BEASTLORD (タマヤ与太郎)
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聖王国編
1:世界の終わりは花火を見ながら


なんだかんだで買ってなかった書籍版聖王国編以降と4期を見てたらむらむらと書きたい気持ちが湧いてきたので描いてみました。お楽しみいただければ幸いです。


YGGDRASIL(ユグドラシル)。12年前に発売された体感型ゲームで、

一時はDMMORPGと言えばこれ、と言われるほどの人気を誇った名作である。

 

だが、始まりがあれば終わりがあるもの。

12年の長きに渡り愛されてきたこのゲームも、ついに終わりの時が訪れる。

終わりだからこそと羽目を外すもの、終わりだとしてもいつも通りに過ごすもの、

個々人が自分なりに世界の終わりを楽しんでいた。

 

そしてそれはここ、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の本拠、

ナザリック地下大墳墓でも同じであった。

 

「えー、それでは僭越ながら、ギルド長である私自ら音頭を取らせていただきます。乾杯!」

 

「「「乾杯!」」」

 

中央に黒曜石の輝きを放つ巨大な円卓が鎮座した部屋に、数名の声がこだまする。

円卓には41の席があったが、人影があったのはわずかに4つ。

そこに座っている4名は、いずれも人間ではなかった。

 

「いやー、まさか4人全員揃うとは。メール送って見るものですね!」

 

1人は、大仰な装飾の施された豪奢なアカデミックガウンを纏う、むき出しの骸骨。

ギルド長、死の支配者(オーバーロード)、モモンガ。

 

「まー、最期ですからね。どうにか今日明日ぐらいは休み取りましたよ」

 

また1人は、コールタールを思わせる黒色の粘体。

ギルドメンバー、古き漆黒の粘体(エルダー・ブラックウーズ)、ヘロヘロ。

 

「最近はログインしても狩りばっかりとかだったからね……せめて今日ぐらいは、ね」

 

もう1人は、巨大な両腕を持つ、この中でもひときわ醜い巨体。

ギルドメンバー、半魔巨人(ネフィリム)、やまいこ。

 

「色々不義理かましちまって申し開きのしようもねえけど……

 今日は派手にやろうぜ! こんなこともあろうかと、外に花火仕掛けまくってきたんだ!

 おかげで素寒貧だけどな」

 

そして、最後の1人。笠を被った、和装のカワウソのような外見をした人物。

ギルドメンバー、妖怪変化(アヤカシ)、獣王メコン川。

 

「はは、メコン川さんは相変わらずですね。そういえば、何か渡すものがあるとか?

 何かまでは聞いてませんでしたけど……」

 

『?』のアイコンを浮かべたモモンガに話を振られ、

合わせるように『!』のアイコンを浮かべるメコン川。

アイテムボックスに手を突っ込み、取り出したのは……ハンドボール大の種。

それを見た3人の雰囲気が変わる。

 

「こ、これ……世界樹の種!? メコンさんこれどうしたの!?」

 

詰め寄るやまいこ。この種は、ただのアイテムではない。

ワールドアイテム。ユグドラシルに存在する全アイテムの中でも頂点に位置する、

200個のアイテムの中の1つ。

通常種族変更不可能な、モモンガの様なアンデッドの種族すら変えることを可能とするものだ。

 

「何、別のギルドの知り合いにさ、最期だから、って譲ってもらったんだよ。

 これ1つで今までの不義理を許してほしいとは思わねえが……ケジメはつけなきゃな」

 

ニヤリ、と不敵な笑顔のアイコンを出すメコン川に、モモンガは世界樹の種を恐る恐る受け取り、

己のアイテムボックスへと収納する。

 

「ここまでしてもらわなくても大丈夫ですよ、メコン川さん。

 でもお気持ちはありがたく受け取っておきましょう。

 さて、これからどうしましょうか? サービス終了までは……

 まだ1時間ほどありますね」

 

「あ、なら私はメイドたちを見ておきたいですね。ソリュシャン達と会えるのもこれが最後ですし」

 

「ボクもユリやペストーニャ達を見て置きたいな。メコンさんは?」

 

ヘロヘロとやまいこが己や友人達の作ったNPC達との別れを惜しもうとし、

問われたメコン川は少し考え込み、口を開く。

 

「俺もルプスレギナを見ておきてえな……モモンガさんはどうする?

 パンドラズ・アクターは宝物庫だろ?」

 

「うぐっ……いや、私はいいですよ。正直あいつは黒歴史ですけど……

 あそこに押し込めた私が今更会いに行くのも、虫が良すぎる話じゃないですか」

 

「まあ、それならそれで構わんけどな。気持ちはわからんでもないし……

 そんじゃ、10分前くらいに入り口近辺に集合って事でどうだ?

 各々のNPCも連れてさ。折角だ、NPC達にも花火を見てもらおうじゃねえか」

 

メコン川のその言葉に残った三人も賛成の意を示し、

ユグドラシルの終焉に向け、ナザリックのあちこちに散っていった。

 

 

 

そして、世界(ユグドラシル)が終わるまであと10分。

 

「よーし! みんな準備と配置はいいな! 上げるぜ!」

 

ナザリックを覆う6mほどの壁の上に登り、メコン川が声を上げる。

その隣にはどうやってここまで連れて来たのか、褐色肌、

赤い長髪を三つ編みにしたメイドが立っていた。メコン川の創造したNPC、

ナザリックの最終防衛ラインともいえる(設定の)戦闘メイドチーム、

プレアデスの一人、ルプスレギナ・ベータだ。

 

「OKですよメコン川さん!」

 

「こっちも大丈夫です!」

 

「あ、待って待って……うん間に合った!」

 

眼下を見ればモモンガ・ヘロヘロとやまいこの3人に加え、

黒いドレスを着た色白の少女、第1~第3階層守護者シャルティア。

氷を削りだしたような甲殻を持つ蟲人、第5層守護者コキュートス。

オッドアイに金髪の双子のダークエルフ、第6層守護者アウラとマーレ。

浅黒い肌にスーツを纏った知的な男性、第7層守護者デミウルゴス。

全10層に及ぶナザリックの各階層を守る階層守護者たち。

そしてモモンガの左右を挟むように、黒髪に白いドレスの美女、

黄色い軍服にマント、埴輪のような顔をした人物。

守護者統括・アルベドと、宝物殿領域守護者、パンドラズ・アクターだ。

ヘロヘロの隣には、彼の創造したNPC、

ルプスレギナと同じプレアデスのソリュシャン・イプシロンがいる。

 

「あれ、なんだよモモンガさん、結局パンドラズ・アクター連れて来たのか」

 

「やまいこさんに怒られまして……確かに最後ですもんね、

 自分の息子ともいえるこいつを宝物殿に置き去りなんて、可哀想だ」

 

「……そうだな」

 

ちらりとメコン川がやまいこを見れば、

サムズアップのエモーションを出しながらやまいこがこちらを見上げる。

周りにはやまいこの作ったNPC、黒髪を夜会巻きにした眼鏡の女性、ユリ・アルファと、

メイド服を着た獣人といった雰囲気のNPC、ペストーニャ。

そしてナザリック大墳墓執事、セバス・チャンと、ソリュシャン・ルプスレギナ・ユリを除く

プレアデス全員が立っていた。

やまいこが「待って」と言ってたのはこの大人数を連れて移動していたからだろう。

 

「やまいこさんはやまいこさんで大勢引き連れてんなぁ……」

 

「ほんとだったら全員連れてきたかったけどね、これでも絞ったんだよ?」

 

「まあ、気持ちは分かりますよやまいこさん。私だって本当なら、

 ソリュシャン以外の担当メイドたち全員連れてきたかったですよ!」

 

両手を上げてふるふると体を震わせながら(両拳を天に突き上げているらしい)いうヘロヘロ。

和気藹々とした様子を見て苦笑すると、メコン川は「行くぜ!」と一声上げ、

花火に点火するボタンを押した。

 

 

 

 

ナザリックを覆うように、光が昇り、華咲き、散っていく。

無数に上がるそれらを見上げながら、メコン川はこれまでを振り返っていた。

アインズ・ウール・ゴウンの前身であるクラン、ナインズ・オウンゴールに加わった時。

徐々に増えていくメンバーと、馬鹿をやりながらもユグドラシルを走り回った日々。

ナザリックを攻略して手に入れ、顔を突き合わせてあれこれと語り合った事。

夢のような日々だった。リアルの事情で長らくログインできなかったり、

ログイン時間が取れず、狩りの手伝いしかできなかったことは、本当に申し訳ないと思っている。

ワールドアイテム1つで許されるとは思っていない。

本当なら、『世界樹の種』ではなく『支えし神(アトラス)』を取り返したかった。

だが、そう長い時間プレイすることができない現在、あれを奪還することは不可能だ。

最後にこうして今在籍する全員が揃ったことだけでも、奇跡のような確率だろう。

だがそれも、もうすぐ終わる。

 

「楽しかったよなぁ……集まって、騒いで、馬鹿やって。

 後悔も、未練も、山ほどあるけどさ、俺、アインズ・ウール・ゴウンに……

 いや、ナインズ・オウンゴールに入って、本当に良かったよ。

 それだけは、胸を張って言えるよ、モモンガさん」

 

「そうですね……私も、そう思います。

 あの時、ただのスケルトン・メイジだった頃にたっちさんと出会えて、本当に良かった。

 ……そうだ、最期に魔王ロールで行きたいんですが、構いませんか?」

 

おう、ええ、OKと、三者三様の言葉を受け、モモンガは一つ咳ばらいをすると、口を開く。

 

「この場に集いし、アインズ・ウール・ゴウンの強者たちよ!

 此度は世界最後の宴に集ってくれて、私は嬉しく思う!

 世界は終わる。それは私にすら変えられぬ宿命だ。だが、それでも終わらぬものもある!

 我が友ヘロヘロ、やまいこ、獣王メコン川。そして去っていった、

 37人の友たちよ! 我らの友情は永遠である!

 シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレ、デミウルゴス、アルベド、セバス。

 ペストーニャにプレアデス達。お前たちの絶対なる忠誠に、心よりの感謝を!

 そして最後に、我が息子にも等しき宝物殿守護者、パンドラズ・アクター。

 今まで、宝物殿に押し込めて済まなかった。これからは自由に生きよ!

 お前の望むまま、思うままに! それが、せめてもの罪滅ぼしである!」

 

そして、モモンガは「飛行」でふわりと浮き上がり、どんどんと高みへと昇ってゆく。

その手の中には7匹の黄金の蛇が絡み合い、

それぞれの蛇の口に宝玉が咥えられたデザインのスタッフ。

アインズ・ウール・ゴウンの象徴ともいえるギルド武器、

スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンだ。

それを掲げ、モモンガは、そして残る3人のギルメン達は声も高らかに叫ぶ。

 

「「「「アインズ・ウール・ゴウンに、栄光あれ!」」」」

 

そして、世界は終わる。

 

 

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

「……お?」

 

メコン川は、自分がふと砂浜に立っているのに気づく。

ナザリックの壁の上ではなく、日光に照らされた砂浜の上に。

ユグドラシルは終わったのではなかったか? 他の皆はどこに?

慌てていつの間にか切れていた通話回線を開こうとして――――――

 

「……コンソールが開かねえ?」

 

コンソールを用いないシステムも試してみたが、全く反応がない。

何かのエラーで呼び出せないのではない。まるで最初から存在しなかったようだ。

 

「そうだ、時間! ……嘘だろ!?」

 

アイテムボックスから取り出した時計を見れば、0時はとうに回っていた。

無情にも時刻を刻んでいく時計を呆然と眺めながら、メコン川は思案する。

 

(……何らかの罠? ありえねえ、表層とはいえナザリックだぜ?

 ユグドラシル2? 都市伝説がマジだった? いや、これもねえ。

 それにこの全身で感じる太陽の光、目に突き刺さる日光。

 ユグドラシルだったらありえねえ……どういうことだ?)

 

そこまで考えて、自分の横に気配がある事にようやく気付く。

反射的に飛び退いて警戒態勢を取り……メコン川は硬直した。

それは赤い三つ編みに金の瞳、黒い帽子にメイド服を着た女性。

 

「ルプスレギナ……か?」

 

そう、そこにいたのは、自分の作ったNPC、ルプスレギナ・ベータ。

 

「は、はいっす。どうなされました、獣王メコン川様……?」

 

主人に警戒態勢を取られたからなのか、やや怯えを含んだ表情で、

そう、ユグドラシルでは決してあり得なかった感情を宿した目で、

ルプスレギナは返答を返してきた。

 

 




そんなわけで1話。できる限り続けていきたいとは思うので、よろしくお付き合いください。
メコン川さんの外見に関しては「公式的には獅子の獣人みたいな外見なんだろうな……」と思っているので奇をてらいたかったのと、
獣王→動物系+メコン川→川→カワウソ→そういえばかわうそって妖怪いたよね、という連想から。異論は受け付けますが変更はしません。


※今回の主な独自設定・解釈※
メコン川さんの外見・言動
世界樹の種の外見
ナザリックの範囲内とはいえ墳墓の外にNPCを動かせるのか?という点
(今回はナザリックの敷地内という判定なら動かせはする、という解釈)


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2:なんだかんだで馴染みまして

続けて2話目も。書き溜めてるのはここまでなので後は大体ノープランです。


 

「おーう、帰ったぞー!」

 

「お帰りなさいっす、メコン川様!」

 

メコン川が家に帰りドアを開ければ、いつもの帽子をかぶり、

町娘のような恰好をしたルプスレギナが迎える。

 

「様はいらねえって……まあ、進歩した方か」

 

あれから、数年の時が経っていた。あの後メコン川達は砂浜近辺で数日サバイバル生活を送り、

ローブル聖王国という国の近郊、人魚(マーマン)と呼ばれる亜人の集落の近くに小屋を立て、

ひとまずの住処を手に入れていた。

そこで出会った魚人の仲介で、現在は漁師として生計を立てている。

 

「今日は大物が取れていい値段で売れたからな、奮発して香辛料を買ってきたわ。

 それに肉も多めにな! ラン・ツーのダンナさまさまだぜ。これで晩飯頼まぁ」

 

「了解っす! 肉たっぷりシチューにするっすよ!」

 

ルプスレギナはテーブルの上に置かれた食材を慣れた手つきで取り分け、

キッチンへと持っていく。その様子を感慨深げに眺めながら、

メコン川はあの突然の転移からの数年を振り返る。

 

突然どことも知れぬ場所に送られ、コンソールも開けず、隣には人間のような感情を得て、

自分が設定した通りの言動で自分を敬うルプスレギナ。

自分の体はユグドラシルでの『獣王メコン川』そのものとなり、

魔法やスキルも問題なく使えている。

そこからしばらくして出した結論は、「ここはユグドラシルではない」だった。

原理も原因も不明ではあるが、ここは自分が存在していたリアルでも、

ユグドラシルのどこかでもない、全くの異世界なのだと。

 

まず理由として、五感が明確に認識できること。

ユグドラシルにおいては味覚と嗅覚が存在せず、触覚すら部分的に制限されている。

電脳法で決められている事を破るほど、あの運営に勇気はないだろう。

 

次に、自分やルプスレギナなどの表情が滑らかに、かつ多彩に変化すること。

会話に合わせた滑らかな表情変化などは、ユグドラシルが終焉を迎える現在ですら

技術的に不可能とされており、メコン川の知るかぎりには存在しない。

 

また、ユグドラシルなどを利用するにあたり必須のニューロン・ナノ・インターフェイス。

これは定期的にナノマシーンを体内に注入する必要があり、

脳内ナノマシーンの量が一定を下回ると警告、あるいは強制ログアウトなどの措置がなされる。

これは人里に着くまでの数日間警告すら出なかったし、

何より数日間ログインしたまま飲まず食わずでいれば、リアルの肉体が餓死するだろう。

 

そして最後に、ユグドラシルにおいては18禁行為は厳禁。

15禁行為ですら禁止とされることもあり、

その場合垢バンなどの措置が取られ、名前の公表すらされてしまうのだ。

しかし(どのように確認したかは伏すが)、一向にその気配もない。

そもそも、自分の趣味と性癖を詰め込んだ設定の通りにAIを組み、

まるで人間の様な受け答えをさせるなど、リアルの技術でも難しいだろう。

 

ここがリアルでもユグドラシルでもない、と分かってから(諦めがついたから、ともいう)、

メコン川が戻る手段を模索しようとしたか、といえば、それはなかった。

何故なら――――――

 

(メシがな……美味いんだよなぁ。空気も澄んで、マスクもいらねえ。

 上ばっか見て生きてたリアルでの暮らしに比べりゃ、天と地だ)

 

かつてメコン川が、そしてユグドラシルのプレイヤー達が住んでいた『リアル』。

そこは、控えめに言って惨憺たる有様だった。環境破壊が進み、

マスクも無ければ肺を病むほどの大気汚染、巨大企業によってすべてが支配されたディストピア。

富裕層でなければ人にあらざり、とばかりの社会構造に、

貧困層に属していた多くの者達が抗う事すら諦め、その日をかろうじて生き抜いていた。

そんな世界に比べれば、ユグドラシルで鍛え抜いた自分の力。

それをそのまま振るうことができるこの世界は、骨を埋めるに値する天国だろう。

メコン川自体真っ当な勤め人ではなく、先の見えない生活だったため、

この世界への転移はある意味福音だった。

 

(心残りや、気になる事がないではないんだがな……

 アインズ・ウール・ゴウンの皆、どうしてっかな……

 リアルの俺の体、どうなってんのかなぁ。

 まあ、考えても仕方ねえか)

 

苦笑し、椅子によじ登り(現在のメコン川は1m弱ほどのカワウソである)、キッチンに目をやる。

そこではルプスレギナが、鼻歌を歌いながらも調理に勤しんでいた。

 

(こいつもいるしなぁ)

 

ルプスレギナ。メコン川の好みと多少の悪乗りを詰め込んだ、

嫁とも娘ともいえるNPCを置いてはいけない。戻るのならば彼女も共にだ。

また、元来ルプスレギナは非常に性格が悪い。

創造主である自分にこそ絶対の忠誠を誓っているが、

人懐っこく明るい雰囲気だと思えば妖艶に笑い、そこからまた無機質で不気味に、と、

雰囲気や口調が頻繁に変わる。そのように設定しているからだ。

この数年の間に大分丸くなり人懐っこい犬のような面が大きくなっているが、

自分がいなければ何をしでかすか、正直予想がつかない。

彼女を放り出すような事をする気は毛頭ないが、完全に気を抜いてはいけないだろう。

 

「……メコン川様?」

 

気が付けば、ルプスレギナが顔を覗き込んでいた。シチューが出来上がったらしい。

考え事をしていた、と適当にはぐらかし、向かい合って食事を始める。

食べながら、とりとめもない話を交わす。今日は天気が良くて洗濯物がすぐ乾いた、

海が荒れそうだからしばらく漁には出れそうにない、

そんな何でもない話で、瞬く間に時間が過ぎてゆく。

そして食事も終わり片付けも終わった頃、ドアをノックする音が響く。

 

「あ、私が出るっすよ!」

 

「いいさ、片付けしとけ。こんな時間に客とは珍しいな……」

 

ドアを開ければ、そこには魚と人の合いの子のような人物が立っていた。

そしてメコン川はすぐに相手を招き入れる。

 

「ラン・ツーのダンナ、こんな時間にどうしたよ?」

 

「いや、構わんさ。一つ頼みがあってな」

 

ラン・ツー・アン・リン。

メコン川達が日頃世話になっている人魚で、種族でも有数の戦士でもある。

この近くにあるローブル聖王国とは交易を行うこともあり、

その縁で聖王国の王が稀なる活躍をしたものへ与える称号、九色のうち一色、

『緑』を下賜されるほどの人物だった。

 

「頼み?」

 

「うむ……明日、聖王国より客人が来る。そこに同席してほしいのだ」

 

「へ? いやまあ、いいけどよ。海も荒れそうで漁にも出れねえしなあ。

 …………もしかして、丘の亜人共の件か?」

 

ああ、と頷くラン・ツー。

ローブル聖王国の東に、アベリオン丘陵という丘陵地帯がある。

そこには多種多様な亜人が暮らしており、時折聖王国に攻め込んでくるのだ。

それを防ぐため大規模な城壁を建造し侵攻を阻んできたが、

近頃、その亜人達に不穏な動きが見えるのだという。

 

「私とて武においてはそこらの聖騎士にも負けぬという自負はあるが、

 音に聞く『十傑』、仮に奴らが一つに結託し攻め込んできたならば……

 あるいは危ういかもしれん」

 

「あのどでけえ壁をぶっ壊すようなことはまず無理だとは思うがよ、確かうち一人は

 確か『赤』のオルランドだったか? あいつが倒せなかったんだろ?

 なんかの手段で壁の内側に潜られたら不味いかもな……」

 

「お前は、知るかぎり『白』のレメディオスにも負けぬほどの力を持っているだろう?

 恐らく明日の客人は我らに助力を求めるものだろう。……どうか、考えておいてほしい」

 

そう言うと、ラン・ツーは手土産だ、と数匹の魚を置いて帰っていった。

心配そうにのぞき込んでくるルプスレギナに魚の処理をするように言い、

1匹だけ手に取って生のままがぶりとかぶりつく。美味い。

どうもこの体になってから味覚も多少変化しているようで、

生肉や生魚など、人間であれば調理が必須な生ものも普通に食せるようになっていた。

なら人食いという設定のある種族のままこちらへ来たプレイヤーは……

 

「……やめとくか。俺がそうかもしれんのだしな」

 

メコン川は亜人ではなく、妖怪変化(アヤカシ)と呼ばれる異形種である。

動物のカワウソではなく、妖怪『(かわうそ)』をモチーフとして外装を作り、

書物や物語の妖怪をベースにしたビルドで成長させてきた。

妖怪の中には人を襲う、人を食う、と設定されているものも多く、

それらをモチーフとしている自分もそうならないとは言い切れない。

だが少なくとも今はまだ人間であった頃の感性が残っている。

それが残っている限りは、少なくとも人を襲うことはないだろう。

 

「しっかし、亜人ねえ……」

 

ぼりぼりと魚を齧りながら、アベリオン丘陵に住む亜人達の事を考える。

直立した山羊のような山羊人(バフォルク)、石を食い、吐き出して攻撃する石喰猿(ストーンイーター)

ケンタウロスの肉食獣バージョンのような半人半獣(オルトウロス)

鋼のような体毛を持つ二足歩行の鼠、鉄鼠人(アーマット)

全てがではないが、好戦的なものは総じて人を食う。

ならば人の国家である聖王国とは折り合いが悪かろう。

聖王国そのものに特に恨みもなく、

人魚たちのような一部の亜人とも取引してくれているのだから、

ここはラン・ツーに同席するのが筋であろう。

恐らくは先のとおり丘陵の亜人との戦いに助力がしてほしい、というのが来訪の理由だろうが、

メコン川にはいくつかの懸念があった。

 

「なんというか、弱いんだよな……」

 

弱い。メコン川はユグドラシルにおいてカンスト、レベル100に到達している魔法職だ。

ビルドこそドリームビルド寄りであるためいわゆる『ガチビルド』の者達には劣るが、

リアルでのプレイヤースキルもあり、

少なくとも仲間たちの足を引っ張らない程度の能力はあった。

 

事実ラン・ツーに実力を知られることとなった一件では、

漁の際襲い掛かってきたラン・ツーでも苦戦する魔物を、拳と幾つかの魔法で容易く撃退できた。

そう、容易く撃退できてしまったのだ。

その時にはメイン装備も装備せず、バフなどもかかっておらず、

速攻で決めるために低位階の魔法を連打しただけにもかかわらず、だ。

ごり押しで解決できる分には構わないのだが、

咄嗟に高位階の魔法を使ったら周囲が焦土になりました、

では笑い話にもならない。それに何より、強い力というのは様々なものを呼び寄せるものだ。

メコン川はリアルでの生活でそれを痛感していた。

 

ラン・ツーには世話になっており、力を貸すこと自体には否やはない。

だが、ユグドラシルの感覚で強力なスキルや魔法を使うのは控えるべきだろう。

戦った結果追いやられるだけならまだ良い。力を示し過ぎた結果囲い込まれたり、

最悪世話になった者達を戦闘の巻き添えにすることすらありえるのだ。

 

「ほどほどに、が一番かねえ……まあ、どうなるのかは明日次第だ。

 今考えすぎても仕方ねぇわな」

 

どうにもならない事を悩み続けても仕方がない。今夜は酒でも飲んでさっさと寝よう。大きなため息を一つ吐き、

メコン川は残っていた魚を口の中へと放り込んでキッチンへと向かった。

 




そんなこんなで2話です。聖王国近辺なのは直近で読んだのが12・13巻だったのと、ネイアちゃんが好きなので……出せたらいいなあ。

※今回の主な独自設定・解釈※
マーマンの集落の位置(大体北部の海岸沿いぐらい)
ラン・ツー・アン・リン氏の名前以外の描写
オルランド氏の下賜された色


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3:お互い一つしかない命なのだから

そんなこんなで第3話。
大体の方向性は定まってきましたが、どこまで行けるか。


 

(……あれ、俺なんでここにいるんだっけ)

 

メコン川は、椅子にもたれかかり、遠い目であらぬ方を見つめる。

隣にはラン・ツー、そして周囲にはいずれも歴戦の猛者と思しき人間達。

長机を囲むように卓についた人間達は、真剣な目で議論を交わしている。

その様子を他人事のように眺めながら、メコン川はやや現実逃避気味に思いを馳せた。

 

遡れば数時間前、ラン・ツーの元へ客人が来た。

茶髪を額で切りそろえた、白を基調とした制服を纏った男性。

聖王国を守る盾、聖騎士団副団長、グスターボ・モンタニェス。

彼が言うには、首都ホバンスで行われる会議に出席してほしい、との事。

アベリオン丘陵の亜人達の動きがいよいよ活発になってきており、

その為に戦闘系の九色らを集めた対策会議を開きたいのだという。

(九色そのものは芸術活動や忠勤など、武力以外でも与えられる場合があるため)

 

その際にラン・ツーが『信頼できる実力者』としてメコン川を紹介し、

その流れで会議に参加する羽目になったのだ、というところまで思い返し、

メコン川は改めて会議前にされた自己紹介を思い返しながら周囲を見回す。

自分を下座として長机の反対側、つまり上座に、艶やかな長い金髪を伸ばし、

凛々しさと愛らしさの同居した美しい顔の美女。

ローブル聖王国国王、聖王女カルカ・ベサーレス。

その左右によく似た顔立ちの、茶のロングヘアとボブカットの女性が二人。

ロングヘアの方が神官団団長、ケラルト・カストディオ。

ボブカットの方が聖騎士団団長にして九色の『白』、レメディオス・カストディオだ。

 

レメディオスの隣には並ぶように先程会ったグスターボ、

そしてもう1人の副団長にして『桃』のイサンドロ・サンチェス。

他にも『黒』のパベル・バラハ、『赤』のオルランド・カンパーノ、『青』のエンリケ・ベルスエ。

どうやら戦闘系の九色の他にも実力者や聖騎士団・神官団などの上位の者が集められたらしく

九色ではないものも多数いたが、それでも見るからに歴戦の猛者、という顔が揃っていた。

どうも事態はメコン川が思うよりは深刻なようだ。

 

(丘陵の連中の強さに関しちゃあ俺にはよくわからんから何とも言えねえんだよな……

 ここにいる連中に関しては高くて30台、低くて10台後半って所か?

 たしか白の姉ちゃんが聖王国最強の聖騎士って話だったな……あいつでレベル30ぐらい、

 この辺が人間の強さのボーダーラインってとこかね?

 やっぱ一度偵察に行きたいところだな……進言してみるか)

 

情報系魔法をこっそり発動して周囲の面々の大体の強さを把握すると、

メコン川はタイミングを見て軽く咳払いをし、立ち上がって挙手をする。

 

「おう、ちょっといいか? 議論してるとこ悪いけどよ、提案があるんだが――――――」

 

 

 

 

 

 

そしてそのころ、会議室の隣にある従者用の控室には、

会議室とは別種の緊張感が張り詰めていた。

異様に眼つきの鋭い金髪の少女と、どこか浮かない顔つきのルプスレギナだ。

本来会議参加者の従者、あるいはそれに相当する面々はもっといるのだが、

急の招集で当人だけが急いできたもの、そもそも部下がいないものなどもおり、

残った者達も大半が男ということで部屋を分けられ、

結果メコン川の連れて来たルプスレギナと少女だけ、ということになっている。

 

(く、空気が重い……! ど、どうしよう、話しかけてもいいのかな……)

 

聖騎士団従者、ネイア・バラハ。会議にも参加しているパベルの娘であり、

騎士団長レメディオスの従者として控室で待機している。

彼女は生来目つきが悪く、隈もあるため誤解されることも多いが、

その扱いに歪むことなく真面目で責任感の強い性格に育った。

しかし年相応の少女としてのメンタリティも多分に持っており、

親しい友達などが上述の眼つきのせいでいなかったというのもあり、

ルプスレギナに話しかけるのに二の足を踏んでいたのだ。

 

(でもこの人、すごい美人だなぁ……メイドさんなのかな?

 うわぁあんな深くスリット入ってる……あのイタチみたいな人の趣味なのかな…………)

 

今のルプスレギナは普段の町娘スタイルから一転、プレアデスとしての正装、

太腿までざっくりとスリットの入ったメイド服を着ている。

キャラデザインを含めたデザインをしたのはギルドメンバーであった

ホワイトブリムによるものだが、

大本のデザインはメコン川が「だいたいこんな感じで頼む!」

と頼み込んだものなので、

ネイアのその想像はあながち間違ってはいない。

またルプスレギナはこの世界基準でも非常に整った顔立ちをしており、

普段の太陽のような明るさが鳴りを潜めた物憂げな表情は、

同性であるネイアをも赤面させるほどの色香を放っていた。

 

「……どうかしたっすか?」

 

「うわひゃあぁ!? すいません見てませんっ!」

 

ふと気が付けば目前にルプスレギナ。慌てて飛び退くも、

腐っても戦闘メイド、あっという間に距離を詰められる。

 

(うわああぁぁ近い近い近いなんかいい匂いするぅ……)

 

遠目に見ているだけでもわかる美貌が目前に迫り、ネイアの混乱は最高潮に達する。

その混乱っぷりに嗜虐心が刺激されたのか、ルプスレギナの顔がにんまりとした笑みに代わり……

 

「こらルプスレギナ、よそ様の娘に何してんだ。会議終ったし部屋行くぞ。今日は泊りだ」

 

今まさに何かをしようとしたタイミングで入ってきたメコン川に制止され、

しゅんとうなだれて部屋を出ていく。

ネイアの眼には、悲し気に伏せられた耳と尻尾が見えていたとか、いなかったとか。

 

 

 

そしてその夜。

宛がわれた部屋の中で、メコン川は何がしかを考え込み、

ルプスレギナはその背中に声をかけようとしてはやめる、ということを繰り返していた。

その顔はいつもの明るい顔ではなく、どことなく怯えの混じった、

ともすれば先程従者の部屋で見せていた顔よりも深刻な色が窺える。

 

「……でよ、さっきから何やってんのお前。さっきのは別に怒ってねえって」

 

「ひょえっ!? い、いえ、そういう訳じゃ、ないっすけど……」

 

半眼で振り返るメコン川に、先程のネイアのように慌てて取り繕うルプスレギナ。

しかし、その様子はどうみてもなんでもない様子ではない。

実の所、ルプスレギナが『こう』なるのは今回が初めてではなかった。

最近はそれ程ではなかったが、時折このように何かに怯え、

もっと正確に言えば、メコン川に対して腫れ物を扱うようになることがあったのだ。

 

「なんでもねえ訳なかろうよ。まあ、見当はついてるけどよ……怒りゃせんよ、言ってみろ」

 

「う、うぅ……」

 

まっすぐに見据えられ、いたたまれない様に目を逸らすルプスレギナ。

それでもメコン川は彼女が口を開くのを辛抱強く待ち、

暫くの後、ルプスレギナはおずおずと口を開く。

 

「……その、不敬なのはわかってるっす。シモベの分際で、

 本来口が裂けても言うべきことじゃないのも、わかってるっす。……メコン川様」

 

「おう」

 

「もう、私を置いていく事は、ないっすよね……?」

 

がつんと、頭を殴られたような気がした。

薄々分かってはいた。いや、最初からそんなことは自明だったのだ。

この数年、ずっとメコン川の頭の片隅には、それがあった。

自分は、ルプスレギナの傍にいていいのか。その忠誠と愛情を、一身に受けていいのか。

どんな事情が有れ、他のメンバーのように完全に引退こそしていなかったとはいえ。ユグドラシルの最期に顔を出しに来ただけの裏切り者に、

ルプスレギナを愛し、慈しみ、共に生きていく資格など、ありはしないのではないか?と。

 

この数年ルプスレギナと話しているうちに、なんとなく分かってきた。

ユグドラシルでNPCとして存在していた頃の事を、彼女たちはしっかりと認識している。

例えば、ヘロヘロと、メイド服のスカート丈のことで語り合ったことも。

ルプスレギナをじろじろと眺め、俺好みの女だと言ったことも。

9階層に置き去りにして、長くログインすらしなかった時期も。

彼女たちは、そこに存在し、生きていたものとしてしっかり記憶に残しているのだ。

 

そして彼女たちは、ギルドメンバー、彼女らが言う所の『至高の41人』に忠誠を誓っている。

自分達の直接の創造主ならば、それはなおの事。

同時に、彼女たちは何よりも恐れている。至高の41人がいなくなることを。

当然、ルプスレギナも恐れている。至高の御方がいなくなることを。

自分の創造主たる、獣王メコン川が去っていく事を、彼女は何よりも恐れている。

だからこそ、腫れ物に触れるようになるのだ。彼女とて、自分の性格は把握しているだろう。

『そうあれ』として産まれたものだがそれが原因で、メコン川に嫌われることを恐れている。

また出会えたと思った、共に暮らせると思った創造主が、離れていく事を恐れている。

 

(そうだよなぁ……俺にとっちゃあ、かつてのこいつは『作ったNPC』に過ぎなかった。

 実際、それについて否やを言える自我も知能もこいつになかったからな。

 だが今は違う。かつての事もきっちり覚えていて、それでいて明確な自我も感情もある。

 だったらよ、俺は義理を、責任を果たさなきゃあいけねえ。

 モモンガさんに義理を果たした気になっているだけじゃあだめだ。

 昔ならそれでも良かったろうが、今は、ルプスレギナが意思を持つ存在としている今は。

 俺はこいつが向けてくれている忠誠や愛情、そう言ったもんに対して、

 責任を取らなきゃあいけねえんだ)

 

そう考えると、不思議と腹が据わって来る。

目の前にいるルプスレギナが、プログラムではなく、一個人としてここにいる。

自分と同じ一つしかない命としてここにある。

そう改めて自覚すると、自然とメコン川の口は開いていた。

 

「ルプスレギナ」

 

「……! は、はい!」

 

「ありがとうな、改めてそう言ってくれてよ。恐かったろ? 俺に嫌われるかもしれないってな」

 

ルプスレギナに近寄り、その膝の上に座りながら、メコン川は言う。

 

「い、いえ! そんな、ことは……」

 

「気にすんな、俺こそここ数年、いやユグドラシルを離れていた時期からずっと、

 お前に対しても不義理を働いていたようなもんだ。

 俺も恐かったよ、いつお前にそう言われるかもしれねえ、ってな。

 それが怖くて、今までずっと先延ばしにしていたのさ。

 だがな、ようやく腹が据わったよ。今ならはっきり言える。

 俺はお前を置いていく事はねえ。だから、お前も俺を置いていかないでくれ」

 

それに対する返答はなかった。だが、するりと腹に伸ばされ抱きしめてきた腕に、

わずかに震え、そしてそれを必死に押し殺そうとする腕に、

メコン川はそれ以上はない、と言うほどの『返答』を感じていた。

 

「こっちに来てからよ、お前の言動にあれこれ注文つけたろ。

 まあ、何かあるたびに死んで詫びますとか、あいつ殺しますとか、

 そういうのやられても困るからよ。まあ、そうあれとして設定したのは俺だが。

 でもなあ、むやみやたらと牙を剥くだけが生き方じゃねえのさ。

 それに、ここはユグドラシルでもナザリックでもねえ。

 俺もお前も、変わらなきゃあいけねえ。周りに迷惑をかけねえ程度にはな」

 

上を向けば、涙で潤んだルプスレギナの顔。

ぽたりぽたりと顔に落ちてくる涙を構いもせずに、メコン川は微笑みかけた。

 

「……ずっと、恐かったんです。メコン川様があまりナザリックに来られなくなって、

 他の御方もどんどんいなくなって、モモンガ様だってあまり9階層には来られなくて。

 でも、あのユグドラシル最後の日。メコン川様とこの世界に来られて、嬉しかった。

 同時に、恐かったんです。いつかまた、メコン川様がいなくなってしまうんじゃないかって。

 ラン・ツーさんの所やこの会議で頼りにされて、メコン川様の眼が外に向いて。

 いつか、私なんて見放されて、置いていかれるんじゃないかって……

 ずっとずっと、恐かったんです」

 

特徴的な口調すら剥がれ、素の口調のまま、ルプスレギナは口を開く。

 

「人間は、あんまり好きじゃないです。でも、我慢します。

 昔ほどには嫌いでもなくなってきてますし、変われてるんだと思いますし。

 努力します。頑張りますから……置いて、行かないでください」

 

「そりゃこっちの台詞さ。改めてよろしく頼むぜ、ルプスレギナ」

 

ルプスレギナの悲痛な訴えにメコン川はにっと笑って返す。

ぱぁ、と輝くような笑みがルプスレギナの顔に満ち、先程以上の力で抱きしめられる。

 

「はいっす! ずっとずっと、メコン川様の御側にお仕えさせていただくっすから!」

 

じんわりと伝わってくるルプスレギナの体温を感じながら、

メコン川は頭……は届かなかったので腕を撫で、その夜は過ぎていった。

 

 

 




そんなわけで、コメントでも言及されていたルプスレギナの内心に関して。
デミウルゴスも似たようなことを考えていましたが、
本作のルプスレギナは最後に主人と再開できて、最期だと思ったら何処とも知れぬ場所で二人っきりになれて、嬉しさ半分、またおいていかれるのではという恐怖半分でした。

それと、お気づきの方もいたとは思いますが、目次画面に町娘スタイルのルプスレギナと本作におけるメコン川さんの外見を描いたものを張っておきました。
それではまた次回。次もお待たせせずにお届けしたいものですが……


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4:忘れ物にご注意ください(特に危険物は)

実は割と難産だったんですが、どうにか力技で解決。

これを描いている時点でUA7434、お気に入り327件。
皆さん本当にありがとうございます!



 

「ふーむ……」

 

あれからまたしばらく。聖王国とアベリオン丘陵の境にある城壁の上で、メコン川は唸っていた。

先の会議でメコン川が提案したのは敵戦力の確認のための偵察。

自分が精神系・召喚系を主とする魔法詠唱者であり、攻めるにしても守るにしても、

まず相手の状況を知らねばいらぬ隙を突かれかねない。

そもそも丘陵の亜人とて一枚岩ではなく、ならば今回の動きに加わらない者達、

あるいはそもそも聖王国に敵意を持っていない者達もいるだろう。

そういった相手を把握・使用し、自軍の損害を少しでも減らすことこそ指揮官の腕。

そう強弁したのだ。

 

(ま、タブラさんやぷにっとさんの受け売りだがね。

 あの人たちがここに居りゃあなあ、もう少し俺も楽できてたんだが)

 

アインズ・ウール・ゴウンのブレインともいえるかつてのメンバーを思い出しながら、

メコン川は魔法を行使する。無論、城壁の向こうにいるであろう亜人らに気取られぬように。

 

<第三位階怪物召喚>(サモン・モンスター・3rd)

 

一瞬魔法陣が輝き、現れたのはつむじ風のようなモンスター、風精霊(エアエレメンタル)

<不可視化>の使えるこれを丘陵に飛ばし陣容を把握しよう、

というのが今回のメコン川の目的だ。

本来であればもっと高位の魔法を使うのだが、この世界においては第3位階で一流、

第六より先は人外の領域とされており、あまり派手な魔法を使い目立つのは避けたい。

それが、今のところのメコン川の方針であった。

追加で魔法を唱えて風精霊との間に精神的なつながりを作り、放つ。

これで風精霊の見たものがメコン川にも分かるようになり、ドローンカメラのように使えるのだ。

 

(さてはて……今はどうなってるのかな、っと)

 

意識を風精霊の方へと傾け、メコン川は丘陵の様子を窺う。

弓の射程より脱してしばらく、草原をうろつく山羊のような亜人が見えた。山羊人(バフォルク)だ。

そこからまた少し行けば、いくつもの天幕が見えてくる。天幕の周囲には山羊人の他、

肉食獣の下半身を持った獣人、獣身四足獣(ゾーオスティア)や比較的人に近い外見の魔現人(マーギロス)

半人半獣(オルトウロス)蛇王(ナーガラージャ)など、目視できるだけで8種は確認できた。

通常異種族でまとまることの少ない丘陵の亜人達が集結しているとなると、

確かにこれは異様な事態だろう。

 

(襲撃は基本的に数十人規模、それも単一種族がほとんど、ってのは会議で聞いたな。

 それがこの数種族が連合を組む、となると、連中の親玉、十傑がいるのは明白かね。

 それも、城壁をどうにかする算段が付いてるとみるのがいいだろうな。

 ……しかし、こいつらが攻めてきた場合、勝てるか? この国)

 

この国においての最大戦力、聖騎士団長レメディオスがレベル30前後、

聖王女カルカや神官団長ケラルトがそれより少し劣る程度。

戦闘系九色の面々や聖騎士達も弱くはないが、

亜人達の身体能力に対抗しきれるか、と言うと疑問符が残る。

かつてオルランドが手も足も出なかった山羊人の王、『豪王』バザーがオルランド以上とすると、

それと同格の十傑の残る九人も相当の実力者であろう。

城壁を抜くことは彼らでも至難だろうが、仮に城壁を迂回、

あるいは破壊するなどして侵攻された場合、かなり不利な戦いを強いられるだろう。

 

それに、この国の内情も良くはない。

聖王国はUの字を横に倒したような形の半島を領土とする国で、

丘陵とはそのUの字の根本あたりで接続し、その接続部に城壁を築いて侵攻を防いでいる。

そして聖王国は縦40㎞、横200㎞にも及ぶ巨大な湾で国土を分断されており、

それを差して北部と南部、と呼ぶものもいる。

また、北部は首都などもあるため聖王女の力が強いが、首都から離れた南部は貴族の力が強い。

先代聖王や神殿からの後押しで聖王女カルカが即位したが、代々聖王は男子であり、

カルカのような女性の王族が即位した前例はない。

そのためとくに南部の貴族や民衆から反発があり、

根も葉もない噂を流されるも、国が割れることを恐れ黙殺するしかなかった。

腹心であるケラルトとレメディオスにより表立った敵対行動をとるものこそいないが、

火種は燻っており、この難局を乗り越えられねばまた南部の反発を招くだろう。

 

「俺やルプスレギナだけならまだ逃げる、って選択肢も取れるんだがなぁ……

 えらいさん方はともかく、ラン・ツーのダンナや港町の連中にゃあ義理もあるし……

 ……目立ちたくはねえんだが、背に腹は代えられねえか。今更って気もするしな……

 ひとまず、ルプスレギナに相談だな。何にせよ話はしとかにゃあいかんし」

 

力を示して目立つことを嫌い今まで力をひた隠しにしてきたが、

それが原因で恩人たちに何かあってからでは後悔先に立たず。

その時、脳裏をよぎったのは純銀の鎧をまとった聖騎士。

 

「『誰かが困っていたら、助けるのは当たり前』……そうだったよな、たっちさん」

 

自分がユグドラシルでソロをやっていた折、異形種狩り(PK)に遭った際、助けてくれた男。

アインズ・ウール・ゴウンの前身、ナインズ・オウンゴールのクラン長、たっち・みーであった。

 

 

 

 

そしてその晩、城壁に付属する小砦内に宛がわれた部屋で、

メコン川はルプスレギナに事情を説明していた。

 

「……というわけでだ、今まで力を隠してきたが、そろそろそれも終いだ。

 この一件を手早く終わらせて、ほとぼり冷ましに旅に出ようと思う」

 

「了解っす! メコン川様とのんびり暮らすのも良かったっすけど、

 やっぱり大暴れしてるメコン川様は素敵っすから……」

 

「お前の前で戦ったことあったっけ? ……ああ、そういや身内でPVPやった時、

 観客にしたことあったっけな……まあ、それでだ。

 どういう形で関わるかを決めるのに、ちとえらいさん達を試そうと思う」

 

そしてメコン川は『計画』を語る。と言っても、そう手の込んだ事ではない。

メコン川の手持ちのアイテムのうち、低位のポーションやスクロールを提供する。

メコン川からすれば100レベルの戦闘ではとても使えないような品だが、

強者のボーダーが30レベル前後のこの世界においては値千金の価値があろう。

見るものが見れば第三位階魔法詠唱者として持つにはやや不相応でないか?

というレベルのものを提供し、その後の対応で身の振り方を決めるのだ。

 

「もし気づいて俺達に接触を図ろうとするなら、事情を明かして協力する。

 気づかないようなら、こっそり亜人共を叩きのめして知らん顔する。

 どっちにしても、この一件が終わり次第旅には出るがな」

 

「なるほど……メコン川様の価値を見抜けないようなら力を明かす必要もない、

 って事っすね! で、どんなのを提供するんすか?」

 

「そこだよな……攻撃系のスクロールは危ねえからなぁ。

 回復や蘇生系のスクロールかスタッフあたりかね?

 この国は信仰系多いから、スクロールでもいいかも……ん?」

 

ごそごそとアイテムボックスや無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)を探っていたメコン川だったが、

訝しげに中を探り始めては、首を傾げる。

 

「どうしたっすか?」

 

「いや……なんか記憶と中身の帳尻が合わねえ。1個だけアイテムが無くなってんな……

 無くなってんのは……魔封じの水晶か、確か最高級品だったはずだ」

 

「ええっ!? も、もしかして盗まれたっすか……?」

 

「それはねえ……はずだ。というかこの数年、中に突っ込むだけならともかく、

 数えるぐらいしか中身を出してはいねえしな。それも、開けるのは家の中でしか開けてねえ。

 ……あ!」

 

メコン川の脳裏に、数年前、この世界へとやってきたときのことが思い浮かぶ。

あの時、ここがどこかも分からなく、周囲の適正レベルも分からなかったため、

用心にいつでも使えるようにと取り出して手に持っていたのだ。

その際海岸沿いに歩いていた際ラン・ツーと出会い、今に至るのだが……

問題はその時、ラン・ツーと出会った時だ。

話しかけられた時、まさか言語が通じる相手だったとは思わず盛大に驚き、

その後水晶を手に持っていた記憶がない。何分数年前なので記憶が怪しい。

試しにその水晶を思い浮かべながら物体発見(ロケート・オブジェクト)を唱えてみると……

まだ使用されてはいなかったらしく、水晶の位置を特定できた。()()()()()に。

思わずその場に突っ伏すメコン川。

 

「…………」

 

「ああっ! メコン川様! しっかり!」

 

「なんかおかしいなって思ってたんだよ……あの城壁どうやって越えんのってさ……

 俺のせいじゃん……初心者でもやんねえ超凡ミスじゃん……

 すまねえたっちさん……諸悪の根源俺だったわ……」

 

「……ところで、その魔封じの水晶には何が入ってたっすか? <焼夷(ナパーム)>とか?」

 

「…………<隕石落下(メテオフォール)>。昔ウルベルトさんに入れてもらった奴」

 

ぼそりとつぶやかれた第十位階魔法の名前に、

ルプスレギナは沈痛な面持ちでメコン川を抱き上げ、

そのままベッドに転がる。

 

「……き、今日はもう寝ちゃうっすよ。寝て起きれば名案も浮かぶっす。……たぶん」

 

「すまねえ……」

 

「それは言わない約束っすよ……」

 

何とも言えない空気から目をそらすように2人は目を閉じ、そのまま眠りについた。

 

 

 

 

そして翌日の夜。メコン川達は王都ホバンスに立っていた。

要塞線から幾日かかけて戻る、という体で人気のない所で魔法を使い、

一息に王都まで戻ってきたのだ。

 

「……という訳でだ、夜中に女性の寝所に踏み込むのは気が咎めるが、

 聖王女さん、あるいは神官団長の姉ちゃんとコンタクトをとらにゃあならん」

 

「私はメコン川様ならいつでもバッチコイっすよ?」

 

「ルプスレギナステイ! それは後でな!

 ともあれ、できれば両方に同時につなぎを取りてえところだな……

 まあ、順当にいけば聖王女様のとこに行くのがいいかね……

 よし、<完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)>を使う。

 お前も姿消してついてこい。追えるな?」

 

「はいっす!」

 

 

 

 

その夜、聖王女カルカからの唐突な呼び出しに、

ケラルトは首を傾げながらもその寝室へと向かっていた。

普段こんな夜中に呼び出されることはないのだが、呼びに来た侍女も火急の用、

と言うだけで要領を得ない。

 

「本当に何も聞いていないの?」

 

「はい……どうしてもケラルト様にしか相談できない事があるとかで……」

 

「分からないわね……まあ、いいわ。

 ただ寝付けないから呼びつけるわけでもないでしょうし。っと、着いたわね。

 貴女は待たなくてもいいわ、先に戻っていてちょうだい。

 ……カルカ様、ケラルトです。入ってよろしいですか?」

 

衛兵に声をかけて扉ごしに問いかけ、カルカの返答が返ってくるのを待ってから部屋に踏み入る。

蝋燭の頼りない明かりで照らされた室内には、豪奢な天幕で仕切られたベッド。

ぬるり、と、生ぬるい風が頬を撫でていくような気がした。

 

カルカはベッドに腰かけ、ケラルトを見つめていた。その表情には、やや陰りがある。

呼び出された理由を聞こうと口を開こうとして、視界の端に、金色の光が見えた。

そちらを向けば、そこにはメイド服に黒い帽子を被った、赤髪の女。

蝋燭の光が反射しているのか、その目自体が輝いているのか、

獲物を狙う狼のように、その瞳は爛々と輝いているように見えた。

その口元が牙を剥くように吊り上がり、言葉が紡がれる。

 

「――――――至高の御方の御成りです。控えずとも、注目なさい」

 

その言葉に応ずるように。足元にぼう、と光がともる。

それは、棒の先に吊るされたカンテラのようなものだった。

紙のような本体を透過して、怪しげな光が周囲を照らす。

その表面には何がしかの文字が書かれていたが、ケラルトの知る知識に該当する言語はない。

 

「何、そう硬くなることもねえ。聖王女さんについててやんな、姉ちゃん」

 

言いながら歩み出てきたのは、笠をかぶった、服を着たイタチのような生き物。

先日の会議で見た顔だ。魚人族の英雄、ラン・ツー・アンリンが紹介した実力者。

 

「メコン……そう、メコンガワだったわね。―――衛兵! この曲者を取り押さえなさい!」

 

「おお、いい反応だねえ、流石は神官団長。だが、誰も来ねえよ」

 

ばたん。誰もいないはずなのに、ひとりでに扉が閉まる。

そんなに大きな音がしたのに、部屋の外で控える衛兵が入って来る様子もない。

 

「まあ、ちょっとあんたらと差し向かいで話したくてな。邪魔は入らんように魔法を使った。

 ま、私事で申し訳ねえんだが……まずは、俺の用件から話そうか」

 

カルカを守る様にその傍へと向かったケラルトを見ながら、メコン川は口を開く。

自分達が、はるか遠く、ヘルヘイムと呼ばれる地から飛ばされて来た異邦人である事。

自分が、申告していたよりもはるかに高位の位階の魔法を使う魔法詠唱者だという事。

こちらに飛ばされてきた際に紛失したアイテムが亜人達の手に渡り、

それが今回の大規模な侵攻の遠因となっている事。

 

正確には遠方どころか異世界、それもゲームの世界から飛ばされてきたのだし、

そもそも飛ばされてから紛失したのではなく、その後のうっかりによって紛失したのだが、

まあ嘘は言っていない。真実を語ってもいないが。

ふてぶてしく語っているメコン川であったが、その内心は非常に焦っていた。

自分のうっかりが原因で貴国が滅ぼされようとしています、と言っているようなものだからだ。

 

「つまりメコンガワ……貴方は実力を隠していたと? 第十位階魔法……

 帝国のフールーダ・パラダイン様ですら、第六位階だというのに……」

 

疑わし気な視線を向けるケラルトに、にやりと笑って返すメコン川。

 

「あんた、俺が術を解くまで俺がいることに気付かなかったろ?

 あれも魔法でね、第九位階、<完全不可知化>っつうのさ。

 特殊なスキルや高位階の魔法でなけりゃあ看破が出来ねえ代物だよ。

 周囲を一切騒がせずにここまで来れてるって時点で、察してほしいがね。

 まあ、信じられねえのも無理はねえ。そうだな……ああ、これならいいか。

 元々あんたらに渡すつもりだったもんだ、ほらよ」

 

アイテムボックスに手を突っ込み、1枚のスクロールをケラルトに向けて放り投げる。

慌ててそれを受け取り、手の中のそれとメコン川を交互に見る。

 

「……これは?」

 

「第九位階の蘇生魔法、<真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)>だよ。

 俺がこのクラスをほいと用意できる実力者だって証拠に……なるかね?

 ま、信仰系魔法詠唱者のあんたらなら使えるだろ。

 それに、三味線弾いてる……おっと、意味が通じねえかな?

 実力を隠してんのは、あんたも同じだろ?」

 

どきり、と心臓が鳴る。ケラルトは、公的には第四位階に到達している、としているが、

その実さらに上、第五位階に到達し、蘇生魔法を行使可能な魔法詠唱者なのだ。

それを見抜かれ、警戒の度合いが一段上がる。

 

「ま、こうして腹を割ったのも、誠意と謝罪の意思があると思ってくれていいぜ。

 わざとじゃないにしろ、今回の一件、俺のせいだからな。

 無論、片を付ける算段もある。聖王女さん、あんたに話したいのはそれさ。

 この一件、()()片を付けたい?」

 

「……どう、とは?」

 

「殲滅か、停戦か、ざっくり示せるのはその二つかね。

 亜人共を一匹残らず皆殺しにするか、今攻めてきてる連中だけ殺すか。

 後腐れがねえのは前者だと思うぜ? 少なくとも聖王国は救われる。

 ま、今回の一件に関わってねえ奴らも殺すから、無用の犠牲は腐るほど出るがね。

 亜人共だって色々いるんだろ? こっちに攻めてこねえ奴らだっているはずさ。

 膠着状態を作るんだったら、まあ今攻めてきてる連中を殺せばいい。

 俺としちゃあこっちのほうが楽でいいが、対症療法に過ぎねえよ。

 いずれまた部族単位で攻めてくるだろうさ、終わりやしねえよ。

 どっちにしろ、この一件が終わったら暫く旅に出るつもりだ。

 後の始末はあんたらでやりな。あんたを見込んで俺が力を示した。

 そう言っときゃ、南部の貴族共も黙るだろうよ」

 

この数年、メコン川も何もしていないわけでは無かった。

折に触れ召喚したモンスターなどを放ち、情報収集していたのだ。

それでわかったのは、先述の国内事情。加えて、カルカ本人の優しすぎる性分だった。

その美しさと第四位階魔法詠唱者としての実力、加えて先代からの推薦で聖王にこそなったが、

その性分から汚い手や強い政策が取れず、国内を掌握しきれていない。

失策らしい失策こそないが、それだけとも言える。

また、当人は亜人種・異形種に対しての蔑視感情は持っていないようだが、

民衆に蔓延する亜人憎しの風潮を嗜めることができていない。

その為、豚鬼(オーク)などの、敵意を持たない穏健な亜人まで巻き込んでしまっている。

その事を知っていてなお、メコン川はそれらも殺す、と言っているのだ。

 

「…………どうしても、そうしなければいけませんか?」

 

俯きながら、ぽつりとつぶやくカルカ。

その顔には迷いが見える。亜人とはいえ、無用の犠牲を出していいのか。

そう、見て分かるほどに顔に出ている。

そのそもそもの原因であることに内心ちくちくと身を刺すものこそあるが、

メコン川はその内心を押し隠し、悪びれずふてぶてしい男を演じる。

 

「もう一つ方法はある。正直面倒を背負いこむのはごめんだが、

 そもそもの原因は俺だからな。あんたがこの話に乗るんなら、もうちょっと誠意は見せるさ。

 だが聖王女さん、あんたにも協力してもらうぜ?

 それに神官団長、あんたにもだ」

 

「協力、ですか?」

 

「……事と次第によります」

 

怪訝そうな顔のカルカと、不審そうな顔のケラルト。

少なくとも話を聞くつもりはあるのを確認し、メコン川はアクセサリー……

探知阻害の効果を持つそれを外し、100レベル(カンスト)プレイヤーとしての圧力を解放する。

物理的な圧力を受けたと錯覚するほどの『圧』に、我知らず、カルカはケラルトにしがみ付く。

ケラルトもまた、懸命にカルカの前に立ち『圧』に抗しようとするが、

その足は生まれたての小鹿のように震えていた。

それを見てメコン川はすまねえな、と軽く謝罪して再度アクセサリーを装着し、口を開く。

 

「丘陵を俺が()る。俺が王として君臨し、亜人共を従えて人を襲うことをやめさせる。

 あんた達には国内の取り纏めと、あの聖騎士団長様を抑えてもらうぜ?

 約束してくれるんなら、明日にでもやって来るさ、落し物の回収がてら、な」

 

獰猛な魔物を目の前にしたようでした。指一本動かせば、全身を食いちぎられるかのような。

いっそ可愛らしいとも思える外見だったのに、あの瞬間だけは怪物が、そこにいたんです。

 

後にカルカは、こう述懐している。

そして、物語は動き始めた。誰も知らぬ、思いもよらぬ方向へと。

 




ヤルダバオトがいないのにこいつら何で攻めてきてんの……? ということを途中で気付いて、やっべどうしよう……と思った末の魔封じの水晶紛失事件でした。
ニグンが使ったアレが第十位階を込められるものだったし、メコン川さん当人が使えなくてもAOGの面々ならスクロールや水晶に込める魔法なんていくらでも都合できそうなので良かった……

まあそれ以前に自分の落とし物で割と国家存亡の危機になってんのに、
なんでこいつこんなふてぶてしいんでしょうね……
内心はめっちゃ焦って反省もしてはいるんですが。ナメられないようにしないといけないので……


路徳さん、ほすさん、誤字報告ありがとうございました。何度も読み返してるはずなのになんで気付かないんだろうなぁ……


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5:交渉の秘訣は出会い頭に殴りつける事

なんだかんだで五話目。メコン川さんが事態の収拾を頑張っています。


UA11176、お気に入り405件。本当にありがとうございます!


※9/28追記
レメディオス周りの文章をちょっとマイルドに。


 

 

「何度見ても美しい輝きよなぁ……これで使い捨てでなければ装飾品にでもするのだがなぁ」

 

要塞線にほど近い場所にある亜人軍の天幕群の一つで、魔現人(マーギロス)の老婆がぽつりとつぶやく。

魔現人―――今回の連合軍を立ち上げた張本人、

亜人十傑「氷炎雷」ナスレネ・ベルト・キュールだ。

掲げた水晶の中で、渦を巻くエネルギーが煌めいている。

それだけではただの綺麗な水晶だが、生来魔法に長ける魔現人、その族長であるナスレネは、

この水晶の中に、己でも習得していない、

はるか高位の魔法が封じられていることを理解していた。

 

「第十位階……おとぎ話ですら聞かぬほどの高位魔法。

 それが今わしの手の中にある……

 ああ、これを使えば、あの忌々しい城壁を微塵に砕いてくれよう。

 そうすればもはや我ら魔現人、いやさわしを侮るものなど、

 この丘陵からいなくなろうて」

 

第十位階魔法<隕石落下(メテオフォール)>。

マジックアイテムを鑑定する魔法を用い、どのように使うのか、

どのような効果なのかを探り当てた。

巨大な岩を降らし攻撃するこの魔法でなら、

幾多の襲撃を防いできた人間の城壁をも砕けるだろう。

これを手に入れられたのは本当に僥倖だった。ある日献上されたこれを見た時、

ナスレネは今回の絵図を描いた。古い知人である蛇王(ナーガラージャ)、「七色鱗」ロケシュ。

彼に声をかけて総司令官とし、今まで城壁に歯噛みしてきた者達を糾合し連合を組織する。

「魔爪」「豪王」「白老」「黒鋼」「螺旋槍」。錚々たる面子が揃い、決行の日を待っている。

只戦うだけでも勝てはしようが、念には念を、出来るだけの兵力が城壁に集まったその時を狙い、

この魔法を用いて一網打尽にしてしまおう。

そうすれば、自分の名は並ぶものないほどに高まるだろう。

その後の栄華を夢想していたナスレネであったが、天幕の外からの自分を呼ぶ声で我に返る。

 

「お、おばあ様、よろしいですか?」

 

「なんじゃ、構わんが……ロケシュ殿が呼んでいるのかい?」

 

「いえ、ロケシュ様ではないのですが……その、

 お、お客様がおばあ様と、はは、話がしたいと」

 

天幕の外からは、孫……一月ほど前に、「浜辺で拾った」と

この水晶を献上してきた魔現人の少女の声。

わずかに震えている声は、自分に怯えているのか、

それとも相手に怯えているのか。

 

「……まあいい、入っておいで」

 

不機嫌そうに鼻を鳴らし、入ってくるように促す。

そうして入ってきたのは孫娘と……黒を基調とした服を着た、仮面をかぶった赤い髪の女。

泣き、笑い、怒り、そのすべてをまぜこぜにしたような、不思議な仮面をかぶっている。

知らぬ顔だ。少なくとも、この連合に引き連れてきた者では無い。

その手は孫娘の首にかかっており、明らかに脅されて案内をさせられたのだろうことが伺える。

即座に敵と判断し魔法を放とうとしたナスレネだったが――――――

流れるような動きで仮面を外した女が、金色の瞳でナスレネを睨み、射竦めた。

 

「その手の中の水晶、命が惜しければ渡してもらうっすよ?

 ああ、勿論あんたの命が惜しければ、っすよ。

 この子は傷つけるなとご主人様に言われてるっす」

 

からからと明るく笑う女だったが、次の瞬間、その表情が一変する。

恐ろしくも美しい、その妖艶な微笑に、背筋に氷を差し込まれたような、冷たい威圧感がナスレネを貫く。

 

「――――――それは至高の御方の所有物。拾い物で粋がる程度の小物には分不相応なものなの。

 さあ返してもらうわよ。この子は傷つけるな、とは仰せつかっているけれど、

 あなたの無事(・・・・・・)に関しては、特に何も言われていないのよ」

 

そう言ってその女―――ルプスレギナの口の端が、赤い三日月のように吊り上がった。

 

 

 

「……さて、頃合いかね」

 

メコン川とカルカ・ケラルトとの邂逅から一夜明け

要塞線外縁部、丘陵と直接接している最外縁の城壁の上で、メコン川は目を開いた。

ルプスレギナによる魔封じの水晶の奪還は成功した。その様子を魔法で確認し、

鋸壁の上に飛び乗って腕組みをする。

 

「メコンガワ様、始めるのですか?」

 

横合いから声がかかる。聖王女カルカだ。その周囲にはケラルト、レメディオス、

そしてこの要塞線にいる将官クラスの者達が並び立っていた。

カルカやケラルトの手を借り、メコン川が集めたものだ。

これから起こる事を目の当たりにさせるために。

 

「おう、頃合いだしな。ま、あんたらに死人も怪我人も出ねえよ。安心して見てな。

 まあ、向こうの態度によっちゃあ何人か殺らなきゃいけねえかもしれんが」

 

言うなり、メコン川を中心に10mはあろうかという巨大なドーム状の立体魔法陣が展開する。

青白い光が目まぐるしく形を変え舞い踊る様に、

その場にいた者達の顔には困惑や驚愕の色が浮かぶ。

 

「おい貴様! 何をしようとしている! そもそも、何を見ていろと言うんだ!」

 

真っ先に口を開いたのはレメディオスだ。

側にいた従者、ネイアが止めようとするがそれを引き摺り、食って掛かろうとして、

ケラルトとカルカにより制止される。しかしその手は腰の剣に伸び、

少しでもおかしな真似をすれば叩き切る、という態度を如実に表していた。

 

「うるせえ、気が散るから黙ってろよ騎士団長殿。

 あの亜人の連合軍を俺が平らげてくるって事だよ。

 聖女王さんとケラルトの姉ちゃんには説明したから説明してもらいな。

 あんたにゃ説明するだけ時間の無駄だ」

 

ばっさりと斬って捨てるメコン川。

レメディオス・カストディオ。ケラルトの姉であり、

聖王国に伝わる秘宝の1つ、聖剣サファルリシアの使い手として、

そして聖騎士団団長として、妹ケラルトと共にカルカを支えている。

武においては聖王国に並ぶものなし、とまで言われる猛将なのだが、

その武にステータスを極振りした故の無知さが泣き所の一つ。

 

「ケラルト! どういうことだ!?」

 

「先程メコンガワが言った通りのことですよ、姉様。

 メコンガワと従者の方が連中を退治する様の生き証人となるべく、

 私たちはここに集められたのです。たとえラン・ツー・アン・リン殿のご友人とはいえ、

 流れ者の亜人の言うことなど、 そうでもしなければだれも信用などしないでしょう?」

 

その言葉に、周囲の誰もがざわざわと騒ぎだす。

しかし、カルカとケラルトが動じずにメコン川を見ているのを知り、

そのざわめきも次第に収まってゆく。

 

「ま、仕込みは上々細工は流々、あとは仕上げを御覧じろ、ってな。

 少なくとも、この国の誰も見た事がないようなもんが見れるんだ。

 末代までの自慢になるぜ?」

 

視線を丘陵に向けたまま、メコン川が軽口を叩く。

その間にも、メコン川を取り囲む魔法陣の光は段々と強く、眩しいほどに高まっている。

その背中にかかる声。一歩歩み出たカルカだ。

 

「その、一つだけ、聞いてもよろしいですか?」

 

「構わんぜ、言って見な」

 

「なぜ……この国を、私達を助けてくれるのです? ありがたい事ではありますが……

 それでも、あなたとあの従者の方なら、知らぬふりをして逃げられたはずです」

 

その問いにメコン川は少し考え込み、どこか遠い眼をしながら、口を開く。

 

「ま、主な理由は昨日言ったとおりだがね。あとは港町の連中には世話になったからな。

 俺の故郷に、立つ鳥跡を濁さず、って言葉がある。

 元々この一件が片付いたら旅に出るつもりだったし、懸念事はなくしてからの方が気分がいい。

 あとはまあ……お前さんが、ほんの少しばかり昔のダチに似てた。

 濃い連中に囲まれて苦労してそうな所とか、特にな」

 

そう言って苦笑すると同時、魔法陣の輝きが最高潮に達する。

それを見たメコン川が、手を丘陵の方向へと向け、叫んだ。

 

「さあさあお立合い! 遠くに見えるは亜人の陣幕、 

 それを囲むように溶岩の川が見事できたら御喝采!

 さあ眼ぇかっぽじってしかと見な!」

 

そして発動するは、最高位魔法、第十位階をもしのぐ、超位の魔法。

 

「超位魔法―――<天地改変(ザ・クリエイション)>」

 

 

 

 

 

「遅い! 何をやっているのだあのばばあは!」

 

時間は少し遡る。亜人連合軍の天幕、その中央にあるひと際大きな天幕の中で、

黒い毛皮の獣身四足獣(ゾーオスティア)が怒りも露わに拳を卓に叩きつけていた。

十傑が1人「魔爪」ヴィジャー・ラージャンダラー。近頃「魔爪」の名を父より継いだ若き猛将だ。

彼が怒っているのはこの連合の発起人であるナスレネへだ。

継いだばかりの名が自らにはまだ重いと思っている彼は、武功を求めている。

この聖王国との戦いで大きな手柄を上げ、名を高めようとしていたのだが、

まだ軍が揃わぬという理由で侵攻を先延ばしにされ、いざ開戦、という段になってもなお、

ナスレネがこの天幕へと現れないからだ。

開戦の狼煙であり、要塞線の城壁を破壊するためのマジックアイテムはナスレネが所有している。

彼女が来ない限りは攻めるに攻められず、それが余計に腹立たしさを煽っていた。

 

「またぞろ化粧でもしているのではないだろうな

 化粧などしたところであの皺だらけの体に盛るものなどいるまいに!」

 

「落ち着け、魔爪殿。怒ったところで仕方あるまい」

 

それを押しとどめたのは、上座の最奥に座る、蛇に手足を生やした様な亜人。

虹色に煌めく鱗の上から鎧を着こんだ彼は蛇王(ナーガラージャ)のロケシュ。

この亜人連合軍の総大将であり、亜人十傑の中でも最強と目される男。

そんな彼に諫められ、どうにかヴィジャーも矛を収めるが、

ロケシュもまた、訝しげに入口の方を見ては首を傾げる。

 

「……だが、魔爪殿の言うことも道理だ。

 ナスレネ殿も御歳である、何ぞあったのやもしれぬ。

 誰ぞ、様子を――――――」

 

ずずん。

 

入り口前に待機するものを呼ぼうとしたが、強烈な振動がその場を揺らし、

誰もが膝をつくか、卓にしがみ付いて耐える。

幸い揺れは一度のみですぐに収まったが、それゆえに不可解。

ロケシュが記憶する中、この地で地震が起こった事などはほとんど無い。

ならば何故―――?

 

「ぐ、軍議中失礼いたします! 皆様方、非常事態です!」

 

天幕に駆け込んできたのは1人の山羊人(バフォルク)。よほど急いでいたのか武器を持ったままで、

いくらか落ち着いた後、慌てて武器を地面に落とし跪いた。

 

「どうした? ナスレネが耄碌して先に仕掛けでもしたのか」

 

山羊人の前に歩み出たのは彼よりも一回りは大きい山羊人。

同種の中に埋もれたとしてもひと際目を引く銀色の毛皮、体を彩る黄金の装飾品。

鎧や装飾品は魔法の光を帯びており、全身をマジックアイテムで武装した姿は、

天幕に集った他の十傑に勝るとも劣らぬ存在感を示していた。

「豪王」バザー。常に先陣を切る事で部族のものから褪せぬ信頼を寄せられる山羊人の王だ。

 

「い、いえ……外が、我らの陣の周囲から溶岩が噴き出てきたのです!」

 

その言葉に、さしもの豪王も目が点になった。

溶岩というものは知ってはいたが、それがこの丘陵から噴き出ることなどありえないからだ。

加えて話を聞けば、地響きと共に陣の周囲が溶岩で囲まれ、

現在この陣が孤立してしまっている、との事。

外に出て見れば、確かに陣の周囲を囲うように溶岩の川が出来ている。

それも、身体能力に優れる亜人でも越えられぬような広範囲にわたって。

 

「……人間どもの魔法か何かか?」

 

「いや、俺の魔法だよ、十傑のお歴々」

 

その声は天幕の中から聞こえてきた。全員が振り返れば、

空になった天幕の卓の上に、小さな亜人がいる。

一見して服を着たイタチのように見えるが、見ない種族だ。

服も自分たちや人間達の様式とはずいぶんと違うように見えた。

その亜人は卓の上に座り込み、不敵な顔で自分達を見つめている。

 

「何だ!? 貴様、何者だ!」

 

「―――バザー殿、油断するな。こいつ、今口を開くまで気配も感じ取れなかった。

 今もだ。どれほどの力量なのか、欠片も感じ取れん」

 

呟くのは、ヴィジャーとは別の獣身四足獣。「黒鋼(くろがね)」ムゥアー・プラクシャー。

レンジャー技能を持ち、卓越した暗殺技術で一度狙った獲物は逃がさない腕前。

平時はむっつりと黙り込んでいる寡黙な彼が饒舌に話している。

それだけで歴戦の亜人の王たちは戦闘態勢に入り、殺気を『敵』に向ける。

しかしその殺気を感じているのかいないのか、侵入者は立ち上がりもせず、

ついには頬杖をついて卓の上に寝そべり始めた。

 

「おお、中々鋭いじゃねえの。えーと……黒くねえ獣身四足獣だから……

 『黒鋼』か。そっちの黒いのが『魔爪』、蛇っぽいのは『七色鱗』、

 ひと際ごっつい山羊人が『豪王』か。そっちの白い猿は……

 ああそうだ、『白老』だったか。すまんね、こっちに来てまだ日が浅くてな。

 俺は獣王メコン川ってもんだ。今日はあんたらと取引がしたくてね。

 こいつは土産だ、受け取ってくれ」

 

不遜にも「獣王」と名乗るイタチは不意に生み出した黒い渦に手を突っ込むと、

少し探ってからロケシュに向けて何かを放ってよこす。それは―――

 

「聞いたよ。あんたらがここに来ちまった原因はこいつが拾い物をしたからなんだろ?

 あれは俺の落とし物でね。返してもらうついでに懲らしめといた。礼には及ばんよ」

 

魔現人の女王、ナスレネ・ベルト・キュールの生首(・・)だった。

息を呑む一同を尻目に、「獣王」は気さくに声をかけてくる。

 

「……でだ、あんたらの侵攻計画はこれでおじゃんになったわけだが……

 ああ、俺ばっか話してすまんね、何か質問あるかい?」

 

誰もが黙り込む。目の前のイタチがただものではないと言うことを察したからだ。

しばしの沈黙の後、口を開いたのはロケシュであった。

 

「いくつかある……まず1つ。周囲の溶岩の川、貴殿が生み出したというのは、本当か?」

 

「本当だよ。逃げられちゃあ困るんでね。極寒の吹雪や砂嵐にしても良かったんだが、

 まあこの方が見た目に分かりやすかろ? ああ、安心してくれ、時間が立てば戻るさ」

 

「2つ目だ。かのマジックアイテムに封じられし魔法、第十位階と聞いた。

 あのような魔法、このロケシュ寡聞にして知らぬ。あれは貴殿が込めたものか?」

 

「いんや、古い知り合いに込めてもらったもんさ。ま、俺も同位階の魔法は使えるがね?

 こっちに来た時に落っことしちまってさ、だがまあ、お前らには過ぎたおもちゃだろ」

 

「……ならば、これで最後だ。先程取引といったな。何を望む?」

 

「服従だ。俺に従い、人を襲うことをやめてもらう」

 

「ヒヒッ、イタチ風情がいいよるわ! それは出来ぬ相談よ!」

 

その言葉に真っ先に反応したのは、黄金の装飾品を纏った、白い毛皮の石喰猿(ストーンイーター)

「白老」ハリシャ・アンカーラ。瞬時に喉を膨らませると拳大の石を吐き出す。

それも、宝石の原石の混じった硬度の高いものだ。石喰猿は石を食い、

それを吐き出して攻撃する。

ハリシャの頭には、石で頭を割られ倒れ伏す「獣王」の姿がありありと浮かんだ……が。

 

「うわ、きったねえな」

 

軽い調子の言葉と共に振るわれた片手で軽々と弾かれ、

反撃とばかりに黒い渦から取り出された、ハリシャの頭よりも大きな鉱石の塊を投げつけられ、

顔面を凹ませて倒れ伏すハリシャ。

 

「ああ、そういや石喰猿の上位種は石を食ってそれに応じた能力を使うんだったか?

 その石、あんたにやるよ。血とか鼻水で汚ねえし。……おや、食わねえの?」

 

喰えるはずもない。ハリシャの顔面は陥没しており、呻いているので死んではいないようだが、

とても物を食べられるような状態ではない。そもそも、口に入るサイズではないのだ。

 

「あーあー、顔面凹ませちまったしな、すまねえ。手伝ってやるよ。

 <支配(ドミネイト)>『その石を吞み込め』」

 

「あ……あ……が……っ」

 

「獣王」が魔法を唱えるとうつろな眼つきのハリシャが起き上がり、

先程投げつけられた巨大な鉱石を無理やりに口にねじ込み始めた。

限界まで口を開きはするが当然入らず、それでも呑み込もうとする。

結果、口が裂け、喉に詰まり、それでもねじ込んだので喉が裂け、そして死んだ。

あまりにも凄惨な死に様に、人を襲い、喰らう亜人達と言えど言葉が出ない。

 

「とまあ、従えないなら死んでもらう。一応悪いとは思ってるんだよ。

 俺の落とし物のせいで巻きこんじまってさ。

 けどな、だからってただ追い返すわけにもいかねえ。

 聖王国の奴らには恩があってね。あいつらにも死んでほしくはねえし、

 かといってお前らを皆殺しにしちまうのも筋が通らんだろ?

 だからまあ、できれば従って欲しいわけだ。

 どうしても人間食わなきゃならねえって訳でもないんだろ、お前ら。

 牛でも豚でも、そこは輸入したっていい。これでも聖王女さんには顔が利くんだ。

 まあ、そのための種銭稼ぐ必要はあるが……まあ、いくらか考えはある。

 あんたらを残したのも、きちんと話の通じるやつらだと見込んだからよ」

 

そこで「獣王」は起き上がり、あぐらをかいて一同を見回す。

 

「選択を急いですまねえが、選んでもらうぜ、服従か死か。

 どうだい? 俺のこの話、乗って見ねえか。悪いようにはしねえさ」

 

そう言って、「獣王」は不敵に笑った。

 

 




もうちょっと派手にバトルさせても良かったかな……?
只そうなると文字通りの蹂躙になるので難しい所です。

あと1話か2話くらいで聖王国編が終わりそう……
本来今回で締めのつもりだったんですが、
ネイアちゃんとかカルカ様達三人娘とか、もう少し描写したくなって……
丘陵のその後含めたエピローグ的なものを書いて次章に行きたいと思います。

余談ですがルプーの付けていた仮面はヤルダバオトマスクではなく嫉妬マスクです。

ほすさん、誤字報告ありがとうございました。


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6:じゅうおうのおしごと!

この作品を考えてた時、こういうの書きたいな……というところをようやく書けました。
基本ノリは軽めでお送りしたい。(たまにシリアスにならないとは言わない)



 

 

―――アベリオン丘陵―――

 

 

「…………」

 

天幕の屋根の上に寝そべりながら、メコン川は流れゆく雲をただ見つめていた。

時折手を空にかざし、動きを確かめるように何度か拳を握っては開き、

そしてまたただ雲を見つめる。

そんな時間が暫く過ぎた頃、自分を呼ぶ声に起き上がると屋根から飛び降りた。

 

 

 

「ようお前ら、集まったみたいだな」

 

メコン川の前には4人の亜人。ロケシュ、バザー、ヴィジャー、ムゥアー。

アベリオン丘陵にその名を轟かす十傑のうち4人だった。

あれから数か月が経った。あの時の降伏勧告に、ひと悶着はあったものの全員が降伏。

メコン川を盟主とし、その下に他の者、その配下の部族が入る、という形で連合を組み、

アベリオン丘陵部族連合、『ナインズ・オウンゴール獣王連合』が誕生した。

 

その後は連合に他の部族を傘下に取り込んだり、反目する部族との小規模な戦いを乗り越え、

傘下に収めた部族は丘陵全体の八割に上る。

多くは『強きに従う』という気風の者達だったため従えてからの混乱は少なく、

また人を食う者達も『人しか食えない』ものはおらず、現在は聖王国から輸入した牛や豚、

あるいは水産物などを食べるようになっている。

 

元々が「亜人を聖王国に攻め込ませない」としてメコン川が立ち上げたものであり、

傘下の者達を縛る法は多くはない。「むやみに人を襲わない、食うのは厳罰」に始まり、

「連合傘下・協力関係にある部族(聖王国含む)を襲わない」

「連合に部族の規模に応じた税(食料・薬草などの物納)を納める代わり、

 飢饉や疫病、魔獣の襲撃などへの援助を行う」など。

まだまだ問題は山積みだが、ひとまずの形はできた、はずだ。

 

「うむ、メコンガワ殿。今期分の報告に参った。道中こ奴らの支配域を通るのでな、

 序でに連れて来た。各々報告事項があるそうでな」

 

「おう、それぞれ頼みごとをしててな。まあ中に入れよ」

 

天幕に入るよう促し、揃って中へと入ってゆく5人。

なお、便宜上の(必要があれば天幕を畳み移動することもあるため)「首都」は

数か月前に亜人連合軍の陣があった場所に置かれている。

ここにはメコン川(とルプスレギナ)が住む家や軍議用の天幕、

各種物資の保管庫や傘下の部族が駐在する天幕などが置かれ、

多少なり聖王国との交易も始まっているため、それなりに賑わっている。

 

「それじゃ、報告を聞こうか」

 

上座に座り、一同を見回すメコン川。

いつの頃からか、こうして月に1度ほどは初期メンバーであるこの5人で集まり、

報告会をするのが通例となっていた。

当初は逆らえば殺される、という重圧で悲壮な決意で集まっていたものだが、

メコン川としては明らかに人間に悪意を持っていたあの2人を見せしめとして除ければ良く、

強きに従う、という風潮の強い亜人の性分もあり、親分と舎弟のような関係となっていた。

 

初手はロケシュ。

人に敵対的ではないが好意的でもないため連合に参加していなかった種族、

豚鬼(オーク)が連合の傘下に入る事を了承した、という事を中心に、

傘下の部族の現状や伝達事項など。

元々実力者で亜人連合軍の総大将を務めていたのもあり、

獣王連合に属する亜人部族長のまとめ役を担っている。

 

次はヴィジャーとムゥアー。

近頃丘陵の外、東の方面から狂暴な魔物が流れてくることが多く、

王国への交易路が塞がれかねない、との事。

獣王連合としては未だ王国との国交はないが、後の交易のため、

また聖王国から王国までの陸の交易路を守るためにも助勢が欲しいらしい。

 

「お、豚鬼もついに折れたか。まあデメリットはねえからなぁ。助かるぜロケシュ。

 そんで、東の方から魔物か……確かエルフの住む森林地帯があんだよな?

 たしかそこで今ドンパチやってるらしいから……それで追いやられた連中かねえ。

 で、バザー。出来た(・・・)んだな?」

 

うむ、と頷くバザー。この丘陵には亜人だけしか住んでいないわけではなく、

少数だが山小人(ドワーフ)の近縁種、闇小人(ダークドワーフ)が住んでいる。

バザーは各種のマジックアイテムで武装しているが、大半は彼らに作らせたものである。

そんな闇小人に伝手のあるバザーを通して交易用の魔法武器の製造を依頼していたのだ。

その際に入れる刻印……獣王連合の紋章はアインズ・ウール・ゴウン時代に

メコン川の紋章として使われていたものをそのまま使っている。

 

「まずは獣王連合の刻印入りの魔剣を30本。

 量がある代わり魔化は単純に鋭さの強化だけだが……十分だろう。

 いつもなら捕虜を奴隷として引き渡すんだがな、獣王殿からの依頼だと言ったのと、

 聖王国の酒と魚介と香辛料で手を打ってくれた。あいつらも大喜びだったさ。

 あとはこれは俺が懇意にしている職人が獣王殿に、とな」 

 

卓を滑らせてメコン川に寄越されたのは、鞘に獣王連合の刻印の入った1本の剣。

抜いてみれば、その刀身にはおぼろげに光る文字が1つ刻印されていた。

 

「へえ、ルーン文字か」

 

「知っているのか? なんでもかつて小人(ドワーフ)の一族で主流だった技術でな。

 生産性が良くないので現在の手法の魔化に押されて消えかかった技術らしいが、

 材料費がほとんどかからんという技術だそうだ」

 

「ま、そういう文字がある、って聞いた程度だがな。昔のダチとつるんでた頃、

 そういう武器をいくつか見た記憶があるぐらいさ。

 だがまあ、面白いし、レアってのは価値だぜ。金の匂いがしてきたな」

 

「悪い顔をしているぞ、獣王殿?」

 

「お前の厳つい顔にゃあ負けるさ。ま、手空きの時に作ってほしいと頼んでみてくれ。

 剣はカッコイイんだが俺、使うのはメイスやフレイルの類なんだよなぁ。

 ま、貰っとくけど」

 

バザーと軽口を叩きながらアイテムボックスにルーンの剣を放り込み、

ヴィジャーらの求めにはバザーの配下から応援を出すことで対応する。

その後は雑談に興じ、暫く経った後、天幕の入り口から何者かが入って来た。

おかっぱに切りそろえた黒髪に狐の面を被り、袴の丈の短い巫女服を着た少女だ。

 

「あるじ様、ルプスレギナ様とカルカ様がお着きです。あるじ様の御宅にお通ししても?」

 

鈴を転がすような声。亜人(と異形種)ばかりのこの場にはそぐわない姿であったが、

彼女もまた異形種。と言ってもNPCではなく召喚モンスターだ。

ウカノミタマ。レベル85にもなる精神魔法を多用するモンスターで、

魔法に長けた少女形態、物理に長けた巨獣形態を持つ。

これからちょくちょく旅に出る関係上、留守を任せられる人材を、ということで

メコン川のクラス、「アヤカシ」の上位職業「ヒャッキ・ロード」のスキルで召喚され、

個体名として「ミクラ」という名を与えられている。

メコン川からすればタイマンで勝てる程度のモンスターでも、

この世界においては破格すぎるほどの強さを持った魔物であることは言うまでもない。

 

なお、レベルにおいてはルプスレギナを一回り以上上回っているが、

ルプスレギナはメコン川自ら丹精込めて創造したNPC、

自分はただの召喚モンスターとしてその下についている。

 

「おう、話し合いも終わったしな。じゃ、悪いなお前ら、先に上がるぜ。

 バザー、魔剣は倉庫に頼むわ、確認はミクラにさせるからよ」

 

「分かった。ミクラ殿、頼めるか」

 

「畏まりました」

 

そうしてメコン川は天幕から出て自らの居宅へと向かい、

その場には獣王連合幹部とミクラが残される。

 

「……む、そういえば、ミクラ殿、例の……その、羊の件だが」

 

ほんの少しの間沈黙していたが、ヴィジャーがミクラに向けて話しかけた。

獣王連合においては人との争いや人食いが禁じられている。そもそも

「新鮮な人肉と牛馬の干し肉と比べれば人肉、そうでなければ牛や豚の肉が味としては良い」

という亜人の味覚であるため現在では(メコン川達がにらみを利かせているのもあり)

ほとんどが牛や豚の肉を食べているが、いくらかでも自給できた方が良い、

というメコン川の意志で、連合結成初期の頃から古くから丘陵の亜人で育てられている羊と、

聖王国から輸入した肉質の良い羊を掛け合わせ、それに専用の餌を与えることで

上質なラム肉、マトン肉を生産し特産品にしよう、という計画が持ち上がっていたのだ。

(闇小人にマジックアイテムの生産を依頼していたのも特産品づくりの一環である)

この計画はミクラを中心に、ミクラの傘下とされた魔現人の一族を用い、

魅了や支配などの魔法を用いた効率的な種付け、品種改良を行っていたのだ。

 

「ああ、その件なら順調に第1陣が孕んだところですよ。何分生き物のことなので、

 そうすぐには生まれてきませんし育ちません。植物のようには行きませんねえ」

 

ころころと笑うミクラ。ミクラの種族、ウカノミタマは精神系の他、

植物の生育に影響を及ぼす森祭司(ドルイド)系のスキルや魔法がいくつか使える。

(これはウカノミタマが神話においては穀物の神、と呼ばれている事から設定された、

 あるいはそのように書かれているフレーバーテキストが『設定』と判定され実現した、

 とメコン川は考えている)

それを利用して良質な穀物を餌として育て、与えているのだ。

ヴィジャーが急かすようにしているのは、サンプルとして輸入された聖王国の食用羊を

いたく気に入り、幹部4人の中で最もこの計画に乗り気であったからだ

 

余談だが、ここから数年後、満足のゆく水準に仕上がった羊が、

聖王国の羊を祖先に持つことから『聖王国丘陵羊(アベリオンシープ)』と命名され、

獣王連合の特産品として各地へ輸出されていくこととなるが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

少し後。メコン川の居宅として作られた家、

厳密には「マヨイガ」と呼ばれる拠点系アイテムを使用した家の応接間では、

メコン川とカルカが向かい合い、首脳会談を行っていた。

メコン川の後ろにはルプスレギナ、カルカの後ろにはケラルトとネイア。

マヨイガの周囲には聖騎士団と神官団、

そして獣王連合の亜人達が配備され、万一のことがない様に警護を行っていた。

連合での月一回の会合に合わせたこの首脳会談は交互にお互いの領域で行われており、

先月は聖王国で行われたため、今回は獣王連合での開催と相成った。

 

「そういや、今日はあの……レメ……騎士団長殿はいねえのか。

 毎度やいのやいの言いながら押しかけて来てたのに」

 

会談のさなか、ふと気が付いたようにメコン川は周囲を見回すと、

いつもならむっつりとした顔で控えているレメディオスがいないことに気付く。

 

「姉様はその……勉強中です。折角情勢が落ち着いてきているのだから、

 この際最低限度の知識は叩き込みます! とグスターボ副団長が息巻いてまして」

 

「あー……まあ、だろうなあ……苦労してそうだもんなあいつ……

 それにまあ、いつまでも誰かが教えてくれる、じゃあれ以上は育たんよ。

 棒切れ振り回してるそこらのガキじゃねえんだ」

 

それを聞いて、メコン川は納得したように何度も頷く。

次いで口をついた厳しい言葉に、カルカは怪訝そうに首を傾げた。

 

「……メコンガワ様はレメディオスには少し当たりがきついようですが、

 彼女が何か……その……思い当たる節はたくさんありますが……」

 

「まあ、それもあるがな……

 まず、知恵を捨てて武を手に入れようって性根が気に入らねえのよ。

 戦いってのはカンだけで出来るもんじゃあねえ。

 剣の振り方、足さばき、鍛錬だけ見ても、考えるからこそ強くなれんのさ。

 それを何だ、頭使わねえからこそ強くなれた? 冗談もここまで来ると笑えてくるぜ!

 ……っとすまねえ、熱くなっちまったな。 俺も殴り合いには一家言あってね。

 強くなるって事を舐めてるやつを見ると腹立ってくんだよな……」

 

「そうっす! 人の上に立つんなら頭を使えなきゃ務まらないっすよ。

 それに、聖騎士名乗るんならたっち・みー様ぐらい強くなってから言うっすよ!」

 

照れ臭そうに頭を掻くメコン川に、それに追従するルプスレギナ。

すぐに「考えなしとかお前が言うか?」とメコン川に言われしゅんとなったが。

 

「タッチ・ミー? メコン川様のご友人にも聖騎士がいらっしゃるのですか?」

 

「まあな。たっちさんは……俺が昔つるんでたダチの1人でな。

 俺が襲われたところを助けてもらった大恩人さ。真面目で正義感の強い人でな、

 頭も良くて腕っぷしも強い。仲間内じゃあ最強の騎士だったよ。

 あの人見てるからな……余計団長殿に腹が立つのかもしれねえ」

 

まあ、分からないではない……と一同が頷く。

しかし、カルカ達聖王国の者達が思い浮かべている「聖騎士タッチ・ミー」と、

メコン川やルプスレギナが思い浮かべている「純銀の聖騎士たっち・みー」

には大きな違いがあった。

メコン川がたっち・みーの種族に言及しなかったのもあり、

カルカ達は「カワウソが鎧を着こんで剣と盾を持っている図」を想像していたのだ。

加えてメコン川の言う「昔つるんでた他の仲間達」もこれまた種族の言及がなかったため、

メコン川同様のカワウソが集まった群れのようなものと思われていた。

この誤解が解けるのはこれまたしばらく先になるのだが、それもまた別のお話となる。

 

その後は話が本筋に戻り、

本来話し合うべきだった両国の関係や輸入品目について、

先の連合の会合で話し合われた東からの魔物の流入、

連合に豚鬼が加わったことの報告などがなされ、

聖王国からは王国との交易、そしてそのルートの保持の依頼などがなされた。

そして会談が終わりに向かいつつあったその時、一同の視線が1人……

レメディオスの代理、というよりはカルカやケラルトの従者として同席していた

ネイアへと集まる。

会談の間ずっと難しい話にはこたえられないので気配を消していたネイアだったが、

一つだけ聞いてみたいことがあり、小さく挙手をしていたのをルプスレギナに見つかったのだ。

 

「おお? なんか聞きたい事があんのかい、ネイアちゃん。

 言って見な、何事も経験さ。カルカにケラルト、構わんな?」

 

2人の了承を得た上で、メコン川はあらためて用件を聞く。

メコン川としても、ネイアの話を聞くことに否やはない。

要塞線に詰めていた時期、幾度か彼女の父パベルと語り合う機会があった。

その時にいやという程彼女の話をされているため、

少しぐらいは話を聞いてやってもいい、という気にはなっていたのだ。

 

「ええと……個人的な事で、申し訳ないんですけど……

 聖騎士として強くなるには、どうしたらいいでしょうか。

 母が聖騎士で、それに憧れて、ずっと聖騎士になりたかったんです。

 でも、たくさん訓練しても腕が上がらなくて……

 元々父にも母にも、お前は弓の方が向いているって言われてて。

 ……その、諦めた方が、いいんでしょうか……」

 

聖騎士に憧れる少女が打ち明けた悩みに、一同は沈黙する。

カルカもケラルトも、魔法詠唱者としては才があり、

カルカに至ってはネイアぐらいの年頃には既に第4位階に到達していた。

ルプスレギナに至っては元々そのように作られたNPCである。

それに対してメコン川はいくつかの情報系、探知系魔法でネイアを観察し、

ネイアに聖騎士のクラスが備わっていないことを知り、伝える。

 

「そう、ですか……やっぱり、諦めた方が、いいのかな」

 

「まあ、その方は効率は良かろうがな、いいんじゃねえの、別に。

 お前さんはまだ若いしよ、死ぬ気で訓練すりゃ、身につくかもしれんぜ?

 それにまあ、セイクリッド・アーチャーってクラスもある。

 攻撃に聖なる力を宿すのが、剣だけって事はあるめえよ」

 

その言葉に、ネイアは少し考え込み……メコン川に目を向ける。

 

「私に、出来るでしょうか」

 

「そいつはお前さん次第よ。ああ、ちなみに教えとくが、

 俺だって魔法職が得意だったわけじゃないんだぜ?

 さっきも言ったが、元々得意だったのは殴り合いさ。

 でもまあ、魔法職をやりたくてな、勉強もしたし、レベリング……

 まあ、訓練もしたんだ。死ぬほどな。

 ダチの中にもよ、シーフ系の職業の方が適性あったのに、

 タンク……みんなの盾になって戦うスタイルを通したやつもいた。

 俺がその時やり合って強ぇと思った奴には、一本筋が通ってたもんさ。

 俺だってそうあっていたつもりだ。こうなりたい、こうしたい。

 いや、こうなる(・・・・)こうする(・・・・)んだ。

 そんな意地を通した馬鹿(・・)だけが、本当に強くなれる。

 ……なあ、ケラルトよ」

 

「何です?」

 

「俺はもう少ししたら旅に出るつもりだ。その旅に、この子を連れてっていいか?」

 

「「えっ!?」」

 

突然の言葉に驚いたのはネイアとルプスレギナ。

最も驚きの理由はそれぞれ違い、ネイアが『私がついて行っていいんですか!?』に対し、

ルプスレギナのそれは『メコン川様と二人っきりのいちゃらぶ二人旅じゃないんすか!?』

だったが。勿論、ルプスレギナは後に怒られてまたもしょげ返ることになる。

 

「武者修行とでも思ってくれや。

 この子が伸び悩んでいるのは環境もあるのかもしれん。

 そう長旅にはならねえだろうが、旅を通して、実戦で鍛えさせてやりてんだ」

 

「この子は聖騎士団の従者なので私やカルカ様の管轄ではないのですが……

 まあ、イサンドロさんは外にいらっしゃいますから、話は通せます。

 貸し一つですよ? メコンガワ」

 

「おうよ。闇小人の魔法武器生産が軌道に乗ったらそっちにも回すからよ。

 ……あ、そういう話になったんだが……ネイアちゃん、構わんか?

 国元を離れるのが嫌なら別の手を考えるしよ」

 

ネイアはしばらくうんうんと唸っていたが最終的にそれを了承し、

メコン川達の旅に、聖騎士団従者、ネイア・バラハが加わる事となった。

 

 

 

そしてその夜。カルカ達が帰途につき、首都に住む亜人達も寝静まったころ。

マヨイガの中のメコン川達は応接間で地図を見ていた。

 

「こう、交易路沿いに北上して王国に行こうか、とは考えてるんだよな。

 一応カルカから通行手形は貰ってるが……通れるか? 俺」

 

目下の最大の問題はそれである。

人狼ではあるがほぼ人であるルプスレギナはともかく、

ぱっと見亜人というか喋るカワウソであるメコン川は、

正規の手段で入国可能かどうかが最大の問題であった。

 

「ペット扱いでそのまま……入れないっすかね?」

 

「いや無理だろ。うーむ、サイズ感狂うからやりたくねえんだが、

 化けるしかねえか?」

 

「あ、なら今すぐ化けて体を動かす練習……とか、どうっすか?」

 

「ステイ! ステイな! 服をはだけない! お客さん見てるから!」

 

『え!?』と周囲を見回すルプスレギナに、メコン川は部屋の隅を指す。

そこには初めは何もいないように見えたが、

メコン川が指をさすと幕を取り払うように何者かの姿が現れる。

 

「……で、こんな夜分に不法侵入とはふてえ野郎だ。

 名前と用件ぐらいは聞いてやるよ、名乗りな」

 

現れたのは、竜を象った意匠の施された白金の全身鎧。

それに殺気すら混じった視線を叩きつけながら、メコン川は問う。

全身鎧は少し考え込むようなしぐさを見せた後、

メコン川の視線を真っ向から受け止めながら、言葉を発した。

 

「……そうだね、私の名は、リク=アガネイア―――いや、

 あの事態を最小限の流血で収めた君に敬意を表し、名乗るとしよう。

 私はツァインドルクス=ヴァイシオン。

 白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)と呼ぶものもいるよ」

 

 

 

 




初期の構想だともうちょっと後で出てくる予定だったんですが、ツアーさん登場です。
次回ツアーさんとお話して王国編……と行きたいところですが、どうなるやら。
今月中にいけるかな……

・獣王連合について
まあそもそもは文中で言ってる通り「亜人をまとめ上げて侵攻をさせない」というのが第1にあるので、それがなされていれば硬いことは言わない感じです。
「人を襲わなきゃ大体自治でいいし、困ったことがあったら助け合おうな」
ぐらいの緩いつながり。
まあ怖いお目付け役もいるので早々事は起こらないでしょうが。
幹部の証として嫉妬マスク配ろうか……とか考えたりもしましたが絵面がアレなのでやめました。
余談ですが、ルプー以外の人達は「獣王(という通称の)」メコンガワ、という名前だと思っている。
(本来「獣王メコン川」で一つの名前)

・ウカノミタマ
ウカノミタマはちょっと出したかったんですよね……描写から察する格好が結構好み。
ミニ袴なのは趣味です。
アインズ様で言う所の<アンデッドの副官>みたいなスキルで召喚されてます。

・ネイアちゃん同行
ネイアちゃんが……好きなので……!
その割に出番が今までほとんどなかったので今回同行。
レンジャースキルが役立つときもある……はず。
本編だとシズとネイアちゃんがお友達になりましたが、
本作だとルプーにおちょくられるエンリぐらいの立ち位置にしたい所。

それでは、あんな引きにもしちゃったので次回も早めにお送りしたいところです。


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7:獣王と竜王

なんとかここまでこぎつけられました。
人間やろうと思えば一日やそこらで書けるもんですね……


 

 

突如として現れた曲者、ツァインドルクス=ヴァイシオン。

そう名乗った白金鎧を前に、メコン川達は首を傾げていた。

 

「ツァインドルクス=ヴァイシオン……?」

 

白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)……っすか?」

 

「「誰(っすか)?」」

 

「えっ」

 

思わず肩を落とす白金鎧。まさかそんな対応を取られるとは思ってもいなかったのだ。

彼、ツァインドルクス=ヴァイシオンはアベリオン丘陵の遥か北、

アーグランド評議国という国の永世評議員である。

加えて竜王の名の示す通りその本当の姿は巨大なドラゴンであり、

この世界においては知らぬ者はいない、と言うほどの有名人であったからだ。

 

しかしこの場にカルカ達がいればまだ変わったかもしれないが、

此処にいる2人は異世界から来た異邦人。

加えてここ数年は聖王国近辺の情報を取り入れる程度であったし、

獣王連合が発足してからも最低限丘陵の周囲の情報程度しか把握できていない。

自然、隣り合ってもいない国のお偉いさんの名前など、知る由もなかったのだ。

 

その後応接間のテーブルに地図があったのもあり、

簡単な自己紹介から入り、なんとか自分がどういう人間(どらごん)なのかを理解させることはできた。

 

「ほー、アーグランド評議国。そういえばカルカに聞いたことがあったな、

 亜人の国なんだっけ? いずれは国交を結びてえところだな。

 ええと……ツァインド……略していいか?」

 

「ツアーでいいよ。親しいものにはそう呼ばせている。

 まあ、歓迎するよ。君は人間や周囲に対し過剰に攻撃的という訳でもないようだからね。

 ……それで、今日失礼した用件なんだけども。メコンガワ、君は『ぷれいやー』なのかい?」

 

「……だったらどうする?」

 

ルプスレギナはすう、と室温が下がる気がした。

見れば、先程まで和気藹々と話していたメコン川が、強い気配をツアーにぶつけていたからだ。

 

「ルプスレギナ、部屋から出てミクラの所に行ってろ。

 戦いにはならんだろうが……なった場合、お前を巻き込む」

 

「え、でも、メコン川様……」

 

「頼むわ。構わんな、ツアー?」

 

「……そうだね、今ここで戦いにはしたくない、話し合いで終るだろうけど……

 仮にそうなった場合、まず君は耐えられないだろう」

 

半ば追い出すようにしてルプスレギナを部屋の外に出し、盗聴防御の魔法を使う。

ツアーの方も同じような魔法を使ったらしく、部屋の外、その気配を全く感じ取れなくなった。

 

「それが『始原の魔法(ワイルドマジック)』ってやつかい?」

 

「世界断絶障壁、というものでね。内外に侵入が不可能になるものさ。

 この部屋程度の範囲なら、この鎧に込めた力でも容易いんだよ。

 それで、質問の答えなんだけど」

 

「『ユグドラシル』のプレイヤーだったか、ということなら、イエスだ。

 だが俺はその辺りの事情を全く知らねえ、簡単に教えてもらっていいか?」

 

その問いに、ツアーは「私が知っている範囲でなら」と前置きし話し始める。

まず始まりは600年前、弱小種族として虐げられていた人間の元に、6柱の神が降臨した。

地水火風の四大神の上に光と闇の上位神が存在する、後に言う六大神信仰の始まりである。

 

「私はその時から生きていてね、その時に彼らから聞いたのさ。

 彼らが『ユグドラシル』と呼ばれる地から来たと」

 

そしてそのおよそ百年後、新たなる来訪者があった。世にいう八欲王の降臨だ。

その時には既に六大神のうち5人は寿命で没し、

そしてただ一人残った闇の神、死の神スルシャーナを殺し、

異邦人を滅ぼさんと戦ったツアーの同胞、多くの竜王たちをも滅ぼし、

最終的に身内で争い合って滅びたのだという。

その時に八欲王が使ったアイテムのせいでこの世には位階魔法が産まれ、

そして新たに産まれたドラゴンたちは始原の魔法を使う力を失ったのだ。

 

「……なるほど、五行相克……いや永劫の蛇の指輪(ウロボロス)か?

 確かに、あれは文字通りの意味で世界そのものに働きかけるアイテムだ。

 こっちでそれを使ったなら、そういうこともあるだろうな。

 ワールドアイテムもこっちにあるのか……」

 

「君はその辺りに詳しいようだね。そう……私が生き残っているのも、

 その時戦いに参加しなかったんだ。まだ私は若かったからね……」

 

その後も百年ごとにそれが繰り返され、世にいう「口だけの賢者」を始め、

英雄譚に謳われる英雄たちの何人かは「ぷれいやー」だったのだろう、とツアーは語る。

 

「実際はもっと多かったんだろうと思っているよ。すべてのぷれいやーが、

 六大神や八欲王のように派手に動きを見せたわけではないのだろうしね」

 

そして今から二百年前、六大神のうちスルシャーナを除く者達の、

従属神と呼ばれる者達が暴走し、魔神となって大陸を荒らした。

それを鎮めたのが十三英雄、ツアーを含む現地の英雄たちと、

「リーダー」と呼ばれるプレイヤー、その仲間達を中心とした者達である。

 

「まあ、亜人や異形種は含まないから実際はもっといたんだけどね。

 聖王国に伝わる秘宝、聖剣サファルリシア、あれも十三英雄の持ち物さ。

 あとは……そうそう、王国の冒険者、『蒼の薔薇』のラキュース。

 彼女の持つ魔剣キリネイラムも別の十三英雄が使ったものだよ。

 まあ、そんな縁もあったからこの国を気にかけていたんだけど……

 この間の戦いで君が使ったあの大魔法。あれを見て君がぷれいやーだと確信してね。

 今日お邪魔させてもらったという訳なんだけど」

 

「なるほどなあ……やっぱり俺以外の奴もこっちに来てたのか。

 ……なら、いくらか希望も持てる、か」

 

「……他のぷれいやーの事かい?」

 

問いに首肯し、メコン川は口を開く。

 

「俺が知っている、今こちらに来ている可能性のあるプレイヤーは3人。

 魔力系魔法詠唱者のモモンガ、信仰系魔法詠唱者のやまいこ、そしてモンクのヘロヘロだ。

 この人たちはこっちに来たしても危険性はないだろうさ。

 ……そうだ、こいつを渡しておく」

 

そう言ってメコン川が投げてよこしたのは、獣王連合の刻印の入ったメダル。

通貨として使うものでは無く、連合に所属していると示すためのメダルだ。

 

「……これは?」

 

「連合のメンバーだって事を示すメダルよ。

 その刻印はユグドラシル時代、俺というプレイヤーを示すものでね。

 もし3人に会ったら見せてやってくれ。信用してくれるはずだ」

 

「ありがとう。覚えておくよ。……じゃあ、これで最後にしようか。

 メコンガワ、君は、この世界で何を成すつもりだい?」

 

その問いにメコン川は少し考え、神妙な面持ちでツアーを見た。

 

「そうだな……俺個人としては、ルプスレギナ、さっきのあいつな。

 あいつとのんびり気楽に暮らしてえ、それだけだ。

 しかしまあ、そうもいかなくなっちまったが。

 ……となれば、もう1つの方かね」

 

「もう一つとは?」

 

「弱者救済。虐げられた者達を、出来る限りは助けてやりてえんだ。

 全員を助けることはできねえだろうけどよ、今の俺には力がある。

 それでも、ユグドラシルで俺を救ってくれた人みたいに、

 困っている人を打算なく助ける、そんな人間になりてえんだ」

 

「……なるほど。嘘では……ないようかな」

 

それでは、と腰を浮かしかけたツアーを、メコン川が止める。

 

「どうしたんだい?」

 

「あんたを見込んで頼みがある。2つほどな」

 

「……聞こうか」

 

メコン川は語り始める。自分は元々人間であったこと。

ユグドラシルでこの姿になり、そしてこの世界に飛ばされた。

そして気付いたのだ。自分は人間ではなくなってしまった、と。

 

「どうも、自覚できる範囲だけでも人間だった頃とは違ってるみたいでな。

 味覚、嗅覚……そして、人間性。俺は、人間を同族と思えなくなっちまってるんだ。

 勿論、恩義を感じた相手って認識もあるし、聖王国を助けたいと思ったのも本心だ。

 俺ぁ元々堅気の人間じゃねえ。お天道様に顔向けできないこともやってきた。

 けどな、氷炎雷や白老を殺したあの時、俺は愉悦すら感じていたんだ。

 まるで、本物の妖怪変化みたいにな」

 

「そうなんだね……だが、君はそれに抗おうとはしているんだろう?

 私の知り合いだったぷれいやーにも、そういう者達はいたよ。

 君がそれに抗い続けている限り、君は人の心を失うことはないだろう」

 

「すまねえな……だが、その上で頼む。もし俺が、完全に人間性を失うようなことがあったら……

 さっきのあいつ、ルプスレギナや、他の皆を平然と傷つけるほどに狂っちまうことがあったら。

 ツアー、俺を殺してくれねえか」

 

テーブルに手を突き、頭を下げるメコン川。

目の前のぷれいやーに、ツアーはかつての友人の姿を見た。

十三英雄のリーダー、弱きものから始まり、英雄と呼ばれるまでに強くなった彼の事を。

けして償えぬ罪を背負い、復活すら拒否して命を絶った「リク(親友)」の事を。

 

「……分かった。 白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)、ツァインドルクス=ヴァイシオン。

 かつての親友の同郷である君、「獣王」メコンガワがもし狂える魔神になったとしたら、

 この私の全力をもって君を滅ぼすと、ここに誓おう」

 

「……すまねえ。ああ、この話は秘密にしてくれよ。多分他の奴らが知ったらキレるだろうしよ。

 それで、もう一つだが。警戒してほしいプレイヤー勢力がある。

 恐らくまだこの世界には来てはいないはずだから、今すぐどうなるって話でもねえが」

 

「ぷれいやー……? 詳しく聞こうか。確かに一〇〇年の揺り返し、

 それが終わるまでには数年ぐらいはずれが発生することもある。

 今回ではなく次の揺り返しで来るとしても、情報を得られるのであれば、有り難い限りだね」

 

「助かるぜ。まあ、本当に脅威となるかはまだ分からねえし、

 場所が分かれば俺が説得できると思う。最悪を警戒する必要はあるがね」

 

「それで、その勢力とは?」

 

「ギルド、アインズ・ウール・ゴウン。そしてその本拠、ナザリック地下大墳墓だ」

 

 

 

 

「メコン川様! いい天気っすねえ!」

 

「そうだなぁ。絶好の旅立ち日和だ」

 

「そうですね……天気が荒れると魔物の動きも予想できませんし、

 こんなに気持ちがいい天気で出立できるのは運が良かったです」

 

あれからまた少しして。メコン川とルプスレギナ、そしてネイアは旅の空にあった。

ツアーが帰り世界断絶障壁が解かれた後、

フル装備でなだれ込んできたルプスレギナを宥めるのにしばらくかかったり、

ネイアを旅に連れていくというので暴走したパベルをその妻が殴り倒す、

等の一幕もあったが、概ねで旅立ちまでは平穏な日々であった。

 

「……ふむ」

 

メコン川はアイテムボックスから一つの指輪を取り出すと、それを眺める。

大きな紅い宝石があしらわれた、黄金の指輪だ。

銘をリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。

ユグドラシルのギルド、アインズ・ウール・ゴウンのサインが入った指輪であり、

転移魔法の使えないものでも、距離・回数無制限で本拠地、

ナザリック地下大墳墓の任意の部屋に転移可能というアイテムだ。

しかし指輪は光を失っており、それが使用可能な状況にない、ということを示している。

 

(指輪はまだ使えねえ……つまり、まだこの世界にナザリックは転移してきてない。

 だが油断はできねえ……NPCだけで転移してこられるのが、一番怖ぇからな)

 

メコン川がナザリックを警戒するようツアーに促したのは、そこである。

ナザリックのNPCは基本的に創造主、そしてギルドメンバーに絶対の忠誠を誓っている。

ギルドメンバーと共に転移したなら、苦労はするだろうが抑えは効くだろう。

しかし仮にNPCだけで転移した場合、ほぼ確実に自分達を探すために暴走するだろう。

そうなれば、200年前の魔神戦争の再来だ。

転移当初のルプスレギナの例を見ても、NPCは基本的にナザリック以外には敵対的だ。

そして一部の例外を除いてカルマは基本的に悪の方向に振り切れており、

中でもナザリック一の知恵者と設定されている悪魔、第七階層守護者デミウルゴス、

嗜虐心が強く、殺人嗜好者と設定されている第一~第三階層守護者、

シャルティアなどは特に危険だ。

守護者統括であるアルベドもカルマは悪の方に振れていたはずであり、

アルベドやデミウルゴスがブレーンとなって悪逆の限りを尽くすだろうことは目に見えている。

 

(希望があるとすれば、あの時「我が息子」「自由に生きろ」と言われたパンドラズ・アクター。

 あいつが抑えに回ってくれることだが……二対一だからなあ)

 

そんなことを考えながら、メコン川は指輪をアイテムボックスに戻し、腹の底に力を入れる。

するとぼふん、と煙を伴った小さな爆発音とともに、

メコン川の姿が大柄な人間男性の姿へと変わる。

アヤカシの種族スキルの一つ、変化(へんげ)だ。

日に数回、いくつか設定してある姿へとアバターを変えられるスキルで、

この姿はネタとして設定していたリアルの姿をほぼそのままアバターにした姿である。

 

「うぇっ!? ……あ、もしかしてメコンガワさんですか……?」

 

「えへへ、その姿のメコン川様も素敵っす……」

 

突如ゆるキャラのようなカワウソがマッチョな大男に変わってちょっと引くネイアと、

ちょくちょくその姿を見ていたため驚かず、逆にうっとりと頬を赤らめるルプスレギナ。

そんな二人を引き連れて、メコン川は王国との国境線に向けて歩を進める。

メコン川の危惧が杞憂となるか、現実となるか。

それは、まだわからない。

 

 




そんなこんなで聖王国編完。次回から王国編になります。
ツアーとの話し合いやネイアちゃんパーティ参入は結構な割合で想定外だったんですが、
ネイアちゃんをもっと書いてやりたい……と思って色々考えてたらパーディに参入してました。
「顔無し」ルートは完全に潰れた感じ。

メコン川さん(人化)はやるつもりはなかったんですが、
帝国ならともかく王国行く場合関所通れねえよな……と思い。
だいたい一時的なものなのであまり頻繁に人化するつもりはありませんが。
外見的にはケンガンアシュラの理人みたいな感じ。
一応リアルで何やってたか、についても設定はしているので、
いつか機会があればお披露目できればいいなあと思っています。


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王都編
8:メコン川一行の王国探訪~蒼の薔薇を添えて~


活動報告で10月からちょっと更新遅くなるかも、と言いましたが、どうやら祭りは10月末からになるようなので10月中はまだ更新できそうです。

・追伸
UA二万を超えました。本当にご愛顧ありがとうございます……


 

―――リ・エスティーゼ王国領、リ・ロベル。

王都より西にあるこの都市は、海路での聖王国との交易がある大都市である。

聖王国との交易の玄関口というのもあり、

王国の六大貴族が治めていない都市では栄えている都市と言える。

しかし、つい半年ほど前。聖王国からの船が突如として増加した。

原因は聖王国の東方にあるアベリオン丘陵。そこからの亜人の侵攻が止んだのだ。

その為交易に人を回す余裕ができ、物や人の行き来が増加したのだという。

それを知った商人達が商機を嗅ぎ付け、

聖王国にほど近い大きな港のあるこの都市に集まってきた。

人が集まれば物も金も集まるもので、旅人や商人、そしてそれを護衛する冒険者、

それらを目当てとした宿や酒場などが仕入れを増やし、今空前の好景気に沸いていた。

 

「よう姉ちゃん。一杯付き合わねえか? 奢るぜ」

 

そんな、流れ者たちで溢れるとある酒場。

一見して冒険者か傭兵と分かる、使いこんだ革鎧に身を包んだ男が、

あるテーブルに座る女性に声をかけた。

女性は黒を基調としたメイド服とも僧衣ともとれる衣服を身に着け、

見た事のない聖印の意匠が施された巨大な杖をテーブルに立てかけている。

褐色の肌に赤いロングヘアを三つ編みにした、金色の瞳の美女。

しかし、女性は男を視線だけを動かし一瞥すると、

興味なさげに視線をテーブルの上の料理に戻す。

 

「連れがいるんで結構っすよ。よそ行くのをオススメするっす」

 

見れば女性に隠れて見えなかったが、金髪の弓使いと思しき少女が俯き、

縮こまる様にして隣にいた。

なら一緒でも構わないぜ、と言いかけた所で、男の肩が掴まれ、影が差す。

 

「よう兄ちゃん、俺の女になんか用かい?」

 

それは、見上げるような大男だった。南方のものと思しきゆったりした装束を纏っているが、

装束を内側から持ち上げるような、圧倒的な筋肉の鎧。

自信満々に吊り上がった口、大きく見開いた四白眼は、獰猛な肉食獣を思わせる。

肩に置かれた腕は男の倍ほども太く、その手はごつごつと節くれ立ち、

明かに人を殴り慣れているような拳ダコの出来た指が、

言外に『お前の言動如何では()()を叩きこむぞ』と言っているようであった。

一瞬で青ざめた顔になり、愛想笑いを浮かべながら逃げていく男。

それをつまらなそうな顔で見送り、大男……メコン川は女性……ルプスレギナの隣に座った。

 

「何だ、骨のねえ奴だな……」

 

「メコンガワさんに肩を掴まれて睨まれたら誰でも逃げると思うんです……」

 

「俺ほど愛嬌のあるやつもそういないと思うんだがなあ。

 見ろよこの朗らかな笑顔! キュート&ファンキー、って感じだろ?」

 

「の、ノーコメントで……」

 

「どっちかっていうとワイルド&デンジャラスって感じだと思うっす。

 ま、そこが素敵な所っすけどね~」

 

肉食獣が牙を剥くが如き笑顔にノーコメントとばかりに目を逸らすネイアに、

さっきの興味なさげな顔とは打って変わって頬を染めた満足げな顔のルプスレギナ。

あれからメコン川一行は街道を北上し、大都市、そして港町と言うことで、

人、物、金、そして情報の集まる場所であるリ・ロベルに滞在していた。

表向きは聖王国の商人兼冒険者、という体で王国に入国。

聖王国の品や獣王連合の魔法武器など、各種の品々を行李に詰め込んで持ってきている。

出国する前に全員冒険者登録は済ませており、慣らしという体で幾度か依頼をこなし、

聖王国からの身元の保証もあり、メコン川とルプスレギナが金級、

ネイアが銀級冒険者、ということになっている。

 

聞こえてくるのは、聖王国との交易が盛んに行われている事、

国境付近で不思議と亜人が襲ってこない事、

聖王女が強い姿勢を取るようになり、南部勢力を圧している事。

王都の周囲の村が焼き討ちに遭っている事、

アベリオン丘陵の亜人達が組織的な動きを見せている事、等々。

 

「やっぱ聖王国の話で持ち切りっすねえ、景気のいい話は」

 

「こないだまで亜人とドンパチやってた奴らが盛んに船出してたらこうもならぁな。

 しかしまあ、どこに行ったもんかねえ……おう姉ちゃん、腸詰とエールお代わりな!

 そうそう、ぼちぼちこの街発とうと思うんだけどよ……

 ここから少し離れた所で、どっか良さげな街、知らねえかい?」

 

近くを通った給仕の娘を呼び留め、手慣れた様子でチップを数枚握らせる。

そして聞いたところによると、行くのであれば王都が一番規模が大きく、

そこ以外ならば王都の南、エ・ペスペルか王都の東、エ・レエブル。

あるいはさらに東にあるエ・ランテル辺りから来る人間が多い、との事。

そこまで聞いたところで、給仕の娘は声のトーンを落とし、メコン川に耳打ちする。

 

「ああ、そうだお兄さん、さっきお連れさんがガラの悪いのに絡まれてたでしょ?

 あいつ、この街の傭兵なんだけどさ……あんまりいい噂聞かなくて。

 タチの悪いのとつるんでるって話も聞くし、今晩あたり、気を付けた方がいいわよ」

 

そう言って離れていく給仕。その背中を軽く手を振って見送り、

テーブルに視線を戻すと、ネイアが不思議そうに声をかけてくる。

 

「その、なんていうか……手慣れてるんですね?」

 

「ま、こういうノリは嫌いじゃねえし、国が変わっても種族が変わっても、

 懐か腹があったまれば口も軽くなるのが人間ってもんさ」

 

「そういうものでしょうか……」

 

まだ少女、と言っていい年齢である事と、その眼つきから友人があまりおらず、

他者と関わることが少なかったネイアには、見知らぬ地で気さくに他者に話しかけられる、

ある種豪胆なメコン川やルプスレギナは、とても眩しく見えた。

自分も、この人たちのようになれるだろうか。

 

「そういうもんさ。さ、食え食え!

 強くなるためには1に行動、2に経験、3・4に飯で5に快眠だ!」

 

「わ、か、髪……」

 

「あ、メコン川様私も撫でてほしいっす!」

 

ごつごつした手で頭をわしわしと乱暴に撫でられる。

髪型が乱れるな……などと思いつつ、その感触にどこか心地よいものを感じながら、

ネイアは料理に手を付け始めた。

 

 

 

数人の男達が、地に伏していた。

酒場から宿への帰路、先程ルプスレギナに袖にされた男が、仲間を連れて襲撃してきたのだ。

無論、即座に叩きのめされて全員仲良く地面を舐めているが。

ここからはネイアには刺激が強い、と2人は先に帰し、

メコン川は叩きのめした男たちを路地裏に引き込んで放り出す。

全員顔が無残に腫れ上がり、一部の者は手や足があらぬ方を向いている。

本気ではないにしろ100レベルプレイヤーに殴られて四肢が飛ばなかっただけ、

彼らにとっては良かったのだろうか。一思いに死ねなかったのが不幸かもしれないが。

 

「ゆ、許してくれ……いや許してください! お願いします!」

 

「別に殺しやしねえさ。死んだほうがましかもは知れんがね。

 何、ちょっと話を聞きてえだけよ。この近辺のざっくりした事情は聞いたがよ、

 ()の事情はお前たちみたいなチンピラに聞くのがいいだろ?

 俺はクズをぶん殴ってスカっとして、情報まで手に入る。

 お前たちは命が助かって万々歳。いい取引だと思うぜ」

 

固く握りしめた拳を見せると、男たちは必死に首を振って従う意思を見せ、

震える口で口々に証言をする。

 

曰く、この国の暗部には「八本指」という組織が存在し、

様々な手段をもってこの国の裏を牛耳っている。

末端も末端ではあるが、自分達のその一員である。

 

曰く、この都市一番の海運商も八本指、その密輸部門の一員で、

様々なご禁制の品を扱っている。

あんたがその気ならつなぎをとってもいい。

金次第だが大抵のものは手に入るだろう。

 

曰く、この国では現在「ライラの粉末」と呼ばれる麻薬が流行している。

これは八本指の麻薬部門が作ったもので、

場所は分からないが王都近郊の村で製造・出荷されているらしい。

 

その他、男たちが知る限りの情報を搾り取り、身ぐるみを巻き上げ、

その上で縛り上げて道の真ん中に放り出す。

 

「運が良ければお仲間に助けてもらえるかもな。

 ま、いい話を聞かせてもらったぜ、じゃあな!」

 

「ま、待ってくれぇ! せ、せめて解いてくれ!

 縄が食い込んで痛ぇんだよぉ……どうせ解かれたって歩けねえんだ……」

 

「ああ、そうそう……報復とかは、考えねえほうがいいぜ?

 これでも人に優しいメコンさんで通ってんだ、命までとりゃせんがよ、

 話して分からねえ、ってんなら、分かるまで、()()よ」

 

転がっていたレンガの欠片を握りつぶして見せれば、一も二もなく頷く男たち。

その首に『この者ら、八本指関係者』という看板をぶら下げて、メコン川はその場を去る。

その後男たちがどうなったのかは、少なくともメコン川は知らない。

 

 

 

翌日。リ・ロベルを発ったメコン川一行は、東へと進路を取っていた。

前列にカワウソに戻ったメコン川とネイア、その後ろにルプスレギナ、という並びで、

ネイアはリ・ロベルで手に入れた地図とにらめっこをしていた。

 

「王都には寄らないで、エ・ペスペルで物資と情報の補給。

 あとは街道沿いにエ・ランテルへと向かう……でいいんでしたっけ」

 

「そうだなぁ。本格的に商売すんのはエ・ランテルでいいだろうさ。

 エ・ペスペルでの補給も最小限でいいだろ、あそこ六大貴族の領地らしいし。

 あんまり目立ってお上に眼ぇ付けられんのはめんどくせえからな」

 

「そんなこと言って厄介ごとに首突っ込んでなんだかんだ大ごとになるっすよ。

 私にはなんとなく分かるっす」

 

言ったなお前、メコン川様うめぼし、うめぼしは勘弁っすー!

などと戯れている様を苦笑しながら見つつ、ネイアは自らの手を見つめる。

メコン川とルプスレギナ(と獣王連合の面々)による訓練で、

ネイアの弓士として、レンジャーとしての能力は格段に上昇した。

メコン川が『ぱわーれべりんぐ』と呼ぶ手法を使い、

ギリギリ勝てる程度の魔物を追い込み、ネイア単独で倒させるなど、

ルプスレギナの治癒魔法があれど死と隣り合わせの経験は、

訓練の何倍もの効果があった。

しかし、まだネイアには聖なる力を扱う能力は宿っていない。

メコン川が言うには、まだ己の『正義』というものが見えていないからだろう、との事。

 

『他の奴も観てみたんだがよ、()()()の奴らは、

 経験に応じた職業を自動的に得ているみてえだ。

 なら、聖騎士の、聖弓士(セイクリッド・アーチャー)の経験とはなんだ?

 おそらくそれは、自分の胸に『正義』を抱えているかどうかだと、俺は思う。

 心に正義を抱え、その正義を成さんとしたその時、力が芽生えるんだろう』

 

半分ほど何を言っているのかはよくわからなかったが、なんとなくは理解した。

自分にあるのは、聖騎士としての『正義』ではなく聖騎士への『憧れ』だ。

そもそも、正義とはなんだろう。正しい事とはなんだろう?

騎士団長であるレメディオスなら、『カルカ様の正義こそ絶対の正義である』というのだろう。

だが、自分にとっての正義とは、と考えると、これが良くわからない。

そもそも、正しいとはなんだろう? 何をもって正しいというのだろう?

父が私に聖騎士より弓士の道に進むよう言うのも、

才能を有意義に扱うという意味では正しいだろう。

だが、自分にとってはそれは『正しい』とは思えない。

多感な年頃故の悩みにネイアが煮詰まろうとしていたその時、

何かもぞもぞとした感触が体を這う。

 

「ひんっ……って、ルプスレギナさん、何やってるんですか!?」

 

「え? ネイアちゃんがぼーっとしてたんでちょっとスキンシップを図ろうかとしてたっす!」

 

感触の正体はルプスレギナの手。ネイアが考え事をしていて注意散漫になっていたのを見て、

むくむくと湧き上がった悪戯心のままにさわさわと体をまさぐったのだ。

 

「やっ、ちょっと、やめてください……っ!」

 

「しかめっ面は美容に良くないっすよ? ほほほいい匂いっす……」

 

そのまま抑え込まれてくすぐられ、悶えるネイア。

最終的にルプスレギナがメコン川にはたかれて鎮圧されたが、

結果的に、ネイアの眉間の皺は少しだけ取れたようだ。

 

 

 

そしてその夜。焚火の周りで一行は野営をしていた――――――が、

ネイアやメコン川は足を崩してくつろいでいたが、ルプスレギナだけは正座をしていた。

これは昼の一件の罰としてメコン川に強制されていたためだ。

そして正座を続けていれば足が痺れてくる。

しばらく前から正座をしていたルプスレギナの足は、そろそろ限界に達しようとしていた。

 

「あ、あの……メコン川様……もう、崩していいっすか、足……」

 

「お、そうかそうか、ぼちぼち限界か?」

 

「ちょっとでも動かすとやばいっす……お、お慈悲を……」

 

「<魔法抵抗突破持続時間延長化(ペネトレートエクステンドマジック)麻痺(パラライズ)>」

 

「ぎゅうっ!?」

 

持続時間の延長もされた上で魔法防御を貫通して放たれた<麻痺>が直撃。

ルプスレギナは正座したまま硬直し、その上でメコン川がその膝に座りこむ。

普段であればご褒美だったろうが、今は足の痺れが限界に達している。

その上で麻痺しているため、ルプスレギナは足の痺れと麻痺の痺れ、

そしてその上からメコン川が座っている重圧を身動きできないまま味わうこととなった。

余談だが、<麻痺>は動けなくなるだけで普通に意識はある。

因果応報と人は言う。

 

閑話休題。

 

ルプスレギナの麻痺も解け、焚火も燃え尽きようとしているその時。

ルプスレギナがあらぬ方に顔を向けて鼻をひくつかせた。

 

「……ん? なんか焦げ臭いっす。火事っすかね?」

 

「あっちの方……ですか? 何も見えませんけど」

 

夜目の利くネイアが目を細めるが、何も見えない。

やや焦げ臭いかもしれない、程度の匂いはするが、そもそも焚火が燃え尽きようとしているので、

そちらの匂いの方が強い。

 

「えーっと今がこの辺だから……地図によるとあっちの方には村があるみてえだな。

 もし火事や野盗の襲撃だったら事だ、ちょっと様子見に行くか。―――ルプスレギナ」

 

「はいっす!」

 

「へ、え?え? わ、私の同意はあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

言うが早いかルプスレギナがメコン川とネイアを小脇に抱え全力疾走。

ルプスレギナは人狼という異形種、そしてレベルは59に達する。

そんな彼女の全力疾走は、物理的な意味で風よりも速い。

その被害にあったネイアの悲鳴がドップラー効果の尾を引き、街道に響き渡ったという。

 

 

 

丘の上から見る()()は、夜を赤々と照らす炎だった。

一面の畑を瞬く間に覆い尽くし、幾つかある見張り塔、建物に火が映り、燃えていく。

そんな様を見つめていたのは、赤紫の鎧を纏った、男と見まごうばかりの屈強な巨体の女性、

そして夜空のように光が揺らめく大剣を持った、白い鎧の美女。

巨体の女性の名をガガーラン、白い鎧の美女がラキュース。

彼女らは冒険者の中でも最高位、アダマンタイトの称号を持つ冒険者チーム『蒼の薔薇』。

()()()からの依頼により、八本指により『ライラの粉末』の製造拠点とされた村、

その焼き討ちに来ていたのだ。

焼き討ちが始まっているということは八本指関係者の始末は終わっており、

後詰である自分たちの出番はないだろうとひとまずは胸をなでおろしていた。

あとは潜入チームである忍者の双子、ティアとティナ、

そして魔法詠唱者のイビルアイの帰還を待つだけだ。

 

「で、あといくつ焼きに行くんだ?」

 

ガガーランが言う。何を、とは言わない。

何を焼くのか、それは目の前にあるそれと同じものだからだ。

目の前の光景から目をそらさぬまま、ラキュースは返答する。

 

「出来ればあと二つ……かしらね。村の人達も、無事に逃げてくれればいいけど……」

 

ライラの粉末、通称黒粉は、植物から精製される麻薬である。

安価で手に入りやすく、服用すると強い多幸感と陶酔感をもたらす。

依存性が高く副作用があるが、禁断症状が弱く、八本指の根回しもあり、

王国ではほぼ黙認され王国全土に蔓延している。

これ以上の蔓延を防ぐため、依頼人からの指示であちこちの拠点を焼いて回っているが、

これが対症療法にしかなっていないのは明らかだ。

また、この原料を焼いた煙もまた有毒で、栽培のために働かされていた村人たちにも、

この煙に巻かれ死ぬものがいるであろう、とはラキュース達にも分かっていた。

 

「あの黒粉の原料を焼いた煙だからな……そう祈るしかないだろ。

 可哀想だが、全員を助けている暇もなけりゃ、俺らの顔を見られるわけにもいかねえんだ」

 

「そうね……」

 

そんな話をしていると、空から小さな影が舞い降りてくる。

紅いローブに目のあたりにスリットの入った白い仮面の、小柄な人物だ。

イビルアイ。蒼の薔薇では最後に加わったメンバーながら、

その実力は他の4人より頭一つか二つ以上は抜きんでている凄腕だ。

 

「―――帰ったぞ。早速で悪いが、緊急事態だ」

 

そう言って投げてよこしたのは、牙のような形をした、中央に溝の入ったデザインの2本の短剣。

吸血の刃(ヴァンパイア・ブレイド)。刺した相手の血を残らず抜き取るマジックアイテムで、

蒼の薔薇の残る2人、双子の忍者ティアとティナの持ち物だ。

 

「村の中にこれが落ちていた。周囲には争った跡もあったが……2人の姿はなかった」

 

「やられた、って事ね……」

 

「ああ。しかも血の跡もなかった。魔法で拘束されたか……攫われたか。

 考えたくはないが、あいつら以上の奴らと鉢合わせたんだろうな」

 

ティナとティアは、ただの探索役ではない。

イジャニーヤ、と呼ばれる暗殺者組織、その三つ子の頭領のうちの2人である。

この組織はかつての十三英雄の1人を祖に持ち、連綿と技術を受け継いできた。

奇怪な技を使い、狙われればまず助からない。

二人がラキュースの命を狙ったのが縁で蒼の薔薇の一員となり現在に至るが、

その二人が攫われるなど、まずありえないことが起こってしまっている。

 

「イビルアイ、追えるか?」

 

「当然だ。だが、罠の可能性を頭に置いておけよ。

 ティアとティナを傷つけずに攫えるような相手だ、私達を誘い込んで、

 一思いに始末しようとしている可能性も高い」

 

「……けど、行かないなんて薄情な真似、しないわよね?」

 

ラキュースの問いに、残る二人は当然、とばかりに首を縦に振った。

 

 




そんなわけで次回に続く。このまま続けてもいいんですが分量が増え過ぎたので……
(基本1話辺り15kb~20kbぐらいを目安にしています)

蒼の薔薇も早めに出せました。
ちょっとやりたいことがあるのでここいらで遭遇させておきたくて……
個人的にはティア・ティナ姉妹が推し。

元々1話の中に納めるつもりだったのが収まらなかったので、次回は早目にお届けしたい所……
所で最近オバマス始めたんですが、ガガーランが水着ユニットで実装されてたって本当ですか?
(資料捜索中に当該イベントらしきイベントスチルに遭遇して大笑いした奴)

tino_ueさん、ほすさん、誤字報告ありがとうございました。
お礼の言葉を書いたつもりですっかり忘れていたという……


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9:酒は呑んでも吞まれるな~蒼の薔薇、所により百合~

今回、大分勢いで突っ走った感あるのでノリが特殊かもしれません。ご容赦ください。
ただ書いてる当人は本当に楽しかったです。



 

ラキュースらがティアとティナを救わんと気炎を上げていた頃より、時間は少し遡る。

燃え盛る村落の中で、対峙する影、2つと3つ。

片やアダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇のティアとティナ。

片やメコン川とルプスレギナ、そしてネイアの3人。

 

「忍者が破壊工作とは古風じゃねえの。だが火付けして逃げようたあいい度胸だ、

 やるってんなら相手になるぜ? 逃がしもしねえがな」

 

「こーふくすれば命は保証するっすよ! あつあつおでんで勘弁してやるっす!」

 

「あ、煽らないでくださいよルプスレギナさん……」

 

余裕綽々な2人と、この中で最も弱い、というのが理解できているため及び腰なネイア。

そんな2人を見ながら、ティア・ティナは手先の動きだけで会話していた。

 

(……やばい。後ろの弓使いは大したことはないけど、他の2人がイビルアイより強そう。

 特にあのカワウソがやばい。何も強さを感じない(・・・・・・・・・)けど、

 私の勘が「敵に回すな」と言っている)

 

(ただ、交渉の余地はある。恐らく向こうはこっちが無辜の民を襲ったと思っているみたいだし、

 素直に素性を明かせば話は通じるはず。それに、赤髪の女も、後ろの女の子も、

 どういう訳かカワウソも冒険者のプレートを付けている。交渉する価値はある)

 

表情は変わらぬまま、2人の頬を一筋の汗が伝う。

生か死か、ここが分水嶺だ。

 

 

 

そして、時間は戻り。ラキュースら三人は、焼き討ちした村から程近い所にある草原、

その只中にある立派な家(・・・・・・・・・・・)の前にいた。

王国の様式ではないが、漆喰で出来た立派な塀、上品にまとめられた南方様式の庭、

家屋の前まで来てみれば、王国の文字で書かれた立て看板が入り口の脇に置かれている。

 

「……イビルアイ、この家、何だと思う?」

 

「私が知るか。だが、こんな家、さっきまでは無かった。

 恐らくは何らかのマジックアイテムだろう」

 

「『歓迎、蒼の薔薇御一行様』だと? 舐めやがって」

 

ガガーランが看板を蹴飛ばし入り口の前に立つと、音もたてずに引き戸が開く。

 

「入ってこい、って事かしらね……」

 

「私が先に立つぞ、ラキュース、ガガーラン」

 

イビルアイが先頭になって、家屋に浸入する。見た目以上に広く、静かだ。

入口には靴が四足、並べて置いてあった。うち2つには覚えがないが、

覚えのある残りの2つは全く同じデザイン。

ティアとティナのものだ。それを見て、イビルアイが訝しげに首を傾げる。

 

「南方の様式だと玄関で靴を脱ぐものだが……2人も脱いでいる?

 <魅了(チャーム)>でも使われたのかもしれないな……」

 

「あの2人に魔法を通せるとなると、油断できない相手みたいね……

 うわさに聞く『六腕』かしら」

 

「―――――待て、今音が聞こえた。これは……声か? この奥だ」

 

イビルアイが顔を向けたのは、入り口の奥。歩を進めるごとに通路に置かれた燭台が点り、

明かに空間が歪んでいる長さの通路を進むと、奥の方に紙張りの引き戸が見えた。

よく耳をすませば、そちらの方から、悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきている。

 

「2人の声……じゃないな? どうする、罠だと思うが」

 

「ここまでなめられて引っ込みがつくかよ! ぶち破ってやらあ!」

 

一気に距離を詰め、すぱん、と小気味よい音を立てて開かれた引き戸。

その中では――――――

 

「うおお()られてたまるかあぁぁ!

 つうかルプスレギナお前何羽交い絞めにしてんだ! あっこら脱がすな! 下を!

 今まさにお客さん来るって状況で何おっぱじめようとしてんだ! TPO考えろ馬鹿!」

 

「そんな可愛い声で抵抗したってこっちがビンビンになるだけっすよ!

 さあ、今のうちに下を!」

 

「据え膳食わぬは女の恥、では失礼して……」

 

「あ、あの! 私女なんですけど……そっちの気はないんですがーっ!」

 

「大丈夫、皆最初はそう言ってた。直ぐよくなる」

 

「あっちょっとどこ触って……誰か―っ!」

 

引き戸を開けた先では、目を疑うような光景が繰り広げられていた。

赤い髪の少年を羽交い絞めにした赤い髪の女性と共謀して少年の下を脱がそうとするティナ、

鋭い目つきの少女に絡みついてするすると少女の衣服を脱がしていくティア。

周囲には酒瓶や酒器、そしてなぜか『ドッキリ大成功!』と書かれた看板が転がり、

赤髪の女性と二人の顔は真っ赤に染まり、その目はとろんと蕩けていた。

つまるところ、いたいけな少年少女に酔っ払い共が絡んで服を脱がせようとしていたのだ。

その現実離れした(2人の性癖を考えればある種起こり得ないとは言い切れない)光景に、

ラキュースは呆然としながら一言、言葉を漏らした。

 

「……何これ」

 

 

 

そして、時間はまたも遡る。時はメコン川と双子が相対した少し後、

イビルアイが双子の吸血の刃(ヴァンパイア・ブレイド)を持ち帰ったあたりまでさかのぼる。

草原にたたずむ謎の家屋―――メコン川のマヨイガ。その中の一室で、

メコン川一行と双子は相対していた。

……双方相好を崩し、大いに打ち解けた上で。

 

「いやあ、済まんね、あの村が例の八本指の拠点だったわけか。邪魔しちまったかい?」

 

「分かってもらえたようで何より。ところで、あなたたちは何物?」

 

「こんなマジックアイテムまでポンと出せるというのは、只者ではない」

 

「んーっと……メコン川様、これ言っちゃっていい奴っすか?」

 

「まあ、いいんじゃねえの。素性は隠したとはいえ一応正規の手段で入国してるしな」

 

そこで、メコン川達は己の素性を明かす。

聖王国の東、アベリオン丘陵の亜人を統べる『獣王』であること。

王国との国交を結ぶため、そしてそれを結ぶに値するかを調べるため、

商人に扮してリ・エスティーゼ王国に来た事。

そして、聖騎士志望の少女、ネイアの修行のために王国で冒険者活動をしようとしている、

と言う事。

 

「……なるほど。噂で丘陵の亜人を纏める王が生まれたというのは聞いたことがある」

 

「そっちの子、聖騎士志望だとするならうちの鬼ボスが参考になるかも」

 

「『蒼の薔薇』のラキュースさん、ですよね? 確か、高位の神官戦士だとか。

 わ、私なんかがお話していいんでしょうか……」

 

「大丈夫、アダマンタイト級冒険者は、人格も十分に吟味されたうえでのアダマンタイト級。

 話ぐらいは聞いてくれる。駄目でも私の『妹』になれば、無下にはされない」

 

そういうと、ティアはネイアの手を取って抱き寄せ、顔を近づける。

突然の事態にネイアはパニック状態でティナのなすがままだ。

 

「アダマンタイト級は人格も吟味される、って今聞いたっすけど」

 

「性癖は吟味されねえの? 『蒼の薔薇』の癖に百合咲かしてどうすんだよ」

 

半眼で睨む2人からの視線ではっと我に返ったティア。

ネイアから離れて咳払いを一つ。

 

「と、ともかく。仲間が真っ先に見るような所に私たちの武器を落としてきた。

 今頃それを見つけ、どうするか話し合っている頃合い」

 

「……それ俺達がお前ら攫ったことになんない?」

 

「そういう時はこれを使うっすよ!」

 

とルプスレギナが取りだしたのは『ドッキリ大成功!』とこの世界の言葉で書かれた看板。

それを見てメコン川は軽く頭を抱え、ティアに視線を向ける。

 

「……戦闘になったらお前ら責任取れよ? そういえば青い方。えーと……ティアだっけ」

 

「何?」

 

「お前さ、さっきネイアにコナかけてたろ。じゃあこういうのはアリ?」

 

言葉と共にぼふん、と小さな爆発。煙が晴れると、其処にはネイアより少し下ぐらいの、

ルプスレギナによく似た少女がいた。似たデザインの帽子を被り、

小柄ながら出る所は出ているスタイルで、踊り子のような肌も露わな服を纏っている。

メコン川の変化バリエーションの1つ、セット名「ルプスレギナの妹」。

ルプスレギナの妹、というイメージでデザインされた外装だ。

 

「ぬっ……これは……小柄ながら出る所は出ているトランジスタグラマー……

 それにお尻の方から伸びているのは尻尾? ケモ尻尾!?

 その上悪戯っぽい顔がいい……中身がオス、と言うか男だという事を加味しても、

 いやだからこそ出せる理想の女性像だからこその魅力が……っ!」

 

「うわ気持ち悪ぃ。美少女がやってもアレなもんはアレだな……

 そうか、茶釜さんがファンがたまに気持ち悪ぃって言ってた気持ちが分かったぜ……

 ……ってあれ、声まで変わってる? そうか、このスキルもいくらか変質してんのか……」

 

このスキルは本来声までは変わらず、可愛い外見で騙してからの、

野太い男声とのギャップで精神的ダメージを与えるものである。

しかし今変身して見た所声まで可愛らしい少女のものに変わっており、

それがより一層ティアをヒートアップさせる。

 

「気持ちはわかるっす……この姿のメコン川様は私と同じぐらい、

 いやそれ以上にかわいいっすからね……ささ、ご一献」

 

「これはこれはご丁寧に……美少女を見ながら美女のお酌でお酒……最高……」

 

「……しーらね、もうどうにでもなれだ」

 

ご満悦、と言った所でルプスレギナのお酌を受けて飲み始めたティアを放置して、

(良く見ればルプスレギナの顔も赤くなっていた(=呑んでやがった))

メコン川もまたアイテムボックスから取り出した酒瓶を開けて飲み始める。

美少女がやさぐれた顔で一升瓶をラッパ飲みしている、という酷い絵面だが、

もう姿を戻すのすら面倒になっているメコン川にはどうでもよい事だった。

ネイアにもジュースを渡してさて残る1人は、と双子のリボンが赤い方、

ティナの方を見れば、こちらも既に用意してあった酒瓶を勝手に開けて飲みだしていた。

顔は赤く、目は据わっており、先程からずっと飲んでいたのだろう。

ふと、ティナと視線が合う。メコン川は一瞬身構えるも、ティナの方が一瞬早かった。

瞬時に残像を残すような速度でにじり寄って来る。

 

「うわぁ!? なんだよお前お前もそっち系か!?」

 

「―――断じて違う。メコンガワ、あなた、『男の子』にはなれる?」

 

「え、まあ、いや……なれるけど……」

 

早く!!!!!!!(ハリーアップ!)

 

「うわぁ据わった目で胸倉掴むなよ胸の布ずれてポロるだろうが!」

 

『ポロリもあるの(あるっすか)!?』

と即座に反応する酔っ払い共を務めて意識の外に追い出し、

変化バリエーションセット名『ルプスレギナの弟』を起動する。

ぼふん、という爆発音とともに現れたのは先程までの『妹』によく似た少年。

髪はうなじのあたりでざんばらに切り、

タンクトップの上からファーのついたジャケットを羽織り、

半ズボンを穿いた活動的な姿。それを見て、ティナが爆発した。

 

「FOOOOOooooooooo!!!!!!」

 

「うわ、狂った」

 

「いや私は至極冷静しかしこの可愛らしさを残しつつも

 やんちゃっぽさを出した外見は何とも言えぬ美であり

 露出した膝小僧が靴下と半ズボンで挟まれたある種の絶対領域は

 活動的という言葉では到底片づけられず

 やや怯えの色があるくりっくりのおめめがまた嗜虐心をそそるという

 これはもはや据え膳ではないだろうか

 なのでいただきます」

 

「据えてねえよ馬鹿! あっお前脱がすな脱がすな……あれ、力が入らねえ……」

 

ちらっ(今まで自分が呑んでいた酒瓶を見る)

 

・アイテム名:神変鬼毒酒・ウルトラ大吟醸

異形種に使うとステータスが一時的にレベルにして8割減するぞ!

特に種族クラス:アヤカシを持っているとプラス1割、つまり9割減だ!

人間が呑むと? すっげえ美味いけどめっちゃ酔うぞ!!(意訳)

 

ちらっ……(ティナが呑んでいる酒も同じ銘柄であることを確認して何かを諦めた顔)

 

そしてその時、メコン川に電流走る。

そう、自分で駄目ならシモベの手を借りればよいのだ!

 

「ルプスレギナ! 助けてーっ!」

 

がっし。(呼んだら来たけどメコン川が羽交い絞めにされた音)

 

「裏切ったなテメエーっ!? うっわ酒臭ぇ!?」

 

メコン川が助けを呼んだものの、その頼みにしたルプスレギナもまた酔っていた。

そして暴走していた。

 

「こんな食べ頃状態のメコン川様をほっとくなんて女がすたるっす! さあティナ!」

 

「合点!」

 

会ったばかりなのに息ぴったりの連携でメコン川の抵抗をいなし、

一枚一枚丁寧に服を脱がしていく2人。

メコン川は最後の希望、恐らく素面であろうネイアに助けを求めようとして―――

 

「フフフ良いではないか良いではないか……」

 

「えっ、ちょっと、あの、ティアさん!?」

 

泥酔したティアに迫られてしどろもどろなネイアを見て全てを諦め……きれず、

鮮魚のごとく暴れてみるが抑え込まれ……ここでメコン川達とラキュースの時間が合流。

はっと我に返ったラキュースと、抑え込まれたメコン川(少年体)の視線がぶつかり……

 

ごんごんごん。

 

都合三回のキリネイラムアタック(剣の腹で叩く)により、酔っ払い共は鎮圧されたのだという。

めでたくなしめでたくなし。

 

 

 

そして一同の酒も抜けた頃、ティア&ティナとルプスレギナは正座させられお説教を受けていた。 

 

「心配して駆けつけて見れば何やってるのあなたたち!

 それとあなた……誰だか知らないけど、酔って他人を襲うとか何考えてるの!」

 

「鬼ボス、もっと声を小さく……脳に響く」

 

「鬼リーダー、こっちの状態も考えるべき」

 

「くおお……甲高い高音が脳にキくっす……」

 

「分かっててやってるんです! 今度はガガーランにやってもらうからね!?」

 

酒は抜けたが酔った影響でガンガン痛む頭にラキュースのお説教を受け、

苦悶の表情を浮かべる3人。

酔いの上、ラキュースの愛剣、魔剣キリネイラムの腹でどつかれ、

どでかいたんこぶをこさえているからだ。

 

「まあまあ、その辺にしてやろうぜ、説教は。

 俺がうっかり出す酒間違えたってのもあるしよ……」

 

そこに割って入るメコン川。もう変化は解いてカワウソに戻っている。

それを救世主を見る眼で見つめる三人。しかしその顔はすぐに青ざめる事となった。

メコン川が大鍋いっぱいのアッツアツのおでんを取り出したからだ。

 

「あの、メコン川様。そのへんにしてくれるんじゃないんすか……?」

 

「おう、その辺にしといてやるよ。『説教は』な」

 

「メコンガワ、もしかして怒っている……?」

 

「怒ってると思うか? 忍者だろ、察して見ろ」

 

ティナがメコン川を見るも、

メコン川の表情はつぶらな瞳が半目になっているぐらいで正直よくわからない。

おでんの使い方はなんとなく察したので逃げようとするも、

 

「<魔法抵抗突破化(ペネトレートマジック)集団麻痺(マス・パラライズ)>」

 

メコン川の魔法で麻痺させられ、

顔面のあちこちとたんこぶに熱々おでんを押し付けられたのだという。

どっとはらい。

 

 

 

「本当にうちの子達がすいませんでした! よく言って聞かせるので平にご容赦を……」

 

「いやいや、さっきも言ったが半分は俺の自業自得よ。俺の誘い方も悪かったしな……」

 

また少し後、改めてメコン川達と蒼の薔薇一行は顔を突き合わせていた。

お互いの事情を話し、ひとまずは和解。今後の動向について話し合っていた。

 

「しかしまあ、十三英雄の魔剣を使うアダマンタイト級冒険者って聞いてたからよ、

 どんな厳つい大男かと思えば、随分な別嬪さんじゃねえの」

 

「そんな褒めても何も出ないわよ……って、その話は、誰から?」

 

「ん? ……ええと、そうだ、リクって奴だよ。白金色の全身鎧を着た奴でな。

 ダチ、と言うほど親しくはねえが、ちっと縁があってな。

 その辺りを軽く聞いてたんだ」

 

「リク……? 聞いたことがない名前ね」

 

リクとは、ツアーが最初名乗りかけた偽名である。

流石に一国の王に等しい相手が言っていた、と言う事を伏せる程度にはメコン川も頭は回る。

ルプスレギナ以外の者が首を傾げる中、一人だけその名に反応するものがいた。

赤いローブを纏った仮面の魔法詠唱者、イビルアイだ。

 

「おい、そいつは本当に『リク』と名乗ったんだな?

 そしてその白金色の鎧、竜を象った意匠があったろう」

 

「おう、そうだな。知り合いか?」

 

「そうだな……古い知り合いだ。ラキュース、こいつは信用できる。

 この間その『リク』から連絡があってな。むやみに血を流すことをよしとしない、

 人……まあカワウソだが、手を借りる分には問題ないだろう。

 実力も折り紙付きだ。はっきり言うが、恐らく私より強いぞ」

 

「へえ……イビルアイがそこまで言うなら、もうちょっと突っ込んで話してもよさそうね」

 

他言無用よ、と言い置いて、ラキュースは口を開く。

この依頼は、ラキュースの友人であるこのリ・エスティーゼ王国第三王女からの依頼である事。

八本指と一部の貴族が癒着し、民を食い物にしている現状を憂いた王女だが、

聡明ではあれど宮中において我を貫くほどの影響力はなく、私兵も持たないため、

善を成したいと思っていてもそのための力を行使できないのだという。

冒険者の不問律として(まつりごと)には関わらないのが常だが、

ラキュースやメンバーの義侠心からこの依頼を受け、麻薬畑を焼いて回っているらしい。

 

「なるほどねえ。こんな大っぴらにクスリを作るなんざ大それたことだと思ってたが、

 お上が手を回してるんだっていうなら納得だわな。

 ……いいぜ、面倒ごとには首突っ込む気はなかったがよ、

 弱いやつらを食い物にするカスは許しちゃおけねえ。

 連中のシノギがクスリだってのが特に気に入らねえしな。

 ルプスレギナにネイア、構わんな? 恐らくは人とやり合うことになるぜ」

 

ばしん、と拳を手に叩きつけるメコン川。

静かに闘志を燃やすメコン川に「了解っす!」と即答するルプスレギナ。

ネイアもまた同意したが、メコン川の様子を見て、不思議そうに声をかけた。

 

「これでも聖騎士志望です。無辜の人達を苦しめるやつらを許してはおけませんけど……

 メコンガワさん、何か、あったんですか?

 こう、うまく言葉にできないんですけど……なんか、すごいやる気出てるって言うか」

 

そう言われて、メコン川ははたと我に返ったように頭を掻く

 

「あー、まあ、そうだな。つい熱くなっちまった……

 連中のやり口が気に入らねえ、ってのが、まずあるよ。

 それに、麻薬を売りさばいてるってのがよ、昔を思い出して腹が立ってくるんだ」

 

考え込むように黙り込んでから、メコン川は口を開く。

ルプスレギナも知らぬ、ユグドラシルともまた違う世界の事を。

 

「俺の故郷はよ、まあ、控えめに言って詰んでた。

 世界には毒の空気が満ち、マスクを通さなけりゃ、肺が腐って死ぬ。

 暮らしもひどいもんさ、下々の人間なんざ、その日を生きるのが精一杯、

 そうして必死に働いて金を稼いでも、明日なんて見えやしねえ。

 毒の空気を遮断した街の中で暮らせるのなんて、ほんの一部の上流階級だけさ」

 

どこか昔を懐かしむように、遠い目で、メコン川は言う。

 

「だからよ、薬に手を出す奴はいたよ。黒粉とはまた違う奴だが……同じようなもんさ。

 苦しみから逃げるためにクスリをやって、薬に金をつぎ込み過ぎて金がなくなって、

 また金を稼ぐために無理して働いて、過労で倒れて働けなくなって、死ぬ。

 俺は運が良かったよ。腕っぷしは強かったからよ、金持ちに雇われて用心棒したり、

 賭け試合で稼いでよ、まあそこそこ裕福には暮らせてた。

 でもな、そんなもんは現実から目を背けてるだけさ。明日には死んでるかもしれねえ、

 そんな恐怖と戦いながら、毎日を必死に生きていた」

 

そして、ルプスレギナに目をやり、言葉を続ける。

 

「ルプスレギナや、古巣の皆と馬鹿やってんのは楽しかったぜ。

 まあ、長くは続かなかったし、最終的には4人しか残らなかったがな」

 

「メコン川様……」

 

「だからこそだ。こっちにきたのは偶然だけどよ、この国は、この世界はまだ間に合う。

 そして俺には、そのための力があるんだ、今はな」

 

この世は弱肉強食。強いものがすべてを勝ち取り、弱いものは強いものに従って生きるしかない。

だからこそ、強いものには責任がある、そうメコン川は語る。

 

「俺の国、獣王連合の国是は『弱者救済』そして『弱肉強食』よ。

 強い奴が、力あるものが世界を統べる。それが世界の法則って奴だ。

 だがな、強いやつには、弱いやつを守る義務がある。

 虐げるなんてことは、本当ならあっちゃならねえんだ」

 

「綺麗事だな。絵空事と言い換えてもいいが」

 

「だからこそ真剣(マジ)になる、本当(マジ)にする価値がある。そういうもんだろ?」

 

イビルアイのまぜっかえしに、ニヤリと笑って答えるメコン川。

そしてメコン川はラキュースの前に立ち、片手を差し出す。

 

「ナインズ・オウンゴール獣王連合盟主、獣王メコン川。

 『蒼の薔薇』に対する協力は惜しまねえ。言ってくれ、何からしたらいい?」

 

「アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』、

 リーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。

 全力で『綺麗事』をしに行くわ。皆、付き合ってくれる?」

 

メコン川の差し出した手を、強く握り返すラキュース。

 

「まあ、獣王連合(ウチ)は冒険者組合ねえし金もねえから、そっち方面の支援は期待せんでくれよ?」

 

「それなら仕方ないわね、戦力を借りるわ。差し当たってはあなたたちを」

 

握手を交わした後でメコン川がオチをつけ、その場の全員が大笑いする。

腐敗の蔓延した国、リ・エスティーゼ王国。その国が、良い方向に一歩、

踏み出した瞬間であった。




範囲麻痺が<集団~>なのか魔法効果範囲拡大化なのかは正直よくわかっておりません。支配は<集団~>のつく魔法あるんですが。

まあそんなわけで、ぐだぐだしましたが蒼の薔薇と協力体制を取ることになりました。
八本指の指が全部折れるのも時間の問題かも。
今回のあの酔っ払い大暴れシーン、多分人によっては好き嫌いあるとは思うんですが、
書いてる当人はあのシーン書きたくてしょうがなかったのでご容赦を……

メコン川さんの変化バリエーション、妖怪と言えば化けるもんだろう、という考えから何種類かのバリエーションがある、という設定にしてあります。この変化は基本的にガワが変わるだけなので中身のステは変わりませんが、この変化を習得していることが基点になる派生スキルが色々ある、という設定。
ドッペルゲンガーの変身とは似て非なるスキルのつもりです。
ちなみに変化セット『ルプスレギナの妹』の外見はオバマスの「レギィ(笑うメイス)」の年齢をネイアよりちょっと低いぐらいまで下げた感じ。

路徳さん、えりのるさん、誤字報告ありがとうございました。


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10:下ごしらえは念入りに

ついに二桁の大台です。
UA30,492、お気に入り685件。本当にご愛顧ありがとうございます!



 

薄暗い部屋に置かれた円卓に、9人の男女が座っていた。

リ・エスティーゼ王国の裏を牛耳る組織、『八本指』の幹部達だ。

各部門を仕切る幹部達であったが、利権を食い合う事も多く、

実際の所協力することは稀である。定期的に王都で行われている定例会も、

最低限の情報交換、そして各々が裏切っていない(・・・・・・・)という証明の為の集まりに過ぎない。

今回の最初の議題は、麻薬部門の栽培施設が何者かに襲撃を受けている、と言う事。

とはいえ、それが発覚したのもつい最近、恐らくは『朱』か『蒼』の仕業だろう、

というあたりを付けた程度で、議題は次に移ろうとした。―――が。

 

「―――おい」

 

円卓に座るものの1人、全身に刺青を刻んだ禿頭の男が、

病的なまでに白い、蛇の刺青を刻んだ美女に声をかけた。

禿頭の男が警備部門の長、『闘鬼』ゼロ。自らもまた凄まじい腕を持つモンクであり、

警備部門のみならず、八本指で最強と呼ばれている男。

刺青の女が麻薬部門の長、ヒルマ・シュグネウス。

高級娼婦から八本指の部門長に成り上がった辣腕を持つ女性で、

現在八本指では最も勢いづいている勢力の長と言えるだろう。

 

「俺たちを雇わないか? 『朱』にしろ『蒼』にしろ、

 お前の所の兵隊ではいない方が被害は少ないぐらいだろう」

 

岩から削りだしたような顔面に獰猛な笑みを浮かべ、ゼロが言う。

警備部門の者達は他の部門に比べ精兵で知られるが、

中でもゼロを頂点とした6人の精鋭『六腕』は、

それぞれがアダマンタイト級冒険者に匹敵すると言われる精鋭中の精鋭だった。

ヒルマはその問いに少し考え込み―――

 

「そうだね、お願いできるかい? ま、詳しい話は定例会の後でいいだろ、

 さ、続けておくれよ。他にも色々とあるんだろう?」

 

ヒルマは上座、八本指の紋章が描かれたタペストリーの前に座る、

神官らしき男―――会議の進行役であり、八本指のまとめ役である―――に視線を向ける。

 

「ならばそうしよう。では次の議題だが――――――」

 

 

 

そして、定例会が終わった後。麻薬部門の縄張りである拠点で、

ヒルマとゼロは杯を交わしていた。

 

「珍しいなヒルマ、提案しておいてなんだが、断られると思ったぞ?」

 

「そうだね、よその連中に重要拠点を知られたくはなかったんだけどさ……

 なんだか、嫌な予感がするのさ。いつだって、こういう時は予感の通りになってきた。

 取れるべき手段は、取っておきたいのさ」

 

定例会の時とは打って変わって真剣な面持ちのヒルマを見て、ゼロは表情を引き締める。

このヒルマという女、生き馬の目を抜くような世界で生きてきたからか、

ここぞという時の勘働きには目を見張るものがある。

その上で人事を尽くそうとするところもあり、

その点においては、歴戦の戦士であるゼロも認めるほどの才覚を持っていた。

 

「お前がそこまで言う程とはな……で、どうする。誰を雇う? 俺でも構わんぞ」

 

「全員さ」

 

「何?」

 

「あんたを含めた六腕全員を雇うって言ってるのさ。

 『闘鬼』『幻魔』『不死王』『踊る三日月刀(シミター)』『空間斬』『千殺』全員で当たっておくれよ。

 正直、あたし自身でもどうしてここまで警戒してるのかは分からない。

 でもね、初めてなんだよ、こんな怖気が走るのはさ……」

 

ぶるりと体を震わせるヒルマを見て、ゼロは笑う。

この女が恥も外聞も捨てて最強の布陣を整えようとするなど、余程のことだ。

 

「いいだろう。だが、サキュロントは死んだぞ。つい最近の話だがな」

 

「何だって?」

 

『幻魔』サキュロント。幻術系の魔法と軽戦士としての剣技で相手を翻弄する技巧者の魔法戦士。

魔法と剣技を併せ持つ関係上特化したものには及ばず六腕では最弱と聞くが、

それでもその幻術を交えた初見殺しの剣技はアダマンタイト級冒険者に勝るとも劣らないという。

それが死んだと聞いてヒルマは目を剥くが、ゼロは大したことではない、

とでもいうように言葉を続ける。

 

「安心しろ、六腕が減ったわけじゃない。入れ替わっただけだ。

 サキュロントよりさらに強い凄腕が入ってな。総合的に戦力は増しているさ」

 

「ならいいんだけどさ……どんな奴なんだい?」

 

その問いにゼロは獰猛な笑みを返し、

 

「そうだな……純粋な戦闘者としての腕ならマルムヴィストやペシュリアンより……

 いや、俺よりも上かもしれんな」

 

 

 

 

「それで、皆、これからの事なんだけど」

 

マヨイガの応接間で、ラキュースが言う。

あの後蒼の薔薇とメコン川一行は、黒粉の栽培拠点を潰しつつ、

マヨイガで休息を取っては次へ……という流れを繰り返していた。

ラキュースが広げた王国内の地図には、王都を中心にいくつかの×印がある。

今まで潰してきた栽培拠点だ。

 

「今まで潰してきた拠点で手に入れた情報も結構集まってきたし、

 この辺りで一度情報を整理しておきたいの。

 そのためにも王都に向かいたいんだけど、いいかしら?」

 

この提案に、蒼の薔薇のメンバーは全員了承。

次いでメコン川に視線が向けられるも、メコン川は鷹揚に首を縦に振る。

 

「構わんぜ。例の王女様に経過報告もした方が良かろうよ」

 

「ええ。それもあるし、何より、この手の情報処理はラナーに頼んだ方が早いのよ」

 

聞けば、前々から暗号の解読などはラナー、

依頼人でもある王国の第三王女が行っているのだという。

元々影響力こそ少ないがメイドたちの話から正確な情報を導き出すなど、

その頭脳においては国内でも有数だろう、とラキュースは語る。

 

「王国の第三王女様だったな……なんでも『黄金』と称される超美少女なんだって?

 そこのティア(レズ)が熱く語ってたのを聞かされてたから覚えてるわ」

 

「ティア?」

 

怒気を帯びたラキュースの視線に、ふいっと視線を外すティア。

それを見て大きなため息をつき、ラキュースはメコン川達の方を向く。

 

「それでね、あなた達も一度ラナーに会って欲しいのよ。

 私の独断で協力してもらったところはあるし、面通しぐらいはしたいの」

 

「構わんぜ。しかしまあ俺のナリは目立つからな、また化けるしかねえか……

 どっち(・・・)に化けてもうるせえ馬鹿(ティナ&ティア)がいるのが嫌だが、

 流石に俺の人としての外観だと目立つしなあ」

 

「一度見せてもらったけど、さすがにあんな筋骨隆々だとね……」

 

「かっこいいとは思うっすけど、まあ目立つっすからねぇ……」

 

あれ以来、メコン川が『弟』『妹』の姿に変化することはほとんど無かった。

その事について双子からはぶうぶうとブーイングを飛ばされていたが、

そもそもの変化したくない理由はこの双子の為黙殺されていた。

 

「その節は本当に迷惑をかけたわ……悪いけど、女の子の方でお願いできる?

 それなら三人とも、蒼の薔薇の新メンバーとして城に入れると思うの」

 

「……オーケー、背に腹は代えられんわな。

 しかしあれだな、さすがにあの服じゃ入れんだろ?

 おいルプスレギナ、あとでお前に持たせてあるお前の着替え(コスプレ)用の服見せてくれ、

 ユグドラシル製(マジックアイテム)ならサイズは合うだろ」

 

「オッケーっすよ!」

 

「持たせた俺が言う事でもねえが、変なもん着せようとしたらおでんだぞ」

 

「オッケーっすよ……」

 

しょんぼりするルプスレギナ。

なお『おでん』とは『麻痺させたうえで熱々おでんを押し付ける刑』を指す。

 

着替え(コスプレ)用!? 詳しく!」

 

変化セット『ルプスレギナの妹』は踊り子のような服装になるため、

お姫様に面会をする際の服装としてはあまりにも不適切である。

しかしメコン川が持っている装備は基本カワウソ状態で着用することが前提であるため、

(変化の際服装まで変わるが、ユグドラシル時代は判定上は装備はそのままであった)

和装のものが多く紛れ込むには向かない。

そのためルプスレギナの着替え(コスプレ)用衣装を借りようとしたが、

これに食いついたのがティア(クソレズ)。メコン川に詰め寄ろうとして―――

 

「ガガーラン」

 

「あいよ」

 

ずごん。

 

それを予期していたラキュースとガガーランによりインターセプトされ、

畳に顔面を打ち付けそのままノックアウト。

なおその間にラキュースの護衛としてティナ(ショタコン)が行くことが決まり、

割と本気で悔しがっていたことを付け加えておく。

 

「懲りんやっちゃな……いや、性癖に正直なところはある意味感服するけどよ……」

 

「あんな美少女美少年をお出しして我慢しろという方が無理。

 ……ところでメコンガワ」

 

「何だよティナ、一応聞くだけ聞いてやる」

 

「私は女装ショタ(男の娘)でもイける」

 

「おいガガーラン」

 

「あいよ」

 

ずごん。

 

余計なことを口走ったティナもまたぶん殴られ、ティアと並んで暫くのびていたのだと言う。

めでたくなしめでたくなし。

 

 

 

 

所変わって、リ・エスティーゼ王国、王都。

ラキュースとティナが先導する形で、メコン川達は大通りを進んでいた。

 

「まさか王族と面会することになるたぁな……

 俺、あんま目立ちたくないから王都はまず行先の選択肢から外したんだが」

 

「言っておくけどあの筋骨隆々な姿で人に紛れようとすること自体が間違いだと思うわよ?」

 

「仕方ねえじゃんあの姿、カワウソ以上に慣れてんだからさ……

 そもそもこの姿なんて宴会芸みたいなもんだぜ?」

 

メコン川の今の姿は『妹』状態に変化してから、

ルプスレギナ(のコスプレ)用に預けていた服に着替えた状態である。

動きやすさを重視して適当に見繕った結果、選ばれたのは『アーバンくのいちセット』一式。

奇しくもティアやティナと同じような忍者スタイルだった。

『仮面をつけていた方が忍者っぽい』として、

頭には『嫉妬するもののマスク』を阿弥陀被りにしている。

 

「だから私はなんだかんだ首突っ込んで大ごとになるっていったんすよ。

 だいたいこんなことになる気はしてたっす」

 

「メコンガワさんって、こういう事ほっとけないタイプみたいですしね……

 悪ぶってますけど、根はいい人って言うか」

 

「ガガーランっぽい感じなのよね、メコンガワって」

 

「そうかぁ? こう見えてカタギじゃねえからなあ……

 まあ、ヤクザもんにはヤクザもんの道理があんのよ。

 それを弁えてねえ、八本指みてえなカスも多いけどよ。

 ……しっかし」

 

ルプスレギナやネイア、ラキュースらの言葉に、ううむと唸って首を傾げるメコン川。

話題を変えるように周囲を見回せば、王都の建物や路地裏が目に映る。

 

「なんつうか、良く言えば歴史がある、って感じの街だな……

 聖王国はもうちょっとこう、しゃんとしてる感じの街並みだったんだが」

 

「まあ、歴史がある事だけが唯一周辺国家に誇れる所だものね……

 言わんとするところはわかるわ。この辺りはまだいいけど、

 もう少し裏通りに行くと舗装もされてない所なんてザラだもの。

 一応この国の貴族として、申し訳ないとは思っているの」

 

出来る限りオブラートに包んだメコン川の言葉に、ラキュースが苦笑する。

このリ・エスティーゼ王国という国、

八本指などという組織の跳梁を許していることからも分かる通り、腐敗した貴族が数多い。

元々豊かな土壌に築かれた国ではあったが、逆にそれが安定と停滞を招き、

国として緩やかに堕落していった結果が今なのだという。

現王ランポッサ三世は国の立て直しを図っているが、

代々蓄積され続けた膿を一代で出すには至らず、

現状王派閥・貴族派閥に分かれて政争を繰り広げている。

ちなみに、ラキュースの実家であるアインドラ家は王派閥に属する。

 

「まあ、国に任せてられない、という状況だからこそ冒険者は有名所が多いのだけどね。

 それが良い事か悪い所かは、判断の分かれる所だけど。

 ああ、貴族ではないけど……ラナーの護衛のクライムや、

 陛下直属の戦士長、ガゼフ・ストロノーフ氏なんかは気持ちのいい人たちよ。

 クライムはすぐに会えるだろうけど……

 今度、公的に来ることがあるなら顔を合わせるといいわ」

 

「なるほどねえ。できれば獣王連合(ウチ)としても王派閥に手を貸してえところかね……

 確かここ何年か隣の帝国とドンパチやってんだろ?

 傭兵として協力するのもアリかもな。血の気の多い連中は山ほどいるしよ」

 

そんな話をしながら、メコン川達は王城へと向かう。

 

 

 

 

「ようこそラキュース。そちらの方たちは……お友達かしら?」

 

「ええ、経過報告と、この子達を紹介したくてね」

 

王城、第三王女ラナーの私室。そこで一行を出迎えたのは、

黄金の華が咲くような、華やかな笑顔だった。

ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。

「黄金の姫」とも称される、リ・エスティーゼ王国第三王女で、

ラキュースの友人であり、今回の依頼人でもあった。

側には白い鎧を纏った青年が控えている。ラナーの護衛のクライムだ、

とラキュースが言っていたことをメコン川は思い出す。

 

「ラナー、こちらがメコンガワ、ルプスレギナ、ネイア。

 行きがかり上で協力してくれた聖王国の冒険者……でいいのよね?」

 

「間違っちゃあいねえが……まあこの際だ、ぶっちゃけさせてもらうぜ。

 こんななりで申し訳ねえが、目立つんで人に化けさせてもらってるんでね。

 改めて名乗るとしようか。俺はナインズ・オウンゴール獣王連合盟主、獣王メコン川。

 八本指共を潰すのに協力させてもらってるぜ」

 

唐突のカミングアウト。後ろのクライムは目を剝いていたが、

ラナーの反応は「まあ!」と楽しそうに驚いて見せた程度だ。

 

お隣(りんごく)に亜人さんの国が出来た、というのは聞いていたんですけれど、

 その王様がいらっしゃったなんて!

 ねえクライム、髪型とか、どこかおかしな所、ないかしら?」

 

「え、ええと……特に問題なく、お美しいかと……」

 

その後元の姿に戻って見せたり、ラキュースらからの説明などもあり、

クライムもまたメコン川が本当に亜人の国の王を前にしている、

と言う事を信用はしてくれた。

その説明をしている間もラナーは無邪気に楽しそうに笑っており、

世間離れしているのか、本当に分かった上で大して驚いていないのか、

メコン川が見てもその辺りの判別はつかなかった。

 

(大物なんだか天然なんだか……まあ、大ごとにならなくて良かったがね)

 

既に大ごとに巻き込まれている、と言う事からは目をそらし、メコン川は苦笑する。

後ろを見て見れば。ラナーを前にしてガチガチに緊張しているネイアと、

どこか訝し気な顔をしているルプスレギナ。

まあ失礼かましてなければいいか、と結論し、メコン川は視線を前に戻す。

 

「……ラキュース、本題頼むわ。王族なんてカルカぐらいとしか話したことねえから、

 ぼちぼちボロが出そうで辛ぇわ」

 

「それも大概だと思うけど……まあいいわ。

 で、さっそくだけど本題に入らせてもらうわ、ラナー。

 メコンガワたちの協力で色々と情報は手に入ったんだけど、暗号も多くてね……

 解読と整理をお願いしていいかしら」

 

そう言ってラキュースがテーブルの上に出したのは、何事かが書かれた数枚の羊皮紙。

栽培拠点を襲撃した際に回収した資料のうち、暗号化されており解読不能だったものだ。

文字の代わりに記号で綴られた換字式暗号と呼ばれる類のもので、

通常文字に置き換えるための変換表も必要になるのだが、

関係者が暗記しているためか見つからず、経過報告もかねてラナーの元に持ってきたのだ。

 

「良いけれど……ちょっと待ってね」

 

羊皮紙をそれぞれ見比べながら、ラナーはペンで紙にすらすらと文字を書いて解読を始めた。

まるで最初から分かっていたかのようなペン捌きに、メコン川の頬を一筋汗が流れる。

 

「……聡明だとは聞いてたけどよ、ここまでとはな……」

 

「指令書の類は、難しい言い回しとか、

 高度な学がないと分からないようには書いていないんです。

 だから、一部が分かってしまえば案外簡単に読み解けるんですよ」

 

(天才ってなあいるもんだなあ……)

 

「ふんふん……あら、指令書じゃないのねこれ。はい、出来たわよラキュース」

 

簡単な宿題を解き終わった、ぐらいの顔で、ラナーがラキュースに紙を渡す。

そこには王国内の数か所の他、王都内の地名もいくつか記載されている。

 

「この場所に麻薬の集積所や拠点がある、って言う事かしら?」

 

「ちょっと貸して見な。……ふうむ、そんなもんわざわざ書いておくかね?

 ……姫さん、つまりはそう言う事かい?」

 

「あら、流石は獣王様。多分そう言う事なんだと思います」

 

「ちょっと、2人で納得してないで説明してくれる?」

 

顔を見合わせて頷き合うメコン川とラナーに、訝しげな顔をするラキュース。

 

「ははは、怒りなさんなラキュース。姫さん、俺が解説させてもらうぜ?

 ―――多分ここに書かれているのが八本指の拠点なのは間違いないだろうな。

 だが、恐らくは麻薬部門の拠点ではない(・・・・)。そうだろ?」

 

「はい、そうですね。八本指というのは、八つの組織の寄り合い所帯のようなものなのよね?

 だから、わざと他部門の情報を流すことで、自分達の被害を減らす……

 あるいは、ラキュース達をよその派閥に擦り付けようとしてるんじゃないかしら」

 

「一枚岩じゃないとはいえそこまでとはね……」

 

「仁義も道理も弁えねえ連中なんてなぁそんなもんさね。

 で、どうするよ? ともすりゃ、書いてある拠点を潰しゃあ、

 麻薬関係の情報も出てくるかも知れねえぞ?」

 

麻薬部門の拠点を叩いた結果他所の派閥の拠点が発覚した。

ならばよその拠点を叩けば、逆説的に麻薬関係の情報を引き出せるのでは?

というのが、メコン川の案であった。

 

「蛇の道は蛇、悪党の情報は悪党に、ってな。

 俺も昔はよくやったもんよ。ま、いくつか問題はあるがな」

 

「そうね……その辺りの打ち合わせを、これからしましょうか。

 ラナー、クライムを少し借りてもいい? ガガーラン達に伝言をお願いしたいの。

 すぐに動いてもらうかもしれないから」

 

 

 

 

大通りを行くクライム。外見的にはさほど目立つ方ではないため、

最も目立つ白い鎧―――ラナーが蒼の薔薇に依頼して手に入れた、

特注品のマジックアイテムだ―――

を脱いでしまえば、衛士や傭兵、冒険者にしか見えない。

が、今のクライムは周囲の注目を集めてしまっている状態にある。

厳密にいうなら、クライムと共にいる人物が、であるが。

盗賊や密偵のような恰好をした赤い髪の少女、金髪の弓使いの少女、

赤い髪の少女によく似た聖職者にも見える女性。

要するにメコン川一行である。王宮で待つには息が詰まる、として、

クライムに同道してガガーランらの所へと戻っているところだ。

特に会話もなく、クライムがやや居心地悪い思いをする程度で時間は過ぎてゆくが、

ふと、クライムが口を開いた。

 

「ええと……メコンガワ陛下、でよろしいですか?」

 

「やめてくれよ陛下なんて、ケツが痒くならぁな。メコン川でいいよ。

 呼び捨てが嫌ならさんでも様でもつけてくれ」

 

「では、メコンガワ様と」

 

「クソ真面目なやっちゃな……そんで、何だい?」

 

「その……獣王連合の盟主様とお聞きしましたが、どのような国なのかと……

 何分不案内なもので、王国と聖王国の間に亜人のいる丘陵地帯がある、

 という程度しか知らないのです」

 

「ああ、その事な。ちょっと待ってな、誰か聞いてるか分かんねえし」

 

そう言うとメコン川は二言三言呟いて魔法を発動し、

自分達の言葉が周囲に漏れないように細工をする。

そして連合について語り始めるが、何分建国一年もたっていない、

まだまだ発展途上の連合であるため、足りないものばかりで困っている、と語る。

 

「最近は輸出用の作物とか、特産品を作ろうと色々やってんだよな。

 あ、そうそう、闇小人のマジックアイテムとかもあるんだよ。

 剣とか鎧は……間に合ってそうだが、何かあれば言ってくれ。

 安くしとくからよ」

 

「色々とお考えなのですね……しかし、亜人達を纏めるのには苦労されているのでは?

 ……いや、ラキュース様達が頼りにされるお方なのでしょうし、

 相当御強いのでしょうが」

 

「まあな。俺は強ぇよ。俺ほどじゃあねえが、後ろのルプスレギナも、ネイアもな。

 多分、この中で一番弱いのがお前だろうな。筋は悪くなさそうだが」

 

言いながら、クライムを見上げる。

少年と青年の中間程の男性、日に焼けた肌に、体つきはしっかりとしている。

毎日の鍛錬を欠かさない、そんな体つきだ。

しかし、クライムの表情は優れない。

 

「はい。毎日の鍛錬を欠かさず、時には戦士長のストロノーフ様に稽古をつけていただいてもいます。

 蒼の薔薇のガガーラン様にも、技を教えていただいたりなど……俺は果報者です。

 しかし……自分はこの辺りが限界なのだろうな、というのを、最近強く感じるのです」

 

「伸び悩んでる、って感じか。だったら、諦めるかい?

 これ以上鍛えたって強くなれねえなら、いっそほどほどにしといたほうがいいこともあるぜ」

 

あえて諦めを促すメコン川であったが、クライムはまっすぐに前を見据え、

その瞳には強い意志が宿っていた。

 

「いえ。諦めません。たとえ限界でも、努力を重ねればいつかは……

 それに、才能がないなら無いなりにあがいて見せることが、

 鍛えていただいているストロノーフ様やガガーラン様……

 それに、路傍の石のように打ち捨てられていた自分を拾い上げていただいた、

 ラナー様への恩返しだと、そう思っています」

 

「いいねえ、嫌いじゃねえぜ、そういう目はよ。

 そうさ、才能がねえならねえなりに、足搔きに足搔いて、あらゆるものを積み重ねて。

 そうしていけば、届きはしなくとも、迫る(・・)ことぐらいはできるのさ」

 

「……ありがとう、ございます」

 

決して届かぬ頂に手を伸ばさんとするクライムに、メコン川はかつての友人の姿を見た。

純銀の聖騎士、たっち・みーを超えんと足搔き続けていたギルドメンバー、武人建御雷。

その、大きな背中を。

 

(なあ、建御雷さん。あんたみてえな馬鹿(・・)が、この国にもいたよ。

 この国は腐ってる。ほぼほぼ詰んでる国だけどよ……

 こういう馬鹿(・・)がいるなら、ちったあ手を貸したくもなって来ちまうぜ。

 だからよ……ちょっとぐらい大盤振る舞いしたって、いいよな?)

 

その時のメコン川の顔は、昔を懐かしむように、遠くを見つめていたのだという。

そして、この瞬間。王国に根を張る闇組織、八本指が壊滅することが確定した。

そのきっかけとなったのは非才にして平凡な、ただの青年の信念であったことは、

この時の誰も予想だにしなかったことであった。

 




今回も気が付くと20kb越えてた……普段こんな書けないんですけど、本作に限っては皆様からの応援もあり本当にもりもり書けて楽しいです。
王都編もぼちぼち終わるかな? どうかな? という感じです。この後の展開にまだいろいろと悩んでいて……大体の流れは定まっているので早めにお届けしたい所。

※10/11追記
ラナーにカミングアウトしたあたりにちょっと文章を追記。

えりのるさん、いのきちさん、誤字報告ありがとうございます。


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11:地獄の沙汰も金次第~時には妥協も大切~

そんなわけで11話。例の人はまだ出せませんでした。


 

「三日後、かしらね」

 

メコン川一行とリ・エスティーゼ王国第三王女が面会を果たした日の夕方、

ラナーは部屋で一人机に向かっていた。机の上にあるのは幾枚かの紙。

今日ラナーが解読した八本指の暗号書だ。

拠点の位置が記された王都の地図にさらに1か所、×を加えながら(・・・・・・・)

それを矯めつ眇めつ眺めながら、ラナーは笑みを浮かべた。

 

「ふふ、まさかラキュースがあんな大物を連れて来てくれたなんて……

 本当に王様か、なんていうのはどうでも良いのだけど、

 ラキュースも認める実力者が協力してくれる、というのは素晴らしい事ね。

 良い人のようだし……きっと、クライムとお話してくれたわよね」

 

席を立ち、窓辺に寄る。少しだけ開けられた窓のガラスに、ラナーの姿が映る。

そこに映るラナーは笑みを浮かべている。しかし、それは『黄金』と讃えられたそれではない。

暗く淀んだ、深淵のような瞳と、細い下弦の月のような、吊り上がった口角の笑み。

 

「きっと、クライムに諦めるな、と言ってくれるはずだわ。

 そうして、そんなクライムが守ろうとする、私が愛する(・・・・・)この国を、

 守ろうとしてくれるはず。そして、八本指を始末してくれる。

 情に厚いけれど、始末すべきものは躊躇なく切れる、そんな人だから」

 

そこでラナーは言葉を切り、カーテンを閉めて頬に手をやる。

熱を持っている。クライムの事を考えていたから、

彼のために力になってくれる人を見つけたから。

そして……

 

「きっと、麻薬部門の拠点に攻め込んで、幹部達を殺すはず。

 いえ、目撃者が出ないように、皆殺しにするかも知れないわね?

 そう――――――」

 

ラナーはそこでほう、と息を吐き、天井を見上げる。

 

バルブロお兄様(・・・・・・・)がいたとしても、気付かずに。

 それでなくても、お兄様が見つかれば、ただでは済まないわ。

 王位はきっと、ザナックお兄様が継ぐことになるわ。そうすれば―――」

 

暗く淀んだ瞳が、熱を持ったように潤む。まるで何かに恋い焦がれるように。

 

「―――私とクライムが、ずっと一緒にいられる。誰の邪魔も入らない、鳥籠の中で幸せに。

 ああ、楽しみだわ。明日あの方が来たら、攻める拠点が増えた(・・・)事を伝えなくちゃ。

 八本指の拠点にお兄様がいてくれなければいけないし、

 そこに突入してもらわなければ、いけないものね」

 

くすくすと、忍び笑いが部屋に響く。深淵で小鳥が囀るような、

おぞましくも、愛らしい声が。

 

 

 

 

「ぶえっきしょい!」

 

「風邪っすか? というかメコン川様も風邪引くんすか?」

 

「しらね。一応バッドステータスには強耐性あんだけどなぁ……

 で、今何枚だっけな……1・2・3……」

 

「今何時っすか?」

 

「ひっぱたくぞてめえ。ああまた分かんなくなっちまった……」

 

王都・『蒼の薔薇』の拠点としている宿。

メコン川は今、ユグドラシル金貨の山を前に計算をしていた。

というのも、八本指の拠点に踏み込むにあたり、まず人数が足りない。

その為半分ほどはラナーとつながりのある貴族の私兵を借りよう、とはしたものの、

残る半分の拠点を攻めるにあたり、蒼の薔薇とメコン川一行ではいかにも足りない。

しかしメコン川にはあてがあった。それがメコン川の横に転がっている巻物である。

 

ユグドラシルにおいてのNPCは何種類かあり、

その辺りを徘徊しているPOPモンスター、ルプスレギナのような、

ギルド拠点に設定されたNPC製作可能レベルに応じて生み出されるNPC、

そして最後の1つが、ユグドラシル金貨を用いた傭兵モンスターである。

「巻物から魔物を呼び出したらカッコいいんじゃないか?」という思い付きの元、

ユグドラシル時代、傭兵モンスター召喚用データの入った本を作り、

その外装を巻物状に変えて持ち歩いていたのだ。

ちなみに、中身は妖怪や和風のモンスターで統一されている。

それをもってモンスターを召喚し数を補おう、としていたのだが、

メコン川の所持金がギリギリで、アイテムボックスを漁って必死にかき集めていたのだ。

そもそもメコン川はユグドラシル最後の時、

有り金をはたいて花火を大量購入したためほぼ素寒貧である。

定期的に少量のユグドラシル金貨を排出する課金アイテムである、

『金の生る木』(ユグドラシル金貨の成る家具アイテム)も所持しているが、

それも精々1本だけであり、

この数年で生み出した金貨でようやく足りるか? といったほどしかない。

(これは召喚しようとしているモンスターらが高額だというのもあるが)

カワウソが金貨の山で積み木をしている、というある種微笑ましい風景であったが、

それをやっているメコン川自身は真剣極まりない表情をしていた。

 

「ぐぬぬ……せめて一拠点に1人カシンコジを呼んでおきてえんだがな……

 やっぱランクを落とすしかねえか……下級の忍者系だと影潜みできねえからなあ」

 

カシンコジはレベル80に上る高位の忍者系モンスターの中でも幻術を得意とするタイプで、

かつてはよく使っていたが、その分必要とする金貨も膨大で現状では1人呼ぶことも難しい。

なのでレベル49、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を呼ぶことにした。

八つの足による連続攻撃と不可視化を得意とするこのモンスターなら、

メコン川の目的にも沿えるだろう。

―――が。

 

「あっ」

 

「どうしたっすか? まさか……」

 

「1枚足りねえ……いやこれでも3体は呼び出せるけどどうすっかな……」

 

なけなしの金貨をかき集めてもどうやっても1枚足りない。

更に妥協しようにも、手持ちの不可視化を持つモンスターで、

一番金貨消費が少ないのが八肢刀の暗殺蟲。

これ以上は魔法で召喚するしかないか……と思っていた所、

目の前に硬質な音を立てて革袋が投げ落とされた。

 

「私よりよほど強いくせに何をみみっちい真似をしているんだお前らは……

 ゆぐどらしるの金貨が足りないのか? これで間に合うか」

 

白い仮面に赤いローブを纏った小柄な人物、イビルアイだった。

メコン川は慌てて革袋の中身をひっくり返して数える。十分に足りている。

これならば予定の倍の数を召喚しても足りるだろう。

ほっと一息を吐くメコン川。しかしその横のルプスレギナは、怪訝な顔でイビルアイを見た。

 

「あれ、どうしてイビルアイがユグドラシルの金貨持ってるんすか?」

 

「忘れたか、私はツアーの知り合いだというのは前に言ったろう?

 あいつが十三英雄をやっていた頃……二百年ほど前だな。十三英雄の旅に私も同行していてな、

 その頃に手に入れたものだ。ここからずっと南……砂漠の中にある都市で手に入れた。

 まあ、使いどころも無いから死蔵していたものだ。好きに使え」

 

「助かるぜ……そうか、拠点もやっぱり転移してきてんだな……

 いや、例の魔神ってのはNPCだって話だし、ギルド拠点も来てる道理か」

 

メコン川は僅かに眉根を上げる。メコン川が現状最も危惧しているのは、

ナザリック地下大墳墓がNPCのみ(・・・・・)で拠点ごと転移してくることだ。

自分達の例からあるいはプレイヤー、NPC単体での転移、と思いたかったが、

イビルアイの言う『砂漠の中の都市』を聞くに、ナザリック丸ごとの転移も十分にありうる。

あるいはギルドメンバーがいたとしても、NPCが忠誠心のあまり暴走し、

壊滅的な被害を齎すことも考えられる。

 

「三十一人の都市守護者なる従属神が守る都市に行った事もある。

 お前が警戒しているナザリックとやらだが、それほどまでに警戒しなければならない事か?

 少数だが、十三英雄の生き残りも私を含めてまだ何人かは残っている。

 もしそいつらが暴走したとして、抑え込むことも可能ではないのか」

 

その言葉に、メコン川は首を振って否定する。

 

「難しいだろうな。俺クラスのやつが片手で余るぐらいにはいるし、

 中には俺でも勝てないようなのだっている。雑魚だって1匹でお前より強いのもいるぜ?

 それに、俺がナザリックと戦いたくない理由はもう一つある。

 俺やルプスレギナは、そこの出身なんだよ。

 俺がお前たちで言う所のプレイヤー、ルプスレギナが従属神ってやつでな」

 

メコン川がナザリックと敵対する、戦う事を厭う理由の最たるものがそれだ。

かつて、仲間たちと共に攻略して手に入れ、築き上げてきたナザリック地下大墳墓。

ナザリックがこの地に牙を剥けば、自分はそれに抗うだろう。

この数年で得た友人や仲間達に累が及ぶなら、それを黙って見過ごせはしない。

しかしかつて(ユグドラシル時代)ならともかく、

命持つ存在となったNPC達を手にかけられるかと言えば、NOだ。

特にルプスレギナを戦わせることはできないだろう。

場合によっては、彼女の姉妹であるプレアデス達と戦うことになるかもしれない。

そんなことは、絶対にさせられないのだ。

 

「まあ、十中八九杞憂だとは思うがな。ナザリックが転移してくれば分かる。

 そうしたら速攻で拠点に向かって、静まらせて終わりさ。

 だが、1か2ぐらいの可能性はある。一応覚えといてくれよ」

 

「覚えておこう。……ツアーにも伝えるぞ?」

 

メコン川は首肯し、今度はルプスレギナの方を向く。

 

「まあ、お前も今の話は一応覚えとけよ。向こうにもこっちにも被害は出したくねえ。

 無理に戦おうとしなくてもいい。逃げてもいいからな」

 

「……はいっす。でも、説得するぐらいはいいっすよね?」

 

「良いけどなー……お前人望なさそうだからな……」

 

「ひ、ひどいっす! 一般メイドたちの間じゃプレアデスはアイドル扱いなんすよ!?

 私だって友達感覚で構ってくれるって人気っすもん!」

 

「いいな……」

 

「お?」「へ?」

 

あーはいはいわかったわかった、と適当にあしらうメコン川と、

ぷんぷん!という音が聞こえてきそうなぐらいに頬を膨らませて怒って見せるルプスレギナ。

じゃれ合っている2人を見てイビルアイがぽつりと呟き、2人が反応する。

 

「な、なんでもない! ともかく! 人前でいちゃつくな、鬱陶しい!」

 

慌てて取り繕う様子を見て、2人の顔がにいっと笑みの形に歪み、

イビルアイを取り囲むようにしてその周囲をぐるぐると回る。

 

「おーやおやおや、イビルアイちゃんには刺激が強かったっすかねぇメコン川様?」

 

「おこちゃまにはちょっとアダルトすぎたかもしれねえなぁルプスレギナ!」

 

「う、うるさい! 囲むな! 回るな! 私にだって恋人ぐらいいるんだからな!?」

 

「……それは割と事案じゃないっすか?」

 

「大丈夫か? その恋人金色の仮面付けたバードマンの弓使い(業の深い姉弟の弟の方)だったりしない?」

 

「急に素に戻るなーっ! ていうかあいつ(・・・)はそんな趣味の悪い仮面なんてつけない!

 ……いやたまに変な仮面付けたりすることはあったが……」

 

「あるのかよ」

 

「あれだ、お前が今日つけてたあのへんな仮面。色は違う……はずだ」

 

その言葉に脳裏に浮かぶのは『嫉妬する者たちのマスク』。

ユグドラシルにおいて年に一度特定の条件を満たした際に運営からプレゼントされる(押し付けられる)アイテムで、

年に1回で最大で12個取得することができた。

アインズ・ウール・ゴウンでもそれを所持している人間はメコン川を含めそれなりにいた。

 

「あー、じゃあ結構やりこんでるプレイヤーかもしれねえな。いずれ会いたいもんだが……」

 

「ツアーにも伝えておくさ。あいつは今大陸の中央にいるはずだから、

 私の魔力では<伝言>もろくに届かん」

 

「会ってみたいっすねえ。イビルアイの彼氏(ロリコン)さんに」

 

「おい今すごい不届きな事言わなかったか!? ええい私の周りをぐるぐる回るなーっ!」

 

イビルアイをからかうのはやめず、再度ぐるぐると回り始めるメコン川とルプスレギナ。

そんなことをやりながら、メコン川は『嫉妬する者たちのマスク』の取得条件を思い出す。

 

取得条件―――『クリスマスイブの日の夜七時から夜十時の間、二時間以上インしている事』。

 

要するに『お一人様(独身)認定アイテム』であり、

クリスマスに誰かと過ごすことのない寂しい奴ら向けに配布された、

一部にカルト的な人気を誇るアイテムである。誰も相手がいないからインしているのか、

人間関係を投げ捨てる程にのめり込んでいるヘビーなプレイヤーなのか。

せめて後者であってほしいなあ、とイビルアイの周囲を周りながらメコン川は思うのであった。

 

 

 

 

 

日も落ちた頃、メコン川は<不可視化(インヴィジビリティ)>と幾つかの隠形の魔法をかけた上で、

王都を駆け抜けていた。

召喚した八肢刀の暗殺蟲たちを配置するためと、各拠点間の距離感を把握するためだ。

また、場所が分かっていれば転移魔法で行くこともできる。

アイテムで発動させることができる<転移門(ゲート)>なら、

襲撃予定の拠点間を自分以外の面々も含めて短時間で行き来できるだろう。

そうして各地を巡っていた後、

最後の拠点―資料によれば奴隷部門の違法娼館―に向かっていた時、

メコン川のアヤカシとしての嗅覚が何かを感じ取った。

 

(なんだ? 強い気配を感じる……レベル100(カンスト)級はあるぞ?)

 

方向は、丁度その違法娼館の方向。八肢刀の暗殺蟲たちをその場で待機させ、

完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)>をかけ直した上でそちらへ向かう。

 

「まさか、噂をすれば影、ってやつか? ……はは、笑えて来やがる」

 

アイテムボックスから取り出した指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)は無反応。

つまりナザリックから放たれたもので(まだ転移してきて)は無い。

では何者か? 未だ知らぬ未知のプレイヤーか?

焦燥にかられながらも現場に急行すれば、そこにはいくつかの人影があった。

1人。黒いタキシードに身を包んだ、厳めしい顔をした老人。

1人。その老人に何かを聞かれているのか、愛想笑いを浮かべつつ話し続ける男。

そして最後の1人。老人に抱き上げられている、金髪の、恐らくは女性。

女性の顔はボコボコにはれ上がっており、満身創痍という言葉が適切であった。

察するに、男は目的地である違法娼館の者なのだろう。

それが使い物にならなくなった女性を処分しようと路地に出た所、

老人に見咎められ、現在に至る。そんなところだろう。

やがて男が老人から離れ、逃げるように走り去っていく。

そして老人がメコン川の傍を通り抜けようとした、その時。

老人がメコン川に向け、口を開いた。

 

「――――――覗き見とは感心いたしませんね。

 離れた所には八肢刀の暗殺蟲もいる。あなたの手の者ですか?」

 

明かにこちらを捉えている物言い。メコン川は<完全不可知化>を解くと、

八肢刀の暗殺蟲に違法娼館を監視するよう命令をし、老人の前に降り立つ。

 

「あなたは、まさか……! 非礼をお許しください、獣王メコン川様」

 

老人の顔が驚愕に歪み、女性を抱えたまま屈み、跪く。

 

「いいさ、感づけただけでも上等よ。俺もお前に会えるとは思わなかったぜ。なあ、セバス。

 ―――質問に答えろ。他に、NPCは何人いる?」

 

セバス。そう、目の前の老人を、メコン川は知っている。

フルネームをセバス・チャン。ギルドメンバー(至高の41人)、たっち・みーの創造した、

ナザリック地下大墳墓執事にして戦闘メイドチーム『プレアデス』リーダー。

そう、ナザリックのNPCである。

 

「私と共にこちら(・・・)へと来たNPCはユリ・アルファのみです」

 

「お前はナザリックの……アルベドやデミウルゴス、

 あるいはパンドラズ・アクターの命でここにいるのか?」

 

「いいえ。私に命を下さった方は他におります」

 

「誰が……いや、俺の命だ、話せ。お前に命を下した至高の御方(・・・・・)は誰だ?

 お前に、何をしろと命じた? 答えろ、セバス」

 

その言葉に、セバスは一瞬硬直するも、すぐに居住まいを正し、口を開く。

 

「私が命じられたのは王都の地理の把握、

 そしてスクロールやマジックアイテムのレベルの把握です。

 そして、私にそれらをお命じになったのは――――――」

 

一拍置き、意を決したように、セバスはその名前を告げる。

 

「――――――至高の御方、やまいこさまにございます」

 

 

 

 




そんなわけで、例の人の代わりに(という訳ではないですが)セバス登場です。
本当だったら王都編終わってから出てくるはずだったんですが、
拠点突入の話になってくると違法娼館も出てくるしそれじゃあセバスを出すしかねえ!
となりました。セバス×ツアレのカップル好きなんですよ、俺。

冒頭で語っている通り、ラナーは一応のカミングアウトは受けたとはいえ、「割とその辺はどうでも良いけど、ラキュースが認めた相手なら実力も人格も善よりの人よね、ならそこを突けば望み通りに動いてくれそう」という感じ。
知らぬが仏と人の言う。

さあ割とweb版寄りになったルプスレギナを見てセバスやユリはどう思うのか。
まだ何も考えてません。

今回オリジナルアイテムとして出した「金の生る木」ですが、
ユグドラシル時代はそもそも実用品として使うものでは無い一種のジョークアイテム、という設定です。
ただでさえモンスターがぽんぽん金落す設定らしいですしあのゲーム。


えりのるさん、誤字報告ありがとうございました。


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12:ボク(俺)がボク(俺)であるために

12話です。(設定がある中で)個人的に一番お気に入りの御方を出せてすげーたのしかったです。


 

「セバス、遅いなあ」

 

王都の高級住宅街にある、周囲の屋敷に比べればこぢんまりとした邸宅。

その玄関先で、小柄な少女がうろうろと行ったり来たりしていた。

黒いハイウエストのスカートに白いブラウスを着た、黒髪の少女。

体格に比してアンバランスに良いスタイルをした、

いわゆるトランジスタグラマーな美少女であった。

その傍では黒髪を夜会巻きにした眼鏡のメイドが苦笑している。

 

「セバスさまも人が良いお方ですから、困っている方に力を貸しているのでは?」

 

「ボクたちで迎えに行かなくていいかな、ユリ」

 

「大丈夫ですよ、やまいこ様。心配することがあるとすれば……

 セバス様が悪漢に絡まれて、悪漢たちが怪我をしないかと言う事ですが」

 

ナザリックNPC、セバスを案じる「やまいこ」と「ユリ」。

そう、この2人もまたナザリックの、ギルド・アインズ・ウール・ゴウンのメンバーとNPC。

至高の41人が1人、やまいこと、そのやまいこが創造したNPC、

戦闘メイドチーム「プレアデス」長女、ユリ・アルファであった。

本来やまいこはセバスをも超える巨体を持つ半魔巨人(ネフィリム)であるが、

その外見で騒ぎが起こることを嫌いユグドラシル時代、

人間種(エルフ)であった妹の所に遊びに行く時に使った変化アイテムを使用し、

リアルの姿に近い人間の姿へと変わっている。

 

「セバスならまあ大丈夫だと思うけどさ……

 なんかこう、ひと騒動ありそうな予感がするっていうか」

 

やまいこがなおもうろうろと右往左往していると、ノックと共に声がする。

 

「―――ただいま戻りました」

 

ドアを開ければ、そこにはかっちりとしたタキシードを着こんだ老人、セバスがいた。

その腕の中には、元の顔が分からないほどに変形し膨れ上がった顔の女性。

顔以外もひどいもので、爪は剝がされ、全身に青あざが浮かび、

肝の太いやまいこですら目を見開くほどの有様だった。

 

「セバス! その人、どうしたの!?」

 

「拾いました。大変申し訳ないのですが、治療をお願いしてよろしいでしょうか、やまいこ様」

 

「勿論! ユリ、お湯沸かして! 寝かせるのは……空き部屋かな。

 生きてる……よね?」

 

「心臓はまだ動いております。こちらの部屋でよろしいですか?」

 

女性を空き部屋に運び込み、さっそく治療を開始する。

やまいこは精神系魔法、その中でも特に治癒系を得意とする魔法詠唱者である。

また半魔巨人の種族的特徴として2つの能力が非常に高く、3つの能力が非常に低い。

やまいこは精神力と耐久力を高めており、自身の防御能力と回復能力に特化。

結果、敵に群がられながらも平然と味方を回復させ続ける鉄壁のヒーラーとなった。

その力をもってすれば治療も瞬く間に済み、

別人のようになった女性が静かな寝息を立てている様子を見てほっと胸を撫でおろす。

 

「ふう……まあ、まだ息があってよかった。流石に一般人レベルだと蘇生も難しいからなぁ……」

 

「―――やまいこ様、よろしいですか?」

 

「わぁ!? ああ、ごめんセバス、何?」

 

「……その、何と言いますか……彼女と一緒にお客様をお連れしておりまして。

 彼女とは無関係なのですが……お通ししてよろしいでしょうか」

 

その時のセバスの顔には、やや苦いものが混じっていた。

どう表現するのが正しいか、と考えて、ふと思い当たるものがある。

度し難いが表立って指(・・・・・・・・・・)摘することのできない(・・・・・・・・・・)ものに対するそれに近い。

何が来たのか、と思うも、流石にこの場に入れるわけにはいかない。

こちらから出迎えよう、と腰を浮かせたところで、足音がする。

とても大きい、半魔巨人の自分よりも大きな『何か』が迫って来る。

開いたドアの向こうに影が差し、ドア枠に巨大な獣の手がかかる。

そして部屋を覗き込んできたのは――――――

 

「よう、その子大丈夫? お、マジでやまいこさんじゃん。何年振りかねぇ」

 

半魔巨人をも上回る筋骨隆々な巨体のカワウソの姿のメコン川(・・・・・・・・・・・)であった。

メコン川の変化バリエーションの1つ、セット名『ゴツメカワウソ』。

唐突に目の前に現れたマッチョなカワウソに、やまいこの頭が真っ白になる。

そして――――――

 

「わぁ―――――――っ!?」

 

反射的にゴツめ(というかムキムキの)のカワウソの顔面にパンチを叩きこんだのだという。

 

 

 

少し後。応接間では、半魔巨人姿のやまいこにメコン川が喉輪の形で釣りあげられていた。

 

「――――――メコンさん、ボクに何か言う事は?」

 

「最高のリアクションありがとうございました」

 

「反省の色がない!」

 

「あっちょっと待ってちょっと待ってやまいこさんこれ締まってる締まってる」

 

そのままギリギリと首を絞め上げられ、慌ててタップするメコン川。

やまいこは大きくため息を吐くとメコン川を床におろし、

視線を合わせるように屈みこむ。

 

「……本当にメコン川さんなんだよね?」

 

「なんならやまいこさんが思考停止で突っ込んだ尻を俺が拭いた話でもしようか?

 ユリたちの前でよ」

 

「やめて。そっか……ボク達だけじゃなかったんだね……」

 

安堵の声と共に、やまいこはこちらに来てからの事を語りだす。

やまいこ達が転移したのは今から一年ほど前、

王都の遥か東、トブの大森林と呼ばれる森林地帯だった。

行きがかり上の事故(・・・・・・・・・)でトロールを殴り倒し、その流れで起こった、

森の西を支配するナーガや南の『森の賢王』との縄張り争いを制して従えた。

その後は近隣の湿地帯に住む蜥蜴人(リザードマン)に関わり、

ある部族が行っていた養殖知識を改良・発展させることで食料難の改善に貢献。

起こりかけた争いもその腕っぷしで鎮圧し、

気が付けばトブの森の亜人や魔物たちを従える族長のような立場になっていた。

 

「なあやまいこさん、この話、大分オブラートに包んでるだろ?」

 

「な、ナンノコトカナー……」

 

半眼で睨むメコン川と、ふいっと視線を逸らすやまいこ。

このやまいこという女性、リアルでは結構良い生まれである。

毒の大気から遮断された完全環境都市(アーコロジー)内で生活できる富裕層に産まれ、

天才肌の妹に比べれば劣るものの、樹齢万年ともいえる鋼鉄の精神で劣等感を跳ね返し、

義務教育が廃止されている時代において小学校の教員を務められるほどの高学歴。

(余談であるが、リアルにおいては小学校を卒業できればまだいい方と言える)

つまり頭は相当に良いはずなのだが、ユグドラシルにおいては『脳筋』とよく呼ばれる。

敵と遭遇した際「データ覚えてないからとりあえず殴ってみよう」、

などに代表される脳筋エピソードに事欠かず、メコン川ら慎重派の者達が

そのフォローに追われることもちょくちょくあったためである。

その為、やまいこが語った以上に「とりあえず殴ってみた」ことはあるだろう、と、

メコン川は後でユリやセバスを問い詰める必要があるだろう、と考えていた。

 

「……まあ、いいけどよ。しかし、確かそっちはエ・ランテルって街があったよな?

 なんでまたこっちに? 情報集めるなら確かに王都の方が集まりそうだが」

 

「ああ、それはね。王国の王様直属の戦士長、ガゼフさんって人に誘われたんだよ。

 この家もガゼフさんが仲介してくれたからそこそこ安く借りられたんだ」

 

先程の説明に付け加える形で、やまいこはガゼフとの出会いを思い返す。

トブの森の長―トブの森諸族連合と名付けた―になってより暫く、

トブの森近郊にある開拓村、カルネ村が襲撃された。

隣国、バハルス帝国の紋章を付けた兵士たちに襲われていた所を救い、

それと前後するようにやってきたガゼフ率いる戦士団と交流を持った。

彼が言うには、近頃同じような襲撃があり、それを追うために出陣したのだという。

当初はガゼフもやまいこらも王国の生産力をそぐための帝国の策か、

と思っていたのだが、精神系魔法などを用いて尋問した結果、

事態は予想外の方向へと転がっていく。

捕縛した暫定帝国兵の正体は王国の南にある宗教国家、スレイン法国の手の者だったのだ。

その後現れた法国の特殊部隊、陽光聖典により、

そもそもの目的がガゼフを誘き出して抹殺することが目的だと判明し、

それに怒ったやまいこにより撃退。

カルネ村と部下や自らの命を救ってくれたことに恩義を感じたガゼフにより、

王都へと招待されたのだ。

 

「―――そんなわけで、現在に至る、と」

 

「スレイン法国ねぇ……キナ臭ぇ国だと思ってたが、

 獣王連合(ウチ)も気ぃつけねえとな……まあ、それはそれとしてだ。

 俺がこっちにきたのは何年か前、場所はローブル聖王国の方でな―――」

 

そして今度はメコン川が自分がここに来た経緯を話す。

ルプスレギナと転移してきたことや、紆余曲折の末亜人の王となった事。

王国へ来たのもまた行きがかり上の流れで、

セバスと再会したのも本当に偶然だったのだ。

 

「いやほんと、セバスと会えて良かったわ。こうしてやまいこさんとも再会できたしな……

 まあこっちもさっき説明した通り色々めんどくせえ問題抱えてるからよ。

 それが片付いたらまた話そうぜ」

 

「八本指……だっけ。そっか……あの時ぶん殴った人達、バックがすごいんだぞ!

 とか言ってたけど、もしかして……」

 

「……ちょっと待った、やまいこさん、八本指と事を構えたんか?」

 

「そ、そそそ、ソンナコトナイデスヨ?」

 

「こっちを! 見ろ!」

 

またも目を逸らすやまいこの顔を無理やり正面に向けて睨みつけ、

メコン川はやまいこの尋問を始める。

そうして聞き出した所、出歩いていた時しつこく絡んできたチンピラや、

ユリと歩いていた時にユリを『貸せ』と言ってきた貴族らしい男など、

脛に傷のありそうな者達を幾度か衝動的に殴り飛ばし、

そのためほとぼりが冷めるまではセバスがメインとなって情報収集をしていたのだという。

 

「どうりで連中の資料から『黒髪の南方人の令嬢』とか『夜会巻きのメイド』、

 みたいな情報出てくると思ったよ……やらかしてんじゃねえか!」

 

「えへへ……ごめんね?」

 

「まあいいけどよ……どうせ連中は潰すし……あー、疲れた。精神的に」

 

「あ、そうだメコンさん。今宿に泊まってるんだっけ?

 どうせならここにみんな連れてきて泊まったらどうかな?

 お金もかかるだろうし……それにほら、ユリにルプスレギナを会わせてあげたいし。

 ネイアちゃんって子とか、蒼の薔薇の人達にも会ってみたい!」

 

「そうだなぁ……連中と事を構えるってんなら、宿暮らしよりはこっちの方がいいかね」

 

「決まり! じゃあ呼んでこなくちゃね!」

 

言うなりやまいこの姿が人の姿へと変わり、部屋の外へと駆けていこうとするが、

メコン川はそれを呼び止め、自らも『人』としての姿へと変わる。

 

「―――その前に、はっきりさせなきゃなんねえことがある。

 座んな、やまいこさん」

 

向かい合わせに椅子を並べ、片方にどっかと座るメコン川。

やまいこはドアノブに手をかけようとしたところで立ち止まり、

少し考えるそぶりをしてからメコン川の膝の上(・・・・・・・)にちょこんと腰かけた。

 

「目の前に椅子置いたんだけどなぁ」

 

「こっちの方が座り心地いいからね」

 

「硬ぇだけだろ?」

 

「低反発マットみたいなもんだよ」

 

「そんなもんには座った事ねえなあ」

 

会話が止まり、部屋を静寂が満たす。

メコン川が下を向けばやまいこが上を向き、視線がぶつかった。

その状態で少しして―――メコン川が口を開く。

 

「―――妖怪変化(アヤカシ)のフレーバーテキストにこうある。

 『闇に潜み、人を時に化かし、時に助け、時に残酷に、特に心優しく振舞うあやしもの。

 それにまことの姿はなく、それは人の恐れが世に写した影法師である』ってな。

 この世界に来て、この体になって色々と変わったよ。

 その最たるものが……人間性の変化。人を見て、仲間とは思える。

 だがな、同族とは思えねえ。多分、殺そうと思えば簡単に殺せる。

 実際、そうやって亜人を殺したよ。一人は首をねじ切って。

 一人は、むりやりでけえ石を呑ませて、喉が裂けて死んだ。

 その時、俺は愉悦を感じてた。馬鹿を痛めつけて殺してやった、そう思ったよ。

 だからもう、俺は、俺達(・・)は、人間じゃねえ。なくなっちまった。

 あんたもそうなんだろう? やまいこさん」

 

それにやまいこは答えず、視線を外し、俯き、ぎゅっと拳を握り……口を開く。

 

「―――半魔巨人(ネフィリム)のフレーバーテキストは、こうだったかな。

 『それは天より舞い降りた者達と人の女との間に生まれた堕とし子。

 天に上る翼はなく、欲のまますべてを貪り、喰らい、同胞すら喰らう異端の巨人』。

 そうだね……ボクも、人間を見て同族とは思えなくなってる。

 昔に比べて考えなしっていうか、欲求に弱くなってるっていう自覚はあるよ。

 ……殺しちゃったこともある。法国の兵士の人を止めようとして殴り飛ばしたら、

 そのまま頭が潰れて死んじゃった。びっくりはしなかったよ。

 その後も、何回かあったかな……どれも、嫌悪感はなかった。

 むしろ、愉しかった。おかしいよね、カルマは善なのにさ。

 嫌悪はなかったけど……その代わり、とても美味しそう(・・・・・)だと思ったんだ。

 血の匂い、肉の、骨の匂い。たまらなくおいしそうだった。もちろん食べたりはしてないけど。

 ……でも、とても美味しそうだった。それでなくとも、お腹が空くんだ。

 もっと食べたい、全てがなくなるまで食べ尽くしたいって。

 ボクの深い所にいるボクが、そう言うんだ」

 

「……そうか。やっぱり、そうなんだな……」

 

祈る様に天井を仰ぎ見るメコン川。それ以上は何も言えず、ただ時間が過ぎてゆく。

自分のような人間なら、敵対する誰かを傷つけてもさほどのためらいも後悔もなかった。

だが、彼女は違うだろう。富裕層に産まれ、両親の愛を受けて育ち、

自分もまた子供たちに教えを授ける教師になった彼女には、

人の心に突然付け加えられた異形種としての本能は、いかほどの苦しみだろうか。

 

「……俺がこの何年かでわかったのは、俺達プレイヤーと、

 NPCではカルマの扱いが違う事だ。NPCは設定された文章に忠実に思考し、

 その上でカルマの影響をモロに受ける。ルプスレギナの最初の時なんて笑えたぜ?

 だが俺達は、カルマの影響はないんだろうな。

 恐らくカルマで効果が変動する魔法を受けた時に影響があるぐらいだろう。

 だが、種族としての『設定文(フレーバーテキスト)』の影響は受ける。

 だから、人としての人格を保ったまんま、異形種としての本能が備わるんだろうよ。

 まあ、強い意志で跳ねのける事ぐらいはできるのが救いだな」

 

「ずっと、このままなのかな」

 

「だろうな。俺達異形種には基本的に寿命というものがない、

 というのがユグドラシルの設定(フレーバー)だ。

 他に救いがあるとすれば……俺達にはNPC達がいるし、それに何より、

 この苦しみを分かち合うお互いがいる事だ。

 知り合いの言葉を借りれば……それ(・・)に抗い続ける限り、俺達が人の心を失うことはないさ」

 

メコン川は微笑み、やまいこの頭をぐりぐりと撫でる。

 

「ねえ、メコンさん」

 

「ん?」

 

「もしボクがユリやメコンさん達を傷つけるようになったら……その時は、ボクを止めてね。

 メコンさんがそうなったときは、ボクが止めてあげるから」

 

「頼むわ。……そうだな……やまいこさん、宍戸十兵衛って名前を覚えといてくれ」

 

「ししど……じゅうべえ?」

 

唐突に告げられた人名に、やまいこはきょとんとしてメコン川を見る。

 

「俺のリアルでの名前さ。ルプスレギナには伝えてある。

 俺は、この後の一生を『獣王メコン川』として過ごすつもりだけどよ……

 俺が人間だった頃の名前を憶えててくれる人がいるんなら、

 少しは人であろうと思えてくるからよ」

 

にやりと、メコン川は獰猛に笑う。それを見てやまいこは少し考え込み―――

 

「ボクの名前は……山瀬。山瀬舞子(やませまいこ)

 メコンさんも覚えててね。ボクが、ボクでいられるように」

 

そう言って、やまいこは、いや山瀬舞子は、花が咲くような微笑を浮かべた。

 

 

 

 

なお、このやりとりは一向に戻らないやまいこを心配し、

部屋の前まで追いかけて来たユリがこっそりと聞いており、

この直後その事がばれてユリがやまいこに暫く追いかけ回されることになったのは、

あまり関係のない話である。

 

どっとはらい。

 

 




そんなわけでやまいこさん登場の話。アバターがでかいので人化すると小柄で可愛い系だといいな……という願望込みであの姿です。
版権作品で例えるとFGOの駒姫が童貞を殺す服を着た感じ。

なおこの作品においての『人化』は、姿は人に変わるけど、本質的には元の種族であるため精神性の変化が軽減されたりはしない、という設定です。
人間性を保てるかどうかはその人の根性による。

半魔巨人のフレーバーテキストを捏造。
聖書におけるネフィリムがモチーフになっている種族という解釈なので、
それをモチーフにした設定を捻りだしました。
その影響で本作のやまいこさんはちょっとワガママというか、本能的な欲求、特に食欲に逆らいづらい、という設定。はらぺ娘みたいな感じ。

メコン川さんのリアルネーム、宍戸十兵衛。
勿論本作品オリジナルの設定です、

『ゴツメカワウソ』はあれです、音速丸のマッチョモードみたいなもんです。
前の話でも言ってますが、アヤカシの変化は派生スキル・上位スキルの参照元になってるぐらいでその効果そのものはほぼほぼ宴会芸みたいなものなので、
メコン川さん自身もネタに振った外見を多く登録している、という設定。
戦闘用の変化スキルはまた別にあります。

最近大体2~4日に1本ぐらいは投げられているのかな?
月末開始の祭りまでに王都編終了ぐらいはいきたいものですが。

・追伸
例の新人六腕さん、今回も出れませんでした。
やまいこさんの描写が楽しくて文量増えたのが主な原因。


satakeさん、血風連さん、殉職者さん、ability10さん、muminotasteさん、誤字報告ありがとうございます。なかなか気づけないもので……


・おまけの前回のメコン川さんの「ルプスレギナの妹・アーバン忍者スタイル」。
だいたいこんなかんじ。

【挿絵表示】


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13:正義とは何ぞや?

やまいこさん関連の話を書いていると本当にもりもり文量が増えていく……
一応ルプーがメインヒロインなのでルプーももっと描いてやりたいところです。


 

「えー、そんなわけで皆さんにご報告があります」

 

王都、やまいこ邸。蒼の薔薇とルプスレギナ、ネイアを連れて来たメコン川は、

改めて一同にやまいことユリ、セバスを紹介していた。

 

「こちら、俺の古い知人のやまいこさん。精神系魔法詠唱者で凄腕のヒーラーだ。

 こっちがユリとセバス。どっちもモンクでな、

 セバスは俺と、ユリはルプスレギナと同レベルの使い手だ。頼りにしてくれていいぜ」

 

「いやぁ……改めてそう言われると照れるなぁ。

 まあ、改めまして。ボクはやまいこ。メコンさんとは古い馴染みでね、

 王都にはガゼフさんって人の招待で来たんだ。よろしくね。

 王都じゃ宿暮らしって聞いたから、

 ボクが借りてる家を拠点にして動いた方が色々楽じゃないかなって思ったんだ」

 

ぺこりと一礼するやまいこと、その後ろに控え一分の隙もない礼をするユリとセバス。

小柄な黒髪美少女(やまいこ)美女メイド(ユリ)に約一名がヒートアップしたが、

行動に移す前に蒼の薔薇総出で縛り上げられたことは言うまでもない。

 

「メコンガワのご友人と言う事は……その、失礼だけど……

 貴女もカワウソなのかしら?」

 

ラキュースの問いにやまいこが小首をかしげる。

質問の意図を理解できかねているようだ。

 

「カワウソ? ……メコンさん、ボク達の種族って、もしかして説明してない?」

 

「そういやしてねえな。まあ、バリエーションに富んでんだろ俺ら。

 特に説明する必要も感じなかったからなぁ」

 

「うーん……まあボクの姿ぐらいは教えておいた方がいいかな。

 ボクの種族は半魔巨人(ネフィリム)。まあ、驚くと思うけど……

 あんまり驚かないでくれると嬉しいかな」

 

言うなり、やまいこはアイテムを操作して人化を解く。

ぽふんと小さな破裂音とともに姿が変わり―――

―――2mは優に超える、黄色を基調とした僧衣のようなものを纏い、

ぎょろりとした目玉を持つ巨人がそこにいた。

一瞬どよめく蒼の薔薇とネイアであったが、すぐにそれも収まる。

もう少しは驚くかと思っていたやまいこは、またも小首をかしげた。

 

「あんまり驚かないんだね?」

 

「まあ、ちょっとは怖いですけど……最近は亜人の人達と触れる機会も多かったんで、

 なんか慣れちゃいました」

 

「私も十三英雄たちに帯同していた頃はいろんな亜人や異形種を見たからな、

 今更その程度で驚くものか」

 

苦笑するネイアと、ふん、と鼻を鳴らすイビルアイ。

蒼の薔薇の面々も、かつてのメンバーだったイビルアイの知人、

リグリットというネクロマンサーが召喚するアンデッドを見る機会が多かったため、

多少の外見では動じなくなってしまったのだという。

 

「むしろこいつらの恐るべきところはクソ度胸なんかじゃなくてな、

 4/5がどっかしら性癖に問題抱えてるって所なんだけどな。

 この国最強の冒険者、アダマンタイトの称号持ちがこれだぞ?

 ……ある意味この国だからこそ、というべきなのかもしれんが」

 

「あんだとメコンガワ!」「異議あり」「抗議も辞さない」

 

「うるせえ童貞食い(ガガーラン)レズビアン(ティア)ショタコン(ティナ)は黙ってろい!

 ……というわけなのでやまいこさんにユリ、忍者姉妹、特に青い方は気をつけろよ、

 以前『妹』と『弟』を見せたら食われかけた。まあそんときはそこの駄犬も結託してたが。

 なあルプスレギナ?」

 

抗議する三人をばっさり切り捨て、

ついでに根に持っていたいつかの一件をバラすメコン川。

セバスとユリに睨まれ汗を垂らしながら目を逸らすルプスレギナを見て留飲を下げ、

改めてやまいこの方を向く。

 

「まあ、何か困ったらガガーランかそこの仮面のやつ、イビルアイに相談すると良いぞ。

 ラキュースもちょっと精神系のアレを患っちゃいるが比較的まともだしそっちでも良いが」

 

「私も4/5のうちなの!?」

 

「子細はお前のために伏せるけど、そういうのってこじらせると引っ込みつかなくなるから、

 早めに踏ん切りつけて足洗うと良いぞ、ラキュース」

 

漫才の様なやり取りにやまいこはくすくすと笑う。

かつてのアインズ・ウール・ゴウンでのやり取りのようなこの空気に、

どことなしに心地よいものを感じていたからだ。

ひとしきり笑うと改めて人化しなおし、メコン川らを仲裁する。

 

「あはは、なんか懐かしい空気だなぁ。まあまあメコンさん、その辺で。

 まあ、メコンさんがこういうイジりをするってことは、結構気心知れてるってことかな。

 これでもメコンさんと同い年ぐらいだし、何かあったら頼ってね」

 

やまいこはそう言うと、むん、と胸を張った。

その後は揃って夕食にした後、各々を部屋へと案内し、夜は更けていった。

 

 

 

 

そしてその夜、治療を受けた女性の隣の部屋で、ルプスレギナはユリにお説教を受けていた。

ユリの種族はアンデッド、食事や休息が不要であり、

女性の容体の急変などに対応するためユリが部屋を移し、そしてお説教のため、

そして何かあった際治癒を行うためにとルプスレギナも同じ部屋となっていた。

 

「ユリ姉ぇ~……そろそろ勘弁してほしいっす……」

 

「はぁ……ルプーはこれだから……酒に酔って御方を襲うなんて何を考えているんだい?

 獣王メコン川様が最終的にお許しになられたからいいものを……

 普段だったら軽く済んでも謹慎ものだよ?」

 

普段やまいこらと接している時とは違う、やや砕けた口調のユリ。

実際こちらの方がユリの素であり、プレアデスの長女と次女という間柄の関係上、

ルプスレギナと二人だけの時などはよくこうなる。

一人称も「ボク」となり、創造主であるやまいこによく似ている、

とルプスレギナからは思われている。

 

「ユリ姉はメコン川様の変化バリエーションを知らないからそんなことが言えるんすよ……

 ちょっとやんちゃな弟系美少年に上目遣いで見られたら、

 ユリ姉もそんなこと言えなくなるっす」

 

「………………ともかくっ!

 ルプーはこれからも獣王メコン川様の側仕えとしてお仕えするんだから、

 もっとその立場に責任を持ちなさい、と言っているんだよ?」

 

「今一瞬考えたっすよね? ……まあ、分かってるっすよ。

 こっちに来てからもう何年も経ってるっすからね。

 これでもナインズ・オウンゴール獣王連合のナンバー2っすから」

 

えっへん、と胸を張るルプスレギナ。その姿、そして再会してからの言動を見て、

ユリは僅かに首を傾げる。この妹はこんな性格だったろうか? と。

ルプスレギナの本質は性悪にして冷酷、普段の明るくあけすけな言動も、

演技の一つでしかない真性のサディストであるはずだ。

だが、今見るこの妹はどこか丸くなったような気すらする。

至高の御方と共に暮らした数年は、妹をここまで変えたのだろうか。

 

「……ルプー、少し丸くなった?」

 

「へ? あー、意識はそんなしてないっすけどね。

 メコン川様がこっちの方が好きかなー、って。

 それにまあ、ご寵愛もいただいてるっすからねー。

 オンナとしては常に磨かれてるかもしれないっす。

 ユリ姉のメロンにはまだまだ及ばないっすけど……あいたっ!

 な、殴る事はないじゃないっすか……」

 

「いきなり変なこと言うからだろう?

 まあ、男性の御方に生み出されたプレアデスや女性のシモベは、

 御方の嗜好に基づいて作られているから魅力的なのは分かるし、

 男女が何年も一つ屋根の下にいればそう言う事もあるだろうけど……

 今はやまいこ様だっているんだ、そういう話題は少し控えるようにね?

 ……そういえばルプー、獣王メコン川様の『真名』を伺ったというのは本当?」

 

その問いに、ルプスレギナは一瞬はて、と首を傾げるも、

すぐに思い至ったのか表情を引き締める。

『真名』、即ち、至高の御方たちの本名(リアルネーム)を指す。

 

「ユリ姉、それは誰から?」

 

「ルプーたちが合流する直前、やまいこ様とお話しされているのを聞いてね……

 盗み聞きする形になってしまったけど……お二人からお許しは戴いたよ」

 

「んー……ならいいっすかねえ? まあ、本当っすよ。

 私は、メコン川様にまた(・・)おいてかれるのが怖かったっす。

 でも、メコン川様もまた私達が離れていくのを恐れてたっす。

 まあ、私の場合性格もあったんで何するか分からないのが怖かったそうっすけど。

 そして、私はメコン川様が、そして至高の御方たちが、

 元々は『人』である、と言う事を聞いたっすよ。 メコン川様達は異形種っすけど、

 そのお心は人っす。でも、こっちに来て、精神が肉体に引っ張られつつある、

 と言う事にも気づかれていたっす。その事もまた、非常に恐れていた」

 

「……うん、ボクが聞いたのもその話だ。

 やまいこ様も、獣王メコン川様も、人の心が薄れていく事を危惧していたよ。

 だからこそ、人にはもう戻れないからこそ、人であった証を誰かに残したかったと」

 

そうして、ユリはあの時聞いたことをルプスレギナに伝える。

やまいこに言われたのだ。こういうことがあった、と言う事を伝えて欲しい。

ルプスレギナにも自分(山瀬舞子)という人間がいた、と言う事を、知ってほしいから。

それを聞いて、ルプスレギナは穏やかにほほ笑む。

 

「そうっす。だから、私達だけは、覚えていなければならないっす。

 宍戸十兵衛と、山瀬舞子という『人』がここにいたのだと。

 それはきっと、私達が御方と共にこちらへ来た理由だと、そう思うっす」

 

「そうだね……そういえば、その、その時のやまいこ様と獣王メコン川様、

 随分と距離が近かったというか、親しかったようなのだけど……

 そういう(・・・・)ことなんだろうか?

 いやでもそうすると、ルプーと関係しているというのはどうなんだろう……?」

 

「え? 別にいいんじゃないっすか? そうと決まったわけでもないし、

 もしそうだとしたら応援するっすよ。正妻は私っすけどねー」

 

「でも……不義理とかではないかな、こういうのは」

 

ううむとうなるユリに、ルプスレギナはちっちっち、と指を振り、

 

「そもそも至高の御方に人の法を適用すること自体が間違いなんすよ。

 それにメコン川様は獣王連合の盟主、即ち一国の王っす。

 だったら一夫多妻でも問題はないっすよ。もちろんお互いが納得していれば、っすけど」

 

「そうかな…………そうかも……」

 

「メコン川様は約束してくださったっす。もう二度と、私を置いていかないって。

 それに、私はメコン川様の理想の女性として創造された存在っす。

 たとえやまいこさまとお付き合いすることになったとしても……

 メコン川様の理想の女であるという事は、決して揺らがないっすよ」

 

「ルプー……」

 

えっへん、と胸を叩くルプスレギナ。それを見て、

頼りないと思っていた妹がいつの間にか成長していたと知り、

ユリの胸にどこか寂しさにも似た感情が去来――――――

 

「それに、メコン川様はああ見えて夜も獣王なんで……

 増えてくれた方は個人的には余裕ができるかなー、と思ってるっす」

 

「ルプーッ!!!!」

 

しなかった。

その後もやいのやいのと姉妹は語らい続ける。

部屋の外にやまいこがいても、気付かずに。

 

 

 

「聞こえてるんだけどなー……隣の部屋の女の人、起きたりしないと良いけど」

 

苦笑しながら、人化姿のやまいこは廊下を行く。ちょっと小腹が空いたので、

晩酌がてら厨房からワインとおつまみを失敬してこよう、

と、抜き足差し足で廊下を歩いていた所だったのだ。

おかげで部屋の中で姦しく姉妹の語らいを続けるユリには気づかれなかったようだが、

騒がしくして寝ている女性を起こさなければいいが、とちょっとだけ心配する。

半魔巨人の感覚で聞き取れる程度の漏れ具合なので、大丈夫だとは思うが。

 

「……まあ、正直ギルメンに会えて嬉しかった、っていうのはあったよね。

 ユリやセバス達にはあんまりああいうこと話せなかったし……」

 

思い出すのは、先程、メコン川と二人きりで話していた時の事。

メコン川に椅子を用意してもらったにも拘らず、その膝の上に飛び乗った。

正直、寂しかったのだ。人恋しかった。同じ悩みを抱えた相手が目の前にいたから。

この世界に来て一年、日ごとに人でなくなっていく自分が恐ろしかった。

半魔巨人として荒ぶるたびに、削れていく人間性が怖かった。

ユリやセバスには話せなかった。話した所で、どうにもできなかったからだ。

彼女らを悩ませて、苦しませるだろう事を話すのは、申し訳なかった。

だからこそ、あそこでそれが噴出してしまった、というのはあるだろう。

 

「悪い人じゃ、ないんだよなぁ。悪乗りはするけど、

 どっちかって言うと慎重派だし、対応も大人だしなぁ」

 

その上で、警察官(たっち・みー)大学教授(死獣天朱雀)とはまた違う、

どちらかといえば武人建御雷のような兄貴分のような所もあり、

やまいこ個人としての評価は低くはなかった。

 

「意識してないって言えば、嘘にはなるんだけどなぁ。

 正直、誰かに甘えたい、頼りたいとは、思うんだよね……

 でもなー、日本人的感性から言うと、不義理じゃないかなって思うしなぁ……」

 

―――だったら一夫多妻でも問題はないっすよ。

   もちろんお互いが納得していれば、っすけど。

 

「――――――ぐぬぅ。

 ……そ、そういうのは後でもできる! 今は小腹を満たしてゆっくり就寝、

 メコン川さん達が関わってる一件に協力しなきゃ!」

 

先程来たルプスレギナの発言がリフレインし、ちょっと揺れる。

半魔巨人としての本能か、そうしたいと思うと、その欲求を抑えることが難しい。

リフレインに呼応するようにもくもくとわいてきた邪念を振り払い、

やまいこはあらためて厨房へと向かった。

 

 

 

 

「……メコンさん何してんの?」

 

「え? いや、ちょっとつまむもん探しに……あ、厨房借りてるぜ、

 一応セバスには断ったけどよ」

 

やまいこが厨房に到着すれば、そこには同じ理由できたらしいメコン川が居り、

戸棚を物色して食材を取り出しては火にかけていた。

 

「……あ、そうだやまいこさん。悩み相談とかってしたことある?

 確かリアルだと教師だったよな」

 

「まあ、あるけど……どうしたの?」

 

先程まで悶々と考えていた相手を目の前にして、やや平静を装いながらもやまいこは聞き返す。

聞けば、メコン川が聖王国から修行にと連れてきた少女、

ネイアの悩み相談に乗ってほしい、との事。

 

「まあ、なんか腹に入れれば口も滑ろうってもんだろ?

 だから軽ーくつまむもんでも用意しようとな」

 

「なるほどねぇ……まあいいよ、ボクもちょっと晩酌したかったし。

 つまみはメコンさんお願いね、ボクはホットワインを用意するよ。

 明日から色々準備あるんでしょ、ボクらも手伝うし……

 色々聞かせてよ、聖王国の方の事。あ、一応貸し1つだからね?」

 

「おう。んじゃまあ、ささっとしあげて食堂行こうぜ」

 

 

 

 

「はい、えーと……ネイアちゃん。あったかいの(ホットワイン)どうぞ」

 

「あ、あったかいの、どうも……」

 

「メコンさんが今つまむもの作ってるから、先に始めちゃおうか。

 なんか、悩みがあるんだっけ?」

 

生徒の悩み相談のつもりで語り掛けるやまいこ。

最初はやや緊張・警戒していたネイアも次第に警戒を解き、

ホットワインを口にしながら、ぽつりぽつりと語り始める。

 

「その、私、聖騎士に憧れてて……でも、腕前では弓の方が得意なんです。

 でも、どれだけ訓練しても聖騎士としての力は目覚めなくて。

 メコンガワさんには『己の正義を見いだすべきだ』と教えをいただいたんですけど、

 その『正義』ってなんだろうな……って。

 メコンガワさん達と旅をして、弓使いとしての腕前は確かに上がっているんです。

 でも、聖騎士としての力はまだ目覚めなくて……」

 

「なるほどね……『正義』、か。難しい問題だね」

 

この世界の人間(ないし、おそらくカンストしていないプレイヤーも)は、

己の経験によって職業を得る。農夫はファーマー、騎士はナイトと言う様に。

ならば、聖騎士の経験とは? それは胸に『正義』を抱いているかどうかだ。

メコン川はそう解釈したらしい。

 

「正義っていうのはね、たくさんあるんだ。

 この国の人間の、他国の人間の、異種族の、その部族にとっての正義。

 何が正しいかなんていうのは、結局はその人にしかわからない事なんだ」

 

でも、と言い置いて、やまいこは続ける。

 

「正義とはなんだろう? 正しい事。じゃあ正しい事って何だろう?」

 

「……すいません、よくわからないです……」

 

「うん、それでいいんだよ。多分、メコンさんも『これが正義だ』

 とは断言しなかったんじゃないかな。

 だって、メコンさんの言う正義はメコンさんにとってのものだからね。

 ボクも正直、よくわからない。でもね、これだけは言えるんだ」

 

ネイアの隣に座り、その鋭い視線を投げかける瞳を覗き込みながら、やまいこは言う。

 

「ネイアちゃんは、今までの人生、いろんなことを考えてきたんだと思う。

 その中で、何かを諦めたり、妥協したりした事もあると思う。

 でもね? そんな中で、絶対に譲れない『何か』はあるはずなんだ。

 何を諦めても、どれだけ妥協しても、決して譲れないただひとつ(・・・・・)

 それを、正義っていうんじゃないかな」

 

「決して譲れない……ただひとつ(・・・・・)……

 なんとなく、分かった気がします」

 

「焦らなくていい。ゆっくり探していけばいいんだ。

 私も協力するし、メコンさんだって、ネイアちゃんが悩んでるからって、

 ボクに相談に乗ってくれ、って言ってくれたんだしね」

 

「おーう、腸詰と芋を適当に炒めた奴だが出来たぜ……って、あら、話は終わってる感じ?

 そんじゃあ後はこれ食って腹が満ちたら寝ようぜ!

 明日は姫さんのとこに顔出しに行って、あとは諸々の準備になる。

 特にお前さんは矢も必要だしな、さ、食った食った!」

 

そこに現れたのはメコン川。

どんとテーブルに置かれたのは、腸詰と芋をぶつ切りにして炒めた、

見るからに男料理といった風の豪快なしろもの。

やまいことメコン川に挟まれ、わいわいと賑やかに、ネイアの夜は過ぎていった。

その胸に、人知れず一筋の光が灯ったことを、今はまだ、本人も知らない。




そんなこんなで13話、
気が付いたらやまいこさんがヒロインに昇格していた件。
ルプーもやまいこさんも好きなのでどっちも魅力的に書きたいな……としてたらこうなってました。後悔はしていない。
なお現状やまいこ→メコン川⇔ルプー、ぐらい。メコン川→やまいこに関しての感情は考えてはあるので後々出せたらいいなあ。
関係の進展もおいおい。

正義云々の所、こういう言い回しは割と好きなので折に触れ使っているような気がする。何か元ネタがあったようななかったような?
遡れる最古の記録が16年ぐらい前のTRPGセッションの自分の発言なので多分それ以前。

ネイアちゃん強化計画進行中。
実はメコン川発案のパワーレベリングと王国に来てからの人間相手の実戦により、今の時点でそこそこレベルが高い。
英雄の領域はまだまだ遠いけど、ぼちぼち20が見えて来たかも……?ぐらい。


村正宗さん、トリアーエズBRT2さん、1F2CAさん、かり揚げさん、比呂由貴さん、誤字報告ありがとうございました。

・おまけ
人化やまいこさんの外見。だいたいこんなかんじです。

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14:決行二日前

今回ちょっと短めでしが14話、ぼちぼち王都編も終盤です。
この後のパートを含めると30kb越えそうだったので……



 

「それで、あなたのお名前は?」

 

やまいこ邸の応接間。そこでは、人化したやまいこと金髪の女性が向かい合っていた。

昨夜セバスが助けてきた女性が目覚めたので、今後の動向を伺うために面談をしていたのだ。

改めて見てみると、絶世の美女、と言うほどではないが、

どこか親しみを感じる、素朴な美人のような女性だった。

 

「つ……ツアレ、ツアレニーニャです」

 

「なるほど、ツアレさんね。言いにくかったらいいけど……

 どこか、行く当てはあるのかな?」

 

俯いて首を横に振るツアレ。

状況から察するに奴隷同然に買われてきたのだろう、とやまいこは推測し、

これからの事を思案する。

ツアレが働かされていた奴隷娼館については、ラキュースらも関知していた。

ツアレが目覚める前にラナーに面会した際、襲撃予定の7つのうちの1つだったからだ。

それでなくとも八本指の息のかかった娼館としてマークしていたらしく、

そこで何が行われているかは……吐き捨てるように「全て」と言ったラキュース、

そしてツアレの怪我を見て推察できていた。

故に、やまいこの腹は、既に決まっていた。

 

「ツアレさん、料理はできる?」

 

「え……? あ、は、はい。簡単な、シチューとかで、あれば……」

 

「あなたをこの屋敷で雇います。メイドみたいなことをやってもらうことになるかな。

 住み込みで、三食休憩付き、お給金はこれから相談するとして、

 あなたは、私達が守ります。いきなりこんなことを言われて戸惑うかもしれないけど……

 あなたは、セバスが自分の意思で助けて連れて来た人だから。

 ボクは、それが嬉しいんだ」

 

そう言って、やまいこはにっこりと笑った。

 

 

 

 

同時刻。隣の部屋では、メコン川とセバス、ユリとルプスレギナが待機していた。

最も、セバスだけはメコン川に向け、深々と頭を下げていたが。

 

「申し訳ございません、獣王メコン川様。やまいこ様も含め、お手を煩わせました」

 

「まーだ言ってんのかよ。別に間違ったことしとりゃせんだろ、

 あそこで見捨てて帰って来てみろ、やまいこさんブチギレるぜ?」

 

セバスが頭を下げていたのは、ツアレを救ったことについてだ。

救ったことそのものは後悔していない。しかし、その結果やまいこに魔法を使わせる、

彼女を放っておけないやまいこにより雇い入れのための面談を行うことになる、

そして、八本指の娼館から連れてきたことにより、

彼らと事を構えることになりかねないことについて、セバスは悔やんでいた。

 

「それは……そうですが。私がそうしようと思ったのは、

 たっち・みー様にそうあれと作られたからではない。

 そのきっかけとなる正義感こそいただいておりましたが……

 私の勝手で今回のようなことを招き、誠に申し訳ございません」

 

「知ってるよ。たっちさん、あんま設定詰め込むタイプじゃなかったからな。

 お前の設定も、他の奴らに比べればずっと少ない。

 今回の一件も、お前自身の考えなのはそうだろうな」

 

だがな、とメコン川は言い置いて、セバスを見上げる。

 

「だからこそ、俺達は嬉しいんだ。お前が、『自分の意思』で行動してくれることにな。

 そりゃあ、反抗しろって訳じゃねえけどよ……指示待ちしかできねえのも良くねえさ。

 親に従うだけが子供じゃねえ。お前が、自分の意思で人を救った。

 たっちさんに代わって誇りに思うぜ、セバス」

 

「――――――お気遣い、痛み入ります」

 

「よせやい。あの子を助けたのも、怪我を治したのも、この屋敷に置いたのも、

 みんなお前とやまいこさんのおかげじゃねえか。

 俺ぁなんもしてねえよ」

 

メコン川が苦笑し、セバスに頭を上げるように命ずる。

しばしそのままだったセバスがようやく頭を上げて部屋の隅に控えたのを見ながら、

ルプスレギナは首を傾げる。

 

「……自分の意思で行動する、っすか……あれ、私結構自分の意思であれこれして、

 結果怒られているような……」

 

「お前の場合は必要なお仕置きだよ。今でこそまだマシだがよ、

 ちょっとあいつら不敬だから皆殺しにしますね、とかは褒められたことじゃねえだろ。

 いらんことしいって言葉知ってるか、ルプスレギナ(駄犬)?」

 

「ひ、ひどいっす……」

 

「自業自得よ、ルプスレギナ。―――っ! ええ、分かったわ。

 あなた達は継続して監視を続けて」

 

ため息をついて額に手を当てていたユリが不意に目の色を変える。

そのまま誰かに指示を出すような言動を見て、メコン川達も居住まいをただした。

 

「……どうした?」

 

「追加で召喚していたハンゾウたちより報告です。

 男が4人、こちらへ向かっていると。うち2人は王国の兵士、

 それを率いる恰幅の良い男が一人。 そして最後の1人は刀を携えた軽戦士と思しき男だと」

 

「へえ、奴さんら動きが早いな。逃げた野郎ってのが捕まったかね?」

 

メコン川は顎に手を当てて考える。十中八九、今回の一件の関連だろう。

おそらくはセバスと会った時にいた男、その男から情報を絞り上げ、

八本指のネットワークを用いて所在を明らかにしたのだろう。

ただでさえセバス・ユリ・やまいこは目立つ上、やまいこは八本指と諍いを起こしている。

あるいは、当初からこの屋敷はマークされていたと見てもいいだろう。

ゆらり、と、音もなくセバスがメコン川の側に立つ。

 

「――――――始末いたしますか?」

 

「ほっとけ。どうせ後二日の命よ。蒼の薔薇の連中は……確かまだ城だったな?

 ちょうど良い、連中がどういう行動に出るか見てやろうじゃねえか」

 

 

 

 

そして少し後、応接間では総勢8人が向かい合っていた。

片ややまいこ、人化したメコン川がソファーに座り、

後ろに控えるようにユリとルプスレギナが立つ。

片や、恰幅のいい男と刀を携えた男が座り、

その後ろに王国の兵士たちが立っている。

ツアレはセバスを護衛に付け、応接間から離れた部屋で待機させている。

 

「それで、ええと、スタッファン様でしたね?」

 

「ああ。改めて自己紹介しよう、私は巡回使のスタッファン・へーウィッシュである」

 

恰幅の良い男、スタッファンが、甲高い声で名乗る。

巡回使とは王都の治安を守る役人で、警邏などを行う衛士の上役ともいえる。

とはいえ、やまいこは彼の本性を把握していた。

この男が、歴とした王国の役人であることは間違いない。が、

件の違法娼館、その常連(・・)として、この男は名を連ねていたからだ。

スタッファンは言葉を続ける。この屋敷の人間が、

奴隷売買を禁止する法律に違反しているという話があり、確認をしに来たのだという。

隣にいる刀を携えた男はそこの従業員でもあるらしく、

詳しい事情を知っているため今回同道してきたらしい。

 

「彼の店から報告があったのだよ、ある人物が不当な金銭を渡して従業員を連れ出したとね。

 知っての通り、法で奴隷売買は禁止されている……

 だが今回のケース、これはまるでそれに違反しているようではないか?」

 

徐々に語気が強くなっていくスタッファンに、わずかに眉を顰めるやまいこ。

よく言う、自分がその奴隷を扱っている娼館の常連の癖に。

 

「なるほど、お話はよく分かりました。後の話は……メコンさん、お願いするね?」

 

「あいよ、任せときな、お嬢さん」

 

気分を害した、とでもいうようにやまいこが席を立ち、

ルプスレギナとユリを伴って部屋を出ていく。そして残されたのはメコン川ただ一人。

しかし、メコン川はなんと言う事もない様にソファに深く腰掛け、腕組みをしている。

 

「で、まあ……お嬢の代わりに俺が話を聞かせてもらうぜ。

 で、そこの……お前さん、名前は?」

 

「ブレインだ。まあ、物騒なもん持ってるが、気分を害さないでくれよ?

 奴隷売買を行うような奴の所に踏み込むんだ、護身のためにも武器ぐらいはな」

 

肩をすくめる男。細身だが引き締まった鋼鉄のような肉体、

恐らくは染めているのであろう青い髪に、あごには無精髭を生やしている。

服装は鎖着(チェインシャツ)に革のポーチ、マジックアイテムであろうネックレスと指輪。

これで『従業員』というのは無理があるが、メコン川は軽く笑ってそれを流す。

 

「ははは、構わねえさ。こっちから手は出さねえよ。

 で、何だったか。うちのが奴隷売買をしてるって話だったか?

 証拠でもあんのかい?」

 

「その金を貰って従業員を渡したやつってのは今留置場にいてな。

 そいつの証言からすると、ここの執事さんがそうらしいじゃねえか?

 まさかうちの従業員がそんなことをするとは思わなくてよ……

 やむなく訴え出た、って訳だ」

 

「その通りだ! 奴隷売買など許されぬ犯罪行為、

 悪評が立とうとも構わず訴え出て、今もまた自ら同行を買って出た、

 ブレイン君は王国民の鑑ともいえよう!」

 

唾を飛ばす勢いでがなりたてるスタッファン。

しかし、メコン川はまるで動じず、退屈そうに欠伸すらしていた。

 

「は、話を聞いているのかね!?」

 

「聞いてるよ。茶番はいい、本題に入ってくれよ」

 

メコン川に睨まれ、脂汗を流して目くばせをするスタッファン。

彼とブレインの言う事を要約すると、こうだ。

 

・すぐにツアレの身柄を引き渡す。

・示談で済ませても構わないが、慰謝料が発生する。

・総額で金貨四百枚、被害届の破棄費用を含め五百枚。

 

「ふむ、王国の法律には明るくねえが、ちと法外じゃあねえか?」

 

「そんなことはないぞ、内々で穏便に済ませようとすると、

 何かとお金がかかるものなのだよ……」

 

嘘だな、とメコン川は断ずるが、それを口に出すことはしない。

奴隷を取り戻すついでに小銭を稼ごう、と言った所だろう。

 

「俺も奴さんは見せてもらったがね?

 ありゃあ、返したとしてすぐに働けるようなもんでもねえと思うが?

 下手に動かして容体が悪化したら事だろ?」

 

「何、動ければ何かしらできることはあるさ。

 なんだったら、怪我が治るまでおたくの綺麗所を……

 そうだな、黒髪のメイドの方を貸してもらう、ってのはどうだ?」

 

「おお、その通りだ! 穴埋めをしてもらう必要はあるわけだからな!」

 

鼻息荒く笑みを浮かべるスタッファン。

――――――しかし、その時。

 

「――――――くけっ!?」

 

不意にスタッファンが絞められた雄鶏のような声と共に、泡を吹いて倒れる。

同時に後ろにいた兵士たちも同じようにして倒れ、

部屋にいる意識のあるものはブレインとメコン川のみとなる。

だが、ブレインもまた平静ではなかった。

いっそ倒れた方がましだったかもしれない、とすら思っている。

何故なら――――――

 

「おや、お疲れのようだな。日夜王都のために走り回ってるんだ、

 可哀想だし寝かせてやろうか」

 

「お、おう……」

 

突如、堰を切ったように溢れ出した殺気(・・)

それを、一身に受ける羽目になったからだ。

恐らくスタッファンらが気絶したのはこの殺気に当てられたせいだろう。

殺気をそれと感じる間もなく倒れたに違いない。

だが、ある程度の実力をもってしまっている(・・・・・・)ブレインにはわかる。

これは、この男は、化け物だと。奴隷売買の疑いなどというのはでっち上げだ。

ここに来た目的の一つがそれであることは間違いないが、

本来の目的は八本指、それに連なる貴族と諍いを起こした、

この家の南方人の令嬢にプレッシャーをかけるためだ。

だが、それが裏目に出た。とんでもない化け物を敵に回してしまったようだからだ。

 

「お前さん……ブレインとか言ったな。お前さん、結構使う(・・)だろう?

 その刀と体付きを見りゃあ分かる。相当な鍛錬を積んだ猛者って奴だろうな。

 ――――――やるかい?」

 

「え、遠慮しておくよ……」

 

「そうか、残念だ。だがまあ、お前みたいなのは嫌いじゃねえ。

 特に、人のままそこまで練り上げたって所がいい。

 ……俺には、もうたどり着けねえ場所だからな」

 

「それは、どういう――――――」

 

そこまで言いかけて、殺気が引っ込み、スタッファンらがうめき声を上げ始める。

それを見ながら、メコン川はブレインに語り掛ける。

 

「二日後、試しに行く。さ、そこの豚連れてさっさと帰んな。

 そいつにはまあ、二日猶予をやったと言っておけばいい。

 ああそうそう、お前には監視をつける。口外すれば……」

 

「……殺す、か?」

 

「分かってんじゃねえか」

 

そう言って、メコン川は獰猛に笑う。幾許かの寂しさを、その声音に秘めて。

 

 

 

 

少し後。スタッファンと別れ、ブレインは街中をあてどもなく歩いていた。

『従業員』だというのは真っ赤な嘘だ。実の所ブレインは八本指、その警備部門の者である。

件の奴隷娼館は奴隷部門の管轄であり、用心棒という方が正確だろう。

そしてブレインは、警備部門の中でもトップクラスの実力を持つ『六腕』の一人でもある。

警備部門の長、『闘鬼』ゼロを筆頭とした、六人のうちの一人。

尤もブレインはそのうち1人を腕試しとして斬り殺し、

入れ替わりにスカウトされた新参ではあるが。

ともかく、ブレインは己の腕に自信を持っていた。

長であるゼロにすら比肩するという自負もあった。

 

だが、その自負にもひびが入った。

 

あの獰猛に笑う男、あの男の放った殺気は、ブレインが耐えられるギリギリのラインだった。

その体格もゼロに勝るとも劣らず、筋肉の付き方からしてゼロ同様の修行僧(モンク)

あるいは徒手での武術を修めているのだろう。勝てる気がしなかった。

あそこで本気で斬り付けていたとして、

あの男にどれだけの手傷を負わせることができただろうか。

 

「……しかし、二日後、試しに行く、か」

 

どうやら、自分は実力を買われているらしい。

あれほどの男の元に付けば今よりも強くなれるだろうか。

かつて(・・・)よりは強くはなった。だが、未だあの男(・・・)には届かないだろう。

二日後の『試し』に合格すれば、今よりも強くなれるだろうか?

それは分からないが、ブレインの脳裏には、一人の男が浮かんでいた。

かつて王国の御前試合で、自らを打倒し優勝した男。現在は王直属の戦士長となった男。

 

「あの男が何者かは分からない。人ですらないのかもしれないが……

 この際、手段は選ばん。ストロノーフ、俺は、お前を超えて見せるぞ……」

 

その呟きは路地の暗がりに吸い込まれ、誰にも聞こえることはなかった。

 




そんなわけで六腕の新人はみんな大好きアングラウスさんでした。
だいたい予想がついていた方が多いのではないでしょうか?

そしてメコン川さんがブレイン引き入れを画策。
これはとある理由によりますが、その辺りはまあおいおい。

ぼちぼち祭りも近づいてきたので次話も早めに上げたいところですね……何とか今月中に王都編終わらせたいところですが。

えりのるさん、ふみふみさん、誤字報告ありがとうございました。


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15:突入開始(前)

またちょっと短めですがキリのいい所で15話です。
次回次々回ぐらいで王都編も締め、になるのだろうか?


 

「うっし、それじゃあやるか。お前ら、準備はいいな?」

 

時刻は夜半も過ぎた頃、やまいこ邸・玄関。

メコン川一行とやまいこ一行、そして蒼の薔薇の総勢11人は、

八本指の拠点に突入する、最後の打ち合わせを行っていた。

二日前に判明した新たな拠点を含めた計8つの拠点、

そのうちの4つがラナーとつながりのある貴族の私兵、

そして戦士長、ガゼフ・ストロノーフ率いる戦士団が襲撃する手はずになっている。

 

「私達が襲撃するのは残る4つ……ということだけど、メコンガワ、大丈夫なの?

 あなたの実力を疑う訳じゃないけれど……」

 

心配そうに言うラキュース。

新たに浮上した8つ目の拠点をメコン川のみで攻める、と名乗り出たからだ。

蒼の薔薇全員を相手にしてでも勝てるメコン川らに心配など無用ではあるが、

それでも心配をしてしまうのは彼女が善の人間であるからだろう。

 

「俺の使う魔法は範囲攻撃が多くてなあ。

 それに、ちょいと暴れるつもりだから巻き込むと怖いしよ。

 それにだ、俺がやるのはあくまで陽動よ。

 ハンゾウや八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)がやりやすいようにしてやればいいのさ」

 

「イビルアイから聞いたけど、

 ティアやティナ以上の忍者をポンと用意できるのはほんと卑怯よね……」

 

今回のためにメコン川が召喚したのは八肢刀の暗殺蟲8体。

それに加え、やまいこのポケットマネーで召喚したハンゾウを4体、

(やまいこはなんだかんだと金貨を使う機会が少なくかなり溜め込んでいた)

八肢刀の暗殺蟲のリーダーとしておくことで、

潜入部隊として資料や証拠品の奪取をさせようとしていた。

その為、主戦力を陽動として突入させることが可能になっていたのだ。

 

「ハンゾウとか言うのを見た時は唖然としたぞ?

 何せイジャニーヤよりも数段上の使い手をポンポン呼び出していたんだからな」

 

「さすがにあれは自信を無くしそう」

 

「世は無常……」

 

呆れの混じった声で言うイビルアイに、遠い眼をするティアとティナ。

イジャニーヤ、というのはかつてイビルアイと共に旅をした十三英雄の一人で、

ティアとティナはその弟子の末裔に当たる。

その英雄当人ですら現在のイビルアイと同等程度だったそうなので、

双子が自信を無くすのも無理からぬことであった。

 

「まあ、いいじゃねえか。俺達が楽できるのはいい事さ。

 それにお前らならともかく、俺達に資料探しとか任せられてもなあ」

 

「まあ、適材適所、って奴よね。ヤマイコさん達は大丈夫そう?」

 

苦笑するガガーランとラキュース。

そしてやまいこ達に視線を向けるが、やまいこは人化状態ではあるが

半魔巨人の時同様の黄色い僧衣を着用したフル装備、

ユリやネイアもまた完全武装で気炎を上げていた。

 

「大丈夫! いつでも行けるよ! ……セバス、留守番お願いね?」

 

「畏まりました。やまいこ様と獣王メコン川様がお出になるなら、

 私の助力は不要でしょう」

 

「まあ、セバスなら大丈夫だろうけど、ツアレさんをしっかり守ってあげてね。

 これからこの屋敷のメイドさんしてもらうんだし、しっかり教育してあげること」

 

「お前が拾ってきたんだ、最後まで面倒見てやれよ?

 あの子だってなんだかんだお前に懐いてるみたいだからな」

 

結局、ツアレはこの屋敷で雇う事とした。そしてツアレの希望もあり、

教育係としてセバスが当たる事となったのだ。

 

「――――――畏まりました。それでは、ツアレの所へ向かわせていただきます」

 

折り目正しい一礼をしてその場を離れるセバスを見送り、

やまいこはむふー、と鼻を鳴らす。

 

「ツアレさん、吊り橋効果かも知れないけどセバスにその、なんというか……

 思いを寄せてるみたいだし。まあ、セバスさえよければいい感じになるんじゃないかな」

 

「あいつも満更でもねえみたいだしな。いい傾向だ」

 

この二日ツアレを見ていて、ツアレがセバスを意識し、

セバスもまたツアレを憎からず思っていることは明白であった。

今回襲撃に際しセバスを外したのも、ツアレやこの屋敷を守る事も第一だが、

これを機に二人の仲が進展したらいいな! という野次馬めいた老婆心も多少なりあったのだ。

 

「うっし、じゃあ各班時間をずらして散開! 合図の花火が上がり次第襲撃だ!」

 

「え、メコンさんまだ花火余ってたの?」

 

「……かなり」

 

 

 

 

王都の空に、花火が上がる。それを確認してやまいこはハンゾウらに合図をし、

自らも赤く巨大なガントレットに包まれた拳を胸の前で打ち合わせる。

 

「よーし、それじゃあボク達も行くよ! ユリ、ティアさん、準備はいい?」

 

「準備万端整っています、やまいこ様」

 

「オッケー。ふふ、美女と美少女と共に突入……役得」

 

「……言っておくけど変なことしたら(おこ)るからね? メコンさんにも言うよ?」

 

「解せぬ」

 

軽口を叩きながらもその歩は緩まず、目的地……

ツアレが働かされていたという奴隷娼館の入り口である鉄扉の前に立つ。

やまいこ的にもこの娼館の存在はとても許せるものでは無く、

今回自ら立候補して襲撃することとなったのだ。

 

「それじゃ、ノックしてから……ごめんくださーいっ!」

 

左のジャブ2発からの右ストレート。それは鉄製の扉を大きく歪ませ、

蝶番ごと店内へと大きく吹き飛ばした。

どよめく店内へのっしのっしと歩いていくやまいこを見ながら、ティアはユリを見る。

 

「……ヤマイコの故郷だとあの見事な左右のコンビネーションが『ノック』なの?」

 

「断じて違うと思いますが……外道の輩にはふさわしいノックでは?」

 

「それはそう」

 

 

 

 

「な、なんだ!? 扉が―――ひいっ!?」

 

鉄扉の先は、扉が立ち並ぶ通路になっていた。

鉄扉が吹き飛び、通路の奥まで吹き飛んで壁にめり込む。

それを見てやまいこは眉根を寄せ、軽く頭を掻いた。

 

「あちゃ、ちょっとやりすぎたかな……

 一応手加減したんだけど、脆いなあ。巻き込まれた人とかいないよね?

 ―――まあ、いてもひどいことになる順番が少し遅れただけだろうけど」

 

やまいこは治癒魔法をメインとする精神系魔法詠唱者であるが、

その愛用武器、『女教師怒りの鉄拳』は強烈なノックバック効果を持ち、

魔法詠唱者かつ半魔巨人の特性として攻撃力が低いやまいこでも、

この程度の扉なら軽々吹き飛ばしてしまえるのだ。

 

「資料とかそういうのはハンゾウ達に任せるとして……ボクらはとにかく暴れて制圧かな。

 ティアさんはこの階を端から潰して行って。ユリは上をお願い。ボクは……」

 

「ヤマイコ、音の反響からして多分地下がある。床を貫ける?」

 

「オッケー……えいっ! このぐらいでいいかな?

 じゃあ、ボクは下から行くね。上は任せていいとして、制圧が終わったら手伝ってくれるかな」

 

「問題ない……心底あなたが敵でなくて良かったと思う」

 

躊躇なく床を踏み抜いたやまいこに冷や汗を垂らしながら、

ティアは騒ぎを聞きつけて現れた『店員』達に襲い掛かる。

それを見送り、ユリもまた上階に向かったのを確認し、

やまいこは踏み抜いた床の穴に飛び込んだ。

 

 

 

 

「……うわ、酷い匂い」

 

飛び降りた先は、さほど大きくはない部屋であった。

サイドテーブルと燭台、質素なデザインだがしっかりしたマットレスの敷かれたベッド。

しかしそれよりもやまいこの鼻を突いたのは血の匂い。

そして、どれだけ掃除をしても拭い去れない、様々な臭い。

それは、ベッドの上に乗った裸の男女、太った男と、死の淵に数歩踏み込んだような、

ぐったりとしてわずかに痙攣する女性から漂ってきていた。

男は女の足を開いてその間に入り、拳を振り上げた状態で硬直していた。

何をしていたのか、何をされていたのか。やまいこの腹の底が、カッと熱くなる。

そして、やまいこは男の顔に見覚えがあった。

 

「あなたは……スタッファン……だったかな?」

 

「お、お前……いやあなたは……!?」

 

王都巡回使、スタッファン・ヘーウィッシュ。

この奴隷娼館の常連で、つい二日前、やまいこ邸に訪れていた男である。

流石に彼の方もやまいこを覚えていたようで、固まったまま目を白黒させていた。

 

「殴るのが好きなの? 奇遇だね、ボクもだよ」

 

瞬間やまいこの腕が霞み、スタッファンが真横に吹き飛んで壁に叩きつけられる。

神速の(そして極力手を抜いた)裏拳で吹き飛ばされたのだ。

 

「がふ、ぎざまぁ、こんなごどをじて……」

 

「ああ、思っているよ。タダで済む(・・・・・)とね。

 支払う先がいなくなれば、支払いはしなくていいでしょ?」

 

軽い口調とは裏腹の、冷え切った目。

壁に叩きつけられた激痛で身をよじらせながら、

スタッファンは目の前の女が自分をタダで帰す(・・・・・)気がないと知る。

尤も、それもまた甚だしい勘違いではあったのだが。

 

「どうしたの? 殴らないのかな? かなり手加減したんだけどね、これでも。

 一発は一発、殴ってもいいんだよ、殴れるものならね」

 

とことこと、軽い足音で歩み寄るやまいこ。あまりにも無警戒な足取りだったが、

スタッファンは動くことができなかった。激痛もあるが、分かってしまったのだ。

目の前の女が只者ではないことを。

自分が、眠れるドラゴンの尾を踏んでしまったのだという事を。

 

「ば、まっで、くれ……ぐださい! なんでもはなず!

 いのっ、いのぢだけは! どうが!」

 

「どうでもいいかな。あなたから搾れる程度の情報なら、もう手に入れてるし。

 それ以外の情報もじきに集まるだろうしね。

 ……ああ、あったよ、欲しいもの。あなたが持っているものを一つ、貰いたいかな」

 

「な、なんでもざしあげばす! なんでぼいっでくだざい!」

 

「じゃあ、貰おうか。<大致死(グレーター・リーサル)>」

 

ばん。水の詰まった袋が破裂するように、スタッファンの体がはじけた。

信仰系攻撃魔法<大致死(グレーター・リーサル)>は、負のエネルギーを流し込む魔法だ。

ユリのようなアンデッドであれば治癒魔法として作用もするが、

性根が腐り切ったとはいえ人間、それもレベルにして10もないようなスタッファンには、

とても耐えられるようなものでは無い。結果、流し込まれたエネルギーに耐えられず吹き飛んだ。

壁の方向に弾けたためにやまいこが血を被るようなことはなかったが、

むせかえるような血の匂いに顔をしかめる。それを香しく感じてしまった(・・・・・・・・・・)ために。

 

「……やっぱり、カっとなると抑えが聞かないな……殺す気はなかったんだけど。

 本当に、人間じゃあなくなっちゃったんだな、ボク」

 

人一人を殺しても動じる事もなくなった自分に、あらためて恐れを覚えるやまいこ。

かろうじて命はあった女性に回復魔法をかけて治療し、足取り重く廊下へと出る。

死者数名、重傷者多数、行方不明者(・・・・・)1名。

それが、後に記される、この違法娼館で出た人的被害の記録であった。

 

 

 

 

そして、時間は少し遡る。

 

「オラァ! 御用改めだ! 死にたくなきゃあ地面に伏せな!」

 

八本指の拠点の一つ。ラキュース、ガガーラン、ネイアの3人は、

資料によれば奴隷部門の拠点へと殴り込みをかけていた。

ガガーランの振り抜いた戦槌が門を吹き飛ばし、ラキュースが斬り込む。

 

「ネイア、援護をお願い!」

 

「はいっ!」

 

迎撃の手が上がろうとしたところに矢を射かけ、

一瞬足が止まった事を見逃さずにラキュースとガガーランが蹴散らす。

メコン川によるパワーレベリング、そしてここ最近の繰り返される実戦を経て、

ネイアの能力はかつてとは見違えるほどに強くなっていた。

蒼の薔薇たちにこそ及ばないが、戦士としても一線級であるといえよう。

しかし、ネイアの心の中には未だわだかまるものがあった。

聖騎士としての力が、未だ宿らぬことである。

 

(正義って、なんだろう。メコンガワさんは、正義を心に宿せと言ってくれた。

 ヤマイコさんは、心にある決して譲れないただ一つ、それが正義だと言ってくれた。

 なら、私が心に宿すべき、譲れないただ一つとはなんだろう?)

 

母は、今は家庭に入り引退しているが、現聖騎士団の上層部であるグスターボやイサンドロ、

そしてあのレメディオスにすら覚えの高い、立派な聖騎士であった。

ならば母の心には、消して揺らがない、ただ一つの柱が立っていたのだろう。

なんとなく、自分にもそういったものはあると思う。だが、未だ漠然としてそれは形を持たない。

 

(弱いものが泣かない国を作りたいと、カルカ様は言っていた。

 カルカ様の正義に照らし合わせれば、今の王国の状態は、まさしく悪なんだろう)

 

この国に来て、様々なものを見て来た。良いもの、悪いもの、綺麗なもの、汚いもの。

だが、そう考えられるのは自分に力があったからだろう。

ツアレのような、力なく、周りに流されるしかないものにとっては、

そんなことを考えている暇などないはずだ。

彼女を奴隷のように酷使し、打ち捨てるなどと言う事は、許されるものでは無い。

彼女にも、未来があったはずだ。ごく普通に暮らし、

ごく普通に恋をし、思い人と結ばれるような未来が。

だがそれは、無惨にも奪い去られた。これから得ていくのかもしれないが、

彼女が過ごしてきた今までがなくなるわけではない。

ふつふつと、心に湧き上がるものがある。熱く燃えるような、怒りの感情が。

 

(そうだ、私は許せない。選べたかもしれない明日を奪い去るような真似が。

 力があるものが、力のないものから明日を奪い去る、そんな理不尽が!)

 

とくん、と、胸が脈打った気がした。

身体の深い所から、怒りとは違う何かが沸きあがってきたのを感じる。

ふと気が付くと、視界の端に人影が見えた。

強面の男たちに連れられて行く、粗末な服を着た女性。

それを見た瞬間、そしてその女性がツアレと重なったその時。

ネイアの中で、何かがはじけた。反射的に矢を番え、狙いを定める。

その一連の流れの中で、湧き上がってきた何か(・・)が腕を伝い、

矢に伝わり、鏃が光を放つ。

 

「――――――ッ!」

 

放たれた矢は過たず男の脳天に突き刺さり、頭蓋の中で一瞬閃いた後、男が倒れ伏す。

それを見届けたネイアの手には、まだ先程の矢を放った感覚が残っていた。

 

「今のは……」

 

奥底から湧き上がってきた何かが、矢に宿り敵を討った。

それは、二日前にネイアの胸に宿った小さな光の萌芽。

聖弓士(セイクリッド・アーチャー)」のスキル、<聖矢(セイクリッド・アロー)>であった。

少女の鍛錬、そして心に宿った小さな正義の炎は、今ここに実を結んだ。

聖王国の歴史に語られる、史上初の聖なる弓使い。

聖弓士ネイア・バラハ、誕生の瞬間であった。

 

 

 

 

なお。

この直後女性を保護しようと駆け寄ったネイアだったが、目の前で人が死んだ衝撃、

そして八本指の強面たちにも負けない凶悪な面構えの少女(ネイア)が駆け寄ってきたショックで、

女性はその場で失神したのだという。




そんなわけで15話でした。
スタッファンさん良かったね、即死できたよ!(良くはない
今回ちょっとやまいこさん曇ってますが闇堕ちの心配はないのでご安心ください。
色々考えた結果やまいこさんが殺るのが一番流れ的にしっくり来てしまったので……
人化やまいこさんのフル装備はオバマスのユリの「至高の御力:拳」みたいな感じで。
インナーはちゃんと来てるのでポロリはしません。安心!

そして今回でようやくネイアちゃん覚醒。
聖弓士1レベルがつきました。スキル名は想像。
ほんとだったら麻薬栽培所襲撃時点で覚醒させるつもりだったんですが、なんだかんだでこの時点になりました。

余談ですが突入(陽動)部隊の班分けは
1班:やまいこ・ユリ・ティア
2班:ラキュース・ガガーラン・ネイア
3班:イビルアイ・ルプスレギナ・ティナ
4班:メコン川
という班分け。これに各班に潜入部隊のハンゾウ1人とエイトエッジアサシン2体がついてます。
次回はメコン川主役回なので3班の出番はあるかな……ないかも。

呪術師の端くれさん、えりのるさん、路徳さん、誤字報告ありがとうございます。
恰幅を割腹と間違えてた所、全部直したはずだったんですが1か所残ってましたね……ハラキリ!


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16:突入開始(後)

そんなわけで16話、メコン川さん大暴れのお時間です。


 

 

王都の空に、花火が上がる。それが花開くのを見届けることなく、

メコン川は向かいの屋敷の屋根から八本指の拠点を眺める。

場所としては高級住宅街にある、豪奢な屋敷だ。

突入前の準備をしていると、メコン川の背後に影が差す。

屋敷内の偵察をしていたハンゾウだ。

 

「獣王メコン川様、目標は屋敷内にいる模様です。

 ……それと、同程度、あるいはやや劣る程度の使い手が4名、

 それと、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が1体。

 お話を伺っていた『六腕』なる者達かと」

 

「ご苦労さん。それじゃ、仕事に戻ってくれ。

 資料の確保が終わったら……そうだな、指示あるまで屋敷を包囲して待機。

 出ていくやつがいたら気取られんよう殺せ」

 

ハンゾウが消えるのを追うようにメコン川は屋根を飛び降り、門の前に着地する。

誰何の声が上がるよりも早く、その小さな体から、破裂音と共に煙が噴き出した。

 

 

 

 

「……二日目、か」

 

ブレインはぽつりとつぶやく。メコン川に「試しに行く」と言われたその期日。

その日は、麻薬部門の長、ヒルマの護衛につく日であった。それも『六腕』全員で。

初の大仕事、そして予告された『試し』の日が重なり、いやがおうでも緊張が高まる。

 

(俺が、いや、六腕全員で八本指幹部の護衛につくことを知っていた? まさかな……)

 

「緊張しているようだな、ブレイン」

 

不意に声をかけてきたのは、全身に刺青を入れた、禿頭の巨漢。

『六腕』リーダー、そして警備部門の長、『闘鬼』ゼロ。

 

「俺が加わって初めての大仕事だからな。それに、六腕全員がいるんだろう?

 随分な厳戒態勢じゃないか。たしか、幹部のヒルマ直々の依頼なんだったか?」

 

「まあな。あの女のここぞという時の勘働きは称賛に値する、

 そのヒルマが自分でもよくわからんほどの警戒をしていた。

 あるいは『蒼の薔薇』が仕掛けてくるのかもしれんな」

 

あるいはそれ以上の化け物が来るかもな、と口には出さず一人ごち、

ブレインは窓の外を見る。その先には、魔法の照明がまばゆく漏れる部屋があった。

八本指、特にヒルマの麻薬部門からの資金援助を受けている貴族たちが、

夜ごと宴を繰り広げている部屋だ。

 

「一応、連中のお守りもした方がいいか?」

 

「それには及ばん。俺達に比べれば数段劣るが、警備部門(俺たちの所)からいくらか兵隊をつけている。

 俺達は屋敷の警護に集中していて欲しいとの事だ。

 ヒルマ当人にはマルムヴィストをつけているし、

 他の面々は屋敷の各所で警戒をさせているところだ」

 

「ならいい。侵入者と切り結ぶならともかく、貴族共のお守りなんてのは性に合わん」

 

「気が合うな、俺もだ」

 

笑い合う2人。しかし、その笑いもすぐに止む。門の方から轟音が聞こえてきたからだ。

そう、まるで鉄製の門構えが吹き飛んだような。

 

「――――――ッ!? 噂をすれば、という奴か!」

 

「入口の方だ、行くぞブレイン!」

 

弾かれるように駆け出し、窓を蹴り開けて飛び出す。

戦闘をしているらしい轟音、魔法の炸裂音などが響く。

すぐに音の発生源――――門前の広場に到達し、2人は驚くべきものを見る。

空中に浮かび、回転する巨大な鉄のティーポットのようなものが、

エドストレームの操る三日月刀をものともせずに弾き飛ばし、

本人に直撃し吹き飛ばす。そこへペシュリアンが必殺の斬糸剣を放つも、

ティーポットにさほどの傷もつけることが出来ず、

ティーポットが手が鎌と棍棒になったイタチに変じたかと思えば、

転移魔法のような速度で近づいてきたそれに対応できずに斬り捨てられる。

デイバーノックの放つ三連続の<火球(ファイヤーボール)>もまた、手の鎌と棍棒が消え、

代わりに生み出された巨大な木の葉で扇ぐことにより発生した竜巻でかき消され、

デイバーノックもまた吹き飛ばされ、動かなくなった。

 

「な……!? あの3人を一蹴するだと!?」

 

「マジかよ……」

 

イタチは六腕三人を軽々と一蹴して、ちょっとくたびれたとでも言うようにため息を吐く。

そこで、イタチはこちらを見ているブレインとゼロに気が付いたようだ。

動物そのものの顔にしてはやけに感情豊かににやりと笑ったかと思うと、

手招きをする仕草と共に、ブレインには覚えのある声で口を開いた。

 

「お、来たな。こいつらも中々面白かったが、お前らはもっとやれそうだな。

 2人まとめてかかって来いよ、腕前を見てやる」

 

 

 

 

 

少し前。『ゴツメカワウソ』の状態で群がる警備の兵を殺さない程度に薙ぎ倒しながら、

メコン川は周囲を見回す。ブレインの姿は見えない。

しかし自分のいる場所で謎の亜人が大暴れしていれば、じきに現れるだろう。

その為にわざわざメコン川自身「宴会芸」と評する<変化>を使っているのだ。

ステータスこそ変わらないがアバターのサイズは変わるため、

巨大で異様な『ゴツメカワウソ』なら良くも悪くも目立つだろう。

 

「さーてさて、こいつらは警備部門の連中かね? だったら少しは加減してやらんとな、

 少しは残しとかねえと後に響く」

 

そうして暴れることしばし。兵隊達が引いたと思えば、新手が三人現れる。

褐色の肌に踊り子のような肌も露わな衣装を纏い、腰のベルトに6本の三日月刀を下げた女。

六腕、『踊る三日月刀(シミター)』エドストレーム。

無骨な全身鎧を纏い、腰の剣に手を伸ばし、いつでも抜き放てるように構えた男。

六腕、『空間斬』ペシュリアン。

ファイアーパターンの施されたローブを纏った、魔術師然とした人物。

六腕、『不死王』デイバーノック。

個々人がアダマンタイト級冒険者に匹敵するとされる六腕のうち半分が集結していた。

 

「見た事ない亜人だね、ビーストマンってやつかい?

 デイバーノック、知ってる?」

 

「……分からん。俺も見た事がない。だが……あるいは人間種ではないのかもしれん、

 気をつけろエドストレーム、ペシュリアン。奴からは、何も感じ取れん。

 不自然なほどにな」

 

「……探知阻害のマジックアイテムを持っている可能性がある、ということか……」

 

警戒する3人を値踏みするように眺め、メコン川はおもむろに変化を解く。

 

「いいねえいいねえ、初見の相手に対してまず見から入る。

 お前さんらが六腕って奴だろ? 1人はアンデッドか。

 ってことは……そこの姉ちゃんが『踊る三日月刀』、

 ファイアーパターンのローブが『不死王』、残りが『空間斬』か?

 はは、ブレインを試しに来たら思いがけず面白ぇ奴らと会えるとはな」

 

途端、エドストレーム達の肩に何かがのしかかる。

否、それはメコン川から発せられた殺気だ。物理的な重圧に感じるほどの。

しかし、それを前に六腕の3人が取った行動は、撤退ではなく迎撃だった。

エドストレームが三日月刀を抜き、残る五本もまた宙に浮かぶ。

その異名の元となった、『舞踊(ダンス)』の魔化の施された三日月刀を起動したのだ。

デイバーノックの手の中には火球が産まれ、ペシュリアンもまた剣―――

ウルミと呼ばれる鞭のような剣を極限まで細く鋭く加工した斬糸剣を放つ。

しかし、その必殺の連携を前にしても、メコン川は笑っていた。

 

「流石は六腕、中々面白れぇ事をやるもんだな。

 じゃあ……俺もちょっと()()()()もらうぜ?

 ――――――百鬼変化:分福茶釜」

 

破裂音と共にメコン川の体が変わる。

いつもの変化による全身変化ではなく胴体のみが茶釜に変わり、

襲い来る三日月刀や斬糸剣をはじき返し、四肢と頭を引っ込め、

<火球>を高速回転しながら浮いてかわす。

これはアヤカシの種族スキルの<変化>ではなく、

その上位職、ヒャッキ・ロードの種族スキル、<百鬼変化>。

<変化>のような自由度はないが、ある程度のステータス変化、

そして特定の妖怪をモチーフとした能力を発揮することができる、

姿だけが変わる<変化>よりは戦闘向きなスキルである。

 

メコン川のビルドはこの<百鬼変化>による変幻自在の戦いに加え、

魔法を用いて敵陣を引っ掻き回すことに長けたビルドとなっている。

欠点としてはどちらかと言えば攻撃手段は多いとは言えず、

また種族としての適性は盗賊・魔法詠唱者系であるが、

当人の性分としては前衛系のため、

そのミスマッチで総合的な戦闘能力はギルドのガチ勢には及ばない。

しかしそれは突き詰めきった100レベルでの話であり、今ここに至っては

『何をしても倒せない、何をしてくるか分からない正体不明の敵』。

それが今六腕を襲っているメコン川の現状であった。

 

「予約してるやつがいるもんでね、お前らには悪いが手早く決めさせてもらうぜ?

 なぁに、悪けりゃ死ぬだけだ。全力で来な」

 

「馬鹿にして……っ!」

 

エドストレームが仕掛ける。本体の剣技に加え、同レベルの動きをする三日月刀が5本。

<舞踊>という名法は単純な操作しかできないはずで、

操作するにも使い手が逐一思考して動かす必要がある。

これだけの数をこのレベルで動かせる、というのは、彼女のタレントか、

あるいは脳の使い方が常人のそれと違っているのか。

 

(なるほど、アダマンタイト級冒険者に匹敵する、というのも、

 まんざらフカシでもなさそうだな……悪くねえ)

 

しかし茶釜の表面を傷つけることも叶わずはじき返され、

そのまま突っ込んできたメコン川に吹き飛ばされ、植木に突っ込む。

感触からするに、肋骨でも折れたか。

 

「エドストレーム! ……ちぃ、合わせろ、デイバーノック!」

 

続くペシュリアン。扱いにくそうな斬糸剣を自在に操り、

メコン川を囲むように配置し続ける技量には驚嘆すべきものがある。

しかもこの斬糸剣、極限まで細く鋭く鍛えられている関係上、非常に見づらい。

重装甲の剣士かと思っている所に遠間からこれで斬り付けられれば、

なるほど空間を切り裂いたようにも見えるだろう。

 

「このまま回ってると絡みそうだな……面白ぇ。面白ぇぜお前ら!

 面白いってのは価値だ。誇っていいぜ? ――――――百鬼変化:鎌鼬」

 

斬糸剣の隙間をするりと抜けて四肢と頭を出し、新たな<百鬼変化>を起動する。

茶釜状態から元のメコン川に戻り、両腕が鎌と棍棒に変わり、尾が刷毛のように変わる。

そこから高速で接近し、棍棒で足を払い、がら空きになった胴を鎌で鎧ごと叩き斬り、

刷毛のようになった尾で吹き飛ばす。

 

残るデイバーノックも戦意は衰えていないようで、爆風でフードがめくれ、

アンデッドそのものの顔が露出するのにも構わず<火球>を連射。

その顔は、怒りに歪んでいるようにも見えた。

 

(事前に仕入れた情報通りの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)か……

 しかしこいつからは生者への憎悪は感じねえ、俺への敵意・殺意は感じるが……

 恐らく自然発生したもんだろうが、こいつは種族の本能を抑え込めている。

 何がこいつを押しとどめる? 面白ぇ、面白ぇなあこいつも。

 殺したくはねえな、俺や、やまいこさんのためにも)

 

「――――――百鬼変化:天狗の葉団扇。

 ちょっと動けない程度には痛めつけるぜ、死ぬなよ?」

 

鎌鼬を解除し、今度は手の中に巨大なヤツデの葉を産み出し、力いっぱい扇ぐ。

すると突如竜巻が発生し、<火球>をかき消し、

そのままデイバーノックを吹き飛ばして戦闘不能に追い込む。

と、そこでブレインらとメコン川の時間が合流する。

メコン川はブレインらに気付くと、葉団扇を消して向き直り、

にやりと笑って手招きをした。

 

 

 

 

「ブレイン、知り合いか?」

 

メコン川に対し油断なく身構えながら、ゼロは傍らのブレインに言う。

相手の口ぶりとブレインの様子からして、2人には面識があったようだからだ。

 

「ここに来る前にコッコドールの娼館の用心棒に入ってたろ、その時にな……

 その時の姿とは、ずいぶん違うようだが?」

 

「こっちが本来の姿でね。ま、あっちの姿も元の姿と言えばそうなんだが……

 本題に入ろうか、今日は八本指を潰すついでに有望な人材のスカウトに来たんだわ。

 今の3人が『踊る三日月刀』『空間斬』『不死王』だから……

 そっちの刺青男が警備部門の長、『闘鬼』ゼロか。

 俺は別にお前ら警備部門をどうこうしようとは思っちゃいないし、

 その手腕や実力は買ってる。さっきの3人も実に面白ぇ奴らだったし、

 そこのブレインもそうだが、六腕の頭って事は、八本指最強って事だろ?

 お前ら、もっと『先』が見てみたいと思ったことはないか?」

 

見た事もない亜人に会うなりスカウトされ、戸惑うゼロ。

本気の六腕三人を一蹴したことから、その実力は間違いなく自分同様、

英雄の領域に到達したレベルの使い手だろう。

周囲を探れば、死人は驚くほど少ない。

一番深手であろうペシュリアンすら、どういうわけか出血はもう止まっている。

だが、相手は「八本指を潰しに来た」と言った。

つまり――――――

 

「これ以上に強くなれるのならば、俺にとっても否やはないがな。

 仮にだが、断ったら……どうなる?」

 

「まあ、殺すな。殺さにゃいかん。俺は王国の人間じゃあねえが、

 知り合いの暮らしてるこの国をこれ以上腐らせるのは忍びねえし、

 なにより俺んとこにとばっちりが来ても困る。だから滅ぼすのさ。

 特に麻薬部門と奴隷部門には壊滅してもらう。

 お前ら警備部門は勿論、他の部門にはまだ利用価値もあるが……

 この2つを庇い立てする理由もお前らにはなかろ?」

 

さらりと言ってのけるメコン川に、ゼロは警戒のランクを一段上げる。

ここからは一挙手一投足に注意を払わねばならない。

対応を間違えれば、この麻薬部門の拠点と共に死ぬ未来が見えた。

 

「なるほど、どっちみち、従うか死ぬかしかないわけだ。

 さっきあんたは「腕前を見に来た」と言ったな? どう見る?

 二人まとめてかかってこい、と言ったが……ブレイン、勝てると思うか?」

 

「どうだろうな……正直手の内が見えない。

 最初に会った時は、ゼロより大柄な筋骨隆々の男だった。

 修行僧(モンク)、あるいはそれに近い徒手の修練を積んでいると思っていたが……

 しかし、随分と俺達を買ってくれているんだな?

 ええと……メコンガワ、だったか」

 

「なぁに、実際その蒼の薔薇に匹敵する実力は、

 従えりゃあ役に立つとも思ったし……まあ、何よりもその技よ。

 『千殺』とお前らはまだ見てねえが、かなりやるだろう?

 どいつも『人』として極限まで極めた技の冴え。

 ()()()武の極みを目指したもんとしちゃあ、憧れちまってな」

 

その声に、熱と、寂寥感が宿る。

ゼロもブレインも、己の技を極限まで高めようとする武に生きる者である。

裏の世界で成り上がるという野心こそあるだろうが、それは他の六腕も同様だろう。

アンデッドであるデイバーノックですら、生者への憎しみを抑え込むほどの知識欲、

そして魔法の技を高めんとする心を抱いている。

それを軽々と一蹴してもなお、この男は自分達に『憧れている』と言った。

 

「その極限まで極めた技を一蹴しといて、よく言うぜ。

 ゼロも俺も、あんたほどの強い相手には会ったことがない。

 それだけの強さを持っても、まだ足りないってか?」

 

ブレンのその問いに、メコン川はきょとんとした後、得心したかのように笑う。

だが、2人はメコン川のその笑いに、ある感情が籠っているのを察した。

そう、自嘲という感情が。

 

「はっは、強さか。まあ、確かに俺の強さそのものはこの世に並ぶものも少なかろうよ。

 だがな、俺の強さは逃げた先で(・・・・・)手に入れた強さだよ。

 お前達みたいに、人のまま高みを目指そうとした時期もあった。あったが……

 俺には、人でいた頃ですら、お前たちに並ぶほどの強さは無かった。

 腕っぷしだけならそこそこに強かった自負こそあったが……

 そんなもんは、クソほどの価値もなかった。俺の居た場所じゃあな」

 

「人のまま、って事は……あんたは、『人』だったのか?」

 

「まあな。武の道を捨てて、人を捨てて、魔法に走り、まあまあ強くはなれた。

 けどな、やっぱたまに思うんだよな。あの時背を向けず、まっすぐ進んでたら。

 がむしゃらに武の道をひた走ってたら、結果は違っていたのかもな。

 あるいはお前たちの足下ぐらいに及ぶことは……できたのかもしれん」

 

寂しさと、憧れをないまぜにした目で、メコン川はブレインとゼロを見る。

 

「だからこそ、お前たちに憧れる(・・・)し、妬ましく(・・・・)も思うんだ。

 お前たちには才がある。力もある。世界(ばしょ)にも恵まれてる。ここから鍛え上げれば、

 いずれは英雄すら逸脱できるかもしれねえ。どうだい、八本指なんて泥船より、

 こっちに乗り換えねえか。お前たちの腕を、この国の裏で腐らせておくのは惜しい。

 もっと上を見てみたくはねえか。俺の見れなかった景色を見たくはねえか。

 ――――――俺の夢(ヒトの極み)を、お前達に託してもいいか」

 

静かな空気が流れる。ブレインもゼロも分かっている。メコン川(この男)は本気だと。

だからこそ、男達の答えは、すでに決まっていた。

 

「……六腕、『魔剣』ブレイン・アングラウス」

 

「……六腕、『闘鬼』ゼロ」

 

ブレインが腰に下げたポーションをすべて飲み干し、刀の鯉口を切って構えれば、

ゼロは拳を突き出し、半身に構える。

メコン川は『腕前を見る』と言った。ならば、自分達のやることは一つだ。

ただの一撃でいい、今出せる全力、いや、全霊(・・)を見せる。

それが、遥か高みにありながらも自分達に憧れた(・・・)男への、

最大級の返礼であると、そう直感していた。

 

「まずは俺から行かせてもらう……

 『(パンサー)』・『(ファルコン)』・『(ライノセラス)』・『野牛(バッファロー)』・『獅子(ライオン)』!」

 

ゼロの刺青が光を放つ。ゼロの修めているクラスの1つ、シャーマニック・アデプトは、

動物の霊を憑依させることにより身体能力を引き上げるという特殊技術(スキル)を持つ。

相応の負担はあるが、全てを同時起動した上での正拳突きは、

石壁を滑らかにくりぬくほどの威力を持つ。

 

「ほう、そいつは見た事がねえ特殊技術(スキル)だな。

 動物の力を宿すことによる身体能力上昇か……?

 なら、この姿で応じるのが礼儀ってもんか」

 

破裂音と共に、メコン川が人化した。ゼロをも上回る巨躯の男が、

左手を前にかざす様に出し、右手を腰だめに構え、どっしりと地に根を張ったように構える。

 

「我流、獣王メコン川。身体能力こそ異形種のそれだが……

 『人』としての技で、お相手するぜ」

 

ゼロが、敷石を踏み砕く速度で踏み込み、真っすぐに、只真っすぐに正拳を放つ。

常人が喰らえば四散して果てるであろう一撃を見据え、メコン川が動く。

ブレインでも目で捉えることは難しい拳撃に対し、

メコン川は前に出した左手を正拳の横から当て空手で言う回し受けの様にして払う。

そして全力で突き込んだがゆえにがら空きになった胴に、右の拳を叩きこむ。

カウンター気味に入った拳は胴にめり込み、六腕最強の男を軽々と吹き飛ばした。

 

「見事な一撃だったぜ、ゼロ。さて……次はお前か?」

 

「ああ。ぶっつけだが、俺の使える最高の技を、あんたに見せたい」

 

「いいぜ、撃ってこい」

 

言いながら、メコン川は無造作にブレインの間合いへと踏み込む。

ブレインは剣士であり、武技と呼ばれる戦士版の魔法ともいえる技を使う。

これは集中力、と呼ばれる概念を用いて振るわれる技で、

ブレインがここで使うのは4つの武技。

一時的に身体能力を向上させる<能力向上>、

半径三メートル以内の全てを近くする<領域>、

放たれれば知覚することもできない速さの斬撃<神閃>。

通常はこの3つ、あるいは<領域><神閃>のみを複合させ、

必殺必中の秘剣・虎落笛(もがりぶえ)とするが、

ブレインはそれに加えてもう1つの武技を重ねる。

かつて、王都の御前試合において、ガゼフ・ストロノーフに敗北した時、

その悔しさをバネに習得したガゼフの武技、四つ同時に斬撃を放つ<四光連斬>。

かつて習得はしたものの屈辱から封印したこの技を、今解き放つ。

 

「ァ――――――ッ!」

 

研ぎ澄まされた世界の中で、メコン川が領域に踏み込む。

それを知覚したその時、ブレインが動いた。

<能力向上><四光連斬>で常以上の鋭さで四度放たれた<神閃>。

通常同一対象への命中率は極端に低い<四光連斬>であるが、

それは<領域>の補佐を受けて必殺必中の速度でメコン川を狙う。

それを異形種としての肉体強度で受け止めようとし―――目を見張る。

 

「……ほう?」

 

丁度払おうとした手の指の先、爪のほんの先が切れていたのだ。

実際の所、先の攻撃の軌道は見えていた。首を狙っていた斬撃を、

僅かに下がり、手で受け止めようとしたためにわずかに狙いがずれ、

斬撃の軌道上に爪の先が来たのだろう。そこまではある程度予想が出来ていた。

 

だが、それ(・・)は予想外だった。

<変化>ではステータスそのものは変わらない。

が、裏を返せば人化したとしても身体能力や肉体強度は異形種のままだ。

また、フル装備でこそないが、装備の差も歴然としている。

モモンガのように<上位物理無効化>を持たないメコン川であったが、

レベルにして20台後半、ガガーランよりやや高いレベルのブレインでは、

いくら全力だったとしてもかすり傷も難しかったろう。今のブレインの攻撃は、

凄まじい速さかつ恐ろしいほどの精度の斬撃を四つ同時に放つ技のようだった。

ならば、あるいは。100レベルに達しているメコン川の肉体とはいえ、

その末端部であれば、そこに左右から挟み込むように、

全く同じ個所(・・・・・・)に、前後から挟み込むように(・・・・・・・・・・・)斬り付ける。

それならば、30に届かない(英雄には及ばない)レベルの剣が。

100レベル(カンストプレイヤー)に届くこともあるのではないか。

メコン川の顔に、我知らず、満面の笑みが浮かぶ。

 

「はは、ブレイン、お前すげえわ……奇跡を起こした(・・・・・・・)か!

 お前を見込んで正解だった! 最高だぜ、お前!」

 

技の打ち終わりの隙を狙って踏み込み、丸太のような足の回し蹴りがブレインを吹き飛ばす。

そうして、マルムヴィストを除く六腕が倒され、メコン川の試し(・・)は終わった。

 

その後の記録にはこう書かれている。

 

「・八本指の拠点についての報告書

 屋敷は全焼、多数の焼死体が発見された。

 その中には屋敷の主である麻薬部門幹部、ヒルマ・シュグネウスも含まれており、

 その他判別不能な焼死体群も麻薬部門の構成員である可能性が高い。

 焼け残った倉庫には大量の黒粉が備蓄されており、一部は集積所として使われていた模様。

 また――――――」

 

「――――――王派閥による八本指拠点八か所の襲撃は滞りなく完了、

 多数の証拠や資料などを奪取し、八本指関係者の洗い出しが進むとみられている。

 また、同時期に貴族派閥(一部の王派閥を含む)多数の貴族が行方知れずとなっている。

 中には第一王子、

 バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ殿下も含まれているが、

 遺体・及び遺品などは発見されておらず、事件との関連性も含め調査中である――――――」

 

 

 

 

余談だが、あまりにも興が乗り過ぎたメコン川による一撃を受け、

ブレインが生死の境を彷徨ったことは、メコン川しか知らない。

どっとはらい。




に、28kb……ッ! ただこの話切りようがなくて1話増やすのもできなかった……
マルムヴィスト君ごめんよ、
君割と好きな方だったんだけどヒルマの護衛に誰かつけないとお前ら何しに来たのってなるから……
ところでなんで屋敷全焼したんでしょうね。こわいなー戸締りしとこ。
きっとデイバーノックの<火球>の流れ弾から出火したんでしょう。
きっとそう。

今回初登場のスキル、百鬼変化。
ざっくりいうとデミウルゴスの「悪魔の諸相」シリーズに似た能力です。
戦闘向きとはいうけれど、100レベル同士のどつきあいで火力の出せる能力ではないです。使用条件が厳しい代わり強力なものもあるにはある。

次回、王都編エピローグです。
みんな大好きバルブロ王子の顛末もちょっと出ると思う。


ほすさん、誤字報告ありがとうございました。


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17:王都のそれから、皆のこれから

そんなわけで王都編エピローグ。
ちょっと地の文多めですがご容赦ください。
いつものことですが。


 

 

「おい! 誰か! 誰かいないのか!?」

 

燃え盛る屋敷の中を、男が走る。仕立ての良い服を身に着け、

髪と髭を切りそろえ、見事な体格をした男。

彼の名はバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ。

メコン川一行に協力していたラナー王女の兄であり、

このリ・エスティーゼ王国の第一王子。

王国最大の所領を持つ六大貴族、ボウロロープ侯の娘を娶り、

本来であればこの国で最も王座に近い男であった。

 

しかし、今彼は必死に逃げていた。

そもそも、今日は八本指の幹部、ヒルマが主催する宴に招待され、

つい先ほどまでは貴族派閥の者達と共にグラスを傾けていた。

警備部門の護衛も付いており、不埒ものが乱入したとしても大丈夫な、

万全の警備態勢が敷かれていた……はずだった。

しかし、正門の方から聞こえてきた轟音と戦闘音、

そしてそれから少しして起こった火災で宴に集まった者達は散り散りとなり、

今バルブロは燃え盛る屋敷の中を出口に向かって走り回っていた。

 

「くそ……なぜ俺がこんな目に……」

 

リ・エスティーゼ王国第一王子として生まれ、六大貴族の娘を娶り、

義父や貴族派閥の後押しもあり、いずれはこの国の王になるはずだったのに。

なぜ自分はこんな目に遭っているのだ、なぜ誰も助けに来ないのだ。

そんな怒りを燃やしながら、バルブロは走る。

這う這うの体で入口までたどり着こうとしたその時、

入口の前に何者かが立っているのが見えた。

生存者か、と声をかけようとして、気付く。あれは生存者ではない、と。

黒い、見慣れない服を着て、顔を布で隠した何者か。

蒼の薔薇のティナやティアを知るものであれば、彼女らに似た服装だと気付くだろう。

だが、そもそもラキュースの顔を知る程度のバルブロは気づかない。

ただ相手から伝わってくる剣呑な雰囲気で、自分を助けにきたのではない、

と言う事だけは理解できていたが。

 

(俺は次代の王になる男だぞ……こんな所で、

 こんなところで死んで良いわけがあるか! くそぉっ!)

 

必死にこの場を切り抜ける方法を模索するバルブロ。

尤も、八本指からの資金提供を受け、彼らがのさばるのを半ば黙認し、

それが妹に、そして政敵でもある弟に露見しているのにも気づけない彼に、

自分が未だ王位継承権を持っているのが自らの才覚ではなく、

息子への情を捨てきれないランポッサⅢ世の優しさゆえと気付けない彼に。

王座への道はすでに閉ざされていたのだという事を知ることは、

永遠にないのであった。

 

 

 

 

『獣王メコン川様、屋敷内の生存者の始末が完了いたしました』

 

「おう、ご苦労さん。死体はきっちり焼いとけよ、特に顏と服は全部な。

 死因はバレても構わん、が、身元を追える要素は完全に潰せ。

 終わったら俺んとこに戻ってこい、頼みてえことがある」

 

ハンゾウからの<伝言(メッセージ)>を受け、メコン川は一息つく。

場所はゼロ達警備部門の拠点。あの後始末をハンゾウ達に任せ、

六腕、そして警備部門の兵達とともに移動していた。

容赦なく皆殺しの指示を出すメコン川に、六腕の中で、

唯一メコン川と交戦していない幸運な男、マルムヴィストが頬を引きつらせる。

 

「あんなちっこいけど……ボス達を一人でボコボコにしたんだろ?

 俺、運が良かったよな……あのままヒルマの護衛してたら、

 もしかしたらあの焼死体の中の一人だったわけで……」

 

「まあ、そうなる前に声はかけてやっただろう?

 お前は六腕の中で、実力もあり、対外交渉に長けたタイプだからな、

 大将の役にも立つだろうよ。

 ――――――で、メコンガワの大将。これから俺達はどうすればいい?」

 

「そうさなぁ……ゼロ、八本指の会議、緊急招集をかけることはできるか?

 理由は……襲撃を受けたことについて、とでも言えばよかろうさ」

 

その言葉を聞いて、マルムヴィストは顔を青ざめさせ、逆にゼロは獰猛に笑う。

これからメコン川が何をするのか、それを察したからだ。

 

「確か、会議の護衛は2人までだったか? じゃあゼロとマルムヴィスト、来い。

 他の奴らは警備部門の掌握をきっちりやっといてくれ。

 これからお前たちには俺のため、そしてこの国を良くするために働いてもらうからな」

 

この後、ハンゾウらが戻るのに合わせて緊急招集をかけ、

メコン川は会議に殴りこんでその場を制圧。その後も膿は容赦なく絞り出し続けられ、

リ・エスティーゼ王国の裏を牛耳ってきた組織、八本指は、

メコン川率いる獣王連合、及びやまいこ率いるトブの森諸族連合の傘下に収まる事となる。

なお、その過程で指が2本減った。

 

また、メコン川らの知らぬところで第一王子バルブロが死んだ(公的には失踪)ことにより、

王位継承権第1位は第二王子ザナックに繰り上がる。

バルブロの失踪で泣き崩れた王であったが、ラナーとザナック、ガゼフらの激励、

そしてそれにより奮起したことにより幾分か活力を取り戻し、

ザナックに今よりも良くなった王国を渡さねばならないという強い使命感の元、

レエブン侯などの助力を受け、強い結束の元大鉈を振るっていく事となる。

その結果、後に王国は隣国バハルス帝国にも比肩する強国へと発展するのだが、

それはまた、別のお話である。

 

 

 

 

「あー……疲れたわ……」

 

数日後、やまいこ邸の自室でメコン川は床に伸びていた。

拠点襲撃の後始末、新生八本指の掌握、膿の絞り出しなど、

自分でそうするとした以上最後まで自分が関わるのが筋、と、

可能な限り口を出していった結果だ。自業自得ともいう。

無論肉体的な疲労はさほどではないが、とにかく精神的な疲労が強い。

 

「でもまあ、収穫はあったしな。何より面白ぇ奴らを従えられたのがでけえ」

 

起き上がり、にやりと笑う。もう自分は人間に戻ることはできないが、

かつての、拳一つで成り上がろうとしていた時期の夢を託せる奴らを得た。

ゼロやブレイン以外の六腕も、実に興味深い奴らばかりだ。

それでなくとも八本指を掌握したことにより、獣王連合の泣き所である、

人間国家相手の貿易の道が開けたのも良い。

金融部門、密輸部門による金や物の流通、暗殺部門による諜報、

輸送時の護衛や荒事には警備部門で対応させる。

六腕や警備部門の荒くれたちを傭兵として用い、

亜人の侵攻に悩まされているらしい竜王国へと援軍を出す手もあるだろう。

 

やまいこと協議の末八本指の長にはセバスを任命し、

このまま王都に留まりツアレと暮らしてもらうことにした。

何かと王都へと来る機会も増えそうなので、この屋敷を管理する、という名目で。

半分ほどセバスとツアレの仲の進展を狙ったやまいこのゴリ押しもあったが。

 

また、八本指そのものも大きく方針転換をすることになり、

王国の裏で暗躍する組織であることは変わらないまま、

極力クリーンなやり方で運営していく事となった。

元々やり手の商人や腕利きの暗殺者・戦士などが在籍しており、

傘下にいることのメリット、反抗することのデメリットをきっちりと示し、

そのアドバンテージを活かせば十分やっていけるだろう、との判断であった。

 

「気が付くとほんとにえらいことになってんな……

 目立つと面倒ごとが向こうから来るからあんま目立ちたくなかったんだが、まあ今更か。

 毒を喰らわば皿まで、というにはちとでけえ器だけどな……」

 

大きなため息を吐き起き上がるメコン川。

と、そこにドアをノックする音と共に、ルプスレギナの声。

 

「おう、どうした?」

 

「やまいこ様にお客さんが来てるっすけど、メコン川様にもあってほしいそうっす。

 王国戦士長のガゼフ・ストロノーフって人っす」

 

「あー、そういえばやまいこさんが世話になったとか助けたとか言ってた……

 どっち(・・・)で行ったほうが良いかね?」

 

「あー……まあ元のメコン川様でいいんじゃないっすか?

 私個人としては人化された姿もカッコイイっすけど」

 

「んー……まあこの姿でいいか。

どっちにしろいずれ国家元首として顔合わせるかもしれんし、遅いか早いかよ」

 

 

 

 

メコン川達が応接間に入ると、やまいこと客人らしい男性……

ルプスレギナの言によれば王直属の近衛兵ともいえる戦士団の長、

ガゼフが歓談をしているところだった。

メコン川らに気付いたやまいこは軽く手を振るが、

ガゼフの方は普段通りのカワウソ姿を見て一瞬固まっていた。

 

「あ、メコンさん! そっちの姿で来たんだ」

 

「む……!? 貴殿が……その、ヤマイコ殿のご友人か?

 私はガゼフ・ストロノーフ、王国戦士団の戦士長を務めているものだ」

 

「ああ、話は聞いてる。やまいこさんが世話になったんだってな。

 俺は獣王メコン川。ふむ……まあ、あんたならいいか。

 王国の隣、ナインズ・オウンゴール獣王連合盟主を務めてるもんさ。

 今回はお忍びでね、やまいこさんの連れぐらいの認識で構わんよ」

 

「……!?」

 

さらりと言っての蹴られた爆弾発言に、

がたりとガゼフが立ち上がろうとして体勢を崩し、ソファに倒れ込む。

少ししてよろよろと体を起こしたが、いきなり突き付けられた情報量に混乱しているのか、

無言で軽く頭を抱えていた。

 

「メコンさん、結構サクっとカミングアウトするよね……」

 

「やまいこさんだってトブの森の主だってバラしてんだろ?

 それに別に侵略目的でもねえし、

 王様に近い近衛の長との非公式会談も悪くなかろうと思ってな」

 

やいのやいのと言い合いながら、やまいこの隣に座るメコン川。

そこでガゼフも我に返ったのか、幾分か疑念の色の残る顔で2人の方を向いた。

 

「ヤマイコ殿を疑う訳ではないが、

 あなたがかのアベリオン丘陵をまとめ上げた『獣王』殿なのか?」

 

「まあな。まー、ウチも人手不足でよ。この国と国交を結びたいんとは思ってんだが、

 ほれ、亜人しかいねえだろ? 人に化けられる俺自ら来るしかなかったのよ。

 ま、おかげで面白い子分は手に入るし、やまいこさんとも再会できるし、万々歳だがね」

 

「結構可愛い感じの外見だけど、ボクと同じぐらい強いからね。

 それにこう、アウトローな人だけど悪い人じゃないんだ、安心してほしいな」

 

「……なるほど、ヤマイコ殿のあの活躍を考えると……

 信じがたいが、信頼できるお相手とみていいようだ」

 

「あれ、結構あっさり信用すんのな。王女様に言ったときは話半分みたいだったが」

 

面食らったようなメコン川に、ガゼフは苦笑交じりにやまいこと出会った時のことを語る。

カルネ村という村を訪れた際、間に合わなかった自分達に代わり村を守り、

その後のスレイン法国の特殊部隊、陽光聖典との戦いでも、

彼らの召喚する天使や魔法をものともせずに圧倒的な力でねじ伏せ、撃退したと。

 

「中でも、陽光聖典隊長の召喚した最高位天使、

 それを上回る天使を呼び出して返り討ちにしたのを見た時は愕然としたものだ。

 私は魔法にはあまり詳しくないのだが、あれを見れば嫌でも分かる。

 そのヤマイコ殿が言うのだ、貴殿も同等の実力があるとみても不思議ではない」

 

「……おうやまいこさん、何使った?」

 

「に、<指輪の戦乙女たち(ニーベルング・I)>……」

 

「超位魔法ぶっぱなしてんじゃねーよ! いや俺も<天地改変(ザ・クリエイション)>とか使ったけどよ……

 まあいいか。まあ、そんな訳でよ。王国とは仲良くやりてえのよ。

 今回手を貸したのもそれもあってな。そういや、八本指をシメた件は言ったか?」

 

「ああ、ヤマイコ殿から聞いている。民を苦しめた奴らが今も生きている、

 というのは許しがたいが……ヤマイコ殿、

 そしてメコンガワ殿が上に立ってくれているならば安心であろう。

 これから世のために働かせる事で償いとする、と思うしかないな」

 

複雑な表情でため息を吐くガゼフに、顔を見合わせる2人。

その事は2人、そして当事者であった蒼の薔薇で散々話し合ったのだ。

メコン川としても、自ら引き入れた六腕はともかく、今まで王国の裏を牛耳り、

この国の腐敗の大きな要因となっていた八本指たちを無罪放免にする気はない。

だが、彼らの能力を良い方向に使えば、腐りかけたこの国を立て直す一助にもなるだろう。

 

「あんたの言いたいことはよーくわかる。

 まあ俺も半分私情込みだから偉そうなことはそう言えねえんだが……

 八本指共は悪党よ。似たようなやくざ者の俺から見てもクズだと言える。

 だが、その辺りは俺達がしっかり見張らせるし、

 あいつらだってメリットデメリットを理解できてりゃ余計な事はしねえさ。

 それに……必要悪、って訳じゃあねえが、あんたみたいに、

 真っすぐ前を向いて歩ける奴だけじゃねえのは、あんたも分かるだろ?」

 

「私も元傭兵だ、綺麗事ばかり成してきたわけでもない。

 貴殿の言う事は……理解しているつもりだ、一応な」

 

「世の中ってのは、どうやったってあぶれる奴が出てきちまう。

 理由は様々だが、そうやって道を外れちまったもんは、まあろくなことにはならねえ。

 自分だけで収まるならともかく、周りに迷惑をかけちまう時もある。

 だからな、ワルにはワルの受け皿が必要なのさ。

 最低限カタギに迷惑かけねえように教育してやりゃあ、そう酷い事にはならねえよ。

 自分の命がかかってりゃ、なおさらな」

 

「……宜しく頼む」

 

深々と頭を下げるガゼフにおうよ、と返事を返し、にやりと笑う。

そしてメコン川ははたと気付く、そう言えばまだ本題入ってない、と。

ちらりとやまいこを見れば、やまいこもそれを察したのはこくりと頷き、

ガゼフに本題を促す。

 

「……ああ、そうだった、申し訳ない。

 陽光聖典を撃退したのに加え。我々戦士団を救ってくれた事で、

 その当事者として陛下と謁見してもらう所だったのだが……

 陛下の体調が優れなくてな、しばらく先になりそうだ」

 

「うん、それは仕方ないよね……色々あったし。

 現場にいたボク達が言う事でもないけど」

 

「八本指が潰れた上になんだっけ、

 つながりがあったらしい貴族もごっそり消えたんだっけか?

 ラキュースから聞いたが、第一王子も消えたそうじゃねえか。

 ……もしかしたら巻き込んだかもしれねえな……

 あの姫さん、結構食わせもんかも知れねえぞ?」

 

「姫さん……ラナー殿下か? そういえば蒼の薔薇もだが、

 今回の作戦自体ラナー殿下の発案だそうだが……」

 

そこでメコン川は、襲撃場所の指定はラナーからあった事、

そして直前に1か所増え、自分達が襲撃する場所は念入りにやってくれ、

という指示があったことを話す。

 

「特に最後に増えた1か所は、可能な限り生存者を無くしてほしい、という念の入れようでな。

 やまいこさんらに手を下させるのも忍びねえし、俺がやったんだが。

 俺達が襲撃した場所のどこかにそいつらがいた可能性は否定できねえな」

 

「……そうか。バルブロ殿下は、貴族派の重鎮ボウロロープ侯のご息女を娶られていてな。

 正直私から見ても王の器ではない、というような方だったのだが、

 貴族派に担ぎ上げられていては陛下とて易々と継承権を下げるわけにもいかなくてな、

 それが王国の派閥争いが止まない原因でもあったのだが……」

 

「それが他の八本指の息がかかった貴族と共に消えた、と」

 

「……そうだ、恐らくはもう……」

 

「そう言えば姫さん以外の王族の顔知らねえわ。

 襲撃した時も警備部門だのと殴り合いして、最終的な始末は手下に任せたからな……」

 

沈痛な面持ちで俯く3人。しばし沈黙が続いた後、

図ったように同じタイミングで顔を上げると、

これまた図ったように同じ結論を出した。

即ち、

 

―――知らなかったということにしよう―――

 

である。実際の所メコン川もやまいこもバルブロの顔は知らず、

メコン川らは知らぬことだが、バルブロを始末したのもメコン川の撤退後、

ヒルマの屋敷に火を放ちその中にいる全ての人間を始末せよと命を受けたハンゾウ達だ。

王国の人間として思うところがないわけではないが、

これからの王国を思えば、目の上のたんこぶであったバルブロ、

そして八本指と繋がっていた貴族派の貴族たちを始末できたのは、

最低限この国にとってプラスにはなるだろう。

その為ならば、この秘密は墓まで持っていくつもりである。

そうガセフは語っていた。

 

 

 

そしてまた少し日が経った頃。メコン川一行は旅の空にあった。

王都でのゴタゴタもひと段落し、やまいこの治めるトブの森へ行こう、となり、

メコン川とルプスレギナとネイア、やまいことユリは一路王都の東にある大都市、

エ・ランテルへと向かっていた。

ゼロや六腕はまだ八本指としてやる事が残っており、

ブレインはあの後ガゼフと再会し、その伝手でガゼフの師の教えを受ける事となり、

各々それらがひと段落したら合流する、と言う手筈になっていた。

 

「トブの森ねえ……確か蜥蜴人(リザードマン)の集落があるんだっけか」

 

「あと近くにガゼフさんと会ったカルネ村って開拓村があるんだよね。

 エ・ランテルに着いたらお土産買わないとな……農具とかいいかな?

 あ、それと、森の賢王って魔獣がいるんだ! すっごい可愛いんだよ! おっきいし!」

 

「どんな奴なん? でっけえ兎とか?」

 

「尻尾が蛇みたいになった超おっきなジャンガリアンハムスター、かな」

 

「マジかよすげえ気になるわ」

 

わいわいと会話を続けるメコン川とやまいこの後ろを並んで、

にんまりと笑みを浮かべたルプスレギナと複雑そうな顔をしたユリ、

状況が呑み込めていないのか怪訝そうな顔をしたネイアが歩く。

 

「いやー……いい空気っすねえ。

 やまいこ様がメコン川様にキラキラした笑顔向けてるの。

 こういうのからしか摂取出来ない栄養があるっすよ」

 

「うーん……ルプーが良いと言っているから良いんだろうけど……

 でもやまいこ様嬉しそうだし……いいのかしら……」

 

「え、あれ、メコンガワさんとヤマイコさん、そういう関係……?

 あ、でもルプスレギナさんとも……えぇっ?」

 

かくして、東進するメコン川一行。

エ・ランテルやトブの森でもまたひと騒動あるのだが、

それはまた、後のお話。




そんなわけで王都編決着。
バルブロ王子の散り様、実は割と初期から「メコン川らが知らんところで死ぬ」という風に決めていたのです。あとはナザリック転移前にバルブロが死ぬと王国すげーよくなるよ! というくがね御大のお言葉も実現して見たかった。

そしてちょろっと出たガゼフさん。いずれまた出番があるんじゃないだろうか……
結構好きなキャラなのでまた出したいものです。フルアーマーガゼフとかで。

あと、前々から言ってましたが、Pixivの方の祭りがあるので更新頻度はちょっと下がる予定です。予定なのは我慢しきれず書き上げてしまう可能性がままありそうなため。
終わり次第また通常ぺースに戻る予定なので、そのままエターなりはしないはず。

なんだかんだUA六万超え、お気に入り900人超えしてて本当に嬉しい……
皆さんの期待を裏切らないようなお話にしていきたいところです。
次回更新まで、しばしおまちいただければ。


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トブの大森林編
18:新たな始まりと新たな出会い


大分お久しぶりです。Pixivの方の祭りも終わってひと段落したので戻ってきました。
なんとか今年中にはお届け出来ました……
ちょっと短めですがお楽しみいただければ。


 

スレイン法国の最奥にある、さして広くも、豪華でもない一室。

そこには、12人の人間達が集っていた。

 

法国の最高位に座すもの、最高神官長。

続いて六柱の神、六つの宗派の神官長ら六人。

これに加え、司法・立法・行政の三機関長、

魔法の研究開発を一手に引き受けている研究機関長、

軍事における最高責任者である大元帥。

この12人こそが、スレイン法国という国家を回す最高執政機関であった。

 

「では、これより会議を開始します」

 

今回の会議の進行役は、土の神官長。

議題は、近頃聖王国の東、アベリオン丘陵に出来たという亜人の国、

ナインズ・オウンゴール獣王連合についてであった。

 

かつてかの地においては大規模討伐を行ったが、

一時的な間引きにしかならない程の亜人種がひしめく地。

聖王国の城壁が出来てからは小康状態が続いていたため様子を見るに留めていたが、

近頃事情が変わった。丘陵の亜人が『獣王』なるものの名のもとに掌握され、

国家を名乗り活動を始めたのだ。

聖王国と国交を結び、街道の魔物を退治するなど精力的に活動しており、

獣王に恭順していない少数の部族との小競り合いこそ最近まで続いていたが、

現在は聖王国との交易も始まり、聖王国も亜人との小競り合いがなくなったため、

大手を振って他国との交易に乗り出している。

 

「丘陵の亜人共をまとめ上げる者が現れるまではいずれあるかもしれん、

 と思っていたが……聖王国との国交があるというのは、本当なのか?」

 

「本当のようです。風花聖典を送り込んで調べさせましたが、月に1度ほど、

 獣王と聖王女による首脳会談が行われているとの事。

 近頃は聖王国から家畜を買って繁殖もさせようとしているらしく……」

 

「やはりあの時根絶やしにすべきだったのでは?」

 

「だが、あの時あれ以上の戦闘行動は不可能だった。今更だろう。

 ……西側はどうしている? 聖王女の意志が聖王国の総意では無かろう」

 

「西側の貴族たちには現在の聖王女のやりように否定的なものもおります。

 ですが、聖騎士団長、神官団長も健在で、

 かつ聖王女に何かあった場合獣王を怒らせることになりかねず、

 大きく出ることはできていないようです」

 

「今しばらくは監視に留めよう……場合によっては六色聖典を出す事になるか?」

 

「だが、陽光聖典は今壊滅状態だ。覚えているだろう?

 この間、王国戦士長を暗殺させようとした際に返り討ちに合った事を」

 

大きなため息とともに、部屋の中を沈黙が支配する。

スレイン法国が抱える特殊部隊、六色聖典。

六大神になぞらえた六つの特殊部隊の総称であり、

その中の1つ、陽光聖典は現在、隊長を含む主力が壊滅状態となっている。

 

というのも、本来リ・エスティーゼ王国は、スレイン法国により、

人類を守るための強者を産み出す母体として建国された国である。

だが外敵の少ない環境、肥沃な土壌は腐敗を招き、

代々溜め込まれた膿により、何もせずとも滅びかねない程に悪化していた。

その為、隣国バハルス帝国に吸収させるべく暗躍していたのだが、

その一環である戦士長、ガゼフの暗殺に陽光聖典を派遣した所、

想定外の事態が起こった。

 

作戦を優位に進め、あと少しでガゼフを殺せる、というところで横槍が入る。

近隣に住んでいるという魔法詠唱者とその従者が現れ、陽光聖典を一蹴したのだ。

挙句、切り札の魔封じの水晶を使って召喚された最上位天使(威光の主天使)すら、

それをさらに上回る女神を召喚されて叩き潰されてしまった。

最終的に見逃され、逃げること自体はできたが、切り札とされた最上位天使、

それが成すすべもなく叩き潰された様を見てしまった陽光聖典の者達は、

心の均衡を崩し、今もなおトラウマを抱えてしまった者達も多い。

 

「報告によれば、かつて十三英雄が呼び出した女神と同一の者ではないか、

 という見解のようだ……あれから200年、時期は符合するな?」

 

「神の降臨だというのか?」

 

最早多くが歴史の波に埋もれてしまったが、

法国の中枢にいる彼らにはある程度正確な情報が伝わっている。

神。六大神や八欲王、あるいは、百年周期で転移してくるプレイヤーの降臨。

新たに降臨した(ぷれいやー)が、件の魔法詠唱者たちではないか、

そう神官長達は結論付けた。

 

「その背景を考慮せずに状況を考えれば、村々を襲い戦士長を誘き出し、

 そして戦士団を蹂躙し殺そうとした、という状況にも取れよう。

 戦士長の人格そのものは義に篤く情に脆い好漢だ、

 奴を助けるために戦ったのだというなら、件のぷれいやーは善き人であるのだろう。

 どうにか弁解をし、敵に回らぬよう説得はできないだろうか?」

 

「彼女らを迎え入れると?」

 

「それが出来れば良いが、最悪、我らの理念を理解してもらえればよいだろう。

 彼女らから見れば悪である陽光聖典すら殺さず解放したのだ、

 少なくとも敵対せぬよう、妥協点を探ることはできよう」

 

「では、次の議題へと移りましょう。王国に派遣している漆黒聖典の件ですが……」

 

 

 

 

 

「くしゅんっ!」

 

「なんだよやまいこさん風邪か? そういや風邪って回復魔法で治るんかね」

 

「風邪は分からないけど病気の類は治せたよ。

 まあこれは風邪じゃないと思うけど……誰か噂してるのかなぁ」

 

「セバスがツアレと話でもしてんのかもな」

 

そういってメコン川が肩をすくめれば、かもねー、と苦笑するやまいこ。

王都を離れて後、一行は王都の東にあるエ・レエブルを経由し、

その東にあるトブの大森林に沿うような形で一路エ・ランテルを目指していた。

やまいこの治めるトブの大森林に行く途上にある王の直轄領であり、

バハルス帝国・スレイン法国の領土に面しているため交通量が多く、

人、物、金、あらゆるものが行き交い非常に栄えている。

まずはそこを目指し、お土産などを買って世話になっている王国領の村、

カルネ村への贈り物などを送りたい、というのがやまいこの言であった。

 

「カルネ村の皆はトブの森の人達と仲良くしてくれてるし……

 前にも言ったでしょ、法国の人達に襲われて少なくない被害が出てるからさ、

 少しでも手伝ってあげたいんだ」

 

「いいんじゃねーの。困ってる奴らを助けるのは当たり前ってもんさ。

 それに行きがけにしばいて来た魔物の討伐部位の換金もしちまいてーしな、

 やっぱ冒険者組合ってシステムは便利だよな、獣王連合(ウチ)にも欲しいわ」

 

一応国としての体裁が整いつつある連合であったが、

近頃までは小競り合いも多く、未だ冒険者組合などの誘致にまでは手が回っていない。

そもそもが亜人ばかりの国に行こう、というような奇特な人間がいないのもあるが。

 

獣王連合(ウチ)、亜人しかいないっすからねえ。

 スカウトも難しい……ん? んん?」

 

「ルプスレギナさん?」

 

不意にルプスレギナが怪訝そうな顔をすると、周囲を見回しながら鼻をひくつかせる。

同時にネイアも警戒態勢に入る。蒼の薔薇と出会ったきっかけになった焼き討ち、

それを真っ先に察知したのがルプスレギナであった事を思い出したからだ。

しばし周囲を見回していたルプスレギナが少し離れた場所にある森を指す。

 

「メコン川様、やまいこ様、森の方から人間の血の匂いがするっす。

 臭いが濃い……結構大量に出血してるっぽいっすね……あ、気配が止まった」

 

「やばくね?」

 

「多分やべーっす」

 

「はい二人ともコントしてないで助けに行くよ!

 ルプスレギナは先行して治療! 急いで!

 もし死んだりしてたらボク怒るからね!」

 

やまいこが率先して駆け出し、その後ろからルプスレギナとメコン川が追い抜いて先行。

そして身体能力の関係で一人置いていかれる形になったネイアが必死に追いかけ、

血の匂いのする方へと向かっていった。

 

 

 

―――やっば、これ死んだかも。

 

スレイン法国の要する特殊部隊、漆黒聖典。

それはすべての人間が英雄級の実力を持った精鋭部隊である。

その元第九位、『疾風走破』ことクレマンティーヌは、

薄れゆく意識の中でどこか他人事のようにわが身を顧みていた。

任務の中での負傷ではない。むしろその逆、背信行為の結果である。

 

そも、クレマンティーヌは法国において、信仰心が高い方ではない。

同じく漆黒聖典に属する兄とは幼少の頃から比較され続け、

兄にばかり愛情を注がれ、友人を失い、任務の過程で凌辱や拷問などを受けた結果、

信仰心を失い、その性根はねじ曲がっていった。

 

そんな日々の中、秘密結社「ズーラーノーン」の誘いを受け、離反。

そして手土産とばかりに法国の宝物の1つを奪い、脱走するまでは良かった。

あと少しというところで背信行為が露見し、追手を放たれた。

辛うじて振り切る事には成功するも重傷を負い、今や動くこともままならない。

 

―――まぁ、碌な人生じゃなかったし、ろくでもない死に様がお似合いか。

そもそも死なせてもらえるか、怪しいけど。

 

あの連中なら蘇生させ、精神系魔法で情報を引き摺りだすぐらいはやるだろう。

引き摺り出す情報もないのだが、どうせなら無駄足を踏ませて笑ってやろう。

そう内心で苦笑し、クレマンティーヌの意識は闇に落ちた。

 

 

 

「ヤマイコさん、女の人が目を覚ましました!」

 

「……へ?」

 

次にクレマンティーヌが目を覚ました時、そこは知らない天井だった。

身体は傷跡も残らぬほどに治療されて綺麗に清められ、

上等な寝間着に着替えさせられた上で柔らかな布団に包まれて寝かされていた。

顔を覗き込んでいた目力の強い少女は目覚めた事に気付くと、

部屋の外にいるらしい誰かを呼びに出ていき、

黒髪の南方人らしい外見の少女を連れて来た。

 

「大丈夫? 傷はあらかた塞いだけど……すごい出血だったし、

 体力はすぐには戻らないだろうから、安静にしててね」

 

「あ、うん……あんた達が拾ってくれたの?」

 

「うん。ボクの仲間が血の匂いを嗅ぎ付けてね、危ない所だったよ……

 あ、ボクはやまいこ。さっきの子がネイアちゃん。

 一応……冒険者でいいのかな。登録はしてるし。あなたのお名前は?」

 

「クレマンティーヌ……ワーカーやってる流れ者だよ」

 

安堵のため息を付きながら自己紹介するヤマイコと名乗る少女。

咄嗟にワーカー(組合未登録の冒険者)を名乗るが、

密偵として活動する際はそう名乗ることも多く、あながち嘘でもないだろう。

 

「そっか、ワーカーなら依頼とかで怪我したのかな……

 まあ、深くは聞かないでおくね。守秘義務とかもあるだろうし」

 

「ありがと。……で、ここは、エ・ランテル?

 最後に覚えてるのがそこの近くの森の中だったはずなんだけど」

 

「うん、合ってる。黄金の輝き亭って知ってるかな、そこの部屋だよ。

 あ、うちのパーティメンバーってことで宿帳書いてるから、口裏合わせてね」

 

その後も、軽く雑談をして時間が過ぎる。それでわかったのは、

この『ヤマイコ』という女性(話を聞くに自分より一回りは上のようだ)が、

底抜けのお人よしであるという事。

そうでなければ野垂れ死にかけたワーカーを拾って高級宿に泊まろうなどとは考えないだろう。

先程のネイアという目力の強い少女も、目つきが悪い以外はごく普通の少女であった。

そうこうしているうちにクレマンティーヌの腹が鳴り、

食事の用意をせねばと慌てて飛び出していく二人。

それを見送りながら、クレマンティーヌはあらためて己を顧みる。

 

―――怪我、無し。(古傷以外は本当に跡形もなかった)

―――体力の低下無し。(ただし失血による消耗はある)

―――装備、スティレット以外ほぼ全損。(傍らのチェストに襤褸切れになった装備が置いてあった)

 

「さて、どーしたもんだかね……」

 

とりあえず復調するまでには世話になるか、と考えながら、

いつぶりか分からない柔らかな寝床に横たわる。

この出会いが彼女にとって想像だにできないような転機であったとは、

今のクレマンティーヌには知る由もない事であった。




そんなわけでエ・ランテル編突入。ようやっとクレマンティ―ヌ出せました。
個人的にも大好きなキャラなので見せ場を作ってやりたい……
出自とか考えると真性のクズとも言い難い気がするんですよね、この子。

今年は本作を読んでいただきありがとうございました。
割と見切り発車で始めた本作ですが、気が付けばUA七万超え、
お気に入り900超えという個人的には相当な快挙を成し遂げさせていただきました。
どうにか完結まで走り切りたいと思うので、よろしくお願いできれば。
来年は大体週1ぐらいでお送りできたらいいなあ。

呪術師の端くれさん、トリアーエズBRT2さん、tino_ueさん、佐賀らしんさん、えりのるさん、null_gtsさん、Cranさん、はなまる市場さん、きなこもちアイスさん、誤字報告ありがとうございました。17話でのお礼を書き忘れていたので二話分。

それでは皆様、良いお年を!


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19:手助けしては意味がない

そんなわけで新年1発目。
今年もよろしくお願いします。


 

「あー、疲れた。ヤマイコもユリも体力底なしかっての……」

 

エ・ランテル、黄金の輝き亭の一室。

クレマンティーヌは、ふー、と大きなため息を付きながらベッドに倒れ込んだ。

あれから幾日かして、体力の戻ったクレマンティーヌはやまいこに押し切られ、

やまいこのパーティメンバーとして冒険者組合に登録。

正式にやまいこの仲間としてエ・ランテルに滞在していた。

 

実際の所登録しただけで未だ銅級であったやまいことユリ、

そして新たに登録したクレマンティーヌの三人で、矢継ぎ早に依頼を受け続け、

どうにかメコン川らと同等の金級まで上げることができた。

ただ、本当に常人ならば過労死しかねないレベルの強行軍であったため、

元漆黒聖典、そして英雄級の実力者であるクレマンティーヌにとっても、

簡単だ、とは絶対に言えないようなものであったが。

 

「まあ……楽しかったけどさ」

 

幼少時からの訓練、そして漆黒聖典になってからの任務。

お国のため、人類のためというお題目に従って力を振るってきたが、

クレマンティーヌはそこに何一つ意味を見いだせなかった。

漆黒聖典であれば出来て当然、兄のようにやって見せろ、

そのように常に両親から、また周囲から兄と比較し続けられた。

 

だが、ここ数日はずっと、慌ただしくも楽しい日々だった。

やまいこが何かと気遣ってくれ、自分にも妹がいるらしい彼女は、

本当の妹かのように接してくれている。

従者であるユリには嫉妬からか時折きつい視線を飛ばされているが、

本質的には主人同様善人なのだろう、言外に気遣っているのが感じ取れる。

凄腕のモンクであろうユリ、そしてヒーラーであるやまいこ。

その手厚い支援を受け、辛くはあったが危険は皆無だったと言っていい。

 

「家族に気遣われる、っていうのは、こんな感じなのかなあ。

 こそばゆくはあるけど……まあ、悪くはないか」

 

「ま、いい人だからなあ、やまいこさん」

 

「!?」

 

唐突に聞こえてきた言葉に跳ね起きると、

ドアに立ちふさがる様にして巨躯の男が立っていた。やまいこの仲間の1人、メコン川だ。

依頼に次ぐ依頼であまり関わっている暇もなかったが、

やまいこらと話しているのを横目で見ていた限りでは、無頼だが気のいい男のように見えた。

その男が、目の前に立っている。やまいこの前では豪快に笑っていた顔が、

何の感情も読み取れない目でクレマンティーヌを睨んでいる。

 

「メコンガワ……だっけ? 夜這いのつもり?

 ま、カラダには結構自信はあるし、助けられた恩もある。

 一晩ぐらいつきあってもはいいけどさ」

 

内心の動揺を押し殺し、冗談交じりに口の端を上げる。

この男の側には、いつも赤い髪の信仰系魔法詠唱者、ルプスレギナがいた。

やまいことはただの友人関係だと聞いていたが、

クレマンティーヌにはわかっていた。この男も、こっち側(・・・・)だと。

 

「お誘い嬉しいが別件さ。漆黒聖典第九位、『疾風走破』……だったか?」

 

「――――――ッ! どこで、それをっ!」

 

跳ね起き、傍に置いてあったスティレットを掴んで構える。

突き付けられたそれに視線を向けもせず、メコン川は獰猛に笑う。

 

「やまいこさんはしばらく戻らんよ、土産物探しに行ってるからな。

 荷物持ちに付けたルプスレギナにも時間を稼ぐように伝えた。

 こっちはこっちの話をしようや。ついてきな」

 

言いながら、部屋を出ていくメコン川。

その後を追い、リビングに出ると、メコン川はソファに腰かけ、

その対面に座るように促す。

 

「そうだな、まずお前さんの背景を知った経緯を話そうか。

 お前さんが寝込んでる時に、魔法でちょっとな。許せとは言わんけどよ、

 どう見たってカタギにゃあ見えん上に切り傷、しかもあれは魔法の刃物だろ?

 面倒ごとなのは見てわかるし、警戒するだろ。

 まお前が法国の裏切り者なのは記憶を見て分かった。経緯もな。

 まあ、そんなとこか」

 

「……ヤマイコには?」

 

「言ってねえよ。知ってるのは俺とルプスレギナだけだ。

 やまいこさんに余計な心配はかけさせたくねえしな」

 

「随分優しいね?」

 

「分かんだろ? お前さんならな」

 

そのまま黙り込む。

メコン川の言う事も分かってはいる。やまいこはお人よしすぎるきらいこそあるが、

それでも、その温かく、包容力のある人柄は好ましいと思えた。

荒み、歪み、ねじ曲がった自分ですら、彼女の側にいることを望みたくなるほどに。

お互いそのまま沈黙していたが、少しして、メコン川が口を開く。

 

「……で、どうするつもりよ?」

 

「ズーラーノーンの事? 正直、どうでもいい。

 法国から抜けられて、連中に嫌がらせが出来るんなら、なんでもさ」

 

「……そうか。まあ、俺も脛に傷ある連中を抱え込んでるからな。

 やまいこさんが良いというなら否やはねえさ」

 

だが、と言い置いて、メコン川は言葉を続ける。

 

「やまいこさんの事は、裏切らねえでやってくれよ。

 あの人には天才肌の妹さんがいてな。昔は結構比較されたんだそうだ。

 まあ元々精神面でタフだからなんてことねえみたいにしてきたそうだが……

 全くのノーダメージだった訳じゃあ、ねえはずだ」

 

「……ヤマイコが戻ってきたら、話す。それでいい?」

 

「ああ。別に俺も、お前さんを追い出してえ訳じゃねえ。

 俺自身真っ当な人間じゃあねえからな、……ただな」

 

そこでメコン川は少し考え込み、ぽつりとつぶやく。

 

「お前さんがどうするにせよ、ケジメはつけてきな。

 ズーラーノーンの連中、エ・ランテルで何か企んでんだろ?」

 

「……分かってる」

 

 

 

そしてルプスレギナによる時間稼ぎが終わり、やまいこ達が帰ってきた。

そこでクレマンティーヌは一同に自分の素性を明かす。

ワーカーというのは嘘である事、スレイン法国の裏切り者であること。

元々法国には愛想が尽きていて、諸々が積み重なり脱走したこと。

しかし、それを聞いてもなおやまいこはクレマンティーヌに暖かな微笑を向けていた。

 

「そっか……そりゃ、言い辛いよね。でも、正直に言ってくれてボクは嬉しい。

 スレイン法国とはまあ、ボクらもいい関係とは言えないからね、

 陽光聖典って人達ボコボコにしちゃったし……まあ、閑話休題(それはそれとして)

 

右から左に何かを移動させるような動作をした後、

やまいこはクレマンティーヌの頭を抱き、子供をあやすように撫でる。

 

「今までよく頑張ったね、クレマンティーヌ。どのぐらい辛かったのか、

 ボクには推し量ることぐらいしかできないけど……

 大丈夫、これからは、ボク達がいるよ」

 

胸に抱かれながら、ちらりとやまいこを見るクレマンティーヌ。

普段は獲物を狙う肉食動物のような目が、全てを嘲る様に吊り上がっていた口元が。

この時ばかりは、怯えた子猫のように歪んでいた。

 

「……任務とはいえ、たくさん人を殺したよ?

 それでなくとも、遊び半分で殺したことだって何回もある。

 ヤマイコ達と過ごしたここ暫くは、正直楽しかった。

 でもさー、ふっと我に返ると、恐いんだよね。楽しすぎて。

 あたしみたいなクズがさ、こんな楽しい思いしちゃ、駄目なんだよ」

 

「駄目なんてことはないよ。そりゃまあ、人を殺しちゃったのは、よくないけど。

 奪った命の分、命を救えばいい。沢山悪い事してきたなら、

 これからたくさんいい事をしていけばいいんだよ。

 どんな極悪人だって、いい事の一つもしていれば救われるチャンスがあるもんだよ」

 

「……綺麗事じゃん。出来たらいいとは、思うけど」

 

クレマンティーヌの言葉に、やまいこはそうだね、と言って苦笑する。

 

「『綺麗事だからこそ、本気になる、本当にする価値がある』。

 だったよね、メコンさん?」

 

「え、そこで俺に話振んの? まあ、言ったけどよ。

 そうさな……クレマンティーヌ、難しいからこそやる価値があんのさ。

 それに、偽善(ウソ)も貫きゃ(マジ)になる。

 諦めろよ、やまいこさんがこの状態から手放してくれると思ってんのか?」

 

おどけた調子のメコン川に、今までを思い返して思い当たる節があるのか、

大きくため息を付くクレマンティーヌ。

 

「……無理かも」

 

「やまいこ様、意志が固いっすからね……その上で脳筋気質だからストッパーが欲しいっす。

 クレマンティーヌ、命の恩と思って一つ頼まれてくれないっすか?」

 

「こ、こらルプー! 不敬よ!?」

 

ルプスレギナのまぜっかえしにユリが慌てて反応した所で、

クレマンティーヌは思わず吹き出して笑いだす。

 

「ぷっ、確かにヤマイコ、言い出したら聞かないもんね……

 分かった。出来るかどうかは分かんないけど、まずはやってみるよ」

 

そう言って、穏やかに笑うクレマンティーヌ。

こんな笑い方をするのは何年ぶりだろうか。

そんなことを思いながら、暖かな時間は過ぎていった。

 

 

 

「…………」

 

その夜、メコン川は人化を解き、カワウソ姿で屋根の上にいた。

何をするでもなく、ただある方向を見つめている。と、そこにふっと現れる影。ルプスレギナだ。

ルプスレギナはごく自然な流れでメコン川を膝に乗せて座ると、いつもの笑顔でメコン川を見る。

 

「どーしたっすか、メコン川様?」

 

「おう、お前か。あいつの事で、ちょっとな」

 

「クレマンティーヌの事っすか。やまいこ様はお人柄から当然っすけど、

 メコン川様、随分気にかけるっすね? そういうこと(・・・・・・)っすか?」

 

半眼でじっと見つめながら言うルプスレギナにそういうんじゃねえよ、と手を振り、

メコン川は大きくため息を一つつく。

 

「まあ、割かし好みであるのは否定はせんがね。

 あいつはさっきはああ言ったがよ、多分まだ迷ってるはずだ。自分がここにいていいのか、

 自分なんかが幸せになっていいのか、こんな楽しい思いをしていいのか、ってな」

 

「よく分かるっすね?」

 

「俺がそうだったからさ。話したろ、俺が人間だった頃、色々汚ぇ事もやって来たってな。

 人も殺したさ、人に雇われてな、いろんな奴をぶん殴って殺しもした。

 アインズ・ウール・ゴウンの皆と馬鹿やってた頃は楽しかった。

 人生で一番楽しかった時期だろうな。でもな、俺もずっと迷ってた」

 

軽く後ろに体重をかければ、察したルプスレギナが倒れ込んで屋根に寝そべる。

ある意味世界一贅沢なリクライニングチェアーに寝そべりながら、

メコン川は話を続ける。

 

「今も少しな。俺みたいなクズが、一丁前に王様ぶって何様だって、たまに思う」

 

「たまになんすか?」

 

「この体になって、こっちの世界に来て、ある程度諦めも付いたしな。

 今は俺を親分と思ってくれてる奴らだっている。

 それに、今までやりたくてもできなかった弱者の救済、それが出来るんだ。

 今までろくでもねえことをしてきた分、いい事をしろってことなんだろうよ」

 

閑話休題(それはそれとして)、と右から左に何かを移動させる仕草をし、

メコン川はだが、と口を開く。

 

「あいつはまだ、その辺の割り切りが出来てねえはずだ。

 それに、あいつは自分がズーラーノーンに属していた事は話してねえ。

 まあ、そこは俺が言うなと言い含めといたんだが」

 

「そりゃまたなんで? やまいこ様なら怒って殴りこみそうっすけど」

 

「そこだよ。やまいこさんがそれを知ったら、自分で連中を潰しに行く。

 クレマンティーヌに一切手は出させずにな。それは良くねえ。

 そこまで甘やかすのはあいつのためにならん。

 あいつ自身でケジメをつけさせるのが筋ではある。

 正直、手を貸してはやりてえんだがなぁ……

 こればっかりはあいつ自身の問題だからな、

 俺達が直接手助けするわけにゃあいかんのよ」

 

「難儀な話っすねえ……」

 

「全くだ」

 

メコン川はそう言うと肩をすくめ、ルプスレギナに体を預けた。




そんなわけで、メコン川なりにクレマンティーヌの事を考えていましたよ、というお話。少なくともクレマンティーヌも今あんで沢山手を汚してきたと思うので、いくらやまいこさんがOK言うても禊のようなものは必要かなあ……と。

大体このぐらいのペースを維持していけたらなぁ、と思っております。
文量で言うと14kb~20kb前後ぐらい。

もう少しルプスレギナを動かしたいけど、
大体後方正妻面してる感じが多くてなんともはや。
どこかでソロパートというか、ルプスレギナメインの話も入れたいところです。
一応メインヒロインのつもりではいるので。

ability10さん、誤字報告ありがとうございました。


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20:まずはここから、始めてみよう

そんなわけで20話。ここ2話ぐらい短かった反動かやたら筆が走りました。


 

「……よし」

 

あれからまた少しした夜。

クレマンティーヌが身支度を終え、割り当てられている部屋を出ると、

リビングのソファにはメコン川が座っていた。

 

「行くのか?」

 

「うん、行ってくる」

 

それを聞くと、メコン川は懐を探り、拳大の水晶をクレマンティーヌに放って投げる。

クレマンティーヌは危なげなく受け止め、その中に不可思議なエネルギーが渦巻いている、

と言う事を認識した瞬間慌てて取り落としかける。

 

「ちょ、コレ……国宝級のしろもんじゃないの!?」

 

「それが何か知ってんのか。別に大したもんでもねえよ。安くはねえがな。

 中身入りも空のやつもいくつも持ってる。お守り代わりに持っておけよ」

 

「えぇ……ヤマイコ達もだけど、やっぱあんたらただもんじゃないよね……

 これ、中身は何入ってるわけ? これで中身が第3位階って訳でもないでしょ」

 

「何、攻撃魔法や召喚魔法じゃねえよ。昔のダチに込めてもらったもんだが……

 ま、戦闘直前に使っておきな。何も無ければ何も起こらんさ。

 命の危険がある魔法じゃあねえよ。あくまで保険さ。

 直接的に手助けはしねえ。もし保険(・・)が効いたとしても、

 そこから盛り返せるかはお前次第だ」

 

「つまりヤバくなったら発動する系って事か……

 あんまり手助けしてほしくもないんだけどねぇ」

 

苦笑するクレマンティーヌに、肩をすくめて返すメコン川。

 

「同類のよしみって事で大目に見ろよ。

 本当なら手伝ってやりてえんだが、今回はお前がやらにゃ意味がねえ。

 最低限保険をかけておくぐらいはさせろ。……つうかよ、

 そもそもスティレット以外の装備はやまいこさんのプレゼントだろ?

 今更じゃねえか」

 

「……それもそっか。ヤマイコ達はどうしてる?」

 

「魔法で眠らせた。明日の朝までぐっすりよ」

 

「そのムッキムキのガタイで魔法詠唱者って詐欺でしょ。

 ―――それじゃ、ヤマイコ達の事はお願いね」

 

メコン川はおう、と返答すると、顎に手を当てて少し考え込む。

訝しげに見やるクレマンティーヌをよそに少しばかり唸った後、

クレマンティーヌと視線を合わせ、口を開く。

 

「生きて戻れたら、俺達の素性を明かす。

 そっから先は、その時考えな」

 

「―――わかった」

 

遠回しに『必ず戻れ』と言われているのを察し、

クレマンティーヌは薄く微笑み、リビングを後にする。

その足取りからは、気負いは消えていた。

 

 

 

クレマンティーヌが部屋から出て行って後、

メコン川はソファにもたれかかったまま瞑目していた。

そこに、ドアの蝶番のきしむ音がする。

視線を向ければ、そこには黒髪を夜会巻きにしたメイドが1人。

プレアデスの長女、ユリだ。

 

「大人しくしててくれてありがとよ。お前にゃ睡眠が入らねえからなあ」

 

ユリの種族はデュラハン、つまりアンデッドであり、

一般的な状態異常を無効にする特性を持つ。

その為、やまいこをも眠らせるメコン川の魔法の範囲内にいながらも、

意識を保つことが出来ているのだ。

 

「それをお望みのようでしたので……ですが、良かったのですか?」

 

「あいつを一人で行かせたことがか?」

 

「……はい。彼女はやまいこ様が気にかけておられましたので。

 万一があっては問題になるかと」

 

「直接的に手を貸してやりてえのは山々だがな。ルプスレギナにも言ったが、

 それじゃあ意味がねえんだ。あいつが自分の力でケジメをつける。

 そうして、自分自身に納得する必要があるんだよ」

 

「納得……ですか?」

 

怪訝そうな顔をするユリを隣に座らせ、

メコン川はアイテムボックスから酒を取り出し、グラスに注ぐ。

 

「呑むか?」

 

「いえ、私は飲食ができませんので……」

 

「そうか。……話を続けるけどよ。そう、納得なのさ。

 あいつは、自分が薄汚れた道を歩いて来るしかなかった。

 仕方ない、そうするしかなかった、そう思ってるだろうさ。

 だからこそ、やまいこさんが眩しいんだ。

 あの人は掛け値なしの善人だ。俺や、あいつみてえな奴とは違う、な。

 あの人の側にいるとあったけえし、安心できる。

 居心地がいいからこそ、気付いちまうのさ。

 我に返ると言ってもいい。あんないい人(・・・)のそばにいたって、

 自分の手が汚れ切って、血まみれなのは変わらねえ。

 それに気づいた時、どうしようもなく惨めな気になるんだ」

 

グラスの中の酒に移った自分の顔を見つめながら、メコン川は自嘲気味に笑う。

 

「ああ、この人はいい人だな。でも自分はそうじゃない。

 どうして自分はここにいるんだ? 善人面して何をしている?

 この人は自分を拒まないだろう。自分を嫌わないでいてくれるだろう。

 自分はここに居たい。この人のそばに居たい。

 いや、そんなことはできはしない。血に汚れた自分のようなクズが、

 この人の厚意に甘えて、ただこの人の傍に居ていいはずがない。

 ――――――そう、思い詰めちまうのさ」

 

「だから、自らの手でけじめをつけさせる、と」

 

「そう言う事だ。何をしたところで、今までの自分は変わらねえ。

 でもな、それでも変わりたいと思うなら、区切りをつけることは必要なんだよ。

 その為のケジメだ。せめて、無事を祈るぐらいはしてやってくれ」

 

そう言って、メコン川は窓の外に遠い目で視線を向けた。

 

 

 

クレマンティーヌは、エ・ランテルの墓地を囲む壁を見上げると、

衛兵の視線がこちらを向いていない瞬間を見計らって壁に向けて跳ぶ。

そのまま僅かな凹凸を足掛かりに一息に飛び越え、

魔法の明かりの照らす範囲を避けて奥へ奥へと進む。

黒いローブを纏い、明かりを避けて進む姿は、

余程夜目の利く者でなければ影を見る事すら難しいだろう。

そうして進む内に見えてきたのは霊廟。

ズーラーノーンの高弟の1人、カジットとその弟子たちが潜伏する場所だ。

 

「到着、っと。えっと、確か奥の台座に……」

 

霊廟の奥にある台座、それに施された彫刻のうちの1つを押し込むと、

何かががちりと嚙み合う音と共に台座が動き出し、階段が現れる。

 

「お邪魔しまーす」

 

誰に言うでもなく呟き、階段を下りていく。

行きついた先は、土がむき出しだが明らかに人の手に入った空間。

奇怪なタペストリーが壁面を飾り、その下にある真っ赤な蝋燭からは、

焦げた血の不快な臭いが鼻を突いた。

壁には人が通れそうなサイズの穴がいくつか空き、

死臭と共に隠れてこちらを窺う気配を感じる。

 

「まあよくもまあ仕掛けまで作って手を入れたもんだ……

 あ、そこの人、カジっちゃん、いる?」

 

びくり、と身を竦ませる気配。

そちらに向けて歩き出そうとしたその時、広間の奥から男が歩いて来る。

痩せて落ち窪んだ眼に禿げ頭、そして死体の様な土気色の肌。

ともすれば死にかけの老人にも見えるその肌には以外にも皺は少ない。

カジット・デイル・バダンテール。クレマンティーヌの先輩に当たる、

この地に潜伏するズーラーノーンの幹部であった。

 

「新参とはいえ、仮にも十二高弟の1人がその言い方はやめんか、みっともない。

 ……で、何用だ? 知っての通り儂は忙しい。

 荒らしに来たのなら、ただでは置かぬぞ」

 

「死の螺旋、だっけ? アンデッドの倍々ゲームで強いアンデッドを作るってやつ」

 

死の螺旋。かつてズーラーノーンの盟主が行った魔法儀式を指す。

元々、墓場のような負のエネルギーの集まりやすい場所にはアンデッドが発生しやすく、

発生したアンデッドが生み出したより濃いエネルギーからさらに強いアンデッドが、

そこからさらに―――と、

螺旋を描くように強いアンデッドが発生する現象から名付けられた魔法儀式である。

 

「まあ、そういう使い方もあるがな。あれの本来の使用法は、

 その儀式において生まれる強大な負のエネルギーそのものを使うのよ。

 それをもってアンデッドへと成る、それが真の使用法よ。

 そのために五年をかけて準備していたのだ、邪魔だけはしてくれるなよ」

 

「ふーん……それってさ、あとどんぐらいかかるもんなの?

 今すぐはやめといたほうが良いかもよ」

 

「どっちみちまだ数が足りぬ。今しばらくかかるが…………どういうことだ?」

 

「エ・ランテルって訳じゃないけどさ……トブの森に今、漆黒聖典が来てるんだよね。

 それも『神人』の隊長を含めた六人ぐらい。

 カジっちゃんとあたしじゃ、あの面子を相手にするのは無理だね」

 

瞠目するカジット。スレイン法国最精鋭と謳われる特殊部隊、漆黒聖典。

その一員であったクレマンティーヌですら、カジットよりもなお強い。

聖典であった頃の装備を失っている今でさえ、勝率を数えれば三割を割るだろう。

その約半数が動員される任務など、想像もつかない。

 

「あの森で何があるというのだ……!?」

 

「『破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』とか言ってたっけ?

 その封印が解けるとか解けないとか……その辺りで裏切り露見して逃げてきたから、

 それ以外は知らない。ま、その任務が終わるまでは、

 向こうもこっちを追っかけてる暇ないだろうし、その間にあたしは逃げるけどね」

 

「……そうだな、今しばらくは我らも大人しくしていよう。

 情報感謝するぞ、クレマンティーヌ」

 

「いやいや。持つべきものは仲間、ってもんでしょー。

 それにほら、冥土の土産、って言葉もあるし?」

 

瞬間、クレマンティーヌの腕が霞み―――台地から壁のように突き出した白いもの、

正確に言えば、無数の人骨で出来た、爬虫類を思わせる巨大な鉤爪が受け止めた。

 

「あらら、流石はせんぱい、良く受け止めたねぇ?」

 

「ふん、ハナから信用などしておらぬわ。――――――狂ったか?」

 

カジットに問われ、クレマンティーヌは一瞬きょとん、とした後、

文字通り狂ったように哄笑を上げた。

 

「あはははははは! 確かにそうかもねえ! カジっちゃん最高!

 イカレちゃったのかもね、あたし。でもまあ、お互い様じゃん?

 三十年以上も前に死んだ母親を生き返らせようなんて絵空事、

 狂ってなきゃあ本気で目指せるわけないじゃん!」

 

「――――――ッ!! 殺せェッ!」

 

土気色の顔が朱に染まるほどの憤怒を浮かべたカジットの号令一下、

周囲の壁面に空いた穴からおびただしい数の動死体(ソンビ)が溢れ出す。

また同時に潜んでいたカジットの弟子たちもまたアンデッドを呼び出し、

カジットの前の巨大な鉤爪が、そこから後の部分も完全に顔を出し、

魔法への絶対耐性を持つと言われる人骨で構成された飛竜、

2体のスケリトル・ドラゴンが姿を現した。

振るわれる鉤爪を飛び退って避け、クレマンティーヌは舌なめずりをする。

 

「さーて、ソロでどこまでやれるかな……

 個々の戦力は大したことないにせよ、持久戦に持ち込まれると面倒かな」

 

クレマンティーヌはメコン川に押し付けられた魔封じの水晶を掲げ、念じる。

そして、死闘が始まった。

 

 

 

 

「数ばっかり集めてもさあ! 無駄なんだよねぇ!」

 

壁を、床を蹴り、広間を縦横無尽に駆け、クレマンティーヌは吠える。

大半は死の螺旋を起こすための動死体であり、

時折召喚される他のアンデッドも第一位階で召喚されるものがせいぜい。

クレマンティーヌに向けて飛んでくる魔法や、

2体のスケリトル・ドラゴンの攻撃に注意を払ってさえいれば、物の数ではない。

しかし、百を超えるアンデッド達が次々と押し寄せてくるため、

着実に体力は削られていく。

 

(やっぱ短期決戦に持ち込むしかないか……

 スケリトル・ドラゴンを片づける。まずはそこからか)

 

クレマンティーヌが得意とする戦法は、本人曰く「スッと行ってドスッ」。

武技でステータスを強化し、超高速で接近して急所を撃ち抜く。

きわめてシンプルだが、そこは腐っても英雄の領域に踏み込んだ者。

上級の武技によって強化された身体能力から繰り出される攻撃は、

並大抵の相手なら一撃で屠れると自負している。

実際、対応することもできずカジットの弟子たちはそのすべてが殺害されていた。

 

「<疾風走破><超回避><能力向上><能力超向上>――――――」

 

武技を重ね、狙いを定める。

スケルトン系に効果の高い打撃武器(フレイル)に持ち替え、狙うは一瞬。

2体のスケリトル・ドラゴンが重なった瞬間、クレマンティーヌが消えた。

否、目にもとまらぬ速さで、跳んだ。

その勢いだけで、群がってきた動死体がまとめて吹き飛ぶ。

 

「オ――――—ラァッ!」

 

振り下ろしの一撃目で1体目の頭部を叩き割り、

続く横薙ぎの二撃目で2体目の腕ごと胸部を吹き飛ばす。

そしてそのまま直進し、カジットに三撃目を叩きこもうとし―――

その手に持つ無骨な珠が、周囲の負のエネルギーを吸いこんで黒い光、

としか言いようのない何かを放つ。

 

(なんか、ヤバ……)「<不落要塞>ッ!」

 

武技で防御を固め、スティレットをクロスさせた瞬間。

目の前に漆黒の旋風が吹き荒れ、クレマンティーヌは吹き飛ばされた。

危なげなく勢いを殺して体勢を立て直せば、カジットの前に一つの影があった。

禍々しいデザインの鎧兜にタワーシールド、波打つ刀身を持つ(フランベルジェ)を持つ、巨躯の騎士。

本体両手で持つべき剣と盾を片手で軽々と持っているという点だけを見ても、

騎士が並々ならぬ剛力を持つことが分かる。しかし、それだけではない。

その顔は腐り落ちかけたヒトのそれ、ぽっかりと空いた眼窩には、

生あるものへの殺意と憎悪が、赤い光となって灯っている。

クレマンティーヌは、それが何か知っていた。

 

「―――死の騎士(デス・ナイト)

 

「ほう、流石に知っていたか。支配していたアンデッド共の残骸を媒介に、

 死の螺旋に使うために宝珠に溜めておった力まで使わせたのだ、

 もう少し驚いてもらっても良かったのだがな」

 

死の騎士(デス・ナイト)。ユグドラシルにおいてはレベル35、

攻撃能力は25レベル相当と低いが、防御能力においてはレベル40ほどになる、

壁役(タンク)に適したモンスターである。

100レベル帯からすればちょっと倒すのが手間、程度の存在だが、

基本的に強者のボーダーラインが低いこの世界においては伝説級のアンデッドで、

漆黒聖典に属していた頃のクレマンティーヌでも一度しか遭遇したことがない。

 

「ま、一回倒した事あるからねえ。伝説級のアンデッド呼び出すなんて、

 それがカジっちゃんの全力ってやつ?」

 

「さっきまでであれば他のアンデッドの制御に回しておるので使えんのだがな、

 おぬしが弟子共も含めて潰しまわってくれたおかげで余裕が出来たのが幸いしたわ。

 こうなればおぬしを殺してアンデッドの素材にしてくれよう。

 数がおらなんだ分、質を高めねばならんだろうからなあ!」

 

カジットが珠を掲げ、死の騎士が動き出す。

ユグドラシルでは下級とは言え、クレマンティーヌからすればかつて死闘の末に倒した相手。

しかも今は漆黒聖典時代の装備もなく、一気に分が悪い戦いになった。

吹き荒れる嵐のような攻撃を、いなし、かわし、少しづつ攻撃を加えていく。

クレマンティーヌは一撃の威力より手数を重視した軽戦士、

死の騎士は体格に裏打ちされたパワー、見かけによらぬスピード、

そして強固な防具とアンデッド故のタフネスと、相性がいいとは言えない。

ついでに言うなら、アンデッドの使役に特化した魔法詠唱者である、

カジットの支援も含めれば、実質格上との殴り合いと言って差支えはないだろう。

 

(でもさー、やるしかないんだよねえ)

 

安全を期すなら、やまいこ達に協力を求めればいい。

協力を求めれば、やまいこを筆頭に、率先して協力してくれただろう。

だが、そういう問題でもない。自分自身でやらなければいけないのだ。

今まで散々手を汚してきた自分を、やまいこは受け入れてくれた。

歪み、ねじれた末に殺戮に愉悦を感じていた自分に、

『これからは、私達がいる』と言ってくれた。

今まで重ねてきた悪行は悪行として、それを塗りつぶすほどの善行を重ねればいいと、

綺麗事でしかないからこそ、本気でやる、本当にする意味があると、

そう言ってくれた。

 

(だったら、やるよ。まずはここから、始めて行くんだ。

 血みどろで、どす黒くて、汚れ切ったあたしだけど。

 それを塗りつぶして余るぐらいに、いい事を重ねていこう。

 こんなあたしを信じてくれた、やまいこ達に報いるために)

 

覚悟が決まる。腹が据わる。打ち合っていては長くはもたない。

そもそも疲労する人間と疲労しないアンデッドでは長期戦は不利。

ならば、先程以上の短期決戦で行くしかない。賭けだが、手はある。

 

(アンデッドは基本的に生者を憎み、殺すことをこそ愉悦とする。

 それは死の騎士も同様……あっちはこちらをなぶり殺しにしようとするだろうね。

 カジっちゃん的にもその方が生まれる負のエネルギーは濃いし、

 なにより絶望と未練が強いほどアンデッドの素材としては最適になる)

 

猛然と攻めかかる死の騎士の攻撃を紙一重でかわしながら、

クレマンティーヌはその瞬間を狙う。

相手が隙を見せる一瞬を。自分が最後の一撃を放つ一瞬を。

自分の限界を超えた、その先を踏みしめるために。

 

「<流水加速><能力向上><能力超向上><超貫通><疾風走破>――――――」

 

神経を加速し、能力を向上させ、スティレットの貫通力を強化し、

移動速度と俊敏性を強化する。上位の武技をこれでもかと並べ、

一度に使える限界まで武技を使用し―――さらに重ねる。

かつて、自分の鼻っ柱を叩き折った相手が使った武技。

12人いる漆黒聖典の中でも最強の、第一位すら歯牙にもかけない13人目(・・・・)

漆黒聖典番外席次『絶死絶命』が、自分の『疾風走破』に合わせ、

当てつけのように使った武技。あの後訓練を重ねた。

使えはする、が、実践で使える程には練れていないあの武技を。

 

「――――――<疾風超走破>ァッ!」

 

瞬間、クレマンティーヌの世界から音が消えた。

<流水加速>を使ってもなお速すぎると言える加速の中、

限界を超えて武技を強引に使った反動で、

身体の端から全身が潰れていくような感覚を覚えつつも、

クレマンティーヌはすべてを置き去りにして駆ける。

まず狙ったのはカジット。二歩で接近し、下から心臓を突き上げるようにして貫く。

 

「フッ……飛べ!」

 

そのままスティレットの能力を起動。

左右一対のスティレットには<魔法蓄積(マジックアキュムレート)>という魔化が施されており、

第三位階までの魔法を込め、突き刺すとともに解放することができる。

宿しているのは<火球>。それを体内で解放した。

こちらを見て瞠目するカジットの目から、口から、炎が噴き出し全身が爆裂する。

火球を放ち爆発させる魔法が体内で炸裂した結果である。

 

(まず一人。でもまだ……! 

 カジっちゃんの支援がなくなっても、アイツはまだ動く!)

 

爆裂し燃え尽きていくカジットの体を突き抜けながら体を反転させる。

召喚されたアンデッドとはいえ、媒介を経て召喚されたモンスターは、

召喚者が死んでも制御から外れるだけで消滅はしない。

反転すると、死の騎士は丁度首をこちらに巡らせていた。

追いつけてはいないが、やはりクレマンティーヌの動きを捉え、対応しようとしている。

 

(やれるか……? いや、どっちみち後がないなら……

 また更に無茶をしてやる!)

 

「<超級―――――連続攻撃>ッ!」

 

既に限界を超えた体に鞭打ち、さらなる武技を発動する。

<疾風超走破>同様、習得こそしたが実践で使えるほどではなかった技。

全霊の連続攻撃で相手のガードの上から削り殺さんと、

死の騎士の腕を、胸を、顔を、当たるを幸いにめった刺しにする。

死の騎士の特殊能力、「どんな攻撃でも必ず一撃は耐える」すら崩し、

怒涛の連撃が終わった時、死の騎士は塵となって崩れ去った。

 

「やった……かな……ぐぶっ」

 

音の戻ってきた世界で、立ち尽くすクレマンティーヌ。

その口から、おびただしい量の血が溢れ出す。

口だけではない。鼻から、目から、堰を切ったように血が噴き出す。

武技は本来、一度に使っていい数が決まっている。

その数こそ使い手によって違うが、それを超えることは本来できない。

それでもなお己の限界以上まで武技を使ったものは全身が崩壊し、死ぬ。

終いには全身の血管が破裂し始め、クレマンティーヌは血の海に沈む。

しかしその顔に後悔はなかった。

どこか晴れやかな笑顔を浮かべながら、クレマンティーヌの意識は、闇に落ちた。

 

 

 

 

――――――はずだった。

 

「……あれ、生きてる?」

 

クレマンティーヌが意識を取り戻した時、

そこは変わらずズーラーノーンの広間であった。

血の海に倒れていた体を起こし、周囲を見回す。

死の騎士は跡形もなく塵となって消え、カジットや、

死の騎士の媒介になり損ねた動死体たちの残骸が転がっているが、

動くものはない。

 

身体を見回す。全身の穴という穴から噴き出した血が乾き、

非常に不快であること以外、特に異常はない。

強いて言うなら失血からか頭がくらくらする程度。

 

「あたし……死んだよね。確実に」

 

そのはずだ。全身全霊を搾り尽くした結果、

限界を超えて武技を重ねた反動で、その体は確実に死を迎えたはずだ。

そこで思い出したのは、宿を発つ前にメコン川に押し付けられた、あの魔封じの水晶。

どんな魔法が込められていたのかは教えてもらえなかったが、

恐らくは死亡した時に蘇生させる、そんな魔法が込めてあったのだろう。

 

「借りが出来ちゃったなあ」

 

全身にまとわりつく生乾きの血が不快だが、気分は晴れやかだ。

何かをやり遂げた、そんな爽快感を感じる。

 

「……ま、いいか。とりあえず……帰って風呂かな。

 沸かしてくれるかな……桶にお湯張るだけでもしてもらえればいいか」

 

苦笑し、クレマンティーヌはその場を後にした。

後日、その場を訪れたメコン川によりカジットの持っていた黒い珠――――

『死の宝珠』が回収され、デイバーノックに貸し与えられることになるのだが、

それはまた、別のお話。

 




というわけで、クレマンティーヌ改心編でした。
彼女、様々な要因で歪みはしたけど、根は悪い子じゃないんじゃないのかなあ……というのがあったので、それを自分なりに描いてみました。
武技の限界を超えた使用での肉体の崩壊、というのも、ブレイン以外でやって見ったかったのもあり、今回クレマンティーヌで。
作中で出ていない武技は想像と捏造ですが、実際英雄の領域を超えているのだし、
ある程度は使えておかしくないんじゃないかなと。

この先描写することがあるか分からないので余談ですが、
メコン川さんがクレマンティーヌに渡したのは《フィーニクス・フレイム/不死鳥の炎》の封じられた奴。限界突破使用で死んだけどHP少量回復で復活、みたいな感じです。

最近真面目な話が続いたので次はちょっとノリの軽い話を描きたいところです……
ルプーも一応メインヒロインなのでその辺しっかり描いてやらんと。

oki_fさん、誤字報告ありがとうございました。


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21:時と場合は結構大事

UA八万超え、お気に入り千件越え。本当に皆さんご愛顧ありがとうございます……
感想なども何度も読み返してニヤニヤしたりモチベーションの火種などにしております。
エターナる事だけはしないと思うので、どうかよろしくお付き合い願えれば。




 

翌日。クレマンティーヌが戻ってから、ユリと共に治療やクレマンティーヌの湯浴みなど、

クレマンティーヌが単独で潜伏するズーラーノーンの殲滅を行った証拠隠滅に奔走した後、

翌朝になってやまいこらが起き出してきた後、

メコン川はクレマンティーヌに自分たちの素性を明かす。

 

自分達が(ネイアを除き)異形種である事、

隣国である獣王連合、トブの森諸族連合それぞれの長とその配下である事、

そして何より、自分とやまいこが『プレイヤー』、

ルプスレギナとユリがスレイン法国のいう所の『従属神』である事。

クレマンティーヌ自身プレイヤーの作った国の特殊部隊出身と言う事もあり、

以前の蒼の薔薇の面々同様割とすんなり納得し、受け入れてくれた。

当人曰く、

 

「メコンガワはともかくヤマイコはあんまり隠す気ないよね?

 まあ、只者じゃないってのは初見でわかるって。

 装備とか漆黒聖典以上のレベルじゃん」

 

との事。メコン川は沈痛な面持ちになったという。

 

 

 

――――――そして今、人化を解いてカワウソモードのメコン川は、

何故かリビングの床に正座させられていた。

周囲では気まずげに視線を逸らすクレマンティーヌ、

わたわたとメコン川とやまいこの間で視線を往復させるユリ、

すんすんと部屋の各所で匂いをかぎ取ろうとしているルプスレギナ、

状況が理解できず頭上に疑問符を大量に浮かべているネイア、

こちらも人化を解除し半魔巨人の状態でメコン川を見下ろすやまいこと、

メコン川をやまいこがつるし上げているような状態になっていた。

 

「なあ、やまいこさん。何で俺正座させられてんの?」

 

もっともな疑問を口にするメコン川。

―――厳密に言えば心当たりはないではない。

クレマンティーヌを一人でズーラーノーンの殲滅に向かわせた一件である。

それをクレマンティーヌを気遣うやまいこが知れば激怒することは想像に難くない。

もっともその辺りはやまいこの耳に入らないようにしていたはずであり、

クレマンティーヌやユリとも口裏を合わせていたはずだ。

となればこのことを知っているのはあと一人……

 

「ルプスレギナから聞いたよ。昨夜ボク達が寝てる間、

 ユリとクレマンティーヌと三人でイチャイチャしてたんだってね?」

 

あっこれ違うわ。

三人の脳裏に、奇しくも全く同じ言葉がよぎった。

思わず視線をルプスレギナに移せば、頬を膨らませて顔を逸らす。

 

「このリビングで3人の匂いが一つ所に固まって動かなかったり、

 3人からそれぞれの匂いがしたり、

 ユリ姉とメコン川様がそのソファのあたりで、

 お酒呑みながらくっついてたのも私の鼻にはまるわかりっすよ!」

 

全部まるっとお見通しだ! とばかりにビシッと指を突き付けるルプスレギナ。

しかしメコン川はその口の端がわずかに吊り上がっているのを見逃さない。

つまり彼女は「自分は今怒っているんだぞ!」という演技をしている。

その上で事情を正確に推測・理解したうえで事態をまぜっかえしているのだ。

彼女なりに真相にやまいこが気付かないようにしているのだろうが、

多分にこの面白そうな状況を最大限にまぜっかえしてやろう、という、

稚気じみた悪意(いたずらごころ)が大半であろう。

 

「その、メコンさんも男の人だしね? そう言う事(・・・・・)もあるだろうけど……

 私達が寝てる横でするのは……その……うん! どうかと思う!」

 

「この辺に3人の、特にクレマンティーヌの濃密な(・・・)匂いがしてるんすよね……

 これは随分と濃密な三人プレイをしていたに違いないっす……

 どうせなら私も交ぜて欲しかったっす! 3対1なら多分勝ち目もあると思うっすよ」

 

「ごめんルプスレギナちょっとそっち方面の話はメコンさんと2人っきりの時にお願い」

 

そりゃあ綺麗にしたとはいえ血まみれの人間がそこにいたら濃密な(・・・)匂いもするだろう。

ルプスレギナてめー後で覚えてろよ、という怒りを視線に乗せて彼女を睨み、

メコン川は姿勢を崩して大きくため息を付く。

 

「まあ、そこのアホ(ルプスレギナ)の妄言はさておき、やまいこさんが考えてるようなことはねえよ。

 晩酌に付き合ってもらってちょいと酌をしてもらうぐらいはしたがね。 

 第一ユリはやまいこさんの愛娘だぜ? まあ確かに美人だけどよ、

 やまいこさんにお伺いも立てずに手なんざ出すかい」

 

「……それもそっか……あ、じゃあクレマンティーヌは?」

 

「それも呑んでたら野暮用とかで外出してたのが戻ってきてな。

 一緒に吞んでたんだわ。そしたらまあ酒が良すぎたのか滅茶苦茶酔ってな……

 踊るわ転ぶわ上から下から出すわで、大変だったんだぜ? 主にユリが」

 

「そ、そうなんです。流石に女性の体を清めるのを、

 獣王メコン川様にしていただくわけにもいきませんし……」

 

「いやー、よく覚えてないんだけどね。酒には強い方だと思ってたんだけど……

 後で聞いたらあれユグドラシルの高級酒らしいじゃん?

 そりゃ痛覚消えるレベルで酔っぱらうよねって」

 

急に話を振られ慌てて取り繕うユリと、調子を合わせて肩をすくめるクレマンティーヌ。

やまいこはなおもうむむと唸っていたが、納得し(ごまかされ)たのか人化し、ため息を付いた。

 

「そう言う事ならまあ、いいけど……」

 

「やまいこ様、誤魔化されちゃだめっすよ! メコン川様はユリ姉のメロンを狙ってるはずっす!

 あわよくばやまいこ様のメロンも一緒にいただいて親子ど……ぎゃんっ!?」

 

なおもまぜっかえそうとしたルプスレギナであったが、

流石に腹に据えかねたメコン川のドロップキックを顔面に叩きこまれ、

今度は自分が全員からつるし上げを喰らう羽目になったのだという。

めでたくなしめでたくなし。

 

 

 

「お前な、やまいこさんの追及を逃れられたのはありがてえがよ、

 そういうシモの話題はデリケートなんだからやまいこさん達の前じゃ控えろよ」

 

「今まで散々私のメロンを好き放題してきたメコン川様が言うっすか?」

 

「場を弁えろって話をしてんだよ馬鹿」

 

少しして。クレマンティーヌが殲滅したズーラーノーンの隠れ家で、

メコン川とルプスレギナは事後処理と検分を行っていた。

と言っても、大半のアンデッドや死体は死の騎士(デス・ナイト)の素材となり、

かつその死の騎士も塵となって消えたため、残るは素材になりそこなった死体や、

同様の動死体の残骸ぐらいなもので、儀式の痕跡などを除けばきれいなものだったが。

 

「ふうむ、どう始末をつけるかね? 一応ガゼフのダンナにゃ話しといたほうがよさそうだが」

 

「<伝言(メッセージ)>するっすか?」

 

「セバスにな。向こうの予定が付いたら連絡寄越す様に言ってくれ。

 <転移門(ゲート)>で直接迎えに行くわ。王都からだと時間かかるだろうしな」

 

連絡をルプスレギナに任せ、なおも検分を続ける。

すると、胴体が丸ごと吹き飛んだような死体のすぐそばに、何かが転がっていた。

黒い鉄のような輝きの、無骨な珠。厳密にいうならば磨かれているわけでもなく、

形が整っているわけでもない、河原にでも転がっていそうなそれから、メコン川は気配を感じた。

魔力と、なにがしかの意思のような気配を。

 

「……マジックアイテムかね? どれどれ、<道具上位鑑定(オール・アプレイザルマジックアイテム)>」

 

鑑定魔法をかけると、そのアイテムの効果が脳裏に浮かぶ。

死の宝珠、それがこの珠の名前であった。

効果はアンデッドの使役能力の補佐、数種類の死霊系の魔法を一日数度発動可能。

デメリットとして、精神操作対策を行っていない人間種(亜人・異形種は含まず)

を支配し、操る力がある。

 

「しょっぼ。大層な名前の癖にこの程度とか名前負けしてんなぁ。

 しかし人を操るってのはいただけねえな、俺らにゃ効かんが他の奴が操られたら困る。

 証拠品だがぶっ壊すか。<上級道具―――(グレーター・ブレイク―――)>」

 

―――待った! ちょっと待った! 我を破壊するのはやめていただきたい!

 

突然脳裏に<伝言>のような念話が飛び込んでくる。

同時に、『死の宝珠』の鑑定結果の端に「知性あるアイテム(インテリジェンス・アイテム)」とあることに気付く。

 

「え、何お前喋れんの? へー。遺言とかある?」

 

―――だから破壊しないでほしいといっておろうに!

   何ゆえに壊したがるのか! 我証拠品ぞ!? それでなくともマジックアイテムぞ!?

   普通は戦利品にするものだろうが!

 

「だってお前呪いのアイテムじゃん。ショボいけど。

 まかり間違って無関係の奴の手に渡ったらアレじゃん?

 それにお前ぐらいショボいアイテムになるとむしろ持ってないレベルなんだが?

 せめて死の騎士召喚するぐらいできるようになってから宝珠名乗れよ」

 

アイテムボックスから魔封じの水晶や一部の装備品を出して見せつけると、

死の宝珠から発せられる気配がちょっと元気がなくなったように感じる。

どうやらちょっと凹んだらしい。

 

―――ぐっ……失礼した、先の非礼をお詫びしよう。

   だ、だがせめて壊すのはやめてほしい! 我とて死にたくはないのだ!

   いつか偉大なる死の王の手に収まるのが我の夢なのだ……

 

「何か可哀想になってきたな……まあ、いいか。

 後でデイバーノックへの土産にでもすっか。一応向上心のあるエルダーリッチだぞ」

 

―――ナイトリッチではなく? 出来れば女性が良いのだが

 

「さりげなくリクエストしてんじゃねえ馬鹿。男だよ。

 まああいつも向上心あるし100年もすりゃ進化すんじゃねーの、知らんけど」

 

その後も何かとうるさいのでアイテムボックスに放り込み、さらに周囲の検分を続ける。

しかし死の宝珠以上のものは出てきそうにないな、と思い始めた所で、

不意に後ろからカワウソボディが抱き上げられる。

 

「メコン川様! 連絡終わったっすよ!」

 

「おう、ご苦労さん。あとはセバスからの連絡待ちかね」

 

「六腕のやつらともまあまあ上手くやってるらしいっす。

 えーと、メコン川様のお気に入りのあのハゲと刀使い。

 あいつらも順次強くなってるっぽいっすよー」

 

「ほー、ボチボチクレマンティーヌぐらいには強くなってっかね。

 あいつも何か帰って来たらワンランク強くなってたからな……」

 

どうやらクレマンティーヌも死線をくぐり(実際に一度死んだが)成長したらしく、

最初に会った時よりも多少ではあるがレベルが上がっていた。

 

(人間はレベル30が限界、って訳じゃあなさそうだな。

 単純にレベリングに適した環境がないのが原因か?

 実際レベル30クラスのモンスターなんてこの辺じゃいたら街一つ滅ぶレベルだからな……)

 

ユグドラシルと違い、死んで蘇生し失敗を活かす、などという手が取りづらい以上、

安牌を取り続けるのも仕方がないだろう。低レベルならノーリスクで蘇生可能なかつてと違い、

こちらの世界では蘇生失敗は消滅(ロスト)に直結する。

また、英雄の領域に達しているラキュースやケラルトでさえ第五位階に留まり、

もっとも蘇生成功率の低い蘇生魔法しか使えないのも、トライ&エラーのしにくさに繋がっている。

実際、効率的なレベリング環境を整えられたネイアは短期間でレベルを上げ、

一般的な聖騎士を大きく上回る実力を得るに至った。

ならばブレインやゼロ、他の六腕も環境さえ整えてやれば……

とまで考えていると、不意に胴に回されたルプスレギナの腕が力を増し、

結果的にその柔らかく暖かな感触が背面に押し付けられる。

 

「ん? どうしたよ、ルプスレギナ」

 

「こーしてメコン川様とべたべたするの久しぶりだなー、と思って。

 最近はやまいこ様もいたし、ご無沙汰っすからねえ」

 

「イチャつくにはちっと生臭くねえか、ここ」

 

周囲を見回せば、動死体や人間の残骸、生贄を伴ったであろう儀式の痕跡、

そして真新しい生乾きの血痕―――恐らくクレマンティーヌのもの―――など、

妖怪変化(アヤカシ)人狼(ワーウルフ)の感性からすれば不快でこそないものの、

睦言に浸るような空気でもない。

 

「とはいえこう言う所でしかイチャつけないというのもそれはそれで不満っすねぇ。

 その為に別に部屋を取るっていうのも露骨すぎですし?

 どっか安宿でこっそりという手もなくはないっすけど」

 

「まあ、正直生殺しなとこはあるがな……ま、いい女に囲まれて悪い気はしねえが。

 悪ぃがもうちっとばっかし辛抱してくれ」

 

「了解っす。そういえば、前から聞こうと思ってたっすけど。

 メコン川様、やまいこ様の事はどう思ってるっすか?

 最近大分距離が近いというかなんというか……まだお手は付けられてないようっすけど」

 

唐突な話題振りに、メコン川は思わず噴き出した。

確かに王都からこっち、やまいこと距離が近いというのはある。

同じプレイヤー同士であり、何年も顔を突き合わせた気心の知れた仲間であるやまいこ。

彼女との再会は正直望外の喜びであったし、同時に他の2人、

モモンガとヘロヘロがこちらに来ているかもしれないという推測を裏付ける確証ともなっている。

それもあり何かと話すことも多く、言われてみれば仲良くしていることは多い。

 

しかし、ある程度突っ込んだ話もできる間柄とはいえ男と女、

それも敬愛する至高の御方(ギルメン)である2人の距離が近いというのは、

メコン川の寵愛を一身に受ける彼女としては思うところがあるのだろうか。

 

「……もしかして、ちょっと怒ってるか?」

 

「怒ってはいないけどそこそこ欲求不満っす。

 一応やまいこ様やユリ姉の目もあるんで我慢してるっすよ?」

 

恐る恐るの問いと共に見上げれば、にっこりと笑うルプスレギナの顔。

ただしそれはいつものあっけらかんとした太陽のような笑みではなく、

じっとりとした湿度を持った捕食者のそれであったが。

 

「OK分かった、そこは何とかするからとりあえず落ち着け。

 いいか、ステイだぞ? ステイ。オーケー?」

 

「オッケーっす。……夜も獣王(ケダモノ)には言われたくないっすけど。

 で、実際やまいこ様の事、どう(・・)思ってるっすか?」

 

「うるせえお前が可愛いのが悪い。

 んしても、どう(・・)思っているか、ねえ……

 そいつは異性として意識してるか、ってことでいいな?」

 

こくんと頷くルプスレギナを見て、メコン川は考え込む。

メコン川のやまいこへの評価は、決して低くはない。

教師をやっている故、しっかりとした教育を受けている故の理知的な雰囲気、

と思えば考えることを放棄したような脳筋プレイ、

そしてメンバー中でも屈指のヒーラーとして活躍していた。

まさにユグドラシルを楽しんでいたやまいこの事は憎からず思っているし、

女性ギルドメンバー三人の中では最も気安く話せていたと思う。

しかし、異性としてのそれ(・・・・・・・・)は、少々事情が異なる。

 

「嫌いじゃあねえんだよ、嫌いじゃあな。

 でもまあ……住む世界が違うからな、あの人とは

 言ったろ、俺が人間だった頃、リアルじゃ底辺も底辺の生まれだったってな。

 それもあってよ、引け目を感じてるってのが、まずある」

 

「覚えてるっす。やまいこ様は高等教育も受けて毒の空気から守られた、

 『あーころじー』とか言う中の生まれだった、って話も。

 でも、今それ関係ないじゃないっすか。メコン川様は一国の王、

 やまいこ様だってそうっす。昔は昔、今は今っすよ?」

 

「まあ、それはそうなんだがな……まあ正直、恐ぇのよ。

 異性として意識したことがあるかと言えば、まあ、あるけどな。

 もうこの世界には四人しか……確認できている中では俺とやまいこさんしか、

 アインズ・ウール・ゴウンのギルメンはいねえ。

 同じメンバー同士って、この関係性を崩しちまうのが、ちょっと怖ぇ。

 こいつが一番でけえ理由かね」

 

それを聞いて、ルプスレギナはふむ、と宙を見つめ、

しばしの沈黙ののち、メコン川の向きを変え、膝の上で向かい合う体勢になる。

 

「一応、私としての意見を言わせてもらうと……お二人双方が合意の上ならオッケーっす。

 メコン川様がそうしたいと仰られるなら、もっと増やしたって私に否やはないっすよ?

 まあ勿論限度はあるし、私が正妻であるという事は譲らないっすけど。

 至高の御方に心やすらかに過ごしていただける、それが私たちの望むところっす。

 私としてはメコン川様が最優先っすけど、

 やまいこ様だって大事なことには変わりはないっすからね」

 

「ま、それは折を見て、って感じかね。第一向こうの意思確認もまだだろ?」

 

「やまいこ様も満更じゃなさそうっすよ? 意識してないって言えば嘘になるって、

 甘えたい、頼りたいとも言ってたっす。合流した日の夜に。

 独り言みたいだったんで多分あれは本心っすね。

 つまり両想い! 万事オッケーっす!」

 

「いやそのりくつはおかしい。……まあ、少しは気が楽にはなったがよ。

 それにしたって、折を見てよ。順序すっ飛ばしてもろくなことにはならねえ。

 まずはこのズーラーノーンの一件をどう片付けるかを考えんぞ。

 散歩してたら見つけちまってボコった……ぐらいでいいかね。

 この際クレマンティーヌが元ズーラーノーンだってのもバラすか。

 その情報提供で俺が向かって……ということにすりゃあいい。

 俺が暴れる分にはやまいこさんもうるさくは言わんだろう」

 

他にもああでもないこうでもないと思案を続けるメコン川を見ながら、

ルプスレギナは満足げに笑う。その後ガゼフに連絡がついて迎えに行き、

突然の<転移門>に驚愕するガゼフを引き連れて現場の検分と事情の説明。

その流れでやまいこにも連絡が行き事態を説明したのだが、

それはそれで何かあったらどうするつもりだったの!と

メコン川が盛大に怒られたことを補足しておく。

 

どっとはらい。




メコ×やま計画、進行中。
ルプー的には「自分が一番であることを忘れないでくれればオッケーっすよ」ぐらいの考え。

なんか今後の流れを考えると流れ上また増えそうな気配がちらちらとしないではないんですが、
ハーレムモノにするつもりもあんまりないので悩みどころです。
やりたいことをやる、がコンセプトの本作ですが、やりすぎてもそれはそれで後に苦しむことになりますし。
難しい所です。

死の宝珠くん、アイテムボックス行き。
実際能力としては大したことないから喋る石ぐらいの価値しかメコン川さんにとってはないし。ハムスケの頬袋域で亡くなっただけまだましかもしれません。

ぼちぼちンフィーとか漆黒の剣も出したい所。エ・ランテルを出ねば……
ハムスケもそろそろ出したい。

tino_ueさん、誤字報告ありがとうございました。


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22:気づけば大所帯である

22話です。ようやく本来想定していた王国編に入れそうです……


 

「もう、大抵の事では驚かんつもりだったが……

 流石にこれは、なんというか……」

 

エ・ランテルにある墓地の地下、ズーラーノーンの根城跡に連れてこられたガゼフは、

メコン川から説明を受けると頭痛を抑えるように額に手を当てる。

 

「はっきり言っていいと思うっすよガゼフさん。

 私はもう諦めたっすけど、メコン川様は大事にするのは好かないなんて言いながら、

 なんか気が付くと大事になってその渦中にいるっす。

 そういう定めの下に生まれたお方なんだと思うっす」

 

「はっ倒すぞルプスレギナ(駄犬)

 まあ、知っちまった以上ほっとくわけにもいくめえとシメたわけだが。

 結果的に皆殺しにしちまったのはまあ申し訳なく思ってるよ」

 

「まあ……民への被害が最小限に食い止められた、と思えば感謝すべきだろう。

 少なくとも戦士団ではその……死の騎士(デス・ナイト)だったか。

 そのアンデッドへの対抗策など無かったろうからな……」

 

それでも、事態を未然に防いでくれたという事には礼を言うガゼフ。

実際死の騎士1体だけでも、魔法詠唱者の居ないガゼフ率いる戦士団では、

王国最強と謳われるガゼフですら勝てるかどうかは不透明だ。

加えてズーラーノーンの魔法詠唱者たちもいれば、どれほどの被害になったのか想像もできない。

 

「先の王都での件も含め、いずれヤマイコ殿、メコンガワ殿には礼をせねばな。

 陛下もそのようなご意向なのでな、近々謁見してもらい、褒美を賜ることになるかもしれん」

 

その言葉に、メコン川とやまいこは顔を見合わせ、ううむと唸る。

 

「褒美ねえ。あ、爵位とかは勘弁してくれよ、一応俺獣王連合の盟主だし」

 

「ボクも一応トブの森の皆まとめてるからなぁ……

 あ、ボクやメコンさんの国を国として認めてくれる、っていうのはどうかな?

 王国や聖王国とも仲良くしたいし」

 

「ああ、王様さえよけりゃ俺もそれでいいかね?

 いまんとこ聖王国としかつきあいねえからな、うち。

 どうせうるさく言う連中はごっそり居なくなってんだ、

 バックにゃ俺らがいるんだぜ、って示しとくだけでも牽制にはなろうさ」

 

「なるほど……陛下にお話ししておこう。

 それで、メコンガワ殿。一度戻ってその辺りの話を詰めておきたいのだが、

 意見がまとまり次第セバス殿に伝える、という事でいいか?」

 

「それで構わんよ。ぼちぼちエ・ランテルを出るつもりだったからな。

 セバスからの連絡があり次第迎えに行くわ」

 

王都の屋敷への<転移門>を開いてガゼフを送り返し、

警戒のために周囲を見張らせていたルプスレギナ達を呼び戻してから、

メコンガワは今後の方針についての話を始める。

 

「ええと、この後はカルネ村って村に向かってから、

 トブの森の蜥蜴人(リザードマン)の集落に向かう、でいいんか?」

 

「そうだね。ンフィーレア君……この街の薬師の子なんだけどね。

 その子が薬草摘みにカルネ村に行くから、それに便乗させてもらおうかなって」

 

ンフィーレア・バレアレ。

エ・ランテル一番の薬師として知られるリイジーの孫で、

自身も薬師・魔法詠唱者として優秀な少年。

希少な薬草の取れるトブの森に採取に来ることが多く、

近場の人里、と言う事でカルネ村に訪れることも多かった。

当然カルネ村の者達とは知己であり、中でもやまいこが助けたらしい少女、

エンリとは幼馴染。その縁もあり、薬草採取を手伝ったり、

こちらがエ・ランテルに来た際にお茶を飲んだりなどしていたらしい。

 

「あ、その子知ってる。とんでもない『生まれながらの異能(タレント)』持ってる子だ」

 

「タレントってアレっすか、なんか使える位階が見てわかったりとか、

 明日の天気がわかったりとかするやつ」

 

横からクレマンティーヌとルプスレギナが口を挟む。

この世界の住人は、稀に『生まれながらの異能』という異能をもって生まれる。

これは武技と同様この世界固有のもので、大半は大したことがないか、

当人の現状に対し能力がかみ合わないなどで、有効活用できるとは限らない。

しかし彼の『生まれながらの異能』はその中でも格段に有用なものである。

 

それは『あらゆるマジックアイテムを使用可能』というもの。

 

マジックアイテムの中には、使用に際し条件があるものもある。

性別・種族・習得している魔法の系統など多岐にわたるが、

ンフィーレアのそれはそう言った条件を一切無視してアイテムを発動できるらしい。

 

「え、それやばくないっすか? タレントのぶっ壊れ具合もっすけど

 身の安全的な意味でも攫われてもおかしくないレベルじゃ?」

 

「まあ、その子の婆さん、リイジー・バレアレだっけ?

 その人、昔裏社会でブイブイ言わせてたらしくて、それで狙う奴も少ないし、

 そんな使用制限のあるマジックアイテムなんてそこらに流通してるもんじゃないし、

 当人的にもそんなぶっ壊れタレントを活用する機会もないらしいんだけどね」

 

「クレマンティーヌは何でそんな詳しいの?」

 

やまいこのもっともな問いに、クレマンティーヌは言い辛そうに頬を掻いた後、

ぽつりぽつりと口を開く。

 

「いやほら、あたし法国抜けてズーラーノーンに入ろうとしてたじゃん。

 その時に手土産にー、って宝物パチってきたんだよね、これなんだけど」

 

そう言って取り出したのは、金属糸に宝石をちりばめた、

蜘蛛の巣のようなサークレットで、中心部分には黒い宝石が埋め込まれている。

 

「叡者の額冠、って巫女姫って役職専用のマジックアイテムでね。

 装備すると使用位階の上昇と、<魔法上昇(オーバーマジック)>って魔法が使えるようになるんだ。

 確かこれ装備した状態で第五位階まで使えて、

 儀式と<魔法上昇>併用で第八位階までは使えるんだっけかな。

 色々装備するのに条件があるらしくてね、

 法国はかなり精度の高い国民の台帳作ってるんだけど、

 それも巫女姫探すためなんじゃないかな」

 

「へえ、そいつはすげえな。<魔法上昇>ってのは……

 確か魔力を多大に消費して上の位階の魔法を無理やり使うって魔法だったか。

 俺使えねえんだよな、それ。しかしまあ、つまりはそういうことか?」

 

不快そうに眉根を寄せたメコン川に、苦笑しながらクレマンティーヌは頷く。

叡者の額冠を手土産にカジットに合流しようとした際に追手がかかり、

負傷し死にかけていた所をやまいこらに拾われ改心したのだが、

本来クレマンティーヌがやろうとしていたのは、

叡者の額冠をンフィーレアに使用させ、すぐにでも『死の螺旋』を起こそうとしていたのだ。

そこまで聞いて、ふとユリの頭に疑問がよぎる。

 

「ん……? クレマンティーヌ、そこまでは分かりましたが、

 仮に攫ってきて装備させ、脅したとして……

 そうして上昇した能力で反撃されては無意味では?」

 

「……あー、そうか。ユリ姉、その心配はいらないんすよ、多分。

 メコン川様、鑑定の方、どうっすか?」

 

「おう、反吐が出るな、全くよ」

 

不快感を隠しもせず、鑑定結果をメコン川は口にする。

 

叡者の額冠。

装備者に第五位階までの魔法行使、及び<魔法上昇>の使用を可能とさせ、

大儀式をもって魔力を補えば位階を2つ、ないし3つは上昇させたうえで魔法行使を可能とする。

ここまでなら、装備制限はきついが有用なマジックアイテムである。

しかし、クレマンティーヌが言おうとした、そしてメコン川が鑑定し読み取った、

もう2つの特殊能力は、やまいこやユリ、

ネイアの表情を不快感で歪めるに不足ない内容であった。

 

「まあ、メコンガワの言う事も分かるけど。別に法国(あいつら)を擁護するわけじゃないけどさ、

 人間なんて弱小種族を守ろうとするんなら、手段なんて選んでらんないんだよね」

 

叡者の額冠の残る2つの能力。

まず1つは『装備したものの自我を奪い去り、命令に従うだけの人形と化す』というもの。

これをもって、超高位の魔法を吐き出すだけの人形を作り出すのが、叡者の額冠である。

そして最後の1つ、『外した際、装備者は発狂する』というもの。

巫女姫が代替わりした際、叡者の額冠を外され発狂した先代の巫女姫を神のもとへ送る(・・・・・・・)

それを行うのも漆黒聖典の役目であり、近頃巫女姫が代替わりした際、

それ(・・)を行ったのが、誰あろうクレマンティーヌだったのだ。

 

「人を守る、って使命は分かる。そのために手段を選んでられないのも分かる。

 ウチの両親は信心深かったし、そのために兄貴とあたしを叩き上げるのも分かる。

 でもさー、巫女姫を殺した時さ。思っちゃったんだよね。

 この子にも、なんかやりたいこととか、夢とか、そういうのあったのかなって。

 そう思ったら、額冠引っ掴んで逃げてた。

 まあ、あとは追手に殺されかけて、ヤマイコ達に助けられたんだけど」

 

よく考えたら、これ以上手を汚さなくて済んでよかったのかもね。

そう言って、クレマンティーヌは苦笑する。

 

「どうせならとことんまで堕ちてやる、ってのと、

 法国の秘宝で大惨事起こしてやる、って意趣返しのつもりだったけど……

 まあ、今はそんなつもりもないし。メコンガワ、これあげよっか?」

 

「あー、まあ貰っとくか。使わねえけど、法国の連中との交渉材料にゃあなんだろ」

 

「じゃあ、はい。……まあ、盛大に話は逸れたけど、それがあたしが詳しかった理由。

 ただまあ……いつか利用されないとは限らないし、どうにかした方いいんじゃないかな」

 

「そうだね……あとでセバスに連絡して、秘密裏に護衛させよっか?」

 

「それが良いわな。可能であればやまいこさんか俺の方で保護……といきてえが、

 ま、それはおいおいか。んで、なんだっけか、

 その坊主が村行くのに便乗させてもらおうって話でいいんだっけか?」

 

「そうそう。それでね……」

 

 

 

そして、少し後。メコン川一行は旅の空にあった。

あの後ンフィーレアを訪ね、(先の一件は伏せたうえで)便乗の旨を話し、

既にンフィーレアの出した依頼を受けていた冒険者パーティ『漆黒の剣』と共に、

カルネ村へと向かっていた。

 

「悪いね、ええと、ペテル。大所帯で押しかけちまって」

 

「いえ、そんな! 金級の方々……特に最近話題だった、

 『東風(ゼファー)』の方やそのご友人とご一緒出来て、光栄です」

 

苦笑しながら言うメコン川に、戦士の青年、ペテルが興奮気味に答える。

東風(ゼファー)』。パーティを組むにあたり名前も必要だよね、と、

やまいこが付けた、やまいこ・ユリ・クレマンティーヌのパーティ名である。

クレマンティーヌの参入から、メコン川らとランクを並べるため、

猛然と依頼を受け続け、怒涛の勢いで金級まで上り詰めた。

その様が組合で話題になるのも無理からぬことだろう。

もっともペテルのように純粋に憧れている者もいれば、

見目麗しい美女の三人組と言う事で口笛を吹いていたような者もいたのだが。

なお、銀級に上がってからはネイアも巻き込まれ、

めでたく全員金級への到達を果たしていた。

 

「そう言ってもらえると助かるね。

 改めて名乗ろうか、やまいこさんらの『東風』はいいとして……

 俺とそこのルプスレギナ、ネイアの3人は聖王国出身の冒険者でね。

 『獣牙』といやあ、北部じゃちったあ知られた名よ」

 

「なるほど、腕利きのようなのに聞かない名前なのはそう言う事だったんですか。

 では俺達も……銀級『漆黒の剣』、リーダーのペテル・モークです。

 あちらが野伏(レンジャー)のルクルット・ボルブ、そっちの2人が……」

 

ペテルがひょろりとした痩身の青年、ルクルットを紹介し、

残る2人も……と言う所で、魔法詠唱者らしい少年が食い気味に口を開く。

 

「ま、魔法詠唱者のニニャです! こっちが森祭司(ドルイド)のダインと言います」

 

「よろしくお願いするのである」

 

ニニャの言葉に、残る1人、大柄な体躯の男、ダインが重々しく一礼する。

 

「戦士に野伏、魔法詠唱者に森祭司か。冒険者になって長いんかい?」

 

「ええまあ、それなりに。普段はエ・ランテル近辺の魔物を討伐しているんですが、

 最近トブの森方面からの魔物が減っていまして……

 ンフィーレアさんの依頼を受けられたのも、正直ラッキーでしたね」

 

ペテルの言葉にメコン川はやまいこの方を見る。

当人は「がんばりました!」とばかりにふんすと胸を張っている。

図らずもペテルたちの稼ぎを減らしてしまったか、と思うも、

メコン川自身丘陵の亜人達を治めてからは似たようなことをやっているし、

何より争いごとがないのはきっといい事だろう、と自己肯定する。

 

「今通っているこのルートは本来距離が短くて済む代わり、

 モンスターとの遭遇率が若干とはいえ高まるはずだったんですが……」

 

「なーんでか全然出ないんだよな。

 ちょっと前までだったら、この辺からちょっとヤバい地域なんだぜ?

 ま、法国方面から流れてくる奴はいるから、

 警戒する必要自体はあるんだけどさ」

 

怪訝そうに首を傾げるニニャと、ペテルと共に先頭で警戒を行うルクルット。

現状、ンフィーレアの乗る馬車の周囲をメコン川一行が固め、

その前方を警戒しながら漆黒の剣が進む、という形になっている。

メコン川がちらりとルプスレギナとネイアの方を見れば、

軽く鼻を鳴らして首を横に振るルプスレギナと、

軽く耳を澄ませた後、こちらも首を横に振るネイア。

実際周囲には何もいないらしい。

 

やまいこらに目を向ければ、やはり誇らしげに胸を張るやまいこに、

それを見てやや誇らしげにしているユリと、苦笑するクレマンティーヌ。

やまいこはメコン川からの視線に気づくと、

近くに寄ってきて「どうよ!」とばかりにこちらを見上げてくる。

 

(あー、王都でやらかしてんじゃねえかとか言ったからな……

 まあ、頭でも撫でてやりゃ満足するかね)

 

丁度いい高さにやまいこの頭があったのもあり、

やまいこの頭に手を置くとそのままぐりぐりと撫でる。

やや荒っぽいそれにぼさぼさにされた髪を手櫛で治すと、

やまいこは満足げに鼻を鳴らして元の位置へと戻っていった。

 

「仲、よろしいんですね、ええと、メコンガワさん」

 

不意に声をかけてきたのはンフィーレアだ。

その声には、わずかに警戒の色があった。

彼とやまいこは交友もあり、その人となりは分かっていたようだが、

そのやまいこが古い友人だと言って連れて来たメコン川は、

彼にとっては同じ町の冒険者である漆黒の剣以上に素性の知れない他人だろう。

 

「ま、やまいこさんとは長い付き合いでな。

 色々あってここ何年かはバラバラだったが、少し前に王都でばったり会ってな。

 警戒するなとは言わねえけど、お前さんはやまいこさんの知り合いなんだろ?

 その面子をつぶすような真似はしねえさ、安心しな」

 

「そう言ってもらえると助かります……商売柄、荒事もなくはないものですから」

 

「ま、メコン川様は筋肉モリモリで明らかに人殴って生きてきました!

 みたいな感じっすからね。大丈夫、取って食いやしないっすよ。

 ちなみに、これで魔法詠唱者っすよ? しかも精神系の」

 

「「「「「えっ」」」」」

 

ルプスレギナのまぜっかえしに、漆黒の剣の4人とンフィーレアの声がハモった。

 

「別に良いじゃねえかよ、魔法使いたかったんだから……

 第一ダインだって森祭司なのにあんなムッキムキじゃねーか、同じだよ同じ!」

 

「薬草摘みに限らず、森祭司は意外と体力を使うものであるからなあ」

 

ぶーたれて叫ぶメコン川と、顎を撫でながらおどけたように言うダイン。

そして、誰かが噴き出したのを皮切りに、一行が次々と笑い始めた。

真面目なネイアやユリも顔を背けて肩を震わせている。

 

「まあ、いいけどよ……ったく、あとで覚えてろよルプスレギナ!」

 

「きゃあ、食べられちゃうっす! やまいこさま助けて!

 あるいは一緒に食べられるのもアリっすね!」

 

「えー……メコンさん、その、食べちゃうの?」

 

てめえほんとおぼえてろよ。

やまいこを盾に悪戯っぽい笑みを向けているルプスレギナに、

あとできつーくお灸をすえてやろう、と決意するメコン川であった。

 

どっとはらい。




叡者の額冠周りのあれこれは推測混じりです。
ようやっとカルネ村に旅立てました。
トブの森編と謳いつつも実際に森に入れるのはもう少し先になりそうです。

あと本編とはあまり関係ないのですが、
章管理のやり方を覚えたのでやってみました。

アジ・ダハーカさん、null_gtsさん、路徳さん、暇人mk2さん、誤字報告ありがとうございました。


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23:カルネ村への旅路~襲来・森の賢(?)王~

当初の王国編で考えていたネタがやっと使える……なんとうれしいことか。


 

日暮れにはやや早い時間、エ・ランテルとカルネ村の中間地点で、

一行は野営の準備を始めていた。強行軍をしなければならないわけでもなく、

ンフィーレアや彼の乗る馬車の馬を休ませる意味合いもある。

メコン川一行とやまいこ一行、『漆黒の剣』とンフィーレア。

総勢11人ともなれば準備は瞬く間に終わり、

夕日が世界を染め上げる中、夕食と相成った。

 

「さー、ルプスレギナ特製燻製肉シチューっすよ!

 さあ食べた食べた!」

 

威勢よく声を上げたルプスレギナの言葉を受けて、一同は食事を始める。

燻製肉の塩気で味付けしたシチューに固焼きパン、

ドライフルーツの類にナッツという、旅の空においては一般的なものだ。

 

「すいません、野営の準備を手伝ってもらったばかりか、食料まで提供してもらって……」

 

「いいのいいの。ごはんはみんなで食べると美味しいもんだし。

 ボク達も依頼関係ないとはいえ便乗してるしね。

 そのぐらいはしなきゃ罰が当たるってもんだよ。

 ――――――ん、美味しい」

 

すまなそうに会釈するンフィーレアと、にっこりと笑うやまいこ。

やまいこはシチューを一啜りすると、ほう、とため息を漏らした。

しばしその場を沈黙と、食器の音が支配する。

少し後、最初に口を開いたのはペテルだった。

 

「そういえば、メコンガワさんはどうして王国へ?

 聖王国というと、最近までアベリオン丘陵がきな臭かったと聞きますけど」

 

「おう、その丘陵の一件でな。あそこ、少し前に獣王って王様の下にまとまってよ、

 聖王国との交易始めてんだよ。連中、その流れで街道の警備もしてくれてな。

 亜人や魔物に襲われる心配がなくなったから一丁王国に行ってみるか、とな」

 

そこでメコン川は行李から1本の剣を取り出し、ペテルに見せる。

行きがけに行李に詰め込んできた、闇小人(ダークドワーフ)の手になる魔剣である。

 

「俺ぁ冒険者もやるが商人まがいのこともやっててな。

 丘陵に住んでる闇小人って連中には伝手があってよ、

 上等なもんじゃねえが、魔剣をこっちで売れば儲けになるだろうと思ったのさ」

 

「王国は帝国と違って魔法関連はあんまり発展してませんからね。

 それに、魔化がしてあるというだけでもそこそこ値段も張りますし……

 いずれは欲しい、とは思っているんですが」

 

苦笑するペテル。道すがら、金級に昇格も間近かもしれない、

という程度に話は聞いていたが、近頃の魔物事情もあり、

その辺りあまりうまく行ってはいないらしい。

それを聞いてふうむと唸ったメコン川は、行李を探る―――

と見せかけてアイテムボックスに手を突っ込み、1本の剣を取り出すと、

ペテルに放って投げる。

 

「わ、と、と……め、メコンガワさん?」

 

「抜いてみな」

 

促され、ペテルは剣を鞘から抜き放つ。

派手でこそないが精緻な装飾の施された鞘や拵え、

焚火の明かりを映し妖しく揺らめく刀身。何より目を引くのは、

その刀身に刻まれた、おぼろげに光を放つ何らかの文字だった。

 

「それ、もしかしてルーンですか!? 実物は初めて見た……」

 

ニニャが目を見開いて腰を浮かせる。

この剣は丘陵を発つ前、バザーを通じて闇小人から贈られたものだ。

あの後イビルアイに聞いたところ、昔は流通していたそうだが、

そう言えばここ100年ほど見た事がない、と語っていた。

トップクラスの冒険者である彼女ですらそうなのだから、

ペテルたちならば名前を聞いたことがある程度だろう。

 

「おう。さっきも言ったが闇小人には伝手があってな。

 その時にお近づきの印にともらったもんさ。

 やるよ、それこそ、お近づきの印って奴だ」

 

「いいんですか?」

 

「かまわんさ。見ての通り俺は魔法詠唱者だし、

 他の連中も剣なんて使えねえからな。

 武器なんてのはしょせん斬ってナンボ、使ってナンボよ。

 ちゃんとした使い手の手にある方が、そいつも幸せだろうさ。

 ま、お前さん達への将来の投資とでも思ってくれ。

 将来もっと上に行けたら、そんときゃ飯でも奢ってくれや」

 

「ありがとう、ございます」

 

深々と頭を下げるペテルと、その肩に手を置くメコン川。

ルプスレギナはその様子を「男の友情ってやつっすかねえ」と見ていたが、

不意に視線を横のニニャに移すと、じろじろと眺め始めた。

 

「……あの、何か?」

 

視線を感じたのか、一歩引くニニャ。

 

「いや、なんかその顔立ちのラインに見覚えがあるような……

 ……ニニャ、もしかして生き別れになったお姉さんとか、いないっすか?」

 

その言葉に、『漆黒の剣』の一同がどよめく。

それもそのはず、ルプスレギナの言が、正鵠を射ていたからだ。

しかしここまでの話で話題に挙げた事もなく、

そんな一同からすれば驚くのも無理はない。

 

「ニニャ、ににゃ、にーにゃ……え、ルプスレギナ、もしかして!?」

 

ニニャの名前の口の中で繰り返し、

恐らく同じことに気付いたのだろうやまいこがルプスレギナを見る。

 

「うん、匂いも似てるっすね。ニニャ、お姉さんの名前、

 ツアレニーニャで合ってるっすか?」

 

「……はい。姉さんを、知ってるんですか!?

 姉さんは今どこに!? 無事なんですか!?」

 

「ぬわー近い! 近いっす! 分かったから!

 分かったから落ち着くっすよ! め、メコン川様へるぷみー!」

 

ものすごい剣幕で詰め寄るニニャに思わず引き気味になるルプスレギナ。

メコン川に助けを求めるが、メコン川の反応は冷ややかだった。

 

「まあ助けるのはやぶさかじゃあねえけど、

 ここ最近お前調子乗りすぎだしな……それにちょい前、

 似たような状況で助けを求めたらあのアホ(ティナ)と共謀してひん剥こうとしたよな」

 

「あー、そう言えば前に言ってたよね……」

 

「は、反省してるっす! 海より深く反省してるっすから!」

 

結局、反省の色が見えない、として少々放っておかれ、

メコン川がシチューをお代わりして食べ終わった後、

ようやく引き離されたのであった。

 

 

 

「―――それでまあ、王都に借りてる家のメイドさんとして雇ってるんだよね。

 大丈夫、今はもう怪我一つなく元気だよ。

 うちの執事……セバスって言うんだけど、セバスとも、その、いい仲みたいだし」

 

「そうですか……良かった……本当に……」

 

少し後。ニニャは引き離されて落ち着かされた後、

やまいこからツアレに関しての説明を受けていた。

仔細は伏せたが、今は健やかに過ごしている、という説明を聞き、

ニニャはぽろぽろと涙を流しながら安堵の声を漏らす。

その様子に、仲間である漆黒の剣の面々、

そしてンフィーレアやネイアもまたもらい泣きをしていた。

 

「ニニャからお姉さんを探しているという話はされていたんですが、

 そうか……無事だったんだな……」

 

「実にめでたい事であるな……して、ニニャ、どうするのであるか?」

 

「へ……? ダイン、それはどういう……?」

 

唐突なダインの問いかけにきょとん、とした顔をするニニャ。

それに応えたのはルクルット。目尻に涙を浮かべながら、

ニニャの肩を掴んで引き寄せる。

 

「今すぐにでも姉ちゃんの所に行きたいんじゃねえかってことだよ!

 俺達は構わないんだぜ? そりゃ、お前の支援がないのは辛いが、

 それにしたって、ずっと探してたんだろ。行きたいんなら……」

 

「ルクルット……」

 

ニニャは一瞬迷うようなそぶりを見せるも、

にっと笑って胸を叩く。

 

「でも、大丈夫。私だって漆黒の剣の一員だよ?

 受けた依頼を放り出していくわけないでしょ。

 それに……姉さんは、守ってくれる人がいる。そうですよね、ヤマイコさん」

 

「そうだね。セバスに勝てるのは……まあ、そういないんじゃないかなあ」

 

「正直俺でも正面切っての殴り合いで勝てる気しねーからな。

 それにセバスもツアレの事は満更でもねえようだ。

 安心しな、万が一もありゃせんさ」

 

やまいことメコン川二人の太鼓判を受けて、ニニャは大きく頷く。

 

「勿論、この依頼が終わったら会いに行くよ。

 依頼をきちんと終わらせて、胸を張って、ね」

 

 

 

 

すったもんだあって、翌日。

ンフィーレアの馬車の周りをやまいこ一行が固め、

その前方を『漆黒の剣』が行く……という隊列ではあったのだが、

その先、『漆黒の剣』のさらに前に、メコン川とルプスレギナがとぼとぼと歩いていた。

しかも双方、頭にどでかいたんこぶをこさえた上で。

 

これは前夜、さあ寝るか、となった段に起因する。

おおよそ男女が半々づつぐらいなのでテントも男女で分かれる事になったのだが、

その際、男組のテントに入ろうとしたニニャをメコン川が押しとどめ、

ルプスレギナが女組のテントに引っ張っていく、という一幕があった。

 

ニニャは本来女性であり、パーティー内の男女比の関係上、

普段は男装しその事を隠し活動していた。

しかしルプスレギナやメコン川はその優れた感覚でその事に気付いており、

(特にルプスレギナは嗅覚で気付いていた)

そのあたりの事情に気付かないまま先の一幕と相成ったわけである。

 

その上でニニャは隠し通せていると思っていたが、

実は漆黒の剣のメンバーはすでに気付いており、

その事にあえて触れないままだったのが発覚。

ひと悶着あった上で、原因であった主従2人にやまいこの女教師怒りの鉄拳(ただのげんこつ)が炸裂。

どでかいたんこぶをこさえた上で罰として最前列で周辺の警戒をさせられていた。

 

「いや、事故じゃん? まあ申し訳ねえとは思うけど……」

 

「ダメっすよメコン川様、怒ったやまいこ様には逆らわない方が身のためっす。

 怒ったところとかすげーユリ姉にそっくりっす。

 そしてユリ姉は怒ると問答無用っす。つまりやまいこ様も問答無用っす、多分」

 

「二人ともなんか言った?」

 

「いやなんでも(ないっす/ねえ)よ?」

 

息の合った返答(ごまかし)を返す主従。

そこからまた少しして、遠目にカルネ村が見えてきたころ、

ルプスレギナが何かを感じ取った。

 

「メコン川様、なんか近づいてるっす。そこそこ速そう?」

 

言われて指さす方を見れば、そこには森。

そちらの方から、何やら巨大なものが木を薙ぎ倒しながら接近してくる音がした。

 

「警戒ーっ! なんかでけえのが来るぞ!」

 

すわ敵襲か、と警戒態勢に移行する一同。

そうして音が近づき……街道に飛び出してきたのは。

 

「お館様ーっ! 寂しかったでござるよーっ!」

 

熊を優に超える大きさの、とんでもなく巨大なジャンガリアンハムスターであった。

喜色満面、といった風に突進してくるそれの視線の先にはやまいこ。

しかし、そのルートにはメコン川、そして漆黒の剣やンフィーレア。

そこまで一瞬で考えたメコン川はその前に立ちはだかり、

巨大ハムスターの突進を受け止めると―――

 

「こな――――――くそ――――――――っ!」

 

その勢いを利用してそのまま後方に思いっきり放り投げた。

魔法職とは言え異形種かつレベル100の腕力で放り投げられたそれは、

一行の頭上を越え、少し離れた所に着弾。

土煙を上げながら転がっていった。

 

「何だったんだありゃあ……」

 

転がっていった先を見つめながら、呆然と呟くメコン川。

と、視界の端で何かが動く。視線を向ければ、

それはおずおずと挙手をしたやまいこだった。

 

「……ごめんメコンさん、あれうちの子……

 ほら、前に話したよね、森の賢王って。その子」

 

「あー……くそでっけえジャンガリアンハムスター……

 ……死んでねえよな?」

 

「……たぶん」

 

 

 

「なんと、お館様のご友人でござったか! これは失礼をしたでござる……

 某は近隣のものからは森の賢王と呼ばれているものでござる。

 お館さまからは『ハムスケ』という名前を賜っている故、

 そちらで呼んでもらえればうれしいでござるな!」

 

「……お、おう」

 

武者のようなござる口調でまくしたてる森の賢王(ハムスケ)に、

汗を一筋たらしながら応じるメコン川。現在ハムスケは一行に同道し、

やまいこをその背に乗せながらのっしのっしと歩いている。

キリリと顔を引き締め、やまいこを乗せるその姿は、

雄々しい、というよりはファンシーな印象がぬぐえない。

 

「やまいこさん、こいつほんとに森の賢王?」

 

「と、本人は言ってるんだけど……いや実際強いんだよ?

 クレマンティーヌと同じぐらいは強いし……魔法も八つぐらい使えるし。

 実際、二百年ぐらいトブの森の南を縄張りにしてたみたいだしね。

 ハムスケ、ボクがいない間何もなかった?」

 

「縄張りの中では特に異常はなかったとは思うでござるが……

 たまに様子を見に来てくれるザリュース殿が、

 近頃森の奥地に何者かがいる形跡があるとか言ってたでござる」

 

「あー……まあ、その話はあとでしよっか。

 皆、改めて紹介するね。この子はハムスケ。

 ユリとかンフィーレア君は知ってるけど、森の賢王って言えば通じるかな。

 前になんだかんだで従えて以来お館様、何て呼ばれちゃって……

 まあ、ペットみたいなものかな。結構強いんだよ」

 

「お館様は某を見るなり抱き着いてきてびっくりしちゃったでござるよ……

 力が強くてちょっと中身が出ちゃって生死の境を彷徨ったでござる」

 

「こ、こらハムスケ! その件はちゃんと回復したし謝ったでしょ!」

 

その言葉にどよめく一行。

あー分かる、森の賢王っていうともっと厳かなイメージだよな……

とメコン川は思っていたのだが、その後の反応を見るに、どうやら違うらしい。

 

「あんな立派な魔獣を従えてあまつさえねじ伏せるとは……

 ヤマイコ殿は魔法詠唱者ながら肉弾戦もできるのであるか!」

 

「すっげー、しかも倒すだけじゃなくて従えるとか……」

 

「しかも魔法を使いこなして人間の言葉まで話してる。

 まさに森の賢王って感じかな……」

 

「……ん?」

 

なんかおかしい。

やまいこを見れば、「あ、やっぱそういう反応だよね」と苦笑しているが、

漆黒の剣やネイア、クレマンティーヌも、

ハムスケに対しては『名前にたがわぬ大魔獣』と認識している。

NPCであるユリやルプスレギナですら、

『強さはともかくまあまあ力強い風貌』という風に認識している。

思わず首を傾げるメコン川。

 

「……俺の認識がおかしいのか?」

 

「大丈夫ボクもだよ。まあボクらの共通点からすると、なんとなく分かるけど」

 

共通点、それはメコン川とやまいこがこの世界の住人ではない(プレイヤー)、と言う事だ。

かつてのリアルにおけるジャンガリアンハムスターという生物を知っているため、

ハムスケにも同じような見方をしてしまうのではないだろうか、とやまいこは言う。

 

「まあ、言われて見りゃああの速さで突進できる巨大生物(デカブツ)で、

 魔法も使えて、生半可な刃物(ヤッパ)は通じねえ。

 確かにすげえ強さの魔獣では……ある……か?」

 

「メコンガワ殿はお館様と同じぐらい強いのでござろう?

 ならば某を見て強く思えなくても仕方ないでござるよ。

 ともあれ、よろしくお願いするでござる!」

 

「お、おう」

 

釈然としねえ……

カルネ村に着くまで、メコン川の胸中にはずっとそんな言葉がよぎっていたのだという。

 




そんなわけで23話でした。
やっとまともに漆黒の剣とかハムスケを出せた……
ペテルに剣を渡す展開は、この話考えてた当初からずっと考えてた展開だったんでようやく出せた……という感じが強いです。
ハムスケのやまいこベアハッグからの中身ちょっと出ちゃった事件は、
以前感想でもらった奴を参考にしました。

次回はカルネ村。ようやくエンリ将軍を出せます……この頃はまだ将軍じゃないけど。


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24:トブの森を行く

そんなわけで24話です。話が徐々に進んできました。


 

カルネ村。リ・エスティーゼ王国辺境の開拓村で、

100年ほど前にトーマス・カルネという男が拓いたと伝えられている。

トブの大森林で取れる薬草が特産物で時折薬師などが訪れる以外、

これといった特徴のない村であった……はずなのだが、

しばらくぶりにやまいこが訪れた際、その様相は一変していた。

 

「……あれ、柵なんてあったっけ?」

 

「頑丈そうな柵だなあ……」

 

訝しげに首を傾げるやまいこに、一筋汗を垂らすンフィーレア。

カルネ村は元々、近くに森の賢王(ハムスケ)の縄張りがあり魔物が近寄らなかったため、

代々柵を作るという習慣がなかった。それが今、

丸木を組み、先端を尖らせた明らかに侵入防止用の柵が設置されていたのだ。

 

「……八本指か? いやでも連中はもう潰したはずだからな……

 つうかそれにしちゃあ柵がショボいし……」

 

「……えっ?」

 

「さっきから思ってたけどなんでそんな人が金級に留まってんだ?」

 

麻薬栽培のために要塞化された村落を見てきているメコン川の呟きに、

思わず二度見するペテルと、ランク不相応に高い実力に半眼になるルクルット。

 

「とはいえ、何者かに占拠されているにしても、

 こっちが不審な動きをしては村の人達に危険が及ぶかも。

 とりあえず普段通りを心がけよう、ンフィーレア」

 

「そ、そうですね……ヤマイコさん達も、そんな方向でお願いします」

 

「了解!」「あいよ」

 

どういう状況にせよきちんと見定めてから、とニニャの進言通り、そのまま進むことに決まる。

そして村の前の麦畑にまで到達したあたりでルクルットがルプスレギナに目配せをし、

ルプスレギナが()()()()()話しかけた。

 

「……警告は一度っすよ?」

 

すると、一行の両サイドの麦畑から次々と小柄な人影が顔を出す。

正面の門越しにも同じような者達が現れ、こちらに向けて弓を向ける。

明るい茶色の肌に小柄な体躯、弓を構えているもの以外にも、

剣や槍で武装したもの、あるいは魔法詠唱者のようなものもいる。

小鬼(ゴブリン)と呼ばれる亜人のようだが、

その装備はどれもよく手入れされており、

小柄ながらもしっかりと筋肉の付いた屈強な肉体は、

メコン川らがここに来るまでに戦ってきた、

痩せた体に粗末な武器で武装したゴブリンとは全く違うものだった。

 

「ん……? やまいこさん、こいつら『小鬼(ゴブリン)将軍の角笛』のゴブリンか?」

 

「え? ……あー! そうかも! エンリちゃーん!

 説明! この人たちに説明してあげてー!」

 

メコン川の言葉に何がしかを思い出したのか、

やまいこはぴょんぴょん飛び跳ねながら誰かを呼ぶ。

 

小鬼(ゴブリン)将軍の角笛。それは、ユグドラシルのアイテムである。

吹けばレベル10から12程の様々な職のゴブリンを19体召喚する。

初心者ならともかく、メコン川(カンスト)クラスともなれば、

むしろ足手まといにすらなるモンスターを召喚することしかできないアイテムとして、

ユグドラシルにおいてはゴミアイテム扱いをされていたアイテム。

それを、かつてやまいこがカルネ村を救った際救った少女に、

『売って金にしてもいいし、召喚して村を守るのに使ってもいい』と数個渡し、

そのまま王都へと旅立ったのをやまいこは思い出したのだ。

 

やまいこの叫びから少しして、栗毛の髪を三つ編みにした、

如何にも村娘、といった風体の少女がこれまたゴブリンに先導されて現れる。

 

「あ、ヤマイコさんにユリさん!? ンフィーも!

 皆! 大丈夫! この人たちはお客さんだから!」

 

少女の言葉によってゴブリンたちは村へと戻っていき、

何とも言えない空気の中、一行はカルネ村へと入っていくのであった。

 

 

 

「本当にすいませんヤマイコさん! 恩を仇で返すような真似をしちゃって……」

 

少し後。平謝りする先程の少女、エンリとやまいこは、

やまいこがいなかった時分の情報交換兼雑談をしていた。

 

「大丈夫大丈夫、しっかり活用してくれて嬉しいから。

 ほら、あんな筋肉モリモリのその筋の人引き連れてたら警戒するよ、普通」

 

「おう、俺のどこが警戒に値するってんだやまいこさん」

 

「その厳つい筋肉モリモリの風体でカタギじゃないのは通らないよメコンさん。

 実際カタギじゃないじゃん?」

 

勝手に引き合いに出された上に抗議すればばっさり切り捨てられ頽れるメコン川。

すぐさまルプスレギナがその頭を膝に乗せ宥め始めはしたが。

隆々たる肉体を持つ彼が子供のように拗ねている様を苦笑しながら、

エンリとの会話を再開する。

 

「それで、あの後何ともなかった?」

 

「あ、はい。あの後すぐにゴブリンたちを呼び出して、警護してもらってましたし。

 あの柵もジュゲム……ゴブリンたちのリーダーの指示で作ったんです」

 

「役に立ってるようで何より。残ってるのも必要なら使ってくれて構わないからね?

 あの位のアイテムならまだまだ残ってるし」

 

1個目を使った後エ・ランテルで査定してもらった結果、

金貨数千枚になるらしいアイテムを『どんどん使って構わないあの程度のアイテム』

呼ばわりするやまいこに頬がひきつるのを感じつつ、

エンリは頭を下げる。やや常識が抜けている感はあるが、

絶体絶命の窮地に駆け付け、獅子奮迅の活躍で、

村民の犠牲を皆無に抑えた大恩人であるのは変わらないのだ。

 

「あ、そうだ。ヤマイコさん、泊っていかれますか?」

 

「んー、確かに野宿してきたし、集落に戻るのは一休みしてからでいいかなぁ。

 でも、大丈夫? うち、大所帯だし……

 ンフィーレア君たちは薬草採ったら帰るみたいだけど、六人分だよ?」

 

大丈夫です! と案内されたのは、村の端。そこには新築の家が並び、

今もさらに新しく建築中の家がいくつかあった。

聞くところによるとやまいこらが王都に発った後、

カルネ村同様に法国の偽装部隊に襲われ壊滅した村々の生き残りが集い、

人口が大幅に増加したのだという。

その為に建てていた家のうち、1つを提供してくれる、との事だった。

 

「ありがたいけど……大丈夫? 迷惑じゃないかな」

 

「そんなことないです! ヤマイコさんには村を救ってもらいましたし……

 頂いたアイテムで呼び出したゴブリン達も本当に助かってます。

 家の一軒ぐらいじゃあ返せないぐらいの御恩があるんですよ?」

 

 

 

「―――というわけで、エンリちゃんに家を貰いました!」

 

「……いやまあ、腰据えられる場所ができんのはいい事だと思うが」

 

唐突に新築の家屋に案内された一行は、やまいこが堂々と宣言するのを見て、

何とも言えない顔をしていた。

 

「というかやまいこ様、エンリちゃん、でしたっけ?

 なんでその子が村の資産であろう家をあげたりできるんすか?」

 

「あー、そこはね、前々からボクにお礼がしたい、と思ってたそうなんだよね。

 とはいえ贈れるようなものなんてないし、

 せめて村に来た時滞在できる家を、と言う事だって」

 

加えて、屈強なゴブリンを従えて主として慕われ、

その後もなんのかんのとリーダーシップを発揮していたことから、

前村長から打診をされ、今ではエンリがカルネ村の村長になっているのだという。

 

「なるほどねえ……まあ、ちょっと周りには聞かせ辛い話とかしてーし、

 よそに厄介になるよりはいいかね?」

 

「うん、クレマンティーヌから聞いてた話も詳しくしたいし……

 ボクらがいない時は蜥蜴人(リザードマン)の人達が交易に来た時の休憩所にしたいなって」

 

「いいんじゃねーの? その蜥蜴人を俺は知らんけど、

 ユグドラシルにいた連中みたいな感じ?」

 

「そんな感じかな、強さはさておき。

 ―――それでまあ、クレマンティーヌの話なんだけど。

 クレマンティーヌ、お願いして良い?」

 

「オッケー。まあ、あたしがあそこで死にかけてた理由の半分ぐらいなんだけどさ。

 トブの森に、『破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』って奴がいるんだわ」

 

思い出すように中空を見つめながら言うクレマンティーヌ。

トブの大森林にはかつて十三英雄により、

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』と呼ばれる存在が封印されている。

予見の能力を持つ漆黒聖典第七席次『占星千里』によりその復活が示され、

それに対処するために隊長である第一席次を含めた先発隊が派遣された。

叡者の額冠を奪った後のクレマンティーヌもその中の一人として派遣され、

大森林に到着後裏切りが露見。追われ、負傷したのだという。

 

「派遣されてるのは隊長、第五、第八、第九候補、第十二とカイレってババアかな。

 隊長は槍使い、第五が召喚系ビーストテイマーで第八が盾持ちの壁役(タンク)

 第九候補が捕縛の達人で……ババアが叡者の額冠とは違う法国の神宝の使い手だよ。

 隊長は別格だけど他の連中はあたしと同じかちょっと上ぐらい。

 ババアは……神宝の使い手ってだけで強さ自体は一般人レベルかな」

 

「どんなマジックアイテムなんだ? 一般人レベルを引っ張り出すなら、

 装備条件がキツいが強力なアイテムなんだろうが」

 

「おっそろしく強力だよ。どんな相手でも魅了して支配下に置けるドレス。

 『ケイ・セケ・コゥク』……とか言ったかな。

 干物見たいなババが生足もろだしのドレス来てるから、視覚的にキッツイんだわ」

 

「けい……せ……け……こく……『傾城傾国』!?」

 

アイテム名を聞いたやまいこはその名前を口の中で反芻していたが、

不意に驚愕した顔で立ち上がり、メコン川を見る。

 

「ワールドアイテムがこの世界にあるのは分かってたし、

 法国の連中が持っているであろうことは想定してたが……

 よりによって連中の手にあるのがアレかよ、面倒なことになったな」

 

ワールドアイテム、『傾城傾国』。

存在が明かされているWI(ワールドアイテム)の中でも、使いやすく、

かつ厄介な性質を持つアイテムである。

通常アンデッドのような存在には魅了などの状態異常は通用しないが、

このWI(ワールドアイテム)による精神支配はあらゆる防護を貫通し、

無制限にでこそないものの支配下に置くことができる。

そしてWIであるため防ぐのもWIでしかできず、

支配された場合死ななければ解除することもできない。

 

「察するに、奴さんはその破滅の竜王とやらを支配して、

 戦力にしようとしてんのか?」

 

「多分。ロクな事になんなさそうだよねぇ」

 

深刻な面持ちで考え込む一同。その中で手が挙がり、そちらに視線が集中する。

おずおずと言った風に手を上げたのは、先程から沈黙していたネイアだった。

 

「ネイア、どーしたっすか?」

 

「いえですね、皆さんのお話聞いてると私は外に出てた方がいいのではと言うか、

 これ以上話聞いてると後戻りできなさそうなんですけど……」

 

その言葉に、残る一同は顔を見合わせる。

メコン川とやまいこは、法国の信仰対象、六大神と出自を同じくする「ぷれいやー」。

ユリとルプスレギナはそのNPC(従属神)

クレマンティーヌはそのスレイン法国の特殊部隊出身。

対してネイアはメコン川らとはそこそこ長い付き合いで正体も知っているとはいえ、

基本的にはローブル聖王国聖騎士団の従者(聖騎士見習い)という、

行ってしまえばこの世界の裏の事情にはあまり関わりのない、

一般人に等しい存在ではある。

なるほど、深入りさせるのはよすべきか? 一瞬、一同の視線が交差し、

その後、ネイアの方を向いて暖かく微笑み――――――

 

――――――首を横に振った。

 

「安心しろネイア、この獣王メコン川の名に懸けて命の保証はするから」

 

「それ危ない目には遭うって事ですか?」

 

「レベリングの時よりはマシじゃねーかな」

 

「否定してください!?」

 

さもありなん。

 

 

 

 

「うう、お父さんお母さん、先立つ不幸をお許しください……」

 

「大丈夫っすよネイア、私もいるし、やまいこ様もいるっす。

 回復は万全だし、もし万が一(死亡)があってもリカバリー(蘇生)はバッチリっす!」

 

「フォローになってなーいっ!」

 

翌日。カルネ村で一夜を明かし、ンフィーレアらと別れた後、

一行はトブの森の奥地、やまいこの家のある蜥蜴人の集落へと向かっていた。

やややけっぱちになりつつあるネイアをからかうルプスレギナに苦笑し、

クレマンティーヌはメコン川らを見る。

メコン川はカワウソに戻り、人化したままのやまいこと共にハムスケに騎乗しており、

視線が合うと「処置無し」とでも言うように肩をすくめた。

 

「ネイアはネイアで段違いに強くはなってんだけどな?

 レベル……いやこっち風に言うなら難度か。

 難度で言うと六〇ぐらいはある。エルダーリッチよりはちょっと低いぐらいか?

 人間基準で言うと一流のレベルだとは思うんだがね」

 

「ネイアちゃん、結構強いけど、やっぱ若いから実戦経験が少ないし、

 何よりボクらが更に段違いにレベル高いから実感わかないんじゃないかなぁ」

 

「……ねーヤマイコ、参考までに聞くけど、ヤマイコ達って難度で言うとどのぐらいなの?」

 

その問いに二人は顔を見合わせ、指で数を数えてから口を開く。

 

「難度の指標がざっくりだから正確とはいかんが、

 俺とやまいこさんがおおよそ難度300、ルプスレギナは180でユリが150。

 お前が100に届くかどうか、ぐらいかね?

 参考までに言うとさっきの村にいたゴブリンリーダーで36ぐらいだ」

 

「そりゃ実感わかないわ……約五倍じゃん」

 

「伸びしろはすげーんだけどな。元々弓使いとしての才能は天才レベルなんだよ。

 だいぶハードだったとはいえ、きちんと環境を整えてやったらよ、

 結構すぐに強くなったからな。

 お前も伸びしろはあるし、興味があればレベリングしとけよ」

 

「ちなみに方法は?」

 

「難度の近い、あるいはやや上回る程度の敵を倒し続ける」

 

「漆黒聖典式じゃん」

 

あー、その辺は伝わってんのな、と妙な方向の関心をするメコン川から視線を外し、

クレマンティーヌはやまいこを見る。

 

「そういえばヤマイコ、あたし蜥蜴人って実物見た事ないけど、どんな奴らなの?

 大森林の沼地に住んでるって位にしか聞いたことなくてさ」

 

「んー、そうだね、基本的には人間と同じかちょっと大きいぐらいかな?

 直立した蜥蜴とか、蛇みたいな人達でね。

 基本的には狩猟で生計を立ててるみたい」

 

蜥蜴人。トブの森にある大湿地帯の南側に住む亜人である。

規律正しい階級を持った部族社会を築いて暮らす狩猟民族で、

現在は五つの部族が存在している。

やまいこがこの世界に転移する一年ほど前、食料難から戦争が勃発。

そのせいで七部族あったものが五部族に減り、

そしてやまいこが転移した時期にはまた食糧難が発生しかけ、

あわやまた戦争か、と言う所でやまいこが転移。

魚の養殖技術を持っていた部族、緑爪(グリーン・クロー)に手を貸し、

説得と交渉(主にげんこつ)で起こりかけた戦争を鎮圧。

自分の持っていた知識で養殖技術をさらに改良・発展させ、

その功績と腕っぷしで大森林の諸部族を傘下に収めた。

現在は世話になった緑爪(グリーン・クロー)や他部族の族長、

『西の魔蛇』と呼ばれるナーガの合議制の上に、

最終的な最高権力者としてやまいこを置く形式で大森林を治めているのだという。

 

「みんないい人だよ。特に蜥蜴人の族長たちは気が合ってね」

 

「あー、わからんではない(脳筋同士気が合ったか?)

 

「クレマンティーヌ、今何か失礼な事言わなかった?」

 

「あはは気のせい気のせい。それはそれとして、悪い奴らじゃなさそうだね。

 漆黒聖典の連中がちょっかい出してなきゃ良いけど……」

 

そこで、クレマンティーヌはある事に気付く。

 

「そうだヤマイコ、メコンガワは本来の姿? みたいだけどさ、

 ヤマイコは元に戻んないの? あのガタイでもハムスケなら大丈夫でしょ」

 

その問いにやまいこは眉根を寄せ、ううむと唸ってから口を開く。

 

「痛くはないんだけどさ……ぶつけるんだよね、頭」

 

既に何度かやらかしていたのか、非常に実感の籠った言葉だったという。

どっとはらい。




ようやく話が動き始めてもうちょっとでトブの森編も終わりかな? どうかな?
という感じです。トブの森編が終わったらどうしようか。エルフの森か帝国か……悩みますねえ。


tino_ueさん、園尾さん、誤字報告ありがとうございます。



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25:蜥蜴人の集落にて

25話。ぼちぼち2クール目も終わりです。
トブの森編は多分3クール目に突っ込みますが。


 

メコン川一行が蜥蜴人(リザードマン)の集落に到着した時、一行を出迎えたのは歓声だった。

蜥蜴人の存亡の窮地を知識(とげんこつ)で救った英雄の帰還であるからだろう。

地鳴りのような歓声を全身で浴びながら、ハムスケから降りたやまいことメコン川。

2人は、「緑爪(グリーン・クロー)」族長、シャースーリュー・シャシャの家へと案内された。

家の中には黒い鱗を持った蜥蜴人、主であるシャースーリューを含め、

6人の蜥蜴人が車座になって座っており、やまいこの姿を見ると深々と一礼する。

そんな彼らを一人ずつ指し、やまいこはメコン川に面々を紹介する。

 

赤黒い鱗をした蜥蜴人、シャースーリューの実弟であり、

最初に魚の養殖技術を「緑爪」にもたらした者、ザリュース・シャシャ。

湿地帯に伝わる四至宝の1つ、「凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)」を持つ、

蜥蜴人の英雄でもある。

 

白い、トカゲというよりは蛇に近い外見を持った蜥蜴人、

朱の瞳(レッドアイ)」族長、クルシュ・ルールー。

祭司としての力を持ち、やまいこが介入した戦いにおいてザリュースと共闘。

その後結ばれ、その伴侶となっている。

 

明るい緑の鱗を持つ、ひと際大柄な蜥蜴人、

四至宝「酒の大壺」を持つ「竜の牙(ドラゴン・タスク)」族長、ゼンベル・ググー。

無手の戦いを得意とし、ザリュースとも五分に打ち合う猛者でもある。

 

ほのかな魔法の光を放つ、骨の鎧で全身を覆った蜥蜴人、

鋭き尻尾(レイザー・テール)」族長、キュクー・ズーズー。

装備したものの知力を奪い、その分だけ硬度を増す四至宝「白竜の骨鎧(ホワイト・ドラゴン・ボーン)」を装備してなお、

ややたどたどしいものの自我を保ち意思疎通が可能なほど知力に優れているらしい。

 

そして最後、クルシュを除く他の蜥蜴人に比べ小柄だが引き締まった肉体を持つ、

小さき牙(スモール・ファング)」族長、スーキュ・ジュジュ。

百発百中のスリングの名手で、族長を決める儀式(戦い)においても、

投石の1発で片を付けるほどの腕前を誇る。

 

一同の紹介が終わった後、シャースーリューが重々しく一礼し、口を開く。

 

「ヤマイコ様、ご紹介痛み入る。失礼だが、そちらの御仁はご友人か?」

 

「おう、ええと、シャースーリューの旦那だったか。

 俺は獣王メコン川、やまいこさんの古いダチでね。王国を挟んだずっと向こう、

 アベリオン丘陵ってとこで亜人の頭張ってるもんさ。

 ま、やまいこさんと同等ぐらいには頼りにしてもらっていいぜ」

 

「ほう、丘陵の……ヤマイコ様のご友人というならそれも納得だな」

 

「へえ! あそこの連中は相当に強いと聞くがよ、

 その頭を張るって事は、あんたも相当みたいだな!」

 

その言葉に反応したのはザリュースとゼンベル。

通常蜥蜴人は自分たちの集落で暮らし、一生を終えるが、

中には集落を離れ旅にでる『旅人』と呼ばれる者達がいる。

ザリュースとゼンベルがそれに該当し、

ザリュースは学んだ知識、特に魚の養殖技術をもって貢献し、

ゼンベルは旅をして力をつけ、「竜の牙(ドラゴン・タスク)」の族長となった。

旅の中でアベリオン丘陵においても聞き及んでおり、

かの『十傑』を統べる者という肩書は、メコン川の思う以上に一同をどよめかせた。

 

「人食いはやめさせて、今は近くの人間の国(聖王国)と交易してるんだがね。

 あんたらはあまり外部と取引はせんと聞くけどよ、

 海のものが欲しかったら言ってくれよ! 川魚も美味いもんだが、

 海の魚も中々悪かねえぜ?」

 

「うみのさかな、おおきいと、きく。とりひきできれば、うえるもの、へる」

 

「ヤマイコ様が盟主となってからは、少しづつ外部と交流することも増えましてね。

 丘という事は森は少ないのでしょうね、

 ならばこちらからも差し出せるものはあると思いますね」

 

キュクーとスーキュの言葉に、他の者達も同意する。

蜥蜴人の主食は魚だが、縄張りの中には果実や薬草が取れる場所もある。

そういったトブの森でしか取れないものを輸出したり、

食料を輸入すれば、万一また魚が取れなくなったとしても食いつなぐことができるだろう。

それが、最終的に族長らの出した結論であった。

 

 

 

「皆、ヤマイコ様も戻られたことだ、例の件についての話し合いを始めよう」

 

改めてやまいことメコン川を上座に据え、シャースーリューが口を開く。

例の件。やまいこもハムスケから聞いていた、森の奥地に人間が入り込んでいる件だ。

ザリュースが遠目に見た限りでも、強力なマジックアイテムで身を固めた強者たちが、

森の奥地で何がしかの調査をしているようだった、というのがザリュースの言である。

やまいこがクレマンティーヌから聞いた話と合わせるに、

その人間達はスレイン法国の精鋭部隊、漆黒聖典。

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』というものを捕獲するため、

それが封印されている地を探索しに来たのだろう。

 

「スレイン法国? 聞いた事があるな、亜人嫌いの連中だろ?

 戦いになるのは構わねえが、どんだけ強いんだろうな!」

 

「ぜんべる、けんかっぱやいの、よくない。たたかい、しにん、でる。

 はたらきて、へる、まずい」

 

「キュクーの言う通りよゼンベル。戦う前提で物を考えないの。

 それに戦いにならないにせよ、『破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』というのは……

 どう転ぶにせよ、脅威になるわね」

 

好戦的なゼンベルがキュクーとクルシュに突っ込まれて項垂れ、

クルシュが件の『破滅の竜王』について言及する。この地の蜥蜴人の伝承に、

『大昔、空から降ってきた怪物がどこかに封じられた』

という伝承がある事を思い出し、それを伝える。

 

「ねえクルシュ、それってどのぐらい前なのか、分かる?」

 

「正確なところはわかりませんが……代替わりの回数から数えまして、

 おおよそ、二百年ほど前の話かと……」

 

「二百年、かあ。メコンさん、そう言う事かな?」

 

クルシュの言葉に、やまいこはううむと唸ってメコン川に目配せする。

二百年。二人は、その数字がなんであるのかを察していた。

二百年という数字は、丁度十三英雄が活躍していた時期と符合する。

メコン川はツアーより、二百年前、暴走した従属神(NPC)が魔神と化した、

という話を聞いている。しかし今の話を合わせて考えると、

全ての魔神がNPCではないのだろう、という推測も立つ。

百年ごとにあるらしい『揺り返し』(ユグドラシルからの来訪者)

その中にはプレイヤーやNPC、ギルド拠点の他にも、

POPしたモンスターなどもいたのだろう。

メコン川は『破滅の竜王』も、そう言ったものの1つなのだろう、と結論付けた。

十三英雄の活動時期と重なる所を見るに、彼らが対処するも倒せなかったため、

封印するにとどめたのだろう。

 

「……おそらくな。それがマジなら、早めに片を付けたほうが良いかもしれん」

 

「メコンガワ殿、我らも加勢しよう。仔細は分からんが、

 察するにこの森全体の存亡にかかわる事態と見た」

 

シャースーリューの申し出に、メコン川は申し訳なさそうな顔で首を横に振る。

 

「……すまねえが、今のあんたらじゃあ恐らくは無理だ。

 件の化け物を封印したのは、恐らく十三英雄と呼ばれるかつての英雄たちだ。

 そいつらが討伐しきれなかったほどの相手だ、恐らくはでかい被害が出る。

 それに、もし戦いになった場合、この集落を守る戦力がいる。

 あんたらには、この集落の非戦闘員を守っててほしい」

 

「―――そうか」

 

「戦士の誇りを傷付ける様な事をいってすまん。

 だが、あんたらはやまいこさんが守ろうとした奴らだ。

 そんなあんたらを、俺にも守らせてくれ」

 

そう言って頭を下げるメコン川。

自分達よりはるかに強いやまいこ、彼女と同等の強さを持つらしいメコン川に頭を下げられ、

それでも加勢しよう、と言えるほど、蜥蜴人の族長たちも無謀ではなかった。

 

「それによ、俺ぁ当時を良く知る連中……十三英雄の生き残りに伝手があってな。

 そいつらにも話を聞いて対処する。だからよ、『破滅の竜王』は任せてくれ」

 

「そこまで言われては食い下がるわけにもいかんな……

 ならば、村の防衛は我らが引き受けた。すべてが終わったら、盛大に労わせてくれ」

 

「お、なら俺んとこの「酒の大壺」の出番だな!

 強い男と飲む酒は最高に美味いもんだ、好きなだけ飲んでくれよ!」

 

ゼンベルの言葉にザリュースが「なら俺は魚を」と言えば、

スーキュやキュクーが「ならば我らは果実を」と言い出し、

そのままなし崩し的に宴の話し合いに突入。

クルシュとシャースーリューが「これだから男共は……」「すまん……」と、

頭を抱えつつも苦笑していたという。

 

 

 

「――――――ん?」

 

何かが繋がるような感覚を覚え、『白金の竜王(プラチナム・トラゴンロード)』、

ツァインドルクス=ヴァイシオンは訝しげに首をもたげた。

この感覚は<伝言(メッセージ)>―――離れた者と会話をする魔法である――――によるものだ。

旧友の誰かが連絡してきたのか、と思えば、その相手は意外な相手であった。

 

『ようツアー、今いいか? 聞きてえことがあんだが』

 

獣王メコン川。アベリオン丘陵の亜人を統べる「ぷれいやー」だ。

少し前に友人である『蒼の薔薇』のイビルアイから彼と共闘した、

と連絡が来たのを思い出す。

 

「やあ、君か。キーノ……イビルアイと言ったほうが良いか。彼女から聞いたよ、

 仲間のうちの1人が見つかったそうだね。

 ……で、なんだい? 暇を持て余していた所だったから、時間だけはあるけれど」

 

『俺ぁ今トブの大森林ってとこにいるんだがよ、

 そこに封印されている『破滅の竜王』ってのに聞き覚えはあるか?

 竜王とついてるからお前の知り合いかと思って連絡したんだが』

 

破滅の竜王。覚えはある。十三英雄として活動していた時期に、

仲間達が空から降ってきた強大な魔物を封印した、という話を聞いたことがある。

 

「ああ、覚えはあるよ。その時私はパーティから離れていたので直接見たわけではないが、

 友人たちがかつてそこに封印したらしい。

 それと、『竜王』と呼ばれているのは法国が勝手に名付けただけさ。

 実際はすさまじく巨大な大木の化け物だそうだよ」

 

『ぶっ殺してなんか問題あるか? 法国が最近チョロチョロしてるらしくてよ、

 連中、傾城傾国……支配能力を持つワールドアイテムも持ち出してるようだ。

 連中の手に落ちる前にぶっ殺しときたくてな』

 

「なるほど……まあ、問題があるかなしかで言えばないかな。

 恐らくは二百年前の『揺り返し』でユグドラシルから呼ばれた魔物なんだろう。

 この世界の為にも、処分してくれるなら私としては止めはしないよ。

 立場もあるから、表立ってどうこうはできないけれどね」

 

『まあ、俺達でどうにか出来ねえ時はちっと頼むかもしれねえがな。

 ……あとはまあ、一応断っておくことが一つある』

 

一段トーンを落としていうメコン川に、ツアーは訝しげに首を傾げる。

しかしその直後、周囲空気が張り詰める。メコン川の発言を聞き咎めたからだ。

 

『俺は漆黒聖典の連中からワールドアイテムを奪い取る。

 あるいは、交渉で手に入れる。今仲間内に元漆黒聖典の奴がいてな、

 そいつの話を聞くに、どうやらそいつら、もう1つのワールドアイテムを持ってる公算が高い』

 

「……一応、理由を聞いておこうか。君の事だ、理由があるんだろう?」

 

『おう。ざっくり言えば、俺はワールドアイテムを使う気はねえ。

 それらを法国から奪取した上で、装備する。目的としてはそれだけさ』

 

身に付けはするが、使う気はない。なぞかけのようなその言葉にまた首を傾げるも、

少し考え、ツアーはメコン川がやらんとしている事に思い至る。

 

「……そうか、メコンガワ、君は『世界の守り』を得ることが目的だね?」

 

世界の守り。それは、始原の魔法(ワイルドマジック)を扱える竜王が、

同じく始原の魔法からの防御を行う際に張り巡らせる、

あるいは自然と身に纏う防護能力の事である。

だが、この世界には始原の魔法の他に『世界の守り』を得る方法がある。

それが、ユグドラシルからもたらされたワールドアイテムだ。

ワールドアイテムはどれも超級の能力を誇るが、装備したものに『世界の守り』を与え、

始原の魔法やワールドアイテムによる効果を防ぐことができる。

メコン川はそちらの効果を目当てにしているようだ。

 

『ご名答。実際、ワールドアイテムは連中には過ぎたおもちゃよ。

 どっちみち奪い取るつもりではいたが……それ以前に、

 俺はワールドアイテムを使われることを恐れてんのさ』

 

「……そうだね。備えはいるだろう。私は現状君たちと敵対するつもりはないし、

 出来れば親しくなりたいとすら思っている。

 だが……他の『生き残り』達の中には、そうは思わないものもいるだろう。

 そのための備えをすることは大事だろうね。

 一部の始原の魔法には、『世界の守り』がないと防御すらできないものもある。

 君達がそのために持つというのならば、止めはしないよ」

 

五〇〇年前に転移してきた八欲王によって、多くのドラゴンが殺された。

中には自分から襲い掛かって返り討ちにあった者達もいたが、

この世界にとっての『異物』であるユグドラシルの者達を良く思わない竜王も多い。

それでなくとも、ワールドアイテムが在ると知れば対策を考えるのは当然だろう。

 

『世界、とつく魔法があるからそうだろとは思ってたが……

 まあ、破滅の竜王も含め、止めやせんならそれでいいさ』

 

「ともあれ、やりすぎるようならば介入も辞さないよ?

 今の法国には思うところもあるけれど、六大神と交わした盟約もある。

 ()()()の君の誓いを聞いたからこそ、あの時引いたのだからね」

 

『もうちょっと信用されてねーと思ってたんだけどな?

 ま、あん時言った言葉に嘘はねえさ。

 法国が人間「だけ」しか守らねえ国じゃなかったら、

 俺だって面と向かって協力してたよ』

 

「『人間』は私や君と違って脆弱な種族だからね。

 彼らのやり方に同意はしないが、理解はしているつもりだよ」

 

『元人間としちゃ、わからんではないんだがな。

 ま、極力やりすぎん程度にはするさ。トブの森はやまいこさんの縄張りだ、

 更地にするほど暴れるつもりはねえよ』

 

苦笑しながらの言葉と共に、<伝言>が切れる。

彼の事だから派手にはなるとしてもやりすぎることは無いだろう。

そう思いながら頭を下ろすと、空気が動くような、

竜の感覚でようやく捉えられるほどの反応を感じた。

少しして目の前に現れた人影に、ツアーの目に喜色が浮かぶ。

現れたのが、ここ暫く見ることのなかった()()だったからだ。

 

「――――――君か。イジャニーヤといい、どうしていちいち気配を消すんだい?

 まあいい、君と会うのも随分と久しぶりだ。土産話でも聞かせてくれないか。

 こちらも……まあ、最近のキーノの話とか、いくらか話せることはあるかな」

 

先程のメコン川との会話とは違う、僅かに弾んだ声。

『あるもの』を守るためこの場をほとんど動くことのないツアーにとって、

二〇〇年ほど前、十三英雄の一人『白金』として鎧を動かしていた頃からの友人の来訪は、

現在まで生き残るこの『真なる竜王』にとって、またとない楽しみであった。

 

 




ま、まだ漆黒聖典と遭遇すらしていない……!
彼らとやり合うことになるかどうかは正直ちょっと悩んでます。
隊長以外はルプーとユリで潰せそうな気がせんでもはないし……
悩む悩む。

族長ズの中で一番好きなのはキュクーです。
あとすっげえくだらない余談ですが、オバロを11巻あたりまで買ってた頃はクルシュ蛇っぽいなー、と思うぐらいでしたが、最近は「割といける」とか思うようになってきて性癖の広がりを感じますね。

tino_ueさん、誤字報告ありがとございました。


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26:魔樹の森(前編)

大分お待たせしました、26話です。
これで2クール分、思えば遠くへきたものです。

そしてUA10万越え、お気に入り1000件越え。
割と好き勝手やってる作品ですが、本当に皆様の感想・応援に支えられております……
これでもうちょっと更新速くできたらいいんですが。


 

スレイン法国の特殊部隊、漆黒聖典。

周辺国家と比しても図抜けた組織力と戦力を持つかの国においても、

更に図抜けた強さを持つ法国の最精鋭の部隊である。

 

――――――のだが、今彼らは混乱の極みであった。

今回漆黒聖典が与えられた任務は、トブの大森林に封印された魔物、

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』の捕獲、あるいは討伐。

その為の神宝『ケイ・セケ・コゥク』とその使い手を護衛しつつの行軍だったが、

ある朝、その使い手である老婆、カイレが突如として失踪したのだ。

いや、もっと正確に言えば、誘拐された、だが。

 

無論警戒していなかったわけではない。

漆黒聖典の面々と違い、カイレは神宝を使えるというだけでそれ以外は一般人レベルの能力しかなく、

その警護もまた任務のうちであった。

野営の際も第五席次『一人師団』の使役する魔獣と、第十二席次『天上天下』による警戒網。

それでなくとも法国でも並ぶものの無いほどの実力者たちに気付かせもせず、

カイレだけを連れ去るなど、想像の埒外だった。

 

「…………」

 

黒い長髪の小柄な青年、漆黒聖典隊長第一席次は、手の中の紙片をじっと見つめている。

不自然なほどに白く、質の高い紙には一言、こう書かれていた。

 

『枯れ木の森にて待つ』

 

枯れ木の森。トブの大森林の奥地にある、枯れた樹木が立ち並ぶ一帯の事だろう。

隊長の眉が険しく歪む。なぜなら漆黒聖典の目的もまさにそこであり、

『破滅の竜王』が封印されているまさにその場所であったからだ。

 

(賊はなぜカイレ様のみを攫った……? いや、恐らく目的はカイレ様ではない。

 カイレ様の纏う『ケイ・セケ・コゥク』が目的だろう。

 何処から情報が……いや、そうか。取り逃した『疾風走破』か。

 そもそも、『一人師団』『天上天下』、そして我らの警戒網をすり抜けるとは……

 これは『彼女(・・)』が介入してきたのだろうか?)

 

隊長の脳裏に、出立前に受けた報告が浮かぶ。

このトブの大森林の近郊にある王国領の村、カルネ村。

かつてガゼフ・ストロノーフ暗殺の際、帝国兵に偽装した法国兵、

そして本命の陽光聖典を軽々と蹴散らした魔法詠唱者がいた件だ。

陽光聖典隊長、ニグンの所持していた第七位階の召喚魔法の込められた魔封じの水晶、

そこから呼び出された天使を苦も無く蹴散らす女神を呼び出す魔法を自力で放つ女性。

神官長らの見解同様、隊長もまた彼女が『ぷれいやー』であろうと推察していた。

 

「彼女との接触もまた神官長様より仰せつかった任務……

 出会うことができると良いのだが……」

 

 

 

 

 

「……あー、いるわ。まだ寝てるみたいだけどな。推定難度240(推定レベル80前後)ってとこか、

 HPは……測定不能。こりゃあレイドモンスターだな」

 

辺りに枯れ木が無数に立ち並ぶ一帯、トブの大森林の奥地『枯れ木の森』と呼ばれる一帯で、

いつものカワウソスタイルでメコン川はその一点を見つめていた。

件の『破滅の竜王』の位置を伝承から特定し、漆黒聖典に先んじる形で到着。その後隠密系魔法を駆使し、

野営中の漆黒聖典からワールドアイテム『傾城傾国』とその使い手の老婆を攫ってきたのだ。

破滅の竜王が活動停止中と言うことを確認し、人化したままのやまいこに顔を向ける。

 

「やまいこさん、例の婆さんはどうしてる?

 こんなとこで心臓麻痺でも起こされたら流石に面倒だ」

 

「とリあえず着替えさせて眠らせてる。傾城傾国はボクのアイテムボックスに入ってるよ」

 

やまいこが指で示す方にはメコン川のマヨイガ。枯れ木の森との境界に設置され、

その中の一室では傾城傾国を剥ぎ取られたカイレが魔法で眠らされていた。

 

「そうかい。傾城傾国はそのままやまいこさんが持っててくれよ。

 他のワールドアイテム、あとは真なる竜王対策はしてえからな」

 

「いいのかなあ……スレイン法国に思う所はボクもあるけどさ、

 これ(傾城傾国)も、法国のプレイヤーが子孫たちに残したものだろうし」

 

「俺もまあ、法国の連中がもうちょっと穏当だったら奪取まではせんかったがね」

 

申し訳なさそうに眉を顰めるやまいこだったが、メコン川は皮肉気に口の端を上げる。

 

「法国の連中の中じゃ、ヒト以外は人間じゃねえのさ。知ってるか?

 前にイビルアイに聞いたが、ヒトという種族はこの世界じゃ弱小種族でな。

 人間主体の国家なんてのは、この大陸のどん詰まりにしかねえぐらいだそうだ。

 そう考えると連中の気持ちも分からんではないが……それだけだ。

 人ひとり殺すためにいくつもの村を潰すような連中は、どんな正義を掲げてても八本指と同じよ。

 ま、叩いて直る程度であることを祈りたいがね。

 流石に俺も同じ同郷(ユグドラシル)の子孫の国を滅ぼす気にはなれねえし」

 

「手荒なことにならないと良いけどなぁ……」

 

「やまいこさんにゃ悪いが、なるよ。殺し合いにはするつもりはねえが……

 最悪、蘇生魔法は使ってもらう事にはなる。死ななきゃわからん手合いってのは、いるもんさ。

 俺もその時が来るまで、知ることは無かったからなぁ」

 

「――――――メコンさん?」

 

「メコン川様ーっ! 例の人間達が来たっすよーっ!」

 

メコン川の最後の言葉にやまいこが聞き返すも、同時にルプスレギナの声が来客を告げ、

結局はその言葉の真意を尋ねることはできなかった。

 

 

 

少し後。枯れ木の森では、メコン川・やまいこ一行と、漆黒聖典の面々が睨み合っていた。

とはいえ睨んでいるのは漆黒聖典側だけで、人化したやまいこは心配そうに、メコン川は退屈そうに。

クレマンティーヌとルプスレギナに至っては舌を出して全力で煽り立てている。

ネイアはカイレの監視と看病に付けられており、真面目に睨みつけているのはユリぐらいである。

 

「よう、漆黒聖典の奴らだろ? ……聞いてた話より二人多いな?」

 

首を傾げるメコン川。事前に報告を受けていた面々の他に、新たに2名増えていたのだ。

片方は筋骨隆々な巨躯を惜しげもなく晒した大男、もう片方はけだるげな雰囲気の、下着のような装備を付け、

頭を覆い隠すほどの大きなとんがり帽子を被った少女だった。

 

「あー、大男の方は第十席次「人間最強」でトンガリ帽子は第十一席次「無限魔力」だね。

 後続と合流されたかぁ、ま、隊長よりは弱いよ、あたしよりは強いけど」

 

「じゃあ他の連中と似たようなもんってとこか。分かった。

 ―――んで、ここに来たって事は手紙は読んでくれたみてえだな?」

 

「ええ、それで、カイレ様はご無事なのですね?」

 

隊長の言葉に、首をしゃくってマヨイガを指すメコン川。

 

「おう、お前らと違ってただの婆さんみてえだったからな、魔法で眠らせてるよ。

 少なくとも危害は加えてねえし、加えるつもりもねえ。

 ま、傾城傾国……お前らふうに言えば『ケイ・セケ・コゥク』だったか?

 あれはいただいたがね。代わりと言っちゃあなんだが、こいつは返しとくぜ?

 一応、これもお前らんとこのお宝なんだろ」

 

そう言ってメコン川が放って投げた何かを、隊長は危なげなくキャッチする。

それは、金属糸に宝石をちりばめた、蜘蛛の巣のようなサークレット。

 

「叡者の額冠……ええ、受け取りました。それでは、本題に入っても?」

 

「構わんよ。どんなことでも言うだけならタダさ。聞いてやれるかはお前さんら次第だ」

 

「では、我々の素性は知っているようなので省くとして……

 私のことも知っているでしょうが、改めまして。漆黒聖典第一席次を務めております、

 本名は明かせませんので……そうですね、隊長とお呼びいただければ」

 

「おう。あんたらに名乗らせて俺らはだんまりってのも道理が通らんね、

 俺も名乗って置こうか。獣王連合盟主、獣王メコン川。

 今日はダチのやまいこさんのとこに遊びに来ててな。

 最近森で怪しい人間どもがうろついてるって聞いてよ、調べに来たんだ。

 婆さん掻っ攫ったのは行きがけの駄賃だがね。ま、許せとは言わんよ。

 人の縄張りに無断で踏み込んだ人間至上主義国家の尖兵相手に下げる頭もねえわな」

 

明らかに喧嘩を売りに来ている口調に漆黒聖典の面々がどよめくも、隊長が睨んで黙らせる。

最近話題に上る『獣王』が『友人』というならば、その横に立つ小柄な女性が―――

 

「それじゃ、今度はボクかな? トブの森諸族連合盟主、やまいこだよ。

 メコンさんが喧嘩売ってるみたいでごめんね? でもまあ、ボクも思うところはあるけど。

 この間、この近隣の村々を襲っていた人たち……陽光聖典だったかな?

 あの人たちとは所属は違うけど、同じ国の人達ってことでいいんだよね」

 

「……そうですね。ニグン殿率いる陽光聖典を一蹴した様、拝見させていただきました」

 

謝意は示しつつも、その半眼で睨んでくるその表情からは、

大きくはないもののこちらへの怒りが感じ取れる。

冷や汗を一筋垂らしながらも、隊長は身長に言葉を紡ぐ。

 

「どう言う命令であんなことをしたのかは知らないし、知りたくもないけど……

 ボクはたった一人を殺すために大勢の、罪もない村人たちを殺したあなた達が嫌いだよ。

 しかも、帝国に偽装して責任まで擦り付けようとしていた。クレマンティーヌから色々聞いたし、

 あなた達にも言い分はあるんだろうけど、人間しか守ろうとしないあなた達のやり方に、

 好意的には見れないかな。なので、大人しく引いてくれれば命までは取らないよ」

 

続いて、やまいこから漆黒聖典に語られたのは、2つの要求。

 

1つ、王国の開拓村を襲撃したことについて、王国に対し正式な謝罪と賠償をする事。

 

1つ、トブの森、及びアベリオン丘陵に対する軍事侵攻の禁止。

 

「言いたいことはまだまだあるけど……ひとまずはこのぐらいかな。

 いずれそっちにお邪魔して上の人達と色々お話しに行きたいんだけど」

 

「ご要望、確かに伺いました。確約が出来ないことをお許しください……

 我ら漆黒聖典、精鋭と言えど一兵卒に過ぎません。

 我らの上におわす神官長様達にも話は徹さねばなりませんので」

 

「構わんけどよ、やっぱり駄目でした、じゃ済まん事はお前らも分かってるよな?

 やまいこさんは無用の流血を望まんだろうし、俺もそれに並ぶがよ……

 言って駄目なら殴るしかねーぞ? 隊長、お前がその中では一番強いみてえだが、

 その程度(・・・・)の強さで最強だってんなら、今まで法国が存在してたのはただの幸運だ。

 大陸中央の覇権国家が歯牙にもかけねえド田舎だからお前らが調子乗れてただけだって事は、

 きちんと理解しておけよ?」

 

メコン川が探知阻害のアクセサリーを外し、目くばせされたやまいこもまた同様に外す。

途端、漆黒聖典らに向けて、突風にも錯覚するほどの威圧感が叩きつけられる。

その威圧感の只中で、隊長は確信する。

 

―――この方々は、『ぷれいやー』に相違ない――― と。

 

ただ立っているだけで喉元に刃を突き付けられてるような威圧感の中、隊長は一歩踏み出す。

それを見て、メコン川は眉を動かす。なおも歩を進め、メコン川の前で膝を折ると、

隊長は口を開いた。

 

「伺いたい事がございます。あなた方は『ぷれいやー』ですか?」

 

「俺とやまいこさんはな。後ろのメイド2人はお前さんらで言う所の従属神だ」

 

やはりそうか。隊長は笑みを深くする。

 

「ご協力は……していただけないのでしょうね」

 

「そうだね。ボク達も元は人間だから、人を虐げようとは思わない。

 でも、人間『しか』守らないあなた達のやり方は、理解はできても容認はできないよ」

 

「ま、そういうこったな。やまいこさん、そろそろアクセサリー付け直しとこうぜ。

後ろの連中が白目むいてら」

 

改めて探知阻害アクセサリーを付け直す2人。威圧感から解放され肩で息をする面々。

そんな漆黒聖典達をちらりと見ながら、メコン川は言葉を続ける。

 

「法国にはさっきの要求を呑んでもらう。面子は潰れるだろうが、知ったこっちゃねえ。

 後は俺からもう1つ要求がある。隊長、その槍(・・・)を寄越せ」

 

そう言ってメコン川が指さしたのは、隊長が持つ、彼の他の装備に比べ見劣りする見た目の、

言ってしまえばひどくみすぼらしい外見をした槍だった。

メコン川の要求に、気圧されながらも笑みを崩さなかった隊長に、明らかな動揺の色が浮かぶ。

 

「そもそも俺がお前らと交渉の場を持とうと思ったのは、一応は同郷の奴の子孫だからよ。

 ただとは言わん。俺の持っている武器の中で、その槍よりも武器として性能の高い槍をやる。

 言っておくが、別に俺は無理やり奪っても構わねえんだ。数では負けるとはいえ、

 たかだか難度にして90前後から、一番高いお前(隊長)でおおよそ210から230。

 俺の爪先に引っかかるかどうかって程度の強さでしかねえ。戦いにもならんぞ?」

 

ただただ事実を告げているだけ、と言った声音で言うメコン川に、押し黙る隊長。

 

――――――ずずん。

 

その時、地響きがあたりを揺らす。

 

「お、奴さんお目覚めか。やまいこさん、準備しといてくれ。俺らでやるぜ」

 

「お待ちを! 敵は『破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』、我ら漆黒聖典も―――」

 

「やめとけ、死ぬぞ? 純粋にお前らじゃあ無理だし、俺はお前以外の連中を信用してない。

 何、立ちんぼも暇だろうし、俺らが暴れてる間うちのに相手させるさ。

 ルプスレギナ、ユリ、クレマンティーヌ、ハムスケ。少しこいつらと遊んでやれ。

 後は……<伝言>―――ミクラ、今から喚ぶがいいな?」

 

<転移門>、とメコン川が呟くと、現れた黒い渦から、狐面を被った少女が現れる。

隊長は直感する。自分よりも強い。あるいは、番外席次にすら匹敵する相手だ――――――と。

 

「ミクラ、ルプスレギナ達と一緒にそこの連中と遊んでやれ。

 俺とやまいこさんは今から別の奴と戦う。その間、こいつらを俺達の方に来させるな。

 うっかり死んでも蘇生はさせるが、出来るだけ殺すなよ? 面倒臭ぇからな」

 

「畏まりました、あるじ様」

 

「つまり蘇生すれば殺っちゃってもいいんすかメコン川様!」

 

「そういう問題でもないと思うでござるよ?」

 

メコン川とやまいこが地響きのする方へと向かい、ルプスレギナ達が各々の武器を構える。

そんな中、枯れ木の森の中でも一際巨大な大木が見る間に青々と茂っていき、

幹の中ほどが裂けるようにして口のような部位が現れる。

 

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)、復活。




ザイトルクワエ君復活。

メコン川&やまいこVSザイトルクワエ、
ルプー・ユリ・クレマン・ハムスケVS漆黒聖典。
レベル差を考えるとこんなもんかな……という感じ。


後者の方はばっさりカットされる可能性がないではないです。
メコン川さんVS漆黒聖典も考えたんですが、あまりにも一方的な戦いになると書いていて面白くないので……現状でも大分オーバーキルなところはありますが。
レベル的には下回ってるけどHP多いしザイトルクワエ君ならちょっとぐらい本気で戦わせてもいいかな……


null_gtsさん、ability10さん、tino_ueさん、誤字報告ありがとうございました。


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