幻想郷に中途半端に転生したんだが (3流ヒーロー)
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俺の現状とか能力とか

更新は不定期になります。

完結目指してがんばります。


 

 

 

幻想郷。

 

 

忘れ去られたものたちの最後の楽園。現代では生きていけなくなった者達が暮らす隔絶された世界。

 

 

人、妖怪、妖精、神、幽霊。その他にも多くの種族が暮らす隠れ里。

 

 

それが俺の生まれた場所。

 

 

このことは後から知ったことじゃない。生まれた時から知っていたんだ。

 

 

東方projectと言う、こことは違う世界での創作物によって、俺は幻想郷を知っていた。

 

 

 

 

 

 

「いってきまーす」

 

 

そう言って家から飛び出す。人里の一角の家。俺の声に対する返事は無い。今頃は母が弟妹達の面倒に追われているだろう。

 

 

俺の生まれた家はそれほど裕福ではない。その癖に子どもが多い。俺を含めて8人、両親を含めて10人の大家族。その家の長男として俺生まれてもうすぐ9年が経とうとしていた。

 

 

「よいしょ、っと」

 

 

背中に担いだ農具を担ぎなおす。

 

 

俺がこの幻想郷に生まれる前、自分がどんな人間でどんな環境でどんな人生を送ったのかはまったく覚えていない。ただそこには現代人としての知識だけがあった。その中にあったのが日本のサブカルチャーにある創作物、東方projectがあった。

 

 

幻想入り

 

 

今の俺の境遇を言い表せばそういうことになるのだろう。信じがたいことだが俺はその世界に生まれたらしい。初めはまったく知らずに過去の時代に生まれたのかと思ったが、ここが幻想郷の人里で妖怪まで居ると後から知って何かおかしいと思った。そしてその後、他の地名もまた創作物の舞台と一致していることやその他の類似点から俺は推測した。

 

 

俺は創作物の、東方の世界に生まれ変わったのだと。

 

 

 

 

 

 

………その事実にテンションが上がって飛び上がって喜んだのを両親に不審がられてしまったりした。おそらく以前の俺はそういう方の趣味があったのかもしれない。

 

 

「……はぁ」

 

 

思い返すとものすごく恥ずかしい。頭を振って思考をとばすと駆け足で人里の外側に向う。

 

 

途中で反対側からは同じ年頃の子どもたちが楽しげに話しながら歩いてくる。きっとこれから寺子屋に行く子どもたちだろう。

 

 

「………」

 

 

何の挨拶もなしにその横を通り過ぎる。向こうは俺を知らないし俺も知ろうとは思わないからだ。さすがに精神年齢が高い分幼い子どもの会話には入りづらいのもあるが寺子屋に通っていない俺はあの子達と会話をする機会がほとんどないからだ。

 

 

もうすぐ9歳の俺が学校にあたる寺子屋に通っていない。現代では完全に法に引っかかるどころかクリーンヒットする状況だがここは残念ながらここは幻想郷、現代の常識は通用しない。

 

 

ここには貧しい家の子どもが教育を十分に受けることが出来るような制度は存在しない。今日も今日とて仕事の手伝いがである。

 

 

「………はぁ」

 

 

思わずため息が出る。初めはテンションが鰻上りで『俺にも何か能力とかないかなー』とか思って色々試行錯誤していたのだったがここでの生活が進むにつれていやと言うほど現実を思い知らされた。

 

 

まずは幻想郷の現状。ここで生活する中で知ったが幻想郷を守護する役目を担う博麗の巫女。今の巫女は博麗霊夢ではなかった。何度か人里に下りてきているのを見たことがあるがアレはおそらく先代の巫女だ、と思う。けれど娘はいないらしいし、それらしい子もいないので時代が違うのかもしれない。

 

 

話が脱線したが何がいいたいかと言うとこの幻想郷は弾幕で異変や妖怪に関する事件を解決していないということだ。……というか弾幕があったとしても知能の低い妖怪は人を襲ってくる。現に俺の知っている人も何人か被害にあっている。

 

 

やはり人里の外側での被害が多く、しかも俺が今から行く仕事場の畑もそこにある。つまり俺の職場は命の危険が伴うのだ。

 

 

……なんでこの歳で命がけの仕事せにゃならん。

 

 

次に家の現状。幻想郷の人里は現代とは比べ物にならないほど文明が遅れている。電気、水道、ガスはもちろんないし法律、制度、生活などすべて違う。そんなわけで俺位の年頃になるとほとんどが寺子屋で勉強するわけだが、こうして寺子屋に行かずに働いても何の不思議もない。

 

 

家族が増えるにつれ家の家計は厳しくなってくる。俺が寺子屋に行く歳になる頃には人手が足りなく、やもなく俺も仕事をすることになった。とは言ってもたいていは家事の手伝いになるわけだがそれはもう他の妹弟がやってるので一番上の俺がこうして働きに出ているわけだ

 

 

ちなみに父親は大工なのでこっちには出てこない。……俺にもそっちを手伝わせろよ。

 

 

 

人里の門を通るとぐるりと里を囲む柵の傍らに田畑が並んでいる。人里の中にも畑があるが、ある程度整備されていないこちら側の土の方が作物の育ちがいいのか質のいい物が育つため、危険ではあるがここにも畑が作られた。

 

 

自分が背負った道具を置く。基本的に田畑は稲や種を植えたら後は環境を整えてやるだけだ。それほど農業について知識のない俺は今まで通りのやり方で畑仕事をやっている。あとは田畑を広げたり、荒らされないように見張るのが仕事になる。

 

 

………で、だ。最後に俺の現状なんだが。まあ、これのせいで俺がこんな危ない人里の外側の畑仕事なんぞを任される羽目になった。ある意味で身から出た錆とも言えなくはないし、望んでいたことでもあるのでやむなしともどこかで思ってるんだが。

 

 

能力、ありました。

 

 

その名も『界を結ぶ程度の能力』。

 

 

 

 

いや、ホントもうびっくり。何か能力とかないかなといろいろやってたらなんか出来るようになってたよ。幻想郷パネェ。

 

 

しかしこの能力、何か一見すごい能力に聞こえるかもしれないが要はこれ結界を張ることが出来る能力ってことなんだよね。『界を結ぶ』すなわち『結界』。いつの間にかそんな風に俺の能力が呼ばれてたからそのまま定着してた。

 

 

何となく知識の中にあるものから適当に選んで人差し指と中指を立てて「結っ」ってやったらできた。と言っても意識すれば指を立てる必要はないんだけど。

 

 

普通、結界って人が張るときは東洋西洋問わずまず術式なり適した触媒なりを介さないと張れないらしい。あとはよっぽど霊力が高くないと結界とは基本使うことが出来ない。それを考えれば俺の能力は一見高性能に見える…かもしれない。

 

 

しかし俺の場合はそうでもない。まずこの能力、燃費が悪い。結界を展開するのに必要なのが霊力なのか魔力なのかそれとも体力なのかは分からないが壁を一つ作るだけでも結構疲れる。正直長時間の能力使用はキツイ。

 

 

それに結界を展開できる規模にも限界がある。壁一枚なら一辺が3メートル程の結界が精々、全体を囲むのであれば1メートル四方で精一杯。

 

 

もちろんこの能力を何とか応用出来ないかと試行錯誤してみた。結果としてわかったこと、形はある程度変えることが出来る。ただし結界を一度展開したら変えることは出来ない。結界は空間に固定しているので動かすことも張ったままの移動は出来ない。この結界のモデルになった漫画のように結界で囲んだモノを「滅っ」とか言って破壊することは出来ない。結界と言っても俺の張る結界は妖怪に対して害のある物ではないので妖怪でも普通に触れる。しかも強度にも限界があり耐えることのできない衝撃が加わると砕ける。

 

 

結論、俺の能力は展開規模の限られたただの壁を作ることが出来るだけ。しかもすぐにバテるし一定以上の衝撃には持たない。攻撃力は皆無。なのに危険な場所での仕事。

 

 

 

……どうしろっていうんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、ちなみに俺の名前はひしがきっていいます。

 

 



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お仕事中

「…はぁ…はぁ…はぁ」

 

 

どうもこんにちは、ひしがきです。

 

 

今日も今日とて田畑でお仕事してます。ちなみに今はまさに俺専門のお仕事中。それはどういう仕事かと言うと

 

 

「ギイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!」

 

 

 

妖怪を必死になって抑えています。

 

 

 

早く誰か来てー!!!

 

 

 

 

 

 

 

いつものように畑を広げる為に地面を耕していると子牛くらいの大きな鼠の妖怪が襲ってきた。この妖怪、たびたび現れては畑の作物や働いている人を襲ってくる害獣のような妖怪だ。しかもたまに複数でやってくるからめんどくさい。

 

 

妖怪の中でいえば知能も低い下の下妖怪だが、人にとっては十分脅威だ。もちろん子どもの俺にとってもなおさらだ。

 

 

「…ぜぇ…はぁ…くぅっ…!」

 

 

迎撃手段のない俺はその妖怪の周りを結界で囲み閉じ込めている。その間に別の人が里に居る妖怪退治屋を呼んでくる手筈になっているのだ。

 

 

なので今俺の仕事は退治屋が来るまでこいつを閉じ込めておくことなのだが。

 

 

「キィ、キィ、キィィィィィィィ」

 

 

「うっせぇぇぇ!ちょっとは大人しくしろクソネズミ!」

 

 

鼠妖怪が叫びながらガリガリと結界を引っかく。幸いあの程度では結界は破られることはない。しかし、そろそろ結界の維持するのが辛くなってきた。

 

 

結界こそ破れないものの人間があの爪でひっかかれたら洒落にならない。気合を入れて結界を維持する。

 

 

閉じ込めたまま安全なところへ俺も避難したいところだが俺は自分から離れた所に結界を維持することが出来ない、というより離れると結界の維持が難しいくなり精度がいっきに下がるのだ。

 

 

今俺が離れたら鼠妖怪が出てくるかもしれない。それで畑を荒らすだけならまだいいが、俺を襲いに里の中まで追って来たらまずいことになる。しかもさっきから血走った目でこっちをにらんでやがるので俺を標的にする可能性が大だ。ちくしょう、防御力でも下げるつもりかこのラッ○め!

 

 

里からは一向に助けが来る気配がない。いい加減俺も限界が来る。

 

 

(何とかして、こいつをどうにかしないとマジでやばい!)

 

 

俺の能力は現時点での攻撃力は皆無に等しい。しかし、俺だってもしもの時のために何も考えてこなかったわけではないのだ。もしもの自分ひとりで妖怪を相手にしなければならない時のために、守ることだけでなく退治するための手段を考えてはある。

 

 

(いきなりぶっつけ本番とか、勘弁してくれよ!こっちはもういっぱいっぱいだっつーの!何で俺がこんな目に合わなきゃいけないんだよ!まだ2話だぞ!?…あーもう村の被害とかいいから村の中に逃げちゃ駄目かな?)

 

 

内心で泣き言をぶちまけながら、考えていたモノの準備をする。既に結界の維持をするにはかなり消耗しているがここで踏ん張らなければ終わりだ。一つ一つ、丹念に準備をする。

 

 

全身に汗が流れる。目の前で暴れる妖怪がけたたましく叫ぶのにビクビクしながら、それでも己を奮い立たせて準備を続ける。

 

 

目の前の妖怪を本当に退治できるだろうか?今から行おうとしていることは攻撃とは呼べるものではない。こんなものは本来相手をひるませる程度のもので傷つけることは出来ても決定打にはならない。

 

 

しかし、現状で打つ手がこれしかない以上一か八かの賭けしかない。

 

 

(頼むからうまく言ってくれよ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然妖怪を囲んでいた結界が解けた。

 

 

自分を閉じ込めていた結界がなくなったことで自由になった妖怪は唸り声を上げてひしがきを睨み付ける。ひしがきは力を消耗しすぎたのか大量の汗を流しながら大きく肩上下させながら息をしている。

 

 

明らかにもう限界が近く弱っていた。

 

 

妖怪は疲弊した獲物を見ながら嘲笑うかのように鳴き声を上げる。そして、自分を閉じ込めた怒りをぶつけようと牙と爪を剥き出して飛び掛ろうとして

 

 

「ギィ!?」

 

 

突然奔った痛みに身を引いた。

 

 

さっきまで無傷だった妖怪の体に傷が数箇所出来ていた。そして、先まで妖怪の居た位置には出血によって僅かに血が空中に浮かんでいるのが見える。

 

 

妖怪は今度は位置を変えて再び飛び掛ろうとする。しかし、動くたびにその体には無数の切り傷が出来ていく。

 

 

「ギ、ギギィ!?」

 

 

これがひしがきの張った罠。極薄の結界を鋭く鋭角の形状にして周囲に展開する。刃となるほど薄く鋭い結界によって相手の動きを制限する方法である。

 

 

迂闊に動こうとすれば周囲の結界によって体を傷つけられる。ほとんど攻撃方法のないひしがきにとってこれが相手に傷を負わせる唯一方法である。極薄の結界はほとんど視認が不可能。下手に動けばどこを切るかは分からない。

 

 

「ギ、ィィィィィ」

 

 

しかし、それは所詮相手を多少ひるませる程度の物。傷自体は浅く決定打にはなりえない。しかもその性質上結界を薄く張るため強度がガラス以下に弱い。つまりもし強引に飛び掛られたらこんなものはたやすく突破されてしまうのである。

 

 

すでに妖怪は落ち着き警戒しながらこちらを窺っている。こんな時間稼ぎの小技はすぐに意味を無くすだろう。だがそれで十分。既に準備は整った。

 

 

俺は妖怪に背を向け全力でそこに向って走る。俺が突然逃げ出したことによって妖怪もその後をすぐに追いかける。妖怪の体に次々傷がはしるが構うことなく俺をめがけて追いかけてくる。予想どうり結界に構わず追ってくる妖怪を確認して俺は用意しておいたそれに足をかけて登って行く。

 

 

何もないはずの空間を俺は上に上に駆け上がる。足元には結界が階段状に張られており、俺はその上を走っていた。怒りに我を忘れた妖怪はそんなことにはお構い無しに俺を追いかける。

 

 

ここで俺が後ろの階段を消せばこの妖怪は俺を追ってこられなくなるのだが、そうなっては本末転倒になってしまうのでそのまま妖怪を上に上におびき寄せる。

 

 

(……これくらいの高さでいいか)

 

 

十分な高さまで妖怪をおびき寄せた俺は疲弊した体に再び気を入れなおし渾身の結界を張る。振り返ると妖怪は目も前まで迫ってきている。恐怖に足がすくみそうになるが歯を食いしばり手をかざす。

 

 

「結っ!」

 

 

目と鼻の先、手を伸ばせば届く距離に再び閉じ込められた妖怪が結界の中で暴れまわる。体中に傷を負っているがそんなことには気にもせず、俺に向って飛び掛ろうとしている。

 

 

長くは持たない。俺は最後の仕上げに掛かる。

 

 

「これで終わりだ!」

 

 

そういって俺は、妖怪の足元の結界を解除した。重力に従い妖怪は地面に向って落ちていく。しかし、この程度の高度では地面に落とした程度で妖怪は死んだりしない。

 

 

……下が地面であれば。

 

 

ドスッッ

 

 

何かが肉を貫く音がした。結界の下で先程の妖怪が円錐状に作られた結界で胴体を貫かれていた。妖怪は、断末魔の声を挙げる間も無くわずかに手足を動かした後、だらりとそのままの体勢で力を抜いた。

 

 

 

俺はしばらく間様子を見て妖怪が動かないことを確認して、大きく息をはいた。

 

 

「うまく、いったぁ…」

 

 

心のそこから安堵の息を漏らす。俺の立てた作戦はこうだ。まず妖怪を囲むように薄い刃の結界と後ろに階段状の結界を張る。閉じ込めたまま階段の上に上がってもよかったが妖怪が警戒して上がってこなかったら意味がないので最初の薄い刃で警戒させておいていきなり逃げ出すことでおびき寄せる。十分な高さまでおびき寄せたら再び結界で閉じ込める。そして真下に丈夫な鋭い槍状の結界を用意して妖怪の足元の結界を解除する。

 

 

「ホント、ぎりぎりだったな……」

 

 

今居る場所から地面まで細い棒状の結界を張りそれにしがみついて一気に地面まで降りる。そして展開していた全ての結界を解除する。

 

 

「……はあぁぁぁぁ」

 

 

大きく息を吐いて地面に座り込む。実際この作戦、即席にしてはうまくいったが綱渡りだった。もし、妖怪が警戒せずに初めから薄い結界を無視して飛び掛ってきたら。もし、妖怪に少しでも早く追いつかれていたら。もし、落ちた妖怪が致命傷を負わずに生きていたら。自分はあの妖怪に八つ裂きにされていただろう。

 

 

……今だに応援の人間もやってこない。あのまま待ち続けていたら力が持たず死んでいた。本当に自分はギリギリ生き残った。大の字に転がり手足を投げ出す。顔だけ動かして血をがなして動かない妖怪を見る。

 

 

(ホント、何やってんだろう、俺……)

 

 

こんなに必死になって守ったものがただの田畑だ。もちろんそれは人里の人々の命を繋ぐ大切なものだ。それは十分に理解している。それを育てることも守ることも必要なことであると。そのために特異な力を持った自分が選ばれたのも、理解してる。

 

 

(けどなぁ……)

 

 

それでも、思う。何で俺がこんな目に合うのかと。力があるのは認める。それを活用するのもいい。だがだからと言ってこんな目に合ってほったらかしにされるのはいやだ。こっちは命を張っているのだ。もっと、大事にして欲しいし協力して欲しい。

 

 

実際のところ、外で働いているのは人間はひしがきだけではない。他の人間ももちろん働いている。身を守る術のあるひしがきが妖怪を抑える役目を負っているとはいえ襲われる危険は他の人間も同様にある。

 

 

応援にしても人里を守る退治屋多くはなくは臨機応変に動けるように里の中心部に居るため呼んで来るのにも時間が掛かる。博麗の巫女にいたっては神社が人里から離れているためすぐには呼べない。

 

 

つまるところひしがきの要望は現状ではないものねだりでしかない。ひしがきも何だかんだ言いつつもそれは分かっている。自分でなければ被害が出続けることも分かっているからこそ仕方ないと割り切りつつこの仕事を続けているのだ。

 

 

不便なところに生まれたものだと思いながら立ち上がる。人里からは数人の人がこちらに向ってきていた。ようやく来たかと手を振って呼びかける。

 

 

(……仕方ないよなぁ)

 

 

人里に人間は、自分の仲間だ。それに大勢の家族が居る。自分が頑張らないといけないのだ。そう幾度となく繰り返した自問自答の結論を言い聞かせる。

 

 

 

 

 

 

しかし、それがあんな結果に繋がるとはこの時は夢にも思わなかった。

 

 






作者「これにて完!」


ひしがき「おい!最後のフラグは!?」


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レベル上げは基本

なんにしても地道な努力は必要だと思うしみじみ思います。


 

 

 

どうも、保険もないこの世界で日々が文字通り命がけの毎日のひしがきです。

 

 

今日はいつもの仕事ではなく警邏で里の周りをグルグル回ってます。最近どうにも妖怪の被害が続いているためこうして退治屋と一緒に俺が見て回ることになった。

 

 

まあ、つまりはいつもと変わんないってことだ。

 

 

今は退治屋二人と一緒に里の近くを見てる途中。しかしなんだかこの二人、若い。いやまだ今年で9歳の俺が言うことじゃないが退治屋ってのは結構中年のオッサンとかが多いんだがこの二人は大体二十歳くらいの見た目だ。

 

 

「なあ、最近妖怪がよく出るだろ。今度博麗の巫女が里に来るらしいぜ」

 

 

「本当か?」

 

 

「ああ、この間他の退治屋が話してるのを聞いてよ。なんにしても博麗の巫女が動くのならしばらくは楽になりそうだな」

 

 

しかもこの二人、経験が浅いだけなのかそれともただ単にお気楽なだけなのか、まったく周りを警戒していない。普通人里から出るときは誰しもあたりを警戒するものだがこの二人はまるで散歩でもしてるかのようだ。

 

 

見回るにしても組み合わせを考えた方がいいと思う。それとも俺と一緒ならある意味で安全と判断したのか、いずれにせよ不安が残る二人だ。

 

 

それにしても博麗の巫女、か。以前何度か目にしたことがある。その姿は博麗霊夢ではなかった。知識の中では先代巫女としてあった女性の姿に酷似していた。ならばここは自分が知る東方の世界の過去になるのかとも考えたりもしていたが、今は正直どうでもよかった。

 

 

確かに知識の中で知っている東方のキャラクターに興味がないといえば嘘になる。しかし、今の俺は毎日を懸命に生きていかなければならないのだ。たまたまその姿が見れたならああ、これがと思うかもしれないがそれだけだ。

 

 

寧ろ関わって余計なことには首を突っ込みたくはない。今は日々の安全が何より大切だ。妖怪と対峙する様になって本当にそれをひしひしと感じる。

 

 

ともかく彼らの話によれば近々博麗の巫女が人里を訪れるらしい。それも恐らくは近頃頻繁になった妖怪の出現に関わってのことだ。気を抜くわけではないがこれで少しでも妖怪の出現が減ってくれると助かるのは事実だ。

 

 

「それにしても、さ」

 

 

「ん?」

 

 

「博麗の巫女ってよ、美人だよな」

 

 

「…お前もそう思うか?」

 

 

「ああ、しかもイイ身体の肉付きをしてる」

 

 

 

…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 

 

 

いきなり話が下世話になったな。

 

 

「あれで男っ気がないんだからもったいないよな」

 

 

「だな。巫女にそんな色めいた話なんて聞いたことがない。けどもったいないよなぁ、あんだけ美人で器量がいいのに」

 

 

「ああ、もしもかなうなら是非一度お相手願いたいもんだ」

 

 

「おいおい、あんまり大きな声で言うなよ。万が一誰かに聞かれたらまずいぞ」

 

 

けらけらと笑いながら二人は話している。よくもまぁ、そんな口が利けたものだ。博麗の巫女は幻想郷の守護者。ここには3人しか居ないとは言えその神聖なる巫女に対してそんな口を叩くのはどうかと思う。

 

 

この歳頃の健全なる男子なら美人に対して邪な感情を持ってしまうことは仕方ないにしても相手が相手だ。もう一人の男の言うとおり聞かれたらまずいだろうに。

 

 

「心配するなよ。ここには俺達と子どもが一人だ。誰も聞いてないさ。おい、ガキ」

 

 

話していた若い男がよって来てひしがきの胸倉を掴む。

 

 

「俺達が話してたこと、誰にも言うんじゃないぞ。もしも言ったら……」

 

 

威圧するような低い声で男がひしがきを脅す。正直こんな男、妖怪と対峙したときに比べたら鼻で笑うくらいのものだ。少し閉じ込めて新しい結界の実験台にしてやろうかと黒い感情が沸いてきたが抑える。

 

 

「わかりました。誰にも言いません」

 

 

自分を見下す男に、冷ややかな目を返しながらひしがきは淡々と言う。男は鼻を鳴らしてもう一人のところへ戻っていった。

 

 

(……はぁ)

 

 

小さくため息を吐く。ため息を吐くと幸せが逃げると言うが元々幸せとは言い難いので気にはしない。お気楽な連中だとしみじみ思う。どうして退治屋に所属しているのかは知らないが恐らく彼らは妖怪と対峙した経験はないのだろう。人里を出ても彼らは隙だらけだ。気を張っている様子が皆無だ。

 

 

あるいはひょっとして先程話に出てきた巫女とお近づきになりたいとか下卑た理由で退治屋にでもなったのだろうか。だとしたら本当に愚か者だと思う。銃を撃ちたいから軍人になりますと言っているものだ。

 

 

いっそ一人で見回りをしようかとも思ったが、万が一を想定して一緒に居た方がいいだろうと結論付け少し離れた彼らの後を付いていく。

 

 

(そういえば博麗の巫女が来るんだっけか……)

 

 

博麗の巫女。おそらくは博麗霊夢の先代。ここでの生活にいっぱいいっぱいでその内考えなくなっていたが彼女はこの世界のキーパーソンだ。だからと言って直接自分と関わることはまずないだろうが。

 

 

最初の頃はどんな人なのかと妄想を膨らませたものだ。そういう意味では俺も先を行く彼らも大差はない。そう思うと過去の自分が恥ずかしい。それでもあそこまで煩悩丸出しの馬鹿ではなかったが。

 

 

当代の巫女は一言で言うなら厳格、無口、無表情と言う言葉が当てはなる。必要最低限の言葉しか話さず、表情からは喜怒哀楽が感じ取れない。けれど無感情と言うわけではない。そして、なにより厳しく容赦がない人と言うことだ。

 

 

何でも昔、目の前の馬鹿二人のような男が言い寄った時に拳で吹き飛ばしたという話を聞いた。巫女に男の影がないのはそういう理由からだと思う。初めはとある有名な二次創作みたいに内心お花畑みたいなこと考えてるのかと思ったらそうではないようだとこの話を聞いて思ったもんだ。聞いたところによるとその戦いぶりは肉弾戦が主だという撲殺巫女らしい。札や陰陽玉を駆使した博麗の巫女の伝統的なものはあまり使わないらしい。

 

 

 

しかし、博麗の巫女の技か。その代表的なものに当たるのが結界だ。そもそも博麗の巫女は幻想郷を覆う博麗大結界の管理を担う存在。結界に関していえば専門とも言えるエキスパートだ。彼女に聞けば俺の能力も少しは新しい可能性が見えてくるかもしれない。

 

 

(会ってみたいな……)

 

 

生きるための術は多い方がいい。伸び悩む自分としては、会って色々教えて欲しいものだ。

 

 

 

 

 

 

そのまま特に何も起こらず見回りは終了した。よかったといえばよかったのだがあの二人が痛い目見ればいいと考えてたので少しだけつまらなかった。できればもう二度と一緒には仕事をしたくない。

 

 

これで仕事が終わりと言うわけではない。この後は一応里の中心部でもしもの事態に対応できるように待機しなければならない。くっ、9歳児をこき使うなんて、労働基準法はどうした!

 

 

 

 

むさくるしいオッサンと一緒に談笑する気はないので一人で里を見回ってきます、と言って里をブラつくことにした。人里の町の造りは時代劇に出てくるような江戸時代あたりの町並みだ。初めの頃は物珍しくてあっちこっち歩き回ったが、今となっては面白みのない見慣れた町だ。

 

 

何よりこの時代、娯楽が少ない。子どもはそこらへんを駆け回ったり、剣玉なりお手玉なり遊び道具がある。しかし、そんなもの感覚が現代人の俺にとっては面白みのないものだ。大人は酒でも飲んで笑いながら話せばそれで楽しいだろうし中には博打をしている者もいる。しかし、俺は酒はそれほど好きではなく……それ以前にこの体では飲むことも出来ないし博打なんて金もなければやる気もない。

 

 

そんな娯楽もなく仕事が厳しい中で俺が自分の時間をなんに使うかは限られる。

 

 

その一つが

 

 

「いらっしゃいませー。あ、ひしがき君こんにちわー」

 

 

この里にある貸本屋『鈴奈庵』で本を読むことだ。今俺に挨拶してくれたのはここの主人の奥さんで常連の俺とは顔なじみだ。なんでもおめでたらしくお腹がまだ小さくではあるが膨らんでいる。おそらく今彼女のお腹にいるのが東方鈴奈庵の主人公、本居小鈴なのだろう。

 

 

「今日もまた勉強しに来たのかしら?」

 

 

「はい、いつもいつもすいません」

 

 

深々と頭を下げて本を差し出す俺に鈴奈庵の奥さんは笑いながら本を受け取る。

 

 

「いいのよ、気にしないで。ひしがき君は子どもなのにしっかりしてるから本を大事にしてくれて嬉しいわ」

 

 

この人は俺を子ども扱いしてくれる数少ない人だ。俺が結界について少しでも上達する為に色々と調べているときにここを訪れてからの付き合いでもう4年近くにもなる。当時、と言っても今も子どもだがその俺に対して無料で本を貸してくれているのだ。

 

 

しかもここの本の蔵書量はなかなか多く陰陽術、神道、法術、魔術など様々なジャンルの本も揃っている。俺はその中で結界やその他に使えそうな本を手当たりしだいに読ませてもらっているのだ。

 

 

「今日はこれを貸してください」

 

 

「あら?もういっちゃうの?」

 

 

「はい」

 

 

いつもならここで色々と立ち読みしてから借りる本を選ぶのだが今日は既に借りる本を決めていたので行くことにしていた。

 

 

「そう、それじゃあ気をつけてね。…あんまり仕事で無理しちゃ駄目よ」

 

 

それが無理な頼みであることは彼女も知っている。知っていて、止める事が出来ないのは今の現状を考えれば仕方ないことだ。

 

 

「はい」

 

 

それでも自分を心配してくれる人が居るのはありがたいと、本当にそう思う。思ってくれるだけでも嬉しいことだ。

 

 

 

 

 

 

 

以前にも言ったが結界は人が張るときは東洋西洋問わずまず術式なり適した触媒なりを介さないと張れないものらしい。あとは霊力が高くないと結界とは基本使うことが出来ない。

 

 

にもかかわらず俺が結界を張ることが出来るのは生まれ持っての能力のおかげである。俺がここで結界について調べた結果、そもそも結界とは簡単に言えば領域を区切ることだと言う。聖なる領域と不浄の領域を分けることで秩序を維持するための区域を創るのが本来の結界だ。

 

 

だが俺が普段使っている結界は空間を区切ることで壁を作り出しているというだけ。さっきのような儀式めいた仕組みの結界なんて作ることができない。

 

 

さて今日はここからが本番だ。結界にも様々な結界がある。俺のようにただ空間を区切って壁を作るもの。この幻想郷を覆うような外と内の世界を分けるもの。特定の存在を封じるためのものもあればただセンサーの役割を果たす物もある。

 

 

俺が今回試すのは対妖怪の結界、つまり妖怪を滅する退魔用結界……のようなものだ。なぜ様なものと言うかといえばこれまた俺の能力のせいだ。普通の退魔用結界は単純に結界を張る術式に退魔用の術を組み合わせて作る。例えば札で退魔用結界を張る場合その術式が正しく組み合わせられる法則に沿って札にその術を書き込み霊力を流すことで術を起動させるわけだ。

 

 

しかし俺の場合結界自体がどのような力でどのような法則によって張られているのか分からない。なので他の術式に組み合わせてもうまく組み合わせることが出来ない。おそらく一番近いであろう霊力によって発動する神道の結界術そのまま使ったとしてもうまく発動しない。それは俺の結界という土台の上にまったく別の構造の土台を作って家を建てるようなものだ。そんな不安定なものは使い物にならない。

 

 

つまり俺が退魔用結界を使う上ですべきことは、つまり俺の結界という土台にあった退魔用の術式を組み込むことである。幸いと俺の結界は感覚的なものなので様々な術式を使って違和感のある物を除いてしっくり来るものを探せばいい。そして今回試行錯誤した成果を試すときが来たわけだ。

 

 

俺が結界に組み込むの退魔の術式は複雑なものではなく至極簡素なもの。威力など期待は出来ない。精々人間にとっては指先に静電気が走った程度の効果しか発揮しないだろう。だが基本中の基本、単純簡単なため様々なものに応用が出来る。俺の結界にもおそらくは作用するだろう。

 

 

「…………」

 

 

頭の中で術式を練る。それは感覚的なものでしかないひどく曖昧な設計図だ。以前適当な術式を組み合わせたときは頭の中がドロドロになって崩れていくような感覚に襲われて腹の中のものを根こそぎ全部吐き出したりもした。

 

 

今度は前のような失敗をしないように、慎重に組み上げていく。理論なんてない。法則なんてない。

ただ自分が推論しただけの理屈の分からない力に大雑把な術を組合すという、ある意味で術を行使する上で最も愚かな方法。

 

 

だがそれでいい。これはひしがきの持つ能力は先天的なものだからだ。法則の沿って術を行使するのは後天的なものだけだ。鳥は空を飛ぶ理論など知らない。ただ生まれ持った翼があるから飛ぶことができるだけだ。人は翼を持って生まれない。だが理論を知っているから翼の代わりになる物で飛ぶことができる。

 

 

「結っ」

 

 

指の先にいつもと同じように結界が展開される。ただいつもは無色の結界に僅かに赤色が淡く色付いていた。

 

 

ひしがきは以前妖怪の屍骸から取った毛を結界の上に置く。しばらく置いておくと妖怪の毛はだんだんと黒く変色していく。そして最後には形を崩し粉々になった。

 

 

「……とりあえずは成功、かな」

 

 

消し炭になった毛を見て実験の結果はうまくいったと判断する。とは言っても結果は微々たる物だ。

妖怪の屍骸の毛を燃やすだけで時間が掛かる程度の結界。今までは結界の強度と持続時間を主に重点的に延ばしてきたとは言えここまでの成果を出すのに随分時間がかかってしまっている。

 

 

「そういう意味ではこの結果は大きな一歩だよな」

 

 

しかし、今回でようやく最初の一歩を踏み出すことが出来た。後は徐々にこれを強力なものにしていけばいい。

 

 

そろそろ戻っておかなければ口うるさく言われるだろう。うんうんと頷きながら満足気に町の中心部へと向った。

 

 

 



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暗くなる前には帰ろう

 

 

博麗の巫女が動いたことで妖怪の人里への影響は収まりつつある。人里も以前よりは物々しい空気はなくなっていた。

 

 

と言っても俺の日常には大差なく、いつも通りに里の外側に居る。今年は妖怪の被害が多いにもかかわらず作物が例年以上に収穫を見せた。今頃里の中ではいつも以上に賑わっていることだろう。いつもは畑に何人かいる者も、今は里の中で楽しんでいる。

 

 

 

そんな時でさえも、自分は仕事に行かなくてはならない。俺だってたまには何もかも忘れて休みたいし楽しみたい。しかしその願いは却下された。何故か?単純に里の人間はまだ不安がっているからだ。

 

 

今回の妖怪の被害の多さは妖怪の縄張り争いが原因らしい。博麗の巫女によればある強力な妖怪が最近になって暴れ出した為に居場所を負われた妖怪達が里にまでやってきたとか。

 

 

その大元である妖怪を博麗の巫女が抑えたことで事は一応収束に向っている。しかし、件の妖怪はまだ退治されておらず未だに博麗の巫女も補足し切れてはいないとか。

 

 

里の上の人間はこのことを伏せ一分の人間にこの事実を伝え警戒を続けている。何はともああれ妖怪の被害が少なくなったため一応の警戒であるが。あとは博麗の巫女が妖怪を何とかしてくれるのを待つだけだ。

 

 

「……………」

 

 

俺は、いい様に使われすぎている。最近特にそう思う。理不尽、というわけではない。理屈は分かる。理解も出来る。だがいい加減明らかに最近の俺への負担がでかい。

 

 

(俺はいいように使われる道具じゃないぞ……)

 

 

―――ザワッ

 

 

小さく心がざわめく。それに合わせて全身の毛が逆立つようだ。その憤りを解消するかのように、何となく結界を張った。

 

 

「結ッ」

 

 

いつも通りに結界を張る。しかし、唯一いつもとは違うものがあった。結界が赤い。以前張った結界よりも更に濃い赤色になっている。

 

 

(やっぱり、な)

 

 

以前にも何度かあった。感情の高ぶりが結界に影響を及ぼす。これは結界を強化する上で予想した法則の一つ。もともと感覚的な自分の結界には感情の変化とも関わりがあるのではないかと考えたのだ。

 

 

今は、俺が感じている憤りや怒りに結界が影響し普段以上に攻撃的な影響を受けやすい状態にあるのだ。

 

 

「…………はぁ」

 

 

赤い結界。いつも以上に赤く退魔に優れた結界を見て疲れたため息を吐く。感情によって力の上下が変わる。それはひどく力が不安定で未熟であるということでもある。

 

 

ひしがきの理想は感情によって力が不安定になるのではなく理性によって安定した力が発揮できる結界である。しかし今の自分では感情がいい方向に向いている状態でもこの程度の結界しか張れない。それが我が事ながらどうしようもなくなさけなくなる。

 

 

自分の理想、そこにたどり着くには自分に何が足りないのか。技術なのか体力なのか精神なのか霊力なのか知識なのか魔力なのか理解なのか心なのか理論なのか思考なのか鍛錬なのか。

 

 

いずれにせよ誰にも指導を仰げない時点で手探りで行くしかないのはわかっていることだが。

 

 

(それにしても……)

 

 

俺の力のブースト、それは一体何の感情によって増しているのか。単純な怒りではない。ただ怒っただけではこれほどまでには力は増さなかった。以前は悲哀に似た感情でも力は増したが悲しい感情で増すという訳でもない。

 

 

では一体何の感情で力は増加するのか?そこに何となく今後の力の増す鍵があるかもしれない。

 

 

「………やるか」

 

 

陰鬱な気分を紛らわすて、今日も結界の鍛錬を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつけば夕暮れ時。夕焼けがあたりを照らしていた。

 

 

大の字になって空を見上げる。ひしがきの全身は汗で濡れており来ている着物も汗を吸っていた。最近はこうして大の字に倒れるのが好きになってきた。

 

 

周りの環境に不満はあっても、とりあえず目標に向って力を尽くすのは嫌なことを忘れさせてくれる。こうやってくたびれるのも悪くなかった。

 

 

「………」

 

 

考えるのは自分のこと、結界のこと、妖怪のこと、周りの環境のことと色々ある。今までは仕方がないと、頭の中で自分に言い聞かせてきた。今もまた、理不尽と思いつつも仕方のないことだと、今はこうしていくしかないんだと言い聞かせる。

 

 

結局のところ自分は弱い人間だ。力のあるなしじゃ無い。人間は群れなければ生きていけない。もし生きていけるとしたら、それは並外れた精神力を持っているか特殊な価値観を持ってなお力があるような人間だろう。

 

 

群から離れるということは立場的にも精神的にも負荷が大きく掛かる。人は社会の歯車だ。歯車が他の歯車とかみ合っているからこそ社会が回る。そして社会は大きく動く。ただの歯車は何ともかみ合うこともなく空しく回るだけ。何も動かないし、何も動かせない。

 

 

自分は人里と言うコミュニティで生きていく為に何かを犠牲にしている、耐えている。そうまでしても今の状況に直接物を申さないのは、人里と言う枠の中から外れないためだ。あるいは不利な立ち居地に立たされないためとも言う。

 

 

自分は弱い。一時は人里から離れ一人で生きていくことも考えたが、どう考えても出来なかった。実際無理なのだ。自分が一人で生きていくのは。この世界では何もかもが厳しい現実となって立ちはだかるのだから。

 

 

「こうやって考えるのも、一体何回目だろうな」

 

 

辛い時、色々考えすぎる自分がいる。いつもそこには被害者のような自分がいて、しかし結局はいつも通りの結論にたどり着く。

 

 

大きく息を吐く。そろそろ、家に帰ろう。大きく伸びをして体を起こす。

 

 

 

 

 

――――――――ねぇ――

 

 

 

 

ぞわぁ――!!

 

 

一瞬にして今までに感じたことのない怖気が背筋を駆け抜ける。まるで魂ごと体から引き抜かれるような虚脱感と疲弊感。それ以上に自分のような未熟な経験しか積んでいないにもかかわらずはっきりと感じる命の警報。

 

 

まずい

 

 

まずいまずい

 

 

まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイ

 

 

まずい!!!!!!!!

 

 

「ねぇ」

 

 

今度こそ、心臓が止まるかと思った。いやもう止まっているのかもしれない。もはや心臓の鼓動さえも聞こえない。ただ圧倒的な死の予感に自分の体の機能が壊れてしまったのかのよう。

 

 

声のした方を見る。

 

 

そう意識したわけでもないのに、むしろ目を背けてしまいたいくらいなのに、いつの間にか体が勝手にそちらを向いていた。

 

 

まず目に入ったのは金色。そして、闇。さっきまで夕暮れだったはずなのに周りはいつの間にか闇に覆われていた。その中でその金色は輝いているわけでも隠れているわけでもなく、圧倒的な存在感でそこにあった。

 

 

「ねぇ」

 

 

その金色が口を開く。ようやくその全貌が明らかになった。

 

 

「―――あなたは」

 

 

長く艶やかな金髪は闇に栄える。黒い服は周りの闇と同化し、肩から手首まで見える白いシャツはでまるで浮いているようだ。

 

 

上げられた顔は端整に整っている。綺麗だと、一瞬頭の隅でそう思った。それ以外は全部恐怖すらも越え真っ白になっていた。

 

 

紅玉のような赤い目でこちらを見て、三日月のように笑う赤い口から、彼女は俺に尋ねた。

 

 

「食べてもいい人間かしら―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

情報とは大きな武器である。相手が何を持ってどのように闘うかを知っているか知らないかではそこに雲泥の差がある。そういった意味ではひしがきはこの幻想郷の中では大きなアドバンテージを持っているといえる。これから起こるであろう異変を知りそこに立ちはだかる敵を知り能力を知っている。

 

 

もちろんその異変に直接関わるつもりは本人に無いがとにかく情報はあるに越した事はない。特に絶対安全とは言い切れないこの幻想郷においては自分の周りで起こるだろう出来事を知っておくことは大切なことであると身を持って知っている。

 

 

普段ひしがきならば自分だけが持つ知識から相手の能力・戦い方・性格などの情報を引き出してある程度の対策を練ろうとするだろう。実際彼女のことをひしがきは知っていた

 

 

EXルーミア 闇を操る程度の能力を持つ妖怪。

 

 

通常のルーミアの髪に着いている赤いリボンが封印となってその力を抑えている。一度その封印が解かれればその力は凄まじく、幻想郷の一癖も二癖もある強者達にも引けは取らない。

 

 

 

 

だが、今のひしがきはそんなことを考えることは出来なかった。

 

 

「はぁ…!はぁ…!はぁ…!」

 

 

走る。ただ力の限り走る。

 

 

どこに向うとか目の前に何があるとかそんなことは一切考えない。重要なのは、ただ一刻も早くここから逃げることだけ。

 

 

「クスクス」

 

 

「ひ、ぃ……!!」

 

 

アレの声が耳に届く限りこの場所に安全な場所など無い。故に全身全霊で走る。

 

 

「ねぇ」

 

 

どれだけ情報を集めようとも蟻一匹では象を倒せない。どう闘うとか戦略を練るとか以前の問題だ。

 

 

(死ぬ…!殺される…!)

 

 

奇跡的な幸運によって頭よりも体が勝手に走り出したおかげでまだ生きている。もし後数秒逃げるのが遅れていたらおそらく既に食われていた。

 

 

だがどうする?どうすればいい?戦う?無駄だ。アレには勝てない。勝負にすらならない。今の自分は子どもに追われる虫ケラだ。子どもが追うのに飽きればすぐにでも手足をもがれる。ではこのまま逃げ切る?できるか?逃げ切れるのか?それくらいならうまくいけばもしかしたらひょっとして俺でも助か―――、

 

 

「―――クスクス、何所までいくの?」

 

 

 

 

――――――――――――無理だ!!!!

 

 

死ぬ。

 

 

殺される。

 

 

食われる。

 

 

俺が、なんでどうして、こんな

 

 

「は、ひぃ…!はぁ…ぁっ!ぜぇ…!」

 

 

汗で、涎で、涙で、顔をグチャグチャにしながら絶望する。殺されると明らかでも、それでも足を止めずに走る続ける。

 

 

「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 

 

嘲笑う声がすぐ後ろから聞こえてくる。明らかにこの追走を楽しむ声。その気になれば命を刈り取ることなど目の前に置いてある物を掴む程度の労力しか掛からないだろうに。

 

 

一瞬、地面の僅かなくぼみに足を取られ体勢が僅かに崩れる。すると頬を掠めて黒い塊が木を薙ぎ倒した。

 

 

「あら、外しちゃった」

 

 

「―――――!!」

 

 

ここに来てようやくほんの少し頭が冷静になって働いた。向こうは自分に追いつかなくとも仕留める手段があることにようやく気がついた。今まで使わなかった結界を後ろに無数に展開する。相手が何所にいるのか分からないまま縦横無尽に結界を張っていく。これが相手に通用するとは思わない。しかし、わずかでもこれが障害になってくれればと願うだけだ。

 

 

「へぇ、おもしろい事できるのね。うふふ、いいわ、楽しくなってきた」

 

 

しかし、障害になるどころか相手はむしろ心底楽しそうに声を上げる。それは狩りの獲物が思っていたよりも上物だったことを喜ぶ捕食者の喜びの声。

 

 

(ド畜生がッ……!!)

 

 

遊ばれている。明らかに自分は今相手の掌の上だ。それでいて自分はまったくの無力だ。

 

 

(どうする!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふっ」

 

 

宵闇の大妖怪ルーミアは上機嫌だった。

 

 

最近、自分はよく空腹になる。人食い妖怪であるルーミアは今まで人里から離れた場所にいたがここ最近は人里の周りをうろつくようになった。

 

 

自分が動けば近くの弱い妖怪はそこから逃げ出す。妖怪が動けば人は畏れ戸惑う。

 

 

そうやって出てきた人間を喰らって最近は腹を満たしていた。

 

 

しかし、つい先日厄介な奴がやってきた。博麗の巫女だ。

 

 

博麗の巫女は大妖怪であるルーミアを持ってしても手の余る相手だった。人里においそれと近づけず手が出せなかったのもこの巫女が原因だった。

 

 

正面から戦って負けるつもりは無かったが、こちらも唯ではすまない。忌々しいが一端身を引いてまた人里から離れることにした。

 

 

屈辱だった。

 

 

餌である人間を目の前にしておめおめと引き下がらなければかったのが。その餌である人間相手に自分が身を引かなければならなかったことが。

 

 

ギリッ

 

 

思い出しただけで怒りが沸々と沸いて来る。博麗の巫女、いずれはあの巫女もズタズタに引き裂いて喰らってやろうか。しかし今は、

 

 

目の前を走る人間。その顔は恐怖と絶望にまみれている。無様に息を切らし走る姿は弱弱しく滑稽だ。

 

 

嗜虐心で体がゾクゾクと震える。愉悦に染まり息を吐くその表情は凶悪で、しかし雄がみれば情欲をそそらずにはいられないだろう淫靡だった。

 

 

ルーミアは目の前の獲物に満足していた。久しぶりの餌、それも自分の愉悦を満たし唯では壊れない程度の力も持っているようだ。

 

 

久々の『狩り』だ。どうやって仕留めようか。まずは腕?それとも足?腹に穴を空けるのもいいかもしれない。きっと素敵な叫び声を上げてくれるだろう。ああ、楽しみだ。

 

 

「結っ!」

 

 

再び目の前に無数の結界が立ちふさがる。以前人里を襲撃した鼠の妖怪を捕えたときに比べるとそれなりに強度を増している。退魔の術式も進歩を見せており赤色も濃くなっている。下級の妖怪なら触れれば火傷を負う程度には完成はしていた。

 

 

「でも駄目よ。この程度じゃ」

 

 

しかし、その結界はあっさり砕かれる。一体何の力が働いているのか、ルーミアはその細い指で目の前の結界を撫でるだけで結界を粉々に砕く。

 

 

「あら?」

 

 

しかしそのすぐ目の前には新たな結界が張られていた。今までとは違い唯の壁ではなく、最程よりも更に濃い赤色の剣のような鋭い結界が壁のようにルーミアを待ち構えている。

 

 

しかし、それでも

 

 

「残念、この程度じゃ全然駄目よ」

 

 

結果は先程と変わらない。闇が波のようにうねり結界を砕き飲み込む。わずかに自分の闇が焼かれるような感覚があったがそれも一瞬。

 

 

(何の能力か少しは期待したけど、これじゃあんまり楽しめそうにないわね…)

 

 

思わぬ抵抗に、知らず勝手な期待が思っていたよりも高くなったせいか能力の弱さに拍子抜けする。この程度の結界ではルーミアを遮ることはできはしない。

 

 

「………」

 

 

そろそろ、この追いかけっこにも飽きてきた。手足の内どれか一つも打ち抜こう。そうすれば無様に足掻いて楽しませてくれる。

 

 

「おい!妖怪!」

 

 

「?」

 

 

突然さっきまで逃げていた人間が立ち止まって振り返っていた。

 

 

何のつもりだろうか?逃げるのを諦めたのか?しかし、次に目の前の人間が言ったことはまったく間逆だった。

 

 

「俺と勝負しろ!」

 

 

 

 

 

闇が周囲の森を包み込む。

 

 

大妖怪ルーミアに勝負を仕掛ける。それは無謀を通り越して冗談にもならない。今のひしがきとルーミアではその力にとてつもない差がある。

 

 

おそらくは人間の一生など蝋燭が燃え尽きる程度にしか感じないほどの年月を生きた大妖。その実力、経験いずれも幻想郷のトップレベル。到底まともに人間が勝てる相手ではない。

 

 

「……プ、ククク、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 

心底おかしそうに笑うルーミア。

 

 

それも当然だろう。自分にとっては敵にさえもなりえない、暇潰しとも言えるただの狩りの獲物に正面から戦いを挑まれる。

 

 

格下に挑まれれば大妖怪としてのプライドが傷付き怒るところかもしれないが、こうまで圧倒的な格下から挑まれればもはや笑うしかない。

 

 

「アハ、ハハハッ、…あ、あなた、私を笑い殺す気なのかしら?」

 

 

腹を抱えて問うルーミアが言い終わる前に、なりふり構わず全力でルーミアの周囲の木々ごと結界を何十にして展開して囲う。今度の結界は余計な術式をのぞいて唯頑丈に展開する。

 

 

「ちょっと、あなた待ちなさ…」

 

 

そして足元に張られた縄を思いっきり引っ張る。すると木の葉に隠れていた袋から黒い粉が噴出し結界の中に充満する。

 

 

「……何のつもり?」

 

 

毒でもなければ目くらましにさえもならない粉を頭から被ったルーミアはわけもわからず立ち尽くしている。一体、目の前の人間は何がしたいのか。今度は取り出した小さな火種らしきものに火を着け投げてきた。

 

 

何のつもりだろうか?わけのわからない行動をする人間を不思議そうに見つめる。

 

 

 

 

そして、投げ入れられた火が粉が充満した結界内に入った瞬間、ルーミアを爆音と炎が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬目の前が真っ白になる。

 

 

爆発の衝撃と音に気を失いそうになった。

 

 

「~~~~~~~~っ!!!」

 

 

うまくいった。

 

 

そのことに安心して腰が抜けそうになる。

 

 

もしものためにそこら中に仕掛けておいて助かった。

 

 

ひしがきに妖怪に対する戦闘能力はほとんどない。最近作った退魔用結界にしても触れなければ意味がないし威力自体も妖怪を滅するほどではなく軽く火傷をする程度しかない。

 

 

よってひしがきが選んだ妖怪退治の方法は守りながら相手を罠に嵌めること。そのためにひしがきは持てる知識を総動員して罠を練った。

 

 

その一つがこれ、粉塵爆発である。木の陰に木炭を砕き粉末にした物を詰めた袋を設置し縄を引くことで中身が噴出すようにしておいたのだ。

 

 

結界を張れるということはどこでも密室が作れるということ。それにひしがきは着目しこの仕掛けを作ったのだった。問題は爆発に耐えれる結界を張ることだった。

 

 

(何とか、うまくいった……!)

 

 

結界を限界まで重ねて張ったおかげで、ギリギリ外側の結界は維持することが出来た。傍から見てもあの爆発はかなりの威力があった。それを密室でまともに浴びたのだ。唯ではすまないだろう。

 

 

「やったか!?……ってのはフラグだよな!」

 

 

無事だった外側の結界。更に追い討ちをかけるべくその上の部分の結界を解除する。

 

 

ゴオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 

 

結界の上から炎が再び爆発したかのように燃え上がる。黒い煙と炎が渦を巻いて激しく燃え盛った。

 

 

バックドラフト現象。

 

 

火災などに見られる有名すぎる現象だ。密閉された空間の中で炎によって空気中の酸素が減少した状態でいきなり外からの空気が流れ込むことによって発生する炎の爆発。

 

 

考えに考え抜いた渾身の罠。ここまでやれば対外の妖怪なら消し炭になっているだろう。大妖怪とはいえ唯ではすまない威力だ。

 

 

しかし、既にひしがきは上の部分の結界を解除した瞬間に逃亡していた。

 

 

何故ならひしがきは確信していた。

 

 

(今の内に…)

 

 

自身の渾身の罠の必勝、ではなく

 

 

(少しでも…)

 

 

自身への脅威が依然無事であることを

 

 

(逃げないと!!)

 

 

ひしがきの後ろで、激しく燃え盛る炎。その中から炎を吹き飛ばして、闇が全てを飲み込んだ。

 

 

背後から押し寄せた闇が津波の如く周囲を押し潰す。ひしがきはまるで風に飛ばされる木の葉のように闇に吹き飛ばされた。

 

 

一瞬の浮遊感の後に、全身に衝撃が走る。一体どれほど吹き飛ばされたのだろうか。勢い良く転がり続け気に激突し、ようやく止まった。

 

 

「―――――ゕ、ぁ」

 

 

肺が強すぎる衝撃に空気を全て吐き出す。容赦なく体に浴びせられた衝撃はひしがきの体に甚大なダメージを与えた。闇に触れたひしがきの背面はヤスリで削り取ったような傷を負っていた。左足はあらぬ方向へ向いており、左腕も不自然に曲がっている。アバラは何本折れたのか、左側はもしかしたら全て折れているかもしれない。

 

 

一瞬遠退いた意識が、激痛で無理矢理引き戻される。

 

 

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!」

 

 

未だに機能を取り戻さない肺のせいでそれは声無き声になって叫び声を上げた。

 

 

かつて今まで負ったことの無い負傷は想像以上の苦痛となってひしがきに襲い掛かった。まるで水中で溺れているかのようにもがき苦しむ。しかし、もがけばもがくほど激痛はひしがきを余計に苦しめた。

 

 

「ひぎゃ、ひぎゃい!うぐぅ、あああ!」

 

 

(痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい痛い痛い痛い痛い助けて苦しい痛いなんでこんな痛い痛い痛い痛い腕が痛い痛い痛い痛い逃げ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ)

 

 

思考がまとまらない。自分が今どんな状態でどこにいてどうすればいいか、何一つ分からないままただこの苦痛が一秒でも早く治まるのを待つしか出来ない。

 

 

 

 

ザッ

 

 

 

 

意識の端で何かの音が聞こえた。そういえば何か忘れているような気がする。しかし痛みでそれを考え続けることが出来ない。

 

 

視界の中に金色が移る。そういえば何か見た気がする。しかし痛みでそれが何か思い出せない。

 

 

 

 

 

「……たかが人間が、随分と舐めた真似をしてくれたな」

 

 

 

 

「あ………」

 

 

しかし、その痛みすらも忘れさせる恐怖でひしがきは意識を取り戻せた。

 

 

そうだ、自分は今ルーミアから逃げていて、今目の前にいるのが…

 

 

視界がルーミアを捕えた瞬間、ひしがきは強烈に後悔した。先程愉悦に歪んでいた顔は能面のようになんの感情も読み取ることが出来ない。所々黒ずんで見えるのは、やはりあの爆発が多少なりとも効いた証だろう。その瞳は暗く濁った赤色が不気味なほどギラついていた。

 

 

 

 

―――――ああ、俺、死ぬんだ。

 

 

はっきりと感じる自分の死。その殺気だけで死ぬかと思った。

 

 

もはや痛みは遠く過ぎ去り、今自分を焼くようなこの感覚がルーミアの闇なのか殺気なのかも分からない。

 

 

分かるのは今日俺は、ここで死ぬということだけ。

 

 

「シネ」

 

 

ルーミアが闇ではなくその腕を持って俺の命を刈り取りに来る。それがひどくゆっくり感じる。細い腕だなと考える余裕さえあった。ああ、死ぬ直前はスローモーションに見えるというがこういうことなのか。

 

 

徐々に腕が近づいてくる。死ぬ間際に凝縮された時間の中で、短かった自分の人生を思い返す。今思うと自分の記憶はこの幻想郷に来てからしかない。それを考えると自分は随分短い人生だった。

 

 

それも幸福とは言いがたい人生だった。

 

 

子どもとして扱われたことなどほとんどない。毎日が土を耕し、妖怪から田畑を守る日々。命がけだった。怖かった。辛かった。誰かに助けて欲しかった。

 

 

なにもかも仕方ないと自分を誤魔化してきたけれど、本とは自分だってやりたいことはあった。人里の寺子屋ではどんなことを教えているんだろう。上白沢慧音が教師として教えているんだろうか。どんな授業なんだろうか。受けてみたかった。

 

 

人里だけではない。この幻想郷には言ってみたい場所が沢山あった。太陽の畑、妖怪の山など危険な場所もあるが遠目からだけでも見てみたかった。

 

 

ただの労働力として使われたくなど無い。現代の社会人にだって娯楽の一つや二つあるだろうに、自分には娯楽と呼べるものなど無かった。強いて言うならこの生まれ持った力をどう使えばいいか試行錯誤した位か。

 

 

この力も、今思えばたいしたことはなど無い。むしろ無ければもう少し平和な生活が送れたのではないか。そう考えるとこの力さえも俺にとっては不幸の元といえるかもしれない。

 

 

 

ああ、もうすぐ腕が自分に届く。

 

 

どうせ死ぬのなら、もう一度だけこの力を使ってみよう。あまり役には立たなかったけど、結局は何にもできなかった力だけど、それでもこの力を使いこなそうと四苦八苦した時間は夢中になれた。使い切った後はどこか充実していた。

 

 

最後にもう一度使ってみよう。どうせ何の抵抗も出来ず何の意味も無いけれど。

 

 

 

………本当に辛かった。苦しかった。しかも最後の最後にはものすごく苦しかったし、結局死ぬことになるなんて。今までずっと我慢してきたけれど、もう我慢する必要なんて無い。だってもう終わりなんだから。目を閉じて今までを思い返す。

 

 

なんて残酷だろう。理不尽だろう。不条理だろう。横暴だ。異常だ。残忍だ!冷徹だ!非道だ!!冷酷だ!!悪逆だ!!!暴虐だ!!!!お前らなんて

 

 

 

 

――――みんな不幸になってしまえばいいのに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………………………………?)

 

 

どうしたんだろう?

 

 

何時までたっても。俺を貫く感じがしない。まだ時間がゆっくり進んでいるからか。それとももう貫かれているのに気づいていないだけなのか。

 

 

目を開ける。

 

 

その先は黒。

 

 

?ルーミアの闇だろうか?腕ではなくこちらで俺を殺す気に変わったのだろうか。

 

 

「ッッ!キサマ……!」

 

 

ルーミアの怒りに満ちた声が聞こえてくる。いつの間にか体感時間は元通りに戻っていたようだ。

 

 

(いや、体感時間だって……?)

 

 

そもそもなんで自分は生きている?

 

 

体を見る。ひどい有様だがどこも貫かれていない。どういうことだ?目の前の黒い壁はルーミアの闇ではないのか?

 

 

(待て。壁?壁って……)

 

 

まさか。そんなまさか。これは、

 

 

(俺の、結界?)

 

 

目の前の黒い壁を見る。今までに黒い結界など出したことは無かったが、改めて見ると確かにこれは自分の結界だ。

 

 

過去に例のない黒い結界を出したことは確かに驚いたが。それ以上に驚愕する事実があった。自分は迫り来るルーミアの腕と自分の間に結界を張ったはずだ。つまりこの結界は、

 

 

(防いだって言うのか、あの腕を……!)

 

 

信じられない。あまりに唐突に起こった現実離れした出来事に、理解が追いつかない。出来るわけがない。

 

 

無意識の内に結界が解除され向こう側の景色が見える。目の前にいたはずのルーミアは、俺より随分と離れた位置にいた。離れたとは言っても相手からすれば一足飛びほどの距離だろう。しかし、なぜそんな場所にいるのか。

 

 

「……どうやら唯の雑魚でもなさそうね。博麗の巫女以外にもこんな人間がいたなんて、まったく忌々しい限りだわ」

 

 

ルーミアは憎憎しげに舌打ちを打ち俺を睨み付ける。

 

 

「……それに、どうやら遊びすぎたみたいね」

 

 

俺を射殺さんばかりに睨んでいたルーミアは視線をあらぬ方向に向ける。釣られてそちらに目を向けた。そこには、

 

 

「あ………」

 

 

間の抜けた声が漏れた。思わず口を覆う。それほどに気の抜けた声だった。そこにいた存在に、泣きたくなるほど安心した自分がいた。

 

 

 

 

「どうやら、間に合ったようですね」

 

 

 

 

長く艶やかな黒い髪。赤と白の紅白を配色した巫女服。歴戦の猛者を思わせる空気を纏っていても女性的なラインはどこか母性を感じさせた。そこにいた、博麗の巫女は初めてではないはずなのに、初めて見たようなどこか神秘的な姿に見えた。

 

 

 

 




序盤にラスボスクラスが出るのはよくあることだよね。


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案外決着ってのはあっさりしてるもの

 

 

 

それをなんと表現していいか俺には分からなかった。

 

 

「随分と思わせぶりな登場じゃない博麗の巫女。ひょっとしたらずっと隠れて見てたのかしら?」

 

 

闇が奔る。そうとしか表現できない。実際には何条もの闇が相手を貫かんとしているんだろう。それを、自分は満足に見ることも出来ない。

 

 

「うまく私から逃げてた妖怪がいまして、子ども相手に随分と手間取っているようで驚きましたよ」

 

 

俺には見ることも出来ないその闇を、博麗の巫女は苦もなく迎撃する。人の身ではどう足掻いても打ち落とせないだろう闇を、あの巫女はその拳で、その脚で、次々と砕いていく。

 

 

これが、博麗の巫女か……!

 

 

もちろん唯の生身で遣って退けているのではないだろう。何かしらの能力、または術でもって巫女は自身を強化している。強化した体で相手を迎え撃つ。やっていることは至極単純だ。

 

 

だが考えて欲しい。さっきからルーミアが繰り出す闇の連打はあっさりと大地を削り、岩をも貫いている。貫かれた岩の断片は、まるで大理石のような滑らかな表面をしている。

 

 

おそらく音速に達しているのだろう。繰り出される一発から発生する衝撃波が常に周囲を震わしていく。ヘリコプターが地面から飛び立つときの風を何倍にも強くしたような、そんな衝撃だ。

 

 

その大元を、この巫女は手足で打ち落としているのだ。一体あの体にどんな膨大な力を有しているのか見当もつかない。

 

 

「ふん、ただ遊んでいただけよ。久しぶりのオモチャだったものね。つい時間を忘れてはしゃいでしまったわ」

 

 

「なるほど、ついはしゃいで体のあちこちにそんな火傷を負ってしまうとは、意外と自虐的な遊びなんですね。それとも……遊びすぎた猫が鼠に噛まれましたか?宵闇の大妖怪もヤキが回りましたね」

 

 

「……偉そうに吠えるなよ。人間風情が!」

 

 

「妖怪風情が、ワタシ(博麗の巫女)に逆らわないでくれますか」

 

 

ついにルーミア自身も動き出した。闇を纏い巫女に接近する。対する巫女は小さな球を取り出すと自分の周囲に放る。球は瞬時にバスケットボールほどの大きさに膨らむと、衛星のように巫女の周囲を回り始めた。

 

 

陰陽玉。博麗の巫女の礼装の一つ。闇を纏ったルーミアと陰陽玉を引き連れた巫女が激突する。

 

 

 

 

 

 

 

地べたに這い蹲りながら、俺は目の前の戦いを凝視する。唯呆然と、目の前で起こっている天災のような戦いを見る。

 

 

その戦いに見惚れたわけではない。そもそも見ることすら満足に出来ないのにどう見惚れると言うのか。

 

 

ではこの戦いの原因の一端として見なければならないと思ったのか?否、そもそも偶然にも追われる事となった自分にそんな使命感など無い。

 

 

巫女に助太刀するため?出来るわけがない。そもそも自分が言っても足手まとい、邪魔になるだけだ。ならここにいるよりもとおくに逃げた方が自分のためにも最善のはずだ。

 

 

なのに何故、俺は逃げられないのか?

 

 

全身を震わせながらひしがきは懸命に身を伏せていた。顔は動かすことも出来ず正面を見つめ、しかし恐怖を浮かべガチガチと耳にうるさいほど歯を鳴らしながら涙を流している。

 

 

それはしょうがないと言えた。彼には知識はあっても実際の経験は生きてきた10年ほどしかない。例え大人びているとはいえ子どもである。いや、例え大人であったとしてもいきなり即死レベルの災害に巻き込まれたとしたらあまりの唐突な出来事に唯呆然とするしかないだろう。

 

 

今のひしがきがまさにその状態だった。今すぐにでも逃げ出したい。しかし恐怖による全身の硬直で身動き一つ取ることが出来ない。激闘はすぐに目の前だ。万が一流れ弾が飛んできたら、戦いに巻き込まれたら。そう考えるだけで体が言うことを聞いてはくれなかった。

 

 

目の前で起こっている戦いに背を向ける勇気すらない。震えながら見守ることしか彼には出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

何合目の激突だろうか。数合だったようにも思えるし何千とぶつかった様にも思える戦いが止んだ。かろうじて見ることが出来たのは、巫女の拳が闇を突き破りルーミアを捕えたことだけだった。

 

 

決着がついた。傍から見てもそう思える一撃が決まった。

 

 

しかし巫女は止まらない。そのままルーミアを地面に叩きつけると取り出した術布のようなものをルーミアの髪に結びつけた。

 

 

「ぐっ……!何を……!」

 

 

「このまま貴方を退治するのは簡単ですが、それだと少々都合が悪いんですよ」

 

 

博麗の巫女は幻想郷の守護者。そして幻想郷とは人間が妖怪を恐れ妖怪が人間に畏れられることによってバランスを保っている世界である。

 

 

ルーミアは特に人間に害する妖怪であり巨大な力を持つ大妖怪。野放しにしておくには力が有り過ぎ人に害を為し過ぎる。しかし、その分退治するには人々の畏怖がありすぎる妖怪である。

 

 

むろんルーミアがいなくなったところで人に害為す妖怪がいなくなるわけではない。だが仮に巫女がルーミアを退治したことによって助長した人間が妖怪への畏れを無くすきっかけとなってしまったらそれはあまりよろしくは無い。

 

 

また、博麗の巫女がいれば妖怪など恐れるに足らずと巫女を旗頭に妖怪撲滅に乗り出す人間がいないとも限らない。

 

 

故に彼女が取る行動は

 

 

「…貴、様ッ!私を!」

 

 

「ええ、封印させてもらいます」

 

 

そういうとルーミアの髪に結び付けられた術布が赤く光り輝く。

 

 

「…っ貴様アァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!人間が私を御するだと!!?どこまでも舐めたまねを!!」

 

 

「別に貴方を見下す気はありません。私がするのは、この幻想郷を守ること。唯それだけです」

 

 

憎悪をそのまま視線に籠めて叫ぶルーミアに、巫女は淡々と応える。周囲を覆っていたルーミアの闇が急速に消えていく。

 

 

「っぐぅ…く!……いいわ、今回は私の負けよ。けれど覚えておきなさい博麗の巫女。私は必ずお前を殺してあげる」

 

 

「………」

 

 

ルーミアは壮絶に笑いながら巫女に告げる。対する巫女は無言。それが最後となり光が一層輝きを増した。

 

 

 

 

…………。

 

 

 

 

光によってようやく閉じることの出来た目をおそるおそる開けると、そこには変わらない姿の巫女と変わり果てたルーミアがいた。ルーミアの体は大人から幼い姿の少女へと変貌していた。

 

 

何よりさっきまでは肌を刺すような妖力が今は驚くほどに小さくなっている。

 

 

あれが、博麗霊夢の時代にいたルーミア。封印され力を失った宵闇の妖怪の姿だった。封印されたとは思えないほど安らかな顔で眠っているルーミアを見届けると、巫女がこちらに顔を向けた。

 

 

「………あ」

 

 

先程から変わらない無表情な顔でこちらを見る巫女。ようやく俺は彼女の顔を正面から見た。

 

 

「………」

 

 

「………」

 

 

お互いに無言。向こうは何を考えているか見当もつかない上にこっちは何を言っていいか分からず言葉を詰まらせる。

 

 

助かりました?はじめまして?いやいやとりあえずまずはお礼を言おう。

 

 

「あ、の…ありがとうございます……」

 

 

「………」

 

 

巫女は何も応えずにこちらを見下ろしている。

 

 

何だろう?彼女は一体俺を見て一体何を考えているのか。

 

 

「あの……」

 

 

それ以上何を言っていいか分からない俺はとりあえず彼女に話しかけることにした。今の自分は体が疲労と恐怖でまったく動かない、動いてくれない。できれば彼女に人里まで連れて行って欲しいところだ。

 

 

すると突然巫女はこちらに向って歩き出した。こっちの目をまるで見定めるように見ながら近づいてくる。

 

 

いきなり近づく巫女に一瞬体が強張る。彼女の目から目を逸らすことができない。

 

 

(……あ、れ)

 

 

意識が遠退いていく。体と能力を酷使しすぎたせいだろうか。意識を保つことが出来ない。

 

 

巫女と視線が交差する。

 

 

深い、深遠のように深いのにどこまでも透き通っている黒い瞳。それは自分の知識の中にあるどんな物より、自分の人生の中で今までに見た何よりも

 

 

(……ああ、なんて)

 

 

 

そこで俺の意識引きずられるように落ちていった。

 

 



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男の子はたたかれて強くなるもんさ

 

 

 

人里の外にある田畑。そこは普段人が住まうテリトリーから外れるギリギリ一歩手前にある。

 

 

幻想郷に住む人間にとってそこは普通に考えれば危険区域。好き好んで出て来る所ではない。しかし、人里の人間全員が暮らしていくにはそれ相応の食料がいる。

 

 

里の人間が必要とする分の食料を得る為に、時に人は危険な場所へも足を運ばなければならない。

 

 

 

 

その中で特に人里から離れた田畑、その一角に少年がいた。

 

 

通常、里の人間が里から出る際には複数の人数徒党を組み尚且つある程度の備えをして出るものである。

 

 

しかし、里から最も離れた場所、つまり一番危険な場所にまだ幼い少年がたった一人でいる。それだけではない。少年の右腕と左足は骨が折れているのか木で補強されている。手足だけではない。胴体にも板が体を矯正するように包帯で巻かれたいた。

 

 

少年は松葉杖を突きながら畑の周りを歩いている。

 

 

少年は誤って此処まで来てしまったのだろうか?いや、そうではない。そもそもこんな大怪我をしている子どもがこんな所にまで出歩いている方がおかしい。本来ならば家で静かに療養するべきだ。

 

 

では何故彼はここにいるのか?自ら進んで来ているわけではない。彼がここに居るのは、それが彼の役割だからだ。

 

 

人里と言う社会から強制的に押し付けられた、辞することの出来ない役割。最も危険な場所での農作物の守護。そんな案山子のような単純で、唯相手にするのが鳥ではなく妖怪というだけの危険な作業が少年、ひしがきの与えられた役割だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ましたとき俺は人里に戻っていた。

 

 

運んでくれたであろう博麗の巫女の姿は無く、俺はそのまま里の医者に治療を施された後、ある程度体が動くようになるまで休んでいつもの生活に戻るように言われた。

 

 

……まあ、最悪体を引きずってでも行けといわれるんじゃないかと予想はしていたので俺は素直にそれに従った。これまで家にはあまり帰らずに里の宿舎に寝泊りしていたがさすがに今回ばかりは相手が悪かったので、里の誰からも咎められる事は無く俺は久しぶりに家でゆっくりと過ごした。

 

 

いつ以来だろうか…家族と家で一緒に過ごすなんて。久しぶりだからだろうか、貧乏子沢山で苦しい生活をしていたはずなのに、今の家はどこか余裕があるように見える。実際家で仕事を手伝っていた兄弟の何人かは寺子屋に通っていた。

 

 

いつの間に家計は安定していたのだろう?まあ、俺としてはゆっくり傷を癒しておけるならば言うことはなかったので特に何も聞かなかったが。

 

 

 

 

休んでいる間俺は色々と考えることが多かった。

 

 

まず一つが自分の力不足。雑魚妖怪相手に苦戦を強いられる自分だったが今まで何とか生き延びて(危ない時も多くあったが)来れたのでこれからも何とかなるのではないかと思っていたが今回の件でそんな楽観的な考えは打ち砕かれた。

 

 

よくよく考えれば人里を襲う妖怪は何も今まで相手にしてきた力の弱い妖怪ばかりではないのだ。そして今の自分がこれからも生き延びていくためにはあまりに力が脆弱過ぎる。

 

 

今回はたまたま助けられたが早々何度も都合よく助けは来ないだろう。今以上に生き延びる術が必要だ。

 

 

二つ目はあの時、ルーミアが俺を殺そうとした時に発動した黒い結界。死の間際、生存本能によって極限にまで高められた集中力によって限界を超えるなんて事は実際に在り得そうなことではあるがあの結界についてはなにか違和感を覚える。

 

 

そもそも生存本能とは生きたいという生命の意思のようなものだ。自分はあの時既に諦め死を受け入れていた。その自分が死を目前に力に目覚めるなんて事はどうにも腑に落ちない。

 

 

そもそも仮に力に目覚めたとして本当に自分はルーミアの腕を防いだのだろうか?それが未だに信じられない。

 

 

しかし、何はともあれ自分の能力に新たな可能性を見出せたことは僥倖である。今後は黒い結界について考察していこう。

 

 

 

そうして体を休め傷を癒しながらも今後の目標を立て、具体的な方針を考えていた。家での療養はそれなりに楽しかったと思う。弟や妹達は子どもらしく無邪気に遊びながらそれぞれ家で与えられた役割をこなしている。久しぶりに一緒に過ごす俺に色々と話をせがんでくる弟妹との時間は俺を和ませてくれた。

 

 

やはりいつの間にか俺の家は金銭的にそこそこ安定しているようで家族全員が大きな問題も無く暮らしていけるようになっていたらしい。とは言え安定しているとは言え今更俺が普通の子どものように寺子屋に通えるわけではない。俺には既に役割があり残念なことにそれが出来る能力もあるのだ。

 

 

仮に俺がそれを望んでも俺の立場が悪くなるだけで下手をしたらそれが家族全員に及ぶ可能性もある。そして体がある程度回復すると俺は再び畑の警護に戻ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

畑の片隅、俺は腰を下ろし目を閉じて意識を集中させる。あの時、死を目前にした時の光景。迫り来るルーミアは俺の命を刈り取ろうとその腕を振り上げる。ひどく長く感じた刹那の時間。

 

 

あの時自分は何を感じた?何を思った?何を考えた?

 

 

恐怖?いや違う。そんなものはとっくに麻痺してただ諦観があっただけだ。

 

 

絶望?それでもない。そもそも最初から望みなんてないようなものだ。

 

 

自分が最後に浮かび上がった感情。それは、怒りでもない憎しみとも少し違う。

 

 

自分を取り巻く理不尽に向けての怨嗟の感情だった。

 

 

 

 

「……結」

 

 

目を開ける。そこにはあの時よりも確かな顕現を見せる黒の結界があった。

 

 

以前感情の爆発が能力に影響を及ぼすことを発見した。しかし、それはただ感情が高ぶればいいというわけではなく、それが何の感情で力が増すのかも分からなかった。

 

 

黒い、禍々しい結界。それが発動する感情は『恨み』。それに加えて結界に新たに組み込んだ術式は今までの陰陽道や神道とも違う『呪術』。

 

 

「……う~ん」

 

 

休んでいる間に色々と黒い結界について考えた。恨みの感情に俺の結界が強く反応するのは直ぐに思い当たったが、もしかしたらとためしに呪術の術式を組み込んだのは正解だったようだ。

 

 

「つまり、俺には神道や陰陽道よりも呪術の方が向いてるってことか…」

 

 

『呪術』。いままで結界とはあまりイメージが会わなかったからこちら方面には手を出してこなかったが基本的には儀式めいた術の類だったように思う。

 

 

試しに以前と同じ用に妖怪の毛を置いてみる。するとあっという間に毛は黒く変色し朽ち果てた。それは退魔の術式とは違い滅するというよりも侵すといった表現が合う。しかし、その効果は明らかに呪術の方が上だ。

 

 

だが、それでも疑問は残る。確かに『術の効果』は以前よりも高い。しかし『結界の強度』としてこれはルーミアの腕を防げるほどなのだろうか。いままで『術の効果』と『結界の強度』は比例してその精度が上がってきているがそれはこの黒い結界に関しても同じとは限らない。何しろこれまでとは組み込んできた術の根本からして違うのだ。逆に強度が弱くなっていたとしても不思議ではない。

 

 

仮に今までと同じく強度が上がっていたとしても果たしてあの時突き出された腕を防ぎうるほどかといわれれば半信半疑になってしまう。正直言ってアレを防ぐにはおそらく今までの数十倍の力が必要になってくるだろう。それこそあの時の博麗の巫女が纏っていた力に匹敵する力が必要だ。

 

 

結界を見る。『術の効果』はたった今試した。ならば次は『結界の強度』。出来ることならばある程度強い妖怪を相手に試したいがこんな状態ではいささか異常に不安だ。それでも、ここに妖怪が来る様なら腹を括るしかないがそうでもないなら今は傷を一刻も早く治したい。

 

 

「ま、少なくとも効果は大分見込めるわけだし。あとは追々考えていけばいいか」

 

 

博麗の巫女のおかげで、妖怪が姿を現す頻度は少なくなった。今も安全とは言えないがこうして畑を眺めると何とものどかに感じる。

 

 

「……………ふぅ~~」

 

 

折れた腕と胴体を無事なもう一方の手で確かめるように撫でる。ここ最近は仕事の後家に帰って休んでいる。そのおかげか経過は順調だ。後一月もあれば大分体も動くだろう。

 

 

「家に帰ったらまた話でもしてやるかな」

 

 

幼い兄弟たちを思い浮かべながら穏やかな時間を過ごす。平穏。少し偉そうだが今ならそれがどれだけ尊いものか分かる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ちょうど一月がたったある日。博麗の巫女が重傷を負ったという知らせが人里に届いた。

 

 

 




一旦ここで間を空けます。



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人生の転機はいきなり

いきなりの急展開。





 

 

人里から東へ。

 

 

舗装されていない道を半日ほど歩き続けた先にある石段を登ると、歴史を感じさせる佇まいの神社がある。どこか神聖な雰囲気を感じさせる境内は、残念ながら人の手が行き届いていないのか枯葉が落ち雑草が生えている。

 

 

神社はしばらく人が住んでいないのか縁側から中に至るまで埃で覆われている。何となく賽銭箱を覗いて見ると中身は予想通りのスッカラカン。

 

 

幻想郷の守護者の住まう場所、博麗神社。

 

 

確かに神社のつくりはしっかりしているがこうまで寂れていると、なんというか、これでいいのかと物申したくなる。

 

 

主のいない神社を前にして、ひしがきは呆然とそんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

博麗の巫女の負傷。それが一体何所から流れたのかは正確にはわからない。ただそれは唐突にまた急速に広まった。人里は騒然となり人々慌てふためいた。

 

 

事の真偽を確かめるべく博麗神社を訪ねてももぬけの殻で博麗の巫女の行方は知れず。後日人里において有力な力を持つ碑田阿八から現在博麗の巫女は存命、妖怪の賢者の下で保護を受けている事のみが伝えられた。

 

 

巫女の生存の報を受け人里の混乱は僅かに収まったものの巫女の負傷による不在で人里の不安は以前以上にひどいものとなった。

 

 

それもそのはず、巫女のおかげでようやく妖怪の被害が少なくなってきた所だったのだ。そんな時に肝心の巫女がいなくなってしまったとあれば人里は安心して入られない。

 

 

たとえ妖怪の被害の原因がルーミアで、そのルーミアは既に力の大半を封印されてしまっているとしても人に残った妖怪への恐怖はなくなることは無く人里の中に一時ピリピリとした険悪な空気が蔓延した。

 

 

怪我も大分完治しおそらくこれまで以上に里の警備体制は強くなるだろうと考えていた自分に、里の有力者数人が訪ねてきたのはそんな時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで自分に何の御用でしょうか?」

 

 

目の前に座る里の有力者達。それは人里を運営していく上でどれも重要な役割を果たしている人物達だ。俺とも面識のある妖怪退治屋の頭領や農業組合のまとめ役、人里の商いの重鎮である霧雨家の主人…後の霧雨魔理沙の父もいた。

 

 

ここに居ない人里の有力者は寺子屋の上白沢慧音と碑田家の碑田阿八、それを除けばほとんどが今この家に集まっているのだ。家にいた家族は席を外して欲しいといわれ今は外に出ている。今は俺とここに集まった数人しかいない。

 

 

一体、何事なのか。いたたまれなくなった俺は体を堅くして聞いてみた。

 

 

「おぬしに新しい役目を頼みたい」

 

 

少し間をおいて集まった中でもおそらく一番の年長者であり有力者でもある老人、里をまとめる里長が口を開いた。

 

 

「……役目、とは?」

 

 

「博麗の代理を、おぬしに務めてもらいたいのじゃ」

 

 

…………………………。

 

 

…………………………。

 

 

…………………………。

 

 

……何を言われたか理解をするのにしばらく掛かった。そこから更に意味が分からないと混乱し更に沈黙が流れた。

 

 

「おぬしは今後、博麗を名乗り博麗神社に住んでこれまで巫女が行ってきたことをやって欲しい。といってももちろん全てではない。頼みたいのは人里の保護と妖怪の退治、これを頼みたいのじゃ」

 

 

「ちょ、ま、待ってください………!」

 

 

あまりのことに思わず大声で待ったを掛ける。今まで与えられた仕事は断ったことは無い。それはこれが里のために仕方ないことと他にはないなけなしの能力があったからと割り切ってきたからだ。

 

 

その中には自分には手に余ることも多くあった。しかし、今度のそれは手に余るどころの話ではない。自分のちっぽけな命を100回犠牲にしたって務まるはずのない事を引き受けるなんて出来るはずがない。

 

 

「出来るわけないでしょう!巫女の代わりなんて!」

 

 

当然だ。博麗の巫女はこの幻想郷の守護者。人と妖怪のバランスを保ち、幻想郷を覆う博麗大結界を管理する重要人物。

 

 

そもそも博麗の巫女は妖怪の賢者によって選抜される存在。過去に人里からも巫女が選ばれたことがあると聞いた事があるがその出生は謎に包まれていることが多い。

 

 

にもかかわらず人里から代理とは言え勝手にその席に人を置こうなど意味が分からない。下手をすれば妖怪の賢者に目を付けられる可能性だってある。

 

 

俺の反応とは対照的に里長は静かに応えた。

 

 

「今里に流れている話は知っておるな?」

 

 

「……はい。それはもちろん…しかし、何故……?」

 

 

「うむ、これから話すことは他言無用じゃ。決して他の者には話してはならぬ」

 

 

そう言って念を押した里長はゆっくりを言い聞かせるように話し出した。

 

 

「博麗の巫女が如何にして負傷したかは分からん。碑田家にも問い合わせたが向こうをどうやら知らされておらんようじゃ。しかし、確かなことはこの里にとって重要な巫女が重症を負ったと言う事…それも再起が危ういほどのな」

 

 

再起が危うい。重傷をおったとは聞いたがまさかそこまでだったとは知らなかった。あの時、自分ではとうてい適いもしない力に正面から立ち向かった巫女の再起が難しい。

 

 

一体どうしてそんなことになったのか?疑問は深くなるがその間にも長の話は続いていく。

 

 

「長い幻想郷の歴史でそのようなことが、過去に無かったわけではない。その度に、新たな巫女が選ばれその役目を代々継承してきた。この幻想郷にとって博麗の巫女は要と言っていい存在じゃ。その役目を長く空ける訳にはいかんからの。もちろん巫女も人間。すぐに巫女として役目をこなすわけではなく先代や賢者によってその技を磨いてきた。」

 

 

それはそうだろう。巫女が何所から選ばれて来るなんて知らないがきちんとその才能がある人間を育てなければ重要な役目を担うなんて事は出来ない。

 

 

だからこそ巫女が再起できないのなら今回もその通り次の巫女を選ぶべきだ。

 

 

「……しかし、今だ次の博麗の巫女は選ばれておらん。今の人里の現状を考えればそれはまずい。今のままの状態が続けばどうなるか」

 

 

今の人里は危うい。ほんの些細なことがきっかけで人の不安や不満が爆発してもおかしくない。しかも、それがどんなきっかけでどのような形で現れるかも分からないのだ。

 

 

「……だから、自分に代わりになれと?ですがそれは早計じゃないですか?妖怪の賢者だってこのままにしておくなんて事はないでしょう。次の巫女だって候補くらいあるだろうしもうすぐ選ばれるかもしれない」

 

 

万が一のときに備えて次の巫女候補を用意する。そんな初歩的な用心をしていないとはとうてい思えない。

 

 

「確かに、わし等もそう思っておった。…じゃが悪いことに巫女は選ばれんどころか候補すらもおらんのじゃ」

 

 

「……………は?」

 

 

理解できない。なんだそれは。

 

 

ただ疑問符だけが出た。

 

 

「事実じゃ。どうやら妖怪の賢者にしても今回の件は予想外のことだったらしくての、詳しくはしらんがめぼしい候補を探そうにも今は居らん状態じゃ。これも内密にじゃが賢者の使いから碑田家に伝えられたこと。決して知られるわけにはいかん」

 

 

それはそうだ妖怪が跋扈するこの幻想郷では人間はあまりに非力な存在。自分達を守ってくれる存在が突然いなくなってしまっては人は恐慌する。

 

 

「で、ですが、やはり自分には出来ません。自分ではあまりに非力すぎる。巫女のように里を守るどころか里の人たちを安心させる事なんて出来るはずがありません」

 

 

正式に選ばれた巫女ならば里の恐慌も治まるかもしれない。しかし、里の中から非力な子どもが選ばれたところでそれは逆効果だろう。下手をしたらそれが更に里の現状を悪化させかねない。

 

 

「それに関してはわし等が力を尽くそう。おぬし一人では厳しくとも、わし等がそれぞれの場で里の者たちに言い聞かせればいくらかは納得もしよう。それにおぬしはあの宵闇の妖怪に相手に生き残った。例え巫女の助けがあったとは言えそれは紛れも無い事実じゃ。それを多少色をつけて噂を流せば少なくとも今の里の状態を回避できる」

 

 

「待ってください!!」

 

 

今度こそ悲鳴のように声を上げた。それではいくらなんでも荷が重過ぎる上に里からの期待も圧し掛かる。それらを背負うなんてとうてい自分では出来るはずがない。

 

 

いくら里の現状が悪いからと言ってはいそうですかと受けることは出来ない話だ。

 

 

「…自分も今の里のことは理解しています。今すぐにでも里の人達を安心させないとまずいことも。けど、だったら何も自分が博麗の代理をすることはないでしょう!貴方達の言うように里の人を説得して噂を流せばいいはずだ。さっきも言いましたが自分は弱い!ルーミア相手に助かったのだって奇跡みたいな偶然があったからです。里のために先陣を切るのはまだいい。他の人たちと協力できるなら出来ることだって多くなるはずだ。けど博麗の代理と言うなら自分は妖怪と対等に戦える存在として里の枠から外れることになる。それじゃまるで……」

 

 

「人柱の様、かの?」

 

 

はっと顔を上げて前を見る。いつの間にか長を含めた全員が自分に向って頭を深く床に付けるほどに下げていた。

 

 

「頼む」

 

 

「……………!!」

 

 

「おぬしの言う通り人は弱い。だからこそ里には博麗の名が必要なんじゃ……!」

 

 

自分よりも長く里を見守ってきた人たち。彼らは今自分の半分も生きていない子どもに人生で最も大きな願いを託していた。里のために犠牲になってくれと言う願いを。

 

 

「…………っ!!」

 

 

そんな事を知る由も無いひしがきはただ目の前に突きつけられた絶望的な状況にただ嘆いていた。どうしてこうなったのかと叫び出して逃げたいのを歯を食いしばり耐える。

 

 

彼らは真剣なんだろう。悪意なんて物は無く、こんな子どもに里の命運を掛けた大役を押し付けるほどに切羽詰っているんだろう。追い詰められているんだろう。

 

 

彼らがその気になれば自分の意志に関係なくその役目を俺に押し付ける事が出来る。こうしてわざわざ自分に頼みに来たのは子どもの俺にせめてもの誠意を見せるためか……それとも決して押し付けたわけではないと自分に免罪符を張るためか。

 

 

ギリッと奥歯をかみ締める。

 

 

いっそのこと押し付けて欲しかった。そうすれば俺もこんなに苦しまなかった。ただ嘆いて恨むことが出来たのに。よりによって自分の善意を利用されるなんて思ってなかった。

 

 

長達が頭を下げたままひしがきが葛藤したまま時間が過ぎた。どれ程経ったか数秒か数分か。

 

 

「…………………………………………………………………………………ワカリマシタ」

 

 

何かを吐き出すように無理矢理言葉を紡いでひしがきは応えた。

 

 

「………………………………すまん」

 

 

長は喜びも悲しみもせずそれだけを応えた。

 

 

後ろに控えていた霧雨の主人と退治屋の頭領が前に出て何かを差し出した。霧雨の主人は布に包まれた細長い棒のような物を。退治屋の頭領は灰色の衣を俺の前に置いた。

 

 

「わし等に出来る、せめてもの物じゃ。他にも何か入用があれば言ってくれい」

 

 

そう言って長は再び頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

背負った荷物を部屋に下ろした後、ひしがきはしばらく縁側に座りこれからの事を考えていた。自分に割り当てられた役割は人里の守護と妖怪の退治。他人の助けは期待できない。

 

 

どうしてこうなった?

 

 

何度目か分からない問いを繰り返す。答えなんて無い。こうなってしまった。だからそれでお終いだ。

 

 

重い息を吐く。

 

 

博麗の代理。それは既に人里にも公表された。今のところは長達の思惑通りに事は進んでいるそうだ。妖怪の賢者がどうするか懸念されたがこの件に関して今のところ動きは無いようだ。

 

 

問題は此処からだ。

 

 

博麗の名前は重い。自分がこれから博麗を名乗る以上力のある妖怪とも対峙することもあるだろう。場合によっては妖怪が自分を狙う可能性だってある。今のままでは生き残れない。そうなったら自分は唯の無駄死にすることになる。

 

 

「……死んで、たまるか」

 

 

この処置が焼け石に水であることは長達も分かっている。長が自分に提示した期限は1年。おそらく1年あれば新たな巫女の選定が終わるだろうと言っていた。その1年を生き残れるかさえ自分では怪しい。

 

 

だが自分はこの1年を生き残らなくてはならない。新しい巫女は探されている。長は1年といったがもしかしたらもっと早くに見つかるかもしれない。

 

 

それまで耐えるしかない。

 

 

1年、1年だ。

 

 

悲壮な決意をして自らを少しでも奮い立たせる。何も絶望しかないわけではないと現状を捉え直す。

 

 

それが楽観的希望的と分かっていてもそうする。

 

 

それが少しでも生きる活力になる為に。

 

 

生き残る。今はただ、それだけを考えていた。

 

 

 

 

 

 




生き残る。


先月医者から肺に影があると言われました。


三日後に精密検査。その三日間は親やずっと会っていなかった友人に電話し他愛ない話をしてました。

精密検査が終わり健康であるとわかったときうっかり泣きそうになりました。

生きてるってすばらしいですね。


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ヒャッハー!

 

 

 

 

 

 

 

博麗。

 

 

その名は幻想郷において特別な意味を持つ。博麗大結界を管理する幻想郷の守護者であり、人と妖怪のバランスを保つ調停者。

 

 

しかし何より幻想郷に住む人妖からの認識は人からは妖怪から身を守ってくれる存在として、妖怪からは人を守る存在として取られている。

 

 

それがある意味では最も厄介と言える。なぜならば博麗は人と妖怪のバランスを保つ者。つまりそれがどちらかに寄ってはならないのだ。

 

 

幻想郷は、人間は妖怪を恐れ妖怪は人間に畏れられなければならない。

 

 

人間は妖怪が存在する為に必要不可欠な存在。人間が恐れることで妖怪はその存在を保つことが出来る。しかし、ただ人間が恐れ妖怪が思うままに力を振るっては人は絶望し人口を減らしていくだけだ。博麗の巫女は妖怪の抑止力となりそれを抑えている。

 

 

では博麗の巫女は人間の味方といえば完全にそういう訳ではない。巫女が退治するのは人間を襲う妖怪だけ。つまり襲わなければ巫女は妖怪を退治しない。それは常に巫女は妖怪の後手に回っているということでもある。

 

 

それはある意味で仕方が無い。博麗の巫女が妖怪をむやみに退治しては人は増長する。その結果妖怪根絶を人が掲げ妖怪との全面戦争にでもなったらそれこそ幻想郷は崩壊する。妖怪の好きにさせては人間は逃げ惑い数を減らし妖怪は存在を保てなくなる。

 

 

その絶妙な人と妖怪のバランスを博麗の巫女は保たなくてはならないのだ。

 

 

もちろんある程度知恵のある妖怪達もそれは知っていた。そして長い幻想郷の歴史の中で力と知性を持つ妖怪達の中ではある暗黙の規則が出来た。

 

 

自分達の存在を保つために定期的に人間を襲う。もちろん全ての妖怪がその規則に従っている訳ではない。しかし、その結果として人里はたびたび妖怪の被害に遭いそれを博麗の巫女が解決するというサイクルが続くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

人でも獣でもない姿形の魑魅魍魎。目の前の黒い結界で身動きを封じられた異形の群に向って走る。その数は六。その中でも一番巨大な妖怪の頭めがけて槍を突き立てる。

 

 

「があああああああ!?」

 

 

深々と槍は脳天に突き刺さっり妖怪は悲鳴を上げる。もがこうにも幾重にも張られた黒い結界が身動きを封じ同時に体を蝕んでいく。

 

 

「はあぁ!!」

 

 

槍に力を籠め深々と突き刺して妖怪の息の根を止める。それを確認すると次の妖怪へと向き直る。一匹の妖怪が牙を突き立て結界を破りこちらに向ってきた。

 

 

牙を突きたてようとこちらへ飛び掛る犬のような妖怪との間に鉄格子のような結界を張る。顔だけをこちらに突き出し胴体で止まる形になった妖怪の口めがけて槍を突き出す。

 

 

槍が牙を折り顎を砕く。すぐさま結界で動きを封じ槍を振り下ろし頭を潰した。残りは四匹。内三匹は力が弱いのか結界を破って出てくる気配はない。このまま結界の呪いで殺せるだろう。残り一匹は……。

 

 

「ッ!!」

 

 

先程まで居た最後の妖怪が姿を消していた。いつの間に結界を破ったのかその姿は見当たらない。

 

 

まずい。そう考えすぐさま引き返そうとした時。

 

 

「キィィィィィイイイイイイイイ!!」

 

 

金切り声のような叫びと共に頭上から昆虫のような姿の妖怪が飛び掛ってきた。

 

 

 

「!!っくぅ!」

 

 

結界を張る暇もなく咄嗟に槍を盾に代わりに構え受け止める。しかし受け止めきれずに体制を崩し妖怪に覆いかぶされる形になる。

 

 

「キィ!キィ!」

 

 

ガチガチと目の前で妖怪の顎が俺に喰らい付こうと鳴っている。

 

 

「このぉ!」

 

 

引き剥がそうとするが俺の腕力では妖怪を持ち上げることができない。妖怪は足をばたつかせ俺に向って顎を鳴らし続ける。

 

 

「!ちぃ!」

 

 

妖怪と自分の間に結界を張る。隙間からすばやく抜け出し妖怪との距離をとる。妖怪は結界を顎で砕き再びこちらへと向ってきた。

 

 

その体は結界の呪いで既にボロボロになっているにもかかわらず早い動きで正面から飛び掛ってくる。勢いが衰えないならば結界を張ってもまたすぐに砕かれるだろう。

 

 

ひしがきは槍を構え正面から妖怪を迎え撃つように構えた。相手はこちらより大きい。正面から勢いをつけて来ている分突進力もある。正面からぶつかるのは一見愚策に見える。

 

 

ドスッ!

 

 

しかしひしがきの槍は微動だにせず妖怪を受け止め貫いた。槍の反対側、石突に地面を支えにするような結界を張り槍を固定していた。

 

 

妖怪は貫かれてしばらくピクピクと動いていたがしばらくして動きを止めた。

 

 

槍を引き抜き残りの結界を解除する。閉じ込められていた妖怪は全身が黒く染まり死に絶えていた。一応念を入れて槍を突き刺す。万が一にでもまた襲い掛かれないように用心深くしておくに越した事は無い。

 

 

そして、全ての妖怪の退治を確認すると、大きく息を吐いて安堵する。近くの木を背にもたれかかるとそのままへたり込んでしまった。

 

 

「はぁ……」

 

 

顔を伏せ息を吐くひしがきの表情は見えないがその顔が優れないのは漂う空気から察せられた。博麗の代理を務めてから3ヶ月。またひしがきは一日を生き残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで決まりごとのように定期的に襲ってくる妖怪を退けること4回目。たかが4回といってもまだ力の弱い自分には十分死地とも呼べる妖怪の退治を4回経験してきた。その中で危うく死に掛けたのは軽く10回を越える。

 

 

そんな綱渡りを今回も無事に渡り終えた。

 

 

「………………………………………………………」

 

 

手を握る。しっかりと感触がある。深呼吸をする。大きく息が出来る。胸に手を当てる。鼓動が伝わってくる。顔を上げる。視界が目の前の景色を写す。

 

 

自分が今此処で生きているのを実感する。

 

 

「ははっ……」

 

 

思わず笑いが漏れた。自分の命がまだ続いている事に心の底から安堵する。

 

 

博麗の代理を務めてから3ヶ月が過ぎた。まだ、3ヶ月しか経っていない。これを1年間も続ける?冗談だろ?

 

 

「……楽観してたわけじゃないんだけどなぁ」

 

 

目の前に黒く横たわる妖怪の亡骸を見る。これは以前俺が必死になってようやく倒せた鼠妖怪と大体同程度の妖怪だ。

 

 

あの時は必死になって倒せたが今では結界で動きを封じるだけで倒せるようになっていた。これだけ見ると大した進歩に見えるかもしれない。実際俺は自分が強くなったと過信していた。

 

 

しかし、先程俺が手こずった昆虫の妖怪あれもカテゴリーで言えば下級妖怪に分類される。妖怪も様々な種類がいる。もちろんその強さもピンからキリまである。今までより強いからと言っても元々が底辺にいたのだからそこから多少強くなったところで威張れることではない。

 

 

実際目の前で妖怪でもトップクラスの力を目の当たりにしているのだから自分の力が今だ弱いのは自覚している。もっと力をつけなければこのままではいずれ本当に取り返しのつかないことになる。

 

 

ああ、そういえば前に疑問に思っていた件の答えが出た。何故自分はルーミアの攻撃を防ぐことが出来たのか?答えは簡単初めから防いでなんてなかったからだ。

 

 

何せ俺の結界は性能は増したとはいえ未だに下級妖怪にさえ破られる程度の結界しか使えないのだ。それでルーミアを防ぐなんて事は出来やしない。

 

 

あの時ルーミアは俺に攻撃をしなかったのだ。何故なら最初ルーミアは俺を侮っていた。しかしそれが仇になりまんまと罠に嵌まり醜態を晒す羽目になったのだ。そんな俺が追い詰められた時にいきなり今までと違う結界を出した。力こそ弱かったとはいえ一度罠にかかったルーミアは警戒し一端距離をとることになりそこで博麗の巫女が現れたのだ。

 

 

っとこれが俺の考えた憶測なわけだが、おそらくこれで正解だろう。というかそれ以外理由が考えられない。

 

 

とにかくまだ弱いとはいえ俺の結界は確実に効果を増してきている。この調子でというにはあまりにスローペースだが少しでも早く能力を向上させていかなくてはならない。今のところ俺の攻撃手段はこの結界と、霧雨の主人から貰った槍しかないのだから。

 

 

俺は持った槍を肩に担ぐ。赤銅色の長い槍。その穂先は無骨で大きくまるで仏像……知識の中にある十二神将などが持つ武神の槍のようだ。その大きさはまだ体が小さい俺と比較してもかなりの大きさだ。軽く俺の3倍はあるだろう。俺はこれを『霧雨の槍』と呼んでいる。

 

 

俺の知識の中に『霧雨の剣』と言うものがある。後に霧雨魔理沙から道具屋を開く森近霖之助に送られた物だがそれはかの有名な『草薙の剣』だ。

 

 

同じく霧雨から送られた槍。聞いた話では魔を払う力があると聞いてもしやこれも名のある槍なのではと試そうとしたがこの槍、見た目通りかなりの重量があり持つのでやっとでとても子どもの体で扱えるものではなかった。しかし、その効果は本物。寧ろ期待以上で妖怪に対しこの槍は抜群の効果を発揮した。

 

 

なんとかこの槍を有効活用しようと考えた俺は以前博麗の巫女の戦いぶりを見たとき、自分には到底まねできない戦い方ではあったがその身体強化を自分にも出来ないかと考えた。今こうして俺が槍を担いでいられるのは霊力による身体強化によるものだ。

 

 

もちろん正面から体を使って戦おうなんて真似はしない。そもそも俺の霊力は多くなくすぐにガス欠になってしまう。あくまで局所的な機動力を付けるための方法として鍛えていたのだが今は槍を扱うために使用している。

 

 

結界。槍。身体強化。

 

 

この三つが俺の戦う術。この三ヶ月の間俺はこれら鍛え実践を経験してきた。初めは満足に槍を扱えず逆に霊力を使いすぎて倒れそうになり死に掛けた。此処に来てようやくまともに立ち回れるようになったといえるだろう。

 

 

しかし、それで安心できるわけではない。何故なら、まだ下級以上の妖怪による襲撃が起きていないからだ。

 

 

力と知恵を併せ持った妖怪に結界で動きを封じて槍で突くなんて単純な戦法が通じるはずもない。もし、今そんな妖怪に襲われたら、確実にその時が自分の最後だ。

 

 

いつの間にかひしがきは走っていた。先の戦闘による疲れも忘れて、その顔には何かに終われるような悲痛な表情が浮かんでいた。

 

 

はやく、強くならないと。その強迫観念は途切れることなくひしがきを追い詰めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

博麗の巫女の不在で一時恐慌状態になっていた人里は落ち着きを取り戻していた。そこには各有力者たちの根回しが功をそうしたおかげである。何より博麗の代行が今のところその役目を全うしていることも里の安定に大きく貢献していた。

 

 

しかしまた不満の声も少なからず上がっている。言うまでも無く博麗の巫女とひしがきには圧倒的な実力の差がある。これまでの4度の妖怪の襲撃。ひしがきは4度とも生き残り妖怪を退治した。だがその結果出た被害は少ないものではない。

 

 

博麗の巫女ならこんなことにはならなかった。博麗の巫女ならもっと被害をなくせた。もともと落ち着いたばかりの人里は不満が表れやすくなっている。そのひしがきに対する苦情が既にちらほらと出始めていた。

 

 

そんな中で人里の被害ではなくひしがき本人を気に懸ける者は少なかった。鈴奈庵の夫人、里長、霧雨の主人。

 

 

人里で寺子屋を開いている教師、上白沢慧音もまたその一人であった。

 

 

彼女は神獣・白澤と人間とのハーフである半獣であるが、長く人里を見守ってきた人物として里から大きな信頼を寄せられていた。

 

 

里に住む多くの人間を子どもの時から知っている彼女にとって彼らは家族ともいえる存在である。里に住む人間もまた同様に彼女を思っていた。そんな慧音にとって幼い子どもが博麗を名乗り人里を守っていることを僅かばかり気に病むことだった。

 

 

慧音はひしがきのことを知らない。ひしがきの弟妹は慧音の寺子屋に通っているが直接会った事はなかった。

 

 

ひしがきが畑の守役をしていた時、慧音は子どもにそんな仕事を押し付けて大丈夫なのかと何人かに尋ねた。その時は問題ない、ちゃんと備えはしてある、能力もあるから心配ないとまったく気負っている様子がなかったために慧音は彼らを信じた。

 

 

ひしがきもまたその勤めを長くこなしていることから慧音はこれなら大丈夫かと安心した。しかし、これが博麗の巫女の代理ともなれば話は別だ。

 

 

博麗という名がどれほど重みを持っているかは彼女も知っていた。まして正式に選ばれてもいない子どもにそれは荷が重いを通り越して圧死してしまうほどの重荷だ。

 

 

慧音は何故そのようなことになったかを確かめるべく里長に事にしだいを問いただした。いずれ慧音の耳にも入るだろう事を予期していた里長はひしがきがその任に付いた経緯を全て話した。

 

 

そして全てを聞いた慧音は大きな衝撃を受けた。慧音は人間が好きだ。人里が好きだ。だから将来里を支えていく子どもたちを自分が導こうと長年教師をやってきた。

 

 

ひしがきの事も、里の事情を考え口は出さないでいたが、いずれ自分が教師として彼に様々な事を教えたいと思っていたのである。それが自分の知らぬ間に手の届かない場所で苦しんでいる。慧音はすぐにやめさせるように内心怒りながら里長に言った。

 

 

しかし、返ってきた返事は否。しかし、それでも食い下がる慧音に里長は静かに告げた。

 

 

「では、慧音先生には他に案があるのですか?」

 

 

そう言われ慧音は口を紡ぐ。彼女も人里の恐慌具合は重々承知している。不安に怯える子どもたちを安心させようと励まし里のために尽力してきた。

 

 

しかし、だからと言って黙認できるほど彼女は非情ではない。慧音の性格を知っている長もまた彼女のために用意しておいた説明を述べる。

 

 

博麗を名乗るのは次の巫女が選ばれるまで。

 

おそらく1年もすれば巫女は選ばれる。

 

その間博麗を名乗れるのは長い間里の守ってきたひしがきだけ。

 

里はひしがきのために全面的に協力をする。

 

その役割の内容は今まで里の中でやってきたことと大差はない。

 

 

里長は懇切丁寧にひしがきの役割を説明した。渋い顔で黙って聞いていた慧音であったが『里のために、どうか理解と協力を頂きたい』と言う長の言葉にしぶしぶ頷いた。

 

 

慧音も状況は理解しているためこれ以上は無理だろうと判断し近いうちにひしがきに会いに行こうと心に決めその場を後にした。しかし、慧音は里の状況を正確に理解してもひしがきの状況を正確には理解してはいなかった。

 

 

基本的に慧音は里の人間を信頼している。里長の里を想う気持ちも知っているため疑うことをしなかった。また役割の内容は今まで里の中でやってきたことと大差はないというのはまったくの見当違いだ。

 

 

今まで力の強い妖怪は博麗の巫女が退治してきた。ひしがきが退治してきた妖怪は相手にもされなかった弱小妖怪。これからは今までよりも力のある妖怪を相手にしなければならない。

 

 

そして、それは博麗を名乗る者にしか分からないことであるが……。博麗とは妖怪にとって恨みの対象でもあるのだ。

 

 

 

 

これを知るのは今はまだおそらく博麗の巫女本人と、妖怪の賢者のみである。

 

 

 

 



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身近な物の価値には気づきにくい

たくさんの感想・御指摘ありがとうございます。

少しずつ修正していきます。


 

 

 

魔法の森の入り口には一軒の店がある。

 

 

物が雑多に置かれている風景はゴミ捨て場のようにも見える。幻想郷に住むほとんどはそれらが何のための道具か見当も付かないだろう。

 

 

それもそのはず。ここにあるのは幻想郷の外から流れ着いた道具達。この店、香霖堂は幻想郷で唯一外の道具を預かる店だ。

 

 

 

 

 

 

カランッ

 

 

扉を開けて中に入る。様々な道具が棚や箱に入れられ所狭しと並んでいる。全体的に埃っぽく店というよりは物置に近い。

 

 

その奥の机に新聞を広げて座っている青年といえる年頃に見える男、この店の店主森近霖之助は新聞に向けていた顔を上げ入ってきた相手を見た。

 

 

「やあ、ひしがき。いらっしゃい」

 

 

「おじゃまします」

 

 

ひしがきは霖之助に軽く頭を下げて挨拶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この二人の出会いはひしがきが博麗を名乗ってから始まった。霧雨の主人の勧めで何か必要な道具があったら訪ねるといいと勧められたからだ。

 

 

ひしがきは生き残る上でその可能性を少しでも上げるべく、知識の中から主人公達に様々な道具を作っていた香霖堂へと向った。霖之助もまたひしがきの立場に協力的に力を貸すことにした。

 

 

「調子はどうだい?」

 

 

「変わりありません。毎度、死にかけてます」

 

 

「………あんまり良くないみたいだね。無理するな、とは君の立場から言えないだろうけど体には気を付けるんだよ」

 

 

「一応、分かりましたとだけ言っておきます」

 

 

苦笑しながら軽く話すとひしがきはさっそく本題に入った。

 

 

「それでなんですが、また頼みたいことがあるんです」

 

 

「ふむ、なんだい」

 

 

「魔法の触媒を作って欲しいんです」

 

 

そういうと霖之助はふむ、と口に手を当て考えた。

 

 

「何の為に使うつもりだい?」

 

 

「少しばかり試したいことがあるんですよ」

 

 

そういうとひしがきは理由を霖之助に話し始めた。

 

 

元々ひしがきは結界と霊力の行使を主に戦ってきた。それほど霊力の内容量が多くないひしがきが霊力を使う理由は機動力の確保と槍という武器を使うためである。しかし、今までは運良く無事に生き延びてきたがこれからを考えると明らかに不足だ。

 

 

霊力はそう簡単に増えるものではない。生まれつきの素質が多くを占める上に生半端な方法では増量は見込めない。少しでも無駄を省く為、効率的に活用するための方法を模索し検証してきたが今以上の成果は見込めそうに無い。

 

 

ならば足りない部分は他で補えばいい。この世界にある『力』は霊力だけではない。魔力、妖力、気、神力などがある。神力は現人神でもないただの人間であるひしがきには使えない。妖力は妖怪の力である。藤原妹紅が妖力を使っていたが多くの場合人外になることでしか使えないので除外する。気は自然と一体化する長い修行の末に得られるものですぐには習得できない。

 

 

残るは魔力一つ。魔力もまた使いこなすには時間がかかり、そこから術式を組んで魔法を使うには更に時間が掛かる。しかし、ひしがきの目的は身体強化一つのみ。これに集中しておけば後は触媒さえあれば更に早く魔力を使えるようになるだろう。

 

 

「……なるほどね。霊力と魔力の同時運用か、確かに興味深い」

 

 

「出来るだけ触媒は動きを阻害しない物がいいんですが」

 

 

「それに関しては必要ないよ。ほら、君のその衣は魔力の触媒としても十分に役立つよ」

 

 

そういって霖之助ひしがきの着ている灰色の衣を指差す。それは以前退治屋の頭領からもらった衣だ。

 

 

「これですか」

 

 

「ああ。以前にも言ったがそれは古い時代の蚕の衣だよ。どれだけ古いかは僕にも分からないがこれほどのものは僕は見たことが無いね。防具としても一流、霊力を通すにも魔力の触媒としても申し分ないよ」

 

 

ただ、と霖之助は付け足す。

 

 

「魔力と霊力の同時運用。これはかなり難しいだろうね。人間には魔力も霊力もある。だが大抵はどちらか一方しか使わない。何故なら多くの場合どちらかが秀でているからだ。片方が優れているなら余分な力は邪魔なだけだからね。君の場合は珍しいことにどちらも秀でてはいないが魔力霊力共にそこそこの量がある。しかしだからと言って両方の力を同時に使えるわけではない」

 

 

魔力と霊力は似て非なるもの。右手に魔力を、左手に霊力を纏わせ両手を合わせれば合成完了なんて簡単にはできはしない。まったく違う動力源を用いて動かすのだ。例えばガソリンと電気の両方を使って車を動かすとしよう。そういった構想の車は確かに存在するが未だに実用化には至っていない。何故か?どちらか一方の動力を用いた方がずっと効率がいいからだ。わざわざ2つの動力を使う方法は手の込む上に時間がかかり非効率だ。

 

 

「十分承知の上です。それでも、可能性があるならやってみますよ」

 

 

「そうか、まあ何か必要なものがあればいってくれ。ああ、そうだ。君の槍について調べてみたよ」

 

 

「こいつですか?そういえば言ってましたね。なんて名前でしたっけこれ?」

 

 

手に持った槍を軽く回す。

 

 

「その槍の名前は『天之逆鉾(あめのさかほこ)』。またの名を金剛宝杵、天魔反戈とも言う。かつて国産みの神『伊邪那岐(いざなぎ)』と『伊邪那美(いざなみ)』が日の本を作る際に使用した『天沼矛』の別名だよ」

 

 

「……………なにそれこわい」

 

 

じゃあなにか?俺は大昔の始祖神の槍を持ってんの?大丈夫なのかそれ?

 

 

「といっても君のそれはまったく同じものではない。それは僕の能力で確認済みだ。それはおそらく日の本を作る際、天地開闢の折に生まれたものだろう。その後地上に下賜されたそれが幻想郷に流れ着いたんだろう」

 

 

……どちらにしてもものすごいことには変わりないんだな。

 

 

改めて槍を見る。話を聞く前よりずっと重く感じる。ひょっとして俺はとんでもない物を持ってしまったんではないだろうか。とはいえこれなしで妖怪退治を続けるのは厳しいというよりは無理なので手放すわけにもいかないのだが。

 

 

「まあ、一応知っておいたほうがいいと思ってね。せっかくだし大事にするといいよ」

 

 

「……ですね」

 

 

とりあえず今後は槍の手入れに時間をかけよう。下手に扱ったらバチが当たりそうだ。

 

 

そして軽く頭を下げると香霖堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

博麗神社に戻るとひしがきは神社の裏手に移動した。そこはひしがきが自分を鍛える為にいつも使っている場所だ。

 

 

「…………」

 

 

ひしがきは無言でその場で座禅を組む。普段この場ではひしがきは様々な方法で自らを鍛えている。

 

 

結界に関しては同時に限界まで多くの数の結界を展開したり渾身の力を籠めた結界を展開したりすることもあれば身体強化を施して常に動きながら槍をひたすらに突くなど力尽きるまで黙々と鍛え続ける。つい先日疲れ切った後に妖怪退治の呼び出しが掛かったときは本当に死を覚悟した。今生きているのは本当に奇跡的だ。

 

 

今ひしがきが行っているのは霊力の効率的な行使。博麗の巫女はその膨大な霊力で全身を強化していたがそんなことはどう足掻いてもひしがきには出来ない。ならば必要な箇所に必要なだけ、そうでない箇所には最低限の霊力で強化することで無駄を省き霊力を抑える。

 

 

ひしがきは各関節を基点としそれを繋げるイメージで霊力を流し強化している。これは以前も行ってきた機動力を確保するためのもの。そして此処からが重要なところだ。霊力をそのままに、ひしがきは魔力を少しずつ体に纏わせていく。霊力が体の内側を強化し魔力が外側を強化する。ひしがきは少しずつゆっくりと魔力を流していく。

 

 

「……っ!」

 

 

魔力が霊力の濃い場所に流れると突然全身に流れている霊力が乱れ始めた。規則正しく流れていた霊力がデタラメに体の中を駆け巡る。

 

 

「――――――――!」

 

 

内臓や血管が暴れまわるような感覚に思わず吐きそうになる。歯を食いしばりそれに耐えると慌てて魔力を止めて霊力を掌握する。乱れた霊力を押さえ込み元の流れへと戻していく。

 

 

「~~~~~~~~~~ぷはぁっ!」

 

 

元に戻し終わると傾く体を手で支えながら大きく息を吐く。全身を嫌な汗が一気に流れ出した。

 

 

危なかった。

 

 

まさか此処までリスクが高いとは思わなかった。僅かな魔力との接触で此処まで霊力が乱れるとは。それに今の現象からだが内側から捻じれる様な感覚。一歩間違えれば大惨事になっていたかも知れない。

 

 

「………いきなり全身からは早すぎたかな」

 

 

まずは一部分から徐々に広げていくか。

 

 

また座禅を組み意識を集中させた。

 

 

 

 

 

 

 

 




天之逆鉾の設定に関してはオリジナルです。



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RPGみたいに敵の強さは変わっていかない

つまりはムリゲーということ


 

 

 

 

半年。

 

一年の半分。6ヶ月。

 

今日で期限の半分を生き延びたことになる。俺が此処まで生きてこられたのは正直運がよかったとしか言えない。何故なら今までの全ての妖怪が俺でも対処できる程度の妖怪だったからだ。

 

半年間、自分では命がけの半年だったがもし博麗の巫女が無事であったならば何の問題もなく平和な期間だったと言えるだろう。

 

今までは。

 

そう。そんな都合のいい話はそう長く続くはずもない。

 

巨大な体躯。四本の足はその一本が木の幹ほどの太さがある。体毛は針金のように強靭で全身を鎧で覆っているかのようだ。何より目を引くのがその巨大な顎。おそらく開けば大人一人を丸呑みに出来る位には大きいだろうがそれよりも恐ろしいのが並び立つ鋭い歯である。アレに囚われたら最後、人間など生きてはいられないだろう。

 

荒々しい息を吐きなが歩くその姿は今までの雑魚とは訳が違う。巨大な山犬の妖怪。とうとう来てしまったのだ。下級以上の力ある妖が。

 

 

 

 

風下に立ち息を潜め必死になって気配を殺す。万が一にでも気配を気取られないように、もしバレたら自分が生き残れる確率は相当低い。

 

「………………」

 

ドクドクと心臓の音が嫌に大きく聞こえる。今までも命がけだったが今度の相手はこれまでと文字通り別格だ。正面から戦うなど論外だ。

 

もちろんこの状況を想定していなかったわけではない。出来れば来ないで欲しいと願っていたが来た時の為の備えを使う時が来たようだ。

 

(…………よし)

 

そして覚悟を決め、動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりとした速度でそれは歩いていた。

 

目指す先は狩場。目的は食事。なんてことはない、ただ人間が食いたくなった。それだけの理由でそれは人里に向けて歩を進める。

 

前にたまたま人間を見つけて喰らってから、何となくもう一度食いたくなる時があった。けれどもそれは出来なかった。それの本能が告げていた。人里を襲えば死ぬと。

 

故にこれまでは涎を垂らしつつも耐えるしかなかった。しかし、今は違う。いつも鋭敏な本能は警報を鳴らしていない。つまり食えるのだ。人間が。

 

牙を見せながら獰猛に笑う。

 

 

そして、それの視界は突然黒に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間にしろ妖怪にしろその身体を動かすには筋肉の収縮と関節の可動が行われる。ならば体を動かすための基点を抑えることでより効果的に相手の動きを封じる。関節部分を覆うように何重にも結界を展開する。肩関節、股関節、指間節間接、肘関節、膝関節、足関節、手関節、肩甲上腕関節、円柱間接。もちろん全ての関節を拘束ことは出来ないがそれでも大まかな動きを司る関節は捕えることが出来る。

 

ただこれだけでは足りない。常識外れの妖怪の膂力は関節を封じた程度では力尽くで動き出す相手もいる。故に更に結界を張る。山犬が身動きが出来ないよう槍状の結界を展開していく。それはまるで拷問器具・鉄の処女(アイアンメイデン)如く山犬を覆っていく。そして最後に全体を覆うように重ねて結界を張る。これで最初の奇襲は終了した。

 

初めて大きく息を吐く。この結界を張るために要した時間は2秒。はっきり言って時間が掛かりすぎている。正面からの戦闘であれば2秒あればいくらでも逃れる術はある。とてもではないが使える方法ではない。

 

相手がゆっくり移動してくれていて助かった。おかげで関節の位置、スピード、タイミングをじっくり観察できた。大きく息をして油断なく構える。今展開した結界は全て呪術が付加されたもの。こうしている間にも徐々に呪いが侵蝕し妖怪を脅かしていく。俺が出来る会心の結界術。出来ればこれで終わって欲しい。が、

 

ドンッ!何かが衝突したような衝撃が結界から広がってきた。ドンッ!ドンッ!とその衝撃が続く。結界は今だ破壊されず、形を留めている。しばらくして、音と衝撃が止んだ。力尽きたのだろうか?僅かに期待する。

 

 

ゾクッ

 

 

ひしがきの背中を悪寒が走る。これは今までに何度も感じたことのある感覚。それは命の危機が迫る感覚だ。

 

咄嗟地面に伏せて結界を張る。

 

 

ウオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォンッッッッ!!!!

 

 

音が爆発した。

 

妖力を伴ったその咆哮は結界を吹き飛ばし衝撃波の波となって周囲を襲い掛かった。地面には亀裂が走り、木々が大きく撓む。

 

「~~~~~~ッッ!」

 

悲鳴を上げたいのを歯を食いしばり耐える。必死に地面にしがみつき常に結界を展開し続けて衝撃波から身を守る。ようやく衝撃波が収まる。顔を上げると山犬が獰猛に牙を見せ唸っている。体は僅かに血が滲んでいる程度。呪いの効果だろう、針金のような毛は所々黒く染まっている。

 

ほとんどダメージがない。その事実に思わず悪態をつきたくなる。幸いこちらの位置はばれていないようだが会心の結界術が破られてしまった以上結界での退治方法はほぼ手詰まりになってしまった。まったくないわけではないが退治まではいかないだろう。ならばやはり槍による一撃しかない。それもあの巨躯となれば急所となる箇所への強い一撃が必要だ。

 

ひしがきは次なる奇襲に動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

それは怒っていた。

 

ただの狩りだった。ただの食事だった。

 

危険はない。少なくともそこに自分よりも強い者はない。己の本能はそれを告げていた。ならば何故自分は血を流しているのか。

 

答えは一つ。自分よりも弱いものが牙をむいてきたのだ。そして自分は血を流している。

 

血走った目でそいつを探す。

 

許さない。自分より弱いくせに。そんな奴らに傷つけられたことが、はらわたが煮えくり返るほどに腹立たしい。

 

殺す。牙で噛み砕いてやる。引きちぎってやる。

 

耳を澄ます。物音一つ逃すものか。そいつが少しでも音を立てればすぐに喰らい付いてやる。

 

目を凝らす。物陰一つ見逃すものか。何か一つでも動き出せばすぐにでも引き裂いてやる。

 

鼻を……。

 

 

「―――――ッッ!!?」

 

 

山犬が声にならない悲鳴を上げる。

 

山犬の鼻ははるか遠くの匂いも嗅ぎ分ける。その鼻が強烈過ぎる刺激臭を嗅ぎ取った。それは匂いを通り越し痛みとなって山犬を襲う。

 

突如鼻に走った激痛に耐えられず鼻頭を前足で押さえて転げまわる。おかしい。こんな強すぎる匂いなど例え風下からでも感じられるはずだ。

 

なのに何故何も感じなかった?

 

頭を左右に振り気を持ち直す。あまりの痛さに涙を浮かべながらも此処から一度距離を取ろうと駆け出そうして、

 

足元が爆発した。

 

 

 

 

 

 

「ガアアアァァァァァァァァ!!」

 

山犬が悲鳴を上げる。真下から心臓めがけて突き出された槍が深々と山犬に突き刺さっていた。ぴくぴくと山犬は痙攣したように体を震わせていたがそのまま横に倒れた。

 

そして山犬の真下からひしがきがひょっこりと這い出てきた。

 

「……はぁ~、何とかうまくいったな」

 

安堵の息を吐きながら作戦が成功したことに胸をなでおろす。ひしがきの立てた作戦はこうだ。

 

まずは山犬の進行方向から通るであろう場所の地面に複数の結界を埋め込んでおく。そこの中に

霖之助に頼んで作ってもらった対妖怪用の刺激臭を発する香を中に入れておく。最初の奇襲が失敗した後に山犬が匂いに気づかなかったのは足元にあった香が結界によって密閉されていたからだ。

 

またひしがきは地面に結界で補強した穴をクモの巣のように掘っていた。転げまわる山犬の振動から一番近い出口へと移動したひしがきは最後の仕込を発動させた。香と同じく地面の結界にはこれまた霖之助作の結界を解除するとともに爆発する仕掛けの妖怪退治用の火薬を仕込んでいた。そして結界を解除し土砂と火炎で視界を塞いだ。

 

そして爆発と共に穴の出入り口から飛び出したひしがきが山犬めがけて槍で仕留める。これが一連の作戦の流れだった。

 

 

「…………」

 

もう一度、ひしがきは大きく息をはいた。うまくはいったものの今回も綱渡りの作戦だった。何より最初の結界で妖怪の鎧のような毛を呪いで脆くできたことは幸いだった。アレでまったく効果がなかったら槍で体を貫けたかどうか怪しいところだった。

 

近くの木に背を預けてもたれかかる。初めての大物妖怪(ひしがきにとって)は蓋を取ってみれば手はず通り進んだがそれでもいつも以上に神経が疲労した。出来ることならこれを最後にして……。

 

「え?」

 

いきなり景色が横に跳んだ。いきおいよく地面にたたきつけられた衝撃で肺から空気が吐き出された。

 

混濁する頭の中視界の中に血を大量に噴出しながらこちらを睨む山犬がいた。

 

(生きてやがった……!)

 

すぐに立ち上がって走り出す。弱っているとは言え正面から戦うには分が悪すぎる。こちらも蚕の衣のおかげで傷は負っていないが左腕と肋骨が激痛を発していた。

 

(畜生!しっかり止めを刺しておけば!)

 

今更後悔するが状況は好転しない。今は一刻も早く此処から離脱しなければ。足に霊力と魔力を通す。ようやく最近一部分に僅かの時間ではあるものの霊力と魔力の同時運用に成功していた。一時的ではあるものの、少しでも距離を稼いでおく必要がある。

 

強化された脚力で今まで以上の速力を出す。このまま山犬と離れてしまえば。横目で山犬の様子を窺うと、目の前に大きく開かれた山犬の口と牙が見えた。

 

「なっ!?」

 

咄嗟に槍を構えて牙を受け止める。しかし、それでも勢いの止まらない山犬はひしがきごと押さえ込んで突進し続ける。

 

「ぐ、ぅ……!!」

 

押しつぶされそうになるのを懸命に堪える。腕にも魔力を通して牙を抑えるが山犬の勢いは止まらない。押すことも引くことも出来ない。ならば、どうするか。ひしがきは山犬の足元に闇雲に結界を展開させた。がむしゃらに走っていた山犬はそのまま足を取られ大きくひしがきを巻き込んで大きく転げ飛んだ。

 

投げ出されながらもひしがきは何とか体勢を立て直そうと結界を張る。緩やかな傾斜を結界で作り出しそこを転げ落ちることで地面に叩きつけられる事を防いだ。地面に無事着地したひしがきは山犬に向って槍を構える。向こうも地面に叩きつけられてもなお殺気に満ちた目で立ち上がりこちらを睨んでいた。

 

逃げられない。速さが違いすぎる。そう判断したひしがきは今自分が出来る最大限の強化を体に施す。激痛の走る左腕を動かして槍を向ける。逃げられないなら戦うしかない。幸い相手は弱っている。ならやりようはある。

 

自分を鼓舞し山犬と向かい合う。山犬ももはや相手を弱いと認識してひなかった。相手を敵と認識し体勢を低く構える。今まさに両者の死闘が

 

 

 

 

 

 

「ねぇ」

 

 

 

 

 

 

始まらなかった。

 

まるで空気が凍ったようにひしがきは感じた。まるで体の中から凍りつくような怖気がひしがきを支配する。その問いかけと感覚にひしがきは既視感を覚えた。

 

ひしがきだけではない。つい先程まで殺気に満ちていた山犬さえもひどく怯えている。そこにはさっきまでの強い妖怪は居らず、自分同様の弱者の姿があった。

 

「貴方たち」

 

凍りついたように動かない、動いてくれない体を無理矢理動かし声のする方へと顔を向ける。

 

この幻想郷には見慣れない洋服、シャツにチェックのスカート。ウェーブの掛かった美しい翡翠色の髪。その紅玉のような赤い目と、三日月の様に笑う赤い口は、記憶の中にある最悪の妖怪を彷彿とさせた。

 

周りに目をやるとソレの向こうにひまわりが見える。

 

(……マジ…かよ………)

 

最悪だ。よりによって此処に出てきてしまうとは。

 

そう、此処は幻想郷で一番美しく、危険な場所。花々が咲き誇るその場所を人は太陽の畑と言う。そしてその主の名を

 

「此処で何してるのかしら?」

 

 

風見幽香と言った。

 

 

 

 

 

 



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みんな大好きゆうかりん

タイトルに深い意味はありません


 

 

 

風見幽香。

 

 

幻想郷において最も恐ろしい妖怪はと問われたら人妖問わず多くの者がその名を挙げるだろう。

 

 

古くから幻想郷に住むこの妖怪は人里にも昔から語られている。その強さ、凶悪さは大げさなくらいに伝えられている。それはそれだけこの妖怪が危険かを表していた。

 

 

 

 

 

対峙して初めて分かる。あの時と同じ、強烈な死が目の前に立ちふさがるこの絶望感。

 

 

「………!!!!」

 

 

どう足掻こうが敵わない。自分の能力はもちろんこの槍でさえもこの大妖怪には何所まで通じるかは分からない。当然逃げる。もちろんただ逃げるだけでは駄目だ。逃げ切れるはずがない。

 

 

こっちだって一度大妖怪クラス相手に死線を彷徨ったのだ。万が一のための準備はしてある。問題はそれまでに時間を稼ぐ必要がある。

 

 

「ねぇ、聞いてるのかしら?」

 

 

風見幽香が再度問いかける。

 

 

一歩、こちらに踏み出した。それだけで重圧が更に重く圧し掛かる。

 

 

ヤバイ。ルーミアの時は相手が遊ぶ気だったからまだ良かったが、今の風見幽香にそんな気はない。最悪なことにどうやら彼女は不機嫌なようだ。

 

 

「何も言えないなら、そんなたいそうな口はいらないわよね」

 

 

風見幽香がそう言ったのと、さっきまで対峙していた山犬の頭が吹き飛んだのは本当に一瞬の出来事だった。

 

 

「………………………………え?」

 

 

まったくいきなりのことに頭がフリーズする。見えたのは最初風見が立っていた位置から一瞬ブレた風見の姿とその手で山犬の頭をあっさりと吹き飛ばしたところだけだった。

 

 

「………」

 

 

風見幽香と目が合う。

 

 

―――――――――――――――ぞわぁ…

 

 

「――――ッッ!!!」

 

 

死ぬ。

 

 

その時、槍を盾に出来たことは奇跡だった。気が付いたとき俺は景色を置き去りにして吹き飛んでいた。そのまま地面に叩きつけられ

 

 

グシャッ

 

 

ることなくその前に追いついた風見幽香によって傘で横から薙ぎ払われた。

 

 

「――――――――………」

 

 

もはや悲鳴を上げる暇がない。左腕は折られ今ので右腕が砕かれた。結界を張る暇もなく地面に二転三転する。

 

 

「つまらないわね」

 

 

風見幽香がそういいながら歩いて来る。

 

 

次元が違う。勝負以前に自分では彼女の敵にさえもならない。改めて自分と大妖怪との差をつき

つけられる。しかし今はそれでいい。おかげで風見幽香は余裕で歩いてくれている。

 

 

おかげで間に合った。

 

 

そして俺はそれを発動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眩い発光に目を閉じて、再び目を開けるとそこはさっきとは別の場所だった。

 

 

「……ははっ、ぐっ!ごほっ、ごほっ!」

 

 

安心して思わず笑みがこぼれるが途端に口から血が出る。今更体が痛みを訴えてきた。このまま寝ていたいがそうもいかない。すぐに立ち上がり移動する。

 

 

ひしがきが用意した対大妖怪用の切り札。それは強力な武器でも特別な結界でもない。以前見た圧倒的な強さからひしがきは戦う術ではなく逃げる術を探した。それが物体転移魔法である。A地点にある物をB地点に移動させる魔法。ひしがきが身体強化以外に使用できる、数多くの魔道書から選びに選び抜いた魔法である。

 

 

しかし、この魔法は決して戦闘向きではない。どこかの戦闘民族の様に一瞬にして瞬間移動できるような魔法ではないのだ。この魔法は非情にデリケートで転移するのに専用の魔法陣を敷き転移させたい場所にまた別の魔方陣を敷かなくてはならない。

 

 

ではその基点さえ用意できていればどこかの黄色い閃光のような真似が出来るかといえばそうでもない。何度もいうがこの魔法はデリケートなのだ。まず陣で転移するものを囲む必要があるし少しでも陣が歪めば魔法は作動しない。魔方陣は固定し移動する魔法陣同士を安定して繋げなければならないため陣自体を動かすことも出来ない。また転移したい物体は転移までの数秒間動くことが出来ない。

 

 

ではひしがきは転移する陣をあの時どうやって自分を囲み描いたのか。それは結界である。ひしがきは結界で複雑怪奇な魔法陣を描くことで転移を成功させた。もちろん簡単なことではない。少しでも結界が歪めば転移は成功しない。普通に描くのでさえ細心の注意を払って用意する陣を結界で作るには高い集中力とイメージが必要となる。気の遠くなるこの作業を、ひしがきは数え切れない反復練習で習得した。

 

 

しかしはっきりいって前線で戦うのに向いた魔法ではない。そして、この魔法なかなかに魔力を消費する。それほど魔力の多くない俺はこの魔法を有効活用するより身体強化に回した方がいい。使うとしたら今回のように逃げの一手だけだろう。

 

 

先程移動した場所はあらかじめ俺が陣を敷いた場所。俺はこの陣を博麗神社と人里から少し離れた場所の2箇所に敷いている。今回移動したのは人里の方。早く体を治療しなくてはならない。

 

 

「イテェ………!」

 

 

右腕はグシャグシャだ。左腕は右ほどひどくないがおそらく折れている。肋骨も何本かイっているだろう。しかし、大妖怪と遭遇してそれで済むのなら幸運と言えるのかもしれない。いずれ、あれクラスの妖怪が里に攻めてきたら。

 

 

ぶるりと体が震える。とてもじゃないが防ぎようがない。幸い知能の高い妖怪はむやみやたらに人間を襲わないがそれでも可能性がないわけではないのだ。

 

 

嫌な想像を頭を振って飛ばす。とにかく今は早く体を直さなくては。この林を抜ければ人里はもう直ぐそこに

 

 

 

 

 

 

 

「あら、久しぶり」

 

 

 

 

 

 

再び、空気が凍った。

 

 

林を抜けた先、その目の前の光景に、全身から汗が噴出し、瞳孔がキュッと締まるような気がした。

 

 

「な………………………」

 

 

なんで。言葉が出ずにそれさえ言えなくなる。そこに待ち構えていた声の主、風見幽香は楽しそうに口を歪める。

 

 

「この子たちがね、教えてくれたのよ」

 

 

そう言って指をさしたのは傍らに咲いていた小さな花。花の妖怪、風見幽香。その能力は『花を操る程度の能力』。その能力は花の声を聞くことさえ出来る。

 

 

「…………………っ!」

 

 

ひしがきは我に返ると再び転移の準備に取り掛かる。戦場で思考を放棄することは即、死に繋がる。

 

 

「駄目よ」

 

 

しかし、

 

 

「はがっ!?」

 

 

軽く弾くような動作で幽香は顔面を叩く。それだけで頭から後ろに吹っ飛ぶ様に転がる。

 

 

「~~~~~ッ!」

 

 

鼻が折られ血が噴出す。目から涙が溢れ目の前の視界が滲む。それでも結界を展開し転移を成功させようとする。

 

 

「駄目だったら」

 

 

だが失敗する。

 

 

手を着いて蹲るひしがきに向けて幽香は軽やかに足で蹴り上げる。爪先が腹に突き刺さり大きく宙に飛ばされそのまま受け身も取れずに地面に叩きつけられる。

 

 

「が、は………げぇ……」

 

 

息が出来ずに無言で転げまわる。痛みで思考がまとまらない。魔法陣を構成する結界を展開することが出来ない。

 

 

「ふふふ……残念だけど、もう逃がしてあげないわ」

 

 

幽香は楽しそうに笑ってひしがきを見下ろす。

 

 

「ひ、ぁ…………」

 

 

ひしがきは幽香の目を見てかつてないほどの恐怖を感じる。心底楽しそうに、微笑む幽香。そのあまりにも綺麗な嘲笑が恐ろしくてたまらない。

 

 

「さぁ、わたしを楽しませて頂戴」

 

 

ひしがきの悪夢が始まる。

 

 

 



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ゆうかりんは優しい

何度も言いますがタイトルに深い意味はありません


 

 

 

 

 

太陽の畑。

 

 

大輪の花々が咲き誇る大地。幻想入り乱れる幻想郷においてもなお、その美しさは広く知られている。

 

 

そこに咲く花は外の世界にある花とは一線を画す美しさを持つ。色鮮やかな色彩、大きく形の整った花びら、生き生きと空に向って伸びる花畑はまさに幻想的な風景を作り出している。

 

 

………………………………

 

 

ここまで美しい花は幻想郷でもこの場所でしか見られない。何故これほどまで美しい花が育つのだろうか?そこには色々な噂がある。

 

 

曰く、ここに住む花妖怪の力によってこの花たちは育っている。なるほど、『花を操る程度の能力』を持つ彼女ならそれは可能だろう。しかし彼女は四季の移り変わる自然を愛する妖怪だ。それに逆らって花を咲かせることなど滅多にしない。彼女はあくまで花を見守っているだけなのだから。

 

 

またある噂では太陽の畑には極上の地脈があり花々はその恩恵を受けているとも言われる。確かに、地脈から養分を吸い上げた花が咲き誇っているのであればあの風景も納得がいく。しかし幻想郷にはあちらこちらにパワースポットはあるがあそこまで花が美しいのは太陽の畑だけである。

 

 

このような噂が流れるほど太陽の畑は美しく、何故そこまで美しいのか疑問にもたれるほど花たちが咲いている。

 

 

その美しい光景の片隅に今、その場所にそぐわないものがあった。物言わぬそれは、大地を赤く染め横たわっている。それは里を襲おうとしていた山犬の亡骸。頭を吹き飛ばされた体からは血が噴出し、色鮮やかな一角を赤く赤く塗りつぶしていた。

 

 

それでも花たちは変わることなく咲き誇る。

 

 

―――――――サァッ……

 

 

風に揺られ花たちが、一瞬その骸に花弁を向けた。もし此処にひしがきがいたら背筋が凍っただろう。もし此処に風見幽香がいたら慈愛に満ちた顔で微笑んだだろう。

 

 

太陽の畑。その美しさの理由には様々な噂がある。その一つに、ここに住む花妖怪の恐ろしさからこんな噂が生まれた。曰く、太陽の畑が美しいのは、その下に数え切れないほどの人間や妖怪の死体が埋まっているからだと。

 

 

―――――――サァッ……

 

 

花が風に揺れる。

 

 

しかし、多くの噂があるがそれらの真偽は定かではない。誰もそれを確かめようとはしないからだ。噂は噂を呼び様々な憶測がされる。その中に真実があるのかどうかは誰も知らず、ただ噂だけが増えていく。

 

 

―――――――サァッ……

 

 

また、花が揺れる。

 

 

主の留守に、花はどこか寂しげに揺れていた。いつの間にかその一角には山犬の亡骸はなく、ただ赤色に染まった大地だけがあった。

 

 

 

 

 

 

 

風見幽香は、軽やかに手を振るった。その動作には力みが感じられず、まるで優雅に手を仰いでいるだけにも見えた。

 

 

「が、ぎ………ッ!」

 

 

ひしがきの折れていた左腕が更に砕かれた。

 

 

風見幽香は、軽やかに跳んだ。その動作は流れるようにスカートをなびかせる。まるでバレリーナが跳ぶように気品さえも感じられる。

 

 

「あぎぃ………ッ!」

 

 

仰向けに倒れたひしがきの脛が踏み潰された。

 

 

風見幽香は、軽やかに足を上げた。上半身をまったく動かさずに綺麗に脚が上がる。まるで扇が開くように華やかに見えた。

 

 

「あ゛………ッ!」

 

 

ひしがきは足をへし折られ勢いよく空中に回りながら吹っ飛ぶ。

 

 

風見幽香は、軽やかに傘を振るった。雨の雫を払うかのように腕をしならせ傘をすばやく奔らせる。

 

 

「お゛…ぇ……ッ!」

 

 

何所から地面に落ちたかも分からないひしがきは、また何所を殴られたのかも分からないまま、血の混じった吐瀉物を撒き散らしながら地面を転げまわる。

 

 

風見幽香は、

 

 

ひしがきは、

 

 

風見幽香は、

 

 

ひしがきは、

 

 

風見幽香は、風見幽香は、風見幽香は、風見幽香は、風見幽香は、風見幽香は、風見幽香は、風見幽香は、風見幽香は、風見幽香は、風見幽香は、風見幽香は、風見幽香は、風見幽香は、

 

 

ひしがきは、ひしがきは、ひしがきは、ひしがきは、ひしがきは、ひしがきは、ひしがきは、ひしがきは、ひしがきは、ひしがきは、ひしがきは、ひしがきは、ひしがきは、ひしがきは、ひしがきは、

 

 

 

 

 

いつの間にか悲鳴は途切れ、何かを叩く音と女の笑い声だけが聞こえていた。不幸なことに、それでもまだひしがきは生きていた。どの程度で人間が死んでしまうかなど風見幽香は知らない。そんな事を気にしたこともなかったから。死ねばそれで終わり。それまでは好きなように嬲るだけ。

 

 

ただ、ひしがきの纏う蚕の衣。長い年月を経て神秘を纏い霊的物理的な耐性を得た、天の虫の糸で編まれた衣がひしがきを死なせなかった。その衣にはひしがきの血が染込み、朱と灰が混ざって混濁した色をしている。

 

 

「ひゃ、…あ、ぐぅ……ぁ…」

 

 

出会い頭に頭を吹き飛ばされた山犬は、ある意味で幸運だった。両手両足は既に使い物にならないひしがきは芋虫の様に這っていた。どっちが人里なのか分からない。ただ少しでも逃げようとしていた。

 

 

頭の中には既に転移魔法のことなどない。かつて感じたことのなかった恐怖がひしがきを支配していた。ルーミアに殺されそうになった時は死を覚悟した。しかし、嬲られ続けたひしがきは次々とやってくる痛みとジワジワと心を覆っていく恐怖に心を折られていた。

 

 

既に戦う気力を無くした。それでも、何故かこんな姿になっても生きたいという気持ちはかつてないほど強かった。

 

 

「ふふふ、何所に行くのかしら?」

 

 

風見幽香は笑う。思っていた以上に嬲りがいのある惨めな人間に、彼女の嗜虐心は大いにそそられていた。

 

 

「ひゃ、ひゃめ……」

 

 

ひしがきの声を無視して、風見幽香はうつぶせになっている背中を踏みつける。

 

 

「――――――――――――!!!」

 

 

びくんっ、とひしがきの全身が痙攣する。その感触に風見幽香はわずかに頬を染めて悩ましげに息を吐く。

 

 

「ああ、いいわぁ。あなた最高。こんなにも私を楽しませてくれるなんていい子ね」

 

 

風見幽香はしゃがむと優しくひしがきの顔に手を添えた。ひしがきの顔は何度も殴られ打ち付けられ腫れ上がり歯は所々が抜け、血と涙と鼻水と胃液でグチャグチャになっていた。

 

 

「…………ぁ」

 

 

焦点の合わない目が風見幽香を捕える。もはや叫び声を挙げることも身動き一つとることもできない。

 

 

「ほらほら、どうしたのかしら?坊やは『博麗』なんでしょう?」

 

 

博麗。その言葉に、僅かにひしがきの瞳が揺れる。

 

 

「今まで、楽しかったでしょう?人間の中で威張って好き勝手に妖怪を退治出来たんだもの。だからこんな目に合っても仕方ないことよねぇ」

 

 

「………ぉ」

 

 

「ねぇ、どんな気分かしら?こんな姿になって、どんな気持ちなのかしら?」

 

 

「………ぉ…ぁ」

 

 

「ふふふ、全然聞こえないわ。もっと大きな声で話して頂戴」

 

 

風見幽香はひしがきを増長した人間だと思っていた。愚かな人間が自ら博麗を名乗り妖怪を退治している。それは今まで幽香が見てきた人間達だった。

 

 

かつて自分を退治しようと徒党を組んでやってきた人間。それらを一人残らず葬った後また他の人間達がやってきた。風見幽香にとって何度も懲りずにやってくる人間は煩わしくて仕方がなかった。妖怪を嫌う人間や名を挙げようと退治屋たちがやってきては幽香は撃退した。やがて人間が圧倒的な実力差を知った時、風見幽香は人間から恐れられる存在になっていた。

 

 

それからもたびたび自らの力を過信した人間が来ることがあった。かつて、博麗の巫女とも軽くであるが手を合わせた。あの時位だろう、人間を敵とみなしたのは。

 

 

「お…れ、は……」

 

 

ひしがきの口から声が漏れる。風見幽香はひしがきが惨めに命乞いをするようならばもう殺すつもりでいた。たとえ子どもだろうと容赦はしない。だからだろう、

 

 

「……すきで、はくれいなんかになったわけじゃないっ!」

 

 

突然叫んだひしがきに幽香は驚いた。まだこんなに口が利けるとは思わなかった。

 

 

「おれ、は……!」

 

 

涙を流しひしがきは叫ぶ。

 

 

「はくれいなんて、やりたくない……!」

 

 

それはずっとひしがきが言いたかったこと。自分は、ただ里の中で生きていたいんだと。特別なんかなりたくない。平凡に生きたい。

 

 

誰にもいえなかったひしがきの願いだった。

 

 

「じにだくないっ……」

 

 

風見幽香は自分の顔に涙や血が飛ぶのにも構わず、ただひしがきの叫びを聞いていた。

 

 

やがてひしがきの叫びは嗚咽へと変わると、ボロボロの体を小さく丸めていく。潰れた脚をたたみ折れた腕を曲げる。

 

 

「……たしゅけてくらはい」

 

 

それは哀れな光景だった。死に体の子どもが嘆き、頭を土に付け助けを求めていた。

 

 

「……たしゅけてくらはい」

 

 

その哀願は一体なんに対してか。自分の命か、自分の境遇か、自分の立場か。あるいはそれら全てか。

 

 

「……たしゅけてくらはい」

 

 

壊れたラジオの様にひしがきはただ助けてくれと繰り返す。誰にもいえなかった言葉を何度も繰り返す。

 

 

「…………」

 

 

幽香は無言でひしがきの言葉を聞いていた。そして目を開けると、ひしがきに告げる。

 

 

「惨めね……」

 

 

幽香は冷めていた。もうこの子ども相手に自分が満足する結果は得られないと悟ったからだ。自分で壊すのならともかく、勝手にコワレてしまってはつまらない。

 

 

幽香はひしがきに背を向け歩き出した。

 

 

「そのまま這い蹲ってなさい。ああ、それと」

 

 

すでに興味を無くしたオモチャを見るように幽香は告げる。

 

 

「もし死にたいんだったら、他をあたりなさい」

 

 

面倒だから。そう言って幽香は去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

ひしがきは動かなかった。動けなかったのかもしれない。風見幽香が、もはや自分を殺すことさえ興味をなくしたことが嬉しかったのか、悔しかったのか、悲しかったのか。ただ涙が流れ続けていた。

 

 

「うっ、うぅ、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 

生き残れたことが嬉しい。助けてくれなかったのが悲しい。相手にされなかったのが悔しい。ひしがきは見も心もめちゃくちゃだった。

 

 

「うっぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、あぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ」

 

 

嗚咽が溢れ出す。地面に頭をつけたままで、ひしがきは拙く泣き続けた。

 

 

 

 

 




例えば長いドミノを作っていたとしますよね。あと数枚で完成というときにドミノが崩れてしまったらとてつもなくがっかりしませんか?ゆうかりんもそんなかんじです。


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寂しがりやは結構多い

 

 

 

妖怪の賢者、八雲紫。

 

 

幻想郷が生まれたときからその在り方を見守ってきた大妖怪。幻想郷で、彼女の名を知らぬ者はいない。

 

 

彼女を知るものは揃って彼女をこう表す。うさんくさい、と。何を考えているのか分からず何を企んでいるのかも分からない。思わせぶりな態度と意味ありげな言葉で相手を試すような目で見る神出鬼没のBB……大妖怪。

 

 

「…………」

 

 

「紫様?どうかしましたか?」

 

 

「ちょっと今、不快な表現をされかけたような……」

 

 

「はあ?」

 

 

「……なんでもないわ。それよりも藍、そちらの様子はどうなっているのかしら?」

 

 

八雲紫は己の式、八雲藍に尋ねる。主からの問いかけに藍は頭を低くして応えた。

 

 

「はい、既に事後処理は終わり、今のところ問題なくおおむね順調に進んでいます。これでとりあえずこちらに心配はないでしょう」

 

 

「そう、ご苦労様」

 

 

「いえ、それよりも今は……」

 

 

「次代の巫女、ね」

 

 

八雲紫はため息をはく。八雲藍はその仕草に己の主が珍しく本気で困っていると察した。

 

 

「まだ、新しい巫女は決まりませんか?」

 

 

「少なくとも今すぐに巫女を務めることのできる人材は見つかっていないわね」

 

 

「……そうですか」

 

 

次代の巫女の選出。それは今後の幻想郷を左右する重大な決定である。それゆえに博麗の巫女は八雲紫自身が厳選し代々巫女に据えて来るのが本来の形である。幻想郷を愛する彼女にとって巫女の選別に妥協は許されない。しかしそれは裏を返せば巫女に相応しい者がいなければ博麗の巫女は決まらないということでもある。

 

 

それゆえに八雲紫は珍しく考え込んでいた。幻想郷のためにも、そして巫女自身のためにも出来るだけ早く巫女を見つけなくては……。

 

 

「……そういえば例の子は今どうしているのかしら?」

 

 

紫はそういえばと人里が勝手に祭り上げた仮初めの博麗を思い出した。紫は博麗の代理に干渉するつもりはなかった。人間の弱さゆえの一時的な処置。紫は人間の強さを認めている反面その弱さも知っていた。故に代理を黙認し、会うこともなかった。

 

 

「彼ならば今は人里にて療養しているようです」

 

 

「あら、とうとう耐え切れずに倒れてしまったのかしら?」

 

 

博麗の巫女は重責だ。その分その立場に要求される役割も大きい。代理に選ばれた少年は多少の力を持っているがその程度で博麗が務まれば紫自身巫女選びに苦労はしない。

 

 

弱小妖怪相手に奮闘しているひしがきではどう足掻こうが潰れるのは時間の問題。一度潰れてしまえば人々はまた不安に駆られ暴走する。紫としても人里が恐慌状態に陥るのは望ましくはないので対策は用意してある。特にひしがきが潰れようとも何の問題も無かった。

 

 

「いえ、風見幽香と遭遇したようで、命に別状はありませんがひどく蹂躙されて人里に運ばれたようです」

 

 

「……ふぅん」

 

 

紫は意外そうに唸った。

 

 

「彼女はなぜ止めを刺さなかったのかしら?」

 

 

「さあ、それは私にも分かりません」

 

 

「…………」

 

 

もちろん、ひしがきの実力で風見幽香から逃げるなど不可能である。にもかかわらず彼はまたも大妖怪相手に生き残った。その理由は定かではない。しばらくは使い物にならないだろうが人里が恐慌することはないだろう。多少不安定になるだろうが、そこは里の上の人間がどうにかするだろう。

 

 

「ふふっ……」

 

 

主の微笑みに藍はまた何か新しい企みでも思いついたのだろう察した。そして何時もこの方に振り回されている身として、ほんの僅かにこの方の掌で踊ることになるであろう少年に同情した。

 

 

「藍」

 

 

「はい」

 

 

「また、お願いがあるのだけれど」

 

 

八雲藍は用件も聞かぬまま、また頭を下げる。

 

 

「承知しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸運なことにひしがきが発見されたのは風見幽香が去ってから一時間も経っていない時だった。里の外部を定期的に見回る退治屋達によって人里に運び込まれたひしがきは息こそしているものの全身が血にまみれ体中のあちこちが不自然に曲がり潰れていた。

 

 

知らせを受けた人里の上役、里長は人里のあらゆる伝手を持ってひしがきの治療を行った。たかが人間の医療と侮るなかれ、人里は長い間幻想郷で保たれてきた人間の社会である。時に妖怪による被害もあった中で伝えられていきた医療は決して低いものではない。

 

 

また此処は幻想郷。そこには様々な効能を持つ霊草、魔草がありそれによって作られる霊薬、秘薬も存在する。里長を含めた人里の上役はその人脈を持ってひしがき体に治療にあたった。

 

 

また僅かに意識の戻ったひしがきから風見幽香によって襲われた事を聞いた里長は里にひしがきが負傷した理由を説明した。曰くひしがきは里を襲おうとした風見幽香と交戦した。曰く風見幽香は退治できなかったがひしがきと戦い満足した風見幽香は去っていった。

 

 

多少の脚色をつけることにより里長は人里の危機が去った事を伝えた。それによって人里に安心感を与えたのだ。また体を張って里を守ったということでひしがきが治療するためにしばらく不在になるという正当な理由を作った。風見幽香を退かせたという脚色をしなかったのは彼女の反感を買いたくなかったためである。

 

 

こうして里の医療の粋を結集し治療されたひしがきの体は日に日に回復していった。本人の意思を除いたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付いたら、人里に戻っていた。実家ではなく里長の家に運ばれた俺は手厚い…と言っていいか微妙なところだが治療を受けた。おそらくは俺が受けた治療はこの里における最高のもの。周りが焦るままに次々に薬を飲まされ塗りたくられ治療を施された。ただその効能は確かなものであの時は見るも無残な姿だった俺の体はが急速に癒されていくのを感じた。

 

 

そして、一通りの治療が施された後、里長がやってきた。

 

 

「具合はどうじゃ?」

 

 

「………」

 

 

声をかける里長を俺は無言で見つめ返した。

 

 

あの時、風見幽香に会った時から、俺はどこか真っ白だった。無感情なわけではない。無関心なわけでもない。無気力なわけでもない。自分の中にあるものをぶちまけてすっきりしたのかと言われればそういうわけでもない。

 

 

ただ心の中が奇妙なほど静かだった。もしかしたらあの時、俺は壊れてしまったのかもしれない。漠然とそんな事を思った。

 

 

「……お主を治療した者たちから経過は聞いておる。ひどい状態じゃったが、体に後遺症が残ることはないそうじゃ」

 

 

「そうですか」

 

 

自分の体に異常が残らないことが喜ぶべきことなのかどうか分からない。はっきり言ってしまえば足が動かなくなるなり手が使えなくなるなりした方が、今後はゆっくり過ごせるかもしれない。……いや、それさえも希望的観測だ。

 

 

今の里には博麗が、守護者が必要だ。長い目で見れば例えいなくとも里は続くだろう。しかし、今を生きる里の人たちにとっては必要なのだ。

 

 

静かだった心がざわついた。

 

 

「しばらくは里の守護は任せます。傷が癒えたら俺は、神社に戻ります」

 

 

俺がそういうと長は驚いたようにこちらを見た。口ぶりから再び博麗の仕事に就く様言われるのは分かっていたが、さすがに自分から言われるとは思っていなかったようだ。

 

 

「……やってくれるのか?」

 

 

「やらなくていいんですか?」

 

 

「…いや、そうではないが……」

 

 

「やりますよ」

 

 

俺ははっきりとそう告げる。

 

 

「こんな、世界です。なら、仕方ないでしょう」

 

 

幻想郷。それは全てを受け入れる残酷な世界。全てを受け入れるということは何も拒絶できないと同義だ。そんな世界に生まれてしまったのなら、それも仕方ない。

 

 

「……何かできることはあるかの」

 

 

長の言葉に、しばらく考えた後こう言った。

 

 

「家の保障金、増やしておいてください。以前見たときはまだ苦しそうだった」

 

 

長は顔を苦しげに歪めた後、わかったと言って部屋から出て行った。

 

 

「………」

 

 

ひしがきは目を閉じる。静かだと、そう思った。周りの環境ではなく己の心が。

 

 

「………結」

 

 

目の前に張られた結界。無色のそれはそこにあるのかどうか分らないほどに透明で何も感じさせない。再び目を閉じる。静かな、心の中の水面。先程の沸騰するようなざわつきはない。何所までも静かな水平がある。そう感じる。

 

 

その中に、沈んでいく。飛び込むように己の中に入っていく。沈んでいくにつれ周りが暗くなる。そしてある地点で止まる。まだ暗い先があるのに、これ以上沈めなくなる。

 

 

「結」

 

 

目を開ける。そこにあった先程とは違う結界。何の術式も施していないそれは既に黒く染まっていた。以前と違うのは、その黒は以前の濁ったような黒とは違う。澄んだ黒。何一つ確証がないままに理解した。これが、正しい力の出し方だと。

 

 

「………」

 

 

その結界を眺めた後、ひしがきは再び横になった。

 

 

さっきの結界は特に何かを意図して張ったわけではない。自分の心を沈める鍛錬は以前にもやったことがあったがあんな結界は出なかった。しかし今は何となくできるような気がした。

 

 

(自分は……)

 

 

何か変わったんだろうか。変わったと言えば変っただろう。風見幽香との出会いをきっかけに、死にかけて生きたいと今までにないほど強く願った。

 

 

(だからか…?)

 

 

生存本能。それは生き物に思わぬ力を与える。限界以上の力、神懸かった直感、ありえないほどの技術。百の鍛錬よりも一つの死線。それは何かが変るには十分な理由だ。

 

 

(体が治ったら、また鍛えないとな)

 

 

しばらくは此処から動けないだろう。神社にも戻れない。戻ったらまた掃除をして必要なものを用意しなければならない。

 

 

(体が動くようになったら、家の方にも行こうかな)

 

 

そういえば弟妹から話をせがまれていた。両親にもしばらく会っていない。また、家でしばらく過ごしても罰は当たらないだろう。

 

 

取り留めのないことが次々にひしがきの頭の中をよぎっていく。里の事、家の事、博麗の事、家族の事、妖怪の事。今まで忙しすぎて考える余裕がなかった日常が思い起こされていった。

 

 

(……ああ、そうか)

 

 

それはひしがきが苦しみながらも決して捨てられなかった日常。過酷な生活の中でそれでも投げ出さなかったもの。

 

 

ひしがきの中で何かが溢れた。寂寥にも似たそれはひしがきを満たし涙になって溢れる。とてつもなくひしがきは何かが恋しくて仕方がなくなった。

 

 

「ぐ、す…ふぇぇぇ……」

 

 

ひしがきの異常であり強みでもあるのはその知識だ。その知識は一般的な現代社会のものである。それはひしがきに様々な物の捕え方や基準の元になっている。

 

 

その中に価値観がある。おそらく外の世界の誰にでもあるそれは人並みの倫理や道徳的な価値観をひしがきに与えていた。それは幻想郷で今まで暮らしていたひしがきの中には到底生まれるはずの無いものもあった。

 

 

「うぇぇぇぇぇぇ、ひっ、ぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇ」

 

 

人は人と関わらずには生きていけない。人は誰かと寄り添っていなければ生きていけない。恥ずかしくて言えない様な、しかし誰しもが持つ当然の考えが、世界にたった一人で迷子になったような不安と孤独をひしがきに与えていた。

 

 

あるいはそんな知識がなければ、荒んだ人格をひしがきは育んでいたかもしれない。何一つ寄せ付けない孤独な人間になっていたかもしれない。しかし、彼は既に人間だった。悲しいことも、苦しいことも、嬉しいことも、楽しいことも知っている。それは何所にでもいる、ただの人間だった。

 

 

「ひっく、ぅぅぅぅぅぅぅぅぅうぅぅ」

 

 

今はまだ、その声を聞いてくれる者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の重要ポイント

『今はまだ』


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小さな善意は意外にでかい

とある友人との会話




作者「主人公の理解者にリクエストある?」

友人「  八雲紫(腹黒)
      

     風見幽香(愉悦)

     EXルーミア(復讐)

     鬼人聖邪(悪意)

     霍青娥(腹黒)  」

作者「………………その心は?」

友人「絶望しかない(ゲス顔ドヤァ)」





そんな展開にはなりません。




 

 

 

 

 

 

「ねーねー兄ちゃん」

 

 

「ねーねー」

 

 

「ねー!」

 

 

「…兄上」

 

 

「とうっ」

 

 

「やあー」

 

 

「うー」

 

 

風見幽香の件から2月ほどがたった。俺の体はようやく動ける程度にまで直っており、あと一月ほどで博麗の仕事に戻れるだろう。長の下での重看護も終えた俺は実家に戻っていた。

 

 

「一度に頼まれても話せないぞ。どれか一つにしてくれ」

 

 

俺は自分の周りでちょこまか動き回って遊んでオーラ全開の弟妹達に言う。

 

 

「けっかいつくってー!」

 

 

「しらゆきひめー」

 

 

「かぐやひめー!」

 

 

「…忠臣蔵を」

 

 

「ようかいたいじしてー」

 

 

「おれもー」

 

 

「あー」

 

 

「……もうちょっとまとめてくれ」

 

 

…………子どもの世話は重労働だ。一番下の弟をあやしながらそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりに実家に帰ってきてみると、弟妹達は誰一人として昔の俺の様に働いてはいなかった。もちろん家の手伝いはしている。しかし、今は全員が寺子屋に通える程度に家系は安定していた。どうやら長は約束をしっかり守ってくれたようだ。

 

 

おかげで家族は毎日の生活に苦心することもなく、弟妹達は子どもらしい生活を送れている。俺の苦労がこういう目に見える形で報われているのを見ると少しばかり心が軽くなる気がする。

 

 

「ねー、兄ちゃん!けっかい!」

 

 

そういって俺にねだるのは8歳になる次男。

 

 

「はいはい、ほら」

 

 

四角形の結界を張ると嬉しそうにそれに登って遊びだす。

 

 

「しんでれらー」

 

 

「ア○と雪の女王ー」

 

 

「……さっきと違わないか?」

 

 

そういって話をせがむのは7歳の長女と6歳の次女。

 

 

「…忠臣蔵を」

 

 

「うん、お前はちょっと待ってくれ」

 

 

どうしてこう育ったのか分らない5歳の三女。

 

 

「「にいちゃん!ようかいたいじおしえてー!」」

 

 

「十年早い」

 

 

息がぴったりの4歳になる双子の三男四男。

 

 

「……うぇ~ん!」

 

 

「ああ、よしよしいい子だから泣かないでー」

 

 

そして1歳になる末っ子の五男。

 

 

これが家の弟妹である。俺が家に帰ってからはこうして色々とせがんでくるので休む暇がない。子どもというのは何所にそんな元気があるのか分らないほど活発だ。……ああ、そういえば俺もまだ10歳になったばかりなんだが。

 

 

「…ほら」

 

 

俺は結界で滑り台やジャングルジムなど子供用の遊具を作る。こう言う時にこの能力はかつてない絶大な効果を発揮する。

 

 

『わ~~~!』

 

 

遊具に向って弟妹達は殺到する。この幻想郷にはこんな遊具はないので興味心身で夢中になって遊んでいる。

 

 

「やれやれ…」

 

 

興味が引かれたのかよちよち四つん這いで行こうとする五男を手元であやしながら軽くため息をはく。しかし、ひしがきの顔はそれとは裏腹に嬉しそうに微笑んでいる。騒がしくも穏やかな日常。自分を慕う子どもたち。危険とは無縁の生活。一時的とは言えずっと欲しかった時間をひしがきも満喫していた。

 

 

「ただいま~。あらあら」

 

 

帰ってきた母が結界で遊ぶ子どもたちを見て苦笑する。

 

 

「ごめんなさいね、ひしがき。あの子達と遊んでくれて」

 

 

「いや、俺も久しぶりに遊べて退屈しないですむよ」

 

 

申し訳なさそうにする母に俺はなんでもないように返す。昔と違い母は余裕が出てきたように感じる。母は持っていた買い物籠を台所に下ろす。昼の買出しに出かけていた母だが、さすがにこの人数の食事にはかなりの量があったらしく大きく息をついて汗を拭っていた。それを見て家の三姉妹が台所に向う。食事の手伝いはあの子達の役割だ。

 

 

「ご飯なにー?」

 

 

「お肉と野菜よ」

 

 

そういって母は買い物籠から食材を取り出していく。

 

 

「わぁ~、いっぱ~い」

 

 

「たくさーん」

 

 

「…大量です」

 

 

その食材の量に妹達は嬉しそうに声をあげる。少し前までは家系もギリギリで大変だったからだろう。お腹いっぱい食べることがあまりなかったあの子達はここ最近の食事の量に日々喜びの声をあげていた。

 

 

「………ひしがき?」

 

 

嬉々として食事の準備に取り掛かる妹達とは反対に、母が深刻そうな顔で側にやって来た。他の兄弟達には聞こえないように、静かな声で母は尋ねる。

 

 

「体の方はまだ動けないの?」

 

 

そう聞く母の顔は、さっきとは打って変わっていた。まるで追い詰められているかのような母の顔には隠しようもない焦りが浮かんでいる。

 

 

実際その通りだろう。俺が長に頼んで増えた家族への保障金であるが母は、俺の両親は増えた経緯を知らされていないし知らせていない。突然増えた保証金に戸惑いつつも喜んでいることは明白である。しかし、その反対に俺がこうして長く家にいることでそれが何時まで続くのか不安でならないのだ。

 

 

その証拠に、母は俺が動けるかどうかは聞いても、ただの一度も俺が大丈夫かを聞いたことはない。

 

 

「…まだ、完治はしてないね。動かないことはないけど、これじゃあまだ戻れない」

 

 

俺の体はまだ完治していない。実際に日常生活の中でも人の手を借りることが多々あるのだ。ただの畑の守番ならともかく、そんな状況で博麗としての妖怪退治などできるはずもなかった。

 

 

「………そう」

 

 

母は何かを言いかけて口を閉じた。何を言いたかったのかは察しがついた。それを言わなかったのは。子どもたちの前だからか、それとも母親としてか。

 

 

「母さん」

 

 

そんな焦る母に俺は言った。

 

 

「大丈夫だよ、この家は何にも心配ない。それは保障できるよ」

 

 

俺は母を責める気にはなれなかった。この世界で自分よりも長く生きてきた母は、生きることの大変さをよく知っている。まして子どもが多いこの家では食事一つとっても費用が掛かる。家族全員が細々と日々を食いつないで貧しく生きるか。それともその内の一人を苦境にやって他を豊かにするか。仮に後者を非難出来るのとしたら同じ境遇を経験してきた者たちだけだろう。

 

 

故に俺は母を責めない。

 

 

「母さん、腹へった」

 

 

「……ええ、すぐに支度するわ」

 

 

最近母さんは、俺に目を合わせてくれない。罪悪感を感じているのだろうか。だとしたら、それが少しだけ嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が博麗の仕事を休んで既に2月が過ぎた。体が完治するまでは後1月程かかるだろう。しかし俺は後一週間もすれば仕事に戻ろうと考えていた。何故ならば、俺が仕事を休んだ影響がもう少しずつ出始めているからだ。

 

 

里を歩く。実家に戻ってからの俺の日課でありリハビリも兼ねている。その俺には様々な視線が向いている。里の人間が俺に向ける感情は様々だ。ある人は大妖怪から生き残った俺に賞賛の目を向ける。またあるものは俺が一人で出歩けることでまた妖怪の心配がなくなると安心するものもいる。

 

 

しかし、それは一部の人間だ。多くの里の人間が俺に求めていること。『博麗なら早くその役割を果たせ』。これに尽きるだろう。博麗は人里の守護者。少なくとも里の人間はそう思っている。求められることは里の守護。現代社会に置き換えればそれは警察に近い。

 

 

しかし、俺が負傷して2月。既に何人かの里の人間が妖怪の被害にあっていた。閉鎖されたコミュニティである人里では、上によって操作されていない情報が伝わるのが早い。また閉鎖されているからこそ人里の人間関係は近いものになっている。故に人里の人間が妖怪の被害にあえば、その不満が代理とは言え現『博麗』に向うのは当然と言えた。

 

 

例えば『警察』は犯罪を防止・解決する。それが共通する一般的な考えだ。しかし、そこには『警察』と言う代名詞と義務が課せられている。仮に通り魔事件があったとする。警察はその事件の解決に全力を注いだ。しかし、犯人は見つからず被害者が増えた。ある時一人の警察官が現場に遭遇した。体を張って民間人を守るが重傷を負い犯人を取り逃がした。

 

 

こんなニュースが流れたとしよう。遠くにいる人間は客観的にものを見れる。犯人は狡猾だ、怪我をした警官は大丈夫か。そんな事を考えるだろう。しかし、そこに住んでいる人にとってはそうは思えない。何時被害にあうか分らない彼らにとって、それは危機的状況だ。何をしている、犯人を早く捕まえろ、『警察』なら早く事件を解決しろ。そこには結果だけが求められ『警察』の努力や被害が評価されることはない。

 

 

そして、それが人里における『博麗』なのだ。

 

 

「………」

 

 

自分に突き刺さる非難の視線に、ひしがきはこれ以上の人里での療養が限界である事を悟った。これ以上今の状況が続けばその被害は目に見える形となって家族にも及ぶかもしれない。頭に浮かぶのは無邪気な弟妹と何かに焦る両親の顔。体はまだ完治しないが、もうそろそろ無理が出来る程には治っている。

 

 

(やるしか、ないよなぁ……)

 

 

散策を切り上げ、ひしがきは家へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家の前まで来ると、何かを叩くような音が聞こえた。何かと思い裏手に回ると、三女が棒を使って木に向って打ち込んでいた。

 

 

「何やってるんだ?」

 

 

「…あ、兄上」

 

 

俺に気づくと三女はトテトテとこちらに歩いてくる。俺は持っている手ぬぐいで汗を掻いている妹の顔とおかっぱ頭を拭いてやる。

 

 

「……前から気になってたがその呼び方何所で覚えた。」

 

 

尋ねると妹は懐から大事そうに一冊の本を取り出し俺に差し出した。そのタイトルには『花は桜、人は武士』と書かれてあった。呼んでみるとそこには昔の時代、といっても俺の知識の中でだが、おそらく江戸時代の武士のあり方としての見本が解り易く書かれていた。

 

 

「……気に入ったのか、彩桜花(いろは)?」

 

 

「………」(コクッ)

 

 

心なしか子ども特有に目を輝かせて俺の妹、いろはは頷いた。自分の名前が本に載っているのが嬉しいのか、どこか誇らしげだ。

 

 

(なるほど、だから忠臣蔵に食いついたのか)

 

 

あまりにも弟妹達から話をせがまれて休めなかった時に難しい話をすれば飽きてくれるだろうと、たまたま関連本が鈴奈庵にあって読んだのを思い出し話したのが忠臣蔵だった。他の弟妹がすぐに飽きる中このいろはだけは今までにないくらいせがんで来て結局休むことが出来なかった。

 

 

何とも渋い妹だと思っているひしがきの袖をいろはが引いた。

 

 

「ん?どうした?」

 

 

俺がそう言うといろはは無言で持っている棒とは別の棒を差し出した。わけもわからず受け取るといろはは少し離れた場所に移動してこちらに向かい棒を構えた。

 

 

「…お手合わせ願います」

 

 

「……そういうことね」

 

 

張り切っているのかぶんぶん棒を振っている妹に苦笑すると俺は相手をするべく軽く構える。

 

 

「他に誰かとやったりしてるのか?」

 

 

「…母上がやっちゃ駄目って」

 

 

俺の質問にシュン、と落ち込みながらいろはは応える。その姿が微笑ましくて思わず笑ってしまう。俺の反応に頬を膨らませてこちらを睨む妹がまたも微笑ましい。

 

 

「ごめんごめん。ほら、その代わり遠慮は要らないから。思いっきりこい」

 

 

そういうといろははむん、と気合を入れて構えなおした。

 

 

(……へぇ)

 

 

その姿に俺は思わず感心する。お遊び程度にやっているのだと思っていたが、構えるいろはの姿は素人目にも分る程に、なんと言うか堂に入っていた。

 

 

「…はっ!」

 

 

いろはが踏み込んで棒を振るう。まっすぐな剣。小さな体を精一杯使っての一太刀。カンッ、という乾いた音と立てながらそれを受け止める。

 

 

「…ん!」

 

 

いろはは二撃目三撃目と続けて打ち込む。妖怪を相手に戦ってきたひしがきは苦もなくそれを受け止めていく。

 

 

(これは……)

 

 

ひしがきは驚いていた。いろはの構えにも驚いたがこれにはそれ以上に驚いた。ひしがきは剣など知らない。武術など習ったことのないひしがきは、しかし槍を実践で使ってきた者としていろはの剣に驚いた。

 

 

槍であれ剣であれ長年扱い経験してきた者とまったくの素人ではその構えや打ち込みは素人目にも明らかな差がある。槍術など知らないひしがきはひたすらに突くと言う行為の反復練習を繰り返し試行錯誤を繰り返した。より強く、より速く、より正確な槍の突き方を体で覚えようとしていた。

 

 

それ故にひしがきの槍は槍術と呼べるものではない。当たり前だ。ただ剣を振ればそれが剣術になるわけではないのだから。構えも無茶苦茶、防御も考えない、そこには武の術理がない。ただ突く。ひしがきの槍はそれに尽きた。

 

 

しかしいろはの剣は違った。そこには剣を振るう『理』があった。その構え、足の運び、腕の振り、手の握り、戦ってきたひしがきだからこそ分る、戦いにおける理論をいろはは身につけていた。

 

 

カンッ

 

 

「…!」

 

 

「あ……」

 

 

思わずひしがきは突きを出していた。いろはは受け止めきれずに棒を弾かれ後ろに体勢を崩す。

 

 

「っと」

 

 

それよりも早くひしがきは背に手を回していろはを支えた。

 

 

「ごめん、大丈夫か?」

 

 

「…うん」

 

 

「そっか。けど驚いた、いつの間に剣術を覚えたんだ」

 

 

いろはを立たせるとひしがきはいろはの頭を撫でる。いろはは目を細めつつ応える。

 

 

「…ずっと木を叩いてた」

 

 

「………」

 

 

「………」

 

 

「………それだけ?」

 

 

「…それだけ」

 

 

「誰かに教えてもらったとか?」

 

 

「…んーんー」

 

 

いろはは首を振って否定する。つまり自分で木を叩いてるうちにあそこまで身に付けたと言うことだ。思わぬ才能を見つけてしまったとひしがきは思った。天才。一を聞いて十を知るのを天才と言う。なら一も聞かず十を身に付けたいろははまさに疑いようのない天才だろう。

 

 

妹を撫でるひしがきは複雑な気分だった。剣と槍の違いはあれ自分にはない妹の才能が羨ましかった。自分には欲しくもない素質はあっても、才能があるとは言えなかった。今はまだ自分の知識の中だけの少女、この世界の主人公である少女達を思い出す。彼女達には自分と同じ特異な能力が、素質があった。しかし、自分が彼女達の様に戦えるだろうか?ルールに縛られた勝負とは言え風見幽香やルーミアと競えるだろうか?答えは考えるまでもない。

 

 

それを才能の一言で片付けられるほど厚顔無恥でもないつもりだ。それでも羨ましいと思うのは責められる事ではないだろう。もし自分にも結界または槍の才能があれば、今と多少は違う結果になったのではないか。そう思ってしまう自分が、ひしがきは惨めだった。

 

 

「…もっと」

 

 

「ん?」

 

 

「…もっとうまくなった、兄上をてつだうね」

 

 

ピタリと、妹を撫でるひしがきの手が止まった。

 

 

「……手伝うって、何を?」

 

 

「…はくれいのおしごと。兄上、いつも一人でたいへんそうだから。わたしもはくれいになって兄上てつだう」

 

 

どうだ、と言わんばかりに胸を張っていろははひしがきに告げた。小さな妹の優しい思いやりに胸の中がじんわり暖かくなる。

 

 

「……だめだよ、いろは」

 

 

しかし、思わずひしがきは妹の幼い願いを拒絶した。この優しい妹の幸せを願うひしがきは、目線を合わせて優しく諭すように語りかける。

 

 

「『博麗』はね、一人じゃなきゃ駄目なんだよ」

 

 

「…どーして?」

 

 

「そういう決まりなんだよ。幻想郷が出来たときから、ずっとね。だからいろはは博麗になんてなる必要はないんだ」

 

 

あまり難しい事を言ってもいろはには理解できないだろう。そういうものだから仕方ないんだよと、ひしがきは寂しそうに笑いながら頭を撫でる。

 

 

「…だめ?」

 

 

「うん、だめ」

 

 

自分にとっての名案だったのか、駄目と言われたいろはは不満そうに上目遣いで睨んでくるがいろはがやっても微笑ましいだけでまったく怖くない。

 

 

「それに、ちっちゃいいろはが博麗になったら皆心配するよ。妖怪はとっても怖くて強いからね。いろはなんかはあっという間に食べられちゃうよ。」

 

 

「…じゃあ、はくれいじゃなくて」

 

 

いろははひしがきを見上げて尋ねる。

 

 

「…おっきくなって、ようかいたいじできるくらいつよくなれば、兄上といれる?」

 

 

ひしがきの顔を窺うように尋ねるいろはに、ひしがきは驚いたようにいろはを見つめた。

 

 

「…兄上、おしごといつもがんばってるから。わたしもおっきくなってつよくなれば」

 

 

一緒にいられるでしょ。そういって恥ずかしそうにいろはは笑った。

 

 

「―――――」

 

 

無邪気で幼い少女の言葉は、今度こそひしがきの胸を貫いた。自分を慕う弟妹達に、それだけで苦しかった心は和らいだのに、まさか自分を想って何か返そうとしてくれる、一緒にいようとしてくれるとは思っていなかった。

 

 

 

 

「……そう、だな。それならいいかもな」

 

 

俺の言葉にいろはは嬉しそうに喜びの声をあげる。その後俺に向けて咎める様に言った。

 

 

「…けど、わたしがおっきくなるまでケガしちゃだめ」

 

 

「………うん、わかった」

 

 

「…むりしちゃだめ」

 

 

「………わかった、言う通りにするよ」

 

 

「…やくそく」

 

 

「…うん、約束する」

 

 

ひしがきは優しくいろはを抱きしめた。突然抱きしめられたことにいろははびっくりするが、すぐに嬉しそうに目を細める。

 

 

「いろは」

 

 

「…うん」

 

 

「ありがとう、お兄ちゃん頑張るよ」

 

 

 

 

だからもうちょっとこうさせてくれ。妹に泣き顔なんて見られたくないから。

 

 

嬉しくて泣くのは、これが初めてだった。

 

 

 

 

 







主人公ちょっと救済回でした。

とりあえず彼女はヒロインではありませんよ。

もうちゃんとヒロインも決めてあるのでお楽しみください。






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危なくても手が出る気持ちはわかる

 

 

 

 

 

体が完治しないままに、俺は博麗神社に戻ることになった。

 

 

人里を離れる前に、俺は里の周りを大きく見回る。最近はずっと退治屋に任せていたが、これは俺に任された一番重要な仕事である以上、戻る前に一度やっておかなくてはならない。俺が休んでいる間に被害が出てしまったならなおさらだ。

 

 

「………」

 

 

見回って分ったがやはり妖怪の縄張りが徐々に人里に向って広がっていた。以前は博麗の巫女が、今は俺が定期的に回ってここは人間の場所である事を主張していたのだが2月ちょっと経つだけで妖怪はその場所へとやってきている。

 

 

妖怪が縄張りを広げている場所の上空に結界を張り上から周囲を一望する。ちらほらと見える妖怪の姿。その中には以前俺が死闘を繰り広げた山犬の妖怪に匹敵するであろう妖怪の姿があった。なるほどアレが来たことでそれに従う妖怪も人里近辺までやって来たと言う訳か。以前の俺ならば罠を仕掛け自分の有利な場所で奇襲を仕掛けていただろう。今の俺は病み上がりであの時とは違い万が一にでも正面切っての戦いなど出来ないし、体も鈍ってしまっている。だがそれでも俺はもうあの時とは、以前までの俺とは違う。

 

 

俺は何も療養中ずっと弟妹たちと遊んでいたわけではない。霊力と魔力の運用の鍛錬や新しく薬になる霊草・魔草の知識を学んだりしていたのだ。そしてもちろん、結界に関しても考察と実験を重ねてきた。自己を深く沈めていく。自分の中に深く深く沈みソレを掴む。そして自分の望む形へと引き出していく。

 

 

「結」

 

 

眼下に見える妖怪たちが結界に覆われる。その結界は以前までの暗闇が渦巻くような結界ではなく、黒曜石の様に濁りにない黒い色をしている。

 

 

『ギィィィィィィィィィィ…………………………………………』

 

 

妖怪たちの断末魔の叫びが響き渡り、そしてすぐに消えていく。叫びの鳴り止んだ結界を解除するとそこには黒く汚染され、形状をとどめていないボロボロの姿の妖怪の残骸があった。その残りカスは風に吹かれると風化した塵の様に消えていった。

 

 

これまで以上の力の成長に思わず拳を握る手に力が入る。かつては一匹退治するだけでも苦労した妖怪が今はものの数秒で倒すことが出来る。その事実に喜びを噛みしめる。

 

 

「ガァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 

しかし、やはりそれよりも力のある妖怪は今だ健在である。結界の中で力の限り暴れまわっている妖怪に強力になった結界も大きく揺れている。そして死に物狂いの抵抗に耐え切れなくなった結界に亀裂が生じて……

 

 

「結」

 

 

壊れる前に再び結界を張った。妖怪が結界を壊そうとその上に新たな結界を張っていく。この結界に囚われた時点で、もう勝敗は決していた。後は妖怪が力尽きるのを待つだけの消化試合だ。

 

 

そして張られた結界が三つ目になると妖怪も力尽きたのか抵抗が止んだ。しばらく様子を見た後、結界を解くとそこには他の妖怪と同じく黒い塵となった妖怪の姿があった。それをそれを確認した後、一端ひしがきは人里へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

人里に妖怪退治が済んだ事を報告し、ひしがきはすぐに博麗神社へと向った。その顔はかつて苦戦した妖怪たちを一方的に駆逐したことによる喜び……ではなく正反対の険しい顔をしていた。確かに力の成長は喜ばしい。しかし、その喜びはすぐに過ぎ去りひしがきは今後について考えていた。

 

 

今のひしがきならばこれまで人里を襲ってきた妖怪、大妖怪を除くほとんどの妖怪程度なら苦もなく倒せるだろう。しかし、今まで自分が倒してきたのは下級、強くて中の下程度の妖怪だ。苦もなく倒せたとは言え自分の結界は未だに中の下の妖怪にも破られてしまっている。今のままではとても上級の妖怪、大妖怪クラスには手も足も出ない。

 

 

今までは野良猫に追われるだけの鼠が策と武器を持って生き残ってきた。野良猫に正面から戦えるだけ鼠が強く大きくなったとしても、はたして虎や熊に勝てるだろうか?ましてや犀や巨象に立ち向かえるだろうか?大妖怪の実力を目の当たりにしてしまったからこそ、その不安をひしがきは抱えていた。

 

 

仮に今の自分が風見幽香と対峙した所で、その結果はあの時と変わらないだろう。千の力を持つ相手に一が十になったところで敵うはずがない。それを考えるだけで、ひしがきは震え上がる体を両手で抱きしめた。しかし、震えは治まるどころか全身にいきわたりそのまま膝を付いて倒れそうになる。あの時、自分を心のそこから恐怖と絶望で支配した感覚が、未だに心と体から消えずに残っていた。

 

 

ひしがきは歯を食いしばって踏みとどまる。目を閉じて大きく息を吸い深呼吸を繰り返す。そうしてしばらくすると少しずつひしがきの体から震えが治まっていった。ようやく落ち着いたひしがきは道の端に腰を下ろし座り込んだ。背中に嫌な汗が流れているのを感じた。

 

 

「…………はっ」

 

 

ひしがきは思わず自嘲の声を漏らす。何が敵うはずがないだ。この様じゃそれ以前に、もう既に負けてる。もし、風見幽香にあったら、その時点で恐怖で失禁するかもしれない。

 

 

―――――けど、もしそれでまた見逃してくれるなら………。

 

 

「っ!!!」

 

 

その考えが頭をよぎった時、ひしがきは自分の額を殴りつけた。無意識に出たその拳は額から血を流させる。あるいはそれはひしがき自身も気づかない防衛本能だったのかもしれない。今それを認めてしまったら、きっと自分はもう戦えなくなってしまうような気がした。

 

 

「……………」

 

 

心も体も完治しないまま、再びひしがきは立ち上がり、博麗神社に向う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

博麗神社に着くと、案の定神社は埃を被っていた。ひしがきはとりあえず荷物を置いて襖を開け放ち神社に風を通す。何はともあれまずは掃除をしなければならないが、ひしがきは縁側に座り一息ついた。

 

 

「はぁ~、疲れた」

 

 

体はまだ完治していないのだ。掃除をした後は薬を調合しなければならない。その薬あってこその完治まで後2,3週間程なのだ。薬が無ければまだ完治までが長くなる。体が治るまで、もし妖怪が来たのであれば使えるのは結界のみ。今日の妖怪程度だったら問題ないが、そんな都合のいいことが起こらないのは身をもって知っている。ただでさえ地力が低いのだ、ならば一刻も早く万全の状態に整えておく必要がある。

 

 

ふと結界について考える。風見幽香の件がきっかけに自分は力の使い方を学んだ。それはひどく感覚的なもので言葉にはし辛いが、とにかくひしがきは能力者として新たなステージへと一歩踏み出した。しかし、同時に疑問が浮上してきた。自分の『界を結ぶ程度の能力』は結界を創り出す能力だ。後天的に陰陽道、神道、そして呪術を組み合わせてその能力を底上げしてきた。

 

 

だが新しく自分が創り出した結界は『黒かった』。呪術を組み合わせてもいなかったのに黒かったのだ。思えばあの時、一番最初にルーミア相手に黒い結界を張ったときも呪術のじゅの字さえ無かったにもかかわらず俺は黒い結界を張っていた。そしてその結界には、確かに妖怪の体を蝕む力があった。

 

 

俺はひょっとして大きな勘違いをしていたのかもしれない。そもそも今まで呪術と思っていたそれはまったくの違う力なのではないだろうか。そうだとしたら自分が今まで呪術を組み合わせて使っていた結界はなんだったんだろう?

 

 

一つ一つ整理してみよう。最初は透明な結界だった。陰陽道、神道で赤い結界を張れる様になった。ルーミアとの戦いで死の間際に俺は自分の境遇を呪い、その時に黒い結界が発動した。俺は 『呪った』と思い呪術と自分が相性がいい事を知った。そして結界に呪術を組み合わせ黒い結界を張った。そして風見幽香の件で、俺は自身の力を引き出し方を体得した。その結果呪術を必要とせずに同じ効果の黒い結界を張ることが出来た。

 

 

次に俺の能力『界を結ぶ程度の能力』について考えてみる。透明な結界は今でも張れる。もちろん最初の頃と比べると強度・精度・規模・範囲は格段に上がっている。自分の中にあるソレを引き出せば更にその力は跳ね上がる。逆に引き出さなければ何かの術式を加えない限り変化は無い。

 

 

ここで一つの仮定をしてみよう。仮に俺のその『力』が結界とは別のものだとしたら?それは俺の心の変化によって一度黒い結界となって現れた。そして俺はソレを呪術的なものだと思い使っていたとしたら?それは呪術と言う枠から不完全な形を持って現れていたのではないか?そして、力の使い方を知った俺はソレから呪術と言う枠を無くし本来の形で出すことが出来たのではないだろうか?

 

 

だとしたら、俺が呪術だと思っていたこの力は一体何なのか?

 

 

「………」

 

 

自分の中にあるものを確かめようとするように両手を見つめる。もし、今以上に自分の中に深く沈めるようなになったらこの力の正体もわかるのだろうか?いや、それ以前に深く沈んだらどうなってしまうのだろうか?

 

 

「……ああ、もうっ」

 

 

頭をがしがしと掻き毟る。頭の中のもやもやが晴れずにイライラする。今考えたことも所詮は仮定の話に過ぎない。そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。結局は何も分らず仕舞いなのだ。得体の知れない気味悪さを一端振り払う。

 

 

「まずは掃除だ!ピッカピカにしてやる!」

 

 

そう言って気合をいれ、腕をまくり中に入る。ほうきを片手に、掃除を始めようとして……

 

 

 

 

「失礼する」

 

 

後ろから声が掛けられた。その瞬間ひしがきは全身に霊力と魔力による強化を施し大きく後ろに飛びのいた。すぐさま槍を手に取り声のした方に構える。

 

 

戦いの中でひしがきはその感覚を研ぎ澄ましてきた。力が弱く臆病であるが故に、ひしがきは妖力であれ魔力であれ霊力であれその大小を感じることが出来たし、妖怪や人間の気配を察することもできるようになっていた。しかし、ひしがきはさっきまで確かに何の気配も感じていなかった。

 

 

つまり相手は自分に一切の気配を感じさせない程に気配を消していた。そんな相手が只者であるはずも無くひしがきは一気に警戒を最大級にまで上げて相手を見据えた。

 

 

「ふむ、さすがに今まで生き残っていただけあってなかなかの反応だ」

 

 

その相手を見た時、ひしがきは発動しかけた結界を思わず止めた。彼女の事を知っていたからだ。無論、知っていたからと言って攻撃の手を止めるほどひしがきはこの世界で甘く生きてはいない。しかし、その相手が相手だけに敵か味方かをひしがきは判断しかねていた。

 

 

大陸の道士を思わせる服、奇妙な帽子に身を包んだ女性。何より目を引くのはその後ろに見える九本の尻尾。

 

 

「はじめましてというべきか、人里の博麗。私は妖怪の賢者である八雲紫の式、八雲藍と言う」

 

 

そういって彼女は庭先に立って俺を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなり現れた彼女、八雲藍は傍らに置いてあった箒を手に取ると「掃除か、手伝おう」と言って掃除を始めた。いきなりの事でどうすればいいかわからず固まっていたひしがきは問いただそうとしたが、

 

 

「掃除はやっておく。お前は休んで薬の用意をしておけ。話はそれからだ」

 

 

そういってせっせと掃除を始める彼女に何もいえなくなってしまったひしがきは、落ち着けないままに言われた通りにすることにした。

 

 

 

ゴリゴリ…

 

 

分量を正確に量った霊草をすり鉢ですり潰していく。形がなくなるまでよくすり潰した後、そこにあらかじめ用意しておいた別の霊草を加え、また新たに乾燥させて砕いた魔草の根を入れる。この時に量が少しでも違ってしまうだけで良薬が劇薬に変わってしまうので細心の注意を払って薬の調合を行う。

 

 

三種の薬が完全に混ざるまでゆっくりと、しかし手早く手を動かす。混ざり終わった後は必要な分量を小さな匙で僅かに掬いそれ以外は小さな陶器の入れ物に入れる。用意しておいた湯呑みに匙をいれ白湯を入れる。ほんの僅かしか入っていなかった薬は白湯に溶けると透明な白湯を暗い緑に変えた。何とも形容しがたい香りを漂わせるそれを、ひしがきは一度大きく深呼吸した後一気に飲み干した。

 

 

「~~~~~~~!!」

 

 

その味は言わずとも顔を見るだけで分る。口の中で暴れまわる(本人がそう感じているだけ)その混沌とした味をひしがきは根性で飲み干す。

 

 

「うぇ………」

 

 

里に居るときに何度も飲んだ薬だが、まったく慣れない。良薬口に苦しと言うが苦いどころか全身にダメージが来るレベルだ。こんな薬を涼しげに飲んでいたらそれはそれで何か終わっている気がする。主に味覚的な意味で。

 

 

薬の入った陶器を大事に保存した後にさっき八雲藍と話した部屋へと向う。途中で気づいたがあれから30分ほどしか経っていないのに、いつの間にか神社の掃除があらかた終わっていた。襖をあけて中を見てみるとそこには誇り一つ無い。廊下も綺麗に磨かれている。何となく襖のくぼみを指で擦ってみる。指先にまったく塵一つ付いていなかった。

 

 

何このスーパー式神。一家に一台欲しい。割と本気でそんな事を思う。とにかく神社が綺麗になったことはいいことだ。改めて部屋へと向う。襖を開けるとそこには八雲藍が正座で座っていた。

 

 

「来たか、とりあえずそこに座るといい」

 

 

「……わかった」

 

 

そう言われ俺は彼女の正面に向かい合うように座る。八雲藍は何所から取り出したのか湯飲みにお茶を入れると俺に差し出した。

 

 

「……どうも」

 

 

今更警戒するのも馬鹿馬鹿しいので俺は素直に湯飲みを受け取った。仮に彼女が俺に何かをするつもりならとっくにされているだろう。俺は黙って湯飲みをすすった。………あ、うまい。

 

 

「さて、とりあえず改めて自己紹介でもしよう。私は八雲紫の式、八雲藍。この幻想郷を管理する賢者の従者を務めている」

 

 

「ひしがきです。勝手ながら、人里の選出を受けて博麗を名乗らせていただいています」

 

 

「ああ、別に謝る必要は無い。紫様も人里が博麗を選んだことについては黙認している。お前が今博麗を名乗っていることに問題は無いので気にする必要は無い」

 

 

「……そうですか」

 

 

黙認している。それはつまり八雲紫は人里の考えを知っていて何もしていないということだ。長い時を生きてきた彼女にとって、人間の考えることなどお見通しだろう。もちろん、俺の置かれている状況にも彼女はある程度知っているのだろう。

 

 

「……………」

 

 

何故助けてくれなかったのか、と今更言うつもりもないし責めるつもりも無い。それは俺が、もっと言うなら人間側の勝手な都合だからだ。しかしだからと言って何故何もしてくれなかったという思いがやはり俺の中にあった。出来ることなら何かしらの助力は欲しかったのは事実なのだから。

 

 

改めて目の前の女性を見る。砂金のような金色の髪。月の様な瞳に透き通るような白い肌。九本の尻尾の毛並みは黄金の稲穂を思わせる。

 

 

金毛白面九尾の狐。

 

 

おそらく日本では知らぬ者のいない正真正銘の大妖怪。かつて数々の権力者達をその美貌で操り国を滅ぼした傾国の美女。その顔を見れば、なるほど確かにその姿は人にあらざる美しさを持っている。しかし風見幽香やルーミアを知っている自分からしたら、その美しさもまた恐ろしい。

 

 

彼女がここに居るのは間違いなく主である八雲紫の命令だろう。それ以外には考えられない。一体妖怪の賢者は俺に何を求めているのか。鬼謀神算といわれる妖怪の賢者は一体何を考えて彼女を俺の元に送ったのか。

 

 

身構える俺に向かい八雲藍は茶を飲んだ後俺を見てこう言った。

 

 

「今日からお前の世話をすることになった」

 

 

「………………………………………………………………はい?」

 

 

「今日からお前の力になろう。と言っても博麗の仕事を私が行うわけにはいかんからな。身の回りの世話やお前が望むなら稽古の相手にもなろう。私が出来ることであれば頼んでくれて構わない」

 

 

なんですと?

 

 

「………どういうことですか?貴方は賢者の従者と言った。何故、今になって自分の助力を?」

 

 

「…そうだな一つ一つ説明していこう」

 

 

藍はそういうと語りだした。

 

 

「まず里の者から聞いているかもしれないが博麗の巫女が再起不能の負傷を負ったのは知っているな?」

 

 

その問いに俺は頷く。

 

 

「これは紫様にとっても非常に予想外の事態だった。とある妖怪…いや怨霊といってもいいその存在相手に巫女は戦い勝利をしたが、その代償は大きかった。重傷を負った巫女は一命を取り留めたが再び巫女として戻ることはとても出来ない体になっていた」

 

 

怨霊…。巫女が怨霊相手に戦ったと言うのは初めて聞いた。

 

 

「私は紫様と共にその怨霊によって出た被害を最小限のものにするべく動いていた。随分時間が掛かってしまったがその処理はほぼ終わっている。紫様は次代の巫女を探し始めた。…その時既にお前は代行として動いていたが、紫様は一刻も早い巫女の選出をしようとした。紫様がお前に関わらなかった理由は、お前なら多少察することが出来るのではないか?」

 

 

「……………」

 

 

俺は何も答えなかった。多少は言えるかもしれない。しかし確実に全ては言えない。長く生きている賢者の考えなど知ろうとするだけ無駄だ。ただ確かなことは、そこに自分の意志が無いということだけだった。

 

 

「紫様は出来るだけ早く巫女を見つけようとしていた。しかし、なかなか条件に合う巫女候補はいなかった。まったく居ない訳ではないが…ただの一時凌ぎになるのが目に見えていたのでな、これにも紫様は苦労しているようだ。しかし、ようやく巫女に相応しい者が見つかった」

 

 

「見つかったのか!?」

 

 

それを聞いて思わず俺は声をあげて詰め寄る。新しい巫女が見つかった。それはつまり俺が博麗を名乗る必要が無くなったと言うことだ。ようやくこの状況から抜け出せるのかと思うと心が歓喜する。

 

 

しかし、それに対し八雲藍は首を横に振って答えた。

 

 

「素質はある。才能もな。しかし、まだ幼い子どもだった。さすがにまだ博麗の巫女としては未熟すぎた」

 

 

ようやく博麗から降りられると思ったがそんなうまく事は運んでいかないようだ。あと3ヶ月で一年が過ぎるが未だに次代の巫女は見つかっていないようだ。

 

 

(…………ん?次代の巫女?)

 

 

そこで俺は違和感に気づいた。今代の巫女。彼女は俺の知識の中で博麗霊夢の前の先代巫女だったはずだ。つまり彼女の次の巫女は霊夢のはずである。しかし、今はまだ霊夢が巫女として活躍する人物や舞台は幻想郷にそろっていない。いや、確かに彼女の友人である霧雨魔理沙はいるがまだいろはと変わらない歳だったはずだ。ということは今八雲藍が言っていた未熟な巫女候補が霊夢だとするならば……先代と霊夢との間に空白の時間が空いている。

 

 

それに思い当たった瞬間ひしがきは言いようのない不安に駆られた。嫌な汗が噴出すのをひしがきは感じる。間違いであって欲しい。自分の予想が外れる事を願ってひしがきは八雲藍に尋ねる。

 

 

「今も、巫女候補は探しているんですよね?」

 

 

「…いや」

 

 

だが彼女は再び首を振って否定した。

 

 

「紫様はその子どもを次代の巫女として据えるつもりでいる。だがその間の数年間を巫女不在にしていくわけにはいかない」

 

 

ひしがきは血の気が引くのを感じた。まるで裁判で死刑宣告を告げられる被告人や病院で余命数ヶ月を宣告される寸前のような嫌な流れに鼓動がひどくうるさく聞こえる。

 

 

「そこで紫様は私をここに使わしたのだ。次代の巫女が成長するまでの数年間を、代わりにお前にやってもらうために。つまりお前は正式に博麗の代行者として認められたわけだ」

 

 

そしてやはりと言うべきか、その宣告は間違うことなくひしがきに告げられた。

 

 

「―――――」

 

 

目の前が真っ暗になるような、足元から崩れていくような感覚をひしがきは感じた。咄嗟に手を着いて体を支えられたのは、目の前にまだ彼女がいたからである。もしこれが一人きりであったならば気絶していたかもしれない。

 

 

「不安か?」

 

 

そんな俺に八雲藍は更に過酷な現実を突きつける。

 

 

「確かに正式に博麗の代行を務めるという事はこれまで以上にお前の立場は厳しくなるだろう。今までは人里に近寄る弱い妖怪ばかりを相手にしてきた様だが今後は最低限の博麗大結界の管理もしていかなければならない上に幻想郷のバランスを保つ為に自ら危険な妖怪たちを相手に戦わなければならなくなる。今までお前はよく生き残ってこられたが、今のお前では生き残ることは不可能に近いだろう」

 

 

そんなこと、言われなくても自分が一番よく知っている。自分が生き残ってこられたのは本当に運がよかっただけだ。しかしその運は、死ぬ事を避ける以外に俺に傾いてはくれない。

 

 

 

 

 

「……しかし、何もお前一人にそれを背負わすつもりも無い」

 

 

希望の見えない将来に愕然とするひしがきの頭に八雲藍は手を置いた。顔を上げるひしがきに彼女は安心させるように語りかける。

 

 

「今お前がいなくなってしまっては困るのはこちらなのだ。そんなお前をむざむざ死地にやったりはしない。私が、お前を助けよう」

 

 

その言葉はひしがきの傷ついた心に沁みていく。

 

 

「お前が壁にぶつかったのであれば、私が手を貸しその壁を乗り越えさせよう」

 

 

まるで飢えた腹を満たすように、喉の渇きを潤すように、

 

 

「お前が道に迷ったのであれば、私が手を引き先に導こう」

 

 

今まで誰かに助けてもらえなかったひしがきにとってそれは抗えない誘惑だった。

 

 

「お前が傷つき立ち上がれないのであれば、その傷が癒えるまで傍にいよう」

 

 

いつの間にかひしがきは頭に置かれた手を両手で握り締めていた。その存在を確かめるように、その感触を確かめるように、その温かさを確かめるように、強く握り締めた。

 

 

八雲藍はその手にもう一つの手を被せてひしがきの手を包み込む。その顔に浮かぶ笑みはあまりに蠱惑的で、あまりにも危険すぎる笑みだった。

 

 

傾国の美女。ひしがきの頭にその言葉がよぎった。

 

 

 

 

 

 

 

けれどもどうしても、その手を振り払うことだけは出来なかった。

 

 

 

 

 

 







次回、少し時間が跳びます。


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時は流れて…

 

 

 

 

無縁塚。

 

 

幻想郷のはずれ。魔法の森を抜け再思の道と言う道を進んだ先にある場所。秋になるとこの場所には多くの彼岸花が咲き乱れ、春には紫色の妖怪桜が咲く。

 

 

それだけ聞けば名所や観光スポットにもなりそうだがこの場所は人や妖怪はまず寄り付くことが無い。ここの彼岸花は毒を持ち、妖怪桜が散り行くさまは悲しすぎるからだ。

 

 

誰も近寄らない理由はそれだけではない。ここは結界が緩んでおり外の世界、または冥界と繋がりやすくなっている。幻想郷、現世、冥界。この3つの世界の境界が曖昧であるという場所は非常に危険である。例えば人間が結界を越えて冥界に行ってしまえばまず帰って来れないし、妖怪が現世に行ってしまえば自分の存在を保つことが出来ないからだ。下手をしたら結界の狭間、境界に落ちてしまえば戻ってこれるのは妖怪の賢者くらいだろう。

 

 

そんな場所に一つの人影があった。

 

 

一体誰がこのような場所に何の用があってきたのか?青年と言える少し手前の年頃だろうか。朱色の衣を纏い何所と無く暗い影を背負うその人影は無縁塚に点在する石に花を沿えていた。その衣から見える彼の体は逞しく、刻まれた無数の傷は歴戦の戦士を思わせた。しかし、彼の表情は今、憐憫に満ちていた。

 

 

無縁塚。ここには弔う者のいない人間が葬られる場所。ここに人里に住む人間はほとんどいない。ここに眠る人間のほとんどは、幻想郷に紛れ込んだか……妖怪の食料として連れて来られた外の人間である。無造作に点在する石の全てに花を添えた彼は、目を閉じて手を合わせる。

 

 

「……………」

 

 

ここには彼の縁者はいない。家族もいなければ、友人もいないし知人さえも眠ってはいない。ただ彼は、心から祈っていた。おそらく絶望と苦悩の中で死んでいったであろう亡者のために。見も知らぬ外の住人のために祈る彼の胸中はいかなるものなのか、それは彼だけにしか知りえない。

 

 

ガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッガタッ

 

 

突如、無縁塚のあちらこちらからけたたましい音が鳴り出した。それらの音は無縁塚のあちらこちらの地面から出ている。やがてその音が一箇所に集まり始めた。彼は、目を開くとその場から大きく飛び退いた。

 

 

さっきまで立っていた場所の地面から人間の身の丈程もある大きな手が飛び出していた。ただの手ではない、それは人間の骨の手だった。そして、這い出るように地面からそれは姿を現した。骸骨。それを表せば一言で済んだ。ただその大きさが異常だった。巨人の成れの果てともいえる巨大な骸骨が地面から姿を現した。

 

 

「……………」

 

 

飛び退いた彼は、その骸骨の姿に驚愕するでもなく、敵意を向けるでもなく、先程と同じく憐憫の眼差しで巨大な骸骨を見る。

 

 

巨大な骸骨は、眼球の無い暗い眼窩で彼を捕える。その瞬間、

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

骨だけで一体何所から声を出しているのか、骨だけの姿でその骸骨は咆哮する。その声は怒っているようにも、恨んでいるようにも、羨んでいるようにも聞こえた。その声に彼は瞑目した。

 

 

骸骨が手を伸ばす。骨だけのその手は、目を閉じる彼めがけてまっすぐに伸びる。だが、それは彼には届かない。まるで見えない壁にぶつかったかのように骸骨の手が止まる。それでも骸骨は構わず手を伸ばす。両手を見えない壁について、頭をぶつけて彼を目指す。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

いつの間にか骸骨の周りを見えない壁が覆っていた。それに気づくことなく、あるいは気にしていないのか、骸骨は目の前の彼を、まだ心臓が脈打ち体に血が流れて生きている彼めがけて進もうとする。

 

 

彼は目を開けると、いつの間にかその手には槍が握られていた。彼は見えない壁を挟んで骸骨と対峙する。そしてその槍を構えると、壁に突き刺した。いや、それは突き刺すというよりも寧ろ鍵穴に鍵をさすように見えた。

 

 

「……恨みも怒りも、何もかも忘れて、成仏してくれ」

 

 

そう言うと、槍から壁に波打つように白い波が広がった。それは壁に囲まれる骸骨を徐々に覆っていく。

 

 

「■■■■■■■■■■―――――――――――………………………………………………………………」

 

 

巨大な骸骨は、糸が切れたかのように倒れると、ゆっくりと消えていく。まるで初めからそこにいなかったかのように。

 

 

そして消えるのを見届けると、彼―――ひしがきは、無縁塚に背を向けて再思の道へと帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもの見回りを終え、少し寄り道をした後、人里の中を現『博麗』であるひしがきは歩いていた。見回りをした後にこうして里の中まで歩くのは、里の人間に自分が無事であること、つまり里に危険が迫っていない事を遠まわしに伝えるためにひしがきが行っていることである。

 

 

「……………」

 

 

ひしがきが『博麗』になってからもう5年が過ぎようとしていた。里はひしがきが『博麗』に着いた当初、不安定な状態にあったが、ひしがきの努力もあり今ではその不安な空気もほとんどなく安定してきている。

 

 

しかし、当初まだ力の弱かったひしがきの力不足で出た被害によって里の中でひしがきに対する評価は賛否両論だった。それでも今では先代の巫女に近い状況にまで落ち着いたことでひしがきは名実共に『博麗』として人里に認知されていた。

 

 

「アニキー!」

 

 

「ん?ああ、お前か」

 

 

向こうから次男の弟が走ってきた。今年で13になる弟は、父親と同じく大工の仕事をしている。まだ見習いだが、筋がいいと褒められたと以前嬉しそうに話していた。

 

 

「最近どうだ、何か変わったことはあったか?」

 

 

「んー、特に無いかな?家でも特に変わった事なんてないし」

 

 

「……この間いろはの件で色々あったって聞いたけど?」

 

 

「……あ~~」

 

 

先日、妹のいろはが親と大喧嘩した。その理由はいろはが退治屋に入ると言ったのが原因だった。この話を聞いた両親は反対した。まだ10歳の女の子のいろはに退治屋などさせるわけにはいかないと。

 

 

これに対していろははならば何故9歳だった頃の兄である自分が退治屋よりも遙かに重い『博麗』に就いていたのかと反論した。これには両親も言葉が詰まったようだ。俺の処遇についてはある意味で人柱同然でもある。親として、自分の息子に強いてしまった事実を突きつけられてしまっては言い逃れは出来ない。

 

 

それでも何とか説得しようと両親が相談してきたのは、なんと他でもない自分だったのだ。いろはは弟妹の中でも特に俺に懐いていた。だから俺の方で説得して欲しいと頼んできた。正直本人に頼むとか、さすがに最近この両親の神経を疑い始めてきた。

 

 

「…なんていうか、親父もお袋もアニキに関してはもう開き直ってるもんな」

 

 

大きくなった弟は物事を正しく捉えられる年頃になってきた。だからだろう、俺に気を使っているのかこうして里で会うたびに一緒に近況を話し合っていたりする。

 

 

「……とっくに諦めてるさ。まあ、いろはについては危なくないように俺が目を付けとくとは言っといたけどな」

 

 

「……大変だな、アニキ」

 

 

「まあ、長男だからな。その代わり家の事は任せた。お前ももう、結界で遊ぶ歳じゃないだろう?」

 

 

「当たり前だろ。この間だって一人で里の柵の修繕やったんだぜ!もう完璧!」

 

 

「そうか、そりゃあたいしたもんだ」

 

 

「へへっ」

 

 

そういってガシガシと弟の頭を乱暴に撫でてやると嬉しそうに笑う。その後も他愛ない話をして里を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

弟と別れた後、俺は人里に住んでいた時に結界の練習をしていた場所に向う。人里から少し離れた森の中に入ると、そこには刀を振るう一人の少女がいた。

 

 

「いろは」

 

 

「…あ、兄上」

 

 

刀を振るう手を止め少女、いろははこちらにやってくる。

 

 

「ん、少し遅れたか」

 

 

「…んーんー」

 

 

そういって首を振るいろはの頭を撫でる。10歳になったいろはは背中まで伸びた髪を一つに纏めている。来ている衣は女の子用だが動きやすいようにしているのか丈が膝上までしかない。しかし桜色の衣はいろはによく似合っている。

 

 

「…その刀、退治屋の刀だな。もう退治屋に入ったのか?」

 

 

「…まだ」

 

 

「じゃあその刀は誰に貰ったんだ?」

 

 

「…頭領」

 

 

「あの人か……」

 

 

以前自分に蚕の衣をくれた人里の退治屋を纏める頭領。熊のような大柄で厳格な性格の頭領は人里から頼もしく思われている。そんな人から何かを貰うなどそうあることではない。見ればその刀は里の一退治屋持つものとは違う、なかなかの業物だ。なぜ頭領はこんな刀をいろはに渡したのか。

 

 

「いろは、お前頭領と手合わせでもしたのか?」

 

 

「?…うん、退治屋いれてって」

 

 

「なるほど、そういうことか」

 

 

頭領は退治屋を纏めるだけあってその実力も高い。もちろん博麗の巫女と比べるまでも無いが以前俺が手こずっていた下級妖怪なら問題なく倒せる位の実力がある。何でも若い頃はやってきた百匹以上の妖怪の群を一人で倒していたとか。そんな頭領だが何時までも若いわけではない。もう退治屋としてはかなりの歳だ。

 

 

俺がまだ里で退治屋と一緒に仕事をしてきたときは何かと面倒を見てくれていた。後から聞いた話だが頭領は俺を後継者にしたがってた様だ。しかし、俺が『博麗』になってしまった為に後を継げる若い者がいないと酔った時に愚痴を零していたらしい。そんな時にいろはが退治屋になりたいといえば頭領も喜んだだろう。何せひいき目抜きでいろはの実力は高い。まだ10歳だが俺でも9歳の時に退治屋の仕事はやってきたのだ。今更頭領が退治屋入りを拒むはずも無い。

 

 

両親がいろはの退治屋入りを説得してくれと言っていたがそれはもう無理だと悟る。何せ里の重鎮である頭領の目にかなってしまったのだ。跡継ぎの欲しい頭領の事だ、その内家にまで押しかけて両親にいろはが退治屋に入るのを勧めるだろう。あの両親が里のお偉い方に逆らえる気がしない。

 

 

とりあえず面倒ごとが減ったのに内心喜ぶ。しかし、同時に心配にもなってくる。いろはが退治屋になることではない。退治屋に入ることでいろはに悪い虫が付いてしまわないかと言う事だ。かつて里を見回った時に一緒になった若い退治屋を思い出す。先代巫女に対して下世話な話をしていた巫女がかわいいいろはに何もしない保障など無い。

 

 

これは早急に対策を練らなければならないと頭の中で対策を講じる。

 

 

「…兄上」

 

 

「…ん?」

 

 

くいっといろはが考えに耽る俺の袖を引っ張る。

 

 

「…手合わせ」

 

 

「ああ、そっか。そうだったな」

 

 

「…刀、使ってもいい?」

 

 

「いいぞ。遠慮せずに来い」

 

 

いろはが俺と同じ9歳になってからここを使いたいと申し出た時から俺はいろはとこの場所でよく手合わせをする様になった。俺としても妹の頼みを断る事も無く承知し時間を見つけてはいろはに付き合っている。もちろん心配ではある。かつてこの場所でルーミアと遭遇した俺はこの場所を安全だとは思っていない。ルーミアはもう封印されてしまったが、下級の妖怪はたびたび姿を見せているのだ。そんなわけで俺はいろはに出来る限りの世話を焼いている。

 

 

しかし、まあ……

 

 

「…ハッ」

 

 

「ッ!」

 

 

その心配も杞憂かなと最近は思っている。一瞬距離を詰めた振るわれるいろはの刀を防ぐ。返すように槍で突くがいろははひらりとこれをかわす。以前から分っていたことだがいろはは天才だ。初めて棒でいろはの剣を見た時から思っていたがそれは予想以上だった。

 

 

「はぁっ!」

 

 

槍で突く。もちろんひしがきもこの5年間で成長してきた。血反吐を吐きながら人外の化け物と命がけの殺し合いをずっと生き抜いてきたのだ。実践の中でひたすらに振るわれてきた槍。強く、速く、正確に。試行錯誤を繰り返したひしがきの槍は弾幕の如くいろはに迫る。

 

 

「…!!」

 

 

しかし、いろはは天才だ。兄のひしがきよりも遅れていろはは刀を振るってきた。ひしがき自身が手を貸していたとは言えその環境の過酷さもまた、ひしがきと比べるまでも無い。それでも、天賦の才は時間と環境の差を埋める。

 

 

ガガガガガガガガガガガガガガガッ!

 

 

ひしがきの槍をいろはは危なげなく防ぎ切る。しかし距離の長い槍の間合いでの戦いはいろはには不利。このままではいろはの防戦一方である。ならばといろはは一端更に距離を置く。そして刀を納めると両の手に別の獲物を持ち、それを放つ。

 

 

「ちぃ!」

 

 

今度はひしがきが防ぐ番となった。いろはの手から放たれたのは手裏剣、クナイなど様々な投擲武器。それをいろはは一度に、しかも様々な角度からひしがきを襲うように投擲した。前後左右上下から飛来する槍を振るい叩き落す。

 

 

「…えい」

 

 

「っと!」

 

 

いつの間にか取り出したのかいろは今度は槍を持ちひしがきの真後ろから突いてくる。気を取られていたひしがきはそれをギリギリかわすと同時に後ろにいるいろはに突きかえす。型などない、突く事に槍を振るってきたひしがきだからこそ出来る変則的な槍。いろははそれを槍を風車の様に返し防ぐ。

 

 

「はぁぁぁ!」

 

 

「………!!」

 

 

槍同士の激突。両者共に槍を突く。拮抗するその槍の弾幕は、相手を突き崩さんと一歩も譲らず押し合う。

 

 

ひしがきの槍は剛。妖怪相手に戦ってきたひしがきは単純に技よりも、妖怪の体を貫く力・速さが必要だった。その激流の如きひしがきの槍を、いろはは捌く。いろはの槍は理。ひしがきの槍は力強く正確だ。正確故にいろははひしがきの槍を読み、自らの槍で受け流す。突き出される槍を、槍で突くいて逸らす。それはそう簡単にできることではない。しかし、いろはは突き出される槍全てを逸らし続ける。それは技と言うよりも、もはや曲芸の如き妙技である。

 

 

「……………」

 

 

ひしがきは思う。妹はもはや、純粋な白兵戦で言えば自分よりも勝っているのではないかと。例え今はそうでなくとも、後一年も過ぎれば確実に自分は追い越されているだろう。しかし、

 

 

「はぁぁ!!」

 

 

「…っぅ!」

 

 

まだ負けるわけにはいかない。槍の手を緩めることなく、強引に前進していろはに迫る。迎撃し続けるいろはは槍を緩めることが出来ず、けれど動くことが出来ない。至近距離での槍の打ち合い。その本来ありえない状況にいろはの槍が僅かに怯む。

 

 

「…ぁ」

 

 

その隙を逃さずひしがきはいろはの脚を払う。常に動き続けながら槍を扱ってきたひしがきはバランスを崩すことなくいろはの脚を払い倒すと、いろはの眼前に槍を突き出した。

 

 

「……また、俺の勝ちな」

 

 

そういって笑うと、いろはは悔しそうにこちらを見上げる。苦笑して手を差し出すと、素直にいろははその手を掴んで立ち上がった。

 

 

「…今度は、勝てると思ったのに」

 

 

「いやいや、なかなか危なかったぞ。いつの間にそんなに槍を使えるようになってたんだ?」

 

 

以前までいろはは刀を主に置き投擲武器や鎖鎌など様々な武器を使ってきた。それでもやはりいろはの主力は刀であり最後はいつも刀で攻めてきた。

 

 

「…せっかく貰ったから、使いたくて、いっぱい練習した」

 

 

「……ずっと木でも突いてたのか?」

 

 

「………(コクッ)」

 

 

なるほど、道理で前よりも周りの木々の景色が殺風景になったと思ったら、いろはの槍の犠牲になってたのか。改めて妹の才能に驚愕する。いや、正確には妹の能力といった方がいいのだろうか。

 

 

『武器を扱う程度の能力』

 

 

俺はそう呼んでいる。いろはの剣の才能を発見した俺は試しに試しに色々な剣をいろはに与えてみた。剣といってもその種類は多い。例えば日本の刀は速さで断ち切るのに対して西洋の剣は力で叩き切る。細剣の形状は突くことに特化しており、中華刀の形状は体術を組み合わせやすくしてある。

 

 

いろはに一番合う物をと思っていた俺はそれらの剣を与えてみた。しかしそこで俺の考えが間違っていたことに気づく。いろはは与えられた剣全てをその剣の役割通りに使いこなしたのだ。俺は何で使いかたを知っているのか尋ねると「何となく分った」といろはは答えた。俺は更に剣以外にもいろはに香霖堂からも武器持ってきてを与えてみた。見たことも無いはずの武器、いろははその全てを使いこなしたのである。そこに至って俺は霖之助とも話し合いこれがいろはの能力によるものではないかと考えたのだ。それが『武器を扱う程度の能力』である。正直お前はどこのガンダールヴだと思った。

 

 

そんないろはのために先日持ち運びがしやすいようにと霖之助に頼んで特別な槍をプレゼントした。とある漫画で使われていた仕込み槍、名前もそのままに『虎翼』と名づけたそれをいろはに与えたのだが、随分と気に入ってくれたようだ。しかし数日であそこまでの槍を見せられることになるとは、正直かなりショックだ。

 

 

「…ん」

 

 

俺はいつもの様にいろはの頭を撫でる。なすがままのいろはを見る俺は昔よりも複雑ではなくなった。もういい加減、妹の才能に対する折り合いをつけなければならない。それに心配事も減った。俺はあの時、藍の言っていた巫女候補はひょっとしていろはのことではないかと思ったのである。いろはに巫女としての才能があるかは分らないが、俺よりもずっと霊力をいろはは持っているのである。

 

 

しかし、それはいろはの能力が発覚して杞憂に終わった。博麗霊夢の能力は『空を飛ぶ程度の能力』。試しにいろはに飛べるかどうか聞いてみたが出来ないことが分ったので安心した。『博麗』の俺さえいれば、人里に来る下級妖怪程度ならばいろはの敵ではない。

 

 

「…もうすぐ」

 

 

「ん?」

 

 

「…もうすぐ、兄上と一緒に妖怪退治できるよ」

 

 

そう言って笑ういろはに、俺は笑い返して言った。

 

 

「ああ、楽しみにしてる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いろはを家まで送り届けた後、俺は里で買い物をする。そろそろ食料や薬の原料を買い貯めておかないと、いちいち里にまで買いに来たのでは手間が掛かりすぎる。

 

 

「これと、あとこれください」

 

 

「毎度~」

 

 

薬の原料を霧雨店で購入する。ここの主人はひしがきのために貴重な材料を格安で譲ってくれるのだ。里で何かを買うときは、ひしがきはここで買うようにしていた。

 

 

「ひしがき」

 

 

「ああ、旦那。久しぶり」

 

 

奥から霧雨店の主人が顔を出す。最近は、めっきり痩せてしまったように思える。先日奥さんを無くし、娘の魔理沙と喧嘩したらしいといろはから聞いたが、やはり色々と苦労しているようだ。

 

 

「……色々大変そうですね」

 

 

「……ああ、だがお互い何かと背負う立場だ。休むわけにはいくまい」

 

 

互いに顔を見合わせて苦笑する

 

 

「家のいろはに、魔理沙を気にかけるように言っておきますよ。俺も目をかけるようにしておきます」

 

 

「そうしてくれると助かる。何分、あの子は奔放すぎるからな、その内家を飛び出す勢いだ。……ああ、それとコレを渡しておこうと思ってな」

 

 

そう言って霧雨の旦那は数珠を取り出すとひしがきに渡した。

 

 

「これは?」

 

 

「詳しくは分らん。後で霖之助に見てもらおうと思ったんだがな。だが、おそらく何かしらの効力のある数珠ではあるようだ。使えるようなら使ってくれ」

 

 

「ありがとうございます。それじゃあ、ありがたく貰っておきますよ」

 

 

「ああ、ではな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

里での買出しを追え博麗神社へと帰る。強化した体で、結界で道を作り最短距離を駆け抜ける。前に空を飛ぶ方法を教わったのだが、結界を使っての移動の方が自分には合っているので俺はこっちを方法で移動をしてる。しばらくすると神社に着く。鳥居の前に下りると食料を置きに台所に向う。

 

 

(とりあえず、明日霖之助にこの数珠を見てもらうか)

 

 

どんな効力があるかも分らないので、数珠は身に付けずに保管用の箱に入れてある。

 

 

(ついでにまた、いろはに何か作ってもらうとしよう)

 

 

いろはの『武器を扱う程度の能力』は扱う武器の質・量がそのままいろはの力になるといっても過言ではない。もちろんいろは自身の強さも重要であるがいろは程の霊力と才能があれば、それはおのずと身に付いてくるだろう。いろは自身のためにも出来るだけいい物をいろはには持っていてもらいたい。

 

 

「……………」

 

 

考え込むひしがきは、台所に近づくにつれていい香りが漂ってくるのに気づく。そういえばもう夕食時かと今になって思い出した。

 

 

(今日は何だろうな……)

 

 

思い出すと急に腹が減ってくる。食料を倉庫に入れると、ひしがきは台所に顔を出した。

 

 

「ただいま」

 

 

台所にいる女性に声をかける。割烹着を着たその女性は振り向いてひしがきを見る。

 

 

「ああ、おかえり。もうすぐ支度ができるから待っててくれ」

 

 

そういって5年の付き合いになる女性、八雲藍は笑ってひしがきに応えた。

 

 

 





いろはのイメージは剣と兵器の申し子の彼女です。


感想にいくつかいろはが霊夢なんじゃないかと予想がありました。しかし一応念を押しておきますが彼女はオリキャラです。


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想いは重なりにくいから苦しい




今回少し短めです


 

 

 

 

5年前、博麗神社。

 

 

「結ッ!」

 

 

無数の結界が藍の体を捕える。力の上がったひしがきの結界は、以前よりも強度・性能共に能力を増している。

 

 

「………」

 

 

しかし、相手は大妖怪・金毛白面九尾の狐。しかも彼女、八雲藍は妖怪の賢者・八雲紫と共に博麗大結界を管理してきた者。結界の扱いは心得ている。ひしがきの結界はいとも容易く破壊される。一体どのような術理が働いているのか、身動き一つ取らずに結界を破壊した藍は変わらずその場に立っている。

 

 

「くっ……!」

 

 

結界が通じない。下手な小細工など一切通用しないだろう。ならば自分の全身全霊の一撃を叩き込むのみ。瞬時に全身を最大限まで強化したひしがきは槍を構え突撃する。策など無い、原始的な槍の突撃。しかし、大妖怪クラスには単純すぎてかわすことも容易いそれを、

 

 

「……な…に…!?」

 

 

藍は指先ひとつで止めていた。

 

 

「大した槍だ。おそらくは神話の時代の名槍だろう。しかし、担い手が貧弱すぎる。この槍の力を使いこなせていない」

 

 

そう言った瞬間、ひしがきは吹き飛ばされた。

 

 

「………が、はっ」

 

 

ゴロゴロと地面を転がる。いつもであればすぐに立ち上がり構えるのに、体が動いてくれない。今までに経験したことの無い攻撃。何所から何を喰らったのかさえ分らない。体が全身等しく衝撃を受けて痙攣したように動いてくれない。

 

 

「…は……はっ……はぁ…」

 

 

呼吸さえもうまく出来ない。動くどころか呼吸をするのも必死になって行わなければならない。

 

 

「どうした?もう立てんのか?」

 

 

藍がこちらを見下ろして尋ねる。立とうとするが、体が思うように動かない。それでも、手を着き足に力を入れる。

 

 

「ぜひっ……は、ぁ……ひ…」

 

 

呼吸もままならない状態で立ち上がることに成功する。ここまでできただけで自分を褒めてやりたい位だ。

 

 

「ひしがき。お前は今まで妖怪相手に戦い、生き残ってきた。それは紛れもない事実だ」

 

 

藍はひしがきに語る。

 

 

「しかし当然の如く妖怪はお前が戦ってきただけではなく、多くの妖怪がいる。そして、お前もよく知るであろう大妖怪もな。その中にはお前の理解を遙かに超える者もいる」

 

 

知っている。俺はまだまだ妖怪を知らないことを、自分自身知っている。というか大妖怪なんてルーミアと幽香と目の前の藍くらいしか知らないのだが。

 

 

「故にお前に教えよう。遙か昔から人間の脅威となり、時に崇められてきた、妖怪の畏れを」

 

 

そう言って藍は手を翳す。俺は歯を食いしばり、槍を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「藍、おかわり」

 

 

「はいはい」

 

 

ひしがきの差し出した茶碗を藍は受け取り米を盛る。多すぎず少なすぎない適量にきっちりと盛るとひしがきに返す。

 

 

「お茶はいるか?」

 

 

「うん」

 

 

空になった湯飲みにお茶を注ぐ。その熱さは熱すぎず且つ冷めすぎていないちょうどほっと息のつけるお茶だ。腹が減っていたのもあり豪快に飯を食ってお茶を飲み干す。

 

 

「お湯、沸いてるぞ。入るか?」

 

 

「入る」

 

 

既に湯船の準備は済んであるらしい。ひしがきは風呂へと向う。着ている服を籠に入れ手早く浴室へ入る。頭と体を洗うと湯船につかる。その温度は高すぎず且つ温くもない、体をゆっくりと休めてくれる適温のお湯だ。

 

 

しばらく湯船につかり体を休める。体を芯まで温めると湯船から上がり脱衣所に出る。そこには先程までなかったはずの綺麗に折りたたまれた着替えが置いてあった。体を拭き、新しい着物に着替える。部屋に戻ると食事の片付けは済んでおり、縁側で藍がほうじ茶の用意をしていた。

 

 

「出たか。こちらに来い。今入れたばかりだ」

 

 

そういって藍の隣に座る。藍が差し出す湯飲みを受け取る。ほうじ茶の香ばしい、いい香りが精神を落ち着かせる。飲むと先程とは違う少し温めの温度、しかし風呂から出た後にはこれ位の温度がちょうどいい。

 

 

縁側から外を眺める。まさに快適だった。

 

 

「今日は何をしていたんだ?」

 

 

「ああ、今日は……」

 

 

今日あった事を話す。無縁塚に行ったこと。弟と人里で話したこと。いろはと手合わせしたこと。藍がここに来てから出かけるときは一日に何があったかをこうして話すことが日課になっていた。

 

 

「ほう、お前の妹はそこまで腕を上げていたのか」

 

 

「ああ、俺も驚いた。天才と言う奴だよ。あいつが居てくれれば、里も安泰だろうな」

 

 

「なんだ?ひょっとして負けたのか?」

 

 

「負けてねーよ」

 

 

他愛ない会話を交わす。今でこそこうやって会話をしているが、住み始めた当初は落ち着かなくてしょうがなかった。それこそ何時寝首を狙われるのかと眠れないほどだった。しかし、この高性能式神の能力は素晴らしいの一言に尽きた。まさに完璧で非の打ち所がないのだ。

 

 

掃除、炊事、洗濯…家事全般を全て完璧にこなしてくれるおかげで俺は己の鍛錬と博麗の仕事に集中することが出来た。それどころか周りの環境を常に快適に保ってくれているのでまさに万全の状態で臨むことが出来た。また、未熟な俺の鍛錬に付き合ってくれた。今まで手探りで強くなるしかなかった俺は初めて師事できる相手を得た。

 

 

彼女のおかげで俺は強くなれた。もし藍が居なければ俺はどこかで潰れていたかもしれない。それくらい、感謝していた。

 

 

「……………」

 

 

しかし、それももう長くはない。もう、5年が過ぎた。いい加減次代の巫女が、博麗霊夢が正式に巫女に就くのも遠くはないはずだ。

 

 

「……………」

 

 

『博麗』になってからの6年を思い返す。長く、辛く、苦しく、この時間は一生続くのではないかと思っていた。藍が来てくれて幾分か楽になるかと思っていたが、むしろ強い妖怪と戦う機会が増えて死にかける回数は多くなった。それでも生きてこれたのは藍のスパルタ修行の賜物だろう。それも大変だったが、何よりも彼女のおかげで俺の寂しさが和らいだ。

 

 

長く暗かった長い道のり。その先にようやく終わりの光が見えてきた。いざ終わりが近づくとなると、どことなく寂しさを覚える。むしろ待ち望んでいたことなのに、寂しさを覚えるのはおかしなことだと自分でも思うが、そう感じてしまう。『博麗』の仕事が終われば自分はおそらくまた里に戻ることになるだろう。今更家に戻るつもりもないので新しく家を建てようかとも思う。

 

 

「どうした?」

 

 

「……いや、なんでもないよ」

 

 

とはいえまだそれは早い。ここまで来たのだ、最後まで『博麗』としての役割を終えなくてはならない。考える時間は、その後いくらでもあるだろう。

 

 

「…明日も頑張るか」

 

 

小さくそう呟いて、お茶を飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

妖怪の賢者、八雲紫。彼女は目の前の無数のスキマから、暗く寝静まった幻想郷を視ていた。そのスキマの中の一つ、博麗神社。そのスキマを、彼女は無言で視る。

 

 

「紫様」

 

 

いつの間にか彼女の後ろに藍が控えていた。彼女は何を言うでもなく主の後ろに控え言葉を待つ。

 

 

「そろそろ頃合ね」

 

 

「畏まりました」

 

 

その言葉だけで、藍は全てを察し頭を下げる。

 

 

「巫女の準備も整った。人間と妖怪のバランスも安定している。結界にも不備はない。………一時はどうなることかと思ったけど、予想以上に悪化しなくて良かったわ。藍、ご苦労様」

 

 

「いえ、ご期待に添えたようで何よりです」

 

 

「期待以上よ。―――何より、アレを見つけてくれたんだもの。これで後顧の憂いが断てるわ」

 

 

従者を労いつつ、八雲紫は神社を視る。無機質に見えるその目に浮かぶ感情は何なのか。それを知っているのか藍は珍しく主に尋ねる。

 

 

「……紫様、本当にそれでよいのですか?」

 

 

「―――あら?貴方は反対なのかしら?珍しいわね、少し一緒に居たせいで感情的になったのかしら?」

 

 

己が従者の諫言におどけて返す。しかし、その目はまるで見透かすように藍を見ている。

 

 

「…………紫様、以前にも申し上げたはずです」

 

 

その問いに藍は軽くため息を吐いた後、

 

 

 

 

 

「―――――あれはさっさと殺すべきです」

 

 

そう、はっきりと告げた。それは感情を殺して見えなくしている顔ではない。確固たる確信を持って藍は主へと告げる。

 

 

「あらあら、冷たいわね。アレはともかく、ひしがき本人は悪い子ではなかったでしょうに」

 

 

紫は藍の返答に満足気に会話する。

 

 

「あれは凡人です。根は善良ではありますが、それだけの人間です。気に留めるほどの者ではありませんよ。……むしろ、アレの近くに居るのは気味が悪くて仕方がありませんでした」

 

 

嫌悪を露に吐き捨てる藍に紫は苦笑する。

 

 

「ふふっ、よく今まで務めを果たしてくれたわ。感謝してるわよ、藍」

 

 

「………」

 

 

主の二度目の賛辞に藍は目を伏せて応えた。

 

 

「あの子も、長い間苦労してくれたんだもの。そろそろ仕事から下ろしてあげましょう」

 

 

扇で口元を隠しながら、博麗神社を見下ろす。その目に何を見ているのかは賢者しか知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、ひしがきは日の出る前に起床するとすぐさま神社の裏へと向い鍛錬に励む。藍が来る前は見回り以外の生活リズムが安定していなかったひしがきだが、藍のおかげで今では鍛錬・見回りを規則的に行うことが出来ている。

 

 

「ふっ!」

 

 

槍を振るう。相変わらず技術的にはまったく進歩のない、ただ突くだけの槍。しかし、その槍は以前よりも確かに完成されていた。

 

 

ひしがきは自分を天才ではないと思っている。事実ひしがきには他よりも突出した才能はない。故にひしがきは何か一つを突き詰めることで己の武器を作りあげようとしていた。おそらく『霧雨の槍』が手に入らなければひしがきは結界だけを鍛えていただろう。しかし、以前ひしがきは藍こう言われていた。

 

 

「……ふむ、確かにお前の槍の腕前はひどいものだ。まるで猿に槍を持たせたようだな。だが、まったく才能がないわけでもないようだ。思うが侭に槍を振るってみろ。その未熟な才でどこまで行けるかは分らんが、もしかしたら面白いことになるやも知れん」

 

 

藍の言葉に、ひしがきは一つの可能性を見た。彼女は非常に厳しく容赦ないがその指導は常に適確で無駄がない。彼女がそういうのだからまず間違いはないだろう。どこまでいけるか分らないが、そんなものいってみれば分るだろう。

 

 

「はっ!」

 

 

ただただ、ひしがきは槍を振るう。

 

 

残り僅かではあるが、自分の役割を果たす為に。幻想郷のため、里のため、里に住む家族のため、弟妹のため、自分を支えてくれる者のため、自分のため、少しでも強くなろうと槍を振るう。

 

 

その顔には以前の暗い影は少なくなり、僅かな希望があった。

 

 

 

 

 

 

 



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ある~日~、森の中~

 

 

 

 

 

「妙な妖怪?」

 

 

「ああ」

 

 

朝の鍛錬を終えて朝食を取っている時に藍からその話を告げられた。

 

 

「ここ最近になって幻想郷で奇怪な妖怪が場所を問わずに暴れている。中には妖怪の山や大妖怪の縄張りにまで踏み込んでいることから後を省みずに暴れているんだろう。このままではいずれ人里にもその手が及ぶ可能性がある。今の内に始末しておいた方がいいだろう」

 

 

「ふーん……」

 

 

藍からのこういった妖怪退治の話は珍しい事ではない。この五年間、幻想郷の管理に当たって必要な妖怪退治は何度もあった。大妖怪クラスは今までなかったが今までより遙かに強い上級の妖怪とも数回戦った時もある。もっとも、その時は藍からの情報を元に何十にも策を張り、あらゆる可能性を吟味して必要な物資をそろえた上でかろうじて勝利を得ることが出来た。

 

 

俺が何の準備もなしに正面から戦えるのは中の下程度の妖怪だ。それ以上ともなると結界が通用しなかったら正面からは厳しい。基本的に俺の戦闘スタイルは結界の奇襲からの槍での止めと言う一連の流れがある。その形を追求してきた俺にとって結界が通じない相手にはそれなりの準備が必要なのだ。

 

 

話が逸れたが、今回のその妖怪についてもその強さに依っては準備をしなくてはならない。

 

 

「その妖怪について分っていることは?」

 

 

「それが、よく分らんのだ」

 

 

「…なに?」

 

 

今まで藍は退治する対象の妖怪について事細かに知らせてくれた。その妖怪の姿形、種族、特長、能力、弱点、場所などそれらの情報は俺の大きな武器だった。その藍が分らないと言った事に俺は驚いた。

 

 

「どういうことだ?」

 

 

「…これまで、見つかったその妖怪達は種族がまったく別の妖怪達だ。それが何故か凶暴化して奇形へと変化し暴れている。今のところその影響はそれほど広がってはいないが、このままでは被害が大きくなる可能性がある」

 

 

妖怪の凶暴化に伴う奇形への変化。これまでの仕事とは少しばかり毛色の違う事件だ。

 

 

「その凶暴化した妖怪に共通点はないのか?」

 

 

「それらの妖怪はある特定の場所の近くに縄張りや住処を持っていた。おそらくはそこに影響の大元があると見ている」

 

 

「つまり、今回は妖怪退治ではなく、その妖怪を凶暴化させている大元を見つけて壊すなり封印するなりするって事か」

 

 

「そういうことだな。おそらく周辺に影響を受けた妖怪達がいる可能性があるが、今のところ影響を受けているのは力の弱い下級妖怪ばかりだ。おそらく一定以上の力を持つ妖怪は影響を受けにくいのだろう。今ならお前でも十分に対処が可能だ」

 

 

「…なるほど。下手に時間をかけて強い妖怪に影響が出る前に解決した方がよさそうだな」

 

 

となれば今できる限りの備えをして、すぐにその場所に向った方がよさそうだ。例え凶暴化していようが下級妖怪ならば俺一人でも十分に対処できる。

 

 

「すぐに支度を済ませて行って来るよ」

 

 

「ああ、気をつけて行って来い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

藍に知らされた場所をに向かい、ひしがきは森の中を駆け抜けていた。

 

 

シャーーーーー

 

 

自転車で。

 

 

「よっと」

 

 

整地されていない地面をひしがきは自転車をこいで走る。霖之助に譲ってもらい改造した自転車はマウンテンバイクの様に凸凹の地面をスムーズに進んでいく。

 

 

ちなみに何もひしがきは好き好んで自転車に乗っているわけではない。力の無駄使いで消耗する事を危惧したひしがきは出来る限り力を温存して移動する為に何か方法はないかと探した結果、香霖堂にあった自転車に目をつけたというわけだ。

 

 

もちろん結界を張って空を走るほうがずっとスムーズに移動できるが、僅かな力の消費が命取りになる事を経験で知っているひしがきはそれを避けて地上を走る。日ごろから常に鍛えているひしがきにとっては自転車の移動など何の苦にもならない。

 

 

「……………」

 

 

徐々に目的地へと近づくにつれてひしがきの表情が厳しくなっていく。この五年間でひしがきは多くの死線を乗り越えてきた。臆病とも言えるその鋭敏な感覚が頭の中で警報を鳴らしていることにひしがきは気づいていた。

 

 

何かある。

 

 

ひしがきは自転車を降りて槍を持つ。細心の注意を払い周囲を探りつつ、息を殺し目的地へと向う。そして、それが姿を現した。

 

 

「―――――」

 

 

ひしがきは声を失う。

 

 

それは、あまりに奇妙な生き物だった。手がある、足がある、目がある、口がある、耳がある、鼻がある。奇妙なのはその数と位置だ。まるで適当にそれらを混ぜ合わせて作った奇妙なオブジェのような姿の妖怪。それが蠢いていた。

 

 

それは足で、あるいは手で地面を這う様にして歩いていた。点在する目がギョロギョロと辺りを見回している。慌てて身を潜め様子を窺う。

 

 

(あれが、例の妖怪か……)

 

 

「ォォォォォォ」「ゥゥゥゥゥゥ」「キィ…キィ…キィ」「ぁぁぁぁぁぁ」「グルルルル」「シューーーー」

 

 

あちこちにある口から声が漏れている。

 

 

明らかに、異常だ。元が何の妖怪か分らないほどに変化している。いや、妖力が溢れていることから限界以上の妖力の上昇に肉体が耐えられずに暴走しているのだろうか?

 

 

おかしい。藍からの話によれば妖怪の凶暴化に伴う変化と言う話だ。だがあれは明らかに妖力が上昇して溢れ出ている。そんな話は聞いていない。

 

 

(藍も知らなかった?妖力の上昇までには時間が空くのか?それとも一定以上の凶暴化の影響を受け続ける必要があるのか?)

 

 

しかし妖力自体の大きさが中級に届いていない事から下級妖怪であることがわかる。あれなら問題なく対処できる。

 

 

「……結」

 

 

結界で異形となった妖怪を捕える。今のひしがきにの結界は妖力が上がったとは言え下級妖怪に破れる代物ではない。黒い結界は妖怪を黒く侵蝕してその命を奪う。黒く侵された妖怪は塵となって消えた。

 

 

「……………」

 

 

しかし、ひしがきは相変わらず厳しい顔で塵となって消えていく妖怪を見ていた。頭の中の警報は今だ鳴り止まず、危険を告げている。嫌な予感がした。今までに似たような事態がなかったわけではない。実践の中では常に不測の事態が付き物だからだ。

 

 

一端引き帰して対策を練るべきか。頭に一瞬その考えが過ぎった。しかしもしこの影響が下級以上の妖怪にも出始めたら危険だ。多少のリスクはあるが、ここはできるところまでやるべきだろう。

 

 

ひしがきは慎重に辺りを警戒しつつ、先へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

警戒しながら進むひしがきは無言で感覚を研ぎ澄ましている。僅かな違和感も逃さぬように集中する。

 

 

おそらく異変の大元はもう遠くはない。その影響か周りには生き物の気配がない。途中、朽ち果てた妖怪だった物の姿があった。おそらく体の変化に耐えられなかったのだろう、既に死んでいる妖怪が数体ほど転がっていた。

 

 

どうやら大元に近づくほどその影響は強くなるらしい。そのせいか最初の妖怪以外とはここまで交戦していない。それでもひしがきは警戒態勢を解かずに進んでいく。

 

 

「これは……瘴気?」

 

 

進んだ先、そこは空気が淀んでいる。そのよどみの原因である毒素を含んだ妖気、瘴気が辺りに漂っていた。その中心に、まるで蒸気の様に瘴気を出している物がある。

 

 

「あれが大元か」

 

 

それは、おそらく陶器で作られた彫刻だった。仰々しく作られたその面貌は憤怒に模られ迫力に満ちている。

 

 

「……鬼瓦?」

 

 

そう、それは鬼だった。思わず鬼瓦と呟いたが形はそれとよく似ている。鬼の顔だけを模した陶器の彫刻。それは本来厄除けとして家に置かれて用いられる物だ。しかし、あれは一体なんなのだろうか?厄除けどころか災いの元になっている。鬼の語源は『隠』。その意味は目には見えぬもの、この世のものではないものを意味する言葉だ。ならばあれはその意味を用いた呪物なのだろうか?

 

 

僅かに思考に沈むがすぐにそれを放棄する。まずは目の前の異変の大元を抑える事が先だ。その後に藍に聞けば済むことだ。本来ならば対呪物用に施した道具で目の前の鬼の陶器を包むなり覆うなりして、瘴気を閉じ込めた上で神社まで持ち帰り壊すか封印するのだが今手元にはそのための物がない。

 

 

瘴気を噴出している呪物を直接神社まで運ぶのも自身に何が起こるかわからない以上危険すぎる。ならば少々荒っぽいがこの場で壊すしか方法がない。

 

 

「結」

 

 

鬼の顔をした呪物を通常の結界で覆う。密閉されたことで結界の内側が瞬く間に瘴気で満たされ淀んでい行く。まるでドブ川の様に空気が犯されていく。ひしがきはその結界に槍を向ける。それはかつて無縁塚で巨大な髑髏を祓ったのと同じ方法。

 

 

魔を払う力を持つ霧雨の槍の効力を結界に付与することで結界内を浄化する術。槍の力を使う為に行き着いた先は、自分にとって一番馴染みの深い力の使い方だろうとひしがきが作り上げた結界術。槍の力を引き出す為にひしがきが考えた方法だ。

 

 

巨大な怨霊さえも祓ったこの術ならば、得体の知れない呪物でも問題ないだろう。そして槍を結界に入れる。槍から白い波紋が結界に伝わり、それは結界の中に浸透していく。淀んでいた空気は清浄に、犯された大気は清涼に、浄化されていく。そして大元である呪物は、徐々に噴出する瘴気が少なくなっていく。やがて瘴気が止むと、鬼の顔に亀裂が入った。

 

 

おそらくは元々何かを呪うための物だったのだろう。それが槍の魔を払う効力によって砕けようとしていた。亀裂は顔全体に広がっていく。そしてとうとう、限界に達した鬼の顔が砕けた。これで異変は終わり、

 

 

のはずだった。

 

 

 

突然、結界が破れ目の前が爆発した。何が爆発したのか分からない。瘴気か、妖気か、あるいは別の何かか、とにかくそれは呪物が完全に砕けたとき弾けとんだ。

 

 

「ぐ、ぅぅぅ………!?」

 

 

体勢を立て直しつつ目の前に結界を張る。何が起こったのかわからないがとにかく直ぐに対処できるように体勢を整える。一体何が起こったのだというのか?結界越しに瘴気の立ち込める先を見据える。

 

 

ゴクリッ

 

 

思わず唾を飲み込む。落ち着け、不測の事態は何もこれが初めてではない。今まで何度も死地を経験してきたのだ。落ち着いて対処すれば問題は…………

 

 

 

 

――――ぞわぁ

 

 

 

 

背筋を走った悪寒にひしがきの思考が停止した。ただの悪寒にひしがきは思考を停止したわけではない。確かにひしがきは今までに数々の修羅場を潜り抜けてきた。力の弱いひしがきがその中で背筋に寒気を感じたことなどそれこそ数え切れないほどにある。ひしがきが思考を停止した理由、それはその悪寒がかつて2度ほど経験した最悪の悪寒に酷似していたからだ。

 

 

立ち込める瘴気の先、徐々にそれらの姿が露になる。大きな体、常人の倍はあるだろう体躯。太い四肢、まるで丸太のような筋骨隆々の腕と脚。溢れる妖気は今まで感じたどの妖気よりも力強く猛々しい。何よりその顔には見覚えがあった。何せつい先程まで見ていたのだ。その憤怒の形相を。

 

 

その頭に生えている突起物。それは武者の身に付ける兜にも見える、雄雄しい角。日本を代表する大妖怪、鬼。それが3体、目の前に現れた。

 

 

「……………」

 

 

やっぱりか。放心する中、ひしがきは思わずそんな事を内心呟いた。ひしがきが先程感じた悪寒。それはかつて圧倒的な強者に遭遇した時に感じたものと同種のものだった。

 

 

 

 

 

 



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人生にはギャンブルがつきもの

 

 

 

 

 

 

ただの一般警備員がいつもの見回りをしていたら偶然に銃を持った凶悪犯罪グループと出くわしてしまった。

 

 

多分、今の俺の状況はそれと似ているだろう。頭の中が一瞬フリーズする。その刹那の間に、頭の中が幾ばくかのかの無意味な自問自答を繰り返す。

 

 

何だこれ?いきなり現れた鬼?何で鬼?さっきまで鬼瓦だったのにしかも3体なんだこれ?下級妖怪しかいないはずじゃ藍の話と違うそもそも最初から違ってたなんで鬼?かくれんぼでもしてたのかでっけぇ太いなんて迫力だ今まで解けたが違う何でこんなのがここにいるの?大丈夫なのかここ危なくね?あれと戦うのかできるかいや絶対無理だだって鬼だぜそんなん鬼じゃん無理無理不可能無理ゲーだって幽香とかルーミアと同じ大妖怪クラス詰んだ死んだだろ今度こそ2度あることは3度あるとかいい加減にしろよむしろ3度目の正直にしろよ意味沸かんねぇ

 

 

現実逃避。人間が理不尽・不条理な状況に突如として遭遇してしまったとき思考が暴走し冷静な判断が機能しなくなる。ひしがきもまた例外なく目の前の状況に否応なく目を逸らそうとする。ただ、ひしがきが常人と大いに違う点がある。

 

 

「――――――ッッ!!!」

 

 

それは潜って来た修羅場の数である。思考の底なし沼から抜け出しひしがきが行動に出るまで1秒掛からなかったのはさすがと言える。幸い目の前の鬼は状況を把握していないのか目が虚ろで焦点が合っていない。

 

 

(今の内にっ!!)

 

 

ひしがきは全速力で走り出すと同時に目の前の鬼達に全力の結界を最大出力で最大数展開する。鬼たちを中心に黒い壁が、いやそれはもはや壁と言うレベルではなく要塞のような黒い呪いの鉄壁が鬼を覆った。結界の重ね掛けで構築された牢獄。鬼相手にどこまで足止めが出来るかわからないが一瞬でも押し留めてくれるだけで十分。瞬時に転移のための結界を構築する。

 

 

逃げる。とてもではないが勝てる相手ではない。今のひしがきが結界を構築し終わるまでに要する時間は約8秒。それまでに鬼から逃げなければならない。だが、

 

 

 

ドガァァァァァァァァァァァァッ!!!

 

 

 

爆音と共に結界が破壊される。そしてその巨躯からは想像できない速度で鬼が飛び出してきた。鬼達は淀んだ目でひしがきを捉えると怒声をあげて砲弾の様に突撃する。

 

 

「あ、ぶねぇっ……!」

 

 

木々をなぎ倒しあっという間にひしがきに迫る鬼達を大きく横に飛んでかわす。森の中だというのに木も岩も鬼の遮蔽物にならず簡単に粉砕されている。それはさながらF1並の速度で走る重戦車だ。鬼達は地面を大きく削り反転すると再びこちらに突進する。

 

 

「ど畜生がッ!!」

 

 

再び横に飛び鬼をかわす。直ぐ横を通り過ぎる鬼達の風圧だけで体を削られるような感覚がする。風圧だけで体が引き裂かれそうになる。だがもう直ぐ構築が終わる。これが終われば一端ここからは離脱できる。

 

 

ひしがきは次の突進に備え振り返る。鬼は再び反転しこちらに狙いを定めている。後一度かわせば逃げられる。体を低くして飛ぶ体勢を整えたところで、違和感を感じた。さっきまで鬼は3体いたはずだ、だが目の前にいる鬼は2体。あと1体はどこに行った?

 

 

「………え?」

 

 

思わず間の抜けた声が出る。2体の鬼の向こう側に、薙ぎ倒された木々が続いている。向こうを見ると、そこには背を向けて走り続けている鬼の姿があった。

 

 

それを見た瞬間、ひしがきは全身の血の気が引くのを感じた。鬼が一直線に向う先、その方角にあるものに行き着いたからだ。

 

 

(……人里ッ!!?)

 

 

追わなければ!敵うとか敵わないとかではなくひしがきは強迫観念に追われる様に転移をしようとする。

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!

 

 

2体の鬼。さっきまで一直線にしか走らなかった鬼が咆哮すると、別々の曲線を描いてひしがきに向ってきた。

 

 

「っ!!」

 

 

さっきまでは3体同時に同じ方向から来ていたからひしがきはかろうじてかわす事が出来た。しかし今度は別の方向から2体が突撃してくる。横に飛んだだけではかわせない。ひしがきは鬼を転倒させようと鬼の足元に結界を張る。だが鬼はそれをものともせずに砕いていく。

 

 

「なら、これでどうだぁ!」

 

 

結界を張り鬼の足元に新たな足場を作る。スロープ状に創った結界の下にひしがきは身を伏せた。鬼はひしがきの上を通り過ぎる…

 

 

ドガァッッ!!

 

 

…ことなくその結界の足場を踏み抜いて強引にブレーキをかける。結界を踏み抜いて地面に突き刺さった鬼の足が地面を抉りながらひしがきに迫る。

 

 

「…こ、のぉ!」

 

 

ひしがきは咄嗟に結界を解くとバランスを崩した鬼が倒れ勢いあまって倒れ落ちる。だが鬼は倒れながらもひしがき向かって手を振り下ろした。ひしがきは転がりながら無我夢中で鬼の拳をかわす。その間にも結界を常に展開し鬼の動きを少しでも鈍らせる。

 

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!』

 

 

再び、咆哮。立ち上がった鬼達は目の前からひしがきに腕を叩きつける。2体の鬼から合計4本の腕がひしがきに襲い掛かる。

 

 

「…………!!」

 

 

それは暴風だった。それは嵐だった。他に例えるなら削岩機などの重機だろうか。その腕はあらゆるものをいとも簡単に破壊した。その足はあらゆるものを容易く粉砕した。鬼達が通り過ぎた後には、無残な残骸ともいえない破壊の跡しか残ってはいなかった。

 

 

その中で、ひしがきはかろうじて生きていた。鬼の攻撃を受け止めるなどと言う愚行は犯していない。ただ必死に避けてかわして凌いでいた。ひしがきは何も相手の攻撃を受け流すなどと言う技術に優れているわけではない。そのような技で言えばひしがきはいろはの方がずっと優れている。ひしがきが自分よりも遙かに強いはずの鬼相手に生き残っていられるのはいくつもの幸運が重なったことによるものだ。

 

 

一つはこの鬼達が至極単純な動作を繰り返していたこと。いくら強く速かろうが腕を振り上げて叩きつけるだけの単純な動作であれば、避けることに専念しているひしがきならば避けることは容易…というわけではないにしろ可能である。また、この鬼達にコンビネーションと言うものはなく、むしろお互いを押し合ってくれていたためある程度攻撃範囲が狭くなっていた。

 

 

もう一つはここが森の中だということ。常に一人で戦ってきたひしがきは誰かの助けなど求める機会がほとんどなかった。故にひしがきはあらゆる手段で持って生き残る術を磨いた。その一つが環境利用方である。その場所のあらゆる条件を駆使し、自分にとって有利な状況を実施する。ひしがきは結界を駆使し、また常に遮蔽物のある方へと移動し鬼から逃れていた。木や岩で鬼の目から一瞬姿をくらまし、足場の悪い場所で鬼の体勢を崩した。

 

 

例えば、遙か天に聳え立つ山々に挑む登山家が、天候を読み足場を見つけ山頂を目指すように。例えば、荒れ狂う大海原を旅する航海士が、風を感じ航路を見つけ大陸を目指すように。人間は自分達よりも遙かに巨大な存在から生き残る為に、その術を探し磨き続けてきた。ひしがきもまた、たった一人で生き残る術を実践で研磨し続けたからこそ、鬼の暴力からかろうじて生き残ることが出来ていた。

 

 

だが、それでもそこで手詰まり。ただかわし続けることに全神経を集中しているひしがきに、他の事に意識を裂く余裕はない。たとえ生き残ることが出来ても、この場において勝つことも逃げることも出来ないのであればいずれ力尽きてしまう。それでも、思考だけで打開策を考える。

 

 

(くっそ!どうすりゃいい!?俺の結界は効かない、この槍でも一撃じゃ無理だ。突いた隙にひき肉になっちまう。生半可な罠じゃ鬼相手じゃ通用しない。つまり俺じゃどう足掻いても直接鬼を殺せない!)

 

 

焦る。自分の危機的状況に、そして何よりひしがきには人里に向った鬼が気がかりで仕方なかった。もし、あの鬼が里を襲ったらどれだけの被害が出てしまうか見当もつかない。あそこはひしがきが今まで必死になって守ってきたものがある。何が何でも、それだけは守らなくてはならない。こんな所で何時までも足止めをくらっている訳にはいかないのだ。

 

 

行くしかない。一か八かの賭け。そのタイミングを見計らい目を凝らす。瞬きもせずに、鬼の動きに神経を研ぎ澄ます。そして、

 

 

「……っらぁ!」

 

 

ひしがきは渾身の結界を張ると同時に、鬼の間に踏み込む。暴力の渦に入るなど、どう見ても愚行である。鬼はひしがきを叩き潰すべく左右から腕を振るう。あたれば粉微塵、それが左右から同時に迫れば肉片も残らないかもしれない。

 

 

「――――――」

 

 

自分に迫る鬼の拳。一瞬それがひどくスローに感じる。今までに何度も感じてきた死と生の瀬戸際。その刹那の瞬間に、ひしがきは渾身の力で張った結界を解いた。

 

 

 

 

グシャァッ

 

 

肉が弾け飛ぶ、嫌な音が響いた。鬼の剛力で以って振るわれた拳は、肉を潰し骨を砕き血の飛沫を飛ばす。

 

 

「………あ…がっ…」

 

 

交差した鬼の腕の挟まれる形で、ひしがきが呻いた。鉄のような腕に寄りかかり体を支える。左右を見れば頭が弾け跳んだ鬼の姿があった。

 

 

「…はっ、間抜け」

 

 

ひしがきが不適に笑う。あの一瞬ひしがきは鬼の一体の足元に破られないように渾身の結界を張った。そして鬼の間に入り込み拳が当たる前に結界を解除し、拳の軌道をずらし鬼にクロスカウンターの形で自滅を誘ったのである。

 

 

もちろん狙ってできることではない。鬼の行動パターン、拳の軌道、結界を解くタイミングなど全ての条件が揃わないといけない。また2体の鬼の腕が同時に振るわれなければどちらか一体が残ってしまう。そうなってしまったらそれこそひしがきには倒しようがない。またひしがきは完全に鬼の動きを読んでいたわけではない。時間がない以上鬼の動きを読む暇がない。故にひしがきは大まかな動きしか予想はせずにこの作戦に出た。まさに一か八かの賭けである。

 

 

「…いてぇ」

 

 

鬼の腕から抜け出す。幸運にも僅かにかすっただけで済んだ鬼の拳は、ひしがきの右耳を千切り、あばらを砕くだけで済んだ。ひしがきは手持ちの軟膏を取り出し耳につけ一応の止血行う。そして、直ぐに転移の準備に取り掛かった。

 

 

(鬼が里に向ってからどれだけ経った?ちくしょう時間の感覚が曖昧だ)

 

 

出来れば勘違いであって欲しい。仮に人里に向っていたとしたら、ひしがきには鬼を倒す術がない。

 

 

(………頼む)

 

 

不安を押し殺して祈るようにして、転移する。人里の直ぐ傍、そこに用意されてある転移先にひしがきは一瞬で移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

転移してすぐに、千切れた耳にも届く悲鳴が聞こえた。

 

 

 

 

 





勝負運はあっても、他の運は底辺どころかマイナス。

ひしがきはそんな感じ。


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どうしようもなくても、引けない時がある

 

 

 

 

鬼。

 

 

それははるか昔から日本において恐れられていた存在である。その歴史は古く中国にも伝わっており、その意味は死者や亡者を表していた。ある説ではインドから伝わった仏教の夜叉や羅刹の姿から鬼が派生したのではないかと言う説もある。その他にも鬼の誕生には諸説あるが、鬼という存在はその呼び方や姿形の差異はあれど広く世界に伝わっている存在であるということだ。

 

 

鬼とはある意味で恐怖そのもの。その力、その姿は様々に伝えられ人を畏怖させる。それは此処、幻想郷においてもまた同じである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人里。その歴史の中で里が襲われたことは何度かある。妖怪と人間が暮らす幻想郷ではそれはむしろ当然と言えた。当時も博麗の巫女がいたが妖怪の数の前にその被害は決して少なくはなかった。それでも賢者と巫女の力により幻想郷の歴史が進むにつれその被害は少なくなってきていた。

 

 

だがそれは突然、やって来た。

 

 

それは暴力そのものだった。それは災いそのものだった。鬼。子どもでも知っている恐ろしき妖怪。里を囲む柵を破壊し家を吹き飛ばす。それを前に人々は叫び、逃げ惑うことしか出来ない。

 

 

ドガァァァァァッ!!

 

 

鬼が大地を揺らす。その度に悲鳴と破壊音が人里全体に響いた。蜘蛛の子を散らすように人は逃げ惑う。けれども鬼の前では人は逃げることさえ敵わない。ある者は踏み潰され、ある者は弾け飛び、ある者は叩き潰され、ある者は引き千切られ、またある物は食いちぎられた。これこそが鬼。これこそが妖怪。人々が恐れ、怖れ、畏れる存在。人は今再認識していた。妖怪とはかくも強く、人間の脅威となるのだと。

 

 

だが、それでも……抗う人間はいる。

 

 

破壊を撒き散らし進む鬼。その鬼に向って飛来する無数の矢。それは雨の如く鬼に降り注ぐ。鬼から離れた場所に、里の退治屋たちが集結していた。

 

 

「迂闊に鬼に近づくな!一箇所に集まらずに常に拡散して鬼を撹乱しろ!生半可な攻撃は効かないぞ!時間を稼げ!」

 

 

退治屋の頭領が先頭に立ち指示を下す。退治屋たちはバラバラに鬼を囲い矢を槍を放つ。

 

 

■■■■■■■■ッッ!!

 

 

だが、鬼の前にはまったくの無意味。人間の矢や槍など鬼にとっては紙屑同然、何の脅威にもなりえない。鬼が腕を振るう。あっけなく家が丸ごと吹き飛んだ。

 

 

「怯むな!視界を封じて動きを止めろ!」

 

 

鬼の膂力に怯んだ退治屋たちが頭領の一喝で我に帰る。四方八方から煙幕弾が鬼に向って投擲される。煙幕が鬼を包み込む。視界を封じられた鬼は、構わず前進する。その鬼の真横から、丸太が突き出された。巨大な一本の丸太を数十人がかりで持った退治屋たちが鬼に突貫した。バキバキという音と共に丸太が割れる。真横からの突然の襲撃に前進しかけていた鬼は膝を付く。そこに鬼の頭上から幾重もの網が投げ込まれた。網は次々に鬼へと被さっていく。煙が晴れると、そこにはすっかり姿が見えなくなるほどに網が被さっていた。ただの妖怪ならばそこで捕えられていただろう。しかし、何度も言うが相手は力の化身、鬼。何重にも重なった網を両腕で引き千切り再び姿を現す。

 

 

「ぬうぅぅんっ!!」

 

 

そこに大太刀を振り上げていた退治屋の頭領が、鬼の脳天目掛けて刀を振り下ろした。全盛期を過ぎ老いて尚、衰えぬその筋力と大柄な体格から振り下ろされる刀は鬼の頭に激突する。単純な一撃のみの強さで言えば、その一太刀はひしがきをも越えているかもしれない。

 

 

ガギィィィィンッ

 

 

まるで岩に叩き付けたような音が響く。頭領はすばやく鬼との距離を取る。鬼の額からは僅かに一筋の血が流れていた。

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!

 

 

鬼が吼える。その咆哮は周囲を吹き飛ばし軋ませる。初めて鬼が怒りを露にした。頭領を睨みつけると。鬼は残りの網を引き裂き突進する。頭領は近くの倉へとすばやく入る。おそらくは貯蓄用の倉であろうそれは他の建造物よりも丈夫な造りをしている。が、そんなもの鬼にとってはどれも大差ない。壁を粉砕し中に突貫する。

 

 

■■■■■■■■ッッ!?

 

 

中に入った途端に鬼が転倒する。その倉は多く貯蔵できるように下が低くなっており段差が出来ていた。鬼は足を大きく踏み外し転げ落ちる。またその中には油がたっぷりと引いてあった。

 

 

「今だ!火を付けろ!」

 

 

鬼が倒れている隙に別の出口から脱出していた頭領が声をかけると倉の中に火矢が数本射れられる。油を伝い火は瞬く間に広がる。油の中を転げまわった鬼にももちろん火の手は襲い掛かった。火を浴びながらも鬼は怯むことなく立ち上がる。

 

 

その時、鬼の頭上から瓦礫ごと倉が崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

博麗の巫女という存在が居る為に、人里の退治屋について誤解をしている者は人間妖怪問わず少なくない。なぜなら人間は弱い。博麗の巫女と言う例外はあれどその認識が強い。実際それは間違いではない。人間は妖怪と比べてあまりに非力だ。

 

 

しかし、考えて欲しい。それは現代においても同じなのだ。例えば人間は獅子には勝てない。人間は虎には勝てない。他にも狼、熊、豹あるいは象、犀、河馬。その力で言えばシマウマにさえ人間は劣る。だが人間はそれらの獣にはない知恵がある。その知恵で以って人間は獣を下すことが出来る。

 

 

それはこの幻想郷においても同じである。力の劣る彼らは妖怪に対してその知恵で策を練り武器を作る。まして幻想郷において退治屋とは対妖怪の専門家である。それはこの現状を見てもらえれば納得してもらえるだろう。さっきまで破壊の限りを尽くしていた妖怪。人間では到底太刀打ちできないその妖怪を相手に策を練り、撹乱し、挑発し、罠にはめた。熟練された手腕である。

 

 

「やった!」

 

 

「倒したぞ!!」

 

 

崩れ落ちた倉の下敷きになった鬼を見た退治屋達が歓声を上げる。ひしがきの活躍によって妖怪の被害にあまり遭わなかった退治屋たちは始めての大きな妖怪の襲撃を撃退したことによる達成感に包まれ喜びの声をあげる。

 

 

「……………騒ぐんじゃねぇ!!」

 

 

しかし再び頭領の一喝によって歓声が止む。見ると頭領だけでなく頭領と同じ世代の退治屋たちは油断なく構えていた。瞬間、瓦礫が弾け跳んだ。砕け跳んだ瓦礫は散弾の如く周囲に襲い掛かり数人に食い込む。

 

 

「全員下がれぇ!!」

 

 

退治屋達が距離を取る。瓦礫が弾け跳んだ場所から黒い煙を立たせながら鬼が姿を現した。その姿は僅かに表面が焼けているだけで目立った外傷はない。

 

 

「……化け物め」

 

 

誰かがそう吐き捨てた。そこにいるほとんどが自分達の勝利を確信していた。立てた策略通りにことが進みこれ以上ないほどに見事に成功した。実際、彼らは見事に戦ったといえよう。頭領の下、それぞれ適確に動き役割を果たした。ただ一つ、彼らに敗因があるとしたら、相手が鬼であったということだろう。

 

 

「…若い連中は里の人間を避難させろ。あとは俺たちがやる」

 

 

「し、しかしそれでは…」

 

 

「さっさとしねぇか!ひしがきが来るまで持ちこたえるくらいは出来る。あいつなら何とか出来るだろう」

 

 

「は、はい!」

 

 

そう言って退治屋の大部分は人の避難へと向った。残ったのは頭領を含めた数人だけである。

 

 

「……ひしがきなら勝てますかな?」

 

 

「……さぁな。だが今の所それしか手はねぇ」

 

 

頭領たちは鬼に向って構える。時間を稼ぐこと。倒すことが出来ないのであればそれが自分達の役割である事を頭領たちは分かっていた。それ以上言葉を交わさずに頭領が鬼の正面に立ち、その周りを離れて数人の退治屋が囲んだ。

 

 

鬼が、再び吼えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いろはは走っていた。突然の妖怪の襲撃に混乱する人々を掻き分け逃げる方向とは逆に走る。その背中には頭領から貰った刀を背負っていた。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 

妖怪の襲撃に、いろはは動揺していた。妖怪が襲撃して来たことにではない。いろはの気がかりは兄のひしがきだった。ずっと里を守ってきた優しい兄。その兄がみすみす里に妖怪が入ってくる事を許すはずがない。ということは兄の身に何かがあったということだ。事の真偽を確かめるために里を襲っているであろう妖怪の元にいろはは走っていた。今そこには里の退治屋達がいるはずだ。行けば何か分かるかもしれない。

 

 

あまりにも無謀かつ曖昧な考えでいろはは里を走っていた。ひしがき仕込の霊力で体を強化しているいろはは風の様に駆け抜ける。そして、それと出会ってしまった。

 

 

「―――――」

 

 

目の前に現れたそれに言葉を失った。今までに妖怪と遭遇したことは何度かある。その場には兄もいたが、自分ひとりで退治できた。その時は、自分でも役に立てると、兄と一緒に妖怪退治が出来ると喜んだ。だが、それは違った。高圧的、圧倒的、凶悪的、威圧的、暴力的、それを見たときそんな言葉が頭に浮かび、そのどれとも当て嵌まらない。そんな言葉でそれは言い表せなかった。実際それは正しい。

 

 

歴史に名を残す美術品を目の当たりにして、ただの美しいでそれは言い表せない。あまりにも美味な料理を食して、ただの美味しいではそれは言い表せない。ならば世界にその姿を残し、古くより言い伝えられてきた暴力と畏怖の化身を目の当たりにして、いろはが言葉を失ったとしてもそれは無理のないことである。ただの人間なら、その場で気を失ったか腰を抜かして動けなくなるだろう。だが、

 

 

「…………」

 

 

いろはは天才だった。刀に、武器に……そして戦いに。

 

 

いろはは背中の刀を抜いて構えた。その顔に恐怖はあっても気負いはない。その目には畏怖は合っても迷いはない。凛と構えるその姿は、曇りない刀剣を思わせる。

 

 

鬼と視線が交差した。その周囲に頭領たちの姿はない。

 

 

「…いく」

 

 

■■■■■■■■ッッ!!

 

 

そして、戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~~~~~~~~~っ!!!」

 

 

ひしがきは、叫んでいた。声には出さずとも、心の中で絶叫していた。

 

 

人里の中を駆け抜ける。そこにはいつもの町並みが広がっているはずだった。今は、ただの破壊の後が続いている。家が崩壊していた、道が割れていた……そして、人が息絶えていた。今まで必死になって守ってきたものが壊されていた。

 

 

「…ひぐっ……ぐずっ…」

 

 

ひしがきは後悔に、恐怖に、押し潰されそうになっていた。心が悲鳴を上げ大粒の涙が流れていく。ただ一刻も早く追いつかなければならなかった。今のひしがきには鬼に勝つための算段などない。冷静に戦略を練り罠を考える余裕はなかった。思考は塗りつぶされ、ただがむしゃらに追いかけていた。頭の中に博麗になってからの6年間が過ぎっていた。走馬灯にも似たそれはひしがきを更に深い後悔の渦へと引きずり込んでいく。

 

 

―――――――――――ッ

 

 

鬼の咆哮が聞こえる。それはもう遠くはなかった。

 

 

「~~~~~ッ!!」

 

 

全力で走る。もっと速く。もっと早く。ひしがきは後先考えずに走る。そして走り抜けた先には、倒れ臥す数人の退治屋たちと頭領がいた。

 

 

「……頭領ッ!」

 

 

ひしがきは頭領の傍に駆け寄る。頭領は右腕を肩から抉られ倒れていた。けれどもまだ何とか息があった。

 

 

「…ひ……がぁ…」

 

 

ひしがきは何も言えずにうろたえながら頭領を抱き起こす。

 

 

「……頭領……俺っ…」

 

 

それでも何か言わなければと、グシャグシャになった顔でひしがきが声を搾り出そうとする。そんなひしがきを見ながら頭領は、残った左手で最後の力を振り絞ると、ひしがきの肩に手を置いた。

 

 

「………頼む」

 

 

その一言は重くにひしがきに圧し掛かった。ひしがきは頭領の手に自分の手を重ねて、ひどい顔で何度も頷く。それを見た後頭領の体から力が抜け、その手が地面に落ちた。

 

 

■■■■■■■■ッッ!

 

 

鬼の声が聞こえた。

 

 

頭領を静かに横たえると、ひしがきは瞼を閉じ項垂れた。頼む、頭領の死に際の一言は今のひしがきにとって重責だった。さっきはあまりに突然の出来事で勢いに任せて鬼と戦うことが出来た。だが今度は違う。今になってひしがきは恐怖に震えていた。今までに、自分よりも強い敵と戦ったことはあった。奇跡的に大妖怪クラスから生き延びたこともある。だがそれでも、何の勝利の算段もなく、自分から圧倒的に強い妖怪と戦わなければならないのは、今回が初めてだった。

 

 

今まで自分がいた場所は、紛れもなく死地だった。だが今のひしがきの心境は死刑台に上がる前の囚人だ。行けば間違いなく死ぬ。何の準備もなく、この身のままで鬼と戦い勝つ術はひしがきにはない。必死になって勝つ方法を模索する。だがそれでも頭の中の冷静な部分が告げていた。行けば死ぬ、と。

 

 

ドガァァァァァァッ

 

 

破壊音が聞こえた。それでも、行かなければならない。無意味でもいく以外の選択肢をひしがきは持っていない。顔を上げる。涙で歪む視線の先には鬼が、

 

 

「え?」

 

 

鬼が戦っていた。何と?誰と?他の退治屋?いや。頭領以外に鬼と戦える人間を、ひしがきは知らない。では誰だ?今鬼と戦っているのは、誰だ。

 

 

滲んだ瞳に、桜色の衣が映った。

 

 

「………いろはっ!!」

 

 

ひしがきは弾ける様に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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フラグってのはどこに潜んでいるのか

復活ッッ!!

俺のパソコン復活ッッ!!

待っていた人、長らくお待たせしました。ようやく投稿できました。


 

 

 

 

「………いろはっ!!」

 

鬼と戦っているのがいろはだと分かった途端、俺の中のあらゆる余分な思考が消え去った。いろはを助けなければ。頭にあるのはそれだけ。さっきまであった不安もなにも消え去った。

 

鬼の背後からの渾身の一撃。ひしがきが無我夢中で鬼の背中に叩き込んだその一撃は、甲高い衝撃音と共に弾かれた。

 

■■■■■■■■ッッ!

 

鬼が振り向き様に腕を横に薙ぎ払う。ひしがきは地面にゴロゴロと転がりながらそれをかわした。

 

「…兄上!」

 

「いろは!無事か!?」

 

鬼を間に挟みいろはと顔を合わせる。幸いなことに見た限りではいろはには傷はなかった。ほっと息を吐いて安心する。どうやら最悪の事態は免れたようだ。

 

だが、状況は依然として最悪だ。

 

今の一撃、完全に不意をついた背後からの奇襲でも鬼には僅かにかすり傷程度しか負わせることが出来なかった。

 

(くそっ!!どうする!?一体こいつをどうすればいいっ!!?)

 

頭の中でこの最悪の状況から脱する方法を考える。少なくともいろはだけでも此処から逃がさなければならない。だがその方法が何一つ思いつかない。どうすればいろはを守りながらこの鬼と戦える?いや、例え一人であったとしてもまともに戦うなんて事は……。

 

(……まて、戦うだと?)

 

ちょっと待て。さっきまでいろははこの鬼と何をしていた。夢中になって鬼に突っ込んでいたがそれまでいろはは鬼相手に何をしていた?

 

逃げる?いや違う。鬼相手に逃げ切れはしない。すぐに追いつかれてしまう。では身を守っていた?それも違う。それこそ鬼相手には不可能だ。では一体何をしていた?導かれる答えは一つだった。

 

(……戦っていた、ってのか?)

 

おそらく頭領を含めた退治屋たちとは別々に行動していた可能性が高い。いろははまだ正式に退治屋になった訳ではない。指揮系統の取れた退治屋達と違ういろはは行動を共にはしていなかったはずだ。おそらく後から駆けつけたのだろう。とするならば俺が来るまでの間いろはは鬼相手に無傷で生き残っていたことになる。

 

一体どうやって生き残っていたのかは分からない。だが少なくともいろははおそらく戦える。いろはならば出来るかもしれない。今までのいろはの成長を見守ってきたからこそ分かった。

 

「結ッ!」

 

鬼を結界で覆う。こんなものすぐに破られてしまうが僅かな時間稼ぎには使える。

 

「いろは、来い!」

 

いろはの手を掴むとすぐに結界を張って鬼の上に上がる。すぐに鬼が結界を破り出てくる。鬼は周囲を見渡し俺達を探すが姿はない。すると鬼は一声あげると手当たり次第に周囲を壊し始めた。

 

予想通り相手はあまり頭が回らないようだ。それにどうやら標的を俺達へと定めて探している。とりあえず鬼が里の人を追いかけないことに安心する。だが何時までもこのままにしておくわけには行かない。

 

「いろは、聞きたいことがある」

 

「…なに?」

 

「お前、鬼と戦ったか?」

 

「…ん、少しだけ」

 

「どうやって?」

 

「…前に、教えてもらったみたいに、柔らかく」

 

「……受け流してたって事か?」

 

コクリといろはは頷く。俺は以前からいろはに相手の攻撃を受け流すように教えてきた。いろはは俺が教える前からその術を掴みかけていたため俺が多少助言をするとすぐにそれをマスターした。だが鬼の攻撃を捌けるまでになっていたとは、改めていろはの才能には驚かされるばかりだ。

 

「……………」

 

考える。いろはがそこまで戦えるならばまだ希望があるかもしれない。いきなりいろはを危険な目に合わせてしまうことに自分自身の力の無さが口惜しい。僅かな間、いろはを戦わせることへの抵抗が過ぎったがここで鬼をしとめなくては結局被害は増すばかりになってしまう。

 

「…いろは、もう一ついいか」

 

「…うん」

 

今更一緒に戦ってくれなどと言い訳めいたことを言うつもりはない。既にいろはは俺と一緒に戦うつもりでここにいてくれる。不謹慎だが、それに嬉しさと頼もしさを感じた。

 

「いろはは鬼を傷つけられたか?」

 

その問いにいろはは首を横に振って応える。

 

「……………」

 

考えろ。今まではずっと一人で戦ってきた。一人では無理でも、今はいろはがいてくれる。二人なら何かやれることがあるはずだ。考えろ。この状況を覆る方法を。鬼を倒すための術を。

 

相手は鬼。こちらは二人。相手の鬼は単純で知能が低い。行動はこちらに突進するか向ってきて腕を振るうしかしない。防御はないが硬くて並の攻撃では通らない。こちらは目くらまし程度の結界と僅かに傷を付けられる槍。そしていろはは鬼を傷つけられないが攻撃を流すことが出来る。

 

「………いろは」

 

「…うん」

 

「……今から兄ちゃんいろはに大変なこと頼むけど、やってくれるか?」

 

俺の言葉に、いろははすぐに頷いてくれた。

 

 

 

 

 

破壊を続ける鬼の頭上から、突然衝撃が奔った。それと同時にいろはが鬼の目の前に降り立つ。鬼はようやく見つけた標的を見つけると腕をいろは目掛けて振るう。その直前鬼の視界が黒く染まる。いろはは大雑把に振るわれた鬼の腕を僅かに体をそらすことで危なげなくかわす。

 

その時再び鬼の頭に何かが当たる。鬼は頭をふるって視界を覆っていたひしがきの結界を壊す。目の前にはいろはしかいない。再び鬼が腕を振るう。また直前になり鬼の視界が結界で黒く覆われる。いろはがかわす。鬼の頭上から衝撃が響いた。

 

視界がはれた先にいたのは、いろは一人。

 

鬼が再び腕を振るう。大振りの一撃。それは防ぐ術などなく、人間など当たれば肉片さえも残らずに砕け散るだろう。その一撃に対し、いろはは迫り来る拳に刀を添えて滑り込むようにかわす。直前に視界を封じられ目測の誤った一撃は大きく鬼の体勢を崩す。そこに加わる頭上の衝撃。それが何度も繰り返される。

 

■■■■■■■■ッッ!

 

咆哮。何時までも翻弄されている鬼が吼えた。怒りと共に、鬼が加速する。

 

 

 

 

 

ひしがきは鬼の周囲に不可視の結界を展開し、常に鬼の死角に回り込んでいた。いろはに向かって猛攻し続ける鬼の死角を取るのはそれほど難しくはない。

 

いろはを囮にする。ひしがきにとってこれは苦渋の決断だった。確かにひしがきでもかわす事に専念すれば鬼の攻撃をかわす事は出来る。しかし、攻撃にまで手を回す余裕はないしいろはでは鬼を傷つけることは出来ない。ならば少しでも攻撃の通る方を遊撃にし、もう一人を囮にする事は当然の流れと言える。

 

だが自分を慕ってくれる妹を死地へと向わせることはひしがきにとって何よりも耐え難いことだった。自分を気遣ってくれる数少ない人間にして家族であるいろははひしがきにとっては目に入れても痛くないほどに愛おしい存在である。

 

槍だけをいろはに渡し自分が囮になる方法も考えたが、いろはでは不可視の結界を足場に移動しながら攻撃し続けることが出来ない。鬼の攻撃に専念しなければならない俺はいろはの動きに応じて結界展開する余裕はない。かといっていろはに見えるように結界を張っては鬼に気づかれてる可能性がある。

 

故にひしがきはいろはを鬼と対峙させた。ひしがきに出来ることはいろはが無事なうちに一刻も早く自分の役割を終えること、だった。

 

「……………」

 

にもかかわらずひしがきは目を見開いて、今日何度目になるか分からない驚愕をしていた。それは時間にして僅かに数秒ほどだっただろう。しかし、すぐにでもいろはを無事に助けたいひしがきにとってはその数秒はあまりにも惜しい時間だ。

 

だが、そんなひしがきの焦りと心配を忘れさせるほどにそれは強烈だった。圧倒的とも言えるほどの力で破壊を撒き散らす鬼。それはさながら局地的な嵐だ。その嵐の中で、いろはが立っていた。

 

僅かにかすっただけでも致命傷になるだろう一撃をいろははギリギリでかわす。それはひどく危うく紙一重に見える。だがそうではない。いろはは初めは大きく鬼の攻撃をかわしていた。だが今は鬼の攻撃を見切り、徐々に無駄な動きをそぎ落としていた。更に振るわれる鬼の腕に刀を添えるようにいなし、あるいは力を利用し凌いでいた。ひしがきはいろはの姿に、吹きすさぶ風の中でも倒れない一輪の華を、荒れ狂う風の中で舞う花弁を幻視した。

 

よく聞く使い古された言葉、柔能く剛を制すという言葉がある。その意味としては柔らかくしなやかなものが固く強いものに勝つというものだ。戦いの中でいろはは飛躍的に成長して鬼を捌く。それはあまりにも劇的であまりにも強烈だった。特にひしがきにとっては。

 

「……っ!」

 

我に返ったひしがきは慌てて死角へと移動する。信頼と期待、嫉妬と不安。相反する感情が自分の中で渦巻くのをひしがきは感じていた。よりにもよってこんな時にそんな感情が出てきたことにひしがきは自分自身を恥じた。それを振り払うようにひしがきは槍を突き出した。

 

ひしがきの槍は寸分たがわずにその箇所に当たる。しかし鬼の体は全身が鋼の様に強靭でビクともしない。それでもひしがきは続けざまに槍を放つ。焦るひしがきの目には、いつの間にか鬼ではなくいろはが映っていた。

 

 

 

 

いろはは天才である。一つの事から十以上を学びそこから更に新たな事を導き出す。ただこれまでいろはに足りなかったのは実践の数。ひしがきとの手合わせはあくまでも模擬戦。それは本物の戦いに及ぶはずもなくいろはの実力を十分に引き出せなかった。

 

故に鬼との戦いはいろはの才能をこれまで以上に引き出すきっかけとなった。鬼が一振りする度に、いろはの一太刀ごとに、いろははその才能を開花させていった。いろはの才能はひしがきを超えている。ひしがきにとって予想外だったのはその才能が予想をはるかに上回っていたことだ。

 

ひしがきの槍は既に達人の域へと達している。鬼に気づかれずに高速で3次元的に移動しながら寸分の狂いもなく槍を放つその技量は十代半ばの少年には十分過ぎるほどだ。才能の乏しいひしがきが此処まで来るのに、一体どれ程の血の滲む思いをしたかわからない。身に着けるしか生き残る術がなかったとは言え、それはひしがきが人生をかけて積み上げてきたものだった。

 

それを容易く越えようとするいろはの才に、ひしがきは少なくない動揺をしていた。それはこの場において浅ましい感情かもしれない。しかし、それを責めることは酷というものだろう。自分が命がけで築いてきたものがあっさりと超えられる。それを才能の一言でしか片付けられないのだから。

 

「………っ!!」

 

それでもひしがきは、槍を放つ。

 

 

 

 

 

■■■■■■■■ッッ!?

 

鬼が腕を振るい、いろはがそれをかわし、ひしがきが槍を放つ。それがどれほど続いただろうか。今まで怒りに吼えていた鬼が、初めて苦悶の声を上げた。ひしがきの槍が鬼の頭部、角にヒビを入れたのだ。

 

ひしがきが幾度となく鬼の死角に回り槍を放ち続けていた狙いはここだった。いつか読んだ書物にあった、角は鬼の力の象徴・源であると。その角目掛けてひしがきは同じ箇所を寸分の狂いもなく突き続けたのだ。

 

そしてついにひしがきの槍が鬼の角に亀裂を生じさせた。

 

■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!

 

此処に来て初めて鬼は頭上にいるひしがきに気づいた。振り返った鬼はひしがき目掛けて腕を伸ばすがひしがきはすぐに手の届かない今までよりも高い場所に結界を張り鬼から逃れる。

 

「いろはっ!離れていろっ!」

 

鬼の攻撃を避け続けていたいろははかなり疲弊していた。そもそも実戦経験が極端に少ない上にまだ子どもだ。いくら天賦の才があろうと身体的にも精神的にも体力不足なのだ息を切らしていたいろはは言われた通りすぐに鬼から離れて身を隠す。

 

ひしがきに標的を変えていた鬼は離れるいろはに目をくれずひしがき向かって吼える。此処までくればあとは自分の仕事だ。おそらくはあと数回で鬼の角を砕くことが出来る。それをあとは一人でやらなければならない。

 

(十分だ。いろはがいてくれて、本当に助かった。)

 

いろはには、本当に救われる。今まで支えになってくれたこともそうだが、今回は実際に戦いの中で助けられた。いろはの才能に暗い感情が沸いてきてしまったが。自分を純粋に気遣う妹が相手なのだ。兄として少し情けなくもあるが、頼もしく思うべきだろう。

 

とにかくいろはの助けに報いるためにも、ここで俺が鬼を倒す!

 

「いくぞっ……!」

 

ひしがきが鬼に向って上から落下する。まっすぐ突貫するひしがきに鬼は正面から迎え撃とうと拳を突き出す。が、それは寸でのところでひしがきには届かない。

 

鬼の射程距離の一歩外で結界を張ったひしがきは直前で止まる。ひしがきのフェイントで体勢を僅かに崩した崩した鬼の隙を逃さずに、ひしがきは槍を繰り出す。

 

■■■■■ーーーーーーッッ!

 

鬼の角に新たな亀裂が走る。突き出された拳を足場にひしがきは再び上に飛び上がり鬼の追撃から逃れる。

 

鬼は上に逃げるひしがきを追おうと体を深く沈める。ひしがきは鬼の体勢から次の行動を察し備える。鬼が跳躍する。地面を踏み砕き砲弾と化した鬼は一直線にひしがきへと向う。

 

しかし、その軌道は突如ひしがきから外れる。鬼の軌道から曲線を描くように展開された結界が鬼の跳躍を逸らしたのだ。鬼はそのまま勢い余って上空へと跳んでいく。その巨体からは想像もつかないほどに飛び上がった鬼はやがて勢いを失い重力に従い落下し始める。

 

鬼が落ち始める。その前に追いついたひしがきが鬼を狙い撃つ。しかし鬼は身動きの取れない空中で力の限り暴れる。錐揉みしながら落下する鬼にひしがきの槍が弾かれてしまう。

 

「チッ…!」

 

落下する鬼は手足をバタつかせて暴れている。その鬼が突如何かに激突し落下を止めた。地面はまだはるか下にある。鬼を止めたのはひしがきの結界。鬼の体が結界に受け止められたことで一瞬だが動きを止める。

 

「シッ!」

 

再びひしがきの槍が角をとらえた。そしてすぐに結界を消し鬼は落下を始める。ひしがきは落下する鬼に追いすがり死角から一撃を加えるという荒業をやってのけていた。何回かは鬼に結界を砕かれて失敗してしまったが更に数回ひしがきは角を突いた。そしてとうとう地面に到着した鬼は激しい轟音とともに激突した。

 

途中結界で減速したために落下自体のダメージ大したこともなく鬼は立ち上がる。鬼はもはやひしがきを自らの脅威として明確に認識していた。頭部から自分の象徴たる角が限界近くまで破壊されているのを感じた鬼はすぐさまひしがきを探して上を見上げる。その時、鬼の真下から突き上げるように槍が飛び出した。

 

ひしがきは地面に鬼が落下した際に気づかれないよう鬼と一緒に地面へと降り立っていた。そして鬼が上を見上げた瞬間、全身をバネにして角を突きあげた。そして幾度となく同じ個所を衝かれた槍は、とうとう鬼の角を穿った。

 

「おおおおおおおおおおおっ!!!」

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッッ!!!!??

 

これまでとは違う鬼の声が大きく響いた。それは紛れもない悲鳴。太く雄々しい一本角を鬼は折れた根元を抑え苦悶の声を上げる。折れた角からまるで空気が抜けるように鬼の妖力が激減していくのがわかる。

 

妖力とは読んで字の如く妖怪の力。それが抜けるということはあらゆる面において弱体化することを意味する。ひしがきは鬼の妖力が抜け切ると全力での結界を張った。

 

「……結ッッ!!!」

 

 

――――――――――――――――………………………………。

 

 

 

ここまで里を、人を、恐怖に揺るがせていた鬼の声はもう聞こえなかった。結界が解かれるとそこには鬼が力なく倒れていた。妖力の大半を失ってもなお消滅しなかったのは、さすがに強靭な肉体を持った鬼と云ったところか。とにかく鬼は、ついに力尽きた。

 

「……………」

 

ひしがきは無言でその場に腰を下ろした。人生で何度目かの九死に一生を得た感覚。しかも戦いという点においては最大の敵を倒したとは言え、喜びよりも疲労が勝っていた。大きく息を吐く。子供には似つかわしくない疲れた仕草に少しづつ生の実感がわいてきた。

 

「…兄上?」

 

ゆっくりとひしがきが顔を上げるといろはがこちらを心配そうに見ていた。それを見てひしがきは少しだけ疲れたように笑った。

 

「……いろは、俺たちの勝ちだ」

 

ひしがきがそういうといろはは一瞬驚いた後に満面の笑みを浮かべた。

 

「…うん!」

 

嬉しそうにこちらに駆け寄ってくるいろはを迎えようとひしがきは槍を杖にして立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

駆け寄ってくるいろはを、横から何かが吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

「……………………………………………………………………………………え」

 

突然の出来事に思考が追い付かない。吹き飛ばされたいろははそのまま地面にぐったりと倒れて動かない。そしてゆっくりといろはから、赤い何かが広がっているのが見えた。

 

「」

 

言葉が出ない。なぜいろはが吹き飛ばされたのか。何がいろはを吹き飛ばしたのか。そして、いろはから広がっているアカイものはいったい何なのか。

 

―――――――――――――――――――――――――――ッッ!!

 

後ろで何かが叫んだ。もはやひしがきの耳にそれは音として聞こえてはこなかった。ゆっくりとひしがきがそちらに顔を向けるとそこには力を失い倒れたはずの鬼が立っていた。

 

角を折られ妖力の抜けきった鬼にはどうやってか知らないが再び妖力が満ちていた。折れた角からさながら蒸気機関の様に妖力を垂れ流しながらも、しかしそれ以上の勢いで妖力をどこからか満たしながら鬼はひしがきの前に立っていた。鬼とひしがきの視線が、再び交錯する。

 

「   ぁ 」

 

ひしがきは理解した。

 

なぜ鬼が立ち上がっのか。なぜ妖力が戻っているのか。どこから妖力が沸いているのか。何わからないまま、今一番知りたかったことをひしがきは理解した。

 

――――ダレガイロハヲコンナメニアワセタ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「                         オマエカ――。」

 

 

 

 

 

ひしがきから、黒い何かが溢れだした。

 

 

――――――――――――――――ッッ!!?

 

その黒い何かは、湧き上がる妖力ごと鬼を押し潰す。一瞬にして鬼は再び妖力に満ちたその四肢を砕かれ地面に叩き付けられた。ソレはそれだけに留まらず徐々に鬼の体を蝕んでいく。それは呪うとか浸食するとかの次元ではない。死が鬼の体を貪っていた。

 

そして今度こそ鬼は断末魔の声さえ上げずに死んだ。人里で破壊と死をまき散らした脅威は、その死体さえ残さずに完全に消滅した。

 

「                ――………。」

 

黒い何かは鬼を貪りつくすとズルズルとひしがきの中に戻っていった。そしてソレが消えた後に、ひしがきは糸が切れたようにその場に倒れた。

 

 

 

後に残ったのは破壊の跡と静寂のみ。どこかで賢者が酷薄に口を歪めた。

 

 

 

 




長い期間が空いてしまいました。

これからは何とか週一ペースで投稿していくように頑張ります。


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閉鎖的集団+パニックって怖くね?



よ、ようやく投稿できた。

週一ペースと言ってすぐに間が空いてしまってすいませんでした。






 

 

 

 

 

 

ソレは自分の中から出てきた。

 

ソレは自分の奥から出てきた。

 

ソレは自分を介して出てきた。

 

ソレは自分を通して這い出てきた。

 

 

 

ああ、そうか、これが――――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………っ!」

 

唐突に、ひしがきは目を覚ました。意識は混濁し、まるで頭の中をかき回されたような頭痛と眩暈がする。体を動かそうとするが平衡感覚さえも正常に機能しておらず、どっちが上でどっちが下なのかもわからない。まるで世界が回っているように感じる。

 

それでも手探りで地面に手をついて力を込める。四つん這いになって顔を上げる。

 

(……なん、だ………一体、何が起こって…)

 

自分は一体何をしていた?

 

視線を周囲に巡らせる。そこには光が満ち溢れ、世界を映し出している。

 

違う、ここじゃない。自分はさっきまでこんな場所にいなかった。自分はさっきまでここではないどこかにいたはずだ。あそこが一体何だったのか。自分はそれを一瞬だが理解しかけていたはずだ……。

 

何かを思い出そうとひしがきは無意識に視線を巡らせる。そしてその一角に視線を移したとき、ひしがきの中の疑問は一瞬ににして吹き飛んだ。

 

「いろはっ……!」

 

眩暈も痛みも無理矢理抑え込みいろはに駆け寄る。ひしがきはいろはを抱き起しいろはに呼びかけた。

 

「いろは!しっかりしろ!」

 

ひしがきの呼びかけに、いろはは答えない。ひしがきはいろはの口元に耳を寄せいろはが呼吸をしているか確かめる。幸い気を失ってから僅かの時間しかたっていなかったためか弱弱しくもいろはは息をしていた。出血もそれほど広がっていないことから多くはないようだ。だが、それでも安心することはできない。一刻も早くいろはを医者のもとに連れて行かなくては万が一のことも起こり得る。

 

ひしがきは簡単な応急処置をいろはに施しいろはを背負い走り出した。向かうは里の避難所。そこには里の人間が集まっているはずだ。当然そこには医者もいるはずである。鬼との戦いで自身も傷と疲労も激しいひしがきは、かまわずに懸命に走る。

 

ひしがきが避難所近くまでやってくると、その前に退治屋たちと里長の姿があった。里長は退治屋たちと何かを話し合っていたがひしがきを見ると驚いたように駆け寄ってきた。

 

「いろはを!頼む、酷い怪我をしてる!見てやってくれ!」

 

里長が何かを言う前にひしがきが懇願する。いろはを見た里長はすぐに近くにいた者に指示を飛ばす。いろはを預けるとすぐにいろはは避難所のほうへ運ばれていった。そのあとに続こうとするひしがきを里長が止める。

 

「ひしがきよ、妹が気がかりだろうがまずは現状を教えてくれんか。今しがた退治屋たちとも話していたがお主からの話も聞きたい。……それにお主自身も手当をせねばなるまい」

 

「……わかりました」

 

ひしがきはしばし迷った後に承諾した。

 

 

 

 

 

 

ひしがきは簡単な手当を受けた後、里長にこれまでの経緯を話した。瘴気を発していた鬼瓦、三体の鬼、ひしがきが見た里の被害、鬼との戦い。すべてを話し終えた後、考え込むように里長は腕を組み小さく唸った。しばらくして口を開くとひしがきに言った

 

「ひしがきよ、まずは今回の件、ご苦労じゃったの」

 

「……いえ、結局被害は防げませんでした。それに、頭領も………」

 

「確かに、あやつは長く里のために働いてくれた。惜しい男を亡くしたが頭領も他の退治屋たちも里の人間を守るために戦ったのじゃ。悔いはないだろうて。大きな被害も出てしまったが鬼3匹が相手と考えれば被害が出るのもやむお得まい。時間が掛かってもいずれ里の傷も癒えよう。お主は十分によくやってくれた。」

 

「……………」

 

里長の言葉に、ひしがきは素直に喜ぶことはできなかった。もうすぐ博麗の仕事も終えることができる時になって、相手が悪かったとはいえ最後の最後にこれだけ大きな被害を出してしまったのだ。

 

今まで自分が死にかけることはあっても里にだけは直接的な被害は出さないでこれていた。その結果いろはにまで危険な目に合わせてしまい、挙句怪我をさせてしまたのだ。

 

他の家族は無事だろうか?弟達。妹達。自分にとってかけがえのない存在である家族は無事に非難することはできただろうか?もし無事ならここに逃げているはずだ。いろはの事も気になる。

 

「……自分はこれで失礼します。」

 

「うむ、今回はご苦労じゃった。重ねて礼を言う。部屋を用意しておくから一度ゆっくり静養するといい」

 

里長に頭を下げ、ひしがきは避難場所へと向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

里の人が集まっている避難所では、鬼退治の報を受けてか全体が安堵した雰囲気に包まれていた。しかし、やはりここにも鬼の被害は届いていた。怪我をして治療を受けている者や家族とはぐれてしまった者など所々にその傷跡を残している。

 

恐らくは逃げる遅れて命を落としてしまった者も少なからずいるだろう。退治屋の中にも死んでしまった者もいる。

 

(……みんな無事だろうか)

 

家族が気にかかるが、まずはいろはの様子を見るために治療を受けているであろう場所に向かう。その途中で打ちひしがれた里の人間を見かける度に、責任感からか押し潰されそうになる。

 

治療場に着くと、そこには治療を受けるいろはと一緒に次男の弟がいた。

 

「アニキ!」

 

弟は俺に気が付くと駆け寄って来る。

 

「無事だったか。みんなは?」

 

「みんな無事だよ。いろはだけが途中でいなくなって、もしかしたらと思ってここに来たらいろはが運ばれてたんだ」

 

「そうか…。いろはは?」

 

「まだ治療中だけど、命には別状はないって」

 

弟の言葉にひしがきはここにきて初めて安堵をした。家族は全員無事、いろはも命を落とすことはない。自分にとってはまずは一安心だ。

 

「…お前は一先ずいろはの無事をみんなに伝えておいてくれ」

 

「わかった。アニキは?」

 

「俺はまだすることがある。みんな不安がっているからな、ここの安全を確認したら里長の指示があるまでは休むつもりだ」

 

「わかった。それじゃあまた後でね」

 

「ああ」

 

そう言って走っていく弟を見送るとひしがきは避難所を一望できる場所へと移動する。辺りを見渡すが特に目立った様子はない。それも当然だろう、さっきまで鬼が暴れていた場所に近寄ろうとする妖怪などそうはいない。

 

後は人が落ち着いたら里の安全を確認して里の修復を……

 

「…………あ」

 

足元がふらつきその場に手を突く。気を入れて立ち上がるが体は力が抜けフラフラする。

 

無理もない。度重なる死闘で体力気力ともに限界以上を使い切っていたのだ。いい加減体がいうことを聞かなくなっても仕方ない。

 

どうしようかしばらく迷ったが、このままでは自分自身が使い物にならなくなってしまうと考え休むことにした。とりあえず妖怪はもう襲ってはこないだろうし何かあるまで休もう。

 

里長から与えられた一室へ向かうと、そこにはすでに布団が敷かれており、そばに水と握り飯も置かれていた。せっかくなのでひしがきは握り飯を頂いた後に布団に横になると、すぐに意識は微睡んで眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

――――!?――――!

 

―――――!!

 

―――!

 

遠くから聞こえてくる喧騒に、ひしがきはゆっくりと眠りから目を覚ました。窓から外を見るとすでに日は落ち暗闇が辺りを覆っている。

 

遠くからはまだ騒ぎ声が聞こえた。何事かと一瞬で飛び起きるが、聞こえてくる声は悲鳴ではないようなのですぐに落ち着いた。それでも何かあったのではないかとひしがきは身を整えて避難所の方へと向かった。

 

 

「――――――――ッッ!」

 

「――――――!?」

 

 

避難所に向かうと、そこには里長を始めとする里の重鎮たちの周りに人だかりができており殺伐とした空気に包まれていた。人だかりからは次々に怒声が上がり長たちを囲んでいる。長は必死になって何かを言っているが怒声は鳴り止む様子がない。

 

そして長たちを囲む人だかりの内誰かが、やってきたひしがきに気づいた。

 

「いたぞ!あいつだ!!」

 

その声に怒りの声が止むと、そこにいた全員がこちらを向いた。自分を見つめる無数の目にひしがきは息をのんだ。

 

そして僅かな間を空けて、怒声とともに人々が鬼気迫る形相でがこちらへとやってきて、雪崩のようにひしがきを呑み込むようにして取り囲んだ。

 

「見つけたぞこの役立たずがっ!」

 

「貴様っ!自分がどれだけのことをしたかわかっているのか!?」

 

「のこのことよく顔を見せられたものだな!!この人でなしが!!」

 

「どれだけの被害が出たと思っている!!」

 

「一体どうしてくれる!?」

 

怒号が暴力を伴いひしがきに襲い掛かった。ある者は怒りに我を忘れ締め上げ、またある者は目に涙を浮かべながら殴りかかった。

 

そこには大人がいた、子供もいた、老人もいた。男もいれば女もいた。里のあらゆる人間がひしがきに非難を浴びせていた。

 

「がっ、は…あ……!」

 

本来守るべき、実際ずっと命がけで守ってきた里の人間からの暴力にひしがきは訳も分からず飲まれ続けた。ただでさえ疲労困憊のひしがきは、里の人間に手を上げるわけにもいかずなす術もなくされるがままになる。

 

遠くに長たちが割って入ろうと叫んでいるのが目に見えた。だが人だかりは濁流の様にひしがきを引きずり離そうとはしない。

 

「お前、一体鬼が里を襲っていたとき何をしていた!?ええっ!!!」

 

男がひしがきに掴み上げて言った。

 

「……ご、ふっ!」

 

別の鬼と戦っていた。里を守ろうと必死だった。そう弁明する暇さえ与えてはくれなかった。

 

「お前っ!!一体っ!!どれだけっ!!みんなが苦しんだかわかるか!!!失ったかわかるか!!?」

 

老人が殴りながら声を上げる。

 

「うちの人は……家族を守ろうとして、鬼に殺されたのよ!!あの人を返してっ!返しなさいっ!!」

 

若い女性が泣きながら棒を叩き付ける。

 

「うあああああああ~~~~~~~~~~~!!!」

 

子供たちが泣きながら石を投げつけてる。

 

家族を失った、家を失った、友達を失った、大切なものを失った。皆が皆、怒っていた。悲しんでいた。苦しんでいた。

 

ひしがきは、ここにきてようやく気が付いた。結果だけを求められることは知っていた。力が及ばないことを責められることも知っていた。自分の努力が評価されないことも知っていた。

 

それでもひしがきは自分を博麗だと思っていた。幻想郷における調停者、たとえ代行者とは言え幻想の守護者であると。ソレは不可侵の存在であると思っていた。心の中で疎まれようとも、守るべきものに牙をむかれることはないと、無意識に思い込んでいた。それが勘違いであるとひしがきは気づかされた。

 

「まっ、で……ちが…俺は、ちゃんと……!」

 

途切れ途切れにひしがきは説明しようとする。自分は里を、人を、守ろうと精一杯の力を尽くしたんだと。決して責任を果たさなかったわけではないと。しかし言葉は届かない。

 

「死ね!!死んで償え!!」

 

「………!!!」

 

一方的な暴力がピークに達しようとしていた。ここにきてひしがきはもうどうあっても自分の言葉が届かない事を察した。殺される。人々の血走った目に、今まで遭遇した妖怪とは違う別物の恐怖を感じた。

 

「う、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

それを感じた時、ひしがきの体は無意識に動いていた。手を地面に着きもがく様にして人の濁流から逃れたひしがきは、全速力で走った。

 

後ろからはまだ罵声が聞こえる。それを振り払うようにして、ひしがきは遮二無二駆け出した。今までひしがきが守ってきた場所は、ひしがきにとってもはや敵地と化していた。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

ひしがきは無我夢中に走っていた。どこをどう走っていたかもよく覚えてはいないひしがきは、気が付けば博麗神社の石段に倒れて這い上がっていた。

 

何が悪かったのだろうか?自分は、命を賭して戦った。守ろうとした。里の人間が自分に対してあまりよくは思っていないことは知っていた。それでも、いつかは認めてくれると、自分の苦労を労ってくれるだろうと期待もしていた。

 

 

―――――死んで償え

 

 

「!……ウ、オェェェ!」

 

あんまりな里の人間たちからの仕打ちに、ひしがきは胃の中のものをぶちまけた。気を抜けばまた後ろから追って来るのではないか。そんな焦燥感に追い立てられたひしがきは逃れようと博麗神社へと必死に向かっていた。

 

そして、石段を登り切った時、

 

「………………………………え?」

 

そこにはこれまで一緒にいた狐の女性ではなく、その主人である妖怪の賢者八雲紫がいた。だがひしがきがそれよりも驚いたのはそこではなかった。ひしがきの視線はその横にいる者に向いていた。

 

八雲紫の隣に立つ人物、それは

 

 

 

 

――――――懐かしいとさえ思う先代の博麗の巫女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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博麗の巫女はアフターケアも充実しているクリーンなお仕事



ひしがきが、やばい。

この人でなしぃ!


 

 

 

 

 

 

艶のある長い黒髪。赤と白の紅白を配色した巫女服。以前の歴戦の猛者を思わせる威圧感は今は感じない。戦いの前線を退いたせいだろうか、落ち着いた…とはまた違う空気を纏っていた。

 

「こうしてお会いするのは初めてですわね、博麗の代理。一応自己紹介をしておきましょう。私は八雲紫、妖怪の賢者と呼ばれている者ですわ。もっとも、私の式からすでにいろいろ聞いているでしょうが」

 

ひしがきが先代巫女に視線を囚われたままの状態で、八雲紫は割って入るように言葉を入れる。

 

ひしがきが八雲紫に視線の向けると、扇で口元を隠しこちらを見通すような目で妖怪の賢者はひしがきを見ていた。

 

「…………」

 

「あ……」

 

こちらを無言で見ている八雲紫の後ろに、ひしがきは見知った顔を見つけた。八雲藍。数年をこの神社で共に過ごしてきた彼女はこちらを見ずに、目を伏せたまま八雲紫の後ろに控えている。

 

声をかけようとしたが、思わず思いとどまった。八雲紫の後ろにいる彼女は、まるで主人の命を待つ番犬の様に佇んでいる。その姿に、ひしがきは無言で拒絶されているかのような錯覚を覚えた。

 

「ら、藍………」

 

それでも、今は何かにすがりたいひしがきはその名前を呼ぶ。しかし、彼女は目を伏せたままひしがきを見ようとはしない。

 

「っ……藍!」

 

いつもなら理知的で、優しくこちらの目を見て応えてくれた。その存在にひしがきは心から感謝していた。目の前の藍は、それを否定しているかのようで、気が付いたら無意識にひしがきは声を上げていた。

 

「…………」

 

すぅ、と静かに藍は目を開いた。ようやく目を開いた藍はそこではじめてひしがきと目を合わせた。

 

「……!」

 

藍と目があった瞬間、ひしがきは深く暗い底に突き落とされたような気がした。そこにはひしがきが望んだ、かつて一緒に過ごした女性の顔はなく、敵意さえ含んだ冷たい目でこちらを見据える姿があった。

 

思わずひしがきはその場に膝をついた。里の人間からの非難以上の衝撃がひしがきを打ちのめした。藍はそのまま無言で再び目を伏せた。言葉すらも、彼女はかけてくれはしなかった。

 

「……ひしがき」

 

そのやり取りを眺めていた八雲紫は今だ自分の式を呆然と見ているひしがきに語りかける。

 

「これまで博麗の代行、御苦労でした。まあ、最後はその役目を十分に果たせなかったようですが、それはいいでしょう。藍から聞いているでしょうが新たな巫女の準備が整いましたので今回はそれを伝えに来ました」

 

新たな巫女。その単語に、ひしがきはゆっくりと八雲紫に顔を向ける。

 

「もう一度言うわ。あなたはもう博麗になる必要はない。これからは好きな所で、好きな様に暮らしなさい」

 

「―――」

 

言葉が出ない。それほどに、あまりにもあっけなく唐突に、それは告げられた。

 

博麗の任を降りる。近く来ることはわかっていた。だがまさかこんなタイミングでそれを通告されるとは思わなかった。次々にやって来る衝撃に、ひしがきはもはやどう応えていいかわからなかった。

 

呆然とするひしがきに、八雲紫は淡々と話を続けていく。

 

「それでは、あなたにはこれまでの歴代の巫女たちと同じ処置を施させてもらうことになるのだけれど…聞いているのかしら?」

 

僅かに八雲紫の目が細くなると同時にひしがきの上に思い重圧が圧し掛かった。

 

「………!?」

 

いきなり襲い掛かってきた重圧から反射的にひしがきはすぐにその場から飛び退く。たとえ疲労困憊していようと、これまで一人で戦ってきたひしがきはその攻撃で一気に我に返った。

 

「話を続けますわ。あなたに施す処置、それは他者からのあなたへの認識を変える事です」

 

我に返ったひしがきは、しかし有無も言わせずに話を進める八雲紫の言葉を聞いていることしかできない。

 

「……認識?」

 

「歴代の巫女は、その役目を終えた後に巫女であったことを他の人間や妖怪からは認知できなくなる。もちろん例外はいます。ある程度の以上の力を持つ存在には認識を変える事はできませんわ。」

 

博麗の巫女は、新たな巫女に代替わりをする時、その存在を分からなくする。それは何も巫女がいたこと自体を無かったことにするわけではない。巫女がいたという記録は残る。ただそれが、誰であったかは分からないようにするということだ。

 

博麗の巫女は幻想郷の重要人物。たとえ引退したとはいえその立場にいたことは変わりはない。妖怪の恨みから被害を受ける事や里でよからぬ人間に利用されてしまう事もあるかもしれない。

 

それを防ぐために巫女を退く者には博麗の巫女であった事実は隠され里、あるいはそのまま博麗神社で暮らす場合が殆どであると言う。その説明を受けた時、ひしがきは暗く覆われ空に光が差したような気持ちになった。一瞬でこれまでの疲れが吹き飛び思わず飛び上がりそうにさえなった。

 

自分が博麗の代理であった事実が消える。それならば自分は博麗を降りた後にまた里に戻ることができる。今回の件でもはや里に自分の居場所は無くなってしまったかと思っていたがそれは間違いだった。そうだ、自分は力を尽くしたのだ。たとえ力が及ばなかったとしても自分がこれほどまで酷い仕打ちを受けていいわけがない。

 

ひしがきの顔に安堵の色が表れる。

 

 

 

―――――だがしかし、

 

「ですが、」

 

妖怪の賢者はそれを嘲笑う。

 

「それはあなたのためになりませんわ」

 

 

 

「…………………は?」

 

俺のためにならない?一体彼女は何を言っている?

 

「別にあなたがこれまでの巫女たちの様に認識を変える事に何の問題もありません。……ただし、あなたの大事な家族はどうかしら?」

 

「……どういうことですか?」

 

一体家族がどうというのであろうか?

 

「………っ!!」

 

そうかっ!認識を変えるということは俺の今までの経歴そのものが里の人間からわからなくなるということ。それはこれまで俺が生きてきた人生を隠して生きていかなくてはならないということだ。それは俺の家族も例外ではない。つまり自分の家族達に、俺が家族だったということもわからなくさせるということになる。

                                

ひしがきの脳裏に弟妹が、共に戦ってくれたいろはの顔がよぎる。自分があの子達の兄であった事実を変えるということはあの子達を、特に自分を慕って共に戦ってくれたいろはの想いに対する裏切りでもある。

 

ギリッ、っとひしがきは奥歯を噛みしめる。自分をこれまで支えてくれた子達の想いを踏み躙るなんてことはできるはずもない。……だが、それでは自分はどうなるのか里にも居場所は無く、行く当てがなくなってしまう。それに今更になって気づいたが自分の家族たちも俺の身内というだけで里の人から責められるかもしれない。

 

避難所にいるであろう家族の身が気がかりになる。しかし、今更自分が戻るわけもない。なれば、たとえ裏切ることになってしまったとしても、やはり認識を変えた方があの子達は静かに暮らせるのではないだろうか?家族で無くなったとしても、その姿を近くで見守れるならば。

 

「……何か勘違いしているようだから忠告しておきましょう」

 

「え?」

 

「私は別に、あなたとあなたの家族の関係を危惧しているのではありませんわ」

 

冷たく言い放つ八雲紫に、ひしがきは背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

 

……そうだ、今までこの妖怪の賢者が自分の事に気を配ったことがあっただろうか。藍という存在を自分の元に着けたがそれもすべては幻想郷のため。事実今、役目を終えようとしている俺の側に藍はいない。言葉さえも掛けてくれない。なら一体、八雲紫は何のつもりで俺に忠告などと言っているのか?

 

「何故、博麗の巫女は一人きりで戦うのだと思うかしら?」

 

「……何故って、それが博麗の仕事だからだろう。人妖のバランスを保つために、妖怪に対する抑止力となる人間。そんな人間なんて元々多くはないだろうし」

 

「間違ってはいないわね。でもこの場の回答としては外れよ」

 

俺の考えを八雲紫はあっさり切って捨てる。

 

「あなたの言う通り博麗の巫女は特別な存在であるがゆえにその責務も大きくのしかかる。その重荷は巫女にしか背負うことはできない。一人きりで戦わなければならない理由は多くあるけれど、ここでの正解は認識を変えられるのは巫女だけになるという事よ」

 

「………巫女だけ?」

 

「わからないならヒントをあげましょう。あなたは鬼と一人で戦ったのかしら?」

 

「――――あっ」

 

違う。俺一人じゃない。あそこにはいろはもいた。つまり俺の認識は変わってもいろはは変わらないということだ。

 

「もちろん、それだけであの子がどうなるわけでもないでしょう。しかし、あなたは里に被害を出してしまった博麗として認識されている。そしてあの子はその博麗と共に戦った存在。あなたは認識を変えられても、彼女は変えられない。今回の件で里の人間は今代の博麗に対する憤りをぶつけるようとするでしょう。しかし、それが誰だかわからない。ならその矛先はどこに向かうかしら?」

 

体が、恐怖に震える。それはこれまでの恐怖とは違う恐怖。自分の身に降りかかる災悪に対する恐怖ではない。自分のせいで自分の大切なものに悪意が降り掛かってしまう事への恐怖。

 

「博麗が一人で戦わなければならない理由。それはその責務の重さゆえに迂闊に博麗にかかわってしまえば被害が増してしまうから。だからこの博麗神社も里から離れた場所にある」

 

「どうすればいい……」

 

ひしがきは地面に膝を着き首を垂れる。

 

「どうすれば……どうすれば、いろはは……どうしたら………」

 

ひしがきは初めて戦い以外で心を折られた。苦しくても辛くても逃げることはなかった、折れることはなかった。かつて一度だけ花の妖怪に心も体も痛めつけられた時以外に、失意したことなどなかったのに。途方に暮れたひしがきは、かつてと同じく絶望に暮れる。

 

「とはいえ、あなたは正規の博麗というわけでもなかったわね。元々は里の人間が不安を拭い去るためだけに用意した異端の博麗。……けれど最後にその役目を果たせなかったとは言え、確かにあなたはよくやってくれましたわ。おかげで次代の巫女を探し出し育てる準備もできた」

 

八雲紫の声の含むところにひしがきは顔を上げてすがるように彼女を見る。八雲紫は口元に小さな笑みを浮かべてひしがきに語り掛ける。

 

「あなたが望むなら、条件付きであなたの妹は博麗とは別に鬼と戦ったということにしてあげてもよいわ」

 

「分かった!」

 

その言葉を聞いた瞬間に、すぐにひしがきは答えた。ひしがきにとって、それは当然だ。自分のせいでいろはを苦しめるなどあってはならない。そのためならば条件などいくらあっても関係はない。

 

「契約成立ですわね」

 

ひしがきの返答に満足気に笑うと、八雲紫はスキマを出して藍とともにその中に入っていく。

 

「条件は追って伝えますわ」

 

それだけ言って、妖怪の賢者は式とともに姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

風が静寂の中で冷たく吹く。

 

その場に残されたひしがきは、さきほどから打ちひしがれその場に蹲っている。

 

「……博麗の巫女は」

 

それまで何も語らずに黙っていた先代巫女が静かに語りだした。

 

「孤独な立場だ。その役割は、代々巫女たちによって受け継がれてきた。歴代の巫女たちの背負ってきたもの、その想いごと受け継いでな」

 

ひしがきは、変わらずその場から動かない。その表情は窺い知れず、声が聞こえているのかさえ分からない。それでも先代巫女は語り続ける。

 

「お前はその間に入り込んできた。たとえお前にその意思がなかったとしても、受け継がれてきたその責務をお前は守れずに、結果その立場を危ぶめた。……紫が言わなかった条件をここで言おう。お前はこれまでも、この先も、一生博麗の『代理』であり続けろ。自分で背負いきれなかった重荷の責は、お前だけが背負え」

 

そう言って先代の巫女神社の奥へと入っていった。

 

「……………」

 

ひしがきは、動かない。

 

動けないのではない。身体は怪我もしていれば疲労も色濃いがこの程度、これまで戦い続けてきたひしがきにとっては問題ではない。

 

それでもひしがきは、動かない。

 

わかるのは、その体が小さく震えていることだけだった。まるで身を隠すように小さく身を縮め、ひしがきは震えていた。苦しいのか。辛いのか。それとも泣いているのか。

 

………そのどれでもない。ひしがきは堪えていた。今の孤独と、これから来るであろう、本当に独りぼっちになってしまうであろう未来に。

 

今更何のために堪える必要があるのか。ひしがき自身、その理由はわからなかった。今はただ、立てるようになるまで堪える事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 






長くなりましたがここまでで一章が終わったという所です。

次回からはまた時間が一気に飛びます。異変は全部飛ばします。オリジナルの異変を書く予定です。

そしてお待ちかね、ひしがき君救済タイム&ヒロイン登場となるのでお待ちください。さて一体だれがひしがきを救う女神になるのか?



……もちろん絶望も沢山あるので安心してください。




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また時は過ぎて…



や、やっと投稿できた。

遅れて申し訳ない。週一ペースって思っていたより難しい…。ちょっとこのペースを落として10日に一回のペースでやっていきます。バタバタして申し訳ないです。

とりあえずここからは第二章といったところです。原作キャラとの出会いも一気に増えます。

またたくさんの感想ありがとうございました。




 

 

 

 

幻想郷。

 

忘れ去られたものたちの最後の楽園。現代では生きていけなくなった者達が暮らす隔絶された世界。

 

人、妖怪、妖精、神、幽霊。その他にも多くの種族が暮らす隠れ里。多くの種族が暮らすその世界では人間はあまりに脆く、弱い存在である。

 

そのため幻想郷には幻想郷の人間と妖怪のバランスを保つための守護者がいる。

 

博麗の巫女。

 

幻想郷を覆う博麗大結界の管理者でもあり異変を解決する役割を担うその立場は当然の如く力と責任が問われる。

 

今代の巫女、博麗霊夢は幼くして博麗の巫女としてその任に着いた。霊夢がその役割についた当初、里の人間は前任者の事もあり妖怪の恐ろしさを痛感した人々は、まだ幼い霊夢に不安を拭えなかった。

 

幸い霊夢が巫女に就任してから数年は大きな異変もなく、また霊夢も問題なく妖怪退治を行えていたため問題となることはなかったが、それでも多くの人間が安心できてはいなかった。

 

 

だが、その状況は一変する。

 

 

紅霧異変。

 

幻想郷における新たな決闘法として考案された弾幕ごっこを広く伝えたこの異変により霊夢は仲間とともに博麗の巫女として大いに活躍することになる。

 

人間が妖怪や神と対等に戦える方法を考えたこと。また、紅霧異変を始めとする幻想郷の後世に残るであろう大規模な異変を次々と解決していった霊夢はかつての前任者が犯した失態など忘れさせるほどに人里に安堵を取り戻した。

 

また、彼女の人間や妖怪を問わず惹きつける雰囲気や誰であろうとも平等に接する性格から、里の人間だけでなく多くの妖怪からも好かれる事になった。

 

博麗霊夢は名実ともに幻想郷の守護者として認められていた。

 

 

 

―――――ただし

 

博麗には博麗霊夢を指す正の面の他に、もう一つの面が存在する。歴代の博麗の中で唯一その名を残すその者について、里の人間は決して触れようとはしない。

 

名前を出すことさえも憚れるその存在は里の人間から博麗の代理と呼ばれ嫌悪されている。

 

博麗の負、ひしがきが博麗の任を退いてから7年の時が過ぎていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霧の湖。妖怪の山の庵に存在する、大きな湖。昼間は霧が湖を覆うように包んでいることからそう呼ばれている。妖怪の山や魔法の森、吸血鬼が住む紅の館が近くにあることから人は滅多に訪れない場所。逆にここには多くの妖精や妖怪たちが集まって来る場所だ。

 

その一角、霧の湖が魔法の森と隣接する場所に入江がある。そこには魔法の森の陰に隠れるように一軒の小さな丸太小屋があった。ずいぶんとみすぼらしい、と言うか素人の手作り感あふれるその小屋はお世辞にも見栄えがいいとは言えない。

 

それでも一応、丈夫には作られているらしく太い丸太を隙間なく組まれておいり、その造りは里の家よりも頑丈にできている。だが丈夫さを重点に置いて作られたためか一見するとまるで倉庫か、もっと言えば牢屋のような小屋だった。

 

朝日が昇るころ、その小屋の扉が開き家の持ち主が姿を現す。まず目についたのはその着ている着物である。鮮やかな朱色に染められた衣。その上からはでも鍛え抜かれた身体と体のあちこちにある様々な傷が見て取れる。そして、肩にかかる程度まで伸ばされた髪を後ろに束ねている。

 

寝ぼけ眼で欠伸をしながらその青年は湖の端に膝を着くと顔を洗う。顔を上げ髪を後ろへと搔き上げる。そこには成長したひしがきの顔があった。

 

背はこの7年で大きく伸び身体も大きく立派に育っている。ただ、それ以上に明らかに増えた無数の傷跡が、この7年間がひしがきにとってどれだけ過酷であったかを物語っていた。

 

しかしその表情は、昔と同じようにどことなく暗い影こそ見えるものの悲壮に満ちてはいなかった。

 

ひしがきは大きく伸びをすると、小屋に戻ろうと湖に背を向ける。

 

 

 

っと、思いきやいきなり飛び上がるとそのまま湖へと落ちていく。水面ギリギリで結界を張ったひしがきは一見して水の上に立っているかのように着地する。そして、素早く水の中に両手を突き入れたかと思うと勢いよく何かを引っ張り出した。

 

「きゃあ!?」

 

ひしがきが両手で持ち上げたそれは驚いたように声を上げる。

深い青色に肩につかない程度の縦ロールの髪型をした少女がそこにいた。深緑色の和装。下部分はスカートのように布が重なっている。和服にしては肩紐とスカート裾全体に白いフリルがふんだんに盛られている。

 

だが注目するべきはそこではない。彼女の下半身、スカートからは人間の足ではなく、薄い青色をした魚の尾びれが出ていた。耳の位置には、これまた人間の耳ではなくひれのようなものがついている。

 

彼女は人間ではなく妖怪。この湖に住む淡水の人魚。その名をわかさぎ姫という。

 

「おはよう、姫」

 

「……あはは、おはようございます。驚かそうと思ったのに、見つかっちゃいましたね」

 

「バレバレだよ」

 

困ったように笑うわかさぎ姫を抱きかかえ、ひしがきは結界で岸まで足場を作り、小屋へ戻っていく。

 

「今から朝飯作るけど、食ってく?」

 

「わぁ、いいんですか」

 

両手を合わせ嬉しそうに笑顔を浮かべるわかさぎ姫に、ひしがきも笑顔を返す。

 

「ああ、実は新鮮で型のいい魚を捕まえたんでな。刺身に天ぷらと色々作れそうだ」

 

ひしがきの言葉にわかさぎ姫が笑顔のまま固まる。

 

「あ、あの、その魚ってまさか………」

 

「さて、どこから捌こうかな?……姫、お前ってどこが美味しいんだ?」

 

「や、やっぱりーーー!?ごめんなさい、刺身も天ぷらも嫌です!!煮てよし、焼いてよし、けど刺身と天ぷらはイヤーーーーー!!」

 

「そっか、じゃあ甘露煮だな」

 

「や、やっぱり煮るのも焼くのもイヤですーーーーー!!」

 

ビチビチと生きのいいわかさぎ姫を抑え込んでひしがきは小屋に入っていった。

 

 

 

 

 

 

小屋の中でひしがきは朝食の支度をしていた。

 

米を炊き、自家菜園で育てた野菜の漬物と味噌汁、それから魚の塩焼きが朝のメニューだ。一応言っておくがこの魚はわかさぎ姫ではなくただの淡水魚だ。

 

「うう、捌かれるかと思いました……」

 

「あー、よしよし大丈夫だから安心してわかさぎ姫」

 

「ひしがき、ちょっといじめ過ぎ」

 

食事の準備をするひしがきの後ろでわかさぎ姫の側で彼女を慰めている2人の少女がひしがきに声をかける。2人、と言う表現はいささか間違っているかもしれない。

 

一方は長いストレートの黒髪。頭には獣の耳が生えており、手には長く鋭く赤い爪を伸ばしている。 赤・白・黒からなる三色のドレスを身にまとい、ドレスの袖口からは黒い毛がはみ出ている。

 

もう一方は赤いショートヘアー。青いリボンと裏地が青の赤いマントを身に着けており、マントと一体になったマフラーのような部分で口元が隠れている。赤いミニスカートと黒いブーツを履いており、ブーツとリボンには赤い刺繍もしくは紐のようなものがついている。

わかさぎ姫よりはそのシルエットは人間に近いがその正体は正真正銘の妖怪。狼女の今泉影狼とろくろ首の赤蛮奇と言う名の妖怪である。

 

影狼がよしよしとわかさぎ姫を慰め、蛮奇が半眼でこちらを責めるように視線を向けてくる。ひしがきは居心地の悪さを感じつつ、若干やり過ぎたかなと反省する。

 

「すまんすまん、ちょっと反応が面白かったんで悪乗りした。姫、謝るから許してくれ」

 

「ぐすっ、別に怒ってなんていません」

 

そう言ってかわいくそっぽを向くわかさぎ姫にどうしたものかと考える。このおかんむりな人魚をどうやって宥めたものかと視線を影狼と蛮奇に向けるが小さな溜息と苦笑が返って来るだけだ。

 

仕方がないと小さく息を着く。隠れて脅かそうとしたわかさぎ姫に対する小さな仕返しのつもりだったのだがかえって失敗したようだ

 

「ごめん姫。謝るから許してくれ。俺のできる範囲なら、何かして欲しいことがあるならするから、な?」

 

そう言ってわかさぎ姫と目線を合わせて両手を合わせる。わかさぎ姫はこちらに顔を向けてくれたが、まだちょっと私怒ってますと言いたげに頬が膨らんでいる。

 

「ほら、ひしがきも謝ってるんだから許してあげたら」

 

「妖怪なのに人間のひしがきに脅かされてるわかさぎ姫も悪い」

 

「う~、……わかりました」

 

わかさぎ姫を慰めていた2人がこちらに付いてくれたことでわかさぎ姫はようやく機嫌を直してくれた。

 

「その代り、ちゃんとお願い聞いてくださいね?」

 

「分かってるよ。それじゃあ朝飯にしよう」

 

ひょいっとわかさぎ姫を抱えて食卓へと運ぶ。影狼と蛮奇もそれぞれ自分の席に移動する。

 

「それじゃあ、いただきまーす。」

 

影狼が元気よく手を合わせる。

 

「ん、いただきます」

 

蛮奇が目を閉じて手を合わせる。

 

「いただきます」

 

わかさぎ姫が品よく手を合わせる。

 

「はい、召し上がれ」

 

それを見て、ひしがきも手を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて博麗の代理と呼ばれた少年は、全てを失った。

 

家族や帰る場所、自分の拠り所となるものすべてを失って、それでも博麗の代理として生きていた。

 

 

 

そうして今、彼は笑っている。そこには、彼が長い間求めていた安らぎがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギリッ

 

 

どこか遠い場所で何かが軋む音がした。

 

 

 

 







ようやくヒロインたちが出せました。

あんまり草の根ネットワークがヒロインの作品を見ないんで彼女たちをヒロインに抜擢しました。ちなみに蛮奇も草の根の一員という設定です。

たぶんこの配役は予想外だったのではないでしょうか?さて、心身ともにズタボロだったひしがきはいかにしてこの7年を過ごし彼女たちと出会ったのか?

今から書くのが楽しみです。



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訳が分からないよ


ヒロイン登場で感想に様々な反応がありました。

いきなり7年後を持ってくるのはミスったかと思いましたがそこら辺は寛大な目で見ていただけるとありがたいです。

今回から7年の間ひしがきがどう過ごしていたかを書いていきます。その間の異変は輝針城以外はあんまり触れませんのでご了承ください。






 

 

 

 

無縁塚の一角に、ゴミの山に埋もれるように小さなプレハブ小屋があった。人に忘れ去られ幻想郷に流れ着いたそのプレハブ小屋は窓が割れ扉は開けっ放しのままで外れかかっている。

 

中は埃にまみれで落ち葉が散っている。錆びついた折り畳みの机とパイプ椅子だけが寂しく置かれていた。

 

その小屋の隅に、小さく膝を抱えたひしがきが座り込んでいた。ひしがきは、顔をうずめて微動だにしない。いっそこのまま消えてしまいたいと願うように、ひしがきは小さく自分の体を抱えていた。

 

 

 

 

あの時、先代に博麗の代理で有り続けろと言われた後、ひしがきは博麗神社を去った後に無縁塚へと向かった。行く当てのない自分には、あの場所しか行く当てが思いつかなかった。

 

フラフラと、おぼつかない足取りで無縁塚に着いたひしがきは、ゴミの中に埋もれたこの小屋を見つけると、そこに身を隠すようにして居座った。

 

しばらくした後に八雲紫が現れて改めて条件をひしがきに提示した。

 

一つは先代がひしがきに言った通り、ひしがきは今後も博麗の代理であった事の認識を変えないという事。そして、代わりにひしがきがこれまで関わったすべての存在からひしがきの存在を消すことだった。

 

つまり、ひしがきは彼が歩んできた博麗以外の人生を幻想郷から、里から、家族から、弟妹から、そしていろはから忘れ去られてしまうという事だ。そして後に残るのは博麗としての記憶のみ。

 

まさしくひしがきは博麗の代理としてしか生きていけなくなることになった。

 

そしてもう一つ。八雲紫はひしがきに条件を告げた。

 

生き続けろ、と。

 

妖怪が、人間が、どれだけひしがきを追い立てようとも、死ぬことは許さない。どれだけ苦しもうとも、踠き生きろと。もし死ぬことがあれば、契約が破られたものとし自分の家族は再び博麗の代理(ひしがき)の身内として認識される。

 

何故、俺になお生きろというのか。その真意を聞く前に、八雲紫は条件だけを告げた後姿を消した。

 

その場に残されたひしがきは、何も言わず再び顔を伏せて座り込んだ。

 

 

 

 

1日が過ぎた。更に2日。3日、1週間と過ぎ、ひしがきはまだそこに座り込んでいた。飲まず食わずで、身動き一つ取ることもなく。

 

このまま消えたい。このまま楽になりたい。苦痛からの解放を求める声が頭に木霊する。このまま、何もせずにいれば………

 

 

 

 

 

 

『             あにうえ…』

 

 

『          アニキ…』

 

 

『    にいちゃん…      おにいちゃん…  』

 

 

 

 

「――――」

 

……だが、このまま死ぬことは出来なかった。のそりとひしがきは立ち上がる。俯きながらフラフラと歩く姿はまるで幽鬼の様で、生気を感じさせなかった。

 

 

 

博麗の仕事を退いた後のひしがきの生活は以前よりも厳しい状態が続いた。何故ならば人里という共同体から完全に切り離されたひしがきには食料や生活するうえでの必要な物資を自分ひとりで得る必要があったからだ。

 

獣を狩り魚を取り野菜を探してフラフラと幻想郷を歩き回った。しかし、里から追われた元博麗に幻想郷は過酷だった。

 

一人で彷徨う人間をみすみす逃がすほど妖怪は甘くない。それが自分たちを退治する博麗であるなら、恨む妖怪もまた少なからずいる。

 

恨むことはないにせよその存在を歓迎するコミュニティは妖怪側にも存在しない。一度妖怪の山に向かった時、ひしがきは天狗たちに拒絶され近づくなと警告された。

 

文字通り無縁となったひしがきは結局乏しい食料を抱えて元のプレハブ小屋に戻って行くのだった。

 

 

 

 

一度ひしがきは香霖堂に行ったことがあった。

 

森近霖之助はひしがきが人里の人間であった事やそれに関連した事など忘れているはずだ。しかし、博麗として親交のあった霖之助ならあるいは自分の助けになってくれるのではないかという希望があった。

 

香霖堂の扉に手をかける。

 

「…………」

 

もし、拒絶されたら……。ひしがきの頭に里の人間たちがよぎる。霖之助は、ひしがきにとって数少ない理解者であり、ひしがきは霖之助にどこか友情すら感じていた。

 

故にひしがきにとって霖之助からも拒絶されることは里の人間に拒絶されること以上に恐怖であった。

 

扉に触れた手が震える。やはり引き返そう。そう思い扉に背を向け足早に歩き出す。

 

ガチャ

 

その後すぐに後ろから扉が開く音がした。ひしがきが振り返ると、そこには香霖堂から出てきた霖之助の姿があった。

 

「あ………」

 

ひしがきは罪悪感にも似た居心地の悪さに、思わずその場から後ずさった。

 

「……何か用かい?」

 

霖之助は、淡々とした口調で尋ねる。

 

「……食料が欲しい」

 

ひしがきはしばらく迷った後、目的であった品を言った。霖之助は小さく頷くと、店の中に入っていった。

 

しばらくして霖之助が店から出てくると、その手に持った籠の中に米や野菜などの食料が入っていた。

 

「金はあるのかい?」

 

そう尋ねる霖之助に、ひしがきは持っていた物を霖之助の前に置いた。それは無縁塚でひしがきが拾った外から流れ着いた道具だった。霖之助が好みそうな物をいくつか選んで持ってきたのだ。

 

霖之助は置かれたその道具を一つ一つ手に取って調べる。そして、それが終わるとひしがきに食料の入った籠を差し出した。

 

「いいだろう。持っていくといい」

 

その言葉にひしがきは心から安心した。籠を受け取り大きく頭を下げる。霖之助は手を振り道具を持ってさっさと店の中に入っていった。その後も、ひしがきは頭を下げていた。

 

ひしがきは嬉しかった。かつての居心地のいい場所がもうなかったとしても、少なくともその場所に自分は拒絶されることはなかったのだから。

 

ひしがきは籠を両手で抱きしめるように持つ。その中には米と野菜だけではなく塩などの簡単な調味料も入っていた。

 

小屋に戻って食事の準備をしよう。

 

何日か振りにひしがきは僅かであるが安堵の表情を浮かべた。

 

「…………ん?」

 

ひしがきの視線の先からこちらに向かってくる人影が見える。恐らく数は一人。方角からして恐らくは人里から来たようだ。

 

見つかれば面倒なことになると思いひしがきは隠れるようにして道を逸れた。少なくとも今はできる限り里の人間に会いたくはなかった。向こうはこちらに気づいていないようで追ってくる気配はない。

 

そのままひしがきは無縁塚に向かおうとして、足を止めた。

 

待てよ?里の人間が一人で香霖堂にやってくるだと?

 

香霖堂では霖之助が拾ってきた外の道具と霖之助の発明品を売っている場所だ。はっきり言って幻想郷においてその店の需要は高くはない。そのため香霖堂に行く人間はほとんどいない。仮に一人で香霖堂に用があるとしたら、それはほとんどひしがきの既知しかいない。

 

一人は霖之助がかつて修行していたという霧雨の主人。もう一人は寺子屋で使う道具を買いにくる上白沢慧音。将来的には霊夢や魔理沙も加わるが今はまだ早い。後は……。

 

「っ!」

 

残りの人物に思い当たった瞬間、ひしがきはもと来た道を引き返していた。

 

その人物を、ひしがきはよく知っていた。香霖堂の事を教えたのは、ほかならぬ自分なのだから。何か必要な物があったなら森近霖之助に頼めと。

 

ひしがきはすぐにその人影に追いついた。その人物はひしがきの気配を感じるとこちらに振り向くいた。

 

背中まで伸びた黒い髪は一つに纏めている。着ている桜色の衣は動きやすいようにしているのか丈が膝上までしかない。その背中にはまだ丈に合っていない刀を背負っている。

 

そこには、いろはが立っていた。

 

『――――――』

 

二人の視線が重なる。

 

いろはは、ひしがきのことを覚えていない。正確にはひしがきが兄であったことを覚えていない。そしてひしがきと共に過ごした日々も覚えてはいない。それでも、

 

(……無事だったんだな)

 

あの時、血を流し倒れていたいろは。その後里を追われてどうなったかを知ることができなかった。そのいろはが今、自分の前に立っていた。その事実だけでひしがきは喜んだ。

 

いろはが無事でいてくれること。それはひしがきにとって自分の存在が肯定された事も同然だった。例え彼女にとって自分は他人だったとしても、自分にとって彼女は今もまだ大切な妹なのだから。

 

何か言葉を交わしたい。そう思いひしがきが口を開いた。

 

「よ―――ザクッ…………えっ?」

 

 

 

しかし、ひしがきが言葉を発する前に、目の前に銀閃が通り過ぎた。

 

そのあとすぐに、ひしがきは頬に暖かいものを感じた。手で頬に触れると、その手は赤く濡れている。

 

目の前には、いつの間にか刀を抜いたいろはがいた。

 

「―――――――――………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」

 

わけが、わからない。手に持った籠が落ちて中身が地面に転がる。

 

何故、自分の手に赤いモノが付いているのか。

 

何故、自分の頬が鋭い痛みを感じているのか。

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」

 

何故、いつの間にかいろはが目の前にいるのか。

 

何故、刀を抜いて構えているのか。

 

―――――何故、そんな恨みのこもった眼で俺を見ているのか。

 

「………………………い、ろ……」

 

そして再び銀閃が奔った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無縁塚。

 

幻想郷のはずれ。魔法の森を抜け再思の道と言う道を進んだ先にある場所。秋になるとこの場所には多くの彼岸花が咲き乱れ、春には紫色の妖怪桜が咲く。この場所は人や妖怪はまず寄り付くことが無い。ここの彼岸花は毒を持ち、妖怪桜が散り行くさまは悲しすぎるからだ。

 

そんな場所に一つの人影があった。

 

その場に立ち尽くし、ひしがきは天を見上げる。身体には真新しい無数の切り傷を負っている。その表情は、悲しんでいるわけでも苦痛に歪んでいるわけでもない。信じられない、と呆然としていた。

 

いろはが刃を向けてきた。あまつさえこちらに向かって切り付けてきた。その事実が、未だにひしがきは受け入れられなかった。

 

必死になっていろはに止めるように言葉をかけた。この理不尽な争いを早く止めようと、いろはの刃を避け続けた。

 

だが、いろはは止まってはくれなかった。恨みのこもった眼でこちらを睨むいろはは、一度だけ口を開いてこう言った。今まで聞いたことのない、冷たい声で。

 

 

「…お前のせいで」

 

 

 

 

無造作に点在する石の中、ひしがきは立ち尽くす。

 

何が、一体何が起こったというのか?

 

自分は今まで、ずっと戦ってきた。里のために、家族のために、弟妹のために、ずっとずっと戦ってきた。

 

なのになんだというのか?このありさまは?俺が何をしたというのか?それとも、俺が間違っていたというのか?

 

 

『…お前のせいで』

 

 

「……なんでだ?いろは?」

 

なんでそんな事を言うんだ?なんでそんな風に俺を見るんだ?

 

ひしがきの中で何かが大きく崩れ始めた。

 

 

 

 

 

無縁塚。ここには弔う者のいない人間が葬られる場所。

 

未だ生き続ける、ひしがきが行きつく先は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





前に第二章は救済と言っておきながらこの始末……7年後を最初に持ってきたのはちょっとここら辺の絡みもあったんですよね。

どうしても最初はひしがきの人間(と妖怪)関係をなるべくゼロにしないと救済しづらかったんで。

ここまで来たらもうお終いだぁ、っと思うかもしれませんがちゃんとそんなことにならないように物語の筋はもう考えてあるので多分大丈夫…かと思いますよ?

いや、こうしないと物語繋がらなかったんです。とにかく今後の展開を楽しみにしていただけるとありがたいです。





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たまには誰かと話さないと気が滅入る






 

 

 

 

 

どれだけ今に執着しても、どれだけ過去を悔やんでも、どれだけ未来を拒んでも、時間はどこまでも平等に、容赦なく過ぎ去っていく。

 

過去は遠くなり、現在が過去になり、未来は現在になる。

 

幻想郷ににおいても、外界においても、それはありとあらゆるモノにとって等しいものだ。人、妖怪、妖精、神、幽霊。あらゆる種族が住まう幻想郷においてもそれは変わらない。

 

時の流れとともに幻想郷は、騒々しく賑やかに移り変わっていく。

 

 

紅い霧が太陽を遮った。

 

春には雪が降り積もった。

 

人里では宴が終わらなかった。

 

夜が明けずに満月が昇り続けた。

 

花が咲き狂い霊が大量発生した。

 

幻想から飛び出し月へ渡った。

 

新たな神が幻想に降り立った。

 

緋色の空の下で大地が揺れた。

 

地底から怨霊が飛び出した。

 

宝船が魔界へと漕ぎ出した。

 

聖人の下に神霊が集った。

 

宗教家による人心掌握が起こった。

 

 

過ぎていく時間の中には多くの出会いと別れがある。幻想郷の巫女、博麗霊夢の周りは時間と共に賑やかになっていった。

 

彼女を中心に、幻想郷の住人たちが集っていく。

 

人、妖怪、妖精、神、幽霊、あらゆる種族が暮らす幻想郷の調停者である博麗の巫女は、新たな幻想郷の暮らしを体現していた。

 

 

 

 

 

しかし、時が過ぎても変わらないものもあった。時が過ぎていく中でも、ひしがきの苦境は続き、それでもひしがきは生き延びてきた。

 

紅い霧が幻想郷を覆う前には、吸血鬼の少女が肩慣らしにひしがきの元を訪れていた。ひしがきの実力に、興味がわかなかった彼女は、軽くひしがきをあしらい去って行った。

 

宴の時には鬼がやってきて力試しを申し込んできた。満月の長い夜には妖怪が徒党を組んで襲ってきた。

 

花が咲き誇った時は、花妖怪が気まぐれにやってきた。死に物狂いで逃げ回り、彼女が飽きて去った後も逃げ続けていた。

 

幻想郷に神がやって来た時は、信仰を得るために神々が勝負を挑んできた。妖怪の寺の住人からは妖怪を多く殺してきたと責められた。

 

異変に直接関わることはなくとも、異変をきっかけにひしがきにも変化は訪れた。ある者は無関心に、ある者は興味を持って、ある者は責め、彼女たちはひしがきの元へとやって来た。

 

その時、ひしがきは彼女たちと多くを語ることはなかった。半ば無理矢理に力を試された時も喚くことはなかった。興味を持って尋ねる者と言葉を交わすこともなかった。責める者に反論を返すこともなかった。ひしがきは拒むでもなく、かといって受け入れているわけでもない。ただ、諦観していた。

 

その中で、一部の者たちは僅かながらひしがきの事情を察して同情し、哀れむ者もあった。だがそれだけ。ひしがきに何かしようとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法の森

 

幻想郷で最も湿度が高く、人間が足を踏み入れる事が少ない原生林。妖怪にとっても居心地の悪い場所として知られる。 森は地面まで日光が殆ど届かず、暗くじめじめしている。森の中は多くの茸の胞子が宙を舞い、普通の人間は息するだけで体調を壊してしまう。

 

そんな森にも住まう者がいる。現在この森には森近霖之助、霧雨魔理沙、アリス・マーガトロイドの三名が生活している。 霖之助が経営する香霖堂は森の入り口。 魔理沙、アリスの家は森の中ほどにそれぞれ存在する。

 

そして、この森にはもう一人、ひしがきもまた魔法の森の一角に身を置いていた。

 

家、と呼ぶにはあまりにみすぼらしい張りぼての様な小屋。中にはほとんど何もないその住処がひしがきの寝床の一つである。

 

小屋の中、あちこちにスキマや穴があるその中でひしがきは座禅を組んでいた。組んでいるとはいってもその姿は瞑想に耽る引き締まったものではない。

 

目は暗く淀み視点がどこに向いているかは分からない。表情は寡黙ではなく亡者を思わせるような沈痛な面持ち。纏う雰囲気は瞑想独特の静けさではなく暗い沈黙。座禅の体裁こそ保っているもののそれは悟りはおろか精神統一さえもできてはいない。

 

ひしがきの中にあるのは、無。自分を、心を何もかもを無くしすべてを忘れること。それが死ぬことは出来ないひしがきが唯一できる、苦し紛れの逃避方法だった。

 

それでもなお、心を無にしようとしてなおひしがきは、逃れることができなかい。消えてしまいそうになるひしがきを繋ぎ止める、かつて家族であり今なお大切にしたい存在。

 

そこに行きつく度にひしがきの心は悲鳴を上げていた。

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

今のひしがきに安息の時は無かった。

 

鍛錬に身を削っても忘れることができない。畑を耕し実りを育てても気が晴れない。何をしても、苦しい。

 

体を休める睡眠でさえも、悪夢にうなされる。過去のトラウマに襲われ悲鳴を上げて飛び起きていた。今は、悪夢を見ることにさえ慣れて、体は休めても心は疲弊し続けていく。

 

ひしがきの目の周りには酷い隈ができていた。頬はこけており鍛えられた体に反してその姿は弱弱しい。

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

時間の流れさえも、今のひしがきには曖昧だ。一日を少しでも苦痛から逃れるために費やし、気が付けば夜になっている。次の日もまた同じことの繰り返し。それがひしがきの日常だった。

 

ひしがきは無言で立ち上がる。瞑想や鍛錬に決まった時間はなく、ひしがきは自分の中で区切りがつくまで行っている。小屋の外に出て少し歩いた先に、暗く湿った魔法の森の一角に日が差し込んでいる。

 

その日が当たる場所に、ひしがきの耕した畑がある。ここでひしがきは自らの糧となる食物を育てていた。

 

畑を見渡すと、ひしがきは畑の整備と作物の様子を見て回る。長い間里の畑の守役務めていただけあって、その動作には無駄がない。ひしがきが丹精込めて育てた作物はすくすくと育ち、大きな実りを育んでいる。

 

ふと、ひしがきの視界に影が過った。上を見上げると空から何かが降りてくる。

 

「こんにちは」

 

それは畑の前に降り立つとひしがきに軽く挨拶をする。

 

袖が無く、肩・腋の露出した赤い特徴的な巫女服と大きなリボン。肩にかからない程度のショートの髪。まだ幼く愛嬌を残しつつも、血の繋がりのない母親譲りの面影で清らかで神秘的な印象を受ける。

 

現博麗の巫女、博麗霊夢はまっすぐひしがきを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

霊夢にとってひしがきとの出会いは突然ではあったが特別なものではなかった。最初は紅霧異変の時、その後も異変が起きた時に何度かひしがきは霊夢と何度か顔を会わせる機会があっただけだ。

 

霊夢にとってひしがきは自分の前の博麗の前任者であり育ての母の代理を務めたと言う縁のある相手ではあった。色々と悪い話を聞いている相手でもあったが霊夢自身、ひしがきにそれ以上思うことはなかった。

 

実際にひしがきに会った後もそれは変わらなかった。むしろ大変だったのは霊夢の友人、いろはの方だった。普段物静かないろはが、ひしがきにあった途端敵意をむき出しにした時は霊夢も驚いた。

 

訳を聞こうにもいろははひしがきについて何も語ろうとはしない。頑なに口を閉ざす友人に、そうさせるひしがきを霊夢はその時に初めて気にした。何となく霊夢はひしがきの元を訪れ話をしようとした。よく一緒にいるいろはや魔理沙には知られないようにして。

 

最初ひしがきは霊夢と顔を合わせようとはしなかった。「帰れ」だの「話すことはない」だの拒絶しかしないひしがきに霊夢はあっさりと引き返した。しかし、霊夢は何となく気が向いた時にひしがきを尋ねた。特に理由はない。強いて言うならやはり友人が気になったこと、そしてかつて自分と同じ博麗だったひしがきに霊夢もまた少なからず興味があったからだ。そうしていく内に、ひしがきは霊夢と少しずつ言葉を交わすようになった。

 

ひしがきは霊夢に会う気もなかったし会いたい相手でもなかったためにできるだけ避けるようにしてきたが、そうやって顔を合わす内に軽く会話をする程度の関係になっていた。もっともひしがきと霊夢が話すことを快く思わない者に気を使っていたという事もあるが。

 

言うまでもなくそれはいろはである。本来であれば魔理沙だけであったはずの異変解決。それにいろはが加わっていたことに僅かに驚きはしたものの、年の近い彼女たちが友人の関係になったことはおかしなことではないと思った。正直自分をよく思っていないいろはの友人である霊夢がこうしてやって来たことの方が戸惑った。

 

ひしがきは腰を下ろすと、持ってきていた荷物から無縁塚から拾ってきた水筒を取り出す。更に湯呑を取り出すと水筒に入っていたお茶を注ぎ霊夢に差し出した

 

「……ほら」

 

「ん……」

 

ひしがきの隣に腰を下ろした霊夢は湯呑を受け取る。

 

もし他の誰かがこの光景を見たら驚くであろう。現博麗の巫女である霊夢が忌み嫌われる前博麗のひしがきと並んで座っているのだから。

 

ひしがき自身、霊夢とこうやって並ぶ日が来るとは思ってもいなかった。博麗を降りた時からもう二度と主要な東方の登場人物と関わるもんかと思っていたが結局この幻想郷では彼女たちから逃げることなどできはしないと諦めて、霊夢とも言葉を交わすようになった。

 

話してみて、ひしがきは何故彼女の周りに多くの者が集まるか何となくわかった。誰に対しても、自分に対してさえも平等に接する霊夢の側は、拒絶されることがほとんどの自分にとって居心地がいい。周りに嫌われた自分が、久しぶりに対等に会話ができた。

 

その雰囲気に、今ではこうしてお茶まで用意しているのだから。何とも現金な話だと自分でも思う。だが話し相手のいない自分にとって霊夢との時間は少しだけ気がまぎれる時間だった。

 

「そういえば…」

 

「ん…」

 

「この間、命蓮寺の尼や道士や守矢の巫女がやってきてな。いきなり襲ってきたぞ」

 

「へぇ…」

 

霊夢は静かにひしがきの話に耳を傾ける。

 

「遂に俺を血祭りにでも挙げに来たのかと思ったら、競うようにして襲ってくるもんだから簡単に逃げられた。どうしてそんなことになったか知ってるか?」

 

「…あ~、この間宗教家の間で信仰を得ようっていう騒ぎがあったのよ。たぶんそれで人気取りにひしがきの所に来たんだと思うわ」

 

「……なるほどな、迷惑な話だ」

 

なるほど、あれは心綺楼の出来事だったわけか。さすがにただ戦って終わるだけじゃ済まないでこっちまで火の粉が飛んできたというわけだ。

 

「霊夢はそれに参加しなかったのか?」

 

「したわよ。うまくいけば信仰が増えてお賽銭も沢山入ると思ったから。…でも結局はいつも通りよ。また変なのが増えただけだたわ」

 

「そうか」

 

そういう彼女の顔は不満そうで、退屈とは無縁の生活を送っているようだった。もう少し霊夢と他愛ない会話をしたいところだが、どこに人の目があるかもわからない。そろそろ切り上げた方がいいだろう。

 

「そろそろ、行った方がいい。ほら、これ持ってけ」

 

霊夢に収穫した作物を籠に入れて渡す。

 

「ありがと。それじゃあ、また」

 

「ああ」

 

そう言って再び宙に浮いて去っていく霊夢を、ひしがきはしばらく見送っていた。そして、残った作物を抱えて小屋に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

霊夢は芋や野菜の入った籠を抱えて博麗神社へと向かう。

 

しばらくして博麗神社に着くと、そこには人影があった。

 

背中まで伸びた長く艶やかな黒い髪。丈がミニスカートの様になっている桜色の衣。凛とした雰囲気を纏った少女がそこにいた。

 

「あら、いろは。来てたの?」

 

「…ん」

 

その少女、いろはは小さく頷いて応える。

 

身長は霊夢より少し高いくらいまで伸びている。女性らしい丸みを帯びた輪郭に成長しており、胸も大きく膨らんでいる。

 

ちなみに歳が霊夢たちよりも近いあるメイドはその胸に心の中で深い劣等感を抱いているとか。

 

「…それ」

 

いろはは霊夢の持っている籠を指さす。

 

「…どうしたの?」

 

「これ?貰ったのよ。おかげで買い物に行かなくて済むから助かったわ」

 

「…そう。…なら、これも」

 

そう言っていろはは持っていた袋を霊夢に差し出した。

 

「…お菓子、持ってきた」

 

「ありがとう。いろはは魔理沙と違って気が利くわよねー」

 

「誰が気が利かないって?」

 

そう言って空から箒に乗った少女が降りてきた。如何にも魔女といった大きな帽子に白黒を基調とした洋服。霧雨魔理沙が霊夢といろはの前に降り立った。

 

「なんだ、魔理沙も来たの?」

 

「何だはひどいな。せっかく今日は食い物だって持ってきたのに」

 

そう言って魔理沙は籠に山理に入ったキノコをぶら下げる。

 

「へぇ、たまには魔理沙も気が利くじゃない」

 

「なんだよ、引っかかる言い方だな。私は気が使える乙女だぜ」

 

「はいはい、でもこれで当分は持ちそうね」

 

「おっ、なんだよいろは、うまそうな物もってるじゃないか。よし、せっかくだから休憩しようぜ。霊夢、お茶くれ」

 

「…魔理沙、図々しい」

 

霊夢たちは楽しげに話しながら神社の中へと入っていく。

 

ふと、霊夢はいろはを見てひしがきを思い出した。以前何故いろはがいきなりひしがきに敵意を向けたのか、かつてひしがきは霊夢に話してくれた。

 

 

『俺は…あいつの家族を、守ってやれなかったんだ』

 

 

そしてもう一つ、霊夢はひしがきから言われたことを思い出す。

 

 

『霊夢、博麗は本当は一人でいなくちゃいけない。そうしないといずれ大切なものを傷つけてしまう。けど、霊夢。いずれお前は―――』

 

 

先代博麗から、今代博麗への言葉。霊夢はその言葉をよく覚えている。

 

例え大切な友人であるいろはが敵意を向けていても、幻想郷の多くの住人に忌み嫌われていても、その言葉がある限り自分はひしがきを嫌うことはないと、霊夢は思う。

 

(今度は、お茶請けくらい持っていこうかしら……)

 

そう思いながら、霊夢は友と共に並んで歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 






ようやく主人公登場。

そして成長したいろはも登場です。ちなみにいろはの胸の大きさは……皆さんの想像にお任せします(笑)ただ、あるメイドが嫉妬するほど大きいという事です。

この作品では魔理沙と共に霊夢と一緒にいる存在となっております。次回はヒロインたちとのファーストコンタクトを書く予定です。




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思い返すと昔も今も自分の中身はあんまり変わらない




もちろん成長したことは色々あるだろうけどその人の本質ってのはあんまり変わんないんじゃないかなと思います。





 

 

 

 

 

 

ひしがきは魔法の森の他に2つの住処を持っている。

 

一つは迷いの竹林。そしてもう一つは無縁塚。

 

迷いの竹林は日々竹が成長し、ひしがき自身もその道筋を詳しく知っているわけではない。しかし、ひしがきは迷いの竹林にある住処に転移用の陣を敷いているために道を知らなくても住処に移動することができる。

 

無縁塚においても同様に陣を敷き定期的に使える道具を拾ってきている。もっともここに命蓮寺の賢将が住み着いてからはあまり行ってはいないが。

 

なぜひしがきが複数の場所に住処を持つのか。それは、ひとえに身を隠すためである。何かあった時にはすぐに身を隠すことができるようにとひしがきは拠点を分けているのだ。

 

そのおかげで自分の元に来る連中から身を隠すことに今まで成功してきた。どこぞの花妖怪から逃げた時は、代わりに家を粉々にされていたが。

 

普段は魔法の森で時間を過ごしており、無縁塚には道具の収集、竹林の家にはひしがきの荷物が一通り置いてある。

 

ひしがきは基本的に住処から離れようとはしない。よってこの三つがひしがきの行動範囲のほとんどであった。

 

 

 

 

 

 

迷いの竹林。

 

妖怪の山とは反対に位置する広大な竹林。その中のどこかに存在するひしがきの住処。この住処は魔法の森にある小屋と違いしっかりとした作りの家となっている。

 

大きさはそれほどでもないが一人で住むには十分の大きさがある。中にはひしがきが無縁塚で拾ってきた道具が並んでいる。

 

冷蔵庫、テレビ、絨毯、タンス、机、天井には電灯が吊るしてある。そのレイアウトは外界のにおける一般的な家にあるものと近い。せめて形だけでもとひしがきが拾い揃えたものである。当然、電気などないこの世界ではただの飾りでしかないが。

 

ひしがきはその家の外、暗い竹林で座っていた。ひしがきは座禅を組み目を閉じている。その手には数珠が握られていた。

 

今ひしがきは瞑想をしているわけではない。かつて霧雨の主人からもらい受けた数珠に、自分の呪いを込めているのだ。

 

数珠とは呪珠とも読み陰陽道においても法具として使われる。珠の数は108個。これは人の煩悩の数を表しており数珠の基本的な珠の数である。

 

ひしがきはその珠の一つ一つに己の力を込める。以前霖之助に聞いた時にこの数珠は霧雨の槍には遠く及ばないもののかなりの逸品だと聞かされた。おそらく俺の呪いを込めることによって強力な呪具になるだろうと。

 

霖之助の読みは当たったようで少しずつではあるがこの数珠は強力になっている。別にひしがきはこの数珠を強力な呪具にして何をしようというわけではない。これはただの手慰みだ。

 

瞑想か鍛錬か、そのどちらかが基本的なひしがきの日の過ごし方になる。そして気が向いたら畑を耕したりこうして数珠を弄んでいるのだ。

 

動機はどうあれ長い間ひしがきの呪いを受けてきたこの数珠は今やかなりの呪具となっている。これの有効な使い道でも考えてみるのも気晴らしになるかもしれない。

 

そう考えていると、ひしがきは目を開けて視線をある方向に向けた。誰かが来る。ひしがきの鋭敏な感覚はこちらに向かってくる気配を捕えた。

 

竹林の兎か。何度か来たことはある。何を話したか覚えてはいないが2、3言葉を告げて去って以来まともに話したことはない。永遠亭の住人とはお互い干渉したことなどない。この竹林に住む不老不死の案内人はこんなところに用などないだろう。

 

恐らくはただの妖怪。この竹林にも妖怪は住んでいる。襲ってくる妖怪を返り討ちにすることはよくあることだ。

 

ふとひしがきは手に持っている数珠を見つめる。

 

(……使ってみるか)

 

せっかくの機会だ。一度使ってみるのも悪くはないだろう。そう思い数珠を握る手に力を込める。

 

もう気配はすぐそこまで来ていた。暗い竹林の先からその妖怪が姿を現した。

 

「……あれ?ここ、どこ?」

 

そう言ってこの竹林に住む人狼、今泉影狼はひしがきの前に現れた。

 

 

 

 

 

今泉影狼。

 

竹林のルーガルーと呼ばれる狼女。恐らくそう遠くない先に訪れる異変、輝針城にて一時的に暴れだす妖怪の一人。本来の性格は温厚である。

 

それがひしがきの知る影狼の情報だ。

 

しかし、ひしがきは数珠を握る手から力を抜かない。自分が持つ情報は所詮はただの記憶の中にある知識としての情報。ただの情報と実際の現実が大きく違っていることは骨身にしみている。目の前の妖怪が自分に危害を加えない理由にはならない。

 

油断なく目を光らせるひしがきに、影狼はあたりをキョロキョロと見渡している。

 

「あれ?道に迷った?う~ん匂いがこっちに来てたからこっちだと思ったんだけどなぁ」

 

影狼は、前方のひしがきに気づかないで歩いている。影狼ゆっくりとただ歩いて近づいてくる。

 

「………おい」

 

「え……?ひゃあ!?」

 

こちらから声をかけてようやくこっちに気づいた影狼はいきなり現れた(と思っている)ひしがきに驚いて飛び上がった。

 

「い、いつの間に私に近づいたの!?」

 

「……お前からこっちに歩いて来たんだよ」

 

「え?あれ、そうだっけ?あ、あはは~」

 

「………」

 

恥ずかしそうに頭を掻く影狼に、ひしがきは感情の読めない無表情を向ける。

 

「……用がないならさっさと行け」

 

「あっ、ちょっと待って」

 

小屋に入ろうとするひしがきを、影狼が呼び止めた。

 

 

 

 

 

 

今泉影狼は迷いの竹林に住んでいる妖怪だ。

 

しかし、彼女は竹林の地理を全て把握しているわけではない。人狼の妖怪である彼女は自分の縄張り…というか住処を中心とした一定の範囲の匂いを識別することで竹林に迷わず住むことができていた。

 

本来ならば匂いを識別できるテリトリーから出ることは滅多にない彼女だったが今回はそういうわけにもいかなかった。

 

わかさぎ姫

 

影狼の友であり、共に草の根ネットワークという集まりの仲間である彼女が病に罹ってしまったのだ。わかさぎ姫の下半身に赤い斑点が浮かび高熱が出たために彼女は倒れてしまった。

 

そこで影狼は同じ竹林に住む永遠亭の医者にわかさぎ姫を見てもらおうとしたのだが苦しそうなわかさぎ姫を無理に運ぶわけにもいかないため、同じ草の根ネットワークの仲間である赤蛮奇に看病を任せ影狼が呼びに行くことのなった。

 

しかし、本来ならば永遠亭まで案内してくれるという不老不死の人間が何処かに出かけていたため待っている時間も惜しかった影狼は一人で竹林の中を探すことにしたのだ。

 

 

「―――それで、竹林の中で匂いを頼りに当てもなく探してる時、竹林の香りとは違う匂いを見つけここに来たと」

 

「うん」

 

確認するひしがきに影狼は頷く。

 

「ねぇ、あなたもここに住んでるなら永遠亭の場所を知らない?一緒に探してほしいの。早くいかないと、私の友達がすごく苦しそうなの………」

 

「………」

 

すがる様にこちらを見上げる影狼にひしがきは無言で返す。

 

会ったばかりの他人に同情し親切にできるほど、ひしがきの心に余裕はなかった。まして彼女はこの物語の登場人物。関わって後々の面倒になることは出来るだけ避けたい。

 

できる事ならさっさとここから去ってほしいのがひしがきの本音であった。

 

「……ごめんなさい。いきなりこんなこと言っても無理よね。じゃあ、私は行くから………」

 

そう言って肩を落として影狼は、早く探さなければと再び鼻を利かせて永遠亭を探そうとする。

 

「おい」

 

「なに?私はもう行くって…きゃ!」

 

ひしがきの声に焦りながら振り向いた影狼に向かてひしがきは何かを投げた。慌ててそれを掴む。

 

「ちょっと!いきなり何する、ってこれ何?」

 

影狼は手に持ったそれを不思議そうに見つめる。丸い形をしたそれは一方の面が透明になっており、その中には見慣れない文字と矢印があった。

 

「それはコンパス…言っても分からんか。赤い針の指す方角が北だ。永遠亭はここから真っ直ぐ南東にある。………それを頼りに行けばいい。ある程度のところまで行けば匂いでわかるだろう」

 

影狼はぽかんと手に持ったコンパスとひしがきを見比べた後に、

 

「…………っ、ありがとう!」

 

そう言って笑顔を浮かべて礼を言った後、勢いよくに走って行って、

 

「ふぎゃっ!?」

 

ひしがきの張った結界にぶつかった。

 

「……そっちは南西だ」

 

「あうぅ、も、もうちょっと優しく教えてくれたって………」

 

影狼はぶつけて赤くなった鼻を押さえながら涙目になってひしがきを睨むが、正直迫力も何もない。

 

「いいから早く行け。友達が待ってるんだろ?」

 

ひしがきの言葉にハッとなった影狼は気を取り直してコンパスを見る。永遠亭がある南東を確認し今度こそしっかりと走り出した。

 

「私の名前は今泉影狼。あなたは?」

 

立ち止まって振り向きざまに影狼はひしがきに尋ねる。

 

「…………ひしがきだ」

 

「ひしがき!本当にありがとう!」

 

少し迷って答えたひしがきに、大きく手を振って影狼は再び礼を言いながら走っていく。その姿を、ひしがきは無言で見送った。

 

 

 

「きゃんっ!?」

 

「…………」

 

今度は竹にぶつかった影狼に、ひしがきは小さく息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

今度こそ本当に影狼が走り去った方角を見ながら、ひしがきはどうしようもなく自己嫌悪に駆られていた。

 

「………ッ!!」

 

ひしがきは手に持った数珠を振るう。すると数珠は大きくその長さを伸ばし竹を数本まとめて縛り上げる。数珠の呪いが竹を一瞬にして浸食し、ひしがきが数珠を引くと竹はいとも簡単にあっさりと折れて倒れた。

 

「……ハァ~~~~~~~~………」

 

数珠を手元に戻したひしがきは治まらない感情を吐き出すかのように大きく息を吐く。頭をガシガシと掻いた後、また息を吐いた。今度は無理矢理落ち着くためではなく、まるで自分自身にあきれるように。

 

「何、やってんだよ……ほんと……」

 

自分の事で、精一杯のはずなのに。何故、他人の世話を焼いているのか?そんなものは自分でも分かっている。偽善、引け目、自己満足、倫理観。そう言った自分の中のいろいろなものが、自分を今も縛っている。

 

いっその事、悪人になれたらどれだけ楽だろうと思った。それでなくても誰ともかかわらずに仙人の様に一人きりでいれたらまだよかった。

 

だが、どうしても悪人には成り切れなかった。どうしても人間相手自分の力を使う事が出来なかった。使ってしまったら、何か超えてはいけない一線を越えてしまうようで、臆病な自分は結局逃げる事しかできなかった。

 

それなのに、こんなにも自分は寂しかった。あんなに酷い目に合わされていても、誰かに慰めてほしい、側にいてほしいと思ってしまう自分が情けなくて仕方なかった。未練がましく里を遠くから見る自分が、馬鹿みたいで仕方なかった。

 

詰まる所、自分は結局昔と変わらない。ただの凡人だった。孤独に慣れず、悪人にもなり切れない、都合のいいことだけを思っている。ただ流されて生きているだけの中途半端な存在でしかなかった。

 

だから今の様に、相手が妖怪であったとしても縋られたら非情になり切れずに手を貸してしまった。理性のない相手には力を振るえても、人間と変わらずに接することのできるというだけで、妖怪にさえも自分は割り切ることができていない。

 

「…………」

 

ひしがきの自己嫌悪はしばらく収まることはなかった。まるで光が見えない真っ暗闇の中で一人で悶えているようだった。

 

 

ジャラ

 

 

ジャラ…ジャラ…

 

 

ひしがきの持つ数珠が、震えるように擦れて鳴った。

 

 

 

 

 

 

 






ヒロイン一人目登場。次回は他の二人との出会い編となります。

ひしがきの抱える葛藤は多くの人が抱えるモノだと思います。人間周りから虐められようともある一線は越えられない。越えてしまったらそれは悲劇へと繋がってしまうと心のどこかでわかっているからですね。そこで耐えられなくて自らに決を下すか、歯を食いしばって耐え忍んでいくのか…。

この作品を書いていると自分が過去に傷つけてしまった人を思い出します。今からでも謝りに行こうと思っています。



なんか感想で自分が東方嫌いみたいな感想が書かれていましたがそんな事はありませんよ。自分は東方が大好きです。そんでもって東方キャラも大好きですよ。作中じゃひどく書かれているゆかりんやゆうかりんも大好きですよ。

ただ今更ですが、自分の書きたい世界観は違うという事です。遅すぎましたがその点をご理解していただきたいです。ですからキャラをゲスっぽく書くこともこれからも多々あります。ただし、無意味にゲスっぽくしているわけではありませんよ。そこら辺はもう少し辛抱してもらえたら分かると思います。




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ありがとうは心の栄養



まずは更新が遅れたことをお詫び申し上げます。

年末が近づいて周りが慌ただしくて中々集中できませんでした。何とか時間を見つけて書いていくようにします。


 

 

 

 

 

朝。幻想郷の朝の澄んだ空気を日の光が照らす。朝露に濡れた植物の雫が朝日に煌めく、爽やかな朝が明けようとしていた。

 

この幻想郷では朝のこの光景さえも外の世界では貴重な風景と化す。外の人間がこの場所にいたら空気の清らかさとありのままの自然の鮮明な光景に驚くだろう。

 

幻想の住人は今日もまた一日を過ごそうと動き始める。

 

 

 

ひしがきの住んでいる魔法の森と迷いの竹林はその森や竹林の深さのために朝日が届きにくい場所にある。日が昇ってもその中はうっすらと明るくなる程度である。魔法の森に移動したひしがきは木々から漏れる僅かな朝日に目を覚ますと、ゆっくりと寝台から体を起こす。

 

今日も一日が始まる。

 

ひしがきは軽く溜息を吐く。纏う暗い雰囲気とは裏腹に、テキパキとひしがきは朝の支度をする。ひしがきの住むボロ小屋にも一応台所はちゃんとある。と言っても最低限の簡素なものだが。

 

窯に火を起こし米を研ぐ。米をザルに入れて手早く洗うと土鍋に移し水を注ぎ米を炊く。別の鍋にはキノコや魚から取った出汁に味噌を溶かして味噌汁を作る。

 

長く一人で暮らしているひしがきは料理など手慣れたものでさっさと飯と味噌汁の支度を済ます。別にこれだけでも構わないのだが、何となくもう一品追加しようかと台所を見る。

 

しかしちょうど蓄えが切れていたために朝飯に合いそうな物がない。残っているのは保存用の食料だけ。しかしできるならそれはもしものために取っておきたい。

 

(……魚でも取って来るか)

 

霧の湖はここからすぐそこだ。サバイバル生活の長いひしがきにとって魚を取ることなど造作もないことである。

 

飯が炊けるまでに戻ろう。そう考えてひしがきは霧の湖に向かった。森を抜けて魔法の森と霧の湖が隣接する小さな入り江を目指す。

 

そこはひしがきがよく魚を捕りに行く場所。森の陰に隠れて身を隠しやすい場所にあった。

 

「っ……」

 

入り江近くまでやってくると、ひしがきがそこにいる何者かを察知した。その瞬間、ひしがきが身を固くする。

 

これは妖怪の気配だ。恐らくそれほど強くはないだろうが、複数…2,3匹が集まっている。

 

ひしがきは振り返ってもと来た道へと戻る。できる事なら争いは避けたい。襲ってくる相手ならともかく、自ら進んで妖怪退治を行う気はひしがきにはない。

 

魚は諦めよう。そう思った時、集まっていた妖怪の気配が動いた。しかも背後からひしがきに向かってやってくる。

 

「!……ちっ」

 

俺に気づいた?逃げるか?

 

いや、出来るだけ住処を知られたくはない。真っ直ぐこっちに向かてきてるようだから俺の所へ来る可能性が高い以上逃げても追って来るかもしれない。

 

そう判断したひしがきは素早く木の陰に身を隠す。やり過ごせるならそれに越したことはない。だが見つかった時は、

 

(今度こそ、こいつを試せるかな)

 

ひしがきは腕に巻いた数珠を手に持ち油断なく向かってくる相手を待ち構える。そして、その妖怪の気配ががひしがきの隠れている木に向かって来る。

 

それほど大きな力は感じない。この程度なら、問題はない。

 

そして、ひしがきが数珠を構えて木の陰から相手を確認した!

 

 

 

「あ!やっぱりあの時の人間!」

 

 

 

 

そこには先日会ったばかりの今泉影狼がいた。

 

「…………」

 

恐らく使う必要のなくなった、構えたままの数珠が、何となく寂しげに揺れていた。

 

ひしがきは構えを解くと、小さく溜息を吐いて家に帰ろうとする。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

去ろうとするひしがきを影狼は慌てて呼び止める。

 

「…………なんだ?」

 

気怠げに顔だけを向けるひしがきに影狼は大きく頭を下げた。

 

「ありがとう!あなたのおかげで永遠亭に行けたわ!おかげで私の友達も元気になったの!」

 

出会った時と同じ、満面の笑みで影狼はひしがきに礼を言った。本当に心から喜んでいることがその笑顔と雰囲気で伝わって来る。見ている方が明るくなるような晴々した笑顔だった。

 

「……………そうか」

 

その笑顔が眩しくて、ひしがきは目を伏せて短く言葉を返す。妖怪に礼を言われるなどかつて一緒に暮らしていた相手以外には初めての経験にひしがきは一瞬どう返していいか分からなかった。

 

……もっとも、かつて一緒に暮らしていた相手が本心から礼を言っていたかどうか、今それを思えば考えるまでもないことだったが。

 

思い出したくもないことを思い出しそうになったひしがきは無理矢理頭を振って思考を飛ばす。そう言えば魚を捕りに来たんだったか。

 

「向こうに私の友達がいるの。元気になった子ともう一人、会ってあげてくれない?」

 

そう言って影狼は霧の湖の方角を指さす。

 

ふむ、さっき感じた妖怪の気配はこいつらのだったか。以前聞いた草の根ネットワークの仲間だろう。これで魚を取るのに妖怪との戦闘は必要なくなったわけだが、

 

「悪いが、俺は帰る途「どうしたの影狼ちゃん?」「ん、なんだ?」………………」

 

不必要な接触は避けたいと断ろうとしたひしがきを遮って2匹の妖怪の声が近づいてきた。

 

片や深い青色に縦ロールの髪型をした下半身が魚の少女。つまりは人魚の少女が器用に尾びれでピョンピョンはねながらやって来た。なんだろう、魚の尾びれで跳ねられるとどうしてもビチビチといった間の抜けた効果音が聞こえてきそうだ。

 

彼女がわかさぎ姫。淡水に棲む人魚。そして、今泉影狼が言っていた病気になっていたという妖怪。見る限りではもう病の方は回復したようだ。

 

もう一方は赤いショートヘアーに青いリボンと赤いマントを身に着けた少女。見た目は人間と変わらない。ただ生首がフワフワと宙に浮いていること以外は。マフラーのような部分で隠れているが断面は一体どうなっているんだろうか?

 

ろくろ首の怪奇、赤蛮奇。二人とも影狼と同じく輝針城で登場する妖怪だ。

 

「ああ、ちょうどいいわ二人とも。ほら前に話したでしょ。永遠亭の場所を教えてくれた人間、ひしがきよ。ひしがき、この二人は私の友達、こっちがわかさぎ姫でこっちが赤蛮奇。前に病気だった子がわかさぎ姫よ。」

 

影狼が嬉しそうに間に入って紹介する。

 

「わぁ、こんにちはひしがきさん。あなたが影狼ちゃんを永遠亭に案内してくれたおかげで助かりました。本当にありがとう!」

 

両手を合わせて嬉しそうにわかさぎ姫が礼を言う。喜びを体全体で表現しようとしているのかそれともただ単にうれしいのかピョンピョン…いやビチビチと飛び上がっている。

 

「あなたがひしがきね。話は影狼から聞いてるわ。わかさぎ姫だけじゃなくて迷っていた影狼まで助けてくれたんだってね。私からも礼を言わせてもらうわ」

 

軽く手を上げて赤蛮奇が感謝を告げる。さっきから頭が上下にゆらゆらしているのは感謝の表現なんだろうか?

 

妖怪二匹が揃って首の疲れる動きをするのでとりあえずひしがきは影狼に耳打ちする。

 

「おい、俺はお前を案内なんてしていないぞ」

 

「え?してくれたじゃない。あっちに永遠亭があるって。あ、はいこれ。あの時貸してくれた…えっと、こんぱす、だっけ?ありがとね!」

 

笑顔で答える影狼からコンパスを受け取る。彼女にとってはあれで案内したことになっているらしい。

 

それほど好印象な対応をしたつもりはないのだが、こんなにも礼を返されるとは思わなかった。いや、そもそも礼を言われるなんて思ってなかった。もうあれっきりで滅多な事では会わないと思っていたが。まさかこんなに早く会うことになるとは。

 

「ねぇ、ひしがき。何か私たちにできることない?御礼がしたいの」

 

「そうです!せっかくひしがきさんのおかげで元気になったんですから是非何かお返ししないと」

 

「そうだね、何かない?ひしがき」

 

……どうしようか?

 

正直これ以上関わり合いたくはないのだが、ここで礼なんていらないと言おうものなら余計強引に来られてにまずい気がする。

 

ここは適当な言い訳でもしてさっさと帰ろう。

 

「いきなり礼と言われてもな、特に思いつかない。また次の機会でいいか?それまでに考えとく」

 

「ええ~、でも次いつ会えるか分からないし、ほんとに何にもないの?」

 

「影狼ちゃん。あんまり無理言っちゃだめよ」

 

不満そうに粘る影狼を残念そうにわかさぎ姫がたしなめる。わかさぎ姫も本心では御礼がしたいのか心なしか耳のヒレがシュン、となっている。

 

「でも確かにいつになるか分からないしね。ひしがき、私たちはよくこの湖で会っているんだけど、この近くを通ったという事は君の住処はこの近くなの?」

 

「いや、そうでもないが……」

 

「ひしがきの家は私と同じ竹林の中だよね?前に会った場所よね」

 

ひしがきが答える前に影狼が答える。

 

「影狼はひしがきの家の場所を覚えている?」

 

「う~ん、多分わかると思う。あの時の匂いを辿れば行けると思うわ」

 

「よし、なら今度みんなでひしがきの家に行こう。そこで改めて礼をしよう。それならなんだかんだで約束が流れる事もないし」

 

「………」

 

まずい。いつの間にか話が進んで家にまで来ることになってる。適当に言い訳をしたのが完全に裏目に出てしまった。いや、彼女たちの礼に対する想いが予想以上に高かったというべきだろうか。

 

このまま別れたら後日家にまで来ることになるだろう。今更逃げても竹林の中の家が知られてしまった以上付け回されるのも面倒になりそうだ。

 

「…魚」

 

「え?」

 

「食料がそこを尽きてな、魚を捕りに行こうとしてたんだそれを手伝ってくれないか?礼はそれでいい」

 

後に憂いを残すのもよくない。彼女たちの気が済んでそれで終わるなら、さっさとここで清算させておこう。

 

「魚…だったら私に任せてください!」

 

我が事を得たりとわかさぎ姫が元気よく返事と共に再び跳ねながら湖へと向かっていく。

 

「ちょ、わかさぎ姫!?一人で行かないでよー!」

 

その後を影狼が走って追いかける。

 

「……なんと言うか。病み上がりの割には元気だな」

 

「まぁね。二人とも結構感情豊かなところがあるから。ああいった風に嬉しいことがあるとよくはしゃいでるの」

 

「嬉しいこと?礼をするのが嬉しいことなのか?」

 

「そうじゃないよ。もちろんそれもあるけど」

 

赤蛮奇は首を横に振ってひしがきの言葉を否定する。ちなみにさっきから首が浮きっぱなしだ。

 

「きっと、二人とも人間に助けてもらったことが嬉しくて仕方ないのさ」

 

赤蛮奇は意味ありげにそう言った。彼女の首は体に戻っていて口元が隠れているために表情が読みにくい。

 

「……何故?」

 

「さあ?気になるなら二人に直接聞いてみたら?」

 

赤蛮奇はそういうと行ってしまった。その向こうでは大きな水音と影狼の声が聞こえてくる。

ひしがきはしばらくその場所に立ったまま、少し間をおいて湖に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「うう、ぐすん……」

 

「ほらほら、そんなに泣かないの」

 

「まあ、わかさぎ姫に魚を捕まえるなんてできるわけないよね」

 

あれから少し経った後、影狼は魚を何匹か捕獲し、赤蛮奇は魚だけではとどこからか野菜を持ってきた。

 

そしてわかさぎ姫はというと、魚を一匹も捕まえることができずに泣く泣く戻ってきた。わかさぎ姫は湖の岸辺に座って膝…ではなく尾ひれを抱えて落ち込んでいる。

 

「人魚なのに魚が捕まえられないってどうなんだ?」

 

当然の疑問を口にするひしがきに、わかさぎ姫は更に暗い影を落とす。

 

「あ~、なんていうか、この子は虫一匹殺せないような子なの。しかも半分魚だからなまじ魚の表情も分かっちゃうのよね。だからいざ魚を捕まえようにも気が引けて傷つけることもできないしうまいこと捕まえてもつい逃がしちゃうのよ」

 

「……普段食事とかどうしてるんだ?」

 

「大体私か影狼が何か捕まえてくる。わかさぎ姫にはいつも近くで野菜とか持ってきてもらってるわ」

 

「……そうか」

 

何だろう。都会で暮らしていた女の子がキャンプで生き物をかわいそうだからという理由で捌けないみたいな感じなんだろうか。

 

こんなにも気弱な妖怪は初めて見る。知識だけでは知っていたがこういった方向の知識と現物の違いは初めてだ。今までは大抵、妖怪らしく凶暴だったり逆に頭が固かったりするのが多かった。

 

なんか新鮮だ。

 

手元には魚が数匹と野菜がある。2,3日でなくなってしまうだろうが、今はそれで十分な量だ。

 

「……まあ、とりあえずこれで食料は手に入ったよ。その……あ、ありがとう…」

 

ぎこちなく感謝の礼を告げる。御礼とは言え、貰ったのだから言っておかなくてはならないだろう。

 

「いいのよ。だって御礼なんだもの。」

 

そう言って影狼は手を振るが、後ろの尻尾が嬉しそうにフリフリ揺れている。…何故こうも人間に対して無防備なのだろうか?

 

幻想郷は、俺が博麗だった以前とは変わった。以前の人間と妖怪の間のピリピリとした空気は緩和され、今では人里にも妖怪が普通に出入りしていると霊夢が言っていた。

 

人と妖の距離は縮まり、もう妖怪が必要以上に人間に畏れられる時代ではなくなったのだ。ただ、それにしても彼女たちの反応はちょっと大げさに思える。

 

「そうそう。これで貸し借りなしよ」

 

赤蛮奇が影狼の様子に苦笑しながら軽く言葉を返す。

 

多少の思惑とは違ったが、ともあれこれで彼女たちとは区切りはついた。当初の目的である魚に加えて野菜も手に入ったのだ。これで朝食の準備ができる。

 

もうそろそろ戻った方がいいだろう。火もつけっぱなしだしな。

 

「それじゃあ、飯の支度があるから俺はこれで」

 

「そう?もうちょっと一緒に話したいんだけど、それじゃあ仕方ないかな」

 

「うん、御礼も返せたことだし、これ以上無理に引き止めるのも悪いしね」

 

「ああ、それじゃあな」

 

そう言って今度こそひしがきは湖を後にするべく背を向けた。

 

ある程度距離を置いたところでひしがきは彼女たちといる際にずっと張っていた警戒を解いた。ひしがきは彼女らの側にいる時、いつでも結界を張れるように備えていた。

 

何度か間の抜けた空気の中で無意識に緩みそうにはなったが、それでも警戒を完全に解くことはなかった。

 

それはある意味当然である。彼は今までずっと妖怪と戦ってきた。それを知ってはいても初対面の彼女たち相手に警戒しない方が無理な話である。

 

そして安全圏に入った今、ひしがきは後ろに意識を向けてはいるが結界の備えを解いた。その時、

 

「ひしがきさん!!」

 

ひしがきの後ろから呼ぶ声がした。

 

後ろではわかさぎ姫が岸に上がってこちらを見ている。

 

「あ、あの、よろしければまたここに来てください!私、まだひしがきさに御礼ができていないので、今度はちゃんと何か御礼をします!」

 

わかさぎ姫はそう言って大きく頭を下げる。

 

「ひしがきー!わかさぎ姫もこう言ってるし、また来てあげてー!私たちはよく湖の近くで集まってるから―!」

 

影狼もこちらに手を大きく振ってそう言った。

 

「御礼とか、堅苦しいこと抜きでいいから顔だけでも出すといいわ」

 

赤蛮奇は首を浮かして言った。マントに隠れていた口元が見える。その口は小さく笑みを浮かべていた。

 

「………………………………………機会が、あったらな」

 

一瞬面食らって目をぱちくりさせたひしがきは、背を向けてそれだけ言葉を返した。

 

本当は、もう会う気はない。なのにそう言ってしまったのは、きっとここを穏便に去るためだ。そう言わなければ、彼女たちはまた自分の所にきてしまいそうだから。

 

そう、ひしがきは思った。

 

後ろからはまたねー、と元気のいい声が聞こえてくる。

 

「……………」

 

何となく、食料を持った腕に力が篭った。

 

 

 

 

 

 

家に着くと、米は既に炊けていた。食料を台所に置くと、ひしがきは手早く魚を一匹捌いて焼く。

 

暫くして、魚が焼けると皿に乗せて米をよそった茶碗と味噌汁と一緒に机に持っていく。

 

米、味噌汁、焼き魚。

 

簡素な朝食にひしがきは手を合わせる。

 

「いただきます」

 

ひしがきは、魚に箸を伸ばす。身をほぐして一口、口に入れた。

 

「………うん」

 

思わずひしがきは頷いた。別に魚が珍しいわけでもない。影狼の取った魚が特別美味しいわけでもない。

 

けれども何となくその魚は、いつもと味が違う気がした。

 

きっと、気のせいだ。

 

そう思うひしがきの、今朝の暗い雰囲気は少し薄れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






これでヒロインたちとは全員出会いました。

しかしながら、皆さんの感想を見ると自分の文才の無さを痛感します。自分がもう少しうまく他のキャラの視点を書けたらもっと違う反応がもらえたでしょう。後々の伏線とかもうまく書けてもっと受け入れられる作品になったかと思います。


しかし、残念なことに文才がない。まあ、自分の書こうとしている世界観が大きな理由かとも思いますが。というか他のキャラの視点も書こうとしたのですが、どうにも旨くいかない。ならいっそひしがきの視点がほとんどでいいじゃないかとここまで書いてきました。

ですが、やはり他キャラの視点は必要ですね。うまく書けるかは分かりませんが、少し書いてみようかと思います。もちろん必要以上に書きません。ただ入れた方がいいかな、と思う所には入れていこうかなと思います。




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不安ってのは一度考えると中々消えない



ギリギリ、投稿できた。

長かったけど、ここに来てようやく異変と関わらせることができそうだ。

次はもっと早く投稿できると思います。




 

 

 

 

 

――――――――フォン……

 

 

薄暗い竹林の中、何かの音が空気に解けるように伝わって来る。

 

 

――――――――フォン……

 

 

空気が僅かに振動している。と言うよりもまるで波紋の様に音に波が広がっている。

 

 

――――――――フォン……

 

 

それは、とても透明で、とても澄んでいて、とても静かな音となって竹林に響いている。

 

その音の中心で、ひしがきは槍を振るっていた。その槍が振るわれる度に、竹林に先ほどの音が一つ、また一つと伝わっていく。

 

ひしがきの槍が、何もないはずの空間を突く度に、やや遅れて澄んだ音が波紋となって広がっていく。その音は、どこか神秘的で、振るわれる槍と共に霊妙なる音色となっていく。

 

 

 

優れた武は、時に舞と同じに見られることがある。それはそこに一連の流れがあるからだ。

 

武舞、という言葉がある。その歴史は長く、舞うという概念はシャーマニズムにも通じる。身体を動かすことで認識をより深めながら、力強い存在証明の一体感を高めることができる。

 

時にそれは神社などの神前において奉納として神々に捧げられた。また時に武将が戦いに向かう際には士気高揚のために舞ったという。

 

 

しかし、ひしがきは槍術など知らない。ひたすらに突くと言う行為を繰り返し試行錯誤したひしがきの槍は型に嵌った武術ではなく、戦いの中で磨かれた戦士の技だ。

 

粗野で乱暴な戦いの中の技に、型の武術の理合はほとんどない。

 

だが、長い間、多くの戦いの中で磨かれたひしがきの槍は、闘いにおけるの一つの完成をみせていた。そして、座禅を組み自分の中深く潜っていたひしがきは、無想と言う武の一つの境地へと至っていた。

 

そして最後に、ひしがきの持つ槍。『天逆鉾』。始祖神が用いた『天沼矛』の別名。紛れもなく正真正銘の神代の槍。

 

無心となり、磨かれた技を持って、神槍を振るう。それ自体が、もはや一つの儀式となる。

 

ひしがきが振るう槍。

 

槍が奏でる音。

 

 

ここに他の誰かがいたとしたら、その光景に目を奪われただろう。神にでもなく、闘いにでもなく、己にでもない、誰が為のものでもない武舞。その何処までも透き通った純真な音と光景に。

 

もしここに神に名を連ねる者がいたとしたならば、喉から手が出るほどにひしがきを欲したに違いない。

 

この武舞に、神への信仰が加わったとあれば、それはそのまま神を讃える大儀式となり、一時的にとは言えその神はただ信仰を得るより遥かな力を得る。

 

もっとも、ひしがきは神など信仰するつもりなど微塵もないだろうが。

 

 

「……………」

 

 

突然、ひしがきは槍を振るう手を止めた。

 

そしてある方向に向き直ると油断なく戦闘態勢へと構えた。意識を鋭く向けていつでも臨機応変に対応できるように備える。

 

しばらくひしがきは無言である一点を見据えたまま構えていた。

 

 

「くっく、怖い怖い。そんなに睨まないでくれよ」

 

 

ケタケタと神経を逆撫でするような笑い声と共に、薄暗い竹林の中から、そいつは姿を現した。

 

黒髪に白と赤のメッシュ。小さな二本の角。瞳の色は赤色。 服装はワンピースのようなもので、胸と腰には上下逆さになったリボンを付けている。

 

近く訪れるであろう、輝針城の黒幕である妖怪、天邪鬼。鬼人正邪がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

「くくくっ」

 

「……………」

 

警戒して構えるひしがきに、鬼人正邪は楽しそうに舌を出して嗤っている。一体何が楽しいのか、その顔は愉悦に歪んでおり酷く醜悪だ。

 

鬼人正邪。

 

博麗霊夢の代で起きた幻想郷での異変。様々な思惑が交錯する異変の中で、唯一純粋に悪意だけで異変を起こした妖怪。

 

静かに警戒を強めるひしがきに、目の前の天邪鬼は更にその顔を愉悦に歪める。

 

……付き合いきれない。目の前の妖怪が何の目的でここに来たかは知らないがはっきり言って目の前の妖怪にはまったくもって関わり合いたくない。

 

ひしがきは予備動作抜きで結界を展開する。

 

一瞬にして結界は正邪を覆い捕えた。どれだけその内に悪意を持とうが所詮その身は天邪鬼。今のひしがきにとってはそれほどまでに脅威ではない。

 

無論ひしがきもいきなり正邪を滅するつもりはない。関わりたくないだけのひしがきは、ある程度加減して正邪に結界を張った。とは言えもう二度とここへは来ない様にそれなりの手傷は負うだけの力はある結界だ。

 

ひしがきとてこの数年間、紛いなりともその力に磨きはかけてきている。その力だけで見れば、正邪にこの結界を破壊することは不可能だ。だが、

 

ビキッ

 

「……何?」

 

突如結界に無数の亀裂が走り、まるで耐えきれない様に崩壊した。その中で、全く先ほどと変わった様子のない鬼人正邪が嗤っている。

 

「くっくっく、どうした?その程度か?」

 

「……………」

 

力加減を間違えたつもりはない。先ほどの結界はこの程度の妖怪相手には十分に有効な結界だった。にもかかわらず目の前の妖怪には傷一つない。

 

そして、先ほどの結界の崩壊。あの結界の壊れ方は…

 

再びひしがきは結界を展開する。今度はより強力な結界を。下手をすれば正邪をそのまま退治しかねない程力を込めた結界を張る。

 

ビキッ

 

しかし、その結界もまた同じように崩れた。

 

「まぁ、この程度ならすんなりひっくり返せるもんだなぁ」

 

ケタケタと正邪は楽しそうに嗤っている。

 

「……何も力ずくで結界を壊しているわけじゃないようだな」

 

ひしがきの言葉に、ん?っと嗤っている正邪が顔を向ける。

 

「何でもひっくり返す程度の能力、だったか?」

 

続くひしがきの言葉に、初めて正邪の顔に愉悦以外の感情が混ざった。

 

「結界ってのは内と外を隔てる術。どんな結界だろうとその概念は変わらない。だが、当然結界にもその規模に限界がある。俺の結界の様に、結界内のモノを呪い殺す術は対象が結界内に限定されることでその効果を発揮できる。結界内に収まれば、数に関係なく等しく呪える。―――結界という、区切りに収まれば」

 

もう、正邪の顔に愉悦はない。ひしがきはさらに言葉をつづける。

 

「例えば、結界の内と外の概念がひっくり返ってしまったら、俺の結界はその力の容量を超える。区切られた領域以外の世界を対象とする結界なんて神様にだって創れはしない。その結果、俺の張った結界は自然と崩壊する。……結界を使う者にとってお前はある意味天敵だな。だがタネがわかれば対処法も分かる。お前の能力でもひっくり返せない規模の結界を張るか、それか直接本体を叩けばいい」

 

「………チッ。あ~あ~、自分の力が利かない相手に慌てふためく姿を期待したのに。そうすんなり世の中をひっくり返せないもんだなぁ」

 

つまらないといった様子で正邪は不満げに息を吐く。

 

「その程度の小細工で世の中をひっくり返せると思っているならやめておけ。お前の力は特異であってもこの幻想郷においてはなんら脅威にはならない。異変を起こすのは勝手だがな」

 

「そう言うわけにもいかない。我ら力弱き者たちが如何に虐げられていたか、お前なら判るんじゃないか?」

 

正邪は口を歪めてこちらを煽る様に聞いてくる。

 

「……妖怪と一緒にされても困るがな」

 

「人間だろうと妖怪だろうと関係ない。なぁ、博麗の代理。強者が力を失い弱者がこの世を統べる。そんな世界を作りたいと思わないか?」

 

「……………」

 

「お前のことは知っている。その力が弱い故に、随分と虐げられてきたそうじゃないか。どうだ?私たちの仲間にならないか?」

 

何も言わないひしがきに、心が揺れていると思った正邪はひしがきを仲間に誘った。

 

それは人の心を入り込むような怪しい言葉だった。悪意に満ちているとわかっているのに、それでも抗いがたい誘惑。人の心の隙間を開きや悪意を誘発させる。ある意味で妖怪らしい妖怪。

 

ひしがきは一度目を閉じてから正邪を見る。その目は冷ややか、と言うよりは呆れていると言う感じだ。

 

「一度、太陽の畑か博麗神社、それか地底にでも行ってくるといい。自分の言ってる事がどれだけ夢物語かわかるだろうさ」

 

弱者が強者を支配する。それはありえないことである。

 

幻想郷はもちろん外の世界であってもそれは同じだ。何故なら、強者が弱者を統べるというのは間違いなく一つの真理だからだ。

 

平等、自由、均等、いくら言葉を並びたてようと補足しようとそれは変わらない。力の種類が変わろうとも、優れたものが上に立つというその構図は変わることがない。

 

人間でもそれは同じ。ましてそのまま力の大きさがモノを言う妖怪ならなおさらだ。

 

霊夢か風見幽香相手に痛い目を見るか、地底の一癖も二癖もある能力を持つ妖怪に弄ばれるかすれば、それがどれだけ無理難題か嫌でもわかる。

 

「俺に関わるな。仲間になる気もなければ敵対する気もない。好きにすればいい」

 

話はこれで終わりだ。そう言ってひしがきは正邪に背を向ける。これ以上話す気はない。話すこともない。

 

「そうか……残念だな」

 

正邪もまた、これ以上の勧誘は無駄だと理解したのか引き下がった。

 

「だがなぁ、博麗の代理……」

 

しかし、正邪は背を向けて去っていくひしがきに投げかける。

 

「お前の力……今のままでは惜しい。我らの手に、力がある限り…いくらでもお前も強くなれる」

 

「………?」

 

ひしがきは僅かに違和感を覚えた。恐らく、正邪の言う力とは正邪が騙し利用した少名針妙丸の扱う鬼の秘宝「打ち出の小槌」の事だろう。

 

だが如何に鬼の秘宝とは言え鬼の魔力が尽きれば何の意味もない。代償は正邪に及ぶことはないとは言えそれで企てが旨くいくと考えているならやはり甘く見ていると言わざる得ない。

 

だが、正邪の言葉に何かひしがきは胸騒ぎを感じた。

 

博麗の勘、と言うわけではない。生まれ持っての直感などひしがきは持ってない。それは自分より各上の相手と戦ってきたことによって培われた危機察知能力とも呼べるものがひしがきに警戒を呼び掛けていた。

 

思わず振り向いたひしがきの目に映ったのは、僅かに俯き静かに嗤う鬼人正邪。最初と舌を出して醜悪に歪んでいた時と比べ、今は小さく口が弧を描くだけ。

 

それなのに、なぜこんなにも不気味に見えるのか。

 

「じゃあな、博麗の代理。……いや、ひしがき。次に会えるのが楽しみだ」

 

そう言って、正邪は暗い竹林の中に消えていった。

 

「……………」

 

何か、言いようのない不気味な影が、ひしがきの心を覆っていた。

 

鬼人正邪が起こす異変、輝針城異変は、特に何の問題もなく解決するはずだ。正邪の企ては、霊夢たちによって阻まれる。そのはずだ。

 

そう言えば、彼女たちはどうしているだろう。

 

ひしがきの脳裏に、先日会った妖怪の少女たちが過る。あれから結局一度も湖には行っていない。彼女たちとも、出来るだけ関わらない様にしようと、そう思っている。

 

「……………」

 

輝針城異変では彼女たちも霊夢たちと敵対する。だがそれほど彼女たちに被害が出ることはない。弾幕ごっこは、それほど危険なものではない。一時的に狂暴化しようと問題はない。異変が解決すればもと通りだ

 

ひしがきは頭の中で輝針城異変について何度も考察する。これまでの異変と同じ、何も問題はないはずだ。

 

それでも、何度思い返しても、最後に見せた正邪の気味の悪い微笑みが、頭から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







次回はいよいよ輝針城となります。

やっと異変が書けます。これまでも異変は原作通りでしたが、今回の異変はオリジナル要素も多数入れていく予定となります。

あと個人的に正邪のゲス顔はかなり好きです。



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マイペースってのは必ずしも良い言葉ではない



よっしゃ!

今回は早く投稿できた。





 

 

 

 

 

 

幻想郷が騒がしくなるのを、ひしがきは感じていた。

 

今頃は、妖怪があちこちで暴れて騒ぎを起こしているだろう。道具たちが勝手に動き出しているのが散見されているだろう。

 

幻想郷中に散らされた鬼の秘宝、打ち出の小槌の魔力。その魔力を受け取ってしまった妖怪たちは狂暴化し、魔力の影響を受けた多くの道具たちは付喪神へと変化する。

 

空を見上げれば、そこには不気味な嵐が渦巻いている。その中心には、おそらく天から逆さに突き出したように輝く城が聳え立っているだろう。

 

 

輝針城。

 

 

彼の一寸法師の末裔が、欲に駆られて打ち出の小槌に願い創り上げた逆さ城。鬼人正邪に騙された少名針妙丸によって、幻想郷に顕現した巨大建造物。

 

「……………」

 

空を見上げるひしがきは、禍々しい嵐の内にあるだろう城を見つめる。もっと言えば、そこにいるであろう妖怪、天邪鬼・鬼人正邪を。

 

今頃は、霊夢達も動き出していることだろう。霊夢、魔理沙、咲夜…そしていろはもまた、この異変を解決するべく行動を起こしているだろう。なら、この異変は解決する。彼女たちにまかしておけば、何も心配することはない。

 

「……………」

 

それなのに自分はまだ、不安を拭えずにいる。安心できずにいる。自分でも一体何故こんなにも落ち着いていられないのか分からない。

 

胸の中で渦巻く何か。得体のしれない気味悪さが、ねっとりとこびり付いているかのようだ。

 

「………考え過ぎだ」

 

頭を振って思考を飛ばす。どの道、この異変に自分から関わるつもりなどない。全て彼女たちに任せれば問題はないのだ。

 

「さて、どこに行くか……」

 

彼女たちがあの嵐の中に行くまで、行くであろう場所は3ヵ所。わかさぎ姫のいる霧の湖。蛮奇のいる人里の近郊。影浪のいる迷いの竹林。

 

ならば自分はこのまま魔法の森にいた方がいいだろう。下手に移動して霊夢以外に見つかると碌なことにならない。

 

「………さっさと解決してくれよ」

 

ここにはいない霊夢達に向かって、小さなエールを送る。この異変が終われば、きっとこの不安も解決するだろう。

 

ひしがきはそのまま小屋の中へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

博麗神社。

 

ひしがきの予想通り、現博麗の巫女である霊夢は既に異変を解決するべく行動を起こして、

 

 

「………ふぁ~~」

 

 

……いなかった。

 

片手に箒を持ちながら口元を押さえて呑気に欠伸をしている。はたして博麗の巫女として、異変に対する緊張感など、この巫女は持ち合わせているのだろうか?

 

数々の異変を解決し方々から信頼も厚い霊夢であるが、しかし未だ何の行動も起こしていなかった。

 

「霊夢」

 

神社の方から霊夢を呼ぶ声がする。霊夢が振り向けば、そこには霊夢の育ての親である先代巫女がいた。もっとも、彼女が先代巫女であった事実は既に八雲紫によって里の人間からは認識できないため、あまり知られていないが。

 

「母さん、どうしたの?」

 

「…どうしたの、じゃないだろう?」

 

先代巫女は、自分が育てた愛娘のマイペース振りに軽く溜息を吐いた。

 

「わかるだろう。異変が起こっているぞ」

 

「ん~、そうね…そのお祓い棒に任せちゃダメかしら?」

 

霊夢は先代の持つお祓い棒を指さして言った。ここ最近ひとりでに動きまわって妖怪を退治しようとしているお祓い棒は、先代の手の中でブルブルと震えている。先代が手を放せば、また勝手にどこかへ行ってしまうだろう。

 

再び先代が小さく息を吐いた。

 

と、同時にお祓い棒を持つ手に力を込める。ミシッ、と言う音と共に振動していたお祓い棒がとたんにおとなしくなる。

 

博麗の持つこのお祓い棒は、神木から切り出された物に儀礼的な術を施した由緒あるお祓い棒で妖怪とも打ち合えるほどの強度を持っている。それを握るだけで軋ませ黙らせるとは、現役を退いたとはいえやはり博麗の先代巫女。かつてルーミアをその身一つで圧倒した実力は伊達ではない。

 

「そろそろ行きなさい」

 

「…ふぅ。仕方ない、行くとしますか」

 

母に言われて漸くその気になったのか、霊夢は箒を置くと先代からお祓い棒を受け取る。

 

「お~~~い!」

 

「あら?」

 

頭上からする声に霊夢が空を見上げると、魔理沙が箒に乗ってやって来た。

 

「魔理沙、来たの?」

 

「へへへっ、そろそろ霊夢が重い腰を上げるころだと思ってな。異変ときたら首を突っ込まずにはいられないぜ!」

 

帽子を押さえて霊夢の横に魔理沙が降りる。その手には既に八卦炉が握られている。八卦炉は既に魔力が溜まっているのか、赤く光っている。

 

「魔理沙、その八卦炉どうしたの?」

 

「ああ、こいつか?最近調子がおかしくてさ。勝手に妖怪に向かって火を噴いたりするんだよ。まぁ、火力が前より上がってるし、面白いからそのままにしてる」

 

「ふ~ん、魔理沙の八卦炉もそうなの」

 

「ん?もってなんだ?」

 

「私のお祓い棒も最近勝手に動き出しては暴れてるのよ」

 

「へぇ、そうなのか。それにしてはあんまりいつもと変わってないな」

 

「母さんに釘を刺されたばっかりだからね」

 

「あ~、霊夢の母ちゃん怖いもんな。あの迫力に睨まれたらお祓い棒も大人しく「久しぶりだな魔理沙」うおわっ!?れ、霊夢の母ちゃん!?ど、ども久しぶりです!」

 

今まで気づいていなかったのか、突然先代から声をかけられた魔理沙は大きく仰け反った。

 

この厳格な雰囲気を纏う先代が苦手なのか、魔理沙は先ほどとは打って変わって恐縮した様子だ。

 

「おい霊夢、お前の母ちゃんいるならいるって言えよ(ボソボソ)」

 

「なによ、そんなの最初から気づかない方が悪いんでしょ。と言うか本人を前に堂々と耳打ちするもんじゃないわよ(ボソボソ)」

 

「………」

 

目の前の二人に先代は本日三回目の溜息を吐く。別に咎めるつもりはないのだが、かつて妖怪と殺伐とした戦いを繰り広げた身としてはもう少し異変に緊張感をもって挑んでほしい。

 

とは言えこの二人はいつのこの調子で異変に向かって行っては解決してしまうのだからどこか不安を覚えつつも何も言えずにいるのだが。

 

「…霊夢、魔理沙」

 

石段の方から二人に声がかかる。そこには霊夢達に向かって歩いているいろはがいた。

 

「お、いろはも来たか…っていろは、なんか背中の刀震えてないか?」

 

「…ん、ちょっと前からこんな感じ」

 

「いろはの刀も、か。…これも異変の影響かしら。この分だと私たちだけじゃなさそうね」

 

「ああ。それと、ここに来る前にいろいろ話を聞いたんだけどさ、なんだか妖怪たちも幻想郷のあちこちで暴れてるみたいだぜ。中には今まで大人しかった筈の妖怪まで暴れまわってるらしい」

 

「……ん~、それだとちょっと的が絞りずらいわね。一緒に行動してたら時間が掛かりそう。手分けして怪しい所を探しましょう」

 

「…ん。わかった。じゃあ私は里の方に行ってくる」

 

「私は湖の方で妖怪が暴れてるらしいからそっちに行って来るぜ」

 

「そう。じゃあ私は…竹林の方のでも行ってみようかしら。何かわかるかもしれないし」

 

テキパキと役割を決めた三人は素早く行動に移った。

 

「よっしゃ!私が一番最初にこの異変の黒幕にたどり着いてやるぜ!」

 

魔理沙はそう言うやいなや箒に飛び乗って湖の方へ飛んでいった。

 

「…それじゃあ、霊夢。また後で」

 

いろはもまた里の方へと駆けていく。

 

「さてと、それじゃあ母さん、行ってくるわ」

 

「ああ、気をつけてな」

 

こうして博麗の巫女、博麗霊夢もまた異変解決へと動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

禍々しい妖気が渦巻く嵐の中。逆さ城の先、天辺の屋根に鬼人正邪は立っていた。

 

逆さの城に逆さに立ちながら、鬼人正邪は幻想郷の空から見上げるように幻想郷の土地を見下ろしている。

 

その顔は歪んでいる。見下し、嘲り、蔑み、卑しみ、侮り。そう言った相手を貶める負の感情からなる歪んだ嗤い。愉快犯の様に翻弄し弄ぶ事を喜ぶその顔は不気味を通り越して寒気がする。

 

「くくくくくっ」

 

今頃自分の足の上の城中では小人族の少名針妙丸が忙しくせっせと動いているだろう。それを思うだけでも自然と口は弧を描き笑い声が漏れる。

 

「もうすぐ、もうすぐだ」

 

この安定した幻想郷をぶち壊し、自分がこの世界を思うままに支配する。その時が、もうすぐ訪れようとしている。

 

そう、鬼人正邪は確信していた。

 

「くくくく、ククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククッ」

 

正邪の周囲に漂っていた禍々しい妖気が、その性質を変える。

 

それはより禍々しく。

 

より凶々しく。

 

より毒々しく。

 

より驚驚しく。

 

 

それは生き物にとっては天敵ともいえるモノ。あらゆる命を脅かす悍ましき、忌むべき力。

 

 

―――生命を、貪る呪い

 

 

「……ナァ、ヒシガキ。ソノトキガタノシミダロウ?」

 

鬼人正邪はこの幻想郷で唯一、己が同類(・・)に向かって言葉を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






今回はひしがき以外のキャラに多く焦点を当てた話になりました。

……むずい。なんか書いてるうちにキャラの性格がだんだん迷子になっていく感じがしてしょうがない。やっぱり自分で作ったひしがきやいろはは書きやすいですね。

今回いろははちょっとしか出てきませんでしたが異変中では丸々いろは中心の話もあります。そこで、全てではありませんがひしがきとの確執の理由も出す予定です。

もちろん草の根たちにもスポットを当てていきます。



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嫌な事って急に思い出すよね

大変遅くなりました。何とか年を越す前に投稿することができました。

来年も頑張って投稿していきます。





 

 

 

 

 

 

霊夢達がそれぞれの場所に移動した後、一番最初に目的地の霧の湖に到着したのは魔理沙だった。

 

「よっし!着いたな。さて、暴れてるっていう妖怪はどこだ?」

 

魔理沙は湖の上から伝え聞いた件の妖怪を探す。湖は相変わらず霧で覆われており、視界はそれほどよくはない。

 

魔理沙は湖を飛んで探すが、妖怪が暴れているような気配は感じない。

 

「ん~、一体どこにいるんだ?早くしないと霊夢やいろはに先を越されちまう」

 

負けん気の強い彼女は自分が三人の中で一番にこの異変を解決したいと思っている。霊夢といろはは魔理沙にとって昔からの友人であり、同時に心の中ではライバル視している。

 

片や幻想郷の大役である博麗を務める巫女。片や今では里一番と言わる退治屋。種類は違えどどちらも正真正銘の天才である二人。

 

そんな二人の友人である魔理沙であるが、二人と同じく天才とは言い難い。魔法使いと言ってもごくごく普通の魔法使いである魔理沙は詰まる所凡才である。

 

魔理沙自身それは自覚している。自覚したうえで、彼女は友人である霊夢やいろはに負けたくないのである。あるいは友人だからこそかもしれない。

 

二人に並び立ちたい。二人を追い越したい。魔理沙はそのために人知れず努力する努力型の人間だ。そんな彼女だからこそせっかちとも言える面があり考えるよりも行動する傾向がある。

 

「弾幕はパワーだぜ!」とは彼女の持論であり実に彼女らしい言葉だ。

 

「ちょっと肌寒いな」

 

当てもなく湖を飛び回る。

 

しばらくして、魔理沙の真下の湖面が荒れたかと思うと突然水柱が上がった。水柱は魔理沙の周りを旋回するように次々と上がっていく。

 

そして魔理沙の正面に上がった水柱が治まった場所の湖面に、一匹の妖怪が現れた。

 

「あなたは!」

 

普段なら出さないような強い口調で彼女は魔理沙に向かって言葉を投げかける。

 

「私を退治しに来たのですね?」

 

似合わない戦意に満ちたわかさぎ姫が、魔理沙の前に姿を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

いろはは、人里近郊にある道を駆けていた。いろはは飛ぶこともできるが、いろはにとっては飛ぶよりも自分の足で走った方がしっくりとくるのでこうしている。

 

時折飛び上がっては周囲を見渡して確認している。

 

里の中では人に使われていた道具たちが独りでに動き回って騒ぎになっている。しかし道具は勝手に動き出すだけで人間に直接的な被害が出ているわけではないため、それほど問題と言うわけではない。

 

問題なのは、妖怪である。

 

人里には妖怪がいる。もちろん人間に危害を加えることがない妖怪である。霊夢が巫女になって以来、少しずつではあるが妖怪も人里を出入りすることができるようになった。

 

とは言え、里の中には妖怪に対して信じきれない者も多い。特に現在博麗神社によく出入りしている鬼、伊吹萃香は恐れる人間が多い。

 

かつて里を襲い妖怪の恐怖を里の人間に知らしめた鬼。いくら見た目が似ても似つかない幼子とは言え彼女は鬼、しかも鬼の頂点に君臨する鬼の一角である。里の人間が恐れるのも無理はない。

 

弾幕ごっこが幻想郷の主流になってからは人間と妖怪の距離は近くなった。しかし、大人しくなったはずの妖怪たちがこの異変をきっかけにまた暴れだし人間がまた妖怪を恐れるようになったら里はかつてと同じく妖怪におびえる不穏な空気に包まれるだろう。

 

そんな事にさせるわけにはいかない。いろはは誰よりも早く暴れだす妖怪を見つけ抑えなけらばならなかった。

 

もし暴れた妖怪が人間を傷つけてしまえば、自分だけではなく霊夢にもその責任の矛先が向いてしまうかもしれない。大切な友人のためにも、もう二度(・・)とそんなことはさせない。

 

(…あれ?)

 

いろはは自分思考に違和感を感じた。

 

二度と、とは何だろうか?自分の知る限り霊夢は里の人間に責められたことなど一度もない筈だ。巫女になった当初こそ里の人間にその実力を疑われたが今となっては大きな信頼を寄せられている。

 

それなのに、何故二度となどとおもったのだろう?

 

(…きっと、なんとなく)

 

僅かに過った疑問を、いろはは特に気にすることなく頭を切り替える。自分の役目は里を守ること。今は、

 

「早速現れたわね」

 

その役目に集中することが先決だ。

 

「私を退治しに来たというの?」

 

生首を宙に浮かした赤蛮奇を前に、いろはが刀の鯉口を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

竹林の中を霊夢は飛んでいく。

 

この迷いの竹林はその名の如く早い速度で成長を続ける竹によって道筋が分からなくなる天然の迷宮だ。

 

にもかかわらず霊夢の飛ぶ姿には迷う様子が全く見られない。まるで進むべき場所がわかっているかのように霊夢は竹林の中を飛んで行っている。

 

霊夢がこの竹林を迷わずに飛び続けることができるわけ。それに理由はない。そもそも彼女はどこかを目指して飛んでいるのではない。

 

霊夢の目的は暴れている妖怪を見つけこの異変の原因を探すことにある。見つける対象はあっても目指す場所は霊夢にはない。

 

とは言えこの竹林をただ闇雲に飛んでいるだけではどこにいるかもわからない妖怪を探すのは難しい。唯でさえ自分の進んだ道が分からないのに下手をしたら同じ場所をグルグルと回っていることになる。

 

例え目指す場所がなくとも迷いの竹林で何かを探すのであれば、この竹林に住む不老不死の案内人を頼る方が賢明である。はっきり言えば、霊夢の取った行動は下手をすれば竹林で迷い続けてしまう自殺行為だ。

 

「さ~て」

 

しかし、それは霊夢にとって自殺行為には成りえない。霊夢にはこの竹林の道など分からない。自分の位置を特定する術もない。何故なら霊夢にはそんなもの必要ないのである。

 

「ここらへんかしらね?」

 

霊夢が迷いの竹林で一切の躊躇なく飛び回れるわけ。それは彼女の持つ、直感によるものだ。彼女は勘が鋭い。もはやその直感はある種の超能力にさえ近いものがある。

 

何に縛られることなく、何に惑わされることなく霊夢はただ自分の直感を信じるまま行動する。そして今回もまた霊夢は自分の直感に任せて竹林の中を飛んでいるのである。

 

「………何かしらね」

 

霊夢は異変解決に乗り出してから何か嫌なものを感じていた。自分の中でザワザワ何かが騒めいているような感覚。今回の異変は、ただの異変ではないかもしれない。

 

「………一筋縄じゃいきそうにないかもね」

 

直感がまた、何か嫌なものを感じている。

 

竹林が騒めく。笹の隙間から僅かに光が差し込み一つの影を照らし出す。霊夢は始めからわかっていたようにその影の前で止まった。

 

影が光に照らされてその姿を見せる。楽しそうに、嬉しそうに、嬉々として彼女は霊夢の前に姿を見せた。

 

「私を退治しに来たのね」

 

今泉影狼が、牙をのぞかせながら笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

人里から外れた場所。そこは嘗て鬼が里を襲った際には里の人間が避難をした場所がある。

 

その場所の片隅に、墓場がある。

 

人里の墓場はいくつかあるが、この墓場は鬼の襲撃の際にこの場所に造られた比較的新しい墓地だ。

 

大小さまざまな墓石が置かれたその墓地は、この異変の中でも静寂を保っている。もとより墓地とは、暗く静かな場所である。

 

しかし、今その墓場には普段はないものがあった。全ての墓前に華が添えられているのである。彼岸花。赤い色が墓場を彩っていた。

 

その墓場の奥に、小さな墓石があった。

 

その墓石は綺麗に磨かれており、この墓前にも赤い華が添えられている。その墓に向かって手を合わせている人影は、静かに目を閉じて黙とうを捧げていた。

 

彼はいつも人目を避けてこの場所を訪れる。自分の姿が、よりにもよってこの場所で見つかってしまったら大きな騒ぎになってしまうからだ。

 

ひしがきは、この異変に紛れて、嘗て自分が守ることのできなかった人達の墓参りをしていた。

 

何より、この小さな墓石の下で眠る亡者のために、ひしがきは手を合わせたかった。

 

「………」

 

ひしがきは、何か異変が起こる度にこの場所にやって来る。それは人の目を避けやすいという事もあるが、それ以上にこの墓の主に祈っているのである。

 

どうか、いろはが無事である様に、と。

 

 

―――――――ぞ……

 

 

「………っ」

 

嫌な悪寒が体にはしる。今までにも異変はあったがこんなことは初めての経験だ。

 

つい先日会った鬼人正邪の顔が頭を過る。

 

何故だろうか?今の自分は彼女よりも強い。まして霊夢やいろは、魔理沙も鬼人正邪には負けないだろう。

 

いくら打ち出の小槌で力を得ようと、鬼人正邪は彼女たちには勝てないのだ。なのに、なぜこんなにも自分は嫌な物を感じているのか。

 

 

―――お前の力……今のままでは惜しい。我らの手に、力がある限り…いくらでもお前も強くなれる。

 

 

あの時の鬼人正邪の言葉。

 

……そういえば、鬼人正邪の言っている力とは打ち出の小槌の力のはずだ。いくらでも強くなれるとは、その力でもって俺の力を増幅させるという事だろうか?

 

だがまて、正邪は小槌に力で自分だけの力を増幅させていたはずだ。なのに俺の力を増すことなんてするだろうか?ただ単に俺を騙すだけの言葉にしては引っかかる気もするが。

 

「………」

 

……仮に、鬼人正邪に他に何かしらの力を得る方法があったとしたら。そして、その力をもってして俺の力を上げようとしていたとしたら?

 

「……馬鹿馬鹿しいな」

 

自分で考えた仮説を一笑して伏せる。そもそも俺の力はそう簡単に他者が増幅できるようなものではない。

 

仮に打ち出の小槌でもこの力を増すことは出来ないだろう。他者を蝕む呪いの力。

 

この力を増幅できるようなモノなど、そんなものあるわけ………。

 

 

 

その瞬間、ひしがきに雷で撃たれたような衝撃が走った。その直後、まるで冥府に突き落とされるような悪寒が全身を虫の様に這いずり回る。

 

 

 

あった。見つけてしまった。

 

 

自分の力を増幅させる方法。アレならば、可能かもしれない。ただ力を増すという点を考えれば、それはむしろ俺にとっては相性は抜群だろう。

 

極寒の冷気に凍えるようにひしがきは顔を青く染め震えあがる。それはひしがきにとって何よりも忘れたいもの。思い出したくもない記憶だ。

 

ありえない。だが、もしそれが真実だとしたら、自分の嫌な予感も、鬼人正邪の言葉も、力を増す術も、全てにおいて辻褄が合う。

 

ひしがきの脳裏に、ある物が鮮明に浮かび上がる。

 

 

 

 

かつてひしがきが見つけた、瘴気を噴く鬼瓦が、記憶の中でひしがきを睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




短いですが今回はここまでです。来年はもう少し早く投稿できたらいいなと思ってます。



新しい年が皆様の良いお年でありますように。

それでは皆様良いお年を。


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キレさせたらダメな人っているよね

遅くなりました。皆様新年をいかがお過ごしでしょうか。

自分は雪が積もっているせいで通勤に苦労し雪かきに苦労しとなかなか休めない日が続いています。太平洋側に引っ越したい…。


ちなみに今回の異変で九十九姉妹と堀川雷鼓は出てきません。理由は自分のキャパ不足です。これ以上キャラを絡めて話を進める自信がないのですいませんがご了承ください。








 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不吉な嵐に覆われた天上に聳える城の下で、少女たちが交錯する。

 

それを嗤って見下す妖怪と、震えて見上げる人間がいる。

 

遠くから見守る者、我関せずにいる者、無事を祈る者、備える者、自ら動き出す者、目覚める者。

 

それぞれの想いが渦巻く幻想郷の異変。

 

人間と妖怪。違う存在であり、この狭い世界で等しく時を刻む彼らは、この異変で何を見るのか。

 

 

 

 

 

 

「何の妖怪かと思ったら狼女だったのね」

 

霊夢と影狼の戦いは、霊夢の勝利で終わった。影狼は霊夢相手に善戦したと言えるだろう。狂暴化の影響もあってか実力以上を影狼は発揮し霊夢に食いつこうとした。

 

しかし、その牙は霊夢には届かない。霊夢は弾幕を危なげなくあっさりと躱し影浪を下した。明らかに全力を出していないにもかかわらず霊夢は影浪に勝利を治めたのだ。

 

これが、現博麗の巫女。そのセンス、その実力はなるほど今や圧倒的な信頼を寄せられるにふさわしいものだ。

 

「あーあ、負けちゃった」

 

影浪は残念そうに声を漏らす。しかしその顔はどこかスッキリしていた。

 

こうまで圧倒的にやられるとむしろ気持ちいい。また、ようやく妖怪退治の専門家に相手にされたのだ。嬉しい気持ちと相まって負けたことが残念ではあったが悔しさは感じなかった。

 

「最近普段大人しい筈の妖怪が暴れているみたいだけど、何故なの?」

 

「さあ?偶然じゃないかしら?」

 

影浪は偽ることなく霊夢に本心を告げる。

 

「最低でも私は自分の意思よ?……たぶん」

 

「………」

 

影狼は嘘を言っているようには見えない。霊夢は今だ自分の勘が嫌な物を感じていることが気がかりだった。

 

できる事なら何かこの異変を解決するための糸口が欲しい。だがどうやら影浪にそれは期待できそうにない。どうしたものか。

 

「それにしても、ひしがき以外にもこんなに強い人間がいたのね」

 

「……なんですって?」

 

影浪の口から出てきた名前に霊夢は嫌な予感を一旦しまう。

 

「あんた、ひしがきの知り合いなの?」

 

「え?ええ、そうだけど…」

 

「どういう知り合い?」

 

「どういうって……友達、になりたいみたいな?」

 

「………」

 

影浪の答えに霊夢は僅かに考え込む。ひしがきに、近寄ろうとする妖怪がいる。妖怪に対して警戒心の強いひしがきに友達になろうとする妖怪の知り合いがいる事には驚いたが、それ自体は特に問題ではない。

 

博麗神社にも妖怪は大勢やって来る。人里にも妖怪はいる。ひしがきに妖怪の親しい知り合いがいたとしても不思議はない。

 

「…ねぇ」

 

「え?なに?」

 

「今私の連れが湖と人里にいるわ。里で暴れている妖怪って、あんたと同じひしがきの知り合い?」

 

「…そうだけど。それがどうしたの?」

 

霊夢の質問に、影浪が頭を傾げる。質問の意図が全く掴めない。どうしてひしがきと知り合いと言う事にそうまで食いつくのか。

 

「そういうあなたはひしがきとどういう関係なの?」

 

「ひしがきは私の前任者よ」

 

「……………え?」

 

「先代の博麗……と言っても代理だけどね。ひしがきはそれをやっていたのよ。知らなかったの?」

 

「……ひしがきが、博麗の…?」

 

影狼は驚愕に目を見開く。先代の博麗、博麗の代理は影浪も噂では知っている。その悪名もまた、彼女は知っていた。

 

「…まずいわね」

 

そう呟くと霊夢は、驚いている影浪に背を向けて、急いでもと来た道を戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なによあんた。強いじゃないの」

 

「…当然」

 

頭にできた大きなたんこぶを涙目で抑える蛮奇に、いろはは若干自慢げに胸を張る。豊かな胸が強調されて揺れる。

 

 

 

「…………………………………………チッ」

 

その光景を、主から様子を見て来るように言われたメイドが遠くで見て舌打ちをしていた。いろはの友人であるそのメイドの目はまるで不倶戴天の敵を見つめるようであったとかなかったとか。

 

 

 

「私を見ても怖がらないなんて……」

 

「…ん、暗い所だと、ちょっと怖いかも」

 

悔しげに俯いて手を握り締める蛮奇に、いろはは自分なりのフォローを入れる。どうやら蛮奇は影浪と違いいろはとの弾幕ごっこの結果は後味の苦いものになってしまったようだ。

 

「………やっぱりここは定石通り夜の柳の下で驚かせた方がよかったかしら?」

 

どちらかと言えば蛮奇は弾幕ごっこよりもいろはが驚かなかったことに不満があるらしい。

 

「…もう、里の近くで暴れちゃだめ」

 

「く、悔しいけどここは大人しく退くか。……驚かすのもだめ?」

 

そう聞いた瞬間、浮いている蛮奇の首と体の隙間にいろはの刀が奔った。

 

「…ほどほどにしないと、お仕置き」

 

そう言っていろはは刀の切先を蛮奇の顔に突きつける。顔を青くした蛮奇は慌てて後ずさる。

 

「さ、最近の人間はバンカラなのねー!」

 

そして一目散に逃げた。

 

「…ちょっと、待って」

 

しかし回り込まれた。

 

「ぎゃーー!」

 

「…聞きたいことがある」

 

「な、なによ」

 

「…最近、妖怪が暴れたり道具が勝手に動いてる。…原因、知ってる?」

 

「え、さあ?私は何も知らないわよ?」

 

「…どうして暴れてたの?」

 

「どうしてって言われても、困るんだけど。私は一応妖怪だし、暴れても不思議じゃないでしょ?」

 

「………」

 

いろはの目に、蛮奇は嘘を言っているように見えなかった。それが、いろはには腑に落ちなかった

 

これは明らかに異変だ。妖怪が一斉に暴れだし道具が勝手に動き回るなどそれ以外には考えられない。だが、当の暴れている妖怪に聞いてみると暴れたのは自分の意志だという。

 

「…ありがと。もういい」

 

とりあえず霊夢と魔理沙の所へ行き何か収穫がないか聞いてみよう。そう思いいろはは蛮奇に背を向けて走り出す。

 

 

「うう、頭痛い。またひしがきに頼んで永遠亭まで案内してもらおうかしら」

 

 

が、蛮奇が漏らした言葉に、いろはの体がピクリと反応した。

 

「…………今」

 

「え……………っ!?」

 

いろはは足を止め、蛮奇に背を向けたまま話しかける。いろはに顔を向けた蛮奇は、いろはから先ほどまでと明らかに違う、無機質で冷たい気配に固まった。

 

「…ひしがき、って言った?」

 

いろはが蛮奇に顔を向ける。基本的に、いろははいつも感情を表情にあまり出さない。無表情、と言うわけではないが感情豊かな方ではない。

 

だが今のいろはは、隠しようもなく怒気に満ちた顔をしていた。見た目は能面の様に無表情。しかし、目を合わせたら一瞬で切り殺されそうな明らかな怒りが冷たい瞳の中で燃え上がっている。

 

「ひぃ……!」

 

蛮奇が悲鳴を漏らす。その場にへたり込んでしまった蛮奇はそのまま後ろに後ずさる。

 

「…お前、あいつの何?」

 

いろははそんな蛮奇に向かってゆっくりと問いかけながら近寄って来る。腰が抜けてしまったのか、立つことのできない蛮奇はガチガチと歯を鳴らし少しでも遠くに逃げようと足をばたつかせている。

 

「…こたえろ」

 

そう言って、いろはは再び刀の鯉口を切った。

 

「ストップ」

 

それを、後ろから誰かが刀の柄頭を抑えて静止の声をかけた。

 

「…咲夜」

 

いろはが振り向いてその名を呼ぶ。

 

「いろは、それ以上はやり過ぎよ」

 

十六夜咲夜。紅魔館にて吸血鬼、レミリア・スカーレットに仕えるメイド長がいつの間にかいろはの後ろに立っていた。

 

「…邪魔しないで」

 

「いろは、あなたの目的は異変の解決ではなくてそこの妖怪を斬る事なのかしら?」

 

「………」

 

「別にあなたの個人的な事情に首をつっこむ訳ではないけれど、この幻想郷で血生臭い事を起こすことはあなたの本意ではないでしょ。一度頭を冷やしなさい」

 

「……………」

 

いろははしばらく無言でいた後、刀から手を離した。

 

「…咲夜」

 

「何かしら」

 

「…ごめんなさい」

 

「気にしないでいいわよ。私もお嬢様の御命令でここにいるんだもの」

 

「…うん。ありがとう」

 

「いいって言ってるのに……」

 

いろはの感謝に咲夜は苦笑する。そして、腰を抜かした蛮奇に歩み寄る。

 

「あなたも、ついてなかったわね」

 

「………え…あ」

 

呆然とする蛮奇に向かって咲夜は手を差し伸べる。差し出された手を思わず握った蛮奇は、されるがまま立ち上がる。

 

「もう大丈夫だから、早く行きなさい」

 

「……………」

 

チラチラといろはに警戒の目を向けていた蛮奇はゆっくり距離をとった後、振り向くことなく一目散に走り出した。

 

しばらくその姿を見送った後、咲夜はいろはに語り掛ける。

 

「いろはらしくないわね。あんなに殺気を剥き出しにするなんて」

 

「……………」

 

「はぁ…。わかってると思うけど、弾幕ごっこが今の幻想郷のルールである以上あなたもそのルールに従わなくてはだめよ」

 

そう、弾幕ごっことは人間と妖怪が住むこの幻想郷の平和を守るための決闘方法である。そのおかげで今の幻想郷では血生臭い事件や異変が激減し、人間と妖怪が歩み寄るきっかけにもなった。

 

だが、そのルールを人間の方から破ったとしたら、妖怪たちからもルールを無視する輩が出てくるかもしれない。そうなってしまえば弾幕ごっこは名ばかりのルールとなり再び幻想郷は嘗ての幻想郷へと戻ってしまうかもしれないのだ。

 

「…ごめんなさい」

 

いろはもそのことは十分承知している。何しろ霊夢と共に弾幕ごっこを用いて今まで異変解決をしてきたのだ。だからこそ自分がしてしまいそうになったことを重く受け止めていた。

 

「……いろは」

 

「…?」

 

「里の方は私が見張っておくわ。だからいろはは霊夢達と一緒にこの異変を解決してきなさい」

 

「…でも」

 

咲夜もまたレミリアから言われた事があるはずである。それを無視させてまで咲夜に迷惑をかけさせることにいろはは戸惑った。

 

「いいから、ここは私に任せて。ちゃんとこの異変、解決してくるのよ」

 

里を心配したままではいろはも異変解決に専念できない。いつまでも失敗に落ち込んでいないで、気を持ち直しなさい。咲夜のその気遣いがいろはにもしっかりと感じられた。

 

「…うん。…咲夜、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

いろはは頷いて咲夜に礼を言う。咲夜もその礼を受け取った。

 

「…あら?」

 

咲夜がこちらに向かって飛んでくる霊夢を見つけた。霊夢はいろはたちの所にまでやってくると着地する。

 

「咲夜、あんたも来てたの」

 

「ええ、お嬢様に暴れている妖怪の様子を見て来るように言われてね。…まぁ、ちょっと色々あってね。今回はいろはの代わりに里を見張ってるわ」

 

「…ふ~ん。そう」

 

チラリと霊夢はいろはを見た後に小さく息を吐いた。

 

「それで?こっちは収穫はなかったけどそっちは?」

 

「…こっちも、ない」

 

「そう、じゃああとは魔理沙だけね。まだ湖にいるかしら?」

 

「ああ、魔理沙ならさっき会ったわよ。何か怪しそうな物が湖の向こうの空にあるから行ってみるって言ってたわ」

 

「……まったく、また一人で勝手に行動して」

 

霊夢は呆れたように頭を片手で抑える。

 

「…霊夢」

 

「分かってるわよ。それじゃあ咲夜、里は任せたわよ」

 

「…この異変が終わったら、遊びに行く」

 

「ええ、気を付けてね」

 

そうして霊夢といろはは魔理沙を追って湖の方へ飛んでいった。それを見送った咲夜は、先のいろはを思い出す。

 

(霊夢の目…きっと霊夢もいろはを心配して戻って来たのね)

 

と言う事は、霊夢の方でもきっとひしがきに関する何かがあったという事だろう。だから霊夢はここに来たとき、いろはの様子を盗み見たのだ。

 

(ひしがき、か……)

 

咲夜はひしがきについて詳しくは知らない。そもそもちゃんとした面識さえない。以前に湖で遠目からその姿を見たことがあるくらいだ。

 

あとはこの幻想郷に来たばかりの頃、主人である吸血鬼の少女が博麗の力を計ろうと近くにいたひしがきの下を訪れたことしか関係性はない。その後帰ってきた主人が少なからず落胆した顔で帰ってきたことから満足のいく結果は得られなかったと察したことがあった。

 

「…そろそろ行こうかしら」

 

ともあれ里の安全を友人から頼まれてしまったのだ。今はそれに専念しよう。

 

主人の命を果たせなくなってしまったが、そこは理由を説明すれば見栄っ張りで優しい主人なら許してくれるだろう。

 

咲夜はそう思い里に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わかさぎ姫を倒した魔理沙は、偶然空に怪しい嵐を見つけたのでその中に入って行った。

 

妖気が渦巻く嵐の中で、魔理沙はここが異変の原因であると確信していた。

 

「へっへっへー、今回は私が一番に異変を解決できそうだな」

 

魔理沙は嵐なのかを得意げな顔で飛んでいく。今頃は霊夢やいろはもこの嵐に気付いているかもしれないが、向かった場所の距離を考えれば自分が一番この場所を気づくことができるし近い。

 

今一番に異変解決に近いのは確実に魔理沙だった。

 

「へへへっ」

 

魔理沙は上機嫌に飛んで行く。そして嵐の先、逆さに立つ輝針城にたどり着く。

 

「うおっ!なんだこりゃあ!?」

 

目の前に現れた城に魔理沙は驚く。空飛ぶ船や地底の地獄など色々見てきたが空に城が立っているのはさすがに予想はしていなかったようだ。

 

「…城、かぁ。一体何だこりゃ?」

 

しげしげと城を眺めていた魔理沙だが

 

「ま、入ってみればわかるか」

 

霊夢達を待つでもなく当然の如く一人行動を起こす。

 

「それに城っていうなら何か珍しいお宝でもありそうだしな」

 

にししっと悪戯小僧の様に笑いながら、城の中へと魔理沙は入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゅ~~~」

 

霧の湖。つい先ほどまで魔理沙とわかさぎ姫が弾幕ごっこを繰り広げていたその湖面に、一匹の妖怪がプカプカ浮かんでいた。

 

と言うか魔理沙にボロ負けしたわかさぎ姫が目を回していた。

 

「……何やってんだ、お前?」

 

「…ひしがきさん?」

 

わかさぎ姫の前にそこにひしがきが結界を展開して立っていた。

 

「あの、ついさっき弾幕ごっこで負けてしまって……」

 

「精根尽き果てたって感じだな」

 

「あはは、ちょっと疲れちゃいました」

 

力なく笑うわかさぎ姫は脱力しきっていた。もとより彼女は妖怪の中では非力な方だ。その上本来は虫も殺せないような大人しい性格の持ち主。弾幕ごっことはいえ慣れない戦闘を終えて精神的にも疲労が濃いように見えた。また所々黒ずんだ後を見るに魔理沙は遠慮なくわかさぎ姫を負かしたらしい。

 

「……………」

 

「?ひしがきさん?」

 

自分を無言で見つめるひしがきにわかさぎ姫は頭を傾げる。

 

「………はぁ」

 

ひしがきは小さく溜息を吐いた後、小さな袋を取り出しわかさぎ姫に投げた。

 

「え、あの、これは…?」

 

「霊草から作った丸薬だ。妖怪でも食えば多少なりとも妖力が戻るだろう。それ食って体を休めてろ」

 

それだけ言うとひしがきは大きく跳躍した。空を飛ぶことのできないひしがきは結界を足場に湖の上を駆けていく。

 

後ろからわかさぎ姫が何か言っているような気がしたが、ひしがきは今それどころではなかった。確かめなければならなかった。この異変に、本来の異変とは違う何かが関わっているかどうか。

 

ひしがきの見上げる先に不気味な嵐が渦巻いている。できる事なら異変の真っただ中に行くことは避けたい。

 

そこには自分が会いたくない人がいるから。

 

しかし、もしひしがきの予想した通りだとしたら、この異変はただの異変ではなくなってしまう。だとしたら行かなくてはならない。

 

そこには自分が傷ついてほしくない人がいるから。

 

願わくば、この異変が無事に終わりますように。遠くにある小さな墓石に、ひしがきは祈りながら走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 









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反逆の狼煙……狼煙?


お久しぶりです。

かなり間が空いてしまいましたが、その分ストックは出来たと思うのでちょこちょこ投稿していきます。

投稿を待ってくれていた皆さま、本当にありがとうございます。


 

 

 

 

「…外はまだ嵐みたいだな。気味が悪いぜ」

 

輝針城の中を魔理沙は飛んで進んでいく。窓から外を見れば、城の外は未だに禍々しい嵐が城を囲むように渦巻いていた。

 

「やれやれ、お宝は一体どこだ?あと、この異変を起こした奴はどこにいるんだ?」

 

城の中を魔理沙は臆すことなく進んでいく。屋内と言う制限された空間にも拘らず、魔理沙は速度を落とすことなく城の中を駆け回っていた。

 

「……ひょっとしてさっきの奴が黒幕だったのか?」

 

魔理沙はこの城に入ってすぐにあった妖怪を思い出す。随分とトリッキーな能力を使って来る妖怪ではあったが、弾幕ごっこにかけては魔理沙は今まで解決してきた異変の経験と努力に裏付けされた実力がある。例え、相手が特異な能力を持っていたとしてもそう簡単に後れを取ることはない。

 

「う~ん、大抵こういう建物にいる奴は一番奥にいる奴が親玉だと思ったんだけどなぁ」

 

そう魔理沙がぼやきながら引き返そうか悩んでいると、

 

「だーれ?」

 

間延びした声と共に魔理沙の目の前に少女が現れた。

 

「あら、巷で有名な魔法使いさん?」

 

赤色の和服で、薄紫色のショートヘアーにお椀を被っている少女。小人の末裔、少名針妙丸が魔理沙と対峙する。

 

「お、よ~やくお出ましか。待ちくたびれたぜ!」

 

八卦炉を片手に、魔理沙は帽子のつばを指で押し上げる。

 

「霊夢達が来る前に、異変はこの私が解決するぜ!」

 

 

 

 

 

 

「ここね」

 

「…うん」

 

霊夢といろはは魔理沙を追って嵐の中を進んでいた。そしてようやく嵐の中心、輝針城に到着していた。

 

「魔理沙は、もう行っちゃったか。まったく、いつもいつも先走るんだから」

 

霊夢は文句を言いながら城の中へと入っていく。いろはもそれに続くが、いろはは少し霊夢の様子に僅かに違和感を感じた。

 

「…霊夢」

 

「なに?」

 

「…どうしたの?」

 

魔理沙の実力は霊夢もいろはもよく知っている。魔理沙は一見単純な力押しの戦い方に見えるがそこには確かな研鑽と考えられた弾幕の戦い方がある。弾幕ごっこと言うルール上の決闘とは言え魔理沙の実力は本物である。たとえ相手が誰であろうとそうそう後れを取ることはないだろう。

 

故にいろはは違和感を感じた。長い付き合いだからこそ分かる、霊夢が焦っていることに。

 

「……………分からない。ただ―――」

 

霊夢はいろはに一瞬目を向けるとすぐに前を見据える。

 

「―――嫌な予感がするだけよ」

 

「……………」

 

霊夢の返答に、いろはも正面を向く。それ以上言葉を交わすことなく自然と二人は速度を上げて城の中を飛んで入っていく。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、またひしがきさんに助けてもらってしまいました」

 

わかさぎ姫は湖の端に腰を下ろしひしがきから貰った薬をポリポリ食べてた。ひしがきの薬は彼の予想通り妖怪にも効果があったようでわかさぎ姫は妖力が回復しているのを感じていた。

 

「はぁ」

 

わかさぎ姫は再び溜息を吐きつつひしがきが去って行った方角を見る。会って間もない人間。これで顔を合わせたのは2度しかない。にもかかわらず既にわかさぎ姫はひしがきに借りを作ってしまっている。

 

1度目は自分が病に倒れた時。自分のために医者の下へ行ってくれた友人を医者の下にまで導いてくれた。間接的にとは言え自分の病を治す一役を担ってくれたのだ。その後、たまたま会った時に礼をしようとしたが結局自分だけ何もできずに別れてしまった。

 

2度目はついさっき。疲労困憊で目を回していた自分にひしがきはこの薬をくれた。おかげで先ほどまでくたくたで動けなかったのに今はだいぶ動けるようになっている。

 

にもかかわらず、自分はさっき礼すらも満足にいえずにひしがきは去ってしまった。

 

(次に会えた時は、今度こそお礼をしないと)

 

わかさぎ姫は頬に手を当て溜息を吐く。

 

「わかさぎ姫ー」

 

とそこへ影浪が姿を現した。

 

「影浪ちゃん…ってあなたも?」

 

影浪の姿はいつもと違い服が所々ほつれている。見れば表情もいつものような笑顔ではなく疲れたように力がない。

 

「うん、まぁ、そっちもみたいだね」

 

影浪もまたわかさぎ姫の姿を見て状況を察したのか苦笑して隣に腰を下ろす。

 

「わかさぎ姫は誰にやられたの?」

 

「私は人間の魔法使いよ。…でも全然敵わなかったわ。」

 

「ふ~ん、こっちは博麗の巫女。でも意外ね。わかさぎ姫が弾幕ごっこするなんて」

 

「うん…。今は大丈夫なんだけど、弾幕ごっこをする前は気分がすごく上がって暴れずにはいられなかったの。…なんでかしら?」

 

「私もそんな感じかなー。博麗の巫女が動いてるってことは何かの異変なのかもね。ん?それ何?」

 

影浪はわかさぎ姫の持つ袋を指さす。

 

「ああ、これ?疲れて動けなかった時にひしがきさんに貰ったの。おかげでだいぶ楽になったの。影浪も食べる?」

 

嬉しそうに両手で丸薬の入った袋を差し出すわかさぎ姫。しかし、それに対して影浪は表情を曇らせた。

 

「?どうしたの影浪ちゃん?」

 

「……ねぇ、姫は博麗の代理って知ってる?」

 

「え?ええ、知ってるけど……」

 

博麗の代理。現博麗である博麗霊夢の前の博麗。スペルカードルールが敷かれる前の殺伐とした幻想郷を担った博麗でありその力は歴代と比べると弱く度々里に被害を出しその結果として人間の妖怪に対する恐怖を強めたとされる。

 

しかし、一方で自ら進んで妖怪を退治したりと妖怪に対しても容赦なく敵対したことで妖怪からもその名は知られるようになった。そして、ある日里に甚大な被害を出したことによって博麗を引いたと言う。

 

それがわかさぎ姫の知っている博麗の代理のすべてである。人間からも、妖怪からも疎まれる存在。その認識は影浪や蛮奇も大差はないだろう。博麗の代理とは彼女たちにとって自分たちとは直接関わりはない、しかし近づきたくはない存在であった。

 

「博麗の巫女が言ってたの………ひしがきが博麗の代理だって」

 

「………え?」

 

 

 

 

 

 

城の中を進んでいく霊夢といろは。

 

すると一際鼓膜を揺さぶる音と共に、城の一部が破壊される音が聞こえた。

 

「…っ!魔理沙っ!」

 

「あっ、いろは。たぶんこの音は……」

 

霊夢の声が聞こえ終わる前にいろははスピードを上げ音の下へ向かう。するとそこには、

 

「へっへ~」

 

「きゅ~~……」

 

八卦炉を構えた魔理沙と、その足元で目を回している小人がいた。

 

「まったく、派手にやったわね」

 

後から追いついた霊夢は呆れながら八卦炉が向けられている先の城の破壊された痕をみる。見事に風穴を開けられた城は中からでも外がよく見える。

 

「おっ、遅かったな。悪いが私が先に終わらせたぜ」

 

魔理沙は得意げに笑う。それを見ていろはは安心し、霊夢は溜息を吐いた後―――顔を険しくした。

 

「魔理沙」

 

「ん?なんだ?」

 

「本当にそいつが異変の黒幕なの?」

 

「え?いや、多分そうじゃないのか?なんか自分がやった的な事を言ってたぜ」

 

「………」

 

霊夢は未だに目を回している小人、少名針妙丸に目を向ける。

 

「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど。さっさと起きなさい」

 

「う~~ん………」

 

霊夢が針妙丸を揺らすと針妙丸は小さく呻きながら薄く瞼を開く。

 

「…あれ?ここは?」

 

「あんたの城の中でしょ」

 

針妙丸は辺りをキョロキョロと見回した後、ハッと顔を上げた。

 

「…そうか。この小槌の力をもってしても、私たちは下剋上を成すことは出来なかったの……」

 

「下剋上ですって?」

 

「うん。私たち小さき者、弱き者たちが安心して暮らせる世界。理想郷を作ることが私たちの夢だったんだ」

 

「なんだそりゃ?別にそんなの作らなくたってこの幻想郷なら小さかろうが弱かろうが住む分にはそんなに難しくはないんじゃないか」

 

「…うん。この幻想郷には弱い子も小さい子もいっぱい暮らしてる」

 

「え~!それ本当!?」

 

驚いた針妙丸顔を上げて霊夢達を見上げる。

 

「まあ、わざわざこんな異変を起こさなくても別に幻想郷は誰も拒みはしないわよ」

 

「で、でも、正邪はそんなこと一言も……」

 

「正邪?誰なんだそいつ?」

 

「私の仲間よ。正邪のおかげでこの打ち出の小槌を手に入れ、この輝針城を再び世に出すことができたの。正邪は言ってた。幻想郷は強者が支配する世界だって。だから私はこの世界で下剋上を起こし、弱者の見捨てられぬ世界を作ろうとしていたの」

 

針妙丸の言葉を聞いた霊夢達は一様に顔を見合わせる。この小人が言っていることが本当ならば、彼女をけしかけた正邪なる存在が裏で糸を引いている可能性がある。

 

どんな意図があれそいつがこの異変を起こした真犯人であることを霊夢達は察した。

 

「ふーん、まあいいわ。とりあえず今すぐこの城しまってくれないかしら。あと勝手に動き回ってる道具も何とかして頂戴」

 

 

 

「そいつはちょ~と待ってくれよ」

 

 

 

魔理沙によって破壊され大きく開いた城の穴の外から、神経を逆撫でするような声色の言葉が聞こえた。

 

霊夢達が声のする方に顔を向けると、そこには逆さに浮いている鬼人正邪がいた。

 

「あっ、あいつはさっき私がやっつけた妖怪」

 

「正邪!」

 

針妙丸の呼んだ名前に一瞥した霊夢は正邪に向き直った。

 

「あんた?こいつにあることないこと吹き込んで異変をけしかけたのは」

 

霊夢の問いに正邪は口を歪ませくくっと声を漏らす。

 

「けしかけるだなんてとんでもない。私はちょいとばかり本当の事を教えて後押ししただけですよ?まぁ、本当の事とは言ってもちょっと古かったかもしれないですけどねぇ、くくくっ」

 

ケタケタと嗤う正邪を、霊夢は無言で見つめる。

 

「正邪!どういう事なの!?幻想郷は」

 

針妙丸が正邪に問いただすと正邪は笑いながら答える。

 

「すいませんねぇ、姫。今思い出したんですが幻想郷では強者が弱者を支配していたのはちょっと前の話でして、今では随分と住みやすくなったようですよ?」

 

「そ、そんな……」

 

「とは言っても私が言ったことは全部が全部間違いってわけでもないですよ姫?幻想郷はだいぶ住みやすくなった。それは間違いない。ただし、弱者の犠牲によって今も強者が上にいる事には変わりない。ね?私の言ったことは間違ってないでしょう?」

 

「おいおい、ちょっと待てよ。なにもそこまで幻想郷は物騒なところじゃないぜ」

 

「…うん。昔とは違う。今は、ちゃんとみんな安心して暮らしてる」

 

魔理沙といろはが正邪の言葉を否定する。彼女たちは一昔前の人間と妖怪の間に深い溝が合った頃の幻想郷を知らないわけではない。

 

彼女たちが正邪の言葉を否定するもっとも大きな理由はスペルカードルールが敷かれてからこれまでに起きた異変の解決に関わってきたからだ。相手を殺さずに勝敗を決める決闘方法である弾幕ごっこ。彼女たちはそれを持ってこれまで多くの異変を解決してきた。

 

そしてその中で多くの人ではない者たちとの関係を結んできたのだ。そしてその影響は彼女たち以外にも広がっていった。かつて人里で恐れられてきた妖怪たちが、少しずつ人里の輪の中に入ることが出来るようになったのである。

 

もちろん、完全に輪の中に入ることが出来ているわけではない。今でも里の中では妖怪を恐れ嫌う者たちも多くいる。弾幕ごっこをしない理性のない妖怪たちもいる。それでも、変わってきているのだ。幻想郷は。確かに新しい風が吹いてきているのだ。

 

その中心に居るとも言っていい彼女たちは、だからこそ正邪の言葉を否定した。

 

「………」

 

その中で唯一、霊夢だけが何も言わず正邪の言葉を聞いていた。

 

「……くくくっ、そうかいそうかい。それじゃあやっぱり私達と幻想郷は相容れないなぁ」

 

「……正邪、もういいよ。幻想郷が私たちに敵対しないなら、私たちは何もする必要はない」

 

先程の会話から、針妙丸は自分が異変を起こす理由がないことを察した。ならば針妙丸に異変を起こす必要などない。故に正邪にもういいと伝えた。しかし、

 

「何言ってるんですか?まだまだこれからですよ。ここから本当の下剋上をして私たちの理想郷を……」

 

「はっきり言ったらどう?」

 

正邪の言葉を霊夢が切る。

 

「あんた、別に下剋上とかどうでもいいでしょ」

 

霊夢の言葉に一瞬驚いたように目を丸くした正邪は、ニタリと再び顔を歪めた。

 

「へぇ、どうしてそう思うんだ?」

 

正邪の声色が変わる。さっきまでの癇に障る敬語をひっこめどこか試すように正邪は霊夢に問いかけた。

 

「別に?ただの勘よ。それにどう見てもあんたは自分以外の誰かの為に何かをするようなやつには見えないしね」

 

「くっくっく、そいつは御もっとも。まぁそこのチビみたいに馬鹿正直に他人に話を聞くような奴ばかりじゃないよなぁ」

 

「せ、正邪……」

 

愕然とする針妙丸の前に霊夢、魔理沙、いろはの三人が正邪の前に立つ。

 

「ま、とにかくこいつをとっちめれば異変は解決ってことだよな。あ~あ、私が一番に解決したと思ったのによ」

 

「馬鹿なこと言ってないでさっさと終わらせるわよ」

 

「…ん、行く」

 

3対1。霊夢たちは正邪に手加減などするつもりはなかった。それは目の前の存在が、今までとは違い純粋に悪意から異変を起こしたからと察したからだ。3人が3人とも、心の内で正邪に対して僅かに怒っていた。

 

しかし、その圧倒的に不利な状況にもかかわらず、正邪は嗤う。

 

「ケケケッ、こいつは怖いな~。弱い者いじめは良くないぜ」

 

「へっ!安心しな。直ぐに終わらせてとっ捕まえてやる!」

 

そう言って魔理沙が飛び上がり正邪に向かって突撃しようとした。

 

瞬間、魔理沙たちの視界がガクンと揺れた。

 

『!?』

 

正邪が嗤う。

 

「それが出来たらな」

 

 

 

逆さ城が、幻想郷目がけて落ち始めた。

 

 

 

 

 



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助けようとする奴は大抵足手まとい



続けて投稿。




 

 

 

「ひしがきさんが…博麗の?」

 

影浪の言葉に、わかさぎ姫は驚愕した。何故なら博麗の代理とは、妖怪たちにとって悪い印象どころのものではない。

 

彼女たち草の根ネットワークは言ってみればはぐれ者の集まりである。理性ある妖怪は人間と同じく何かしらコミュニティに属している場合が多い。妖怪の山がその代表例だろう。コミュニティを作ることは情報や防衛など多くの面においてメリットがある。

 

幻想郷には、人間には人間の、妖怪には妖怪の、それぞれの社会が成り立っているのだ。歴代の博麗の巫女たちは、そのバランスを保ちつつ、中立の立場として幻想郷を守ってきた。必要以上に妖怪のテリトリーを侵さず、かといって人里に深く根付くこともなく。あくまで幻想郷を守護する者として中立を守ってきた。

 

しかし、博麗の代理はあらゆる点において例外だった。博麗としての選出に関してもそうだが、何より彼は常に人間側に立ち、そして妖怪のテリトリーに侵入し妖怪を退治したのである。

 

それによって何が起こったか。妖怪は不信感を、人間は恐怖を、互いに募らせることになったのである。

 

彼女たち草の根ネットワークは幻想郷のどのコミュニティにも属さず、また関係も薄い。そんな彼女たちにさえその原因であるひしがき―――博麗の代理の悪名は伝わっているのである。

 

わかさぎ姫は驚愕した。しかし、すぐにそれは疑問へと変わる。

 

(ひしがきさんが……?)

 

まだ2度しか会っていないがわかさぎ姫にはどうしても伝え聞く博麗の代理とひしがきが同じ人物とは思えなかった。

 

「影浪、それって本当の事なの?」

 

「…たぶん。博麗の巫女本人が言ってたから」

 

「………」

 

分からない。ひしがきが自分から幻想郷のバランスを崩すような真似をするような人間にはどうしても見えない。

 

いつもどこか疲れたように、無気力でいて…しかしそれでも彼は竹林で迷う影浪に助力し、自分のために薬を置いて行ってくれた。そんな人間がはたして妖怪に対して容赦なく振る舞うだろうか?

 

「影浪ちゃん、あなたはひしがきさんが噂通りの人だと思う?」

 

「……はっきり言って分かんないかな。ひしがきは私を助けてくれた。それは感謝してるよ。でも、私たちひしがきのこと何にも知らないのよね。博麗の事も、何も…」

 

そう言って影浪は目を伏せる。彼女もまたどちらが本当のひしがきなのか、計りかねていた。二人が頭を悩ませていると、蛮奇が重い足取りでやって来た。

 

「あ、蛮奇、ちょうどよかった…ってどうしたの?顔色悪いわよ」

 

影浪が蛮奇にも意見を聞こうとするが、蛮奇は顔色を悪くしてへたり込むようにしてその場に腰を下ろした。

 

「どうしたの蛮奇?」

 

駆け寄って蛮奇の背をさすりながら影浪は問いかける。遅れてわかさぎ姫も飛び跳ねてやってきて二人で蛮奇の顔を覗き込んだ。すると蛮奇は二人に飛びつくように抱き着いた。

 

「し、死ぬかと思った~~」

 

目尻に涙を浮かべながら、蛮奇は二人に縋り付いた。

 

「ちょ、どうしたのよ、いきなり」

 

「ほんと、殺されるかと思った、あれはやばかった……」

 

「蛮奇ちゃん、本当にどうしたの?」

 

「……ねぇ、もしかしたら、里の方で暴れすぎちゃた?」

 

かつて鬼の襲撃があった後、霊夢が博霊の巫女になった後にも異変によって人里に異変の影響が出る事は今まででもあった。当時、里の人間たちは驚き戸惑った。だが里に直接的な被害は出ることは無く、その後に続く異変においても被害は無かったことから、今では異変が起きても里が騒ぎ出すようなことは少なくなった。

 

たとえ蛮奇が里の近辺で暴れたとしても、ある程度ならばこれまでの異変同様問題はないだろう。しかし、弾幕ごっこならばともかくそれが里に被害を出すか或いは里の人間に直接けがを負わせるなどしたらこれまで通りとはいかないだろう。仮にそれをしてしまったとしたら、下手をしたら退治される可能性だってある。

 

暴れすぎたことで蛮奇が退治されかかったのではと思った影狼だが蛮奇は首を振ってそれを否定する。

 

「ぐす、違う…確かにちょっとはしゃいではいたけど、里では暴れてないし誰にも怪我はさせてもないよ。ちゃんと弾幕ごっこで戦ったし…」

 

「じゃあ、一体どうしたの?」

 

蛮奇が言う通りならばこんなにも彼女が怯えているようなことは今の幻想郷では起きそうにはない。

 

「ひしがき」

 

「「…!」」

 

「私がひしがきの名前を出した途端に、里の退治屋に殺されるかと思った」

 

蛮奇の言葉に二人は驚き目を合わせる。たった今、その当人の話をしていたところなのだ。しかも里の退治屋がひしがきの名前を聞いた途端に蛮奇を殺そうとしたという事は…さっきまで二人が話していたことがより一層真実味を帯びてくる。

 

「…ねぇ蛮奇、実はね―――」

 

影狼がわかさぎ姫と一緒に話し合っていたことを蛮奇に話す。

 

「…多分、その話は間違いないと思う。わざわざ博霊の巫女が嘘を言うとは思えないし、そうじゃなかったらあんなことにはならなかっただろうしね」

 

話を聞いた蛮奇は落ち着きを取り戻し、冷静になってそう言った。

 

「…でも、それでも私はひしがきさんが噂通りの人だとは思えません!さっきだって私にお薬をくれたんですよ!」

 

「わかさぎ姫、気持ちはわかるけどちょっと落ち着いて……」

 

「――ちょっと待った。さっきだって?」

 

蛮奇が顔を上げてわかさぎ姫に問いかける。

 

「はい、そうですよ」

 

「その後、ひしがきはどうしたんだ?」

 

「えっと、私がお礼を言う前にあっちの方へ…」

 

そういってわかさぎ姫が指さす方に、不気味な嵐が渦巻いていた。

 

「まずいな…」

 

「まずいって、何が?」

 

「さっき言った私を殺そうとした退治屋も同じ方向に向かっていったんだ」

 

「ちょ、それって、ってわかさぎ姫!?」

 

蛮奇の言葉を聞くや否やわかさぎ姫は嵐の方に向かって飛び出した。ここから城まで急いでいけばそれほど時間はかからないだろう。うまくいけばひしがきが退治屋に会う前に知らせることができるかもしれない。

 

「わかさぎ姫、ちょっと待て!」

 

「ダメです!早くひしがきさんに教えてあげないと!」

 

「それにしたってもうちょっと考えてから、ってああもうっ!」

 

止まらないわかさぎ姫を追って影狼と蛮奇の二人もまた嵐の方へ向かって飛び出していった。

 

 

 

 

 

ひしがきは輝針城の真下で異変の成り行きを見守っていた。ひしがきがこの場所についてすぐに、霊夢といろはが城の中に入っていくのが見えた。そしてつい先ほど、城の一画から一条の光が迸るのが見えた。おそらく、あれは魔理沙のマスタースパークだろう。

 

(……どうやら、無事に異変を解決できてるらしいな)

 

その光景を見上げながらひしがきはとりあえず一連の異変が解決に向かっている事を確認する。

 

(あとは、鬼人正邪か)

 

そう、本来ならばこの異変は一寸法師の末裔である針妙丸を倒す事で幕を閉じるはずである。だが、ひしがきは今だ拭い切れない不安を感じていた。

 

これが自分の思い過ごしならばいい。だがそうでなかったら…。

 

脳裏に浮かびあがるのは嘗て戦った強大な力を持つ鬼。

 

城を取り巻く嵐を見た時、ひしがきは鬼が現れるきっかけとなった瘴気を撒き散らす鬼瓦を思い出した。似ているのだ。この嵐が。あの時噴き出していた瘴気に。

 

「……………」

 

ひしがきは、無言で城を見上げる。その眼は不安と、わずかに恐怖に揺れていた。静かに上を見上げるその姿は、まるで天に向かって祈るようにも見えた。

 

 

だが、ひしがきの祈りが届くほど、この幻想郷は優しくはなかった。

 

 

「ッ!!」

 

突如、輝針城が大きく揺らいだかと思うと、糸が切れたかのように城が落下し始めた。

 

「………クソがっ!!」

 

やはり自分の悪い予感は外れた事が無い。改めてそんな嫌な事を思いながらひしがきはその場から駆け出した。

 

このままでは城の下敷きになる。あれほどの質量が落ちたとなればその真下に居れば命などないのは火を見るより明らかだ。

 

真下に居たとはいえ城との距離は十分に離れている。中の霊夢たちが気になるが、今の自分にはどうしようもない。それに彼女たちなら自分が心配するでもなく脱出するだろう。

 

ひしがきは落ちていく城を脇目に見ながら安全圏へと走る。

 

(このままなら大丈夫だな)

 

自分の速度と落ちてくる城を見ながら、ひしがきは問題なく城の落下地点から逃れられることを確認する。と、同時に城から霊夢、魔理沙、いろはが脱出するのが見えた。その僅か上空には鬼人正邪の姿も見える。

 

(やっぱり、あいつは……)

 

あの正邪は自分の知っている本来の正邪とは違う。その原因はまだわからないが、正邪に向かっていく霊夢たちを見て自分もそこに向かうべきか悩む。

 

自分が行けば、まずいろはが黙ってはいないだろう。そうなれば自体がややこしくなる。となれば自分はまだ様子を見ていた方がいいだろう。

 

懸念は多くある。が、自分はまだ動くべきではない。そう結論づけたひしがきは見届けるべく場所を移動しようとして、

 

「……………は?」

 

城が落ちていく先に居る、見知った姿を捉えた。

 

 

 

 

 

 

「何してんのわかさぎ姫!さっさと逃げるわよ!」

 

「でもひしがきさんが…!」

 

「ひしがきも逃げているに決まってるだろ!とにかく私達も早くここから逃げるんだ!」

 

ひしがきを追って城に向かっていた草の根の三妖もまた、空の城が落下し始めたことに驚き逃げだしていた。そんな中でわかさぎ姫だけが逃げながらも辺りを見渡してひしがきの姿を探していた。

 

そんなわかさぎ姫の手を引き、影狼と蛮奇は城の落下から巻き込まれまいと駆け出す。

 

(っ!まずい!)

 

影狼は本能的に危機を感じた。いかんせん城の落下に驚いて逃げるのが遅れてしまった。その上影狼と蛮奇は弾幕ごっこをした後、わかさぎ姫を追ってここまで飛んで来た後である。その疲労がここにきてピークに達していた。ひしがきからもらった薬で幾分か回復したわかさぎ姫も、元来水中を泳ぐ妖怪である彼女は二人ほど早く飛ぶことが出来なかった。

 

頭上から迫る城はもう間もなく地上へと落下する。いまだ安全と言える場所までは距離がある。

 

(ダメッ!間に合わない!)

 

疲れた体から必死になって力を振り絞る。しかし、それでもまだ届かない。

 

城の頂上が、とうとう地上に到達した。

 

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!!!!!!!!

 

 

激しい音と衝撃が辺りを襲う。続いて落ちてくる城がまるで雪崩のよう凄まじい勢いで影狼たちに迫ってくる。

 

そして、その脅威は、あっけないほど簡単に影狼たちに追いつき、襲いかかった。

 

「あああああああああああっ!!!」

 

「っ!蛮奇!?」

 

「蛮奇ちゃん!」

 

わかさぎ姫の手を引いていた蛮奇が、その手を離し振り向き様にありったけの力で弾幕を放った。

 

渾身の弾幕。弾幕ごっこでは使用できないほどの殺傷能力を持った攻撃。逃げられないのならば迎え撃つ。それはまさに決死の一撃だった。

 

だが、

 

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!

 

それは向かってくる大きすぎる力の前には、悲しすぎる程に小さかった。

 

「あっ……………………」

 

自分の精一杯のあがきが、全くの無意味に終わってしまった事に、思わず蛮奇から力の抜けた声が漏れた。

 

そんな蛮奇を後ろから、力いっぱいに、離さないように、影狼とわかさぎ姫が抱きしめる。そして、覚悟を決める間もなく、城の瓦礫が3匹の妖怪を飲み込んだ

 

思わず目を閉じた直後、耳を劈く様な音が響いた。

 

 

 

「…………え?」

 

すさまじい破壊音の中、目を閉じた二人に呆然とした蛮奇の声が届いた、爆音が鳴り止まない中、いつまでたっても訪れる事のない衝撃に、恐る恐る目を開ける。

 

「…………え?」

 

そして、二人もまた同じような声を漏らした。

 

ォオ

 

それはあまりに衝撃的で信じられない光景だった。

 

ォォォォォオオオオオオオ

 

はるか上空から堕ちてくる巨大な城。言うまでもなく、考えるまでもなくその力の大きさは脅威的で暴力的だ。抗いようもない力の正面に、

 

ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

 

いや、蛮奇・わかさぎ姫・影浪たちの前に、ひしがきが立っていた。

 

 

 

「ぐ、うぅぅぅっ!!」

 

逃げる影浪たちの前に、間一髪でひしがきは結界を展開し城の落下する衝撃と瓦礫から守ることに成功する。

 

正面から受け止めるのではなく、出来るだけ城の衝撃もろとも残骸を受け流すように正面に向かって鋭く槍の様に展開された結界は、一瞬のうちに数十の結界によって重ねられ構成された堅牢なる結界である。

 

しかし、城の力の大きさもまた尋常ではない。

 

「……………ッッ!!!」

 

歯を食いしばってひしがきは結界を展開する。既に結界の先端は力を受け流し切りずに崩壊し、徐々に結界全体へと亀裂が広がっていく。

 

あと少し。城の落下によるこの爆発的な力はあと少し堪えれば治まる。

 

ひしがきは僅かに振り向く。そこには蛮奇が、わかさぎ姫が、影浪が、驚いた顔でひしがきを見ていた。

 

「こ、のぉ!」

 

力を込める。この程度の力、止められなくてどうする。守れなくてどうする!

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

ひしがきの声が、大きく響いた。

 

 

 

 

 



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三人寄れば文殊の知恵(物理)



沢山の感想ありがとうございます!

更新を待っていてくださった皆様には心から感謝です。





 

 

 

「ひぇ~~…………」

 

真下で城が地面へと落ちて崩壊していくのを魔理沙は呆気にとられながら見下ろしていた。その衝撃は凄まじい物で、空に居ながら下から空気が膨張し破裂した衝撃が魔理沙たちのいる場所にまで届くほどだった。

 

チラリと魔理沙は横にいる霊夢といろはを見る。二人とも下に落ちた城を一瞥して、すぐに目の前に浮かぶ鬼人正邪を見ている。霊夢はわずかに警戒の色をのぞかせて、いろはも僅かに殺気を含ませ睨みを利かせて正邪を見ている。

 

(二人ともかなり気にしてるな……)

 

普段共に異変を解決する魔理沙は、だからこそ二人が目の前の妖怪をいつも以上に危ぶんでいる事が分かった。

 

魔理沙が常に二人より先んじて行動する理由、それは魔理沙本人の性格もそうだがもう一つの理由として二人の直感にあった。霊夢といろはは天才である。その天賦は技量のみにとどまらず、何となく感じたことから異変解決の糸口を見つけ出すその直感があった。

 

魔理沙にはそんなものはない。自分に出来るのはいつだって努力し続ける事だと思っている魔理沙は常に二人よりも早くに行動を起こしていた。魔理沙は知っている。二人の直感が驚くほど当たるという事を。

 

そして今、その二人が会ったばかりの、それほど力を感じない妖怪に対して全くの油断もなく警戒している。

 

自然と魔理沙もまた警戒を上げ、箒を握る手が強くなった。魔理沙にも、今の正邪は不穏な物を感じることが出来た。さっき弾幕ごっこで勝ったからと言っても油断は出来なかった。

 

「ケケケケケケッ、いい具合にきまったなぁ。始まりの合図にしちゃちょっとばかり大きかったかもしれないが…まぁ派手な方が盛り上がるってもんだろ?」

 

「何言ってるのよ。これで異変は終わりよ。城は落ちた、嵐も消えた、まぁ事後処理が色々面倒そうだけど…あとはアンタをとっちめるだけね」

 

「…ま、そういうことだな。ちょっと驚いたけどこれで終わりにするぜ」

 

「…ん」

 

三人が正邪に向かって構える。何も言わず三人の考えは共通していた。つまり、三人がかりで早く正邪を抑える、と。

 

「ククッ」

 

数も、力も、全てにおいて不利な状況に置いて、正邪は嗤う。

 

「いいねぇ、強者が束になって弱者を倒そうとする。逆よりもずっといい。弱いやつが集まって強いやつと戦うなんて安っぽいものよりずっっっっと面白いじゃないか!」

 

「正邪…」

 

霊夢達のやや後ろにいる針妙丸が誰にも届かない声で小さく正邪を呼ぶ。正邪はニヤリと顔を歪める。

 

「だからこそ、反逆のし甲斐があるってもんだよなぁ!」

 

 

 

 

 

 

霊夢達の下、城の瓦礫が上から落下する力に従って四散した瓦礫が城の墜ちた中心にできたクレーターの周囲へと散らばっていた。

 

その中で不自然な箇所が合った。通常であれば円状に広がるであろう瓦礫の残骸の中で、ある地点から線上に掛けて落下による被害が少ない場所。

 

「う……っ…」

 

ひしがきの張った結界は間一髪のところで瓦礫の猛威を防ぐことが……できなかった。結果として3人に目立った外傷はないが余波で僅かに吹き飛ばされた程度で済んだ。

 

「はぁっ…はぁっ…はぁっ…!」

 

だが、三人の正面にいたひしがきには余波だけでなく瓦礫が襲い掛かった。勢いがほぼ治まっていたとわは言え正面からぶつかったひしがきは大怪我と呼べるほどではないが前に無数の打撲や裂傷、小さな瓦礫の破片が突き刺さっていた。だがそれ以上に限界以上の結界を張ったことで消耗したひしがきは仰向けになって大きく肩で息をする。その後ろでいまだ状況が飲み込めず呆然としている妖怪の少女たち。その中で影狼が最初に我に返った。

 

「っ!ひしがき!」

 

それに釣られて我に返ったわかさぎ姫と蛮奇。三人がひしがきへと駆け寄る。

 

「ひしがき!大丈夫!?」

 

ひしがきを気遣う影狼たち。ひしがきはしばらく何も答えずに大きく息をするだけだったが、しばらくして呼吸が落ち着くとわかさぎ姫に与えた物と同じ丸薬を取りだし口に放り込んだ。

 

ボリボリと噛み砕き丸薬を飲み込むと、ようやく落ち着いたように深呼吸をする。

 

「………お前ら、一体あそこで何してた」

 

起き上がり、俯き加減にひしがきが影狼たちに問う。

 

「……実は―――」

 

「私を弾幕ごっこで負かした人間がひしがきの名を聞いたとたんに殺気を剥き出しにしてきて。私は何とか無事だったけど、ひしがきの向かった方にその人間が行ったと聞いたわかさぎ姫がひしがきに伝えようって飛び出したのを私達が追ってたの。そしたら、いきなり城が落ちてきたんだ」

 

蛮奇は俯いたひしがきの前に膝をついて顔を覗き込む。ひしがきは予想外の出来事に舌打ちし、苛立ちながら目を向ける。

 

「……ごめんなさい、私たちは余計なことをしたみたい。けど、私たちは―――」

 

「早くここから離れろ。いいな」

 

蛮奇が言い終わる前に、そう言ってひしがきは3人に背を向けて歩き出した。蛮奇が悔しげに口を閉ざす。その背中をわかさぎ姫が思わず追いかけようとしたが、影浪がわかさぎ姫の肩に手を止めて首を振ると、わかさぎ姫は顔を悲しげに俯かせた。

 

「……行きましょう。これ以上、ひしがきの邪魔になるわけにはいかないでしょ?」

 

そう言って影浪はわかさぎ姫の手を引く。

 

「これが済んだら、またひしがきに会いに行きましょ?」

 

そう言ってわかさぎ姫を励ます。しかし、わかさぎ姫は顔を俯かせたまま自分を責めていた。ひしがきの為に、良かれと思って起こした行動が裏目に出てしまいその結果ひしがきにとって大きな負担になってしまったことがわかさぎ姫に重く圧し掛かっていた。

 

その上自分のせいで大切な友達さえも命の危機に巻き込んでしまったのだ。おとなしく優しい彼女の心は深く沈んでいた。それでも、その目は去っていくひしがきを追っていた。

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!」

 

霊夢が符を放つ。

 

「いっけぇー!」

 

魔理沙が魔力の閃光を撃つ。

 

「…ふっ!」

 

いろはが斬撃を飛ばす。

 

三者三様の弾幕は、取り囲むようにして正邪に迫る。彼女たちは弾幕ごっこと言う点ではこの幻想郷でも上位の実力者である。

 

一人でも強敵。二人そろえば一方的。三人揃えばそれはもう蹂躙されるだけである。

 

弾幕が正邪に当たる。無数の弾幕が弾け光が花火の様に輝いたり雪の様に揺らめく。

 

「……ケケケッ」

 

だが、その中から姿を見せる正邪にはダメージどころか傷一つない。

 

さっきから、正邪は霊夢達を相手に攻勢に出てはいない。最初こそ能力で霊夢達を引っ掻き回して挑発していたが。霊夢達がすぐに対応してみせると、正邪は撃ち落として見せろと言わんばかりに弾幕を受け続けている。

 

「あーもうっ!これでもダメなのかよ!さっきはちゃんと効いたのに何で平然としてるんだ!」

 

マスタースパークを受けても平然としている正邪に魔理沙が悔しそうに頭を掻く。

 

「…ケケッ、おーおーどうしたよ?それで終わりか魔法使い?そんなへなちょこ光線じゃいつまでたっても私は倒せないぜ」

 

正邪がチロチロと舌を出して挑発する。

 

「こんのっ、言ったな!」

 

一向に効かない弾幕にイライラしていた魔理沙は正邪の馬鹿にした顔と言葉にあっさりと引っかかり更に魔力を八卦炉に籠めて構える。

 

「………」

 

いろはもまた無言で刀を構える。が、その間に霊夢が割って入った。

 

「何だよ霊夢。今私がぶちかまそうとしてんだぜ」

 

魔理沙が更に言葉を続けようとするが、霊夢が横目で制するのを見てしぶしぶと八卦炉を下げた。

 

「…ねぇ、あんた、私たちと弾幕ごっこする気ないでしょ?」

 

「ああ、ないね」

 

霊夢の質問に正邪はあっさり返した。

 

「はぁ!?なんでだよ!」

 

「何でも何も、何で私がそんな強者が作ったようなルールに従ってやらなきゃならないんだ。言ったはずだぜ、これは強者への反逆だってな。」

 

「……そう。つまりあんたは幻想郷のルールにも反逆するって言いたいわけね。…当然、その意味が分かってるんでしょうね」

 

霊夢の問いかけに、正邪は再び顔を歪めて嗤う。

 

「もちろん」

 

嗤う正邪に、三人は身構える。弾幕ごっこに従わない。それはつまり、嘗ての幻想郷がそうだったように、妖怪と人間の、退治されるか食われるかの弱肉強食によって決着をつけるという事を意味する。

 

「……おいおいお前本気か?冗談半分なら早く謝った方が身のためだぜ?」

 

「冗談なもんか魔法使い。私は本気も本気、つまりだ、弾幕ごっこなんてお遊びには付き合う気はないって―――!」

 

正邪が言葉をつづける前に、いろはが動いた。正邪に向かって刀が振り下ろされた。正邪はそれを大きく仰け反り躱す。

 

「おいおい、いきなり斬りかかるなんて酷いことするじゃないか退治屋」

 

「………」

 

いろはは応えない。いろははまだ弾幕ごっこが広まる前の幻想郷の妖怪……鬼を知っている。本当の妖怪を退治するならば、妖怪退治の経験の浅い魔理沙や弾幕ごっこを施行した霊夢ではなく、退治屋であるいろはが適任。

 

それを瞬時に思い立ったいろはは正邪に容赦なく斬りかかった。不意を突いての素早い一撃。それを躱されたいろはは油断なく正邪に向かい構える。

 

「……なぁ、霊夢」

 

「……いろは」

 

魔理沙の言いたいことを察した霊夢は目配せし、いろはの横に並ぶ。続いて魔理沙も並び正邪に対して正面から向かい合う形になった。

 

「とりあえず、この妖怪をとっちめるとしても出来るだけ生きて捕まえましょう。いい?」

 

「おう!」

 

「………」

 

魔理沙気合を入れて応えるが、いろはは心配そうに霊夢を見る。

 

「そんなに心配しなくてもいいわよ。どの道誰かやらなくちゃいけないなら、全員でやった方がいいわ。……だから、一人でやろうなんて気負うことないわよ」

 

苦笑する霊夢に、いろはは頷いて応えた。

 

 

 

「………くっ」

 

3人と向かい合う正邪は俯いて肩を震わす。

 

「くふっ、くくくくく」

 

堪え切れないとばかりに両手を口で抑える。そんな正邪にお構いなしに魔理沙が手加減なしの一撃をお見舞いする。

 

「後で後悔しても遅いからな!行くぜ!」

 

弾幕ごっこではない本気の魔法。マスタースパークが正邪に向かって放たれる。

 

「やっと、やっとだ。ようやくやれる。ようやく使える―――この力を」

 

迫る魔力の奔流。当たれば痛いでは済まない。正邪が望んだ本物の妖怪退治のための魔法だ。先のいろはの一撃とは違い、いささか殺気に欠けるが、それでもその一撃は強力だと言える。

 

これで終わりとも思っていないのだろう。いろはは既に斬りかかろうとしているし、霊夢もまた追撃の構えを取っている。恐らくは速攻で決着をつけようとしているのだろう。

 

「―――――はっ!!」

 

だが、それこそが正邪の狙い。少し前までの自分ならば、弾幕ごっこと言う命の危険がないルールに従いつつ、反逆の機会を窺っていただろう。例え打ち出の小槌があったとしても、力の弱い自分では幻想郷の力のある者に勝つには不足だと力を得た時に既に分かった。

 

しかし、コレは違う。コレさえあれば打ち出の小槌などと言う力を用いるまでもない。この力は命あるものすべてに対し最強で最低で、そして最悪だ。

 

マスタースパークが正邪を飲み込む。確かな手応えを感じた魔理沙は、少し拍子抜けする。避けるなり防ぐなりの行動を知るかと思いきや、何もする様子も見せず正邪はマスタースパークに直撃した。訝しげに頭を傾げる。

 

その直後、マスタースパークを押しのけるように、黒い何かが溢れだした。

 

「なっ!!?」

 

黒い何かは、あっさりとマスタースパークを飲み込み魔理沙へと迫る。魔理沙は八卦炉を構えた手をおろし急いでその場から回避する。……が、

 

「おいおいおい、マジかよ!?」

 

それは魔理沙を追うように方向をかえ追撃してくる。

 

「はぁ!」

 

その前に霊夢が割り込み結界を張ってそれを受け止める。

 

「っ!」

 

しかし、それもまた意味をなさない。結界がそれに触れた途端、結界は黒く染まりすぐに崩壊していく。

 

結界が崩壊する前に、霊夢もまた正邪と距離を取る。黒い何か、それは霧のような煙のような形状で正邪の下に戻ると周りを覆った。一見すると形を持たないそれは、しかし確かな質量を持って魔理沙と霊夢を追い詰めた。

 

「………!」

 

正邪の背後から、いろはが斬りかかる。霊力を纏った一閃。天賦の才をもって振り下ろされるその一刀は恐らくこの幻想郷の大妖怪をして脅威と言えるだろう。

 

 

バキンッッ

 

 

それが、音を立てて砕けた。

 

「…え?」

 

信じられない。自身の一刀に自信を持っていたいろはは目の前の現実に思考が一瞬停止する。

 

「……いろは!」

 

「!!」

 

霊夢の声に我に返ったいろはは素早く身を翻し迫る黒いナニカから距離をとる。いろはは霊夢達の隣に移動すると再び3人が並んで正邪に向かい合う。

 

「…おいおい。マジかよ」

 

正真正銘本気のマスタースパークといろはの一撃をいともたやすく防いだ正邪に魔理沙は唖然とする。

 

「なあ霊夢、あれなんだかわかるか?」

 

「…さあね。碌でもない物だってものってことは分かるけど。多分あいつ本来のものではないわね。見た感じさっきの瘴気の嵐に似てるけど、中身は桁外れみたいね」

 

「ククククククッ、さすが博霊の巫女。その通り、さっき城を覆ってたのはほんの少しこいつを使ってたのさ。もっとも、本当にほんの少しだがな」

 

さっきと同じものとは思えない禍々しい瘴気が正邪を中心に渦巻いている。魔理沙やいろはの一撃を防ぎ霊夢の結界を破るほどの瘴気を身に纏いながら正邪は笑っている。

 

「あんた、その力一体どうしたの?」

 

「ククク、さぁねぇ。まあどうしてもっていうなら教えてや手もいいぜ。こいつから生きて逃げられたらなぁ!」

 

正邪が叫ぶと同時に黒い瘴気が爆発的に膨れ上がり霊夢達に襲い掛かる。縦横無尽に広がりながら迫る瘴気を霊夢達は躱す。これだけなら弾幕ごっこと変わらない。当たればただでは済まないという事を除けば。

 

「くっそぉ!」

 

魔理沙が瘴気から逃げながらも魔力弾を放つ。しかし正邪の纏う瘴気に阻まれてしまう。先程魔理沙のマスタースパークをあっさり弾かれてしまった事を考えればそれを大きく上回る威力がなければ通らない事になる。

 

もちろんそれだけ火力のある一撃を撃つ自信はある。が、それほどの一撃を撃とうとするならばかなりの時間集中して八卦炉に魔力を溜める必要がある。

 

だがそれは正邪の身を考えなければの話だ。霊夢は出来るだけ生きて捕まえると言ったがあまりこの状況は良いとは言えない。しかし、それでも、

 

(やっぱ無事にとっ捕まえた方が霊夢にとってはいいよな)

 

博霊の巫女としての立場、また霊夢なりに巫女としての矜持を持っている事を知っている魔理沙は、自分に正邪を無事に捕える保証がないことを知ると霊夢といろはに向かって叫んだ。

 

「霊夢!いろは!私が抑えとくからどっちかこいつを何とかしてくれよ!」

 

そう言って魔法使いの少女は箒を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

「……魔理沙のやつ」

 

霊夢は勝手に自分たちに役目を任せて正邪に向かっていく魔理沙に溜息をはく。魔理沙は任せると勝手に言っているが実際今の正邪を抑えるとなると自分が一番適任だ。魔理沙では無事に捕えられないだろうし、いろはは全く容赦がない。

 

やれやれと霊夢は頭を掻く。

 

「いろは」

 

「…?」

 

「私が何とかするから魔理沙と一緒にちょっとだけ二人であの妖怪抑えててくれる」

 

「…分かった」

 

直ぐに頷いて正邪に向かういろはを見送りつつ、霊夢は準備を始めた。

 

 

 

「おっとぉ!?」

 

追い縋る瘴気を魔理沙は縦横無尽に飛び回り躱していく。反撃とばかりに弾幕を放つが、やはり瘴気に包まれた正邪に届く事がない。

 

「あ~、もう!やっぱこんなんじゃ無理かぁ」

 

「どうしたよ魔法使い。偉そうに言ってた割りには逃げるだけか?」

 

「うっさい!そういうお前こそ隠れてないで出て来い!」

 

そう言って再び弾幕を放つもやはり防がれてしまう。耳障りな正邪の嗤い声と手が出ない事にイラつきつつも、魔理沙は霊夢かいろはが行うであろう一手を待つ。

 

「…魔理沙」

 

「いろは、が来たってことは霊夢が何とかしてくれんのか」

 

「…うん。それまで抑えててだって」

 

魔理沙はチラリと霊夢を見ると霊夢が何かを狙い準備しているのが見えた。しかし普段ならまったくノータイムで封印をかます霊夢が時間をかけて備えている事に魔理沙は驚いた。

 

(それだけこいつが厄介だってことか……こりゃやっぱり無事で済ますなんて言ってる余裕ないかもな)

 

「……いろは、気を付けろ。こいつはマジで面倒な相手だぜ。私も用心してちょっとデカイやつを撃つから、少しだけ前は任せた」

 

「…わかった」

 

いろははいつの間にかその手に槍を持つ。いろはは刀の次に愛用しているその十文字槍を正邪に向かって構えた。

 

「今度は退治屋か。別にどいつでも構わないが一対一じゃなくてまとめて来なくていいのかぁ」

 

「………」

 

正邪の問いにいろはは答えない。今のいろはの頭の中には目の前の妖怪を退治する事以外は考えていなかった。僅かな隙も見せずにいろはは構えて、そして動いた。

 

一瞬でいろはは正邪との間合いを詰め槍を突き出す。閃光の如きいろはの槍。正邪本人には影しか見えなかったそれに、それでも正邪は相変わらず歪な笑みを浮かべる。が………

 

「………………………………………………あぁ?」

 

正邪は突然感じた違和感に首を傾げる。違和感の元に手をやるとその手には、赤い何かが見えた。それが自分の血で、その違和感が痛みであると理解した瞬間、正邪の中で負の感情が溢れ出した。

 

「はあああああああああああああああああああああっ!?なんだこれ!なんだこりゃぁ!傷だと!?俺が!こんな奴に!お前、あれを破ったってのかぁ!?あの力を!そんなチンケなやり一本で!てめぇ破ったってのかよぉ!!」

 

正邪には絶対の自信があった。自分自身にではなく、己の得た力に。この力はこの幻想郷の強者たちに仇なす力だと。力なき自分が、強者を打ち破ることが出来る力だと。

 

「クソがぁ………っ!?」

 

動揺する正邪をよそにいろはは更なる槍を繰り出す。正邪は今度こそその攻撃を防ぐべく瘴気を盾にする。いろはの槍は瘴気に刺さるも貫通するまでいかず防がれるが、それでも槍が瘴気を貫いた事実が正邪を焦らせる。

 

(さっきの刀は完全に防げたはずだ!なのになんでこれは刃が通る!?)

 

「調子に乗るなよクソがぁ!!」

 

正邪が憤るとそれに呼応するように更なる瘴気が溢れ出す。いろはは直ぐに正邪から距離をとって躱すと正邪を中心に上下左右と縦横無尽に動きまわる。

 

瘴気がいろはを追おうとする。しかし、正邪の意思の下に動いているこの瘴気はいろはの動きを捉えきれていない正邪では追いつくことが出来ない。そして、その隙を逃す程にいろはは甘い相手ではない。

 

「っ痛……!」

 

今度は腹。かすめる程度だが再び正邪にいろはの刃が届く。全く予想だにしなかった事態に正邪は顔が苛立ちで歪む。対するいろはは先程と変わらず無表情。しかし、余裕かと言われればそうではない。いろはは今まさに全力で正邪と対峙していた。

 

弾幕ごっこではないいろはの本来の戦闘スタイルは実にシンプルである。霊力で強化し、武器を使って倒す。それに尽きる。あらゆる武器を使いこなすという点を除けばその戦闘スタイルに特記すべき点はない。退治屋としては平凡な戦い方だ。ただし、いろははその平凡な戦い方を徹底的に磨き上げた。いろははその戦い方を、かつて里を襲った鬼を倒すまでに昇華しようとしたのだ。そして、今のいろはにはそれが出来るだけの力がある。

 

故にいくら正邪が力を振るおうとも、たかが天邪鬼である正邪ではその動きを捉えることは出来ない。いくら瘴気で防ごうとしても、鬼を倒すべく研ぎ澄まされた霊力を纏った武器を完全に防ぐことは出来ない。先の不意打ちでは鬼を倒そうとするほどの霊力を研ぎ澄ませていなかった。その為に瘴気によって一瞬にして脆くなった刀が折れる結果となった。だが、今のいろはは全力で正邪に刃を向けている。そう簡単に折れる事はない。

 

いろはが駆ける。迫る瘴気を躱し正邪を穿たんと槍を突く。正邪も瘴気を大きく広げいろはを迎え撃とうとするがいろはには届かない。そして正邪に一つ、また一つと傷が増えていく。

 

「チョコマカ動き回りやがってぇ!」

 

「………」

 

だが一見するといろはが押しているように見えるこの戦況に、その実いろはの方が追い詰められていた。今いろはは全力で正邪を倒そうとしている。そう、今やかつて里を襲った鬼を打倒するだけの力を持ついろはが、目の前の妖怪に対して攻めきれずにいるのだ。

 

いろはは出来る事なら自分で正邪を退治するつもりでいた。しかし、怒りにまかせて瘴気を操る正邪は傷は負っていても未だその勢いは衰える様子はない。多少、無理をすれば正邪に対して致命的な一突きを入れる事が出来るだろうが、先の霊夢の言葉を思い出し今はすべきでないと判断する。

 

いろはは一瞬魔理沙に目を向ける。突然、大げさに息をしていろはは速度を緩めた。正邪が好機とばかりに瘴気を向ける。いろはは瘴気から逃れようと大きく下がるがその速度は正邪にも十分捉えられる速さだ。

 

「もらったぁ!」

 

正邪が瘴気を集中させ操る手に力を込める。あともう一歩。いろはの目前にまで迫った瘴気に正邪が口を再び愉快に歪めた。

 

と同時に、正邪の視界の端に光が移った。その光が、溢れる様に一瞬にして正邪を飲み込んだ。

 

 

 

「よっしゃっ!」

 

確かな手ごたえを感じた魔理沙は不敵な笑みを浮かべながらも、手に持った八卦炉から放たれる特大のマスタースパークを緩めまいと力を入れる。正邪がいろはに夢中になっている間に魔力を溜めた魔理沙は隙を見せた正邪を捕えた。

 

マスタースパークの光が徐々に弱まる。そこには全身に魔力の奔流を浴びて満身創痍の姿となった鬼人正邪がいた。

 

「……がぁ…ぁ……て、め…」

 

「…弱い妖怪なら、軽く消し飛ぶくらいの威力なんだけどな。やっぱ変な同情しないで撃っといて正解だったぜ」

 

おそらく僅かに身に纏った瘴気で身を守ったのであろうが、さすがにそれだけでは今の威力のマスタースパークを防ぎきれはしなかったようだ。

 

「まあでもこれで終わりだな。……遅いぜ、霊夢」

 

そう言って魔理沙が見上げた先に、準備を終えた霊夢が正邪の真上にいた。

 

「――――ぁ」

 

「夢想封印」

 

正邪が口を開く前に、白くまばゆい光が輝いた。

 

 

 

 

 






さすがに強くなっても慢心した正邪では主人組には勝てなかったよ……。



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やったか!?



いくらストックがあると言ってもちょっとばかりハイペースかな?




 

 

 

 

ひしがきがそれを見た時、正邪と会った時に感じた悪寒が正しかった事を悟った。ああ、やはり自分が不安を感じた時は決まってその予感が当たる。きっと今の自分はひどく情けない顔をしているとひしがきは思った。

 

ひしがきはどこか諦観しながら霊夢たちを見守る。正邪から噴き出す瘴気はかつてひしがきが闘った鬼のものと似ている。しかし、それは同じものではなかった。かつてひしがきが闘った鬼は瘴気こそ纏っていたがそれは他者を蝕むものではなかった。だが、今正邪の瘴気はいろはの刀や三人の放つ魔力や霊力をも防いだ。それは昔闘った鬼のものとは明らかに違うものだ。

 

正邪が自分と会った時こう言った。『我らの手に、力がある限り…いくらでもお前も強くなれる』、と。それがあの力だということだろうか?だとしたら、正邪の言っていた力とは、鬼のものとは違うという事になる。

 

(……いや、そうじゃない)

 

ひしがきはかつて対峙したそれと今の正邪を見比べて、2つの力が無関係のものとは思えなかった。かつてひしがきが闘ってきた妖怪たちの中には瘴気を吐く妖怪はいたが、それは鬼のものとは似ていてもただ似ているだけだった。だが、正邪の扱う瘴気からは鬼のものと共通する何かがあった。

 

(なんだ、これ?)

 

何かが噛み合いそうで、噛み合わない。纏りそうでちぐはぐなままになってしまうようなもどかしさを感じる。何かが違う。そんな漠然とした物が頭から離れない。

 

そうしている内にも霊夢たちの戦況は動いていた。まばゆい光にひしがきは再び霊夢たちが闘っている方を向いた。

 

 

 

 

 

 

「遅いぜ霊夢」

 

魔理沙は霊夢の側までやってくるとやれやれと頭をかく。正邪に有効なダメージを与えつつも致命的な一撃にならないように普段ならしない調整をしたため集中したのと普段の弾幕ごっことは違う戦いからか魔理沙は大きく息を吐いて疲労をあらわにする。

 

「ま、ちょっと厄介そうな相手だったから用心してね」

 

夢想封印の光が収まると、そこには正邪が金縛りにあったように硬直して浮いていた。瘴気は治まっておりもう噴き出してくる様子もない。これで、今回の異変は解決したと魔理沙はホッと胸をなでおろす。

 

「…ん、二人ともお疲れ様」

 

「おー、いろはもお疲れさん。そっちもちょっと危なかったなー」

 

「…あれくらい、平気」

 

「そう言う魔理沙の方こそ危なかったじゃない。見ていて結構ひやひやしたわよ」

 

「そんなもん霊夢の気にしすぎだよ。私はまだまだよゆーだぜ。……それよりもコイツ、どーするんだ?」

 

魔理沙は全く動かない正邪を指さす。

 

「そうね…とりあえずは動けなくはしたけど、どうするかは神社に戻って母さんや紫とも話して決めるわ。ここで退治する事も出来るけど、一応は巫女として余計な波紋は起こしたくはないし」

 

「ま、それが一番だよな。しかし、驚いたぜ。こいつ最初は厄介な能力使ってくると思ったら今度は黒い霧みたいなの出してくるし、弾幕ごっこはしないとかぬかすもんだから焦ったぜ」

 

「…やっぱり、まだ全部の妖怪が弾幕ごっこを認めてない、ってことかもしれない」

 

「……ん~、多分そうじゃないわよ」

 

いろはの言葉に霊夢が首を傾げる。

 

「そうじゃないってどうしてそう思うんだ?」

 

「なんとなく、ね。こいつが見せたあの黒いのは多分こいつ本来のものじゃないと思う。どうやって身に付けたかは知らないけど、自分にはなかった力を偶然手に入れて舞い上がったんでしょうね」

 

「ふ~ん……まっ、とりあえずこれで異変解決だな!これからこいつ神社まで引っ張ってくのか?」

 

「面倒だから紫に運んでってもらうわ。これ以上余計な仕事はしたくないし」

 

「…霊夢、さっきの小さい妖怪は?」

 

「ああ、居たわねそんなの。それじゃあそいつもついでにっ――――!!」

 

霊夢が弾かれた様に正邪の方を向いた。

 

「?どうした?」

 

魔理沙も同じように正邪を見るがさっきと変わった様子はない。しかし、霊夢は勘では無く、確かに感じていた―――まるで、封印の中から何かが這い出ようとするような感覚だ。

 

「っ!二人とも下がって!!」

 

霊夢の言葉に二人が身構える。その瞬間、正邪から何の前触れもなく瘴気が霊夢たちに向かって溢れ出した。

 

「なっ!?」

 

「くっ!」

 

「…!」

 

溢れ出した桁外れの大きさの瘴気に霊夢たちが驚愕する。正邪は動けない状態のままで、瘴気を操っている様子はない。だがまるで瘴気自体が意思を持っているように霊夢たちに向かっていく。三人はすぐさま散開し瘴気から距離を取る。正邪から抜けるように出てきた瘴気は触手の様に無数に枝分かれするとそれぞれを追いかける。

 

「なんだよこれ!霊夢!アイツは封印したんじゃないのかよ!」

 

「知らないわよそんな事!」

 

「あ~ちっくしょう!終わったと思ったらこれかよ。いい加減にしてほしいぜ!」

 

「…でも、これなら遠慮せずにできる」

 

いろはが伸びてくる触手に向かって槍を振るう。ガキンッ、と硬質的な音を立てて槍と触手がぶつかり合うが、槍は触手を貫く事ができない。

 

「…っ」

 

いろはがさらに迫る触手と迎撃しようと槍を突く。今度こそいろはの槍が触手の先を貫き飛ばす。が、すぐにその先は引き寄せられるように戻って行く。魔理沙も全力の魔力弾やマスタースパークをぶつけるが結果は同じだった。

 

霊夢はチラリと正邪を見る。封印自体は破られておらず、正邪は封印がかかった状態のままだ。

 

(あれは、封印を破って出てきたんじゃない。多分、あれがあの妖怪の使っていた力の大本。その力だけが結界をすり抜けて出てきたってことね。だとするなら、あれを倒すには端から消していっても意味がない。全部一気にどうにかしないと)

 

霊夢が状況を打開すべく思考を巡らせるようとする。だがその前に形のない黒い瘴気の塊が変幻自在に霊夢たちを追い回していく。そして、徐々に檻の様にして三人を囲んでいく。

 

「ちっ!このままじゃやばい。私がまたぶちかますから一旦離れるぜ」

 

そういって魔理沙は触手から逃げながら貯めていた魔力を再び八卦炉に集中させる。そして放たれる今の状態で放てる全力のマスタースパーク。先の一撃と比べるとやや劣るその一閃は、それでも瘴気の檻に穴をあける。

 

「よっしゃあ!今の内だ!」

 

魔理沙の開けた穴から三人が抜け出そうとする。すると三人が抜け出すよりも早く、囲っていた瘴気の檻が逃すまいと迫ってきた。

 

「なっ!?く、くそっ!」

 

まずい。自分たちが抜け出すよりも檻の方が早い。かといって四方八方から迫りくる瘴気の檻によける隙間はない。穴を開けようにもすぐにこの瘴気に穴を開けられるほどの魔力を貯めるには時間が足りない。

 

(やばい!本格的にこれはまずい!私はもう手詰まりだ。いろははタイマンなら強いけどこういう状況は向いてない。そもそもいろはの槍だけじゃどうにもならない。霊夢ならどうだ?って霊夢のやつは私以上に封印で消耗してる。大丈夫か!?けどもう霊夢にしかっ……!?)

 

魔理沙の思考が停止する。いつの間にか黒い壁がすぐ目の前に迫って来ていた。間に合わない!魔理沙は目の前の壁を睨みながら耐えるように歯を食いしばる。

 

「……へ?」

 

おかしい。もう目の前に来ているのに一向に壁は進んでこない。いや、この壁はなんとなくさっきの瘴気の檻とは違うような気がする。いや待て、そもそもいつの間に檻が壁になったんだ?よく見るとその壁は自分の前だけではなく、穴からまるで通路のように自分たちの周囲を覆っている。

 

「これ……」

 

「何ぼさっとしてるのよ!さっさと行くわよ!」

 

魔理沙が考える間もなく霊夢が声で我に返るとすぐさま穴から脱出する。魔理沙に続き霊夢、いろはと抜け出すと、瘴気の周囲に黒い壁が次々と出現していく。瘴気が暴れるように壁にぶつかる。しかし、先ほどまで何かを蝕んでいた瘴気が今度は壁に触れた途端に逆に何かに浸食されるように触れた先から崩れていく。逃れようと暴れる瘴気だが、瞬く間に黒い壁が瘴気全体を覆い隠した。

 

「な、何なんだ。これ……」

 

「…霊夢?」

 

魔理沙が呆然と見つめる中、いろはが霊夢に尋ねる。霊夢は首を横に振って自分ではない伝えるが、誰がこれをしたかすぐに察すると心配ないと二人に伝える。やがて黒い壁が消えると、蠢いていた瘴気も消えてなくなっていた。

 

 

 

 

 

3人から離れた場所で、完全に消滅したことを確認するとひしがきは瘴気に向けていた手を下ろした。恐らく霊夢はこちらに気づいただろうが、彼女ならこちらの意を汲んでくれるだろう。それよりも、今は不可解な事があった。

 

たった今瘴気を消した結界。あれはひしがきの全力の結界だった。博麗に命じられた時から、その任を解かれた後も研鑽をやめることはなかった。ひしがきにもいろはと同じくかつて村を守れなかった後悔があった。他にも理由はあるが、ひしがきもまた強くなる努力を続けていたのだ。

 

だが、だからと言ってひしがきの実力があの3人に比べて遙かに優れているわけではない。いろはの接近戦の実力は10歳の時には既にひしがきと互角近くまで打ち合えるほどだった。今となってはその実力はひしがきを超えている。その磨かれた霊力もまた昔の比ではない。霊夢は言わずと知れた天才だ。先代とは違うが並外れたセンスは末恐ろしいものがある。特に結界に関していえば先ほど正邪を封じた結界もそうだが、ひしがきよりも遙かにその汎用性が高い。魔理沙は戦闘と言う点においては二人よりも劣るかもしれないが一撃の火力で見れば3人の中でトップの威力だ。今のひしがきに魔理沙の全力のマスタースパークを防ぐことができるかと言われれば確実に防げるとは言い切れない。

 

つまり、ひしがきには何故ああもあっさり自分が瘴気を消すことができたのか分からなかった。あの瘴気は3人を確かに追い詰めていた。あの時自分が結界を張っていなかったら―――霊夢は何か狙っていたが、どうなっていたか分からない。そんなモノを相手に何故いとも簡単に自分の結界が動きを封じ滅することができたのか。

 

(……そういえばあの時)

 

かつて里を襲った鬼。いろはを襲った直後、自分は何か溢れだす感情のまま我を忘れて、気が付いたら鬼は何処にもいなかった。いや、消滅していた。あの時感じた、アレが一体何だったのか。

 

「知らない間に、アレに近づいてるってことなのか……?」

 

あの時、自分から這い出るように出てきたナニカ。それに自分の力が近づいているのだろうか?推測するにも情報が足りなさ過ぎた。できるなら鬼人正邪にあの力の出所を聞きたいところだが、3人が居る以上自分が接触するわけにもいかない。会いに来た霊夢に聞く位が精一杯だろう。異変は今度こそ解決した。なら、もう自分がいる理由はない。ひしがきは気づかれない様にその場から去っていった。

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

ひしがきはや霊夢でさえも気が付いていない事があった。この異変が始まってからそのすべてを監視されていたことを。妖怪の賢者八雲紫は、スキマから去っていくひしがきを観ていた。

 

「……藍」

 

「はっ」

 

その傍らに頭を伏して控える藍が応える。

 

「……迂闊だったわね。まだ残り滓があっただなんて。今回は天邪鬼程度に憑いていたからまだよかったものの、他の力を持った者に憑いていたらこれじゃすまなかったでしょうね」

 

「申し訳ありません。直ちに改めて調査を行います」

 

「そうして頂戴。他にも残っていたとしたら今なら大分見つけやすくなっているはずよ。私は天邪鬼から直接話を聞くわ。……それにしても」

 

紫は再びスキマに映るひしがきに目を移す。

 

「だいぶ熟してきたかしら?」

 

紫が言っているのはひしがきの力の事。正邪の力は想定外ではあったが、ひしがきの力を計れたことは結果として幸いであった。

 

「けれど、まだ足りないようね」

 

紫が思っている通りならば、本来鬼人正邪の力はありえないものだった。ひしがきが置かれた状況を考えるならばあんな力が発生するわけがないのだ。つまりそれは、紫の思惑に反する何かが働いているという事でもある。

 

(……用心するに越したことはないわね)

 

そして賢者は音もなくスキマに消えていく。姿を消した主人を見送り、その従者もまた動き出した。去り際に、スキマから見える人間に一瞬だけ目を移した後、僅かにその目を鋭くして。

 

 

 

 






さてさて、今回は読者の皆さんが疑問視していたひしがきへの対応とその力についての紫が何を考えているのかがほんの少し垣間見えてきました。


ところで自分は知り合いから色々とアドバイスをもらって書いているのですがその知り合いから草の根とイチャイチャしてるシーンとか無いの?と言われて書きたくなったので今書いているところです。

それについては短編という形で切の良いところで挟んでいこうと思っています。短編くらいは絶望なしでいくのでよかったらそちらも楽しみにしていてください。



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良くも悪くも考えるだけでは何も変わらない


ストックしたのを投稿しようとすると何故か書き直したくなる。



 

 

 

 

ひしがきは自分の目の前で手をかざす。目を閉じてイメージする。結界を展開するときの様に、呪いの力を出す感覚で。ただ違う点は、結界を出さずに呪いだけを引っ張り出すように。かざした手に意識を集中させる。

 

「………」

 

沈んでいく。自分の中の、暗い暗い底に。以前よりもはるかに深く沈んでいく。やがて五感が徐々に失われていくような、自分の存在そのものが希薄になってしまうような感覚に襲われる。しかし、不思議と底の暗闇に対して、恐怖はない。

 

「   」

 

擦れていく感覚の中で、ひしがきはそれに手を伸ばす。あと少し。あと少しで、それに手が届きそうな気がする。だが、

 

「―――ぁ」

 

ひしがきは本能的に沈むのをやめてそこから引き返す。

 

「ッッッッッップハァッ!!」

 

深い水の底からギリギリで浮上したかの様にひしがきは大きく息継ぎをする。全身に冷や汗をかいてしばらくひしがきはその場に座り込んで酸素を肺へと送り込む。

 

危なかった。あと少し、引き返すのが遅ければ、自分はあのまま戻れなかったかもしれない。前よりも深く潜れるようになった其処は、しかし未だに底が見えない。あの暗闇の先に一体何があると言うのか。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

乱れた息を落ち着かせながら自分の両手を見つめる。底は見えない。だがもう少しで、手が届きそうだった。たぶんそれが、あの時自分の中から這い出てきたモノ。その末端なのかもしれない。

 

「結」

 

結界を張る。目の前の黒い結界。自分の中の暗闇と同じ、けれど結界の中の暗闇はあの底程暗くはない。

 

(……やっぱり、似てる)

 

ひしがきが比べているのは鬼人正邪の力。命の蝕む呪いの瘴気。それとひしがきの結界はよく似ているとひしがきは感じる。

 

(いや、正確には…呪いの方か)

 

普段は結界と言う形で出してはいるが、ひしがきはこの力を数珠に籠める形でも出すことができている。そういう点で言えば、ひしがきの呪いは何かを介してしか表に出せないという事になる。

 

だがもし、自分があの底にまで行けるようになったとしたら。

 

(鬼人正邪と同じように力を振るう事ができる、かもしれない)

 

何故鬼人正邪がよりによって自分に下剋上をしようなどと勧誘してきたか。それは正邪が自分と似た力を持っていたからかもしれない。あの時自分が感じた嫌な予感。ひょっとしたら正邪も自分に何かを感じていたのかもしれない。

 

「………」

 

だが、問題は正邪があの力をどこで手に入れたかと言う事だ。それが終わったこの異変に不気味な影を残していた。それに今まで自分の能力についてひしがきは色々と推測してきた。正邪の力は自分の力がなんであるのかと言う疑問を解決する大きな手掛かりとなるかもしれない。

 

ひしがき自身、推測するにもそのための情報がないためいっそ『浸蝕する程度の能力』という事で片付けてしまおうかと半ばあきらめていた。実際そう考えてしまうと色々と納得もしてしまう。ひしがきは元々2つの能力を持っており風見幽香との戦いでこの能力に開眼した。しかし、それを呪術と思い込んでいたためにその能力は今まで不完全な形で結界に付随する形で表れていた。だがあの鬼との戦いを切っ掛けに無意識のうちにこの能力を発現させることが出来るようになっていた。そう考えると全部話が通る。ただ、ずっと謎だった自分の能力がどこか不気味なのは自分の気にし過ぎなだけだったとは考えにくいが…。

 

(……いや、もう考えるのはよそう)

 

良く考えればこの世界の住人の全てが自分の能力の原理について知っているというわけではないだろう。恐らくだが霊夢なんて能力について考えずに自分の出来る事程度に思っているのではないだろうか。

 

「…今更、そんなこと知ったからってどうこうなるわけでもないか」

 

そう。知ったところで何か変わるわけでもないのだ。何をしようが、自分の現状が変わるわけではないのだから。そう頭の中で片付けると、ひしがきは自分の住処へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

そして、ひしがきは魔法の森にある自分の住処の前に居る妖怪たちを見てどうしたものかと途方に暮れていた。その妖怪たちとは今泉影狼、わかさぎ姫、赤蛮奇の3人である。彼女たちが来るであろうことはひしがきにも予想できていた。恐らく今度もまたお礼がしたいと言って来るのだろう。

 

(まったく……)

 

ひしがきにとってそれは有難迷惑だった。以前は押し切られる形で受けた礼だが、ひしがきには彼女たちと馴れ合う気はなかった。礼を言われること自体は嫌いなわけではない。ただ付き纏われたくはないのだ。霊夢の様に時たま会話をする程度ならいい。だが心配だからと言って異変に付いてこられるような関係になったつもりなどひしがきにはない。

 

(はっきり言うべきだな……)

 

礼などいらない、俺につきまとうなと。ひしがきは3人に向かって歩き出す。3人はこちらに気付き顔を向けた。

 

「お前ら「ひしがきさん!」って、おい、おまっ!?」

 

ひしがきが言う前にわかさぎ姫が涙目でひしがきに飛びついてきた。いきなりの事にひしがきは反応する事も出来ずにわかさぎ姫を受け止めきれずにそのまま押し倒される形で倒れてしまった。

 

「うわぁぁぁぁぁん!ひしがきさぁぁぁぁぁん!よかったぁ!ぶじでよかったですー!」

 

ひしがきにのしかかりながら、わかさぎ姫は泣いてびちびちと跳ねる。その後ろから影狼と蛮奇が苦笑しながらやって来る。

 

「だから大丈夫だって言ったじゃない」

 

「すまないね、ひしがき。わかさぎ姫はあの後別れてからずっと君の事を気にかけていたんだ」

 

「…………………………………………とりあえずどけてくれ」

 

ひしがきは今だ泣いているわかさぎ姫を指さしてそう言った。

 

 

 

 

 

……半ばなし崩し的な感じで3人はひしがきの家へと入った。とは言っても張りぼて同然のあばら家に客をもてなす用意などあるはずもなく適当に座っているだけなのだが。

 

「……それで、何の用だ?」

 

半ば答えが分かっているがそれでも一応ひしがきは彼女たちに尋ねた。

 

「まずは私たちを助けてくれたことに改めてお礼を言わせて欲しかったの。本当にありがとうひしがき。またあなたに助けてもらって」

 

3人を代表して影狼がそう言って3人そろって頭を下げる。

 

「………」

 

予想通りの答えにひしがきはああとだけ応える。もともと礼なんて欲しくはなかったしとにかく今は彼女たちに言うべきことをさっさと言うべきだとひしがきが改めて付き纏うなと彼女たちに伝えようとした。

 

「……ひしがき、あなたが…前の博霊だっていうのはホントの事?」

 

だが、その前に彼女たち尋ねた予想外の問いにひしがきは言おうとしたことを飲み込んだ。

 

「……………ああ、そうだ。俺は今の巫女が就く以前の、博霊の代理に就いていた」

 

僅かな沈黙を置いて、ひしがきはその問いに正直に答えた。一応、幻想郷で自分はある意味有名なのだが、彼女たちが俺を博霊の代理であることに気付いていないだろうことはなんとなく彼女たちの態度でわかっていた。隠すつもりなどなかったが、付き纏われるとは思っていなかったので言っていなかった。今にして思えば、会った時にこのこと言っておけばよかったかもしれない。そうすれば付き纏われることなどなかっただろう。だが、その後に続いた言葉は、またもひしがきの予想外の問いだった。

 

「そう。……ねぇ、だったら、聞かせてくれないかな。ひしがきのこと、どうして博霊になったのとか、博霊になった後の事とか…」

 

「………はぁ?」

 

思わずひしがきは目を丸くして間の抜けた声が漏れた。心底訳が分からない。一体どうしてそこで自分の事が知りたいなどと言う言葉が出て来るのか。よくよく考えてみれば自分が博霊の代理である事を聞きに来たこともおかしな話だ。誰に聞いたかは知らないが、どうせよからぬ話は聞いてはいないだろう。にも拘らず、それを本人に直接聞いて確かめようなどとは。いくらこいつらがお気楽な妖怪だとしてもそこまで不用心では……ないと言い切れないが、少なくとも馬鹿でもなければ愚かでもないだろう。

 

「……なんでそんなことが聞きたい?聞いてどうするつもりだ?興味本位なら話すつもりは……いや、そうでなくとも話したいことじゃない。やはりもう帰れ。もう会いに来るな。俺は、お前たちとは会いたくもなければ話したくもない」

 

目を鋭くして、目の前の彼女たちを突き放すようにしてそう言った。彼女たちは一瞬悲しそうに顔を歪める。―――――それでも、彼女たちはそこから動こうとはせずにひしがきを見つめる。

 

「ひしがき、何も興味本位で私たちは聞こうとしてるわけじゃないよ。ただ、私たちを助けてくれた人間が、どんな人なのか知りたいだけなんだ」

 

影狼に代わり今度は蛮奇がひしがきに話しかける。

 

「私たちはひしがきと会ったばかりだろ。だからひしがきの事を何にも知らない。でもさ、それは当たり前のことだ。だからこれから、少しでも知っていきたいんだ。ひしがきは私たちを助けてくれた。妖怪の私たちを、助けてくれた。ひしがき、どうして私たちを助けてくれたんだ?」

 

蛮奇の問いに、ひしがきは答える事ができない。それはひしがきにとって触れられたくない事だ。どうしようもなく弱い自分をさらけ出す事だ。

 

「ひしがきさん。私は、私たちはひしがきさんに助けられて嬉しかった。人間と繋がりが持てたことが嬉しかったんです。だから、ひしがきさんが話したくないと言うならそれでもいいです。でも、これからも私はひしがきさんと会いたいです。話したいです!」

 

わかさぎ姫が、まるで懇願するように言う。その顔は拒絶される事を怖がって顔を歪めているが、それでも目をそらさずにひしがきを見ている。

 

「―――――――」

 

彼女たちの言葉に、ひしがきは驚きと困惑で言葉が出なかった。自分の事を知りたいと言った。それがだめならこれからも会って話したいと言われた。なんとなく霊夢の時と状況が似ていると思った。霊夢はこんなにも直接的に言葉にはしなかったが、ここで彼女たちを帰しても同じように彼女たちはまたやって来るだろう。

 

ひしがきは目を覆って大きく息を吐いた。どうしてこうなったと、自問自答する。そんなことは分かりきっていている。そしてそんなことを思ったところで何も変わりはしない。

 

「はぁぁぁぁぁ…………」

 

再び大きく息を吐く。もう一度彼女たちを見る。何名を決意したような必死な顔だった。一瞬だけ力ずくで引き離そうかと言う考えが頭を過った。しかし、すぐに消し去った。

 

しばらく無言で考えた後……最初に言っておく事があった。

 

「とりあえず、いちいち大げさにお礼をするのはやめろ。というかもう礼はいらん」

 

これを言っておかないとまた面倒な事になりそうだ。

 

「あと、話したら今日はさっさと帰れ。わかったな」

 

そう言うと3人は一瞬驚いた後に、嬉しそう顔に笑顔を浮かべてコクコクと頷いた。

 

「ありがとう!ひしがき!」

 

「……言っとくがざっくりとしか話さんからな。あと礼はいい」

 

そう言って俺は彼女たちに語り始めた。自分が人里にいた事、いろはの兄である事など話せない事が多い為に本当に大まかな事しか話せないが、それで彼女たちが納得するならさっさと話してしまおう。

 

(たまに会いに来るのは霊夢だけで十分なんだがな…)

 

だが、何となくだが彼女たちは霊夢と違って面倒そうだと思った。

 

 

 

 

 









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物語は繰り返される



短編が出来上がったんで次に投稿します。




 

 

 

 

ひしがきの予想は的中した。あれから彼女たちはよくひしがきの所に顔を出すようになった。ある時は3人一緒にやってきた。またある時は1人でも来ることがあった。そのたびに彼女たちはひしがきに色々な話をした。

 

3人が出会った頃の話。喧嘩をしたわかさぎ姫と蛮奇を影狼が仲裁するのに苦労した話。草の根ネットワークを結成した時の話。影狼が自身の毛深い事に悩んでいる話。蛮奇の頭と体が離れ離れになって3人で大慌てになって探した話。わかさぎ姫が一人で地面に上がったはいいものの途中で力尽き動けなくなった話。

 

そんな他愛もない、聞く方からすればどうでもいいような話を彼女たちはひしがきに話した。ひしがきは、彼女たちの話を静かに聞いていた。なんとなく、突き放しても無駄だと感じたからだった。

 

ひしがきもまた時折、彼女たちに自分の事を話した。もちろん八雲紫によって隠された自分の過去は話せない。だから当たり障りのない話しをした。殺伐としたひしがきの人生の中では妖怪たちとの闘いの日々が多かったが、彼女たちはそれよりもひしがきの能力について試行錯誤して苦労した事や槍を扱う為にただ振るい続けた日常、生活するために畑を耕したり作物を育てた事……彼女たちからすればどうでもいいような話ばかり聞きたがった。

 

ある日彼女たちがそれぞれ1人のでやってきた時、どうして自分たちがひしがきに近づこうとしたのか、その訳を彼女たちがひしがきに語った。妖怪である自分が、人間であるひしがきと交わろうとした訳。それは東方の世界の中では語られる事のなかった物語だった。それは彼女たち妖怪と人間の、出会いの物語だった。その話を聞いた時、初めてひしがきは彼女たちに尋ねた。どう感じて、どう思ったのか。きっと今の幻想郷では、霊夢たちが経験しているだろう出来事。霊夢から聞く異変の話とはまた違う、ひしがきの興味を引く話だった。

 

ひしがきにとってそれは遠い昔に自分が望んでいた物語だった。自分には、縁のなかった物語。妖怪と人間が出会い、共に語らい共に過ごす物語。だからだろうか、ひしがきは彼女たちと自分から過ごすようになったのは。もう手遅れだと、自分はこのまま一人で生きていくのだと思っていた自分に訪れたこの出会いを、もう一度大切にしてみようと思ったのは。

 

住む場所を、彼女たちが来やすいようにと湖の入り江近くに移した。張りぼて同然だった小屋は、彼女たちが居心地のいいように立て直した。彼女たちもまたそれを手伝った。いつの間にかその場所が、いつも4人が集まる場所になっていた。気が付けば、いつも4人で食事をするようになっていた。……いつの間にか、いつも無表情で、けれどどこか悲壮なひしがきの顔に、悲しい色が薄れていった。

 

 

 

そして、今日も霧の湖の端で4人は一緒にいた。今朝も朝から3人の妖怪は当たり前のようにやってきてひしがきと一緒に食卓を囲む。

 

「それじゃあ、いただきまーす。」

 

影狼が元気よく手を合わせる。

 

「ん、いただきます」

 

蛮奇が目を閉じて手を合わせる。

 

「いただきます」

 

わかさぎ姫が品よく手を合わせる。

 

「はい、召し上がれ」

 

それを見て、ひしがきも手を合わせた。

 

 

 

 

かつて博麗の代理と呼ばれた少年は、全てを失った。家族や帰る場所、自分の拠り所となるものすべてを失って、それでも博麗の代理として生きていた。

 

けれども今、彼は笑っている。かつて自分が望んでいた、妖怪と人間の出会いを通して。その出会いをもう一度……今度こそ大切にしようとして。

 

 

 

 

 

 

ギリッ

 

遠く離れた場所からスキマを覗いていた妖怪、八雲紫はそこから見える光景に口元を扇で隠しながら、忌々しげに奥歯を噛みしめた。それは普段の胡散臭い笑顔を見せて考えの読めない彼女を知る者が見たらその多くが驚くであろう、感情を隠せずに苛立っている彼女の姿だった。

 

「……まさかこんなことになるなんてね」

 

賢者と呼ばれる彼女にとっても、スキマから覗くひしがきたちの様子は予想外だった。全てを失ったはずだった。家族や帰る場所だけではない。自分の式を使い見捨てさせ他人を信用しないように仕向けた。博麗の代理として生きさせることで人里の恨みを背負い、妹からも憎悪を向けられるようにした。

 

だというのに、なぜあの人間は正気を保てる。なぜ恨まない?なぜ呪わない?あまつさえあの人間は後任である霊夢が自分と違って優遇されているにも関われず彼女に助言までもした。そして、今は笑顔を浮かべ妖怪たちと共に過ごしている。何一つ希望などなかったはずなのに、まるであの人間には全部なくしてもすがる事の出来る何かがあるかのようだ。そんなもの無いはずなのに。無いようにしたはずなのに。

 

「紫様」

 

「……なにかしら」

 

「私があの妖怪たちを始末しましょうか?」

 

「…………いえ、その必要はないわ」

 

己が従者の声に、八雲紫はもう一度冷静になってどうするかを考える。天邪鬼との一件で、ある程度までひしがきの力が熟した事は確認できている。だが現状を考えるに、今のひしがきでは力の進展は見込めないだろう。ならば次に取るでき一手は……。

 

「……気の毒だけど、この幻想郷のために……あなたが救われては困るのよ」

 

 

 

 

 

博霊霊夢は境内の掃除をした後、縁側でお茶を飲んでいた。今日は魔理沙といろはは来ていない。あの二人はよく理由もなしにやって来るが、別に他にする事がない訳ではないのだ。魔理沙は独自に魔法の研究をしているし紅魔館の図書館にも出入りしている。他の魔法使い、パチュリーやアリスとも交流がある。いろはは人里の退治屋として里の治安を守る義務がある。よく里のはずれで鍛錬に励んでいるし、紅魔館の咲夜や白玉楼にいる妖夢とは同じ刃物を使う者同士たまに手合わせをしているそうだ。

 

霊夢は自分から誰かの元に行く事はあまりない。何かしらの用事がない場合は神社にいる事がほとんどだ。それでも、霊夢の周りには誰かしらがいる。人間の他には妖怪か、はたまた妖精か、あるいは神か幽霊か。

 

「そういえば最近会いに行ってないわね」

 

そんな霊夢が自分から会いに行く数少ない例外、ひしがきに最近会っていない事を思い出した霊夢は会いに行こうかと考える。

 

(あの異変の事でも、まだお礼を言ってなかったし。いい機会かしら)

 

霊夢はこの間の異変、鬼人聖邪が起こした異変の際に自分たちを助けた黒い壁がひしがきによるものだと気づいていた。礼を言わなければと思っていたもののあれから気絶した鬼人聖邪と縮んだ少名針妙丸を神社に運んだ後、やってきた紫と藍が話を聞きたいからと鬼人聖邪を連れて行ったり、行く当てのない針妙丸を神社で預かる事になったり。その後香霖堂へ行って針妙丸に合う服やら生活に必要な物を探したり、紫から解放された鬼人聖邪が性懲りもなくまた暴れ出したと思ったらあの厄介な黒い瘴気をなくした代わりに色々な道具を使って手間取ったりとドタバタしている内に間が空いてしまった。

 

霊夢は立ち上がると湯呑を台所に片付けて霧の湖に行こうとした。

 

「霊夢」

 

出かけようとした霊夢は呼ばれ振り向くと、そこには母、先代巫女がいた。

 

「出かけるのか?」

 

「うん、ちょっとそこまで」

 

「そうか、なら里で食料を買っておいてくれ」

 

「……もう無くなりそうなの」

 

「異変の後の宴会で随分と使ったからな」

 

いつの間にか異変の後の恒例になった宴会。これまでは異変を解決した側と起こした側、それとただ騒ぎたくて参加する者たちがそれぞれ持ち寄って宴会をしていたのだが、今回は起こした側が1人は連れ去られいないのともう一人はとてもではないが何か持ってくることのできる状態ではなかったために神社の方から余分に出す羽目になった。

 

霊夢としては最終的に今回の異変を解決したのは自分たちでない為にあまり乗り気ではなかったが、魔理沙がとりあえず解決したから騒ぎたいと始めたために他の騒ぎたい連中が集まってきたのだ。魔理沙からしたら自分が解決できなかったのが悔しくてとりあえず騒いでリフレッシュしたかったからと言うのもあったのだろう。今頃は紅魔館にでも行って魔法書を漁っているかもしれない。

 

(そういえばいろはは大丈夫かしら?)

 

異変の後も、いろはは自分があの時何もできなかったのを悔やんでいた。

 

(無駄に責任感が強くて背負い込もうとするからね、あの子は)

 

それに、いろはもまた気付いているかもしれなかった。あの黒い壁が誰によるものなのか。

 

「……わかった。ちょっと人里の方にも行ってくるわ」

 

「ああ、頼んだ」

 

母に見送られて、霊夢はまず霧の湖へと向かった。

 

 

 

 

 

人里から離れた森の中。そこは一人の少女の鍛錬の場として使われていた。

 

いろはが刀を振るう。

 

以前使っていた愛刀がこの前の異変で壊れてしまった。なので人里にある刀の中でいろはは一番自分に合うだろう刀を選びこうして振るっている。以前使っていた刀はいろはが長年使っていた馴染みのある刀だった。今振るっている刀はなかなかの業物ではあるものの、どうしても振るうと違和感が出てしまう。その違和感を無くすために、いろはは早くこの刀に慣れようとする。

 

「…しっ!」

 

吐き出す息と共に振るわれる斬撃は洗練された太刀筋を描く。ただ無心になって刀を振るういろはの姿は、嘗てここを同じく鍛錬の場としていた少年と重なるものがあった。

 

いろはは刀を振るうのをやめるとじっと手の持つ刀を見つめる。里にあるの物の中では一番手になじんだ一振り。刀自体の仕上がりも悪いものではない。むしろ十分に業物と言える。

 

「……やっぱり、ちょっと違う」

 

それでも、いろはは僅かな違和感にスッキリしない何かを感じていた。それほど拘って武器を選ぶことのないいろはだが、刀と槍に関しては違っていた。それは二つともいろはの手によく馴染んでいたという事。ずっと手に馴染んだ得物を使っていたいろはにとっては馴染み切らない刀にはどうしても違和感が残ってしまった。

 

別にそれでいろはの強さがどうこうなるわけでもないのだが、異変の時に悔やまれることがあったため今はその僅かな違和感もいろはにとっては捨て置けるものではなかった。だが、今ある最も自分に合った刀がこれである以上、無い物ねだりをしても仕方がない。いろはは切り替えて次に槍を持って構える。

 

「………」

 

先ほどとは違う、カチリと隙間なく自分が完成する様な感覚。自分に構えた槍の先まで神経が伝わっているように感じる。凛としたその構えには一部の隙も一点の曇りもない。

 

やはり手に馴染んだ得物は違う。僅かに口の端を持ち上げて満足する。

 

「見事ですわね」

 

突然背後から掛けられた声にいろはは反応し構えた槍を出しそうにそうになるが、それが自分の知る声だとわかるとすぐに槍を下げる。

 

「…紫?」

 

「お久しぶり。また腕も上げたみたいね。その歳で大したものですわ」

 

八雲紫。いろはとも何度も面識のある妖怪がスキマから顔を覗かせていた。

 

「…どうしたの?」

 

何度も面識があると言っても紫といろはは親しいと言える間柄ではない。霊夢と共に過ごし異変に関わる中で自然と会う事が増えたのだ。それなのに自分一人の時にこうやって声をかけて来るのは珍しかった。

 

「少しあなたにお願いがあってきましたの」

 

「…?」

 

紫は口元を扇で隠しながらいつも通りの笑顔で話す。いろはは、この紫の自分を掴ませない飄々とした態度が少し苦手だった。

 

「先日の異変、あの天邪鬼があなたたちを追い詰めた瘴気ついて、あれは元々あの妖怪の持つ力ではありませんの」

 

「…うん」

 

それはあの時、霊夢も言っていた。あの力、あの異常な力はどう考えても普通ではない。いろはもまたあの力の異常さを身に染みて感じたのだから。

 

「あの後天邪鬼から話を聞いた所によると、あの力はあることをきっかけにあの妖怪の中に現れたそうですわ」

 

「…そんな事、あるの?」

 

「ありえない事はありませんわね。力とは些細な事をきっかけに偶然目覚めてもおかしくない。ただ、あの力が天邪鬼に宿ったのには理由がありますの」

 

「…理由」

 

首を傾げるいろはに、紫は僅かに目を細めた。

 

「怨霊、ですわ」

 

そして紫はあの力、霊夢達を追い詰めた力の源について語り出した。

 

「怨霊とは憎しみや怨みをもった霊。または非業の死を遂げた霊を指すもの。それらは生きている者に対して災いを与えるとして恐れられている。そしてあの異変で天邪鬼が使った力は言ってみれば純粋な怨霊そのものの怨念の力。この世に存在する者を呪う力とでも言うべき力……」 

 

「………そんなもの、本当にあるの?」

 

あの力をまじかで見てその異常性を見たいろはではあったが、紫の言葉に疑問があった。鬼人正邪は妖怪だ。怨霊がその力を持っていたのならばわかるが、なぜ鬼人正邪がその力を持っていたのか。

 

「確かに怨霊と妖怪は違いますわ。知っての通り、妖怪とは人間の恐れのよってその存在を維持している存在。本来ならば生きている彼女には生きたものを呪う怨霊そのものの力は使えません。―――ですが、彼女自身には使えなくともいいのです。正確に言えば、あの時力を使っていたのは彼女ではありませんでした」

 

「………操られていたってこと?」

 

「少し違いますわ。あの時の彼女は自分の意志で動いていた。ある意味で言えば彼女は導かれたと言うべき何かしら」

 

「…導かれた?」

 

「そう。あの力が彼女に宿った時、彼女は気づいていなかったかもしれませんが徐々に彼女の精神は汚染されていた。特に彼女自身強者に対しての反骨精神が強かった分それが大きく膨れ上がった。あの時鬼人正邪は力を使ったと思っていたかもしれないけれど、本当は彼女の中に宿った力が彼女の意志に呼応していただけ。しかも彼女自身は知らず知らずのうちにその力に支配されつつあった。あのまま行けば、彼女は怨霊に身も心も喰われて自我を無くし、より強力になって本来の力を発揮していたでしょう」

 

本来の力。つまりそれはあの時は本来の力ではなかったという事だ。

 

「…あれで、全力じゃなかったの?」

 

「本来怨霊の力とは生者を呪う物。妖怪であろうとこの世に生きている鬼人正邪には……いえ、生きている者に扱える力ではない。まして、あの力はただの怨霊が持つものとは違う遙かに強大な物。かつて、先代の博麗の巫女が身を引く切っ掛けとなったものと同種のものですわ」

 

いきなり告げられた正邪の力の事実にいろはは驚くが、それ以上にあれが嘗ての巫女を引退まで追い込んだものと言う事実がいろはにとって衝撃だった。なるほど確かにあの時3人がかりでも手に余ったあの力ならば博麗の巫女を追い詰めることもできたかもしれない。

 

「…それで、頼みってなに?」

 

「おそらく……あの力を持つ妖怪はあの天邪鬼だけではありません」

 

「……っ!」

 

「天邪鬼の中にはもうあの力は残っていませんでしたわ。力その物も、あの時に消滅している。けれど、あれはまるで感染病の様に広がってはその種をまき散らしてしまう」

 

それはつまりあの力はまた再びどこかで現れるかもしれないという事だ。しかもまき散らしてと言う事は同時に複数出現する可能性もある。

 

「これ以上被害が出る前に根絶することができればいいのですが、それは発現する前は宿主の奥底に眠っていて力を蓄えるまで出てこない。それを見つける事は不可能に近い。仮に見つけられたとしても、奥底に隠れた力だけ消滅させることは出来ない。宿主ごと消滅させる必要がある」

 

ここに来て、なぜ紫が自分の元に訪ねてきたか、いろはは何となく理解した。霊夢は博麗の巫女。この幻想郷の調停者。如何に危険な因子であったとしてもそうおいそれと妖怪を殺すことは立場上あまりいいとは言えない。だがそれはもちろん自分も同じ。今の幻想郷のルールを破ることは出来ない。

 

だが、自分は里の妖怪退治屋。その妖怪が里に直接的な被害を加えたというのであれば、退治することんできる一応の大義名分ができる。

 

「…どうすればいい?」

 

事情を察し、今後の動きを聞くいろはの物わかりの良さに紫は満足げな笑みを浮かべる。

 

「あなたに頼みたいことはそう難しい事ではないの。そう、異変を起こした妖怪3匹を斬ってくれれば、ね」

 

紫はスキマの中にから一振りの刀を取り出すといろはに渡す。

 

「…!これ……」

 

いろははその刀の見事さにもさることながら、何よりも手に持った瞬間に以前の愛刀と同じく手に吸い付く様に馴染む感覚に驚いた。

 

「嘗て鬼をも切った安綱の一振り。童子切ほどではないにしろ伝説の名刀と呼ぶにふさわしい刀。差し上げますわ」

 

「…いいの?」

 

「もちろん。ただその刀を預ける以上、もしもの事はないようにお願いしますわ」

 

それだけ言うと紫はスキマを閉じてその場から去っていった。

 

「………」

 

いろはが安綱を抜いて刀身を露わにする。この刀なら、あの時文字通り刃が立たなかった瘴気でさえ切れる自信があった。どこか妖しく煌めく刀を眺めたいろはは刀を納める。

 

その目は、まるで刃の様に鋭かった。

 

 

 

 

 






徐々に紫の狙いらしきものが見えてきました。一体ひしがきはどう関係していくんでしょうか?

次回は短編となります。



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かつて夢見た物語 (番外編)



草の根とひしがきの話です。以前に短編と言っていましたが番外編の方があってる感じがしたので番外編とさせてもらってます。3人との絡みの比率がちょっと偏ってしまいましたが、そこはご容赦ください。

あと多分この話を読んで頂いているほとんどの方は気づいたと思いますが、前回の話でひしがきと草の根の三人のシーンが『また時は過ぎて…』の最後のシーンと重なっています。




 

 

 

霧の湖。その湖畔で水面に釣糸を垂らす人影があった。

 

その人影、ひしがきは一応人目を避ける意味もあってか無縁塚で拾ったつばの広い帽子を目深にかぶり静かにプカプカと浮かぶうきを眺めている。様々な事情もあり静寂を好むようになったひしがきにとって、一人で水面を見つめながら風の音や湖の水の音を聴くこの時間は過ごしやすかった。

 

(…いや、違うな)

 

そう。そう思えるようになったのはつい最近かもしれない。ただ苦悩から目をそらそうとする日々が、少しづつ変わっていったのは。そうでなければその静寂にも湖にある音にも気を傾ける余裕などなかっただろう。

 

ひしがきはいつの間にか流れる時間を感じる事の出来る自分に苦笑した。現金なものだ。ただ、誰かが自分の傍にいてくれるというそれだけの事でこうまで見る世界とは変わってくるものなのか。

 

……恐らくそうなのだろう。事実、自分がそうなっているのだから。

 

グイッ

 

「おっと」

 

ひしがきの持つ竿の糸が引かれて大きく曲がった。どうやら大物がかかったようだ。

 

「よし」

 

両手でしっかりと竿を持ったひしがきは逃がすまいと手に力を込める。ちなみにこの竿、迷いの竹林から取った竹で作ったものでひしがきはこれにも呪いを込めておりかなりの強度と弾力性に優れている。ただし呪いの竿である為に本人以外に触れず、これを妖怪相手に打ち付ければ立派に武器になる一品である。

 

そして糸はと言えば妖怪の毛から出来ておりただの釣糸に比べるとずっと丈夫にできておりこれもまたひしがきのお手製である。針は妖怪の骨から削り出した物で大物相手にも曲がることは無い。この竿と糸と針ならば大の大人がぶら下がっても余裕で振り回せるくらいの代物である。

 

そんな無駄に手の込んだ釣り道具一式でひしがきはヒットした大物を釣り上げるべく力を込める

 

「…っ」

 

重い。竿から伝わる感触に、どうやらこれは想像以上のサイズを引いたらしい。竿が大きくしなる。だがその程度で折れるほど柔な物ではない。

 

ひしがきは気合を入れて竿を引こうとして……突如竿を引く重みが無くなった。針が外れたのかと思った瞬間、水面が沸き立った。

 

「ばぁーーー!!」

 

「はぁ!?」

 

その中から、何とも間の抜けた声と共にわかさぎ姫が飛び付いてきた。

 

 

 

 

 

「……何やってんだ。わかさぎ姫」

 

「えへへ~、驚きましたか?」

 

「……ああ、十分にな」

 

してやったとうれしそうに笑っているわかさぎ姫に、やれやれとひしがきは濡れた顔を持ってきた布で拭く。

 

「はぁ…せっかく大物がかかったと思ったらわかさぎ姫か。今ので魚が逃げたらどうしてくれる?」

 

「大丈夫です!その時は私が今度こそ魚を捕まえて見せます!」

 

両手を拳にしてやる気をアピールするわかさぎ姫。もしかしたらそのためにあんなことをしたのかとひしがきは溜息をはく。

 

「…それじゃあ一応頼んでみるか」

 

「任せて下さい!」

 

 

………………………

 

………………

 

………

 

 

そしてしばらく時間が経った頃。

 

「………」

 

「うぅ……」

 

そこにはやや呆れた目を向けるひしがきと打ちひしがれたわかさぎ姫がいた。結局、彼女は一匹も魚を捕まることが出来なかったのだった。

 

「学習しろ」

 

「…………はぅ」

 

容赦ないひしがきの言葉に打ちのめされわかさぎ姫はその場に崩れ落ちた。呆れて再び溜息をつくとひしがきは再び糸を湖に垂らす。その後ろでわかさぎ姫はしばらく落ち込んでいた。

 

やっとわかさぎ姫は復活すると申し訳なさそうにおずおずとひしがきの隣にやってきて腰を下ろした。

 

「……うう、本当にすいません。次こそは…」

 

「……まったく、とりあえずそんな落ち込むな。」

 

ワシャワシャと少し乱暴にわかさぎ姫の頭を撫でてやる。耳の部分にあるヒレの様なものが悲しそうにシュンとして下がっている。そんなにショックだったのかとひしがきが苦笑する。

 

「ほら」

 

「え?」

 

ひしがきはわかさぎ姫に竿を差し出す。突然差し出された竿にわかさぎ姫は困惑するがひしがきに渡されるまま竿を握る。

 

「それならわかさぎ姫でも魚取れるだろ。一回やってみな」

 

「え、えっと、私がですか?」

 

人魚が湖畔で釣りをするとは何とも珍妙な話ではあるが、潜って取れないのであれば釣るしかないだろう。

 

とりあえずやってみようとわかさぎ姫は針に餌を付けようとするが……。

 

「………」

 

「…おい」

 

片手に針と餌の虫を持ったまま固まるわかさぎ姫にまさかと思いつつひしがきが声を掛ける。

 

「ど、どうやったらいいんでしょう?」

 

「………」

 

どうやら、わかさぎ姫はかなりの難敵のようだ。ひしがきはわかさぎ姫の背後に移動すると後ろから手を回してわかさぎ姫の手を取った

 

「あ……」

 

「ほら、こうするんだ」

 

ゆっくり虫に針を通して分かり易いようにしてわかさぎ姫に手本を見せる。

 

「あとは魚が来るのを待つだけ……って何笑ってる?」

 

「えへへ、何でもありません」

 

すぐ横で笑っているわかさぎ姫。ひしがきはすぐ隣に腰を下ろすと静かに釣れるのを待つ。わかさぎ姫は気を入れ直ししっかりと竿を握りしめじっとうきを見つめる。必要以上に力を入れて竿を握るわかさぎ姫にひしがきはおかしそうに少し笑った。

 

また、湖畔に静かな時間が流れ始める。

 

むむむっ、とわかさぎ姫は今か今かと魚が餌に食いつくのを待つ。その隣でひしがきはその様子を見ていた。

 

「…なぁ、わかさぎ姫」

 

「あ、はい。なんですか?」

 

「姫って呼んでいいか」

 

「はわっ!?」

 

突然のひしがきの申し出にわかさぎ姫はその場で器用に飛び上がった。

 

「ななななんですかいきなり!?」

 

「いや、何となく。わかさぎ姫よりも姫の方が呼びやすいからってだけだけど、駄目か?」

 

「べ、別にそういうわけじゃ、ないですけど」

 

わかさぎ姫は頬を赤らめて視線を泳がす。名前に姫という言葉が付いているが姫と単体で呼ばれることは今までなかったために何となく気恥ずかしい気分になる。こうやってひしがきから距離を縮めてくれることに嬉しさを感じつつも、思わぬ提案に驚いてしまった。

 

それでも、

 

「……いいですよ」

 

顔を赤くしたまま恥ずかしそうにわかさぎ姫は笑って答えた。何よりひしがきが自分を受け入れてくれているという事実が、今の彼女にとっては嬉しかった。

 

「そっか。それじゃあ姫」

 

「はい。何ですか」

 

「引いてるぞ」

 

「はい………ええっ!?」

 

 

結局、魚を逃がして落ち込んだわかさぎ姫をひしがきは苦笑して慰める事になった。

 

 

 

 

 

 

「…ねぇ、ひしがき」

 

「ん、何だ?」

 

雨がしとしとと降る中で、丸太小屋には不釣り合いと知りながらも作った縁側に腰を下ろしてひしがきと蛮奇は並んでいた。

 

「…いい加減、恥ずかしくなってきたんだけど」

 

「大丈夫だ。俺は気にしない」

 

「私が気にするんだ!!」

 

ただし、体から離れた蛮奇の頭をなぜかひしがきが膝の上に置いて撫でていた。

 

何故こうなったか。ひしがきがフワフワと浮いている蛮奇の頭部分が一体どうなっているかと聞いた所に蛮奇の確かめてみるかと言う提案に乗ったことから始まる。最初は両手に生首を持っているという状況にものすごい違和感を感じたひしがきであったが、両手にすっぽりと治まるフィット感と髪の感触が気に入ったのかまるで愛玩動物の様に膝の上にのせて撫でまわし始めたのだった。

 

「あーもう終わり!離してくれ!」

 

蛮奇が、と言うより蛮奇の頭がグルグル回転しひしがきから逃れて体に戻ろうとする。

 

「おっと」

 

しかし、ひしがきが両腕で蛮奇の頭を抱きしめる様にして抱え込んだ。

 

「っ!?むーっ!むーっ!」

 

ひしがきの腕の中で蛮奇は唸りながら頭を揺らす。離れている体も頭を取り戻そうと掴んで引き離そうとする。とうとう諦めたひしがきが名残惜しそうに頭を離すと蛮奇の頭と体が元の位置に戻った。

 

「はぁ、はぁ…」

 

「……そこまで嫌か」

 

「恥ずかしいって言ってるでしょうが!」

 

顔を赤くして自分を睨む蛮奇。

 

「個人的に、あの大きさであの感触はすごく癒されるんだが……」

 

「……限度があるでしょう」

 

「まぁ確かにやり過ぎたかもしれん。すまんな蛮奇」

 

「……何だってそう私の頭に拘るのよ」

 

警戒するように距離を取った蛮奇は口元を隠しながらジト目で睨む。はっきり言って妖怪である彼女にとって浮遊する頭部は妖怪としてのアイデンティティだ。それはつまり人を怖がらせるためのもので人間相手に撫でられたり抱えられたりするものではない。まして癒しなんてものは正反対のものだ。それ故にひしがきの申し出は妖怪としてのプライドを折るものだった。

 

「いや、だってお前はろくろ首だろ?」

 

「ええ、正確に言えば飛頭蛮っていう妖怪だけど」

 

「つまりだ、相手の生首だの単体で話したり持ったりするなんてお前以外にできないわけだ」

 

「…まぁ幻想郷でそんな妖怪私以外には知らないわね」

 

「だろ?」

 

そう言ってひしがきはそこから先何も言わずに蛮奇を見る。まだ話の途中だと思っていた蛮奇は怪訝な顔をする。

 

「…え、もしかしてそれだけ?」

 

「それだけ」

 

「他に理由は…」

 

「無いな」

 

例えば、犬が尻尾を振っていたら何となく触りたくなったり、鳥がつまり手に止まったら羽を触ってみたくなったりすることが誰しも経験があるのではないだろうか。ひしがきにとってはまさに今のやり取りがひしがきなりの妖怪との一種のスキンシップなのだ。

 

……本人にとっては思い出したくもないだろうが、嘗て八雲藍と博麗神社で暮らしていた時、妖怪と戦い以外で接することのなかったひしがきは、あらゆる面で自分をサポートしてくれる彼女とどう接したものか悩んだことがあった。そんな当時のひしがきなりに考えて出した答えが、尻尾のブラッシングである。九尾の狐にとっては象徴ともいえるべき9本の尾。それを毛繕いすることはひしがきなりの感謝と信頼の表し方でもあった。

 

だから今回、ひしがきは飛頭蛮である蛮奇と接するにあたってその象徴ともいえる宙に浮く頭を撫でていたわけである。結果としては過剰なスキンシップとなってしまったわけでが、それでもひしがきなりに自分から接しようとした結果であった。

 

「嫌ならすまなかったな。そんなつもりじゃなかったんだ」

 

「………」

 

蛮奇は何も言わずに元の位置に戻って座りなおす。しばらく、二人は黙って降り続ける雨を眺めた。

 

静かに降る幻想郷の雨は優しく大地を潤していく。雨の雫が屋根に、木の葉に、地面に落ちる音が自然の奏でるメロディーの様に流れていく。

 

(失敗したな……)

 

嘗ての様に自分なりに考えての行動だったのだがどうやらお気に召さなかったようだ。雨音が奏でる音に耳を傾けながらひしがきは内心反省する。以前は耳鳴りのようだった雨音が、今では心を落ち着かせて聞くことができている。そうしてくれた彼女たちへのひしがきの精一杯の感謝の気持ちだったのだが……。

 

(…どうすればいいかイマイチわからん)

 

彼の今までの人間関係や妖怪関係を考えれば、ある意味で仕方のない事と言えるのかもしれない。彼女たちが居心地のいいようにと小屋を作り直したりしているもののどうすればいいのかはっきりしたことが思い浮かばないのだ。

 

「……ん?」

 

内心、どうしたものかと悩んでいるひしがきの左肩に僅かな重みが加わる。顔を横に向けてみると、すぐ目の前に蛮奇の顔があった。再び体から離れた蛮奇の頭部が、ひしがきの肩に乗っていた。

 

「…うん、やっぱりひしがきの視点って私よりも高いんだね」

 

蛮奇より背の高いひしがきの肩に乗っているため蛮奇の視点は通常よりも高くなっている。しかし、頭が浮いている彼女にとっては視点などあまり関係ないようにも思えるが。

 

「珍しくもないだろ?」

 

そう思って聞くひしがきに、蛮奇は首を横に振る。肩が擦れて少しくすぐったかった。

 

「珍しいさ。こうやっていると、ひしがきの見ている世界がわかる。」

 

そう言って蛮奇は楽しそうに笑う。

 

「こうやって、誰かと一緒に見ていると自分とは違う誰かの世界が見えるんだよ。―――これが、ひしがきの見えている幻想郷なんだね」

 

(………いや)

 

すぐ耳元から聞こえる蛮奇の声に心地よさを感じながら、ひしがきは蛮奇の言葉を否定した。

 

(…たぶん、お前が見てる景色よりもいいものが見えてるよ)

 

すぐ横にある蛮奇の顔を横目で盗み見ながら、そう思った。

 

 

 

 

 

 

迷いの竹林。

 

その一角にあるひしがきの住処。夜であるにもかかわらず、その周囲は月の光に照らされ、まるで夜の闇から切り取られたかのようだ。

 

霧の湖同様新しく立て直したその小屋であったが、基本的にあの3人と会うのは霧の湖であるため必要はなかったかもしれない。それでも、同じ竹林に住む彼女のためにとひしがきは小屋を新しくした。基本的に中は無縁塚のガラクタを持ってきた現代風のレイアウトであるが、その室内は和風になっており床は畳を敷いていた。

 

そしてその室内にひしがきと、1匹の狼がいた。言うまでもなくこの竹林に住む狼女、今泉影浪の変身した姿である。彼女は今、獣の姿になってひしがきに寄り添うように寛いでいた。本を読むひしがきの側で体を丸めて呑気に大きく欠伸をする。その姿にひしがきは苦笑した。

 

頭を撫でると影浪は気持ちよさそうに目を細める。どうやら彼女にはこの接し方でも問題ないようだと内心ひしがきは小さく安心する。そろそろ、夕食にでもしようとひしがきが立ち上がる。

 

「飯作るけど、何がいい?」

 

「ワフッ」

 

狼の状態で応える影浪。当然だがひしがきには通じない。

 

「?とりあえず人狼になって話せよ」

 

会話をするためには至極当然の如く人語でなければならない。今の彼女の言葉を聞けるのは仙人か白狼天狗くらいのものだろう。しかし、影浪は困ったようにクゥ~ンと声を漏らす。

 

「…どうしたんだ?」

 

何か人狼状態に戻れないわけでもあるのだろうか。妖怪対策に書物などを読み漁ったり八雲藍から話を聞いたりとそれなりに妖怪の事を知ってはいるが狼女の生態などピンポイントの知識をひしがきは持っていない。仕方ないのでそれ以上の追及を諦め無難に影浪の好物の干し肉を勧めると嬉しそうに尻尾を振っていた。どうやら問題ないようだ。

 

実質用意するのが一人分だけなので手早く夕食の用意をする。ご飯に味噌汁、タケノコの煮物に干し肉。影浪には大きな干し肉の塊をそのまま皿に乗せてあげた。小さなちゃぶ台に自分の夕食を、隣に影浪の分を置いて手を合わせる。

 

「いただきます」

 

「ワォン!」

 

影浪は待てましたと言わんばかりに肉に齧り付く。その様子にどうやら体調が悪いわけではないようだと一安心しひしがきも箸をもって飯を食い始めた。

 

(しかし、どうして人狼にならないんだ?)

 

夕食を食べながら何故影浪が狼のままなのか考える。今まで何度か狼の状態で一緒に過ごしたことはあったが食事の時には元に戻っていた。見たところ狼形態と言う事を覗けば異常はなさそうだし、本人も何も自分に訴えようとはしない。何か影浪の身に起きているのなら、言葉は通じないにしろ何か訴えようとするだろう。彼女の様子からそんな行動は見られない。

 

(つまり、ただ人狼の姿になりたくないだけか、もしくは狼のままでいたいってことか?)

 

無言で考えながら食べていたせいか箸が進み直ぐにひしがきは食事を終えた。影浪もまた干し肉を食べ終え満足げに口の周りをぺろりと舐める。

 

「うまかったか?」

 

「ワォン!」

 

「そうか」

 

影浪が肯定するように吠える姿にひしがきが満足げに頷く。夕食の片づけをした後は二人で縁側に座りながらいつも通り他愛ない話を始める。と言っても影浪が狼形態のままである以上、今夜はひしがきが一方的に語ることになるだろうが。

 

 

「……そうだな。じゃあ昔、無縁塚に行った時の事なんだが―――」

 

「ワフッ」

 

 

月に照らされて、人と妖が並んで語り合う。人が話すのは外から流れ着いた文明の利器の話。昔拾ったそれを何とか使えないかと思案した。その多くが使う事が出来なかったが、中にはそのままでも使う事ができる物があった。それを使って二人がいる家がある。それを聞く獣の姿の妖は、嬉しそうに尾を振り人の話を聞いている。時折応える様に声を上げ、感情を表すように吠える。

 

幻想郷の月の光はとても明るい。その淡い光が照らす竹林の光彩は言葉に仕様にない神秘的な光景だ。ひしがきは月光に照らされる影浪の毛を撫でる。フサフサとした感触の毛並みが実に心地いい。

 

(……ん?月?)

 

ふとひしがきは空を見上げる。空に浮かぶ月は欠けることなく綺麗な円を描いている。

 

「……影浪」

 

「ヲォン?」

 

「…ひょっとして、今人狼になると毛深かったりする?」

 

「ブフォッ!?」

 

影浪が、盛大に噴き出した。どうやら当たりらしい。彼女は狼女だ。確か満月になるとその影響で妖力が増したり狼としての特性が強くなって毛深くなるらしい。どうやら本人はそれを気にして狼の姿でいたようだ。

 

「ワ、ワン?」

 

何か窺うようにこちらを見上げる影浪。さっきの事はあまり知られたくなかったんだろうか?

 

「あ~、別に誰かに聞いたわけじゃないぞ。何となくそう思ったんだよ。今夜は満月だろ。影浪は狼女だから、ひょっとしたらってさ」

 

「…クゥン」

 

しょんぼりと耳を下げる影浪に苦笑する。人のコンプレックスは他人には理解できない者もあるが、それは妖怪でも同じらしい。ただ、狼女なのに毛深いことを気にする影浪が少し可笑しかった。

 

「ッ!ウゥ~」

 

「っと、ごめんごめん。別に馬鹿にしてるわけじゃないよ」

 

笑っているひしがきに怒った影浪が唸り声を上げる。ひしがきが謝るが影浪は拗ねたように顔を背けてしまった。どうしたものか?こうなると影狼はなかなか機嫌を直してはくれない。狼だけあって彼女は執念深いところがある。

 

しばらく考えた後、ひしがきは家の中にある引き出しに仕舞ってある物を取り出すと影狼の側腰を下ろす。影狼はこちらに顔を背けたままだが問題はない。

 

「フワッ!?」

 

驚いた声を出す影狼に構わずひしがきは持っている物、ブラシを使って影狼を撫でていく。無縁塚で拾ったこのブラシはひしがきが影狼にと持って帰って来たものだ。以前影狼にした時は大層気に入ったようだったので今回はこれで機嫌を直してもらうとしよう。しばしこちらを睨んでいた影狼はしばらくすると気持ちよさそう目を細めた。どうやら今回もこれで喜んでくれたようだ。ひしがきは一安心した。

 

だが心地よさそうにしていた影狼は、いきなり起き上がるとひしがきの後ろに回り込んだ。いきなりの事に驚いたひしがきは振り向こうとするが後ろから抱きつくように伸びてきた手によって止められた。

 

「……ねぇ、ひしがき」

 

いつの間にか人狼に変化した影狼の顔がひしがきのすぐ右横にあった。ひしがきが思わず身を竦める様に僅かに震えた。ひしがきに抱き着いている影狼はその様子に怪訝そうな顔をする。不器用ながらも自分たちと距離を縮めようとしてくれているひしがきがこういった反応をするとは思わなかったのだ。

 

「……影狼、耳がくすぐったい」

 

「え?」

 

ひしがきの言葉に影狼は顔を傾げる。耳がくすぐったいとひしがきは言った。だが影狼の耳はひしがきとは触れていない。という事は…。

 

「あ……」

 

影狼の目にひしがきの耳が留まった。そこには本来あるはずの耳がない。以前ひしがきに聞かされた鬼との死闘。その時に右耳が千切られてしまったと聞いた。

 

「ごめんね。痛かった?」

 

心配する影狼にひしがきは首を振る。

 

「いや、そうじゃない。ただちょっと、な。そこは少し敏感になってるんだ」

 

鬼によって無くなったひしがきの右耳の傷跡は刺激に対して敏感に反応するようになっていた。ひしがきとしては音もちゃんと聞こえるし問題はないのだが、さっきの様に耳元で話しかけられると音の振動だけでなく息遣いにまで反応してむず痒かった。

 

それを聞いた影狼は何を思いついたのか悪戯っ子の様にんまりと笑みを浮かべる。影狼は再び狼へと変化すると、

 

「わひゃぁっ!?」

 

ひしがきの右耳をぺろぺろと舐め始めた。

 

「ちょ、か、影狼!ひゃ…や、やめてくれ!」

 

ひしがきは身をよじって逃れようとするが、影狼は逃すまいとひしがきの上にのしかかり執拗に耳に下を這わせる。ひしがきも影狼を引きはがそうとするが影狼はまるで餌に飛び掛かる犬の様にひしがきに向かっていく。

 

ひしがきが結界を使えばそれで簡単に逃げることが出来るのだが、ひしがきはそれをしなかった。何となくそれは彼女たちを拒絶するような気がするのでそれはしなかった。二人の攻防がしばらく続いた後、影狼は人狼に戻るとクスクスと楽しそうに笑った。

 

「ふふっ、ひしがきってあんな変な声出すのね」

 

おかしそうに笑う影狼に、今度はひしがきが拗ねたように睨む。

 

「……余計なお世話だ。これ結構便利なんだぞ?気温の変化とか分かるし」

 

そう言いながらひしがきは耳に残る感触を消すようにごしごしと袖で擦る。様々な痛みを経験してきたひしがきだが人体の敏感な場所を舐められるというのは未知の感覚だった。思わず恥ずかしい声を出してしまった事にひしがきは顔を覆う。ある意味で一生の失態だった。

 

「…そういえば、さっき何言おうとしてたんだ?」

 

無理矢理話題を変えようとさっき影狼が耳元で言いかけたことを聞くと、にやにやと笑っていた影狼が曇る。触れない方が良かっただろうか?ひしがきがそう思った時、影狼は再びひしがきの後ろに移動すると手を前に回して額を背にくっつけた。

 

影狼はしばらく口を閉ざしたままだった。ひしがきも何も言わずに影狼の言葉を待った。

 

「……ひしがき」

 

「……なんだ?」

 

やがて影狼が口を開くと、ポツリポツリと語りだした。

 

「この間ね、蛮奇と一緒に人里に行ったの」

 

「そうか」

 

「うん。それでね、そこでたまたま人が話しているのが聞こえたの」

 

「…何を聞いたんだ?」

 

「……博麗の代理の話をしてたの」

 

「……そうか」

 

そこまで聞けば、言わずとも何の話を里の人間がしていたかは簡単に想像がついた。そして、何故影狼が悲しそうな声をしているのかも。

 

ひしがきはあの時、鬼に里を襲撃された後に里の人々から追われた時以来、里に行った事はない。遠くから里の様子を伺った事はあっても近づこうとは思わなかった。万が一にでも里の人間に見つかろうものなら、おそらくまたあの時と同じことが起こるだろう。霊夢によって保たれた里の平穏を、わざわざ乱す事はしたくはなかった。

 

「……ねぇ、ひしがき」

 

影狼は、躊躇う様にひしがきに尋ねる。

 

「ひしがきは、幻想郷が憎い?」

 

ひしがきは彼女たちに自分がこれまで何を経験してきたかを可能な範囲で話した。その時にひしがきは彼女たちに言ったことがある。

 

『犠牲なんてものは、つきものだ。何かを成す時、何が正義で、何が悪か。それは人の都合しだいだ。それが、この幻想郷では俺だった。それだけだ』

 

その時のひしがきの顔を、彼女たちは忘れることが出来なかった。悲しみ、苦しみ、後悔、諦観。そう言った感情を通り越した能面のようなひしがきの顔。それ以来、彼女たちはひしがきに里の事を尋ねようとはしなかった。けれども影狼は、里に行った時に見た人の顔に背筋が凍った。

 

博麗の代理

 

その言葉が出た時の人里の人々の顔は、言葉に出来ない。いや、言葉にする必要がなかった。憎悪、嫌悪、軽蔑、殺意。それらに類する単語が、そこにいた影狼と蛮奇の頭の中をよぎった。ひしがきが里の人間にどう思われているか。どうしてそうなったかを彼女たちは聞いていた。だが、それでもその光景を彼女たちは予想だにしていなかった。

 

人は、ここまで、たった一人の人間に対して負の感情を向けることが出来るのか。

 

確かにひしがきは里を守ることが出来なかった。守れるほど強くなかった。守れないほどに弱かった。それが里の人間にとって罪であったとしても、これほどまでに重い十字架をひしがきに負わせるのか。

 

 

影狼は不安だった。自分たちとひしがきは親しくなった。自惚れではなくそう思っている。蛮奇もわかさぎ姫も、自分たちは確かな絆を結んだと思っている。だが、もしひしがきに何かあったら、ひしがきはどうなってしまうのだろうか?具体的に何が起こるかなど分からない。だがそれでも、あの時の里の人々の顔が頭から離れない。何かが、とても悪い何かが起こってしまうのではないか?

 

だから影狼はひしがきに尋ねずにはいられなかった。ひしがきにこのままでいてほしい彼女は、ひしがきに里の人間のような顔をして欲しくはなかった。あんな負の感情に溢れた顔をして欲しくなかった。

 

 

 

「……なぁ、俺には昔好きな物語があったんだ」

 

「………え?」

 

少しの間を空けて、影狼の問いに応えずに、いきなりひしがきに話し出した。

 

「その物語はさ、一人の女の子が主人公で、周りにはたくさんの妖怪やら妖精やら人外がいてさ、なんて言うか、とにかくその女の子の周りは騒がしい事ばかり起こってたんだ。一つの事件が起こるたびに、その子は妖怪と戦って、最後には一緒になって騒いで、結局彼女はたくさんの妖怪たちと仲良くなってる。そんな話さ」

 

どこか遠い目をして話すひしがきに、影狼は何も言わずにただ語られる話を聞いている。

 

「ずっと昔から、俺はその話が好きだった。だから幻想郷で、俺も彼女みたいに、妖怪と……妖怪だけじゃない、妖精とか幽霊とか神様とか、そんな連中と話して一緒に騒いで楽しく過ごせたらいいなって、そんなこと、考えてたんだよ」

 

ひしがきは話を区切り、目を閉じて過去を反芻する。

 

「……けど、俺には無理だった」

 

目を開くと、そこにあるのは不安げな影狼の顔。

 

「それどころか…俺は博麗の代理として妖怪と一緒に楽しく過ごすどころかずっと殺し合いばかりしてきた。それが自分に与えられた仕事だと、それが必要な事だと……仕方ない事だと割り切って。その内、妖怪と仲良くなるなんて無理だと思うようになったよ。所詮物語は物語でしかない。現実の妖怪は、人間とは相いれない存在なんだって」

 

影狼の顔をまっすぐ見て、ひしがきは言葉を紡ぐ。

 

「けど、霊夢が博麗の巫女になってから、幻想郷は変わった。俺が無いと思っていた人間と妖怪の物語は、物語の中の話なんかじゃなくて、ただ俺に出来なかっただけで確かにこの世界でも存在したんだ」

 

初めて霊夢から異変の話や妖怪たちとの話を聞いた時、ひしがきは心から驚いた。それと同時に自分とは違う霊夢の立場に嫉妬した。自分の境遇を嘆いた。何故自分は霊夢の様にならなかったのか。そんなことばかりを考えていた。

 

だが、同時に心のどこかでほっとした。かつて自分が好きだった物語が、この世界でも存在していたことに、自分は安心したのだ。

 

「だから、たまに自分の好きだった話を霊夢から聞きながら…一人で生きていこうと思ってたよ」

 

霊夢(主人公)から語られる異変の話(東方の物語)を慰めに、一人で静かに暮らそうと思っていた。

 

「―――けど、影狼。この場所でお前に会えた」

 

ひしがきはその存在を確かめる様に、影狼に手を伸ばす。

 

「わかさぎ姫に会えた」

 

影狼は目を大きく開いてひしがきを見つめる。

 

「蛮奇に会えた」

 

その顔は、里の人間たちとはまるで違う、負の感情など欠片もない、穏やかで優しい顔。

 

「だから俺は、お前たちと居られるこの世界が、幻想郷が好きだよ。……また、好きになれたんだよ」

 

彼女たちの良く知る、ひしがきの顔だ

 

「なぁ、影狼。お前は幻想郷をどう思ってる?」

 

ひしがきからの問い返しに、影狼は満面の笑顔で答える。

 

「―――大好きよ。この幻想郷が。わかさぎ姫や蛮奇や……ひしがきと出会えたこの世界がとっても好き」

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、さっきの話、わかさぎ姫と蛮奇にも話してあげてね」

 

「……恥ずかしいから勘弁してくれ」

 

「だーめ、絶対話してあげてね!絶対二人とも喜ぶから!」

 

 

 

 

 

 





如何でしたでしょうか?少しばかりひしがきの内面が垣間見れる話になりましたね。このシーンを書きたいがために影狼の出番が長くなってしまいました。

本当は3人と一緒にいるシーンも書きたかったんですが、それぞれに焦点を当てた話にしようという事で今回の番外編は急遽書くことにしました。楽しんでいただけたら幸いです。


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聞こえる足音


ここから物語が大きく動いていきます。自分としては来年の3月までに完結できたらいいなって思ってます。

……しかし番外編を投稿した後の疑心暗鬼な感想が多かった。どうしてこうなった…あ、俺のせいか。






 

 

 

 

 

「………うん、いい感じだな」

 

自分が耕した土地。その土地で育み実を結んだ作物を見て満足そうにひしがきは頷く。神様なんて信仰しないひしがきではあるが、農民(本人はそう思っている)である身としては豊穣の神には感謝してもいいとも思う。

 

ひしがきは育てている作物の手入れをしながら、収穫の時期を楽しみに待つ。今年は例年よりもいい物が出来そうだ。心の中でひしがきは秋の姉妹神に小さく感謝した。ちなみにひしがきは彼女たちとは全く面識はないのだが。

 

「………」

 

ひしがきは手入れをする畑の土をつまむ。以前までは細々としか収穫できなかった畑が、今年は随分と元気に育ってくれている。或いは、育てた主の環境が変わった影響が、育てている物にまで影響を及ぼしているかのように活き活きとしている。

 

「……本当は、こうやって育てていくものなのかもな」

 

動物にしろ植物にしろ、何かを育てていくのに暗く沈んだ気持では上手く行く事はないのかもしれない。育てる側が活力に満ちていなくては、良いものは育たないのかもしれない。

 

そんなことを思いながら、ひしがきはおかしそうに小さく笑った。自分の今の現状があまりに前とは違い過ぎて。それがどうしようもなくむず痒く、心地よすぎて。顔を上げて汗を拭く。こうやって流す汗さえも、今は心地よかった。

 

「…ん?」

 

ちょうど顔を上げたところで、見知った顔が飛んで来るのが目に入った。

 

(…そういえば、鬼人正邪の事聞くのを忘れてたな)

 

自分の能力について何か知る手掛かりにならないかと考えていたが、異変以降彼女と…霊夢と会う機会がなかったためすっかり忘れていた。けれど今は、

 

(霊夢にも、話しておこう)

 

今の自分の生活を。きっと彼女なら、無愛想ながらに喜んでくれるだろう。ひしがきは手を止めて、霊夢を迎えるための準備を始めた。

 

 

 

 

 

「………」

 

いろはは刀を持ち、無言で構えたままの姿勢で立つ。凛としたその姿は、それだけで絵になるほどだった。いろはは意識を手の持つ刀に集中させる。柄から切先に到るまで、まるで神経が通っているかのようにいろはは感じる。それほどまでに、手に馴染む。

 

―――サァ

 

風がなびくと、それと共に木の葉が舞う。

 

「…シッ」

 

それに合わせ小さな息と共にいろはがその刀を振るった。

 

―――――………

 

そこに、風と共に舞っていたはずの数枚の木の葉が、一瞬で粉々に切り裂かれ地面に落ちる。一呼吸のうちに一体刀はどれだけ軌跡を描いたのだろうか。いつの間にか木の葉を舞わせていた風さえも、切り裂かれ止んでいた。

 

ふと、一枚の羽根がいろはの前に落ちてきた。

 

「………」

 

再び、いろはが刀を振るった。振るうのではない。気が付けば、刀が振るわれるという過程は終了している。過去形でしかそれを表すことが出来なかった。そう表現してしまうほどに、それは瞬きの如き一閃だった。

 

そして、宙を舞って落ちてきた一枚の羽は、綺麗に縦に切り裂かれていた。

 

「………」

 

いろはは切り裂いた木の葉や羽には目もくれず、刀だけを見つめる。そして、ゆっくりと鞘に納める。今彼女の脳裏にあるのは紫から教えられた3匹の妖怪。今のいろはには、それを切り裂く様が容易くイメージできた。

 

―――もしもの事はないようにお願いしますわ

 

紫の言葉が思い出される。

 

勿論、失敗などしない。この刀があれば斬れないものなどない。

何より、自分は約束したのだから(・・・・・・・・)

 

強い覚悟と共に、いろはは歩き出した。

 

 

 

 

 

「……ふ~ん、そんなことがあったの」

 

「ああ」

 

霊夢は久しぶりに会って話をするひしがきに驚いた。これまでの生きる事に苦痛しかないような悲痛な姿ではない。そこにはまるで別人のような姿があった。そして霊夢は静かにひしがきの話を聞き終えた。

 

―――ああ、そうか。やっと、救われたのか。

 

博麗の巫女として、決してひしがきに肩入れできない立場である事を、霊夢も心で痛んでいた。それがひしがきのその姿に、霊夢は安堵と共に、心にあった影が無くなっていくのを感じた。

 

「よかったわね」

 

霊夢は、万感の思いを乗せてひしがきにそう伝えた。

 

「――ああ」

 

ひしがきもまた、霊夢の言の葉に乗った思いを感じつつ受け取る。

 

話を終えると、ひしがきはいつも彼女が来た時にするように水筒と湯呑を取り出すと、お茶を入れて霊夢に差し出した。

 

「ほら」

 

「ん、ありがと」

 

ひしがきもまた、自分の湯呑を出してお茶を入れる。と、霊夢が持っていた包から小さな箱を取出し二人の間に置く。

 

「はい」

 

「?なんだ、これ?」

 

「お茶請けよ」

 

箱を開けると、中には和菓子のようなお菓子が入っていた。

 

「里で何か良い物が無いか魔理沙に聞いたらこれがいいて聞いてね、持ってきたわ」

 

「………」

 

「…ま、いつもお茶出してもらってばかりじゃ悪いから、たまにはね」

 

照れくさそうに霊夢は顔を背けてお茶をすする。その横顔を見て、ひしがきは穏やかに笑った。

 

「ありがとう」

 

その顔を見て霊夢は思った。ああ、こんな顔をしてこの人は笑うんだな、と。

 

穏やかな時間が、二人の間を流れていく。しばらく間そんな時間が過ぎていった。

 

 

 

「…そろそろ行くわね」

 

霊夢は立ち上がると軽く手で服を払う。

 

「そうか。今はまだ収穫の時期じゃないが、収穫出来たらまた持ってくといい」

 

「あら、いいの?」

 

「ああ、今年は豊作になりそうだからな。持って行っても十分の足りるさ」

 

「けど、今は一人じゃないんでしょ」

 

笑いながらそう言う霊夢にひしがきは苦笑する。

 

「そうだな。けど多少なら大丈夫だよ」

 

「そ、ならその時は遠慮なく貰うわね」

 

そういって霊夢は宙に浮かぶ。そしてひしがきに向き直る。

 

「それじゃあ、またね」

 

「ああ、またな」

 

またなと言うひしがきに霊夢も自然な笑顔を見せた。背を向け去っていく霊夢を、ひしがきはしばらく見送った。今度は彼女たちも交えて話がしたいと、そう思った。

 

 

 

 

 

「ん~~♪」

 

機嫌よく口ずさみながら影狼はいつもの様に皆で集まる霧の湖へと向かう。その足取りは軽く、尻尾は元気に左右に揺れていた。

 

「さってと、今日は何を話そうかな~」

 

彼女たちとひしがきとの間に話は尽かなかった。彼女たちは妖怪でひしがきよりも長い時を生きている。話せることはまだまだ多くあった。ひしがきにも本来は知りえるはずのない外界の知識もありその中で彼女たちの好きそうな話は多かった。

 

そうでなくても、4人で過ごす時間は楽しい。それはひしがきも影狼もわかさぎ姫も蛮奇も、共通して思っている事だった。

 

(ん~、今日はどうしよっかな…)

 

今影狼が考えているのは竹林にある住処に戻るかどうかである。ひしがきが彼女たちの為に作り直した家は彼女たちが過ごせるように作り直したものだ。その為泊まることが出来るだけのスペースがあるし彼女たちもまた私物を持ち込むなどして用意は揃っていた。何よりいちいち湖と竹林を往復するのは面倒である。

 

湖に住んでいるわかさぎ姫はいいとして影狼と人里近くに住んでいる蛮奇はひしがきの家とは距離がある。その為最近はひしがきの家に泊まる事は珍しくはない。

 

(初めはひしがきも随分困ってたけどな~)

 

ひしがきとしては彼女たちが自分の家に泊まる事は何の問題もない。そう、ただ泊まる事に関しては、だ。なんというか、彼女たち、特に影狼とわかさぎ姫は何の警戒心もなくひしがきの隣で寝泊まりしようとするのだ。これにはひしがきもさすがに待ったをかけた。誓って邪な考えなどなく彼女たちを傷つける事など以ての外なひしがきであるが、それでも慎みは持ってもらいたかった。と言うかああも近くで寝られるとさすがにひしがきも心中穏やかにはいられない。

 

そんな訳でひしがきは当初かなり戸惑っていたのだ。その慌て様を思い出したのか影狼はおかしそうに笑みを零す。ひしがきのそういった仕草が彼女は好きだった。

 

「また3人でこっそり潜り込もうかしら」

 

ひしがきの驚き戸惑う様子を想像しながら影狼は楽しそうに歩く。

 

(……あら?)

 

ふと歩いていく先に人影が見えた。

 

(こんなところに人間なんて珍しいわね)

 

見慣れないその人間……桜色の衣に刀を背負った人間に首を傾げながらも、影狼は特に警戒せずにその横を通り過ぎる。

 

 

 

その刃のような視線が、自分の背後から向いている事に気付かないまま。

 

 

 

 

 

 

 

霊夢はひしがきと別れた後、いろはの様子を見るためにいつも彼女が鍛錬している場所に来ていた。

 

「ここにいると思ったんだけどね」

 

当てが外れ目的の人物がいないとわかると次に向かおうとする。

 

「霊夢」

 

その背後から、彼女の良く知る声が霊夢を呼び止めた。

 

「こんな所でどうしたのよ?」

 

思わぬ場所での遭遇に、霊夢は何か面倒な予感と共に声の主、八雲紫へと向き直った。

 

「……何かあったの?」

 

相変わらず口元を扇で隠して表情が読めないが、いつもの胡散臭さとは違う……どこか剣呑な雰囲気の彼女にどうしたのかと霊夢は問いかけた。

 

霊夢の問いに、紫は僅かに間を空けて口を開く。

 

「霊夢、博麗の巫女として…あなたにしてもらわなければならないことがあるわ」

 

いつもと違う、有無を言わせぬ紫の言葉に霊夢は目を細める。

 

「どういう事?」

 

「何も特別な事はないわ。ただ、巫女としての務めを果たしてもらいたいだけ。……ただし、弾幕ごっこではなくてね」

 

「……本当に退治しろって事?」

 

「その通りよ」

 

「…一応聞くけど、その意味が分かって私に言ってるの?」

 

博麗の巫女が、妖怪を退治する。それはある意味で当たり前で、しかし今の幻想郷に於いては大きな波紋を呼ぶ。それを分かって言っているのかと、霊夢は紫に問う。

 

「ええ、もちろん。これはこれまであなたが解決してきた異変とは違う。そして、幻想郷を管理する巫女として、やらなければならない事よ」

 

「………」

 

霊夢としても、それは分かっていたことだった。自分が考え広めた弾幕ごっこ。人間と妖怪が殺し合う事のない世界を作るための方法。しかし、全てがそう都合よく進むはずもない。いずれ、それに従わない妖怪と戦う事になると。

 

今までに知性の低い妖怪を退治した事はあった。しかし、紫が直接自分の所の来たという事は、これまでとは違い知性があり、且つ退治せざる得ない妖怪がいるという事だ。恐らく、紫はそれを自分に伝えに来たのだ。この幻想郷を管理する妖怪の賢者として。

 

「…それで?どこのどいつなの?」

 

ならば博麗の巫女として、自分もまたやるべきことをしなければならない。気持ちを切り替え霊夢は紫に応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、紫から告げられた妖怪の名に、目を見開いた。

 

 

 







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愛しくても…


これが今年最後の投稿になります。

この話も気が付けば40話を超えてたんですね。



 

 

 

ひしがきは畑の手入れを終えて小屋へと戻るとすぐに湖の方へと向かう。と言っても霧の湖はひしがきの小屋の目と鼻の先にあるためすぐにひしがきは湖の入り江に到着した。

 

「ひしがきさん!」

 

ひしがきが入り江の淵に着くとわかさぎ姫が湖から顔を出したひしがきを出迎える。

 

「よう姫、早いな」

 

ひしがきが近くにある岩の腰かけると、わかさぎ姫はすぐにその隣に座る。不思議なもので今まで水の中にいたはずのわかさぎ姫は服まで全く濡れておらず、下半身のヒレから僅かに水が落ちる程度である。

 

ひしがきが少しだけ髪についていた水滴を拭うと、わかさぎ姫はくすぐったそうに笑った。

 

「さっきな、霊夢に会った」

 

「霊夢さんですか?」

 

ひしがきがさっきまで畑で会っていた霊夢の事を話す。

 

「ああ、お前らの事を話したらなんだか興味持ったみたいでな、今度霊夢も交えて飯でも食おうか」

 

「…霊夢さんて、博麗の巫女ですよね?」

 

「そうだけど、何だ?会うの嫌か?」

 

わかさぎ姫たちは以前ひしがきから霊夢の事を聞かされていた。人間や妖怪に関係なく皆に平等で、皆に慕われる巫女であると。そして、ひしがきの数少ない話し相手であるとも。

 

「いえ、この前暴れちゃった時、魔法使いの子が、その、容赦なくって……」

 

「…あーー」

 

魔理沙からすれば子供の様にはしゃいでいるだけな所もあれば負けず嫌いな所もあり、結果としてやり過ぎな感はあっても苛めているつもりなど欠片もないだろう。むしろ異変でなければガキ大将の如く笑いながら輪の中に引っ張っていく性格だ。

しかし異変の時いつでも元気一杯全力前進な魔理沙と弾幕ごっこをやったせいか、魔理沙の友達である霊夢に若干わかさぎ姫は警戒していた。

 

「お、怒られたりしないでしょうか?」

 

「大丈夫だよ。霊夢は魔理沙みたいにやり過ぎる事もなければ、終わった異変の事をいつまでも根に持ったりしないさ」

 

実際今まで異変を起こした張本人たちと今では仲良くしているのだ。きっと彼女たちも霊夢と関われば、霊夢の事を気に入るだろう。

 

「いいやつだよ、霊夢は。俺が保証する」

 

ひしがきがそう言うとわかさぎ姫は安心したようにホッと息を吐いた。

 

「霊夢さんってどんな方なんですか?」

 

「そうだな、一言で言うなら………」

 

 

―――――

 

―――

 

 

「……霊夢。あなた今なんて言ったのかしら?」

 

紫は視線を鋭くして問いただすようにして霊夢に尋ねた。有無を言わせぬ圧力。妖怪の賢者と言われるにふさわしい貫禄。常人ならそのたたずまいに是非もなく呑まれてしまうであろう。

 

「何度でもいうわ」

 

その責めるような口調と視線を受け流しながら霊夢ははっきりと紫に告げる。

 

「私はその妖怪を退治しないって」

 

―――――

 

―――

 

 

 

「何ものにも囚われない、自由な人間、かな」

 

「自由、ですか?」

 

「ああ、彼女は有りの儘を見てそして受け入れてくれる。だから、安心するんだ。側にいると、な。だから…姫たちもすぐに好きになるよ、霊夢の事が」

 

 

 

 

 

 

はっきりと告げられた霊夢の言葉に、紫は眼を細くして無言で責める。しかし、霊夢は全く意に介した様子はなくさっきと同じ表情のまま、紫を見ていた。

 

「……霊夢、これはあなたのわがままで決めていいようなことではないの。あなたはこの幻想郷を守護する博麗の巫女。あなたにはその役割を果たす義務がある」

 

「ええ、わかってるわ」

 

「だったら……」

 

「ねぇ、紫。わざわざ何であんたが私に頼んでまでその妖怪たちを退治させようっていうの?」

 

霊夢にとって分からないのはそこだった。この妖怪は胡散臭いことこの上ない。いつも裏で何かやっているのは知っているし、何かと面倒な事を持ってくる。

 

しかしそれでも、この妖怪が無為に何かを貶めることなどしないことを霊夢は知っている。その深慮をもって全てを客観的に推し量る彼女は、笑う事はあっても嘲ることはしない。幻想郷を管理する賢者として時に冷酷ではあっても残酷ではない。そのベクトルは、いつも決まって幻想郷に向かっている。この妖怪ほど、幻想郷を愛している者を霊夢は知らない。

 

だからこそ問うている。紫が霊夢に告げた妖怪たち。ひしがきの話にも出てきた今泉影狼、赤蛮奇、わかさぎ姫を退治しろと言う意図が分からない。彼女たちは、無害だ。霊夢は影狼としか面識はないがそれでもそう思っている。彼女の勘が、そう告げている。

 

だからこそ分からない。彼女たちを退治する意味が。

 

「………」

 

いや、一つだけある。彼女たちにではない。正確には彼女たちの近くにいる人物に。

 

「ひしがきね」

 

「………」

 

霊夢の問いに、紫は答えない。霊夢は以前からひしがきに対する処遇について疑問に感じていることが多々あった。今までははぐらかされるか勝手に話を切るかでその真意を問い詰めることは出来なかった。

 

だが、ここに来てそれを聞かない訳にはいかない。今度は霊夢が目を細くして紫を睨む。それに対し、紫はしばらく目を閉じ思考すると、観念するように口を開こうとして、

 

「―――っ!」

 

その前に霊夢は弾かれたように飛び立った。向かう先は、霧の湖。

 

「………」

 

それを、紫は何もせずにただ見送っていた。

 

「………はぁ」

 

紫はため込んだ何かを吐き出すように溜息を吐く。彼女にしては珍しい、疲れた姿だ。

 

「やはり、駄目だったか」

 

その背中に声がかかる。いつの間にか紫の後ろには、藍と…先代の巫女の姿があった。

 

「……ええ。前々から、あの子がひしがきと交友関係であることは放置してきたけど、やはりまずかったみたいね」

 

「言ったところで聞かないさ、あの子は。そういう子だ」

 

「…そうね。そうだったわ」

 

霊夢は縛られない。価値観や先入観、そう言ったものに囚われずに自分が感じたまま思うまま判断する。だからこそ、紫たちにとってはそれが懸念でもあった。

 

「これから先の事も考えれば、できれば霊夢自身にやってもらいたい事だったのだけれどね」

 

「…だが、今の霊夢はそれをしないだろう。それは、霊夢自身にとっても酷だ。――――私が行こう」

 

先代巫女の言葉に、紫はあまりいい顔をしない。

 

「今のあなたにできる?それに、少なからず霊夢から恨まれることになるかもしれないわよ」

 

「……ああ、そうかもしれない。だがあの時、ひしがきに犠牲になってもらうと決めた時から誰かに責められる事は覚悟していた。それが、たとえ霊夢の……いや、幻想郷のためだったとしても。ならば、最後まで私たちがやるべきだろう」

 

「………………そう」

 

先代の言葉に、紫は僅かに遠い目をした。確かにあの時、ひしがきを犠牲にすると決めたのは私たちだ。その為にひしがきを追い詰め、中のモノが育つのを待った。これは、恐らく最後の一押しとなる。彼女たちを失えば、ひしがきの中の種は大きく成就するだろう。

 

「くれぐれも、気を付けて」

 

「ああ」

 

そして3人は、スキマへと姿を消した。

 

 

 

 

 

影狼がそれに気づいたのは、偶然だった。あるいは、狼女と言う、獣に近い妖怪であったからこそ気付けたのかもしれない。

 

自分の身に、死が迫っているという事を。

 

「―――っ」

 

それを感じた瞬間、影狼はその場から大きく飛び退いた。ゴロゴロと転がりながら背後に振り向いた。そこにはいつの間にか刀を抜いた人間…いろはが影狼を無表情で見ていた。

 

「っ!いきなり何するのよ!」

 

思わず影狼が叫ぶ。無言で立ついろはに気圧されそうになるのを避けるため、無意識のうちにそう問い詰める。

 

しかし、いろはは影狼の問いに答えず確かめる様に刀を一振りすると、一言呟いた。

 

「…浅かった」

 

 

「………え?」

 

その言葉に、影狼は思わず声を漏らすと……自分が転がった場所に赤い水溜りができていることに気が付いた。

 

「え?」

 

自分の足元を見る。そこにも同じように赤い水溜りができている。背中を見る。そこは、大きくパックリと切り裂かれ、血が溢れていた。

 

「――――――ッ!!」

 

そして、その傷に気付くのに僅かに遅れて、影狼を激痛が襲う。狼の悲鳴が、遠吠えの様に響く。

 

それに構わずいろはは無慈悲に刀を振り下ろす。

 

「…っ!」

 

それを防ぐように、いろはと影狼の間に弾幕を放ちながら、蛮奇が首を飛ばして割り込んだ。

 

「はああああああああああっ!!」

 

「…邪魔」

 

いろはは迫る弾幕を刀で切り裂き距離を取った。

 

「……蛮、奇…」

 

「しゃべるな!今すぐ連れて行くから!」

 

何処に行くかなど言うまでもない。ひしがきたちが待つ霧の湖へと向かうべく、蛮奇の胴体が影狼を支えて立ち上がる。

 

逃げようとする蛮奇たちを逃すまいといろはが斬撃を飛ばす。それを防ごうと蛮奇は首だけでいろはと向かい弾幕を放つ。

 

「…無駄」

 

だが、いくら蛮奇が渾身の力で弾幕を放とうとも、今回は相手が悪かった。いろはは刀に強く霊力を纏わす。そして、それを大きく横なぎに振りぬいた。

 

「っ!まずっ!」

 

蛮奇は影狼を庇うようにその場に伏せる。直後、その上を研ぎ澄まされた一閃が通り過ぎた。

 

――――――――。

 

一瞬の静寂。そして、ゆっくりと変化が訪れる。蛮奇たちの背後にあった木々がゆっくりと倒れ傾き、地響きと共に地面に倒れる。そこには、まるで冗談の様に刈り取られた森の姿があった。

 

呆気にとられる。異変で戦った時、強いとは思っていたがまさかここまでとは。蛮奇がいろはの方を向くと彼女は無防備のまま立ち、ゆっくりとこちらに向かって歩を進めてきた。

 

「~~~っ!」

 

駄目だ。逃げれない。逃げ切れるような相手ではない。ましてこちらは手負いの影狼がいる。とてもではないが望みがない。

 

「な、なんでっ!」

 

瞬時にそう悟った蛮奇はいろはに問いただす。

 

「なんでこんなことをするのっ!?」

 

少しでも、生き残る可能性を見つけるために。時間を稼ぐために。たとえそれが僅かな可能性だとしても、それが今彼女にできる精一杯のあがきだった。

 

「………」

 

いろはは応えない。一瞬、その歩みが僅かに硬直する。だが、その迷いを払うかのように刀を薙ぐ。

 

いろはに、彼女たちに対する恨みなどない。けれど、やらなければならない。そう決めたのだから。

 

せめて苦しまぬように。いろはは決意の想いと共に刀を振るおうとする。

 

 

 

 

その視界に突如、巨大な黒い壁が現れた。

 

「………っ!!」

 

それがあの時、鬼人正邪の瘴気を阻んだものだと瞬時に判断したいろはは大きくさがる。

 

「あっ」

 

蛮奇はそれが何かわかると、思わず声が漏れる。次いで、今まで強張ったものが体から抜けてその場にへたりこむ。

 

「大丈夫か?」

 

その声に、蛮奇はたまらなく安堵する。安心して気が緩んだせいか目尻に涙が溜まっていた。

 

「―――――」

 

声を出せずに首を縦に振る蛮奇から影狼に視線が移る。すぐさま蛮奇から影狼を受け取るとその背中に応急処置を施していく。幸いにも、それは軽傷とは言い難いが、致命傷ではなかった。

 

「………ぁ」

 

影狼が、力なく首を上げる。そして、小さく目に移った相手の名を呼んだ。

 

「……ひし、がき」

 

 

 

 

 

ひしがきは遠くから聞こえる悲鳴を耳にした途端、わかさぎ姫に待つように言うと全力で悲鳴の聞こえた方へと走った。

 

そして更に木々の倒れる音と振動が近くから伝わると、その場所に辿り着いた。

 

「―――――」

 

刀を構えるいろは。誰かを庇うように抱えている蛮奇。そして、血に濡れている影狼。

 

それを見た時、ひしがきは自分の中で何かが溢れる様に沸き立つのを感じた。しかし、今はそれよりも優先しなくてはならない事がある。

 

ひしがきはいろはと蛮奇たちの間を結界で隔てるとすぐに蛮奇たちのもとに向かい影狼の怪我を診る。

 

「……ひし、がき」

 

「……しゃべらなくていい」

 

こちらに気が付いた影狼にやさしく声をかけながらひしがきは素早く、的確に処置を施していく。

 

(……この傷なら、命に別状はない)

 

ホッと安堵するひしがき。だがこのままでは危ない。すぐにでも本格的な治療をする必要がある。

 

だが、そのためには、

 

――――斬ッッ

 

いろはをどうにかしなくてはならない。

 

ひしがきが振り向くと、そこには結界を切り裂きいろはが立っていた。その目は、先ほど蛮奇たちに向けていた必死な覚悟はなく、憎々しげにひしがきを睨みつけていた。

 

「……蛮奇、影狼を頼む」

 

「ひしがき、でもっ!」

 

「頼む」

 

ひしがきはいろはから目を外し真っ直ぐに蛮奇を見る。蛮奇はひしがきと影狼を交互に見ると、堪える様にひしがきを見つめた。

 

「絶対、無事でいてね!」

 

「ああ」

 

ひしがきは影狼を優しく撫でる。影狼もまた、声に出さずに視線だけでひしがきに告げる。無事でいてねと。蛮奇は影狼を背負うとわかさぎ姫の待つ湖の方へと飛んで行った。

 

「………」

 

ひしがきはその姿を横目で見送ると、再び正面へと向き直る。そこには、嘗て愛しい妹だった存在がいる。だが、今のひしがきからは傍目からも感じ取れるほどの怒気を纏っている。

 

「………」

 

そしてまた、いろはも似た気配を纏いながらひしがきを睨む。かつて互いを想い合った兄妹だった二人は、今この場において全く逆の感情をお互いに向けて対峙していた。

 

「……一つ聞く」

 

ひしがきが口を開く。その手にはいつの間にか槍が握られていた。

 

「何故、彼女たちを狙った?」

 

いろはもまたその手の刀を構え直し、ひしがきに向ける。

 

「…それが、私の役目」

 

「……そうか」

 

ひしがきの脳裏に遠い過去が蘇る。だがそれでも、

 

「なら俺の敵だ」

 

ここを退くことは出来なかった。

 

 

 

 

 





今年は色々な事がありました。皆さんはどうでしたでしょうか?何はともあれ来年が皆さんにとって良い年でありますよう。

それでは皆さん、良いお年を。


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遠い昔の約束



今年初めての投稿になります。

いや、今年は年始から忙しいです。最近は寒くて朝の通勤が辛いし大変です。職場では体を壊す人もちらほらいます。皆さんもお体に十分に気を付けてください。




 

 

 

魔理沙は博麗神社から人里方面に向かって飛んで行く。特にやることのなかった魔理沙はなんとなく博麗神社へと寄ってみたのだが、霊夢も先代もどこかに出かけていて不在だった。博麗神社で霊夢が帰るのを待っていてもいいのだが、もしかしたら先代の方が早く帰ってきてしまうかもしれない。魔理沙は厳格で寡黙な霊夢の母が何となく苦手だったので、仕方がないので人里の方まで行くことにした。

 

「けどめずらしいよな~。霊夢の母ちゃんまでいないなんて」

 

魔理沙が知る限り霊夢の母、先代巫女が博麗神社にいなかったことは一度もない。以前霊夢から話を聞いたことがあったが、昔ある異変を解決した際に重傷を負って巫女として致命的な後遺症が残ってしまったらしい。それ以来巫女を退いて霊夢を育てる事に専念したと聞いた。

 

だから彼女自身が博麗神社から出かける事はほとんどなく、霊夢が出かけている時でもいつも神社で留守番をしていた。しかし、今日に限ってその先代巫女までもいないと来ている。

 

「……ひょっとしたら何かあるのか?」

 

いつもの日常とは違う不協和音。霊夢達のような直感はなくとも多くの異変解決に携わってきた魔理沙はどこか不穏な物を経験で感じていた。

 

魔理沙は人里から少し外れた場所の空を飛んで行く。

 

「ん?」

 

魔理沙は下に見知った顔を見つける。ちょうどいいと魔理沙は地面へ降りていく。

 

「おーーい!」

 

「え?」

 

その人物は突然真上から呼ぶ声に驚いた様子だったが、相手が魔理沙だとわかると軽く手を振って応えた。歳は二十歳頃のその青年は片手に花ともう一方の片手に大きな箱を持っている。魔理沙は地面に降りるといつもの様に挨拶をした。

 

「よっ、久しぶり。いろはの兄ちゃん」

 

「よぉ。魔理沙も久しぶりだな」

 

彼、いろはの7人兄弟の長男(・・・・・・・)であるその青年は若いが腕のいい大工として人里で暮らしていた。魔理沙や霊夢はいろはとの交友関係からいろはの兄弟とは一人を除いて面識があった。

 

「こんな所でどこ行くんだ?」

 

「これから仕事だよ。お墓の周りを囲う塀がだいぶ傷んでるからな。少しずつ直してくんだ」

 

そう言ってその青年は持っている大きな箱を見せる。どうやら中身は大工道具一式が入っているらしい。

 

「それと、ついでに墓参りもな」

 

そして今度は反対に持った花を軽く持ち上げた。

 

「そっか。お仕事お疲れさまだな。ところでいろはが何処にいるか知らないか?いつもいる場所に行ったけどいなかったんだ」

 

「いろはか?……いや、今日はまだ見てないけど、急用か?」

 

「あ~そうじゃないけど、知らないならいいんだ」

 

そう言うと魔理沙は再び箒にまたがると飛び上がる。

 

「それじゃあ、仕事頑張ってな~!」

 

「おお~、じゃあな~」

 

手を振る魔理沙に青年も手を振って返す。魔理沙をしばらく見送った青年は再び里の外れにある墓へと向かった。

 

 

 

 

 

霧の湖から少し離れた森の一角。

 

ガギィンッ

 

「くっ!」

 

「………!」

 

周囲の木々が切り倒されたその場所で、いろはとひしがきは火花を散らせていた。

 

「…フッ!」

 

いろはが刀を振るう。

 

ギギィンッッ

 

「っ!」

 

ひしがきが槍を突く。

 

ガガガガガガガガッッ!!

 

常人では目に見えぬ速さで互いが互いの武器を繰り出す。そのたびに甲高い音が鳴り響く。だがもはや、

 

ギィンッガガギッガガガガガガィンッッガギギガギギギギギギィンッッッッ!!!

 

一体どれだけの攻防がこの場で起きているか、一瞬のうちに響く音からはもう判別することができない。ただその苛烈さだけをその音が物語っていた。

 

「ぐ、ぅ……!」

 

しかし、一見すると激しい攻防の様に見えるこの戦いは、その実一方的であった。ひしがきはいろはの刀を防ぐのに精一杯…いや、それさえも危うい状態だった。

 

嘗てひしがきがいろはと戦った時、その時は模擬戦だったとはいえひしがきはいろはに勝っていた。だがそれはひしがきの経験と鍛錬があったからこそ。それからいろはもまた多くの経験を積み鍛錬を重ねてきた。

 

そして何より、いろはは天武の才を持っている。今やいろはの実力は、白兵戦においてはひしがきより遙かに勝っていた。事実、いろはの刀は徐々にひしがきに無数の傷をつけていた。

 

「チィ!」

 

「…っ!」

 

一瞬のうちに放たれる無数の斬撃。くらえば細切れになるその斬撃をひしがきは槍で突いてはいなし、躱していく。しかし、それでも全てを完全に防ぎきれずにひしがきの体はまた無数の傷を負う。

 

「………」

 

無傷のいろはに対し、無数の傷を負うひしがき。しかし、今のいろはを相手にこの程度で済むことはさすがと言えた。

 

ひしがきは長く戦いに身を投じているだけあって実力は高い。槍の腕も達人の域だ。それでも、いろはは別格である。その剣才は長い時を生きるこの幻想郷の強者たちからしても恐るべしと言う他ない。凡才がどれだけの鍛錬を積もうとも、修羅場をくぐろうとも、決して届き得ない領域へとそれは足を踏み入れる事ができる。その領域に居る相手に、ここまで食い下がれるひしがきを逆に称賛するべきなのである。

 

それでも、徐々に限界がやって来る。とうとういろはの刀が、今までとは違い大きくひしがきの肩へと振り下ろされる。

 

「…!?」

 

だが、その刀がひしがきを切り裂くことはなかった。いつの間にか、ひしがきの体には黒く染まった数珠が鎧の様に巻かれていた。以前からひしがきが呪いの力を込めていた呪具。長い間呪いの力を込められたその数珠は今ではかなりの強度を持っている。それをひしがきは体に巻き付ける事では防具として活用していた。

 

「………」

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

二人がいったん距離を空ける。ひしがきはここまで致命傷を負わずに凌いでいるが肩で大きく息をしている。それに対していろはは大きな疲労はなく、静かにひしがきの隙を伺っている。

 

ひしがきに余裕は全くなかった。一瞬でも気を抜けばひしがきは斬られていた。故にひしがきは全神経をいろはに集中し持てる全ての力で防いでいたのだ。僅かでもいろはから集中を切らしていたら斬られていただろう。

 

恐ろしい。恐ろしいほどに強くなっている。

 

ひしがきは先ほどいろはの刀が当たった個所に触れる。ヌルリ、とそこには生温かい感触があった。やはり、とひしがきは息を吐く。先ほど数珠を巻いた個所。その部分の珠は既に斬られていた。

 

(……俺が、長年かけて作った呪具をこうも簡単に)

 

いろはの手に持った刀を見る。離れた場所からでもわかる。あれは名刀だ。それも歴史に名を遺すであろう最上の業物である。最初にあっさりと結界を切られた時からおかしいとは思っていた。あの結界はひしがきがとっさに張ったものとはいえ全力の結界だった。そして、今こうしてひしがきの呪いを数年注がれた数珠さえ切り裂いた。明らかにそれはいろはの剣の腕だけでは説明がつかない。何故そんなものをいろはが持っているか疑問はあるが、今はそんな事よりもこの場からどう生き延びるかを考えなければならない。

 

「…なんで」

 

いきなり、いろはが口を開くとひしがきに問いかける。

 

「…なんで、攻めない?」

 

「……そんな余裕あると思うか?」

 

ようやく呼吸が落ち着いてきたひしがきは息を整えようと数回大きく息を吸い込む。

 

「…違う」

 

「……何?」

 

「…お前の戦い方はそれだけじゃないはず」

 

「………」

 

「…なんで使わない?」

 

いろはが言っていること。それは言うまでもなくひしがきにとってもっとも使い慣れた武器である結界だった。ここまでの戦いにおいて、ひしがきが結界を使用したのは出会い頭に蛮奇たちといろはを分断した一度きり。いろはとの戦闘に結界はまだ使ってはいなかった。

 

「……簡単に言ってくれるな。俺の張った結界を、いとも簡単に斬っておいて」

 

確かにいろははひしがきの張った結界を簡単に斬り裂いている。そういう意味では確かにいろはに対し結界は有効打とは言えないかもしれない。

 

だが、そんなことはひしがきの人生の中では珍しくなかった。結界で動きを封じられない敵。結界で滅する事の出来ない敵。そんな敵と戦ってきたひしがきにとって、たかが結界を簡単に斬り裂かれる程度で結界が使えなくなるわけがない。全体を封じ込められないのならより小さい箇所を複数展開すればいい。逆に広範囲の結界を張って周囲ごと浸蝕してしまえばいい。頭部を覆って一瞬でも視界を封じてもいい。結界を障害物として活用してもいい。ひしがきにとって結界は実に汎用性に富んでいる。

 

にもかかわらず、ひしがきはそれをしない。それはなぜか?

 

 

――――――――兄上

 

 

「………っ」

 

ただ単に、ひしがきにはいろはを傷つける事など出来ないという事だ。いろはは、ひしがきにとって大切な妹。家族だ。たとえひしがきにとって自分を多くの意味で救ってくれた彼女たちを傷つけた相手だとしても、ひしがきにはいろはを結界で呪うなど出来なかった。……したくなかった。

 

だから、ひしがきは蛮奇たちが逃げ切れるだけの時間を稼いぐためにいろはの刃を防いでいた。十分に時間を稼いだ後に戦闘から離脱し、転移していろはよりも先に蛮奇たちに合流して身を隠す。それがひしがきの狙いだった。だから今はただひたすら耐える。ここにいろはを引き付けて彼女たちが安全な場所までたどり着くのを待つ。

 

「……戦う気、ないの?」

 

いろはがここに来てひしがきに構えた刀を横にずらした。

 

まずい。いろはは勘の鋭い子だ。自分が時間稼ぎをしている事に気付くかもしれない。いろはは彼女たちを斬る事が自分の役目だと言った。……ならば恐らく、それは霊夢とも無関係ではないはずだ。

 

ひしがきの脳裏に、霊夢もまた彼女たちを狙っているのかもしれないという最悪の状況が頭をよぎる。だが、彼女がそんなことをするともまた思えない。とにかく今はいろはをここに留めておかなくてはならない。

 

「…彼女たちを斬る事がお前の役目と言ったな。何故、それがお前の役目なんだ?」

 

時間を稼ぎといろはの動向を探る二つの意味を込めてひしがきが問いかける。

 

「………」

 

いろはは答えない。そう簡単に答えてくれるはずもないとわかっていたひしがきはさらに言葉を続ける。

 

「それとも、本当は俺に恨みでも晴らしに来たのか?」

 

ひしがきのその言葉に、いろはの刀がピクリと反応する。その反応に手ごたえを感じたひしがきは更に言葉を続ける。

 

「そんなに、俺が憎かったか?俺があの時―――――――鬼からお前の家族を守れなかった事が、そんなにも許せなかったか?」

 

「――――――」

 

ひしがきの問いに、いろはは答えない。その顔は俯いていて見ることが出来ないが、ひしがきは憎悪に歪んでいると思っていいた。かつて自分はその事でいろはに斬られている。そしてその後もいろはは自分に対して憎しみを持っていた。ならばこの問いでいろはは怒り、自分に向かって来ると、そう思っていた。

 

「…お前を、許せない」

 

だが顔を上げたいろはの顔は、ひしがきの予想と違い憎悪に満ちてはいなかった。

 

「…でも、もう恨むのはやめた」

 

その言葉に、ひしがきは一瞬何を言われているか分からなかった。それは全くの予想外の言葉だった。家族思いのいろはが、家族を守る事の出来なかった自分を恨まないとそう言ったのだ。

 

驚愕するひしがきに向かって更に、いろはは言葉を続ける。まるで誰かに誓う様にして、いろはは語りかける。

 

「…霊夢と一緒に居て、思った。お前は、自分の役目を果たせなかった。里の人たちも沢山悲しんだ。霊夢も、新しく巫女になってからも、お前のせいで苦労してた」

 

それは以前霊夢から聞いた。自分が博麗の代理として、里の人間に不信感を抱かせてしまった事で、霊夢は巫女に付いた当初苦労したと、前に愚痴を零したことがあった。

 

「…全部、お前が弱かったから」

 

そう、それは俺のせいだ。理不尽に課せられた役目だった。最初から、自分では力不足と分かっていたことだった。だが、それを仕方ないとも理解はしていた。必要な事だとも分かっていた。だから、何が悪かったかといえば俺が弱かったからだ。俺の弱さが、罪だった。

 

「…………でも、それも…お前が悪かったわけじゃない」

 

「……………え?」

 

その言葉に、ひしがきの頭の中が真っ白になった。その言葉は、以前にも言われたことがあった。苦労したと自分に話した時の霊夢と、自分の傍にいてくれる彼女たちもまた、そう言ってくれた。

 

いろはは僅かに目を伏せる。思い出すのは霊夢と過ごしてきたこれまでの日々。退治屋として里で暮らし、友として霊夢と一緒に居た生活。だからこそ、次第に見えてくるようになった。里の人間が博麗の巫女に望む事。巫女が必死になったとしても、それが全て里の人間に理解されない事。

 

嘗ていろはは霊夢の働きが里の人間から理解されなかった時、その理不尽に怒った。霊夢はそんないろはを諌めた。それは仕方のない事だと、向こうもまた生きることに必死なんだと、例えそれを向こうが理解しなくとも、自分はそれを理解しなさいと言われた。そうしなければ、自分が憎しみに捉われるだけだと。

 

いろはは目を開く。目の前にひしがきがいた。嘗ては憎悪しか抱かなかった相手だ。今も嫌いだ。今も許せない。でも、

 

「…だから恨まない」

 

もう、憎む事はやめよう。いろはは大きく息を吐く。そして、ひしがきを見る。それは憎しみではなく、決意の籠った目だ。

 

「…私があの妖怪を斬るのは、約束したから」

 

「約、束………?」

 

未だに驚愕から抜け出せないひしがきは、呆然と呟く。あまりの衝撃に構えも解いて棒立ちになっているひしがきに、いろはは告げる。

 

「…一緒に居るって」

 

「!!」

 

 

―――――兄上、おしごといつもがんばってるから。

 

 

ひしがきの脳裏に、昔交わした小さな想いがフラッシュバックする。

 

「…霊夢はもう、覚えてないけど。私はずっと忘れない」

 

 

―――――わたしもおっきくなってつよくなれば、

 

 

それはある少女が、自分の為に抱いた小さな願い。

 

 

「―――一緒に居るって」

 

―――――一緒にいられるでしょ。

 

 

忘れるわけがない。一番最初に自分を救ってくれた無垢な想いを。そう言って恥ずかしそうに笑った少女の顔を。………ああ、そういうことか。そういう風に、いろはの中では記憶が書き換えられていたのか。だからいろはは霊夢をあんなに気にかけていたのか。

 

「…だから邪魔をするなら」

 

いろはが再び、刀を構える。

 

「…お前を斬る」

 

嘗て自分に向けられた想いを前に、ひしがきは生まれて初めて、恐怖以外で後ずさった。

 

 

 

 

 





次回、いろはとひしがきの間に何が起こったのか。勘のいい人はもう予想がついているかもしれませんが、どうしていろはがひしがきを憎んでいたのかが分かります。



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別れの寂しさは言葉では言い表せない


学生の皆さんはもうすぐ卒業シーズンですね。卒業式の心境は何とも言えないくらい切ないものでした。当時のクラスメイトの何人かは結婚し子供も生まれています。学生だった頃のはしゃいでいた事を想うと、何とも言えない気持ちになりますね。





 

 

 

それは少し昔の物語。

 

博麗の役割を背負わされた少年ではなく、武器を扱う天才の少女でもなく、少年にとっての弟であり少女にとっての兄である少年の物語。

 

その少年はあまり苦労というものをしたことが無かった。少年の家は貧しく、幼い頃はよくお腹が空く事が多かったが、そんな日はある日を境に直ぐに無くなった。彼の母親が、兄弟全員が十分に食べれるだけの食事を作ってくれるようになったからだ。

 

その少年はあまり孤独というものを感じたことが無かった。母が食事を沢山作ってくれるようになってからしばらくして、少年は寺子屋に通うようになった。少年はそこで半人半獣の智者から学ぶとともに学友と遊んだ。寺子屋から帰っても、家では弟妹たちと戯れた。そして何より少年が楽しみにしてたのは、たまに自分たちと一緒にいる兄と遊ぶことだった。不思議な力で見た事のない遊びを教えてくれる兄は、少年にとって家族でもまた特別だった。

 

その少年はあまり不安というものを感じたことが無かった。少年にとって兄は何でもできる存在だった。兄は少年の質問になんでも答えてくれた。少年にできない事を何でもできた。そんな兄が、この里を守ってくれている。少年はそれだけで無邪気に安心していた。

 

その少年はあまり悩みを抱えたことが無かった。少年は父の仕事の手伝いをしていた。里の大工である父の真似をして家の修理や里を囲う柵の修繕などを手伝った。筋が良いと、父やその仲間たちから褒められた。将来いい後継ぎが出来たと言われた父は、嬉しそうに笑っていた。少年も自分は将来父と同じ仕事になろうと思った。少年は自然と自分が進むべき進路を見つけていた。

 

 

 

ある日、少年の兄が、家からいなくなった。母に尋ねると、兄は神社に一人で住むことになったという。その頃から、少年にも苦労と孤独と不安と悩みが少しずつ出始めてきた。同時に少しずつ知るようになってきた。自分が住む里の現状、家族の暮らし、兄を取り巻く環境、人と妖怪の関係。それを知っていく中で、少年は兄に頼ってばかりではいられないと知った。

 

甘えてばかりはいられない。しかし自分では兄のようになれない。必死に考えた少年がたどりついた答えは、自分が兄の代わりに家族を支えるというものだった。自分たちが兄に支えられていたのなら、代わりに自分が家族を支えれば、兄の負担が減るのではないか、そう思ったからだ。

 

少年は奮起した。大工の仕事を学び職人としての腕をめきめき上げた。弟妹たちの面倒も常に気にかけて見るようにした。家の手伝いを自分から率先して手伝い他の弟妹たちに教えた。ある日、兄が家に帰ってきた時に少年は真っ先に自分がしたことを兄に報告した。兄は笑って少年の頭を撫でた。

 

 

 

それからまたしばらくして、少年は更に兄の置かれた状況を知ることになった。自分にできることは無いか、そう兄に尋ねると、家の事を頼むと、ただそうやって兄は少年の頭を撫でた。自分の不甲斐なさに少年は、俯いた。

 

何かできることは無いだろうか?少年は兄の為に少しでも役に立とうと出来る事を探した。しかし、厳しい兄の現状を変えることは、幼い少年には出来るはずもなかった。

 

また時がたつと、次第に兄に元気が出てきた。兄に訳を尋ねると、どうやら頼りになる同居人が出来たという。相変わらず怪我の絶えない兄だったが、少しずつ余裕が出てきたようだった。自分が大したこともできない事は心苦しかったが、兄が嬉しそうで少年は安心した。

 

せめて自分の出来ることをやろう。少年はそう思った。

 

 

 

ある日、里を鬼が襲った。里の人間は驚き、恐怖に逃げ惑った。兄はどうしたんだろう?心配する少年だったが、今は兄の代わりに家族を守らなくてはいけない。そう思った少年は両親や弟妹たちを安全な場所へと連れて行こうとした。

 

だが、一番下の弟と妹の姿がない。9歳になる妹は兄に太鼓判を押されるほど退治屋として優秀であるからまだ安心はできる。だが、6歳になる末っ子は好奇心旺盛な性格で目を離すと直ぐにどこかに行ってしまう困った子だった。少年は必死になって弟と妹を探した。鬼が暴れ迫る中で、里の中を走り回り二人の姿を見つけようとした。……だが、二人を見つける事は出来なかった。探し続けようとする少年を、退治屋たちが強引に避難所へと連れて行った。

 

弟と妹の安否が分からないまま、少年は残る家族と合流した。周りには、少年たちと同じく里から逃げてきた人たちがいた。皆が恐怖で混乱する中、誰かが言った。博麗は何をしているんだ!その言葉を切っ掛けに、徐々に里の人間の中で兄に対して穏やかではないものが生じ始めてきたことに少年は焦った。

 

このことを兄に伝えなければ。瞬時に少年はそう思った。それから妹が治療場に運ばれたと知らせが届いた。直ぐそこに行くと、妹が酷い怪我を負っていた。意識が無く横になる妹だが、幸い命には別状はないという事に少年は一先ず安心した。後は弟だけだ。

 

するとそこに兄がやってきた。弟は兄に伝えようとした。弟がまだ見つかっていない事、里の人達が良くない雰囲気であること。だが少年は兄の姿を見て言葉が出なかった。兄は重症だった。それも常人なら倒れてもおかしくない程の怪我を負い、全身が血に塗れていた。満身創痍で更に疲労困憊の兄は、それでも一番最初に聞いた。みんなは無事か、と。

 

その時、少年の脳裏にこれまでの事が過ぎった。家族を、里を支えるために必死な兄。何もできない自分。里の人間の兄を責める声。安否の分からない弟。怪我をしている妹。そして、今ボロボロで目の前にいる兄。

 

そして、少年はすぐにこう答えた。みんな無事だよ、と。

 

それは、少年が兄についた初めての嘘だった。今まで苦労しながら傷ついてきた兄、そして今なお自分たちの為に傷ついている兄の為に、自分が出来ることは無いか。それは少年の、拙い思いやりから来るとっさの言葉だった。

 

それを聞いて心から安心した兄の顔に、少年はもう引っ込みがつかなかった。結局、そのまま真実を言えないまま少年は兄と別れた。そして、兄は里の人間に追われ、いなくなってしまった。何故あの時、本当の事が言えなかったのか。少年は自分の愚かな行為を激しく後悔した。

 

 

 

だが、その後悔は次に日には消えていた。大好きだった、兄の記憶と共に。

 

 

その後、行方不明者の捜索が行われた。弟が、見つかった。崩壊した家の下敷きになって、息を引き取っていた。

 

 

 

 

そして、数年後。少年は青年になっていた。今や里の大工の若頭として、立派に成長していた。

 

青年は里のはずれにある墓地にやってきた。墓地の傷んだ塀を直そうと大工道具と、あの時亡くなった弟の墓参りの為に華を持って。

 

「……あ」

 

青年は墓に着くと小さく驚いた。墓地にあるすべての墓に、彼岸花が添えられていたのだ。

 

「また、か」

 

青年はこの墓地に度々訪れるのだが、たまにこのように全ての墓に華が添えられている事があった。それが誰なのか、里を探してみても誰もそれを知らなかった。一体、この華たちを添えているのは誰なのだろうか?

 

青年は墓地の奥にある弟が眠る小さな墓に添えると、塀の修理に取り掛かった。何時かこの華を添えた人と会ってみたい、そう青年は思った。

 

 

 

 

 

 

ひしがきが弟の死を知ったのは、里を追われた後、魔法の森にも住処を作った頃だった。抜け殻のように無為に過ごしていたひしがきは、罪悪感から鬼の襲撃で命を落とした人たちの墓参りをした。

 

ひしがきは一つ一つの墓を丁寧に磨き華を添えた。守れなくてごめんなさい、せめてどうか安らかに眠って下さい。そうやって懺悔するように手を合わせて祈った。そして、最後に一番奥にある墓にたどり着いた時、その墓に刻まれている名前に驚愕した。

 

「  あ」

 

よく知る名前だった。

 

「  ああ」

 

よく知る相手だった。

 

「  あああああ」

 

覚えている。まだ小さかったその子を抱いてあやしたことを。成長したその子が初めて自分を呼んでくれたことを。無邪気に笑いながら駆け寄って来るかわいい弟を。

 

その名は、弟以外に里にはいない事も。

 

「  ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

よく覚えている。あの時の事は。同時に、なぜあの時いろはが自分を斬ったのかも理解した。里の多くの人間と同じく、いろはもまた自分の家族を守れなかった俺を憎んでいたのだ。

 

だから、いろはが自分を憎んでいても、それは仕方のないことだと諦めていた。むしろ、弟の死を知ってからはそれで良かったとさえ思った。それほどに、弟の死は自分にとって重かった。

 

なのに、いろははそれを許すといった。俺は悪くないと言った。ただ今は、昔交わした約束の為に俺を斬ると言った。

 

それを言われて、ひしがきは途方に暮れた。そして、その隙を逃すほどいろはは甘い相手ではない。

 

シャンッ

 

鈴の音のように澄んだ迷いのない太刀筋と共に、鮮血と数珠が弾けて飛んだ。

 

 

 

 

 

 

「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」

 

ぐったりと力なく動かない影狼を背負いながら、蛮奇は霧の湖目指して飛んでいた。万が一にも見つからないように森の中を低空で飛びながら一刻も早く先にいるであろうわかさぎ姫と合流しなくてはならない。

 

その後どうするかは分からない。永遠亭に行くのかそれとも自分たちで影狼を治療するのか。とにかく今はひしがきの言われた通り早く行かなくては。

 

蛮奇の顔のすぐ横で影狼の呼吸が聞こえる。それは弱弱しいが確かに聞こえるその音は影狼の命の火がしっかり灯っている証だ。

 

大丈夫、蛮奇はそう自分に言い聞かせる。もうすぐわかさぎ姫がいるはずの湖の入り江に出る。後はそこでひしがきを待てばいい。大丈夫だ。

 

影狼を担ぎ直し、蛮奇は森から飛び出した。

 

「――――」

 

そして森から出た直後、蛮奇は凍りついたように硬直した。

 

そこに、わかさぎ姫がいた。問題は、わかさぎ姫が驚くでもなく慌てるでもなく泣きさけぶ事もなく……その場に倒れている事だ。

 

「………」

 

そしてその側にもう一人、蛮奇の知らない者がいた。紅白の巫女服を着たその女性は、無表情で倒れているわかさぎ姫を見下ろしている。そしてその視線を蛮奇に移した。

 

「……あ」

 

その視線を受けた時、蛮奇は瞬時に理解した。わかさぎ姫が倒れているのは目の前の女性がやったという事。自分たちを襲った女と目の前の彼女は同じ目的だと。そして、今度は自分たち二人を狙う気だと。

 

「ああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

蛮奇は影狼を背負ったまま、全力で巫女服の女めがけて弾幕を放った。影狼を助ける。わかさぎ姫も助ける。ひしがきが来てくれるまで、自分が二人を守る!

 

決死の覚悟を決めた蛮奇を前に、巫女服の女―――先代巫女は静かに戦闘の構えを取った。

 

 

 

 

 

 

「……っ!!」

 

「くっ!」

 

人里から霧の湖へ向かう魔法の森の上空。そこでもはやごっこではない弾幕の応酬が繰り広げられていた。

 

片や幻想郷を守護し、多くの異変を解決してきた現博麗の巫女である博麗霊夢。もう一方は同じく幻想郷を管理する賢者の式であり、日本で最も有名な妖怪の一角である九尾の妖狐、八雲藍。

 

霊夢は霧の湖に向かう途中、正面にいる藍に気付いた。それが自分の足止めであると直ぐに気付いた霊夢は、もはや弾幕ごっこでは相手は引かないと察すると迷いなくごっこではない霊力弾を放った。対する藍もまたすぐそれに応戦した。

 

両者は一歩も譲らず弾幕を放つ。一見するとそれは通常の弾幕ごっこにしか見えない。実際その形だけ見れば霊夢と藍の戦いは弾幕ごっこそのものだ。ただ、その弾幕の一発一発が確かな殺傷能力を持っており、弾幕に逃げ場など作っていない事を除けばだが。

 

それが弾幕ごっこに見えるのは、両者が驚くべき実力を有している者同士であるからだ。本来ならば逃げ場のない弾幕を、もはや壁とも言っていいそれを、互いに無傷で潜り抜けている。弾幕で打消し、逸らし、あるいは相手を牽制し、誘導し。また結界で防ぎ、移動して。一歩間違えれば両者ともに無事では済まない。だが眼前に迫る本物の弾幕を前に、二人は瞬時に最適な対処をやってのけすぐさま反撃へと転じている。それがどれほど驚くべきことか、それはまさしく幻想郷に住まう強者であればこそできる戦闘だった。

 

互いに引かぬ戦況。だがもちろん、弾幕ごっこでない以上、その戦いはルールに縛られたものではない。藍は霊夢の弾幕を潜り抜け一気に間合いを詰める。長く時を生きてきた彼女にとって不得手な分野は全くと言っていいほどない。もちろん戦闘においても妖力弾での遠距離だけでなく接近戦も彼女にとっては容易い。

 

白魚の様な白い手。その先にある爪が、鋭く伸びる。その切れ味はいろはの刀にさえ引けを取らないのではないだろうか。並みの妖怪ならば触れただけで真っ二つになるだろう爪で、藍が大きく薙ぎ払う。

 

藍には、霊夢を殺す気などない。藍の目的はただ霊夢の足止めである。にも拘らず彼女が接近戦に出たのは霊夢の実力が彼女の予想以上に高かったからである。長い時を生きている彼女をして霊夢は間違いなく強敵だった。このまま弾幕での勝負を続けていたとして、負けるつもりなどないが……勝とうとしないまま足止めし続けられるとも言えなかった。だが手加減など出来る相手ではない。ならばこちらが有利な土俵で押すべきだ。そう判断した上での接近戦。弾幕ごっこに慣れ、本気の接近戦など殆ど経験したことなどないだろう霊夢相手ならば問題ない。藍は霊夢が動けない程度に手加減しつつ爪を振るう。

 

確かに藍のその判断は間違ってはいない。霊夢自身、基本的に遠距離での戦いを好んでいる。経験で言っても圧倒的に接近戦よりも遠距離戦が多い。もし戦うのであれば、接近戦という選択は正しい。ただし……それでも霊夢は間違っても手心など加えていい相手ではない。

 

霊夢は真横から迫る藍の爪をお祓い棒で受け止める。そしてそのまま力を受け流すようにして回転すると、その勢いを利用して藍の頭めがけて蹴りを繰り出した。

 

「っ!!」

 

予想外の事に藍は驚きに僅かに目を見開く。それでも寸での所で後退し蹴りを交わす。だが霊夢はその隙を逃すまいと近距離で弾幕を放ちつつ藍に迫る。藍もまた迎撃するが後手に回ってしまったため霊夢に押される形になってしまう。そして、ついに霊夢の霊力弾が一発、藍の肩を捉えた。

 

「……っぅ!!」

 

手加減なしの霊夢の一撃はたかが一発とはいえ藍の顔を大きく歪めた。追撃しようと今度は霊夢が藍の脳天めがけお祓い棒を振り下ろす。が、

 

「舐めるなぁ!!」

 

九尾の狐。その象徴たる九本の尾が急激に伸びるとそれぞれが槍のように霊夢に向かって突き出される。それを今度は霊夢が後退して避けると、二人は距離を置いて向かい合った。

 

「……まさかこれほどとは、な。さすがは紫様が見込んだだけの才の持ち主というわけか」

 

藍は肩の痛みを噛み締めつつそう言った。

 

「紫が見込んだかどうかは別として、蹴り(これ)に関しては私の考えじゃないけどね」

 

そう言って霊夢は軽くお祓い棒を振るった。互いに言葉を交わしつつも、二人は一部の隙もなく相手の出方を伺っている。

 

「先代の真似事、という訳か」

 

霊夢の動きに藍は霊夢の母である先代巫女に当たりを付ける。いくら霊夢が天才といっても、あの動きはいきなり出来るものではない。少なくともある程度の経験がなければ力を受け流しつつ反撃するなどできはしない。

 

「はずれ」

 

だが藍の予想を霊夢はバッサリと切り捨てる。

 

「先代っていうのは間違っては無いけどね」

 

続く霊夢の言葉に藍は一瞬怪訝な顔をすると、その意味する事に気付き、今度は不快そうに眉を顰めた。

 

「……あいつ、か」

 

それが誰を指しているか、言わずとも理解できた。

 

「『戦いは、常に変化する。故に戦いにおいて不測の事態など当たり前。だから手札は多く持っているに越したことはない』。先人の言うことは素直に聞いておくものね」

 

その言葉に藍は小さく舌を鳴らした。その言葉に覚えがあったからだ。かつて里に重積を負わされた少年に一時、教授した際に同じような言葉を藍は教えていた。

 

「不愉快なものだ。命とは言え少しばかり手をかけ過ぎたか」

 

「……ねぇ」

 

吐き捨てる様に言う藍に霊夢は僅かに目を細めて問いかける。

 

「何年か一緒に暮らして色々教えた相手に、少しでも何か思わないの?」

 

霊夢は知っている。八雲藍は、ひしがきの師とも言える立場にいたことを。他ならぬひしがき本人から聞かされていた。その時ひしがきが浮かべていた表情は、怒りでもなく今藍が浮かべているような嫌悪でもなく、憂いを帯びた諦観だった。

 

「何も」

 

だが、間を置かず藍はあっさりと答えた。

 

「霊夢よ。お前も何かの上に立つ立場なら知っておくことだ。犠牲とは常に生まれるものだ。非道と言われようが外道と罵られようが、誰かが其れを成しえなければならない」

 

「……そうね。でも、それとひしがきと何の関係があるの?」

 

そう、霊夢の最も知りたいところはそこだ。紫にせよ藍にせよ、幻想郷を管理し守ってきた彼女たちが何故ひしがきをここまで追い詰める必要があるのか?しかもただ命を狙うならまだしも、あらゆる面においてひしがきはもがき苦しんでいる。何故ひしがきがそのような目に合わなくてはならないのか?

 

「心配せずとも、すぐわかる。そしてお前も知ることになる。あいつの中のモノを」

 

「そ。まあ、どうせ紫も先にいるんでしょ?ならいい加減力ずくで聞くことにするわ」

 

「させるとでも?」

 

藍は今度こそ手加減なしで霊夢に構えた。もはや接近戦においても霊夢は自分と対等だと認識し足止めをする。先ほどより手強くなった藍を前に、霊夢はやれやれと頭を掻く。

 

「悪いけど、時間もないしあんたの相手は疲れるからしたくないわ」

 

そう言う霊夢に藍は何のつもりかと内心首を傾げる。するといきなり藍の背後に無数の陣が出現した。

 

「なっ!?」

 

見間違えるはずがない。その陣は間違いなく霊夢の霊力によって描かれた陣。

 

(いつの間にっ!)

 

藍が驚くのも無理はない。これほど広範囲にわたって複雑な陣を退くのは霊夢と言えども容易な事ではない。何かしらの事前準備が必要である。

 

「やっぱり、先人の言葉は聞くものね」

 

そう言って自分の足元に同じ陣を霊夢は展開する。藍は次に来るであろう霊夢の攻撃に身構える。全身に妖力を漲らせ全力で迎え撃つ気でいる藍に霊夢は軽く挨拶するようにそう言った。

 

「それじゃ、行くわ」

 

そして藍の前から霊夢の姿が消えた。

 

「!!」

 

驚愕する藍。しかし霊夢が向かう場所を知っている藍はすぐに後を追おうと背後に向く。だが、目の前にある無数の陣から今度は藍を足止めするべく、無数の弾幕が放たれた。

 

 

 

 

 

 

「――――ぁ」

 

斬られた。

 

自分が正面から袈裟斬りにされたとひしがきが理解したのは、肩から脇腹にかけて自分の肉が綺麗に斬られているのと、そこから噴き出すようにして流れる血と一緒に落ちる数珠を呆然と見てからしばらくたってからだった。

 

それからひしがきは正面を見る。

 

目の前に、いろはがいた。その目は静かにひしがきを見つめている。決意のこもった真っ直ぐな目だった。

 

―――ああ、そうか。

 

ひしがきの視界が横にずれる。糸が切れたかのようにひしがきの体は本人の意思とは無関係に膝から崩れて倒れていく。

 

―――もう、お前は大丈夫なんだな

 

ひしがきが、地面に倒れる。それと同時にようやく悟った。妹は、もう自分の妹ではなく、一人の人間として立っているのだと。あの頃の自分が守ってきた弱い少女は、一人で立って歩いて行けるほどに強く成長したのだと。場違いにもそんな事を今更に思いながら。

 

「………」

 

いろはは無言で刀を納めると、ひしがきを置いて進んでいく。その方角は蛮奇が影狼を抱えて走っていった方角。いろはは今度こそ二人を斬り、そしてわかさぎ姫をも斬るために先へと進む。

 

「………ょ」

 

ひしがきが、小さく口を動かす。もはや聞き取れないほど弱弱しいその言葉に、いろはは一瞬足を止めるが、自分がやるべきことがあると、再び歩を進める。

 

 

 

「ごめんよ、いろは」

 

 

 

いろはには聞こえない程に、小さくひしがきが呟く。するといろはがひしがきと一緒に斬って散らばった数珠が、いろはに向かって殺到した。

 

「…!!」

 

いろはがそれに気づき刀を抜こうとするが其れよりも早くひしがきの結界がいろはの両腕を拘束する。数珠はいろはの下に集まりと、斬られたにもかかわらず一本に纏まった。そしていろはの体に巻き付くと、そのまま締め上げた。

 

「…くっ、うぅ!」

 

いろはは逃れようと全身に霊力を纏わせ抵抗する。しかし、刀で斬るならともかく、霊力で強化しただけで斬れるほどひしがきの数珠は脆くはない。それどころかいろはを締め上げる数珠の珠一つ一つが、徐々に大きくなって余計にいろはを強く締め上げていく。

 

「……ひゅ…っ…!」

 

いろはの呼吸が、徐々に苦し気に擦れていく。それでもひしがきは数珠に籠めた力を抜くことなく、いろはを締め付けていく。そして、いろはの抵抗が弱まり、とうとう力なくぐったりと抵抗が止むと、ひしがきは数珠の拘束をゆっくりと解いていった。

 

「………」

 

斬られた傷に、乱暴に血止めを塗りたくる。鈍い痛みがひしがきに伝わるが、それよりもひしがきは今、心の方が悲鳴を上げていた。

 

苦し気に顔を歪ませいろはが倒れている。いろはをこんな顔にさせたのは他でもない自分だ。かつて守ると誓ったはずだった。大切な家族だった。今でもひしがきにとってはかわいい妹だ。だが、妹はもう一人前だった。一人で立ち、自分の意志で前に進んで生きているのだ。ならばもう、ひしがきも認めなくてはならなかった。妹は、自分を慕ってくれた少女は、とうの昔に自分の元を離れ、巣立っていたのだという事を。

 

ひしがきは横たわるいろはの頭に僅かに触れた。数年ぶりに触れる妹の頭。昔はよくこの頭を撫でてやっていた。いろははいつも嬉しそうにしていた。すぐに触れていた手を放すと、ひしがきは小さく呟いた。

 

「…………ごめんな、情けない兄ちゃんで」

 

今の自分には、他に守りたい相手がいる。何を捨ててでも守りたい笑顔がある。それを昔、俺が兄だった時にできなくて、ごめんなさい。

 

そして、ひしがきはいろはに背を向けて走り出した。

 

 

 

 

 

 





霊夢やったのはひしがきの転移の真似事。ぶっちゃけ亜空穴ですね。ここらの説明はまた後々話の中でしていきます。

さて、紫たちの言うひしがきの中のモノが何なのか?ひしがきや霊夢は間に合うのか?草の根は無事なのか?色々一気に明らかになっていきます。お楽しみに。



あ、あと草の根との絡みがまた見たいとの要望があったのでまた近々番外編を投稿します。そちらも楽しみにしていてください。





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理解できないものほど怖いものはない


今回は少し短めです。

以前に病院で肺に影があると言われ検査して大きな問題ないとわかった事がありました。しかし、それ以来健康面には前よりずっと気を遣うようにしています。

一度自分の体がどうなっているのか不安になると中々安心できませんね。




 

 

 

赤蛮奇はろくろ首。正確に言えば飛頭蛮という頭が体から離れ宙に浮く妖怪だ。そして彼女の弾幕のスタイルは頭と体を分けて、それぞれが弾幕を放つというもの。それは弾幕ごっこではない戦闘においても同じである。飛頭蛮と言う妖怪ならではこの戦い方は彼女だからこそできるものだ。

 

そんな彼女だからこそ、影狼を体で背負いながらうまく戦うことできた。影狼を背負った体は離れた場所で援護射撃をし、宙に浮いた頭部は敵の周りを飛び回りながら弾幕を放つ。そして相手をわかさぎ姫から離し、頭で敵を足止めし体がわかさぎ姫を回収する。

 

一人でありながら二人分の役割をこなす。体の一部を切り離し自在に操る彼女だからこその作戦だった。

 

ただ……今回はその相手が悪すぎた。

 

「はああああああ!」

 

決死の覚悟でごっこではない弾幕を放つ蛮奇。

 

「………」

 

それに対し先代巫女は、最小限の動きだけでその弾幕を潜り抜ける。迫る弾幕を僅かに体をずらすことでギリギリ躱す。または体を屈めて、または体を反らして。一見するとすれすれのところで避けているが、それでもその姿は危なげなくことごとく躱し続けている。

 

「……くっ!」

 

蛮奇は先代巫女に対して攻めあぐねていた。わかさぎ姫の側から動かない先代に対して蛮奇はわかさぎ姫から離そうと弾幕を放つもすべてが避けられてしまう。わかさぎ姫が側で倒れているために先代が避けれない程の弾幕を放つこともできず、場所を変えて弾幕を放っても避けられてしまう。

 

焦る蛮奇に対して先代巫女は静かに構えたまま蛮奇を見ている。以前の苛烈ともいえる動の体技とは真逆に、ただ静かに蛮奇に対して構えている。嘗ての異変で巫女として致命傷を負ったという先代巫女。それによって前の戦闘スタイルが変わったという事なのだろうか。だが、それでも蛮奇は目の前の人間から放たれる重い圧力に内心で戦々恐々していた。

 

まるでそれは隙を伺い身を屈める猛獣を連想させる。一瞬でも隙を見せればすぐにでも牙を突き立てられるような気がした。

 

「~~~~っ!」

 

それでも蛮奇はひるむことなく歯を食いしばって攻め続ける。今、自分は大事な友を背負っている。そして目の前には倒れている別の友がいる。ならば自分が取るべき選択肢は一つしかない。例え自分だけでは無理でも、もう一人の友が来てくれるまで。守らなくてはならない。蛮奇は必ずひしがきが来ると信じていた。それが彼女の心を支えとなっていた。

 

「………」

 

対して先代巫女は、変わらず攻撃を避け続けていた。ただ、彼女は内心で僅かに焦っていた。彼女は嘗ての異変で、巫女として致命的な欠陥が残ってしまった。それは彼女の霊力を著しく低下させ肉体的にも前のような激しい動きが取れなくなってしまっていた。こうして蛮奇の弾幕を避けてはいるが、嘗ての様にその身一つで弾幕を打ち払い相手を倒すことは難しくなってしまったのである。

 

故に今の彼女の戦い方は超短期決戦。相手の隙を突き一撃で仕留める戦い方しかできない。それもただの一撃ではなく必ず相手を打倒する一撃を入れなくてはならない。故に彼女は油断なく攻め続ける蛮奇に対して攻めることができなかった。このままではジリ貧だ。彼女としても蛮奇がこれほど粘るとは思っていなかった。

 

(……まずいな。このままでは、間に合わなくなる)

 

蛮奇が背負っている影狼を見るに、恐らくひしがきはいろはと戦っているだろう。先代は嘗ての幻想郷における博麗の重さを知っている身として、これまで生き残ってきたひしがきの実力を高く評価していた。例えいろはが類稀なる剣才の持ち主だとしても、決して侮れる相手ではない。

 

(……仕方あるまい)

 

先代巫女は、自分もまた覚悟を決めて蛮奇を討とうとする。目を鋭くして蛮奇を睨む。今の彼女では蛮奇の手加減なしの弾幕をくらえば決して軽くない傷を負う。下手をすれば倒されるのは自分だ。先代は蛮奇を明確な敵と認識する。そして弾幕の中に、小さな隙間を見つけた。

 

(ここだ!)

 

僅かな突破口を無理矢理こじ開けんと先代が全身に力を入れ解き放とうとする。

 

「……!?」

 

が、それは突如横から襲ってきた衝撃によって阻まれる。

 

「……みんなを…いじめないで!」

 

先代の側で倒れていたわかさぎ姫が、弱弱しく顔を上げながらも、一撃を先代の無防備な横に放っていた。

 

「ぐっ……!」

 

不意打ちをくらった先代は、それでもすぐに大きく横に飛んで蛮奇の弾幕を躱す。だがそれによってわかさぎ姫と距離を取ってしまったことで、蛮奇は高密度の弾幕を先代に放とうとする。

 

「………くぅっ!!」

 

先代は以前のような動きもできなければ僅かな時間しか全力で動けない。だがこうなってはさっきのような戦い方は出来ない。ならば無理にでも体を動かして戦うしかない。彼女もまた博麗の巫女だった者。ひしがきと同じく、極限状態での戦いを潜り抜けてきた。本気の構えを取った。

 

 

「―――だから言ったでしょう。気を付けてと」

 

 

両者の死闘が始まるその時、どこからともなく聞こえた声と共に、蛮奇を四方から弾幕が襲った。そして弾幕が晴れた時、浮いていた蛮奇の頭が地面に落ちていた。それに呼応して、離れていた蛮奇の体も糸が切れたかのように倒れた。

 

いつの間にか、先代の横には八雲紫が立っていた。

 

「紫……」

 

「そんな顔しないでちょうだい。ああでもしないとあなた、体の事なんて考えずに本気で戦っていたでしょう?」

 

「……私の役目と言っただろう」

 

「それで体が壊れて寿命を縮めたら、あなた本気で霊夢に恨まれるわよ?」

 

「………」

 

「それよりも……まだ、戦う気力が残っているなんてね。感服するわ」

 

紫は蛮奇、影狼、わかさぎ姫に目を向ける。蛮奇は紫の弾幕によって気を失っている。わかさぎ姫もさっきの一撃で力尽きたのか力なく倒れている。

 

そんな二人を庇うように、先ほどまで蛮奇に背負われていた影狼が背中に大きな傷を負ったまま、紫と先代の前に立っていた。

 

「やめなさい。あなた、その傷で戦うつもり?…………死ぬわよ?」

 

影狼の傷。ひしがきに一応の応急処置を施されたとはいえ決して浅いものではない。すぐに治療すれば助かる傷ではある。だが、戦うとなれば話は大きく違って来る。まして目の前には妖怪の賢者と先代の巫女。

 

「グルウウゥゥゥ!」

 

だが、そんなことは関係ない。蛮奇と同じく、彼女の選択は同じ。獣の如き形相で影狼は二人を睨みつける。その姿はまさに手負いの獣。

 

その不退転の覚悟を感じ取った二人はもはや言葉は不要だと悟った。そして、今度こそ自らの手で沈めんと先代巫女が前に進み出た。

 

今度こそ、絶体絶命。立ってこそいるが影狼には勝ち目は薄い。仮に勝ち目があったとしても妖怪の賢者がそれを許すはずもない。最初から、彼女たちに敵う相手ではなかった。

 

だが、

 

 

「結ッッ!!」

 

 

この勝負は、彼女たちの粘り勝ちだった。

 

先代と紫を黒い結界が覆った。更に結界が何重にも展開されより堅牢ものへと構築されていく。いろはの時とは違う、相手を蝕む正真正銘の呪いの結界。中にいれば瞬く間に浸食されてしまう。

 

だが、相手は妖怪の賢者。まして『境界を操る程度の能力』を持つ八雲紫にとって結界の壁など意味をなさない。すぐに隙間から先代と共に脱出し離れた場所へと移動した。

 

結界が解かれた先に、ひしがきが立っていた。

 

「フ―ッ…フ―ッ…」

 

その息は荒く、目は嘗て無いほど怒りに満ちている。射殺さんばかりの殺気と共にひしがきは槍を二人に構えていた。

 

「ひしがき……」

 

ひしがきの到着に、影狼は小さく安堵の息を漏らす。だが、すぐに顔を引き締める。目の前にいるのは、この幻想郷においては知らぬ者のいない二人。ひしがきと言えども敗色濃厚な相手なのだ。

 

「……どうやら時間をかけ過ぎたみたいね。意外だったわ。そこの子たちもそうだけど…あの子相手に、あなたはもっとてこずると思っていたから。」

 

「…そうか、やっぱりてめぇの仕業か」

 

「乱暴な言葉ね。昔とは大違いですわ。よっぽどその子たちが大事のようね」

 

「何の目的があって彼女たちを…………いや、一体俺に何をさせようとしている!?」

 

「何の事かしら?」

 

「今更とぼけんなよクソババァ。俺絡みじゃなきゃ彼女たちに危害を加える理由なんざねぇだろうが!」

 

ひしがきが吼える。今までひしがきは八雲紫は幻想郷のために自分を利用していると、そう考えてきた。今までの人間と妖怪の関係をリセットし、新しい時代へと移るためにはそれまでの悔恨を無くすことが必要だ。その矛先として自分が選ばれたのだと。ひしがきは自分の境遇にそう当たりをつけていた。

 

だからこそ、そう思えばこそひしがきは耐えられたのだ。自分と言う犠牲のもとにこの世界は、自分の好きな物語は成立しているのだと。そう思えば少しは報われるから。現実と物語は違う。それはこの世界で嫌と言うほど思い知らされた。だがそれも、自分が犠牲となれば、物語は現実になるのだと。

 

だからこそひしがきは霊夢の話が好きだった。彼女の話は、東方の物語は、自分の上に成り立っているという自負があったからだ。

 

だがこの件に関して、ひしがきは何故八雲紫がこのような凶行に及んだのか全く分からなかった。

 

「私も聞きたいわね」

 

そう言って紫たちとひしがきの間に、霊夢が降りてきた。

 

「……霊夢、藍はどうしたのかしら?」

 

「さぁ?今頃必死にこっちに向かってるんじゃない?それよりも紫、いい加減説明してくれないかしら?――――ひしがきの中のモノってなに?」

 

霊夢は無駄な言葉は離さずに核心を突いた。

 

「俺の、中のモノ……?」

 

霊夢の言葉にひしがきは予想外の声をあげる。自分の中のモノに、心当たりがあったからだ。呪いの力。そして自分の中に沈んだ先にある物。ひしがき自身疑問に思っていたことが、八雲紫の狙いだったという事なのか?

 

紫は僅かに眉を寄せる。今の状況は自分にとって予想していた中で一番良くない状況だ。足止めは藍もいろはも足止めに失敗し草の根の三妖の前にひしがきと霊夢がいる。恐らく霊夢は話を聞き出すまでこちらのいう事は聞かないだろう。

 

「母さん」

 

答えない紫から霊夢は母である先代巫女を見る。紫とひしがきが思案する中で、二人の親子の視線が交錯する。霊夢の静かな、しかし強い視線を受け取った先代は静かに目を伏せる。

 

「……紫」

 

「…何かしら?」

 

「こうなってしまったら、もういいだろう。この子らも知る権利はある」

 

その言葉に紫は目を細める。

 

「………それを言ってどうするつもり?言ったところで、余計に苦しむだけよ。知らない方が、まだマシよ。それに、知ってしまって取り返しのつかないことになってしまったらどうするの?霊夢もあなたと同じ目に遭ってしまうかもしれないのよ」

 

「……どういうことだ?」

 

二人の会話にひしがきが割り込む。

 

「何なんだよ一体!俺の中に何があるんだ!?何でこんな目に遭わなきゃならかったんだ!?」

 

ひしがきにとって、それは今まで自分を支えてきたものを大きく揺るがす言葉だった。幻想郷は自分の犠牲のもとにあると。その為に、自分の犠牲は仕方ない事なんだと。それが今、根底から覆されるようとしている。叫ばずにはいられなかった。

 

「……そんなに知りたいなら、自分で確かめなさい。――――藍」

 

紫がそう呟いた。

 

ドスッ

 

ひしがきの後ろで、何かを貫く鈍い音が聞こえた。

 

「―――か、はっ」

 

振り向くと、血を吐きながら小さく咳き込む影狼の背後にスキマから出てきた八雲藍がいた。そして影狼の胸から藍の爪が生えていた。

 

 

 

「―――――――――――――あ」

 

 

 

それは誰の口から出た声だろうか。爪が引き抜かれると影狼はゆっくりと前に倒れていく。ひしがきの目が大きく開かれた。

 

 

 

 

 






この小説を書くにあたってアドバイスをもらっている知り合いがいるんですが……別の知り合いにこの小説を読んでもらったところ、

「お前、最近大丈夫か?なんか悩んでんのか?」

と本気で心配されました。…解せぬ。



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一寸先は闇とはよく言ったもんだ


難産だった……。




 

 

 

影狼がゆっくりと倒れていく。

 

それを、ひしがきは反射的に受け止めた。かわりに落ちた槍がドサリ音を立てる。

 

「…………………………影狼?」

 

呆然と呟くように、ひしがきは影狼を呼ぶ。何が起こったのか理解できずに……いや、理解したくとも頭がそれを本能的に拒絶したのか。ただ目を見開き、影狼を両腕で抱きかかえた。

 

「っ!藍!」

 

霊夢が藍をその場から引き離そうと符を放つが、藍はスキマへと再び入るとスキマが閉じその場からいなくなる。そして、紫後ろに控える様に再び姿を現した。

 

「紫、あんた……!!」

 

霊夢は滅多に感情を表に出すことはない。例え怒っている時でも、それは氷の如き冷たさで現れる。だが今の霊夢は怒りの感情そのまま、烈火の如く顔を怒りで歪ませる。

 

「落ち着きなさい霊夢」

 

「落ち着け?ふざけるのも大概にしなさい!!」

 

霊夢が怒りを爆発させようとする。

 

「よく見なさい。あなたが知りたがっていたことがわかるわ」

 

そう言って紫は、ひしがきを指さした。

 

 

 

 

 

 

今泉影狼は、自分が貫かれた事に気付かないまま意識を飛ばしていた。そしてビデオを再生するかのように、遠い過去の記憶を遡っていた。

 

それは、彼女がまだ幼かった日。

 

子供の狼の姿をしていた彼女はある時、別の妖怪に襲われ傷を負ってしまった。何とか逃げ出すも、小さな狼の少女は力尽き、倒れてしまった。このまま死んでしまうのか?彼女がそう思った時、そこに一人の人間の娘がやって来た。

 

その娘は幼い狼の姿の影狼を見つけると、大事に抱えて自分の家にまで連れてきた。力尽きて抵抗できない影狼はなされるがまま。娘は親に見つからない様に、床下に影狼を匿うと影狼を手当てした。

 

人間にあまりいい印象を持っていなかった影狼は自分を看病する娘に戸惑った。すぐに逃げようとしたが、怪我をしていて動くことができない。仕方がないので影狼は警戒しつつも、怪我が治るまでそこにいることにした。

 

その人間の娘は、毎日飽きもせず影狼の所に来た。来るといっても彼女の住んでいる家の下にいるのだから簡単に来れる。それでも暇になっては娘は影狼の様子を見に来てはずっと彼女に話していた。

 

自分には2人の兄がいて両親と一緒に暮らしているとか。けれど父と兄はずっと仕事で家に居なくて母の手伝いをしているとか。近くの家には同い年の子が居なくて遊び相手がいないとか。よく一人であちらこちらに行っては帰りが遅くなって母に叱られるとか。最近山で眺めのいい場所を見つけたとか。秘密の釣りの穴場を知っているとか。近くの山に住んでいる兎が子供をたくさん産んだとか。

 

そんな影狼にとってどうでもいい話を延々と聞かせれた。動くことの出来なかった影狼は、煩わしいと思いつつも仕方なく娘の話しに耳を傾けた。

 

それからしばらくすると、娘は影狼を抱えて話に出てきた山や川に出かけるようになった。影狼の傷は多少癒えてはいた。隙を見て逃げようかとも考えたが、無理をせずに完全に癒えるまで待とうと影狼は娘の腕の中で揺られながら考えていた。そんな影狼の考えなど知らない娘は無邪気に影狼を抱えながら走っていた。

 

そんな日が、しばらく続いた。

 

 

………………………。

 

 

急な夕立にそろって水浸しになった日があった。川で魚を取って並んで食べた日があった。滑って転んで川に落ちてまた水浸しになった。

 

 

……………………………………。

 

 

山で美味しい木の実を取るために木の上に登った事があった。なぜか娘は影狼を自分の背に紐で縛って一緒に登った。影狼は嫌がったが、娘は無理やり影狼を背負うと木に登り始めた。細い枝の先の実が生っていて、自分では行けないからと娘は背負っていた影狼に取って来てくれと頼んだ。影狼は嫌だと吠えた。娘は頼んだ。影狼は吠えた。そうこうしている内に、重さに枝が耐えられなくなり二人そろって落ちた。

 

 

………………………………………………………。

 

 

大分体の傷が癒えた影狼が、調子を確かめるために自分で床下から出かけた事があった。歩くのには問題ない。しかし、走ろうとするとまだ体が痛んだ。完治にはまだまだ時間が掛かるようだと、床下に戻ろうと娘の家に向かうと、家の周りで少女が必死になって辺りを見回していた。影狼が近寄ると、娘は飛びつくようにして抱きしめてきた。力を込めすぎて影狼が痛がっている事にも気づかずに、娘は涙目で影狼を抱きしめる。影狼は仕方ないとばかりに、痛むのを我慢してされるがままになった。

 

 

…………………………………………………………………………。

 

 

影狼の体の傷がほとんど癒えた。もう全力で走っても、特に支障はなかった。家に戻ると、娘がまた影狼を探していた。影狼が近くまで来ると、娘は影狼を抱き上げて、おかえりなさいと言った。

 

 

……………………………………………………………………………………………。

 

 

傷が治っても、まだ影狼は娘の家の床下に居た。影狼は、そこにいるのがもうすっかり慣れてしまった。けれど……いつまでも家に居る事は出来なかった。ある日、娘が家に居ない時、影狼は娘の家族に見つかってしまった。騒ぐ人間から逃げるようにして、影狼は山に向かって駆け出した。もう、あの家には戻れない。その事に、寂しさを感じながらも、いい機会だと影狼はそのまま山に戻っていった。

 

一夜明け、影狼がこれからどこに行こうかと考えていた時、影狼の耳に人間の声が聞こえた。もしや人間が自分を追ってきたのだろうかと影狼が身を潜める。だが、その声に影狼は聞き覚えがあった。声のする方に行くと、案の定あの娘がいた。前と同じように目に涙を浮かべ娘は影狼を探していた。そして影狼を見つけると前と同じように飛びつくようにして抱きついてきた。

 

 

……………………………………………………………………………………………………………………。

 

 

それから、影狼はその山から他の場所に行くことはなく山に住んだ。娘は毎日のように山へやってきては影狼と一緒に居た。影狼の住む場所が変わったこと以外、二人の関係に変化はなかった。

 

それから、彼女たちは何年も共に過ごした。

 

春になると山に咲いた桜を眺めた。夏には川で水浴びをした。秋には山の木の実を集めた。冬には雪の中を駆け回った。

 

共に過ごす事が、当たり前だった。

 

 

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 

ある日、いつものように娘が山にやってきた。ただいつもとは様子が違った。何も言わず、影狼を膝の上に抱えて座っていた。どうしたのだろうか?影狼は頭を傾げて娘を見上げた。娘はようやく口を開くと、ゆっくりと話し出した。嫁に行くことになった、と。遠くに行かなければならなくなった、もう会いに来ることはできないと。そう言ったきり、娘は何も言わず、影狼を抱きしめ続けた。やがて日が傾き始めると、娘はシンプルな赤いブローチを取り出すと、紐を通して影狼の首にかけた。そして、さようならと言って山を下りて行った。もう、彼女が山に来ることはなかった。それでも、影狼はその山からどこか別の場所に行くことはなかった。時折山を下りては、娘の家を見つめていた。

 

………………………………………………………………………。

 

………………………………………………。

 

……………………………。

 

………………。

 

それからまた、長い時が過ぎた。成長した影狼は変わらず、娘と過ごした山で暮らしていた。いい加減どこかほかの場所に行こうか。そう思う事もあったが、結局彼女はその山に居続けた。

 

また、あの家の近くに来た。もうあの娘の両親はすでに家にはおらず、何年も誰も住んではいなかった。いずれ、この家も朽ちていくのだろうか。そう思い家にやってきた影狼は、家の中に誰かいる事に気付いた。誰だろうか?人がすまなくなって久しいこの家に誰が来たのだろう?

 

影狼がしばらく様子を見ていると、家の中に年老いた女が一人、縁側に腰を下ろしていた。その顔に、どこか見覚えがあった。その時、その老女から影狼に向けて風が吹いた。風が運んできたその匂いに影狼は思わずその老女の前に姿を現した。突然飛び出した狼の姿に老女は驚いたが、その首にかけてある赤いブローチに気が付くと、彼女は昔の様に、目に涙を浮かべて影狼を抱きしめた。

 

それから、影狼と老女はまた一緒に過ごした。前とは逆で、家に居る彼女を影狼が毎日のように訪ねた。老女は昔の様に影狼に話しかけた。

 

結婚したこと。結婚した相手は良い人間だったこと。子供が出来たこと。子育てが大変だったこと。子供たちが日に日に元気に育ってくれたこと。家族仲良く過ごしたこと。子供たちが立派に成長し、家を出ていったこと。夫とまた二人で静かに暮らしたこと。夫が病で倒れたこと。夫を看取ったこと。そして、生まれ育ったこの家に一人戻ってきたこと。

 

影狼と別れてからの事を老女は話した。けれど、まだ影狼がこの場所に居るとは老女も思っていなかったらしく、またこうして再び会う事が出来て嬉しいと、老女は言った。影狼もまたそれに同意するように一声吠えた。また二人で過ごせると、互いにそれを喜んだ。そうして、二人はまた昔の様に、同じ時を過ごしていった。

 

………………………………………………。

 

……………………………。

 

………………。

 

それから数年後、老女は床で寝て過ごす事が多くなった。影狼は彼女の為に、昔二人で取った木の実や川で取った魚を持ってきた。老女は、ありがとうと言って、影狼を撫でた。

 

 

そして、ある日。老女はすっかり床から出なくなった。影狼は老女の側にいた。老女はまた、影狼に話しかける。自分には両親がいた。兄弟がいた。夫がいた。子供たちもいた。幸せだった。……ただ、友達は一人もいなかったと。自分にとって、友と言えるのは、影狼だけだったと。だからあの時、影狼と離れた時が本当に辛かった。また、こうして一緒に居られるとは、夢にも思わなかったと、老女は言った。影狼は、横になって静かに微笑む老女に寄り添った。老女は影狼を撫でると、擦れるような小さな声で言った。

 

『ありがとう』

 

そして、それからしばらくして。老女は眠るように息を引き取った。彼女の子供たちが、彼女の遺体を引き取っていた。その夜、まるで鳴き声のような狼の遠吠えが遠くまで響いていった。

 

あの時、自分も言えばよかった。自分にとってもあなただけが友達だったと。自分も別れた時悲しかったと、また会えて本当に嬉しかったと。伝えればよかった。

 

それが、出来なかった。もし自分が妖怪だとわかれば、ひょっとしたら彼女は自分を怖がってしまうかもしれない。だから、ずっと隠してきた。けれど、彼女ならきっと自分を怖がらずに受け入れてくれたのではないだろうか?自分の気持ちを伝えれば、もっと喜んでくれたのではないだろうか?……でも、それが出来なかった。それが、とてつもなく悲しかった。

 

 

 

 

 

 

影狼の意識が浮上する。目の前に、ひしがきがいる。自分はどうやら、ひしがきに抱きかかえられているらしい。

 

「っ!影狼!!」

 

ひしがきが、影狼の名を呼ぶ。

 

ああ、そんな顔をしないでほしい。そんな悲しそうな顔をしないでほしい。どうして、そんな顔をしているのだろうか?私はあなたの、優しい顔が大好きなのに。

 

どうしてだろうか?体が、思うように動かない。自分は大丈夫だと彼に伝えたいのに、体が言う事を聞いてくれない。

 

(ああ、でも………)

 

自分を抱きしめるひしがきから伝わる温かさが、何故か影狼にははっきり感じられた。どこか懐かしい、昔もこれと、同じ温かさを影狼は感じたことがあった。

 

彼女と、同じだ。自分の最初の友達。遠い昔に別れてしまった、優しい友達。影狼はその温もりに身を任せた。

 

「―――ねぇ、ひしがき」

 

影狼は、自分を抱くひしがきを見上げ、自然と言葉を紡いでいた。

 

「やっぱり、人って温かいね」

 

今度こそ、伝えなければ。あの時、言えなかった言葉を。唐突に、影狼はそう思った。どうしてかは分からない。ただ今言わなければならないと、そう思った。

 

そして彼女はそれを言った。あの時、彼女の友人が言ったように。

 

 

 

 

 

『ありがとう』

 

 

 

 

 

「……影、狼?」

 

いきなり、影狼に伝えられた言葉。何故今それを言うのか?何故そんなことを言うのか?ひしがきには理解できなかった。

 

ただ影狼が、微笑んで目を閉じていること。その体から伝わってきた鼓動が、感じられなくなったことが、否が応にもある事実を突きつけた。

 

 

――――死。

 

今泉影狼が、死んだ。

 

「――――――」

 

ひしがきの全てがその事実を否定しようとする。だが、今まで数多くの死を見てきた、数多くの妖怪をその手にかけてきたひしがきはそれを理解してしまう。今自分の腕の中で横たわる妖怪は、もう生きてはいないという事を。

 

「―――――――――――――――!!!!」

 

そして、ひしがきは一線を越えた。

 

 

 

 

 

 

「……な、によ…あれ?」

 

霊夢は目の前の光景に思わずそう呟いた。

 

ついさっきまで、そこにはひしがきが居たはずだ。だが、今あそこにいるのは何だ?ひしがきから、黒い何かが出てきたと思ったら、それがひしがきを覆った。そこに居るのは人の形をした黒い塊があった。

 

それだけならまだいい。あれがひしがきの結界に使う呪いの一種で、それを纏っていると推測できる。だが、今ひしがきが纏っているのは違う。あれは今までのひしがきの呪いの力などではない。どこまでも暗い奈落を思わせるそれはまるで、死そのものではないか。

 

霊夢は自分の全てがそれに向けて警報を鳴らしているのがわかった。恐らく命あるものがそれを前にすれば、全ての者がそうなるだろう。周囲にある木々までもが、それに恐れおののくようにざわめいていた。

 

「………ようやく、出てきたわね」

 

八雲紫はそれを前に普段の考えの読めない雰囲気を一切出さずに身構える。先代巫女と視線で合図を交わす。

 

「藍」

 

「はっ」

 

紫の言葉に藍がゆっくりと前に出た。それに、ひしがきが反応した。目のあるであろう場所に、鈍い光があった。それが、ギョロリと藍を捉えた。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!」

 

そして大きく口が割れたかと思うと、衝撃波とともに言葉にならない叫びがそこから発せられる。唯一明確に分かるのは、その叫びが怒号であるという事だけだった。ひしがきの腕から影狼がゆっくりと地面に下ろされ横たわる。

 

ひしがきは手を地面に着き獣の様に構え、藍に向かって手を突き出す。その腕が、藍を貫かんと凄まじい速さで伸びた。

 

「ッ!」

 

藍は伸びた腕を紙一重で躱す。だが伸びた腕から藍を貫かんと無数の針の様に呪いの塊が姿を変える。藍に向かって伸びる無数の針。腕の先端も再び藍に向かって襲い掛かる。藍は自分に向かってくる針と腕にも構わずに、ひしがきの周囲に陣を展開する。そしてそれらすべてを掻い潜りひしがきの真上に移動する。

 

そしてひしがきの周囲に展開された一二の陣と藍自身からひしがきを覆い隠すほどの弾幕が放たれる。驚くべきはその密度。もはや第三者の視点からはひしがきの黒い姿は見えず、藍と陣から放たれる妖力弾の光しか見えない。そしてその一発一発に込められた妖力は並みの妖怪を軽く消し飛ばすほどの威力を持つ。九尾の狐。日本が誇る最強の妖怪の一角。藍はその名に恥じない力で持って、容赦なくひしがきを滅ぼさんとする。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

しかし、その局地的な爆撃の嵐の中をひしがきは叫ぶ。それは悲鳴ではなく先ほどと同じ怒号。ひしがきは自身を襲う弾幕など全く意に介さずに藍に向かって突進するように飛び上がる。それに合わせ藍は向かってくるひしがきに極大のレーザーを放った。それは魔理沙のマスタースパークを遥かに凌ぐ程の威力を持つ。最強格の妖怪が放つまさに必殺と言っていい一撃。

 

…………だが、それでもなお

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!」

 

ひしがきは止まらない。

 

さっきよりやや勢いが落ちているものの、極光の奔流をものともせず掻き分けるようにして藍へと向かっていく。今度はひしがきの両の手が藍に向かって伸びる。

 

「これも効かんか……」

 

手を抜いていない自分の攻撃が、ひしがきには全く効いている様子がない。とはいえ愚直に突き進んでは手を伸ばすだけのひしがきに、藍は余裕を持ってまた腕を躱そうとする。だが、藍に向かう2本の黒い腕が、増えた。

 

「っ!!」

 

伸びた腕が、太さもそのままに途中で無数に分かれた。そして先ほどとは逆に藍の周囲を黒い腕が覆うようにして隙間なく藍を貫かんとする。

 

「させないわ」

 

だが紫のスキマが藍を飲み込みひしがきの腕から藍を逃がした。

 

「……やはり力の押しでは難しいようね」

 

あのひしがきを覆う呪いの塊は触れる物全てを侵食し滅ぼす。しかもそれは藍の必殺の一撃を苦も無く防ぐもの。だが、何の問題もない。予定通りだ。

 

ひしがきは姿を隠した藍を探して辺りを見渡す。だが藍を探すその目が、紫を捉えた。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!」

 

ひしがきが再び咆哮して突撃する。今のひしがきにとっては、紫もまた藍と同じ、滅ぼす対象だ。

 

「……もう完全に怒りで我を忘れてるみたいね。無理もないことでしょうけど」

 

迫るひしがきを前に、紫は静かにひしがきを見てそう呟いた。ひしがきの真上に大きく隙間が開く。

 

「安心しなさい。すぐに会えるわ」

 

その隙間から、凄まじい勢いで飛び出した廃電車が、ひしがきを地面に叩きつけた。廃電車はひしがきに触れた箇所から侵され塵と化していく。だがその圧倒的な質量で持ってひしがきを地面へと押し潰していく。

 

「藍」

 

「はっ」

 

藍が紫の反対側、ひしがきを挟むような形でスキマから姿を現す。そして、紫と藍を起点とし、ひしがきを中心にして妖力が奔る。それは一瞬で複雑な文様を描き、より広くより大きくな陣を敷いていく。そして瞬く間に周囲一帯に巨大な陣を出現させた。

 

ひしがきが廃電車を消し飛ばす。ひしがきの目が再び紫を捉える。だが、紫の陣はすでに完成していた。

 

「大人しくなさい」

 

そして、それが発動した。

 

 

 

 

 

 

「っぅ!!」

 

強烈な光とともに衝撃の波が自分の身体を通っていくのを霊夢は感じた。ひしがきの豹変。紫と藍相手の攻防。そして最後の陣。次々と急激に変化する現状に霊夢はただそれを見ることしかできなかった。

 

霊夢が目を開くと、そこには立っている紫と藍。そしてひしがきの姿があった。ひしがきは獣のように四肢を地に付けている。さっきまでひしがきを覆っていた呪いの一部が剥がされて所々に生身のひしがきの体が見えた。が、それも呪いが蠢くようにして覆い隠した。

 

霊夢は目の前で起きている戦いに驚愕した。先ほどの陣。あれは陣の中心にあるものを消し飛ばす攻撃の為の滅却の陣だ。それも妖怪の賢者・八雲紫とその式、九尾の狐・八雲藍によって描かれ発動された術式だ。はっきり言おう。それはこの幻想郷のあらゆる妖怪を滅ぼすに足る術だ。それを受けたにもかかわらず、それはひしがきを覆っていた呪いの一部を消し飛ばしただけに留まったのだ。

 

「なんなの、あれ……」

 

それらをすべて正しく理解した霊夢は、思わずそう呟いた。ありえない。ここに来て初めて霊夢はひしがきに……正確にはひしがきを覆う黒い何かに得体のしれない恐怖を覚えた。

 

「ひし、がき……」

 

霊夢が呆然とひしがきの名を呼んだ。

 

それは霊夢自身、何かしようとしたわけではない。変わり果てた友の姿に、無意識で呼んだ声だった。

 

「――――――」

 

しかし、その声に僅かにひしがきが反応した。目に灯る昏い光が、一瞬だが霊夢の知るひしがきの目に戻った。

 

「……!」

 

「……―――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!」

 

だがその眼はすぐに元に戻った。再び、ひしがきが吼える。そして先ほどと同じように紫たちに向かって行く。

 

だが霊夢は一瞬戻ったひしがきの目に希望を見出した。

 

(今なら、まだ間に合う!!)

 

霊夢がひしがきを助けるべく動こうとする。が、

 

「っ! ……母さん」

 

霊夢がひしがきに駆け寄ろうとする。その前に、先代巫女が割って入った。霊夢は何か言おうとするが、その前に先代巫女が口を開いた。

 

「あれが、ひしがきの中のモノだ」

 

先代がひしがきを指差す。この幻想郷に置いて、トップクラスの実力者2人を相手に、異形の姿でひしがきは猛然と食らいつかんとしている。その姿はまるで獣の様で、理性など欠片も感じられない。今のひしがきはただの破滅を撒き散らすだけの化け物と化している。

 

「関係ないわ」

 

だが、そんなひしがきを見てなお霊夢は先代に向かってそう言った。

 

「私は、ひしがきを助けるわ」

 

霊夢はひしがきを覆う黒い何かに恐怖を抱いた。おそらく紫たちの狙いはあの何かをひしがきごと消滅させることにあると霊夢は予想した。なら、自分がやることは一つ。

 

ひしがきからあの黒い何かを引き剥がし助けることだ。

 

「………」

 

先代巫女は、こうなっては霊夢が梃子でも動かない事をよく知っていた。もう何を言ったところで霊夢の決意は変わらないだろう。たとえ、ここで全てを話したとしても霊夢はまずはひしがきを助ける。考えるのはその後でいいというに違いない。

 

「そうか……」

 

先代が、静かに霊夢の肩に手を置いた。

 

母として、霊夢の意思を尊重してやりたい。だがやはり母として、霊夢の身を先代は案じていた。アレの恐ろしさを身を持って知っているからだ。だからこそ、

 

「ぐぅ、っ……!」

 

ここで、霊夢を行かせるわけにはいかなかった。先代が手を置いた霊夢の肩に、一枚の札が貼られていた。霊夢が札を剥がそうと手を伸ばすが、体が痺れる様に硬直して動かせない。そのまま倒れる霊夢を、先代が受け止め静かにその場に横たえる。

 

「かぁ……さ……」

 

霊夢が掠れる様な声で母を呼ぶ。

 

「すまない………」

 

母はそれだけ言うと、背を向けて離れていく。今度こそ終わらせるために。

 

 

 

 

 

ひしがきの咆哮と共に、呪いの塊が紫と藍へと伸びていく。紫はスキマでもってそれを回避しながら藍と共にひしがきにあらゆる攻撃を加えていく。ひしがきはそのすべての攻撃を身に受け、けれど一瞬も怯むことなく紫たちへと向かっていく。

 

「………驚いたわね」

 

紫は勢いの衰えないひしがきを見て素直にそう呟いた。

 

本来ならば、紫はひしがきの中にある物を完全に引き出してからひしがきごと消そうと思っていた。そして、影狼の死を切欠にそれはひしがきの中から溢れてきた。

 

だが、どれだけひしがきの呪いを削っても呪いは衰えることなくひしがきから溢れてくる。またゆかりの予想ではひしがき自身の体が呪いに耐えられず壊れて呪いそのものが剥き出しになると考えていた。しかし、ひしがきの体はいまだ健在。呪いは未だ衰えずにいる。

 

「随分と、大きく育ったものね」

 

紫にとって呪い自体が大きくなることは予想通りだ。その為に今までひしがきを苦境に追いやってきたのだから。だがそれがこうまで大きくなるとは紫にとっても予想を超えていた。

 

(それだけ幻想郷が、多くを受け入れてしまっていたのか……あるいは、あの子自身のものか。できることなら、呪いを全部消し去ってからにしたかったけど、これ以上は危険ね)

 

紫は目の前の呪いに覆われた青年に、心の中で小さく謝罪した。幻想郷が、すべてを受け入れるが故に起きてしまった異変。それを解決できなかった事。不運にも得てしまった少年に全てを背負わせた事。

 

(許しは請わないわ)

 

自分が一番に守るべきものは変わらない。しかし、そのために犠牲になってきた人間に向けての、紫なりの感謝の気持ちだった。

 

「藍、呪いを剥がすわよ」

 

「はっ」

 

紫の指示に藍はすぐさま紫の隣へと並び立つ。