、2人のマッドサイエンティストが怖気づいてしまうほどの暴威。
「それに、アダムスの場合ルナーリアの強度と速度、遊蛇の鱗があれば『龍』の部分は不要だろう。ある程度は再現が効いてる」
カイドウは、その肉体の強度をさらに幻想種、青龍の鱗で強化していた。アダムスにはそれがないが、ルナーリア族由来の無敵の強度と、最強の蛇、遊蛇の鱗がある。
「アダムスの実可動試験もやりたいな。コレでどれだけ強くなったか。あるいは副作用が出たのか。興味がある」
「シュロロロロ、それなら問題ねェ」
シーザーは、ちらと後ろに繋がれた麦わらのルフィたちを一瞥した。
「奴等とはそれなりに長い付き合いだ。よおく知ってる」
シーザー・クラウンと言う男は、パンクハザードから長い間麦わらの一味に「人質」として捕えられ、航海を共にしてきた。だから、彼らのことは良く知っている。そして、それでも情が移っていない、むしろ恨んでこの機に潰してしまおうと思ってさえいるのが、シーザーと言う男の悪性だった。
「仲間想いのお優しい
シーザーは恍惚としている。兵器開発者である彼は、すでにアダムスの「量産」と、それによってどれほど多くを殺し、どれほど多くの名声を得られるかを夢見ている。取らぬ狸の皮算用、というものだが、マキナが世界に勝利すればほぼ確実にやってくる未来でもある。
「奴らは馬鹿な野郎だからな、きっとこう思ってやがる。『相手の底は見えた。次は負けねェ』とな。
「アダムスだけじゃない。今回の解析で得た技術で、たった1日で。私達がどれほど強化されていくか。バカにはわからないんだ」
マキナは
「それに、『あの兵器』もロールアウトした。最初にテメェから聞いた時は眉唾だったが、なるほど。アレの構想があったなら世界政府と戦争するのも頷ける!」
「
それは、麦わらの一味への。そして世界への宣戦布告。
「首を洗って待っているがいい!
勘違いモノ(ベガパンクは全然ヒトヒトの実モデルカイドウなんか作る気はなかったし、モモの助の食べた人造悪魔の実には色以外の問題はない)
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"諦めの悪いヤツ"
翌日、夕方。繁栄国ソルベルデ。
銅細工でできた橋の上を走る、一人の侍がいた。
走る。走る。走る。三本の刀を腰に携え、長い脚で跳ねるように走る。
どこへ向かっているのかは知れない。何の作戦かもわからない。だが、この島は全域がマキナの能力による感知範囲であり……
「てめェ、シーザーか」
「シュロロロロ、この2日、どこに隠れ潜んでやがったんだ? ロロノア・ゾロ」
当然、待ち構える者もいる。
読まれた手なのもある。一人で行動する侍をなぶり殺す手筈も調えてある。
しかしそれ以上に、「実験」のためにこの男は待ち構えていた。
「……にしてもだ、こっちには大事な設備も、てめェらのお仲間も何もねェぞ? 何が目的だ?」
「……おれはルフィたちの元に向かえと。1人で。こっちじゃねェのか?」
「……そりゃアてめェ、騙されたんだよ。てめェの方向音痴はおれでも知ってる」
ガーン! と大口を開けるゾロ。
「だが、良い策だ。『陽動』としてはこれ以上ねェ程にな。いくらテメェが目的地に辿り着かねェとしても、放置できる戦力じゃあねェ」
パチン、とシーザーが指を鳴らす。
その行動に対し反射的に、「ガス爆発」を警戒して飛び退くロロノア・ゾロ。
そして、それは結果的には正解だった。ゾロを潰すように、上空から超加速した人造ルナーリア、アダムスが飛び込んできたのだ。
ドガシャン!!
「なッ!」
「……」
アダムスの瞳に、光はない。それは旧型パシフィスタ、ひいてはバーソロミュー・くまをも思わせる。
だが、その肉体はくまよりも大きい。前回ゾロが交戦した時よりも、倍近く大きい。
「進化したアダムスだ。悪ィが実証実験に付き合って死んでくれ」
「まァ、おれも負けっぱなしは気分が悪ィからな。それに、どっちも斬れば良いんだろ? むしろ都合がいい」
ゾロは、腕に巻いたバンダナを、頭に巻き直す。アダムスは停止したままだ。『受け』の姿勢だろうか。あるいは、油断か。だが、どちらにせよ装甲の厚さに頼ったそれは下策だ。
「三刀流──」
何故ならば。ゾロは既に、ルナーリアを斬る術を持っている。
『
覇王色を纏った一撃。未だ不完全であり、発展途上ではある。だが、意識的か無意識的か、ロロノア・ゾロは、四皇クラスでしかできないこの「一握りの強者」の覇気の使い方を獲得していた。
覇王色を纏った刀は、触れもせずにあらゆる敵を切り裂く。アダムス同様ルナーリア族の外皮を持ち、さらに長年鍛え上げたキングにすら有効打を与えられる一撃。
だが。
「!?」
無傷、ではない。
だが、シュウウウウと煙を吐きながら、鱗が刀と覇気を受け止め切っている。
ここまでの一撃を受けてなお、有効打になっていない。
「シュロロロロ! 「前回通り」だとでも思っていたかバカめ!! 「科学」は常に成長するものだ!!」
「にしたって! 限度があるだろ!」
前回だって、けして弱くはなかった。ワノ国で得た「浸透する」武装色の覇気がなくては貫けない外殻。ギア2を使用したルフィよりなお速い速度。多岐に渡る血統因子移植による初見殺し。
だが、それをも上回るのが、「人造悪魔の実」!!
改造人間に「カイドウ」の種族特性を上乗せしたソレは、もはや新たなる最強生物だ。
ガンッと、地を蹴る音がした。
アダムスが蹴った床が陥没している。ただの床ではない。マキナの能力で生み出された、鋼鉄以上の強度を持つプラスチックの床。それが、無造作なジャンプの反動で凹んだ。
そして、その莫大な出力の反作用によって飛び上がったアダムスは……
(ヤベェ。一瞬
拳をゾロに向けている。三刀による防御に成功したのはただの
「それなりに強い」
「テメェもな」
拳と刀が衝突する。その一撃一撃が、あまりにも重い。
受けたエネルギーと摩擦で刀が赤熱するほどの、威力と速度を持った交錯。それが一瞬のうちに、何度も。
(シュロロロロ、「実験」は失敗だな。なんせ観測者のおれには『結果が目で追えねえ』!!)
研究結果を観測しているシーザーは冷や汗をかいた。四皇大幹部、実質的に副船長クラスであるロロノア・ゾロが強いのは当然として、それに対してなお優勢に立ち回る『兵器』の性能!!
(兵器開発者として、嬉しくもあり悲しくもある!! 『測定不能』の性能って奴ぁな!!!!)
そして、次にシーザーが捉えた姿はしばらく後。
目にも止まらぬ戦闘の終わり、双方が必殺の一撃を撃たんとするために立ち止まったのだ。
ロロノア・ゾロは全身から滝のような、否。高い熱を帯び狼煙のように蒸発する汗をかいている。それだけではない。深手ではないとはいえ、細やかな傷によって全身からは血もにじんでいる。
アダムスもまた、無傷ではない。血こそほとんど流してはいない。だが、全身の強固な蛇鱗は傷だらけだ。ぼろぼろとささくれ立ち、今にも剥がれそうになっている。
肉に達した深手も複数ある。ただ、有する再生能力によってかろうじて肉が塞がり、血が止まっているだけだ。
それは、先ほどの交錯でどれほどの攻撃が交わされたのかを、結果だけで物語っている。
そして、だからこその必殺の撃ち合い。数え切れぬほどの連打ではなく、ただ最強の一撃を以て勝敗を決める。
「三刀流──」
「エレクトロ──」
三刀を構えるロロノア・ゾロ。ミンク族の血統因子によって稲妻を纏い、さながら龍王カイドウの再来となるアダムス。
『
『
まるで、青い龍のような気を纏った二人が激突する。
そして、激突した二つの青い龍の片方が霧散した。
膝をついたのは。ロロノア・ゾロだ。
全身が黒く焦げている。服もボロボロだ。莫大な、エレクトロの雷の齎した破壊。
「シュロロロロ、良いザマだ!」
「運ぶか?
アダムスはそう返した。この島の侵入者を倒し、実験室に運ぶ。それがアダムスの役目であった。今までも能力者や珍妙な武術の使い手など、何人もを運んできた。
「いや。コイツに研究価値はねえ。能力者でもなきゃ、珍しい技術や知識も、あるいは目新しい技術すらない、『ただ強いだけの剣士』だ。こんなもん研究しても得るもんはねェよ。「世界」に喧嘩を売った以上、懸賞金にもならねェ」
だがシーザーは、傷だらけの剣豪を見て、そう品評した。
ロロノア・ゾロは強大な海賊だ。だが、その強さに「未解明の」点は少ない。多くの戦闘経験、たゆまぬ鍛錬、生まれ持った王の資質。三本の名刀。
……だけだ。
ただ、才能のある男が多くの戦いを経て強くなった。それは海賊としては価値ある成功だが、目新しさは何もない。
そして、ソルベルデは世界政府に宣戦布告した以上、世界政府に身柄を引き渡して懸賞金を貰う、と言うのもできない話だ。
人体実験に使うにも強すぎる。生かしておくのが危険なほどに、強いから。
「ぶち殺せ! アダムス!」
故にシーザーは命じ、故にアダムスは拳を振り上げた。雷を纏った大ぶりな、全霊の一撃。
片膝をついて立ち上がることすらままならない男に対して、過剰火力とも言える一撃だ。
だが。
目を取られるアダムス。拳を止めてしまったのはゾロの天運か。いや、彼が最初に
突如。天高く上る一筋の光が生まれたのだ。
天高く上るピンク色の一条の線は、上空にて爆散する。
「花火……?」
違う。確かにピンクの光を振りまくその姿は花火に似るが……!?
「不味いアダムス!! こりゃあ『ガス』だ!!」
散布されたピンク色のそれが、何らかの化合物であることをシーザーは見抜いた。
おそらくは毒ガス。島のどこにパシフィスタのような生体兵器が仕込まれているかわからない
対・パシフィスタを前提としたガスであれば、おそらくはアダムスにも有効。ルナーリア族の外皮も、呼吸器の粘膜までは網羅していない。
故に、今まで見に徹していたシーザーが、此処で動いた。
「
それは、ガスガスの実の真髄。一見ガスと言う言葉からイメージしやすい「毒ガス」に限らず、周辺の「大気」という気体自体を操る能力。
本来は酸素を奪い対象を窒息させる「それ」を、シーザーとアダムスを覆うように「無空の壁」を生み出し、詳細不明のガスを防ぐために用いた。
天才ならではの判断力だ。
「シュロロロロ! 『ガスガスの実』の能力者相手に、『ガス』で勝負を付けに来るとはな! だが、てめェ自身がガスを吸っちまってるようじゃおしめェだろうが!!!」
倒れこんだゾロの肉体が、どくん、どくんと脈動した。
おそらくは、心臓をはじめとする循環系を汚染する毒。
にやりと笑うシーザー。ダメージを負った肉体に、味方からの毒ガス! ザマアミロ! お前は仲間のせいで死ぬんだ!
……
……いや。
……おかしい。
どくん、どくんと脈動するロロノア・ゾロの肉体は、むしろ賦活しているような……
剣士は、刀を強く握った。腕に血管が浮き出た。
「!?」
毒ガス、ではない。
肉体を傷つける毒とは真逆。精神を鼓舞する薬。即ち、
前提が異なるのだ。この島の兵器を倒すためではなく、この島の民を立ち上がらせるためのガスなのだ。
全身から血を流しながら。ロロノア・ゾロは立ち上がり、ぎろりと大男を睨んだ。
「第二ラウンドだ。羽野郎」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
「まさか、本当にできるとはねェ……」
「ああ。本当は「血を通して」運ばれるものだからな。ホルモンって。空気を介してばらまくのはちょっと難しかった」
薬の花火を放ったその直下。珍獣1匹と珍人間1人が立っていた。麦わらの一味の船医であるトニートニー・チョッパーと、革命軍幹部、人体のエンジニアであるエンポリオ・イワンコフだ。
「でも、ヴァタシたちの本当の仕事はこれから。ロロノアボーイが敵の戦力を釘付けにしてる間に、ヴァナタの仲間たちが麦わらボーイたちを奪還する。そして、ヴァタシ達はニューカマーたちと一緒に、この島の人たちに「真意」を問うの」
それは、革命軍の根底理念。立ち上がる気のないものは助けない。革命軍は神ではない。無責任な救済者ではないのだ。
「このままでいいのかって。このままじゃダメなら、自由を求めて立ち上がる気はないかって」
(でも、それじゃ駄目だろ。イワンコフは「革命家」だからまだ良い。でも、おれが、海賊が扇動して、国をひっくり返す?仮にも食うに困ってねェ国を?)
「大丈夫? チョッパー」
半人半ハムスターの少年、ボロが背後からやってきて尋ねる。
「ああ。うまくいった」
「流石よねえ。技術力もそうだけど、『諦めの悪さ』がとくに。ヴァタシそういうの好きよ。でも、ヴァナタ革命家でも何でもないでしょ?この国にそんな思い入れがあったの?」
「ああ。おれは革命家じゃない。海賊だ。だから、知らない人まで助けようとは思わないよ。でも、たった2日だけどさ。ボロや他の逃げてきた人たちと話したよ。みんな良い人たちだった。夢があった。でも、この国はそれを認めない」
「あら、だからヴァナタはこの国を救おうと? まるでヒーローみたい」
「ヒーローじゃない。おれは医者で、海賊だ。『助けたいから』助けるんだ」
「……そう」
それこそをヒーローというんじゃないかしら? とは言わなかった。粋な生き方を心がけるイワンコフには、それが無粋だとわかっていたから。
「すごいね。チョッパーは」
ボロは、顔を背けた。外から来た英雄達。人獣型の自分より小さいのに、こんなに大きい。
「何を言っているの? ヴァナタもやるのよ」
「え?」
「当たり前じゃない。何もせずに助けだけ請う奴に「救い」は降りてこないわ」
「でも、じゃあ。ぼくに何ができるんだよ!」
「なんでも。だってヴァナタ、ヴァタシ達よりこの島のことを知ってるじゃない。あの厳しい管理の中を脱獄できるくらいに。そんな『能力』が、この島に来たばかりのヴァタシ達には必要なの」
「当然だろ?おれはこの島を何も知らない。海賊風情が、可哀想だから救ってやる?何様のつもりだよ」
チョッパーは自嘲した。
「確かに、この国は病んでる。だけど、それ以上に。おれは!友達になった「オマエを」助けるんだ!」
それは、チョッパーなりの一線だった。ただのヒーローにならないための。「好きなようにやる」『自由な』海賊でいるための!!
「助けてくれって言えよ!!ボロ!!「オマエの」国だろうが!!」
「……うん!!『この国を救うのを手伝って』!!チョッパー!!みんな!!」
助けてとは言わなかった。ただ、手伝ってくれと。それは、ボロという少年が、男として立ち上がった瞬間だった。
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