合魂‼ (阿弥陀乃トンマージ)
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第1章
第0話 どうしてこうなった
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ある春の日の夕暮れ。一人の少年がとある学校の体育館倉庫に身を隠している。
「はあ、はあ……んだよ、全然わけわかんねえっての……」
短すぎず、長すぎない無造作ヘアーをさらにボサボサと搔きむしりながら、体育座りをした眼鏡の少年はうなだれる。
「そもそもどうしてこうなったんだっけ……?」
少年は自らに問いかけるように呟く。4月だというのに汗がどっと噴き出す。
「ああ、そうだ、ああいうふざけた噂、いや、都市伝説の類か? とにかくそんなくだらないものにまんまと釣られちまって……!」
物音がしたため、少年は体をすくめる。おろしたての高校の制服ももうしわくちゃだ。しかしそんなことを今、この眼鏡の少年は気にしてはいられない。少年は声を抑えて呟く。
「何故釣られた俺? 答えは簡単だ。高校で彼女を作り、充実したハイスクールライフをめいっぱい送りたかったんだ……」
少年はズレた眼鏡を直し、少し落ち着きが出てきたのか、自嘲気味に振り返る。
「……ある意味あの都市伝説は本当だった……のか? この馬鹿デカい学園都市の高等部には『合コン』を容認するという先進的な風潮があると……」
少年は声のトーンをさらに抑えながら、振り返りを続ける。
「確かにあの時、午後の部活説明会で、紅髪美人の女性はそのようなことを口走っていた。正直あまりに電波な内容の話で美人の補正がかかってもなかなか厳しいものがあったな……周囲の連中はあっけにとられるか、苦笑するかの二択だった……俺もそうするつもりだったが、気が付いたら説明会会場まで足を運んできてしまった……現状把握終了」
いくらか落ち着きを取り戻したが、どうやら謎解きゲームの類いでもない。これでゲームクリアもしくはゲームからの解放ということはなさそうであることを少年は理解する。少年は再びうなだれて呟く。
「大体……『合コン部』ってなんだよ……? なんで集合場所が午後5時過ぎの人気のない体育館? 駅前のカラオケ館に午後6時集合とかの間違いじゃないのかよ? ――⁉」
次の瞬間、体育館倉庫の壁が粉々に砕かれる。あまりの衝撃に少年は愕然とするしかなかった。壊れた壁の先には、ゴリラもとい、筋骨隆々な女子生徒らしき人物が棒のようなものを持って立っている。少年はかろうじて見覚えのある制服姿によって、壁を破壊した人物がこの女子生徒だということをなんとか認識する。しかし、認識したからといって、事態は分からない。少年は間の抜けた声を発することしか出来なかった。
「あ……あ……」
女子生徒は綺麗な歯並びを見せつけるかのようにニカッと笑い、意外と可愛い声で告ぐ。
「さあ、そんな所に隠れてないで『合コン』の続きをしようよ?」
「ええっ⁉ ……俺の思っていた合コンと違う!」
少年は女子に雁首を掴まれ、引きずり出されながら心の底からどうにか声を絞り出した。
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第1話(1)入学式の自己紹介
1
話はその日の午前中に戻る。入学式を終えた新入生たちが、自らが振り分けられたクラスに向かい、新たなクラスメイトたちに向かって自己紹介を行うという、どの学校でも定番な光景である。眼鏡の少年の出番が回ってくる。眼鏡の少年は人並みに緊張し、さらに前日あまり眠ることが出来なかったということもあり、妙なテンションになっていた。
「えっと……静岡からきました。
「静岡?」
「普通科に越境って珍しいな……」
ひそひそと噂話が聞こえてくる。超慈はこういうのは最初が肝心だとばかりにインパクトのあるコメントをしようと高校デビューでありがちな失敗の地雷を踏んでしまう。
「高校では『合コン三昧の実りある生活』を送りたいです! よろしくお願いします!」
超慈は勢いよく頭を下げるが、拍手の音はまばらである。妙に思った超慈が顔を上げると、周囲(主に女子生徒)の冷たい視線に晒されていることに気づく。超慈は面喰ったが、とにかく席につく。その後も自己紹介は続くが、自らがやらかしたことに気づいた超慈はほとんどうわの空であった。気が付くと、周囲の生徒たちが移動し始めている、何事だろうか。教員の話を全く聞いていなかった超慈は慌てる。
「もう一回、体育館に行って、『部活動紹介』だってよ、面倒くせえよなあ?」
「え?」
超慈の前に茶髪の坊主頭の少年が立っている。制服の白ワイシャツの下には柄付きのTシャツだ。校則を素直に守るタイプではないようである。坊主頭が笑う。
「いや~あそこは『彼女募集中です!』とかの方が無難だったと思うぜ?」
「む……」
超慈は唇を尖らせる。坊主頭はポンポンと超慈の肩を叩く。
「まあ、欲求に素直なのは嫌いじゃないぜ、ドンマイ。まだまだ初日、全然取り返せるさ」
「……あ、ありがとう」
単に自分をからかう為に声をかけてきたわけではないことが分かり、超慈は礼を言う。
「それじゃあ、行こうぜ、体育館」
「あ、ああ、えっと……」
「
「あ、ああ、よろしく、外國くん」
超慈は慌てて立ち上がり、坊主頭の差し出した手を握る。体格は似たようなものだが、がっしりとしていることが窺えた。坊主頭は笑う。
「仁で良いよ。俺も超慈って呼んで良いよな?」
「あ、ああ、構わないよ」
仁の言葉に超慈が頷く。
「……邪魔だ、どけ、ナード」
「!」
超慈の机の脇をやや明るい髪の色をしたマッシュルームカットの男が通り過ぎようとする。端正な顔立ちをした長身のマッシュルーム男は再び口を開く。
「聞こえなかったのか? そこをどけ、ナード」
「ナ、ナードってもしかして俺のことか?」
超慈が尋ねる。マッシュルーム男が興味無さげに答える。
「他に誰がいる?」
「ナードって知っているぞ。アメリカのスクールカーストで言う『オタク』のことだろう? 誰がオタクだ、誰が!」
「ボサボサの頭に眼鏡、ピントのズレまくった受け狙いの自己紹介……これでオタクでないと言い張るのは無理があるな」
「なんだと……これでも俺は地元ではなあ、結構鳴らしたもんだぜ?」
「今度は虚勢を張るのか? ダサさの歯止めがかからんな」
「なにを⁉」
「おおっ! やめとけ、やめとけ!」
マッシュルーム男に食ってかかろうとした超慈を仁が慌てて止めに入る。
「ふん……」
マッシュルーム男がその場を去り、教室を後にする。超慈が憤然とする。
「な、なんだよ、あいつ⁉」
「あいつは
「知ってんのかよ?」
「中学時代から名古屋のファッション誌にはよく登場していたからな、あのスタイルとルックスだ。うちの中学でも人気だったよ」
「ちっ、人をオタク扱いしやがって……俺だって好きで眼鏡かけているわけじゃねえよ。この偏差値の高い『
「ま、まあ、その辺りは人それぞれだと思うけど……コンタクトは付けないのか?」
「……用意はしてあるけど付けるのが怖い……」
「あ、そう……」
超慈の思わぬ返答に仁が戸惑う。
「コンタクトさえ付ければ、イメチェン出来るかな?」
「どう思う?」
仁は近くに立っていた金髪ギャルに声をかける。ギャルは驚きながらも答える。
「ま、まず、欲望むき出しの挨拶に皆引いているし!」
「その割に君は近くに来ているね?」
「た、たまたまだし! さっさと移動するニン!」
ギャルはその場を去る。超慈が首を傾げる。
「……ニン?」
「あの娘は
「失敗認定早えよ……とにかく移動しようぜ」
超慈たちは体育館に向かう。仁が尋ねる。
「超慈は部活決めてたりすんのか?」
「ああ、もちろん」
「え? は、早えな……」
「難関の試験を突破して、この高校に来たのは理由がある! 『合コン部』に入る為だ!」
超慈の言葉に仁が思わず噴き出す。
「そ、それって、ネットの噂だろう?」
「む……」
部活動紹介が始まり、終わりに差しかかったところ……。
「……続きまして『合コン部』の紹介です」
「ほら見ろ! あるじゃねえか!」
「マ、マジかよ……」
超慈は待望の、仁は驚きの眼差しで壇上を見つめる。杖をついて歩く、紅髪のストレートヘアーで右目を隠した凛としたスレンダー美人がマイク前に立ち、話を始める。
「え~新入生諸君、ご入学おめでとう。合コン部部長の
「ま、まさか本当にあるとはな……しかも部長さん超美人じゃん、始まったな……」
超慈は顔のにやつきを必死で抑える。部長はよく響く声で説明する。
「まず『合魂』とはお互いの魂を合わせ……」
「ん?」
「魂から生じる波動を導く! これこそが『
「ええっ⁉」
美人部長からよく分からない言葉が飛び出し、超慈は驚く。
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第1話(2)説明少なの説明会
「ええ……」
美人部長の意味不明な話に体育館がざわつく。美人部長はニヤッと笑い、こう付け足す。
「詳細については省く」
「いや、省くのかよ」
超慈がボソッと呟く。
「興味・関心を抱いた者は今日の夕方5時過ぎにこの体育館に集まってくれ。詳しい説明はその時に行う……以上だ」
美人部長は颯爽と壇上から降りる。
「な、なんだったんだ……」
「どうよ超慈、行くのか?」
「い、いや……ちょっと……無いな」
「だよな」
仁の問いに超慈は苦笑いを浮かべつつ首を振る。仁も笑う。
「……と思ったら、何故に俺はここにいるんだ?」
放課後、午後5時を過ぎた頃、超慈は体育館に足を運んでいた。体育館は照明をやや落としているようで薄暗く、今ひとつ様子が分からなかったが、どうやら自分の他に何名かが集まっているということを超慈は理解した。
「ほう……意外と集まったな」
「!」
壇上からよく通る声がする。超慈は壇上に視線を向ける。暗くて顔は見えないが、昼間の美人部長だということは声で分かった。
「興味・関心を抱く時点で素質はあるということだな……改めて自己紹介をさせてもらおう、三年の灰冠姫乃だ。これから簡単な入部説明会を始める……」
「ま、まあ、一応聞いておくか……」
超慈は小声で呟く。
「そもそも合導魂波というものは古来より行われており、それが平安時代に『合魂道』として体系化され……」
「やっぱり俺の知っている合コンと違う!」
超慈が思わず声を上げる。姫乃が首を傾げる。
「む……何か質問があるのか?」
「い、いえ……すいません……」
超慈は慌てて謝罪する。姫乃は一呼吸置いて話を再開する。
「続けるぞ……合魂道にはいくつかの流派が存在するのだが……」
「ね~部長さんさ~そんな退屈な話はもういいって♪」
「そうそう、それより俺たちと遊ばない?」
「ん……?」
壇上に二人の男が上がる。薄暗いために顔までは分からないが、制服は着崩しており、素行のよろしくない生徒であるということを超慈は察する。姫乃が尋ねる。
「遊ぶとはどういうことだ?」
「またまた~合コンなら名駅近くのカラオケでも行って盛り上がろうよ~」
「そうそう、あそこのカラオケボックスで俺らの先輩たちバイトしてるからさ、安くしてくれんだよ。京高の可愛い娘連れてこいよって言われてるしさ」
そう言って男たちは下卑な笑い声をあげる。姫乃がため息をつきながら淡々と呟く。
「はあ……わが校はそれなりに偏差値が高いはずなのだが、貴様らのような程度の低い連中が必ず一定数は混ざるのだな……不思議なものだ」
「あん? 程度の低いだと?」
「言葉を理解するのだな。リビドーに取りつかれた猿かと思ったぞ」
「さ、猿だと⁉」
「貴様らの相手をしている暇などない、さっさと動物園に帰れ」
姫乃は心底面倒くさそうに手をひらひらとさせる。
「い、良い度胸してんじゃねえか、パイセン!」
「ちょっと痛い目を見てもらうぜ、分からせてやる!」
逆上した男たちが姫乃に迫る。超慈が叫ぶ。
「あ、危ない!」
「……」
「! が、がはっ……」
「ぐはっ……」
次の瞬間、男たちがその場に崩れ落ちる。姫乃が掲げた杖をさっと下ろす。
「ふん……」
「ま、まさか、あの杖で男二人をのしたのか……?」
超慈は驚く。姫乃が正面に向き直って告げる。
「不純な輩は排除した。これで人数的にもちょうど良いな。それでは『合魂』を始めよう!」
「なっ……」
体育館に集まった者たちから戸惑い気味の声が上がる。
「自分で言うのもなんだが、私は説明が不得手だ。『習うより慣れよ』とはよく言ったもの。さっそく諸君らにはこの体育館で魂のぶつかり合いをしてもらう」
「た、魂のぶつかり合いと言っても、具体的にどうすれば?」
ある者が至極もっともな疑問を口にする。
「やり方は人それぞれだ」
「ひ、人それぞれって……」
「互いの魂を合わせることによって生じる波動を導く……要は生み出されるエネルギーを感じ取るということだな」
(やべえ……ルックスに釣られたが、あの女マジで頭逝っちゃってる……このままだと変な壺とか買わされかねん。今のうちに……ん?)
密かに体育館から出ようとした超慈だったが、何故か扉が開かない。
「ああ、この体育館は小一時間ほどバトルフィールドと化している。合魂が決着するまでは外に出ることは出来んぞ」
「はあ⁉」
超慈は大きな声を上げる。姫乃が告げる。
「諸君らも知っての通り、わが校は広大だ。この体育館もかなりの広さがある。存分に暴れまくってくれて構わないぞ」
「あ、暴れるって……」
「合魂でのことは現実空間には影響しない。ここに転がっている輩どももちょっと気を失っているだけのことだ」
「……ケガの心配はないってことですか?」
「ああ、大丈夫! ……なはずだ」
「はずって言った! 不確実なんだ!」
「……まあいい、そろそろ始めるぞ」
「あっ!」
騒ぐ超慈を無視して姫乃が指を鳴らす。周囲の空気が変わったことを超慈は察する。
「ふふふ……」
「なっ……?」
超慈の近くに大柄な女子が迫る。霊長類最強の座も狙えるほど屈強な体付きをしている。
「ふふ……」
「な、なにか御用でしょうか?」
超慈は丁寧にその女子に尋ねる。
「……貴方、昼間見かけたわ。アタシの好みのタイプよ」
「そ、それはどうも……」
「アタシと合コンしましょうよ!」
「うおっ⁉」
女子が光る棒のようなもので超慈に殴りかかってきたため、超慈は慌ててそれをかわす。体育館の硬い床が深くえぐれる。
「へえ、意外とすばしっこいわね! でもアタシって逃げられる方が逆に燃えるのよ!」
「な、なんだ、あの棒は⁉ それにあの破壊力……喰らったらひとたまりもないぞ!」
「ほう、もう発現させている者がいるようだな……その調子で存分にぶつかり合え!」
姫乃が壇上から声をかける。
「ええっ⁉」
超慈が困惑気味に叫ぶ。
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第1話(3)有無も言わさず合魂開始!
「ふふっ!」
「いやいや、ちょっと待てって!」
大柄な女子が再び棒を振りかぶる。超慈は慌ててその場から離れる。
「む!」
(くっ、外には出られないとか言っていたな! どこかに隠れてやり過ごすか!)
「ん……? あの眼鏡……なかなかの運動能力だな……しかし、丸腰では厳しいか……?」
壇上で様子を見つめていた姫乃が呟く。
(なるほど、意外とこの体育館は広いな。普通の学校とは違う!)
超慈が息を切らしながら走る。
「はっ!」
「せい!」
(⁉ も、もしかして他の連中も魂のぶつかり合いとやらをしているのか? 付き合っていられないぜ!)
超慈は舌打ちをしながら体育館倉庫に駆け込む。
「はあ、はあ……んだよ、全然わけわかんねえっての……」
髪の毛をボサボサと搔きむしりながら、体育座りをした超慈はうなだれる。
「そもそもどうしてこうなったんだっけ……? ああ、そうだ、ああいうふざけた噂、いや、都市伝説の類か? とにかくそんなくだらないものにまんまと釣られちまって……!」
物音がしたため、超慈は体をすくめながら声を抑えて呟く。
「何故釣られた俺? 答えは簡単だ。高校で彼女を作り、充実したハイスクールライフをめいっぱい送りたかったんだ……ある意味あの都市伝説は本当だった……のか? この馬鹿デカい学園都市の高等部には『合コン』を容認するという先進的な風潮があると……」
少年は声のトーンをさらに抑えながら、振り返りを続ける。
「確かにあの時、午後の部活説明会で、紅髪美人の女性はそのようなことを口走っていた。正直あまりに電波な内容の話で美人の補正がかかってもなかなか厳しいものがあったな……周囲の連中はあっけにとられるか、苦笑するかの二択だった……俺もそうするつもりだったが、気が付いたら説明会会場まで足を運んできてしまった……現状把握終了」
超慈はいくらか落ち着きを取り戻したが、再びうなだれて呟く。
「大体……『合コン部』ってなんだよ……? なんで集合場所が午後5時過ぎの人気のない体育館? 駅前のカラオケ館に午後6時集合とかの間違いじゃないのかよ? ――⁉」
次の瞬間、体育館倉庫の壁が粉々に砕かれる。あまりの衝撃に超慈は愕然とするしかなかった。壊れた壁の先には、ゴリラもとい、筋骨隆々な女子生徒が光る棒のようなものを持って立っている。超慈は壁を破壊した人物がこの女子生徒だということをなんとか認識する。しかし、超慈は間の抜けた声を発することしか出来なかった。
「あ……あ……」
女子生徒は綺麗な歯並びを見せつけるかのようにニカッと笑う。
「さあ、そんな所に隠れてないで『合コン』の続きをしようよ?」
「ええっ⁉ ……俺の思っていた合コンと違う!」
超慈は女子に雁首を掴まれ、引きずり出されながら心の底からどうにか声を絞り出した。
「ふん!」
「どわっ!」
女子に無造作に投げられ、超慈の体は体育館の冷たい床に転がる。女子は笑う。
「ふふふ……」
(なにがおかしいんだよ? つーか、なんつう馬鹿力だよ……)
「追いかけっこはこれでおしまい」
「は?」
「他の男の子も気になるし……貴方はこの辺りで大人しくしていてちょうだい」
「……はい、分かりましたって言うと思ったか?」
なんとか体勢を立て直した超慈は女子をにらみつける。女子は笑う。
「へえ、そういう顔もするんだ……もっとなよなよした感じかと……」
「や、やめろ、俺を値踏みすんな」
「わりとガチで気に入っちゃったかも……」
「わりとガチってマジかよ……」
女子の言葉に超慈は頭を片手で軽く抑える。
「キープくんくらいにはしてあげる!」
「ふ……ざけんな!」
女子が振り下ろした棒の鋭い一撃を超慈はすんでのところでかわす。女子は驚く。
「ふ~ん、今のもかわすとはやるね、キープくん」
「キープくんって言うな! 俺の名前は……!」
「ん~? なんてお名前?」
「いや、いい……名乗るほどのものでもない」
女子の問いに超慈は首を振る。
「え~教えてよ~」
「悪いがアンタと親しくなる気はない」
「分かった。それならアタシが勝ったら、名前も教えてね♪」
「か、勝手に決めるな!」
「え~い!」
「ぐおっ⁉」
女子は上下に振るだけであった棒のようなものを今度は左右に振ってみせた。思わぬ方向からの攻撃を喰らった超慈はかわし切れず、壁に向かって吹っ飛ばされ、壁にぶつかる。
「当たった♪」
「ぐ……ぐはっ!」
超慈は前向きにうずくまるように倒れこむがなんとか立ち上がろうとする。
「幸か不幸か、結構タフだね。次の一撃で決めるよ~」
女子は四つん這いになっている超慈の頭に狙いを定め、棒のようなものを振りかざす。これを喰らったら流石にマズいことは超慈にも分かっていた。しかし、飛び跳ねて、あるいは左右に転がって、その攻撃をかわす余力がもう残っていない。超慈は内心舌打ちする。
(ちっ……ゴリラと見まごうこの女の一撃を脳天に喰らってノックアウトか……いや、霊長類最強みたいな相手によく粘った方か……)
「~~♪」
「待て待て!」
「!」
突如超慈が叫び出したため、女子が動きを止める。超慈は叫び続ける。
「華のハイスクールライフがそんなスタートで良いのか? 良いわけねえよなあ⁉」
「え? なに……いきなり自問自答? 怖っ……」
超慈の様子に女子が困惑して、動きを鈍らす。超慈は女子を観察しながら声を上げる。
「大体なんだ、その光る棒みたいなものは? アンタだけそんなの持っててズルくね? 俺にはそういうのないのかよ!」
「い、いや、そう言われても……」
「そんなにもアンフェアなものなのかよ! 魂のぶつかり合いってのは!」
「……なんかおっかないからこれで決めさせてもらうね?」
「ちぃ! むっ⁉」
「おりゃ! 何⁉」
女子が目を丸くして驚く。自らの振り下ろした棒のようなものを超慈が二本の刀で受け止めてみせたからである。
「こ、これは……?」
「なにそれ⁉ 刀! しかも二本とか! ズルくない!」
「い、いや、俺にも何がなんだか……ポケットが青白く光ったと思ったら、急に刀が……」
「ようやく発現したようだな」
「⁉ ぶ、部長さん⁉ これはどういう状況ですか⁉」
いつの間にか自分たちの傍らに立っていた姫乃に超慈が尋ねる。
「合魂では必須とも言える、『
「こ、魂道具⁉ なんすかその響き⁉ ってかこれは?」
「それはさしずめ、『
「ええっ⁉」
二本の刀を構えながら超慈は戸惑う。
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第1話(4)お持ち還り
「応用形が発現するとは……思っていたより素質はあるかもしれないな」
姫乃が呟く。
「応用形? なんで刀なんですか?」
「貴様はコンタクトを持っていたか?」
「は、はい……」
「つまりはそれが魂択刀になったということだ」
「つまりって! 説明が下手!」
超慈の言葉に姫乃が若干ムッとする。
「そういうものなのだから他に説明しようがない……」
「じゃあ彼女が持っているあの棒のようなものは⁉」
超慈が向かい合う女子の持つ物を指差して尋ねる。姫乃が答える。
「私も全ての魂道具に精通しているわけではないが……あれは『
「魂棒⁉」
「棍棒が魂道具として発現したのだろうな」
「よく分からないけど、こんなこともあろうかと棍棒を持ち歩いていて良かったわ~」
「こんなこともって! どんな想定していたらそうなるんだよ!」
女子の言葉に超慈は思わず突っ込みを入れる。姫乃が冷静に呟く。
「あれはそのままの形で魂道具として発現している……基本形というやつだな」
「基本形……」
「ねえ、部長さん、合コンを続けて良いんでしょ?」
「ああ、邪魔をして済まなかったな。存分に魂をぶつけ合え」
女子の問いに姫乃が頷く。女子が笑顔を浮かべる。
「さて、再開といきましょうか!」
「ぐっ⁉」
女子の振り下ろした魂棒を超慈は二本の魂択刀で受け止める。
「へえ? 細身なのに意外と力があるのね? ますます興味が湧いてきちゃったわ……」
「俺はどんどん引いているけどな! ふん!」
「む!」
超慈は女子の魂棒をなんとか押し返すと、距離を取る。
「はあ、はあ……」
「休ませないわよ!」
「! 速い!」
「せい!」
女子があっという間に距離を詰め、魂棒を横に薙ぐ。
「ぐっ!」
鋭い一撃だったが、超慈はなんとかこれも受け止める。
「やるわね! ならば連続攻撃はどうかしら⁉」
「⁉」
「おらおらおら!」
女子が魂棒を振り回す。
「ぐうぅ!」
超慈は二刀流を器用に扱い、連続攻撃をどうにかさばく。
「えい!」
「どおっ⁉」
女子の攻撃速度がわずかに上回り、受け止めきれなかった超慈は最後の攻撃を喰らって、吹き飛ばされ、またもや壁に打ち付けられる。
「ふふっ!」
「や、やっぱり、パワーで打ち負けるな……」
「よくやった方だけど、もうそろそろ本当に終わりにしましょう!」
「終わりって、冗談じゃねえよ……ってか、なにがどうなったら終わりになるんだ?」
超慈は視線を姫乃に向ける。姫乃は肩をすくめる。
「知りたいか?」
「いや、そりゃあ知りたいでしょう!」
「合魂とは魂のぶつかり合いではあるのだが、相手の持つ
「魂力?」
「ああ、魂の力だ」
「それを吸い取られるとどうなるんですか?」
「吸い取られ具合にもよるのだが……大体は魂道具をしばらく発現出来なくなるな」
「……と、いうことは?」
「合魂には魂道具を持って参加することは出来なくなるな」
「……それはむしろ良いことなんじゃないか?」
超慈は顎に手をあてて呟く。姫乃は淡々と呟く。
「まあ、どのように振る舞うのかは自由だが、魂力を吸い取られると色々マズいかもな……」
「マズい?」
「例えば何らかの後遺症が残るかもしれんな」
「え⁉ マジですか⁉」
「その辺はよく知らん。生憎、魂力を完全な形で吸い取られたことがないものでな」
姫乃が両手をわざとらしく広げる。超慈が愕然とする。
「そ、そんな……」
「お話中のところ悪いけど、これで終わりよ!」
「うおっ!」
「ちっ!」
女子の振るった魂棒を超慈は横に飛んでなんとかかわす。
「こ、こうなったら勝つしかないってことかよ!」
超慈の叫びに姫乃が頷く。
「まあ、そうなるな。その二本の刀であの女を打ち倒すしかあるまい」
「……出来れば女の子に手荒な真似はしたくない!」
「ほう、この期に及んでも紳士的だな……よかろう、少しヒントをやる」
「ヒント?」
首を捻る超慈に姫乃が説明する。
「魂択刀とは『魂を選択する』刀……相手の魂の中心、いわゆるコアの部分を見極めて突けば、与えるダメージは最小限に抑えることが出来る。魂択刀はそれが比較的容易な魂道具だ」
「見極めるって……どうやって?」
「魂択刀を使ったことが無いものでな、さっぱり分からん」
「わ、分からんって……」
「あとは……」
「あとは?」
「気合で頑張れ」
「き、気合って⁉」
「人をほったらかして、盛り上がらないでよ!」
女子が魂棒を振りかざしながら突進してくる。
「くっ、どうする⁉ ⁉」
超慈が思わず片目をつむるが、その瞬間、女子の体の一部分が光ったように見えた。
「うおおっ!」
「ええい! ままよ!」
「⁉」
超慈の振るった刀が女子の体の光った部分を突いた。超慈は無我夢中で叫ぶ。
「お、『お持ち還り』だ!」
「……」
女子は倒れこむ。魂棒も消える。超慈が恐る恐るのぞき込み、呟く。
「や、やったのか……? ん⁉」
体育館の照明がパッと明るくなる。いつの間にか壇上にいた姫乃が大声で告げる。
「そこまでだ! 最後まで立っていた者たち……合魂部へようこそ!」
「ええっ⁉ ……な、なんか気が抜けちまった……」
超慈は気を失ってその場に倒れこむ。
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第2話(1)上々のスタート
2
「む……」
「お、気が付いたか」
超慈にとって聞き覚えのある声が聞こえてくる。部屋の照明の眩しさに目を細めながら超慈は口を開く。
「その声は……仁か?」
「ああ」
「ここは?」
「医務室だよ」
「そうか……お前、なんでこんなところに?」
「い、いや、そんなことはどうでもいいじゃねえか。それよりお前大丈夫かよ? しばらく気を失っていたんだぞ」
超慈は体を半分起こしながら、片手で頭を抑えて呟く。
「気を失うなんて初めてだ……」
「いわゆる『魂の詰めすぎ』というやつだな」
「あ、部長さん……」
医務室のベッドの近くに立っていた姫乃の存在に超慈はようやく気付く。
「魂力をまだ上手く使いこなせていないのだから無理もない話だが」
「なんか、すいません、ご迷惑をおかけしてしまったみたいで」
超慈は頭を下げる。
「気にするな。よくあることだ」
「よ、よくあることなんですか……」
「それよりその二人にお礼を言っておけ、ここまで運んでくれたのだからな」
「え?」
姫乃はベッドの傍らに座る仁と離れた壁際によりかかるマッシュルームカットの亜門を杖で指し示す。仁が笑う。
「へへっ、結構重かったぜ」
「全くだ、もう少し痩せろ、ナード……」
「ナ、ナードじゃねえよ! で、でもありがとな、二人とも……」
「ぶひっ⁉」
「えっ⁉ き、君は……」
超慈が反対方向に向くと、少しウェーブのかかったロングの金髪で短いスカートをはいたギャルが座っていた。ギャルは俯いて口元をおさえながら小声で呟く。
「男同士が不器用ながらも友情を育んでいく感じ……尊い……」
「え? 鬼龍瑠衣さん……だよね? 介抱してくれていたの?」
「ウ、ウチは保健委員でござるから当然のことでござる!」
「ござる連発⁉」
「まだ委員を決めていないだろう……つくならもっとマシな嘘をつけ……」
亜門が呆れたように呟く。
「と、とにかく、無事に目が覚めたようで何よりニン!」
「ニンって!」
「拙者、もといウチはこの辺でドロンさせていただくでござる!」
「え⁉」
瑠衣が立ち上がると、両手を合わせ、両の人指し指を立てて、なにやら叫ぼうとする。
「はっ!」
「待て」
「ぐえっ!」
瑠衣の襟に姫乃が杖を引っかけ、引っ張った。瑠衣が体勢を崩す。超慈が問う。
「だ、大丈夫?」
「や、やばたんでござる……」
「は、はあ……」
「キャラが迷子になっているぞ。まあ、その辺は勝手にすればいいが……それよりもお前らには改めて言っておくことがある」
「言っておくこと?」
姫乃が咳払いを一つして口を開く。
「合魂部へようこそ!」
「⁉」
「今年は4人か、なかなか優秀だな。歓迎するぞ」
「え、えっと……」
「ああ、この入部届を提出しておいてくれ。面倒だろうが決まりなのでな」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「ん?」
用紙を配ろうとした姫乃の手が止まる。超慈が尋ねる。
「きょ、今日は入部説明会だったんじゃありませんか?」
「ああ、そうだな」
「ま、まだ入部すると決めた訳では……」
「む……そうなのか?」
姫乃が超慈以外の三人の顔を見る。仁たちが口を開く。
「まあ、話が急過ぎるかなって……」
「戸惑っているでござる……あっ、意味不って感じー?」
「もう少し様子を見たい……」
「……そうか、そういうことならば致し方ないな」
姫乃は意外とあっさりと引き下がる。超慈が面喰らう。
「い、良いんですか?」
「無理強いをする気はない。ただ……」
「ただ?」
「これも何かの縁だ。全員RANE交換しないか?」
姫乃が端末を取り出して微笑む。
「は、はあ、まあ、それくらいなら……」
超慈たちは姫乃の求めに応じる。
「……ありがとう。今日はもう遅い。気をつけて帰りなさい」
「は、はい……失礼します」
超慈たちは医務室を出て帰路に就く。超慈は仁と並んで歩く。仁が呟く。
「いやあ、なんていうか、怒涛の一日だったな」
「ああ、だが、華のハイスクールライフ、こうでなくっちゃな!」
「ま、前向きだな。気絶していたのに……」
「……2人だぞ」
「え?」
「中学3年間で1人しか出来なかった女子とのRANE交換! 初日でいきなり2人と交換出来たんだぞ! 上々のスタートだ! これを喜ばずしてなんとする!」
「あ、ああ……」
超慈の言葉に仁が目頭を抑える。
「なんだ仁? ひょっとして泣いてんのか?」
「いやいや……目にゴミが入っただけだ……可愛い女子2人で良かったな」
「大分癖があるがな……この際贅沢は言わねえ。それにしても……」
「ん?」
「他の奴ら、俺が倒した女子とかはどうしたんだ? 無事なのか?」
「ああ、なんか謎の黒子衣装の集団が現れて、別の医務室に連れていったみたいだぜ」
「謎の黒子衣装の集団……深くは突っ込まない方が良さそうだな」
「そうだな……あ、俺こっちだから」
仁が別方向を指し示す。超慈が首を傾げる。
「え? お前も学生寮じゃないのかよ?」
「俺は下宿なんだ。また明日な」
仁と別れて寮に戻った超慈はすぐさま眠りに落ちる。そして、翌日の昼……。
「部長さんからのグループRANEだ……広場に集合……改めて勧誘か?」
「覚悟!」
「ええっ⁉」
見知らぬ生徒からいきなり斬りかかられて超慈は驚く。
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第2話(2)突然のチュートリアル
「ふん!」
「うおっ!」
突然の攻撃を超慈はなんとかかわす。
「ちっ!」
「な、なんだ⁉」
超慈は距離を取って、襲撃者をよく観察する。赤く光る刀のようなものを持っている。自分と同じ制服を着ていることから見ても、愛京高校の男子生徒だろう。
「……今度は外さん」
「ひょ、ひょっとして……!」
端末が鳴る。取り出してみると、姫乃からの通話通知である。超慈は通話をオンにする。
「……お忙しいところ恐縮だ」
「なんすかこれ⁉」「これは⁉」「何事だし⁉」「どういうことだ⁉」
4人の声が重なる。一呼吸おいて姫乃が答える。
「……グループ通話だ。一斉に喋られても分からん……が、貴様らの問いたいことは分かる。一体どういう状況なのかということだろう?」
「そ、そうです!」
「昨夕の体育館での合魂で貴様らの魂力がそれなりに高いということが分かった」
「そ、それが何か?」
「魂力を探知・調査する方法というのはいくつかある……どのような経緯かまでは分からないが、貴様らの魂力は既にこの学園都市に大体知れ渡っている」
「えっ⁉」
「よって、貴様らは標的になった」
「ひょ、標的⁉」
「何をごちゃごちゃと話してやがる!」
「どわっ⁉」
男子が再び斬りかかってきたため、超慈は慌ててかわす。姫乃はマイペースに話を続ける。
「……ターゲットと言った方が良いかな?」
「い、いや、それは別にどっちでも良いですが、なんでそうなるんですか⁉」
「相手の魂力を吸収し、自己の魂力を高めるためだ」
「ええっ⁉」
「『合魂部』の入部説明会を勝ち抜いた貴様らは恰好の的だ」
「ま、まだ入部するって決めたわけじゃないですよ!」
「それはもはや大した問題ではない」
「へっ⁉」
「魂力を高め、魂道具を発現させた時点で、奴らにとっては無視出来ない存在になっている」
「奴らって誰ですか⁉」
「それは例えば……今貴様らを襲っている連中だ」
「おらっ!」
「ぐっ⁉」
別方向から別の男子が斬りかかってきたが、超慈はこれもなんとかかわす。
「ちっ! ちょこまかと!」
「増えた⁉ 相手は一人じゃないのか⁉」
「……見たところ、奴の配下どものようだな」
「はい⁉」
「使っている魂道具は……ふむ、『
「ええっ⁉」
「なるほど、ちょうど昼食時だからな……」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「なんだ?」
「も、もしかして部長さん、見える場所にいらっしゃいます?」
「まあ、貴様らをその場に誘導したようなものだからな……」
「ど、どこにいるんですか⁉」
「ばっちり見える場所……とだけ言っておこうか」
「そ、そんな⁉」
「ほら、よそ見をしている場合じゃないぞ」
「⁉ うおっと⁉」
また別の方向から男子が斬りかかってくる。超慈はすんでのところでかわす。
「避ける一方ではどうしようもないぞ」
「し、しかし!」
「今、貴様らは一つの分かれ道に立っている……」
「分かれ道⁉」
「そう、このまま訳も分からず、そいつらに魂力を吸い取られるか、それとも合魂部に入部し、魂力の高みを極めるか……さあ、前者と後者、どっちを選ぶ?」
「そ、そんなの決まっているでしょう!」
姫乃の問いかけに4人が揃って答える。
「前者だ!」「「「後者!」」」
「⁉ あ、あれ⁉」
「……優月超慈、貴様だけ違う答えだったようだが……?」
「い、いや、後者です! あの、あれです、見る方向が逆だったんです!」
「なんだそれは……まあいい、全員、高みを極めるつもりがあるということだな」
「は、はい!」
「うむ! その意気やよし!」
4人の返答に姫乃は満足気に頷く。超慈が小声で呟く。
「正直高みを極めるって意味分からねえけど……」
「言ったそばからよそ見をするな」
「! よっと!」
「反応が良いな……」
超慈の様子を見て、姫乃は感心したように呟く。超慈が声を上げる。
「な、なんか、気のせいか敵が多くなっているような!」
「気のせいではない。広場中が敵だと思え」
「ぶ、部長、見てないで加勢して下さいよ!」
「……ゲームの序盤から強キャラを使用出来たら興醒めだろう」
「じ、自分のことを強キャラ扱いっすか……って、序盤⁉」
「そうだ、これはいわば操作方法を確認するチュートリアルだ」
「チュ、チュートリアル⁉」
「ただし! 敵キャラはガチでくるチュートリアルだ」
「それってチュートリアルって言わないでしょう⁉」
超慈が再び声を上げる。姫乃が淡々と話す。
「繰り返しになるが、防戦一方だぞ、そろそろ仕掛けろ。今この広場は合魂のバトルフィールドと化している。周囲からは見えんし、一般人は迷い込んでいない、その点は安心しろ」
「そ、それもそうなんですが!」
「うん? まだなにかあるか?」
姫乃が首を傾げる。
「魂道具の発現方法が分からないのですが!」
「なんだ、そんなことか」
姫乃がため息をつく。超慈がたまらず叫ぶ。
「そんなって! 大事なことですよ!」
「集中力を研ぎ澄まし、自身のイメージを膨らませろ……」
「集中力……イメージ……」
超慈は姫乃の言葉を反芻する。姫乃が声を上げる。
「そして思いのままに叫ぶのだ!」
「魂~道~具!」「よっ!」「はっ!」「ふん……」
「あ、あれ……?」
超慈は周囲の様子を見て首を捻る。姫乃は笑いをこらえながら話す。
「べ、別にそこまで声を張る必要はないぞ、こ、魂~道~具!って……」
「ええっ⁉」
超慈の顔が真っ赤になる。
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第2話(3)それぞれの魂道具発現
「と、とにかく4人とも発現には成功したようだな……」
「え? うおっ!」
「周囲を確認している余裕はないぞ! まずは自らに迫ってくる相手を倒せ!」
「くっ!」
「一人ではかわされる! 複数同時にかかれ!」
周囲の男子からはそのような声が聞こえてきて、超慈に向かって二人同時に斬りかかってきたが、超慈はなんとか二本の刀を駆使して受け止める。姫乃が感心する。
「優月超慈、魂道具は『魂択刀』。外見からすると少々意外だが、運動能力がそれなりに高く、なおかつセンスもある。何より細身ながらもあの力強さ……それぞれ片手で一人ずつの攻撃を受け止めてみせている……興味深いな」
「ぐぐ……えい!」
超慈は二人同時の攻撃を鍔迫り合いの末、同時に弾き返してみせる。姫乃が頷く。
「昨夕も体格で勝る相手のパワー溢れる攻撃を耐えきったからな……これは思っているより違うロールかもしれん……」
「せい!」
「どはっ!」
「がはっ!」
「お持ち還りだ!」
反撃に出た超慈が襲ってきた男子たちの魂力を吸い取ってみせる。姫乃が告げる。
「まずはお見事……ただ、まだ敵は大勢いるぞ。気を抜かないように」
「は、はい!」
「さて、他の三人だが……紅一点、鬼龍瑠衣、魂道具は……」
姫乃が見たところ、瑠衣は白く光る小刀を構えて相手と向かい合っている。
「はっ!」
「あれは……『
「!」
「きゃ!」
「わっ!」
瑠衣は素早い動きで相手の懐に入り込み、次々と相手の魂を吸い取っていく。
「なるほど……多少のリーチの不利はスピードと体術で補うと……本人はどうも忍べているつもりのようだが、全然忍べてないのが気になるが……まあ、この際それは良い」
「はっ! はっ!」
「ヒット&アウェイ戦法が取れるな……トリッキーな役回りかと思ったが、案外違う形で戦わせるのも面白いかもしれん」
姫乃は納得したように頷くと他の2人に目を向ける。
「礼沢亜門、魂道具は……」
「はっ!」
亜門は刃先が長くしなった独特な形状の刀を振るい、周囲の敵を薙ぎ払う。
「あれは……『
「それっ!」
「ぎゃあ!」
「ぐはっ!」
亜門が刀を操作すると、長く伸びていた刃が一気に縮み、巻き込まれる形となった者たちの魂が吸い取られていく。姫乃が感心する。
「なるほど、刃の伸縮が自由自在か。これは相手にまわすと厄介だな……。しかし、コンセントということは……まあ、それは後でも良いな。最後はあいつか……」
姫乃は残った1人に視線を移す。
「うおおっ!」
「威勢が良いな、外國仁、魂道具は……」
仁は先端部分が黄色く太くなっている二本の棒を手元で器用にくるくると回して、相手を翻弄している。
「うむ? あれは……新体操で使う『
「ほっ! ほっ!」
「ぐえっ!」
「どはっ!」
仁は体勢を低くして、棒を上に投げ飛ばす。思わぬ攻撃を喰らった者たちの魂が次々と吸い取られていく。姫乃が頷く。
「相手が虚を突かれて露骨に戸惑っているな。予測が難しいからな、無理もないだろう……」
「はあ……はあ……片付きましたよ?」
超慈が乱れた息を整えながら、姫乃に問う。姫乃が答える。
「思っていたよりは4人とも戦えていたな。ひょっとして中学で合魂経験者か?」
「こんなのやる中学校、普通ないでしょう……」
「冗談だ。よくやったな、と言いたいところだが……貴様ら全然連携がなっとらんな」
「そ、そりゃあそうでしょう!」
姫乃の指摘に対し、超慈が声を上げる。
「それでは今後苦労するぞ?」
「そんなこと言われても! 今日初めて互いの魂道具を見たんですよ⁉」
「初対面の者とも呼吸を合わせる必要が生じるぞ、合魂を舐めるなよ?」
「俺の知っている合コンじゃない! ⁉」
「おらあ!」
「!」
大柄な男が4人に刀を持って襲い掛かってくる。小さい規模だが火が巻き起こる。4人は驚きながらもなんとかこれをかわす。姫乃が淡々と話す。
「まだ残っていたか……言ってみればボスキャラだな。そいつを倒さんとチュートリアルクリアとはならんぞ」
「ひ、火が出ましたよ⁉」
「値段の高い、質の良い魂火煮弁刀を使っているのだろうな」
「そ、そういうものなんですか⁉」
「そういうものだ……今の動き一つとってみても、これまでの雑兵とは一味違うようだ。連携を取らんと、現在の貴様らではどうにもならんぞ?」
「そ、そうは言っても!」
「声が苦しげだな、魂力を一気に消費して消耗したか、基本的体力をもっとつけんとな。だが、これくらいは切り抜けてもらわんと話にならん。ほら、相手は待ってくれんぞ」
「これで仕留める!」
大柄な男が刀を振りかざす。超慈が舌打ちする。
「ちっ! 体が思うように……」
「『充電』!」
「⁉」
亜門が刀を地面に突き立てると、周囲に振動が伝わる。亜門が周りに向かって叫ぶ。
「これで魂力が多少戻ったはずだ!」
「ああ、動ける!」
「むっ⁉」
前に踏み出した超慈が男の刀を受け止める。仁が魂棒を投げる。
「それ! 『回転投げ』!」
「うおっ⁉」
二本の回転する魂棒を両肩に喰らった男がのけ反る。超慈が瑠衣に声をかける。
「任せた!」
「任された! 『パフパフ』!」
「ぐはあっ!」
空中に身軽に舞った瑠衣の攻撃により魂を吸い取られた男が崩れ落ちる。
「即興だが、良い連携だったな。これは期待出来るかもしれん……」
姫乃が笑みを浮かべつつ呟く。
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第2話(4)講評と役割分担
「……ふぅ~」
超慈はベンチ近くの階段に腰を下ろし、鞄からペットボトルを取り出して、水を飲む。
「……バトルフィールド化は解除されたな。襲われることはない」
「それは何よりだし~」
「連戦ってなるとさすがにしんどいぜ……」
「はあ……」
姫乃の言葉に超慈以外の3人も緊張の糸が切れたように地面に腰を下ろしたり、フェンスによりかかったりする。姫乃がふっと微笑む。
「かなり消耗したな。しかし、よく切り抜けた。個々の戦闘もなかなかのものだったが、最後に見せた連携は実に見事だったぞ」
「そ、それはどうも……」
超慈が頭を下げる。姫乃が笑顔から急に真面目な顔つきになって話を続ける。
「……個々の講評に移ってもいいか?」
「個々の?」
「ああ、優月超慈、貴様はなかなかの運動能力かつ攻撃センスも感じられた」
「あ、ありがとうございます……」
「しかし、私が着目したポイントは別だ」
「え?」
「昨夕の、そして先ほどの大柄な体格の者からの攻撃を受け止めることの出来るパワー。その細身のどこから繰り出されるのか不思議だが、貴様は『タンク』だな」
「はっ? タ、タンク……?」
「その手のゲームはやったことがないか? 簡単に言えば盾役だ」
「た、盾ですか? い、いや、魂道具はせっかくの二刀流なわけだし、もっとこう……切り込み隊長的なポジションは?」
「ざっと見たところ、確かにセンスは感じるが、他の3人に比べれば、戦闘能力はまだそこまでではない。体力不足なところも若干マイナスだな」
「そ、そうですか……」
姫乃の言葉に超慈は肩を落とす。亜門は笑う。
「はっ、ナードにはやっぱり荷が重かったか」
「うるせえな! ……半年間の受験勉強で体がすっかりなまっちまったんだ……お、俺は本当ならもっとやれますよ!」
超慈は立ち上がって叫ぶ。姫乃が落ち着かせるように話す。
「落ち着け、潜在能力はひしひしと感じている。そう焦るな……タンクと言ったが、そこまで厳密なロール、役回りというわけではない。基本は攻撃を優先して動いて構わん。ただ、味方と共に行動する際はそういう立ち回り方も頭に入れておいてくれ」
「は、はあ……分かりました」
「……というわけでこの中で『アタッカー』の役割を任せたいのが……鬼龍瑠衣、貴様だ」
「せ、拙者! じゃなくてウチ⁉」
姫乃の言葉にベンチに腰を下ろしていた瑠衣は驚いて立ち上がる。
「ああ、一体どこで学んだか知らんが、見事な体術を織り交ぜた戦い方だった……純粋な戦闘能力ならこの中でもトップだろう」
「へへっ……なんだか照れるでござるし!」
瑠衣が恥ずかしそうに鼻の頭をこする。
「……異議あり」
亜門が気だるげに片手を上げる。姫乃が首を傾げる。
「ん? なにか不満でも?」
「体術に関しては確かに認めます。ただ、そのござるニン女はやや軽量すぎる。前衛を張ることになるアタッカーとしてはパワー不足なのでは?」
「ござるニン女って!」
亜門の言葉に瑠衣がムッとする。姫乃が口を開く。
「優月にも言ったが、そこまで厳密な役割分担というわけではない。対戦する相手との相性などもあるからな。その辺は臨機応変に対応していけばいい」
「……そんな回りくどいことをしなくても、この俺を不動のアタッカーに据えればそれでいいだけのことだ」
亜門は自らの胸を指し示す。姫乃はそんな不遜な態度を咎めるでもなく、冷静に話す。
「もちろん、相手にとってはアタッカーとしての役割を果たしてもらうこともあるだろうが、それよりも礼沢亜門……貴様には大事な役割がある」
「え?」
「『ヒーラー』だ」
「はあっ⁉」
姫乃の言葉に亜門が驚く。
「貴様はさきほどの戦いで魂旋刀を地面に突き刺し、魂力を補充した。あれはどういうからくりだ? 皆にも分かるように説明してくれないか」
「地面には倒れこんだ奴らの残存魂力みたいなものが溢れていた……」
「魂力が分かるのでござるって感じ?」
瑠衣が亜門に尋ねる。
「はっきりと視認できるわけではない。ただ、なんというか……感じ取るというのかな。それによって奴らの吸収されていない魂力を魂道具で集めることが出来た。それから逆の要領で集めた魂力をお前らに注入した……ってわけだ」
「な? ヒーラーだろ?」
「でござるな」
姫乃の言葉に瑠衣がうんうんと頷く。亜門が戸惑う。
「ちょ、ちょっと待て! よく考えてみろ! 戦闘スタイルを鑑みても、俺が前衛に構えていた方が絶対に良いはずだ! ん⁉」
亜門の肩に超慈がそっと手を置く。
「ふふふ……」
「な、なんだ、ナード!」
「ネトゲでヒーラーやってそう……」
「⁉ ぐうっ……」
超慈が耳元で囁くと、亜門は口惜しさを押し殺しながら黙る。姫乃が首を捻る。
「……よく分からんが、納得してもらったか? まあ、役割分担はこんな感じだな」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 俺は⁉」
仁が慌てて声を上げる。
「あっ……」
姫乃はそっと目をそらす。
「いや、なんで目そらすんすか⁉ 俺にも講評と役割下さいよ!」
「忘れていたとは言えない……」
「言っちゃってるし!」
「冗談だ、外國仁、意外性のある魂道具を上手く使いこなしていたな。よくやっていたぞ」
「ありがとうございます! ……役割は?」
「え? そ、そうだな……『メイカー』だ」
「メイカー……? 俺もそういうゲームに詳しくないからあれだけど、そんな役割ある?」
「ム、『ムードメイカー』や『チャンスメイカー』は合魂では重要だぞ!」
「おおっ! 合魂ならではの役回り! なんだか燃えてきましたよ!」
「……今思いついたとか言えないな」
「……言っちゃってますけど」
小声で呟く姫乃に対し、超慈が突っ込む。幸い仁の耳には届いていない。
「と、とにかく入部への決意は固まったようだな。放課後、部室に集合だ」
姫乃の言葉に従い、放課後、超慈たち4人は『合魂部』の部室前に集まった。仁が呟く。
「校舎内に普通にあるんだな、部室……」
「今度は一体何の用でござるかな? またチュートリアルだったらウケる」
「ウケねえよ……まずは昼間の連中の説明をして欲しいところだ……」
瑠衣の問いに亜門が答える。超慈が口を開く。
「それもそうだが、まず魂力の高みを極める目的を聞きたいぜ……入ります」
ノックした後返事があり、超慈たちが部室に入ると、姫乃が壁に紙を貼って振り返る。
「来たな……我々『合魂部』、当面の目標は……『下剋上』だ‼」
「ええっ⁉」
姫乃の意外な宣言に超慈たちは驚く。
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第3話(1)因縁なしの方も安心
3
「どうした?」
「いや、それはこっちの台詞ですよ……なんですか猫駆除って」
「下克上だ、これをよく読め」
姫乃が張り紙をドンと叩く。そこには墨で文字が書かれている。超慈が目を凝らす。
「ああ、下克上ですか……すんません、あまりに達筆過ぎて……」
「だからと言って、そんな読み間違いはしないだろう……まあいい」
「下克上というのが、あまり意味が分からないって感じだし……」
「確かにな……正直馴染みがないし」
瑠衣の言葉に仁が頷く。
「『下の者が上の者に打ち勝って権力を手中にすること』だろう。戦国時代の流行語・社会の風潮みたいなものだな」
亜門が口を開く。姫乃が満足そうに頷く。
「おっ、さすがは寺生まれだな」
「寺がどうとかは関係ないでしょう……一般常識です」
「意味は理解しましたが、それがなんなのでしょう?」
超慈は姫乃に尋ねる。姫乃が首を傾げる。
「……分からんか?」
「ええ、さっぱり」
「どの辺がさっぱりだ?」
「え? ええっと……」
「……そういった目標を傾げているということは、この部の上位に位置する存在がいるということですね?」
言葉に詰まった超慈の代わりに亜門が尋ねる。姫乃がふっと笑う。
「……なかなか鋭いな」
「ちょ、ちょっと待って下さい。合魂部の上位に位置する存在? 部活動とはそれぞれ独立しているものでしょう?」
超慈が戸惑う。瑠衣が頷く。
「うん、それはそうでござるな……」
「まさか、強豪チームにありがちなAチーム・Bチームに分かれているとか⁉ お前らはまだレギュラーにはほど遠いとか!」
「いや、なにをわけのわからないことを言っているんだよ。仁、少し落ち着け」
「超慈……ああ、そうだな……」
「いや、外國の言ったことは当たらずも遠からずだ……」
「ええっ⁉」
姫乃の言葉に超慈は驚く。亜門が冷静に口を開く。
「……どういうことですか?」
「この学校内で、合魂道を極めようとすると、『競合』するチーム・団体がこの学園内にはとても多いのだ!」
「多いって……どれ位ですか?」
「……規模の大小を考えなければ10組以上だな」
「け、結構多いし……」
仁から問いかけられた姫乃の答えに瑠衣が戸惑う。亜門がため息交じりで語る。
「……この合魂部はその複数存在する団体の中でも下に位置する方だと?」
「まあ、下克上とは言ったが、実際は中の下くらいじゃないか?」
「そ、それでも、中の下⁉」
姫乃の言葉に超慈が戸惑う。姫乃は笑う。
「貴様らが加わってくれたことで、中の上くらいには戦力アップだ」
「お、俺ら一年が入ったくらいでそんなに変わります?」
「当然だ、この半年、実質私1人だったからな」
「ええっ⁉」
「これで上位に位置する連中に一泡吹かせられる……」
「ちょ、ちょっと待って下さいね……一年、集合」
超慈が声をかけ、部室の端っこに一年4人が集まる。そして小声で話し始める。
「ど、どう思う?」
「……なんでお前が仕切るんだ、ナード」
「それはいいだろう、この際。どうする? 今ならまだ間に合うんじゃないか?」
「間に合うとは?」
「決まってんだろう鬼龍ちゃん、入部を見送るって判断だよ!」
「超慈! 声が大きい!」
仁が慌てて超慈を制止する。姫乃が口を開く。
「不安な気持ちはよ~く分かる」
「あ……聞こえちゃいました?」
超慈が苦笑を浮かべる。姫乃が話を続ける。
「とはいえ、この合魂部で上位陣に合魂を挑むのはそれなりの理由があるのだ」
「理由?」
「これを見ろ」
姫乃が5枚の写真を部室の机に広げる。超慈たちがそれを覗き込む。
「「「!」」」
超慈以外の3人の顔色が変わる。姫乃が淡々と続ける。
「お前らのよく知っている顔がいるだろう? こいつらをなんとかすることが出来るのは我々合魂部だけだ」
「委細承知……」
「よく分かったぜ」
「確かにな……」
「あ、あの……?」
超慈が申し訳なさそうに姫乃に尋ねる。
「ん? なんだ優月?」
「なんか皆、因縁の相手を見つけたぞ! みたいな感じで静かに闘志を燃やしているのがひしひしと伝わってくるんですが……」
「うむ、引き締まった良い表情をしているな」
「お、俺だけ、特に因縁の相手がいないんですが……」
「なんだ~貴様持っていないのか? 因縁?」
「まるで持っているのがデフォみたいな言い方やめて下さいよ……」
「まあ、我が部は『初心者歓迎! 因縁なしの方も安心!』とポスターに書いてあるから」
「安心って……」
姫乃が超慈の肩をポンと叩く。
「そう焦るな、きっと良い因縁が見つかるさ」
「見つからないに越したことはないと思うんですが……」
「それで? どうしますか、部長?」
亜門の言葉に姫乃と超慈が振り返る。亜門ら3人は気合の入った表情をしている。
「気合十分だな。ただ、焦るなよと言いたいところだが、連中の方が先に本格的に動き出す可能性があるな……先に仕掛けるのもありか……」
「連中?」
超慈が首を傾げる。
「今日の昼間、貴様らを襲った連中だ」
「あ、ああ……」
「見当はついているんですか?」
「もちろん」
亜門の問いに姫乃が頷く。仁が尋ねる。
「誰ですか?」
「普通科の連中だ……『合魂倶楽部』のメンバーたちだな」
姫乃が1枚の写真を指差す。瑠衣の顔色が変わる。
「!」
「根城にしているのは、どうやら図書館のようだ」
「‼」
「うおっ⁉ 鬼龍ちゃん⁉」
瑠衣が凄まじい速さで部室を飛び出したことに超慈たちは面食らう。
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第3話(2)図書館抗争
「こ、これが図書館……」
瑠衣の後を追ってきた超慈たちが校舎から少し離れた場所にある建物の前に立つ。
「流石はマンモス校、図書館自体が独立した建物かよ」
仁が建物を見上げながら呟く。
「呑気に感心している場合か、ござるニン女の後を追うぞ」
亜門が図書館入口に突っ込む。超慈も続く。
「よっしゃ! 行くぜ!」
「お、おい、2人とも! そんなむやみやたらに突っ込んで大丈夫か?」
仁が慌てて声をかける。超慈が笑って振り返る。
「なんだよ、仁? ビビッたのか?」
「い、いや、そういうわけじゃないけどよ……もうちょい慎重に行った方が……」
「……昼間に先に仕掛けてきたのは奴らだ。このタイミングで俺たちが反撃に出るとは全くの予想外なはず……やるなら今だ。それとも細マッチョ、その筋肉は見かけ倒しか?」
入口の手前で立ち止まった亜門は仁に向かって淡々と呟く。
「ほ、細マッチョって言うな! あ~もう、分かったよ! 一気に行こうぜ!」
仁が頭を掻きむしってから勢いよく走り出す。3人は図書館の中に入る。超慈が呟く。
「……なんか妙な雰囲気だな」
「恐らくだがこの図書館全体をバトルフィールド化しているんだろう……」
「ということは……おっ! 出たな」
亜門の推測を聞いた仁は手際よく自身の魂道具を発現させる。亜門も頷き、発現させる。
「そういうことだ……ここは敵陣のようなものだ、あまり目立つ行動は避けた方が……」
「魂~道~具!」
超慈が大声を上げて魂道具を発現させる。亜門が慌てて、抑えた声で超慈を諫める。
「い、言ったそばから騒ぐ奴がいるか!」
「いや~こう叫ばないと、道具が発現しないんだよ~」
「早急になんとかしろ! これでは奇襲もなにもあったもんじゃない!」
「放課後だからなのか、照明が暗いのが救いだな……ん⁉」
周囲を見渡した仁が驚く。廊下に制服を着た男女が何名か倒れていたからである。
「あの女が得意の早業で雑兵どもを片付けてくれたようだな」
亜門は納得したように頷く。超慈が口を開く。
「相手が何人かも分からねえし、どんな奴が控えているかも分からねえ。さっさと合流した方が良さそうだぜ。きっと魂力も消耗しているはずだ」
「珍しく良いことを言うな、ナード」
「珍しくとはなんだ」
「ベタな配置だが、この『合魂倶楽部』の中心、いわば幹部的存在は上階にいるのだろう」
「よし! 上に急ごうぜ!」
「そうはさせん!」
「どわっ⁉」
広い廊下の暗い部分からしなった鞭のようなものが飛んでくる。超慈たち3人はなんとかそれをかわす。影から大柄な男が現れる。
「ほう……今のをかわすか……合魂部の一年坊、なかなかやるようだな」
「なんだてめえは⁉」
「聞きたいか? 俺は……」
「いや、いい……」
超慈の問いに男が答えようとするが、それを亜門が制する。男が首を傾げる。
「なんだと?」
「雑魚の名前などどうせすぐ忘れる」
「お、おい⁉」
亜門の言葉に超慈が慌てる。男が小刻みに震えながら呟く。
「……お、俺が雑魚だと……?」
「お、お前! 対立勢力でも先輩だぞ⁉ 少しは敬意を持てよ!」
「……ナード、そんなに奴の名前を知りたいか?」
亜門の問いに、超慈は男の方を一瞬見てから答える。
「……いや、野郎の名前にはこれっぽっちも興味ない!」
「よ、よく分かったぜ……俺のことを舐めていやがるな?」
仁が困惑しながらまくしたてる。
「ほ、ほら、怒っているぞ! お前ら体育会系のこと全然分かってねえな⁉ いいか? このデカい建物の一階部分を任されるってことは、あの人はこの倶楽部とやらでは“下っ端の中ではそこそこ偉い人”ってことだ! しかもまんまと鬼龍の突破を許しちまっている! 本当の実力は見掛け倒しの可能性が高い!」
「……」
「痛めつけるだけにしてやろうかと思ったが、魂、吸い取ってやるわ!」
「ええっ⁉ すげえキレてる! なんで⁉」
「お前が火に油注いだんだよ! どうしてくれんだ⁉」
「……いや、案外いい仕事をしてくれたな。流石は『(ムード)メイカー』だ」
「俺の『
「鞭と刀を使い分けることの出来る魂道具か、怒りに任せてネタバレしてくれて助かった」
亜門は魂旋刀をしならせて、男の振るう鞭に絡ませる。男が戸惑う。
「くっ! 絡んだ! どうするつもりだ⁉」
「こうするつもりだ……『電流』!」
「がはあっ!」
亜門が刀の手元を操作すると、電流が流れ、それを喰らった男は痺れて倒れこむ。
「……お持ち還りだ」
亜門はゆっくりと男に近寄ると、男の魂を吸い取った。超慈が感心する。
「す、すげえ……」
「さっさと上の階に向かうぞ」
亜門を先頭に階段を上がる。上がった先は放射線上に本棚が立ち並ぶフロアだった。
「おお、おしゃれな並べ方しているな……」
「連中の気配がしないな……ナード、細マッチョ、お前らは北側から時計回りに探せ。俺は南側からあの女を探す」
「お前が仕切るなよ!」
「超慈! こんなとこで揉めてる場合じゃないぞ!」
「ちっ……」
超慈たちは二手に分かれ、このフロアを捜索する。仁が呟く。
「礼沢の言う通り、連中の気配がしないな……鬼龍が全員倒しちまったのか?」
「鬼龍ちゃん~! 居るなら返事してくれ~!」
「バ、バカ! 叫ぶな、超慈!」
「……図書館ではお静かにお願いします」
「「⁉」」
窓側に面した席に座る女子生徒から声をかけられ、超慈たちは驚く。
「あ、す、すいません……」
「いや、何を謝っているんだよ! 相手かもしれないぞ⁉」
頭を下げる超慈の脇腹を小突きながら仁が小声で突っ込む。
「下校しそこねた一般生徒かもしれないだろう⁉」
「そんなことがありうるのか⁉」
「知らねえけど、魂道具の類は持っていないぞ、本を持っているだけだ」
「た、確かに……」
超慈が指差した女子生徒は一冊の本を眺めているだけである。逆方向を探していた亜門がうんざりした様子で呟く。
「……叫び声なんかあげやがって……あいつら誰かと接触したのか? ん⁉」
「ぐっ……」
亜門の目の前には苦しそうに倒れこむ瑠衣の姿があった。亜門が叫ぶ。
「このフロアにも敵がいるぞ!」
「「⁉ ぐはっ!」」
亜門の叫び声とほぼ同時に、超慈たちは吹っ飛ばされる。本を片手に椅子から立ち上がった眼鏡の女子はもう片方の手でショートボブの白髪をかき上げながら呟く。
「……読書の邪魔をしないでもらえますか?」
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第3話(3)今は昔……
「おい! ナード、細マッチョ! 無事か⁉」
「ぐっ……」
「なんとか……」
亜門の呼びかけに超慈たちは反応する。亜門は魂旋刀を構えて眼鏡の女に向ける。
「あんた……合魂俱楽部の一員だな?」
「……そうだとしたら?」
「ここで魂力を吸い取らせていただく!」
「ふむ……」
女は亜門から視線を逸らし、持っていた本を開く。亜門は眉をひそめる。
(なんだ……?)
「今は昔……摂津守源頼光……(中略)」
「どあっ⁉」
女が本を朗読し始めると、亜門の体が宙に浮いて、制御が利かなくなったようになって、ぐるぐると回転し、周りの本棚に何度もぶつかり、地面に落下する。女は朗読を終える。
「……語り伝えたるとや」
「ぐっ……」
亜門は立ち上がろうとしたが、ぐるぐる回った影響か、吐き気におそわれ、慌てて口元を抑える。それを横目で見ていた超慈が苦い表情で呟く。
「やはり駄目か……あの本を読み始めたかと思うと不思議なことが起こるんだよな」
「まさか……超能力じゃねえよな? それだったら手に負えないぜ」
仁は苦笑する。亜門が口を開く。
「……違う」
「おっ、ヒーラーの旦那、酔いは治まったかい?」
「誰がヒーラーの旦那だ……」
亜門は静かに超慈を睨み付ける。仁が二人を注意する。
「今は言い争っている場合じゃねえよ! ……礼沢、なにか分かったのか?」
「超能力でもなんでもない、あの本だ」
亜門が女の持つ本を指差す。超慈が首を傾げる。
「え? まさか……?」
「そのまさかだ、あの本が奴の魂道具だ」
「本が魂道具とは……」
仁が困惑する。亜門が説明を続ける。
「『今は昔……』という語り出しと、『……語り伝えたるとや』で終わることにピンと来た」
「へえ……意外と教養がおありなのですね?」
「当然だ、寺生まれだからな」
超慈が胸を張って答える。亜門が冷ややかな視線を向ける。
「寺生まれは別に関係ない。一般的な教養の問題だ……そして何故お前が偉そうなんだ?」
「ま、まあ、礼沢、それはいいだろう? あの本はなんなんだ?」
仁が尋ねる。亜門が答えようとすると、女が口を開く。
「これは『
「ええっ⁉ ……?」
女の言葉に超慈は一応驚いたが、亜門に視線を向ける。亜門はため息交じりで話す。
「歴史の授業で習わなかったか? 『今昔物語集』とは平安末期に成立したとされる説話集だ。1059もの説話が編纂されている」
「千以上の説話が……ひょっとしてまさか?」
仁が亜門に顔を向ける。亜門が頷く。
「察しが良いな。その説話を再現することが出来る能力の持ち主なのだろう」
「……大体当たりです。驚きました、褒めて差しあげましょう」
女はわざとらしく両手を叩いてみせる。亜門が首を捻る。
「さっき、(中略)とか言っていなかったか?」
「俺たちのときもそんな感じだったぜ」
超慈の言葉に亜門が顔を険しくする。
「もしかして……」
「その通りです。私はそのページを黙読するだけで、この魂昔物語集の説話をモチーフとした術や魔法、はたまた超能力のようなものを発揮することが出来るのです」
「! つまり……どういうことだ?」
超慈の言葉に仁と亜門がズッコケそうになる。仁が説明する。
「ゲームで言えば、ほぼ無詠唱に近い形であの女は魔法を放つことが出来るんだよ」
「なにそれ、やべえじゃん!」
「だからやべえんだよ!」
「……揃いも揃ってタフな方々ですね。次で終わりにさせていただきます」
「そうはさせるか!」
「⁉」
亜門は魂旋刀を伸ばし、女の手から本を奪取する。
「本を開かせなければ良いんだろう⁉」
「今は昔……」
「何⁉ ぐはっ!」
どこからか現れた長い鼻に打ち付けられ、亜門は倒れこむ。女は落ちた本を拾う。
「……流石に全てではありませんが、ある程度は暗誦出来ますので……」
「ちっ……対策は出来ているってことか……」
亜門が舌打ちする。超慈が戸惑う。
「の、伸びた鼻?」
「池尾禅珍というお坊さんに関する説話です。芥川龍之介の『鼻』の元となりました」
「芥川……?」
「……そこからですか、ならばこれ以上の会話は無駄ですね!」
「ぐおっ!」
「どわっ! っと!」
女が手をかざすと、長い鼻が超慈たちを襲う。仁は倒れるが、超慈は踏みとどまる。
「しぶといですね……」
「ちっ……気は進まねえが、先に仕掛ければ!」
「今は昔、甲斐の国に大井光遠という者……(中略)」
超慈が魂択刀で斬りかかるが、女は細腕にもかかわらず、刀を軽々と受け止める。
「な、なんだと!」
「ふん!」
「⁉ おっと!」
超慈は女の腕を蹴り飛ばし、女から距離を取る。
「か、刀にひびが……なんて力だよ……」
「平安時代の力女の説話です……」
「パワーアップもお手の物かよ、あの本をなんとかしねえと……」
「任せるでござる!」
飛び出してきた瑠衣が女に向かって飛びかかる。
「鬼龍ちゃん⁉」
「まだ動けましたか! 今は昔……!」
「させないし! 『ぶちまけパウダー』!」
瑠衣が魂白刀を振るうと、大量の粉が女に降りかかる。
「⁉ し、しまった! 本が粉まみれに……」
「読み通り! 本を汚してしまえば、その妙な能力も使えない! 今でござる!」
「粉で視界が……そこだ!」
超慈が魂択刀で女の魂を吸い取る。粉の煙が治まると、女は両膝をついている。
「ぐっ……」
「まだ動けるか! 今度こそ『お持ち還り』……」
「待て!」
「部長⁉」
突然、姫乃が現れる。姫乃が女に語りかける。
「……私の元に戻ってこないか?」
「ええっ⁉」
姫乃の発言に超慈は驚く。
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第3話(4)進むも退くも
「……」
「
「え、この方……合魂部だったんですか?」
「ああ、そうだ。私が事情により、半年ほど休んでいる間に合魂倶楽部に移っていた」
超慈の問いに姫乃が答える。
「事情?」
「まあ、体調を崩したり色々とな……それは良いとしてだ、四季。戻ってきてくれるな?」
「……お断りします」
「そうか……って、ええっ⁉」
姫乃が素っ頓狂な声を上げる。四季と呼ばれた女はため息まじりで繰り返す。
「……ですから、お断りします」
「な、何故だ?」
「理由が必要ですか?」
「あ、当たり前だろう」
「……まず何事においても説明が足りない点、学年が上とはいえ妙に偉そうな態度が目につく点、周囲に対しての心配りがなっていない点……」
「ちょ、ちょっと待て……」
「要は人望不足です」
「なっ……」
「圧倒的に同意だな」
「わかりみが深い……」
絶句する姫乃の側で超慈と瑠衣が頷く。
「お、お前ら、出会ってたった二日で⁉」
姫乃が愕然とする。四季が呟く。
「ショックを受けているところ、大変申し訳ありませんが……この戦い、私の負けです。さっさと魂力を吸い取ってくれますか?」
「はあ……」
「待て、優月……四季、どうしたら戻ってきてくれる?」
「……今の私は合魂倶楽部の一員ですから、例えば……」
「奴をぶっ飛ばせば良いんだな?」
「まあ、出来るものならば……」
「よし! 行ってこい! 優月、鬼龍!」
「い、いや、そこは部長が行く流れじゃないんすか⁉」
姫乃の命令に超慈が戸惑う。
「生憎、まだ本調子ではない私では手に余る……お前らならワンチャンある!」
「いや、ワンチャンくらいの低い確率で送り出さないで下さいよ!」
力強く握りこぶしを突き出してくる姫乃に超慈が戸惑う。瑠衣が口を開く。
「まあ、奴が相手ならやるまでだし……」
「鬼龍ちゃん⁉」
「奴はどこにいるでござるか?」
「ご、ござる? ……この上のフロアです」
「承知!」
四季の答えを聞いて、瑠衣はそこから走り出す。
「お、おい!」
「少し頭に血が上っているようだな……優月、援護してやれ」
「しょ、しょうがねえなあ!」
超慈が瑠衣の後を追う。上のフロアはそれなりの広さだが本が少なく、あくまでも予備の部屋という位置づけのようだった。部屋の奥には大きめのソファーが置いており、そこにはコーンロウヘアーが特徴的な男が座っており、その前に瑠衣が立っていた。
「まさかここまで来るとはな……」
コーンロウの男が自身の頭を撫でながら面倒そうに呟く。瑠衣が魂白刀を構えて叫ぶ。
「合魂倶楽部の代表であり、この愛京高校の普通科を影で支配する。
「へえ? 俺のことを知っているとは……姉ちゃん一年だろう、何者だ?」
「鬼龍瑠衣と申す!」
「鬼龍? 知らねえなあ……」
喜多川は首を傾げる。瑠衣が困惑気味に声を上げる。
「お、お主、甲賀の者であろう⁉」
「ああ、まあ、一応な……」
「恨みを晴らさせてもらう!」
「……ってことは姉ちゃん、伊賀のもんか?」
喜多川が尋ねる。二人のやりとりを見て、超慈はハッとする。
「甲賀だ伊賀だって……もしかして鬼龍ちゃんって忍……」
「拙者は
「え?」
「は?」
超慈と喜多川が同時に首を捻る。瑠衣が続ける。
「伊賀と甲賀のちょうど中間の地域を拠点とする慈英賀流を知らんのか⁉」
「……お前、聞いたことある?」
喜多川が超慈に指差して尋ねる。超慈が首を振る。
「いや、全く……」
「Iの伊賀とKの甲賀の間、Jの慈英賀を知らないと⁉」
瑠衣が視線を超慈に向ける。
「いや、そもそも忍術をアルファベットで認識していないし……」
「興ってどれくらいの流派だよ?」
喜多川が瑠衣に尋ねる。
「まあ……大体一年半くらいでござる!」
「どマイナーじゃねえか!」
瑠衣の答えに喜多川が声を荒げる。瑠衣が負けじと声を上げる。
「い、いつかはメジャーになってみせるでござる!」
「……まあ、いいや。それで? くのいちギャルが何の用だ?」
「お主は昨夏、修行と称して、各地を流浪していたでござろう!」
「ああ、夏休みを利用してな。修行っていうか……まあ、それはいいや。それが?」
「何故に我が里を黙って通過した⁉」
「は?」
「そこはこう……『道場破り』的なもので尋ねてくるべきではないのか⁉」
「い、いや、そんなことを言われてもな、マイナーな忍術なんて知らんし……」
喜多川が後頭部を掻く。
「お主は我々のプライドを著しく傷付けた!」
「ちょ、ちょっと待った!」
超慈が声を上げる。瑠衣が顔を向ける。
「なにか?」
「鬼龍ちゃん、なんか因縁がある風な感じで飛び出さなかった⁉」
「左様、大層な因縁が……」
「相手にされずスルーされた逆恨みにしか聞こえないんだけど⁉」
「まあ、そうとも言える……!」
「そうとしか言えないって!」
「と、とにかく、喜多川益荒男! ここで会ったが百年目!」
「いや会ってないんだろう⁉」
喜多川の方に向き直り、ビシっと指を差す瑠衣に超慈は突っ込む。喜多川が俯く。
「……」
「覚悟!」
「むしろ因縁を付けてる!」
「……まあいいや、可愛い子からの逆ナンは大歓迎だぜ」
「か、可愛い⁉」
「ただ、俺に武器を向けてきたことに関してはお仕置きしなきゃな……」
喜多川がゆっくりと立ち上がる。その手には刀が握られている。超慈が呟く。
「! 魂道具か⁉」
「そうだ。この『
喜多川が一瞬で瑠衣との距離を詰め、刀を振るう。
「危ねえ!」
「⁉」
超慈が瑠衣を突き飛ばし、喜多川の攻撃を受け止める。喜多川が驚く。
「ほう、俺の動きに反応するとはやるな……だが!」
「くっ⁉」
喜多川が刀を引くと、火花が散り、超慈は後退する。喜多川が呟く。
「この刀の独特な形状……いくつもある凸凹な突起が摩擦熱を発生させる」
「……線香花火かと思ったぜ」
「抜かせ……『地走』!」
喜多川は刀を床にわざと引きずらせて、大量に火花を発生させながら斬りかかる。
「うおっ⁉」
「そらそら!」
「ぐうっ!」
超慈は二本の刀で喜多川の猛攻をかろうじて凌ぐ。
「思ったよりはやるな! ただ、そうやって受けてばかりじゃジリ貧だぜ!」
「助太刀するでござる!」
体勢を立て直した瑠衣が飛びかかる。
「ふん!」
「むっ!」
瑠衣の攻撃を喜多川が難なく受け止める。喜多川が笑う。
「1人増えたくらいでどうにもならないぜ!」
「ならばもう1人……『分身ミラー』!」
「なっ⁉」
喜多川が驚く。瑠衣が刀身を光らせて、自らをもう一体出現させたからである。
「それ!」
「ちっ!」
瑠衣の攻撃で喜多川が体勢を崩す。瑠衣が叫ぶ。
「今でござる!」
「よし! お持ち還り……!」
「うぜえな!」
「ぬおっ⁉」
喜多川が周囲に火花を起こし、退却する。
「ここは退くぜ! 覚えておけよ、合魂部!」
「逃がすか!」
「待て!」
「⁉ 部長!」
姫乃の声が響き、超慈が動きを止める。
「……足元を見ろ」
「! こ、これは……」
「金平糖型のまきびしだ、踏んだら……地味に痛いぞ。なるほど……『進むも退くも喜多川』とはよく言ったものだな」
姫乃が床を見ながら感心したように呟く。
「こ、これも魂道具ですか?」
「基本形と応用形を両方用いることが出来る……それが奴らの厄介なところだ」
「奴ら?」
「この愛京高校には各科に喜多川と同程度の魂力を持った実力者がいる……」
「……もしかしてそいつらを倒すことが部長の目的ですか?」
「まあ、そうなるな」
「何の為に?」
「それは追々話す……」
「追々って……」
「今後も合魂部としてよろしく頼むぞ」
「い、いや、まだ入部するって決めたわけじゃ……」
「話し合いの甲斐もあり、四季も戻ってくれるということになった……」
姫乃が後方を指し示すとそこには四季が立っている。
「そ、それが何か……?」
「眼鏡がよく似合う美人だろう?」
姫乃が超慈の耳元で囁く。
「そ、そうですね……」
「合魂部としての活動を続けるなら、後何名か美女を紹介出来るぞ」
「これからもよろしくお願いします!」
超慈は勢いよく頭を下げる。それを見て姫乃は頷く。
「うむ、よろしく頼むぞ」
「またろくでもないことを吹き込んだのではないでしょうね……」
四季が眼鏡のつるを触りながら、目を細めて姫乃に尋ねる。
「人聞きの悪いことを言うな、正当な取引だ……さて、合魂部、好スタートを切れたな!」
姫乃が両手を腰に置き、満足そうに頷く。
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第4話(1)特別トレーニング
4
「ああ~」
昼休み、部室に向かう途中の超慈が頭を抑える。仁が尋ねる。
「どうかしたのか?」
「いや、さすがに疲れがな……」
「そういや部長によく呼び出されているな。何をしているんだ?」
「部長が作り出したバトルフィールドでひたすらマンツーマンでトレーニングだよ……」
「そんなことをしていたのか? 俺らには特に何も言われないが……」
「俺の場合はお前らと比べてまだまだ粗削りだからだってよ……」
「そうなのか……」
「刀の素振りがなってないって体をピタッと密着させての指導だよ」
「ん?」
「付きっ切りだぞ。参るぜ……」
「そ、そうか……」
仁は首を傾げる。
「四季先輩にも参ったぜ」
「四季……ああ、竹村先輩か、そういえば分厚い本を何冊か渡されていたな」
「ああ、曰く、『貴方にはそもそもの読書量が足りません。早く私と話が合うレベルにまで達して下さい』だってよ……」
「まあ、芥川龍之介も知らないのは、ちょっと論外かもな……」
「毎日読んだところまでの感想を求められてな……」
「RANEで感想を提出か? それはしんどいな……」
「それならまだいい……毎晩電話で2~3時間くらい話をしなきゃいけない……」
「うん?」
「途中の雑談でも気の利いた話題を求められるんだ、大変だぜ……」
「お、おお、そうか……」
仁は首を捻る。
「参ったといえば瑠衣ちゃんだ……」
「え? あ、ああ、鬼龍がどうしたのか?」
「毎晩、毎晩、『超慈、慈英賀流に興味はないか?』って勧誘の嵐だよ」
「毎晩?」
「天井に張り付いていたのはビビったぜ……男子寮と女子寮は各々立ち入り禁止なのに」
「ちょ、ちょっと待て、それも気になるが……瑠衣? 超慈? 互いに名前呼び?」
「ここ十日ほど三者三様で俺に無茶ぶりしてくるんだ……さすがにキツくなってきた」
「……見方によっては羨ましい状況だが」
仁がそう呟いたとき、部室に到着する。超慈がドアを開ける。
「こんにちはー! ……ってお前かよ」
部室には亜門が座っていた。亜門は端末から目を逸らさずに答える。
「それはこっちの台詞だ……なんでお前がここにいる?」
「それは呼び出されたからだよ」
「来たか、優月」
部室の奥から姫乃が顔を出す。
「あ、こんにちは……今日も特別トレーニングですか?」
「なに? 特別トレーニングだと?」
亜門が視線を姫乃と超慈の交互に向ける。超慈は胸を張って答える。
「期待の新人に対してのものだ……あ、これは言ってはマズかったかな……」
超慈がわざとらしく口元を抑える。亜門がすくっと立ち上がり、姫乃の方に向き直る。
「……聞き捨てなりません」
「うん?」
「ナードが期待の新人とは……失礼ながらお眼鏡違いかと」
「……度数が合っていないか?」
姫乃は眼鏡をかけているかのようにおどけるポーズを取る。
「……大分合っていないかと」
「ふむ……」
姫乃は顎に手を当てて、超慈と亜門を交互に見比べる。
「部長!」
「ああ、ちょうど今日は貴様ら2人に合同トレーニングを課そうと思っていたのだ」
「合同トレーニング?」
「そうだ」
「……それはなんですか?」
「北のN棟学食に行き、『フルーツたっぷりのサンドイッチ』を買ってきて欲しい。女子生徒の間では大変なブームでな……今、この合魂部には女子が3人いるから……3個買ってきてくれ。それぞれ千円ずつ渡すから間に合うだろう」
「は、はあ……」
「それがトレーニングですか?」
超慈と亜門は訝しげな表情になる。姫乃が説明を続ける。
「これは超人気商品だ、昼休みにすぐなくなる。これを相手より早く買ってくること、これが瞬発力を磨く良いトレーニングになる……よ~い、スタート!」
「!」
「⁉ あ、待て! 廊下を走るな!」
姫乃の合図に応じ、亜門の方が早く部室を飛び出した。超慈が慌てて追いかける。
「さて、どちらが勝つかな?」
「部長も相変わらずお人が悪い……」
椅子に座って静かに本を読んでいた四季が呟く。姫乃が唇を尖らせる。
「相変わらずとはなんだ」
「N棟は連中の本拠地みたいなものではないですか」
「そうだったかな?」
「そうですよ」
四季が自らの狙いをお見通しだということに気づいた姫乃は肩をすくめる。
「普通科の合魂倶楽部を倒してから……」
「喜多川先輩の魂力は吸い取れていません。奇襲攻撃は成功しましたが、倒したというにはまだ早いです。せいぜい瓦解寸前まで追い込んだくらいでしょう」
「まあ、それはともかくとして、他の連中がこの約二週間ほとんど動かないのが気にかかる」
「それは眼中にないのでは……?」
四季がフッと笑う。姫乃が四季の斜め前の席にドカッと座って告げる。
「と、いうわけで……こちらから仕掛ける」
「まずは農業科の連中というわけですか?」
「ああ、あくまで比較的ではあるが与しやすい相手だと思う。違うか?」
「部に戻ってすぐに分かりましたよ、超慈君と礼沢君、絵に描いたような犬猿の仲じゃないですか。何故、あの2人を向かわせたのですか?」
「斥候、威力偵察のようなものだ」
「撒餌のようにしか見えませんが……まあ、今は事態の推移を見守りましょう」
四季は再び本に視線を落とす。その様子を見ていた仁が呟く。
「竹村先輩も超慈呼び……あいつ無自覚に……」
「おい、外國」
「俺は苗字かよ……なんだ、鬼龍?」
「君、良い体をしているな、慈英賀流に入らないか?」
「断る」
「ノータイムで⁉」
その頃、N棟学食では、大量の生徒にもみくちゃにされた末、なんの成果も得ることが出来なかった亜門と超慈が呆然と立ち尽くしていた。
「ば、馬鹿な……」
「ここまでの人の波とは、予想だにしていなかったぜ……どうする?」
「気が進まんが、大人しく帰るしかあるまい……」
「ちょ、ちょっと待て! あれを見ろ! 『こちらで特別メニュー販売中』だってよ……」
「……まさか」
「そのまさかだ。手ぶらで帰れねえよ」
超慈たちは張り紙に導かれるように進む。
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第4話(2)ビニールハウスにて
「ここは……」
張り紙の示す順路に沿って進むと、校舎の近くにある畑がたくさん並ぶところにたどり着いた。超慈が首を捻る。
「学校に畑?」
「なにもおかしい話ではない……ここは農業科の校舎だからな」
「あ、そうなのか……それにしても随分と広い畑だな」
「ここと大学の農学部が耕作する田畑で、この広い学園都市の米、野菜、果物などはほぼ賄えるという話だ……」
「ス、スケールのデカい話だぜ……」
亜門の説明に超慈は感心したように頷く。亜門が呟く。
「それでここまでやってきてしまったが……」
「おっ! そこのイケてるお兄さん2人!」
作業着姿の女子生徒が元気よく声をかけてくる。超慈は照れながら答える。
「いや、そ、そんな、イケてるって……」
「見え透いたお世辞は結構、ここにはイケてる男は1人しかいません」
「……どういう意味だよ!」
「そういう意味だ」
「お前なあ~」
「なんだ? やるか?」
超慈と亜門が顔を近づけ睨み合う。女子生徒が慌てる。
「ちょ、ちょっと、落ち着いてちょうだいよ! 私が原因なら謝るよ!」
「貴女に謝ってもらう必要はありません……失礼しました」
「し、失礼しました!」
頭を下げる亜門に合わせ、超慈も勢いよく頭を下げる。
「わ、分かってくれたのならいいんだ……お兄さんたち、ここに来たってことは張り紙を見てくれたってことだよね?」
「ええ……『特別メニュー発売中』だとか……」
「あの張り紙に気づくとは……なかなか目ざといね~」
「い、いやあ~それほどでも……ありますけど!」
「あるんかい!」
「「あっはっはっは!」」
超慈と女子生徒は声を揃えて大笑いする。亜門が冷めた口調で告げる。
「……それで、その特別メニューとは?」
「なんだよ、ノリ悪いなあ~」
「ノリを合わせる意味がない……」
「いや、世の中は九割方ノリで出来ているんだぞ?」
「それならば俺はマイノリティーで構わん……」
「あ……今、ノリとマイノリティーで『ノリ』を掛けたんすよ、こいつの得意なエリート気取りギャグです!」
「あ、ああ……そうなんだ……」
超慈の説明に女子生徒は苦笑する。亜門がいら立ち気味に声を上げる。
「人のギャグを説明するな……いや、待て、そもそも俺はギャグなど言っていない!」
「まあまあ、そんなに怒るなよ……」
「貴様が怒らせているんだ!」
「えっと……そうだ! 特別メニューってのはどこなんですか?」
超慈は亜門を宥めながら、女子生徒に尋ねる。女子生徒も気を取り直し、説明する。
「あそこに見えるのがこのエリアで一番大きいビニールハウスだよ。あの中で販売しているの。農業科自慢の一品だよ!」
「へえ……」
「さあ、行こうか!」
女子生徒が超慈たちをビニールハウスへと誘う。超慈が戸惑い気味に尋ねる。
「普通科の俺らが入って良いんですか?」
「全然大丈夫! さあさあ、奥の方までどうぞ!」
超慈たちは奥に進む。亜門が呟く。
「……作業中のようですが?」
亜門の言葉通り、亜門たちの進む道の両脇では生徒たちが忙しく作業を行っている。
「ああ、気にしないで、私も作業中だったし! それよりもお客さんの対応だよ!」
「はあ……」
亜門は顎をさすりながら頷く。超慈たちはビニールハウスの奥の方に着く。そこにはテーブルが置いてあったが、特別メニューというものが見当たらなかった。超慈が首を傾げる。
「あ、あの……特別メニューというものが見当たらないのですが……」
「これだよ」
「い、いや、それはこのビニールハウスで獲れたての野菜ですよね? さすがに昼食で生野菜を買って帰るというのは……」
「タダであげるよ」
「ええっ⁉ そ、そういうわけには……」
「遠慮しないで……代わりに君たちの魂力を頂くから!」
「うおっ!」
「⁉」
女子生徒がテーブルにあった物を手に取って、超慈に斬りかかるが、超慈はこれをかわす。
「はあっ! ⁉」
男子生徒が後方から斬りかかるが、亜門が魂旋刀で受け止める。
「ふん……」
「ば、馬鹿な、すでに魂道具を発現しているだと⁉ い、いつの間に?」
「……ビニールハウスに入ったころからだ……」
「な、何故気づいた⁉」
「作業をしているというわりに誰の手も汚れていなかったからな……既にバトルフィールド内に入っているのだと考えた……!」
「くっ!」
亜門は魂旋刀を力強く押し返し、男子生徒は転倒し、手に持っていたものが転がる。
「それが貴様ら『合魂同好会』の主な魂道具、『
「なっ⁉ そ、そこまで知っているの⁉」
女子生徒は超慈に驚きの視線を向ける。超慈は咳払いを一つして答える。
「……当然、リサーチ済みですよ」
「嘘つけ! お前は全然警戒していなかっただろう!」
亜門が呆れ気味に声を上げる。超慈は言い返す。
「だって、部長さん、教えてくれないんだもの!」
「極度の放任主義だということに気づけ! 重要なことは自分で調べろ!」
「魂~道~具!」
超慈も魂択刀を発現させる。亜門が頭を抑える。
「だからいちいち叫ぶな、やかましい……」
「これは俺のルーティンみたいなもんだ! で? こいつらを倒せば良いんだな!」
「まあ、そういうことだ!」
「ちっ! 皆包囲しなさい! ……完璧なはずの計画が狂ったわ」
「完璧……大した大根芝居でしたよ」
亜門が相手を煽る。
「! この……やってしまえ!」
「『繰り出し』!」
「うおおっ!」
亜門が振るった刀の刀身が伸び、包囲していた者たちの足を払って勢いよく転倒させる。
「そら! お持ち還りだ!」
超慈が的確に追い打ちをかけ、同好会の者たちの魂力を吸い取る。亜門が笑う。
「ふっ、所詮は雑魚か……」
「ビニールハウス、壊しちゃったな……」
「気にするな、バトルフィールドのことは現実には影響しない」
「そうだっけ?」
「それくらい覚えておけ……」
「それなら良いんだが……どうするこれから?」
「……同好会のトップには因縁がある。この際、一気に片を付ける……」
亜門が歩き出すのを超慈が慌てて止める。
「ちょ、ちょっと待て! 一旦部長のところに戻った方が良いんじゃないか⁉」
「そんな悠長なことは言っていられん。先手必勝だ……」
「で、でもよ……」
「戻られても面倒だし、相手をするのも面倒だけど……」
「⁉」
声のした方に超慈たちは振り返る。赤茶色のミディアムボブの髪型をした作業着姿の女性がだるそうにベンチに腰をかけている。亜門が前に進み出る。
「同好会のトップはどこだ?」
「それを聞いてどうするの?」
「愚問だな。倒すだけだ」
亜門は魂旋刀を構える。女性はため息をつく。
「はあ……ウザ……やっぱりウチが相手しないとならないじゃん……」
「貴様は確か……」
記憶を辿ろうとする亜門の前に女性は手を突き出し、手を左右に振る。
「ああ~そういう探り合いとかいらないから、面倒くさい。さっさとケリをつけちゃおう?」
「……同感だ、魂力を吸い取らせてもらう!」
「……」
「どわっ!」
女性が手をかざすと、突っ込んだ亜門が豪快に転倒し、頭部を強打した。
「お、おい! 大丈夫か!」
「……!」
「! ぐっ、ぐは……」
亜門に駆け寄ろうとした超慈の横っ面を何かが殴り、超慈は倒れこんだ。
「……威勢のわりには大したことないね。警戒し過ぎたかな? さて……」
女性が端末を手際よく操作する。
「……最悪の結果ですよ」
「こちらも確認した……」
端末を見た四季の言葉に、姫乃は端末画面を見ながら頷く。仁が尋ねる。
「あ、あの……? 超慈たちになにか?」
「……敵の手に落ちた」
姫乃は壁に張り付け状態になった超慈と亜門の画像を見せる。
「ええっ⁉」
仁と瑠衣が声を揃えて驚く。
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第4話(3)糸と玉
「……やっと来た」
赤茶色の髪の女性が毛先を指でいじりながら呟く。仁が口を開く。
「超慈、礼沢……! 2人を返してもらいますよ!」
「……遅くない?」
「え?」
「いや、え? じゃなくてさ? RANE送ったの昼休みだよね? なんで放課後になってからノコノコやって来てんの?」
「……まあ、その……午後の授業もありましたので……」
「真面目か」
仁の答えに女性は呆れ顔で突っ込む。仁が頭を下げる。
「お待たせして申し訳ありません!」
「謝られんのもなんか違うけどさ……」
「先輩をお待たせしたわけですから……」
「ふ~ん、先輩ってことはウチのことは聞いているんだね?」
「ええ、農業科の二年生、
「そうか……君は一年の外國仁君だよね。お互い素性は分かっていると……ならば……」
「ちょ、ちょっと待って下さい! まずは話し合いを……」
身構えようとするステラを仁が慌てて制する。ステラが首を傾げる。
「ん? 合魂部に戻らないかって?」
「そ、そうです!」
「却下」
「そ、そんな……」
「今は同好会の一員だし……そんなポンポンと立場を変えるわけにもいかないっしょ?」
ステラが肩をすくめる。仁が顔をしかめる。
「そ、そうですか……」
「っていうか心配じゃないの?」
ステラは背後の壁に糸状のもので張り付けにされた超慈と亜門を指差す。2人は気を失ったようにぐったりとしている。
「まあ……人質のようなもので、すぐには手を出さないだろうと……」
「バレるか……しかし、一年を1人だけ寄越すとはウチも舐められたもんだね!」
ステラは語気を荒げて勢いよく立ち上がる。仁がすぐに身構える。
「くっ! すごい波動だ……これが『
「これくらいでビビるようなら、大した魂力ではなさそうだね! さっさと終わらす!」
「くっ! 先手を取る!」
向かってくるステラに臆さず、仁も魂道具を発現させ、迎撃するため走り出す。
「ふん!」
「おっと!」
「⁉ かわした!」
「覚悟!」
仁は二本の魂棒をクルクルと回転させ、ステラの肩のあたりを攻撃する。素早い一撃であったが、ステラは右手でペチッと音を立てて受け止める。
「……ふっ!」
「なっ、受け止めた! ……ペチッ?」
「そっちの魂道具は魂棒か。刀と違って、軌道が独特で読めないね」
「釘井ステラさん……魂道具は『
「そう、自慢の畑で収穫されたものだよ」
「足元を滑らせて、相手を転ばせたり、柔らかさで受けた衝撃を逃すことが可能……!」
「そうそう、ウチの魂力を吸い取るのは至難の業だよ。早く姫乃パイセンか四季を呼んできた方が良いと思うな」
ステラは両腕を組んで、自らの発言にうんうんと頷く。仁が答える。
「……そういうわけには参りません。部長たちがもしここにやって来たら一網打尽にされてしまう恐れがありますから……」
「……あくまでも1対1で戦うってこと?」
「……ええ!」
「だから舐めるなって!」
ステラが強い魂破を発生させる。仁がそれに対し、なんとか踏みとどまろうとする。
「ぐっ!」
「体勢崩しちゃってんじゃん! 君は面倒だけど正攻法で片付けてあげる! ……と、見せかけて、後ろからか!」
ステラが背後を振り返ると、魂白刀を掲げた瑠衣がステラに向かって飛びかかろうとしていたのである。瑠衣は舌打ちする。
「バレたし!」
「バレるよそりゃあ! 合魂倶楽部を瓦解させた鬼龍瑠衣ちゃんでしょ!」
「ご存じのようで光栄だし! ただこの攻撃はかわせない!」
「それはどうかな?」
「む⁉」
ステラが両手をかざすと糸状のものが発生し、瑠衣の体をたちまち絡めとってしまう。
「こ、これは⁉」
「『
驚く仁に対し、ステラが得意げに答える。地面に押さえつけられた瑠衣が暴れる。
「ぐっ! この!」
「ははっ! 無駄だって。その糸は見た目とは裏腹に結構な硬度があるからね。もっと力を入れた斬り方でもしないと……」
「……例えば先ほどのようにでござるか?」
「は?」
「おりゃあ!」
「解放された!」
壁ではりつけ状態だった超慈と亜門が糸を振り払い、地面に着地する。ステラが驚く。
「ウチが気づく前に、すでに糸を斬っていた⁉」
「そ、そういうことだし……」
糸でぐるぐる巻きになった瑠衣はかろうじて右手を伸ばしVサインを作る。仁が問う。
「鬼龍はあれですが、これで3対1です。改めて……話し合いに応じてもらえませんか?」
「却下!」
「手荒な真似になるが、ちょっとばかり魂力を吸い取らせてもらうしかないようだぜ!」
「ナード、その点については同意だ!」
超慈と亜門がステラに向かって突っ込む。
「いい加減、ウザいっての!」
「! 危ねえ!」
「⁉」
亜門をかばった超慈の背中が爆発する。仁が再び驚く。
「こ、これは……⁉」
「『
「そ、そんな魂道具の使い方は聞いていない!」
「パイセンの元を離れてから死に物狂いで会得したんだ! 君もそろそろ消えて!」
ステラが仁に向かって玉を思い切り投げる。
「ぐっ! ……この!」
「なっ⁉ 腕から胸のあたりを転がして衝撃を逃がした⁉」
「そらっ!」
玉を左腕の方に転がした仁は左手の魂棒で玉を打ち返し、ステラに当てた。
「がはっ!」
「男子新体操はボールを扱わないんですけど……女子の練習を見ていて良かった」
仁は胸を撫で下ろす。ステラは小さな爆発とともに倒れ込む。
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第4話(4)動かす力
「ぐっ……」
ステラがすぐに起き上がろうとする。
「まだ動けるか!」
「待て!」
「ぶ、部長……」
姫乃が声をかけ、仁は動きを止める。姫乃がステラに近づく。
「……こうして話すのは久しぶりだな、ステラ」
「……どうも」
「玉魂蒻には驚いた。魂道具の使い方をより洗練させていたとは……感服した」
「……あざす」
「このまま魂力を吸い取るのは惜しい……合魂部へ戻ってこないか?」
「はい、分かりましたとは言えませんね……」
「やはり貴様もそうくるか……どうすれば良い?」
「四季はそちらに戻ったんですよね? せめて同じ条件でないと……」
「合魂同好会のトップを打ち倒してみせろということか。ふむ……」
姫乃は顎に手を当てて考え込む。仁が声をかける。
「あ、あの、部長……?」
「外國、悪いがちょっと同好会のトップを倒してきてくれないか?」
「いやいや! そんな郵便物出してきてくれないかみたいなテンションで言われても!」
姫乃の言葉に仁は戸惑う。
「まあ、ステラと戦ってからの連戦は厳しいか……」
「え、ええ……」
「まあ、そういうのは慣れだ、頑張れ」
「頑張れって! かなりきついですって!」
右手の親指をグッとサムズアップする姫乃に対し、仁は慌てて拒否の姿勢をみせる。
「やはりきついか。同好会を切り崩す好機なのだがな……」
「ぶ、部長は無理なんですか?」
仁の問いに姫乃は肩をすくめる。
「まだまだ本調子には程遠いからな……無理はしたくないというのが正直なところだ」
「だからって後輩に無理させないでください!」
「まあ、当然そういう反応になるだろうな。すまんな、一応言ってみただけだ」
「い、言ってみただけって……」
「さて、どうするか……」
姫乃は再び考え込む。
「俺が行きます……」
亜門が口を開く。姫乃が首を捻る。
「大丈夫なのか?」
「不意を喰らって気絶していただけですから。それに……」
「それに?」
「同好会のトップとは因縁があるので……」
「そうだったな。だがしかし、その体では……」
「ほとんど無傷ですよ。不本意ながらこいつにかばわれましたたからね……」
亜門が近くにうつ伏せに倒れ込む超慈に目をやる。
「そうか……」
「超慈! 大丈夫か!」
「~大丈夫だ!」
「うおっ!」
超慈は勢いよく立ち上がり、駆け寄った仁は驚く。姫乃が問う。
「……本当に大丈夫か?」
「大丈夫ですよ! 頑丈さが売りですから!」
姫乃に対し、超慈が威勢よく答える。
「……ふん!」
超慈の尻を亜門が思いきり蹴り上げる。超慈がやや悶絶する。
「どはっ⁉ て、てめえ、なにをしやがる……⁉」
「あの爆発で全くの無傷ってわけがないだろう……」
「だからって、お前……ん⁉」
「『充電』!」
亜門は魂旋刀を地面に突きさして、周囲の魂力を吸い取り、超慈に与える。
「お、おお……体が軽くなってきやがった……」
「……これで貸し借りはなしだ。ナ……超慈、お前はここで休んでいろ」
「そういうわけにはいかねえな……」
「なんだと?」
「俺も同好会のトップ打倒に向かうぜ、亜門! 貸し借りなしで合魂部の仲間としてな!」
「ぶほっ⁉ い、いきなりの尊みの二乗が止まらないでござるなあ……」
「鬼龍、何をぶつぶつ言っている……今糸を切ってやるぞ。外國、手伝え」
「は、はい!」
姫乃が亜門と超慈に告げる。
「手ごわい相手だ、油断するなよ……」
「もちろんです」
「で、でも、そのトップとやらはどこにいるんですか?」
「ステラ?」
「……この先を抜けた広い田んぼにいるはず……」
「だそうだ」
「よし! 行くぜ!」
「だからお前が仕切るな!」
超慈と亜門が走り出す。少し走ると、学校の敷地内とは思えぬほどの田んぼが広がっており、2人は圧倒される。
「こ、ここまで広いとは!」
「ち、探すのも一苦労か……?」
「お目当てならここにいるよ?」
「!」
思ったよりも超慈たちに近い位置に作業着姿の男性が立っている。スラっとしたスタイルで、髪型もきっちりとセットされていてオシャレな眼鏡が決まっている。超慈が問う。
「も、もしかして、貴方が……」
「合魂同好会会長の
「……因縁にケリをつけにきたぜ」
亜門の言葉に対して、茂庭は首を傾げる。超慈が呟く。
「ま、まさか……?」
「因縁って……どこかで会ったことある?」
「や、やっぱり!」
「忘れたとは言わせねえ! 昨秋、名古屋のある寺での『イケメンコンテスト』を……」
「イケメンコンテスト⁉ わりと俗っぽいことをしているんだな⁉」
「若い檀家へのアピールの一環だ……まあ、それはいい! コンテスト、覚えているな?」
「ああ……確かに友人に頼まれて、仕方なしに参加したやつだね」
「し、仕方なしだと⁉ それで優勝したというのか⁉」
「ありがたいことにね」
「ちょ、ちょっと待て!」
超慈が話を止めに入る。亜門がうんざりした様子で尋ねる。
「なんだ?」
「あの人は会ったことある?って聞いていたぞ? 優勝者に認識されていないんじゃ……」
「そうだ、俺はまさかの予選落ちだ」
「ええっ⁉ お前読者モデルとかやってたんじゃねえのかよ⁉」
「油断と慢心……それにコンテストの審査傾向を見誤ったのが敗因だ……」
亜門は淡々と説明する。超慈がおそるおそる尋ねる。
「ひょっとして、因縁ってのは……?」
「俺が優勝するはずだったコンテストの優勝を掠め取りやがったんだよ!」
「やっぱり逆恨みじゃねえか!」
「コンテスト優勝なら、寺での修行はもうしなくていいって話だったのに……おらあ!」
亜門が魂旋刀を掲げて茂庭に向かって斬りかかる。
「なんか釈然としねえが、援護するぜ!」
超慈は首を素早く左右に振り、魂択刀を発現させ、亜門に続く。
「うおっと⁉」
亜門と超慈の素早い連続攻撃を茂庭は間一髪かわす。超慈が叫ぶ。
「早いな!」
「いやいや、君たちの方が早いよ……これは余裕ぶっていられないね……こちらも本気で臨ませてもらうよ! はっ!」
「⁉」
茂庭が両手を掲げると、赤白のカラーリングが特徴的な乗り物が現れ、茂庭が乗り込む。
「僕の自慢の魂道具、『
「の、乗り物! そんなんありかよ⁉」
「来るぞ! ぐっ⁉」
魂場隠に乗った茂庭は猛スピードで亜門たちに迫ってくる。かわそうとした亜門だったが、あぜ道に足を取られ体勢を崩してしまう。茂庭が爽やかに笑う。
「稲作期じゃないが、アンラッキーだったね! せめて苦しまないようにしてあげよう!」
「おらあっ!」
「どわっ!」
超慈が亜門を吹き飛ばし、二刀流で魂場隠の進撃を食い止める。茂庭が驚く。
「馬鹿な! 魂場隠を止めただと⁉」
「ちっ、また余計な真似を! 『放電』!」
亜門は魂旋刀を振るうと、刃先から電気が放たれ、魂場隠に当たる。茂庭が舌打ちする。
「ちっ! 駆動部に異常が⁉ せ、制御が利かない!」
「今は昔……内麿の内大臣と申しける人……」
「⁉ 四季さん⁉」
横から飛び出してきた四季が魂場隠に飛び乗り、魂場隠を見事に乗りこなしてみせた。
「今です……」
「よし!」
「そら!」
「どわっ!」
茂庭は米俵を投げ込んで、超慈と亜門にぶつける。予期せぬ攻撃に2人はよろける。
「ここは大人しく撤退させてもらうよ!」
魂場隠を消して、茂庭は走り去っていった。四季が呟く。
「米俵をああいう風に使うとは……流石は『米茂庭』と言ったところですか……」
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第5話(1)対策
5
「しかし……改めて話を聞いてみるとよくやったものだな」
ある日の部室で姫乃が感心したように呟く。超慈が尋ねる。
「なにがですか?」
「茂庭の魂道具……魂場隠をよく食い止めたな」
「部長の特別トレーニングの賜物ですよ」
「いやあ、ああいう事態はまるで想定していなかったが……」
「え?」
「乗り物だぞ? そこに二本の刀で挑むとは正気の沙汰とは思えんな……薄々気づいていたが、貴様はアホなのか?」
「ひどい言われよう!」
「正直な感想や疑問を述べているまでだ。なんで止められたんだ?」
「さあ?」
姫乃の問いに超慈は首を傾げる。近くに座っていた亜門が口を開く。
「いわゆる、火事場の馬鹿力というやつでしょう……」
「ああ、なるほどな……」
「あるいは単なるまぐれか」
「その方が可能性は高そうだな」
「俺も同感です」
姫乃と亜門が笑って頷き合う。超慈が声を上げる。
「ちょ、ちょっと待て! 人の奮闘を馬鹿にしてんのか⁉」
「流石に気付いたか」
「気付くわ!」
「先日の合魂……お前の無茶には二度ほど助けられた」
「ん?」
「お陰で茂庭の奴に一泡吹かすことが出来た」
「あ、ああ……」
「そのことに関しては礼を言う」
「お、おう……」
「どうせ今後も無茶なことを繰り返すのだろう。だが、たとえ傷付いても心配するな。俺が魂道具を使って魂力を回復してやる」
「そ、そうか……」
「だからお前の背中は俺に任せろ、超慈」
「わ、分かった……頼む、亜門」
「ぶはっ! まさかの直球なデレ⁉ イケメンはなんでもスマートにこなすでござるな⁉」
傍らで話を聞いていた瑠衣が緩む頬を抑える。
「鬼龍……お前がどんな奴か分かってきたような気がする……」
仁が瑠衣に対して冷ややかな視線を向ける。黙って本を読んでいた四季がパタッと本を閉じて姫乃に向かって尋ねる。
「部長……そろそろよろしいですか?」
「なにがだ?」
「なにがではなく……今後の方針を定めて頂かないと」
「仕掛けてくる相手を倒す」
「仕掛けてこなかったら?」
「こちらから仕掛ける」
「はあ……」
姫乃の答えに四季は頭を抑える。作業着姿のステラが笑う。
「やっぱり相変わらずですね~姫乃パイセン……」
「そうか?」
「変わってないっす、悪い意味で」
「悪い意味で⁉」
姫乃が啞然とする。ステラが部室の天井を見上げる。
「やっぱりこっちに戻ってきたのはミスったかな~」
「同好会は活動停止に近いような状態ですから……残っていても仕方がなかったでしょう」
「って、四季、アンタが会員をほとんど片付けちゃったからだよ」
ステラが四季を指差す。
「そうでしたか?」
「そうだよ。もう少し手心を加えて欲しかったよ」
「どうせやるなら徹底的に……私のモットーです」
「相変わらず怖いこと言うね……」
四季は眼鏡をキラっと光らせながら答え、ステラは苦笑しながら肩をすくめる。気を取り直した姫乃が口を開く。
「ま、まあ、方針というか、対策はしておこうかと思う」
「対策ですか?」
超慈が首を傾げる。
「もうすぐあの季節だろう?」
「ああ……」
「そういえばそうですね」
姫乃の言葉にステラと四季は頷く。
「私は連中がそろそろ動くとみている……」
「連中って誰ですか?」
超慈が尋ねる。姫乃が笑う。
「それは出会ってからのお楽しみだ」
「お楽しみって!」
「冗談だ。対策についてだが……」
姫乃が説明を始める。その後……。
「よ、よろしくお願いするでござるし!」
「相変わらずキャラがブレているな……まあ、好きにすれば良いが……」
瑠衣に対し、亜門はため息をついて先を行く。瑠衣が慌てて後をついていく。
「ああ! 置いていかないで欲しいニン!」
「ここにあの人が……」
仁が校舎を見上げる。四季が声をかける。
「因縁の相手に気が逸るのも分かりますが、くれぐれも冷静に頼みますよ……」
「分かっていますよ、竹村先輩……」
「ふっふっふ……」
「なにがおかしいの?」
超慈にステラが尋ねる。
「気になりますか?」
「そりゃあ、横でそんなキモい笑い方されたらね」
「キ、キモい⁉」
ステラの言葉に超慈が愕然とする。ステラがため息をつく。
「リアクションがいちいち大げさだって……それで? どういうこと?」
「こ、こちらから仕掛けるのは初めてですからね! 腕が鳴りますよ!」
「……言っておくけど、このT棟にはかなりの猛者が集っているからね、くれぐれも気を抜かないで頂戴よ?」
ステラが目の前の校舎を指し示す。
「大丈夫です! 大舟に乗ったつもりでいて下さい!」
「不安しかないね……」
「それじゃあ、行きますよ!」
「ちょ、ちょい待ち!」
ステラが先に行こうとする超慈を呼び止める。
「え?」
「あくまでもバディでの行動を優先しろって、姫乃パイセンからも言われたでしょ?」
「ええ……でも、なんでなんですか?」
「理由は……まあ、説明はめんどいからいいや」
「め、めんどいって! と、とにかく行きます!」
超慈は校舎に向かう。その後ろ姿を見ながら、ステラは頭を軽く抱えて呟く。
「なんであの子とウチがバディなんだか……パイセンの考えることはよく分からん……」
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第5話(2)待ち伏せ
亜門と瑠衣は建物の前に並んで立つ。亜門が呟く。
「普通科の他にもこれほど立派な体育館があるとはな……流石はマンモス学校だ」
「あちらが空いているし」
そう言って瑠衣が体育館の隣の建物にスタスタと入っていく。
「ちょ、ちょっと待て……ったく、仕方が無いな」
亜門はため息をついて瑠衣の後に続く。建物に入った瑠衣は周囲を見回す。
「ここは……?」
「道場だろう。柔道部が使うところか……!」
「!」
複数の屈強な体格の男が亜門たちに襲い掛かる。
「ちっ! 先手を取ったつもりが迎えうちか!」
「うおお!」
「ふん……ぬおっ⁉」
男たちの突進を完全にかわしたつもりだった亜門だが、拳が繰り出されたことに驚く。
「ちっ! 避けやがったか……」
「な、なんだ⁉」
「考える余裕は与えん!」
「くっ!」
「そらっ!」
「おっと!」
男たちの繰り出してくる攻撃を亜門はなんとか回避する。
「ちぃっ! この色男、なかなかやりやがるぜ……」
「だが、追い詰めたぞ!」
「む……」
亜門は道場の壁に背をつける。男たちは笑みを浮かべる。
「ふん、もう逃げ場はないぞ……」
亜門は考えを巡らす。
(ちっ……しかし、なんだ、こいつらの体術は? 柔道ではないようだが……)
「動きから見て恐らく……『
「なっ! 人の思考を勝手に読むな! ござるニン女! っていうか、どこにいる⁉」
「ここでござるよ!」
「⁉」
「い、いつの間に⁉」
瑠衣が道場の天井に逆さまの体勢になってぶら下がっていることに亜門も男たちも度肝を抜かれる。
「お、お前、上から高みの見物を決め込むな! ぼうっとしてないで援護しろ!」
「ぼうっとしていたわけではござらん!」
「何⁉」
「屈強な男たちに力強くで抑え込まれる寸前の美男子に興味深々だったのでござる!」
「ふ、ふざけるな!」
「冗談でござる!」
「お前の場合、どこまでが冗談か分からん!」
「なにを悠長にしゃべっていやがる!」
「やっちまえ!」
「むっ!」
「『ぶっかけパウダー』!」
瑠衣が魂白刀を振って、天井から道場全体に粉をまき散らす。
「うおっ!」
「こ、粉で視界が……」
「はっ!」
「ぐはっ⁉」
亜門が魂旋刀を振るい、男たちの魂力を吸い取り、男たちは崩れ落ちる。
「お持ち還りだ……」
亜門は刀を鞘に納めて呟く。瑠衣が床に着地してうんうんと頷く。
「美男子は粉まみれでも絵になるニン!」
「お前のこの技、なんとかならんのか……?」
亜門は粉を払いながらぼやく。
「……ここはプールか」
「そうですね。体育科専用のプールです」
仁の呟きに四季が頷く。
「ここを通った方が近道なんですね?」
「情報によればそのようですね」
「ならば早く行きましょう」
「そうは行くか!」
「どわっ!」
脇から飛び出した競泳水着姿の男女たちに突き飛ばされ、仁たちはプールに落とされる。
「ふふっ! プールに落とせばこっちのものだ!」
「やってしまえ!」
「ぶはっ! ま、待ち伏せか⁉」
「どうやらその様ですね」
水中から顔を出して叫ぶ仁とは対照的に四季は冷静に呟く。
「行くぞ! 『
「な、なんだ! うわっ⁉」
仁は男に両手で叩かれる。続いて別の男に足をすくわれる。
「まだまだよ!」
「ぬおっ!」
仁は女に体をひっくり返される。水中で動きが思うように出来ない仁は困惑する。
「ははっ! 手も足も出まい!」
「こ、これは⁉」
「どうやら水泳の個人メドレーのことを『コンメ』と略すそうですね。バタフライ、平泳ぎ、背泳ぎを模した攻撃を立て続けに喰らっています……」
「す、すると最後は⁉」
「お察しの通り、自由形でフィニッシュです……」
「くっ……ならばこちらは犬かきで!」
「落ち着いて下さい。有効な対応とは思えません……」
「竹村先輩、魂昔物語集でなんとかなりませんか⁉」
「生憎、水に濡れてしまったので……なんともなりません」
「ええっ⁉」
「なにやらべらべら喋っているようだが、これで終わりだ!」
仁たちを包囲する男女が一斉にクロールの体勢に入る。仁が動揺する。
「ど、どうすれば……!」
「今は昔、駿河国に私市宗平という相撲人あり……」
「どわっ⁉」
四季は自分たちに群がってきた男女をバッタバッタとプールサイドに投げ込む。
「川の中で襲ってきた鮫を軽々と投げ飛ばした相撲取りの話を思い出しました……案外なんとかなるものですね。外國君、とどめを」
「は、はい! お持ち還りだ!」
急いでプールサイドに上がった仁が魂棒を振るって、相手の魂力を吸い取る。
「……仕掛けたつもりですが、待ち構えられていましたね。ならばあの厄介な方も……」
ゆっくりとプールサイドに上がった四季が顎に手を当てて呟く。
「くっ……」
「ちっ……」
グラウンドで超慈とステラが膝をつく。超慈が呟く。
「は、速い……」
「ははは! 遅えよ!」
夕暮れのグラウンドに高らかな笑い声が響く。
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第5話(3)脳筋枠
「くそ……」
「相変わらずな笑い方、ウザ……」
「釘井先輩、知っているんですか?」
超慈がステラに尋ねる。
「まあ、多少ね……」
「多少とは寂しいことを言うじゃねえか!」
声を上げながら明るい髪色で短髪の青年が姿を現す。上にはジャージを羽織り、下にはハーフパンツをはいている。超慈が目を細める。
「あいつが……」
「まさか待ち伏せしているとはね……」
「俺ら体育科はこの時期、体育祭の準備で色々忙しい! そこを狙ったのはわりといい線行っていたが、俺ら『合魂団』にはお見通しだったぜ!」
「合魂団……」
「そう、合魂団の実質ナンバー2……」
「おっと、名前くらい名乗らせろよ……
燦太郎と名乗った男は自らを指差して豪快に笑う。
「部長の話にあった朝日燦太郎……」
「パイセンの言っていた通りに馬鹿っぽいでしょ?」
「おいおい、馬鹿とはなんだ、馬鹿とは! ってか、あの人、そんなこと言っていたのか⁉ 地味に傷つくぞ!」
「いえ、部長は超のつく脳筋だと言っていました」
超慈は訂正を入れる。
「おう、そうかそうか……って、同じようなことじゃねえか!」
「ニュアンス的には褒めている感じでしたが……」
「感じでも駄目だろう!」
燦太郎は大声を上げる。ステラがうんざりしたように呟く。
「そうやって、すぐ騒ぐところがウザいっての……」
「声がデカいのはしょうがねえだろう! 体育会系は声出してナンボだからな!」
「まあいいや……一応聞いておこうと思うんだけど……」
「うん?」
燦太郎が首を傾げる。
「朝日……パイセンが戻ってこないかだってさ」
「断る!」
「だろうね」
燦太郎の返答に対し、ステラは肩をすくめる。
「ただ、どうしてもというのなら……」
「いや、いいや。別に無理にとは言わないから」
ステラが手を左右に振る。燦太郎が慌てる。
「お、おい! 人の話を聞け!」
「いいよ、別にもう……」
「興味を失うな!」
「もとよりウチは興味ないから、興味があるのは部長だし……」
「お前や竹村は戻ったらしいな!」
「まあね」
「何故だ⁉」
「何故って……居場所が急に無くなっちゃったようなものだからね」
「倶楽部も同好会も大分派手にやられたようだな?」
「そうだね」
「噂程度には聞いているが、この短期間で一年連中を灰冠さんが鍛え上げたのか?」
「あの人に育成手腕があるとマジで思っているの?」
「全く思わねえ!」
「そうでしょ」
「部長、随分な言われようだな……」
2人のやりとりを聞きながら、超慈が呟く。燦太郎が顎に手をやって頷く。
「ということは……一年の奴らがなかなかやるということか」
「見たところ、それなりの魂力を持っているよ」
「その眼鏡くんも一年だろう? 膝をついてしまっているが?」
燦太郎が超慈を指差す。ステラが間髪入れず答える。
「この子はアンタと同じ『脳筋枠』だから」
「フォ、フォローなし⁉」
「俺はそんな枠に入った覚えはねえぞ!」
ステラの答えに超慈は驚き、燦太郎は憤慨する。ステラは立ち上がる。
「ウチとしてはマジでどっちでも良いんだけど……例えば、合魂団を潰せば……アンタも聞く耳を持ってくれるってことかな?」
「出来るもんならな!」
「来るよ!」
ステラが超慈に声をかける。超慈も慌てて体勢を整える。
「遅い!」
「ぐっ!」
超慈は吹き飛ばされる。ステラが声をかける。
「大丈夫⁉」
「ま、まともに喰らっちまいました。なんてスピードだ……」
「それはそうだろう。なんてたって……」
燦太郎が自分の靴を指差す。ステラが口を挟む。
「『
「お、俺より早く説明すんじゃねえよ!」
燦太郎が憮然とする。仰向けに倒れていた超慈が半身を起こして呟く。
「なるほど……そういう魂道具もあるのか……」
「どう、やれる? 無理そう?」
「いや、美人の前で弱音吐いていられないでしょう……」
「! び、美人って……」
超慈の言葉にステラは顔を赤らめる。燦太郎が叫ぶ。
「隙ありだぜ! 釘井! お前の魂力を頂いてやるぜ!」
「⁉」
「なっ⁉」
ステラに飛びかかった燦太郎が驚く。自身が繰り出したキックを超慈が刀で受け止めていたからである。
「ぐっ……それ!」
「ば、馬鹿な……何故反応出来た?」
「俺の魂道具、魂択刀は魂を選ぶ刀……故に高い魂力を感知することが出来る……」
「な、なんだと⁉」
「……ような気がする!」
超慈の言葉にステラがずっこける。
「ちょ、ちょっと感心しかけた気持ち返してよ!」
「結果オーライでしょう!」
「ちっ!」
「む⁉」
燦太郎が姿を消す。ステラが慌てる。
「また見失った!」
「落ち着いて! 右斜め前に糸魂蒻を!」
「⁉ えい!」
「ぐおっ⁉」
ステラの繰り出した糸に片足を絡め取られた燦太郎は転倒する。
「や、やった⁉」
「魂力を感知出来るって言ったでしょ?」
「くそ……『力任せ蹴り』!」
「なっ⁉」
燦太郎がもう片方の足で糸を切ったことに超慈は驚き、ステラは舌打ちする。
「それなりの硬度の糸を蹴りで切った⁉ これだから脳筋は!」
「小細工は要らねえ! 正面から蹴り飛ばす!」
燦太郎がステラたちに突っ込んでくる。ステラが糸を繰り出す。
「くっ! なっ⁉」
「脳筋でもそれなりに考えるぜ!」
燦太郎が後ろに回り込んでステラの背中を狙う。
「しまっ……⁉」
「もらった! なにっ⁉」
「そうはさせねえ!」
再び超慈が燦太郎のキックを刀で受け止める。燦太郎が苦い表情になる。
「またか、眼鏡! いい加減しつこいんだよ!」
「その言葉そっくり返すぜ!」
「ちぃ!」
超慈の振るった刀を燦太郎がかわす。
「くっ、素早い!」
「動きが読めても捕まえらえなきゃ意味ないぜ!」
「釘井先輩! 糸を俺に巻き付けて!」
「ええっ⁉」
「速く!」
「そ、それ!」
ステラは言われた通りに超慈の体に糸を巻き付ける。超慈は叫ぶ。
「強く引っ張って下さい!」
「う、うん!」
「あ~れ~!」
糸がほどけた超慈がコマのように回転する。回転によってグラウンドの芝が舞う。
「⁉ くっ! 芝が目に……!」
「動きを止めたな! そこだ! ……って、め、目が回る……」
超慈がフラフラとしながらも燦太郎との距離を詰める。
「しまっ……!」
「喰らえ!」
「ぐはっ……!」
超慈が強烈な頭突きを喰らわせ、燦太郎は仰向けに倒れる。
「脳筋同士らしい決着なのかな……?」
ステラが首を傾げる。
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第5話(4)純情行進曲
「ど、どうだ……どあっ!」
「⁉」
音が鳴り響いたかと思うと、小さい爆発が起こり、その爆発を受けた超慈は膝をつく。
「がっ……」
「こ、これはまさか……」
ステラが周囲を見回す。
「そのまさかだ」
ポニーテールで額に白いハチマキを巻いた学ラン姿の女性が颯爽とグラウンドに現れる。
「合魂団団長、
「先輩だろう? 礼儀のなってない奴だな」
「どうしてここに?」
「お前らが人の庭で派手に暴れまわってくれているようだからな……遊び相手になってやろうと思ってわざわざきてやったぞ」
志波田は胸を張る。白いサラシを巻いた豊満な胸が揺れる。ステラが舌打ちする。
「ちっ……燦太郎の馬鹿との連戦はいくらなんでもキツい……」
「連戦? 終わったと思ったのか?」
志波田が右手を掲げると、なにもないはずの空間に管弦楽器の音が鳴り響く。
「!」
「ううっ……」
燦太郎が頭を抑えながら立ち上がる。ステラが目を丸くする。
「そ、そんな、あの頭突きを喰らって立ち上がれるの? マジで?」
「朝日、動けるな?」
「ああ……」
志波田の問いに燦太郎は頷く。志波田は険しい顔つきをふっと緩める。
「そうでなくてはな。応援のし甲斐があるというものだ」
「志波田パイセンの魂道具、そういう使い方も出来るんですね?」
ステラの言葉に志波田は再び険しい顔つきになる。
「先輩だと言っているだろう? 言葉使いのなってない奴だな……」
「そう怒らないで下さいよ。綺麗なお顔が台無しですよ……」
「それ以上怒るとシワになりますよ、と言いたいのか?」
「む……」
「その程度の安い挑発に引っかかると思うか?」
「鬼のような性格って聞いていたんだけど……」
「冷静さを欠けさせようという狙いか? 引っかかってたまるか」
「……」
「それ……」
志波田が右手を掲げると、メロディーが流れ、打楽器の音とともにステラの足元の地面が爆発する。その爆風でステラは吹っ飛ばされる。
「! ぐっ……」
「意外とタフだな。次で決める……」
「待て! 俺が相手だ!」
「!」
そこにびしょ濡れになった仁が現れる。
「じ、仁……」
超慈が体勢を立て直しながら呟く。ステラが首を傾げる。
「ってか、なんで濡れてんの?」
「そんなことはどうでもいいでしょう! それよりも志波田睦子さん! あの時の言葉、嘘だったんですか⁉」
仁が志波田に向かって問いかける。志波田は首を捻る。
「あの時?」
「何か因縁があるの?」
「嫌な予感しかしないんだが……」
ステラの問いに超慈は頭を軽く抑える。仁が声を上げる。
「一年前、中学男子新体操の試合で、競技中に足を挫いてしまった俺にこう言ってくれたじゃないですか⁉ 『諦めるな、もし優勝出来たら、最大限の祝福を贈ろう』って! その言葉を励みにして優勝したのに、表彰式で貴女の姿はなかった!」
「……思い出した。確かにそのようなエールを贈ったが、あれは君に対してではなく、同じ大会に参加していた我が校の中等部の生徒に向けたものだったのだが……」
「……え?」
「自分は応援団として多忙でな、表彰式の頃には別の会場に移動していたのだろう」
「……じゅ、純情な男心を弄ぶなんて、許せない!」
「勘違いじゃねえか! お前らの因縁そういうのばっかだな!」
仁に対し、超慈が呆れ気味に叫ぶ。
「超慈! あんなたわわな胸のお姉さんにそんなこと言われて発奮しない男がいるか⁉」
「いない!」
「全力で同意しなくていいから!」
仁と超慈のくだらないやりとりに今度はステラが呆れ気味に叫ぶ。志波田はため息まじりに右手を掲げる。
「ただの闖入者だったか……警戒した自分が愚かだった。これで終いだ!」
「⁉」
志波田が右手を勢いよく振り下ろすと、軽快な曲が流れ、超慈たちの周囲が爆発する。
「ふん……何⁉」
「ば、爆発が起こると分かっていたら、耐えきれなくもないぜ……」
「ば、馬鹿な……」
魂択刀を両手に構えニヤリと笑う超慈の姿に志波田が驚く。ステラが呆れたように呟く。
「分かっていても、普通は耐えられないでしょ……」
「超慈のタフさは規格外ですから。釘井先輩、あの人の魂道具は何なんですか?」
「『
仁の問いに対し、ステラが説明する。
「マ、マジですか……」
「うん、マジ」
「団長! あの眼鏡は俺にやらせてくれ!」
燦太郎が叫ぶ。志波田が頷く。
「よかろう、やってみろ」
「行くぜ、『全力ダッシュ』!」
燦太郎の姿が消える。仁が驚く。
「速い⁉」
「もらった!」
燦太郎が超慈の眼前に迫る。
「玉魂蒻!」
「ぐはっ⁉」
ステラが投じた玉魂蒻が燦太郎に当たり爆発する。志波田が目を丸くする。
「なっ⁉」
「く、釘井、てめえ、いつの間にこんな技を……」
「アンタに教える義理はないし」
「ぐ……」
燦太郎が倒れ込む。仁が戸惑いながらステラに尋ねる。
「よ、よく、あのスピードについていけましたね……」
「直線的に動きがちなのよ、この馬鹿は。狙いが分かれば、迎撃はそう難しくないわ」
「な、なるほど……」
「さっきの借りは返したよ……ってあれ⁉」
倒れ込んでいる超慈を見て、ステラが驚く。
「も、もう少し、早めに玉を投じて欲しかったです……」
「巻き込まれたんだな、気の毒に……」
「ウ、ウチが悪い感じ⁉」
「わりと全面的に」
ステラの問いに仁が頷く。志波田が口を開く。
「……気を取り直して、これでお終いにする……」
「くっ!」
「マズい!」
「喰らえ……」
志波田が三度右手を掲げる。超慈が叫ぶ。
「釘井先輩! 玉を仁に向かって投げて下さい!」
「ええっ⁉」
「早く!」
「う、うん!」
ステラは超慈の言う通りに玉を仁に向かって投げる。
「仁、魂棒でそれをあのセクシーダイナマイトな応援団長に向かって打ち返せ!」
「きょ、今日日セクシーダイナマイトって!」
「なんでもいいから言う通りにしろ!」
「わ、分かった! どあっ⁉」
超慈の指示通りに玉を打ち返そうとした仁だったが、玉は棒に当たった瞬間に爆発し、仁は倒れ込む。ステラが頭を抱える。
「い、いや、どうしたってそうなるでしょ⁉ これもウチのせい⁉」
「な、なにが狙いだ……」
目の前で繰り広げられるドタバタ騒ぎに志波田は戸惑う。
「もらった!」
「ぐっ⁉」
起き上がった超慈が一瞬で志波田との距離を詰め、魂択刀を振るう。志波田は超慈の攻撃を避け切れずに喰らってしまう。超慈がふっと笑う。
「行進曲がお好きな方ならリズムを崩されるのが何より嫌いだろうと思いましてね……奇策を用いさせてもらいましたよ」
「き、奇策ってレベルを超えているだろう⁉ 味方に自爆を強いるとは!」
「とどめ!」
「甘い!」
「ちぃ! かわされた……!」
「思った以上に訳の分からん連中だな……認識を改める必要がありそうだ。ここは退こう」
そう言って志波田は素早く撤退する。超慈が唇を噛む。
「取り逃がしたか……仁、お前のことは忘れないぜ……」
「か、勝手に思い出にするな! 回復したら覚えていろ!」
すっかり暗くなったグラウンドに仁の叫び声がこだまする。
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第6話(1)一応の作戦会議
6
「ということは合魂団をほぼ無力化させたのか、ご苦労だった」
部室で報告を受けた姫乃はふむふむと頷く。
「礼沢君と鬼龍さんの奮闘あればこそです」
四季が眼鏡をクイっと上げる。
「手ごわい連中でした……」
「さすがにしんどかったし……」
亜門と瑠衣が苦々し気に呟く。
「待ち伏せられました。思ったよりも合魂部に対して警戒を強めてきているようですね」
姫乃の言葉に四季が答える。亜門が尋ねる。
「今さらですが……普段、他の連中が仕掛けてこないのは何故ですか?」
「合魂というものは基本アフター5で行われるものだからな。例外もあるが」
「そ、そうなのですか……?」
姫乃の答えに亜門が戸惑う。四季が口を開く。
「少し補足すると……バトルフィールドを展開しないと魂道具を使うことが出来ませんし、単なる喧嘩もしくはリンチまがいのものになってしまいます」
「なるほど……」
四季の説明に亜門が頷く。四季が呆れたような視線を姫乃に向ける。
「というか、その程度の説明もしなかったのですか?」
「まあ、さすがにそこまでなりふり構わない奴らはこの学校にはいないだろうからな、説明しなくても大丈夫だろうと判断した」
「一応説明してあげるのが先輩の務めであり、親切心だと思いますよ……」
「分かった。以後気をつける」
「以後ですか……」
四季がため息をつく。姫乃が苦笑する。
「露骨にため息をついたな」
「つきたくもなります。そもそも出たとこ勝負過ぎるのです。今回も志波田さんと交戦するとは思いませんでした。ステラが一緒だから良かったとはいえ、超慈君や外國君のみでは撃退されていた恐れがありましたよ?」
「しかし、戻ってこられたではないか」
「結果オーライ過ぎますよ」
「ある程度の危機は想定していたさ。だからバディを組ませたのだ」
「礼沢君と鬼龍さんペアはともかく、私と外國君ペア、ステラと超慈君ペアでは連携がまだまだ不十分です。敵陣に突っ込むには時期尚早でした」
「今回でかなりの経験が積めたではないか」
「……結果良ければ全て良しではないのですよ」
「ふむ……その言葉、胸に刻もう」
姫乃が深々と頷く。四季が眼鏡の縁を触りながら尋ねる。
「それで? 今後はどうしますか?」
「それなりの規模を誇る勢力は後二つほどに絞られた」
姫乃は右手でピースサインを作る。
「後二つ? 意外と少ないし……」
「それなりというのが気になるが……」
姫乃の言葉に瑠衣と亜門が反応する。四季が頷く。
「確かにあの勢力とあの勢力が残っていますね……」
「竹村先輩も大概説明不足でござる……」
「その辺はもう諦めろ……」
瑠衣の耳打ちに亜門が小声で答える。
「どうされるおつもりですか?」
「二方面作戦を展開する!」
「!」
姫乃は机をバンと叩いて立ち上がる。四季の表情が険しくなる。姫乃が問う。
「どうだ?」
「正気ですか?」
「ああ、正気も正気だ」
「兵力の分散は愚策ですよ」
「向こうも予想はしていまい。そこを突く」
「虚は突けるかもしれませんが……やはり危険です」
姫乃は席に座り、四季の方を向いて答える。
「無理はしない、させないつもりだ」
「そうは言っても……」
「最優先するべきはあの者たちの確保だ。各勢力との全面的な衝突は避けるようにする……それでどうだ?」
「止めても無駄のようですね」
姫乃の問いかけに四季は苦笑交じりで答える。
「理解を得て嬉しく思う」
「理解というか……各方面の振り分けはどうされるのですか?」
「それについては既に考えてある!」
「嫌な予感しかしませんね……」
自信満々な姫乃の顔を見て、四季は軽く頭を抑える。
「……というわけで、よろしく頼むぞ」
姫乃がある校舎の近くで声をかける。
「このタイミングで仕掛けてくるとは奴らも思わないはず……流石は姉御だ!」
燦太郎がわざとらしく両手を挙げる。
「燦太郎……戻ってきて早々すまないが、ひと暴れしてもらうぞ」
「むしろこのスピード感こそ俺の望むところだぜ、姉御!」
燦太郎は右手の親指をサムズアップする。姫乃が間を空けて呟く。
「……言いたいことが二つほどある」
「ん?」
「元気があるのは結構だが、騒ぎ過ぎだ。相手に感付かれる」
「おっと、こいつはすまねえ、姉御……」
「姉御って呼ぶのも止めろ」
「姉さんの方が良いかい?」
「……まあ、それは後で良い」
姫乃が歩き出す。仁が亜門に耳打ちする。
「なっ? 朝日先輩って結構な脳筋だろう?」
「……脳筋が4人から5人になっただけのことだ、大したことじゃない……」
「ん? 超慈と朝日先輩、鬼龍と部長……もしかして俺も脳筋に含めてないか⁉」
仁の声を無視して、亜門は姫乃たちの後に続く。
「さて、我々はこちらのS棟ですか……」
四季が校舎を見上げる。瑠衣が尋ねる。
「早速忍び込むでござりますか?」
「いえ、固まって行動した方が良いでしょう」
「どんな連中が待ち構えているんだ……?」
「超慈っちはウチが守ってあげるから安心しなよ」
「ちょ、超慈っち?」
ステラの言葉に超慈は戸惑う。四季の眼鏡が光る。
「ステラ、少し馴れ馴れしくはないですか?」
「ええ? これくらい普通っしょ?」
ステラが超慈と腕を組む。四季が指を差す。
「距離が近いですよ」
「固まった方が良いんでしょ?」
「限度というものがあります」
「し、しかし、経験不足な一年と上級生を2人ずつ組ませるとは、部長も考えましたね?」
超慈は話題を変えようとする。四季がため息交じりに答える。
「……あみだくじの結果ですよ」
「ええっ⁉」
予想外の答えに超慈は驚く。
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第6話(2)1人足りない四天王
「……今回は奇襲がある程度上手くいったようですね」
校舎の階段を上りながら四季が呟く。超慈が瑠衣に尋ねる。
「大丈夫か? ここまで遭遇した相手を任せっきりだったが……」
「これくらい平気だし」
瑠衣は余裕の笑みを浮かべて答える。ステラが口を開く。
「あの人たちに感付かれるとマズいんじゃない?」
「ですから、あの方たちの居ない時間帯を狙ってきました」
四季の回答にステラは口笛を鳴らす。
「その辺は調査済みか。やるね」
「とはいえ、そこまで余裕はありません。目的の方と接触しなくては……」
「そこまでだ!」
「!」
超慈たちがあるフロアに来ると、3人の男子生徒が待ち構えていた。
「合魂部の連中だな! これ以上好き勝手は許さんぞ!」
「俺たち合魂サークルの四天王が相手だ!」
「四天王?」
超慈が首を捻る。瑠衣が呟く。
「さっき1人倒したでござる……」
瑠衣の言葉に3人が動揺する。
「なっ⁉ あ、あいつ、姿を見ないと思ったら抜け駆けしていたのか?」
「そして、あっさりやられてやがる!」
「落ち着け! 所詮奴は四天王の器ではなかったということだ」
「ど、どうやらそのようだな……」
3人のやりとりを見ながら、ステラが四季に尋ねる。
「合魂サークルの四天王……知ってる?」
「生憎ですが存じ上げませんね……この商業科は実力者が多いですから」
「要は空気ってことね」
「な、なにを⁉ 生意気な! お前らやるぞ!」
「俺が行く!」
1人の男子が飛び出す。超慈が四季たちの前に進み出て魂択刀を構える。
「ここは俺に任せて下さい!」
「遅い!」
「ぐはっ!」
男子の素早く強烈なショルダーアタックで超慈が吹っ飛ばされる。
「ふん……」
「ぐっ……」
「ほう、立ち上がるか。俺の『
男子は先が尖った形状の肩を見せる。四季が呟く。
「くぼみのある、凹面の、という意ですね。あのように尖った肩をコンケーブ・ショルダーと言い、主にテーラードジャケットに使用されます」
「はっ、なかなか詳しいな。このショルダータックルは止めるのは容易ではないぞ!」
「糸魂蒻!」
「む!」
ステラが超慈に迫る男子に糸を巻き付ける。
「床にでも突っ込んでなさい!」
「ぐはっ!」
ステラが糸を振り上げ、男子を床に叩きつける。動かなくなった男子に歩み寄り呟く。
「お持ち還りよ……」
「や、やられただと⁉」
「落ち着け、あいつには四天王の荷が重かったというだけのことだ」
「そ、そうだな……俺が行く!」
2人目の男子が飛び出す。超慈が体勢を立て直し、男子に斬りかかる。
「今度はこっちの番だ!」
「飛んで火に入るなんとやら! 喰らえ!」
「ぐあっ! あ、熱い⁉」
男子が手を振ると、超慈が崩れ落ちる。その手にはフライパンが握られている。
「フ、フライパン⁉」
瑠衣が驚く。超慈が立ち上がる。
「ほう、まだ立つか。俺の『
「コンフィはフランス料理の調理法であり、またその方法を用いた食品の総称です。フライパンを手にしているということは、肉を調理するのと同様に低温度でゆっくりと加熱したのでしょうね……」
「ふっ、まずまず知っているようだな。文字通りお前らを料理してやる!」
「今は昔、陽成院がおいでになられた所は……」
「ぬ!」
四季が魂昔物語集を読み上げると、男子に水がかかる。
「火気厳禁ですよ……水の精にお仕置きしてもらいましょう!」
「どはっ!」
四季が本を掲げると、多量の水が男子を押し流し、男子は壁に打ち付けられてぐったりとする。そこに四季がゆっくりと歩み寄り呟く。
「お持ち還りです……」
「くっ! どいつもこいつも! 四天王になるには力不足だったか!」
残った男子が叫ぶ。ステラが呆れながら呟く。
「だからさ、そもそも1人も知らないのに四天王を名乗られても反応に困るって……」
「ええい! 黙れ!」
男子がステラたちに向かって前進してくる。
「こ、今度こそ俺が!」
体勢を立て直した超慈が男子に立ち向かう。
「いい加減しつこいぞ! 眼鏡! それっ!」
「うおっ⁉」
男子が掲げた容器から液が飛び出し、超慈にかかる。超慈が倒れる。
「どうだ!」
「な、なんだ⁉」
「これが俺の魂道具、『
男子が超慈に更に接近する。そこに瑠衣が割って入り、魂白刀の鏡の部分を開く。
「させないニン! 『反射』!」
「なっ!」
鏡によって反射された液が男子にかかり、男子は戸惑う。
「もらったでござる!」
「どわっ⁉」
瑠衣の振るった刀を喰らい、男子が仰向けに倒れる。瑠衣がそこに歩み寄り呟く。
「お持ち還りだし」
「若干口だけのところもありましたが、魂道具の使い方はある程度洗練されていましたし、吸い取らせて頂いた魂力もそれなりです。四天王、強敵でしたね……」
「四季、それ先に言ってあげた方が良くなかった?」
ステラが苦笑する。四季が眼鏡をクイっと上げる。
「タイミングを逸しました」
「お、俺だけ攻撃喰らいまくった……」
「超慈君の助太刀をしたかったのですが、これもタイミングを逸しました」
「そ、そうですか……」
「~♪」
「⁉」
そこに突然音楽が流れたかと思うと、四季たち3人が倒れ込む。
「み、皆⁉」
超慈が困惑する。
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第6話(3)解釈はそれぞれ
「フフフ~♪」
「だ、誰だ⁉」
そこに長めのドレッドヘアーをなびかせた褐色の女子生徒が姿を現す。制服は大胆に着崩しており、豊かなスタイルが目につく。四季が体勢を立て直しつつ話しかける。
「く……以前より魂力を増していますね」
「そりゃあ、四季やステラを同時に相手にするなら、ガンガン飛ばしていかなきゃね~♪」
女子はウィンクする。超慈が尋ねる。
「お、お知り合いですか⁉」
「本日のお目当てですよ、
「⁉」
超慈は驚きながらクリスティーナに視線を向ける。クリスティーナが笑う。
「ハハッ! お目当てっていうことは……?」
「合魂部に戻ってきて頂きたいのです」
「断るよ」
「にべもありませんね……」
四季が苦笑する。クリスティーナが両手を広げる。
「今の合魂サークルでアタシは十分満足だからさ」
「はい、そうですか、というわけには参りません……!」
「~♪」
「がはっ……!」
クリスティーナが巧みに四季との距離を詰め、流れるような動きで四季の手から魂昔物語集を叩き落とし、さらに喉の辺りを突いてみせる。四季はむせるように膝をつく。
「四季のそれは厄介だからね……ただ、本を開かせず、声を発させなければいい」
「な、なんだ、今のは……音楽に合わせて踊るように……」
超慈が困惑する。クリスティーナが頷く。
「これがアタシの魂道具、『
「だけど?」
「最近はもっぱら音の流れに合わせて相手に直接攻撃するのがトレンドかな~♪」
「ダ、ダンスを履き違えている!」
クリスティーナの言葉に超慈は愕然とする。クリスティーナは苦笑する。
「解釈違いかな?」
「い、いえ、そもそもコンテンポラリーダンスに対する理解が足りていないのですが……」
「それは残念、初対面だけど、ここで消えてもらうよ♪」
「き、消えてもらうって!」
どこからか音楽が流れ、クリスティーナが踊り始める。
「♪」
「し、しまった! 距離を詰められた!」
あっという間にクリスティーナが超慈の眼前に迫り、超慈は狼狽する。
「糸魂蒻!」
「!」
ステラが繰り出した糸魂蒻がクリスティーナの体に巻き付く。
「す、好きにはさせないから!」
「体の自由を奪ったつもり~?」
「⁉」
「それ!」
「む⁉」
クリスティーナは流れるようなターンとステップでステラに接近する。
「はっ!」
「どあっ!」
クリスティーナは片脚をまっすぐに伸ばして高く振り上げながら、もう一方の脚で踏み切って跳び、空中で脚を大きく開いて、ステラの体に当てる。攻撃を喰らった形になったステラは悶絶しながらうずくまる。クリスティーナは申し訳なさそうに笑う。
「ごめん、ごめん、力を抜けないタイプだからさ」
「ぐっ……」
「い、今のはバレエの動きのような……」
超慈の呟きにクリスティーナが感心したように頷く。
「へえ、結構よく見ているね。コンテンポラリーダンスというのはバレエテクニックを母体とした動きも多いからね」
「むう……」
「厄介な四季とステラには黙ってもらった……次は眼鏡君、君の番だよ♪」
「くっ!」
超慈は魂択刀を構える。クリスティーナは目を丸くする。
「ほお、それがキミの魂道具……応用形だね」
「来るならこい!」
「魂力の高まり、魂波の波動も悪くない……油断は出来ないね」
「……」
「……ただ、経験が不足している!」
「はっ⁉」
クリスティーナが一瞬で超慈の懐に入る。
「反応が遅れている……もらったよ♪」
「そうはさせないニン!」
「おっと⁉」
瑠衣が両者の間に割って入り、クリスティーナの手足を弾く。
「拙者を忘れてもらっては困るし!」
「……こちらも見ない顔だね、一年生かな? 多少厄介そうだけど、やることは変わりない。まとめてお持ち還りさせてもらうよ」
クリスティーナが一旦距離を取り、構えを取る。瑠衣が呟く。
「……来る!」
「はっ!」
「! むお……!」
逆さまの体勢になったクリスティーナの蹴りを喰らい、瑠衣は崩れ落ちる。超慈が驚く。
「なっ⁉ バレエじゃねえのか⁉」
クリスティーナがゆっくりと体勢を直しながら呟く。
「……コンテンポラリーダンスというものはストリートダンスなど、他のダンスの要素も取り入れているんだよ」
「ちぃ! それじゃあ動きがまるで読めねえ!」
「なかなか難しいだろうね。動きが読める前に……終わらせる!」
「うおっ! せい! とおりゃ!」
「なっ⁉」
超慈が流れるような連続攻撃に反応したことにクリスティーナは驚く。
「な、なんとか防いだ……」
「な、なんとかって! キミ、ダンスやっていたの⁉」
「いいえ、まったく」
「ならどうして反応することが出来たの?」
「恐らく……俺の魂道具によるものかと……」
「え?」
超慈は魂択刀を掲げてみせる。
「この魂択刀は魂力の高まりを感知出来ます。それによって反応出来たのかと……」
「理屈はなんとなくだけど分かったよ……ならば、その反応を上回るまで!」
「先手を取る!」
「ぐう⁉」
超慈の攻撃を受け、クリスティーナは転倒する。超慈は乱れた呼吸を整えてから呟く。
「ダ、ダンスのことはさっぱりですが、動きの基本は足。足を狙わせてもらいました」
「い、意外と頭が回るようだね……!」
クリスティーナが整った顔を崩して超慈を睨み付ける。
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第6話(4)人の血は流れているのか
「動きは封じました! ここら辺で諦めて下さい!」
「? 投降でもしろってこと?」
「そ、そうなります!」
クリスティーナの問いに超慈は戸惑いながら答える。
「さっきも言ったけど、そういうつもりはないよ!」
「くっ⁉」
立ち上がったクリスティーナの攻撃を超慈はなんとか受ける。
「ふん、いい加減煩わしくなってきたね、その反応の速さ……」
「そ、それはどうも……しかし、よく動けますね……」
「足を狙うというのは悪くない着眼点だったけど……少し浅かったかな?」
「ならばもっと踏み込む!」
「おおっと⁉」
超慈が間合いを詰め、クリスティーナの両足を狙いにいく。クリスティーナはすかさずジャンプして、この攻撃をかわす。
「むっ⁉ 飛んだ⁉」
「跳躍力をなめてもらっちゃあ困るよ!」
「空中での姿勢変更は難しいはずでござる!」
「む!」
飛び上がったクリスティーナに瑠衣が迫る。瑠衣の繰り出した魂白刀をクリスティーナはなんとか足で受け止める。瑠衣が叫ぶ。
「止めた⁉ 信じられないし!」
「キャラ、ブレてない? ま、まあ、それくらいの攻撃なら凌げないことはないよ!」
「ちっ!」
「糸魂蒻!」
「うわっ⁉」
ステラが繰り出した糸魂蒻がクリスティーナの足に巻き付く。
「このまま地面に叩きつける!」
「!」
糸によってクリスティーナは地面に落下する。ステラが様子を伺う。
「多少手荒だったけど……大人しくなったかしら?」
「『カットステップ』!」
「⁉ 糸が!」
「ステップワークで糸を踏み切らせてもらったよ、結構硬い糸だね……どうせなら両足ごと縛るべきだったね、ステラ……なるほど、体勢変更の困難な空中戦を狙っていたのは良い判断だったよ。そこで仕留めきれなかったのが残念だったね、ござるちゃん」
「くっ……」
「ご、ござるちゃんって……」
クリスティーナの言葉にステラと瑠衣が渋い表情を見せる。クリスティーナが大げさに両手を広げてみせる。
「平面での戦いにはアタシに分がある! ここで決めさせてもらうよ!」
「今は昔……」
「⁉ 四季! まだ動けたの!」
「京に住む木こりたちが……」
「ちぃ! なんだか知らないけど読ませないよ!」
「そうはさせるか!」
「むう!」
四季のもとに飛び込もうとしたクリスティーナだったが、超慈がこれを防ぐ。
「……語り伝えたるとや」
「読ませてしまった!」
「な、なにが起きる! ……な、なに⁉」
「⁉」
クリスティーナが戸惑う。目の前の超慈だけでなく、瑠衣やステラも狂ったように踊りだしたからである。四季が説明する。
「舞茸を食べた尼さんと木こりが山中で踊り狂ったという話ですよ」
「ま、舞茸ってそういうものなの⁉」
「そういう言い伝えのお話ですから致し方ありませんね……さて、クリスティーナ、そろそろ観念してもらいましょうか」
「なにを! って、ええっ⁉」
気が付くとクリスティーナは壁際に追い詰められ、尚も踊り狂う超慈たちに他の三方を固められてしまったからである。四季が淡々と告げる。
「それでは別のお話を一つ……貴方を拘束させて頂きます」
「! ぐっ……」
四季が別の話を読み上げると、クリスティーナは大人しくなった。四季は眼鏡の縁を触りながら満足気に呟く。
「とりあえずは目標到達ですかね……このままクリスを連れて撤退しましょう」
「……このまま帰るだなんて、つれにゃーことを言ったらいかんがね」
「!」
四季たちが視線を向けると、暗がりから茶色い短髪の青年が歩み寄ってきた。四季が渋い表情になりステラが舌打ちする。
「ちっ、戻ってくるとは……」
「瑠衣、あれは……」
超慈が小声で瑠衣に尋ねる。
「この合魂サークルの代表で、商業科全体も取り仕切っている、『
「あいつが……思ったより小柄だな……」
水上は顎をさすりながら口を開く。
「クリスは俺も気に入っとる。今更合魂部へ返せ言われてもそいつは無理な相談だぎゃ」
「どうする四季?」
ステラが小声で四季に尋ねる。四季が答える。
「このまま手ぶらで帰るわけにも参りません……幸い、あの方がいないようですから、まだこちらにツキはあります」
「ってことは……」
「先手必勝です!」
「ふん!」
「がは……!」
あっという間に距離を詰めた水上の拳が四季の鳩尾に入り、四季はうずくまる。
「出来ればこういう手荒な真似はしたくにゃーけどしゃーない、おみゃーさんの魂道具は厄介だもんでな」
水上は苦笑交じりに呟く。ステラが糸魂蒻を繰り出す。
「四季! くっ! 糸魂蒟!」
「低い位置を狙った糸! これを飛んでかわしたところを一年のくのいちちゃんが狙うって寸法だろう! お見通しだみゃあ!」
「⁉」
「そらっ!」
「ぐうっ!」
「どわっ⁉」
水上はあえて足に糸を巻き付かせると、足を思い切り振り上げる。糸を切り損ねたステラの体が空中に舞い、既に空中で迎撃体勢を取っていた瑠衣と派手にぶつかり、両者は空しく落下する。水上は後頭部を掻く。
「あらら……少しやり過ぎたかな?」
「くっ……小柄だからと言って見くびった……」
「魂道具も発現させていないようなのに……」
ステラと瑠衣が苦し気に呟く。水上は笑う。
「はっはっは。魂道具頼みじゃここまでは辿り着けんよ。それよりもおみゃーさんたち……」
「?」
「揃いも揃ってべっぴんさんの集まりだがね。そちらからべっぴんさん、べっぴんさん、1人飛ばしてべっぴんさん……」
「飛ばすなよ!」
水上の発言に超慈は突っ込むが、水上はそれを無視して話を進める。
「……おみゃーさんたち、俺の合魂サークルに入らんか?」
「なっ⁉」
「魂力、魂波、ともに申し分なし、加えてべっぴんさんとくりゃあ是が非でも我がサークルに欲しい人材だぎゃ!」
「……」
「ちょうどええことにサークルの入部用紙も三枚あるんだわ。さっと書いて、一緒に楽しいサークルライフを送ろうみゃ」
水上が懐から紙とペンを取り出し、笑顔を浮かべて四季たちに渡そうとする。
「お、俺は無視かよ!」
「黙っとれ。魂力も魂波も並程度の奴が……」
「ぐっ……!」
水上の一睨みに超慈は圧されてしまう。水上は再び笑顔を浮かべ、四季たちに歩み寄る。
「ささっ、この欄にサインを……」
「何をしとる!」
「ぶほっ⁉」
黒髪ロングの女子が水上の後頭部に強烈な飛び蹴りを喰らわす。
「まったく……ちょっと目を離すとこれだもん……」
「ああ、紙とペンがわやになってしまった……何をするんだがね⁉」
「それはこっちの台詞! 何を堂々と女の子をナンパしとんの?」
「ナンパとは人聞きの悪いことを……れっきとしたスカウト活動だがね」
「物は言いようね……」
女子はジト目で水上を見つめる。水上はバツの悪そうに顔を背ける。超慈が四季に問う。
「あ、あの方は?」
「あの方は
「こ、恋人⁉」
「⁉」
水上と深田が視線を向ける。そこには怒りの形相で魂択刀を構える超慈の姿がある。
「あ、あの眼鏡君、でら強い魂波⁉」
「ば、馬鹿な! 急激に魂力が高まったのか⁉」
「……せねえ」
「え?」
「許せねえ! そんな美人な恋人がいながら、合コンサークルの代表だと⁉ てめえ、人の血が流れているのか⁉」
「ご、合コン違いだがね!」
「問答無用!」
超慈が水上に斬りかかる。水上はなんとかその攻撃を受け止める。
「ちっ、思ったよりやるみゃあ! 奈々! 力を貸せ!」
「ええ……その眼鏡君の言う通りだと思うし……」
「冗談言っとる場合か⁉」
「はいはい!」
「む⁉」
「名古屋名物は?」
「暇つぶしだがね」
「ひつまぶしや!」
「ぐおっ⁉ な、なんだ⁉」
深田と水上のやりとりから火が燃え上がり、超慈が圧倒される。戸惑いをあらわにする超慈に対し、四季が声を上げる。
「それがその2人の魂道具、『
「ふ、2人がかりの魂道具とは……」
「面食らっているようだな! 俺たちの阿吽の呼吸をとくと味わえ!」
「阿吽の呼吸……?」
「ん?」
超慈がわなわなと震える。
「そんな息ピッタリのパートナーがいるなら、十分幸せじゃないか! 何故に合コンサークルの勧誘などする必要がある⁉」
「だ、だから、合コン違いだと言っておろうが!」
「黙れ!」
「くっ、奈々! 名古屋城と言えば、金のしゃちほこだがね⁉」
「昔の人が十個集めたから、二個もりゃーたのよ!」
「そりゃ銀のエンゼルじゃ!」
「ぐはっ⁉」
別の方向から攻撃を喰らい、超慈が後退する。ステラが叫ぶ。
「その2人はボケとツッコミ、自由自在よ!」
「攻撃がどちらからくるか読めないってことか……」
「……撤退じゃ、奈々。こいつの目は死んどらん、厄介な相手だぎゃ」
「おみゃーさんがそう言うなら!」
「くっ、逃がしたか……」
超慈は悔し気に呟く。
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第7話(1)とりま、役割分担
7
「さて、我々はこのK棟の攻略だが……」
校舎を改めて見上げて姫乃が呟く。
「先手必勝! 一気に突っ込む!」
「燦太郎、待て」
走り出そうとする燦太郎を姫乃は冷静に制す。亜門が尋ねる。
「やはり警戒されていますか?」
「いや、この時間帯はちょうど手薄になる時間帯だということは調査済みだ」
「ほお……」
亜門はわざとらしく顎に手を当てて感心した様子を示す。姫乃が目を細める。
「その、ほお……とはどういう意味だ?」
「いえ、意外と考えがおありなのだなと思いまして」
「れ、礼沢! 失礼だろう!」
亜門の物言いに仁が慌てる。姫乃が笑う。
「この校舎を根城にしている連中は他よりも若干ではあるが手ごわい奴らが揃っているからな、それなりの対策はとるさ」
「対策ですか?」
「役割を簡単にだが割り振ろうと思う。あくまで流動的なものだ、バトルフィールドの中では何が起こるか分からんからな、それでも基本的な方針を定めておきたい」
「ふむ……」
姫乃の説明に亜門が頷く。
「ここまではいいな?」
「ええ」
「それでタンク役なのだが、優月が向こうの商学部攻略に行ってしまって不在なのだ……困ったことにな」
「あみだくじで決めなければ良かったでしょう」
亜門は間髪入れず正論をぶつける。仁が再び慌てる。
「礼沢、たとえ本当のことでももうちょっとオブラートに包んで……」
「取り繕っている場合じゃあねえだろう」
「そ、それはそうだが……」
「優月の無駄なタフさが無いのは痛いな……」
姫乃が顎に手を当てて呟く。仁が苦笑する。
「いや、無駄なって」
「そんなにタフなのかい、あの眼鏡くん?」
「ええ、タフさしか取り柄がありません」
燦太郎の問いに亜門が答える。仁が再び苦笑する。
「いや、それしか取り柄が無いって言うのも……」
「……それじゃあ、姉御、俺が前線でタンク役になろうか? 走り回るのは得意だぜ?」
燦太郎は開いていたジャージの前をビシっと閉めて、不敵な笑みを浮かべる。
「燦太郎のスピードは厄介だ、相手の目を引くことは間違いないだろう……だが、耐久力に若干の不安が残るな」
「む……」
「ここの連中は一撃一撃が強力だからな」
「ならばどうするんで?」
燦太郎が首を傾げて姫乃に尋ねる。姫乃は一呼吸空けて答える。
「……貴様には『メイカー』を頼もう」
「え?」
「え?」
燦太郎と仁が同時に首を捻る。姫乃が説明を続ける。
「ムードメイカーというか、この場合はリズムメイカーか。縦横無尽に走り回って、相手のペースやリズムをとことんかき回してくれ!」
「おおっ! 分かったぜ、姉御!」
「自慢の俊足、大いに期待している」
「任せろ! ちょっとこの辺走ってきて良いかい?」
「作戦開始には少々早いが……まあ、いいだろう。任せる」
「うおっしゃ! いっくぜー!」
燦太郎が校舎に向かって走り出す。仁が呟く。
「も、もう、あんなところまで……」
「……むしろトラブルメイカーでは?」
「……そうとも言うかもな」
亜門の指摘に姫乃は笑ってウインクする。仁が三度慌てる。
「い、いや、えっと、その……!」
「一旦落ち着け、外國」
姫乃の言葉で一度深呼吸した仁が口を開く。
「……早く役回りを決めて、朝日先輩を追いかけないと! そ、それと、俺の役回りはメイカーじゃないんですか?」
「もっともな疑問だな」
姫乃は笑って頷く。
「お、お言葉ですが、笑っている場合ではなくてですね……!」
「……貴様には今回、『タンク』をお願いする」
「え、ええっ⁉」
姫乃の発言に仁が驚愕する。
「そんなに驚くことか?」
「そ、そりゃあ、驚きますよ! 俺は超慈ほどのタフさは無いですよ!」
「タンク役とはいえ、馬鹿正直に全ての攻撃を喰らう必要はない」
「は、はあ……」
「貴様の意外な身軽さを生かして、攻撃を引き付けてくれればそれでいい」
「い、意外な身軽さって。そりゃあ、新体操やっていましたけどね……」
「ここ最近の成長も目を見張るものがある……鬼龍との特訓の成果かな?」
「あ、ご存知だったんですか?」
「部長だぞ、部員のことは把握しているつもりだ」
そう言って姫乃は笑う。仁は照れ臭そうに鼻の頭を掻く。
「だ、だいぶ、鍛えられました……」
「あんなマイナー忍術の相手をしてやるとは、随分と面倒見が良いな……」
「お、お前と超慈が相手してやらないからだろう!」
亜門に対し、仁が声を上げる。姫乃が両手を叩く。
「……ということで、暫定的ではあるがタンク役は決まった。『ヒーラー』役だが……礼沢、貴様にお願いするぞ」
「分かりました……ただ、バトルフィールド内ではどのように戦況が変わるか分かりません。自由に動いても問題ないですよね?」
「もちろんだ」
「了解……それじゃあ、さっさと行きましょう」
「ちょ、ちょっと待て!」
仁が歩き出す姫乃と亜門を呼び止める。亜門が首を捻る。
「なんだ? この期に及んで怖気づいたか?」
「そ、そうじゃねえよ!」
「じゃあなんだ?」
「大事なことを忘れている!」
「大事なこと?」
「『アタッカー』だよ! いつもの切り込み隊長、鬼龍がいないから、相手に向かっていくアタッカーがいないんだよ!」
「さっき突っ込んでいった先輩が実質アタッカーみたいなもんだろう。必要とあらば、俺とお前が兼任すれば済むことだ」
「付け焼刃的なマルチロールで勝てるほど甘い相手だとは思えない!」
「何を弱腰な……ん?」
「え?」
亜門と仁の視線の先には入念な準備体操を行う姫乃の姿がある。姫乃は片手を挙げる。
「……アタッカーならここにいるぞ」
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第7話(2)本気出す
「ぶ、部長⁉」
仁が驚く。亜門が訝しげに尋ねる。
「……大丈夫なんですか?」
「ああ、基本的体力も戻り、魂力も回復してきた。そろそろ本気を出せるぞ」
姫乃が笑顔で首の骨をコキコキと鳴らす。仁が小声で亜門に問う。
「……どう思う?」
「おっしゃっている本気がどの程度なのか分からんが、全面的に頼るのは不安だ。基本は俺たちでなんとかする方向で行くぞ」
「わ、分かった」
「さあ、燦太郎に続くか」
姫乃が声をかけ、3人は校舎に入る。校舎内には倒れた男女数人の姿がある。
「こ、これは……」
「……思った以上にこちらの奇襲が効果あったようだな」
仁の呟きに姫乃が反応する。亜門が口を開く。
「とはいえ、朝日先輩1人では限界があるはずです。早く合流しましょう」
「そうだな……こっちだ」
姫乃は亜門たちを案内する。天井のひときわ高い部屋に出て、仁が首を傾げる。
「こ、ここは?」
「工業科の作業場のようなものだ」
仁の疑問に姫乃が答える。亜門は周囲をさっと見渡すとうずくまる燦太郎を見つける。
「む? 朝日先輩、どうかしましたか?」
「おおっ、来たか! いや、靴ひもがほどけたので直していた! ……これで良し!」
燦太郎が立ち上がる。姫乃が頷く。
「よし、先に進むか……」
「そこまでだ!」
「!」
姫乃たちが先に進もうとすると、3人の男子生徒が姿を現した。
「合魂部の連中だな! これ以上先には進ませんぞ!」
「俺たち合魂愛好会の四人衆が相手だ!」
「四人衆?」
仁が首を捻る。姫乃が呟く。
「一人いないようだが……」
姫乃の言葉に3人が動揺する。
「なっ⁉ あ、あいつ、どこに行った⁉」
「わ、分からん!」
「ど、動揺するな! 俺たちだけでも十分だ!」
3人のやりとりを見ながら、亜門が姫乃に尋ねる。
「合魂愛好会の四人衆……ご存知ですか?」
「さあな。この手の連中をいちいち覚えていたらキリがない……」
「なるほど。要は雑兵に毛が生えたようなもんですね」
「な、なにを⁉ 生意気な! お前らやるぞ!」
「俺が行く!」
1人の男子が飛び出す。燦太郎が姫乃たちの前に進み出る。
「ここは俺に任せろ!」
「ふん!」
「どわっ⁉」
男子が手をかざすと、男子に飛びかかろうとした燦太郎が体勢を崩し、横滑りしていく。それを見て仁が戸惑う。
「なっ⁉ 触れてないのに転倒させられた⁉」
「ふん、見たか。俺の……」
「ベルト状のものが周囲に張り巡らされているな、さながら『
「お、おう……と、とにかく、この魂道具で貴様は俺には近づけんぞ!」
亜門の鋭い分析に男子は困惑するが、気を取り直して叫ぶ。燦太郎が呟く。
「なるほどな……」
「この魂部亜はスピードも自在に変えることが出来るぞ!」
「スピード勝負だったらこちらに分があるぜ!」
「なっ⁉」
燦太郎は魂武亜棲を光らせて突っ走り、あっという間に男子との距離を詰める。
「懐に入ったぜ!」
「ば、馬鹿な! 高速で動くベルトを逆走するだと⁉」
「おらあ!」
「ぐはっ!」
燦太郎が足を振り上げ、男子を蹴り倒す。動かなくなった男子に歩み寄って呟く。
「お持ち還りだぜ……」
「や、やられただと⁉ くそ、ならば俺が行く!」
2人目の男子が飛び出す。仁が迎撃する。
「今度は俺の番だ!」
「そんな棍棒で何が出来る!」
「⁉ 危ない⁉」
男子が手を鋭く振り下ろす。仁は咄嗟にかわす。地面が焼ける。
「ふっ、よくかわしたな。俺の……」
「あの切れ味……電線管をねじり切る『
「お、おう……と、とにかく、この魂道具で貴様は俺とはまともに打ち合えんぞ!」
亜門の的確な分析に男子は困惑するが、気を取り直して叫ぶ。仁が呟く。
「打ち合わなきゃいいだけのことだろう!」
「む⁉」
仁が魂棒を二本とも投げて、男子に当てる。男子は思わず体勢を崩す。
「ただ持って歩くだけじゃないんだよ! そらっ!」
「どはっ!」
仁は二回側転すると、男子の懐にすっと入り込み、鳩尾に蹴りを喰らわせ、さらに宙を舞っていた魂棒を掴むと、間髪入れず男子を殴る。男子は仰向けに倒れて、仁が呟く。
「お持ち還りだな……」
「くっ! どいつもこいつも! こうなったら俺がやる!」
最後に残った男子が叫ぶ。亜門が呟く。
「俺が相手しよう……」
「うおおっ!」
男子が掲げた物体から水流が出て、亜門に当たりそうになるが、亜門はなんとかかわす。
「む!」
「よく避けたな! これが俺の……」
「まるで『
「な、なんでお前、さっきから先に言ってしまうんだ! 少しは空気を読め!」
男子が怒りながら、魂圧縮機を亜門に向ける。
「ふん!」
「なっ⁉」
亜門の振るった魂旋刀によって弾かれた魂圧縮機から噴出された水が自らに思いっきりかかり、男子はずぶ濡れとなってしまう。亜門は笑う。
「水も滴るいい男になったぞ……『放電』!」
「どわあっ⁉」
亜門の振るった刀から電気が流れ、男子が感電して倒れる。亜門が静かに呟く。
「お持ち還りだ……むっ!」
「すっかり出遅れてしまった! こうなったら四人衆の紅一点の私がまとめて倒すわ!」
そこに女子生徒の運転するミキサー車が突っ込んでくる。仁が驚いて叫ぶ。
「く、車だと⁉ 危ない! って、ええっ⁉」
「来てくれて良かった。出番がないかと思ったぞ……」
勢いよく突っ込んできた車に対し姫乃が杖を立てて、その動きを止めてみせる。
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第7話(3)円を描く
「く、車を止めた⁉ つ、杖一本で⁉」
「流石は姉御だぜ!」
姫乃の行動に仁は驚き、燦太郎は称賛する。
「バ、バカな『
「むやみやたらに突っ込んでくるとは随分とまた魂力任せだな」
車の運転席で女子生徒が信じられないといった表情を浮かべ、対照的に姫乃は余裕のある様子を見せる。それを見て、亜門が冷静に現状を把握しようとする。
(ミキサー車の形をした基本形の魂道具か、それをあんな細い杖で抑え込むとは……)
「な、なんて力なの⁉」
女子の言葉に姫乃が笑う。
「あいにく力比べをするような趣味はない」
「え⁉」
「何事においてもバランスだ。魂力をフルに解放せずとも、一点に集中させれば、こういう芸当も可能になるということだ」
「キー!」
女子が生魂車をややバックさせる。姫乃がため息をつく。
「なんだ、ヒステリーか? こういうときこそ冷静さが求められるというのに……」
「ご教授どうも! 私は冷静よ! 今度は全速力でぶつかるわ!」
「!」
女子の言葉に仁たちが慌てる。
「マズいですよ、部長!」
「姉御、どっかに身を隠しましょう!」
「……」
亜門は黙っていた。姫乃が心配するなとでも言いたげに立っていたからである。
「行くわよ!」
「うわっ!」
「来た!」
「……!」
生魂車が全速力で姫乃たちに向かって突っ込んでくる。
「女の子に手荒な真似はしたくないのだが……致し方あるまい!」
「⁉」
姫乃が数回杖を振るったかと思うと、生魂車は古き良きカートゥーンアニメに出てくる車のように車体がバラバラに散らばった。運転席の女子が転がり込んだ先には姫乃が立っており、姫乃はすかさず杖をその子の体に突き立ててこう呟く。
「……お持ち還りだ」
姫乃の後方に立ち、様子を観察していた亜門は確信した。
(間違いない、部長の魂道具はあの杖だ。しかし、一体どんな……)
「あれは『
「⁉」
亜門は驚いて振り返る。そこにはやや小柄な体格の中性的な男子生徒が立っていた。制服の上にダボダボの白衣を着ており、桜色という派手な髪はボサボサである。ルックスはかなり整っている方だと亜門は思ったが、すぐにその考えを打ち消す。
「今、誰だと思ったでしょ? マッシュルームカットの君」
「!」
「そして何故に自らの考えていることを次々と言い当てるのかと思ったね?」
「‼」
亜門の反応に中性的な生徒が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「答えは簡単だよ、君たち合魂部の子たちでしょう? そして今初めて、あの灰冠姫乃部長が魂道具を発現させた瞬間を見た……違う?」
「……何故に初めてだと?」
「あの部長はもったいぶる性格だからね。手の内をあまり明かさない人だ」
「知ったようなことを言うな」
「そりゃあ、よく知っているよ。だって僕が今日の君たちのお目当ての相手だからね」
「! 画像とは雰囲気が違って気が付かなかった……」
「髪色を大分明るくしたからね」
中性的な生徒が髪を指先でいじって笑う。亜門が尋ねる。
「アンタ……貴方が元合魂部部員で、現合魂愛好会所属の……」
「『
爛漫はダボダボの白衣を翻しながら軽く一礼をする。姫乃が振り返る。
「……ん? やけに高い魂力を感じると思ったら貴様か、爛漫」
「お久しぶりです。姫乃先輩」
「姿を現してくれたのは都合が良い。貴様、合魂部へ戻って……」
「お断りします」
「却下だ」
「え? は?」
姫乃の言葉に爛漫が戸惑う。
「断られるのももう飽きた。貴様にも合魂部へ戻ってもらう!」
「ご、強引だなあ、どうするつもりですか?」
「情に訴えるより、貴様の場合は結果だろう? ちょっとこらしめてやる」
「へえ……話によると病み上がりの先輩にそれが出来ますか?」
爛漫が真面目な顔つきになる。姫乃が答える。
「出来るさ……こいつら3人がな」
「ええっ⁉」
仁たちが驚く。姫乃がうんざりした表情になる。
「なにをそんなに驚くことがある?」
「い、いや、話の流れ的に姉御が出ていくのかと……」
「疲れた」
「は?」
「ミキサー車破壊だぞ? 復帰初戦にしては魂力・体力ともに使い過ぎた。その上、この爛漫との連戦はいささか荷が重い……お前らに任せる」
そう言って、姫乃は適当な作業机に腰を下ろしてしまった。仁が唖然とする。
「そ、そんな……」
「ビビるな、頼り過ぎはよくないと言っていただろう。あくまで予定通りだ、俺たちでこの先輩をこらしめる」
「良いこと言うじゃねえか、アーモンド! そうこなくちゃよ!」
「……亜門です」
「くっ……やるしかないか!」
仁も亜門と燦太郎の隣に並び立つ。爛漫はやや考えてから口を開く。
「あまり気が進まないけど、このまま無傷で返すわけにもいかないよね。ここで魂力を頂いちゃおうかな? 案外良いデータが取れるかもしれないし」
「そうやって余裕ぶっていられるのも今の内だぜ!」
燦太郎が爛漫に向かって突っ込む。
「ふっ……」
「どわっ⁉」
燦太郎が爛漫に接近する前にバランスを崩して派手に転倒する。仁が困惑する。
「な、なんだ⁉」
「魂道具を知っているだろうに、軽率に突っ込み過ぎだ……」
亜門が呆れたように呟く。仁が地面を覗き込む。
「地面に円を描いている?」
「それが爛漫の魂道具、『
「そう、円を描くことによって、空間に穴を空けるということも出来るよ」
姫乃の言葉に爛漫は頷く。仁が驚く。
「そ、そんなことが⁉」
「迂闊に近寄れねえな……」
亜門がやや距離を取ろうとする。爛漫が笑う。
「ふふっ、それくらいじゃあ、離れたことにならないよ?」
「⁉」
爛漫は片手を地面に突き刺すと、両足を目一杯に伸ばし、片手を支点にして大きな円を地面に描く。円の内側に亜門と仁が入ってしまう。
「『製図』!」
「ぐっ⁉」
「うわっ⁉」
穴が空き、亜門と仁が足を取られて体勢を崩してしまう。姫乃が目を細めて呟く。
「足の長さ以上の直径だと? そうか、影で製図出来るようになったのか……」
「さすが姫乃先輩、ご明察です」
「魂道具をより練り上げているな」
「そりゃあ、自分の魂道具の能力に溺れるのは愚かなことですから」
「良いことを言うな」
「ご冗談を。先輩からの数少ない教えですよ」
爛漫がそう言ってウインクする。
「そうだったか、さすが私だな」
「そうやって余裕をかましていて良いんですか?」
「それはこっちのセリフだ」
「?」
「魂をお持ち還りするまでが合魂だぞ?」
「!」
「そらっ!」
穴から飛び出した亜門が魂旋刀を両手両足に巻き付ける。
「しまった!」
「手足を刺せなければ円を描けねえだろう?」
「くっ!」
「おまけだ! 『放電』!」
「ぐはっ!」
亜門が電気を流し、爛漫が感電し、その場に崩れ落ちそうになるが踏みとどまる。
「追い打ちだ!」
「はい!」
「むうっ⁉」
体勢を立て直した燦太郎と穴から飛び出してきた仁が連続攻撃をかけ、爛漫が倒れる。
「うむ、思った以上に盛り返してみせたな……」
亜門たちの奮闘を見て、姫乃は満足そうに頷く。
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第7話(4)間合いを詰める
「ぐっ……」
「爛漫、勝負はついただろう。戻ってこい、というか戻れ」
倒れ込む爛漫に対し姫乃は歩み寄って話しかける。
「さ、3対1ですよ……?」
「一度は優位に立ったと思い、油断した貴様が悪い」
「むう……」
爛漫は唇を尖らせながら黙り込む。姫乃が亜門たちに語りかける。
「というわけで目的達成だ。よくやってくれた」
「どうも……」
「どうなることかと思いましたよ……」
「姉御、次はどうする?」
「決まっている。さっさと……!」
「⁉」
銃声が鳴り、燦太郎が倒れ込む。姫乃が叫ぶ。
「全員、身を隠せ! 外國、燦太郎を!」
「は、はい!」
一度集まっていた姫乃たちは散開し、周囲の物陰に隠れる。燦太郎は仁が、爛漫は亜門が半ば強引に引き摺った。
「ぐう……」
燦太郎が呻く。姫乃が声をかける。
「燦太郎、無事か⁉」
「肩を撃たれましたが、なんとか動けます……」
「ちっ、奴のお戻りか、思ったよりも早かったな……」
姫乃は舌打ちしながら呟く。亜門が尋ねる。
「銃撃とは……これも魂道具ですか?」
「ああ、そうだ、『
「まさか拳銃とは……」
「あくまでも合魂内だから、生命の心配まではしなくても良いぞ」
「そうですか……」
「多分だけどな」
「多分⁉」
「当たり所が悪ければ、あるいは……いや、どうかな?」
「はっきりして下さいよ」
「こればっかりは当たったことが無いから分からん」
姫乃はわざとらしく両手を広げてみせる。亜門はため息をつく。
「はあ……で、どうするんですか?」
「どうも分が悪い。ここは一つ交渉をしてみる」
「交渉?」
「ああ、おーい! 聞こえているか⁉」
「……」
姫乃の問いかけに対し、相手は銃を撃ってくる。姫乃は驚く。
「どわっ⁉ じゅ、銃声で応答するな!」
「……何ですか?」
やや間があって落ち着いた女性の声が静かに響く。
「こうして顔を合わせるのは久々だな」
「合わせていませんが」
「言葉の綾だ。元気にしていたか。合魂愛好会会長、『
「……お陰様で」
「気分はどうだ?」
「わざと聞いています? 最悪ですよ……ちょっと留守にしている間に愛好会と工業科をめちゃくちゃにされたのですから」
「奴らを倒すためには、お前らが少しばかり邪魔だからな、許してくれとは言わん」
「まあ、こうした抗争は日常茶飯事ですからいちいち恨み事は言いません。しかし……」
「ん?」
「まさか、商業科と同時襲撃に出るとは……正直予想外でした」
「二方面作戦というやつだ……」
「未確認ですが、商業科はてんやわんやの様ですよ」
「それは上々。作戦成功だな」
夜明の言葉に姫乃は満足そうに頷く。夜明が淡々と呟く。
「……ここで私が貴女方を仕留めれば、作戦成功とは言えません……」
「そうくるか」
「そうきます」
「なんとか見逃してもらえないか?」
「なんとかでは無理ですね。桜花君を置いていってくれるなら少しは考えますが」
「それは無理な相談だ。こいつはもう合魂部に戻った」
「え⁉ 勝手に決めないで下さいよ!」
「非常時だからな、勝手に決める」
爛漫の抗議を姫乃が却下する。夜明がため息交じりに話す。
「……ならば、これ以上の話は無用です」
「……交渉は残念ながら失敗に終わった」
姫乃は亜門に向かって呟く。亜門が呆れる。
「そもそも交渉になっていましたか? 単なるおしゃべりにしか見えませんでしたが」
「とにかく、ここを脱するぞ」
「どうやって?」
「外國、魂棒を上に投げてみろ」
「は、はあ……!」
仁が魂棒を二本軽く上に投げると、その瞬間、魂棒が鋭く撃ち抜かれて、落下する。
「このような射撃の腕前だ。迂闊に飛び出せば、その時点でジエンドだ」
「ひ、人の魂道具で試さないで下さいよ!」
「とりあえず状況を整理するか。貴様ら何が出来る?」
姫乃が4人に問う。
「……刀を巻き付ける」
「円を描く」
「魂棒投げちゃったんで……側転とかですかね」
「走り回る!」
「……困ったな。どうにもならなそうだぞ」
姫乃が軽く頭を抱える。亜門が口を開く。
「おおよその位置はもうバレているはずです。このままだと遮蔽物ごと撃たれますよ」
「そうだな……礼沢、貴様に頼みたいことがある……」
「……分かりました」
姫乃の頼みに亜門は頷く。
「爛漫、例えばなのだが……そういうことは出来るか?」
姫乃の言葉に爛漫は驚きの表情を見せる。
「出来ます、精度はまだまだですけど……驚いたな、人の考えが分かるんですか?」
「貴様の魂道具を活かすならば……と日夜シミュレーションを重ねた結果だ」
「案外、しょうもないことを考えているんですね」
爛漫は小さく笑う。姫乃はややムッとしながら答える。
「放っておけ。それでは手筈通りに行くぞ!」
「了解……」
沈黙が流れる。しばらく間があってからガタっと物音がする。すぐさま夜明が反応して、銃を発砲し、音の主を撃ち抜くが、そこには椅子が転がるだけであった。
「! 椅子を引っ張ったのか!」
「八時の方向にいます!」
亜門が叫ぶ。夜明が舌打ちする。
「ちぃ! 釣られたか! ただ、接近はさせない!」
夜明はすぐに移動し、有利な位置を取ろうとする。
「わざわざ接近はしなくても良いんですよ、夜明先輩……」
「⁉ 円⁉」
夜明の周囲に二つの大きな円が発生する。爛漫が申し訳なさそうに呟く。
「これはとっておきだったんですが……すみません、実験台になって下さい」
「うおおっ!」
「どりゃあ!」
「なっ⁉」
大きな二つの円からそれぞれ燦太郎と仁が飛び出してきて、夜明は仰天する。
「覚悟!」
「失礼!」
「くっ!」
燦太郎の蹴りと仁の拳を夜明は白いメッシュが所々に入ったセミロングの黒髪を振り乱しながら、なんとかかわしてみせる。凛とした顔が若干歪む。
「やるな!」
「逃がさない!」
「舐めるな!」
「がはっ!」
「どわっ!」
夜明が颯爽とした身のこなしで燦太郎と仁を殴り倒す。乱れた呼吸を整えつつ呟く。
「桜花君の魂道具、まさかこのような使い方も出来るとは……ただ、来ると分かっていれば対処の仕様はある」
「まだ実験段階だからな、時間さえ稼いでくれればそれでいい……」
「⁉ しまっ……!」
夜明の目の前に姫乃が現れる。姫乃は杖から刀を素早く抜く。
「もらった!」
「ちっ!」
「! 銃身で受け止めただと⁉」
「お返しです!」
「くっ!」
「こ、この至近距離をかわした⁉ こ、ここは撤退です!」
夜明が銃口を姫乃に向けつつ、その場から撤退する。姫乃は銃弾が掠めた頬を撫でながら苦笑しつつ呟く。
「さすがに簡単には行かんか……」
「部長……」
「ああ、撤退しよう」
亜門の問いかけに答え、姫乃は踵を返して歩き出す。
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第8話(1)少数精鋭集結
8
「……以上、報告になります」
部室で四季の報告を受け、姫乃は頷く。
「水上と深田と遭遇して、よくぞ無事で戻ったな」
「正直間一髪でした」
「あのカップルの連携は厄介だからな」
「カップル……相手がいるのに、合魂に参加するなんて……」
端の席で超慈がブツブツと呟く。姫乃が首を傾げながら、超慈を指差して尋ねる。
「優月の奴はどうしたのだ?」
「僻みです」
「妬みです」
「嫉みです」
四季とステラと瑠衣が立て続けに私見を述べる。超慈が慌てる。
「そ、そんな一言で片づけないでくださいよ!」
「まあ、それはいいとして……クリス、よく戻ってきてくれたな」
「合魂サークルが半壊状態ですからね、そりゃあ戻ってくるしかないでしょうよ……」
褐色の女性は両手を広げて部室の天井を仰ぐ。
「不満か?」
「本当に不満が残っているならここにはいませんよ」
「ということは?」
「合魂部の為に、懸命に踊らせてもらいますよ♪」
クリスティーナは姫乃を見てウインクする。姫乃が笑う。
「それはなによりだ。今後も頼むぞ」
「それで工業科の方ですが……」
四季が姫乃に説明を求める。
「ふむ、礼沢、簡単にで構わんから説明を頼む」
「……俺がですか?」
姫乃の言葉に亜門が眉をひそめる。
「ああ、流れを把握しており、分かりやすく言語化出来るのは貴様だけだからな」
「部長は……」
「私はなんとなくしか把握していないし、言語化するよりも感覚で捉える方だからな」
「ええ……」
「その都度補足は入れる。だから説明を頼む」
「はあ……まず朝日先輩が斥候として先行し、工業科の校舎に潜入してもらいました……」
「俺って斥候だったのか、ジンジン⁉」
「ジンジン⁉ ……と、とにかく今は礼沢の報告中ですから……」
燦太郎のマイペースぶりに戸惑いながらも、仁は報告の邪魔をしないようにする。
「……苦戦の末、朝日先輩、自分、外國の3人でなんとか、桜花先輩を制圧しました」
「油断した~」
爛漫が机に突っ伏す。ステラが感心する。
「部長抜きで爛漫っちを制圧とは……やりますね」
「うむ、うれしい誤算というやつだった。お陰でその後の夜明戦に魂力を温存できたからな」
「……夜明さんとは同じ土俵に上がったのですか?」
四季が眼鏡をクイっと上げて尋ねる。姫乃が首を振って答える。
「そのようなことはしない。人数的には有利だったからな。なんとか隙を作りだして、接近戦に持ち込んだ。仕留め損なったが」
「……まさか仕込み杖だとは思いませんでした」
「中に刀を仕込んでいたんすね。どおりで特別トレーニングのときも二刀流を杖で簡単にいなされるなとは思ったんですが……」
亜門の言葉に超慈が反応する。亜門は黙って姫乃を見つめる。姫乃が尋ねる。
「どうした?」
「……まさかそれが奥の手というわけではないでしょう?」
「ふむ、鋭いな。他にも色々と仕込んでいるぞ?」
「まきびしとか⁉」
「いや、鬼龍、お前の物差しで考えるなよ……」
瑠衣の言葉を仁が否定する。姫乃が笑みを浮かべる。
「それは今後のお楽しみだ」
「出たね、部長の秘密主義! 合魂部に戻ってきた気がするよ~」
クリスティーナが頭を抱えながら苦笑する。燦太郎が爛漫に尋ねる。
「爛漫! なにか知っているだろう⁉」
「ギクっ⁉ な、なにを根拠にそんなことを……」
「確かに悪だくみはしてそうですからね……」
「四季ちゃんまで⁉ ひ、ひどくない⁉」
「部長の杖に何を仕込んだのさ?」
ステラも悪戯っぽい笑みを浮かべながら問う。
「しゅ、守秘義務というものがあるからね! 答えられないよ!」
「答えたようなもんだけど……」
久々に合魂部に戻ってきた5人の二年生たちを中心に話が弾んできだ。超慈たち一年生は自然とその輪から離れ、観察するように見守る。亜門が口を開く。
「この5人の先輩方が戻ってきたということは、部長は本格的に動き出すな」
「俺らを合わせても10人だぞ。少なすぎないか?」
仁がもっともな疑問を口にする。亜門が答える。
「少数精鋭という言葉もある。人数がいたずらに多ければ良いというものではない」
「そうは言うが……」
「ならば、あの先輩たちを今一度確認してみようか。まずは『竹村四季』先輩。魂道具は『魂昔物語集』、昔の説話を再現したり、それに近い不可思議な現象を発生することが出来る」
「水とかも出せるし、わりとなんでもありだし……」
瑠衣が呆れ気味に呟く。亜門が頷く。
「そうだ、お前を『物理アタッカー』とするなら『魔法アタッカー』という役回りかな。距離や状況を問わない攻撃や援護方法だ。子供じみた言い方だが貴重な魔法使いだな」
「では、『釘井ステラ』先輩だが……」
「魂道具は『魂蒻』、板状だけでなく、糸や玉に変化出来るのは相手にとって厄介だ」
「前衛だけでなく、援護もしてくれるからな……役割は?」
「強いて言うなら『物理アタッカー兼サポーター』だろうな」
仁の問いに亜門は答える。超慈が不思議そうに尋ねる。
「玉魂蒻がたまに爆発するのはどういう理屈だ?」
「さあな、魂道具の練り込みの賜物だろう」
「魂道具、半端ねえな……」
「続けるぞ、『朝日燦太郎』先輩、魂道具は『魂武亜棲』。超スピードで走ることが出来る。基本的な運動能力は高いが、役回りとしては『特殊能力持ち』と言ったところか」
「その俊足を活かすも殺すもこちら次第でござるか……」
瑠衣がうんうんと頷く。亜門が呆れる。
「活かされる側のお前が言うな……次は『中運天クリスティーナ』先輩、魂道具は『魂天保羅利伊舞踏』……竹村先輩の報告によると、独特のダンスを舞うことによって自身の力をアップさせたり、反対に相手の力をダウンさせたりすることが出来るそうだな?」
「うむ、そんな感じでござったな」
亜門の問いに瑠衣が頷く。亜門は淡々と分析する。
「味方にバフ効果、相手にデバフ効果……『バッファー兼デバッファー』って役回りか」
「体格も良いから、戦闘もある程度いけると思うぜ」
超慈の言葉に亜門が頷く。
「それは頼もしい限りだ……最後は『桜花爛漫』先輩、魂道具は『魂波凄』……」
「礼沢、お前も見たようにあの円を用いた戦い方は相手にしたら面倒だぜ? 役回りは?」
「そうだな、強いていうなら『魔法アタッカー兼サポーター』か……結論として戦い方に幅を持たせられる5人が加わってくれたな……」
「そうだ!」
「部長⁉」
いつの間にか背後に立っていた姫乃に亜門たちは驚く。姫乃が高らかに宣言する。
「早速特別トレーニングに入るぞ!」
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第8話(2)思いつき
「特別トレーニング?」
四季が姫乃に尋ねる。
「ああ。どういうわけか、他の連中が手出しをしてこない今が好機だと思ってな」
「どういったことをなさるおつもりですか?」
「今後対するであろう相手は1人で当たるのは厳しいと考えている。基本的にはバディを組んで行動するのがベストだろう」
「その組み合わせを見出すと?」
「そういうことだ」
「どうやってですか?」
「各々の相性はやってみないと分からんからな。片っ端から組んでみるとしよう」
「出たとこ勝負ですね……まあ、他に方法はありませんか」
「善は急げだ、全員移動するぞ」
姫乃が声をかけ、合魂部のメンバーが近くの広場に移動する。亜門が首を捻る。
「移動したが……部室棟の裏側?」
「ちょっと待っていろ……!」
「⁉」
亜門たちが驚いて周囲を見回す。薄紫色の広大な空間が広がったからである。
「バトルフィールドを展開した。ここで特別トレーニングを行う」
「超慈、お前が部長と特別トレーニングを行っていたのは……」
「ああ、部長が作り出したこの空間内だ」
亜門の言葉に超慈が答える。
「バトルフィールドってここで展開していたのかよ……」
「全然気が付かなかったし……」
仁と瑠衣が唖然とする。超慈が補足する。
「もっとも、ここまで広いのは俺も初めてだけどな」
「10人が同時に活動するんだ、それなりの広さは欲しい」
姫乃が腕を組んで笑う。四季が問う。
「では……どうしますか?」
「うむ、とりあえず、一年と二年で手合わせさせてみるか」
「1人ずつですね?」
「いや、気が変わった。4対4の紅白戦なんか面白いんじゃないか?」
「え?」
「一年の監督は私がやる。二年の監督は四季、貴様が執れ」
「また思いつきを……」
「時間の節約になって良いだろう? 一年、こっちに来い」
姫乃は超慈たちを呼び寄せる。
「はあ……じゃあ、二年生はこちらに集まって下さい」
四季はため息交じりに二年生を集める。
「……というわけで紅白戦をやるぞ!」
「本当に思いつきですね……」
姫乃の言葉に亜門が呆れ気味の視線を向ける。姫乃は構わず話を続ける。
「相手を全員倒したら貴様らの勝ちだ。ただ……」
「ただ?」
超慈が首を傾げる。
「実力も経験も向こうが一枚上手だ。ここは胸を借りるつもりで……」
「聞き捨てなりませんね」
「やる前から負けることを考える馬鹿はいませんよ」
姫乃の言葉に亜門と超慈が反発する。
「……右に同じだし」
「いや、俺は何もしゃべっていないぞ、鬼龍……」
瑠衣の右側に立つ仁が呆れる。姫乃が笑う。
「ふっ……」
「何がおかしいんですか?」
「いや、その負けず嫌い、大変結構だ。よし、ならば勝つ為に作戦会議といくぞ」
「作戦会議……」
超慈が目を細めて姫乃を見つめる。
「……何でもいいから相手を上回れ」
「や、やっぱり!」
「作戦会議とは⁉」
「予想通り過ぎるでござる!」
姫乃の言葉に超慈たち3人がズッコケる。亜門が呆れながら呟く。
「……そんなものは作戦とは言いません」
「冗談だ」
「真剣にやって頂きたい」
「悪かった……真面目に話すと、まず、向こうは四季が出てこないということは不可思議な現象が起こるということはあまり気にしなくて済むということだ」
「それは確かに……」
瑠衣が深々と頷く。姫乃が話を続ける。
「よって最も警戒すべきなのは……爛漫の魂波凄だと思うがどうか?」
「あのなにもない所に円を描いて、そこから人を飛び出させるのは厄介ですね」
「それもなかなかの不可思議な現象だな……」
仁の言葉に超慈は戸惑う。亜門が口を開く。
「とはいえ、本人もおっしゃっていたように精度はまだまだ不十分でしょう。魂力もそれなりに使いそうですから、連続した使用は難しいはずです」
「それについては同感だ。あとは……燦太郎の素早い動きに惑わされないことだな。ステラに関しては糸と玉の使い分けに警戒だな。そうなるとやはりあの中では……」
「クリス先輩の怪しげな動きに要注意ですね」
「怪しげって。現代舞踊と言ってやれ」
超慈の言葉に姫乃は苦笑する。超慈が首を傾げる。
「現代舞踊ですか……なかなか難しいですね」
「とにかく、クリスを最優先で潰せ」
姫乃が断言する。
「……さて、こちらの作戦ですが……」
四季が眼鏡を触りながら話を始める。燦太郎が声を上げる。
「一年坊相手に作戦なんているか? 俺が速攻で突っ込んで終わりだろう?」
「サンタ、ちょっと黙ってな」
クリスティーナが睨みを聞かせる。ステラが口を開く。
「四季、構わずに続けて」
「……4人ともそれなり、いや、それ以上の戦闘センスをお持ちですが……惜しむらくは4人揃って、近距離用の魂道具だということです。多少の例外はありますが……」
「距離を取って戦えば問題ないってことね?」
「ええ、はっきり言ってヌルゲーです」
ステラの問いに四季は頷く。クリスティーナが腕を組む。
「舐めてかかるのは危険だと思うけどね」
「それはそうですね。特に鬼龍さんの身体能力をもってすれば、多少の距離はあっという間に詰められてしまうでしょう……そこで燦太郎君」
「お、おう」
「彼女の相手は貴方に任せます」
「くのいちギャルが相手か。へへっ、燃えてきたぜ」
燦太郎は不敵な笑みを浮かべる。ステラが重ねて問う。
「後の3人はどうする?」
「とにかく距離を詰めたいのは間違いないはずです……」
「爛漫っちはどうよ?」
「爛漫っちって。ステラちゃんにそう呼ばれるのもなんだか久しぶりだね。それはともかくとして……大体、四季ちゃんと同意見だよ。それを逆手に取れば良い。例えば……」
「なるほど……それは面白そうですね」
爛漫の説明に四季が頷く。やや時間を置いて、姫乃が声を上げる。
「それでは紅白戦を始める!」
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第8話(3)紅白魂道具戦
「……各自位置に着いたようですね」
フィールドを見渡せる高い位置に上った四季の言葉に傍らの姫乃は頷く。
「ちなみにだが……」
「ちなみに?」
「二年生を紅組、一年生を白組と呼称する!」
姫乃の宣言に四季はコケそうになる。
「な、何を言い出すかと思えばそんなことですか……」
「大事なことだろう」
「ま、まあ、それでは開始を宣告して下さい……」
「うむ……紅白戦、開始!」
「!」
「白組、超慈君と外國君が切れ込んでいきましたね! 意外です!」
四季が驚きの声を上げる。隣で姫乃が笑みを浮かべる。
「アタッカーは鬼龍に限らんということだ」
サッカーコートを一回り小さくしたくらいのバトルフィールドの真ん中辺りから相手の陣内の奥に向かい、超慈と仁が勢いよく進む。四季が頷く。
「狙いは……なるほど、クリスですか」
「バッファー兼デバッファーを潰す! ……そういう作戦だ」
「ふむ……」
四季は顎に手を当てる。姫乃が問いかける。
「意表を突かれたか?」
「……いえ、想定内ですね」
「なにっ⁉」
「うおおっと⁉」
「なんだあ⁉」
クリスティーナに向かってほぼ一直線に突っ込んでいた超慈と仁。あともう少しというところで足を絡め取られ、逆さまの宙づり状態になる。
「こ、これは糸魂蒻⁉」
「釘井先輩か!」
超慈と仁が揃って向けた視線の先には糸を発するステラの姿があった。
「クリス狙いとは思ったけど、まさかこんなバカ正直に突っ込んできてくれるとはね~」
「く、くそ!」
「やられた!」
「馬鹿が!」
「なんだ⁉」
「おっと!」
「ちっ、礼沢君か……」
ステラが舌打ちする。彼女の言葉通り、亜門が魂旋刀を振るって糸を切ったため、超慈と仁は体の自由を取り戻すことが出来た。亜門が叫ぶ。
「見てのとおり、遮蔽物もそこかしこにあるんだ! 身を隠しながら接近するとかやりようがいくらでもあるだろう! もう少し考えろ!」
「うぐ……」
「返す言葉もない……」
「とにかく身を隠せ!」
亜門の言葉に従い、超慈と仁も付近の遮蔽物に身を隠す。ステラが小首を傾げる。
「今度はかくれんぼ?」
「残念だけど、話し声でおおよその位置は掴んだんだよね~」
「⁉」
亜門たちの近くに小さい円が現れる。
「ステラちゃん、よろしく~」
「玉魂蒻!」
「しまっ……どあっ!」
「ぐはっ⁉」
爛漫が発生させた円からステラの玉魂蒻が投げ込まれ、派手に爆発する。爛漫が笑う。
「人を移動させるのは、それなりの魂力を消費するから、あまり多用出来ないということが分かった。ただ、その玉を送り込むくらいの穴なら作り出すのにさほど苦労はしないよ~」
「爛漫っち……しばらく会わない間に随分と魂道具を練り込んだんだね。マジ感心したわ」
「そういうステラちゃんこそ、玉状の魂蒻まではある程度予想できるけど、それが爆破するとはね……正直その発想は無かったよ~」
爛漫とステラが互いを称賛し合う。四季も微笑を浮かべる。
「やはり経験の差が如実に出ましたかね……?」
「どうかな?」
「え?」
姫乃の言葉に四季が振り向く。姫乃が淡々と呟く。
「玉魂蒻を喰らった悲鳴が2名分しか聞こえなかったが、私の気のせいか?」
「はっ⁉」
四季がバトルフィールドに視線を向けると、そこには爛漫のすぐ眼前に迫る、二刀を構えた超慈の姿があった。爛漫が驚く。
「ば、馬鹿な⁉ どうして⁉」
「……」
「君のその魂力を感知できるという魂択刀の力かい⁉ いや、その辺りももちろん織り込み済みで、魂力の出力は最小限に留めていたというのに!」
「もしくは魂波凄の描いたいくつかの円の位置から爛漫君の位置を逆算した⁉」
爛漫と四季はこれ以上ないくらいの早口でまくし立てる。大して超慈はボソッと呟く。
「……勘」
「なっ⁉」
「なんですって⁉」
「はっはっは! 優月、やはり貴様は面白い!」
「桜花先輩、少し大人しくしてもらいます!」
超慈は二刀を振りかざす。爛漫が顔をしかめる。
「ぐっ!」
「もらった!」
「させるかよ!」
「む⁉」
超慈の振り下ろした二刀を回り込んだ燦太郎が両足で受け止めてみせた。
「へっ、あまり調子に乗るなよ、一年坊……」
「燦太郎のアホ! いや、ナイス!」
「どんな言い間違いだよ、ステラ!」
「あのくのいちちゃんは⁉ アンタに任せたはずだけど⁉」
「かわいそうだが、開始早々、腹にワンパンで大人しくしてもらったよ!」
「ちゃんと確認した⁉」
「えっ⁉ い、いや、あそこに転がっているのが……って、ええ⁉」
燦太郎が指差した方を見て仰天する。そこには木の丸太が転がっていたからである。
「変わり身の術よ! ベタな術に引っかかるな、マジアホ!」
「って、本物はどこだ⁉」
「もらったでござる……!」
「クリス! 2時の方向!」
ステラの叫びよりも早く、クリスは振り返って、後方から飛びかかる瑠衣を確認する。
「気付かれたか⁉ だが、もう遅い!」
「『ネガティブ舞踊♪』」
「⁉」
「この舞踊を目にした貴女は戦意喪失気味になる! これで終わりよ……⁉」
クリスティーナの言葉通り、瑠衣のジャンプは急に勢いを失ったが、それでも瑠衣の振るった小刀はクリスティーナの制服の袖を一部切り裂いた。四季が驚く。
「クリスのデバフ効果をわずかでも無効化するとは……」
「ふむ……白組、一年生もなかなか見どころを作ったな……!」
そこに突如轟音が鳴り響き、5人の男女が現れる。フィールドの中心に立つ男が呟く。
「お楽しみ中のところ悪いが、邪魔をさせてもらおうか……」
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第8話(4)乱入者、圧倒
「なっ、部長の作ったバトルフィールドをいとも簡単に破壊した……⁉」
「……邪魔をするんだったら帰ってくれるか?」
「い、いや、部長! そんなどこぞの新喜劇的なやりとりをしている場合ですか!」
突然の乱入者に四季は慌てる。乱入者から目線は外さず、姫乃が呟く。
「そう慌てるな、みっともない……」
「そ、そうは言っても、バトルフィールドに入り込んでくることが出来るなんて!」
「まあ、そういうことも出来るだろう。この愛京大付属愛京高校を陰に陽に支配する生徒会の諸君ならば……」
「えっ⁉ せ、生徒会⁉」
さらに慌てる四季に姫乃が呆れた視線を向ける。
「なにも初対面というわけではないだろう?」
「そ、そう言われるとそうですね……失礼しました。落ち着きました」
四季は平静を取り戻す。姫乃が乱入者に語りかける。
「何の用だ?」
姫乃の問いに乱入者の中心に立つ、全身の黒ずくめの服装に大仰な赤いマントをつけた男が笑いながら答える。
「はっ、灰冠よ、お前が性懲りもなく、俺様の首を狙っているのは分かっているんだよ」
「……別に隠していたつもりはない。時機を見て挨拶に伺おうと思っていたところだ」
「淡々と牙を研ぎ終わるのを待っていろってか? 冗談きついぜ……」
男は両手を大きく広げ、首を左右に振る。
「それでわざわざこちらに来るとは……意外とビビりなのだな?」
「慎重な性格なんだよ」
「臆病の間違いではないか?」
「その手の安い挑発には乗らねえよ……」
「会長……」
おかっぱ頭の中性的な男子生徒が男に近づく。男は頷く。
「ああ、是非もない。お前ら、こいつらを叩き潰せ。容赦はいらん」
「御意……」
男の周りに立っていた4人の男女が散開する。姫乃が叫ぶ。
「⁉ 全員、気をつけろ! 優月! こっちに来い!」
「!」
クリスティーナとステラの前に褐色で大柄な男子が立つ。ステラが苦々しく呟く。
「生徒会庶務、エウゼビオ・コンセイソン……」
「カイチョウノジャマモノハケス……」
「ちっ、クリス! アタシの糸で動きを止める! その隙に……⁉」
「オソイ……」
「がはっ……」
「ステラ! ぐはあっ!」
一瞬の内に、エウゼビオの攻撃を受け、ステラとクリスティーナは崩れ落ちる。
「さて、私の相手はあなたたちね……」
ウェーブのかかった黒いロングヘア―をなびかせた女子生徒が四季と亜門の前に立つ。
「竹村先輩! この女は⁉」
「生徒会会計、
「生徒会⁉ もしかして部長の狙いって⁉」
「お察しの通り、生徒会の打倒です」
「そんなことを許すと思います? そもそも出来ないでしょうけど」
「やってみないと分からないでしょう……!」
四季は魂昔物語集を開く。駒井はため息をつきながら右手を掲げ、素早く振り下ろす。
「……面倒かけないで」
「どはっ⁉」
「先輩! のわっ!」
「……はい、二丁上がり」
四季と亜門が倒れ、駒井は両手をパンパンと払う。
「わたくしのお相手はあなた方ですわね……」
紫がかった色のロングヘア―を優雅にかき上げながら女子生徒が燦太郎と瑠衣にゆっくりと迫ってくる。燦太郎は瑠衣に声をかける。
「くのいちちゃん! 平気か⁉」
「な、なんとか……」
瑠衣は体勢を立て直す。燦太郎が感心する。
「クリスの攻撃を喰らって、もう立てるとはやるな! だが無理はするな!」
「あ、あの女は……?」
「生徒会副会長、
「副会長……」
「相手が悪い、とりあえず距離を取るぞ!」
「しょ、承知!」
燦太郎と瑠衣が素早くその場から離れる。海藤と呼ばれた女は目を丸くする。
「驚くべき素早さですね。ただ、わたくしの前では無駄なことです……」
「む⁉」
「ぐう⁉」
燦太郎と瑠衣は為す術もなく、その場に倒れ込む。
「……お疲れ様でした」
海藤は倒れた2人に向かって一礼する。
「貴様らの相手は自分だ……」
おかっぱ頭の男子が仁と爛漫に近づく。仁が魂棒を構える。爛漫が声を上げる。
「と、外國君、無謀だ!」
「こ、こんな細っこい奴に負けませんよ!」
「舐められたものだな……生徒会書記、
「書記⁉ があっ……?」
「外國君! うわっ……!」
それなりに離れていたはずの仁と爛漫があっけなく倒れる。小森と名乗った男子が周囲をさっと見回した後、黒マントの男の方に振り返り、報告する。
「会長、片付きました……」
「さすがだな、お前ら。愛しているぜ」
「もったいないお言葉……」
「誰を一番愛しておられるのですか⁉」
「い、いや、それは胡蝶、今はいいじゃねえか……」
「嫌ですわ、副会長、聞くまでもないことでしょう?」
「よ、喜! 無駄に煽るな!」
「ニホンゴムズカシイ……」
「本当だよな。言葉には気をつけねえと……」
男が短く整った頭髪を掻く。超慈が呆然とする。
「こ、これが生徒会……っていうことは?」
「ああ、奴が生徒会会長、
「⁉」
「おっ、愛の告白かい? 嬉しいねえ」
織田桐は顎髭を撫でながら笑う。姫乃が睨む。
「ふざけろ……」
「お前さんご自慢の後輩ちゃんたちは軒並み倒れた。降参するなら今だぜ?」
「貴様の首を取る!」
「ふん!」
「がはっ……」
「部長!」
織田桐に襲いかかった姫乃だが、返り討ちに遭う。織田桐が冷たく言い放つ。
「……身の程を弁えろ」
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第9話(1)覇道に挑む
9
「ぐっ……」
姫乃が崩れ落ちる。織田桐が軽く頭を抑える。
「へっ、以前戦ったときほど魂力も魂破も戻ってきてねえじゃねえか。よくそれで俺様に挑んでこようと思ったな……」
「むうう……」
姫乃はなんとか立ち上がろうとする。織田桐が声をかける。
「……灰冠、生徒会に来ねえか? お前が来てくれるなら心強いぜ」
「……断る!」
「そうか、上を目指すために必要な人材だと思ったんだが……そこまで反抗的な態度を取られちゃしょうがねえな……この辺で消えろ!」
「!」
織田桐の繰り出した攻撃を姫乃はふらふらの状態ながらなんとかかわす。織田桐は驚く。
「その状態でかわすとは、全くしぶとい女だな」
「……」
「おいおい、もう意識がほとんど無えんじゃねえか?」
そんな2人のやりとりを見ながら、超慈は呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。織田桐の放つ圧倒的な魂破に圧され、動くこともままならなかったのである。その代わりに思考能力は働いていた。
(部長が手も足も出ないなんて……織田桐の魂道具……出所が速くて、目で追えない……これがこの高校トップレベルの『合魂』!)
「そろそろマジで終いにするぜ……」
(! な、なんとかしないと! 出来るのは俺だけだ! で、でも、情けないことに体が震えてまともに動かねえ! あのマント男の魂力にビビっちまっているんだ……! だ、だけど、どうにかしねえと! くそ! 動け! 俺の手と足と体!)
「灰冠もここでお持ち還りか……ちょっと勿体ない気もするな~」
「会長……」
「うおっ⁉ な、なんだよ鈴蘭。いきなり脇から顔を出すな。きれいな顔でもビビるぜ」
「きれいな顔……」
小森は織田桐の言葉に両頬をポッと赤くする。
「そういうことではないでしょう、しっかりなさって下さい小森殿……会長」
代わりに海藤が織田桐に話しかける。
「まさか、生徒会にこれ以上お邪魔虫……もとい、会員を増やすおつもりですか?」
「こんなマンモス高だ、会員が多いに越したことはないだろう」
「お声をかけるお相手は女子生徒がほとんどのような気がするのですが」
「き、気のせいだろう」
「いいえ、気のせいではありません!」
織田桐の言葉に海藤は首を激しく左右に振って否定する。
「そ、そうか……?」
「そうなのです!」
「副会長は少し気にし過ぎですわ」
駒井が口を開く。織田桐はうんうんと頷く。
「そ、そうだ。胡蝶は少し神経質になり過ぎだ。俺まで頭が少し痛くなってきやがった……」
「会長の学校での活動サポートは鈴蘭ちゃんが、プライベートでのサポートはこの喜が、それぞれ万全に行っておりますし、これ以上の会員を増やす必要はないという点は同意です」
「……プライベートのサポートはわたくしも行っておりますが?」
「ああ、一応ね。最優先のお相手はこの喜ですから」
「一応……? 最優先……?」
海藤の美しい顔がみるみるうちに曇っていく。織田桐は露骨に慌てる。
「あああ! その、あれだ、皆色々と都合があるからな! そう、それぞれのスケジュールが合わないことがあるのは仕方がない!」
「鈴蘭に関してはスケジュールの合間を縫って、色々と素晴らしいご指導ご鞭撻を頂けるのはありがたい限りです……」
小森が赤らんだままの両頬を両手でそっと抑える。織田桐が声を上げる。
「す、す、鈴蘭! 余計なことは言わんで良い!」
「ふ~ん? どうやら鈴蘭ちゃんの方が副会長より優先度が高いみたいですよ?」
「よ、喜! 変に胡蝶を煽るのは止めろ!」
「会長……」
海藤が恐ろしく低い声で織田桐に話しかける。
「ええっと、その点に関しては戻ってから話し合うとしよう! うん、それが良い! 帰ったら一風呂浴びたくなってきたな~」
「バスタイムデハ、カイチョウ、コンヤモカワイガッテクレルノカ?」
「エ、エウジーニョ⁉ き、貴様、何を言い出すんだ⁉」
「これはまた……会長、手当たり次第ですね~」
駒井が冷ややかな視線を織田桐に向ける。織田桐が両手で頭を抱える。
「いやいや! それは違う! なにかの間違いだ! ふざけんな!」
「……詞だ!」
「うん?」
「こっちの台詞だ! ふざけんなよ!」
怒りに燃える超慈が魂択刀を構え、織田桐たちの前に飛び出す。
「あ、お前、いたのか……何をそんなに怒っているんだ?」
「綺麗なお姉さん2人に飽き足らず、美少年を侍らせ、さらにはガチムチエンジョイバスタイムだと⁉ 覇道だかなんだか知らないが、人の道を外れるのもいい加減にしろ!」
「……もの凄い魂力の高まりを感じます」
小森が冷静に分析する。織田桐が頷く。
「ああ、魂破もビンビン感じるぜ……ただの雑兵かと思ったが、こいつは意外な伏兵か?」
「自分が相手しましょう」
「いや、下がってろ、鈴蘭……こういう奴との魂破のぶつかり合いが合魂の醍醐味だぜ」
「大丈夫ですか?」
「俺様を誰だと思っている?」
「……失礼しました」
小森たちが織田桐から離れる。織田桐が高らかに笑う。
「ここまでの魂力は最近、お目にかかってないぜ! お前、楽しませてくれそうだな!」
「余裕ぶってんじゃねえ!」
超慈が勢いよく斬りかかる。
「ほう、二刀流か! なかなか良い踏み込みじゃねえか! しかし、剣術自体は随分とまた……粗削りだな!」
「偉そうに論評している場合か! もうすぐあんたの体に刀が届くぜ!」
「そうはいかねえよ!」
「なっ⁉」
超慈の振るった魂択刀が弾かれる。超慈はやや後退する。織田桐がニヤリと笑う。
「勢いはそれまでか?」
(間違いない、魂道具を使っているはすだ。しかし、やはり速度が速くて目で追うのが困難だ……相手の魂道具が分からなければジリ貧だ……)
「足りない頭で考えてたって、圧倒的な実力差は埋まらねえよ!」
「!」
「なっ! 目を閉じただと⁉」
(俺の魂道具を信じる! ……魂のコアは……そこだ!)
「むっ⁉」
「手ごたえあり! 魂道具を破壊出来たはず!」
「破壊とまではいかねえが……ヒビを入れやがったな……お前、名前は?」
「え……ゆ、優月超慈だ!」
「そうか、超慈……てめえはここで潰す!」
「⁉ うおっ!」
「⁉ き、消えやがった……? 妙な魂道具持ちが残っていやがったか……」
「他の連中も揃って姿を消しました。後は我々で追いかけますか?」
「いや、いい……力の差は示した。奴らの心はすっかり折れたはずだ……戻るぞ」
織田桐はマントを翻し、悠然と歩き出す。
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第9話(2)合魂の向こう側
「……なんとか逃げ切ったか」
「……見逃してもらったと言った方が正しいかと」
「ふっ……」
姫乃の言葉を四季が訂正し、姫乃が苦笑する。爛漫が呻き声をもらす。
「ぐっ……」
「助かったぞ、爛漫。魂破凄の力をフルに活用してくれたな」
「おかげさまで魂力はもうほぼゼロです。まさに精魂尽き果てましたよ……」
「10人を移動させたわけだからな、無理もない。しばらく休め」
「……ここは?」
亜門が問う。
「通称『旧部室棟』の一室だ。来年度には取り壊しが決まっている。まさかここに逃げたとは即座に予想は出来ないはずだ」
「追撃を警戒した方が良いですか?」
「いや……ある程度目的は達しただろうからな。追撃はないと見ていいだろう」
「目的?」
「……こちらの心を折るということだ。二度と生徒会に刃向かう気持ちを抱かんようにな」
「! ……確かに」
亜門は周囲を見渡して頷く。合魂部のメンバーがそれぞれ天を仰いだり、俯いたりと、皆どこか心ここにあらずといった状態である。姫乃が腕を組んで苦々しく呟く。
「生徒会の実力は概ね把握しているつもりだったが、私が離れているこの半年間であれほどまで各々の魂力を高めているとは……正直、想定外だった」
「エウゼビオの奴、凄いパワーだった……」
「それだけじゃない、スピードまで兼ね備えていた。あれに対応するのは難しい……」
クリスティーナとステラが揃ってうなだれる。
「駒井という女、細腕なのにあの魂道具を易々と扱うとは……」
「以前よりも基本的なパワーが上がっていますね……」
亜門の呟きに四季がため息まじりに応える。
「あの胡蝶という女、何をしたし?」
「さあな」
「さあなって……」
「とにかく、スピードが通じないならお手上げだ」
「確かに……」
両手を上げる燦太郎に瑠衣が同調する。
「あのおかっぱに全く歯が立たなかった……」
「あれくらいの速度であの魂道具を操られたら、正直打つ手なしだね……」
仁の言葉に爛漫も同意する。
「……まんまと心が折られてしまったか。ほぼ織田桐の思惑通りだな」
各人の様子を見て、姫乃が頭を抑える。
「……部長」
「ん? なんだ優月?」
「あの生徒会を打倒するのが、部長の目的なんですか?」
「まあ、そうだな。最終的な目的は別だが……」
「最終的な目的?」
「ああ」
「それはなんですか?」
「今は詳しくは言えん……強いて言うなら、『合魂の向こう側』……だな」
「合魂の向こう側……」
「そうだ、その先に見えてくる景色がある」
「その景色を追いかけているんですね?」
「そうだ」
姫乃は深々と頷く。超慈が笑う。
「良かった……」
「良かった? 何がだ?」
「いや、部長の目的が『この学校のテッペンを獲りにいく!』とかだったらどうしようかと思っていまして……」
「人をベタな不良漫画の主人公みたいに言うな」
超慈の言葉に姫乃はふっと笑う。
「『合魂』とはお互いの魂を合わせ、魂から生じる波動を導く……これこそが『合導魂波』だと説明会で部長はおっしゃいましたよね?」
「ああ、よく覚えていたな」
「合魂の向こう側とは、波動が導かれる先……ということですね?」
「……そのように言い変えてもいいかもしれんな」
「……俺、見てみたいです! その先を!」
「⁉」
超慈の発言に姫乃は目を丸くする。超慈が問う。
「? どうかしましたか?」
「……いや、驚いたのだ」
「何を驚くんですか?」
「貴様、あの織田桐の力を見ても心が折れていないのか?」
「え? 全然大丈夫ですよ」
「ほ、ほう……」
「むしろ逆に燃えていますよ!」
超慈は力強く拳を握る。姫乃が戸惑う。
「も、燃えているのか……?」
「はい!」
「なにがそこまで貴様を突き動かす?」
「合魂を突き詰めれば……織田桐みたいにあんな美女を複数人どころか、美少年やマッチョまで侍らせることが出来るんでしょう⁉」
「え?」
「これこそ男のロマン! 憧れないわけがない!」
「ちょ、ちょっと待て……」
「というのは建前でして、本音は合魂道を極めたいんです!」
「本音と建前が逆になっているぞ!」
「ええっ⁉ し、しまった!」
姫乃の鋭いツッコミに超慈が慌てる。姫乃が呆れる。
「ったく……」
「す、すんません、今の無しで……」
「……ぷっ、あっはっはっは!」
「はっはっは!」
姫乃や他の合魂部のメンバーがどっと笑い出す。超慈が戸惑う。
「あ、あの……?」
「なかなか面白いね、眼鏡君♪」
「超慈っち、動機が不純過ぎてウケる~」
「欲望に忠実だし……」
「だからこそ心が折られなかったのでしょうか? 興味深いです」
「いや、竹村先輩、こいつはただのアホですから考えるだけ無駄ですよ」
「参った! 俺よりドアホがいるとはな!」
「驚いたな……あれ? 外國君、泣いていない?」
「いや、男まで侍らせたいとか言い出すから、色々拗らせ過ぎて気の毒になってきて……」
「待て! 仁! 同情の涙はやめろ!」
「あっはっはっは!」
超慈と仁のやり取りに再び笑いが起こる。姫乃が超慈に優しく語りかける。
「バカだ、アホだ、ドスケベだと思っていたが……今は貴様に救われた」
「酷い思われよう!」
「各人、目に光が戻ってきたようだが……どうだ? 今一度私に力を貸してくれないか?」
「はい!」
「良い返事だ! よし! 合魂部、反撃準備開始だ!」
姫乃が凛々しく号令をかける。
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第9話(3)反撃準備
「反撃準備とは言いますが……具体的にはどのようにお考えですか?」
四季が冷静に姫乃に尋ねる。
「天下の生徒会が通常の学校生活を送っている生徒には襲ってはこないだろう。ただ、念の為に単独行動は避けていた方が無難だな。連絡も互いに密に取り合えるようにしておこう」
姫乃が淡々と説明する。四季が首を傾げる。
「しばらくは大人しくすると?」
「いや、この旧部室棟を使おう。ほとんど出入りしている者が少ないからな。気付かれにくいはずだ。ここで1人1人のレベルアップを重点的に図る」
「会長と同じようなことを言いますが……こちらが牙を研ぐのを黙って見てくれているとはとても思えません」
四季が眼鏡の縁を触りながら答える。姫乃は頷く。
「そうだろうな。時間的な猶予はせいぜい一週間くらいだろう」
「一週間ですか……」
「その一週間の内の四日で一年生1人ずつを鍛え、残りの二日間で二年生の特別トレーニング。最終日で見極めを行う」
「見極めですか?」
「ああ」
「何の?」
「それは最終日になってからのお楽しみだ」
笑顔を浮かべる姫乃に対し、四季は頭を抱える。
「はあ……とにかく、今日は解散でよろしいですか?」
「ああ、念の為、学内では2人か3人で行動するようにしろよ。学外まではちょっかいをかけてはこないはずだ……恐らく」
「不安なのですが……」
亜門が目を細めながら呟く。燦太郎が声をかける。
「俺も通い組だ! 不安なら一緒に帰ってやってもいいぞ、アーモンド!」
「結構です。1人で帰れます」
亜門はスタスタと歩き出す。燦太郎が慌てて追いかける。
「あ、ちょ、ちょっと待ってくれよ~!」
「俺も途中までは一緒だから、お先に失礼します!」
仁が一礼し、亜門たちの後を追って歩き出す。姫乃が口を開く。
「後は大体寮生か、ならば心配は要らんな」
「いや、むしろ心配なんですが⁉」
超慈がもっともな疑問をぶつける。姫乃は落ち着いて答える。
「寮内での如何なる騒動も禁止されている。そこで騒ぐ馬鹿はいない」
「そ、そうですか……?」
「そうだ、だから安心して今日は体を休めろ」
「反撃準備は?」
「明日からの話だ」
「そ、そうですか。それでは失礼します!」
「お疲れさまで~す」
超慈と爛漫が去っていく。その後ろ姿を眺めながら、姫乃が呟く。
「女子寮組、細心の注意を払ってくれ。さっきの今夜はないとは思うが」
「来たときに考えるよ♪」
「クリスティーナ……考えるのが面倒になったでしょ?」
「そうとも言う……さすが鋭いねステラ♪」
「大体分かるよ、アンタの考えそうなこと」
「クリスもステラもけして無理はしてくれるな……それに鬼龍」
「はっ!」
「男子寮の方でおかしなことがあったら教えてくれ」
「かしこまり」
「よし、解散だ! 今日はご苦労だった」
3人を見送り、四季が問う。
「一週間の猶予……かなり希望的な観測ではありませんか?」
「結果的にではあるが、色々と蒔いた種が実になりそうではある……」
「蒔いた種?」
「その内分かる……そろそろ帰るぞ、家に帰るまでが合魂だからな」
姫乃と四季が帰路につく。その日の夜は何事もなく明け、合魂部のメンバーは昼間まるで何事もなかったかのように振る舞い、放課後、旧部室棟に集まり、バトルフィールドを展開し、特別トレーニングを開始するのであった。
「……準備出来ました」
「よし、礼沢亜門。貴様の場合は純粋な戦闘能力はもちろんのこと、戦闘センスや冷静な状況判断力なども兼ね備えており、ほぼ言うことはない」
「ありがとうございます」
「とはいえ、戦い方はもう少し練り込む必要があるな」
「戦い方……ですか?」
「そうだ。例えば……!」
「うっ⁉」
亜門の首筋に姫乃が魂杖を突きつける。
「魂旋刀のリーチを活かすことに囚われ過ぎている。接近戦についても想定しておけ」
「……はい」
亜門が頷く。そして翌日……。
「鬼龍瑠衣……戦闘能力に関してはほとんど文句のつけようがないな」
「ありがとうございますでござるだし!」
「……直すところは強いて言うなら、そのキャラのブレ具合だな」
「え?」
「まあ、それは冗談だとして……私に打ち込んでこい」
姫乃が両手を大きく広げる。瑠衣が戸惑う。
「え……」
「いつでも構わんぞ」
「……ならば! ⁉」
瑠衣が素早い動きで姫乃に襲いかかったが、姫乃はこともなげに受け止める。
「ふむ……思った通りだな。ふん!」
「くっ!」
姫乃に押し返され、瑠衣は距離を取る。
「体格の問題もあるから致し方ない部分もあるが、一撃がどうしても軽いな。スピードを出来るだけ損なわずに一撃の破壊力をもう少し上げてみろ」
「しょ、承知……」
瑠衣が頷く。さらに次の日……。
「うおっ!」
姫乃が魂杖で仁を抑え込む。
「外國仁……身体能力の高さは申し分ないな。ただ、ヒット&アウェイを心掛けろ」
「ヒ、ヒット&アウェイですか?」
「相手の懐に入ってそれでおしまいというわけではない、一撃を加えて即離脱するということを考えてみろ。あるいはその逆のパターンもな」
「わ、分かりました……ご指導ありがとうございます」
抑え込まれたまま、仁は頭を下げる。さらにその次の日……。
「ぐえっ! どわっ! ちょ、ちょっと待って下さい……」
「実戦で相手は待ってくれんぞ」
「そ、それはもちろん分かっているつもりです……ただ、なんで俺の時だけ先輩方が全員一斉にかかってこられるんですか⁉ 昨日まで基本マンツーマンでしたよね⁉」
「優月超慈……貴様の場合はとにかく打たれ強さを磨け。後はまあ……時間的節約だな」
「そ、そんな⁉」
「各人、続けろ」
姫乃がメンバーに指示を出す。超慈の悲鳴を聞きながら、四季が尋ねる。
「見極めは進んでいますか?」
「大体な……」
姫乃は腕を組みながら頷く。
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第9話(4)バディ組んでみた
「……なんやかんやで一週間経ちましたね」
「ああ」
四季の言葉に姫乃が返事する。
「今日は最終日ですが……そろそろ何を見極めたか教えてもらえますか?」
「そうだな……全員、集まってくれ」
姫乃が声をかけ、各々訓練中だった合魂部の皆が姫乃のもとに集まる。
「……集合しました」
「うむ……」
「では、お話頂けますか? 見極めたものを……」
「ああ……先週も言ったが、今後対する相手は1人で戦うのは厳しい。その後の生徒会との戦闘で嫌でも感じたと思うが……」
「……」
「よって、バディを組むことにする」
「なるほど、ということは……」
四季の反応に姫乃は頷く。
「ああ、この一週間の特別トレーニングを通して、各人のそれぞれの相性を見ていた」
「ふむ……」
「10人いるからな、5組に分ける。状況はその都度変化するだろうからなんとも言えないところもあるが、基本は今から発表するバディで行動してもらおうと思っている。いいな?」
「はい!」
姫乃の問いかけに全員が揃って返事する。姫乃は満足気に頷く。
「良い返事だ……まずは一組目だが、釘井ステラと礼沢亜門!」
「は、はい!」
「……はい」
ステラと亜門が前に進み出る。四季がふむふむと頷く。
「2人とも前の方に出て戦うことも、後方で支援に回ることも可能ですね」
「そうだ。まあ、その辺のバランス取りは貴様らに任せるが……出来るな?」
「ま、まあ、出来ると思いますけど……」
「……自分の魂旋刀と先輩の糸魂蒻ならば、ある程度距離を取って戦うことも出来ますね」
「おおう……早速の冷静な分析、さすが……」
ステラが感心したように亜門を見つめる。姫乃が釘をさす。
「礼沢、戦況とは必ず思う様に進むものではないぞ?」
「ご指導頂いたように、接近戦に関しても様々にシミュレーションを行っています」
「それは結構」
亜門の答えに姫乃が笑みを浮かべて頷く。ステラが右手の親指をグッと立てる。
「とにかく決まった以上はよろしくね、礼沢っち!」
「礼沢で良いですよ……」
「さて、次のバディだが……竹村四季と外國仁!」
「……はい」
「は、はい!」
四季と仁がそれぞれ前に進み出る。姫乃が語りかける。
「四季は飛び道具のようなものだ。守るというよりは、外國、貴様が相手のリズムをかき回して、四季から注意を逸らすような戦い方の方が良いだろう」
「は、はあ……」
「私もそれがベストとまでは言わなくてもベターだと思います」
四季が姫乃の案に頷く。仁が首を傾げる。
「注意を逸らすですか……結構難しいですね」
「何でもいいぞ、魂棒をくるくる回すとか……」
「宙に投げるとか……」
「口に含むとか……」
「両耳にぶら下げるとか……」
「制服の胸ポケットにさりげなく差し込んでおくとか……」
「ちょ、ちょっと待って下さい、俺のことなんだと思っているんですか、お2人とも!」
「ほんの冗談だ」
「軽いジョークです」
「はあ……まあ、とにかく考えてみます」
「外國君、よろしくお願いします」
「は、はい、よろしくお願いします!」
四季と仁が握手をかわす。
「次の組み合わせだが……桜花爛漫と鬼龍瑠衣!」
「は~い」
「はい!」
「爛漫、貴様に戦い方は任せるが、鬼龍の機動力を活かさない手はないと思うぞ?」
「それは同感です」
姫乃の問いに爛漫は頷く。四季が眼鏡の縁を触りながら呟く。
「思った以上に攻撃特化の組み合わせになりそうですね」
「ふふっ、戦い方のイメージが結構湧いてくるよ~」
爛漫は不敵な笑みを浮かべる。姫乃も笑う。
「それはなんとも頼もしい限りだな」
「よろしくね~鬼龍ちゃん」
「ええ、よろしくお願いしますでござる!」
瑠衣が頭を下げる。
「続いてだが……私、灰冠姫乃と朝日燦太郎!」
「お、おう!」
燦太郎が前に勢いよく進み出る。四季が小首を傾げる。
「これは意外ですね……『私にバディなど不要だ、単独行動を取らせてもらう』とおっしゃるかと思っていましたが……」
「そんなわけないだろう、どれだけ協調性が無い人間だと思っているんだ?」
「皆さんもそう思いませんでした?」
「……」
四季の問いかけに全員が頷く。姫乃が戸惑う。
「ぜ、全員一致だと⁉」
「良くも悪くもエゴイズムが強い方だと思っていましたので……」
「と、とにかく! 燦太郎! お前は余計なことは何も考えずに突っ走れ! フォローやアシストは私がする!」
「おう!」
姫乃の呼びかけに燦太郎が力強く応える。
「骨は拾ってやる!」
「おうよ!」
「い、いや、それはダメでしょう⁉」
「脳筋バディじゃないか? ……不安だな」
姫乃と燦太郎のやり取りに仁は思わず突っ込み、亜門が目を細める。
「最後の組み合わせだが……中運天クリスティーナと優月超慈!」
「はい♪」
「は、はい!」
クリスティーナと超慈が前に進み出る。姫乃が語りかける。
「優月、クリスのダンスはバフもデバフも期待出来る。そのあたりを上手く使い分けろと言いたいところだが……貴様はあんまり小難しいことは考えんで良い。考えるだけ無駄だ」
「ひ、酷くないっすか⁉」
超慈の反応を無視して、姫乃がクリスに話しかける。
「クリス、細かい判断は貴様に任せる」
「OKで~す♪」
姫乃の言葉にクリスティーナは笑顔で頷く。四季が頷きながら呟く。
「クリスのバフで、超慈君の火事場の馬鹿力にも一層磨きがかかるかもしれませんね……どうしてなかなか、悪くない組み合わせです」
「馬鹿ってはっきり言わないで下さいよ!」
「組み合わせは決まったな……続いて作戦会議に移る!」
姫乃は高らかに声を上げる。
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第10話(1)双方の思惑
10
「作戦会議ということは……もう動くということですね?」
「ああ、猶予は残されていないだろうからな」
「生徒会に殴り込みをかけるという感じですか?」
「ええっ⁉」
四季の言葉に超慈は驚く。姫乃が間をおいて答える。
「……そうだな、相手の虚をつくのならばそれが良いだろう」
「け、結構思い切り過ぎじゃないですかね……」
「相手の仕掛けを待っているほど私はお人好しではない。月並みな台詞だが……『やられたらやり返す』の精神だ」
「ば、『倍返し』っすか……」
「倍返しっす」
超慈の呟きに姫乃はおどけた様子で応える。亜門が首を傾げる。
「しかし……本当に生徒会が追撃をしてこなかったですね。お陰で助かりましたが」
「部長が種を蒔いた成果だそうです」
「種?」
四季の発言に亜門は首を捻る。姫乃は静かに呟く。
「……まあ、それは後になってから分かるだろう」
「また秘密ですか……」
「それはいいとして、部長。倍返しというのはつまり?」
爛漫が悪戯っぽい笑みを浮かべて問う。姫乃が微笑む。
「察しが良いな。そう……」
姫乃が話を始める。偶然にも、同じ時間帯、生徒会室で生徒会のメンバーが会議を行っていた。副会長の海藤が会長の織田桐に告げる。
「会長、エウゼビオさんがお戻りになりました」
「ハンラングンドモハソウトウシタ……!」
窓の外を眺めていた織田桐が椅子を回転させ、エウゼビオに向き合って声をかける。
「ご苦労だった、エウジーニョ。少し休め」
「ハイ……」
エウゼビオは巨体を自らの席にドカッと座らせる。海藤が口を開く。
「例の連中が暴れ回ってくれたお陰で、学内の秩序に乱れが生じました……小規模の合魂勢力が力を合わせ、こちらに対し反旗を掲げてくるとは……全く恐れ多いことを」
「加えて、瓦解した有力勢力の残党の一掃にも手こずりました」
駒井が首を抑えながら、生徒会室に入ってくる。海藤が冷たい視線を向けて問う。
「喜さん……一掃は言葉の綾のようなものです。まさか全員使い物に出来なくしたわけではないでしょうね?」
「ああ、その辺についてはご心配なく。しっかりと会長への忠誠を誓わせました」
駒井が皆まで言うなという風に手を左右に振りながら、自身の席につく。
「それなら良いですわ。どうも貴女はやり過ぎる傾向がありますので」
「余計な心配です。シワが増えますよ?」
「なっ⁉」
「やめろ」
駒井の言葉に海藤が立ち上がろうとするが、織田桐が制す。海藤が座り直す。
「し、失礼いたしました」
「反乱軍の組織も、残党の扇動も、あの女が裏で動いていやがるな?」
「恐らくは……」
「ちっ、まったく忌々しい奴だぜ。おかげでこちらはその対応に追われて、連中をまんまと一週間も野放しにしちまった……」
織田桐が苦々しく呟く。
「ですが、こちらの体勢も整いました。思ったよりは時間がかかりましたが……」
海藤は向かいに座る駒井にまたも冷ややかな視線を向ける。駒井が声を上げる。
「人遣いが荒いんだから! そう思うなら少しは手伝いなさいよ!」
「だから無駄な言い争いはやめろ……」
「すみません……」
駒井が頭を下げる。
「とにかく、いよいよ連中の制圧に乗り出すわけですね」
「まあ、そう慌てるな……来たか、入れ」
ノック音の後、織田桐の許可を得て、小森がスタスタと生徒会室に入ってくる。
「皆様、階段下にお集まりです」
「分かった」
織田桐は席を立ち、生徒会室のドアを勢いよく開ける。目の前にある階段下には6人の男女が跪いていた。織田桐が小森に目配せする。小森が声をかける。
「一同、面をお上げ下さい」
「……」
「合魂倶楽部代表、喜多川益荒男……」
「は、はい!」
「合魂同好会会長、茂庭永久……」
「はい……」
「合魂団団長、志波田睦子……」
「はい!」
「合魂サークル代表、水上日輪……」
「は、ははっ!」
「同副代表、深田奈々……」
「はっ!」
「合魂愛好会会長、夜明永遠……」
「はっ……」
「……てめえらの尻ぬぐいをこの俺様がさせられてんだぞ!」
織田桐の怒号が建物に響く。6人は再び頭を下げる。水上が大きな声を上げる。
「も、申しわけございません!」
「俺様が別の目的に専念出来る為にお前らにはそれぞれ一大勢力を任せていたんだ……」
「そ、それは承知しているつもりでございます!」
「それがなんだ? 部員が10人ぽっちの弱小勢力に良いようにやられやがって!」
「ま、まったく不甲斐ない限りでございます!」
「……とはいえ俺も鬼じゃねえ」
「え?」
織田桐の言葉に水上が僅かに頭を上げる。
「これから攻め込んでくるであろう、灰冠姫乃率いる『合魂部』を迎撃し、あの連中10人の内2人を俺様のもとへ連れてこい」
「2人ですか?」
「残りの8人はどうすれば?」
茂庭が首を傾げ、志波田が尋ねる。織田桐が答える。
「面倒だから魂力を吸い取ってしまって構わねえ。お前らなら容易いだろう?」
「も、もちろんです!」
「か、必ずや! ねえ、アンタ!」
「お、おう……」
織田桐の問いに喜多川が答え、深田が隣の水上の尻を叩く。夜明が問う。
「……2人の内、1人は灰冠姫乃ですね」
「ああ、そうだ」
「ではもう1人は?」
「……こいつだ!」
織田桐は床に写真を落とし、刀を思い切り突きたてる。そこには眼鏡のもじゃもじゃ頭が映っている。
「!」
「優月超慈! こいつは俺様の前に必ず引き摺りだしてこい!」
「はっ‼」
「はっくしょん! ……誰か俺の噂をしてやがんな?」
「良くない噂だと思うけどね♪」
超慈の隣でクリスティーナが笑う。2人は生徒会室のある建物の前に立っている。
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第10話(2)忍び同士の語らい
「しかし、まさか今日中に生徒会に殴り込みをかけるとは……」
「思い立ったらなんとやらってやつだよ」
「決断力あり過ぎなんですよ、部長は……」
「まあ、そういう人だから……」
超慈の言葉にクリスティーナは苦笑する。
「五方向から同時に攻めるというのも思い切りましたね」
「読み通りなら、手ごわい相手がいるからね」
「出来ればその読みは当たって欲しくないですけど……」
「とにかく行くよ、私らはこの建物の西側からだ」
クリスティーナが歩き出し、超慈がその後に続く。一方中央側では……。
「……潜入成功だし」
円から瑠衣と爛漫が出てくる。爛漫が呟く。
「地下からの潜入は流石に想定していないはずだよ」
「生徒会の連中は上のフロアでござるか?」
瑠衣は上の階を指差す。爛漫が頷く。
「そうだね」
「ならば参りましょう」
「おっと、ちょっと待ってくれよ!」
瑠衣が飛ぶように階段を駆け上がる。爛漫が慌ててそれに続く。
「このまま行けば楽に辿り着ける……⁉」
「そうは問屋が卸さねえよ……!」
弾き飛ばされた瑠衣が相手を確認する。そこにはコーンロウの髪型の男が立っていた。
「ぐっ……喜多川益荒男!」
「久しぶりだな、なんとか流のくのいちちゃん」
「慈英賀流だ!」
「なんでもいいけどよ……あんまり驚いていねえな?」
「貴様らが出てくることは想定済みでござる!」
「へえ……流石に頭が回るねえ」
「貴様らが立ちはだかるというならそれも倒して進むまで!」
「大口を叩くじゃねえか……!」
「むっ!」
喜多川の発する魂破に瑠衣がややたじろぐ。喜多川が刀を構える。
「やれるものならやってみな! 今度こそこの魂平刀の餌食にしてやる!」
「うっ……」
「どうした? ビビったのか?」
「誰が!」
「ふん!」
斬りかかってきた瑠衣の刀を喜多川は刀で簡単に受け止める。瑠衣は舌打ちする。
「ちっ!」
「甘いぜ!」
「ぐっ!」
喜多川が刀を引くと、激しい火花が散る。喜多川が笑って呟く。
「独特なこの刀の形状……いくつもある凸凹の突起が摩擦熱を発生させる」
「それは知っている……!」
「知っていてもこれはどうにもならねえだろう⁉ 『地走』!」
喜多川は刀を床にわざと引きずらせて、大量に火花を発生させつつ斬りかかる。
「むっ⁉」
「そら!」
「ぬっ!」
「おら!」
「くっ!」
瑠衣がなんとか喜多川の猛攻を防ぐ。喜多川が笑う。
「どうした⁉ 受け止めるだけで精一杯じゃねえか!」
「発生する火花が分かっていても厄介でござる……一旦距離を取る!」
瑠衣が後方に飛んで喜多川から離れる。喜多川がニヤッと笑う。
「そうくると思ったぜ! 『天雨』!」
「⁉ ぬおっ!」
喜多川の投じた金平糖型のまきびしが瑠衣に向かって大量に降り注ぐ。瑠衣もこれはかわしきれずに喰らってしまう。瑠衣は顔をしかめる。
「はははっ! どうだ? 結構痛えだろう?」
「くっ、魂道具の応用形と基本形を同時に使うとは……」
「その辺の並みの連中と一緒にするなよ! こういうことが出来るからこそ、俺は今の地位にまで就けたんだよ!」
「むう……」
「ただ、その地位を脅かす連中が現れやがった……」
喜多川が自分の顎を撫でる。
「……」
「合魂部、お前らは少々調子に乗り過ぎたぜ……」
「ふん……」
「ここで消えてもらう!」
「⁉」
「おらあ!」
「『製図』!」
「なっ⁉」
爛漫が片手を地面に突き刺して、両足を目一杯に伸ばし、片手を支点にして大きな円を地面に描く。円の内側に入った喜多川が足を取られて体勢を崩す。爛漫が乱れた呼吸を整えながら瑠衣に向かって呟く。
「はあ……はあ……鬼龍ちゃん、速すぎるよ……やっと追いついた~」
「この魂道具は……『魂破凄』!」
「おっ、さすがに見破るのが早いね……もう体勢を立て直しているし」
「てめえは確か……夜明のところにいた二年か!」
「桜花爛漫で~す……お見知り……置かなくても良いですよ」
「ふざけんなよ!」
「これでも真面目にやっている方なんですよ、気に障ったらすみません」
「ふん、てめえも加勢するつもりか?」
「せっかくの忍び同士の語らいを邪魔するかたちになって恐縮なのですが……」
爛漫は肩をすぼめる。
「別にそれはどうでもいいけどよ……」
「あ、そうですか?」
「空気は読めねえ奴だなとは思わなくもないが」
喜多川が笑みを浮かべる。爛漫は苦笑交じりで答える。
「敬意は払っているんですよ。一対一では貴方を倒すのは到底無理だという判断でね」
「それは光栄だな!」
「製図!」
喜多川が自らに向かって猛然と飛びこんできた為、爛漫は地面や空中に大量の円を描く。だが、喜多川は鋭いステップを駆使してそれをかわしてみせる。
「分かっていたらかわせるぜ! 円にはまらなきゃこっちのもんだ!」
「狙いはそれだけじゃないんですよ……」
「何⁉」
「『分身ミラー』!」
「がはっ!」
周囲に大量に発生した円から分身した瑠衣が一斉に飛び出し、喜多川に斬りかかる。喜多川はかわすことが出来ず、倒れ込む。瑠衣が刀を突き立てようとする。
「お持ち還り……」
「ちいっ!」
「むっ! 円を利用して逃げた⁉ こしゃくな!」
「ストップ、鬼龍ちゃん! 目的はあくまでも生徒会だ。ここは先を急ごう」
後を追おうとする瑠衣を制し、爛漫は上を指し示す。瑠衣は黙って頷く。
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第10話(3)小さなものから大きなものまで
「ぐはっ……」
建物の東側の出入り口で見張りに立っていた生徒たちがぞろぞろと倒れる。
「さてと……」
「堂々と乗り込むとは……」
亜門に対しステラは意外そうに語りかける。
「忍び込んでもどうせ魂力を察知されるのがオチでしょう? それならば余計な小細工は必要ありません」
「確かに一理あるね……」
「とはいえ、殺到されても面倒です。さっさと上のフロアに行きましょう」
亜門が走り出し、ステラもそれに続く。階段を上がりながらステラが呟く。
「……案外警備は薄かったりする?」
「そうだと良いのですが……!」
「!」
広い空間に出た亜門たちに向かって大きな影が襲いかかり、亜門たちが左右に飛んでそれをなんとかかわす。
「へえ、よくかわしたね」
スラっとしたスタイルでオシャレな眼鏡をかけ、髪型もキッチリとセットした作業着姿の男性が端正な顔を崩して笑う。亜門が声を上げる。
「貴様……茂庭永久!」
「やあ、また会ったね」
「ここで会ったが百年目だ!」
亜門が魂旋刀を構える。茂庭が冷静に分析する。
「蛇腹剣のような特殊な形状の刀か……それを絡ませられると厄介だね……だが!」
「む!」
「接近してしまえば良い!」
茂庭が乗り物のスピードを上げ、亜門との距離を一気に詰める。
「早い!」
「魂場隠の突進を喰らえ!」
「ちっ!」
亜門は天井の照明器具に魂旋刀を絡ませ、上に飛んで魂場隠の突進をかわす。茂庭が驚く。
「上に飛ぶとは器用な真似を!」
「そっちもスピードが上がっているんじゃねえか?」
「君には辛酸を舐めさせられたからね……」
「もう一度味合わせてやるよ!」
「やってみなよ!」
亜門が天井から勢いよく飛びかかる。茂庭が魂場隠を後退させてそれを避ける。
「くっ!」
「どうだい?」
「気を抜くなよ! 追い打ちだ!」
床に降りた亜門が魂旋刀を伸ばす。
「甘いよ!」
「⁉」
茂庭が魂場隠を旋回させ、魂旋刀を弾く。
「そんなものかい⁉」
「ちっ、結構なスピードだな。魂旋刀を絡ませらねえ……」
亜門が舌打ちする。茂庭が笑う。
「前回は駆動部に異常を発生させられたからね、同じ轍は踏まないよ!」
茂庭は旋回を止めたかと思うと、今度は後退し、さらに横に曲がってみせる。亜門が苦々しい表情で呟く。
「好き勝手に動き回りやがって……」
「縦横無尽と言って欲しいな! それ!」
「くっ!」
茂庭が急加速する。亜門の反応が遅れる。茂庭が声を上げる。
「もらった!」
「させない! 『糸魂蒻』!」
「むっ⁉」
「釘井先輩!」
ステラが発生させた糸が茂庭自身の体を絡み取った。
「それ!」
「ぐはっ!」
ステラが引っ張り、茂庭が魂場隠から転げ落ちる。亜門は横に飛んで魂場隠の突進をなんとかかわす。ステラが苦笑する。
「茂庭パイセン細身だけど……やっぱりそれなりに重いですね」
「誰かと思えば釘井さんか……」
茂庭はゆっくりと立ち上がりながらステラを確認する。
「どうも、お久しぶりです」
「こんなことをしでかしてくれるとは……本格的に同好会には戻ってこないという意思表示と受け取って良いのかな?」
「そうなりますね」
「……覚悟はあるのかい?」
茂庭の眼鏡がキラッと光る。ステラが叫ぶ。
「何を今更! 『玉魂蒻』!」
「『魂場引』!」
「なっ⁉」
ステラの投げた玉が、茂庭が腕を掲げて生じさせた黒い穴に吸い込まれる。亜門が戸惑う。
「そ、そんなことも出来るのか……?」
「魂道具の発展形っていうやつだね。まさか君たち相手に使うとは思わなかったけど」
「ま、まさか……」
「言っておくけど、驚くのはまだ早いよ?」
「何⁉」
「吸引するということはその反対も可能ということだ!」
茂庭が再び腕を掲げ、黒い穴から玉が飛び出す。玉はステラに向かって飛び、彼女の足元に着弾すると派手に爆発する。ステラが悲鳴を上げながら倒れ込む。
「きゃあ!」
「先輩!」
「厄介なのが1人消えた……さて、改めて君の出番だ」
茂庭が亜門の方に向き直る。
「くっ……」
「どうする?」
「……こうするまでだ!」
亜門が茂庭に向かって突っ込む。茂庭は一瞬困惑するが、すぐに平静さを取り戻して笑う。
「シンプルに刀で一太刀浴びせようという腹かい? 悪いが、それは出来ない相談だよ!」
「ぐっ⁉」
茂庭が両手を掲げると二つの黒い穴が発生し、凄まじい吸引力で亜門を吸い込もうとする。亜門の顔が歪む。
「手前に吸い込んだところにパンチをお見舞いしてあげようか⁉ 綺麗な顔だ! 殴られたことなんてないだろう!」
「ぶたれたことくらいある! ただ、今日はお断りだ!」
「なっ⁉」
茂庭が驚く。亜門が魂旋刀を絡ませた魂場隠を投げ込んできたからである。
「返すぜ! ちゃんと受け取りな!」
「しまっ……ぐはあっ!」
魂場隠の直撃を喰らった茂庭は窓を突き破り、下に落下する。亜門が覗き込む。
「ちっ、勢いをつけ過ぎたか……下に戻って魂力を吸い取るか?」
「いや、そんな時間はないよ。とりあえず放っておこう」
「先輩……大丈夫ですか?」
「なんとかね……目的はあくまで生徒会打倒だ。体力は出来る限り温存して上に行こう」
ステラが上方を指し示す。亜門は無言で頷く。
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第10話(4)目には目を
「おらあ!」
「……!」
建物の北側の出入り口で仁が見張りの生徒たちを殴り倒す。
「よし……これで大丈夫ですよ、竹村先輩」
「なんとまあ……大胆なことをしますね……」
四季が呆れ気味の視線を向ける。仁が後頭部を掻きながら答える。
「先輩の魂道具なら、潜入のようなことも出来たかもしれませんが、先輩の魂力をいたずらに消費するべきではないかなと思いまして……」
「なるほど……そういう考えをお持ちならば構いません。では、行きましょう」
仁が先に走り出し、四季がそれに続く。
「ん! なんだ、お前ら!」
「うらあ!」
「がはっ!」
「そらあ!」
「どはっ!」
見張りを次々と倒して、仁たちは上の階に進む。
「……ここまではまずまず順調かな?」
「~♪」
「ぐおっ⁉」
「外國君!」
軽快な音楽が流れたかと思うと、小さな爆発が起こり、仁が吹き飛ばされる。
「ふん、ここまで来るとはな……」
ポニーテールで額に白いハチマキを巻いた学ラン姿の女性が颯爽と現れる。
「合魂団団長、志波田睦子先輩……」
「ほう、文化系の生徒にも知られているとは意外だな……」
「それはもちろん、貴女は校内でも屈指の有名人ですから」
「そうか? ふふっ、悪い気はしないな」
志波田は垂れた前髪をかき上げる。すると、白いサラシを巻いた豊満な胸が揺れる。
(部長の悪い予感が的中してしまいましたか……各勢力のトップクラスが待ち構えているとは……どうにか出し抜けないものでしょうか……)
「竹村四季……頭の回る貴様なら会長も歓迎するだろう。投降を勧める」
「……あの会長がお許し下さるとはとても思えませんが」
「なに、すべては交渉次第だ。上手く事が運ぶように応援してやるぞ? なんといっても、私は鬼の応援団長だからな?」
志波田が両手を大きく広げてみせる。
「ふむ……」
四季が顎に手をやって考える。志波田が首を傾げる。
「悪い話ではないと思うが?」
「……」
「まあ、もうしばらく考えてみても良いかもな」
「……天秤にかけるとしたら」
「ん?」
「私をここで始末してしまった方が会長の覚えは良いはず」
「む……」
「油断させておいて後ろからひと突き……その手には乗りません」
「ふん、チャンスをやったつもりだったんだが……まあいい」
志波田が右手を掲げ、指を鳴らす。打楽器の音とともに四季の足元が爆発する。
「!」
「消えてもらおうか」
(こ、これが、『魂羽闘行進曲』! 通常なら楽器が必要なはずなのに楽器なしでも用いられるほど、魂力を高めている! 恐るべき練り込み! しかし!)
四季が魂昔物語集を取り出そうとする。
「させんぞ! ~~♪」
「む⁉」
志波田が両手を指揮者のように振る。管弦楽器の音が流れ、四季の動きがピタッと止まる。
「……ふん」
(う、動きが止められた……⁉)
「私の魂道具ならばこういうことも出来る。貴様に本を読ませるとなにかと厄介だと喜多川から常々聞いていたからな」
(くっ……)
「勿体ないが、フィニッシュといこうか」
志波田が右手をさっと掲げる。
(ぐっ……)
「そうはさせるか!」
「なっ⁉」
(⁉)
仁が魂棒を振るって、志波田の右腕を払う。志波田が顔をしかめる。
「ぐっ! まだ動けたか!」
「舐めるなよ!」
「ならば貴様から先に片付けてやる!」
志波田が距離を取り、両手を掲げる。
「!」
「終わりだ! ~~♪」
管弦楽器のメロディーが流れる。
「! ……」
「動きが止まったな! 派手に爆発させてやろう!」
「そうはいくか!」
仁がキックを繰り出し、志波田の掲げようとした右腕を蹴る。志波田が驚く。
「ば、馬鹿な⁉ 何故動ける⁉ ……はっ⁉」
志波田が目を丸くする。仁が両耳に魂棒を突っ込んでいたからである。
「要は音を聞かなきゃ良いんだろう! 魂棒で両耳を塞いだ!」
「お、大きさ的に無理をしているだろう! 絶対聞こえているはずだ!」
「あ~あ~! 聞こえない!」
仁が両手で魂棒を抑えながら大声で叫ぶ。
「嘘をつけ! 嘘を!」
「今は昔、近江守……」
「ん⁉」
志波田が目をやると、四季が口元をわずかに動かして、自らの傍らに巨大な朱色の化け物を召喚していた。
「ちっ! 馬鹿に気を取られて、音の効果が少し切れたか⁉」
「……語り伝えたるとや……口さえ動けばこちらのものです!」
「……!」
化け物が刀かと思われるような鋭い爪を振るうと、志波田の体が切り裂かれる。
「があっ⁉」
「……‼」
化け物がなおも追撃を加えようとする。志波田が忌々し気に叫ぶ。
「調子に乗るなよ!」
「⁉」
志波田が右手を思いきり掲げると打楽器の音が流れ、派手な爆発が起こり、化け物は消滅する。周辺には白い煙が立ち込め、その煙が晴れると、そこには志波田の姿はなかった。
「ちっ! 逃がしたか!」
「撤退してくれたのならそれはそれで結構……私たちが今、優先すべきなのは生徒会の打倒です。先を急ぐとしましょう」
地団駄を踏む仁に対し、四季が上の階を指し示す。仁が頷きながら尋ねる。
「わ、分かりました……しかし、先輩、あの化け物は一体……?」
「目には目を、鬼には鬼です……」
「そんなものまで呼び出せるんですか……末恐ろしい人だ……」
仁は思わず背筋を正す。
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第11話(1)ダンスのようななにか
11
「どらあっ!」
「おあ!」
建物の西側の出入り口で超慈が見張りの生徒たちを手当たり次第に殴り倒す。
「よし……この辺は大丈夫ですよ、中運天先輩」
「……随分とまあ、思い切ったことを……」
クリスティーナが呆れた視線を向ける。超慈が後頭部を掻きながら答える。
「そ、そんな風に褒められると……照れてしまいます」
「いや、褒めてないよ」
「え?」
「悪いけど全然」
「はあ、そうすか……」
超慈は分かりやすくうなだれる。クリスティーナは慌てて場の空気を変える。
「ま、まあ、遅かれ早かれ、潜入は察知されていたはず……余計な手間をかけずに突っ込んだ判断も悪くはないと思うな!」
「……そうですか?」
「う、うん」
「……なんか燃えてきた! このまま突っ走りますよ!」
超慈が階段を勢いよく駆け上がっていく。クリスティーナはその後ろ姿を見ながらため息交じりで続く。
「さすがに考えなさすぎだと思うんだけど……まあ、賽は投げられたってやつか……」
階段を上がると、見張りが数名、超慈たちに気が付く。
「む! なんだ、お前ら!」
「おらあ!」
「げはっ!」
「こらあ!」
「ぬはっ!」
見張りを次々と倒して、超慈たちは上の階に進む。
「良い調子だぜ!」
「口当たりなめらかでつるつるしている~♪」
「人当たり舐められたら負けで、ギラギラしている?」
「それは気志團じゃ! 私が言っているのはきしめん!」
「ぐはあっ⁉」
2人の男女のやりとりから火が燃え上がり、超慈が思わず倒れ込む。それを見てクリスティーナが舌打ちをする。
「ちっ、部長の読みが的中しちゃったか……」
「思わぬ対面だがね、クリス……」
「出来ればこんなかたちで会いとうはなかったけど……」
暗がりから茶色い短髪の男子と黒髪ロングの女子が歩み寄ってくる。合魂サークルの代表、水上日輪と副代表の深田奈々である。クリスティーナは軽く会釈をする。
「……どうも」
「クリス、サークルに戻ってこんかね? おみゃーさんはやはり惜しい……」
水上がクリスティーナの豊満な身体を舐め回すように見つめながら笑顔で呟く。
「せい!」
「どわっ⁉ な、奈々、いきなり何をするんだぎゃ⁉」
深田の強烈な回し蹴りを後頭部に喰らい、水上は憤慨する。
「視線と言い方がいやらしい……私というものがありながら……」
「お、男の性みたいなものだがね。クリスの力が惜しいのはおみゃーさんも同意だろう?」
「それは確かに……」
「というわけでクリス、戻ってこい」
水上が満面の笑みで手招きをする。クリスティーナは構えを取って呟く。
「……先日の今日で、またそちらに戻るというのはさすがに無理な話ですね」
「はあ……しょうがにゃーね……」
「覚悟は出来とるということね?」
「……!」
対面する水上と深田の魂破が急激に高まってくるのをクリスティーナは感じる。
「奈々、最近わしは悩んでおってな……」
「へえ、珍しい……」
「鶏が先か、卵が先か、手羽先か、それが問題だがね……」
「一つ余計なの混じっとる!」
「ぐうっ!」
水上らの軽妙なやりとりから爆発が起こり、先ほどよりも大きな火が燃え上がる。クリスティーナは後退を余儀なくされる。水上が感心する。
「ほお~今のをかわすとは……流石のステップだがね」
「クリスはダンスやっておるからね」
深田がさっと髪をかきあげる。クリスティーナが自身の服にわずかに燃え移った火を消しながら苦々しく呟く。
「これが『漫才魂火』……! 今のように『フリ』『ボケ』『ツッコミ』が上手く決まると、爆発に近い現象が起きる……!」
「そんなわざわざ解説せんでも……」
「いや、クリスと本格的に手合わせするのは初めてじゃなかったか?」
「……そう言われるとそうだがね」
水上の冷静な分析に深田が頷く。水上が両手を広げる。
「さてと、気は変わったかね? 降参するなら今なんだわ……」
(二対一で不利な状況……向こうの連携は抜群……付け入る隙はないか?)
「うおお!」
「⁉」
超慈が咆哮を上げながら立ち上がり、クリスティーナたちは驚く。水上が呟く。
「へえ、さっさとくたばったかと思ったのに……」
「くたばるかよ! ラブラブなカップルの癖に、2人揃って合魂に参加しやがって! 彼女さんはともかく、てめえだけは絶対に許さねえ!」
「だ、だから、合コン違いだがね!」
「問答無用!」
超慈が魂択刀を水上に向ける。水上がやや気圧される。
「も、もの凄い殺気を向けられとる……」
「以前のような急激な魂力の高まり……これは捨て置けないわね、アンタ!」
「ああ、分かっとる! 2人まとめて始末する!」
「……来る!」
「中運天先輩! 俺が合わせます! 踊って下さい!」
「ええっ⁉」
「早く!」
「わ、分かった! ~~♪」
「! な、何をするつもり⁉」
「こうするつもりだ!」
音楽とともに踊り出したクリスティーナに続き、超慈も奇天烈なダンスのようななにかを踊り始める。当然だが、両者のダンスは全然嚙み合っていない。水上が困惑する。
「な、なんじゃ⁉ コンビネーションダンスでもするかと思ったら、片方はダンスとはとても呼べない代物! ひょ、ひょっとして、これが『魂天保羅利伊舞踊』というものか⁉」
「アンタ、考え過ぎ! それより迎撃を!」
「はっ! そ、そうか!」
「遅いぜ!」
「むうっ!」
超慈の振るった刀が水上を斬る。水上は体を抑えながら後ずさりする。深田が叫ぶ。
「ここは撤退よ!」
「まだ動けるか⁉ 待て、逃がすかよ!」
「待った! 超慈ちゃん! 追撃よりむしろ優先すべきは生徒会だよ。先を急ごう」
「は、はい……」
クリスティーナの呼びかけに超慈は平静さを取り戻し、上のフロアを目指す。
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第11話(2)色々と仕込む
「おらおらあっ!」
「どあ!」
建物の南側の出入り口で燦太郎が見張りの生徒たちを手当たり次第に蹴り倒す。
「よっしゃ……この辺はもう大丈夫っす、部長」
「……はあ」
姫乃がため息をつく。燦太郎が首を傾げる。
「ど、どうかしたんすか?」
「いや……余計なことは何も考えずに突っ走れ!とは言ったが、まさかここまで何も考えなしだとは思わなくてはな……」
「お、俺だってそれなりに一応考えてますよ! 救援とか呼ばれたら面倒だから、一瞬で片をつけようとか……」
「そうか……まあ、それなら良い……よくやった」
「ありがとうございます!」
「さあ、どんどん行け!」
「はい! うおおおっ!」
燦太郎が再び猛然と走り出す。姫乃がその後ろ姿を見ながら呟く。
「フォローやアシストは任せろとも言ったが、この分だと必要はなさそうか?」
燦太郎が勢いよく階段を駆け上がると、見張りが数名、燦太郎に気が付く。
「む! なんだ、お前!」
「おらあ!」
「ぐはっ!」
「そらあ!」
「ぶはっ!」
見張りを次々と倒して、燦太郎はどんどんと上の階に進む。
「へへっ! ここまでは順調だぜ!」
「ついていくのも一苦労だな……」
姫乃が苦笑する。燦太郎が広いフロアに出る。
「ん? このフロアには見張りはいねえのか?」
「……!」
「どあっ⁉」
「燦太郎! ちっ!」
姫乃が杖に倒れた燦太郎の足を引っかけて、強引に引きずりながら物陰へと隠れる。
「……」
「我ながら悪い予想ばかり当たるものだ……」
姫乃が苦笑を浮かべる。
「……ぐっ」
「燦太郎、大丈夫か?」
「大丈夫っす! ぶほっ⁉」
姫乃が燦太郎の口を掴むように抑える。
「もう無駄だろうが……少し声を抑えろ」
「ふ、ふぁい。わきゃりました……」
「結構。どうだ? どこを撃たれた?」
「脇腹を掠めただけです」
「そうか……」
「ひょっとしなくても銃撃されたんですね?」
「そうだ」
「一体誰です?」
「合魂愛好会会長、夜明永遠の仕業だ。魂道具は『魂天堕』……」
「なるほど、あれが噂の夜明先輩か……もっとも姿は見えないが」
燦太郎が脇腹を抑えながら、ゆっくりと上体を起こす。姫乃が問う。
「本当に大丈夫か?」
「ええ、それよりどうします?」
「そうだな……打つ手は無いこともないな」
「ええっ? マジっすか?」
「マジっす」
燦太郎の問いに姫乃は頷く。
「ど、どうするんですか?」
「この場合はむしろ……貴様のフォローが必要になってくるな」
「俺のですか?」
「ああ、そうだ」
「どうすれば良いですか?」
「ちょっと耳を貸せ……」
姫乃が耳打ちする。燦太郎が驚いた顔をする。
「そ、そんなことで良いんですか?」
「ああ、構わん。ただ、恐らくチャンスはほぼ一回きりだろうな」
「わ、分かりました……」
「……準備が出来たら言ってくれ」
燦太郎が体勢を立て直し、クラウチングスタートの体勢を取る。
「……準備出来ました」
「よし、3、2、1でスタートだ」
「はい」
「3、2、1、スタート!」
「っ!」
「⁉」
燦太郎が物陰からやや距離のある、別の物陰に向かって全力で走る。夜明がそれに反応し、銃を放つが、今度は燦太郎を捉えることは出来なかった。燦太郎が笑みを浮かべて呟く。
「へっ、二度も撃たれるヘマはしねえよ……」
(あれが朝日燦太郎の魂道具、『魂武亜棲』か……やはり速いな。奴を仕留めるよりはやはり灰冠を狙った方が効率的だな……)
夜明が様子を伺いながら考えを巡らす。そこに姫乃の声が静かに響く。
「……黙って狙い撃たれると思ったか?」
「なっ⁉」
「もらったぞ」
「⁉ ぐ、ぐはっ……」
まさかの銃撃を喰らい、夜明が物陰から崩れ落ちる。
「燦太郎の動きにまんまと釣られてくれたな。お陰で貴様の場所が分かった」
「は、灰冠……」
姿を現した姫乃を、夜明は信じられないという表情で見つめる。姫乃が笑う。
「そんなに驚いたか?」
「な、何をやった?」
「別に手品を用いたわけじゃない。魂道具を使ったまでさ」
「こ、魂道具だと?」
「そう……この『魂杖』をな」
姫乃が杖を掲げる。夜明がハッとなる。
「ま、まさか……!」
「そのまさかだ。この杖は色々と仕込めるのでな。なかなか重宝するのだ」
姫乃が笑いながら杖から銃口を覗かせる。
「くっ、仕込み杖だとは分かっていたはずなのに……私の負けだ」
夜明が地面に寝転がる。燦太郎がそこに迫る。
「もらった!」
「待て、燦太郎!」
「! は、はい……」
姫乃の制止を受け、燦太郎が動きを止める。姫乃が夜明に語りかける。
「銃弾に文を付けておいた。矢文ならぬ弾文だな……是非ご一考願いたい」
「……これは……」
「行くぞ、燦太郎。こいつはいい、優先すべきは生徒会だ」
「あ……ちょっと待って下さいよ!」
颯爽と歩き出す姫乃の後を燦太郎が慌てて追いかける。
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第11話(3)連撃のマッチョ
「……あっ!」
「えっ⁉ 魂力反応低いところを選んだつもりなんだけど、もう止まれないから出て!」
「うおっと!」
黒い穴から瑠衣と爛漫が転がり出てくる。
「……どうやら全員最初の関門は突破したみたいだね?」
「全員とは正直予想外ですね……」
東口から上階まで上がってきたステラは楽しげに語りかけるが、亜門は素っ気ない。
「な、なんとかここまで来られた……」
「外國君、申し訳ありませんが、ここからが本番のようです……」
「マ、マジですか⁉」
北口から階段を上がってきて、肩で息をしている仁に対し四季が事実を突きつける。
「よし! また広いフロアに出たぞ!」
「地図によればここからが生徒会フロアだ、超慈ちゃん、油断せず行こう!」
「オッケーっす! クリス先輩!」
心なしか互いの距離を縮めているような超慈とクリスティーナも上がってきた。
「はあ……はあ……着きました」
「ご苦労、燦太郎」
「む、むしろ手負いの俺が運んでもらうべきだと思うんですが⁉」
南側の階段を上がってきた燦太郎がもっともな疑問を口にする。姫乃は首を傾げる。
「私では貴様をおんぶ出来ない、仮に出来たとしても、スピード感を優先するべきだろう?」
「ま、まあ、それはその通りです!」
「ふむ……合魂部、誰一人欠けずにここまで来られるとは……皆よくやったな」
姫乃が周囲を見回し、満足気に頷く。四季が冗談っぽく尋ねる。
「採点するのなら何点ですか?」
「80点以上だな。正直半数は脱落するかと思っていたからな」
「半数って……」
超慈が頭を軽く抑える。
「しかし、全員無事にここまでたどり着いた。これで計画の目途も立った。あらためて礼を言わせてもらう、ありがとう」
姫乃が皆に向かって深々と頭を下げる。ステラが手を振って笑う。
「そ、そんならしくないことやめましょうよ、姫乃パイセン。全員まったくの無事だったというわけではありませんし……」
「ステラの言う通りのようだな。礼沢、頼めるか?」
「もとよりそのつもりでしたよ……『充電』!」
亜門が魂旋刀を地面に突き刺して、皆に魂力を補充する。燦太郎が笑う。
「へへっ、脇腹の傷も癒えて、力も大分みなぎってきたぜ!」
「礼沢、大丈夫か?」
「ええ。ただ、自分の魂力も限りがあります。全員フル回復できたわけではありません……」
「なに、それなりに動けるだけでも十分だ」
姫乃は亜門の肩をポンポンと叩き、労をねぎらう。四季が尋ねる。
「それでこれからどうされます? 一点突破ですか?」
「守りは硬い、結局は各個撃破という形になるだろうな」
「またバディを組んで臨むということですか?」
「ああ、だが、バディを入れ替える」
「えっ⁉ ここに来てですか?」
「下の階層での戦いぶりは恐らく筒抜けだろう……虚を突くならこれしかない」
「それだけで十分でしょうか……?」
「そうは思って……一応仕込んでおいた」
「仕込んでおいた……! あなたは⁉」
「……」
合魂部の後方にある人物が立つ。それを見て姫乃が笑う。
「賭けみたいなものだったが、とりあえず五分の一は当たったか?」
「……確かにこれなら相手の虚を突けそうですね。ただ、ここからもスピード勝負です」
「そうだな、皆休憩もそこそこなところ悪いが、次の合魂だ! これから言うメンバーでこの目の前にある大きな扉の部屋の攻略を頼む!」
姫乃が四つの大きな扉を指し示す。超慈が呟く。
「大きな扉だな……ひょっとして?」
「生徒会の連中が待っている」
「マジか……」
「ビビったのか?」
「まさか」
「ふん……」
超慈の言葉に亜門は笑う。姫乃が声を上げる。
「一番右の大きな扉、中運天クリスティーナと釘井ステラに任せる!」
「おっと、いきなりのご指名だね~♪」
「クリス、アタシが前に出る。援護は頼むよ!」
「おっけ~♪」
ステラとクリスは互いの拳を突き合わせる。
「突入!」
ステラは扉を蹴破り、中に入る。クリスがそれに続く。姫乃が部屋の銘板を見て呟く。
「生徒会庶務室か……」
「むっ! 広い部屋だ。流石は生徒会さまだね~♪」
「意外にきちんと整頓されたデスク以外はトレーニング器具だらけか……」
「っていうことは、この部屋の主は……」
「オレダ……」
「⁉」
部屋の奥で汗びっしょりとなった巨体の男性が座っている。ステラが呟く。
「生徒会庶務、『エウゼビオ=コンセイソン』……」
「マタアウトハナ……」
「出来れば会いたくはなかったけどね」
クリスティーナが苦笑を浮かべる。
「ココマデキテシマッタフコウヲノロウガイイ……」
「あいにく、後悔の類はもうし尽くしたの。悪いけどここで倒れてもらうわよ」
「お~言うねえ、ステラ♪」
「からかわないで、クリス」
「ごめんごめん♪ さて……」
ステラとクリスティーナがエウゼビオを睨み付ける。エウゼビオはゆっくりと立ち上がり、汗をタオルで拭き、服を着替え、2人の前に立ちはだかる。
「オマタセシタ……」
「いいえ」
「ソレデハタマシイヲブツケアオウカ!」
「⁉」
エウゼビオが一瞬で間合いを詰め、ステラを吹き飛ばす。ステラは部屋の壁にめり込む。
「ステラ⁉」
「だ、大丈夫……魂蒻をクッション代わりにしたから、衝撃はそれほどよ……」
「そ、それは良かった……ん⁉」
エウゼビオが巨体を屈ませて、クリスティーナの懐に入る。
「モラッタ……」
「ダンスで動きを止めさせてもらうよ! ~~♪」
「オソイ!」
「なっ……⁉」
エウゼビオの繰り出した攻撃をほぼまともに喰らってしまい、クリスティーナは俯けに崩れ落ちる。エウゼビオが自身の拳を見つめながら淡々と呟く。
「バックステップデクリーンヒットハサケタカ……シカシ、タチアガレマイ……」
「ぐっ……」
クリスティーナが呻く。ステラが体を抑えながら呟く。
「これがエウゼビオ=コンセイソンの魂道具、『
「シイテイウナラ、コノキタエアゲタニクタイコソガコンドウグダ……」
エウゼビオはわずかに笑う。ステラが睨み付ける。
「そういうドヤ顔いらないから……ムカつく」
「マダメハシンデイナイナ……ヤハリキケンダ、ココデツブス!」
「くっ⁉」
「はっ!」
「えっ⁉」
「ナッ⁉」
その場にいる皆が驚いた。コーンロウヘアーをなびかせて、喜多川益荒男がエウゼビオの進撃を止めたからである。
「ほお~流石の馬鹿力だな……」
「なんでアンタが⁉」
「……ナンノマネダ?」
「両者とも大体似たような質問だな……面白そうな方に付く、それだけだ!」
「そ、そんな!」
喜多川の発言にステラが困惑する。
「良いから、この巨体をなんとかしろ!」
「! 『糸魂蒻』!」
「ムッ!」
無数の糸がエウゼビオの巨体に絡みつく。喜多川が指示を飛ばす。
「ドレッドヘアーの姉ちゃん、鼓舞を頼むぜ!」
「~~♪ 『奮い立て』!」
なんとか立ち上がったクリスティーナが踊りを舞う。ステラが高らかに笑う。
「はははっ! 力がみなぎってきたわ! 喰らえ!」
「! グオッ⁉」
踊りの効果で力が数倍に膨れ上がったステラはエウゼビオの巨体を軽々と持ち上げ、床に叩きつける。予期せぬ攻撃を喰らったエウゼビオはそれでも立ち上がろうとする。
「しつこいな! 姉ちゃん、俺にも頼む!」
「~~♪ 『燃え上がれ』!」
「おっしゃあ! 『地走』!」
「ガハッ……!」
喜多川の地を這う魂平刀の攻撃をまともに受けたエウゼビオは仰向けに倒れ込む。
「お持ち還りといきたいところだが……こっちの魂力もいよいよ限界みてえだ……」
「3対1でようやくか。生徒会、恐るべし……」
ステラとクリスティーナはその場に力なくへたり込む。喜多川も膝をつく。
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第11話(4)大きめの箱
「クリスとステラというのは案外良い組み合わせかもしれませんね」
クリスティーナとステラが部屋に突入する時に少し時は戻り、四季は姫乃に語りかける。
「ステラは前衛もこなせるからな」
「しかし、部屋にいる相手は恐らくあのエウゼビオ=コンセイソンさん……パワー勝負では分が悪いのではないですか?」
「そこでクリスのバッファー兼デバッファーの役割が活きてくる」
「例えば?」
「その辺はこう……臨機応変にだ」
姫乃の言葉に四季はため息をつく。
「アドリブ頼みですか……」
「クリスは一流のダンサーでもある。アドリブもどんとこいだろう」
「果たしてそうでしょうかね……」
「その辺は信じるしかあるまい」
「まあ、結局はそうなのですが……」
「時間差を置いても意味がない。次は右から二番目の部屋に乗り込むバディを発表する!」
「……」
姫乃が声を上げ、周囲は黙る。少し間があって姫乃が口を開く。
「竹村四季と礼沢亜門、貴様らに任せる!」
「……はい」
「了解しました」
四季と亜門が静かに前に進み出る。姫乃が両者に囁く。
「貴様らは自らで考え、その場その場で最善に近い行動を取れるメンバーだ……現在残っている他のほとんどの連中とは違ってな」
「もの凄い暴言ではないですか?」
四季が眼鏡の蔓を触りながら苦笑する。
「だからこうして囁いている」
「そんな2人をここでまとめて投入とは……良いのですか?」
亜門が首を傾げる。
「頭脳派バディというのも悪くはないだろう。どういう結果になるか見てみたいのだ。もっともそんな余裕はないだろうが……」
「ちょっと待って下さい。ここにきて好みで決めていませんか?」
「礼沢、逆に問うが、好みで決めて何が悪い?」
「う……」
姫乃が真っすぐな視線を亜門に向ける。亜門は何故か気圧されてしまう。
「言い返せないだろう。私の勝ちだな」
「……無理矢理押し切られた気がする」
姫乃は胸を張り、亜門は首を捻る。四季が口を開く。
「まあ、ここは部長の本能的判断に従うとしましょう……」
「動物みたいに言うな」
「行きましょう、礼沢君」
「はい」
四季と亜門が軽くハイタッチをかわし、右から二番目の部屋に入っていく。
「生徒会会計室ですか……」
「竹村先輩、入りますよ」
「ええ」
四季と亜門が入る。書類などがそこかしこに散らばった乱雑な部屋である。
「これは……」
「全然片付いていませんね……」
「これで良いのよ」
「生徒会会計『駒井喜』さん……」
「この馬鹿でかい学校の生徒会よ? 沢山ある書類を一枚一枚丁寧にファイリングしている暇なんてないの」
「……言い訳ですね」
「なっ⁉」
四季の言葉に駒井がムッとする。
「別にファイリングが絶対とは言いません。電子データへの完全移行が全てとも言いませんが、デスク周りの乱れはというものはそっくりそのまま、その人の仕事ぶりに繋がると言っても過言ではありません」
「……仕事が出来ない女って言いたいの?」
「そのように受け取られても構いません」
「っ! これで良いの! これでも仕事は円滑に進んでいるんだから!」
「人から見た印象というものもあります。栄えある生徒会の方がこの調子では……」
「腹立つ女ね! 何しに来たのよ⁉」
「喧嘩を売りに参りました」
「!」
四季の物言いに駒井はやや面食らう。四季は首を傾げる。
「……買って頂けませんか?」
「……買うわよ! ただし情け容赦はしないわよ⁉」
「望むところです」
凄む駒井に対し、四季は全く動じた様子を見せない。
「~~! いちいち癪に障る女ね!」
「来ますよ、礼沢君」
「大分怒っていますよ……」
「怒らせたのです。これで少しでも調子が狂えばもうけものですが……」
「喰らえ!」
「おっと!」
駒井の発生させた大きな箱が飛んでくるが、亜門と四季は難なくかわす。
「駒井喜さん、魂道具は『
「あの細腕で自分の倍以上の大きさの箱を自在に操れるとは……」
「分かっていれば対処出来なくもありません」
「言ってくれるじゃない!」
「ぐはっ⁉」
「むう⁉」
小さめの箱が横から飛び出してきて、亜門と四季の体に当たり、両者は体勢を崩す。
「別に大きいものだけとは言ってないわよ?」
「くっ……」
「そらっ!」
「⁉」
「デケえ! ちっ!」
駒井が右手を掲げると、巨大な箱が発生し、四季と亜門を潰そうとする。2人は横に飛んでかわす。駒井が笑いを浮かべながら叫ぶ。
「当然、避けるわよね! 残念ながら読み通りよ!」
「ぐっ!」
「どわっ!」
再び小さな箱が四季と亜門の体に当たる。駒井が笑う。
「ふふっ、こういう単純なコンビネーションこそ効果があるのよね……」
「くう……分かっていても喰らってしまいますね……ん?」
「何? どはっ⁉」
打楽器の音が鳴ったかと思うと、小さな爆発が起こり、その爆風を受けた駒井がのけ反る。そこに学ラン姿の女子が現れる。
「応援は必要ないか?」
「合魂団団長、志波田睦子先輩……ご助力頂けるのですか?」
「そのつもりで来た」
「ちょ、ちょっとアンタ! 会長に逆らうつもり⁉」
「一年の頃なんてしょっちゅうぶつかっていたものだ。今回もそうするだけに過ぎん」
駒井の問いに志波田は悪びれもせず答える。
「な、なんですって⁉」
「悪く思わないでくれるか?」
「ま、まあ、良いわ! こうなったらまとめて潰すだけよ!」
駒井が今までよりも大きな箱を三つ発生させ、志波田たちに向かって飛ばす。亜門が叫ぶ。
「デ、デカい! これは避け切れん!」
「避けなければいい!」
「えっ⁉」
「『音の波』!」
「こ、これは⁉」
もの凄い音量の音が流れたかと思うと、大きな箱が二つ、駒井の方に押し戻される。
「そ、そんな⁉ 音の圧力で押し戻している⁉」
「魂羽闘行進曲、そのようなことも出来るとは……」
四季が耳を抑えながら感心する。
「応援の力を舐めるなよ! 自分の箱で潰れろ!」
「! せ、せめて相打ちよ!」
駒井がさらに大きな箱を一つ発生させ、志波田たちに向かって投げつける。
「ちっ! まだ余力があったか!」
「今は昔、陸奥国に……」
「む⁉」
「……と語り伝えたるとや!」
四季が大きな箱をおもむろに掴んで駒井に向かって投げ返す。志波田が舌を巻く。
「魂昔物語集、そのようなことも出来たのか⁉」
「魂力を大量に消耗するので、あまり使いたくはないのですが……」
四季はずれた眼鏡を直しながら呟く。駒井が声を上げる。
「三方向だけでなく、上からも魂丁納が! これじゃあ逃げられない! ……って泣き言言うと思った⁉」
駒井が両手を掲げる。四季が叫ぶ。
「さらに箱を発生させて相殺させるつもりです! 礼沢君!」
「ええ! 『放電』!」
亜門が魂旋刀を床に突き立てて、大量の電気を流すと、駒井は感電し、成す術なく、箱に挟まれてしまう。それでもわずかに箱を発生させて、押し潰されることは避けた。
「は、箱じゃなくて、ちゃんと魂丁納って言いなさいよ……」
そう言いながら、駒井はぐったりと倒れ込む。四季たち3人もその場に崩れ落ちる。
「す、すみません……咄嗟のことで電気の出力量を調節しきれませんでした……」
「や、止むを得ません……」
「ははっ、疲れた体に電流は堪えるな……」
亜門の謝罪に四季と志波田は揃って苦笑いを浮かべる。
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第12話(1)笑い虫
12
四季と亜門が部屋に入る直前に少し時は戻り、姫乃は一人呟く。
「駒井喜は魂丁納箱という魂道具を扱う、見た目とは裏腹のパワー系統……四季と礼沢という頭が切れる2人をぶつけるのは我ながら悪くない判断かもしれん……」
「部長、次は? 俺ならいつでもいけますよ!」
「その意気込みは大変結構。だが……次は左から二番目の部屋……朝日燦太郎と鬼龍瑠衣! 貴様らの出番だ!」
「よっしゃ! 待っていたぜ!」
「……ござる!」
燦太郎と瑠衣が勢いよく前に進み出る。
「燃えてきたぜ! 行くぜ! くのいちちゃん!」
「了解!」
「待て待て」
「ぐえっ!」
「うぐっ!」
部屋に飛び込もうとした2人の服の襟首を姫乃は杖で器用に引っかけて、引き寄せる。
「少し落ち着け……」
「げ、けほっ、じ、時間はそんなにないんでしょう?」
「だからと言って全く備えもなしに突っ込む馬鹿がいるか」
「備えですか?」
「そうだ、貴様らの突入する部屋には奴がいる……」
「奴……!」
瑠衣の顔色が変わる。姫乃が話を続ける。
「奴は……という魂道具を使う」
「そ、そんな魂道具があるんですか⁉」
脇で話を聞いていた超慈が驚く。姫乃が頷く。
「それがあるのだ……それで厄介なのが……を用いてきた時なのだが……」
「ああ、それならなんとかなるでござる」
姫乃の説明を聞いて、瑠衣が片手を挙げる。姫乃が目を細める。
「本当か?」
「……多分」
「いや、多分って」
「ここは慈英賀流を信じて欲しいし」
「それがいまいち信じられないのだが……まあいい、2人とも頼んだぞ」
姫乃は小声で呟いた後、2人を激励する。2人は力強く頷いて部屋に向かう。
「行くぞ!」
「はっ!」
「おらあっ!」
燦太郎が部屋のドアを蹴破る。部屋の奥から女性の声がする。
「……随分と乱暴な入室ですね。わたくし、別に逃げも隠れもしないというのに……」
紫がかった色のロングヘア―を優雅にかき上げながら女子生徒が椅子から立ち上がり、燦太郎と瑠衣に向かってゆっくりと歩み寄ってくる。瑠衣が呟く。
「生徒会副会長、『海藤胡蝶』さん……」
「あなた方がいらっしゃるとは……一週間前に痛い目を見たばかりというですのに」
海藤が不思議そうに首を傾げる。燦太郎が声を上げる。
「そんな昔の話は忘れたぜ!」
「なるほど、おバカさんなのですね」
「バ、バカだと⁉」
「先輩、ペースを乱されてはならないでござる!」
「あ、ああ、そうだったな」
瑠衣の言葉に燦太郎は落ち着きを取り戻す。瑠衣がさらに声をかける。
「先手必勝だし!」
「ああ!」
燦太郎が素早く動き、海藤に飛びかかる。海藤はいたずらっぽい笑みを浮かべて呟く。
「……あえてそちらの土俵に乗ってあげるのも一興かしら?」
「ゴチャゴチャ言っている場合じゃねえぞ!」
「ふっ!」
「なっ⁉」
飛びかかった燦太郎を嘲笑うかのように、海藤は燦太郎の上に舞う。
「それっ!」
「ぐはっ!」
海藤の繰り出した鋭い蹴りを喰らい、燦太郎は吹っ飛ぶ。
「蹴破ったドアのお返しです……むっ!」
「空中戦ならこちらが上手だニン!」
瑠衣が海藤のさらに上の天井すれすれの部分を舞い、魂白刀を振るう。
「むん!」
「なっ⁉」
瑠衣が驚く。海藤の頭に二本の太い角が生え、瑠衣の刀を受け止めたからである。
「……体重が軽いのは羨ましいことですが、こういった場合はデメリットしかないですね。渾身の一撃の割にはいまいち軽い……」
「くっ……なんて力だし⁉ まさかのパワー系キャラでござるか⁉」
「キャラがブレ気味の貴女にだけは言われたくは……ありません!」
「どはっ⁉」
海藤が首を思いきり横に振るい、瑠衣は壁に打ち付けられる。海藤が髪を撫でながら呟く。
「わたくしの魂道具は『
「し、知っていたつもりだが……この間、俺らの動きを防いだのはどういうからくりだ?」
燦太郎が立ち上がって問う。海藤が感心する。
「ほお、わたくしの『バッタキック』を喰らって、なおも動けるとは……なかなかタフですね……よろしい、なんとかの土産に種明かしをしてさしあげましょう」
「種明かし……⁉」
海藤の背中に若干黒ずんだ大きな羽が左右に生える。
「気付かぬうちにこれを吸っていたからですよ……『鱗粉』!」
「むぐっ⁉」
「……⁉」
海藤が背中の羽を思い切りはたためかせると、目でもはっきり確認できるほどの量の鱗粉が部屋中に舞う。反射的に口や鼻を抑える燦太郎たちだったが、間に合わず、床に崩れ落ちる。海藤が笑う。
「しびれ薬のような効果のある鱗粉をそれほど吸ってしまっては、しばらくはまともには動けないはずです……勝負はつきましたね。まあ、あの生意気な合魂部部長と合魂する前の良いウオーミングアップ程度にはなりました。お礼を言わせてもらいます……」
海藤は軽く一礼をすると、部屋の入り口に向かおうとする。燦太郎が腕を伸ばす。
「ま、待て……」
「待ちませんよ……⁉」
海藤が驚く。自らの脇腹に瑠衣が魂白刀を突き立ててきたからである。
「ま、まだ、終わってないし……」
「ば、馬鹿な! あの量の鱗粉を受けて、すぐには動けないはず!」
「慈英賀流にも虫を使う術はいくつかある。当然、その対処法も準備している……まさかここまで動けるようになるとは思わなかったが……」
「マイナー忍術もなかなか侮れないということですか……しかし、この渾身の一刺し……やはり軽いですね!」
「ぶっ!」
海藤が瑠衣を突き飛ばして宣言する。
「そういったヒット&アウェイの戦法ならわたくしも得意です!」
「そ、それは⁉」
海藤の口元が長く鋭い針になる。
「お手本を見せて差し上げましょう!」
「そうはさせん!」
「甘いです!」
「ちっ!」
瑠衣の攻撃を、羽をはためかせてかわし、一瞬で瑠衣の間合いに入り、針を突き立てる。
「『蝶のように舞い、蜂のように刺す』!」
「アリとボクシングスタイルで戦ったらあかんがね、かの燃える闘魂のようにマッドに寝転がらんと、あの世紀の一戦を思い出せ!」
「いや、アンタ、JKが『アリVS猪木戦』なんて知っているか!」
「がはっ!」
2人のやりとりから爆発が起こり、その爆風で海藤が体勢を崩す。燦太郎が戸惑う。
「合魂サークルの代表の水上日輪と副代表の深田奈々⁉ ど、どうしてここに⁉」
「あ~それはほら、あれだがね……」
「歯切れ悪いね、アンタ!」
「痛っ! 尻を叩いたらいかんがね、奈々……」
「……散々お世話になった会長への御恩返しがこういう形というわけですか?」
海藤が怒りを込めた目を水上に向ける。水上が慌てる。
「ふ、副会長! わしらにも色々な立場がありましてですね……」
「問答無用!」
「どえっ⁉」
海藤が部屋中に大量の蝶を発生させる。
「この子たちの鱗粉を一度に喰らったら、半日はまともに動けないはず!」
「くっ、どうすれば……!」
「ちょうちょ~ちょうちょ~菜の花なんかじゃなく、俺の筋肉にとまりな!」
「いや、脱いでかん!」
燦太郎の突拍子もないボケに水上が思わずツッコミを入れる。
「ちょう~さん、ちょう~さん、お羽が長いのよ~」
「そうよ、母さんも長いのよ~って、何を言わせるのよ!」
瑠衣の雑なボケに深田は無理矢理ノリツッコミをしてみる。すると……
「ぐはあっ!」
部屋中で爆発が起き、蝶たちが消失し、海藤が倒れ込む。深田が困惑する。
「こ、これは……⁉」
「予想外のカルテット漫才が思わぬ化学反応を起こしたんだがね!」
「な、ならば、今がチャンス!」
「い、いや、わしらも爆風の影響で結局鱗粉を吸ってしまったがね。しばらくは動けん……」
「そ、その通りでござる……」
水上と深田、燦太郎と瑠衣もその場に力なくへたり込むのであった。
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第12話(2)百発百中
燦太郎と瑠衣が部屋に飛び込む直前に少し時は戻り、姫乃はまたも一人で淡々と呟く。
「海藤胡蝶……下手に搦め手じみた手を用いるより、馬鹿……正直なあの2人の方が意外と突破口が開けるかもしれん……」
「部長、残る部屋は後一つですが?」
超慈が部屋のドアを指差しながら尋ねる。
「ああ、そうだな」
「いよいよ俺の出番ですね!」
「……残念ながら違う」
「ええっ⁉」
「そんなに驚くことじゃないだろう……桜花爛漫と外國仁! 一番左のあの部屋は貴様らに任せるぞ!」
「ほ~い」
「はい!」
爛漫と仁がそれぞれ返事をして前に進み出る。姫乃が告げる。
「分かっているとは思うが、最後の部屋には奴がいる……」
「ええ」
「奴ですか……」
「沈着冷静を絵に描いたような奴だが、こちらが付け入る隙は必ずやあるはずだ……そうだろう、爛漫?」
「もちろん、既に数十パターンは浮かんでいますよ」
爛漫が自らの頭を指でトントンと叩く。姫乃が目を細めながら尋ねる。
「……その内、成功確率がそれなりに高いパターンはいくつだ?」
「う~ん、二、三個ですかね?」
「いや、それ数十あるって言わないですから!」
爛漫の返答に仁が思わず声を上げる。姫乃が苦笑しながら頷く。
「まあ、ゼロでないというなら頼もしいと言っておこうか……奴がある意味一番厄介かもしれん。足止めをしてくれるだけでも大分助かる」
「いやいや、足止めどころか、息の根を止めてしまうかもしれませんよ? もちろんこの場合は魂力を吸い取るって意味ですが」
「それは大いに期待させてもらおう……行ってこい!」
「は~い」
「はい!」
爛漫と仁が返事をして部屋に向かう。超慈が尋ねる。
「一番厄介ってどういうことですか?」
「……後で余裕があったら説明してやる」
姫乃は爛漫たちの背中を見ながら呟く。
「そらっ!」
仁が勢いよく部屋のドアを開ける。部屋は整然としている。爛漫が笑う。
「イメージ通りの部屋だね~」
「先週一度倒した貴様らがやって来るとはな……懲りない連中だ」
おかっぱ頭の中性的な顔立ちをした男子が椅子からゆっくりと立ち上がり、爛漫たちの前に立ちはだかる。仁が呟く。
「生徒会書記、『小森鈴蘭』……」
「懲りないというか、諦めが悪いんだよね~」
「同じことだろう……」
爛漫が仁に囁く。
「外國君、こういうのはやっぱり先手必勝だよ……」
「ええ!」
仁が側転と前転を織り交ぜながら小森に迫る。爛漫が声を上げる。
「いいぞ! 近づいて魂棒で殴っちゃえ!」
「そうはさせるか……」
小森がすかさず迎撃の姿勢をとる。爛漫が右腕を床に刺して体を横に倒して回転し、体全体を使って大きな円を描く。
「『製図』!」
爛漫が描いた大きな円が穴となり、小森がそれに足をとられ、体勢を崩す。
「む!」
「今だ! 外國君!」
「よっし!」
上に飛びあがった仁が魂棒を振りかざす。
「これくらいで……舐められたものだな」
「うおっ⁉」
小森が倒れ込みながらも一本の弓矢を仁に鋭く撃ち込む。その矢を肩に受けた仁が顔を歪めつつ、落下する。爛漫が叫ぶ。
「外國君!」
「心配している場合か?」
「ぐっ⁉」
体を横に倒しつつ、小森が二の矢を爛漫に向かって撃ち込む。矢を腕に受けた爛漫は腕を抑えながらうずくまる。小森が素早く体勢を立て直して呟く。
「支点となる腕が使えなければ、魂波凄も使えまい……」
「くっ……矢の発射精度だけでなく、速度に関しても恐るべきものがあるね……」
「接近すればなんとかなると思ったか? それなりの対策はとってある」
小森がやや乱れた髪を整える。
「こ、これが『
「呑気に魂道具を分析するとはまだ余裕があるな……さっさととどめといくか」
「!」
「……喰らえ」
小森が弓を構え、爛漫に向かって矢を放つ。
「ぐうっ!」
「桜花先輩!」
左腕に矢を受けた爛漫が苦し気に呻く。小森が感心する。
「胸部を狙ったつもりだったが、咄嗟に身をよじったか。やるな……だが、次で終わりだ」
「!」
「先輩!」
小森が間髪入れずに矢を放つ。矢は鋭く爛漫に向かって飛ぶ。
「あんまり舐めないことだね!」
「なっ⁉」
爛漫が頭を地面に突き刺し、両足を素早く回転させて、矢を弾き飛ばしてみせる。
「試行段階だったけど……上手くいったかな?」
「ふ、ふざけた真似を! むっ⁉」
「おらあ!」
「ちっ!」
殴りかかった仁の攻撃を小森はすんでのところでかわす。
「かわした⁉」
「いちいち叫ぶからだ! いいだろう! まずは貴様からだ!」
「くっ⁉」
「もらった!」
「そうはさせないよ!」
「⁉」
小森は仁に向かって矢を放ち、その矢は正確に仁へ向かって飛ぶが、その間に乗り物が割って入り、矢を受け止めてみせる。
「間に合ったようだね……」
端正な顔立ちをした作業着姿の男性が笑顔を浮かべる。小森が苦々しい表情で尋ねる。
「……茂庭永久さん、これはどういうおつもりですか?」
「う、う~ん、なんと言えばいいか……」
「会長への反乱ということですね? では、そのように報告させていただきます」
「い、いや、それは困るな! 悪いけど、鈴蘭君はこの辺りで退場してもらうよ!」
茂庭が乗り物を小森に向かって突進させる。小森はため息をつきながら呟く。
「魂場隠ですか……焦って直進するのなら良い的です!」
小森が素早く矢を数本、魂場隠に向かって撃ち込む。魂場隠は動きを止め、操縦していた茂庭は宙に放りだされてしまい、床に叩きつけられる。
「うおっ⁉」
「……狙い通りです」
「く、駆動部分を正確に射抜いて無効化させたのか……なんという離れ業だ……」
「会長の手を煩わせるまでもありません……自分が始末させてもらいます!」
小森が再び矢を放つ。矢はうずくまる茂庭に向かって飛ぶ。
「魂場引!」
茂庭は腕を掲げて、黒い穴を生じさせる。強烈な吸引力をみせるが、矢を吸い取るわけではなく、明後日の方向を吸引したため、矢は茂庭の肩に当たる。小森が笑う。
「魂道具の発展形……てっきり矢を吸い込むのかと思いましたが、焦りが出ましたか?」
「いいや、これで良いんだよ……」
「⁉」
「『排出』!」
「なっ⁉」
茂庭が再び腕を掲げる。今度は小森の方向に腕は向いている。そこで生じた黒い穴から先ほど吸い込んだものが飛び出してくる。
「うおおっ!」
仁が魂棒を振りかざしながら小森に向かって突っ込む。
「さっき吸い込んだのは貴様か!」
「今度こそもらった!」
「ちぃ!」
「おりゃあ!」
「はっ!」
「ぐおっ!」
「ごはっ!」
仁の振るった魂棒が小森を思い切り殴りつけると同時に、小森の放った矢が仁の脇腹を貫いた。仁は思わずうずくまる。
「ぐっ! まだだ!」
仁が再び魂棒を振るうが、小森はなんとかそれをかわす。
「忌々しい連中だ! ここは一旦退く!」
小森は部屋から退却する。茂庭が苦笑する。
「あ~あ、会長にチクられちゃうな……」
「大丈夫……まだこちらにはあの人が残っている……」
爛漫がニヤリと笑う。
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第12話(3)煽ってみた
「各部屋で凄まじい魂力のぶつかり合い、魂破の高まりを感じますね……」
「それを感じられるだけ上等だ」
姫乃は四つの部屋には目もくれず、スタスタと廊下を先に進む。
「え、援護に向かわなくて良いんですか⁉」
「私が向かって必ず自体が好転するとは限らん。魂道具は相性もあるからな」
「そ、それはそうかもしれませんが……士気は間違いなく上がりますよ!」
「……それで必ず勝てるのか?」
姫乃は振り返り、厳しい視線を超慈に向ける。超慈が言いよどむ。
「い、いや、必ずかとか言われると、ちょっと……」
「悪いがそういう不確定要素にすがっている場合ではない」
「皆頑張っているんですよ⁉」
超慈の言葉に姫乃は再び前を向き、こう告げる。
「その頑張りに報いる為、私と貴様は奴の所へ一直線に向かうのだ」
「や、奴……?」
「この愛京大付属愛京高校を陰に陽に牛耳る、生徒会会長、『織田桐覇道』だ」
「ぎゅ、牛耳る……」
「そうだ、奴の出現によって、この学校の合魂道というものも大分変容した。奴の言い分もある。それも理解できる部分はある。しかし、私の合魂観とはどうも相容れない部分がある」
「相容れない……」
「そうだ。それ故に戦わなければならない」
姫乃は歩調を速める。後ろに続く超慈も慌ててペースを上げる。
「つまりそれ以外は目には入らないってことですね⁉」
「……目には入らんが、心で感じる」
「え?」
超慈が首を傾げる。
「優月、自身の神経を極限まで研ぎ澄ませ、己の五感をフルに回転させろ……そうすれば、自ずと分かってくるものがある」
「え……」
超慈は目を閉じてみる。姫乃は頷く。
「そうだ。どうだ? 何か感じないか?」
「! 合魂部皆の魂力や魂破をわずかにですが感じます! 反対に生徒会の魂力や魂破はどこか弱弱しく感じられる……」
「奴らは強敵の生徒会相手に優勢に合魂を進め、勝利に近い結果を得ているのだ!」
「おおっ! すげえぜ! 皆!」
超慈が思わずガッツポーズを取る。姫乃が小声で呟く。
「各勢力の造反が無ければ危なかったがな。生徒会、まさかここまでやるとは……」
「え?」
「いや、なんでもない……とにかく皆の奮闘に応えられるのは私と貴様だけだ!」
「うおおっ!」
「それでは先に急ぐぞ!」
「はい!」
姫乃は走り出し、超慈がそれに続く。四つの部屋を抜けた後、大きめの広間に出る。目の前には大きな階段がある。姫乃が呟く。
「……ここを上れば生徒会長室だ……」
「よし! 一気に駆け上がりましょう!」
「そうはさせねえよ……」
「⁉」
男の低い声が広間内に響く。姫乃が階段の上に目をやる。黒マントを翻した男が階段にふんぞり返るように座っている。
「『織田桐覇道』……!」
「ふん、まさかマジでここまでやって来るとはな。正直見くびっていたぜ」
「貴様の見積もりなど、どうでもいいことだ」
「まあ、そういうなよ。少し話をしようぜ」
「興味がない」
「俺様がある……お前さんの目的を単なる『下剋上』」だと見誤っていたぜ……」
「え?」
超慈が姫乃の方を見る。姫乃は表情を崩さない。織田桐は話を続ける。
「お前の真なる狙いはこの愛京高校のどこかに眠るという……強大な『合魂力』だな?」
「……」
「沈黙は肯定と受け取るぜ。だが残念だったな、そんなものはこのだだっ広い学園都市においてもついに見つけることが出来なかったぜ?」
「……探し方が悪い」
姫乃の言葉に織田桐は大笑いする。
「はっはっは! すると何か? お前さんがトップに立てば見つけられると?」
「……トップを目指すのはあくまで過程の一部に過ぎない。大事なのは結果だ」
「例えば、お互いに手を組んで、その結果をともに見るっていうのは駄目なのか?」
「それでは意味がない」
姫乃が頭を左右に振る。織田桐はハッとなって膝を打つ。
「そうか! そういうことか!」
「もう話は十分だろう……」
「そうだな、おい、鈴蘭」
「はっ!」
「⁉」
後方から小森鈴蘭が飛び出してきた。姫乃がその様子を見て諭すように告げる。
「大分魂力の消耗を感じるぞ。今の貴様では相手にならん……」
「それは自分が決めること! 喰らえ!」
小森が球を二球投げる。投じられたその二球は正確なコントロールでともに超慈の顔面に当たる。超慈がのけぞる。
「ぐはっ⁉」
「まだまだ行くぞ!」
今度はサッカーボールほどの大きさの球を発生させ、力強く蹴りこむ。この球はまたもや素晴らしいコントロールで超慈の鳩尾に当たる。
「ご、ごはっ……」
超慈はたまらず倒れ込む。姫乃が苦笑する。
「限界も近いはずなのに……流石は会長の懐刀というところか」
「あ、あいつの魂道具は弓ではありませんでしたっけ?」
「それは応用形兼発展形だな。今、奴が用いているのは基本形兼応用形の『
「つ、つまり、魂道具の応用形を二種類用いることが出来ると……?」
「そういうことだ、だから生徒会である意味一番厄介だと言ったのだ」
「も、もっと早く教えて欲しかったです……」
超慈がうずくまる。姫乃が声をかける。
「少し休め。後は私がやる」
「少しと言わず永遠に休め!」
小森が振りかぶり、七つの球を連続して投げる。姫乃がやや驚く。
「変化球か」
「『七色の変化球』だ! いかに貴様でも避け切れまい!」
「避けなければいい」
「なにっ⁉」
姫乃は超慈の傍らに転がっていた二つの球を拾い、おもむろに宙に投げる。
「ふん!」
「なっ⁉」
姫乃は杖で宙に舞った球を撞く。飛んだ球は別の球にぶつかり、その球を弾き飛ばし、小森の足に当たる。
「次は膝を狙う」
同じ要領で杖を器用に扱って球を次々と、まるでビリヤードでも楽しむかのように、弾き返してみせる。弾き返された球は小森の顔、胸、腹、両腕、両膝、両脚に正確に当たり、小森はその場に崩れ落ちてしまった。
「ば、馬鹿な……」
「弓矢でかかって来られた方が面倒だったかもな……もっとも魂力が限界なのだろう。これ以上無理をしない方が良い」
「こ、魂力を吸わないのか……?」
「それも一興だが、生憎貴様のボスがそれを許してくれそうにない」
小森が俯けに倒れたと同時に、織田桐が怒りの形相を浮かべながら立ち上がる。
「……よくも俺様のかわいいかわいい鈴蘭を痛めつけてくれたな……」
「かかって来たから返り討ちにしたまでだが……」
「んなことはどうでもいい! 灰冠姫乃! お前はいよいよ俺様を怒らせた!」
織田桐の叫び声で建物が揺れる。姫乃が小首を傾げる。
「?」
「なにがおかしい!」
「いや、まだ怒ってなかったのかと思ってな」
「~~⁉」
織田桐の顔が真っ赤に染まる。姫乃が身構えながら、足元の超慈を蹴る。
「おい、そろそろ起きろ」
「うえっ? あ、部長……そうか、俺は階段を挟んで会長と対峙していて……って、むっちゃくちゃ怒っている~⁉」
織田桐の表情を見て、超慈は慌てて跳ね起きる。姫乃が呆れ気味に呟く。
「もう少し静かに起きられないのか?」
「それは無理な相談ですよ……」
「なんでなのか良く分からんが、織田桐の奴が激オコ状態でな、私1人では流石に手が余りそうだ。援護を頼むぞ」
「……部長、何をやったんですか?」
「奴のお気に入りの小森をボコって、ちょっとばかり煽った」
「そりゃあ激オコ間違いなしですよ!」
「そうなるか」
「そうなります!」
織田桐が低い声で超慈に向かって告げる。
「優月超慈、お前にも借りを返さねえといけねえ……ここまで来てくれて良かったぜ」
「なんだ、貴様もなにかやったのか?」
「え? い、いや、それが……何のことやらさっぱり……」
「~~‼ 揃って人のことを舐めくさりやがって! てめえらは潰す!」
「!」
「なっ⁉」
姫乃たちに襲いかかろうとした織田桐だったが、何者かの狙撃を喰らい派手に倒れる。
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第12話(4)燃えよ合魂部
「だ、誰だ⁉」
超慈が見ると、自身の魂道具である魂天堕を構える、夜明永遠の姿があった。姫乃が笑う。
「これ以上ない良いタイミングだ……」
「……」
「あ~」
「⁉」
「なっ⁉」
倒れていた織田桐がむくっと起き上がる。夜明が舌打ちする。
「ちっ……」
「お~誰かと思えば夜明か、強い魂力を感じたからな、ギリギリでガードして助かったぜ」
「くっ、なんという反射神経……」
「よ、夜明さんの手引きで各勢力の代表がこぞって反旗を翻しました……」
倒れていた小森が苦しそうに呟く。織田桐が尋ねる。
「マジか、鈴蘭」
「は、はい……」
「ふ~ん、確かに各部屋からよく覚えのある魂力や魂破を感じたから妙だとは思ったんだが……なるほど、そういうわけだったのか……」
織田桐が顎髭をさすりながら呟く。姫乃が問いかける。
「あまり動揺していないな?」
「まあ、この立場でこういう気性だ、裏切られるのには慣れている……」
「嫌な慣れだな……」
「一応聞いておいてやるか……夜明、何故俺様に対して銃を向ける?」
夜明は一呼吸置いてから答える。
「多少自覚はされているようですが、会長の苛烈なやり方に反感を持ったり、強引に事を進める姿勢を危険視する向きが増えてきています。取り返しのつかない事態になる前に誰かが止めなければならない……そう思ったからです」
「こいつら合魂部の起こした騒ぎに乗じてか?」
「利用出来るものはなんでも利用します」
「ふふふ……やっぱりお前は優秀だよ。だが、反旗を翻したのであれば……それ相応のお仕置きをしなくちゃなあ!」
「!」
織田桐の急激な魂波の高まりを感じ、夜明は素早く銃を構えて、発砲しようとする。
「遅えよ!」
「がはっ!」
織田桐が腕を振るうと、夜明はあっけなく吹っ飛ばされてしまう。超慈が驚く。
「な、なんだ⁉」
「ぐっ……」
「ふん……」
夜明を見下ろす織田桐の右腕には長い刀のようなものが握られている。
「あ、あれは……刀?」
「そうだ、あれが織田桐覇道の魂道具、『
「リーチが長い上に硬くて、一撃が重くしかもデカい……あんなものを軽々と振り回すなんて、凄い力だ……」
姫乃の言葉を聞き、超慈が息を呑む。姫乃は笑みを浮かべながら織田桐に語りかける。
「その圧倒的な膂力を信頼していたはずの味方に向けなければいけないとは悲しいな」
「そういう煽りはもう無駄だぜ……」
「何?」
「俺様は己が名の通り、常に覇道を突き進んできた……そんな俺様についていけない奴らは大勢いた……いちいち嘆いている暇なんてねえ」
「なるほどな……」
「そして……」
「そして?」
「俺様の行く手を阻もうとする奴らもそれこそ沢山いた……そんな奴らを俺様はことごとく叩き潰してきた……てめえらもまた叩き潰すまでだ!」
織田桐が刀を姫乃たちに向ける。姫乃が苦笑する。
「奴さん、気合十分だな」
「部長が変なこと言うからじゃないですか⁉」
「煽ってみた結果、悪い方に出てしまったな」
「余裕をかましている場合じゃないですよ!」
「おらあ!」
「ちっ! ぐぅ……うおあっ!」
織田桐が振るった刀を前に進み出た超慈が受け止めるが、勢いを完全に殺しきれず、たまらず吹き飛ばされ、背後にいた姫乃とともに派手に吹っ飛ばされてしまう。
「反応はなかなかだな……しかし、その程度の力で俺を止められると思うなよ!」
「くっ……」
「貴様、よくあの刀にヒビを入れたな……どうやったのだ?」
「分かりません、無我夢中でしたから……」
「火事場のなんとやらというやつか。そいつは再現を期待するのは無理な相談かな……」
体勢を立て直した姫乃は腕を組んで頭を捻る。織田桐が叫ぶ。
「まぐれは二度もねえ! 今度こそ叩き潰す!」
「く、来る!」
「……遠い夜空にこだまする♪ 魂の叫びに呼応して♪」
「はっ⁉」
姫乃が唐突に歌い出し、超慈が困惑する。
「愛京高校に詰めかけた我らをじんとしびれさす♪」
「な、何を歌っているんですか、部長⁉」
「1番朝日が蹴り飛ばし♪」
「うおりゃあ!」
脇から飛び出してきた燦太郎が俊足を飛ばし、織田桐に飛び蹴りを喰らわせる。
「2番鬼龍がかき回す♪」
「『分身斬り』!」
魂白刀の鏡を利用して数体に分身した瑠衣が織田桐に一斉に斬りかかる。
「3番中運天が舞い踊り♪」
「『常識を超える』!」
クリスティーナが常識に囚われない前衛的なダンスを披露し、織田桐の動きを止める。
「4番礼沢放電だ♪」
「『放電』!」
亜門が魂旋刀を地面に突き立て、織田桐に向かって大量の電気を流し込む。
「5番外國宙を飛び♪」
「そらあ!」
仁が身軽な動きで間合いを詰め、二本の魂棒で織田桐に思い切り殴りつける。
「6番釘井が畳みかけ♪」
「『魂蒻』! 『糸魂蒻』! 『玉魂蒻』!」
ステラが3種の魂蒻を織田桐に向かって立て続けに叩きつける。
「7番桜花が円を描き♪」
「『製図』!」
爛漫が頭を地面に突き立て、両足を高速で回転させ、織田桐を蹴りつける。
「8番竹村不思議呼ぶ♪」
「今は昔、摂津国……」
四季が魂昔物語集を読み上げると、巨大な建物が出現し、織田桐を圧迫する。
「ぐはあっ!」
続けざまの連続攻撃を喰らい、織田桐が苦悶の表情を浮かべる。超慈が叫ぶ。
「き、効いている! っていうか皆、生徒会の幹部たちを退けたのか!」
「メンバー一の単細胞、優月超慈が場を荒らす♪」
「ひ、酷い言われよう⁉ と、とにかくチャンスだ! 喰らえ!」
超慈が二本の魂択刀で斬りかかる。
「そして最後は美人部長、灰冠姫乃が勝ち掴む♪」
「じ、自分で美人って言った⁉」
「喰らえ!」
姫乃が魂杖から仕込んでいた刀を出し、織田桐を切り裂く。織田桐がうめき声を上げる。
「うぐうっ⁉」
「いいぞ、頑張れ合魂部♪ 燃えろ合魂部♪」
「ど、どっかで聞いたことのあるメロディー⁉」
「細かいことは気にするな……さて、10人の連続攻撃、さすがに堪えたようだな?」
「くそが……」
「大分足元がふらついているな……先ほどの夜明の狙撃を防いだコンクリートのシールドを張るのも間に合わなかったと見える」
「ふん、俺様のことをなかなか調べ上げているようじゃねえか……」
「当然だ。何の対策も無しに貴様を相手にまわすほど愚かではない」
苦しそうな声で呟く織田桐に対し、姫乃は笑みを浮かべて答える。
「だが……調べが足りなかったようだな?」
「なんだと?」
「奥の手は隠しておくもんだぜ……! 喰らえ、『コンクリートジャングル』‼」
「⁉」
「ぐああっ⁉」
織田桐が両手を広げると、彼の周囲の床からコンクリート群が急に生え、まわりにいた合魂部のメンバーたちを一斉に吹き飛ばしてしまう。姫乃が戸惑う。
「こ、これは……⁉」
「コンクリートの建物を林立させることによって、お前らは容易に手出し出来ない。だが、こちらからは……!」
「ぐおっ⁉」
コンクリート群の一つが倒れ、姫乃を襲う。姫乃はなんとかかわそうとするが、肩に当たってしまう。姫乃は痛みに顔を歪める。織田桐が笑う。
「この無数のコンクリート群を俺様は自分の手足のように扱える! 攻防一体となった戦い方だ! お前らに勝ち目はねえ!」
「くっ……」
「どんどん行くぜ! おらあ!」
「なっ⁉」
織田桐が複数のコンクリートの建物を振り回す。合魂部のメンバーたちは成す術もなく、その攻撃を喰らってしまい、みんなが倒れ込んでしまう。超慈が声を上げる。
「みんな! くそ! 一気に形勢逆転かよ!」
「優月!」
「部長! 何か策はないですか⁉」
「……推測に近いが、無いことはない!」
「ええっ⁉」
「いいか? よく思い出せ。魂択刀とは『魂を選択する』刀だ……」
「! それって……どういうことですか?」
超慈の間の抜けた返答に姫乃はずっこけそうになるが、すぐに体勢を立て直す。
「相手の魂の中心、いわゆるコアの部分を見極めることが出来る魂道具だ」
「そういえばそうでしたね……」
「コアの部分に貴様の全魂力を注ぎ込めば、奴を沈黙させることも可能な……はずだ」
「は、はずだって……」
「満足に動けるものがもはや私と貴様くらいしか残っていない」
超慈が周囲を見回すと全員が倒れて動けないでいる。
「た、確かに……」
「私が織田桐の注意を引く。あとはこう……なんとか上手いことやってくれ」
「さ、最後が雑⁉」
「とにかく頼んだぞ!」
姫乃が走り出す。織田桐が叫ぶ。
「まだ動けるか!」
「喰らえ!」
姫乃が魂杖に仕込んでいた銃を何発か発砲するが、コンクリートの壁に弾き返される。
「ふん! 無駄な足掻きを!」
「……ちぃっ!」
「くっ、どうする⁉ このままじゃ部長が! この間はどうやったんだっけ⁉」
「くたばれ! 灰冠!」
「そうだ! 確かこうやって……」
超慈が片目をつむると、その瞬間、コンクリート群に囲まれた中から一部分が光ったように見えた。織田桐は姫乃に気を取られている。
「終わりだ!」
「ええい! ままよ!」
「なにっ⁉」
織田桐の振り下ろしたいくつかのコンクリートを利用して、大きく飛び上がった超慈の振るった刀が織田桐の体の光った部分を突く。超慈は無我夢中で叫ぶ。
「お、『お持ち還り』だ!」
「……! ば、馬鹿な……」
織田桐は倒れこみ、コンクリート群も消失する。超慈が恐る恐るのぞき込み、呟く。
「や、やったのか……? な、なんか気が抜けちまった……」
超慈は気を失ってその場に倒れ込む。
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第13話 合魂は終わらない
13
「織田桐さんの魂力を完全には吸い取れなかったんですか……」
医務室のベッドの上で超慈はうつむく。ベッドの脇で姫乃が申し訳なさそうに答える。
「ああ、私も正直限界に近かったからな、それに奴の魂力の量は桁外れに多かった……いわゆるキャパオーバーだ。すまん、せっかくとどめの一撃を放ってもらったというのに……」
姫乃は頭を下げる。超慈は手を振る。
「い、いえ、それは良いんですが……つまり、生徒会との争いは今後も継続ですか?」
「そこは四季と海藤を中心に話し合いが行われ、我々の勝ちということで話は収まった」
「そ、それで向こうは納得したんですか?」
「一応な、織田桐はあれで意外と割り切りの良いタイプだからな。書記の小森や会計の駒井は完全に納得したわけではないようだが……体勢の立て直しの方が急務だろう。こちらにちょっかいを出してくる心配はさほどしなくても良い」
「体勢の立て直しですか?」
超慈が首を傾げる。姫乃が淡々と説明する。
「元の傘下であった各勢力との縄張り争いだ。合魂倶楽部の喜多川、合魂同好会の茂庭、合魂団の志波田などは元鞘に戻る意向を示しているようだが、合魂愛好会の夜明はそういうわけにもいかないようだ。合魂サークルの水上も独自の動きを見せている。まだまだしばらくは揉めそうだな、気の毒なことだ……」
「部長がそうするように仕向けたんじゃないですか?」
「楔は打っておくに限る。今後の為にもな……」
超慈の指摘に姫乃は意地の悪い笑みを浮かべる。
「今後の為にも……そういえば、この学校のどこかに眠るという……強大な『合魂力』とやらは見つけることが出来たんですか? それがいわゆる『合魂の向こう側』ですよね?」
「ほう、案外鋭いな……残念ながら見つけられなかった。魂力の量が足りなかったようだ」
「魂力の量……『合導魂波』、通称『合魂』とはお互いの魂を合わせ、魂から生じる波動を導く……その波動が導かれる先にたどり着くにはまだまだ不足だったということですね?」
「どうしてなかなか冴えているな……どこか頭を打ったのか? まあ、それは冗談だとして……大体貴様の言う通りだ。織田桐と魂をぶつけ合うことによって、それが叶うと思ったのだが……もっと沢山の魂力を集めないといけないようだ……この学園都市全体から、いや、この県全体から……いいや、この国全体からだな」
「え? お、おっしゃっている意味が分からないんですが……」
姫乃の物言いに超慈が首を捻る。姫乃が立ち上がって高らかに告げる。
「全国には未知なる魂力の持ち主が大勢いる。合魂部はこの愛知の地から合魂の天下を獲りに行くぞ! いいな、超慈‼」
「ええっ⁉ ますます俺の思っていた合コンと違う!」
~第1章 完~
(2022/10/16現在)
これで第1章終了になります。第2章以降も鋭意構想中です。更新再開の際はよろしくお願いします。
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第2章
第14話 合魂部部員紹介
14
「え~
もじゃもじゃとした頭に眼鏡をかけた少年がカメラに向かって呟く。
「一人で何を撮ってんだよ、超慈?」
茶髪で坊主頭の少年が声をかける。超慈と呼ばれた少年がカメラをそちらに向ける。
「え~彼が
「いや、こっちを撮るなよ。どうせならかわいい娘を撮れ」
仁がカメラを近くに座っていた金髪ギャルに向ける。ギャルが戸惑う。
「か、かわいい⁉ 満更でもないでござる! じゃなくて、何を撮っているでござるか!」
「……口調からして忍びきれていない――本人は忍べていると思っているそうです――彼女は
「『
「ああそれ、まあ、基本仲間想いの良い子です」
瑠衣が声を上げる。超慈はそれに頷きながら端正な顔立ちをした長身のマッシュルームカットの男子にカメラを向ける。
「え~こいつが
「……勝手に撮るな」
「どうしてなかなか……いけ好かない奴です」
「俺だけ悪口だな……!」
超慈は離れたテーブルの方にカメラを向ける。
「続きまして、二年生の皆さんです……」
「……」
「読書をされているのが、
「頭の悪い紹介ですね……何を撮っているのですか? まあ、大方想像はつきますが……」
眼鏡をかけた小柄な女子がショートボブの白髪をかき上げながら呟く。
「お次は
「……ウチを褒めてもらうのは良いけどさ、なんなの?」
赤茶色のミディアムボブの髪型で作業着姿の女子が気だるそうにカメラを見つめる。
「続いては、体育科の
「はははっ! 撮るか、俺の鍛え抜かれた肉体を!」
明るい髪色で短髪の男子がジャージとハーフパンツを脱ごうとする。
「あ、脱がないで下さい。次は
「なんだかよく分かんないけど、イエ~イ♪」
長めのドレッドヘアーをなびかせた褐色の女子がカメラに笑顔を向ける。大胆に着崩している制服から、豊かなスタイルが窺えるが、超慈はそれを極力映さないようにする。
「最後は
「ざっくりとした紹介だね。まあ、別にいいけど……」
やや小柄な体格の中性的な男子生徒が苦笑する。ルックスはかなり整っているが、制服の上に着たダボダボな白衣と、桜色という派手な髪がボサボサなことが台無しにしている。
「……とりあえずは以上です」
「なにが以上なんだよ?」
仁が問う。超慈が首を傾げながら答える。
「俺も分かんねえけど、部長が記録用に撮っておけってさ……」
「部長が? 記録ってなんだよ?」
「さあ?」
「今後の『
紅髪のストレートヘアーで右目を隠した凛としたスレンダー美人が超慈と仁の背中から突然声をかける。超慈たちが驚く。
「うわっ⁉ い、いつの間に……ちょ、超慈、撮れよ」
「あ、ああ……三年生でこの合魂部部長、
「ひどい紹介だな……活動記録だけじゃなく、普段の訓練なども記録出来るだろう?」
姫乃が持っていた杖で向けられたカメラを軽くトントンと叩く。
「普段の訓練……一応改めてお聞きしますが、合魂とはなんですか?」
「ああ、お互いの魂を合わせ……魂から生じる波動を導く! これこそが『
「うん、やっぱり俺の知らない合コンですね……」
「我々はこの愛知から、天下を獲りに行くぞ!」
「ますますもって分からない……」
杖を高々と掲げる姫乃にカメラを向けながら超慈は戸惑いを口にする。
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