感情を君へ (味噌汁豆腐)
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春はあけぼの
懐かしいな


 

 

クラスの全員が固まったのは言うまでもない。登校初日に教室でみんなにこんな挨拶をする人間などまともな筈がない..よな?これは俺でも分かる。

 

それでも何とか反応するようにぎこちなくもぽつぽつと挨拶をし返すクラスメイト。それでもその少女は不満そうに頬を膨らませた。

 

「も~!みんな元気が足りてないよ?そんなのじゃこれからの学校生活楽しめないよっ。ピリピリしちゃ駄目っ!」

 

cheer──そんな言葉が似合うそんな彼女の話し方にはクラス一同を納得させる何かがあった。理論じゃない。ただの感情という不確定なものだけで。

 

「それでー私の席はどこかな~?」

 

皆が話をやめ、視線を向けているのを気にすることもなく黒板の座席表を見ている。そして自分の場所を目視するべくこちらに視線を向けた。ん?なんでこっちに...

 

「後ろから2番目...あそこだっ!」

 

自分の座席に指を向ける彼女。それとは対照的に俺の気分は沈んでいった。彼女が示した席──それは俺の前であり、平穏になおかつ目立たぬ生活を送るうえでもっとも大きな障壁になるであろう人物の席だった。

 

「あ、君!名前教えて!」

 

ほら言わんこっちゃない。他からの視線が突き刺さるように集まる。ここでは、どう返すのが正解なんだ?断る...は駄目だ。それだと誰とも関わりたくないようなやつだと思われそうだ。なら正直に教えるか?...いや教えたら教えたで絡まれて面倒くさそうだ。...これ詰みじゃないか?

 

「綾小路清隆だ。その、よろしく頼む」

 

仕方がないので諦めて考えうる限りダメージの少なそうなものを選ぶ。無難な選択しを選ぶことこそが普通だろう。

 

「おい、あいつマジか...」

 

「あんなに堂々と名前を...」

 

どうやら選択肢を間違えたらしい。

 

「うん!よろしくね!清隆君!...ところでなんでそんな無表情なのー?」

 

「昔からこんな感じだったからな」

 

「へぇ~不思議だねっ!」

 

自分で聞いといて感想が雑過ぎるのは俺の気のせいか?それにすぐに名前を...いや普通の高校生の会話なんてこんなものだろう。きっと、多分。

 

「お前ら席につけ」

 

そんな声が教室内に響く。少し高めの足音を鳴らしながら教鞭に立った担任らしき人物。厳しそうな鋭い声にどの生徒も委縮して...

 

「はい、は~い!分かりました!」

 

例外が今目の前に現れていたのを失念していた。一体何がしたいんだ...こいつは。

 

「あ、ああ?」

 

軽快な返事と宣言、それと共にしっかり座るその生徒に先生も困惑を隠しきれていないようだった。

 

「私の知る限りそんな返事をして座るやつなど...いや、まぁいい。お前ら、神谷を見習って早く座れ。HRを始める」

 

そういえば、名前を聞かれてはいたが聞いてはいなかった。神谷っていうのか。

 

「あ、言い忘れてた!私の名前はね...神谷うりっていうんだ」

 

先生が前で話している中、こっそり教えてきた神谷は満足そうに前を向くと鼻歌を歌いながら肩を横に揺らしていた。

 

 

この理解できない行動の数々に眩暈を起こしそうになったが、どうにか耐えることが出来たらしい。先生が自己紹介を始め、説明を進めていく。これからが始まりだというのに...この先、学校生活が不安で仕方ない。

 

「?」

 

神谷うりという人物のせいで。

 

 

 

 

 

 

 

 







基本的に不定期更新です。ただエタることはありません。断言致します。安心してお待ちください。


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懐かしいね

開かれていた綴込表紙をパタンと閉じると茶柱先生は話し終えた後、一間置いて息を吐いた。

 

「これで説明は以上だ。今日はこの場で解散とする」

 

その言葉をしきりに多くの生徒が立ち上がり、今日構築したであろう友達の卵の元へと歩み寄っていく。

 

「そういえば、ここってなんでもあるんだよな?」

 

「そうみたいだな。茶柱先生も言ってたし」

 

「じゃあさじゃあさ!せっかく10万も貰ったことだし服とか買いに行こうよ!」

 

「ゲーム機欲しかったからラッキー!マジでこの学校最高だわ」

 

「だな!流石国営の学校。太っ腹だよな!」

 

やはり各々から出てくる言葉には、それらが含まれている。

 

 

Sシステム

 

 

この学校独自のシステムで1ポイント=1円の価値があり、校内のあらゆるものが購入可能、さらには毎月初めに支給されるらしい。あの時の周囲の驚きようからして異常であることは間違いない。それとは別に、確実に何かあるのだろう。

 

後ろと前の対角線上に監視カメラが一つづつ。少し過剰すぎやしないか?それでも俺には関係ない。何事も始まらなければ何も起きていないのと変わらないからだ。

 

俺が求めるのは、普通で平穏な高校生活。わざわざことを起こすような行動はしない。俺は事なかれ主義だからな。俺に害がないならそれでいい。

 

「清隆~君!」

 

「え、ちょまっ...」

 

廊下から一直線に飛び込んできた神谷の頭突きが俺の鳩尾にクリーンヒット。考え込んで居たのが仇となったか。というか人に突っ込んで来るような場面などそうそうないわけで...。

 

「痛い...」

 

「だ、だいじょ~ぶ?」

 

「ああ...」

 

というかいつから教室の外に...?まだ、HRが終ってから数分も経ってないんだが...。

 

「ほぇぇ...」

 

「?どうかしたか?」

 

「...うんん、何でもないっ。それより!」

 

即座に立ち上がり、意気揚々と天井へ人差し指を立てる。どこか怪しい笑みにも見えるような満面の笑みを放つそんな神谷に嫌な予感が、いや間違いなく面倒くさいことに巻き込まれる。

 

何度も言うが目立ちたくない俺としては、ここで神谷うりという存在感が独り歩きしているような人物は関わりたくはない。これ以上邪魔されるというなら...。

 

「...っ」

 

浮かびかけた人間味のない言葉とやらをどうにか飲み込みこむ。駄目だ。このレベルでは、目的など遂行できる筈がない。...普通って難しいな。

 

「...清隆君?大丈夫?」

 

「...大丈夫だ」

 

俺の顔を覗き込みながら不思議そうに膝を抱えてしゃがむ神谷。とりあえず急いで立ち上がる。座ったままだと怪我をしたとでも思われそうだ。

 

「そっか。それでね!この学校を探検しよっ!」

 

「は?探検?」

 

「うん!色々見て回りたいな~って!」

 

「俺でいいのか?」

 

「もちろん!清隆君となら絶対面白いから!」

 

そこまで言われると流石に断りづらい。それに...はぁ。

 

「ああ、いいぞ。丁度俺も見て回りたいものがあったからな」

 

ここで断れば、普通とはかけ離れた存在になるのは間違いなかった。今以上に目立つのは避けたい。

 

「やったー!──それじゃあ、行こっか!」

 

「えっ、ちょっとま...」

 

「レッツゴー!」

 

俺の手を引いて駆け出した神谷に引っ張られて視線の集中する教室を後にする。こればかりは少し助かった。あの場ではどう動こうと良くも悪くも注目の的だからな。

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────ー--

 

 

 

 

 

──-なにあれ!面白そう!

 

──-あ!ほらお花だよっ!かわいいねー!

 

──-おいしそう!食べてみよっ!

 

「はぁ...」

 

ベンチに腰掛けると足腰にドッと疲労感がのしかかる。

 

あれから数時間。神谷に引っ張られながら学校の敷地内をくまなくノンストップで走り回った。本当に怒涛の展開だった。すぐに店へ飛び込んだかと思えば、息つく暇もなく次の店へ。

 

そのまま、大まかにではあるがこの敷地内の店を回りつくした。驚くべきは興味関心への意欲の高さと無尽蔵な体力か。神谷は一切疲れた様子もなく、表情をコロコロ変えながら俺を引っ張り続けた。

 

本当に俺の今後が心配で仕方ない。この調子でいくと気疲れしてしまうのは間違いない。どうしたものか...。

 

だが不思議と満足感もある。今日1日で俺の知らないものをたくさん体験することが出来た。特にあのアーケードゲームと言うのは思った以上に楽しかった。チュウニズムか...俺を唯一負かしたあのゲームは興味深い。ただ単にリズムを刻むものだと思っていたが早く流れてくる譜面に対応する動体視力も必要になる。また、やってみるとしよう。

 

ふとスマホの残高を確認する。そこには94890ptと記載されていた。意外と消費は少なかった。それは店で商品を買わないことが大きかったな。その名の通り見て回るだけだったから消費自体は少なく済んだのか。

 

「ん...?」

 

あれは...

 

 








この調子だと30話くらいでまだ、暴力事件してそう。

あんまりハーメルンの作品投稿画面に慣れなくて悪戦苦闘気味です。マジで頑張れ俺。




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お前らしい

「あれは...」

 

「ふふふ、なるほどねぇ」

 

同じクラスのやつか。確か高円寺…だったか?少し話しかけてみるか。今後の学校生活もあるしな。

 

「なぁ、ちょっといいか?」

 

「ん?私に何の用かな?」

 

「確か同じクラスだったよな?だから話しかけてみたんだが」

 

「なるほど。私に話しかけるなんて君はいいセンスをしているじゃないか。あのCheerfulガールといい、見苦しくない」

 

「は、はぁ…?」

 

とりあえずは褒められたと言うことでいいのか?神谷の印象が強すぎて分からなかったが高円寺も相当癖が強いみたいだ。人選を間違えたみたいだな。

 

「だがすまないねぇ。私は男を優遇するつもりはない。女の子は別ではあるが。おっと、長話は私の主義じゃないからこれで失礼させてもらおう」

 

「待ってくれ。一つ聞いていいか?」

 

「いいだろう。なにかな?」

 

「さっきまで何を見てたんだ?」

 

「簡単な事さ。この学校は少し特殊だからねぇ。君なら少し考えればわかるだろう?」

 

「俺か?...悪いが分からないな」

 

「今はそういうことにしておこうじゃないか。君の隠し事など私には関係も興味もないからねぇ。ただ、私は本気の戦いをしてみたい。だから期待しておこう。()()()()()()

 

高円寺はそれだけ言うとどこかへと歩いて行った。実際、神谷とは違ってあまり積極的ではなかったから助かった。面倒なやつが二人に増えたら対処がさらに面倒だからな。はぁ..。

 

「そういえば、神谷どこ行ったんだ...?」

 

ちょっと待っててとは言われたがあまりにも長い。何しているんだ?

 

「────いや~助かったよ!」

 

遠くの店から店員の弾むような声が聞こえてくる。ふと店を覗いて見るとそこには、店員から頭を下げられている神谷の姿があった。

 

「あんなに沢山の商品今日中には運び終らないとは思ってたけど、まさか陳列まで終わるなんて...本当にありがとう!」

 

「いえいえ、私も楽しかったので!」

 

「それじゃあお礼として来店するときがあったらたくさんサービスするよ」

 

「やった!じゃあまた来ます!」

 

そう言って店から出てきた神谷に横から声をかける。

 

「なかなか帰ってこないと思ったら店の手伝いをしてたんだな」

 

「あ、清隆君。まぁね!思った以上に時間取られちゃって、待ったよね?」

 

「別にいい。でもなんで急にそんなことを?」

 

そう問うと神谷は後ろで腕を組みながら歩き始めた。そうして振り返りながら優しく笑った。

 

「面白そうだったから、だよっ!」

 

「!」

 

神谷が、なぜこんなにも不可解な行動をするのか俺には分からなかった。だがそのなぞは今、解けた。神谷はすべての行動を感情に基づいて決めている。それは、俺には欠けていて見ることのできない行動。だからこそ分からない。理解できない。

 

前を歩く神谷にふと問いかけてみる。

 

「なぁ...」

 

「ん?な~に?」

 

「なんで俺に関わってくるんだ?」

 

「君が面白そうだったからだよっ!」

 

「どんなところがだ?どう見ても俺は面白そうには見えないんだが」

 

「その無表情なところだよ」

 

神谷は振り返り、俺の目と鼻の先まで近寄って立ち止まる。そして俺の目を真っすぐに見つめてくる。

 

「君は私があの教室に入ってきてからずっと無表情だった。何があってもずっと変わらない。それで私は気づいちゃったんだよ」

 

──-君を笑わせたらどんなに面白いだろうって。

 

「だから私は君を楽しませたい。笑わせて笑顔になってその無表情を壊してみたい。でも、今日君をどんなに楽しませようとしても君は無表情だった」

 

「...」

 

そう言った時、神谷の目は今日、ずっと見てきた中で一番輝きを放っていた。その言葉に俺の心には期待と関心がどんどんと湧き上がる。あの不可解な行動すべてが俺に対する無条件の奉仕だったわけだ。嬉しくないはずがない。

 

「だから私はこれからも君に関わり続けるよ。私が君を笑わせるまでずっと。それが私の自己満足だったとしても」

 

それを言い終えたと同時に神谷の表情は一気に緩んでいく。

 

「そんなところが清隆君の魅力なんだよっ!分かった?」

 

「...ああ、よくわかった。ありがとな神谷。今日は楽しかった」

 

「うんっ!どういたしまして!」

 

少し沈黙を置いて神谷は指を指してまた、笑顔になった。

 

「よしっ!じゃあ寮に向けて出発進行~!」

 

今度は二人並んで歩み始める。そこそこ日は落ち始め、俺たちの影を長く伸ばしていく。そんな中俺は、神谷にある提案を持ちかけた。

 

「なぁ神谷」

 

「なぁに?清隆君」

 

「俺と友達になってくれないか。お前とならこの無表情が克服できる気がするんだ」

 

「もっちろん!これからよろしくね!清隆君!」

 

「ああ、よろしく」

 

こうして俺と神谷は友達になった。今朝の嫌悪感はすでに消え、俺の中にあるのは

 

 

 

 

 

 

 

 

───やはり()()()()()だけだった。

 

感情主体の神谷うりという人物を近くで観察し、関わり続ければ俺はいつか、感情を知ることができるはずだ。偶然というべきか神谷自身も俺に感情を持たせようとしてくれている。好都合だ。

 

神谷自身にあれだけのメリットがある以上、多少の注目は目を瞑ろう。得られる対価さえあるのなら俺はそれでいい。

 

俺は神谷うりという人物に期待している。



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そうかな?自分だとわかんないや

「おっはよー!」

 

「...」

 

扉を一回閉めて一呼吸する。朝、俺は慣れない学校生活の日々に抗い身支度をして玄関のドアを開けた。するとそこには日々の疲れの元凶ともいうべき存在が大きな声で挨拶してきた。

 

どうやら俺は幻覚が見えているらしい。朝から神谷を幻視するとは。珍しいこともあるようだ。そう、改めて落ち着いてこのドアを開ければほら何もいな…

 

「むむむ…なんで閉めるn」

 

バタン

 

やっぱり俺はおかしくなってしまったらしい。まだ見える。...ちょっと待て。なんで神谷がここに居る。朝から面倒くさいことは避けたいんだが...。

 

そう頭を抱えていると扉が激しく叩かれるのでため息交じりに扉を開ける。すると少し涙目で膨れ顔になった神谷が立っていた。

 

「も~なんで閉めるの!」

 

「...なんでいるんだ?」

 

「朝は一緒に行きたいなって思って!」

 

「断ってもいいか?」

 

「えぇ~!一緒に行こうよ~。なんなら腕も組んでみよう!」

 

「悪い。それはなんか嫌だ」

 

「なんで!?友達だし普通だよ!?」

 

それを言われれば確かに普通のように思えるが男女である時点で他の男子が追求をしないわけもなく、明らかなイメージダウンだ。だが、神谷相手にはなにを言っても無駄なのは分かっている。

 

「分かった。行くか」

 

「うんっ!行こっ!」

 

苦言を呈しながらも、俺は部屋のカギを閉め、いつも通りに彼女の横に並んだ。

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

俺と神谷は入学初日にして友達になった。だが、普通に友達になったのではない。入学初日、神谷は俺にこう言った。

 

──-君を笑顔にしてみたい

 

きっかけは俺がなにをしても無表情だったかららしい。ようするに神谷は俺の笑顔を欲しているのだ。そしてかく言う俺も神谷を欲している。神谷は俺とは正反対。感情が理解できない俺とは違い、自分の感情を行動の起点にしている。それを観察することで感情とは何かを学ぶことが出来ているのだ。感情を知りたい俺にとってそれが好条件だった。だからこの関係は互いの利益に基づいた利益関係である。

 

というわけで横でルンルンと歩く神谷は俺を笑顔にするべく、こうして俺に絡んでくるのである。

 

「そういえばっ!」

 

神谷が何かを思い出したように大きな声を上げた。

 

「今日はプールの日だよっ!」

 

「そういえばそうだったな」

 

入学からしばらくして4月の今、学校からの通達で水泳の授業が実施されると告知された。季節外れの水泳授業、それを聞くと水温などの不安も出てくるがそれは流石国営の学校と言うべきか。水温、室温共に管理されている室内プールだそうだ。

 

「プール!楽しみだねっ!」

 

「そうだな」

 

そう返すと神谷はジト目で頬を膨らませた。

 

「むぅ~なんだかつまらなそうな反応」

 

どうやら俺の返事が素っ気ないことが気に障ったらしい。ならどう返せばよかったんだ...?

 

「そんな清隆君にはこうだ!」

 

俺の両頬を引っ張って無理やりに笑顔を作らされる。

 

「うん!面白そうな顔になった!」

 

「やめてくれ...」

 

周りからはなんだこいつらという目で見られているにも関わらず、神谷はそれを気にせずにさらに頬を引っ張ってくる。そう言うのは目立つから極力避けていきたいのだが、周りを気にしない神谷はお構いなしに続けるのだ。そこが神谷が自由人と言われる由縁。マイペース過ぎるのだ。

 

「そろそろ流石に痛いぞ。やめてくれ」

 

「ふふっ、だ~め!」

 

「おい...」

 

「ねぇねぇ」

 

そう言うと神谷はどこか微笑ましいものを見る目になった。それはさながら大切な宝物を大事に愛でるようだった。

 

「君が笑う時が来るならこんな不格好な笑顔なのかな?」

 

諭すようにそう微笑む神谷に、俺は何も返せなかった。

 

 

────────────────────────────────────────────

 

学校につくと男子が固まって何かをこそこそ話し合っていた。それを見て苦笑いする平田と冷たい視線を向ける女子たち。池たちは何をしているんだ?事情を知ってそうな平田に聞いてみるか。

 

「なぁ平田、これって何してるんだ?」

 

「あ、おはよう綾小路君。池君達はその、女子の胸の大きさについて予想しているらしいんだ」

 

「へぇーそうなのか。でもなんでそんなことを?」

 

「今日は水泳の授業があるからじゃないかな」

 

普通の高校生ならそういうことに関心が強いと聞いたことがある。やはり俺もそういうことに精通していた方がいいかもしれないな。

 

「なるほど。そういうことか。平田は混ざらないのか?」

 

「うん。僕は軽井沢さんがいるからね」

 

なるほど。そういう見方もできるのか。しかし、胸部の大きさか。気にならないことはないが、特に意識したことはない。どっちかというと池たちがどんな大きさが好みなのかの方が気になる。決してそういう意図ではないとだけ言っておく。

 

「綾小路君もそういうタイプではなさそうだよね」

 

「そうか?そうでもないぞ?」

 

「そうなのかい?意外だね」

 

「へぇー!そうなんだ!」

 

横から出てきた神谷がひょっこりと顔を出す。そういえば、神谷はどうなのだろうか。そう思った俺は神谷の物に目を向ける。

 

「...」

 

「清隆君?どうしたの?」

 

じっと見つめられているからか神谷は首を傾げて疑問符を浮かべている。俺ははっと我に返り、なにかしらの間を取り持とうととりあえず言葉を見繕う。

 

「...まだ、伸びると思うぞ。諦めるときじゃない」

 

「何が!?」

 

神谷は俺の言いたいことが分かると頬を膨らまして俺の肩をポコポコ殴っている。そんなにダメージはない。ただ、平田は苦笑いをしていた。

 

「仲がいいんだね。二人とも」

 

「友達だしな。普通こんなもんじゃないか?」

 

「あはは...そうかな」

 

「お前ら席につけ。HRを始める」

 

「ほら戻るぞ」

 

「ぐぬぬ...は~い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...そんな風には見えないけどね」

 

渋々席に戻っていく二人を見て平田は昔の自分を見るように小さく呟いた。

 

 



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恥ずかしいな

今は水泳の授業前、更衣室。私、神谷うりは着替えるために脱衣を始めていた。

 

「ぐぬぬ...」

 

自分の胸部を見てどうしても苦悩の声が漏れる。いつもなら全然気にならないのに。全部清隆君のせいだ。まだ諦めるときじゃないって、慰めているように見えて只々酷い。

 

別に自分でも分かってる。他の女の子より成長が鈍いなんて10も承知だ。でもこの学校は異常だ。みんな大きすぎる。なんでそんなに大きくなれるの?ほんと怖い。

 

「うりちゃん?大丈夫?」

 

横から心配そうな声が聞こえてきた。桔梗ちゃんだ。桔梗ちゃんはみんなに優しいから大好きだ。だから桔梗ちゃんに話せばどうにかこのむかむかを抑えられるかも。

 

「桔梗ちゃ...っ!」

 

「ん?どうしたの?」

 

胸部!圧倒的脂肪の暴力!?桔梗ちゃんにそんな諸悪の根源がくっついてる!?

 

※元々ついてる

 

「...き、桔梗ちゃん?その大胸筋はどうしたの?」

 

「あ、あはは...分かっちゃった?」

 

え?どういうこと?まさか偽t...

 

「最近また大きくなっちゃって♪」

 

「...」

 

「へ?」

 

急に押し黙る私にあっけらかんとする桔梗ちゃん。でもね?これだけは言わせて?

 

「桔梗ちゃんの裏切者ぉぉぉぉぉぉ!」

 

私は目から滲み出る汗を腕で拭いながらプールサイドへと全力疾走するのだった。

 

「...行っちゃった。何か悪いこと言っちゃったかな...?」

 

「多分不可抗力だよ...あれ」

 

事情を知っている女子は苦笑いするしかなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

更衣室からプールサイドに出ると外では味わえない塩素の臭いが鼻を刺激する。周りを見るともう既に着替えて更衣室から出ていた池と山内が鼻息を荒げていた。

 

「やっぱり俺は佐倉ちゃんだと思うぜ!」

 

「いや長谷部だろ!あれはバケモンだぜ!あれは単なる脂肪じゃない…男の夢と希望が詰まってるんだ」

 

いや普通に脂肪だと思うぞ。あと、すごく言いにくいが佐倉と長谷部は既にここに居る。何なら池たちの話を聞いている。見学席で堂々と。あのものすごく冷えた視線に夢と希望が詰まってるのは無理があると思う。

 

そんなことを考えながらぼーっとしていると、どこからか大きな足音がぴちゃぴちゃと反響して来る。それと同時にその音の主は姿を現した。

 

「…ん?神谷、プールサイドは走ると滑って危ないぞ」

 

「...っ!」

 

プールサイドへと勢いよく駆け込んできた神谷は俺を見ると、俯いたまま早歩きで俺の方に一直線で近寄ってくる。しっかり注意を聞くのは良いことなんだがどこか様子がおかしい。どうしたんだ?

 

「...清隆君」

 

「なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでもまだ、私の物が貧弱だと思う!?」

 

神谷は軽く涙を浮かべてキッっと俺を睨んだ。そして気がつくと俺の頭は神谷の胸部へと押し付けられていた。勿論、神谷の手と腕によって。

 

「えっ、ちょ...」

 

「どう!?柔らかい?柔らかいでしょ!?」

 

そう詰めてくる神谷からはいい匂いがする。少し甘いようなそれでいて心地よい匂いだった。

 

 

神谷はなんでこんな行動に?慌てていた脳を落ち着かせ考えてみる。すぐに結論は出た。理由は分からないが神谷はきっと錯乱状態なのだろう。つまりこれが所謂ラッキースケベか。架空のものだとは思ってたが実際に起こると驚きはあるがそれよりもこの状況が気になる。そう思ったのも束の間、俺の頭には激痛が走った。肋骨が痛い...。その物がクッションとしての役割を果たせていないんだ。

 

「っ...」

 

「柔らかいって言うまで離さないっ!」

 

逃れようとすると神谷は腕のホールドを強め、自分のありもしない物へと俺の頭を押し付ける。締め付けられて圧迫感の増す。何故か布がはっきりと感じられる。

 

頭に激痛が走り続ける。理不尽だが贅沢な悩みに俺は究極の選択を迫られていた。

 

「柔ら...かいぞ...」

 

俺は痛みに負けた。すまない池。お前の言った夢と希望は激痛と肋骨に負けたぞ。

 

「ほんとっ?」

 

俺の言葉を聞いた瞬間、神谷は腕の拘束を弱めた。何かに縋るように俺の目を見つめる。

 

「...ああ」

 

「ほんとに?ほんとにほんと?」

 

「しっかり柔らかかったぞ」

 

それを聞いた神谷は緊張が解れたのか安心したように顔が緩んだ。

 

「えへへ...そうかな?」

 

自分でぐにっーっと伸ばしている頬が朱色に染まっているあたり相当嬉しいのだろう。だがすぐにはっと思い出したように神谷はない物を張ると虚勢を張るように頬に添えていた両手を腰に当てた。

 

「ということだから私には諦めるほど物が小さいわけじゃないんだよっ!分かった?」

 

「お、おう」

 

「返事は『はい』だけっ!もう一回!」

 

「はい...」

 

「よろしい!」

 

この時初めて俺は神谷の胸の話は禁止ワードだと自覚したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

あの後、しばらく神谷は胸の話をしたり、大きなものを見ると露骨に猫のような警戒反応を起こすようになった。

 

 

「池!今日バスケしようぜ!」

 

「シャー!フーフー...」

 

「なんで俺っ!?」

 

(須藤の大胸筋でも反応するのか...)

 

 

今日も今日とて神谷うりは感情豊かだ。

 

 

 

 

 



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嬉しかったんだよ?

遅くなってしまいました。すみません。続きをどうぞ!


 

 

 

 

 

 

「池~山内~食堂行こうぜ」

 

「おう!今日もDXスペシャル頼んじゃうか!」

 

「ばっかお前、あの山盛り残して食堂のおばちゃんにめっちゃ怒られたの忘れたのか!?」

 

 

 

 

 

 

「本当に知性が感じられないわ。食べ物に対する感謝はないのかしら」

 

水泳の授業も終わり、俺たちは教室へと戻ってきた。ちょうど昼の時間帯であるため、各々が食堂に行ったり、教室で弁当を広げたりしている。そんな中、横で読書に勤しむ堀北鈴音は小声でそんなことを呟いた。

 

「…何かしら。その邪な視線を向けないでもらえる?非常に不愉快よ」

 

どうやら無意識に目を向けていたらしい。堀北とはバスの中でも隣になった...いわば知り合いなのだが本人曰く、他人らしいのでおとなしくその立場に落ち着いた。そうしてたまにだがこうして他愛もないことを話す関係になっている。

 

今日は機嫌が悪いみたいだな...。言葉の棘がいつもよりも鋭い。

 

「気分を害したなら悪かった」

 

「あら、あなたが素直に謝るなんて珍しいこともあるのね。あの汚らわしいクラスの男子たちよりはほんの少しだけ好感が持てなくはないわ」

 

「俺をなんだと思っているんだ...?入学初日にもいったが事なかれ主義なんだ。面倒な争いは避けたい」

 

「あら?褒めているのよ。あなたは異性の胸部に執着しているわけでもないでしょう?」

 

なるほど。堀北の機嫌が悪いのはそういうことか。しかし、俺としてもその話はあまり触れたくはない。しただけであの時の激痛が...。そういえば、神谷から感情を知るための資料として借りた漫画に「ウっ、頭が...!」とか言っていたものがあった。あれは再現性があったのか。面白い。今度、続きを神谷に借りよう。

 

「綾小路君?...急に黙ってどうしたのかしら?」

 

「いや、何でもない。少し考え事をしていただけだ」

 

堀北は少し考え込むように黙り込むと、本を閉じて膝に置いた。その顔は少し真剣そうだった。いつも俺とは違う意味で表情を崩さない堀北にしては珍しいな。

 

「...あなたはこの学校の異常さに気づいているの?」

 

「異常...何のことだ?」

 

「たくさんあるわ。Sシステムのこと、教員の生徒指導の甘さ、監視カメラの配置、どれをとっても異常だとは思わないのかしら?」

 

Sシステム...単純に考えればただただ、おいしい甘い蜜。毎月のように10万円が手に入るという制度。だがそれは単純な話であればの話だ。実際、そんなことをしていては国家予算なんてとうに破綻している。それは単純計算で一人につき、一年で120万の出費であり、この学校に在籍する生徒の数を垣間見れば、総額では軽く億を超えるはずだ。そしてその大切な財源を掛けるほどにこのクラスの生徒に価値はあるのか。答えはNOだ。

 

どう考えても何かはあるのだろう。ただ、何かするつもりはない。それをするだけの利益なんて俺にはどこにもない。俺は俺の目的以外はどうでもいい。それでいい。

 

「思わないな。勘違いじゃないか?」

 

「そ、そう...」

 

どこか落胆したような顔をしている。それでもどこか納得いかないようだった。悪いな堀北。きっとお前は間違ってない。だが俺は加担するつもりはないんだ。

 

「勘違いだったみたいね...。変なこと言って悪かったわ」

 

「別にいいぞ。むしろ良いことだと思うしな」

 

「えっ...どういうことかしら?」

 

「物事に流されずにただ真実を見極めようとすることは、正しく状況を把握するうえで大切なことだ。それをこの緩んだ空気の中、実行できるのは十分に賞賛できることだ」

 

実際、堀北の考えは間違ってはいないのだろう。この学校にはまだ見えない部分が多くある。つまり、この段階ではいろんな選択肢が用意されているともいえる。今、このまま堀北の考えをスルーする選択をすることもできる。だが、それをするよりも、いや正確には堀北が勘違いしたままでことが起こるよりかは、事実を理解している方が好都合だ。ことが起きた時、わざわざ動かなくとも勝手に解決してくれるからな。使える手段が多いに越したことはない。

 

「...ふふっ」

 

「?何かおかしいかったのか?」

 

どこか意味深長な微笑が俺に向けられる。それが何かはわからないがいい意味ではなさそうだ。

 

「別に大したことではないわ。あなたからそんな言葉が出てくるなんて思わなかっただけよ。人を励ますこともできるのね」

 

「酷くないか...?」

 

やはり堀北の中での俺の評価がどこかおかしい。いったい俺はどんな人間だと思われているんだ…?

 

「だから...気に食わないわね」

 

「は?」

 

なんでコンパスを抜き身で持って...?

 

ブスッ

 

「...痛い」

 

「上から目線で話さないでもらえるかしら?不愉快よ」

 

容赦なくコンパスで刺してくるなんて思わなかった。というか励ましたのにその対価がコンパスって酷くないか...?

 

「でも。そ、その...嬉しかったわ。ありがとう」

 

頬を染めてお礼を言われたが、痛さの方が勝る。だが、とりあえず目的は達成したことだし良しとしよう。

 

「そういえば、あなた彼女とよく一緒にいるのよね?」

 

「彼女?誰のこと──-」

 

「──-それって私のこと?」

 

後頭部から背中にかけて比較的軽度な重みを感じる。横目で確認すると、相変わらず神出鬼没な神谷が座っている俺の首に腕を回していた。これがバックハグか。...何も感じないな。

 

そんな神谷に堀北は動じることなく、神谷を見据えた。どこか緊張感が走るがその理由がよく分からない。二人とも視線が鋭い。

 

「...他に誰がいるというのかしら?あなたいつも綾小路君に絡んでるじゃない」

 

「そうだねっ!それでっ?」

 

少し機嫌が悪いのか...?顔は笑っているのに何故か目が笑ってない。あと腕の締め付けが痛い。...まだ水泳の件を引きずっているのかもしれないな。堀北も声のトーンが下がった気がする。

 

「っ...そういえば、あなたとても運動が出来るのね?」

 

堀北は圧にのけぞる様に話題を急転換し始めた。そんな堀北に満足したのか神谷も少し腕の拘束を緩めた。顔は見えないが、堀北機嫌が何故かさらに悪くなった。

 

「普通だと思うよ~?」

 

「水泳の授業とても速かったわ。何も習っていないとは思えないほどにね」

 

「う~ん、そうかな~?私はいつも通りに楽しんでるだけ?だよっ!」

 

「楽しむだけで水泳部の記録を超えてしまうなんて、可哀想ね水泳部も。でも仕方ないと思うわ。このクラスは体の抵抗が大きい人もいるもの」

 

火花散る話し合いの中で、堀北の一撃に神谷の腕に筋が走る。やっぱり肋骨って痛いんだな。

 

「あ~鈴音ちゃん()負けて悔しがってたね!」

 

堀北に動揺が走る。神谷を怒らせると何をするか分からないがこういう反応もするのか。かなり参考になるな。

 

「ち、ちがっ...べ、別に拗ねてないわ。そもそも負けの定義から考えてもらっていいかしら?私とあなたは勝負などしていなかったでしょう。だから負けも勝ちもないわ」

 

「...随分と早口なんだな」

 

「ッ...!」

 

頬を染めて睨みつけてくる。なんで俺が睨まれるんだ?ただ、事実を述べただけなんだが...。とりあえず分からないふりだけしておこう。後が怖いからな。そんなあわわしている堀北をよそに、神谷は勝ち誇ったように「あっ!」っと声をあげた。

 

「清隆君!せっかく5000pt貰ったんだし食堂でおいしいもの食べよっ!」

 

「ああ、いいぞ...って、ちょ...」

 

「レッツゴー!」

 

俺の返事を待つことなく手を引いて教室を駆け出していく神谷に引っ張られて俺は教室を後にした。

 

 

 

 

「…綾小路君の馬鹿」

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

「むむむ...」

 

「どうしたんだ?まだ気にしてるのか?」

 

「そうじゃないよ…むぅ~」

 

さっきからずっとこの状態でお手上げだ。教室からしばらくして廊下を並んで歩いている途中、神谷はずっとうねり続けている。理由を訊いても曖昧な返答しか返ってこないため、本当にお手上げだ。

 

「…おい、聞いたか?」

 

ふと、とある話声が耳に入った。さっきからいつもとは違う視線を感じるがそれと関係あるのか?

 

「ああ、1年D組の神谷だろ?あの変人って噂の...」

 

「ああ、廊下を走り回ったり、知らないやつに突然話しかけたり、とにかく行動が悪目立ちしてるやつなんだよ」

 

「それはやばいな。関わらない方がいいよな...」

 

...。聞いていて心地のいい会話ではないみたいだ。周りにはそんなことを思われているのか。

 

「むむむ...」

 

ふと横の神谷をみると考え込んでいて聞こえていないようだった。それならわざわざことを荒立てる必要はない。何も起こらないのが一番だからな。

 

「神谷っていつもずっと無表情のやつと絡んでるらしい」

 

「あいつが...」

 

...やっぱり迅速に対応する必要があるかもしれない。俺を巻き込まないでほしい...。

 

「──-何の話かな?」

 

「「っ!?」」

 

気が付くと横に居た筈の神谷は話していた男子二人の目の前に立っていた。突然話しかけられた驚きと、噂していた内容が突然来たことに驚きが混ざって混乱しているようだった。

 

「い、いや...その」

 

「ただの噂話というかなんというか...神谷さんの横に居る男子とはどういうかんけいなのかな~って」

 

「...友達」

 

神谷の口から出た言葉...という感じではなかった。無意識で反射的に出た言葉。そんな出た言葉に言った本人も驚いているようだった。

 

「へ?」

 

「私の大事なお友達。とても大切な、…!そうっ!すごい大事な私のお友達」

 

神谷は自分で言ったにも関わらず、何故か納得したように繰り返した。その男子たちは返答に困ったまま、固まっていた。

 

「...だから私は良いけど、大事な友達の噂は流したら駄目。それと困らせるのもダメッ!分かった?メっ!」

 

そう言って指でバツ印を作ると男子たちはおずおずと言ったように頷いた。それを見た神谷は満足したように笑顔を浮かべるとこちらに走ってきた。というか飛び込んできた。

 

「イェーイ!」

 

「急に飛び込んでくると危ないんだが...」

 

「なんだが嬉しくなっちゃって!」

 

「はぁ...?」

 

今の一連には特に嬉しくなるようなことなんてないと思うんだが...。やはり神谷には俺の知りえない感情の動きがあるらしい。興味は尽きないな。はぁ...。

 

「それじゃあ改めて!食堂へレッツゴ―!」

 

腕に抱き着いて進もうとする神谷に俺は困惑していた。

 

「もう悩み事はいいのか?」

 

「ふぇ?もうすっきりしたよ?ばっちり完璧に」

 

まぁ...いいか。それを今考えても答えなどでないだろう。わかる時が来るとしたらそれは俺が感情を知るときだろうな。

 

 

 

 

 

 

そんなことを思う横で神谷はすっきりとした笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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俺もだ

のんびり投稿ごめんなさい!(土下座)


 

春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる 雲のほそくたなびきたる。

 

同じようにこのクラスを例えるとしたら...

 

「豚に真珠。いえ、桜に病と言った方が正しいかしら?」

 

「…酷い言い様だな」

 

荒れ果てたその風景に深くため息を漏らす堀北。それも無理はない。この学校のシステムに不信感を抱いている堀北にとってこの現状はほぼ最悪に近いと言っていい。

 

「当然よ。スマートフォンに居眠り、挙句の果てには私語。授業妨害もいいところだわ」

 

「…そうだな」

 

最初は緊張感もあったはずだが...一人が規律を乱せば、一人また一人とそれは伝染していく。桜に病、言い得て妙というべきだろう。

 

「あなたはこの先、どうなると思う?」

 

「何の話だ?言っている意味がよく分からないんだが」

 

「嘘ね。あなた、この先何が起こるのか知っているのではないかしら?」

 

「知らないな。この先何か起こるのか?」

 

「何も教えてはくれないのね...まぁいいわ。あとは自分で見つけることにするから」

 

「検討を祈る」

 

「ええ、頑張ってみるわ。四月もあと少しで終わってしまうもの」

 

遅いんだよ堀北。気づいたところでもう終わっているんだ。少なくともこのクラスは。確かに堀北自身のポテンシャルはまだ余力を残している。だが、言わせればその程度。到底、他のクラスとの差は縮まりはしない。

 

来月の支給額は0pt。それに揺るぎはない。周りを見ればそれだけの確信が持てている。

 

「何も起きないで欲しいものだわ。理想を言えばだけれどね」

 

「そうだな。何も起きない...平和が一番だ」

 

俺自身が平穏に生きられるならそれが最善なのだから。

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

「お前たち、今日だけはおとなしくしてもらうぞ」

 

教鞭に立つといつもの緩んだ空気を断ち切るように茶柱先生はプリントを配った。

 

「え~なにこれ?小テスト?」

 

「そうだ。月末だからな。だが安心してくれ。このテストは一切成績には反映されることはない。復習だと思って気軽に取り組んでくれ」

 

「え~めんどくさーい」

 

「文句を言ってもどうにかなる事ではない。諦めてくれ。それと小テストだからと言ってくれぐれもカンニングはしないように」

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

さて、どうしたものか。この小テストは何点を取ればいいんだ?入学試験とは違って基準点が曖昧であり、正確性に欠ける。狙うなら平均よりやや下なんだが...。どうにも調節が難しい。どれを正解にしてどれを不正解にすればいいんだ?

 

レベルで言うなら最後の三問。これらは他とは違い、多少ひねられたものであることは間違いないのだがそれ以外はすべて同じ難易度のはずだ。配点も似たり寄ったり、違いはない。

 

「ふぅ...ん?」

 

前の席の自由人からは僅かながらに鼻歌が聞こえてくる。前を向くと神谷はペンを回してフンフンと陽気なオーラを纏い紙に向かっていた。

 

そんなに面白おかしく楽しめるようなテストではないのにも関わらず。というのもこのテストの難易度は極端なのだ。最後の三問、これは高校の範囲を脱している。それに対し他の小問は中学生でも努力すれば解ける程度。つまりは最後の三問が解ける実力があるのなら他は退屈であり、実力がないのなら最後の三問は楽しくないと感じるはずなのだ。

 

じゃあなんで神谷はこんなに楽しそうなんだ...?

 

そう好奇心を胸に僅かながらに見える紙の端を覗いてみる。

 

「ふふーん♪よしっ」

 

いや、落書きかよ...。正気か...?

 

よしっ、じゃないと思う。テスト中に落書きなんて普通に考えてしないのが正解だ。そもそも落書きに使う労力も無駄に...

 

「っ!」

 

いや、待てよ?神谷が起こす行動はすべて楽しさで形成されている。それは本人も自覚済みのはず。だとしたらこれは楽しいことの一環となる。そう言われてみればテストに落書きと言うのも普通に青春の一部のようにも思えてくる。なるほど。そういうことだったのか。

 

※多分違う

 

となれば急ごう。時間が足りないかもしれないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

「そこまで。回答を止めろ」

 

「ふぅ...」

 

チャイムと同時に茶柱先生の声が飛ぶ。...何とか終えることができた。かなりの力作だ。意味のないこともやってみると意外と達成感があるんだな。

 

「ねぇねぇ!清隆君!見て見てっ!」

 

「俺...?」

 

そこには俺を抽象化したいかにもぬいぐるみに使われていそうな絵が描かれていた。

 

「そうそう!ミニ清隆君!可愛いでしょ~」

 

「ああ、誰かに描かれたことがなかったからかなり嬉しい。ありがとな」

 

「うんっ!どういたしまして!」

 

照れくさそうに頬を染める神谷を前に自分が描いた絵を思い出す。これは見せるべき...だよな?

 

「あーその...なんだ?俺も実は絵を描いてみたんだが...」

 

「え!見たい見たい!清隆君の絵!」

 

「ああ、いいぞ。これなんだが...」

 

「わぁ!すご...い...あれ?これって、私?」

 

俺の描いた絵。それは目の前で楽しくお絵描きをしていた神谷そのものだった。かなり写実さを優先したので見栄えとしては悪くないはずだ。

 

「そうだ。他に題材が見つからなくてな」

 

「そうなんだ。...えへへっ。見てるとなんだか心温まる絵だねっ。ずっと見ていたいくらいだよ!」

 

絵に目を輝かせながら頬を緩めている神谷にどこか満足感を噛みしめてみる。少しだけ心拍が遅くなった気がした。

 

「そうか。そう言ってもらえると描いた甲斐があるな」

 

「うん!嬉しいなぁ~!...あっ!そうだ!清隆君!これ私にくれない?」

 

「これを...か?そんなに丁寧には描いてないが、いいのか?」

 

「うん!清隆君が自分の意志で私を選んでくれた証としてこれが欲しいんだっ!」

 

少し語弊がある気がするのだが、...まぁいいか。

 

「それなら別にいいぞ」

 

「やったぁー!大事にするね!」

 

大事そうに俺のテスト用紙を抱きしめる神谷。おいおい、そんなに抱きしめたらしわくちゃに...ん?テスト用紙?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──さて、この空気をどうしてくれるのかしら?すけこまし君?」

 

「あっ」

 

「テスト用紙で恋愛ごっこなんていいご身分ね。学生の本文は勉強にあるのをお忘れかしら?いえ、忘れているのね可哀想に。今すぐ思い出させてあげるわ」

 

「おい堀北。落ち着いてくれ。なんでコンパスを抜け身で持って...痛い...」

 

「当然の報いね」

 

なんでこんな目に...。やはり神谷うりを模倣するとろくなことにならない。

 

「私の絵か...。えへへ」

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

「採点するので両方とも没収だ」

 

「ふぇ!?ガーン...」

 

「当たり前でしょう...」

 

 

 

 

 



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間幕
間幕 嵐の前の静けさ


一応、区切りがついたので間幕挟みました!


三人称視点って難しいよね...。初めて書きました。


テストが終わり、池たち三馬鹿はいつも通りに大声で雑談していた。そんな中、池がふとある疑問を投げかけた。

 

「────そういえば綾小路と神谷って付き合ってるんだよな?」

 

「なんだよ池?そんな急に」

 

「いやーな?さっきのテストのこと思い出してな?ちょっと気になったんだよ」

 

先程、クラス全員に見せつけられた綾小路と神谷による絵の見せ合い。それは思春期真っ只中の池たちにとって、異性との過剰な関わりと恋愛はほぼ一緒と言っても過言ではない。ただ仲が良いだけに見えるはずがないのだ。

 

「そうなんじゃねぇの?あんだけ仲が良かったら普通付き合うだろ。綾小路は普通に友達だとか言ってたけどな」

 

不思議そうにはしつつも、綾小路との何気ない会話を聞く限り、付き合ってはいない様子に何とも曖昧な返答を返す須藤。そんなそんな須藤に池は頭を傾げた。

 

「ん?健はいつの間に綾小路と仲良くなったんだ?」

 

「ああ、前コンビニで上級生と言い合いになった話したろ?その場にたまたま綾小路たちが居てな、散らかしたモンを一緒に片づけてくれたんだよ。それからたまに話すってだけだ」

 

入学初日、綾小路たちは帰宅途中にコンビニに寄っていた。それもその筈。なぜなら寮には最低限度のものしか備えていないからだ。その状態では帰ったところで晩御飯すらない状況になってしまう。だから近くのコンビニへと食料調達がてら向かっていたのである。

 

「なるほどなぁ~。それじゃあ付き合ってない可能性も出てきたってわけか」

 

「そんな訳ないってwただの照れ隠しだろ。実際、あいつらがデートしてたところ見たことあるし!」

 

この男、嘘である。意気揚々と言い放った山内は二人のデートなど見ていない。いや、見ているはずがないのだ。なぜなら二人は一度もデートをしたことはないのだから。

 

山内は極度の虚言癖がある。それが特に意図的ではなく、主に見栄を張るためだが特に意味はない時もある。つまりは気まぐれで適当なのだ。

 

「...まぁいつも一緒にいるしな」

 

「ただ遊んでただけじゃねぇの?」

 

そんな山内の発言は、二人には特に響かなかった。当たり前のように一緒にいる綾小路たちでは容易に想像できる内容だったからだ。池たちの反応にこれはまずいと思ったのか山内は少し口を走らせる。

 

「そ、そんなことねぇって!プールの時だってまな板押し付けてたじゃねぇか!」

 

「あーあれな。でもあれは可哀想だったわ。最初はけしからんとも思ったけどよ、痛そうな綾小路の顔見てたらご愁傷さまだなって」

 

「だよな。やっぱり大事なのはボン、キュッ、ボンだろ!」

 

「だな!」

 

須藤に大きく賛同する山内。その裏には安堵が含まれていたとかいないとか。

 

「でもいいよなぁ~!あんな可愛い子とイチャイチャできるなんて羨ましいぜ!あー俺も櫛田ちゃんとイチャイチャしてぇよ」

 

頭を抱えるように願望を口にする池に対し、山内は鼻で笑った。

 

「でも綾小路も大変だろ?神谷って小柄で可愛いけど性格があれじゃあなぁ...」

 

「あー胸も残念って感じだもんな。自由人つーか、変人だよな」

 

「そうそう、高円寺といい勝負だよな。教室では気づいたらあちこち動き回ってるし」

 

「他にも、廊下走り回ったり、知らん奴に馴れ馴れしく話しかけたり、ベクトルは違うけど自由度で言えば高円寺以上だもんな。唯一の救いは元気で積極的ってとこか?」

 

「...改めて考えると綾小路って意外と苦労人なのでは?」

 

池たちの頭には総じて、神谷という猛獣を何とか宥める綾小路の姿が映し出されていた。いかにも苦労人という風格だった。

 

「…そういえば神谷って運動系の部活で体験入部しまくって荒らしてるって聞いたけど、実際のところどうなんだ?」

 

「ああ、バスケ部にも来てたけどよ、あいつ初心者なのにすげーうめーんだよ。ありゃ男子と混ざっても問題ないレベル。ま、もちろん俺には及ばないけどな」

 

負けず嫌いな須藤がここまで褒めることに驚きを覚えつつ、池は改めて疑問に思ったことを吐き出した。

 

「ほんとあいつって何がしてーんだ?なんか分かんねーわ」

 

「──-誰が分からないの?」

 

「誰って?そりゃあ貧乳大明神...え?」

 

聞き覚えのある声に体が硬直する。池は瞬時に自分がどのような立場にあるのかを理解したのだ。その声は明るかった。なのに感情が籠っておらず、何故か背筋に悪寒が走る。池は声のする背後へと首をグギギギと動かした。

 

「か、神谷さん?いつからここに...?」

 

「...あはっ!」

 

神谷の狂気とも言える笑顔を見せた次の瞬間、池たちの鳩尾には綺麗なブローが突き刺さった。

 

「清隆君!食堂行こー」

 

「お、おう」

 

(((((えげつねぇ...)))))

 

 

 

 

 

 

 

おまけ コンビニにて

 

 

 

「うーん...どれにしよっか?清隆君」

 

「悪いな。自炊したことがないから分からないんだ」

 

「む~じゃあ、これからはどうするの?寮生活だよ?」

 

ジト目で腰に手を据える神谷。何故そのような目を向けられているのか疑問でならないのだが。

 

「カップラーメンというものを食べてみようと思ってる」

 

「駄目だよ!そんな高カロリーなもの食べちゃ!健康には気を使わないと!」

 

膨れ顔でそう詰め寄ってくる神谷の勢いの強さに困惑しつつも、友達とはこんなものなのかと実感が湧く。あの白い部屋では培えないもの。...悪くは感じないな。

 

「お、おう。そういう神谷は自炊が得意なのか?」

 

「うん!お料理って楽しいんだよ!豚さんや牛さん、お野菜さんを切り刻むのとか!火で焼くのとか!」

 

「そ、そうなのか...」

 

きっと悪意はないのだろうが、文面をそのまま想像するととんでもない猟奇的な絵面になる。言い方というものがあると思う。

 

「じゃあさじゃあさ!もし良かったら私が──-」

 

「──-うるせぇよ!」

 

「うひゃい!?」

 

神谷が何かを言いかけたと同時にそれを遮るように大きな声が響く。神谷はその声に耳を手で覆って涙目になっていた。

 

「にゃ...にゃにが起こったの?」

 

「どうやら揉め事らしいぞ」

 

「うにゃ?」

 

声の方に目を向けるとコンビニの外ではいかにも気性の荒そうな生徒が他の生徒二人と言い争っていた。片方は須藤と言ったか?クラスメイトだ。二人の方は上級生か?

 

「ふざけんじゃねぇぞ!そこにカップラーメン置いてあるだろうが!」

 

「ああ?関係ないだろ。もともとここは俺ら二人で居たところだ。一年は先輩を敬ってどっかいけ」

 

「敬うに値しねぇやつが何言ってんだ!とっとと退けや!」

 

どうやら、居場所を巡ったいざこざのようだ。どんどんヒートアップしていく中、二人組の片方がもう片方にひそひそと耳打ちした。それを聞いた途端、二人は嘲笑うかのように顔を見合わせて笑い始めた。

 

「ははは!なるほどな!」

 

「おい...!なに笑ってんだよ!」

 

「いや、何でもねぇよ。まぁいいぜ。先輩のよしみだ。ここは譲ってやるよ」

 

「はぁ?」

 

先輩たちの突然の心変わりに疑問の声を漏らす須藤。そんな須藤を気にすることなく二人組は饒舌に話を進める。

 

「だからここは譲ってやるって言ってんだよ。あとついでに当ててやる。お前Dクラスだろ」

 

「はぁだから何だよ?」

 

「ぷはははは!マジかよこいつ」

 

「馬鹿だ!馬鹿がいる!」

 

腹を抱えて笑う先輩たちは、呆気にとられている須藤に向かってこう言い放った。

 

「せいぜい今を楽しむんだな!落ちこぼれクン」

 

「来月が楽しみだなぁ!」

 

「おい!...クソが。どういう意味だよ!」

 

それをだけを言うと先輩たちは須藤に構うことなく、どこかへ歩いて行った。須藤は納得いかないのか、近くのものに当たり散らしている。

 

 

 

 

 

「...すごく怒ってるね?どうする?このまま二人で潜伏しちゃおうか?」

 

しばらく静観していると横から神谷が手を添えてひっそりと話しかけてきた。いやここは店内だから声を潜める必要はないはずなのだが、本人が楽しそうなのでまぁいいのだろう。

 

「そうだな。これ以上は流石に店の迷惑だし、注意してくる」

 

「あっ...む~仕方ないなぁー。でも...」

 

そう言って横に並ぶ神谷の顔は初めて見た宝石のように輝いて見えた。

 

 

 

 

「これから()()()なりそうだねっ!」

 

 

 

 

 

 



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やうやう白くなりゆくやまぎは
本格始動だよ


しばらく浮上できず申し訳ありません。資格勉強に勤しんでいたらいつの間にかこんな時間が空いてしまいました。またしばらく、空くかもしれません。少々お待ちください。


 朝、私は男子寮へと足を運ぶ。勿論、清隆君に会いに行くために。ここ一か月間見てきた代り映えしない扉と壁の羅列。いつもは楽しみで微笑んじゃうくらいの気持ちだけど、ちょっとだけ今日は寂しいかもしれない。

 いつもと違うのは、今日が月初めだからなのか。それとも──。

 

 しばらくすると清隆君の部屋が見えてくる。私は大家のおばあちゃんから預かった合鍵で鍵を開ける。なんで合鍵を持っているかって?少し嘘をついてサプライズで朝食を作りたいって言ったら快く渡してくれたよ。おばあちゃんごめんね。

 

「おっ、邪魔しまーす...」

 

 中に入っても何も反応はない。よし。計画通りだ。きっとこの先で清隆君は寝ている。私がそう仕向けたから。

 音を立てないようにリビングに入る。机には私の貸した参考書。表紙にはヘンテコなフォントで”感情の出し方”なんていかにも怪しそうな謳い文句。いくら私でも笑っちゃうぐらい稚拙な本を清隆君は真面目に徹夜で読み上げ、勉強したのだろう。机には限りない消しカスと努力の跡が見受けられる。まぁ、私が期限を明日に設定したからなんだけどね。

 

 乾いた笑みをかき消して、辺りを見回す。初めて見る清隆君の部屋はあまりにも質素で驚いてしまった。どこを見ても簡易的で質素な白。そんなところの中で清隆君は過ごしている。

 ああ、なんて辛そうなんだろう。清隆君がどんな経験をして、何故こんなになってしまったのかなんて私には分からない。体験したことのない私にはそれが何か理解することはできない。

 私が耐えきれないような苦痛を私は理解することなんてできないから。

 

 前途多難だなぁ.今でさえこれなのに、これから一緒に居られる時間が減る...。いや、無くなるかもしれない。

 だからこうして私はここに来た。本当だったら放置が好ましいんだけど、それをすると清隆君はすぐ居なくなっちゃいそうだから。

 

 そしてようやく、私はベッドへと振り向いた。そう、清隆君が寝息を立てているベッドへと。

 

 無防備な君に私は自然と足が動いていた。自分でも驚いた。思っていた以上に引き寄せられてしまった。寝顔があまりにも幼かったから。母性が掻き立てられるというか、介護欲がそそられるというか.もうめちゃくちゃだ。

 

「わぁ...!プニプニだ...」

 

 ほっぺをつついてみると柔らかい感触と絹の様な肌触りに愛しささえ感じてしまうが、いつまでもこうしているわけにもいかない。今日はやることがてんこ盛りなのだ。そう思い、立ち上がろうと手を着いた。

 

「──え?」

 

 次の瞬間、私の目は天井を映していた。何が起こったの?落ち着いて状況を確認する。

 

 清隆君が私の腕をつかむ→ベッドに引きずり込まれる→一緒に布団の中(now)

 

 はぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?おかあさん私どうしよう!?貞操の危機だよ。そう言えば私、プールの時に胸押し当てたような...どうしようおとうさん!貞操の危機だよ!(現実逃避)

 

 荒ぶる思考と発熱する頬を必死に制御してみる。私の物じゃ貞操のうちに入らないって?うるさい!これでも努力くらいしてるもん!

 

 私の葛藤の横で、清隆君は相も変わらず寝息を漏らす。私がいるから少し窮屈そうに。おかげで少し落ち着けた。君は変わらずここに居る。

 

 改めて寂しさがこみあげてくる。しばらく、ひょっとしたらこれからはこんな気軽な関係には戻れないかもしれない。そう思うとなんだか抱きしめたくなって、体を捩って枕元まで這い上がると、清隆君の頭を胸でやさしく包んでみる。少しだけ満たされた。

 

 少し苦しそうだけど我慢してほしい。これぐらいは、これからに免じて。

 

「..かみ...や?」

 

 胸の中で小さく声が聞こえた。声の振動が少しこそばゆい。半開きの目と全く力みのないからだ。どうやらまだ清隆君は眠っていたいらしい。私としてもそれは好都合だった。

 

「あ、起きちゃった。良いよ、まだ寝てて」

 

 平静を取り繕うように頭を撫でる。少し収まったとはいえ、やっぱり私に感情をコントロールするのは難しいかもしれない。

 清隆君も起きる気はないのか、それとも私が仕組んだ徹夜に屈したのかは分からないが促されるままに瞳を閉じた。決して君を描いてはいないと思う。

 

「...そろそろ時間かな」

 

 私は布団から出てまた眠った清隆君を見る。私は、面白そうなことや楽しそうなことが好き。それは変わりない。でも、面白いことを続けるためには少しの苦労がいることを私は知っている。本当に好きなことを続けるために私は苦しいことも受け入れよう。

 

「おやすみ。清隆君」

 

 私は()()()()って決めたから。



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いつだって私は利己主義で自由主義

皆さまお久しぶりです。もう忘れてしまったという方も多いかもしれません。申し訳ございません。でも、だって仕方ないでしょ!忙しかったんだもん!

以上、言い訳でした。それではどうぞ。


「茶柱先生」

 

四月の終わり。教室。そう呼びかけると私が自分が出来るだけの微笑みを作る。それは、私の嘘で塗り固められたもの。いつからか備わっていたもの。今は、気にしなくていい。今、目の前にいるのは対等な立場なのだから。いや、それ以下なのだから。

 

向こうから息を唾液と共に飲み込む音がする。先生は私をなんだと思っているんだろうか。生徒に向ける視線じゃない。もっと、畏怖に満ちた…さも私が何か悪いことをしているみたいな気分になってしまう。いやだなぁー私は何もしてないのに。ちょこーっと全部の部活に参加して、ぐわーっていろんな店をお手伝いして、わくわくしながらいろんな人とお話してただけなんだけどなぁ。あれっ...やってること中学の時と変わらないかも。まぁ、いっか!

 

斜めになった頭を押し戻して防御を固めている茶柱先生に私は改めて口角を上げる。いや、作る。

 

「取引...成立ですよね」

 

「化け物か...貴様は」

 

苦そうに茶柱先生は幾分明るい声でそう吐き捨てた。それこそ、良いことがあったみたいに。酷い。私はただ頑張っただけなのに。

 

「あはは...でも約束だって言ったでしょ?そうでなきゃこれは取引にならないよ」

 

「はぁ...そうだな。これは()()だ。契約じゃない。ましてや、脅しでもない。たちが悪いとしか言いようがないな。神谷、お前知っていたな?私の条件が達成できると」

 

「むふふっ。ありがとうございますっ」

 

降参だ。とでも言うように先生は両手を上げると近くに椅子に腰かけた。私と先生の取引は私の勝ちだったのだ。取引というのに勝ち負けもあるのかって話だけどね。

 

「打合せだ。座ってくれ」

 

「はいっ。...それじゃあ、聞かせてください」

 

──-清隆くんの秘密を

 

 

感情には主に六つの括りが存在する。一つは、喜び、一つは、驚き、一つは悲しみ、一つは、恐怖、一つは、怒り、そして嫌悪。まずは嫌われることから始めよう。君がそれで欠片を取り戻せるというなら。

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────

 

 

鳥のさえずりが聞こえる。朝か。

 

どこか心地よさの残る温かい日差し。もうそろそろ暑く始めるだろう。これでこの温もりもあと2回になるのか。感慨深いと言えばそうなのだろう。だが、オレにはそれが分からない。だからこうして──-。

 

心が冷めていく。

 

自然と目が醒めてしまった。心地よい気分も台無しだ。自分に嫌悪しつつ、瞳を動かすとどうしても違和感を拭いきれない。なんだ...?

 

どう探ってもその正体など掴めはしないはずなのに、何故か後頭部にかけて感じる温色が妙に温かい。それが何故なのかオレ、綾小路清隆には全く理解できなかった。普通ならば理解できるのだろうか。

 

「神谷…?」

 

ふと出た人物に妙な納得感を覚えてしまう。自分でもなぜあいつの名前が出てしまったのか皆目見当もつかない。ただ、確固としてあるのは、この温もりは神谷だということだけだった。

 

そうして疑問は帰結する。机にある置き手紙に気づいたのだ。あいつ...どうやって部屋に忍び込んだんだ?どうやら、いつものアプローチの延長でオレを驚かせたかったらしい。まぁ、睡眠を阻害されなかっただけ感謝しよう。

 

置き手紙には、少し丸っこい字で

 

「いつも健康に悪い食事は駄目だよっ!自炊するように!」

 

と書かれていた。そういえば、神谷にはいつぞやか、食生活で注意された記憶がある。とんだお節介ではあるが、毎日カップラーメンで過ごしているオレには反論の余地はなかった。

 

目を移すとメモ書きの隅に小さく、

 

「だから今日は私の手料理をどうぞ!おいしいよっ!」

 

とデフォルメされたミニ清隆も添えられていた。どうやら気に入ったらしい。棒立ちからご飯を食べている姿へと進化している。

 

食卓の上には丁寧にラップが掛けられた器が見える。和洋混合でやけに数が多いな...。神谷らしいな。

手に取ってみるとすでに冷えてしまっていた。神谷は相当朝早くに来たようだ。本当に起こされなくて良かったと思う。こんな寝心地の良い空間でたたき起こされてしまってはオレの残り少ない体験がさらに減ってしまう。

 

閑話休題

 

ありがたく神谷特製、おかず盛り合わせ朝食を口に運ぶ。

 

「おいしい」

 

考える前に口に出ていた。久ぶりに栄養のバランスが取れた?食事を取ったということもあるのだろう。だが、ホワイトルームでもここまでのものを食べた記憶はない。あそこでの食事は質素そのものだった。だからこそ、今、箸が進むのを実感してるのだろう。ただ、それだけではないような気もする。食材自体は冷えているのだが、やはり、これも温かいのだ。

 

この温かさはなんだろうか。その疑問だけがオレの心に陰る。心なしか今日は不穏な予感がする。

そして、時間を意識し始めたとき、その不信感が形を持って現る。言を以て体を制す。言うに易し、得るに苦し。そう、オレは今日、まだ一度もあれを見ていない。

 

今日はやけに穏やかだった。穏やか過ぎるのだ。平穏は時に不穏となりえる。温かい陽気、快適な睡眠、優雅な朝食。そしてこのもの静けさ。オレは、おそるおそる机の携帯に手を伸ばす。

 

そして画面を見た時、オレは軽く絶望した。

 

「──-遅刻だ」

 

オレは初めて理解した。遅刻という恐怖を。

 

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

少し汗の滲む思いをして、ようやく教室へとたどり着く。時間は既に朝礼過ぎ。教室の扉の前でスマホ片手にはぁ…と頭を抱える。

 

今日は5月1日。きっと今日からはクラスが血眼になってptを確保するために奔走することになる。そんな中での遅刻。普段の行いを含めたとて、あまりにも重すぎる過失。非難は免れないだろう。

 

扉越しに聞こえる声は驚愕、といったところだろうか。まぁ。妥当か。入ると思っていたptが1ptも入っていないのだから。だからこそ、気が滅入る。入りたくないな。

 

重い腰を上げるように渋々扉に手を掛けた。

 

「おい神谷!どう言うことだよ!」

 

神谷うりは測れない。いつもオレの想定を逃れるのだ。合理性に欠ける。だからこそ理解しかねる。

 

「なんでオレたちのプライベートポイント全部お前に入ってんだよ!」

 

手元のスマホを見る。確かにオレの予想通りptは入っていない。そしてオレは黒板を見て気づくのだ。

 

黒板には示されていたのだ。()()()()()()()()()()()()が。

 

AクラスCP940pt

BクラスCP650pt

Cクラス CP 490pt

DクラスCP 98pt

 

黒板から視線を戻す。窓際、後ろから二番目。彼女は立っている。片手に90と書かれた答案用紙を持ちながら。そんな彼女と目が合った。いや、オレが見ていなかっただけで元々見ていたのかもしれない。

 

二つの()()がオレに向いていた。そんな気がした。

 

 



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揺れて、揺さぶられて、そして始まる

お久しぶりです!期間が空き過ぎて書くに書きだせない状況が出来上がってました。ゆっくりではあるけれどもう少しペースはあげたいですね。


 

静かな木々がサーっと揺れる。騒然とするHRが終わった後、私は予定通りに校舎裏に来ていた。そうすれば清隆君が会いに来るだろうから。後ろから足音が聞こえる。来たかな?

 

「非常に愉快だねぇ」

 

そう話しかけてきたのは清隆君じゃなかった。あえて人気の少ない場所に来たのに。私はここで清隆君の敵となる。そうして、私を介して少しでも感情を知るきっかけになって欲しいから。

 

清隆君はあの時の私をどう思ったのかなぁ。嫌だって、すごく怒ってくれたら嬉しいなぁ。そうだとしたら、それだけ私のことを友達だと思ってくれていたってことだから。

 

でも、少し胸が痛いのも事実。私にとってこの関係が大切だったからこそ、それを断ち切ってしまう、裏切ってしまうのが、辛い。ずっと嫌われ続けた私に何の感情も抱かずに接してくれた。そんな優しくて悲しい友達。でも私を糧になったとしても清隆君が幸せになれるなら、それがきっと正解だよね?

 

苦し紛れの言い訳で自分を隠しながら声の方へと振り向く。そこにはえーと、金髪で派手な人が立ってました。名前はたしか、こ、こ...

 

「高円寺君、だったっけ?」

 

「いかにも。私が高円寺六助さ」

 

よかった。間違ってはいないみたいだね。なんでこんなところに...いや、私を追いかけてきたってことかな。あの作戦に怒っているとかではないみたいだからそれは良かったよ。私自身としてはあまり他の人を巻き込みたくないもん。できれば多くの人になるべく多く笑っていて欲しい。

 

でもずっと笑い続けることなんてできないんだよね。その過程には、たくさんの苦労があって、泣いちゃうことだってたくさんあって──-。それは私が一番分かってるから。

 

「それで、どうしたの?私に用かな?」

 

「まさにの通りだよcheerfulガール。君に賞賛の拍手と謝罪にさ」

 

「賞賛と謝罪?」

 

「私は美しいものを好む質でねぇ。クラスでの行動は実に美しかったのさ。特にそれを見るくラスメイトの顔が。だからこうして私が直々に賛辞を送りに来たわけさ」

 

何を言っているんだろう...この人。クラスのみんなは悲しそうにしてたし、私の行動はすごく酷いことだと思う。褒められることなんてあんまりないと思うんだけどなぁ。

 

「そ、そうなんだね~。それで謝罪っていうのは?」

 

「それは私としてではなく、高円寺財閥としての謝罪さ」

 

「高円寺財閥?なんで?」

 

嫌な予感がした。あの高円寺君が頭を下げる。私に向かって。あの自分が一番だと信じ込んでいる高円寺君が。そして私は軽々しく聞き返したことを後悔することになる。

 

「同じ立場としては挨拶しないのは些か不敬だったのでね。だからこの高円寺六助直々のお詫びをしようじゃないか。神谷財閥のご令嬢殿。いや...

 

 

 

──-元ご令嬢神谷うり殿」

 

「っ」

 

なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで...。なんでそのことを。だってもうあの場所は──-。

 

「解体されたのはもう3年も前のことになるが、私は神谷財閥を覚えている。あの会社は斬新だったよ。解体されるのは惜しいものだったねぇ。そんな君が今もこんな美しいものを作り出せる。素晴らしい。実に素晴らしい。流石はエンターテインメントを追求する企業のご令嬢だ」

 

体から血の気が引いていく。嫌だ。膝が震える。息がつまる。怖い。

 

「昔の話だよ。そ、それで話は終わり?」

 

やめて。もう聞きたくない。もう私はあそこには戻れない。みんなを幸せにできなかった私には...。もう何も失いたくない。

 

「私の話は終わりさ。だが君にはまだ、やることが残っているのだろう?それに盗み聞きは好みじゃない。出てきたらどうだい実力者ボーイ?」

 

 

「え──-?」

 

「...」

 

清隆君がいた。いつも通りの無感情で。ねぇ清隆君、待っててね。あと少ししたら君をきっと幸せにしてあげられる。いつか痛いくらいに笑えるようになるから。

 

そうして君が笑ってくれたらきっと、私も乗り越えられると思うんだ。でも、これが盲信だとしたら私は──────-。

 

 

 

 



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始まったのは私か、それとも始まっていた私か

やっと書きたいところまで来た気がします。ここからが本領発揮です。


そして恒例になりつつありますが、投稿に間が空いてしまい申し訳ございません。直す気はありますが治せる気がしません。


 

 

高円寺君がこの場から立ち去り、静寂が訪れる。あまり理解はできないけど、高円寺君がこの場面を用意してくれたということだろうか?だとしたら私にとっては喜ばしいことだと思う。

 

清隆君と二人きり。ここで私の役目は終わる。きっとここから先は清隆君なら私がいなくても進んでいける。私がいなくても。それだけの準備を私はしてきたのだから。

 

 

「清隆君…」

 

喉に溜まった唾液を飲み込む。柄にもなく緊張しているみたい。それもそっか。だって私にとってこれは罪滅ぼし。きっと自己満足で自分勝手なもの。それでも私は助けよう。そう決めたんだ。

 

「隠れて聞いてたの?」

 

「……悪い」

 

「全然いいよ。私が呼んだんだから、仕方ないよ。それより、

 

──────私に聞きたいことがあるんじゃない?」

 

「...ああ、そうだな」

 

「...何から聞きたい?」

 

あまりにも無機質な彼に私は演じよう。醜く、卑劣に。それで君が幸せになるなら、きっとそれが正解だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入学当初、私はやり直せると思っていた。自分の境遇も、過去も全部。

 

私は神谷うり。私は昔から誰かを()()()()()のが好きだった。ある時は笑顔に、ある時は幸せに。それが私の喜びになっていたのは間違いない。それは、テーマパークを経営し、生業としている私の家系故なのかもしれない。

 

そんな私は祖父の運営しているテーマ―パークに足繫く通っていた。そこは、財閥ではお払い箱とされていて比較的客足は少ない。それでも常連さんはよく来るし、隠れた遊び場としては有名な場所だった。私はそんな雰囲気が好きだった。なにより、そんな笑顔で遊ぶ人たちを見るのが私の面白さに強く響いた。

 

でも、それはすべて崩れ去った。終わってしまった。テーマパークはあっさり閉園、祖父は病気で亡くなり、後を追うように会社はあっけなく破滅の一途を辿った。

 

それが私の過ちだ。そして誰もが私を嫌った。当然だよ。だってすべての原因は私だから。私が悪いんだ。

 

だから償いとして、この学校で困っている人を助けよう。今まで助けられなかった人たちの分まで私が救おう。そうして償えるなら私はどうなってもいいから。

 

そして、清隆君に出会った。最初は気づけなかったけど近くで目を合わせたら分かった。

 

()()()()()()()()()()()

 

面白さは一概には言えない。そんな面白さは誰かが動けば多少なりとも生まれる。

何かに対する動きがその面白さを作り出す。私はそれを基準としてみんなが面白くなるように生きてきた。でも清隆君には何の面白さも感じない。瞳の奥は常に無機質で何をするにも無表情。

 

私は気づいた。ああ、感情がないんだ、と。

何がそうさせたのかは分からない。でも確かにここに居るのは感情がない人だった。

 

試しに街を連れ歩いてみた。いたるところを回って、清隆君を楽しませてみた。口では楽しいと言ってくれるけど面白さは全くと言っていいほどない。

 

それでも何故か、私はどこか喜びに似た何かを感じていた。きっと、それは純粋なものじゃない。もっと歪んでいて、それでいて少し狂気的な何か。そう、私は清隆君を知的好奇心だけで考えていた。

 

清隆君が感情を取り戻すこと、それがきっと、今までの私を救う唯一の手段なのだ。そう、清隆君が私の罪を償わせてくれる何かなのだと、そのために私と巡り合ったのだと。

 

私は、待ち望んだこのチャンスに気持ちが昂って少し本音が漏れてしまった。変に思われてはいないよね?

 

私は清隆君に期待していた。

 

 

 

 

 

 

 

あれから、私は模索の果てによくない噂されるようになった。清隆君にもそれが及びそうになったのでつい、注意してしまった。実際、清隆君も目立ちたくなかったみたいだったから。でも、私は言葉に詰まってしまった。

 

「神谷さんの横に居る男子とはどういう関係なのかな~って」

 

清隆君とは友達だ。私にとって初めての友達。ただ、そう思ったと同時に()()()()()()が言った。清隆君は私にとって償いをするための手段に過ぎない、と。

 

私は時々、ふと怖くなる。清隆君とっては私のエゴに振り回されているだけで本当は感情なんて取り戻したくないのではないかと。私は罪の意識を感じずにはいられなかった。でもそれを私の中の壊れてしまった何かが私を急かす。私を責める。

 

──-本当に私はこうして幸せな日々を送っていてもいいのかな?こんなのんびりしている暇はあるのかな?今すぐにでも清隆君を助けなよ。彼は今も苦しんでいるのに、あなたはなんで楽しんでいるの?

 

ああ、息苦しい。

 

「...友達」

 

自分でも驚いた。完全に無意識だった。

 

「私の大事なお友達。とても大切な...そうっ!すっごい大事なお友達!」

 

その言葉に呼吸が始まる。そうだ、清隆君は私と友達になってくれたんだ。そんな清隆君が心から笑えることを友達の私が願わず誰が願うんだ。

 

そう思うとなんだか自分が必要とされている気がして懐かしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、そんな楽しい日々も続かなかった。

 

コンビニで上級生の言った言葉の違和感、単なる好奇心で色んな人に聞きまわった。学校中を走り回って情報を集めた。そして私はSシステムにたどり着く。

 

きっかけはA組の坂柳有栖ちゃんってお人形みたいな子とお話した時だった。

 

「父から聞きましたが、この学校は実力主義というのを大切にしているらしいですよ」

 

彼女のお父さんはこの学校の理事長らしくて、驚いたけどそれどころではなかった。実力主義、この意味がそのまま通じるとしたら。

 

私は怖くなった。もしこの学校が私の考えるような学校だったら。その嫌な予感は見事に的中してしまった。

 

この学校は他のクラスと騙し合い、蹴落とし合い、成り上がり、争い合って成り立っていると。Sシステムはそのための明確な指標。ポイントは貧富を表わす視覚的な差。

 

私は知っている。私は誰かを蹴落とすことなんてできない。できることならみんな仲良く誰もを敬いながら生きていきたい人間だ。そんな甘い自分に待つのは退学。

 

それは困るけど大して苦ではなかった。でも、それよりも気がかりなことがあった。清隆君だ。私がいなくなったら清隆君が取り戻す手段がなくなってしまう。それに私の罪の精算も。

 

どうしよう。どうしよう。清隆君が感情を取り戻せなくなる。もう、助けられないのは嫌だ。

 

 

私の中の何かが笑う。

 

──-ほら、今すぐにでも助けなきゃ。自分なんてどうなってでもいいでしょ?あなたが苦しまなきゃ彼は、大切な友達は一生苦しむんだよ?できるよね?

 

そっか。私なんてどうでも良かったよね。

 

 

清隆君に恨まれてもいいから私が全ての悪意を背負ってそのまま退学してしまおう。そうすれば、みんなの苦しい姿も清隆君の感情もすべて解決する。私だけが辛い思いをしてしまおう。

 

 

何故か自分が自分じゃないみたいな気がしてならない。でも今はそんなことどうでもいいや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は茶柱先生に会いに行った。時間帯は夕方。職員室には茶柱先生しかいなかった。よかった。これを話せるのは茶柱先生しかいない。実は茶柱先生には良くお世話になっている。なんでも私が先生の知人に似ているからほっとけないんだとか。最近は行動について叱られることをしているからなんだろうけど。

 

「神谷か。どうしたこんな時間に」

 

「...」

 

「神谷?どうかしたのか」

 

いつもの私からでは想像もできないような様子でいる私に茶柱先生は頭を傾げる。でも、ごめんなさい。

 

今は()()()()()()()()()()()()

 

「先生、取引をしませんか」

 

「取引?どういう意味だ」

 

「私がSシステムを言いふらさない代わりに私の条件を聞いてください」

 

「...っ!?場所を移すぞ」

 

慌てたように辺りを見渡す茶柱先生。私はそれを手で制止する。

 

「ここでいいです」

 

「っ...、神谷うり、取引とはどういう意味だ?」

 

いつもより冷たい視線が私に刺さる。なんだか酷いなぁ...。そんな冷たい態度じゃなくてもいいのに。なにかするわけじゃないんだし。

 

「私と先生だけの約束をしたいんです。学校に内緒で」

 

「私と、か?はぁ...神谷、お前を私は理解しているつもりだ。お前は問題児ではあるが頭脳では目を見張るものがある。勿論、Sシステムを見抜いたのは賞賛に値する。だが、お前なら契約の仕組みについてもある程度理解があるはずだ。学校に内緒で?あまりふざけない方がいい」

 

怒るのも知ってる。でも私はひるむつもりはないよ。もう、決めたから。

 

「だ・か・ら、取引って言ってるんですよ。じゃなかったらこの学校の仕組みを外にばらします。知ってるはずです。私にその力があるって」

 

「っ...」

 

先生が面白くなる。私にはもう消えたとはいえ、昔は社会的権力があった。つまり、発言はそれなりの重さを持つ。先生はきっとそれを知っている。だからきっと清隆君のことも知っている。あなたはそういう人でしょ?

 

「...契約と言わないのは何故だ?」

 

「学校だと許してくれないかもしれないから。それに、私はきっとこの学校に残り続けることはできないから」

 

「...」

 

先生は黙り込む。無駄な会話なんて一つもない。だけど私は知っている。先生は断らない。知ってるよ?あなたが私に何かを重ねていることぐらい。可愛い生徒のお願いだよ?無下になんてしないよね?

 

「……わかった。要求をのもう」

 

「ふふっ。ありがとう、()()()()()?」

 

「っ!?お前どこでそれを!」

 

「あ、当たりだった?それっぽい感じを演じてみたんだ。あ、じゃあ作戦会議しよっか。会議室行こうよ」

 

「……」

 

黙り込む茶柱先生を背に、会議室と書かれたタグのついたカギを人差し指でくるくると回す。久しぶりに感覚が冴えてくる。さあ、ここから始めよう。()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会議室につくと私は背を向けていた茶柱先生に振り返る。座ってからでも良かったけどちょうどいいや。

 

「じゃあ、先生。特別報酬許可証ちょーだい」

 

「特別報酬許可証だと?何に使うつもりだ。あれは部活動などで特別な成績を残したときに申請できるものだぞ」

 

そう、これは主に部活動などで成績を残したときに申請できる書類だ。使えるのは主に三つ。Ptの特別付与、物品付与、異議付与だ。Ptは言わずもがな、物品付与は何か高額な物品を特別に肩代わりするもの、異議付与は匿名で不満に対して異議申し立てができる。異議付与は審議で決まる故に確証性は薄いけどね。

 

 

「いーから。これから説明するよ」

 

そう言うと渋々、といった様子で書類を差し出してきた。私はそれを手に取ると得られる権利に目を通す。あった。これだ。

 

「この、異議付与って権利を申請したいんだ」

 

これなら私がやりたいことを実行できる。私がやりたいことは主に二つ。まずはみんなのヘイトを集めること。そして清隆君の過去を知ることだ。過去の思い出、感情を失うほどだ。きっと大変な目にあっているはず。きっとそこに穴はある。

 

「それは上での審議ある以上、反映されるとは限らないぞ?」

 

「そんなこと百も承知だよ?それになすがままな訳ないよ。ちゃんと策はあるの」

 

「...そうか。だがそれだけでは承認できないな。お前にはまだ」

 

「実績がない、でしょ?」

 

分かり切っている応酬はあんまり好きじゃないんだ。ごめんね。でもそんな警戒しないでほしいな。悪いとは思ってるよ。すこしだけね。

 

「...っ、ああそうだ。それに条件自体も相当厳しい。生半可な実績でははじかれてしまうだろうな。それこそ、全部活に参加して好成績を収めるぐらいでないと」

 

「それも大丈夫だよ。だからこの紙貰ってくよ?」

 

もうこれ以上ここで話すことはない。この紙が貰えれば今日のところは目的達成だからね。

 

「じゃあ私は帰るよ。今日はこんな時間までありがと、茶柱せんせーっ」

 

「少し待て」

 

ドアノブに手を掛けた時、そんな声が窓を起点に鳴り始めた雨音をかき消す。あ、雨降ってきたんだ。傘持ってないや。

 

「なにかな?」

 

「私からも条件を出す。タダでは取引とは言わないだろう?」

 

「いやだな~こっちにはSシステムの脅しがあるんですよ?むしろこれだけじゃ足りないぐらいだよ?」

 

「綾小路清隆の過去を私は知っている、と言ったら君はどうする?」

 

「へぇ...」

 

まさかそっちから提案されるなんて思わなかったなぁ。しかも私が清隆君に執着してるのバレてるし。あぁ~あ、うりは演じるのが下手だなぁ。そんなのだから罪を全部背負っちゃうんだよ。馬鹿だなぁ。あいつらの責任転嫁なんて全部無視すればいいだけなのに。面倒くさくなったら潰せばいいしね。

 

まぁ、その内聞き出そうとしてたし好都合だ。とくに断る理由もないし乗ってみようかな。それに、面白そうだもん。

 

「分かったよ。紗枝ちゃんはどんな条件()を私に求めるの?」

 

「DクラスをAクラスにするために尽力してくれ」

 

「え~それ継続系じゃん。私そういうの苦手なんだけど」

 

「勿論、期限は設ける。四月中、それでどうだ?」

 

「四月中にこれ申請できるならそれでいいよ。あ、でも五月の一日には結果が欲しいから調整よろしく」

 

今度こそは扉を開く。準備は上々。さて、これからどんな面白いことが起こるかな?

 

「最後に一つだけいいか?」

 

「もー質問はまとめてからきてよー。社会に出たら常識でしょ──-」

 

 

 

 

 

 

「ー--お前は誰だ?」

 

茶柱先生はそう言う。唐突過ぎて私びっくり。

 

「んっ...急に難しいこと聞くね。でも、まぁ私は私だよ?面白いことに従順で、それをするためなら何をするのも厭わない。素敵でしょ?」

 

私の問いに分かりやすく動きが止まった。ありゃりゃ。これは珍しく墓穴をほったかも。先生はよくうりと関わってたもんね。そりゃ分かるか。

 

「言い方を変える。お前、()()()?」

 

「...ふふっ」

 

あーあ。バレちゃった。そういえば私自身の名前を名乗るのは久しぶりだ~。それこそ最後に名乗ったのは中学の時か。同級生だった子だけに教えたんだよね。まぁその子から名前が漏れることなんて未来永劫にないんだけどね。

 

ああ、懐かしい。思い出っていいものだよね。辛いことや苦しいことが私をかたどっている。

 

「私は()()()()。じゃあね」

 

先生がどんな顔をしていたのかなんて見ていないし、興味もない。だから私は真っすぐ帰った。天候の読めない天気雨を傘も差さずに。

 

「……絶対に退学にはさせんぞ、絶対に」

 

茶柱先生の声はきっとこのときの私には聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、私は五月の一日を迎えた。私のスマホには全員分のptである29.4万ptが入っていた。特別報酬許可証で私が使った異議付与の審査が通ったようだった。

 

私がしたのはただ一つ。Cpをできるだけ増やした。意外と大変だったんだよ。だって全運動部に参加して結果残して、おまけでこの学校にあるお店の無償のお手伝い、ようするにボランティア活動だね。Cpって実績を作ると貰えるんだよ。しかも、なんとお得なことに四月の間は生活態度も評価に入るからいい行いがCpになるんだ。それで98Cpも稼いだ私グッジョブ。

 

おまけで私はDクラスで一番Cpを稼いだんだよね。つまりは一番Aクラスになることに一番貢献したのは私。やったね条件達成だよ。

 

そして色々頑張って満身創痍な私が申し立てた異議はこうだ。

 

クラスでCpを稼いだのは私だけなのに他が貰うのはおかしい、と。

 

しかし、それだけでは信頼性が薄い。だからこその無償のお手伝いでもある。初日に商店街の店を手伝ってて良かったよ。おかげで簡単にそれに気づけた。

 

それらによって私の正当性が上に伝わって今回の結果につながった。

 

さて、ここからはあの子に任せようか。きっと面白くしてくれるはずだからね。いい感じに不信感を煽ってね。

 

 

さぁ、そろそろ教室に入ってくる頃じゃない?あの子には君が遅れてくるように仕向けさせたからね。この惨状を見て君は果たして事なかれを貫けるのかな?私も君に期待している。君がいつか私を見つけてくれるのではないかと、ね。

 

──―ガラッ

 

君がいる。私の手にはあの子がとった90点と君の絵。目が合う。君は私に何をくれるの?

 

 

本当に楽しみだよ

 

 

 

 

 

 



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背負うものの格の違い

遅くなった分、二話分纏めました。相変わらず投稿が遅くなるのはもはや必然かもしれない。あとチマチマ書いているせいで見直すと同じ表現の盛り合わせで推敲がもう酷いのなんのって感じです。以上愚痴でした。


 

 

 

 

「おい!綾小路!どういうことだよ!」

 

「神谷さんと四六時中一緒に居たんだから何か知ってるんでしょ!」

 

「一回落ち着いてくれ...」

 

HR後、普段と変わらず神谷は颯爽と消え、残った俺だけが取り囲まれる。なんだこれ、理不尽が過ぎやしないだろうか。オレは何も知らんぞ。やったことと言えば見て見ぬふりをしていただけだ。このクラスの動向も、その行方も、神谷の悪だくみすらも。流石にこんなことになるとは思わなかったが。

 

「これに関してオレはなにも知らないんだ。神谷の奇行は日常茶飯事で怪しいとも思わなかった」

 

「本当?神谷さんと企んで私たちのpt盗んだんじゃないの!?」

 

さて、どうしたものか。この女子、篠原の言い分のような疑いは簡単には晴れない。今この場でptが入っていなかったとしても神谷と組んでいたとしたら、後でどうとでもなる。ほとぼりが冷めたところでこっそり手に入れることもできるのだ。つまりは...

 

「綾小路への疑いは根深いぞ!そう簡単に逃げられると思うなよ!」

 

ということだ。池、解説をありがとう。この弊害は長く目立つことになること。まさに平穏とは無縁。恨むぞ神谷。

 

「綾小路清隆君、茶柱先生がお呼びです。至急職員室へ──-」

 

なんというタイミング。この機を逃すまいとすかさずその場を離れる。あの場にいるとろくなことがないのは一目瞭然だ。実際、後ろからの視線が物語っている。

 

これは死活問題だな。それはオレにとっては、であってもう一人は該当しないのだが。とりあえずこの場は一旦収まるだろう。争いを嫌う平田と櫛田が何とかしてくれるだろうからな。

 

堂々巡りになりそうな思考に一区切りつけたところで職員室の前に立つ。

 

「失礼します」

 

「...来たな。こっちだ」

 

秒を待たず。茶柱先生が待ち構えていたかのようにすぐに鍵を手に取り、職員室を出る。反抗する理由もないので、促されるままにおとなしく後をついていくことにする。さて、どうしたものか。

 

ふと、ズボンのポケットにある紙を触る。この紙に書いてある呼び出しに間に合うだろうか。というのもこれは神谷が俺の机にこっそり入れていたものだ。他の誰にも知られないようにこっそりと。紙には知りたいことを教えます、校舎裏。とだけ書いてあった。

 

ここまで手の込んだ嫌がらせは初めてだ。せめて事前の説明があっても良かったとは思う。まぁ、説明されたからと言ってなにか行動を起こすというわけでもないが。オレのやることは変わらない。

神谷を観察すること。それは知識を得る行為に等しい。感情という不確定なものを、無数に存在するパターンの分岐を一つ一つ理解し吸収する。それを繰り返し、オレは感情を知るだろう。たとえ、それが正しい過程でなくとも。疑似的なものであっても。使えるのなら、最後にオレが勝ち残ってさえいればそれでいい。

 

「ここだ、入れ」

 

「っす」

 

鍵を閉めた後、こちらを向く顔は見るに難い。だからなんだ、という話だが。オレには意味のないことだ。悪意というのは善意と違い、明確で分かりやすい。所作の一つとってもこちらを害する意志がひしひしと伝わってくる。それすらもいなしてしまえば自然とその感情は消え失せる。人は悪意を容易に持ち運ぶことはできない。悪意というのは重い。だから動くために捨てて身軽になる。ただそれだけのことだ。

 

「さて綾小路、お前は面白い生徒だなぁ。あの神谷とうまくやっているのはお前ぐらいだ」

 

「それを言うなら茶柱先生の苗字も相当ですよ」

 

「全国の茶柱さんに土下座してみるか? んん?」

 

警戒されている以上、上手く躱すことが出来るとは到底思えない。それならさっさと終らせるのが吉だ。この後の約束もあるからな。

 

「それで、なんでオレは呼ばれたんですか?この後に用事があるんですが」

 

「まぁそう急ぐな。その用事とやらに関係のあることかもしれんぞ?」

 

知ってはいたが、神谷関連か。あまりにもありきたりすぎて不信感すら覚えてしまうが、大方事件の聞き取りだろう。そう単純であってほしいものだが。

 

「神谷は私たち教師からしても異質の存在だ。ほぼ初日からSシステムの本質に気づいた上であえて実績を示し、要求を通す。まさに実力至上主義のこの学校において卓越した存在といえよう」

 

神谷は異彩を放っているのは周知の事実だ。そしてそれが本人自身の力であることもまた事実。評価を受けるのも妥当なことだろう。だが、それと同時に疑問も生まれてしまう。

 

「しかし、神谷を裏で操っている黒幕がいるとは考えられないか?」

 

故に、こうなる。

 

「そんなの憶測でしかないでしょう。オレはただの目立たない一般生徒ですよ」

 

「一般生徒は普通自分で”目立たない一般生徒”などと自分を呼称しないと思うがな」

 

「すごい偏見だろ、それ」

 

本当に教師なのか?冤罪もいいところだ。

 

「冗談だ。だが、お前が一般生徒などと騙るには少々無理があるとは思わないか?」

 

そう言って机の上に放り出された5枚の紙。それはオレの入学時の学力テストの結果だ。我ながら見事に50点だった。そう、すべてが50点ぴったりなのである。

 

「それぞれ寸分違わぬ点数だな?」

 

「偶然ですよ。そもそも50点に揃えるなんて芸当、できるわけないでしょ」

 

「白を切るが上手いやつだな。いい加減認めればいいものを」

 

「もういいですか?ご存じの通りこの後用事があるので」

 

くだらない応酬に意味はないだろう。ここらが引き際。これ以上反論しても疑いは晴れない。この後でじわじわと時間をかけて解いていくしかないのだ。

 

「お前の”父親”が接触してきたと言っても、か?」

 

「!」

 

まさかその名前が出てくるとは思わない。気づいた時には既に遅し。

 

「[綾小路清隆を退学させろ]だそうだ。どうだ、認める気になったか?」

 

「それでもあんたは聖職者か?」

 

「なんとでもいえばいいさ。されど、私は聖職者だ。いくらお前を退学にできたとしてもチャンスは与えるべきだろう?」

 

「何が目的ですか?生徒を脅すなんて尋常じゃない」

 

「脅しではないさ。これは取引だ。お前にはAクラスを目指してもらう。その代わり私はお前が退学にならないよう全面的にバックアップしよう。どうだ?破格の条件だろう?」

 

「...話になりませんね」

 

そう言って扉へと足を向ける。

 

「残念だ。お前は退学になるだろう」

 

改めて言い直そう。

 

「あんたそれでも教師か?」

 

「いま決めろ。退学か、Aクラスを目指すか」

 

オレの平穏はあっさりと終わりを告げた。

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────-

 

 

校舎裏。目の前には神谷。この場においてオレが何をすべきか。そう、オレが最後に立ってさえいればいい。そのためならどんな手段も厭わない。

 

「何から聞きたい?」

 

神谷がそう問いかけてくる。それはどこか哀愁を帯びているような気がする。だが、気がするだけだ。そこに感情も思いやりも必要はない。オレがすべきことは一つに決まっている。

 

「なんでオレを陥れるようなことばかりするんだ?お前が嫌がるようなことをしたつもりはないが、無自覚だったなら謝る」

 

「ふふっ、違うよ。私はただ、面白そうだったからそうしただけだもん。清隆君自身は関係ないよ」

 

あまりにも抽象的な理由、神谷以外なら狂人と捉えられても仕方がない。実際、所業は狂人そのものだしな。普通、面白そうで人を陥れようとは思わない。神谷らしさが前面に出ている行動と言っていいだろう。

 

「なら、なんでオレに固執するんだ」

 

「そうだな~清隆君が特別だからかな?」

 

そんな特別は断じて嬉しくない。嬉しい人なんてそうそういないぞ。

 

「いつも面白い一面を見せてくれるからね!...それでそれで?他に何を感じたのかな?」

 

待ちきれないのか問いかけてきている。やはり、神谷にはその才能はない。理由は明白。だが、それを実現するまでの思考が読めない。今後の自分に被害が及ばない程度のリスクヘッジ、詰めの甘い神谷が何故ここまで綿密な企みが出来たのか。しかし時間は少ない。これ以上の詮索は無意味だ。

 

「もうやめにしないか?」

 

「ん?もうおしまい?まだ一つしか質問してないよ?」

 

きょとんとする神谷。それに対してオレの気持ちが冷めていくのを感じる。久しく湧き出るものに今は、嫌悪感を感じはしない。これは焦りか?否、そんな情緒溢れるものではない。もっと無機質で残酷であるはずのもの。結末はもう決まった道筋。それ以外が見えることはない。

 

「これ以上は無駄だ。神谷、お前じゃオレは救えない」

 

青ざめていく神谷を見ながらやはり、オレは淡白で涼しい顔を浮かべていた。

 

 



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