前略 トレセン学園のトレーナーですがブラック労働過ぎて今日もまたロイヤルビタージュース (雅媛)
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第一章 トレーナーがロイヤルビタージュースをキめながら頑張る話
第零話 面白いトレーナーとは何かという哲学的な悩みを抱きつつ、ゴールドシップはダンゴムシをスペシャルウィークに投げる


 ゴールドシップは、こう考えた。

 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角にウマ娘の世は住みにくい。

 住みにくさが高じると、安い所へ行きたくなる。

 無人島へ行き、ゴルゴル星へ行き、どこへ行っても住みにくいと悟った時、レースが生まれて、ライブが出来る。

 住みにくい所をどれほどか、寛容して、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここにトレーナーという天職が出来て、ここにゴルシちゃんの世話をせよという使命が降だる。

 

 

 

 あらゆるウマ娘の生き様にトレーナーは重要だ。

 故にゴールドシップはトレーナーを吟味する。

 ゴールドシップは体格、体力、知力、すべてがそろったウマ娘だ。

 何もしなくとも、砂糖に蟻が群がるかの如くトレーナーは集まってきた。

 

 ある時は、三冠ウマ娘を育てたトレーナーが訪ねてきた。

 曰く「君となら三冠ウマ娘も目指せる」「ともに夢を目指そう」と。ゴールドシップは「面白くない」と断った。それがすべてであった。

 三冠ウマ娘など過去何人いるのか。なるほど、千に一人、万に一人、というのは確かに偉大であろう。だが、万に一人は何人もいるのだ。世にウマ娘が何人いると考えているのか。そのような「面白くない」トレーナーと組むつもりは毛頭なかった。

 

 ある時は、新進気鋭とうたわれるトレーナーが訪ねてきた。

 曰く、「夢をかなえよう」「キミとならどこまでも行ける」と。ゴールドシップは「面白くない」と断った。それがすべてであった。

 確かにウマ娘のほとんどは夢をかなえるために走っている。

『日本一のウマ娘』『無敗の三冠ウマ娘』それは素晴らしい夢だ。

 それをかなえるトレーナーというのは確かに素晴らしいトレーナーだろう。

 非常に素晴らしく、非常に優秀で、夢をかなえようとするのは普通だ。非常に普通でつまらない。

 そのような「面白くない」トレーナーと組むつもりは毛頭なかった。

 

 一人、また一人と「面白くない」トレーナーを断っていたら、ゴールドシップの周りには誰もいなくなってしまった。

「本当につまらないな」ゴールドシップのつぶやきは空に消えた。彼女の希望を、結局誰もかなえてくれなかった。

「面白くない」トレーナーしかいないならば、「面白い」トレーナーを自分で探すしかない。トレーナーはまだまだ学園内に生息しているはずだ。

 試しにその辺に落ちている石をひっくり返してみた。トレーナーはいなかったがダンゴムシが居たので、丸まったダンゴムシをスペシャルウィークに投げておいた。

 

 

 

「面白い」トレーナーはどこにいるか。

 カバンの中も、机の中も、噴水の中も、メジロマックイーンのスカートの中も探したけど見つからない。

 ぴかぴか光る三女神像と、真っ赤になって怒るメジロマックイーンを背に、ゴールドシップは考えた。

 

 男のトレーナーは駄目だ。

 トレセン学園にいるウマ娘は、ほとんどがいいところの出のお嬢様ばかりで、家族以外男というものを見たことがない奴もいる。そんな純真無垢な純粋培養ウマ娘に合うようにトレーナーというのは教育されている。

 だからみな、ウマ娘に対して紳士的である。司法試験や医師国家試験に並ぶ最難関試験であるトレーナー試験を合格して来た者たちだから頭もよい。

 つまり、とてもイイ男だということだ。

 そんな普通のイイ男なんてまったく「面白くない」。

 

 だが女のトレーナーもダメだ。

 純粋なお嬢様方には一定数、男性がダメだというウマ娘がいる。メジロドーベルなんか典型的だし、副会長のエアグルーヴも昔は男性が苦手だったという話がある。

 そういうお嬢様方のために、女性トレーナーがいるのだ。

 基本的に女性トレーナーというのはユニセックスな外見をしており、ウマ娘に威圧感を与えないながらも、男性に慣れさせる、ということを目的にしている。

 当然男のトレーナーよりも紳士的である。

 つまり、イケメンばかりということである。

 そんなトレーナーたちもまた、「面白くない」。

 

 つまり男でも女でもないトレーナーが求められた。

 そこまで考えてゴールドシップは首を傾げた。

 なんだそれは、と。

 自分で自分がわからなくなった。男でも女でもない生物ってなんだ。カタツムリか。

 カタツムリのトレーナーなら許されるのか。

 でもこの春のうららの日に、カタツムリなんてどこにいるんだ。

 ひとまずその辺に落ちている石をひっくり返してみた。トレーナーはいなかったがダンゴムシが居たので、丸まったダンゴムシをスペシャルウィークに投げておいた。

 

 

 

 ゴールドシップは彷徨う。

 自分が何を求めているかわからぬまま。

 草の中を、森の中を、雲の中を、メジロマックイーンのスカートを、探し続ける。

 そうして彼女は、ついに、運命を見つける。

 それは、学園の道端のベンチに落ちていた、ゴミのような何かであった。



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第一話 人間とウマ娘の間に生まれる不思議な絆の力があるならば、種族ウマ娘のトレーナーの需要はどこにあるのだろうか

 そこにないならないですね。

 そんな妄言が聞こえてくるぐらい、種族ウマ娘のトレーナーである彼女は追い詰められていた。

 彼女はウマ娘のトレーナーである。名前はまあどうでもいいだろう。

 トレセン学園出身の彼女は、現役時代未勝利で終わったどこにでもいるモブのウマ娘だった。

 卒業後、一般の大学に進学し、ひょんなことでトレーナー試験に合格し、そしていま、ボッチであった。

 担当が全く見つからないのだ。

 

 新人トレーナーだから、というだけでは理由にはならない。

 なんせ彼女の同期の桐生院葵トレーナーはすでに白毛のハッピーミークというウマ娘を担当にしている。

 彼女は確かに名家出身ではあるが、名家だから担当を見つけられたわけではない。彼女が誠意をもって探し回り、見つけてきたウマ娘だということはそれを見ていたトレーナー自身わかっている。

 だが、それ以上に探し回り、蹄鉄を三つ履き潰し、喉が枯れるまで声をかけた結果が、担当0人である。

 心、折れる。彼女の現状はまさにそのような感じであった。

 

 まだ肌寒い春の夜、彼女は一人、ベンチで倒れこんだ。

 すでに寮まで戻るだけの体力すら残っていない。そこまで疲弊しているのは、勧誘活動のせいだけではない。

 彼女はすでに、3日間寝ていなかった。

 その発端は、生徒会の仕事である。

 もともと彼女は、生徒会の庶務をしていた。生徒会長や副会長と違い、庶務というのは末端も末端であり、成績が良ければそこそこ誘われるお仕事だ。

 トレーナー試験に偶然とはいえ合格できるほどの頭があった彼女は、生徒会庶務に誘われ、無事にその仕事を全うした。

 そして、晴れてトレセン学園に戻ってきたとき、生徒会に顔を出したのだ。

 後輩がどれだけ頑張っているかを確認しに来たのが半分。

 もしかしたら、いい子が勧誘できないかなという下心が半分。

 そんな気持ちで生徒会室を訪れた彼女が見たのは、目を疑う光景だった。

 

 大量に積まれた書類。

 それを捌く現会長シンボリルドルフと副会長エアグルーヴ。

 死んだ顔をして書類仕事をしているナリタブライアン。

 圧倒的な仕事現場だが、彼女は違和感しかなかった。

 なんで、こんなに仕事があるのだろうか? 

 

 彼女が生徒会の仕事をしていたころの仕事はそう多くなかった。

 生徒会長はその時代の代表的なウマ娘が選ばれる可能性が高い。そして当たり前だが、大体まだ現役で走っていたりする。

 だから、生徒会長に基本負担はかけられない。生徒会長になったら、お仕事の負荷で競走成績が落ちたとなれば大問題だからだ。

 彼女の頃の生徒会長など、せいぜい何かの挨拶をしてもらったりするぐらいだ。その挨拶文だって、普段は雑用である庶務の彼女が考えていたぐらいである。

 ちょこちょこある書類も基本全部彼女がまとめ、週何回かある会議という名のお茶会で承認してもらって、それで仕事は済んでいた。

 つまり生徒会の仕事というのはそう大変なものではない、はずだった。

 

 しかし一方で現在の生徒会。

 会長副会長の負荷が大きすぎるのは一目でわかった。

 庶務の子は何をしているのだろう、と思ってよくみたら、書類の山の下から脚が飛び出ている。

 慌てて掘り出し救出する。彼女が庶務なのだろう。

 完全にオーバーワークの現場であった。

 その現状にトレーナーは激怒した。

 シンボリルドルフにエアグルーヴ、ナリタブライアンといえば、現在のトゥインクルシリーズ、ドリームトロフィーシリーズの至宝ではないか。

 それがなぜ、事務仕事に奔走させられているのか。

 

 トレーナーは、懐から『やる気アップスイーツ』の交換チケット4枚を、会長の顔にたたきつけると、皆生徒会室から追い出した。

 成人ウマ娘とは言え、あまりトレーニングをしていないトレーナーでは、現役である若いウマ娘4人に勝てる訳ないのが通常である。

 だが、ウマ娘とは心で走る存在である。過労でやる気絶不調の4人と、怒りでハイパーモードに光り輝きだしそうなトレーナーでは気持ちの面で差があり過ぎた。

 

 そうして追い出したトレーナーは、書類の山へ格闘をし始める。

 もちろん勝手に承認などできないが、書類整理はできるはずだ。

 トレーナーの一人孤独な戦いは始まった。

 

 

 

 生徒会の書類整理から始まり、何故生徒会にこれだけの仕事が回ってきてしまっているのかの調査、その過程で見つかる不正の調査と、その報告を理事長に行うこと。

 トレーナーはそれらの仕事を超特急でこなし続けた。時間など全く足りず、仕事はどんどん押し寄せてくる以上、ずっと徹夜である。

 調べてみて、このような状況になった原因が徐々にわかってくる。

 結局のところ、会長のシンボリルドルフが出来過ぎたのがきっかけであった。

 どれだけ仕事を回しても、軽くこなしてしまう天才肌の彼女は、疑うことなく今まで仕事をこなしてきたらしい。それに、周りもついていけたことが不幸であった。

 それに便乗したのが、一部の学園関係者だ。仕事をすべて生徒会に回し始めたのだ。

 備品発注とか経費計算とか、生徒の仕事じゃないだろ!! 備品の点検とか見回りも生徒会にやらせるんじゃないよ!! トレーナーは怒りを燃やしながら、ある時は仕分け、ある時は会長に承認させ、ある時は理事長に怒鳴り込んだ。もちろん会長が安易に引き受け過ぎたのも原因だが、彼女は学生である。学生の本分を考えず仕事を回した方が圧倒的に問題であった。

 瓶入りロイヤルビタージュースを飲み干しながら、やる気絶不調のままトレーナーは作業を進めていく。

 理事長から信用できる人材として秘書の駿川たづなを紹介されたが、彼女は彼女で非常に仕事が多く、結局ほとんどの作業は自分でやるしかなかった。

 責任感の強い生徒会メンバーも手伝いをたびたび申し出てきたが、それはすべて断った。これは大人の仕事である。生徒にやらせるべきものではない。生徒なんて楽しく走りながら、スイーツを食べて、体重計で悲鳴を上げるのがお仕事であったはずである。

 そして、生徒たちにそう啖呵を切った以上、トレーナーがすべて完璧に仕上げるしかなかった。

 三日間、徹夜で孤独な戦いを続け、ようやく落ち着いてきたのが現状であった。

 さすがにロイヤルビタージュースのパワーでもそろそろ厳しい。

 

 風呂にも禄に入らずにゴミくずのようになりながら、ベンチで横たわるトレーナーに、運命の影が迫っていた。



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第二話 襤褸雑巾をゴミ箱に捨てるのは善行だが人をゴミ箱に捨てるのは悪行であるならばこの襤褸雑巾とウマ娘の中間の物体はどう扱うべきか

 ゴールドシップは悩んだ。

 ベンチの上に襤褸雑巾らしきものが落ちている。

 そして臭い。とても臭い。3日間風呂に入っていないウマ娘の匂いがする。もしくはブルーチーズ。

 だが一方で、遠目から見ればウマ娘にも見えなくもない外見をしている。近くから見ると臭いで目がショボショボするのでよくわからない。

 つまりこれは、襤褸雑巾にも見えるし、ウマ娘にも見える物体である。

 

 ウマ娘なら、誰かを呼ぶべきだ。なぜここに倒れているのかわからないが、あまり良い理由ではないだろう。

 襤褸雑巾ならばごみ箱に捨てるべきだ。学園内は綺麗に保たないといけない。ゴミを放置すればどんどん汚れていってしまう。

 だが、これがウマ娘と襤褸雑巾の中間の存在だったらどうするべきか。それも考える必要があるだろう。これが、ウマ娘か、襤褸雑巾か確定はしていない。言わばシュレディンガーの猫である。であるならばこれがその二つの中間的存在である可能性もある。

 

 ウマ娘と襤褸雑巾の中間的存在についてどうするべきか、ゴールドシップは知らなかった。多分生徒手帳にもどうするべきか、書いてなかったと思う。

 ひとまずウマ娘の要素を考えて助けるべきだろうか。

 そんなことを考えながら、その物体Xの襟首を親指と人差し指で摘まんでもち上げる。

 臭いし、汚そうだし、ウマ娘だったとしてもあまり触れたくない物体だ。

 通常のウマ娘の1倍もない物体Xは簡単に持ち上がった。

 そうしてゴールドシップは気づいたのだ。物体Xの胸元にトレーナーバッジが輝いていることを。

 

 トレーナーバッジをつけているということは、これはトレーナーである。

 ウマ娘のトレーナーか、襤褸雑巾のトレーナーかはまだ判断がつかないが、トレーナーであることは間違いない。トレーナーは人でもなれるし、ウマ娘でもなれると聞いたことがあるが、もしかしたら襤褸雑巾でもなれるのかもしれない。そこはよくわからない。

 とにかくトレーナーである。それがベンチに落ちていた。これはたぶん捨てトレーナーというやつである。

 なぜなら、道端に猫が落ちていれば捨て猫だし、それが犬だったら捨て犬だ。で、ある以上落ちていたトレーナーは捨てトレーナーだろう。

 捨てトレーナーなら持って帰って飼うこともやぶさかではない。寮は動物禁止であるが、案外みんなこっそり動物を飼っている。捨てトレーナーだって飼えるはずである。

 相性が悪かったらちゃんと保健所に連れていく。ゴールドシップはそう決意して、寮へと移動し始めるのであった。

 

 

 

 トレーナーが目を覚ますと、そこは知らない天井であった。

 ベンチで倒れていたはずだが、誰かが助けてくれたのだろうか、ベッドであおむけで寝ているようだ。

 ひとまず起き上がろうとして、首に違和感を感じる。

 手で首元を触ると、革製の何かが首に巻かれていた。

 

「え、なにこれ!? 首輪!?」

「起きたか、捨てトレーナー」

「捨てトレーナーって何!?」

 

 徹夜でもうろうとしている頭に、ゴールドシップの発言は理解するには高度過ぎた。

 何を言っているかさっぱりわからない。

 

「大丈夫だ、ゴルシちゃんが拾ったからにはちゃんと飼ってやるし、万が一相性が悪くてもちゃんと保健所に連れて行ってやるからな」

「保健所!?」

 

 ツッコミどころが多すぎて、回転が鈍っているトレーナーの頭ではツッコみきれない。

 

「まあまず、最初に聞こうか」

「何を?」

「ご飯にする? 

 お風呂にする? 

 それともゴ・ル・シ ♡」

「えっと、じゃあゴルシで」

 

 完全に馬鹿になっている頭でトレーナーは答えた。

 何故ゴルシを選んだか。

 ゴルシとはいったい何なのか。

 そんなことは全くわからない。

 ただ、トレーナーはゴルシを選んだ。

 そして、それで運命が決まった。

 

「お前、面白い奴だな!! いやー、良い捨てトレーナーを拾ったぜ!!」

 

 ゴールドシップは上機嫌である。

 このトレーナーこそが、ゴールドシップが探し求めていた『面白い』トレーナーであった。

 一方トレーナーは困惑していた。

 目の前のウマ娘、多分ゴールドシップと言う名前のウマ娘だと記憶しているが、彼女に首輪をされて、ペットにされているというわけのわからない状況である。

 

「あの、ゴールドシップさん?」

「なんだ? トレーナー!」

「お風呂入りたいのですが」

 

 さすがに3日もお風呂に入っていないのはやばい。というか着替えていないのもやばい。

 それに、風呂に入るといえば隙ができて逃げだせるかもしれない。

 そんなことを考えて提案したトレーナーであったが……

 

「たしかに、三日ぐらい風呂に入ってないウマ娘の匂いがするもんな! ヨシ、風呂に入れてやる!!」

「え、いや、自分で入れますし」

「遠慮すんなトレーナー! 飼い主が隅から隅まで洗ってやるよ!!」

「ちょ、ま、んぎゃあああああああ」

 

 ゴールドシップに首根っこを摘まれたトレーナーは、風呂場に連行されていく。

 途中ですれ違った生徒たちは、そんな異様な光景でも、誰も気にも留めない。なんせゴールドシップである。気にしたら負けだと、彼女らは知っていた。

 後なんか臭いので関わりたくないのもかなりあった。

 

「へるぷ、へるぷー!!」

「ほら、あんまりうるさくすると寮長さんに見つかって保健所に連れていかれんぞ」

「なんで保健所~!!!!」

 

 現役のウマ娘に、三徹の過労ウマ娘では力比べで勝てる訳がない。

 そのまま連れていかれたトレーナーは、お風呂で文字通り隅から隅まで洗われてしまうのであった。




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第三話 トレーナーの胸部もゴールドシップの胸部も非常に豊満であるが、ともあれサイレンススズカの胸のボリュームには気を付ける必要がある

「着替えがない……」

 

 寮の風呂に連れ込まれ、文字通り隅から隅まで洗われたトレーナーは、困っていた。

 今まで着ていたのは、三日間、風呂も入らず眠りもせず着替えもせず、着続けていた服だ。

 三日間熟成されたウマ娘ちゃんスメルがたっぷり浸みこんだ上に、ところどころにこぼしたロイヤルビタージュースが浸みこんでおり、ヤバい臭いがしている。

 風呂で綺麗に洗われて、綺麗になった現状だと気づいたが、乙女がさせてよい臭いではない。

 汚物に等しい物体であるこれを、綺麗に洗われた今、再度着る勇気はトレーナーにはなかった。

 だが、自分のほかの服はトレーナー寮の自分の部屋にある。

 バスタオル1枚でそこまで駆け抜けるのは無理だ。絶対捕まる。バスタオル1枚の痴女、トレセン学園に現れると記事になりかねない。

 そうなったら社会的にも精神的にも死を迎える。多分肉体的にも死にたくなる。

 いや、バスタオル1枚で頑張るからいけないのではないか、3枚ぐらいあればどうにかぎりぎり許されないか。

 そんな無駄な発想に至り、体中にバスタオルを巻き始めたトレーナーのところに、ゴールドシップは戻ってきた。

 

「何してんだ、トレーナー」

「バスタオル1枚で寮に着替えを取りに行ったら犯罪ですけど、3枚ぐらい使えばどうにかならないかなと思いまして」

「色々見えちゃいけないものが見えてるから、アウト度は上がってるな」

 

 乱雑に巻かれたバスタオルの隙間から、乙女的に見えてはいけないところがちらちら見えている。こんな姿が外で見つかった瞬間、もしもしポリスメンであり、明日の朝刊にはトレセン学園のトレーナー、淫行で逮捕、とか載ってしまう。

 飼い主としての責任を感じながら、ゴールドシップは持ってきた着替えをトレーナーに手渡した。

 

「ひとまずアタシの服で、一番小さいの持ってきたから、これ着とけ」

「ゴールドシップさんの服ですか…… サイズ、合うかなぁ」

 

 大人の女性らしく出るところはとても出ている豊満な体型のトレーナーだが、運動不足で現役時代と比べてウエストも豊満になりつつある。

 ゴールドシップのどこに内臓が入ってるんですか? みたいなウエストとはかなり差があるのは一目瞭然である。

 もっと大きな差は身長である。170cmもあり、ウマ娘としてかなり高身長なゴールドシップに比べ、トレーナーはタマモクロス以下の自称140cmしか身長がない。

 体型を見なければ、子供料金でも乗り物に乗れるし、一部の絶叫マシーンには搭乗拒否をされるレベルである。

 

 まあ何にしろ、ひとまず試着してみようと下着を取り出すと、黒のレース付きの勝負下着が出てきた。

 結構アダルティな雰囲気を醸し出している。いつもの色気がないトレーナーの下着とは雲泥の差だが…… これ、ゴールドシップの服ってさっき言ってたよな、と思いながら、トレーナーはゴールドシップの方を振り返った。

 ゴールドシップは明後日の方を向いていた。

 

「これ……」

「いや、アタシはとってもアダルティな大人だからさ」

「……」

「マックイーンと言い合いになって、勢いで買ってみたはいいけど着る勇気が出なかった奴ですごめんなさい」

 

 ゴールドシップはあっさりゲロった。

 ちょっと勇気が必要なアダルティな下着だが、まあ、三日間熟成ウマ娘下着よりはましだろうと思い着用する。サイズ的にはちょっときつかったが、着れないほどではなかった。

 

「やべーなトレーナー、大人の色気が、えいっ、えいっ、むんっ、だ」

 

 ちんちくりんに色気も何もないと思うトレーナーであったが、褒めてくれているようなので素直に聞いておく。

 そして次に取り出した服は、なぜかフリフリひらひらマシマシの、ゴスロリ服であった。

 なぜこれになったのか、再度ゴールドシップの方を振り向くと、ゴールドシップは明後日の方を向いていた。

 

「これ……」

「トレーナーのサイズに合いそうなのがそれだけだったからさ」

「……」

「だ、大丈夫ちゃんと洗ってあるから」

「着たことあるんですね」

「い、一回だけなんだぜ! 小さすぎて今はもう着れないんだぜ!!」

 

 長身で美人系のゴールドシップがフリフリの服を着る姿を、トレーナーは想像した。

 結構似合っている気がする。というか黙っていれば美人だしたぶん可愛いのではなかろうか。

 

「ふむ」

「ああん? 文句あるのかよ!!」

「いえ、多分すごくかわいいから、着た姿見てみたいなって思っただけですよ」

「……まあいいのぜ。さっさと着るのぜ」

 

 口調が崩壊しているゴールドシップは置いておいて、トレーナーは渡された服に着替えた。

 サイズがやはりあっておらず、袖が完全に余ってアグネスタキオンの勝負服みたいになっている。ぐるぐる回せばブンブンと袖が回った。

 幸いスカートの方はぎりぎり引きずらないぐらいの長さであり、移動することはできそうだ。

 

「よし、次は飯にしよう!!」

 

 そういうゴールドシップに抱えられ、トレーナーは食堂へと連行されるのであった。

 

 

 

 食堂で食事をしようとして、困ったことが起きた。

 なんせ、今のトレーナーの服は萌え袖を超えたタキオン袖である。

 箸もスプーンもフォークも何も持つことができない。

 そもそも食べることが不可能なのだ。

 

「食べられない……」

「仕方ねえな、食べさせてやるよ」

「いや、それはとても恥ずかしいから遠慮します……」

「なんでだよ、要介護1のアグネスタキオンは、いつもトレーナーにこうやって食べさせてもらってるんだぞ」

「私がトレーナーで、ゴールドシップさんはただの学生じゃないですか」

「ちげーよトレーナー、ゴールドシップ様はトレーナーの飼い主だ。つまりすべての権利を握っている。OK?」

「OKじゃないです」

「問答無用!!!」

 

 ゴールドシップは、熱々煮込みニンジンハンバーグを一口切り取り、トレーナーに差し出してくる。

 このまま逃げようとすると、おそらく熱々煮込みニンジンハンバーグはトレーナーの頬に着弾し、とても熱いだろう。

 仕方なく口を開けるトレーナー。

 ゴールドシップが差し出した熱々煮込みニンジンハンバーグは、無事トレーナーの口に入った。

 

「ちゃんと食わねーと大きくなんねーぞ」

「私もう成人してますから、食べても横にしか育たないですよ」

 

 20をとっくに超えている状況で、食べた程度で身長が伸びるとはとても思えない。

 ゴールドシップは自分を幼児か何かと勘違いしているのではないかとトレーナーは考え始めた。

 ちなみに関係のないことなのだが、ゴールドシップの胸部は豊満であり、トレーナーの胸部はさらに豊満であった。そして、サイレンススズカの胸のボリュームには気を付けないといけない。

 

「いいじゃねーか、横に育つのも健康な証拠だ」

「ただでさえウシ娘とか言われることもあるんですから、これ以上育ちたくないですよ」

「このおパカッ」

「痛っ、何するんですかぁ」

 

 ゴールドシップが血相を変えてトレーナーの頭をはたく。

 トレーナーは頭を抱えて抗議するが、ゴールドシップは真剣な表情を崩さない。

 

「おまえ、牛なんて言ったら妖怪スぺに乳を搾られるぞ!!」

「なんですかそのダイナミックセクハラ…… というか妖怪スぺって誰ですか」

「日本一のウマ娘を目指す北海道出身の酪農系アイドルウマ娘だ。実家ではよく牛の乳搾りをしていたらしいが、東京だと乳しぼりができないだろ。ホームシックと併発して、でかい乳を搾ろうとする妖怪に変身した」

「そんな状態の子放置してて大丈夫なんですか? というか同室の子大丈夫なんですか?」

「同室のスズカは胸がないから大丈夫だ」

 

 そして、サイレンススズカの胸のボリュームには気を付けないといけない。残念ながら搾るほど胸がないのだ。

 

「それだとゴールドシップさんも狙われそうですね」

「ああ、ただ、妖怪スぺはダンゴムシが苦手だからな。ダンゴムシ投げつければ逃げていく。トレーナーも万が一に備えてダンゴムシをもっておけ」

 

 そういいながらゴールドシップはポケットからダンゴムシを取り出し、トレーナーに手渡した。

 トレーナーは窓を開けて、袖をうまく使ってダンゴムシを外に捨てた。

 

「なんでそんなことするんだよ! ダンゴムシだって生きてるんだぞ!!」

「生きてるダンゴムシをポケットに入れておく方が可愛そうです」

「…… 確かにそうだな」

 

 ゴールドシップはポケットから大量のダンゴムシを取り出すと外に捨てた。

 ちょっと気持ち悪いぐらいの数が出てきた。

 

 その後、ゴールドシップは手をちゃんと洗って、消毒もして、トレーナーの口にハンバーグを持っていく作業を再開する。

 ダンゴムシちゃんはかわいいが清潔さの面ではかなり問題がある。ゴールドシップは非常識だが衛生の知識は最低限持ち合わせているのだ。

 トレーナーもあきらめて、ゴールドシップに夕食を食べさせられるのに応じるのであった。




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第四話 ゴールドシップの異常な愛情 またはトレーナーは如何にして心配するのを止めてトレーナー契約を結ぶことになったか

 ということで、トレーナーはゴールドシップに運ばれて、生徒会室を訪れていた。

 移動の際にゴールドシップから提示された運び方は3つである。

 

「一つは首輪の鎖を持って連れていく、犬のお散歩方式だな」

「なんでそんな公開変態プレイをしないといけないんですか」

 

 学園内でわんわんプレイとか、トレーナーの社会的な色々が死ぬ。

 無残なまでに粉々になって死ぬ。ついでにゴールドシップの社会的信用もやばそうだが、こいつはたぶん地球が爆発しても死なないタイプだから、多分ノーダメージだ。

 世の不条理をトレーナーは呪った。

 ちなみに首輪だが、丈夫過ぎて外すことができない。絶好調の状態のウマ娘のフルパワー、120%の力を出せれば壊せるらしいが、残念ながらロイヤルビタージュースジャンキーのトレーナーの調子は常に絶不調である。いまだびくともしていなかった。

 

「一つ目はありえません」

「じゃあ二つ目は、捕獲された宇宙人グレイの運び方だ」

「どんな運び方ですかそれ」

「万歳しろトレーナー」

「? ばんざーい」

 

 万歳したトレーナーの両手首を、ゴールドシップはつかみ、そのまま持ち上げる。

 身長差もかなりあるので足が地面につかず、ぷらーんとぶら下がる形になる。

 傍から見ているとかなり滑稽である。

 

「何これ」

「だから捕獲された宇宙人グレイの運び方だって。その辺で拾った宇宙人とその辺で拾ったトレーナーって類似点が多いからな」

「どこに類似点があるんだよ!?」

 

 ジタバタと動きで抗議の意思を示すが、空中でくねくね動いている謎生物以上にはなれなかった。

 

「そして三つ目だ」

「それがまともなのを祈るよ」

「お姫様抱っこだ」

「ふむ」

 

 そこまですさまじい選択肢は出てこなかった。

 お姫様抱っこはそれはそれで恥ずかしくはあるが、前2つよりはまだ常識の範疇に入っているだろう。

 それにしようとトレーナーが口を開こうとした瞬間、ゴールドシップは言葉をつづけた。

 

「結婚式仕様だけどな」

「は? 誰と誰の結婚式です?」

「そりゃゴルシちゃんとトレーナーに決まってるだろ」

「決まってないし! 意味わからないし!!」

 

 やっぱり三つめも地雷であった。

 

「せっかく結婚式開催三銃士も集めているのに」

「なに? その三銃士って」

「ならば紹介しよう」

「いや、紹介しなくていいんだけど」

「まずはライスシャワー担当のライスシャワー!!」

「ライス、頑張るから!!」

「ナイフ振り回しながら言うセリフじゃないですよねそれ!!」

 

 勝負服を着て、『ライスシャワー担当』というタスキをかけたライスシャワーが、興奮してナイフを振り回しながら現れる。

 それで降るのは祝福の米の雨ではなく恐怖の血の雨である。

 

「ライスね、レコードをいっぱいブレイクするの。それがライスの祝福、ふふふ」

「この子ヤバいこと言ってるけど大丈夫!?」

「大丈夫大丈夫、続いてバージンロード担当メジロマックイーン」

「赤絨毯の扱いなら慣れていますわ。任せてくださいまし」

「いやマックイーンさん上を歩いてただけじゃないですか!? 敷く方ならじいやさんにお願いするべきでしょ!?」

「大丈夫です、赤絨毯が綺麗に敷かれるのを何度も見てますから」

「見てるだけでできるなら苦労はないんだよ!!」

 

 無駄に自信満々でどや顔をするメジロマックイーン。

 ポンコツオーラがあふれており、絶対だめそうである。

 なお、ライスシャワーが金棒をどこからともなく持ち出して「これでマックイーンさんを殴れば天皇賞春三連覇のレコードをブレイクできるかな?」と言っているが、トレーナーは見なかったことにした。

 

「三人目は巫女さん担当、マチカネフクキタルだ!!」

「皆さんふんぎゃろ~♪」

「いやなんで巫女さん?」

「結婚するときに『貴方は永遠の愛を誓いますか?』みたいなこと言うポジションが必要だろ?」

「そもそもそれなら必要なの神父さんだから宗教が違うし、神道だったら神主さんだから巫女さんじゃ違うし、というかフクキタルさんも最初から断りなさいよ!!」

「一度やってみたかったんですよ『貴方は永遠の愛を誓いますか?』ポジションの人」

「キリスト教風なことばっかりしてるとご実家泣いちゃうぞ!?」

 

 最後に現れたのは巫女服を着たマチカネフクキタル。

 単純にとてもかわいらしいが、言ってることはどうしようもない感じだ。

 

「ちなみにみんな菊花賞勝利経験者だ」

「それ、結婚と何も関係ない情報じゃん」

 

 名ステイヤーが集まって何をしているんだ。トレーナーはツッコんだ。

 

「ということで、どれを選ぶトレーナー? おすすめはもちろん三番だ」

「「「わくわく」」」

 

 そうして訪れる運命の選択の時間。

 結婚三銃士も興味深くトレーナーを見ている。

 その圧力はとんでもなく高い。

 なんせライスシャワーは金棒を握りしめているし

 メジロマックイーンはでかい赤絨毯のロールを振りかぶっている。

 マチカネフクキタルも自分の身長ほどある招き猫を掲げている。

 三番以外の選択肢を選んだ瞬間、彼女らが持っているそれらの武器がすべてトレーナーに振り下ろされそうだ。

 

 だが、トレーナーはトレーナーである。どんな危機的状況でも、無茶は無茶として毅然と対応しなければならない。

 ならば、トレーナーはすべて断り自分の足で歩いて移動するべきである。

 そう答えようとしたのだが……

 

「ということで、トレーナーが三番以外を選ぶ可能性はないから、早速始めんぞ」

「「「おー」」」

「聞いた意味は!?」

 

 トレーナーはお姫様抱っこされて、そのまま連れ去られるのであった。

 

 

 

「ゴールドシップさん。あなたはトレーナーさんをトレーナーとして、病めるときも健やかなるときも、互いに支えあうことを誓いますか?」

「おう、誓うぜ!」

「トレーナーさん、貴方はゴールドシップさんのトレーナーとして、病めるときも健やかなるときも、互いに支えあうことを誓いますか?」

「……」

「トレーナーさん?」

「誓います……」

 

 生徒会室。

 巫女服姿で非常に可愛いマチカネフクキタルの前で、二人は謎の誓いをさせられていた。内容だけ聞けば、単なるトレーナー契約である。

 スカウト全敗記録更新中のトレーナーにとって、ゴールドシップのような超一流ウマ娘と契約を結べるなら幸せなことであるが、何故結婚式風なことをしなければならないのかは、トレーナーにはわからなかった。

 ちなみにライスシャワーは圧力釜を生徒会室に持ち込んで、その場でふたを『ドンッ!!』という騒音とともに開けてポン菓子をばらまいている。「ライスシャワーだよ!」とドヤ顔をしているが、生徒会室の床一面にポン菓子がばらまかれてとても迷惑である。

 メジロマックイーンは赤絨毯を敷こうとして盛大に失敗し、ぐしゃぐしゃになった赤絨毯にくるまって拗ねていた。見ただけではやはりだめであったようだ。

 

 生徒会の三人は、トレーナーとゴールドシップの結婚式もどきトレーナー契約を祝福している。

 

「やっとゴールドシップを引き取ってくれるトレーナーが現れたな」

「勇往邁進、トレーナー君には頑張ってほしい」

「本当に大丈夫か、あの組み合わせ。全然ゴールドシップはいうこと聞いてなさそうだが」

 

 トレーナーの相手が決まって安心するエアグルーヴとシンボリルドルフ。

 祝福ムードの中、ナリタブライアンの常識的な心配は、ライスシャワー渾身の2度目のポン菓子作成の爆音の中に消えていった。

 

 

 

「それで、もぐもぐ、用件は何、もぐもぐ、だいトレーナー、もぐもぐ」

「ポン菓子食べるか、話をするかどちらかにしてください、生徒会長」

「もぐもぐもぐもぐ」

 

 落ちているポン菓子食べることに集中し始めたシンボリルドルフ。

 それを無視してゴールドシップは話を進める。

 

「いや、昨日な、このトレーナーが正門すぐのベンチで襤褸雑巾のようになって落ちてたから拾ったんだ。だから、飼う許可をもらおうと思ってな」

「なるほど、だがゴールドシップ、お前にトレーナーを飼うことが本当にできるのか?」

「おうよ、まかせとけ」

「そのトレーナーは他人には休めと言う癖に自分はロイヤルビタージュースをキめながら三徹するたわけだぞ」

「いやまずトレーナーを飼うという状況にツッコんでくれよ……」

 

 ナリタブライアンのツッコミはスルーされ、シンボリルドルフは一生懸命ポン菓子を食べている。

 

「飼うならば、そんなたわけの体調管理もゴールドシップ、お前がしないといけない」

「ご飯もちゃんとあげるし、散歩もちゃんとさせるから!!」

「ロイヤルビタージュースは1日1杯までで、飲んだ後はちゃんとスイーツを食べるという用法用量も守らせられるか?」

「ゴルシちゃん、ちゃんと守るよ!」

「よし、ならば許可しよう」

「あの、私自身の意見は?」

「たわけに人権はない」

「あれ、副会長、もしかして怒ってます?」

「なぜ怒らないと思っているのだ? 会長も私も、トレーナーには非常に怒っている」

「有言実行。休めという者が休まないと、周りは心配することは覚えておくべきだよ、トレーナー」

 

 シンボリルドルフが、急にキメ顔しながら話に混ざってくる。

 だが、髪にポン菓子をつけているので台無しであった。

 何にしろ、エアグルーヴの許可の元、正式にトレーナーはゴルシちゃんに飼われることになるのだった。

 




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第五話 アオハル杯それは君が見た光 でも青春時代が良かったなんて言うのは基本陽キャであり陰キャの極みのトレーナーにとって青春時代の思い出は勉強と書類で埋め尽くされている

「ハウディ!! 生徒会の皆さんお願いがあります!!」

 

 皆で掃除を兼ねて、生徒会室に散らばったポン菓子を拾いながら食べていると、扉がいきなり開きタイキシャトルが現れた。

 それを見たエアグルーヴがそっと扉を閉めた。

 

「エアグルーヴ!! なんで閉めるんですか!!」

「BBQの頻度は週1回までだ。それ以上は譲れん」

「なんですか! いつも私がBBQのことばかり話しているみたいに!!」

「いつもBBQのことばかり話をしているだろうが! というか週1度でも多すぎだ!!」

「アメリカンスピリッツです!!」

「お前アイルランド育ちだろうが。そのわざとらしい片言やめろ」

 

 馬のタイキシャトルはアメリカ生まれだが、日本の有限会社であるタイキファーム生産であり、しかも育ち(馴致)はアイルランドである。

 アメリカ要素は結構薄い。

 

「アイルランドも外国ですから、日本語が片言でもおかしくないデース」

「ふむ、なるほど」

「Do You Understand?」

「ではこちらに、アイルランド王家のファインモーションに来てもらった」

「What's!?」

「皆さんごきげんよう♪」

 

 唐突に屋根裏から現れたファインモーションとお供のSPさん。

 エアグルーヴとファインモーションは同室で非常に仲が良いので、こうやって呼ぶことも可能である。屋根裏から出てきたのは単純に、ファインモーションの「ニンジャを体験してみたいの」という無茶振りにSPさんが答えただけである。

 ファインモーションは、タイキシャトルに近づき、正面からその肩に両手を置く。

 

「タイキシャトルさん」

「は、はい」

「アイルランドを無礼るなよ」

「ご、ごめんなさい」

 

 タイキシャトル、流れるように迫真の土下座である。

 その時のファインモーションの表情は、タイキシャトルとSPさんしか見ていなかったが、見てはいけない何かだったらしい。タイキシャトルはその後、このことについて一切語らなかった。SPさんは「殿下はいつも可愛らしい」としか言わないので詳細は不明である。

 

 

 

「それで、BBQなら明後日だろう。そこのたわけトレーナーとゴールドシップも参加させろ。このたわけトレーナー、放置するとロイヤルビタージュースしか摂取しないからな」

「わーい。いや、BBQのことではなくてですね。アオハル杯、のご相談がしたくて来たんです」

「アオハル杯? なんだそれは? 会長、知っていますか?」

「すまないが初耳だ」

「ふむ、アオハル杯ですか」

「知っているのかトレーナー!?」

 

 唐突にタイキシャトルが言い出した「アオハル杯」。

 誰も知らないその謎の単語を、一人トレーナーは知った顔である。

 

「アオハル杯。古代日本から伝わるウマ娘の伝統的な競技法です。個人ではなく、家などの集団の名誉が懸かった際に行われるもので、お互い複数のウマ娘が参加し、1位を決めるという競技です。この競技のポイントは、集団戦ということ。つまり、一人を勝たせるために他のウマ娘はフォローに回ると言ったことも許されます」

「ふむ、チームプレーもアリということか」

「そうですね」

 

 トゥインクルシリーズなどのURAのレースでは、チームプレー、他のウマ娘を勝たせるためにペースキーパーをしたり、壁を作ったりするといったことは禁止されている。

 だが、アオハル杯はチーム戦であり、誰かを勝たせることが目的であるためそういった行為も許されるのだ。

 

「きっとタイキシャトルさんは、その競技法をやってみたいのでしょう。ですよね、タイキシャトルさん」

「え、えっと、多分?」

 

 タイキシャトルが近所のお年寄りから聞いたアオハル杯と、今トレーナーが話したアオハル杯はずいぶん内容が違った。タイキシャトルは単に、チームを組んで他のウマ娘と楽しく走りたかっただけなのだ。

 だが、なんかノリノリな雰囲気になっているこの状況に口をはさむのも難しかった。

 

「確かにヨーロッパでは、ラビット*1を走らせることが良くあります。日本のウマ娘の身体能力は欧米と比べても遜色ないレベルですが、欧米のレースで勝てないのはそういったチームプレーに慣れていないところもあるでしょう」

 

 海外事情に詳しいファインモーションも賛同を示す。

 実際走ってみてわかるが、日本のウマ娘はかなり強い。それでも凱旋門賞や海外のレースになかなか勝てないのは、単に閉鎖的な環境というだけではないだろう。

 

「日本のウマ娘レースを今後さらに発展させることを考えると、チームプレーに対抗し、時には自分たちもチームプレーをする必要があるということか。タイキシャトルくん。日本のウマ娘の将来を考えてくれてありがとう」

「ア、ハイ」

 

 シンボリルドルフ会長に、キメ顔でお礼を言われると、タイキシャトルは何も言えなかった。

 

 

 

「では、アオハル杯実行委員会の第一回会合を始める」

 

 そのまま流れで、アオハル杯をどうやって実行するか、の話し合いをすることになった。

 参加者は生徒会の3人に、発案者のタイキシャトル、通りすがりの暴れん坊殿下、ゴールドシップとその膝の上から解放してもらえないトレーナーである。

 結婚式三銃士は後ろでポン菓子を食べている。時々爆発音が聞こえて結構うるさい。

 

「ひとまず主催を決めないとな。URAに持っていくのは…… ないだろうな」

「あそこに持っていったら開催まで10年ぐらいかかりますよ」

 

 トゥインクルシリーズなどを管轄するURAは資金も設備も人員もあるが、何せお役所仕事だから動きが遅い。提案をすれば乗ってくる可能性はあるが、いつ開催になるかまるで分らなかった。

 

「じゃあ生徒会開催にしますか?」

「だがそれだとろくな賞品を出せなさそうだな。どうやって参加者を集めるか……」

 

 URA開催のレースには賞金が出る。

 だが生徒会予算ではそれは難しく、レースの楽しみを目的に出てくる希望者だけしか集まらない、なんてことになりかねない。

 日本のウマ娘のレベルアップを目標としているシンボリルドルフとしては、それはいささか不満であった。

 

「参加者を集める方法はおいおい考えましょう。1回やってみないと何もわかりません」

「うん、トレーナーの言うとおりだ」

「時期は7月中旬ぐらいがいいのではないでしょうか。夏合宿が始まっていますし、合宿のイベントという形でやれば参加できる生徒は多いかと」

「じゃあレース会場は合宿場の近くがいいかもしれません。今年の合宿どこでしたっけ?」

「宮崎ですね」

 

 話はどんどん進んでいく。

 タイキシャトルは話についていけず、飽きたゴールドシップはトレーナーの髪を編み込んでいた。

 

 

 

「ということで、次回の打ち合わせは来週末にお願いします」

 

 最低限の段取りが決まり、アオハル杯は動き始めた。

 今は4月。開催予定である7月まであまり時間はない。

 そのための事務手続きは結局トレーナーがやることになった。

 参加者集めなどは生徒にもできるが、会場の申請やイベントの実施、学園との折衝などは結局大人がやるしかなく、トレーナーがすべて引き受けたのだ。

 お仕事がいっぱい増えて、トレーナーはしかし希望に満ち溢れていた。

 ワーカーホリックの気がある上に生徒が頑張っている姿が好きなトレーナーは、新しいイベントでテンションが上がっているのだ。

 一方ゴールドシップのテンションはかなり下がっていた。

 

「なートレーナー」

「なんですか?」

「ゴルシちゃんのトレーニングのコーチングとかも、トレーナーの仕事なの、わかってるか?」

「もちろんですよ。トレーナー契約をしたんですから、レースプランまでばっちり考えます」

「あれだけの仕事引き受けて、アタシのトレーニング見たらどう考えてもオーバーワークだろ」

「勧誘に使っていた時間をゴールドシップさんに回すから大丈夫ですって」

「ちゃんと毎日寝て、お風呂入んなきゃだめだからな。今度襤褸雑巾みたいになったら焼却炉で燃やすから」

「燃やされる!?」

 

 トレーナーはちゃんと約束を守るのか。

 それとも焼却炉で燃やされてしまうのか。

 それは現状では誰にもわからなかった。

*1
レースで最初先頭に立ってペースを作る役割のこと




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第六話 学生時代仲が良かった後輩と卒業後しばらく会わなくなって偶然また再会するとかそれはまるで恋物語のようだけど結局仕事の話だけして何も起きない話

 ゴルシちゃんにお姫様抱っこされながら、トレーナーが移動しているとスマートファルコンがビラ配りをしているところを通りかかった。

 時々見かける日常的な光景であり、スルーしようとしたゴールドシップであるが……

 

「ゴールドシップさん、ストップ」

「ん? どうかしたんだ?」

「学園時代の後輩がいました。ライトハローさん、お久しぶりです」

 

 トレーナーが手を振ると、ライトハローも気づいたようでトレーナーに向かってくる。

 そのままゴールドシップごとトレーナーを抱きしめる。

 

「お久しぶりです先輩。相変わらずウマ娘キラーですね」

「その渾名嫌なんだけど。どういう意味ですか」

「学生時代から何時もウマ娘侍らせてたくせに」

「昔も今も侍らせてないんですけど!?」

 

 再会して即発生した風評被害に、トレーナーは抗議したがライトハローはどこ吹く風である。

 

「私だって付きまとってましたし、生徒会長とか副会長に気に入られてたじゃないですか」

「生徒会の皆さんは私が庶務で雑用してたからだし、貴方は単に私のストーカーみたいに付きまとってただけですよね!?」

「ライバル蹴散らすの大変だったんですからね」

「話盛らないでください!」

「おいあんた」

 

 ゴールドシップが不機嫌そうにライトハローを振り払った。

 

「これは私のトレーナーだかんな。昔の女はお呼びじゃないんだよ」

「ふむふむ、なるほどなるほど」

「その訳知り顔がむかつく」

「ゴールドシップさん、少し交渉なんですけど」

 

 スマートフォンの画面をゴールドシップに見せながら、話を始めるライトハロー。

 自分の頭上でやり取りが行われているため、トレーナーには何を見せているのかはよくわからない。

 

「これでも5年間一緒に居ましたから、結構こういうの持ってるわけですよ」

「なんだよ、マウントか?」

「いえいえ。ただ、欲しくないですか?」

「……」

「どうせ昔と変わらずワーカーホリックなんでしょう? 今の方がひどいかもしれません。だったら、見てる人は多いほうがいいと思いませんか? 大丈夫です。夜の時間だけですから」

「……しゃーねーな。詳細はあとで相談だ」

「ふふ、連絡先教えてくださいね」

 

 トレーナーの頭越しに、ゴールドシップとライトハローの間で何か合意が結ばれていた。

 トレーナーは何が起きているかわからず、抗議にジタバタし始める。

 

「先輩、のけ者にされると幼児退行するんですよね。可愛いです」

「お前がやばい奴だというのはよくわかった」

 

 ゴールドシップはライトハローに戦慄した。

 

 

 

「それで、スマートファルコンさんと何してたんですか?」

「グランドライブの復活をしたいと考えてまして」

「グランドライブですか……」

「知ってるのかトレーナー!?」

「グランドライブとは、古代ローマに行われていた神にささげる儀式です。生贄などもいたと聞いていますが、ローマ帝国にキリスト教が浸透してきたときに自然消滅したと聞いています。それがシルクロードを渡り、中国でも流行し、遣唐使により日本に伝わったとか。そうですよね、ライトハローさん」

「全然違います」

「(´・ω・`)」

 

 堂々と説明したトレーナーのグランドライブの説明はバッサリとライトハローに切り捨てられた。

 最初の説明と全く違う説明をされて困惑していたスマートファルコンは、安心した表情を浮かべる。

 

「あんまトレーナーいじめるなよ」

「ゴールドシップさん、先輩は確かにいじめて涙目になっているときが可愛いのは否定しませんが……」

「さでずむ……」

「よくわからない説明をし始めた時にはちゃんと否定しないと駄目なんですよ。大変なことになります」

「そ、そんなことないよ?」

「先輩が訳わからない電波を拾った時は大体ろくでもないことが起きるんですからね!! あのよくわからないタコみたいな神様呼んだとき、本当に大変だったじゃないですか!!」

「たこ焼きパーティ、おいしかったですよね」

 

 ゴールドシップは感心した。

 さすがマイトレーナー。見たら発狂しかねないような神を呼び出しつつそれをタコ焼きにしたらしい。ゴルシちゃんでもなかなかできない所業である。

 

「ごほん、グランドライブは、ウイニングライブとは別に、ライブ単体で独立して行うイベントです。スマートファルコンさんが、勝利とライブが結び付きすぎているのを懸念していらっしゃったので、昔やっていたライブ形式を復活させてもいいかと思いまして」

「なるほどなるほど」

「どうです? 先輩も一口噛みませんか?」

「構わないけど、学園側に話は通した?」

「……」

「在学生は学園の方の許可ないとそういうの出来ないけど大丈夫?」

「……」

 

 にっこりと笑うライトハロー。

 こいつ、強引に実行してなし崩しで通そうとしてるな、というのをトレーナーは察した。

 学園に許可がいるというのは学生と学園の約束であり、第三者であるライトハローが守る必要はないのだ。そして実行してしまえば学園側も無許可を理由に処罰はしがたい。犯罪行為をしているわけではないのだ。

 

「一応学園側には話を持って行ったんですよ。特に会場は学園の物を使わせてもらえれば楽ですから」

「あー、断られましたか?」

「残念ながら……」

 

 一応筋は通そうとしたのは理解したトレーナー。

 だがおそらく条件交渉前に門前払いを食らったのだろう。

 トレーナーはため息をついた。

 

「まったく、誰にどう通すかは、こういう申請では大事だって何度も教えましたよね。なんで私のところに持ってきてくれないんですか」

「先輩、ここ2年ぐらい音信不通だったじゃないですか!!」

「あ、それはその…… トレーナー試験に集中してて…… あと携帯電話って苦手だから……」

「というか私、先輩がトレーナーになったっていうのも今日が初耳なんですけど!」

「ご、ごめんなさい」

 

 どうやらこのトレーナー、日常生活だけでなく交友関係もガバガバのようだということをゴールドシップは悟った。

 

「ひとまず私がその企画、もう一度学園に通してみるから、資料頂戴」

「そんなことより先輩、飲みに行きましょうよ!!」

「そんなことより!?」

「おいおい、アタシをおいてトレーナーを口説くのはNGだぞ。というかさっきからスマートファルコン置いてきぼりじゃねーか。口ぽかんと空けてこっちみてんぞ」

「あー、ひとまずご飯一緒に食べましょうか。スマートファルコンさんからもお話聞きたいし」

「あ、はい、わかりました」

 

 話を振られたスマートファルコンは反射的に答える。

 

「何が食べたいですか?」

「肉と酒がいいです先輩!!」

「あたしも肉がいいな、トレーナー!!」

「私、ファルコンさんに聞いたのですけど。あとライトハローさん、学生がいるところでお酒は禁止ですから」

 

 そんなことを言いながら、4人は学園近くの焼き肉食べ放題の店へと向かうのであった。




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第七話 ゲート嫌いの馬は多いけどウマ娘はなんでゲートが嫌いなんだろうか。何かウマソウルが悪さしているのだろうか。そんな学術的疑問を解消するべく、我々はヒシアマゾンの部屋の奥地へと足を進めた。

ヒシアマゾン先輩は出ません。


 トレーナーの現在の仕事は三つある。

 

 一つ目はゴールドシップのトレーニングの監督だ。

 念願のトレーナー契約の相手であり、手を抜くことはトレーナーとして全くできない。

 ひとまず坂路トレーニングのプログラムを組んだのだが……

 

「つまんねー、やるきでねー」

 

 と却下されてしまった。

 

「うぐぐぐぐ、つまらないですか」

「つまんねー。ゴルシちゃんポイント564点満点で30点ぐらいだな」

「うぐぐぐぐ」

 

 確かに定番のトレーニングであるが、そこまで言われてしまうか。

 だが、ゴールドシップのことをあまり知らずに定番トレーニングを入れたことは非難に値するのではないか。

 トレーナーはまじめにゴールドシップの発言を受けて、考える。

 自分しかできないトレーニング、そういうものを考える必要があると。

 そうしてトレーナーは思いついた。

 

「ゴールドシップさんの実力、よく考えたらわからないので、一度見せてもらえませんか?」

「お、模擬レースか? 相手はどうする?」

「それはもちろん私がしますよ」

「トレーナーが走ってくれんのか!」

 

 ヒトのトレーナーと違い、ウマ娘であるのだから一緒に走ることができるのだ。

 これは大きなアドバンテージではないだろうか。そう思いトレーナーは提案したのだが、ゴールドシップの反応も予想以上に良い。

 一緒に走るというのはウマ娘にとって仲良くなる典型的な方法の一つだ。今必要なのはゴールドシップとの絆を強めることだろう。

 

「では着替えてきますね」

「早くしてくれよ! あんまり遅いとゴルシちゃん、待ちきれなくて爆発しちゃうかもしれねーからな!!」

 

 現在トレーナーが着ているのは、ゴールドシップが用意したフリフリのゴスロリだ。

 トレーナーが持っている服は、桐生院トレーナーの服と似た、女性向けのスーツ系統の服であったが、ゴールドシップに似合っていないとすべて却下されてしまったのだ。

 今着ている服は、出会って最初に着せられたゴールドシップのおさがりとは違い、ちゃんとトレーナーのサイズで作られたものだ。

 ちなみにサイズは、ゴールドシップに触診で測られた。もうお嫁にいけないと言ったらゴルシちゃんが娶るとか言い出しそうだったから言わなかったが。

 この服のせいで、トレーナーだけ毎日が勝負服みたいな状態になっていた。

 だが、勝負服と違い、ウマ娘用とはいえ普通の服である以上、レースを走るのに耐えられるような丈夫さはない。

 トレーナーは現役時代の体操服を引っ張り出してそれに着替えることにした。

 

 

 

「お待たせしました、ゴールドシップさん」

「おせーぞトレーナー。って、その服、大丈夫か?」

「何か変ですか?」

 

 現役時代の体操服は、トレーナーには着れないほどではないがちょっと小さかった。

 もちろん身長は全く変わっていない。だが、成人を超え大人になり、いろいろな部分が大きくなっていた。

 そのせいでブルマが尻に食い込んでいるし、胸ははち切れそうなぐらいパンパンである。

 変な露出があるわけでもないのに、その豊かな体型と、無理やり着た感のある限界まで伸びきった体操服のせいで、ブルセラ系のいけないビデオのような雰囲気を醸し出していた。

 これ、他人に見られていいものなのだろうか、とゴールドシップが周りを見回すと、なぜかライトハローがスマホで写真を撮っていた。

 トレーナーはストーカー紛いと言っていたが、何一つ否定できない本物のストーカーがそこにいた。

 

「まあいいや、ひとまず走るぞ」

「がんばるぞー」

 

 そんな他人の目を全く気にすることなくトレーナーは闘志を燃やしていた。

 

 

 

 レース結果はトレーナーの惨敗である。

 所詮未勝利ウマ娘で、しかも不摂生がたたっているトレーナーでは、まだデビュー前とはいえ超GⅠ級のゴールドシップにはまるで歯が立たなかった。

 

「ゴールドシップさん、速いですね……」

「ゴルシちゃん、天才だからな」

「でもゴールドシップさん、どうして追い込みなんですか?」

「どういうことだ?」

「ゴールドシップさんは身長も体重もありますから、体格的に加速が良くないと思います。そうすると、ベストのポジションは先行、しかもかなり前目に付けるレースが一番だと思います」

 

 一口に先行といってもいろいろある。

 一番王道は、中団からやや前目を走り、臨機応変にレースをする走り方だ。応用が利き、どんな場面でも実力を発揮できる方法である。

 シンボリルドルフやトウカイテイオー、スペシャルウィークなど強者と言われる者にこの走りをする者が多い。

 他にはさらに前め、2,3番手の位置をキープし、場合によっては先頭にも立つ走り方をする先行もある。大体は体格が良く、トップスピードよりも平均スピードの高さで勝負するタイプのウマ娘が使う戦法だ。逃げと違い、周りに合わせて自分のポジションを変えられるためレースの主導権を握りやすく、これもまた王道な走り方である。

 メジロマックイーンは典型的なこの走り方であるし、ダイワスカーレットやサクラバクシンオーなどもこの走り方だ。バクシンバクシン、と陽気に走っているように見せかけて、あの委員長はそのくらい計算高い緻密な走りをしているのだ。

 他にも好ポジションを取って、ライバルをマークしつつ自分は走りやすい場所を確保するというライスシャワーのような先行もあるが…… 何にしろ先行といっても奥が深い。

 一方追込は弱者の戦法である。

 末脚で勝負するにしても、一番後ろにいる必要はないのだ。中団後方に待機し、上手く抜け出した方がよほど楽である。それでも追込がいるのは、追込でないと走れないウマ娘が一定程度いるためだ。この辺り、逃げしかできないウマ娘とよく似ている。

 後ろから追われるのを嫌い、一番後ろにつけてしまうウマ娘。

 一度エンジンがかかると全力で走り続けてブレーキができないウマ娘。

 追い込みはそういった、『出来ない』ウマ娘が取る戦法だ。

 ゴールドシップは癖はあるが賢いウマ娘だ。勝つことにも積極的であり、そうすると前に行くのが正解だとわかっているはずなのだ。

 トレーナーの質問には答えず、ゴールドシップは語り始めた。

 

「トレーナー、ゲートってあるじゃん」

「ありますね」

「あれ、入るとすげーイライラしね?」

「しませんね」

「え、嘘、お前宇宙人かよ」

 

 ゴールドシップのようにゲートが嫌いというウマ娘は少なくないどころか多数派だ。ただ、ゲート導入前でも普通にスタートは嫌いというウマ娘はいたらしいので、スタートの象徴としてのゲートが皆苦手らしい。

 一説には、走りたいという気持ちを止められているスタート前というのは、ウマ娘に多大なストレスを与えているという話である。なら、競艇みたいにスタート前に好き勝手走らせて、スタートのタイミングとラインだけ合わせればいいのではないかと思うが、そういう話でもない様だ。

 なんにしろ、ゴールドシップはスタートが苦手ということだ。

 

「じゃあゴールドシップさん、トレーニングメニューが決まりました」

「お、どんなのだ?」

「ゲートのスタート練習300本です」

「おいおい、トレーナー。ゴルシちゃん保護法で、ゴルシちゃんにスタート練習させるのは禁止されてるの知らないのかよ」

「大丈夫です、100本目ぐらいからだんだん気持ちよくなってきます」

「なんかやべーのキメてるみたいになってんじゃん!?」

「イラついたらゲートを蹴とばして壊せばいいんです。結構スッとしますよ」

「トレーナー、お前もゲート嫌いだろ」

「ゲートなんて滅びればいいのに」

 

 トレーナーも強がっただけで、ゲートは大嫌いである。それでもトレーナーのスタートは逃げウマ娘もびっくりなぐらい上手かった。トレーナーは全体的に遅いが、レーステクニックは基本どれも完璧である。

 現役時代愚直に練習していたのもあるし、トレーナー試験で知識的な部分も補完したため、技術だけは高いのだ。スタートも、もちろん完璧である。代わりに現役時代にエンドレスでスタート練習をさせられたトラウマもよみがえっている。

 

「ほら、壊してもいいように古いゲートを持ってきますから」

「いやー!! ゲートはやだー!! HA☆NA☆SE!!」

「ハローさん、見てるならゲート持ってきて手伝ってください。ついでにハローさんもスタート苦手でしたよね。一緒に練習しましょう」

「いや私、別にもう走らないですし……」

 

 急に流れ弾が飛んできて混乱するライトハロー。

 

「練習するか、ゲートのように蹴破られるか、どっちがいいですか?」

「イエスマム! スタート練習します!!」

 

 ライトハローは思い出した。

 ゲートが嫌いすぎて、スタートゲートの開閉が電磁石式になったときに「これでゲートを蹴破ってスタートできますね」と嬉々として蹴破って失格になった上に、今でも中央では機械式のゲートになる原因を作った先輩のことを。

 それを知っているライトハローに、ゲートのように蹴破られる危険性を無視してでも拒否できるほどの度胸はなかった。

 

 こうしてゴールドシップと、ブルセラ成人ウマ娘二人の地獄のスタート練習は始まったのだった。




ブルマ姿のライトハローさんが見たい……

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第八話 アオハル杯とかグランドライブとか実行するとなるとモブウマ娘はどうするんだろうと考え始めると夜も眠れなくなったのでロイヤルビタージュース割の焼酎を飲み干す話

 さて、トレーナーの一つ目の仕事はコスプレしながらゴールドシップの世話という仕事であり、これが本業である。そして、あとの2つは副業と言えるだろう。

 

 一つは生徒会の関係のお仕事である。

 生徒会の仕事の多くを生徒に任せるのは止めたわけだが、生徒会のしていたお仕事の内容自体が、無駄で削っていい代物ではない。というか結構重要なお仕事が多い。

 なので、学生にやらせないその分をだれがやるかという話になるが、まあ当然無茶苦茶引っ掻き回したトレーナーの仕事になった。

 細かい作業まで全部自分で直接やる必要はないが、仕分けし、手順を整え、指示をして、確認する。そういったことをやるのがトレーナーである。

 本来トレーナーの仕事ではないが、もうトレーナーがやらないとどうしようもないほどしっちゃかめっちゃかだった。

 

「決裁書類と資料がいっぱいだー!!」

 

 肩書として、生徒会顧問代行という偉そうな役職、実際は貧乏くじであるそれを受け、嬉々として仕事をし続けるトレーナー。

 ワーカーホリックのトレーナーは仕事がいっぱいあるだけで無駄にうれしくなってしまう変態性癖の持ち主だった。

 もちろんトレーナーのテンションが上がっている理由はそれだけではない。

 生徒会顧問代行になった以上、権限と予算を握ったのだ。

 学生の頃、庶務として活動していたころは、あんなこといいな、出来たらいいなと妄想するだけで実行は一切できなかったことが、今ならできる可能性があるのだ。

 

 もちろん、新しいことを始めるということは、今までの仕事に加えてさらに仕事が増えることである。今ですら、生徒会顧問だけで動かすのが無理なぐらいの仕事の規模なのに、ここでさらに仕事を増やすことなど正気の沙汰ではない。

 だがトレーナーは狂気のゴルシちゃんトレーナーである。

 仕事が増えるのを一切躊躇していない。生徒会の修羅場を潜り抜けてきたトレーナーだ。面構えが違うのだ。

 

 その、仕事を増やすことになりそうな新しいことが、三つ目のトレーナーの仕事であった。

 

 アオハル杯

 グランドライブ

 

 これらの新企画を無事開催しないといけない。

 

 アオハル杯の問題は参加のインセンティブだ。

 賞金は出せないし、実績になるかどうかも今のところ未知数だ。

 初めてやる企画のため、予算もそう多くあるわけではない。

 これら、レースの結果について何もない状態でどこまで人が集まるのかが、わからない。

 さらに言えば、参加者の上位層が厚すぎるのも問題だ。

 提案者のタイキシャトルは確実に出るだろうし、生徒会のメンバーも出る確率が高い。

 生徒会長であるシンボリルドルフなんて、基本最強で彼女が出ればまず負ける気がしない。

 タイキシャトルはマイルならそんなシンボリルドルフすら上回るかもしれないウマ娘だ。

 こんな二人が走ったら、一般参加のウマ娘など確実に勝てないだろう。そんなレースが楽しいかどうかはかなり疑問符が付いた。

 かといって、この二人に出るなとは言いにくい。

 そのあたりをどう調整して、出来るだけ多くの生徒が楽しめる競技にするかが問題であった。

 

 グランドライブの方も似たような問題がある。

 レースに関係なく思いを伝えたい、というのならば、有名なウマ娘をセンターに持ってくるのばかりなのはNGなはずだ。

 有名なウマ娘というのはレースに強いウマ娘がほとんどである。有名なウマ娘優先ではウイニングライブとそう大きく変わらない。

 だが、有名なウマ娘と、トレーナーのようなモブウマ娘、観客はどちらに集まるかと言えば前者である。学校のイベントならいいが、これはライトハローの会社という民間企業が運営するイベントであり、集客が必要だ。

 集客を考えれば、センターに有名なウマ娘をドーンと持ってきて、ということになる。

 

「まー、会社は赤字さえ出なければどうにかごまかせますよ~」

 

 夜11時を越えれば、学生たちは寮に帰らないといけない。

 そのあとは大人の時間であり、トレーナーの寮の部屋にはライトハローが今日も押しかけていた。

 毎夜酒を飲んで酔っ払っているので追い出したいが、なんだかんだでお昼のお弁当を含め三食作ってくれるし、掃除などもしてくれるので、トレーナーとしてもライフラインとして追い出しにくい部分があった。

 トレーナー自身、家事ができないわけではないのだが、時間がないためそのあたりはかなりずぼらな生活をしていた。

 そんな酔っ払いライトハローがトレーナーに絡みながら雑なことを言っている。

 

「今回ファルコンさんが発起人ですし、彼女含めた逃げ切りシスターズを中心にもってくればかなりの人が集まるでしょう。でも、それは彼女らの人気です。一般の学生ウマ娘は憧れこそすれ、自分が出ようという気持ちにならないでしょう」

「あー、わかりますー。だって、あのメンバーが出てるライブなんて、私だったら出るという発想に至らないですもん」

 

 二人とも未勝利ウマ娘であるため、モブの気持ちがよくわかる。

 人気者のライブの前後に出たら、一気に観客が盛り下がりかねないのもよく理解していた。

 

「そもそも、普段のウイニングライブと振り付けが一緒でなくてもいいと思うんですよ」

「どういうことです?」

「ウイニングライブって、センターとサイドとバックが明確に分かれているじゃないですか」

「そうですね」

 

 センターはずっとセンターで、サイドはずっとサイド、バックダンサーはずっとバックダンサーなのがウイニングライブだ。目立つ順もそれで決まっていて、役割は固定である。

 

「レースを前提にしているからそうなるわけで、グランドライブだったら誰がセンターとか固定する必要もないでしょう? だったら目立つ子を1曲で次々変えてもいいと思うんです」

「たしかに。ただ、そうすると振り付け練習が別途必要になりますよね」

「それは確かに問題ですよね……」

 

 焼酎のロイヤルビタージュース割を流し込むトレーナー。

 アルコールとロイヤルビタージュースが血管を巡る気がする。

 

「勝てる子は放っておいてもウイニングライブできるんです。でもこの企画では、目立たないマジョリティのウマ娘にもライブの楽しさを分かってもらわないといけないのが目的です。やっぱり民間でやるべきイベントじゃないよなぁ」

 

 営利性を無視すればそう難しい話ではないのだ。

 学園のような公的な教育機関がやる話だろう。だが、ウマ娘で利益を上げている上位組織のURAがうるさそうである。

 

「でも先輩の現役時代なら、ソロライブしてもそこそこ人が集まりそうですけどね」

「いや、こんな未勝利ウマ娘見に来る人なんてほとんどいないでしょう」

「いやいや、先輩のライブの時、未勝利なのにすげー人集まってたじゃないですか」

「バックの子見に来る人なんていないでしょ、偶然ですよ」

 

 トレーナーは現役時代、掲示板にもほとんど載れていないので、ほぼバックダンサーが定位置である。

 ゲート破壊とかしたので、そういう面で少しだけ人気があったトレーナーである。

 

「ウマ娘のファンになるのって、レースだけじゃないと思うんです、先輩みたいに。そのウマ娘ごとのいいところをアピールする機会があれば、ウイニングライブと違う雰囲気にできそうだと思うんですけどねぇ」

「アピールの機会かぁ。そもそも、グランドライブをアピールの機会にするとか?」

「どういうことです?」

「メイクデビュー前の学生の情報なんてほとんどないじゃないですか。でもライブとか、練習風景の公開とかで、アピールして、あわよくばスポンサーついたらラッキーかなと」

「スポンサーですか、良いですねー」

 

 二人には縁がなかった話だが、有望なウマ娘にはスポンサーがつくことがある。

 スポンサーからは援助金が支払われ、各種消耗品から移動費、果ては勝負服作成費用まで負担してもらえるので、利便性が変わるのだ。例えば新幹線移動はグリーン車になり、蹄鉄も軽いが消耗が激しいアルミ合金製などが使い放題になる。

 スポンサーが居なくても学園側から支給があるため必ずしも困るわけではないが、スポンサーがつくのは一種のステータスであった。

 一方スポンサー側も、パンフレットなどに小さくだが名前が出るため、広告効果があるのだ。だがスポンサーになるには、1人につき何百万とかかるためそうそうつくことはない。

 前評判が高い子のみの特権のような部分があった。

 

「でも、スポンサーの前状態としてのライブだと、イベント側がもうからないんですけど」

「そこでもう一歩進めて、スポンサーの方に仕事を膨らませればいいんですよ」

「というと?」

「組合でスポンサーをやる方式です」

 

 地方から出てきたウマ娘だと、地元有志が団体でスポンサーをやることがある。

 だが別に、集団の住所が近ければならないというルールはないのだ。

 1人で何百万も負担するのは難しいが、一人当たり数万円なら出せないことはないだろう。それで組合にして、スポンサーになる方法もあるのではないか、という話である。

 

「宣伝効果微妙じゃないですか?」

「その辺は適当に特典つければいいんですよ。それこそスポンサー限定ソロライブとか」

 

 自分で対応する幅を増やせば、収入源は増える。

 もちろん仕事も加速度的に増加するのだが、酔った二人はそれに気づいていない。

 夜も更け、酔った頭で二人はグランドライブの企画書をまとめていくのであった。




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第九話 秋川理事長かわいいとてもかわいい頭の猫もカワイイだから一杯可愛がってあげないといけない、そんな決意を胸にトレーナーは企画書を抱えて理事長室へと吶喊する

トレーナーさんの毛色は、アンケートの結果、1位がレインボー、2位が白毛になりました。なので、トレーナーさんは白毛時々レインボーとなりました。
レインボーに入れた人はタキトレに謝れ。
あと、白毛に投票した皆さんは、フラペチーノ氏が書いている そのウマ娘、星を仰ぎ見る の主人公スターゲイザーちゃんが白毛ウマ娘トレーナーの先駆者としているのでそっちも見てくるように。
ちなみにハンドルネームのチーノの部分はフラペチーノさんから頂いております(本人確認済)。残りの部分については誰からもらったか、皆さん予想してみていいですよ賞品は出ません。


 生徒会の事務方の新体制に、アオハル杯とグランドライブの企画書を持って、トレーナーは理事長室を訪れた

 最近新しく理事長になった秋川やよい理事長は、なかなかしたたかな人物だ。

 お金に関してはどんぶり勘定がすさまじい上に、場合によっては私財を投げ打つ豪快な性格をしている。これだけ聞くと激アマちゃんに聞こえるが、当然そんなことは一切ない。

 飛び級で大学を卒業し、最年少で学園理事長になった少女は甘くないのだ。

 あの幼く見える外見に油断して、悪事を見抜かれて飛ばされた人間は少なくない。

 企画なんかも出来が甘いとすぐに却下されてしまう。

 彼女にやり込められた者は聞けど、彼女を丸め込めた相手は今まで見たことがなかった。

 

 ヘボい企画書を持っていった程度では理事長はさすがに怒ったりはしないだろうが、それはそれで緊張の瞬間である。

 部屋に入ると、秋川理事長と、駿川たづな理事長秘書が豪華な部屋の真ん中にいた。

 

「謝罪。トレーナーには苦労を掛けた」

「理事長に謝られるほどのことはしてないですよ」

 

 直球での謝罪に少しやりにくさを感じるトレーナー。

 恩を売って上手く企画をねじ込む予定だったが、こう謝られてしまうと少し難しくなりそうだし、向こうもトレーナーがしてきたことを把握しているのだろう。

 説明が省けそうだと思うことにして、トレーナーは説明を始めた。

 

 まず、生徒会顧問については、代行が外れて正式に顧問になることが決まった。

 理事長側から見れば、取れる手段はトレーナーを排除するか、誰かを追加でつけて権限を分けさせるか、丸投げするかの三択しかない。

 あの生徒会の惨状を把握しながら放置していたのを考えれば、理事長には信頼できる人員がいなかったのだろう。そんな中、貧乏くじを引きに来たトレーナーが現れたのだ。これ幸いと丸投げして押し付ける。単身でどうにかしようとしていたトレーナーへの褒美でもあり、トラブルを起こしたらまた切り捨てればいいだけの生贄でもある。

 ドラスティックな判断としても、人情としても、当然の選択であった

 

「ということで、これから頑張ってくれ」

「それでですね、生徒会発案のイベントが二つありまして、それの認可もお願いしたく、企画書を持ってきました」

「!?」

 

 理事長は驚いた。ただでさえ生徒会顧問は激務であり、体調を崩して辞めるものが後を絶たない仕事だ。

 にもかかわらず、仕事をさらに増やしに行く姿勢。ウマ娘の未来を考えていると感心するとともに、頭が大丈夫か、心配になっていた。

 一方たづなさんはやはり狂人だったかと納得していた。

 トレーナーがロイヤルビタージュースを大量に購入していることは知っていた。ロイヤルビタージュースと言えば体に良く疲れが一発で取れる一方、この世の不味さを凝縮したような味で味覚がおかしくなるレベルの飲み物であり、トレーナーとウマ娘の関係すら壊しかねない魔の飲み物である。

 それを1日3杯分のペースで買っていくのだから、担当ウマ娘への虐待疑惑が上がってたづなさんが調べていたのだ。ところが、トレーナー自身があの泥水の方がましな飲み物を1日3杯飲んでいるのがわかったとき、たづなさんは考えるのを止めた。

 

 企画書の概要を二人して読んでいく。

 片方はチーム戦を主体とした新レースの設立

 もう片方はレースに拠らないグランドライブと、それに伴い募集される一口スポンサーである。

 どちらも片手間にやれる仕事ではない。専属で職員を何人か増やしてもいいレベルのものだ。

 

「質問。予算と人員はどれくらい必要だ?」

「それぞれの会場の使用予定は別紙に書いてあります。アオハル杯の方は学生ボランティアで対応しますし、グランドライブの方はライトハローさんの会社から人手が出ますから、特に学園からは何もいらないかと」

 

 アオハル杯の賞品ぐらいは学園から出してもらえるといいですね~ とのほほんと述べるトレーナーに、理事長は危機感を覚える。

 生徒会に、こんな二大イベントの利権を握るトレーナーの権力は絶大になるだろう。

 しかも、学園側からの援助は不要と言っている。利権を独占されかねない状況だ。

 トレーナーは過去は善良だったが、将来も善良とは限らない。一人が多くの力を持ちすぎるというのは健全な状況ではない。

 だが、やるなというのも難しい。すでに生徒会から実施の要請という形で企画が上がってきている。粗を探して引き延ばすか、というのも考えたが、それはウマ娘のためにならない。権力闘争を優先して、ウマ娘のことを劣後させるのは秋川やよいの信念に反する。進むか、引くか。理事長は難しい選択を迫られ、そして決めた。

 

「さすがにこれだけのイベントをトレーナー一人で行うのは難しい。今度理事長代理兼任でトレーナーに復活する、樫本理子氏にお願いしておくから、分担するといい。あと、こちらの駿川たづな秘書もできるだけそちらに手伝わせよう」

「理事長、大丈夫ですか?」

「どうにかなる」

 

 トラウマがあるが優秀で信用できる人材としてプールしていた樫本トレーナーと、腹心である駿川たづなをこのヤバい奴につけることに決めた。

 ただでさえ少ない手元人材を使わせられるのはつらいが、やむを得ない。それに、これらのイベントが形になれば、学園はさらに発展するだろう。

 

「一人でも大丈夫ですよ?」

「失敗したくないイベントであるならば、人は多めに割くべきだ」

「なるほど確かに」

 

 そんな理事長の内心に気づかず、トレーナーはのほほんと、同期の桐生院トレーナーも誘おうかなーなどと能天気に考えていた。




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第十話 大人の女性が集まる飲み会というとどことなく特別な雰囲気があるが実際はこのありさまである

 夜11時を回れば、寮からウマ娘は外出することができず、トレーナーも寮内には入れないので、大人の時間である。

 そんな大人の時間に、関係者が増えたのもあり、顔合わせと交流もかねて飲み会をすることになった。

 何故かトレーナーの部屋でである。

 

 せっかく理事長が人を増やしてくれたのだし、最初の関係者であるトレーナーとライトハローも、責任をもってメンバーを一人ずつ連れてこようということに何故かなってしまい、トレーナーは同期の桐生院トレーナーを、ライトハローはどういう伝手だか月間トゥインクルの名物記者である乙名史記者を連れてきた。なかなか大物である。

 広報人員はいて損はないので、大歓迎であった。

 

 飲み会の料理はトレーナーが準備し、お酒は各自が持ち寄ることになった。

 三食ロイヤルビタージュースの味覚が壊れたトレーナーだが、料理はそれなりに得意である。というか、トレーナーにとって栄養学と調理学が必修で、料理ができないとトレーナーになれないのだ。

 担当の栄養管理も場合によっては求められるため、当然であった。

 

「ロイヤルビタージュース中毒の人間が作った料理とは思えないです……」

 

 駿川たづなは戦慄した。なお、有能秘書であってもトレーナーではない彼女は料理は一切できない。

 ライトハローと乙名史記者はおいしそうに食べ、トレーナーの2人は栄養と味についてあれやこれやと議論を重ねていた。

 

「料理と言えばお酒ですよね!!」

 

 そういいながら、ライトハローはさっそく自分の持ってきた酒を取り出した。

 焼酎の一升瓶が3本出てくる。

 

「芋と麦と米と、おすすめを持ってきました!!」

 

 この場には6人しかいないのに、しかもほかにも皆酒を持ち寄る話になっていたのに、明らかに多すぎる量だ。

 どうしようかと困った顔をするトレーナー以外の四人を見て、ライトハローは「一人一本が良かったですか?」と見当違いなことを言い出す。違う、そうじゃない。

 最大限大人のスルー力を発揮して乙名史記者が自分が持ってきたのを取り出した。

 

「私はクラフトビールです。阪神競馬場で作ってるんですよ」

 

 ウマ娘レースの観戦も娯楽の一つであり、競馬場ではお酒を販売している。阪神競馬場では、オリジナルのビールの製造販売までしており、乙名史記者はそれを持ってきたようだ。さすがウマ娘記者というチョイスである。

 敏腕イベントプロデューサー()と、敏腕記者の配慮の差を見てしまった気分になる。普通逆じゃないだろうかと参加者は思った。

 

「私は父が家で保管していたものを持ってきたのですが……」

 

 桐生院トレーナーはワインの瓶を取り出した。本人はよくわかっていなさそうだが、絶対高い奴だと一目でわかるワインである。

 さすが名家、家で飲むワインから格が違う。

 家には料理用のワインしかなく、しかもこの前ライトハローに全部飲まれたトレーナーは同期との格差を感じた。

 

「皆さんがどの程度のまれるかわかりませんから、私は貴腐ワインを持ってきました。アイスクリームにかけてもおいしいんです」

 

 そういいながら、ワインの瓶を取り出した樫本トレーナー。

 こちらもこちらでべらぼうに高い奴である。

 アイスにワインをかけるなんて言う食べ方知らないんだが、とトレーナーはさらに格差を感じる。そもそもどんなアイスならあんな高級なワインに許されるのだろうか。ハーゲン〇ッツだろうか。レディー〇ーデンは許されないのだろうか。スー〇ーカップじゃだめだよなぁ……

 そんな混乱した思考がトレーナーの頭の中をよぎる。

 ちなみにたづなさんが持ってきたのはソフトドリンクと、缶のカクテルであった。先を読んだ気づかいのできるチョイスである。

 そうして、女性ばかりの飲み会がスタートした。

 

 

 

 大人の女性だけの飲み会と聞いて、読者の皆さまは何を想像されるだろうか。

 華やかな雰囲気だろうか。

 上品なやり取りだろうか。

 もしくは、百合の花が咲き乱れる展開だろうか。

 そんな想像をされた読者の皆様には申し訳ないことをした。

 そこに待ち受けていたのはただの地獄であった。

 

 もちろん最初はそんなことはなかった。

 謎の格差をトレーナーに思い知らせてスタートした飲み会であったが、二人のトレーナーが準備したワインはどちらもおいしく、料理も進んだ。

 少しずつお酒も飲んでいき、徐々に場が温まってきたそれをおかしくした始めたのは自称イベントプロデューサーの後輩であった。

 最初は「雪見大〇にも貴腐ワインが合うんですよー」みたいな特殊知識を披露し、場を温めていた彼女であったが、彼女がカクテル用のシェイカーを持ち出し始めたころから徐々におかしくなり始めた。

 なぜか台所から出てきた大量のリキュール類などを利用し、たづなさんが持ってきたソフトドリンクも使ってカクテルを作り始めたのだ。

 バーテンダー顔負けのアピールを伴うカクテルに、場はどんどん盛り上がっていく。

 だが、ライトハローの作るカクテルは、アルコール濃度高めにもかかわらず飲みやすいものが多かった。

 結局皆どんどんアルコールが回っていき……

 

「御覧のありさまだよ」

 

 トレーナーの部屋は酔っ払いで埋め尽くされた。

 

 

 

 

「トレーナーさんはですね、なんでこんな無茶ばかりするんですか!!」

「はい、ごめんなさい」

 

 酔っぱらって絡み上戸になったたづなさんに、トレーナーは絡まれていた。

 ビタージュースの飲み過ぎと、仕事のし過ぎという点をエンドレスで叱られ続けている。

 現在4周目に入ったところである。

 

「なんでロイヤルビタージュースなんて劇薬を常飲しているんですか。パカなんですか! 頭ロイヤルビタージュースなんですか」

「ごめんなさい」

「アハハハハハ、トレーナーちゃんかわいいですねぇ!! 真っ白でかわいいです!!」

 

 そんな正座で謝罪をしているトレーナーを撫で繰り回しているのが真っ赤になった桐生院トレーナーである。白毛好きなので、白毛のトレーナーのことも気に入っているのだろう。さっきから抱きしめたり頬ずりしたりを繰り返している。

 別に同性だし減るもんじゃないから構わないが、あまり他所のウマ娘の匂いをつけてると担当に嫌われるぞ、ウマ娘の鼻はいいからな。そんなことをトレーナーは思いながらも、たづなさんが怒る勢いが怖くて全く何も言えなかった。

 なお、撫でくりまわしている桐生院トレーナーについて、たづなさんは全く無視である。

 

「素晴らしい、貴方の毛並み!! きっとウマ娘の生徒を助けるために日々努力しているのでしょう!! 私が手入れしてあげます」

 

 桐生院トレーナーの逆側には、乙名史記者がトレーナーにへばりつきながら、髪やら肌やらの手入れをしている。なんか右半分だけ艶々テカテカの、左右で使用前後みたいになりそうな勢いである。

 いつも以上に褒め上戸になった乙名史記者は、延々とトレーナーを褒めている。

 正面から叱られて、右から褒められて、左から愛でられて、どうしていいかトレーナーはわからなくなっていた。しかも三者とも、お互いは一切目に入っていないのだからもうどうにもならない。

 

「ごめんなさい…… ごめんなさい……」

 

 そんな中、部屋の中にトレーナー以外の謝罪の声が響き続ける。

 樫本トレーナーの泣き声である。

 泣き上戸である彼女は昔、担当していたウマ娘に延々と謝罪しながら泣いている。

 怪我をして引退したことに責任を感じているらしく、そのトラウマが飲み過ぎで爆発したようだ。

 真っ黒な髪を床に散らばらせながら伏せて泣く彼女の姿は結構ホラーだ。

 

「あっはっはー りこぴんの太もも柔らかーい!!!」

 

 そんな樫本トレーナーの膝を強制的に借りて寝ているのはご機嫌に酔っぱらっているライトハローだ。

 なんだリコピンって、樫本トレーナーはトマトじゃねーんだぞ。まあ確かにトマトのように真っ赤に酔っていたが。そんなことを聞いて思ったトレーナーだが、やはり口に出せる余裕はなかった。

 

「そもそもりこぴんは昔のこと引きずり過ぎだよぉ」

「うるさいですね、貴方に何がわかるんですか」

「あの子なら今元気にしてるんだしそれでいいじゃん」

「知ってるんですか!?」

「同期ですからね」

 

 どうやら樫本トレーナーのトラウマになっている担当ウマ娘とライトハローは同期だったようだ。

 

「いま彼女は結婚して、赤ちゃん産まれたらしいですよ」

「……ガフッ」

 

 樫本トレーナー(XX歳独身 職業トレーナー)は、教え子に子供が生まれたという情報を聞いて、完全に撃沈した。

 

「ゴフッ」

 

 ライトハローの同期はトレーナーにとって後輩である。それが結婚し子供が生まれているという事実に気づき、トレーナー(2X歳独身 職業トレーナー)もまた、撃沈した。

 

「ゲフッ」

 

 駿川たづな(XX歳独身 職業理事長秘書)も、その教え子の現役時代のことは知っていた。樫本トレーナーがトレーナー職を休業した理由となった、その頃のことを一部始終見ていた人間だ。

 あのかわいい生徒が結婚して子供が生まれたという現実に彼女は耐えきれなかった。

 

「グフッ」

 

 ライトハロー(2X歳独身 職業イベントプロデューサー)もまた、同期に子供が生まれたという情報を思い出して、メンタルが破壊されて倒れた。

 ただの自爆である。

 

 いきなり倒れた4人に、桐生院トレーナーは困惑し、乙名史記者は今度はビールの瓶を褒め称え始めた。

 ただの地獄の光景がそこにあった。

 

 

 

「私が結婚できないのは理事長が悪いんです!!」

 

 静寂の後、たづなさんが立ち上がった。

 アルコールが回った頭では碌なことが考えられない様だ。

 

「そう、あのかわいくて一生懸命でかわいい理事長が!! 私に仕事を振るから!! 私は結婚できないだけなのです!!」

「「そうだそうだー!!」」

 

 謎の理論で理事長を批判し始めるたづなさんに、同調する樫本トレーナーとライトハロー。

 たづなさんと樫本トレーナーは事実かもしれないが、学園の部外者であるライトハローは絶対理事長関係ないだろ、とトレーナーは思った。

 

「ということで理事長宅を襲撃します」

「「「「おー!!」」」」

「みんな にんじんは持ったな!! 行くぞォ!!」

「「「「おー!!」」」」

 

 いつの間にか、合流した桐生院トレーナーと乙名史記者と一緒に、トレーナーは運ばれていく。

 目的地は理事長宅であった。

 

 

 

 塀を超え、扉を破り、理事長の部屋へと向かう5人+荷物のトレーナーの前に立ちふさがったのは、いつも理事長の頭の上にいる猫であった。

 5人に勝てる訳ないだろといわんばかりに猫に襲い掛かった5人だったが、猫パンチにより一瞬にして床に叩きつけられ敗北した。

 

 理事長の睡眠は守られたのであった。




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第二章 トレーナーがやっぱりロイビタをキめながら頑張る話
第一話 ゴールドシップのトレーニングは普通でないに決まっているが、一番やべーのはトレーナーってそれ一番言われてるから


 トレーナーの本業は担当ウマ娘をトレーニングし、勝たせることである。

 当然トレーナーはそれにも手を抜いていない。

 ここを削り始めたらトレーナーを辞めろという話になっていく。だから、トレーナーが削るのはいつも睡眠時間である。

 基本的に、座学が終わる昼食後から、夕食を共にとるぐらいまではトレーナーはゴールドシップと一緒にいる。場合によっては門限ぎりぎりまで一緒に遊んでいたりすることもある。

 

 

 

 今日はトレーナーとゴールドシップは海に来ていた。

 府中から海辺まではかなり距離があるが、ゴルシちゃんワープをもってすれば一瞬である。

 しかも今回は、合同練習ということで、桐生院トレーナーと樫本トレーナーも一緒に来ている。

 

「なぜ、学園の裏山のトンネルを抜けたら、海にたどり着くんですか……」

「トレーナー、しっかりしてください!!」

「あの非常識ペアのことを常識で測ったらだめですよ!!」

「府中から海まで近い場所でも30km以上あります…… 歩いてたどり着ける距離ではないはず……」

「トレーナー!!」

 

 非常識すぎる現象に、樫本トレーナーは現実を受け入れられず、担当ウマ娘のビターグラッセとリトルココンが必死に正気に戻そうとしていた。

 

「ミーク、海ですよ!!」

「……うん……」

 

 一方桐生院トレーナーとハッピーミークのペアだが、ハッピーミークがずっと腕にしがみついており、トレーナーのことを睨みつけている。

 桐生院トレーナーが飲み会の後、知らない(ウマ娘)の匂いをべったりつけてきてから、ミークはトレーナーをナリタトップロード(N T R)されることを心配してずっとへばりついていた。

 そして本日、その相手がゴールドシップのトレーナーであると匂いで理解したのだ。

 こいつが、桐生院トレーナーを奪い取ろうとしている相手だと理解した(誤解した)

 だからこそ、ずっとトレーナーを警戒し続けているのであった。

 

 そんな視線をまったく気にしていないのが、ゴールドシップとトレーナーのペアである。

 ゴールドシップは片手にはスイカ、片手には水鉄砲を持っており、楽しむ気満々である。

 トレーナーは片手にヒョウタンを、もう片手には弁当を持っている。

 

「おい、トレーナー、そのヒョウタンはなんだ」

「トレーニングに使おうと思って。あとで教えるね」

「なるほど、まるで分らないな」

 

 ゴールドシップにも予想できない行動をするトレーナーである。

 ゴールドシップのトレーナーとなるには、ゴールドシップを超える必要があるのだ。

 

「ひとまず着替えようぜ」

「ふっふっふ」

「どうしたんだトレーナー?」

「私はすでに水着を服の下に着て来ているのです!!」

 

 ゴールドシップの用意したフリフリの服を脱ぎ捨てると、学園のスクール水着が露わになる。

 低身長とはいえ、肉付きが良い成人女性のトレーナーが着ていると、やはりコスプレか何かにしか見えないものだ。おそらく学生時代の物なのだろう、サイズが微妙に小さく、胸や尻がぱっつんぱっつんになっていた。

 

「そうか、やる気満々だな」

「ゴールドシップも早く着替えてきてくださいね」

 

 トレーナーの荷物が謎のヒョウタンと弁当だけなことにゴールドシップは気づいていた。

 つまり着替えの下着はない。

 だが、それを指摘しないだけの優しさがゴールドシップにも存在した。

 

 

 

「ということで、最初はヒョウタンでウナギを捕まえます!!」

「おー!!」

(((どういうこと!?)))

 

 トレーナーの提案に、ゴールドシップはノリノリであり、樫本トレーナーとその担当は困惑した。

 

「ウナギは捕まえられたらこちらの籠に入れてください。私が捌きますから!!」

「すいません、ゴールドシップのトレーナー。これは何のトレーニングなんでしょうか?」

 

 さすがに樫本トレーナーがそのトレーニングの趣旨を聞く。

 何のためのトレーニングか、熟練(熟女ではない)の樫本トレーナーにも全くわからなかった。

 

「禅ってあるじゃないですか」

「はい」

「あれで精神統一して悟りが開けるわけです」

「はい」

「つまりそういうことです」

「??????」

 

 説明を聞いても何もわからなかった。

 混乱した樫本トレーナーを置いてきぼりにして、ゴールドシップとトレーナーはウナギを捕まえ始めた。

 

 ブンブンとヒョウタンに付いた紐をつかんで振り回し……

 

「そおい!!!」

 

 そこに流れていた小さな川に投げ込んで、ウナギを取り始めるゴールドシップ。海は全スルーである。

 

「川遊びも楽しいですね、ミーク!!」

「……はい」

 

 楽しそうにヒョウタンでウナギを押さえようとする桐生院トレーナーに、ぴったりとくっついて桐生院の触感を楽しむミーク。二人ともスクール水着のため、普段より密着度が高い。

 なお、桐生院は運動不足ではなく、サイズもあっているのでスクール水着にトレーナーほど違和感はなかった。

 

「これ、何の意味があるんだろう」

「さあ?」

 

 困惑しながらも他のメンバーの真似をしてヒョウタンを手にするビターグラッセとリトルココン。

 なお、混乱し蹲る樫本トレーナーの方は見ないようにしている。

 XX歳運動不足の樫本トレーナーのスクール水着姿は、トレーナーの水着姿を圧倒的に超えるレベルのコスプレ感である。一人だけアニマルなビデオの登場人物のようだ。

 担当ウマ娘はその現実を直視できなかった。

 

 

 

「よし、一杯取れたぞトレーナー!!」

「大量ですね、ゴールドシップ。蒲焼でいいですか?」

「ウナギのゼリー寄せも食べてみたいのぜ!!」

「じゃあ頑張って作ってみますね」

 

 ゴールドシップはウナギを5匹も捕まえてきた。

 1匹はぶつ切りにしてゼリー寄せに、4匹は開いて蒲焼の準備をし始めるトレーナー。

 

 一方トレーニングで変な電波を拾ってしまった二人がいた。

 

「そうか、空間と時間とウマ娘の関係はすごく簡単なことなんだ……」

 

 ビターグラッセは何かの真理に到達しそうになっており

 

「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ るるいえ うがなぐる ふたぐん 」

 

 リトルココンは何かヤバいものを召喚しようとしていた。

 

「おい、トレーナー、変な光が降り注いで、タコみたいなのが空間を割って出て来てるんだが」

「あれはタコですね。結構おいしいんですよ」

「よっしゃ、じゃあ狩るぜ!! まかせろー!!」

 

 そうして二人のウマ娘の狂気から生まれたタコみたいなサムシングはゴールドシップとトレーナーに一目散に襲い掛かった。

 だが、ギャグ補正を得たゴールドシップとの力の差は歴然であり、ヒョウタンを振り回しながらの一撃でタコもどきはダウンした。

 なんかタコにしてはいろいろ余計なものがついているが、多分タコである。

 その後、すぐにタコもどきはトレーナーの手でタコライスにされるのであった。

 

 

 

「そう言えば、このトレーニング、いったい何だったんですか」

 

 十分担当トレーナーに擦りついて、絶好調になったハッピーミークを引きずりながら、桐生院トレーナーはゴールドシップのトレーナーに尋ねた。

 ヒョウタンでウナギを捕まえる、全く意味の分からない行動である。

 

「禅に関係する国宝の絵で、そういうことをするのがいいですよっていうのがあると聞いて、それを参考にしてみたんです。精神的な修練になるかと思いまして。Z☆E☆Nですし」

「トレーナーは禅をなんだと思ってるんだ」

「なんか真理を理解したり、高次の存在と交流したりできる方法?」

「確かにその通りだったな」

 

 疲れ切って倒れているビターグラッセとリトルココンに樫本トレーナー。

 彼らには少し、この特訓は早かったようだ。

 

「あの、トレーナーさん」

「なんですか、桐生院さん」

「禅に関する国宝って瓢鮎図ですよね、多分」

「確かそんな名前だったと思います」

 

 トレーナーはすべてうろ覚えである。それでトレーニングに良く組み込もうと思った話である。

 

「なあトレーナー」

「なんですゴールドシップ」

「瓢鮎図は、ひょうたんでナマズを押さえるという禅の公案を描いた、1415年(応永22年)以前の作。室町幕府将軍足利義持の命により制作された(by Wikipedia)ものだ」

「ナマズ…… ……ナマズ!?」

「そうだトレーナー、鰻じゃない。というかなんで鰻だと思ったんだ?」

「いやなんでだろう……」

 

 トレーナーは致命的な失敗に気づいた。

 ウナギとナマズを間違えるなど、なんということだ。ポチとタマぐらい違うではないか。

 

「まー、楽しかったしいいんじゃね」

「私たちも楽しかったですよね、ミーク」

「葵は渡さない……」

 

 根本的な勘違いをしていたトレーナーであったが、参加していたうちの三名にはおおむね好評であったので、トレーナーは良しとした。

 なお、被害者として倒れているチーム樫本の三人は、力尽きており苦情を言うだけの余力が残っていなかった。

 

 

 

 トレーニングの後は、トレーナーが作った鰻のかば焼きと、鰻ゼリーと、タコライスで夕食になった。

 鰻ゼリーはやっぱりまずかった。調理方法以前の問題として料理としての軸がずれている。

 残念ながら、不人気で残ってしまったので、力尽きて地面に倒れ伏しながら食欲がなさそうにしている樫本トレーナーに全部あげることにした。

 絶叫して飛び上がったのだから、きっと元気が出たのだろう。

 

 そうしてトレーニングにより、ゴールドシップの賢さは上がり、ハッピーミークのやる気もあがり、樫本トレーナーたちの正気は下がった。

 なお、帰りのトレーナーはノーパンであったことをここに書いておく。




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第二話 どんなに困難な状況でも、努力と友情とロイヤルビタージュースがあれば大丈夫って、それブラック労働で解決するっていうだけですよね

「トゥインクルスター☆クライマックス?」

「そうです!! トレーナーさんにもぜひ協力していただきたくて!!」

「まあ、最強を決めるっていうコンセプトは面白いかもしれないですけどね」

 

 乙名史記者がトレーナーに提案したのは、トゥインクルスター☆クライマックス。

 最強を決めるレース、というコンセプトの本当にクライマックスなレースだ。

 トゥインクルシリーズの参加者も、ドリームトロフィーリーグの参加者も、その後のプロリーグの参加者も、地方の子もどこにも所属していないただのウマ娘も皆参加できる、本当に最強を決めるレース、というコンセプトである。

 距離も、芝の短距離・マイル・中距離・長距離 ダートの短距離・マイル・中距離となんと7種類も行うという、ちょっと狂気を感じる。

 

 アメリカのブリーダーズカップほどまではいかないがとんでもなくビックウイークなレースである。

 

「賞金も実施費用も莫大になるけど、どこから調達するんですか、これ」

「賞金はステークス方式、参加費をある程度とってそれを集める方式にして少しは足しにする予定ですが、メインは観戦料と広告収入と放映料ですね」

「まあお金の話は私は詳しくないので、めどが立っているのならいいです」

 

 賞金だけでもジャパンカップを10回やるぐらいになっている。

 本番レースだけで7回、予選も含めれば何十回というレースを行う、そのレース場を借りるのだってバカにならない金額だ。

 だが、それに見合う収入が得られるかどうかまではトレーナーにはわからなかった。

 どうやら乙名史記者と、ライトハローの方でそのあたりは算段が立っているらしい。

 

「一度見てみたいレースですが、私はいったい何をすれば?」

 

 トレーナーが次に疑問に思ったのはそれだった。

 最強を決めるレース、確かに素晴らしい。

 実施可能ならば自分だって見てみたい。

 だが、その実施にトレーナーができることが何かあるとは思えなかった。

 

「トレーナーさんには、学園とURAとの折衝をしていただければと思うんですが……」

「学園はまだしも、URAの方はほとんど伝手はないですよ」

 

 生徒会顧問は学園での権限は非常に大きい。

 さらに生徒会長であるカリスマ、シンボリルドルフとも懇意であり、トレーナーは生徒たちにはかなり知名度と信頼を得ていた。おそらく、学園との折衝とは参加者の確保だろう。確かにそのあたりならどうにかなる。

 だが、レースを主催するURAとの交渉なんてあまりしていない。せいぜいアオハル杯用の会場の交渉や、グランドライブ用のライブ会場を借りたり、そんな交渉ばかりだ。

 特に実績があるわけでもないトレーナーでは、URAとの大きな交渉は難しかった。

 

「お願いします、トレーナーさん。私やライトハローさんでは外部の人間なので、URAの反応が良くないんですよ」

「むぅ」

 

 まあ、URAにとって記者の乙名史や、ライトハローは完全外部の人間であり、一方でトレーナーは関連組織であるトレセン学園の職員である以上、関係はかなり強い。

 トレーナーはため息をついた。

 

「ひとまず、企画を教えてください。現状ではどうすればいいのか見当がつかないので」

「ありがとうございます!!」

 

 乙名史記者には、アオハル杯やグランドライブの広報に動いてもらわないといけない。

 だからその分こちらも動く必要がある。

 かなり大きな貸しだが、その分見返りは期待しておこう。

 分厚い企画書を受け取り、トレーナーのテンションは少し上がった。

 

 

 

 ひとまず学園に根回ししようということで、理事長のところに資料をもって向かうトレーナー。

 手土産はロイヤルビタージュースを使った手作りゼリーである。

 ロイヤルビタージュースは体には非常に良いが、味が絶望的に不味いため、人気のない商品である。なので、上手く調理して、少しでも摂取しやすくすればよいのではないかとトレーナーが試作したゼリーであった。

 試食したゴルシちゃんは口からレインボーを噴出したが、まあ、理事長はお疲れだろうし、分けて差し上げようというトレーナーの善意の代物であった。

 

「理事長~ 今よろしいでしょうか」

「トレーナー、ちょうどいいところに来た」

「なんですか? あ、たづなさん、これ手土産です」

「なぜか風呂敷越しですら禍々しいオーラを感じるんですが……なんですかこれ?」

「手作りゼリーですよ」

 

 理事長に勧められて、ソファーに座ったトレーナーの前で、手土産が開かれた。

 どす緑い個体に、たづなさんの意識は飛びそうになる。

 

「なんですか、これ……」

「ロイヤルビタージュースゼリー。工夫に工夫を重ねて、不味さは当社比90%減です」

「9割減ったぐらいでロイヤルビタージュースは人の口に入れていいものにはならないんですよ……」

 

 たづなさんは、手土産を遠くに追いやった。

 

「それで、理事長なんですか?」

「そ、そうだった。今回、URAファイナルズを実施する予定なので、手伝ってほしい」

「URAファイナルズ?」

 

 新企画らしい。こちらにたづなさんと樫本トレーナー手伝わせているのに大丈夫なのだろうか。

 そんなトレーナーの疑問を察した理事長が資料を渡しながら言葉を続ける。

 

「実はURAの方から提案された企画でな」

「まあ確かにURAってついてますもんね」

 

 さすがの理事長も、この状況で新規企画を立てるような無謀はしていなかった。

 だが、URAから強い要望で、こんな企画が降ってきてしまった。

 人手が足りない以上、トレーナーにも手伝いの要請が来たということだ。

 

「トゥインクルシリーズからドリームトロフィーリーグに移るメンバーでのレースですか」

「トゥインクルシリーズの見納めにといわれると確かにということにはなるのだが……」

「そうですね」

「そう言えばトレーナーも何か用があったのでは?」

「乙名史記者から、レースの企画をお願いされまして」

 

 そういいながら資料を渡すトレーナー。

 

「トゥインクルスタークライマックス…… 最強を決めるレース」

「面白いとは思うんですけどね」

 

 渡されたURAファイナルズの企画書を読みながらつぶやくトレーナー。

 実施時期がかぶっており、どうするかがかなり悩ましいが……

 

「まあ、すべてのウマ娘の幸せのためです、頑張って全部やりましょう」

 

 トレーナーはそう言い切った。純粋な目である。頑張ればどうなると本気で信じているのだろう。

 座右の銘は不退転。不撓不屈のロイヤルビタージュース中毒トレーナーは伊達ではないのだ。

 

「わ、わかった」

「ということで、企画書置いていきます。URAと会場の折衝とかしないといけないときにまた相談しに来ますね」

 

 そういって去っていくトレーナー。

 仕事を減らそうとしたら増えてしまった理事長は、現実逃避にロイヤルビターゼリーを食べて、1割の威力に負けてレインボーを口から逆流させたのであった。




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第三話 人が集まらなければあらかじめ人を集める必要があるし、人が集まったら集まったでやはり仕事が増えて主催者は苦労が多いのでトレーナーはロイヤルビタージュースを飲む

 さて、夏にはゴールドシップのメイクデビューにグランドライブの初回お試しライブ、さらにアオハル杯の初回と盛りだくさんのイベントが待ち受けているが、どれにもかかわっているトレーナーは、全てをこなさないといけなかった。

 

 アオハル杯の方は、今回完全にお試しである。

 学園全体に広報をしているが、どれだけ人が集まるか、全く未知数であった。

 かといって、一定数の人数が参加してくれないと開催の意味がない。

 今回行われるのは芝2000m。3人1チームなので、出来れば6チームは欲しい。

 なので、あらかじめトレーナーは参加してくれそうなメンバーに声をかけるのであった。

 まず声をかけたのは生徒会のメンバーだ。

 

「ということでルドルフさんにもお願いしたいんだけど」

「別段構わないが……」

 

 ルドルフが言いよどむ。

 

「それでさらに注文なんだけど、私が選んだメンバーを勝たせるように動いてほしいんです」

「なるほど」

 

 ルドルフとトレーナーの懸念は、結局ルドルフが全力で走ればルドルフが勝ってしまうということだ。

 チーム生徒会となって、シンボリルドルフ、エアグルーヴ、ナリタブライアンなんて出た日には、モブなんて鎧袖一触からの焼肉定食である。

 余りに強すぎてつまらない。

 

 だから、チーム生徒会は生徒会メンバー二人に、トレーナーが用意した一人を加えて、その一人をチーミングで勝たせてもらうという方法を取ってもらうことにした。

 

「で、誰なんだい、そのトレーナー君が選んだメンバーは」

「いい子ですよ。入っておいで」

「ハルウララだよ、よろしくね!!」

「トレーナー君、アオハル杯はどんなレースプログラムだったかな?」

「芝2000m、中距離の予定ですね」

 

 にっこり笑うトレーナーに獰猛に、楽しそうに笑う生徒会長。

 ハルウララ、前世の馬では全く勝てなかったアイドルであり、ウマ娘になってからはダートと短距離の適性があるので案外G1は勝てるぐらいの才能があふれ出し始めた子である。

 ただ、それはあくまでダートで短距離、せいぜいマイルの話である。

 中距離の芝は無謀すぎる挑戦であった。

 この逆境に、無駄に生徒会長は燃えていた。

 まず勝てない状況である。

 距離適性も、バ場適性もまるでないウララを、サポートして勝たせるなど無謀もいいところだ。

 しかし、狂気の沙汰ほど面白いことはない。

 後、ウララが可愛くて単純に萌えていた。

 

「いいだろう。ウララ君、よろしく頼むよ」

 

 そういいながらいそいそと抱き上げてウララを膝に乗せる生徒会長。

 とても楽しそうである。

 エアグルーヴが次は私に代わってくださいと言いはじめ、ナリタブライアンは面倒になって逃げだした。

 

 他にもスマートファルコン、ミホノブルボン、サイレンススズカのチーム逃げ切りシスターズも参加してくれるという話を聞いているし、タイキシャトルもメンバーを集めてチームを作っていると聞いていた。

 

「最低限、チームの数はそろいそうかな」

「なあトレーナー、ゴルシちゃんのチームどうすればいいんだ?」

「え、ゴルシちゃん出るの?」

 

 アオハル杯とゴールドシップのメイクデビューの時期が近いので、トレーナーは出ないものと勝手に思っていた。

 

「出たいなら出てもいいけど…… メンバーは」

「誰も集まんねー」

「え、仲良しな子結構いるじゃない」

 

 ゴールドシップの交友関係は広い。メンバーあと2人ぐらいなら集まりそうな気がするが……

 

「最初はマックイーンとやろうかと思ったんだけど、マックイーンと組んだら強すぎんじゃん。で、悩んでたらイクノに取られた」

「残念でしたね」

「ウオッカやスカーレットと組んでもいいけど、普通に面白くねーんだよな」

 

 悩んでいるゴールドシップ。

 ウオッカとダイワスカーレットと3人でまともにやったら明らかにこの3人が勝つだろう。なんだかんだで協調性もあるからチームプレーもできるだろうし、実力は三人とも圧倒的だ。

 だが、それでは「面白くない」のだろう。

 まあ、そのあたりはゴールドシップに考えてもらおう。そういう人集めからトレーニングの一環である。多分。

 

 

 

 一方参加者集めに苦戦しているアオハル杯に対して、グランドライブの方は無茶苦茶人が集まっていた。

 出演者も参加者もいっぱいである。

 

 一口スポンサー制度がかなり効いているのが一つ。

 乙名史記者の広告が効いているのがもう一つの原因だ。

 

 ウマ娘と一般の観衆の接点はかなり少ない。

 レースとウイニングライブを除けば、あとは春秋のファン大感謝祭ぐらいか。

 ウマッターやウマスタで発信している子もいるがかなり少数だ。

 スポンサーになれば、スポンサー限定の練習参観なんかもあるし、トレーナーからの報告書も手に入る。

 気に入ったウマ娘との接点を多く持てるのだ。

 

 一方のウマ娘側も、備品や消耗品など、学園支給の物から脱却できて快適に生活できるというメリットが捨てがたいし、応援してもらえるというのも純粋に嬉しいものである。

 

 そういった部分をうまく乙名史記者が広告してくれたおかげで、すでに企画会社の方へ問い合わせが殺到しており、その最初のお披露目であるグランドライブの参加者も大量に集まっていた。

 トレーナーは、そんな中、新しい振り付けの映像を撮影していた。

 余りに希望者が増えたので、ふるいにかける意味でも既存曲の振り付けを変えたのだ。

 今までの振り付けは、センターがとにかく目立ち続けるものであったが、1曲の中で参加者全員に、センターの位置に立つ機会がある振り付けにしたのである。

 当然そんな振り付けを考えたり教えたりするのは、トレーナーの仕事になってしまっていた。

 

「なかなか、ライブって難しいですね……」

 

 一人で黙々とやるのはトレーナーの精神が耐えられなかったため、協力してくれているトレーナーに声をかけ、手伝ってもらっている。

 桐生院トレーナーは身体能力は高く、動きは綺麗なのだが、ダンスのセンスがないのか、全体的になんとなく暗黒盆踊りみたいな動きになっていた。

 見ていると少し不安になってくる不思議な踊りだ。

 

「……」

 

 樫本トレーナーは体力切れですでに動かなくなっていた。

 振り付けを考えるときには、彼女の豊富な知識と経験が生きていたのだが、それを実践する段階になって5分で、彼女はすでに動かなくなっていた。

 ウマ娘なら、ここからロイヤルビタージュースを飲ませれば24時間戦えるのだが、残念ながらあれはヒトには強すぎるため、使用もできない。

 

 しかし、こうするとどうするか。撮影桐生院、ダンスはトレーナーでもできないわけではないのだが、身長が低く、そのくせ体型は豊満すぎるトレーナーは、手足や体幹の動きが目立たず、一方で豊満すぎる部分がとても動いて目立つので、参考資料としてはいまいちなのだ。

 ウマ娘にとって、最速の機能美はダンスの面でも憧れであった。

 しかし、他のメンバーを思い出しても、ライトハローも成人女性らしい熟成した体型の持ち主だし、駿川たづなも、そこそこいい体型をしている。そうするとやはり、桐生院のスレンダーさが良いのだが…… なんせ暗黒盆踊りである。

 

 他にスレンダーなメンバーは…… トレーナーは悩み、そして思いついた。

 

 

 

 グランドライブの練習用ビデオ映像は、非常に出来が良いと評判だった。

 特に、猫と一緒に踊っている小柄な栗毛のウマ娘が可愛いという声が多かった。

 だが、そのウマ娘が誰なのか、知っているものはほとんどいない。

 

 疲れ切った理事長は、仕事をするためにロイヤルビタージュースを飲んで、あまりの不味さに意識を飛ばしていた。



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第四話 ロイヤルビタージュースの学術的研究 すなわちそれはウマ娘の神秘の研究であり、無限増殖を可能とする永久機関である

 ロイヤルビタージュースとはいったい何だろうか。

 アプリにおいて、飲めば体力が100回復するとともに、やる気が1段階下がる代物だ。

 体力が100回復するということはどういうことか。

 通常、1ターン、半月お休みをすると、平均50ほど体力が回復する。

 100というのはその倍、一月お休みするのと同義だ。

 一月のお休みに匹敵するぐらいの回復。

 体力減少や怪我未満の痛みなども全部治る、それだけの効果があるロイヤルビタージュースはいったいどれだけの効果があるのか。その恐ろしさは理解できるだろう。

 どんな最高級の栄養ドリンクでも、ロイヤルビタージュースほどの効果もないはずだ。

 

 そしてやる気が1段階下がるというのは、例えば片頭痛になったとき、例えばレースの出すぎで肌荒れが出る時になる現象である。

 片頭痛とは、一般的にはストレスや疲労で血管が拡張した結果生じる症状であり、レースの出過ぎの肌荒れは、やはり疲労とストレスで生じているものと考えられる。

 どちらも精神的にかなり負荷が勝っている状況だと考えられそんな精神負荷を味だけで再現するロイヤルビタージュースの恐ろしさは理解できるだろう。

 

 このロイヤルビタージュース、なぜかトレセン学園の購買で販売されているが、使用はかなり注意が必要だ。

 なんせ、不味さだけで病気になるぐらいと同じ精神的負荷をかけるのだ。

 下手をしなくても使用すれば、虐待で学園上層部どころか教育委員会と児童相談所と警察が飛んできかねない、そんなヤバいものである。

 だが、商品棚から撤去されることはない。なぜか、撤去しようとしても次の日には元に戻っているし、消費されたらどこからともなく補充されるのだ。

 

 そんな呪物か何かじみたそれを愛飲しているのがトレーナーであった。

 一日三杯。三食の代わりのロイヤルビタージュースを飲み干している。

 栄養価的には問題ない。というか栄養多過である。余った栄養は胸部や臀部についている。そして、そんな劇薬を常飲し続けた結果、トレーナーの真っ白だった白毛は、ゲーミングで虹色に輝いていた。

 本人は夜も仕事するのに明るくて便利だと喜んでいるが、そんな解釈をするのは本人だけであり、周りの人間は皆ドン引きである。

 

 ちなみにトレーナーが担当を探し始める前、トレーナーは学生ウマ娘たちから結構期待されていた。

 なんせ、今までいなかったウマ娘のトレーナーであり、しかも学園出身。

 未勝利でレース実績がないのは気になるが、元生徒会ということで信用はバッチリ。

 気心も知れているだろうということで、期待していたウマ娘は多かった。

 だが、ふたを開けてみれば、なんか髪の毛がゲーミングしているし、目の下のクマは真っ黒で目がドブの様な色をしている。更になんか三日ぐらい洗っていないウマ娘の匂いもするし、何より全身からロイヤルビタージュースのオーラがモワモワと漂っている。

 ウマ娘たちは逃げ出した。

 トレーナーたちも逃げ出した。

 何も考えず、同期の存在を喜んでいた桐生院だけが残った。

 結局トレーナーに担当ウマ娘が見つからなかったのは120%本人の責任である。ゴールドシップに拾われなかったら、きっと保健所に連れていかれてしまっていただろう。

 

 まあ、トレーナーの話はどうでもよい。

 重要なのはロイヤルビタージュースである。

 トレーナーは、ロイヤルビタージュースをもっと万人に飲んでもらうことを考えていた。

 なんせとても体に良い。

 今はまだ効かないが、そのうち癌にも効くようになるだろうぐらいの健康効果である。

 だが、担当ウマ娘に飲ませれば、虐待を疑われるほどの不味さである。

 慣れれば案外それもまた癖になるが、そんなの世界広しと言えどもトレーナーだけである。

 

「ということで、完成しましたロイヤルビターウナギゼリーです」

「何が『というわけ』なのか、小一時間問い詰めたいんだが」

 

 禍々しいオーラを放つ黒い塊をもって、満足そうにするトレーナーから、ゴールドシップは一歩距離を取った。

 

「万人にロイヤルビタージュースを受け入れてもらうため、工夫をしたんですよ」

「どういう工夫だよ。どうしてそれで受け入れてもらえると思ったんだよむしろみんな逃げるだろ」

「ウナギって滋養強壮にいいじゃないですか」

「そうだな」

「ロイヤルビタージュースも滋養強壮にいいじゃないですか」

「まあ、そういってもいいかもな」

「だから二つ合わせれば最強かなって」

「まず味を考えろよ」

「早速試食」

 

 煮凝りなんかよりもよほどどす黒く、ダークマターのように輝くそれを一口、トレーナーは口に運び……

 

「ゲロマズッ!!!」

 

 口からレインボーを噴出した。

 

 

 

「いけると思ったんだけどなぁ」

「どこを見ていけると思ったんだよ。絶対食いたくないよそれ」

「まあ失敗は成功の母ですし」

「それが成功につながることは100%ねえよ」

 

 ゴールドシップのツッコミを無視し、トレーナーは次のものを持ち出した。

 小さなコップに入っているのは、見た目は普通のロイヤルビタージュースだ。

 臭いも普通のロイヤルビタージュースである。

 少しだけ舐めてみると、味も普通のロイヤルビタージュースであった。クソ不味い。

 

「なんだこれ?」

「ホメオパシーとかいうのを参考にして作ってみました」

「トレーナー、似非科学だけは手を出しちゃダメだろ。というか、普通のロイヤルビタージュースと全く変わらないんだが、何倍に薄めたんだ?」

「水で100倍希釈を30回ですね」

「……いやおかしいだろ」

「そうですか?」

「水の分子量は18だから、水18gに含まれる水分子の数が1molだ。大体このコップに50ccの水が入っているなら、約3mol、3×6.02×10の23乗だけの分子が含まれていることになる」

「ゴルシちゃんは賢いですね」

「で、100倍希釈を30回したら、元の物は10の60乗分の1しか残ってねーじゃねーか。計算するとロイヤルビタージュースの分子1個も残ってねーはずだぞ」

「おかしいですね」

「おかしいのはトレーナーの頭とロイヤルビタージュースだよ」

 

 ゴールドシップは意を決していっぱい飲み干す。

 体力が100回復する感覚とともに、不味さでやる気が下がった。

 トレーナーが冷蔵庫から取り出したやる気スイーツパフェを食べてどうにかやる気を回復するゴールドシップ。

 

「はっ、もしかして、薄め続ければ無限にロイヤルビタージュースが増えるのでは?」

 

 世界の法則を乱すような無限増殖を始めそうになったトレーナーだったが、ゴールドシップが優しく後ろから裸締めをして、気絶させた。

 

 残念ながら、トレーナーのロイヤルビタージュース中毒が治ることはないだろう。

 人間辞めますか、ロイヤルビタージュース辞めますか、と聞かれても、トレーナーはすでに人間の方を辞めていそうな側である。

 そんなトレーナーは今日も元気ブラック労働をしながら、ロイヤルビタージュースをキめるのであった。



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第五話 北海道でメイクデビューを迎えたゴールドシップと、蟹工船で働くトレーナーとライトハロー カニ鍋とマグロを添えて

 ゴールドシップのメイクデビューは函館で行うことになった。

 府中から函館まで、ゴルシちゃんワープで5分で着くので、過労気味で時間がないトレーナーでも同行は容易であった。

 そして、ゴールドシップはメイクデビューに、先行逃げ切りであっけなく勝利をおさめた。

 ゲート難を克服したゴールドシップに敵はいなかった。

 もっとも、ゲート難を克服するまでが一番大変だったのだが……

 

 なんせ、ゴールドシップはゲートに入るのが嫌いなのだ。嫌いなものは嫌いだからしょうがない。

 もうレースやめよっかな、と思うぐらい嫌いなのだ。

 それなのに鬼畜トレーナーは何度もスタート練習をさせた。

 トレーナーが横で付きっ切りで教えてくれたって我慢の限界があった。

 なのでゴールドシップは練習用ゲートを蹴り壊した。

 というかトレーナーも一緒に切れて蹴り壊していた。トレーナーもゲートは大っ嫌いなのだ。

 しかしゲートを壊しても次のゲートが出てくるだけだった。

 5台壊し、10台壊し、壊しても壊してもゲートが出てくる状況を見て、ゴールドシップは悟った。ゲートを壊して解決するのは不可能だと。ゲートを見るとIQが急激に3ぐらいになるゴールドシップでも魂でようやく理解したのだ。

 

 では、ゲートを壊すのが無理ならば、どうすればいいか。

 レースに出ないというのも一つの選択だろう。だが、レースに出ないという選択肢はゴールドシップには存在しない。そんな敵前逃亡は『面白くない』。ならば、ゲートも壊さず、レースをすることを考えなければならない。

 そうして、ゴールドシップが出した結論は、シンプルだった。

 出来るだけゲートにいない。すなわち、一番最後にゲートに入り、一番最初にゲートから出る。これが、ゴールドシップのぎりぎりの妥協であった。

 

 その発想の転換の結果、ゴールドシップのスタートは誰よりも早くなった。

 0.01秒でも早く出ようとするゴールドシップのスタートにより、先行し、そのまま走り続け、逃げ切るというスタイルが確立してしまったのだ。逃げゴルシの完成である。

 

 なお、トレーナーはゲートを壊しすぎた弁償のため、函館までは同行したがその後レース観戦はせずに蟹工船で働いていた。

 

 

 

「頑張りましょうね」

「そーですねー」

 

『蟹工船 トレセン丸』は、ウマ娘力エンジンを搭載した木造船である。

 船長はトレーナーで、エンジン係は同じくゲートをぶっ壊していたライトハローがしていた。ウマ娘が漕ぐことで、発電から動力まで何もかも行うという、理事長が夏休みの自由工作で作った最新鋭の船であった。

 

「でも、カニってどう採ればいいんでしょう?」

「さあ?」

 

 ひとまず海に出て、このダメ大人二人は困っていた。

 カニの捕まえ方がまるで分らないのだ。どうやってカニの漁をすればいいのだろうか、そこから全くわからない。ならばなぜ蟹工船を選んだかというと、理事長がなんかよくわからないが船を作っていたためである。それを借りてきただけなのだが、それ以上のプランが二人にはなかった。

 

「ひとまず潜って取りましょうか」

「そうですね」

 

 トレセン学園時代のスクール水着に着替えて潜ることにした二人。

 成人ウマ娘に学生用のスクール水着はいろいろな意味でキツすぎるが、幸い海の上で他人が見ていないので苦情が来ることはなかった。

 そのまま二人は海に飛び込んだ。ウマ娘の肺活量とパワーをもってすれば、潜水ぐらいそう難しいものではない。海底にいた蟹を両手で捕まえて、二人は船に戻った。

 

 北海道の海とはいえ、夏であったため、そこまで冷たくはなかった。

 二人はそうやって、カニを捕まえたり、泳いでいるマグロと競泳をした後、素手で捕獲したりといったことを繰り返しているうちに、それなりの漁獲量になっていた。

 

「トレーナー、何楽しそうなことしてんだよ!!」

「あ、ゴールドシップさん、初勝利おめでとうございます。お祝いの蟹ですよ」

「生で渡してくんな!!」

 

 夕方になると、ウイニングライブを終わらせたゴールドシップも泳いで合流し、3人でゴールドシップの初勝利を祝ってカニ鍋を作り始める。

 蟹を贅沢にぶち込んだだけの鍋であるが、とれたてであり非常に味は良かった。

 さらに、マグロを解体してお造りにして食べれば、もう満足である。

 燃料としてなぜか積み込まれていた酒も入り始め、トレーナーとライトハローはべろべろに酔っぱらってしまった。採れた魚介類はほとんど食べつくしてしまったが、明日また頑張って収獲しようなんてことを二人は考えていた。

 

 事故が起きたのは明け方であった。

 そのまま船の上で雑魚寝を始めた三人だったが、焦げ臭いにおいに気づいて目を覚ました。

 

「なー、トレーナー。なんか焦げ臭くね?」

「んー、隣でサンマでも焼いてるんですかね?」

「海の上でサンマ焼くのはさすがに難易度たけーだろ」

 

 そんなことを言いながら目を覚ました3人は気づいた。船が燃えている。

 

「ちょ、トレーナー!! 火事だ火事!!」

「どうしよどうしよ!! 水かければ!!」

「だめです!! 消火できません!!」

 

 バケツすらないこの木造船の火事を消火することは不可能であった。

 幸い太陽は登り始めており、陸は見えている。三人は慌てて海に飛び込み、そのまま逃げだしたのであった。

 なお、船の火事の原因は鍋を作った火の不始末であり、残念ながら船は全焼し、沈没してしまった。せっかく作ったお船が沈んだ理事長はションボリルドルフしてしまい、キレたたづなさんに大人二人はとても怒られるのであった。

 

 何にしろゴールドシップの快進撃はここから始まる。ここからジュニア期だけで重賞2勝にG1勝利まで治める大活躍をするのだが、それとトレーナーが背負ったゲート代金の借金に蟹工船の費用の借金はまるで関係なく、返済はまるで進まないのであった。

 



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第六話 グランドライブっていろんな人が踊って唄えば曲とか被るのも出てくるのかな、まあゴールドシップは阿波踊りをするから関係ないのですが

 初めて行われたグランドライブは盛況であった。

 

 大規模な広場を借りて、そこにウマ娘たちがそれぞれ小さなステージを作り、そこで観客へライブを披露している。

 1つのステージを見ても、1組がずっとライブをしているわけではなく、何組かが入れ代わり立ち代わりライブを披露している。

 

 参加者は、思い思いに興味が湧いたライブを覗き、気に入ったライブがあればそこを鑑賞し、気に入ったウマ娘を見つければ一口スポンサーとなる。

 優に万を超える参加者が居り、イベントは大成功と言える状況だった。

 

 もちろん有名どころも何組も出ているのが成功した理由の一つだ。

 発案者のスマートファルコンを中心とした逃げシスや、生徒会のグループ、黄金世代のグループなど、もともと人気のあるグループには多くの人が集まっている。

 だが、デビュー前の子たちや、デビューしてすぐの子たちのライブも、いや、そういう子たちの方がむしろ人が集まっている、そんな雰囲気もあり、当初の目論見である、誰にでもファンに自分の気持ちを伝えるというのは達成できているように思えた。

 

 

 

 さて、そんな盛況なイベントであるが、ゴールドシップとそのトレーナーも参加していた。

 ソロライブよりも複数でやったほうがいいだろうと、ゴールドシップが友人であるウオッカとダイワスカーレットを誘い、3人で行われるライブをする予定である。

 

「で、トレーナー。これなんだ?」

「かっくいーでしょ?」

 

 ドヤ顔するトレーナーだが、ゴールドシップは頭を抱え、ウオッカとダイワスカーレットは茫然としていた。

 なんせ、ステージがケバケバしいのだ。

 ミラーボールが幾つも置かれて輝いているし、七色のビームライトがまばゆい光を放っており眩しいぐらいだ。そしてトレーナーもいつも通り無駄にレインボーに輝いている。ぶっちゃけ舞台が騒々しすぎる。

 もっとも、これでもライブの曲やダンスが激しいものであったら、まだ許容範囲だっただろう。このケバケバしさに負けないアピールをする余地があったはずだ。

 

「なあトレーナー。私たちのダンス、なんだったっけか?」

「ヤダなぁ、ゴールドシップさん、阿波踊りに決めたの忘れたの? それとも今更盆踊りが良くなっちゃった?」

 

 そう、チームゴールドシップのダンスは阿波踊りなのだ。

 バックミュージックも鳴り物による二拍子の祭囃子であり、とてもこのケバケバしさに対応できるような代物ではなかった。

 

 普通じゃ面白くないと嫌がったゴールドシップに、阿波踊りを提案したのはトレーナーだ。確かにこんなところで阿波踊りを踊るやつはいないだろうし、何なら踊れる参加者を巻き込んでもいいとか考えて、ゴールドシップが了承したのは確かだ。

 だが、このステージはないだろう。

 困惑の余り、口を半分開けて、ウオッカとスカーレットは茫然としていた。

 

「ほら、ウララちゃんの所はよさこい踊りして、大好評みたいだし」

「ああ、そうだな」

「ウチもきっとうまくいきますよ」

「……そうだといいな、トレーナー」

 

 ウララは高知出身ということで地元のよさこい踊りをしているらしい。しかもバックダンサーはシンボリルドルフとエアグルーヴという豪華メンバーである。

 彼女本人のアイドル性とバックダンサーが相乗効果を起こして客が殺到してヤバいことになっているらしい。

 しかし、高知の隣、徳島の伝統的な踊りである阿波踊りなら、これに勝てるとトレーナーは無邪気に信じていた。

 

 

 

 ぴかぴかと光るミラーボールとビームライト

 流れる軽快な祭囃子

 そしてそろって踊るゴールドシップたち

 

 見に来た多くの参加者は、覗き、困惑し、二度見をした後、静かに去っていった。

 何が起きているか、常人にはわからない。

 ウオッカやスカーレットにもわからない。

 というかゴールドシップにもわからない。

 トレーナーと同じレベルにたどり着かなければわからないだろう。

 

 残念ながらロイヤルビタージュース中毒な程度で基本何でもできる優秀なトレーナーが、芸術センスが壊滅的だということを知らなかったゴールドシップの失敗であった。

 いままではライトハローがフォローしていたが、現在はグランドライブの運営と大量の一口スポンサーの申込みを捌くのに忙しく、トレーナーの面倒を見ていなかったのだ。

 こうして、トレーナーがその才能を存分に発揮して頑張った結果、ご覧のありさまになってしまったのである。

 

 それでも怖いもの見たさに人は徐々に集まってくる。もしかしたら光に変な洗脳効果でもあるのかもしれない。

 ゴールドシップは困惑した。虚ろな目で皆、ライブを見ているのだ。まるでゾンビに囲まれているかのような雰囲気に、さすがのゴールドシップもビビっていた。

 ウオッカとダイワスカーレットはもう半泣きである。

 トレーナーだけがなぜか満足そうにしていた。

 そんな地獄のようなライブもおわる、そんなタイミングでさらなる事件が起きた。

 

「ということでゴールドシップさん、フィニッシュ行きますよ!!」

「ちょっと待てトレーナー、その手に持ってるスイッチはなんだ。なんでどくろマークがついてるんだ」

 

 トレーナーが奥から謎の赤いスイッチを持ってきたのだ。

 なぜかどくろマークがついており、不穏な雰囲気を醸し出している。

 

「押せばわかりますよ!!」

「押すなよ!! 絶対に押すなよ!!」

「わかりました!! ポチッとな!!」

 

 ゴールドシップの願いもむなしく、トレーナーはスイッチを押した。

 その瞬間、セットはすべて爆発し吹き飛んだ。

 

 

 

 グランドライブは一部の問題を除き大成功に終わった。

 年2回開催されることが決定し、新たな伝統としての第一歩を歩み始めることになる。

 

 だが、その裏でイベントの立役者だったトレーナーは、たづなさんにしこたま怒られるのであった。




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第七話 大人げない会長とカワイイハルウララともっとかわいいウマ娘のレース。なお女帝の色気は視界が狭まるほどすごい。

 さて、グランドライブが終わればアオハル杯のレースである。

 幸い参加者はそれなりに集まり、そこそこ盛り上がるイベントとなった。

 

 特にメイクデビュー前後のウマ娘らが多く参加し、トレーナーや、一般の一口スポンサーへのアピールに利用している。

 選抜レースと違い、チームプレーができることから、協調性なども見られると評判が立っているようだ。

 そのため、東京競馬場で行われたアオハル杯では、いくつものレースが行われることになったわけだが…… メインレースは、トレーナーが声をかけて準備していたメンバーで行われることになった。

 なんせ、生徒会長のシンボリルドルフが出るレースだ。ほかにも一流どころが何人も集めてしまったため、メイクデビュー前後のウマ娘たちとはレベルに差があり過ぎた。もちろん人気も一番集中するため、メインレースとしては最適であった。

 

 そんな、全6チーム、1チーム3人ずつの総勢18名で行われるメインレースのパドック入りが始まり、会場の盛り上がりはどんどん高まっていく。

 

 まず最初のチームはチーム生徒会である。

 シンボリルドルフとエアグルーヴの生徒会ペアに、ハルウララというなかなかすごい組み合わせである。尤も、生徒会長の尽力により、因子を継承したハルウララは芝中距離の適性がDになっており、最低限は走れるようになっている。デバフスキル極盛で来ているシンボリルドルフとエアグルーヴの援護も期待できる布陣であった。

 対するのはタイキシャトル率いるチームアオハルである。

 タイキシャトルとマチカネフクキタル、ライスシャワーという3名で構成されたチームであるが、中距離は厳しいタイキシャトルに、京都じゃないと力が出ないライスシャワーと、あまり今回のレースに向いていないメンバーがそろってしまっている。フクキタルの頑張りを期待するしかないだろう。

 次のチームは、スマートファルコン率いるチーム逃げシスだ。

 ミホノブルボンにサイレンススズカと逃げばかりがそろったチームだが実力は十分であり、チームプレイを活かして勝利を目指しているらしい。

 4つ目のチームはチームカノープス。

 デバフと言ったらというぐらいデバフに向いたナイスネイチャに、今日は鼻血も出していないマチカネタンホイザと、他の2人は実装されていないため、イクノディクタスに頼まれたメジロマックイーンが加わったチームである。

 5つ目のチームはチームマッド。

 アグネスタキオンと不審者の安心沢刺々美、さらになぜかそんな中に混ぜられてしまった樫本理子トレーナーというすさまじく異色のチームだった。笹針と怪しいお薬で強化された樫本トレーナーにすべてをかけたチームである。

 最後は我らがゴールドシップが率いるチームである。

 メンバーは、トーセンジョーダンと、ナカヤマフェスタという結局友達で固めた編成である。面白いことが思いつかなかったらしい。

 

 ちなみにチームファーストも参加を予定していたが、リコピンが攫われたため探索を理由に棄権していた。こんなところにいるとはだれも思わないだろう。

 

 

 

 こんなカオスな総勢6チーム、18人がそろった東京競馬場、芝2000mのレースが、今、ゲートを開いた。

 先頭を切ったのは、チーム逃げシスではなく、何と樫本トレーナーである。

 強化され切ったパワーを使ってすさまじい勢いで先頭を取り……

 

 そのまま転んで動かなくなった。

 いくら肉体的に強化をして、ウマ娘を超えるパワーを身につけたとしても、走る技術がまるでない樫本トレーナーでは使いこなせるわけがなかったのだ。

 

「うーん、失敗だね」

「この失敗を生かして次につなげないとね♪」

 

 そんなことを言う二人の後ろに、迫る影があることは本人たちは気づいていない。

 彼女らに次はないこと、明日の朝日も拝めないことを、当人たちは知る由もなかった。

 

 チームファーストの2人に不審者は連れられ、樫本トレーナーも回収されたため、チームマッドは参加者がいなくなり失格となるのであった。

 

 

 

 レースは順調に逃げシスが先頭を取った。

 

「スズカちゃん、ブルボンちゃん、ジェットストリームアタックを仕掛けるよ!!」

「了解です、ファル子さん」

「……」

 

 三人は縦に並んで、ターフを走っていく。先頭が風よけになることで体力を温存するトレインと呼ばれる戦法である。

 この中で芝適性が低いスマートファルコンが先頭を取り、三分の一を全力で走って風よけをする。

 その後ろがミホノブルボンで、ファル子が垂れたら風よけを変わる。

 そして、最後に残ったスズカが全力で走り切る。

 まさに完璧な戦法である。一流どころの逃げウマ娘でこんなことをやられたら、勝てるウマ娘なんているわけがない。そう、完璧な戦法であった。

 

 

 実行できれば、であるが。

 

「ちょ、ちょっとスズカちゃん!?」

「先頭…… 先頭……」

「スズカさん、暴走です」

 

 視界に誰かがいるというストレスと、後ろからのルドルフやエアグルーヴのデバフ圧力ですさまじく掛かってしまったスズカが暴走してしまったのだ。

 

「ブルボンちゃん!! ファイナルフュージョン!!」

「ファイナルフュージョン、承認できません」

 

 慌てて位置替えを試み、ブルボンをエースとする隊列を組みなおそうとしたが、スズカが速すぎてついていくのがやっとであった。

 こうして競い合いになってしまった逃げシスは、仲良く中盤で皆潰れてしまうのであった。

 

 

 

 最後尾につけたシンボリルドルフとその前を走るハルウララ。

 シンボリルドルフはすごい勢いでデバフをまき散らしている。

 まずは「中央を無礼ルナよ」な表情をしながら『八方睨み』をしているのは序の口であり、「ウララちゃんの邪魔をするならシンボリの力で全部潰してやる」という脅迫まがいどころか純粋に大人げない脅迫の『魅惑のささやき』をつぶやき続けている。

 さらに『独占力』でウララを独占しながら参加者全員が対象となる『逃げけん制』『先行けん制』『差しけん制』『追込けん制』までしているのだから、コース上はただの地獄になっていた。

 前を見ると、先行しているエアグルーヴが、これまた『幻惑のかく乱』に、フジキセキから教わったらしい『見惚れるトリック』でほかのレース参加者の視野を狭めている。具体的な方法についてはウマぴょい警察に捕まってしまうので書けないが、女帝のその胸部は豊満であり非常に弾んでいること、今日の衣装の襟元は非常に開いていることだけはここに記しておこう。

 その女帝のお色気にやられた某アイルランド王家の姉が、ウマだっちしながらコース上に乗り込もうとし、妹殿下に締め落とされていたが、まあ細事だろう。

 

 前方からのお色気攻撃と後方からの冗談じゃない圧力に、間に挟まれたウマ娘たちは次々撃沈していく。

 ライスシャワーは「私、パンになる……」と言いながら垂れていくし、タイキシャトルは単純に距離適性の問題からスタミナが切れて垂れていった。

 一人頑張って居たマチカネフクキタルは、女帝の色っぽい声に気を取られた隙に垂れてきたスズカと激突し、「ふんぎゃろ」という断末魔を上げていた。

 

 ライバルをすべて蹴落として、満を持して直線に入ったハルウララはどんどんと伸びていく。のちに有馬記念を勝つことになる彼女の伝説は、ここから始まる予定であった。

 のこり400m

 のこり300m

 のこり200mで100mの高低差はない坂を上ろうとしたところで、外から襲い掛かる影が急に現れる。

 それは、永遠の三番手、ナイスネイチャであった。

 

 女帝のお色気攻撃は、確かに有効であり、純情なウマ娘たちは次々撃沈しアイルランドとの国際問題を起こしかねないほどの威力を持っていたが、実家がスナック経営で下町出身のナイスネイチャにとっては大したことはない、といった感想しか抱かなかった。

 自分との差に少し卑屈になりながらも、あまりイレ込むこともなくレースを続けることができた。

 後ろからの皇帝のメンチには、同じく名家出身のメジロマックイーンがメンチを切り返していた。

 メジロにキましたわ、と言わんばかりのにらみあいにより、ナイスネイチャは守られていたのだ。

 

 そうしてデバフの影響をあまり受けずにレースを進められたナイスネイチャと、守られてきたハルウララの一騎打ちになったのだが……

 さすがにバ場適性、距離適性に差があり過ぎた。

 最終的にナイスネイチャが抜き去り、1着になるのであった。

 

 

 

 ヒーローインタビューではナイスネイチャの投げキッスと「お金持ちのイケメン彼氏を常時募集中」と言ったために死ぬほどスポンサーが集まり、これがのちに恵まれないウマ娘たちの基金となるナイスネイチャドネーションにつながるのは、皆が知る通りである。

 このように、最初のアオハル杯は大成功に終わるのであった。

 

 なお、話に一切出てこなかったマチカネタンホイザは走行中に口に蜘蛛が飛び込んできて撃沈しており、ゴールドシップは出走前にトーセンジョーダンを蹴とばしたせいで喧嘩になり、スタート前に失格になっていたのであった。




トレーナーさんは、たづなさんに怒られて真面目に仕事をしています。

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第八話 ロイヤルビタージュースをみんなに飲ませるのは間違っているだろうか いや、これは三女神の意思であり、世界に対する救いであるとトレーナーは確信していた

 グランドライブとアオハル杯は成功に終わり、ひと段落ついたある日、打ち上げと称して大人たちが集まっていた。

 夜11時を回り、学生たちが外出できなくなった時間での飲み会である。

 そう、飲み会だったはずなのだ。

 

 お通夜のような静けさに支配されたトレーナーの部屋の中。

 参加者の前に置かれているのは、ロイヤルビタージュースであった。

 

「トレーナーさん。こ、これは……?」

「この前函館沖で潜っていた時に、海底に沈んでいたタイタニック号を見つけまして」

「?????」

「その中に置いてあったロイヤルビタージュースの瓶を引き上げたんです。ラベルに1800年代って書かれてましたから100年物ですよ」

「?????」

 

 たづなさんが意を決してこれは何かを聞いたが、トレーナーの説明を聞いても何一つわからなかった。

 多分神話知識とか、そういう技能が足りていないのだろう。

 だが、目の前に置かれた緑の悪魔の放つ存在感だけは本能的に理解していた。

 

 誰も動けない。動いたら多分この目の前の名状しがたきRBJに食われる。そんな幻想すら抱く中、動いたのはトレーナーだった。

 

「この熟成された豊満な香り……」

 

 トレーナーがうっとりと香りをかぐ。

 ライトハローも匂いを嗅いでみた。青汁の青臭さを濃縮したかのような雑草のような匂いがする。

 

「熟成され、まろやかになったこの味」

 

 トレーナーが一口だけ口をつけてうっとりとそんなこと言う。

 まさかと思い少しだけ舐めたたづなさんが悶絶した。この味は文字で表現することはとても無理だった。

 

「そしてこの滑らかなのど越し」

 

 トレーナーが飲み干す。

 明らかに見ているだけでも粘度がやばく、なかなか落ちていかない。

 のど越しなんて試してみなくても明らかだった。

 目がイっているトレーナーはとうとうと語りだす。

 

「今からロイヤルビタージュース、RBJの始まりのお話をしましょう。

 

 ある日、三女神様たちがたまたま下界を見ていた時、とあるウマ娘を見つけました。

 

 そのウマ娘は非常に疲れていました。それもそのはず、彼女は非常に働き者であり最初は嫌に感じていたお仕事を働けば働くほど楽しくなってきてしまい、最近では働くことが非常に楽しく寝る間を惜しんで働いてしまうような女の子…… 女性…… うん、女の子だったからです。

 

 今にも倒れそうなのにニコニコ笑いながら仕事をしている。三女神さまたちは非常に哀れに思いました。この迷えるウマ娘に救いとふかふかお布団を。

 

 すぐさま下界に降りて安眠の時間をプレゼントしようと思った三女神様でしたが、とあることに気が付きます。このウマ娘、何も食べていないせいでとてもやせ細っていると。

 

 お仕事を恋人にしてしまった彼女は文字通り寝食を捨て去ってお仕事に励んでいたのです、何も食べてなければガリガリになっちゃうのも必然。この状態で寝かせてしまうと間違えてこっち側に来てしまいそうです。

 

 そんな時、一人の女神さまがいいことを思いつきました。

 

『この子にロイヤルビタージュースを上げましょう』

 

 ロイヤルビタージュース、それは三女神さまの宝物庫の中にいつの間にか紛れ込んでいた劇薬。ひとたび舐めれば三女神さまでも意識を失ってしまうような不味さ。匂いを嗅いだだけで目がチカチカしてしまうほどのヤバいジュースです。しかしながら三女神さまが持つどんな宝物よりも栄養満点で、残業後に一度口に含めばもう一晩お仕事ができるようになるほどエネルギーにあふれています。

 

 栄養満点だがとてもまずい、三女神さまはこれを飲んだ女の子は自身の行いを反省し、大好きなお仕事もほどほどにしてくれるだろうと半ば在庫処理のように彼女に分け与えました。

 

 それが、何かの間違いだったのでしょう。

 

 一口そのジュースを口に含んだ彼女は一瞬その不味さに驚きますが、すぐにそのすべてを飲み干してしまいます。栄養不足だった体に過剰な栄養を流し込んだのが悪かったのでしょうか、きれいな髪はなぜか七色に光りはじめ、まだ光が残っていたはずの目から完全に輝きが消え失せます。そして彼女は、高らかにこう叫んだのです。

 

「おかわり」と。

 

 これがのちに、聖なるロイビタ教の聖女にして三女神さまの巫女となる一人の少女? であったのです」

 

 聖なるRBJ教聖書 第1節『まずいもういっぱい』より、と締めたトレーナーの表情は明らかにトリップしていた。

 

 このままでは変な宗教に洗脳される。そんな危機感を全員が抱く。

 そんな中、まず最初に動いたのは駿川たづなであった。

 

 ヒトがウマ娘に勝つことは難しい。それは引退したウマ娘でも同じことがいえた。

 トレーナーさんも多分まだウマ娘である。ロイヤルビタージュースの妖精とかそういう生き物ではないだろう。

 ならば、同じウマ娘が抑えないといけない。この中で一番強いのは幻のウマ娘といわれ、現在も学生たちとよく追いかけっこをしているたづなさんだろう。

 だから、錯乱しているトレーナーを取り押さえようとしたのだ。今までの経験上、トレーナーはたづなさんに勝てなかったのもあった。

 

「遅いですよ」

「なっ!?」

 

 トレーナーはたづなさんの目の前から消えた。残像である。

 そして後ろに回り込むと、左手に持っていたロイヤルビタージュースを、たづなさんの口に流し込んだ。

 青臭さとまずさに口が支配されたたづなさんは、力尽き倒れるのであったのであった。

 

 ロイヤルビタージュースによりパワーアップしたトレーナーに勝てる者はこの場にはいなかった。

 後はだれから犠牲になるか、それだけしか彼女らには選択肢はなかった。

 

「そう言えば樫本トレーナー」

「ひっ!!」

「アオハル杯に強制的に出させられて大変でしたね」

「い、いえそれほどでも」

 

 実際は全く大丈夫ではないリコピンにターゲットが合った。

 アオハル杯の後遺症でまだ筋肉痛が消えていないリコピンは、動きが鈍い。

 

「これで元気になれますよ!」

「ごはっ、ごほっ!!」

 

 強制的にロイヤルビタージュースを流し込まれたリコピンは倒れ伏した。なんとなくゲーミングに輝き床に倒れている彼女のダイイングメッセージはトレーナー、である。

 

「次に安心沢さん」

「ひっ!」

「お祭りだから騒ぎたくなる気持ちはわかりますが、ダメですよ、おイタが過ぎます」

「たすけ、たすけて……」

「大丈夫、すぐに慣れます」

 

 不審者の口にロイヤルビタージュースの瓶が突っ込まれる。

 不審者はすぐに撃沈した。ロイヤルビタージュースに耐えられるヒトはいないのだ。

 

 その惨状を見て、意を決したのは乙名史記者だった。

 座して死を待つより、自分で飲むことを決意したのだ。

 やばいオーラを放つロイヤルビタージュースを一気に飲み干す。

 ちょっとずつ飲むなんてできるわけがないオーラを放っている以上、一気のみしかないのだ。

 

「こ、これは……」

「これは?」

「純粋に、不味い……」

 

 それだけ残して、乙名史記者は倒れた。

 いつもポジティブすぎる解釈をする彼女にも、ロイヤルビタージュースの不味さは許容できなかったようだ。

 

「私が行きます」

「桐生院さん!?」

「我が家の奥義、鋼の意志をもってすれば、ロイヤルビタージュースにも耐えられるはずです!!」

 

 ライトハローが悲鳴を上げる中、次は桐生院がソレを手に取った。

 桐生院家には、あらゆる状況に動じないスキル、鋼の意志が伝わっている。

 これがなければ、魅力的なウマ娘に囲まれるトレーナー業などやってられないのだ。一部のトレーナーは何を誤ったのか、担当ウマ娘に教えていてクソスキル呼ばわりしていたが、それは単にトレーナーの能力不足でしかない。

 当然そんな鋼の意志を、桐生院葵も有していた。

 

 一気にロイヤルビタージュースを飲み干す桐生院トレーナー

 心配そうに見守るライトハロー

 飲み干した桐生院トレーナーは、ライトハローに笑顔を見せて……

 

 

 

 そのまま倒れた。

 

「鋼ごときに、ロイヤルビタージュースが負けるわけがないじゃないですか」

 

 トレーナーが勝ち誇ったように言う。

 それ既に、人が飲んでいい飲み物じゃないですよね。

 そんな感想がライトハローの脳裏に浮かんだが、現実は何も変わらなかった。

 

 

 

 ロイヤルビタージュースの前には人は無力。

 結局ロイヤルビタージュースを飲まされたライトハローも倒れ、誰もが倒れ伏した。

 そんな場所を後にしたトレーナーが、次に向かったのは理事長のおうちだった。

 なんせ理事長も今回のイベントでとても忙しくしていた。

 慰労にロイヤルビタージュースをご馳走してあげよう。

 善意100%の地獄を引き連れて、トレーナーは理事長宅を強襲した。

 

 当然のように、トレーナーの前に立ちふさがったのは、いつも理事長の頭の上にいる猫であった。

 ロイヤルビタージュースに勝てる訳ないだろといわんばかりに猫に襲い掛かったトレーナーだったが、猫パンチにより一瞬にして床に叩きつけられ敗北した。

 

 

 

 理事長の睡眠は守られたのであった。




途中の聖書の怪文書はサイリウムさんが考えてくれました。
前世から愛をこめてあなたはウマ娘である連載中です。

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第三章 トレーナーがさらにロイビタをキめながら頑張る話
第一話 月面旅行合宿 ムーンウォークをしながら兎を探しつつ、ゲートボールでマックイーンがホームランする話


 夏合宿として、ゴールドシップ達は月面に来ていた。

 

「ワケワカンナイヨー」

 

 なぜか付き合わされたトウカイテイオーが叫び、メジロマックイーンはあきらめた表情をしている。

 

「なんで月面なんですの? ゴールドシップ」

「知らないのかマックイーン、月面の重力は地球の六分の一しかないんだぜ」

「それで?」

「今度マックイーンは天皇賞秋の前に出るだろ?」

「そうですわね」

 

 マックイーンもテイオーも、次の天皇賞秋を目指して調整中だ。

 最もテイオーは三回目の骨折の後遺症が重く、どこまで復帰できるかまだ未知数である。

 

「重力が少ないからこそ、脚への負担が少ないだろ。だから月面まで来たんだ」

「なるほど……」

「ナルホドジャナイヨッ!!!」

 

 あっけなく丸め込まれるマックイーンにツッコミを入れるテイオーだが、テイオーの声は真空故に二人に届いてなかっ「ナラドウシテフタリトモカイワガデキテルノサ!!!」

 テイオーに気付いて振り向く二人。

 

「おい、テイオー、ちゃんと念話で話さないと伝わんねーだろ」

「そうですわよ、真空なんですから音は伝わりませんわ」

「マックイーン!?」

 

 テイオーはマックイーンも向こう側と気づいて絶望した。

 

 

 

「じゃあゲートボールしようぜ!!」

「了解ですわ!!」

「了解じゃないよ!?」

 

 どうにか念話を始めたトウカイテイオーも加わり、さてトレーニングとなった段になって、始まったのはゲートボールであった。

 

「いきますわよー」

「何振りかぶってるの!?」

「何って、釘バットですわ」

「ゲートボールのルール知ってる!?」

「知りませんが、あとはメジロで補います!!」

「メジロは万能じゃないんだよ!!」

 

 マックイーンは振りかぶって、ボールを打った。

 ボールは放物線を描いて飛んで行った。

 

「ホームランですわ!!!」

「どういうことだってばよ!!!」

「やったな、マックイーン、1点獲得だ」

「やりましたわ!!!」

 

 ハイタッチするゴールドシップとメジロマックイーン。

 ルールがわからな過ぎて、トウカイテイオーは頭を抱えた。

 

 

 

「ご飯できたよー」

 

 引率のトレーナーが、三人に声をかける。

 残念ながら、月面は酸素がないため、火が使えず水も使い方が限られる。

 なので、トレーナーが渡してきたのは、フリーズドライの専用宇宙食ばかりだ。

 

「アイスうめえですわ!!」

「マックイーン、口調も崩れてるよ、大丈夫?」

 

 フリーズドライのアイスクリームという謎のものを貪るマックイーン。

 テイオーも食べてみたら、確かに甘くておいしいが、冷たくないし、アイスクリームなのだろうかという疑問しか浮かばなかった。

 テイオーはライスケーキ、お餅を食べ始める。これもまた、独特な触感であった。

 

「ライスと聞いて歩いて来ました」

「歩いてお帰り」

 

 ライスシャワーが急に現れたが、もう付き合いたくないトウカイテイオーが追い返そうとする。

 だが、一向に帰る気配もなく、ライスシャワーはトウカイテイオーが食べていたライスケーキを食べ始めた。

 

「それ、ボクのなんだけど」

「おいしいね」

 

 トウカイテイオーの食事はすべてライスシャワーに食べられるのであった。

 

 

 

「よし、飯も食ったし、元寇するぞ!!!」

「元寇ってなに!?」

「みんな丸太は持ったな! 行くぞォ!!」

「どこに!?」

 

 ノリノリで意味の分からないことを言うゴールドシップに、丸太を抱えて立ち上がったマックイーン。

 どうしていいかわからないテイオーは、藁にも縋る思いでライスシャワーの方を見たが……

 

「ウマ娘の戦い方じゃない……」

「何を申す。ウマ娘どころじゃない。この方は、天皇賞を勝つために冥府からよみがえったメジロ様さ」

「??????」

 

 ライスシャワーの言うことも、それに答えたゴールドシップの言うことも、まったくテイオーには意味が分からなった。

 

「……ライスも、次の天皇賞に、勝ちたい……」

「ならば行くぞ!!!」

「おー!!」

 

 勝負服のナイフを掲げるライスシャワー。

 

「目指すは月の兎だ!!!」

「元寇の元はどこいったの!?」

 

 三人は意気揚々と旅立っていき、トウカイテイオーは取り残された。

 トレーナーは楽しそうにテントを立てて設営をしていた。

 

 

 

 その後、三人はどこからともなく月の兎を捕まえてきたり、

 メジロマックイーンがその兎で鍋を作ろうとして、兎を飼おうとしていたゴールドシップと大喧嘩をしたり、

 兎とライスシャワーとロイヤルビタージュースが合体して怪獣モチモチ兎になったり、

 それを退治するべくミホノブルボンが出撃したり

 

 合宿は騒がしく進み、どうにか無事終了した。

 

 そして、ゴールドシップは無事、ジュニアの重賞に勝利し、ライスシャワーとトウカイテイオーとメジロマックイーンの三人は、そのまま天皇賞秋に直行し、三人ともヤマニンゼファーにぼっこぼっこにやられるのであった。




ヤマニンゼファー「マックイーンさんもテイオーさんもライスさんも、ひとえに風の前の塵に同じ……」
ニシノフラワー「あんまりそういうこと言っていますと後で黒歴史的な意味で辛くなりますよ」

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第二話 グランドライブでライブするなんて普通じゃね思ったゴールドシップはインド映画を参考にし、トレーナーはRBJ売りの少女となった

「ジュースはいりませんか? ジュースはいりませんか?」

 

 グランドライブの会場の片隅で、少女が飲み物を売っていた。

 真っ白な艶のない髪に、真っ黒な目の下の隈。

 肌も艶がなく、明らかにやつれたウマ娘だ。

 ザ、貧乏というオーラを醸し出した少女が、会場の片隅でジュースを売っている。

 

 ただの通行人でも大丈夫か聞いてしまうレベルの薄幸オーラを出している彼女を、グランドライブの会場に来ているようなウマ娘が好きな人たちが放置するわけがなかった。

 

「お嬢さん、ジュースを売っているのかい? いくら?」

「1杯100円です」

 

 偶然その少女を見つけた男性もまた、少女を心配し声をかけた一人だ。

 今回一口スポンサー制度を聞き、一人ぐらいサポートできたらという気持ちで、この場を訪れていた、一般ウマ娘ファンモブである。

 ひとまずジュースを売っているようだから、ということで一つ注文したところ、出てきたのは緑色の液体だった。

 野菜ジュースか何かだろうか。特に何も考えず飲み干した彼は……

 

 虹色に輝き、倒れた。

 少女の後ろには、虚ろな目をしたRBJゾンビが物陰で控えている。

 みな、RBJ売りの少女であるトレーナーがロイヤルビタージュースを飲ませた被害者である。

 ロイヤルビタージュースを飲み干すと、あまりの不味さに一時的に意識がなくなる。

 その状態の被害者を邪魔にならないように後ろに立たせて保管しているのだ。

 特に意味はない。そのうち目覚めるだろう。

 

 ロイヤルビタージュースの布教をして、満足そうなトレーナー。

 トレーナーのその胸部や尻は豊満だが、さらしを巻いて締め付ければ、身長が低いのも相まってただのやつれたロリウマ娘にしか見えないのだ。

 そんなのにひょいひょい引っかかった被害者は、両手両足の指の数を超えるほど出ていた。

 

「トレーナーさん、見つけましたよ」

「ゲッ、たづなさん!?」

「逃がしません!!」

 

 しかし、そんな悪行も長くは続かなかった。

 理事長秘書のたづなさん率いる、トレセン学園精鋭ウマぴょい警察に見つかったのだ。

 日々、違法なウマぴょいを取り締まる彼女らから、さすがのロイビタをキめたトレーナーでも勝てなかった。

 

「弁護士を呼べー!!」

「静かにしましょうね」

 

 そのままトレーナーさんは、府中刑務所へと収監されるのであった。

 

 

 

 さて、トレーナーさんのことはどうでもいいので、ゴールドシップに目を移そう。

 順調に重賞を勝ち、ホープフルステークスに勝利をおさめた彼女は、無事ジュニア年度代表ウマ娘に選ばれた。

 ジュニアウマ娘のトップになったのだ。

 

 こうなれば人気は非常に集まるし、ライブもそれはそれは期待される。

 今回年末に行われる第二回グランドライブでも、彼女は注目の的であった。

 だが、ゴールドシップのやる気は絶不調だった。

 

「やる気でねー」

 

 トレーナーが何か準備をしていれば、きっと、ゴールドシップの予想をはるかに超えることが発生し、面白いを超えた困惑をもたらしてくれるのだろうが、残念ながら今回トレーナーはゴールドシップのライブにかかわることを禁止された。

 あのけばけばしい洗脳ライトをばらまきながら、再度自爆でもされた日には、エアグルーヴの目がまたやられてしまう。

 そのため、トレーナーはライブ会場接近禁止命令が出され、ただただ書類仕事だけをさせられていた。

 だが、ロイビタ1日3倍分、通常のウマ娘のトレーニングで1日に必要とされる労力の100倍の労力を発揮できるトレーナーにとって、仕事の一部禁止は、非常にストレスを与える行為でしかなかった。

 そのせいで、暇を持て余した彼女は、RBJ売りの少女ごっこをして、今、独房に監禁されている。

 

 閑話休題、ゴールドシップである。

 ゴールドシップは坐禅を組んだ。

 そう、アイデアを得るために…… そうして、ゴールドシップは悟りっぽい何かを閃いたのであった。

 

 

 

 ライブの日、ゴールドシップのライブ会場では、非常に良いにおいが漂っていた。

 コリアンダーやシナモン、グローブやカルダモンといった、スパイスの混ざった香りである。すなわち、カレーであった。

 坐禅をしてゴールドシップは遥かなるインダス川の力を感じ、インドに目覚めたのだ。そして、カレーを得た。

 鍋でカレーを煮込むゴールドシップ

 なぜか横でヨガをやらされるウオッカとスカーレット

 あまりに硬くてヨガができず、ナンを焼かされているライスシャワー。そろそろナンシャワーになりそうである

 そして観客に振舞われるカレー

 

 期待してたのとまったく違う状況に、しかしあまりにおいしいカレーに、観客は困惑のみを覚えていた。

 

「つづいて、カレーに重要なジャガイモのため、メイショウドトウさんをジャガイモ男爵に叙勲します」

 

 カレーの匂いが漂う中、ファインモーション殿下が、厳かに告げる。

 目の前には縛られて転がされているメイショウドトウが「むーむー」うなっている。

 どう見ても拉致されてきたとしか思えなかった。

 

「神は、天に月を、地に華を、カレーにじゃがいもをくださいました。神の奇跡に感謝し、ここにジャガイモ男爵の叙任を行います」

 

 意味不明すぎる状況に、観客は困惑しながら涙を流す。カレーが辛すぎたようだ。

 勢いで進んでいく儀式に、しかしいきなり飛び込んできた者がいた。

 

「異議あり!!」

「貴様何奴!?」

「ジャガイモにカレーはロジカルじゃねえな」

 

 通りすがりのエアシャカールである。

 

「カレーにじゃがいもは全く必須じゃねえ。ジャガイモにこだわるようじゃ足元を掬われるぜ、お姫様」

「ですが、ジャガイモのないカレーはマーマイトがないイギリスのようなもの!!」

「それ、両方滅ぼした方がよくね?」

「……そうだね、シャカール」

 

 ともあれ、イングランドは滅ぶべきであると考える次第である、というのはアイルランド王家の演説にしばしば唐突に入る単語である。

 それくらいアイルランドはイギリスが嫌いなのだ。

 

 かくして、叙勲式は急遽キャンセルになり、ファインモーションはエアシャカールと豚骨ラーメンを食べに行ってしまった。

 残されたメイショウドトウだけがぽつんと地面に横たわっているのであった。

 

 ジャガイモがなくても、本格スパイスで作られたカレーは大人気であり、ゴールドシップのインド風な謎の踊りと相まって、無駄に人気が集まった。

 しかし、ホウレンソウで作られたグリーンカレーだけは、なぜか誰も食べることがなかったのをここに記しておく。




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第三話 本当のアオハル杯、見せてあげますよ そういってトレーナーさんは盗んだロイヤルビタージュースで走りだした

さて、始まります第二回アオハル杯の第11レース。東京競馬場芝3600m

前回はナイスネイチャを筆頭としたチームカノープスが、シンボリルドルフ達チーム生徒会から勝利しましたが、今回はどのようなレースが繰り広げられるのか。

 

まずは出走チームの紹介です。

 

第一チームは、チームアイルランドです。

 メンバーはアイルランド王家のファインモーション、アイルランド王家からお忍びで来日した謎の仮面アネキアニキスキー、そしてファインモーションの同室、エアグルーヴの三名です。

 

「ご機嫌よう、ファインモーションです♪」

 

 綺麗に挨拶をし、手を振るファインモーション

 

「麗しのプリンセス二人に挟まれて、もう死んでも構わないね」

 

 ファインモーションにそっくりなウマ娘が、恍惚の表情をしています。王族がしていい表情ではありません。

 

「おい、ピルサドスキー!! なんで私の衣装はこんなになってるんだ!!」

 

 一人だけ布面積が少ないセクシー水着を着せられて恥ずかしそうにしているエアグルーヴの色気がすごいです。おそらく彼女のデバフで他のメンバーの視界を狭めるのでしょう。

 

「このたわけがぁ!!」

 

 エアグルーヴの悲鳴がパドックに響いています。

 

 

 

第二チームは、チーム大食いです。

 メンバーは、大食いとして有名な、オグリキャップ、スペシャルウィーク、ライスシャワーの三名です。

 

「おなかがすいたな」

 

 グー、とおなかを鳴らすオグリキャップ

 

「おなかがすきましたね」

 

 グー、とおなかを鳴らすスペシャルウィーク

 

「おなかがすいたね」

 

 グー、とおなかを鳴らすライスシャワー

 三人ともおなかをすかせているようです。

 

 

 

第三チームは、チームアイドルです。

 メンバーは、岩手のアイドル、ユキノビジン 苫小牧のアイドル、ホッコータルマエ 高知のアイドル、ハルウララの三名です。

 

「めんこいシチーガール目指してがんばるべ」

「とまこまい観光大使、ホッコータルマエだっぺ」

「ハルウララだよ!」

 

可愛らしい三名の登場に、会場は沸き立ちます。

 

「なんでアイドルなのに私は出れないんですか!!」

「ファル子さん、地方重賞荒らしすぎて地方から恨まれてますし、芝レースなのにダート適性のウマ娘集めてもしょうがないですから……」

 

残念ながら、スマートファルコンはエイシンフラッシュにより除外させられています。

 

 

 

第四チームは、チームゴルシです。

 メンバーは、ゴールドシップM、メジロマックイーン ゴールドシップK カレンチャン ゴールドシップT タマモクロスの三名です。

 

「なんでゴールドシップはいませんの?」

「カレンは、この勝負服も好きだよ」

 

ゴールドシップの勝負服を着た芦毛ウマ娘3名ですが、ゴールドシップはどこにもいません。どこへ行ってしまったのでしょう。

 

 

 

第五チームは、チームお嬢様です。

 メンバーはサトノダイヤモンド、ダイイチルビー、そしてここに居ましたゴールドシップです。

 

「ゴールドシップさん、じゃんけんに負けたんですから機嫌を直してくださいよ」

「ゴルシちゃん、自分のチームあったんだぜ……」

 

 きらびやかな雰囲気のチームですが、ゴールドシップは不機嫌そうです。

 残念ながらゴールドシップの、必殺、最初はグーと言いながらパーを出す戦略は、サトノダイヤモンドの狂気のチョキの前に敗れたようです。

 

「お嬢、がんばー!!」

「……」

 

 応援するダイタクヘリオスを無視して、ケイエスミラクルに手を振るダイイチルビーの塩対応っぷりはいつも通りでした。

 

 

 

第六チームは、チームロイヤルビタージュースです。

 メンバーは、ロイヤル、サクラローレル ビター、ビターグラッセ ジュース、リトルココンです。

 

「……」

 

 三人とも目が死んでますね。

 

「ロイヤルビタージュースを飲ませましたからね」

 

 トレーナーがどや顔でそんなことを言います。

 それにしても、なぜローレルさんなんですか?

 

「ロイヤルとローレルって似てませんか」

 

 それで選ばれたサクラローレルさんに憐れみしか感じません。

 ビターは、ビターグラッセさんの名前でしょうが、ジュースとリトルココンさんは?

 

「この前ドリンクをライスシャワーさんに零されてましたから」

 

 ライスシャワーさん、恨まれそうですね……

 

 

 

 何にしろ、総勢6チーム、18名が揃いました。

 発走は間もなくです。

 

 

 

 前回のチーム生徒会のうち、エアグルーヴはファインモーションらアイルランド王家に、ハルウララはユキノビジンとホッコータルマエに取られ、新しくチームシンボリを作ろうとしたら大喧嘩になって空中分解したせいで、アオハル杯に出られず悲しみを背負ったションボリルドルフの振る旗を合図に、レースが始まった。

 

 ハナを切ったのは、チーム大食いの3人だった。

 ゲートから出ると、すぐにコースの芝を食べ始めた。

 あまりに空腹過ぎたらしい。すごい勢いでコースがダートと化していく。これが地球温暖化による砂漠化現象……

 ミホノブルボンは地球を冷やすため、アクシズを落とすことを心に決めた。

 

 変わって先頭を取ったのはエアグルーヴだが、その後ろでアイルランド王家ペアが倒れる。あまりの色気に耐えきれなかったらしい。デバフは同じチームのメンバーには効かないはずだが、エアグルーヴの色気はルールを上回ってしまったようだ。

 恥ずかしくなったエアグルーヴに抱えられ、二人はレースから退場していった。

 

 すでに2チームがレースをしていないが、レースは続く。最後尾をロイヤルビタージュースで味覚を壊されてゾンビのように唸る、チームロイヤルビタージュースが走り、他の3チームは泣きそうになりながらその3人から逃げていた。いや、ハルウララだけは楽しそうであるが、ユキノビジンが必死に抱えて逃げている。

 なんせ、ロイヤルビタージュースゾンビに捕まると、ロイヤルビタージュースを飲まされるのだ。そんな拷問を受けるぐらいなら皆必死に走るだろう。私でも逃げる。逃げないのはトレーナーぐらいだ。

 

 向こう正面からコーナーを回り、1回目の直線に入ったところで、チームRBJのメンバーは、観客席に飛び込んだ。どうやら、コース上を走っている9名よりも、観客席の観客の方が多いと気づいたようだ。

 阿鼻叫喚となる観客席。

 ロイヤルビタージュースを飲まされて光る観客。

 そんな騒ぎから、レース参加者は逃げるように速度を上げた。

 

 

 

 無事、府中警察署対RBJ部隊によりチームRBJが制圧されたころ、レースは第二コーナーを回っていた。

 すでに皆バテ始めている。

 特に長距離適性も芝適性もないホッコータルマエはバテバテだし、ユキノビジンもハルウララを抱えていたせいで体力を使い切っている。

 短距離メインのダイイチルビーとカレンチャンはすでにレースを諦め、流しながら雑談を始めていた。

 カレンチャンが、ダイイチルビーにファッションについていろいろ話しているらしく、ユキノビジンも興味深そうにそれに混ざっている。

 

「お嬢、ファッションなら任せて!!」

 

 ダイイチルビーにかまってほしいダイタクヘリオスが乱入したが、ダイイチルビーに大量のデバフと塩をまかれて退散していた。

 

 そうすると、残るはチームゴルシのメジロマックイーンとタマモクロス、そしてチームお嬢様のサトノダイヤモンドとゴールドシップぐらいしか残らない。後、ハルウララは後ろでまだ頑張っている。

 

 そんな五名を待ち受けていたのは、ダートコースだった。

 

「なんでコースがダートになってますの!?」

 

 先ほどスタートした時は芝だったはずのコースには、ぺんぺん草1本も残っていなかった。

 腹ペコ3人衆にすべて食われてしまったのだ。

 

 残念ながらサトノダイヤモンドもゴールドシップもダート適性はG

 タマモクロスのダート適性がFで、メジロマックイーンのダート適性がEだ。

 急速に減速する4人に、ただ一人、ダート適性Aのハルウララが抜け出した。

 

 

 レースはハルウララの圧勝であった。

 

 ウララファン第一号のシンボリルドルフは泣きながら喜び、エアグルーヴはアイルランドの王家姉妹の内乱に巻き込まれ、東京競馬場はダートコースのみになって整備の人たちは号泣した。

 だが、ブルボンの落とそうとしたアクシズはオグリに全部食べつくされたので、地球の平和は守られたのである。

 そして、トレーナーは生徒と観客にロイヤルビタージュースを飲ませた罪で府中刑務所に再収監されるのであった。




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第四話 ファイナル、つまりすべてを終わらせるレースならば何でもいいはずなので、ひとまずミホノブルボンガンダムは許されるだろう

 今年の年末年始はイベントが目白押しである。

 グランドライブを行い、アオハル杯が開催され、次に行われるのはURAファイナルであった。

 

 もっともこの後、全ての最強を決めるトゥインクルスタークライマックス杯が行われる予定であり、前座のようなポジションになってしまっているこちらは、何かしらの特徴をつける必要があった。

 

 そうして始まったのが、この無差別級何でもありダービー、芝2400mであった。

 この前のアオハル杯で、芝をすべて食いつくされてから、どうにかして芝を再度復旧した技術班は泣いた。

 

 

 

 そもそも、URAファイナルの責任者の所在が不明だった。

 グランドライブはライトハローとそのイベント会社が

 トゥインクルスタークライマックスは乙名史記者とその新聞社が

 アオハル杯は生徒会とタイキシャトルが

 それぞれ中心となってスタートさせたものだ。

 

 だが、URAファイナル自体は雑にURAから理事長の秋川やよいに丸投げされ、またそこからトレーナーに適当に任された、本当に無責任の極みのようなイベントになっていた。

 だからトレーナーが好き勝手した。そして他のイベントと違い、それを止めるものは誰もいなかった。

 

 そうして出来上がったのが、URAファイナル(いろいろな面で終わっている)レースであった。

 

 

 

 あらゆる制限を取り払って最強を決めるという建前のせいで、ただのカオスになったURAファイナル、明らかにいろいろ終わっているレースが今始まろうとしていた。

 

「ということで実況のトレーナーです」

「解説の乙名史です」

「URAファイナル、始まっちゃいましたね」

「下手な小細工をするからこうなるんです。でも、内容はなかなか楽しみなメンバーが集まっていますよ」

 

 自分の目標としていたトゥインクルスタークライマックスを邪魔する目的で始められたURAファイナルに良い印象がない乙名史記者は毒舌を吐くが、それはそれとしてレースは楽しむつもりらしい。

 

「では一番、バイクに乗ったウオッカさん、+412kg。後部座席にはダイワスカーレットさんです」

「バイクはお父様に借りてきたらしいですね。整備が良くされていて素晴らしいです」

 

 ご機嫌にバイクを見せびらかすウオッカ。免許は取り立てらしい。

 後部に座る予定のスカーレットも内心は期待しているらしく、尻尾が揺れている。

 

「続いて二番、張りぼてゴルシちゃん、+(ぴー)kgです。中のウマ娘はゴールドシップとメジロマックイーンさんです」

「製作は学園理事長の秋川やよいさんです。謎のフォルムですね」

 

 長い首と、長い胴体がどんな動物を模しているのか、二人にはわからなかった。

 異世界の馬など知るわけがないのだ。

 理事長がなぜこのフォルムにしようとしたのか、知ろうとすれば命にかかわるからおすすめはできない。

 

「そう言えば、この前走のバ体重、ゴールドシップのですね。つまり、メジロマックイーンさんの体重は「それ以上は止めてくださいまし!!」」

 

 メジロマックイーンの体重は完ぺきなのだ。

 

「では続いて、三番、サトノコプター、+1942kgです」

「ヘリコプターを持ってくるとは、財力を感じますね」

 

 サトノダイヤモンドが運転するヘリコプターの登場である。

 メジロマックイーンがしゃっくりをするたびに呼ばれるため、最近ではマックイーンはサトイモのまえでしゃっくりをしなくなってしまった。

 

「四番、悪の科学者により18mに巨大化させられたヒシアケボノです」

「食費、大変そうですね……」

 

 ちなみにタキオンとは関係ないが、なぜかタキオンはたづなさんに追いかけられていた。

 

「五番、フルアーマーミホノブルボンアサルトバスター菊花決戦仕様です。こちらも18mあります」

「本体はどこかわからない18m級のロボットが「モビルスーツです」……ロボッ「モビルスーツです」……ロボ「モビルスーツです」……」

 

 ミホノブルボンにごちゃごちゃつきすぎて大きくなってしまっているミホノブルボンであるが、ロボットではなくモビルスーツらしい。譲れない何かがそこにあった。

 

「六番、レコード絶対ブッ壊す修羅イスシャワー(金棒装備)です」

「ライスね、レコードを壊すことに幸せを感じるんだ♡」

 

 黒いオーラをまとったヒールがミホノブルボンの隣に現れる。

 その視線の先には、18mのロボ「モビルスーツです」…… モビルスーツが存在していた。

 ちなみに金棒は○○なり一ハロンの設定である。

 

「七番、悪の科学者により改造された○面ライダービコーペガサスです」

「本人ノリノリで楽しそうですね」

 

 ちなみにこちらもタキオンとは関係ないが、やはりなぜかタキオンはたづなさんに追いかけられていた。

 

「八番、お色気担当のエアグルーヴ(花嫁衣裳)です」

「アイルランド内戦がまた勃発してしまいますよ」

 

 女帝の色気は国を割る。つまり彼女は傾国の美女だった。

 現にすでに、観客席ではどっちがもらうか、ファインモーションと姉殿下が戦っている。

 

「九番、何も知らないサイレンススズカ、体重に変更はありません」

「なぜこれに参加してしまったのでしょうか?」

 

 何も考えずにこんな魔境に参加してしまったサイレンススズカが呆然と立ち尽くしていた。

 

「本日のURAファイナルは、この総勢9名で行われます」

「何が起こるかわかりませんね。発走は、15分後です」

 

 混沌に埋め尽くされたレースが始まるまで、あと少しだった。

 

 

 

 

 バイクにヘリコプターに、18m級のヒシアケボノとロボ「モビルスーツです」モビルスーツがいるため、ゲートは使えず、ロープでスタートの合図を行うことになったレースが、始まった。

 

「遊びでやってんじゃないんだよ!」

 

 修羅イスシャワーが、さっそくレコードをブレイクするべく、ミホノブルボンに襲い掛かる。全長150cm以下の修羅イスと、18mサイズのミホノブルボンでは大きさに差がありすぎるが、なぜか互角に渡り合っている。

 

 そんな横をロケットスタートしたのは、張りぼてゴルシちゃんである。

 

「ウマ娘二人の力を使って、速度も2倍だぜ!!」

 

 謎の頭が悪すぎる計算式で、なぜか時速140kmの速度で走りだす張りぼてゴルシちゃん。

 その後ろを、遅れてウオッカのバイクが走り出した。まだ免許を取って1年も経っていないので、二人乗りができないことをスタート直前に気づいたため、ダイワスカーレットは置き去りであった。ゲートに体育座りをしているダイワスカーレットが哀愁を誘う。

 

 なお、無免許で運転しようとしていたサトノダイヤモンドは怒られて失格になった。ヘリの免許は18からなのだ。

 

「ジンクスは破るものです!!」

 

 と叫んでいたが法律を破るのは許されるものではなかった。

 

 その後ろをサイレンススズカとエアグルーヴが続き、最後に○面ライダービコーペガサスが続く。

 

「おかしい、○面ライダーに改造されたら成人男性の二倍の力を得るはずなのに……」

 

 想定より全くスピードが出ずに首をかしげるビコーペガサスだが、ウマ娘は平均成人男性の三倍のスピードで走るので、計算は何も間違いはなかった。

 最後に誰かを踏みつぶしかねないので立ち尽くすヒシアケボノが取り残される。

 ミホノブルボンと修羅イスシャワーの戦いは宇宙(ソラ)へと移っていた。

 

 

 

 東京競馬場2400mのコースは、スタートしてそうかからずに第一コーナーが存在する。

 そこにトップで入った張りぼてゴルシちゃんは、曲がり切れずに外へと吹っ飛んだ。

 ハリボテの運命である。コーナーは曲がれない。

 まあ、通常の倍の速度が出ているのだから、ハリボテでなくとも曲がれないだろう。

 

 そうして無事、張りぼてゴルシちゃんは、ゴールドシップとメジロマックイーンに分裂し、ゴロゴロと転がってコースアウトした。

 コメくいてー、の (ー▽ー) の顔で、二人とも倒れている。

 

 それを横目にサイレンススズカとエアグルーヴが走っていった。

 ウオッカがそれに続く。法定速度時速60kmを守っているので、ウマ娘よりは遅いのだ。

 ヒト息子の2倍の速度しかでないビコーペガサスがそのあとを続いていた。

 

 そうして向こう正面を通過し、第三コーナーに入ろうとしたところに……

 

「グルーヴさん、結婚しよう♪」

「わが心の女帝陛下、結婚してくれ!」

 

 アイルランド王家の2人が待ち構えていた。エアグルーヴへと求婚を始める二人。正直邪魔である。

 先頭を走っていたサイレンススズカは、2人を躱し…… おもむろに振り返った。

 

「エアグルーヴ、私を選びますよね?」

 

 いきなりアイルランド王家の2人の戦いに混ざったサイレンススズカ。

 先頭の景色以外にも譲れないものがあったようだ。

 それを見たエアグルーヴは……

 

「お前ら…… いい加減にしろ!!!」

「へぶっ!?」

「ぶへっ!!」

「あぼぁ!?」

 

 ついにキレて三人をはね飛ばしたのであった。

 仲良く三人ともダートコースの方へと飛んでいき、頭から突き刺さった。

 

「お前ら、レースはまじめにやれ!!!」

 

 くどくどと説教を始めるエアグルーヴ。どうやら堪忍袋の緒が切れてしまったようだ。

 ダートに頭から刺さりながら、正座する三人。

 説教はなかなか終わらなさそうである。

 

 残るウオッカのバイクと、○面ライダービコーペガサスが最後の直線に入る。

 ヒト息子の倍の速度しかないビコーペガサスでは、バイクには追い付けない。

 そんな時、ビコーペガサスに一つのアイデアが浮かんだ。

 

「ウマソルジャーバズーカを使えば!!」

 

 ウマソルジャーVの必殺兵器、ウマソルジャーバズーカで、先頭のウオッカを撃ち落とせば勝てるというとてもクレバーで暴力的な解決方法を思い浮かべた○面ライダーピコーペガサス。

 早速ウマソルジャーバズーカを呼び出したが……

 

「あれ…… 撃てない」

 

 みんなの正義の心を一つにしないと撃てないウマソルジャーバズーカは、うんともすんともいわなかった。正義の心もなければ、みんなもいない状況では当然である。

 

 このまま、ウオッカが1着になるか、ゴールまであと100mとなったとき……

 ゴール板直前、スタート地点で体育座りをしているダイワスカーレットを発見した。

 

 二人で乗ると約束していたことをウオッカは思い出す。

 1年間経たないと二人乗りできないことをウオッカは先ほどまで知らず、無邪気にそう約束したことが思い浮かぶ。

 そして、スカーレットを置いて走り出したターフは……

 

「スカーレット」

「なによ」

「すまねえ、二人でって約束したのに置いていって」

「いいわよ、あんたがパカだって知ってるから」

「でもさ」

「なによ」

「やっぱりお前が居ねーとつまんねーんだ」

 

 そういってバイクを降りるウオッカ。彼女が求めていたものが何かを、走ってきたからこそ本当に理解したのだ。

 二人だけの空気の中、何が起きたかを語るのは野暮だろう。

 ヒシアケボノが18mの空の上から二人を見守っていた。

 

 

 

 なお、レースはその後、残骸をもって走ってきた張りぼてゴルシちゃんがゴールしたことで終了し、タキオンはヒシアケボノを巨大化させたこととビコーペガサスを改造したことに関する冤罪で、府中刑務所に送られた。




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第五話 満を持してトレーナーを走らせてみたが、特に何もなくレースは終わってしまった話

最強を決めるトゥインクルスタークライマックス、という触れ込みだが、もちろん最強と言っても一人には決まらない。

ウマ娘にとって、距離やバ場は重要な要素であり、それぞれ得意分野がある。全部で最強など、皇帝シンボリルドルフでも無理なのだ。

 

だからこそ、今回、7種類のレースが開催されることとなった。

そして、そのメインレースに選ばれたのは…… ダート2400mレースであった。

 

どれをメインレースにするかというアンケートを、ライトハローが募集したのだが、なぜかダート中距離に一番人気が集まってしまったのだ。

理由はわからないが、選ばれたからには仕方がないということで、東京競馬場では年に1回しか、しかもPreOPクラスでしか実施されないダート2400mというレースがメインレースとして実施されることになったのであった。

 

 

メンバーは、ダートと言えばと名前が挙がるメンバーが何名もそろった。

ダートGI(JpnI)11勝のコパノリッキー

ダートGI(JpnI)10勝のホッコータルマエ

純粋な数字ならば二人より劣るが、ダート最強と言われるクロフネやホクトベガ

かなり年は上だが、年度代表ダートウマ娘に選ばれたことがあるカリブソングやナリタハヤブサ

集められるだけ集めたといわんばかりの錚々たるメンバーである。

 

そんな中で、明らかに浮いているメンバーが二人だけいた。

一人はみんなの生徒会長、シンボリルドルフである。

芝とダート、間違えました? と、皆が疑問に思った出場者だ。シンボリルドルフが最強クラスであることに異論があるものはいないだろうが、ダートを走っているのは見たことがなく、未知数すぎる。

もう一人は、みんなのトレーナーであるゴールドシップトレーナーである。

ゴールドシップの陰謀により雑に出場させられていた。なお、実力は現役時代未勝利クラスなので、推して知るべしである。

ロイヤルビタージュースの力を借りて、かなりパワーをブーストしており、髪のゲーミングっぷりがいつも以上であるあたり、どれだけのロイヤルビタージュースの試練を経てきたかがわかるだろう。

 

そんな、異物が2人紛れ込んだ、最強決定戦トゥインクルスタークライマックス、ダート2400mが今始まった。

 

 

 

ゲートが開き、ハナを取ったのは七色に輝くトレーナーだった。

なんだかんだでスタートは上手いのと、RBJエネルギーを使ったすさまじい加速で、スマートファルコンのさらに前に出たのだ。

 

「しかし、退けぬ!!!」

 

金色に輝きながら、スマートファルコンが加速し競り合い始める。

幾度の敗北を経て、元斗○拳を継承した金色のファルコンが、負けを認めるわけにはいかないのだ。

 

「それ、私の役割!?」

 

誘導バをしていたトウショウファルコが文句を言う。彼女の名前の由来こそ、北斗の拳の登場人物の金色のファルコなのだ。

尾花栗毛のトウショウファルコは外見の良さも有名だったので、皆さんも一度写真をご覧いただきたい。

 

閑話休題、人のアイデンティティを奪いつつ、スマートファルコンがRBJトレーナーを追走する。

RBJ光りをするトレーナーと、闘気で黄金に輝くスマートファルコンは非常に眩しい。

だが、その程度でひるんでいたら最強など遠い。そして、ここにいるのは皆、『最強』なのだ。トレーナー以外は。

 

そんな眩しい二人を追いかけて、第二コーナーを曲がっている間に、トレーナーはどんどんと外にぶれていった。

単純に、RBJでブーストされた身体能力に、技術がついていっていないのだ。特に、ダートコースは内側なのでコーナーがきつい。

そのまま外へぶれていったトレーナーは、外ラチにぶつかり……

 

ちゅどーん!!

 

と七色の光を放ちながら爆発した。

 

「汚い花火だ」

 

誰かがそんなことをつぶやいた。

 

 

 

七色の汚い花火が打ちあがった程度で、レースは無事終了した。

もう予想外である一人のシンボリルドルフは、ダート適性が足りな過ぎて、無事最下位になり、ただの狸として高知競馬場のダートコースに打ち捨てられていた。

 

「これで、イベントは全部終わりましたね」

 

何事もなかったかのように復活したトレーナーは、ゴールドシップとともにライブを眺めていた。

さすがにまだジュニアのゴルシちゃんは、最強決定戦には出ていなかった。

 

「トレーナー、光ったり爆発したりロイヤルビタージュース配ったりしかしてなかった気がするが」

「ひどいですよゴールドシップ、私はちゃんと事務作業とか事務作業とか事務作業とかしてました。1日30時間ぐらい」

「24時間超えてるじゃねーか」

「ロイヤルビタージュースは時間をも歪めるんです」

 

堂々と言うトレーナー。

果たして本当かどうか、ゴールドシップには判別がつかなかった。ロイヤルビタージュースならそれくらいできるんじゃないかと思ったのもある。

 

「そう言えばトレーナーっていっつもロイヤルビタージュース飲んでるじゃん」

「そうですね、私の血であり肉でもあります」

「それはそれでこえーよ。でさ、じゃあやる気あげるスイートカップケーキ一杯食ったらどうなるんだろうなと思って」

「さあ、試したことないですね」

 

ウマ娘から唾棄されるロイヤルビタージュースにくらべ、やる気が上がるプレーンカップケーキ、スイートカップケーキは引く手あまたであり、常に品薄なのだ。

そんなの自分で食べるぐらいならゴールドシップにあげるのがトレーナーであった。なのでいつもトレーナーは絶不調である。

なので、ゴールドシップは試しにスイートカップケーキ3つぐらい食べさせたら面白くなるんじゃね、ということで持ってきたのだ。

 

「え、どうするんですか、それ」

「無理やり食わせる」

「ダメです、そんなに入らないですって」

「ダメと言っても口は正直だな」

 

トレーナーもウマ娘であって、ロイヤルビタージュースに慣れていても甘党だった。

匂いでよだれが止まらなくなっている。

 

「もごぉ!?」

「おら、全部食え」

「もごもごもご」

 

全部詰め込まれたトレーナーは、ケーキを咀嚼し、飲み込む。

そして、ぴかーッと光ると……

 

ただの普通の白毛ウマ娘が落ちていた。

血色もよく、普通のウマ娘である。

 

「……チッ」

「舌打ちされた!!」

「もっと面白いものになるかと思ったのに、案外普通だったからな」

 

不満に思うトレーナーであったが、普通に戻った今では、クソ雑魚未勝利ウマ娘でしかないのだ。

ゴールドシップにおでこを押さえられ、腕を振り回すぐらいしかできないのであった。




ということで、この辺で一度終わりにしようと思います。

匿名にしたらどれくらいになるかと思い、匿名投稿をしていました。
読んでいただきありがとうございました。

ご意見ご感想次回の構想などについては、ディスコードの方でお願いします。
https://discord.gg/92whXVTDUF

雅媛(みやび)


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